やはり俺の学校生活はおくれている。 (y-chan)
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#1

八幡といろはが同じ学年になったらどうなるんだろうと言うコンセプトで始めます。
どうぞよろしくお願いします。


あー、目眩がする。

 

春休み明けの青々とした快晴が俺の身体を蝕む。

とうとう身体が日光に拒絶反応を見せたかと思い、これから3年世話になる学び舎、総武高校の通学路を自転車で駆ける。

 

中学の頃に思春期の恥部をここまでかと見せつけ、周りとはある意味で一線を置いた俺にとって、この進学高に通う事で全ての人間関係をリセットし、よろしく高校デビューな心境で少し…いや、かなり期待はしているであろう。

 

そう考えながら総武高校新入生比企谷八幡は初めての通学路を駆けていく。

 

ん?

 

 

道中、遠くから聞こえた叫び声に顔を向ける。

 

そこには車道に飛び出したこわいもの知らずのワンちゃんがこちらに向かって横断しているではないか。

 

さらに突然の横断者に気づいても止まれない高級車が迫っていた。

あきらかにワンちゃんの行動経路とスピードを予測すると轢かれるのは目にみえていた。

 

軽く舌打ちをし、自転車のハンドルをワンちゃんの方に傾ける。

 

犬よか猫派なのだが目の前で車に轢かれては新学期早々に寝覚めが悪い。

 

そして自転車の警音器と急ブレーキでワンちゃんに牽制して移動を止めるところまでは覚えている。

 

目が覚めたら異世界じゃ無かった病室だ。季節は秋だった。

 

俺の留年が確定した。

 

 

***

 

 

目が覚めると看護師は慌ただしくエスカレーションを行う。

そしてまた慌ただしく病室に入ってきた父や母…そして小町が目を見開き、驚き、そして涙を見せた。

 

どうやら俺は昏睡状態だったらしく、医者から最悪一生このままと脅されていたらしい。

何それこわい。というか小町をこわがらせるな○すぞヤブ医者。

 

それからはリハビリを行いながら身体は順調に回復していった。

一人前に身体を動かせる様になり、退院となる頃には師走の風情が姿を現し始めていた。

肌寒さが寂しさを思い出させ、そして今年の終わりの意識をかき立ててくる。

 

退院の日程も決まり、愛着が湧き慣れ親しんだ病室と別れの日が明確になった事で寂しさがこみ上げてきた。

別れを惜しむようにベッドに横になり、この1年の振り返りをやってみた。

 

といっても今年1年は身体を治す事ぐらいしかやった事が無い。

 

来年からはまた1年生をやり直すのか……。

留年の強みといったら去年の内容をもう一度くりかえす強くてニューゲームなはずなのだが、1日目登校前で事故に遭っているだから、なんのうま味もねぇ。

 

不幸中の幸いといって良いのか、元から知ってる奴はいない事だ。

知り合いがいないことを条件として俺は高校を選んだのだから当然だ。

俺が年上である事を喋らなきゃ、まずバレることは無いだろう。

 

そこまで考えた後、ベッドで横になっていたせいか、急に睡魔に襲われ次第に意識を手放す事となった。

 

***

 

 

「おー、さっむ暖房暖房、炬燵炬燵」

 

退院し、既に留年が決まっていた俺は学校に行く気力も無くやる事も無く炬燵と暖房という2重の現代の利器を使用し温々と本を読みあさっていた。

 

そして両親も、小町も平日は職場や学校に行っている。

最初の頃はなんとも悪くも無いのに悪い事をしている気分になっていたこの生活も、慣れてくるとともに罪悪感などはなくなりつつあるのだが、どうにも時間を持て余してしまうというのが課題となってきた。

 

「問、働かなくて食べる飯はうまいか」

 

「答、人の奢りの飯がうまいように、働かないで食べる飯は格別だ」

 

というようにどうでも良い独り言が増えた。

いつの日だろう、それをたまたま耳にした小町から「ただでさえ気持ち悪いおにぃちゃんがさらに気持ち悪くなった」と『キモい』では無く『気持ち悪い』と省略せずにいわれた辺りに本気さを感じて真面目に傷ついた。小町ちゃん酷い。

 

正直な話、ここ最近は家に引きこもってばかりであり、あらかた本を読み終えて暇を持て余しているのも独り言を助長させる一因だろう。

 

世間のプロ引きこもりニート面々には申し訳ないが、たまには外にでたい衝動に駆られる。

 

「少し、散歩するか」

 

また独り言がでてしまった。

 

 

****

 

 

玄関の扉を開けたとき、外界からの冷気が一気に流れ込み、温々と暖房や炬燵に慣れた身体はすぐさま肌寒さを感じた。

 

 

同時にやはり12月という今年の締めを連想させる

淡い哀愁じみた感情が俺の中を駆け巡った。

 

「今日は少し遠出してみるか」

 

電車で、田舎寄りの都会の駅で降りた。

そこから駅前にある本屋をいくつか回り、少ないお小遣いを捻出し、厳選した本を数冊購入した。

我ながら突発的に思いついた散歩とはいえ、十分楽しめた。

 

たまにはこういうのも悪く無い。

 

目的を果たして本屋からでたときには、既に黄昏時となっていた。

そんな空をみて、かなりの時間を厳選に充てていたのだなと理解した。

 

駅へと向かう最中に見覚えのある緑の看板を見つけ、足を止める。

 

「サイゼか」

 

少し遠くまで来て今は黄昏時、少し腹も空いてきた辺りだ。

軽食くらいなら帰る最中で消化されるだろうと踏んで俺はサイゼにへと足を向けることにした。

 

少し混んでいるかと思いきや、客は疎らだ。

駅前でこの時間にこんな疎らなんてこのサイゼ潰れるのでは無いだろうかと心配になってしまう。

 

とりあえず店内を見回して、適当な席に案内される。

その途中で、ボックス席で勉強している1人の女子学生が目についた。

中学校の制服だろうか?肩まで伸びた亜麻色の髪の毛と幼さがまだ残るが、整った顔立ちで受験勉強している姿がちょっとだけ小町を連想させたからだ。

 

彼女のテーブルに総武高校のパンフが勉強道具と一緒に置いてある。

 

もしかしたら来年同じクラスになるのかもしれない。

若干の期待が込み上げてくるが、理性でそれを切り捨てた。

 

案内された席はボックス席だった。

その女子中学生の隣の席だ。

 

えっ何なのこのサイゼ、この時間に1人ボックス席とか案内しちゃって良いの?

こわいよもう。

 

案内された席で既に決まっているメニューを注文する。

サイゼのドリアは人類史上まれにみる最高の作品だ。

 

注文を終え、届くまでの間に今日の戦利品をみて、軽く読そうなラノベ辺りを手に取り読み始める事にした。

 

…集中力の途切れと同時に周囲の雑音が耳に入ってくる。

どうやらお隣さんが騒がしい。

 

あの女子中学生もうぇーいやらうぇーいやらやっている類いの人種だったのだろう。

 

ただ、騒ぐにしてももう少し場所を選んで欲しいと

嫌悪感に悩まされるがよくよく耳を傾けるとそうでも無いようだ。

 

「ごめんなさい。今そんな暇は無いので」

 

「そんな事いわずにさぁ、ちょっとお話ししようよ」

 

どうやら受験勉強をナンパ野郎に邪魔されているみたいだ。

まぁ、ボックス席で広々と受験勉強しているうえに、その容姿だ。

目をつけられても仕方が無いだろうとみてみぬ振りを決め込んだ。

おっ、丁度ドリアが運ばれてくる。

 

届いたドリアを俺の席に置く店員に追加注文を伝え、ドリアをスプーンですくい食事にありつく。

 

俺の注文を聞きつけた店長らしき人物が颯爽とナンパ野郎の前に現れ、笑顔のまま店内マニュアルに沿ってナンパ野郎を退店へと追いやった。

 

何がスゴイって最後まで笑顔を崩さなかったところだよ。

プロ精神を感じる。

 

店内でナンパとか店側からすると迷惑行為の何物でも無いのだ。

それと可愛い女の子と知り合えるワンチャンの正義感で対峙するよりも店員に任せる方がはるかに効率的だ。

 

そう思いながらドリアを食べて終えてもう少しラノベを読む。

厳選しただけあり、面白くやめ時がわからない。

 

…ふと周りの雑踏が耳に入る。

周りを見渡すとようやくこのサイゼも人が混み合ってきたようだ。

どうやら潰れるかどうかというどうでも良い心配は杞憂だったようだ。

 

「あの」

 

聞き覚えの無い声が隣から聞こえ、動揺して少し肩が跳ねる。

声の聞こえた方へ向くと、隣のボックス席にいた亜麻色の髪の毛の女子中学生が立っていた。

その女子中学生は、少し愛らしい微笑で俺に語りかけてくる。

 

「驚かせてごめんなさい。突然で申し訳ないんですけれど相席させてもらえませんか?」

 

「えっ?なんで?」

 

速攻でOKを出さなかった俺に彼女のまゆが少し動くのを見逃しはしなかった。

こいつ、絶対即答で相席を了承してくれると思っていたに違いない。

こいつはやべぇぞ。できればあまり関わりたく無い。

 

「周りをみて下さいよ。お客さんいっぱい入ってきてるじゃ無いですかー?それで1人ボックス席ってなんか居心地悪いじゃ無いですか?」

 

おいおい、さっきの丁寧な口調はどこに消えたよ?

一気にフランクになったな。

 

「それはわかるが、カウンター席まだ空いてるじゃん?」

 

「カウンター席だと狭いんですよねー」

 

「わがままかよ」

 

「そういうわけなんで、相席お願いしても良いですか?」

 

ぺこりと腰を折り、浅すぎず深すぎない礼をされてた。

 

仕方ない。ここまでされたら流石に断れない。

余計に食い下がられても面倒くさいだけだ。

 

まぁ、俺も丁度1人ボックス席で居心地が悪かったが、相席ならそれも相殺されそうだしな。

 

「まぁ特別断る理由も無いし、どうぞ」

 

そういって向かいの席へ手のひらを向けて彼女を迎え入れた。

 

「ありがとうございます」

 

少し顔を傾けはにかむような笑顔でいわれた礼に悪い気はしなかった。

俺の頬に少しだけ熱が籠もったのは内緒の話。



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#2

中学生のいろはってどうだったんだろうと想像を膨らませてたら膨らみすぎてどうしよう。



それからしばらく彼女は受験勉強を、俺はラノベに目を走らせ、無言の空間が続いた。

 

「あの」

 

先に口を開いたのは亜麻色の髪の毛の女子中学生だ。

視線を彼女に移すと、教科書とノートに視線を交互に移しながら話しかけてる。

ながらで頭に入るのかな?人によるか?

 

「さっきはありがとうございます。その…人を呼んでくれて」

 

どうやら俺が呼んだ事を知っていたようだ。

 

「当たり前だ。明らかな店内迷惑行為だったからな」

 

「それでも誰でもできる事ではないはずです。本当に助かりました。」

 

意外だったが彼女はさっきから締めるところは締める。

顔が良い分、だいぶ遊んでいるだろうと先入観に支配された自分を悔いた。

 

「ま、助けになったなら何よりだ。…総武受けるのか?」

 

「えっ?」

 

あれ?なんでこいつそんな事知ってるんですかって顔されてね?

めっちゃ警戒されているよねこれ?

 

「あぁ、すまん。席案内された時の動線でテーブルに広げられてたのみたんだ」

 

「あぁ、なるほど」

 

どうやら今の返しで正解だったようだ。

さらになに人のテーブル勝手に見てんのよ気持ち悪いまで言われる事を想定してた。

 

「はい、ここの制服が凄く可愛くて猛勉強です!」

 

「制服かよ」

 

「制服は大事ですよ?女の子の8割は制服で高校を決めると言っても間違い無いですから!」

 

確かに女の子は制服の可愛さで高校を決める話があるが8割ってどこから出した数字よソース出せよソース。

 

「まぁ、頑張れる理由があるなら頑張れば良いんじゃないか?」

 

「それはそうと、お兄さんは何されてるんですか?」

 

「暇つぶし」

 

「っえ?学校とか行ってないんですか?同い年くらいに見え…いえ人生を諦めたかのような目をしているので少し年上には見えるのですけれど…」

 

おいおい、人生を諦める目ってどんな目だよ。

新小岩にそういう奴ら沢山いるらしいぞ?

あれ?もしかして俺の居場所は新小岩だって遠回しに言ってる?

 

「まぁ、年上ではあると思う。ちょっとワケありでな。来年から学校に通う予定だ」

 

「そうなんですね。どこの学校ですか?」

 

「総武」

 

言葉はなかったが目を見開いて口を開けて俺を見ていた。

多分言葉なく驚いているのだろう。

 

「すごい偶然じゃないですか〜。同じ高校のせんぱいと同席するなんて」

 

えっ?何もう受かった気でいるの?うち進学校なんだけれど?

 

「先輩とかではないぞ。俺1年生やり直しだから」

 

「えっ?せんぱいって不良なんですか?」

 

いつの間にか呼び方がせんぱいになってるんだけれどこれいかに?

 

「だからワケありなんだよ」

 

「あぁ〜、そうなんですね〜」

 

察してくれたらしくそれ以上の追求はしてこなかった。

比企谷八幡2回目の1年生。

1回目は初日すら登校できておらず、強くてニューゲームも出来ねぇ。

どんなクソゲーだよほんっと。

 

「それじゃ、既に受験をパスしているせんぱいは私に勉強を教えてくれるんですね」

 

ん?何言ってるのかな?誰とお話していたのかな?

俺には見えない何かとお話してたのかな?

 

「まて、どこから勉強を教えるという話になった」

 

「だって私国語が苦手じゃないですか〜」

 

「初めて知ったわ、何それ?自己紹介?」

 

ムーっとふくれっ面をした表情もやはり顔の造形からとても愛らしく見えるが

俺の過去の経験上それを鵜呑みにしたら自分の首を絞める事になるとわかりきっている。

ここはいかにうまく話をそらせるかが重要になってくる。

 

「だってせんぱいは新学期まで暇なんですよね?」

 

「暇に見えるか?」

 

得意げに数冊ある本を見せ、問を求めてみた。

 

「見えます」

 

あれれ〜??おかしいぞ??傍から見たらそんなに暇人に見えるの八幡?

ちょっと悲しい。

 

「兎に角、受験勉強は基本ひとりの戦いだ。それに俺が人ひとりの人生の面倒を見るには責任が重すぎるんだよ」

 

「えっ?」

 

突然の間が空気を凝固させる。

亜麻色の髪の毛の女子中学生は僅かに頬を染め、口元に軽く握りしめた小さな手を添えながら少し悶えたような表情をしているが、俺は何か悪い事を言ったのだろうか?

 

「あの、もしかして口説いてます?助けた事にかこつけていきなり人生に責任を持つとか重すぎてキモいです。あとせんぱいの存在が生理的に無理なのでごめんなさい。」

 

「あれ?受験勉強の話からなんで俺ディスられてるの??」

 

「そんな事よりも勉強教えて下さいよー」

 

「無理」

 

普通の男子ならこんな可愛い女の子に勉強を教えられるなら喜んで受けるだろう。

しかし俺は知っている、男という生き物は目で生きる生物だ。

 

整った顔立ちの彼女に言い寄られると俺も悪い気はしない。

礼儀正しいし親しくしたいという感情はある。

 

しかし定期的に会うとすると、確実に情が生まれる。

そしてその情は何かをきっかけに愛情へと変化し、恋愛感情を生むのだ。

 

そうなるとあとは瓦解の一途をたどることだろう。

相手の何気ない言動を自分の都合の良い解釈で捉え、

さも自分に気があると何の根拠もない結論を立て

その都合の良い解釈を、理想を、妄想を相手に押しつけるのだ。

そしてある行動をきっかけに関係が崩れる結末へと進むのだ。

俺はそれを関係の消費期限と呼んでいる。

 

だから俺はその芽を摘む事にした。

 

「俺が教えなくても多分あんたは合格する。今まで勉強してきたんだろ?」

 

適当な『お前なら問題なく合格できる!根拠はないけれどな!』論を持ち上げ

話をあやふやにしてみる作戦に出てみる。

 

彼女は瞳を左上に寄せふむっと親指を顎に乗せ何か考えている様だ。

良かった、感情論で言ってくるちゃんじゃなかった。

 

「それじゃ合格したら、1つ私の言う事聞いてくれます??」

 

何それ?なんで俺そんな事聞かなきゃならんのだ?

 

「嫌に決まってんだろ、なんで会ったばかりの人にそんなお願いされなくちゃいかんのだ?」

 

「そりゃ、こんな可愛い後輩が入学したらせんぱいだって嬉しいでしょ?」

 

「とうとう自分で言いやがったな」

 

「で?どうですか?」

 

 

「どのみち、断ってもあの手この手で言ってくるんだろ…めんどいから分かった。一応、無理無茶面倒くさい依頼だけは勘弁してくれ」

 

「最後の面倒くさいは約束しかねますけれど、それ以外はちゃんと約束しますよ〜」

 

「おっけ。まぁ頑張れや」

 

その回答を聞いて、彼女は上目遣いで悪戯に微笑じみた表情を俺に向け、

『約束ですよ』と囁くように呟いた。

 

そして向かいの彼女は帰り支度を始めていた。

 

「そろそろ帰らないと私の家門限あるんですよねー」

 

「そうか、勉強の邪魔をしてすまんな」

 

「そんな事はないですよー。ご褒美約束してもらえましたから」

 

受かるかどうかは知らんがやる気は出たみたいだ。

 

「そういえばせんぱいの名前聞いてなかったです、それくらいは教えて下さいよー」

 

「あー、比企谷八幡だ」

 

「ならせんぱいでいいですね」

 

あれー?名乗った意味は?

 

「げせぬ」

 

「私、一色いろはって言います!来年から宜しくお願いしますね。せんぱいっ!」

 

それが自然でできるのだろうか訓練したのだろうかは知らないが

上目遣いでそそる仕草は可愛げがあるなと思ってしまう。

 

だからもう受かった気でいるなよ…

 

一色は互いの自己紹介を終えると早々と店内から出て行き駅へと向かっていった。

 

っふと彼女の言動をどう表現すれば良いのだろうと思考を走らせる。

小悪魔的?ちょっと重い。ビッチ?いや軽すぎる。

インテリ系ビッチ?何それ新ジャンル?超高校級の誰かさんみたい。

 

考える事に飽きたので外を覗いてみる。

 

既に黄昏時を過ぎ、街灯や店舗看板が辺りを照らし、色彩を放っている。

それを見ながら俺は長居しすぎたと思い立ち、会計に向かうのだった。

 

 

***

 

 

季節は巡り2度目の4月を迎えた。

 

まだ肌寒い季節でありながら青々とした快晴が俺の身体を蝕む。

とうとう身体が日光に拒絶反応を見せたかと思い、これから3年世話になる学び舎、総武高校の通学路を自転車で駆ける。

 

これなんてデジャブなんて思っていない。

 

今回は怖い物知らずの犬も、やっさんよろしくな高級車とも遭遇せずに無事に学校にたどり着く事ができた。

 

1年越しにようやく学校生活が始まったのだ。

これから俺の学校ドタバタ青春ラブコメが幕を開けるっ!

比企谷先生の次回作に乞うご期待!

 

教室に入るなり、見知った顔を中心に人だかりができていた。

その人だかりの男女比率を見るに、男子が8に対して女子が2……。

あーこりゃ完全に女子の敵認定されるタイプの奴だわー。

関わらないでおこ。

 

そう思いそろっと自分の席へと足を進める。

 

「あーっ!せんぱ〜いっ!おっそーい!」

 

あー、見つかった…

中学の時は効果抜群だったステルスヒッキーの効果がでない。

一色は鷹の目でも持ってるのか?ミスディレクション防げるぜ。

 

ってか同級生だからね?せんぱい呼びやめてね?

君の連れてる人だかりの目線がすごく刺さるのよ。

 

人だかりを割り、俺の元へ歩み寄る一色

その表情は少し得意げだ。

 

「何そのどや顔?」

 

「せんぱいの言うとおり合格してきましたよっ!」

 

「おぅ」

 

「えっ!?それだけですか?もっと何かないんですか?」

 

相変わらず上目遣いとこの仕草…

明らかに自分が可愛いという事を自覚して

使っているな。なんとも打算的

 

「まぁ…頑張ったな」

 

無意識だった、多分小町にやっている癖がそのまま行動として反映されたのだろう

亜麻色の髪の毛に手を置こうとした

 

ただ一色は、その動作を何かと察するに一歩後ろへ後退した。

目的地の無くなった手を俺は元に戻した。

 

一色はいつもの愛らしい微笑めいた表情は変わらない。

…が、彼女の視線が冷ややかで明らかに他人行儀な姿勢になり

これ以上踏み込むなと言う警告を鳴らしているようだった。

 

「確かに何かないですかって言いましたけれど〜。せんぱいにはそこまで求めてないです。それに周り見て下さいね。新学期早々変な噂とか勘弁なんで…」

 

「…悪かったな。癖みたいなもんだ」

 

「え〜、せんぱいってもしかして中学の頃、結構モテていたんですか?ごく自然な動作でしたよ?」

 

「違う、妹がいる。お前と似たような感じのタイプでな」

 

一色は俺の言葉を聞いていたずらに微笑みながらまくし立てる。

 

「えー?せんぱいやっぱり口説いてます?妹に見えるとか言っていて実は淡い恋心とか育んじゃっているんじゃないですか?そんな妹と同然に見られていい気になる女子なんていないのでまずは妹と女子の区別を付けるところからお勉強し直して下さいごめんなさい」

 

「妹に見えるとか言ってねぇし。それに妹はお前より可愛いわ」

 

「まぁ、いいです。今回はこのくらいにしておきます」

 

そう満足そうに呟くと一色は自席へと戻っていって

周りの男子達とまたおしゃべりを開始した。

 

俺も机に座り、授業開始まで机に突っ伏して時間つぶしに思考する。

 

そういえば一色と喋っているとき、あの男子諸君の顔は

なにやらちょっと居心地の悪い感じだったな。

 

自分はわざわざ出向いて話しているのにあいつは相手が話しかけてきた。マジ卍。

そのあとに磯野ー、こいつハブにしようぜー的な宜しく中島君さながらの強行手段を執りかねない。

 

それを考えると確かに一色の言うとおり頭撫でるのは避けて正解だった。

もし一連の動作が全て執り行われていたら、俺の学校生活またもや1日目にして男子共通の敵として君臨するところだった。そこは一色に感謝だ。

 

一色について、あいつは自分がほかの女子より可愛いと自覚している女子だ。

まずあの人だかりは作戦で作りあげた物だろう、自己顕示する事により

ほかの女子への牽制をする事でまだ定まっていないスクールカーストの階級を

駆け上がっていく作戦なのだろう。

 

えっ、もうスクールカーストなんてそんな選定が始まっているの??

学校怖い。社会怖い。これはもう専業主夫しか道がなくなってきたな。

 

そこまで考えて飽きた。

 

ちょうど、開始のチャイムが教室に鳴り響き皆が席に着く。

 

さてようやく、俺の学校生活が始まる。

 

机に突っ伏した身体を起き上がらせ、教壇をみてしみじみと思った。

 



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#2-Ex 斯くして一色いろはは新宿に降り立つ

時系列としては最初に一色いろはと会って1ヶ月くらい経ったあたりの話です。


 新宿都庁前

 

 大きな時計が特徴的なビルに朝から大勢の人々が押し寄せる。

 今日はこのビルでチョコレートの祭典が催される予定だ。

 

 受験も終わり合格発表を待つのみとなった私は自分への労いも兼ねて久しぶり千葉をでた。

 

 こう見えて私はお菓子作りが実は趣味だったりする。

 チョコレート菓子ももちろん作るのだが、そろそろあれの季節も迫っている。

 そう、バレンタインデーだ。

 

 手作りってだけで男子ってすぐ『俺の事好きなんじゃね?』って勘違いする。

 全員に黒稲妻を渡すのもいいのだけれど、あれを男子人数分用意するなんて、財布がかなり痛手を被ってしまう。

 なので手作りなのだ。

 まぁ男子には落花生とコーンフレークを砕いて湯煎したチョコを入れて、塩をひとつまみ入れて製氷皿に入れて固めたお菓子で十分だったりする。楽に大量生産できる上に手作りで喜ばれる一品だ。

 

 せっかくのチョコレートの祭典なのだ、しっかりと観察してプロから技を盗もうっと。

 ……あれ? 結構真面目じゃないかしら私?

 

 しかしこのイベント、やはり有名なのか列がなかなか進まない。

 皆有名店のチョコレートをご所望なのだろう。

 まぁ私もいくつか購入したいピックアップはしていたりする。

 しかしこの待ち時間、他の方々は皆相手がいるので暇にはならないだろう。

 しかし私は一人だ。もう携帯いじるしかないよね。

 充電持つかしら。

 

 

 ***

 

 

 二時間立ちっぱで携帯のみをいじり90パーセントくらいあった充電量が50パーセントとかなりの消費量だ。

 ずっと動画見ていたらこんなもんだ。

 

 ってかそろそろ携帯変えよ……

 お父さん口説けば買ってくれるでしょ。

 

 ようやくご入場できる。

 私は内心ウキウキわくわくで入場口を通る。

 

 かすかに香る甘いチョコの香りが期待を増幅させた。

 

 視界いっぱいに広がったチョコレートの名店。

 ショーガラスには職人が施した細かな細工が瞳を誘う。

 

 すごいなぁ〜やっぱりプロって感じする。

 

 さまざまなチョコに誘われながらも私はお目当てのチョコレートに向けて足を進める。

 

 お店にたどり着いて、ショーガラスに映し出される照明を反射し宝石のように光沢のあるトリュフを見つめる。

 

 カカオの色をモチーフにしたシンプルなブラウン色と、控えめな主張をするゴールドのラインが施された指輪を入れるジュエリーケースみたいな箱。

 

 本当に宝石箱を意識したかのようだ。

 

 何個入りが可愛いかなとか考えてしまう。

 やっぱり3の倍数はパッケージ映えする個数と言っていいだろう。

 

 そう考えて、私は3個入りと6個入りを買うことに決めた。

 

 そしていざ店員に声をかけた時、誰だろうか、誰かとすみませんという言葉をタイミングバッチリで一語一句言葉を間違えることなくハモらせてしまった。

 

 少し照れくさくそっと視線をその声の持ち主へと移す。

 

「あれ? せんぱい?」

 

 その声の持ち主は以前サイゼで出会った人だ。

 まぁナンパから間接的に助けてもらった。

 

 お礼に私が相席したにもかかわらず何も反応してこなかった非常に珍しい部類の人だ。

 

 ほかの男子なら、会話弾ませて連絡先とか聞いてくるはずなんだけれどまったく何もしてこない。

 もしかして緊張して喋れないのかなとか思ったが、そんなこともない様子で、結局こちらから話題を振るまで話すことはなかった。

 そんな珍しい人だ。

 

「せんぱいなにしてるんですか? もしかしてデートですか?」

 

「……だれ?」

 

 ちょっとせんぱい? まさか忘れられているなんてさすがに予想外でした。

 

「まえにナンパから助けてもらった一色いろはですよっ! なんでナチュラルに忘れてるんですかっ!!」

 

 せんぱいはあぁ〜と、なんか思い出したかのようにけだるく唸る。

 

「あぁ、お久しぶりです」

 

「なに他人行儀になってるんですか? 私とせんぱいの仲じゃないですか言葉なんて崩してくださいよ」

 

「お前、1度しか合ってない人間にいきなりため口きくのもいうのも勇気いるんだぞ」

 

「そう言いながらしっかり崩してるじゃないですか」

 

「許可は得たからな」

 

「それよりも今日はどうしたんですか?」

 

「あぁ、お袋にここのチョコ買ってこいって頼まれてな」

 

「なーんだ、せんぱいにも彼女いるかと思ったじゃないですか」

 

 客層的にそう思わざる得なかったけれど、まぁ身内の用事なら納得かな。

 

「んなのいるわけねぇだろ。正直肩身せめぇんだよここ……」

 

 ですよねぇ〜ひとり身で来るとほんと肩身狭い。

 チョコくらい一人で買いに来いよって思いたくなりますよね。

 

「ところで奇遇ですねせんぱい。私も同じチョコ買おうとしていたところなんですよ」

 

「そうか、なら先買っていいぞ」

 

「おっ、ありがとございます」

 

 

 私が先にチョコを買ってせんぱいを待っているとせんぱいは怪訝そうな顔で私をみる。

 え? 何ですかね?

 

「お前なんでまだいんの?」

 

「いえ、せんぱいを待っていただけなんですが?」

 

「えっ? なんで待ってんの?」

 

「えっ?」

 

 そういえばなんで待ってるんでしょうね。私

 

「せんぱいはこれからどうするんですか?」

 

「普通にラーメン食って帰るんだが……」

 

「え〜、せっかく新宿まで来たんですし、どこか行きましょうよ〜」

 

 こう私から誘うと、たいていの男子はその気になるのだ。

 もちろんそれはせんぱいも例外じゃなく……

 

「えっ? 普通にいやなんだけれど?」

 

 っは? ちょっとせんぱい? こんなに可愛い子がデートのお誘いをしているんですよ。

 映画とか奢ってくださいよ。

 

「せっかく新宿まで来たのにラーメンだけってちょっと寂しいじゃないですか〜」

 

「あぁ、せっかく新宿まで来たんだからラーメンなんだろうが」

 

 言っている意味がさっぱりわからない。

 この人どんだけラーメン好きなの?

 

「なら、私の買い物に付き合ってくださいよ〜、受験の労いも兼ねてっ!」

 

「あぁ〜、そういえばお前総武受けるって言っていたな」

 

「そうですそうです。あの地獄の受験勉強からようやく解放されたのです」

 

「そりゃお疲れさん。それじゃぁなっ!」

 

 ちょちょちょちょっ! なになにどうやったらそこで別れる発言が出てくるわけですかっ!

 

 私は即座に去ろうとした先輩の腕を掴む。

 

「労ってくださいね」

 あっ、可愛らしく言おうとしたら、予想以上に低い声が出ちゃいましたね。

 まぁ、表情は崩していないのでまぁ大丈夫ですよね。

 

「そのなんていうか……打算的なやつどうにかならんのか?」

 

 打算的って何ですかね? 算数? 数学? 勉強の話は頭が痛くなるので止めてもらいたいんですけれど。

 

「何ですか打算的って?」

 

「お前が今俺にしている事だ。こういう表情すれば、こう声色使えば、こういう仕草をすれば大体の男子は勘違いしてくれるだろうってお前思っているだろ」

 

 どうやら私の考えていた事はせんぱいには筒抜けだったらしい。

 

「え〜、それ抜いたら私ただのボッチになっちゃうじゃ無いですか〜」

 

「ボッチはいいぞ。人と関わらない分気が楽だ」

 

「うわぁ……将来引きこもりの親のすねかじる人がいう台詞だそれ……」

 

 あまりにも酷くてつい敬語を忘れてしまう。

 

「お前失礼すぎるだろ。一応専業主夫目指してるんだぞ」

 

「養って貰う気満々じゃ無いですか」

 

「働きたくない」

 

 この人、天性の怠け者ですね。

 

「せんぱいのそんな実現不可能な将来の話はどこかに投げ捨てるとして、ほら行きますよ!」

 

「っは? なに言っちゃって……わかった、条件がある」

 

 先輩はハッと何か思い出したかの様な表情をして、苦虫をかみつぶしたよう表情で私の提案を条件付きでのんでくれるようだ。

 

 ……正直、失礼すぎませんかねこの人

 

「帰り一緒いいか?」

 

「ちょっ!? もしかして口説いてるんですかっ! さっきまで私の顔すら忘れていた人がいきなり一緒に帰ろうだとか身勝手もはなはだしいというか自分の身の危険とか友達に見られたらとか考える必要があるのでごめんなさいっ!」

 

 唐突にぶっ込んできたせんぱいにあせあせと頭に浮かんだ言葉をそのまま言葉に出す。

 

 いきなり何言っちゃってるんですかこの人は本当に。

 

「そこをどうにかできねぇか? ってか俺そこまで不審者に見えちゃうの? 傷ついて泣いちゃうまであるんだけど?」

 

 さっきまでの態度とは真逆でなぜそこまでして頼み込む必要があるのだろうか?

 ふと私の頭をよぎった考えで先輩がどうして頼み込んでいるのかが理解出来た。

 

「せんぱい、もしかして新宿駅で迷子になるから一緒に帰ってって言ってます?」

 

「そうだ。あんな迷宮から俺が無事千葉までたどり着くとかムリ」

 

 まぁ、そんな条件でしたら別にいいですけれどね。

 

「仕方ないですね〜わかりました。それじゃちょっと付き合って貰いますよ」

 

「へいへい」

 

 こうして私とせんぱいの突発的デートが始まったのである。

 

 

 ***

 

 

 外に出るとすでにあたりは薄暗く、その日が終わりに向かっていることを認識させられる。

 歌舞伎町は煌びやかな街灯が所々で灯り、祭りかのように人は入り組み、喧騒が耳に入る。

 

 私たちは買い物を終えて、そのままラーメン屋へと直行するせんぱいを止めて、お腹を空かせようという名目のもと、映画をみることにしたのだ。

 

「はぁ〜、映画面白かったですね」

 

「そうだな。意外なチョイスだったわ、お前ならいかにも恋愛映画とかチョイスすると思っていたんだがな」

 

 長らく座っていたこともあり、背を伸ばしながら先輩はそう答える。

 

「それも興味はありましたけれど、今日はコメディの気分だったんですよね〜」

 

 今日は楽しいを共有したかったので恋愛映画はまた次回ですよ。

 

「まぁな」

 

「せんぱい、必死に笑いこらえてて我慢できなくて吹き出してたの凄く面白かったですよ」

 

「映画の話じゃねぇのかよ……」

 

「そんな事よりもせんぱい、お腹空きました」

 

 待ちに待ったかのようにせんぱいは目を光らせて今まで合わせなかった目を合わせる。

 

「そうか、なら行くか。ラーメン」

 

 普通を装っているがどうも言葉の節々から高揚感がにじみ出ている。

 ほんとこの人どんだけラーメン好きなのだろう。

 

 どうやらその場所は映画館のすぐ近くだと言って映画館の裏手に回る。

 近くに交番があるのだが、やはり歌舞伎町であり、あたりも薄暗くなっている。

 すれ違う人たちもやけにガラが悪そうな装いをしていて私の不安を増長させていく。

 

 すこしだけ、ほんの少しだけ怖くなって先輩の袖を掴む。

 んっ? と私のその行動にせんぱいは私を見たが、特に何も言ってこなかった。

 しかし少しだけ歩く歩幅を狭めたあたり私に気を使ってくれたんだろう。

 少しだけ心が温まった。

 

 せんぱいのいうラーメン屋は映画館の裏にあって行列が並んでいて人気店である事が伺えた。

 

「せんぱい、何がオススメですか?」

 

「お前だったら塩でいいんじゃないか? 油っぽいの苦手そうだし」

 

「そうですね。それにサラダがあるのうれしいですね〜」

 

「ってかラーメン以外にもメニューがありすぎて何屋だって疑問が湧いてしまうわ」

 

「それ思いました」

 

 そんな雑談をしながら行列に並んでいたら20分ほどで店内に案内された。

 運が良かったのか個室へ案内される。

 注文を終えてから案内された個室をキョロキョロと視界を巡らせる。

 

「ラーメン屋で個室って新鮮ですよね〜」

 

「そうだな、周りに気を使わなくて済むから楽だな」

 

 麺を乾燥させたかのようなおつまみを食べながら先輩は答える。

 

「周りに気を使うんですか?」

 

「店によってはな、ロット遅れて店に迷惑をかける奴ギルティとかいう奴がいんだよ」

 

「なんですかそれ、殺伐としてますね」

 

「ほんとな」

 

 雑談をしているうちに注文していたラーメンとサラダが届く。

 

 とりあえずまずは一口とラーメンを啜る。

 

「……っ!?」

 

「なにこれ、すっげぇうまいな」

 

「そうですね」

 

 互いに無言になり、麺を啜る音のみが室内を支配した。

 

 

 ***

 

 

「はぁ〜大満足ですよせんぱいっ!」

 

「あぁ、千葉にも出来てくれねぇかなって切に願うぜ」

 

 ラーメン屋のお店を出て駅に向かう途中、ラーメンの感想が出てしまう。

 たしかに美味しかった。

 

 都内に出てこないと食べることができないのはたしかに惜しいですが……。

 でもこんなの近くにあったら太っちゃうので大丈夫です。

 

 赤信号で信号待ちの状態になった。

 ちょうどいいと思い、私はせんぱいを呼んだ。

 

「んぁ?」

 

 気だるげな返事をしながら私に振り向いてくれる。

 

「今日は私に付き合ってくれてありがとうございました。ちょっと早いですけれど、これどうぞ」

 

 私は買い物の最中に買ったトリュフチョコをせんぱいに差し出した。

 

「まじか?」

 

「えぇ、もちろん義理なので勘違いしないでくださいね。」

 

「えっ? むしろ完全に義理だとわかる定評の黒い稲妻の方が好みなんだが」

 

 なんでそういうこと言っちゃうかな? ……まぁいいです。

 

「まぁ、せんぱい当日は1個も貰えないことはわかりきってるんで」

 

「勝手に確信してんじゃねぇよ。お前に俺の何がわかる」

 

「先輩が天性の怠け者って事以外何も知らないですから、これから教えてくださいねっ! せーんぱいっ」

 

「うっわ……うぜぇ」

 

「なんでそういうこというんですか〜!」

 

「んなことよりそろそろ新宿駅つくぞ、案内してくれ」

 

 あっ、完全に忘れてた。そうだった

 

「そうですね! 私もわかりません!」

 

 自信満々にそういうと先輩は絶望したかのような表情で私を見る

 

「っは?」

 

「だってせんぱい言ったじゃないですか〜、帰り一緒にいいか? ってだから一緒に帰っているだけですよ〜。私、新宿駅知ってるなんて一言も言ってませんよ〜」

 

「マジかよ……」

 

「まぁ、一緒に迷って帰りましょうね」

 

 そしてせんぱいと私が、無事千葉の地を踏むにはこれからさらに数時間を要することとなったのはいうまでもない。

 

 

 



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#3

学校での初日全ての日程が終わり、帰宅するべく駐輪場へ向かう。

 

その道中の廊下の端に髪を染めて制服を着崩してミニスカでミニスカな派手めな今時女子高生がいる。携帯を片手に持っているが画面を覗いている訳ではなく歩行者をチラチラと確認している。

誰かを探しているのだろうか。

 

胸元のリボンから見るに2年生と判別できる。

その出で立ちは一色に負けずというかそれ以上に可愛らしい顔の作りと胸の圧倒的母性が存在を主張している。

 

なのでたとえ廊下の端にいても、その存在は他の人たちも認知され、注目を浴びてしまう。

というかこの学校に一色以上がいるのか頭を抱えてしまう。

 

どうなってんだこの学校は、裏でアイドルの育成でもやってんじゃないのか?

んじゃ俺もプロデュースしてくれよ、青春アミーゴ。そっちかー。

 

俺と一瞬目線があったら小走りでこちらへ向かってきた。

一瞬目が合っただけで感知されるとか何?

目と目が合った瞬間好きだと気づいちゃった??それあるっ!…ねーよ。

 

今日はやけに可愛い女子に話しかけられる日だな。まぁ嬉しっちゃ嬉しいけれど。

 

「あのっ、比企谷君ですか?」

 

「そう…ですけど、2年生が俺になんか用すか?」

 

「ちょっと来てもらっていいかな?ここじゃ少し喋りにくいし。」

 

彼女が少し周りを見て困った様な表情をする。

俺も周りを見渡すと確かにさっきまで注目を集めていた可愛い女子がこんな冴えない野郎にしゃべりかけているのだ、そりゃ注目されてもおかしくはない。

 

「まぁ、いいっすけれど…」

 

「それじゃこっちこっち〜!」

 

連れてこられたのはどうやら購買近くの中庭だ。

下校時間なので中庭に生徒は疎らだった。

話すには丁度良い場所だと思う。

 

駆動音してはやけにでかい音を立てている故障一歩手前の自販機でスポルトップと男のカフェオレを購入し、近くの座れる段差に腰掛ける。

 

目の前の2年生女子もその隣に腰掛ける。

これでようやく話ができるステージが整ったと言うわけだ。

 

「すみません、先にお名前聞いて良いっすか?ちょっと初対面なんで」

 

「あぁーっ!ごめんねっ!そういえば名乗るの忘れてた〜、私、由比ヶ浜結衣です。

 2年生だよ」

 

「由比ヶ浜先輩っすね、俺比企谷八幡っす」

 

「うんっ、よろしくねっ!」

 

「とりあえず、これどぞ」

 

「あっ、ありがと〜」

 

俺が先ほどのカフェオレを手渡し、由比ヶ浜先輩がお金を払おうとしたが、俺はそれを制した。

 

「気にしないでいいっすよ。俺が勝手に買ってきたんで」

 

「そんな事は無いよー。ありがと」

 

そう言って彼女は俺の手に100円玉を置いた。

まぁ、特に遠慮する必要も無いしもらえる物はもらっておこう。

 

「早々でなんなんですけれど由比ヶ浜先輩の話ってなんですかね?俺、先輩と関わりが合った訳でもないんすけれど」

 

「えっとね…」

 

そう言って由比ヶ浜先輩は立ち上がり俺の前に立ち腰を深々折り、頭を下げた

 

「あの時サブレ…私の飼い犬ね!救ってくれてありがとうっ!あと…」

 

由比ヶ浜先輩は続けて口を開く。

その声色は重く、低い声はとても悲しそうだった。

 

「あなたの大切な時間を止めちゃってごめんなさい…」

 

いきなりの謝罪だったが話の内容を察するに1年前のあの犬の飼い主が由比ヶ浜先輩だったという事だろう。

 

確かに俺は実質、由比ヶ浜先輩達と同じ学年になるはずだった。

しかし交通事故により1年というブランクができてしまった。

由比ヶ浜先輩はその事故のきっかけを作ったことに対する罪悪感は計り知れないだろう。

 

しかし当の本人の俺はと言うと、長い春休みからようやく抜けたと言う感じだ。

運良くクラスメイトと顔合わせをする前に事故っているので、2年生は俺の存在を知らないし、知り合いが居る訳でもない。

結論、学年が1つ違う以外何も気負いする必要が無いのだ。

 

「確かに事故は起きた、でももう過ぎたことっすよ。それに不幸中の幸いで、クラスメイトと顔合わせする前の事故だったんで、2年生に俺の顔知っている奴らいないと思うんすよね」

 

「そうだけどっ!」

 

「由比ヶ浜先輩は気負いしすぎっすよ。俺は怒ってすらいないです。…と言う事は由比ヶ浜先輩が気に病む必要がないと言うわけっす。これでこの話は終わるんですよ。ハッピーエンドっす。」

 

さっきからやたらっすが多いな、なんでも語尾にっす付けたら後輩キャラなると思ったら大間違いだぞ!

 

「あははー…比企谷君は優しいね」

 

由比ヶ浜先輩は自責の念が緩くなったのか、淡く笑みを浮かべたその表情はとても魅力的で照れが生まれ言葉を詰まらせて目を背けてしまった。

 

「ならさ、私と友達にならない?」

 

「へ?」

 

唐突な提案に素っ頓狂な声を上げてしまった。恥ずかしい。

 

なんかこの展開…前にも同じ感じな奴無かった?

なに大胆な告白は女の子の特権ですとでも言うのか?

会話の脈略完全無視でいきなり友達要求とか『あなたとお友達になりたい』って

俺だけが見えない自己紹介ボード掲げてるの?

何それ怖い。

 

「いきなりっすね」

 

「まぁ、これもひとつの縁っていうかなんていうか。ヒッキー喋っててちょっと面白いかなって?」

 

 

そう言われると悪い気はしないが、関係の消費期限理論が頭をよぎる。しかし定期的に会わなければ問題は無い。その理由はもちろんある。

 

友達になったとして、結局は学年の壁に阻まれるわけだ、早々関わりがもてず最終的に友達から知り合いへ、そして伝説へ。あれ?概念になるのかな?僕と契約してお友達になってよ。

関わる度に魂が汚れていく友達とかどうなのよ?闇落ち必須ですね。

 

ってかヒッキーってなんやねん、引きこもりちゃうで。

やべぇ怒りで口調が関西弁になってしまった。関西弁警察に○されっぞ!?

 

「別に良いっすけれど」

 

まぁ1年と2年とじゃそこまで頻繁に関わる事は無いだろう。

とりあえず友達になっておきましたーと体よく言っておいて

時間が友達であった事すら忘れさせてくれる。

ソースは俺。忘れられた側だけどな。

 

「それじゃ私1年の教室に遊びに行くね」

 

由比ヶ浜先輩のその提案をのむことに迷った。

2年が1年の教室に良く来るのもその逆も正直教室全体を刺激し、注目を集めてしまう。

あまりやりたくはない。となると俺が出せる折衷案はこうだ。

 

「2年生が1年生の教室に行くのはちょっと注目集めちまうんで、たまに昼休み適当にご飯食べながら喋れば良いんじゃないすかね?携帯とかで連絡し合えば問題ないですし」

 

「それあり!ヒッキーって頭良いねっ!」

 

「ひ、ヒッキー…?」

 

「そう!比企谷君のあだ名っ!私も別に先輩呼びじゃないくても良いよ〜、タメ口で大丈夫!歳は同じだしねっ!」

 

ヒッキーって引きこもりみたいだろやめろよ。

確かに1年病院と家に引きこもっていたけれどそれでヒッキーとか…それあるっ!

 

「まぁ…分かりま…分かった。ゆ、由比ヶ浜」

 

「うん、宜しくねヒッキー!あっ、連絡先交換しよ」

 

終始、由比ヶ浜先輩のペースに乗せられた様な感じだったが、とりあえず、自責の念を取っ払えて良かった。ただなんか距離が近いなこの人、自分が可愛いって自覚あるのかな?

まぁ自然に接してくれる分やりやすいと言うか何というか。あまり頭を使わなくて良い。

…あっ、誰かさんへの皮肉とかじゃないよ?

 

「すいませ…すまん。俺、連絡先の登録のしかた疎くて」

 

だっていままでアドレス帳にのってるのって三件だけだしね。

そりゃ疎くて当たり前。赤外線のやり方も分からない。え?今時QRコード?

LINE?あれでしょ、相手のアカウント奪い合うゲーム。奪ったアカウントで電子マネー買ってもらえるんでしょ。

 

「そっか、私慣れてるからちょっと貸して〜っ」

 

おもむろに携帯を取り出し、由比ヶ浜に渡す。

由比ヶ浜は手慣れた操作で番号を登録してくれる

 

「はい、ヒッキー」

 

登録し終えた携帯をまた俺に返される。

お父さん、お母さん、小町以外の女の子のアドレスが初めて携帯に入ったよ。

八幡頑張った。

 

「うす」

 

「今日は突然現れてごめんね。でもすぐにでも謝りたかったの…」

 

「…いや、気にしてくれてありがとう」

 

「それじゃ、そろそろ私行くねっ!今日はありがとう、ヒッキー!」

 

満面の笑みを浮かべ、由比ヶ浜は小走りに去って行った。

 

遠くなる由比ヶ浜の背中を見つめ中庭に残された俺は考える。

連絡先にのっている名前を確認する。

 

『由比ヶ浜結衣』きっと1年近く自分のした事に自責の念を抱えていた、

交通事故がもっと軽微なものだったら、もっと違う出会い方をしただろう。

だが今の彼女はそれから解き放たれた、これからきっと彼女はさらに魅力的になる。

 

彼女の人生の中で1度くらい登場人物として名前が出たのは悪い気はしない。

しかし今後は、モブとして名前のない一役者として見られる事だろう。

なぜなら俺は彼女の不安を解決してしまったのだから。

何かしらの興味が無いと人は他人を判別しない。

 

今まで、自分が交通事故を引き起こしてしまったという自負の念が存在し、俺への謝りたい、自分の劣勢である現状を変えたいという気持ちが強制的に俺に興味を持つよう働きかけ動いたのだろう。

それを解決してしまった今、その興味が消え失せたと言える。

 

彼女を支えるのは俺ではなく彼女と同じ魅力を持っている誰かだ。

期待は捨てた、俺は主人公では無いのだから。

 

ズズズ…とスポルトップが中身を失った音が聞こえる。

これ人がいる前で鳴ると若干恥ずかしかったりする。

でかく鳴るとどんだけ吸引力ツエーのよってなる。

吸引力のかわらないただ1つの八幡。

それ以上いたらドッペルゲンガーだからね?

 

立ち上がり、飲み終えたスポルトップをゴミ箱に捨て、俺も駐輪場へと歩き出すのだった。



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#4

ほんとマジでガチで家に帰してもらっても良いですかね??

 

由比ヶ浜の件が重なり若干遅い下校時間、人も自転車も疎らとなった駐輪場で誰か待っている一色を確認すると深いため息をつかざる得ない。

 

俺の歩いて来る姿を認識したのだろう一色がふふんと得意げな顔で待ち構えていたが、おれの歩調は止まりもせず遅くもならずそのまま一色とすれ違う。

 

「っちょっとせんぱい〜!」

 

せんぱいって誰先輩ですかね?ご存じないです。

 

そのまま自分の自転車を見つけて鍵を解錠するところで一色が強制的に視界に登場する。

 

「ちょっとせんぱい!無視はいじめの始まりですよ!」

 

「いじめをいじめと認識しなければいじめは起きないんだよ」

 

「なに言ってるんですか?正直キモいです」

 

お前、それ殺すとか死ねとか相手に向けて言ってんじゃねぇ!ぶっ殺すぞ!

と同じ事言っているからね?自覚してる?

 

「お前のそのキモい発言も俺をいじめてるからね?」

 

「そんな事よりも〜!…さっきの2年生、何ですか?」

 

後半になるにつれて言葉冷たくなってるから。

 

ってかこいつも見ていたのか。

別にこれと言って話すような事でも無いからな。

 

「別に話すようなことじゃねぇよ」

 

まぁ由比ヶ浜の情報をむやみやたらに公開する必要も無いし俺がそれを喋って何のメリットがあるかというわけでもない。

ここは濁した方が身のためだ。

 

「むー、携帯渡して連絡先交換してたじゃないですか〜」

 

だから、その軽いふくれっ面の表情と上目遣いはやめなさい。

お兄ちゃんスキルを強制発動するから。

 

ってかそれも見てたの?もしかして口説いてるんですか?一色さんちょっとストーカーの資質あるんじゃないですかね怖いですごめんなさい。

 

「あれは成り行きで交換することになったんだ」

 

「じゃあ私も教えるんで携帯貸して下さい」

 

一色さん?いつもは上目遣いなのになんで今上から目線なのかな?

下目遣いも得意だったりする?

 

まぁ別に連絡先増えるくらいどうでも良いけれど。

 

「まぁ、いいけど…」

 

一色に携帯を渡すと自分の携帯と交互に見ながら操作を始めた。

女の子はみんな携帯電話のスペシャリストなのかな?

指の動きが速すぎて分かんねぇ。

 

「せんぱい友達いないんですね」

 

「いきなり核心つくな。泣いちゃうだろ」

 

何こいつ俺になんの恨みがあって俺の傷心抉ることするの?

 

「それより、さっきの2年生って由比ヶ浜先輩って言うんですね」

 

多分連絡帳を見たのだろう四件しかないし、由比ヶ浜の名前は目立つ

 

「そうだが、俺の個人情報どこ行ったよ?」

 

「せんぱいの個人情報は私の個人情報です」

 

「なにそのジャイアン理論」

 

「はい、登録終わりました」

 

喋りながら2台の携帯操作できるってやばいな。

何がやばいってやばいくらいにやばいやつがやばい事しているんだ。

もう何言ってるか分かんねえがとにかくやばい

 

そんな事を考えつつも一色から携帯を返してもらう。

五件に増えた連絡先をみて少し顔の表情が緩くなったのを感じた。

 

「せんぱい、その表情キモいです…」

 

一色は嫌悪感丸出しのうわぁ…っというような嫌悪感丸出しの表情で俺から2歩くらい遠ざかった。

 

やめろよ、比企谷菌って言われてみんな俺から物理的に距離取ってたの思い出しちゃうだろ。

 

特にツラいのはどんな授業の時でも机を必ず離されるって所だ。

 

給食の時なんざ皆机合わせて島を作ってるのに俺一人の机だけ孤島だったわ。

 

…思い出したら涙腺が緩くなっちまう。

 

「用件はそれだけか?なら帰るわ」

 

「ちがいますよ〜、ほらあれです。ご褒美もらいに来ました」

 

「はぁ?何言ってんのお前?」

 

「ちょっと、何ナチュラルに忘れてるんですか!」

 

あー、そう言えばそんなこといったな。

絶対受かんねぇだろとか思ってたわ。

 

「あー、あったな。で?結局何して欲しいの?できることは限られるが?」

 

「それなんですけれど〜、今気になる人がいるんですよね。」

 

「……は?」

 

一色さん?まだ入学1日目ですよ?

それでいきなり気になる人がいるとか頭の中どうなってるんですか?

女の子は素敵なハッピーセットでできているとでも言うんですかね?

おいおい、ハッピーセットで人体錬成出来るのかよ。

なるほど、そのとき正常な思考を持って行かれたのか。納得。

 

俺の怪訝な表情を見るに一色はどうやら何か勘違いをしたらしくニタっといたずらに笑う。

 

「あれ〜?せんぱいもしかして今俺の事じゃね?って考えませんでした?勘違いも甚だしいですが、まだ数回しか会ったことが無いせんぱいは今後の頑張りに期待ですよ?」

 

そんな事みじんとたりとも考えたことは…いやちょっとはあった。

ってか今後の頑張りって何だよ、比企谷先生の来世に期待ってか?

何それ人生ガチャなの?イケメン当たるまでリセマラOK。

…自殺喚起に繋がるからやめた方が良いよ??

 

「うっせ。ハッピーセットのこと考えてたわ」

 

「えー…それはそれで意味不明で相当キモいです…」

 

あ、うん。多分俺もそれ言われたら引くわ。

 

「それより相手だれだよ。それが分からんと動けん」

 

「そうですね、これです」

 

そう言うとすっと携帯を見せてきた。

画面には確かに爽やかなイケメンが隠し撮りされていた。

 

「隠し撮りかよ」

 

「許可取ろうものなら周りの先輩の視線が怖くて」

 

流石にそこで割って入る根性はなかったみたいだ。

 

「とりあえずこいつと付き合えるように俺は動けば良いって事か」

 

「まぁそういうことです」

 

よりにもよって1番面倒くさいお願いを出してきやがった。

恋愛経験なぞ振られた事くらいしかない俺にとってはどうやって成功に導くなぞ知らんぞ。

 

「ちなみに俺そんなに恋愛経験ねぇからそこまで気の利いたアドバイスとかできないぞ」

 

「せんぱいにそんなの期待していませんよ?でも実験には付き合ってもらいますよ」

 

「実験?」

 

「やっぱり向こうはよりどりみどり取る手数多に引く手数多のイケメンじゃないですか。そうなるとやっぱり私からアプローチしないといけないじゃないですか。だからせんぱいをつかって実験をしようという考えです!」

 

ふふんと得意げに仁王立ちで胸を張って自信満々に語っているようで悪いが

なんかマッドサイエンティストの臭いがしていた。

 

「っというわけで、4月16日ちょうど休みじゃないですか〜、実験に付き合ってもらいますよ〜」

 

1週間以上先の予定入れられるとかなに?

もうそんなにお友達と予定つめっつめなの友達100人できんの早くね?

 

「面倒くせぇ」

 

「ちゃんとお願い聞いてくれるって話じゃないですか、しっかりと付き合ってもらいますよ!」

 

今度は前屈みの上目遣い、両手は後ろで組んで斜め45度の微笑めいた仕草。こいつ自分を可愛く見せるパターン幾つ持ってるの?108くらいあるんじゃね?

 

「へいへい、そんじゃもう帰って良い?」

 

話は決まった。とりあえずその日まで俺は一色と関わらなくて良いというポジティブ思考でいるとしよう。今日はもう色々とありすぎなんだよ。家に帰って寝かせろ。

 

「せんぱい、駅まで後ろに乗せて下さいよ〜」

 

やだ、一色大胆。でも俺それを友達に見られるのは恥ずかしい。

友達いないけれど。いや1人いたわ。やべーこのネタ効果薄れる。

ってか自転車の二人乗りって普通に道交法違反だからね?

 

「やだ。それに2人乗り道交法違反だからな…」

 

「むー、なら押していきましょ」

 

「なんでお前と一緒に帰る前提なんだよ」

 

「こんな可愛い子が1人で歩いていたら危ないじゃないですか」

 

「自分で言っちゃったよ…そんな危険がはびこるような時間帯でもないでしょ」

 

「そんな事は無いですよ?前にサイゼにいたナンパなんてしょっちゅうですから」

 

やはりあれはまだ一端だったのね見えないところで苦労している一色ぱいせんカッコイイ。

でも自分でそれを振りまいてね?俺の感心を返せ。

 

「まじか、お前が周りに愛嬌振りまくっているからじゃないのか?」

 

「ほら、行きますよーせんぱ〜い」

 

「っは?」

 

どうやら深く突っ込ませないように話は一緒に帰ると言う事で決まってしまったようだ。

先を歩く彼女の歩幅は狭く、ゆっくりだった。

俺が追いつくことを前提として先を歩いているのだろう。

 

っふと、視野を広げると

青々としていた空は朱の色を纏い、春夜の訪れを感じさせた。

桜色の花弁が風で舞い、その光景に彩りを与え、最後に彼女がその絵の中心に存在することでこの光景は完成した。

 

俺は深くため息を吐きながら自転車を押し、一色と共に校門を出るのであった。



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#5-1

ネタを詰め込みすぎたら大変なことになってしまった回


卯月の肌寒い気温が肌を刺激する。

俺の気持ちとは裏腹に晴れ上がった快晴が引き締まった群青の空を見せ、その下にある街を活気だてているかの様にこの目に見せてくれる。

 

こんな日は日光の下のほうが気持ちがよかったりする。

冷房付けて扇風機付けて毛布にくるまってるくらい贅沢な感じだ。

 

今日は一色の実験に付き合ってやる日なのだが、なにぶん女子と2人で休日一緒にいる経験など小町と母様以外初めてでどうすれば良いか分からん。

 

同じ千葉の兄妹を真似して深夜に小町に馬乗りで人生相談持ちかけようと思ったが流石に躊躇してしまう。

 

そんな真似しようものなら白黒の車と青い制服のお兄さん達につれて行かれちゃう。

あれは心身を妹に捧げたスーパーイケメンHENTAIお兄ちゃんじゃないと

成し遂げられない芸当だ。俺には難易度が高すぎる。非常に残念だが…無理だ。

 

約束した時間よりも10分程早く到着した。

メールで駅前に集合と言っていたが、駅前のどこに集合とは聞いていなかった。

とりあえず改札近くで待つことにした。

 

待っているだけなので手持ち無沙汰になってしまう訳だが、そういうときに限って時間という奴は遅くなってしまう…

 

とりあえず、近場の壁に寄りかかって、携帯を開く。

画面を見る振りをしながら、今日の目的について少し思考を走らせてみる。

 

まずは状況確認をしてみよう。

 

一色はあの爽やか系イケメンと付き合いたいとそう言った。

俺はその手助けをすれば良い。それだけだ。

 

で?なんで俺は今日呼び出されているのだろうか。

 

正直話だけだったらメールでもできたはずだ。

結局そのイケメンの奴についても外面知っただけで名前すらわからん。

覚えようとも思わねぇ。

なるほど、俺も相手に全然興味が無いことを表してるな。

 

一色には今日なにすんだとメールは送っているが、返信は『内緒ですっ』っと言われ、教えてすらもらえなかった。

 

このことから言えるのは、俺はこの実験中に一色から何かしらの指示をもらう事があると言う事だ。その指示が一体何なのかは分からない事が俺の最大の不安なのである…

 

うーん、冷静に考えると一色のあの様子だと外見だけで惚れ込んだ感じだろう。

一目惚れに似たようなものだとおもうが大丈夫なのだろうか?

黒歴史増やすぞ?

 

ってか他の誰かと付き合っていたらどうすんだこれ?

 

あの時完全に頭働いてなかったからテキトーに答えちまったのが悔やまれるぜ…

 

 

ん?

 

 

視線を感じ、いったん思考をきって視野を戻す。

俺の3歩くらい前に一色の姿が映った。一瞬うわぁ…という顔をしていたがすぐに取り繕っていつものちょっと口角を上げた表情に戻った。

え?俺なんかスゴイ顔してた?

 

それよりも声かけてね?ちょっと驚いたわ。

 

「せーんぱいっ、お待たせしました〜」

 

「声かけろよ、びっくりすんだろ」

 

「驚かせようとしたんですよ?」

 

「あー、そうですか。ならその作戦に見事に引っかかったわー」

 

棒読みにも近い台詞を吐きながら駅前の時計を見る。集合5分前だ。

 

ふふっっと微笑を浮かべる一色が再度『お待たせしました』と口を開く。

その微笑めいた表情に不意を突かれつい視線を外してしまう。

 

「別に待ってねぇよ。集合時間前だ」

 

「確かにそうですね。でもいまのポイント高いですよ」

 

「そ、そうか」

 

打算的とは分かっているのだが、どうもその仕草と表情に

照れを隠しきれない。これが男のさがというやつか。

 

そういや、こいつのこの仕草どう言い表せば良いかって前に考えたな。

候補が結構あったが、結局どれもしっくりこなかったな。

 

「そういえばだいぶ考え更けていましたけど何かあったんですか?」

 

「今日の事について何すんだろうなって想像していただけだ」

 

「想像って…せんぱいキモいです」

 

えっ?俺が発言する想像ってそんなにキモい?

あいつが発言したら別の意味で捉えちゃうよね〜って事?

俺そんなキャラクター確定してねぇし、される様な友達いねぇし!

不審者扱いならあるぞ!…っそれかっ!

 

「さいですか…」

 

「とにかく、あの人の件について情報収集してきたのでどこか入りません?」

 

「そうだな。落ち着けるとこ探すか…」

 

適当に駅前を歩く、やはり天気が良いのか建物と空のコントラストがハッキリとしていて、晴れた街を歩いているという情調を刺激する。

 

すると見覚えのある緑の看板が…

 

「おい、サイ…」

 

「却下です」

 

せめて最後まで言わせてよ…

 

「せんぱいサイゼ好きですね」

 

「そりゃ、うまいし、広いし、いつまでも居座れるし」

 

「たしかにそうですけれど〜。サイゼだと雰囲気でご飯まで一緒に頼んじゃいません?せめて食事は別の所でしたいんですけれど」

 

「あー、確かにあるな。ドリンクバーだけ頼もうとしたら何故かドリア頼んでるとか毎回だわ」

 

「なら探す所はカフェとかそういった所にしましょー」

 

「お、おぅ…」

 

なんか建設的な会話に見せかけて自分の欲求を押し通しやがった。

 

「あっちなんてどうですか、格安のチェーン店カフェ」

 

「お、おぉ…」

 

「どうかしました?」

 

「なんかオシャレなカフェに行くかと思いきや普通の所選択するんだなって思ってな」

 

「オシャレなカフェ行ってもせんぱい緊張しちゃいますよね」

 

一色さんマジ気遣いできるマジ良い子マジ卍。

おっ、マジ3つで鳴けんじゃね?鳴くだけの八幡。マジ役に立たねぇ…

その前に麻雀のルール知らんわ。

 

「そうだな。気遣いありがとな」

 

「せんぱいが緊張して顔真っ赤にしてぷるぷるしていると私も恥ずかしいので、今回はここでしましょうー」

 

悪かったな、流石に顔真っ赤にしてぷるぷる震えねぇよ。挙動不審にはなるがなっ!ガハハッ!!

 

「さいですか…」

 

「ほらせんぱいっ!いきますよー」

 

 

***

 

 

チェーン店系のカフェに入るのは初めてではないが、俺はそうそう来る所ではない。店内はモダンな木目?ウッドテック?まぁ木を意識したようなオシャレな店内だった。

 

俺はもうこれでも十分オシャレなカフェだと思うんだけれど、オシャレなカフェはさらにオシャレなカフェなの?混乱するから進化後に名称追加してくれよ、オシャレなカフェ・ブルーとかオシャレなカフェの極意とかおらワクワクすっぞ。

 

「せんぱい、いま凄くどうでも良いこと考えていませんか〜?」

 

「い、いや、そんな事は無いぞ?」

 

「だって店内見て口角ヒクヒクしてますよ」

 

嘘だろ!?ちょっとうまいこと考えたから1人でウケてしまった。昔、思い出し笑いを小町に見られて『おにぃちゃん!!!外でその笑い方絶対しないでね!確実に不審者と思われて通報されるから!』って言われてたの忘れてた!自重しよう…テヘペロ☆

 

「自重します…」

 

「何考えていたんですか?」

 

えーそれ聞いちゃう?八幡張り切っちゃうぞ。

 

「一色、漫画は読んだことあるか?」

 

「はい、有名所でしたら」

 

「俺はこのカフェが十分オシャレなカフェだと思うんだ。しかしお前の言うオシャレなカフェはこれより上位のオシャレなカフェなんだろ?オシャレなカフェのオシャレなカフェって言いづらくないか?」

 

「いえ、そういうのは店名で言いません普通?」

 

真顔でそれ返されると俺のネタへの導線が消えてしまうんだが…

冷静に考えるとその通りだ。俺の熱意返せ。

 

「一色、お前のネタ潰しの会話に涙が出そうだぜ…」

 

「せんぱいなら泣いた分だけ強くなれるんじゃないですか〜?分からないですけれど?」

 

なんでこいつこんなネタ知ってんの?ってかそれどこのサイヤ人だよ。

 

「アスファルトに咲く花みたいに…俺、強くなれるのか?」

 

「そもそもアスファルトに花の種が発芽するような栄養素ありましたっけ??日光も当たらなさそうですし。発芽しないんじゃないですかね?」

 

ヤーメーローヨー。現実突きつけるなよほんとに悲しくなるだろ。

 

「…明日こねぇじゃん。夢も希望もねぇな。」

 

「あのー?さっきからなんの話ですか???せんぱいなんでどや顔してるんですか?今かなり気持ち悪い顔していますよ?」

 

「その言葉が今日1番俺の心を抉ったわ…帰って良い?」

 

ごめん小町、お兄ちゃん学ばなかったわ…

 

 

閑話休題

 

 

店内の暖房が効きすぎていたのでホットの気分は失せ、アイスコーヒーを注文し、カウンターからガムシロップを5つほど取って空いている2名席に腰掛ける。

 

向かいに一色が対面で座ると、まじまじと俺のコーヒーを覗いてきた。

一色もアイスのカフェモカを頼んでる。やっぱり暖房ききすぎだよねここ…

 

「せんぱいって甘党なんですね。ガムシロ5個も入れる人初めてました〜」

 

「人生は苦いからな、コーヒーくらい甘くしたって文句は言われんだろ」

 

ストローでズイズイとコーヒーを飲み干してく。アイスコーヒーってすぐ無くなるよね。

 

「はぁ?」

 

なんかむかつく返し方すんな。折角キリッと言ってやったぞ感出したのに。…あっ、さっきも出したわ。

 

「っで?そろそろ情報を開示して欲しいのだけれど?」

 

「そうです、そうです」

 

一色は携帯のメモ帳に情報をまとめているのだろう携帯をいじりだした。

 

「名前は葉山隼人先輩です。2年生でいま総武高校で1番イケメンな男子です!」

 

おいおい、狙うレベルたけーなー。

 

「となるとかなり競争率たけーだろうな」

 

「まぁ、そんじょそこらの女とか私の敵ではないですけどね…」

 

一色こわっ!?なんでそんな笑顔でここまで冷酷な声がだせんの?前に腹話術とかやってた?

 

「それでも、お前以上の女子がいない訳でも無いだろ。そこら辺考えておかないと」

 

「まぁ、そこですよね」

 

「で、他に情報は?」

 

「部活はサッカー部所属みたいですね。実際放課後部活でているの確認とれてるんで確実だと思います」

 

おー、ちゃんと裏とってんだな。こいつ以外と優秀なのかもしれないな。

 

「ほぅ。なら部活入ってお近づきになるのも1つの手だな」

 

「それは考えてるんですけれど、プライベートが無くなるっていうのがちょっと迷い所なんですよねー」

 

まぁ確かに、青春を部活に費やす様な性格してなさそうだしな。

 

「他には?」

 

「いつも、6名?7名くらいのグループで固まっているみたいです」

 

人数が曖昧だ何。たまに抜けとかが発生するって事か?

 

「あー、と言う事は葉山先輩を中心としたスクールカースト上層部って所か」

 

「そのグループのうち、女子は何人だ?」

 

そう聞くと、一色が怪訝そうな顔した。

 

「あの…せんぱいが女子の人数聞くって非常に危ない感じがして…」

 

「俺、結構まともな人間だからね?」

 

「そうです…よね。信用します…」

 

信用するってその顔絶対信用してないよね。手伝えって言ってきてそれないよー?

 

「女子は3名です。…でうち1名がせんぱいと前話していた由比ヶ浜先輩です」

 

意外なところ…いや妥当か、由比ヶ浜の名前が出てくることに納得できた。

 

「まぁ、そいつら全員お前の敵だと思った方が良いな。なんせ1番葉山先輩に近い奴らだ」

 

誰もいないよね?せんぱいに奴らって言っちゃった。

学校じゃないのにちょっとビクビクしちゃう。

 

「そういえば彼女の有無とかは?」

 

「いえ、今の所誰かと付き合ったって話は無いらしいですね」

 

「ふーん…」

 

「…ねぇ、せんぱい?」

 

一色の笑顔の視線が刺さる。

なぜなら微笑を保ったまま声がやたら低く冷酷だからだ。

 

俺は急遽姿勢を正す。

 

「な、なんだ?」

 

「私のこと馬鹿にしてます?他人事だと考えています?」

 

「い、いやそういうことはないぞ?」

 

「さっきから、すぐ考えれば出てくるような事ばっかり言ってますよね?真剣に考えていますか?」

 

「それは一色が優秀って事だろ。きっとうん多分そうだと思う」

 

「まったく全然使えないせんぱいですね。しっかりしてくださいっ」

 

おぃ、そんな怒った顔しながらカフェモカ飲むな。

ちょっと可愛いと思ってしまっただろうが。

…ってか年下に怒られている俺まじ悲惨…

 

「まぁ、いいです。今日買い物の時間で1つくらい妙案出して下さいね!」

 

ん?

 

「おい、買い物の時間ってどういうことだ?」

 

「これから、買い物行くじゃないですか〜?」

 

「いや、初耳だぞ!?そこまで付き合うとは聞いてない」

 

「え?もしかして今口説いています?初めて女の子と買い物一緒に行くからって既に付き合ってる雰囲気だして彼氏面とか引くし気持ち悪いし無理だしもう少し女心を勉強してから出直してきて下さいごめんなさい」

 

最後にぺこりとお断りのお辞儀までされてしまった。

 

「…彼氏面してねぇし、無理矢理ねじ込んだ感あるんだよなーそれ」

 

てへっっとお辞儀の頭を上げてテヘペロのポーズしてるし。

どうせ計算ずくだろう。

 

うーんもう少しでこの表現を表せる言葉が出てくるんだがまだ出てこないなー

愛らしい?あくどい?なんか違うんだよな。

 

「良いじゃないですか〜、こんな可愛い女の子とデートできるんですから〜」

 

「自分で言わなきゃな」

 

「で?一緒にお買い物行ってくれますよねっ」

 

俺はまた深くため息をつき、『行くぞ』と言いカフェの外へと向かった。

後ろから『あー待って下さいよー』と一色の声が聞こえたが無視した。

店外に出るとアイスを頼んだことを後悔した。寒い…

 

 

二人が出た店内

 

返却トレイに返されたグラスに残っている氷がカラン、と音をたて実験第二部の開始ゴングを鳴らした。

 



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#5-2

たまに実体験ネタを出すとこう…くるものがありますね…


ひとしきり買い物を終えて、ショッピングモールから出た。

 

頂点を過ぎ、傾いた太陽が行き交う人々を照らし細長い影を作り出す。

その影はひとつふたつとすれ違い、増えたり減ったり大きな影に飲まれたり2つの影が重なったり様々な模様を映し出した。まるで人間関係の縮図を目の当たりにしているかのように思えた。

 

「買い物楽しかったですね!せんぱいっ!」

 

その声で俺は現実逃避から引き戻された。

 

日の傾き具合からかなりの時間を一色の買い物に付き合わされたのだろう。

両手いっぱい買い物袋持たされてるしね…

どっからそんな金出てくんの?

もしかして:パパ活してる?

 

結局、実験と言いつつ、体の良い荷物持ちが欲しかったという感じなのだろう。

 

次からどんな誘いも断ろう。絶対にだ!

 

一色よ…買い物も終わったし、もう…俺に用ないだろう?

別にもうご飯とかいいからさっ…帰ろ?

駅向かってるよねこの道?

 

一色を先頭で歩かせ、俺はそれについて行く。

だって広い歩道じゃないし、迷惑だろ普通?

 

俺の辞書に横並びという文字はない。

基本後ろでついて行く金魚の糞スタイル。

あらやだ、糞だなんてはしたない。

 

ならセンスある男、比企谷八幡のもっと洒落の効いたネーミングセンスを見せてやろう。

 

ドラクエスタイル。

 

もうちょっと頑張って考えろや。

 

「せんぱい何か食べたいものあります?」

 

一色が歩きながら後ろを振り返り質問をしてくる。

 

こら、ちゃんと前を向いて歩きなさい。

 

「もうご飯とかいいから帰りたい」

 

「どれだけおうちが恋しいんですか」

 

「外に出て半日たつと家に帰りたくなる病気なんだよ」

 

「ハッ」

 

ちょっと?一色ちゃん?お行儀のよくない笑い方しないの。俺が泣いちゃうでしょ?

 

「せんぱいは私を家まで送っていく責任があるんですからね!ちゃんと最後まで付き合ってもらいますよっ!」

 

えっ?なんだって?

 

どっかのラノベ主人公みたいな難聴じゃないが、こいつ今俺に崩壊の呪文唱えなかった?聞かなかったことにするわ。

 

「ちょっとまて、駅までじゃねぇの?」

 

「女の子にこんな大量の荷物を持って帰れとかせんぱいは女の子の取り扱い方が本当になってないですね」

 

そんじゃ取扱説明書出してくれよ。

俺の目の前に居る不良品を交換する案内番号さがすわ。

 

「その大量の荷物を買ったのはお前なんだが…」

 

「そういうわけでよろしくお願いしますね!せーんぱいっ!」

 

だめだ、聞いちゃいねぇ…

 

 

***

 

結局、一色に連れられ、駅前のレストランに入ることにした。

 

入ったところは、またもや木の雰囲気を出したレストランだ。

何か森ガールが生息してそう。

ゆるふわ系な一色もぱっとみ森ガールっぽく…見えないな、森ガールに謝れ。

 

ただ洒落た感を出そうと書体崩し過ぎて店名何書いてるか読めねえ。

本末転倒じゃねぇか、大丈夫かこの店?

 

俺たちは広々とした4人掛けの席に案内される

対面に腰掛け、俺はようやく両手の紙袋から解放された。

 

両腕に血液が流れてくるこの感覚…

俺、生きてる!!

 

「せんぱいはこういったお店とかこないんですか?」

 

一色ちゃん?もしかして知ってて聞いてる?ねぇ?知ってて聞いてるでしょ!

 

「基本サイゼだな、安いしドリンクバーついてるし長居できる」

 

「女の子と一緒にいるときはサイゼの事は忘れましょ?」

 

サイゼはいつまでも俺の心の中にいる。

ズッ友だよっ!!

 

「小町ならそんなこと言わないのにな」

 

「むー…女の子と一緒にいるときはほかの女の子の名前出すのはNGですからね?」

 

「その女の子と一緒にいるときはって奴、枕言葉になってないからね?多用するのやめよ?ちなみに小町は妹だ。」

 

そんな女の子女の子言われたら意識しちまうだろうが。

 

「本当に妹いるんですか?そうは見えないんですが?」

 

え?なに?一人っ子に見える。

小町居なきゃ俺、存在意義ないからね。

 

「おいやめろよ。小町は俺の想像だけの存在じゃねーぞ」

 

この世界が夢の中で、交通事故に遭ってから俺はずっと病院のベッドで寝たきりだった。その前は小町という想像上の妹を作り出して生活していた。母は言った『八幡、あなたに妹はいないの』とかそんな展開いらないから。それならむしろ異世界転生させてくれよ。

 

「そうなんですね〜、じゃあ今度紹介してくださいよ〜」

 

「えっ?普通に嫌なんだけれど」

 

「えー!?何でですか〜?」

 

「小町に悪影響を及ぼすだろ」

 

「人を悪の元凶みたいに言わないでくださいよ」

 

「お前の、あの…なんだ…?打算的な表情?っていうのか?仕草?小町が真似したらどうすんだよ」

 

「どうなるんですか?」

 

「小町がそんなの覚えたらお兄ちゃん逆らえない…」

 

一色が少しんー?と考え事をしているらしい可愛い仕草一瞬だけして、ッハっと何かに気がついたあと、ちょっと興奮気味にまくしたてる。

 

「もしかして今口説いてました?いろは、お前の表情ひとつで俺は何でも尽くしていけるとか遠回しにくさい台詞を言ってもせんぱいはただキモいだけなのでもっとストレートに言ってくださいごめんなさい」

 

お前の頭の中ハッピーセットかよ。

わざとやってるだろ…

 

「ツッコミどころ多すぎてどこツッコめば良いかわかんねぇよ…」

 

「ですよね〜」

 

一色はふぅっと嘆息をつき、背もたれにもたれかかる。

 

「それじゃ、とりあえず何か頼みましょっか」

 

「そだな」

 

ふざけたやりとりを終え、俺たちはメニューに視線を落とす

 

おいおい、サラダ1つで野口氏が一枚で足りないお値段ってなんだよ。

 

どんな高級店に入ったんだよ一色。

 

「おい、ここどんだけ高級店だよ、俺そんなに金無いぞ」

 

俺の不安な表情を察してくれたのか一色が『あ〜』と何か思い出したかのように説明を始めた。

 

「あっ、せんぱい。言い忘れてましたけれど、ここのお店、大皿を取り皿で分けるスタイルらしいので単品料理頼むと痛い目みますよ。量的にもお財布的にも」

 

それ中華料理店じゃね?明らかに中華な雰囲気だしてないでしょ。イタリー系中華とかそういうコンセプトのお店なの?何それ新しい。でも遠回しでお一人様禁止してるよね?え、ちがうの?フードファイター育成してんの?それもどうかと思うぞ。

 

「せんぱい嫌いな物ってあります?」

 

「トマトだな」

 

「それじゃこれにしましょう」

 

一色がメニューに載っている写真を指したのが、

トマトばかりを使用した贅沢パスタ。写真を見るからでも判るこのゴロゴロに入っているトマト。

 

一色ちゃん?これは何の嫌がらせかな?

 

「ここってトマト美味しいんですよね〜」

 

「もっと別の選択肢もあるだろ?」

 

「もー、わがままですねー。ならハーフアンドハーフで頼みましょ」

 

「お前ブーメランって言葉知ってるか?胸に手を当てて自分の行いをよく振り返ってみ?」

 

すると一色は俺が言ったとおりに胸に手を当てて目をつむって考え始めた。

 

こうみると大分可愛いなこいつ。

 

「私可愛い」

 

俺の感心返しやがれ

 

「半分トマトの奴と半分ボロネーゼでいいだろ」

 

「承知です〜」

 

一色が従業員を呼び、手際よく注文を終える。

 

「何かつかれた…なんでこんな取り分けするタイプの店選んだ?」

 

「やだなぁ、せんぱいに取り分ける女子アピールするために決まってるじゃないですか〜」

 

「それ言ったら全て台無しじゃね?」

 

「いいんですよ〜、こう言うのってむしろ隠しているよりも最初に言っていた方が好印象なんですよ?」

 

「たしかに、一気にお前への警戒度が限界値振り切ったわ」

 

「そう言いながら少し期待してたりするんですよね?せんぱいっ」

 

「そ、そんな事は無いぞ?」

 

「せんぱい…勘違いしちゃって、良いんですよ?」

 

上目遣いで俺に顔を近づけて猫なで声で一色はささやく

 

あーこの会話の流れに雰囲気…非常にまずいな。

 

「信用ならねぇ奴が信用できない言葉吐いてもな…」

 

「えー、私せんぱいから信用されてないんですかー?」

 

「あぁ、お前が漫画のキャラだったらいつか俺を裏切る」

 

「何ですかその例えキモいですよ」

 

なんで漫画で例えようとするとキモいとか言われるの?

お前ら漫画嫌いなの?読むだろ少年漫画よりもエグい少女漫画って奴を。

 

「でもでも1周回って信用しても良いかなって思いません?」

 

「マイナスをマイナスで乗算するとプラスになるようにか?…んな訳あるか。借金を借金で乗算しても借金が途方もない金額に増えるだけだ」

 

「えー、じゃあどうやったらせんぱいに信用されるんですか〜?」

 

「企業秘密」

 

「周りには内緒にしますから教えて下さいよ〜」

 

「そういう奴ほど信用ならねぇ。…俺の友達の友達の話だが、好きな人いるかと聞かれ、大丈夫!内緒にする!つってたから話したのに翌日にはクラス中に広まっていて、好きな人には何故か告白していないのに振られるという珍事があってな」

 

「どんな悲しい過去背負っちゃってるんですかせんぱいは…」

 

「お、俺の話じゃねーし」

 

「だってせんぱい友達いないじゃないですか〜」

 

「ぐっ…!」

 

とりあえず話をそらせる事が出来た。

勘違いしても良いという甘い台詞とあの仕草も合わさってくると物凄い攻撃力生んでくるな。魅了成功率にどんだけ極振りしてんだよ。

危うく言葉を鵜呑みにするところだったわ。

 

「ってか先輩にも好きな人いたんですね-」

 

「…中学は思春期真っ盛りだったからな。黒歴史しかねぇ」

 

もう思い出したくもない事ばかりだ。

 

「へぇ〜、気になりますね。どんな子がタイプなんですか?」

 

「お前と真逆なのがタイプだな」

 

「それ私が目障りで生理的に受け付けない男子に言い寄られた時に言う台詞ですよ」

 

「おまえ、なかなか酷いな。若干引いたわ」

 

「せんぱい?ブーメランって言葉知ってますか?」

 

「さーて、飯まだかなー」

 

「あー、話そらした〜。…別に良いですけれど〜」

 

ぶすーっとふくれっ面でコップを傾ける一色を見ながら俺は小町と一緒に居るかのような楽しさを感じるのでだった。

 



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#5-3

スタバのアールグレイとお供のスコーン風味な甘めです。


大皿に乗せられた2種のパスタを一色が丁寧に小皿へと盛りつけていく。

 

俺に盛り付ける女子を見せつけると豪語しているだけあって、パスタは小皿にきれいに盛り付けられていっている。

 

この光景にデジャブを感じ、どこで見たのか記憶をたどる。

すると、家で小町によくしてもらっている食卓の風景と似ていることに気づいて苦笑が漏れる。

 

「せんぱい?何想像しているかは知りませんけれど、また笑いが漏れてますよ?」

 

いきなりニヤって見られたらそりゃ怪しまれるわな。こりゃ失敬。

 

「ちとこの光景にデジャブを感じてな。小町によくやってもらっている光景に似てたんだよ」

 

「それって遠回しに口説いてます?いろはなら俺の奥さんに相応しいとか順序すっ飛ばすのは構いませんがせんぱいの収入面が心配なので安定した収入が入るまでごめんなさい」

 

もう何度目になるかわからないこの下り、一色は取り分けに集中しているのか、その言葉に感情はなくただつらつらと言葉を並べているだけだった。つまりは棒読みだ。

 

よく取り分けながらこんだけ言葉並べられるなと感心し、俺はその言葉の返しを考える。

 

「俺専業主夫志望なんだけれど…。ってかお前の頭の中の俺は名前呼びなのかよ」

 

「そうですよー。なので現実と差分が出てくるわけです。せんぱいが名前呼んでくれたら埋まるんですけれどね〜」

 

一色が盛り付け終わった小皿をこちらへと寄せながら期待を込めて、俺ににっこりと微笑む。

 

「呼ぶわけねぇだろ」

 

何言っちゃってんのこいつ。

妄想寄りに現実変えに来てる辺りやべぇぞ。

 

「まぁそんなことより、せんぱい?国語得意ですか?」

 

唐突に一色が両手を合わせ質問を切り出す。

文系は俺の得意分野だし。

 

「大得意だが?」

 

「では問題です!」

 

なんだ突然。俺に国語の問題で勝負しようっての?

おもしれぇ。千葉と国語の問題で俺に勝てる奴はそうそういないぞ。

 

「全てのかな文字を重複させずに使った誦文の事を何歌と言うでしょう?」

 

「いろは歌」

 

「え?なんて言いました?」

 

「いろは歌」

 

「最後の歌邪魔だから捨てましょう、ほらリピートですよ」

 

「何がそんなことよりだよ。がっつり名前言わせようとしてんじゃねぇよ」

 

「むー、これなら確実に呼んでもらえると思ったのにな-」

 

「詰めが甘いわ」

 

「まぁいいです。こんなくだらない事してないでさっさと食べましょ。のびちゃいますよ」

 

あれぇ?こんなくだらない事を始めたのお前なんだけれどなぁ-?

 

軽く嘆息をつき、先ほど渡された小皿に視線を向ける。

 

綺麗に磨かれた真っ白な小皿が暖色の照明で淡く彩られ、それに乗せられたボロネーゼがひときわ色濃く映る。

 

なるほど、これがインスタ映えという奴か。

食事は見た目も楽しむとはよく言ったものだ。

 

一色を見ると自分が盛り付けた小皿を写真に収めていた。

あっ、ここにもインスタ女子がいたのね。

 

そう思いながらボロネーゼをすする。

 

「こーら、せんぱいっ、すすっちゃうとソース服に飛んじゃいますよー。スプーンで丸めて食べちゃって下さい〜」

 

だれが年上なのか分からないな。

 

 

***

 

 

食事を終え、腹休めに背もたれにもたれ掛かる。

その瞬間にふぃーっと声が出てしまう。

余は大満足でおじゃる…

 

「さて、せんぱい?何か忘れていませんか?」

 

「スイーツなら一人で食ってくれ、もう入らん…」

 

「違いますよー、葉山先輩の件!今日中に何か妙案出してくださいねって言ったじゃないですかっ!」

 

あー、そんなことも言っていたね。

了承した覚えはねぇけど。

 

「すまん、完全に忘れていたわ」

 

半目で見てくる一色を目の前に超高速で考えをまとめる。

 

「せんぱい?私との時間が楽しかったからって当初の目的を忘れてたら本末転倒じゃないですか?それともー?また私と遊びたいって遠回しにアピールしています?」

 

アピール遠回してどうするよ?それアピールじゃねーじゃん。

 

「わーたわーた。今俺なりにまとめてみたわ」

 

「早いですね」

 

「意外と頭の回転は良いんだよ」

 

「そういう自慢良いからそのアウトプット見せてくださいよ」

 

意外と成果主義なのね一色さん。

 

「とりあえず、お前はサッカー部入れ」

 

「はぁ?何で、サッカーとか興味ないし臭いの嫌なんですけど?」

 

「まぁ話は最後まで聞け。やっぱり葉山先輩との接点を掴むには定期的に会うことだろ。単純接触効果という心理学があるんだがな、接触頻度を増やすほど人は好印象を受ける。つまり、上級生との接点を下級生でも持てるってのが部活の良いところだ。さらに、しっかり仕事ができるんならさらに好感度アップ。葉山先輩目的で入った女子なんぞ仕事できんだろうし葉山先輩以外の男のマネジメントまでやらないし面倒臭がるだろう。それでも我慢して続けられるなら葉山先輩からも一目置かれ他の女子どもを出し抜ける事間違い無しだ」

 

「なるほど、一理ありますね」

 

「よし、そんじゃこれで決めようぜ」

 

「しかし、駄目です」

 

っえー!!!俺結構これ最高の案じゃんって思ったのに…

 

「プラスここにせんぱいもサッカー部に入るって案を提案します!」

 

「はぁ?」

 

あっ、素でむかつく返答が出ちまった。

まぁいいや、少し厳しめに意見してやろう。

オレヲマキコムナ。

 

「だって私だけ苦労するとか無理ですし…先輩がいれば苦労が半減するし」

 

「そこは葉山先輩頼れや、俺ばっか頼って勘違いされたらどうすんだよ、本末転倒じゃねぇか」

 

「むー…せんぱいが提案したんですから、最後まで面倒見る責任があると思います」

 

「そんな責任ねーよ。やるかやらないかはお前の判断だ。全てお前の責任でやるんだ」

 

「怖いんですよ…周りが敵でひとりで立ち向かうって?ひとりくらい仲間が居ても文句はないんじゃないですか?」

 

「立ち向かう覚悟もねぇなら最初から諦めろ。俺は手伝わん」

 

「…うぅ」

 

涙目で俺を見つめてくる一色をみて心が少し心が痛む

 

…っ、言い過ぎたか?

ちょっと泣きそうになってるし…

いやしかし、ここで甘やかしたらつけあがるし…

 

 

 

…うー

 

 

 

 

そんな顔すんなし。

 

「その、なんだ?葉山先輩に振られたらまぁな…その…なんだ…付き合ってやっから」

 

 

 

 

「ぇ?」

 

 

 

 

 

あれ?この間…なに

俺なんか変なこといった?

 

「せんぱぃ?今私に告白しました?」

 

「ふぁ?」

 

変に高い声が出た。

あーっ!?なるほどっ!!そういう風に捉えちゃう!!

照れくさく早く会話を終わらせようとして主語抜けるとかどんなミラクルミスだっ!

弁解しないと!

 

「っち、違うっ!そういう意味の付き合うではなくて…!」

 

やばい、テンパりすぎて上手く言葉が出てこねぇ…

 

「なるほど。つまりせんぱいはもし私が葉山先輩に振られたらせんぱいが強制的に彼氏になると…そう私を脅迫するんですね…」

 

こいつ何言っちゃってるの?

 

脅迫ってなに?脅迫って?

小学生の頃に罰ゲームで俺に告白しようとした女子が俺に告白することが嫌すぎてまじ泣きしてなぜか俺がその他多数の女子に集団シカトされた思い出がリフレインするからまじやめてね?

 

「確かに妙案って言うか背水の陣ですね。逃げ道をなくせば確かに必死で頑張れそうです。せんぱいが考えた妙案。この手で行きましょう!」

 

何故が一色はひとりうんうんと納得している。

何言っちゃってんの?ちょっと性格前向きに変わってね?

さっきまでひとり無理とか言ってたよね?

 

「いやちょっとまて、だから…」

 

「よーっし決まったら一気にやる気出てきた!せんぱいっ、今日はもう帰って良いですよ〜。私作戦練るんで」

 

「お、おぅ…」

 

あーもういいや…。

もう解放して貰えるんだ?んじゃ帰る-!

 

帰ろうと支度を始めた時、隣にある紙袋が視線に入る。

 

 

「いや、やっぱ送るわ。荷物重いだろうしな」

 

「ふぇ!?」

 

一色ちゃん、女の子がそんなやらしい声出しちゃ駄目ですよ?

八幡、不審者に見られて青い制服のお兄さんに職務質問されちゃうからね?

 

「どどど、どうしたんですかさっきまで嫌がってたじゃないですか」

 

「妹の教えでな。女の子には優しくしろとよ」

 

そういうと、一色は両手で顔を覆い下を向いて『水まで攻めてくるとか聞いてない…』とよく分からない事をつぶやいていた。

 

ひとしきり落ち着いたタイミングで再度彼女に声をかける。

 

「それじゃ、出るか」

 

「そうですね」

 

料金はサイゼよりも高いものの、そこまで高くはなかった。

二人以上で来るならね。

 

外に出る。日はすでに身を隠し、辺りは暗く夜が到来していることを感じさせる。

その闇を覆い隠すかのように無数の街灯が、街の姿を変えていた。

 

 

***

 

 

「ここまでで大丈夫ですよ」

 

一色がそう言って俺の手から紙袋を受け取る。

 

「そりゃあな。これ以上踏み込めるかよ」

 

一色の宣言通りしっかり家の前まで送っているのだから。

 

これ以上どこまで送るの?自分の部屋?

何ちょっといやらしいこと期待しちまうだろ。

だって俺も男子高校生なんだから。

 

「せんぱいにおうちの場所知られちゃいましたね。私逃げられなくなりましたね」

 

「何か含む言い方やめてね?何もしないからね?」

 

やめてね?勘違いしちゃうから。

 

「せんぱい知ってます?そう言う人ほど信用できないって?」

 

「否定はできんな、むしろ一理ある」

 

「ちゃんと来るなら連絡くださいね?女の子は家にいても準備ってものがあるので」

 

「あー、はいはい。いつか多分くるんじゃね」

 

「期待していますよ。今日はありがとうございました。」

 

ちょうど、ここが去り際かな?

そう思い、踵を返し駅へと戻ろうとした時、思い出した。

 

おっと、そういえば忘れていた。

危うく渡しそびれるところだった。

 

「ついでだ、これも入れておくわ」

 

「へ?」

 

一色が受け取った紙袋の中にラッピングされた小物をつっこんだ

 

「まぁ、いらなけりゃさっさと捨ててくれ。そんじゃ…」

 

気恥ずかしさからその場を立ち去り、そのまま早歩きで駅へと向かった。

 

教室でふと耳に入ってきた一色と友人との会話を思い出す。

その際に誕生日の話をしていたのが不可抗力で耳に入ってきた。

そして今日が一色の誕生日だった事を知った。

 

キモがられるかなーこれ、俺がそいつの立場ならマジでキモいから二度と近づくなって言うくらいやりそう。じゃあなんでやったの俺?ドMなの?

 

携帯が震える。多分さっきの件で一色からのメールだろう。

恐る恐るメールを覗いてみる。

 

--- 誕生日プレゼントありがとうございます。まさか知っているとは思いませんでしたよー?最後の最後で渡すなんて、せんぱいはひきょうですね。---

 

なんで知っているのって言う追求がなかった…とりあえずほっとしたわ。

 

--- うっせ、渡すタイミング無かったし。とりあえず、誕生日おめでとう ---

 

--- ありがとうございますฅ(ミ・ﻌ・ミ)ฅ ではまた学校で〜 PS:外出るときの洋服は小町さんに選んでもらって下さいね。---

 

俺の服装ダメだった?何も言われなかったから大丈夫だと思っていたのに…

帰りに小町に聞いてみるか。

 

こうして、俺の長くも面倒くさい1日は幕を閉じた。

 

辺りはすっかり闇に落ち、気温が下がって軽く身震いする。

っふと空を見上げると欠けた月が雲で霞むことなくハッキリと映し出され、周りには無数の小さな粒があった。それらが全て星なんだなと世界の広大さを感じさせた。

 

この空に比べれば俺の悩みなんて小さな物だろうと考えようとしたが、大きかろうが小さかろうが結局は俺が面倒くらっていることには変わりが無い。

 

それにこの空に比べればってそもそも比較対象が違いすぎる…人間と空を

比較対象にすんじゃねぇよ。空ってそもそも悩む思考すらないからな?

 

それなら別の比較対象を用意するべきだ。人遺伝子合致率で考えるとチンパンジーかゴリラだ。…なぜ生物学的な霊長類を取り入れたよ。せめてホモサピエンスで括れや。

 

どうでも良い考えをしていると目先に丁度駅が見えてきた。

ようやく帰れると感情がこみ上げ、今までの思考を全て投げ捨て俺は足早に駅へと向かうのだった。

 

 

 



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#6-1

曇天の空は日射を遮り気温を落とした。

さらにその雲はいつ雨を降らせてもおかしくないような空気を醸し出していた。

 

そんな中、俺は自転車を走らせる。

ちょっと雰囲気的にいつ雨が降ってもおかしくない。

少し急ごうとペダルを力強く踏む。

ケイデンスを上げるぞ!

 

そう思った矢先、赤信号に止められた。

畜生、俺の体力返しやがれ。

 

信号待ちの気紛らわしに昨日家に帰った後のことを思い出す。

 

拘束から解かれ嬉々として家に帰った迄はよい。

そこからさらに玄関前で正座させられるとはお兄ちゃん思いもしなかった。

 

「おにぃちゃん…小町おにぃちゃんがコンビニに行くんだろうなって思ってその格好見過ごしたの、わかる?でもその予想を裏切ってデート?…おにぃちゃんの一生で数回あるかないかのビッグイベントでその格好はないよ…小町一生の不覚だよ」

 

「えっ、そんなにダメだった!?」

 

「ありえないよー?上はジャージで下はスウェットって、コンビニによく出没する田舎のヤンキーみたいな格好」

 

小町ちゃん?それってお兄ちゃんも田舎のヤンキーって遠回しに言ってる?

 

「まじか…めっちゃ楽なのに」

 

「着心地の問題じゃないよー?、今度から女の子と遊びに行くときはちゃんと小町に言うこと!わかった?」

 

「はい…」

 

外では恥ずかしい格好だって知らなかったんだよ。

でもそういうこと後で言われるとすげー恥ずかしいよな。

しばらくはあの場所に近づかないようにしよ…

 

目先の信号が青へと代わり、ペダルを踏み、俺は急ぎ学校へと向かった。

 

 

***

 

 

教室に着き、いつも通り俺は机に突っ伏してHRまで、眠りにつこうとした。

そこでいきなり声をかけてきたメガネ野郎がいた。

 

おっおぉ…人に声かけられるなんて中学3年の夏以来だ。

 

ってか、んだよ。

俺のスゥウィートタイムを汚すんじゃねぇ。

 

「比企谷先輩、もしかして昨日、一色さんとデートしてました?」

 

「はぁ?」

 

目が覚めたわ。

 

ってかその一色いろは。

お前のせいでほかが先輩呼びになっちまってるだろうが。

 

「いや、違ぇし…あれはデートじゃねぇ。一方的な荷物持ちだ…」

 

「まぁ、見ればいくら何でも分かりますよ。先輩どうしたんですか?5秒で支度しろとか言われた格好してましたよね?」

 

やめろよ、40秒でももっとマシな格好できるとか遠回しに言わなくていいから。

俺のナウでデリケートな羞恥心抉ってくるな。

 

「ってかお前誰だよ?」

 

「っえ!?相模ですよ。最初のLHRの時に自己紹介しましたよね」

 

「40名近く居る奴らの自己紹介って一度に覚えられないでしょ普通」

 

お前興味ない奴の名前なんて覚えるか?覚えないだろ?無駄な労力だろ?

そんなの完全記憶能力でもない限りあり得ないわけだ。

一回言えばわかるとかそんな幻想ぶっ殺せや。

 

「そうですね、確かに」

 

おっ、意外と素直だな。

 

「ときに相模、なぜお前がその情報を持っている?ショッピングモールにいるときにでも出くわしたのか?」

 

「違いますよ。あれ、グループチャットで回ってきたんですよ」

 

そう言って相模はグループチャットの画面を見せてきた。

ってかこういうメッセ関連って普通に人にも見せるんだね。

友達いねぇからわかんねぇや。あっ1人いたわ。

 

『一色いろは、彼氏とデートしてるwwチョーウケるんだけどw』

『格好wwww田舎のwwwwヤンキーwじゃんww大草原ふっかふかwwwwww』

『えー兄貴とかじゃねぇの?』

『あれこの人確か同じクラスだったよね?誰だっけ?』

『ばっか、同じクラスのヒキタニ先輩だろw』

『ちげーよ比企谷先輩だろ!前に2年の人と話してんの見た』

『えーっっていうことは一色さん比企谷先輩とつきあってるの?』

『その可能性もなきにしもあらずだな。』

 

・・・

・・

 

「こいつら一色の話より俺の事馬鹿にしすぎだろ」

 

俺の居ない所で俺の話題で持ちきりとか俺大人気だな。

おっ、また3つ揃ったな、また鳴けるぜ。むせび泣く八幡。

哀れ過ぎるだろ…

 

それよりも大草原ふっかふかってなんだよ。

なんか包まれる優しさを感じちゃうだろ。

そんな大草原で、俺は貝になりたい。

 

「まぁこんな会話があったわけで早速事実の有無を確かめに出向いてきたわけです」

 

「野次馬根性出しすぎて引くわ」

 

「罰ゲームですよ」

 

「それ免罪符じゃないからな?」

 

俺を罰ゲームの景品にすんのやめてね?

罰ゲームでバレンタインあげるとか、罰ゲームで映画行くとか、罰ゲームで食事行くとか、罰ゲームで告白するとか罰ゲームで付き合うとかあれ?罰ゲーム何か可愛くないか?

 

まぁ理想はそうだな。

だが現実はこうだ。

 

罰ゲームでデートするとか言われてそれでもデートだと頑張ってファッション整えたはずなのに当日待ち合わせに誰も来ず、学校では遠くから撮影された俺の自慢のファッションが拡散され笑われていた。

 

なかなかエグいだろ?誰が俺に罰ゲーム押しつけろっつったよ。

自分で完遂しろや。

 

「とにかく、比企谷先輩は一色さんと付き合ってる事実はなかった…ということですね」

 

「みんな一色好きだなぁ」

 

「そりゃ-、あの顔と性格ですからね。モテるかと思いますよ」

 

携帯をいじりながら相模はそう答える。

多分またグループチャットで今の話を伝えているのだろう。

 

「そうか…」

 

あの性格の裏を知っているのかねぇ?

確かに男ウケする性格ではあるな。

大体可愛い女は面倒くさいんだよ。

小町が良い例じゃねーか。

小町は可愛くて面倒くさいのが良いんだよ。

悪いか!!

 

「実際、何人かの男子とは既に遊びに行ったって噂ですしね」

 

そのうちの一人が俺なんだろうがな。

 

「まぁ、良いんじゃねぇか。あいつが好きでやっている事だし。わざわざこっちが詮索する必要ねぇだろ」

 

「意外と一色さんの肩持つんですね」

 

「いや?そうでもないぞ。興味を持たないようにしてるだけだ」

 

「一色さんに興味を持たないとか先輩もしかして…」

 

そう言って、相模は1、2歩俺から遠ざかった

 

「おぃ、ぐ腐腐腐な考え方はやめろ」

 

あははと軽く笑った後、一礼して相模は俺の席を後にした。

おぃ、本当に今の誤解解けてるんだろうな?解けているんだろうな!??

 

まぁ、邪魔者がいなくなったのでようやく俺のスゥウィートタイムを始めることができる。

机に突っ伏して目を閉じる。

 

興味が無いか…

 

そいつが今何をしているとか何を考えているとかそれを考えるだけ時間の無駄だ。

やるべき事は目の前に沢山あって、相手がいないと答えが出ない事に時間を費やすことは時間の無駄遣い以外に例えようのない行動だ。

 

それは机上の空論ではなく、考えるだけ考えて間違った答えを出し、それに気づかず行動して笑われ続けた俺だからこそ言えるのだ。

 

たまに正解の答えを出すこともあった。

その正解で得られた幸せという時間は酷にも有限で最終的に絶望を俺に押しつけてきた。

よって俺は結論づけた、幸せとは不幸の始まりなのだと。

 

つまりは正解でも不正解でもどちらをだしても不幸になるのだ。

俺の導き出した答えは、初めから相手に興味を持たないということだ。

 

ふと携帯が震える。小町が何か忘れ物をしたのかと突っ伏した体を起こし、携帯を覗く。

 

--- やっはろー、ヒッキー!今日ってお昼ってどうかな? ---

 

どうやら彼女は俺のことを忘れていなかったらしい。

ってかやっはろーってなに?

 

 

***

 

------Iroha View

 

お昼休み。

お昼は基本1人だ。

まぁ女子を敵に回すようなことをしている自覚はあるもの。

それでも度々昨日の事を聞かれる。

 

誰でも行くような近場のショッピングモールで2人一緒にいたんですよ?

そりゃ聞かれますよねーって、自覚はありました。

 

一色いろはは比企谷八幡とデートしていた。

その実体は荷物持ちでもそれを信じてくれる人間はどれ位いるだろうか。

拡散された写真を見ながらため息がでる。

 

9割はそう思うよね。

 

だってだって、いくら何でもあの格好で一緒にいるっていったら、どっかのコンビニで偶然バッタリと会ってそのまま荷物持ちになってもらったって言い訳すら通じる位THE・部屋着なんですからねせんぱい。

 

現に、『先輩を荷物持ちに使うなんて一色さんすごーい』とか言っている奴いるし。

 

皆が言う事も分かります。

私もあのデートを評価するならば、マイナスの点数を付けていたところです。

 

何度見てもどう見ても変わらないトップスがジャージにパンツがスウェットの超ラフスタイルファッション。

 

あれはお家でのみ許される格好ですよ。

 

よくその格好で外出られましたね?

田舎のヤンキーですか?

その姿で駅前に立たれていたとき、すごく残念な気持ちになりました。

 

苦言の百や二百言ったり、荷物持ちやらせないと何着ていくか苦悩に苦悩を重ねた私が報われません。

 

ましてや、苦悩して決めてきた私の服装にたいして、一切何も言ってこないとか…

今まで一緒に遊んだ男子の中では初めてです。

 

女性慣れしていなさそうな人だとは思ってはいましたが、実際お母さん以外の女性と一緒に歩いた事無いのでは?と思うくらい私に対し配慮がない。

本当に妹がいるんですかね?

 

一応女子と一緒に行動している認識はあるみたいで、常にどこかをキョロキョロと淀んだ瞳が忙しなく動いているんですよね…変なところで意識されても困ります。

 

極めつけには、たまに何か考えついたのかニヤっと口角が上がったりするあたり、香ばしい気持ち悪さが漂って来ます。

 

正直買い物中、何度か他人のふりしたかったです。

 

でもでも、最後はちゃんと家まで送ってくれて誕生日プレゼントまでくれたんですよ?

ちゃんとヒントは与えたんですがね。

 

ちょっと遠回し過ぎたかなって思ったんですがね…

 

それをしっかりと拾ってくれたんですよ?しかも最後のタイミングで出すなんて…

やっぱりせんぱいはあざといですね。

 

 

あ〜…今、クズ男に貢いでいる女の気持ちが痛いほど分かる。

これはちょろい…ちょろいろはだ。

 

やめろ出てくるなちょろいろは。

そうだ、葉山先輩の事を考えよう。

 

葉山先輩は聞けば聞くほど漫画のイケメンなんだよなー。

この学校に葉山ありと言うくらいの知名度だしね。

 

尾ひれが付いているのを考慮しても、文武両道、眉目秀麗を実現したかの人物。

うん、やっぱり葉山先輩をもっと深く知れるように努力しなきゃね。

 

うーん、せんぱいももう少し頑張ったら葉山先輩より少し下の顔になると思うんだけれどせんぱいはそこを頑張らなくていいや。変な虫ついても困るし。

 

 

あ〜…今、『私だけがあなたの事を分かってあげられる』とか付き合ってもないのに彼女面するスゴイ痛い女の気持ちになってた。イタタタタ…これはイタいろはだ…

 

やめろ出てくるなイタいろは。

そうだ、葉山先輩のことを考えよう。

あれ?さっきも同じ事考えていたデジャブ?

 

ポンッとメッセージアプリの着信音が鳴り、携帯を手に取る。

さて、どこの男子が私を誘いに来たのかなと覗いてみると、由比ヶ浜先輩と仲良く昼食を取っているせんぱいの写真がアップされていた。

 

ふーん、やっぱり由比ヶ浜先輩と仲良しなんだ。

ってかせんぱい?入学してすぐに可愛い女子と知り合うって面食いなの?あー胸も大きい方がいいの?ちょっと高望みしすぎじゃないですか?可愛い女子1人で我慢してもらっても良いですか?もちろんせんぱいは年下好きですよね?

 

あれ?何だろう、この胸の内を駆け巡るどす黒い感情は。

これはやばい、やばいろはだ。

 

やめろ出てくるなやばいろは。

そうだ、あれを思い出そう。

せんぱいのしでかしたミラクル。

 

『その、なんだ?葉山先輩に振られたらまぁな…その…なんだ…付き合ってやっから』

 

うんうん、これこれ。完全に告白。

最初のデートで告白なんてせんぱいもなかなかやりますね。

まぁ本心からじゃないの分かってますけれど、ちょっとときめきましたよ。

 

…よし、だいぶ落ち着けた。

 

それにしても、冷静になって考えて見ればこの写真って結局誰が撮っているのだろう。

明らかな隠し撮りを2度目…

 

ちょっとしつこく感じられ、私の不快感はこの投稿した人物に移り変わった。

 



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#6-2

曇天の雲は雨が降るか降らないかの拮抗状態を維持しつつどんよりと辺りを薄暗くさせる。

流石に外で食べれないと判断した俺たちは、教室棟と特別棟を結ぶ渡り廊下の休憩スペースを利用する事にした。

 

室内なので雨が降ろうが安心だ。

ただ人目につくのが難点な所だがな。

 

「隼人君?うん、知ってるよ。同じクラスだし」

 

どうやら一色の言っていたことは本当みたいだ。

由比ヶ浜も葉山先輩と同じグループに所属している。

となると、もう少し情報を引き出すことも可能か。

 

「そうか、葉山先輩ってなんか部活しているのか?」

 

「確かサッカー部!あと戸部っちも!あれ?もしかしてヒッキー、隼人君に憧れていたりする〜?」

 

んなわけねぇだろ。

その戸部っちって言うのは滅茶苦茶いらねー情報だな。

 

「いや違う…ちょっと色々と1年でも話題になっててな」

 

「あ〜、やっぱり1年にも話題になっちゃう感じ?隼人君スゴイ人気だし」

 

「んで、俺が年上だからって葉山先輩となんか絡みないとか?聞かれるわけだ」

 

一色とか一色とかな。一色しか聞いてこねぇがな。

 

「なんかヒッキー皆のお兄ちゃんって感じだね」

 

なんで俺クラスの代表みたいな言われ方されているんだが…

由比ヶ浜の中で俺は一体どんな設定になってんだ?

 

「いや、お兄ちゃんって呼んでくれるのは妹だけで十分だ…」

 

「確か小町ちゃんだよね…」

 

あれ?なんで知ってんの?

 

「ん?小町を知ってるのか?」

 

「うん、ヒッキーが入院している時、あたし1度小町ちゃんに会ってるんだ」

 

「なん…だと…」

 

あー、俺が寝ている時ね。

見舞いに来たとか小町言えばいいのに。

 

「まぁ見舞いとか来てくれてありがとな」

 

「そんな事ないよ」

 

「っで話を戻すが、サッカー部って事はやっぱマネージャーとかわんさかいるんか?」

 

わんさかいるんだろうなー。

考える事は皆同じなんだよ。

憧れの人にどれだけ身近にいられるかって言われたらそりゃ部活だからなぁ

 

「そうそう、入部希望の女子が多すぎて、マネージャーは入部規制しているって隼人君言っていたよ」

 

おーっ…入部規制って何だよ。初めて聞いたぞ。

想像を絶する人気っぷりだな葉山人気。

作戦が既に瓦解してんぜ…仕方ねぇ、もう少し押してみるか。

 

「由比ヶ浜、ちょっとお願いがあるんだが、葉山先輩と会わせてもらっても良いか?」

 

「えっ?なんで?」

 

まぁそうなるな。

とりあえず体の良い返しを口にすることにした。

 

「実はサッカーに興味がある女子がサッカー部に入りたいと言ってきててな、入部規制されているならなおのこと葉山先輩に話を通さないと入れないと思ってな」

 

「うーん、まぁ一応連絡するだけはしてみるけどー。期待しないでね?」

 

よし、まぁダメだった場合はダメだった場合で諦めよう!そうしよう。

 

「おぅ」

 

そうして焼きそばパンを頬張ろうとした矢先、廊下側で声がした。

 

「あれ、ユイじゃん」

 

由比ヶ浜の肩が少々揺れた。

慌てた様子ですぐに視線を彼女の元に向ける

 

「優美子っ!やっ、やっはろー!」

 

俺も後を追うように視線をその優美子先輩へ向けた。

その女帝と思える佇まいに息をのんだ。

一瞬でその場の雰囲気が緊張感に支配された。

 

「へぇ〜、どこ行ったのかと思ったら1年生に手を付けるなんてやるじゃん」

 

「ちょっ、優美子そんなんじゃないからっ!」

 

「まぁ、どうでもいーけど、それよりもお昼一緒にどう?みんなきてっし」

 

「えっ、うーん…」

 

チラリと俺の顔を見る由比ヶ浜にコクリと頷いてみせる。

あれは逆らえねぇ、なんだよ覇王色の使い手か?

 

「う、うん分かった!それじゃヒッキーまたねっ!」

 

「あぁ」

 

優美子先輩の後を追う由比ヶ浜を見送り、リア充も大変なんだなと小学生並みの感想が出た。

 

***

 

飯を食べて、さっさと教室に戻ったのだがどうも雰囲気が殺伐としている。

と言うか俺をチラチラと見てひそひそと話しすんのほんとやめて欲しい。

 

というか、朝のグループチャットの画像まだ引きずってんのかこれ?どんだけ一色大人気なんだよ。

 

「…比企谷先輩」

 

ひそひそ声で相模が俺を手招いていた。

どうやらこの教室の雰囲気について何か知っているらしい。

 

「いや〜、比企谷先輩流石ですね。まさか2年生の女子にまで手を出すとは思ってもみなかったですよ」

 

んな訳ないだろ。

 

「はぁ?どういうことだ?」

 

「これですよこれ」

 

そう言ってまたグループチャットを見せてもらった。

すると由比ヶ浜と喋っている所をどうやら誰かに撮られていたようだ。

 

「おぉ…マジか…」

 

最初の写真は、一色がいたから撮られているものだと思っていた。

しかしそれは勘違いで、俺がいたから撮られたと言う事だ。

俺が何かしら女子に近づこう物なら向こうはどこからかそれを撮影し、またグループチャットにあげるだろう。

非常に動きづらいな…

 

「相模、とりあえず違うとだけ言っとくわ」

 

「一色さんに続いての可愛い先輩と知り合いとか、比企谷先輩はタラシですかね?」

 

「そんなんだったら今頃俺はラノベヨロシクのハーレム主人公だっつの」

 

「うわぁ…よくそんな返し思いつきますね。引きましたよ」

 

なん…だと…

 

お前明らかにラノベ好きそうな顔してるだろ?通じないとかありかよ…

 

「まぁ、同い年だから知り合いが多いんだよ」

 

とりあえず同い年という理由でごまかしてみることにした。

 

「まぁ確かにそうですよね、いくら比企谷先輩でも知り合いの一人や二人はいますよね。失礼しました」

 

「ほんと失礼だなお前」

 

ナチュラルにディスってくるあたりそこにプロ意識を感じてしまうわ。

 

俺は自席に戻り今後の行動方針を決めることにした。

俺がターゲットっていうのは分かった。

下手に動けばまた噂の種にされるのは目に見えている。

と言うことは俺が何もしなきゃ特に何も動かないって事だ。

 

ならここ数日は何事もなく過ごしておけば諦めるもしくは相手から何かしらの行動を起こしてくる。

 

そう考え自分の机に突っ伏して視界をシャットアウトした。

 

 

***

 

 

それから数日がたった。

4月も残りわずかで終わり、同時に5月の大型連休というビッグイベントの気配を感じる。

 

胸がピョンピョンするような嬉しい感情が日に日に高まっていた。

 

教室ではこれから訪れるGWの予定についての話題で占めていた。

 

俺の行動方針は変わらず何もしないだ。

そのおかげでグループチャットも沈黙したままでそのまま時が過ぎれば忘却曲線に基づき皆忘れていくだろう。

 

しかし、別の問題が発生した。

どうやらGWの訪れに浮き足立っているのか一色に囲っている男子連中がやけに一色に馴れ馴れしいスキンシップをする様になっていた。

 

女子連中はそれを見て遠目で笑っている。

相変わらず同性の敵が多いことで。

 

現状は一色もうまくかわしている様だが、これ以上激しくなるとトラブルになってきそうだな。

 

…とは言っても、結局は自分のブランドとキャラクターを確立させようと愛嬌を手加減なく振りまいた一色も悪い。

自分でまいた種だ、自分で解決してくれ。

 

そうして見ない振りを決め込んだ。

気紛らわしいにラノベでも読んでみる。

聞きたくなくても聞こえてきてしまう一色とその取り巻く男子一同の会話。

 

「なぁ、いろはぁ〜?比企谷先輩とも一緒に行ったじゃん?だから俺ともさ、放課後どっか遊びいかね?」

 

「んー、最近門限早くなっちゃったから早く帰らないといけないんだよねー。ごめーん。」

 

訳:お前と遊ぶ時間、ねーから。って言ってそうな感じだな。

 

「それじゃ、休日とかどう?丁度見たい映画あってさ」

 

「うーん、休日の予定埋まっちゃってて〜…また今度ね?あと女の子に気安く触れちゃダメだよ〜?」

 

その今度はいつになるんでしょうね。

というか、最近周りの男子に触れられることが多くなったな。

スキンシップそんな過剰で大丈夫か?

 

全く内容が頭に入らないラノベを鞄にしまい、俺は机に突っ伏し、考えに更ける。

 

状況を整理する必要がある。

 

まず一色いろはからの依頼、これは葉山先輩に近づくために協力しろというものだ。

 

次に、俺に対しての盗撮問題。

 

…先にゴールを選定しておくか。

まず前者について、一色いろはと葉山先輩をつなげる事で依頼は達成される。

後者については犯人の発見。まぁこれは時間がかかりそうだ。

 

一色いろはからの依頼を考えるに、今彼女にとって『好ましくない』状況だ。

この状況を作り出した要因として俺と一緒に映っている写真が起因している。

 

グループチャットで投稿された画像が大きく一色いろはという美少女へアプローチできるハードルを下げている。

 

今回それに食いついたのがチャンスを伺っていた臆病な奴らだ。

 

美少女と、イケメンと…それこそ魅力的な何かを持っている人と何かをきっかけでお近づきになりたい。

誰もがその願望を持っている。

 

しかし、現実は非情で近づきたいのだけれどもきっかけが掴めず話すことができない。

掴めたとしても一言二言で会話が終わってしまう。

 

踏み込みたいけれど踏み込めない臆病な自分を見て見ぬ振りをして、自分に有利なチャンスがあれば今度こそと身を潜めて伺っている。

 

それがチャンスを伺っていた臆病な奴らだ。長いからお猿さんと訳そう。

 

そんなお猿さん達が何故今回この話題に食いついたのか。

 

皆が知っている話題になっており、かつ自分達よりカーストが下の奴が彼女と近づくことができた前例があるのだ。

 

自分達にできないはずはない。

 

そんな思考だろう。

 

しかし経験が浅いせいか、相手のことを考慮せず身勝手なコミュニケーションを繰り広げている様をみると非常に滑稽だ。

 

さて、次に一色いろはの話だ。

彼女はそれこそカリスマを持っている。

彼女は自分が人よりも容姿が上である事と、それを生かせるキャラクターを理解している。

 

人間関係においても同性を切り捨て異性向けにフォーカスしている。

尖った要素で勝負している辺り、ざっくりと例えるならばベンチャー企業と言った所だ。

 

彼女のキャラクターの特性上、男子と分け隔て無く話すことができる。

というか男心を理解し、いかに異性に可愛く自分を見せるかということに長けている。

 

彼女がやっている事として、可愛い自分、守ってあげたくなるような可愛らしい自分のキャラクターを周囲に認識してもらい、こんな可愛い自分をちやほやしろと自己顕示欲を異性にぶつけているだけに過ぎない。

 

今まで、彼女は可愛いからカースト上位なんだろうな、という思い込みが抑止力として働いていたのだろう。

 

だから彼女のキャラクターが成立し、お猿さん達も社交辞令と認識する事ができた。

理性を保つことができたのだろう。

 

しかし、その思い込みが1枚の写真で崩された。

 

身近になってしまったその可愛い美少女のキャラクターが自分だけに向けられていると勘違いしたお猿さん達が我先にと暴走してしまった。

 

そして現状が作り出された。

外面に翻弄され、言葉、表情を鵜呑みにしているお猿さん達がわんさかと群がっている。

 

あんな格好の男でもあの美少女と一緒に歩けるのだ、この美少女はきっと俺も受け入れてくれる。

あれで大丈夫なら俺はもっと大丈夫だろうと考えての行動だろう。

 

一色いろはは自分のブランド、キャラクターを壊さないようにとお猿さん達とコミュニケーションを取り計らっている。

 

しかし、お猿さん達は彼女の言葉を表情を外側だけ鵜呑みにし、都合良く解釈し、それを彼女に押しつける。

 

皆がやってるからな、誰よりも自分を見てもらいたいにも関わらず、赤信号皆で渡ればなんとやら。

 

…傍から見たら本当に滑稽だな。

 

最終的に一色いろはは自分のブランドもキャラクターも無視してでも彼らを否定しなくてはいけない。

せざるを得ない。

 

なぜか?興味が無いからな。目障りなだけだ。

 

さぁ、愛情が否定された奴らは何をするか。

そいつを排除しようとするだろう。

愛情の裏側は憎しみだ。

 

あの手この手を使って、一色いろはの人格もブランドもキャラクターも全て壊しにかかるだろう。

 

相手は一人でしかも女子だ。

今までの彼女の行動から他の同性からも協力は得られるだろう。

 

ミンナデヤレバコワクナイ。

 

…ヘタな怪談より怖い話だ。

 

では、この問題をどうすれば解決できるかだ。

 

答えは簡単だ。

 

崩れてしまった彼女のカーストを蘇らせて見せつけてやれば良い。

こいつはお前らが相手して良い人間でないと再認識させてやれば良い。

 

だれが?

 

適任がいるじゃないか。

 

葉山隼人という人物が。

 

携帯が震え突っ伏した身体を起こし画面を見る。

 

--- やっはろー、ヒッキー 隼人君話聞いてくれるってさ〜 ---

 

ナイスタイミングだ、由比ヶ浜。

 

 



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#6-3

放課後、厚く雲は空を隠し続けている。

最近はこんな天気が続いている。

まるで俺の心の中を映し出しているようだ。

 

俺の心の中っていつも雲がかってるだろ。

と言うことは未来永劫晴れ渡ることはないと言い換えても過言ではない。

そうなりゃ農作物に多大な被害が被る。

世界的な飢饉に見舞われるかも知れない。

 

俺の心の中を現実に映し出したら人類が滅亡するな。

 

日も暮れようとしているのだろう、辺りはいつも以上に薄暗くなっていた。

気温も下がり、肌寒く身震いをしてしまう。

 

そんな中、俺は中庭で葉山先輩を待った。

しばらくすると、由比ヶ浜の姿が見えた。一緒に歩いている高身長で爽やか系な男子も同時に確認できた。多分あれが葉山先輩なのだろう。

 

「ヒッキー!隼人君連れてきたよー」

 

「おぅ、由比ヶ浜。ありがとう」

 

こう面と向かって立ち合うと、写真で見るよりもかなりイケメンだな。

めちゃくちゃ爽やか系なイケメンで人柄も良さそうだ。

 

「初めまして。君かな?俺を呼んだのって」

 

「初めまして。葉山先輩ですよね。お時間頂いてありがとうございます。1年の比企谷です」

 

「あぁ、そんなかしこまらなくて良いよ。結衣から聞いているが、君も俺と歳は変わらないんだろ?」

 

由比ヶ浜? おれの個人情報ダダ漏れすんのやめてね? どこまで喋ったのかはわかんねぇけどさ。

 

「まぁ、そう言ってもらえると助かります」

 

「それじゃ、用件を聞こうかな? 」

 

「端的にサッカー部の女子マネージャーに1人勧誘してもらいたいんですよ」

 

「勧誘してもらいたい? 俺にか? 入部届を出せばいい話ではないのか? 」

 

「由比ヶ浜からはサッカー部のマネージャー枠は入部規制が敷かれていると聞きました。なので直接葉山先輩にお願いをしに来た限りです」

 

「そうか…ではその子はここに?」

 

「いえ、今はいません」

 

「俺としては、人に頼って自分は出てこないという子をマネージャーに迎えるのは遠慮したい所なのだが…別に理由があるんだろ?」

 

勧誘してもらいたいということについて何かしらの事情があるとすぐに察したか。

流石カースト上位。

 

「もっともな話です。それに併せて事情をお話しさせてもらうと…」

 

俺はグループチャットでの盗撮の件と現在一色が置かれている状況について説明した。

 

「…なるほど、君と一緒に動いては、いつ誰が撮影してくるか分からない。火に油を注ぎ兼ねないという事か。だから俺が一色さんをサッカー部に勧誘させることでその男子たちから一色さんを引き剥がしたいと。つまりはそういうことだね?」

 

「なんか、キモいね。女の子1人にそんな群がって、相手のこと全く何も考えて無いじゃん」

 

由比ヶ浜が口にする言葉の節々に怒りの感情が垣間見えた。

 

「誰彼構わず愛嬌振りまいていた一色も悪いがな」

 

「わかった、状況は理解した。ただ、一応聞いておこうと思うのだけど、君ならどうする?」

 

どういうことだ? 俺ならどうする… 俺が何もできないからこうやって頼み込んでいるんだ。

 

「俺にできることはそれをお願いするくらいです」

 

「そうか。いや変なことを聞いてすまない。その依頼、確かに引き受けたよ」

 

「ありがとうございます」

 

まずは第一関門突破って奴だな。

不意に安堵の息が漏れた。

 

「比企谷もサッカー部に入るか? 選手部員は随時募集してるぞ」

 

葉山先輩は爽やかの笑みを絶やさず部員勧誘を始めたが、俺にそんなスマイルは効かない。

効くのは夢見がちなTHE女子高生だろう。

 

「遠慮しておきますよ。俺、球技だけ極度の運動音痴なんで。ボール蹴ると真横に飛ぶんすよ」

 

苦笑交じりに答えてみた。

まぁそんなこと無いんだけれどな。

 

「そうか、残念だな」

 

顔をポリポリと掻いているさまも絵になっている。

やっぱイケメンは違うな。

 

「ヒッキー、その一色さんって人と結構仲いいの? 一緒にデート行ったようにも聞こえたよ-?」

 

聞いて良いのか悪いのか、でも好奇心には勝てず恐る恐る由比ヶ浜が探りを入れてくる。

 

「確かに少し話す仲ではあるな。それに出かけたのは荷物持ちとしてかり出されただけだ」

 

「そ、そうなんだ。ふーん」

 

由比ヶ浜はどうやら納得してくれたらしい。

写真を見せればさらに納得してもらえただろうがあいにく携帯に写真は入っていない。

 

「そうだ比企谷、連絡先交換しておこう。」

 

「いいですよ、はい」

 

そう言って俺は葉山先輩に携帯を渡す。

 

「比企谷… 歳は同じだとしても先輩に丸投げするのもどうかと思うぞ?」

 

「葉山先輩、これは効率を重視した施策です。ほとんど連絡先を交換していない俺がやるよりも葉山先輩がやる方がかなり時間的が短縮できて互いに余計な時間さかなくても良いと考えます」

 

「結衣は既に登録されているんだな」

 

「う、うん。ちょっと色々とあって…っね、ヒッキー!」

 

「お、おぅ」

 

もうちょっとごまかしに手を加えて欲しいよ由比ヶ浜。

 

「葉山先輩… 俺の数少ない連絡先見るのは勘弁頂きたいんですが…葉山先輩と違って友達少ないんでその…恥ずかしいので」

 

「すまんすまん、少しからかってみたい気持ちになってな」

 

「まぁ、先輩だから今回は何も言いませんが。次はないですよ?」

 

「その発言もどうかと思うぞ? もしかして俺を先輩とみてなくないか?」

 

「そんなわけないじゃないですかぁ〜」

 

「それは誰の真似だ? 噂の一色さんか?」

 

「へぇ〜、ヒッキーと一色さん結構仲いいんだねー」

 

「んな訳ないだろ。あいつの口調がやけに特徴的だっただけだ」

 

こんなじゃれ合いの時間も悪くないと思えたが、小雨が降り始めた事がこの時間の終わりを告げた。

 

「それじゃ、俺は部室に顔を出すから、皆気をつけて!」

 

そういって葉山隼人は小走りでグランドへ向かっていった。

俺たちも中庭から室内に入り、雨から逃れることにした。

 

「ヒッキーはこれから帰るの?」

 

由比ヶ浜が俺を気にかけて話しかけてくる。

 

「そうだな。うちに帰るか、サイゼに寄るかで迷ってる」

 

「ヒッキーサイゼ好きなの?」

 

それ聞いちゃう?

語っちゃうとキモがられるから一言で言っちゃうよ?

 

「あぁ、愛していると言っても過言ではない」

 

「愛してるって…ヒッキーキモいね」

 

おい、由比ヶ浜。

いま俺の心を抉ったのと同時にワールドワイドのサイゼファンをディスった自覚はあるか?

言葉に気をつけろよ。

 

「サイゼ良いだろ。長居できるしドリアうめぇし」

 

「そうだけれど、流石に愛してるまではいかないなぁ〜、皆で駄弁ろーって時とかに使う程度だし」

 

リア充さん達は遊ぶ場所がたくさんあって羨ましいですねー。

 

しかし世の中にはたった1つの愛を育むと言うのが一般的に重要視されてんじゃん?

それを考えると俺のこのサイゼ愛も純愛の1つなんじゃないか?

サイゼの中心でドリアを叫ぶ。

 

ただの注文じゃねーか。

叫んだら迷惑行為だからな!

SNS拡散からの出禁まであるぞ。

涙なしでは語れねぇ名作だな。

 

「世の中数多の選択肢が存在すんだろ?俺はその中でサイゼを見つけたんだ。サイゼを愛してるんだ。他は見向きもしねぇよ」

 

「んんっ?なんかカッコいいこといってる風だけれどちょっと違くない??」

 

「おっと、流石に一緒にいるとまた写真撮られかねない。俺そろそろ行くわ」

 

「うんっ、またねヒッキー」

 

そう言って由比ヶ浜と別れ俺は下駄箱へと向かった。

 

 

***

 

 

翌日、教室は相変わらず騒がしい。

 

それは放課後になろうとも変わらず、GWというイベントをどう過ごすかと言う話題で教室に残り雑談をしているクラスメイトが大勢いた。

 

最高のベストコンディションじゃないか。

 

俺はと言うと、携帯をいじりながらその様子を観察していた。

さて、あとは葉山先輩が一色を勧誘しにくれば完璧だな。

 

一色とはいろいろとあったがこれで終わりだな。

最後に俺が出来ることはこの依頼を見届けるだけだ。

 

そう思いながら葉山先輩が来るのを心待ちにしていた。

 

 

「一色さん、あのさぁ」

 

 

やけに通る声が教室内に響く。

 

一色の机の前にいる髪型で誤魔化した雰囲気イケメン系男子が一色に向けて発された疑問の言葉は、放課後暇を持て余した生徒共々には非常に面白そうなエンターテインメントを提供してくれる魅惑なワードだったに違いないだろう。

 

「GWさ、一緒に遊び行かない?」

 

このご時世、メールとかチャットで誘うんじゃなくて直接会って口頭で誘うとかなかなか勇気ある行動だと思うぜ。関心関心

 

「あー、GWなんですがちょっと予定が詰まっていて」

 

でも可愛い女の子は予定が詰まっているのが世の常だ。

しかもそれが予定と言う名で包まれた暇な時間と言う事まで知っているぜ。

遠回しにお前と過ごすんだったら一人でいた方がましと言われているのだ。

ソースは俺。

 

「それってまたあの人とかな?」

 

そう言って何故か彼と俺の目が合った。速攻でそらしたけど。

えっ好きになっちゃった?

 

「まぁそれもありますが」

 

えっ!? あるの? 何も予定聞かれてないんですけれど。

 

「まじか。あの人と一緒で大丈夫?」

 

「大丈夫って何ですか〜?」

 

「だってあの人ダブっているし、それにたまに本読みながらニヤってしている所とか怪しいじゃん」

 

なん…だと…まさか教室でもニヤついていたのか…誰も言わねぇから気づかねえよ。

言ってくれる友達いねぇしな。

次から無個性彼女系の小説学校で読むのやめよ。

 

「あー、大丈夫です。怪しいだけで特に無害なので」

 

一色ちゃん?それフォローしてる?

 

「うーん、それでも俺心配かな。どうかな俺も一緒に」

 

「別に心配される必要は無いですよ。偶然にもせんぱいとは何度か話しましたし」

 

「へぇ、もしかして比企谷先輩の事…気になるとか?」

 

「そんなわけ無いじゃないですか。そう思われている事自体心外ですよ」

 

ちょっと、俺同じ空間にいるんですけれど…

あと、一色?ちょくちょくこっちに視線送んのやめてね。

 

「そうなんだ。ならさ、彼との予定はやめて俺と遊ばないか?」

 

「それはなんでですかね?」

 

「彼よりも俺の方が一色さん楽しませられるっていう自信かな?」

 

「へぇ〜、そうなんですね」

 

「だから…」

 

「ごめんなさい、お断りします」

 

彼が言葉を全て発言しきる前に一色は曖昧な表現を使わず。

ハッキリときっぱりと断りの言葉を口にした。

 

その言葉は教室中に響き渡り、聞き耳を立てていた周囲すらも言葉を忘れ一瞬の静寂が教室を支配する。

 

「えっ、な、なんで?」

 

彼もここまでハッキリと拒絶の言葉を口にされ焦りの表情が拭えないらしい。

 

「だって、そういう人に限って大体とりあえず女の子が喜ぶようなお店選んで、とりあえず当たり障りない話題を話して、とりあえず買い物してって…何でしょう当たり障りないテンプレですかね?そこに私も当てはめようとしている感じがしてるんで」

 

「それが普通なんじゃないかな?だって俺ら高校生だし」

 

こいつの言う事も間違っちゃいない。

だが、一色の言っている事も分からなくもない。

一色は自分のその容姿から中学の頃から誘われることが多かったんだろう。

 

誘われてホイホイついて行ったは良いが大体同じ場所、似たような会話、同じ場所で買いもの。

頻繁に誘われる側のみが知ることのできるエンドレスなんちゃらって奴ですかね。

 

となると一色はそうなる奴をパターン化する必要があったわけだ。

そういう奴の傾向を読み解いて事前に回避する。

 

一言二言の遠回しで察してくれると嬉しいが、それでも踏み込んでこようとする奴はハッキリと断ってやった方が効果的だと言う事か。

なるほど。

 

えー、人誘うのにも受けるのにもなんでここまで考えないといけないわけ?

こえぇよ。やっぱりボッチは最高だな。何も考えなくて良い。

 

「そうだね。それが普通だね。でも私は普通じゃ満足しない。だから断っています」

 

「なんだよ…それっ!」

 

彼は怒り任せ、机に手を叩きつけた。

凶暴な音は教室中響き渡り、静寂を与えた。

周りの全ての人の動作を停止させ、その光景に注目させた。

その脅迫にも近い行動に流石の一色も怯んでしまった。

 

流石に見ていて気分が良い物ではないな。

しかしただの傍観者の俺に何ができるというのだ。

何もできやしないさ。

できることと言えば葉山先輩早く来てと思うことくらいだ。

 

っふと葉山先輩の言葉を思い出す

 

『君ならどうする?』

 

どうする、か…傍観者の俺になにができる。

葉山先輩はいつ来るか分からない。

来るまでに俺にできることはなんだ。

周りはエンターテインメントとしてしか状況を見ていない。

 

そうなると俺が行動するしかない。

くそっ、時間が無い…俺ができる最善の策…

あーもう思いつかねぇ!!これしかねぇっ!!

 

意を決し席から立ち上がり、言葉を発した。

 

「おい、いい加減…」

 

「うるせぇ!」

 

俺の言葉は怒声にかき消され、緊迫感のみが教室を支配する。

 

「…スポルトップも飽きたしマッ缶に戻るか」

 

俺は何事もなかったかのように席に着席してラノベを開く。

 

おぉ…なんちゅう迫力だよ。

本当にお前年下なの?全然そう思えねぇよ。

 

彼は怒り任せでまくし立てるような事はせず、1度深く息を吐いて会話を再開させた。

 

さっきの怒声で彼の怒りは分散されただろう。

人は叫ぶことにより、過度なストレスから解放されるのだ。

狙ってやったわけではない。

偶然が生んだ産物だった。

 

「なに、一色の同中の奴らから聞いたけれどいつも男とっかえひっかえしてんじゃないの?」

 

「そんなわけ無いじゃないですか。私だって選ぶ権利はあります」

 

どうやら一色も立て直せているようだしどうにかなった感はある。

俺頑張った。

 

「てことは高校になって、あれと出会ったから変わった系か?」

 

そう言って先ほど怒鳴った相手に彼は視線を向ける。

 

「だから、せんぱいとは本当に何も無くて」

 

「知ってるぜ。入学当初から仲が良かったじゃん?駐輪場で待ち合わせしたりな」

 

まさかそこまで見られているとはなぁ。

人の目ってどこにあるか分かったもんじゃないな。

 

「それは、相談があったから」

 

「なんだよ相談って」

 

「それはこれから起こる事だ」

 

俺はその会話に無理矢理横やりを入れる。

どうやらこの茶番劇のお時間はようやく終わりを迎えるようだ。

彼は舌打ちをしながら俺に振り向くが、聞こえて来た声ですぐに教室の出入り口に振り向き直した。

 

「一色さんはいるかい?」

 

その声の持ち主こそ皆の葉山隼人だ。

 

よぉヒーロー、登場が遅ぇよ。

 

 

***

 

 

一色は喜々として葉山先輩の元に向かって行き、そのまま2人で廊下へと出て行ってしまった。

事態が収拾したと認知した周りはそれぞれの友人達と感想を述べなが教室を後にしていった。

 

残された俺もさっさと帰宅の準備を整えていた。

 

「知っていたのか?」

 

「そうだな。依頼は葉山先輩とのつながりを作る事。それで俺は使われていたってことだ」

 

「そうか…」

 

これで思い知っただろう。

自分が相手にしていたのは雲の上にも近い存在だ。

多分こいつ以外にも狙っていた奴らはいただろうが、あの葉山先輩が誘うのだ二の足踏むに違いない。

 

放心状態の彼を背に俺は教室を出る。

 

これで一色いろはの依頼は完了だ。

今日はご褒美に行きたかったラーメン屋にでも行ってみるのもありかもしれんな。

 

そうして俺は、ラーメンに思いを馳せ、足取り軽く下駄箱に向かうのだった。

 

 

 



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#6-3-view iroha

別視点を用意してみました。

良い日をお過ごし下さい。


最近は教室がやけに賑わっている。

多分GWが近いからだと思う。

 

そのGWの予定を埋める相手として私はよく誘われる。

毎年の事なのだが今年は全て断っていたりする。

その理由は初対面の人から2人きりで遊びに行こうと誘われるのが今年は非常に多いからだ。

 

私とせんぱいが一緒に遊びに行った写真が出回った辺りからそういう人たちが増えていった気がします。

 

誘い文句をよく聞いてみると、せんぱいが私を誘えるなら自分もワンチャンあるのではと言うような根拠のない理由でした。

 

せんぱいは誘っていないです。

私が誘ったのです。

 

そこをはき違えないで頂ければと思いました。

 

あといきなり肩触られるとか頭撫でられるとか正直キモいんですが、体裁を取るために一旦我慢しています。正直ストレスがたまりますね。

 

まぁ、担任に相談するという事も手段の1手ではありますが、そんな事したら学校内での私の立ち位置が危ぶまれてしまいますので、それは最終手段としての行動であり、まだそこまでの領域に踏み込んでいる訳ではありません。

 

そんな事を考えているとまた、私の席にちょっと緊張した面持ちの男子がやってきた。

まーたGWのお誘いでしょうね。

 

「一色さん、GWさ」

 

もう聞き飽きました。

 

「ごめんなさぃ、GWはもう予定埋まってて…」

 

相手に本当に申し訳なさそうにみえるこの表情は手慣れたものだ。

これで断ればヘタに踏み込まれずに済むので非常に有用だ。

 

「そ、そうなんだ…わかった…」

 

そう言って寂しそうに去って行く名も知らぬ男子を見ながら私は思う。

今現在、私の手帳のGWの予定は真っ白だ。

私はこれからこの予定を埋める予定なのだ。

とりあえずせんぱいの予定を聞き出し、そのまま言質を取らなければなりません。

 

あの人絶対GWは暇ですよね。

暇じゃなければ逆に何の予定が入っているか詳細に伺う必要があります。

事と次第によっては同伴も覚悟してもらいます。

 

なので、私のGWの予定は現在埋まっています。

嘘はついてないよ。

…それにしても、せんぱい?

 

私は教室の端にある先輩の席を一瞬だけ視界に入れる

 

放課後であるにもかかわらず、なんで席から立とうとしないんですか?

せんぱい今日日直でもないですし、何ですか誰か待ってるんですか?

私を待っているとか?

 

凄く嬉しいですが教室で待たれると他の人の目があるのでちょっと恥ずかしいです。

駐輪場で待ってて下さいってメールしようかしら。

 

そんなこんな考えていたらまた1人GWの予定を埋めに男子がやってきた。

 

「一色さん、あのさぁ」

 

彼の口調からやけに自信が漏れ出ている。

あー、これは対応間違えると面倒くさい勘違い系男子だ。

私の直感がそう判断した。

 

「GWさ、一緒に遊び行かない?」

 

私、あなたと喋った記憶が全くないのですけれど。

それよりも名前なんでしたっけ?

 

まずは敬語抜きで喋れる仲になる事から始めなきゃダメなんじゃないでしょうか?

 

そんな状態でいきなり遊びに行かないって、色々とすっ飛ばしすぎています。

まず順序を守りましょうかって話です。

 

「あー、GWなんですがちょっと予定が詰まっていて」

 

「それってまたあの人とかな?」

 

彼はせんぱいの方を見てそう言った。

 

「まぁそれもありますが」

 

反射的にそう答えてしまった。

一瞬ヤバっと思ってせんぱいの方に視線を向けたら、そんな話聞いてねぇって顔していた。

せんぱい?お行儀が悪いですよ。聞き耳立てちゃダメですよ。

 

「まじか。あの人と一緒で大丈夫?」

 

大丈夫? うん大丈夫ですよ。

だってせんぱい私のおうちまで知っていますし。

ちゃんと送ってくれますしね。

 

「大丈夫って何ですか〜?」

 

「だってあの人ダブっているし、それにたまに本読みながらニヤってしている所とか怪しいじゃん」

 

あーなるほど。

確かに私も1度勘違いしましたね。

ダブってるからって不良とかそんなイメージ。

でも話してみると博識だったりするから不良とかではないんですよね。

学校ちゃんと来てるし。

 

何かしらの理由はあるんだと思うけれどちょっと聞きづらいんですよね。

 

あと、せんぱいが読んでいる本って、確かライトノベルって奴ですよね。

たしかせんぱいが前に力説していたのを思い出しました。

人目気にせずに笑えるって事は面白いのかな?

今度貸して下さいと言ってみよう。

 

…っあ、そうだった、彼の返答忘れてた。

 

「あー、大丈夫です。怪しいだけで特に無害なので」

 

「うーん、それでも俺心配かな。どうかな俺も一緒に」

 

別に心配される必要が無いんですが…

一緒にってせんぱい逃げちゃうじゃないですかやめて下さい。

 

「別に心配される必要は無いですよ。偶然にもせんぱいとは何度か話しましたし」

 

「へぇ、もしかして比企谷先輩の事…気になるとか?」

 

悪いですか?

 

「そんなわけ無いじゃないですか。そう思われている事自体心外ですよ」

 

でも恥ずかしいのでこの場は濁させてもらいます。

せんぱいの反応が気になります、今どんな反応してます?

 

チラチラとせんぱいの様子をうかがって見てみましたが半目でした。

せんぱい?言葉の裏を読んで下さいね。

 

「そうなんだ。ならさ、彼との予定はやめて俺と遊ばないか?」

 

この人は何を言っているんですかね?

 

「それはなんでですか?」

 

「彼よりも俺の方が一色さん楽しませられるっていう自信かな?」

 

自信過剰も甚だしい。

私とあなたは実質初めましてです。

それなのにあふれ出るその根拠のない自信は何でしょうか?

 

「へぇ〜、そうなんですね」

 

「だから…」

 

とりあえずこう言った早とちりで勘違いな人には何の飾り気もない率直な断りを入れた方が伝わりやすい。

 

「ごめんなさい、お断りします」

 

「えっ、な、なんで?」

 

うん、やっぱりこうかばつぐんだ。

 

「だって、そういう人に限って大体とりあえず女の子が喜ぶようなお店選んで、とりあえず当たり障りない話題を話して、とりあえず買い物してって…何でしょう当たり障りないテンプレですかね?そこに私も当てはめようとしている感じがしてるんで」

 

「それが普通なんじゃないかな?だって俺ら高校生だし」

 

私、可愛いんですよ。

そんじょそこらの女子と一緒にしてもらっては困るわけで、誰よりも男子の誘いを受けていて遊びに行っているわけですよ。

 

もう単なるテンプレじゃ満足できないんですよ。

それがわからないなら普通の女の子誘っとけって話なんですよ。

 

「そうだね。それが普通だね。でも私は普通じゃ満足しない。だから断っています」

 

どうやら今の言葉が彼のプライドに傷を付けてしまったらしい。

 

「なんだよ…それっ!」

 

いきなりのことでかなり驚きました。

彼は机を思いっきり叩きました。

それは初めて男子から向けられた怒りの表現で、怖いって気持ちが全身を駆け巡った。

ちょっと泣きそうになりました。

 

そんな中、ヘタレで不格好ではありますが、言葉で立ち向かおうとする人が居ました。

案の定せんぱいです。

 

「おい、いい加減」

 

なんだろう、今までの怖いって気持ちが消えていきました。

私にはせんぱいが味方してくれる。

 

「うるせぇっ!」

 

うるさいのはどっちですか。

せんぱいに対する口の利き方がなっていないですね。

私も怒りますよ。

 

なんで私がこんな人に怖がらなくてはならないのだ。

むしろ立場が危うくなっているのは相手の方じゃないか。

 

「なに、一色の同中の奴らから聞いたけれどいつも男とっかえひっかえしてんじゃないの?」

 

もう大丈夫。怖くない。

 

「そんなわけ無いじゃないですか。私だって選ぶ権利はあります」

 

誰が言ったかは分からないですが昔の話しを掘り返してまで言う事ですかね?

私だって選ぶ権利はありますよ。

 

何もせずに待ちぼうけするよりも、選びに行く行動力はありますよ。

他の女子と一緒にしないで下さい。

それが嫌いなんですよ。

 

「てことは高校になって、あれと出会ったから変わった系か?」

 

中学生の時点で出会ってますし、そこまであなたに語る必要はないです。

あなたの目的自体もうお断りしていますし、もうここからは蛇足ですね。

適当に受け流させてもらいますね。

 

「だから、せんぱいとは本当に何も無くて」

 

「知ってるぜ。入学当初から仲が良かったじゃん?駐輪場で待ち合わせしたりな」

 

本当に人の目ってどこにあるか分からないですね。

あの時はあの手この手でせんぱいを誘っていた時期じゃないですか。

 

それにしても本当に諦めの悪い方ですね。

ベクトルさえ間違えなければ良い人なんでしょうけど。

 

「それは、相談があったので」

 

「なんだよ相談って」

 

適当にでっちあげようかな。

葉山先輩狙ってますーとか宣言したくないし。

 

「…それはこれから起こる事だ」

 

急にせんぱいからよく分からない横やりが入った。

私も何のことか分からなかったが

 

「一色さんはいるかな?」

 

この声、この言葉を聞いて理解した。

葉山先輩だ。

 

せんぱいはこれから起こる事と言った。

つまりは葉山先輩が来ることは予定調和だった。

 

あぁ〜…

 

ほんっっとぉ〜にあの人、なんなんですか。

 

私を打算的とよく言えますね。

ここまであざとく事を運んでくるのはちょっと…かなりぐっときますね。

 

まさかこの状況になる事を先読みしてたんですか?

こんな手を打ってくるなんて思ってもみなかったですよ。

 

えっ?これ私のためだけに仕組まれた事ですよね?

…せんぱいの事だからこれを他の女の子にもやりかねないですね。

 

そうなるとやはりせんぱいを保護する必要があります…

その作戦会議の為、いまは戦略的撤退をさせてもらいます。

 

また戻ってくるので覚悟しておいて下さいね!

せんぱい。

 

えへへぇ〜。にやけが収まらない

 

***

 

 

私は葉山先輩に連れられ特別棟の渡り廊下にある休憩スペースにたどり着いた。

そこで葉山先輩は自動販売機で飲み物を奢ってくれました。

 

「すまない。時間を取らせてしまって」

 

「いえいえ、むしろご指名頂いて感謝感激です」

 

まさかこうして葉山先輩とお話し出来る日が来るなんて思ってもいなかったです。

 

「そう言ってもらえると助かる。早速本題なんだが一色さん、サッカーに興味は無いかな?」

 

「凄く興味あります!」

 

いやぁ、そこまで興味があるわけでもないですけれど、あの葉山先輩からのお誘いですし断るわけにはいかないじゃないですかぁ〜。

 

「そうか。ならサッカー部のマネージャーなんてやってみない?」

 

「えぇっ!?良いんですか?なんか入部規制を敷かれていた位競争率高いって聞きましたよ?」

 

せんぱいには話はしませんでしたが、サッカー部は葉山先輩人気のせいもあって、マネージャー枠に入部規制が敷かれているのは知っていたんですよね。

 

元々せんぱいと約束を取り付ける口実なだけだったんですが、まさか入部の約束を取り付けるなんて…

実はとんでもなく優秀だったりしますあの人?

 

「あぁ、彼が勧めるんだ。是非とも入部して欲しい」

 

葉山先輩も認めちゃってるし。

 

「え?…せんぱいがですか?」

 

「そうだ。仕事はできるからこき使って欲しいとのことだよ」

 

あー…なるほど。

仕事しないマネージャーしかいなかったから仕事出来る人を持ってきたから使ってくれ的な感じで交渉が進んだのがよくわかりました。

ドナドナですね。

 

「な、なるほど〜」

 

「っと言うわけで、この入部届を書いてもらって、正式にマネージャーになってもらおうかな」

 

まぁ、葉山先輩とお近づきになれたことだし、このくらいは目をつむってしっかりとマネージャーを全うしますか。

 

ここまでしてくれたせんぱいの顔に泥塗る訳にもいきませんしね。

 

「はい、わかりました」

 

「練習はGW中にもあるんだけど、これそうかな?」

 

なっ!?

ちょっとそれは聞いてない。

しかし、お願いしているのが葉山先輩だ…クソ〜、これは断れない…

せんぱい?恨みますからね!!

 

「だ…大丈夫です…」

 

こうしてせんぱいと過ごすはずだったGWはどうやらサッカー部員のお世話へと様変わりしてしまうみたいです。

 

今年のGWはとても休めそうになさそうです。

 

 



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#7

雨の日の平日は嫌いだ。

雑踏とする駅に行かなくちゃならんし、電車車内も混雑していて疲れる。

学校でも外で食べる選択肢がなくなり、教室で食うしかないのだ。

前の件もあり、俺にもちょくちょくと周りから目を向けられちょっと居づらいのだ。

 

まぁそんなこんな今日1日をどうにかやりすごし、ようやく愛し我が家の玄関前だ。

 

駅前でサイゼに入るかどうか迷ったが、小町が早く帰ってくることを懸念し、苦渋の決断だが寄らないことにしたのは内緒の話だ。

 

玄関の扉を開いた瞬間に、室内の暖かな温度が外の肌寒い冷気と入れ替わると同時に、我が家に染みついた生活臭が俺に向かって流れ込んでくる。

この瞬間、やっと帰ってきたんだなとほっと安堵の息が漏れる。

 

「ただいまー」

 

「なぁ〜」

 

玄関前で待ち構えていたカマクラが返事してくれた。

なにげに珍しいので少し嬉しい。

 

しかし、どうやらカマクラが想像していた人物とは違ったらしく、すぐさま興味を失せたかのようにどこかに行ってしまった。

 

小町じゃなくて悪かったな。

その対応、八幡的にポイント低いぞカマクラ

 

どうやら小町はまだ帰ってきていないようだ。

 

一旦自室で着替え、リビングに向かった。

 

とりあえず冷蔵庫を開けて麦茶をとりだす。

 

なんか冷蔵庫って何の用もないのに開けたくなるよね。

何の用もないのに話しかけたい恋人のようだ。

 

恋人は冷蔵庫か…大人になればその意味分かるって隣のオシャレなお姉さんが言ってたな。

冷蔵庫の中身は酒とつまみしか入ってなさそうなイメージなんだが。

 

もしかしてどうにもならない世の中を酒とつまみで現実逃避することを意味してたりする?

世知辛ぇ…

ってかそもそも隣にはムッキムキのマッチョのお兄さんがすんでたわ。

 

隣に可愛いくて俺にだけ優しくしてくれる幼馴染みがいる世界で俺は生まれたかった。

お姉さん全く関係ねぇじゃん。

 

そんなくだらない事を考えながらコップに麦茶を注ぐ。

コップに麦茶が満たされる音のみが耳に入る唯一の音だった。

満たされた後の何一つ音の発さない静まった空間は孤独を連想させられる。

身体を動かした時にかすかに聞こえる衣擦れの音が俺を我に返してくれた。

 

紛らわすかのようにわざと喉を鳴らしながら麦茶を飲み干す。

 

こんな静けさの中、一匹で何時間も放置されたら流石のカマクラも鳴きたくなるわな。

 

そんな事を考えてさっさとこの静けさとおさらばしようとテレビを付け、ソファーに腰を下ろした。

 

ちょうど可愛らしい女の子がメタモルフォーゼして悪を倒すアニメが映し出されていた。

女の子らしくステッキとか使って可愛らしく魔法で悪を退治する…なんて甘っちょろい奴ではなく魔法という名の格闘術を用いて悪をボッコボコにする奴だ。

 

マジカル☆ファイト。

 

何でも頭にマジカル付けりゃ良いって風習やめねぇか?

この可愛らしい文字列をよくよく見てみると本気狩りの文字が隠れてるんだぞ?

どう考えても健全な女の子発言して良い単語じゃねーよ。

猟奇的としか言いようがない。

…おっと、熱くなってしまった。

すこし、頭冷やそっか。

 

まぁそれでも俺はこのアニメは好きだ。

何が良いかって分かるか?

 

殴っても殴られてもどちらも痛いんだ。

どちらも傷つくんだ。

だからこそ、ひとつひとつの戦闘において主人公と悪は互いの想いをぶつけ合い、自分の正義を示し、拳を突き合うのだ。

もちろん子供向けアニメ上、約束されし勝利の主人公の法則は破られないが、悪はきっと最後まで我が覇道に向かった事に対し悔いる事は無いだろう。

我が生涯に一片の悔い無しってな。

 

…あれ?悪死んでね?

 

結局現世では許されないのね。現代社会の闇を感じるぜ。

その覇道、ゴッホのように死後に評価されるに違いない。

それでも闇だがな…

 

そんな事を考えながらアニメを鑑賞していたら玄関から鍵が開く音がした。

どうやら小町が帰ってきたようだ。

 

少ししてから扉が開く音がし、それと同時にドタドタとカマクラが玄関に向かって駆けていく振動が床から伝わってきた。どうやらお目当ての小町ちゃんが帰ってきた事を察知したようだ。

 

「ただいま〜」

 

いつもの聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「おぅ、おかえり」

 

少し声を張りその声の返答を口にする。

若干大きすぎて少し恥ずかしかった。

 

リビングの扉が開かれて制服姿の妹が姿を現す。

若干雨に濡れた制服姿が目に映る。

 

「タオル。用意するか?」

 

「んーん、大丈夫」

 

「そうか」

 

とりあえず俺の姿を見てふぅっと嘆息をつき、そのまま自室へと戻っていった。

カマクラは小町の後ろをそのままついて行った。

どんだけ従順なんだよカマクラァ…

 

寒そうな小町の姿をみて何か温かい物でも出してやろうと考えた。

お袋が会社仲間にもらったという紅茶がある事を思い出し、戸棚を探す。

 

「おっ、あったあった」

 

戸棚にしまわれていた缶にはマルコポーロと記されていた。

缶を開けると上品でかつ芳醇な甘い香りが漂ってきた。

 

「お〜、これ、結構お高い奴じゃね?まぁいいか。」

 

電子ケトルを起動させた後、ティーパックに茶葉を適量詰め込んだ。

 

 

***

 

 

丁度紅茶をマグカップに入れ終わったタイミングでリビングにカマクラを抱いた小町が姿を現す。

どうやら部屋着に着替えたようだ。

 

「小町、紅茶はどうだ?あったかいぞー?」

 

「うんっ!いる〜!」

 

そう言って小町が嬉しそうに返事をする。

マグカップを受け取りながら小町は別の質問も投げかけてきた。

 

「おにぃちゃん、お風呂入る?」

 

「あ〜、はいるはいる」

 

「うん、それじゃ誰がお風呂掃除するかゲームで決めよっか!」

 

うん?小町ちゃん?今日はおめぇが掃除当番でしょ?

なにゲームで掃除当番決めようなんてずる賢い真似しようとしているのかな?

 

「小町、お前が今日掃除当番だろーが」

 

「だって〜、今日カー君いつも以上に甘えてくるんだから仕方ないでしょー」

 

それに合わせたように小町に抱かれたカマクラが『なぁ〜』っと鳴く。

 

んだよそれ。俺のお家ヒエラルキーはネコ以下かよ。

 

「しゃーねぇな。んじゃ適当なゲーム付けるぞ」

 

そう言ってテレビ台に設置しているゲーム機の電源を付けてコントローラーを手に取る。

ソファーに腰掛けた小町にコントローラーを1台渡しその隣に俺も腰掛けた。

 

「おにぃちゃん、レース弱いのに大丈夫なの?」

 

「これでも練習したんだぞ。いつもの俺と思うなよ」

 

「へぇ〜、ならその腕前みせてもらおっかなぁ〜?3戦勝負で!」

 

その後、兄妹揃ってゲームに没頭した。

成績は互いに1勝、次で決まる訳だ。

そして最終レース開始のカウントダウンが始まった。

 

ふと思いついた事を口にしてみた。

 

「なぁ小町。そういえば聞きたい事があったんだが」

 

「なにおにぃちゃんが珍しい」

 

「お前、由比ヶ浜と会ってたんだってな」

 

カウントが0になりレースが始まる。

 

しかし小町のキャラクターの様子がおかしい…

 

動いていないのだ。

 

「小町?どうした?コントローラーの充電でも切れたか?」

 

ふと小町に視線を向けると俺に向けて開いた口と何かに怯えているかのような目をした表情の小町が視界に映った。

 

俺は何かとんでもなくまずい事を口にしたのだと自覚した。

 

「おにぃちゃんは…由比ヶ浜さんと会ったの?」

 

小町の震えた声に反応し、膝の上で丸まっていたカマクラが小町の膝の上から離れた。

何か空気みたいな物を感じ取ったのだろうか。

 

「あぁ、入学初日に会ってる」

 

少しの間があった…とても緊迫しており、一瞬の間だと思うがそれが幾時も経ったかの様な感覚に取り憑かれた。

 

「おにぃちゃんはさ…由比ヶ浜さんを許せるの?」

 

それは事故のことなんだろう。

そういえば、事故の話を小町は一切話題にしなかったな。

 

「俺は許した。というか俺が正義感振り翳して車に飛び出さなければこの事故は起きなかったはずだろ」

 

「うん。おにぃちゃんはそう思うよね」

 

小町の声はいまだ震えている。目尻には薄らと涙すら見えている。

こんな小町を見るのは初めてだ。

 

どうやら俺が思った以上に俺の容体を心配していたのが表情を見ていてからも分かる。

ここで何か気の利く言葉をかけてやればと俺は自分の無知を悔やんだ。

 

「でもさ、小町はまだそうは思えないんだ。お家には誰も居ないし、病院に行ってもさ…ベッドで、色んな機械に繋がれて声をかけても反応しないおにぃちゃんを見てたんだ、見続けてたんだよ?最悪ずっとこのままって言われて凄く悲しかった…小町達が何をしたのってそんな考えがずっとぐるぐるぐるぐるしてるときにっ、さっ…、由比ヶ浜さんが来たんだよ…」

 

「そうか」

 

その後の話は小町は語らなかったが大体読めた。

小町は由比ヶ浜に俺を寝たきりにさせた怒りをぶつけてしまったのだろう。

 

「おにぃちゃんが由比ヶ浜さんを許したは分かったんだけど…けど小町はまだ時間がかかりそうだよ。ごめんね、おにぃちゃん…」

 

多分、自分でも制御できないくらいの事をやってしまったのだろう。

社交的である小町だからこそ、起こした行動に一番驚いているのは小町なのだ。

それなら兄として、そんな妹をあやすことすらできず何が兄妹だ。

 

「気にすんな、ってか小町が俺の容体そこまで心配してくれてただけでも幸せ者だ」

 

そういうと小町の怯えた表情が和らいできた。

少しは役に立てたようだ。

 

「そうだよ〜?小町のお出迎えするのはおにぃちゃんの役割なんだからねっ!」

 

「へいへい」

 

「そんなおにぃちゃんが生きててくれて、一緒にお話しできるの小町凄く嬉しいよ。あっ、これ小町的にポイントたっかいー♪」

 

「本当にポイントたけーじゃねぇか。しゃーねぇ…」

 

どうやら俺の知らないところで心配させちまってたみたいだし、ここはお兄ちゃんらしい所を見せてやるか。

 

「今日くらいは、風呂掃除代わってやるよ。おっ、これ八幡的にポイント高い」

 

「いつも小町が代わってあげてるんだからこれくらいでポイント高いとか言っている時点でごみぃちゃんだよ…ダメダメだよ」

 

「ちょっと小町ちゃん?俺のやる気返して」

 

「だから今日は小町もおにぃちゃんと一緒にお風呂掃除するねっ!」

 

「んじゃ二人で手分けしてやるか」

 

「うんっ!」

 

兄妹水入らずの風呂掃除。そりゃ、他人から見れば単なる掃除だろう。

でも俺たち兄妹からすれば、これはきっと欠けてしまっていた空白の時間を埋める大切な何かのはずで――

ふとそんな考えが頭をよぎった。

 

部屋にかすかに漂う紅茶の淡い芳香が鼻を抜け、感情を刺激する。

嬉しそうに風呂場へと向かう小町を見ながら俺はきっと今、とても嬉しいのだろうとそう結論づけるのであった。

 



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#8

今回も小町回


長らく続いた曇りの日々からようやく解放され、青々とした空が久し振りにその色彩を魅せる。

照りつける日光は若干肌寒さを残す

さらに休日である事も合わさってか外に出たい気分に惑わされるだろう。

しかし、引き籠もる兄の紋章を持つこの俺にはそんな雰囲気に騙されない。

 

「ほら、おにぃちゃん、行くよー」

 

しかし、出たがる妹の紋章を持つ小町には負けてしまう。

2つ合わさると真なる千葉兄妹の紋章になる。

効果は未来永劫とても仲良しだ。

 

ちなみに上位に始まる千葉兄妹の紋章がある。

効果は因果をねじ曲げて兄妹で結婚できる。

マジで始まってやがる。

 

先日、小町の気持ちを聞き、兄妹として仲を深めた。

久し振りに揃って外出をしようと小町から提案され、兄妹揃ってラーメンを食べに行こうという話になった。

 

「さて、小町。ラーメンは何系がいいかな?」

 

「うーん、どうせなら冒険系がいいかな?」

 

ほぅ、我が妹ながら攻めた事を言う。

いつもはなりたけに向かうのだが、今回のような趣旨も嫌いではない。

 

「なるほど、ならここだっ!って所に入ってみるか」

 

「うんっ!」

 

そして俺たちは千葉のラーメン激戦区と目される場所へと足を踏み入れ、ラーメン屋の選定を行っている最中だ。

 

ラーメン激戦区と目される場所は1本道であり、道の両脇に数々のラーメン店が独自の店構えをし、俺の興味をそそった。

昼前で人はまだ疎らだが、人気店は既に行列ができあがっていた。

 

「おにぃちゃん、あれなんてどう?」

 

小町が指を指す方に視線を向けると、焦がし醤油イカスミラーメン富山ブラックの文字が映った。

なんか全て黒なんだけれど。何この厨二病をそそる感じのラーメン。

 

「昔のおにぃちゃんなら喜びそうだね。あれ〜なんて言ってたっけ?名もなき神?」

 

ちょっと小町ちゃん?

トッピングにお兄ちゃんの黒い歴史まで掘り返さなくても良いんだよ?

 

「何のことだか忘れたわ」

 

「まぁ、小町は何の能力も無い今のおにぃちゃんのほうが好きだよ」

 

それは厨二病じゃない俺の方が大好きという事だよね?

 

「おい小町、それってお兄ちゃんは無能ですって遠回しに言ってる?」

 

「そんなこと無いよ〜、っで?どうするのおにぃちゃん?」

 

「食べる度にお兄ちゃんの黒い歴史が掘り返されそうだから別にしよう」

 

押し入れにしまっている政府報告書とか神界日記とか思い出すから無理。

 

「はーい」

 

そう言って小町と俺は別のラーメン店を探すことにする。

 

「あっ、ここなんてどう?」

 

小町が小綺麗なラーメン店を見つけ看板へと足を向ける。

俺も小町に引かれて看板前へと足を運んだ。

 

「ほぅ、鶏がら醤油ベースのラーメンか…良いんじゃないか?」

 

しかし、小町はちょっと悩んでいる感じだった。

口にしてみたは良いもののちょっと違った感じだったんかな?

 

「うーん…自分で見つけてあれだけれどちょっと冒険感が足りないな〜」

 

そもそも冒険系ラーメンって定義が分からんよな。

財宝を求めて大航海を始めちゃうの?つえぇ奴と戦っちゃうの?

あっ、それ少年系だわ。

 

結局チョイスが平凡すぎる事からこのラーメン店も見送ることにした。

 

「なかなか見つからないね〜」

 

「そだな」

 

そして再度、ラーメン店選びをしていると一際賑わいを見せている店があった。

店の前には行列ができており、店前に置かれている品書きが俺の興味がそそる。

 

「魚介豚骨つけ麺、天一並みのとろみスープが特徴か…」

 

ふむ、見るからにこってりだな。うーむ……しかしつけ麺か、まぁ嫌いでは無いが小町の反応を見て決めてみるか。

 

「お〜、これ結構冒険感ない?」

 

結構乗り気だったみたいだ。

まぁたまにはつけ麺も悪くないか。

 

「あぁ、面白いな。太麺の自家製麺か……けっこう興味出てきたぞ」

 

つけ麺と言う所を差し引いても興味が湧く品書きだ。

 

「それじゃここにしよっか!」

 

「そだな」

 

小町と共に行列に並ぶことした。

そういえば店の名前見てなかったなと思い、店前に堂々と掲げられている看板を見上げる。

 

「っげ…」

 

毛筆書体で『麺処一六八』と力強く堂々と書かれた看板をみて、すぐに思い浮かべるのがあの打算的な女の顔だ。

今は小町との兄妹水入らずの時間なのだから思い出させないで欲しかった。

 

「おや、君は…」

 

並んでいる俺たちの前にいる女性の人が振り向きざまにそう言った。

美人でスタイルも良くカッコイイ人だなと俺に印象づけた。

もしかして俺達の後ろに知り合いが並んでいたのだろうか。

 

「確か…比企谷、だったな」

 

どうやら俺達に聞いている様だ。

 

小町の知り合いかと小町の顔を伺うが誰この人?みたいな表情を作っていた。

 

「すいません、どちら様ですか?」

 

とりあえず、こちらからも返答をと思い聞いてみる。

 

「あぁ、突然すまない。私は平塚静、総武高校の生活指導をしている」

 

げっ、まさか同じ高校の教師と鉢合わせるとはついてねぇ。

 

「そうですか」

 

「そして君は、比企谷八幡だろ?君は教師の間では珍しいのでな。勝手に顔と名前を覚えさせてもらっていたんだ」

 

「どうせ進学校のダブった生徒として珍獣扱いって事なんですよね」

 

担任は俺を腫れ物のように扱うし、その他の先生も大体そんな感じだ。

事なかれ主義な教師が多いから俺に下手に関わってこようとしないから楽だったのだが。

 

「そうネガティブに捉えるな。小さな命を救ったその行動力は流石だと思うぞ」

 

この教師はどうやら他の先生とは違うようだ。

堂々と腫れ物に触ってくる。

面倒くせぇな。

 

「そんな大層な事なんざやってないませんよ」

 

「ただ、自身の犠牲を顧みないというのはいささか考え物だぞ」

 

「休みの日に偶然遭遇した生徒にも指導とは仕事が捗りますね」

 

「おにぃちゃん、捻くれない」

 

なに小町、いきなり会話に入ってくんなし。

 

そんな俺の思いをよそに小町は目の前に居る教師と話し始めた。

 

「平塚先生でしたっけ?兄がお世話になっています。比企谷小町と言います。比企谷八幡の妹です」

 

小町の声色が変わる。

多分よそ様向け用小町に切り替わったんだろう。

我が妹ながらその切り替わりの早さ、風の如し。

 

「ほぅ、礼儀正しい妹さんだな。最初は比企谷の彼女かと思ったが」

 

「そんなわけ無いじゃないですか〜」

 

やべぇ俺これ結構気に入ってるかもしれない。

 

「……キモい」

 

ちょっと、小町ちゃん?

どういう意味でそのキモいの発言が出たのかな?

お兄ちゃんの発言かな? それともお兄ちゃんの彼女と思われたこと自体かな?

どっちにしてもこうかばつぐんに心を抉ってるからね。

 

「そ、そうか。では兄妹で仲がよいのだな。私は一人っ子なのでわからないのだが、兄妹はそんなものなのか?二人で腕を組んでいるのは……」

 

兄妹じゃ普通のことじゃないのか?小町はそう言ってたぞ。

 

「普通ですよ。多分」

 

そ、そうかと平塚先生は軽く咳をする。

 

「そういえば、先生もラーメンお好きなんですか?」

 

「あぁ、そうだな。今日は久し振りに晴れたから行きつけに来たんだ」

 

「おっ?行きつけと言うことは味は保証付きみたいな感じですかね」

 

我が妹ながら流石だ、会話を盛り立ててくれる。

俺だけだったらここで会話終了して気まずい沈黙が流れていたに違いない。

 

「はっはっは、こってりが好きだったらこの店はオススメするよ」

 

ラーメンの話だったら少しは話に入れそうだ。

……というかこの話題は興味がある。

ちょっとだけ会話に混ぜてもらうか。

 

「つけ麺って所がちょっとあれっすけどね」

 

「なんだ、つけ麺は嫌いなのか?」

 

「嫌いというわけではないですが、段々と汁が冷えていくのがちょっと……それを避けて熱盛りにすると今度は麺のひっつき具合が気になるんですよね。時間経つと麺が干からびてしまうのもあって早く食べないとって焦りも出てくるので味わえないと言うか」

 

「あぁ、そういうことか。この店はな、鉄をあぶっていてな。汁が冷たくなったらその鉄を入れて熱々に戻す事が出来るんだ。なかなか面白い試みだろ」

 

なるほど、そういったいかに冷やさないかという仕組みを考える店は確かに好感度が高い。

是非その仕組みを使ってみたいものだ。

 

「ほぅ、それは面白い」

 

俺と平塚先生のラーメン談義が始まり、行列の待ち時間が本当に一瞬の様に過ぎ去っていった。この人相当なラーメン好きだろ。

 

どうやら席が空いたらしく、店員が俺たち3人に向けて案内の言葉をかける。

 

「お客様3名ですかー!」

 

「いや、2名で…」

 

俺がそう言おうとしたら小町がそれを遮った。

 

「3名で〜す」

 

「3名様ご案内!いらっしゃいませ〜!」

 

そう店員が元気よく案内を言い終えたあとに

その他店員全員が『いらっしゃいませ!』と元気よく口を揃えた

 

何この店。滅茶苦茶元気いっぱいなんだけれど。

圧倒されるわ。

 

3名と言う事で奥のテーブル席に案内され

平塚先生が対面に俺たち兄妹が横並びで座る。

 

「おにぃちゃん」

 

先ほど迄の元気で高い声と違い、呆れた声が俺の耳に届く。

 

「なんだ小町、トイレか?」

 

視線を向けると小町は眉をひそめ、俺を見つめていた。

ちょっと小町、そんなに見つめられると恥ずかしい……んだよ?

 

「ちがくて、あれだけ熱心にラーメン談義してたくせになんで2名って言っちゃうかな?」

 

「小町ラーメン談義ついてこれないだろ」

 

ぼっちだから分かるんだが、2人だけが分かる話題を話している際、その話題に入っていけない1人って居づらいし気まずいよね。

 

何かを理由に離れたくなる。

その気持ちすごいわかるから気を利かせたんだが……

 

「えっ!もしかして小町が1人だったの!?」

 

「会話に入れないでただそこに居る辛さって俺、自分事のようにわかるからな。だから一人でゆっくり食べさせてあげようと配慮したんだが…」

 

「ちょっとごみぃちゃん、変な気遣い起こして可愛い妹を1人でラーメン食べさせるなんてどうかと思うよっ!小町的にポイント低い!」

 

「はっはっは、君たち兄妹は面白いな」

 

「面白くしているつもりはないんですがね」

 

「兄妹仲睦まじい事は良いことだ。仲が良すぎるのもあれだがな」

 

「ははっ、流石に兄妹で恋人とか結婚とかは創作の話ですよ」

 

「えっ?おにぃちゃん小町と結婚しないの?」

 

…おや?真なる千葉兄妹の紋章のようすが…

やっべぇ、キャンセルボタンどこだよ!

 

「ちょっ小町、人前でそういう冗談言わない」

 

「さっきのお返しだよ」

 

くっそ、内心ちょっと嬉しかった俺がいる。

 

「け、結婚か…」

 

「平塚先生もお相手いらっしゃるんじゃないですか?かなり綺麗ですし」

 

「…ぐっ」

 

小町、ちょっと待て。

平塚先生の様子がおかしい。

 

「きっと結婚も秒読みとかっ!あっ、式には呼んで下さいね!」

 

「うぐぅ…」

 

この反応…ことから察するにお相手がいないのだろう。

それも長い間。

 

「小町、やめて差し上げろ」

 

「えっ、やっぱり?」

 

えっ、知っててやってたのお前?

鬼畜の所業じゃねぇか…

 

「いいもん、いいもん…」

 

ほらぁー……周りからのプレッシャー思い出して幼児退行しちゃったじゃねぇか。

非常に可哀想だ……誰かもらってあげてっ

 

 

***

 

 

「お待たせ致しました!特製つけ麺2つとトマト味玉つけ麺です」

 

「おぉ〜…」

 

どろっとしたつけ汁を見た瞬間に分かる。

これは麺にかなり絡みつくだろう。

 

そして太めの自家製麺、店内の照明が冷水で締めた麺に反射し輝いて見える。

食べ応えがありそうだ。

 

無意識にゴクリと喉がなってしまう。

 

器に手を添えると縁まで温かい。

直前まで器を温めていたに違いない。

 

「君たちはこの店は初めてだったか?」

 

そう平塚先生はそう俺たちに問いかけてきた…ということは何か食べ方があるのか?

 

「何か通な食べ方があるんですか?」

 

「察しが良いな、そうだ」

 

「是非ご教授頂ければ」

 

「あぁ、では手始めに…」

 

こうして、俺たち比企谷兄妹は平塚先生の課外授業を受け、つけ麺をすするのであった。

 

 

***

 

 

食事を終え、店から出る。

店前に並んでいる行列は俺たちが並んでいた時より長くなっていて早くこの店と出会えて良かったと心から思った。

 

「ふぅー美味しかった〜お腹いっぱいだよ〜」

 

お腹をさすりながら小町は満足実にそう口にした。

確かに、濃厚なつけ汁と太麺は来て良かったと本当に満足できるボリュームでありクオリティーだった。

店名は個人的に気に食わんがまた来よう。

 

「あ、あと、ありがとうございます、奢ってもらって」

 

この人いつの間にか会計を終わらせていたのだ。

食券タイプの先会計だとそういうのはすぐ分かるんだけれど、後会計だと直前まで分からないんだよなー。

 

「あぁ、気にすることはない。良い食事ができた礼だ」

 

やだぁ、ちょっとときめくじゃねぇか。

なにこの人、マジモンのイケメンじゃねぇか。

もしかして少女漫画によくいる花しょってる系イケメン?

 

「では、私はそろそろ行くとするよ。2人ともこれからの休日を楽しんでくれ」

 

「はい、そのつもりです〜」

 

小町が元気よく答えると平塚先生はあぁと微笑を小町に見せ答えた。

そして平塚先生は俺に視線を向ける。

 

「比企谷、何か相談があるなら私を頼れ」

 

「いきなりなんですかね。まぁ…考えておきます」

 

「教師らしいことをするのも1つだと思ってな。それでは行くとしよう」

 

そう言って平塚先生は俺に背中を見せ去って行った。

彼女の背中を見送った後、また小町が腕を組んできた。

 

「さて、おにぃちゃん。どこ行こっか?」

 

どうやら今日1日、小町に付き合わされるみたいだ。

とりあえずゲーセンとか行ってみるか。

 

「ゲーセンでも行くか」

 

「あーいいねぇ〜、メダル落とす奴やりたいねぇ」

 

「んじゃ行くか」

 

「うんっ」

 

昼下がり、青々とした空の下、兄妹は休日の談笑を楽しみながら歩みを進めた。

 




ようやく平塚先生出せた〜。


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#9-1

ちょっと長めです。


月をまたぎ平日がやってきた。

実は今回のGWは4月から休みが続く訳では無く、4月と5月を土日でまたぎ、その後に平日2日を挟んだ後、5連休が始まる。あまり使えないGWだ。

まぁ、普段より多く休めるだけありがたいではあるが……平日の気だるさが半端ない。

 

そんなやる気の無い平日にチャリ2人乗りをご所望の小町を送りながら学校へ向かう。

小町を下ろす際に、『ついでに作ったの!おにぃちゃんのっ!』と照れを隠しきれていない小町から弁当を渡された時は感動して涙が出そうだった。

 

中学では給食あるだろうとか無粋なことは言うまい。

それが千葉のお兄ちゃんクォリティー。

 

チャリこいでる最中に、後ろから細かい注文飛ばしてきたときはこのガキはなんだとか思っていたが、そんな事はもうどうでもいい。

 

今日1日幸せだ。

 

昼休みになり、最近見つけた特別棟の一階、保健室横、購買斜め後ろの場所で俺は小町の弁当を食べている。

 

ここはちょうど良い風が吹く。

俺はこの優しい風を肌で感じながら過ごす時間は嫌いじゃない。

 

視界にはテニスコートが映り、そこでテニス部員らしき女子が1人で昼練に励んでいた。

 

ほー、熱心なことに。

そんな事を思いながら弁当をつついていた。

 

「あれ?ヒッキー?」

 

風がどうやら知り合いの声を運んできたようだ。

 

『風』のワードが、治まったと思っていた厨二病を思い出させるぜ。

そんな男子高校生の日常ってあるだろ?……えっ、ない?マジで?

 

「由比ヶ浜か」

 

「なんでそんなところにいんの?」

 

吹き付ける風で、なびくスカートを抑えながら俺に尋ねてきた。

 

「ちょうど風のあたり心地がいい場所があってな。そこで飯を食べるのも一興だと考えてな」

 

我ながら即興で思いついたにしてはなかなか言い台詞じゃねぇかと自画自賛してみる。

 

「へぇ〜、あれだね、傷心に浸ってる感じ!」

 

「んんん?」

 

由比ヶ浜の自信満々な発言に一瞬遅れを取ったがもしかしたらと言葉を返す。

 

「正しくは『感傷に浸る』な。感傷にすら浸ってないがな」

 

一瞬何言ってんのこの娘と思ったわ。

っは!?もしかして今から傷つけますって遠回しに言ってる?

 

「へぇ〜、ヒッキーそういうの詳しいね。」

 

んなわけねぇか。

常識だ。

 

「まぁな」

 

よし、これで会話終了。

由比ヶ浜、さっさと切り上げてくれ。

俺は一人で小町の手作り弁当を……っお?

 

「なぁ、由比ヶ浜」

 

「ん?なに、ヒッキー」

 

興味津々に由比ヶ浜が俺に寄ってきて、隣に座る。

ちょっ!?近い近い近いっ!!

 

「えっと……だな、小町についてなんだが」

 

「あっ……」

 

その件の話をすると由比ヶ浜は俯き表情が暗くなった。

 

「小町ちゃんから聞いちゃったんだね」

 

「あぁ、細かい所までは聞いては居ないが、大体雰囲気で察した」

 

「そっかぁ……」

 

沈黙の時間が続く。

 

ヤバい。

 

自分から地雷踏みにいって、実際この雰囲気になると何話せば良いか分からなくなるって、とんでもなく最低最悪クズ野郎だなと俺自身思う。

 

「あ〜……なんというかな、由比ヶ浜。小町も言い過ぎたって自覚はあったみたいだ」

 

「えっ?」

 

由比ヶ浜は俯いていた顔を少し上げて意外そうな顔をしていた。

 

「本人的にはもう少し時間がかかるって話だったから、まぁ後は時間が解決してくれるだろ」

 

「そう……だね、でもそれに任せておくときっと後悔しそう」

 

「そうなのか?」

 

「うん、これはあたしが起こした責任だから」

 

責任か。そのギャルギャルした容姿で言うような台詞ではないのだが、まぁそれはさておき、俺の事故の件が彼女にどうやら様々な効果を与えているらしく責任感はあるようだ。

 

「ちょっと自分でもやり方探ってみる。ありがとっ、ヒッキー」

 

不意に向けられた笑顔に心臓が跳ね上がる。頬が熱くなるのを感じた。

くっそ、こいつこんな顔も出来たのか。

 

「あ〜っ!ヒッキー顔赤くなってる〜」

 

「うっせ、勘違いすっからその笑顔向けんな」

 

「えへへ〜」

 

そういうのやめてね?

俺の青春ラブコメがとうとう始まっちゃうのって勘違いしちゃうだろうが。

 

「それにしてもホントに気持ちいいね〜ここ」

 

「だろ?俺はここをベストプレイスと名付けることにした」

 

「なにそれ、ウケる」

 

ウケる要素何一つないのだが……

もしかして叙述トリック使ってんの?

やるじゃねぇか由比ヶ浜、俺に文系で喧嘩売るなんて。

その挑戦受けてやる。

その答えは『ウケると言いつつ全然ウケない』だ。

理由はその口調が明らかに棒読みだからだ。

 

……やべぇ、言ってて悲しくなってきた。

 

「最近一色さんとは?」

 

一色とは依頼終わってからは全然話してないんだがな。

別に話しかける用事も無いし。

 

「最近サッカー部で忙しいんじゃないか?ってか全然喋ってねぇな」

 

「ヒッキーもう少し一色さんかまってあげなよ」

 

一色も俺に構ってもらうよりも葉山先輩に構ってもらった方が嬉しいだろ。

 

「なんでだよ。そんな時間あんなら小町構ってるわ」

 

ここ最近マジで懐いてるからな。

デレ期なのかもしれん。

 

「ヒッキーほんとシスコンなんだね……気持ち悪い」

 

「いきなり気持ち悪いとか傷つく覚悟する前に俺の心を抉らないでね?」

 

まさかここでフラグ回収してくるとは由比ヶ浜やりやがるぜ。

 

あはは〜と俺の言葉を受け流し、由比ヶ浜が視線をテニスコートに向ける。

すると何かに気づいたらしく言葉を口にする。

 

「あー!あれさいちゃんじゃない?」

 

いや、さいちゃんじゃない?って言われても誰だよ。

 

由比ヶ浜の視線を追うと先程から1人で自主練している女子テニ部員を指していた。

 

「知り合いか?」

 

「同じクラスなんだっ」

 

「そうか」

 

なぜか由比ヶ浜は声を上げ、そのさいちゃんとやらを呼び寄せる。

 

あのぉ……由比ヶ浜?

同じクラスってことは俺の先輩な訳で俺の肩身が狭くなるんだが……

 

そんな気をよそにそのさいちゃんという女子は俺たちに走り寄ってきた。

 

その女子は潤んだ大きな瞳ときめ細やかな肌、華奢な体つきで乙女と言う言葉を体現したかのような美少女だった。

さらに汗で濡れた髪と汗がつたう肌が色っぽさを感じさせた。

 

「あっ、由比ヶ浜さん……と?」

 

その女子は俺を見るなり首をかしげる。

そりゃわからんよな。

 

「あぁ、すいません。1年の比企谷です」

 

軽い会釈と一緒に名乗り、自己紹介を終える。

 

「そうそう、ヒッキーだよ」

 

由比ヶ浜さん?ヒッキーというあだ名を広めるのは勘弁してもらってよいかな?

 

「そうなんだ!僕は戸塚彩加。よろしくね比企谷くん!」

 

太陽のような眩しい笑みを俺に向ける戸塚先輩をみて、俺は天使がご光臨されたのを目撃してしまったのだと理解した。

 

僕っ娘かぁ〜。この世に存在するとは思いもしなかったわ。

 

「女子テニスも昼練やるんですね」

 

「えっと、僕男なんだけどなぁ……」

 

 

 

 

ハッと時間が停止したかのように思考が止まっている事に気がつき、俺は意識を取り戻した。

 

誰かそして時は動き出す。とか言ってくれりゃぁ助かったのだがスタンドを使える奴は早々いねぇ。

 

「えっ……はっ??」

 

言葉につまる。理解に苦しむ。

由比ヶ浜に視線を向けるとうんうんとうなずいている。

なんか『その反応わかる〜、あたしも通った道だから〜』とか上から目線な事を考えてそうなのが癪だ。

 

戸塚先輩?

もしかして特殊なご職業のお父さんとかいらっしゃいませんかね?

んで、昔テニスの勝負で引き分けた男の子ともう一度勝負するために男の子って偽っていません?

全然騙せてませんよ?

 

俺の顔に嘘だろと出ていたのだろうか、戸塚先輩は体操着の裾を手で握りしめ、上目遣いで目を潤しながら俺を見つめ口を開いた。

 

「証拠……見せようか?」

 

その恥じらう姿は艶めかしく、下手するとあの打算的な女以上の効力を持ってるんじゃないかと思うほどだ。

 

何だろう。なんかとてもいけない事をしている気分だ。

ヤバいこのままでは俺は引き返せない領域に足を踏み入れかねない。

 

『おいおい、こんな絶好のチャンスはねぇよ』と俺の耳元でデビル八幡が囁く。

そうだよな、向こうから言ってきているしこんな絶好のチャンスを逃すのはないよな。

 

『お待ちなさい!』

 

おっ、お約束の天使が来た。

 

『どうせなら壁ドンした後、「戸塚先輩!!ぼかぁ、ぼかぁもう!抑えきれませんっ!!」と情熱的攻めて、戸塚先輩の服を脱がせるのはどうでしょう』

 

いやまて、どんな展開期待してんだよ。

やけに具体的なんだよ堕天使が!それできるのどう考えても幽霊退治のお兄さんだろうが。

俺のキャラ崩壊してんだよ。

ってか止めに来いよ。

 

「だ、大丈夫です。知らなかったとは言え、配慮が足りなかったです」

 

苦しげな口調でとりあえず戸塚先輩の申し出を断ると、そっかと目尻に涙を浮かべ、輝かしい満面の笑みを俺に向けた。

 

あぁ……守りたい、その笑顔。

 

「うぅん、別にいいよ、それより比企谷君って1年生なんだね。どうかな?テニス部とか興味無い?きっと楽しいと思うよ」

 

 

あー……戸塚先輩個人には凄く興味があるけれども、テニス部にはあまり興味が無かったりする。

 

……戸塚先輩の愛らしさに負けて入部希望を出そうかどうか瀬戸際まで追い込まれたが、俺自身俺の性格をよく分かっている。

 

絶対に続かない。

 

「戸塚先輩。俺、球技だけとんでもない運動音痴発揮するんで悪いんですがちょっと無理っすね」

 

「そっかぁ……残念……」

 

戸塚先輩のしょんぼりとうな垂れる姿も可愛くうつり、手のひらを高速回転させようとする衝動に駆られるが、理性でそれを阻止した。

 

でも、戸塚先輩1人でも全国行けそうな気がする。

イルカとかクジラとかラッコとか可愛らしい名前の技、使えるでしょ絶対。

 

戸塚先輩がどれだけ可愛くても、どれだけおねだりされても聞けない願いという物はある。

ほれ、毎日部活行く根性自体、俺には無いわけで……その見下げ果てた根性さまのおかげでバイトも面接でバックレたしな。

 

「まぁなんというか、すいません」

 

「あーっ!」

 

いきなり由比ヶ浜が大声を上げ、俺の肩が跳ねる。

 

なんの前触れも無くいきなり大声を上げるもんだからちょっとびびっちまったじゃねぇか。

 

「そうだった! 優美子の飲み物買うの忘れてた! 」

 

えっ?こいつなんでパシられてんの?

 

「お前、パシられてんの?いじめ?」

 

「違うよ〜、罰ゲーム」

 

ってか由比ヶ浜?結構お時間経ってるんですが……大丈夫なんですかね?

 

「あーね、ほれそろそろ戻らんとチャイムなるぞ」

 

「うん〜、ありがとねヒッキー!またね、さいちゃん」

 

そう言って由比ヶ浜は小走りで校舎の中に戻っていった。

 

「僕もそろそろ着替えてくるね。またね、比企谷くん」

 

「はい。また、戸塚先輩」

 

三人以上のグループ特有の共通の友人が居なくなった居心地の悪さを感じ取ったのか戸塚先輩もどうやら席を外してくれるみたいだ。

 

戸塚先輩がテニスコートに戻る姿を確認した後、ようやく食べる途中だった小町弁当に箸を伸ばすのだった。

 

 

***

 

 

翌日、ベストプレイスで弁当を食べていたときのことだ。

テニスコートを覗くと、いつも通り練習している戸塚先輩の姿が見える。

遠目から見ても天使だ。守ってあげたい庇護欲に駆られてしまう。

 

そんなテニスコートを覗きつつ弁当を頬張っていたら、どうやらテニスコートにお客さんが出向いてきたようだ。

 

あれ葉山先輩じゃないか。

他は?優美子先輩と誰だあの金髪?知らねー。

由比ヶ浜は……いねぇな。

 

あぁ、あれが一色の言っていた葉山グループって奴か。

どうやら葉山先輩と戸塚先輩が話をしている。

 

話が終わったのか、葉山グループは戸塚先輩の反対側のコートを陣取った。

何これ、試合でも始めんの?戸塚先輩VS葉山グループの?えっ、練習の邪魔じゃね?

 

……まぁいいか、弁当食べながら観戦するのもありだろ。

 

弁当を食べながらそんな光景を眺めていると、やはり戸塚先輩は毎日練習しているだけあって、素人揃いの葉山グループはほぼ一方的なゲームを強いられていた。

 

あーこれはなんと表せば良いか……主人公最強の異世界転生Web小説を読んでいるかのような展開だな。

圧倒的な力の差で蹂躙されているわ。

 

葉山グループはこぞって天使の裁きを受けていた。

 

このまま全員負けて終わりかなと思ったらそうでもなかった。

どうも優美子先輩がやけに動けている。

経験者なのだろう。

なかなか白熱したバトルが繰り広げられていた。

ってか、普通に戸塚先輩も優美子先輩も強くね?

 

……しかし、ゲーム後半で戸塚先輩が無理にボールを追ってしまった為か、体勢を崩し転倒してしまった。

結構派手に転倒してしまった事から向かいの優美子先輩も心配して駆け寄っていった。

 

その後、どうやら戸塚先輩が負傷したらしくゲームは中断。

葉山グループと共に保健室に連れられる戸塚先輩を俺は見送った。

 

戸塚先輩の負傷を心配した、今すぐにも保健室に駆け込みたい気分になったが、まだあの先輩グループも一緒に居ることだろう。

俺一人であの先輩グループの中に入るのはハードルが高い。

なので、次会ったときにでも大丈夫でしたか?とでも言ってみようと心に決めた。

 

観戦も終わったしそろそろ教室に戻ろうかと思った矢先、久し振りに俺に向けられた声が風によって運ばれてくる。

 

「あ〜、せんぱーい〜!こんな所にいた〜」

 

話しかけられるのは1週間経たないくらいだが久し振りな気がする。

 

一色は両腕を左右に振りながら小走りで俺まで寄ってきた。

 

「せんぱいに話したかった事があったんですよぉ〜」

 

照れたような、瞳を潤し、何か恥じらいのあるように頬を赤く染めるながら彼女は俺に向けて言の葉を口にする。

 

「この女だれ?」

 

言の葉と表現するのがおこがましい程、風情も何も無い低く冷淡な声色が耳に入ってきた。

 

と同時に彼女の携帯が俺の前に強引に提示されそこに映し出されているのは俺と戸塚先輩だった。

 

「……というのは冗談です」

 

一色は口角を上げたすこし微笑めいた表情に戻した。

 

一色ちゃん?

ちょっと冗談にしては迫真の演技過ぎて八幡びびっちゃったよ?

 

「んだよ、驚かせんなよ」

 

「それよりもせんぱい、また撮られちゃってますよ?」

 

「……まじか」

 

一色が見せたその画像から察するにグループチャットにまたあげられたのだろう。

最近姿を見せないと思って安心していたがやはりまだ観察されていたか。

 

「これどうすっかな、すげぇ迷惑……」

 

「普通の男子だったら女子と2人でご飯食べるとか〜、一緒に買いものするとか〜、そんなイベント頻繁に無いと思うんですけれどね〜」

 

一色が呆れたような表情で亜麻色の髪をクルクルと指でいじりながらそう言い放つ。

 

「それお前が言うか? ってかなんで俺だけ狙い撃ちで撮られているのかも分かんねぇしな」

 

「これはもう担任相談とかじゃないですか?あまりにもしつこすぎる感じがしますよ」

 

「あぁ、そうなんだがなぁ……」

 

うちの担任、自分のこと以外に興味なさそうなんだよな。

明らかに俺に何も問題起こすなよっていう雰囲気が漂っているって言うか……

あまり信用したくない大人だったりするんだよな。

 

『比企谷、何か相談があるなら私を頼れ』

 

っふと休日のあの言葉が頭をよぎる

先日会ったあの人を思い出す。

 

確か……平塚先生だったか。

相談してみるのもありだな。

 

「まぁ、うちの担任はナルシストで自分の事以外興味なさそうだしな。それよりも別であてがあるからそっちで相談してみるわ」

 

「そうですか、早く解決できるといいですね」

 

そんな事無くすためにこの問題はさっさと解決しないとな。

 

「そうだな」

 

放課後にでも職員室寄って相談してみるか。

 

「……っで、この女は誰ですか?」

 

おや、さっきも感じた雰囲気悪い一色がぶり返したぞ?

冗談じゃ無かったのかな?

 

「あぁ、この人は戸塚先輩と言ってな。驚くなよ、実は天使なんだ」

 

とりあえず淡々と事実だけを一色に伝えて見る。

 

「はぁ? せんぱい今日は一段と気持ち悪いですね。……私が聞いているのはそんな事じゃ無くてっ!」

 

「本当なんだがなぁ……」

 

こうして、昼休み終了のチャイムが鳴るまで、しつこく戸塚先輩の事を聞いてくる一色に付き合う羽目になった。

 

事実を伝えているはずなんだけどなぁ……。

 

 

***

 

 

今日の学校の授業は全て終わり、放課後の廊下では明日から始まる連休の話題で談笑を交える生徒達とすれ違う。

目的の部屋に到着し、ふぅっと息を整える。

 

職員室に入る機会はそうそう無い。

自分の中でも少し緊張気味なのが分かる。

 

職員室の扉を数回ノックし、失礼しますと扉を開く。

中は空調が効いており、廊下よりも温かい。

 

ちょっとだけ教師だけずるいなという感情が芽生えたが、今はどうでも良いことなので思考を切り捨てた。

 

職員室の少し奥の方に見覚えのある後ろ姿を見つけた。

どうやら本当にうちの先生だったらしい。

 

俺は、その後ろ姿のデスクまで足を進め、平塚先生の後ろまでやってきた。

 

平塚先生はどうやら配布するプリントを作成しているのか、パソコンで打ち込んでいる様子だ。

 

作業途中の姿を見てしまい、声をかけるのを躊躇ってしまう。

 

タイピングで固定された姿勢を変えようとすると共に、黒く艶のある長い髪の毛が揺れる。

この姿をじっと見ていたいという思いに駆られたが、どうやら俺の存在に気づいたようだ。

平塚先生はタイピングを止め、椅子を回転させこちらへと目を向けた。

 

「比企谷か、どうした何か相談か?」

 

「はい」

 

「そうか……それでは一旦あっちに行ってもらって良いか?すぐ向かう」

 

そう言って、平塚先生は職員室奥にあるパーティションで区切られたスペースを指で指した。

 

「わかりました」

 

平塚先生の指し示したスペースへ足を進めると、煙草の薄い香りが鼻腔に入ってきた。

ここはどうやら教師達の喫煙スペースを兼ねているようだ。

 

ソファーが2種類あった。

片方が大人3名が座れるほどの革張りのソファーが1席とガラステーブルを挟み同様の1人用ソファーが2席隣り合うように置かれている。

 

俺は1人用のソファーに腰を下ろた。

なかなか高いソファーなのか深く沈む。

 

あまり慣れない場所であるのか、俺は自分が若干緊張しているのが分かる。

 

平塚先生は俺が着席した後1分もしないうちにスペースに入ってきて俺の目の前の席に腰掛けた。

そしておもむろに胸ポケットから煙草を取り出す。

 

「すまない、いいか?」

 

そう言って平塚先生は煙草を見せる。

俺は頷いてそれを了承した。

 

平塚先生は煙草の箱をトントンと叩き葉を詰め、1本取り出し火を付ける。

タールの濃厚な香りと青白い煙が辺り一面に漂う。

 

平塚先生は俺に配慮してか、横に煙を吐いた。

それと同時に、俺へ視線を向けて微笑めいた表情で口を開いた。

 

「さて比企谷、どうした?」

 

優しく落ち着いた口調に、心地よさすら感じた。

先ほど迄の緊張感が和らぎ、動揺せずに言葉を口にすることができた。

 

「はい、実は……」

 

それから俺はグループチャットにて俺の行動を監視している人間がいる。

それによって被害を被った先日の事件を平塚先生に話した。

 

「なるほど、写真を投稿した人間には話を聞いたのか?」

 

「聞きました。どうやら画像は投稿した本人でなくて、大元はSNSの鍵アカウントを利用して投稿してるみたいです」

 

「ふむ、となると運営側に報告してアカウント停止はどうだ?」

 

「停止されても別アカウントで復活される恐れがあります。その場合、警戒される可能性も無きにしもあらずなので…」

 

「そうか、下手に動かれると面倒な訳だな」

 

平塚先生はふむ、と腕を組み両目を閉じて頷いていた。

それと同時に何か別の策が無いかを考えている様子だった。

 

「ですのでネット上では無く、リアルで突き止めるのが効果的では無いかと」

 

「なるほど。その対処については教員側も協力できるはずだ」

 

「ただ、ここまで来てなんですが、俺はそこまで大事にはしたくは無いんです」

 

1番の問題はここだ。

俺自体がそこまでこの問題をおおっぴらにはしたくない。

 

この問題がおおっぴらにされた後に流れる情報で一色いろはや、戸塚彩加、由比ヶ浜結衣にまで影響を及ぼすことになる。

 

俺だけの問題で彼女らに迷惑をかけることはあってはならないのだ。

 

「そうだろうな……しかし、教員側が動くとなるとやはり学校中に知れ渡る事になる」

 

「ですよねぇ……」

 

顎に手を当て、考えている平塚先生の姿は真剣に考えてくれているのだと分かる。

俺のあまり大事にしたくは無いというわがままも汲んでくれている。

無茶なお願いをしているのは分かっているが何か打開策は無い物かと頼ってしまう。

 

「ひとつ、解決策というわけでは無いが、大事にせずに動ける方法ならある」

 

「なんですかそれは」

 

「あぁ、奉仕部という部活動があってだな。そこだったら大事にせず解決できるかもしれん」

 

「と言う事は先生では難しいと言う事ですか」

 

「大事にせず助けたいという気持ちは十分にあるのだが、私も教員という立場なのでな。教員が動かない方法と言ったらこれ位しかできない。先日相談にのると大言を吐いたばかりなのにな……すまない」

 

「いえ、確かに相談にはのってもらえましたし、希望は見えました。その奉仕部を紹介してもらってもいいですか?」

 

「わかった。では向かうとしようか」

 

そう言って平塚先生と俺は立ち上がり、忙しなく教員が動いている職員室を後にした。

 

 

***

 

 

特別棟の階段を平塚先生は一段一段飛ばさずに上がっていく。

俺もそれにつられ、平塚先生の後を追うように階段を上がっていった。

 

特別棟は教室棟より生徒は疎らで辺りはしんっと静まっており、俺と平塚先生2人の階段を上がる靴の音のみが耳に入る。

 

「比企谷」

 

ふと階段を上りながら、平塚先生は俺の名を呼ぶ。

それに応答するように俺もはいと返事をした。

 

「特別棟に来るのは初めてか?」

 

「来るとしても1階にある購買くらいですよね。2階以上の階層には行ったことはないです」

 

「そうか、たまには足を運ぶのも悪くないぞ」

 

「まぁ、考えておきます」

 

そう言って会話が終了した。

 

俺たちは、そのまま4階まで上がり、廊下を迷うこと無く進む平塚先生の後を追う。

平塚先生が立ち止まった場所、どうやらここが奉仕部の部室らしい。

 

何も書かれていない教室の前に俺と平塚先生は立ち、先生は教室の引き戸を開けた。

 



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#9-2

教室の引き戸を開いた。

室内の空気が新たな道を見つけ、そこをめがけ流れを作りだした。

その流に逆らうように立ち尽くす俺に、空気の流れは淡くフルーティーな香りを鼻腔に残していった。

 

室内に入った時、一番先に目についた光景は1人の美少女の姿だ。

長い艶のある黒髪が揺れ、整った顔立ちと透明感のあるきめ細やかな肌がレースのカーテンで柔らかくなった日射で彩られ、静かに文庫本をめくるその姿に俺は呼吸をするのを忘れる程、魅入ってしまった。

 

彼女が文庫本をゆっくり閉じて机に置く。

顔をこちらに向けた時、あまりに綺麗だったので息をのんだ。

 

「平塚先生。何度も言っていますが、入室の際はノックして入って頂けないでしょうか?」

 

その声で俺は現実に引き戻される。

彼女の履いている上履きの色を見る。

どうやら2年生のようだ。

 

おいおい2年生……美少女揃いすぎだろ。

この人が大ボスかよ。

 

「悪い悪い」

 

反省する様子は無い様な口調で軽く平塚先生は謝る。

 

「それが悪いと思っている人の態度だと思えないのですが」

 

「まぁそう言うな雪ノ下、そう言ってお前が返事をした試しがないだろ?」

 

「先生が返事をする前に入ってくるんですよ」

 

どうやら彼女は雪ノ下と言う名らしい。

彼女の視線が俺へと切り替わる。

ゾクッと冷ややかな感覚にとらわれた。

 

「平塚先生、彼は?」

 

彼女の言葉が耳に届く。

凛とした声色は彼女の姿にふさわしく思えた。

 

「比企谷八幡です。宜しくお願いしましゅ」

 

緊張が口調にも現れてしまったらしい、かみかみな口調で自己紹介をしてしまった。

やばい、もう帰りたい。

 

「比企谷……」

 

彼女はそうつぶやくと少し目を見開いた様子だったが、すぐに元に戻った。

 

なんだ?新しい無言語コミュニケーションか?

それとも俺の存在感を感じ取るには何かしなきゃ見えないとか?

俺は幻のシックスマンかよ。

いや、おれはエイトマンだ。

出番こなくね?万年補欠じゃねーか。

 

「私は雪ノ下雪乃、2年生よ」

 

『2年生』という部分を強調した感じだとどうやら年上を敬いなさいと遠回しに言ってるように感じられた。

まぁ、年齢的には変わらねぇんだけどな。

 

「何か不服でもの申したいって表情をしているわね。どうぞ、学年が下といえど言論の自由は保障されてるわ。叩き潰すだけだけれど」

 

俺の考えを悟ったのか雪ノ下先輩は不快気に眉を寄せこちらを見返してくる。

 

先ほどまで俺が彼女に感じた清純なイメージとはかけ離れた言葉を向けられ、俺の中の彼女へのイメージが崩れ去る音がした。

 

っふと太宰治の「グッド・バイ」でも似たような場面があったことを思いだした。

声色が悪いせいですごい美人が台無しって表現だったか?

しかし目の前の雪ノ下先輩は声色は悪くないのだ。

口が悪い。

 

「雪ノ下、彼は依頼人だ。虐めてやるな」

 

うまい具合に平塚先生が割って入ってきてくれた。

 

「依頼人……なるほど。では彼はこの部がどういう部かご存じなのでしょうか?」

 

「そこまでの説明はしていない。お前に任せる」

 

雪ノ下先輩は諦めたかのように軽く嘆息をつき、俺へと目線を合わせる。

 

「この部は奉仕部よ。迷いし子羊を善き羊飼いが救済する為の部活動よ」

 

無償の人助け的な奴?ボランティア的なものか。

分かることは人が来る依頼を請け負う助ける部活だ。

 

「とりあえず、依頼を請け負う部活って認識でいいですか?」

 

「近いけれど認識に違いがあると嫌なのでもう少し詳細に説明させてもらうわ。」

 

そういうとこほんと咳き込んだ後、姿勢を正して口を開いた。

 

「常に結果を与え続けず、方法を教えてあげるそんな部活よ」

 

なんか聞いたことがあるな。

 

「魚を与えるのではなく魚を釣る方法を教えてあげるって言葉のほうが理解しやすいかしら」

 

確かに聞いたことのある言葉だ。

つまりは方法探してやっからあとは自分で試せって部活動ね。

 

「私は優れた人間は哀れな者を救う義務があると教えたんだがな」

 

補足を入れるかのように話す平塚先生の言葉が耳に入る。

確かノブレス・オブリージュって奴か。

言葉カッコいいよな。なんか高貴な感じがする。

 

「それで?あなたはどんな依頼かしら」

 

それを考えて、よくよくこの雪ノ下先輩を見ると気品のある容姿と丁寧な言葉遣いを見るに貴族みたいな雰囲気は出している……さっき叩き潰すって言っていたけれどな。

ノブレス・オブリージュって確か貴族はその身分に対する責務を果たせってそんな意味だったはずだ、雪ノ下先輩に限定するなら言葉として間違っちゃいねぇ。

他の部員もこんな感じなのか?それだったらギスギスしすぎだろこの部活。

 

「どうも最近、俺をストーキングしている奴がいまして」

 

「物珍しい方もいるものね」

 

言われると癪だがあながち間違ってもいないから何も言い返せねぇ……

 

「まぁ、俺が女子と二人でいるとなぜかそいつが盗撮してSNSにあげちまっている。俺はそれをどうにかしたいんです」

 

「それなら教師に言うなり、SNSの運営会社にアカウント停止の申請ができるのでは?」

 

そう言って、雪ノ下先輩は平塚先生に目をやる。

平塚先生は首を横に振り、その案は既に却下されたのだと表現で雪ノ下先輩に伝えていた。

 

「教師に言うと大事になってしまいますから、それは避けたい所なんです。アカウント停止申請ももっともな話なんですが、新たにアカウント作成され、かつ相手側に動きを勘づかれて警戒される恐れが出てくるので……」

 

「別に恐れることは無いわ、まずはアカウントを停止申請から始めてはいかがかしら?あと平塚先生も話を聞いているのであればあなたの担任にその旨をお伝えして即刻HRで話をするなりすれば解決するのでは?」

 

「いやそれは……」

 

いくら何でもリスクが高すぎる。

ちょっと真っ直ぐ過ぎやしませんかねこの人。

そう考えていると横から平塚先生が助け船を出してくれた。

 

「まて、雪ノ下。少し考えてみろ、ネット上の面識が割れていない状況は違うぞ」

 

雪ノ下先輩は平塚先生の助言を元に再度考えて居る様子だった。

そして考えがまとまったのか静かに口を開く。

 

「確かに、下手な動きをすると暴走しかねないわね。同じ学校でさらに顔、名前が知られている相手だとするとその対応は確かにリスクを秘めているわ」

 

良かった。

ご納得して頂けたようだ。

 

「話の続きなんですが……それで平塚先生に相談したところ奉仕部って言う部活があるから大事にしたくないならばまずは相談してみてはどうだって話でここに来たって訳です」

 

「なるほど、話の経緯は分かったわ」

 

「今後俺を監視する様な真似をしないようにしてもらえればそれでいいです」

 

「では裁判にしましょう」

 

「そうです……? えっ? ちょちょちょ!? なんでそんな話になるんですか?」

 

雪ノ下先輩?

人の話聞いていました?話の流れ完全に無視していますよね。ちょっといきなりぶっ飛んだこと言わないでもらっても良いですかね?

 

「比企谷君、こういった人のプライベートを拡散する行為って、プライバシーの侵害といって個人の隠したいと言う意思を踏みにじる最低な行為よ。自分の姿を現さず、あなただけを狙い晒すということは、あなたが人畜無害な人間であり何も反抗をしてこないから図にのって続いているだけであって、あなたがその気ならすぐさま警察へ通報し犯人の住所を割り出せるし、肖像権の侵害で裁判沙汰に仕立て上げられるけれどいかがかしら? 弁護士の用意なら任せて」

 

そんな月9ドラマバリの大事にしたくないからここに来たんだよ……。

 

「それは最終手段に取っておきましょう。まずは犯人を探すというアプローチから初めて行くのはどうですかね?」

 

俺の必殺、面倒な案は『それ、リーサルウエポンにしようぜ』

意味はゲームで最後の最後まで使わない完全回復アイテム的な立ち位置。

 

雪ノ下先輩はふむっと頷いた後、顎に手を当て少し考えていた。

 

「犯人の姿は見た覚えはないの?」

 

「みてないです。いつの間にか撮られていたので」

 

「なるほど。……となると最初に犯人をおびき寄せる必要があるわね」

 

「どうやっておびき寄せるんですか?」

 

「比企谷君、連休明けで良いわ。お昼休み、一緒にご飯はどうかしら?」

 

「は?」

 

ほんといきなり突拍子もない事を言い始めるなこの先輩は。

 

「勘違いして欲しく無いのだけれど、女子と2人の時のみに撮影をされているということは私と一緒にいることで犯人をおびき寄せることができるのではないかという事よ」

 

「えっ?俺も協力するの?」

 

「当たり前じゃない。人任せにして良いとは一言も言っていないわ。それに見つけるにあたって見ての通り人手が足りないのよ」

 

まぁ、一人で動けない分、協力者がいると言うことは願ったり叶ったりだな。

 

「ん?この部活、他の部員はどうしたんですか?」

 

そう言って俺は平塚先生を見る。

 

「この部には雪ノ下以外居ないぞ」

 

平塚先生?

なに『当たり前だろ?そんなの』みたいな表情で話してるんですか?

それもはや部活じゃないような気がしますけど?

 

「部員は1人ですか……さいですか」

 

まぁ、人任せにするような案件でもねぇしな。

仕方が無い、協力して見つけることにしよう。

 

「まぁ、私のような女の子とお昼を一緒にできるんだから、あなたはむせび泣いて喜んでも良いかはずなんだけれど」

 

「どこのお嬢様ですかね?時代錯誤感半端ないっすよ?」

 

「なぜ? あなた、私のこと見たときすぐに可愛いって思ったでしょ? その通りよ」

 

なんで俺の周りの女子は皆自分で自分のこと可愛いとか言いやがるんだ。

その通りだから何も言い返せねぇ……

 

「いやそうじゃなくて、もう少し言い方がありますよね?」

 

「あら?私、頭を使うしゃべり方をしていたかしら?」

 

これちょっと話がそれていっているな。

俺がディスられていく方面でな……

そんなのご免被りたいのでさっさと話戻そう。

 

「まぁ話を戻しますけれど。ちょっと気になったのが雪ノ下先輩が俺と写真を撮られるとトラブルに巻き込まれる可能性が出てくると思ったんですよ」

 

「それはどうしてそう考えられるの?」

 

「以前に俺と一緒に写真を撮られた女子がなんかそれを機に男子に言い寄られるトラブルに巻き込まれた事がありましてね。とりあえず解決はしたのですが……その案だと、雪ノ下先輩がトラブルに巻き込まれないかなと思いまして」

 

「ふぅん。ご心配ありがとう。でも私そんなこと全く気にしないから、大丈夫よ」

 

まぁ、寄ってきた男がいたとしてもこの毒舌で心折れるだろうしな。

俺もこいつが女じゃなきゃ顔面殴りつけていたところだ。

 

「はぁ……」

 

「対応は連休明けということで大丈夫?」

 

「大丈夫です」

 

「では、そのように」

 

話は一段落して一旦緊張感が和らいだ。

なぜ気軽に相談してみよーぜーの流れだったはずなのにいざ箱を開いてみると誹謗中傷言われないといけないのか腑に落ちないがまぁ、協力者を得るという所で解決への一歩は踏み出せただろうと自分自身に言い聞かせた。

 

共通する話題が無くなり、シンっと静まった室内で雪ノ下先輩がテーブルに置いてあるカップを手に持つ音が聞こえた。

 

彼女はそのまま紅茶を口にする。

ティーカップに口を付け紅茶を飲む姿も上品で絵になっている。

 

カップから動いた事により香りが拡散されたのかふわっとした甘い上品な香りが鼻腔を抜ける。

 

どうやらその視線に気がついたかのように雪ノ下先輩が視線を向けた

 

「あら?あなたも飲む?」

 

「良いんですか?」

 

「いいわ。趣味でやってるもので、あまり上手とは言えないけれど」

 

「おぉ、雪ノ下ちょうどいい、私にも入れてくれないか」

 

そう言って近場の椅子を1つ引き寄せて平塚先生はそこに腰下ろした。

 

「はぁ……平塚先生はガツガツと飲み過ぎなんですよ。茶葉がいくらあってもたりなくなります。部活動経費があるなら別ですが」

 

「そういうな、雪ノ下。お前の入れる紅茶はうまい。自信を持て」

 

「それとこれとは話が別な気がしますが……まぁいいです。」

 

そう言って雪ノ下先輩は立ち上がると窓際に置いてある場所に移動した。

2つの紙コップに用意し、ティーパックを入れて電子ケトルからお湯を注ぐ。

しばらくして、雪ノ下よりどうぞとほのかに香る甘い香りの紅茶が差し出された。

 

「すいません、ちょっと猫舌なもんで少し待ってから飲んでも大丈夫ですかね?」

 

「あら、急かしてごめんなさい」

 

「やはりなかなかうまいぞ、雪ノ下」

 

「平塚先生、うまいしか言っていませんが他に表現できる事は無いのでしょうか?」

 

「ない!」

 

「現国教師がそれでいいのですか……」

 

「仕事で無いならそれでい〜い〜」

 

なんか気だるそうに姿勢を崩し言葉を崩す平塚先生を前に、俺は職員室で話をしたあのイケメンな平塚先生が崩れ去っていくのを感じた。

 

とりあえずこれで良かったのだろうか。

様々な不安が残っているが、まぁ問題の解決に向けて進んでいるだろいと踏んで、俺は紙コップに入った紅茶を啜るように飲むのであった。

 

あっっつ!!

 

 



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#10

久し振りの一色回


とうとうこの日がやってきた。

黄金の5連休だ。

 

休日は人を活発にさせる。

それは今俺がいる日本最大級のショッピングモールにいるとよく分かる。

皆活気に溢れており、何の目的もなく来た俺と違い彼らは友人と映画を見たり、恋人とウィンドウショッピングをしたり、家族とゲームセンターで遊んだりと様々な目的を持っているだろう。

 

一番近場のショッピングモールに行くことも考えたが、田舎のヤンキー事件でまだ勇気出せなくて近づけなかったのは内緒の話。

 

ってか今日はためて平積みしていた『読むけれどやる気が出たらな』本を片っ端から処理していこうと考えていたのに……家でぬくぬくと読書にふけようと思っていた矢先、小町が『ちょうど連休なんだから家全体掃除したい』と言いだして、家を追い出されるってどうよ……。

 

小町ちゃん? お兄ちゃんと一緒にやるという選択肢は無かったのかな?

前に一緒にお風呂掃除やったでしょ? お兄ちゃん手伝うよ? 邪魔? さいですか……

 

まぁ考えても仕方が無い。

そういえば最近、あまりやれていなかった新作のラノベのチェックをする事にしようと考えを切り替える事にして書店へと足を運んだ。

 

天井に吊されたライトノベルコーナーと書かれた案内板を見つけその棚へと足を進める。

 

ライトノベルコーナーが見えてきた所で、なにやら見覚えのある人影がみえ、迷いなく進めていた足の歩幅を狭めた。

少しずつ近づくにつれて亜麻色の髪とくりっとした大きな瞳が見えてきた事で憶測は確信へと変わる。

その人物は今期アニメ化ライトノベルコーナーという特集棚と向き合っていた。

 

一色じゃねぇか。

あいつ何やってんの? ラノベなんて読んでたのかあいつ。

もしかして隠れなのか?

 

っふと声をかけそうになった自分の衝動を理性が止めた。

 

いやいや、ステイステイ。

クールになれ、クールになるんだ比企谷八幡。

ここでわざわざ声をかけたら『あれぇ〜? せんぱ〜い。可愛い私に声かけてナンパですか〜?』とか言われかねん。

 

その後に俺の奢りで、お高いカフェとか連行されるところまで読めた。

よし、声をかけるのはやめておこう。

 

そう決断を下し、早速俺はライトノベルコーナーに進めていた足の方向を180度回転させ書店から出て行く行動体制をとった。

しかし俺の作戦行動が失敗に終わる声が背中から聞こえてきた。

 

「あれぇ? もしかしてせんぱい?」

 

こんな時に限って勘の良い奴め。

 

「ん? あれ、一色じゃねぇか」

 

仕方が無い。

今気付いたわーって感じでとぼけてやり過ごすか。

 

「もしかして今、見て見ぬ振りしようとしてませんでした?」

 

何こいつエスパーなの?

最近同様なψ難が後を絶えないな。

 

「そんな事は無いぞ?」

 

「それよりもせんぱいがGWに外出するなんて珍しいですね。会えないものだと思ってましたよっ!」

 

俺の元に駆け寄り、いきなり俺のGWの予定は引き籠もっていると断言してきたあたり、一色は八幡検定三級あたり合格できそうな位に俺の事を分かってきたらしい。

 

あと若干、テンション高いのはなぜだ?

声少しだけ大きくて恥ずかしいのだが……

 

「俺だって出たくなかったわ、妹に追い出されたんだよ」

 

「へえ〜そうなんですね〜」

 

俺はこの後、一色が小さくガッツポーズしているのを見逃さなかった。

一色ちゃん?

家追い出されたって言われた人に向かってガッツポーズは無いんじゃないかな?かな?

 

「それはいいとして、一色どうした? 頭でもうったか?」

 

「せんぱいは私をなんだと思っているんですか? 私も読書くらいはしますよ」

 

「それは百歩譲ってあり得るとするとして、ラノベとか毛嫌いしそうだと思ってな」

 

俺は一色が先ほどまでじっくりと見ていたラノベコーナーを視線に入れる。

一色は淡く頬を染めながら小さく『やっぱり見てたんじゃないですか……』と唇を尖らせて小さく呟いた。

あっやべっ、やっちまった。

 

「部活の備品買うついでに、せんぱいがよく読んでいるライトノベルってなんだろうって気になって見てたんですよ」

 

そういえば聞いてきたことがあったな。

その時の第一声が『せんぱい、本読みながらなにニヤニヤしているんですか?』は俺の心に大ダメージを与えたからしっかりと覚えてるからな。

 

「なんだ一色、ラノベ興味あるのか?」

 

「まぁ……絵柄はあれですけれど食わず嫌いはちょっと自分的に許せないな〜なんて思ったんですよね〜」

 

「なるほどな」

 

淡い興味で読んでみたらハマるとかあるしな、その心意気嫌いじゃ無いぜ。

 

「そういう訳なのでせんぱい、ちょっと付き合ってもらっても良いですか?」

 

興味を持ってしまったのは仕方が無いよな。

先輩として指南したい気持ちもなきにしもあらずだ。

決して一色がラノベに興味を持ったことが嬉しいとかそんなんじゃ無いからな。

 

「まぁ、すこしな」

 

そう答えると一色はありがとうございますと笑みをこぼす。

俺はその光景をみて視線をそらした。

気恥ずかしすぎて直視できん……

 

 

***

 

 

「んじゃどういう系が良いんだ?」

 

一色がどのようなジャンルを好みにしているのかを先に聞いてそこから

絞り込む手法をとることにした。

 

正直な話、女子高生なんだから大体ジャンルは決まってるようなものだけれどな。

 

「うーん、やっぱり恋愛青春系ですかね?」

 

一色は頬に手を当てながら考えた言葉を口にする。

うん、だと思ったわ。

 

「やっぱりそこら辺か」

 

「む〜、女の子なんだから当然ですよ!」

 

「俺は恋愛青春系はちょっと疎いんだが、まぁ似たような奴は1つだけあてはあるが」

 

「どんな話ですか?」

 

「入れ替わってる」

 

「もうみました」

 

うん、知ってたわ。

有名だしな。むしろ映像の方が凄いわ。

 

「やっぱりか……」

 

「もう〜分かりました。ジャンルは問いません、ただ先輩オススメのものがよみたいです」

 

「あー、となると巻数があるから俺の奴貸すわ」

 

「えっ?」

 

一色が目をパチクリさせながら俺を見る。

あれ?俺なんかやったか?

 

「ん?買うってんなら良いが、結構出費デカいぞ?」

 

「いえ、そういうことじゃなくてせんぱいが人に物を貸すなんて行動が予想外過ぎて思考が追いついてなかっただけです」

 

確かに俺、人に物を貸すなんて初めてだな。

ただ一色ちゃん?真顔でそれ言われるとちょっと傷つくんだけど。

 

「しかし学校に持ってくるとあれだな、その状況をまた盗撮されかねんな」

 

あれの解決は連休明けだからな……。

解決後に渡すという手もあるがいつ解決できるだろうか。

 

「なら今からいきましょう。せんぱいの家」

 

「はっ?」

 

ちょっと思考が追いつかない。

なぜその思考に行き着いたのか説明を求めたいんだが……。

 

「学校じゃ渡すことできないじゃないですか、ならもうこれはせんぱいの家に行くしかないってことですよね」

 

「まじかよ……ってか一色、お前部活はどうすんだよ?」

 

一瞬の間のあと、首をかしげて俺を見て、何かに納得したかのように口を開く。

 

「あっ、ちょっとせんぱい勘違いしていますよ。今日の部活は早めに終わったんですよ。明日の練習試合に向けての温存兼ねてるみたいです。今はオフで買いものついでに部活の備品とか、興味あるものを見ながらウィンドウショッピングを楽しんでいたわけです」

 

「そうなのか」

 

「そうですよ〜、真面目に部活していて見直しました?」

 

「まぁな」

 

「おぉ〜、せんぱいにしては素直ですね」

 

「なんだよ。良いことじゃないか。俺も依頼をこなした甲斐があるってもんだ」

 

よしよし、俺の家に行く話から話題を遠ざけていけている。

話題を曖昧にすることならお手のもんだ。

 

「そんな事はどうでも良いんで、ほら先輩いきますよー」

 

どうやら俺の作戦は最初から見抜かれていたようだ。

話を戻されてしまった……

 

「ちょっ、マジでいくのか」

 

「マジです〜、私もお家教えたんですからね?」

 

「そりゃお前が……」

 

「はいはい。それじゃいきますよ〜」

 

彼女の中で既に俺んちに行く事は確定事項らしい。

既に書店から出て行こうと前を歩いている彼女を止める術が思いつかなかった。

俺は、はぁ……っと深いため息を吐きながら彼女のあとを追うのであった。

 

 

***

 

 

日は既に頂点を過ぎて下降の一途をたどろうとする時間帯。

いつもの帰宅路なのだが、今日はどうも違うように感じる。

 

女の子と一緒に歩いているとかそういったことではないのだ。

それよりも何も、何故か横並びで歩くことを強要され、そのことに俺は違和感を覚えるのだ。

小町以外の女の子と横並びで歩くなんてした事ないからちょっと手汗がヒドイ。

バレないように両手をポケットにつっこんで誤魔化すことにした。

 

「へぇ〜せんぱいの家って結構歩くんですね〜」

 

そんな俺の心境をよそに横ではしゃいでいる亜麻色の髪の彼女を横目でみる。

小柄な彼女との身長差があり、俺が見下ろす形になっている。

 

「なぁ」

 

「何ですか、せんぱい」

 

「足ツラくないか?結構歩くから足疲れるだろ」

 

「っえ?」

 

っえ?って俺が言いたいのだけれど。

ってかそこで黙るの止めてもらって良いですかね?地雷踏んだか心配になっちゃうでしょ。

 

「……いえただ、そんな気遣いせんぱいができるんだなって」

 

手を胸の前でいじりながら彼女はそう言う。

流石の俺もそこまで気がきかない男じゃない。

なんせ小町に鍛えられているからな。

 

「たまたまだ」

 

「でも、嬉しいですよ。お気遣いありがとうございます」

 

「……そうか、まぁ歩くの疲れたら近場に公園あるからそこで一旦休憩するのもありだぞ」

 

「大丈夫ですよ。そのまま向かいましょう」

 

へへっと最後に漏らし彼女はまた前を向く。

 

その後たわいもない会話をしつつ、俺んちに向けて足を進めた。

 

 

***

 

 

うちの前までたどり着くと一色がちょっとほぉぉっと小さく唸っていた。

なんだこいつ? 一色ちゃん、ちょっと今日はテンションおかしくないかな?

 

「せんぱいの家って結構大きいですね」

 

「まぁ、一般的な家だろよ」

 

そんなやりとりをしていると、玄関から鍵が解錠される音がした。

扉がゆっくりと開いて、恐る恐る俺たちを覗く小町の姿半分が見えた。

 

「小町、何してんだ?」

 

「なにって、変な会話が外から聞こえてきて、いざ見てみると、おにぃちゃんが女の子と一緒にいるのが見えて本当におにぃちゃんか確かめているだけだよ。ほらいるじゃんドッペルゲンガーとか」

 

「えっ? 俺、女子と一緒にいたらそこまで疑われるレベル?」

 

そんな小町との会話をしている最中、一色が俺の顔と小町の顔を忙しなく交互に見る。

 

「もしかしてせんぱいの妹さん?」

 

「そうだ」

 

「なんですかね、今まで疑ってました。すみませんでした」

 

「っえ? なに俺の口で言っていた妹が想像上の人物かなんかだと思ってたの?」

 

俺の言葉が耳に入っているだろう、しかし一色はそれを無視して小町へと目を向けていた。

 

「はじめまして。お兄さんの同級生の一色いろはです。小町ちゃんっていうんですよね。よろしくで〜す」

 

一色が軽い挨拶をすると、小町も玄関から姿を出して一礼し、自己紹介を始めた。

 

「比企谷小町です。宜しくお願いしますね。一色さん」

 

自己紹介ができるなんて素晴らしすぎるだろ。

できた妹だろう。

 

「できた妹ちゃんじゃないですか。せんぱいとは大違いです」

 

「あったりめぇだろ、俺と比較すんなし」

 

「うわぁ……シスコンキモいです」

 

「そんじゃ、貸す本持ってくっから少しそこで待ってくれ」

 

「おにぃちゃん? 何言ってんの、一色さんごめんなさいごみぃちゃんが変なこと言って。どうぞ上がって下さい」

 

「っは?」

 

いやいやいや、小町ちゃん何言ってるの?

一色も言ってやれ、流石に葉山先輩ならともかくそれ以外の男の家に上がるなんてお前でも気が引けるだろ。

 

「えぇ〜!いぃんですかぁ〜。それじゃお言葉に甘えてお邪魔しちゃいますね〜」

 

すっげぇわざとらしく返事をした後、なんの戸惑いなく俺んちにあがっていった。

こいつほんと遠慮って奴を知らねぇのか?

 

「ほぇー、せんぱいの家ほんとに大きいですね。リビングとかうちの倍ありそうですよ」

 

小町にリビングに案内された一色がソファーに腰掛けてあたりをキョロキョロとしていた。

 

「一色さん、どうぞお茶です」

 

「ありがとう。小町ちゃんだっけ。私の事はいろはって呼んで良いんだよ?」

 

小町は何故か感極まった様な表情になっている。

 

「いろはおねぇちゃんっ!」

 

「やだっ、おねぃちゃんなんて……」

 

……こいつら何してんの?

 

「一色、ほれ」

 

俺は自室から持ってきた八幡ベストセレクションの数々が入った紙袋を一色に渡す。

 

「せんぱい、ありがとうございます」

 

「よし、俺んちでの用は終わったぞ。さっさと出るぞ」

 

「え〜、せんぱい、私ちょっと疲れたんで少し休憩してからにしましょうよ〜」

 

ソファーに座りながら足を伸ばしバタバタさせる様はどこぞの妹様と似たような仕草でデジャビュにかられる。

 

「おまえこれを狙って途中で休憩挟まなかったな?」

 

「何のことでしょうね〜?」

 

舌を出しながらニコッと笑顔を浮かべる様子が視界に入り、俺の憶測が真に近い事だと伺えた。

 

「おにぃちゃん〜、小町もう少しだけいろはおねぇちゃんとお話ししたいな〜」

 

小町は上目遣いで瞳を潤しながらおねだりしてきた。

くっそ、この短時間でなに教えやがってるんだ。

 

「はぁ……、分かった。あんま長居すっと日が暮れちまうぞ」

 

「分かってますよ〜」

 

そうして小町と一色が喋っている合間、俺は未読本の読書にふけるのであった。

 

 

 

それから2時間以上は経過しただろうか。

女三人寄れば姦しいというが、2人でも十分姦しい。

と言うのも、全然彼女らの会話が途絶えることがないからだ。

 

こいつらどんだけおしゃべり大好きなんだよ。

 

ようやく会話が一段落したのか、一色が俺を見る。

 

「そろそろ帰るか?」

 

「そうですね、長居しちゃいましたし」

 

そう言って立ち上がり、一色は帰り支度を始めた。

 

 

***

 

 

小町から少し遅いから駅まで送ってあげなよと言われ、しぶしぶ俺も一色を送るため、外に出ることになった。

 

道中、一色はご満悦な表情で俺に話しかけてくる。

 

「小町ちゃん可愛いかったー。せんぱいの妹とは思えないですよ」

 

「だろ。しってる」

 

うわぁ……と若干引き気味の表情を浮かべる一色。

おい、お前が話題振ってきたのにその対応はあるまじき行為じゃないか?

 

「それよりもせんぱい」

 

「ん?なんだ?」

 

「ずっと聞きたかったんですけれど、なんでせんぱいは留年しちゃったんですか?」

 

「なんでって」

 

「だって、お金の問題かなとか思ったらあんな立派なお家あるのにそういうわけじゃなさそうですし。元が不良とかだったら分かるんですけれど、今日の小町ちゃんと話しているとどうしてもそう言うわけでもなさそうなので気になりました」

 

あぁ、やっぱ気になるよな。

 

「あ〜、なんつったら良いんだろうな……ちょっと今はまだ言いづらいな」

 

俺だけの話ならいくらでも言えるが、由比ヶ浜が絡んでいるとなるとあいつの学校内での評判を落としかねない。

 

「まぁ、せんぱいが言いたくないのであれば仕方ないです。無理に聞く必要はないと思っている内容なので」

 

「すまんな」

 

「いえいえ、言えるときが来たら教えて下さい」

 

「……あぁ」

 

それから特に会話もなく足を進め、駅までたどり着く。

雑踏とする、駅の改札前で改札に向かう手前で一色が立ち止まる。

 

「今日は、突然お邪魔しちゃいましたね。ありがとうございます、あとこれもっ!」

 

彼女は紙袋を俺に見せながらニッコリと微笑んだ。

 

「ほんとな。突然のお宅訪問とかまじ難易度たけぇよ…」

 

「小町ちゃん可愛かったですし、また来ますね〜」

 

「やめてくれ……」

 

「せんぱいに会いに来るんじゃなくて小町ちゃんに会いに来るんですからね。勘違いしちゃダメですよ?」

 

「メールかチャットで済ませろよ。それか外で会えよ」

 

「そこにせんぱいがいるからこそおもしろいんじゃないですか」

 

「どういうこと?」

 

一色ちゃん?俺のプライベート、ねぇから!とか遠回しに言ってる?

 

「それじゃ、今日はありがとうございました」

 

俺の話は無視されるんですか、まぁいいや。

 

「きぃつけてな」

 

『はい』といいながら一色は改札へと向かっていった。

その後ろ姿が視界から見えなくなるまで確認し、俺はそのまま家へと戻る。

家に戻ると玄関で小町が仁王立ちで待ち構えており、一色についての話を根掘り葉掘り聞かれる羽目になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 



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#10-Ex それでも比企谷小町は……

#10−#11の間のお話し。


 バタンと玄関の扉が閉まる音がした。

 

 今日お兄ちゃんが女の子を連れてきた。

 亜麻色の髪と可愛らしい顔立ちで人懐っこくて表情が豊かでお兄ちゃんにはもったいないくらいの私よりひとつ上のお姉さんだ。

 

 そんないろはおねぇちゃんと話をしながら思ったことは、この人はきっとおにぃちゃんのことが好きなんだろうなって言う憶測だ。

 おにぃちゃんのことを目をキラキラさせながら話しをする姿はもうこれ隠す気ないんじゃないですかねって思う位想われてる。

 妹として、兄がこんな可愛い人を家に連れてきたことを誇りに思う。

 

 おにぃちゃんは渋ったが最後までちゃんと送ってあげてっていろはおねぇちゃんを送りに出かけてもらった。

 

 1人になった小町は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して、マグカップに注ぐ。

 マグカップに唇を当て、少しだけ口に含む。甘酸っぱい味覚が口の中に広がり、少しだけ爽やかな気持ちになった。

 

 ……が、後味にちょっとだけ……ほんのちょっとだけ寂しさを感じてしまった。

 

 場所をリビングへと移動し、目の前のテーブルにマグカップを置く。

 小町はソファーへと力なくもたれかかり、同時に深いため息が自然と出てきた。

 

「なんか思い出すなぁ……」

 

 おにぃちゃんに似たのだろうか。どうも気を抜くとすぐ独り言が出てしまう。

 そして昔の記憶が蘇る。

 

 小町が家出した日、家に誰もいない日が続いた寂しさで家出したんだっけ。迎えに来てくれたのはおにぃちゃんだった。

 そんな幼い日の思い出も次第に色あせて、思い出話のひとつになりかけていたとき、事故は起きた。

 

 事故っていっても骨折くらいかなって高をくくっていたのだけれど、状況は最悪で二度と目覚めないとお医者さんの口から伝えられた。

 本当に目の前が真っ白になって、何も考えてないわがままなお願いがおにぃちゃんとの最後の会話なんてそんなの絶対に嫌だった。そんなの認めたくなかった。

 原因が飛び出してきた犬を助けようとして突然車道に飛び出して事故が起きたって……最初は運転手さんに当たろうとしてお母さんに止められた。その後冷静になってみると運転手さんには悪い事をしたなって思う。

 そして由比ヶ浜さんが病室にやってきた。この時病室にいたのは小町1人。そこでどこにぶつけていいかわからない膨れあがった怒りの感情を由比ヶ浜さんにぶつけてしまった。

 由比ヶ浜さんには正直悪い事をしたと思っている。でも同じくらい許せないと思っている小町がいる。

 その後の記憶が曖昧で何をしたのか覚えていない。ただ頻繁に話しかけてくる大志くんは若干思い出せる程度だ。

 

 そして秋も終わりに近づいてきた日、おにぃちゃんが目を覚ました。

 泣きながら病室に駆け込んだのを覚えてる。おにぃちゃんの状態が安定してきた時に学校をサボって一日中おにぃちゃんと一緒にいて、あとでバレてお母さんに怒られた。今考えるとどれだけブラコンを煩っていたのだろう。これがおにぃちゃんの言う黒歴史って奴なのかな? 思い出すと顔がやけに熱くなる……恥ずかしい。

 

 それからの日々はもうおにぃちゃん中心の生活だ。学校終わったらすぐに家に帰った。生徒会の仕事もあったけれどそれは気合いと根性と愛嬌でどうにかした。大志くんは本当に優しい。きっと良い彼女が出来ると思うから全力で応援したい。

 留年が決まったおにぃちゃんは常に家にいる。ただいまって言ったらお帰りって言ってくれる。こんな当たり前をもう二度と当たり前だと思いたくない。

 そんな事を恥ずかしげも無くおにぃちゃんに言ったことがある。すると『小町、幸せには限りがあるんだ。それがあって当たり前って思えること自体幸せなんだぞ』って返ってきた。うん、だからこそ小町は今幸せなんだなって実感できてる。

 ……ただ後に『……ちょっとまって小町ちゃん? なんで今そんなことを聞いたんだ? お前もしかして……か、彼氏とかできたんじゃないよな?』って詮索してきたのはちょっと小町的にポイント低い。

 

 そんなおにぃちゃんが2日だけ小町よりも遅く帰った日がある。すごく心配したし何度もメールのやりとりをした。ただ今日、いろはおねぇちゃんの話を聞いて納得した。

 この2日はいろはおねぇちゃんと一緒に居たのだ。我が兄ながら学生でも無いくせに女の子ナンパするとかちょっとむかついたけれどいろはおねぇちゃんの話を聞くとしつこいナンパを退治したり、買いもの手伝ったりと結構紳士的な事をしていたみたいだけれど……ナンパを退治って所はおにぃちゃんらしくない。どうもいろはおねぇちゃんが話を盛っている節があると小町は睨んでいます。恋する乙女は話を美談にしたがりますからね〜。

 

「おにぃちゃん……」

 

 そんなおにぃちゃんが今日そのいろはおねぇちゃんを連れてきたあたり、多分付き合う秒読み段階なのだと思うけれど、それは妹としてはすごく嬉しい。でも……それでも、いろはおねぇちゃんだけを見て欲しくない小町がいる。

 小町はおにぃちゃんがよければ生涯一緒に生きていく覚悟だってある。だっておにぃちゃんは極端にひねくれ者で本当にちゃんと見てくれる人じゃないと……

 

 ……だから小町がおにぃちゃんとずっと一緒にいるって思ってたんだけどなぁ……

 

 なんかおにぃちゃんが遠くにいったようで寂しく感じちゃうよ。

 ガチャリと玄関の鍵が開く音がする。どうやら見送りをしたおにぃちゃんが帰ってきたようだ。

 小町は小走りで玄関へと向かいお兄ちゃんを出迎える準備をした。

 

「ただいまー」

 

 気力の抜けたただいまだけど、それでも返事を返すおにぃちゃん。自然とうれしさがこみ上げてくる。

 この当たり前が幸せなんだと小町は今も思ってるよ。

 

「おかえり、おにぃちゃん」

 

 

 ***

 

 

 GWも半ば、それでも家でのびのびと小説を読んでるおにぃちゃんを外につれ出そうと『おにぃちゃん、デートしよっ』って言ったら滅茶苦茶嫌がられたけれど小町は知ってる。その後に『レイクタウンでサメの展示会やってるみたいだよ』って言うと何か刺激されたのか小説の本を放り投げて外に出る支度を始めた。何気におにぃちゃんは生き物を見るのが好きなのだと思う。

 

 とりあえず武蔵野線に乗って南船橋駅から東松戸駅まで到着したのまでは覚えている。

 そこからいつの間にか小町もおにぃちゃんも寝ていたらしく気づけばいつの間にか武蔵浦和駅というよくわからない駅に到着してしまった。

 携帯で地図を確認するとここは埼玉。すでにレイクタウンは過ぎていて、乗り過ごしたと言うのがわかった。

 

「おにぃちゃん、ちょっと乗り過ごしたみたい。戻ろっ!」

 

「いや、ちょっと待て小町。俺にはひとつ指命が出来た」

 

 なぜか使命感に溢れ、キリっとした表情をするおにぃちゃん。いつ指命という物が出来たのか問いただしたい気持ちにもなる。

 

「ん? どうしたの駅名の武蔵におにぃちゃんの黒歴史が疼いたの?」

 

「ち、ちげーよ、あれだ、平塚先生っていただろ? 前につけ麺一緒に食った俺の高校の教師」

 

 あー、あの結構カッコイイ女の人のことか。

 

「あの人がな。ちょうど埼玉にうまいラーメン屋があるから是非行ってみてくれと言う情報があってだな。その店名がちょうどこの名前と一致する」

 

 そう言って小町に見せたのが駅前で貼られているラーメン屋の広告でした。

 

「おにぃちゃん、ここでおりたら余計お金かかっちゃうよ?」

 

「いやしかしな……これはちょっと捨てがたくてな……ならお前だけ先に向かっててくれないか? 俺あとで向かうから!」

 

 あいかわらずのラーメン好き。まぁそういう所含めておにぃちゃんなんだけれどね。

 

「やーだ。おにぃちゃんいなかったら小町先について何してろっていうの?」

 

「だよなー……。わかった、今回は諦めるわ」

 

「んーん。そうじゃなくて小町も一緒にラーメン屋いくよ?」

 

「おっ……まじか? まじか小町?」

 

 ほんと自分の好きなことになるとすぐに目をキラキラさせるおにぃちゃん。

 

「じゃないと埼玉なんて次いつ来れるかわからないしね」

 

「そうだな。じゃあいくか!」

 

 

 ***

 

 

「うーん、美味しかった! 鮭のトマトパスタ!」

 

「おい、トマトパスタっていうんじゃねぇよ……まぁあれは確かに味はパスタだったけれども」

 

「おにぃちゃんが頼んだのが1番ラーメンぽかったよ。濃厚で美味しかったー」

 

「トマト嫌いな俺に無理矢理トマトつけ麺食わそうとしたお前にちょっとだけ殺意が湧いたわ」

 

「えー、小町おにぃちゃんが嫌いな物を克服できるチャンスだと思ってやったのに駄目だった?」

 

 上目遣いでおにぃちゃんを見つめる。

 おにぃちゃんは小町に甘いからこうすればすぐに許してくれると思っていた。

 

「なに一色みたいな事してんだよ。嫌いな物は嫌いなままで良いんだよ」

 

 ……やっぱりいろはおねぇちゃんが出てきた。どうも小町といろはおねぇちゃんが性格的に似ているらしい。

 だからこそおにぃちゃんの扱いに気づけたのだろうけれども。ちょっともやもやする。

 

「ほらおにぃちゃん! たべるもの食べたしレイクタウンいこっ!」

 

「お、おぅ……そうだな」

 

 

***

 

 

「おぃ、小町。レイクタウンついたぞ」

 

 っはっと意識を現実に戻す。

 

「えっ!? け、結構早いね」

 

「ってかお前電車乗って数秒で眠ってたぞ。俺が居なきゃ確実に海浜幕張まで行ってたな」

 

 どれだけ考え込んでいたんだろう。時間を忘れるまで考えてたなんて初めて……

 

「おにぃちゃんと一緒に遊んでた夢をみてたんだよっ?」

 

 そういうとおにぃちゃんは少し頬を赤く染めながら何も気にしていない無い振りをする。

 

「冗談だよ。ほらっさっさとおりよー」

 

「……さいですか」

 

 それから先はもう普通に男女がいつもする様なデートと変わらない。

 ウィンドウショッピングしながら小町がそのお店の商品に適当に思いついた感想を言ってそれに対しておにぃちゃんが別の視点での感想を言ってその齟齬のすりあわせをしながら時間は過ぎて行く。おにぃちゃんがサメを見て普段使わない携帯のカメラをどうやって起動するのかわからないであたふたしている姿は面白かった。

 

 それから楽しい時間は過ぎて電車に揺られながらようやく地元の駅の付近まできた。

 

「今日は動いたな」

 

「そだね……」

 

「小町お前大丈夫か?」

 

「うん……」

 

 あれ、ちょっと張り切りすぎたかな?眠気がヤバい。これは家まで持たない気がする……

 

「おにぃちゃん、ごめん……」

 

 そこから小町の記憶は途絶えていて、気がついた時、寝間着に着替えていて寝室で寝ていた。

 

 多分おにぃちゃんが運んできてくれたと思うんだけれど、着替えが寝間着に変わっていてって、これも全部おにぃちゃんがやったのってなるとちょっと恥ずかしくなって下着だけ確認した。……うん下着はおなじだった。

 いままでは気にする必要が無かったんだけどな。やけに恥ずかしい。

 

 そんな疑問を持ちながらリビングへと向かう。

 ちょうど休日アニメを鑑賞中のおにぃちゃんと遭遇し、若干気まずい雰囲気になる。

 

「おにぃちゃん……あの……そのぉ……ごめんね。迷惑かけちゃって……」

 

「ん? まぁ楽しかったんだろ。それなら俺がおぶったかいもあったもんだ」

 

 どうやらそんな雰囲気だと思っていたのは小町だけでおにぃちゃんはさっぱりとした返事をした。

 ちょっとだけムカついたので意地悪な質問をする事にした。

 

「おにぃちゃん」

 

「なんだ小町?」

 

「おにぃちゃん、いろはおねぇちゃんのこと好き?」

 

「ちょっ!? 小町なにいってんだよ。俺と一色はそんな関係じゃねぇし」

 

「なら、おにぃちゃんは小町とずっと一緒だねっ」

 

「そだな〜」

 

 気力の無い返事をテレビを見ながら言い放つ。普段ならここで小町的にポイント低いとでも言いたいところだけれど

 こんな冗談じみた会話に幸せを感じてしまう小町はもしかして……いやきっと……

 

「おにぃちゃん……小町さ……おにぃちゃんのこと好きだよ?」

 

「お、おぅ。さんきゅな小町。俺も好きだぞこれ八幡的にポイントたけぇな」

 

 そう言ってわしゃわしゃと小町の頭を撫でる。雑に撫でられてる感じだけれどこういうのは嫌いではない。

 ほんとにポイント高いじゃない。

 

「だからおにぃちゃん」

 

 小町は諦めないからね。

 

 



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#11-1

 5連休はあっという間に過ぎ、また学校へ行くという日課が俺の生活に戻ってきた。

 一色が家に来た以外は家で読書したり小町とゲームしたり買いものしたりして過ごした。

 順風満帆なGWだったと言えるだろう。

 

 でっ、その反動に休みぼけで気だるげに学校に来て、気だるげに授業をうけ、気だるいままに休み時間を寝て過ごした。

 

 するとどうだろうか、いつの間にやらお昼休みになっているではないか。

 

 お腹が空いているかどうかというと、食欲よりも睡眠欲が勝っている。

 なので今日はお昼寝する事にしようと決めて机に突っ伏した。

 

 しばらくすると肩を叩く感触がして、突っ伏した身体を起こす。

 肩を叩いた方に視線を向けると相模がどうやら俺を起こしたようだ。

 

「んだぁ? 相模か……何か用か?」

 

「ひっ、比企谷先輩、お客さんですよっ!」

 

 若干強ばった表情で焦った感じの相模がそのお客さんとやらへ視線を向けている。

 

 俺もその視線を追うように首を動かす。

 

 あっ、やっべっ。

 

 明らかに不機嫌な表情で眉間にしわを寄せ、こちらを睨んでいる雪ノ下先輩の姿が見えて、今日が何の日なのか思い出した。

 

 恐る恐る手を振ってみる。

 すると先ほどの不機嫌な表情はどこえやら、天使のような悪魔……いや雪女の笑顔を浮かべ、手を振り返す雪ノ下先輩。

 

 オマエヤクソクワスレテンンジャネェゾ

 

 そんな事を思ってそうだ。

 これは早く行かないと俺の命は無い。

 いや、これはどうやってもリカバリー不可の万策尽きた案件じゃねぇか。

 あんな冷たい笑顔を見せつけられたら、さすがの俺も即座に行動に移せざる得なかった。

 

 そそくさと立ち上がると、雪ノ下先輩しか視界に入っていなかった視野が教室全体へと広がった。

 

 やっぱ上級生が教室に入ってくるとこうなるか。

 

 それは、上級生に呼び出させた奴を興味本位で観察している同級生の視線を集中的に浴びている光景だ。

 

 あれだ、告白した次の日にはクラスの奴らに知れ渡っている感覚と似たような感じ。

 

 だから、そんな視界は切り捨てて俺は雪ノ下先輩の元へ向かおうと足を進める。

 

 

「せんぱい……」

 

 

 聞き覚えのある声が聞こえて横目でその声のする方をみる。

 

 一色、どうした? そんな表情するのは珍しいな。

 いつもの打算的な仮面が剥がれてないか?

 なんでそんな心配する必要があるんだ?

 そんな覚悟で大丈夫か? って聞いてる?

 大丈夫だ、問題ない。

 致命傷で帰ってこれると思うぜ!

 

 そんな事を考えながら教室を出た。

 

「さて比企谷君、言い訳を聞こうかしら?」

 

 天使のような雪女の笑顔を崩さず雪ノ下先輩は俺に問いかける。

 その表情とは裏腹にとても冷淡な言葉が俺に耳に入る。

 

「この度は本当に申し訳ありません。以後この様な事が無いように善処いたしますのでどうぞ今回だけは見逃して頂けないでしょうか」

 

 俺は思いつく限りの謝罪の言葉を口にする。

 その様は家で携帯越しに誰かに平謝りしているうちの親父だ。

 なるほどその気持ちがよく分かった。

 手汗がやべぇ……。

 

「ではその善処の方法を伺おうかしら?」

 

「その件に関しては持ち帰ってもいいですか?」

 

 雪ノ下先輩はわざとらしい冷たい笑顔を止め、はぁ……と軽くため息をついて真顔に表情を変えた。

 

「まぁ……いいわ。では中庭へ向かいましょう」

 

「んん? は、はい」

 

 意外とあっさりと引き下がった事に少し違和感があったが、許してもらえたあたりなんとかなったのだろうと安堵した。

 

 

 ***

 

 

 雪ノ下先輩と中庭に来たのはよい。

 ただ俺の憶測だが、どうも彼女は学校内では有名人なのではないだろうか?

 教室でもそうだったが、皆からの注目を集めるのだ。

 廊下ですれ違う生徒が皆振り向き、驚愕の表情を浮かべる。

 男子高校生が裏でセッティングしている総武高校美少女ランキングなる物が存在するのであれば、確実に上位にランクインすることは間違い無いだろう。

 

 ……でっ、なんで俺が先にその話をしたか。

 

 俺は今中庭にいる。

 中庭には昼休みで人がいっぱい。

 一緒にいる相手は雪ノ下先輩だ。

 

 これで理解出来るだろうか。

 そう、周りの奴らの視線は俺と雪ノ下先輩に注がれている。

 

「比企谷君、先ほどから挙動不審なのだけれど? 私まで不審者に見られかねないからやめてもらってもいいかしら」

 

「いえ……雪ノ下先輩、校内で結構有名人だったりします? ちょっと周りからの視線が痛いんですが……」

 

「さぁ、わからないけれど、名乗らずとも相手が覚えていることなら良くあるわね」

 

「そ、そうですか」

 

 まぁ有名かどうかの判断は第三者がする物で本人が判断する物ではないからな。

 わかる訳ねぇか。

 

「それよりも、あなたはダイエットでもしているのかしら?」

 

 急いで出てきた為、手ぶらな俺を見て雪ノ下先輩は淡々と口にする。

 

「今はそんなにお腹空いてなくて」

 

「そういうのあとあとお腹空いていつもより多く食べてしまうから何かお腹に入れておくといいわ」

 

「なるほど。んじゃちょっと購買へ……」

 

「待ちなさい」

 

 購買へ行こうと立ち上がった足を止められる。

 

「ちょうどいいわ。今日はちょっと作りすぎてしまったお弁当を分けてあげる」

 

「っは?」

 

 素っ頓狂な声が出てしまった。

 何その超魅力的な提案。

 

 そう言って雪ノ下先輩は小さな弁当箱をもう一つ出してくる。

 光沢のある朱色で長方形の小さな弁当箱だ。

 隅に小さくフラットに輪郭のみ描かれた黒ネコが歩いているデザインで上品でシンプルだ。

 

「えっ、いいんですか?」

 

「えぇ。どう処理しようか悩んでいた所だったから食べてもらえると助かるわ」

 

「それじゃ、遠慮なく」

 

 そう言って弁当箱を開けると、色とりどり鮮やかなおかずの数々が見えた。

 

「雪ノ下先輩は自分で作ってるんですか?」

 

「そうよ」

 

「なるほど、スゴイですねこれ」

 

「それはほめられているって事でいいかしら?」

 

「そうっすね。ちょっと想像を超えたクオリティで驚きました」

 

「そう、ありがと」

 

 雪ノ下先輩はそう答えると、自分の弁当を黙々と食べる。

 

 俺も食べるかと思った瞬間、この状況の致命的な欠陥に気づく。

 箸が無い。

 

 チラッと雪ノ下先輩を見る。

 

 雪ノ下先輩は作りすぎたと言ってこの弁当箱を渡してきた。

 つまり、箸は一膳しかないということを意味している。

 予備でもう一膳用意しているとかまず可能性としては無いだろう。

 

 考えろ、考え続けろ比企谷八幡。

 何か打開策はあるはずだ。

 思考を止めるな、止めるんじゃねぇぞ…

 あっ、それは死ぬパターン。

 

 ってか、普通に購買でもらえばいいじゃん。

 あら、シンプル。

 

「雪ノ下先輩、お箸ってないですよね」

 

「あるわよ」

 

 あるんかい。

 

「言い忘れていたわ。そのお弁当箱の蓋の裏にお箸を入れる場所があるのよ」

 

 蓋の裏をよく見るとたしかに箸入れが存在した。

 何このわかりにくいギミック。

 人間性捧げてリスタートしねぇとわからねぇ位の初見殺しだろ。

 

「な、なるほど」

 

 まぁ結果、箸が手に入った事だ。

 これでようやくご飯が食べられる。

 

 まずはミートボールからかなと思い口へと運び咀嚼する。

 

「……うめぇ」

 

 なんだこれは、俺の知っているミートボールじゃねぇ。

 適度に絡まったソースの主張は控えめで肉の味もしっかり引き立ててくれる。そして何気に練り込まれているしその葉が肉を食べたあとの油っぽさを解消し、もう一つもう一つと箸を進めさせる。

 お湯に入れて火を通しただけのレトルトミートボールでは歯が立たんと認識させられた。

 

 先ほどまで皆無に近かった食欲が刺激され、黙々と弁当を食べるのであった。

 

 ただ、会話無く黙々と食べている中で、ふと耳に入ってきた、機械のシャッター音。

 

 今回の目的を思い出し即座にその音のした方向を向く。

 

「あっ」

 

 その向き先には、1度も話したことも無いし顔を合わせたことも無い女子生徒がスマホを片手に撮影していた。

 

 隣でご飯を食べていた雪ノ下先輩がゆっくりと弁当箱を置き、その冷たい瞳を彼女に向ける。

 

「あなた、人に許可無く撮影する行為を盗撮と呼ぶこと位しっているわね。明らかな肖像権の侵害なのだけれど」

 

「あっ、す、すみません………」

 

「あなたね。彼を盗撮していた犯人は」

 

「えっ……?」

 

 彼女の反応を見る限り、なんの事をとわれているかわからない表情をした。

 

 

 

 結論からいうと、彼女は犯人では無かった。

 

 理由は簡単だ。

 雪ノ下先輩は総武高校ではかなりの有名人だった。

 いつもは人を寄せ付けない雪ノ下先輩が今日は昼に中庭で男子とご飯を食べているのでは無いか。

 しかも手作り弁当を渡している。

 もしかして彼氏とか?

 

 これは大ニュースじゃないか!!

 

 そんな場面を身内に流さない訳が無い。

 今すぐに証拠を押さえて、身内に流そうという思考が働いたのだろう。

 彼女のように、場面を押さえようとシャッター音がならないアプリを使ってスマホを向ける輩も周りをよく見ると多数いた。

 

 この中で犯人捜しはさすがに難しいだろう。

 そう考えていた矢先に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「あーいたいたー。せんぱーい」

 

 そう言って小走りでこちらへと向かってきた。

 

「おぉ、どうした?」

 

「なんかちょっとした話題になっちゃってますよ〜、ほら」

 

 そう言って俺にグループチャットを見せる。

 

『おいおい、あの雪ノ下さんが男と昼って』

『マジかよ、どんな天変地異がおきたんだよ』

『ってか、あれ1年じゃね?』

『えっ? もしかして年下好みとかそんな感じ?』

 

「あぁ、やっぱりか」

 

「せんぱいが奥の手って言ってた事ってこれですか? さすがに雪ノ下先輩が出てくるのは予想外でしたがこれは注目集めすぎですよ〜」 

 

「あぁ、俺も今気づいた。こりゃ失敗だな。別の手を考えなきゃいかん」

 

「あら、あなたは確か一色いろはさん?」

 

 あれ? 雪ノ下先輩は一色のことをご存じ?

 

「えぇ、そうですけれど……。雪ノ下先輩に名前を知られているなんて思わなかったです」

 

「私、全校生徒の顔と名前を覚えているから」

 

 それはそれで化け物だな。

 ……あれ? 俺名前聞かれたよな? 雪ノ下先輩?

 

「そ、そうなんですね」

 

 さすがの一色も若干引いていた。

 

「それより、雪ノ下先輩。せんぱいの事、私も知っているんですけれど、この方法は雪ノ下先輩と一緒にやると、他の生徒の興味までひっぱちゃうので得策じゃないとおもうんですよ」

 

「えぇ、今現状を見るとそう考えざるを得ないわね」

 

「となると、別の策を練らないとと思いまして、一旦はこの場から離れましょ」

 

 たしかに、いまだスマホをこちらに向けている奴らがいる。

 これ以上被害を拡大させないためにも一旦は奉仕部の部室なりに場所を移した方が身のためだ。

 

「一旦場所を移しましょうか」

 

 雪ノ下先輩がそう口にすると俺も頷いてすぐさま、場所を奉仕部の部室に移すことにした。

 

 

 ***

 

 

「へぇ〜、ここが奉仕部ですか!」

 

 一色が物珍しそうにキョロキョロと周りを見渡す。

 

「今後の方針について、どうしますか」

 

「そうね、まさか他の生徒も干渉してくるなんて予想外だったわ」

 

「それじゃ雪ノ下先輩の代わりに私だったらどうです?」

 

 一色が名乗りを上げるが、そうじゃない。

 

「一色、お前自分が1度晒されたあと、よく分からん男子達に言い寄られまくってたの気づいていたか?」

 

「たしかにそうですね。」

 

「ぶっちゃけるとお前が名乗りを上げると俺の問題は解決しても、またお前の問題は再浮上する可能性がある」

 

「あー……なるほど。そういうことなんですね」

 

「だから、それ以外の方法を考えないと……」

 

 言い切る前に一色は俺の前で口を挟む

 

「それならせんぱい、奉仕部の依頼で仕方なくせんぱいに力を貸したっていう感じで口実作ればいいじゃないですか」

 

「欠陥ありすぎだろ。お前は奉仕部ではないし、俺に力を貸す理由が曖昧すぎる。そもそも葉山先輩にそれを知られたらお前アウトだろうが」

 

 そう言って、『む〜」と唸っている一色をよそに、雪ノ下先輩が何か思いついたかのように口を開く。

 

「比企谷君」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「確認なのだけれど、比企谷君はこの問題をどうすればいいと言ったのかしら?」

 

「たしか、『今後俺を監視する様な真似はしないようにしてもらえればそれでいい』ですね」

 

「なるほど。1つ提案があるわ」

 

 そう言って俺と一色は突如思いついたと言われる雪ノ下先輩の案に耳を貸す。

 

「限界効用逓減って知っている?」

 

「げんかいこうようなんですかね?」

 

「げんかいこうようていげんよ」

 

 一発で聞き取れなかった一色に向けて雪ノ下先輩はゆっくりと言い直した。

 この人、案外面倒見はいいのかも知れない。

 

「いや、はじめて知りましたねそんな言葉」

 

「あなたがコーラを飲むとして一番美味しく感じるのはいつ?」

 

「最初の一口ですね。キンッキンに冷えた奴ならなおよし」

 

「つまりはそういうことよ」

 

「……せんぱーい」

 

 一色はまったく想像がついていないようで俺に解説しろという視線を向ける。

 

 もう少し想像力働かせろよ……

 

「つまりはあれだ、コーラは最初の一口は最高にうまいが2口3口と回数を重ねることで段々うめー、甘めぇ……、もういいやってなってくるだろ。それのことを言ってる」

 

「なるほど、つまりせんぱいと会えば会うほど気持ち悪くなってくるってことですね」

 

「おい、いきなりキラーパスのようなディスりかたすんのやめろよ。覚悟する前に泣いちゃうだろうが」

 

「うわっ……覚悟する前に泣くってなんですか? 気持ち悪いですよせんぱい」

 

「解せぬ……」

 

 雪ノ下先輩がこほんと軽く咳をし、俺たちはじゃれ合うのを止める

 

「つまりは、周りがもういい、飽きたという所まで写真を流出し続けるとどうなるかしら?」

 

「連中は新たな刺激を求め始める」

 

「そう、新たな刺激を1から探す努力をただ見て楽しんでただけの人たちはやるかしら? きっとそんな事しないわ。関連するなにかを新たなネタに新たな刺激を作り出すのよ」

 

「その目につく何かってなんですか?」

 

「つまりは画像の投稿者よ。SNSも今では十分に広まって下手な投稿をすると炎上なんて危険性もはらんでいるにもかかわらず、比企谷君の人間関係の写真を投稿しているようじゃさすがに疑われるわ」

 

「あー! なるほど、私もたしかにグループチャットでせんぱいの写真が2回目流れたとき、しつこいなぁって思ってました」

 

「なるほど、そんで炎上しちまった投稿者は我が身可愛さのために俺の監視を止めることとなると……そんなシナリオか」

 

「そうね」

 

 ……なるほど。

 たしかに解決策ではある。

 しかし、これには問題がある。

 

「質問いいですか。この方法をとるにはどうしても俺と一緒に行動する女子が必要なはずだ。一色はさっきも言ったとおりで行動できないんですが」

 

「あら、私じゃ不服かしら?」

 

「っは?」

 

「あなたの依頼を受けたのは奉仕部よ。奉仕部の私が遂行しなくて誰がやるの? それに疑われたとしても奉仕部として動くのだからしっかりと動機付けはされているわ」

 

「た、たしかにそうですけれど、いいんですかね? 雪ノ下先輩を使ってしまって。なんか恐縮なんですが」

 

「後輩の面倒をみるのも先輩の仕事よ」

 

「ずいぶんと面倒見がいいですね。最初の印象とは大違いですよ」

 

「あら? 私の最初の印象はどうだったのかしら? ぜひ伺いたいものだけれど」

 

 あっ、最近八幡自分から墓穴を掘り進めている事が良くあるね。

 気をつけなきゃっ。

 やべぇ、どう答えよう……

 

「せんぱい、なに鼻のした伸ばしてるんですか? 気持ち悪いですよ……」

 

「伸ばしてねぇよ。一色お前なに言って……いやなんでもないです。すみませんでした。」

 

 む〜……と唸っている一色を視界に入れた瞬間すぐに外した。なんか目が超怖いのよ。

 なに俺殺されるの?

 

 まぁしかし、この案で行くのであれば雪ノ下先輩位しか動ける人はいない。

 

 仕方ない、ここはこの人がいうとおりに動く事にしよう。

 

「わかりました、では宜しくお願いします。」

 

「えぇ」

 

 こうして、俺と雪ノ下先輩の摩訶不思議なタッグができあがってしまった。

 解決へのシナリオは十分理解しているつもりだったのだが、俺はこの時、最大級の見落としをしていた事に気づかなかった。

 

 



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#11-2

 あれから1週間ほどが経っただろうか。

 

 さすがに、前の昼休みのように一緒にお昼ご飯を目につく場所でとかそんな事はやっておらず、放課後に奉仕部の仕事を手伝ったりして行動をともにする程度だ。

 

 まぁ、もはや数え切れない程のシャッター音を耳にして、もはやモデルにでもなった気分だ。……嘘、正直あまりいい気分ではない。

 

 そのおかげで結構周りからは噂が広まり、多分この話題は今総武高校でバズってる話題の1つなのではないかと思う。さすが雪ノ下先輩、影響力が段違いだ。

 

 そんなホットな話題のおかげで俺は教室にいても興味の目を持たれてしまう。

 女子はヒソヒソとどこからか出てきたのかわからない根も葉もない噂に花を咲かせ、男子には嫉妬と羨望の目を向けられる。

 

「比企谷先輩、どうやったらそんなに可愛い子ばかりと知り合えるんですか?」

 

 いつの間にか隣にいた相模が話しかけてくる。

 意外とこいつは良く俺に話しかけてくる。

 

「知るかよ、勝手にそうなってんだよ」

 

「なんですかその主人公属性、爆発すればいいのに」

 

 吐き捨てるかの表情で相模は俺を見る。

 相模くん、お行儀がわるいわよ。

 

「お前段々と口悪くなってきたな」

 

「えぇ、比企谷先輩の取り扱いにも慣れてきましたので」

 

「取り扱いって俺は物かよ」

 

「1年C組の備品ですよ」

 

「お前、自分の口で先輩と呼んでいる相手に向かってそれかよ……敬う心がみじんも感じられないんだが……」

 

「敬う気がないですからね」

 

「もしかして怒ってる? なんで?」

 

「なんでこんな目の腐った野郎が美少女ばかりと出会えるんじゃ死ねよとか思ってませんから安心してください」

 

 相模は優しい声色でニッコリと微笑んで見せた。

 しかしその目は笑っていない。

 

「いや、怖ぇから」

 

「冗談ですよ。最近ようやくグループチャットでも変化がありまして」

 

 俺は1週間前に相模にグループチャットで少し牽制してもらう様に頼み込んだ。

 グループチャットというのはいわゆるクローズドな関係で締め切れられている。

 そこでは誰かリーダーがいて、そいつが一番の発言力を持っている訳だ。

 そいつ以外の連中はとりあえず周りの空気を気にしてそれに合わせている。

 

 しかし、相模のグループチャットは100人規模のグループチャットだ。

 発言力の高いリーダーがいたとしても、この規模のコミュニティともなると早々に自分の意見を押し切れるはずが無い。

 

 そこで俺が提案したのは相模に正論を言ってもらうことだ。

 ただ一言『最近思うんですけれどこれって盗撮じゃないですかね……』ってな。

 そうするとどうだろう、水面に落ちる雫でできた波紋の如くそれは承認されて行くだろう。

 なんでって正論だしな。

 

 どうやらその変化がグループチャット内で広がってきていると相模は言っているのだ。

 

「おぉ、さすがだな」

 

「比企谷先輩が雪ノ下先輩と一緒にいる理由が無くなるならお手の物ですよ」

 

 人への嫉妬でここまで動くとかこいつ……しっとマスクの才能ありそうだな。

 

「そ、そうか」

 

 相模は報告を終えたあと、自分の席へと戻って行った。

 

 こちらとしても一旦は計画通り動いていることに間違いは無い。

 あともう少しこの状況を我慢すればいいだけの話だ。

 

 せっかく昼休みなのだからここで人目につく必要も無い。

 俺は席を立ち、いつものベストプレイスへと足を進めた。

 

 

 ***

 

 

 どうやら俺のベストプレイスには先客がいるようだ。

 

「あれ? ヒッキーじゃん?」

 

「比企谷君?」

 

 おや、どうやら見覚えのある顔が揃いも揃って俺のベストプレイスでお弁当を楽しんでいた。由比ヶ浜と戸塚先輩だ。

 

 おや、もしかして2人ってそこそこいい仲なのか、俺の戸塚先輩がっ!?

 ジェラシー120%だわ。

 

「あっ、もしかして邪魔しちゃいましたかね?」

 

「うぅん、そんな事は無いよ。比企谷君、久しぶり」

 

 そう言って可愛い微笑みを浮かべながら俺に手を振る戸塚先輩

 全然関係ない話だが、『天使が通る』という言葉があるのだが、絶対に戸塚先輩の事を言っているよな。意味合いも戸塚先輩が通る度に皆その美しさに今話している話題が途切れる。戸塚先輩は天使。これは間違いないな。

 

「ヒッキーも一緒にご飯どう?」

 

 由比ヶ浜がそう言って俺ひとりが入れるくらいの空間を空ける。

 

 まだグループチャットは解決していないが、まぁ正直戸塚先輩がいるのだから多少の口実くらいは作れるはずだ。

 

 俺はその空いた所に腰を下ろした。

 

「そういえば、戸塚先輩、前に2年生の方々と試合してませんでした?」

 

 そういえば最後に戸塚先輩が転んで試合が終わったあれだ。

 気になっていたのだ。

 

「そうなんだよ、比企谷君。最初は練習の時間なくなるからあまり乗り気じゃなかったんだけれどね」

 

「けれど?」

 

「三浦さんって…いう人が結構上手で、なかなかおもしろい試合が出来たんだよ」

 

 なるほど、三浦って誰だよとか思ってしまったが、まぁ試合の状況を察するに優美子先輩の事だろう。ようやく苗字がわかった。次から三浦先輩と呼ぼう。

 

「へぇ、そうなんですね。ほんと最後の方だけ見たんですけれど、戸塚先輩、最後怪我してませんでした? 大丈夫ですか?」

 

 以前より温めていた戸塚先輩の怪我の具合を確かめる文句が火を噴くぜ。

 

「そんなに大事でも無いよ、3日くらいで治ったんだけれど」

 

「けれど?」

 

「三浦さんが、ちょっと責任感じちゃってね。少しの間だけテニス部を鍛えてあげるって言ってくれたんだ」

 

 へぇ、あの人結構人がいいところあるじゃん。近くで見たら明らかな女帝の貫禄をお持ちなのにな。

 

「そーなんだ。だから優美子最近放課後早いんだ」

 

 由比ヶ浜がその光景を思い出してか少しクスッと笑う。

 

「テニス部の皆も最初は凄く怖い人とか思ってたみたいだけれど、最近は慣れてきてアネゴーチって呼ばれて親しまれてきたかな〜」

 

 アネゴーチってなんだよ……それ命名した奴を奴センスなさ過ぎだろ。波動球で八つ裂きにされるぞ。

 俺ならもう少しセンスのある命名するぜ。

 

 お蝶先輩

 

 うん、テニスボールで客席までぶっ飛ばされる未来がよく見えるな。絶対に口に出さないでおこう。

 

「へぇー、優美子って結構熱血な所あるからね、もしかしたらテニス部入るかもね」

 

「そうかな?」

 

「うんうん、ダメ押しで隼人君にテニス部手伝っててスゴイ好評なんだーってひそか〜に伝えたらもしかしたらありえるかもねっ!」

 

 由比ヶ浜? ちょっとだけずる賢いお前を見たのはじめてなんだが……

 えっ? もしかして暗黒キャラ隠してたりするのん?

 

「そ、そうなんだね」

 

 ほれみろ、戸塚先輩も若干引いてるし。

 

「でも……三浦さん来てくれたらテニス部凄く助かるから……僕頑張ってみる!」

 

 えっ!? 由比ヶ浜……なんて事をしてくれたんだ。戸塚先輩が堕天してしまったではないか。

 トツファーになっちまった。堕天しても世界一可愛い事には変わりない。問題はないな。

 

「そういえば由比ヶ浜さんはどうしたの今日は?」

 

「あー、そうそう。ちょっとさいちゃんに聞きたい事があって」

 

 あれ、この二人がいつも昼休憩一緒の仲良しコンビだと思ったのだが、そうでもなかったのかな?

 話の流れから二人の関係を仮説すると、久し振りに話す知人の二人的な位置付けだ。

 

「奉仕部って知ってる?」

 

「あ〜、知ってるかも。最近よく教室でも話題になってるよね。あの綺麗な人がいる部活でしょ」

 

 奉仕部が話題? えっ? 昔からある部活なのに今更話題?

 

「そうなのか?」

 

「うんうん、あっヒッキーも確か依頼したんだよね? なんか雪ノ下さんと一緒に映っている写真結構出回ってたよ」

 

 あー、あれ2年生にもやっぱり出回ってたか。

 

「まぁたしかにそうだが」

 

「雪ノ下さんどんな人だった? 僕たちJ組の人たちとあまり関りもってないからちょっと気になるんだ〜」

 

 戸塚先輩が興味津々な顔を俺に近づけていう。

 近づく戸塚先輩から香る天使の芳香に俺は意識を持って行かれそうになる。

 

「まぁ、少しキツいところはありますけれど、面倒見のいい人ですよ」

 

「へぇー、ちょっと怖いなぁ……」

 

 戸塚先輩の怯えてる姿を網膜に焼き付けておきたい気持ちに駆られる。

 

「そうなんだ。誰か依頼した事ある人いたら話聞こうかなって。っで大丈夫そうだったら依頼してみようかな〜なんて」

 

 由比ヶ浜は何か依頼したいことがあるのだろうか?

 ってか大丈夫そうって何だよ。あの人毒舌は持っているが人は噛まないぞ。物理的にはな!

 まぁ、俺はその言葉の返答をしなければならなかった。

 

「由比ヶ浜、今依頼は控えた方がいいかもしれん。その最近話題にあがっているおかげでメチャクチャ忙しいみたいなんだよ」

 

 そう、最近の奉仕部はやけに人の出入りが激しい。

 いきなりブーム乗っかっちまった古い老舗店舗か如く放課後の部室前に行列が絶えなかった。

 

「あー……やっぱりそうだよね。今めっちゃ話題だもん。わかった、少し様子見てから依頼することにするー」

 

「そうしてくれ」

 

 会話がひと段落しシンッとした空間があたりを支配する。

 これが戸塚が通るという状況だ。

 

「ってかヒッキー」

 

 そのシンッとした空間を打ち壊し由比ヶ浜が口を開く。

 

「なんだ?」

 

「ご飯食べないの?」

 

「……忘れてた」

 

 すでに昼休みも半分過ぎていた。

 俺はいそいそと弁当を胃袋にかっこんだ。

 

 ***

 

 

 結局のところベストプレイスでの件は杞憂に終わった。

 教室に戻って相模に確認を取ったがどうやらグループチャットにも新たな投稿は存在しないらしく、さらには大元のSNSアカウントが炎上気味という見事にシナリオ通りことが進んでいる。

 

 そのことを報告するべく俺は、放課後奉仕部の部室へと赴いた。

 

「あら、もう来たの?」

 

 部室にはすでに雪ノ下先輩がおり、カップを取り出す準備をしていた。

 

「ようやく進展があったんでさっそく報告にと思いましてね」

 

「そう。紅茶を入れるわ。座って少し待っててちょうだい」

 

「うす」

 

 しばらくすると、紅茶の淡く甘い香りが俺の鼻腔にまで届く。

 以前、小町が1度飲んで以来使ってなかった紅茶の茶葉があまっており、それを奉仕部に献上したのだ。

 入れ方によって香りも変わるのか、非常に上品な香りが漂う。

 

「あなたがくれた茶葉、なかなかいいものだったわ。本当に頂いてもいいのかと思ったのだけど?」

 

 そういいながら俺に紙コップを差し出す雪ノ下先輩。

 

「いえ、家にあっても誰も紅茶飲まなかったんでちょうどいいですよ」

 

「そう、なら遠慮なく使わせてもらうわ」

 

 っふっと微笑むその表情1つで息をのむ。

 

「さて、お待たせしたわね。話を伺うわ」

 

「現状、グループチャットで……」

 

 その言葉の最中、ノックの音が鳴る。

 雪ノ下先輩もふぅ……と軽くため息を吐いた後、どうぞと言葉を続ける。

 

「比企谷君、ごめんなさい。どうやら来客のようね」

 

 最近はこういうことが多い。

 やけに奉仕部に対しての依頼が多いのだ。依頼人も1日に10人は優に超える。

 しかし依頼内容はこの部活の趣旨を把握していない依頼内容が多い。

 まず依頼内容を確認する時点で8割は雪ノ下先輩によって却下される。

 しかし内2割は依頼として受けている。

 

 俺はただ問題を見て見ぬ振りをしようとしているのかもしれない。

 

 その問題というのは奉仕部という部活の存在を学校の生徒に認知されたということだ。

 生徒に認知されるということ自体はきっと部活動をする上でいいことなのだろう、そりゃ活動理由が依頼を受けてそれに対して協力するという部活だ。

 協力依頼が来れば来るほど部活動の評価が上がる。

 しかし問題なのは現在それをしきっているのが雪ノ下先輩ただ1人という現状だ。

 

 では何故奉仕部は認知されてしまったのか。

 今までは1人で奉仕部という部活をきりもりしていた雪ノ下先輩。

 しかしいきなり見知らぬ男子とともに行動しているではないか。

 彼氏なのだろうかと野暮な問いかけをする輩もいるだろう。

 それに対し彼女はきっと、奉仕部の依頼と答えるだろう。

 

 そう、ここで奉仕部の認知が広まるのだ。奉仕部って何? ってな感じでな。

 完全に俺も見落としていた。ここが落とし穴だったのだ。

 

 よって現状、この様な状況に陥っていると推測するのが妥当だろう。

 解決策としては部員を誰か入れることにより解消するはずなのだが、それを止めているのが平塚先生だろう。

 なぜか、葉山先輩の時と同じだ。綺麗なものには色々と群がるんだよ。

 雪ノ下先輩のあの性格は人を選ぶ。そこを理解してのことだろう。

 

 一過性のイベントであると信じたいが、さすがに1人ではいつか身体を壊してしまうのでは無いかと心配してしまう。

 

「わかりました、また明日報告します」

 

「その必要はないわ」

 

 そういうと雪ノ下先輩は一枚の紙切れを差し出した。

 

「これは私の電話番号とメールアドレスが書いてあるから無くさないように、今日中にどちらでもいいから報告を入れて貰える?」

 

「わかりました」

 

 さすがにアドレス打ってとお願いする雰囲気でもないので、そそくさと紙と紅茶の入った紙コップを持って部室を後にした。



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#11-3

『現状、大元のSNSアカウントも炎上しているみたいなので、あとは時間の問題だと思います』

 

『油断は禁物よ。追い込まれた人って何するかわからない事が多いから。最後まで気を抜かないで』

 

 年単位で電話という機能を使わなかった俺が、まさか学校一の美女と通話しているなぞどんな偶然だよとおもいながらドギマギと報告を済ませる。

 

『そうですね。これならあとは勝手に自然消滅してくれるはずです。ただ……』

 

『ただ? 何か心配事かしら?』

 

 俺がいなくなると雪ノ下先輩が本格的にひとりで依頼に立ち向かう必要がある。

 1週間という短い期間なのだがこの人と一緒にいて分かった事があった。

 

 圧倒的に技能には優れているのだが圧倒的にスタミナが無いのだ。

 だからこそ俺が体力仕事を任される事が多かった。

 ……俺も文化系なのだが女子よりかは力があるからまぁ仕方が無いがな。

 雪ノ下先輩は言わばガラスの剣といったところなのだ。

 

 そう、この依頼が完了すると今後、雪ノ下先輩ひとりで大変ご好評頂いている奉仕部の依頼のすべてを請け負う事になる。

 

 そうなると奉仕部が崩壊することは目に見えていた。

 

『いえ、依頼が立て込んでるように見えたので』

 

『……あなたは奉仕部ではないのだから、気にする必要はないわ。大丈夫よ』

 

 俺は部外者と線引きされた。

 少し手伝ったからと言って奉仕部の一員となった訳ではないと再認識する。

 

『そうですか。わかりました』

 

『それでは、また何かあったら連絡して』

 

 そう言って通話が切れる。

 いままで気にもしなかった自室の静寂が俺の中にある喪失感を増長させる。

 なので俺は俺を自制させる。

 

 どうしても彼女はひとりで立ち向かうようだ。

 そうなると俺がする事はもう無い。

 

 相手が大丈夫と言っているのだから、これ以上追求する必要も無いだろう。

 例え大丈夫と言っている奴が大丈夫でなかろうが、それを察しろというのは相手に自分の感情を理解し、行動しろと押しつけているに他ならない。

 そんな数回しか会ったことの無い相手に、察しろというのはいささか理不尽な話だ。それは助けてと言葉に発さなかった本人の責任だろう。

 

 余計なお節介は勘違いを生む。昔の俺は幾度となくその失敗を犯した。

 だからこそ理解しろ、勘違いするなと俺を客観視しているもうひとりの俺が諭してくれる。それにより自制が保たれている。

 

 その大丈夫が口癖なのかプライドなのかはわかからない。

 ひとりでできると言っているのだ。何を心配する必要がある。

 

 これ以上の思考は底なし沼にハマると判断し、俺は考える事をやめた。

 

 

 ***

 

 

 昼休み。俺はいつも通りベストプレイスへ向かう。

 そこには先客がいた。

 

 最近やけにこの場所で人と遭遇するのだが……

 元々よく人が来るのだろうか? 風が気持ちいいから仕方ない。

 

 ってか、昼休みになっていきなり教室出ていったなと思ったらこんな所にいたのか。

 

「一色か」

 

 一色は俺の声を無視して黙々と弁当を食べていた。

 

「おーい、一色?」

 

 それでもまだ俺を無視する一色。

 どうしたこいつ? なんだ今日は機嫌が悪いのか? それだったらこんな所来ねぇし……まぁいいや、触らぬ神に祟りなしさっさと退散しよう。

 

 俺がその場を去ろうと一色に背を向けると後ろからズズズとすさまじい音がした。

 振り向くとスポルトップを吸いながら半目でこちらを見ている一色の姿があった。

 どうやら俺は触らぬ神と気づく前に触ってしまったらしい。

 

 一色ちゃん? スポルトップそんな勢いよく吸っちゃうとむせるよ?

 

「これはこれは……最近学校一の美少女とよくいるせんぱいじゃぁないですか〜」

 

「すっげぇわざとらしいご紹介ありがとよ」

 

「それよりこっち来てくださいよ」

 

 一色がペチペチと隣の空いている場所を叩く

 

「すげぇ怪しんだけど……」

 

「なにも怪しいことはしませんよ、ほらこっちこっち」

 

 一色はペットを呼び寄せるみたいに両手をリズミカルに叩く。

 犬じゃねぇんだからそういう呼び寄せ方やめろよ……

 俺は呼ばれるがまま、一色の隣に腰を下ろす

 

「んで? なんだよ」

 

「はいこれ」

 

 そう言って渡されたのは小さな弁当箱

 

「ん? なんだこれは?」

 

「見てわかりませんか? お弁当です」

 

「んなもん知ってるわ。聞いてるのはなんでそれを渡される必要があるのかだ」

 

「だってわたし〜、葉山先輩ねらってるじゃないですか〜」

 

 なんだろう、そのくっそ甘ったるい声を久し振りに聞いた気がするわ。

 

「あぁ、そう言ってたよな」

 

「そう、葉山先輩にお弁当を渡すには失敗なんて許されないわけですよ。他にも料理が上手な方々が沢山いるわけですし、そういった所でポイント落とすとかあるまじき怠惰だと思うんですよね」

 

「なるほどな、まぁ言いたいことは分かった。って事はあれだろ、実験」

 

「理解が早くて助かります」

 

 そう、以前俺は一色の実験に付き合った。

 ただ思うところもある。

 

「俺お前の依頼完遂しただろうが、俺がそれを引き受ける必要があるか?」

 

「せんぱい、私の依頼内容しっかり覚えていますか?」

 

 俺の顔をのぞき込みながら一色が質問を繰り出す。

 強制的に視界に入る可愛らしい顔立ちに少し動揺する。

 

「あれだろ、葉山先輩とお近づきになりたいっていう依頼だろ」

 

 何だっけか、詳しくは覚えてないが多分そんなニュアンスだったはずだ。

 

「違いますよ、『わたし、気になる人がいるんですよ』です」

 

 あれ? そんな内容だっけか? 認識の齟齬って奴か。

 ってか依頼内容曖昧すぎだろ。

 

「葉山先輩に近づけてやったのにまだなんかあんのかよ」

 

「こう見えて私〜、結構努力家なんですよ〜?」

 

「努力家は努力するとは言わん」

 

「そんな事はどうでもいいです。とにかく依頼はまだ継続中なんですよっ!」

 

「マジかよ……すげぇ面倒くせぇ」

 

「せんぱいには実験に付き合ってもらいますからね! 逃げないでくださいねっ!」

 

「……わーたよ。食い物は粗末にできんしな。食うわ」

 

「ありがとうございます。ではこれ使ってください」

 

 そう言って俺に箸を渡してくれた。

 おっ、気が利くじゃねぇか、最近コンビニでも箸の有無に気を取られるんだ。

 変なギミックが存在しねぇか細かいところまで気をつけないといつの間にかYOURDEADだかんな。

 

「どうしましたせんぱい?」

 

「いや、何でもねぇ」

 

 変なこと考えていたのが顔に出ていたか。

 少し反省して俺は弁当箱の蓋を開ける。

 するとなんということでしょう。

 普通のお弁当だ。

 

 いや普通というのはあまりにも表現がなさ過ぎた。

 しっかりと彩りは考えられており、男が作るような俺の好みしか入れない茶色一色の弁当ではなく、緑黄色野菜もふんだんに使われ色彩よくまとまっていていい。

 花柄にんじんとか可愛らしいじゃないか。

 

 しかし俺は、あの雪ノ下先輩の弁当を見てしまったがために、若干見劣りしてしまうのは仕方がない。

 

 しかしあれだ、葉山先輩の為の実験だからといってあんな完璧を求められても一色も困るだろう。

 

 だから俺はこういうのだ。

 

「ほぅ、プチトマト以外はいいんじゃうまそうだ」

 

「せんぱい? トマト嫌いなんですか?」

 

「そうだな」

 

「へ〜」

 

 一色ちゃん? 少しは興味持ってもいいんだよ? あからさまに興味なさそうに返事すると傷ついちゃうよ?

 

「それより問題は味ですほら食べてくださいっ!」

 

 ちょっ、一色せかせかさせるな。

 

 俺は一色にいわれるがまま、とりあえず目についた卵焼きを一口つまみ頬張ると横であっと小さく呟く一色の声が聞こえた。

 

 何だ毒でも盛ったか? と横目で一色に視線をうつすと淡く頬を染めつつにやついていた。

 

「どうですか? 美味しいですか?」

 

「あぁ、出汁きいててうめぇ。まぁ俺は寿司屋の卵派だけどな」

 

「あっ、そういうのはいいんで」

 

 余計な情報はいらないってさいですか……

 

 そのまま弁当を全部平らげた。もちろん実験ということで一定の成果物はアウトプットしてやらねぇと一色にまた何か言われてしまう。なので俺は正直にありのままを口にすることにした。

 

「うん、うまかった」

 

 お前の語彙力はそんなもんかというならそういうがいい。

 しかしだ、食通でもねぇ一般の男子高校生の味覚なんざこんなもんだ。

 基本腹に入ればそれでいいし、あとは舌にダイレクトに伝わるうまい、甘い、からい、まいう〜以上だ。

 あれ、うまい2回言った? 勘違いだ。

 

「お粗末様でした」

 

 そう言って一色はニッコリとした表情を維持しつつ俺が完食した弁当箱を片づける。

 どうやらご満足頂けたようだ。

 

「そういえばそろそろ解決しそうですか?」

 

 一色の問いかけはきっとグループチャットの件だろう。

 

「もうちょいって所だな。ようやく周りが事態を理解したみたいだ」

 

「そうなんですね〜、皆考えたらすぐわかる話なのになんで止まらないかな〜」

 

 ぷんすかと一色が頬を膨らませて不機嫌なご様子だった。

 俺のために怒っている様子だったので悪い気はしない。

 

「そういうなって、誰かストッパーがいなかったからこういう事態に発展しちまったんだろ」

 

「それよりも、この状況撮られちゃってたらどうしましょうね」

 

 この状況とは多分この状況のことだろう。

 学校の人気の無い所に2人きり、あまつさえ手作り弁当すら頂いている始末だ。

 ……うん、誰がどう見てもちちくりあっているように見えるな。

 

 この状況を作り出したのお前だからな? まじどうすんだこれ?

 

「はぁ……どっかの亜麻色の髪の乙女の作りすぎた弁当を通りすがりの俺が処理していたって口実で良いだろ」

 

「なんですか口説いてるんですか? 亜麻色の髪の乙女って表現が出てくるあたりでしてやったりのドヤ顔になってて気持ち悪いです。口説くんならもっと自分の言葉で表現して貰っていいですかごめんなさい」

 

「なんでいきなり俺が口説いている話なってんだよ。この状況の理由付けの話だろうが。あ、あとどやってねぇし」

 

 噓、ちょっとだけ俺うまいこと表現したと思った。

 

「それとも葉山先輩へのお弁当を作る為に密かに特訓中とでもいうか?」

 

「それいいですね。それにしましょう」

 

 葉山先輩への想いそんなオープンフルアクセスよろしくな感じでいいのかよ。

 

「まぁ、それでいいならいいか……」

 

 嘆息をもらし、俺はこの場面が撮影されていないことを祈る。

 

「それよりも雪ノ下先輩が心配だな」

 

 一瞬、一色の身体が揺れる

 

「えっ? どうしてですか?」

 

「どうやら最近になって奉仕部の依頼とやらが急激に増えているみたいでな。ひとりできりもりするのもかなりキツいだろうなって考えてる」

 

「もしかしてせんぱいは雪ノ下先輩を心配しています?」

 

「奉仕部の認知が広まったのは俺の依頼が原因って感じだしな。少なからず心配はするだろ」

 

「そうなんですね。でもせんぱいは雪ノ下先輩の何を心配しているのかって気になったんですが。私から見てあの人はなんでもひとりでできる……なんていうんだろう〜……孤高の人? みたいな感じなんですけれど」

 

「あの人、極端に体力ねぇんだよ」

 

「あ、なるほど、意外な欠点があったんですね……」

 

 どうやらそれだけで一色は察したようだ。察しが良くて助かる。

 

「それじゃせんぱいはどうしたいんですか? 雪ノ下先輩のお手伝いを続けるんですか? でもそれって結局、部外者のお節介って感じになりません?」

 

「だよなぁ……」

 

 結局の所俺はどうしたいのだろうか、最初はただ厄介事を解決してもらいたいそれだけだったはずだ。

 それがきっかけで奉仕部が認知され忙しくなり、俺は彼女のスタミナを心配しだした。

 あれ……? 俺もしかして? 雪ノ下先輩が好きなのか?

 

 まて、勘違いするな。その考えは早計すぎる。

 この勘違いで幾度となく失敗し、肩身が狭くなった中学時代を思い出せ。

 

 その感情を抜きに考えるとおのずと答えは出てくるだろう。

 俺は奉仕部の依頼が増えることにより今現状続いている俺の依頼に不都合が生じないかを懸念しているのだ。

 

「ただ俺は依頼を不都合なく終わらせて欲しいだけだ」

 

「それがわかればもう答えは出ていますよね」

 

 一色はすこし微笑をみせながらそう答えた。

 ベストプレイスに吹く風は優しく身体を撫でるように俺を吹き抜けていった。

 

 

 ***

 

 

 放課後に俺は職員室にいる。

 

 対面に座って煙草をふかす平塚先生を前に俺は自身の考えを口に出す。

 

「平塚先生、先日は奉仕部を紹介して貰ってありがとうございました。依頼もおおむね解決に向かっているところです」

 

「それはよかった。さすが雪ノ下と言った所か」

 

「それで少しご相談がありまして」

 

「なんだ? 言ってみろ」

 

「今回の件で少し奉仕部に興味が出たんで体験入部したいのですが」

 

「ほぅ、悪いが私はお前が熱心に部活動をする様なタイプでは無いという先入観があったのだが」

 

 さすがは平塚先生だ。俺が部活に興味を持つ事があり得ない事くらい見抜いているようだった。

 

 これではどう見繕った言葉を吐いても通じないだろう。

 だから俺はこういうのだ。

 

「まぁ、その通りなんすけれどね。でも現状、人がいないと奉仕部の信用の根幹に関わると思いますよ」

 

 真っ向勝負だ。

 

「ほぅ。奉仕部が……か……続けてみろ」

 

「現状見ての通り、奉仕部の人手不足で雪ノ下先輩がすべての依頼をこなしてますよね。タイミング良く依頼をした俺が一番近くで見てたのでそれとなーくわかるんすよ。これは明らかに雪ノ下先輩のキャパシティを超えてるって」

 

「なるほど」

 

「普通なら人員を補充する事で解決するはずのこの問題を平塚先生が知らないはずはない」

 

 そう言って平塚先生の双眸をまっすぐと見つめる。

 平塚先生はっふと笑い、ゆっくりと口を開いた。

 

「そうだな。実際雪ノ下目当てで入部を希望する輩が増えた。だからこそ必ず入部の際に入部希望者には入部試験と称して必ず聞くようにしている事がある」

 

「それはなんですか?」

 

「なぁに、簡単な質問だ。お前は雪ノ下雪乃をどう思っている」

 

 どう思っているか……そうだな。

 ただ単純に思いつくならば頼りになる先輩だ。

 後輩のためにわざわざ身を犠牲にしてでも依頼解決にむけて行動してくれる頼れる人だ。

 聞けば学年トップという切れ者だし運動神経もいいらしい。

 本当にすごい人だと思う。

 

 もし仮に俺が交通事故に合わなかったとして同級生となっていたならば、俺は彼女に憧れを頂いていたかも知れない。友達になりたいと思ったかも知れない。

 

 しかし……だ、その回答では多分違うのだろう。

 となると、だ。

 

「何でももっていて、何でも出来る。たぐいまれなる優れた容姿をもっていて、青春を謳歌し中心人物になる事を神から許されたであろう人がそれをしていない……なにそれ持っていない者に対する自慢なの? ファッションボッチなの? 真性ボッチに対する嫌みかよ。ノブレスオブリージュ? ふざけんな見下すんじゃねぇよ。爆発すればいいのに……って思ってます」

 

 そう答えると平塚先生はぽかんと気の抜けた顔になっていた。

 しばらくしてじわりじわりと笑いがこみ上げてきたのだろうか、煙草を持つ手で顔を隠しているが肩が震えているのとクククとかすかに笑い声が聞こえているのでモロバレだ。

 

「これは予想だにしなかった回答だな」

 

「はぁ……」

 

 我ながら相当捻くれた回答をしたと思う。

 むしろこれを雪ノ下先輩に聞かれなかったことが救いである。

 

「どうやら君は、相当捻くれた思考をしているようだな」

 

「まぁ過去にいいことが無かったですからね。正直者でピュアな性格は中学校に置いてきましたから」

 

「そうかそうか……それは非常にもったいないな。君の思考を矯正する必要がありそうだな」

 

 ちょっ、いきなり矯正とか言われて困るんすけれど……

 

「はぁ……」

 

「奉仕活動でもして雪ノ下とともにその考えをあらためていけ。異論反論抗議口答えは認めない」

 

 平塚先生は勢いよくまくし立て、判決を申し渡す。

 その判決は奉仕部としての活動を許されたと認識してもいいだろう。

 

「あのぉ……体験入部でいいんすよ? べつに本入部するとは……」

 

「奉仕部に体験入部は存在しない。君のその歪んだ考えが直るまで奉仕活動に勤しむといい」

 

 噓だろマジかよ。

 

 こうして俺は不本意ではあるが、奉仕部として入部することを許されたのだった。



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#12-1

 次の日の放課後。

 奉仕部の部室に入ってきたらすでに居た雪ノ下先輩の姿が見えた。

 

 あれ? 俺HR終わったら真っ直ぐに来たはずなのになんでこの人こんな早いの?

 もしかして額に二本指添えただけで瞬間移動とか使えたりする? めっちゃ便利じゃん。

 俺にも教えて欲しい。

 

「比企谷君。一体どういうことかしら?」

 

 そう言って俺を睨む妖怪雪女こと雪ノ下雪乃先輩がその名に恥じぬ冷淡な一言を口にする。

 まぁそう言われる理由も分かっちゃいるんだけれどね。

 平塚先生経由で俺が奉仕部へ入部する事が知らされたと読んだ。

 

「いやぁ、ひょんな事から入部する流れになってしまいましてね」

 

 平塚先生に話したことを洗いざらい雪ノ下先輩に話すと、今後の学校生活に支障をきたす事になりかねないので意地でも濁す流れで進めさせてもらう。

 

「そのひょんな事というのをもっと具体的かつ論理的に解説願えるかしら」

 

「平塚先生と話していたら気づけば奉仕活動命じられたって感じっすね〜」

 

「その話ではまったく状況が掴めないわ……何をどうしたらそれで入部する流れになるのかしら……」

 

 雪ノ下先輩は問い詰める事を諦めたのか軽くため息を吐く。

 それに乗じて、この『何故入部したのか』話題を変えるべく俺は舌をふるう。

 

「そんな事よりも、この仕事の山手分けして片づけていきましょう」

 

 どっかの打算的な女子がよく使う手法を使って切り抜けることにした。

 最近俺、一色の言い回しをよく使っているな。汎用性あるんだわ。

 

「そうね、決まってしまったことをこれ以上気にしても仕方がないわ」

 

 そう言って雪ノ下先輩は目の前にあるノートパソコンへと視線を落とし、奉仕部への依頼メールを覗く。

 

 俺も雪ノ下先輩が座っている長机の端に椅子を持ってきて腰を下ろす。

 

「今日も依頼は沢山来てるわよ」

 

「最近絶賛人気の奉仕部ですからね」

 

「ほぼ間違い無く私目当ていうのは目に見えているけれどね」

 

 おいおい、言い切りやがったよこの人。たしかにそうだけれどもう少し謙虚さって学んだ方が良くないか?

 

「人気最下位の俺と合わさってちょうどいい塩梅になるんじゃないすかね?」

 

「なに? あなた私のこと好きなの?」

 

 なんでそんなドギマギするようなことを真顔で言っちゃうかな?

 

「どこの恋愛脳ですか。そういう意味で言ってないです」

 

「知ってるわよ。からかっただけよ」

 

 そんな会話をしながらも雪ノ下先輩のブラインドタッチは止まらない。

 なんだこの人、マルチコアなの? 最近主流はオクタコアらしいけれど、なに? もしかして雪ノ下先輩は聖徳太子でも目指してるのん? そもそも8人同時に話しかける状況がそんな頻繁にあるとは思えないけれどね。人それを技能のムダ遣いという。まぁそれがおもしろいんだけどね。

 

「とりあえず、私はメールや直接交渉が必要な案件を対応するから、比企谷君は肉体労働の依頼をお願い。詰まりそうなら連絡頂戴」

 

 えっ? マジで? だから俺文化系でそんな体力無いのですが……

 

「入部したからにはこき使ってあげるわ」

 

 そう言って不適に笑う雪ノ下先輩を見て、俺は入部を早まったかと後悔した。

 

 

 ***

 

 

 それから数日が経った。

 

 俺の周りではグループチャットの件なんて無かったかのような振る舞いだ。

 これでようやく腰を落ち着けられるというものだ。

 

 依頼の数もだいぶ落ち着き、紅茶の香りを楽しめる時間が確保出来るまでになった。

 文庫本を読みながら紅茶の香りはほのかに鼻腔に入り、安らぎを与えてくれる。

 

 この時間は悪くない。そう思えた。

 

 リア充はこういった時間必ず誰かと話していなくちゃならない呪いにかかっているのか、常に誰かと雑談を興じている。

 しかし雪ノ下先輩は文庫本を読んでいて、雑談とかそういった事を興じる必要は無いと表現していると俺は読んだ。

 

 そんな事を考えているとどうやらこの静寂な時間は終わりを告げるらしい。

 ノックの音が2回部室内に響いた。

 

 どうぞと雪ノ下先輩が口にすると、見覚えのある顔連れが入ってきた。

 

「由比ヶ浜……と葉山先輩?」

 

 失礼します〜と陽気な挨拶で入ってきたのは由比ヶ浜と葉山先輩だ。

 陽気な由比ヶ浜と比べ葉山先輩は少し気まずそうな表情で入ってきた。

 

「あれ〜! ヒッキーじゃん!」

 

 あと、いきなりそのあだ名で呼ぶのは正直止めてもらいたい。

 雪ノ下先輩に変なあだ名を覚えて欲しくないんだが……

 

「んだよ由比ヶ浜、いたら悪いか?」

 

「どうしたの? ヒッキーも何か依頼とか?」

 

「そういうわけじゃねぇ、俺奉仕部に入ったんだ」

 

「あー、そうなんだ。……って!? 超意外すぎるんだけどっ!?」

 

 えっ、そんな驚くこと? ってか声でかい。

 

「えっ? そうなの?」

 

「だってヒッキー、部活なんてやらないぞって感じじゃん!」

 

「マジか? そんな雰囲気出してた?」

 

「うん、超だしてた。俺に部活の話題振るんじゃねぇぞ感」

 

 なにそんな雰囲気出してたの俺? もしかして脳よりも早く身体が反応する極意、身勝手の拒絶を会得していたのか? それとも拒絶色の覇気か? すげぇ、宇宙一の嫌われ者になれんぞこれ。

 ……そうなったら俺の居場所ねぇじゃん。拒絶色ってなんだよ。

 

 こほんと雪ノ下先輩が咳き込み雑談を中断させる。

 

「そろそろ本題にいっていいかしら? 確か同学年の由比ヶ浜結衣さんと……葉山君」

 

 どうやら雪ノ下先輩と葉山先輩は知り合いみたいだ、雰囲気を読むにそこまで仲がいい関係ではなさそうだ。

 

 葉山先輩を見るとたははっと気まずそうに苦笑し頬をかいていた。

 

「そうそう、依頼なんだけれどちょうどヒッキーもいるし聞いてほしいんだよね」

 

 そう改まって余っていた椅子を長机に寄せて二人は腰掛ける。

 

「私の依頼はある人との仲直りなんだ」

 

 ある人とは小町のことを言っているんだろう。

 由比ヶ浜はどうやら時間に頼らない道を選ぶようだな。

 

「……まじか」

 

「まじまじおおまじだよっ!」

 

 ふざけてんのかこいつ?

 

「本気感が全然伝わらねぇよ……」

 

「マジごめん」

 

「お前ネタでやってんのか?」

 

「ごめんなさい……」

 

 由比ヶ浜がシュンとなってしまった。

 ちょっとキツい言い方したかな?

 

「比企谷君は知っている人?」

 

 雪ノ下先輩が間に入り質問をしてきた。

 知ってるも何も俺の妹なんだが、由比ヶ浜の口調的にどうも詳しくは隠したい様子。

 なので俺も詳しくいうことは避けようと思った。

 

「そうですね」

 

「そう。だいぶ入り込んだ依頼のようね」

 

 雪ノ下先輩はどうやら俺の口調で察してくれたようだ。

 そういった所は非常に助かる。

 

「たしかにそうですね。まぁ話は分かった。詳しくは後でだ」

 

「それで? 葉山君はどういったご用なのかしら?」

 

 あー、これは俺が最初に奉仕部に来たときの口調と同じだわ。

 葉山先輩デフォルトで雪ノ下先輩からの敵対心アップのデバフついてません?

 

 っと、そんな事よりもこれでは話が進まなさそうだ、ちょっとだけ口を挟むか……

 

「雪ノ下先輩、ちょっと雰囲気が固いんでもう少し和らいで貰えると助かるんすけれど……」

 

「あら、ごめんなさい。気をつけるわ」

 

「俺の依頼なんだが、ちょっと前から俺のクラスでよく出ている話題なんだが、これを見てくれ」

 

「おぉう、個人名でてるのか。これはひでぇ……」

 

 内容はどれも個人名をあげての誹謗中傷が書かれている。

 俺も前まで個人集中型のネット被害者だったからちょっと当事者の気持ちが分かってしまう。

 

「そうそう、このメールすごいよく回ってくる! ほんと酷いよね!」

 

 えっ結構前から出回っていたの? よく放置していたねこれ。

 

「いわゆる不幸のメールという奴なんだが、全然治まる気配がなくてな」

 

 不幸のメールというよりも煽り文書と言った方がしっくりきそうだがまぁいいや。

 

「なるほど、双方の依頼は分かったわ。先に由比ヶ浜さんの依頼からで大丈夫かしら?」

 

「それはかまわない。一応俺も結衣に相談されているくちなんだが同席してもいいか?」

 

「えぇ、いいわ」

 

「それでは、由比ヶ浜さん。ある人との仲直りについて少し詳しく話を伺ってもいいかしら?」

 

「私、1年前にある事故が原因でその人のお兄さんに大怪我させちゃったんだ。それで入院している病院で謝ろうとしたんだけれど怒らせちゃってそれっきり……」

 

「なるほど、それでその人のお兄さんとは会えたの?」

 

「うん、ちゃんと謝ったら気にしてないよって……すごい優しいよね」

 

 由比ヶ浜、チラッとこっちみんな。

 過去を掘り起こされているみたいですげぇ気恥ずかしい。

 

「なるほど。それじゃそのお兄さん経由で会ってみるのがいいのでは?」

 

「うーん、いきなり直接会ってくれるか心配なんだよね……もっと距離を縮めたいというかなんというか……」

 

「俺もそれは提案してみたんだが、結衣はまだ直接会うタイミングじゃないらしいんだ」

 

「直接会うとかじゃなくてもメールとか電話とかチャットも最近は流行っているでしょう。そう言ったツールを使ってもダメ?」

 

「うん。なんというか二人きりの空間っていうのが息苦しく感じちゃうかも知れないんだよね」

 

 まぁ、たしかにネットを使ってのコミュニケーションは可能だろうが、メールやチャットではごまかしがきく分、誠意が伝わらない事が多い。

 

 土曜の朝、気になる娘にメール送って月曜にごめん寝てたって返信くるくらいごまかしがきくんだぜ。

 

 そりゃ誠意なんて伝わらねぇよな。

 

 小町の現状からして、まだ直接会うっていうのは避けた方がいいし、由比ヶ浜がへんな事言ってもリカバリー出来る人間が近くにいた方がいいと思う。

 

 この話題に対する俺からの意見はこうだ

 

「それなら仲介させるか、兄貴に」

 

「比企谷君、どういうこと?」

 

「由比ヶ浜は直接会いたくないが、いつでもどこでも繋がっているネットに頼ると互いの微妙な関係で繋がっているから互いに息苦しくなるって心配してんだろ」

 

「うん、そう……そうだね!」

 

「つまりは直接会うこと無く、自分が伝えたい事を人づてで伝えることが出来ればいい」

 

「なるほど。そういうことか。考えたな比企谷」

 

 葉山先輩はいち早く気づいたようだ。

 

「兄貴に手紙を渡せば次第に距離を縮めることができるんじゃないか?」

 

「手紙……それなら気持ちも伝わりそうだよねっ! そうだっ! そうだよ文通だよ!!」

 

 よっし、これで決まりの雰囲気だな。

 後は俺が小町にどうやって切り出して手紙を渡すかだがそこはちと考えないとな。

 

「まって、お兄さんはともかくその相手は怒っているんでしょ。確実に手紙を読むとは思えないわ」

 

 雪ノ下先輩が鋭い指摘をしてきた。

 さすがに小町は手紙を読まずに捨てることはしないとは思うが、たしかに渡したところで確実に読むとは思えない。

 

 さっきまでの雰囲気が一気に落ち込んだ。

 

「雪ノ下さんは別の案でもあるの?」

 

「私は別に比企谷君の案がダメだとは言っていないわ。ただ謝罪の際は菓子折くらい添えてあげると読んでくれる可能性は高くなるんじゃないかしら?」

 

 あぁ、菓子折か。

 確か親父が電話で散々頭下げていた後に菓子折買ってこいって言って買いに行かされたな。

 あれって自分で買うべき物だよな? 理不尽だぜ。

 

「菓子折ってあれだよね会社の人に迷惑かけたとき買う奴……高くない?」

 

「そんな格式張ったものを使う必要はないわ。手作りなら気持ちも伝わりやすいということよ」

 

「あっ、それなら出来そうかもっ!」

 

「由比ヶ浜さん、あなたってお菓子作りは得意かしら?」

 

「あはは……全然……」

 

「そう、ならちょうどいいわ。手伝ってあげる」

 

「ほんとっ! 雪ノ下さんが!?」

 

「えぇ、私が言い出したのだからそれくらい責任を持ってお手伝いさせて貰うわ」

 

 どうやら、話は決まったようだ。

 

「それじゃまとめるか。結衣はお兄さんに手紙と菓子折を渡してその人への距離を縮めていく様にする。菓子折は雪の……下さんに手作りのお菓子の作り方を教えて貰うということでいいか?」

 

「あなたがいきなり仕切り出したこと以外は問題ないわ」

 

 雪ノ下先輩もうやめてあげてっ! 葉山先輩のライフはゼロよ!

 

「手厳しいなぁ……それじゃ、結衣への菓子作りはいつやるんだ?」

 

「今よ」

 

 どっかの有名塾講師が言ってそうな返しやめて欲しい。

 いきなり過ぎてちょっと吹きそうになったわ。

 由比ヶ浜だって顔隠して笑ってんじゃん。

 

「そうなんすね。なら今日の部活は以上って事で、葉山先輩の話は明日って事で言いですかね?」

 

「比企谷君? 何言ってるのかしら? あなたも手伝うのよ。無論葉山君も」

 

 っは? なに言ってるのこの人?

 

「いや、葉山先輩はどうか知らないですけれど、俺お菓子作りなんてやったことないんですけど……」

 

「俺もだ……」

 

 葉山先輩も同調してくれた、まぁそりゃそうだ。

 イケメンだけどお菓子作り好きそうな顔してないしな。

 

「大丈夫よ、味見役として男手は必要だから」

 

「自分達で味見すればいいじゃん」

 

「いやよ、体重増えたらどうするの」

 

「俺たちの体重増えてもいいのかよ……」

 

「男子と女子で燃費が違うじゃん」

 

 あっ、そういう比べかたしちゃう。

 

「比企谷君? いつもあの身体に悪そうな色をした缶コーヒーを飲んでいるのだからそんなこと気にする必要はないわよね?」

 

「雪ノ下先輩、缶の色だけで身体に悪いというのはおかしいと思います」

 

「いや比企谷、あれはたしかに身体に悪いぞ」

 

 えっ? 葉山先輩? まさかここで裏切られるとは思わなかった。

 

「ヒッキーあんなの飲んでたらデブになっちゃうよ?」

 

 えっ? 由比ヶ浜もそう言っちゃうのん?

 八幡今先輩方々から言葉の暴力を受けてるよぉ……

 

「わかりましたわかりましたー。味見役受けますんでこれ以上俺とマッ缶ディスるの辞めてくだせぇ……」

 

「分かればいいのよ」

 

 ふんっと論破した感を出す雪ノ下先輩。

 いや、全然論破してませんからね? むしろリンチですからね?

 

 こうして俺たちは由比ヶ浜にお菓子作りを教える事になった。

 ……俺は味見役なんだけれどな。

 

 



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#12-2

 室内にはバニラエッセンスの香りが広がる。正直この香りは嫌いではない。

 視界にはシンクでボールの中身を一生懸命かき混ぜている一色と由比ヶ浜とそれを見守る雪ノ下先輩の姿が目に映り、ボールの中身をかき混ぜる粘り気のある音と不定期にヘラがボールに当たる音が室内に響く。

 嗅覚と視覚と聴覚を刺激されできあがるクッキーには少し期待感が出てくる。

 

 家庭科室の使用許可はすぐに取れた。

 さすがは成績優秀者の雪ノ下先輩。しかも材料まで好きに使って良いと来た。

 どんだけ教師の信用獲得してんの? もしかして校長先生の娘って設定じゃないよね?

 

 そんな事を妄想していると声をかけられた。

 

「せんぱーい、砂糖とってもらっていいですか?」 

 

 そしてなぜ一色がここに居るのか。

 家庭科室へ移動中に葉山先輩を呼びに来たジャージ姿の一色と遭遇し、何しているかを聞かれたわけだ。

 俺は濁したが由比ヶ浜がペラペラとしゃべり、私もと言う流れでこういう状況になってしまった訳だが。

 まぁ一色も葉山先輩に料理できるアピールしたいのだろう。

 

 最初は雪ノ下先輩が手本を見せた、雪ノ下先輩の説明は丁寧親切だったのだが、それでも理解出来なかったのが由比ヶ浜結衣という人間だった。

 

 そしてこの世に存在たらしめてしまった由比ヶ浜製の黒焦げクッキー。

 君は発がん物質を作り出すのが得意なフレンズなんだね。捨てるしかなくね?

 えっ? これ食べるの? 体中の働く細胞が拒否反応起こしてんだけど? 拒否権はない? あっ……さいですか……がんばれ俺の中にいる細胞たち。

 

 斯くして悲劇は起こってしまった。俺と葉山先輩の犠牲をともなって。

 

 冗談はさておき、起こった悲劇を繰り返さぬ為、反省するというのが人間という生き物である。

 ということで、今度はお菓子作りが得意と自負する一色がお手本役として抜擢された。

 雪ノ下先輩が一度手順を一通り見せてやらせたのと違い、一色は一緒に作っていき、ひとつの工程ごとに確認を入れていくスタイルだ。

 

「せんぱい、クッキーは何味が好きですか?」

 

「あー、味はマッ缶味がいいな。少し固ければなおよし」

 

「へぇ〜そうなんですね。……葉山せんぱ〜い!! 葉山先輩はどういったクッキーが好みですかぁ〜!!」

 

 俺に聞いたときと葉山先輩に聞いたときとで声色と言葉の躍動感が違うんですけれど……何この差。

 

「ははっ、いろはが作った物ならなんでもいいよ」

 

 すでに下の名前呼びかよ。イケメンは流石だわ。

 

「分かりました〜、頑張って作っちゃいますね〜」

 

「一色さん? 趣旨をはき違えてないかしら?」

 

「そんな事はないですよ〜。しっかり由比ヶ浜先輩にお手本みせるんですからね」

 

 一色の隣には由比ヶ浜その隣に雪ノ下先輩がいる。

 1つの行程を行いながら一色が説明をしていき、雪ノ下先輩が補足とストッパーを担っている構成だ。

 由比ヶ浜は説明を聞きながらふむふむとメモを取っていく。

 メモを取るのは一色からの提案だった。

 

 絶対忘れるとお菓子作りの経験者が語るのだから説得力がある。

 

「由比ヶ浜先輩、絶対にアレンジしようとは考えないで下さいね! アレンジするのは目を閉じてクッキーが作れるようになってからですよ! それまではレシピ通り作りましょうっ!」

 

「う、うん。桃缶は〜……?」

 

「ダメよ」

 

 雪ノ下先輩が桃缶を手に取る由比ヶ浜を即座に止めた。

 

「ですよね〜……」

 

 目を閉じてってなに? 心眼でクッキー作るの? そこまでクッキー作りに青春費やしたくねぇよ。ってか桃缶どっから出てきた。

 

 大体材料を出し終わり俺は口直しに雪ノ下先輩が作ったクッキーを頬張る。

 

「うめぇ」

 

 味も、食感も完璧すぎてぐぅの音すら出ない。究極のクッキーなんじゃねぇかこれ? 海原先生も唸るぞ。

 

「流石雪ノ下さんだな」

 

 いつの間にか近くにいた葉山先輩に目を向ける。

 

「ほんとに完璧超人過ぎて引きますよ」

 

「そうだな、彼女はひとりで何でも出来てしまう」

 

 そう呟く葉山先輩の表情はどこか遠くを見ているようだった。

 ふと葉山先輩の依頼内容を思い出し俺はその疑問を口にする。

 

「そういえば、葉山先輩の依頼ってあのメールを止めて欲しいって事ですか? 犯人を見つけることですか?」

 

「そうだな。その選択肢だと前者だな」

 

 まぁ、後者を言われると流石に無理だって回答しかいえねぇしな。

 LHCをハッキングできるほどのハッカーがいれば話は別だが。

 

「なるほど。なんか流れるきっかけとかあったんですか?」

 

「いや、そんなきっかけみたいな事はなにもなかったな」

 

 そうなるとさすがに打ち止めだな。

 物事には何かしらきっかけがあるんだがどうも今の情報だけでは何も想像がつかない。

 これは雪ノ下先輩と相談する必要がありそうだ。

 

 

***

 

 

 一色と雪ノ下先輩のダブルチーム戦法の甲斐もあり、由比ヶ浜はそこそこな仕上がりのクッキーを焼くことが出来た。問題はそれを家でも再現できるかどうかだ。

 まぁ、メモ通りやればできると一色は言っていたから多分大丈夫だろう。

 

 あとは作ったクッキーの処理を俺と葉山先輩が担っている訳だが、なにぶん量が多い。女子三人が作った分のクッキー処理って結構キツい。

 少し女子にも手伝って貰って雑談を交えながらクッキーを処理していたが一向に減る気配がない。

 

 さすがにクッキーに飽きてきて少し休憩をしていた所、一色と葉山先輩が話している声が聞こえた。

 

「葉山先輩、そういえばそろそろ職場体験ですよね。戸部先輩から聞きましたよ〜」

 

「あぁ、そうだな。班人数が合わなくて漏れる奴らがいたのが惜しまれるが……」

 

 何気に耳に入ってきたその内容に疑問が湧き、なにお前話聞いてたの?気持ちワルとか思われないよな……と思いつつ一色と葉山先輩の会話に割って入ることにした。

 

「すいません葉山先輩、班決めってなんの話ですかね?」

 

「あぁ、2年生はそろそろ職場体験があるんだ。そこで班決めがあったんだが、ひとつの班に人数制限があってな」

 

 なるほどな、職場体験の班決めであぶれる事を避けたい奴があのメールを送ったのだったら合点がいく。

 

「さっきの話、もしかしたらその職場体験の班決めが関わってるかも知れないですね。葉山先輩と一緒の班になれるようにわざとメールを流したとか」

 

「なんだって!? そんな小さな事であんな酷いメールを送る奴がいるのか!?」

 

 葉山先輩は若干声を荒げた声を俺に向ける。

 多分それは仲間を疑いたくなかった葉山先輩にとってはとても耳の痛い事なのだろう。

 

「そんな小さな事でもその人にとっては大きい事なのかも知れないです。小さい事というのは結局俺たちの私感でしかないんですよ」

 

「せんぱ〜い、一体何の話をしてるんですか?」

 

「あぁ、気にすんな。ちとくら依頼の解決に向けて動いてるだけだ」

 

「まだ奉仕部のお手伝いなんてやってるんですかぁ〜? もうグループチャットも落ち着いた事ですし……そろそろいいんじゃないですかね?」

 

 あっ、そうだった。

 一色にはまだ俺が奉仕部に入った事を伝えてなかった。

 

「俺、奉仕部に入部したから」

 

「……っは?」

 

 すっとんきょんな声を上げて一色が呆ける。

 

「ちょちょちょちょっとまってくださいーっ! せんぱいっ!! そんな話聞いてないんですけれど!!」

 

 一気に焦った表情でまくし立てる一色

 

 そりゃ言ってなかったしな。

 ってかどこの漫才だよ何秒バズーカかよ。

 

「そりゃ言ってなかったしな、まぁその話は後でやるわ」

 

「ほんとほんとですよ! せんぱいっ!! ちゃんとしっかりきっちり隅から隅まで聞かせて貰いますからね!!!!」

 

 あーうっせぇなー。小町かよ。

 

「はははっ、仲が良いな、お前ら」

 

「まぁ、同級生なもんで」

 

「そうか。それよりも、比企谷の話を信じるならばどうすればいい? すでに班決めは決まってしまってる」

 

 そう、……班決めの段階であればまだどうにか動けたがそうでないとなると……

 

 ふと由比ヶ浜と雪ノ下先輩の会話が聞こえてきた。

 

「雪ノ下さんのクッキー本当に美味しいね! プロが作ったみたい」

 

「あなたも努力すればこれくらい作れるようになるわ。努力あるのみよ」

 

「うんっ! がんばる」

 

 幸せそうにクッキーを頬張る由比ヶ浜の姿を見て思いつく。

 そうだ決まってしまったことで不利益が被る人間にする事は決まっている。

 

「そうか、菓子折だ」

 

「どういうことだ比企谷?」

 

「葉山先輩、班決めであぶれた奴らはきっとこう考えるはずです『葉山隼人と自分の関係は、自分がいついなくなってもどうでもいいと思われている軽薄な関係なんだ』っていう風に。そういう奴らの対処は基本相手にしてあげれば良いと思うんですよ。お菓子の差し入れなんて渡せば自分に気をかけてくれているって事で治まってくれると思いますよ」

 

よくあるイージーモードってやつだ。構ってあげれば解決だ。

 

「なるほど。一理あるな」

 

「些細な事には些細な事で返してしまいましょうって事で、ここにあるクッキーをそいつらにあげることにしましょう。俺しばらくクッキーは良いんで……」

 

「はははっ、本音はそれか」

 

「そうっすよ。これ以上は食えそうにないんで」

 

「そうだな、それじゃこれはそいつらにあげることにするか」

 

 そして俺たちは、雪ノ下と由比ヶ浜、ついでに一色にも依頼の内容と解決方法を共有した。

 

「比企谷君、いつの間にか勝手に依頼を終わらせるのはちょっと勝手が過ぎるんじゃないかしら?」

 

 あれ? せっかく雪ノ下先輩に楽させようとしたのになぜに怒られるの?

 解せぬ……

 

「……でも助かったわ。ありがとう」

 

 デレただけだった。ちょっと嬉しい。

 

「むっ……せんぱい、鼻の下伸びてますよ」

 

 半目で俺を覗く一色に気づき、俺は表情筋に力を入れる。

 

「んなことはねぇよ」

 

「そんな事よりも今日は帰りサイゼ行きますからね。ちゃんと聞かせて貰いますからね〜」

 

 ニッコリと笑っている表情に温もりが感じられなかった。早くも雪ノ下先輩の技を盗むとはさすがだな。

 

「えっこれからサイゼ行くの? もうクッキーでお腹いっぱいなんですけれど……」

 

 一同の笑い声が家庭科室内に響いた。

 その後、本当にサイゼに行く羽目になり、一色の飯を奢らされるという理不尽な結末を迎えるのだった。

 

 

 ***

 

 

 それからしばらくして葉山先輩からメールで事態は収まったとの連絡が入った。

 推測が当たっていたことに安堵の息を漏らし携帯をしまう。

 

 ちょうど部室前に差し掛かったところで由比ヶ浜と遭遇する。

 

「あっ、ヒッキーちょうどよかった」

 

 俺の前へ小走りで駆け寄ってくる由比ヶ浜。

 小走りで走っても揺れるその胸部にドギマギを隠せない。

 

「ヒッキー、これ」

 

 奉仕部の部室前で由比ヶ浜が俺に手紙と手作りと思わしきクッキーの包みを出す。

 一瞬俺に?っと考えたがそうでないことを思いだし少し絶望した。

 

「おっ、作ってきたのか」

 

「うん、会心の出来だとおもうっ!多分……」

 

 流石に食えるよな? いや渡す前に一度確認するか、小町の命がかかってるのだ。

 

「わかった、ちゃんと届ける」

 

 俺は鞄の中にその包みを入れた。

 

「ありがとう、ヒッキー」

 

 タイミングを見計らったかのように部室から声が聞こえる。

 

「あなたたち、こそこそと何をしているの?」

 

「いや、なんでも……」

 

えっ?なんでいるの分かったの?雪ノ下先輩もしかして能力者ですかな?

 

若干気まずさを感じつつも俺たちは部室へと入った。

 

「由比ヶ浜さん、紅茶入れるけれど、いかがかしら?」

 

「うん。いるー! ゆきのん!」

 

「ゆ、ゆきのん??」

 

 あー俺のヒッキーの時と同じ流れだ。

 さすがの雪ノ下先輩も頭追いついてないな。めったに見れる物でもないし少し観察しおくか。

 

「由比ヶ浜さん、私の名前をちゃんと呼んで貰っても良いかしら?」

 

「ゆきのんはゆきのんだよ」

 

「だから……」

 

「ダメ?」

 

 あー、なんかどっかの金貸し企業のつぶらな瞳チワワなCMを思い出すくらいの潤んだ瞳をして雪ノ下先輩を見つめる由比ヶ浜。

 

「もう好きにして……」

 

 おぉ……雪ノ下先輩が折れた。由比ヶ浜強い。

 

 そしてこの日を境に由比ヶ浜が部室に入り浸る様になった。とても百合百合しいことだ。

 

 



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#13-1

材木座編はじまりまじまり。


 それはいつもの日課を行っていたある日のことだ。

 

 時間帯として、小さな子供は親とともに帰宅していい時間帯だ。

 夕焼けの橙色が公園一帯を染め上げ、遊具の影は濃く長く地面にその存在を主張し、ふと幼児時代を思い出させた。

 

 昔は遊ぶ友達も沢山いたなとか、そんな哀愁じみた感情に浸りつつも最終奥義の練習をしていた所、少女が話しかけてきた。

 

「なにしてんのぉ?」

 

 っふ、可愛げのある幼女ではないか。我に興味を示すか。なるほど貴様なかなか魔眼を持っておるな。そういうことなら我は光源氏になる事もやぶさかではないぞ。

 

「おおおおぬしぃ、わわ我はだだだ大事な修行の最中なのだ。どどどどいておけ……けっ……けけ怪我をするぞぞぞぞぞぉぉぉぉぉいぃぃ」

 

 おや? いささか、口にした言葉が想像していたのと違うがまぁ許容の範囲内だろう。それにしてもこの時間にこのような少女がひとり公園とはどういうことだろうか? 親の教育がなっとらんのではないか?

 

「なにーキュアキュアごっこ? けーちゃんもやるー!」

 

 ユニークな発想だがそうじゃないのだ。ここは年齢差もあるだろう、やはりここは我が大人な対応をするべきであるな。

 

「そそうかぁけーちゃん殿、わ我はキュアごっこたるものがどういうものなのか知らないのだ。教えてもらえないだろうか?」

 

 キュアッキュアな奴は初代から現在まですべて視聴し、考察までしてブログで公開までしているが、ここは小さい子供に合わせてやるのが大人の余裕というものよ。

 

 さぁ、かかってくるがよい! けーちゃん殿。

 

「けーちゃんまほーつかえるんだよー」

 

 ほう、魔法とはまたなかなか可愛らしいことよ

 

「なるほろ。ではけーちゃん殿の魔法とやらを我に見せて貰ってもよいか?」

 

「うん、いいよー」

 

 そうしてガサゴソとポケットの中をまさぐっている。

 きっと変身グッズとかそんな奴を探しているのだろう。可愛らしいことだ。

 

「かくごはいいー?」

 

 アニメの台詞だろうか?

 

「ククク、この剣豪将軍はいかような魔法とも我には通じぬぞ!! 放ってみよけーちゃん殿!!」

 

「いっくよー!」

 

 そうして取り出し小さい背で片方の腕を高々と掲げているブツを見て我は戦慄する。

 それは親が小さい子供に安全のために授ける召喚魔法の触媒。

 

「あっ〜!!? ちょっ……!!!??? まってそれ……」

 

 けーちゃん殿は躊躇する事無く掲げたそれの封印を解く。

 我の言葉が届く前にその究極召喚魔法は高々とあたりに鳴り響いた。

 

 

 ***

 

 

 あれから偶然通りがかった青い制服に身を包んだお兄さん達とともに、近くにある少し大きめの交番に移動し事情聴取を行っていた。

 

 我の疑いが晴れるまでにどれくらいの時間を要しただろうか。

 

 鳴り響く音に驚き、けーちゃん殿は終始泣いており話にならず、かといって我の言葉を最初から疑ってかかる青い奴らも奴らだ。非常に遺憾である。

 

「京華!」

 

 交番に勢いよく入ってきた女性の姿が見えた。速攻で目を背け視界からけしたが、あの人がけーちゃん殿の家族だろうか。

 

「あっ、さーちゃん!」

 

 先ほどまでぐずっていたけーちゃん殿がようやく調子を取り戻したようだ。

 

 まったく、この様な小さい子から目を離すとは何事だ。一言文句をいってやらねば気が済まない。

 

 そう思い、そーっと視線をその家族へ向けた所、青みがかった黒髪ポニーテールの女子が我を睨んでいた。

 

「えっ?」

 

 なにもっと年上で落ち着いた女性を想像していたのだが、同い年くらいの女子だ。

 そして、ずかずかと俺の元へやってきて胸ぐらを掴まれる。

 

 ちょっ!? なにこの状況

 

「あんた、京華になにをした?」

 

 ドスのきいた低い声が聞こえたが同時に若干いいにおいがする。

 これが女子のにおいていうものか。……ってそんな事いっている場合じゃない。

 誰か助けてくれよ。怖すぎて涙が出ちゃう。

 

 まぁまぁと警察がようやく間に入り、事情の説明が執り行われた。

 

 

 

「勘違いしてごめん」

 

 我に声をかけて頭を下げるのは、あのケーカ殿の姉。名前をなんといったか。

 たしか川崎沙希といった名前だ。我の中で川崎氏と呼ぼう。

 

 一旦、京華殿は婦警と別室で相手してもらい、我と川崎氏で話をすることになった。

 

「けぷこんけぷこん、ま、まぁいいことよ。わわわ我の疑いが無事晴れて我は身が軽くなった思いだ」

 

「それにしてもあんた、かなり特徴あるしゃべり方するね」

 

「そそそそうか、これが我、剣豪将軍の威厳ある言い回しよ」

 

 なにぶん女子とこうまともに話をするなど、小学4年生の頃以来だ。

 緊張してろれつが回らない。

 

「はぁ……なんかちょっと前の大志みてるような感じだよ」

 

 大志とは誰だろうか? 同胞だろうか?

 

「それより、材木座っていったっけ?」

 

「ははいっ!」

 

 自分の名前を呼ばれ緊張感が最高潮に達し、ちょっと大きな声で返事してしまった。

 

「声大きいよ、ねぇ……もう少し普通に喋れない? あとなんで顔向けないの?」

 

 今の所顔を見て話を出来る相手は両親ぐらいだ。いきなり目の前の女子と話をするなど無理だ。

 

「うううぅむ、そうだな。ししししかし、我はあまり女子と話をしたことが無くてだな、そのぉ……」

 

 後半につれてろれつが回らくなりしどろもどろになっていても川崎氏は最後まで待ってくれる。

 

「大丈夫。ゆっくり喋っていいよ。待つから」

 

 顔は見えんが、その口調はとても優しく耳に入った。

 少し深呼吸をして、我は口を開く。

 

「我はあまり女子と話をしたことが無くてな、どう喋ったものかわからんのだ」

 

 川崎氏はそうっと一言呟いてこめかみに人差し指をトントンとしている。何か考えている様だ。考えている時の癖だろうか。ちょっと可愛いと思ってしまった。

 

「あんたがよければなんだけれど、これからご飯行かない」

 

 めしどこかたのむ

 

 一時期話題になったネット掲示板のある投稿が頭をよぎった。

 

「う、うむ? 一体何の話をしているのだ?」

 

 これはあれか? 我が世の春が来たということか?

 いや待つのだ、これは罠だ。こんな事が現実に起こることなどあり得ない。

 

「京華も夕ご飯まだだしこれから帰って作ると遅い時間になりそうだからさ、外食で済まそうと思うんだけれど……一緒にどうって話」

 

 あぁ、京華殿の夕ご飯のついでですね。理解。

 

「ままぁ、行ってやらんこともない」

 

「なんでいきなり上から目線なのかわからないけど、よかった。それじゃ京華呼んでくる」

 

 そうして我らは外食をする流れとなり、合流した京華殿とともに交番をでるのであった。

 

 

 ***

 

 

「けーちゃんドリアすきー」

 

 メニューを指さしながら満面に笑みを浮かべる京華殿。何でも頼むがよい、ここはコスパ最強と呼ばれた学生のサンクチュアリ、サイゼだ。

 

 

「けーちゃん。お野菜もたべなきゃダメだよ」

 

「えー、けーちゃんおやさいきらいー」

 

「けーちゃん。ちゃんとお野菜食べないと大きくなれないよ」

 

「ざいもくざだっておにくばっかりだもん!」

 

「こら、お兄ちゃんを呼び捨てにしないの」

 

 はて、京華殿? 我はよーちゃんと呼ばれる事を期待したのだがどうもいいにくかったのだろうか呼び捨てだった。

 

「よいのだ川崎氏、よーちゃんは呼びにくいのだろうに」

 

 メガネをくいっと上げて大人の余裕を見せつけてみることにした。

 

「そうか。ならついでに京華みてるから野菜も食べてもらっていいか?」

 

「あ、はい」

 

 我はサイゼのサラダは基本サウザンソースがかかっているが、川崎家ではどうやらオリーブオイルに変更する

ようだ。

 サラダに乗っているクルミの食感としょっぱい感じのドレッシングは少し癖があるが食えなくはない。

 

「うむ、けーか殿、我も野菜を食べれるのだぞ」

 

「あーざいもくざー、たべれるならけーちゃんのもたべてー」

 

 おや? 満面の笑みでそんなサラダの取り皿よこされたら我も食べざる得ないのだが?

 将来男を手玉に取る小悪魔な気配がして心配になってきた。

 

「こーら、けーちゃん。自分で食べる」

 

 しかしそんな事はすでにお見通しなのか川崎氏は即座にそれに対応する。

 

「はーい……」

 

 京華殿はしょんぼりと返事をして、黙々と自分のサラダを食べ始める。

 

「材木座、今更なんだけれど、こんな所で本当によかったの?」

 

「サイゼは我のサンクチュアリだ。全然よい」

 

「まぁ……それならいいけど」

 

 我はサイゼが好きなのだ。チキンやドリアは懐に優しい。

 

「気になったんだけれど、そのグローブなんで外さないの?」

 

 川崎氏がいっているのが我の聖宝具、エレメンタルグローリーのことをいっているのだろう。

 

「これは我が聖宝具、いつやってくるか分からん組織の刺客に用心するべくこれを外すことは……」

 

「はいはい、そんなのいないから。行儀悪い。京華が真似するから外して貰っていい?」

 

 ぬぅ。京華殿が真似をするなら我が同胞として歓迎なのだが、目の前の川崎氏にあとあとメメタァとされそうなのでここはおとなしく従おう。

 

「ほら、コートも脱いで」

 

「う、うむぅ」

 

 我の聖宝具八代のコートは我がコツコツとお小遣いを貯めて買った神聖なる武具。早々に脱ぐわけには行かぬ。

 

「ソースついたらあとで落とすの面倒なんだよ」

 

 あっ、我の一張羅が汚れるのはやだ。

 

「仕方が無い、脱ぐとしよう」

 

 そうしていそいそと脱ぐと川崎氏が我のコートを受け取り、綺麗にたたんで見せた。

 

「ほう、川崎氏は意外と家庭的なのだな」

 

「意外ってなんだよ」

 

 あっ、我、墓穴を掘ってしまったみたいだ。

 キッと川崎氏に睨まれてしまったがしかし、交番で見せたような明らかに敵対心を見せるような鋭い睨みではなかったことがわかる。

 

「うむ、いやなんというか第一印象ではそんな感じじゃなかったのでな」

 

「さーちゃんのりょうりすっごいおいしいんだよーお母さんよりもおいしかったりするんだー」

 

 えっへんと京華殿が自慢する。子供は正直だ。だからこそ川崎氏は料理がうまくさらに家庭的であるという事の信ぴょう性が増してくるというものだ。

 

「ちょ、ちょっとけーちゃん。そんな事いいから……」

 

 少し恥ずかしげにしている川崎氏の表情はぐっとくるものがある。

 けぷこんけぷこん。おっと、我は三次元には興味が無いということを忘れていた。

 

「それよりも、どうだ? だいぶ慣れてきたか?」

 

「ん? 何のことであるか?」

 

「女子と会話が苦手だっていっただろ。だいぶマシになってきてるじゃないか?」

 

「あ」

 

 そうか、川崎氏は我の苦手意識を克服しようとして食事にまで誘ってくれたのだ。

 

「ししししかし、そそそそそれを言われるとぎぎぎぎゃくに意識してしまうではないか!」

 

「あははははは〜ざいもくざしゃべりかたおもしろい〜」

 

 両手をパチパチしながら笑っている京華殿。

 

「あっ、ごめんごめん」

 

 先ほどの川崎氏のアドバイスを元に再度深呼吸をしてゆっくり喋ることを意識する。

 

「か、川崎氏、そういえば聞きたい事があったのだ」

 

「ん? なんだ?」

 

 一呼吸置いて噛まないようゆっくり言葉を吐く。

 

「なぜ京華殿はあの時間に公園に? 小さい子供がいるにはいささか遅い時間ではないか?」

 

「あぁ、公園の近くに行きつけのスーパーがあるんだが、ちょっと荷物が多くてな、目を離したらいつの間にか居なくなってたんだ。あの時は焦ったよ……あんたが見つけてくれていてほんと助かった。ありがとう」

 

 素直に御礼をいわれるとこそばゆいものがある。

 まぁ我はただ我が最終奥義の練習をしていただけなのだが。

 

「なるほど。ここ最近は物騒になってきたものだから。目を離さぬようにな」

 

「そうだね。気をつけるよ。……それにしても」

 

「それにしても?」

 

 我は続く言葉が気になり首をかしげる。

 

「いや、あんたが同じ総武だって聞いたときは驚いたなってね。しかも同じ学年なんてね」

 

 それは我も同じ意見だ。第一印象ではどこかの偏差値低そうなヤンキー高校の女番長はってそうな雰囲気出している。

 

「確かにそれは我も驚いた。世の中は意外と狭いものだな」

 

「そうだね。あんたの苗字珍しいのにこの時になるまでまったく聞かなかったよ」

 

 それはそうだろう。同じクラスの者からも『ざいもくざ? だれ? いもの品種?』といわれるくらいだからな我。あれ? なんか自然に涙がこぼれてきそうになった。ぐすん……

 

「そうか、それは我が組織の刺客から身を守るために隠密を常に意識しているからだろう知らなくて当然だ」

 

「はいはい。刺客から隠れるためね」

 

 どうやらこの川崎氏に我は軽くあしらわれている気がする。先ほど口にした大志とやらがやられたのももしやこれが原因なのだろうか?

 

「それより、まだ顔をこっちに向けて話するのはダメなようだね」

 

 それはそうだ。男だったらまぁなんとか出来るが女子とは……それも美人な部類に入る女子とは目を合わせた時点で我は溶ける!!

 

「まぁ、仕方が無い。女子との絡みがなかったものでな」

 

「まぁ、おいおいそれは直していけばいいか」

 

 ん? おいおい?

 

「ねぇ、ちょっと頼みたい事があるんだけど」

 

「っぬ? なんぞや?」

 

「京華もあんたを気に入ってるし遊び相手になってやってくれない? その代わりあたしはあんたの苦手意識克服を手伝うっていう交換条件付きで」

 

 むっ、これはどこかで見たラノベ的展開。

 やはり我にもこの世の春が来たの? ねぇこれ勘違いしちゃっていいんだよね?

 

「そそそそうだな。そこまでいうならその交換条件とやらに乗るのもやぶさかではないぞ?」

 

「ついでにあんたのそのしゃべり方も矯正してやるよ」

 

「えっ」

 

 我は戦慄した。

 

 微笑交じりになんてことを言い放つんだこの女子は!?

 

 もしや彼女は我ら闇の住人を駆逐するために地獄の底からやってきた正義の使者であるか!?

 えっ鬼の手使っちゃうの? 手袋してないのは現代仕様?

 我はハニートラップに引っかかったのかも知れぬとうな垂れるのであった。



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#13-2

 それから我と川崎氏との付き合いは続いた。

 日は巡り日中の気温は過ごしやすいが日が落ちてくると若干肌寒さを思い出させる季節

 

 入学時に孤高を覚悟した我であるが、早々に仲間ができ、充実とも言える学校生活をおくれている。嬉しい限りである。

 

 --材木座今日さ、京華のお迎えお願いできない? --

 

 最近はどうも川崎氏の信用を得たのかちょくちょく京華殿の保育園お出迎えすら任せて貰えるようになった。

 

 ただのソシャゲ機と化していた携帯もメールや電話を使う様になる。これがリア充坂を駆け上っている感覚よ。

 我にしてはなかなかの進歩である。

 

 ……使い勝手のいいパシリと思ってはいけない。それはきっと考えちゃいけないやーつ。

 

 --ふんっ、造作もないことよ!! 我に任せるがいい--

 

 --あぁ、お礼に夕ご飯くらいはごちそうしてあげるよ--

 

 よくその流れで川崎家の面々と夕ご飯をともにすることも抵抗がなくなった。

 

 我は今日の夕ご飯がなんなのかを想像しながら携帯をしまう。

 

 

 

 放課後、我は学校帰りに保育園へと向かった。

 

 最初は保育士に通報一歩手前まで怪しまれてしまったが、今やこうして顔を見るだけで京華殿のお出迎えということを理解してくれるまでになった。

 ……我はそんなに不審者に見えるのだろうか??

 

 顔を何度も合わせることは非常に重要であるということがよくわかる。

 

「あー、ざいもくざー」

 

 とてとてと室内から出てくる京華殿。

 

「けーか殿、今日は我がお迎えだ。家に着いたらさーちゃん殿がご飯を用意している。一直線で帰ろうぞ」

 

「うんー……」

 

 うん? 京華殿の表情が少し暗い。体調でも悪いのだろうか? そうであれば川崎氏に何か悪いもの食わせたと我が疑われかねない。これは早々に解決する必要がある。

 

「けーか殿、どうした? げんきがないぞ?」

 

「うん……」

 

 ぬっ? これはもしやガチの奴では? 心配になるではないか。

 

「けーか殿、体調が悪いのだろうか?」

 

「んーんー、ちがうの」

 

 どうやら体調不良でもないらしい。

 となると我にはお手上げだ。聞き出せるのは川崎氏に任せることにしよう。

 

「そうか。それでは話は夕ご飯を食べながら聞く事にしようか」

 

「うん」

 

 そして我は京華殿の手を取り川崎家へと足を進めた。

 

 

 ***

 

 

「しょーたくんがねー、おねーちゃんがびょーいんにいっちゃってさびしいって〜」

 

 川崎家の夕食をともにしながら京華殿の話を聞くこととなった。

 

「ほう、病院か。ならすぐに戻ってくるのではないか?」

 

 京華殿はわざとらしくはぁーっと息を吐く。

 

「ざいもくざわかってない〜、1からか? 1からせつめいしないとわからない?」

 

 京華殿? どこでそんな動作や言葉を覚えたの? 我の心にダイレクトヒットして今にも膝から崩れ落ちそうなんだけど??

 

 チラッと隣に座る川崎氏を覗くと口を押さえて震えていた。目元をみると笑っているのがすぐわかる。

 我の視線に気づいた川崎氏はコホンと咳をして誤魔化した。

 

「ごめんごめん。今の言葉、大志が読んでる漫画の真似なんだと思う。深い意味は無いから気にしないで」

 

 それにしてはやけに的を射たタイミングでの発言だったような……

 多分これは気にしたら我の敗北だろう。

 では話を戻すことにしよう。

 

「そうか、ということはそのしょーた殿のお姉さんは入院しているというわけだな」

 

「うん」

 

「そのしょーた殿はけーか殿の友達なのか?」

 

「うん、よくいっしょにあそぶよ〜。すっごいなかよし!」

 

「あぁ、確かすごく仲がいい友達が居るって保育士さんが言ってたよ。多分その子の事だろうね」

 

 なるほどつまりはしょーた殿にはお姉さんが居て、そのお姉さんが入院してしまった事で寂しくて元気がないということか。

 このまま元気が無くては京華殿の遊び相手が居なくなって、今度は京華殿の元気がなくなってしまいかねない。

 

 京華殿の元気がなくなると我の相手をしてくれる数少ない友人を失うと同意義である。

 我はその未来を避けたい所。

 

 ここはどうにかしてやりたい気持ちがこみ上げてくる。

 

「京華殿、話はわかった。我に任せるが良い。今度のお迎えの時にでもそのしょーた殿とやらを連れてくるのだ」

 

「ざいもくざーほんとぉ?」

 

「あぁ、我に二言はない」

 

「噓つくな。二言も三言もいうだろうが」

 

 間髪入れずに川崎氏がつっこみで笑い声があたりに響く。

 

「それにしてもよしにぃ、なんだかんだ言ってうちに溶け込みすぎじゃない? もう違和感すら感じないよ」

 

 そう言いうのはさっきから大皿に盛り付けられている煮魚を黙々と頬張っていた川崎氏の弟である大志殿だ。

 ふと初めて我がこのうちに来たときの大志殿の反応を思い出す。『姉ちゃん目を覚ませ! 騙されてんだよ!!!!』と真剣に川崎氏を揺さぶっていた。

 我は忌み子属性なのだろうか……あれ? もしかして我、新しい属性見つけちゃった?

 

「そういえば大志。入院で思い出したんだけれど比企谷さんはどう?」

 

「うーん……なんていうか見てて痛々しいんだよね。……ふとしたときの比企谷さん、心ここにあらずで昨日だって涙目で空眺めていたしね」

 

「お兄さんが事故で意識不明なんてあたしでも身内がそうなったら気が狂いそうになるからね。少しでも気にかけてあげなよ」

 

「うん。そうするよ」

 

 ほう、比企谷とな。珍しい苗字だ。我と同胞な予感がしないでもないぞ。

 我はそこまで無神経ではない。その思いは心だけにとめることにして目の前の馳走をいただくとするか。

 

 その後煮魚の味を求め、我と大志殿の壮絶な戦いが幕を開けたのはいうまでもない。

 

 

 ***

 

 

 我は川崎氏とともに、京華殿の迎えにはせ参じた。

 

 そして我はしょーた殿に我が極地の演舞を魅せたのだが、終始真顔だった。

 むしろその光景を見られたしょーた殿の母君に通報されかけるトラブルに見舞われる始末。

 しかし保育士と川崎氏が説得し、事なきを得た。

 我そんなに不審者に見えるのだろうか?

 

 川崎氏がしょーた殿の母君と話をすることになり少し離れた所で話をしている。

 我が一緒では話がもつれるらしい。

 

 その間、我はけーか殿に我の内に眠る黒龍で邪王を焼死させる龍波動の演舞を魅せていた。

 無論、本気で波動を出さないようにセーフティーロックは万全である。

 けーか殿は手をパチパチしながら笑っていた。

 

 話が終わったのか川崎氏は我の元に戻ってきた。

 

「大体話はつけたよ。材木座、次の休みは暇か?」

 

「我は大事な修行の時間で埋まっているが」

 

「暇なんだな。それじゃ今度しょーた君と一緒に病院に行こう」

 

 詳しく話を聞くと、しょーた殿の両親は多忙を極め、しょーた殿に構ってやる時間があまりとれずに居た。

 それに合わせ、しょーた君を連れて病院に行くこともままならないでいるというのが現状だ。

 そこで川崎氏が余計なお節介……ではなく気を利かせ、しょーた殿を病院へ連れて行く話となったらしい。

 

「これは我必要無いのでは?」

 

「これはお前が引き受けた京華からの依頼だぞ。いいのか? 京華に嫌われたいならかまわないけど」

 

「貴様、我を脅迫するか!? きっ汚いぞ〜っ!」

 

「行くのか? 行かないのか? どっち」

 

 我を愚弄するかのような口調で問いかける川崎氏。

 くそっ、こういう時に我が力を解放すれば……いや、こんな所で力を解放したら周りすべての住民を巻き込んでしまう。

 そこまで織り込み済みとは川崎氏、やるな……

 くぅ〜っ。ここは我が犠牲になるしかないっ……

 

「……行きます。」

 

 脅迫に近い形で我の休日は潰れることとなった。

 

 

 ***

 

 

 お日柄もよろしいことで。

 さんさんと注ぐ日光にとろけそうになりながら病院へと赴いた我ら。

 汗をかいているのは我だけみたいだが。

 

 京華殿殿の姿が見えない事を川崎氏に伺ったら大志殿に京華殿は預けてきたらしい。

 

「結構大きい病院だな。材木座迷子になるんじゃないよ」

 

「任せておれ……ん?」

 

 あれ? 川崎氏? 普通ここはしょーた殿にいうんじゃないの?

 なんで我だけ?

 

 そんな疑問を残しながら川崎氏としょーた殿は手を繋いで先に病院へと入っていった。

 我もそれに続いて病院に入る。

 

 エレベーターを待っているあたりで、我の腹部からとてつもない異音とともに便意が襲いかかってきた。

 ぐうぅぅぅうぅっ、こ、これはっ!! 『奴ら』による遠隔攻撃か!? クッ……我としたことが油断してしまった。

 ……あっ、これ最初からクライマックスタイプだ……ちょっと急がないとまずいやーつー。

 

「すすすすすまぬ川崎氏、先に行って貰えぬか!! わわわわ我が殿を務める!!!」

 

「あ、あぁ。何言ってるか分からんが必死さは伝わったから早くいってきな」

 

「それではごめんっ!!」

 

 一心不乱に我はトイレを探し出し、そこに駆け込むのであった。

 

 

 

 

 明鏡止水

 

 我の心は澄み渡った水のように穏やかだ。

 そんな穏やかな心境でトイレから出てきた我だが、何か重要な事を忘れていたようだ

 

 あれ? 我そもそも病室がどこだか聞いておらぬぞぃ?

 

 澄み渡った水が泥水に浸食されていっている心境だ。

 

 とりあえず電話を……あー、病院内で電話したらダメだった。

 メールを打って返信が来ることを期待しよう。

 

 その間に我も自分の足で病室を探してみることにした。

 

 

 

 しばらく病室のネームプレートを見ながら川崎氏を探していると

 ふと個室のネームプレートに目に入った。ひらがなで書かれた珍しい名前に我の興味をひく。

 

「ひきがやはちまん……八幡だと!?」

 

 なんだとっ、あの八幡大菩薩から名前を拝借したと言わんばかりの名ではないか!?

 う、羨ましい……しかし我の義輝という名も足利義輝と同名だ、つまりは互角であろう!

 しかしこれは前世からの数奇な巡り合わせだろう。

 ぜひともそのご尊顔を伺うべきだ。

 それにこんな古めかしい名前だ。どこかのご老人だろう。

 

 我はそっとその個室の引き戸を静かにスライドさせる。

 

 室内は薄暗い。予想に反して結構若い。どうやら眠っている様だ。

 それなら好都合だ。顔をみてさっさとでてしまおう。

 

 そうしてベッドに近づいてみたらどうも様子がおかしい。

 普通の病人にこんなに管が通っているだろうか?

 

 ひきがや……

 

 ネームプレートの記憶をたどる。

 たしか、前の夕食の時に川崎氏と大志殿がそんな話をしていたな。

 もしやそのお兄さんとはこやつなのでは?

 

 そう思い、その顔をまじまじと見る。

 うむ。それなりに整った顔ではないか。

 

 八幡大菩薩の生まれ変わりひきがやはちまんよ、何があったが知らぬが、主が目覚めぬ事で悲しむ者がいるのだ。

 はよ目をさまさんか。

 

 我は彼の額に指をあて反魂の術を執り行った。

 ただ指先に力を入れてふんっと唱える我だけにしか出来ぬ簡単な術だ。

 

 

 ………あれ? なんかまぶたが頻繁に動いてるんですけれど。

 これもしかして本当に起きちゃうん?

 

 

 

 さーっと血の気がひいた。

 

 これはまずい。

 目を覚ましたら知らぬ奴が目の前にいてとかでまた不審者扱いされて通報されかねん。

 我は脱兎の如くその病室から出て行った。

 

 あの病室からできるだけ離れようと階段を駆け上がり、駆け上がった先に売店が見え、そこで飲み物を買い、喉を潤していたら着信音が鳴った。

 多分川崎氏からの返信だろうと携帯を開く。

 

 --あんたなにやってんの! いまどこ? --

 

 --病院の4階です--

 

 --ならあたしらが乗って来たエレベーター背にして右に曲がって、最初の十字をまた右に曲がった突き当たり右の病室に来て--

 

 --承知つかまつった--

 

 やけに右が多い一貫性のあるわかりやすいナビだ。

 

 川崎氏の指示通りの道順をたどり、病室へと入る。

 やけにおとなしかったしょーたくんと楽しそうにおしゃべりをしている彼女が目に入る。

 ウェーブした長い髪は色素が薄く白よりのグレーだ。

 長い入院生活なのか真っ白な肌と細身の身体が目に映る。

 我の予想は年下と思っていたが同い年くらいの女子だ。

 そして割に顔立ちは整っているのでちょっと我緊張してきた……

 

 

 この女子がしょーた殿の姉君というわけだな。

 ふと入ってきた我と目が合ったが我は即座にそらした。

 

「あっ、はじめまして」

 

「は、はじめまして……」

 

 声が届いたか届いていないかわからないが、届いていないだろうと思える小さい声で挨拶を返した。

 

「まぁ、恥ずかしがり屋でな。こんなやつなんだ」

 

 川崎氏はこの姉君とすでに自己紹介は済ませて居るみたいだ。

 

「そうなんですか」

 

 まぁ、我は部屋の片隅にでもいれば良い。

 たださすがに暇を持て余す。何か読み物があれば良いのだが……

 

「っむ?」

 

 目に入ったのは我をこの世界に引きずり込んだ原初の聖典。

 ライトノベルだ。

 

「この本興味あるんですか?」

 

 後ろから川崎氏とは違う女子の声が聞こえた

 多分、あの女子だろう。顔を合わせられないからとりあえずそのままの姿勢で話をする。

 

「我の人生を変えたと言っても過言ではない原書の聖典だ」

 

「へ、へぇ……そうなんですね」

 

「すまん、材木座はちょっとこじらせててな、あたしにも弟が居るんだが、男はどうしても一度通る道らしいんだ。気にせず話をしてあげてもらえないか」

 

「あ、はい。そうですよね。男の子なんですから憧れちゃいますよね。誰かのヒーローって」

 

「ちょっと違う様な気がしないでもないけれど……まぁいいか」

 

「それで……材木座……さん。その本は好きなんですね。もう最新刊まで読んだんですか?」

 

「あぁ、もちのろんだ。主人公が決死の思いでピンチを脱したと思ったらまたすぐにピンチがやってきてそれでも限界を超えて勝った! ようやくこれで終わりかって思ったら、絶望的な力をもった強敵が現れてこれもうどうするんだって我は気が気でなかったぞ」

 

「そうですよね。そこで今まで敵対していた勢力が助けてくれるところとかすごく面白かったです」

 

「ぬっ、おぬし結構わかる口よのぅ」

 

 気づかぬ間に我は彼女の顔を見て話をしていた。

 同じコンテンツを好む者同士、しっかりと顔を見て話したいという意思があったのだろうか。

 

「うん。病院ってつまんないしね。本読むのは好きなんだ」

 

「ねぇーねぇーおねぇちゃん。しょーたとはなししよー」

 

「はいはい。しょーたの保育園の話聞かせてよ」

 

 おっと、我がしょーた殿と姉君の水いらずの時間を邪魔してしまったようだ。

 

「我の事は気にせず、十分にしょーた殿と語られよ」

 

「うん。ありがとう。ごめんね」

 

 そう言って彼女はしょーた殿と話し始めた。

 我もこの聖なる書物を再読しようと幾つか手に取る。

 その際に視界に入ったあの姉弟を微笑ましく見つめている川崎氏の姿がやけに印象に残った。

 

 

 ***

 

 

 外も若干薄暗くなり、完全に暗くなる前に帰ろうという話になり我らは彼女の病室から出た。

 ちょうど病院の入り口付近に差し掛かると一人の少女と両親らしき人物を連れ、急いだ様子で近づいてくる。

 

「おとーさん、おかーさん! 早く早く!! おにぃちゃんが待ってる!」

 

 どうやら兄が入院しているのだろう。

 

 なぜそんなに急かすのだろうかとすれ違う際に彼女の表情を見て察した。

 嬉しい表情と裏腹にその頬を伝う水滴の意味は悲しみを表さず、それはきっと喜ばしい事なのだろう。

 早く兄君に会いたいその気持ちが他人の我でもわかる。

 

 通り過ぎた彼女の声が次第に遠くなっていく。

 

「きょうだいね……」

 

 彼女の声が聞こえなくなったタイミングを見計らい、川崎氏は何か思い詰めたかの様にふと呟く

 それが何を意味したのかは我にはわかりえない境地の話なのだろうとその呟きに対し聞き返すことはしなかった。

 




もう1話だけ続きます。


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#13-3

「……というわけで我は貴様の事などとうにお見通しなのだっ比企谷八幡!!」

 

 やけに大きな声が室内に鳴り響く。

 

 その大きな声の発生源となる目の前の中二病をまだ完治できていない大柄な野郎が、ようやく経緯を言い終えた。

 さすがに長過ぎだろ、三行にまとめろや。

 

「は、はぁ……壮大な自己紹介どうもっす」

 

 入ってくるなり、いきなりスライディング土下座かましてきて意味が分からんから経緯を話せと言った数十分前の自分が悔やまれる。

 

 そしてこの人絶対ボッチだろうなと俺のボッチアンテナが反応している。決してどこぞの幽霊族最後の末裔みたいに髪の毛が立ったりはしないがな。

 

 まぁ一応話を聞いた限りだと、俺の目覚める直前に居合わせたということだろう。

 しかし、もっといいシチュエーションで目覚めるとかあっただろ俺……

 

 なんで野郎の意味の分からん演技に相まって起きちゃうの?

 

 ファーストキッスはレモン味くらい夢を壊された気分だ。

 ちなみに俺のファーストキスはキャットフードと動物臭がした。

 その後壮絶に引っ掻かれた覚えがある。

 ……そして後から気づいたんだよ。あいつオスなんだよ。おいおいネコとBLとかちょっとマジ勘弁。

 忘却曲線の彼方に消し去りてぇ……

 

「材木座、あんたうるさいから」

 

「は、はいぃぃ」

 

 その大柄なボッチと、なぜ一緒に居るのか不思議に思えてしまう位の美人さんがそいつの勢いだけの口調を止める。

 何こいつ、ラノベ主人公補正でも持ってんの? マジ羨ましい。

 

「そんなことより由比ヶ浜」

 

「へ? わ、わたし?」

 

 突然のご指名に驚きの表情を隠せないご様子。

 

「まえに、1年生が盗撮されて困っているとか騒いでたよね」

 

 えっ由比ヶ浜もしかして2年生全体にそれ言っちゃったわけ?

 まじでじま? ちょっと困るんですよねー事務所通さずにそんな事されると。

 

「うんまぁ。もう最近はおとなしくなってくれたし大丈夫なんだけれどね」

 

「実はその犯人、こいつなんだよ」

 

「っは?」

 

 俺は頭の中が真っ白になって何を話せばいいかわからずにいた。

 視線をいつもの2人に向けてみると、由比ヶ浜も空いてる口が塞がらない様子。雪ノ下先輩に置いては呆れかえってため息をついていた。

 

 材木座って言ったっけか? あの美人さんと同じ学年そうだし想像するに2年生だろう。

 俺からしたら会うのも初めてだし、何か恨みを買った様な記憶も無いのだが。

 

「とりあえず、経緯を説明してもらえるかしら? 今ただ単に彼が犯人ですと言われても納得するには材料が足りないわ」

 

「そうだな、ほら材木座」

 

「う、うぬ。承知つかまつった」

 

 話を要約するとこうだ。

 材木座先輩は自分で小説を書いているらしい。

 何かネタ集めにとあの一色と行ったショッピングモールへと行っていたみたいだ。

 そこで一方的にたまたま俺の顔を知っていた材木座先輩は一色と一緒に歩いている俺を見つけてしまう。

 リア充を思うだけで呪い殺せたらという物騒な考えの元その光景を撮影し、持ってるSNSの裏アカウントに投稿したらしい。

 するとどうだろうか、一気にバズってしまった。そしてこのネタはかなりいいと調子にのってしまったらしい。

 それから俺が誰か女の子と居るところを見ると影から撮影してSNSにアップしていたみたいだ。

 

「さいってー」

 

「あなた、自分のした事の大きさが分かっているのかしら? 被害者は比企谷君だけでは無いのよ?」

 

「うぐっ!?」

 

 由比ヶ浜と雪ノ下先輩が憤りをあらわにする。

 

 いや、何ダメージ受けたような挙動してんの? あれですか漫画に良くある吹き出しが身体を貫通した様な表現すかね? それをすぐにイメージ出来る俺もどことなくキモい。……とうとう自分も自分の事気持ち悪いと思っている自分が悲しくなった。俺が俺の事を好きでなくてどうするよ。

 おっ自分が3つ揃ったぞ。俺も3つだ。スーアンコー単騎! 役満! 八幡! 大喝采!

 役など知らんが語呂はいい。

 

 さすがに悪い事をしたという自覚があるのか材木座先輩は結構大柄なのだが、肩身の狭い思いなのか少し縮こまって見える。

 

「まぁ、もちろんその反動はあったんだ。最近になって逆に炎上し始めてな」

 

 美人さんがダメージを受けて片膝ついて居る材木座先輩に代わり会話を続ける。なかなかのコンビネーションに八幡驚いちゃう。

 

「あぁ、俺たちが意図的にそういう流れにしたからな、正体分からねぇし」

 

「なにぃ!? あの策略、貴様らの仕業なのか!! ひ、卑怯だぞ!」

 

 どうやら傷が癒えたのかまた材木座先輩が話しに割り込んでくる。

 

「ちょっ!? なに私たちが悪い事をしたようにいってるしっ!」

 

「一方的に言の葉の暴力が続く無限地獄を喰らわせてよくヌケヌケと」

 

 そう言って何故か材木座先輩は俺を指さし答えた。

 なぜ由比ヶ浜が言った言葉を俺に向けて返す? いきなり言葉のキャッチボール大暴投してね?

 

「因果応報ね」

 

「自業自得だね」

 

 あっ、さすがにあの美人さんもそこまでフォローはしてあげないのね。

 

「まぁご覧の通り。炎上に耐えきれなくなってあたしにどうすればいいって相談持ちかけてくるから。素直に謝りに行けって言ったら1人じゃ怖いとか言い出すから仕方なくあたしも一緒に行くことになった訳」

 

「うわぁ……」

 

 由比ヶ浜がこれ程に無いまでにひいている。ゴミを見るかのような目をはじめて見ちゃった。

 

「たしか、川崎沙希さんだったわね。今まで話して貰った材料で判断すると、材木座くんは見た目も中身も醜い人間ということで極刑を申し渡すことが出来るのだけれど」

 

 さすがユキペディアぱいせん。総武高校生徒の名前は誰でも知ってる便利!

 

 材木座先輩は半泣き状態だ。

 

「たしかにこいつはそういう醜い部分もあるけど、根はいい奴なんだ。現にあたしはこいつに何度も助けられているしね。今回は暴走してしまったけれど常日頃から悪い事をしでかすようなやつじゃないんだ」

 

「何を助けられたのかしら?」

 

「いろいろだよ。それがなかったらもしかしたらあたし、進学を諦めてたかも知れないしね」

 

 そう言って材木座先輩にむけて微笑む彼女の姿に少しだけうらやましさを感じた。

 

「なるほど。それじゃ比企谷くん、あなたはここまでの材料を元にどう判断するのかしら?」

 

 あっ雪ノ下先輩ここで俺に振るんですね。

 まぁ、正直すでに俺の中では解決した感があり正直どうでもいいっちゃどうでもいい。

 しかしだ、一色や由比ヶ浜、戸塚先輩にも被害が及んだ。

 これは俺が1人でよし気にしてないからもういいよとか言ってよいものでもない。

 

「とりあえず、該当アカウントの削除と被害者全員に謝罪して回るがすべき事だろ」

 

「そうね、今ここに居ない一色さんや戸塚くんも被害者なのだから」

 

「というわけで材木座先輩。俺はとりあえず許しますけど、他はどうかは知らないです。でもちゃんと謝って回ってください」

 

 すると咳き込みをして川崎先輩が口を開いた。

 

「比企谷だっけか? 許すだけで罰を与えないのはまたこいつが調子に乗るからそれはやめてもらえない?」

 

 あー、なるほど。この人完全に材木座先輩を理解して居ますね。

 罰を与えないと覚えないタイプか……となると。

 

「わかりました川崎先輩。では先輩呼び撤廃ため口OKでいいですかね?」

 

「ぐぬぅ! 貴様比企谷八幡、我を敬う気持ちなど無いと申すか!」

 

「えっ? そうだけど」

 

 ぐぬぬと何か言いたいけれど何もいうことが思いつかない様子の材木座先輩。

 

「まぁ、それでいいならいいよ、で? 由比ヶ浜、雪ノ下はどうする?」

 

「そうね。今1番効果が大きいのをいうと材木座くん? 私の目を見て話をして貰えるかしら?」

 

「なななななんでしゅと!?」

 

 さすが雪ノ下先輩だ。多分さっきの挙動で女子と話し慣れていない事が分かったんだろうな。察しよすぎだろこの人。

 

「ゆきのん私もそれ思ったー!」

 

 由比ヶ浜はあまり分かってない様子だ。

 

「なら、あんたらと話する時はちゃんと目を見て話すが罰でいいか?」

 

「それでいいわ。それほど話をする機会はないと思うのだけれど」

 

「ゆきのん、それは隠しておこうよ……」

 

 容赦ねぇなこの人は。

 

「とりあえず一旦ここらのメンツはそれでいいって事でいいよね」

 

「えぇ、問題ないわ」

 

「あんたもちゃんと反省しなよ」

 

 そう言って材木座の頭にポンッと手を置く川崎先輩。マジ男前。

 

「そうだな……うむ、これは我の心の弱さが招いた結末。皆のもの誠に申し訳ないことをした。……申し訳ない。」

 

 そう言って深々と頭を下げるその様は先ほどまでのふざけたものとは違いしっかりとした物だ。

 川崎先輩の言っていた根はいい奴というのも噓では無いということか。

 

「あぁ、そんだけ出来れば問題ねぇよ、次からは気をつけろよ。材木座」

 

「そうだな。相棒」

 

 ん? なんでいきなり相棒なの? 今日初対面なんだけれど?

 

「何すっとんきょうな声を上げている。貴様は我の反魂の術で蘇った八幡大菩薩の生まれ変わりだろうに」

 

 こいつ何言ってんだ? ただ名前が八幡なだけだ。いきなり大菩薩とか言われる筋合いは無いわ!

 

「中二病乙」

 

「ぬぅ〜、はちえもんちゃんと乗っかってきてよ〜」

 

「誰がはちえもんだよ、さきえもんに頼れよ」

 

 すごい視線を感じそっとその視線の方を向くと川崎パイセンのガツンと根性入った睨みが俺に向かっている。あっ、これ俺墓穴掘ったパティーン。

 

「ヒッキーそういうところー」

 

 由比ヶ浜がそれに気づきそっと空気を和らいでくれた。さすが空気の流れを読める女。エアーダストの使い手だな。キーボードの隙間掃除するときに便利そうだな。

 

 ふんっと、鼻であしらわれた後、川崎先輩は材木座に向けて口を開いた

 

「ほら、用は済んだんだ。さっさと帰るよ」

 

「むむぅ、そうだ。今日は京華殿を迎えに行かなくては!?」

 

 そう言ってばっと立ち上がった材木座。

 え? まだ知り合いの女の子いるの? こいつ何? マジでラノベ主人公なの?

 

「っそ、また寄り道して帰ってこないでよ」

 

「わかっておる」

 

 そんな話をしながら2人は部屋を出て行った。

 呆気にとられた俺たちを残して……

 

「信じられない会話が聞こえてこなかったかしら。私、幻聴が聞こえたような気がしたのだけれど」

 

「うん、私も聞こえた」

 

「そうだな。俺、思いで人を呪い殺せたらと初めて思った」

 

「ヒッキーそれはキモいよ、すごくキモい」

 

 えっ!? そこ乗っかってきてくれる流れじゃないの?

 

「比企谷くん、あなたの性格の醜さが余すこと無くでたあなたらしい発言だと思うわ」

 

「あっ、さいですか……」

 

 これは俺がディスられる雰囲気、どうにかしてこの窮地から脱さなければと考えていたら天からの恵みか、ノックの音が聞こえてきた

 

「……どうぞ」

 

 バツ悪そうにそれに答える雪ノ下先輩。

 

「せんぱーい!」

 

 何のかけ声だ。失礼しますが先だろ。

 

「んだよ、一色か。部活はどうした?」

 

「さっき終わりましたよー。というわけで帰りましょう!」

 

「なんでお前と一緒に……いやまて、一色お前うまいケーキ屋とか知ってるか?」

 

 シンッと一瞬室内が無言になった。

 おや? 俺おかしいこと言ったかと思い一色に視線を向けてみる。

 なんか呆けている。

 

「どうした?」

 

「なななんあなんですか!! いきなりっ!! 私とケーキ食べに行きたいんですかそうですかせんぱいがどうしてもというのでしたら仕方がないですねいきましょういますぐにいきましょう」

 

 そう言って一色は俺の制服をぐいぐいと引っ張る。やめて伸びちゃうだろ。

 

「んなわけねぇだろ。たまには小町にお土産買って上げたくなっただけだ」

 

「あ〜……そうなんですね。あいかわらずのシスコンぷりですね。まぁでも教える代わりに私にも何か奢ってくださいよ」

 

「紹介料とるのかよ」

 

「そうです。しっかりとリードしてくださいね」

 

 少しため息をつきながらその条件をのむことにした。小町の笑顔はプライスレスだ。

 

「すまんが俺さきに帰りますわ」

 

「そうね。妹さんによろしくお伝えして」

 

「ヒッキー小町ちゃんに宜しくね!」

 

 多分この2人は材木座の話を聞いて俺が何をしたいのか理解しているのだろう。引き留めはしなかった。

 

「んじゃ行くか、一色」

 

「んふふ〜。何がいいかなー」

 

 すげぇ食い意地だな。太る呪いでもかけてやろうか。

 

 そうして部室からでた後に雪ノ下先輩が「他の人があなたに対して思っている言葉だと思うわ」とふと後ろから聞こえてきたが何を言っているかは分からなかった。

 

 




一旦材木座編はここまで。
原作で材木座が裏アカ規制アカ持ってるのを展開させたお話でした。
実は材木座が裏でこんな事やっていたって事を本編につなげたかったのです。

幾つか未回収のものがあるけれどそれは後々回収予定。

次回はいろはす回


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#14-1

 本日の奉仕部はとくに何事も無く終わる。

 夕日の差し込む校舎入り口で俺は上履きと靴を履き替え外にでる。

 ちょうど夕日の光が目に差し込み顔の向きを変えることで日差しを遮り、視野を確保できた。

 

 変えた顔向きの先で運動部の生徒だろうか、完全下校時間が迫っている時間帯だろうからいそいそと片付けを行っている風景が見られた。

 

 まだやってるんだな運動部って小学生並みの感想しか出てこないが、まぁ思うだけならいいだろ。

 

 そんな運動部を視界から消し、俺は駐輪場へと足を進めた。

 

 自転車を走らせていると先ほど追い抜いた車がちょっと先で停止する。

 2回ハザードランプが点滅するが何の意味かは知らん。

 するとその車から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

「比企谷。今帰りか」

 

 運転手側の窓から見覚えのある顔が姿を現す。

 自転車を止めてその車の隣に並ぶ。

 

「そうですね。ってか平塚先生も早くないですかね? 教員ってこんな時間で終わっていいんですか?」

 

「今日は半休を取っていてな、時間が空いているわけだ。どうだ、これでも?」

 

 そう言って平塚先生は人差し指と中指で箸を連想させるかのような行動をとる。

 っとなるとこの人との共通点はラーメンしか無い。

 

「それもありっちゃありですけれど、いいんですか? 先生と生徒で飯なんて行っちゃって……見られたらまずくないですかね?」

 

「いざとなったら生徒指導の一環とでも答えるさ。面倒事を若手だからと言っていつも押しつけられているのだ。これ位の役得はあってもいいだろ?」

 

やけに若手って部分を強調したな。いや若いけれども。ここの会話のパスはスルーすることにしよう。

 

「うーん迷う……さすがにこの時間は小町が心配しますからね……」

 

 それに今から自転車置いてきてってなると結構時間かかるんじゃね?

 

「むっそうか。今日は煮干し系を攻める相棒が欲しかったんだがな残念だな」

 

 煮干しか、うーむそそられる。梅干しを思い浮かべると唾液があふれ出るように、煮干し濃厚のスープを思い浮かべるだけですでに舌に味覚が存在してしまう。

 あれ? これって食べる必要なくね? いや、食べると幸せになれる。それがラーメン。成分にセロトニンでも入ってるかは知らん。

 

 くっそー迷う。あー、行きてー。

 

「あっ、せんぱいだー!」

 

 比企谷八幡人生の最大の選択肢を目の前に熟考している最中、軽く聞き覚えのある声が耳に入る。

 

「買い食いとは感心しないな、一色」

 

 一色の方に視線を向けると、すぐそこのコンビニから出てきたのかコンビニスイーツらしきものを手に持っていた。

 あっ、そのカラメルが別包装でついてるプリン、メチャクチャうまいよね。俺も好き。

 

「あれ? 平塚先生じゃないですか〜。せんぱいと何やってるんですか?」

 

「あぁ、ラーメンを一緒にどうだって話をしていてな」

 

「えー、なんですかそれ! 羨ましい!平塚先生私も私も!!」

 

「なんだ一色。お前もラーメンに興味があるのか?なら比企谷を説得してくれ。しがない一般教員の私ではどうやら口説き落とせそうに無いからな」

 

 そんな一般教員がやけに高そうな車乗っていますね。とかつっこみそうになったが車好きは車のことを話すると、やけに長い横文字とやけに長い話をグダグダと語ると噂されているからそこはあえて流そう。

 

「せんぱいっ行ってみませんか! きっと平塚先生ならその場のノリでゴチしてくれるかもですよっ!」

 

 一色、どんだけ平塚先生に奢らせたいんだよ。

 タダより怖いものはないって教わらなかったのかよ。

 

「一色、みっともねぇからそういうのやめろ。品性損ねっから。俺そういうの好きじゃねぇんだ」

 

「……はーぃ。ごめんなさい」

 

 シュンと反省の色を見せる一色。

 冗談とかで誤魔化す事をせず真摯に受け止めているあたり素直な奴ではある。

 

 んだよ。

 こういう時そんじょそこら系女子なら『キモいしゃべりかけんなキモい』で反撃されて終了なんだがな。

 

「んなことよりもなんでお前ここにいんだよ。俺が帰る最中まだサッカー部片付けしてたぞ?」

 

「それは部員の人たちが俺がやるから先に帰ってていいよっていうからそうしただけですよ〜」

 

 一色は上目遣いで舌をペロッと出していたずらに笑う。切り替えの早い奴だ。

 でっ、でっ、でた〜。もうすでにサッカー部の皆様は葉山先輩以外一色マジックの虜にかかっちゃってるのね。

 

「マジかよ……ってか帰らないと小町が心配するだろうが」

 

「あいかわらずのシスコンぷりですね。そういうと思って今さっき私から小町ちゃんに連絡済みです」

 

 マジかよいつやったんだよ。えっ? 時間ぶっ飛ばされた? こいつスタンド使いか!?

 

 俺の携帯が振動する。着信を見ると小町からのメールだった。

 

 --おにぃちゃん。行ってらっしゃーい。 S.P.お土産はプリンで。ぷっちんじゃないよ? わかるよね。よろしく〜! --

 

 小町ちゃん? 本文よりS.P.という謎の後書きのほうが長いんですが。なんて読むんですかね? スープパスタ? うまそうだな。

 

「っというわけで、さぁ行きましょう!」

 

 まぁ、これで心置きなく煮干しラーメンを食える口実が出来たのだ。

 それにのらない手は無いな。

 

「一色も来る事になると私の車は運転手合わせて2人しか乗れないのだが……仕方が無い。今回は近場の行きつけにするとしようか。比企谷、すまないが一色を乗せて行くが駅まで来れるか?」

 

 えっ? 煮干しラーメン食えないの? それならちょっと話が変わるんだが……小町に会いたくなってきた。

 

「俺の口はすでに煮干しなんですが……」

 

「安心しろ比企谷。そこも煮干しだ」

 

 どうやら配慮はされていたらしい。

 

「りょうかいっす。なら自転車で駅まで向かいます」

 

「せーんぱい。どっちが先につくか競争ですね!」

 

 そう言いながら平塚先生の車に乗り込む一色。

 

「おまえ、どうやってチャリが車に勝てんだよ」

 

 それに見たところそれスポーツカーだろ? 俺の人間としての限界を超えても無理だわ。

 

「おぉっふ、なんですかこのソファーみたなシート。快適快適〜」

 

「そうだろそうだろ? 自慢の一品だ。これをするには結構苦労したんだ。じつはな……」

 

 一色、アウトー。車の中で一方的に車の話を延々と聞かされる刑。

 

「それじゃおれ先行きますねー」

 

 火の粉がふりかかる前に俺は即座にその場を脱したのだった。

 

 

 ***

 

 

「せ、せんぱい〜」

 

 予想通り俺の方が遅く到着し、駐輪場から出たあたりで、ふらふらな一色とご満悦な平塚先生の姿が見えた。

 あー、ご愁傷様。

 

「さて、行くとしようか」

 

 そうして、ついて行った先にあったラーメン屋は俺も数回行ったことのある濃厚煮干スープで有名な所だった。

 なかなかうまかったと記憶にはある。

 

 食券を買おうと財布をポケットから出した

 

「今日は私が誘ったんだ、これくらいはどうということない」

 

「いや、俺人から施しは受けない主義なんで」

 

 専業主夫で養われたいがな。

 

「まぁそういうな。大人に花を持たせるのも処世術のひとつだぞ?」

 

「あー……そうですね。先生がブーケを持つのはいつごっ……っ!?」

 

 あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!

 おれは平塚先生の姿を見て喋っていたと思ったら目の前には拳があったんだ。

 な……何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった……気づけばそこに拳があった。

 何か恐ろしいものの片鱗を見たぜ。

 

 視野いっぱいに広がる拳の片隅にそれと不釣り合いな笑顔を浮かべる平塚先生。あっ若干額に青筋が浮かんでる。

 

「ひぃ〜きぃ〜がぁ〜やぁ〜、その拡大解釈はお前の首をしめることになるぞぉ〜?」

 

「いや〜、さすが平塚先生。今日はごちそうになります!」

 

 この状況で断れるわけねぇじゃん。墓穴掘った10秒前の俺が怨めしい。

 

 その言葉でようやく拳を収めてくれた平塚先生は一息はぁっと軽いため息をつく。

 

「ただ、お前が何か理由がない限り施しは受けないと言うのも一理ある。あしたの職員会議で使う資料があるのだが、なにぶん量があってな。運搬の手伝いを一色と一緒にしてくれ」

 

「わ、わかりました……」

 

「えー!? せんぱい、わたし巻き添えなんですけれど!?」

 

 むむ〜っと一色は頬を膨らませながら俺を睨む。

 

「すまん……アイスで勘弁してくれ」

 

「ハーゲンなチョコチップですよ」

 

「スーパーなカップにまけてくれ……」

 

 スーパーなカップってなんかやらしい響きだな。

 ちょっとやらしい雰囲気になっちゃいますよ!

 ……一色はそんな雰囲気みじんと感じていませんがねっ!

 

 そして煮干しラーメンはうまかった。

 麺の後のスープにご飯を投入し、さらに退避させておいたチャーシューをほぐし投入。

 最後に七味を入れ完成した八幡風ラーメンライスまで完食したパーフェクトゲームだ。

 やけに横文字が多くてろくろ回してコネコネしたい気分になる。

 

 平塚先生は笑っていたが、一色はドン引きしてた。

 いやうめぇから。

 

 

 

 すでにあたりは薄暗くなっていた。

 

 エンジンのかかった車に乗ってる2人を俺が見下ろす形となっている。

 

「それでは私は一色を送って帰るから気をつけて帰るんだぞ」

 

「うーっす」

 

「せんぱーい、スーパーなカップありがとうございましたっ!」

 

「食い過ぎて太んじゃねーぞ」

 

「それは明日のお手伝いで消化予定です!」

 

「では行くとしよう。一色、ナビを頼んだ」

 

「はーい」

 

 エンジンの重厚な低音が一瞬あたりに響く。

 その後すぐ平塚先生の車が軽快に動き出した。

 そうして俺は彼女らが乗った車を見送る。

 姿が消えたあたりで俺も駐輪場へと足を進めた。

 

 なにか忘れている気がするが忘れているのだからきっとどうでも良いことだろう。

 

 その後、俺は家に帰ったにもかかわらず玄関の番人への貢ぎ物を忘れてしまいコンビニに買いに走ったのは言うまでもない。

 

 

 ***

 

 

 そして次の日、放課後。

 奉仕部の面々には遅くなると伝え、俺と一色は職員室で平塚先生からの依頼内容を確認している。

 

「ではここにある資料と実物投影機がたしか準備室にあるからそれを会議室に運んできてくれ」

 

 ここにある資料とは折りたたみ式の長机いっぱいに敷き詰められた書類の山だ。

 えっこんなにいっぱいの資料なにに使うの?

 

「なんすかこの量……滅茶苦茶でしょ。資源を大切にって教わらなかったんですか」

 

「大丈夫だ、これらはリサイクルコピーペーパーを使用している。分別すれば再利用できるぞ」

 

「俺にも優しくして欲しいです、昔膝に矢を受けてですね。」

 

「比企谷、ネットスラングを持ち出してまで面倒事を回避しようと考えるな」

 

 元ネタ知ってんのかよ。

 

「分かってますよ。ちゃんと食った分は働きますんで」

 

「分かれば宜しい、私はこれから生活指導が入っててな、席を離れなくてはいけない。すまないが後は頼んだ」

 

「うす」

 

「はーい、りょーかいです!」

 

 そう言って平塚先生は職員室から出て行った。

 俺たちは長机いっぱいに広がる書類の山を見てため息をつく。

 

「うへー、これは結構しんどいですよ〜」

 

「そうだな。まぁ黙々とこなしたらいつか終わるだろ」

 

 そうして俺たちは黙々と書類を運ぶ作業に勤しんだ。

 労働の楽しさが芽生える……事は無かった。

 

 途中から台車を使用するという案を思いつき、近場に居た先生に台車の所在を確認。

 確保することが出来た。

 

 そこからはヌルゲーだった。

 

 書類は会議室へ滞りなく運搬することが出来た。

 

「あとは、実物投影機か」

 

「なんですかそれ」

 

「知らないか? プリントとかスクリーンに写す機械って見たことねぇか?」

 

「あー、あれのことですか」

 

 多分見たことはあると思う。ただ結構デカいのだ。台車が無ければ結構苦労しただろう。

 

「結構デカいから俺が一旦台車乗せるからそっからの移動よろしく」

 

「りょうかいで〜す」

 

 そして俺たちは準備室へと足を向けた。

 

 準備室はカーテンでしきられ薄暗い空間となっていた。

 カーテンから漏れた光に漂う埃が少しだけ幻想的な雰囲気をかもしだして少しだけウキウキさせられる。

 長く使ってなかったのか蛍光灯が切れておりカーテンの隙間から漏れていた光を頼りに実物投影機を探す事となった。

 

「うっわ……ほこり臭いですねここ」

 

 一色ちゃん? 折角雰囲気だそうと頑張ったんだからそれを一気に壊すのやめてね?

 

 そして実物投影機を見つけたはずなのだが

 

「誰だよ……棚の一番上に置いたバカは……」

 

「2度と使う事は無いとか思ってたんじゃないですかね……これ……」

 

 実物投影機と書かれているダンボールが棚の一番上にあることが確認できた。

 それ以外にもいくつか積み重なっており、不安定であることこの上なかった。

 

「とりあえず、余計なものどかしてから取り出すか……」

 

「そうですね、落ちてきたら危ないですし」

 

 ひとしきり実物投影機の周りにある余計な道具をどかし、安全性を確保する。

 そして、メインディッシュの投影機を持ち上げるのだがこれがまた重いのなんの。

 こんなもん1人で持ち上げることできるわけねーじゃんよ。無理無理諦めよう。

 

「あっ、せんぱい、せんぱい」

 

 一色が俺を呼ぶ。

 

「あぁ? どうした?」

 

「いやあれ……」

 

 俺は一色が指を指した先を見ると一気に脱力した。

 そこにはこう書かれたダンボールがあった。

 

『実物投影機-最新版-』

 

 最新版はやけにコンパクトで一色でも持ち上げられるタイプだろう。

 となると俺が運ぼうとしていたのは昔使ってた奴なのだろう。

 時代の進化を感じるぜ。そして危うく二度手間になるところだったわ……。

 

「ナイスだ一色」

 

「はぇ、ちっちょっ!!? せせせせんぱい!?!?」

 

 どうやら最近、俺は一色を小町と同等に扱うようになってるのだろうか。

 無意識に一色の頭を撫でていた。

 

「ん? ……あっ、すまん」

 

「……べ、別に他に人に見られてないので……全然別にいいですけれど」

 

 一色は俯きながら両手で指をいじっている様子だ。

 もしかしてどの手で殴ろうか考えている? そりゃ怖ぇ。

 

「おっ、そうか」

 

 そんな言葉を言いつつ俺は実物投影機のダンボールを持つ。

 

「あのっ、せんぱい?」

 

 一色に目を向ける。薄暗くてよく分からないがいつもの上目づかいと少し違う様な気がする。目が潤んでるからか?

 

「んぁ?」

 

「今日、この依頼が終わったらですね……わ、私とデートしませんか?」

 

 危うく大事な学校の備品を落としそうになった。

 



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#14-2

 複合商業施設マリンピア。

 中規模商業施設かつ、駅にもほど近い事から学生に限らず数多くの人が行き来する。

 俺も放課後にはたまにここの書店によりラノベを買ったり、同じ制服で放課後デートしている奴らに会話が弾まなくて気まずくなる魔法をかけるというハートフルな呪いを施したりとお世話になっている。ちなみにハートフルは和製英語であり、英語的な意味は真逆に近い。これ豆しばな。

 

 俺は頭の中で自身と会話しながら一色を待っている最中だ。

 

「せんぱーい、これってどうですかね?」

 

 そう言って一色が試着室のカーテンを開く。

 パステルな黄色がかったオレンジ色のジャージは一色のイメージカラーと思えるくらいは似合っていた。

 

「いいんじゃね? ってかジャージってどれ着ても同じだろが」

 

「せんぱい、口では捻くれているくせに表情は正直なんですね」

 

 えっ、俺ニヤついてた? ちょ、俺の想像の中では完全にクールに決まったポーカーフェイスを演じていたつもりだったのだが……

 

「うんうん、せんぱいの反応的にこれでいいかな〜」

 

 えっ? なに? 俺全男子代表みたいな位置付けなの? 一色、ちょっとそれは偏りすぎてね?

 

「……ん?」

 

 一色が真顔で俺をじっと見つめてる。

 

「……せんぱい、覗かないでくださいね」

 

「お前着替える前も言っただろうが。覗くわけねぇだろが」

 

「……せんぱいはむっつりですから、ちゃんと言っとかないとまた後であの言葉の有効期限は一回までだとか言いかねないじゃないですか」

 

 なんでそんな事言われる筋合いがあるんだよ。……たまに太もも見てたのバレてたか?

 

「さすがの俺もそんな暴論吐かねぇよ。……ってかむっつりってなんだよ。お前に俺のなにがわかるんだよ」

 

「せんぱいの生態は全部小町ちゃんから教えて貰ってますー。コーヒーに練乳入れる事も知ってるんですからねっ」

 

 えっ? まじで? 小町ちゃん何やっちゃってくれてんの?

 

「なので絶対にのぞかないよーにっ!」

 

 そう言ってシャっと一色はカーテンを閉じた。

 ……そう言われると覗いてみたい感覚に駆られるのはどうしてだろうか? それはきっと元をたどると男の狩猟本能にたどり着くだろう。本能なのだから俺は悪くない。

 

 そんな男の本能を理性で叩きのめし俺はふっと1時間前の光景を思い出す。

 

「今日、この依頼が終わったらですね……わ、私とデートしませんか?」

 

 薄暗い部屋で若干照れの入ったその言葉が俺の鼓膜を振動させ、脳は思考を停止させた。

 手に持っていた実物投影機を落としそうになったが、その些細な重力移動のおかげで自我を取り戻す事ができた。

 

「……なに言ってんのお前? 断るわ」

 

「はぁ? こんな可愛い私からデートのお誘いしてるのに断るって何ですかせんぱいっ!!」

 

 そう、俺はこう言ってやればいいのだ。

 こいつならきっとそう答えるからだ。

 

 だってそうだろ? こいつが好きなのは葉山先輩なのだ。

 このデートという言葉は裏を返せばあなたを利用したいですという意味を含む。

 俺じゃなきゃ知らずのうちにのせられるところだ。

 

「なんでって、お前のデートはデートという名の荷物持ちだろうが」

 

「なんでバレたんですか」

 

「お前が日頃やってることだろうが」

 

 一瞬無言の空間が生まれた。

 えっ、なんだこの斜め上な発言して周りがなにを返答したらいいかわからない状態みたいな感じ。

 

 ちなみにこの状態のことを固有結界と名付けている。この瞬間になった時にすかさず『そして時は動き出す……』といいつつ指を鳴らせば完璧だ。

 すると友人と思っていた周りの奴らは俺から距離をとりだす。きっと友達だった時間を切り取られ他人とされるのだろう。なるほど厄介な能力だ。

 俺に友達がいないのはこの能力のせいか。あー制御できれば楽だけれどどうやって制御すんだよ。はぁーって気を貯めるだけで制御出来れば最高なんだがな。

 

 ……っで、今回俺まったく見当違いなこと言ってないだろ。なにが悪かったんだよ。

 

 俺はそっと視線を一色に向ける。

 すると、じっとこちらを見つめてる一色とバッチリ目が合った。

 

 一色は俺と目が合った瞬間、なにかハッっとしたかのような表情で俺から距離をとった。

 

「ななななんですかせんぱい口説いてるんですか? 俺はつね日頃からお前を観察しているとか完全にストーカーじゃないですか気持ち悪いし気持ち悪いですから話したいことがあるのでしたら相手してあげますのでちゃんと言葉で話してくださいテレパシーで話されてもわかりませんのでごめんなさい」

 

「気持ち悪い2回言われちゃったよ」

 

「私正直なんで」

 

「お前追撃とかどんだけ俺ちゃん泣かせたいの?」

 

「まぁ正直なところ奉仕部にも依頼しようと思っていたんですよ。明日の練習試合で揃えなきゃいけない物が結構あるのですが、今日に限って一緒に行くはずだった子が風邪で休んじゃってるんですよね〜。部員の皆さんには練習に集中してもらいたいし……っで、ここはせんぱいの出番かと」

 

「俺限定かよ」

 

「だって雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩も女子じゃないですか、やはりここは頼りになる男子に来て欲しいわけで」

 

「お前美少女召還術師いろはすだろ。いくらでも男子召還できるだろが」

 

「せんぱい。気持ち悪いですよ。あと『す』は余計です」

 

 訂正部分そこかよ!? 美少女は否定しないのな。

 

「せんぱいが安心な理由はただひとつですよ。私に興味が無いことです」

 

「よく分かってるじゃねぇか」

 

「まぁ……あとあとどうなるかはわからないですが……」

 

 安心しろ一色、勘違い起こさない様に理論武装はバッチリだ。

 

「ただ他の男子って私と少しでも長くいようと時間を引き延ばそうとするので面倒くさいんですよね」

 

「あー、なるほどな。なんか納得したわ」

 

 なんかそこで互いの温度差がある事に現実味を感じざるを得ない。

 男子はきっと温度感を合わせようと躍起になるのだろう。それが空回りして温度差は絶対零度と火口から止めどなく流れるマグマくらい温度差が広がる訳だ。

 そして最終的に何の成果も上げられませんでしたと枕を濡らし、1日を締めるのだ。

 そんな事考えずにすむボッチはやはり最強。

 

「というわけでせんぱい、ちょっと手伝ってくださいね」

 

「まぁ、一旦あいつらに連絡入れてからな」

 

「はーい」

 

 そうだ、俺はこいつらサッカー部の備品を買いに来たのを思い出した。

 それがなんで一色のファッションショーに付き合う羽目になってるの? 一色、お前もサッカー部の備品なの? 奇遇だな、俺も先日雪ノ下先輩から奉仕部の備品と言われたばかりだ。備品同士仲よくしようぜ。

 

 ……備品の扱いが雑か丁寧かで違いはでるとおもうがな!

 

 そんなどうでもいいことを考えてるとようやく試着を終えてカーテンを開けた一色と目が合った。

 

「それじゃぁこれ買ってくるのでせんぱいはお店の外で待ってて大丈夫ですよ〜」

 

「おぅ」

 

 そう言って俺は店の前まで足を進める。

 ちょうど真向かいによく行く書店があるので、そこで一色が戻るまでの間店前で平積みされている書籍の棚を見て回る。

 

「……ん?」

 

 最新ラノベだろうか、作者の名前が目についた。安いという文字と古里の里で安里。

 

 なんて読むんだこれ? あんざと? やすざと? アンリ? あざと?

 そんな事を考えているとよく知った声が耳に入ってきた。

 

「せんぱーいお待たせしました〜」

 

 そう言って店からなぜかジャージ以外にも色々と袋を持っている一色がいた。

 あの後にさらになにか買ったんだろうか。

 

「おまえ、他にも買ってたんかよ」

 

「せんぱいなに買うかわからないじゃないですか〜」

 

「まぁな」

 

 そう言って手を出す。

 

 怪訝そうな顔で俺を見る一色に、んっと手をくいくいさせると軽く一呼吸置いた後に俺にビニール袋を手渡した。

 

「せんぱいのそれって計算してやってるんですか?」

 

「んなわけねぇだろ。小町の教育のたまものだ」

 

「あいかわらずのシスコンですね。ついでにそれ私以外にはやらないでくださいね。キモがられますから」

 

「安心しろ、他にやる相手がいねぇ」

 

「そうでしたね〜」

 

 こいつなに人の顔見てニヤついてんだ? もしかして俺鼻毛でてる?

 やべぇやけに鼻が気になり始めてきちまったじゃねぇか。むずむずする。

 

「さてせんぱいっ! 買う物は買いましたし少しひと息つきませんか? 近くにあるカフェで」

 

「それもいいな。ちょうど勉強したかったわ」

 

「ちょっ!? せんぱい? なんで勉強の話が出てくるんですかぁ〜女の子と一緒にいるんですから会話しましょうよ」

 

「ばっかお前そろそろ中間試験あるだろうが。来週から部活休止期間始まるのHRで話してたの聞いてたか?」

 

「聞いてましたけれど、せんぱいそんな真面目学生してましたか? 入学2ヶ月目で遅刻だって10回超えてるくせに」

 

 あぁ、いいペースだな。このまま年間100回遅刻とか出来そうな気分だ。やり遂げたらなんか称号もらえっかな?

 

「お前、もしかして俺の事バカだと思ってんの?」

 

「そうじゃないんですか?」

 

 えっ、なにそんなの当たり前でしょみたいな顔。

 どんだけ俺低く見られてんだよ。

 

「お前先週返された実力テスト国語何位だった?」

 

「ふふんっ、私学年31位ですよ! 1学年数百名の中から50位圏内ってすごくないですか?」

 

 おぉ、一色も結構やればできるんだな。まぁこいつ基本真面目なところあるしな。しかしだな、上には上がいるのだよ。

 

「一色。俺は学年1位だ」

 

 引きこもってた時にやること無かったから勉強をしていたのが功を奏したぜ。時間だけはあったからな。

 ちょ〜気持ちいい〜

 

「っは? せんぱい噓はほどほどにしてくださいね。後輩よりも順位が低かったからってその噓は人としての器がしれますよ?」

 

「えっ? なんでおれディスられてんの? うそじゃねーし」

 

「えっ……ほ、ほんとなんですか?」

 

「だから言ってるだろ」

 

 そういうと一色は俯きこめかみに親指の腹を何度も当てながら俺に聞こえない声量でぶつぶつと呟いてた。

 耳をすませば『一緒の所に行けなくなる……』と聞こえたが何のことだかさっぱり分からん。

 とりあえずボッチを恐れず生き続けようという歌詞が脳裏をよぎった。カントゥリーロー

 

「わかりました、勉強しましょう。このまませんぱいの勝ち逃げなんてなんか癪です」

 

 なんだこいついきなりやる気出したぞ。

 

「おっ……おぅ」

 

 そうして俺たちはカフェへと足を進めるのであった。

 

 

 ***

 

 

 一色に連れられて入ったカフェは前に実験の際に入ったカフェと同じ系列だった。

 商品を受け取り、ちょっとよさげの2人用のソファー席が空いていたのでそこを陣取ることにする。

 

「なんか、もひとつのオシャンティカフェに連れて行かれるかと思った」

 

 もひとつのカフェはガラス張りで、施設内の通路が一望出来る感じなので居心地がいいかどうかで言われると早くでたい感じのカフェだった。

 

「私もそう思ったんですけど落ち着いて勉強するならこっちの方がいいかなと思いまして」

 

「まぁな」

 

「さて、せんぱい、わからない所は教えてくださいね」

 

「いいぞ。3時間考えてわからんかったら教えてやらんことも無い」

 

「それって教える気ゼロじゃないですか」

 

「ばっか、教えてやる気持ちはある」

 

「気持ちだけなんていりません。行動で示してください」

 

「なんだその倦怠期入った彼女の言い分みたいなの」

 

「え? せんぱいもしかして口説いてます? 告白もしていないのにいきなり彼女とか先走りすぎでキモいです。告白とか無しでつきあう人たちもいるようですが私はそんなの許さないのでごめんなさい」

 

「いや、例えだろうが」

 

「そんな事はいいので、ほら早く勉強しますよ〜」

 

「あー、へいへい」

 

 そして俺達は自らの勉強道具を鞄から取り出し、勉強を始めるのだった。

 

 

 

 勉強を始めてからどれ位経過しただろうか、集中力が切れてふと顔を上げてみると、一色がやけに頭を悩ませている様子だ。

 その頭を悩ませている教科はどうやら数学だった。

 

「せんぱ〜い」

 

 俺は一色の次に発する言葉を先読みして口を開く

 

「一色、ひとつだけ伝えておく。俺は数学というものを捨ててるから。実力テストでも2点だったわ」

 

「1問しか正解してないじゃないですか……肝心なときに役に立たないせんぱいですね。残念すぎます」

 

 はぁ〜っと深くため息をついた一色は続けて両腕を上げてん〜っと背伸びをした。

 

 ちょっと一色ちゃん、それ目の前でやられるとやけに強調される2つのお山に目がいっちゃうからやめてね?

 

「ちょっ、せんぱい!? どこ見てるんですか! エッチですねっ! やっぱりむっつりじゃないですか」

 

「い、いやこれは断じて違うぞ。そ、そうこれは不可抗力だ。何の前触れ無くやられたのだから俺は悪くない」

 

「せんぱい……」

 

 一色ちゃん? なに可哀想なひとを見る目で見てるのん?

 

「ま、まぁあれだ。結構時間も経ったしそろそろ出ねぇか? 人も埋まってきてるしな」

 

「……まぁいいです。そうですね、そうしましょう」

 

 

 ***

 

 

「せんぱい、今日はありがとうございました」

 

「おう」

 

 一旦学校に戻った俺たちは部室に備品を置き、解散する流れとなった。

 

「せんぱいはもう帰るんですか?」

 

「いや、ちと部室に顔出す予定」

 

「……そうですか。わかりました」

 

 そして俺は一色と別れ、部室へと足を運んだ。

 

 

 引き戸を開けると、雪ノ下先輩と由比ヶ浜の視線が注がれる。

 

「あら、今日はそのまま帰るのだと思っていたのだけど」

 

「私も思った!」

 

「おもったより大量に買ってたんでな、持ち帰んのもあれだし一旦学校に置いていくって事で戻ってきたわ」

 

「あらそう。ここはいつも通りよ。お疲れさま」

 

「お疲れーヒッキー」

 

 そう言って雪ノ下先輩は読みかけの文庫本に視線を落とし、由比ヶ浜はそのまま携帯をいじる作業に戻る。

 まったく労われている気がしないのは気のせいだろうか。

 

「なぁ由比ヶ浜」

 

 由比ヶ浜はん? っと携帯いじりを中断し俺に顔を向ける。

 

「安全の安に古里の里でなんと読むかわかるか?」

 

「え〜、わっかんない」

 

 諦めんの早すぎだろ。もう少し頑張れや。

 

「まぁ、そうだよな。知ってた」

 

「えっー!! 聞いててそれ酷くないっ!?」

 

 ブーブーと自ら不正解のSEを鳴らす由比ヶ浜は置いておき、雪ノ下先輩へと視線を変える。

 

「雪ノ下先輩ならわかるんじゃないですか」

 

「愚問ね」

 

 話を聞いていた内容を繰り返す必要がなさそうな雰囲気だ。

 雪ノ下先輩はふぅっと一息ついて文庫本を閉じた。

 

「それはあさとと呼ぶわ。沖縄県にある地名で、沖縄モノレールの駅としても名前が使われているわ」

 

「なるほど……あざとと思ってた」

 

「たしかにそう読めるけれど、あざといという言葉と似ているからあまりオススメする呼び方ではないわね」

 

 そこに俺の頭の中で電流が走った。

 そう、あざといだ。あの打算的な女にピースが当てはまるぴったりな言葉じゃねぇか。

 今度会ったら使ってやろう。

 

「比企谷君、なにを想像しているのかわからないけれど今あまりにも下品な表情をしているってわかる?」

 

「ヒッキー……ほんとにいまの表情キショいよ」

 

 最近ようやくキモいという言葉に慣れてきたのにここで新たにキショいという言葉が俺の心を抉る。

 なに強さインフレしていくバトル漫画みたいに罵倒の言葉もインフレしていくの?

 俺の精神力もそれにともなって強化されていって、ついには精神が勝手に動く身勝手の精神を体得するのか?

 多重人格の精神障害発病してるじゃねぇか。

 

「あれですよ、あんまり使わない言葉をど忘れしていたのに急に思い出してあーってなったんすよ」

 

「そう。あなた、思い出す喜びを永遠に封じた方が今後の人生幸せになれると思うわ」

 

 えっ!? なに俺にー週間フレンズになれって言ってる? 肝心のフレンズできる気しないんだけど?

 

「なにそれ。俺は前だけ向いて生きろとかそんな感じスか?」

 

「たまにはいい言葉を思いつくじゃない。感心したわ」

 

「だいぶ頑張ってポジティブな言葉に変換しましたけどね」

 

 そんなどうでもいい会話をしていると部室の扉からノックが2回聞こえてきた。

 

 雪ノ下先輩は一呼吸置いた後にどうぞと続ける。

 

「しつれいしまーす」

 

 そうして入ってきたのは見知った亜麻色の髪の同級生だった。



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#14-3

「おぉ、一色か。帰ったんじゃなかったのか?」

 

「帰ろうとしたんですけれど、せんぱいもそろそろ帰るならアッシっ……一緒に帰るのもありかなと思いまして」

 

一色ちゃん?今明らかにアッシーって言おうとしたよね?

 

「それなら葉山先輩にでも頼めばいいだろうに。サッカー部練習終わったんなら絶好のチャンスじゃねぇか」

 

「せんぱい、実はそうともいえませんよ?葉山先輩と一緒に帰っていることが部活内にでもばれてみてください。他のマネの子達がストライキ起こして私の仕事が倍増しちゃうじゃないですか!」

 

「一色さん、考え方があのヒキガエ……比企谷君に似てきている自覚はあるかしら?」

 

雪ノ下先輩?俺への罵倒を織り交ぜて会話すんのやめてね。

 

「とにかくですね、せんぱいいつ帰るんですかと聞きに来たんです」

 

「普通に部活が終わるまでだが?」

 

「なら私も待ちます-」

 

「なんでそうなんだよ。先帰れよ」

 

そう言っていつものふくれっ面な一色をじーっと真顔で見つめていた由比ヶ浜が口を開く。

 

「ねぇーいろはちゃん?」

 

「はいはい〜、ゆい先輩なんですかー?」

 

「ずっと思ってたんだけど、いろはちゃんってヒッキーのこと好きなの?」

 

 

 

……はっ!?

誰だよ俺の許可無く固有結界発動させた奴。

おい由比ヶ浜、コピー能力あるなら先に言っとけ。

俺の能力コピーしても百害あって一利なしだぞ。

あと決めゼリフと指を鳴らせばパーペキだ。

 

ってかずっと喋んねぇなとか思っていたらいきなり爆弾発言してんじゃねぇよ。

俺もどう返せばいいかわかんねえし一色もこまっ……!?

 

そう思いながら視線を一色に向けると一色と目が合う。

 

次第に白い肌の顔がみるみる朱に染められていく。

 

えっ?一色ちゃん?ちょっとその反応は想定外。

次第に自分の顔が徐々に熱くなるのを感じた。

 

「ゆゆゆゆいせんぱい〜ななな何言っているんですか〜??そんなわけないじゃないでふか」

 

「お〜?その反応もしかして図星〜?最近何かと理由付けてヒッキーつれて行っちゃうから気にはなっていたんだ〜」

 

そういえばそうだな。たしかに何かと理由を付けて俺に近寄ってるよな……

今回もさっさと帰ればいいのに一緒に帰るとか言って居座っているわけだし。

これは、もしかするともしかするのではないのか?え?マジで??

 

……いや、そうじゃない。

 

目の前で繰り広げられている状況に飲まれるな。

過去から学んだはずだ。真っ正直に事を見ると痛い目に合うと。状況を客観視するべきだ。

一色いろはは男子を扱うのがうまい。そして大前提としてあいつは葉山先輩が好きなのだ。

だからこそああいった表情をする事で俺に気があると勘違いさせ、今後とも利用しやすくする魂胆なのだろう。

俺を頻繁に使うのはただ単にぶりっこをする必要が無いからであって楽であるからだ。そこに恋愛感情は存在しない。

そして俺もあいつに対しては小町と同じように接している。つまり俺は一色いろはに対して恋愛感情という感情をいだいていない。

 

「ちゃ、茶化さないでくださいっ!」

 

「由比ヶ浜さん。一色さんが困ってるから、そこまでよ」

 

「うーん。ゆきのんがそういうならわかった〜。もうちょっと根掘り葉掘り聞きたかったけど……」

 

「そうだぞ由比ヶ浜。俺すでに興味無いって言われてるしな」

 

「あっ、そうなんだ……」

 

由比ヶ浜よ、なに可哀想な人を見る目で見てるの?ってか最近俺の扱い雑になってない?

 

「そうですよー。まぁせんぱいにその気があるのでしたら考えてあげなくもないですけれどね」

 

その気って何の気だよ。気になる気になる。

やべっ……ちょっとうまいこと言った感じがして面白かった。

 

ふと視線を一色に戻すと一色との物理的距離が開いている。

 

「せんぱい……さすがに突然ニヤつかれるのは引きました」

 

えっ俺ニヤついてた?結構ポーカーフェイスだと思ったんだが感情が表に出るようだ。

 

「想像している自分と現実の差異が激しすぎて絶望するわ」

 

「現実を知ることはいい事よ」

 

「現実は苦いんで甘やかしてくれると嬉しいです」

 

「あなた自分から苦しいことに首を突っ込んでくるんじゃない比企谷くん」

 

あー……うんそうですね。でもそこで肯定したらあれなんかこっぱずかしい。

 

「それはあれです、大事になってからいきなり丸投げされるより今対処した方が楽だろうという観点からでして、いつか自分に振ってくるという当事者意識を持つことが大切であってですね……」

 

「はいはい。難しい言葉ばかり使って照れ隠ししないでねヒッキー」

 

「うぐぅ……」

 

くそっ、由比ヶ浜に見抜かれるとは……比企谷八幡一生の不覚!

 

「みなさん仲がいいですね」

 

「そう見える〜いろはちゃん〜」

 

「一色さん、何か勘違いしていると思うけれどどこをどうみて仲がいいと思ったのか具体的に説明して貰えるかしら?」

 

「そうだぞ一色、ただ俺が罵倒され続けているこの現状を見てどこが仲がいいと判断できんだよ」

 

一色はふっと軽く微笑んだ。微笑むだけだった。

その微笑みに違和感が生じ、俺はすかさず口を開いた。

 

「どうした一色。いつものあざとさが抜けてね?」

 

話の展開的にここで一色が『あざといって何ですかー!!』っとふくれっ面で反論してくることを期待していた。

 

 

しかしそうはならなかった。

 

 

ここでまた固有結界が発動する。

あれ?話の流れ的になんら問題なかったよな?なぜに?

 

そう思い一色を見ていると、なんか震えている。あれ?目がちょっと潤んで……えっ?っは?

 

一色の目から一筋の涙が流れた。同時に俺の頭がフリーズした。

雪ノ下先輩も由比ヶ浜も同じ様な状況だろう。

 

「……っぁ」

 

ととめどなく溢れる涙を見せずと一色は両手でそれを隠す。

誰一人として状況を理解出来ていない空間に一色の嗚咽だけが耳に入る。

意味がわからない。会話の内容、雰囲気的にも泣かせる要素は皆無なはずなのだ。

 

「……ばかっ」

 

そう呟き一色は走って部室を出ていった。

 

 

***

 

 

さて泣いた女子の前に男子がいたとしよう。

理由はどうであれ、それを他の女子に見られていた場合、判決は男子が悪いというジャッジから入るわけだ。

いくら論理的に話をしても何故か結論が俺のせいになる訳だ。アトラクタフィールドの収束による物なのか

魔法少女のお供の仕業なのかはわからない。まったく、わけがわからないよ。

 

そんな事を思いながら俺は自主的に部室の床に正座し、目の前にいる女子2人を見る。

 

「ヒッキー?なんで正座してるの?」

 

「あれ、女子ってこういう時男子を悪にしたがるんじゃねぇの?だから事前に反省の意を表してるんだが」

 

「何を言っているのかしら偏見谷くん。たしかにあなたの言葉で一色さんを泣かせたように見えたわ。ただ一色さんの行動が不可解であなたが悪いと決めつけるのは早計だと思っているだけよ」

 

「うん。なんかいつも通りの会話だったし」

 

「比企谷くん、ここに来るまでに彼女と何かあった?」

 

「いや、特に何もないぞ、他愛もない会話しかしてないしな」

 

「となると一色さんが今まで我慢していたことが溢れた可能性があるわね。比企谷くんの度重なるセクハラ発言に我慢できなくなったとか」

 

えっ?何その事実無根な発言。虚言癖ですかね?それでも俺はやってない。

 

「それあるっ!」

 

「いや、ねーよ。そもそも俺の発言の内容に一色を泣かす様な言葉含めていたか?」

 

「それが不可解なのよ。」

 

「うーん。多分……もしかして……ヒッキーが最後に言ったあざといって言葉……」

 

えっそれ?ちょっと理由としては弱くないですかね?しかし言葉の意味の捉え方は人それぞれで最後に言ったネガティブを連想させる発言となるとそれしか無い……ということは、俺か……マジか。

 

「由比ヶ浜さん、それだけではどうも泣くという感情を呼び起こすには弱すぎるのよ。ただ別に原因がありそうだけれど……」

 

「あっ……もしかして」

 

由比ヶ浜が雪ノ下先輩の耳にだけ聞こえるだけの声量でヒソヒソと話し始める。

女子がよくやるやつだけれど、頼むからいうなら見えないところで話してくんねぇかな?マジで気になって俺の悪口言われてんじゃねぇのって疑心暗鬼になって首を掻きむしりたくなるぜ。

あっ、すでに罵倒は大声でされているから心配ないか。

 

話が終わったのか雪ノ下先輩と由比ヶ浜が俺の前に立つ。

 

「比企谷くん」

 

「ヒッキー。おすわり」

 

いや俺犬じゃねーし。ってかすでに正座してるし。

 

そんな事を言える状況では無かった。

それから俺は、お二方よりとても耳が痛くなる説教を小一時間と『あざとい』という言葉を一色に対して初めて使った事など色々と尋問されることとなった。

 

「覚えたての言葉を使って女の子を泣かせた比企谷くん。言い訳を聞きましょうか」

 

「だいぶ反省の意を表しております……」

 

「ヒッキー、来週絶対にいろはちゃんに謝ること!わかった?」

 

「はい……」

 

もはや俺に反論する意欲は無かった。

女の子を泣かせたのはいつぶりだろうか。昔あったな、俺の存在だけで泣かせてしまった思い出が。あれ?それ俺悪くなくね?なら昔小町を泣かせたときか?あれは後で親父を使って反撃された覚えがあるからノーカンだ。……ということは今回が初の事例だ。まぁ謝るしかないよな。

 

そして時間切れの合図のように完全下校時間のチャイムが部室内に鳴り響いた。

 

 

***

 

 

週が明け気だるい月曜日の平日がやってきた。

今日から中間試験の勉強期間となり、部活動が一時的に休止される。それはサッカー部や奉仕部も例外ではない。

一色にはメールで一度謝ってみたが返信は来なかった。古傷が抉られる。

 

ふぅっとため息を吐きながら上履きに履き替えていると、ちょうど一色がやってきた。

ふと俺と目が合う。

 

「……あっ」

 

そう呟くと素早く目をそらされ、下駄箱に靴を入れ、上履きを持ったまんま小走りで教室に行ってしまった。

 

ははぁ〜ん、なるほど。これはあれだ。完全に避けられていますね。難易度ヘルアンドヘルじゃないかな?俺1人だけ一撃アウトってどんなクソゲーだよ。

 

俺と一色は教室で喋る機会をあまり持たなかった。だからこそ教室であいつに話するのは人目を集めてしまいかねない。

俺は様子を伺い、話せる頃合いを待つのだった。

 

放課後、サッカー部も休止しているし話せる時間はあるだろうと思いきや、こういう時に限って一色は他の男子やら葉山先輩と一緒に行動していたりする。

くっそ。全然話せるタイミングが掴めねぇ。

 

 

そしてタイミングを掴めないまま2週間が経過した。

中間試験も今日で終わってしまう訳だ。

 

自販機で無糖コーヒーを買い、作戦会議をしていた。

一色はあいかわらず俺を避けるので状況は変わっていない。

メールって手も考えたが返信来てないのに追撃とかストーカーじみてて怖がられる可能性がある。

 

ただ正直、メール以外での接触はできそうにない。

仲直りの術を考えるが、出そうとするカードは状況と人間関係という縛りで制限され出すことができない。

ひとつだけ縛りの無いノーマークのカードは存在する。そもそも仲直りをしなければ良いというカードだ。

つまりは関係を抹消するという事だ。いつもの俺なら迷わず選ぶだろう。

だがそれを拒む自分自身がいることに驚かされる。

 

俺は2ヶ月、いやもう少し長いか……だいぶ一色いろはに入り込んでしまったようだ。

しかしその期間が楽しかったのだろう。

久し振りに楽しいを体験して、そして忘れてしまっていた。

幸せの有限。俺はその有限を迎えてしまったのだ。

自ら説いた幸せの有限を超えたらその先は不幸の始まりだという言葉をかみしめた。

期限を迎えたのだったら仕方がない。その不幸を潔く受け入れようではないか。そして二度と同じ状況にならないよう自ら頭にたたき込む。

俺は無糖コーヒーを一気に飲み干し、ひとつのメールを一色に送った。

 

 

***

 

 

放課後、駐輪場に向かう途中見知った顔がいた。

今まで俺を避け続けていた一色いろは張本人だ。

 

入学初日も似たような事があったなと懐かしい気持ちになった。

ただ一色は目を合わせる事は無かった。

 

一色がここに来たのもきっと俺の送ったメールでだろう。

泣かせてすまんという旨と共に明確な関係の解消を告げた。

俺は今後一色と関わらない。これが俺なりの謝罪だ。

 

そしてこれから俺がすべきことはひとつだ。

お前を無視して通り過ぎればそれでお前との関係は完全に断絶される。

覚悟を決めろ。これで終わりにしよう、一色いろは。

 

俺は感情を塞ぎ冷静に保ちつつ一色とすれ違う。

 

 

 

その刹那、胸が痛んだ。

 

 

 

そして視界から一色の姿がなくなり、これで全てが終わったことを悟る。

 

 

 

そのまま自転車の元へと進もうとした……が、右片腕が前に振れない。

 

なぜと思い視線を片腕に向けるとどうやら袖を捕まれているようだ。

 

「せんぱい。なんで無視するんですか?」

 

久し振りに俺に対して向けられた言葉にうれしさがこみ上げてきた。

 

「いままで無視されていたのは俺なんだがな」

 

「そんな事より、なんですかこのメールの内容!泣かせてごめんとかもう関わらないとか重すぎて引きましたよ」

 

えっ?マジで?誠意込めて謝ったつもりなんだけれどな。あっそれが重いのか。

 

「いや、普通に謝ってるだけだろうが」

 

「そもそも、あの状況の言葉で私が泣くわけないじゃないですか〜」

 

「じゃあなんでだよ、俺被害被ってんだけど?」

 

「えーっと……あれー……えっと……アレの日が……急に来ちゃって……」

 

モジモジと一色がしおらしく小さく呟くような声で話す。

 

アレの日ってアレですかね、ムーンライトパワーの日ですかね。

男にはわからないが痛いという情報はネットに転がってるから泣くほど痛かったのだろう。

ただタイミング最悪すぎるけれどな。

 

「そ、そうか。なら由比ヶ浜と雪ノ下先輩にちゃんと理由説明してもらっていいか?俺今絶賛悪者扱いされてんだ」

 

「それよりせんぱい私お腹空きました、サイゼ行きましょ」

 

一色ちゃん?先に俺に課せられた誤解解いて欲しいんだけど?……まぁ、サイゼでも出来るか。

 

「マジかよ。面倒くせぇ……」

 

「おやおや?せんぱい?いつもなら速攻で断るっていう癖に今日はやけに乗り気ですね?そんなに2週間も私と喋れなかったのが堪えたんですか??」

 

う、うぜぇ……、今のこいつ小町以上にうぜぇ……

 

「変なこと言ってっと行かんぞ」

 

「否定しないところがあざといというか何というか……人のこといえないじゃないですか。ずるいですよそういうの!」

 

「なんで俺怒られてんの?」

 

「も〜いいです〜。はいはい〜それじゃ行きましょ」

 

そうして俺は自転車を引いて一色と共に歩き出した。

 

校門を出たあたりでちょっと強めの風が吹いた。

となりの亜麻色の髪を揺らす風は春から夏へと季節を変化させていくかのようにすこし温い湿気ったような風だった。

しかしそれでも、心地よく感じたのはきっと失うはずだった日常を取り戻せた安堵からだろうと結論づけた。

 

こうして、俺たちは再び関係を取り戻し、サイゼへと向かうのであった。



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#14-4 こうして一色いろはは居場所を探す事となる。

「せんぱいは帰るんですか?」

 

 そうであれば一緒に帰ろうと提案することができる。

 淡い期待を頼りに口にしてみるがその期待はどうやら外れてしまう運命でした。

 

「いや、ちと部室に顔出す予定」

 

 私はせんぱいの居場所が気になる。

 

 せんぱいは奉仕部というよくわからない部活を始めた。

 まだそれだけなら、まぁこの人のことだからまた変なこと始めたなってなるだけなんですが……

 その奉仕部の部員が学校一の美少女と言われる雪ノ下先輩と人気が高い結衣先輩の2人がその部活に所属しているのです。

 

 今までは私がたまに部活の息抜きに適当な理由で誘えばせんぱいはなんだかんだ言ってついてきてくれた。

 まぁ葉山先輩という建前を付け足しての事だけども。

 しかし最近、部活があると言って断られることが多くなった。

 

 ただこの状況に思い当たる節はあります。

 私がとりあえず手を出した男子の事が好きだった女子と同じ立場に今の私はなっているのでしょう。

 

 私は容姿が整っている分よく選ばれる。もちろん相応の努力だってしてる。

 他の子が好きな男子が私に気があるなんて良くあることで、それを嫉まれても選ばれる努力をしなかった自分を恨めとすら考えた事だってある。

 

 ただ今回、上が存在しただけ。

 努力も才能も容姿も桁違いな雪ノ下先輩を相手にどうすればいいか途方に暮れる。

 結衣先輩だって私には無い天然産の愛嬌や優しさは作り物で表現している私には追いつけない領域だ。

 

 そしてなんだかんだ文句を言いつつも奉仕部という場所はせんぱいの居場所になりつつあるように見えてしまい、でもその居場所に私が存在しない。

 それがすごく悔しいと感じてしまう。

 先にせんぱいと出会ったのは私なのに後から来た人たちに次々と追い越されていく。

 そんな嫉妬に似たような……いや嫉妬なのでしょう。もやもやが全然はれません。

 というか、自分がここまで嫉妬深い人間とは知らなかった……

 

 クッキー作りの時だって運良く出くわせたものの、あの時葉山先輩を呼びに行かなければ、雪ノ下先輩と結衣先輩の手作りクッキーだけをせんぱいは食していたのだと思うとちょっとだけ……いやけっこうむっとしてしまった。まぁ結衣先輩のクッキーは逆効果になるかもですが……

 

 だからこそたびたび偶然を装ってせんぱいの前に現れて私の存在をアピールしているわけですが……

 

「うーん……一度さよならしたのにまた会いに行くとかおかしいかな……?」

 

 そんな些細な事を考えてかれこれ10分程経っていた。

 

 うん、ちょっと行ってみよう。

 

 完全下校時間ももう少しだしちょっと待ってみましたーみたいな軽いノリで行けばごり押しできるのではないだろうかという考えに至り、私は奉仕部へ足を進める事にした。

 

 奉仕部の部室の扉の前でも聞こえてくる楽しげに話すせんぱいや結衣先輩、雪ノ下先輩の声が胸に刺さる。

 私もその中に入りたいなと羨ましい感情に駆られる。

 

 一呼吸置いて、その扉をノックする。

 すると雪ノ下先輩から『どうぞ』という声が聞こえたので引き戸を開いた。 

 

「おぉ、一色か。帰ったんじゃなかったのか?」

 

 私の姿を確認できたのか、すかさずせんぱいが声をかけてくる。

 こんな些細な事で私の心は安らぎを覚えてしまっている。

 

「帰ろうとしたんですけれど、せんぱいもそろそろ帰るならアッシっ……一緒に帰るのもありかなと思いまして」

 

 でもそんな事を素直にいえる程、真っ正直に私は生きていません。

 

「それなら葉山先輩にでも頼めばいいだろうに。サッカー部練習終わったんなら絶好のチャンスじゃねぇか」

 

 それですよねー。でもせんぱい知ってますか? 葉山先輩は本当に何か必要に駆られない限り一緒に帰ってくれないんですよ?

 試した私が言うんです間違いありません。

 

「せんぱい、実はそうともいえませんよ? 葉山先輩と一緒に帰っていることが部活内にでもばれてみてください。他のマネの子達がストライキ起こして私の仕事が倍増しちゃうじゃないですか!」

 

「一色さん、考え方があのヒキガエ……比企谷君に似てきている自覚はあるかしら?」

 

 何だろう、ちょっとだけ嬉しいと思ったのはきっと皆さんと会話出来ているからだと考える事にしましょう。

 

「とにかくですね、せんぱいいつ帰るんですかと聞きに来たんです」

 

「普通に部活が終わるまでだが?」

 

 ですよねー。でも完全下校時間がそろそろです。

 

「なら私も待ちます-」

 

「なんでそうなんだよ。先帰れよ」

 

 ここで帰ったら何しに来たかわからなくなるじゃないですか。

 

「ねぇーいろはちゃん?」

 

 そんな事を考えていると結衣先輩から声がかかる。

 

「はいはい〜、結衣先輩なんですかー?」

 

 どうせなら結衣先輩と話をしながら時間を潰して、帰るときにせんぱいを捕まえる作戦に出てみよう。

 

「ずっと思ってたんだけど、いろはちゃんってヒッキーのこと……好きなの?」

 

 

 

 ド直球だ。

 

 

 

 あ〜っ、だめっ。いつもならすぐに切り替えられるのですが、今日のこのセンチメンタル入った今の私の状況で頭が切り替えられない。

 やばい、これ隠せない。これは完全に表情に出てる。顔が熱い。

 必死に顔を隠してみたが耳まで熱い。

 

「ゆゆゆゆいせんぱい〜ななな何言っているんですか〜?? そんなわけないじゃないでふか」

 

 どうにかこうにか何かいいわけを考えるが、かみっかみで言い訳にすらなっていなかった。

 

「お〜? その反応もしかして図星〜? 最近何かと理由付けてヒッキーつれて行っちゃうから気にはなっていたんだ〜」

 

 最近躍起になって強引に誘いすぎたのが怪しまれたのか……ちょっとやり過ぎちゃいましたね。

 

 せんぱいが神妙な面持ちで私を見ている。ヤバい、これは明らかにバレる。

 どうにかしてこの話題から遠ざけなければ……っ!

 

 そうして、私はチラッと雪ノ下先輩を見て助けを請う。

 雪ノ下先輩ははぁっと息を吐いて言葉を発してくれた。

 

「由比ヶ浜さん、一色さんが困ってるから、そこまでよ」

 

 どうやら私のSOSが届いたようだ。

 ありがとう雪ノ下先輩。

 

「うーん。ゆきのんがそう言うならわかった〜。もうちょっと根掘り葉掘り聞きたかったけど……」

 

 流石、結衣先輩。THE女子高生ってだけはありますね。恋愛という部分に対してのアンテナがすごいです。

 

「そうだぞ由比ヶ浜。俺すでに興味無いって言われてるしな」

 

 せんぱい? なにか勘違いしていませんか? 私がせんぱいに興味が無いじゃなくてせんぱいが私に興味をもってくれないんですが……

 

「あっ、そうなんだ……」

 

 結衣先輩はこいつ何言ってんだ? みたいな表情でせんぱいをみる。

 あっ、明らかに何か勘づかれている感じがする……

 

「そうですよー。まぁせんぱいにその気があるのでしたら考えてあげなくもないですけれどね」

 

 しかしここで、あえて自ら話題につっこんでいったらどうだろう。

 なんかあれもしかしてさっきまでの冗談なの? って思ってくれると思いませんか?

 

 せんぱいから返ってきたのは言葉では無く表情だった。ちょっとせんぱい? いきなりどうしてそんなキモいニヤつきを私に向けるんですかね? もしかして……またこの人変なこと考えてますね。どうせしょーもないギャグとかなんでしょうけれど。

 

「せんぱい……突然ニヤつかれるのはさすがに引きました」

 

「想像している自分と現実の差異が激しすぎて絶望するわ」

 

「現実を知ることは良い事よ」

 

「現実は苦いんで甘やかしてくれると嬉しいです」

 

「あなた自分から苦しいことに首を突っ込んでくるんじゃない比企谷くん」

 

「それはあれです、大事になってからいきなり丸投げされるより今対処した方が楽だろうと言う観点からでして、いつか自分に振ってくると言う当事者意識を持つことが大切であってですね……」

 

「はいはい。難しい言葉ばかり使って照れ隠ししないでねヒッキー」

 

「うぐぅ……」

 

 ほら、やってきた。

 なんだろう、この置いてけぼりになったかのような感覚。

 そして3人でひとつみたいな雰囲気。

 皆楽しんでるのに。私だけもやもやする。状況を楽しめていない。

 

「みなさん仲がいいですね」

 

 見たままの言葉をただ口だけで放ってみるが、余計胸が締め付けられる。

 

「そう見える〜? いろはちゃん〜」

 

 満足げにせんぱいと雪ノ下先輩の雑談を聞いている結衣先輩。多分この人は1番この空間が好きなんだろう。

 

「一色さん、何か勘違いしていると思うけれどどこをどうみて仲がいいと思ったのか具体的に説明して貰えるかしら?」

 

 いつもなら静かに読書をしているであろう雪ノ下先輩はせんぱいや結衣先輩が来るとその文庫本を閉じ。紅茶を用意する。それはせんぱいと一緒に奉仕部を訪れた時に知ったことだ。

 きっとそれが彼女のささやかな楽しみでもあるのだ。

 

「そうだぞ一色、ただ俺が罵倒され続けているこの現状を見てどこが仲がいいと判断できんだよ」

 

 せんぱいはその罵倒でさえ、2人から発せられたものであればきっと何かうまいことを考えて切り返すでしょう。

 そしてたった1ヶ月弱で作られたコミュニティでこの3人の関係性をみて仲が良いと言わずなんと答えればいいんだろう。

 

 故にここに私の場所が存在しなかった。3人で完成した場所。私はそう実感した。

 自覚した瞬間少しうるっときた……ちょっとだけ口角を上げて誤魔化す。

 

「どうした一色。いつものあざとさが抜けてね?」

 

 

 あっ。

 

 

 まさかせんぱいに気づかれるとは。

 ただ一瞬気が緩んだ。それだけなの。それだけなのに。

 

 涙が頬を伝った。

 

 いちど出た涙は止まらない。

 必死で隠す。

 これではせんぱいの言葉で泣いているように見られてしまう。

 これはただ単純に居場所がなくて入れて入れてと駄々こねているだけの幼稚な涙。

 

 そうではないと説きたいが、嗚咽で喉がつっかえてるのとただせんぱいに相手にされず、寂しくて泣いてしまったというもう完全にあれな理由を喋るにはいささか恥ずかしすぎる感情がそれを拒む。

 そしてそんな素直になれない自分自身が嫌になる。

 

 どうも涙はしばらくおさまりそうにない。

 

「ばかっ……」

 

 言葉を自分自身に言い聞かせ、一旦奉仕部から去ることにした。

 

 

 ***

 

 

 どうにか泣き止むことに成功した私は帰り道、今後の事について考える。

 

 これは、非常にまずい。盛大にやらかしてしまいました。

 

 いや、まぁ確かに最近もやもやってするところもありましたが泣くって何ですか……最初からクライマックスじゃないですか。どんだけセンチメンタル入ってたんですか。悲劇のヒロイン気取りですか。あーもうっ! いろいろと酷すぎる……。

 何やってんだろ私……お家帰ったらベッドに顔埋めて足バタバタさせたいくらいの恥ずかしさ。

 これどうやって収拾つけよう……来週からせんぱいにどう顔合わせよう。

 

 そんな事を悶々と考えていたらせんぱいからメールが来た。

 案の定私が泣いたのは先輩の発言が原因という風に捉えられてしまったようです。

 その文はどこぞの記者会見で政治家が言うような謝罪文がつらつらと並べられていて引用元が逆に気になってしまった。

 しかしどう返したものかと返信文を考えようと一旦携帯をしまう。

 

 しまった直後にまた着信が。

 今度はどうやら葉山先輩のようだ。どうやら明日の練習試合の件での確認だった。

 そういえば明日練習試合だったっけ。

 今日のあのことが頭を占めていて完全に抜けていた。

 ただ準備はしっかりしたし問題は無い。

 そのことを葉山先輩に返信し、私は自宅へと足を進めた。

 

 そして、週明け。

 練習試合は散々だった。マネージャーである私がちゃんと動けてないのとか、凡ミスが多すぎるポンコツ具合。

 戸部先輩から『いろはすまじ今日どうしたん〜?』と心配される程でした。

 部活にも影響させ皆に心配されるのはちょっと無しですね。

 今日から部活休止期間、期間中にちゃんとしっかりと反省しなきゃ。

 

 そんな憂鬱な月曜日、まさかのせんぱいとばったり下駄箱で合う。

 

 

 あー、だめっ。恥ずかしい。

 

 

 フラッシュバックするあの光景が私の羞恥心をかき立てすぐに目をそらしてしまった。

 その気まずさから上履きに履き替える余裕などなく、手に持ったまんま教室へとダッシュしてしまった。

 

 これ絶対避けられてるって思われてる。

 

 幸い教室ではせんぱいは話しかけてこない。なぜなら私とせんぱいは教室ではあまり喋ろうとしないのだ。一度それが疑問でせんぱいに聞いたことがある。すると、『俺が話しかけたらまた変な奴らに絡まれるだろ』と言っていましたが真実はどうでしょうね。まぁ秘密の関係って事でちょっと楽しい感じではありますけれども。

 

 話しかけてこないことをいいことに休み時間はトイレに隠れつつ1日を終える。そのままダッシュで帰ろうかと考えていた矢先、メールが入る。

 

『いろは、今日ちょっといいか?』

 

 そのメールの主は意外も意外、葉山先輩だった。

 

 

 ***

 

 

 放課後の待ち合わせ場所はマリンピアのカフェだ。

 ちょうど2名席に座っている葉山先輩の姿を見つけ声をかけた。

 

「葉山せんぱーいお待たせしました」

 

「いろはすまんな、いきなり呼び出して」

 

「いえ、どうしたんですか?」

 

 そう言いながら私は葉山先輩の正面の席に腰掛ける。

 

「それなんだがな、先週の練習試合の時なにか思い詰めていた様子だったじゃないか。……何かあったか?」

 

 やっぱり葉山先輩にも気づかれていましたか。

 

「そうですね。ごめんなさい。部活にまで影響を与えちゃって」

 

「……もしかしてなんだが、比企谷が絡んでるか?」

 

 おっふ。なんですか葉山先輩。私の心読めるんですか? 葉山先輩ならできそうですね。

 

「まぁ、あのー。……はぃ」

 

「そうか……」

 

 多分二分ぐらいだと思う。無言の時間が流れた。

 その時間が1時間くらいに感じたくらい結構気まずかった。

 あれ? 皆がうらやむ葉山先輩と2人きりでカフェデートという状況なのに何という事でしょう。

 

「俺がどうこう言えることでも無いが、いろはが気を落とす必要は無いさ。気持ちの整理をしっかりとな」

 

 そうですね。やってしまった事実は変わらないし、それを引きずっても仕方ないですね。

 

「そうですね……ただせんぱいはまったく悪くなくて今回は私がちょっと誤解を招いちゃったんで……」

 

「そうだな。今回の件でだいぶ勉強になっただろ」

 

「はい。ちょっと自覚しちゃいました、だいぶ私は嫉妬深い人間のようです」

 

「……ん?」

 

 ぽかんと呆けた表情を見せた葉山先輩が視界に映る。

 珍しいレアな光景だ。

 

「すまん、ちょっとだけ話を整理させてくれ」

 

「へ?」

 

「いろは、比企谷に告白されたんじゃないのか? 正直付き合うと思っていたがまさか断るとはって思ってたんだが……」

 

「……っは?」

 

 いや、葉山先輩に対してそんな言葉を向けるのは失礼だと思ったのですが、思考が追いつかずついついでてしまう。

 

「ななな何言ってるんですか葉山先輩! そんなわけ無いじゃないですか。全然違います!」

 

 なんか会話に違和感があるな〜って思っていたら葉山先輩何という勘違いしていらっしゃるのでしょう。

 

「完全に俺の勘違いだったな。すまん」

 

 いやーその爽やかな笑みで謝られると私も許す以外の選択肢がなくなってしまうじゃないですか。

 

「それじゃどうしたんだ、それ以外に比企谷関連でなにかあったのか?」

 

「えーっと実はですねぇ……」

 

 そうして私は現在の状況を葉山先輩に伝えた。

 

「……なるほどな。とりあえず把握した」

 

「まぁそういうわけでして……」

 

「なんだろうな。初めていろはの人間を見れた気がしたよ」

 

 えっ? 急に何言ってるんですか葉山先輩?

 

「サッカー部でも誰に対しても自分を見せようとしなかったのにな。比企谷が関わってくると素が出てくるんだな」

 

「そ、そうなんですかね?」

 

 確かにせんぱいといると大体何も言わずとも理解してくれるので楽ではあるし。

 変に猫被らないですみますしね。

 

「完全に俺の推測だがいろはは比企谷と一緒に居られる居場所がほしかったんじゃないのか」

 

「っえ?」

 

 居場所……そうだ。私はただせんぱいと私が一緒に居られる場所が欲しい。

 

「いま比企谷がいる奉仕部って場所に自分が入り込める余地が無かったから悔しかったんだと思うが、俺はそこに人間味あるなって思った」

 

「改めて言葉で伝えられるとすごく恥ずかしいですね」

 

「いろは、もうなにかしら答えは出てるんだろ?」

 

「……」

 

 なんだかんだ言って結局の所、答えが出ているのは確かなんです。

 ただ、伝えるのはもうちょっとだけ時間が欲しいかとおもいます。

 

「まぁ、少し気持ちを整理してからでも遅くはないからな」

 

 こうして憧れの葉山先輩とのカフェデートは何故かせんぱいと私の話のみで終わってしまった。

 

 

 ***

 

 

 葉山先輩とカフェに行った時から1週間と少しが経った。

 

「いろはちゃーん」

 

 校門をでたあたりで結衣先輩から声をかけられた。

 

「あれ? 結衣先輩じゃないですか〜」

 

 結衣先輩ともあの日以来だ。

 

「ちょっとだけいい?」

 

 そういって来ると言うことは、多分あの件だろう。

 ただ私もだいぶ整理がついてきたのでちょうどいいと感じました。

 

「はい。大丈夫ですよ」

 

 そして訪れる駅前のサイゼ。

 久し振りにサイゼに来た感じがして懐かしい。

 ちょうどボックス席に案内され、そこで互いが対面になるように腰掛けた。

 

「あの。ごめんなさい。いきなり泣き出しちゃって」

 

 まず先に先日の事を謝っておこう。

 

「いや〜、いいよいいよ。あれヒッキーが悪いんだし〜」

 

 多分結衣先輩はせんぱいが言ったあざといって言葉で私を泣かしたと思い込んでいるのでしょう。

 

「あの、多分結衣先輩は誤解していて……」

 

 そう言って誤解を解こうとした矢先、私の言葉に覆い被さるように結衣先輩は言葉を発した

 

「いろはちゃんが思ってることに気づいてあげられないヒッキーが悪いのっ。あっでも、いつまでも隼人君を使ってヒッキー誘ってるいろはちゃんもいろはちゃんだよっ。反省してねっ!」

 

 っえ? 今なんて言いましたか?

 

「いや、結衣先輩? なにをおっしゃってるんですか?」

 

「もう見たらわかるよ〜。いろはちゃんヒッキーのこと好きでしょ」

 

「で、ですからー、そうじゃないです」

 

「そう?私はヒッキーのこと……好きだよ?」

 

「っぇ……」

 

 そんなっ……結衣先輩相手って私完全に勝ち目無いじゃないですか。なんでそんな事言うんですか……

 

「ほら、そんな顔するのは恋する乙女の特権じゃん〜」

 

「っえ!?」

 

 あっ〜!!

 結衣先輩にはめられたっ!? なに策士ですか晴明ですか!? あっ違う孔明ですか!?

 ぐぬぬっっと結衣先輩を睨む。

 

「あはは〜、ごめんごめん。ヒッキーからなんか来たりした?」

 

「どこかの政府のお偉いさんが書いたかのような謝罪文でしたらメールで届きましたよ」

 

 そう言って携帯に写るそれを結衣先輩に見せる。

 

「何書いてるかわかんないや……」

 

「まぁ誠意は伝わってきますよ」

 

「ヒッキーから直接は何も無いって感じなの?」

 

「まぁそうですね。私が避けているからと言うのもあるのですが……」

 

 む〜ヒッキーあれだけちゃんと謝ってねって言ったのに……と結衣先輩がぷんすかと怒っていた。何この人可愛い

 

「たださすがに長引かせるのもあれなので私からもせんぱいにちゃんと話をしようと思っています」

 

「そうだね。そろそろ、仲直りしなきゃだね。」

 

「そうなんですが、ちょっとまだちょっと怖くて……」

 

これを言ったらせんぱいはどういう反応を示してくるのだろう。

冗談で返してくれるのか。それとも拒絶されるのか。

答えを相手が持っていること、自分が導き出した答えと同じなのかの不安がよぎる。

 

「大丈夫、ヒッキーは受け止めてくれるよ。私の時だってそうだったから」

 

 そう言って微笑む結衣先輩。

 

「そうだった?」

 

「うん。私さ、ヒッキーに取り返しのつかないとってもとっても酷いことをやっちゃったんだ。だからこそちゃんと謝りたかったし許されるとか思ってなかったよ。でもヒッキーはさ、許すって言ってくれた。だからこそ今この関係があるんだと思ってるんだ。いろはちゃん、怖がらずにちゃんと伝えてあげて」

 

 そっか、結衣先輩は私を勇気づけてくれている。

 多分ここで私が何もしなければ、せんぱいは私から遠のいていく。

 だからこそ私はつなぎ止めるため行動しなくてはいけない。これからの関係のために。

 

「ほらいうじゃん。早起きは三文の徳って」

 

 ん? 何言ってるのかよくわかりません。雰囲気ぶち壊していくスタンスですか?

 

「結衣先輩、だいぶそれ違いますよ……」

 

 多分、聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥と言いたいのでしょうけれどそれも意味が違いますからね……

 今の私に合うのはたしか恥を言わねば理がきこえぬって奴ですね。ちょうど実力テストで出題してました。

 

「えへへ……まぁいいや。とにかく仲直りしてさ、また部室に遊びに来てよ。私以外あまり喋ろうとしないからいろはちゃんいるだけでだいぶ変わるんだよー?」

 

「そうなんですか? ま、まぁ考えておきます」

 

 言質取りましたからね? 多分週4位でお邪魔すると思います。

 

「それじゃー話もすんだし。サイゼってたしかイチゴキャンペーンやってるじゃん、それ食べよー」

 

「いいですね。頼みましょ頼みましょ」

 

 そして話をひと段落させた私と結衣先輩はサイゼのデザートに手を付けるのだった。

 

 

 ***

 

 

 それから数日間しっかりと自分の考えをまとめ、素直に話そうと決意した

 もはやこれはある意味……私からの告白である。

 

 5月もあと数日で終わりを迎え、6月梅雨の面影が姿を現し始めた。

 ニュースも梅雨の天気予報が表示され、若干湿気った生暖かい空気が私の髪をはねさせる。

 

 そして今日が中間試験最終日。全科目が終わりようやくひと段落と考えていたところ、久し振りにせんぱいからメールが届いていた。

 その内容は私との関係の抹消が書いてあった。すぐさませんぱいの席を確認したがせんぱいはすでに席を立っていた。

 私はすぐさま駐輪場へと走る。

 

 駐輪場にはせんぱいの自転車がまだある。つまりはまだ校舎にいるという事だ。

 ここで待っていればきっとせんぱいは来る。

 そう考え、私は駐輪場で待つことにした。

 

 その間じっと待っていられるわけもなく、私は同じ道を行ったり来たりと若干怪しい。

 そういえば、2ヶ月前も私は駐輪場でせんぱいを待ってたなって懐かしい思いでに駆られた。

 たった2ヶ月しかまだ経ってないのにいろんな事があったなとしみじみ思う。

 私はこの関係を消したくない。だからこそちゃんと伝えないと。

 

 そんな事を考えていると見知った姿が目にとまる。

 せんぱいだ。

 

 せんぱいも私を見つけたのだろう。なんでそんな苦しそうな顔しているんですか。

 ……わかってます。私のせいですよね。せんぱいにとってはただのじゃれあいな会話だったのにそれをこんな展開に変えちゃったのは私のせいです。

 ごめんなさい。

 

 せんぱいは私に目を合わせようとせずそのまま通り過ぎようとしている。あの時と同じです。

 ……でも多分このまま行かせてしまえば私たちの関係は終わってしまう。だからこそ私はあなたに何か言わないといけないんですが……

 

 なんですが……私もあなたを目にしたときから何を喋っていいかわからなくなってるんです。

 頭真っ白で……なんか色々とバクバクなんですよ。

 どうすればいい。どうすれば……

 

 そして先輩と私がすれ違う。

 すれ違いざまに見せたせんぱいの泣きそうな表情を見た。

 とっさに手が動いた。

 

 裾を掴んだ手に気づいたのかせんぱいが振り返り私を見る。

 久し振りでちょっと嬉しい。

 

「せんぱい。なんで無視するんですか?」

 

 とっさに出た言葉はいつも通りの私の言葉だった。

 

「いままで無視されていたのは俺なんだがな」

 

 久し振りに聞く先輩の声。なんかうれしさがこみ上げてきますね。

 

「そんな事より、なんですかこのメールの内容! 泣かせてごめんとかもう関わらないとか重すぎて引きましたよ」

 

 ショックでしたよ。それでまた泣きそうになったんですからね。

 

「いや、普通に謝ってるだけだろうが」

 

 普通に謝ってないですよこれ……せんぱいの普通の振り幅だいぶ大きいですよ。

 

「そもそも、あの状況の言葉で私が泣くわけないじゃないですか〜」

 

 うんちゃんと言えた。あんな言葉で私が泣くわけないのです。

 むしろよく言われていますし。慣れています!

 

「じゃあなんでだよ、俺被害被ってんだけど?」

 

「えーっと……あれー……えっと……アレの日が……急に来ちゃって……」

 

 あーっ! ここ重要なところっ! なんで日和っちゃうかな……そしてなんで別の恥晒しちゃってるの私……

 ちゃんと言わないと。あーっもぅ!

 

「そ、そうか。なら由比ヶ浜と雪ノ下先輩にちゃんと理由説明してもらっていいか? 俺今絶賛悪者扱いされてんだ」

 

「それよりせんぱい私お腹空きました、サイゼ行きましょ」

 

 そうだ、こんな場所だから落ち着かないのだ。

 サイゼに行ってゆっくり話をして、ちゃんと伝えるべき事を伝えるんだ。

 どうせすぐに断るとか言ってくるのでしょうが、今日は絶対に付き合って貰いますからね。

 

「マジかよ。面倒くせぇ……」

 

 ……おや? せんぱいがやけに素直だ。もう2,3回くらい断るっていうと思ったのですが。

 

「おやおや? せんぱい? いつもなら速攻で断るっていう癖に今日はやけに乗り気ですね? そんなに2週間も私と喋れなかったのが堪えたんですか??」

 

「変なこと言ってっと行かんぞ」

 

 なんだろう。これがツンデレって奴なんですかね? ちょっと違う様な気がしますが。

 

「否定しないところがあざといというか何というか……人のこといえないじゃないですか。ずるいですよそういうの!」

 

「なんで俺怒られてんの?」

 

「も〜いいです〜。はいはい〜それじゃ行きましょ」

 

 そう言ってついてきてくれるせんぱいをみて気持ちが少し晴れた。やっぱりこの人は優しい。

 そしてサイゼに向かう足取りが軽やかになったのは私だけが知る秘密の話だ。

 

 

 ***

 

 

「せんぱい。今日のドリアやけに焦げ目多くないですか?」

 

「新人にでも作らせたんじゃねぇの? 由比ヶ浜のよりかは少なめだし大丈夫だろ」

 

 そんな事をいいながら互いに同じ料理を注文して同じ物を食べていることになぜか喜びを感じてしまう私がいる訳で。

 色々とまずい気がしてきました。これ彼のすることをなんでも許しちゃう女になっちゃいませんかね私。

 ただ、さっきから心臓バックバクでドリアの味も感じてないのですよ。

 

「それより一色、あいつらに俺の誤解ちゃんとあいつらに伝えておけよ?」

 

「実はもうすでに伝えてありますよ」

 

 結衣先輩に経緯を伝えているのでそのまま雪ノ下先輩にも話が行くと思います。

 

「仕事はえぇな」

 

「……ねぇ、せんぱい」

 

「んぁ?」

 

「私がなんで泣いたかって知りたいですか?」

 

「あぁそうだな。そもそも俺の言葉じゃなかったらなんで泣いたんだよ?」

 

 とうとうこれを言うときが来てしまった。

 うん、もう覚悟を決めよう。

 場所がサイゼとか雰囲気もへったくれも全く無いのは全てあとでやり直せばきっと大丈夫。

 

「私、せんぱいと学校生活をおくれるのって結構気に入っていたりするんですよね。ただ、最近結衣先輩や雪ノ下先輩と奉仕部でよく喋るようになったじゃないですか、なんかそこで私だけのけ者にされているような感じがしてですね……」

 

 もはやこれは『せんぱいがほかの女に目がいって私が嫉妬しています』って言っているようなものなのですが……

 正直これ話さないと収拾がつかないので恥を忍んで喋ります。

 

「それで私ウルッときちゃいましてですね。まずそれが泣いてしまった原因です……で、これからなんですが……できれば私もせんぱいとの居場所が欲しい……です」

 

 言い切った! 頑張ったいろは! すごいぞいろは。

 

「あー、なるほどな。完全に理解したわ」

 

 えっ!? こういう時のせんぱいは挙動不審になるって相場きまってるじゃないですか。なんでそんな堂々としてるんですか。ちょっとキュンってしちゃったじゃないですか。

 

「その気持ちわかるわー。俺の友達の友達の話だがキックベースのメンバーが足りないから一時的にメンツとして加えられただけなのにそれに気づかず次の日も意気揚々とキックベースに参加しようとすると『おぃ、誰だよあいつ連れてきた奴』とか言われて仲間はずれにされたんだ。確かにウルッとするよな」

 

 ……っは? なに言ってんのこの人? バカなんじゃないですか? それせんぱいの実話ですよね?

 

「いや、そうではなくて私が欲しいのはせんぱいと私の居場所なんですが……」

 

「何言ってんだ、奉仕部くればいいだろうが」

 

「ちょっ……そういうことじゃなくて! ちゃんと真面目に聞いて下さいー!」

 

「お前うっせぇ。店内迷惑だろうが……」

 

「む〜!」

 

「わーた、わーたから。……なら言い出しっぺのお前が見つけてこいよ」

 

「え? どういう意味ですか?」

 

「言葉通りだ。一色、お前が居たいと思う居場所をまず見つけてこい。そこを見つけて来たら俺も入ってやっから」

 

「せんぱい……いいましたね? 言質取りましたからね?」

 

「お、おぅ。ちゃんと見つけてこれたらな」

 

「わかりました。見つけて来ます。期待しておいて下さい」

 

「おぅ、期待せずに待っとくわ」

 

 こうして私は居場所を探す事になりました。




いつも読んで頂きありがとうございます。

なんだかんだ書いていると1万文字超えちゃいましたねw
自分としてはいろはすにきっかけを与えたかったので今回この様な感じになりました。

これからいろはすがどんな居場所を探すのか楽しみですね!(わざとらしい)
まぁその過程が大事なんでちょっともろもろ練っていこうと思います。

今回はちょっとオリジナル色強めに出てしまったんで原作よりで書いていけたらと思います。
ではまた次回!


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#15-1

「ねぇ、比企谷君。今度あっちいってみよっ」

 

 そう言って俺に行動を促せるこの天使は戸塚彩加。

 ひとつ上の先輩なのだが、実質は同い年。

 ツイッター風に言うと可憐で可憐で可憐で俺の灰色の脳細胞で導き出した語彙でもそれ以外出てこない程、尊い。

 守りたいその笑顔。

 だが男だ。いや語弊があった、天使だ。

 

 尊い先輩なのだが、正直絡みという絡みは1、2回程度しかない。

 なのに何故俺は戸塚先輩とともにムー大陸ことムー大に来ている。

 

 ん? ……よくよく考えると陸だけ無くす意味がわからん。

 陸がボッチで泣いてるから探してあげてって俺の心が叫びたがっている。

 

 おっと考えがそれてしまった。

 帰りに一緒になったと言うのがひとつだ。

 あと、微笑み混じりに『比企谷君。せっかく一緒になったんだし……今日どこか遊びにいかない?』っと大胆告白された。

 

 そんな事言われてみろ、俺でなくても次の返事は『よし、一緒に幸せになろう』になるだろ? いや、ならなきゃおかしい。

 しかし率先して行ってみたい場所というのがゲーセンというなんとも俺の行動範囲の狭さが伺えるがカラオケもあるし、結構便利なんだぜ。

 輩がたまにいるから一色は連れてきたことはない。

 

 意外にも戸塚先輩は結構乗り気だった。

 クレーンゲームをしたりクイズゲームをしたりエアーホッケーやったりマリカー対戦したり。

 ……あれ? これデートじゃね?

 

 俺デートしてるすげぇ! やればできんじゃん俺!

 

 だが天使だ。

 

 ……おや? 天使なら別にもう、ゴールして……いいよね?

 お願いtake me to hevenしちゃってもいいよねっ!

 

 はっ……!?

 

 っと……っぶねー、危うく一生分の幸せを掴んで即死亡するところだったぜ。

 

「ねぇ比企谷君?」

 

「ん? なんですか戸塚先輩」

 

「実は僕、由比ヶ浜さんに聞いちゃったんだ。比企谷君が留年しているってこと」

 

 あいつ最近口が軽いな。俺もお前のこと喋っていいのか? いいんだな喋るぞ?

 

「あっ、一応さ……由比ヶ浜さんを責めないでね。僕が興味本位で深掘りしちゃったんだ」

 

 由比ヶ浜よ……一体どういう話の導入をしたんだ? まぁいいか。

 

「……まぁ、そういうことっすよ。なんて言うか色々あったんで」

 

「でも、比企谷君が学校に来てくれて嬉しいよ」

 

「えっ?」

 

「だって……こうして僕たち出会えたから……なんて言うか恥ずかしいけど……嬉しいなっ!」

 

「戸塚先輩……一生俺の味噌汁を作ってくれ」

 

「へ?」

 

 おっと、ついついプロポーズしてしまったぜ。

 

「いやぁ、なんでもないです」

 

「変なこと言う比企谷君だね」

 

 いやいやこの会話、恋人同士みたいで胸がキュンキュンしちゃいますね。

 

 そうして俺たちはメダルゲームを目指して向かっていたのだが、その通り道に今流行のプリっとクライアントを別人に変身させる写真機、つまりはプリントシールコーナーに通りがかった。

 

「へぇ〜、こんなにプリってこんなに機械あるんだね」

 

「俺たちには何が違うのかわからんが、機種によって背が伸びたり、細くなったり、目が漫画みたいにデカくなったり白くなったり出来るらしいぜ」

 

 一色がなんかそんなことを言ってた気がするからその受け売りで言った。

 

「そうなんだ〜」

 

 なんかまじまじ〜っと筐体から目を離そうとしない戸塚先輩。

 

「ねぇ比企谷君。ちょっとやってみない?」

 

「えっ?」

 

 なにその魅力的な提案

 

「別にいいっすけれど、これって確か女子・カップル専用じゃないですかね?」

 

「あー、うんそうだね。ちょっと残念……でもこっそりできない?」

 

「別にいいっすけれど……」

 

 戸塚先輩、そんな事を言われるとちょっと俺もあれ何ですか……

 もう彼氏面していいですか?

 

 そう言って去ろうとした時にムー大の店員が寄ってきた。

 あー、ちょっと居座り過ぎてこれ注意される感じかとさっさとその場を去ろうとしたらその店員に声をかけられる。

 

「もしかしてカップルさん? 大丈夫大丈夫彼氏さん連れて入っていいっすよー」

 

 やけにチャラい店員だなおい。まぁ戸塚先輩の外面見たらそりゃアレだよな……いや制服で判別しろや。

 いやまて? 最近の学校は男女区別しない制服が取り入れられていると聞く。もしやそれを懸念して……

 ねーな。

 

「やった。比企谷君。でもなんでだろうね?」

 

「まぁ変に勘ぐるよりもバレる前にさっさと中入りません?」

 

「そうだね。いこっ」

 

 そうして入ったこの場所というのはすこし異質で……何というかあれだ。美とか可愛いとか潤いとか純とか、そんな漢字をとりあえず入れとけばOKっしょ感が否めない名前のプリ筐体が沢山あった。

 俺たちはその中で適当な奴に入る、戸塚先輩が説明書を読みながら操作していく。

 

「うんっ、これで大丈夫だとおもうよ」

 

「おっ、そうっすか」

 

 なんの前触れもなしにいきなりフラッシュが焚かれる

 目がぁ……目がぁー!!?

 

「破壊の呪文でも唱えさせたいのかこいつは」

 

「ちょっとびっくりしたね、でも撮り直しも出来るみたいだよ」

 

『もういっかい、いくよ』

 

 イケメンを連想させるかのような声が筐体内に響く。

 野郎にはただただ鳥肌が全身を走るぞこれ。

 

 それから何度となくフラッシュが焚かれ撮影が続いた。

 

『いい写真が仕上がったよ。外でデコレーションしてね。それじゃ、またね』

 

 多分二度と来ることは無いだろうと思い、俺はこのプリ筐体にグッドバイと心で永遠のさよならをかわした。

 

 写真を見てみたが、何だろう本当にカップルのようだ。家宝にしよう。

 ただ、俺が俺じゃない。なんだこれ……濁った目は補正させる訳でなくただデカくなってんじゃねぇよ。

 肌が白く写ってる分すげぇ目が強調されて違和感がハンパねぇ。

 

 戸塚先輩にいたってはもうあれだ。美少女っぷりがやばい。

 うまい具合に下半身が隠れており、ぱっとみ女子と撮ったのでは無いかと錯覚する程だ。

 

「はいこれ、比企谷君の分」

 

 戸塚先輩が手際よく2人分に切り分けてくれた。

 

「あざす」

 

「なんかこういうのもいいよね〜」

 

 そう言いながらはちまんと さいかと書かれたプリを見つめる。

 もう俺は一生分の幸せをつかみ取ってしまったのだろうか。

 ニヤけが止まらない。

 

「ねぇ、比企谷君」

 

「な、なんですかね戸塚先輩」

 

 やべっ、気持ち悪いと思われたか?

 

「僕のこと、彩加って読んでいいんだよ? どうせ同い年なんだから」

 

「え」

 

 なになにえっ、マジで? 幸せモード激アツ連発なんですけれど。

 

「さ、彩加」

 

「うん、八幡」

 

「一緒に幸せになろっ」

 

「八幡の言っている事がよくわからないや」

 

 やべぇ、雰囲気が甘いぞ。すげぇ甘い。本物のカップルのようだ。

 

「あっ、そろそろ時間だ。」

 

 えっなにその絶望の言葉。ちょっとあれここから誰か出てきて『ざんねーん、罰ゲームでしたーきゃははだっさー』とか言われるの? 今それ言われたら俺は阿修羅をも凌駕する存在に進化する自信あるぞ。

 

「実は僕さ、テニス部のほかにスクールにも通ってるんだ」

 

 あぁーなるほど。理解した。良かった俺は人間でいられる。

 

「それじゃ、一旦出るか」

 

「そうだね、八幡ありがとね。楽しかった」

 

「そうだな……彩加」

 

 こうして俺と彩加はムー大を後にした。

 とりあえずプリは大事に制服のポケットにしまった。額縁買ってこなきゃ。

 

 

 ***

 

 

 だだっ広くそして雑踏に揉まれ人酔いする。

 普段ならこんな場所一秒足らずとも居たくないと思うだろう。

 そしてさっさと帰るだろう。

 

「や〜ん可愛い〜」

 

「動物は癒やしですねー」

 

 しかしだ、イベントがイベントなのだ。

 わんにゃんショーというネーミングがくっそダサイイベントなのだが

 このイベントにいつも俺たち兄妹は参加している。

 そして何故か一色がいる。

 

 何故かわからないが会場についたときに”たっまたま”遭遇してしまったのだ。

 はたして本当にこれは偶然なのだろうか? 何町ちゃんの陰謀でないかと八幡は八幡はそこはかとなく陰謀論を疑ってみるのです。

 

 二人は目の前にいる白いラビットに夢中だ。

 

『ねーねー柴犬居るよーめっちゃ可愛い〜』

『俺柴犬よりシュバ剣欲しい』

『えっ……まだシュバ剣揃えてんの? ダッサ、昭和じゃん。なんか一気に冷めた。じゃあね。二度と連絡してこないで』

『えっ?』

 

 そんな会話が後ろで聞こえてきた。何かひとつの恋が終わった予感がしたが俺は何も聞いていないことにした。

 

「こんな癒やしのイベントがあるならもっと早くに知りたかったですねー」

 

「いろはおねぇちゃん、次から毎年一緒に行きましょうね」

 

「うんっ! 小町ちゃん」

 

 えっ、兄妹水入らずのイベントに部外者つっこむの? ちょっと小町ちゃん? お兄ちゃんそんなの許しませんよ。

 

「ちょっ、小町来年から俺はどうすればいいんだよ」

 

「何っておにぃちゃんも一緒に行くに決まってるでしょ。いろはおねぇちゃんと一緒に仲良くね」

 

「俺は小町だけで十分なんだが……」

 

「む〜っ! せんぱい、こんな可愛い後輩が一緒じゃ不服って事ですか!」

 

「ああ。小町と二人きりがいい」

 

「とんでもないシスコンですね。このままだと兄妹の一線越えちゃいますよ?」

 

「もしかしたらもう超えてるかもですよ?」

 

「えっ……」

 

 ちょちょちょ、小町ちゃん、何言っちゃってくれてんの? 始まる千葉兄妹の紋章への進化は止めたよね?

 

「おい、小町。変なこと言って俺を陥れようとするな。俺が社会的に死ぬだろうが」

 

「ねぇおにぃちゃん? いろはおねぇちゃんとちょっとなんかあったでしょ?」

 

 小町が俺に耳打ちする。

 いきなりなに言ってんだ? なんかあった……がなんでそんなことに気づいちゃうの?

 もしかして超能力者?

 

「ん、まぁいろいろとな」

 

「だよねー。じゃないとあんなこの世の終わりみたいな顔しないしねー」

 

 っは?

 

 一色に視線を向けると冗談抜きで悲壮に満ちた表情をしていた。

 こいつどんだけ可哀想な人を見る目で見てんだよ。俺が泣くぞ。

 

「まてまてまて、一色。小町の冗談でそんなに引くことねぇだろうが」

 

「じょう……だん??」

 

 しばらくすると一色の目に光が戻り……また消えた。

 

「小町チャン? 今からおねぇちゃんと一緒に会場回ろっか?」

 

 変に迫力のある低い声で我が妹を誘おうとする一色さんに俺は声をかけることが出来なかった。

 おっと迫力がありすぎて一色さんなんて言ってしまったぜ。

 

「ひっ……う、うーん小町おにぃちゃんと一緒に回りたいなぁ〜なんて……お、おにぃちゃん」

 

 そうして状況を察したか俺にSOSの視線を送る。

 

「無理。自分でまいた種だ。頑張れ」

 

「おにぃちゃんの裏切り者〜!」

 

 そう言って小町の答えを聞かず小町の腕をガッシリとつかんで会場とは別方向につれて行かれてしまった。

 小町よ、無力な兄を許してくれ。

 

 こうして俺はひとりになったことなのでしばらく会場を自由気ままに回る事となった。

 すると意外な人物に出会う。

 



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#15-2

非常に難産だった……おくれてすまぬ。


 俺が一方的に見つけて相手側はまだ気づいてはいないが、多分、いや絶対雪ノ下先輩だろう。

 私服姿と、その二つに分けて結わえた髪が学校では見られない新鮮味を感じさせる。

 まぁあの容姿なだけあって、結構注目を集めている。

 

 しかし、相も変わらず周りの視線など目もくれずパンフとにらめっこした姿で何かを探していた。

 

 あの人何やってんの? この歳で老眼なのかな?

 

 何度となくパンフレットとあたりの状況を照らし合わせ、多分行きたいブースを探しているのだろう、そして意を決した様にパンフレットを閉じて壁に向かって歩き始めた。

 

「雪ノ下先輩……そこ壁しかないっすよ」

 

 さすがにちょっと可哀想になり声をかけた。

 すると物凄い形相で睨まれる。昔同じ様な事があったな。昔鉛筆忘れた奴に親切心で貸し出そうとすると『比企谷菌うつるからいらねぇよ。あったくやーバトエン貸して!』って言われたの思い出す。くっそ近藤め……

 

 雪ノ下先輩は視界にいるのが俺だとわかると短いため息をしてからこちらへと歩いてきた。

 

「この会場は希少生物も取り扱っているのね」

 

「人間の総人口は70億人超えてるみたいっすよ。全然希少性もへったくれもないのではないですかね?」

 

「人混みを好きそうに見えないあなたがここに居るのは珍しいって言ってるのよ」

 

「仰るとおりなんですけれどね」

 

 そりゃ俺がひとりで会場をうろちょろしていたらそりゃおかしいと思われるわな。

 俺だって休日の1日を家の中でゴロゴロと怠惰に過ごしたいわ。しかしまだ小町と一色が会場に残っているから先に帰ると怒られそうだからいるだけだ。

 

「それで? なんで壁に向かって歩き始めてたんですか?」

 

「……迷ったのよ」

 

 雪ノ下先輩は苦虫をかみつぶしたような表情でそれを語る。

 その親の敵ともとれる視線は再び開かれたパンフレットに注がれた。

 

「えっと……ここそんなに広くないっすよ?」

 

 方向オンチさんなのかな? どうやら完璧超人と思っていた雪ノ下先輩にも少し弱点があったようだ。

 まぁ、同じ面積に区画整備された一帯が続く施設がある場合、確かにどこに居るかわからなくなる。

 地図が役に立たないことだってあるのだ。しかし技術革新の進歩はすさまじく、そう言うときのためのスマホの地図アプリがあるのだが、雪ノ下先輩は今は珍しきアナログ派らしい。ちなみにそんな地図アプリを使用しても俺は新宿で彷徨う羽目になった。

 

「それにしても、どうしたんですかこんなところで? 何か見に来たんですかね?」

 

「まぁ……その……いろいろと」

 

 うん、ネコだな。確実にネコだな。パンフにめっちゃデカい丸付けてるし。自分で書いたのかネコの絵も添えてるし。

 

 俺の視線に気づいたのか雪ノ下先輩はゆっくりとパンフレットを折りたたんだ。

 

「ひ、ひきがあ……んんっ、比企谷君はどうしてここに?」

 

 滅茶苦茶動揺してんじゃないですか。珍しい光景なのでおちょくりたい気持ちではあるが、あとで何されるかわからないのでここはスルーする事にしよう。

 

「いや、妹と一色と来てまして」

 

「……妹さんならまだしも何故そこに一色さんも混ざってるのかしら?」

 

「俺が聞きたいです。妹ときたらすでにいたんすよ」

 

「順調に囲われているわね」

 

「ん? なんの話ですか?」

 

 雪ノ下先輩が何を言っているのかさっぱりわからん。

 

「……いいわ。なんでもない」

 

「そっすか」

 

「えぇ、それじゃあ」

 

「うっすまた学校で」

 

 そう言って俺と雪ノ下先輩は別れの言葉を口にし、別れることとなった。

 この狭い会場で何度も遭遇すると非常に気まずいので、それを避けるべく俺は会場近くのバーキンへと退避することとした。

 

 

 ***

 

 

 ハンバーガーはなんて素晴らしい食べ物だろうか。

 

 この丸みを帯びた形状もさることながらこの片手で持てる小さな形状に様々な食材がまとめられている。

 緑、赤、クリームと色彩豊かに彩られたそれは俺の視覚情報から脳へとうま味を伝達し、すでに俺の舌にはハンバーガーのうま味が存在した。それにより唾液分泌を促進させる。

 

 そんな芸当ができるハンバーガーはもう芸術とでもいって良いのではないだろうか。

 俺はそっと目に刺さる赤い奴を紙ナプキンで包み存在を無かったことにし、ハンバーガーを食す。

 

 パティを噛みきる断面から肉汁がたっぷりあふれ出してくる。

 その肉汁を受け止めるレタスそしてパンズに肉汁が染みわたり、あらたな味、食感を俺に発見させてくれる。

 さらにマヨネーズがいいアクセントだ。これがあるとまたまろやかな味とスパイスのコラボで先にマヨネーズの味がし、それを追ってくるかのようにスパイスと肉の味が俺の舌を刺激する。飲み込むのがもったいないくらいだ。

 あぁ……至福の時だ。

 

「いたいたー! せんぱーい!」

 

 一色ちゃん? ちょっとまって、ここ店内だからね? 大声あげるとこじゃ無いからね?

 驚きすぎてハンバーガー吹き出しそうになっただろうが。

 

「一色、お前うるせぇ。他の人の視線が俺に釘付けになってるだろうが」

 

「えっ……せんぱいなんですかその俺実は注目される奴なんだぜってアピール……いらないんですけれど」

 

 お前のせいでこうなってるんだが……

 

「んなことはいいわ。小町はどうした?」

 

「小町ちゃんなら先に帰りましたよ? あれ? 連絡入れてませんでした?」

 

 おもむろに携帯を出すと着信メールが来ていた。

 あまりにも誰からもメールが来ないし密林とDMくらいしか来なかったから着信通知自体をオフっていたのが悪かったな。

 

 --あとはお若いお二人でどうぞ! --

 

 小町ちゃん? あなたも十分お若いわよ?

 

「せんぱい。やっぱりトマト嫌いなんですね〜」

 

 自身の水分で紙ナプキンを透けさせた自己主張の激しい赤い奴を見ながら一色が言う。

 

「あぁ、まぁな」

 

 ……

 

 あれ? なんか言葉のキャッチボールで俺が大暴投した空気流れちゃってんだけれど何これ?

 

「せんぱい、そんな事より知ってます?」

 

 俺の返事が無かったことにされたんだけどどうすんのよこれ。

 

「なにがだよ」

 

「6月18日って結衣先輩の誕生日なんですよ」

 

「あぁ、だからどうした?」

 

 ……

 

 

 あれまた?

 

「せんぱいの思考に誕生日なんだからお祝いしてあげようって気持ちはなんですかね?」

 

 あ〜、なるほどな。同じ部活のメンツともなると誕生日を祝うのか。

 誕生会呼ばれたと思って行ったら『誰だよあいつ呼んだ奴……』って主賓が言っていたのを耳にしてから、誰の誕生日にも参加しなくなったからわからんかったわ。

 

「あぁ、全然あるぞ? ただ俺がなんか渡しても迷惑がられるだけだろ」

 

「そんな事ありませんよ。誕生日を祝って貰えたらそれだけで嬉しいですから」

 

「……そうか」

 

 それを体験していないからそんなことが言えるのだ。いや、これは俺のエゴだ……ただこいつの人生はそういう体験とは無縁の世界で生きてきたのだからしょうが無い。

 その体験をしてから幸せを語れとか押しつけがましいにも程がある。

 

「だって、私……せんぱいからプレゼント貰ってすごく嬉しかったんですからねっ!」

 

 そう言ってトートバッグから見覚えのある髪留めを出した。それは俺と一色が実験の時に渡した一色への誕生日プレゼントだ。

 

「んだよ。まだ持ってたんかよそれ」

 

「だって嬉しいじゃないですか」

 

 んだよ。ちょっとだけ可愛く思えるじゃねぇか。

 

「えっ……ちょっ……せんぱい??」

 

 いつのまにやら一色の頭を撫でていたようだ。

 こいつは本当にお兄ちゃんスキルを強制発動させるのがうまい。

 だから小町ともうまくやれているのだろう。

 

「せ、せんぱい……あの……その……ちょっと……ひとが……見てるんですが……」

 

 あっ。そういえば店内だって事を忘れてた。

 

 そっと耳を澄ませば『俺に全てのカップルを別れさせる程度の能力があれば……』等と聞こえてくる。

 すさまじい怨念を感じるカントゥリーロー

 

 そんな事よりもなんだろうか、一色が気持ちよさそう俺の手にんっんっと頭を当て撫でる事を要求してくる。

 なんだこいつ? 親の愛でも足りてなかったのか? なるほど、だからほかの野郎に手を出しまくってるわけか。

 

「おぃ、一色。そろそろ出るぞ。流石に人目につきすぎる」

 

「ふぇ?」

 

 なんちゅー声出してんだよ。やめろよ知り合いに見られたら誤解されるだろうが。

 

 一瞬の間がありッハっと我に返った一色が顔を真っ赤にして挙動不審な動きをする。

 

「あっ、そそそそそそうですね!! それじゃあっち行きましょう! ジャスコ!」

 

 テンパりすぎて昔の呼び方だしちゃったよ。まぁ俺もその呼び名嫌いじゃない。

 

「そうだな。ジャスコ行くか」

 

「ちょっせっせんぱい。今のはちょっと間違いでして……」

 

「そうか? 俺は嫌いじゃ無いぞ? ジャスコ」

 

「そ、そうですか……ななら行きましょう! ジャスコ!」

 

「一色。大声出すな。それは恥ずかしい……」

 

 

 ***

 

 

「せんぱい。こんなのとかどうですか?」

 

 そう言って見せる可愛らしいブックカバー。一色、祝ってあげる気持ちはすごく伝わるがあいつが本を読むと言う思考はどこから生まれたのかそれを問いただしたい。

 

「一色よ、そもそも由比ヶ浜が本を読むと思うか?」

 

「うっ……た、確かに」

 

「だろ? ならもう少し偏差値低めのものをあげた方が喜ばれると思うぞ」

 

「せんぱいそれは言い過ぎです〜。結衣先輩だってすごいんですからねっ!」

 

「ほぅ……何がすごいんだ?」

 

「えーっとあれ〜……なんて言ったっけ? …………料理とか」

 

 しどろもどろになりながら由比ヶ浜の良い所を絞りだそうとしている。

 何というか……けなげだな。一色よ、そこまでお前由比ヶ浜と仲よかったっけ?

 

「確かにすごいがすごいのベクトルが間違ってるだろ」

 

「でも、お菓子作りの時に結構興味を持ったみたいですよ! これからと言うわけでエプロンにして見ませんか?」

 

 幾多もの死人が出るぞ。それでも良いのか?

 

「まぁ良いけれどな」

 

「それじゃそのお店に行ってみましょう。実は近くにあるんですよね〜」

 

 そう言って一色は嬉しそうにその店へと案内してくれた。

 

「どうですかね? これとか?」

 

「あ〜、いいんじゃね? 犬の絵柄とかあいつっぽいし」

 

 紺色のエプロンに刺繍で犬の絵柄が施されたエプロンを一色が取り出してきたので、これはこれであいつに似合っていると思った。

 多分これでプレゼントは終わりだろと思って適当に店内を見回っているとまた一色から声がかかる

 

「せんぱ〜い。こんなのとかどうですかね?」

 

 振り向くとエプロン姿の一色が視界に入る。

 パステルカラーのイエローと少しだけフリルの入ったエプロンは女の子らしさを感じさせる。

 

「まぁ……いいんじゃねぇか?」

 

「よし、これで決まりですね」

 

 そういって一色はレジへと並んでいった。結構行列が出来ていたので会計には時間が少しかかりそうだ。

 

 そんな事よりも一色ちゃん? 最近俺の一言で物買うようになっているけれど根底から間違っているから辞めた方がいいよ?

 

 俺は店の外で一色を待つことにした。

 すると見覚えのあるあのツインテールが威風堂堂と歩いているでは無いか。

 知り合いと間違われないように存在感を消そうと努力するも、どうやら俺の居る店が目的地だったらしく無念にも発見された。

 野生で自由気ままに生きていたポケモンがモンスターボールに囚われる気持ちがよくわかった。



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#15-3

またもや遅れて申し訳ない。
ようやくあのひとが出せます。


 俺と目が合った雪ノ下先輩は目をそらすことなくじっと俺を見続けていた。

 しかし、先ほど別れを告げた知り合いにまた遭遇すると言うのはなかなか気まずいもので、何か喋らないとと言葉を探る。

 

 探している最中に雪ノ下先輩から先手で言葉が出る。

 

「あら、比企谷君? また会うなんて偶然って重なるものね。てっきりお家に帰ったものだとばかり思っていたわ」

 

 俺もお家に帰りたかったが、一色に捕まって帰る事が出来なかったんだよ。

 

「まぁ、一色に連れ回されているだけですよ。どうやら由比ヶ浜の誕生日プレゼントを選びたいんだと言う話で連れ回されているんすよ」

 

「奇遇ね。私も由比ヶ浜さんの誕生日プレゼントを買いに来た所よ」

 

 おっ、女子同士で考えつくことは同じなのかどうかはわからんが、男子にはないシンパシーみたいなのがあるんだろうな。

 いや単純に誕生日を知っていたから買いに来ただけだろう。

 俺は誕生日を知っていた時点でキモがられるけどな。

 

「ひとついいかしら?」

 

 そう言って俺を上目づかいで見る雪ノ下先輩に少しドキッとする。

 

「え、えぇ。いっしゅよ」

 

 つい緊張してウィッシュの別種みたいな返事になっちまったぜ。

 

 その言葉を指摘すること無く雪ノ下先輩は言葉を続けた。

 

「プレゼントが重なっても由比ヶ浜さんを困まらせてしまうから差し支えなければ何を買ったか教えて貰っても良いかしら?」

 

 あぁ、そういうことか。まぁ確かに消耗品以外被ったらどれをフリマに出そうか悩むレベルだよな。

 

「まぁ、一色がエプロンで、俺がこれっす。首輪」

 

「……あなた、何か特殊な性癖を由比ヶ浜さんに押しつけようとしてない?」

 

 雪ノ下先輩からやけに鋭い軽蔑の視線を感じるがそんな事は一切考えて無い。純粋に犬の首輪なのだぞ?

 ってかいきなり人を変人扱いするのはデフォですかね?

 

「首輪見せただけでその発想にいたる雪ノ下先輩の方がちょっと危ないっすね」

 

「私も首輪だけではその発想にはならないわ。あなたがあげるからその発想になったのだけれど」

 

 えっ? 俺そんなに不審者ですかね? 結構普通な高校生生活送ってるはずなんすけれど。

 

「まぁ……一色さんがいるのだったら問題はなさそうね」

 

「えーっと? 一色は俺の保護者ですかね?」

 

「そうじゃないの?」

 

 えっ? いつの間に雪ノ下先輩からそんな絶大な信頼関係を築けたの一色ちゃん?

 なんか扱いが俺より上なんですけれど、俺のヒエラルキーどこいったよ?

 

「どこをどうしたらそう見えるんですか?」

 

「普通に見てたらそうなるわよ」

 

 この人俺をおちょくってんのかな?

 

 そんな事を考えながら半目で微笑を浮かべる雪ノ下先輩を見ていたら買いものを終えた一色の声が背中から聞こえてきた。

 

「せんぱーい! おまたせしました……って雪ノ下先輩!?」

 

「一色さん。私の顔を見ただけでそんなに驚くことかしら?」

 

「い、いえそうではなくて。なんと言いますか……先日はあの〜……。失礼しました」

 

 そう言って一色はぺこりと頭を下げる。

 

「えぇ、いきなり泣いて飛び出してしまうのだもの。心配したわ。」

 

「ですよね……すみません」

 

「詳しい話は由比ヶ浜さんから聞いてるから安心して」

 

「雪ノ下先輩、ありがとうございます」

 

「いえ、私も配慮が足りてなかったかもしれないから気にしないで。ただ……あなたも物好きなのね」

 

 そう言ってフッと微笑を浮かべる雪ノ下先輩と少し顔色を赤める一色が楽しそうに喋っていた。

 なんだなんだ? 由比ヶ浜だけでは飽き足らずまさか一色にも……道理で仲がよく見えるわけだな風紀が乱れて良いと思いますっ!

 

「それじゃ比企谷君。私は別のお店に行くからちゃんと一色さんをエスコートしてね」

 

「そうですよせんぱいっ! しっかりエスコートしてください」

 

 えっ? まだなんかあんの? 手早く帰りたいんだけれど。どうにかごまかせねぇかな?

 

「由比ヶ浜の誕生日プレゼントも買ったことだし。俺たちもそろそろ駅に向かおうぜ」

 

 駅までエスコートするからさっさと帰ろうという俺の希望と一色の要望も取り入れた完璧な返し。我ながら惚れ惚れするぜ。

 

「折角ですし、もう少し付き合って下さいよせんぱい〜」

 

「まだ買うもんあんの?」

 

 俺の頑張って考えた自信作が数秒で打ち崩されて自身が喪失しそうだわさ。

 

「ちょっとだけあれですよ。書店によりたいもので」

 

「めずらしいな。勉強か?」

 

「それもあるんですけれど、ひとつ続きの気になるラノベがあったので」

 

 そういえば俺こいつにいくつか貸してたな。そんなかでも気になるのがあったのだろう。

 まぁ俺の勧めた本で続きを気になってくれるって言うのは悪い気はしないよな。

 

「……それ買ったら帰るぞ……」

 

「は〜い」

 

 そんな俺らのやりとりを見ていた雪ノ下先輩が何かため息をついていたのは何故だろうか。あまり深く考えないようにした。

 

 

 ***

 

 

 それから俺と一色は本屋へ、雪ノ下先輩は別の店で由比ヶ浜のプレゼントを買うと別れた。

 

 一色が買いたいと言っていたラノベは俺も結構好きな奴でタイムトラベル系の奴だ。

 VRゲームをしていたらいつの間にかコールドスリープされていて気づいたら2000年後の未来になっていた。タイムリープでコールドスリープになる原因を探るべく冒険が始まると言う内容のラノベだ。そそるよな。

 

 続きは俺の家にもあるのだが、結構面白いから自分で揃えたいという一色の要望を聞き、書店へと足を進めたわけだ。やはり好きな物は自分の手の内に置いておきたいというコレクター欲求はあるよな。

 

「ちょうど、全巻揃っててよかったです」

 

「そうだな。まぁ巻抜けして途中から読んだらこの間の間に何があったのかわからないモヤモヤ感がハンパねぇしな」

 

「まぁその時は別の書店に行きますよ。最終的にはせんぱいの家に借りに行きます」

 

 俺これ揃わなかったらずっと付き合わされていたのかよ……最初の書店で全部揃ってて良かったと心から思うわ。

 

 一色がレジに並んでいる間、俺はまた外で待つことにした。

 

 のんびりと書店前にあるポスターを眺めてアニメ化するんだなこのWeb小説とか考えていたところ、かすかに聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

 

 俺はその微かな声を手がかりに視線を向ける。

 

 するとどうも見覚えのある1人ともう1人の面影。雪ノ下先輩と? あと……誰だ? 格好を見る限り女性である事は確かだ。何かトラブルにでも巻き込まれて居るのだろうか?

 あの容姿だからな……芸能スカウトとかの誘いなのだろうか。流石すぎるぜ。

 

 流石に毎日顔を合わせる奴がトラブルに巻き込まれて居るのに見て見ぬ振りは出来ないしな。もう少し近づいて状況を探ってみるか。

 

 そうして俺は別の店舗の商品を見る振りをしながら2人に近づく。

 

「雪乃ちゃんつれないなー、たまにはお姉ちゃんと一緒に遊んでくれたっていいじゃない? こんな大きな所で偶然会ったんだしこれはもう運命じゃない?」

 

「あなたの遊びにいつも振り回されているのは誰だと思っているの? これ以上私に迷惑をかけないで」

 

 相手の誘いに対してやけに攻撃的な感じだな。やっぱりあれか? スカウトとかそんな類いの奴か。それとも昔の知り合いか……どちらにせよ相手が迷惑がっているのにしつこく誘うことは迷惑行為にあたる。店員呼ぶか。

 

 そう思い俺はインフォメーションセンターへ向かおうとしたが、そこでやめろやめろとあれほど言ったにもかかわらず大声で俺を呼ぶ声が響く。

 

「せんぱーい。お待たせしました!」

 

「ちょっ!! おまっ!?」

 

 するとその声に気がついた2人の視線が俺に注がれる。

 

「比企谷くん」

 

「あれ〜? 雪乃ちゃんの知り合い? 珍しいね!」

 

 その人はとても整った顔立ちで艶やかな黒い髪。そして透き通った白い肌に合わさり表現豊かな表情で華やかさが醸し出していた。まぁ要するにすっげぇ美人が俺の目の前にいるのだ。

 

 くっそ、見つかってしまったらこれはどうするか?

 

「あれ? 雪ノ下先輩。今日はよく会いますね。隣の人はどなたですか?」

 

 普段通りに雪ノ下先輩と会話を始める一色。流石のコミュニケーション能力だ。

 

 一色の言葉に若干戸惑いながらも、弱々しく言葉を出した。

 

「……姉さんよ」

 

 雪ノ下先輩、姉がいたんですね。完全に一人っ子だと思ったわ。しかし見比べてみるとそうだな、確かに顔の作りで似ているところは多々ある。多分表情の豊かさでこの違いが出てるのだろうと俺は判断した。

 

「え〜っ!? 雪ノ下先輩お姉さんいたんですね!」

 

 するとそのお姉さんが雪ノ下先輩と会話の選手交代と言わんばかりに言葉を出す。

 

「雪乃ちゃんの姉の陽乃です。宜しくねっ」

 

「私、一色いろはって言います!」

 

「うす。比企谷っす」

 

「へぇ〜、2人ってもしかして恋人同士とか〜?」

 

 いきなり懐に入ってきやがったぞこの人。

 すげぇリア充ってそんな芸当出来るんだな。俺絶対出来ねぇよそんな事。

 

「えっ! そっそんなわけでは無いですけれど……」

 

 しどろもどろになりながら一色が答えるがチラチラと俺に視線を向けるのは辞めてね。俺こう言う話題でどう喋れば良いかわからない子だから。

 

「え〜違うんだー。なんか雰囲気的にそんな感じしたから絶対そうだなーって思ったんだけどなー。なら今日はデートなんだ。やるねー」

 

「えっ、と……今日は友達の誕プレを選びにきたんですよ〜なのでデートではないですよ?」

 

「えー、お姉さんすごくラブコメの波動感じちゃったんだけれどなー」

 

 ラブコメの波動って何だよ。女子ってそんなの感じ取れるの? 相手の恋愛戦闘力見ただけでわかっちゃうの? やべぇよ。生きてる次元が違うわ。とりあえず否定させて貰うか。

 

「そんなことは無いですよ。だってこいつ別に好きな人いますし」

 

「へぇ〜……そうなんだ。ならさならさっ比企谷君? 雪乃ちゃんなんてどう?」

 

「いや、いきなりそんな話をされても困るんですけれど」

 

「そうよ姉さん。いきなり変な話をしないで」

 

「そう〜? 雪乃ちゃんとなら結構お似合いだと思うんだけれどなー。そうだ比企谷くん、もう誕プレ買っちゃったの?」

 

「まぁ。買いものは終わりました」

 

「それならちょっとお姉さんと付き合わない? お姉さん比企谷くんにすこし興味でちゃった。カフェでお話ししましょ」

 

 そう言って陽乃さんは俺にぴったりとくっついて人差し指のグリグリ攻撃を執拗に続ける。

 これはきっとしんのすけもイチコロだろう。

 

 ……ってか胸、胸っ!!? 当たってんだけれど、やべぇやべぇやべぇ……なんだこんなの知らないっ! あっあと良い匂い。

 

「ちょっ! せんぱい!!」

 

 その声ではっと我に返った。

 っは良いが、一色の目の光が消え、かがやくいきさながらの侮蔑の視線が俺を射貫く。

 

 どうにか理性を取り戻し陽乃さんを引き剥がす。

 

「ちょ、流石に初対面で近づきすぎですよ」

 

「あはは〜、比企谷くん面白いねぇ〜」

 

 この人におちょくられているのだろうか。さっきから天真爛漫の言葉の通り行動の先が読めない。

 

「一色ちゃん可愛いぃ〜、お姉さん抱きしめたくなっちゃうよぉ」

 

 一色も自分が遊ばれていることに気づいたのか頬を赤くし俯いた。

 

「あっ……、ごめんね一色ちゃん。お姉さん調子人乗り過ぎちゃったかな? 大丈夫だよ、比企谷くん取らないからねっ」

 

「ちがっ、だからせんぱいとはそんな関係じゃなくてっ!?」

 

 そういうとさらに一色の顔が真っ赤っかになる。

 あの一色いろはが雪ノ下姉が相手になると手のひらで踊らされている。

 

「そう? なら早くしないと雪乃ちゃんが持って行っちゃうかも知れないよぉ?」

 

 それよりもさっきから違和感が俺の不安を煽る。

 いや、モテない男子ほど女子からアプローチして欲しいという願望が強い。なぜなら自分達は受け入れるだけで良いからだ。世間一般的に男子から女子へのアプローチが常識となっているなか、そういう女子は早々にいない。いるとしてもそれは必ず自分にメリットのある人間である事が絶対条件になるはずだ。

 

 だからこそ俺は陽乃さんに対しての違和感がある。

 女子はそんな事をするはずが無いのだ。美人ならさらに自分から攻めずとも勝手に寄ってくる。その理にかなわない行動に違和感がある。ということは今受けているこの行動は偽物だ。自分から攻めていく建前の行動力。

 それは仮面という表情だけの言葉では収まらない。

 建前のパワードスーツ……長いな。強化外骨格とでも言えばわかりやすい。

 

 そう考えると、いままでそれに振り回されていた自分が少しだけ恥ずかしくなる。しかし同時に、冷静さを取り戻した。

 

「かんっぜんに遊ばれてんなお前」

 

「せんぱいっ! 何見てるんですか! 助けて下さい!」

 

 そう言って半泣き状態の一色が俺に助けを求めるが俺は目の前のキラーマジンガに勝てる気がしないのだが……

 

「姉さん……いい加減にして貰えないかしら」

 

 雪ノ下先輩が低い声で苛立ちを隠そうとせずに侮蔑の視線を向ける。

 

「あっ……雪乃ちゃんごめんね。ちょっと二人があまりにも初々しかったからちょっとからかってみたかったの」

 

「もういいでしょ」

 

「私的にはまだもう少し遊びたかったけれど、雪乃ちゃんがあれだし今日の所は退散するね。またね一色ちゃんと比企谷くん」

 

 そう言って颯爽と陽乃さんはどこかへと去って行った。

 なんというか……ゲリラ豪雨のような人だったな。

 

「なんて言うか……すごいお姉さんですね〜」

 

「そうだな」

 

「ごめんなさい。姉がああいう性格で迷惑をかけたわね」

 

「なんて言うかすごいですね」

 

「そうね。姉は何でも出来て誰からもほめられる人よ」

 

「そうでしょうね。じゃないとあんな建前の化身のような芸当は出来ませんよ」

 

「……比企谷くん? どういうことかしら」

 

「なんと言うんでしょうね。モテない男の理想と言いますか。向こうからしゃべりかけて来てくれて、人なつっこくて表情豊かで美人でスキンシップもあってってもうなんか良い事づくしで逆に怪しいんですよ」

 

「よく客観視出来てるわね。その通りよ。ああいう行動全て姉の外面なのよ。長女である姉は挨拶回りや会食、パーティーに連れ回された結果出来たのがあの仮面よ」

 

 会食? パーティー? 雪ノ下先輩の家は金持ちなのかな? まぁ姉もあんだけ美人でなんか高そうな服を着ていたのだ。

 どっかの令嬢であるのは確かだろうよ。

 

「まぁ俺も、親父にはよく言われていますし。距離の近い女には気をつけろって」

 

 そのあとでお袋にめちゃくちゃ怒られたとかそんな話を小町から聞いたがな。

 

「そんな理由で気づかれるなんて姉も思ってもないでしょうね」

 

「せんぱーい、私流石に疲れました〜」

 

 力なくふらふらと俺の元に寄ってきた一色。

 そういえばこいつが今回1番の被害者だな。

 

「なんで助けてくれなかったんですか〜……」

 

「俺がくちだしたらさらに被害が増大したかも知んねぇだろうが。あそこは雪ノ下先輩が言ってくれたのが正解だ」

 

 俺にあれを説き伏せる力は無い。俺は無力だ。

 

「それならちょっとだけ休憩しましょーもうちょっと疲れましたー」

 

「そうね。比企谷くん近くにカフェがあるからそちらに移動しましょう」

 

「うっす。わかりました」

 

 雪ノ下陽乃に今日使う思考力をごそっと持って行かれ俺も甘い物で糖分補給したかった。

 そして俺たちは若干ふらふらにナリなりながらもカフェへと足を進めるのだった。




引っかき回し役のはるのん登場です。
言葉ひとつ考えるだけでも結構大変やなこの人……


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#16-1

 昨日の雪ノ下先輩の姉、雪ノ下陽乃の襲来でかなり頭使った。なので今日は惰性を貪りたい気分に駆られるが、残念ながら平日だ。

 

 だからこそこのしばらく鳴り響くケータイのアラームに逆らうこと無くのっそりとベッドから起き上がる。

 

 だるいと思いながらとりあえず目を覚まそうとカーテンを開ける。すると6月の梅雨時期とは思えない青々とした空と太陽が俺を出迎えてくれた。

 そのくせに空気は湿気っているという苦行日だ。

 

 ……陰キャは溶けるから梅雨らしく隠れてくれ。……雨を降らさない程度でな。

 俺は口角をヒクつかせながら窓を開ける。空気の入れ換えをする。

 

 夜中に室内に留まった空気と外の空気が入れ替わる流れを身に受ける。

 

 ……熱い、湿気の不快指数高すぎだろ。

 

 流石初夏だな。もうベッドからでて3分も経っていないのに部屋のクーラーが恋しくなって仕方が無い。

 カップ麺より早い俺の意志の弱さですぐさま窓を閉めてカーテンで室内へ入ってくる日光を遮った。

 

「おにぃちゃん、起きてるーっ! ……って!? 起きてる!!!」

 

 ノックもせずいきなり入ってきたこの小町は、俺が起きてる姿を見ると天変地異が起きたかのような驚愕な表情を浮かべる。

 

 んだよ。時間通り起きただけだろうが、そんなに驚かれる筋合い話無い。

 

 いつもお前の尻を腹に落として起きている訳ではないのだ!!

 

 ……小町ちゃん、あれマジでやめてくんない? あれだよあれ、男の朝の通過儀礼が収まんないタイミングだったらどう反応していいかわからんだろ??

 

「まぁいいやー。ほら、顔洗ってきて、そろそろご飯もできるよ」

 

 そう言って俺の部屋からそそくさと去って行った。

 俺も小町に続き部屋を後にした。

 

 

 身なりを整えてリビングに行くと小町が朝食の卵ベーコンと食パン、そしてコーヒーと練乳を用意して待っていた。やはり小町はわかっている。

 先に食べていても良いんだがな。

 

 そんな事を思いながら俺は席に着く。

 そして小町と一緒に手を合わせていただきますと食事への通過儀礼をする。

 この時、小町がやけに嬉しそうな表情をする。どんだけ朝飯を楽しみにしてたんだよ。

 

「おにぃちゃん、今日も送ってね〜」

 

 この言葉、俺が寝坊する日じゃない限り必ず小町は言ってくる。便利なアッシーになったもんだ。

 

「面倒くせぇ……一人でいけよ」

 

「だって面倒くさいじゃん」

 

 面倒くさいを面倒くさいで返された。

 この後どう返せば良いのかわからん。難易度的に質問を質問で返されるより面倒だ。

 

「ってかお前俺のチャリ乗って怖がってるだろうが。なんなのマゾなの?」

 

「えー? そんなこと無いよ?」

 

「噓つけ、俺の腹に腕回して締め上げてんだぞ? 俺の腹が不調な日にやられ無いかとヒヤヒヤするぜ」

 

 そう言うと小町はほんのりと頬を赤く染める。

 どうやら図星のようだ。

 

「し、しっかりと捕まってた方が安全だから……ね。つれてって?」

 

 小町はどこで覚えたのか見覚えのある角度からの上目遣いで俺にねだる。しかし俺は腐るほどその上目遣いを見てきているので何の感情も湧くこと無くそれを流す。そもそも実妹の上目遣いに動揺する訳がない。動揺したらそれは夏休み子供相談所に人生相談するわ。

 

 ……しかし、俺はおにぃちゃんだからな。おにぃちゃんは妹の頼みを聞いてなんぼなのだ。決して上目遣いに屈した訳ではないと自分に言い聞かせておこう。

 

「……しゃーねぇな。わかったよ」

 

「やったー、ありがとおにぃちゃん」

 

「ってかお前着替えは? 俺さっさと出るぞ」

 

「はっ!? そうだった! ちょっと着替えてくる〜」

 

 小町はそう言って自室へとドタドタと走っていった。

 もう少しおとなしく出来ないものかね。

 

 ……まぁ、俺の前で着替えなくなっただけ女の子らしくなったと言えばなったのだろう。

 

 そう考えて時間が経って温くなったコーヒーに練乳を投入し一口啜る。……うまい。

 

 小町の成長は兄として嬉しいものだが、次第におにぃちゃん離れをしていく事を想像するだけで寂しさで絶望の淵に落ちる。……よし、考える事を辞めよう。

 

 そして俺は朝食に手を付けた。

 

 

 ***

 

 

 小町を乗せていつもの通学路を颯爽と走り抜けていく。外は快晴なので若干熱い。それに合わせて今日も変わらず俺にがっちり腕を回す小町。マジで暑苦しい。

 

「おにぃちゃん、事故らないでよ」

 

「事故るかよ。もう留年したくねぇよ」

 

「小町も寝てるおにぃちゃん見るの嫌だからね」

 

 そう言って小町はさらに腕に力を加える。

 ちょっと小町ちゃん? 今日食った朝食がリバースするから加減してね? あと痛い。

 

 そんな思いを押し殺し、俺は必死に自転車をこいだ。

 

 その甲斐もあり、早めに小町の中学校に到着することが出来た。

 

 小町は軽やかに自転車から降りる。

 

 八幡選手、ようやく小町選手からのベアハッグから解放されましたと自分で実況入れたいくらいだ。

 

「そうそう、おにぃちゃん。これお願い」

 

 そう言って小町が出したのは手紙だ。

 

「おにぃちゃんへのラブレターか?」

 

「おにぃちゃん、キモい。前に由比ヶ浜さんからの手紙を一方的に渡してきたのおにぃちゃんだし」

 

 そう言って小町は半目で呆れたように俺を見る。

 

「ちゃんと理解してるし」

 

 俺は鞄に手紙をつっこんだ。

 

 前に由比ヶ浜が作ったクッキー(大丈夫そうだった)と一緒に手紙を俺が小町に届けてそれから反応が無かったからどうした物かと考えていたが、小町なりに返事を考えていたと言う事か。早とちりしなくて良かったわ。

 

「あと、おにぃちゃんにはこれね」

 

 そう言って小町は鞄から包み袋を取り出し俺に渡した。

 

 久し振りの小町特製弁当だ。これで元気百倍。

 ドーパミンドバドバでラリっちまいかねん。

 ただ、小町ちゃん? そのお弁当縦で入ってたよね?

 開けるのが怖いんだけど。

 

「まぁ、たまにお弁当を作った方が小町のありがたみが分かると思うからね」

 

「そうだな。ありがとな」

 

「うん、素直でよろし」

 

 鞄の底に弁当をしまう。

 

「それじゃ、おにぃちゃん気をつけてねー」

 

「おぅ」

 

 そして俺はまたペダルに足を掛け、自転車で駆けた。

 

 

 ***

 

 

 ベストプレイスはこんな快晴の中でもしっかりと日陰になってくれている。風も吹き抜けるから梅雨特有のジメジメ感から解放されるからここは良い場所だ。

 

 いつもは一色やら由比ヶ浜やらがここに来るが、流石にこんなジメッと暑い日に昼休み空調完備の教室から出たいと思う奴はいなかったのだろう。

 

 ベストプレイスは俺の気配しか感じられないし、ベストプレイスを通り抜ける風で草花が揺れる音しか聞こえなかった。

 

 さて、それでは開封の儀をしますかね。

 そうして弁当の包みを開く。

 

「んぉ……?」

 

 なるほど、縦に入ってても大丈夫なのがよく分かった。

 今日のお弁当はこむすび弁当だ。

 鮭や梅、明太子などの混ぜ込みの素数種類を使って作ったのだろう。

 色鮮やかで手軽な弁当だ。

 

 しかしな、小町よ……もう少しおかずも欲しかったんだ。

 ご飯だけじゃおにぃちゃんちょっとしんどい。

 

 そんな事を考えていた矢先、吹き抜ける風と共にこちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。

 

「一色か?」

 

「……よく気づきましたね」

 

 たまたま適当に言ってみたらどうやらあたりだったようだ。

 一色は俺が言葉を発する前に迅速にムラの無い流れるような動作で俺の隣に座った。

 えっ、いま全く反応が出来なかったんだけど……流水岩砕拳の使い手なの?

 

「……なんとなくな。お前教室で弁当食わんの? 外湿ってるし不快指数高いだろ」

 

「男子が冷房を最低まで落としちゃって逆に冷えるんですよね。教室」

 

 そう言って一色は自分の腕を手でさすりながら暖を取る仕草をする。

 

「なら温度上げるように交渉すれば良いだろ、それか勝手に上げればよくね?」

 

「え〜、喋りかけて変に誤解されたら嫌じゃ無いですか〜。それに上げた所ですぐさげられちゃうんですよ〜」

 

「世の中の男子お前に喋りかけられただけで惚れるとか思っちゃってるの? 梅雨の湿気で頭やられたか?」

 

「何ですか〜流石に私もそこまで思っては無いですけれど……変に絡まれて誤解されちゃったら困るじゃ無いですか」

 

 まぁ葉山先輩にも誤解されちゃ元も子もないからな。徹底してるんだな。

 

「それに居場所も探さないといけないし、ほかの男子にかまけてる暇なんてないんですからねっ!」

 

 そう言ってぷくーっと頬を膨らませながらまんまるな瞳を俺に向ける。

 

「あー、そういえばそんな事も言ったな。居場所はここで良いんじゃね? 俺のベストプレイス」

 

「却下」

 

 キンッキンに冷えているのは教室だけじゃなく提案の否決の言葉もらしい。俺のアイデンティティが否定されたみてぇじゃねぇか。

 

「だってここ……人目についちゃうじゃ無いですか。出来れば個室が良いんですけれど……」

 

「一色よ、ここ学校だぞ。部活でも無いのにどうやって個室を手に入れるよ?」

 

「それなんですよね〜、どうしましょうか?」

 

「いや、自分で考えろよ」

 

「むしろ自分で部活つくっちゃいますか」

 

「まじか。何の部活にするんだ?」

 

「文芸部とか?」

 

「ありきたりすぎるだろ、ってか文芸部もうあるし」

 

「じゃぁ第二文芸部!」

 

「それはやめよう」

 

「え? なんでですか?」

 

「きらりがな……きらりを思い出させんだよ……」

 

 いやマジでキラ☆キラは名作なんだがバッドエンドが心を抉る……

 

「せんぱい? きらりって誰ですか??」

 

 そんな疑問形が飛んで来た。そういやこいつはゲームとかには疎いんだよな。

 

「ゲームのキャラクターだ」

 

「……だと思いました。なんかせんぱいがテンション上がっている様子を見ると大体そんなことだろうと予想できますから」

 

 えっ、俺がテンション上がると無意識のうちにデュフフ……とか言っちゃうのん? 言っちゃってたら俺二度と日の下に出たくないんだけど。

 

「それより、せんぱい今日はどうしたんですか? やけにカラフルな……全部おにぎりじゃ無いですか……」

 

 一色は俺の弁当箱を見るや状況を理解して頂けたらしい。

 

「お弁当作る時間無かったんですか? ……それにしてはやけに手の込んだこむすび弁当ですね」

 

「だろ。小町特製弁当だ」

 

「あー、なるほど。せんぱいはほんと愛されてますね〜」

 

 そう言って一色は俺の隣で自分の弁当箱を開いた。前にも食べたが、一色の弁当はそこそこ彩りも良かったしうまかったので少しこむすびと交換して欲しい欲が出てきた。

 

「せんぱい。今日の卵焼き、せんぱいの意見を参考に甘く作ってみたんですよね〜」

 

 なんでこいつわざわざそんな事言うの? 別に今いらない情報だよね? 鬼畜かな?

 

「からあげちょっと多くつくりすぎたかな〜」

 

 おっ? おっ?

 

「一色、作りすぎたなら仕方ないよな。残してしまうと食材にも失礼だしな。ここは協力して処理するってのはどうだ?」

 

「え? せんぱい良いんですか?」

 

 キラキラとした瞳で一色は俺を見てるが、俺はキラキラとした視線で唐揚げを見つめてる。

 

「まぁな……折角だしもらうわ」

 

 俺はからあげを一色の弁当から拾い上げる。その瞬間に一色がやけにあくどい顔になったのは見なかったことにした。



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#16-2

「せーんぱい。食べましたね」

 

 きゅるるんるんとやけに仕上げた作り笑顔で俺の顔をのぞき込む一色

 

 だーっ。面倒くせぇ、からあげ一個にどんな付加価値付けようとしてんだよこいつは……

 

「からあげ一個でどんだけ恩きせようとしてんだよ」

 

「そんな事は無いですよ〜。明日ですね、ちょっと一緒に映画にでも行きませんか?」

 

「はっ? やめとくわ。金も無くなるし面倒くせぇ。ってかお前と行く奴なら腐るほどいるだろが」

 

「まぁ、断られることは知ってますけれどね。せんぱい、1人では絶対に見に行かないけれど、誰かと行くならばまぁ最後にくだらないネタにはなるから見るみたいな映画を見に行きませんか?」

 

「いや、そもそも俺、そんな一緒に映画とか行ったことねえし」

 

 行ったとしても小町とだけだ

 

「……聞いた私がバカでした。そうですねせんぱいはそうでしたね。でも私とは前に行きましたよねっ!」

 

「まぁ、そうだが……」

 

 あの時は色々と制限があったからな。ラーメンやら迷宮やら。

 

「今回の映画はじゃーん! タダ券です!」

 

「また、用意周到な」

 

「ちなみにタイトルはいかにもB級映画! その名も」

 

「その名も?」

 

「サメの名は」

 

「……」

 

 やべぇ、すげぇ気になる。この堂々と有名所のタイトルをパクってきました感はアニマルプロレスビデオに通ずる物があるな。

 

「たしかに気になるが、これ俺じゃなくても良いだろ。誰でも気になるぞ。それ」

 

 そう言うと一色はぷくーっと頬を膨らませ上目遣いで俺を見る。

 

「も〜、私はせんぱいと行きたいんです〜」

 

「んだよ、その後に飯でも奢ってもらおうっていう魂胆だろ」

 

 タダより高い物はないって話だ。いきなりタダ券くれるって言うと疑り深く裏を探らんと後で何をされるか分からん。

 特に一色の場合、俺はその術中に幾度となくはまってきたからな。段々とやり口が分かってきた。

 

「せんぱい、もしかして口説いています? 映画見るだけって話なのにちゃっかりその後のご飯まで予定しているとかせんぱいにしてはよく考えましたね。もしかして案外楽しみだったりしてます? 私気軽に行くはずだったのですが気合い入れないといけなくなりましたね。集合時間少し遅めにしますね、ごめんなさい。」

 

 ちげーよ。お前と一緒に行くと大体そのパターンだろうが。

 

「なんでもう行くって話になってんだよ。俺行かねぇぞ」

 

「もうからあげ食べた時点でせんぱいに拒否権は無いですよ」

 

「だからどんだけからあげに付加価値付けてんだよ……ぼったくりだろ……」

 

「せんぱいが素直に頷けばこの手段を使わずに済んだんですよ」

 

「お前はどこぞの詐欺師かな?」

 

「さて、決まったことですし、ほらせんぱい。からあげどうぞ〜」

 

 面倒くせぇ……。ドタキャンしたら多分小町経由でなんか言われそうだし。素直に行くしかないか……

 

「はぁ……分かったから食えるだけ食って良いよな」

 

「はいっ」

 

 そう言って満面に笑で俺にからあげを差し出す一色にまぁいいかと俺の中で結論を出し、俺はからあげを口に運ぶのだった。

 

 ***

 

 

 俺はいつも通り奉仕部の部室へ向かい、扉に手を駆けたが俺の予想と反し、扉が横にスライドすることが無くガタッとつっかかった音を立てた。

 珍しく鍵がかかっていた。雪ノ下先輩が来ていないのだろうか?

 

 するとすぐに俺の携帯が鳴った。

 差出人は雪ノ下先輩だ。

 

 --比企谷くんごめんなさい。由比ヶ浜さんと一緒に向かってる途中で依頼が来たのでそちらを終わらせてから来るわ。職員室に部室の鍵があるから取ってきてもらってもよいかしら--

 

 珍しいな。奉仕部が一時期名を知らしめた時くらいしかそう言った事は起きなかったんだがまだ名残があるのか。

 

 俺はそんな事を考えつつ職員室へはいる。

 梅雨のじめっとした不快指数の高い空気が一掃されるかのように空調の効いた部屋で近くに来た教師に内容を伝え部室の鍵を貰う。

 そして名残惜しそうに職員室を去ろうとした時に声を掛けられた。

 

「おぉ、比企谷じゃないか」

 

 そう言って俺に声を掛けるのは平塚先生だ。

 

「平塚先生じゃないですか。ちゃんと仕事してますか?」

 

「君は私の上司かなにかか? 生徒に心配される程素行不良な面を見せたことはないのだがな」

 

「そうですね。とりあえず何か話題をって思ったら出てきたんですよ」

 

「比企谷ぁ……教師相手にとりあえず何か話題ってそんなに人と話す話題というものは君の中では枯渇しているのか?」

 

「いえ、考えるのが面倒なだけですよ」

 

「そうか。なら少し付き合え」

 

 そう言って職員室奥にあるパーティションで区切られた部屋へ案内される。

 平塚先生は冷蔵庫からマッ缶を取り出し俺に差し出す

 キンッキンに冷えているマッ缶、これは最高の状態じゃないか。

 

「すまんが、いいか?」

 

 そう言って俺の目の前で煙草を取り出し見せてくる

 

「だめですよ」

 

「まえは良いって言っただろうが」

 

「最近は煙草駄目ってニュースでやってるじゃないですか。禁煙しても良いんじゃないですか?」

 

「禁煙は幾度となくやってるのだがな。やはり私では無理そうだと諦めている」

 

「禁煙すると結婚できると思いますよ」

 

「おい比企谷。それ以上話すと私の抹殺のラストブリットが飛んでくるぞ」

 

「スクライドとはまた古いっすね。ファーストもセカンドもぶっ飛ばしていきなりラストってあたりが緊迫感ありまよね」

 

 婚期のラストブリットってな。ヤバいちょっと面白い。絶対口に出せないけれど。

 

「……その話についていけるお前もなかなかだが。私をあざ笑うかのような考えを巡らせてなかったか?」

 

 最近女性全員は男性に無い何か特殊能力的な物を有していて秘匿する義務を国から与えられているのでは無いかという陰謀論が俺の中でどんどん開花して言っているんだが。マジでなんで俺の心の中を読めるの?

 

「そんなことは無いっすよ」

 

「そうか、ならいい」

 

 よかった、なんか具体的にとか言われていたら回答次第で転生のアンコールブリットが飛んで来そうな予感がした。

 

 そう言って平塚先生はそのまま煙草をくわえ火を付ける。

 

「比企谷、それよりな」

 

 平塚先生は煙を吐き俺に問いかける。

 

「君は一色と随分仲が良いようだな? 付き合っているのか?」

 

 この人は何を言っているんだろうか?

 

「っは?? そんな訳ないじゃないですか。そこまで仲は良くないと思いますよ」

 

「そうか、1年生の中でかなり噂になっていてな私の耳にも入ってくる位だ」

 

 噂? また誰かがSNSで情報流したとかそんなところか?

 

「またSNSとかですか?」

 

「いやそうでない。私から見てもそうなんだ。お前達は」

 

「ん? どういうことですか」

 

「比企谷、最近お前の近くには一色しかいない」

 

 そういえば最近あいついつも近くにいるよな。

 ただそれだけだったら仲が良いだけって話になるだろ。何周りが先走り過ぎだろ。

 

「別にそれだけだったらただ仲が良いだけとかって話ですよ」

 

「その仲がいいもお前は否定したんだが……」

 

 ぐっそうだった。

 

「そ、そんな事よりも噂って具体的にどんな内容なんですか?」

 

「内容としては、購買裏で2人弁当食べていたり、ファミレスに2人でいたり、休日2人で買いものしていたりと噂が流れているがこれは事実か?」

 

「ノーコメントで」

 

 ……全て事実だから困る。壁に耳あり障子に目ありとはこの事だなと思った。

 

「まぁいい。交際することに関しては私から言う事は無いが、節度をわきまえるよう頼むぞ」

 

「はぁ……」

 

 職員室の扉が開く音がして、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「しつれーしまーす」

 

 由比ヶ浜だ。

 

 パーティションの影から見たら雪ノ下もついてきていた。

 そんな俺と由比ヶ浜の目が合う。

 とっさに隠れたが時既に遅かった。

 

「あ〜っ!? ヒッキーこんな所にいた〜!」

 

 ちょっと由比ヶ浜、職員室なの。大声で俺の名前呼ばないでもらって良いですかね?

 

「由比ヶ浜さん、ここは職員室よ。そんな大声あげては駄目」

 

「あっ……ごめんゆきのん」

 

 そう言ってシュンと縮こまる由比ヶ浜。

 

「いいのよ、次から気をつけましょう」

 

 なんだ、職員室に入ってきていきなり百合百合オーラ満開にさせんなよ。

 

「そんな事より比企谷くん。鍵を開けておくようにと言っておいたのだけれど。あなたはそんな簡単なことも出来ない無能だったのかしら?」

 

「い、いやそれには理由がありましてね……」

 

「雪ノ下か。すまないな。私が休憩の連れとして少し話に付き合って貰っていたんだ」

 

「そうだったんですか。いえそれなら大丈夫です。彼はもう連れて行って大丈夫でしょうか?」

 

「あぁ、大丈夫だ。十分話し相手になってもらったよ」

 

「うす……」

 

 こうして俺たちは職員室を後にして奉仕部へと向かった。

 その道中、俺は小町から由比ヶ浜宛ての手紙を思い出し、由比ヶ浜を呼び止める。

 

「なぁ、由比ヶ浜」

 

「ん? どうしたのヒッキー? なんかヒッキーから話しかけられるの珍しいね」

 

 そう言って不思議そうに俺を見つめる。

 

「小町から手紙預かっててな。これ渡しとく」

 

 そう言って俺は由比ヶ浜に手紙を渡した。

 

「あっ……ありがとう」

 

 ぎゅっとその手紙を大切そうに握りしめていて、こいつはこう言う表情も出来るんだなとただそれだけ思った。

 

 

 ***

 

 

 映画はいい。

 

 皆で来ようが1人で来ようが結局1人になれるからだ。

 さらにわざわざ隣の奴の顔色伺わずにただ目の前にあるスクリーンに集中すれば2時間近い時間を1人で時間潰しできるにもかかわらず俺も相手も満足できる。なんというWin-winな娯楽だろうか。

 ボッチに優しい娯楽、それが映画だ。

 

 しかしそんな映画にも事前準備を怠っては駄目だ。

 まず上映前のトイレは必須。特に真ん中席に座ると言う事は『私は2時間弱トイレに行きません』と宣言しているようなものだ。その覚悟を持って席を選ぶのだ。

 腹の調子がちょっとでも悪かったら端の席を選ぶか通路前の席を選ぶのが定石だ。

 

 続いて売店だ。混み合う前に買うのが良い。最近は電子マネーを使って支払いはスムーズに済ませるとなおよし。しかしここで絶対に選んではいけない物がある。Lサイズの飲み物とポップコーンだ。

 

 映画館のLサイズとポップコーンはやけにでかい。そして嫌がらせなのかストローを刺す口が2つついて居る。マジで余計なお世話だ。今時2人でストローチューチューするカップルがいるのであれば、そいつら互いの脳みそチューチューし合ってるんじゃないかと猟奇的な連想をしたくなってしまう。おっと話がそれた。

 そんなデカい飲み物を1人の俺が持ってみろ。周りから『あいつ1人のくせにLサイズとかマジウケるんだけどプークスクス』と冷ややかな目で見られることは確実で、さらにポップコーンなんて買ってみろ『うわぁwこいつどんだけ食うんだよ、上映中ポップコーンあさる音うるさいの絶対お前だろ、あとくせぇw』って視線を向けられること間違いない。

 

 だからこそ、映画館の食べ物はチュロスかホットドック、飲み物はMサイズにするのが最適解だ。

 ホットドック、チュロスは映画の上映前の宣伝で食べ終わっておくとなおよし。

 

 以上のことを守れば快適な映画ライフが君を待っているだろう。

 

 ビデオカメラとパトランプ野郎が教えてくれないやつだ。気をつけろよ。

 

 ……って、隣の奴にすげぇ言いてぇ。

 

 目の前のスクリーンを見ながらポップコーンをポリポリと食べている一色を横目に俺的映画ルールを唱えて見るもやはり気づかれない。まぁ思っているだけであり、口で言ってないしな。当たり前だ。

 

 一色の策略に乗せられて折角の休日に映画を見に行くことになった俺はそんなにこの映画にのめり込めずにいた。

 

 サメの名はと言いつつアニメかと思ったら実写じゃねぇか……しかもさっきからスクリーンの男女がイチャコラしているだけだ。いつサメ出てくんだよ。

 

 大体の恋愛映画って付き合う前の過程が省略されすぎなんだよ。そもそも付き合った事すらない男子高校生がこんな恋愛映画を見て思う事ってこの主人公いつサメに食われるのかな? だろ。

 

 他人の恋愛に全く興味なんて持てねぇよ。

 

 そんな事を言っているとおやおや? スクリーンの男女がベッドでイチャコラおっぱじめたぞ? 濡れ場あんのかこの映画!?

 

 気まずい雰囲気を感じ取り、そっと一色を見ると目が合ってすぐに視線を外した。

 

 早く場面切り替わらねぇかな……

 

 

 ***

 

 ようやく映画から解放され、力なく映画館から出てきた。

 ちょっと早めに出たからまだ日は高い。

 

「せんぱい……あの映画微妙でしたね」

 

「おれ、何度退室したくなったか分かんねぇわ」

 

「私途中寝てました」

 

 それな。俺が退室できなかった理由。

 

「それよりご飯どこ行きます? 今日はラーメンの気分じゃ無いです。あとサイゼも」

 

「先手打たれると俺の行く飯屋リストが全滅するのだが?」

 

「なので私がちょっと気になっているお店があるのでそちらに行きましょう」

 

 おっ、俺がわざわざ探さなくて良いのは良いことだ。

 後ろからついて行くことにするわ。

 

「せんぱーいついてきて下さい」

 

「おぅ」

 

 そうして俺たちはゆっくりと足をすすめることにした。



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