恋次元ゲイムネプテューヌ LOVE&HEART (カスケード)
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恋次元編
プロローグ ゲイムギョウ界は突然と共に


プロローグ

 

 

 

 

 

―――ここはゲイムギョウ界。

4つの国と、それを治める守護女神によって統治されし世界。

異なる4人の女神は、人々からの信仰を力の源とし、強大な力を振るうことで人々を守り、また人々から崇められてきた。

だからこそ、女神たちは人々の信仰心―――シェアを奪い合い様々な戦いを仕掛けた。

 

 

 

 

直接的な戦闘から、ゲーム大会、運動会、果てはトランプ……ここまでくるとある意味で仲良しこよしである。

 

 

 

 

 

話は戻る。ここはゲイムギョウ界。そこには4つの大陸があった。

 

 

 

 

 

 

 

科学技術の粋を集めた紫の国、プラネテューヌ。

 

 

 

 

 

 

 

重工業盛んな鉄と黒の国、ラステイション。

 

 

 

 

 

 

 

魔法に長けた雪と幻想の白の国、ルウィー。

 

 

 

 

 

 

 

自然と技術が融和した緑の国、リーンボックス。

 

 

 

 

 

 

 

それらを収める4人の女神は今、悠久の時を経て一つの戦いを終えようとしている。

これは、調停が結ばれようとする数日前のことだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――プラネテューヌ。

時間は夜。場所はこの国を象徴する建物、プラネタワーの屋上。

既に一般人は閉め出される時間帯であっても、二人の少女がその展望台から夜の街を見渡していた。

技術と発展の象徴であるネオンの光が彩るこの街を、誇らしく眺めている紫色の少女。

少女はパーカーワンピを着込み、頭に二つの十字キーのような髪飾りを付けている。

 

 

「……いよいよ後少しかぁ。 こう、数日後に迫ったビッグイベントの間には予想だにしない大事件が予想できるよね!」

 

 

物騒なことでも明るく笑い飛ばせる少女。

そうは見えないだろうが、彼女こそがこのプラネテューヌを治める守護女神。パープルハートこと「ネプテューヌ」。

大雑把かつ飛びぬけた明るさで人々を導き、歩み寄らせる。子供っぽい言動が多いものの、人を思いやるその姿はまさに女神だった。

 

 

「お姉ちゃん……お願いだから変なフラグ立てないで……。 もし変なことが起こったら、お姉ちゃんが企画したこの友好条約もパーになっちゃうんだよ?」

 

「ネプギアったら~。 そういう言動こそフラグだってのに! もー、私の妹も一級フラグ建築士だなぁ~」

 

 

隣に佇む長髪の少女、その名は「ネプギア」。

次期プラネテューヌ女神候補生にして、ネプテューヌの妹である。

少し控えめであるものの、しっかり者で礼儀正しいため寧ろ姉の方が窘められる今日この頃。大丈夫なのか、プラネテューヌの明日は。

 

 

「大丈夫大丈夫! でなきゃ、シリーズがいくつも発売されてないし、二次創作だって世に出回ってないし!」

 

「お姉ちゃん、地の文を読んじゃダメだよ……」

 

 

メタ発言も彼女の特権らしい。

 

 

「……お姉ちゃんは、これからどうするの?」

 

「ん? どうするって?」

 

「友好条約が結ばれたら、表向きだけでも平和になるんだよね。 そうなったら、お姉ちゃんはどうするのかなって」

 

「あー、そういう系かぁ~。 そうだなぁ、色んなゲームをやりまくるとかあるけど……」

 

「けど?」

 

 

下からはネオンの光、上からは月光と星の光。

それらに照らされながら夜風に吹かれているネプテューヌの顔は、どこか美しい。

同性で、しかも妹であるネプギアですら息を呑んでしまいそうな綺麗な瞳、そして笑顔。

 

 

 

 

 

 

「……私ね、もし叶うなら―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――時を同じくして、ラステイション。

重工業の国という重々しい外見の国だが、最近は環境整備にも力を入れているため、夜景に関してはプラネテューヌに引けを取らない独特の美しさがある。

それらを打ち出したのは、女神の中でも最も真面目と言われる黒の女神だった。

 

 

「……ふぅ、今日の仕事はこんなところかしらね。 一旦休憩~……」

 

 

その名は「ノワール」。名前の通りの美しい黒髪にツインテールを施した少女だ。

書き留めていた書類をファイルに閉じ、ペンを置いて背を伸ばす。

夕方から始めていた書類仕事も、すっかり月が天辺にまで差し掛かってしまう時刻だった。

そんな彼女の執務室に、控えめなノックがされた。

 

 

「お姉ちゃん、仕事終わった?」

 

「ユニ? ええ、大丈夫よ」

 

 

ノワールの声に応じて、扉が明けられた。

キィ、と軋みながら開けられた扉。その先に居たノワールに似た少女、その名は「ユニ」。

彼女もまた、ネプギアと同じく女神候補生。ラステイションの次期女神にして、ノワールの妹だった。

 

 

「お疲れ様、コーヒー淹れてきたんだけど……飲む?」

 

「ありがとう。 頂くわ」

 

 

妹の登場に少しだけ顔を強張らせるノワール。

ユニが嫌いなどではなく、むしろその逆で彼女を家族として愛しているからこそ厳しくせねばという彼女なりの姿勢から来るものだった。

心地よい音を奏でながらカップにコーヒーが注がれ、美しい音を立てながら薫り高いコーヒーがノワールの前に置かれる。

 

 

「……あと数日、だね」

 

「……ええ、友好条約。 ネプテューヌらしい甘々な意見だけど……まぁ、暴力的な行動は控えた方が国民受けもいいしね」

 

 

表面上、素っ気ない感想を述べるノワール。

彼女からすればネプテューヌら、他の女神とはシェアを奪い合う敵同士。しかし傍から見たら喧嘩友達のようなもの。

争いごとを良しとしないネプテューヌからの意見は政治的に見れば甘いの一言だが、彼女を良く知る者としては「仕方ない」と満更でもない表情を浮かべていた。

 

 

「まぁ、あれでも戦いになれば一番厄介だし。そういう意味では歯応えある戦いが出来なくなってつまらないと感じちゃうかもだけど」

 

「そうなったら、お姉ちゃんは次はどうするの?」

 

「次? 新しい目標ってこと?」

 

「うん!」

 

 

ユニは、ノワールを尊敬していた。

姉として、女神として。日々シェア獲得のため、国民のため誠心誠意クエストや仕事に臨む姿は彼女にとって格好良く映っていた。

だからこそ聞きたい。彼女がこの後、どんなビジョンを描いているのか。

 

 

「そうね…………当面は技術交流や貿易も盛んになるから、まずはラステイションの売り上げを伸ばす方向で行くわ」

 

「経済を回すってこと?」

 

「ええ。 国が豊かになれば、それだけ国民の暮らしも良くなるから」

 

 

少し間を空けての回答だったが、しっかりとした意見にユニの尊敬は天元突破していく。

 

 

「それよりもう時間よ、ユニはもう寝てて」

 

「わ、私も……お姉ちゃんの手伝いを……」

 

「大丈夫だから。 ほら、姉としての命令よ。 しっかり休んで明日に備えなさい」

 

「……はい……」

 

 

尊敬する姉の助けになりたい、そんな一心で手伝いを申し出たユニだったがにべもなく一蹴される。

それが姉としての気遣いであることは分かっていたからこそ、退かざるを得なかった。

コーヒーを啜りながら、ノワールは誰もいなくなった執務室で一人呟いた。

 

 

「……美味しい。 やっぱりあの子も、成長してるのね」

 

 

コーヒーの味に舌鼓を打ちつつも、それを直接伝えられなかったことにコーヒー以上のほろ苦さを感じた。

表立って不仲などではないが、どこかぎこちない姉妹関係。それを憂いながらノワールは執務室の窓から夜空を見上げる。

今日も、星が綺麗だった。

 

 

「……どうする、か……」

 

 

これまで、女神としての使命や責務に明け暮れていた。

苦痛ではなかったと言えばウソになるが、国民の思いを実感できるこの立場にノワールは充実感を覚えていた。

だからこそ、これまでは必死に仕事やクエストをこなしてきた。

 

 

(……でも、これからは少し余裕が出来るのよね)

 

 

だが、多忙な日々も一旦ピリオドを打とうとしている。

口にこそ出さないが、ユニの仕事能力も上昇しており、彼女的には大助かりでもあった。

だからこそ、少し己のために生きる時間を作ってもいい。そんな気がしてきた。

自分のための時間、彼女が思うことは。

 

 

 

 

 

(……もし、出来るのなら。 私は―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白の国、ルウィー。

普段は美しい雪がこんこんと降り積もるこの国も、今日は珍しく雲一つない。

そのため、月光や星光が積雪に吸い込まれ、よりファンタジックな景色を生み出していた。その中に存在する、一際大きな教会の中では。

 

 

「……むぅ、ここは何か違う……。 この文章を直さないと、整合性が取れない……」

 

 

一人の少女が、パソコンに向き合いながらキーボードを叩いていた。

幼い外見からは想像もつかないどうが、彼女こそがこのルウィーを治める守護女神。名前は「ブラン」。

今日も夜遅くまで、書類仕事を―――

 

 

「……まずい、このままだとラノベ新人賞に間に合わなくなる……!」

 

 

―――ではなく、ラノベを書いていました。

それでも傍に積み上げられた書類の山々が、彼女の有能さを物語っている。今は仕事がひと段落したので、趣味である創作活動に専念しているところだったのだ。

 

 

「お姉ちゃ~ん! 絵本読んで~!」

 

「読んで……欲しいな……(ちらちら)」

 

 

そんなある意味修羅場となりつつあるブランの執務室に突撃した二つの小さな影。

どちらもブランの面影を宿した、可愛らしい少女。

片や活発、片や恥ずかしがり屋。そんな彼女達に呆れつつも、どこか愛おしそうな眼差しを向けるブラン。

 

 

「ロム、ラム……。 ダメよ、お姉ちゃんはまだ手が離せないの」

 

「えー、つまんな~い! ずっと最近そんな感じじゃ~ん!」

 

「……私も、寂しい……(こくこく)」

 

 

元気な幼女、「ラム」。控えめな幼女、「ロム」。どちらもブランの妹にしてネプギア達と同じ、女神候補生。

正反対な性格ながらも、年相応の甘えん坊ぶりとやんちゃぶりで姉の手を焼かせているのはこの教会における日常風景だ。

 

 

「仕方ないわね……。 後で読んであげるから、少し待ってて」

 

「ホント!? わーい!」

 

「はーい……!(キラキラ)」

 

 

大好きな姉と一緒に過ごせるということで双子のテンションはマックス。

年相応の可愛らしさに、ブランの呆れもどこへやらである。

 

 

「で、何の絵本を読んで欲しいの?」

 

「これ!」

 

「……『もし、願いが叶うのなら』……ちょっと前に流行った奴ね」

 

「うん、このお話……大好き……(わくわく)」

 

 

ラムが差し出したのは、『もし、願い事が叶うのなら』。

願い事を叶えられるという、子供なら誰でも一度は思うことを絵本にしたもので少し前に大ヒットを記録した。

ロムとラムの琴線にしっかり触れたようで、今ではお気に入りの一冊らしい。

 

 

「分かったわ。 先に部屋で待ってて」

 

「はーい! 行こう、ロムちゃん!」

 

「うん! いい子にして待ってようね、ラムちゃん……(ぱたぱた)」

 

 

これまた可愛らしい足音を立てながら、二人は元気よく部屋を出ていった。

すっかり興も削がれたので今日の執筆作業はお終いと言わんばかりにデータを上書き保存して、廊下に出る。

 

 

「……今日は月が綺麗ね……」

 

 

ふと、窓から空を見上げる。

確かこれから読み聞かせる絵本の冒頭は、こんな夜空から始まった。

何の変わり映えも無い、しかし美しい月夜で少女が願うところから始まる物語。

 

 

「……もし、願いが叶うのなら、か……」

 

 

柄にもなく、そんな事を思ってしまう。思えば叶えたい願いはたくさんある。

ロムとラムの成長と平穏、国の安泰、創作活動の成就などなど。

だが、彼女の頭にふと過る願い。それは今まで考えなかった―――考えないようにしてきたこと。

確か、あの絵本の主人公も、こんな願いを叶えようとしていたのだ。

 

 

 

 

 

(……私の、願い。 願うのは―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、緑の国。リーンボックス。

美しい森に、虫たちが美しい音色を奏でる夜。女神が住まう教会の一室、執務室では一人の少女が仕事に―――

 

 

「ふふ、ようやくボス戦ですわ! さぁ、勝ってヒロインを取り返しますわよ!」

 

 

―――やはり没頭することなく、寧ろゲームに没頭していた。

彼女は「ベール」、この緑の大地を司る守護女神グリーンハートその人。なのだが、三度の飯よりもゲーム好きという筋金入りのゲーマー……を超えたゲーム廃人。

新作ゲームが出れば隠し要素全てをコンプリートするまでやり込み、ネトゲでは勝つまで止めないという入れ込みようだった。

 

 

「む、攻撃のテンポが速いですわね。 なら、ここは秘奥義で決着をつけるまでですわ!」

 

 

落ち着いた雰囲気に反した、このゲームに対する情熱。

攻撃を当てたり、逆に喰らったり、そしてテンションが上がる度に体と豊かな胸が弾む。

 

 

「これで……フィニッシュ! やりましたわ~!」

 

 

どうやらボスを撃破し終えたらしい。

両手を上げてバンザイ、華々しいBGMが彼女の勝利を祝福する。リザルト画面を閉じると、ゲームの中で物語は進行していく。

 

 

『大丈夫かい!? 助けに来たよ!』

 

『ああ、きっと助けに来てくれると信じておりました……。 愛するあなたを……!』

 

「ふむふむ、愛しのヒロインを助ける主人公。 王道だからこそいいですわね~」

 

 

ゲーマーはシナリオにも徹底分析している。

今回は作り込みが良かったのが、ベールも満足な展開のようだ。ゲーム内では愛する者達が困難の末に再会、そして愛の証である口づけを交わそうとしていた。

 

 

「あ、あらあら。 最近のゲームは過激な表現をしますのね……。 見ているこっちが恥ずかしくなっちゃいますわ……」

 

 

濃厚なキスに思わず照れてしまうベール。

女神として悠久の時を生きながらも、恋愛経験のない彼女にとってはまだ耐性の無いシーンだった。

だからこそ、ふと考えることがある。

 

 

「……恋、ですか。 他人のはこうしてゲームで見るだけですが……」

 

 

彼女も、立派な女の子。

幾ら女神として年を取らず、外見も変わらない不老の体とは言え中身は乙女。

それを自覚したからこそ、窓から夜空を見上げて口に出してしまう。

 

 

 

 

 

「……私も、一度―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――四人の女神が願うこと、それは―――

 

 

 

 

 

「「「「―――素敵な恋を、してみたい」」」」

 

 

 

 

 

女神様も、女の子。寧ろ今まで恋愛経験のない女神だからこそ、願うことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――時は同じくして、世界は変わる。

女神も魔法モンスターも存在しない世界。例えるなら、今この物語を見ているあなたの世界に近い。

そんな世界に、ある組織に属する暗殺者の少年がいた。

 

 

 

(―――嫌だ、殺したくない……殺したくない……)

 

 

 

 

その少年は、優しい性格でありながら殺しの技術を無理矢理叩き込まれ―――結果、業界最高峰の腕を持っていた。

 

 

 

 

 

(お父さん……やめて……。 蹴らないで、殴らないで……やめてくれよぉ……!!)

 

 

 

 

 

逆らえば、父親に振るわれる暴力の日々。終わりのない恐怖が、彼を蝕み―――やがて人を殺めるに至った。

 

 

 

 

(……あ……ぁ………もう、ダメだ……)

 

 

 

 

だが―――その優しさ故に耐えられず、刃を置いた。

 

 

 

 

 

 

結果、それが裏切りと受け取られ、彼が所属していた組織に追い回され―――捕らえられてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――重苦しい色合いの部屋。窓もなく、たった一つの出入り口である扉。

そこに数名の男、そして彼らに囚われた黒コートの少年が入り込んだ。

少年は殴られたような痕跡が幾つも顔に刻まれており、抵抗の意は見せない。

 

 

 

「博士、お連れしました」

 

「ご苦労。 ……さて、よくもワシを裏切ってくれたな……『息子』よ」

 

 

 

複数の黒服を着込んだ男達、そして博士と呼ばれた男は銃を握っている。

銃口を少年に向け、引き金に指を掛ける。

 

 

 

 

 

「……息子を犯罪組織に入れて、人まで殺させて、しかも殺そうとする父親がいるかよ」

 

 

 

 

 

対する少年は、全く動じていない。

全てを覚悟していた上で、父親に対し侮蔑の言葉を吐き捨てた。

 

 

「……貴様、どこまでワシに逆らえば気が済むのだッ!?」

 

「うぐっ!?」

 

 

息子の言動に苛立った男が爪先を顔面に蹴り込む。

容赦のないその一撃で少年の顔に痣が生じ、口から血が垂れ流れる。

 

 

「こうしてっ! 躾したよなぁ!? 教育したよなぁ!?」

 

「がッ! あ……! ぐぼぉ!?」

 

「だと言うのにこの恩知らずが!! 恥知らずが!! 親不孝者がぁあああああ!!!」

 

 

殴る、蹴る、殴る、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る蹴る蹴る―――。

限りない暴力が、少年に降り注ぐ。

だが、少年の弱り切った心にはその痛みすらも、徐々に感じられなくなっていた。

 

 

「お前は本当に役に立たない……それでも生かしてやったというのに、そんな大恩忘れるようなクズは……ここで死ね!」

 

 

父親を称する男が懐から取り出したのは拳銃。怒りが指に込められ、今にも弾が発射されそうになる。

少年は最早抵抗しない、怒りも、恨みすらも無い。

ただ―――その瞳には、悲しみだけを湛えていた。

 

 

(俺……ここで終わっちまうのか……でも、このクソ親父の言う通りなんだよな……

 

 

 

 

 

 

結局、“姉さん”も助けられなくて……親父の言いなりになって……

 

 

 

 

 

 

 

暗殺者にされて……人まで殺したんだ。 殺されても、仕方ないよな……)

 

 

 

 

少年は、己の罪を自覚していた。

自覚していたからこそ、抗いたかった。だが、それもここで潰える。

 

 

(……姉さん……ごめん……)

 

 

少年は思い浮かべる、ずっと自分を気遣ってくれた姉の事を。

そんな姉が、今も彼の心の中で優しく微笑んでくれる。

 

 

 

―――我慢しないで、白斗……貴方は優しくて、良い子なの。

 

 

 

―――だから、ちょっとくらいお願い事しても、バチなんて当たらないのよ。

 

 

 

 

(……お願い事、か……。 そうだな、最後に一つだけ……)

 

 

 

 

今にも引き金は引かれる。父親である博士は既に怒り最高潮。周りには彼の部下、閉ざされた部屋、そして縛り上げられたこの体。

最早助かる見込みなど、万に一つもない。

ならばとその少年―――“白斗”は、心の中でただ願った。

 

 

 

 

(―――………)

 

 

 

 

今にも消えそうな心で唱えた願い、叶うはずなんてないと諦めていた。

 

 

 

 

 

 

 

―――いいじゃないですか。 貴方のその願い……叶えて差し上げますよ?

 

 

 

(……え?)

 

 

 

突如、脳内で飄々とした声が響いた。

その次の瞬間―――白斗の体が光に包まれた。

 

 

「ぬぅッ!?」

 

「な、何だ!? 閃光弾!?」

 

 

博士も、男達も目を瞑ってしまう。

そして光が収まった時には、白斗は―――どこにもいなかった。

 

 

「ま、まさか逃げたのか!? おい、監視カメラは!?」

 

「い、今チェックしてますが……扉を通った形跡無し! まるで……“瞬間移動”したかのような消え方です……!」

 

「ば、馬鹿な……奴は一体、どこに行ったのだ……!? 何が起こっているのだぁ!?」

 

 

男達の焦燥、そして博士の激昂。

それらが密閉空間の部屋に響き渡るも、決して少年が姿を現すことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――場所は戻り、ゲイムギョウ界、プラネテューヌ。

女神たち四人の願いが空に溶けたその時、ネプテューヌは天頂に不自然に輝く一つの星を見つけた。

 

 

「……あれ? 何だろ、あの星……」

 

「お姉ちゃん? ……あ、本当だ」

 

 

プラネテューヌからも見えた、その星は周りとは比べ物にならないほど力強く、しかしどこか心惹かれる輝き。

―――あそこに行かなくては。そんな気がしてならない。

 

 

「……ネプギア、先に帰ってて。 私、ちょっと行ってくる!」

 

「え!? お、お姉ちゃん!?」

 

 

何故か、あの光がとても気になる。

居ても立っても居られないネプテューヌは一歩前に立つと目を閉じ、深呼吸しながら光を己に纏わせた。

 

 

「―――さぁ、行くわよ!」

 

 

そこに、あの愛らしい少女はいない。

いたのは凛とした紫の美女、大きく伸びた背丈、大きくなった胸。これこそが女神パープルハートの真の姿。

機械の様な翼を震わせ、夜空へと舞い上がる。全ては、あの光に辿り着くために。

 

 

 

 

 

 

―――ラステイションでも。

 

 

「あら? 何かしら、あの光……」

 

 

ノワールはコーヒーブレイクを止めて、その光に魅入っていた。

普段であればモンスターか、誰かの悪戯か。そう思うのが関の山。

だが、何故か心がざわつく。悪い方向ではない、何故か不思議と気持ちが高ぶってくる。

 

 

「……行ってみるか。 書置きを残してっと」

 

 

仕事も放りだして、ノワールは一枚のメモに殴り書きしていく。

そして精神を統一し、眩い光を放った。

 

 

「……変身完了! ブラックハート、出る!」

 

 

ノワールは、女神化を果たした。

黒かった髪は美しい銀へと変わり、服装は可愛らしいドレスから黒のレオタードへと変貌する。

彼女もまた機械の翼を広げ、夜空へ飛ぶ。

 

 

「お、お姉ちゃん? 何か凄い音したけど……あれ? 書置き?」

 

 

高出力による飛翔は凄まじい風圧と音を発生させる。

驚いて部屋に飛び込んできたユニの元に、一枚の書置きが飛んできた。それに目を通すと。

 

 

『ユニへ 

ごめんなさい、ちょっと用事が出来ちゃった。すぐに戻るから

P.S コーヒー美味しかったわよ ノワール』

 

 

そんなシンプルな書置きだけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ルウィーでも。

 

 

「…………」

 

 

ブランは、食い入るようにその光を見つめていた。

何かがあると確信していた。それが何なのかは確信できないが。

まるで、そこに導かれるかのように。

 

 

「お姉ちゃーん! 何やってるのー?」

 

「……早く、絵本読んで……(おずおず)」

 

「……え? あ、ご、ごめんなさい……」

 

 

痺れを切らしたらしい、ロムとラムが出てきた。

あれからどれくらい見つめていたのだろうか、数分か、数秒か、ひょっとしたら一時間くらいなのか。

分からなかったが、ブランは首を横に振る。

 

 

「でも……ホントにごめんね。 ちょっと用事が出来ちゃったから、外に出てくるわ」

 

「えー!? そんなぁ……」

 

「一緒に、いてくれないの……?(うるうる)」

 

 

ロムとラムからしてみれば、絵本の読み聞かせなど単なる口実に過ぎない。

大好きな姉と、一緒に過ごせればそれでよかったのだ。

その寂しさを理解しているからこそ、ブランも少しだけ悲しそうに目を伏せながら二人の頭を撫でる。

 

 

「大丈夫、すぐ戻ってくる。 ……いい子にしていたら、またどこかへ遊びに行きましょ?」

 

「ホント!? やったー!」

 

「いい子で、待ってるね……!(きらきら)」

 

「ふふ、二人とも。 十分いい子よ。 ……それじゃ……」

 

 

ブランも、光を纏わせる。

この光は人々の信仰の証―――この世界ではシェアと呼ばれるエネルギー。

このエネルギーが、女神を女神たらしめる力にさせているのだ。

 

 

「……よっしゃぁ! 待ってろよ、どこかの何よ!」

 

 

現れたのは、白を基調とした少女。しかし純白のその姿は、言動こそ荒々しいが美しい。

ホワイトハート、それこそがこのルウィーを守護する女神の姿。

―――因みに公式隠れ設定では、守護女神の姿は国民の希望が反映されているという。

ルウィー国民の業は、深い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、リーンボックスでも。

 

 

「……何でしょうか、あの光は……」

 

 

見るだけで、温かい。見るだけで、心が安らぐ。

そんな魅力が、あの光にはあった。

どうしても気になり、どうしても目が離せず、どうしても心がざわつく。

 

 

「……セーブ完了。 では、参りますか」

 

 

シェアエナジーを身に纏い、覚醒する。

美しい金髪は緑色の髪となり、ポニーテールに纏められる。

体を包むは銀箔のビキニを思わせる、露出の高いプロセッサ。手には愛槍を携えた、美しき緑の女神。

 

 

「ち、ちょっとお姉様!? どこへ行くんですかーっ!?」

 

「ごめんなさい、チカ。 どうしても行かなきゃならない気がするんですの!」

 

 

同じ頃、ベールもまた女神化して大空に飛び出していた。

リーンボックスの守護女神、グリーンハート。

教祖であるチカの声をも振り切って、あの光の下へと羽ばたく。

 

 

(……どうしてでしょうか。 大好きなゲームすらも放って行ってしまうなんて)

 

 

ベール自身も、この行動の意味が分からなかった。

ただ、あの光の中に自分が求めている何かがあるかもしれない。それだけは分かった。

理由にならない理由かもしれないが、そんな衝動にも似た直感が彼女を―――女神たちを突き動かしているのだ。

そうして辿り着いた時、そこには他の三女神たちもそこに集っていた。

 

 

「……あら? ネプテューヌにノワール……それにブランまで?」

 

「ベール? なんで貴女までここに……」

 

「全く、あなた達ってばこんな遅くまで夜のフライトだなんて……随分暇人なのね」

 

「ノワール、その言葉そっくりそのままお前にブーメランするけどな」

 

 

偶然か、それとも必然か。

何の打ち合わせも無しに、四大陸を司る守護女神が一堂に会した。そもそも、何の気なしに会うというのはこの四人にとってそれほど珍しいことでは無かった。

だが、どうやら今回は誰もが目的を同じにしているのだ。

 

 

「……ここに来た、ということは……」

 

「ええ、アレね」

 

「……何なんだ、あの光は……」

 

「分かりませんわ。 ですが……何故か、危険だと感じないのです」

 

 

四人は、真上を見上げた。

それはゆっくりと降りてくる光の玉。まるで四人に迎えに来てもらったかのか、それともこの光が四人を導いたのか。

誰もが、眩いその光に魅入っている。

 

 

「……誰か、いる……?」

 

 

最初に気づいたのは、ネプテューヌだった。

光の中に、僅かながら人影らしきものを確認した。ノワールたちも良く目を凝らせば、確かに人影が輪郭として浮かび上がってくる。

 

 

「確かに、誰かいるみたいだけど……」

 

「何者だ……? 敵……増してやモンスターじゃねぇよな……」

 

「ええ……。 警戒すべきなのでしょうが……って、ネプテューヌ?」

 

 

光の中の人物、当然心当たりなど無い。

誰もが警戒心を抱く中、ネプテューヌはその光に手を伸ばした。それが好奇心か、それとも何かを感じ取っての事なのか。

ベールの静止も間に合わず指先で触れると、光の玉は弾けて消える。

その中から現れたのは―――。

 

 

「……男の、人……?」

 

 

黒いコートを羽織った、少年だった。

気を失っているのか、その瞳は閉じられており、その体はネプテューヌの腕に収まる。

少年は自分と同じくらいの外見年齢と背丈。どこか大人っぽい雰囲気を醸し出しながらも、優しげな雰囲気も感じられた。

だが、それ以上に目についたのは、顔中につけられた痣の数々である。

 

 

「ちょ! け、怪我してるじゃない!」

 

「な、何だこりゃ……! 一つや二つじゃねぇ! 酷い……」

 

「と、とにかく運びましょう! ここから一番近いのは、プラネテューヌですわね!」

 

 

余りにも無残な姿に、女神たちは警戒心を忘れて口元を抑えた。

息があることだけは確認し、最寄の施設へ運ぶことになった。

向かう先は、ネプテューヌの拠点であるプラネテューヌの教会でもあり、国のシンボルでもあるプラネタワー。

 

 

「う、うう………ここは……?」

 

 

その時、少年が目覚めた。

ぼんやりとした、おぼろげな視界が徐々に覚醒してくる。その瞳に映ったのは。

 

 

 

「……安心して。 もうすぐ私の教会よ。 そこで治療してあげるから」

 

 

 

美しき、紫色の女性の顔。

凛とした佇まいの中にある美しさと可愛らしさ。そして自分に掛けられる、力強くも優しき声。

その姿に、声に、そして心に。少年は、彼女をこう称した。

 

 

「……女神、様……?」

 

「え……?」

 

 

思わず、そう呟いてしまった途端にまた気を失う。

一方のネプテューヌは少年から発せられた、表裏の無い言葉に胸を打たれた。

 

 

「ネプテューヌ? どうしたのよ、顔を赤くして」

 

「っ! な、何でもないわ! とにかく急ぎましょう!」

 

 

ノワールが心配そうにのぞき込むことでようやく我に返る。

必死で頭を振り、雑念を消して四女神はプラネタワーへと跳んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――この少年との出会いが、彼女達の運命を左右することになるとは知らずに。




サブタイの元ネタ「異世界はスマートフォンとともに」

初めまして、カスケードと申します。
ネプテューヌシリーズは本当に大好きで、もうみんな可愛くて、そんな皆が可愛らしくて幸せなラブコメをしていけたらというコンセプトの元、今回のお話を作ることにしました。
目標、読者様の部屋の壁を破壊させること!一日何枚壊せるかな~?
さて、世界観としてはゲームとアニメ、両方の世界観やストーリーを踏襲しつつ、オリジナル展開を主軸にしていこうと思います。
では今後とも、新しい次元の物語を是非お楽しみください!


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第一話 革新する紫の大地、プラネテューヌ

さて、新作小説ということで続けて投稿!
この作品の主人公、黒原白斗と女神様達の出会いと自己紹介フェイズ!





―――少年は、暗い闇の中を彷徨っていた。

その間に響き渡るは、数々の罵倒の声。

何度も何度も、拳や蹴りと共に織り交ぜられるその声に少年は背を背けながらも顔を歪ませている。

 

 

 

 

 

―――白斗! 貴様は、私のいうことに従っていればいいのだ!

 

 

 

 

 

 

 

―――どうして貴様が生き残るのだ……可愛い香澄ではなく、妾腹の貴様が!

 

 

 

 

 

 

 

 

―――お前は、間違って生まれた愚か者だ。 役立たずのクズめ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抵抗しない、抵抗できない。

ただその罵倒を黙って背で受けることしかできない。拳や蹴り以上の痛みが、胸に突き刺さる。

痛みが襲い掛かる度に顔が歪み、目尻から涙が溢れ出す。

 

 

(……俺は……やっぱり、死ぬべきだったのかな……。 こんな、人殺し……)

 

 

目線を下ろして、顔に影を齎せる。

何度も何度も、日々襲い掛かるこの声にいつしか少年の心に「理解」が訪れようとしていた。

父親の言う通りだったのではないかと。

 

 

(今ここで俺が死んでも……心配しない。 誰も、不幸になるわけないよな……)

 

 

これだけ忌み嫌われた自分だ、誰も悲しまない。

そんな諦観と絶望が、少年を多い尽くそうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。少年の心に、温かい何かが入り込んできたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――この人、大丈夫かしら? 早く目を覚ましてくれればいいのだけど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かの声が聞こえる。少年を慈しむ、優しい女性の声。

 

 

 

 

 

 

―――あれから一晩も経ってる。 何より酷ぇ怪我だな……誰がこんなことを……。

 

 

 

 

 

 

心配と、怒りの声。だがそれは、少年を気遣ってくれるからこそのものだ。

 

 

 

 

 

 

 

―――応急処置はしましたわ。 後は目覚めるのを待ちましょう。

 

 

 

 

 

 

 

一人や二人ではない、三人目の声。しかも、自分を手当てしてくれたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

―――聞こえないかもしれないけど……もう大丈夫よ。 安心して―――

 

 

 

 

 

 

そして最後に聞こえた声。

意識が途切れる寸前に聞こえた、あの女神を思わせる女性の声。

その声が光となって、温もりとなって、力となって。少年を包み込む。やがて自分を痛めつけていた父親の声も無くなり、少年は手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

自分を導いてくれる、「女神」の声に―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、ううん……」

 

 

外から聞こえる小鳥の囀り、窓から差し込む柔らかな朝日。

それに起こされて少年は、ようやく目を覚ました。

視界に飛び込んできたのは、眩いルームライトの光、可愛らしい色合いの天井、そして自分を取り巻く四人の美しい女性たち。

 

 

「あ、良かった! 目を覚ましたのね……」

 

「……え……?」

 

 

真っ先に声をかけたのは、あの時自分を抱きとめてくれた紫の美女。

大きな胸にレオタードと、刺激的かつ現実離れした服装をしていた。

直前まで見たことのない部屋と人。少年にとっては突然かつ全く身に覚えのない事態との遭遇に一気に警戒心が爆発する。

 

 

「……っ!?」

 

「怯えなくていいわ。 ここなら安全だし、私達は敵じゃないから」

 

 

思わず胸に手を伸ばし、距離を取ろうとした。

けれども、紫の美女は全く動じず、寧ろ落ち着かせるような表情と声色をしている。

凛とした声から冷静な印象を受けたが、その言動から優しさを感じさせ、少年の心は自然と落ち着いてしまった。

 

 

「……ここ、は……?」

 

「ここはプラネテューヌにあるプラネタワーよ。 酷い怪我だったし、病院も開いてなかったからとりあえずここに運んで手当したのよ」

 

「得意げに言わないのネプテューヌ。 応急手当したのはベールじゃない」

 

 

その反対側から今度は銀髪の美少女が声をかけた。

強気な言動から少し気が強そうな印象を受ける。

更にその隣には白いレオタード姿の美少女と、ポニーテールをした緑の美女が控えていた。因みにこの間、緑の美女はその巨大な胸を揺らしていた。刺激的である。

 

 

「……あ、ありがとうございます……イデッ!」

 

「無理をなさらないでください。 応急手当だけですから……」

 

「は、はい……」

 

 

目の前にいる美女たちは、どうやら助けてくれたらしい。

一旦警戒を解き、感謝のためにお辞儀をしようとしたら激痛が走る。

あくまで傷や痣に対する処置をしてくれただけであり、怪我そのものが癒えているわけではない。

それでも。少年からすれば彼女達は紛れもない命の恩人だ。

 

 

(……こんな俺を、助けてくれるなんて……)

 

 

今まで暗いものに縛られていた心が、温かくなってくる。

いつの間にか、体も少しずつだが軽くなってくる―――ように感じた。

 

 

「にしてもお前、何だって空から降ってきたんだ?」

 

「空……?」

 

 

白の少女からの質問。

だが全く心当たりも覚えも無かった。確かに気が付けば、夜空から落ちていた。

あの瞬間、自分は父親に殺されそうになっていたはずなのに―――。

 

 

「覚えていないのですか?」

 

「覚え……というよりも、なにがなんだか……」

 

 

少年自身も困惑していた。

そもそもプラネテューヌという名称も、彼女達の言う「空から落ちてきた」ということも、何より彼女達の事すらも分からない。

 

 

「混乱しているようね……。 なら、まずは分かることから整理していきましょう。 それじゃ、まずは貴方の名前から教えて貰えるかしら?」

 

「は、はい……。 黒原白斗……です……」

 

 

ネプテューヌと呼ばれた紫の女性が、改めて質問をしてくれる。

互いに初対面故、僅かな警戒心を抱いてはいるようだったがそれでも少年は何故か素直に話してしまう。自分の名前を。

 

 

「白斗……いい名前ね。 私はネプテューヌ、このプラネテューヌを守護する女神パープルハートよ」

 

「私はノワール。 ラステイションの女神、ブラックハートよ。 覚えておいてね」

 

「私は女神ホワイトハート。 名前はブランだ。 ルウィーの守護女神をしている」

 

「ベールですわ。 リーンボックスの守護女神をしていますの」

 

 

少年―――黒原白斗の素直な自己紹介が聞いたのか、ネプテューヌ達も優しい物腰で自己紹介をしてくれる。

ノワール、ブラン、ベール、そしてネプテューヌ。彼女達が所謂女神と名乗る女性であることは分かった。だが、白斗には当然理解できないことがある。

 

 

「……女神?」

 

「え? 貴方、女神を知らないの?」

 

 

ノワールがさも驚いたような声色を上げる。

まるで、常識知らずと言わんばかりの驚きようだ。

だが当の白斗にとって女神など、物語の中の存在でしかない。いや、その他にも聞き覚えのない単語ばかりが飛び交っていた。

 

 

「そ、そもそもプラネテューヌって言いますけど……ここ、どこの国ですか?」

 

「だからここはプラネテューヌっていう国よ。 ……ひょっとしてそれも知らないの?」

 

「は、はい……。 らすていしょん? も、ルウィーもリーンボックスも聞いたことが無い……」

 

 

地名すら聞いたことが無い。

父親から刻み込まれた英才教育の所為で、国の名前くらいは暗記しているつもりだったがプラネテューヌなる国など聞いたことが無かった。

けれども、女神と名乗る女性達は更に困惑を極めているようだ。

 

 

「……なぁ、お前。 どこの国出身だ?」

 

「日本ですけど……」

 

「ニッポン? それこそ聞いたことないぜ……」

 

 

何やら話が噛み合わず、今度はブランが質問してきた。

出身国、日本。普通に答えたはずなのに、ブランを含め女神たちは困惑している。その顔色や言動から、惚けているわけではないと白斗は察した。

 

 

「え? じゃぁ、どういう……」

 

「……ひょっとして、これは……」

 

 

ネプテューヌは何か一つ思い当たったらしい。

答えを告げようとしたその時、彼女の体が光に包まれ―――。

 

 

 

 

「―――ひょっとして! 今流行りの異世界モノって奴!? 確かにゲイムギョウ界でも大流行してるけど、ついに現実にキター! ねぷーっ!!」

 

 

 

 

凛とした美女の代わりに―――可愛らしい少女が姿を現した。

 

 

「………ゑ?」

 

 

白斗は、呆けた。

あの美しく、落ち着いたネプテューヌの姿が消え、入れ代わるようにハイテンションな女の子が何やらメタ発言を連発している。

全く展開についていけず、白斗の脳内は混迷を極める。

 

 

「あの……ノワール、さん?」

 

「何かしら」

 

「ネプテューヌさんは……どこへ行かれたのでしょうか?」

 

「現実を見てくださいまし。 ……そこにいる女の子が、ネプテューヌその人ですわ」

 

 

呆れたようにノワールもベールもため息を付いた。

白斗は改めて少女に振り返る。ギギギ、と油の切れたロボットのようなぎこちない首の動きで振り返ったその先には、先程の高潔な雰囲気も微塵も感じさせない、元気娘が「ドヤァ!」と言わんばかりに立っている。

 

 

「ふっふっふ……美少女は世を忍ぶ仮の姿。 そしてその正体は! プラネテューヌの女神にしてこの作品の主人公兼ヒロイン、ネプテューヌなのだ!! ドヤァ!!」

 

 

―――美しき神秘の女神。その面影は、完膚なきまで破壊されていた。

 

 

「…………ええええぇぇぇええええぇぇ!? 嘘だろおおおおおおおおおお!!?」

 

「ねぷーっ!? 何なのかな!? その信じられないというような失礼な反応は!?」

 

「いや、普通だろ。 お前が一番変わるんだから」

 

 

白斗の叫び声が、プラネテューヌに木霊した。無理もないと言わんばかりにブランもコクコクと頷いている。

何せ、まさに女神なお人が一転して正反対な女の子になってしまったのだから。

 

 

「では、女神の証明がてらご説明しますわ。 先程までのネプテューヌの姿、そして今の私達の姿は所謂変身ですの」

 

「そして、その変身……女神化を解くと……」

 

 

示し合わせたかのようにノワールたちが一斉に目を閉じる。

すると先程のネプテューヌ同様に光を纏った。

光が収まれば、先程のレオタード姿ではない三人の少女たちが立っていた。

それぞれ黒のツインテール、栗色のショートカット、そして金髪のロングヘア―。見た目がまさに別人となっている。

 

 

「……こうなる。 こっちの姿が、普段の私達……」

 

「……性格も変わっちゃうんですね」

 

「変わるのは主にネプテューヌとブランだけどね」

 

 

女神化を解除したブランは、先程と違って物静かな喋り方になる。

それ以上に白斗の目から見てもあの変身解除はトリックなどという類ではない。自分の想像を超えた力。

自分達がいた世界では考えられない力としか思えなかった。

 

 

「……ホントに、女神様なんだ……」

 

「ふっふっふー。 やっと信じる気になったか!」

 

「……ネプテューヌの存在が、女神の存在を疑わせたのよ。 全くもう……」

 

 

再び呆れたようにノワールが溜め息をつく。

どうやら、彼女のハイテンションな言動に振り回されるのが彼女達の日常らしい。

 

 

「……で、改めて貴方は異世界から来たってことでいいかな? いいよね? はい決定!」

 

「俺の意思は!? ……もう、そう言うことにしておいてください……」

 

 

白斗もいよいよついていけなくなった。

それでもこの少女の明るさは、嫌いではない。寧ろその逆―――。

 

 

「で、あの……ネプテューヌ、さん……?」

 

「ネプテューヌでいいよ。 私も君の事、白斗って呼ぶから! 敬語もナシナシ!」

 

「え? でも……」

 

「そっちの方が楽しいし、白斗って敬語使うキャラじゃないでしょ? ほらほら、普段の君で接してみて! さぁさぁさぁ!」

 

 

全く悪意のない笑顔を向けてくれる。

フレンドリーと言えばそれまでだが、白斗は内心驚いていた。一見何も考えていないネプテューヌだが、感覚的な人間観察力があるらしく白斗の性格を何となく把握していたからだ。

息を飲み、緊張しながらも、白斗は肩の力を少しだけ抜いて。

 

 

「……分かっ、た。 よろしくな、ネプテューヌ」

 

「うん、よろしい!」

 

 

改めて、ネプテューヌと関係を結ぶことが出来たのだった。

その際にまた向けてくれる笑顔が、白斗の沈んだ心を軽くしてくれて、更には力も与えてくれる。

 

 

「全く、ネプテューヌらしいわね」

 

「ええと……ノワールさん、達もネプテューヌと仲がいいんですね」

 

 

一方のノワールはあくまで女神としての態度を崩さない。それが彼女なりの矜持と言うものだ。

白斗はまだ許可が得られていないこともあって、ノワールたちには敬語をつけて接してみることにした。

 

 

「別に……。 ちょっと前までは、シェアを奪い合う敵同士だった」

 

「え? て、敵?」

 

 

ふと、零してみた言葉で少しだけノワールとブランの表情が曇った。それどころか「敵」という言葉まで出てきたのだ。

今ではこうして、呆れながらも互いに対等な関係で会話も成立しているのだから白斗からすれば信じられないと言う他無い。

 

 

「ええ。 この世界……ゲイムギョウ界と言いますが、女神達はそれぞれの国を治めていますの」

 

「そして女神は国民の信仰をシェアエネルギーに変換し、女神の力として行使できる」

 

「だからこそ、私達は今までそれを巡って争ってきたのよ」

 

 

簡単ながらもこの世界がゲイムギョウ界と呼ばれる世界であること、女神はその世界に存在する国のトップであること、そしてシェアというエネルギーを巡って争ったことがあることを、白斗は知った。

白斗は少しだけ表情を俯かせた。所謂、血みどろの戦争がこの世界にも―――。

 

 

「いやー、楽しかったよね! この間の格ゲー大会! ノワールが最初に場外ホームランされて……」

 

「あ、あれはブランの裏切りが原因よ! 最初にベールを叩き潰すって協定を結んだのに!」

 

「先走るノワールが悪い……」

 

「うふふ、私にとってそんな作戦など赤子の手を捻るようなものですわ。 次はレーシングゲームでお相手しようかしら?」

 

 

―――そんなことはなく、どうやらいつしか戦いは遊びにまで及んだらしい。

ちょっとした口喧嘩に発展しているが、それは仲違いするようなものでなく、寧ろ喧嘩友達を思わせるような接し方だった。

 

 

(……なんだ。 シェアというのさえ絡まなければ、いい友達なんだな……)

 

 

そんな美少女たちの姦しい姿を見て、思わず白斗はホッとしてしまう。

少なくとも、今は表向きだけでもギスギスした関係ではないらしい。

 

 

「でも大丈夫! 今度、友好条約が結ばれて私達は正真正銘の友達になるんだから!」

 

「あ、あくまで表向きよ。 結局はシェアを奪い合うことに変わりは無いんだから」

 

「友好協定は武力によるシェアの奪い合いを禁止するだけ……後は各国の歩み寄り程度かしら」

 

 

友好協定、どうやらその名に恥じず表立った戦闘行為を禁止し、国同士での友好を結ぼうというものらしい。

シェアを巡りあうことを強調するノワールだが、裏を返せば「シェアさえ絡まなければ仲良くしてあげる」と聞こえないこともない。

 

 

「素直じゃないノワールはさておき、白斗。 異世界モノのお約束として住む場所って当然ないよね?」

 

「そう、なるかな……。 まぁ、野宿ならこれまで何度も……」

 

「ダメダメダメ! 外にはモンスターだっているんだよ、野宿なんてさせられない!」

 

「え!? モンスターまでいるのこの世界!?」

 

 

突然、ネプテューヌからそんな言葉を掛けられてきた。

根無し草ではあるが、その気になれば生活などどうにでも出来ると思いたかったが、モンスターというそれこそゲームでしか見ないような存在を知らされた。

どれだけ強いのか分からないが、ネプテューヌ達女神が止めようとしている辺り、本当に危険なのだろう。

―――どれだけ、自分の“強さ”が通用するのかも分からない。

 

 

「そうよ、野宿なんてやめときなさい」

 

「でも、だったらどこかで住み込みの仕事でも見つけないと……」

 

「そこで提案! 心優しき主人公たる私はこの教会で暮らさないかと提案するのだった!」

 

「ここ……で……?」

 

 

白斗は部屋を見渡した。

誰も使っていない一室だったらしく、壁紙以外は装飾も施されていない。家具も来客用の簡単なベッドと机のみだ。

 

 

「うん! もういーすんとネプギアには話を通してあるから安心して!」

 

「いーすん……ネプギア?」

 

「後で紹介してあげるから! で、どうする?」

 

「どうするって……どうして、俺なんかのためにそこまで……」

 

 

正直、ネプテューヌの申し出はありがたい。

全くこの世界に関する知識がない以上、外で過ごすのは危険だろう。だからと言って、何の見返りも無しにこれだけの援助をしてくれるとは思わなかった。

 

 

(……今まで、親ですら俺を助けたことなんてないのに……どうしてこの人達は……ネプテューヌは、俺を助けてくれるんだ……?)

 

 

何のメリットもないのに、寧ろ他人を抱え込むだけ厄介事になるのに。

裏があるのではと勘ぐっても、彼女の言動とその明るさからそれすらも感じられない。

益々分からない、どうして自分を助けてくれるのか。

 

 

「そんなの、見過ごせないからに決まってるじゃん! こうして出会って、お話した以上白斗はもう仲間なんだよ!」

 

「ね、ネプテューヌ……」

 

 

全く悪意のない表情に、白斗は戸惑う。

周りを見ても、「諦めなさい」、「この子はこういう子だから」、「こうなると思っていた」と目で語る三女神達。

これが彼女の当たり前なのだろう。これが、彼女の優しさなのだろう。彼が―――彼女が女神たる所以なのだろう。

 

 

 

 

 

 

「だから、白斗…………もう大丈夫だよ」

 

 

 

 

 

 

無邪気、健気、そして―――優しい笑顔。

そんな彼女の顔が、白斗にはとても眩しくて。輝いていて。焼き付いてしまって。

 

 

(………女神様、だ………)

 

 

今、どうして彼女が女神と呼ばれているのか分かった気がする。彼女は、ネプテューヌは、誰にでも親しく話しかけてくれて、誰とでも対等に接して、誰とでも寄り添ってくれる。

そんな姿を、女神以外の何と呼べようか。

―――白斗の中で、彼女の笑顔は一生忘れられないものとなった。

 

 

「だからさ、ここで住むってことでいいよね? はい決定!」

 

「だから俺の意思は!? ………でも、ありがとう………」

 

「やったー! いいツッコミの腕してるし、これでまた楽しくなるね! ヒャッホー!」

 

 

思わずツッコミを入れてしまうも、白斗はその申し出を戸惑いながらも受け入れた。

まるで新しいツッコミ要員、そして友達が出来たことにネプテューヌは一喜一憂する。そんな空気に当てられて、ノワールも、ブランも、ベールも。

そして、白斗の擦り切れた心にも。笑顔が舞い込むのだった。

 

 

「……なぁ、俺から一言いいかな?」

 

「え? いいけど」

 

 

白斗は、胸の疼きを感じながらもしっかりと向き合った。

見ず知らずの自分を助けてくれてた彼女達に、初めて優しくしてくれた彼女達に。

 

 

 

 

 

「ネプテューヌ、それにみんなも……助けてくれて、本当にありがとう」

 

 

 

 

 

―――この人達のために、生きたい。

そう確信した白斗は、ネプテューヌに負けないくらいの精一杯の笑顔を浮かべた。

朝日が差し込んだ彼の顔は―――女神達にはとても綺麗に見えた。

 

 

「「「「…………」」」」

 

「あれ? みんな……どうかした?」

 

「「「「な、何でもない」」」」

 

 

思わず顔を背けてしまう四女神。

言えるはずが無かった。―――「その笑顔に見惚れてしまった」、など。

顔を向けられるはずが無かった。この赤くなかった顔を見られたくなかったから。

 

 

(ね、ねぷぅ……どうしたんだろ私ったら……。 こんなの私らしくないよね! うん、切り替え切り替え!)

 

 

言いようのない心のざわつきにも屈せず、ネプテューヌは何とか持ち直す。

しかし、その感情は決して嫌なものでは無い。寧ろ、幸せになれるような気がする。

それは、他の女神達も同じだったことは、ここだけの話。一方の白斗は部屋の窓から外の世界を見渡す。

周りは森だが、その向こうに見える大都市。見たことも無い建物の数々から、本当に異世界こと「ゲイムギョウ界」に来てしまったことを改めて実感する。

 

 

 

 

 

 

 

(どうして、この世界……ゲイムギョウ界に来てしまったのか……正直よく分からない。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、こんな“暗殺者だった”俺でも……彼女達に恩返しがしたい。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうせ、いずれは地獄に堕ちる身なんだ………だったらせめて、彼女達のためにこの命、使おう。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それくらい……いいよな? “姉さん”……)

 

 

 

 

 

白斗は己の手を今一度力強く握りしめる。傷だらけのその手で、何かを掴み取ろうとするかのようにこの未知なる世界、ゲイムギョウ界で生き、そして死ぬ覚悟を固めた。

けれども、少年少女はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

ここからハチャメチャで、嘗てない波乱と、そして―――幸せに満ちた物語が幕を開けることを。




サブタイの元ネタ「超次元ゲイムネプテューヌ(無印)」よりプラネテューヌの異名


と言うわけで女神様達との邂逅でした。
こういう時のネプテューヌって本当に物語の展開的にも助かるし、何より女神様なんだなぁって思わせてくれる一番のキャラクターです。
え?私はどこを信仰してるかって?みんな大好きですがプラネテューヌ信者でありルウィー信者です。でもみんな大好き!
そんなこの小説はオールキャラで誰でも楽しめるような作風にしていきますのでどうかよろしくお願いします!


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第二話 はじめてのクエスト

初戦闘!
この物語の主人公は当然ネプテューヌ達でもあり、黒原白斗でもあります。
そんな彼の強さをどうするか、非常に悩みましたがここに落ち着きました。
余談ですがVⅡの戦闘システム大好き。エグゼドライブみんなカッコ良すぎやろ!うp主的に一番好きなのは「次元一閃」。アレもいずれ出す(確信



このゲイムギョウ界に飛び込み、そしてここで生きていく決意をした白斗。

まずはお世話になるこの建物、プラネタワーに住まう人に挨拶することにした。

女神の教会だけあって職員も何人かいたが、まずは事実上のトップである教祖へと挨拶することに。

 

 

「まずは紹介フェイズ! このちっこいのがいーすんことイストワールだよ!」

 

 

出てきたその先には、本に乗った可愛らしい小さな妖精がふわりふわりと浮かんでいた。

けれども、その少女は小さいながらも大人びた雰囲気を纏い、柔らかい微笑みを向けてくれている。

 

 

「初めまして。 私がこの教会の教祖をしています、イストワールです」

 

「ど、どうも……初めまして。 黒原白斗です」

 

 

いきなり妖精という唐突なエンカウントに面食らってしまう。

ネプテューヌ達の女神化もそうだが、本当に白斗の世界では見られないものがこの世界にはたくさんあった。

いーすん、という愛称がつけられている彼女はその見た目に違わない大人びた所作で白斗を迎えてくれる。

 

 

「これからお世話になります。 色々働いて、ネプテューヌやみんなに恩返し出来ればと……」

 

「無理に考えなくて結構ですよ。 まずは安全第一、それから身の振り方を決めてください。 人々のためにあること、それが女神とこの教会が存在する意味なのですから」

 

 

何と神聖かつ優しき言葉なのだろうか。

ここが教会であることを、益々実感させてくれる。可愛らしい見た目でも、教祖としての自覚と素養に思わず白斗は感激してしまった。

 

 

「で、こっちにいるのがネプギア! 私の妹だよ!」

 

「は、初めまして。 お姉ちゃんの妹で女神候補生のネプギアです」

 

 

そしてネプテューヌの隣に立つ、長い紫色の髪の少女。

妹と言われれば確かにどこか面影はある。だが礼儀正しさといい、控えめな印象といい、本当に“あの”ネプテューヌの妹なのかと一瞬疑ってしまう。

 

 

「初めまして、ネプギアさん。 ……それにしても女神にも妹がいるとは」

 

「ネプギアでいいですよ。 妹と言っても私達、シェアの力で生まれた存在なんです。 まだ女神化は出来ないんですけどね」

 

「ん? どういうことだ?」

 

 

思わず白斗が聞き返してしまう。

妹と言うからには血の繋がりがあるものだと思っていたのだが、どうやら少し違うらしい。

その辺りの仕組みを、イストワールが説明し始める。

 

 

「国に過剰なシェアが集まると、それが形となって女神や次の女神候補生が生まれるんです。 ネプテューヌさんとネプギアさんのように、それぞれの容姿や内面を反映している場合が多いですね」

 

「なるほど、だから妹にして女神候補生なんですね。 ということは、皆にも?」

 

 

この国においてのシェアと言う名の信仰心、それは女神をも生み出す力だということだ。

確かにそれが重要なものにして、嘗て女神間の間で奪い合いになるというのも理解できる。

そしてネプテューヌに妹がいるということは他国の女神にも存在するのではないか、という純粋な興味から、白斗がそんな質問を投げかけた。

 

 

「ええ、私にもユニっていう妹がいるの。 しっかり者のいい子よ」

 

「私にも二人。 ロムとラム……普段は悪戯ばかりで手を焼かされるけど、とてもいい子達よ」

 

 

ノワールとブランが、妹達を語っているその姿は誇らしげにも見えた。

ネプテューヌもそうだったが、姉として妹を愛しているのだと白斗は感心した。

 

 

「そっか。 いつか会ってみたいなぁ……って、ベールさん!? どうしたんですが明らかにどよーんとした空気を抱えて!?」

 

「どよーん、なのですわ……。 私には、妹がいませんもの……」

 

「お、おおぅ……」

 

 

どうやら地雷を踏んでしまったらしい、明らかにベールが落ち込んだ。

そしてこの落ち込みぶりを見るからに、どうやら彼女は姉妹関係に憧れているのだと瞬時に察した。

 

 

「と、とにかくシェアの力で女神が生まれるっていうことですね! シェアってすごいですねぇ! あははははは!」

 

 

空気を換えようと、とりあえず話題を振ってみる。

―――だが、それはよくあるお約束的展開。地雷を踏みぬいて、即話題を変えれば、また新しい地雷を踏みぬくと言うことに。

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

「きゃああああああっ!? い、イストワールさぁあああああん!!?」

 

 

突如、腹を抱えて悲鳴を上げるイストワール。

けたたましいその声に逆に白斗がとんでもない悲鳴を上げてしまう。良く見ると吐血すらしているではないか。

 

 

「……そう、シェアは大事なんです……。 大事……なのに、ネプテューヌさんったら毎日ゲーム三昧、サボり三昧、プリン三昧で全く仕事やクエストに手を付けないで……ッ!! 少しでも仕事をして国民の尊敬や感謝を集められたら、シェアは落ちないのにぃッ……!!! ここ最近のプラネテューヌのシェアは下降気味で……それ以前に仕事は私達やネプギアさんばっかりが処理しててッッッ………!!!」

 

 

―――どうやら、ネプテューヌはサボり魔らしい。

確かにあの普段の姿の言動からして、真面目に仕事をこなしている印象は一切なかった。

周りのノワール達もイストワールに同情の視線を送っていることから、これが彼女達の普段の光景であると嫌でも察してしまった。

 

 

「あー……なんかその、すいません……」

 

「いえ、白斗さん……。 こっちこそ、うちのお姉ちゃんがその……すみません……」

 

「いや、ネプギアよ。 君も苦労しているんだなぁ……本当に、すいません」

 

「白斗さんが謝ることないですよ! だから本当にその……すみません……」

 

「何回すみません言うのよ、あなた達は……」

 

 

気苦労を共有できた白斗とネプギア。

何故か初対面にして彼女との絆が深まってしまった。

 

 

「まぁまぁ! くよくよしてても仕方ないって! 明日がある~さ~♪」

 

 

当の本人は、超お気楽モードにして爆弾発言。当然、イストワールも我慢の限界が来て―――。

 

 

 

「―――誰の……誰の所為だと思ってるんだゴルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

「ねぷうううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!?」

 

「オメェが働いていれば私ぁこんなことにならないんだよこの阿呆がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

「ひいいぃぃぃぃいいいいいッ!!?」

 

「それとも何かァ!? 一旦消滅させなきゃ更生出来ねぇのかあああああ!!?

なら私が消滅サセテヤロウカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

 

「やめてえええええええええええええええええええええええっ!!?」

 

 

 

イストワールが、吠えた。ネプテューヌは、震え上がった。

そのまま怒りに任せてどこから持ち出したハリセンでネプテューヌをしばく、しばく、しばく。

ドメスティックバイオレンスな光景が繰り広げられていたが、白斗も全く助けるどころかネプテューヌに対して冷たい視線を送っていた。

 

 

「……本当に女神なのか、あの娘は……」

 

 

自業自得にしてイストワールが可哀想だと白斗もため息を付いている。

先程までの女神だと思わせてくれた慈愛の心はどこに行ったのか。

異世界の人間なのに、プラネテューヌの存続が気になって仕方がない今日この頃だった。

 

 

「残念だけど、あれが現実なのよ。 全く、ネプ子ったら相変わらずね……」

 

「もう、ねぷねぷもいい加減にお仕事しましょうよ!」

 

 

諦めたかのように同じく深いため息を付きながら二人の少女が新しく入ってきた。

一人は、少し大きめの青いコートを身に纏った少女。冷静かつしっかり者のの印象を受ける。

もう一人は柔らかい雰囲気の、胸が大きい少女だった。

 

 

「あ、アイエフさんにコンパさん! いらっしゃい!」

 

 

ネプギアが入ってきた二人―――アイエフとコンパに挨拶した。

こんな殺伐とした状況でも挨拶を忘れない。いい子です。

 

 

「ネプギア、お邪魔してるわ。 で、あなたが件の……」

 

「黒原白斗だ。 この度、ここでお世話になることになった……んだが……」

 

「ちょっとぉ!! あいちゃん! こんぱぁ! 白斗ぉ!! 主人公がログアウトしちゃうよおおおおおおおおおおお!!」

 

「……ねぷねぷ、自業自得ですぅ」

 

 

どうやら少女達はネプテューヌの友人らしい。

仮にも一国の女神に愛称をつけて対等に接しているのだから。ただ、そんな親友二人でもネプテューヌの怠慢は見逃せないらしく、ネプテューヌを助けるつもりは皆目なかった。

 

 

「なら改めて自己紹介ね。 私はアイエフ、ゲイムギョウ界に吹く一陣の風よ」

 

「おう。 よろしく」

 

 

まず自己紹介されたのはアイエフという少女。

サバサバしているが、素直でいい子だと感じた。ただ、自己紹介文が若干「アレ」だったが、そこは大人としてスルーした。

 

 

「私はコンパって言います。 看護婦見習いですぅ」

 

「おお、なら世話にならないようにしないとな」

 

「ひょっとして白斗さん、病院が嫌いです?」

 

「ああ、大っ嫌いさ」

 

 

明るい人物との触れ合いに余裕が出てきたのか、少しカラカラと笑ってみる。

しかし、見習いとは言え看護婦たる彼女からすれば見逃せないらしく、柔らかい雰囲気が少し鋭くなった。

 

 

「それはいけません。 私達がここに来た目的は白斗さんの治療のためでもあるんですから」

 

「えー……別にいいってこれくらい、ベールさんが手当てしてくれたし……」

 

「ダメですぅ! 小さな怪我、大事の元ですぅ!」

 

「は、はい」

 

 

頬を膨らませて迫るコンパには、先程のほんわかした空気が一転、凄まじい迫力を伴ってきた。

こういった胆力が無いと看護婦は務まらないのかもしれない。

とりあえず、酷かったという顔の方を見てもらった。

 

 

「……これならこの傷薬を塗ればすぐに治りますね。 HP30回復です!」

 

「……数値だけ聞くと微妙な回復値だな」

 

「でも効果はテキメンよ。 しっかり治療してもらいなさい」

 

 

自分より背が小さいはずなのに、しっかりとしたアイエフはどこかお姉さんを思わせた。

顔なら仕方ないと黙って治療を受け、白斗の顔は徐々に綺麗になっていく。

 

 

「おお! すげぇなゲイムギョウ界!」

 

「うんうん、いい顔になったじゃない」

 

「ほっとしたわ……正直、最初の方は酷かったから。 ベールの治療のおかげね」

 

「いえいえ、白斗君が元気になって良かったですわ」

 

 

綺麗になった顔に、ノワールやブラン、ベールも安心の表情を見せてくれた。

薬の効き目が良かったのも、ベールの応急手当のお蔭なのだろう。

 

 

「白斗の回復は嬉しいけどもおぉぉおおおお!! 私の事も助けてくれると嬉しいなああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

「逃ガスカァ!! コノ駄女神ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

一方のネプテューヌは、殺意の波動に狂ったイストワールに追われていた。

白斗もこの光景にはさすがに飽き飽きしていたらしく、はぁとまた一つ深いため息をつく。

 

 

「仕方ない。 これ以上はイストワールさんが可哀想だし、止めに入るか」

 

「白斗ォ!! 私の心配はあああああああああああああああああ!!?」

 

「原因はアンタでしょうがこの駄女神」

 

「白斗にまで言われたああああああああああああああああああああ!!?」

 

 

礼儀正しく、しかも来たばかりの白斗ですらこの始末。

尤も誰もが白斗の意見に賛同しているため、ネプテューヌを擁護することは一切なかった。

 

 

「まぁ、それはさておき」

 

「さておかれた!?」

 

「イストワールさん、俺にもその……仕事やクエスト、でしたっけ? お手伝いします」

 

「え? 白斗さん?」

 

 

そんな申し出が、白斗から飛び出してきた。

思いがけぬその一言に、初号機よろしく大暴れしていたイストワールも急停止。ネプテューヌは体中をボロボロにさせて、床に沈んだ。

 

 

「ここにお世話になる以上、何もしないってのは俺自身が嫌ですし。 これでもネプテューヌには助けられましたから……彼女の助けになりたいんです」

 

「う、うぅ~……白斗、ありがとぉ~~~」

 

 

何だかんだで、白斗もネプテューヌに深い感謝と恩義を抱いている。

ならばその恩はしっかりと返さなければならない。だからこそ、どんな仕事でも果たして見せるというその覚悟。

ネプテューヌは感激に咽び泣いていた。

 

 

「ですが、白斗さんは異世界から来た人……私達からすればお客様なのですから、そんなことをさせたくないのですが……」

 

「やらせてください。 でないと、勝手に出ていきますよ」

 

 

心配と優しさから、やんわりと断ろうとするイストワール。

彼女の心遣いは理解していたが、それでもやるのが筋だと白斗も曲げない。

そうなれば、折れるのはイストワールの方だ。

 

 

「あらあら、意外とやんちゃなお方でしたか。 勝手に出て行かれるのは困りますね。 ……私からもお願いします、白斗さん」

 

「はい。 ……ネプテューヌのためにも、頑張ります」

 

 

イストワールは深々と頭を下げる。

恩返しのため、自分のため、そしてネプテューヌのため。自分に出来る精一杯をしようと、黒原白斗は誓った。

 

 

「やったー! これで白斗ンニが一晩でやってくれるー!!」

 

「お前もやれ」

 

「あいだっ!? うう、わかったよう……」

 

 

まだ能天気なことを言う駄女神に拳骨一発。

これはネプテューヌのための仕事なのだから、当の本人にも来てもらう必要がある。

ネプテューヌも渋々と言った様子だが、やっと仕事に手を出してくれた。

 

 

「なら丁度いいわ。 さっきモンスター退治のクエストが入ったからそれに行きましょう」

 

「アイエフちゃん、それはいいのですけれど初回でいきなりモンスター討伐は白斗君には荷が重いのではなくて?」

 

「それは私も思ったんですけど、スライヌ討伐ですしまずは後衛に回ってもらって立ち回りを覚えてもらうのがいいかと」

 

 

アイエフが早速クエストを持ってきてくれた。どうやらここに訪れた理由は白斗の様子を確認することと、ネプテューヌを仕事に引っ張りだすためだったようだ。

しかし内容がモンスター討伐、ベールの言う通り不安が無いと言えばウソになる。

 

 

「白斗、いきなり戦闘クエストになるけど大丈夫かしら? 戦闘経験とかあるの?」

 

「モンスターは当然初めてだが……戦闘の基礎は一応」

 

 

あまりいい顔はしないが、全く自信がないと言えば嘘にはなる。

何よりこの世界で、女神のために生きていくと決めたのだ。覚悟を固めた表情の前に、アイエフの不安も拭われる。

 

 

「でしたら女神の皆さんも来てもらっていいですか? その方が安心できます!」

 

「……そうね。 白斗がどの程度なのか、しっかり見極めないと」

 

「ふふ、期待されてるわね白斗。 頑張りなさい♪」

 

「うへぇーい………」

 

 

コンパの提案にブランやノワール、そしてベール達も乗っかった。

いざと言う時は女神に守ってもらえると考えれば、なんと心強いのだろう。しかし女に守られている構図を思い浮かべただけで、白斗は益々自分が情けなくなる。

と、実力とは別に、ネプギアが一つの心配を投げかけてきた。

 

 

「で、退治に行くのはいいんですけど白斗さんの武器はどうしますか? 何でしたら、私が作った武器お貸ししますけど」

 

「いや、自前のがあるから大丈夫。 っていうかネプギア、武器作れるの?」

 

「はい! こう見えて機械いじり大好きですから!」

 

 

そう言ってネプギアは一本のビームサーベルを取り出した。

スイッチを入れるとSFチックな音を立てながら光の刃が伸びる。これを作ったというのだから、驚かざるを得ない。

 

 

「じゃぁ決まりだね! さぁ勇者よ、銅の剣と10ゴールドを受け取るが良い!」

 

「……毎回思うけど、王様ってケチだよね」

 

「それがRPGのお約束ー! でも、いざと言う時は私も守ってあげるから安心してね!」

 

 

一度行くと決めたからには、ネプテューヌは元気溌剌としている。

そして惜しみない笑顔を向けてくれた。その笑顔に白斗は不安が吹き飛び、妙な高揚が沸き上がるのを感じた。

 

 

「……あ、ありがとう……」

 

「よーし! 皆の者ー! 勇者ネプテューヌについてくるのだー!」

 

 

元気よく拳を突き上げ、勇気か蛮勇か、勇者(仮)一同はクエストへと赴く。

目指すはプラネテューヌ郊外の森―――。

 

 

 

ぐうう~~~~っ

 

 

 

と、そこに水を差すような腹の音。音の出どころは、白斗からだった。

 

 

「……ご、ごめん。 昨日から何も食べてなくて……」

 

「いえいえ、でしたら朝ご飯にしましょうか。 折角ですからノワールさん達もどうぞ」

 

「ありがとうネプギア。 ご相伴に預かるわ」

 

 

皆さんも、朝ご飯はしっかりと食べましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――プラネテューヌ郊外の森。

科学技術が発展したこの街にも、自然は当然存在している。リーンボックスには及ばないが、来訪者を優しく包み込む森の匂いと澄み渡った空気。

どれも白斗が元居た世界では感じることのできないものばかりだ。

 

 

「さて、あいちゃん。 改めてクエスト確認していいかな?」

 

「ええ。 内容はスライヌの大群討伐。 雑魚連中だけど数も多いし、気を抜かずに行きましょう」

 

 

仕事嫌いと言えど、今までにこなしたクエストの質と量からネプテューヌの態度は堂々としたものだ。

恐れも全く感じさせない姿勢で改めてクエスト内容を確認する。

スライヌという、如何にも序盤の敵の様な名前でアイエフも雑魚だと表現するのだが。

 

 

「で、何だそのスライヌって……スライムなの? イヌなの?」

 

「両方合わさってスライヌなのよ」

 

「なんじゃそりゃ……」

 

 

ノワールのざっくりとした説明に、益々イメージが湧かない。

当の本人もそれ以外に表現のしようがないと言わんばかりに肩を竦めていた。

 

 

「百聞は一見に如かず。 あれですわ」

 

「……何ですかあれ」

 

 

ベールが指を差したその先には、青いゼリー状の何かが跳ねていた。

某RPGでよく見るスライムのフォルムに犬の顔のパーツを張り付けたようなデザイン。

―――確かにスライヌ、としか表現できない何かが跳ねている。

 

 

「あれがスライヌ……このゲイムギョウ界における雑魚モンスターよ」

 

「……確かにあれにやられたくはないなぁ……」

 

「でも油断はダメ。 初見の人には不規則な動きをするし、人々からの討伐依頼が来るほどだもの」

 

 

一件可愛らしいともシュールとも思えるその見た目。

あれにボコられたその日から百代までの恥になってしまうだろう。とは言え、大群討伐という依頼が来ているのだからそれだけ数も多い上に人々が困っているということ。

ブランからの忠告にしっかりと耳を傾けつつ、白斗はコートの裾から一本のナイフを取り出した。

 

 

「へぇ、それが白斗の武器なのね。 私と似たような戦闘スタイルかしら?」

 

「確かに白斗ってパワーキャラって感じじゃないよね。 お手並み拝見!」

 

「拝見はいいけどネプテューヌが奮闘しなきゃいけないんだぞ、これ」

 

「あいたっ!?」

 

 

また軽くネプテューヌの脳天に拳骨一発。

一方興味深そうに白斗のナイフを見ているのはアイエフだ。彼女もカタールという刃を手にしており、どことなく白斗と似た構えになる。

 

 

「じゃあ、最終確認ね。 主に討伐はプラネテューヌ組。 白斗は今回初クエストってことで少しだけ戦う。 危なくなったら私達がフォロー……でいいかしら?」

 

「うん! それでいいと思うよ! それじゃあ、Let's Party! Yeaaaaaaaaaaa!!」

 

 

ノワールの方針で問題ないと判断。

そしてネプテューヌは愛用の太刀を構えて敵陣に突っ込んでいく。

 

 

「ちょ、ネプテューヌ!? 危な……」

 

「大丈夫ですよ。 ねぷねぷも女神さまの一人ですから」

 

 

さすがに見ていられないと思わず白斗も飛び出してしまいそうになるが、心配ないと親友であるコンパに静止される。他の女神達も、呆れ混じりながら全く動じていない。

彼女の言う通り、少し成り行きを見守っていると。

 

 

「えいっ! やっ! たあああああああっ! そぉれえええええええ!!!」

 

 

スライヌ達を、圧倒していた。

美しいとは程遠い太刀筋だが、小柄な彼女からは想像できないほどの力強く、それでいて隙の無い太刀筋と立ち回り。

白斗も思わず見惚れてしまう程だった。

 

 

「め、めっちゃ強ぇ……! 意外だけど」

 

「あれくらいしてくれないと、女神なんてやってられない」

 

「さ、次は白斗君の番ですわ。 いざと言う時は私達がお守りしますから、存分に戦ってきてください」

 

「は、はい……」

 

 

ブランとベールに後押しされ、白斗は前に出る。

しかし相手にしているのは人間に害を齎すモンスターとは言え、命。それをこの手で奪うことになる。

白斗は、己の手を見つめる。少し震えていたが。

 

 

(……やるっきゃねぇな。 俺の覚悟って奴を、ちゃんと示さないと!)

 

 

今尚、戦っているのはネプテューヌなのだ。

そんな彼女達のために生きようと決心したのなら、後は行動で示さなければならない。一歩、一歩と戦線に近づく。

そして大群の内、一匹のスライヌが白斗の存在に気が付き、突撃してくる。

 

 

「せやっ!」

 

 

弾力を活かした体当たり。

白斗はそれを屈むようにして避け、すれ違いざまにナイフを突き出す。要はカウンターのようなものだ。勢いのまま、ゼリー状の体に鋭い切れ込みが入り、着地するや否やスライヌは形を保てなくなり、消滅した。

 

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

「ぬらっ!?」

「ぬぅ!」

「ららぁ!?」

 

 

今度はスライヌの群れに突っ込んでいく。

ネプテューヌとは違って派手かつ力強い攻撃では無いものの、それを補う素早いナイフの閃きが乱れる。

斜めに、縦に、右に、左に、下から上から真横からそして真正面から。

鋭いナイフの斬撃が、まるでダンスのように見舞われ、スライヌ達を次々と切り裂いていく。

 

 

「ぬららら!」

 

「はっ!」

 

 

今度は背後からの襲撃。だが気配を察知していた白斗はサマーソルトキックを繰り出してスライヌを蹴り上げ、吹き飛ばした。

 

 

「伸びろワイヤー!」

 

「ぬらっ!?」

 

 

それだけではなく、今度はコートの裾から一本のワイヤーが鋭く伸びた。

ワイヤーはあっという間にスライヌの体に巻き付き、自由を奪う。

 

 

「んで、巻き付けたお前を……ぶん投げるッ!」

 

「ぬらああああああ!?」

 

 

その態勢のまま、白斗はワイヤーを力の限り引っ張りスライヌを地面に叩きつけた。

弾力のある体と言っても衝撃を吸収できるわけではないらしく、そのままスライヌは体が崩れ、溶けて消える。

 

 

「ぬらっ!」

「ぬらら!」

「ぬらぬらぬらぁ!」

 

 

ならばと言わんばかりに今度は三匹が、三方向から一斉に攻撃してくる。

これには静観していた女神達も加勢に入ろうとするが、それよりも前に白斗はワイヤーを木に向かって巻き付け、自身を引き上げさせた。

 

 

「あらよっと!」

 

「「「ぬらっ!?」」」

 

 

白斗がワイヤーアクションによる跳躍で、一気に飛び上がったお蔭でスライヌ達の体当たりは当たらないどころか同士討ちの結果となった。

互いに体をぶつけあったスライヌは目を回し、無防備な姿を晒してしまう。

 

 

「ワイヤーアクションだー! カッコイイね、あいちゃん!」

 

「ええ、面白い戦い方ね。 それに、おかげで陣形が崩れた!」

 

「一気に叩くですぅ!」

 

 

隙だらけの三匹は、ネプテューヌ達が一斉に叩いた。

剣で、カタールで、注射器で。一斉攻撃を受けたスライヌ達は成す術も無く倒れる。

 

 

「……思ったよりはやるわね、白斗」

 

「確かに。 ナイフ、体術、ワイヤー……とても一般人とは思えない戦い方」

 

「ですわね。 ゲームでいうアサシン職っぽい戦い方、嫌いではありませんわ」

 

 

そして、それらを見守るノワール達は白斗の戦い方を評していた。

一般人では到底身に付けられない武器と戦法に息を撒いている。だが、それはあくまで一般人と比べればの話。

ややあって数自体は減っているものの、それと同時白斗の体力も減っていく。

 

 

「はぁっ、はぁっ……! け、結構しんどいな……」

 

「あ、あら……もうへばったのかしら白斗? ネプ子はまだ平気そうだけど?」

 

「こちとら正面戦闘は苦手なんでね……」

 

 

かくいうアイエフもさすがに疲れを見せてきたようだ。

いい加減、敵を蹴散らさなければ逆にこちらが全滅ということもあり得る自体。後ろには有事に備えてノワール達が控えてくれているものの、これはネプテューヌのシェアを回復させるための戦い。

出来るだけ、外部からの助けは借りたくない。

 

 

「ねぷねぷ! そろそろお願いしたいです!」

 

「おっけー! 女神の力、見せちゃうよ!」

 

 

ならば、今こそ女神の力の見せ所。

光を纏わせたネプテューヌが女神化を果たす。

 

 

「……さぁ、覚悟しなさい」

 

「ぬらっ……!」

 

 

その手には紫色の太刀が構えられ、能天気な空気は一切なくなる。発せられる威圧感とその力にスライヌ達は臆し、引き下がろうとした。

 

 

「逃がさないわよ! クロスコンビネーション!!」

 

「「「ぬぎゃあああああああ!!?」」」

 

 

華麗な剣技でスライヌ達の陣形を崩し、

 

 

「ぬぅぅらああああああ!!」

 

「あら、それで力比べのつもりかしら? せええええい!!」

 

 

常軌を逸した力でスライヌを押し返し、

 

 

「これで終わりよ! ネプテューンブレイクッッ!!!」

 

「「「ぬらああああああああああ!!!」」」

 

 

目にも止まらぬ速さでの斬撃。―――それらの全てを以て、スライヌ達を全て討ち果たした。

 

 

「……どうかしら、白斗。 これが女神の私よ」

 

「……凄ぇ……」

 

 

―――圧倒的だった。

華麗な太刀筋、翼を用いての空中戦、そして何よりパワー。全てが桁違いかつ、人知の及ばない領域。

その力と美しさは、白斗を魅了した。これこそが、女神の力。

 

 

「ふっふーん! 白斗をぎゃふんって言わせたー! 私の勝ちー!」

 

「はいはい、俺の負けでいいよ。 ぎゃふん」

 

 

そして女神化を即座に解除し、元の明るいネプテューヌに早変わり。

普段の彼女も、そして女神化した彼女も凄いと言わざるを得ない一幕だった。

 

 

「二人とも、お疲れ様です!」

 

「ええ、白斗の戦い方も面白かったわね。 今度参考にさせてもらえるかしら」

 

「俺の戦い方は正面戦闘向きじゃないんだって。 正面から戦ったらアイエフの方が強いよ」

 

「ありがと。 それじゃ私とコンパはクエスト完了の報告に行ってくるわね」

 

 

ほぼ、ネプテューヌの力あってこそのスライヌ討伐。これにより女神の力は証明され、プラネテューヌのシェアも少し回復したとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それからすっかり時間は経ち、夕方。

 

 

「それじゃ私はそろそろ帰るわね。 白斗、もしネプテューヌの所が嫌になったらラステイションに来なさい。 仕事なら紹介してあげるわよ」

 

「ルウィーも……」

 

「あらあら、リーンボックスも忘れないでくださいまし」

 

「ちょっとー! 何引き抜こうとしてるのー!?」

 

 

さすがに長居し過ぎたと感じたらしい、ノワール達は自分たちの国に帰ることになった。

因みにそれまでの間はネプテューヌ主催のゲーム大会。

白斗も付き合わされ、熱中してしまったものだから意外と楽しんでしまっていた。

 

 

「あはは、それはネプテューヌ次第かなぁ」

 

「ちょーっ! 白斗までー!」

 

 

白斗もすっかり打ち解け、最初の頃に見せた固さと余所余所しさはどこへやら。飄々とした物言いでネプテューヌをからかっていた。

 

 

「その様子なら大丈夫そうね。 じゃ、ちゃんと仕事しなさいよネプテューヌ」

 

「ネプギアとイストワール、白斗に迷惑をかけないように」

 

「サボりは厳禁、ですわよ」

 

「去り際の一言がそれ!? ってかベールにだけは言われたくなーい!!」

 

 

言いたいことだけを言って、女神たちは飛び去って行った。

後に残されたネプテューヌはガクリと肩を落としてしまう。

 

 

「まぁまぁ、ノワールさん達の言う通り今度からはちゃんと」

 

「ゲームに逃避しよう!」

 

「そうそう、ゲームを……ってうおい!? 今まで何を学んでたのアンタ!?」

 

 

懲りてなかった。

結局、この後夕食を食べてからはまたゲーム三昧。ネプギアと白斗も付き合わされることになり、三人纏めてイストワールのお説教を食らう羽目になったとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それからさらに時間は経ち、夜。

 

 

「ふーっ……。 やっと夜、かぁ……」

 

 

黒原白斗は、与えられた自室のベッドで静かに寝転がっていた。まだ家具も殆ど揃っていない殺風景な部屋だが、文句など何一つない。

食事に住まい、そして―――楽しい時間をくれたネプテューヌ達には、もう感謝と恩義でいっぱいだ。

 

 

(……ロクでもない人生だと思ってたけど、こんな俺でも……暗殺者だった俺でも、居場所が出来て、仲間が出来て……女神様の助けになれるんだな)

 

 

腕を組ませて枕にし、ただ天井をぼうっと眺める。

今日は色々な出来事があった。目が覚めてみたら異世界で、しかも女神様が自分を取り囲んで、その女神様と一緒に初めてのモンスター退治に行って、先程まではみんなで楽しく夕食まで頂いた。

 

 

(……これからどうなるか、俺にもわからない。 でも、どうなったとしても……)

 

 

疲れが脳内を支配し、瞼が重くなる。

目を閉じる直前、今日一日の出来事、出会った人々の顔。そして自分を導いてくれた女神達―――特にネプテューヌの笑顔。

それらが、鮮明に浮かび上がる。

 

 

(……みんなを、ネプテューヌを……守りたいな…………)

 

 

柄にもない、そんなことを思いながらも白斗は目を閉じた。

その顔は、どこまでも嬉しそうだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さらに時間は経った。

もう時間は12時を過ぎ、誰もが寝静まる時間。ネプテューヌやネプギア、イストワールも業務を終え、就寝している。

当然、白斗もいつもより安眠していたのだが。

 

 

(………ん?)

 

 

ふと、目が覚めた。何か、違和感を感じたのだ。

何が、と言われれば断定はまだ出来ないが、平穏を脅かすようなものであると心が告げている。

暗殺者として、平穏な夜を過ごせないことから沁みついてしまった習性だった。

 

 

(チッ、あんな仕事を今までやってきたから体が勝手に……こういうのも徐々に克服していかないとな……さて、何だ……?)

 

 

難儀な体質になってしまったものだと思う。

しかし、起きてしまったからには何かある。じっと息を潜め、神経を張り巡らせ、五感を研ぎ澄ます。

目で、耳で、肌で。ありとあらゆるものを使って違和感の正体を探っていると。

 

 

(……天井に、誰かいる?)

 

 

音はしない。だが、気配はする。

それも殺気が感じられる、怪しい気配。

 

 

(……まさか、俺を殺しに……こんな世界にまで!?)

 

 

殺される、そう思った瞬間先程までの安らぎが一瞬にして吹き飛んだ。

咄嗟にコートを着込み、ナイフを取り出す。

音も立てずに天井を移動し、尚且つ殺気が感じられる。つまり暗殺者の可能性が高い。

 

 

(……来るなら来い。 だが、今の俺は……殺されてやるつもりは無い!)

 

 

爆発しそうな心臓を必死に抑え、ナイフを静かに構える。

どんな敵が、どんな態勢で、どんな人数で来ようとも返り討ちにして見せる。

白斗に一瞬にしてそんな覚悟を固めさせた天井裏の気配は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白斗の部屋を、何事も無く過ぎ去っていく。

 

 

(……え? 俺を……狙ってたんじゃないのか?)

 

 

念のため、辺りを察知し直すがやはり気配はない。

自分を狙ったのではなかった―――そう知った途端、体中から力が抜け、荒い息が漏れ出す。

 

 

(はは……よくよく考えりゃこの世界に来たばかりの俺を殺したがる奴なんていないわな。 ネプテューヌ達が俺を殺そうなんて考えるはずもないし……)

 

 

まだ僅かな付き合いだが、それでも彼女達がそんな手を使う人ではないと知ることができた。

状況から考えても、自分を殺す動機もメリットも無い。

そう、良く考えれば分かることなのだ―――

 

 

(……ちょっと待て。 じゃあ、あいつらは誰を狙って……?)

 

 

だが、次なる問題。それは彼らのターゲットだ。

この教会にいる、暗殺者を仕向けるに値する人物。暗殺者の標的になるのは大抵、国のトップ。

白斗の居た世界ならば総理大臣や大統領、このゲイムギョウ界ならば―――。

 

 

 

 

(……女神……! まさか、ネプテューヌを!!?)

 

 

 

 

また、嫌な感覚が溢れ出した。

しかもそれは、自分が殺される時よりも遥かに気持ち悪く、血の気が引く感覚だった。

あの笑顔が失われる―――それを想像しただけで、白斗の心が引き裂かれそうになる。

 

 

 

 

 

 

そして白斗の目は―――刃のように鋭く、冷たくなった。

 

 

 

 

 

(―――やるしか、ねぇな)

 

 

居ても立っても居られない。

かと言って無理に天井裏に登れば察知されてしまい、余計にネプテューヌを危険に晒すことになる。

ならばと言わんばかりに白斗は部屋を飛び出した。―――“音も立てずに”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ここが女神の部屋か。 女の子した部屋だな……)

 

(ああ。 見ろ、無防備に寝てやがるぜ……)

 

 

―――赤いフードを被った、二人の怪しげな男達は、とうとう天井裏からネプテューヌの部屋へと到達した。

板を外し、少しだけ覗き込んでみれば安らかな寝息を立てているネプテューヌがいる。

幸せな夢を見ているのか、ベッドの上で枕を抱きしめながら、笑顔で。

 

 

「……えへへ~……」

 

(へっ、なんて無防備な……これが女神様だとはねぇ。 まぁいい、俺ら殺し屋の仕事、相手が一般人だろうが女神様だろうが関係ねぇってね)

 

 

何と可愛らしい寝顔なのだろうか。

普通の人から見れば、こんな笑顔を奪うことは出来ない。だが、暗殺者はその普通の人では無かった。

仕事なのだからと一切罪悪感を抱かず、命を奪うために部屋に降り立つ。右手には月光を受けて怪しく光る白刃を握っていた。

 

 

「んがっ!」

 

(なっ!? お、起きた……! バレてしまったのか!?)

 

 

突然、ネプテューヌが跳ね上がるようにした上半身を起こした。

これには暗殺者も当然驚き、ナイフを構えて飛びのく。

最悪の場合は任務失敗、窓を突き破っての逃走ルートという算段を立てていたところで―――。

 

「……ふふふ~……プリンがいっぱ~い……むにゃむにゃ」

 

(寝言かよ!? 紛らわしいなオイ!?)

 

 

ただの寝言だったらしく、そのまま顔を緩ませて再びベッドイン。

思わず心の中でツッコミを入れてしまう暗殺者。だがこれで、ネプテューヌは紛れもなく寝ていると確信してしまう。

 

 

(まぁいい……夢の続きはあの世でやってくれよ、ネプテューヌ様……!)

 

 

無防備な彼女の前に立つ。これだけの殺気に当てられても、ネプテューヌはまだ幸せそうに寝ている。

その眠りを永遠の者とするべく、振り上げられた凶刃が、彼女の柔肌へと―――。

 

 

 

 

 

 

「誰に手を出してんだ?」

 

 

 

 

 

 

突き刺さることは、無かった。

振り上げられた手は、背後から伸びた誰かの手に掴まれてしまったのだ。

手の力は強く、そして同時に後ろから聞こえるドス黒い声。その声だけで、男の心臓が握り締められるような感覚に襲われた。

 

 

(なッ……!? だ、誰だ……!?)

 

 

暗殺者が振り返ったその先には―――

 

 

 

 

 

 

 

「誰に手を出してんだ、って聞いてんだよ……クソ野郎が」

 

 

 

 

 

 

―――暗殺者は自分の筈なのに、それを超える暗殺者がそこにいると感じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにいたのはただの少年―――黒原白斗のはずなのに。




サブタイの元ネタ「はじめてのおつかい」

誰が戦闘はもう終わりだと言った?ここからが本番でございます。
改めて黒原白斗の戦闘力は、一般人よりは出来る程度。でもモンスターよりも下という位置づけにしております。
そんな彼が、この世界でどう強さを振るうか。黒原白斗の真骨頂を次回からお伝えできればと思います。


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第三話 守れ、女神を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰に手を出してんだ、って聞いてんだよ……クソ野郎が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そこにいたのは、ただの少年のはずだった。

だが窓から差し込む月光を背に、影を纏った少年の怒気と殺気。それはネプテューヌを暗殺するために忍び込んだ男が、少年―――黒原白斗を暗殺者と認めるほどだった。

 

 

「いいか、その人は……ネプテューヌはな……。 俺の恩人で……大切な女神様なんだよ」

 

 

一歩、踏み出す。

音も無く踏み出したはずなのに、衝撃波が巻き起こるような力強さ。

 

 

「ネプテューヌは……おバカで、サボりがちで、無邪気で、そのクセ健気で、明るくて、優しくて、温かくて、人の事ばかり考えて………こんな俺すらも、救ってくれた……」

 

 

今日と言う一日を思い起こしながら、白斗が呟く。

長所も、欠点も、何もかもが彼女の魅力だ。優しい長所も、おバカな欠点も、全てが彼女を創りだしている要素。

何一つ、欠けてはならない。だから、それを奪おうとしているこの男達は憎かった。

―――殺したいほどに。

 

 

「だから、テメェら如きが手を出していい人じゃねぇんだ……」

 

 

重く、暗く、焼き尽くすような声色。

汗が止まらない、息も荒くなる。

何よりも、少年の瞳が、まるで血のように赤く染まり切り―――

 

 

 

 

 

「失せろ」

 

 

 

 

 

深き殺気と怒りが、男を包み込む。

怒りの原因は言われるまでも無い。自分に新しい人生を与えてくれたネプテューヌを殺そうとする男達に対するものだ。

いつの間にかネプテューヌに突き立てようとしていた刃を握る手は、カタカタと震えていた。恐怖故に。

男の中で、既にこの少年が脅威だと認めてしまっている。

 

 

「な、な……何だこのガキ……!? チィィイイイイイッ!!!」

 

 

一瞬、恐怖で我を忘れてしまったが白斗がネプテューヌ暗殺を阻止しようとしていることだけは確かだ。

任務を遂行するため、障害となる白斗を殺すべく手を振り払い、彼に向かって白刃を振るう。

 

 

(殺ししか能のない俺だが、逆を言えば殺しは熟知している。 ……お前ら如きの殺しで、女神様に触れようなんざ……尚更殺したくなる)

 

(ぜ、全然当たらねぇ!? こいつ……何者だ!? 何なんだよぉ!!?)

 

 

鋭い斬撃、しかし白斗はそれらを次々と掻い潜る。

全く当たる気配のない白斗の動きに痺れを切らしたのか、男が突きで一気に殺しに掛かろうとするが。

 

 

「ほいっと」

 

「あっ……!?」

 

 

あっさりと見切られ、避けられた。

それどころか足を引っかけられ、うつ伏せに転んでしまう。即座に起き上がろうとしたが、それよりも早く。

 

 

「テメェが……寝てろやッ!」

 

「がああああああああッ!!?」

 

 

その脳天に、白斗の拳が振り下ろされた。

凄まじく鈍い音を響かせ、男は意識を失う。

男の気絶を確認し、白斗が一息をついているとベッドの方からもぞもぞと音がした。

 

 

「………んにゅ………? はくと……?」

 

「ね、ネプテューヌ!? 起きちまったのか……!?」

 

 

さすがに大暴れした影響か、ネプテューヌが目を覚ましたのだ。

寝ぼけ眼で白斗の姿を捉える。初めはただ彼だと認識しただけでまさしく寝ぼけているだけだったが、徐々に意識が覚醒してくると―――

 

 

「……え……? ……き、きゃあああああっ!? 何で白斗がここに!? 夜這い!? 夜這いなのコレ!?」

 

「ち、違うから!! これには色々と事情がですね!!?」

 

「夜の女の子の部屋に忍び込む事情ってなんなの!? ゲームならエッチなCG回収イベントに発展しちゃってるよコレ!!?」

 

 

悲鳴を上げた。当然である。起きてみれば、年頃の少年が寝込みを襲うとしている光景にしか見えないからだ。

思わず弁明する白斗だが、言い訳のしようがない。と、そこへ―――。

 

 

「女神、覚悟ぉぉぉぉ!!」

 

「ねぷ?」

 

(な!? もう一人!?)

 

 

天井から暗殺者がもう一人舞い降りてきた。その手にはやはりナイフ、そして真下にはネプテューヌ。

降りてくる勢いを利用して、そのまま刺し殺そうとしている。

 

 

「ネプテューヌっ!!」

 

「え? ひゃぁっ!?」

 

 

間一髪、白斗がワイヤーをネプテューヌの腕に巻き付けて、無理矢理引き寄せた。

お蔭で切っ先はネプテューヌの代わりに真下にあった枕に食い込み、彼女は白斗の背後へと回される。

 

 

「チィ! 邪魔をするな、クソガキがあああああああッ!!」

 

「ぐッ!?」

 

 

すぐさま枕から刃を引き抜き、そして再び振りかざす暗殺者。

今右手はネプテューヌを引っ張るためにワイヤーを伸ばしており使うことが出来ない、ならば左腕で防御するしかない。

盾にした左腕に、男の凶刃が深々と突き刺さる。

 

 

「は、白斗!?」

 

「大丈夫だ! それよりもッ……!」

 

 

目の前で、親しい少年が刺された。

余りのショッキングな光景に、さすがのネプテューヌも意識が覚醒してしまう。

だが白斗は痛みに顔を歪めながらも決して退こうとはしない。

 

 

 

 

 

「ネプテューヌにッ………手を出すんじゃねぇぇえええええええええッ!!!!!」

 

「がぼぉッ!?」

 

 

 

 

 

強烈なハイキックが、男の顎に打ち込まれた。

その威力は男の体を浮かせ、天井に叩きつけるほどだ。当然男の意識は刈り取られ、床へと落ちていく。

意識を失った暗殺者二人、白斗はコートからロープを取り出して縛り上げる。

 

 

「よっと、これで良し」

 

「は、白斗……」

 

 

少し怯えたような声を出すネプテューヌ。

無理もない、今まで通りの生活をしていたはずなのに、理不尽に殺されそうになったのだから。

だからこそ、あんな明るい笑顔が失われてはならないと白斗は心から願う。

願うから、こんなことが出来た。

 

 

「ネプテューヌ、怪我はないか!?」

 

「わ、私は大丈夫だけど……白斗が……」

 

「そっか、大丈夫なのか……良かった……!」

 

「え!? わひゃぁ!?」

 

 

彼女の無事を確認するや否や、白斗が抱き着いてしまった。

突然の抱擁に驚くネプテューヌだが、彼の体が震えていたことに気づく。

ネプテューヌが死んでしまうことに恐怖した、そして彼女が無事でいてくれて安心した―――そんな彼の思いが、伝わってくる。

 

 

 

 

 

「もう大丈夫だ、ネプテューヌ。 ……俺が、守るから」

 

 

 

 

 

白斗は、先程と違い穏やかな笑顔を向けてくれた。

優しい声、穏やかな笑顔、腕から伝わる温もり。白斗から伝わるもの一つ一つが、ネプテューヌの心に、優しく深く沁み込んでいく。

 

 

(………白斗………。 何だろ、この温かい気持ち……)

 

 

ネプテューヌを守って戦う白斗の姿が凛々しく映った。

電気の無い部屋、月光を身に浴びて戦う彼の姿が、ネプテューヌの瞳に深く焼き付く。そして彼の姿を、声を、笑顔、体温を感じる度に心臓が跳ねる。トクン、トクンと心地よく。

だが、彼の傷ついた腕を見た瞬間、そんな気持ちは吹き飛んでしまう。

 

 

「って! そ、それよりも! 白斗、腕……腕が……!」

 

「ん? こんなモン、お前の命に比べたら安い安い」

 

 

暗殺者が捕縛されるや否や、ネプテューヌが駆け寄ってくれた。

殺されそうになったのは彼女の筈なのに、刃が突き刺さっている白斗の心配をしてくれている。それこそ、泣きそうな表情で。

こそばゆい感情を感じつつも、白斗は何事も無かったかのように腕に刺さったナイフを引き抜く。血の垂れる音が、ネプテューヌから血の気を引かせた。

 

 

「安くなんか無いよ! 早く治療! 回復!! 手術!!!」

 

「んな大袈裟な……」

 

 

夜中であるにも関わらず、殺されそうになったにも関わらず、未だに白斗の身を案じる余り大騒ぎするネプテューヌ。

どう宥めたものかと思案していると、部屋のドアが凄まじい音を立てて開けられた。

 

 

「お姉ちゃん、今の音……って何この映画みたいな状況!?」

 

「白斗まで!? ホントに一体何が……!?」

 

 

駆けつけてくれたのはネプギアと、教会に泊まっていたアイエフだった。

二人ともネプテューヌを心配して駆けつけてくれたらしい。

彼女達の目に飛び込んできた光景。倒れている不審者が二人、ネプテューヌは心配そうに白斗の裾を掴み、そして当の白斗は腕から血を垂れ流している。

 

 

「アイエフ! 丁度良かった、警察呼んでこの二人を引き渡してくれ」

 

「け、警察!?」

 

「それとこの件に関しては緘口令を敷かせてくれ。 ネプテューヌ、女神権限でそれくらい出来るだろ?」

 

「で、出来なくはないけど……」

 

「なら良し! ネプギアは二人の傍に。 いいか、絶対に二人から離れるんじゃないぞ!」

 

「わ、分かりました……って、白斗さん!? どこへ行くんですか!?」

 

 

三人に迅速かつ的確、簡潔な指示を与える白斗。

終えるや否や、部屋を飛び出そうとする。慌ててネプギアが引き留めようとするが、振り返った彼の表情からは鬼気迫るものがあった。

 

 

「周辺の警戒だ。 まだ賊が潜んでいるかもしれない、絶対に不用意な行動するなよ!」

 

「だから! 白斗だって危ないよ!」

 

「俺の心配より自分の心配をしろ。 大丈夫だって、すぐに戻ってくる!」

 

「ちょっと、白斗!?」

 

 

まだ暗殺者が潜んでいる可能性を考慮し、白斗が飛び出していく。

ネプテューヌやアイエフの声をも振り切ってしまい、結局は行ってしまった。

後に残されたネプテューヌは恐怖からか、それとも疲れからか床にへたり込んでしまう。アイエフはそんな彼女を慰めつつ、警察に連絡。

そしてネプテューヌやイストワールの指示の下、暗殺者二人は秘密裏に警察に引き渡され、緘口令が敷かれることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……白斗、大丈夫かな……」

 

「お姉ちゃん……」

 

 

それから数十分後、ネプギアの部屋へと場所は移されていた。

先程の騒動で少し部屋が荒らされてしまったためである。

だが、殺されそうになったことよりも白斗の安否の方が気になってしまい、ネプテューヌは未だに眠ることが出来なかった。

 

 

「大丈夫よネプ子。 今日の戦いを見て分かったでしょ? 白斗は強いんだから」

 

「あいちゃん……」

 

 

何とかして元気づけようとしているアイエフ。

彼女が気遣ってくれていることは分かっていたのだが、それでもやはり心配なのだ。

と、そこへ扉をノックする音。

 

 

「おーい。 お前ら、まだ起きてるのか~?」

 

「っ! 白斗!」

 

 

飛び跳ねるようにネプテューヌがドアを開ける。

そこにいたのは、トレーにホットミルクを乗せた白斗だった。

先程以上に飄々とした姿勢と言動からして、また敵が出てきたとか怪我を負ったという様子はない。

 

 

「白斗―――! よがっだぁ~~~!」

 

「うお!? 抱き着くなネプテューヌ! 恥ずかしい……あああ、零れる零れる!」

 

「でも、心配だったんだも~~~~~ん!!」

 

「ってか、顔を摺り寄せるな! ちょ、左胸は止めてマジで!!」

 

 

抱き着くや否や、ネプテューヌが泣き出した。

突然の事態に白斗は慌てだす。トレーを持っているため抱きしめることもできず、とりあえず彼女の頭を左胸から遠ざける。

 

 

「でも私も心配だったんですよ白斗さん!」

 

「そうよ! ネプ子から聞いたわよ! 腕を刺されたって……」

 

「ああ、こんなの平気。 さっきコンパに手当てしてもらったから」

 

「平気なわけないです!」

 

 

同じく心配の余り、駆け寄ってくれるネプギアとアイエフ。

ネプテューヌ程ではないが、腕にナイフを刺されたという話を聞いて同じく血の気が引いたのだ。

そんな彼女達を安心させようと、包帯が巻かれた手を見せつけるがその後ろから叱りつけるような声。

同じく教会に泊まっていたコンパだった。

 

 

「白斗さん! 安静にしていないとダメです! 腕が使えなくなっちゃうかもしれないんですから!」

 

「ネプテューヌ達を守れない腕なんて使えなくなった方がマシだ。 それよりも皆さっさと寝なきゃダメだろ」

 

「寝られるワケ無いよ! 白斗があんな目に遭ったっていうのに!」

 

 

自分の事よりも、白斗の事がやはり心配なネプテューヌ。

思わず白斗は嬉しくなってしまうが、それで彼女達が寝られなくなってしまっては元も子もない。

そこで白斗は持ってきたホットミルクを差し出す。

 

 

「騒ぐなって、カルシウムが足りてない証拠だぞ~? ってなワケでホットミルク、どーぞ」

 

「それで持ってきてくれたの? 気を利かせてくれるのは嬉しいけど、無理しちゃダメでしょ」

 

「無理なんかしてないっての。 用意してくれたのイストワールさんだしな」

 

 

この展開を見越してか、そのためにホットミルクを持って来たらしい。

呆れと関心を織り交ぜながらアイエフはカップを受け取る。ネプテューヌやネプギア、コンパにも一個ずつ行き渡る。

 

 

「とりあえずは飲んで飲んで。 カルシウムには心を落ち着ける作用があるんだからな」

 

「確かにありますけど、白斗さんも落ち着かなきゃダメですぅ!」

 

「お説教は飲み終えてから聞くから、まずは飲めっての」

 

 

差し出されたホットミルクを受け取らないわけにもいかず、全員が渋々ながらもそれを口にする。

多少砂糖も加えてあるらしく、甘い味が口の中に広がり、温かさが心を解きほぐしていく。

 

 

「……ところで白斗。 警戒するって言ってたけどどうだったの?」

 

「今の所、賊はあの二名だけだ。 奴らは?」

 

「さっき引き渡してきたわ。 ちゃんと口止めもしてあるから安心しなさい」

 

「おう、安心した」

 

 

冷静なアイエフは手際も良かった。

これでひとまずはネプテューヌ達の安全を確保した上で情報漏洩も防げる。聞けば、もうすぐ四か国の間で友好条約が結ばれるという。

そんな大事な時期に、こんな騒動を報道されるわけにはいかない。

 

 

「でも、また襲ってくる可能性はゼロじゃない。 引き続き周辺を見回るさ」

 

「えぇ!? それじゃ白斗の身が保たないよ!?」

 

「慣れてるから安心してくれ。 んで、お前らはちゃんと寝ろよ」

 

「寝られるワケないでよ! 白斗が無茶するなら私、だっ……て……ねぷ……?」

 

 

だが、引き続き白斗は夜通し警護をするつもりらしい。

それは止めなくてはとネプテューヌが立ち上がろうとするが、突如彼女の視界が歪む。脳内にずしりと眠気が襲い掛かってきたのだ。

 

 

「あ、れ……? あいちゃん……こんぱ……ネプ、ギア……まで……?」

 

 

しかも良く見ると、ネプギア達は既に寝息を立てていた。

ただ一人、白斗だけが立ち上がっている。

やがてネプテューヌの脳内が睡魔に支配され、眠りへと誘った。

 

 

「………ねぷぅ………」

 

「おっと。 ……おやすみ、ネプテューヌ」

 

 

倒れそうになる彼女を優しく抱きとめた。

白斗の腕の中でネプテューヌは可愛らしい寝息を立てて眠っている。

眠った女神姉妹をベッドに寝かせ、アイエフとコンパには毛布を掛けてあげた。後は部屋の電気を落として外に出ると。

 

 

「……皆さん、眠られましたか?」

 

「イストワールさん。 はい、それはもうぐっすりと」

 

 

イストワールがそこにいた。

しかし、白斗の行為を咎めるどころか申し訳なさそうに、悲しそうに眼を伏せていたのだ。

 

 

「……すみません。 白斗さんに嫌なことをお願いしてしまって……」

 

「いいですよ。 お願いしたの俺ですし、夜更かしは女の子の大敵って聞きましたから」

 

 

彼女達をしっかりと寝かせてあげたい。

苦肉の策としてホットミルクに睡眠薬を混ぜていた。罪悪感が湧かないと言えば嘘になるが、それでも皆のためならと白斗は実行に移したのだ。

 

 

「白斗さんも……この世界に来たばかりなのに、こんなことに巻き込んでしまって……」

 

「謝るのなんてナシですよ。 ……働かざる者食うべからず、これくらいお役に立たないと俺自身が許せないんです」

 

「……白斗さん……」

 

 

からからと笑う少年に、尚もイストワールの表情は晴れない。

確かに白斗からは嫌々という態度は全くない、寧ろ進んでやっているのだ。しかも言動からしてこういった経験を何度もしているようだ。

だからこそイストワールは心配なのだ。白斗くらいの少年が、そんな経験をしているなんて普通はあり得ないのだから。

 

 

「イストワールさんもちゃんと寝てくださいね。 お肌に悪くなりますよ」

 

「……白斗さんこそ……」

 

「俺、男なんで。 それじゃ」

 

 

そう言って白斗は部屋の中へと戻っていく。

これから彼は寝ずの番で彼女達の身辺警護をするのだろう。

モンスターを知らないはずなのに少年離れした戦闘、暗殺者の襲撃にも臆しない胆力、そして警護をする際の手際の良さ。

 

 

 

「…………白斗さん、あなたは一体…………」

 

 

 

少年を警戒しているのではない。寧ろその逆で心配していたのだ。

ひょっとしたら、彼は少年らしいことが出来なかったのではないか。だから、あんな少年離れしたことが出来てしまうのではないか。

―――結局、イストワールも心配のあまり殆ど寝ることは出来なかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――日が昇り、午前9時。

 

 

「ネプテューヌっ! 無事なの!?」

 

 

プラネテューヌの教会に颯爽と乗り込んできた人物が一人。ノワールだった。

荒い息遣いと大量の汗から、かなりネプテューヌを心配してくれていることが分かる。

そんな彼女の視界に飛び込んできた光景は―――。

 

 

「こらー! 白斗! 聞いてるの!?」

 

「聞いてる聞いてる。 ちゃんと安心できるように完璧な護衛計画をだな……」

 

「そーじゃなくて! 白斗がちゃんと休まないとダメって言ってるの!!」

 

 

白斗に対し、説教しているネプテューヌの姿だった。

 

 

「な、何この悪夢のような光景は……!? ネプテューヌが白斗に説教……!? あのぐーたらで不真面目で駄女神なネプテューヌが……!! やはり事態は緊急を要するのね!!」

 

「……色々酷いです、ノワールさん……」

 

 

傍で控えていたネプギア。とは言え、彼女の言いたいことも分かるらしく複雑そうな顔をしている。

隣に立っているアイエフとコンパも、同じらしい。

 

 

「アイエフ、この状況は何なのかしら……?」

 

「ええとですね。 実は昨日の夜、白斗のお蔭で事なきを得たんですけどその後の白斗の無茶ぶりが露呈してですね……」

 

 

アイエフが知る限りの情報をノワールに渡した。

暗殺者がネプテューヌを殺そうとしたこと、白斗がその身を挺してまでネプテューヌを守ったこと、結果怪我を負ってしまったこと、しかも睡眠薬で彼女達を眠らせた挙句自身は夜通しで警護をしていたこと。

 

 

「……なるほど、それでネプテューヌが怒ってるのね……納得」

 

「納得じゃないですよー! ノワールさんもネプテューヌを説得してくださーい!」

 

「ダメよ。 全く、白斗がここまで無茶する人とは思わなかったわ」

 

 

呆れたように溜め息をつくノワール。

しかし、その内心では彼に対する評価が変わりつつあった。

 

 

(でも聞く限りでは凄い手際の良さ……それにモンスターを知らないのに、多少だけど戦闘慣れしていた……白斗って、元の世界で何をしていたのかしら?)

 

 

心配と少しの警戒。

彼に失礼だとは思いつつも、どうしてもその疑問が湧いてしまう。

そんなノワールの心配を他所に、コンパはいつものマイペースさで話しかけてきた。

 

 

「それでノワール様はお一人です?」

 

「いや、今日はもう一人……あ、来た来た」

 

「お、お姉ちゃん……速過ぎだよぉ……」

 

 

振り返った背後には息を切らせながら追いついたらしい、ノワールに似た少女がいた。

黒のツインテールに服装。そして彼女を「姉」と呼ぶ存在。

 

 

「ユニちゃん! いらっしゃい!」

 

「あ、ネプギア! 良かった、無事みたいね」

 

 

その名はユニ。以前ノワールが語っていた妹にして次期女神候補生。

どうやらネプギアとは親友らしく、真っ先に挨拶を交わし、互いの無事を喜びあっている。

白斗も新しい来訪者が来たことでネプテューヌを宥めてノワールの下へ向かう。

 

 

「ノワールさん。 彼女が件の……?」

 

「そ、私の妹。 あの事件を聞いちゃったもんだから、ネプギアが心配だーついていくーって聞いてくれなかったのよ」

 

「緘口令しいてたはずなんだけど……?」

 

「さすがに女神には話が伝わるわよ。 それよりユニ、折角来たんだから挨拶していきなさい」

 

 

ノワールに諭されて、ユニが一歩前に出る。

初対面ということもあって白斗も緊張したが、柔らかい微笑みを作ることで彼女の緊張を解かせた。

 

 

「あ、アタシはユニ! お姉ちゃんの妹です!」

 

「黒原白斗。 話には聞いていると思うけど、昨日からここに世話になることなった。 よろしくな、ユニちゃん」

 

「よろしくです! ……ところで、なんでちゃん付け?」

 

「何となく」

 

 

ぽんぽん、と頭を撫でた。

子供扱いされることが我慢ならないらしく、ぷくーと頬を膨らませる。と、白斗が何やら彼女が背負っているライフルに目が行ってしまった。

 

 

「ところでユニちゃん、その背負ってるものは……ライフル?」

 

「お、分かりますか? この前、ネプギアと一緒に作った最新作なんですよ!」

 

 

どうやら彼女は所謂ミリオタらしく、銃を語るその姿は少女そのものだ。内容が銃というのがこれまたシュールだが。

そしてメカヲタであるネプギアも手伝ってくれているらしい。白斗も、興味が湧いてしまった。

 

 

「凄いな! ちょっと触ってもいいか?」

 

「いいですよ! でも誤射しないでくださいね?」

 

「了解っと。 おお、ボルトアクションとは分かってるな……!」

 

「でしょう!? 白斗さんて、ひょっとしてこういうの行けるクチですか!?」

 

「行けるも何も使ってたからね。 しかしこの造りからして……800ヤード行けるのか?」

 

「そうです! 今回は威力は無いけど、飛距離と精密射撃に拘ったんですよ!」

 

「凄いな! 素材もいい……重厚感あふれるフォルムでありながら、狙撃に適した設計と重さ! ユニちゃん達の想いの結晶だな!」

 

「白斗さんありがとうございます! それとですね……!」

 

 

同志が出来てしまったことからすっかり意気投合してしまう二人だった。

 

 

「……着いていけないわ」

 

「右に同じく。 ……でも白斗ーっ! 自己紹介終わったんだからお説教タイムリスタートだよ!」

 

「げぇっ!? 勘弁してくれぇ……」

 

 

まだ話足りないこと、そしてまだ警護を続けなければならない状況でもネプテューヌのお説教は止まらない。

首根っこを掴まれ、床に叩きつけられるように正座させられる。

 

 

「全く、何やってるのよ貴方達は……」

 

「ええ、心配で来てみれば……損した気分ですわ」

 

「あ、ベール様にブラン様。 いらっしゃい」

 

 

すると今度はブランとベールまでもがやってきた。

ノワール同様、昨夜の事件を聞きつけて駆けつけてくれたのだろう。

 

 

「あらましはさっき、イストワールから聞いたわ。 それに白斗が怒られている理由も」

 

「ええ、腕を刺されたと聞いた時は正直驚きましたけど」

 

「本人は大丈夫って言って、今ネプテューヌから説教を受けてるけど……どうもこのままにはしておけないのよね」

 

 

そこにノワールも加わり、やれやれと肩を竦めている。

と、ここでコンパが何やら気になったらしく声をかけてきた。

 

 

「あの、ブラン様。 ロムちゃんとラムちゃんは一緒じゃないんですか?」

 

「こんな事態に連れてこれないわ。 今は教会でお留守番してもらってる」

 

「ですよね……」

 

 

それも当然か、とコンパは納得した。

まだまだ見た目も中身も幼い二人だ。仮にも暗殺されそうになったネプテューヌの教会へ連れて行くわけにもいかない。

二人を思いやる姉の気持ちが、ひしひしと伝わってきた。

 

 

「それよりも、まずは犯人をきっちり搾り上げないと! こんな事態を引き起こした奴には徹底的に女神の恐ろしさを思い知らせてやる……!!」

 

「の、ノワールさん!? どこに行くんですか!?」

 

「止めないでネプギア! 警察署へ行って、私直々に尋問してやるんだから!!」

 

 

一方のノワールはネプテューヌを害そうとした連中に大層ご立腹の様子。

普段は表に出さないものの、何だかんだで彼女の事を友達と認めているからこその怒りだ。

とは言えこのまま行かせるわけには、とネプギアが必死になって止めている。

 

 

「ま、まぁまぁ! お姉ちゃんも落ち着いて! ネプテューヌさんもお説教はそれくらいにして、ね?」

 

「おお! ユニちゃんナイスぅ! な、ネプテューヌもその辺にしてくれよな?」

 

「むー……本当はまだ言い足りたいんだけど……」

 

 

案件が案件だけに殺伐とした空気になってきた。

まずは当人達を落ち着かせようとノワールとネプテューヌを宥めるユニ。

二人とも頬を膨らませつつも、とりあえず彼女の進言を受け入れて一旦矛を収めることに。

 

 

「こういう時は切り替えです! まずは空気を入れ替えして雰囲気リフレッシュ―――」

 

 

どうやら換気をするつもりらしく、カーテンに手を掛けるユニ。

瞬間、白斗が吠えた。

 

 

「ッ!? 開けるなっ!!!」

 

「え?」

 

 

ユニには何が何だか分からないらしい。

だが白斗には戸惑っている暇はない。窓までは遠い、ならばと振り返ったその先に居たのはノワール。

 

 

 

 

彼女の顔には―――“赤い斑点”があった。

 

 

 

 

「ッ!? ノワールさんッ!!!」

 

「え? きゃぁっ!?」

 

 

咄嗟に動いた白斗。

ノワールに飛びつき、床に押し倒した。当然顔を赤くするラステイションの女神だったが、その顔はすぐに青くなる。

 

 

「な、何を……って白斗!?」

 

 

―――白斗の肩から、血が少し飛び出していたからだ。

壁を見てみると、弾痕が出来ていた。どうやら、狙撃されたらしい。

白斗が庇っていなければ、今頃この部屋で惨劇が起きていたことだろう。だがそれ以上に、白斗の容体が心配だとノワールが泣きそうな表情になる。

 

 

「だ、大丈夫……!?」

 

「ノープロブレム! それよりユニちゃん! これ借りる!」

 

「え!?」

 

 

今度はユニが持ってきたライフルを半ばひったくるようにして手に取る。

即座に構え、スコープから照準を合わせる。

プラネテューヌの科学力だけあって高性能のスコープはあっという間に狙撃手と思わしき人物の補足に成功した。

狙撃手も、昨晩の襲撃者と同じ赤いフードを着ている。

 

 

「夜討ちの次は狙撃とか……いい加減にしやがれッ!」

 

 

狙いを定め、白斗が引き金を引いた。

スコープからは、狙撃手の男が吹き飛ばされる光景がしっかりと映っている。

 

 

「―――制圧完了」

 

「は、白斗さん!? 殺しちゃった……んですか……?」

 

「俺、そんな下手っぴじゃないから。 動きを封じる程度だよ」

 

 

余裕の表情で言ってのけた。

あくまで吹き飛ばしただけで、急所を打ち抜いてはいなかった。尤も激痛から逃走は不可能でもある。

 

 

「そ、それより白斗!? 貴方は大丈夫なの!?」

 

「大丈V」

 

「ネタが古い! って血が出てるじゃない! こんぱ!」

 

「は、はいですぅ!」

 

 

まだノワールは泣きそうな表情で慌てふためく。

白斗本人は掠り傷程度にしか思っていないのだが、他の皆はそうは思っていない。コンパも慌てて止血に入る。

ネプテューヌやノワールまで治療に加わり、てんてこ舞いな状況に。

 

 

「ご、ごめんなさい! アタシがカーテン開けたばっかりに……」

 

「いや、言い忘れてたこっちのミスだ。 寧ろ狙撃手は制圧できたし、これで向こうも狙撃なんてしてこないだろう。 ここで制圧出来たのは好都合だな」

 

 

肩に包帯を巻かれていると、今度は泣きそうな顔をしたユニが謝ってくる。

不用意にカーテンを開けてしまったことで狙撃を許してしまったことへの謝罪、そして結果白斗とノワールを危険に晒してしまった罪悪感。

だが、白斗は全く気にしてない様子でユニの頭をまた撫でる。

 

 

「で、でも白斗さんに怪我を……」

 

「こんなの掠り傷だって。 それに、このライフルのお蔭で大助かりだ。 ありがとなユニちゃん」

 

 

優しい微笑みで彼女を落ち着かせた。

逆に感謝までされては、ユニも謝ることが出来ない。顔を赤くしながらも、ユニは無言で頷いた。

 

 

「何より、敵の狙いが分かったことの方がデカい」

 

「え? 敵の狙いって……?」

 

 

きょとんとした顔で、ブランがカーテンを再び閉めながら訊ねてくる。

白斗の顔は苦悩と焦燥で染まり切っていた。それだけ事態は逼迫していることに他ならない。

さすがにネプテューヌもこの状況では冗談を言う気分になれず、白斗の言葉を黙って聞いている。

 

 

「さっきの狙撃、標的になったのはネプテューヌではなくノワールさんだった。 つまり敵は女神なら誰でも良いってことです」

 

「女神ならということは、ブランや私も標的に……?」

 

「可能性はあります。 そしてこの時期にそれを実行に移す目的はただ一つ」

 

 

ベールも不安の顔色になる。

今後暗殺される可能性が浮上してくれば、大抵は穏やかでいられないものだ。そしてそれ以上に白斗が警戒しなければならないこと。

それは今の狙撃から導き出された答え。

 

 

 

 

 

「―――今度結ばれる友好条約、それを快く思わない何者かの犯行です」

 

「「「「っ!?」」」」

 

 

 

 

 

全員に衝撃が走った。だが、同時に納得もしてしまった。

あと数日で友好条約が結ばれるこの時期に、女神が暗殺、最悪でも傷が負わされる事態になってしまえば当然次はその犯人を追及することになる。

万が一、その犯人が「女神に指示された」などと嘯けば忽ち友好条約など嫌でも破棄されてしまうだろう。

 

 

「そ、そんな……!」

 

「だから一刻も早くあの暗殺者共をとっちめて、指示した何者かを秘密裏に捕らえる必要があります」

 

「だから昨日、わざわざ緘口令なんて布かせたのね」

 

「はい。 でも昨日既に二名捕らえています。 ここに居ればもう安全……―――ッ!?」

 

 

白斗が言いかけた、その時だ。彼は自分の言葉に疑問を持ってしまった。

一瞬、電流のように迸る嫌な予感。

脳内で白斗は、その予感を少しずつ形にしようとしている。

 

 

(……待てよ。 今、ここに居るのは誰だ? ここに……“居ない”のは誰だ?)

 

 

周りを見返してみる。今、この部屋にいるのはネプテューヌ。そして彼女達の親友であるアイエフとコンパ。

 

 

 

 

 

ラステイションの女神、ノワールは先程狙撃から守った。

 

 

 

 

 

ルウィーの女神であるブランと、リーンボックスの女神であるベールもここにいる。

 

 

 

 

 

そして女神候補生にして妹であるネプギアとユニもちゃんとこの部屋に―――

 

 

 

 

「―――ッ!? そう言うことか……!! ブランさんッ!!!」

 

「え!!?」

 

 

今度はブランの肩を掴んで訊ねてきた。

突然の急接近にブランは驚き、顔を赤くしている。けれども白斗の焦りに満ちた表情で、すぐに甘酸っぱい空気は吹き飛んでしまった。

 

 

「確か、妹がいるって話でしたよね!?」

 

「え、ええ……ロムとラム。 今はルウィーの教会でお留守番……って、まさか!?」

 

 

口に出した途端、ブランもそれに気づいてしまった。

今までの冷静さが嘘のように取り乱し、顔は青ざめ、息が荒くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。 ……ロムちゃんとラムちゃんが、狙われてるかもしれません!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――最悪の事態は、まだ止まらない。




私の中の男論理としまして、「男は女を命懸けで守るもの」と言うものがあります。
黒原白斗はそれを体現してくれるキャラになればと思って、書き起こしたキャラです。
そんな彼の無理無茶はまだまだ続く!女神様の危機コンティニュー!そして早くもフラグ成立!?
一体どうなってしまうのかこの物語、次回へ続く!


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第四話 走れ、白斗

―――白斗が告げた、敵の狙い。

「女神を害することで友好条約を破棄させる」。

そのために敵が打つ次なる一手。それは、「ロムとラムを襲うこと」。その事実は、ブランの脳内から冷静さを奪い去るには十分だった。

 

 

「っ!! ミナ、ミナ!! 返事をしてミナ!!」

 

 

肩に置かれた手を振り払い、ブランがスマホで連絡を取る。

どうやら教会にいる誰からしいが、どれだけ必死に呼びかけても通話自体に応答することは無い。

 

 

「フィナンシェ! フィナンシェ! ……お願いだから、出て……!」

 

(ネプテューヌ、ミナさんとフィナンシェさんって……)

 

(ミナはルウィー教会の教祖。 フィナンシェはメイドさんなんだけど……)

 

 

どうやら、ロムとラムの世話は普段その二人に任せているらしい。

だがそのどちらからも応答が無い。これだけで、白斗たちの脳内に最悪の光景が思い描かれる。

居ても立っても居られず、ブランは女神化を果たし部屋を飛び出そうとする。

 

 

「ちょ! ブランどこに行くのよ!」

 

「離せぇ!! ルウィーに戻るに決まってんだろ!!」

 

「ここからルウィーまでどれだけかかると思っていますの!? 女神化して飛行しても、30分は掛かるんですのよ!?」

 

「んなモンやってみなきゃ分かんねぇだろうが!!! 離せったら離せえええええ!!!」

 

 

普段の物静かな態度もかなぐり捨てて駆けつけようとするブラン。

同じく咄嗟に女神化してそれを必死に止めるノワールとベールだが、小柄な体に反して女神化した彼女のパワーは四女神随一。

女神二人掛かりでも、抑え込むのがやっとだ。

 

 

「落ち着いてください! 敵は女神に襲撃を掛けるような奴らです! 女神対策だってしてあるはず……」

 

「時間が掛かるからなんだ!? 女神対策してあるからなんだ!? そんなの……そんなの……っ!!」

 

 

白斗も説得するが、聞き入れる気配が全くない。

やがて、ブランの力が弱くなった。床にへたり込み、声すら小さくなっていく。

あの強気な態度も鳴りを潜め、女神化が解除される。

振り返ったその顔は―――まさに少女と言う他に無かった。

 

 

「……あの子達を見捨てる理由に、ならないじゃない……っ!!」

 

 

震える体で、涙を流しながら、悲痛な言葉を吐いた。

彼女の気持ちは、誰もが理解できる。だから、その言葉に異を唱える者はいない。

だが、物理的に今から助けに行くのは不可能。それを悟ってしまったから、彼女は絶望に打ちひしがれてしまった。

 

 

(クソッ……! 昨日の時点で気づくべきだった! どうすればいい!? どうすれば……! この際だ、ご都合主義でも何でもいい!! 何か打開策は……!!?)

 

 

白斗は必死になって身をまさぐり、同時に脳内にある情報をフル回転させ、周りを見渡す。

些細なことでもいい、何かロムとラムを救出する手段講じなければならない。

だが、実際にあったのだ。―――願っていた、「ご都合主義なるもの」が。

 

 

「……ねぷ! そうだ! あれなら使えるかも!」

 

「え? お姉ちゃん……あれって?」

 

「プラネテューヌの科学力は世界一! みんな、私に着いてきて!」

 

 

ネプテューヌだった。

何やら思い当たるものがあったらしく、全員をどこかに案内しようとしている。まだ手段は残されている―――それを聞けば、ブランや白斗は着いていくしかない。

急いで向かった先、それは物々しい機械で埋め尽くされた部屋だった。

 

 

「いーすん! 転移装置、今すぐ準備して!!」

 

「え? ネプテューヌさん、急にどうしたんですか?」

 

「いいから早く! 目標はルウィー!!」

 

 

その部屋に居たのはイストワール。昨日の事件の事後処理をしていたようだ。

更に設置されていた、カプセルの様な装置。ネプテューヌはそれを、「転移装置」と呼んでいた。

その装置がどんなものなのか、聞くまでも無い。

 

 

「転移装置……! そうか、これなら!!」

 

「え? まさかそんなご都合主義展開な装置あったの!?」

 

「あったよ! なんたってプラネテューヌの科学力は世界一なんだから!!」

 

 

白斗は驚いていた。誰もが一度は夢見た瞬間移動、それを実現させる装置があったのだから。

一方のネプテューヌはドヤ顔でピース。しかし、その笑顔がこれほど頼もしいと思ったことは無い。これを使えば、一瞬でルウィーの教会に行ける。希望が見えてきた。

 

 

「しかし、転移装置……しかもそれがルウィーにもあるとはな……」

 

「お姉ちゃんの案なんです。 友好条約を結ぶからには各国に技術供与をしなきゃ行けないって。 それに、これは緊急時の脱出などで使ってほしいって……」

 

「と言っても、同じ装置を取り付けてるところしか行けないけどね」

 

 

仲間思いで優しい、ネプテューヌらしい提案だった。

確かに仕事は不真面目でぐうたらかもしれない。でも、人を思いやる心があるからこそできたこと。

白斗は、やはり彼女は女神であると心の中で密かに尊敬してしまう。

 

 

「ブラン! 確か、ルウィーには今度実験するからって予め装置を取り付けてたよね!?」

 

「え、ええ! これなら……!」

 

「ちょ、待ってください! まだこれは実験すらしてないんですよ!?」

 

 

そこに割り込んでくるのはイストワール。

実験結果が出ていない装置を使用することに異議があるようだ。確かに人命に関わることならば、無碍には出来ない発言だ。

 

 

「それにこの装置の動力はシェアエネルギーです! 一人転送されるだけで、プラネテューヌのシェアがどれだけ損なわれるか……」

 

「いーすん、そんなこと言ってる場合じゃないよ! ロムちゃんとラムちゃんがピンチなんだよ!?」

 

「え? お、お二人が……ですか?」

 

 

事情を知らないイストワールからすれば、そんな言葉が出るのは仕方がない。

だが、それを即座に捻じ伏せるネプテューヌだった。

ロムとラムの名を出されては、イストワールも聞き入れざるを得ない。

 

 

「それに、私達女神がシェアを大事にするのは、大事な人を守るための力だから! ここでロムちゃんとラムちゃんを助けられなくて、何のためのシェアなの!?」

 

 

―――まさに女神。

理屈も、力も、思いやりも。全て込められていた言葉。普段はぐうたらでも、仕事は不真面目でも、どこまでも優しいネプテューヌは女神だった。

イストワールは一瞬怯んでしまったが、すぐに女神の言葉に従い、装置を起動させる。

 

 

「……分かりました! ですが、シェアの量から考えて転移できるのは一人までです!」

 

「だったら私が……!」

 

「いや、さっきも言った通り女神対策はしてあるはずです。 それに、ブランさんが傷ついてしまったら元も子もない」

 

「そんなこと言ってる場合じゃ……!」

 

 

やはり助けに乗り込もうとするブラン。しかし、冷静さを取り戻した今だからこそ改めて白斗が止めに掛かる。

 

 

「そう、言ってる場合じゃない。 ……だから、俺が行きます」

 

「白斗!?」

 

 

ブランを下がらせ、代わりに一歩前に出る。

既に愛用のコートを身に纏い、ナイフやワイヤーなどの動作確認を済ませてしまっている。何よりも、その目は戦士そのもの。覚悟を固めた目だった。

 

 

「何言ってるの!? 白斗だって危険なんだよ!?」

 

「そうよ、やめて! 無関係な貴方が、これ以上傷つくことなんか……!」

 

 

今度はネプテューヌやノワールが止めに掛かる。

既に今日までで、女神を守るためナイフに銃弾と、傷を作り続けてきた白斗だ。それだけで、彼が無茶をする性格であることは承知済み。

彼を心配しているからこそ、何としてでも止めなければならないと説得するのだが。

 

 

 

 

「無関係なんかじゃない。 ……俺を助けくれた、大切な人達を守りたいんだ」

 

 

 

 

―――その力強い言葉に、瞳に、姿に。

ネプテューヌも、ノワールも、ベールも、そしてブランも。すっかり飲まれてしまっていた。

その場にいた誰もが、白斗の姿に「希望」を見出している。

手も足も、声も出せなかった。

 

 

「ブランさん、約束します。 貴方の大切な妹を……想いを! 絶対に守ります!!」

 

「……白、斗……」

 

 

白斗が彼女の小さな肩に手を乗せた。

そこから伝わる力は強く、体温は熱い。そして瞳からは決して折れない覚悟も。

ブランはそんな彼に、魅入ってしまっていた。

 

 

「転移装置、準備出来ました! ……行くのは白斗さんでよろしいですね?」

 

「はい! イストワールさん、お願いします!」

 

「もう一点。 装置は一方通行です。 すみませんが、向こうについたら……」

 

「救援が来るまで粘るか、二人を確保してトンズラね。 了解です!」

 

 

一を聞いて十を知る。白斗はさっさと装置に乗り込んでしまった。

こうなってはもう止める時間も無い。

 

 

「ブランさん! ロムちゃんとラムちゃんの特徴は!?」

 

「え、ええと……これよ!!」

 

 

ブランは、先程連絡に使ったスマホの画面を見せている。

待ち受け画面に設定されていた壁紙。それはブランと、彼女に似た少女二人が幸せそうに遊んでいる写真だった。

 

 

(……二人の写真を待ち受けに……それだけ、大事ってことだよな……)

 

 

ブランの思いを再確認した白斗。

こうなっては、やり遂げる他はない。頬を叩いて気合を入れ直す。

 

 

「白斗! ……お願い、どうか……二人を……!!」

 

「はい! 必ず守ります!! ……この命に代えても!!!」

 

 

覚悟を込めた目と言葉。

それに嘘は無いと、誰もが思い知った。きっと彼は死ぬまで―――いや、死んだとしてもそれをやり遂げようとするのだと。

 

 

「では行きます! 転送ーっ!!」

 

 

イストワールがスイッチを押す。

その瞬間、白斗の周りに光が溢れ出した―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、景色は一瞬にして変わった。

 

 

「……うお!? ま、マジで転移したのか……!?」

 

 

白斗の目には、先程とは違う光景が飛び込んできた。

どうやら本当に転移したらしい。ステンドグラスに異常に聞いた暖房など。それらしい要素もあることからルウィーの教会であることは間違いはないようだ。

 

 

『白斗ー!! 聞こえるー!?』

 

「うお!? ネプテューヌか!?」

 

 

そこに飛び込んできたのは、ネプテューヌの顔。

と言っても、それを目一杯に移した、空中に浮かぶ画面だ。どうやら通信の類らしく、白斗はオーバーテクノロジーに驚きつつも、すぐに冷静さを取り戻した。

 

 

『あーあー、こちらネプテューヌ大佐! 白斗隊員、応答せよ!』

 

「何そのノリ……」

 

『ああ、この間私がお貸しした潜入ゲームですわね』

 

 

元ネタの提供はベールのようだ。

先程の女神らしさもどこへやら、相変わらずのネプテューヌであるが、今はその明るさのお蔭で緊張も解きほぐされた。

 

 

「転移は成功、これより対象の救出を……ん? 誰か倒れてる?」

 

『……ミナ! フィナンシェ!』

 

「っ! 教祖とメイドさんか!」

 

 

行動に移そうとした直後、人影が倒れているのを発見する。

近寄ってみると、それはこの教会に努めている西沢ミナとフィナンシェだった。

すぐに首筋に手を当てて脈を確認する。

 

 

「……大丈夫、気絶してるだけで命に別状はありません」

 

『良かった……。 でも、それって……』

 

「ええ、確実に来てますね賊が。 ……任務を開始する!」

 

 

二人の生存にひとまず胸を撫で下ろすブラン。だが安心してはいられない。

これにより、ロムとラムに危機が迫っていることが確定したのだ。

白斗は颯爽と部屋から出て、廊下を走っていく。とにかく扉を片っ端から開けていくが、二人の姿も襲撃者の姿も確認できない。

 

 

「ブランさん! 二人がいる場所に心当たりは!?」

 

『二人だったら自分の部屋か、私の部屋か……あの部屋かも……』

 

「あの部屋……? よし、まずはそこから!」

 

 

そこに目星をつけた理由など、ただの勘でしかない。だが白斗は止まること無く走る。

全てはロムとラムを助けるため、そしてブランの心を守るため―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うう……」

 

「う、動け……ない……」

 

 

―――ルウィーの教会、とある一室。

そこは段ボールが山のように積まれた部屋。二人はここでいつものように遊んでいただけだ。

だが、今日だけは違った。目の前に、危険な雰囲気を醸し出す赤いフードの男達が何人もいたから。

 

 

「危ねぇ危ねぇ……幼女だと思ってたが、魔法まで扱えるとは……さすがは女神候補生ってところか?」

 

「ああ、『あの方』がくれたコイツがなきゃ危なかっただろうな……」

 

 

男の一人が、ポケットに手を伸ばす。

取り出されたのは、怪しい輝きを放つ十字架の形をした水晶だった。

 

 

「アンチクリスタル、女神の力を奪う水晶……これが無かったら大怪我だったぜ」

 

「ま、これさえあればこのおチビちゃん達もただの幼女、ホワイトハート様が駆けつけてもただの幼女になっちまうから安心だな」

 

 

やはり持っていた女神対策。

女神の力を奪うというこれ以上ない位シンプルかつ強力無比な対策だった。

ロムとラムの二人が項垂れているのも、この輝きに力を奪われているからである。

 

 

「な、何よそれ……反則じゃない……」

 

「ひ、酷い……(ぶるぶる)」

 

「恨むなら弱ーい自分自身と、助けに来てくれないお姉ちゃんを恨むんだな」

 

 

下品な嗤いを浮かべる男。

その時、地響きがこの部屋を揺らした。重量のある何かが近づいているらしい。

やがてやってきたそれは、大きなカエルにも近い化け物だった。尻餅を付きながら跳ねるように来ると言う、奇行にも見えるそれが逆に異形らしさを強調している。

 

 

「アククク……おい、俺様の幼女は見つけたか?」

 

 

その化け物は特徴的な笑い声を上げながら舌なめずり。

不気味な音を立てると同時に、舐め回すような視線を感じたロムとラムの鳥肌が立つ。

どうやら幼女好きらしい、それも真性の変態だ。だがそれすらも誇りにしているきらいがあるのがタチが悪い。

 

 

「トリックの旦那……へい、この通り」

 

 

無慈悲にトリックと呼ばれた化け物が近づいてくる。

その姿が、まるでアニメやゲームに出てくる怖い魔王のようにも感じて。まだ幼い二人の心を恐怖で支配した。

 

 

「アククク! まさに俺様好みの幼女!! 幼女は俺様のもの……さぁ、こっちへおいでぇ……ペロペロしてやるぜ……アククククク!!」

 

「い、いや……いやぁ!!」

 

「助けて……助けて……!!」

 

 

今、大好きな姉はネプテューヌの心配をしてルウィーを離れている。

ミナやフィナンシェも男達によって倒され、しばらくは目覚めない。

誰も、自分達を助けてくれない。

 

 

「アククク……用心棒として雇われて大正解!! こんな極上の幼女をペロペロできるんだからなぁ……アクククククククク!!!」

 

 

ゲスな男達は、そんな少女達の恐怖に笑っている。トリックに至っては、その舌が迫りくる。

少女達の純粋な想いを踏みにじるべく、手を伸ばして―――

 

 

 

 

 

 

「待てやゴラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

「「「なっ!?」」」

 

 

 

 

 

 

そこに、凄まじい怒号と共に扉が開け放たれた。

振り返るとそこには、黒いコートを羽織った少年がいる。少年は蹴りを織り交ぜた乱舞を繰り出しながら、男達の間に無理矢理割り込む。

あっという間に男達を掻き分け、ロムとラムの前に到達した。

 

 

「よっと、ブランさんの情報通り……! ロムちゃんとラムちゃんだな?」

 

「だ、誰……? お姉ちゃんを……知ってるの?」

 

「ああ、二人を助けるためにここに来たからな。 お姉ちゃんからのお願いで」

 

「……助けて、くれるの……?」

 

 

恐怖に震えていた二人の瞳を見て、少年は優しく微笑んだ。

その笑顔には、幼い二人に安心させるだけの優しさと力強さがあった。

 

 

「ああ、俺は黒原白斗。 ―――もう、大丈夫だから」

 

「「……うん!」」

 

 

涙ながらに、二人は笑顔で頷いてくれた。

信じてくれたことに白斗も嬉しくなるが、一瞬にして表情を変えて男達を睨む。こんな可愛らしく、幼い二人を傷つけた男達に対する怒りを込めたその視線に、襲撃者たちは怯んでしまう。

 

 

「な、何だ貴様ァ!! 俺様の幼女に触れるな!! これから至高のペロペロタイムなんだぞ……、ッ!!?」

 

 

トリックが殺気立つ。先程まで最早手中に収めたも同然のロムとラムが、一瞬にして白斗の背後に回ってしまったのだから。

だが、それ以上に殺気立つ白斗の視線が、化け物を怯ませる。

 

 

「テメェら……ネプテューヌを殺しに掛かって、ノワールさんを狙撃しようとして、挙句こんな小さな子達まで……どこまで腐ってやがるんだ? オイ……」

 

 

声が、低い。

ロムとラムは彼の背中に居るために見えないが、白斗の顔は殺気と怒りで満ちていた。

恩人であるネプテューヌ達を散々傷つけ、挙句ロムとラムを怯えさせているこの男達がどうしても許せないでいる。

まるで触れれば斬られる刃物のように鋭い雰囲気に、男達は固唾を飲む。

 

 

「だ……黙れッ!! 俺様はこれから幼女を愛でるだけだ、健全なのだ!!」

 

「これだけ怖がらせておいて健全とか抜かすなテロリスト」

 

「テロリストではない!! ペロリストだ!!」

 

「尚悪いわボケェ!!!」

 

 

身勝手なトリックの発言に、白斗の怒りのボルテージは止まらない。

既に彼の中のメーターを振り切っており、一歩間違えれば怒りで爆発してしまう。

いつ来るやもしれぬその恐ろしさに、トリックらも腰が引けていた。

 

 

「な、何だ……何なんだ貴様は……! 邪魔すんなぁ!!」

 

「そいつは聞けない相談だな……クソ野郎ども」

 

「そうか、そうかァ……だったら―――貴様が死ねえええええええ!!」

 

 

トリックの合図で襲撃者が武器を構える。

その内三人がナイフを構え、一斉に飛びかかった。

 

 

「それも聞けねぇ相談だな」

 

「ぐぅっ!?」

 

 

同時に迫りくる三つの刃。

しかし白斗は慌てることなく、コートの裾からワイヤーを伸ばした。伸ばされたワイヤーは一人の顔に巻き付き、引き込む。

態勢を崩した男に防ぐ術は無く―――

 

 

「この子達を守るのが―――俺のお仕事なんでねッ!!」

 

「「「がばぁッ!!?」」」

 

 

男の顎に、掌底を叩き込んだ。

更にはその衝撃波で残り二人も吹き飛んでしまう。顎に一撃を受けた男は勿論、飛びかかった二人も一斉に気絶してしまった。

 

 

「な、何なんだこいつ!? こんなのがいるなんて聞いてねぇぞ!?」

 

「そりゃ、やってきたばかりだからなッ!」

 

 

今度は挟み込むようにして男達が襲い掛かる。

左からのナイフの一撃は避け、背後から迫りくる輩には裏拳を顔面に叩き込む。そしてナイフを突き出してきた男を蹴飛ばした。

 

 

「くそっ! このおおおおおおおお!!」

 

「げ!? 銃かよ!!」

 

 

少年の、想像以上の戦闘力に男達もさすがに危機感を覚える。

危機感は冷静さを損なわせる一手なのだが、時には暴走すら巻き起こす。とある一人が取り出した銃。

白斗はロムとラムを巻き込まないように動きながら避けていく。

 

 

「おいやめろ貴様ァ! 俺様の幼女に傷がついたらどうするんだ!」

 

「当てなきゃいいんでしょ! 誘拐するためにゃ、あのガキが邪魔なんだからよォッ!」

 

(誘拐……? この二人を殺すんじゃなくて、誘拐するつもりだったのか?)

 

 

回避しながら、男達の声に耳を傾けた。ロムとラムの二人に関しては、どうやら殺害するつもりはないらしい。

トリックの怒りは、演技には感じられない。ならば二人を痛めつけるようなことはしないと踏む。

それでも誘拐など見過ごせはしないが、二人に物理的な攻撃が及ばないと分かっただけでも勝機が見えてくる。

 

 

「だとしても、見過ごしていい理由にはなんねぇなッ!!」

 

「が!?」

「ほッ!?」

 

 

一瞬にして男達に肉迫し、鋭い拳と蹴りを打ち込む。

倒れた男から銃を蹴り飛ばし、使えない位置に送り込むことで厄介な銃撃を封じた。

これで残るは四人。終わりが見えてきた。

 

 

「クソ……ッ! これ以上俺らに失敗は許されないんだよ……! やれぇッ!!」

 

「「「応!」」」

 

 

これ以上の失敗、恐らく昨日のネプテューヌ暗殺失敗の事だろう。

尚更焦りだす男達は白斗を仕留めるべく一斉に襲い掛かる。全員がナイフを手に、今度は三方向から。

 

 

「チィ……!」

 

 

前方からの攻撃は、白斗のナイフで防ぐ。

左後ろから来る男は、肘鉄で黙らせる。

だが、その反対側から来る男の攻撃は防げず、腕が切り裂かれてしまった。

 

 

「あ……!」

「だ、大丈夫……!?」

 

「大丈夫、だッ!!」

 

 

ナイフを力で押し返し、その勢いで回し蹴り。

蹴りを受けた男は壁に叩きつけられて動けなくなった。そして目の前のナイフの男には。

 

 

「お返しだ! 金的!」

 

「アウッ!?」

 

 

男の永遠の弱点を蹴り上げて戦闘不能にさせた。

普段なら躊躇う手段でも、少年には一切関係ない。

 

 

「さぁ、これで残るはお前一人だぜ? ボケガエル」

 

「グ……小僧ォ……人間の分際で中々やるじゃないか……!!」

 

 

血の滴る腕を伸ばし、その手に握るナイフの刃先を向けた。

どんな相手にも、どんな武器にも、どんな数にも、どんな怪我にも、どんな状況にも怯まない。

たった一人の少年にここまで壊滅させられたこの現状に、トリックの怒りが頂点に達する。

 

 

「だが……このトリック様に勝てると思うなァッ!!」

 

「ぅぉっとぉ!?」

 

 

カエルのような見た目に違わない、舌を伸ばしての攻撃。

シンプルな挙動だが、スピードが段違いだ。

さすがの白斗も咄嗟に身を屈め、その一撃を何とか避けるがその威力で後ろの壁に亀裂が入る。

 

 

「そォらそォらそぉぉぉぉぉらあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「う、お、お、ォッ!!?」

 

 

舌が鞭のように振るわれる。まさに化け物染みたスピード、そしてパワー。

何よりも倒れている他の仲間達もお構いなしという暴れ方。

最悪の場合、ロムとラムを巻き込みかねない。

 

 

「このド畜生が! ロムちゃんとラムちゃんが怪我したらどうすんだっつーの!」

 

 

下手をすれば女神化したネプテューヌ達にも迫るかもしれないこの攻撃力。とにかく、普通には戦っていられないとまずは回避に専念。

そして不用意に踏み込んだところで、その足にワイヤーを巻き付ける。

 

 

「グオ!?」

 

「せぇーのぉーっ!!」

 

「あでっ!!?」

 

 

足を踏み入れるそのタイミングを見計らって、力の限り引っ張る。

するとバランスを崩し、トリックは倒れ込んだ。

その隙に裾からナイフを何本も取り出し、トリックに投げつける。だが当たる直前に障壁の様なものが発生し、ナイフを弾いていく。

 

 

「……っ! 効いてないのか……!」

 

「ハッハッハー!! そんなものまさに爪楊枝同然、効くか効くか効くかァ!!」

 

(チッ、急所を狙って仕留めたいところだがこいつの急所ってどこよ……!? やっぱり喉辺りかね……!?)

 

 

どうやら生半可な攻撃は効かないらしい。白斗にとっては、初めてのタイマンによるモンスターとの戦闘である上に、明らかに勝ち目がなかった。

下手に戦闘に集中しすぎれば、余計なダメージを負う可能性も、ロムとラムに攻撃が及ぶ可能性も否定できない。

 

 

「先程の威勢はどうしたクソガキィ!! オラオラオラァ!!!」

 

 

好機と見たトリックは、その舌を使って滅茶苦茶に暴れる。

舌で周りの物を巻き込んでは、手当たり次第に物を投げてきた。箱、椅子、机、本棚。

重量のある数々が、凄まじいスピードで、幾つも飛んでくる。

 

 

「うおおおおおお!? くそ、滅茶苦茶やってんじゃ……ぐあッ!?」

 

「あ……!」

「だ、大丈夫!?」

 

 

その中で、面積の大きい本棚が白斗に直撃してしまう。

さすがの威力に白斗も吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。衝撃で口から血が吹き出し、不気味な音を立てながら床に落ちていく。

それでも白斗は瓦礫や本棚を押しのけ、立ち上がった。

 

 

「げほっ……! こ、こんなの余裕のよっちゃんよ……!」

 

「痩せ我慢!! 全く、幼女の目の前で何と醜いことか……いい加減くたばれェ!!!」

 

 

双子を安心させるべく、白斗は何とか笑顔を浮かべた。

そんな彼に対し、尚も舌を叩きつけようとするトリック。

狙いは白斗の頭。それを砕くことで彼を殺そうとしている。

 

 

「……ったく、正面戦闘は苦手な上に“これ”、見せたくないんだよ……。 だが、嫌々言ってる場合じゃねぇよな」

 

 

白斗は動かない。逃げない。

覚悟を決め、息を大きく吸い込み、そして言葉を紡いでいく。

 

 

 

 

 

「……コード、オーバーロード・ハート起動」

 

 

 

 

 

自らの心臓があるはずの左胸を抑え、そう呟いた。

途端、彼の“左胸”から光が溢れ出し―――。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

「んなァ!!?」

 

 

トリックの舌を、容易く受け止めた。

確かに戦闘慣れしている白斗だったが、ここまでの力は無かったはずだ。だから投げつけられた本棚を受け止めきれず、吹き飛ばされたはず。

だが、今の彼はトリックとほぼ互角のパワーを発揮している。

 

 

(ぐ……これ、やっぱり負担がデカすぎる……ッ!!! 難儀な“心臓”だぜ、ったくよぉ……!!!)

 

 

しかし受け止めている間、凄まじい激痛が白斗の中で駆け巡る。

激痛が体を引き裂き、また口から血が溢れ出す。

“あるもの”を使って無理矢理身体能力を引き上げる代償に、体を蝕んでいく激痛。常人ならば既に発狂するか、死んでいるかだ。

 

 

(でも、それでもなぁッ……! こんな俺にも、守りたい人たちが出来て……やれることがあるんだ!! なら……逃げてる場合じゃねぇんだよなぁああああっ!!!)

 

 

それでも、それでも逃げることだけはしなかった。倒すべき相手を睨み付け、白斗は拳を構える。

片方の手は、トリックの舌を掴んで引き寄せた。

 

 

「お、オォォォォォ!!?」

 

 

人間とは思えない力にトリックは舌ごと引き寄せられた。

体勢が崩れに崩れ、無防備な腹を晒す。

 

 

「テメェもとっとと……くたばりやがれえええええええええええッ!!!」

 

「グボオェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!?」

 

 

強烈かつ痛快な拳が、トリックの腹に打ち込まれた。

想像を絶する威力にあの障壁は突き破られ、トリックを悶えさせる。

更にトリックの巨体すら吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 

 

「ゲホッ、ゴホォ……!! ご、ごの……グゾッダレがあああああああ!! 幼女は……幼女は俺様のものだああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

それでもなお立ち上がり、こちらへと突進してくるトリック。

舌がダメならその巨体を生かした体当たりしかないと考えたのだ。

勢いと全体重を乗せたその一撃で白斗を踏みつぶそうとするが。

 

 

「うるせぇよ」

 

 

白斗はナイフを取り出し、それを投げた。

ただしトリックに向けてではない。彼の真上に存在するシャンデリアに向かって。

ナイフはシャンデリアを繋ぎとめる鎖を切り裂き、そして――――。

 

 

「ヒ……!? ギィィィイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

 

 

派手な音を立てて、シャンデリアはトリックの真上に落ちてきた。

さすがの怪力も、舌を使って受け止めなければ何の意味もなさない。完全に虚を突かれたトリックは成す術はない

派手な音と衝撃を発生させて、シャンデリアの下敷きになった。

下敷きになってしまったトリックは、だらしなく舌を垂れ下げてピクリとも動かない。

 

 

「ふぅ……、ッ! ゴホッ、ゴボッ……!!」

 

「あ……! た、大変……!」

「し、しっかりして!」

 

 

ようやく敵を全滅させ、白斗が肩の力を抜く。

同時に激痛が鉛のように圧し掛かり、白斗が崩れた。咳き込むと同時に血が溢れ出し、一瞬呼吸が困難になる。

そんな様子を見てしまったロムとラムが涙ながらに駆け寄ってきた。

 

 

「は、ははは……。 大丈夫だよ。 それより、二人は怪我無いか……?」

 

「う、うん……大丈夫だよ……」

 

「助けてくれたから……ラムちゃんも、平気です……」

 

 

血に濡れていない手で、二人の頭を撫でてあげる。

体に負担がかかっているのは白斗なのだが、それ以上に心が傷ついているのはこの子達なのだ。

白斗は出来る限りの笑顔を浮かべて二人の安否を確認する。二人も、涙ながら受け答えははっきりとして、無事を伝えてくれた。

 

 

 

 

「なら、良かった……」

 

 

 

 

ロムとラムが無事だと分かった。その一瞬だけ、白斗は痛みを忘れることが出来た。

それどころか、この上ない充実感が溢れてくる。

彼の安心しきった顔を見て、ロムとラムも彼への警戒心はすっかり消えてしまったようだ。

 

 

「ちょっと移動しようか。 もうすぐ、お姉ちゃん達が迎えに来てくれるからね」

 

「う、うん……!」

 

「無理、しないで……」

 

「してないしてない。 おっと、移動する前にこいつ等捕縛しておかないと……」

 

 

白斗が懐から縄を取り出し、倒れている男達の身柄を拘束しようとした―――その時だ。

 

 

「ゥ……オォオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

「なッ!? あいつ、まだ……!?」

 

 

シャンデリアの下敷きになっていたトリックが、復活したのだ。

気絶していただけあってダメージ自体はあるものの、寧ろそれが引き金となって最後の一暴れをするべく狂っている。

咄嗟にロムとラムを守ろうと抱きかかえる白斗だったが。

 

 

(がッ……!? クソ、こっちは“時間切れ”かよッ……!!?)

 

 

先程とは比べ物にならない激痛が、体を縛った。

そんな彼を見つけたトリックは、自分を下敷きにしたシャンデリアを抱え上げ、白斗に向かって突進する。

 

 

「ギザマァァアアアアアア!! 幼女を寄こせェエエエエエエエエエエエ!!!!!」

 

(く……!! ダメだ、動けねぇ……!!!)

 

 

このままでは自分も、ロムとラムも潰されてしまう。

せめて彼女達だけでも守ろうと力の限り抱きしめ、自らを盾にしようとする。

今、死が眼前にまで迫っていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、怒号と共に教会の壁が破られた。

砕け散る壁、吹き飛ぶ破片、舞う粉塵。その中から現れたのは―――。

 

 

「ぶ、ブランさん!?」

 

「「お姉ちゃん!!?」」

 

 

女神化を果たしたホワイトハートことブランだった。

その手には巨大なアックスを手に、圧倒的なパワーで危機に駆けつけるその姿は力強くも、女神のように美しかった。

 

 

「テメェ……ロムとラムを……白斗を!! 傷つけてんじゃねえええええええええ!!!」

 

「グゥボォェエエエエエ!!?」

 

 

豪快な斧の一撃が、トリックを吹き飛ばした。

トリック自慢のあの障壁ですら役に立たないその威力に白斗は唖然となった。

壁に叩きつけられる化け物を他所に、ブランは三人の元へ舞い降りる。

 

 

「お前ら!! 無事か!?」

 

「お姉ちゃん……! うん、わたし達は平気だよ!」

 

「この人が……助けてくれたの……!」

 

 

真っ先にブランが、皆の無事を確認する。

彼女にとって何よりも大事な妹二人は、恐怖に怯えながらも傷一つついていなかった。それに一瞬だけ安心したブランだが、すぐに血の気が引いた。

彼女達の代わりに傷つき、ボロボロになった白斗の姿を見たからだ。

 

 

「は、白斗……!? お前、その傷……っ!!?」

 

「大、丈夫……。 二人を守れたし……ブランさんが、助けに来てくれたから……」

 

 

何でもなさそうに笑顔を浮かべる白斗だが、重体なのは見れ取れた。

腕から血が流れているのは勿論、体中に打撲痕、そして口からは血が溢れていたのだ。

彼がどれだけ傷つきながらも、ロムとラムを守ってくれたか―――ブランには痛いほど伝わってしまう。

その手を取って、顔を俯かせながらブランは言葉を紡ぐ。

 

 

「……ごめん……それと……ありがとう………」

 

「どう、いたしまして……ぐ、ぅッ……」

 

 

圧倒的な力を持つ女神の救援が来ればもう怖いものなしだ。

白斗もようやく肩の荷を下ろしたかのように、へたり込む。

そんな満身創痍な白斗の姿を見て、ホワイトハートは怒りに震える。一方、トリックはあれだけの攻撃を受けて尚、まだ暴れる姿勢を見せていた。

 

 

「……テメェ……よくも……よくもおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」

 

 

ロムとラムを、そして白斗を。

傷つけた輩に対し、殺意にも似た怒りが爆発する。

力の限り斧を振り上げ、トリックに振り下ろそうとするが―――

 

 

「ァガガッ……アククク……。 ルウィーの幼女女神まで来てくれたぁ……幼女は全員!! 俺様のものだああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

トリックは咄嗟に舌を伸ばし、倒れていた男のポケットに伸ばした。

何かを掴んだらしく、それを自らの元へと持ってくる。

だが今更何をしようと、ホワイトハートの怒涛の一撃を受け止められるはずがない。と思った矢先だった。

 

 

「ぐ……っ!? な、何だ……力が……!!?」

 

「な!? ブランさん……どうした!?」

 

 

急にブランの動きが止まった。

あの力強さが急に失われ、その場に座り込む。良く見るとトリックの舌には、怪しい輝きを放つクリスタルが握られていた。

 

 

「あ、あれ……あの水晶……!」

 

「アンチクリスタルって……女神の力を封じるって、言ってた……!」

 

「ッ! あの水晶が原因かっ!!」

 

 

やはり存在していた女神対策。

今まで相手していた白斗はただの人間。アンチクリスタルなど効果が出るはずもないため隠していたのだが、相手がブランであれば話は別。

その効果はテキメンで、ブランは身動きが取れずにいた。

 

 

「アククク!! 女神の居城を襲撃するのに対策なしで来ると思ったかァ!?」

 

(クソぉ……! これが白斗が言ってた女神対策か……! よりにもよってそいつを持ち出されるなんて……どこまで間抜けなんだ私は……!!)

 

 

心の中で悔恨に囚われるブラン。

だがどれだけ悔いようとも、体は動いてくれない。鉛のように重く、腕はまるでしぼんだ風船のように力が抜けていく。

意識すら、少しずつ薄れていくようだ。

 

 

「まずは幼女女神から倒してペロペロだァ!! 頂きま――――」

 

 

トリックはその隙を当然見逃さない。

容赦することなく舌を振り上げる。目の前の女神を叩き潰すために。

 

 

「させるかぁああああああああああああああああ!!」

 

「あ!?」

 

 

それよりも早く、白斗がワイヤーを伸ばした。

ワイヤーはトリックの舌に握られていたアンチクリスタルに巻き付き、それを奪い取る。

引き寄せられたアンチクリスタルは、収納されるワイヤーの勢いに従って白斗の元へと跳んでいき―――。

 

 

「これ以上、ブランさんを……苦しめんじゃねぇよぉおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

―――ナイフによる、一閃。

怪しい輝きの結晶は綺麗に切り裂かれ、その輝きを失わせた。

 

 

「アアアアァァァ!!? き、貴様ァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!?」

 

 

怒りと焦り、そして絶望。

負の感情の、何もかもが織り交ざったトリックの絶叫。だがそれこそが反撃の合図だった。

 

 

「―――ブランさんッ!!!!!」

 

「ッ!! ああ!!」

 

 

途端、力が戻る。

こうなれば彼女を止めるものは、もう何もない。

巨大な斧を振り上げ、そして今度こそ彼女の中の全てを込めた一撃が炸裂する。

 

 

 

 

 

「ぶっ飛びやがれ!! テンツェリン………トロンベェエエエエエッ!!!!!」

 

「ぎィッッッ……やぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! 幼女バンザ――――――――イ!!!!!」

 

 

 

 

 

豪快な斧の一撃。

その威力は教会全体を揺らすほどだった。あのトリックですら比べ物にならないパワー、これこそが女神の力。

その力に打ちのめされたトリックは、壁をどころか雲を突き破って、絶叫を上げながらゲイムギョウ界の空へと消えていくのだった。

 

 

「……っはぁ……はぁ……。 ったく、アンチクリスタルまで持ち込んでくるなんて……」

 

 

直後、ブランの女神化も解けてしまう。

戦闘自体はそこまで苦戦しなかったのだが、それ以上にここに来るまでの飛行で体力を使ったのだろう。

そもそも白斗がここに辿り着いて、まだ10分程度しか経過していない。それだけ、彼女が限界を超えて飛んできたということの証だ。

 

 

「お姉ちゃん……お姉ちゃぁぁぁん!!」

 

「怖かった……怖かったよぉ……!!」

 

「ロム、ラム……。 あなた達が無事で、本当に良かった……!」

 

 

涙ながらに抱き合う女神三姉妹。

その光景は感動的で、擦り切れた白斗の心に潤いを与える。

微笑ましいものを見るような目で白斗は彼女達の無事を喜んでいたが、ブランは涙を拭おうともせず顔を上げて。

 

 

「……白斗、本当に……ありがとう……!」

 

 

そして、感謝が詰まったその言葉が白斗に降り注いだ。

天使のような微笑みに、思わず白斗も顔を赤くしながらも、喜びを感じてしまう。

 

 

 

 

 

 

(……ああ、俺……こんなにも素敵な笑顔を……守れたん、だな……)

 

 

 

 

 

 

白斗は遠のく意識の中、喜びに耽っていく。

 

 

「……ッ!? 白斗!!? 白斗おおおおおおおお!!!」

 

 

ブランが彼の様子に気づき、こちらに駆けだしてくる。

けれども、間に合わずに彼の意識はブラックアウトした―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――数時間後、舞台は戻りプラネテューヌの教会。

 

 

「ふぅ……やっと戻ってきたな」

 

「ええ……正直、白斗が倒れた時は生きた心地がしなかったわ……」

 

 

日が暮れたプラネテューヌに、白斗とブランが戻ってきた。

ここまで時間が掛かった理由は当然白斗が目覚めることを待っていたこと、その後魔法で応急手当してもらったこと、そして彼らを抱えての女神化による飛行は不可能であるため、定期船を使ってきたためである。

彼ら、というのは白斗に加え―――。

 

 

「やってきましたプラネテューヌ!」

 

「すごい……(わくわく)」

 

 

ロムとラムの二人も着いてきたからである。

あの状態の教会に置いておくのは危険だと判断し、一時的にプラネテューヌの教会で預かることになったのだ。

現在、女神全員が狙われているならば一時的にでも女神全員が集まっている場所に置いておいた方が守りやすいという白斗の提言を受けてのものだった。

 

 

「白斗……今日はその……ごめんなさい……」

 

「謝る必要なんかナッシングっすよ。 ロムちゃんとラムちゃんも、ミナさんもフィナンシェさんも、そしてブランさんも無事だったし、この件にも緘口令敷いてるし」

 

「そういうことじゃなくて……貴方を、こんなにも傷つけてしまって……」

 

「もうやめましょ。 これ以上は堂々巡りになっちまう」

 

 

どうやら終わりよければ全てよし、それが白斗のスタンスらしい。

だがそれでもブランの表情は晴れない。

彼女の心情は察しているつもりで、白斗がからからと笑いながら教会の入り口を潜ると。

 

 

「あー! 白斗――――!!!」

 

「ん? おお、ネプテューヌじゃないか……ぐぼああああああああああ!!!?」

 

 

ネプテューヌが、飛びついてきた。

その衝撃たるや、体力の半分をごっそり持っていくほどだった。女神化していなくても、女神は強し。

だがその女神は白斗の右胸に抱き着いては少し泣いていた。

 

 

「もうっ!! バカバカバカバカッ!!! あんな戦い方しちゃって……私達が心配しないとでも思ったの!?」

 

「み、見てたのか……。 あー、そのー……」

 

「私なんか泣いちゃったんだからね!! ノワールだって……」

 

「ちょ!! ネプテューヌ!! 勝手なこと言わないで!!!」

 

 

彼女の後ろにはノワールが控えていた。

ぷいっと可愛らしくそっぽを向くが、その目は赤く腫れていた。どうやら相当な心配をかけてしまったらしい。

何より女の涙に弱い白斗は、素直に頭を下げた。

 

 

「……二人とも、心配をかけてごめん。 でも無事、任務完了です」

 

「無事ではありませんわよ。 白斗君、想像以上のやんちゃぶりでしたわ……」

 

「ベールさん、言いっこ無しですよ~。 みんなこの通り無事ですから」

 

 

更にその後ろからベールが少し、心配を含んだ目で白斗を見てきた。

包容力溢れる雰囲気に少したじろぎつつも、白斗は連れてきたロムとラムを前面に押し出す。

 

 

「うん! お兄ちゃんのおかげ!」

 

「……お兄ちゃん、ありがとう……(ぺこぺこ)」

 

「ん? オニイチャン……?」

 

 

その言葉を聞いた途端、ネプテューヌの目が怪しく光った。

天真爛漫な彼女に刺した影に思わず恐れを抱く白斗。

対するロムとラムは白斗の足元に抱き着いては頬を摺り寄せている。お転婆なラムはともかく、人見知りなロムまで。

 

 

「あ、あはは……何故か懐かれたみたいで……」

 

「二人のために戦ったんだもの。 懐かれても、おかしくないけど……」

 

「……白斗はモテるわね~」

 

「ホントにね~」

 

 

可愛らしい女の子に懐かれて満更でもなさそうな白斗。

対するブラン、ノワール、そしてネプテューヌの視線は冷たく突き刺さる。色々板挟みな状況に、白斗は冷や汗が止まらない。

 

 

「あ、白斗帰ってきた! コンパ、居たわ!」

 

「ぎくぅっ!?」

 

「白斗さん、逃げちゃダメですよ! 治療のお時間です!」

 

「も、もう治ったから良いってーの!!」

 

 

更にそこへアイエフとコンパも飛び出してくる。

目的は当然、怪我を負った白斗の治療だろう。だが、医者嫌いを公言している白斗からしたら彼女は恐怖の対象でしかない。

 

 

「逃がさないわよ! ネプギア、ユニ! 白斗を捕えなさい!」

 

「「了解っ!!」」

 

「だああああああ!! 人海戦術はやめろおおおおおおお!!!」

 

 

白斗を捕えるべく、更にネプギアとユニまで動員された。

 

 

「何々ー!? お兄ちゃんと鬼ごっこー!? 待てー!!」

 

「お兄ちゃん、待てー♪」

 

「ロムちゃんとラムちゃんまでー!? ちょ、止ーめーてー!!?」

 

 

何やら遊んでいると勘違いした二人まで追いかけっこに加わってしまう。

更に増える、元気な追跡者に白斗は涙ながら逃げ回るのだった。

結局、白斗の強情さに折れて腕の傷跡のみコンパが治療、後は白斗自身がするということで手打ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その夜、白斗の治療も一応終えてのリビング。

そこには各国の女神とその妹達が一斉に夕食を共にしていた。

 

 

「―――と、言うことで友好条約を結ぶまでの間はこちらでお世話になるわ」

 

「ええ。 ロムとラムも、白斗の傍に居た方が安心だし……」

 

「ただ、仕事とゲームで抜けなければならない時は出てきてしまいますが……」

 

 

今日の一件で、友好条約に亀裂を入れるため女神を害そうとする連中がいることが明らかになった。

ならばその彼女達を守りやすくするためには一ヵ所に留まってもらいたい。

白斗の提案がこちらにも受け入れられ、友好条約までの数日間はこうしてくらすことになったのである。

 

 

「うんうん! これでみんな仲良しー、って感じだね!」

 

「勘違いしないで。 これも仕事だからよ」

 

 

相変わらずのツンデレぶりを発揮するノワールだった。

だがそれでもネプテューヌの思いを否定しているわけではない。

一方のブランは、ちらちらとネプテューヌの顔を覗いては俯き、を繰り返していたがやがて意を決したのか彼女と向き合う。

 

 

「……ネプテューヌ。 今日はあなたも……その……ありがとう」

 

「え? 何が?」

 

「……転移装置の件。 あれがなかったら、今頃ロムとラムが……それに、そのためにシェアを大量に消費させてしまって……」

 

「気にしない気にしない! 終わりよければ全てよしなんだから!」

 

 

シェアの大量消費は本来であれば大事だろう。

だが、ネプテューヌはそれでも特に気にすることは無かった。

彼女が不真面目だからではない。彼女が“女神”だからだ。そんな彼女達を見て、白斗も猶更決意を固める。

 

 

(何はともあれ、これからが本番か……友好条約が結ばれるまで、ネプテューヌ達を守るだけじゃなくて、事件の黒幕を突き止めないと……)

 

 

ジュースを飲みながら、白斗はふとそんなことを考えていた。

本当だったら心細くて、寧ろ疑心暗鬼に陥ても仕方ないはずなのにネプテューヌの、周りを思いやる心は決して変わることは無い。

それ故に見せてくれるあの笑顔を―――どうしても守りたいと思った。

彼女達だけではない、ノワールも、ブランも、ベールも、この場に居る皆も。

 

 

「あー、白斗ったらまた難しい顔をしてるー!」

 

「してない。 お前がお気楽なだけ」

 

「「「「「確かに」」」」」

 

「ねぷぅ!? みんなまで酷い!!」

 

 

ぷくーと頬を膨らませるネプテューヌ。

お気楽とは言ったが、それもまた彼女の魅力なのだろうと白斗は思う。

頬に詰めた空気を吐き出し、ネプテューヌはまたあの眩しい笑顔を白斗に向けてくる。

 

 

「それはそうと……白斗、ホントにありがとね。 私達を、守ってくれて」

 

「いいよ、俺がやりたかったんだから。 ……で、ナニコレ?」

 

 

白斗の目の前にとあるグラスが差し出された。

と言っても中に入っているのは液体ではない。

グラスの上に乗せられたもの、それはぷるんと震える黄金の甘味―――。

 

 

 

 

「プラネテューヌ国民一押しのお菓子屋さんによる一日十個限定、私へのご褒美用プリン! 守ってくれた白斗に、私からのお礼! ……白斗、本当にありがとう!」

 

 

 

 

ネプテューヌが向けてくれた眩しいまでの笑顔。

見るだけで元気が湧いてきて、心が満たされて、そして心臓が大きく打ち鳴らされる。

そんな気恥ずかしさを隠すかのように、少しぶっきらぼうな態度で接してみた。

 

 

「あ、あはは……プリンと来たか……。 でも……ありがとな、ネプテューヌ」」

 

 

プリンを有難く頂戴する白斗。そして、ネプテューヌに向けられる惜しみない笑顔。

これが最高の笑顔を向けてくれた彼女に対する、最大の返礼だった。

 

 

「……う、ううん! しっかり味わってね! それじゃ、ご馳走様ぁー!!」

 

 

その笑顔に見惚れていたのか、一瞬呆けていたようだ。

白斗にお礼としたプリンを差し出すや否や、ネプテューヌは走り去ってしまった。

―――その顔を、赤く染めながら。

 

 

「「「「「……………………」」」」」

 

「ん? 皆さん、ドウシマシタ?」

 

 

一方、唖然と眺めていたのはその他の皆だ。

まるで信じられないものを見たと言わんばかりの光景だ。

当然何が何やら理解が追い付かない白斗に、皆を代表してネプギアが説明してくれる。

 

 

「は、白斗さん……。 お姉ちゃんは、無類のプリン好きなんです。 プリンを奪われると怒るくらいに」

 

「ほー、そうなのか。 らしいっちゃらしいかな」

 

「でも、そんなお姉ちゃんが自分の、しかもあの限定プリンをあげるなんて……それだけ白斗さんに感謝しているんですよ」

 

「はは……なんか、ネプテューヌらしいっちゃらしいな」

 

 

苦笑いしつつも、これが彼女なりの最大の感謝なのだろう。

ならばしっかりと味わなければならない。

と、ここで更に白斗の皿に肉が一切れ乗せられる。それは、ノワールからだった。

よく見ると、何やら嫉妬が織り交じった顔になっている。

 

 

「はい、お肉あげる」

 

「へ? ノワールさん?」

 

「わ、私からのお礼よ! ……守ってくれて、ありがと……」

 

「い、いえいえ……ありがとうございます」

 

 

肉は嬉しいのだが、これもお礼扱いなのか。

とは言え、この二、三日彼女を見ていて分かったのは彼女はとても真面目であると同時に不器用でもあるということ。

そんな彼女がしてくれた、精一杯の感情表現を無碍には出来ない。

 

 

「それと、私の事はノワールでいいわ。 敬語もいらない」

 

「え? でも……」

 

「こ、これもお礼よ! しっかり受け取っておきなさい!」

 

「へ? あ、ああ……よろしくな、ノワール」

 

 

女神様と対等に話せるのも、立派なご褒美。

そう受け取った白斗は、優しい微笑みをノワールに向けた。すると彼女は顔を赤らめて漁ったの方向へ顔を向けてしまう。

当初抱いていた白斗への警戒心も今ではすっかり信頼へと変わっていた。

―――そんな一連の流れを快く思わない、白の女神が一人。

 

 

「……白斗、こっちの唐揚げも……」

 

「ぶ、ブランさんまで……」

 

「私もフランクに接してくれていい。 敬語も要らない……りぴーと、あふたみー」

 

「お、おう……。 ありがとう、ブラン……」

 

「うん、よろしい」

 

 

彼女の要望通り、フランクに接してみると、ブランは雪のように柔らかい微笑みを向けてくれた。

まさに天使、いや女神だ。

 

 

「あらあら、青春ですわね~」

 

 

そんな様子を、どこか羨ましそうに眺めているベール。

 

 

(でも何でしょう……私だけ蚊帳の外感が否めませんわ……。 それに白斗君と余りお喋り出来ないのも面白くないですわね……)

 

 

溜め息一つ。

このアンニュイな感情が晴れるのは、また後日の話―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ねぷぅ……とても恥ずかしかったよぅ……)

 

 

一方その頃、ネプテューヌは自室のベッドで枕を抱きしめながら寝転がっていた。

思えば、この24時間の間に様々な出来事が起きた。

ネプテューヌ暗殺未遂から始まりノワール狙撃未遂、そしてロムとラムの誘拐未遂。普通であれば、友好条約など破棄されてもおかしくない事案。

それらを全て解決し、ネプテューヌの思いを守ってくれた少年―――白斗の姿が脳裏に過る。

 

 

(昨日の夜からだ……白斗が戦ってる姿を見て、カッコイイって思っちゃったし、白斗が傷ついた姿を見て、私も痛くなっちゃったし……白斗が守ってくれるって言われて、嬉しくなっちゃって……どうしたんだろ、私……?)

 

 

彼を思うと、ネプテューヌの心がざわついた。

時に憧れ、時に切なく、時に幸せになる。

女神として悠久の時を生きてきた彼女でも、この感情の名前は分からなかった。

 

 

(おまけに大事なプリンあげちゃうなんて……でも、白斗が喜んでくれて良かった……。 あれだけじゃ、まだ感謝し足りないけど……)

 

 

この感情自体を自覚したのは、あのプリンをあげた一幕。

彼が見せてくれたあの笑顔で、彼女の心臓は大きく打ち鳴らされ、体温が最高潮に達してしまった。

思わず、逃げるようにこの部屋に駆け込んでしまった。、今のこの顔を見られるのが、恥ずかしいから。

 

 

 

 

 

―――もう大丈夫だ、ネプテューヌ。 ……俺が、守るから―――

 

 

 

 

 

「~~~~~~っ!!?」

 

 

そして、あの運命の夜の白斗の姿、声、体温が未だに脳内再生される。

ネプテューヌの頭の中は、それだけでキャパシティーオーバーしかけ、枕に顔を埋めては声にならない声を上げている。

体が燃えるように熱く、心臓はバクバクとうるさいくらいに鳴り響いていた。それを紛らせるかのように、身悶えしながらバタ足を繰り返す。

 

 

(はぁ~……明日から白斗の顔をまともに見られるかなぁ~……。 でも、明日も白斗の顔を見たい……はうう~、何なのこれ~~~~!!?)

 

 

矛盾した感情、二律背反。

そんな言葉でさえ脳内に浮かばないほど、彼女の頭の中は白斗一色で染められている。

やり場のない想いに、ネプテューヌのバタ足は更に加速した。

確かに、苦しい。でも、その苦しさは決して嫌ではない。

 

 

 

(……でも、幸せだなぁ……えへへ)

 

 

 

白斗の事を思えば、幸せになれる。

明日は白斗とどんなことを話そうか、どんなことをして遊ぼうか、どんなことで白斗と過ごそうか。

そんな思いを抱えながら彼女の夜は更けていった―――。




サブタイの元ネタ「走れメロス」

と言うわけで一気に投稿!
ここである意味ようやく冒頭に当たる部分が終わったと思います。
この世界、女神様達の現状、そして黒原白斗というキャラクターをお伝えするためにここまで一気に投稿しました。
さて、白斗ですが何故彼はこうも任務染みた行動が出来るのか、そしてあんな力を発揮できるのか、そして一体何があったのか。
徐々に、徐々にですがネプテューヌ達と一緒に見守っていただければと思います。
……にしてもフラグ立て過ぎだろお前ェ……。
さて、次回ですがまだ唯一フラグが立ってないあのキャラとのお話!お楽しみに!


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第五話 ベールさんといっしょ

暗殺未遂事件を受け、護衛目的で四女神がこのプラネテューヌの教会でしばらく生活することになった。

一見楽しい共同生活にも思えるが、実際国を司る女神ともなればその仕事は多忙オブ多忙。

時にクエスト、帰って書類仕事、そしてまたクエスト―――。そんな日さえあった。

それだけに、女神を守ると決めたこの男もそれ以上の多忙を極めた。

 

 

「たっだいまー! エンシェントドラゴン討伐ー!」

 

「やれやれ、さすがにあれにはビビったぞ……」

 

 

ネプテューヌと白斗が、クエストから帰ってきた。

白斗はまだまだ対モンスター経験が浅いため、主に後方支援とネプテューヌの護衛という形でクエストに同行していたのだ。

 

 

「お疲れ様ですお二人とも……って白斗さん? どこへ行くんですか?」

 

「え? 何言ってるんですかイストワールさん。 周辺見回ってくるに決まってるっしょ」

 

「貴方こそ何言ってるんですか! ここの所働き過ぎです! 昨日だって夜通しで警戒してたでしょう!?」

 

「ねぷーっ!? 白斗ー! また無茶したなー!?」

 

 

白斗もまた、クエストや仕事を手伝っては夜通しで警備に当たっているという始末。

実際、これで昨夜も不審者を捕えたという実績があるのが尚もタチが悪い。

尤も、昨日の不審者は暗殺目的ではなく、「女神のパンツしゃぶりたい」というまごうことなき変態だったのだが(因みにこの変態は白斗がその場で半殺しにしたらしい、南無)。

 

 

「白斗、私達を守ってくれるのは嬉しいけど自分を大事にしてって言ってるでしょ?」

 

「……私も、心配になって寝られないの。 無茶はやめて……」

 

「あ、あはははー……そこはご愛敬ということで一つ」

 

「「良くない!」」

 

 

ノワールとブランも、非難交じりの視線を投げつけてくる。

この二人とネプテューヌに関しては、あの夜から急接近したと言っても過言ではない。そんな様子を、どこか羨望と嫉妬の混ざり合った目で見る美女が一人。

 

 

「……はぁ、私も白斗君とお話したいですのに……」

 

 

リーンボックスの女神、ベール。

普段は押せ押せというタイプではないため、きっかけのあった三人に比べて白斗との接触が少ないのだ。

それに加えて―――。

 

 

「あ、白斗さん帰ってきたです! 今日こそしっかりした治療を受けてもらうです!」

 

「白斗さん! この銃の雑誌、メッチャカッコ良くて面白いんですよ!」

 

「あの、白斗さん! ちょっと機械整備を手伝ってもらえたら……」

 

「お兄ちゃ~ん! お絵描きしよ~!」

 

「あのね、お兄ちゃん……絵本、読んで欲しいの……(にこにこ)」

 

 

彼を追いかけ回すのはネプテューヌ達女神だけではない。

ネプギア達も、それぞれの用事で白斗に事あるごとに声をかけてくるのだ。しかも白斗自身、律儀にも一件一件ちゃんと付き合っているというのがまたタチが悪い。

更にはベール自身が、大人っぽい雰囲気と考えをしていることもあってより機会が減ってしまっていたのだ。

 

 

(異世界からの訪問者とご一緒出来る機会なんて滅多にありませんのに……ゲーム談義とかしてみたいですわ……)

 

 

彼女も白斗には興味がある。

何故だか、初めて彼とファーストコンタクトを取ったあの日から。

今までの触れ合いから、白斗が好感を持てる人物だと分かってのだから猶更である。

白斗はそうしていつものように、誰かの護衛に着いていく―――。

 

 

「……そうですわ! いいことを思いつきました……♪」

 

 

少し、悪戯っ子のような顔つきになるベール。

果たして何を思いついたのやら。続きはWebで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CM 12月20日:ネプテューヌシリーズ最新作「勇者ネプテューヌ」発売!!

皆も買おうね!(露骨なダイレクトマーケティング)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日。

 

 

「ふぁぁ~……おはようございまふ……」

 

「うーす、ネプギア。 おはようさん」

 

 

朝早く、ネプギアがリビングに入ってきた。

まだ眠気が抜けきらない彼女を出迎えたのは、タオルで汗を拭いている白斗だった。

 

 

「はれ? はくとさん……どーしたんですか? そんなあせ……」

 

「朝トレ。 見回りがてら走り込みをな」

 

「みまわり……? あーっ!! また貫徹したんですね!?」

 

「おう!? しまった、ついウッカリ!?」

 

 

白斗の発言で一気に意識が覚醒するネプギア。

それらに追いかけ回される白斗。そのドタバタで起こされる周りの面々、そして皆もこのドタバタに巻き込まれ、最後には皆で楽しく食事へ。

 

 

「はい、今日の朝食は白斗さんのリクエストにお応えして納豆を用意しました」

 

「お! さっすがイストワールさん、分かってる~」

 

 

今日の朝食は和風。

炊き立ての白米に味噌汁、漬物。そして納豆。

中でも納豆は白斗の好物だったらしく、上機嫌だったのだが女性陣は皆、納豆と言う未知の領域に恐れおののいていた。

 

 

「白斗~! なんで納豆なの~?」

 

「そうよ、朝だったら普通にベーコンに目玉焼きとか、和風なら焼き魚とかあったじゃない!」

 

「美味しいじゃん、納豆。 ぐるぐるぐる、ねば~」

 

 

納豆に手を出したことがないらしい、ネプテューヌとノワールからは文句の声が上がる。

確かに納豆は独特の見た目や触感、匂いから敬遠する人も多い食べ物だから無理もない。

対する白斗は慣れた手付きで納豆をかき混ぜ、糸を引かせる。

 

 

「わ~! 楽しそう!」

 

「楽しいぞ~? ロムちゃんとラムちゃんもやってみ?」

 

「うん……♪ ぐるぐるぐる~♪」

 

「「「ねば~♪」」」

 

 

好奇心旺盛なロムとラムは、案外納豆を受け付けたようで白斗の真似をして楽しんでいた。

三人で仲良く納豆をかき混ぜる姿は、本当の兄妹のようだ。

 

 

「ロム、ラム……はしたないから……」

 

「はしたなくなんかないぞ? と、ブランに隙あり! 納豆イン!」

 

 

まだ眠気が覚めないらしい、どこか覚束ないブラン。

そんな彼女に納豆の素晴らしさを味わってもらうべく、油断していたブランの白米に納豆が注がれた。

 

 

「あ! 白斗! テメェ、人のご飯に何ネバネバしたモンぶっかけてんだ!」

 

「ちょ、ブラン!? それ聞こえようによっては危ないんだけど!?」

 

 

注:この小説は健全です

 

 

「まぁまぁ、騙されたと思って食べてみそ?」

 

「ったく……覚えてろよ……。 ぱく……ん!? おいひい……」

 

「でしょ~?」

 

 

嫌々で一口食べてみると、これが意外。

ご飯の甘味に、納豆と醤油、辛子がマッチングし絶妙な味わいに。熱々のご飯に絡みつく納豆のネバネバが寧ろ食欲をそそり、更なる食欲を与えてくれる。

あっという間にご飯が進むこの現象に、ブランは一種の感動を覚えていた。

 

 

「納豆は疲労回復にも、美容にも良いって聞くぞ。 良かったろ?」

 

「……うん、美味しいわ。 ありがとう、白斗……」

 

「どういたしまして」

 

「「……むぅ……」」

 

 

本格的に彼女達と関わるようになってからと言うものの、白斗はやんちゃぶりだけでなく飄々とした面も強く表れてきた。

きっとそれだけ彼女達を信頼し、心を許しているからなのだろう。

だからか、この白斗とブランの気兼ねない会話がまるでカップルのように聞こえて仕方ない。

そう聞こえては、ネプテューヌとノワールは不機嫌になる一方だ。

 

 

「何をー! 私だって、納豆なんかに……ブランなんかに負けないんだから!」

 

「ラステイションの女神が、納豆なんかに臆するもんですか! むしゃむしゃ……あ、美味しい」

 

 

案外、女神様も気に入ったようです。

 

 

(……あらあら。 白斗君ったら、すっかり皆の人気者ですわね)

 

 

そんな光景にも、いつもの通り淑やかな雰囲気で過ごしているベール。

だが、彼女の計画はこれからが本番だった。

 

 

「うっし、後片付け終わり。 さて、次の予定はっと……」

 

 

朝食を終えると、後片付けや洗い物は白斗が担当する。

住まいを与えてくれたのだからこれくらいやらせてほしいと申し出たからだ。護衛は勿論、クエストや仕事の手伝いをしてくれているイストワールからしたら、オーバーワークにも感じられたが、身の危険を感じさせるようなことよりかはマシだと納得してしまったのだ。

そんな彼が洗い物を終えてキッチンから出てくると。

 

 

「白斗君、お疲れ様です」

 

「ベールさん? あれ、お出掛けですか?」

 

 

ベールが玄関から出ようとしている場面に出くわした。

手には少量とは言え、荷物を抱えている。

 

 

「ええ、ちょっとリーンボックスに戻らなくてはならない用事が出来てしまって」

 

「んな!? ちょ、ちょっと待ってください! 今日は皆、教会から出る予定は無いな……よし、俺も同行して護衛しますんで少々待っていただけますか!?」

 

 

ベールの外出の予定は、白斗も初耳だった。

護衛を請け負うと豪語してからは前日の内に皆の行動余地を大体聞いて、そして彼女達の邪魔にならないように行動するというのが白斗のスタイルらしい。

女性陣達も最初は遠慮がちだったのだが、案外べったりという程でもなく、時に買い物の荷物持ちやお手伝いをしてくれるということもあり、評判は上々だった。(無茶を除いて)

 

 

「えー!? 白斗、ベールと出ちゃうのー!?」

 

「……折角、一緒に本屋に行こうと思ってたのに……」

 

「ちょ、私だって白斗と買い物に行こうと……イヤイヤ!? 荷物持ちをしてもらおうと……」

 

「今はベールさんのお命最優先! いいですね!? カギはキチンとかけて、単独行動厳禁、迂闊に窓を開けない、何かあれば俺に即連絡!! それじゃ!!」

 

 

向こうの部屋から、ネプテューヌ達の文句の声が上がる。

しかし白斗はそれを正論でねじ伏せると、ずかずかと部屋から出てきた。

 

 

「すみません、お待たせしました!」

 

「ふふ、私をエスコートしてくださるんですの?」

 

「当然です! ベールさんだって、俺が守りたい人なんだから!」

 

 

身支度を整えながら、そんなセリフをサラッと言ってのける白斗。

思わず、ベールの胸がときめいてしまった。

 

 

(あ、あらあら……意外と情熱的な人なのですね……。 でも、これで狙い通りですわ!)

 

 

大人びている、と言っても彼女もまた女の子。だが、これくらいであっさり陥落してしまっては女神の名折れ。

コホン、と呼吸を整えて心の中で勝利のガッツポーズ。

こうして外出してしまえば、白斗は嫌でも着いてくる。それを利用した外出計画だった。

 

 

「では、リーンボックスへ向かいましょう。 今回は定期船で向かいますわよ」

 

「了解です。 でも、女神化はしないんですね?」

 

「女神化はシェアエネルギーを使いますもの。 大事以外では消費したくないのですわ」

 

「なるほど~」

 

 

前述の通り、白斗とベールはまだ親密とは程遠い関係だった。

にも拘らず、いざ話してみれば会話が進んでいる。

そんな会話を繰り広げながらプラネテューヌの教会を後にする二人に対し、残された女神三人はジト目でそれを見送った。

 

 

「ねぷぅ……。 ベール、まさかわざとやってないかな?」

 

「ありえそう……いや、絶対そうだわ!」

 

「白斗……ダメよ。 ベールの胸に惑わされないで……!」

 

 

ヤキモチが止まらない三人。

しかし、彼女達は何故そうなってしまうのか。まだ、彼女達には分からない―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――プラネテューヌ発、リーンボックス行定期船。

白斗の世界で言う飛行機に相当する乗り物の中、ベールと白斗は周りに人の居ない、所謂ファーストクラスのような席でゆったりと空の旅を楽しんでいた。

 

 

「ふぁー……俺、こんな席初めてだ……」

 

「お気に召していただけて何よりですわ」

 

「にしてもいい船ですね。 リーンボックスまで2時間、速度も中々!」

 

 

窓から見える景色。

雲海が広がり、プラネテューヌがあっという間に遠くなる。目を凝らせば西に雪国であるルウィー、東には重厚感溢れる国ことラステイションが見えている。

 

 

「この定期船は各国の要素が詰まった、平和の架け橋なんですのよ。 技術はプラネテューヌ、素材はラステイション、燃料はルウィー、そして操船はリーンボックス。 四ヶ国の要素を詰め合わせたこの船は、ある意味友好条約の目玉でもありますの」

 

「全ての国、女神の想いが詰まった船か……」

 

 

こういった平和の象徴は、分かりやすいものがいい。

四つの国の要素が掛け合わさったこの船は、まさにシンボルとなるべきものの一つだろう。

 

 

「本当は皆やネプギアちゃんとも来たかったのですが、状況が状況ですし」

 

「そう言えば、ベールさんはネプギア押しですよね」

 

「ええ! もう、あの子が私の妹だったらどれだけ良かったか……!」

 

「……ネプテューヌには聞かせられんセリフだ……」

 

 

たはは、と白斗は乾いた笑い声を出す。

しかし、彼女はことあるごとにネプギアとスキンシップを取っていた。それは寂しさからくるものだと理解している。

白斗も、“姉を失った”のだから―――。

 

 

「はぁ、妹でなくてもいいですから……なんていうか、親密になれる人が……」

 

「……俺じゃ、ダメですか?」

 

「え……?」

 

 

そんな言葉が、何故か出てしまった。白斗にも分からない。

ベールが聞き返してくるので、まだ形になっていない自分の正直な気持ちを何とか口に出してみる。

 

 

「……俺、男ですけど……。 ベールさんの寂しい気持ちを、少しでも埋めてあげられたらって思う。 こうやって護衛してるのは仕事なんかじゃない。 俺が……そうしたいからって思ってるからでして……ってああぁ~~ッ! 何言ってんの俺!? 馬鹿なの俺!? 死ぬの俺!?」

 

 

言えば言うほど、ドツボにハマっていく感覚。

正直に口にすれば口にするほど言葉にならなくなり、顔が紅くなってしまう。恥ずかしさの余り頭を掻きむしっていると。

 

 

「……ありがとう、白斗君……」

 

「っ!? い、いえ……」

 

 

ベールが、顔を赤らめながらも美しい微笑みを返してくれた。

ネプテューヌといい、ノワールといい、ブランといい。どうして彼女達は、いざと言う時に女神様の顔をしてくれるのだろうか。

白斗の心臓が、激しく打ち鳴らされる。“こんな心臓”なのに。

 

 

「さて、ここは特等席ですしそう簡単に賊は入りませんわ。 というワケで白斗君、ゆっくり羽を伸ばしてくださいな」

 

「へ? いや、でもそう言った油断が……」

 

「空の密室に閉じ込められてしまった以上、ジタバタしても仕方ありません。 でしたら、休める時には休まないと損しますわよ?」

 

 

正論オブ正論。

人差し指を唇に押し当てられ、白斗はぐうの音も出ない。やがて両手を上げて降参の意を示した。

 

 

「……初めからそのつもりでしたね」

 

「あら、何のことでしょう?」

 

「幾ら何でも、直前でファーストクラス二人分とか取れるワケが無い。 俺の分まで用意してたってことは、初めからこうする予定だったってことでしょ?」

 

「気付かないようじゃ白斗君もまだまだですわ。 ほら、ちゃんと休んでくださいまし」

 

 

完敗だ、と白斗は悟ってしまった。

悔しさもあるが、それ以上に何故かベールには勝てる気がしないのだ。

 

 

「……仕方ない、ですね。 ま、何かあったら……起き……ます……んで……」

 

 

与えられた休息に戸惑いつつも、うつらうつらと舟を漕いでいく白斗。

やがて微睡の中に落ちていき、安らかな寝息を立て始めた。

時に凛々しく、時に怜悧な空気を放っていた少年も、今では年相応の寝顔になっており、思わずベールは微笑みが漏れてしまう。

 

 

「ふふ、こうしていると可愛いのに……確かまだ18歳、でしたよね。 そんな人が、まるで命のやり取りに長けたような生き方……辛かったでしょうね」

 

 

ベールはまだ、白斗の全てを知ったわけでもない。

そもそも密な会話すら、今日が初めてなのだ。だが、今までの彼の生き方を見れば明らかに普通ではない。

つまりは、普通ではない生き方を強いられたということに他ならない。

 

 

「おやすみなさい、白ちゃん。 なんちゃって……」

 

 

そんな彼の癒しになれればと、何故か読んでみたくなった渾名。それと同時に髪を撫でてしまう。

けれども、ベールはとても満足だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒い、靄の中。靄は気持ち悪く、少年に纏わりつく。

いつもそうだ、夢の中でこうして現れては少年にいつも与えてくる。

父親の理不尽な怒り、不条理な罵倒、そして理由もない暴力の数々。それらがいつも少年を叩きのめしてきた。

 

 

―――白斗、ごめんなさいね。 お父さんが、貴方に酷いことばかり……。

 

 

それは、少年の夢と言う名の過去。過去と言う名の記録。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――でもね、貴方の一番の魅力は、どんな状況でも人に優しくなれるところなの。

 

 

その記憶にいつも出てくるのは、彼の“姉”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――だから白斗、この先どんなことがあったとしても……それだけは忘れないで。

 

 

悪夢にも、拷問にも思える記録の中で。彼女だけが、救い“だった”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そうすれば、貴方にも出来るはずよ。 貴方を支えてくれる、素敵な人が―――

 

 

そして、姉はいつも。少年の傷ついた体と心を、その優しく柔らかい手で―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……―――と君! 白斗君!」

 

「……う……?」

 

 

不意に、体が揺り動かされる。

目を開けてみると、目の前に美しい女性の顔が心配そうにこちらを覗き込んでいる。

顔も、声も、髪の色も。全く違うはずなのに、少年―――白斗には、その姿がまるで―――。

 

 

「……ねえ、さん……?」

 

「え……?」

 

 

そう、呼んでしまった。

だが、徐々に視界が晴れることで気づく。目の前にいた女性は彼の姉ではない。リーンボックスの守護女神、ベールであったことに。

 

 

「………んぁ………? ……う、うおわあああああああああ!!?」

 

「ひゃっ!?」

 

 

ベールの顔が、近かった。

女性に全く免疫のない白斗はそれだけで素っ頓狂な声を出してしまう。ベールも慌てて白斗から離れてしまった。

体中の血液が沸騰するかのように熱く、心臓の鼓動が嫌にうるさい。足はガクガクと震え、息は荒かった。

 

 

「べ、べべべーべ・べーるさん!?」

 

「何ですの、その漫画のキャラっぽい名前は。 もう、心配しましたのよ。 もう到着するから起こそうと思ったら、涙を流してうなされていましたし……」

 

「え? 涙……うなされてた……?」

 

 

慌てて白斗は頬に手を当てる。

確かに、涙と思わしき筋が出来上がっていた。すぐに袖で顔を拭い、何事も無かったかのように振る舞おうとする。

 

 

「す、すみません! 何か、変な夢見ちゃったみたいで……」

 

「そうですか? 嫌な夢というのは、現実で起こった出来事を再生している場合もありますの。 余りにも酷いようでしたら、誰かに相談してくださいね?」

 

(……心配してくれてありがとう。 でも、こいつだけは言えないんだ……ごめん、ベールさん)

 

 

だがその強がりも、ベールには見抜かれていたようだ。

とは言え無理に聞き出そうとすることもない。そんな彼女の気遣いに感謝しつつ、白斗はあくまで虚勢を張ることを選んだ。

それは単なる、男の意地だった。

 

 

「それで白斗君、私の事を姉と……!?」

 

「へッ!?」

 

 

ベールにとって重要なのはそこだった。何やらテンションが上がっておられる。

 

 

「……い、いえ……。 その、俺……姉が一人いたんです……。 あ、今はもういないんですけどね」

 

「え……? あ、す、すみません……」

 

 

今度は慌ててベールが謝った。

彼の言葉から、姉が大切な人で、しかしもう存在しないということが分かってしまったから。

白斗にとっては間違いなく、心の傷とも言えるそれに触れてしまったことに、ベールが申し訳なさそうに目を伏せる。

 

 

「い、いえいえ。 今は何とか立ち直ってますから。 で、そのですね……ベールさんが……」

 

「……私が?」

 

「……ベールさんの雰囲気が、なんていうか……姉さんに重なっちゃって……」

 

 

照れ臭そうに頬を掻きながら、目を逸らしてしまう。

こんなカミングアウトをしてしまって、ベールは何と反応するのだろうか。呆れるのだろうか、それも気持ち悪く思うのだろうか。

恐怖しながら何となく目をやると、彼女の体がわなわなと震えている。

 

 

「……あ、あのベールさん……?」

 

 

気味悪がられてしまったのだろうか。それでも大切な恩人にして女神さまだ。

最後まで向き合おうと恐る恐る白斗が声をかけると―――

 

 

「……白斗くうぅぅうううん!!」

 

「むぎゅっ!? ふ、ふぇえええええ!!?」

 

 

何と、ベールが抱き着いてきたのだ。

しかもその豊満な胸で白斗の顔を埋めている。

 

 

「もう大丈夫ですわ白斗君! ……いえ、白ちゃん!」

 

「白ちゃん!?」

 

 

何故か突然の愛称。しかもセンスが微妙。

 

 

「ええ! 今日から、私が貴方の姉になって差し上げますわ!!」

 

「………は?」

 

 

何を言っているのでしょうか、この女神様は。

 

 

「……言っておきますけど、誰でもいいなんて言うほど尻軽ではありませんわ。 白ちゃんが可愛くて、守ってあげたくて……一緒に居たくなるから言ってるんですのよ?」

 

 

なるほど、と白斗は思う。彼女は大人びた性格でありながら、時には甘えられ、逆に甘えさせてくれる家族の様な人がいない。

だから、どこか寂しさを感じていたのだ。

 

 

「白ちゃん! 私を姉と呼んでくださいまし! さぁさぁさぁ!」

 

 

これ以上ないくらい、キラキラとした目を向けていた。

本当に、彼の姉として接したいのだと嫌でも伝わってくる。

白斗も、そんな彼女を支えたいと先程告げたばかり。それならば―――。

 

 

「……ベール姉さん……で、いいかな……?」

 

 

素直に、甘えてみた。

するとベールの顔が、みるみる内に喜びで満たされていき。

 

 

「~~~~~白ちゃああああああああああああん!!!」

 

「へ、へぶんりいいいいいいいいいいいいいいいい!!?」

 

 

喜びと感謝と念願叶ったりのハグを繰り出したのだった。

―――リーンボックス到着まで、後10分―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ベールと姉弟関係を結んだ後、定期船はリーンボックスへ到着した。

入国審査を済ませて外に出れば、また一味違った景色が白斗を迎えた。

 

 

「おおー! ここがリーンボックスか~!」

 

 

整備された街に道路と、プラネテューヌに似た雰囲気はある。

しかし最大の違いは、自然を取り入れていることだ。人々を豊かにする科学と、人々を支える自然を融和させた街。

プラネテューヌほどの利便性は無いかもしれないが、それとはまた違った魅力がこの国にはある。

 

 

「リーンボックスへようこそですわ、白ちゃん。 このリーンボックスは緑の国、自由とスケールの大きさ、そして豊かな自然が国の特色ですの」

 

「だからそれを壊さない程度の科学を取り入れてるのか」

 

「その通りですわ。 そのためリゾートなどの観光業が盛んで、休暇に遊びに来る人達も多いんですのよ」

 

 

振り返ってみれば、定期船の利用客は想像以上に多い。

プールや登山客らしき人々も多く見受けられ、ベールの発言を裏付けるものとなった。

 

 

「他にも有名なのは、武器の生産と輸出なんですの」

 

「おろ? 意外だな、平和な国かと思ってたけど」

 

「恥ずかしながら、モンスターの影響です。 モンスターの危機に対抗するために、質の高い武器を欲しがる冒険者や軍関係者が多くて」

 

 

これまた納得のいく答えだった。

よくよく考えれば、女神だけで全てが賄いきれるはずがない。アイエフも武器を装備していたが、そういった人達の存在がリーンボックスの一面を作ったと言える。

 

 

「さて、お勉強はこれくらいにして教会にご案内しますわ」

 

「はーい。 よろしく、ベールさん」

 

「もう、白ちゃん。 違いますわよ」

 

 

ぷくぅ、と頬を膨らませて拗ねるベール。

無論白斗はわざとやったのであるが、ベールの可愛らしい反応が見られただけでも良しとする。

 

 

「ごめんごめん。 ……それじゃ改めてよろしく、ベール姉さん」

 

「~~~っ! はいっ!!」

 

 

今度は、満面の笑顔を向けてくれた。

普段の落ち着いた雰囲気はどこへやら、まるで女の子そのものと言わんばかりのハイテンションで白斗の手を引き、走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

―――そして到着した、リーンボックスの教会。

当然守護女神であるベールと、その付き人である白斗はほぼ顔パスで中に入ることが出来た。

そうして案内された広間では。

 

 

「……と、いうことでチカ! 私の弟のですわ!」

 

「ど、どうも~……黒原白斗です……」

 

 

自慢のように紹介してくるベール。照れ臭そうに頭を掻く白斗。

二人の目の前に居るのは、この教会の教祖である箱崎チカ。

やってくるなり突然そんな紹介をされた彼女は唖然、焦燥、震えの段階を経て―――。

 

 

「ンンンだとコラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

 

「ひいいいいいいいいいいいいいっ!!?」

 

 

怒りが爆発した。

 

 

「お姉様!! アタクシのお姉様があああああああ!! こんなインモラル野郎に汚されるなんてええええええええええ!!!」

 

「怒りと共に何妄想爆発させてんのアンタ!?」

 

 

この数秒のやり取りだけで分かった。

チカはベールが大好きらしい。そしてベールもそれなりに可愛がっているようだが、尚も愛に飢えているようだ。

そんな彼女の前にいきなり、彼女の一番の隣ポジションをぶん取る白斗が現れればキレるのも無理もないのかもしれない。

 

 

「こら、チカ。 白ちゃんに何なさいますの」

 

「白ちゃ……白ちゃッ……!? 白ちゃんちゃんちゃんちゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

「最早意味☆不明!?」

 

 

奇行種としか言いようが無いその吠え方に白斗が恐怖を通り越してツッコミに回ってしまう。

人は追い詰められればここまで変わるのか。

 

 

「お姉様……! アタクシのお姉様!! お姉様はアタクシのお姉様であって貴様のお姉様ではなあああああああああああいっ!!!」

 

「ヤベェよ!? この人ヤベェよ!? まず会話が成り立っていないもの!!」

 

 

余りにもヒステリーを起こすチカに白斗も手が付けられない。

言葉では全く受け取ってもらえず、かと言って女性相手であるため実力行使も出来ない。

余りの面倒臭さに白斗もいい加減泣きたくなったころに。

 

 

「チカ、ダメです。 ていっ」

 

「きゃん!?」

 

 

ベールの鋭いチョップが。

日頃おっとりした性格でも、チョップの鋭さは白斗も捉えるのが困難なほどだ。さすがは女神様ということだろう。

 

 

「チカ、驚かせてごめんなさい。 でも、決して貴方を嫌いになったワケではありませんの」

 

「お、お姉様~。 ゲホゲホ……」

 

「もう、体が弱いのに無理するから……。 貴方も、大切な家族ですから」

 

 

折檻はチョップ一発のみ。その後、溢れる包容力でチカを包み込んだ。

先程のヒステリーも吹き飛び、チカは幸せで顔を蕩けさせている。白斗もその包容力の餌食になっただけに、理解は出来た。

 

 

「ただ、白ちゃんが好きになっただけですわ♪」

 

「ソレガ許センノジャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

「ひいいいぃぃぃぃッ!? だからこっち見ないで!!?」

 

 

何故、この女神様は業火の中にダイナマイトを放り込むような真似が出来るのだろうか。

チカの怒号を受けつつも、何とか持ちこたえる白斗。

それに、いつまで経ってもベールの庇護下にいたのでは男が廃るというもの。

 

 

「ち、チカさん……でしたっけ? あの、お話を聞いてほしいんです。 お義姉さん」

 

「キサマニ『お義姉さん』ト呼バレル筋合イハネェエエエェエエエエエエ!!!」

 

「ですよねぇ!? 言いたいことは分かりますけども……けども!!」

 

 

ただ、これだけは伝えたい。

チカ自身、ベールが大好きなだけであることは承知している。

だから白斗も無理に言葉を荒げず、対話だけは諦めなかった。

 

 

「……俺は、新しい姉さんが出来て……ちょっと恥ずいけども、嬉しいんです。 それだけは……譲れません」

 

「「……っ」」

 

 

自分の意思を告げる、これが白斗なりの筋の通し方だった。

ベールは白斗の格好良さに、チカは折れぬ彼の心に息を呑む。

これから先、気恥ずかしさはあっても彼自身、姉が出来たことは本当に嬉しくて、そしてそれを辞めることは無いのだろう。

悔しそうに歯嚙みしていたチカも、諦めたにドッと息を吐いた。

 

 

「……はぁあああぁぁぁ……いい!? 何があっても、お姉様を守りなさいね!? 仮にも弟を名乗るならねぇ!!」

 

「ひぅ!? イエス、マム!!」

 

 

また鬼のような形相で白斗に迫る。

正直、幾多もの修羅場を潜り抜けてきた白斗でも怖かったのだが、男の意地で何とか耐え凌ぎ、精一杯の返事と敬礼をした。

 

 

「……はぁ。 お姉様、くれぐれも甘やかしたりしませんように。 では」

 

 

それだけを言い残し、チカは去っていった。

彼女が部屋から出たことでようやく白斗はへなへなと崩れ、敬礼も解除する。

 

 

「ふへぇ~……チカさん、マジで怖かった……」

 

「ごめんなさいね白ちゃん。 でも、チカを認めさせるとはさすがは私の弟ですわ!」

 

「恐るべき承認試験……合格率1%にも満たないなコレ……」

 

 

まずベールにお近づきになるにはチカの承認というプロセスを踏まなければならない時点でどうにも無理ゲーに思えてならない。

だが、それでも白斗はやり遂げたのだからベールは鼻高々だ。

 

 

「さ、白ちゃん。 そろそろ私の部屋に案内しますわね♪」

 

(あ、そうだ……そもそも姉さんは仕事のために帰郷したんだ……。 これからがある意味本番、だよな……)

 

 

体力的にも精神的にも疲れが湧いてきたが、泣き言など仕事の言い訳にならない。

疲労感の残る体を何とか叩き起こし、ベールの後についていく。

教会の中を歩いて辿り着いた、一際立派な部屋。

 

 

「ここが私の部屋です。 言っておきますけど、チカだってそう簡単に入れる場所ではありませんのよ」

 

「お、おう……」

 

 

無駄に緊張してきた白斗。

これまでにもネプテューヌやネプギアの部屋にお邪魔したことはあったが、他の女性の部屋に入ったことは無い。

女性にあまり免疫のない白斗からすれば、固唾を飲まずにはいられない。

意を決して開けてみると。

 

 

「こ……これはお部屋ではない! 汚部屋!?」

 

「酷いですわ!?」

 

 

数々のゲームが、散乱していた。

ゲーム機やモニター、パソコンと言ったありとあらゆる機器のコードが複数絡み合っていて、本棚にはお気に入りの漫画やラノベが詰め込まれている。

壁にはゲームのポスターらしきものがズラリと飾られ、サブカルチャーで埋め尽くされていた。

 

 

「……ベール姉さんってさ、結構ゲーム廃人?」

 

「褒め言葉ですわね!」

 

「褒めてませんよ」

 

 

ある意味生活感満載の部屋に白斗も声を失う。

女性らしさや綺麗さという意味ではまだネプテューヌの部屋の方が幾分マシだ。

けれどもゲーマーたる彼女からしたら廃人という称号は寧ろ誇れるものらしく、全く気にしていなかった。

 

 

「さ、白ちゃん! そんなことはさておき、やりましょう!」

 

「やるって……何を?」

 

「ゲーム、ですわ♪」

 

「はがっ!?」

 

 

意気揚々と取り出したのは、ゲーム機のコントローラー。

思わずずっこけてしまう白斗。

 

 

「ちょ、姉さん!? 仕事は!? 仕事のために帰ってきたんじゃないの!?」

 

「いいえ。 第一私、仕事でなんて言ってませんもの」

 

 

やられた、と白斗は自らの額を叩く。

確かに「外出する用事がある」とは言ったが、仕事のためとは言っていない。

 

 

「姉と弟……そのスキンシップの第一歩! それがゲームなのですわ!」

 

「すげぇ極論!?」

 

 

予め、ネプテューヌ達からはゲーマーだと聞かされていたがこれほどとは。

思えば今までの会話の端々にもゲーム用語が出てきたような気がする。

それだけ、彼女にとってゲームとは人生そのものなのだろう。

 

 

「あらあら、それとも白ちゃんは姉からの誘いを断っちゃうような子ですか?」

 

「ムムム……ええい、ままよ! こうなったらボコってやるわぁ!!」

 

「ふふふ、やってごらんなさい!」

 

 

こうも煽られて引き下がっては漢が廃るというもの。

半ば奪い取るようにコントローラーを手に取り、どっかりと座り込んだ。

そのまま格闘、レーシング、スポーツ、RPG、果ては何故か恋愛などなど、ありとあらゆるジャンルのゲームに興じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っはぁー、疲れたぁ~」

 

「そうですか? 私はまだまだ足りないと思ったくらいですが」

 

 

日も沈んで夕方。気が付けば、もうこんな時間だ。

しっかり者の白斗ですら時間の経過を忘れてしまう程の熱中ぶりと、楽しさだった。

だが何時間もゲームに興じていればさすがに疲れを感じる彼に対し、ベールは元気溌剌、意気軒高、お肌つやつやと言った様子である。

 

 

「くぅ~、結局姉さんにいいようにされっぱなしだったぜ……」

 

「ふふ、リベンジでしたらいつでも受け付けて差し上げますわよ」

 

「っしゃぁ! 絶対、絶対ギャフンって言わせてやる!」

 

 

珍しく負けず嫌いな面を押し出す白斗。

いや、これが本来の彼なのかもしれない。飄々としていて、ちょっと負けず嫌いで、でも優しくて、誰かのためにどこまでも本気になれる。

理由は分からないが、白斗はそれを押し隠そうとしている。それを少しでも取っ払えばと思っていただけにベールも嬉しそうだった。

 

 

「……でも姉さん、ゲームしたいなら別にプラネテューヌの教会でも出来たんじゃ?」

 

 

思わず疑問を口に出してしまう。

ベール程ではないとは言え、ネプテューヌも相当なゲーマーだ。実際、皆で対戦したこともあるのだからゲームがしたいならそう言えばいいはずだ。

 

 

「いえ、他人の家でやるゲームと自分の家でやるゲームとではまた違った味わい方がありますの!」

 

「熱弁ですか、そうですか」

 

 

熱く語りだすベールに、白斗は苦笑いするばかりだ。

 

 

「それに……」

 

「それに?」

 

 

だが、まだ何かあるらしい。

少し前に踏み出たベールが振り返ってくれる。夕焼けに照らされた彼女の振り返った顔が、とても美しく、その瞳に焼き付けられる。

 

 

「……白ちゃんと、過ごしてみたかったんですもの」

 

 

―――全部、白斗のためだった。

それを知った瞬間、白斗の中で想わず込み上がる“何か”。

けれども、照れ臭そうに顔を逸らしながら白斗は誤魔化し続けるのに精いっぱいだ。

 

 

「……やっぱり、敵わないな。 姉さんには」

 

「ふふ、でしょう? やっぱり白ちゃんは可愛いですわ~!」

 

「ちょ、くっつき過ぎだって……」

 

 

白斗の台詞は、「貴女が姉で良かった」と言っているようなものだ。

感極まったベールが、白斗の腕に抱き着いてくる。愛分からずのボリュームを誇る双丘に身悶えしつつも、定期船の発着場へ向かう。

その最中―――。

 

 

「おやおや、友好条約まで日が無いと言うのにリーンボックスの女神様はお暇そうですなぁ。 羨ましい」

 

 

そんな、姉弟の会話に無理矢理割り込んできた陰気な声。

ベールも、冷静な白斗も思わず頭に来て振り返ってみると小太りな、しかし上質なスーツを身に纏った男がいる。

傍らには黒服のボディーガードまで雇っているところを見ると、相当な金持ちか、或いは権力者であると白斗は推察した。

 

 

「姉さん、この人は?」

 

「ウサン・クセイ議員。 ルウィーでの大物政治家ですわ」

 

 

なるほど、と白斗は腑に落ちた。

政治家らしい嫌味たっぷりな発言と態度に、眉をしかめている。だが聞くところによると、彼の出身はここリーンボックスではなく、ブランの治めるルウィー。

そんな人物が、何故ここに来ているのか。

 

 

「ウサン議員、本日は対談のご予定では無かったはずですが」

 

「手厳しいですなぁ。 ただ、仕事の関係でこちらに立ち寄っただけですよ。 我が崇高なる女神、ホワイトハート様のために!」

 

「分かりましたわ。 とにかく、私たちは失礼致します」

 

「おや? 教会は逆方向ですよ?」

 

 

どうやらベールはウサン議員の事を好いていないらしく、先程までの色めき立った空気もどこかへと置き去り、素っ気なく接する。

言動から察するに、恐らくはブラン以外の女神に対しては全員ああいった傲慢ちきな態度をとっているのだろう。

白斗も嫌悪感がすぐに生まれてしまったため、さっさと立ち去ろうとする。

 

 

「ところで……そちらの少年は?」

 

「貴方には関係ありません」

 

「おやおや、卑しい身分の小僧を侍らせるようになったとは……グリーンハートともあろうお方が落ちぶれましたなぁ」

 

 

瞬間、ベールの眉がピクリと持ち上がり、動きが止まった。

自身に対しての嫌味に反応したのではない。今となっては愛する弟、白斗に対する侮辱が許せなかったのだ。

 

 

(……白ちゃんを馬鹿にするなんてっ……!)

 

 

激怒とは無縁であるはずのベールが、自覚するほどにまで激怒した瞬間。

虚空から槍を取り出し、警告がてら突きつけようとするのだが。

 

 

「―――申し訳ありません。 下賤の身でありながら、横槍を入れる無礼をお許し願いたい」

 

「は、白ちゃん!?」

 

 

それよりも先に、白斗が頭を下げてきたのだ。

直角に体を折り曲げ、相手を常に上に置こうとする姿勢にウサン議員は満足そうに頷く。

 

 

「おやおや、立場を弁えているねぇ君は。 で、何だい?」

 

「この度は、私如きの者がお傍に控えていた所為であります。 故にグリーンハート様が貶される言われは一切ございません。 いかなる罵倒も、グリーンハート様にではなくこの私めに向けていただきたい」

 

「は、白ちゃん! ダメですわ! そんな……」

 

 

この発言、ただ謝罪してのご機嫌どりではない。

直訳すれば「ベールに嫌味言うなこの野郎」である。

それを理解したベールが慌てて止めようとするが、大物政治家だけあってそういった言葉遣いに敏感であるウサンが威圧感たっぷりの目をこちらに向けてくる。

 

 

「ほぉ……度胸だけは一人前だな」

 

「度胸だけで生きてきた人生ですので。 大物政治家程度には負けませんよ」

 

 

わざと煽るような口調になった。

これでウサンの標的はベールから完全に白斗へとロックオンされる。

 

 

「……その生意気な面だけは覚えておこう」

 

 

面白くなさそうに鼻を鳴らして、ウサンは去っていく。

その間も白斗は決して顔を上げることなく、頭を下げたままウサンを見送った。

 

 

「白ちゃん、どうしてあんな無茶を……!? あんな発言、余裕で流せますのに……!」

 

 

心配の余り、咎めるような口調になってしまうベール。

これでは今後、白斗がどのような嫌がらせを受けるかも分からない。それを心配していたのだが、ようやく上げた彼の顔は、とっくに覚悟を決めていた。

 

 

 

 

 

「姉さんが馬鹿にされてるってのに、我慢できる弟がいるかって話だ。 ……貴女は、俺の恩人で、姉で、守りたい人なんだから」

 

 

 

 

 

―――今度は、ベールの胸が高鳴る番だった。

夕焼けに照らされ、風に吹かれる彼の姿が、ベールの胸に温かく沁み込んでいく。いつの間にか、彼女の顔がほんのり赤く染まってしまっていた。

 

 

「……それに、俺がタダでやられるわけないっしょ?」

 

「え? それって……?」

 

「いいからアレ、見てみ?」

 

 

いつの間にか、ナイフを握って弄んでいる白斗。

彼の視線の先には、どかどかと歩いていくウサン議員の姿。ようやくその姿が見えるか見えないというところで、彼のズボンがずり落ちた。

 

 

「げぇっ!? 何だこれはぁ!!?」

 

 

街中でステテコパンツを晒すという、議員にあるまじき失態。

当然道行く人々もクスクスと笑い声を立てている。よくみると、ベルトがすっぱりと切れていていた。

それが白斗の仕業であると分かった瞬間、ベールが思わず笑ってしまう。

 

 

「……ぷっ、あははは! 最高ですわ、白ちゃん!」

 

「でしょー? 姉さんを馬鹿にしたら俺が許さない、ってね」

 

 

これだけ離れれば、さすがに向こうも白斗の仕業だと気づくことは無い。

彼の悪戯大成功に笑いあう白斗とベール。

こんな手際を見せられては、信じるよりほかはない。

 

 

 

 

 

「……ありがとう、白ちゃん。 貴方が弟で、本当に幸せですわ」

 

 

 

 

 

―――リーンボックス、本日最後の思い出。

それは緑の女神様の、飛び切りの笑顔を見られたことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして夜。

プラネテューヌの教会に帰ってくるや否や、ネプテューヌを始めとした女性陣が一気に出迎えた。

 

 

「白斗、遅ーい!」

 

「ホントよ! ……まぁ、どうせベールのゲームに付き合わされていただけなんでしょうけど」

 

「全く、白斗は付き合いが良すぎるのが難点だわ……」

 

「あ、あはは……ごめんごめん」

 

 

帰ってくるなり、三女神から非難轟々だった。

彼女達も、本当は白斗と遊びたかったのだから当然と言えば当然かもしれないが。

 

 

「こーら。 白ちゃんを虐めてはメッ、ですわ」

 

「ん? 白ちゃん?」

 

 

まさかの愛称にノワールの目が点になる。

実を言うと白斗自身もこの呼び名自体は微妙だと感じているのだが、ベールがお気に召しているため敢えてスルーしていた。

 

 

「白ちゃん、晩御飯にしましょう! 今日はあ~んして差し上げますわ~♪」

 

「ちょ、姉さん!? 人前でそれは恥ずかしいから―――って殺気!?」

 

 

―――三女神に電流走る。

そして、不穏な空気が一気に立ち込めた。殺意、それに敏感な白斗が思わず戦慄してしまう。

何を隠そう、発生源はネプテューヌ達からだった。

 

 

「白斗……姉さん、ってなんなのかしら……?」

 

「ぶ、ブラン……? いえ、ブランさん?」

 

「しかも、何この甘々な空気……。 正直、色々粉☆砕したくなるんですけど」

 

「ノワールさん……? いえ、ノワール様?」

 

「私も……白斗とはじっっっくり語り合いたいなぁ~…?」

 

「ね、ネプテューヌ様? いえ、ネプテューヌ女王陛下?」

 

 

徐々に迫ってくる三女神。

後ろは壁、救援も無し、肝心のベールはさっさとリビングへ直行。

―――詰んだ。そうとしか思えない白斗は、恐怖で顔面蒼白に。

 

 

 

「「「は・く・とぉ~~~~~~~~~!!!」」」

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

 

 

―――嫉妬の炎が吹き荒れるプラネテューヌの教会。

一方、そうとは知っては知らずか、上機嫌のベールはらんらんと鼻歌を歌いながら食卓で夕飯を待っていた。

その間に再生されるのは、今日一日の―――白斗との触れ合い。

 

 

 

 

 

(……白ちゃん、素敵でしたわ……。 でも、何でしょう……。 念願の弟が出来たのに、この言いようのない……この胸の鼓動は一体……?)

 

 

 

 

―――その感情の名前を知るには、もう少し時間が必要なのはまた別のお話。




と言うことでベールさんとのお話でした。
ほんわかポヨヨン女神様というキャッチコピーな雰囲気を出せていたらと思います。
余談ですがブランの納豆の下り、あれドラマCDネタだったりする。気になる方は是非聞いてみてね!
次回のお話は妹達がメイン張っちゃいます!


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第六話 しすたーず☆ほりでー

と言うことでやってきました妹回!
妹っていいですよねぇ。私にも妹がいたらなぁ。


―――いよいよ、友好条約締結まで本格的に時間が無い。

ルウィーのロムとラム襲撃以降、暗殺者達に目立った動きは無かった。それでも白斗は毎晩の見張りを決して欠かさず、彼女達を守り続けた。

因みに昨晩は一人の不審者を捕らえた。

 

 

「ち、違う! 俺は暗殺者なんかじゃない!」

 

「ほぉ、じゃぁ何だ?」

 

「女神様の風呂の残り汁を飲みたいだけ―――」

 

「死ね(首コキャ)」

 

「こぺっ!!?」

 

 

救いようのない変態をまた一名、始末した。(殺してはいない、だが女神様はさすがに殺意を覚えたとのこと)

白斗自身、彼が信頼し、大切にしている少女達を守れると思えば何日にも及ぶ貫徹と見張りなど苦にもならなかった。

だが、とうとうそれが彼を心配する女神達の目に留まり―――。

 

 

「「「「休め」」」」

 

「……はい」

 

 

腕を組んだ四女神の威圧感溢れる声に、白斗も従わざるを得なかった。

因みに全員女神化。本気も本気である。

 

 

「白斗、護衛の件は感謝しているわ。 ついでに変態を始末してくれたことも」

 

「だからって休んでくれないのはさすがにダメ。 もう、貴方は私達にとって無関係な人なんかじゃないの」

 

「勝手にくたばったら……私達が代わりに引導を渡してやるかな?」

 

「それ以前に、姉を残して逝く弟なんて酷過ぎますわ」

 

 

皆、女神化すると気が強くなる傾向にある。

それ故に声もかなり冷たいものを含み、白斗は正座しながらも冷や汗が止まらない。

尤も、それが単なる脅しではなく彼女達の優しさからくるものであるとは理解しているのだが。

 

 

(……仕方ねぇ、少し昼寝して睡眠時間を調整すれば……)

 

「昼寝すれば貫徹してもおkだとか思ってないでしょうね?」

 

(なんでバレてんねん!?)

 

 

ブラックハート様の鋭い視線が突き刺さる。

ぴたりと寸分の狂いも無く言い当てられた信条に思わずびくついてしまう。

 

 

「図星、ね。 これはもう、お目付け役が必要じゃないかしら」

 

「同意見だ。 つーわけで、今日はお前に監視をつけてやらぁ」

 

「ということで、先生! お願いしますわ!」

 

 

反省の色が見えない白斗に、とうとう最終兵器を持ちだす女神様。

手を伸ばした先に居たのは―――。

 

 

「はーい! ネプギアです!」

 

「どぉれ! ユニです!」

 

「ラムちゃん登場!」

 

「……ロムちゃんも登場……(どきどき)」

 

 

女神の妹、全員集合の図だった。

 

 

「……おおう、シスターズの皆様。 ご機嫌麗しゅう。 助けて」

 

「「「「却下♪」」」」

 

「ひどいっ!?」

 

 

物凄く良い笑顔で、断られました。

よよよ、とわざとらしく白斗が泣くが誰も同情はしない。

 

 

「いいですこと? 白ちゃんは今日一日、ネプギアちゃん達の監視の下、羽をしっかり伸ばしてもらいますわ」

 

「姉さん、監視されてたら羽は伸ばせません」

 

「それでも伸ばすんだよ! 無理矢理にでもな!」

 

「ブラン様、無理矢理では心休まりません」

 

 

と、あれやこれやとツッコミを入れてみるものの、にべもなし。暖簾に腕押し。取り付く島もない。

次から次へと却下され、ガクンと肩を落とす白斗。

 

 

「でも、白斗の気持ちを蔑ろにするわけじゃないわ。 今日一日、私達はこの教会から絶対に一歩も外に出ない。 これなら安心でしょ?」

 

「ノワールの言う通りね。 それに、ここの衛兵だって頼りになるんだから」

 

「過去三度ほど不法侵入許してますが」

 

「揚げ足取らない! とにかく休みなさい! ネプギア、後はよろしくね」

 

「よろしく任されました!」

 

 

愛する姉から白斗を任され、握り拳を作るネプギア。

ふんす、と可愛らしい鼻息が漏れているが同時に大丈夫なのだろうかと白斗は不安で仕方がない。

そんな彼の心配を他所に、女神化を維持したままネプテューヌ達は奥の部屋に引っ込んでいった。

 

 

「……さて、こんな事態になったのは想定外だが! お前達で俺を止められるとでも……」

 

「お兄ちゃん、無茶しちゃダメ~!」

 

「……お願い、無理しないでお兄ちゃん……(うるうる)」

 

「ごめんよぉ!! お兄ちゃん、無茶しないからぁ!!!」

 

「「あっさり止められてる!!?」」

 

 

見事なまでの掌返し。

尤も、純真無垢なロムとラムに涙目されてまで懇願されたら素直に従うのが紳士と言うもの。

 

 

「それじゃ折角だし、白斗さんを交えて遊びましょ!」

 

「「「さんせ~い!」」」

 

 

パン、と手を打ち合わせてユニが提案。

本当ならば、白斗はこの時間で会場の下見なり、警備計画に穴がないか、そもそも誰が暗殺を企てたのかなどやるべきことは山ほどある。

けれども、自分を気遣ってくれる子達の想いに踏みにじれない。少しくらいならと、半ばあきらめるようにしてネプギアの部屋で腰を落ち着かせた。

 

 

「それじゃ何して遊ぶ? ゲームはいっぱいあるけど……」

 

「白斗さんはどれで遊びます? お姉ちゃんほどじゃないけど、色々なジャンルを取り揃えていますよ!」

 

「……それはいいんだがネプギアよ。 『俺とあの男』ってゲーム、ナニ?」

 

「ひゃああああああああああっ!!? こ、これは違いますぅ!!!」

 

 

一際目立ったタイトルのゲームはネプギアが即隠した。

何やら興味を持ち始めているロムとラムがいたので、話の流れを切り替えることに。

 

 

「ゴホン! ゲームもいいんだが折角だ。 トランプとかどうだ?」

 

「トランプ、ですか……。 確かにアタシ達、そういうリアルな遊びは殆どしてませんからちょっと新鮮ですね」

 

「トランプやるやる~!」

 

「(わくわく)」

 

 

このゲイムギョウ界では、その名の通りゲーム好きの人が多い。

ネプテューヌやベールに隠れがちだが、ブランやノワールも立派なゲーマー。そして妹であるネプギア達もゲームをこよなく愛している。

そんな彼女達だからこそ、こういった遊びは余り手を付けていないらしく、物珍しそうな目でこちらを見ていた。

 

 

「それじゃ、オーソドックスにババ抜きでもやりますかねっと」

 

「それだったら、ビリには罰ゲームってのもどうかな? この罰ゲームBOXからお題を一つ取り出して、そのテーマに沿ったトークをしてもらうっての!」

 

「面白そうだが、その箱どこから取り出したんだユニちゃん……」

 

 

とにもかくにも白斗の提案は受け入れられ、妹たちに囲まれたババ抜きを行うことに。

カードの取り合いは最初、姦しいもので女の子同士が明るく楽しく話し合いながらトランプを楽しんでいる光景が尊いのなんの。

白斗もほっこりしていたのだが、終盤になるにつれて。

 

 

「よっしゃ! アタシ一番~!」

 

「お先です! 上がり!」

 

「マジでか!?」

 

 

ユニ、続けてネプギアが上がってしまった。更には。

 

 

「やったぁ! わたし三番~!」

 

「く……ラムちゃんまで……!」

 

 

激戦の末、ラムまでもが抜けてしまった。

残るは白斗とロムの一騎打ち。義理の兄妹とは言え、真剣勝負。決して手は抜かないとお互いが視線をぶつけ合う。

 

 

(さて、俺の手札はスペードのエース1枚。 ロムちゃんの手札は2枚。 ……どっちがジョーカーだ?)

 

 

白斗はとりあえず、右のカードに手を伸ばしてみる。すると。

 

 

「……!(きらきら)」

 

「…………(左のカードに手を伸ばす)」

 

「……!(うるうる)」

 

「…………(右のカードに手を伸ばす)」

 

「(きらきら)」

 

「…………(左のカードに手を伸ばす)」

 

「(うるうる)」

 

 

このやり取りの末、白斗だけでなくネプギアとユニも同じ結論に至った。

 

 

(((アカン! この子、分かりやすすぎる!)))

 

 

幼い少女だけにポーカーフェイスなど出来ず、感情表現がドが付くほどストレート。

もうどのカードをとればいいか、白斗には分かった。

 

 

(ふっ、すまんなロムちゃん。 渡る世間は鬼ばかり。 これも社会勉強だと思って、負けて学ぶのだ!)

 

 

あからさまに嫌そうにしている左のカードがエースだ。

それを引き抜こうとカードを手に取ろうと。

 

 

「~~~~っ!(うるうる)」

 

(……あ、甘やかすだけが優しさではないぞ白斗! これも社会勉強……)

 

「(うるうる)」

 

(しゃ、社会……勉強……)

 

「うるうる」

 

 

―――結果。

 

 

「やった~! 勝った~!(ほくほく)」

 

「……勝てん。 これは、勝ったらアカンよ……」

 

 

幼女は強し。結局、白斗は勝ちを譲る形で負けたのだった。

ネプギアとユニも同情の視線は送ったが。

 

 

「お、お疲れ様です白斗さん……でも、約束は約束! さぁ、張り切ってどうぞ!」

 

「はいよ……」

 

 

ユニが罰ゲームBOXを差し出してくる。

中には複数の折りたたんだ紙が入っている。果たしてどんなテーマが出てくるのか、白斗には予想もつかない。

 

 

(こ、こうなれば仕方ない……! 頼む、来るな爆弾よ!!)

 

 

目を閉じ、心の声に従うことにした。

勢いよく引き抜き、紙を開く。誰もが固唾を飲んで見守る中、書かれたテーマは。

 

 

 

 

 

 

                      『コ イ バ ナ』

 

 

 

 

 

 

「確かに爆弾じゃないね!? それ跳び越えて核兵器だよねこの話題!!?」

 

「「「「きゃ~~~~~♪」」」」

 

 

白斗は悲鳴にも近い声を、ネプギア達は歓声にも近い声を上げた。

コイバナ、乙女の嗜みにして今の白斗には爆弾以上の何物でもない話題。嫌な汗が滝のように流れ、体中の水分が失われていく。

 

 

「それじゃお聞きしたいんですけど! 白斗さんはその、恋人っているんですか!?」

 

「ちょ待てやネプギア! これ、俺がトークするんじゃないの!?」

 

「ええ、トークしてもらいますよ! 主にアタシ達からの質問に!」

 

「これ抽選の意味あった!?」

 

「とにかく誰が好きなんですか!? お姉ちゃん!? それともノワールさん!?」

 

「そもそも、白斗さんの好みのタイプって何ですか!?」

 

 

主にネプギアとユニが興奮気味に質問攻めしてくる。

よりにもよって一番キツイ話題に限ってのこの質問攻め、白斗にとっては拷問この上ない。

 

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃんは嫌いなの?」

 

「ら、ラムちゃん……。 あのね、好きか嫌いかで言ったら好きだけど……」

 

「じゃ、私達と一緒……♪(にこにこ)」

 

「癒される笑顔をありがとう、ロムちゃん。 ついでに暴走気味なこの二人も止めてくれると嬉しいなぁ!?」

 

 

まだ色恋沙汰に疎いロムとラムは天使の様な優しさだ。

白斗は数少ない癒しを覚えるものの、だからと言ってネプギアとユニが止まる気配がない。

 

 

「さぁ! どうなんですか!!」

 

「洗いざらい白状してください! 自白した方が罪が軽くなるんですよ!?」

 

「裁判長おおおおおお! 誘導尋問は違法でござる~~~~~~!!」

 

 

テンションマックスな二人は止まる気配が一向にない。

余りの四面楚歌な状況に白斗もいよいよ泣きそうになったその時、ネプギアの懐から何やら着信メロディが流れる。

 

 

「あ。 ごめんなさい……はい、もしもし?」

 

(ありがとう! どこかの誰よ!)

 

 

彼女の通信端末、Nギアを手に取り、何やら話し込んでいる。

この間にもお茶を濁す話題を見つけなければと頭をフル回転させる白斗だったが。

 

 

「あ、す、すいません! 今から伺いますので!」

 

「……どうした、ネプギア?」

 

 

何やらただ事ではない様子だ。

訊ねてみると、少し困った様子でネプギアが唸っていた。

 

 

「いえ、服屋さんにドレスを仕立てて貰ってたのすっかり忘れてました……」

 

「ドレス?」

 

「はい。 今度の友好条約の場で着る服です」

 

「あー……確かに礼服は必要になるわな……」

 

 

白斗も思わず納得の声を上げた。

友好条約、それは世界に大革新を齎す条約。当然それを公約する場ともなれば、普段着のままで出席するわけにもいかない。

故にドレスを仕立てて貰い、それの受取日が今日ということらしいのだ。

 

 

「はい。 もう日にちがありませんし、急いで取りに行かないと……」

 

「まぁまぁ。 受け取りに行くだけだろ? 俺が行くよ」

 

 

とにかくこれでコイバナを切り上げることが出来る。

好機と言わんばかりに白斗が重い腰を持ち上げたが、がっしりとロムとラムが両手を引っ張って離さなかった。

 

 

「ダメだよお兄ちゃん! 今日は私達がお目付け役なんだからね!」

 

「……無理、ダメ、絶対……(ぷっぷくぷー)」

 

「で、でもさ。 皆が買い出しに行くともなればさすがに危険……」

 

 

困った、非常に困った。

一人で出かけるのは皆が許さない。かと言って、誰かに買いに行かせるのも今の状況を考えれば白斗が許さない。

ともなれば―――。

 

 

「仕方ありません。 ……皆で行きましょうか!」

 

「……それしか、無いなぁ……」

 

 

ユニの折衷案に、白斗もやれやれとため息交じりに賛同した。

危険は付きまとうが、互いに歩み寄って尚且つ目的を果たすならばこれしかないと白斗も覚悟を決めることに。

一方、それを知ってか知らずかロムとラムは買い物が出来ると大はしゃぎだ。

 

 

「わーい! お買い物~!」

 

「おっ買い物~♪ おっ買い物~♪(わくわく)」

 

「二人とも、お菓子はダメだよ」

 

「「そんなっ!?」」

 

 

しっかりと釘を差して置く。

まるで家族の様な会話を繰り広げながら、一同はプラネテューヌの教会を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃の女神様。

 

 

「ふっ、甘いですわ! 私のテクについてこれまして?」

 

「何の! プラネテューヌの女神の力、見せてあげる!」

 

「ラステイションの女神の力も甘く見るんじゃないわよ!」

 

「へっ、テメェらの攻撃なんて蚊ほどにもねぇぜ! ぶっ飛びやがれ!」

 

 

女神化したままで、ゲームに興じてました。何というシェアエネルギーの無駄遣い。

大丈夫なのか、ゲイムギョウ界。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、場所は変わりプラネテューヌの街中。

白斗は女神シスターズを引き連れて、大都会の中を歩いていた。

先日の雨上がりで、青空がより美しさを引き立たせている今日この頃。プラネテューヌの輝きは一層強まっていた。

 

 

「……相変わらずのオーバーテクノロジーぶりな街だぜ……」

 

 

周りを見てみれば、人々の移動は歩かなくても光の足場で自動的に運んでくれる。

エレベーターの高速移動は当たり前、常に最新情報は空中に浮かぶディスプレイでいち早く入手できる。

未来都市、としか言いようのない発展ぶりに白斗は改めて舌を巻いていた。

 

 

「そう言えば白斗さんは余り街中を歩いてないんですね」

 

「主にネプテューヌ達についていくらいかな。 街中はここまで見たこと無いや」

 

 

今までは護衛のために教会、或いはプラネテューヌの外へ赴くと言った具合だ。

今日みたいな遊び目的で街に出たことは無い。

 

 

(でもネプギア、ホントに大丈夫か? 幾ら何でもみんなで外で歩くのは危険……って言ってる傍から視線感じやがる……んだが、あれは衛兵?)

 

 

その出自からどうしてもこちらを注視する視線には敏感になってしまう白斗。

振り返ると、そこにいたのは複数のプラネテューヌ衛兵。

何やら話し込んでいる―――体に見せかけて、こちらを見ているという感じだ。

 

 

(白斗さんがそうおっしゃるかと思って、予め衛兵さんに相談したんです。 私達の邪魔にならない程度で護衛してくれるそうで)

 

(ほー。 衛兵さんもよく我儘に付き合ってくれたな)

 

(あれでもお姉ちゃんを慕う人で構成されてますから)

 

 

白斗も数回程度だが、プラネテューヌ衛兵と話したことはある。

軽い世間話程度だが、その際話題に出るのはネプテューヌに対する忠誠心だ。半ばアイドルのように神格化されているきらいはあるが、それでも彼女という女神に忠誠を誓うその姿はまさに忠臣。

白斗も思わず唸ってしまったほどだ。

 

 

「ですから白斗さんもこれに懲りたら、少しくらい気を緩めてくださいね?」

 

「善処する。 で、肝心のドレスはどこで引き取るんだ?」

 

「それ、絶対善処しないフラグよね……。 あのプラネテューヌのデパートです!」

 

「デパートね。 ……って、ユニちゃん達の分も仕立てて貰ってるのか?」

 

「はい! プラネテューヌのブランドはトップクラスですから!」

 

 

さすが若者受けする街だけあって、流行やファッションセンスにも敏感らしい。

見ればユニだけでなく、ロムとラムの服も注文してあるとのことだった。

些細かもしれないが、こういった点も友好条約に関係してくるのだろう。そうして案内された、高層ビルにも見えるデパート。

明らかに高級スーツやドレスの数々で出迎える服屋が、今回の目的地だった。

 

 

「すみません、連絡をいただきましたネプギアです」

 

「お待ちしておりました。 ドレスの方もご用意できております。 よろしければ、今から試着していきますか?」

 

 

礼儀正しい店員が出迎え、そんな提案をしてきた。

試着というのは恐らくサイズの最終的な確認だろう。もしどこか不備があれば、残りの時間で仕上げて見せるというプラネテューヌの技術力が伺える発言だ。

 

 

「ではお願いします。 白斗さんも、見ていってください!」

 

「そうそう! アタシ達の美貌、目に焼き付けてよね!」

 

「面白い、受けて立とうじゃないか」

 

 

今までの彼女達の服装と言えば、姉達の面影を受け継ぎながらもどこか可愛らしい印象が残るデザインだった。

そんな彼女達の魅力がどう引き出されるのか、それとも新たな一面が生み出されるのか、白斗は実に興味深く見ていた。

そんな彼女達の挑戦を引き受けたはいいものの、30分経ってもまだ試着室から出てこない。

 

 

「………長ぇ」

 

 

女の試着は長い、とどこかで聞いたことがあるがここまでなのか。

タンタンタンと爪先、指先を打ち鳴らしながら待ち続けていると。

 

 

「お、お待たせしました」

 

「ん? 最初はユニちゃんか」

 

 

カーテンの向こうから、ユニの声が聞こえた。

そして着替えを手伝ったらしい、複数の女性スタッフが試着室から出てきた上で深々と一礼する。

開けられた幕の向こうにいたユニの姿は、黒色のドレスが大人っぽさを強調させ、彼女の女性らしさを引き立たせていた。

 

 

「……ど、どうですか?」

 

「……大人の美しさ、って奴かな。 綺麗だ」

 

「も、もう! 白斗さんってばお上手~~~!」

 

 

率直な感想を述べた途端、身悶えするユニ。

元々どんな衣装に仕上がるかはあらかじめ知っていたので、今日の試着は最終点検と言ったところだが初めて目の当たりにした白斗からすれば、そうとしか言えない魅力があった。

 

 

「お兄ちゃん……できたよ……♪」

 

「おーぷんざかーてん!」

 

「と、次はロムラム姉妹か……」

 

 

今度は可愛らしい声が二つ。

カーテンが明けられると、白を基調としたドレスに身を包んだ二人がこちらへと駆け込んできた。

 

 

「見て見て~! 似合うでしょ~?」

 

「こらこら、走り回るんじゃありません。 でも、二人とも綺麗だ。 大人への第一歩を踏み出したって感じ」

 

「お兄ちゃんに、褒められた……♪(るんるん)」

 

 

二人はまだ体格的にも幼い。

しかし、ドレスの美しさが普段二人が前面に押し出している可愛らしさを少し押さえ、その代わり女性特有の美貌を引き出している。

 

 

「は、白斗さん……こっちも大丈夫です……」

 

「最後はネプギアか。 どれどれ……」

 

「あまり、その……期待しないでください、ね……?」

 

「フリだな? よし総員、ネプギアのカーテンを注視するのだ!」

 

「「「じいいぃぃ~~~~っ」」」

 

 

普段は可愛らしいというユニと、ロムラム姉妹でさえ綺麗だったのだ。期待するなと言う方が無理がある。

白斗に命じられ、ユニ達も穴が開くほどの視線でネプギアの試着室を見つめている。

 

 

「う、うう~……白斗さん、意地悪です……」

 

「はっはっは、褒め言葉と受け取っておこう。 さぁ、覚悟を決めたまえ」

 

 

普段は頼れる皆の兄貴分として映ることの多い白斗だが、その実飄々とした発言で周りを茶化すことも珍しくない。

それがまたアットホームな雰囲気を引き出しているのだから、余計にネプギアとしては意識してしまう。

それでもいつまでも引っ込んではいられないと腹を括り、カーテンを開け放った。

 

 

「ど、どうですか……?」

 

 

―――いつものネプギアと言えば、姉に比べれば地味という印象が拭えない少女だった。

だが、それがどうだ。控えめな雰囲気は寧ろ淑女としての美しさを引き立たせていた。

まるでおとぎ話に出てくるお姫様の様な、幻想的な雰囲気さえ醸し出している。恥ずかしがるその姿は、扇情的さえあった。

 

 

「………やっぱ、女神の妹は女神様なんだな」

 

「え……っ」

 

 

思わず出てしまった、そんな言葉。

しみじみと呟いた白斗の言葉が嘘ではないと、嫌でも分かってしまっただけにネプギアは口元を抑えてぼっ、と頬を赤く染める。

そんな彼女の様子を見て、白斗も何を言ってしまったのか理解してしまったらしく。

 

 

「……っ! い、いや、まぁなんだその……馬子にも衣裳って奴かな? あ、アハハハ!」

 

「で、ですよねぇ!? ……女神様、かぁ……♪」

 

 

 

慌てて取り繕うような言葉を発し、顔を逸らした。

けれども純真なネプギアは先程の言葉が嬉しかったようで、それが脳内に反芻しては上機嫌になる。

対するユニ達は、ネプギアの褒め方が自分達以上だったことが不満らしく頬を可愛らしく膨らませていた。

 

 

「あー。 白斗さん、依怙贔屓だー」

 

「ネプギアだけずるい~!」

 

「もっと……褒めて欲しい……」

 

「え、え~……。 別に依怙贔屓したつもりも無いんだが……」

 

 

飄々としていると言っても女性経験が皆無な白斗からすれば、先程の様な女殺しの台詞は意識して出せるものでは無い。

文句を垂れるユニ達をどうにか宥め、改めてドレス自体も問題なかったということでこれで買い物は終了―――かに思われたのだが。

 

 

「あ、そう言えば。 白斗さんはどうです?」

 

「どう……って何のことだ?」

 

 

ユニが唐突に訊ねてきた。

彼女が一体何を言っているのか、全く見当がつかない。

 

 

「ですから、式典用の礼服ですよ」

 

「……ちょい待ち。 俺も出るの!?」

 

「当り前ですよ! 最早白斗さんは、皆には無くてはならない存在。 お姉ちゃん達を守ってくれた人をお招きするのは当然です!」

 

 

ネプギアまでもが、語気を強くして詰め寄ってきた。

白斗自身、式典の警護をどうするかしか考えていなかっただけに式典参加の準備などしているはずもない。

 

 

「礼服なんてあるワケないっしょ。 そもそも俺、異世界人っしょ」

 

「でしたら、今から買いましょう! 服!」

 

「マジでか!? 第一俺、そういう堅ッ苦しいの苦手なんだって!!」

 

「ダーメーでーすー! 店員さん、服買いますので連行!!」

 

「「「「「畏まりました」」」」」

 

「ぐおっ!? 畏まるな店員共ぉ!! HA☆NA☆SEEEEEEEEEEEEEeeeeee……」

 

 

白斗の叫びも空しく、店員によって羽交い絞めにされ、店の奥へと連行されていった。

きっと今頃、試着室の中では着せ替え人形よろしくあれやこれやと礼服を試されている白斗がいることだろう。

 

 

「お兄ちゃんの服、どうなるのかなー? ロムちゃんはどう思う?」

 

「どんな服でも、お兄ちゃんならきっとカッコよくなる……(きらきら)」

 

 

二人にとって憧れであるらしい、白斗の礼装に思いを馳せていた。

ガールズトークで時間を潰していると、肩で息をしている白斗が戻ってきた。

 

 

「お帰りなさい白斗さん、いい服ありました?」

 

「……やたら勧めてくる服があったんでな……似合ってるかどうかは知らない……」

 

「楽しみですね!」

 

 

ネプギアとユニも、白斗の礼服が楽しみらしい。

こうまで期待の籠った目を向けられては、嫌だの何だの言っていられない。

 

 

「ありがとうございます。 服の裾直しなどは本日中に仕上げますので」

 

「オーダーメイドのドレスとは違ってさすがに早いな、裾直しだけだと。 あ、金払います。 幾らですか?」

 

「あ、白斗さん。 お金でしたら私が……」

 

「女に奢らせる男がいて堪るかっての。 これでもクエスト手伝ったりして報酬貰ってるからさ」

 

 

余裕そうに掌をひらひらさせながら白斗は財布から金を取り出した。

この世界に来てからもう一週間以上。さすがに文字の読み書きやクエストなどは慣れてきた。

ネプテューヌ達と一緒にクエストをこなすことで報酬を貰い、更には元々物欲自体もそんなになかったため、お金自体は結構溜まってきた。

 

 

(嘘ですー! ホントは財布大ピンチですー! でも、ここは漢の見せ所。 我慢我慢……)

 

 

のだが、さすがに礼服は想像以上の値段だった。

特に欲しいものなどは考えていなかったのだが、お金が減るのはやはりダメージが大きい。

兎にも角にも、服が出来上がるまでもうしばらく時間が掛かるため適当に時間を潰すことにした。

 

 

「さて、丁度いい時間帯だしどこか食べに行くか?」

 

「私、ファミレスがいい!」

 

「ファミレス、ファミレス……(わくわく)」

 

「ロムちゃんとラムちゃんもこう言ってますし、ファミレスにしましょうか」

 

 

デパートの定番の一つ、ファミレス。

特に反対理由も無いので、全員でそこに向かうことに。注文を終え、料理がずらりと並ぶ。

ネプギアはオムライス、ユニはカルボナーラ。そして白斗はというと。

 

 

「白斗さんは天ざるですか? 渋いですね……」

 

「ふふ、パンに肉挟んだようなモンばっかり食ってる奴らにはこの繊細な香りは理解できんよ」

 

「むむ、アタシ今度挑戦しますから」

 

 

まだ白斗の年齢はまだ18、見た目的にはネプギア達とは大差ないはずなのに随分大人びた趣向である。

子供扱いされることにはさすがに我慢ならないのか、ネプギアとユニも少し顔をムッと膨らませる。

そして、肝心のロムとラムは。

 

 

「わーい、お子様ランチー!」

 

「旗げっとー♪(らんらん)」

 

 

子供の定番、お子様ランチにご満悦だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まだまだ時間あるな。 次はどうする?」

 

「でしたら次はゲーセンとかどうですか?」

 

 

服が出来上がるまで、まだ時間はある。

次にユニが提案したのはゲームセンターだった。ゲイムギョウ界は家庭用ゲームやPCゲームだけではなく、遊び場としてゲームセンターも充実しているのだとか。

 

 

(……衛兵の皆さんは……追ってきてくれているな。 お、ゲーセンに先回りするつもりか)

 

 

横目で周りを観察する白斗。

不審者の捜索と、衛兵の確認のためである。案の定、衛兵は今も尚ネプギア達を陰ながら守ってくれているようだ。

 

 

「分かった。 ただしはぐれるなよ?」

 

「「「「わーい!」」」」

 

 

本来であればゲームセンターなど却下したいところだが、だからと言って遊ぶなと言い続けるのは酷と言うもの。

世話になっている彼女達のためにも、今日くらいはいいかとため息交じりながらもゲームセンターへ向かうことになった。

辿り着いたゲームセンターは人も多く、多くの筐体による光や音が入り乱れ、ある種の戦場となっていた。

 

 

「おおー、賑わってらぁ。 で、まずは何からするよ」

 

「あ! じゃあアタシ、ガンシューやりたい!」

 

 

ユニが指差した先にはゾンビを銃で倒す系統の筐体があった。

ガンマニアの彼女らしい選択だろう。

 

 

「白斗さん! アタシと一緒にやりましょ!」

 

「俺と?」

 

「はい! あの時の狙撃見てて思ったんですけど、白斗さん銃も使えるでしょ?」

 

 

あの時の狙撃、それはノワールを守った時に逆に敵の狙撃手をライフルで撃った時のことだろう。

さすがにあれだけの狙撃をすれば、素人だと通すのは無理がある。元々「銃を使っていた」という発言までしたくらいだ。

 

 

「まぁな。 仕方ない、やれるだけやってみますか。 お、これワイヤレスなのな」

 

「それだけじゃなくてこのゲーム、プレイヤーの動きが如何にスタイリッシュかも採点してくれるんですよ」

 

「ほー。 だからワイヤレスなのね」

 

 

手渡された銃型のコントローラーを持ち、軽く狙いを定めて引き金を引いてみる。

当然本物とは違い、軽量化されている。

コードで繋がれていないため、振り回しても、派手な動きをしても全く問題ない。

 

 

「ユニちゃん、銃の腕前は?」

 

「ふっふっふ、アタシにそれ聞いちゃいます?」

 

「失敬、愚問だったな。 じゃあ、この最高難易度モードで行くか」

 

「待ってました!」

 

 

 

引き金を引いて、難易度選択。

家庭用ゲームであれば遊べることを前提で作られているため、まだ攻略のしようはあるが、こういったゲームセンターは所謂ガチ勢のための場。

最高難易度とは、即ち理不尽ということだ。

 

 

「―――さて、行くか!」

 

 

ゲームがスタートした瞬間、白斗が覚醒した。

銃を手に右、左、上、下と狙いを瞬時に着けては引き金を引く。正確無比な狙撃がゾンビの急所を次々と捉え、打ち倒していく。

それだけではなく、狙いをつける際にターンを入れたりと動きの魅せ方も華麗だった。

 

 

「よっ、はっ、と!」

 

(え? ナニコレ!? 白斗さん、凄い……!?)

 

 

ガンマニアであるユニも、当然愛用の武器は銃。

故に日々の鍛錬から腕前には自信があった。だが隣に立つ白斗は、ユニ以上の動きと正確さを以てスコアを稼いでいる。

そんな彼の動きに見とれていると、ユニの方にゾンビが―――。

 

 

「おっと、ボーッとすんなよ!」

 

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 

咄嗟に白斗が、ユニに向かうゾンビを打ち抜いた。

周りへのフォローも忘れない、当然こうして遊んでいる間も周囲への警戒は解いていない。

 

 

「良いってことよ! それよりゲーセンなんだから、楽しもうぜ!」

 

「はい! おりゃりゃりゃ!」

 

「っと! ポジションチェンジ!」

 

「ラジャー!」

 

 

 

段々互いの呼吸を掴んできた二人が、まるで演武の様な動きと共に銃弾を繰り出す。

白斗が打ち、ユニが牽制。弾が尽きればユニが前に出、そして白斗が再び前衛へと舞い戻る。

ゲームの音が、観客の歓声が、ネプギア達の応援が、そして彼らの動きがまるで一つのミュージカルを作り上げるかのように一つになっていく。

 

 

「これで!」

 

「チェックメイト!」

 

 

そして、二人同時に放った弾丸が、ラスボスの眉間を打ち抜いた。

激しい音を立てて崩れるラスボス、感動のBGMと共に告げられるゲームクリア、彼らの動きに感動したネプギア達による惜しみない喝采。

それら全てが、白斗とユニの中にかつてない高揚感と充実感を齎した。

 

 

「……っふぁー! やりきったー!」

 

「はい! もう、なんていうかサイコーです!」

 

 

最後に互いに銃を突き合わせて、この喜びを分かち合う。

二人とも最高の笑顔で、気持ちの良い汗を掻いていた。

 

 

「白斗さん! 次、私とレーシングゲームで勝負しましょう!」

 

「待ってー! 次は私とプリクラ~!」

 

「お兄ちゃん、UFOキャッチャーしよ……(きらきら)」

 

「うおおおおおお!? ええい、聖徳太子ぃ……!!」

 

 

かなりの腕前と見たネプギア達が一斉に押しかけてきた。

そんな彼女達を何とか捌きつつも、白斗は今日一日をゲームセンターで過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして時間は経ち、夕方。

白斗たちは紙袋にお買い上げした礼服を入れ、デパートを後にしていた。まだ水たまりが残っている夕暮れ道を、まるで家族のように5つの影が歩いている。

 

 

「あぁ~……さ、さすがに疲れたぞ……」

 

「ですね。 これだけ楽しかったゲームセンターも久しぶりです」

 

「そうよねー。 白斗さん、次は負けませんからね!」

 

 

あれからも白熱したゲーム対戦が続くのなんの。

白斗も勝ったり負けたりと互いに楽しむことが出来た。途中、格闘ゲームでリアルファイトに発展しかけたが、そこは白斗の腕前で撃退。

それを機に切り上げ、礼服の裾直しも終わり、今こうして皆で帰っている。

 

 

「お兄ちゃん! ぬいぐるみありがとー!」

 

「大切にするね……(にこにこ)」

 

「おー。 可愛がってやってくれよ」

 

 

ロムとラムは、くまとアザラシのぬいぐるみをそれぞれ抱えていた。

UFOキャッチャーの景品で、白斗が大苦戦の末に手に入れたものである。

正直、小遣いが尽きてしまいそうだったのだが二人のこの笑顔を見られただけでも報われるというものだ。

そんな二人の頭を撫でてやりたくもあるが、今は両手に買い物袋を提げている状態。言葉と微笑みだけで我慢することにした。

 

 

「白斗さん、今日は楽しかったですか?」

 

「ああ。 正直、俺こんなに遊んだことって無かったからな」

 

「そうなんですか?」

 

 

この言葉に嘘はない。楽しかったことも、逆に今までは楽しむことすら出来なかったことも。

ネプギアとユニは不思議そうにこちらを眺めてくるが、それが当然の反応だろう。この年齢であれば普通は同年代と楽しく遊ぶのが当たり前。

だが、彼は元の世界では―――。

 

 

「……まぁ、色々あったのよ。 それより腹減ったなぁ」

 

「でしたら今日は私が食事当番ですから、何かリクエストがあれば聞きますよ?」

 

「アタシも手伝います!」

 

「そうか? んー、なら……」

 

 

夕食のリクエストを強請るくらいならば罰は当たらないだろう。

何がいいか思いを馳せていたその時、荒い運転をする車がこちらへ走ってきた。

しかもすぐ近くには大きな水たまりが。

 

 

「っと! 危ねっ!」

 

「「「「きゃっ!?」」」」

 

 

咄嗟に白斗は全員を抱き寄せ、彼女達をそのコートで覆った。

瞬間、車が横を過ぎ去り、その勢いで水飛沫を上げる。

ネプギア達はコートのお蔭で直撃せずに済んだが、白斗はそうもいかず顔面に泥水を盛大に被ることになった。

 

 

「ぶはっ! ぺっぺっ……ったく、荒い運転をする奴は世界共通なのな」

 

「そ、それより白斗さん大丈夫ですか!?」

 

「ノープロブレムよ。 泥水被っただけだし、コートは撥水加工してある。 それより皆は?」

 

「わ、わたしは大丈夫だよ……」

 

「わたしも……お兄ちゃん、ありがとう」

 

 

ユニが慌ててこちらを覗き込んでくる。幸いにも怪我などはないようだ。

シスターズにも怪我は勿論、泥水一滴すら被ってない。

 

 

「そっか、良かった」

 

「良くないです! 顔吹きますから少し屈んでください!」

 

「お、おう。 ありがとう」

 

 

ポケットからハンカチを取り出したユニが、白斗の顔に付いた泥水を拭き取ってくれる。

さすがにハンカチのサイズでは髪などは拭けなかったが、それでもある程度はさっぱりできた。

 

 

「悪いなユニちゃん。 ハンカチ、汚しちまった」

 

「いいですよこれくらい。 それより帰ったら先に顔、洗ってくださいね」

 

「はいはい」

 

 

どこか気の抜けた返事で、そう返した。

そんな姿を見たネプギアが、ある結論に辿り着く。

 

 

「……なんというか白斗さんって……」

 

「ん? 何だ?」

 

 

今日一日、これまでの白斗を見てきたネプギアがふと漏らした一言。

 

 

 

「……お兄ちゃんみたいだな、って……」

 

 

 

そう呟いた彼女の顔が、とても可愛らしくて。

まるで本当の妹のように思えた。

 

 

「お、俺がか?」

 

「はい。 温かくて、面白くて、私達を守ってくれて、どこか抜けてて、でもいざと言う時はカッコよくて……私のお姉ちゃんみたいで」

 

「ネプテューヌと同格ぅ? はは、それはあいつに失礼だぞ」

 

 

白斗は脳内にネプテューヌの日常を浮かべる。

普段はぐーたらで、仕事も不真面目で、底抜けの明るさで、メタ発言連発で、ゲーム好きで、でも優しくて、いつも人を思いやっていて、常に元気を与えてくれる人。

そんな彼女と自分など比べるまでも無いと思っている白斗だったが。

 

 

「そんなことないですよ! ロムちゃんとラムちゃんが、そう呼びたくなるのも分かります」

 

「あの二人はピュアだからなー。 それに、俺自身が弟だったから妹ってのは正直嬉しいや」

 

 

白斗自身、最初こそ戸惑いはあったものの、あの二人から兄と呼ばれるのは寧ろ嬉しかった。

姉がいたし、この世界にもベールという姉が出来た。だからこそ、自分も兄として振る舞ってみたいという密かな憧れがあったのだ。

そんな彼の姿を見てネプギアは。

 

 

 

 

(……私もいつか、白斗さんを……お兄ちゃんって呼びたいな……)

 

 

 

 

 

密かに、そんなことを思っていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから夜。

最早当たり前となった、四女神やその妹達と共にする夕食。今日は白斗のリクエストに合わせて肉じゃがを作り、皆で舌鼓を打った。

夕食も食べ終わり、後は寝るだけとなった時間。

 

 

「ネプギア、ちょっといいか?」

 

「白斗さん? はい、どうぞ」

 

 

ネプギアの部屋のドアがノックされた。

声の主は白斗、最早警戒することなく許可を出すと扉の向こうから白斗が入ってきた。

 

 

「確か、ネプギアって自前の工具セット持ってたよな?」

 

「はい、持ってますよ! 女の子の必需品です!」

 

「そんな女の子見たことねぇ……」

 

 

部屋自体は可愛らしいのに、物々しい色合いと重量の工具セットをるんるんと取り出すネプギア。

笑顔は可愛らしいのだが、少し心配になってしまう白斗。

 

 

「で、だ。 それ、ちょっと貸してもらっていいか?」

 

「いいですけど……何か直すんですか?」

 

「直す……っていうかメンテっていうか」

 

「でしたら! 私も! お手伝いします! というかさせてください!」

 

「よっぽど機械いじりたいのね……」

 

 

メンテという単語を聞いた瞬間、ネプギアの鼻息が荒くなった。

如何に彼女が機械好きであるかを物語っている。

 

 

「悪いけどちょっとプライベートなモンなんだ。 あんまり見せたくないんだよ」

 

「そうですか……残念です……」

 

 

しょんぼりしてしまった。

 

 

「ではこちらをお貸ししますね。 でも白斗さん一人で大丈夫ですか?」

 

「今まで俺一人でメンテしてきたから。 道具さえあれば大丈夫だ」

 

「分かりました。 何かあれば呼んでくださいね」

 

「おう、ありがとな」

 

 

工具箱を受け取り、白斗はお礼をして帰っていった。

後に残されたネプギアは、自身のケータイを取り出す。そこにあったのは待ち受け画像ではなく、今日のゲームセンターで一緒に撮ったプリクラだ。

女神シスターズ、そして彼女達に囲まれる白斗の姿が写っている。

 

 

「……ふふ♪ 白斗さん、武器とかにも詳しいみたいだし、今度ビームソードの調整とか手伝ってもらっちゃおうかな~」

 

 

白斗は手先が器用なだけでなく、機械工学の知識も備わっていた。

それ故、暇があればネプギアの手伝いをしてくれることもあった。そんな時間でさえ、ネプギアにとっては楽しく、幸せに満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白斗の部屋。

与えられた個室でありながら、白斗はこの部屋に籠ることが少なかった。

理由は当然貫徹してまでのネプテューヌ達の警護。

故にこの部屋を使う時は着替える時か、仮眠を取るか、そして―――。

 

 

「……ぐッ! こ、この間の無茶が……効いてきたか……ッ」

 

 

胸を押さえて、白斗は苦しんでいる。

今、この瞬間。彼の全身をまるで鉄の爪が引き裂くかのような激痛が襲っており、滝のような汗を流していた。

だがここで大声を上げることは出来ない。

 

 

「ったく……マジで恨むぜ、親父よぉッ……」

 

 

何とか立ち上がった白斗は工具箱からドライバーなどを取り出して並べる。

そして、コートとインナーを脱ぎ去った。

 

 

 

 

 

 

「……こんな“偽りの心臓”なんて……あの娘達にゃ、見せられねぇよな……」

 

 

 

 

 

 

寂しく呟いた白斗。

彼の左胸、心臓があるはずの場所には―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷たく、重々しい“機械の心臓”が埋め込まれていた―――。




ネプギア、ユニ、ロム、ラム、異なる四つの属性を持つ妹って結構難しいです。
だからこそ書いていて楽しくなるし、彼女達には楽しんでもらえたらと思って今回のお話を書きました。
白斗君のすさんだ心も少しずつ癒されていくような……。
そして次回はあの女神のターン!お楽しみに!

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第七話 私は女神だから

さぁ、やって参りましたツンデレぼっち女神のターン!
括目せよ!


「―――例の襲撃者の詳細が分かった? 本当か、アイエフ!?」

 

「ええ、そうよ。 ……他でもない、貴方だから話すの。 他言無用でね」

 

 

ある日の、朝の事だった。

いつも通り皆で朝食を食べ終え、後片付けを終えた直後。アイエフから突然呼び出しを受けた。

真剣な表情を察し、自身の部屋へ招くとそんな情報が彼女から齎された。

 

 

「白斗、この間の襲撃者……皆赤いフードの服だったの覚えてる?」

 

「ああ。 服装の統一から組織だった奴らだと思っていたが……」

 

「そう、白斗が捕らえてくれた奴らがとうとう口を割ってくれたの」

 

「さっすがプラネテューヌの諜報員だ」

 

 

先日のネプテューヌ暗殺未遂、ノワール狙撃未遂、そしてロムとラムの誘拐未遂。

襲撃者は皆、赤いフードをしていた。

当然、彼らは仲間であり、一つの組織で行動してきたことが分かる。

 

 

「奴らは暗殺組織ノルスの一員だったの」

 

「ノルス……」

 

「分かりやすく言えば、暗殺者派遣会社ってところかしら。 クライアントから依頼を受けて、適材適所に構成員を送り込み、対象を暗殺する」

 

「今回はその矛先がネプテューヌ達に向いたってことか。 ……クソッタレな野郎どもだ」

 

 

つまり彼ら、ノルス自身にはネプテューヌ達を殺す理由などない。

ただ金のために命を奪おうとしたに過ぎないのだ。そんな彼らの身勝手さに、白斗は怒りを抑えられない。

 

 

(……まぁ、元暗殺者の俺が何綺麗事抜かしてんだ、って話だが……)

 

「白斗?」

 

「あ、ああ……悪いアイエフ。 で、クライアントの情報は?」

 

「そこまでは。 彼らは所謂下っ端、クライアントには会ったことが無いらしいの」

 

 

肝心の雇い主まではまだ分からないようだ。

つまり、クライアントの正体を突き止めるにはやはりそのノルスと言う組織を徹底的に叩き、首領核の人物を捕えて情報を吐かせなければならない。

 

 

「ただ、彼らの活動拠点は分かったわ」

 

「どこだ?」

 

「……ラステイションよ。 支部という意味ではゲイムギョウ界中に存在しているけど、主にボスが滞在しているのはそこらしいわ」

 

 

ラステイション、ノワールが治める国。

まだ訪れたことは無いが、聞くところによると経済活動が盛んであるらしい。そんな彼女のお膝元で暗殺組織が動いている。

ノワールには聞かせたくない内容だと白斗は苦虫を嚙み潰したような顔になる。

 

 

「……言っておくけど、ノワール様には既に伝えてあるから」

 

「そう、だよな……。 伝えないわけにはいかないわな」

 

 

だが、だからと言って隠したままには出来ない。

見逃せばもっと酷い状況になってしまうのだから。

アイエフもそれを理解してはいたが、やはりどこか苦しそうだった。

 

 

「それで、ボスの居所はラステイションのどこだ?」

 

「ごめんなさい、これも吐いてくれなかったわ」

 

「しゃーない、か。 でもこれが分かっただけでも十分だ。 ありがとな、アイエフ」

 

「いいのよ、これくらい。 私だってネプ子達を守りたい気持ちは同じ……ってにゃぁっ!? 頭撫でるなぁっ!!」

 

 

本来、これは極秘情報だ。

それでも彼女は白斗を信頼して、伝えてくれた。いい子であるアイエフをどうしても労いたくて、白斗は頭を撫でてしまっていた。

顔を真っ赤にさせながら、アイエフは吠える。

 

 

「はっはっは。 悪ぃ悪ぃ」

 

「悪いと思ってるなら撫で撫でやめなさいよーっ!!」

 

 

と、言いつつもアイエフは自分から逃れようとはしない。

言葉では否定しているが、顔は満更でもなさそうだ。

そんな彼女が可愛らしく思えるが、さすがにこれ以上は可哀想だと白斗も手を止めた。

 

 

「あ……」

 

「ん? もっと欲しいか?」

 

「ばっ! 馬鹿言ってんじゃないのっ!」

 

「あだっ!?」

 

 

撫で撫でを止めると、切なそうな声をアイエフが漏らした。

また意地悪したくなってしまうが、そうなる前にアイエフに叩かれた。

 

 

「全く……それと勘違いしないで欲しいんだけど、この情報を渡したのはアンタにノルスを潰してもらいたいからとかじゃないから」

 

「え゛ッ!!?」

 

「そんな潰しに行く前提の声やめなさい! こっちでもノルスを叩く準備は出来てるってことなの! 分かったら、少しはゆっくりしなさいよ」

 

 

どうやら、アイエフは白斗の肩の荷を下ろさせようとしてこの情報を伝えてくれたらしい。

親友であるネプテューヌの心配は当然だが、それと同じくらい白斗の事も気にかけてくれていたのだ。

思わず胸が熱くなってしまう白斗だが、出来るだけ平静を装うとする。

 

 

「……ありがとな、アイエフ」

 

「いいのよ。 それじゃ、私は仕事がまだ残ってるから」

 

「ああ、頑張ってな」

 

 

アイエフは笑顔で応え、部屋から去っていく。

後に残された白斗は進展が出てきたことで疲れも湧いたのか、思わずベッドに寝転がってしまう。

 

 

「……さて、まずはラステイションの地理の把握からだな……」

 

 

彼は一体アイエフから何を学んでいたのだろうか。

 

 

「っと、ゴミ出しの日だった! 早いところ行かねぇと……」

 

 

まさに思い出したかのように跳ね起き、慌ててゴミ捨ての準備に取り掛かる。

部屋を出るとそこには。

 

 

「……ノワール?」

 

「ぎくぅっ!? は、白斗!?」

 

 

こそこそと人目を忍んで移動しているノワールの姿が。

白斗が声を掛ければ、オーバーリアクションと思われかねないほど激しく震え上がる。

その手には荷物を纏めており、尚且つユニを伴っていない。

 

 

「外出だな。 ほいキタ」

 

「キタ、じゃなーい! べ、別に取るに足らない用事よ!」

 

「それでもお供します。 荷物持ちでも何でもござれよ」

 

「その精神は嬉しいけどイヤ、ホントに大丈夫だから!」

 

 

ノワールの慌てぶりからして、遊び目的の外出ではないだろう。

となると仕事関係になる。

ただ仕事関係で外出するとなれば、このプラネテューヌ内に出かける意義はないはず。書類仕事ならそれこそこの教会内でやればいいだけなのだから。

 

 

「大丈夫、目的地はラステイションだろ?」

 

「う……相変わらず鋭いわね。 でも今回はダメ、何が何でもダメよ!!」

 

 

こうして同行を申し入れると、白斗が傷つくことを恐れて誰もが同行を拒否したがる。

それでも最終的には折れてくれた。

だが、今回に限ってノワールは断固として拒否してくる。押しに弱い彼女にしては珍しい。

 

 

(……なるほど、アイエフからの報告を聞いてノルスをどうにかするつもりだな? なら、こっちにも考えはある)

 

 

理由は嫌でも察することが出来た。

先程アイエフの話から出てきたノルスの活動拠点はラステイションにあるという。

アイエフの口ぶりからしてその情報が出てきたのは今しがた。

それへの対策、或いは討伐に赴こうとしているのは自明の理。

 

 

「分かった。 無茶はしないって約束してくれるなら俺は止めはしない」

 

「ホッ……ようやく白斗も分かって……って、どこに行くの?」

 

「ゴミ捨て終わったら、その足でラステイション辺りに遊びに行こうかなーと」

 

「はあああああああああああああッ!!?」

 

 

軽く言ってのける白斗だが、ノワールはとんでもない悲鳴を上げる。

勿論白斗は遊びのつもりは一切ないが、肝心なのは目的地がラステイションであるということ。

ノワールは悟った。単騎で乗り込むつもりだと。

 

 

「何だよ。 別に同行がダメってだけでラステイションに行くなとは言われてないんだから」

 

「ぐ……! アンタってホントにグレーゾーン見つけるの得意よね!?」

 

「褒め言葉と受け取っておこう。 さて、遊びに行くついでに暗殺組織の一つや二つ潰したいなぁ~」

 

「なぁっ!? ダメダメダメ!! 絶対ダメなんだから!!!」

 

 

やたらと声を張り上げてくるノワール。

それだけ白斗を心配してくれているのだ。嬉しくも思う反面、今回はそんな彼女の気遣いを利用する形になるのが心苦しいが、なりふり構っている場合ではない。

 

 

「~~~~っ!! あーもーっ!! ついてくるなら勝手にすれば!?」

 

「あざーす」

 

 

半ばヤケクソ気味で、ノワールが折れた。

言質を取ってしまえばこっちのもの。元より生真面目な彼女は一度約束してしまえば反故にすることは無い。

諦めたように肩を落としながらも、律儀に待ってくれているノワール。

 

 

「というワケで今日はノワールについていきます。 みんなはいつも通り外に出ないように!」

 

「えー。 今日のお相手はノワールかぁ。 白斗はどうして女の子をとっかえひっかえするのかなぁ~」

 

「人聞き悪いことを言うなぁ! ええい、とにかく行ってくる!」

 

 

こうして白斗が誰かについていくときは必ず一言残していく。

同時に残されたネプテューヌ達から文句が上がるのも最早一種の日常風景だ。

白斗は愛用のコートを着込み、ナイフやワイヤーなど武器のチェックも終え、そしてゴミ袋を抱えてくる。

 

 

「お待たせ! それじゃ行こうか」

 

「ええ。 だけど、さっき約束した以上無茶は厳禁だからね」

 

「う、うへ~い……」

 

 

しかし、やられてばかりもいられないノワール。

彼女もさりげなく言質を取ったのだ。これでお相子と言わんばかりに得意げな顔になる。

そのまま外に出てゴミを捨て、その足で定期便発着場へと向かう。

今回は普通のエコノミークラスで座ることになった。

 

 

「白斗は一度、この船に乗ってるのよね」

 

「ああ、ベール姉さんについてった時に」

 

「あの時はベールが姉になるなんて思わなかったわ……。 チカだっているはずなのに」

 

 

悔しそうな表情を浮かべるノワールだった。

 

 

「さて、着いてきてもらうからにはラステイションの魅力をたっぷり知ってもらわないといけないわね。 白斗はラステイションについてどれくらい知ってるの?」

 

「経済活動が活発な国ってことと、重工業が盛んってくらいかな」

 

「正解だけど十分ではないわね。 いいわ、この際だからしっかり知って頂戴」

 

 

ゴホン、と咳払い一つして喉の調子を整えるノワール。

どこからともなく眼鏡を取り出し、知的な雰囲気を(無理矢理)作ろうとしている。

 

 

「知っての通りラステイションは私が治める国。 ゲイムギョウ界の東方にある国よ」

 

「西がプラネテューヌ、北がルウィー、南がリーンボックスだっけか?」

 

「ええ。 それに東方と言っても地理的に言えば三国の真ん中にあるような国なの。 だからあらゆる産業活動と、各国の貿易の中心になっているわ」

 

 

自分の国を自慢するかのように、意気揚々と説明してくれるノワール。

それだけラステイションと言う国に誇りと愛を持っているからだろう。

事実、彼女の仕事ぶりは四女神の中でも随一。最も基盤が安定している国がどこかと言えば、ラステイションと言っても過言ではない。

 

 

「ラステイションで各国が欲しがるものを作って、それを他国に輸出する。 それ故に、ラステイションには色んな仕事があるわ」

 

「だから仕事紹介してくれるって言ったのか」

 

「そうよ、働き手は幾らあっても足りないし相応のお給金も、捻出できるだけの経済活動もちゃんとある。 まぁ、武器製造だけはリーンボックスに譲ってるけど」

 

 

色んな産業があるということは、色んな仕事があるということ、仕事があればそれだけ労働力も必要になる。

更には労働者が満足できるだけの環境整備にも力を入れているとノワールの口ぶりから察することが出来た。

 

 

「ただ……今度結ばれる友好条約に伴って、色々見直さなきゃいけないところはあるけどね」

 

「ひょっとして、貿易摩擦云々とかそういう話か?」

 

「あら、凄いわね。 白斗、意外とそういうの分かっちゃったりする?」

 

「これでもな。 経済の中心ってことは、それだけ軋轢抱えてるってことだろうし」

 

 

貿易摩擦とは簡単に言えば、貿易を行う上でのつり合いが取れていない状況だ。

例えばラステイションでしか生み出せない素材を運び出すとなれば、当然それを高く売りつける。

一方のラステイションには他国からの輸入が少なかったりすると、結果的にラステイションだけが大儲けして他国にはお金が入りにくい状況になる。

他国との利益の差が大きくなり、結果として他国の経済が悪化する状況になっているということだ。

 

 

「そうなのよー。 はぁ、どうしたらいいのかしら……」

 

 

ノワールにとっては常に頭を悩ませている問題らしい。

うんざりしたかのような溜め息をつく彼女をどうしても放っておけなくて。

 

 

「これは素人の意見なんだが、ラステイションの産業を他国にも移したらいいんじゃないか?」

 

「え? どういうこと?」

 

 

思わず口を出してしまった。

経済活動の本を少し読んだくらいのまさに素人である白斗だが、意見を言うだけならばタダだろう。

一方のノワールは、まるで何かが舞い降りてきたと言わんばかりに興味津々に食らいついてくれる。

 

 

「このゲイムギョウ界って、自分の国の特色を守ろうとする余り他国にそれを置きたがらない傾向にある。 例えばラステイションの工場を、一部プラネテューヌに移すとかすれば、プラネテューヌは直接その工場から欲しい製品を持ってくるだけでいい」

 

「確かにそれだとプラネテューヌ側の貿易問題は良いけど、ラステイション側の利益が減っちゃうわよ?」

 

「工場を建てる際に見返りを要求すればいい。 プラネテューヌから技術者を招くとか、少し関税を緩めるとかで融通を利かせれば……」

 

「なるほど、お金だけじゃなくて別のもので補填しようって考えね……」

 

 

まるで一滴の雫が落ちてきたかのように、ノワールの頭の中に何かが過る。

先程とは違う、光明が見えたかのような表情であれこれ考えこみ始めた。

 

 

「……そうね。 それでも問題はあるでしょうから、手放しでその案を採用は出来ないけど、それをみんなで話し合って少しずつ模索していけば……行ける!」

 

 

今までこのゲイムギョウ界は、国家間の仲は正直良いとは思えなかった。

何せシェアを巡って女神同士が争った歴史もあるのだから。貿易をしていると言っても、互いの利害関係が一致しているだけに過ぎない。

だが、今度の友好条約でその壁もある程度払拭できる。それが出来るからこそ、舞い込んできた新しい発想にノワールは興奮気味だ。

 

 

「ありがとう白斗! もう、ネプテューヌのところなんてやめて私の所に来なさい! 何だったら秘書にしてあげるわ♪」

 

「お、おおう……う、嬉しいけど、返事はまた今度に……」

 

「ちぇっ。 まぁ、いいわ。 正直、こんな仕事の相談が出来る人って中々いなかったから、大分助かるし感謝してるわ」

 

 

何やらノワールの問題も一つ解決できそうでスッキリしたような表情だ。

そのまま秘書へのスカウトまで来たのだが、今はとりあえず保留。それでも好感度も上がったようで、信頼が感じ取れると白斗も嬉しいというものだ。

 

 

「あ、仕事の話ばかりしちゃってごめんなさいね」

 

「いいってば。 それよりもまだ時間はあるし、今のうちに悩みぶっちゃければ? 俺も聞くだけならできるし」

 

「そ、そうね……白斗にならいいかも。 それじゃ次はね……」

 

 

今までのノワールは、どこか他人に対して壁を作っている印象があった。

部下達には勿論、ネプテューヌ達や妹であるユニですら、肝心なところは触れさせてくれない。

仕事の話ですら自分一人で解決してしまうのが常だったのに、どうしたことか白斗に対しては少しだけ口が軽くなってしまう。

けれども、それも悪くない。それもどこか楽しいとノワールは自覚していった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、いう訳でやってきましたラステイション!」

 

「ようこそ、重厚なる黒の大地ラステイションへ。 歓迎するわ、白斗」

 

 

二人同時に搭乗ゲートを潜り、外へ出れば。

ラステイションの象徴たる重工業によって作られた街並みが出迎えてくれた。

隣にはノワールがいたのだが、帰郷したからか少しテンションが上がっている様子。

 

 

「で、早速俺はどこへカチコミに行けばいいんですかい姐さん?」

 

「姐さん言うな! ついでにカチコミに来たんじゃない!」

 

「え゛!!?」

 

「そのカチコミ前提の声やめなさい! ホントにアンタってやんちゃなんだから!!」

 

「へごっ!?」

 

 

もう件の暗殺組織を潰すつもり満々な白斗。

そんな彼の頭を引っ叩くことで、落ち着かせた。女神化していないとは言え、さすがはノワール、その一撃は脳内に響くのなんの。

 

 

「確かにその話もあるけど、女神不在だと問題も発生しやすいのよ。 だから関係者にあちこち話を聞きに行かなきゃ」

 

「話を聞くだけならラステイションの教会で待つとかでもいいんじゃ?」

 

「そのスタンスもあるでしょうけど、私はこうやって自分の足で行くことに意味を感じてる。 こうすれば、人々は常に女神を意識してくれるから」

 

 

日常の行動一つ一つですら気を配っている。

確かに女神が常に街を気にかけている姿を国民に見せれば、それがシェアに繋がる。

女神の使命に人一倍熱い彼女だからこそできる立ち振る舞い、ネプテューヌにも見習ってほしいものだと白斗は頷いた。

 

 

(……でも、ちょっと……いや結構しんどそうだけどな……)

 

 

彼女の努力は知ることが出来た。その努力は尊く、称賛されてしかるべきだ。

けれども、それに比例する苦労や悲しみを吐き出したことがあるのだろうか。聞けばユニは、姉の理想的な面を熱く語ってくれるが、そうでない面はあまり知らない様子。

つまりは彼女は一人で抱え込んでいることになる。

 

 

(……もうちょっと素直になってもいいのに……)

 

「白斗? どうしたのかしら?」

 

「い、いや何でもない。 で、最初はどこに行くんだ?」

 

「最初はコンナイという企業に行くわ。 その後は……」

 

 

ノワールの案内の下、彼女の補佐及び護衛という形でついていくことになった。

主に見て回ったのは工場の経営と貿易関係、そしてゲーム会社。ゲイムギョウ界の名は伊達ではなく、女神も含めゲームに熱中するのはこの世界では日常茶飯事。

故にそれらを事細かく見て周り、女神が導いていく。人々はそんな女神の姿に感謝し、信仰心を捧げるという理想的なサイクルが生まれていた。

 

 

 

の、だが―――。

 

 

 

「はぁ……はぁ……。 よ、ようやく終わったわ~……」

 

「お疲れ様……と言いたいけど、さすがに抱え込み過ぎだろ……」

 

 

あれから6社も回った。しかも一件一件が深刻な問題を抱えていたらしい。

件の貿易摩擦による軋轢、労働問題、資源の確保など枚挙に暇がない。白斗も何とかサポートには入っていたものの、結局はノワールが主導で解決する運びとなった。

当然ノワールに降り注ぐ負担は尋常ではなく、さすがの彼女も見て分かるほど疲弊している。

 

 

「し、仕方ないじゃない……私は女神なのよ……。 女神がやらなきゃ誰がやるっていうんじゃい……」

 

「疲労の余り語尾がおかしくなってる!? もうマジで休んで!!」

 

「白斗に言われたくないっちゃ……」

 

「ああもう、昨日見てたアニメに影響されてるな!? とにかく座ろう!!」

 

 

疲れが回ってきたのは、普段の彼女なら絶対にしない口調になってしまっている。

とりあえず近くのベンチに腰を落ち着けて、一休み。

近くの自販機からドリンクを受け取り、それをノワールに手渡した。

 

 

「はい。 ノワール、これ好きだろ?」

 

「あ、ありがと……良く知ってたわね」

 

「ユニちゃんから聞いたんだ。 ま、そのユニちゃんでもこんなに疲れてるノワールの姿は知らないだろうけどな」

 

「仕事なんだから疲れるのは当然よ……」

 

 

疲れで手を震わせながら、何とかプルタブを開けるノワール。

一気に飲み干すその姿はまるで時間がない故にゼリー飲料で昼食を済ませるサラリーマンの姿そのものだ。

そう、今の彼女には余裕も安らぎも無い。

 

 

「……なぁ、俺見てて思ったんだけど」

 

「何かしら……?」

 

 

この話題の振り方はお小言に近い。

そう察したノワールの声色は少し不機嫌だ。無理もない、誰でも疲れている時にお小言を言われると怒りが煽られてしまうもの。

だが、白斗はそれでも言いたかった。

 

 

「ノワールは女神様である以前に一人の女の子なんだ。 そんな一人で無理しすぎて……俺、凄いと思うけど悲しいって思うな」

 

「え……?」

 

 

率直で、偽りのない言葉だった。

だからだろうか、ノワールの心に深く突き刺さっている。

 

 

「だからさ、まずは一人でじゃなくて……」

 

 

肝心なことを伝えようとした―――その時だった。

 

 

「た、助けてえええええええ!!!」

 

「「なっ!?」」

 

 

突如、女の子の悲鳴が上がった。

白斗とノワールが必死になって辺りを振り返ると、一人の女の子がバイクに乗った男に連れ去られている姿を目撃した。

しかし相手はバイクに跨っているだけあって、やがて目視出来ないほどに離れていってしまう。

 

 

「ま、まさか誘拐か!?」

 

「私の国で……しかも女神の目の前で誘拐なんていい度胸ねっ!!」

 

 

さすがの白斗でも、人力だけでバイクに追いつけるはずがない。

だからこそ、女神様であるノワールの出番だった。

 

 

「プロセッサユニット、装着! ……私を怒らせたこと、後悔しなさい!!」

 

 

シェアエネルギーを身に纏い、黒のレオタードになる。

黒かった髪も銀髪になり、機械の様な翼を装着する。守護女神ブラックハートの降臨だ。

確かにこの状態なら身体能力も向上する上に、飛行も可能だ。

バイク程度に追いつくなど造作もないだろうが―――。

 

 

「白斗、貴方はここで待ってて!」

 

「待てノワール! 相手がノルスかも……」

 

「だとしてもちゃんと警戒していればどうってことないわ! 私は……女神ブラックハートだもの!!」

 

「あ、オイ!?」

 

 

これ以上問答する時間も無いとブラックハートは飛び立つ。

その速度は圧倒的で、飛行による風圧で白斗は吹き飛びそうになった。あっという間に見えなくなってしまったが、あの速度なら問題なく追いつけるだろう。

 

 

「……ノワール、どうか無事で……」

 

 

こうなっては白斗も追いつくことが出来ない。

彼にできるのはただ、ノワールの無事を祈ることだけだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこの男! 待ちなさい!!」

 

「ひっ!? や、やっぱり女神様がきたぁ!!」

 

 

バイクVSノワールの追走劇が始まる。

と、言ってもあっという間に誘拐犯を捕捉し、一気に隣に追いついた。見た所、相手はノワールの出現だけで大騒ぎするほどの小心者。

犯罪慣れしていない一般人と言ったところだろうか。

 

 

「この子は返してもらうわよ! ついでに……水でも被って反省なさい!」

 

「ぷぎゃあああああ!!?」

 

 

颯爽と女の子を取り返し、バイクの機体に強烈な蹴りを打ち込んだ。

その威力で男どころか数百キロはあろうバイクまでもが宙に浮く。

そのまま男とバイクは仲良く噴水の中へダイブ、凄まじい水柱を上げて沈んでいった。

 

 

「う、うぅ……ふぇええ~~ん!! 怖かったよぉ……!!

 

「よしよし、怖かったわね……でも、もう大丈夫よ。 何故って? 私が来た」

 

 

助け出した少女はまだ泣いていた。無理もない、まだ幼い上に誘拐されそうになった時の恐怖など常人に理解できるはずもない。

ノワールは女神の姿のままで、しかし彼女と同じ視線になるように膝を付きながらゆっくりと抱きしめてあげた。

 

 

「……めがみ、さま……?」

 

「そう、女神たる私がいる限りもう大丈夫よ」

 

「っ、う、うわあぁあぁ~~~ん!!」

 

 

少女を労わるように、癒すように、頭や背中を撫でてあげる。

その慈愛と美貌はまさに女神だ。

やがて少女の嗚咽も大分収まってきたところでラステイションの衛兵が集まってきた。

 

 

「ブラックハート様! ご無事ですか!?」

 

「私よりまずはこの子の方が優先でしょ! 私は大丈夫だから、しっかりとこの子を親御さんのところに連れて行ってあげなさい!」

 

「は、はっ!!」

 

 

女神の指示に気を引き締め、衛兵たちは敬礼をする。

すぐに少女を勇気づけながら両親の下へ返すべく、慌ただしく動き始めた。

一方、噴水に沈められた誘拐犯はようやく水面を突き破ってその顔を現す。そんな彼の顔が憎らしくて、ノワールは剣を男の眼前に突き付ける。

 

 

「げ、ゲホゲホッ……ヒッ!?」

 

「あなた……私の国で、私の目の前で犯罪を行うなんていい度胸ね……。 でもその前に、あんな小さな子供を誘拐したことが、何より許せないわ!!」

 

 

先程の優しさが嘘のような、威厳に満ちた言葉と目。

場合によっては、その刃で本当に首が跳ねられてしまいそうになるほどの威圧感。周りにいた衛兵の誰もが、畏敬の目でその光景を見守っていた。

 

 

「……た、助けてください!! 女神様ぁ!!」

 

「は、はぁ?」

 

 

だが、突如として男が土下座してきた。

無様に、噴水の中であるにも関わらず。余りにも見ていられなくて、ノワールはその首根っこを持ち上げて噴水の中から引きずり出す。

 

 

「今更何を言ってるのよ!? あなたの所為であの子がどれだけ傷ついたか……あなたの罪は裁判の下、厳正かつ公平に裁……」

 

 

ノワールの言は尤もだと、誰もが頷いた。

だが、そうではないと言わんばかりに男が縋り寄る。

 

 

「ち、違うんです! わ、私の娘が……娘がぁ!!」

 

「む、娘って何よ?」

 

「……ノルスという連中に、私の娘が誘拐されて……返して欲しくば、女神様の目の前で誘拐事件を起こせと指示を受けて……」

 

「ノルス、ですって……!?」

 

 

ノワールの眉がぴくりと持ち上がる。

その名前は今朝、アイエフによって知ったばかりだ。故に一般人が知っているはずもなく、虚偽の可能性は低いと思われる。

 

 

「わ、私はいかなる罰をもお受けします! ですから、ですから娘だけは……!!」

 

「…………その言葉が真実かどうかは捜査の上で判断するわ。 ただ、ノルスという組織は絶対に許さない。 それだけは決めているから安心なさい」

 

 

油断など一切していない。可能性は低いと言うだけで、まだ嘘を言っている可能性が消えたわけではない。

ただ、ノルスと言う組織を潰さなければならない理由が一つできたのは確実だ。

 

 

(何はともあれこれで一旦解決ね。 周りに暗殺者の気配も、狙撃の雰囲気も無し……うん完璧ね。 これで白斗も少し安心してくれるかしら?)

 

 

この間も、周囲の警戒は怠っていなかった。

白斗から散々警告されていた暗殺者の影も形も無い。事件も暗殺阻止も完璧だと、ノワールは内心自画自賛気味だった。

 

 

「あ、そうだ! 実はブラックハート様にもう一つお渡ししなければならないものが……」

 

「え? 何よ?」

 

「女神様に捕まったらこれを渡せと言われて……」

 

「…………いいでしょう。 預かるわ」

 

 

誘拐犯の男が何やら手紙らしきものを渡してきた。

口ぶりからしてノルスの指示だろうか。罠の可能性も否定できないので一旦衛兵の手に渡ってからノワールの下へ。

幸いにも濡れていなかった手紙を開くとそこには。

 

 

『女神ブラックハート様

 

あなたの大事なものは我らの手中にあります。

欲しければ、本日の午後6時、下記の場所にてお待ちしております。

お約束ですが、警察などには知らせずお一人で来るように。

 

                                         ノルス』

 

 

「……何よ、大事なものって……」

 

 

不可解な手紙だった。

誘拐事件を解決することはとっくに予想済みだったというのがまた腹立たしい。

実際、彼女にとって大事なものと言えばユニ。今の彼女はプラネテューヌの教会に居るはずだから危険な目に遭うことも無い。

そしてネプテューヌ達、決して口には出さないが彼女達もライバルにして大切な友達。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、もう一人浮かんでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも自分を命懸けで守ってくれるあの少年の顔が―――。

 

 

「―――ッ!? ま、さか……!!」

 

 

―――瞬間、ノワールの体から血の気が引いた。全身で痛みを感じるほどに。

 

 

「ぶ、ブラックハート様!? どうされました……!?」

 

「貴方達! 後の事は任せたわ!!」

 

「え!? ど、どちらへ……うおわあああ!?」

 

 

もう1秒とてここに留まれない。

後始末を衛兵たちに任せ、ノワールは再び飛ぶ。

 

 

(白斗……お願い! 無事でいて!!)

 

 

何故か今になって、白斗の顔が思い浮かんでくる。

初めて会った時の傷ついた顔、次の日の朝目を覚ましてくれたこと、その日にクエストに行って彼の戦い方に舌を巻いたこと、そしてあの狙撃から身を挺して守ってくれたこと。一緒に過ごして、楽しかったこと。

そんな白斗が、失われてはならない。今のノワールはただそれだけのために飛んでいる。

 

 

「白斗おおおおおおおおッ!!!」

 

 

必死に飛んで、先程のベンチへと戻ってきた。

だが、祈りも空しくそこに白斗の姿はない。

ベンチの近くには直前まで飲んでいたジュースの缶が空しい音を立てて転がっている。

 

 

「そんな……白斗、白斗ぉ!!」

 

 

必死に呼びかけて白斗を探す。

周りの目など知ったことではない。ただ、白斗の無事を祈って―――。

 

 

「っ……ノワール、か……?」

 

「っ!? 白斗!?」

 

 

どこからか、白斗の声が聞こえてきた。かなりか細く、弱々しい声だ。

耳を澄ませてみると、どうやら路地裏かららしい。

飛び込むように裏路地に行ってみるとそこには―――。

 

 

「白斗!! って、何なのこれは……!?」

 

 

白斗が、腕を抑えながら壁に背を預けて座り込んでいた。

腕からは血が流れている。近くに落ちているナイフで切り付けられたらしい。

そして彼のすぐ近くには赤いフードの男達、ノルスの構成員が10名も倒れている。

 

 

「白斗、しっかりして!!」

 

「……お、おう。 もう、片付けてきたのか……? はは、さすが女神様だ……」

 

「バカ言ってないで!! 一体何が……!?」

 

 

明らかにこの状況は普通ではない。

倒れているノルスの暗殺者も全員ナイフを握っており、殺意を感じさせる。だが全員死んでいない。

白斗が格闘技などで気絶させるだけに留めたのだろう。

 

 

「ノワールが飛び立った直後、ノルスの奴らが襲い掛かってきてな……。 何とか、ブッ倒したんだがその際に……く……」

 

「ま、まさか大怪我を!?」

 

「き、傷は大したことない。 腕を少し切られたくらいなんだが……ぐっ!!」

 

 

腕を見ると確かに切り傷が出来ていた。だがその傷は浅い。

にも関わらず白斗の息は荒い。

 

 

「ど、どーやらナイフに毒でも塗られてたみたいだな……」

 

「毒って……そんな!? アンタ達!! 解毒剤とか持ってないの!?」

 

 

毒、即死ではないにしても遅効性のある毒が塗られていたのだろう。

あれから時間が経っているため、吸出しも間に合わない。となれば切り付けた張本人であるノルスの連中から解毒剤を奪うしかない。

ノワールが必死に、泣きそうな表情で気絶している男の胸倉を掴み、ガクガクと揺らす。

 

 

「起きなさいよ!! 早く、早く白斗を……!!」

 

「やめろ、ノワール……! 俺も、探しまくったけど……そいつらは持ってないみてーだ……」

 

「そ、そんな……!」

 

 

白斗も既にその可能性に賭けていたようだが、期待には添えられなかったようだ。

絶望に打ちひしがれるノワールには、この状況をどうすればいいのか全く思いつかない。

こうしている間にも、白斗の体には毒が―――。

 

 

「………っ………」

 

「っ!? は、白斗……? 白斗おおおおおおおおおお!!?」

 

 

とうとう限界に達してしまったのか、白斗が崩れ落ちる。

大量に汗を流し、息も荒く、何より意識も定まっていない。

ノワールが必死に揺らすも、白斗の容体はよくなることは決してなかった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ラステイションの病院。

そこで白斗は目を覚ました。あれから病院による治療を受けて意識は取り戻したのだが、体の毒は抜けきっていない。

恐らくは新開発の毒薬なのだろう、であれば解毒剤が病院に存在するはずもない。

 

 

「は、ははは……ノワールを守るなんて豪語してた奴がこんなザマとはなー……。 もう、おマヌケすぎて自分でも笑っちまうぜ……」

 

「………………」

 

「……あのー、ノワールさーん? ここ笑うところッスよー……?」

 

 

ベッドで寝ている白斗。その隣には、ノワールが座っていた。

さすがに病院内ということで女神化も解除していたのだが、その顔色は暗い。目元が陰で覆われ、表情を読み解くことが出来なかった。

 

 

「……白斗、ごめんなさい。 私の所為で……」

 

「何言ってんの……。 襲ってきたのはあいつらだし、こんなことになったのも俺の凡ミスが原因だろ……」

 

 

突然、ノワールが謝ってきた。その声は、如何にも圧し潰されそうな弱々しいもの。

何とか彼女を元気づけようとする白斗だったが、白斗の声はよりか細い。今も尚、体中に繋がれていた点滴の所為で自由に動けない状況である。

そんな痛々しい白斗の姿を見て、ノワールは益々自分を責め立てた。

 

 

「でも、私……あの時、貴方の事を放っておいたばかりに……。 白斗は、いつも私を守ってくれてたのに……!」

 

「気に、するなって……。 それに、あの場にノワールがいたとして、それでお前が傷ついちゃったら……それこそ、最悪だったんだからさ……ゲホゲホッ!」

 

「む、無理しないで! ……お願いだから、無理しないで……」

 

 

白斗からすれば、ノワールが傷つかなかったことが不幸中の幸いなのだ。

下手をすれば今の状況が逆転していたのかもしれないのだから。

だがそのために白斗が傷ついたことが、ノワールには何よりも悲しくて、何よりも許せなかった。

 

 

「わ、分かったよ……」

 

「……ネプテューヌ達には、もう連絡してあるわ……。 もうちょっとでこっちに来るって……」

 

「はぁ!? あいつら、不必要に外に出るなって……ぐぅう……!!」

 

「だから無理しないでって! ……貴方がこんな目に遭っちゃったのよ、居ても立っても居られないに決まってるじゃない……」

 

 

白斗が目を覚ますまでの間、ノワールはプラネテューヌの教会へ連絡を入れていた。

その際の彼女達の慌てぶりは、今でも覚えている。何せ、ノワール自身も似たような感じで取り乱していたのだから。

血の気が引いたり、ノルスの連中に怒ったり、泣き出したりするものまで出てくる始末だった。

 

 

「……とにかく、安静にして……。 もう、貴方が苦しんでる姿なんて……」

 

 

見たくなかった。見ていると、それ以上に彼女自身が苦しくなる。

ネプテューヌも、ブランも、ベールも。ネプギア達シスターズも、アイエフやコンパ、イストワールも。

もう顔見知りや単なる仲間じゃない、家族―――いやそれ以上の絆さえ感じるから。

 

 

「……分かった。 んじゃ、ちょっと……寝るわ……」

 

「ええ。 おやすみなさい、白斗……」

 

 

未だに汗が止まらない白斗の頬を、ノワールが優しく撫でた。

目を閉じた白斗は少し荒い息遣いだ。

苦しませる結果となってしまったがそれでも、少しでも命を繋いでもらえれば。

 

 

 

「………私が、何とかしなきゃ……私が………!」

 

 

 

ノワールは、尚も責任を感じていた。

それだけ彼が大切だったから。今日入れていた仕事の予定など全てキャンセルしてまで。

ポケットから取り出したのは一枚の紙切れ。今日の誘拐事件の際に男から渡されたものだ。

 

 

(……あなたの大切なもの、白斗の解毒剤のことね……。 当然罠だろうけど、そんなの関係ない!)

 

 

今となっては、この紙きれの指示に従うしかない。

罠なら寧ろそれを打ち破ってしまえばいい。そうすれば白斗を救うことが出来、ついでにノルスも壊滅させられる。

 

 

「……ごめんなさい白斗。 もう少しだけ頑張って……必ず、私が助けて見せるから……」

 

 

寝ている白斗に、そっと囁く。

少し顔を近づければ、その唇が白斗の顔に触れてしまいそうになるほどの距離感。まるで恋人のようだ。

だが、今の自分にその資格はない。せめて白斗を助けるまでは。

―――そんな決意と共に、ノワールは病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「………ノワール………?」

 

 

 

 

 

 

 

白斗が、目を覚ましていたことにも気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――午後5時57分。ラステイションの外れにある工業地帯。

そこは不景気で廃棄されてしまった工場が多く立ち並ぶ。それ故無法者も多く、不良のたまり場として一般人も近寄らない地域となっていた。

 

 

「こんなところに暗殺者が拠点を構えていたなんてね。 我ながら情けないわ……」

 

 

既に女神化を果たしているブラックハートがため息を漏らした。

確かに誰も近寄らない場所ならば、暗殺者の拠点には打って付けである。

 

 

「……ううん、自分を責めるのは後。 今は白斗を助ける……それだけを考えるのよ、ノワール……!」

 

 

彼女は自身の名、ノワールを名乗った。

それはここに来た理由が女神だからではない、白斗を大切に想う少女ノワールとしてきたことを意味している。

指定された場所を再確認し、扉を潜る。そして通路を進んでいくと、地下への階段が。

 

 

(……巧妙に気配を隠しているつもりでしょうけど、居るわね。 確実に)

 

 

階段を下りていく最中、湿っぽい視線を感じた。

確実に暗殺者が潜んでいる。だが、油断するつもりはもうない。鉄を踏む音を響かせながら、女神は地下へと降りていく。

やがて辿り着いたのは、機材が全て撤去されただだっ広い空間。その奥の瓦礫の山に一人、赤いフードの男が座っていた。

 

 

「……へへ、午後6時丁度。 時間に律儀だなぁ、女神様は」

 

「私は約束を守るわ。 これで貴方達が守らなければ、遠慮なく切ることが出来るから」

 

 

女神化している彼女を見ているにも関わらず、男は平然としている。

よく見ると、男の服は今までの男達と違って少し立派な意匠だった。

胆力と言い、明らかにモブキャラとは一線を画している。

 

 

「おーおー。 怖ぇ怖ぇ……そんな女神様にゃ手荒い歓迎が必要だよなぁ……?」

 

 

パチン、と指を鳴らすと周りから暗殺者達が現れる。

その数14人。

 

 

「あら、熱烈な歓迎をどうも……って言いたいけど私相手にこの人数は少なすぎない?」

 

「悪かったねぇ。 アンタらの所為でウチの可愛い部下達も次々捕まっちまうモンだからさ、これで精いっぱいなのよ」

 

「ふん。 教育がなってないんじゃないかしら」

 

 

これだけの人数に取り囲まれてもブラックハートは焦りを見せない。

一人一人の強さなど高が知れている。

例え一斉に襲い掛かってこようとも返り討ちにできる算段は付いていた。だが、彼女にとっての問題はそこじゃない。

 

 

「そんなことより解毒剤はどこかしら? 素直に渡さないと、痛い目を見るわよ?」

 

 

殺気にも似た感情をこめて、男を睨み付ける。

その一睨みだけで、周りの暗殺者達は恐怖で震え上がった。だが、リーダー格たるこの男だけは臆さない。

 

 

「解毒剤……解毒剤ねぇ? 例えば、こんなのとか?」

 

「……っ!」

 

 

懐から取り出した、透明な小瓶。

その中は透明な液体で満たされていた。見ただけでは効力などは分からないだろうが、解毒剤であればそれを手に入れる。

今のノワールにとって、それが全てだった。

 

 

「こちらに渡しなさい! ……言っておくけど、虚偽だった場合は……」

 

「じゃあ要らないよな、こんなの」

 

 

ノワールの言葉を全て聞き届けることもなく、男は小瓶を手放し―――床に叩き割った。

 

 

「え……!? き……貴様あああああああああああああッ!!!」

 

 

白斗を助けるための唯一の手段が、壊された。

余りにもあっさりと敢行されたそれにノワールは一瞬呆けてしまって。現実を知るや否や、怒りが爆発した。

 

 

「はっはははは! ゴメンゴメン、これは偽物だよ。 そう怒らないで」

 

「……ッ! なら本物はどこにあるの!? さっさと引き渡しなさい!! でないと……」

 

「俺をぶっ潰してから取り上げるって? そいつは困るなぁ……」

 

 

また男が指を鳴らす。

すると周りを取り囲んでいた男達が一斉に懐からあるものを取り出した。

 

 

 

 

 

「だって、俺ですらもうどいつが本物を持ってるか分かんねぇんだから」

 

「なっ……!?」

 

 

 

 

 

それは、先程砕かれたものと同じ小瓶だった。

一人一個ずつ、計14個。大きさもデザインも満たされている液体の色も。何もかもが同じだった。

薬学の知識が全くないノワールでは見分けることが出来ない。

 

 

「例えアンタの強さが俺たちを凌駕したとして、それでも本物を叩き割るくらいの余力はあるぜ~?」

 

「く……! やっぱりこれ自体を人質にするってワケ!?」

 

「言っておくけど、もうそいつのデータ自体無い。 さっきパソコン叩き割ったしな」

 

 

そう言って今度は壊れたパソコンを放り投げてきた。

ご丁寧にハードディスクまで叩き割られている。証拠隠滅の一端なのだろうが、よりにもよってそんなことをしてくるとは思わなかったノワールは、だんだんと追い詰められる。

 

 

「……な、なら! 貴方達全員を捕えて、解毒剤の情報を割らせて……」

 

「いつか話してもいいけど、その場合は時間的にタイムオーバー。 もう今夜が峠だからな、あの毒」

 

 

徐々に逃げ道を潰されている。

焦りが最高潮に達し、構えた剣が震えてきた。認めざるを得ない、今主導権は向こうに握られてしまっている。

 

 

「そ、そんな………!」

 

「……だが、それだけじゃアンタを殺せない。 最後の一手が必要だ」

 

 

男はまた指を鳴らした。今度は空中に画面が投影される。

そこは―――白斗が入院している病院だった。

 

 

「なっ……!?」

 

「まぁたいい感じで離れてくれましたねぇ……ブラックハート様ぁ?」

 

 

また、罠に嵌ってしまった。

そう悟ったノワールの息遣いは、絶望に溢れてしまっている。

 

 

「ま、さか……白斗を直接人質に……!?」

 

「まさかもまさかよ! ブラックハート様、アンタはあの男を守れなかった! 二度もだ!」

 

「そ、そんな……そんな……」

 

 

今からでは、間に合わない。ネプテューヌ達も駆けつけるまでまだ時間が必要だ。

病院に居るのは精々付き添ってくれている医者や看護婦程度、彼らでは暗殺者に返り討ちにあってしまう。

肝心の白斗は毒に倒れ、動けない。―――つまり、誰も白斗を守ることが出来ない。

 

 

「今すぐお届けしてやろうか? ショッキングな映像を……」

 

「や、やめて……やめてぇ!!!」

 

 

絶望に満ちた、悲痛な声。

それは最早女神としてではない、ノワールとしての、精一杯の命乞いにも近い声だった。

 

 

「……だったらまずはその女神化を解除してもらいましょうか? 服装は好きだけど、危なっかしいんでね」

 

「……分かったわ……」

 

 

悔しがる暇すら惜しい。ノワールは即座に女神化を解除してしまう。

 

 

「ふふ、可愛らしい姿だこと。 ……この姿なら、確実に殺せる」

 

 

男に歪んだ笑みを合図に、取り囲んでいた暗殺者達がじわりじわりと近づいてくる。

その手には凶刃が握られており、鋭い光を放っている。

 

 

「悪いね。 もう俺ら、クライアントから最後通告受けてるんで。 ……アンタはここで死んでもらわなくちゃならねぇのよ」

 

 

死が、近づいてくる。

それを認識したノワールは、地べたに力なくへたり込み、涙を流してしまう。

だがそれは死への恐怖に怯えたからではない。―――自分の不甲斐なさに、打ちのめされていたからだ。

 

 

(私は……私は……白斗を助けることも、守ることも……できないの……? 女神の癖に……なんて、無力なの……)

 

 

今、この瞬間彼女の頭の中には白斗のことばかりが浮かんでいた。

守ってくれたこと、笑ってくれたこと、彼のやんちゃを叱りつけたこと、一緒に食事をしたこと、些細なことまで楽しく語り合ったこと―――。

 

 

「クク、女神様を殺す大仕事……無事完了だな。 じゃ、アディオス☆」

 

 

最後の指鳴らし。一斉に暗殺者が飛びかかってきた。

避けることすら出来ない。解毒剤を、それ以前に白斗を人質にされては。

 

 

 

(……白斗、ごめんなさい……)

 

 

ノワールはただ、迫りくる凶刃を黙って眺めていることしかできなかった。

 

 

『……ぼ、ボス! 大変です!』

 

「何だ!?」

 

 

その時、突然回線から慌てたような声が。

 

 

『そ、それが……奴の、病室ですが………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………もぬけの殻です! あの小僧……黒原白斗がいません!!!』

 

 

 

―――それは、耳を疑いたくなるような連絡だった。

 

 

「「……え?」」

 

 

思わず聞き返した。ボスも、ノワールも。

あの毒で、動けるはずがない。それ以前に医者が許しはしないだろう。

だからと言って手術であるはずがない。ならば、白斗はどこに行ってしまったのか?

 

 

 

 

 

「俺なら……ここだああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

その時、天井を突き破って一人の影が舞い降りた。

突然の介入者に飛びかかってきた男達は一歩引いてしまう。

砂煙舞う中、その中央から現れたノワールを守るようにして立つ影―――。

 

 

「………白、斗……!?」

 

 

黒原白斗、その人だった。

毒で倒れているはずなのに、いつもの変わらない笑顔と黒コートで、しっかりと立っている。

 

 

「ば、馬鹿なぁ!? 今、貴様は死にかけているんだぞ!? もう立てないはずだろ!?」

 

「はッ、ノワールが大ピンチだってのに……オチオチ死んでられっかよ、バーカ」

 

 

嘘だ。それはノワールでも分かる。

よく見れば白斗の顔は汗だらけ、足も震え、息も荒い。立っているのもやっとのはずだ。

それでも、彼は来たのだ。ノワールを守る、その一心で。

 

 

「は、白斗……! どうして……!!」

 

 

ノワールは、口元を抑えていた。

今、死にそうになっているのは彼の筈なのに。今、ここに来たらより殺されそうになってしまうのに。

 

 

 

 

 

 

「説明もお説教も後だ。 ……もう、大丈夫だ。 俺が守るから」

 

 

 

 

 

 

それでも白斗はノワールに笑顔を向けていた。

嘗て、この世界に来たばかりの自分を温かく出迎えてくれた、女神達のように。

温かい言葉と微笑みは、ノワールの瞳から、まるで氷が解けたかのように雫が一滴、流れ落ちた。

 

 

「……テメェら。 寄って集ってノワールを……俺の大切な女の子を虐めやがって……。 覚悟は出来てんだろうな?」

 

 

―――殺気が、溢れ出す。白斗から。

―――恐怖が、溢れ出す。男達から。

 

 

「ッッッ……!!? こ、こ、こ………殺せええええええええええッ!!!」

 

 

恐怖に負けた男達が、今度こそ一斉に襲い掛かった。

 

 

「……ぶっ飛ぶぜ! コード、オーバロード・ハート!!」

 

 

まるで、呪文のようなセリフと共に白斗が心臓に手を当てた。

瞬間、光が溢れ出し―――。

 

 

「がッ!?」

「ぼ!?

「ラ!!?」

 

 

―――男達を、薙ぎ倒した。

何が起こったのか、男達には理解できなかったが女神としての強さを持っているノワールには見えた。

超人的としか言えない速度で拳や蹴りを男達に叩き込んだのだ。

 

 

「オラオラオラァ!!!」

 

「ぐぼぉ!?」

「おあぎゃぁ!!?」

 

 

それだけではない。ナイフ、ワイヤーを交え、その技術で男達の攻撃を避け、或いは利用し、同士討ちさせる。

怯んだ隙にまた攻撃を叩き込み、次々と暗殺者を狩っていく。

 

 

「ば、馬鹿め!! 背中が隙だらけ……」

 

「させないわっ!!」

 

「ぎゃぁッ!!?」

 

 

一閃。ノワールの剣が、男を切り払った。

殺してはいないが、気絶させるには十分な太刀筋。今の彼女は、もう絶望の淵から這い上がってしまっている。

そんな彼女を止めることなど、ただの暗殺者風情にできるはずがない。

 

 

「はああああああぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 

無駄のない、美しい剣の舞が閃いていく。

速く、隙の無い剣捌き。例え女神化していないとしても、日々詰んできた研鑽の日々が彼女にここまでの力を与えた。

だから彼女は強い。だから彼女は女神なのだ。

 

 

「く、く……クソがああああああああああああ!!!」

 

 

部下達はあっという間に倒され、残るはボスただ一人。

追い詰められた男はナイフを取り出し、白斗に切りかかる。しかし白斗は自身のナイフでそれを受け止める。余裕の表情で。

 

 

「これが暗殺組織トップの太刀筋か? ……こんなんで女神様殺そうとか、笑えるなッ!」

 

「が!?」

 

 

白斗のナイフが、まるで蛇のように変幻自在に襲い掛かる。

あっという間に刃先に絡めとられ、弾き飛ばされた。

 

 

「この! このッ! このおおおおおおおおおおおお!!!」

 

「拳の打ち方がまるでなってねぇんだよ、ド素人がッ!!」

 

「ぶっ!?」

 

 

咄嗟に拳を振るうも、白斗は最小限の動きでそれを避けていく。

逆にカウンターを顔面に叩き込んでやった。

 

 

「が、あああ……! き、貴様ぁ……!!」

 

 

ナイフ術も、体術も、頭脳でさえ及ばなかった。

体格的にも、年齢的にも、経験的にも劣っているはずのこの少年が、逆に暗殺組織トップの男を遥かに凌駕していた。

 

 

「て、テメェ……俺らと同類だなッ!?」

 

「白斗が……アンタらと同類ですって!? ふざけないで! 白斗は……」

 

「ハッ! こんな真似できるガキがいるかよ!!? 暗殺に精通していて、尋常じゃない技術と頭脳していて……尚且つこのクソ度胸!!! 立派な暗殺者じゃねぇか!!!」

 

 

ノワールが否定するも、白斗は全く否定しなかった。

それが何を物語っているか、男にも、ノワールにも、そして白斗自身も。理解できてしまった。

 

 

「……だったら女神様見捨ててもいいって? ふざけんじゃねぇよ」

 

「は?」

 

「暗殺者が危険……? ご尤も、なら俺はこの世界から出ていってやるよ。 ただし、みんなを守った後でな」

 

 

だが、彼は逃げなかった。

真っ直ぐな瞳で、男を睨み殺すかのような視線。

それに飲まれ、男は動けない。そんな男に白斗はもう一本のナイフを取り出して―――男に投げ、刺した。

 

 

「……へ? こ、このナイフは……」

 

「アンタらの忘れ物だ。 ……ちゃんとお返し、したぜ」

 

 

痛みよりも先に、そのナイフ自体が問題だった。

それは白斗を切り付けたナイフ。つまり―――例の毒物が塗ってある、ということ。

 

 

「あ………あぁああアアァアァアア!!? 解毒!? 解毒剤いいいいいいい!!!」

 

 

慌てて男は全身をまさぐる。

死から逃れたい一心で、それこそ無様に、三流喜劇で躍るかのように。

やがてポケットから、一本の小瓶を取り出す。

 

 

「ひ、ひへへへへ……これで………!!」

 

 

それを口に付けようとした途端―――。

 

 

「それが解毒剤ね。 もーらいっ」

 

「あッ!?」

 

 

白斗のワイヤーが、それを絡めとった。

引き寄せられたワイヤーによって、解毒剤の小瓶は男の手から離れて白斗の手に移る。流れるような手つきでそれを手に取った白斗は、小瓶の液体を一気に飲み干した。

 

 

「あ……あああああああああああああああああああああああああッ!!!!?」

 

「……ふぅう~。 スッキリした」

 

 

毒から解放され、晴々とした白斗とは対照的に絶望の声を上げる男。

どうやら解毒剤はあの一本だけ。ご丁寧に解毒剤のデータも自らの手で破壊してしまった。

逃れられない死の恐怖に、男は目を回し、口から泡を吹いて倒れた。

 

 

「あ……ば、ば………」

 

「あらら、気絶しちゃった。 ホントは毒なんて当の昔に拭き取ってあるのになー」

 

 

悪戯っ子のように意地悪な声を出す白斗。

始めから解毒剤を手に入れるための布石だったのだ。そして同時にもう人を殺すことは無いという彼の意思表示。

今は両足でしっかりと立っている白斗の姿を見て、ノワールはそう確信した。

 

 

「……白斗……」

 

「ノワール……」

 

 

そんな彼女の下へ、白斗はズカズカと歩いていく。そして。

 

 

「このバカッ!!!」

 

「ぴっ!?」

 

 

凄まじい怒号が、降り注いだ。

その迫力は女神であるノワールですら怯えてしまう程だ。

 

 

「何で一人で行ったんだ!? 俺が後を付けていなかったら今頃殺されてたかもしれないんだぞ!!?」

 

 

白斗はただ、ノワールが心配なだけ。守りたかっただけなのだ。

だからこそ、心配の余りこうして叱りつけている。

 

 

「……だって、私の、私の所為で白斗が……」

 

「まーだそんなことを思ってんのか」

 

「だって! だって!! ……私、女神なのに……自分の国民どころか……私を守ってくれた人すら、守れなかったのよ……!!!」

 

 

そこで白斗はようやく気付くことにできた。

彼女は尚も怯えていたのだ。

殺されそうになったからではない、白斗の説教が怖かったのでもない、女神としての重圧と責任に怯えていたのだ。

 

 

「それどころか、私の所為で白斗が死にそうになって……! 傷ついて!! ……私、こんなんじゃ女神どころか……貴方の傍に居る資格なんて……!!」

 

 

震えて、涙が出てしまっている。

どれだけ傷ついていたのだろうか、どれだけ抱えていたのだろうか。

―――だが、白斗もその気持ちは理解できた。自分も、方向性は違えど、同類だったから。

 

 

「だから!! 私が何とかしなきゃいけなかったの!! こんな状況にしてしまった私が……私が!!!」

 

 

もう、彼女は何が何だか分からない。

幾つもの感情や重圧、責任感、思いが絡まって彼女の心を縛り付けている。ノワールは今、その苦しさに悶えている。

その苦しさで、だんだん前も見えなくなって―――――

 

 

 

 

 

 

「……でもな、女神である前に一人の女の子だ」

 

「え……」

 

 

 

 

 

 

ぽん、と彼女の頭に温かい手と温かい言葉が。

顔を上げた先には、優しい顔の白斗がいる。

 

 

「……今まで、一人で頑張ってきたな。 ノワールは凄いよ。 こんな小さな体で、大きな責任を背負って……俺なんかにゃ、とても真似できない」

 

「はく、と……?」

 

「だから、今度からもっと周りを頼ったらいい。 もう一人じゃない。 ネプテューヌ達がいるだろ? ユニちゃんだって、国民の人達だっている」

 

 

白斗は知っている。そんな彼女だからこそ慕う人たちがいると。

今まで守ってきた国民、妹であるユニ、そしてライバルだったはずのネプテューヌ達。

誰もが、ノワールから離れなかった。

 

 

「俺だって、胸を貸すくらいは出来る。 ……ツンデレでも、不器用でも、真面目で、努力家で、優しくて、可愛い女の子だからな」

 

「ぅ、ぁ、ぁあ………あああ………!」

 

 

そして、白斗は優しく抱きしめてくれた。

その力強さは彼女を離さず、その温もりは彼女を優しく包み込み、その柔らかい声は彼女の心を解きほぐしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう、一人じゃない。 だから、全部ぶちまけちまえよ」

 

「っ……う、う……うああああああああああああああ………!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

白斗の右の胸の中で、彼女は泣いた。

泣いて、泣いて、泣き明かした。

決して誰にも見せたことのない、数百年分の涙が今、ここで全て放たれたのだ。彼女が今まで背負ってきた重圧ごと。

 

 

「………う、ひぐっ………。 ……ありがとう、白斗……もう、大丈夫よ……」

 

 

まだ、涙の痕が残っている。目は赤く腫れている。

それでも、ノワールは笑顔を向けてくれた。自分の知る限り、最高の笑顔で。

 

 

「そうか。 ……なら、もう俺はここに居るべきじゃないな」

 

「え? 白斗……?」

 

 

背を向けて、白斗が去ろうとする。

それを慌ててノワールが背中から抱き着いて動きを止めた。

 

 

「ッ!! 待って!! まさか……どこかに行くつもりなの!?」

 

「……心配しなくても、お前達は守るさ。 陰ながらな」

 

「陰にならなくていい! ……さっきの事……気にしてるの?」

 

 

白斗は何も言わない。図星だった。

薄々ではあるが、ノワールも気付いていたのだ。白斗は普通の少年では無かったことに。

戦闘力もそうだが、何よりも暗殺に精通した戦い方と知識、胆力。

嘗てベールが「アサシン職のようだ」と評したが、まさに彼はそのアサシン―――暗殺者だと。

 

 

「……女神様の隣に、暗殺者なんざ置けないだろ」

 

「ッ! そんなこと無い!!!」

 

 

ノワールが否定しながら、腕の力を強める。ここで彼を離れさせてしまえば、彼もう日の当たる世界には出てこれない。

絶対に、そうはさせてはならないと。

そんな彼女の言葉が、胸を締め付けたのか今度は白斗の語気が強まった。

 

 

「―――そんなことあるッ!! ……今だから言うが、俺は元の世界で人を殺したんだぞ!!」

 

「だから何だって言うの!? それがどうしたって言うのよ!!!」

 

「ど、どうしたって……!? なんで、そんなこと……」

 

 

白斗に負けないくらいの声で、ノワールが叫んだ。

彼を繋ぎとめるために、なりふりも構わず、女神らしくない声と力と姿勢で。

その姿を見て、白斗は思わず止まってしまった。

 

 

「……私だって、知ってるのよ。 貴方は好きで……そんなことをするような人じゃないって……」

 

 

初めてのクエストでモンスターを討伐する時も、命を奪うことに罪の意識を感じていたこと。

暗殺者から、命懸けで女神を守ろうとしてくれたこと。

こうして暗殺者を撃退する時も、決して命は奪わなかったこと。

何より、ずっと彼女達の心に寄り添ってくれたこと―――。

 

 

 

 

 

 

「そうだよ、白斗! ……私達も、白斗が優しい人だって知ってるんだから!!」

 

 

 

 

 

 

この声は、ノワールではない。振り返るとそこには白斗の愛してやまない顔。

明るいネプテューヌの笑顔が、そこにあった。

 

 

「ね、ネプテューヌ!? それにブラン……ベール姉さんまで!?」

 

「貴方の病室に、例の紙切れが落ちてたの。 それで慌ててここに来た」

 

「ええ、そうしたらもう事を片付けてしまっていますもの……。 本当に、やんちゃな子ですわ」

 

 

どうやら女神化で、フルスロットルでここまで来てくれたようだ。

しかし、この場所は誰にも告げていないはずだが、どうやらノワールがメモを落としてしまっていたらしい。慌てて彼女がポケットをまさぐると、確かにそれは無かった。

 

 

「私、これからも白斗と一緒にいたいよ。 楽しくて、優しくて、温かくて……そんな白斗を、離したくない。 って言うか離さない!!」

 

「私もよ。 何だったら、女神として言ってあげる。 ……私たちの傍に居て、白斗……」

 

「それに、私は弟のそんな苦しみを受け止められないほど狭量じゃありませんわよ」

 

 

元気な笑顔のネプテューヌ、優しく微笑んでくれるブラン、包容力溢れるベール。

皆、それぞれの魅力で、でもどれもが女神様だと思わせてくれる。

そんな彼の女神様は、彼が傍に居ることを求めたのだ。ただ許しただけではない、傍に居て欲しいと願ったのだ。

 

 

「……でも、俺……」

 

「白斗。 貴方だって、もう一人じゃない。 こうして貴方を大切にしている子達がいるのよ? 

私も、その一人なんだから……」

 

 

そして、ノワールも。

彼女も女の子らしい声で語り掛けてくれる。そのあり様もまた、女神らしかった。

そんな彼女達の声が、白斗の何かを緩ませた。

だから彼は―――己の中の禁忌を一つ、解く。

 

 

「……そうか。 なら、こんな“偽りの心臓”でも……受け入れてくれるのか?」

 

 

ノワールを引き離し、インナーを脱ぎ捨てる白斗。

一瞬男の上半身が露になったことで、女神達は顔を赤らめるが、すぐにその表情は驚愕に満ちたものになる。

 

 

 

 

 

 

 

―――彼の胸に、機械の心臓が埋め込まれていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

「何、それ……!? その心臓……機械なの? だから、私を左胸から遠ざけて……?」

 

「……昔、ワケあってこうなっちまった。 今はまだ話す勇気がない……でも、これは俺の親父が取り付けた、狂気の証だ」

 

「親父って、貴方のお父さんが……?」

 

 

これにはネプテューヌも、ノワールも驚愕していた。

そしてこれを取り付けた張本人が、彼の父親だという。しかもその父親を狂気と称していることから、決して好人物ではないことだけは確かだ。

 

 

「俺は、そんな親父の狂気を受け継いで生まれちまった……。 結果、誰一人助けられなくて! 姉さんすらも助けられなくて! 挙句、人まで殺して……!!」

 

「……白斗……」

 

 

断片的に、感情的に叫んでいる。正直、これだけでは詳細を知ることは出来ない。

それでも、想像を絶する苦しみだったことは分かる。

ブランも、口元を抑えて絶句してしまっていた。

 

 

「だから! 時折嫌になる! この心臓から生まれる鼓動全てが偽物で! 俺がこうしてみんなのためとか言いながら動いていること自体が……偽りじゃないかって!!」

 

「白ちゃん……!」

 

 

八つ当たりにも近い吐露。

こんな白斗は見たことが無かった。今までは冷静で、でも熱くて、優しい姿“しか”見せてくれなかったから。

それでも、ベール達は目を逸らさなかった。今までずっと救ってきてくれた彼を、見捨てるなんて選択肢は無かったから。

 

 

「そう考えたらもう……もうワケ分かんねぇっ!! 人殺しで、偽物の心臓を持つ俺がこうして生きていいのかって!! でも、ネプテューヌ達を……皆を守りたいっ!! でも、一緒に居ちゃいけない……俺は、クソッタレな暗殺者なんだッ!!!!!」

 

 

ずっと、白斗も苦しんできた。

だからこそダムが決壊したかのように、感情が吐露されている。それは言葉に乗せられて、怒涛の勢いで痛みとなって襲い掛かる。

言葉も支離滅裂で、でも彼の感情が全て込められていた。汗まみれで、涙すら出ている、見るだけでも胸が張り裂けそうな痛ましい姿。

 

 

 

 

 

 

そして―――女神達は、一斉に白斗に抱き着いた。

 

 

 

 

 

「…………え…………」

 

 

 

 

優しい温もりが、匂いが、感覚が。白斗を包んだ。

それらは優しい鼓動を心臓に与えてくれる。機械の心臓が、まるで生きているかのように。

それだけではない。誰もが白斗の心臓に手を当て、耳を当て、肌で触れ合っていた。

嫌いで嫌いで仕方がなかった、こんな機械の心臓に。

 

 

「白斗……ずっと、ずっと苦しかったんだよね……。 ごめんね、気づいてあげられなくて」

 

「ネプ……テューヌ……? みんな……?」

 

 

真っ先に抱き着いてきたネプテューヌ。

彼女は涙を流してくれていた。たった一人、白斗のためだけに心を痛めてくれていた。

彼女だけではない。ベールも、ブランも、そしてノワールも。

 

 

「でもね、機械の心臓でも、暗殺者でもいい。 ……貴方はとっても優しくて、私達にとって大切な人なの」

 

「そうよ。 ……貴方の鼓動に、強さに、優しさに。 私達は救われてきた……」

 

「大事なのは伝わる温もりですわ。 私達がそれを感じ取っている以上、偽物なんて否定できるはずがありません」

 

 

誰もが、肯定してくれる。

黒原白斗はここにいると、証明してくれる。

彼女達の傍にいてくれることを―――許してくれる。

 

 

 

 

「……白斗。 さっきの言葉、返してあげるわ。 ……貴方はもう、一人じゃないから」

 

 

 

 

そして、ノワールの微笑み。―――白斗の中の鎖が一つ、千切れとんだ。

 

 

 

 

「……俺、暗殺者だぞ……人を、殺したんだぞ……」

 

「それは前の世界で、でしょう? ……もう貴方は十分悔いて、償っていますわ。 だから、これからは幸せになってもいいんですのよ」

 

 

 

 

ベールが、優しく頬を撫でてくれる。

 

 

 

 

「俺、こんな機械の心臓で……自分が醜くて、嫌いで……」

 

「それが何? ……私達は、好きよ」

 

 

 

 

ブランが、優しい言葉をかけてくれる。

 

 

 

 

「……俺、みんなの傍にいて……いいのか……?」

 

「うん! 寧ろ離れちゃダメだからね!」

 

 

 

 

ネプテューヌが、優しい笑顔で抱き着いてくれる。

 

 

 

 

 

「……白斗、私に貴方がいてくれるように……私も、貴方の傍にいるから」

 

 

 

 

 

そしてノワールが、その手を優しく握ってくれた。

優しい体温が、想いが、白斗の心を溶かしていく―――。

 

 

 

 

 

「……あり、がと……」

 

 

 

 

 

白斗は感極まって緊張の糸を解いてしまう。

瞬間、崩れ落ち、気絶してしまった。

 

 

「は、白斗!? そう言えば、さっき心臓が光ってた……!!」

 

「ロムとラムを助けてくれたのもそれね……。 でも、明らかに心臓に負担を掛けてる……!」

 

「もー! どうしてこんなことすら話してくれないのかなー!」

 

「でも、そんな白ちゃんだからこそ……傍に居たくなるのでしょうね」

 

 

白斗は、女神達に囲まれながら眠っていた。

苦しみの末に気絶したはずなのに、それでも彼の顔はとても晴々としていた。

 

 

「……そして勿論、ノワールもですわ」

 

「え? 私……?」

 

「白斗の言葉……とても熱かったわね。 こっちは暑かったけど」

 

「え、ええええええ!? さっきの聞いてたのおおおおおおおお!!?」

 

 

今度はノワールの顔が紅く染まった。

人に言えない悩みだったとはいえ、聞かれていたとなると猛烈な恥ずかしさが込み上げてくる。

誰もいなければ、この場でのたうち回りたいくらいに。

 

 

「良かったねノワール! これで公式サイトからぼっちって呼ばれなくて済むよ!」

 

「誰がぼっちなのよー!!」

 

「こら、まずはノワールよりも白斗優先。 さっさと運ぶわよ」

 

「ええ。 この男達の連行は私に任せてくださいまし」

 

「ア ン タ ら ねぇ―――――――!!!!?」

 

 

壊滅した暗殺組織ノルスの拠点で、四人の女神が姦しく騒いでいた。

その中心となったラステイションの女神、ノワール。

特に茶化してくるネプテューヌを追いかけ回しているが―――その顔はどこか、楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――暗殺組織ノルス壊滅。

暗殺者の中でもトップの勢力を打ち倒したことにより、裏業界の闇が次々と暴かれ、摘発されていく。

取り調べ自体は難航しており、結局彼らを雇ったクライアントの名前までは辿り着けない。

だが、これでネプテューヌ達女神を狙う暗殺者はほぼ淘汰されたのだ。

ついでにあの少女誘拐事件の犯人だった男の娘も無事解放され、脅迫されていた事実も証明でき、事件は大方の解決を迎える。

 

 

 

それに伴い、この男―――黒原白斗を取り巻く環境も変わっていった。

 

 

 

「白斗さん! さぁ、心臓メンテのお時間です!」

 

「うおい!? ネプギア、別にいいって……!!」

 

「良くないです! 全く、こんな大事なことを相談してくれないなんて……!!」

 

「私もお手伝いするですぅ!!」

 

「コンパまで!! ぬおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

 

ラステイションでの騒動は全て、女神とその関係者に伝わった。

特にシスターズは白斗の過去、そして心臓について知った瞬間、白斗の事を想うあまり涙まで流してくれた。

それは嬉しかったのだが、こうして心臓関係で追い回されると言う日常が追加されてしまったのが悩みの種。

 

 

「お前らに任せると妙なリミッター付けられるんだよ!!」

 

「当り前です! オーバロード・ハートなんてやめて欲しいんですから!!」

 

「えー、でもあれはいざという時の切り札で……」

 

「命を削る切り札なんてダメですぅ! さぁ、大人しくメンテを……!!」

 

「だぁーっ!! だから話すの嫌だったんだあああああああああ!!!!!」

 

 

懲りていないらしい、白斗は抵抗を続ける。

そんな様子を、ネプテューヌとノワールは呆れたように眺めていた。

 

 

「全く白斗ってば~。 やめて欲しいって言っても結局分かってくれないよね~」

 

「ホントにもう……」

 

 

白斗の事を心配しているからこその呆れだ。

あれ以来、ネプテューヌは白斗の心臓メンテのための技術提供、ノワールとベールは二か国共同で人工心臓を新しく製造するように指示、ブランはその知識を持って白斗の負担を軽減する方法を模索するといった役割分担をこなしていた。

 

 

「ま、白斗のことはネプギア達に任せて私達は買い物に行こっか! 暗殺組織が潰れたおかげで大手を振るって外を歩けるようになったしね!」

 

「いいわねそれ、私も一緒に行くわ」

 

「あーあ。 それにしてもノワールからツン成分が薄まるとは……物足りない」

 

「どういう意味よ!!」

 

 

そしてあの事件以降、白斗だけでなくノワールも少し明るくなった。

ツンデレ気質とツッコミ属性自体はそう変わらないものの。彼女を知る人物の多くが「とっつきやすくなった」、「色々頼ってくれるようになった」と語っている。

彼女も、ネプテューヌには起こりつつもそんな自らの変化を受け入れていた。

 

 

 

 

(……ありがとう、白斗……)

 

 

 

 

 

胸に温かな思いを秘め、白斗に微笑むノワール。その笑顔は、まさに女神だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてとうとうゲイムギョウ界は記念すべき、友好条約締結が目前にまで迫る―――。




こうして二次創作していると女神の中で賑やかなのってネプテューヌの次にノワールが来る感じなんですよね。それだけに楽しく書かせていただきました。
ただ純粋なノワールオンリー話はもう少し先のお話。余談ですが激ブラではノワール様に大変お世話になりました。
さて、次回はいよいよ友好条約締結……のはずが!?なお話。さぁ、次にフラグが立つのは誰か予想してみよう!(ぇ


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第八話 友好条約締結……のはずが、踊る!白斗大捜査線!?

―――友好条約締結記念式典。

その前日、プラネテューヌの教会は大慌てだった。

 

 

「おい! こっち椅子の数足りねぇぞ!」

 

「ネプテューヌ様達にお出しする料理の手配は!?」

 

「来賓の方々の状況はどうなってる?」

 

「ここ警備の穴があるぞ! ああもう、急いで配備しろ!!」

 

「誰か! 誰か助けてください! 式場の中心で助けを叫ぶ!!」

 

 

阿鼻叫喚、地獄絵図。

衛兵たちだけではなく、様々な業者が出入りし、当然その業者自体も厳正なチェックが入る。

それら全てを指揮するのはこの国の女神、ネプテューヌ……ではなく、教祖であるイストワールがあれやこれやと指示を出している。

 

 

「え、ええとですね……今、こっちの手配はあれで……ああああああああああ!?」

 

「アカン!! イストワールさんがキャパオーバーしてる!! 俺らもヘルプに入るぞ!!」

 

「「り、了解!!」」

 

「あ、ありがとうございます皆さん~~~~~!!」

 

 

見るに見かねて白斗、そしてアイエフとコンパがそれぞれの手配に入った。

ひったくるようにして資料を手に取り、目を通す。

各々の得意分野で受け持てば、何とか回せるはずだ。

 

 

「よし、警備については俺が担当しよう。 ……ん? 三番隊、この建物の屋上には誰かついているのか?」

 

「い、いいえ!」

 

「何やってんだ! この建物、如何にも狙撃できる位置取りと高さだろうが! さっさと押さえて来い!」

 

「は、はいいいいいいいいいいい!!」

 

 

警備に関しては、白斗にお任せという状況だ。

彼の実力自体は既に衛兵に知れ渡っており、同時にネプテューヌ達からも絶対の信頼を得ているため白斗の指示に従う衛兵が殆どだ。

彼の迫力ある言葉に押され、急いで手配に向かう。

 

 

「なら来賓関係は私が受け持つわ。 ……こちらのウサン議員は私から連絡するから、貴方達はリーンボックス方面をお願い」

 

「はっ!!」

 

 

アイエフもネプテューヌの親友、そしてプラネテューヌ諜報員を務めているだけあって衛兵の信頼も厚い。

慣れた手付きで指示を出し、アイエフは愛用の携帯電話で各方面に連絡を入れる。

 

 

「でしたら私はお料理のチェックをするです! 食材とか見せてもらっていいですか?」

 

「は、はい! こちらになります!」

 

 

コンパも料理は得意という分野から、せめて力になろうと申し出た。

今は全てにおいて手が足りない、誰か一人でも力を貸してくれるならと衛兵たちもありがたく手を借りて案内する。

そんな様子を、ネプテューヌは目の当たりにして涙していた。

 

 

「う、うう~……。 みんな私達のために……持つべきものは友達だねぇ……」

 

「「「「お前も働けこの駄女神!!!!!」」」」

 

「ねぷぅーっ!? は、はいいいぃぃぃぃぃ!!!」

 

 

全員のお叱りを受けて、ネプテューヌも走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、ようやく全ての手配と確認が終わり、落ち着くことが出来た。

と言ってももう既に日付が変わる夜の12時。

白斗はプラネテューヌの教会にして、この国のシンボルでもあるプラネタワーの屋上まで足を運んでいた。

 

 

「……この景色は凄ぇな……」

 

 

本来、ここは夜になれば一般人は立ち入ることは出来ない。

しかし教会関係者であれば、来ることは可能だ。そう、今の白斗はまさにその関係者中の関係者。

そこから見下ろすプラネテューヌの夜景は格別だ。

 

 

「ふふ、驚いたかしら? 我が国自慢の夜景は」

 

「ネプテューヌ?」

 

 

後ろから凛とした声が。

振り返るとそこには女神化したネプテューヌが、優雅に歩いてきた。

 

 

「珍しいな、女神化してるなんて」

 

「ええ、明日の段取りとか諸々やっていたんだけど……」

 

「けど?」

 

「みんな、缶詰で離してくれないって言うから逃げてきちゃったのよ」

 

「おいおい……」

 

 

変身前のテンションが嘘のように冷静になり、立ち振る舞いも美しくなるパープルハート。

けれどもやはりその本質は変わっていない。

仕事を抜け出したのは叱るべきなのだろうが、それを再認識すると安心してしまう白斗がいるのもまた事実だ。

 

 

「……しゃーねーな。 こーんなところに女神様がいるワケないし、きっとこれは幻覚幻聴幻影なんだろうなー。 俺は何も見てないし聞いてないー」

 

「ありがとう、白斗。 理解力のある人は好きよ」

 

 

ネプテューヌは女神化を維持したまま白斗の隣に座り込む。

その仕草の一つ一つが艶っぽくて、思わず白斗の心臓が大きく打ち鳴らされた。

この世界に来て、初めて出会った女神様。あの美の化身とも言える存在がこうして自分の隣にいること自体が、今でも信じられない。

 

 

「で、明日のスピーチは完璧なのか?」

 

「はぁ……正直全然ね。 直前で丸々内容変わっちゃったし」

 

「オイオイ……暗殺とかそれ以前の問題で不安になってきたぞ……」

 

「心配しないで。 これでも私、やる時はやるんだから」

 

「……信じてますよ、女神様」

 

 

今度は二人で、プラネテューヌの夜空を見上げる。

下はネオンによる光の海、上は満点に輝く星のパーティー。白斗の居た世界では、こんな幻想的な世界は見たことが無い。

 

 

「……いよいよ明日か」

 

「ええ。 ……白斗、本当にありがとう」

 

「ん? 何だよ、突然」

 

 

明日、いよいよ友好条約締結の記念式典がこのプラネテューヌで行われる。

このタワーの真下には式典会場がある。

そのための準備や手配などは全て行った。後は当日を迎え、最後まで完璧にやり遂げるだけ。それを意識した途端、ネプテューヌが感謝の言葉を告げてくれる。

 

 

「突然じゃないわ。 ……ここまでずっと、私達を守ってくれたんだから」

 

「……どういたしまして。 ただ、俺も……こうしたかったからな」

 

 

なるだけ平静を装っているが、内心バクバクで息も上がりかけだ。

何せ、ネプテューヌほどの美女が隣にいて、こうして自分だけに言葉を、微笑みを向けてくれるのだから。

今ならば、信者達が自分を憎んでも仕方がないと白斗は思う。

 

 

「でもまだ明日がある。 まだ俺は務めを果たしちゃいないさ」

 

「そう思ってくれるのは嬉しいけど、白斗だって大切な来賓なのよ。 ちゃんと休んで、私達の勇姿を特等席で見て欲しいわ」

 

「ああ。 ただ……まさかの最前列とはなー」

 

「ふふ、私も特等席から白斗のカッコイイ姿を見てるからお相子ね」

 

「全然相子じゃない」

 

 

うげぇ、とまるで不味いものを食べたかのように舌を出す白斗。

以前から公言している通り、公の場や堅苦しいパーティーは大の苦手だと言う。けれどもそんな彼の反応が可愛らしくて、ネプテューヌはついついからかってしまう。

 

 

「ネプテューヌ! こんな所でサボり……ってなんで白斗までいるの!?」

 

「テメェ!! ちゃっかり抜け駆けか!?」

 

「私の弟に不埒な真似を……!! 許しませんわよ!!」

 

「えっ!? み、みんな!?」

 

 

そんな空間に、三人の女神が飛んできた。

ノワール、ブラン、ベール。皆女神化を果たしており、それぞれが独自の美しさでこの闇夜でも輝いている。

そして、三人の怒りも実に映えていらっしゃる。

 

 

「んじゃ、俺はお邪魔みたいだしそろそろ明日に備えて寝るかー」

 

「ま、待って白斗! 助けてくれると嬉しいのだけど!」

 

「自分で蒔いた種でしょーが。 でも……」

 

 

さすがに助ける気にはなれない。ただ、発破をかけてあげることは出来る。

白斗は去る直前にネプテューヌの耳元で囁いた。

 

 

「……俺、ネプテューヌの一番の晴れ舞台……楽しみにしてるから。 頑張って」

 

「…………!!」

 

 

皮肉でも何でもない、純粋な期待。

それを言葉に乗せて、彼女に送った。去る直前、ちらりと彼女の顔を見て見るとあの凛々しく、冷静で、美しいパープルハートの顔が紅くなっている―――ような気がした。

 

 

「……みんな、こんなところで休んでいる暇はないわ!! 明日に向けて最終調整よ!!」

 

「「「お前が言うなー!!!」」」

 

 

何やら張り切ってくれたネプテューヌ。

女神達のツッコミを受けながらも、これまで以上に真剣に取り組んでくれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そして、夜は明け――――

 

 

 

 

 

 

 

「白斗さーん! 急いでくださーい!!」

 

「もう始まっちゃいますよー!!」

 

「わ、分かってらぁ! ええい、ネクタイとかクソ面倒なんだよ……!!」

 

 

朝の八時だというのに、やはりプラネテューヌの教会はバタバタとしていた。

白斗の部屋の前では、既に着替えを済ませているネプギアとユニが呼びかけていた。

 

 

「お兄ちゃん早く早くー!」

 

「お兄ちゃんのお洋服……早く見たい……♪」

 

 

期待に期待を寄せているロムとラムも既におめかし完了だ。

四人とも、あのデパートで受け取った礼服に身を包んでいる。

彼女達は国の代表側であるため少し緊張しているものの、それ以上に姉の晴れ舞台を見れることに大はしゃぎだ。

 

 

「わ、悪い! 待たせた!!」

 

 

焦りに焦った白斗が、ドアを勢いよく開け放った。

いつもの黒コートとは違い、黒い礼服に身を包んだ白斗の姿はとても凛々しかった。

落ち着いた雰囲気と共に、どこか騎士を思わせる鋭さ、大人の男性としての色気。

目の当たりにしたネプギア達はと言うと。

 

 

「「「「きゅうぅぅ~~~ん!!!」」」

 

「きゅん?」

 

 

胸に来ていた。

 

 

「い、いえいえ! とてもカッコイイです!」

 

「おう、ありがとな。 ……あー、一刻も早く脱ぎ捨ててぇ……」

 

「ダメですよ! 脱いじゃ!」

 

 

褒めてくれたことは嬉しいのだが、やはり礼服の堅苦しさは苦手らしくネクタイに手を掛けようとする。

慌ててユニが止めたものの、ちょっと目を離せば服装を崩してしまいそうだ。

 

 

「あぁ、ネクタイが乱れちゃいました……。 白斗さん、こっち向いてください」

 

「え? い、いいよそれぐらい……」

 

「いけません、白斗さん目を離すとすぐに楽な格好になっちゃうんだから……」

 

 

今のでネクタイが少し乱れてしまい、見るに見かねたネプギアが整えるべく手を伸ばしてくる。

気恥ずかしさから思わず遠慮してしまうが、控えめな彼女にしては珍しく押し切る形となり、結局は彼女が結び直す形に。

―――つまりこの状況は、白斗とネプギアが正面を向き合い、彼女がそれを締め直してあげているという状況なのであって。

 

 

(……こ、これって……所謂その……)

 

(……新婚さん、なのでは……?)

 

 

意識して、互いの目を見合わせた途端、爆発したかのように頬が赤く染まる二人。

ネクタイも締め直したことで、ネプギアが慌てて目を逸らす。

 

 

「あ、あああああ! す、すみません!!」

 

「い、いえいえ! こっちこそ……!!」

 

 

白斗もまた、どこか熱いものを感じてしまいネプギアの目をまともに見られなくなってしまう。

ここ最近、白斗は周りの女性陣の行動に胸が高鳴りっぱなしである。

 

 

「ふ、ふわ~! ネプギア大胆……! でも、何故だか面白くない……」

 

「ネプギア! 新婚さんみたい!」

 

「お兄ちゃんがお父さんで、お姉ちゃんがお母さんだったらなぁ……(わくわく)」

 

 

ユニ達の反応は様々だ。

女の子が夢見るシチュエーションに興奮する者、どこか嫉妬する者、誰かに置き換えて幸せな未来を想像する者。

いずれにせよ、白斗とネプギアの熱が下がることは無かった。

 

 

「ふふ、お熱いですね。 お二人は」

 

「い、イストワールさん。 すみません、お待たせして」

 

 

そこに現れたのはいつもの通り、可愛らしく浮いているイストワール。

彼女も式典に参加するため、当然ながらいつもの服とは違い白を基調にしたドレスを身に纏っている。

まさに妖精と評されてもおかしくない可憐さだ。

 

 

「いえいえ。 では、私達も向かいましょうか」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 

既にこの教会にはもう、ネプテューヌ達四女神はいない。

会場へと足を運んでいたのである。

あの不真面目なネプテューヌですらこうして迅速に行動しているのだから、この式典がどれだけ重要な意味を持つのか、嫌でも理解させられる。

式典会場はプラネタワーの真下、つまり教会周辺。

 

 

「うおお……! 凄ぇ人の数……!」

 

 

外に出て見れば、普段は静かなプラネタワー周辺も人で溢れていた。

式典会場まで足を運んでいるのは、招待された客のみだ。教会関係者、国の大物政治家、女神が普段世話になっている者達など錚々たる顔ぶれである。

周りを警備する衛兵も、四ヶ国の選りすぐりの猛者達で固められており、各国の本気を窺わせた。

 

 

「はい、誰もが国政に携わる重鎮の方々です。 決して失礼のないようにお願いします」

 

「り、了解ー……」

 

 

つまり何かしら粗相をしでかせば、それぞれの国で大混乱が起きかねないということだ。

イストワールに言われてはさすがの白斗も緊張せざるを得ず、出来るだけ重鎮たちから離れて行動することに。

 

 

「あ! 白斗さん、やっと来たです!」

 

「ん? おお、コンパか……んんん!?」

 

 

声を掛けられて振り返ってみれば、そこにいたのはコンパだ。

柔らかい生地のドレスが、彼女が常に周りに与えてくれる優しさを引き立たせてくれている。

しかしそれ以上に目を引いたのは―――揺れる胸。こちらに駆け寄ってくる度に揺れるその姿は男には勿論、女性にも刺激が強い。

 

 

「あ、あわわ……ベールさんに隠れがちだけど、コンパさんも凄い……」

 

「く……ペッタンフレンドにとって仇敵ね……!」

 

 

思わず自分の胸と比べてしまうネプギアとユニ。

今着ている服がドレスという体のラインが強調されてしまう服装だけに、どうしてもその胸囲の格差社会が露呈してしまう。

 

 

「わぁ~! 白斗さん、カッコイイです!」

 

「あ、ありがとな……。 コンパも、その……よく似合ってる」

 

「ありがとうです~!」

 

 

コンパも白斗の礼服がお気に召したようで褒めてくれる。

しかも彼女の場合は、ロムやラムとは違ったストレートさがあるため余計に意識してしまうのだ。

互いに褒め合うその姿は、まるで―――。

 

 

「こういう状況……なんていうのかな、ラムちゃん?」

 

「えーとね……彼氏彼女かな、ロムちゃん」

 

「「えっ!?」」

 

 

同じく純粋なロムとラムからそんな感想が飛んでくる。

思わず顔を見合わせては、照れてしまう二人。

そんな白斗とコンパが初々しくてイストワールはくすくすと笑ってしまうが、ネプギアとユニの心中は穏やかではない。

 

 

「……むぅ~。 さっきは私がネクタイ締めてあげたのに……」

 

「ネプギアはまだいいじゃん。 アタシなんてCGが付きそうなイベント、まだ起こってない……」

 

 

ぷくー、と頬を膨らませて不満をアピールする二人。

何か別の話題を探して話をすり替えねばと模索していると、あることに気づいた。

 

 

「ん? そうだ、アイエフは?」

 

 

コンパと言えば、いつも親友であるアイエフとセットで出てくるイメージがあった。

逆に仕事の関係でアイエフだけが顔を出すことはあるのだが、その逆は無かったのだ。

 

 

「あいちゃんはさっきまでいたんですけど、急にお仕事の電話が入ったみたいで」

 

「電話? ってことは式典に出られないのか?」

 

「いえ、すぐ戻ってくるって言ったきりです」

 

 

どうやら電話のために少しの間だけ席を外しているらしい。

特に問題ないと判断し、白斗も一安心だ。

 

 

「あ、そうでした! 私、あいちゃんを探してる途中だったんです!」

 

「確かに、そろそろ戻らなきゃいけない時間だよな。 俺達もアイエフ探しておくよ」

 

「お願いするです! それじゃ!」

 

 

コンパはドレス姿にも関わらず、慌ててその場を離れていった。

余程彼女を心配しているのだろう。

 

 

「それでは、まずはネプテューヌさん達に挨拶しましょうか。 控室はこちらですよ」

 

 

イストワールに案内され、会場の裏側へと移動する。

そこには警備兵で固められた豪華な部屋が。

どうやら四女神が一同でそこに控えているらしく、警備体制も尋常では無かった。

ただ、さすがに教祖たるイストワールがいれば半ば顔パスで通してもらえた。

 

 

「白斗にいーすん……それにみんなも。 いらっしゃい」

 

「よう、ネプテュー……ヌ……」

 

 

真っ先に出迎えてくれたのはネプテューヌ。

式典直前もあって既に女神化を果たしている。だが、白斗の言葉を失わせたのはそれでは無かった。

―――言いようのない美しさを纏った女神様が、そこにいたのだから。

 

 

「あら、白斗? 私のドレス……そんなにおかしいかしら?」

 

「い、いや! 逆だ!! その……とても、素敵です……」

 

 

思わず敬語になってしまう白斗。だが、そうさせてしまうだけの魅力がネプテューヌにはあった。

彼女のイメージカラーたる紫色のドレスが落ち着いた雰囲気を醸し出し、更には露出の高いドレスが、彼女の魅惑のボディラインを描いている。

まさに女神、そうとしか言えない美しさが白斗を飲み込んでいた。

 

 

「……ありがとう。 ふふ、照れている白斗も可愛いわね」

 

「か、からかうなよ……!」

 

 

平時であればいつもは主導権が白斗が握っているはずだが、女神化すれば立場は一気に逆転する。

先程のコンパとは違った、仲睦まじさにまたもやネプギア達がジェラシーを抱きそうになるが、それよりも遥かに段違いな威圧感が舞い込んできた。

 

 

「こら、ネプテューヌ! 貴方、友好条約前に戦争を起こしたいの!?」

 

「白斗も白斗だ。 ……ちゃんとこっち、見てくれよ」

 

「全くですわ。 姉を無視するなんて白ちゃんもいけずです……」

 

 

それは同じ控室で待っている、三女神だった。

既に彼女達もそれぞれドレスに身を包んでおり、準備は万端だった。

 

 

「は、白斗……。 その……どう、かしら……似合ってる……?」

 

「……似合ってるなんてモンじゃねぇ……。 すげぇ、大人っぽい……」

 

「そ、そうかしら!? もう、白斗ってば上手ね~」

 

 

ノワールは黒いドレスを身に纏い、大人の女性の魅力を引き立たせている。

普段の厳格さだけではない、人々を導く力強ささえ感じさせた。

 

 

「ブランはまるでお姫さまだな。 綺麗で、神秘的で……」

 

「お、おう……そうか。 へへ、お姫様か……♪」

 

(……守りたくなる、なんて言ったら怒るだろうか)

 

 

白のドレスに身を包んだブランは、可愛いらしさを抑え、美しき姫君のそのもの。

思わず手を取りたくなるような、可憐さと美貌は、心が現れるようだ。

 

 

「白ちゃん。 私にも気の利いた言葉が欲しいですわ」

 

「ベール姉さんは……なんだかカッコイイな。 憧れの女性って感じだ」

 

「あらあら、綺麗とは良く言われますがカッコイイ……悪くないですわね」

 

 

ベールのドレスは、胸を揺らしているものの露出を控えめにしているおかげか高貴さも併せ持っていた。

その気高さも、女神の側面の一つと言えよう。

 

 

「……よく白斗さんはポンポンと歯の浮くようなセリフが出てきますね」

 

「女誑し」

 

「ばっ!? 人聞きの悪いことを言うなァ! 俺の偽りのない言葉なんだから!!」

 

 

ジト目によるネプギアとユニの発言が胸に刺さる。

白斗とて恥ずかしさをこらえての、精一杯の感想だったのだ。だからこそ、女神達の心には余計に深く沁み込んでいるのだが。

 

 

「歯の浮くようなセリフ、ね……。 それはあいちゃんとこんぱにも言ったのかしら?」

 

「コンパさんにも言ってたよお姉ちゃん! アイエフさんはまだ見てないけど」

 

「え? あいちゃん、まだ来てないのかしら」

 

「電話のために一時席を外したんだって。 だからそろそろ二人揃って……」

 

 

挨拶に来るだろう、とネプギアが言いかけたその時だった。

控室の外で何やら騒ぎが起きているらしく、衛兵と少女の揉めるような声が。

 

 

―――ちょ、待ちなさい君! 中には女神様と来賓の方々が……

 

―――ねぷねぷに会わせてほしいんですぅ! 今すぐ!!

 

「ん? 今の声……」

 

「こんぱ? 衛兵、今すぐ通しなさい!!」

 

 

聞こえてきたのはコンパの声だった。

さっきまでの穏やかな声色ではなく、必死な声だ。

親友の危機だと察したネプテューヌの声が響き渡る。その声に怯み、衛兵の手が緩んだ隙にコンパは半ば突き破るようにして控室に転がり込んできた。

 

 

「はぁっ……はぁっ……! ね、ねぷねぷ……白斗さん……!」

 

「こんぱ!? どうしたの、こんなに慌てて……」

 

「アイエフは? まだ一緒じゃないのか?」

 

 

倒れ込んでしまったコンパを慌てて抱き起こすネプテューヌ。

そして今も尚、アイエフの姿は無い。

未だに姿が見えない親友、そしてコンパの焦りと涙が、決して良く無い報せを持ち込んできたことを嫌でも悟らせる。

 

 

「あいちゃんが……あいちゃんが! いなくなっちゃったんですぅ!!」

 

「あ、あいちゃんが……!?」

 

 

その一言は、この控室にいた全員を戦慄させた。

よりにもよって、式典開催まで時間がないこのタイミングで、だ。

お化粧しているにも関わらず、コンパは涙でその顔をドロドロにしてしまう。何とか宥めようとネプテューヌとイストワールが近寄った。

 

 

「コンパさん、何かの間違いではないですか? アイエフさんの携帯とかには……」

 

「さっきから連絡しても全然繋がらなくて! あいちゃんのお仕事先に連絡してみても、『知らない』の一点張りで……!!」

 

「何……!?」

 

 

まさか、その呼び出しの電話すら偽りだったというのか。

アイエフは元々真面目で、友達思いの娘だ。ここに来て式典を抜け出すとは考えにくい。

となると残された可能性は―――。

 

 

 

「……まさか、アイエフを誘拐してその騒ぎで式典ぶっ壊そうってのか……ッ!!」

 

 

 

白斗の歯軋りが、苛立ちに任せた拳の音が、そして怒りに満ちた声が。

控室内にいる全ての者を震え上がらせた。

しかし、その怒りは誘拐犯に対してだけではない。白斗自身に対してのものだった。

 

 

「クッソ……!! 何て間抜けだ俺は……!! ネプテューヌ達を守ることばかり考え過ぎて、アイエフのこと……全然考えてあげられなかった……ッ!!! アイエフだって、大切な仲間で……守るべき女の子なのにっ!!!!!」

 

 

怒りの余り、唇を噛み切り、血が流れだす。

拳がわなわなと震え、また何かに拳を打ち付けそうになるが僅かに残った理性でそれを抑えようとする。

そんな彼の手を、ブランは優しく包みこんだ。

 

 

「落ち着けよ。 お前の所為なんかじゃない。 ……それに今やるべきなのは、アイエフを助けることだろ?」

 

「ブラ、ン……。 ……ああ、そうだな。 ごめん、冷静じゃなかった」

 

「そんな弟を支えるのも私たちの役目ですわ。 とにかく今は一つでも多くの情報を!」

 

 

女神の友は彼女達にとっても友。

ベールの的確な指示に従い、衛兵たちが一斉に動き出す。

 

 

「……よし、イストワールさん! コンピュータールームお借りします!」

 

「え? 白斗さん何を!?」

 

「監視カメラの映像などでアイエフの足取りを追います! ネプギア、手伝ってくれ!」

 

「わ、分かりました!!」

 

 

情報収集は衛兵たち、映像分析は白斗たちが担当することになった。

急いでコンピュータールームに駆け込み、送られてきた映像ファイルを展開していく。

 

 

「コンパ! 最後にアイエフを見かけたのはいつ、どこだ!?」

 

「え、ええと……30分前、会場の入り口です!」

 

「と、なると……みんな! この時間帯の映像をチェックしてくれ!!」

 

 

白斗もまた的確な指示を出し、一斉に映像分析が始まる。

まずは会場入り口の映像、確かにコンパとアイエフが映っており、肝心のアイエフは携帯電話を片手に式典の外へと走り出した。

携帯電話を耳に当てていることから、会話しながらであることは間違いない。

 

 

「電話している人の心理としては、会話ってあんまり他人に聞かれたくないもののはず。 諜報員という仕事をしているなら尚更、そしてアイエフに所縁のある場所……バイクを停めている駐輪場とかか?」

 

 

論理的な思考から、白斗は駐車場・駐輪場関係の映像をピックアップする。

以前、アイエフと会話した時に彼女の趣味はバイクだと言っていた。愛車と豪語していたのだから、親友であるネプテューヌやコンパの次に落ち着ける場所だろう。

そう思って開いていたのだが。

 

 

「……あっ! アイエフだ!」

 

「ホントです! あいちゃんが駐輪場に……!」

 

 

ビンゴ、推理通りアイエフの姿を見つけた。

次に追うべきはここからの足取りだ。

映像を早送りして、アイエフの出入りがあるかどうか確かめることに。

 

 

「……車が一台出ただけで、アイエフは一向に出ないな。 ネプテューヌ、この駐輪場だが他に出口あるのか?」

 

「いえ、あいちゃんが入ってきたこの一ヵ所だけよ」

 

「……つーことは」

 

 

白斗は何度も映像をチェックし、そして断定する。

先程の映像、アイエフが入った時間帯に出ていった車はこの一台のみ。黒色のワゴン車というあからさまに怪しい車体だ。

 

 

「この角度じゃ中が見えないな……みんな! 今度はこの車を探してくれ!」

 

 

白斗の更なる指示で道が見えてくる。

ネプギアとイストワールもサポートについて、映像分析を進めてくれる。

ネプテューヌ達もとにかく映像を見て手掛かりの一つでも見つけようと必死だ。すると、ノワールがある映像に目をつける。

 

 

「……待って! ネプギア、この映像巻き戻して!」

 

「え? これですか?」

 

 

ノワールの指示に従ってネプギアが映像を逆再生する。

その後はコマ送りで少しずつ進めていくと―――。

 

 

「……ストップ! この車! さっきのと同じじゃない!?」

 

「それだ! ナイス、ノワール!」

 

 

間違いない、車体もプレートナンバーも同じだ。

ここから先はネプギアの出番。何度もクリックして、解像度を上げながら映像を拡大していくと車の窓に人影にしては何か違和感のある影が映った。

更に解像度を上げて分析していくと―――。

 

 

「「―――あいちゃんっ!!」」

 

 

コンパとネプテューヌが、悲鳴にも近い声を上げた。アイエフが車に乗せられていたのだ。

しかもご丁寧に猿轡まで噛まされている。

明らかに誘拐としか思えない、この映像一本だけで充分証拠になり得る。

 

 

「誘拐を許しちまったのはクソッタレだが、車体もプレートナンバーも把握済み! ……ここから先は俺の仕事だ」

 

 

ポケットから手袋を取り出し、深く填め直す。

直前まで温和だった白斗の表情が、刃の如き冷たさと鋭さへと変わっていった。

 

 

「白斗!? また一人で乗り込むつもりか!?」

 

「今回に限ってはそれしかない。 ここで女神様が動いたらそれこそ一大事だ。 かと言って大勢で乗り込めば敵に察知され、アイエフがより危険に晒される」

 

「だから単独で潜入……理に適ってますが、白ちゃんだって危険ですのよ!?」

 

 

いつものように、いや、いつも以上の怒りを胸に白斗が救出に赴こうとする。

理屈は分かっても、女の心理としてそんな危険な場所にはいかせたくない。

ブランとベールが必死に止めようとするが、白斗はその眼光だけで引き下がらせた。

 

 

「だからなんだ? 今、辛い思いしてるのはアイエフなんだよ! ここで引き下がっちゃ仲間でも……漢でもねぇ!!」

 

 

女神をも震撼させたもの、それは覚悟。

白斗は持ち前の技術と度胸、そしてこの覚悟で幾重もの窮地を乗り切ってきた。

そんな彼だから、信じられる―――。

親友であるコンパ、そしてネプテューヌは人前であるにも関わらず頭を下げてきた。

 

 

「……白斗さん、お願いするです……!」

 

「私からもお願い。 ……あいちゃんを、どうか……!」

 

「ああ、必ずアイエフを無事に送り届けるさ」

 

 

可愛い女の子二人に頭を下げられて断るようでは漢ではない。

白斗は飛び切りの笑顔と共に親指を立て、約束した。

 

 

「白斗さんが行くのは分かりましたけど、この車の行く先は?」

 

 

ユニの心配は尤もだ。

この映像だけでは車の詳しい行方は分からない。

けれども白斗はそんなことは想定済みらしく、特に慌ててもいない。

 

 

「それについては考えがある。 イストワールさん、住民とかのデータってここで管理してたりするんですか?」

 

「え、ええ……国の大方針を決めるのは女神ですから。 基本的なデータは地理、気象、経済まで一通り……」

 

「ならそれを俺のケータイに送ってください! 今すぐ!」

 

 

白斗の指示を受けてイストワールがデータを躊躇いなく送る。

本来、個人情報を扱っていい立場などではないのだが今の白斗はそれらを託されるに値するだけの迫力と信頼があった。

 

 

「ネプテューヌ! 悪いがちょっとだけ式典開催を遅らせて貰えないか?」

 

「あいちゃんを助ける時間を稼ぐのね。 分かったわ」

 

「よし、これで何とかなる。 ……さて、やりますか!」

 

 

作戦も方針も固まった。

後はただ、彼がやるのみ。堅苦しいネクタイとジャケットを脱ぎ捨て、白斗は会場を後にする―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「離せっ! 離しなさいよ!!」

 

 

―――とある物件の一室。

そこは明かりも点いておらず、カーテンすら閉め切っている。唯一の光源は部屋に設置されたテレビの光のみ。

今、テレビではこれから行われようとする友好条約記念式典の生中継番組が映されている。

そんな殺風景な部屋の中で、アイエフは縛られた上で床に転がされていた。

 

 

「離してやるさ。 ただしもう少ししたら、ね」

 

「……アンタ、なんでこんなことを……!」

 

 

この部屋にいるのはアイエフ、彼女を取り囲む5人のガードマン。

そして彼らの雇い主であるこの男。

直接的な面識はないが、アイエフは彼を知っている。それは有名人だからだ。

 

 

「……ルウィーの大物政治家、ウサン議員の名が泣くわよ……!!」

 

 

目の前に居たのは、ウサン・クセイ議員。

ルウィーで活躍する大物政治家。そしてその影響力はルウィーに留まらず、他国にまで轟かせるほどだ。

そして大のホワイトハート信者としても有名。そんな彼が、こんな誘拐と言う不埒な真似をするとはさすがのアイエフも予想外だった。

 

 

「ご忠告どうも。 ……ああそうさ、私はもうオシマイだ」

 

「……何ですって……!?」

 

 

自らの進退が極まったことを悟るウサン。

それでも、彼は余裕を崩さず愛飲している葉巻を取り出して火をつける。吹かれた煙の臭いが鼻につき、アイエフは咳き込んでしまう。

 

 

「私には覚悟がある。 命を投げ捨てる覚悟が。 その覚悟と……君の死を以て、こんな欺瞞に満ちた友好条約などブチ壊してやるのさ」

 

 

ウサンの手、そして彼が雇っているガードマンの手にも銃が握られていた。

更には撮影するためのカメラまで用意してある。

それ以前に、この「友好条約を破壊する」ことに対する執着―――。

 

 

「まさか……ノルスを雇っていたのもアンタなの!?」

 

「そうだ。 尤も、使えん馬鹿共の所為で、こうして私自ら手を下す羽目になった」

 

 

この数日間、ノルスの連中は女神を狙って暗躍していた。

だがその目的は彼の雇い主が友好条約を破壊したがっているからという白斗の推測は、やはり正しかった。

だからこそ、アイエフはその怒りで歯軋りを抑えられない。

 

 

「……アンタの、アンタの所為で……女神様が……ネプ子が!! どれだけ危険な目にあったか!! 苦しい思いをしたのか分かってるの!!?」

 

「分からんなぁ!! 特にこのパープルハートなどと言う、上っ面だけの平和主義者の言うことなど畜生にも劣る!!!」

 

 

この友好条約、発端はネプテューヌだった。

確かに彼女は不真面目だが、思いやりの塊と言ってもいい。そんな彼女の努力と想いの結晶とも言えるこの式典を破壊しようとするこの男が、アイエフには何よりも許せない。

親友の想いを、壊そうとしていることの男が憎くてたまらない。

 

 

「だから! 一刻も早く我が崇高なる女神……ホワイトハート様には目を覚まさせていただかねばならんのだ!!」

 

「……ブラン様、ですって……!?」

 

「そうだ! だがあろうことか、ホワイトハート様は他の女神共に誑かされ、こんな偽りの条約など結ぼうとしていらっしゃる……それはルウィーの、あのお方のためにはならんのだ!!!」

 

 

動機は単純、ホワイトハートへの歪んだ忠義ゆえらしい。

確かに思い返してみれば、ネプテューヌやノワールは命を狙ったのに対し、ブラン自身には何もせず、ロムとラムも誘拐だけを指示していた。

 

 

「まだ電源をオンにしていないが……このカメラの映像は、式典会場へと生中継される手筈になっている。 もし、堂々と女神達が宣言している中、来賓である私がこの条約の理不尽さを語りながら君を殺したら……どうなるかなぁ?」

 

 

余りの悍ましい計画に、アイエフは震えた。

もしそうなってしまえば、式典どころではない。忽ち友好の意味は失い、場合によっては国家間の戦争すら勃発しかねない。

少なくとも、数年間は平和的な歩み寄りは出来なくなってしまう。

 

 

「……アンタは政治家でも何でもない……ただの悪魔よ!!」

 

「フン。 うるさい小娘だ……どの道殺すつもりではいたが、然るべき時まで黙っていてもらおうかな」

 

 

こんな男の思い通りにはなりたくないと、アイエフが騒ぐ。

しかしウサンには耳障りになってしまったようで、彼女に銃口を突き付けた。突き付けた先は太腿だが、これから襲い掛かる激痛を想像すれば、身の毛がよだつ。

 

 

「ひっ……!? な、何よ……怖くなんか……怖くなんかないんだから!! ネプ子がしてきた思いに比べれば、こんなの……!!」

 

「そうか。 なら味わってみてくれ……あの小娘を恨みながらな」

 

 

引き金を引こうとするそのモーションが、やたら遅く、長く感じられた。

だがアイエフは動けない。縛られているからではない、恐怖故にだ。

せめて耐え抜こうと瞼を力の限り閉じ、歯を食いしばる。

 

 

 

 

そして―――銃声が轟いた。

 

 

 

 

 

「ぐうッ………!?」

 

 

何故か、ウサン議員が転がっていた。

銃口からは硝煙が上がっている。弾丸は放たれた。

ポタ、ポタと血の滴る音も聞こえる。けれども、アイエフの体にはいつまでたっても痛みは来ない。

それどころか、優しい温もりまで感じた。

違和感の連続に恐る恐る目を開けてみると、そこには―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、アイエフに何してんだ。 クソ野郎が……」

 

「は、白斗……!?」

 

 

 

 

 

 

 

白斗が、アイエフを守るように抱きしめていた。

どうやら銃弾が貫いたのはアイエフの足ではなく、彼女を庇った白斗の腕。

今日の式典のために来ていたワイシャツに、赤黒い血が広がっていく。

 

 

「よぉ、アイエフ。 無事で何よりだ。 それと服、似合ってるぜ」

 

「何言ってんの!? あ、アンタ……! 腕、腕が……!」

 

「んー? ああ、これか……お前に当たらなくて、ホントに良かった」

 

 

綺麗な白が、悍ましい緋色に染められていく。

そんな痛々しい光景に、アイエフは涙してしまうが対する白斗はそんな彼女を安心させようといつもの笑顔を浮かべている。

激痛が走っているはずだ。顔には汗だって浮かんでいる。それでも彼は、アイエフのために懸命に笑顔になっていた。

 

 

「ごめんな、アイエフ。 ……俺が甘かったせいで、怖い思いをさせちまった」

 

「わ、私の事はいいから早く逃げて!!」

 

 

先程突き飛ばしてみて分かった、ウサン自体は戦闘力は無い。

だが彼の雇ったガードマン達はそうではない。その役職から戦闘力が低いはずもなく、全員がぎらついた殺気を放ってくる。

それでも白斗は全く余裕を崩さなかった。

 

 

「そうは行かねぇ。 ……お前を“無事に”送り届けるって、親友二人に約束しちまったんでな!」

 

 

無事に、それは傷一つなくという意味。

白斗はコンパのため、ネプテューヌのため、そしてアイエフのため。その約束を果たそうとする。

例え四方八方から撃たれそうになっているこの状況であっても。

 

 

「き、貴様ぁ……っ!!」

 

「どーも、いつぞやぶりですなぁ。 えーと、ハクサイ議員?」

 

「ウサン・クセイだ!! 貴様は確か、グリーンハートと一緒にいた生意気な小僧……! どうやってここが分かった!!?」

 

 

ウサンは、この隠れ家に自信があった。

何せつい先日購入したばかりの一軒家だ。しかも窓は全て締め切っており、誘拐に使用した車もガレージに隠してあるはずなのに。

 

 

「車の移動先、そしてその先の地域にある最近購入された物件を検索しただけだ。 そうやってものの見事にヒットしたのがココってワケだよ、おバカさん」

 

「相変わらずのクソ生意気……! だが丁度良かった、貴様も許せんと思っていたところだ!!!」

 

 

やはり白斗も抹殺対象に入ってしまったらしい。

この状況に割り込んできたことに加え、以前彼に対し喧嘩を売ったにも等しい行動をしている。

ラステイションの事件で毒を盛られた件も、ここに由来するのだろう。

 

 

「許せないだぁ? それはこっちの台詞だ、クソ野郎。 ……よくも、よくもアイエフを……!」

 

(は、白斗……)

 

 

怒りと同時に、アイエフを想う気持ちで、彼女を抱きしめる腕の力が強くなる。

逃げてと泣き叫びたいのに、どうしてかアイエフは白斗に頼ってしまいたくなる。

こんなにも強く、こんなにも守ってくれて、こんなにも彼女のために怒ってくれている彼に。

危機的状況であるにも関わらず、彼の腕の中で落ち着いている彼女がいる。同時に―――胸が熱くなっているアイエフがいた。

 

 

「お前達!! 殺れ!!」

 

「アイエフ、ちょっとゴメンな。 ……すぐ、片付ける」

 

 

ウサンの指示でガードマンが一斉に銃を構える。

そんな状況でも白斗は焦ること無く、一旦アイエフを優しく床に下ろす。

心臓に手を当て、あの起動コードを唱える―――。

 

 

「ぶっ飛ぶぜ! コード、オーバロード・ハート起動!!」

 

 

白斗の心臓が、光に溢れる。

瞬間、彼は跳躍し、五人のガードマン全てに体術を叩き込んだ。

拳、肘、蹴り、膝、踵―――。

 

 

「ぐ!?」

「ぶっ!」

「げぼっ!?」

「がぁ!?」

「ぐォ!!」

 

 

まるでそれは、アニメや映画の様な光景だった。

屈強な男達が、一瞬にして薙ぎ倒されるというとんでもない光景。アイエフはそれを初めて目の当たりにしたが、だからだろうか。

彼の姿が―――輝いて見えた。

 

 

「……ば、化け物……化け物がああああああああ!!!」

 

「お前ほどじゃね……さっ!!」

 

 

ウサンも引き金を引こうとするが、それよりも早く白斗が肉迫する。

銃を持つ手を蹴り上げ、壁に突き飛ばし、ナイフの切っ先を眼前に突き付ける。

 

 

「ひ、ひいいぃぃぃぃ………!?」

 

「……さっきの話は聞いていた。 ネプテューヌ達を襲ったのも、お前の指示だな?」

 

「……そ、そうだ! 全ては崇高なるホワイトハート様のため……ぐえ!!?」

 

 

その言葉を吐いた瞬間、彼を押さえつけている白斗の足の力が強まった。

まるで圧し潰してくるようなその力と威圧感に、ウサンの呼吸は困難になる。

 

 

「何がホワイトハート様のため、だ。 ……結局テメェはロムちゃんとラムちゃんを傷つけ、そして二人を愛するブランを傷つけたんだ……テメェが忠臣を名乗る資格はねぇ!!!」

 

「だとしてもッ!! 我が魂はあの純然なロリたるホワイトハート様のためにある!! 例えあのお方に処刑されようとも、寧ろ望むところだぁ!!!」

 

 

全く悪びれもしないどころか、寧ろ誇ろうとするウサン。

しかも結局はタダのロリコンだというのだから始末に負えない。だが、そんな彼にトドメをさすのは白斗ではない。

白斗は懐から自らの携帯電話を取り出し、ウサンに投げつけた。

 

 

「な、何だ……?」

 

「出ろ」

 

 

顎で誰かと通話しろと指示を出す。

どうやら既に通話中らしく、ウサンは恐る恐る耳を当ててみる。

 

 

『……よぉ、ウサン。 随分と派手にやってくれたじゃねぇか』

 

「ほ、ホワイトハート様……ッ!!?」

 

 

通話の相手は、ホワイトハートだった。

そう、既にここで起こった一部始終は音声として彼女達の下へ届けられている。

当然暗殺の件も、ロムとラムの誘拐未遂の件も。

 

 

『勝手な理屈をグダグダ並べても、結局テメェがしたことは畜生にも劣る行為だ……テメェみたいなのを信じてた私が馬鹿だったぜ』

 

「お、お待ちください!! わ、私は……全て貴方様のため……」

 

 

それでも尚、自らの忠誠を知ってもらおうとする男。

きっと彼にはそれが信念なのだろう。それが彼なりの愛なのだろう。それが彼なりの信仰心なのだろう。

しかし、そんな歪んだ信念も忠義も愛も、ブランに届くはずがなかった。

 

 

 

 

『テメェの声なんざ聴きたくもねぇ。 二度と口を開くな』

 

「あ……」

 

 

 

 

氷のように冷たい声が、ウサンの心を凍てつかせた。

恐怖、失意、そして絶望。

全てを失ったウサンは、無様に這いつくばり、動かなくなった。

 

 

「失意に落ちたか。 ざまぁねぇな……と言いたいが!」

 

「う、ぐ……!? ひ、いいいぃぃぃいい……!!?」

 

 

項垂れているウサンの胸倉を掴んで持ち上げた。

その腕から伝わる白斗の怒りと殺意が、男を震え上がらせる。

 

 

「テメェはここまで散々傷つけてきたな……アイエフを、ベール姉さんを、ブランを、ノワールを……そしてネプテューヌを!!」

 

「や、やめろぉ!! やめ………!!!」

 

「こんなもの、あいつらのためにすらなりはしねぇが……! 俺個人としちゃぁな!!」

 

 

拳を振りかざす白斗。

そんな彼の姿が、ウサンにとっては―――死神にすら見えて。

 

 

 

 

「許せねえええええええええええええええええ!!!!!」

 

「グぼおぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!?」

 

 

 

 

渾身の一撃で、殴り掛かった。

ウサンは壁に叩きつけられ、その衝撃で壁が砕かれる。

痛快な音を立てて破砕する壁、そしてその向こう側へと吹き飛ばされたウサンはすっかり伸びてしまっていた。

その光景を見聞きしていたアイエフは開いた口が塞がらない。

 

 

「……ごめんなブラン。 嫌な役回りさせて」

 

『いや、元はと言えばこいつの本性を見抜けなかった私の責任だ。 ……白斗にも、アイエフにも、悪いことしちまったな……ごめん』

 

「あ、謝らないでください! 私には怪我一つありませんから!」

 

『そうか。 ……っと、待ちきれねぇ奴がいるみたいだから代わるぜ』

 

 

白斗が携帯電話を拾い上げると、ブランの声が聞こえてきた。

アイエフにも謝罪を入れたいようなので彼女の縄を解いて携帯電話を手渡す。

そこから聞こえてきたホワイトハートの声は、先程の様な冷たさはない。女神そのものと言うべき慈愛に満ちた声だ。

 

 

『あいちゃん!! 無事でよかったですぅ!!』

 

「こ、コンパ!? ……ええ、大丈夫よ」

 

『本当に良かった……! ごめんね、あいちゃん。 私が油断したばかりに……』

 

「ネプ子まで……何しおらしくなってるのよ! 今からアンタの晴れ舞台でしょ? シャキッとしなさい!」

 

 

そして出てきたのはやはりと言うべきか、親友であるコンパとネプテューヌだった。

二人とも焦りと喜びに満ちた声で、彼女の無事に安堵してくれている。やっと任務を果たせたと、白斗も大きく息を付いた。

 

 

『白斗、あいちゃんを助けてくれて本当にありがとう! ……でもごめんなさい……また白斗に怪我を……』

 

「って、そうだ! 白斗、アンタ腕が……!」

 

 

携帯電話から聞こえてきた、ネプテューヌの感謝と心配の声。

アイエフが我を取り戻したかのように振り返れば、やはり白斗の腕は銃弾によって貫かれていた。

今も尚、出血が収まらず、その上心臓を暴走させたことによる反動で蹲っている。

 

 

「お、俺はいい。 それよりもアイエフ、表にお前のバイク停めてあっからそれで会場まで行け。 今なら、まだ……」

 

「何言ってんの! アンタを置いていけるわけないじゃない! 待ってて、今止血するから……!」

 

 

するとアイエフは、自分のスカートの裾を引きちぎった。

千切ったそれを包帯代わりにして、白斗の腕へと巻き付ける。

 

 

「お、おい!? それお前の服……」

 

「服が何だって言うの! ……私の……私の所為で、白斗が……こんな目に遭っちゃったんだもの……ぐすっ、ぅ、ぅぇ……」

 

 

思わず涙ぐんでしまうアイエフ。相当責任を感じているのだろう。

素直で心優しい彼女らしい反応だと、白斗も苦笑いだ。

 

 

「気にすんなってーの。 可愛い顔が台無しだぞー?」

 

「……っぐ、ひぐっ……アンタの歯の浮くようなセリフ……他の子達にも言いまくってるから、信用ならないんだもん……バカー……」

 

「ひでぇなそれ!?」

 

 

涙を流しながらも、文句を言いながらも、アイエフは白斗の手当てを続けてくれる。

やがて結びきったそれで白斗の止血は完了した。

 

 

 

「……でも、ありがと……白斗」

 

 

 

手当てを終え、感謝の言葉を告げてくれたアイエフはまだ涙が止まらないものの、笑顔を向けてくれる。

もう、大丈夫だと白斗は確信した。

 

 

「……こっちこそ、ありがとなアイエフ。 さ、会場に向かうぞ」

 

「ええ。 ……ところで白斗、私の愛車には鍵をかけておいたはずなんだけど?」

 

「……緊急事態ってことでお目こぼしを……」

 

 

どうやら白斗がピッキングで無理矢理こじ開けたらしい。

エンジン始動のためのキーはその手のツールを使ったのだろう。

当然多少怒りも湧くが、アイエフはすぐに溜め息をついて向き直る。

 

 

「……ま、助けてもらったのだから仕方ないわね。 それじゃ白斗、アンタは後ろに乗りなさい」

 

「へ? タンデムで行くのか?」

 

「そうよ。 言っておくけど、愛車の後ろに乗せるのはコンパかネプ子くらいしかいないんだからね!」

 

 

もう開幕まで時間がない。パトカーのサイレンも近づいてきた。ここに留まる理由もない。

白斗とアイエフは急いで表に出、バイクに飛び乗った。

タンデムなので当然白斗が後ろから抱きしめる形になる。少し恥ずかしさを覚えるアイエフだが、どこか嬉しくもあった。

 

 

「そんな特等席のお誘い、お断りするのは勿体ねーな。 んじゃ、よろしく」

 

「よろしくされたわ。 ……私もぶっ飛ばしていくわよ!!」

 

 

二人は微笑み合い、バイクは発進する。

以上、ゲイムギョウ界に吹く一陣の風の異名通りというべきか、バイクの速度はそこら辺のものとは段違いだ。

あっという間に式典会場近くの駐輪場へと戻ってくると。

 

 

「あ! 白斗さんとアイエフさん!」

 

「あいちゃーん!! 良かったです~~~!!」

 

 

ネプギアとコンパが待っていてくれた。

来賓である彼女達が、まだ始まっていないとは言え長らく席を外していると後々立場が悪くなると言うのにそんなことはお構いなしと言わんばかりに待っていてくれた。

ネプテューヌの姿は無い、もう式典が始まる直前だからだろう。

 

 

「コンパ! ごめんなさい、心配かけて……。 私は大丈夫だけど、白斗が……」

 

「はい! 白斗さん、ちゃんとした治療を受けるですぅ!」

 

「替えのワイシャツと脱いだジャケット、ネクタイもあります! さ、行きましょう!」

 

「結局堅苦しいコース一直線なのね……トホホ」

 

 

どうやら白斗が怪我をして帰ってくることも織り込み済みだったらしい、コンパが救急箱から消毒液などを取り出して的確に治療。

銃弾による傷は一朝一夕では治らないため、再度包帯を巻き、後は替えのワイシャツに着替えてジャケットを羽織る。

 

 

「ごめんなさいです……本当だったら、白斗さんを病院に送らなきゃいけないんですけど……」

 

「大袈裟だったつーの。 ……ちっ、それよりもネクタイってのは鬱陶しい……!」

 

「白斗さん腕動かしちゃダメです! また私が……」

 

 

後はネクタイを結ぶだけなのだが、社会人の多くがネクタイ結びに時間をかける。

かと言って、社会人の顔ともいうべきネクタイはまさに外してはならない要素。曲がったネクタイを公の場で晒せば笑い者どころではない。

当然片腕を怪我している白斗ではどうにもならないため、ネプギアが締めてあげようとすると。

 

 

「もう、仕方ないわねっ! ……はい、これでいいでしょ」

 

「お、おう? アイエフ……ありがと……」

 

 

割り込んで、アイエフが締めてくれた。

今朝もそうだったが、この面と向かってネクタイを締めてくれる光景は傍から見なくても、男女の顔が近くなる瞬間であった。

白斗は顔を赤らめて逸らしてしまうが、アイエフは顔を赤らめながらも逸らさずにくすりと微笑む。

 

 

「ふふっ。 カッコイイわよ、白斗」

 

「……一本取られたよ、ったく……」

 

 

ネプギアは新婚、コンパは彼女のようだと評された。ならば今のアイエフとの関係は―――周りが例えるならこれから始まる幼馴染、のような関係だろうか。

それに気づいてしまったコンパはともかく、ネプギアの心中は穏やかではない。

 

 

「は、白斗さん! そろそろ入りましょう!」

 

「そ、そうです! ねぷねぷ達も開始を遅らせてくれているけどもう限界ですぅ!」

 

「っと、そうだな。 行こうアイエフ!」

 

「くすっ……はいはい」

 

 

もう本格的に余裕がない。

慌てる余り白斗はアイエフの手を引いて会場へと駆け込む。彼に手を引かれ、アイエフはどこか幸せな表情だった。

周りから突き刺さるような視線を感じながらもそそくさと白斗たちの席へと潜り込み、それを確認し終えたかのように。

 

 

 

『―――ゲイムギョウ界に遍く生を受けし皆さん、大変お待たせしました』

 

 

 

式典が、始まった。

凛と透き通るような声で響くこの国の守護女神、パープルハートの声。

 

 

『新しき時代にその第一歩を記すこの日を、皆さんと共に迎えられることを喜びたいと思います』

 

 

衛兵たちが槍を次々と開け、主の道を作る。

その道から美しく表れた女神パープルハート。あの白斗の目を惹きつけさせたドレス姿と、刻まれるハイヒールの足音、そしてその美貌。

女神以外の何であろうか。

白斗だけではない、彼女の国民も、そして他国の民も、息を呑んでいる。

 

 

『ご承知の通り、近年世界から争いが絶えることはありませんでした』

 

 

彼女の一挙一動が、全世界に映し出されている。

今、全ての目が彼女に注がれていると言っても過言ではない。それだけの視線と重圧を受けて尚、パープルハートの歩みは揺らがない。

 

 

『女神、ブラックハートの治めるラステイション』

 

 

ラステイション陣営に待機していたブラックハートが、華麗にローブを脱ぎ捨てる。

パープルハートに負けず劣らずの美貌と凛々しさで、彼女の陣営が一斉に立ち上がる。

 

 

『女神、ホワイトハートの治めるルウィー』

 

 

悠然とカーペットを踏みながら歩いてくる女神、ホワイトハート。

あんな事件の直後であるにも関わらず―――いや、だからだろうか。今の彼女の顔は、覚悟を固め、全てを背負う強さがあった。

可憐さと美しさ、その強さにルウィーの民は起立した。

 

 

『女神、グリーンハートの治めるリーンボックス』

 

 

美貌と気高さを兼ね備えた女神、グリーンハートも優雅に歩を進める。

ゲイムギョウ界に吹く新しい風を一矢に受けてポニーテールが靡くも、それすら彼女の美しさを際立たせていた。

そんな彼女に惹かれしリーンボックスの民たちも、女神の後を追うかのように立ち上がる。

 

 

『そして私……パープルハートの治める、プラネテューヌ』

 

 

一切の乱れなく、プラネテューヌの民たちが立ち上がった。

白斗も、段取りだからではない。女神の言葉に従い、立ち上がったのだ。

それだけの力を彼女は持っている。何度も自覚され、何度でも驚かされる。彼女は、女神様なのだと。

 

 

『四つの国が、国力の源であるシェアエナジーを競い、時には女神同士の戦いにすら発展してきた歴史は、過去のものとなります』

 

 

舞台中央に近づき、止まる女神達。

すると彼女達の足元が光の足場で形成され、空中へと舞い上がる。プラネテューヌの科学力と、女神の神秘さが生み出す光景に白斗は思わず眩しささえ感じた。

 

 

(……そうだ。 この友好条約で、新しい歴史が始まるんだ……)

 

 

そんな歴史的瞬間を、少しでも守れただろうか。

ならば少しでも誇らしくなれると白斗は胸が熱くなる。

 

 

 

 

 

 

けれども、そこから先は誰もが予想していないことが起こった。

 

 

 

 

 

 

 

『だからこそ、ここに我ら四ヶ国の女神は……友好条約を結びません』

 

「………え?」

 

 

思わず、白斗が声を漏らしてしまった。

友好条約を結ぶべき式典のはずなのに、堂々とそれを結ばないと宣言したのだ。各陣営からも動揺の声が上がり。どよめきが止まらない。

唯一平然としているのは、四女神だけだった。

 

 

『……私は今まで、この条約を結び、武力によるシェアの奪い合いを禁じることで世界は平和になると考えていました。 ですが、それだけでは駄目だったのです』

 

 

人々の動揺の中、皆を導く女神の声が響き渡る。

その声で、辺りは静まり返った。

 

 

『私達は、これまでこの友好条約に反対する者達と対立することもありました。 その結果、この友好条約そのものが破棄せざるを得ない事態になったこともあります。 ですが、私達の大切な人が……それを必死で守ってくれました』

 

 

―――俺だ。白斗は心の中で呟いてしまう。

こんな公の場で、名前こそ出さなかったがグリーンハート、ブラックハート、ホワイトハート、そしてパープルハートはちらりと白斗を見ては微笑みを向けてくれた。

彼女達からの、せめてもの感謝の気持ちなのだろう。

 

 

『ですが、僅かな問題が発生して揺らぐような友好条約に意味はないと痛感しました。 そして、条約と言う名の法で押さえつけるだけの平和は、ただの偽りでしかない。 ……だからこそ、私達は条約を無しにここに誓います』

 

 

空中で、女神達が近づく。

その距離は手を取り合えるほどに。

 

 

『私達女神は、人々を守り導く存在です』

 

『だからこそ、私達を繋ぐのは形だけの条約ではない。 平和を願う想い』

 

『その想いと共に、私達はこれから互いを認め合い、競い合い、この平和を守っていく。 そして、民たちにもそれを伝えていきます』

 

 

女神達は、手を握り合った。

段取りだからではない、真に平和を願うからこそ手を取り合った。今ここに、友好条約などという法律は結ばれていない。

だからこそ、その法律無しで手を取り合い、互いに誓い合う姿が―――美しく見えた。

 

 

『ゲイムギョウ界の皆様、本日は突然の宣言で混乱させてしまったことでしょう。 だからこそ、私達はここに誓います。 条約だけではない、守られるだけではない。 私達女神が守り、培い、伝えていく―――真の平和を』

 

 

彼女達は、決して白斗の頑張りを蔑ろにしてきたわけではない。

寧ろその逆、白斗のあの姿を見たからこそ、願ったのだ。条約だけでしか成り立たない平和よりも、決して脅かされることのない真の平和を。

ゲイムギョウ界のために、自分たちのために、そして白斗のために。

それを知った白斗の目からは―――感動の涙が、溢れ出た。

 

 

 

(……最高だよ。 俺の女神様達……)

 

 

 

白斗は、微笑み返していた。他の誰でもない、女神達だけの笑顔として。

それを見てくれた彼女達からも、また微笑みが溢れてくる。そして手を取り合ったまま、自分の言葉で思いを紡いでいく。

 

 

 

 

 

『『『『私達は過去を乗り越え―――希望溢れる世界を作ることを、ここに誓います』』』』

 

 

 

 

―――その言葉の意味は、きっとこの日大きく変わったのだろう。

打ち鳴らされる拍手も、打ちあがる花火も、そして巻き起こる歓声も。

それらを祝福し、受け入れた人々の答え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、ゲイムギョウ界には友好条約は結ばれなかった。だが、それ以上の繋がりが今―――ここに生まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その夜、プラネタワーの特設パーティー会場。

ここに集っているのは今日の式典に集まった中でも、女神に近しい者達ばかりだ。仕事関係、交友関係などで固められている所謂一つの社交界。

そんな会場から抜け出していた白斗は、一人バルコニーでグラスを傾けていた。

 

 

「……まさかこんな展開になるとはな」

 

「あら、白斗。 一人なの?」

 

 

そこに近寄ってきたのは、アイエフだった。

少しだけ服が変わっているのは、あの時の止血のために服を千切ってしまったからだろう。

 

 

「よ、アイエフ。 今日はホントに大変だったな」

 

「ええ、でもあなたを見ていたら弱音なんか吐いてられないわ」

 

「ハッハッハ、俺みたいなレアケースなんて滅多にないから悲観しなくていいぞ」

 

「寧ろあってたまるかって話よ、本当に」

 

 

普段であればコンパもセットで来ているはずなのだが、そのコンパはと言えばロムやラムに絡まれている。

中々見ない組み合わせだと、遠目から見ている白斗も苦笑いだ。

またグラスを揺らしながら傾けていると、その芳醇な香りがアイエフにも伝わってくる。

 

 

「……ところで飲んでるの……ひょっとしてお酒?」

 

「よく分かったな」

 

「アンタ、まだ18でしょ? 未成年じゃない」

 

「もう18だ。 俺の所では18から酒が飲めてな……」

 

「流れるように嘘つくんじゃない。 もう、悪酔いしたら許さないんだから」

 

 

さすがに咎めるような物言いだが、取り上げるようなことはしない辺りアイエフは理解が早い。

白斗も、まだ未成年でありながら酒には強い性質らしく、それを味わうだけの余裕があった。

 

 

「お前はいいのか、パーティー」

 

「あら、言ってなかったかしら。 私、堅苦しいのは実は好きじゃないの」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

 

各界の大物たちが何やら雑談やらビジネスやらの話をしているこの会場内。

さすがの女神達も、要人たちに挨拶ラッシュに巻き込まれ、中々抜け出せない雰囲気だ。

元よりこういった場を好まない白斗は早々に抜けてきたわけだが、おかげでこうしてアイエフと話し合える時間が出来た。

 

 

「……白斗、今日は本当にありがとう。 貴方がいなかったら、私……」

 

「気にすんなって」

 

 

―――何度でも、助けてみせる。

口にこそ出してはいないが、そう言っているように聞こえた。

 

 

「……白斗、これ」

 

「ん? 銃、か……?」

 

「ええ、私の武器。 受け取って頂戴」

 

 

この世界では、護身用の武器として銃を携帯している人物は珍しくない。

けれども、白斗から見てもこの銃は性能も値段も高いことが伺えた。

拘りの強い彼女が携帯していたものだから、それこそ貴重な品であるはずなのに。

 

 

「……お守り替わりよ。 私には、こういうことくらいしかできないんだから……せめてこれくらいは、させてよね」

 

「……ありがとよ。 でも、これくらいなんて思っちゃいないぜ」

 

 

銃を受け取り、懐に仕舞い込む白斗。

その手付きは非常に手慣れたものだ。暗殺者だった過去から銃を持っていたこともあったのだろうか。

けれども、アイエフは目の前にいる少年が暗殺者など全く思えなかった。寧ろその逆―――。

 

 

「さて、私は戻るわ。 ネプ子達のこと、よろしくね」

 

 

白斗と会話が出来て上機嫌になったらしい、アイエフにしては珍しく鼻歌を歌いながららんらんと会場へ戻っていく。

 

 

(……よろしく、か。 友好条約も結ばれなかったことで、暗殺など起こしても無意味と来た。 となりゃ、俺はもう……)

 

 

白斗は一人、己の存在意義を考えていた。

これからはさすがに暗殺など起こす輩もめっきり減ってくる。であれば、もう自分がしつこく守る意味もない。

これからの身の振り方を考えていると、アイエフと入れ違いに一人の女性が現れる。

 

 

「あら白斗、あいちゃんとのお喋りは楽しかったかしら?」

 

 

式典の時と全く変わらないドレスと美しさに身を包んだ女神、パープルハートだ。

どうやらようやく挨拶ラッシュから解放されたらしく、待ち望んでいたかのように白斗の傍へ歩み寄る。

 

 

「ネプテューヌ……まぁな」

 

「……妬けちゃうわね」

 

 

今度は彼女が、白斗の隣に腰かけた。

バルコニーの壁に背を預けている彼女の姿は、どこか妖艶だ。

 

 

「それにしても驚いたぞ。 結局形だけでも条約は結ばないと来たから」

 

「ふふ、あれ決めたのは直前だったの。 尤も、ノワール達も感じていたことだから決議自体はあっさりだったけど」

 

「ああ、それで昨日直前で内容が変わったとかボヤいてたのか」

 

 

昨夜の会話の中、スピーチの内容が覚えられないだのなんだのと言った愚痴を聞いていたが、ここに繋がると思っても見なかった。

あればかりはクールな白斗でも呆気に取られてしまったものだと苦笑いである。

 

 

「白斗、ごめんなさい。 貴方に相談もなく……必死に守ってくれたのに……」

 

「俺が守りたかったのはネプテューヌ達だ。 だから皆が無事で本当に良かったし……正直、俺もこっちの方が良かったって思うから」

 

「……白斗……」

 

 

ネプテューヌは、今まで白斗が守ってきてくれたことが無駄になってしまうのではないかと罪悪感を感じていた。

だが、白斗は気にしていない。寧ろ肯定してくれる。

そんな彼が向けてくれる笑顔が、言葉が、女神パープルハートにとっては嬉しくてたまらない。

 

 

「……全部、白斗のおかげよ。 本当にありがとう」

 

「いやいや、俺は別に……むぐっ?」

 

 

大したことしていない、そう言いかけたがネプテューヌの指先が白斗の唇に当てられていた。

 

 

「この式典を守ろうとしてくれた、優しくしてくれた、楽しく遊んでくれた、あいちゃんを助けてくれた、そして……私を命懸けで守ってくれた……。 まだまだあるわよ、私の指が足りなくなっちゃうくらいに」

 

 

受けた行動の数以上に、思いが募る。

心なしか、彼女の頬が赤く染まっている―――ようにも見えた。

美しき女神のそんな姿を見ては、白斗も喉がカラカラになるほど緊張してしまう。

 

 

「……今まで、色んな人に出会ってきたけど……ここまでしてくれた人なんていないの。 貴方だけが……私を、私達を……守ってくれた。 私は、それが……嬉しい」

 

「……ネプ、テューヌ……」

 

 

溢れる想いを留めようと、ネプテューヌは自分の胸を押さえた。

普段は明るく元気、女神化すれば凛々しく力強い、そして今では―――息を飲むほどの美しさと可愛らしさ。

白斗はすっかり、ネプテューヌという女性の魅力に飲まれてしまっている。

 

 

「あら、言っておくけど私達も同じよ」

 

「ノワール? みんなも……」

 

 

そこへ更に現れたのはノワール、だけではない。

ブラン、ベール、そして女神候補生たちも皆集まっていた。

誰もが白斗を慕い、白斗を想ってくれているからこそ、彼の傍に来ている。

 

 

「ああ、ロムとラムを……私の想いも守ってくれた。 私のために怒ってくれた」

 

「私の弟で、私のために啖呵を切る姿もカッコ良かったですわ」

 

「白斗さん、いつも助けてくださいますし」

 

「そうよね。 それに、白斗さんとのガントーク楽しいし!」

 

「お兄ちゃん、優しくていつも遊んでくれるから大好き!」

 

「私も……お兄ちゃん、大好き……♪」

 

 

皆、白斗との思い出を大切にしてくれている。

一人一人が笑顔に溢れ、その笑顔が集うことで周りの空気が明るく、幸せになる。そんな幸せに包まれて、嫌になる人物がどこに居ようか。

 

 

「ね? 白斗はこれだけのことをしてくれたの。 だから、もう……私達から離れちゃダメよ?」

 

 

隣には、静かに微笑んでくれるパープルハート。

もう彼女達にとって黒原白斗は掛け替えのない存在、大切な人、そして必要とされている少年なのだ。

先程まで、身の振り方を考えていたのが馬鹿らしくなってくる。身の振り方なんて、もうとっくに決まっていたのだから。

 

 

「……女神様にそうお願いされちゃ、離れるなんて選択肢ねーわな」

 

「安心して。 何度『いいえ』を押しても無限ループしてあげるから」

 

「迷惑仕様だなそれ……」

 

 

と言いつつも迷惑だなんて欠片も思ってもいない。

寧ろ、嬉しさしかなかった。

こんな素敵な女神様達にここまで思ってもらえるなんて、この世界にくる数瞬前。あの父親に殺されそうになっている場面からは全く想像できなかった。

皆一人一人が飲み物を手にしている。彼女達の意図を汲み、白斗はグラスを持ち上げる。

 

 

 

(……何故、この世界に来たかは分からない。 でも、もしこんな素敵な女神様達のために来たのだとしたら……ホントに幸せものだな、俺は。 暗殺者の癖に……)

 

 

 

そんな素敵な世界で生きていこう。素敵な女神様のために生きていこう。

今の白斗の中では、それが全て。

彼にとっての全てとなっている人たちとこんな記念すべき日を迎えられたことに今を楽しむ。それこそ、全力で。

 

 

 

 

「みんな、私達の大切な人―――白斗のおかげでこの良き日を迎えられたことに、乾杯!」

 

「「「「「乾杯!」」」」」

 

 

 

 

 

そのグラスが告げるは、新しき世界の始まり――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――同時刻。某国某所―――。

 

 

「………ここは、どこじゃ………?」

 

 

その頃、人里離れた山奥である白衣の男は佇んでいた。

見た目は初老に近いが、白衣を着こんでおりそれからは薬品の匂いも漂わせる。そして彼の周りは、つい数秒前までとは全く違う景色が広がっていた。

 

 

「……ほう、あの不愉快な“声”の情報通り……変な男がいたものだ」

 

「誰だ!?」

 

 

白衣の男の真後ろから、重苦しい女性の声。

振り返った先には、まさに魔女としか形容するしかない女性が一人“浮かんでいた”。

 

 

「……浮かんでいる!? どういう仕掛けだそれは……!?」

 

「仕掛けとはおかしな話だ……私の魔力で浮かしているに決まっている。 そして浮いていた方が強キャラ感が出るだろう」

 

「魔力……だと……!?」

 

 

どうやらこの科学者然とした男は魔力の存在を知らないらしい。

無理もない、何せ彼の世界では魔力など“存在しなかった”のだから。

 

 

「ふん、そう事を急くな。 ……貴様の素性については大体は理解しているつもりだ」

 

「お前が私をここまで呼び寄せたのか……!?」

 

「私ではない、何者かは私も知らん……。 だが、まずは名乗るとしよう」

 

 

妖艶な魔女は、狂気を帯びた笑い声をあげる。

 

 

 

 

 

 

 

「……我が名はマジェコンヌ。 この世界から女神を排除し、新しき支配者となる者だ。 さぁ、次は貴様の番だ……“異世界の狂気の科学者”……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………“黒原才蔵”殿?」

 

 

 

 

 

 

―――新たな世界の始まり、それは新たな戦いの始まりでもあった。




サブタイの元ネタ「踊る!大捜査線」

と、言うわけでアニメでは最早お馴染み友好条約のシーンでしたが今回は敢えてこちらを序盤の山場に持ってきました。
こんな展開も新鮮かなと思いまして。
今回焦点を当てたのはアイエフちゃんですが実は私、あいちゃん大好きなのです。女神の次に贔屓しちゃおうかしらってくらいに(ぇ
あ、今後の予定としてはメーカーキャラを二名ほどヒロイン追加予定です。既にパイオニアも存在する以上、少し似たような展開になりがちなのが悩みの種ですが私自身好きなキャラで、好きな展開をしていくスタンスは崩したくないので今後も生温かい目で見ていただければ幸いです。
さて、今回で少しだけ投稿間隔を落ち着かせようと思いますがご了承を。では次回から新展開、どうかお楽しみに!


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第九話 白斗、各国へ

さぁ、ここからは女神様とのイチャイチャタイム!
勿論女神のみならず、色んなキャラを色んなシチュエーションで絡ませますとも!


「……おはようございまーす、画面の前の皆様! ネプテューヌです!」

 

 

ふっふっふー、いつもの三人称視点の地の文じゃなくて今回は私がナレーションを担当するよ!

さて、あの式典から一週間が経過したある日の朝。現在時刻はなんと朝の五時!まだ朝日すら昇り切っていないよ!

え?なんでそんな時間ぐーすかしているはずの私が起きているかって?そんなの決まってるじゃん!

 

 

「ではこれより、白斗に朝一ドッキリを仕掛けたいと思います!」

 

 

白斗もこの世界に来てから早数週間が経過しました。

もう私達をオーバーに警護する必要も無くなったし、白斗もそろそろ安眠して欲しいと思い敢えて一週間くらい時間を空けた。

ついでにノワール達も式典が終わり、警護を解除されたことで自分の国に戻っている。つまり、邪魔者はナッシング!!

だからこそ今日、私は朝駆けを決行するっ!!

 

 

「いやぁ、普段隙を見せてくれない白斗の慌てふためく姿が楽しみで仕方ありません! では、部屋に潜入してみたいと思います!」

 

 

こんな楽しいイベントを思いついちゃったからには逆に寝ていられないってもんでしょ!

ということでカメラとマイクの準備もオーケー。

そろーり、抜き足差し足忍び足でお邪魔しま~す。

 

 

(おっ、寝ているな……うひひ……)

 

 

ベッドの膨らみ。白斗はぐっすりしているようです。

くくく、ごめんね白斗。でも恨むなら隙だらけな自分を恨むがいい!

 

 

「では早速……ねぷねぷだーいぶっ!!」

 

 

ピョインとカンガルーのように飛び上がり、そのまま白斗にダーイブ!

ボフンと羽毛特有の柔らかさが私を受け止め……あれ?

何だか柔らかすぎるよーな……まさか!?

 

 

「なっ!? 身代わり!?」

 

 

掛け布団をめくると、白斗の体と思っていた膨らみはただの毛布を筒状にくるんでいたものだった。

馬鹿な!?それじゃ白斗は一体どこに!?

 

 

「隙だらけだ、馬鹿娘」

 

「あいだっ!?」

 

 

後ろからチョップ!?意外に痛いんだけどコレー!?

涙目で振り向くと、そこには余裕の表情で立っている白斗がいた。

 

 

「白斗!? 馬鹿な……どうして起きてるの!?」

 

「扉の前で邪悪な気配を察知したんでな」

 

「私邪悪!?」

 

 

ねぷーっ!なんて酷いことを!女神様だよ私!?

ただ白斗に寝起きドッキリという粋なイタズラを敢行しようとしていた私のどこが邪悪だと言うんだ!!ムキーッ!!!

 

 

「はっはっは、俺に不意打ちなんて26年早い」

 

「うぐぐ……!」

 

 

今度は頭を優しく撫でられる……まさに子ども扱い!

悔しい悔しい悔しいーっ!!

あ、でも撫で撫では気持ちいいかも……じゃなくて!!

 

 

「白斗! 絶対にぎゃふんって言わせてやる!! ねっぷねぷにしてやんよ!!」

 

「ぎゃふん、ねっぷねぷー」

 

「あっさり言うなーっ!! うわーん!! 今日は戦略的撤退ー!!!」

 

「まだやるのかこのノリ」

 

 

ええい、まだだ!まだ終わらんよ!!

必ずや白斗に一本取ってやるんだからー!!!

……で、一本取れたら……白斗にいっぱい褒めてもらいたいなー……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あれ? ここ最近の私……どうして白斗の事ばかり考えるんだろ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そしてその日のお昼。

 

 

「仕事をせんかぁ! この駄女神ィ!!!」

 

「きゃいんッ!?」

 

 

白斗は鞭ならぬワイヤーを振るい、床を叩きつけていた。

あの式典が終わって以来、来る日も来る日もぐーたら遊びまくり、昼寝、サボり、ゲーム三昧とやりたい放題なネプテューヌ。

居候の身でありながら白斗の目に余る状況となり、イストワールの胃が痛みだしたことで鬼となった。

 

 

「ちょっと白斗ぉ!? フローリングに傷ついちゃうよ!?」

 

「オメーに仕事させられるなら喜んで弁償してやるわぁ!! さぁ仕事をしろこの駄女神………いや駄犬がァ!!」

 

「きゃいんッ!!?」

 

 

ピシィン、と鋭い音を立ててまたワイヤーが飛ぶ。

そんなバイオレンスな光景を、アイエフとコンパ、ネプギアは見つめていた。それぞれの視線は三者三様と言ったところだ。

 

 

「あいちゃーん! あいちゃんは助けてくれるよね!?」

 

「や」

 

「一文字!? あいちゃんは私と白斗、どっちの味方なの!?」

 

「白斗」

 

「お願い!? もう少し私の味方してー!!?」

 

 

全く取り合うことなく見捨てるようにコーヒーを啜るアイエフ。

しかしブラックに挑戦したはいいものの、結局受け付けられないのはどこか彼女らしい。

 

 

「あはは、白斗さんしっかりものです~」

 

「こんぱも見捨てないでー!!」

 

 

ふんわりした視線で二人を包み込むコンパ。

だが助けてくれない。ネプテューヌにとっては真綿で首を締められているような感覚だ。

唯一、見るに見かねて何とか止めようとしていたのはネプギアのみ。白斗に怯えつつも、愛する姉のためになけなしの勇気を振り絞って割り込んできた。

 

 

「あ、あの白斗さん……。 お姉ちゃんも、その……お疲れですし少しくらい大目に見てあげてもいいんじゃ……」

 

「ネプギア―!! やっぱり持つべきは優しい妹……」

 

「ネプギア。 後で一緒にバイクの調整してくれないか。 機械弄れるぞー」

 

「ですね。 お姉ちゃんを甘やかさないのも妹の役目ですよね!」

 

「釣られたー!? おのれネプギア!! 裏切ったな――――!!!!!」

 

 

あっさりと白斗側に寝返ったネプギア。ネプギアは寝返り属性手に入れました!

因みにここ最近の白斗は、アイエフのバイクに乗った影響からか自分のバイクを作ろうとしているとか。

 

 

「……ったく、ホラ」

 

「え? 何これ……プリン?」

 

 

しかし、白斗もただ厳しく躾けているだけではない。

項垂れる彼女の前に、取って置きのものを置いてみた。

ぷるるんと揺れる、黄金色の甘味―――その名はプリン。ネプテューヌの大好物だ。

 

 

「コンパに教わって作ってみたんだ」

 

「これ……白斗が作ってくれたの!? 私のために……?」

 

「……ま、まぁ。 不味かったら、ゴメン」

 

 

照れ臭さに耐えきれなくなり、視線を逸らしてしまう白斗。

一方のネプテューヌは胸の高鳴り、ときめき、熱さが止まらない状態だ。

 

 

「とにかく、頑張って仕事をするならそれ食べていいぞ」

 

「いただきまーす!!」

 

「せめて約束してから食べような!?」

 

 

あっという間に口にしてしまうネプテューヌ。

こうして完成形のプリンを出したわけであるが、実はこれ自体何十回も作り直ししてようやくコンパから及第点を貰えたもの。

その努力の結晶も、一気に食べられてしまうのだからどこか遣る瀬無い気持ちになる。

 

 

 

「―――美味しい~!! 白斗、ありがとね!!」

 

 

 

―――けれども、この眩しい笑顔がそれすらも吹き飛ばした。

 

 

(……この顔を見たかったからコンパに土下座までした、なんて言えないな)

 

 

またもや照れ隠しで視線を逸らしてしまう白斗。

この日、珍しく上機嫌でネプテューヌは書類仕事に手を付けた。その速度と来たら、まるでドーピングが入ったかのような張り切り具合だ。

イストワールは、呆れるでも喜ぶでもなく、ただ愛しいものを見るかのような目でネプテューヌを見守っていた。

 

 

「ふふ、凄い効果がありますね。 白斗さんのプリン」

 

「ドーピングなんか仕込んでないはずですけどねー」

 

「でも、ドーピング以上のものを仕込みましたよ」

 

「えぇ……? コンパ監修だから変なモン入れてないはずだけどなー……」

 

(白斗さんの愛情、ですよ)

 

 

今日も愛らしく宙に浮かんでいるイストワール。

けれども白斗も含めて皆を見守っているその姿は、どこか母親らしさを感じさせた。

 

 

「……ところで白斗さん、お聞きしたいのですが」

 

「はい?」

 

「……式典も終わり、もう女神の皆さんが狙われる危険性も減りました。 諸々が落ち着いてきたので……白斗さんを元の世界へ帰す方法を探そうと思うのですが」

 

 

少し申し訳なさそうに訊ねてきた。

そう、彼女達からしたら白斗は突然この世界にやってきた来訪者。帰る方法を見つけてあげるのも女神の役目だとネプテューヌは言っていた。

ただ、今までは式典などのゴタゴタでそこまで手が回らなかった。今なら違うとイストワールが言うのだが。

 

 

「白斗ぉ!! 帰っちゃヤダああああああああああああああああ!!!!!」

 

「きゃっ!? ちょっとネプテューヌさん!? お仕事は!?」

 

「終わらせたぁ!!」

 

「早!?」

 

 

書類仕事をしていたはずのネプテューヌが、白斗に抱き着いてきた。

しかも明るい彼女からかけ離れた、悲しみの涙で溢れさせている。

量も尋常ではなく、あっという間に白斗の服が涙で濡れてしまった。

 

 

「だ、ダメですよネプテューヌさん! 白斗さんにだって帰るべき世界があるんです!」

 

「でも……でもぉ……」

 

 

彼を元の世界へ帰すことが一番の幸せ。

そう考えていたイストワールが何とか宥めようとするのだが、ネプテューヌが駄々をこねるよりも前に。

 

 

 

 

「大丈夫だよネプテューヌ。 俺、帰るつもりなんかサラッサラねーから」

 

 

 

 

優しい声と手で、白斗が包み込んでくれたのだ。

 

 

「ホント……?」

 

「ホントにホントだ。 元の世界よりも、この世界の方が楽しいし幸せだ」

 

「……えへへー。 でしょー!?」

 

 

断言して見せた白斗に、ネプテューヌはすっかり涙を引っ込めてしまう。

だらしなく緩み切った頬で、嫌でも幸せな雰囲気が伝わってくる。

 

 

「その……よろしいのですか白斗さん? ご家族とかは……」

 

「……いません」

 

「あ………ご、ごめんなさい……」

 

 

少し、寂しそうに呟いた白斗。

これまで、詳細には語らないが白斗の過去は断片的ながらも見えてきた。嘗ては姉がいたこと、父親によって機械の心臓を埋め込まれてしまったこと、そして嫌なのに暗殺者にされてしまったこと。

彼にとって元の世界とは、きっと地獄に等しいのだろう。

 

 

「いいんですよ。 ……おかげで、皆と会えたから」

 

 

だから、今あるこの世界が天国だと思える。

苦しいことも、危険なことも、許せないこともあるが―――それ以上に大切な存在がこの世界にいてくれるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、時間は経ち―――。

 

 

「……ふぁ~、疲れたぁ」

 

 

月が昇った時間帯、夕食も風呂も終えた白斗はベッドに寝転がった。

例の式典による宣言、それはどんな妨害を仕掛けようとも条約と言うものがないのだから無意味という女神としての宣言。

これにより暗殺の気配は全くと言っていいほど無くなった。故に白斗も警護する必要性を感じなくなり、こうして自室にこもる時間が出来た。

 

 

(ここ最近、楽しくて、幸せで仕方ねぇ……今でも夢かと疑いたくなる)

 

 

昼間のうちにネプギアと約束したバイクの組み立てはある程度進めた。楽しかった。

仕事を終えたネプテューヌと対戦ゲームで遊び倒した。楽しかった。

夜になるとみんなで会話しながら、テレビを見ながら夕飯。楽しかった。

―――楽しくて、幸せなことだらけだった。

 

 

「……さて、今後はどうしようかな……」

 

 

まだ見ぬ明日へ、思いを馳せていた。

明日は何して過ごすのか、これからどう生きていくのか、これからみんなと何をしていくのか。

今までの生活からでは考えられないことだった。

と、その時白斗の携帯電話が鳴らされる。

 

 

「はい、もしもし……」

 

『白斗、久しぶり! 元気にしてた!?』

 

「うん、昨日ぶりを久しぶりと呼べるくらいには元気だぞノワール」

 

 

ボタンを押せば、空中に画面が投影される。

そこに映っていたのはラステイションの女神、ノワールだ。今日も美しい黒髪とツインテールが良く似合っている。

 

 

『もー連れないわね』

 

「仕方ねーでしょー。 ここ毎晩電話してくれるんだから」

 

 

そう、毎晩暇を持て余しているであろうこのタイミングでノワールは電話をかけているのだ。

正直掛け過ぎだと白斗は思ったが、電話越しでも彼女との会話は楽しい。ついつい会話が弾んでしまうこともあった。

それがノワールだけ、ならばまだ良かったのだが―――。

 

 

「ん? キャッチホン……ってことは……」

 

『ちょっ!? 白斗、出なくていいから……』

 

『出なくていいとは随分なご挨拶じゃねーかノワール!』

 

 

無理矢理回線に割り込み、新しい画面が展開される。

そこに映っていたのは、現在ルウィーに戻り政務をこなしているはずのブランだった。夜ということで幾分か楽な格好をしている。

 

 

『……と、ごめんなさい白斗。 こんばんは』

 

「うーす。 あ、ブラン。 この間オススメしてくれた小説、ありがとな。 面白かった!」

 

『本当!? 白斗と私の好みが合って、嬉しい……!』

 

 

キレても冷静さを取り戻し、きちんと挨拶する。

白斗も挨拶した後、一冊の小説を取り出した。それは彼女がルウィーに帰る前に勧めてくれた小説。

こうして小説を読むことが出来たのも、白斗が個人の時間を持てているからだ。

自分の趣向と合致していたという事実に、ブランは天使の様な微笑みを返してくれる。

それが面白くないと感じたノワールも、一手講じることに。

 

 

『あ、白斗! 私もね、本読んだりするのよー。 今度オススメの本があるから……』

 

『おいノワール! テメェ、何人の真似事してんだ!』

 

『いいじゃない! ひょっとしたらこっちの方が白斗の好みかもしれないし!』

 

『ハッ、ツンデレぼっちなテメェの趣向が白斗に合うワケが……』

 

「うるさくするなら切るぞ」

 

『『しーん………』』

 

 

大人しくなった。鶴の一声である。

 

 

『白ちゃ~ん! さぁ、ネトゲしましょう!』

 

「うおわ!? ベール姉さんまで……どうしてアンタらは当たり前のように回線に割り込んでくるんだ……」

 

『女神の力ですわ!!』

 

「女神すげぇ」

 

 

どーんという効果音と共に派手に割り込んできたのはベール。

今日も相変わらず胸が凄く揺れている。

彼女が国に帰ってからも、こうして通話だけでなく彼女が進めるオンラインゲームこと「四女神オンライン」を時々プレイしている。

ゲーム初心者である白斗はまだまだ不慣れだが、徐々にゲームというものに興じつつある。

 

 

『白ちゃんはどこまで進めました?』

 

「ようやく魔王の名前でたところかなー」

 

『まだまだ序盤ですわね。 いいですわ、今日は朝までたっぷりお教えして差し上げますわ』

 

「ぐ、うう……貫徹コース結局脱退しきれてねぇな……」

 

 

ネトゲ廃人であるベールにとって貫徹は当たり前。しかも彼女はそれでいてたまに仕事やクエスト、そしてまたゲームへという凄まじい生活を送っている。

さすがの白斗も戦慄を感じてしまう程だった。

 

 

『こらベール! 白斗は貴女のじゃないのよ!?』

 

『白ちゃんは私の弟ですもの!』

 

『独占禁止法ってのを知らねぇのかテメェは!』

 

 

何故か毎回鉢合わせてしまう女神達。

姦しいと言えばそれまでだが、さすがに騒がしくなってくるのは目に見えているので。

 

 

「切るぞ」

 

『『『しーん………』』』

 

 

鶴の一声、発動。

 

 

「電話してくれるのは嬉しいが、あんまり騒がないでくれ……ふぁぁ~……」

 

『少しお疲れ? またネプテューヌがサボったりしたの?』

 

「そんなトコかな。 今回は秘策でバリバリ働かせたが」

 

 

思わず欠伸をしてしまう。

最近まで欠伸をすることすらなかったのに。白斗の実際の生活だけではない、精神的にもゆとりが出てきたことの証だ。

 

 

『もう、ホントにネプテューヌのところなんてやめて私の秘書になったら? 衣食住提供、福利厚生付きで―――』

 

『白斗、ノワールだけにブラック企業よ。 その点、ルウィーは穏やかだからホワイト企業。 ロムとラムも会いたがってるわ』

 

『リーンボックスだって目に優しい緑ですわ! それ以前に白ちゃんは私の弟ですから!』

 

「最早最後の方の理論が意味☆不明なんだけど!?」

 

 

とにかくあの手この手で白斗を引き込もうとする女神達。

引く手数多なのは嬉しいし、白斗としても困りはすれど実際迷うこともあるのだ。

 

 

『まぁ、冗談じゃないことはさておき』

 

「冗談じゃないのね……」

 

『ええ。 それよりも私達、ちゃんとした用事で電話をお掛けしましたのよ?』

 

 

どうやら今回の回線割込みはちゃんと示し合わせてのものらしい。

それでも少しでも白斗を独占しようとする乙女心は止められないようだが。

一体何事かと耳を傾けていると。

 

 

『『『私達の国に、旅行に来ない?』』』

 

「……ほ? リョコウ?」

 

 

旅行のお誘いだった。

 

 

『そうよ。 ようやく落ち着いたし、白斗って各国をロクに観光も出来なかったでしょ?』

 

「あー……確かにほぼ日帰りで、そんな余裕も無かったもんなぁ」

 

 

思い返してみても、各国に訪れたのは一度ずつだがハッキリ言って観光目的では無かった上に滞在時間も短い。

ラステイションはノワールの護衛で付き添い、その際に大事件に巻き込まれた。

ルウィーの場合、行きは転移装置で向かい、そこでロムとラムを守って気絶。

リーンボックスはベールの付き添いで、ただゲームをしに行ったという感じだ。

 

 

『そこで、守ってくれたお礼も兼ねて私達の国に招待したいの。 勿論、旅費などはこちら持ちだから安心して』

 

「いや、それくらい自分で出すから」

 

『だーめ、ですわ。 以前も言った通り、これもお礼なのですからしっかり受け取ってくださいまし』

 

 

ブランとベールも中々強情だ。

そして白斗は考えてみても、断る理由など何一つ無かった。ネプテューヌのことも守りたいが、彼女達のことも大切なのだ。

それに、彼女達の国をよく知っておくのもこれから先必要なことになると頭では理解している。

 

 

「……分かった。 一応ネプテューヌに許可を貰ってからにはなるけど、俺個人はオーケーだよ」

 

『『『やったぁ!!!』』』

 

 

この三人の喜びよう、まるで今日のネプテューヌのようだ。

女神様と呼ばれ、国民からは神格化されているとしてもやはり内心は女の子。

気になる少年から返事を貰えることは、何よりも嬉しいようだ。

 

 

「あ、そうだ。 日程ってどんな感じになってるかな?」

 

『まずはラステイション、ルウィー、そしてリーンボックスの順よ。 各国一週間』

 

「一週間もいていいのか、太っ腹。 因みにこの順番は何か意図が?』

 

『ただのジャンケンよ……。 くっ、何故あそこで私はパーを出したの……!?』

 

『私が一番最後……いえ、トリを飾ると思えば……!!』

 

 

心底悔しそうなブランとベール。対するノワールは一番槍を務めることもあって上機嫌だ。

皆がこの旅行で白斗と触れ合うことを楽しみにして仕方がない、そんな表情である。

尤も白斗は理解が追い付いていないが故に若干苦笑いだったが。

その後、白斗は結局夜通しでベールとのオンラインゲームに興じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――三日後。

 

 

「ノワール達からもらったチケットよーし、荷物よーし、財布よーし、ケータイよーし」

 

 

プラネテューヌの定期船発着場。

白斗の世界で言う空港では今日も多くの人で入り乱れていた。

そんな中、白斗はキャリーバッグを片手に電光掲示板を確認し、これから乗る便を照らし合わせていた。

 

 

「白斗さん、問題ないですね?」

 

「大丈夫です。 でもすみませんイストワールさん、大変な時にその……旅行なんて」

 

「いいんですよ。 白斗さんには寧ろこの世界を楽しんでもらいたいんですから」

 

 

珍しく教会の外から出てきてまで見送りに来てくれるイストワール。

その気づかいと微笑みはまるで聖母のようだ。

あの晩、皆に旅行を提案されたことを話すと二つ返事で許可を貰えた。イストワール達も白斗にはそろそろ羽を伸ばしてもらいたいと願っていたところなのだ。

 

 

「アイエフ、コンパ、ネプギア。 ネプテューヌのこと、よろしくな。 俺も何かあったらすぐに戻るから」

 

「そうならないように何とかするから安心しなさい」

 

「です! 白斗さんはしっかり楽しんで休養してくるのがお仕事です!」

 

「白斗さんも何かあったらすぐに連絡くださいね!」

 

 

旅行するにあたって気掛かりだったのはネプテューヌだった。

仕事をしない彼女が、事実上のお目付け役である自分がいなくなったらどうなってしまうのか。

いや、仕事とは関係なく、ネプテューヌのことが心配だった。

だがここには彼女との付き合いが長い親友二人と妹一人がいる。問題はないと白斗も信頼していた。

 

 

「にしてもネプ子ったら何してるのかしら?」

 

「はい、ちょっと準備があるから遅れると言ってましたけど、もう白斗さんが行かなきゃいけない時間ですぅ……」

 

 

アイエフとコンパは腕時計を見ながらそわそわしている。今、この場にネプテューヌだけがいないのだ。

公共交通機関は時間厳守、一人の都合だけで発着を遅らせてはくれない。

故に時間が来たら白斗は行かなくてはならないのだ。

 

 

「おーい、白斗ー! 待たせてごめんねー!!」

 

「あ、やっと来たか。 何してたんだネプ……テュー……ヌ?」

 

 

そこへ聞こえた、明るく元気な声。

この声を聞くといつも安心できて、いつも元気を貰えて、いつも明るくなれる。ネプテューヌの声だ。

彼女の声を聞けたことで白斗も笑顔で返すのだが、次第に言葉が窄んでいく。ネプテューヌの手に可笑しなものが握られていたからだ。

 

 

「いやぁ、旅行と言えば宿でゲーム! 色んなゲームを詰め込み過ぎて荷物が重くてねー」

 

「その前にネプテューヌさん、一ついいでしょうか。 その荷物は何だ?」

 

 

ネプテューヌの手には、キャリーバッグが握られていた。

少しピンク色の掛かったバッグは女の子らしさあふれるデザイン。しかし問題はデザインなどではなく、何故彼女がそんなものを手にしているかである。

 

 

「え? 私のだよ?」

 

「どこへ行くんだ?」

 

「まずはラステイション、その後にルウィーときて、最後にリーンボックスって聞いてる」

 

「誰と行くんだ?」

 

「白斗」

 

「滞在期間は?」

 

「各国一週間! いやー、白斗と旅行なんて楽しみでもうウッキウキ♪」

 

 

―――どうやら白斗についていくつもりらしい。

嬉しくないと言えば嘘にはなるが、だからと言って怒りがこみ上げてこないはずもない。

 

 

「猿以下の脳ミソでウキウキ言ってんじゃねぇこの阿呆がああああああああ!!!」

 

「ねぷぎゃああああああああああああああああああッ!!?」

 

 

グリグリと拳と拳でネプテューヌの頭を挟み込み、万力。

傍から見ても痛々しい光景だが、ご尤もだとイストワールにアイエフとコンパ、ネプギアは呆れ気味である。

 

 

「うう~酷いよ白斗ぉ~!」

 

「黙らっしゃい! 百歩譲って旅行についてくるにしても各国一週間! 合計三週間! お前、仕事どうするつもりだ!?」

 

「それ以前に白斗が私を置いて三週間も離れちゃうのがヤダ~!」

 

「ヤダじゃありません! 大体そんなことをしたら大好きなプリンやゲームともおサラバだぞ!」

 

「いいもん!」

 

「何ですと!!?」

 

 

耳を疑う衝撃発言。

ゲーム大好き、プリン大好きのネプテューヌがそれらをどうでもいいと後回しにしたのだ。

そこまで求められると白斗もさすがに強く言えなくなってしまう。

 

 

「……白斗と、離れたくない。 何でか分からないけど……白斗と一緒がいいの」

 

 

涙と共に出された声に、白斗は一瞬言葉を失ってしまった。

彼女はいつだって自分の気持ちをストレートにぶつけてきている。だから響くのだ。

そんな彼女が可愛らしくて、白斗も離れたくなくなってしまう。

でも白斗はここから旅立たなければならない、そしてネプテューヌを連れていくことは出来ない。それを理解してもらうには、自分の気持ちを真正面からぶつけるしかない。

 

 

「……正直、俺はネプテューヌに着いてきてもらえたら嬉しいし三週間も離れるのは寂しいさ。 でもそのせいでプラネテューヌの、お前のシェアが減っちまうのも正直悲しい」

 

「うう~……」

 

 

白斗も、何だかんだの付き合いでネプテューヌを嫌ってはいない。寧ろその逆、大切で、どこまでも一緒に居たい人。

だからもし一緒に旅行に行けるなら、本当はそれでもいいのだ。でも、そうは許されない状況なのも十分理解している。

 

 

「出来れば離れたくもない……でも、ノワール達の事だって、俺には大切なんだ。 ここまでは理解……してくれるか?」

 

「……うん……」

 

 

変に着飾る必要もない。白斗自身が感じていることを言葉に乗せて、ネプテューヌに聞かせる。

頭を撫でながら、語気を強めず、ゆっくりと。ネプテューヌもその一つ一つを理解し、共感している。だから、ふてくされながらも肯定の言葉が出てしまうのだ。

 

 

「それにケータイだってあるんだから、ちゃんと連絡するって」

 

「……毎晩」

 

「へ?」

 

「毎晩……お話してくれたら、いいよ……。 メールだけでもいいから……」

 

 

ネプテューヌにとって、一番怖いこと。それは白斗との繋がりが失われてしまうことだったのだ。

だから、彼との繋がりが保てるなら何でもいい。それこそゲームでも、他愛のない会話だけでもいい。

それを知った白斗は、ネプテューヌの小さな頭を撫でて、ちゃんと彼女の目を見て。

 

 

「……約束する」

 

 

約束した。

こうすれば、白斗は必ずそれを果たしてくれる。そういう人だと知っているから、ネプテューヌは頷くしかなかった。

 

 

「……指切り」

 

「はいはい。 また懐かしいものを持ち出してきおって」

 

 

短い言葉で、でも微笑みながらネプテューヌは小指を出してきた。

でも、悪い感じはしない。白斗とネプテューヌは互いの小指を絡め合う。

指切り、それは些細ながらも互いが交わす約束の証。

 

 

「指切りげんまん、嘘ついたら三十二式エクスブレイド飲まーす。 指切った」

 

「ヤベェ!? 何が何でも守らなくちゃヤベェよコレ!!?」

 

 

いつものように向けてくれる笑顔が、逆に怖かった。

白斗は戦慄しながらも絶対に約束を破らないことを心の中で誓うのだった。

 

 

「……お土産、よろしくね」

 

「おう。 それに、帰ってきたらその分たっぷり遊ぼうな」

 

「……!! うん!!」

 

 

そしてお土産だけではない、三週間分の埋め合わせも白斗自ら約束する。

ネプテューヌと来たら、まるで子供の用に顔を輝かせて頷いてくれた。

こんな顔をされては、益々約束を守るしかない。

ようやく女神様も納得し、白斗から離れてくれた。それと同時に白斗がこれから乗る便の搭乗を告げるアナウンスが流れる。

 

 

 

 

「んじゃ、改めて……行ってきます!」

 

「「「「「行ってらっしゃい!!」」」」」

 

 

 

 

皆の声を一身に受け、白斗は歩き出す。

不安もあるが、期待も大きい。まだ彼はゲイムギョウ界の全てを知らない。だからこそ知りに行く。

この世界で生きていくと決めたから、この世界で生きていきたいから、この世界に―――何よりも大切なものが出来たから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――と言うわけでラステイションへやってきたワケですが」

 

 

それから約二時間かけて、白斗を乗せた定期船はラステイションへと着陸した。

入国手続きを済ませて白斗は発着場から外に出る。

以前と同じ発着場を利用していたので、外へ出ると見覚えのある景色が飛び込んできた。それに活気ある人々の声も聞き覚えがある。

 

 

(でも……ネプテューヌ達から離れただけで、でこんなにも静かに感じられるなんてな)

 

 

プラネテューヌでの生活はいい意味で騒がしかった。

常にネプテューヌが遊び、ネプギアがそれに加わる。それに怒ったイストワールとアイエフが説教して、コンパが宥める。

そんな日常とも、ここから変わる。ここからは新しい生活が待っているのだから。

 

 

「いらっしゃい、白斗。 待ってたわ」

 

「ん? あれ、ノワール!?」

 

 

そこへ声をかけてきた女性。何とノワールだった。

周りの人に配慮してか、いつもの服装ではなく茶色いコートを羽織り、サングラスをかけて誤魔化している。

ただ、特徴的なツインテールと声からすぐに分かった。

 

 

「まさかノワール直々にお出迎えしてくれるなんてな」

 

「形式としては私が直接招いているのよ。 無礼があってはいけないわ」

 

 

だったら変装などしなくても良いのではないか、と野暮なツッコミは心に留めた白斗であった。

 

 

「それに白斗、教会までの道のり知らないでしょ?」

 

「確かに。 前回は行きそびれちゃったからな」

 

 

数日前の訪問ではノルス奇襲の所為で白斗は病院送り、教会に寄る暇も無かった。

道のりも知らなかったし、このガイドは心強い。

 

 

「……それに、白斗と一緒に行きたかったし……」

 

「何か言った?」

 

「い、いいや別にナニモ!? さ、さぁそれより行きましょ!!」

 

「お、おい!? ひ、引っ張るなって!」

 

 

照れ隠しの余り、ノワールは白斗の手を引いて走り出してしまう。

その姿は女神らしいとは言えなかったが、とても可愛らしく、まさしく女の子だった。そんな彼女の姿と手の柔らかさを感じつつ、白斗は教会へと走っていく。

これから起こる、楽しい日々に思いを馳せて―――。




次回からはラステイション編になります。
ノワールは書いていて楽しいキャラなので、あれやこれやとシチュエーションが浮かんで仕方がない。インスピレーションを刺激してくれるキャラです。
勿論この旅行編だけでは収まりきらないので、今後も長い目で見ていただければ幸いです。
次回はイチャイチャというよりも足場固め的なお話です。ではお楽しみに!


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第十話 重厚なる黒の大地、ラステイション

ということでここからツンデレぼっち女神、ノワール様のターン!
彼女とその周り、そしてラステイションに関してどんどん掘り下げていければいいなと思っています。
では本編どうぞ!


―――これまでのお礼という形へゲイムギョウ界の各国へ旅行へ赴くことになった白斗。

まず辿り着いたラステイションで、ノワールの案内を受けつつ教会まで歩いていた。

以前は彼女の護衛という形でろくな観光も出来なかったのだが、今回は観光目的。彼女の案内や紹介で、ラステイションへの理解と興味を深めていく。

 

 

「この辺りはラステイションの歴史や技術を知ってもらうための博物館が多いの。 体験学習とか実施してくれる工場もあったりするのよ」

 

「へぇ、地域密着型なんだな」

 

「ええ。 みんなにラステイションをもっと好きになって欲しいもの」

 

 

改めて見るラステイションの国は、重工業の国というイメージに隠されがちなノワールの想いが詰め込まれていた。

工場や企業の多さから発展ぶりは勿論、そんな国を深く知り、愛してもらおうと娯楽にも注力している。

 

 

「あ、白斗。 ここのパン屋さんは私のお気に入りなの。 食べてかない?」

 

「いいね。 実は昼まだだったんだ」

 

「良かった。 オススメはカレーパンだけど白斗もそれでいい?」

 

「ノワールにお任せ」

 

「任されました♪ おばちゃん、カレーパンお願い!」

 

 

どうやら一緒に来たかった場所らしい、ノワールがとあるパン屋を指差した。

各国の食文化に興味があった白斗は二つ返事で承諾、早速ノワールが買ってきたパンとコーヒーで軽い昼食に。

ベンチに腰掛け、二人仲良くカレーパンにかぶりつく。

 

 

「もぐもぐ……ん!? なんじゃこの美味さ!? カレー自体のコク、辛さ、そしてそれに絡み合うパン……!」

 

「でしょう? 時々このパンを食べないと落ち着かないのよねー」

 

「ごっくん! ……ふぅ、一気に食っちまったぜ。 もう一個買ってくる!」

 

「そういうと思ってお代わり買ってきてあるわ。 はい、どーぞ」

 

「あ、悪ぃ……」

 

「じゃなくて?」

 

「……ありがとな」

 

 

カレーパンの美味さが想像の域を超えており、あっという間に食してしまった白斗。

当然パン一個で満たされず、もう一個を求めてしまう。

それを予期していたノワールがそれを差し出してくれた。白斗は照れ臭さを感じながらもそれを受け取って再びかぶりつく。

 

 

「って白斗、カスがついてるわよ」

 

「んぁ? どこだ?」

 

「もう、こういうところは子供っぽいわね。 動かないで、取ってあげるから」

 

 

一方、パンを食べ終えたノワールが振り向くとパンのカスが頬についているのが見えた。

白斗は全然気にせず食べていたため、このまま気付かずに人前に出てしまいそうだ。そうなる前に取ろうと彼女はハンカチを手に顔を近づける。

つまり、ノワールの顔が眼前に迫るわけで―――。

 

 

(……ちょ、近い近い……! 最近こんなの多くねぇか!?)

 

「よし、取れたわよ……ってご、ごめんなさい!」

 

 

謎の興奮で、作り物であるはずの心臓が急な稼働を始める。

それに伴い体中の血液の流れも速まり、顔が紅潮してきた。そんな彼の顔を見てようやく気付いたのか、ノワールが赤くなって離れてしまう。

 

 

「い、いや……こっちこそ、ありがと……」

 

「ド、ドウイタシマシテ……」

 

 

甘酸っぱい雰囲気が二人を支配する。

もう、先程のパンの味も吹き飛び、コーヒーを飲んでも苦みが全然感じられない。

 

 

「……そ、そろそろ教会に行こうか」

 

「そ、そうね……」

 

 

何とか話題を切り出した白斗は、教会へと促す。

同じくこの空気を脱したいノワールは即座に立ち上がり、ゴミを片付けてから教会へと案内するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――着いたわ。 改めてようこそ、私の教会へ」

 

「おおー! 何ていうか……遊び心あるなぁ!」

 

 

あれから数十分ほど歩き、ようやくラステイションの教会へと到着した。

見た目としては様々な金属を寄せ集めて作った戦艦のようなイメージだ。無骨なデザインが寧ろ白斗の興味をそそっている。

 

 

「ありがとう。 まずは貴方の部屋に案内してあげるから荷物を置いて」

 

「おう」

 

 

扉を開けると、内装は綺麗だった。

さすがに教会と言うからには内部だけでも神聖なイメージが必要なのだろう。仮にもノワールの住まいなのだから。

そして帰ってきたノワールに職員たちが一斉に挨拶する。彼女がそれだけ教会内で力と尊敬を集めていることを意味していた。

そんな彼女自ら案内されては、白斗も光栄に思うしかない。

 

 

「ここが貴方の部屋よ。 この教会内最高の客室を用意したわ」

 

「う、うへぇー……。 こんなところ使っちゃっていいのか?」

 

「いいのよ。 これでもまだ足りないくらいなんだから、私の気持ちは」

 

 

案内された部屋はお洒落かつ上品な部屋。高級ホテルとも勘違いしてしまうほどの一室。

ノワール自ら案内してくれたことと言い、上質な客室といい、今回の彼女の気合の入り様は半端なものでは無い。

 

 

「長旅で疲れたでしょ? 夕食までここで好きに過ごして頂戴。 何だったらまた外へ観光しに行ってもいいわよ」

 

「え? ノワールは?」

 

「私は女神よ。 本当は白斗の相手をしたいんだけど、他にも仕事があるのよ」

 

「仕事だったら手伝うぞ」

 

「だから貴方はお客様で、しかも今回は旅行で来てるのよ。 そんなことさせられないわ」

 

 

彼女一人に仕事をさせるのは忍びない、手伝うという申し出も却下されてしまう。

また以前のように一人で抱え込む癖も完全には抜けきっていないが、それ以前に白斗に仕事をさせるべきではないという考えの下だ。

確かに理屈としてはあっている。あっているのだが、理屈だけで納得できる白斗ではない。

 

 

「―――ノワール。 俺、お前の望みを叶えたい」

 

「え? な、何よ突然……それに望みって?」

 

 

突然、そんなことを言いだしてきた。全く理解が追い付かないでいると。

 

 

 

 

 

「……これから一週間だけだけど、女神ブラックハート様の秘書にさせてください!」

 

 

 

 

 

そんな事を言って、頭を下げてきた。

当然驚いたが、そのフレーズはノワールには聞き覚えがあった。何せ、彼女自身がそうなって欲しいと望んだのだから。

 

 

(あ……そうだ。 私……白斗に「秘書になって欲しい」って……)

 

 

初めてラステイションに訪れる際、ノワールに意見を出したところそれが彼女に琴線に触れ、能力を認められた。

その際に気分が高じて、そんなことを言った。あの時は少し冗談も混じっていたつもりだったのだが、やがてそれは冗談ではなくなっていた。

 

 

(本当は……白斗に来てほしくて、傍に居て欲しくて……その口実のつもりだったのに)

 

 

ネプテューヌへの恩義から、彼は彼女の下を離れないでいる。

それが羨まして、つい秘書になれなどと口走っていたが、彼はそれを真剣に考えてくれた。

そして、一週間限定だがノワールの願いを叶えようとしてくれる。それも戯れなどではない、全力で。

ならば、ノワールも全力でそれに応えるだけだ。

 

 

「……ええ、分かったわ。 そう言うことならしっかりこき使ってあげる! 女神の秘書なんて願ってもなれるものじゃないんだから感謝しなさいよね!」

 

「はい!」

 

 

持ち前の強情さゆえに素直になれず、つい憎まれ口を叩いてしまう。

けれども白斗はそれを理解した上で元気よく頷いてくれた。

それがノワールには何よりも嬉しくて、つい顔が緩んでしまう。

 

 

「だ・け・ど! 仕事を引き受けてもらうからには真剣にやってよね! それと、名目上は旅行、過度な仕事もさせないからそのつもりで」

 

「了解」

 

 

しっかりと線引きが出来るのもノワールの良いところである。

これから一週間、楽しみつつもノワールを支えていければと願う白斗だった。

 

 

「さて、では早速……と言いたいんだけど、これから来客が来るの。 だから正直白斗にお願いできる仕事は無いのよね」

 

「あら、そうなのか。 それは仕方ないな……」

 

「ええ、だからユニにこの教会内を案内してもらうわ。 その後は皆で晩御飯にしましょ」

 

 

そう言えば、まだここに来てからユニと会っていない。

久々に彼女に会うのも楽しみだと白斗も嬉しくなる。

ふと、ノワールがこの部屋の壁に掛けてある時計に目をやると。

 

 

「あらヤダ、もうこんな時間! 白斗はユニが来るまでゆっくりしててね」

 

「おう。 ノワールも仕事頑張ってな」

 

「ありがと。 じゃ、また後で!」

 

 

白斗のために相当時間を割いたらしく、バタバタと走り出すノワール。

そんな彼女を見送り、白斗は荷物を置いてベッドに寝転がった。

 

 

「ふぅ~……ここで一週間生活するのかー……」

 

 

期待と不安が織り交ざった新しい生活。

まだ自分は氷山の一角すら見れていない。逆にこれから遭遇するものは未知の連続。

異世界に続き女神様、モンスターと現実離れした事態が多く続いたが故に耐性は出来ていると思っていたが、まだまだ見たことも無い、驚くべきものがここにはある。

 

 

「白斗さん、入っていいですか?」

 

「その声はユニちゃん? いいよー」

 

 

コンコンと控えめなノック音。扉の向こうから聞こえてきたのはユニの声。

許可を出せば、トレーにコーヒーを乗せているユニが来てくれた。

 

 

「いらっしゃい白斗さん、お姉ちゃんの国ラステイションへようこそ」

 

「ありがとう。 これから一週間お世話になります」

 

 

ちゃんと挨拶を忘れないいい子である。

白斗も礼儀に従い、挨拶した。微笑み返してくれたユニは近くのテーブルにコーヒーを置く。

香ばしい匂いで辺りは満たされた。

 

 

「はい、どうぞ。 ウェルカムドリンクとまでは行きませんが」

 

「ご丁寧にどうも。 …………うん、美味しい」

 

「ありがとうございます! お姉ちゃん好みにしたんですけど、白斗さんも気に入ってくれたみたいで」

 

 

どうやらユニが淹れてくれたものらしい。しかもその腕を磨き続けてきた理由が、姉のためだというのだから感心させられる。

数日間一緒に暮らしていて感じたことだが、彼女は本当にノワールの事が大好きで、尊敬していて、憧れになっていると白斗は感じていた。

 

 

「白斗さん、もしお時間良かったら教会内を案内しますよ。 紹介したい人もいるし」

 

「紹介したい人とな?」

 

「はい。 教祖なんですけど……」

 

「ああ、イストワールさんのような人か。 確かに挨拶しないわけにはいかないな」

 

 

イストワールやミナ、チカを見て薄々は感づいていたのだが、やはりラステイションの教会にも女神を補佐する役割の人物がいるらしい。

言わば教会におけるNo.2と言った人物。白斗も唯一挨拶していない教祖ということもあって、挨拶に向かうことにした。

案内された広間では、銀髪の人物が何やら機械の調整に取り掛かっている。

 

 

「ケイ、ちょっといい?」

 

「ん? 何だいユニ……って、そちらの御仁……ひょっとして黒原白斗かな?」

 

 

振り返った人物は、どことなく中性的な顔立ちだった。

例えるならビジネスウーマンとでもいうべき佇まいで、出来る人と白斗に直感させた。

 

 

「はい。 この度お世話になります、黒原白斗です」

 

「ようこそラステイションの教会へ。 僕は神宮寺ケイ、ラステイションの教祖を務めている。 一応これでも女性だが、変に考えないでくれ」

 

 

失礼な話だが、性別はどちらなのだろうと一瞬考えてしまった。

でも気遣いや声、肌などから見ても間違いなく女性であると確信できる。

今思えばちらりと見た程度だが、あの式典でラステイション陣営にて彼女を見たことがある。あの時はドレスだったから、今の姿と重ならなかったが。

 

 

「こちらへは旅行に来ているという話だったが、さっきノワールから聞いたよ。 秘書をすることになったんだって?」

 

「はい、俺からお願いしました」

 

「やれやれ、君も物好きだね……。 君も知っての通り、ノワールは素直じゃないところがある子だ、その辺も含めてサポートしてやってくれ」

 

 

どうやらケイは仕事云々ではなく、ノワールを支えてくれることに重きを置いているようだ。

他の国とは違い、彼女を神格化しているわけではないが、だからこそ彼女に近い目線で接することが出来る。

ただ、どうしても足りない部分があった。それを白斗に託されたのだ。

 

 

「了解です。 ところでケイさん、その機械はひょっとして……」

 

「ん? ああ、君はルウィーの一件で使ったことあったんだな。 そう、プラネテューヌから送られた転移装置だ。 今、細かな調整をしていたところなんだ」

 

 

以前、友好条約の一環としてネプテューヌが各国に供与すると言っていた転移装置だった。

あの時点で試運転可能な機械はルウィーのみだったが、今後の事を考えての実用化に向けて調整中というところらしい。

 

 

「さて、僕の話はもういいだろう。 ユニ、引き続き案内してやってくれないか?」

 

「おっけー。 それじゃ白斗さん、こっちです!」

 

「おう」

 

 

再び機械の調整に取り掛かったケイを後にし、白斗はユニの案内の下、教会とその周辺を回っていった。

正式な教会の職員ではない白斗が入ってはいけない部屋などもあるため、ユニの話は一言一句逃さない。

 

 

「……と、ここで一通り案内は終わりました! 他、何かリクエストがあれば聞きますけど」

 

「案内終わり、ねぇ……まだ案内してもらってない箇所が2つあるんじゃないかな?」

 

「あれ? どこか抜けてたかなアタシ……」

 

 

ユニが脳内を必死に探しても案内し忘れている部屋が思い浮かばなかった。

白斗がここで生活する上で必要な設備は紹介しきったはず、メモにも書き記してあるのだから。

しかし、ここで白斗の暗黒の笑顔が炸裂する。

 

 

「あるじゃないか……ノワールとユニちゃんの部屋が」

 

「ぅえええええええ!? だ、ダメですよ! そんなのー!!」

 

「デスヨネー、ハッハッハー…………チッ」

 

「舌打ち!? 今露骨に舌打ちした!? もー白斗さんってばー!!」

 

 

涙目になりながらもピシピシと白斗を叩く。

随分と白斗もいい性格になったものだとユニは内心呆れた。

 

 

「ゴメンゴメン。 でも折角だからユニちゃんと何か遊びたいな。 晩飯まで少し時間あるだろ? そうだ、銃で撃ちあうゲームとかあったら紹介してくれよ」

 

「そうですね! それじゃ、アタシの部屋にゲームあるからそれで……ハッ!?」

 

 

と言って、ユニは自分の部屋を指差してしまった。

気付いた時にはもう遅い、白斗の目が怪しく光っている。

 

 

「言質取ったり、ふっふっふー」

 

「くッ……何という巧妙な誘導尋問……! あ、アタシの負けね……」

 

「まぁ遊びたいのは本音だが、無理して見せなくてもいいぞ」

 

「い、いいえ! ただその……恥ずかしくて……」

 

 

もじもじと恥ずかしがるユニの姿は実に女の子らしかった。

―――だが、案内された部屋は女の子らしくなかった。

何せ彼女の趣味であるミリタリー系グッズで絡められていたのだから。武器となる銃は勿論、関連パーツやメンテ用ツール、本棚の雑誌まで銃関連と彼女の好きなものが詰め込まれていた。

 

 

「おお、銃関連のグッズが所狭しと……!」

 

「う、ううう……女の子らしく、無いですよね……」

 

「まぁ、そうかもしれんが俺は好きだぜ。 お、シングルアクションアーミーじゃん!」

 

 

元々の経歴からか、白斗は拒絶するどころかユニの趣味に理解を示していた。そもそもプラネテューヌで暮らしていた時も銃関連のトークで盛り上がることがあった。

と、その最中に壁に掛けられている銃を見つけた。リボルバーのようなタイプの銃だ。

 

 

「分かりますか!? 世界一高貴なる銃! アタシ、とあるゲームやっててすっかり嵌っちゃって」

 

「俺も、漫画で見てついつい真似ちゃうんだよな~。 ほいよっと」

 

 

慣れた手付きでガンスピンをこなす白斗。

さながら西部劇に出てくる凄腕ガンマンのようだった。その美しさはユニの目を虜に刺せている。

 

 

「凄いです白斗さん! では、銃で盛り上がったところでゲームやりましょうか!」

 

「おう。 ……ほうほう、これまたコアなゲームを」

 

「リーンボックスでは結構人気のタイトルなんですよ!」

 

「ベール姉さんらしいっちゃらしいなぁ……」

 

 

ユニが差し出したのは銃で互いを狙撃し合うFPSのゲーム。

聞いた話によると、こういったコアなガチ勢に受けているのは主にリーンボックスらしい。

二人はコントローラーを手に、ゲームに熱中していく。

 

 

(今までこんな風にゲームを遊んだの……ネプギア以来……。 お姉ちゃんは忙しくて中々相手してくれないし、他の女の子には受けが悪いし……)

 

 

ゲームを楽しく遊んでる最中、ユニがふと思うこと。

これまで銃関連のゲームを遊ぶ人と言えば大抵は男だけだった。しかし自分の周りにはいない。

唯一の例外はネプギアくらいのものだが、彼女はプラネテューヌにいる関係上、こうして面と向かって遊べる機会は少ない。

けれども、この少年―――白斗は違った。自分の趣味を理解して、そして遊んでくれている。

 

 

 

 

 

(……ネプギアが言ってたお兄ちゃんみたいって意味……分かっちゃうなぁ)

 

 

 

 

 

どこか嬉しさを感じながら、ユニと白斗はどっぷりとゲームに浸る。

その姿は本当の兄妹のようだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もぐもぐ……ん、美味しいな」

 

「でしょう? ここのシェフの腕前はラステイション一なんだから」

 

 

待ちに待った夕食の時間、白斗はテーブルに座り、ステーキを食していた。

言うなればフランス料理の様な上品な料理が並べられている。

肉の美味さに舌鼓を打ちながらバクバクと食べる白斗に、ノワールはどこか嬉しそうだ。一方のユニは、距離自体は近いのだが切り出す話題と勇気がないのか、どこか距離を置いている。

 

 

「そうだ白斗、早速あなたに明日から仕事を一つ頼みたいんだけど」

 

「ほいきた、合点承知の助。 何をすれば?」

 

「明日一日、ラステイションの街を見回って欲しいの。 この街で何があるのか、何が無いのか、何が問題なのか。 貴方なりの視点で纏めてくれる?」

 

 

そう来たか、と白斗はノワールの意図を一瞬で理解した。

仕事に関してはストイックな彼女が、今更街の実情や陳情を知らないはずがない。そういう名目で街を観光してきて欲しいというノワールの気遣いだろう。

 

 

「……了解した」

 

「ふふ、楽しみにしてるわね。 でもごめんなさい、明日も着いていけなくて」

 

「大丈夫。 その分仕事でご一緒するから」

 

「そ、そうね……フフフ♪」

 

 

本来、ノワールからすれば白斗がこの国に来てもらうだけでも十分嬉しかった。

ひとつ屋根の下で暮らせば、こうして話す機会が生まれるから。元々仕事が忙しく、白斗を一人にさせてしまう時間が多くなることを懸念していたが、こうして白斗の申し出により彼と接する時間が多くなる。

ノワールは自分でも知らぬうちに上機嫌だ。

 

 

「あ、あの……お姉ちゃん、あの書類の件なんだけど……」

 

 

余り会話に加われないのも寂しかったのか、ユニが声をかけてきた。

だがどこかぎこちない。そんな空気を察知してしまったのか、ノワールも少し体をビクつかせて振り返る。

 

 

「え……? は、はいはい。 出してくれたあれね。 うん、問題なかったわ」

 

「よ、良かった……私役に立てた……!」

 

「でもそれだけでは駄目よ。 仕事というのは、私の役に立てるだけが目的ではないのだから」

 

「う……」

 

 

ノワールも、問題は無いと評してはいるがだからと言って手放しで褒めるまでには至らない。

彼女にとってはそれがユニのためになるからと思っての事だ、決して悪意があるわけではない。

それを互いに分かっているからこそ、余計にかける言葉が見つからないのだ。

 

 

(あぁ~……私の馬鹿馬鹿馬鹿! もっとユニを褒めてあげたいのに……どうしてこんな言葉しか出てこないのかしら、もう……)

 

(うう……お姉ちゃんにもっと褒めてもらいたい。 でもお姉ちゃんの言う通り、これだけじゃお姉ちゃんには追い付けない……でも……)

 

 

互いが互いを思いやるが故に手を出せない。

互いが互いに理想を求めているが故に語りだせない。

互いが互いを理解しあえていないが故に―――届かない。

 

 

(……ふむ、もう一つ……仕事が出来たな)

 

 

デザートであるアイスクリームを口にしながら、溜め息をつく姉妹を見ていた白斗。

彼は新たな決意を胸に宿す。

―――そして夕食を食べ終えてその夜、白斗は自室で寝転がっていた。

 

 

「ふぅ……食った食った。 ……しかし、バスルームまで完備していたとは」

 

 

白斗が部屋から戻ると、薫り高い湯気が漂っていた。

よく見て見るとバスタブにお湯が張られていたのである。恐らくこの教会の職員が白斗が留守の間に用意してくれたのだろう。

まるで一流ホテルの様な行き届いたサービスに白斗は大満足である。

 

 

「……っと、ネプテューヌに連絡しないとな」

 

 

白斗は携帯電話を取り出してとある番号に掛ける。

それはプラネテューヌの女神、ネプテューヌに繋がる番号。本来であれば女神と直接連絡が出来るだけでこのゲイムギョウ界から嫉妬による袋叩きにあってもおかしくないほどの特権。

そんな彼女と連絡を取ることは、義務ではない。彼自身が望んでいるのだ。

 

 

『白斗白斗白斗―――――!!!』

 

「どぉぅわぁ!? ね、ネプテューヌ近ぇよ!!」

 

 

連絡が付くなり、出迎えたのはドアップにされたネプテューヌの顔。

さすがの白斗も驚いてベッドから転げ落ちてしまう。

痛む頭をさすりながら、何とか体を起こして彼女と向き合った。

 

 

『ゴメンゴメン! もう、白斗の声を聞けると思ったら待ちきれなくてー!』

 

「ったく……やっぱりネプテューヌだなぁ」

 

『あー! 今馬鹿にしたでしょ!!』

 

「してないしてない……(バレなくてよかった)」

 

 

実を言うと旅行に行くにあたって一番の心残りはやはりネプテューヌのことだった。

無邪気で興味のないことにはどこまでも無頓着で、不真面目で遊び呆けてて、でも明るく優しい彼女を残していくことが。

でも、こうして話すだけで白斗の心残りも吹き飛んでしまうと言うもの。

 

 

『……えー!? それじゃ折角の旅行なのに結局仕事するのー!? ノワールめ、マジブラック企業ー!!』

 

「いや、俺の申し出だから気にしないでやってくれ。 こうでもしないとノワールとの時間が十分に取れそうに無いしな」

 

『むー! 白斗は人が良すぎるのが欠点だよ!』

 

 

今日何があったのかを掻い摘んで話した。

やはり特筆するべきは滞在中だけ彼女の秘書になるということ。結局羽を伸ばせていないということにネプテューヌはお冠である。

彼女も白斗が離れることは嫌だったのだが、白斗に休養を取ってもらいたい気持ちもあったからだ。

 

 

「まぁまぁ。 それにちょっとお節介焼いてやらないとノワールとユニちゃんが……ね」

 

『あー、あの二人かー。 ノワールは白斗に対しては素直になったけど、ユニちゃんとは距離が近すぎた余り逆に線引きしようとし過ぎているし、ユニちゃんはそんなノワールを神格化し過ぎちゃっているからねー』

 

「なるほど……」

 

 

一見ふざけているだけのネプテューヌだが、その分析は正確だった。

互いのイメージ像と言うものを崩したくない余り、大切にしすぎて手が出せないでいるという雰囲気なのだ。

ネプテューヌもそんな二人が心配らしく、困ったような表情をしている。

 

 

「つまりは一気にではなく、徐々に距離を詰めていく必要があるわけか」

 

『でも白斗、大丈夫なの?』

 

「俺は切っ掛けを作るだけ。 モノにできるかはあの二人次第さ」

 

 

とは言えこればかりは当人次第でもある。

ならば、白斗は深く干渉せずあくまで間接的に動くことを重点に置こうとしている。既に彼の頭では姉妹間の問題解決に向けて作戦組み立て始めていた。

 

 

『そっか……でも、何かあったら私も協力するからね!』

 

「おう、サンキュ。 んじゃ、報告はこれくらいにして……」

 

『え? それって……ゲーム機?』

 

 

白斗はバッグからあるものを取り出した。

それは、彼が初めて買ったゲーム機。クエストの報酬などで貰った金を元にこの世界で初めて購入したかったもの。

この世界にくるまで、全くゲームには関心を寄せることすら出来なかったのだがネプテューヌがやっているのを見て、彼もしたくなったのだ。

 

 

「これで対戦してくれないか? ……勿論、負けないぜ」

 

『……! うん!!』

 

 

彼の思いに、ネプテューヌは満面の笑みで応えた。

こうしてラステイションの一日目が終わろうとしていた―――。




サブタイの元ネタ「超次元ゲイムネプテューヌ(無印)」よりラステイションのキャッチコピー。

ということでラステイション初日終了。
今回の旅行編はそろぞれの国の特色を出しつつ、同じような過ごし方ではなく、それぞれの国ならではの過ごし方をしつつ女神様達との仲を深めていく構成を目指しています。
なので真面目なノワールらしく、旅行しつつ仕事を手伝うというシチュエーションにしてみました。
そんな白斗とノワール、そしてユニや色んなキャラとの交流。まだまだ続きます。お楽しみに!


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第十一話 白斗の如く!

―――朝五時。

白斗は自然と目が覚めた。するとそこは、見慣れない天井と景色が広がっている。

 

 

(……ああ、そうか。 俺ラステイションへ来てたんだっけな……)

 

 

朧気ながらも記憶が蘇ってくる。

昨日、ラステイションへ赴くことになり、その際にはネプテューヌに抱きつかれ、何とか宥めて入国。

その後ノワールの案内の下この教会へと到着し、ユニと交流を深め、ノワールの秘書を務めると申し出、そして彼女に仕事を頼まれた。

 

 

(……今日一日、ラステイションの街を見回って情報を集めてこい、か)

 

 

無論、これがノワールから与えられた仕事と言う名の観光であることは理解している。

同時に自分が次の国に向かうまで、ノワールとユニの距離を縮めようと誓った。そのためには白斗自身が二人との距離を詰めなければならない。

距離を縮めるには、まずはその人から信頼を得る必要がある。信頼を得るには、コツコツと仕事をこなしていくのが王道だ。

 

 

「さて、目も覚めたしちょっと早いがランニングにでも行ってくるか」

 

 

式典が終わってからのプラネテューヌもそうだったが、ラステイションでも白斗は自然と眠れ、自然と目が覚めた。

それだけ彼の安眠を脅かす気配が来ないということである。つまりは治安の良さが光っている。

白斗はそれを感じながら短パンとタンクトップに着替え、部屋を出た。

 

 

「え、あ!? は、白斗!?」

 

「おろ? ノワール、朝早いな」

 

 

部屋を出た直後、現れたのはノワールだった。

いつもの服装ではない、白斗と同じく汗を掻いてもよさそうなメッシュな素材の服を着ている。

普段の服装も可愛らしいが、こちらはこちらで違う魅力があった。

 

 

「白斗こそ早いわね……まさか、変な気配感じちゃったとか?」

 

「いや、俺元々朝早い方だから。 まぁ、ネプテューヌに寝起きドッキリ仕掛けられそうになった時は目覚めて撃退してやったがな」

 

「そ、そーなんだー……危うくネプテューヌと同じ目に遭うところだったわ……」

 

「ノワール?」

 

「な、何でもないわ! あ、あはははははは………!」

 

 

明らかに何かあったような乾いた笑いだが、深くは訊ねないことにした。

 

 

「で、これから軽くランニングでもしようかと思ったんだが……ノワールは?」

 

「私はこれから朝の鍛錬よ」

 

「マジでか? 頑張るなぁ……」

 

「これも女神の責務よ。 それに強さを保つためにはトレーニング不可欠だもの」

 

 

白斗はあの廃工場でのノルスの戦いの時、素のノワールの強さを知っている。

美しく、隙の無い剣術。力そのものは女神だからと言えばどうとでも言えるのだが、技術はそうでもない。

彼女の弛まぬ努力が、あれだけの太刀捌きを生み出したのだ。

 

 

「そうだ、折角だからノワールも一緒にランニングに行かないか?」

 

「え……ええ! ご一緒するわ!」

 

 

何やら願っても無いチャンスが巡ってきたと言わんばかりの興奮っぷりだ。

少々苦笑いしつつも、ノワールとの距離を縮めるためには信頼関係の構築が必要。その一環として、少しでも多く会話を重ねる必要がある。

白斗自らランニングに誘ったのはそのためだ。

 

 

「じゃ、行きましょう」

 

「おう。 因みにいつもどれくらいしてるんだ?」

 

「走り込みだったらいつもこの教会周辺を10周ね。 ……あ、でも今日は軽めに走りましょ! ほ、ホラ白斗がへばったら意味無いかなーって……!!」

 

 

本当は白斗とゆっくり話しながら走りたいから、なんて言えないノワールさんだった。

 

 

「いいね。 俺、ノワールと話しながら走りたいなーって思ってたから」

 

「で、でしょでしょ! もう、しょうがないわねー! 白斗のために特別にそうしてあげるわ!」

 

「はいはい」

 

「……何だろう、この頭を撫でられたような生温かい感じは」

 

 

きっとそれは、気のせいではない。

兎にも角にも、二人は同時に走り出し、朝の日差しと空気をその身に受けながら教会の周辺を走り回ることにした。

ラステイションの教会周辺には緑もあり、都会の喧騒とはかけ離れた爽やかさがある。

 

 

「んー、いい気分だ。 体が軽くなる!」

 

「でしょう? 眠くてもこうして軽く汗を流せばリフレッシュできるの」

 

「ああ。 隣にノワールもいてくれるし、な?」

 

「っ……!? か、からかわないでよ!!」

 

 

白斗の言葉に顔を赤くしてしまうノワールが、彼の肩を小突く。

予想通りの反応だったらしく、白斗はからからと笑いながら「悪い悪い」と謝っている。多分反省はしていない。

 

 

「で、ランニングって言えばプラネテューヌに居た時もやってたわよね?」

 

「ああ。 クセになってたし、見回りの意味もあったからな。 ネプテューヌもやってみりゃいいのに、『眠い~』ってパスしてきやがるんだぜ?」

 

「あの子は間違いなくそういうでしょうね……」

 

 

気が付けば大なり小なり体を動かしている白斗。

健康児と言えばそれまでだが、同時に落ち着きがないことも意味している。

白斗くらいの年齢であれば、それこそネプテューヌのように遊び倒していいくらいのはずなのに。

 

 

(……毎日走り込みしてるってのは、そういうことよね……)

 

「まぁ、毎日走り込みしてるのは……今となっちゃ体力強化の意味もあるからな。 嫌ではないさ」

 

(って心読まないでよ! 心配してる私が馬鹿みたいじゃない……)

 

「馬鹿じゃないよ。 心配してくれてありがとうな」

 

(だから読まないでって言ってるでしょーが!)

 

 

でも、白斗はノワールの心を察してくれている。

だから優しい言葉で、心配を掛けさせないようにしてくれている。それは強がりではない、本音―――その一部だとノワールには伝わった。でも。

 

 

 

(……でも、肝心なところは……触れさせてくれないのよね……)

 

 

 

少し先を走る白斗の背中を、ノワールは見つめた。

確かに元気で、何の迷いもない走り込みだが―――どこか遠く、寂しくなるのを感じて。

 

 

「どうした? ペース落とそうか?」

 

「っ!? な、何言ってるのよ! 私が貴方に負けるはず無いんだからねっ!!」

 

「はっはっは、負けず嫌いも相変わらずだな」

 

 

ペールを落とすどころか上げるノワール。

当然と言うべきかなんというべきか―――その後、へばりにへばった彼女を見ることになるのは、数分後の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、こっからが本番だな」

 

 

朝ご飯を食べ終えた白斗はいつもの黒コートを着込み、教会の外へ出た。

これから彼なりのリサーチが始まる。

ノワールの想いが詰め込まれたこのラステイションの街を、一日かけて歩き回り、感じたことを纏めて報告する。

それが彼が与えられた仕事。それを全うするべく意気込んだ。

 

 

「さて、まずはこの街の魅力なるものを探すとするか」

 

 

まず理解するべきはラステイションにおける魅力。

魅力を全面的に押し出せば、その国に人が集まる。そしてそんな魅力を打ち立てたのが女神であれば、それだけノワールに信仰が集まるということに繋がる。

まずは一人で街を歩き回ることにした。

 

 

(産業とかは見せてもらったから次に見るべきは……店かな?)

 

 

工業が発達しているということでそれだけに目が行きがちだが、三国の中心にあるラステイションは貿易の中心地でもある。

つまりはそれだけ多くの物が集まるということだ。流通してくる品物を見定めるため、白斗は大手デパートに入る。

 

 

(ふむふむ。 食材、服、本、そしてゲーム……確かに各国から質の高いものが集まっているな)

 

 

食材は直接市場から仕入れた新鮮なものを取り揃え、服は最先端の流行に乗ったものをいち早く並べ、書籍関連も充実したラインナップ。

ゲームに至ってはラステイションで大人気のジャンルから、プラネテューヌ、ルウィー、リーンボックスの王道タイトルをこれでもかというくらい充実させていた。

 

 

(ただ、輸入物に関しては他より値段が高めだな……)

 

 

輸入した品物が高い背景には、輸送費や人件費、そして関税などが絡んでいる。

各国からラステイションに届くまでの必要経費を算出した上で、利益が出るような値段を設定しなければならないのだ。

となると必然的に物価が高くなる。ラステイションの生活水準は基本的に高い方だとはいえ、この物価の高さはどう響くか。

粗方リサーチを終えた白斗は、繁華街から外れた工業地帯付近を見回る。

 

 

(繁華街や教会に近いところは治安が良い。 が、女神の目が届かなくなった場所はシワ寄せが来たかのように治安が悪くなる……ここはちと見過ごせないな)

 

 

路地裏に目をやれば、ゴミが散乱している。

それだけではなく、閉鎖した工場付近に屯っている不良達もいる。数自体は多くないが、職を求めて彷徨っている失業者達まで。

 

 

(多分ノワールを悩ませている一番の問題はここだな。 彼らをどうするか……)

 

 

真面目で、優しいノワールはきっとこの問題に心を痛めている。

それをどう解決に導くか白斗が思案していた時だった。

 

 

「は、離して……! 離してぇ!!」

 

「ん?」

 

 

何やら揉める声が。

目をやれば、細身で青い長髪の女の子が何やら不良三人に絡まれていた。少女の目元はサングラスで覆われているため表情を窺い知ることが出来ない。

 

 

「いいじゃねぇか、俺らと遊んでいこうぜ~?」

 

「そうそう、悪いようにはしねぇって」

 

「寧ろ楽しく、キモチイイことだからよ……」

 

「いや……イヤぁ!!」

 

 

ただ、嫌がっていることだけは分かる。そして、見逃していい状況ではないことも分かる。

少女の頬から一粒の雫が垂れ落ちたのを見た時―――白斗の怒りが爆発した。

 

 

「……おい、兄ちゃん達」

 

「アァ? ………ヒィッ!?」

 

 

突如として聞こえてきた、怒りを孕んだ声。

鬱陶しそうに不良達が振り返ったその先に―――殺気を纏う白斗がいた。

少年とは思えないその底知れぬ恐ろしさに、思わず悲鳴を上げる。例外はただ一人、襲われていた少女だけだ。

 

 

「大丈夫か?」

 

「……う、うん……!」

 

「良かった、俺の後ろに」

 

 

男達に向けたものとは違う、少女を気遣う優しい声色。

それを聞いた少女は、男達が怯んだ隙に白斗の背後に回り込む。思わずしがみ付いてくる彼女の震えから、相当な恐怖を抱いたことが分かってしまう。

感じてしまった白斗は、もう彼女に振り向くことは出来ない。―――とてもいい笑顔で、しかし相反する殺気を纏っていたから。

 

 

 

 

 

 

「兄ちゃん達、退屈してるなら俺が遊んでやるよ。 ただし……一方的で、圧倒的で、屈辱的に……なぁ?」

 

 

 

 

 

 

―――三十秒後。

 

 

「「「ぐへぇ………」」」

 

「拳一発でこのザマとは情けない」

 

 

顎、鳩尾、どてっ腹。

白斗の繰り出した拳が男達の急所を的確に捉えて悶絶させた。

 

 

「さてと……お前、大丈夫か?」

 

「ひっ!? こ、来ないで……来ないでぇ……!」

 

 

後ろでへたり込んでいる少女を起こそうと手を伸ばす。

が、怯えて拒絶されてしまう。

 

 

「……ごめん、怖がらせちゃったな」

 

「あ……ち、違うん……です……。 その……ぼ、ボク、ひ、ひ、人見知り……で……」

 

 

顔を逸らしながらも、必死に言葉を振り絞ってくれる少女。

恐怖の原因も、目を合わせてくれないのも人見知りだかららしい。

一人称が「僕」で、極度の人見知りとは確かに珍しいかもしれないが、だからと言って気にするほど白斗は狭量でもない。

何より、震えている女の子をそのままにしてはおけなかった。

 

 

「ああ、そういうことか。 でもそれじゃいつまでも立てませんよっと!」

 

「え……? ひゃぁっ!?」

 

 

白斗は優しく少女の手を取ると、その手を引いて立ち上がらせた。

それは力強く、しかし羽が舞い上がるかのような浮遊感。少女は特に痛みもなく、両足で大地を捉えて立っている。

 

 

「よし、立てたな。 良かった良かった」

 

「あ………」

 

 

強引だったが、優しいエスコートだった。

立ち上がった彼女に白斗は笑顔を向けてくれる。少し頬が赤く染まった彼女は、自らが人見知りであることも忘れ、立ち尽くしていた。

 

 

「それじゃ、次からは気を付けろよー。 俺はこいつらを……」

 

「あ………。 ま……待って……!」

 

「ん?」

 

 

そのまま少女を逃がそうと、背を向けた矢先。少女から呼び止められた。

思わず振り返ってみると、彼女は踏ん切りがどこかつかないような、でも踏み出そうとする一歩直前と言った感じでうずうずしている。

 

 

「あの……名前……。 き、聞かせて………」

 

「俺? ……黒原白斗だ」

 

 

震える声で、名前を訊ねられた。

この世界において、彼の名前は悪名などではない。何より、自らを人見知りと称する彼女がなけなしの勇気を振り絞ってまで聞いてくれたのだ。

だから白斗も気軽に答えた。

すると少女は、意を決したかのようにサングラスを外して―――。

 

 

 

 

「……白斗君……あ、あ……あり、がとう……。 ぼ、ボクは5pb.……です………」

 

 

 

 

自らの名前を名乗った。

とても綺麗な瞳と可愛らしい顔、そして特徴的な泣き墓黒。

可憐な容姿だが、どこかで見たことある姿と聞いたことのある名前だと白斗が思案していると。

 

 

「「「ふぁ、5pb.ちゃんだああああああああああっ!!」」」

 

「きゃあぁぁぁぁっ!?」

 

「黙れカス共」

 

「「「ぎゃっ!?」」」

 

 

倒れていた男達がここで目覚め、興奮で叫ぶ。

そんな光景に驚かない女の子があろうか、いや無い。白斗は興奮し暴徒一歩寸前の男達に拳を一発ずつ叩き込み黙らせる。

 

 

「……一応聞くが、この子知ってんのか?」

 

「ハァ!? お前、分かんねぇのかよ!?」

 

「さ、さっきまでは変装で分からなかったがリーンボックスで大人気のアイドルだぞ!?」

 

「アイドル……? ああ、そう言えばネプテューヌ達が見てた番組に出てたな!」

 

 

今更ながら白斗はようやく思い出した。

夕食の時、皆で楽しく見ていた番組で歌っていた少女。大人気アイドルで自らの知り合いでもあるとベールも自慢しており、それで見覚えがあったのだ。

ただ、番組で見た彼女と今目の前にいる彼女とでは明らかに雰囲気が違ったが。

 

 

「5pb.ちゃああああああああん! 俺、ずっとファンで……ぐぼぉ!?」

 

「テメェらの所為でこの子が怯えてんだぞ! 今更近づく権利なんてあるはずねぇだろうが!!」

 

「「「う、うう~………」」」

 

 

尚もお近づきになろうとする不良にボディ一発。

鋭い白斗の眼光で、男達が一気に正座する。今ここにパワーバランスが形成された。

けれどもそんな不良達が余りにも可哀想になってしまったのか。

 

 

「あ、あの……サイン、程度なら書いてあげるよ……?」

 

「「「ホントっすか!!?」」」

 

「お、おい5pb? そんなことしなくても……」

 

「5pb.だよ。 ちゃんと「.」もつけてね。 ……確かに……怖い人達、だったけど……ボクのファン、なんだもん」

 

 

発音上伝わらないのでは、という野暮なツッコミはさておき。

5pb.は彼らの上着、シャツ、ハンカチに慣れた手付きでサインを書き込んでいく。

その際の彼女は、先程まで怯えていた人見知りの少女ではない。

堂々と困難に立ち向かい、突き進んでいくアイドルだ。

 

 

「はい、これで……いいかな?」

 

「「「ありがとうございますうぅぅぅぅうううううっ!!?」」」

 

「ひゃぁぁぁぁ!?」

 

「調子に乗るんじゃねぇっ!!」

 

「「「ぎゃばらっ!!」」」

 

 

また興奮してきたので黙らせるために拳骨&正座。

彼らの中で絶対王者として君臨してしまった白斗にはもう逆らえないし抗えない。

一方、サインを書き終えた5pb.はまた人が変わったかのように落ち着きが無くなる。

 

 

「で、5pb.はどうしてこんなところに?」

 

「そ、その……お仕事でこっちに来て……休み時間で街を回ったんだけど……この通り……人見知り、だから……人がいるところを避けていっちゃって……」

 

「こいつらに絡まれた、か。 運が無いなー」

 

 

アイドルモードが終了するや否や、またおどおどとした口調に戻ってしまう。

オンオフの切り替えがはっきりしている人なのだろうと白斗は理解し、そんな彼女に合わせて喋っている。

無駄に目を合わさず、でも彼女から目を離さず。5pb.も人見知りと言いながらも、白斗とはギリギリ会話を保てていた。

 

 

「……ってか、テレビで見たのとじゃ全然雰囲気違うな」

 

「……その、アイドルは……歌うことは……ボクの夢、だったから……だから、その……歌う時、とか……お仕事とかだと………切り替えられるんだ……」

 

「なるほど、凄いな5pb.。 怖さに負けず夢に向かって突っ走る、まさしくプロだ」

 

 

大抵、理想と現実が乖離すれば乖離するほど幻滅されるもの。

5pb.自身、自らの性格は快く思っていなかったものの気軽に話せるのが自分の身内程度なので直せる機会も無かった。

自分の子の人見知りを知って幻滅されたり、腫れもの扱いされることが殆どだった。ただ、白斗はそんな彼女とでも気兼ねなく会話してくれる。

 

 

「………あ、あり……がと……」

 

「どういたしまして」

 

 

消えそうな声で、まともに目を合わせることが出来ない。

でも、それでも自らの言葉でそれを告げた。

白斗の耳はそれをしっかりと聞き届け、笑顔で応えてくれる。

 

 

「とにかく仕事で来たんだったらスタッフの人も心配しているだろ。 早く戻って安心させて来いよ」

 

「あ……う、うん……。 そう、するね……」

 

 

とにかく、人見知りのトップアイドルをこんな場所にいつまでも置いておけない。

白斗はこの場から離れるよう促し、5pb.もそれに従おうとする。

一度は背を向けたのだが、震える体を落ち着かせて、呼吸を整え、5pb.は今一度白斗に向き合う。

 

 

「そ、そ……それと……これっ!」

 

「ん? これ……コンサートのチケット? しかも特等席!?」

 

 

5pb.が差し出したのは、一枚のチケット。

日付は今から二週間後のリーンボックス。丁度、ベールのところへ滞在する時期である。

おまけに特等席と銘打たれている。ただでさえ、リーンボックスの大人気アイドルのコンサートチケットなど手に入りにくいというのに特等席など、どれほどの倍率なのだろうか。

 

 

「……ぼ、ボクからのお礼……だよ……。 助けてくれて、ありがとう……それと」

 

「それと?」

 

 

彼女は、まだ人との接し方に慣れていない。

でも、顔を上げてしっかりと微笑む。アイドルとしてではない、5pb.という一人の少女として。

 

 

 

 

 

 

「……ライブ、見に来てね。 そ、それじゃっ!!」

 

 

 

 

 

そして彼女は走り去ってしまった。

やはり人と面と向かって話すことは慣れなかったのだろう。でも、白斗は笑顔でそれを懐にしまう。

大事に、大事に。

 

 

「……これは約束、守らなきゃな。 さぁて、お前ら?」

 

「「「ギクッ!!?」」」

 

 

振り返った先には、逃げようとしていた不良三人。

すっかり白斗に怯えてしまい、まるで蛇に睨まれた蛙のようだった。

 

 

「ちょっと顔、貸してくれるかな?」

 

「「「ゆ、許してくださああああああああい!!!」」」

 

「あー、ちゃうちゃう。 話聞かせて欲しいのよ。 ……奢るからさ」

 

「「「……へ?」」」

 

 

白斗が指差した先には、入国時にノワールから教えて貰ったパン屋。

何が何だか分からないという顔をしつつも、不良達は素直に従った。白斗が怖いことと、奢ってもらえるという話に乗ったためだ。

 

 

(ノワールほどのしっかり者の国で彼らみたいな不良が出る理由……ちゃんと理解して、分析しないとな)

 

 

この短時間で、白斗は何となくこの国が抱えている問題点に直面していた。

それを確実な形にするため、まずは当事者である彼らから話を伺うことにした。所謂モニタリング調査みたいなものである。

パン屋の店主からカレーパンとコーヒーを買い込み、彼らに与える。

 

 

「う、うめーっ!! こんな美味いカレーパン!! 初めて食ったぁ!!」

 

「だろ? なんたってこの国の女神、ブラックハート様のお墨付きだぜ」

 

「め、女神様かぁ……いい気はしねぇけど、この味は認めざるを得ねぇ!」

 

「アニキ! 奢ってくれてアザッス!!」

 

「誰がアニキか」

 

 

どうやらアメとムチの要領で接した結果、すっかりアニキ認定されてしまう。

そして先程の会話でさりげなく引っかかったのが、彼らは女神に対していい印象を抱いていないということだ。

 

 

「じゃぁ、改めて話を聞かせてもらえるか? そうだな……まずはお前らのことから」

 

 

食べながら、彼らから話を聞きだす。

何故不良などになってしまったのか、要約するとこうなった。

 

 

―――三人ことリョウとケン、ハリーは親が同じ工場で働いていたため自然と幼馴染になった。だが、最近その親の勤め先が競合に敗れ、職を失ってしまった。

父親は荒れ、その矛先が彼らに向いた。そんな家には居たくないと外へ飛び出し、しかしまともに就ける職もなく、こうして落ちぶれてしまったのだと言う。

そして、ラステイションの基本方針を定めているのが女神なのだから、女神に不満をぶつけるしかないのだと。

 

 

「なるほどなぁ……そりゃ荒れちまうわな」

 

「アニキ! 分かってくれるんで!?」

 

「俺も、親がロクでなしだったからな。 ……女神様のおかげで持ちこたえたが、一歩間違っていればお前らになってたよ」

 

「そうなんですかい……」

 

 

白斗は何となく、彼らの境遇を理解できてしまった。

彼もまた親に翻弄され、結果地獄の道を突き進まされたのだから。

 

 

(こうして職を失った結果、十分な金を得られず、ラステイションの高い物価が災いして貧富の差が出来ちまってるってことか……。 で、家庭が荒れ、そのしわ寄せが子供達に来て、その子供達が工場跡地などで屯し、治安が悪くなる……「仕方ない」の連続が生み出した悪循環だな)

 

 

ノワールも、各家庭の事情にまで首を突っ込むことは出来ない。

それが積み重なった結果、こうした人が出来てしまっている。それはこのラステイションだけではない、どこの国でも、どこの世界でもある自体だろう。

ただ、このラステイションは経済の水準が高いことが災いして、その差が著しいというだけなのだ。

 

 

(……だからってノワールに矛先向けるのも違う)

 

 

ただ、その原因がノワールではないことだけは確かだ。

彼女は確かにラステイションの基本方針を定めているが、寧ろ彼らの様な人々が生まれないために、国民のために毎日懸命に仕事をしている。

それを知っている白斗だからこそ、何とかその概念を正したい。

 

 

(でも、頭ごなしに否定しちゃ反発心が生まれるだけ。 ここは俺が抑えて、こいつらの本音を引き出すところから始めないと……)

 

 

とにかく、彼ら自体は女神が憎いわけではない。それが分かったことが何より大きい。

女神にしか不満のはけ口がないからであって、それを正すことができればきっと事態は良い方向に変わるはず。

 

 

「……ところでお前ら、女神様に会ったことはあるのか?」

 

「無いッスね。 どんな姿をしてるかは知ってるけど……」

 

「普段、クエストをこなしたり企業と話してるってことくらいッスかね」

 

「まあ、女神様というからにゃお高く留まってるんでしょ。 きっと」

 

 

どうやら彼らは直接女神を見たことは無いらしい。

ネプテューヌのようなサボりがちで、でもよく街中に出る女神様の方が特殊だろう。

そういう意味ではプラネテューヌは女神に対する文句はあるが、信頼もある。彼女の人となりを、彼女自身が晒しているから。

 

 

(と、なると……良し! この手で行ってみるか……ノワール次第だけど)

 

 

白斗は、ここで作戦を組み立てた。

承認されるかどうかはノワール次第だが、提案してみる価値はあると判断する。

 

 

「お前ら、ここで会ったのも何かの縁。 もう一個パン食うか?」

 

「い、いいんですか!? さっすがアニキ!」

 

「なぁに、その代わり……ちょっと早起きして手伝ってもらいたいことがあってな?」

 

「て、手伝い……何なんスかそれ?」

 

「言っておくけど極道とかヤクザとかそんなモンじゃないから安心しろ」

 

 

白斗は彼らの肩を組んで何やら話始める。

その姿は、まるで悪友と楽しく会話しているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから数十分後、白斗は教会へと戻ってきた。

そのままノワールの執務室へ向かい、ノックをして入室する。

 

 

「―――ただいま、ノワール」

 

「おかえりなさい、ラステイションの街は見て回れた?」

 

「ああ、ビッシリとね」

 

 

懐から取り出したのは、白斗が纏めたメモ。

彼が感じたこと、見たこと、考えたこと全てをそこに書き記してある。想像以上のまめさにノワールも舌を巻いていた。

―――そして、今日あった出来事を話し始める。それを受けてノワールは、溜め息をついた。呆れではない、自分への不甲斐なさ故にだ。

 

 

「……そう、やっぱりそう言うことなのね」

 

「予想……してたんだ?」

 

「何となくだけど、ただこうして白斗が言ってくれたから確信に変わったわ。 ……ラステイションの最大の問題点よね……」

 

 

痛くなった頭を抱えて、ノワールが項垂れた。

彼女の責任ではないはずなのに、それを自分のものとして抱え込んでしまっている。

 

 

「でも、ノワールにも考えがあってのことなんだろ?」

 

「……ええ。 確かに国民のために働くのは女神の義務、だからって女神が全てを解決しては国民自身が成長しないの」

 

「甘やかしすぎないってことね」

 

「そう……。 でも、甘えていたのは私の方かもしれない……見て見ぬふりをしてきただけかもしれない……」

 

 

実際、そう言った人達が出ていることを知っては何とかしてあげたい。何とかしなければならない。

それがノワールの真面目さ。彼女の長所でもあり、短所でもある。

真面目さ故に全てを受け止め、しかし受け止めきれずに圧し潰されそうになっている。

 

 

「―――大丈夫だよ。 ノワール」

 

「は、白斗……?」

 

 

そんな彼女に掛けてあげるべき言葉は、支えとなる強い言葉。

白斗は秘書として、彼女を支えるだけの力強さを持とうと意識する。

肩に手を置かれ、顔を上げたノワールに降り注いだのはそんな彼からの力強く、温かい言葉だった。

 

 

「ああいう奴らも出てきてしまったかもしれない。 でも、それ以上にノワールが頑張ってきたからラステイションっていう素晴らしい国が出来た。 それを女神の所為にするのは、ただ理解が出来ていないだけなんだ」

 

 

今度は、白斗が懐から一冊の本を取り出した。

それはこのラステイションの中で話題になっている、起業家の成功談を記した本である。

リサーチの際、ラステイションを知るためにと購入した本だ。

 

 

「ほら、ここの文章見て見ろよ。 『ノワール様がアドバイスし、またラステイションという国を作ってくれたから私はここにあるのです』……ノワールが幸せにした人だって、ちゃんといるんだ。

こういう人を一人でも多く作ろうと頑張ってきて、経済大国ラステイションが出来たんだぜ?」

 

 

まだ、このラステイションに来て日が浅いはずなのに。

白斗はしっかりと、ノワールの努力、そしてその努力が生み出したものを見てきてくれた。そして彼女が求めていた言葉をかけてくれた。

思わず目頭が熱くなるのを、ノワールは感じている。

 

 

「それに、今回の件は理解が出来ていないからだ。 あいつらのノワールに対しての理解、そして自分自身に対しての理解……その機会を設けてやればいい」

 

「……白斗……。 でも、機会を設けるって……?」

 

「ああ、お前次第なんだけど……」

 

 

白斗はある提案をした。

先程言った、「理解を深める機会」。それを実現するための提案を。

ノワールは彼からの提案を一言一句逃さず目と耳で聞き、内容をメモにして書き留めている。その精確さは、まさにやり手の一言である。

白斗も己の気をしっかり持たなければ、威圧されてしまうそうになった。

 

 

「……急だわ。 まずは私に話を通すべきだったわね。 場合によってはお流れになる可能性もあるんだから」

 

「す、すみません……」 

 

 

すぐに白斗の粗を指摘する。

ぐうの音も出ない正論に、白斗は頭を下げるしかなかった。

 

 

「でも、これだけの情報を集め、分析し、それをどうするべきか打ち立てて、私にこうして提案してくれた。 何より、さっきの言葉……貴方が秘書で、本当に良かった」

 

 

だが、その直後に今回の利点を褒めてくれる。

仕事に真摯な彼女だからこそ、一切の妥協も無く、短所も長所も見てくれる。見てくれたから、こんな素敵な笑顔をしてくれる。

 

 

「貴方の案を採用します。 ……明日の朝、よろしくね」

 

「はい!」

 

 

そして公平に検討し、採用してくれた。

女神様のお言葉だからこそ、白斗は余計に気合が入る。認めてくれた、それだけ期待と重圧がのしかかるということ。

何としても、期待に応え、重圧に打ち勝ってみせると誓った。

 

 

「ところで白斗、何か落ちてるわよ」

 

「え? あ、チケット……」

 

 

白斗が拾い上げたのは、5pb.から貰ったコンサートチケットだ。

先程から懐からメモ帳やら本やらを取り出していたからか、落ちてしまっていたらしい。

それを拾い上げてくれたノワールだが、目を通して顔色が変わった。

 

 

「………白斗、これどこで手に入れたの?」

 

「へ? ど、どこ……と申されますと?」

 

「5pb.の特等席チケットなんて簡単に手に入るものじゃない、増してや貴方は今までそう言うのに興味を示す素振りも無かった……どうやって手に入れたの?」

 

 

今日のあらましについては、先程話した通りだ。

個人情報を話すつもりは無かったため、名前は伏せていたのだが勘のいいノワールは大体察している。

それでも白斗本人から説明してもらわないと気が済まないらしい。

 

 

「じ、実はですね……その不良君達とお話する際に5pb.を助けましてそのお礼に……」

 

「……あっそ! ふん!」

 

「何故怒る!?」

 

「知らないっ! それよりもこの事、さっさとケイやユニに話してきなさい!」

 

「ヒィッ!? り、了解ですぅぅぅうっ!!」

 

 

不機嫌なノワールの声に気圧され、白斗は部屋を後にした。

これからユニとケイに声をかけ、明日の段取りを組もうとしているのだろう。

ふん、と鼻息を鳴らしたノワールはどっかりと椅子に座り込んだ。

 

 

「何よ白斗ったら! 私を放っておいてまさかのアイドルからコンサートのお誘い受けちゃって! ……って、私……どうしてこんなにヤキモキしてるのかしら……」

 

 

何故か5pb.に嫉妬していたことに気づく。

彼女だけではない、他の女神達も、時にはユニでさえそんな感情を抱きそうになったことがある。

訳の分からない独占欲の正体、それに気づくのは―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――AM 6:00。

ラステイションの街に朝日が差し込む。これから働きに向かう人も出てくるという時間に、街の中心にある公園で人が集まっていた。

 

 

「みんな、良く集まってくれたわね。 突発企画なのに、どうもありがとう」

 

 

その集いの中心に居たのはこの国の女神、ノワール。

彼女の周りにいたのは、数名の人物である。

この企画の発案者である黒原白斗、女神の妹であるユニ、教祖である神宮寺ケイ、そして―――。

 

 

「アニキ……あの人が、ブラックハート様ッスか?」

 

「本物を見るのは初めてだ……」

 

「つーかアニキ、ブラックハート様と知り合いだったんスね……」

 

 

昨日、白斗とつるむことになった不良三人組だ。

まだ眠そうな目をこすりながらも、現れた女神の降臨に驚き、眠気が吹っ飛んでいる。

と言っても彼らは根っからのノワール信者ではない。故に驚いてはいても、興奮まではしていなかった。

 

 

「ではこれより、町内清掃活動を始めます! 一時間の間だけど、よろしね!」

 

「「おーっ!」」

 

 

女神の言葉に声を上げたのは白斗とユニ。ケイはため息を付きながらも、女神の提案に従う意を示す。

そう、先日白斗が提案した事。それは国の象徴たるノワールが、朝早くから清掃活動を行うというものだ。

それもあの不良三人組を含めて。

 

 

 

『―――清掃活動?』

 

『ああ、国の象徴たるノワールが率先して清掃活動に取り組む。 この街はゴミを路地裏に捨ててる人も多いから、意識改革につながる』

 

『なるほどね。 で、他には?』

 

『この国はノワールの威光が強い余り、神格化し過ぎている人も多い。 そう言った人達に女神様を知ってもらうことで、より国民に女神が近くにいるぞということを意識してもらう』

 

『私自ら話しかけろ、ということね』

 

『ああ。 今回はそのモデルケースとして不良三人組を連れてくる』 

 

 

 

以上が、白斗が立てた計画の大まかな流れだ。

女神であるノワールが自ら清掃活動を行うことで美化は勿論、人々にノワールの存在を身近に感じてもらう。

女神が身近にいると感じることで、犯罪など不埒な真似はさせないようにという抑止力、同時に人々に安心感を与えるのが狙いだ。

何より、女神に対して良い思いを抱いていない、そしてこの街の負の部分を受けてしまった子供達にそう言った感情を無くして欲しい。そのための第一歩だ。

 

 

「んじゃ、振り分け発表していくぞ。 ケンと俺は第一地区、リョウとユニちゃんは第二地区、ハリーとケイさんは第三地区だ」

 

「え? 俺らバラバラっすか?」

 

「仲良し三人組は結構だが、たまにはいいだろ。 俺らも手伝うから頑張ろうぜ」

 

「それはいいけど……ノワール様は?」

 

「各地区を回りながら清掃だ。 ぶっちゃけ一番ハードだぞ~」

 

「た、確かに……」

 

 

この振り分けを考えたのは白斗だ。

彼らにして欲しいのは理解してもらうこと。そしてそのためには会話が必要だ。

一対一で話し合うことで理解を深めてもらう。同時にいつもつるんでいる三人組をばらけさせることで、新しい発見をしてもらうというのが白斗の狙いである。

 

 

「……アニキぃ、何だってこんな面倒なこと……」

 

「5pb.の好みは良い人だと聞いたぞ」

 

「良い人に、俺はなる! うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

白斗の人心掌握も完璧だった。

不良達はやはり慣れない慈善活動に文句を垂れてはいたが、それは自身の中の不満をこじれさせてしまっていたから。

それを理解し、ちゃんと会話してくれる人にはそれなりに返してくれる。

 

 

「お疲れ様。 頑張ってくれてるのね」

 

「ぶ、ブラックハート様!?」

 

 

そこへ現れたノワール。

既に他よりも多くのゴミを抱えており、既に額には汗を掻いていた。

だがそれよりも近くに寄ることで女性特有の甘い香りが広がってくる。今まで意識していなかった女神との急接近に、不良の一人であるケンは大層緊張してしまう。

 

 

「あら、結構細かなところまで取ってくれてるのね。 特にたばこの吸い殻なんて見落としやすいのに……」

 

「……俺、不良ッスから。 何となく捨てる奴の心理が分かるんスよ」

 

「でもそれって、結構気配りが出来るってことよ。 ……私には、それが足りないって時々言われるのよね」

 

「め、女神様が……?」

 

 

積極的にノワールから話しかけ、話題を振っていく。

相手の利点を褒め、ノワールは爽やかな笑顔を絶やさない。

尚且つ相手が自分を理解してもらおうと自らに関する話題も混ぜて、トークの幅を広げる。

 

 

(うんうん。 ネプテューヌから教わっておいて大正解だった)

 

 

昨夜のネプテューヌとの通話の際、いつも国民と会話する際に何を意識しているかを予め聞いておいた。

彼女自身は特に意識はしていないと言うが、とにかく楽しく笑顔でがモットーとのことだった。確かに明るい顔の方が、会話していて楽しいと感じるのは当たり前のことである。

 

 

「……そうなのね。 ごめんなさい、ちゃんと見てあげられなくて」

 

「い、いえいえ! 女神様が謝ることじゃないッスよ!」

 

「そう言ってもらえると助かるわ。 そうね、貴方達みたいな人をちゃんと支援できる制度を設けて、白斗が言っていた職業案内所もちゃんと設置するべきね」

 

 

ただ話すだけではない、少年が一体何を苦しんでいるのかを理解し、その少年のためになるような言葉を選んでいる。

ノワール自身、そういった会話をする機会が少なかったためまだ戸惑いはあったものの、それでも円滑に話が進められている。

 

 

「……あ、ありがとうございます、女神様!」

 

「いいのよ。 それじゃ私は次の地区へ行ってくるわ。 白斗、彼の事よろしくね」

 

「ああ、そっちも頑張ってな」

 

 

十分彼と話し、互いの理解を深めたところで次の地区へと向かう。

清掃活動を続けながら、残り二名とも話し合い、互いの気持ちを知り合う。小さな一歩でも、積み重ねないことには意味がない。

努力家であるノワールだからこそ、この提案を受け入れてくれたのだ。

 

 

「……アニキ」

 

「んー?」

 

「女神様も……なんつーか、俺らと変わんないんスね。 いっぱい悩んで、いっぱい苦しんで……でも俺らと違って、いっぱい動いて……」

 

「かもな」

 

 

ノワールの実情は、白斗も全て把握している。

だが、敢えてぼかした物言いでケンにそう答えた。今必要なのは彼が女神を理解すること。

白斗自らが答えを与えるのではなく、彼自らが答えに行きつくことなのだから。

―――やがて一時間が経過し。

 

 

「ふぅ……いい汗かいたわね! これはこれで早朝訓練になるかも」

 

 

何十ものゴミ袋を山のように積み上げて、ノワールが汗を拭いた。

女神を含め、たった七名の清掃活動にも拘らず、十分な成果と言える。当然ラステイションの街全てを綺麗にできたわけではないが、それでも汚れているよりずっといい。

何より、今まで不良だった彼らの心にも明確な変化が訪れていた。

 

 

「ですね! ノワール様の言う通りです!」

 

「正直メンドかったけど……初めて、やりきったって感じだ!」

 

「見ろよ、この公園! 俺らがピッカピカにしたんだぜ!? 信じられるか!?」

 

 

ノワールへの見方、初めての達成感、美化意識。

良い兆候が彼らに見られている。

白斗とノワールにも、確かな手応えを感じさせていたところで。

 

 

「ノワール様、ゴミ拾いご苦労様です」

 

「ん? あ、パン屋のおばちゃん! お店の方はいいのかしら?」

 

「主人に任せてあるから。 それより、ゴミ拾いしてくれたお礼に差し入れです。 みんなで食べてくださいね」

 

「ありがとう! みんな、差し入れよー」

 

 

更にはノワール御用達のパン屋の店主から差し入れが送られた。

焼きたての香ばしい匂いを放つパンが一人一袋で手渡される。

労働の後のちょっとしたご褒美に、不良達は勿論白斗たちも気分が良くなった。

 

 

「あの子達が店の前を熱心に掃除してくれたから、そのお礼も兼ねてるのよ」

 

「え? あ……じ、実はこの間アニキに奢ってもらって以来……すっかりこのパンの味に惚れちまって。 だからかな……」

 

「ありがとう。 ……そうだ、皆さえ良ければウチでバイトしないかしら? 若い子は一人でも多い方がいいわ」

 

「え? 俺ら三人纏めてで……大丈夫ッスか?」

 

「ふふ、私も若い頃は似たような苦労をしてきたから。 どう?」

 

「……あ、ありがとうございます!!」

 

 

どうやら、今回のゴミ拾い活動の姿が感動的に映ったらしい。

パン屋の店主が不良達三人をバイトとして迎えてくれた。思わぬ労働の斡旋に思わず感動する男達。

そんな光景にユニもケイも、ノワールも目を丸くするばかりだ。

 

 

「白斗さん、ここまでの流れを読んでたんですか?」

 

「まさか。 ……あいつらがホントに頑張らなきゃ、おばちゃんの心を動かしたりできない。 あいつら自身の功績だよ」

 

「おやおや、白斗は随分謙虚だな」

 

 

ユニやケイが褒めてくれるが、実際白斗はここまでになるとは思っていなかった。

小さな意識改革から始めていくつもりだったのだが、実際に事を起こしてみれば誰もが満足するような結果に終わった。

 

 

「……ありがとう、白斗。 貴方がいてくれたから、あんな素敵な光景が出来たわ」

 

「ノワールがいて、実行してくれたからだよ。 俺だけじゃどうにもならなかったし、ノワールっていう女神様だからこそあいつらも頑張れたんだ」

 

 

そして、白斗は何よりもノワールの行動力と真面目さあってこそだと思っている。

彼女が最後まで真面目に清掃活動をやり遂げたからこそ、彼らと対話を試みたからこそ、ラステイションと言う街を作り上げたからこそ。

それが生み出した奇跡ともいうべき光景。それでもノワールは、白斗への感謝の気持ちが絶えなかった。

 

 

「……貴方が秘書で良かった。 また……頼っても、いい?」

 

「モチのロン」

 

 

軽い口調ながらも、重みのある声で応えてくれた。

はにかんだ笑顔を見せてくれる白斗に、ノワールの胸がまた一つ高鳴る。

 

 

 

 

 

(……何故かしら。 白斗相手だと……こんなにも頼れて、気兼ねなく話せて、そして……離したくないって思っちゃうのは……)

 

 

 

 

 

日に日に増していく白斗への淡い想い。

ノワールはそれを自覚する度切なく、しかし温かい気持ちに包まれる―――。




サブタイの元ネタ「ハヤテのごとく!」

ということでラステイションの景色を広げつつ、5pb.ちゃん登場のお話でした。
メーカーキャラヒロイン一人目!
白斗……お前、女神だけじゃ飽き足りないんか……。でもメインはノワールであることは崩しません!

次回のお話はノワール個人とのイチャイチャでお送りします!


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第十二話 コスプレ狂想曲

タイトルで「あっ(察し)」となった人手ェ上げて(ハイッ!
ということで本編始まります。


白斗が提案した清掃活動。

行き場のない不良達を更生させ、街の美化、そしてノワールの活動宣伝の効果もあって関係者からは絶賛の声を受けた。

そんな一幕の次の日の夕方、ノワールの手伝いを終わらせ、ラステイションの街を遊びまわっていた白斗はある店に向かっていた。

 

 

「おー、お前ら。 早速バイトに入ってるのな」

 

「お! アニキ、来てくれたんスね!」

 

 

ラステイションの街を見て回っていた白斗が声を掛けたのはすっかり御用達となったパン屋。

そこで働いていた、元不良三人組。

美味いと評判のパン屋で早速働ける喜びを感じながら、汗水垂らしながら働いている。

 

 

「そりゃ、提案するだけして見に来ないなんて無責任にも程があるからな。 で、お前らパン焼いてるの?」

 

「まだまだ。 今はおばちゃんの技を見て盗む段階ッス!」

 

「職人気質よなぁ。 ま、そんな硬派なところがいいんだが」

 

「それよりアニキ! パン買ってってくださいよ!」

 

「そうだな。 んじゃぁ……」

 

 

店員となった彼らに促され、パンを幾つか買い込んだ。

自分の夜食と、ノワールへのお土産として。

 

 

「「「ありがとうございましたー!!」」」

 

 

店から去る際、そんな気持ちの良い声を聞くことが出来た。

二日前、5pb.を襲おうとしていた彼らからは想像できない姿である。聞けば店主や街の住人、更には親との関係も良好になりつつあるとのこと。

自分の提案でノワールが治める街に貢献できたことに、白斗はつい嬉しくなってしまう。

 

 

「成果も上々! ノワールも喜んでくれるかな~」

 

 

きっとこの事を伝えれば、ノワールも喜んでくれるだろう。

白斗は足取り軽く、今の拠点であるラステイションの教会へと戻っていった。

 

 

「……ん? 宅配便か?」

 

 

教会前には一人の宅配業者が、困ったように佇んでいた。

手には大き目の段ボール箱を抱えており、右往左往している。

怪訝そうに見つめていると、業者が白斗の存在に気づき、声を掛けてきた。

 

 

「あ! すみません、ここの教会の方ですか?」

 

「一応ここに住まわせてもらっている身ですけど」

 

「良かった、実はノワールさんにお届け物なんですが誰も出てくれなくて……」

 

 

なるほど、よくあるパターンだと白斗は納得した。

どうやらユニやケイ、そして肝心のノワールは外出中らしく荷物をどうするべきか悩んでいたところらしい。

荷物を受け取るだけなら差し支えないだろうと白斗は言葉を続けた。

 

 

「受け取るだけでいいなら俺が受け取りますよ」

 

「助かります! あ、ここにサインしてくれればいいので」

 

「はいよ。 ……っと、これでいいですか?」

 

「ありがとうございます! またご贔屓にー!!」

 

 

伝票にサインを書き込み、荷物と共に受け取る。

爽やかな挨拶を残し、業者は去っていった。

後に残された白斗は手に段ボール箱と買い込んだパンの袋を手にとりあえず教会の中へと運ぶ。

 

 

「んっしょっと……結構重いな。 ノワールの奴、何を買ったんだ?」

 

 

ドスン、と音と衝撃と風圧を立てて置かれる段ボール。

天地無用や割れ物注意とは書かれていなかったので、精密機器やガラス製品などでは無さそうだ。

とりあえず箱についているシールを見て判断しようと観察する。

 

 

「衣類って書いてあるな……ま、ノワールも女の子、オシャレくらいはするよな。 えーと、発送元は……『アニメイド』? どこのブランドだ?」

 

 

衣類と書かれていたのでノワールが新しく着る洋服でも買ったのだろうと判断する。

少し気になったので携帯電話で「アニメイド」なるブランドを調べようとした時、玄関の扉が開かれた。

 

 

「ただいまー……って白斗? 先に帰ってたのね」

 

「お、ノワールお帰り。 丁度良かった」

 

 

帰ってきたのはノワールだった。

彼女も買い物をしていたらしく、ボトルや果物を詰め込んだ袋を提げている。これだけ見るといいお嫁さんになれると思ったのは白斗だけの秘密だ。

 

 

「丁度良かったって……何その荷物?」

 

「ああ、実はさっきお前宛の荷物が届いたんだ。 で、どうしようかなと……」

 

「私宛……? …………のわああああああああああっ!!!?」

 

「うおわぁぁああああああ!!?」

 

 

思い当たったらしい、が悲鳴に近い声を上げてノワールが急接近。

凄まじいスピードが生み出す風圧に押され、白斗は荷物を奪い取られた。

 

 

「み、見た!? 見た見た見た!?」

 

「見てない!! 見てない見てない見てナッシング!!」

 

「じゃぁ何しようとしてたの!?」

 

「発送元のブランドを調べようとしていたくらいで……」

 

「調べるな。 女神命令、良いわね?」

 

「アッハイ」

 

 

その時のノワールの声色は、視線は、表情は。とても冷たかったという。

謎の身震いを感じ、白斗はそれ以上の追及を諦めた。

反対にノワールはお目当ての荷物が届いたことからすぐに上機嫌となる。

 

 

「あ、そうだ。 私、今夜面会謝絶だからよろしく」

 

「え? あ、ちょ……」

 

「それじゃーねー! ふんふふーん♪」

 

 

何かを待ちきれない様子でノワールは去って行ってしまう。

それほどまで楽しみにしていた荷物だったらしい、ノワールは聞く耳持たずで、足取り軽く、鼻歌まで歌いだしている。

 

 

「やれやれ、どんな荷物なのやら……」

 

「荷物って何ですか?」

 

「ん? ユニちゃんか、お帰りー」

 

 

さすがにそんな反応をされては気になって仕方がないが、かと言って約束を破るほどかと言われればそうでもない。

と、その時ユニも帰ってきた。こちらは雑誌を購入してきたらしく、胸に抱きかかえている。

 

 

「いや、ノワール宛に荷物が来たんだがそれがやたら楽しみだったらしくてな」

 

「あー……お姉ちゃん、時々あるんですよね。 新しい服だとは思うんですけど、あんまり見せてくれないんです」

 

「んー? それ着て出掛けたりしないのか?」

 

「まぁ、お姉ちゃん忙しいですから。 それを来て外出した気分になったりとかかも」

 

(にしてはさっき買い物してくるくらいの余裕はあったんだが……詮索はしない方がいいかな)

 

 

服を集める程度は女の子の嗜みだとは思うが、それを人前で見せないとは。

少し怪しい気もするが、ユニにとってはいつもの事らしく、気にしない方がいいらしい。

白斗も空気を読んでこの話題は忘れることにした。

 

 

「まぁいいや。 ユニちゃん、晩飯終わったらFPSで対戦しないか? パン食べながらさ」

 

「あ、いいですね! でもアタシに挑戦状叩きつけたこと、後悔しても知らないですよ~?」

 

「ふふーん、今日こそその鼻っ柱へし折ってやる」

 

 

お土産として買ってきたパンをちらつかせながら白斗が挑戦状を叩きつけた。

負けないだの、自信ある態度だの、一歩も引かないその様子はライバルというよりもまるで兄妹のようだったという―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……クッソ! 4勝6敗……あそこで左振りむいてりゃぁなぁ……」

 

 

その夜、白斗はユニの部屋から出てきた。

結果は惜敗。暗殺者として培った勘の良さから立ち回りは自信があったものの、ゲーム内の技術はユニの方が上。

故に切迫した勝負になり、最後は経験と意地の差でユニに軍配が上がった。

悔しがりながらも、白斗は楽しそうに呟いている。

 

 

「……今度あのゲーム買って練習するかぁ。 でもそうなると小遣いがなぁ……」

 

 

ネプテューヌと対戦するためといい、このゲイムギョウ界に来てからゲームをすることの楽しみを覚えた白斗。

ゲームに手を出すだけの余裕が出てきたのは、彼を取り巻く環境が変わったことが一番大きい。

そんな自分自身に気づくことも無く廊下を歩いていると。

 

 

『~~~♪』

 

「ん? ノワールの声……部屋からか?」

 

 

どこからか、上機嫌なノワールの声が。それも歌っているようだ。

特に今日は仕事に支障も無かったが、嬉しくなるような報告すらなかった。強いて言えば、白斗の提案した清掃活動の進展とあの不良達の顛末である。

しかしそれすらまだ報告できていない。となると―――。

 

 

「……ああ、なんか服買ったんだっけ」

 

 

ノワールから深追いしないように念押しされていたので記憶の片隅に留めて置いただけだが、彼女宛に衣類の荷物が来てから様子が変わった。

荷物について触れられたくなかったり、それでも楽しみにしていたり。

 

 

(どんな服か見てみたいんだけどなぁ……。 ワンピースとか結構似合いそう……)

 

 

などと考えながら部屋を過ろうとしたその時だった。

 

 

『ひっ!? きゃあああああああああああああっ!!?』

 

「なっ!? ノワール!!?」

 

 

突然、ノワールの部屋から悲鳴が上がったのだ。

戦闘も強く、狼狽えることはあっても弱音を吐くこと自体滅多にない彼女からそんな悲鳴が上がる理由はそう多くない。

 

 

(まさか……また誰かがノワールの暗殺を!? クソッ!!)

 

 

外敵の侵入―――ここ最近の平穏でその可能性を失念していた。

白斗が己の不甲斐なさに歯軋りをしつつも迷うことなくドアを蹴破った。

例え怒られようとも、嫌われようとも、それだけでノワールが無事でいられるなら。

 

 

「ノワール、大丈夫か!?」

 

 

一発でドアを蹴破った白斗が部屋を見渡す。

オシャレながらも女の子らしい部屋だったが、彼女はベッドで毛布に包まりながらガタガタと震えている。

 

 

「は、白斗ぉ!! 蜘蛛……蜘蛛がぁ!!」

 

「……蜘蛛ぉ? ああ、こいつか……」

 

 

良く見ると部屋の真ん中に宙づりになっている蜘蛛が一匹。

それも掌サイズ以上の大きさだ。恐らく天井裏に巣食っていたものが成長してきたのだろう。

見た所モンスターの類でもなければ毒蜘蛛でもないため肩透かしを食らったが、女の子相手にはきつすぎる見た目と大きさだ。

 

 

「悪いがお帰りになってくださいよっと」

 

 

白斗はポケットからハンカチを取り出して蜘蛛を包み、部屋の窓から投げ捨てた。

念のため気配を研ぎ澄まし、辺りを探る。

入念に調べた結果、侵入者の痕跡は一切発見されなかった。今回は単なる蜘蛛の乱入だけだったようだ。

 

 

「ふぅ、侵入者は無し。 蜘蛛も追い払った。 もう大丈夫だぞー」

 

「うう……白斗、ありがと……う……」

 

 

危機は去った。安全であることを告げると、ついノワールは油断して毛布から出てきてしまう。

だが、そこで固まってしまった。白斗も彼女を落ち着かせようと振り向いてしまった。

互いにその姿を見合わせる。白斗はいつもと何ら変わりのない黒コート。だがノワールの姿は、先程の物とは全く異なっていた。

 

 

(……何、このアニメっぽい服……どこかで見たような……)

 

 

青を基調とした、フリルたっぷりのドレス。

可愛らしい帽子。そして手には女の子が憧れるような魔法のステッキ。

そうだ、見たことがある。確かあれは以前ネプテューヌ達が可愛いと絶賛していた魔女っ子アニメの―――。

 

 

「………思い出した! それ、確かアニメで出てたキャラの衣装だっけ?」

 

「~~~~~~~~~っ!!?」

 

「っと悪い! とりあえずドア閉めて……!!」

 

 

ノワールはぼわっと、顔から火が出そうな勢いで真っ赤になってしまった。

目も涙目で、声にならない声を上げている。

そんな彼女の姿に慌ててしまい、白斗は慌てて扉を閉めて情報遮断。その際に改めて部屋を見渡すと、先程の段ボール箱が開けられていた。

 

 

(……なるほど、衣類は衣類でもコスプレだったのね……)

 

 

更に見ればタンスにはこれまた可愛らしい衣装が幾つも吊るされている。

部屋にはミシンなどの裁縫道具も完備されており、更にはステッキだけではなくインカムマイクやギター、箒に様々な帽子などあらゆるグッズが揃えられている。

間違いない、全てコスプレのためである。

 

 

「は、白斗……見な……見ないで……! わ、わた……わたし……」

 

 

今にも泣きそうな声で白斗を呼ぼうとするノワール。

でも、恥ずかしさや悲しさ、恐れが入り混じり上手く言葉にならない。

荷物について触れられたくなかったり、面会謝絶していたのはこのためだったのだ。確かに、知られたくはない趣味かもしれない。でも白斗は―――。

 

 

「カッシャー、カッシャー、カシャカシャカッシャー」

 

「ちょっ!? 何で写メ撮るのよ!? しかも連射!!?」

 

 

携帯電話で写真を撮影しだした。

思わず怒りのツッコミを入れてしまうノワールだったが、すぐにその心は暗く染まってしまう。

何せ、白斗に見られた上に写真まで取られたのだから。

 

 

(う、うう……見られた見られた見られたぁ……!! こんな恥ずかしい趣味、絶対馬鹿にされる……ヒかれる……何より、何より……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……白斗に、嫌われちゃう……)

 

 

余りの悲しさに涙すら出てしまう。

白斗に嫌われる―――それが何よりも、彼にバレたくなかった最大の理由であり、最大の哀しみ。

こうして彼が写メにまで収めてしまった以上、記憶を消すことなど出来ない。

けれども、彼らから出てきた言葉は予想だにしないものだった。

 

 

 

 

 

 

「いや、完成度高くてすっげぇ似合ってたからさ。 記念に残しておこうと思って」

 

「………え?」

 

 

 

 

 

 

白斗の口から出たのは拒絶の言葉ではない。寧ろ称賛の言葉だった。

そんな彼の言葉が、ノワールの心に光となって降り注ぐ。

顔を上げて見れば、嫌な表情どころか穏やかな表情でノワールを見守ってくれていた。痩せ我慢の様子すらない。

 

 

「は、白斗……その……嫌じゃ、ないの……?」

 

「別に? 俺の元いた世界でもコスプレ趣味の人なんてザラだったし、何よりノワールが可愛いしな。 眼福眼福」

 

「か、可愛っ……!?」

 

 

今度は羞恥で顔が紅くなってしまう。

それだけ「可愛い」と褒めて貰えたことが恥ずかしくて、信じられなくて、何より嬉しかった。

 

 

「……コスプレ趣味なんて……恥ずかしくて、笑われると……嫌われると思ったのに……」

 

「まぁ、人に言えないのは理解できるが嫌う理由になるはずないじゃん。 寧ろ、ノワールが可愛い女の子だと再認識できた」

 

「今のはちょっとバカにしたでしょ!?」

 

「いーや、別にー?」

 

 

少し茶化したかもしれないが、白斗が嫌っている様子は全くなかった。

本当の彼女の姿を受け入れてくれる―――ノワールにとって、それが何より嬉しかったのだ。

ようやく涙も引っ込み、落ちついたところでノワールはベッドに腰を掛ける。

 

 

「……私、ゲームもそうだけどアニメも好きなの。 で、好きになったアニメのキャラになりきったりして、その世界に浸りたくて……」

 

「あー、俺もやったやった! ヒーローとかの真似事したりな」

 

「でしょ!? ……でも、女神になってから公務が忙しくて、その分そういった世界の憧れへも強くなって……気が付けばコスプレしてたの」

 

 

彼女にとってコスプレとは単なる趣味だけではない。

日頃のストレスから解放される至福の一時なのだろう。誰もが憧れるアニメや漫画、ゲームの世界。そこに行きたいと願う心は、寧ろ純粋なものだ。

確かに少し子供っぽいかもしれないが、同時に女の子らしい可愛らしさもあった。

 

 

「で、ミシンとかもあるってことは……自分で作ったのもあるのか? 凄いな!」

 

「あ、ありがとう……。 自分で言うのも何だけど、もう最高の出来栄えで!」

 

 

表裏のない言葉に、ノワールは明るく返してくれる。

余程琴線に触れたらしく、いつもの真面目な彼女からは想像できないほど女の子らしい顔をしている。

そう言いながらタンスの中の服をとっかえひっかえしていると、一冊の本が落ちてきた。

 

 

「おい、何か落としたぞ……ってオーディション用台本?」

 

「あ……じ、実は……声優にも憧れちゃったりして……身分隠して、オーディション受けたんだけど……」

 

「その様子だとダメだったのか……」

 

 

暗い表情からなんとなく察してしまう。

けれども、こればかりは仕方がない。声優とは単に声を当てるだけの芝居ではない、寧ろ声だけで全てを表現しなければならないのだ。

憧れる人も多いが、売れる人はその中の一握りという厳しい世界。さすがに女神の肩書を隠しただけの少女では、受かることは無い。

 

 

「ええ……でも、諦めない! いつか必ず、憧れの世界に……ってそうだ!」

 

「な、何だ?」

 

「白斗! もし良かったら、時間のある時でいいから台本の読み合わせとかしてくれない!? こんなこと頼めるの、白斗しかいないの!!」

 

 

普段の硬派な彼女からは想像できないほどの真剣なお願い。

白斗にだけ、ということは教祖であるケイや妹であるユニですら伏せているということだ。

親友たちにも、妹ですら打ち明けられない真剣な悩みをただ一人聞かされた存在として、どうして断ることが出来ようか。

 

 

「……いいぜ。 正直言うと、俺も興味あったしな」

 

「ホント!? 約束よ!?」

 

「おう。 嘘ついたら三十二式エクスブレイド飲まされるからな」

 

「違うわ。 ボルケーノダイブよ」

 

「そこだけ涼しい顔で灼熱的な技ぶち込むのやめてもらえませんかね?」

 

 

などと言いながら笑いあう白斗とノワール。

女神と暗殺者ではない、年相応の少年と少女らしい楽しい一時だった。

 

 

「で! ついでにお願いしたいことあるんだけど!」

 

「おねだり多いな」

 

「助けてくれたとは言え、入るなって約束破っちゃったんだからこれくらいするのが当然でしょ!」

 

「はいはい。 で、何だ?」

 

 

白斗も嫌がっているのは口だけ。

入ってしまったことは事実だし、責任感以上にノワールと秘密を共有できているこの時間が何より楽しい。

そんな彼女に付き合うのも悪くはない、と軽い気持ちで引き受けたのだが。

 

 

「じゃぁ……この衣装着てみて! 絶対白斗に合うから!」

 

「お、俺もコスプレ!? 待て待て! ノワールの持ってるってことは女物の衣装だろ!?」

 

「男装コスプレもあるから心配しないで! 大丈夫、絶対似合うから!!」

 

 

この上ないキラキラとした視線を向けてくるノワール。

思わず後ずさりしてしまうが、ここで退くは男の恥。

 

 

(ええい、ままよ! 変装の一環だと思えば……!)

 

 

ノワールのコスプレはともかく、自身がすることにはさすがに抵抗感がある。

しかし興味が無いと言えば嘘にはなり、何より彼女の期待に応えたかった。

無言で頷くと押し付けるようにして衣装が手渡される。彼女が布団に包まっている間に着替えを終えると。

 

 

「きゃー! 白斗カッコイイ~~~~!!」

 

「……これ、侍っぽい衣装だな……」

 

 

青い上着に袴、そして腰に刺した刀にハチマキ。立派な侍の姿だった。

デザインは新選組に近く、手触りから素材も拘り抜かれていると分かる。

刀は当然模造刀だが、安っぽい玩具ではなく、寧ろ刃剥ぎをしているだけであって重さと感触は本物のそれである。

そんな彼の姿にノワールは大興奮、写真を撮りまくっている始末だ。

 

 

「素敵よ白斗! 居合やって! 居合!!」

 

「さ、さすがに居合は始めてやるが……離れてろよ? ―――ズェァ!!」

 

「~~~っ!! イイ!! 最ッ高よ!!!」

 

 

ノワールのリクエストを受けて、居合の真似事をしてみることに。

暗殺者と言えど刀を扱ったことは無いので見様見真似ではあるが、それでもノワールにとっては本物と見間違うくらいの美しい太刀筋。

まるで現代に蘇りし侍だと言わんばかりに感動していた。

 

 

「そうだ! そのヒロインの子の衣装もあるから……このシーン再現してくれない!?」

 

「ん? どれどれー……お、おお……これは照れちまうな……」

 

 

彼女の携帯電話から見せられたのは、お気に入りアニメのワンシーン。

侍を主人公としたアニメで満月の夜、桜の木の下でヒロイン役の姫と主人公の侍が手を取り合い、互いの好意に気づくというシーンだ。

 

 

「照れも一線超えれば楽しくなるものよ! さぁやりましょ!」

 

「そう、だな……。 ここまで来たらやり切るのみ!」

 

 

彼女の夢を叶えて上げたい、そして自分もその世界で楽しみたい。

強く拳を握って白斗は立ち上がる。

 

 

「ありがとう! それじゃ私も着替えて……」

 

「じー」

 

「……良いって言うまで後ろ向いてなさいね。 覗いたら……(メキッ)このボールペンと同じ末路を辿るわよ」

 

「イエスマムッ!!」

 

 

さすがにへし折られるわけにはいかない。

先程のやる気も一瞬で吹き飛ぶほどの恐怖を感じ、白斗は後ろを向きながら土下座よろしく床に伏せている。

その間、ノワールは着替えていく。

 

 

「ん、んー……着物って一人で着付けるの難しいのよね……。 専用の器具使っても中々……白斗、ごめん! もうちょっとだけ待ってて!」

 

(何これ? 音や声だけでも背徳的な気分になるんですけど!?)

 

 

密閉空間に、男と女が二人きりのこの状況でさえ垂涎もの。

その女が女神様で、しかも今白斗の後ろで着替えている。

しゅるしゅると音を立てて落ちていく服。想像しただけでも、白斗の中の何かが掻き立てられる。

 

 

(ま、まずい……オーバーロード・ハートしちまいそうだっ!!)

 

 

これは最早拷問と言ってもいい。

早く終わって欲しい、でも終わらないで欲しい。そんな二律背反な思いを抱えながら目を閉じていると。

 

 

「お、お待たせ……」

 

 

やっと許可が出た。

複雑な思いを抱えつつ、振り返るとそこには―――。

 

 

「どう、かしら……? 似合って、る……かな……?」

 

 

顔を赤らめている、着物姿のノワールがいた。

桜色の着物を着こみ、髪型もいつものツインテールではなく団子に纏められている。かんざしも刺しており、何より袖で顔を少し隠そうとしているその仕草が妙に艶っぽい。

 

 

「……マジでどこの姫様かと思った……心臓止まるかと思ったぞ」

 

「貴方がそれを言うと洒落に聞こえないのよね……」

 

「これだったら止まってくれた方が良かったかもな」

 

「縁起でもないからやめて。 ……でも、ありがと」

 

 

こんなにも可愛らしいお姫様と、あのワンシーンを演じられる。

白斗も妙な高揚感に包まれた。ここまでされて、中途半端な演技は出来ない。

 

 

「―――いざ、参る」

 

 

白斗は頬を叩いて気合を入れる。

見開いた眼は、完全に主人公のそれと全く同じ鋭さだった。

刀のようにどこまでも真っ直ぐで、鋭くて、綺麗な瞳にノワールは魅了されてしまう。

 

 

「い、いいわよ白斗……降りてきてるわね! それじゃ雰囲気を出すために灯りを消して……」

 

 

スイッチを押せば、部屋には月明りだけが入ってくる。

窓から差し込まれる柔らかな光に照らされながら、向き合う二人。

 

 

「……姫……」

 

「あっ……」

 

 

憧れの“彼”に手を取られ、背中を支えられる。

着物越しでも感じる彼の体温に、“彼女”は頬を赤く染めた。

 

 

「……貴女だけです。 拙者をこんな気持ちにさせてくれたのは……拙者を、救ってくださったのは……」

 

「お侍、さま……」

 

 

“彼”と“彼女”の視線が、気持ちが重なり合う。

桜こそないが、美しい月明かりの下、今世界には立った二人だけ。

 

 

「……姫。 こんな血に濡れた身で……それでも、拙者は……」

 

「……血に濡れようとも、罪に塗れようとも……私は、知っております……。 貴方様が、真に優しきお方であると……私の、『お侍様』であると……」

 

 

“彼女”は既に、“彼”の罪を知っていた。

知っていた上で受け入れた、知った上で傍に居たかった、知った上で―――惚れてしまった。

 

 

「……で、あれば……姫。 これが、拙者の気持ちでござる……」

 

「……お侍様……」

 

 

二人の顔が、近づき合う。

見つめるは互いの唇。近づいてくるそれが、まるで遅く感じられて。その度に心臓の鼓動は速まっていって。

もう何が何だか分からない。ただ、それを黙って受け入れようと―――。

 

 

「……はい、ここまで。 これ以上はシャレにならんしな」

 

「え? あ……」

 

 

直前で、白斗が離れてしまった。

思わず寂しそうな声を漏らしてしまうノワールだったが、彼には届かず。

白斗は部屋のスイッチを入れて明かりをつけてしまう。

 

 

「……別にフリじゃなくていいのに……」

 

「ん? 何か言ったか!?」

 

「何でもありませんっ。 つーんだっ」

 

「えぇ!? な、何かやらかしたか俺……?」

 

 

突然不機嫌になるノワール。

その理由が分からなくて白斗は困惑してしまう。姿勢もセリフも何一つ間違いはなかった。

敢えて言うなら間違いを犯さぬことが間違いだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「やらかしてくれてないから不満なのっ! ……でも、ありがと♪」

 

 

 

 

 

 

 

それでも、彼女が見せてくれた笑顔は最高に眩しかった。

こうして、コスプレを巡る騒動は一応幕引きを迎える。

黒の女神が、どうしてこんなにも心乱されるのか。その理由に気づくには、あともう少し―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、白斗。 さっきの写メは消しなさい」

 

「そんな!? 記念に残そうかと思ったのに!!」

 

「消せったら消せー!!」

 

「嫌だ嫌だ嫌だー!!!」

 

 

その後、写メを巡って追いかけ回される白斗の姿があったとかないとか。




ということでノワールのコスプレ話でした。
いやね、真面目にね、コスプレノワールちゃん可愛い。個人的にはゼノブレイド2のホムラのコスプレとかして欲し(殴
さて、フラグこそ立っているものの未だに陥落していない強情な黒の女神様。次回こそは!……と見せかけてあの子のターンに回ります。
お楽しみに!


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第十三話 ユニの憂鬱

ということでやって参りましたユニちゃんのターン!
何もイチャイチャ対象はノワールだけではぬわぁい!ということで本編どうぞ~。


―――それは白斗がラステイションに滞在して五日目のこと。

 

 

「白斗、あの書類は?」

 

「こっちに。 後はここに判押してちょ」

 

「ありがとう、それは?」

 

「もう終わる。 これはどうする?」

 

「ええと……そっちに」

 

「あいよー。 んで、あれなんだけど……」

 

 

午前中、ノワールの執務室では、すっかり仕事が板についた白斗が女神と共に事務仕事を片付けていた。

まだまだミスなどはあるものの、ノワールとは曖昧なこそあど言葉でもまるでツーカーのように意思疎通出来ていた。

 

 

「……むぅ……」

 

 

それを面白くなさそうに見ているのはノワールの妹にして女神候補生、ユニ。

彼女もまた、自分に与えられた仕事を終わらせて報告に来たのだがいざ執務室の扉を開けてみればこの状況。

来て日が浅いのにノワールとしっかり意思疎通した上で仕事をテキパキこなしている白斗がいる。

 

 

(……アタシなんて、お姉ちゃんにあんな風に接してもらったことないのに……)

 

 

早い話が嫉妬である。

とは言え、それを口に出すほどユニは浅慮ではない。けれども顔には出てしまう。

頬が膨らんだところで、ノワールが彼女の存在に気づく。

 

 

「あら、ユニ。 仕事の方は終わったの?」

 

「え? あ、うん……これ」

 

「ありがとう。 どれどれ……」

 

 

彼女を手招きして書類を受け取った。

その際のノワールの声色は穏やかかつ上機嫌。理由は言わずもがな、白斗が傍に居ることだろう。

 

 

「……オーケーよ。 ユニ、ご苦労様」

 

「あ、ありがとう。 で、今回結構早く仕事を終わらせたよアタシ!?」

 

「まぁ、前回よりはね。 これくらいで慢心しちゃダメよ」

 

「あ……はい……」

 

 

受け取った書類に不備はなかった。

だが、ノワールは意識して澄ましたような顔と口調になる。なるだけ感情を表に出さないようにしているのだ。

尚更白斗との差がついてしまったように感じられ、それがユニにとっては寂しく感じてしまう。

 

 

「……じ、じゃぁアタシ、部屋にいるから! また何かあったら呼んでね……」

 

「ええ」

 

「ちょ、ユニちゃ……!」

 

 

何とか気丈に振る舞おうとするユニ。だが、声が微かに震えている。

少し強めにドアを閉め、彼女は出ていってしまった。

 

 

「……あのー、ノワールさん。 さすがに……その、ね……?」

 

 

見ていられなくなった白斗が、横から口を挟んでしまう。

頭ごなしに言い過ぎず、かと言って彼女の心に刻み込んでもらえるような言葉を模索していたその時だ。

 

 

「……やってしまった……またやってしまった……」

 

「うおおぉぉぉ!? 明らかに落ち込んでるゥ!?」

 

 

明らかに暗い雰囲気を抱えて、机に突っ伏している。

あの上機嫌な雰囲気は一瞬にして吹き飛び、ノワールの頭上には雷雨が降り注いでいるかのようだ。

声も重苦しく、顔を上げれば泣きそうな顔になっている。

 

 

「……白斗も分かってるんでしょうけど……アタシ、不器用なのよ……」

 

「分かります、ええ分かりますとも」

 

 

何とも寂しそうな声だ。

彼女も辛い思いをしている。これがユニのためになると自分に言い聞かせて、自分に嘘をついて、本当の気持ちに蓋をして。

一体これを何年繰り返してきたのか、白斗には想像もつかない。

 

 

「ホントはね、ユニにもお姉ちゃんとして接してあげたいの……でも、いざ話すと『甘やかしちゃダメ』とか、『しっかりしなきゃ』とか、『理想の女神』とかが先行し過ぎて……」

 

「素直になれない、ってことね」

 

 

この辺りはネプテューヌの分析通りだ。

ただ、この二人の場合はそんな接し方を長い年月続けてしまった所為でいつの間にか壁が分厚くなってしまっただけなのである。

 

 

「あぁ~……私の馬鹿馬鹿馬鹿ぁ~……。 なんで素直になれないのよぉ~……」

 

「ノワールは頑張り屋さんだけど、ちょっと空回りしちゃうだけだからな。 大丈夫、ユニちゃんもお前を嫌ってるってことは無いから」

 

「でも……いい加減、この関係も、こんな私自身も何とかしたいのよ……」

 

 

平時であれば、こんなさりげない弱音ですら他人に話すことは無いノワール。恐らくネプテューヌ達にも、教祖であるケイにも。

ただ一人、白斗だけがその弱音を受け止めている。

 

 

「……ふと思ったんだが、ノワールってユニちゃんの事どれだけ知ってるんだ?」

 

「……全部、知ってるわ」

 

 

白斗が突如、ポケットに手を突っ込んだままそんな質問をしてきた。

今はとりあえず何でもいいから気分を紛らわせたい、その一心でノワールは素直に答えてくれる。

 

 

「いつも一生懸命で、寂しがり屋で、友達思いで、私と同じく不器用で……でもそんなところも可愛くて……」

 

「ああ、ノワールと同じだな。 まさしく姉妹」

 

 

ユニについて話している時のノワールの表情は、どこか誇らしげだった。

声色も、先程に比べて明るくなっている。

 

 

「努力だって凄いのよ? あの子は隠してるつもりだろうけど……それこそ血の滲むような訓練を欠かして無いの」

 

「俺も見た。 夜遅くまで反復練習……本当に凄いし、心配になっちゃうよな」

 

「でしょう!? ……でも、口を出していいのか分からなくて……」

 

「だよなぁ。 でも、そんなユニちゃんの姿をちゃんと見てるんだ。 ノワールも凄いよ」

 

「白斗もね。 ユニの訓練、ケイだって察知出来てないのに」

 

 

ユニが努力家であることは、二人も認めるところだ。

彼女は周りに知られたくない余り、徹底的に隠しているのでノワールも白斗もそれを言いふらすことも出来ず、下手な口出しも出来ないことに歯痒さを感じている。

 

 

「……私は女神。 国民の……そしてあの子の姉として、理想でなきゃいけない」

 

「でも、ホントは違うだろ?」

 

「……うん。 いっぱい褒めてあげたい、いっぱい遊んであげたい……ずっと一緒にいてあげたいの」

 

 

女神であることの孤独さ。

それは女神をでなくなるその時まで悠久の時を生きるからではない。

女神であるが故の使命や仕事に追われ、彼女に構ってやれず、周囲の期待に囲まれることでの壁。

ノワールは日々、そんな苦しみと格闘していた。そんな彼女が、長い間誰にも告げなかった苦しみを、白斗だけには曝け出していた。

 

 

 

 

「だって、私のたった一人の……自慢の妹なんですもの」

 

 

 

 

寂しさの余り、少しだけ涙を流した。

どれだけの涙を、たった一人で流していたのか。白斗にはもう想像も出来ない。

それでもこの涙を知っているのが、彼一人だけ。だからこそ、白斗は彼女達の力になりたいと心から願う。

 

 

「心配するなって。 姉妹なんだろ? ユニちゃんの事、大好きなんだろ?」

 

「…………うん」

 

「だったら大丈夫。 きっと向こうも同じ気持ちさ」

 

 

優しく頭を撫でてあげる白斗。

仕事でミスした時など、落ち込んでいる彼女にこれをやってやると効果覿面な模様で、癇癪を起してもすぐに落ち着き、落ち込んでいてもすぐ立ち直ってくれる。

今も元気を取り戻しつつあった。

 

 

「……ありがとう、白斗」

 

「いえいえ、どういたしまして。 そうだ、こういう時は体を動かした方が楽になるぜ?」

 

「……そうね。 なら、ちょっと付き合ってくれる?」

 

「合点承知の助」

 

 

一旦公務を切り上げ、白斗とノワールは鍛錬場へと赴く。

いつもは朝早くで剣術や体術の訓練をしているノワールだが、今回は白斗の提案を受けて体を動かすことにした。

例え八つ当たりでもいい、彼女の抱えているものを吐き出させようと一肌脱ぐことにした白斗だったのだが。

 

 

「甘いっ!」

 

「うぐおわぁっ!?」

 

 

ノワールの鋭い一閃が、白斗を弾き飛ばした。

いざ実戦形式で戦ってみると、女神化していないにも関わらずノワールに掠り傷一つすら付けられないでいる。

自信はあった白斗も、すっかりノワールの太刀筋の前では形無しだ。

 

 

「白斗、貴方の戦い方は虚を突くことに特化し過ぎて正面から受け止めることに慣れてないわ。 対人戦ならまだしも、モンスター相手だと苦労するわよ?」

 

「お、仰る通りで……」

 

 

暗殺者との戦いでは八面六臂の活躍を見せた白斗だが、それはあくまで暗殺者としての戦い方だったからである。

真正面から戦うことをしてこなかったため、正面戦闘はからっきしだったのだ。そのためクエストでもモンスターとの戦闘は案外苦戦を強いられることも多い。

 

 

「白斗はナイフの使い方や体術自体は出来ているわ。 攻撃自体は寧ろ一撃必殺を狙えるのだから、防御中心の真っ向勝負できる立ち回りを軸に訓練しましょう」

 

「へ、へーい……」

 

 

その性質から白斗の攻撃は急所に一撃を打ち込んで即撃破というスタンス。

故に攻撃自体は得意だが、攻められると弱いという典型的なタイプ。それを克服するためにも、ノワールの指導に力が入った。

―――白斗には、傷ついてほしくないから。

 

 

「さぁ、頑張りなさい白斗! この訓練で死ぬか、クエストで死ぬか!!」

 

「ど、どっちも勘弁~~~~~~!!」

 

 

スパルタな特訓に、白斗の叫びが木霊する―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから小一時間後。

 

 

「おー、イテテ……ノワールも手加減してくれよなぁ……。 いや、あれで手加減してくれるんだよな……」

 

 

腰を抱えながら歩く白斗、まるで老人のようだ。

元より暗殺者として技術を吸収することに長けていたことが災いし、ノワールの指導もヒートアップしてしまったのだ。

お蔭で立ち回りなどは強化されていると白斗自身受け止めてはいるが、痛みは痛みである。

 

 

「あ、白斗さん……」

 

 

道中、ユニを発見した。

あの後だったため、少し元気がない様子だ。と言ってもいつものことらしく、何とか平静を無理に保とうとしている様子も見受けられる。

 

 

「よぉユニちゃん、今日は午後から上がりだっけ?」

 

「はい。 そういう白斗さんは?」

 

「俺ももう上がっていいって。 さっきまでは鍛錬でシゴかれたしな」

 

 

そんな彼女の気に障らないように、明るくも優しい声色で話しかけた。

本来白斗がここに来たのは慰安旅行のためである。故に仕事を手伝うことはあっても、ノワールは必ず白斗に自由時間を用意してくれるのだ。

今回はその時間がユニと重なったらしい。

 

 

「そっか、白斗さん……本当にすごいですね」

 

「ん? 何が?」

 

「お姉ちゃんに認められてることですよ。 その点、アタシなんてまだまだで……」

 

(うーん、これは重症だな……)

 

 

仕事でも、鍛錬でも、プライベートでも。

ノワールの傍に常に侍っている白斗が、ユニにとっては心底羨ましいようだ。

だが何よりも問題なのはノワールとユニでのコミュニケーションが不十分なこと、お互いに不器用なこと、そして彼女の凝り固まった姉への憧れである。

 

 

(ユニちゃんが姉を理想として仰げば仰ぐほどノワールは頑張って、でその頑張り故に優しく接することが出来ずコミュニケーション取れず仕舞い、でもユニちゃんはそんなノワールが大好きで……と見事な悪循環だなこりゃ)

 

 

ノワールとユニは、やはり姉妹だ。

どちらも相手を思いやること、そして努力家なこと、不器用かつ時々空回りしてしまうことなど共通点は多い。

そんな二人だからこそ、白斗は仲良くなって欲しいと願う。

 

 

「そうだ! 白斗さん、もし良かったらこの後私達と一緒に遊びに行きませんか?」

 

「ん? 私“達”?」

 

「実はこの後、ネプギアが遊びに来るんです。 で、折角なので白斗さんも一緒にどうかってさっき連絡し合ってたところで」

 

(お、こりゃ願っても無いチャンス。 ユニちゃんと交流を深めるためにも、行ける時は積極的に参加しないと)

 

 

ユニとノワールの距離を近づけるためには、今度はユニのことを理解する必要がある。今でも親しい方だが、彼女もどちらかと言えば独りで抱え込みやすいタイプである。

少なくとも彼女が抱いている悩みを素直に打ち明けてくれるくらいに仲良くなれば、きっと彼女達の力になれると考えた。

 

 

「いいぜ。 荷物持ちくらいなってやるさ」

 

「お、気が利きますね! さっすが白斗さん!」

 

「へいへい」

 

 

軽く返事するが、このチャンスを逃すつもりはさらさらない。

一方のユニも白斗やネプギアと一緒に遊べるのが嬉しいらしく、先程の沈んだ空気を一転させてくれた。

それから準備をしてラステイションの街へ出る。

 

 

「で、今日は何をするんだ?」

 

「ネプギアと一緒にお買い物です! 他にもオシャレな喫茶店とかあったら寄ってみたいなーと思ったり」

 

(……それ、傍から見たらネプギアとユニちゃんのデートではなかろうか)

 

 

などと馬鹿な事を思いながらネプギアを探すべく辺りを見回すと。

 

 

「あ! ユニちゃーん! 白斗さーん!!」

 

「ネプギア! こっちこっちー!」

 

「「ひしっ!!」」

 

(マジでデートじゃないのかこれ)

 

 

ネプギアを発見した。

ユニも、ネプギアも、嬉しそうに手を振り、そして互いの体を抱きしめ合う。

百合百合ィな空気を感じつつも、意を決して白斗は二人に話しかける。

 

 

「オホン。 仲良きことは素晴らしきかなと言いたいが、時は金なり。 そろそろ行こうか」

 

「あ、すみません。 盛り上がっちゃって……白斗さんもお久しぶりです!」

 

「おう、ネプギアも元気そうで何よりだ」

 

「ひゃぁっ!? あ、頭撫でないでくださいー!!」

 

 

久しぶりと言ってもまだ三日ほどしか経っていないが、ネプギアにとってはそう感じるほど寂しかったらしい。

そんな彼女の気持ちを労わり、白斗は頭を撫でてあげる。

撫でられたネプギアは言葉だけは拒絶するが、顔は明らかにそれを受け入れていた。

 

 

「むー、アタシにはあんなことしないのに……」

 

「お? ユニちゃんもして欲しいのか? ん~?」

 

「い、いいですっ! っていうか、女の子の髪は簡単に撫でていいものじゃないんですっ!」

 

「悪ぃ悪ぃ。 それじゃ、そろそろ行こうか」

 

 

何やら頬を膨らませるユニ。

からかいながらも白斗は先へ進み、二人はその後へついていく。

 

 

「あれ? なんか……ラステイションの街、変わったのかな?」

 

「どうしたのネプギア?」

 

「いや、街の雰囲気が何ていうかその……以前来た時よりもちょっと綺麗になったっていうのかな?」

 

「ああ、それね。 白斗さん発案の清掃活動のお蔭よ」

 

 

ネプギアがラステイションの街を歩いて感じた違和感、というよりも以前との違い。

それは街に散らばるゴミが以前に比べて格段に少ないことだ。

さすがのノワールは毎朝は参加できないが、その分白斗やユニ、あの時の不良達、更にはノワールを慕う協会職員や衛兵たちがゴミ拾いに参加してくれている。

そしてその姿に刺激された国民たちも、少しずつだが参加してくれているのだ。

 

 

「人は集まってくれてる。 ノワールも時々だが参加して、国民との距離を縮めていければ万々歳だ」

 

「凄いです! …………」

 

「ネプギア、今お姉ちゃんもそうしてくれたらなーって考えてたろ」

 

「い、いえいえっ!? そ、そんなことないですよ? あ、アハハハハハ……」

 

 

図星だな、とジト目になる白斗とユニだった。

兎にも角にもまずはショッピング。何度も言うようにラステイションは貿易大国でもある。故に色々なものが集まる国。

手始めにユニご所望の銃のパーツを買い込むことに。

 

 

「白斗さん! これとかどうでしょうか!? 連射速度がアップしますよ!」

 

「待て待て。 リコイルとか計算に入れないと弾詰まり起こして危険だぞ、ここはこれを取り付けてだな……」

 

「でもそれ規格が合わないですよ」

 

「むう、そうだな……店主、これと同じ機能でサイズが違うものを……」

 

(((……何を話してるんだあの人達……)))

 

 

機械好き、銃マニア、そして銃に精通した元暗殺者。

三人が織りなすマニアックな話は、既に一般ピープルの常識が追い付かないでいる。

だがユニにとっては実に有益な買い物になったらしく、店から出てきた彼女はほくほくとした表情だった。

 

 

「っはぁ~! これは凄い銃が出来上がる……! 白斗さん、ありがとうございます!」

 

「おう。 何なら組み立てとかも手伝うからな」

 

「やったぁ! 正直な所、お姉ちゃんこういうの全然分からないから頼るに頼れなくて……」

 

「あー、まぁこればっかりはなぁ……」

 

 

その光景を想像すると苦笑いしか出てこない。

だが白斗ならば力になれる。ユニの助けになれればと白斗もまた嬉しくなった。

 

 

「それじゃ今度はネプギアの買い物に行くか。 何買うんだ?」

 

「白斗さんの心臓メンテのための機械をですね……」

 

「何だとぉ!?」

 

「そこまで嫌がらないでください。 そもそも私がここにきたもう一つの目的が白斗さんですから」

 

「そういうことか……!」

 

 

もう周知の事実ではあるが、白斗の心臓は機械である。

今までは白斗自らメンテを施してきたというが、心配になったネプギアもメンテに参加している。

ただ白斗として自分を弄られているようで、出来ればお断りしたいのだ。

 

 

「そ、それよりさ! ネプギア、ロボットとか作ってみればいいんじゃないかな!?」

 

「ロボットですか!?」

 

「ああ、そうだな……ネプギアンダムとかどうよ!? 俺も手伝うからさ!!」

 

「おお……いいですね白斗さん! それいただきですっ!」

 

 

何とか機械関連で話を逸らした白斗。

しかし、彼らはまだ知らない。良かれと思って出したネプギアンダムというこの名前、そして後に作られるロボットがとんでもないデザインになるとは。

その後、三人してネプギアの買い物に付き合い、今度は喫茶店へ向かうことに。

 

 

「いらっしゃいませ、ご注文は?」

 

「私はアイスティーとショートケーキ!」

 

「アタシは……エスプレッソとショコラで! 白斗さんは?」

 

「俺は……このノワールブレンド、ブラックで」

 

「畏まりました」

 

 

ウェイトレスが注文を聞き終えて厨房へと戻る。

その際に白斗は周りを見渡した。

今回はテラス席だが、落ち着いた雰囲気と店から聞こえるジャズの曲、周りには植物を植えて癒しの空間を演出している。

 

 

「んー、いい店だな」

 

「もう、白斗さん。 コーヒー飲まずしてそう決めるのは早いですよ」

 

「いや俺には分かる。 この店はアタリだってね」

 

 

得意げに鼻を鳴らす白斗に対し、ネプギアとユニは苦笑いである。

この白斗と言う少年、普段は冷静で大人びているのに妙なところは年相応の無邪気さがある。

そんな点も可愛いと感じていると、テラスの風に吹かれ、いい香りが三人の下へと運ばれた。ウェイトレスが注文の品を持ってきてくれたのだ。

白斗はコーヒーを一口、その苦みとコクを余すことなく味わう。

 

 

「……ん、美味い。 やはりアタリだ」

 

「ですね! ……あの、白斗さんはそのアタシのコーヒーと……」

 

「コーヒーに貴賎なし。 だが、俺はユニちゃんのコーヒーも好きだぜ」

 

「あ、ありがとうございます……って撫でるなぁっ!」

 

 

どうやらまた一つ、ユニの自信が揺らぎそうになる。

こういう時は褒められたり、肯定される言葉が染みるというもの。それに白斗自身、ユニのコーヒーを気に入っていたので温かい言葉と共に頭を撫でてやる。

ユニも、言葉だけは嫌がっているが決してその手を払おうとしない。

 

 

「む……白斗さん! ユニちゃんばっかりズルいです!」

 

「ん? ネプギアもして欲しいのカナ~?」

 

「えっ? あ、しまっ……!」

 

 

思わず口にしてしまい、ネプギアの顔は爆発したかのように赤くなる。

そんな初心で純情な彼女達をからかうのが楽しくて、白斗はついつい笑ってしまう。

 

 

「オイゴラァ! 熱ぃじゃねぇか、アアン!?」

 

「ん? な、何だ何だ?」

 

 

だが、そんな楽しい一時を壊すような怒号が飛び込んできた。

背後から聞こえたので振り返ってみると、一人の柄の悪い男がウェイトレスに詰め寄っている。

凄い剣幕だが、声色と良い態度と言い見ていて気持ちがいいものでは無い。

 

 

「も、申し訳ございません!」

 

「すみませんで済むなら女神様なんざいらねぇんだよ! どーすんだ、俺の手火傷しちまったじゃねぇか!? こりゃ慰謝料ものだぜ!!」

 

(うわぁ……絵に描いたようなDQNだ……。 マジでいるのな……)

 

 

どうやらコーヒーを置こうとしたところ、飛沫が跳ねて男の手に掛かったらしい。

確かに発端はウェイトレスにあるのかもしれないが、彼女は十分な謝罪と誠意を見せており、正直な所責められすぎと言える状態。

とにかくこれ以上は見てられないと白斗が腰を浮かしたところで。

 

 

「ちょっとアンタ、幾ら何でも言い過ぎよ! この人、ちゃんと謝ってるじゃない!」

 

「「ユニちゃん!?」」

 

 

彼よりも早く、ユニが男に詰め寄り、そしてウェイトレスを庇うように前に出た。

腰に手を当て、鋭い視線で男を睨み付ける。

 

 

「あぁ? ンだぁ小娘!? テメェにゃ関係ねぇだろうが!!」

 

「関係ないから何!? アンタみたいなDQNの迷惑行為放っておけないでしょ! 責めるにしてもモラルくらいは守りなさいよ、みっともない!」

 

正論で返すユニ。

ただウェイトレスを庇うだけではなく、彼女の非を認めた上で男の対応を改めるべきだと訴えている。

だが、頭に血が上っている人間ほど自分に不利な正論をかざされるのは逆鱗に触れてしまうもの。

 

 

「うるせぇって言ってんだろぉがァ!!」

 

「っ!?」

 

 

なんとそのままユニに殴り掛かろうとしたのだ。

注意しようと詰め寄ったのが災いし、回避が間に合わない。思わず目を瞑ってこらえようとした、のだが痛みは襲ってこない。

恐る恐る目を開けてみると。

 

 

「……もういいだろ、兄ちゃん?」

 

「は、白斗さん……!」

 

 

更に割り込んだ白斗が、男の拳を受け止めていた。

少年とは思えない握力と鋭い視線で、男が震え上がる。

 

 

「暴力沙汰になれば間違いなくアンタが逮捕されらぁ。 ここで手打ちにしようや」

 

「ふ、ふざけんじゃねぇぞ……! ガキが揃いも揃って歯向かいやがってぇ!!」

 

 

ますます我慢ならなくなったらしい。男は掴まれた手を振り払い、今度は白斗に対し殴り掛かろうとする。

危ない、とユニが叫ぶ中、白斗は冷静にその拳の軌道を見切り、その勢いを利用して裾を掴んで引き込む。

 

 

「ほぉれぇい!!」

 

「ぐほぁ!?」

 

 

そのまま一本背負い。

痛快な音と共に男はテラスの真ん中で情けなく投げられ、背中に強烈な痛みが走った。衝撃で肺の中から息が全て吐き出され、一瞬呼吸が困難になる。

 

 

「……すみません。 俺がこいつの分支払いますんで勘弁してやってください。 その代わり、アンタも今後は気を付けてな」

 

「え……あ、は、はい……」

 

「兄ちゃんも。 コーヒー代払わなくていいから、これ以上痛い思いと赤っ恥を味わいたくなけりゃとっとと失せな」

 

「く、クソ……! もう来るかよ、こんな店!!」

 

 

白斗が折衷案を出し、互いに利と非を認めさせようとする。

ウェイトレスは勿論の事、男の方も白斗の気迫にも実力にも負け、半ば自棄で店を後にした。

後片付けは店員達に任せ、白斗は後ろで震えているユニに振り返る。

 

 

「やれやれだな……ユニちゃん、大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫……です……」

 

 

見た所怪我も無い。しかし、声と体が震えていた。

無理もない、暴力を振るわれそうになったのだからと白斗は思っていたのだが、それにしては少し違う表情を見せていた。

まるで何かに責任を感じているかのような、そんな思いつめた顔だ。

 

 

「……俺らも出ようか。 ネプギア、伝票」

 

「は、はい!」

 

 

さすがに騒がしくなってきた店内には居づらいもの。

少し冷えたコーヒーを飲み干し、白斗は店を後にする。とりあえず腰を掛けようと公園に向かうことになった。

そこはあの早朝清掃での集合に指定される、いつもの公園。ラステイションの憩いの場としても親しまれていた。

 

 

「………………」

 

「ゆ、ユニちゃん……」

 

 

だがベンチに腰を下ろしても、ユニの表情は晴れなかった。

親友であるネプギアが幾ら声をかけても、暗く沈んだ顔色のままだ。

店から離れて、時間が経っているというのにまだ恐怖に震えているのは少しおかしいと白斗も違和感を感じる。

 

 

「おいおい、そんなに怖かったのか?」

 

「……違うん、です……」

 

 

震える声で出てきたのは否定の言葉。

それが引き金となったのか、ユニは少しずつ言葉を発し始める。

 

 

「……アタシ、何とかしなきゃって思って……突っ走っちゃって……。 でも、結局なにも出来なくて……それどころか白斗さんに迷惑ばっかりかけて……」

 

 

どうやら先程の一悶着で責任を感じてしまっているようだ。

こういった抱え込みやすさや責任感が強すぎる面も姉譲りだな、と白斗は苦笑い。

だが当の本人にしてみれば笑い話では済まないらしい。

 

 

「でも、白斗さん……一瞬で解決しちゃって、アタシ、何も出来なくて……全然ダメダメで……!」

 

「ゆ、ユニちゃん? そんなことないよ……」

 

「ネプギアにアタシの何が分かるって言うのよ!? アンタ達姉妹は仲良しだからいいじゃない! アタシ、アタシ……こんなんじゃ……」

 

 

親友であるネプギアの言葉にも耳を貸さない。

日に日に感じる姉との差、埋まらない距離、追い打ちをかけるようにして現れた白斗の存在、更にはプラネテューヌ姉妹の仲の良さ。

それら全てがユニに痛撃を与え、気力を奪おうとしている。

 

 

 

 

「……お姉ちゃんみたいに、完璧になれないっ……!」

 

 

 

 

涙と共に必死になって振り絞った声。

ネプギアは掛ける言葉を見失ってしまい、その場に立ち尽くしてしまう。

 

 

「別にならなくてもいいじゃん」

 

「え……?」

 

 

だが、この男は―――白斗は違った。

真っ向から、ユニの言葉を否定して見せたのだ。そんな言葉を掛けられるとは思っても見なかったユニの涙は止まり、顔を見上げてしまう。

 

 

「ノワールが完璧とかそんなの、本気で思ってるのか?」

 

「だ、だって……! お姉ちゃんは強くて、仕事も出来て、皆から尊敬されて……! 最高の女神なんですよ!?」

 

「そりゃその裏で努力してきたからな。 あいつは努力の天才だが最初から最後まで完璧なんかじゃないさ、誰でもな。 だから、助けたがる人がいる」

 

 

生真面目過ぎて融通が利かない、他人とどこか壁を作ってしまう、人当たりがきつい、不器用、何よりこうして一人で抱え込んでしまうところ。

これは立派な欠点だ。欠点があるからこそ、支えたくなる人が出てくる。

 

 

「ユニちゃんだってそうさ。 確かに完璧じゃない。 だからこそ、その人のいい点が光る。 ユニちゃんにはユニちゃんなりのいい所があるのさ」

 

「……でも、アタシにはそんなところなんて……」

 

 

姉と比べて自分を卑下しがちなユニ。

そんな彼女に勇気を与えるのは白斗ではない、彼女が大好きなノワールの言葉。

だから白斗は“それ”を届けるべく、懐から自身の携帯電話を取り出す。

画面をタップし、あるアプリを開くと―――。

 

 

『……ふと思ったんだが、ノワールってユニちゃんの事どれだけ知ってるんだ?』

 

『……全部、知ってるわ』

 

 

「……え? こ、これ……お姉ちゃんの声……?」

 

 

流れてきたのは、白斗と会話するノワールの声。

しかしそこから聞こえてきたのはいつも彼女が憧れている理想の姉のものではない、落ち込んでいる、ただ一人の女の子としての声だった。

 

 

「実はあの後の会話を録音しておいたんだ。 勿論、ノワールには内緒でな」

 

(白斗さん……まさか、ここまでの展開を見越してたの!?)

 

 

驚いているのはネプギアだ。

こんな録音を用意した、と言うことはユニに聞かせるためだったことに他ならない。

しかもノワールには内緒でということに加え、この会話自体が今朝のもの。あの会話の時点で、ユニを元気づけようとここまで咄嗟に思いついたということだ。

だが、ユニはそんなことまで頭が回らず、必死に聞き耳を立てている。

 

 

『いつも一生懸命で、寂しがり屋で、友達思いで、私と同じく不器用で……でもそんなところも可愛くて……』

 

『ああ、ノワールと同じだな。 まさしく姉妹』

 

 

「……おねえ、ちゃん……」

 

 

いつもなら聞くことのない、褒めちぎるような言葉。

その一つ一つが優しい声色で、とても誇らしげで。今まで自分に見せてくれなかった、姉の姿が目に浮かぶ。

 

 

『努力だって凄いのよ? あの子は隠してるつもりだろうけど……それこそ血の滲むような訓練を欠かして無いの』

 

『俺も見た。 夜遅くまで反復練習……本当に凄いし、心配になっちゃうよな』

 

『でしょう!? ……でも、口を出していいのか分からなくて……』

 

『だよなぁ。 でも、そんなユニちゃんの姿をちゃんと見てるんだ。 ノワールも凄いよ』

 

 

「ええ!? み、見られてたの!?」

 

「はっはっは。 お姉ちゃんは見てるってことさ、俺もな」

 

 

本人としては隠しているつもりだったため、急に恥ずかしさが込み上げてくる。

白斗が更に頭を撫でてくるため、羞恥心に追い打ちが掛かった。

でも、同時に―――嬉しさも込み上げてくる。見ていてくれたのだと。

 

 

『……私は女神。 国民の……そしてあの子の姉として、理想でなきゃいけない』

 

『でも、ホントは違うだろ?』

 

『……うん。 いっぱい褒めてあげたい、いっぱい遊んであげたい……ずっと一緒にいてあげたいの』

 

 

そして、そこに込められていたのは女神ブラックハートではなく、彼女のたった一人の姉ノワールとしての本音と弱音。

絶対に自分には言ってくれない言葉の数々―――そこには、いつもの様な冷たさではない。温かさが確かにあった。

 

 

(……ずっと、見てくれないと思ってた……。 ずっと、届かないと思ってた……)

 

 

恥ずかしさ、嬉しさ、そして温かい涙が込み上げてくる。

憧れで、女神で、大好きな姉がいつも自分の事を気にかけてくれたことに。

それでも泣きたくはないと、ここでも堪えようと口元を押さえているユニ。だがそんな意地などもう必要無い。

 

 

 

 

 

 

『だって、私のたった一人の……自慢の妹なんですもの』

 

 

 

 

 

―――限界だった。

今、ここにがいないけども。大好きな姉から、掛けて欲しい言葉を貰えただけではない、確かな愛情を感じられたから。

今まで閉じ込めていたものが、溢れ出した。

 

 

「うっ、ぐ、ふぁ、ぁ、ぁあああ……うあああああぁぁぁああああああああ……!!」

 

「……良かったね、ユニちゃん」

 

 

人前であるにも関わらず、ユニは泣いた。嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。

そんな彼女を、少し貰い泣きしたネプギアが優しく抱きしめてあげる。

労わるかのように、支えるかのように、共に喜び合うかのように―――。

 

 

「……よく頑張ったなユニちゃん。 これでもう、大丈夫だろ? ……お姉ちゃんはちゃんと見てくれてる、ちゃんと頑張れてるんだって」

 

「白斗さん……グスッ! はいっ!」

 

 

ようやく落ち着いてきた彼女の頭を、白斗が優しく撫でてあげた。

涙を拭いてあげられた彼女の顔は、眩しいくらいの笑顔だ。

 

 

「それから更にアドバイスだ。 見てて思ったんだが、ユニちゃんの事務能力はノワールより上だと思うぞ」

 

「え? そう……ですか?」

 

「ああ。 今までユニちゃんの書類は記載ミスとか一度もないからな。 ノワール、案外ポカやらかしてるし」

 

 

ノワールだけではない、白斗もしっかりと見ていてくれていた。

まだ滞在して5日目ではあるが、その間に書類には可能な限り目を通していたのである。

その結果導き出した結論、それが事務能力の高さだ。

 

 

「それに気配りも出来る。 だからノワールのような派手さは無いかもしれないが、縁の下の力持ちという意味では比肩する者はいない」

 

「……お姉ちゃんを目指すだけじゃなくて、お姉ちゃんを支えられるってことですか?」

 

「そうだ。 ノワールの前に出るんじゃない、ノワールの背中を守れる存在になればいい。 ユニちゃんならそれが出来る」

 

 

アドバイスする際、白斗は懐からメモ帳を取り出していた。

少し見えただけでも、その情報量は1ページにびっしりと書き込まれている。ユニが持っている能力、長所と短所、彼女のクセなどあらゆるデータがそこにあった。

―――全て、ノワールとユニの距離を縮めるために。旅行中なのに、貴重な時間を割いてまで。

 

 

「……ありがとうございます、白斗さん」

 

「んー? 俺じゃなくてユニちゃん自身が頑張ったから、だろ?」

 

「でも、アタシのためですよね。 これだけのことをしてくれて……」

 

「ただの切っ掛けよ、こんなモン」

 

 

照れ臭くなった白斗が頬を逸らしてしまう。

そんな彼が可愛く映って、ユニは笑ってくれた。ネプギアも一緒に笑ってくれた。

妹達との間に、温かい時間が訪れる。

 

 

 

 

「……白斗さん、本当に……ありがとうございます!」

 

 

 

 

ユニが見せてくれた笑顔は、今日一番の、飛び切りの明るさと眩しさ。

ここ最近、姉絡みで暗かった彼女がやっと解放されたことによるその晴々とした姿。

正直、この笑顔を見れただけでも白斗は旅行しに来た甲斐があった。

 

 

(……本当に、凄いなぁ。 白斗さん……やっぱり、頼れるお兄ちゃんみたい)

 

 

そんな彼を、ユニとは違う羨望の視線を送るネプギア。

ここに至るまでも、常にエスコートしてくれて、どんな話題にも真摯に向き合ってくれて、でもどこか抜けてて、一緒に居て楽しくて、一緒に居たくなる。

性格こそ違うが、彼女にとってのネプテューヌのような存在だ。

 

 

(いいなぁユニちゃん、白斗さんにあんな風に気にかけて貰えて。 白斗さんがお兄ちゃんだったら、あんな風に気にかけて貰えたのかなぁ……)

 

 

つい、ネプギアは想像してしまう。彼が兄だったらと。

姉であるネプテューヌと一緒に遊んで、一緒に食事して、一緒にクエストにいって、一緒にテレビを見て、一緒に笑いあって―――。

想像しただけで楽しくなってしまう。

 

 

「ん? どうしたネプギア?」

 

「ふぇっ? な、何でもないよお兄ちゃん!?」

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

「し、しまっ……!?」

 

 

咄嗟に声を掛けられたため、ついつい口に出してしまったネプギア。

当然、白斗は驚きの余り素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

 

「ちょ、ネプギア!? まさか、アンタ……!?」

 

「……も、もうこの際です! 白斗さん! 私、白斗さんのことお兄ちゃんって呼んでいいですか!?」

 

「ま、マジで言ってるの!?」

 

「はい! お姉ちゃんがいるけども、白斗さんがお兄ちゃんになってくれたら、もっと楽しくて、もっと幸せになれるって思ったから……ダメ、ですか……?」

 

 

ネプギアほどの美少女に、そんなことを言われて感極まらない男があろうか。

しかも少しの上目遣いと涙声で。

女の子特有の必殺技に、白斗の脳内はクラッときてしまう。

 

 

「……い、嫌でないなら……」

 

「やったぁ! よろしくね、お兄ちゃん!」

 

「うおわぁ!? だ、抱き着くなって!!」

 

 

晴れて白斗が彼女の兄となった。

感極まってネプギアは抱き着いてしまう。いつもの癖から、白斗は左胸から遠ざけようとするが、お構いなしだ。

―――一方で、話の中心であったはずのユニは茫然自失となっている。

 

 

(え? あれ? 可笑しいな……さっきまで白斗さんがアタシを励ましてくれている流れだったはずなのに、なんでネプギアのターンになってるの? なんでアタシ一気に蚊帳の外になってるわけ? なんで白斗さん取られちゃってるのよぉ!?)

 

 

ここで注目すべきはネプギアと白斗の距離が縮まっていること、そしてユニが白斗を取られたことに嫉妬していることである。

 

 

「……だ、だったら! 白斗さんアタシも!」

 

「な、何だ何だ!?」

 

 

ネプギアの反対側からユニが詰め寄る。

先程の笑顔も温かな空気も吹き飛んでの剣幕に白斗もたじろぐ。

何やらユニは緊張した様子だが、深呼吸で調子を整えた末、真っ直ぐと白斗の目を見て口を開いた。

 

 

「……は、白兄ぃって……呼んでいい……ですか?」

 

「は、白兄ぃ!?」

 

 

まさかの愛称だった。

彼女も妹ポジションをご所望だけでなく、より親密な関係になりたいと言っている。

それだけ彼女が白斗を信頼し、そして感謝していることの表れでもあった。

 

 

「なっ!? ゆ、ユニちゃんそう言う路線で……!?」

 

「いいよね!? 白兄ぃ!?」

 

 

期待の籠った視線を向けてくるユニ。

まさか今日だけで妹が二人も……というより、女神候補生全員が兄と慕ってくれるとは夢にも思わなかった白斗。

だが、これだけの信頼を受けて、なお断れる男など男ではない。ふっ、と微笑みを漏らして、白斗は頷く。

 

 

「……ああ。 よろしくな、“ユニ”」

 

「~~~~~!! やったぁ!!!」

 

「のわっ!? だ、抱き着くなっって……!!」

 

「あ、ユニちゃんズルいー!! 私も私もー!!」

 

 

夕焼けのラステイションの街。

そこでは新たに誕生した兄妹達が仲良く戯れていたという―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩。

 

 

『白斗!! ネプギアが白斗を“お兄ちゃん”って言ってたけどどういうことなの!? そんな特別な関係になるなんてズルいズルいズルいーっ!! 私だって、私だって……っ!!』

 

「どうしてこうなった!?」

 

 

凄まじい勢いで詰め寄ってくるネプテューヌがいたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして翌日の早朝。

 

 

「……ではこれより、組手による実戦訓練を行います」

 

 

まだ空が白んでいる時間帯、この訓練場には三人の人物が集っていた。

一人は審判及び立会人を務める白斗。

そして、彼を挟むようにして立つ二人の少女。この国の女神とその妹、ノワールとユニである。

 

 

「……来たわね、ユニ」

 

「うん! お姉ちゃん、今日もよろしくお願いします!」

 

 

胴着を着込み、姉と向き合うユニ。

その顔は、いつもより晴れやかで、適度な緊張と自信に満ちた表情だった。

 

 

(……どうやら白斗の言葉通り、吹っ切れたらしいわね)

 

 

あの後、何があったかは部下達や白斗からの報告で耳にしている。

具体的にどう吹っ切れたかは知るところではないが、それでも彼女が一皮むけたことは見るだけでも理解できた。

三日会わざれば括目してみよ、という諺があるがその通りだと思う。そんなノワールの脳内に呼び起こされるのは、その際の白斗の言葉だった。

 

 

『え? 賭け?』

 

『そ。 明日、ユニはノワールから一本取る。 そしたら俺の言うこと一つ、聞いてくれないか? 出来なかったらその逆でいいからさ』

 

『……よっぽど自信があるのね、それとも信頼? どっちにしても妬けちゃうわ』

 

 

ノワールに昨夜叩きつけられた挑戦状。

それは単なる賭けではない、彼の自信と信頼の証。そして彼が願う、ノワールとユニの歩み寄りのための最後の一手。

挑発的な言動にはムキになって受け取るノワールも、今回は彼の真意を察し、寧ろ期待を寄せた声色で返したのだった。

 

 

「……さぁ、行くわよユニ! 言っておくけど、私は常に全力よ!」

 

「はい!」

 

 

そんな昨日の一幕を脳裏に思い起こし、ノワールは帯を締め直す。

向けられた彼女の視線は刃のように鋭く、盾のように固い。だが、ユニは怯むことなく立ち向かっていく。

 

 

(白兄ぃ、見てて!! ……アタシ、やっとわかった気がするの!!)

 

 

今、彼女を支えているのは白斗の想いだ。

そしてユニは姉だけではない、白斗にも認められたいという向上心で力を漲らせている。

そこに重圧に苦しんでいる少女はいない。寧ろ自分を高めたくして仕方ない、元気な少女の姿があった。

 

 

『―――最後のアドバイスだユニ。 ノワールとの訓練だが、あいつは常にお前を試してる』

 

『え? 試すって?』

 

『聞いた話だと、ノワールはお前に技や立ち回りを教えた後に実戦形式の訓練を行っている。 そうだろ?』

 

『そうだけど……つまり?』

 

『おっと、これ以上はいけねぇ。 答えは教わるものじゃなくて考えるものだしな』

 

『えー!? 勿体ぶらないでよ白兄ぃ~!!』

 

『はっはっは。 でも大丈夫、ユニならきっと“出来る”さ』

 

 

それは昨夜、今日の早朝訓練が決まった後の事。

白斗からそんな話をされた。

あの時は、兄妹がじゃれつくかのような絡みだけで終わってしまったが、一晩考えてユニは一つの答えを導き出した。

 

 

「やぁぁぁっ!!」

 

(っ……攻撃に隙が無くなってる……! 以前教えたポイントを、ようやくモノにしたってところかしら?)

 

 

胴着を掴もうと伸ばされるユニの手。

しかし漫然と組みに掛かるのではなく、フェイントを織り交ぜた攻撃でノワールの防御をかき乱そうとしている。

それどころかそのフェイントですら下手な反撃を受けないように、届かないと分かれば即引っ込めるなどの対策が見られた。

 

 

「でも、隙は見つけるだけじゃなくて生み出すものよっ!」

 

「うっ!?」

 

 

だが、ノワールの鋭い一手がユニの攻勢を崩した。

風のように早く、針のように鋭く、雨のように無数に襲い掛かる手。ユニは迂闊に組まれないよう、防御に立ち回るので精一杯だった。

 

 

(なんて組手だ……! ノワールはやはり強い……俺だったら、一瞬で投げ飛ばされただろうな……)

 

 

ただ激しいだけではない。隙が一切見当たらないのだ。

集中しているノワールの目は、ユニの隙を一切見逃さず、逆に自身の隙を一切見せない。

攻撃そのものが絶対無敵の防御なるその様に、審判を務めている白斗ですら息を呑んでいた。

 

 

(これは……お姉ちゃんからの問題! どうやって、この攻撃を凌いで……反撃に転ずるか!!)

 

 

あの厳しい訓練の日々が、鮮明に蘇る。姉に教わり、そしてその夜反復練習を幾度となく繰り返してきた。

今まではただ漫然と繰り返すだけだったが、今になって体中に刻み込まれたその動きが、その意味が理解できる。

―――ノワールは常に、訓練での成果を出せるように試しているのだと。

 

 

「―――っ!! やぁっ!!」

 

「く!?」

 

 

死中に活を見出すかのように、ユニがノワールの手を振り払った。

一瞬だけだが、ノワールの体勢は崩れる。

 

 

「やるわねユニ……でも、まだまだぁ!!」

 

 

崩れたのはまさに一瞬だけ、すぐさま反撃に転じるノワール。

猛攻を振り払おうとしたユニの反撃は大振りなもので、その分隙も大きい。

その隙を狙って、素早く手を伸ばすノワールに対し。

 

 

(……そして! これは昨日、白兄ぃが見せてくれた動き!!)

 

 

あの喫茶店で、暴漢から守ってくれた時の事。

逆上した相手の勢いを利用して腕を引き込み、担ぐようにしてその腕を抱える。

 

 

「あっ……!?」

 

 

今のノワールは、まさにその態勢だった。

ユニが「自ら作った隙」を的確に突き過ぎて、咄嗟に手を伸ばしてしまったのだ。その勢いを利用して、ユニはノワールを背中に抱える。

体を屈め、全体をバネに変えて、そして一気に担ぎ上げる。

 

 

 

 

「白兄ぃ直伝!! 一・本・背負いいいいいいいいいいいいっ!!!!!」

 

 

 

 

―――ノワールの景色が、くるりと一回転した。

背中に衝撃が訪れる直前、彼女の視界に飛び込んだのは、汗に塗れながらもひたすらやり遂げようとしている妹の顔。

 

 

(……凄いじゃない、ユニ……)

 

 

そして、痛快な音が訓練場に響き渡った。

音も、動きも、時すら止まったかのように何もかもが停止している。

食い入るように見つめていた白斗も、投げられたノワールも、そしてやり遂げたユニも。何もかもが止まっていた。

 

 

「……白斗、何やってるの? 審判なのよ。 さっさと宣言して頂戴」

 

「……あ、ああ! 悪ぃ!」

 

 

一体、誰が、何をやり遂げたのか。

ノワールだけがいち早く、その事実を認識していた。

彼女の言葉でようやく我に返った白斗が、笑顔ながら高らかに宣言する。

 

 

 

 

 

「背負い投げ、一本! 勝者、ユニ!!」

 

 

 

 

 

勝者―――もう、一生聞くことすらないと思っていた言葉。

それがユニには信じられなくて、耳にしているはずなのに遠く聞こえる。

 

 

「……え? あ、アタシ……やったの……?」

 

「そうよ。 貴方はやり遂げたのよ」

 

 

目の前の光景すら信じられなくて茫然としている中、立ち上がったノワールは胴着に付いた埃を払い、彼女の目の前に歩いてくる。

そして―――。

 

 

 

「……凄いわ、ユニ。 さすがは私の自慢の妹ね」

 

 

 

優しく、抱きしめてあげた。

言葉だけではない、こんなにも優しく、自分を褒めてくれるような行動すらもうしてくれないと思っていたから。

ユニの瞳から、氷が溶けだしたかのように涙が溢れてくる。

 

 

「あ………ああぁ……お、お姉ちゃん……アタシ、アタシ……!」

 

「……ごめんなさい、今まで冷たいことしか言えなくて……。 でも、今だから言える……貴女の努力は、誇れるものだって。 貴方自身にも、そして私にも」

 

「う、ううぅぅ……うわぁ、あ……あぁああああああああ!!!」

 

 

惜しみない称賛の言葉で、ユニの涙腺が一気に崩壊した。

同時に、地平線から太陽が昇り切り、輝かしい朝日が差し込んでくる。

まるでユニの成長を、そして歩み寄った黒の女神姉妹を祝福するかのように。

 

 

(どうだ、俺の言った通りになったろ?)

 

(……ええ、貴方のお蔭よ白斗)

 

(それを言うならノワールだって最後の取っ組み合い、大振りで少し雑だったぜ?)

 

(さぁ、どうかしらね?)

 

 

あくまでユニには聞こえないくらいの音量で話し合う白斗たち。

だが、それでも彼女の成長と実力に変わりはない。

 

 

「さて、んじゃノワールには俺の言うことを一つ聞いてもらおうかな?」

 

「はいはい、何を聞けばいいのよ?」

 

 

そう言えばそんな約束をしていた、とノワールも肩を竦める。

正直ユニを賭けのダシにされたのはいい気分ではないが、それ以上に今はユニと歩み寄れたことが何よりも嬉しい。

だからどんなお願いでも聞いてやろう、とノワールは軽い気持ちだった。

 

 

「今日一日、ユニと過ごしてやれ。 ……お姉ちゃんとして、な」

 

「え? は、白斗……」

 

「ユニもそうだが、お前だって寂しかったんだからな」

 

 

優しくノワールの頭を撫でてあげた。

辛かったのはユニだけではない、そんな言動しか取れなかったノワール自身も辛かったのだと白斗は彼女を労わった。

そんな彼の心遣いが嬉しくて、ノワールは顔を赤らめて俯いてしまう。

 

 

「あー! 白兄ぃ! アタシが一番頑張ったんだからアタシを褒めてよね!」

 

「え!? 白兄ぃ!? ユニまで白斗をお兄ちゃん扱い!? ってそう言えばいつの間にかユニの事を呼び捨てに……!!」

 

「はいはい、ユニも偉い偉いっと」

 

「うにゃー……撫でられたくらいで……でも、許しちゃうんだなぁ……」

 

「ゆ、ユニがそんな猫みたいな……って言うか一から説明しなさーい!!」

 

「おっと、そろそろ朝の清掃活動に行かないとー!!」

 

「ま、待ちなさーい!!!」

 

 

問い詰めようとするノワールを避けようと、わざとらしい声を上げて白斗は逃げる。

そんな彼を追いかけようとするノワールとの追いかけっこが始まってしまった。

先程まで激しい組手をしていたはずなのに軽快に動ける姉の姿を見て、ユニはまだまだ精進しなければと思う。

けども、確実に姉との距離が縮まった。

 

 

 

 

 

(……ありがと、白兄ぃ。 アタシ……白兄ぃのおかげで、頑張れるから)

 

 

 

 

 

―――それからケイの報告書にある一筆が加えられた。

『女神姉妹は、やっと本当の意味でスタートラインを切れた』と。




サブタイの元ネタ「涼宮ハルヒの憂鬱」より

さぁ、とうとうシスターズ全員に「お兄ちゃん」と仰がれるように。
ユニちゃんは気の強さとその裏にある可愛らしさが出すのが難しくて、だからこそ挑戦し甲斐がありました。
それで他のシスターズと一線を画すために呼び名にも一工夫。最初は「お兄ちゃん」でもいいかなと思いましたが、パイオニア達とは違った味を出すためにこのような路線に。
さて、次回はラステイション編最終話!ズバリ、ノワールとのデート話!お楽しみに!
感想及び評価、お待ちしております!


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第十四話 そして黒の女神は、恋に落ちる音を聞いた

―――それは、ノワールとユニが本当の姉妹としてのスタートラインを切った日の夜だった。

 

 

「ふんふふーん♪」

 

「おや、上機嫌じゃないか白斗。 鼻歌なんか歌ったりして」

 

「そりゃそうですよケイさん。 ノワールとユニが仲良くなったんですから」

 

 

二人の少年と少女は、教会の廊下を文字通りふらついていた。

一人はこの国の教祖である神宮寺ケイ、そしてもう一人はこの国に旅行という名目でやってきた黒原白斗。

本日はノワールとユニがやっとわかり合えたということでいつも以上に二人が仕事を張り切り、結果今日の仕事が想像以上に早く終わったのだ。

それ以前に、二人がやっと仲良くなれたという事実が白斗とケイにとって何よりの朗報である。

 

 

「白斗、教祖として僕からも感謝している」

 

「姉妹が仲良くするなんて当然の事じゃないッスか。 ……溝が出来たままなんて、悲しすぎますから」

 

「……そうか。 とにかく助かったよ。 ではまた夕食に」

 

「はいよ」

 

 

これでようやく重圧から解放される。

二人は別れ、各々の部屋へ戻ることにした。後は夕食と風呂を残すのみ。

疲れ切った体をベッドに預け、白斗は天井を仰ぐ。

 

 

(……疲れたけど、ノワールとユニが幸せそうで良かった……)

 

 

このラステイションに訪れての初日、ノワールとユニの間に出来てしまった溝を感じて、白斗が固めた決意。

何としても二人を近づけさせるという最大の目標は叶った。しかし早くももう六日目。

明日一日だけがラステイションに居られる時間。明後日には次なる国ルウィーへと飛び立つ。

何だかんだでこの部屋にも愛着がわいてきたところなので、寂寥感も生まれてくる。

 

 

『白斗……ちょっといいかしら?』

 

「ノワール? いいぞー」

 

 

ノックと共に聞こえてきたのはノワールの声。

控えめに開けられた扉、その向こうに居たのはいつものツインテールを揺らしているノワールだった。

だがその顔はいつも以上に晴れやかである。

 

 

「ユニとの一時、楽しかったか?」

 

「ええ。 ……ありがとう、白斗。 全部貴方のおかげよ」

 

「だーかーらー。 俺は別に……んむっ?」

 

 

恩を着せるつもりは無いと、白斗が口を開きかけたが出来なかった。

ノワールが、その柔らかな指先を白斗の唇に押し当てていたからだ。

 

 

「こういう時は素直に受け取っておくものよ。 ……貴方には守ってもらったり、助けてもらったり、支えてもらったり……感謝してもし切れないわ」

 

 

白斗でも分かる。ノワールは素直になれない少女だったと。

それがどうだろうか、今ではこんなにも素直に気持ちを打ち明けてくれている。そんな彼女が可愛らしくて、白斗は体温が急激に上がらずにはいられない。

 

 

「それからごめんなさい。 旅行に招待したって言うのに、結局仕事とかさせちゃって……今日だって……」

 

「それは俺自身が申し出たんだ。 気にすることじゃないってば」

 

「でも、本当は白斗にゆっくり羽を伸ばしてもらいたかったの……。 仕事もクエストも忘れて、自由を謳歌してもらいたかった……」

 

 

それだけが、ノワールにとっての気掛かりのようだ。

秘書になって欲しいと言ったのは事実だが、それ以前にこの旅行中では本当に仕事をさせるつもりは無かったのだ。

ただ楽しく遊んで、少しでも思い出を作って欲しかっただけなのだと。

 

 

「……だからね、明日。 最後になっちゃうけど……私も貴方も、仕事を休んで一日中遊びましょう?」

 

 

真面目なノワールからだと、絶対聞けないはずの台詞だ。

ノワール自身、それを自覚している。

それもこれも彼―――白斗だからそう言えるのだ。

 

 

「いいのか? 仕事の方は……」

 

「ケイとユニがやってくれるわ。 特にユニがやるんだーって聞かなくて。 ……あの子も、白斗に自由な時間を楽しんで欲しいのよ」

 

 

新たな妹分であるユニもまた、白斗に絶大な感謝と信頼を寄せていた。

仕事の代行を申し出たのも、全て白斗のためだと。

そして教祖であるケイも惜しみない助力をしてくれる。であれば、ノワールの言う通り素直に受け取らないのは寧ろ失礼に値する。

 

 

「……分かった。 明日一日、よろしくなノワール」

 

「ええ!」

 

 

約束を交わせば、ノワールは更に笑顔になってくれる。

白斗も、ようやく彼女と本格的に遊べることに明日が待ち遠しくなっていた。嬉しさの余り、ノワールは部屋飛び出していく。

華麗なステップに鼻歌とコスプレをしている時以上に上機嫌だった。

 

 

 

 

 

((……あれ、これってデートと言うのではないだろうか?))

 

 

 

 

 

―――それを自覚すると、互いに顔を赤くしてしまうのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――次の日。

朝食を食べ終え、珍しく髪型も整えた白斗があの公園で佇んでいた。

ただ立っているのではない、待っているのである。

現在時刻、9時5分前。約束の9時まであともう少しだ。

 

 

(……それにしても、待ち合わせから始めるとは)

 

 

合理的なノワールなら、一緒に教会を出ることも考えたはずだがそこは年頃の女の子。

どうやら待ち合わせなるものを体験してみたかったようである。

白斗自身も当然初めてであるため、自覚する度に体温の上昇を感じてしまう。

 

 

「あれ? アニキじゃないッスか!」

 

「ん? おお、お前らか。 そっか、今日は店休みなんだな」

 

 

そこに通りかかったのは、白斗が更生させた元・不良達。

本来であれば仕事をやっている時間なのだが、肝心のバイト先が店休日らしい。

彼らは所謂オフで、久々に街へ繰り出そうとしていたようだ。

 

 

「そういうアニキは? 何かやたら気合入ってるッスけど」

 

「……あ、分かった! 女神様とデートなんでしょ~?」

 

「なっ!? で、でででデートなワケあるかぁ!!?」

 

 

顔を真っ赤にして否定するも、図星である。

彼を弄れるいいネタが手に入ったと言わんばかりに、彼らの反撃が始まる。

 

 

「じゃぁ今、何してるんスか?」

 

「……待ち合わせ」

 

「誰と待ち合わせてんスか?」

 

「……ノワール」

 

「ノワール様とどうする予定で?」

 

「……街中をぶらり」

 

「「「デートじゃん!!」」」

 

「デートなのか!?」

 

 

デートだった。

 

 

「んじゃぁ、デートの邪魔しちゃ悪ィし」

 

「お邪魔蟲は退散するとしますかね~」

 

「大丈夫! 誰かに言いふらしたりしねーからよぉ~」

 

「お・ま・え・らぁ~~~~~ッ!!!!!」

 

「「「きゃー♪ 逃っげろー☆」」」

 

 

すっかりからかわれた白斗の顔は茹蛸よろしく真っ赤だ。

そんな彼など怖くも無いと言わんばかり、悪友となった男達が走り去っていく。

はぁ、とため息をついて顔を見上げると。

 

 

「……お、お待たせ。 白斗……」

 

「……ノワー、ル……?」

 

 

ノワールが、いた。

いつものツインテールではなく、ストレートに下ろした黒髪が風に靡いている。

服装もホットパンツにニーハイソックス、ピンク色の上着と動きやすさと可愛らしさを両立させたものとなっていた。

 

 

「……ど、どう……かな……」

 

「………可愛い………」

 

「え?」

 

「ッ!? い、いやぁ!! まるで別人だって思ったから言葉が見つかんなかったぜ!? あ、アハハハハハハハハハ!!」

 

 

いつもとは違うノワールの姿に白斗が漏らしてしまった感想。

うっかりで飾り気のない言葉だからこそ、偽らざる彼の本心。

思わず誤魔化してしまう白斗だが、当然ノワールの耳には届いていた。

 

 

(……ふふっ! 褒めて貰っちゃった……♪)

 

 

気合を入れた服、何より可愛いと褒めて貰えたこと。

ノワールにとってはまさに天にも昇るような心地だ。

白斗には見せられないが、頬が緩んで仕方がない。それでも何とか引き締めた。

 

 

「にしても、普通の服もあったんだな」

 

「何よ、私がコスプレ衣装しか買ってないみたいな言い方して」

 

「え?」

 

「白斗、歯を食いしばれ」

 

「悪かった!! だから腰を落として真っ直ぐ相手を突くような拳しないでぇ!!」

 

 

震える拳を引っ込め、やれやれと息を吐くノワール。

兎にも角にも、今日一日がここから始まる。大きく息を吸い込み、気持ちを切り替える。

 

 

「全く……。 それじゃ―――行きましょ!」

 

「……はいよ」

 

 

二人は一緒にラステイションの街へと歩き出した。

ノワールにとっては当然だが、白斗もこの周辺は何度も歩き回った。今では脳内の地図にはこの周辺の店やオススメまで全て網羅している。

―――はずなのに、何故か自分が知っている街とは全く異なっているような気分になった。

 

 

「……なんか、こうして二人で歩くのって入国ん時以来だな」

 

「そうね。 ……でも、本当は私……こうして白斗と一緒に遊びたかったの」

 

 

旅行に誘ったのも、彼に羽を伸ばしてもらいたかったから。

同時に彼と過ごしたかったから。どうしてなのかは、ノワールもまだ気付いていない。

いや、気づきかけてはいるがその想いの名前がまだ分からない。だから、それを知りたくて彼を呼んだ。

きっと、他の女神達も似たような理由なのだろう。

 

 

「……ありがとな。 んじゃ、今日はリクエストにお応えして遊び倒しますか!」

 

「ええ! まずは私オススメのゲームセンターよ!!」

 

 

デートと言えば、買い物や喫茶店など多くのスポットがあるがそこでゲームセンターをチョイスしてくる辺りがさすがゲイムギョウ界。

けれども、思えば彼女とゲームで遊んだことは殆どなかった。これは興味深い経験になると、白斗も着いていくことにした。

 

 

「ここがラステイションの中でもガチ勢が集う、屈指の強豪店よ」

 

「おお、プラネテューヌに負けず劣らずの盛況ぶりだな」

 

「遊ぶならプラネテューヌなんて言うけど、娯楽にだって力入れてるんだから。 で、白斗はどれで遊びたい?」

 

 

ゲームセンターというだけあって、その種類は様々だ。

ユニの好きなガンシューティングもあれば、レースゲームや格闘ゲームなど盛りだくさん。正直色々目移りしてしまうが、中でも目に留まったものが一つ。

 

 

「ノワール、あの音ゲーとかどうだ?」

 

「音ゲー? ああ、シェイク・シェイク・レボリューションね。 面白そう!」

 

 

白斗が指差したのは、ダンスを取り入れたゲーム。

最新の技術を用いて足の動きだけでなく手や顔の動き方まで採点してくれるというもの。

ノワールの恰好が動きやすさを重視しているのもあって満場一致。早速二人で遊んでみることに。

 

 

「で、白斗。 曲は何にする?」

 

「そーだな……君に決めたっと!」

 

 

どうやらチョイスは白斗に任せてくれるようだ。

ならばとステップを踏んでカーソルを移動させれば、曲が選択される。

曲名―――「流星のビヴロスト」。

 

 

「5pb.の曲じゃない。 ……何? ハマったの?」

 

「……恥ずかしながら……」

 

「ハッキリ言って複雑だけど……いいわ! 負けないから!」

 

「っしゃぁ! 俺だって負けないぜ!」

 

 

白斗は知らない。彼が言う「負けない」とノワールの言う「負けない」とでは対象と想いが違うことを。

それでも彼らは流れてくるメロディーに乗ってステップを刻み、手を振り、顔を動かす。

あの人見知りな彼女からは想像も出来ないほどの力強い歌声に体が勝手にリズムを刻む。歌が彼らの体を動かしてくれる。

 

 

「はっははは! 何だ、ノワールすげぇ動きするな!」

 

「白斗こそ! でも私、まだまだ本気じゃないから!」

 

「面白ぇ! こっちこそフルスロットルだ!!」

 

「うっかりオーバーロード・ハートなんてしないでよね!!」

 

 

歌とダンスと、そして二人の楽しむ気持ちが一つになる。

華麗、スタイリッシュ、そして楽しいことこの上ないダンスが周りの客たちを魅了していく。

飛び散る汗ですら美しさを醸し出す演出、観客たちの喝采すら音楽の一部となる。

 

 

―――君がそこにいるから―――

 

 

やがて歌が止まり、二人のダンスも終わる。

息が上がり、汗も止まらず、心臓も激しく脈を打っている。にも拘らず、心地よい疲労感、そして惜しみない拍手と称賛の声が白斗とノワールを包んだ。

そして点数が表示される。白斗89点、ノワールは―――91点。

 

 

「っはぁー、負けた負けたぁー。 でも楽しかったな!」

 

「ええ! ふふ、正直勝ち負けなんてどうでもよくなっちゃった。 ……いえ、この子には負けたくないけど」

 

「何の話だ?」

 

 

得点は僅差でノワールの勝利だったが、それ以上に楽しいダンスが出来たことが何よりも嬉しかった。

そんな中、ノワールはそれとは別にこの歌手に対する妙なライバル意識を絶やすことは無かったが。

 

 

「何だあいつら!? 凄かったな!」

 

「ああ、見るからにカップルなのが惜しい……ってあの彼女の方、見たこと無いか?」

 

「確かに……誰かに似てるような……」

 

「あれ? ブラックハート様……に見えなくもないよーな……」

 

 

どうやら一部の観客たちは気づき始めたようだ。

カップル扱いは悪い気はしないが、さすがに大騒ぎになるのはまずいと判断する。

 

 

「あらら。 ノワール、ここは戦略的撤退だ」

 

「そうね。 あーあ、もうちょっと遊びたかったなぁ……」

 

 

もう少し遊んでいたかったが、下手にスキャンダル扱いされても困る。

二人はそそくさとゲームセンターを後にした。

元々普段とは全く違う髪型や服装、そして雰囲気だったことが幸いしたのかその後は大した騒ぎにもならず、SNSにも大したニュースにはならなかった。

 

 

「さて、次はどーする?」

 

「そうね。 体動かして疲れちゃったから……映画! 映画見ましょう!」

 

「映画か……いいな! 何か面白いのやってるといいんだけどなー」

 

 

次もデートの定番、映画鑑賞。

異議はないと二人揃って映画館の前に到着した。様々なポスターやPVなどで派手な宣伝活動が行われており、客足も好調なようだ。

 

 

「さて、俺はこの世界の流行りとか知らないから今度はノワールにお任せしよう」

 

「任されました♪ それじゃ、こういう時は話題作よね!」

 

 

ノワールが指差した先のは、今一番人気だというSFのアニメ映画。

SFという部分に興味がそそられ、白斗も文句なくそれを受け入れる。

幸い、席は確保できたので次映画館の定番を買い込むことに。

 

 

「映画館と言えばコーラとポップコーンよね~」

 

「もうすぐ昼飯だから食べ過ぎないように」

 

「わ、分かってるわよ!」

 

「ならよろしい。 ……ところで、どうして映画館にはコーラとポップコーンなんだろうか」

 

「そう言えばそうよね。 なんでかしら?」

 

 

この黄金律を生み出した偉大な人物は一体誰なのだろうか。

その答えは出ないまま、二人は場内へと足を運ぶ。席に座ると早速暗くなり、話題作や放映予定の映画の予告ムービーが流れる。

 

 

(この映画館の予告とか見ないと落ち着かないよな~)

 

(そうよね~)

 

 

新作に対する期待を高め、そして映画館の雰囲気へと酔わせるこの予告の時間も映画の醍醐味である。

その後、本編が始まり、壮大な音楽と派手なアニメーション、声優の熱演による名場面の応酬で白斗とノワールの興奮はもう止まらない。

笑いあり、興奮あり、涙あり。まさしく話題作に相応しい見所のオンパレード。

―――そして最後には、主人公とヒロインが故郷に戻り、夕焼けの公園で告白するというラブシーンで幕を閉じる。

 

 

『……ずっと前から、君に恋してた……』

 

『……うん。 私も……あなたに、恋してました……』

 

(なんというベタな展開……しかし、前半がハードだったからこそこんなシンプルな台詞が活きるなぁ……)

 

 

白斗の場合は純粋にストーリーを楽しんでいた。

彼自身恋愛ごとには疎かったが、それでも顔が火照ってきてしまう。

一方のノワールは、そのラブシーンを食い入るように見つめていた。

 

 

(……好きな人と結ばれた、かぁ……)

 

 

好きな人と恋に落ちる―――それは女の子にとって、誰もが憧れる素敵な夢。

彼女は思わず画面の中のヒロインに自分の姿を重ねてしまう。

そして結ばれる主人公、その姿に投影される人物は―――。

 

 

「ノワール? 終わったぞ?」

 

「……ハッ!?」

 

 

突然体全体が揺らされる。反応を見せない彼女を心配に思った白斗が揺さぶったのだ。

気が付けばスタッフロールも終わり、館内が明るくなっている。

既に客たちは帰り支度を始めており、寧ろノワールと白斗が最後尾になりつつあった。

 

 

「どうした? 顔が赤いが……」

 

「い、いや! その……最後のラブシーンで照れちゃって!」

 

「あー、分かるなぁ。 でも俺的に一押しはやっぱ戦闘シーンで……」

 

 

その後も互いに映画の感想や見所を上げていく。

確かに映画は面白かった。白斗とのトークも弾む。にも関わらず、ノワールの脳内には常にあの映画のワンシーンが脳裏にちらついて仕方がない。

 

 

(……もし、白斗とそんな風になれたら……)

 

 

―――どれだけ、幸せなのだろうか。

そんなことを思いながら、ノワールは白斗の傍を歩いていく。

 

 

「……んで、昼飯はどうするよ?」

 

「そ、そうね……折角だからこの情報誌に載ってるお店とかどう!?」

 

「どれどれ~……ほぉほぉ、オシャレな店じゃないか」

 

「ひゃっ!?」

 

 

ここで次なる話題は昼食へと移る。時計は12時を過ぎ、ポップコーンなども腹に入れたとは言え、昼食はしっかりと食べなくては。

そこでノワールがバックから取り出したのは、ラステイションのスポットを紹介する雑誌だった。それを覗き込もうと白斗が近寄ってくる。急接近する彼の顔に、ノワールは可愛らしい声を上げた。

 

 

(もー! 白斗ったら~! 何でこう、ドキッとするようなことをサラッとして本人はケロッとしてるのよぉ~……)

 

 

白斗は今の状況に全く気付いていない。

それが尚の事、ノワールをやきもきさせていた。その後、情報誌に掲載されていたレストランへ赴いたが、そこまでの道のりははっきりとは覚えていないノワールであった。

気が付けば自分の目の前にはビーフストロガノフが、白斗の目の前にはハンバーグが置かれている。

 

 

「ビーフストロガノフとは……ノワールのチョイスはオシャレだな」

 

「白斗はハンバーグ……ふふ、ちょっと可愛い♪」

 

「なっ!? は、ハンバーグくらい普通だろ!?」

 

「はいはい、そうねー」

 

「……なんだろか、この母親に頭を撫でられた気分は」

 

(母親扱いは……嬉しくないわね)

 

 

などと思いつつもそれぞれの昼食にありつく。

ノワールが注文したビーフストロガノフは、肉や野菜の味がしっかりと溶け込み、口の中に濃厚な味わいが広がる。

白斗が選んだハンバーグは肉汁たっぷりで、噛めば噛むほど肉の味が溶けていく。

 

 

「ん~、んまい! ラステイションにハズレ無し、だな」

 

「でしょう? ……って白斗、ソースついてるわよ」

 

「ん? どこだ?」

 

「そこじゃなくて……もう、仕方ないわね。 拭いてあげるから動かないで」

 

 

料理の味は二人とも大満足だったようで、あれよあれよという間に箸が進んでいく。だが勢いの余り、白斗の頬にソースが飛び散ってしまっていた。

指摘された白斗は紙ナプキンを手に頬を拭いているが全くの見当違い。じれったく感じてしまったノワールが、彼の頬を拭くため手を伸ばした。

 

 

(ちょ!? ノワール近ぇよ!?)

 

 

彼女の顔が近づいてい来る。この男、先程似たようなことをしたにも関わらずこの始末である。

だがそれだけではない、白斗の顔を固定しようとノワールが彼の頬に手を添えたのだ。少し冷たくも、綺麗な指先の感触が白斗に伝わってくる。

 

 

「はい、取れたわよ」

 

「ド、ドウモ……」

 

「? 何顔を赤くして…………、っ!?」

 

 

さすがに白斗ほど鈍くはなかったノワール。

ようやく自分の行動と距離間に気づき、ぼっと顔を赤くさせてしまう。

恥ずかしさの余り二人は声も出せず、少しの間無言の空気が続いた。

 

 

((……間が持たない……))

 

 

とりあえず、残った料理を口に運ぶ。

しかし不思議なことに、あれだけ美味しかったはずの料理の味が一切感じられなかった。

逆にそんな彼らの様子をまざまざと見せつけられた他の客たちはと言うと。

 

 

「店員!! カレーじゃカレー!!」

 

「コーヒー持ってこいやぁ!! カフェイン注入ぅ!!」

 

「塩たっぷりの味噌汁!! こんな甘ったるい空気クソ喰らえじゃあああ!!」

 

 

吠えていた。(主に男性限定)

 

 

「……そ、そろそろ出ましょうか。 伝票伝票」

 

「おっと、こういう時は男が出すモンだろ?」

 

「え、でも……」

 

「これくらいさせてくれよ」

 

(((ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!)))

 

 

また男達が吠えた。心の中で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その後も、彼らはラステイションの街を遊びまわった。

買い物ではノワールの新しい服を見たり、新作ゲームをチェックしたり。ラステイションの街並みを一望できるスポットや博物館、雰囲気のある喫茶店で一休み。

ノワールですら新発見のある、充実した時間を過ごした。

 

 

 

だが、時間は過ぎるもの。やがて時刻は6時、夕方を迎える。

 

 

 

「ふぅー……今日はメチャクチャ楽しかった!」

 

「楽しんでもらえてよかったわ。 やっと旅行の面目躍如ってところね」

 

「旅行に面目躍如っておかしい気もするが、まぁいいか。 とにかく、ノワールが作った国は凄い! この一言に尽きるな!」

 

「ザックリ纏められるといまいち伝わらないわね……」

 

 

夕方の公園で、彼らはベンチに腰を掛けていた。

噴水のあるこの公園はあの清掃活動の集合場所として、そして人々の憩いの場としてすっかりお馴染みだ。

だが烏が鳴き出すこの時間帯になれば、元気な子供達も家へと帰ってしまっている。いるのはただ二人、白斗とノワールのみだ。

 

 

「……ノワール、ありがとな。 俺、この国に来てよかったよ」

 

「そう言ってもらえると、本当に救われた気分になるわ。 もうこのまま永住しちゃえば? 女神権限ですぐ手続するわよ。 当然秘書官として……」

 

「ありがたいが、まだ他の国回ってないしな」

 

「むぅ……」

 

 

結局勧誘するもやんわりと断られてしまう。

白斗からすれば戯れに聞こえたのかもしれないが、ノワールからすれば本気も本気だった。

故に少し剥れてしまうが、今はこの楽しい雰囲気を壊すべきではないと切り替える。

 

 

「……さて、そろそろ帰るか……うぉ!?」

 

 

もう時間も時間、そろそろ帰らなければならない。

そう思ってベンチから立ち上がろうとしたのだが、白斗の手が引かれてしまい、立ち上がれない。

―――ノワールに、その手が握られていたから。

 

 

「……まだ、帰りたくない……」

 

「……そう、だな」

 

 

そんな寂しそうな声と顔をされては、白斗も断る理由がない。

ゆっくりと腰を下ろし、背もたれに体重を預ける。

工業大国として名を馳せているラステイションも、今では噴水の音と烏の泣き声くらいしか聞こえない。

静かで、しかしどこか寂しい時間が二人の間に流れる。

 

 

「……白斗」

 

「え……」

 

 

その時、綺麗な感覚がするりと白斗の手に入ってきた。

ノワールの手が、指が、絡んできたのだ。

柔らかく、少し冷たい、でも優しい感触が白斗の動きを止める。

 

 

「…………ねぇ、最後にお願い………していい?」

 

「最後なんて言わず、ドーンと来なさいっての」

 

 

少し体をもじもじさせながら、ノワールが口を開いた。

声が震えている。緊張しているからだ。

そんな彼女の緊張を解こうと、白斗は敢えて自信満々な態度で受けて立つ。

 

 

「……確か、あの映画のラストシーンって……こんな感じの夕暮れの公園だったわよね?」

 

「え? ああ……そう言えば、そうだな……」

 

「……それ、やって欲しいの……ダメ?」

 

 

いつかのコスプレ騒動の時のように、あの名場面の再現をしたいようだ。

尤も今手元にコスプレ衣装はない。

だが、周りに人の気配はなく、シチュエーションとしては最高の舞台。ただ、ノワールとしては再現がしたいだけではないようだが。

 

 

「……そんな顔されて嫌だって言える男がいるかよ」

 

「……っ! ありがとうっ!!」

 

 

白斗自身、恥ずかしさはあったがそんな彼の顔色はきっと夕焼けが隠してくれるだろう。

承諾した時のノワールの顔は、本当に幸せの頂点と言わんばかりの輝かしさだ。

噴水を背景に彼らは手を取り合い、息を潜めて。

 

 

 

 

 

 

「……ずっと前から、君に恋してた……」

 

 

 

 

 

白斗が告げてくれた言葉。

彼からしたら、あの映画の再現。単なる演技だったのかもしれない。

それでも、その言葉を受けて。これまでの思い出を振り返って。そして彼女の中の想いを感じて。

―――ドクン、と心臓が打ち鳴らされた。

 

 

 

 

 

(……白斗の声……温かくて、幸せになれる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

恋、してる………。 そう言われたら、ドキドキして、嬉しくなって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……“恋”……そっか。 私……白斗に……恋、してたんだ……)

 

 

―――そして黒の女神は、恋に落ちる音を聞いた。

 

 

(白斗が気になってたのも……傍に居て欲しかったのも……傷ついてほしくなかったのも、白斗が嬉しいと私が嬉しいのも……恋、してたからなんだ……)

 

 

ノワールは己の中に燻る、その感情の名前をやっと見つけた。

何故、彼がこんなにも気になるのか。何故、彼がいてくれないと不機嫌になるのか。何故、彼と一緒だと嬉しくて仕方がないのか。

今まで己の中に抱いていた最大の疑問が今、氷解した。優しく、ゆっくりと。

 

 

(……好き、白斗の事が好き。 好き、好き……あーもうっ! 大好きっ!)

 

 

自分の中に芽生えた感情―――白斗への恋慕。

それを自覚した途端、今までの反動が襲ってきたかのようにノワールの心は白斗一色に染め上げられる。

 

 

(助けてくれたカッコイイ白斗も、助けてくれる優しい白斗も、私のために怒ってくれる真剣な白斗も……みんな大好き! あはは……もう、私ってばどうして気付かなかったのかしら!?)

 

 

彼の一挙一動で心がときめき、息が荒くなる。でも、幸せになれた。

女神として誕生してからもう長い年月が経つ。

ラステイションと言う国を興し、ユニという妹が出来、ネプテューヌ達とも知り合った。けれども、彼女をここまで恋に落とした人などいなかった。

 

 

(―――白斗に出会う直前の、あの夜……『素敵な恋をしてみたい』なんて柄にもなくお願いしちゃったけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

私、今……素敵な恋、してるんだ……)

 

 

ふと、そんなことを願ったあの日を思い出す。

何となく呟いてみたその一言。でも、思えば心にずっと願っていたことだったのかもしれない。

そんな彼女の願いを、彼が叶えてくれた。

温かな思いが彼女の心を溶かし、溶かされたそれが涙となって静かに頬を伝った。

 

 

「の、ノワール……?」

 

 

台詞の続きが出ないことで、白斗も少し焦りだす。

それどこかノワールが突然泣いていたのだ。

何か落ち度があったのか、それとも辛いことでもあったのか。ノワールの事を本気で心配してくれている彼に、ノワールは迷わず―――。

 

 

 

 

 

 

「……うん! 私も……あなたに……恋、してました……!」

 

 

 

 

 

 

笑顔で、飛びついたのだった。

 

 

「うお!? っとと……!! 飛びつき過ぎだっつーの!!」

 

「ふふっ、これくらいで音を上げてちゃ後が保たないわよ?」

 

「え?」

 

「なーんでもない! さ、帰りましょ!!」

 

 

白斗からすれば、それは気分が高じて少しアドリブを入れたように受け取られたのだろう。

でもノワールからすれば、それは告白に近かった。

今はまだ、彼に自らの想いを届ける時ではない。それでもノワールはこの日から、決意した。

 

 

 

 

 

(……白斗。 好き……大好き。 誰にも渡したくないくらいに。 ネプテューヌ達もライバルになるかもだけど……絶対に負けない! だから……覚悟しなさいよね白斗♪)

 

 

 

 

 

教会に向けて歩を進めるノワールと白斗。

その時のノワールの足取りは、上機嫌以外の何物でもなく、遊び疲れた白斗は追い付くのに精一杯だった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、とうとう次の日。

定期船発着場では、今日の多くの人々が行き交っている。

愛する故郷へ戻る者、そして新天地へと旅立つ者。白斗は、後者だった。

 

 

「……ケイさん、ユニ、そしてノワール。 一週間、お世話になりました!」

 

「白兄ぃ! またね!」

 

「ああ、いつでも来てくれ。 ラステイション総力を挙げて歓迎するよ」

 

 

この一週間でユニという妹が増え、更には接点こそ少なかったものの仕事やノワールとユニの関係改善からケイも白斗の事を信頼してくれていた。

だからこそこうやって、わざわざ見送りに来てくれている。

 

 

「……ノワールも、元気でな」

 

「ええ。 絶対、白斗にはラステイションに住んで、私の秘書官になってもらうんだから」

 

「ははは、楽しみにしてるよ。 ……っと、時間だ」

 

 

いざ、別れの時となると言葉が出ない。

永遠の別れでも何でもないが、白斗の心の中に新天地への期待とは別にラステイションを―――ノワール達の下を離れる寂しさがある。

でも、ノワールの笑顔を見ていたらそうも言ってはいられなくなった。

 

 

 

 

「……また来る! 絶対に!!」

 

 

 

 

それだけを言い残し、白斗は搭乗ゲートを潜った。

数十分後、一直線の雲を描きながら白斗を乗せた定期船は飛び立っていく。次なる目的地、ルウィーへと。

 

 

「……行ってしまったね。 ノワール、ユニ。 寂しくなるな」

 

「ホント……折角白兄ぃって呼べたのに、甘える機会殆ど無かった……」

 

 

ケイもユニも、白斗が離れてしまったことで寂しさを感じていた。

どこか堅苦しい印象のあったラステイションの教会も、彼が来てから一段と明るくなった。彼自身が明るい性格ではないにも関わらず。

きっと、それは彼女達が白斗に対し明るい思いを抱いていたからなのだろう。

 

 

「……さぁ二人とも! ぼーっとしている暇はないわ!」

 

「お、お姉ちゃん……?」

 

 

けれども、ノワールは気合を入れていた。

振り返ったその顔は、使命感や責任感に押しつぶされそうな顔ではない。寧ろ、これからの未来に期待を馳せて真っ向から受けて立とうとする、美しくも凛々しい女神の顔だった。

 

 

「絶対、白斗が欲しくなるような国にしてみせるんだから! ユニ、ケイ! 今日からさらに忙しくなるわよ!」

 

「お、お姉ちゃんが嘗てないほどのやる気を……。 でも、そうと聞かされてはアタシだってやる気100%!!」

 

「やれやれ。 教祖として、支えないわけにはいかないね」

 

 

彼女達は颯爽と発着場を後にし、教会へと戻る。

その最中、ノワールは一度だけ青空を見上げた。

澄み切った空の中、ルウィーへの軌道を描く飛行機雲。白斗の足跡となるそれを見つめて、ノワールは思いを風に乗せる。

 

 

 

 

 

 

(…………白斗、見ててね。 必ず、貴方を傍に置いて見せるんだから)

 

 

 

 

 

 

今日からしばらく、白斗はいなくなる。

だがノワールは寂しくなかった。寧ろ、彼を思えば思うほど幸せになれた。

それが彼女が願った「素敵な恋」だから。




ということでノワールとのデート話でした。
まさに恋人、みたいな空気をお伝えできれば幸いです。
次回からはルウィー編ことブランのターン!お楽しみに!
感想ご意見お待ちしております!


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第十五話 夢見る白の大地、ルウィー

『―――アテンションプリーズ。 長旅、お疲れ様でした。 まもなく、ルウィー発着場へと到着します。 これより着陸態勢に入りますのでシートベルトのご確認を……』

 

「……んぉ? もう着くのか、早ぇな……」

 

 

定期船の中で白斗は目を覚ました。

慌ただしかったラステイションを離れ、静かなフライトも終わりを告げる。次にこの機体が着陸すれば、ブランの待つルウィーへと到着する。

過去訪れた時は、行きは転送装置で道のりをすっ飛ばし、帰りは激戦の後でもあったため周りを観る余裕はなかった。

 

 

「……お、真っ白」

 

 

上空から見るルウィーは、まさに白の大地と言う言葉が相応しい。

科学技術がそこまで盛り込まれてはいないものの、故に穢れの無い雪で覆われた国は幻想的である。

キャッチコピーは、夢見る白の大地。ルウィーならではの光景や出会いがそこに待っていると思うと、柄にもなく心を躍らせていた。

 

 

『尚、現在のルウィーの天候は晴れですが積雪により気温は氷点下2度で……』

 

「おっわ、防寒対策しねぇと……」

 

 

白斗はバッグからマフラーと手袋を取り出す。

事前に用意していたもので、コートに続きそれぞれ茶色と黒色。派手な色を好まない彼らしく、地味な色合いで固めている。

ルウィー到着まで、後15分―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、寒ィィィ……!! お、おおぉぉォォォ……あの時は意識する暇も無かったが、さすが雪国……!!」

 

 

勇んで発着場から出たものの、想像を絶する寒さが襲い掛かってきた。

温暖なプラネテューヌ、ラステイションとは違い、まさに雪国。幻想的なイメージが先行しがちだが、やはり雪が積もるだけの気温なのだ。

幸いなのは今日がまだ晴れていることだろう。

 

 

「でも雪像や氷像……雪国ならではのオブジェ満載だな。 お、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲まである! 完成度高ぇなオイ」

 

 

子供達が作った小さな雪だるまもあれば、芸術家が持ち前の技術をフルに使用し作り上げた巨大なエンシェントドラゴンの氷像までより取り見取り。

他の国では見ることのできない光景に、白斗はつい目を奪われていた。

 

 

「ふふ……。 我が国の洗礼と景色……味わってくれたかしら?」

 

 

そこに掛けられた、細くも透き通った少女の声。

この声は聞き覚えがある。何せ、この国に来たのは観光のためと、彼女に会いに来るためなのだから。

 

 

「ブラン! 久しぶり!」

 

「久しぶりね白斗……そしてようこそ。 私の国……白の大地、ルウィーへ」

 

 

そこにいたのは、いつもの白いコートと帽子で身を包んだブランだった。

少し寒そうにも感じるが、ルウィーの女神だけあって慣れてはいるらしい。

物静かな口調と佇まいが特徴的な少女ではあるが、白斗と顔を合わせると柔らかい微笑みを見せてくれる。

 

 

「ノワールに続いて、ブランまでお出迎えしてくれるなんてな」

 

「私がしたかったんだもの。 気にしないで……と言いたいけど、私がいるのにノワールの名前を出すことは気にしなさい」

 

「え? えー………」

 

 

何故怒られたのか、今市腑に落ちない白斗だった。

そんな彼に呆れつつも、ふぅと一つ溜め息をついて切り替えるブラン。

 

 

「まぁいいわ……教会へ行きましょう。 途中、色々ガイドもしてあげる」

 

「サンキュ。 正直、前は観光どころじゃなかったから楽しみだ」

 

「ふふ……他じゃ味わえないルウィーの魅力……たっぷり楽しんで」

 

 

ノワールへの嫉妬も束の間。白斗の隣にいるブランは、本当に嬉しそうだった。

その後、二人は雪の街を歩いていく。

先程の雪だるまや氷像だけでなく、露店が多く立ち並んでいる。何より、目につくのは子供や老人が多いこと。そして街行く人々が笑顔で溢れていることだった。

 

 

「なんて言うか……この国に住んでいるのが嬉しい、って感じがするな。 ここの人達は」

 

「ルウィーは見ての通り雪国……気候的には厳しく、子供やお年寄りの多いところだけど……その分、人の心は温かいの」

 

「なるほど……保険制度とか人の暮らしを良くすることに力を入れて、住みやすい国にしてるって感じか」

 

「その通りだけど……白斗、政治とか分かるの? 凄いわね……」

 

「まぁな。 俺の元居た世界にも、そんな国があったし」

 

 

白斗が元居た世界、例えばスイスと言う国がある。

そこでは国民が必ず医療保険に加入しなければならず、保険料も高めだがその分、制度が充実しており、総じて国民の暮らしを良くすることに重きを置いている。

寒い国だけど、人の心は温かい―――それがブランの目指すルウィーの姿。

 

 

「……ブランの優しさと思いが伝わってくる。 いい国だ」

 

「……ありがとう。 でも、まだ始まったばかり……もっとルウィーのいい所、知って欲しいわ」

 

「ああ、勿論」

 

 

これも、数あるルウィーの魅力の一つに過ぎない。だからこそ、白斗は更に期待を寄せている。

優しい彼女が作ったこの国が、どんな出会いを齎してくれるのか。

 

 

「……ところでいい匂いがするな、さっきから」

 

「ルウィーは雪国……観光地でもあるの。 色んな出店があるけど……何か食べてみる?」

 

「んじゃ折角だから何か一つ……さすがに温かい料理が多いな」

 

 

雪国ということで汁物や激辛料理など、体を温める料理が並んでいる。評判もいいらしく、観光客たちが口にしているその姿はとても幸せそうだ。

だが多いと言うだけで、寧ろ冷たさを売りにしているデザートなどもちらほら。

どれにしようか迷っていると、店頭に並んでいるあるものが目に留まった。

 

 

「ん? 何だこれ……ブラン饅頭?」

 

「そう。 私の顔が刻まれた饅頭……ルウィー名物の一つよ」

 

「ほー……プラネテューヌのネプビタンみたいなものか」

 

 

ポスターにはブランの顔がプリントされた饅頭が描かれている。

女神であるブランは言わば国の象徴にしてアイドルのような存在。当然、国民からの人気も高く、彼女の顔が写されている商品となれば当然人気が出る。

 

 

「白斗……食べてみる?」

 

「そうだな……折角だし。 おばちゃん、ブラン饅頭くださいなー」

 

 

早速白斗が一つ購入。

ブランはさすがに自分の顔が写っているものを食べても微妙な気分になるとのことなので遠慮することに。

紙袋を開けると、そこには天使の、いや女神の様な笑顔のブラン饅頭が出てきた。

 

 

「あ。 その顔は激レア……」

 

「はは、本物の笑顔を見てるから既にご馳走様って感じはあるけどな」

 

 

どうやらちょっとしたガチャ要素もあるらしい。

確かにこの笑顔は可愛らしいが、白斗は本物のブランの笑顔を間近で見ている。

はにかむ白斗の笑顔に、今度はブランが少し顔を赤らめてしまう。

 

 

「も、もう……お世辞はいいから早く食べて」

 

「世辞じゃねーって。 もぐもぐ……ん! 生地の柔らかさと餡の甘さが絶妙! お茶欲しくなるな」

 

「そう言うと思って……はい、お茶」

 

「お、ありがと。 ずずっ……ヤバ、まったりできるわコレ……」

 

 

こういう商品はデザインだけと思われがちだが名物に抜擢されるだけあって味も触感も一級品だった。

加えてブランが用意してくれたお茶も芳醇な香りで心を癒し、程よい苦みがより饅頭の甘味を引き立たせ、その熱さが寒さに打ち震える心をほぐしてくれる。

ほぅっと、柔らかいため息が出てしまった。

 

 

「ふふっ……お気に召してくれたようで良かった」

 

「召しましたとも。 さて、折角だから他にも……」

 

「そうね。 私もお昼まだだったし、久々に街の様子を見て回れるし」

 

「んじゃ、食べ歩きコースへレッツゴーだな」

 

 

名物料理や、おすすめのレストランへ行く選択肢もあったがこれだけ露店が並んでいるのだ。

今回は縁日よろしく、色々な出店の料理を食べ尽くすという趣向で行くことに。

まずは心温まるスープから。

 

 

「お、濃厚だな……それに大根も美味い!」

 

「この寒い地方から生まれる食材は、越冬のため栄養をその身に溜め込むの……特に大根と言った根菜はいい味がするわ」

 

 

所謂味噌汁に近いらしく、雪の下で育った大根は独特の甘みに加えて汁の旨味をたっぷりと吸い込み、口の中で溶けるほど柔らかくなっていた。

 

 

「次は肉まん……あちちち! でも美味い!」

 

「もう、白斗ったら慌てすぎ……そんなことをしなくても、料理は逃げないわ」

 

 

次は買い食いの定番である肉まん。

白い饅頭は寒さでかじかんだ手を温め、脂がしっかりのった豚肉を用いて作られた特製の餡が肉汁と共に口の中に広がった。

夢中になってかぶりつく白斗の姿が、まるで年相応の少年に見える。そんな彼の姿が可愛いと思いながら、ブランは微笑んだ。

 

 

「んじゃ次は……ラーメンと行くか!」

 

「ラーメン……出店の定番。 因みに私は味噌ラーメン派」

 

「俺はとんこつだな」

 

 

白斗とブランは、それぞれ好みとなる味付けのラーメンを注文した。

どんぶりからは湯気とそれに溶け込んだラーメンの香り。

一瞬目を奪われつつも、互いに手を合わせて「いただきます」。

 

 

「ずるずるーっ……かぁ~っ! コレコレ! たまんねぇな!」

 

「……ん、美味しい……」

 

 

互いに麺を啜る。細い麺に濃厚なスープが絡み、一気に腹へと流れ込んでいく。

あっという間に間食してしまう程、絶品と言えるラーメンに白斗もブランも大満足だ。

 

 

「さーて、お次は……」

 

「こらこら、それ以上食べると夕飯入らないわよ。 出店はまた今度にしましょう」

 

「へーい」

 

 

まだまだ味わい足りなかったが、確かにこれ以上食べては夕食に差し支えてしまう。

食べ歩きはまたのお楽しみとなった。

二人は食後の運動も兼ねて、ルウィーの街中を再び歩いていく。

 

 

「あー! ブラン様だー!」

 

「ブラン様ー! 見て見て! 小さいけど、やっと使えるようになったのー!」

 

 

そこへ、子供達が走ってくる。

どうやらブランとも交流があるらしく、子供達の存在に気づくや否やはにかんだ笑顔を浮かべる。

そして少女はその指先に、マッチよりも小さいが火を灯した。

 

 

「ん? 手品……じゃない……?」

 

「ええ、これは魔法よ。 ……凄いわ、よく頑張ったわね」

 

 

魔法、それはここが白斗がいた世界とは違う世界であることを思い知らされる要素。

モンスターや女神だけではない、ファンタジー要素の結晶とも言える魔法が、この国では盛んだった。

ルウィー、雪国とは別に魔法国家としての側面もある、まさに幻想の国。

 

 

「えへへ~! 女神様に褒められた!」

 

「よーし! もっとパワー出せるように……!」

 

「こら、調子に乗ってると自分や他の人を傷つけるわよ。 程々に……ね?」

 

「「はーい」」

 

 

幼い少年少女は、女神に褒められたのが嬉しかったのか大はしゃぎだ。

けれども調子に乗りすぎないように釘を刺すブラン。妹であるロムとラムで手慣れているのか、その姿はまさに姉と言わざるを得ない。

 

 

「……いいお姉ちゃんじゃないか、ブラン」

 

「ありがとう……。 そうだ、白斗って魔法を使おうとは思わないの?」

 

「んー? 俺異世界人っしょ、魔力なんざ無いっしょ」

 

「異世界人は大抵チート……実は強大な魔力を秘めていて……」

 

「ラノベの読み過ぎだ」

 

 

魔法なるものに興味はないというよりも使える気がしないという白斗。

元々、魔法などが存在しない世界で18年も生きてきたのだ。いきなり魔法が使えると言われてもピンとこないのが現状である。

それ以前に白斗の身体能力こそ高いが、モンスター相手に無双できるかと言われればまた別の話。現実はそこまで甘くなかった。

 

 

「ところでそっちのお兄さん、誰ー?」

 

「ひょっとして……彼氏?」

 

「「なっ!!?」」

 

 

そんな二人のやり取りが、深い関係にあると見受けられたらしい。

少年と少女は目を輝かせながらそう訊ねてきた。

突然の爆弾発言に白斗とブランの顔は燃え上がったかのように赤くなる。

 

 

「ち、違うわよ……! ああいや、でも……なんていうかその……」

 

「そ、そうだぞ。 別に俺達はそういうんじゃない」

 

「……………………」

 

 

しかし、白斗にはっきりと否定されるとそれはそれで寂しいブランだった。

 

 

「まぁいいや! ブラン様、バイバーイ!」

 

「また色々教えてねー!」

 

「全くもう……ええ、またね」

 

 

多感な子供達らしく、すぐに興味の対象は移り変わる。

ブラン達に別れを告げ、子供達は走り去っていった。

あんなやり取りの後でも、彼女の微笑みは柔らかい。国民を等しく愛するその姿は、女神だからこその美しさすらあった。

 

 

「……やっぱ女神様だな」

 

「え? 何か言った?」

 

「い、いいや。 それより次行こうぜ」

 

 

思わず呟いてしまった白斗の一言。

悟られるとさすがに気恥ずかしさが込み上げるらしい、白斗は白を切って次へと促した。

 

 

「……あ、本屋さん」

 

「ん? お、なんか趣がある店だな。 古本屋って奴かね?」

 

 

するとそこへ通りがかったのは、古い木材で建てられた店。

古書店と書かれており、黒ずんだ木目が不思議な魅力を引き立てている。特に本の虫と自他共に認めるブランの興味は津々なようだが。

 

 

(……だ、ダメよブラン。 今日は白斗の案内をするの……口惜しいけど、また今度……)

 

 

ちら、と白斗を見ては振り切るように頭を振っている。

無類の本好きであるブランだが、だからと言ってやるべきことを放り出すようなお人ではない。

けれども当然、隣にいる白斗はそれを目の当たりにしているワケで。

 

 

「……あー、なんかラノベの話してたら本読みたくなったなー。 ちょっと寄っていいか?」

 

「え!? ……し、仕方ないわね。 白斗が行きたいって言うのなら」

 

「おう、仕方ない仕方ない」

 

 

その本人出る白斗が彼女の気持ちを察してそう言ってきた。

反応したブランは、口調こそいつも通りだが明らかにテンションが高まっている。

ブランに連れられる形で入り口を潜る二人。店主はダンディズム溢れた人物で二人の入店に気づきつつも優雅にコーヒーを飲んでいた。

そんな不思議な雰囲気の本棚を見て回っていると。

 

 

「……! こ、これ……昔一時期にしか発売されなかって言う短編小説集!? こんな掘り出し物があるなんて……! この店はアタリね!」

 

 

真剣に漁っていると、どうやらかなりのレアものを発見したらしい。

震える手でページを捲っていけば、ブランはあっという間に本の世界に引き込まれる。

 

 

(やれやれ、嬉しそうだな。 ……ま、ブランが可愛いからいいか)

 

 

興味惹かれる本に出会えれば一喜一憂、物語を彩る文字に目を通すその視線は真剣そのもの、そして物語の世界に入り込むことで変わる表情。

無愛想、などとネプテューヌ達は評していたが白斗はそんなことはないと思う。寧ろ、可愛らしい女の子の姿がそこにあった。

 

 

(んじゃ折角だし俺も……ん? 『女神と守護騎士』……何だこりゃ?)

 

 

折角本屋に立ち寄ったのだ、何か一冊買っていこうと思っていた矢先の事。

カラフルな本が治められた棚の中に一冊だけ、やたら古ぼけた本があった。色褪せてしまったそれに手を伸ばしてみる。

タイトルは、「女神と守護騎士」。女神という部分だけで反応してしまったのだが、手に取ってみれば言いようのない、運命の出会いと言うものを感じてしまった。

 

 

(何々……遥か古来のゲイムギョウ界にも女神が降臨し、そしてその女神を守るため、また添い遂げるために守護騎士なる存在がいた……。 面白い内容だが、これ小説か伝記か……どっちだ?)

 

 

紙質だけで言えば、相当古めかしいものだ。

下手をしたら数百年以上前の記述になるかもしれない。ページを捲るにも慎重にならなければならないほど擦り切れていたが、不思議と文字はしっかりと読める。

しかもその文章がやたらリアリティが込められており、すっと頭の中に入ってくる。フィクションか否か、判別がつかない。

 

 

(少年は暗殺者でありながら女神達に救われ、そして女神達を守るために散った。 女神達もまた少年に恋をし、これまでの償いと幸せな人生を与えるため、力の一部を渡して少年は蘇生され、守護騎士となった……はは、こんな凄い奴がいるんだな)

 

 

元とは言え暗殺者であった白斗は、主人公である少年が他人とは思えなかった。

暗殺者であった過去もそうだが、女神様に拾われた部分やそれに恩義を感じる描写が自分と重なってしまう。

ただ、最後の部分だけは違った。

 

 

(……女神と恋に落ちる、か。 それだけその守護騎士って人は凄かったんだろうけど……俺は、そんなんじゃないからなぁ……)

 

 

羨ましい、とも感じたが同時に納得もした。

守護騎士に選ばれたからには相応の責任も付きまとう。そして、女神と釣り合うだけの人物でなければならない。

白斗は自らがその器ではないと思いつつも、隣にいるブランに目をやった。

 

 

(……それでも、守るくらいは……いいよな?)

 

 

今はこうして大好きな本の世界に没頭している少女だが、その本質は女神。

彼女だけではない、ノワールも、ベールも、女神候補生たちも、そしてネプテューヌも。

白斗にとっては皆恩人で、そして大切な―――

 

 

「……あ。 ご、ごめんなさい白斗……つい、集中し過ぎたわ……」

 

「良いってことよ。 俺も面白い本を見つけたし、これ買おうか……って高ぇ!?」

 

 

ここでブランが我に返った。

あくまで今回は白斗の案内が目的なので、これ以上時間を取らせるわけにはいかないとブランも決心した。

互いにお気に入りの本を見つけたので、購入しようとしていたが白斗の本は想像以上の高さ。そのお値段10万クレジット。

 

 

「相当な古さに見合うだけの高さね……でも、それくらいなら出してあげるわ」

 

「女に奢らせる男なんざカッコ悪いっての。 まぁ、今回は諦め……」

 

 

などと言いながら本棚へ戻そうとすると。

 

 

「構わんよ。 9割引きにしてやる」

 

「「え?」」

 

 

突然、渋い声が。

声がした方向を振り返ると、先程と変わらぬ姿勢でコーヒーを飲んでいる店主がいた。

店主はこちら見ることもなく、そう言っていたのだ。

 

 

「て、店主さん? き、9割引きって……そ、そんなの悪いですよ!?」

 

「構わんさ。 確かに商売だが、俺は本が好きで店やってるんだ。 本との出会いは運命すら感じる……その運命的出会いをフイにして欲しくないんだよ」

 

 

何と気前の良く、そして格好良い店主なのだろうか。

思わず心に来てしまうブランと白斗。

本当に本が好きな人なのだと確信する。ならば、その好意に甘えないのは寧ろ失礼に値する。

 

 

「……ありがとうございます。 なら遠慮なく」

 

「おう。 その代わり、また来てくれよ?」

 

「ええ。 こんな素敵な店……見逃すなんて人生の9割損してるわ」

 

「有難いね、そりゃ」

 

 

ここまでされたら大事にしなければと二人して微笑む白斗とブラン。

店主の心意気のお蔭で懐に余裕を保てたまま気に入った本を買うことが出来た。

気候は寒いが人の心は温かい―――ブランの言葉を裏付けた一幕だった。

 

 

「いやぁ、良い買い物したな」

 

「そうね……白斗、ありがとう」

 

「んぁ? 俺ぁ何もしてねーっての」

 

「でも、私の気持ちを汲んでくれた……だから、ありがとう……」

 

「……どういたしまして」

 

 

本を買えたこともそうだが、ここに入るために白斗がしてくれた気遣いをブランは見逃さなかった。

あの時はテンションが上がっていたので言葉にできなかったが、本を読んでいるうちに彼のお蔭でこの店とこの本に出会えたのだ。

そんな彼の心に触れたくて、この国に招待した。その判断は間違ってなかったと、ブランは嬉しく思っている。

 

 

「そろそろ教会に行きましょう。 ロムとラムも首を長くして待っているだろうから」

 

「ははは、キリンとかになってなけりゃいいけどな」

 

「それは大変ね……ふふ」

 

 

こんな些細な冗談の言い合いですら楽しく感じる。

ルウィーの街は相変わらず寒かったが、白斗との触れ合いは確かな温もりをブランに感じさせた。

まだ始まったばかりだが、これからどんな心温まる触れ合いが待っているのだろうか。

それを思うだけで、胸が熱くなるブランだった。胸は薄いが。

 

 

「……白斗、今……語り部を殺さなきゃいけない気がしたわ」

 

「急にどうしたブラン!?」

 

 

日常に潜む地雷、皆さんも気を付けましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから二人は特に寄り道をすることもなく、ブランの住居にして国政の中心である教会へと向かっていった。

教会へ向かうにつれ、徐々に雪が溶けてきており緑が見え始めている。

 

 

「……そういやこの辺りって妙に温かいよな? 何でだ?」

 

「説明してなかったわね。 教会周辺は女神の守護によって比較的温暖なの」

 

「マジか。 凄いなブラン!」

 

「この程度当然よ……」

 

 

と言いつつも目をキランと輝かせて得意げである。

そうこうしているうちに、ルウィーの教会へとたどり着いた。教会と言ってもその外見はまさに西洋のお城である。

観光名所にもなっており、幻想の国の名に恥じない大きさとデザインだった。

 

 

「久しぶりに見たが……やっぱ凄ぇな、ブランの教会」

 

「ありがとう……。 改めてようこそ、私の教会へ」

 

 

ブランが扉を開けてくれる。

すると玄関で彼を最初に出迎えてくれたのは、一人のメイドだった。

 

 

「おかえりなさいませブラン様。 そして黒原白斗様、ようこそおいでくださいました」

 

「どうも……って、貴女……確かフィナンシェさん、でしたよね?」

 

 

白斗は彼女の姿に見覚えがある。

以前、ロムとラム救出のために転移装置で訪れた際に倒れていた女性を二人発見した。

その片方が彼女、メイドであるフィナンシェだった。

 

 

「はい、ロム様とラム様を助けてくださってありがとうございまいました。 それと、お礼を申し上げるのが遅くなり、大変申し訳ありません」

 

「いえいえ。 みんな無事で何よりですよ」

 

「……お優しい方ですね。 ブラン様の仰る通り」

 

「え?」

 

「ふぃ、フィナンシェ! 余計なこと言わないで……」

 

 

顔を赤らめて言葉を遮ろうとするブラン。でも否定自体はしない。

どれだけ彼女が普段、白斗の事を話題にしていたのだろうか。

尤も白斗はそれに気づくことは無かったため、首を傾げてはいるが。

 

 

「すみません。 では早速中へご案内しますので」

 

「……頼んだわ。 白斗、私はこれから仕事あるから……」

 

「だったら俺も手伝うよ。 これでもネプテューヌやノワールんトコで慣れてっから」

 

「ありがとう。 でもあなたは旅行で来ているのだからしっかり休んで。 それにノワールからもそう言われてるし」

 

 

どうやらルウィーでは完全に白斗を休ませるつもりでいるらしい。

ブランも内心頑固なところがあるため、譲らないつもりだろう。

とは言え彼女が心配であるため、白斗も手伝いたい気持ちを引っ込めるつもりは無かったのだが。

 

 

「それに仕事と言っても細かい案件ばかりだから、正直白斗の手を借りるほどじゃないわ。 明日には終わるから、それさえ超えれば一緒に居られる……」

 

「そっか。 んじゃ、明後日からが本格的になるのか」

 

「そういう事。 それじゃ、私はこれから執務室に籠るから……フィナンシェ、後はお願い」

 

「はい、お任せくださいブラン様」

 

 

そう言われては白斗も無碍には出来ない。

お言葉に甘えて今回は完全オフの気分に切り替え、フィナンシェの後をついていった。

残されたブランは気を引き締めて執務室へと向かう。

 

 

(……そう、仕事……今回のために調整してきた。 残るは山のように積み重なった書類との死闘……でも見積もりでは、明日で全て終わるはず……!)

 

 

ドアを開ければ、山積みになった書類。

ブラン二人分の高さはあろう、そびえ立つ書類に一瞬怯みそうになるが、今のブランには真っ向から立ち向かうだけの勇気がある。

 

 

(……白斗と一緒の時間……とても、楽しかった……。 あの時間を味わうためなら、この程度の労力など惜しまない!)

 

 

ここに来るまで白斗と一緒に店を回ったり、一緒に食事をしたり、一緒に話し合った。

その時間が何よりも楽しくて、温かくて、愛おしくて。

白斗となら、そんな時間を過ごせると確信していたから彼をこの国に招いた。ならば一緒にいる時間を少し出も多く作りたい。

 

 

「大丈夫、徹夜作業なんて慣れっこ……やるのよブラン! 白斗との時間を過ごすためにも!」

 

 

嘗てないほどのやる気を漲らせるブラン。

全ては、あの人と触れ合うために―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、白斗はフィナンシェの案内の下、教会内を歩いていた。

 

 

「ふぁー……プラネテューヌの教会……プラネタワーも凄かったが、ここは横に広いって感じだな」

 

「新入りの職員とかは今でも迷ったりしますよ」

 

「はは、俺も気を付けないとダメってことですね」

 

 

傍から見たら西洋のお城であるこの教会だが、やはり内部は複雑に入り組んでいる。

タワーとして縦に長いプラネテューヌの教会とは違い、こちらは横に広い。

以前、ロムとラムを探し出すためにあちこちを奔走していたあの日の記憶が蘇る。気を抜けば迷ってしまいそうだ。

 

 

「まずは白斗様のお部屋にご案内します」

 

「あのー……別に俺、様付けとかいいんで……」

 

「ですが、白斗様はお客様にして私達の恩人ですから……」

 

「だったらお客様命令。 フランクに接してくださいよ」

 

「……でしたら仕方ありませんね。 では改めてお部屋にご案内します、白斗さん」

 

「はいよっと」

 

 

白斗自身の性格から上に置かれるのは正直堅苦しかった。

だからこそ、これからお世話になる人達には出来るだけ畏まらないで欲しかったのである。

おかげでフィナンシェとの距離も縮まったように感じられた。

和やかな空気の中、まずは例によって部屋に案内される。そしてノブを回し、部屋の中へ入ろうと―――

 

 

「お兄ちゃ~~~~ん!! どーん!!」

 

「お兄ちゃん、会いたかった……!(どーん)」

 

「ぐおおぉぉぉっ!? ろ、ロムちゃんにラムちゃん……ははは! 久しぶり!」

 

 

小さな影が二つ、抱き着いてきた。

何とかして受け止めると、その正体はロムとラムだった。二人とも、大好きな兄の胸に顔を埋めては頬を摺り寄せてくれる。

まるで小動物のような可愛らしさに白斗も嬉しそうだ。

 

 

「もうっ! お兄ちゃんったら、全然遊びに来てくれないんだもん! 寂しかった!」

 

「ゴメンゴメン。 でも、今日から一週間はお世話になるからいっぱい遊ぼうな?」

 

「ほんと……? 嬉しい……!(きらきら)」

 

「ホントホント」

 

 

この二人の兄となってから、彼らは本当に仲良しだった。

二人ともまだ幼い上に周りの親しい人はみな女性であることから、頼れる唯一の男性であったことも大きいのだろう。

 

 

「あああ、ロム様にラム様も……白斗さんのご迷惑になっちゃいますよ」

 

「大丈夫ですってこのくらい」

 

「白斗さんも甘やかさないでください。 お二人のためになりませんから」

 

「へーい」

 

 

フィナンシェに軽く怒られる三人。

怒られはしたが、こういう距離感の方が嬉しいと白斗は先程のやり取りが無駄ではなかったことに安堵する。

兎にも角にもまずは抱き着いている二人を優しく床に下ろし、そして荷物も置いた。

 

 

「見て見て! ここがお兄ちゃんのお部屋!」

 

「私達、一生懸命お掃除したの……(わくわく)」

 

「二人が掃除してくれたのか、ありがとうな」

 

「「わーい!」」

 

 

どうやら今の今まで白斗を歓迎するため、この部屋を掃除してくれていたらしい。

確かに窓も床もピカピカ、誇り一つすらない。

ベッドシーツも乱れておらず、本棚もきちんと整理されていた。本棚に並べられている本は、ブランが白斗の好みをリサーチした上で並べてくれたのだろう。

 

 

「これからはこのお部屋をお使いください。 この内線電話で私達メイドにも繋がりますので御用があれば何なりと」

 

「致せりつくせりで申し訳ないくらいですよ」

 

「お客様ですから当然です。 さて、それでは……」

 

 

まだまだ案内しなければならない箇所はたくさんある。

次なる場所へと向かおうとした時、白斗の手が二つとも握られた。

ロムとラムが、それぞれの手を握っていたのだ。

 

 

「お兄ちゃん! ここからは私達が案内してあげる!」

 

「ガイド、やりたい……!(わくわく)」

 

「あらあら……白斗さん、その……」

 

「ははは、折角ですしこの小さなガイドさん二人にお任せします。 すみません、フィナンシェさん」

 

「いえいえ。 ではお二人とも、白斗さんのご案内、よろしくお願いしますね」

 

「「はーい!」」

 

 

元気のよい挨拶と共に、二人が掛けだす。

ちびっこ二人のパワーには勝てず、白斗は半ば引きずられるような形で二人についていった。

 

 

「で、二人とも。 どこを案内してくれるんだ?」

 

「まずは紹介しなきゃいけない人がいるからその人に会わせてあげるね!」

 

「ミナちゃんって言う人だよ……」

 

「あ、ミナさん……教祖の人か」

 

 

教祖、西沢ミナ。つまりブランの補佐役の女性だ。

以前来た時に倒れていた二人の女性、その片割れがそのミナだった。あの時はロムとラムの保護で精一杯だったのでその後会話する余裕も無かった。

故にまともな顔合わせは、今回が初めてとなる。

 

 

「ミナちゃーん! お兄ちゃん連れてきたよー!」

 

「えへへ……」

 

「ロムさん、ラムさん。 廊下は走っちゃダメですよ」

 

 

双子に連れられて入った部屋には、見覚えがあった。

あの日、白斗が転移装置によって転送された先の部屋がここだった。

そしてその部屋の中央では書類を整理していた一人の女性がいる。長い髪に眼鏡、優しい雰囲気ながらもどこか芯の強さを感じさせる人だった。

 

 

「ようこそお出でくださいました。 改めてこの教会の教祖をしております、西沢ミナです」

 

「黒原白斗です。 一週間お世話になります」

 

 

礼儀正しい人だった。タイプ的に言えばイストワールに近いだろうか。

清楚な見た目でありながら、どこか包容力に溢れている。この教会を家族構成で言えば、母親の様な存在なのかもしれない。

 

 

「先日はロム様とラム様、そして私達を助けてくださり本当にありがとうございました。 それと、お礼が遅れてしまい、大変申し訳ございません」

 

「はは、フィナンシェさんも同じこと言ってましたよ」

 

「当然です、私達からすればこの国の恩人なのですから」

 

「それは言いすぎですから……」

 

「言いすぎでもありません。 ロムさんとラムさんは次の女神なのですから」

 

 

しかし彼女の言い分も理解できる。

何せロムとラムは次期女神候補。つまりはブランの代わりにこのルウィーを治めていく女神になる。

そんな彼女達を助けることは、この国を助けることと同義なのだ。

 

 

「とにかく、今日から一週間はこの教会が貴方の家です。 気兼ねなく、何でも言ってくださいね」

 

「すみません、何から何まで」

 

「ブランさんからの希望でもありますし、私も白斗さんにはルウィーを楽しんでもらいたいと思っていますから」

 

 

どうやらルウィーでも、白斗は心底歓迎されているようだった。

ここまで尽くされるとむず痒さを覚えてしまうが、その好意が嬉しくもある。

 

 

「さて! 紹介フェイズも終えたことだし!」

 

「次は、私達のターン……!(とことこ)」

 

「うおっととと! ちょ、二人とも待ってー!!」

 

「二人ともー! あんまり白斗さんにご迷惑かけないようにー!!」

 

「「はーい!」」

 

 

ミナとの話が終わるや否や、すぐにロムとラムが白斗の手を引いてくる。

元気いっぱいなちびっ子のパワーに勝てる気力も湧かず、白斗は引きずられるままだ。

やがて連れてこられた一つの部屋。やたらファンシーなものが詰め込まれた、女の子の部屋だった。

 

 

「この部屋って……」

 

「そう! 私達のお部屋ー!」

 

「お兄ちゃんだから、ご招待したの……!」

 

 

ここがロムとラムの部屋らしい。

確かに二人好みの可愛らしいぬいぐるみやおもちゃ、内装、そして壁には二人が書いたと思わしきブランの絵。

双子の内面が良く表れた部屋である。

 

 

「ははは、そりゃ光栄だ。 んじゃ、ここで何かして遊ぶか」

 

「うん! まずはお絵描き!」

 

「それから絵本……そしておままごと」

 

「それからそれからー……」

 

「待って!? 兄ちゃん分身出来ないから! 一つずつやっていこうね!?」

 

 

兎にも角にも、夜を迎えるまで二人と遊んだ。

当然子供らしい内容ばかりだったが、白斗にとっては童心に帰る――寧ろ初めて童心を迎えたような気分になり、意外と楽しんでしまった。

だがそれ以上に、二人が楽しく、幸せにしていてくれたことが何よりも嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ってな感じで今日の一日は終わりましたとさ」

 

『……白斗、ロリコン説浮上』

 

「馬鹿言うなネプテューヌ!! 俺ぁノーマルだぞ!?」

 

 

その夜、皆で夕食を終えての初めてのルウィーの夜。

白斗はベッドの上でごろ寝しながら通話していた。

相手は勿論ネプテューヌ。いつも白斗と会話している時の彼女はまさに天真爛漫だったのだが、今日一日の出来事を話すとそんな総評が飛んできた。

 

 

『だって白斗、ロムちゃんとラムちゃん、それにブランからこれだけ好かれてるんだよ? ルウィー国民が知った日には生きてルウィーから出られないよ?』

 

「業が深すぎないかルウィー国民!?」

 

 

悲しきかな、人間の性。

 

 

『でも大丈夫! そうなっても私は白斗を見捨てないから!』

 

「……頼りにしてますよ、ネプテューヌ様」

 

『任せなさーい!』

 

 

けれども、何だかんだで二人は仲がいい。

ネプテューヌは白斗のを心から白斗を信頼してくれていて、白斗もまたネプテューヌには忠誠に近い感情を抱いていた。

互いを尊敬し、互いを思いやり、互いのために尽くせる。そんな関係になっている。

 

 

『それじゃ、今日も対戦しよー! 私、こうして白斗と一緒に何かしてないと落ち着かなくなっちゃってさー』

 

「……俺もだ」

 

 

ネプテューヌにそこまで思われているとなれば、少し顔が赤くなってしまう。

けれどもそれを隠すかのように白斗はゲーム機を取り出す。

今日も今日とて少年と少女はゲームを楽しむ。それが彼らにとっての日常―――。




サブタイの元ネタ「超次元ゲイムネプテューヌ(無印)」よりルウィーのキャッチコピー。

ということでルウィー編でございます!
今回のお話は雪国が舞台ということでほんわかと温かいお話が多めになると思います。でもちょっとした騒動もあるよ!
いつぞやで言ったかもですがブラン大好きです。おい誰だロリコン言ったの。
では次回もお楽しみに!


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第十六話 恋構想、熱暴走

―――いつもとは違う、少し肌寒い朝。

まだ日が昇り切っていない時間帯に、やはり白斗は目覚めた。

 

 

「……ふぁぁ~……ルウィーの朝は、静かって感じがするな……」

 

 

目を覚ますと、プラネテューヌとも、ラステイションとも違う朝が待っていた。

部屋の中にはまず暖炉があり、薪が燃えている。パチパチと心地よい音を立てながら燃える暖炉は、他の国では見られない光景。

窓を開けるとまだ薄暗い中、教会の向こうには銀世界が広がっている。

 

 

「……外出てみるか」

 

 

白斗自身、雪国に訪れたことなど元の世界では訓練でしかなかった。

そんな世界の空気を味わいたくて、身支度を整えるなりすぐに外へと向かっていく。

玄関へ向かおうとすると、何やらいい香りが漂ってくる。その匂いに釣られて厨房へ赴いてみると、一人の女性が鍋の中身をかき混ぜていた。

 

 

「~♪ あ、白斗さん。 おはようございます」

 

「フィナンシェさん、おはようございます。 朝早いですね」

 

「メイドですから。 そういう白斗さんは?」

 

「元から朝早いタチなんで。 ちょっと散歩行ってきます」

 

「分かりました。 朝食は7時の予定ですのでそれまでにお戻りください」

 

「了解です」

 

 

いつもとは少し違う、厚手の革コート。

それを羽織って外に出てみると、少し肌寒い空気が白斗を包んだ。と言っても、ブラン曰く教会周辺は女神の加護により温暖であるらしく、故に雪が溶けている。

 

 

「んじゃそこから出るとどうなるか……おお、寒ぃ~っ!!」

 

 

緑と白、その境目を出れば身を切るような寒気が襲い掛かってくる。

けれども、そんな感覚が面白くて白斗は出入りを繰り返す。

十分堪能したら、今度は銀世界に足を踏み入れる。ざく、ざくと雪を踏む感触が楽しくて、白斗はつい子供のようにどんどん奥へと進んでしまう。

 

 

「……はは、何だこりゃ! 面白ぇ!!」

 

 

18歳ではあるが、少年らしいことが一切できなかった少年。

だからこそ、今それを味わっている。

誰もいない雪の世界で白斗は一人走り回り、そして雪の中に仰向けに倒れ込んだ。

 

 

「……空気も澄んでるな……それに、静かだ……」

 

 

しばらく横になって、この国の全てを五感で味わう。

肌から感じられる雪は冷たい、目で見える範囲は全て白、周りの音は全て雪に吸い込まれて静寂となり、澄んだ空気が鼻から吸い込まれ、そして口に入った雪は雑味がない。

まるで時が止まった、そんな感覚にさえ陥るほどの静けさ。痛くもあり、心地よくもあった。

 

 

「……ふぁー、そろそろ戻るか」

 

 

―――それからどれくらいの時が立っただろうか。

体の芯まで冷えそうになったところで体を起こした。

童心そのものになり、十分堪能した白斗は心底満足であった。腹も空いてきたので教会へと戻ることに。

 

 

「ふぅー、ただいまー……ってミナさん、おはようございます」

 

「あ、白斗さん。 散歩してたんですね」

 

 

そこにいたのは教祖のミナ。

既に昨日と同じ服に着替えており、仕事モードと言ったところだ。

 

 

「ええ、ついガキみたいにはしゃいじゃって」

 

「いいじゃないですか。 可愛らしくて」

 

「18歳の男に可愛らしいなんて言われてもなぁ……」

 

 

どうもこの女性には勝てる気がしない。

昨日のロムとラムに対する接し方から、この教会内における母親の様な存在。その佇まいは白斗にも影響を与えている。

 

 

「ふぁぁ~……おにいちゃん、おはよ……」

 

「……おはよ……(うつらうつら)」

 

「ロムちゃん、ラムちゃん。 おはようさん……と言いたいが、まだ眠そうだな」

 

 

その彼女の後ろから、眠たそうに瞼を擦っているロムとラム。

ついさっき起きたばかりらしく、全然目を覚ましていない。

気を抜けば今にも眠ってしまいそうなほど、舟を漕いでいる。

 

 

「仕方ない、一緒に歯磨きとかしようか」

 

「「ふぁ~い……」」

 

「ふふ、本当のお兄さんのようですね。 すみませんが、お二人をお願いします」

 

「お願いされました。 それじゃ行こうか」

 

 

体を屈めて二人と同じ目線で語り掛ける。

優しい白斗の表情と声に多少は目が覚めたのか、返事をしてくれる。

そんな二人をミナから任され、白斗は洗面所へと向かった。桶に水を張り、タオルを濡らす。

 

 

「二人とも。 綺麗にしないと可愛い顔が台無しだぞ~?」

 

「ふゃぁ……おにいちゃん、つめたいよ~……」

 

「うぷ……つめたい……」

 

「我慢しなさい。 ほーら、綺麗になった。 うん、いつもの可愛い二人だ」

 

 

タオルで二人の顔を拭いてあげる。

痛がらないように、優しく。でも顔を綺麗にすることを忘れずに。雪国の水はやはり冷たく感じられるが、おかげで二人は目を覚ましたようだ。

 

 

「……えへへ、お兄ちゃんに顔を洗ってもらえてさっぱり!」

 

「うん……世界が、違って見える……!(きらきら)」

 

「大袈裟。 ほら、次は歯磨きな」

 

 

乾いたタオルを渡して水気を拭き取らせば、二人は笑顔を見せてくれた。

さすがに子供だけあって、目を覚ませばエネルギッシュだ。

そして三人は歯磨きを開始する。歯ブラシを手に持ち、歯磨き粉を付け、一斉に歯を磨く。

 

 

「「「ガシガシ……がらがら~、ぺっ」」」

 

 

三人一緒に歯磨きをするその様子はまさに兄妹。

顔も歯も綺麗にしたところで、いよいよ朝食だ。

ダイニングルームに向かえば、メイドのフィナンシェが用意してくれた朝食が所狭しと並べられている。

 

 

「さぁ、本日の朝食はシンプルに目玉焼きとベーコン、パンにスープです」

 

「いいねぇ、フレンチですねぇ」

 

 

ここまで理想的な朝食が出ると白斗も嬉しくなると言うものだ。

シンプル、と言ったが目玉焼きは半熟、ベーコンは燻製、パンも焼きたて、スープも今朝フィナンシェが調理してくれたもの。

見た目と匂いだけでも絶品であることが伝わってくる。

 

 

「白斗さん、お飲み物はどうされますか? 大抵のものはご用意できますが」

 

「それじゃコーヒー、ブラックで」

 

「畏まりました」

 

 

何の躊躇いも無くブラックコーヒーをチョイス。白斗はコーヒー党である。

フィナンシェが注いでくれた湯気と共に立つコーヒーの香りが、白斗の脳裏を刺激する。間違いない、このコーヒーは美味いだと確信した。

ただ、その光景が余りにも新鮮に映ったのかロムとラムは興味津々だ。

 

 

「お兄ちゃん……コーヒー、飲むの……?(じーっ)」

 

「しかもブラック……大人~!」

 

「ふっふっふ……そう、俺は大人さ。 ずずっ……ん、いい味だ」

 

 

コーヒーを口にしながら新聞を広げる。

ここまでくると兄、というよりも父親のようだった。

けれども、今までそんな男の人が傍に居なかったロムとラムの目が輝いている。

 

 

「じゃぁ私も大人になるー! お兄ちゃん、飲ませてー!」

 

「私も……♪(どきどき)」

 

「良かろう。 後悔しても知らぬぞ、ふっふっふ」

 

 

そう言って白斗は少し冷ましたコーヒーを差し出す。

二人は意気揚々とそれをぺろ、と一舐めしたのだが。

 

 

「うっげ! 苦ぁ~~~い!」

 

「ぺっぺっ……うう、ダメ……」

 

「はっはっは、これが大人のほろ苦さって奴よ。 二人にはまだまだ早かったな」

 

(……白斗さん、お兄さんどころかいい父親になれそうですね)

 

 

そんなことを思いながら、フィナンシェは二人にお口直しのオレンジジュースを注いであげた。

心温まる一時を終え、朝食を食べ始めようとしたのだが。

 

 

「……あれ? そういやブランは?」

 

 

肝心な人物が不在であることに気づく。

この教会の主にしてルウィーの女神、ブランがまだ来ていないのだ。

メイドたるフィナンシェが声を掛け忘れるなど考えにくいと彼女に視線を送るのだが当の本人は困ったような顔をしている。

 

 

「ブラン様、朝が弱い方で……さっきもお声お掛けしたんですけど……」

 

「そういや、プラネテューヌで過ごしてた時も辛そうだったな……」

 

「ですが今回は少し遅いですね……。 白斗さん、申し訳ありませんが朝食を食べ終えてからでよろしいのでブラン様に一言お願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「合点承知の助」

 

 

本当はブランと一緒に食べたかったのだが、こんな朝食を冷やしてしまうのも作ってくれたフィナンシェに悪いと思い、素直に指示に従って朝食を食べ始める。

睨んでいた通り味も素晴らしいもので、あっという間に胃袋の中に収まってしまった。

 

 

「ご馳走様でした。 さてブランに一言……と言いたいが反応してくれっかな~?」

 

「白斗さんの声なら大丈夫ですよ。 ブランさん、この国に白斗さんが来てくれると決まったあの夜からテンションMAXでしたから」

 

「何その激レアブラン、超見てみたい」

 

 

そんなことを言ってきたミナ。

女神化すると口調も荒々しくなる彼女だが、平時は怒っている時以外は基本物静かなブランだ。

そんな彼女が狂喜乱舞する様子がいまいち想像できない白斗だった。

さておき、白斗はブランの部屋へと向かう。他に比べてやはり立派な扉となっており、女神の威厳たるものが伝わってくる。

 

 

「ブランー、朝飯だぞー。 悪いが俺もう食べちまったからなー?」

 

 

コンコン、とノックをする白斗。

それなりの声量で呼びかけたのだが、返事がない。

 

 

「んー、いざとなったら直接起こしてくれとは言われているが……許可なく女の子の部屋に入るのはなぁ……いや、ここでやらなきゃ男じゃねぇ!」

 

 

白斗はフィナンシェから渡された鍵を手に摘まみ、チャリンと音を鳴らす。

こんな重要なものまで預けてくれるとは白斗に寄せられている信頼は相当なものであることを意味する。

その信頼に応えるためにも、白斗は意を決して部屋に入ることに。

 

 

「それでは……ってアレ? 開いてる……?」

 

 

鍵を差し込もうとした時、施錠されていないことに気づいた。

悪いとは思いつつもドアノブを回してみると、ギィと木材を軋ませながら扉は開けられる。

広い部屋だが、やはり壁のように並べられた本棚が目に付く。大きなベッド、そして執務用の机にブランは突っ伏していた。

 

 

「ブラン? 徹夜してたのか……?」

 

 

机の傍には、尋常じゃない量の書類が積まれていた。

既に処理されていた書類の量を見比べても、その量はちょうど半分と言ったところか。

 

 

「やれやれ、今日で終わるとは言ってたがここまで無理しなくてもいいじゃねーの」

 

 

とりあえず、彼女を起こさないことには話にならない。

書類の山を崩さないように、突っ伏している彼女に近寄ると。

 

 

「……ぅぅ……はく、と………」

 

「え……?」

 

 

突然、名前を呼ばれた。

ブランほどの美少女が名前を呼んでくれる。それも寝言で。

白斗の機械の心臓が、また一つ跳ねてしまう。一体、どんな夢を見ているのだろうか。

 

 

「……ちっと寝顔を見るくらい、バレないよな……?」

 

 

こんな経験は中々ない。

女の子の、しかも女神様の寝顔を拝見できる機会などこのゲイムギョウ界の人間でさえ、一生巡り合うことすらない者の方が多いはず。

密かに役得と思いながら白斗はブランの顔を覗き込んだ。

 

 

「……はぁ………はぁ……」

 

(ん? 何だ、魘されてるのか……?)

 

 

だが、様子がおかしい。

寝息は安らかではなく、寧ろその反対。魘されているような苦し気な声色だ。

汗も出ており、顔色も悪い。嫌な予感がして頬に手を当ててみると―――。

 

 

「……熱っ!? 風邪……にしちゃ異常だ! ふぃ、フィナンシェさん! 大変ですっ!!」

 

 

頬が熱かったのだ。平熱であなく、微熱でもない。高熱だ。

だがただの風邪にしては苦しみ方が尋常ではない。何かの病気にかかった可能性がある。

すぐさま白斗はフィナンシェに連絡、救援を要請した。

一分も経たないうちにフィナンシェを始めとするメイドたちや職員たちが集まり、ブランの執務室は大騒ぎになったのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……はぁ………!」

 

「ブラン……」

 

 

現在、ブランの執務室に残っている人物は六名。

一人はかかりつけの医者。今も尚ブランの容体を見てくれている。フィナンシェ、ミナ、ロムとラムと言ったブランの家族に当たる人達。

そして、黒原白斗。誰もが、ブランが心配で仕方ないのだ。

 

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃぁん!」

 

「……お姉ちゃん、しっかりして……!」

 

「だ、ダメですよ! 揺らしたら余計に悪くなりますから!」

 

 

特に、まだ幼い妹であるロムとラムの動揺っぷりは顕著だ。

大慌てでブランに駆け寄ろうとするが、無理をさせるわけにはいかないとミナが必死に止める。

その間も医者は冷静に診てくれているが、険しい表情が解けることは無く、その雰囲気だけで事態の重さを伝えてきた。

 

 

「先生、ブラン様の容態は……?」

 

「……正直、大変な状況になりました。 どうもルウィー特有の奇病、『スルイウ病』に掛かってしまったようで……」

 

「スルイウ病……?」

 

 

聞いたこともない病気だった。

元より、異世界人である白斗にはさすがに専門用語など分かるはずもないが、奇病というだけあってミナやフィナンシェもピンと来ていない様子だ。

 

 

「はい、女性にのみ発生すると言われる危険な病気です……。 疲労などで免疫力が低くならないと発症しないはずなのですが……」

 

「……どうも徹夜してたっぽいですからね」

 

 

白斗は大量の書類に目を向ける。

あの時、彼女の言葉の意味を正しく理解していれば、嫌われてもいいから手伝いを申し出ていればこんなことにはならなかったのではないか。

そんな思いが、脳裏を駆け巡る。

 

 

「症状は風邪を強力にしたようなものですが……特効薬が無いと三日三晩、高熱で魘され……最悪の場合は……」

 

 

そこから先、敢えて言葉を濁した。

だが、暗くなった表情から見て嫌でも悟ってしまう。最悪の場合―――死に至ると。

だから、大変な状況だったり危険な病気とも称したのだ。

 

 

「特効薬と言うからにはあるんですよね?」

 

「申し訳ありません、それの材料自体も貴重なものでして……おまけについ先日ストックを切らしてしまったばかりなのです……」

 

「その材料は?」

 

 

とにかく、今は冷静になって情報を集めることが先決である。

白斗は医者に淡々と訊ねて情報を引き出す。その中でもやはり重要なのはどんな材料が必要になるのか。

医者は手持ちの図鑑から、付箋の張ってあるページを開く。

 

 

「この『ルエガミヨ』という花を煎じて飲めばたちどころに良くなります……ですが、その花はこのルウィーが誇る雪山の奥深くにしか生えていないのです」

 

 

なるほど、だから貴重なのかと白斗も頷いた。

ただでさえ山奥の素材採取はクエストでも難易度が高い方である。遭難の危険性やモンスターに襲われる可能性が高いのだから。

しかも雪山となれば、その危険度は更に跳ね上がる。

絶望的な状況に、ミナもフィナンシェも、ロムとラムも絶望感に包まれた。

 

 

 

 

 

「―――つまり、その山に行ってこいと。 お安い御用です」

 

 

 

 

 

―――ただ一人、この男。黒原白斗を除いて。

 

 

「は、白斗さん!? まさか行くつもりですか!?」

 

「まさかもまさか。 ここで行かなきゃブランが危ない」

 

 

既にコートや手袋を装着し、行く準備を整えようとしている。

だが、ミナとフィナンシェは悲鳴に近い声を上げて止めようとしていた。

 

 

「ですが、ルウィーの雪山は危険です! 登山やクエストに向かった腕利き達も、帰って来なったということが何度もあるくらいなんですよ!?」

 

 

例えここがゲイムギョウ界でなくとも、雪山の恐ろしさは教えて貰うまでもない。

険しい道のり、雪の冷たさが体温を奪い、吹雪けば視界が奪われて立往生、結果ビバークも失敗し、雪山に閉じ込められて戻ってこれなくなる。

しかもこの世界ではモンスターまで生息している。その危険度はマックスと言ってもいいだろう。

 

 

「だからと言ってブランを……大切な女の子を見捨てる理由にはならねぇ」

 

 

だが、白斗は一切怯まなかった。

ただの自信だけではない。彼にとって、大切な女の子が苦しんでいるままの方が、何より許せなかったのだ。

大切な者のためならば、命をも懸けられる。それがこの黒原白斗だ。

だからブランは、彼が気になって仕方がない。彼をこの国まで招いたのだ。それを見せつけられたミナ達は言葉を失ってしまう。

 

 

「なぁに、これでも雪山での訓練は受けています。 すぐに見つけて戻ってきますよ」

 

「……お兄ちゃん……」

 

「お願い……お姉ちゃんを……」

 

「ああ。 心配しなくてもサクッと見つけてサクッて戻ってくるさ」

 

 

今にも泣きそうな表情のロムとラムの頭を撫で、白斗は笑顔を見せる。

実際彼自身、そこまで悲壮感を感じてはいなかった。

確かに不安はないと言えば嘘にはなるが、今の白斗には「見つける」以外の選択肢など無かった。ならば一々絶望だの何だのに囚われてはいられない。

 

 

「……分かり、ました。 白斗さん……私から、依頼します……」

 

「ミナ様!? でも、それは……」

 

「……悔しいですが、今頼めるのは白斗さんだけなのです……。 本当に、自分が情けない……でも、ブランさんを助けられるのなら……」

 

 

ミナの手は震えていた。

それだけ、白斗に背負わせてしまうことに責任と悲しみを感じている。そんな彼女の冷え切った手を、白斗の温かい手が包んだ。

 

 

「大丈夫ですよ。 適材適所、こういう時こそ俺が役に立たないと」

 

「……白斗、さん……」

 

「それにミナさんはこれからが大変です。 職員たちへの指示、残ったブランの仕事、ロムちゃんとラムちゃんのお世話。 貴女にしかできないんですから」

 

 

彼女の肩に手を置きながら、白斗はそう告げる。

白斗だけが苦しいのではない、ミナにもやらなければならない仕事がある。だから責任を感じる必要も、暇もない。

そんな彼の気遣いに触れて、ミナも気を引き締めた。

 

 

「……はい! 私も……頑張ります! ですから、どうか……」

 

「任せてください。 ブランのためなら、例え火の中水の中草の中森の中、ですから」

 

「……ありがとう、ございます……!」

 

 

涙ながらに、ミナは頭を下げた。

これは後悔の涙などではなく、感謝の涙だ。女性にここまでさせては、有言実行しなければ男でも何でもない。

白斗は頬をバチンと叩き、己に活を入れた。

 

 

「……っしゃぁ! 絶対に見つけてやる!」

 

「で、では私は雪山用の装備を整えてまいります! 急いで整えますので!」

 

「ならば雪山でも良く効くホットなドリンクを調合しましょう。 少々お待ちを……」

 

 

フィナンシェと医者も、自分にできることをしようと協力してくれる。

愛する女神のため、そしてそんな女神を想う白斗のため。

慌ただしかったこの部屋の人間も、白斗と言う人間が繋ぎに入ることで一つに纏まろうとしている。

 

 

「お兄ちゃん、わたし達は……?」

 

「何か、何かお姉ちゃんのためにできることはないの……!?」

 

「あるとも。 一番大事なことが」

 

 

泣きそうな表情のまま、ロムとラムが問いかけてくる。大好きな姉のために何かしたいのだろう。

そんな二人の気持ちに応えるため、白斗は膝を曲げて二人と同じ目線になる。

小さな頭を撫でながら優しい声色で語り掛けた。

 

 

「それはな、ブランの傍に居てあげることだ」

 

「それ……だけ?」

 

「大事なことだぞ。 病は気からと言ってな、気分が良くなると治りも早くなるんだ」

 

「私達が傍にいれば……お姉ちゃん、良くなるの?」

 

「なるさ。 だって、ブランは二人の事が大好きなんだからな」

 

 

もう一回頭を撫でてあげると、狼狽えていたロムとラムも気持ちよさそうに目を細める。

次に目を開いた時には、弱々しい双子ではなく、責任感溢れる女神の妹になっていた。

 

 

「……うん! 私達、お姉ちゃんの傍にいる!」

 

「私達がいつまでも弱くちゃ……ダメなんだよね……!」

 

「その意気だ。 でも、ちゃんとお医者さんの言うことは聞くんだぞ?」

 

「「はーい!」」

 

 

元気よく返事をしてくれる。いつも通りの双子だ。

その後は医者の言うことをしっかりと聞き、タオルを交換したり、汗を拭いたりしている。

二人の賢明な姿が伝わったのか、ブランの苦し気な表情も若干和らいだ。

 

 

「……ブラン、ごめんな。 すぐに戻ってくるから」

 

 

今度はブランの頭を撫でる。

綺麗な栗色の髪は、汗で少し濡れていた。けれども白斗の体温が伝わったのか、少しだけ嬉しそうな顔を見せてくれる。

「行ってらっしゃい」―――白斗には、そう告げているかのように見えた。

 

 

「……行ってきます、ブラン」

 

 

その一言だけを残し、白斗は部屋を出た。

部屋を出れば、フィナンシェが雪山用の装備を一式整えてくれていた。厚手のコート、手袋、帽子、地図、食料など必要なものが最大限詰め込まれたリュックサック。そして、ブランを愛する者達の想い。

それらを全てその背中に背負い、白斗は雪山へと向かっていった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから約一時間後、ディース雪原―――。

 

 

「―――とは言ったもの……寒ィイイイイイイイイ!!!」

 

 

ルウィーの数ある雪山の中でも、厳しい部類に入る雪原。

気温は当然のように氷点下10度を下回り、鼻水すらすぐに凍ってしまう。何でもいいから動き続けていないと、白斗自身も凍ってしまいそうだ。

動けこそすれど、寒さだけは訓練云々でどうにもならないのが現実だ。

 

 

「ゴクゴクッ……! くっはぁ、お医者さんが作ってくれたこのドリンクがなきゃカチンコチンだっただろうな……感謝感謝……」

 

 

誰もいない中で独り言を呟いてしまっているが、これも生き残るため。

常に思考を切らさず、体を動かし続け、目で周りを見続け、足で前へと進み続ける。

 

 

「それにしてもルエガミヨか……。 変わった色合いの花だな。 この雪原内であれば生えているとのことだが……」

 

 

どうやら地域は限定されていないらしい。が、これは二つの意味があった。

一つは運が良ければすぐにでも発見できる可能性、二つ目は特定の場所に咲いていないため虱潰しに探す必要があるという点。

ブランのためにも、体力的な意味でも、前者の方が望ましい。

 

 

「ルエガミヨ……こんな感じの花だよなー」

 

 

そう言って白斗は近くに咲いていた花を摘んだ。

この雪山には珍しい、少しカラフルな色合いの花―――。

 

 

「……って見つけたああああ!? 思った以上にアッサリ見つけたあああああ!?」

 

 

とんでもないミラクルに白斗は大仰天。

普段のクールさもどこへやら。驚きと嬉しさが交じり合って、とんでもないテンションになってしまっている。

 

 

「は、ハッハハハ! やったぜブラン! お前の日頃の行いがいいから早く見つかったよ! さて、ゲット出来りゃこんなトコ長居する必要もねぇ!」

 

 

お目当ての品がこんなに早くも見つかるのはさすがに予想外だ。

これもブランの人徳のお蔭だと納得する。

後は潰さないよう、大切にバッグの中へと詰め、急いでルウィーの教会へととんぼ返り―――。

 

 

 

 

 

 

「きゃあああああああああああああああっ!!」

 

「え!? な、何だ……女の子の……悲鳴!?」

 

 

 

 

 

 

突然、雪風吹き荒れるこの雪原に似つかわしくない少女の叫び声が聞こえた。

慌ててその声のした方向に駆けつけてみる。

するとそこには―――。

 

 

「う、うぅ……私の、忍の技が……通じない、なんて……」

 

「グゥォォォォオオオオオオオオオ!!!」

 

 

一人の少女が、雪男のようなモンスターに襲われていた。

少女はオレンジ色のボブヘアーに、忍者の様な出で立ちで、小刀やクナイを装備していた。だがどうやらあのモンスターの前には歯が立たなかったらしい。

モンスターは少女を潰すべく拳を振り上げる。忍の少女はこれから襲い掛かる“死”に、思わず目をギュッと瞑ると―――。

 

 

「グッ!? グギャアアアアアアアアアアアアア!!?」

 

「……え……?」

 

 

銃声が、響き渡った。

顔を見上げると、雪男の左目が潰されている。どうやら誰かの銃弾が当たったらしい。

背後を振り返るとそこには。

 

 

「おい! 大丈夫か!?」

 

(……男の、子……?)

 

 

少女の目には、黒いコートを着た少年が銃を手に立っていたのだ。

それも距離は100メートル以上も離れている。しかもこの風雪が舞う雪原の中、寸分の狂いもなくモンスターの目を射抜いたのだ。

弱り切ったくノ一少女でも、それが認識できる。あの少年は―――自分を助けてくれたのだと。

 

 

「アイエフから貰った銃が役に立つとはな……なんて言ってる場合じゃねぇな! それっ!」

 

「きゃっ!?」

 

 

出来るだけこちらへ接近してきた少年はコートの袖口からワイヤーを一本伸ばした。

伸ばされたワイヤーは少女の腕へと巻き付き、そして引き寄せられる。

一方の雪男は、目を潰された激痛にもがいている上に視界が潰されたこともあって狙いが定まらない。

その隙に少年は、少女を自らの下へと引き寄せた。

 

 

「しっかりしろ! もう大丈夫だ!」

 

「……きみ、は……?」

 

「自己紹介は後! これ借りるぞ!」

 

「え……? わたしの……煙幕……?」

 

 

その腕で、少年は抱き留めてくれた。

温かく力強い言葉も、冷え切った少女の体へと染み渡る。そして腕から伝わる、熱い位の体温も。

すると少年はいつの間にかくすねていたらしい、煙幕を投げつけた。

 

 

「グゥゥ……!? オォォォオオオ!!」

 

 

未だに激痛が収まらず、そこに煙幕まで加わったことでモンスターはパニックに陥った。

その剛腕でやたらめったらに振り回し、煙幕を振り払おうとする。

やがて煙が晴れるとそこには少年も少女も、跡形もなく消えていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う……ん……?」

 

「お、目が覚めたか」

 

 

ようやく目を覚ました少女。

目を開けてみると、そこは洞穴の中だった。その中で少女はリュックサックを枕、少年のコートを毛布代わりにして寝かされていた。

焚火もされており、ほのかな灯りと温かさが少女を包んでいた。

 

 

「……ここ、は……?」

 

「偶然洞穴を見つけたらその中に逃げてきたんだ。 怪我はなかったようだが、大分衰弱しているようだったからな」

 

「……そうだったんだ……」

 

「おっと、無理はするなよ。 とりあえず簡単なもの作ったから食べてくれ」

 

 

助けられたのだと悟った時、少女の顔が真っ赤に染まった。

無理をさせまいと、少年は優しく微笑んでくれた。焚火や手当だけではなく、食事まで。

外は極寒の筈なのに、少女は自らの体が熱くなるのを感じた。

 

 

「……ありがとう。 私、マーベラスAQL。 君は……?」

 

「俺は黒原白斗だ」

 

「白斗君……いい名前だね。 あ、私の事は気軽にマベちゃんって呼んでね」

 

「おう、よろしくなマーベラス」

 

「うう……白斗君、意地悪だ……」

 

 

互いに自己紹介し合う。

少女―――マーベラスは明るい声と顔になっている。白斗の手当てを受けて、元の性格に戻っていったようだ。

 

 

(……にしても、デカイ……)

 

 

そして、何を隠そうその少女は胸が大きい。その大きさたるや、あのベールにも比肩―――いやそれ以上かもしれない。

白斗も年頃の少年、マーベラスの胸に目がいきがちだった。

と、彼女の服装をや装備を見てあることに白斗が気付く。

 

 

「それにしても……変わった服と装備だな。 もしかして忍者?」

 

「そうだよ。 白斗君こそ、ナイフに銃なんて珍し……ってこれ白斗君のコートじゃ……!?」

 

「ああ、体を冷やしちゃまずいからな」

 

「そ、そんな! 白斗君こそ……」

 

「さっきまで弱ってた奴が何言ってんの。 ほら、大人しくしなさい」

 

 

ようやく白斗のコートが毛布代わりにされていたことに気づいたらしい、マーベラスが大慌てしだす。

当然気恥ずかしさもあれば、白斗に申し訳ないという気持ちもあったのだがそれを知ってか知らずか白斗はマーベラスを優しく寝かせた。

 

 

「あ、それとも変な臭いがするのか? だったらごめ……」

 

「ち、違うから! そう言うんじゃないから!」

 

 

慌てて否定すると、より深くコートに包まる。

いまいち解せない白斗だったが、とにかく大人しくしてくれるなら何でもいいかと流してしまった。

 

 

(……逆だから困るんだよぉ……)

 

 

こんな顔、見せられない。

乙女心全開のマーベラスは全力で赤くなった顔を隠すのだった。

こうしてみると、忍者であること以外は特に変わりのない女の子なのだがだからこそ余計に疑問が拭えなくなる。

 

 

「ところで幾ら忍者と言えど、こんな雪山の中を女の子が一人でうろつくなんて何があった? クエストか何かか?」

 

「ああ、それは探し物を……ってこうしてる場合じゃないっ!!!」

 

 

目的を訊ねた瞬間、思い出したかのようにマーベラスが跳ね起きた。

余程火急の要件があるらしい、急いで外へ出ようとするがそれを見過ごせる白斗ではない。

 

 

「ちょ!? 落ち着け!! まだ病み上がりだろうが!!」

 

「で、でも……早くしないとMAGES.が……!」

 

「めーじす……? 仲間か?」

 

「そうだよ!! だから離して!! もう三日目……早くしないと……!!」

 

 

先程まで死にそうな目に遭った彼女を送り出せるはずがない。

かと言ってこのままにもしてはおけなさそうだ。

とにかく、この血が上り切った頭を冷やさせるべく無理矢理座らせて、彼女の目線と同調させる。

 

 

「とりあえず何があったのか教えてくれ。 このまま行ってもさっきの二の舞だ」

 

「……うん……」

 

 

怒鳴りつけず、しかし決して離さず。

白斗は優しくも強く言い聞かせた。まずは言葉に出させることが大事だ。

何でもいいから話していれば、徐々に落ち着いてくるのが人間。マーベラスも、彼の言葉を何とか受け入れて細々ながらも話し始めてくれた。

 

 

「……私、仲間とあちこち旅をしてて……色んな世界を行ったり……ネプちゃん達と一緒に世界救ったり……」

 

「ネプちゃん……ネプテューヌか?」

 

「あれ? 白斗君、ネプちゃん知ってるんだ。 と言っても、ここの世界とは違うネプちゃんだけどね」

 

「平行世界って奴か? 凄いなマーベラス……っと悪い、続けてくれ」

 

 

聞き覚えのある名前が出てきたことでつい口を挟んでしまう白斗。この世界のネプテューヌとは別人らしいが、口ぶりを見るからにどの世界でも彼女は変わらないのだろう。

とは言え、今聞くべきは彼女の過去ではなく何故この雪山に来たのかだ。

 

 

「……その仲間……MAGES.が、スルイウ病に掛かっちゃったらしくて……」

 

「スルイウ病だと……!?」

 

 

まさかここでも名前を聞くことになろうとは。

何せ白斗がこの雪原に入った理由もそれなのだから。ブランを蝕んでいるものと同じ病魔、それがマーベラスの仲間にも巣食っている。

ここまで来たら、嫌でも彼女の目的は察した。

 

 

「……その治療のためには、ルエガミヨっていう花が必要らしくて……この雪山にしかないって……でも、見つからなくて……もう、今日しか無くて……!」

 

 

どうやらつい最近になってようやくそれを突き止めたらしい。

ともなれば、確かに彼女の焦りも理解できる。

大切な仲間の命が尽きようとしているのだから、冷静でいられるはずが無い。

 

 

「……私……モンスターに勝てなくて………白斗君に助けてもらって……どうしたら………どうしたらいいの……!? 私、また……仲間を、助けられない……っ!!」

 

 

しかしやってきたは良いもの、目当てのものが見つからないばかりか死にかけてしまい、今に至るということらしい。

弱々しくなる言葉が、彼女の心の痛みを表現する。白斗も、聞いていて胸が痛くなった。

 

 

(……あるんだよなぁ、それが……)

 

 

懐に手を伸ばす。そこには、先程手に入れたルエガミヨの花。

これだけは無くしてはならないと、後生大事に持っていたものだ。この花があれば、ブランを救える。そして―――彼女の仲間も救える。

だが、医者から見せてもらった資料によると一人一輪でなければ効力を発揮できない。

つまりこの一輪で救えるのは、ブランか彼女の仲間か、どちらかだけ。

 

 

「うっ……うぅぅう……!!」

 

 

己の無力さに打ちのめされ、マーベラスの涙が止まらない。

そんな彼女の姿が―――嘗ての自分の姿と重なった。

 

 

(……俺も、殺しの技術ばかり叩きこまれて……結局は嫌になって。 よくわかんない内にこの世界に飛ばされて……。 でも、俺にはネプテューヌ達がいてくれたから……ここまで生きてこられた……幸せにしてもらった)

 

 

傷つけるだけの力しか与えられず、その力は自らをも傷つける結果になってしまった。

そこから逃げ出して、白斗はいつの間にかこの世界に来ていた。

そんな彼を救ってくれたのはネプテューヌら女神達だ。けれど、今の彼女には味方がいない。しかも、タイムリミットもない。

 

 

(……俺は手を差し伸べて貰ったって言うのに、今泣いているこの子に差し伸べなくていいのか?)

 

 

白斗はまた懐に手を伸ばした。

触れる直前、一瞬だけ躊躇う。手に入ったのは恐らく奇跡、今を逃せば次は来ないかもしれない。

でも、それでも。

 

 

(……ごめんな、ブラン……。 嫌われても仕方ねぇ……でも、俺はブラン達に手を差し伸べて貰ったから生きてこれたんだ。 だったら俺も……手を差し伸べたい)

 

 

今でも後悔はしている。行動に起こす前から後悔している。

こんな選択しかできない自分が心底嫌になり、ブランに何度も謝っている。許されることではない、恨まれても文句は言えない。

けれども、白斗は覚悟を決めた。

 

 

「―――マーベラス、泣くなって。 ちょっと見せたいものがあるから顔を上げてくれよ」

 

「え……?」

 

 

彼女の肩に優しく手を置いた。温かな言葉と手が、彼女の涙を止める。

何と可愛らしい顔か。そんな顔を、涙で染めさせるわけにはいかない。

 

 

「ワン、トゥー……スリー!」

 

 

ポン、と言う軽い音と共に白斗の手から一輪の花が咲いた。

そこにあったのは、マーベラスが求めていた花―――。

 

 

「え? それって……ルエガミヨ!?」

 

「そう。 お前、日頃の行いがいいな。 こうやってチャンスが巡ってきたんだから」

 

 

彼女に差し出すべく、花を近づけた。

夢中で手を伸ばそうとしていたマーベラスだが、直前になって止まってしまう。

 

 

「……で、でもそれって白斗君のものでしょ……? もしかして、白斗君も……!」

 

「あー、違う違う。 俺はモンスター討伐のクエストで来ただけ。 希少なものだから金になるかなーって思っただけで」

 

 

嘘だ。本当は後悔に満ちている。

これが原因で、ブランを救えなかったら―――そんな思いが、彼の胸中を引き裂いている。

それでも、白斗は精一杯笑顔を浮かべた。彼女に悟られないように、出来るだけ優しく。

 

 

「……いい、の? 本当に……」

 

「いいとも。 それよりも仲間の命が危ないんだろ? さっさと行ってやんな」

 

 

マーベラスは、未だに受け取るかどうか迷っている。

忍者を自称する彼女の事だ、ひょっとしたら感づかれているかもしれない。

でも、今の白斗には彼女を助ける以外の選択肢など無かった。だから、後悔はあっても迷わない。

笑顔で頷き、彼女の手にルエガミヨの花を取らせた。

 

 

「……白斗君……!! ありがとうっ!!!」

 

「うおわっ!? だ、抱き着くなって!!!」

 

 

感極まったマーベラスが、泣きながら抱き着いてくる。

女の子特有の甘い香りと、爆乳とも称せるバストの柔らかさが白斗を包み込んだ。

突然の抱擁に白斗は赤面するが、何とか理性を取り戻して離れた。

 

 

「お、俺の事は良いから早く行けっての!!」

 

「うんっ!! でも、白斗君は……」

 

「俺ぁまだモンスター討伐出来てないからここまでだ。 ちゃんと帰れるかな?」

 

「む……忍者舐めないでよね! そのくらい忍法で出来るんだから」

 

「忍法すげぇ」

 

 

軽い会話とテンポの良さで、誤魔化しに掛かる。

彼女に手渡してしまった以上、焦りだすのは白斗だ。今度はブランが危ない。

一刻も早く、新たなルエガミヨを探さなくては。それを悟られないためにも、必死で心を押し殺す。

 

 

「……白斗君! また……会おうね!! 絶対にお礼するから!!」

 

「いいから行けってば!! ……またな、マーベラス」

 

 

涙と共に明るい笑顔を見せてくれたマーベラス。

そのまま何度も白斗にお礼を言いながら下山していった。

そんな彼女の姿見えなくなった途端、白斗は焚火を消し、荷物を纏める。

 

 

「……くっそォ! 俺の馬鹿野郎ォ!! こうなりゃ死んでも見つけてやる!!」

 

 

自分への義憤の余り、自らの顔を殴りつけた。

鈍い痛みが広がったが、血が上った頭を冷やすには丁度良かった。

冷静さと勢いを保ったまま、再び雪原を駆け巡る。まだ時刻は昼前、日没になれば捜索は困難を極める。

日没前にはなんとしてでも発見しなくては。

 

 

「……チッ、さすがにすぐには見つからないよな……!」

 

 

風も強くなってきた。最悪の場合、吹雪になるかもしれない。

吹雪けば視界も遮られ、体温も体力も一気に奪われる。タイムリミットは、日没だけとは限らない。

何とか突破口を見つけようと辺りを見回すと。

 

 

「……! あの崖、見晴らし良さそうだな」

 

 

切り立った断崖を見つけた。

ここは雪山ではあるが雪原でもある。つまりは視界を遮る木々も少ない。

あそこから見下ろせば、闇雲に探すよりも発見できる確率が上がるかもしれない。もう時間もない以上、試せる手は何でも試したかった。

 

 

(頼む! 神様……じゃなくてこの世界だと女神様だな。 ……同じ女神なら、俺はどうなってもいいから……ブランを!! ブランを助けさせてくれ!!!)

 

 

柄にもなく神頼みをしだす。

例え無様と言われようとも、白斗には構わなかった。それで彼女が救えるのなら、どんな誹りも、泥でも被る覚悟がある。

勿論崖に向かう途中でも、周りの探索は怠らないが、やはりルエガミヨは見つからなかった。

 

 

「はぁっ……はぁっ……! と、到着……」

 

 

ここに来るまでも全力だ。

全神経と全筋肉を使い、ここまで最短最速、尚且つ一切の見逃しが無いように走ってきた。

息が上がるが、ここで休んでいる暇はない。早く見下ろそうと崖に近づくが。

 

 

 

 

 

「……あれれ~? 可笑しいぞ~? ルエガミヨが咲いているような……」

 

 

 

 

 

―――奇跡は二度起きない。そう思っていた。

だが、白斗の目の前には雪風に揺れる一輪の花。

何度手持ちの資料と見比べても、全く変わらない。類似する植物も存在しない。

彼の目の前にあの花が―――ルエガミヨが咲いていたのだ。

 

 

「……やった! ありがとう、女神様!! これでブランを助けられるっ!!!」

 

 

思わず涙してしまう白斗。

急いで駆け寄ろうとした、その時。

 

 

 

「グゥルルル……グルァアアアオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 

この雪原をも揺るがすような咆哮が轟く。

足を止め、振り返ってみるとそこには雪男のようなモンスターがいた。

白い体毛、丸太の様な剛腕、獰猛な牙、そして潰された片目―――。

 

 

「なっ!? あいつ、マーベラスを襲ったモンスター……まだいたのか!?」

 

「グゥォオオオオオオ……ォォォァァアアアアアア!!!」

 

 

息が荒く、唯一残った目は完全に白斗を見据えている。

血走ったその眼から感じられるのは怒り、いやそれを通り越した憎悪。間違いない、このモンスターは、片眼を潰した白斗に復讐すべくここまで追いかけてきたのだ。

 

 

(クッソ、こんな時に……! あの時は銃とかで不意打ち出来たから良かったが、俺単体でこいつに勝てるなんて思えねぇ……何より時間が無いんだよ!!)

 

 

まだ一日目、だとしてもこれ以上ブランを苦しませたくない。

焦る白斗だが、ここで冷静さを失えばただでさえ少ない勝機が潰えてしまう。決してモンスターから目を離さず、少しずつ後ろへとにじり寄る。

最悪の場合、ルエガミヨだけでも回収してこの場から撤退するということを考慮してのことだったが。

 

 

「グ……ォァガアアアアアアア!!」

 

 

そんな白斗の行動が気に入らなかったらしい、モンスターは近くの枯れ木を一本へし折り、腕に担いだ。

それだけでも凄い剛腕なのだが、それを振りかぶり―――。

 

 

「ってまさか投げる気か!!? おい馬鹿やめろぉ!!」

 

 

間違いない、その大木をこちらへ投擲しようとしている。

あのパワーで投げつけられる大木、受ければ骨が折れるどころの話ではない。しかも後ろには目的の花、ルエガミヨ。

何より崖が崩落し、花が磨り潰される可能性すらある。とは言え、もう銃も間に合わない。

 

 

「クッ………ソがあああああああああああああああああああっ!!!」

 

「オオオオオォォォォォォォォォォ!!!!!」

 

 

ならば、道は一つしかない。

振り返り、ルエガミヨの花に手を伸ばす。それと同時にモンスターが木を投げつけた。

雪風をも切り裂きながら飛んでくる大木。花に向かって飛びつく白斗。

 

 

(間に合え! 間に合えッ!! 間に合いやがれええええええええええッ!!!)

 

 

今、彼は自分の無事など全く考えていない。

ただ、ルエガミヨの花を手にできるかどうか―――いや、ブランを助けることだけが彼の全てだった。

引きちぎれそうなほどにまで、力の限り伸ばされた腕は―――

 

 

 

 

 

 

 

―――花を、もぎ取った。

 

 

 

 

「やっ、た……がぁぁああっ!!?」

 

 

 

喜びで溢れたのも束の間、白斗は背中に凄まじい衝撃を受ける。

モンスターが投げつけた大木が、白斗の真後ろに落ちたのだ。

直撃ではないとは言え、そのダメージはすさまじく、白斗は雪の上を転がり、あわや崖から転落しそうになってしまう。

 

 

「ぐっ……まだまだぁ!!!」

 

 

直前、ワイヤーを伸ばし崖の岩に巻き付けた。

何とか真っ逆さまにはならずには済んだ―――のだが、最悪の事態は止まらない。

投擲の威力に耐えきれなかったのか、崖に亀裂が生じ始めたのだ。

 

 

「ちょ!? 待……うわあああああああああああああああああああ!!?」

 

 

ミシミシという不吉な音が、白斗から血の気を引かせる。

しかし生死の言葉も空しく、崖はついに音を立てて崩落した。

落ちながら白斗はもぎ取ったルエガミヨの花を抱える。せめてこれだけは、守り抜くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

(………ブランっ………!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が途切れる直前、白斗の脳裏には、ブランの笑顔が浮かんでいた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ルウィー教会、ブランの部屋。

 

 

「……――ッ!? は、白斗……!!?」

 

 

突然、ブランが飛び起きた。

顔色は悪く、汗も滝のように流し、息も荒い。気分は最悪だ。

スルイウ病に掛かっていたからではない、彼女にとって最悪な“夢”を見たからだ。

 

 

「はぁっ……はぁっ……! は、白斗……白斗は!?」

 

 

辺りを見回す。だが誰もいない。

窓の外は既に暗く、吹雪いているのかカタカタと窓が揺れている。

風の音だけが空しく響くブランの部屋。そこに、彼女が一番傍に居て欲しい人物がいなかった。

 

 

「……こうしちゃ……いられない!」

 

 

先程見たのは単なる夢でしかない。

だが、彼に会わない限りはその悪夢が悪夢でしかないという保証はどこにもなかった。

白斗に会いたい一心で、ブランは彼をベッドを降りようと―――。

 

 

 

 

「おいおい、病み上がりが無茶すんなっての」

 

「え……? 白斗……!?」

 

 

 

 

開けられた扉、

そこから姿を現したのは、いつもの黒コートを身に纏った少年―――白斗だった。

手には摩り下ろしたリンゴや水差しを乗せたトレーを手にしている。

 

 

「だ、大丈夫……なの……?」

 

「何の話だ? それよりお前が大丈夫なのってハナシ」

 

 

トレーをサイドテーブルに置き、白斗が近寄る。

そして何の躊躇いもなく、手を彼女の小さな額に当てた。

 

 

「ひゃっ!?」

 

「お、大分熱が下がっ……って段々熱くなってる!?」

 

「テメェの所為だバカ!!! うっ………」

 

 

何故かキレられた。だが、病み上がりが怒って平気なワケが無い。

すぐに気分が悪くなり、倒れそうになる。

そんな彼女の小さな体を、白斗の腕が抱き留めた。

 

 

「おっと、無茶すんなって言ったろうが」

 

「誰の、所為だと……」

 

「落ち着けっての。 それよりリンゴ、要るか?」

 

「……食べる……」

 

 

渋々ながらも押し黙り、リンゴを要求。

すると彼は摩り下ろされた一切れを串に刺すと。

 

 

「はい、あーん」

 

「って、ちょっと……!? は、恥ずかしい……」

 

「病人が我儘言うんじゃありません。 ほら、あーん」

 

「……あーん……」

 

 

そのリンゴを、食べさせようとしてきた。

羞恥心から一度は拒否してしまうが看病してもらえること、何より憧れていた「あーん」というシチュエーションの到来にブランは結局受け入れてしまう。

正直な所―――幸せ過ぎて味が分からなかった。

 

 

「うん、その様子だと大丈夫みたいだな。 それにしても焦ったぞ、スルイウ病にかかったなんて言うから……」

 

「スルイウ病って……あの奇病……?」

 

「そうだ。 疲労などが原因で免疫力が低下すると掛かりやすくなる……今回の原因は言うまでもなく徹夜だな、全く……」

 

 

呆れたように溜め息を吐かれしまい、ブランはばつが悪そうに視線を逸らす。

今は片づけられているが、今朝までは徹夜で仕事を進めていたのだ。

今日一日でしばらくの仕事を終わらせ、白斗との時間を少しでも作ろうとしたのだが完全に裏目に出た形になってしまった。

 

 

「……だって、白斗と……一緒に居たかったから……」

 

「……ありがとなブラン。 でも、それでお前が倒れたら意味ないだろ? ロムちゃんとラムちゃんも、ミナさんも、フィナンシェさんも、職員の人達も心配してたぞ」

 

 

少し怒ってはいるが、責めたいわけではない。

弱々しく俯かれた彼女の頭を撫でながら、白斗が諭すように語る。

さすがに今回はブランも素直に受け入れ、小さいながらも頷いてくれた。

 

 

「……白斗も、ごめんなさい……」

 

「いや、謝るのはこっちの方だ。 ……遅くなってごめんな、ブラン」

 

 

心配をかけてしまったことを謝るブランだが、白斗も謝ってきた。

今の時間は夜。ブランが目覚めたのはつい先程の事。

どうやら、今より少し前に彼はこの教会に戻ってきたらしい。つまりは夕方頃の帰還になる。

その間、彼女を苦しめてしまった。白斗にとっては、死んでも詫びきれないほどの罪悪感に駆られている。けれども、ブランは頭を横に振りながら。

 

 

「いいのよ。 ……人助け、したんでしょう?」

 

「え?」

 

「まぁ、その相手が爆乳娘だってのは軍法会議ものだけどなァ?」

 

「ゑ?」

 

 

何故か、ぴしゃりと言い当てられていた。

しかも相手の事まで詳細に把握している。当然、白斗は驚きの表情に満ちていた。

彼女は今の今まで眠っていたのだ。外の情報を知る機会など無かったはず。

呆気に取られていると、ブランが顔色を少し暗くしながら話しかけてくる。

 

 

「……夢を、見たの……。 白斗が、私のためにディース雪原に行く夢……」

 

「マジで!? 予知夢まで見れるとは……さすが女神様……」

 

「私だって、こんなの初めてよ……。 でも、もう見過ごせない……」

 

 

どうやら彼女が見た夢は現実に起こった事をそのまま見ていたようだ。

ここまでくると予知夢というより幽体離脱して覗いていたとしか思えないが。

だがブランはそれを誇ることは無く、寧ろ辛そうな表情のまま、白斗の袖を握り締めていた。

 

 

「……白斗、ごめんなさい……。 私の所為で、大怪我をさせちゃって……」

 

「は? な、何のことだか……」

 

「つんつん」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

 

 

尚もしらばっくれる白斗。ブランに余計な心労を掛けさせたくないからだろう。

だが、ここで誤魔化されては一生後悔し続ける。ブランは心を鬼にして、白斗の背中を突いた。

すると激痛が彼の背中に走り、らしくない悲鳴を上げさせる。

 

 

「……やっぱり……崖から、落ちたのね……」

 

「………どこまで見てるんだよ、ったく………」

 

 

隠しきれない、そう悟った白斗は観念したように黒コートを脱いだ。

その下からは、痛々しく撒かれた包帯が晒される。

―――あの後、不幸中の幸いか瓦礫の下敷きにはならず、新雪がクッションになってくれた。だがやはり高所から落下したために全身打撲。

体を引きずって帰ってきた時にはもう夕方、ロムとラムには泣かれてしまい、フィナンシェやミナに大慌てで治療してもらった。

 

 

「……酷い、怪我……。 わ、私の……所為で……」

 

 

分かってはいた、分かってはいたのだが―――実際目の当たりにした白斗の怪我にブランは口元を押さえてしまう。

ガタガタと震えだし、顔色を青くした。

 

 

「い、命に別状はないし! だから気にすんなって!」

 

「……でも、私の所為で……白斗が、こん、な……大怪我を……っ!」

 

 

やはり、責任を感じてしまっている。

命に別状はないとはいえ、怪我は怪我。しかも包帯の量や怪我を負った状況からして大怪我の部類に入る。

彼にそんな思いをさせてしまったことを、ブランは何よりも許せなくて、震えながらも謝ってしまう。悲痛な声と共に、涙まで流しながら。

 

 

「ごめ……ごめん、な……さい……! ごめんなさい、白斗……!」

 

「……ブランの所為なんかじゃない。 それにな」

 

 

未だに泣きじゃくるブラン。その姿は、年相応の女の子そのものだった。

だが、女の子を泣かせたままにはしておけない白斗。

ブランを落ち着かせるべく、右胸に抱き寄せた。

 

 

 

 

「……俺、ブランの笑顔が見たいから頑張れたんだ。 ……だから、笑ってくれよ」

 

「………はく、と………」

 

 

 

 

優しい声色で、温かい体温で、心地よい鼓動で。ブランを包み込んだ。

それらが彼女の哀しみを溶かし、温もりを齎す。

先程の哀しみの涙とは、違う涙が瞳から溢れ出し、ブランは甘えるようにその胸に頭を預けた。

 

 

(……ああ、やっぱり……あなたは温かくて、優しい人……なのね……)

 

 

彼は、自分の事を暗殺者などと罵っていたがブランとって白斗は暗殺者などでは無かった。

どこまでも優しくて、どこまでも温かくて、どこまでも包み込んでくれる人。

いつでもブランを支え、守り、そして思ってくれる―――ブランの心臓が、心地よく跳ねた。痛い位に跳ねる心臓、でも気分は幸せだ。

 

 

 

(……あの日、ロムとラムを助けると言ってくれたのが嬉しかった……。 それだけじゃなくて、私の想いを守ってくれた……。 ウサンの事件の時も、私のためを思って取り計らってくれた……それに、一緒にいると楽しくて、嬉しくて、幸せになれる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………やっぱり、そう。 私は……女神ホワイトハートは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……白斗に、恋……してしまったのね………)

 

 

 

恋、それは彼女が愛し、自身も執筆しているラノベでは何度でも出てきているシチュエーション。

けれども、今まで知り合った存在の中に、彼女にそこまでの気持ちにさせる男性などいなかった。増してや、ここまで想ってくれる人など。

それが今、こうして現れた。こうして傍に居てくれている。―――黒原白斗が。

 

 

(薄々は感じて……だから、それを確かめたくてこの旅行に招いた……。 そして、確信した……もう迷わない、私はこの人が……白斗が、好き……大好き……!)

 

 

その恋を自覚した途端、幸せな気持ちで溢れだす。

先程までの自己嫌悪など、全て掻き消されてしまう程に。この一瞬、白斗が抱きしめてくれるこの一時ですら、ブランにとっては愛おしい。

穏やかな笑顔で、ブランは白斗の全てを受け入れた。

 

 

「……白斗、なら……一つお願いしていいかしら?」

 

「んぁ?」

 

「……一緒に、寝て欲しいの。 もう、白斗が離れるのは……嫌、だから……」

 

 

彼の腕の中で抱かれながら、上目遣い。

ブランの体格だからこそできる必殺攻撃に、嘗ての世界で最高峰の暗殺者と言われた白斗ですら成す術無し。

一瞬にして理性が削がれてしまい、ゴクリと固唾を飲みながらも白斗はゆっくりと頷いた。

 

 

「……分かっ、た……」

 

「ふふ……今度は、いい夢見れそう……」

 

「……だと、いいな……」

 

 

二人して横になる。

ブランのベッドは大きめだったため、体格の大きい白斗が横になっても十分余裕はあった。

抱き合う形になるので、白斗もブランも緊張気味だったが、決して嫌な気持ちにはならない。寧ろ、ブランにとっては幸せそのものだ。

 

 

(おっと、寝る前にネプテューヌに連絡……今夜はメールだけにしとくか)

 

「……ネプテューヌに連絡してるの? マメね……」

 

「ナチュラルに心読むなよ……。 しないとうるさいからな、あいつ」

 

「ネプテューヌらしいわね……。 でも、今は私がいるんだから他の子の話題はしないで」

 

 

メールを打ち終えると、少し拗ねたような声を出すブラン。

またもや甘えたように顔を埋めてくる。

そんな彼女が可愛らしくて、その体温が心地よくて、何より疲労困憊だった白斗の体に睡魔が訪れる。

 

 

「………やべ……俺も、眠ぃ………」

 

「寧ろ寝て。 ……二人で、良い夢……見ましょ?」

 

「……だな…………おやすみ……ブラ……ン…………」

 

 

すぐに白斗は眠りについた。やはり相当な疲労がたまっていたのだろう。

思えば、彼は寝顔を今まで他人に晒したことは少ない。気絶ことはあれど、無防備となる睡眠は他人に晒せないという彼の暗殺者としての過去が原因だろう。

でも、今ではこうして彼はブランの隣で安らかな寝息を立ててくれる。

 

 

(……例え貴方が暗殺者だったとしても、それでいいの。 ずっと、私は貴方の傍に居る……だから、ずっと傍に居てね)

 

 

そんな彼の顔が、愛しくて。

今でも心臓は彼の顔を見る度に心地よく跳ねる。

これが、恋。彼女が心のどこかで願っていた、ただ一人の女の子としての気持ち。

 

 

(……ありがとう、白斗……。 貴方には、本当に返し切れないほどのことをしてもらった……守ってくれて、助けてくれて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこかで願ってた「素敵な恋」が……貴方で良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白斗……大好き………よ…………)

 

 

 

大好きな人の腕の中で寝られる幸せを噛みしめながら、ブランも眠りにつく。

その顔は、今までの人生の中で最も幸せな顔だったという―――。




サブタイの元ネタ「ネプテューヌ☆サガして」の歌詞より抜粋

ということで、病気ネタのお話でした。
同時にマベちゃん登場。私の好きなメーカーキャラ故に贔屓した結果のヒロイン昇格である。
そしてとうとうブラン様陥落。ブランの可愛らしさを描写出来たら幸いです。
次回はブランと言えば読書、ということでそれにちなんだシチュエーションをば。
お楽しみに~。


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第十七話 読書家な女の子は嫌いですか?

今回はほのぼの路線で参りマース


それは、ブランがスルイウ病に掛かった翌日の事だった。

 

 

「………はぁ………」

 

 

執務室のベッドの上で、ブランは一人ため息を付いていた。

寝間着のまま、上半身だけ起こして本を読み漁っている。のだが、全く内容が入って来ない。

 

 

(……とても静か。 今朝の慌ただしさが嘘のようね……)

 

 

また溜め息を一つ。今朝は大変だった。

様子を見に来たフィナンシェに白斗との添い寝をバッチリ目撃され、それがあれよあれよという間にロムとラム、ミナにまで伝わった。

当然ロムとラムはブランの快復に喜ぶと同時にそれを茶化され、恥ずかしい思いをした。

それだけならまだ良かったのだが。

 

 

(でも……幾ら病み上がりだからって、ほぼ軟禁状態は酷いんじゃないかしら)

 

 

そう、現在彼女は療養目的で部屋に押し込められている。

厳密にいえば申請すれば部屋の外へは出られるのだが、外出は禁止されている。それだけならまだしも、仕事もパソコンもするなと言われてしまった。

仕事の方はミナで片づけるとのことだが、パソコンまで取り上げられてはラノベ新人賞に向けての原稿の執筆も出来ない。

 

 

(……白斗、今何をしているのかしら……)

 

 

結果、こうして本を読むことしか出来なかった。だが、やはり本の世界に浸れない。

昨夜の一幕で白斗への恋心を自覚してからは、彼の事ばかり考えているからだ。

今朝、添い寝が発覚して白斗が逃げ出してから以降ずっと会っていない。それがより、切なさを増幅させている。

 

 

『ブラン様、よろしいでしょうか?』

 

「……フィナンシェ? いいわよ」

 

 

丁寧なノック音。声の主はこの教会が誇るメイド、フィナンシェだった。

押し込められている自分に一体何用なのか、と勘ぐっていたが彼女ならば変な事態は持ち込まないだろうと判断し、許可した。

扉が明けられたが、フィナンシェは何やら小包を抱えている。

 

 

「何? その荷物……」

 

「よいしょっと……ブラン様宛の荷物です。 また通販で本をご注文されたようなので」

 

「……ああ、そうだったわね。 ありがとう」

 

「いえいえ、ちゃんと大人しくしてくださいね。 失礼いたします」

 

 

思い出した、本を通販で買っていたのだ。

本好きで尚且つ出不精のきらいがあるブランにとって通販はまさに救いの一手、重宝している。

今回は楽しみにしていた新刊の発売日。ブランは先程までの恋煩いを何とか解消するため、新刊を楽しもうと小包を開いた。

 

 

「……げ。 しまった……」

 

 

だが、包みを開けた次の瞬間。彼女の顔が曇った。

些細なミスの一つだ。ただ、同じ本を二つ注文してしまっただけである。所謂凡ミス、しかし妙に損した気分になってしまう。

 

 

「はぁ、読書家として捨てるのも売るのも出来ない……なら白斗にプレゼントね。 白斗も、このシリーズを気に入ってくれていたようだし」

 

 

本を粗末に扱うようなことは彼女には出来ない。

ならば、同じく本を好んでくれている人にプレゼントするのが一番。真っ先に浮かび上がったのが、白斗だった。

彼の愛読書の傾向は自分と似通っている。先日もオススメした本を気に入ってくれて、感想などの話も盛り上がった。

そんな彼なら、この本を楽しく読んでくれると―――

 

 

「……そうだ! 一度やってみたかったことがある……今なら夢が叶う!」

 

 

その時、この二冊の本を使ったあることを思いついた。

中々果たせなかった彼女のちょっとした野望が今、実現されようとしている―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――一方その頃、白斗の部屋では。

 

 

「……ふぅ、ブランが貸してくれたこの『ブレイヤーズ』シリーズがなかったら、退屈死していたところだったな……」

 

 

白斗もまた、ベッドの上で読書をしていた。

現在彼はタンクトップを着込んでいるが、その体には昨日から撒かれた包帯が今も残っている。

 

 

「全く……みんなして外出禁止とか言い出してくるんだもんな。 酷ぇや……」

 

 

実は彼もまた、ブランと同じように外出禁止令が下されてしまった。

原因は言わずもがな、昨日の大怪我だ。

命に別状はなかったとは言え、転落して背中を強打すると言う大怪我。当然皆からは激しく心配され、今日一日大事をとって絶対安静と言われていたのだ。

 

 

「つっても、出ようとするとロムちゃんとラムちゃんに泣かれるし……かと言って、ブランが貸してくれた本も読み終えた……退屈だ……」

 

 

退屈しのぎの本も全て読破してしまった。

どれも本の蟲であるブランが勧めるだけあって傑作だったが、読み終えた後の手持ち無沙汰感が尋常では無かった。

感想を言い合えるブランも、同じく軟禁状態。

 

 

「こういう時に限ってロムちゃんとラムちゃんも来ない……きっとミナさん辺りに止められているんだろうなぁ」

 

 

いつもだったら飛びついてくる双子の姿も、今朝以来見かけない。

白斗の容体を悪くしないように控えてくれているのだろう。

 

 

「ネプテューヌと話でもするか……イヤイヤイヤイヤ! この状況を知られたらきっとまた心配かけちまう……今はやめとこ」

 

 

退屈を紛らわせようと携帯電話を手に取りかけた。

いつも騒がしいが、最終的に自分を楽しくしてくれるネプテューヌとの会話。だが妙な所で勘のいい彼女の事だ、きっと知られてしまう。

通話は諦めたが、猶更無聊を囲う羽目に。

 

 

「……ブラン、大丈夫かな……。 今朝の時点では元気そうだったけど……」

 

 

そして、ふとブランの事を考える。

昨日まで病に倒れていた彼女だ。今日は大事をとって療養してあるとは聞かされているが、その後も悪化していないかどうか不安になる。

せめて一目だけでも見ることが出来れば、と思っていた矢先の事。

 

 

『……白斗。 今、いいかしら……?』

 

「え……ブラン!? い、いいけど……」

 

 

控えめなノック音。そしてブランの声。

思わず驚いて跳ね起きたと同時に扉が明けられる。現れたのは、二冊の本を抱えたブランだった。

 

 

「……良かった、元気そうで……」

 

「そりゃこっちの台詞だ。 でもよく部屋から出してくれたな」

 

「仕事とパソコンと教会の外へ出ることを禁止されただけ、教会内は動けるの。 白斗は正真正銘の外出禁止だけど」

 

「酷いわっ!! 格差社会っ!!」

 

「格差も何も白斗の方が酷い怪我なんだから当然よ」

 

 

呆れられてしまった。

 

 

「……ところで白斗、ブレイヤーズ……もう読み終えたの?」

 

「ああ、すっげー面白かった! それだけに読み終えたら退屈になっちまって……」 

 

 

口惜しそうに語る彼の言葉から、本当に気に入ってくれたみたいだ。

またまた彼との好みが合致して嬉しい。しかもただ趣味が合うだけではなく、白斗は新しい意見や考察を盛り込んでくれるのだ。

それもまた、議論が盛り上がる一つの要因となっている。

 

 

「そう、丁度良かった……。 実は今日、それの新刊の発売日で今届いたの。 でも、間違って二冊購入しちゃったから白斗に片方あげるわ」

 

「え? いいのか!? ありがとなブラン!」

 

 

珍しく無邪気にはしゃいでいる白斗。

余程嬉しかったのだろう、年相応の可愛らしさに思わずブランも胸に来てしまうが、今は悶えている場合ではない。

 

 

「で、ついでなんだけど……お互いに、同時に読んでみない?」

 

「ん? どういうことだ?」

 

「ここに同じ本が二冊あるから、それを二人で同時に読むの。 読み終えたら、いつものように感想会……どう?」

 

 

要するに、同じ本の世界をリアルタイムで共有しようと言うのだ。

本は人によって読み進めるペースが違うため、共有するのが難しい。だがこの方法なら、それぞれの読み方で、同じ世界に浸ることが出来る。

 

 

「面白そうだな、いいぜ」

 

「良かった……それじゃ、スタート」

 

 

ベッドの上に腰かけ、ブランの合図と共に本を開く。

冒頭には絵師入魂のフルカラーなイラストで、今回の本がどんな内容なのかを簡潔に伝えてくれる。

手軽に楽しめるのも、まさにライトノベルの魅力だろう。

掴みは上々、二人は寄り添いながら

 

 

(ん? こいつ、前の巻に出てきた奴だな……ここで出てくるのか!)

 

(相変わらず伏線回収が巧みね……小説家を目指す者として、見習わなければ)

 

 

二人は知る由もないが、読み進めるスピードはほぼ同じだった。

ページを捲る音、反応を示すタイミング、息の飲み方。その全てが重なる。

 

 

(……お、ヒロインと急接近……! いよいよ鈍感なこやつにも春が来たか!?)

 

(……ごくり……。 こ、こっちまでドキドキしてきちゃうわ……)

 

 

そして物語はいよいよ佳境へと入る。

敵の本拠地へ攻め込もうとする前日、所謂決戦前夜。命を落とすかもしれぬ明日を前にして、主人公とヒロインが寄り添う。

背中を互いに預け、その温もりを肌で感じながら、一切振り返ることなく―――

 

 

(……? そう言えば、さっきから背中が……)

 

(温かい、ような……?)

 

 

背中、温もり。その単語が出てきた途端の事。

白斗とブランの背中も妙に温かい何かに当たっていることに気づいた。軽く振り返ってみると。

 

 

 

 

「「……あ」」

 

 

 

 

互いの目線が、合った。

 

 

「「………ッ!!?」」

 

 

白斗とブランは、少し見つめ合った。

それは数秒とも、数分とも、もしかしたら一瞬の出来事だったのかもしれない。でも、確実に互いの視線が同調した。

白斗の力強い瞳、ブランの美しい瞳。互いのそれに吸い込まれそうになった瞬間、我に返り慌てて目線を逸らした。

 

 

(び、びっくりしたぁ~……! ってか俺、ブランと背中合わせしてんのか!?)

 

(い、いつの間に……! 無意識、って奴かしら……!?)

 

 

バックン、バックンと心臓がうるさい。白斗に至っては機械の心臓にスイッチが入ってしまいそうだった。

外は猛吹雪、しかし感じられるそれぞれの体温は燃えるように熱い。

 

 

(……そう言えば、ブランの背中って……こんなにも小さいんだな。 女神様だけど……こう、すっぽり収まって……守りたくなるような…………)

 

(……白斗の背中……大きい……。 私を包み込んでくれるような大きさと力強さ……。 ああ……私はいつもこの背中に守ってもらったのね……)

 

 

こんな風にして、異性と背中合わせしたことなど二人には無かった。

片や暗殺者、片や女神様。生まれやこれまでの道のりは違えど、特殊な人生であったことから他人と交わることがなかった。

それが今ではこうして、互いの背中を通じて、互いを感じている。

 

 

(って何不埒なこと考えてんだ俺っ!? ブランにキレられるぞ!! ホワイトハートになったこやつを止められるワケ無かろうがッ!!)

 

(……う、うう……! 白斗に呆れられたら、もう一貫のお終いよ……! ここは、心を鬼にして集中集中集中……!!)

 

 

気まずい雰囲気が背中越しに伝わる。少し汗ばんできてるような気もする。

だが緊張の余り、そこまで気にしている余裕はない。

何とか物語の内容に目を通すが、先程に比べて入り込めない。それでも、脳内で声にしながら読むことで無理矢理切り替えるという手段に出た。

 

 

(えーと、……少年と少女は……)

 

(おずおずと……手を後ろに伸ばし……)

 

((……その手を、重ね合わせた……って!?))

 

 

―――自然と、二人の手が動いていた。

意識してか、それとも無意識か。

まさに、物語の少年と少女のように、その手を重ね合わせた。

 

 

「なっ……!? あ、いや……ごめ………! って、ブラン……?」

 

「っ………」

 

 

また気恥ずかしさの余り、白斗が手を退けようとする。

のだが、寧ろブランは彼の手を握っていた。

その小さな手では、白斗の大きな手を全て包めなかったが、それでも彼を離したくないと言わんばかりに握っていた。

 

 

「……白斗は、嫌……?」

 

「嫌って、何、が……?」

 

「……私と……こ、こうして……手を、繋いでいるの……」

 

 

声は震え、息は乱れ、汗は止まらない。

それでもブランは、白斗の手を離そうとはしなかった。顔は振り向いてくれないが、きっと真っ赤に染まっていることは想像に難くない。

何せ、白斗も同じなのだから。だから、白斗は答える。

 

 

「………嬉しい」

 

「………っ!」

 

 

否定や、肯定ではない。彼の想いを、正直に言葉に乗せた。

ブランの体温が、また上がる。その熱さは、背中と手を通じて白斗にも伝わった来た。ここまでくると痛いくらいだ。

しかし、白斗もまたその手を離そうとはしなかった。

 

 

「………ありがとう………」

 

「どういたしまして」

 

 

白斗は、受け入れてくれる。

こんな些細な願いすらも真摯に受け止めて応えてくれる。昨日、やっと自覚した恋心だが、その想いは間違いなどでは無かったとブランは嬉しくなった。

 

 

「……このまま、読み進めましょ」

 

「片手で読書なんてやりづらいけど……ま、いいか……」

 

 

読書が好きで、趣向も同じで、同じ読み方。

こんな人は、もういない。彼しか、彼女しか、いない。

二人はまだ恥ずかしさを捨てきれないが、それでも手を繋いだまま、再び本の世界へと入り込んだ。

―――今度は、緊張とは違う。嬉しさを覚えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「276ページの、こいつなんだけど……動きおかしくね? 怪しいって絶対!」

 

「確かに……。 でも、敵のスパイにしては利が無さすぎるわ」

 

「むぅ、言われてみれば……」

 

 

それから本を読み終えて、二人は感想会を始めた。

率直な感想を述べるだけではない。自分なりの意見を出し合って、物語への見解を深めている。

時に同調したり、時には反論したり。でも、不思議と喧嘩になることは無かった。寧ろ、楽しく議論を展開できる。

 

 

「……うーん、今語れるのはこれくらいかな? でも、やっぱり面白かった!」

 

「私も……」

 

 

そして、最後には率直な感想で締め括られる。

二人の感想は、大体同じなのだ。

読書が大好きなブランが本を勧め、白斗がそれにハマる。二人の感想会は盛り上がり、ブランがまた次の本を探してくれる。

そんな関係が、既に二人の間で出来上がっていた。

 

 

「……なんか、たまにはこういう読み方も……いいな」

 

「そうね……幸せよ。 ふふっ……」

 

 

白斗は、いつも以上に新鮮で、いつも以上に楽しめたようだ。

ブランもまた普段とは違う幸せを味わっている。

 

 

(……好きな人と趣味を、時間を、世界を共有できることが……こんなにも幸せだったなんて……。 案外私って、乙女っぽいのかしらね……)

 

 

単なる思い付きが、最高の時間へと変わった。

それも全て白斗のお蔭だと、ブランは微笑む。

しかし読書に集中し過ぎて少し喉が渇いてきた。フィナンシェに頼んで飲み物でも用意させようかと思い立ったその時だ。

 

 

『白斗さん、すみません。 今よろしいでしょうか?』

 

「フィナンシェさん? いいですよ」

 

 

丁寧なノック音。またもやフィナンシェだ。

グッドタイミングだ、用事を済ませてもらうついでに飲み物を頼もうとブランは考える。

白斗も特に不都合など無かったので、二つ返事で許可した。

 

 

「よいっしょっと……は、白斗さんにお届け物です……。 ってブラン様、こちらに来ていたんですか」

 

 

部屋に入ってきたフィナンシェ。

彼女は大きな段ボール箱を持ってきた。女の子一人は入れそうな大きさで、重量もそれなりにあるらしく、必死になって運んでいる。

 

 

「今日はやたら荷物を持ってくるわねフィナンシェ。 それにしても大きい段ボール……白斗、何を買ったの?」

 

「いんや? 俺、通販なんてこの世界に来てから一度もしてないけど……」

 

 

だが当の白斗は全く覚えがないらしい。

断言しているのだから間違いはないだろう。訝しむ白斗とブランだが、とにかく伝票を見て見ないことには何もわからない。

 

 

「ええと、差出人は……ネプテューヌ? あいつ何を送ってきたんだ?」

 

 

どうやらネプテューヌが何かを送ってきたらしい。

毎晩連絡している白斗だが、そんな話は一切聞いていない。何かのサプライズだろうかと思いながら開けようと手を伸ばしたが。

 

 

 

―――ガタガタガタッ!!!

 

 

 

「んなっ!? 何だ何だ何だァ!!?」

 

「箱が動いて……!?」

 

 

 

ひとりでに、箱が動いた。

思わず飛びのいて距離を取る三人。間違いない、あの中に何かがいる。

一体何なのか、臨戦態勢に入りながら固唾を飲み―――

 

 

 

「パンパカパーン!! ネプテューヌ登場ーっ!!!」

 

 

 

―――中から、ネプテューヌが出てきた。

 

 

「「「………………」」」

 

「あ、あれれ~? おかしいぞ~? リアクション薄いなぁ、もー……」

 

「ブラン、今すぐ詰め直すぞ。 そして湖へドボンだ」

 

「了解だ白斗。 縄……いや、鎖を持ってきてくれ」

 

「ねぷぅぅぅ――――っ!? 土曜サスペンス劇場にはまだ早いよ!!?」

 

 

冷たい視線から一転、白斗とブランが怒りを隠そうともせずに睨み付けた。

ブランに至っては、素の乱暴さが表に出てしまっている。

 

 

「お黙り!! 大体何でお前がここにいるんだよ!?」

 

「何言ってんの!! 白斗が大怪我をしたって聞いたから慌てて来たんだよ!!」

 

「ゑ!? な、何で知って……!?」

 

 

叱るように白斗が言うが、逆に叱られてしまった。

しかもその理由が、白斗の大怪我を心配してとのことだ。心配かけさせたくないから黙っていたのに。

情報の出どころはすぐに分かった。隣で気まずそうにしているブランだ。

 

 

「……私から話したの。 白斗が大変な目にあったのに、隠すなんて出来ないから……」

 

 

どうやら今朝の時点でブランから一報を入れたらしい。

今、白斗の身元引受人はネプテューヌだ。家族同然である彼女に連絡を入れないのは確かに筋違いである。

この分だと、他の女神達にも話が伝わっているだろう。

 

 

「……やっぱり、白斗を連れ戻しに来たのね」

 

「え? つ、連れ戻しにって……どういうことだブラン!?」

 

「当然よ。 ……私の所為で、白斗に大怪我させてしまったから……こうなっては、この旅行が中断されても仕方ないの……」

 

 

理屈は分かる。

形としては、白斗は国のトップである女神直々に招かれた来賓。その来賓がこんな目にあっては、国の威信に関わると言うもの。

何より白斗の事を大切にしているネプテューヌが見過ごせるはずがない。

 

 

「私だって、逆の立場ならそうしてるわ……」

 

「で、でも……ネプテューヌ、ちょっと待ってくれないか!? 俺、まだ……」

 

 

やはり責任を感じているブラン。その声は、暗い。

そんな彼女を放っておけなくて、何よりまだ帰りたくなくて。白斗はつい口走ってしまう。

対するネプテューヌはと言うと。

 

 

「えーと……勘違いしているみたいだけどさー。 ブラン、私は見舞いにきただけだよ? 別に白斗を連れ戻そうとかそういうんじゃないから」

 

「え……? そう、なの……?」

 

 

困ったような表情で、そう返してきた。

予想外だったらしく、今度はブランが呆気にとられる。

 

 

「……正直言えば、白斗が大怪我したって聞いた時……頭真っ白になっちゃって。 凄く……心配だったんだよ? ……私、本当に怖かったんだからね?」

 

「あ……その……。 ネプテューヌ、心配かけて……ごめんなさい」

 

 

心からネプテューヌは、白斗の事を心配してくれていたのだ。

それも自分の事のように、本気で心を痛めて。悲しそうに目を伏せて。顔まで俯いて。

明るく、優しい彼女にそんな気持ちにさせてしまったことを白斗は悔やみ、本気で頭を下げた。

 

 

「……でも、白斗が生きててくれて……本当に良かったよぉ……!」

 

「……ホントに、ゴメンな」

 

 

終いには涙まで出てしまうネプテューヌ。

そんな彼女を見ていられなくて、白斗は涙を指で拭ってあげる。

するとネプテューヌは笑顔を見せてくれた。まだ気持ちは収まっていないが、それでも白斗が生きていてくれたことで心底安心してくれる。

 

 

「ぐすっ……ホントだったら無理矢理にでも連れ戻したいけど……白斗には旅行を楽しんでもらいたいし、まだベールの所もあるから……今回だけだからね!」

 

「肝に銘じる」

 

「私も……本当にごめんなさい、ネプテューヌ」

 

 

いつも無茶しがちな白斗も、彼女の涙を見せられては反省せざるを得ない。

ブランも同じ気持ちで、珍しく素直に頭を下げた。彼女にとっても、ネプテューヌにとっても大切な人を危険な目に遭わせてしまったことは今でも悔いているから。

 

 

「ならよろしい! ブラン、今度こそ白斗の事……頼んだからね!」

 

「ええ……。 もう、怪我なんかさせないし、絶対に満足させて見せるから」

 

「その意気! あ、それからこんぱから差し入れのプリンだよ!」

 

「お! やりぃ!」

 

 

見舞いとして、プリンを持ってきてくれた。

しかも料理上手なコンパお手製らしい。であれば期待せざるを得ない。

先程の暗かった空気も一転、白斗は笑顔でプリンを受け取った。この空気の切り替えも、ネプテューヌの得意技である。

 

 

「はい! それからこれはブランの分!」

 

「え……わ、私にも……?」

 

 

けれども、ブランの目の前にも一つ。プリンが差し出された。

驚いたような表情で見つめ返したが、ネプテューヌは相変わらずニコニコと笑っている。

 

 

「だから言ったでしょ、お見舞いだって。 白斗も心配だったけど、ブランも心配だったんだからね!」

 

 

―――そう、白斗だけではない。ブランのためでもあった。

常に友達を思いやる心、これがネプテューヌがネプテューヌたる所以。

思わず心が熱くなってしまうのを感じ、ブランは胸元を握り締めながらそれを必死で隠そうとする。

 

 

「……あ、ありがとう……」

 

「どういたしまして! まぁ、プリンを作ってくれたのはこんぱだけど」

 

「……でも、心配してくれたのは……嬉しいわ」

 

 

ブランも、ノワールほどではないが素直ではない部分がある。

けれどもここまで優しく接してもらって邪険にするようなお人ではない。柔らかい微笑みでプリンを受け取り、それを一口。

極上の甘味が口の中で溶け、体中に糖分を齎す。

 

 

「ん、美味い! さすがコンパ!」

 

「ええ……。 ちゃんとコンパにも、お礼を言わないとね」

 

「むー、二人が食べてるのを見ると私も食べたくなってきた! というワケでいただきまーす!」

 

「「オイ」」

 

 

二人してツッコミを入れてしまう。

けれども、ネプテューヌにはしんみりされるよりもこうして元気でいてくれる方がいい。

すぐに白斗とブランの表情は柔らかくなった。

と、そこへ慌ただしい足音が更に二つ―――。

 

 

「白斗!! 大丈夫なの!!?」

 

「大怪我をしたと聞いて……まぁ、何て包帯の量……!」

 

「え? の、ノワール様にベール様!?」

 

 

現れたのは残る女神、ノワールとベール。

今まで部屋で呆気に取られていたフィナンシェもさすがに察知できておらず、急な訪問に驚いている。

 

 

「うーす、黒原白斗。 今日も元気です」

 

「そんな包帯だらけで何言ってるのよ! ってネプテューヌまで来てたのね……」

 

「当然だよ! あ、旅行は中断しないから安心してね」

 

「良かった……。 旅行継続もそうですが、白ちゃんとブランが無事で何よりですわ」

 

 

どうやら二人とも、白斗とブランを心配してきてくれたようだ。

ベールに至っては来週が控えているためフライング気味の登場ではあるが。

結局、先程までの静かで二人きりの時間がぶち壊されたのでブランは少々不満そうだったが、すぐに笑顔になる。

 

 

(……こうして皆が一度に集まってくれたのは嬉しい……。 白斗、これも貴方のお蔭ね)

 

 

友好条約を締結する前まで、個人の事情を優先する傾向にあった女神達。

だが、白斗が現れてからはそれが一纏まりになりつつある。

彼がいつの間にか中心となり、彼を慕う女神達が歩み寄ってくる。そして、絆を結び、それが広がっていく。

ブランは、それを感じていた。だから何も言わない。

 

 

「……さて、みんな来てくれたことだしゲームでもしましょうか。 ゲームくらいなら白斗も大丈夫でしょ?」

 

「まぁ、体を動かすわけじゃないが……意外だな。 ブランからそんな提案をしてくるなんて」

 

「私だって、そうしたい時もあるわ」

 

「そっか。 なら、俺も遊び倒しますかねっと!」

 

 

結局、女神全員ゲーム好きということもあり、夕方までゲーム大会へと早変わり。

皆との絆、そして白斗への想い。

それを自覚したブランは、今日一日を思い切り楽しんだ。

 

 

 

今日も今日とて雪国ルウィーはとても寒い、けれどもとても温かい一日がそこにあった。

 




と言うことでブランの読書ネタのお話でした。
結構静かな描写が多かったので、その分恋愛描写を強めてみた感じですが如何でしたか?
次回は元気なちびっ子、ロムラム姉妹に焦点を当てちゃいます。
それではお楽しみに!


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第十八話 ルウィーのとても寒くて、温かい一日

と言うことで元気な幼女、ロムとラムのターン!
でもちゃんとブランとのシーンもありますよ~


ルウィーは本日も猛吹雪。外は極寒である。

教会内を騒がせたブランのスルイウ病騒動も、二日経てば沈静化していった。

白斗が採取したルエガミヨによってブランは快復、白斗も現在は痛みもすっかり引いているようで、ルウィーが誇る回復魔法と合わせて大方回復している。

そのため、昨夜の時点で白斗とブランを心配していた他の女神達も自国へ帰還した。

 

 

「……白斗。 だから貴方が仕事をする必要なんてないのに……」

 

 

そして現在、ブランは職務に復帰し、今度は体の負担にならない程度の書類仕事へ着手している。

のだがその隣に同じく書類を片付ける白斗がいた。

ブランに無理をさせないためのお目付け役、同時に白斗も快復しているとは言え体への影響を考慮して激しく体を動かさない書類仕事をミナから頼まれたのである。

 

 

 

「俺と一緒にいたいって言ってくれたのお前だろ? だったら仕事の時までご一緒するしかねーじゃんか」

 

「……全くもう……」

 

 

口では呆れていても、実際の彼女の顔は緩んでいる。

どんな形であれ、白斗と一緒にいられるのは嬉しいのだ。

因みに仕事をすることは白斗から予め他の女神達には伝えてある。全員から一度は咎められたものの、無理矢理押し通したというのが実際のところである。

 

 

「けど、白斗……手際良いわね」

 

「ノワールに鍛えられたし、それにネプテューヌんトコは仕事してくれねーから急いでやらないともう溜まって溜まって……(泣)」

 

「……白斗、ルウィーへ来て。 少なくとも、そんな状況にはさせないから」

 

「ノワールみたいなこと言い出すのな……ありがとう、気持ちだけ受け取る」

 

 

ブランは真面目に白斗の事が心配になった。

気遣いもあるし、こう言えば彼がルウィーに、ブランの傍にいてくれるから。

当の本人は安易な返事は出来ないと、受け流す方向。文句こそあるが、プラネテューヌでの生活は嫌ってはいない。

何より、白斗を真っ先に受け入れてくれたのはネプテューヌなのだ。そこだけは曲げたくないと感じている。

 

 

「そう……でも、諦めないわ。 さて、次の案件……むぅ、新たな名物か……」

 

「何々? ブラン饅頭の伸びは良いが、他の名物がないのか……饅頭は持ち帰りしやすい分、逆に客をルウィーに呼び込めるような名物が必要なワケね」

 

 

新たに手に取られた資料、そこにはルウィー全体の利益に関する報告書だった。

本来経済に触れるような文書は国家機密クラスなのだが白斗はそれすらも目に通せる存在となってしまっている。

であるからには、その信頼に応えるだけの案を出さねば。

 

 

「……そうだ! 温かいアイスクリームなんてどうだ?」

 

「……ごめん白斗、意味が分からないわ……」

 

 

そんな突拍子もない提案に首を傾げるブラン。

少々言葉足らずだったと、白斗も申し訳なさそうに頭を掻いた。

 

 

「ゴメンゴメン。 熱々のスイートポテトを覆い隠すように、冷たいアイスクリームを乗せるんだよ。 冷たさと熱さ、両方を兼ね備えた新感覚スイーツって奴だ」

 

「な、なるほど……! スイートポテトもアイスクリームも、ルウィーの特産品を使えばより名物らしくなる……!」

 

「それにルウィーは温かい食べ物が多い分、冷たいものが冷遇されがちだ。 だからこそ、そんなのが新鮮じゃないかなーと」

 

「良いわねそれ……! 白斗の案を採用します。 ポンッと」

 

 

厄介かと思われた案件も、白斗のおかげでスムーズに纏まったようだ。

白斗の提案だけでは足りない部分はブランが補う形で文章に書き起こし、そして最後に判を押す。

どうやらこれが昼前、最後の一枚だったようだ。

 

 

「……お、もういい時間だな。 ブラン、昼飯何がいい?」

 

「何がいいって……白斗、作れるの?」

 

「簡単なものだし、コンパやフィナンシェさんには全然敵わないけど」

 

「い、いいえ! こういうのは作り手の気持ちが大事なのよ……ありがたく頂くわ」

 

「おう。 期待し過ぎない程度で待ってくれ」

 

 

とは言ってみたものの、ブランの顔は嬉しさに満ちている。何せ好きな人から手料理を振る舞ってもらえるのだから。

そんな顔をされては白斗もやる気を出さざるを得ない。鼻歌交じりで廊下を歩いていると。

 

 

「ふんふふーん…………ん?」

 

「それっ!」

 

 

元気のいい声と共に、何かが空を切り裂きながら飛んできた。

白斗は一切振り返ることなく、飛来してきたそれをパシッとキャッチする。

 

 

「……ピーナッツか。 食べ物で遊んじゃダメだぞ、ラムちゃん」

 

「えぇっ!? バレた上に止められた!?」

 

 

廊下の曲がり角に視線を向ける。

そこから現れたのはブランと同じ髪の色を持つロングヘア―の少女、ラム。

悪戯好きの彼女だけあって、白斗に悪戯を仕掛けたらしい。その手には、パチンコが握られている。

 

 

「はっはっは、俺に悪戯なんぞ100年早い」

 

「お兄ちゃん凄い……なんで分かったの?」

 

「息遣いとか、視線とかが露骨だからな。 俺、これでも……」

 

 

暗殺者、と言いかけて言葉を飲み込んだ。

ブラン達女神は受け入れてくれた過去だが、こんな小さな子達に伝えていいものなのか。

考えた末、結局は言葉を濁す方向を採った。

 

 

「……やり手だからな」

 

「むー! 凄いけどなんか悔しい~!」

 

 

ぷくーと頬を膨らませるラム。

そんな彼女をあやすように白斗は頭を撫でてあげた。因みにキャッチしたピーナッツは白斗の口の中に放り込まれ、しっかりと噛み砕かれる。

 

 

「それじゃ俺はこれから昼飯作るから、また後で……おおっと!」

 

 

得意げに去ろうとしたその時、白斗が跳躍した。

床の色と同じロープが張られており、あのまま歩けばロープに足を取られて転んでいたに違いない。

だが白斗は既に見抜いており、それを軽々と避けて見せる。

 

 

「ふぇ? よ、避けられちゃった……(おどおど)」

 

「床と同じ色のロープとは芸の細かい……けど、この手の悪戯は危険だからやめなさいね、ロムちゃん」

 

 

反対側からは、同じく栗色の髪を持つショートカットの少女、ロムが顔を出した。

どうやら双子は油断を生じぬ二段構えの悪戯を仕掛けていたらしい。

いつもは弱気な少女だが、ラムに誘われて悪戯をすることがある。

 

 

「俺はご飯作ってくるから大人しくしてなさい。 してないとご飯抜きだぞ~?」

 

「た、大変だよラムちゃん……いたずら、やめないと……!(おどおど)」

 

「そ、そうねロムちゃん! ご飯食べてから再開しましょ!」

 

「いや止めないんかい」

 

 

ツッコミを入れつつも、白斗は邪険にはしない。

寧ろ上機嫌なまま厨房へと向かっていった。

後に残されたロムとラムは、そんな彼の背中をただ見つめている。

 

 

「……お兄ちゃん、凄かったね……」

 

「そうね……。 でも、悔しい! わたし達のプライドに傷がつくわ!」

 

「プライド、あったんだ……」

 

 

どうやら、悪戯好きにとっては相当堪えたらしい。

悪戯に引っかからないばかりか、いとも簡単に攻略され、尚且つ頭を撫でられては子ども扱いされる始末。

だからこそ、何とかして彼に悪戯を決めたい。

 

 

「とにかく、絶対にお兄ちゃんをぎゃふんって言わせようねロムちゃん! そうすれば、お兄ちゃんも褒めてくれるよ!」

 

「うん! お兄ちゃん……ぎゃふんって、言わせる……!(ふんす)」

 

 

妙なスイッチが入ったらしい、双子の瞳にはやる気の炎が灯っている。

隠して、ちびっ子二人による悪戯大作戦が決行されるのであった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、とりあえずカルボナーラ作ってみたぞ~」

 

「「「おぉ……!」」」

 

 

数十分後、テーブルの上には輝きを放つパスタが置かれていた。

上品な盛り付けに良い香り、パスタというお洒落なチョイスがルウィー姉妹の視線を惹きつけて離さない

双子たちの視線は勿論だが、意外にもブランの目が物凄く輝いている。好奇心旺盛かつ純粋な面もあるのは、やはり彼女達の姉だからだろうか。

 

 

「白斗……ひょっとしてソースも手作り?」

 

「おう。 ……まぁ、美味しいかどうかは保証しかねるが」

 

「期待するなって方が無理よ。 では……いただきます」

 

 

手を合わせて一礼。

そして並べられたフォークを使って、丁寧に麺を巻き取る。因みにパスタは音を立てないように食べるのが上品とされている。

そのマナーに従い、ブランは巻き取られたパスタを一口。

 

 

「………! 美味しい……美味しいわ、白斗!」

 

 

輝かしいまでの笑顔で喜んでくれたブラン。

一切飾り気のない、真っ直ぐな言葉と瞳。白斗の心に響いてくる。

 

 

 

―――美味しいわ、白斗―――

 

(……ねえ、さん……)

 

 

 

だからか、彼の脳内に“姉”の声が脳内再生される―――。

 

 

「……――と! 白斗!!」

 

 

すると、急に視界がガクガクと揺らされる。必死な声も聞こえた。

意識を取り戻した白斗の目の前には、先程とは打って変わって泣きそうなまでにこちらを心配してくれているブランの姿があった。

傍にはロムとラムもおり、白斗の足にしがみついている。

 

 

「……えっ!? あ、ブラン……な、何だ……?」

 

「何だじゃないわよ……! どうしたの、急に泣いたりして……!?」

 

「な、泣いてた……?」

 

 

慌てて頬に触れてみると、確かに涙が一筋。

ブランがポケットからハンカチを取り出して涙を拭ってくれる。ハンカチの柔らかさと、頬に添えられた手の感触が、優しさとなって白斗に伝わる。

 

 

「ご、ごめんなさい……私、何か気に障るようなことを……」

 

「ち、違う! そうじゃなくて……ちょっと、昔のことを思い出してな」

 

「昔……?」

 

 

戸惑いながらも白斗は少しだけ過去を打ち明けた。

ろくでもない幼少期を過ごしたこと、その幼少期に心の支えとなってくれた姉がいたこと、そしてその姉が好きな料理が、このカルボナーラだったこと。

 

 

「……そう、だったの……」

 

「ああ、だからさ……嬉しかった。 こんな俺の料理でも喜んでくれる人がいてくれて……だから、俺……頑張れるんだなって……」

 

 

以前ベールが姉と呼ばれるようになったことも、ここに起因しているのだろうとブランは察した。

それと同時に、彼がどこまでも優しい人であることも。

だからこそ信じられる。信じて、その手を包み込んであげた。

 

 

「……ありがとう。 私も……白斗が傍に居てくれて、嬉しいわ」

 

「ブラン……」

 

「それに、もう私達はその……家族、みたいなもの……じゃない……」

 

 

恥ずかしがりながらも、ブランは受け入れてくれた。

家族―――それは白斗が最も欲しかった居場所なのかもしれない。そしてその家族はここだけではない。

ネプテューヌも、ノワールも、ベールも、その仲間達も。白斗にとって大切な仲間であり、家族の様なものなのだ。

 

 

「お兄ちゃん! わたし達もいるよ!」

 

「……だから、安心して……(ぎゅーっ)」

 

「……ロムちゃんとラムちゃんも、ありがとな」

 

 

そして、白斗を兄と慕う彼女達も抱き着いてくれる。優しくて、温かくて、そんな彼女達がどれだけ白斗にとって救いになっただろうか。

二人の頭を撫で、白斗はようやく笑顔になった。

 

 

「……さ、食べましょう。 折角の美味しいカルボナーラが冷めちゃうわ」

 

「うん! いただきまーす!」

 

「いただきます……!」

 

「……ああ」

 

 

全員で、少し冷めてしまったカルボナーラを食べる。

だがロムとラムも美味しいと絶賛してくれた。

―――白斗もまた、自分の料理に自信が持てた。そんな一幕。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――さて、ご飯も食べ終えたことだし! やるわよロムちゃん!」

 

「うん、ラムちゃん……!」

 

 

昼食を終えた後、ロムとラムは自分の部屋に戻り作戦会議。

目の前には普段大嫌いな勉強用のノートが広げられているが、これはアイデアを纏めるためのもの。

大好きなもののためならどんな手間も惜しまないのだ。

 

 

「でも、お兄ちゃん……何でも見切っちゃうよね……」

 

「そうね……正直、ピーナッツ狙撃を防がれるなんて思わなかったわ……」

 

 

二人には直接的に伝えられていないが、白斗は元暗殺者。

それ故、二人が仕掛けた罠に関しては持ち前のスキルで察知されてしまうのだ。ブービートラップ然り、狙撃然り。

最近は暗殺自体とも遠縁になってきてるとは言え、体に刻まれた勘や技術は衰えていなかった。

 

 

「とにかく、まずは試せるものは試していきましょ!」

 

「うん……!」

 

 

質より量、手当たり次第に白斗にぶつけてみる作戦に出た。

果たして、ロムとラムは懐いている白斗に一泡吹かせられるのか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦1、びっくり箱で驚かせよう!

 

 

「まずは定番、びっくり箱!」

 

「お兄ちゃん、驚いてくれるかな……(わくわく)」

 

 

白斗の部屋の前にポツンと置かれた一個の箱。

箱にはご丁寧に「お兄ちゃんへ」と書かれた紙が貼りつけられている。そこへ丁度白斗が仕事を終えたらしく、自室へと戻ってきた。

鼻歌、それも5pb.の曲を歌いながらドアノブへ手を掛けようとすると。

 

 

「~♪ ……ん?」

 

(よし、来た来た!)

 

(どきどき……)

 

 

やはり、部屋の前に置かれた箱に気づいた。

果たしてどんな反応を見せてくれるのか、楽しみにしていると。

 

 

「…………(ニヤリ)」

 

「「うっ!?」」

 

 

視線に気づいたらしい、白斗がこちらを見て笑ってきたのだ。

気付かれるとは思わなかったらしい、ロムとラムが跳ね上がる。だがそれだけではなく、白斗は箱の上に何かを置いた。

 

 

「さーて、ロムちゃんとラムちゃんにはプリンをプレゼントしちゃうぞー。 この箱の上に置いておくから勝手に食べてちょーだいな」

 

「「えぇぇっ!?」」

 

 

それだけ言うと白斗は箱を退かし、部屋の中へと入っていった。

箱の上には、黄金の色を放ちながら左右に揺れるデザート、プリンが置かれている。

ネプテューヌの好物として有名なデザートだが女の子にとって甘味とは至高。ロムとラムとて、大好きなのだ。

しかし、下手に取ればびっくり箱が逆に二人を襲うという状況に。

 

 

「……ど、どうしようラムちゃん……(おどおど)」

 

「……ふ、フン! お兄ちゃん、策士策に溺れたりね! プリンを慎重に退かせばそもそも箱自体開かないわ!」

 

「さすがラムちゃん、頭いい……♪(ぱちぱち)」

 

 

―――――。

 

 

「「ひゃああああああああああああああああ!!?」」

 

 

駄目だったようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦2、激辛料理で驚かせよう!

 

 

「ロムちゃん! 七味、持ってきてくれた?」

 

「うん!(しゃきーん)」

 

 

今度は厨房から拝借してきたらしい、七味唐辛子を高々に掲げるロム。

一方のラムの手には、焼き立てパンケーキを乗せた皿が。

 

 

「さっきのお返しよ! 食べ物には食べ物! というワケで!」

 

「七味をこのパンケーキに……(ふりふり)」

 

 

急遽フィナンシェに用意してもらったパンケーキをそれにふりかけ、更にその上にもう一枚のパンケーキを重ねる。

こうすることで唐辛子を隠しつつ、白斗に食べて貰い、驚かせようという作戦だ。

因みに七味は当然借りられなかったので、くすねてきたのである。

 

 

「最後にシロップとバターを掛けてかんせーい!」

 

「かんせーい!(ぱちぱち)」

 

「早速お兄ちゃんに届けるわよ! ってお兄ちゃんはどこかしら?」

 

「お姉ちゃんの所じゃないかな……」

 

「むぅ、また……お姉ちゃんばっかりズルいんだから!」

 

「うん! わたし達もお兄ちゃんと一緒に遊びたいもん……(ぷんぷん)」

 

 

剥れながらパンケーキを手に二人はブランの執務室へと向かう。

そこでは予想通りというかなんというか、白斗とブランが何やらゲームをしていた。

 

 

「っく、この……! だが、俺のホッピングおじさん戦法に勝てるとでも……!」

 

「なんの、そのキャラは大振り過ぎるのよ……! 見てなさい、尤も軽いポシェモンでも……いや、だからこそ……! それっ!!」

 

「ああああああっ!!? 吹っ飛ばされたぁあぁぁぁ……」

 

 

ブランが最も得意とする対戦ゲームだった。

丁度、ブランの操るキャラの必殺技が決まったらしい。気持ちのよい音を立てながら白斗のキャラは場外へとぶっ飛ばされた。

と、ここでロムとラムの入室に気づいた二人が、ポーズ画面に切り替えてから振り返る。

 

 

「あら、ロムとラム……どうしたの?」

 

「お兄ちゃんにプレゼント! さっきのプリンのお返しよ!」

 

「食べて……♪(きらきら)」

 

「おう、ありがとな…………ん?」

 

 

皿を手渡したものの、一瞬白斗の動きが止まった。

 

 

(ま、まさかバレちゃった!?)

 

(で、でも唐辛子の粉なんて見えなかったし……)

 

「……それじゃ、頂きます。 パクッ」

 

 

しかし白斗は特に何かするわけでもなく、フォークとナイフを使ってパンケーキを切り分けて口に運んだ。

当然唐辛子たっぷりの層も一緒に。これはしてやったり、とロムとラムも顔を輝かせたのだが。

 

 

「ん、美味い。 ……と言いたいが、辛いのが一緒だとさすがにな」

 

「え!? 効かない……お兄ちゃん、味音痴!?」

 

「料理するのにンなワケあるか。 辛いの好きだからイケるってだけだ」

 

 

何の意にも介さず、白斗はペロリとそれを平らげた。

綺麗に片付けられた皿を見て、ロムとラムは肩を落としてしまう。

 

 

「うぅ……これも失敗だよぉ……(がっくり)」

 

「戦略的撤退……! 次こそぎゃふんって言わせて見せるんだからー!」

 

「お兄ちゃん、またね……(すたこら)」

 

 

そのまま逃げ去った双子。

白斗とブランは、その様子をただ眺めている。やがて足音が遠くなった頃に。

 

 

「……白斗、行ったわよ」

 

「なら遠慮なく……グゥェッホオオオウァアアアアア!!」

 

 

盛大にむせた。

やはり効いていたらしい、顔を赤くして、汗を滝のように流して、咳き込んでいる。

やれやれと溜め息をついたブランは、湯飲みにお茶を注いで手渡す。

 

 

「はい、お茶」

 

「んぐっんぐっ……! ぐはぁ! あ、ありがとうブラン……ォォァアアア……!」

 

「全く……匂いで唐辛子に気づいたなら拒否れば良かったのに」

 

 

熱々のお茶も一気に流し込んでしまう白斗。

また空になった湯飲みにブランはお茶を注いでくれる。そして奪い取るようにまた一気飲み。

 

 

「ゲホゲホッ……! あ、あの二人を拒絶したみたいに思われるだろ……だったら正面から受けて立つだけよ……」

 

「もう、馬鹿なんだから……・はい」

 

「んむぐっ!?」

 

 

今度は口に何かを押し込まれた。

ゆっくり噛んでみると、餡の甘味と触感が口の中に広がる。この国の名物、ブラン饅頭だ。

 

 

「辛いのより、甘いのが好きでしょ?」

 

「………ああ」

 

 

けれども、その饅頭よりも甘い一時が、二人を包んでいた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦3、大人の色気で勝負!

 

 

「もう……これしかないよねロムちゃん!」

 

「うん……お兄ちゃん、ベールさんみたいな人や女神化したネプテューヌちゃんにデレデレだから……」

 

 

結構見てるところは見ている二人だった。

 

 

「でも、大人の色気ってどうやって出せばいいんだろう……?(はてな)」

 

「そういう時は……お姉ちゃんの本があるっ! 知識は力!」

 

 

ラムが掲げた一冊の本。

それは例によってブランの部屋からくすねてきた本だった。

タイトルは、「オトナになる!これを読めば、貴女も意中の彼をノウサツ!」である。因みにこれは昨日、通販で即購入したばかりの本とのこと。

 

 

「さっすがラムちゃん! それじゃ、早速読も……(わくわく)」

 

「うん! えーと、何々……おお~、だいた~ん!」

 

 

かなり楽しんで読んでいる二人だった。

尚、当のブランの反応はと言えば。

 

 

『え……こ、こんなことまで……!? はわわわ……!! で、でも……こうしたら白斗……喜んで、くれるかしら……?』

 

 

滅茶苦茶恥ずかしがっていた。

けれども花も恥じらう乙女、大層可愛らしい姿であったという。

 

 

「……でも、ラムちゃん。 これ、わたし達じゃ出来ないよ……」

 

「た、確かに……ないすばでぃとは程遠い……。 あ、でもこれなら!」

 

 

ロムとラムの開いているページは、どれもこれも豊満なボディに物を言わせたシチュエーションばかり。

当然、まだ幼い二人にはそんなことが出来るはずもない。

だからこそ、二人が出来る行動は何かと探していたところ、それが目に留まった。

 

 

「は、恥ずかしいよう……(もじもじ)」

 

「そうだけど……これなら、お兄ちゃんをドキドキさせられる!」

 

「……そ、そうだね……わたし、お兄ちゃんにならしてあげられる……」

 

「うん!」

 

 

何やら良からぬ決意を固める二人。

思い立ったが吉日、早速行動に移すことに。勢いのまま部屋を飛び出し、ブランの執務室へと言ったのだが。

 

 

「……あれ? ロム様、ラム様?」

 

「フィナンシェ? お兄ちゃんはどこ?」

 

「それに……お姉ちゃんもいない……(きょろきょろ)」

 

 

先程までいたはずの二人の姿がいなかったのだ。

代わりにそこにいたのはこのルウィーが誇るメイド、フィナンシェ。どうやら今は掃除の真っ最中らしく、はたきを手に本棚を掃除していた。

 

 

「お二人でしたら白斗さんの部屋ですよ。 今は読書中だとか……」

 

「また二人きり!? こうなったらやるわよロムちゃん!」

 

「うん、ラムちゃん! お兄ちゃん、ぎゃふんて言わせる……(ぷんぷん)」

 

 

余計にやる気に火がついてしまった二人。

エネルギッシュな二人を止めることも出来ず、フィナンシェはその姿を見送ることしか出来なかった。

もうこの際、埃が立つだのブランに怒られるだのよりも。

 

 

(……ブラン様、申し訳ありません……。 余計なこと言っちゃいました……)

 

 

謝ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、場所は変わりここは白斗の部屋。ゲームを終えた白斗とブランは今日も読書に耽っている。

今回もブランオススメの小説を読んでいたのだが。

 

 

(……な、何だろう……今日のはやけにラブコメチックな奴だな……)

 

 

詳細に恋愛模様を描写している。

今まで女性経験皆無な白斗にとって、心拍数が上がらざるを得ない。

ちらりとブランの方を見て見れば、彼女も頬を染めていた。勿論、今日の本は同じものではないはずなのだが、どうしてか気持ちを共有しているような気分になる。

 

 

(……今日のブラン……更に可愛いな………)

 

 

いつまでも見ていたくなる様な、傍に置いておきたくなるような、そんなくすぐったい気持ち。

それを振り払おうとして、白斗は再び本に集中し始める。

と、そこに心地よい重みが白斗の右肩に圧し掛かった。

 

 

「ぶ、ブラン!?」

 

「………………」

 

 

コテン、と可愛らしい音を立てて頭を預けてくる白の女神。

白斗も思わず緊張の余り上擦った声になってしまうが、ブランは離れる気配がない。離したくないのだ。

彼女も少し緊張こそしていたが、同時に心地よくも感じている。

 

 

「……今、こういうシチュエーションが描写されてたから……どんなのかな、って」

 

「……そういうのは、本当に大切な人にしてやれよ」

 

(ええ、本当に大切で……好きな人にしてあげてるのよ)

 

 

決して口には出さないが、ブランは心の中で呟いた。

かくいうブランも、いまいち本の世界に入れ切れていなかった。隣に座っている少年の顔に、見惚れてしまっていたから。

格好いい戦闘描写で盛り上がる白斗、悲しいシーンでしんみりしている白斗、恋愛描写で赤面している白斗。

そのどれもが、ブランにとってすごく愛しいものだったから。

 

 

(……ネプテューヌが羨ましいわね、いつも白斗の傍に居られるんだから……まぁ、あの子やノワール達がライバルになるかは分からないけど……譲らないから)

 

 

愛しい人の隣は渡したくない。

そんな想いでブランは尚も体重と、心を預けてくる。

肩を通じて感じられる彼女の温もりと“おもい”に、白斗も離れようともせず、再び本の世界へと入り込―――。

 

 

「「お兄ちゃ~~~~~ん!!」」

 

「うぉわぁ!?」

 

「ぶらぁっ!? ろ、ロムにラム!? 何なの急に!?」

 

 

バァン、と扉を破壊する勢いで突っ込んできたのはロムとラム。

本の世界も甘い空気も全てをぶち壊し、二人は即座に距離を取った。

 

 

「あー! やっぱりお姉ちゃん、お兄ちゃんを独り占めしてるー!」

 

「わたし達も……お兄ちゃんと一緒に居たいもん……(ぷくぷくー)」

 

「ひ、独り占めって……いいじゃない、別に……」

 

「「よくなーい!」」

 

 

独り占めを否定するどころか、寧ろ正当化してきたブラン。

ロムとラムは反発する。アグレッシブなラムはともかく、控えめなロムにしては珍しい。

とにかく彼女達の目的は白斗であることは自明の理、ならば早いところ要件を済ませてあげるのが良い兄貴というもの。

 

 

「ははは、悪い悪い。 で、二人とも俺に何か用があるんだろ?」

 

「そうそう、わたし達お兄ちゃんに悪戯しに来たんだからー!」

 

「お兄ちゃんを、ドッキリさせてあげるね……♪」

 

「やる前からドッキリと来たか……」

 

 

堂々と宣言されては身構えるしかない。身構えていれば、大抵の状況には対応できる。

何より培ってきた度胸もある。

白斗からすればまさに児戯。どうあしらってあげようか、などと考えていると。

 

 

「それじゃぁ、ドッキリさせられたら明日一日わたし達と遊んで!」

 

「お姉ちゃんも一緒……♪」

 

「おう、いいぞ」

 

「ちょっと白斗……」

 

「大丈夫だって、大抵の事じゃドッキリなんて……おお?」

 

 

二つ返事で承諾してしまった。白斗にとってみれば、軽い気持ちだったかもしれない。

と、ここでロムとラムがよじ登ってくる。

予想外の行動ではあるが、驚くほどではない。驚くほどではないが、この後の展開が全く読めない。

 

 

「ん? な、何だ何だ……?」

 

「「せーのーっ」」

 

 

少し緊張しているロムとラム。

その緊張が伝わると同時に、美少女二人が近づいてくるとさすがの白斗も緊張してくるというもの。

二人は息を吸い込んで、そのまま。

 

 

「「ちゅっ」」

 

 

可愛いリップ音を、左右から白斗の頬で弾けさせた。

 

 

「え………? ええぇぇっ!!?」

 

「なぁっ!?」

 

 

キスされたのだと、認識した時には二つの絶叫が部屋の中に轟いた。

白斗とブランのものである。

一方のロムとラムは少し恥ずかしがりながらもしてやったりと満面の笑顔である。

 

 

「えへへ、どう? お兄ちゃん!」

 

「ドキドキ、してくれた……?(どきどき)」

 

 

二人とも、恥ずかしさを押さえながらも問いかける。

きっとあれこれ考えてくれた上で行動に起こしたのだろう。二人とも女の子、その行動が意味することくらいは知っているはずだ。

なのに白斗にしてくれた、それを受けてしまっては、白斗も嘘を付けない。

 

 

「……参った。 そりゃ、こんな可愛い女の子からキスしてもらえてドキッとしない男がいるかっての」

 

「「やったー!!」」

 

 

素直に負けを認めた。

こういうストレートな感情が、ある意味白斗最大の弱点なのかもしれない。

そしてようやく難攻不落の壁を乗り越えたことでロムとラムはこれ以上ないくらいの大喜びだ。

 

 

「やったやった~! お兄ちゃんをドキッってさせられた~!」

 

「うん……! これで、明日一日お兄ちゃん達と遊べる……!(わくわく)」

 

「はっはっは、二人とも大袈裟………おや、何だろうこの冷たい手は……」

 

 

むんず、と妙に冷たく力強い手が白斗の肩に置かれる。

振り返るとそこには、外の吹雪よりも冷たい殺気を纏う女神様がいらっしゃった。

 

 

「ぶ、ブラン? いえブラン様? 如何なさいまして?」

 

「……白斗ォォォォォ……。 テメェ……ウチの妹達にあんなことさせた挙句、アッサリと負けを認めちまいやがって……!!」

 

「い、いや、あれは悲しき男の性というか……え、ちょ、どちらへ……?」

 

 

顔に影を纏わせて、眼光を赤くさせた、通称マジ切れブラン様が降臨なさられていた。

意中の少年が目の前で頬にキスされただけではなく、明日一日中妹達に取られてしまうのだから、怒りとしては半端ない。

押さえられない気持ちのまま、白斗を引きずっていく。

 

 

『ちょ、ブラン様!? 何ですかその錆び付いた鉄の扉!? こんなトコあったっけ!?』

 

『何だろうなァ? テメェの目で確かめてみりゃぁいいんじゃねぇかァ?』

 

『い、嫌だ嫌だ嫌だァ!! フィナンシェさん、ミナさぁん!! た、助け―――』

 

 

ガシャァン、と物々しい音と共に白斗は鉄の扉の向こうへと消えていった。

―――結局この日、白斗の姿を見ることは無かったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――次の日、ルウィーは快晴だった。

 

 

「わーい! 雪だるまー!」

 

「んしょ、んしょ……大きいの、作る……!(わくわく)」

 

 

教会の外、雪が積もるエリアではロムとラムが雪だるまを作っていた。

小さな体以上の大きさの雪玉を転がし、そしてルウィーの腕利き達が作る雪像に負けないものを作るつもりらしい。

幼さゆえの壮大な野望に、優しい目線で見守る男女が二人。

 

 

「お兄ちゃんも早く早くー!」

 

「お姉ちゃんも……」

 

「はいはい。 んじゃ、俺らも作るとするかね」

 

「そうね。 たまには童心に帰るのもいいことだわ」

 

 

白斗とブランだった。

昨日、彼女とみっちりお話された白斗の目には生気が宿っていなかったが、一日経ったらすぐに回復したと言う。

今となってはこのように、全員で楽しく遊んでいる。

 

 

「よっしゃ! 俺はオーソドックスなの完成! ブランは?」

 

「私の芸術性を詰め込んだ一品よ……どう?」

 

「お、おお……芸術が爆発してんなぁ……」

 

 

ごく普通の雪だるまと、やたら形容しがたい表情の雪だるまが二体並んだ。

けれどもその二体は、仲がよさそうに並んでいる。

 

 

「お兄ちゃん、見て見てー!」

 

「やっとできたの……!(きらきら)」

 

「ほー、どれどれ……って四つも作ったのか?」

 

 

何やら特徴ある雪だるまが、四体も並んでいた。

白の女神の様な雪だるま、それに寄り添う二つの小さな雪だるま、更にそこへ加わる黒いコートを着た雪だるま。

ブランが、それが意味するものに気づいた。

 

 

「ひょっとして……私達?」

 

「そうだよ! これはねー、女神化したお姉ちゃん!」

 

「こっちはお兄ちゃん……ずっと家族でいられますようにって……♪」

 

 

白斗の目頭が熱くなった。

彼女達にとって、白斗とはもう家族の様な存在なのだ。きっとロムとラムにとっての幸せとは、姉であるブランと兄である白斗が傍にいてくれることなのだろう。

ならば、白斗もそんな純粋な気持ちに応えるのみ。

 

 

「……ああ! ずっとこれからも二人の兄ちゃんだからな!」

 

「ええ……。 ずっと、一緒よ……」

 

「わーい! お兄ちゃんとお姉ちゃん、ずっと一緒ー!」

 

「一緒……嬉しい……♪(きらきら)」

 

 

白斗は二人を抱きしめて、その喜びを表現する。

彼に寄り添いながらブランも、二人の頭を撫でた。兄と姉に大事にされるロムとラム、彼らはまさに家族にしか見えなかった。

 

 

「……そうだ。 折角だしあれを作るか」

 

「あれ?」

 

「見てのお楽しみ」

 

 

そう言うと白斗は何やら雪を固めてドーム状の何かを作り始めた。

ブランもそれは見たことがある。この雪国ならではの建造物の一つだ。

一時間近くかけて作り上げたもの、それはかまくらだった。

 

 

「完成! かまくらだ!」

 

「わー! かまくらー! お兄ちゃんすごーい!」

 

「かまくら……初めて見た……(きらきら)」

 

「私も……実際に中に入るのは初めてね……」

 

 

好奇心旺盛なロムとラムは勿論、ブランも中に入ったことは無いと言う。

それならば尚更作って良かったと満足する白斗。

中に入ると、その中は案外温かい。

 

 

「わー! ぬくぬくだー!」

 

「ぬくぬく……♪」

 

「そうね……とても、落ち着けるわ……」

 

「はは、折角だから今夜はここで晩御飯といかないか? フィナンシェさんやミナさんも呼んで、みんなで雑煮でも食いながらさ」

 

「「「賛成!」」」

 

 

それから白斗の提案により、こたつを引っ張り出し、フィナンシェとミナも招いて全員でかまくらの中で夕食となる雑煮を食べた。

灯りは蝋燭だけ。だがそのほのかな灯りが逆に神秘的だ。

 

 

「すみませんブラン様、私も入れて貰って……」

 

「いいのよフィナンシェ、それにミナも。 貴女達も家族なんだから」

 

「ブランさん……ありがとうございます」

 

 

家族の輪に加わったフィナンシェとミナも嬉しそうだ。

こうして食卓を囲むのは教会でもあったが、外で、しかもかまくらの中でなど初体験の連続。

ロムとラム、そしてブランも嬉しそうだった。

 

 

「あはは! みんなでかまくら! みんなでこたつ!」

 

「お雑煮……美味しい……(はふはふ)」

 

「二人とも、よく噛んで食べないと喉に詰まるぞ。 ああ、もうラムちゃん……口汚れてるぞ……ふきふき」

 

一方、白斗は二人の面倒を見ながら雑煮を啜っていた。

白味噌のコクとルウィーで育った根菜、それに餅が良く絡みつき、何倍食べても飽きない素晴らしい味わいとなっている。

 

 

「……たまにはこんな日も良いわね」

 

「俺も。 こんな経験、ルウィーならでは……そしてブラン達がいてくれたからな」

 

「そうね……ふふ」

 

 

何より、ブランにとってこんな貴重な経験を白斗と共に過ごせたことが幸せだ。

ロムとラムが家族として受け入れたように、ブランもまた本当の意味で白斗を家族として迎えたいと願った。

コタツとかまくら、そして家族の温かさ。それらに包まれながら、夜は耽る―――。




サブタイの元ネタ、ネプテューヌシリーズドラマCDより「ルウィーのとても寒い一日」より

ロムちゃんとラムちゃん中心のお話でした。
この二人を見ていると本当に頭を撫でたくなって、抱きしめてあげたくなっちゃいますよね。
そんな私の思いを形にできたらと思います。おい誰だ、ロリコンって言ったの。何が悪い!(開き直り)
次回ルウィー編ラストということでブランとのガチデート!お楽しみに!


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第十九話 白の女神との逢引き

―――白斗がルウィーに滞在してから6日目。

すっかりルウィーでの生活が板についてきた頃には、次なる国への出発が迫っている。

一日一日を無駄にしてきたつもりは無いが、それでも時が経つのは早い。

本日もロムとラムの希望で絵本の読み聞かせをしていた。

 

 

「……こうして女神様は、犯罪神を懲らしめ、ゲイムギョウ界に平和を齎しましたとさ」

 

「女神様、カッコイイ~!」

 

「お姉ちゃんみたいで、素敵……♪」

 

 

もう夜は更けた。

風雪で小窓が揺れる中、白斗は読み終えた絵本を閉じた。

優しい声色と、時折臨場感溢れる演技でロムとラムはすっかり大満足のようだ。

絵本だけではない、積み木、かくれんぼ、ままごと、お絵描き、人形遊び、そしてゲームなどなど。

今日一日は、ロムとラム、そしてブランの希望で双子と過ごしていたのだ。

 

 

「はい、お終い。 さ、そろそろ寝る時間だぞー」

 

「えー! もっとお兄ちゃんと遊びた~~~い!」

 

「お兄ちゃん、明後日には帰っちゃうんでしょ……(うるうる)」

 

「うぅっ!? 何だ、この子犬を捨てるような後ろ髪を引かれる感じは……」

 

 

駄々を捏ねながら裾を引っ張るラム、反対側の裾を涙目ながら掴むロム。

どちらも幼さゆえの愛くるしさがある。そして思いが純粋なだけに、白斗も頭ごなしにダメとは言いづらかったのだ。

だがもう九時、二人にはそろそろ寝てもらわなければならない。

 

 

「でも、良い子は寝る時間です。 良い子にしてないと、お兄ちゃんこの国に来なくなっちゃうかもよ?」

 

「そ、そんなのヤダ~!」

 

「だったら……お兄ちゃん、離さない……!(ぎゅーっ)」

 

「逆効果!?」

 

 

離れてしまうくらいなら、この国から出さないと言わんばかりに抱きつかれてしまう。

擦り切れていた心を持つ白斗にとって、純粋な心ほど弱いものはないのだ。無理矢理引き剥がすことも出来ず、どうしたものかと寧ろ泣きそうにさえなった時。

 

 

「コラ、二人とも! 白斗が困ってるじゃない!」

 

「「お、お姉ちゃん……」」

 

 

勢いよく開かれた扉、その先に居たのはブランだった。

少し迫力のある顔と声で叱りつけ、手は力強く腰に当てられている。

 

 

「ま、まぁまぁブラン。 二人の気持ちも分かるし……」

 

「白斗、甘やかしちゃダメ」

 

「ハイ」

 

 

白斗も叱られ、項垂れる。

まるでその姿は、娘たちを甘やかしては妻に怒られる夫のようだった。

 

 

「それに、約束通り今日一日は白斗と遊んだのだから約束は守りなさい。 白斗には明日、大事な用事があるんだから」

 

「んぁ? 用事ってそんなの―――ムガッ!?」

 

 

突然そんなことを宣うブラン。

とんと覚えのない白斗が思わず口を挟みかけたが、ブランの綺麗で柔らかな手が白斗の口を塞ぐ。

言われてみれば今日は仕事の手伝いもせず、代わりにロムとラムの二人に付き合っていたのだがどうやらそれは姉妹による約束があったらしい。

 

 

「うー……そうだけどぉ……」

 

「それに……約束を守らない子達を、白斗が好きになると思う?」

 

「嫌われるの……イヤ……(うるうる)」

 

「なら早く寝なさい。 それに、ちゃんと貴女達の時間も作るから」

 

「「はーい……」」

 

 

しっかりと言い聞かせることで、渋々ながらも従うロムとラム。

厳しいだけではない、優しさも織り交ぜたその諭し方はまさに姉。見た目は幼いかもしれないが、ルウィーの女神として、そして姉としてブランの内面が表れた一幕だった。

 

 

「いい子達ね。 ロム、ラム。 おやすみなさい」

 

「おやすみ。 ロムちゃん、ラムちゃん」

 

「「おやすみなさい……」」

 

 

二人がベッドに潜り、白斗とブランは二人の頭をそれぞれ撫でた。

大好きな姉と兄の二人から頭を撫でられてはロムとラムも先程の不満そうな顔はどこへやら、気持ちよさそうに目を細めた。

あっという間に安らかな寝息を立て始め、白斗とブランは部屋の電気を消してから部屋を出る。

 

 

「……ごめんなさいね、白斗。 二人が我儘ばっかり……」

 

「ああいう可愛い我儘もたまにはいいモンだよ。 それに、明後日にはこの国を出ちまうんだから思い出作りもしたくなるさ」

 

「そう言ってもらえると助かるわ」

 

 

穏やかな時間が二人の間で流れる。

外では風も止み、雪も静かに降り積もっていた。

 

 

「ところでさっき言ってた用事って? 俺、そんなの聞いてないけど」

 

 

先程から気になっていたこと。それはブランの発言。

白斗に用事があると言われても、一切聞いてないのだ。聞き返そうとしてもブランに遮られたまま。

明日は最後の一日、予定があるなら予め聞いておかなければならない。

一方の訊ねられたブランは、少しもじもじしながら顔を赤らめる。それでも精一杯の勇気を振り絞り、言葉を絞り出した。

 

 

「…………白斗、明日一日。 私とルウィーの街を回らない?」

 

 

震える声で、けれども真っ直ぐな瞳。

ブランの綺麗な瞳に吸い込まれそうになるが、何とか白斗は彼女の言葉を理解する。

 

 

「観光なら一日目にやったぞ?」

 

「あれだけじゃルウィーの魅力全てなんて伝えきれない。 それに……」

 

「それに?」

 

「な、何でもない! ……それとも、イヤ……?」

 

 

涙目と上目遣いのコンボ。ブランだけではない、白斗の知る女の子達は結構な確率でこれをやってくる。

そして白斗は結局、それに弱いのだ。

だが、こんなにも小さくて可愛い女神からそんなことをされて白斗の心拍数はいつも以上に上昇していた。

 

 

「い、イヤじゃない! ……俺も……ブランと明日一日、過ごしたい」

 

「ホント!? や、約束……だからね?」

 

「おう、約束だ」

 

 

約束を交わせば、今までにないくらいの明るい笑顔を向けてくれるブラン。

その輝きは笑顔がトレードマークであるネプテューヌに勝るとも劣らない。寧ろ中々見せてくれない分、破壊力としては凄まじいものがある。

 

 

(やった……! これで白斗と過ごせる……! ロムとラムには今日一日、白斗を独占させる代わりに明日の大半を二人きり……涙を呑んだ甲斐があったわ!)

 

 

どうやら白斗との時間を作るためにあの手この手で根回ししていたらしい。

このブラン、かなりやり手である。

 

 

「それじゃ白斗! おやすみなさい!」

 

「お、おう……おやすみ……」

 

 

ハイテンションなまま自分の部屋へと戻るブラン。

後に残された白斗は、そんな彼女の勢いに圧倒されたまま唖然とするしかない。

そしてブランは部屋に戻るなりすぐにベッドに包まり、アラームをしっかりとセットして消灯する。

 

 

「ふふ……。 白斗と一緒にお出掛け……明日がこんなにも待ち遠しいなんて……。 まるで乙女じゃないの、私ったら……」

 

 

火照った顔を冷やすように、枕に顔を埋めるブラン。

幸せな気分に浸りながらその瞳を閉じる。

まどろむ意識の中、明日はどんな一日になるのか、色んな理想を思い描いていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃の白斗君は。

 

 

『白斗ぉぉおおお――――!! 今度はブランとデートなのかあああああああ!!?』

 

「どっから聞きつけたんだお前は!?」

 

 

ネプテューヌ様から絶賛尋問中でありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、運命の七日目。

ブランは自然と目が覚めた。アラームを用意していたのだが、その五分前に。

いつもならば眠気が勝り、そのまま二度寝してしまうのだが今はその時間すら惜しい。

 

 

「……いい朝ね」

 

 

朝が弱いブランですら、気持ちの良い目覚めと感じる。

それだけ、今日と言う日が楽しみだったのだ。

顔を洗い、寝間着から着替え、いつもの白の帽子と服を纏う。鏡で変な所はないか入念にチェックし、握り拳を作った。

 

 

「……よし、これで白斗の前に出られる」

 

 

女の子として、意中の男性の前ではいつでも綺麗な姿を見せたいもの。

そんな健気な思いと共に部屋を出た。

良い香りが食欲を刺激する食卓では、既に支度を済ませていたロムとラムが席に着いている。

 

 

「お姉ちゃん! おはよー!」

 

「おはよう、お姉ちゃん……(にこにこ)」

 

「ロム、ラム。 おはよう」

 

 

今日が白斗の滞在期間、最後の一日というだけあってロムとラムも早起きだ。

いつも以上に元気いっぱいなその姿に、ブランも柔らかく微笑む。

そしてその向こうの席には、彼女が会いたかった少年が座っていた。

 

 

「うーす! おはようブラン」

 

「白斗、おはよう……!」

 

 

白斗がいつもの笑顔でそこに居てくれた。

心なしか、ブランもいつもより張り切って返事をしてしまう。いつもは物静かな雰囲気を纏わせる白の女神も、想い人の前ではまさに恋する乙女だった。

 

 

「では、今日はブラン様のリクエストにより和風の朝食をご用意しました」

 

 

そこに、台車に本日の朝食を乗せたフィナンシェがやってくる。

彼らを迎えたのは、まさかの和風で統一された朝食。

炊き立ての白米に味噌汁、塩鮭。そして傍に置かれているのは納豆。

 

 

「お、納豆じゃん! 気に入ったのかブラン?」

 

「ええ……あれ以来、時々納豆を食べないと落ち着かなくなってしまって」

 

 

プラネテューヌで過ごしていた時、一時期白斗と朝食を共にした。

その時、白斗が悪戯として納豆をブランのご飯に掛けてしまったのだが食べてみるとこれが意外や意外、美味なのだ。

以来、すっかり納豆を気に入ってしまったブラン。そしてロムとラム、白斗も交えて。

 

 

「「「「ぐるぐるぐる、ぐるぐるぐる……ねば~」」」」

 

 

皆で仲良く、納豆をかき混ぜるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから朝食を食べ終えた白斗とブランは一旦部屋に戻る。

自室から外出用の服に着替えるためだ。

白斗は用意してくれていた厚手の革コートを纏うだけだが、ブランは違う。

ニット帽に茶色のトレンチコート、そして可愛らしい色合いのマフラーが口元を隠している。完全防寒でありながら、女の子らしいファッションでだった。

 

 

「……行ってくるわ。 ミナ、後のことはよろしく……」

 

「はい、お任せくださいブランさん。 白斗さんも楽しんできてくださいね」

 

「ありがとうございます。 それじゃ、行ってきます!」

 

 

お見送りしてくれたのはミナ。

これまで仕事やトラブルやらで二人揃っての外出は殆ど出来なかった。だからこそ、今日一日を楽しんでもらいたいとミナも快く送り出した。

そんな彼女の声を受けて、白斗とブランは歩き出す。教会周辺は女神の加護により相変わらず温暖だが、徐々に冷気が迫ってくる。

 

 

「まずはどこに行くんだ?」

 

「ふふ……ルウィーならではの遊びよ」

 

「へぇ、そりゃ楽しみだな……ってブラン!?」

 

 

そう言いながら、ブランは手を握ってきた。

小さく、冷たい手だったが、きめ細やかな肌の感触で白斗の顔に熱が籠った。

振り返ってきたブランの顔も赤かったが、それ以上に嬉しそうな表情を見せてくれる。

 

 

「ほら、行きましょう?」

 

「……ああ」

 

 

そんな彼女に導かれるのが心地よくて、白斗は誘われるがままに着いていく。

手を繋いで歩いているだけなのに、それすらもがブランにとっても、白斗にとっても嬉しかった。

さて、教会を出て十分くらい歩いたところである場所へとたどり着く。

 

 

「ここは……スケート場か!」

 

 

平らに張られた氷、そしてその氷の上で滑る人々。

まさしくスケートリンクだった。白斗もテレビで見たことがある程度の物で、実際にこうして触れる機会は愚か、目の当たりにすることすらも無かった。

彼の反応を見て連れてきて良かったと思いながら、ブランが説明する。

 

 

「ここはルウィーの寒さだけで作られた天然氷のスケートリンクよ。 一年中、スケートが楽しめるわ」

 

「いいね、俺スケート初めてだったんだ! ……にしてもヒッキーなブランからこういう発想が出てくるとは」

 

「ヒッキー言うな。 イ・ン・テ・リ、なインドア派と言いなさい」

 

(インドアじゃなくてインテリの方を強調したな……)

 

 

苦笑いしながらも、そんな彼女がここに来たのは間違いなく白斗のためである。

それに感謝して、二人は受付を済ませ、レンタルのスケート靴を駆りて早速氷の上へ。

 

 

「んじゃ、まずは俺から……うおっととととっ!!?」

 

「白斗!?」

 

 

初めの一歩へと踏み切った瞬間、氷に足を取られ、バランスを崩しかける。

幾ら器用な彼でもスケートは初体験、初見でうまく滑れるはずがない。

それでも意地で持ちこたえ、踏み止まる。慌てて助けに行こうとしたブランも、白斗が転ばなかったことに安堵していた。

 

 

「お……おお、ははは! 滑れた! 見てるかブランー!」

 

「もう子供みたいにはしゃいじゃって……ちゃんと見てるわよ」

 

 

その後、持ち前の体幹とバランス感覚ですぐにコツを掴み、プロ顔負けまでは行かないが人並みに滑れるようになった。

初めてのスケートが出来るようになって、柄にもなく白斗は大興奮。そんな彼を可愛いと思いながらも、今度はブランが滑ろうとする。

 

 

「次は私ね……って、ちょ、これは………っ! きゃっ!!?」

 

「ッ!! ブランっ!!!」

 

 

しかし、ブランも初体験だったようで同じように転ぼうとしてしまう。

尻餅をつかせるわけにはいかないと白斗が氷の上を滑りながら彼女を背中から抱き留め、人を交わしながら滑っていく。

ブランを抱きかかえながら滑るその姿はまさにフィギュアスケート。

 

 

「あ……。 白斗、ありがとう……」

 

「良いってことよ。 一緒に上手くなろうぜ」

 

「……うん!」

 

 

その後、ブランは白斗に手を引かれながら練習を始めた。

それこそ最初は生まれたての小鹿のように足を震わせ、立つこともままならなかった。だが彼女はインドア派とは言え戦闘もこなせる女神。

体捌きには優れており、一度コツを掴めばあっという間に上達していく。

 

 

「……楽しいわね。 どう、白斗?」

 

「……いや、真面目に凄いし素敵だ。 俺より上手いぞ……」

 

 

白斗の評価は偽りない。

人を避けながらの滑りは勿論、少しだけだがジャンプまで出来るようになった。

さすがは女神と言ったところだろう、白斗も舌を巻いている。

 

 

「ふ……私の事は氷上の妖精と呼んで頂戴」

 

「HEY! そこの氷上の妖精!」

 

「……やっぱ恥ずかしいから却下だ……! で、何だよ白斗!?」

 

 

つい調子に乗って変な渾名を考えてしまうが、白斗に呼ばれると恥ずかしさが込み上げてくる。

うっかり素の口調が出てしまうが、そんな白斗から手を差し伸べられた。

 

 

「……一緒に滑ろうぜ! フィギュアスケートみたいにさ!」

 

「……ええ!」

 

 

氷上で反射された陽光。

それに照らされた白斗の笑顔が、ブランには凛々しく見えてしまった。意中の人からそんな言葉と顔で誘われては、断れるはずもない。

笑顔で手を取り、二人で氷上のダンスを楽しむ。

手を取りながら、時にはブランが白斗に体を預け、抱きかけるようにしてターン。二人の間で、一挙一動、時折吐かれる息遣いすらも楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――この二人の見事な氷上の舞は、後にルウィーの伝説として語り継がれることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん! ここのカレー美味ぇな!!」

 

「でしょう? コクがあって、家庭的な味でいて……何度でも食べたくなるの」

 

 

スケートを一頻り楽しんだ白斗とブラン。さすがに腹も空かせてしまったので、昼食を食べることに。

今回は定番すぎて逆に食べてこなかったカレーである。

ブランお勧めのレストランで食べるカレーは辛口でありながらも、具材の旨味が溶け込んだまさに絶品だった。

 

 

「ふぅ、食った食った……ご馳走様ー!」

 

「まだよ。 デザートが残ってるわ」

 

「お、そうか。 でも俺頼んでないけど……」

 

「私が頼んでおいたの。 白斗には、どうしても食べて欲しかったから」

 

 

いつの間にかブランが注文していてくれたらしい。

甘いのも辛いのも好きである白斗にとっては嬉しい追加オーダーである。

 

 

「そう言えば白斗って何でも美味しく食べてるけど、嫌いなものってあるの?」

 

「んー? そうだな……レバーがダメ。 見てるだけでアカン」

 

「……普通過ぎて面白くないわね」

 

「面白けりゃいいのかよ……」

 

 

苦笑いを浮かべていると店員がデザートを運んでくれた。

それは器に、三層くらいに盛り付けられたアイスクリーム。それをスプーンで割ってみると、まだ温かく湯気を放つスイートポテトが顔を覗かせる。

 

 

「あっ、これ俺が提案したアイスじゃん!」

 

「そうよ。 早速この店で取り扱ってくれることになったの。 名前は『ブラン・ド・ポテトアイス』よ」

 

「ブランとブランドを掛けてるのか。 うまいな、色んな意味で」

 

「ありがと」

 

 

実際味も良かった。ルウィーの過酷な環境を乗り切ったミルクと芋の味は濃厚。

冷たさに体を振るわせれば、温かいスイートポテトでそれを解してくれる。

間違いなく名物になると白斗は確信した。

 

 

「実際客受けはどうなんだろうな、コレ」

 

「見てれば分かるわ」

 

「分かるって……ん!? 周りの人達が頼んでるのってポテトアイスじゃないか!」

 

 

そう、白斗たち以外にも来店している客がいたのだが、大抵がそのポテトアイスを注文していた。

新感覚のアイスとその美味しさに舌鼓を打ってくれている。

 

 

「お蔭様で本当にルウィーの新名物となりそうなの……ありがとう、白斗」

 

「おう。 ブランの力になれて良かった」

 

 

これだけ大盛況ならば、国を代表する名物になれる。

アイスの場合は饅頭とは違い、通販が難しい。つまりはこれを食するためにルウィーに訪れる人も多くなるはず。

それがルウィー、ひいてはブランの信仰心に繋がると白斗は嬉しくなった。

 

 

「改めてご馳走様ー。 美味かった!」

 

「良かった……。 それじゃ次は……」

 

 

味にも満足してもらえて、ブランも嬉しそうだ。

食文化は国の魅力を伝える絶好の機会。今日のデートを盛り上げるだけではなく、白斗にまた一つルウィーのいい所を伝えられたということだ。

ブランも足取りが軽くなり、次なる目的地へと向かおうとしたところで。

 

 

「あーっ!! 白斗君ーっ!!」

 

「ん? 何だ何だ?」

 

 

するとそこへ突然の白斗を呼ぶ声。

女性の声、しかもそのテンションからして白斗の知り合いにして好感を抱いている人物。

ブランもそれに気づき、二人で辺りを見回すと向こうから誰かが走ってくる。

オレンジ色のボブヘアーにセーラー服にも近い衣装、インカムマイクを当てており、更には走る度に揺れるその爆乳―――。

 

 

「あっ!! マーベラス!?」

 

「やっぱり白斗君だ!! やっと会えたよ~~~!!」

 

 

数日前、ディース雪原で助けた忍者少女ことマーベラスだった。

白斗と会えた彼女はとても嬉しそうですぐに白斗の手を取る。

当然、隣でそれを見せつけられているブランの心中は穏やかではなく―――。

 

 

「んなっ……!? ば、爆乳……しかも好感度高……それでいて爆乳……そして爆乳!? おい白斗……こりゃどういうことだァ!!?」

 

 

どうやら余程爆乳が許せないらしい、マーベラスのある一点から目が離せないブラン。

拳を振るわせては青筋を浮かべて白斗に詰め寄る。

 

 

「し、紹介するよ……ディース雪原で助けたマーベラスAQLって子……」

 

「あ! ブラン様! でもこっちのブラン様か……。 私の事は気軽にマベちゃんって呼んでください!」

 

 

以前、出会ったのはこの国に来て二日目。ブランがスルイウ病に掛かってしまった時だ。

その治療薬の材料を求め、ディース雪原に赴いた。そこでモンスターに襲われていたのがこのマーベラスだった。

 

 

「ディース雪原……? ああ、あの子が件の……尚更許せるかァ!!」

 

「ひぃっ!? こっちのブラン様もキレやすいなぁ……」

 

 

ブランはあの正夢から白斗の身に起こったことは大体見ている。

その最中、白斗が女の子、それも爆乳の子を助けたことは知っているがそれが彼女なのだと知れば余計に気が立ってしまう。

 

 

「って、そう言えば貴女……私の事を知っているような素振りだけど……」

 

「何でも別世界を旅したことがあるらしい。 別世界のネプテューヌも知ってたってことは別世界のブランとも出会ったんだろ?」

 

「うん! 性格も見た目も同じだったよ」

 

 

そう、彼女は所謂平行世界から来た存在らしい。

さすがに知的好奇心旺盛なブランもついつい目を輝かせてしまう。

 

 

「で、マーベラス。 その様子だと仲間は無事に救えたみたいだな」

 

「うん! 本当に……本当にありがとう、白斗君!!」

 

(……ちょっと待って。 まさかとは思ったけど……この子!?)

 

 

涙ながら顔を赤くして、それでもしっかりお礼を言ってくるマーベラス。

その女性特有の雰囲気を、ブランは知っている。何せ、彼女も最近になってその感情を知ったばかりなのだから。

するとそこへ、慌ててこちらへ走ってくる女性が一人。

青い長髪に泣き墓黒、そして魔女の様な帽子が特徴的な落ち着いた雰囲気の女性だ。

 

 

「おい、マーベラス。 急に走り出したと思ったら話し込んでどうしたんだ?」

 

「あ! MAGES.! 紹介するね、この人が黒原白斗君だよ!」

 

「そうか、お前が例の……。 その節は世話になったな、私は運命に選ばれし狂気の魔法使い、MAGES.。 よろしく頼む」

 

 

走ってきた女性ことMAGES.が紹介してきた白斗を一瞥する。

何やら言い回しが、アイエフの中二病を更に拗らせたように感じたがそこは受け流した。

興味深そうに白斗を見つめるが、一方的に視線を受け続ける白斗は顔を赤くしてしまう。そして隣のブランはどんどん怒りのボルテージを上げていくのだった。

 

 

「ど、どうも黒原白斗です……ってMAGES……? それって、確か件のスルイウ病に掛かっていたっていう……?」

 

「違う、最後の『.』が抜けている」

 

「発音上関係ないって……。 5pb.みたいなことを言うな……」

 

「ああ、なるほど。 ラステイションで5pb.を助けた少年とはお前の事か」

 

「ん? 知り合いか?」

 

「知り合いも何も、5pb.は私の従妹だからな」

 

「そうなのか!? って言われてみれば面影があるような……」

 

 

改めてまじまじとMAGES.の顔を覗き込む白斗。

言われてみれば顔の輪郭に泣き黶、そして青い長髪と共通点が多い。

 

 

「……余り、女性の顔をまじまじと見るのは感心しないぞ」

 

「おうっ!? ご、ごめんなさい!!」

 

「謝るなら私ではなく、後ろの二人にだ」

 

「後ろ? ……ひぃぃぃぃッ!!?」

 

 

すると少し顔を赤くして顔を逸らしてしまうMAGES.。

いきなり異性の顔が近づいてきたのであれば、落ち着いた雰囲気の彼女とは言えどさすがに恥ずかしくなってしまうのだろう。

だが指摘されて振り返ったその先に居たのは不満そうに膨れっ面になっているマーベラス、そして今にも大爆発寸前のブランだった。

 

 

「オイ白斗ォォォ……! 今日は私との時間だってのに、女二人とフラグ立てやがってえええええええええええ!!!」

 

「ふ、フラグなんて立ててねぇわ! なァ!?」

 

「え!? い、いや……その……私………」

 

 

けれども、訊ねられた先のマーベラスは顔を赤くしてもじもじとしていた。

非常に可愛らしいのだが、今欲しいのはそんな反応ではない。

MAGES.も困ったように肩を竦めている。こちらは面白がってこう返しているだけなのだろうが、否定の言葉すら返ってこないのではブランの溜飲が下がるはずもなく。

 

 

「白斗ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

「ひいいいいいいい!!? と、とにかくマーベラスとMAGES.も今日はこれにてドロンさせていただく!! またなああああああああああああッ!!!」

 

「逃がすかあああああああああああああああああああ!!!」

 

 

ハンマーをコールして襲い掛かってくるブラン。

必死にそれを避けながら白斗は脱兎のごとく逃げていった。追いかけていくブランも全速力で、あっという間に街の彼方へと消えていく。

挨拶する暇もなく、マーベラスとMAGES.はその場に取り残された。

 

 

「あ、白斗君……あーあ。 折角会えたのに……」

 

「ふふ、気になった男に相手されなくて寂しいかマーベラス?」

 

「んなっ!? ち、ちちち違うもん!!」

 

「ははは、なら一つチャンスをやろう。 あの少年の次の行き先だが恐らく……」

 

 

白斗が去っていったことでマーベラスは寂しそうな声と顔になる。

見かねたMAGES.が、ある提案をした。

その提案とは何なのか、それを知るのはもう少し先のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜー……はー……ったく、ホントにどうしようもねージゴロだなお前は……」

 

「ンなこと言われても……サッパリだってーの……ハァ、ハァ……」

 

 

あれからどれだけの追いかけっこを演じたのだろうか。

ようやくブランも怒りを収めてハンマーを仕舞う。

さすがの白斗も肩で息をし、冷たいルウィーの地面に背中を預けていた。

 

 

「……なぁ、お前……そんなに……好きなのか?」

 

「あ? な、何の話だ……?」

 

 

すると、ブランは急に寂しそうに声と顔を曇らせた。

口調だけは素のままだが、どこか泣き出しそうな雰囲気さえある。一瞬怪訝そうにしてしまった白斗も、そんな顔を見せられては聞かざるを得ない。

 

 

「……デカい胸」

 

「は、はァ!? 何でそうなる!?」

 

「だって!! 白斗……さっきのマベちゃんもそうだったし、ベールや女神化したネプテューヌにデレデレだし……」

 

 

体系にコンプレックスを抱いているブランだからこそだ。

今も尚自分の胸に手を当てては気を落としている。

口調もいつの間にかいつも通りの方になっているが、徐々に暗くなっていくのが分かった。

 

 

「……こんなに胸が小さくて、人見知りで、無愛想で、おまけにすぐキレる奴……白斗、嫌いなのかなって……」

 

 

ブランにとって、一番怖かったのはそこだったのだ。

胸が大きい人に目移りして、自分を見てくれないのではないか。そして見れば見るほど欠点が浮き彫りになる自分を、嫌ってしまうのではないか。

恋する少女となってしまったブランにとって、恋した少年に嫌われることは何よりも辛いことなのだ。

泣きそうな声で瞳を潤ませるブランに対し、白斗は―――。

 

 

 

 

「……………」

 

「え………?」

 

 

 

 

無言で、抱きしめた。

どこまでも優しく、どこまでも力強く、どこまでも温かく。ブランを包み込んだ。

それが―――彼の答えだった。

 

 

「……嫌ってる奴に対し、こんなことしねーよ」

 

「ぁ………」

 

「胸が小さいからなんだ? キレやすいからどうだってんだ? ……俺は知ってるぜ。 ブランが本当は優しくて、可愛くて、だからこそ守りたくなる女の子なんだって」

 

 

声も、顔も、抱きしめ方も。何もかもが優しかった。

だからブランは、彼が好きになってしまったのだ。

自分の事は省みないのに、大切な人のためになればどこまでも頑張れて、どこまでも強くなり、どこまでも優しいこの少年が。

 

 

「……ありがとう。 それと……ごめんなさい。 追いかけまわしたりして……」

 

「まぁ、あれは止めていただければと思うが」

 

「でも、あれは白斗も悪いから」

 

「だからなんで!?」

 

 

ただ、嫉妬することは別である。

本当に好きだから、本気で惚れてしまったから。誰かに渡したくないとブランは思うのだ。

 

 

「……手」

 

「ん?」

 

「手、繋いでくれたら……許してあげる」

 

「……ああ」

 

 

本日二度目だが、ブランが手を繋いでくれと願う。

白斗は驚きも、当然嫌がりもしなかった。

彼自身も悪い気はしなかったから、ブランがそれで喜んでくれるならとその小さな手を握る。

 

 

「……やっぱり、貴方の手……温かいわね。 心が温かいからかしら?」

 

「そうか? 体温が高い人間の心は冷たいって言うが」

 

「だとしたら、それは迷信ね。 ……白斗の心は温かいって、知ってるから」

 

「そうかよ……って、ちょっとブラン!?」

 

 

面と向かって、淀みない瞳で、ブランからそう言われた。

ルウィーの気温は相変わらず低いというのに、白斗はやけに頬が熱くなるのを感じて仕方がない。

ブランは、そんな彼の腕に抱きついて頬を擦り寄せた。

 

 

「……嫌っている人に対し、こんなことしないわよ」

 

「……一本取られた」

 

 

先程の白斗の台詞を、そのまま返された。

マーベラス達への嫉妬も、暗くなった心も、白斗と一緒に居ればそれが幸せへと変わる。

そんな幸せな気持ちを抱えたまま、ブランと白斗は幻想の国ルウィーの街を遊び歩いていくのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、とうとう夕方を迎えた。

夕焼けに照らされる雪の街も中々に趣があるが、そろそろ帰らなければならない。

教会に向けて歩いている白斗とブラン、二人の手には買い物袋が握られていた。

 

 

「結構買い込んだわね。 猪肉、ハクサイ、キノコ、豆腐……これで何作るの?」

 

「雪の国には打って付けのモンだよ」

 

「……楽しみにしてるわね」

 

 

白斗がまた料理を作ると言い出したのだ。

どうやらフィナンシェとも打ち合わせ済みだったらしく、そのための食材を買い込んでいた。

わざわざ買い出しをしたのは、ブランと買い物をしたかったからというのもある。そんな彼の気遣いが嬉しくて、ブランは買い物袋を手に嬉しそうに歩いている。

 

 

「そういや、今日一日外で遊んだってーのにブランに気付く人少なかったな」

 

「私、インテリなインドア派だから」

 

「褒められたことじゃねーよ……」

 

 

気に入ったフレーズなのかまた引っ張り出すが要は引きこもっていることが多くて、余り顔が知られていないというところなのだ。

メディア出演するにしてもホワイトハートの姿で出ることが多いのだろう。

そんな他愛もない会話すら楽しんでいたが、あっという間に教会に到着してしまう。そして扉を開けてみれば。

 

 

「ただいまー……ってうおわぁ!?」

 

「お兄ちゃーん!! お姉ちゃーん!! お帰りなさーい!!」

 

「お帰りなさい……!(ぎゅーっ)」

 

 

二つの小さな影が飛びついてきた。

ロムとラム、二人の幼い女の子が白斗を待っていたと言わんばかりに力強く抱き着いてくる。

ブランもそんな光景に苦笑しながら二人の頭を優しく撫でた。

 

 

「ただいま、ロム、ラム。 良い子にしてた?」

 

「うん! ちゃんとお勉強もしたよ!」

 

「偉いぞ。 んじゃ、良い子にはご褒美。 今夜は俺が晩御飯作っちゃうぞー」

 

「本当? 楽しみ……♪(わくわく)」

 

 

どうやら白斗の料理も中々受けが良いらしい。

二人は目を輝かせてくれる。これだけ期待されては白斗も腕によりをかけるしかない。

早速厨房に入り、準備をした。

と言っても買ってきた食材を切り、鍋を用意して出汁を取り、後はそれに火を掛けるだけ。

 

 

「と、言うことで作ってみました」

 

「これは……鍋ね」

 

「そう、鍋。 今回は猪鍋だ。 みんなで食べる鍋も良いんじゃないかって思ってさ」

 

「素敵なチョイスね……ありがとう」

 

 

食卓の上に置かれたコンロ、更にそのコンロの火に晒されて煮える鍋。

寒い日の定番料理、鍋料理である。

美味しさも勿論だが、こうして家族全員で一つの料理を囲むことで団欒できることも魅力の一つだ。

 

 

「すみません白斗さん、私達まで……」

 

「ええ、私なんてメイドですのに……」

 

「ミナさんもフィナンシェさんも、立派なブランの家族なんですから。 遠慮なんかしないで」

 

 

当然、その中には教祖であるミナも、メイドであるフィナンシェも加わっている。

母親のようにブラン達を見守り支えてきたミナも、メイドとして彼女達の生活を支えてきたフィナンシェもこの教会において家族も同然。

 

 

「それじゃ……いただきます」

 

「「「「いただきます!」」」」」

 

「はい、召し上がれ」

 

 

ブランの音頭と共に全員が箸をつける。

出汁が沁み込んだ食材、そしてその食材から旨味が溶けだした出汁、そしてその出汁を食材が吸う、これにより鍋はどこまでも美味しい料理となる。

 

 

「熱い……でも、美味しい……♪」

 

「ホントホント~! 美味しいよお兄ちゃん!」

 

「そりゃ良かった。 ブランは?」

 

 

熱い料理だけに冷ましながらになるが、それでもロムとラムは美味しそうに食べてくれた。

そんな姿に満足しつつ、白斗は肝心のブランへと振り返る。

彼女も熱い料理自体は得意ではなく、同じように冷ましながら口に運んだ。でも、それでも。

 

 

「……美味しい!」

 

 

笑顔を、弾けさせてくれた。

そんな笑顔を見せてくれるだけで、本当に頑張れる。

ミナも、フィナンシェも、そして白斗自身も満足しながらみんなで鍋をつついていく―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、夜は明けた。現在時刻朝の四時。

白斗はまだ日も昇り切らないこの時間帯に、ブランと共に外に出ていた。

現在の気温は氷点下10度を下回り、尚且つ時間が時間であるため人は勿論、モンスターですら寝静まっている。

薄暗さと静けさ、そして冷気が支配するルウィーの森を、二人は歩いていく。

 

 

「ごめんなさい、こんな朝早くに……。 こうでもしないと見られないものがあるの」

 

「謝るなって、今日が最後の日だし。 それに俺、元々朝早いから」 

 

 

朝早くから起こしてしまったことを詫びるブラン。

だが元々朝が早い、というよりも余り寝られない体質の白斗は特に気にしていなかった。寧ろ出不精なブランがこうしてまで誘ってくれたのだ。

これから向かう先に何があるのか、楽しみで仕方がない。

 

 

「……ここよ。 私が集めたデータと計算によれば、そろそろ見られるはず……」

 

「ん? 何にもないところだが……」

 

「すぐに分かるわ」

 

 

どうやら時間によって見られる何からしい。

互いに白い息を吐きながら、じっとその時を待つ。手袋をしているとはいえ、手は少しずつかじかんでいく。

するとブランは懐から一本の水筒を取り出した。

 

 

「……はい、お茶」

 

「お、サンキュ。 ……ふぅ、温まるぅ……」

 

 

熱々のお茶が、魔法瓶によってその温度を保たれたままカップに注がれる。

有難くそれを受け取った白斗は少しだけ冷ましてから飲んだ。

冷えた体をも溶かすような温度のお茶が、体の中から温めてくれる。それだけではない、こんなものをわざわざ用意してくれたブランの優しさも伝わった。

 

 

「……来た! 白斗、見て!」

 

「ん? 一体何…………って、これは……!」

 

 

と、ここでお目当ての何かが来たらしい。ブランが声を掛ける。

目を向けると、朝日が昇り始めていた。

勿論、それも美しかったのだがその朝日を吸い込んだ氷の結晶が、空中で幾重にも煌ている。

空気中に浮かぶ小さな氷が陽光で輝いているのだ。その現象の名は、正式名称「細氷」、またの名を―――。

 

 

 

 

「……ダイヤモンドダスト……」

 

 

 

 

氷は、まさに宝石の王であるダイヤモンドの如き美しさ。

それが空気中で無数に散りばめられ、視界全てが宝石箱、或いは星空のように燦然と輝いていた。

ダイヤモンドダスト、それこそ氷点下10度を超えるような雪国などでしか見られない、奇跡とも言える現象。

白斗はそれを目の当たりに、息を飲んでしまう。

 

 

「……俺、初めて見た……。 すげぇ……」

 

「でしょう? ……こんな綺麗な光景に出会えるのは、ルウィーだけよ」

 

 

そして、そんなダイヤモンドダストを背景にブランが微笑んできた。

彼女の笑顔もまた、ダイヤモンドダストに照らされながら、しかしそれに負けない輝きを放っている。

雪国、ルウィーの女神である彼女の姿が―――とても美しかった。

 

 

「……ああ。 とっても、綺麗だよ」

 

 

ダイヤモンドダストも、そしてそれに包まれるブランが美しかった。

確かにダイヤモンドダストは雪国であるこのルウィーでしか見られない、でも更にそれに包まれる女神様は今この瞬間、白斗だけしか見られない。

 

 

「……ブラン、ちょっと変身してくれないか?」

 

「変身……? ……いいけど……」

 

 

目を閉じて意識を集中させ、シェアエネルギーに身を包む。

光が晴れるとそこには、ダイヤモンドダストを身に纏う白の女神―――ホワイトハートが姿を現した。

 

 

「……これで、いいか?」

 

「………………………」

 

「ってオイ! 折角変身してやったんだぞ! 何とか言いやがれ!!」

 

「ご、ごめん! ……いや、マジで綺麗だったから……」

 

 

呆気にとられた。

普段は可愛らしく、それでいて勇ましい女神ホワイトハート。だが今彼の目の前にいる彼女は、美しさそのものだ。

ダイヤモンドダストの輝きに身を包みながら舞い降りた女神に、白斗の思考回路は一瞬ショートしてしまっていた。

 

 

「き、綺麗ってそんな……!」

 

「お世辞じゃないよ。 その証拠にこの写真」

 

「って写メ撮ってたのか!? お前、だから変身しろなんて……!!」

 

「撮らなきゃでしょ。 こんな綺麗な国の、綺麗な景色の中、綺麗な女神様がいるんだから」

 

 

白斗が見せた携帯電話の画面。その中にはダイヤモンドダストを背景に佇んでいる変身前のブラン、そして女神ホワイトハートがいる。

密かに写真を撮っていたらしく、そのために女神化をお願いしたようだ。

 

 

「う、ううぅ~……お前って奴は~……わ、私だって我慢してたのに……!!」

 

「んぁ? 我慢?」

 

「……同じこと、考えてたってことだよ!!」

 

 

するとブランは、女神ホワイトハートは―――急に抱き着いてきた。

こんな寒い気候の中でもいつものレオタード姿だ、独特の柔らかさに加えて素肌が白斗の腕に絡んでくる。

厚着をしているとはいえ、意識をするなと言う方が無理だ。

 

 

「うぉわぁ!? ぶ、ブラン……!?」

 

「うるせぇ! お前は大人しく……写メ撮られてりゃいいんだよ♪」

 

 

口調は荒々しいが、どことなく嬉しそうだ。

眩しい笑顔を浮かべたまま、今度はブランの携帯端末をコールする。そして腕に抱きついたまま、パシャリ。

ダイヤモンドダストを背景にした、白斗とブランのツーショット写真が出来上がった。

 

 

「これでお相子、だぜ……♪」

 

「……やっぱり、敵わないな」

 

 

可愛らしく微笑む女神様に、降参して両手を上げる白斗。

その二人は、このダイヤモンドダストが見えなくなるまで手を繋ぎ合った。

いつまでも、いつまでも―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それじゃ皆! 一週間お世話になりました!」

 

 

定期船発着場。

そこでは荷物を纏めていた白斗が、これから定期船に乗ろうとしていた。

白斗を見送るのは、一週間家族として接しきてきたルウィー教会の女神達。

 

 

「白斗……貴方が来てくれて、本当に良かった。 また来てね」

 

「はい、私達もお待ちしております」

 

 

ブランとミナが、笑顔で見送ってくれる。

対するロムとラムは、今にも泣きそうな表情で白斗の足にしがみついていた。

 

 

「うぅー……お兄ちゃん、行かないでよぉ……」

 

「やっぱり……わたし達と一緒に暮らそ……?(うるうる)」

 

「二人とも、ダメよ。 白斗だって行くべきところがあるんだから」

 

 

泣きそうになる二人を宥めるブラン。

頭ごなしに怒るのではなく、優しく頭を撫でながら。それに、ロムとラム以上に白斗に離れて欲しくないのはブランの方なのだ。

震える手から、そんな彼女の気持ちが伝わったのかロムとラムも少し大人しくなってしまう。

 

 

「大丈夫。 また遊びに来るし、それに言ってくれりゃ兄ちゃんはどこだって駆けつけるからさ!」

 

「ホント!? 約束だよ!!」

 

「ああ、約束だ。 ブランにも約束する」

 

「ええ、約束よ。 指切り……」

 

「どうしてゲイムギョウ界の女神様は指切り好きなんだか……まぁいいや」

 

 

皆を代表して、ブランが小指を差し出す。

小柄な彼女だけに指も細かった。白斗も自身の小指を差し出して、絡め合う。

 

 

「指切りげんまん、嘘ついたら……ハードブレイクでぶっ潰す」

 

「守ります!! 守るから潰さないでね!!?」

 

 

どうもこの世界で女神に約束すると言うことは命懸けらしい。

 

 

「これでお兄ちゃん……来てくれる……♪(るんるん)」

 

「それで白斗、準備はいいの?」

 

「俺自体はいいんだが、リーンボックス行のチケットが無くてな」

 

「え……? それってマズイんじゃない!?」

 

 

そろそろ搭乗の時間、かに思われたが白斗は妙に余裕というよりも対処のしようがないと言う様子だった。

訊ねてみればそもそもチケットすらないのだと言う。

これを聞いて焦りだすのはブランの方だ。

 

 

「いや、ベール姉さんに聞いたらこの時間で待ってればいいって言うから」

 

「ベールが迎えに来てくれるのかしら……? ん? てことは……」

 

 

迎えに来るのであれば、白斗がチケットを持つ必要はない。

だがベール自らわざわざ定期船に乗ってくるのは明らかに非効率的で無駄が多い。

と、なるとどんな方法で迎えに来るのか。それに思い当たった瞬間―――ルウィーの雪雲を突き破って緑色の流星がこちらへと飛んできた。

 

 

「白ちゃああああああん!! やっとこの日を迎えられましたわ!!!」

 

「ぬぅぉっ!? べ、ベール姉さん!?」

 

「やっぱり……女神化して飛んできたのね……!!」

 

 

流星の正体、それは女神化を果たしたベールの姿だった。

確かにこの姿ならチケット要らず、場合によっては定期船よりもずっと早い。

因みに女神化しての飛行は各国の協定により領空侵犯などの問題にはならないらしい。女神ってすごい。

 

 

「と、いうワケで白ちゃん! このままリーンボックスへご招待ですわぁ!!」

 

「ちょぉっ!? 待っ……ブラン、みんなぁ!! またなああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

あっという間に白斗を荷物ごと抱え込み、空へと飛びあがるベール。

まだロクにお別れの言葉も言えないため、大急ぎで最後の挨拶を発するも、悲鳴交じりの白斗の声はすぐに遠くなった。

余りにも一瞬の出来事に、誰もが唖然となってしまった。

 

 

「……………」

 

「ベールさん、凄かったねラムちゃん……(あわあわ)」

 

「そうだね……ってお姉ちゃん!? どうしたの!?」

 

 

いつもの落ち着いた振る舞いをするベールらしくないハイテンションに、ロムとラムも困惑気味だ。

だがそれ以上に、隣でプルプルと震えるブランの姿が怖く映る。

直後、ブランは悔しさを露に地面を殴りつけた。

 

 

「……ドチクショォオオオオオ!! そうだ!! 女神化して運ぶって方法があったじゃねぇかあああああああああ!!! なんで私はそんなステキな方法を思いつかなかったんだああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

 

女神ならではの方法を思いつかなかった自分が恨めしくて、目の前で白斗を掻っ攫われたことが許せなくて、ブランは地面を叩いた。

何度も、何度も、何度も。

 

 

「お、お姉ちゃん……」

 

「怖い……(ぶるぶる)」

 

「あ、あはは……ブランさんのこの病気は……いつまでも治りそうにありませんね」

 

 

そんなこの国の女神の様子を見て、さすがに引き気味なロムとラム、そしてミナ。

この日、ブランがこの状態から回復するまで実に一時間も必要とするのだった―――。




ということでブラン様とのガチデートでした。
ブラン可愛いですよね~。そんな彼女が勇者ネプテューヌではどうなることやら。
勇者ネプテューヌの発売も来週に迫って参りました。滅茶苦茶楽しみ!
次回からはリーンボックス編。みんなのお姉さん、ベールさんの本領発揮な日々をどうかお楽しみに~。


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第二十話 雄大なる緑の大地、リーンボックス

―――ルウィーを出てから小一時間。

すっかり青くなった空の下、白斗は女神グリーンハートに抱えられながら水面擦れ擦れを飛んでいた。

 

 

「はっ、ははは! 何だこれ!! すげぇ!!!」

 

「ふふ、お気に召していただけたようで良かったですわ」

 

 

初めは高速飛行を直に肌で感じていたため、さすがに恐怖を覚えていた白斗だが段々と慣れるにつれ、人間の身では味わえない空の世界を感じることが出来た。

風を切り、大海原を真上から眺め、鳥と共に飛ぶ。白斗の居た世界でも、こんな経験は絶対にできなかった。それ故に白斗はまさに少年の如く興奮している。

 

 

「気持ちいい……! 女神の皆は、いつもこんな感覚を味わってるのか……」

 

「女神の特権、ですわね。 あ、そうですわ! 白ちゃん、今度一緒に夜のフライトに行きません?」

 

「何それ素敵! ベール姉さんマジ最高!」

 

「もっと褒めてくださいましー!」

 

 

義理とは言え、仲の良い姉弟だった。

その間も風と一体となり、海の上を滑るような爽快感を味わう。

やがて、水平線上の向こうに見えてくる。優しく包み込むような緑が広がる大地が。

 

 

「見えてきましたわ。 二度目になりますが……あれこそが我が国。 雄大なる緑の大地、リーンボックス!」

 

 

雄大なる緑の大地。その二つ名に恥じない、生い茂った緑。

しかし、それらを破壊しない程度に見事に融和された科学技術の都市。

今も飛んでいるこの海の青さから、海水浴、森林浴と言ったアウトドアやリゾート地としても親しまれる国。

―――リーンボックス、これから一週間白斗が暮らす国は、もう間近だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んーっ!! いつ来ても空気が美味いなぁ!!」

 

「ありがとうございます。 と、いう訳で改めてようこそ、リーンボックスへ! 歓迎しますわ、白ちゃん」

 

 

発着場から少しずれた場所に白斗は下ろされ、思い切り背伸びをした。

そこはリーンボックスの都市が一望できる岬。そこから見下ろす街はまた格別だ。

科学が発展した国と言えばプラネテューヌが思い当たるが、そことの明確な違いはとにかく広いこと、そして建物の一つ一つが大きいことだ。

 

 

「相変わらず気持ちいい位のデカさだな。 スケールの大きさと自由がウリだっけ?」

 

「ええ、自分のしたいことを伸び伸びと出来ない人生なんて楽しくありませんもの。 楽しさ優先、それが我が国の持ち味ですわ」

 

 

ゲーマーというからにはゲーム関連以外には興味無さそうなイメージを持たれがちなベールだが、やる時はやる人というのが白斗から見た彼女の印象だ。

実際、自分の国を誇りに思うその姿勢はゲイムギョウ界の女神らしい姿だった。

 

 

「さて、街の景色も見て貰ったところで教会に行きましょう」

 

「ホイ来た」

 

 

再び女神化したベールに抱えられ、白斗は空へと舞い上がる。

女神と共に上空から眺めるリーンボックスは、定期船とはまた違う趣があった。

そのままベールの拠点でもある、洋館にも近い教会へと到着した。

白煉瓦に噴水、綺麗な花咲き乱れる庭園など貴族の屋敷とも思えるような外見は相変わらずだ。

 

 

「ここに来るのは二度目だけど、今日からここに泊まるのか……ドキドキするな」

 

「ええ、絶対に白ちゃんを退屈なんてさせませんわ。 勿論、無茶も」

 

「うっげ、姉さんまでそんなことを言う……」

 

「当り前です。 ノワールの所で仕事をした時はまだしも、ブランの所で大怪我を負ったと聞いた時はもう心臓が止まるかと思いましたわ」

 

 

実際、白斗は旅行と言いながらも他人のためにお節介を焼くところは相変わらずで実際大怪我を負ってしまったこともある。

ベールもそこには細心の注意を払っているようで、戒めるように軽く白斗の額を突いた。

 

 

「でも、そういう積もる話は中でしましょう。 チカ、今戻りましたわ~」

 

(あ、そうだ! チカさんがいるんだ……良い顔されないだろうなぁ……)

 

 

意気揚々と扉を開けたベール。

そこで出された名、チカのことを今になって思いだした。このリーンボックスの教祖、箱崎チカはベールの事を「お姉様」と仰ぐほどベールに心酔している。

そんな彼女にとって、弟扱いされている白斗は面白くない存在なのだ。白斗も彼女のことは悪い人ではないとは知っているが、それでも苦手な部類である。

どうやり過ごそうか、考えながら一歩を踏み出すと。

 

 

「お帰りなさいませお姉様! ……そして黒原白斗様、ようこそお出でくださいました」

 

「へ? あ、はい……お久しぶりですチカさん。 一週間、お世話になります……」

 

 

意外にも、普通の対応をしてくれたチカが出迎えてくれた。

大好きなベールに対するテンションはいつも通りだが、白斗に対する接し方は丁寧なものだ。

思わず肩透かしを食らったように、素っ頓狂な声色を出してしまう白斗。

 

 

「……何よ、まるで私がアンタを邪険に扱うことを想定していた身構え方ね」

 

「分かってるじゃないですか……」

 

「フン、正直気に食わないけどお姉様のためよ。 それに、アタクシだって公私の分別くらい付けるわ。 今回はあくまで仕事で接してあげるからそのつもりで」

 

 

確かにチカにとってみれば、白斗の訪問は彼女にとっては仕事の一環の様なものなのだろう。

仕事と割り切れば、好まない人間相手でも平等に接する必要があるという一種の自己暗示。ただ、そうまでしなければ普通に接することが出来ない辺り、まだまだ壁を感じてしまう白斗であった。

 

 

「あ、あはは……よろしくお願いします……」

 

「ではお姉様、アタクシは仕事に戻りますので。 ……あんまり構い過ぎて仕事を疎かにしないように。 では……」

 

 

そして、愛するベールに一礼。

チカはどこまでもベール一筋で、彼女にとってベールとは全てであり、物事の判断基準にもなっている。

ここまで徹底しているとある意味主体性のあるお人だろう。

 

 

「ごめんなさいね白ちゃん。 チカったら相変わらずで……」

 

「良いってことよ。 これから仲良くしていけばいいだけだし」

 

「そう言ってもらえると助かります。 では、お部屋の方にご案内しますわ!」

 

 

手を繋がれ、意気揚々と部屋の方へと引っ張られていく。

ここまではしゃいでいると姉と言うよりもまるで大きな妹のようにも思える。

そんなベールもまた可愛らしいと思いながら、白斗は成すがままに案内された。元々貴族の館のような外観であるこの教会だが、白斗の客室ともなればまさに貴族のそれだ。

 

 

「はぁ……こりゃまたどこの貴族だよって感じの部屋だ……」

 

「こちらからお招きしたのですから、不自由などさせませんわ。 滞在中はここを好きに使ってくださいまし」

 

「ありがとう。 うーん、ベッドもふっかふかだ!」

 

 

まず、部屋に通されたら大体の人がすること。

それはベッドに飛び込み、その寝心地を肌で実感することだ。白斗もその例に漏れず、ベッドの中へダイブ。

ボフン、とどこまでも沈むような柔らかさが白斗を包んだ。

 

 

「うずうず……うずうず……」

 

 

と、ここでベールが何やらうずうずしていて。口にしながら。

さすがにこれを察せないほど、白斗は鈍くはない。やれやれ、とため息を付きながらもベッドの心地よさを振り切り、上半身を起こして微笑んだ。

 

 

「……はいはい、対戦ね。 今日こそ負けないぜ、姉さん」

 

「待ってましたわ! さぁ、私の部屋へ行きましょう!」

 

「そこは姉さんの部屋なのね……」

 

 

やはりゲームに誘われた。

無類のゲーム好きである彼女にとって、愛しの弟と対戦するというのは何に代えても得難い至福の一時なのだろう。

実際白斗も、ベールとのゲーム対戦を楽しんでいるため、遠慮なく部屋へと招かれることに。

部屋は相変わらずゲームのトールケースや関連グッズなどで犇めき合っていた。

 

 

「相変わらずのお部屋で……」

 

「わ、私の部屋のことはどうでもいいですわ! それより何で対戦しますか?」

 

「そうだな……。 前やったこのFPSで対戦したい!」

 

「リターンマッチ、ですわね。 いいでしょう」

 

 

白斗が選んだのはFPS。戦争を舞台とした兵士達の戦闘をモデルにしたものだ。

リーンボックスで最も盛んなのはFPSだが、以前これで遊んでフルボッコにされたのはいい思い出である。

しかし、今の白斗には秘策があった。

 

 

「さて、リターンマッチというからには前回と同じハンデで勝負して差し上げますわ」

 

「よっしゃー! リベンジしてやるぜ~」

 

 

このベールという女性のゲームに掛ける情熱は想像を遥かに超えている。

何せ銃での撃ち合いがモットーのFPSにおいて、ナイフ一本だけで完封と言う凄まじい技術を持っているのだから。

だからこそ白斗は勝ちたい。勝って認められたい。

 

 

「あら? 以前にも増して動きに無駄がありませんわね……」

 

(実はこのゲーム、ユニとやったことがある。 だから操作感覚は既に習得済みだ)

 

 

そう、ラステイション滞在時にユニと遊んでいたのだ。

銃マニアの彼女のことだからFPSが置いてあるのだろうと踏んでいたが、まさにドンピシャで同じゲームを持っていた。

だからこそ白斗はそのFPSでユニと交流を深めると同時に、ゲームスキルを磨いていたのである。

 

 

(そしてベール姉さんは素早く、的確に判断する。 そして前回の対戦で癖は大体見抜いた、つまりここで少し雑な動きを見せれば……!!)

 

 

今回もベールはナイフ一本という最大ハンデで挑んできている。

つまり彼女の勝ち筋としては必然的に、白斗の隙を的確について倒しに来るという戦法になるのだ。

だから白斗は敢えて僅かに隙を見せ、ベールに好機と悟らせる。そうすれば彼女は姿を現し―――。

 

 

「そこだぁっ!!!」

 

「あっ!?」

 

 

隙を突こうと物陰から姿を現したベールの操作キャラ。

しかし、それに合わせて白斗のキャラが銃を構えて振り返った。既にエイムはつけてある、そのまま引き金を引けば彼女のキャラは倒れ、白斗の得点となる。

 

 

「っしゃぁ! 姉さんから一本取ったぁ!!」

 

 

まるで鬼の首を取ったような喜びよう。

しかし、散々負け続けた白斗にとってこの勝利は大きかった。何よりあのベールから一本を取ることがこんなにも楽しいとは思わなかったのだ。

 

 

「………白ちゃん、成長しましたわね。 正直嬉しいですわ」

 

「ありがとう姉さん! ……って、あれ?」

 

 

言葉では褒めてくれるベール。

……なのだが、顔に陰りが入っている。何やら嫌な予感を感じ取り、白斗の顔から汗が滝のように流れだした。

 

 

「私対策は完璧……ふ、フフフ……。 愛しの白ちゃんが好敵手となる喜びはありますが……こうもしてやられてはゲーマーとして見逃せませんわね?」

 

「ね、ねえ……さん……?」

 

 

―――ベールは、負けず嫌いだった。

「欲しがりません。勝つまでは」を地で行くその執念に、白斗も悪寒を感じる。

とにかく画面を見直せば、ベールの操作キャラがリスポーン地点に戻っている。新しく仕切り直しだ。

 

 

「白ちゃん……貴方に敬意を表し、ハイスラでボコりますわ」

 

「そういうゲームじゃねぇからコレ!?」

 

 

まるで格闘ゲームのような感覚だ。

しかしながら、依然としてベールの操作キャラも、ハンデであるナイフ一本と言う条件も変わらず。

ならば白斗としてはこのまま油断しなければ最悪タイムアップで勝つことは出来る、のだが。

 

 

「甘いっ!!」

 

「嘘ぉ!? 何そのムーブメント!?」

 

 

屋根を伝っての奇襲、まるでその跳躍は義経の八艘飛びの如く。

ベールの技術だからこそできる動きに白斗はカメラワークが追い付かず、混乱してしまう。

その隙にベールが近寄り、一閃。

 

 

「ああああぁぁぁっ!? や、やられた……」

 

「まだですわよ白ちゃん。 このゲームの神髄……貴方に教え込んで差し上げますわ」

 

「ひいいぃぃぃぃぃっ!!?」

 

 

―――その後、白斗は本気を出したベールに成す術なくボコボコにされたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから時は流れ、夕刻。

 

 

「あーあ、結局まともに勝てたの最初のアレだけかー……」

 

「ふふ、でも正直危なかった試合も多かったですわ。 白ちゃんも上達してますわよ」

 

「ありがと……でも次こそ絶対勝つ!!」

 

 

あれからFPSのみならず、格闘ゲーム、レーシングゲーム、果てはRPGのボスをどれだけ早く倒せるかのタイムアタックなど様々な方法で対戦した。

接戦自体はあったのだが、結局のところ白斗は最初の一本以外勝つことが出来なかったのである。

楽しかったが、存外白斗も負けず嫌い。リベンジを誓っている。

 

 

「さて、そろそろ夕食ですわね。 夕食はステーキをお願いしてありますわ」

 

「いいね! ガッツリ食いたい気分だったんだ~」

 

(あらあら、はしゃいじゃって……可愛い♪)

 

 

いつもは大人びた言動も多い白斗だが、相手が姉だからかやたらと子供っぽい言動になっている。

それもまた可愛らしいとベールはご満悦だが。

彼女の案内の元、食堂へ向かえば肉汁溢れるステーキや炊き立てのライス、色とりどりのサラダ、スープなどが出迎えてくれた。

 

 

「おお……超豪華!」

 

「ふふ、我がリーンボックスの恵み……存分に召し上がれ」

 

「それじゃ……いただきまーす!」

 

 

両手を合わせ、早速肉を切り分けて一口。

雄大な自然の中で育った肉の味はまさに絶品、噛めば噛むほど広がる肉の味と油、それに絡み合うソース。

肉だけでなく、自然の恵みそのものと言える野菜も瑞々しく、良い歯ごたえと味わいだった。

 

 

「美味い! これぞ自然の恵みって感じがする!」

 

「お気に召していただいたようで何よりですわ。 で、白ちゃん」

 

「ん?」

 

 

急に名前を呼ばれた。

料理に夢中になっていたが名前を呼ばれては仕方がないと白斗は視線を向ける。

その先にはフォークに刺された肉が一切れ、白斗の目の前、いや口元へと差し出されていた。

 

 

「はい、あーん♪」

 

「ブフォッ!?」

 

 

思わず吹いてしまった。

無理もない、ベール程の美女が眩しい笑顔で、しかも甘い声で「あーん」を繰り出してきたのだから。

 

 

「きゃっ!? ちょっと白ちゃん、お行儀以前の問題ですわよ」

 

「ご、ごめん……じゃなくて! なんでこんなシチュエーションなんだ!?」

 

「何を仰いますの! 『はい、あーん』は姉弟における当然のコミュニケーション! 古事記にも書いてありますわ!!」

 

「姉さんどんな古事記使ってんの!?」

 

 

要約すれば「あーん」をしてあげたいとのことだ。

だがこれは姉弟というよりも恋人のすることなのではないか。さすがの白斗の気恥ずかしさが勝ってしまい、一旦は拒否してしまうものの。

 

 

「ダメ……ですか……?」

 

「うっ……」

 

 

急にしおらしくなり、俯いてしまうベール。

明るかった彼女が急に悲しみに包まれるともなれば、白斗も罪悪感が湧いてしまう。

思えばベールは四女神の中で唯一妹となる女神候補生がいない。妹としてチカを可愛がっているが、それでもやはり家族に対する憧れがあるのだろう。

そんな彼女の細やかな望みを叶えないで、弟とは名乗れない。

 

 

「……わ、分かった……。 あ、あーん……」

 

「っ!! あーん、ですわ♪」

 

 

覚悟を決めて、目を瞑りながら口を開けてベールに近づける。

ベールは一転して明るくなり、肉を白斗の口の中へ。

もぐもぐとゆっくりと租借しながら彼女が食べさせてくれた肉を味わう。

 

 

「どうですか!? 美味しいですか!?」

 

「……美味しいよ」

 

「よっしゃぁ! ですわー!!」

 

 

顔を赤くしながらも、白斗は微笑んだ。

やっと憧れていたシチュエーションが出来たことに、ベールは感無量。食事中にも関わらず大はしゃぎ。

どちらがマナーがなっていないのか、という野暮なツッコミは胸の中に留めて置く。

 

 

「でもまぁ、そんなベール姉さんも可愛いけど」

 

「……ふぇっ!? か、可愛い……ですか……?」

 

「って、しまったぁ!? 何口に出しちゃってんの俺ぇ!?」

 

 

心から想うからこそ口に出してしまった一言。果たして彼は何度、同じようなうっかりを繰り返せば気が済むのだろうか。

 

 

「も、もう白ちゃんってば! お姉ちゃんをからかわないでくださいまし!」

 

 

頬を膨らませてそっぽを向くベール。

その顔は、少し赤く染まっていた。あーんをしてあげたことよりも、可愛いと言われたことに照れてしまったらしい。

これは使える、と考えた白斗が少し身を乗り出して彼女の耳元に囁く。

 

 

「からかってなんか、ないから」

 

「……~~~~~っ!!?」

 

 

ベールは声にならない声を発し、先程よりもハッキリと顔を赤らめながら席を立った。

いつもは大らかな彼女らしくない、大慌てでのバックステップ。熱くなった頬を少しでも冷まそうと両手を頬に当てているのがまた可愛らしい。

 

 

「はは、やっぱり可愛い」

 

「も……もー! 白ちゃんってばー!」

 

「ゴメンゴメ………殺気ッ!!?」

 

 

瞬間、射殺すような視線を感じた。

元暗殺者としてその手の視線に敏感な白斗がその方向へと振り返る。そこには。

 

 

 

 

 

「お姉様とイチャコラしてんじゃねぇよポッと出の若造がァァァァアアアア……!!」

 

(ヒイイイイィィィイイイイィィィィッ!!?)

 

 

 

 

 

 

チカが、血涙しそうな勢いでこちらを睨んでいた。

明らかに呪詛を撒き散らしていそうなまでの殺気、暗殺者として鍛え上げた白斗ですら怖気づいてしまうレベルである。

ただ、彼女が止めてくれなかったら最早姉弟を超えた行動にまで発展していた可能性がある。ここは止めてくれたチカに感謝するべきだろう。

 

 

「そ、それよりさ! 早く食べないと冷めちゃうぜ!?」

 

「そ、そうですわね! お、オホホホ……」

 

 

この状況を何とかするべく、食事を再開する二人。

だがベールは不思議と先程まで美味しく感じていたはずの料理の味が、全く感じられなかった。

何故なら、脳内には白斗のあの言葉が反芻していたからだ。

 

 

 

 

―――からかってなんか、ないから―――

 

(…………白ちゃん…………)

 

 

 

 

あの白斗の顔が、声が、雰囲気が。

いつまでも脳内再生され、ベールの脳内を支配する。甘く響き渡るそれに、ベールは骨抜きにされていた。

甘美なる毒ならば、それでもいいと思えてしまうくらいに。それ以降、ベールの視線はずっと白斗を捉えて離さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いう訳で白ちゃん! 夜のフライトに行きますわよ!」

 

「ホントに唐突だなアンタ!?」

 

 

それから少しして、白斗の部屋に突然ベールが殴り込んできた。

しかも女神化した姿で。

 

 

「善は急げ、時は金なり、いつまでもあると思うな姉と金! 行きますわよ!!」

 

「え!? ちょ、待っ……ぎゃあああああああああああああああああああ!?」

 

 

抵抗する間もなくベールに捕まり、抱えられ、そのまま開け放たれた窓から飛び立たれる。

何の準備も覚悟も出来ないままのスタートであったため、さすがの白斗も悲鳴を上げながら大空へと連れ去られる。

夜風が少し沁みるが、それ以上に凄まじいスピード。少しの間、目を開けることが出来なかった。

 

 

(うおおおおお!!? 今朝のフライトとは比べ物にならん勢い……正直怖ぇ!!)

 

 

情けない話、少し涙すら出てしまいそうだ。

瞼を力強く閉じ、出来るだけ目を開けないようにしていたが、急にピタリと止まる。

 

 

「さ、着きましたわ。 目を開けてくださいまし」

 

「うう……何なんだよ急に……」

 

 

どうやら目的地へ到着したらしい。

と言ってもまだ地に足はつかず、ベールに抱きかかえられたまま。つまりここは未だに空中ということになる。

少し恐怖を感じながらも、白斗が目を開けるとそこには。

 

 

 

 

 

 

 

―――満天の星空と、それを映し出す海。その二つの幻想的景色に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

「………す、げぇ………」

 

「でしょう? 自然豊かなリーンボックスだからこそ、空気も澄んでてて……だからこそ綺麗な星空と綺麗な海を見ることが出来ますの」

 

 

観光地なだけあって、それを破壊するような汚染活動は女神たるグリーンハートが絶対に許さない。

その理由の一つとして、彼女が愛するこの景色を守るためだった。

 

 

「そしてこの場所は私しか知らなかった場所……でも、白ちゃんだから特別ですわ」

 

「………ありがと………。 こりゃ、絶景と言う他ないよ……」

 

 

そしてそれらを一度に堪能できるこのポイントは、彼女しか知らないらしい。

確かに空を自在に飛べる存在など、この世界では翼をもつモンスターか、或いは女神くらいのものだ。

同時にリーンボックスを愛しているベールだからこそ、見つけられたただ一つの景色。そこに案内してくれたと言うことは、彼女にとってそれだけ大切な存在になったということだ。

 

 

「フラストレーションが溜まった時とかは、たまにこうして飛んでいますの」

 

「……はは、出不精の姉さんもそんなロマンチックなことするんだな」

 

「んなっ!? し、失礼ですわよ白ちゃん!! 私だって立派な―――」

 

 

ついつい茶々を入れてしまう。

女神化すると、少しクールさが増すベールも愛する弟からの一言には崩れてしまうというもの。

反論しようと言葉を紡ごうとしたが、白斗にはその先が分かっていた。

 

 

「分かってるよ。 立派な女の子、だもんな」

 

「……っ! だ、だからからかわないでくださいまし……」

 

 

白斗にとってベールとは、姉でもあり、大切な女神様でもあり、そして可愛い女の子でもあった。

そんな彼の思いが、短いその一言だけで伝わってくる。だからこそ女神グリーンハートは、少女ベールは慌てて赤面してしまう。

けれども、やはり心地よい鼓動が胸を打っていた。

 

 

「……白ちゃん、貴方の姉になれて……本当に幸せですわ」

 

「早いよ姉さん。 まだ一日目だぜ? リーンボックスの魅力、いろいろ教えてくれるんでしょ?」

 

「……ええ! もっと、もっと! 一緒に楽しんでいきましょう!」

 

 

ベールは、女神グリーンハートは確信した。

彼が弟になってくれて良かったと。そして、彼と一緒ならもっと楽しんでいけると。

ゲームも、日常生活も、嫌いな仕事ですら。きっと。

 

 

 

 

 

(……でも、何ですの? 念願の弟がこうして遊びに来てくれたのに、まだ何かが足りない……というより、もう少し踏み込みたい、なんて思ってしまうのは……)

 

 

 

 

 

―――だがそれと同時に、更なる願いが募っていく。

それは、女の子だからこその特権なのかもしれない。




サブタイの元ネタ「超次元ゲイムネプテューヌ(無印)」よりリーンボックスのキャッチコピー

ということで今回からベール編!
ベールさんの包容力と可愛らしさを全面に押し出せて行ければと思っています。
因みに今回のサブタイは上記にある通り無印からの引用ですが、無印と以降のリーンボックスってかなり違ってるんですね。
本来なら「独創する緑の大地」とも迷ったんですが、それはまた別の機会に。今回のリーンボックスは自然多めで、ちょっとmk2に寄せている印象だと思っていただければ。
では次回もベール様のターン!と見せかけて、別の子達のエピソードをば。お楽しみに!


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第二十一話 デート・ア・イエフ!

どうも皆さん、こんにちは。私、コンパって言います。

……突然ごめんなさいです、でもどうしても言わなきゃいけないことがあるんです。

えーとですね、私には大親友がいて、あいちゃん……アイエフちゃんという女の子なんですけど。

しっかり者で、カッコ良くて、でも可愛らしいあいちゃん。プラネテューヌの諜報員というお仕事もキッチリこなしている凄い子なんです!

 

 

 

…………その、あいちゃんがですね…………。

 

 

 

「………はぁぁぁぁぁぁー………」

 

 

……ここ最近、元気が無いんです……。

気が付けば溜め息、暇があれば溜め息、とにかく溜め息。何か胸の中で溜めたものを吐き出しているみたいなんです。

この状態になったのは今から一週間くらい前……白斗さんがプラネテューヌを出てから一週間くらい経過した頃です。

最初はなんでもなかったんですが……見て分かるくらいにため息ばかりで、段々元気も無くなって……正直、見ていられないんです……。

 

 

「あのー、あいちゃん……大丈夫ですか?」

 

「…………えっ? あ、何かしらコンパ……白斗がどうしたって?」

 

「誰も白斗さんの事なんて言ってないです……」

 

「うぇっ!? あ、アハハハ……もー、何を言ってるのかしら私ってば……はぁ」

 

 

ああ、余計に落ち込ませちゃいました。

そうなんです……ため息ばかりだけではなく、事あるごとに白斗さんの名前を出すようになっちゃったんです……。

思えばあいちゃん、あの友好条約式典の時に白斗さんに助けられてから白斗さんの名前をより出すようになった感じです。

それだけ白斗さんに懐いているんですかね?

……仕方ないです、こうなったら最終手段発動ですぅ!

 

 

「……あいちゃん、そんなに元気がないならやることは一つです!」

 

「……んぇ? 何……?」

 

 

ああ、いけません!普段のあいちゃんからは想像も出来ないほど抜けた言動が多くなってるですぅ!

手遅れになる前に、看護師見習いとして出来る最善の治療法をしなければです!

 

 

「……白斗さんに、会いに行くです!」

 

「そう、白斗に………って、ふぇえええええええええええっ!!?」

 

 

おお、こうかはばつぐんです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから少し時は経ち、リーンボックスの午前中。

 

 

「ぐっ!? 何だそのインストラクターの動き!? ああぁぁっ、無敵判定!?」

 

「ふふ、この上スマの動きこそ重要なのです……わっ!!」

 

「ぎゃあああああっ!?」

 

 

滞在二日目にして、相も変わらずゲームに勤しんでいるベールと白斗。

本日はルウィー出展の、ゲイムギョウ界で大人気にしてブランの最も得意な対戦ゲームで遊んでいた。

だが予想外の動きばかりするベールのキャラに翻弄され、白斗が操る平面人間は遥か彼方へと吹っ飛ばされてしまっていた。

 

 

「うごごご……か、勝てねぇ……」

 

「白ちゃんは何と言うか、裏を掻き過ぎて失敗していますわね。 そこまで捻くれていると逆に動きが読みやすいですわ」

 

「うう、思い当たる節々……」

 

 

そして対戦が終わればベールからレクチャーを受ける。

白斗の場合、しっかりと反省してそれを吸収しているため、呑み込みは早い方だった。

そのため次に対戦をする時にはレベルが上がっており、それがよりゲームを白熱させていたのだ。

 

 

「さて、今度は別のゲームでも………」

 

 

また違うソフトを取り出したベール。

彼女と遊んでいると、色んなゲーム、色んな世界に出会える。この世界に来てからというものの、白斗は今までは当たり前であったゲームという世界を存分に楽しんでいた。

と、そこへ勢いよくドアが開け放たれる。

 

 

「お姉様っ!! いい加減にしてくださいっ!!」

 

「あ、あら……。 チカ、どうかなさいましたの?」

 

 

現れたのは箱崎チカ、このリーンボックスの教祖である。

普段はベールを「お姉様」と慕い、心から敬愛している彼女だが今回は珍しく彼女に対しても怒り口調。

この剣幕にベールも押され気味で、困ったように頬を当てて苦笑い。けれどもチカの勢いは留まることを知らず。

 

 

「もう書類が幾つも溜まっているんです! そろそろお仕事してください!」

 

「え? 仕事してなかったの!?」

 

「あ、あはは………」

 

 

チカの手には、何枚かの書類が握られていた。

少し目を通しただけでも、締め切り間近なものだらけである。

どうやら白斗と遊ぶことを優先し過ぎて仕事を後回しにしていたらしく、ベールはばつの悪そうな顔を浮かべていた。

 

 

「あはは、ではありませんっ! 黒原白斗が来るのは百歩譲って認めても、お姉様が仕事をしなくていいわけではないのです!!」

 

 

正論オブ正論。

ぐうの音も出ないベール、そして白斗も腕を組んで頷いてしまう。

 

 

「姉さん、これはチカさんが正しいよ。 仕事してきなさい」

 

「うう、白ちゃんまで……」

 

「仕事をしない姉さんは嫌いだ……」

 

「今すぐ仕事してきますぅぅぅぅぅっ!!!」

 

 

余程嫌われたくないらしい、鶴の一声が発動し、ベールは脱兎のごとく執務室へと駆けていった。

後に残された白斗とチカは。

 

 

「「やれやれ……あ」」

 

 

同時にため息を付いては肩を竦めていた。

 

 

「お、ハモった」

 

「何でアンタとハモらなきゃならないのよ!」

 

「そんなこと言われても……」

 

 

同調することすら受け入れたくないらしい、チカが怒りだした。

今日の彼女はいつにもましてお冠だ。白斗の行動のいちいちに対して、厳しい視線を向けている。

 

 

「大体この忙しい時期にアンタが旅行なんて来るからこうなるのよ!! しかもアタクシのお姉様を奪っただけじゃなくてイチャコラしやがってぇ……!!」

 

「う……それについては俺にも原因がある……のかなぁ……?」

 

 

ただでさえゲーム好きで、白斗を溺愛しているベール。

そんな彼女の元に一週間も滞在するともなれば、日夜ゲーム浸けの毎日になることはとうに予想がつく。

一部私情が混じっているとは言え、白斗も痛いところを突かれ、頭を掻いた。

 

 

「あ、あの……俺、お詫びと言っちゃなんですが手伝いますよ?」

 

「……それは出来ないわ。 何度も言ってる通り、アンタは一応客人。 お姉様からもアンタに仕事を回すなって厳命されてるんだから」

 

 

フン、と鼻息を鳴らしながらも律儀に答えてはくれた。

最初に宣言した通り、あくまで公私の分別はつけてくれるらしい。ベール第一を通り越してベール狂いのチカではあるが、教祖だけあって出来ている部分もあった。

 

 

「だからアンタがゲームをしようがどこかへ出掛けようがそこを咎めるつもりは無いわ。 寧ろどこかへ行きなさい、お姉様に引っ付くな」

 

「本当に公私の分別つけているんですかねぇ!?」

 

 

少し、微妙な所だった。

とは言え、白斗の滞在を認めてくれているのでベールが絡まない限りは過度な干渉をするつもりは無いようだ。

 

 

(つっても今日を含めて残り六日間……その間にこの人から一々睨まれながらの生活は正直、胃にキそうなんだよなぁ……何とかして理解を得たいところだが)

 

 

一方の白斗は、チカが悪い人ではないことは理解しているつもりだ。

それでもこうして事あるごとに邪険にされては正直いい気分はしない。

仲良く、までは無理にしても彼女からの理解を得なければ折角の旅行も楽しめないだろう。

そのためには彼女からの信頼を得ることが第一、しかし直接仕事には触れさせないと来ている。ならば、取れる方法はただ一つ。

 

 

「チカさん、一つ提案があるのですが」

 

「提案……? アタクシも暇じゃないんだけど……」

 

 

少し鬱陶しそうな声色だった。

だが、相手はベール自ら招いた客人。無視を決め込むことも出来ないと、とりあえず話だけは聞いてくれることに。

 

 

「仕事は出来ないにしても、相談に乗ることは出来ますよ」

 

「相談? アンタに……?」

 

「はい。 ド素人の意見でも、聞くだけならタダでしょう」

 

「……お姉様から聞いた通り、グレーゾーンを見つけるのが得意だコト」

 

 

直接仕事が出来ないのなら、間接的にサポートすればいい。

今、白斗は時間を持て余している。その時間を使って個人的に調べ物をし、チカに相談という形で持ち込む。

思ったより建設的な意見だったのか、チカも呆れたように息を吐きながら白斗に向き直る。

 

 

「……そうね。 ならお誂え向きのが一件あるわ」

 

「はい、何でしょうか?」

 

 

あくまで仕事という体裁で白斗に接している。

今はこれでいい、信頼など一朝一夕で築けるものではないのだから。寧ろスムーズに話を進められる分、こちらの方がまだやりやすいというのが白斗の本音だった。

 

 

「アンタ、このリーンボックスの名物って聞かれたら何を思い浮かべる?」

 

「名物、ですか? ……うーん、前に姉さんが持ってきてくれたカステラかなぁ」

 

 

昨晩も、リーンボックスの山の幸を堪能した。

だが食材が美味しいと言われても、これが名物というものは正直見たことが無い。

良く土産物でカステラが取り上げられていると以前、ベールが持ってきてくれたことがあったがそれくらいしか知らない。

そのカステラすらも、名物と呼べるかどうか微妙な所なのだ。

 

 

「まぁ、そんな所よね。 ……そう、このリーンボックスにはコレという表立った名物が存在しないの。 これが意味するものは分かるかしら?」

 

「……リーンボックスは観光業が盛ん。 しかし、ウリとなる名物が存在しないことには客寄せにも響いてしまう。 食文化だって観光の楽しみの一つですもんね」

 

「そういう事。 ……まぁ、及第点ってところかしら」

 

 

どうやら軽くテストされたらしい、この一件に関わることを認めてくれたようだ。

名物に関しての話題ならば、ルウィー滞在時に意見を出してそれが本採用になったことがある。

白斗も得意分野とまでは行かないが、経験があるのとないのとでは大違いだ。

 

 

「ここまで来たら分かるわよね? ……正直な所、何を名物にしたらいいのか困ってるのよ。 あれやこれやと作っては売り出しているんだけど、売り上げはまちまちでね」

 

 

疲れたようなため息を吐くチカ。

際立った問題ではないが、国を運営する身として売り上げに関わる問題はいつまでも見過ごせないのだろう。

なるだけ早く消化したいようだ。

 

 

「分かりました、意見を纏めて、また夜にでも勝手に呟きます」

 

「……ふん、まぁ期待はしてないけど。 それと、リーンボックスの街を回らずして意見をまとめたーなんて言われても敵わないからしっかり街は見てきなさい」

 

「了解っと」

 

 

そうと決まれば行動あるのみ、白斗は早速自室へと戻り外出の準備を始めた。

一切迷いない行動とその背中に、チカは先程までとは違う溜め息を吐き出す。

 

 

「……やれやれね」

 

「あらあら、チカったら素直じゃありませんわね」

 

「お、お姉様!? いつからそこに!!?」

 

 

聞かれていないものとして完全に油断していたらしい、背後から掛けられたベールの声に驚いて振り返った。

そこには妙に優しい目と顔をしているベールがいた。

 

 

「いえ、先程のチカの書類を見せてもらおうと戻ってきたのですが……上手いこと白ちゃんを観光させてあげるとは、さすが私の妹、ですわね」

 

「な、何の事だか……」

 

 

目を逸らすチカ。

でも、彼女を妹として可愛がるベールだからこそ分かる。

 

 

「ふふ……折角の旅行なのに、いつまでもゲームだけでは勿体ない。 そんなチカの心遣い、ちゃんと伝わりましたわ」

 

「こ、これはお姉様のためであってあいつのためではありませんから!!」

 

「テンプレ的ツンデレ頂きましたわ~!」

 

「お、お姉様ってばー!!」

 

 

チカとベール、この姉妹も仲が良かった。

彼女にとってチカもまた、愛すべき妹なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、リーンボックスの街へと繰り出したワケですが」

 

 

それからしばらくして、リーンボックスの教会を出た白斗は街へと到着した。

リゾート地などを多く所有するこの国だが、科学技術も発展しており、プラネテューヌとは違う目新しさがある。

プラネテューヌが常に変化を続ける街に対し、リーンボックスは伸び伸びと進化しているという表現が適切だろうか。

 

 

「こう見るとアウトドア以外でも楽しめる場所は多いな……。 けどこういった雑多な街になればなるほど、独自の名物は生まれにくい……」

 

 

リーンボックスは海を隔てた先にある国。

つまりここに来る人々は海を超える必要があるのだ。それは即ち色んな事情を抱えた人が集まることを意味し、そんな人々の幅広いニーズに応えるために店もあらゆるジャンルを取り揃えなければならない。

あらゆる物を用意すれば用意するほど、その国特有のオリジナリティを生み出すのが難しくなる。

 

 

「……この国特有のものを見つけるのではなく、幅広い層に受け入れられるようなものに独自性を持たせる方向で行くか」

 

 

とりあえず方向性は決まった。

問題はその方向性の先に何を見つけるか、なのだが。それを悩みながら街を練り歩こうとすると。

 

 

「うぅ~……コンパぁ~、もう帰りましょうよ~……」

 

「ダメです! ここまで来たからにはキッチリ会いに行かないと!」

 

「ん?」

 

 

何やら聞き覚えのある声が二つ。一人は特徴的な口調だから尚更分かりやすい。

振り返ってみると、そこでは―――。

 

 

「……アイエフに……コンパ?」

 

 

ネプテューヌの親友にして、白斗の仲間でもある少女。アイエフとコンパが何やら言い争っていた。

正確にはコンパがどこかへ行こうと手を引くが、アイエフが必死になって抵抗している感じである。

 

 

「だ、だって……そうよ! 今、白斗は旅行で来てるのよ! お邪魔しちゃ悪いだろうし……」

 

「俺が何だって?」

 

「ホラ、あいつはこんな風にすぐ首を突っ込みたがひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

「うぉわあああああああああああ!!?」

 

 

背後から掛けられた、件の声。

アイエフは思わず絶叫を上げ、その絶叫に当てられた白斗もまた絶叫した。

華麗な身のこなしでアイエフが距離を取り、声のした方を振り返る。そこには白斗が未だに驚いた表情のまま立っていた。

 

 

「び、ビックリするじゃないの白斗!!」

 

「そりゃこっちの台詞だアイエフ……。 それにコンパまで」

 

「えへへ、白斗さんお久しぶりですー」

 

 

今にも爆発しそうな心臓を押さえながらアイエフが怒鳴る。

一方のコンパはいつもと変わらない柔らかい雰囲気と表情を湛えていた。

 

 

「どうしたんだ二人とも? 仕事か何かか?」

 

「いえ、あいちゃんが白斗さんに会えなくて元気が最近無かったから会いに来ちゃったんです」

 

「ちょぉっ!? な、何言ってるのよコンパってばぁ!? ち、違うのよ白斗!! これにはね、深いワケがね……!!」

 

 

いつものようにほんわかと説明してくれるコンパに対し、アイエフは顔を赤らめてながらも早口で、矢継ぎ早に言ってくる。

あわあわとして、最早何を言っているのか支離滅裂な状況だ。でも白斗は不思議と嫌な気分にはならなかった。

 

 

「そうかそうか、寂しかったのか。 悪かったなアイエフ」

 

「う、うにゃー……って頭撫でるなぁっ!」

 

 

気が付けば白斗はその手で、アイエフの小さな頭を撫でていた。

しっかり者と言っても、その本質は年齢相応の可愛らしい女の子だ。怒ってはいるものの、可愛らしい反応を返してくれる。

撫でる度、綺麗な髪の感触が指先を通り抜け、尚触りたくなる。アイエフも、言葉だけで強く拒絶まではしなかった。

 

 

「……そうだ。 実は俺、ワケあって街を回ることなったんだけど二人とも付き合ってくんね? 俺、リーンボックスの街知らないからさ」

 

「え? わ、私は……そうね! コンパにここまで連れてこられたんですもの、ここまで来たら付き合ってあげるわ!」

 

 

これがツンデレ、というものだろうか。

アイエフはどちらかと言えば素直な少女で、ツンデレと言えばノワールの領分なのだが。これはこれで悪くないと白斗はうんうんと頷いている。

そしてコンパは、自身も誘われたことにキョトンと首を傾げていた。

 

 

「私もです?」

 

「おう。 ダメか?」

 

「い、いいえ。 でもベールさんは大丈夫ですか?」

 

「姉さん、今日は仕事で缶詰よ。 その間暇になったから街をブラリと」

 

 

自分も誘われるとは思っても見なかったらしい、コンパが少したじろいだ。

ここに来た目的も親友であるアイエフのためだ。事実、アイエフは白斗と少し会話しただけでいつもの元気を取り戻しつつある。

聞けば白斗の方も一人だと言うので、ここはお言葉に甘えることにした。

 

 

「では、私もご一緒するです!」

 

「んじゃ、色々店回ってい行こうぜ」

 

「ええ! まずリーンボックスと来たら巨大ピザバーガーね!」

 

 

何やら意気揚々とアイエフが案内してくれる。

案内されたのはワゴン車に店が搭載された形の屋台。店の中には本格的な窯まで用意されており、職人のこだわりが伺える。

早速アイエフが一つ注文。その間、職人がピザ生地を捏ねまわしていた。

 

 

「お、本格的。 なんだ、名物ってあるじゃんか」

 

「まぁ、名物と言うよりも変わり種というか?」

 

「見てればわかるです」

 

「見てればって……げぇっ!?」

 

 

思わず変な声を出してしまった。

そこに出たのは文字通り、ピザでサンドイッチされた巨大ピザバーガーだ。

2枚のピザ生地にハンバーグ、レタス、チーズなどの具材を挟み込み、焼いたものだ。それ自体は良いのだが、巨大の名に恥じない大きさである。

 

 

「デカッ!? そして重ッ!? ざっと5人分はあるんじゃねぇの!?」

 

「これ一度食べて見たかったんだけど、大きさが大きさだから中々踏み込めなかったのよねー」

 

「確かにこれは名物……にはなり辛ぇなぁ……」

 

 

この国の新しい名物になるには、誰もが美味しく食べてもらえる必要がある。

味は良いのだろうが、量が量だけに気軽に手を出せるものでは無い。

 

 

「でも今日は白斗さんがいてくれたからチャレンジできるです!」

 

「ねー。 最後にはスタッフよろしく白斗が美味しく頂いてくれるんだから」

 

「お、ま、え、ら~~~ッ……!!」

 

 

確かにこれは女の子だけで食べきるには辛いものだ。かと言って頼んでおきながら残してしまうのも失礼な話。

今回、白斗はダシにされてしまったようだ。

けれども、憧れだったものを食べることが出来て嬉しそうなアイエフとコンパを見ては、怒りもすぐに消えてしまう。

 

 

「……まぁ、いいや。 とにかく食べよう。 いただきまーす」

 

「「いただきまーす!」」

 

 

早速切り分けて食べてみる。

ピザ生地の触感と肉、チーズ、レタス、そしてソース。全てが絡み合い、この上ないハーモニーを奏でる。

―――のだが、今回のハーモニーは聊か重く響いており。

 

 

「……うぷ。 も、もうご馳走様……」

 

「わ、私もですぅ~……」

 

「ちょっとお前ら!? まだ5分の3残ってるんだが!?」

 

 

それぞれ一切れ口にしたところで限界が来てしまった。

元々女の子である二人は、大喰らいではない。のだが量以前に味が濃すぎてギブアップしてしまったらしい。

こうなっては、残る量を白斗が処理するしかないのだ。

 

 

「まぁ、そこは白斗だし?」

 

「白斗さんだから大丈夫ですぅ」

 

「ド畜生があああああああ!!! モグモグハグハグガツガツグッフォゥェッ」

 

 

覚悟を決め、一気に喰らう。

白斗も大喰らいというほどではないが、かと言って目の前で出された料理を残すほど無頓着な男でもなかった。

少しでもペースを落とせばキツくなる。食べる、食べる、食べる、そしてむせる。

 

 

「あははは! 白斗ってば、落ち着いて食べなさいな」

 

「そうですよ。 お料理は逃げませんから」

 

「誰の所為だと思ってんだああああああああああ!!!」

 

 

―――その後、見事に食べきったという。

だが白斗は膨らんだ腹を押さえ、一歩も歩けない様子だ。

 

 

「ぐ、ぐふ……もう、ジャンクフードはいいや……」

 

「ごめんなさいね白斗。 でも美味しかったでしょ?」

 

「まぁな……んじゃ次はどこへ行く……?」

 

 

まだ食べ過ぎから回復出来ていないが、折角のこの時間を無駄に過ごすのも勿体ない。

現在コンパの治療を受けつつも今後の予定を立てることに。

 

 

「そうね、アウトドアとかは時間掛かっちゃうからまたの機会にしたいし……そうだ! サーフィン訓練とかどうかしら?」

 

「んぁ? 海にでも行くのか?」

 

「何も海だけがサーフィン出来るとは限らないわ。 着いてきて!」

 

「お、おいアイエフ!?」

 

「あいちゃん、待ってくださいです~~~!」

 

 

すると白斗の手を取り、アイエフは走り出した。

親友であるコンパも慌てて走り出す。普段は冷静で一歩引いたものの見方が出来る彼女が、ここまで見境なくなる姿などコンパは見たことが無かった。

 

 

(でも、あいちゃん……すごく嬉しそうです!)

 

 

そして―――眩しいまでのその笑顔も。

彼女が笑顔になれば、コンパも笑顔になる。そんな彼女の背中を追いかけようとしたその時、目の前に一匹のネズミとクマのようなフードを被った肌色の悪く、鉄パイプを手にした女性――表現するなら、下っ端のような存在――が通りかかっていった。

 

 

「えっほえっほ……全く、この水晶は希少品だと言うのに、それを探せなんてオバハンも無理難題をいうっちゅ……」

 

「愚痴ってもしょうがネェ。 とにかくアタイも二つほど集めたんだから、これであの二人も文句は言わネェだろ」

 

「出来ればそうありたいっちゅね………ぢゅぢゅっ!?」

 

 

一人と一匹は、何かを抱えながらコソコソと裏路地へと消えていこうとした。

その時、ネズミの方は何か躓いてしまったのか前のめりに地面と激しいキスを交わしてしまう。

 

 

「ヂュヂュ~~~ッ!! い、痛いっちゅ~~~~!!!」

 

「だ、大丈夫か!? 例のブツは!!?」

 

「オイラの心配をするっちゅ~~~!!」

 

 

何やら漫才を始めてしまった二人。

けれども、ネズミの顔の怪我は中々に酷いものだ。顔面を強打したらしく、顔は赤く腫れあがっている。

それを目の当たりにしてしまったコンパは、思わず声を掛けてしまう。

 

 

「あの、ネズミさん。 大丈夫ですか……? 私が治してあげるです!」

 

「ふ、ふん。 悪党たるオイラに情けは無用……ぢゅぢゅッ!!?」

 

 

看護師見習いとして、怪我人は放っておけない。

一方のネズミは悪党気質から差し伸べられた手を払おうと振り返った。

―――その時、ネズミに電流走る。

 

 

「……天使っちゅ……」

 

「「へ?」」

 

 

コンパも、そして下っ端のような少女も思わず変な声が出てしまった。

 

 

「な、何でもないっちゅ……でも、気持ちはありがたく受け取るっちゅ! 君、名前は!?」

 

「わ、私はコンパです……」

 

「コンパちゃんっちゅね! また会おうっちゅ! 行くっちゅよ下っ端!」

 

「だーかーらー! アタイにはリンダって名前が……」

 

 

またもや漫才を繰り広げながら、ネズミと下っ端は裏路地へと消えていく。

結局治療は出来なかったものの、元気そうだとコンパは一安心した。

その一方で、一つだけ気になった点がある。

 

 

「? 何でしょう今の人達……確か、どこかで見たような気がするです……」

 

 

何故か見覚えのある顔だった。

だが、どこで見たのかが思い出せない。うーん、と頭を捻りながら唸っていると。

 

 

「コンパー!? 何してるのー!!?」

 

「あ、あいちゃん! ごめんなさいです~~~!!」

 

 

追いかけてこないことを心配したアイエフが戻ってきた。

親友の声により現実に引き戻され、コンパは先程の些細な疑問を忘れて再び親友を追いかける。

もう既に、あの一人と一匹の姿はどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、着いたわよ!」

 

「ここって……サーフィン関連の店か?」

 

 

案内された先には、サーフボードが看板替わりに立てかけられた店。

ショーウィンドウには水着やシュノーケルなど、海における必需品が並べられていた。

そこに飾られているものだけでも、かなりの品揃えであると分かる。

 

 

「それもあるんだけど、中で人工プールを使ったサーフィン訓練が出来るのよ」

 

「ほう、それは面白そうだな!」

 

 

確かに一々海に行ってサーフィンというのは手間がかかる。

けれどもこうして店の中でサーフィンを体験できるというのは手間も省けるいいサービスだと白斗も感心した。

技術が進んだゲイムギョウ界ならではだろう。

 

 

「ホントは事前予約とか色々あるんだけど、仕事先の人からここの無料体験チケットを貰ったの。 三人分あるから、一緒に遊びましょ!」

 

「私もサーフィンやったことないので楽しみですぅ!」

 

「俺もだ。 サーフィン、実は憧れてたりするんだよな~」

 

 

手際の良さはさすがアイエフと言ったところか。

初めてのサーフィンにコンパと白斗も心を躍らせる。

そのまま店のドアを潜ると、ハイカラな格好の店主が気さくに話しかけてきた。

 

 

「HEY! らっしゃい、本日は何用かいBoy&Girl?」

 

「ここでサーフィンしたいんです。 このチケットで行けますよね?」

 

「OKOK! 大歓迎、Let's Go!!」

 

 

随分とエキセントリックでハイテンションながらも、フレンドリーな店主だった。

そのまま案内された部屋で、白斗はスウェットスーツ着替えを済ませてから出る。

目の前に広がるのは皆で遊べる大規模なプールから、個人で楽しめるカプセル型の個室型プールの数々。

つくづくゲイムギョウ界の進んだ技術に驚かされる。

 

 

「おぉ……! これはスゲェな!」

 

 

既にカプセル型のプールでは何人かがサーフィンの練習をしていた。

一人一人にインストラクターが付き添い、外からスピーカーを通じてアドバイスしている。

波の調整も可能らしく、穏やかな波からビッグウェーブを想定したものまで様々だ。

 

 

「白斗さん! お待たせですぅ~! ほら、あいちゃんも」

 

「わ、分かってるわよぉ……うう、ちょっと恥ずかしい……」

 

「ん? 二人とも、来たの……か……」

 

 

ようやく着替えが終わったらしい。

振り返ると、そこには青と白。それぞれのスーツを着込んだ美少女が二人、白斗に微笑みかけながら歩いてきた。

コンパは何よりも胸が強調されており、破壊力抜群である。しかしアイエフも、スレンダーな体系が寧ろ美しいボディラインを生み出しており、独自の魅力がある。

思わず白斗も、言葉を失ってしまう程の可愛らしさだった。

 

 

「HEY、Guy! 彼女に見惚れるのは結構だが、二股は良くないぜBaby?」

 

「んなっ!? そ、そんなんじゃねーから!!」

 

「そ、そうですっ! わ、私達と白斗はそういうんじゃないですから!!」

 

「う~……ちょっと恥ずかしいですぅ……」

 

 

彼女、そして二股。女性経験が皆無である白斗にすれば、免疫のない単語だ。

アイエフとコンパらも、ついつい顔を赤らめて反論してしまう。

けれども、それが余計に「らしく」映ってしまったらしい、店主はカラカラと笑っている。

 

 

「Sorry、Sorry! で、改めてみんなサーフィンは初体験ってことでOK?」

 

「は、はい」

 

「だったらまずは個別Lesson! あそこのカプセル型プールで基礎を学んでくれ!」

 

 

指を差された先には空いているカプセル型プールが三つ。

それぞれにインストラクターが既に配置完了していた。彼らに案内され、白斗たちはそれぞれ浮かべられたサーフボードの上に恐る恐る足を乗せる。

 

 

「おぉ……ととと! スケートとは違うバランス感覚要求されんなコレ……!」

 

『でもお上手ですよ! そのまま下半身を軸にして、全体を波に合わせてください』

 

「は、はい!」

 

 

スケートは常に滑りながらバランスを維持する必要があるのだが、寧ろサーフィンはボードの上でどれだけ波と同調できるかが関わってくる。

白斗も不慣れながらもなんとか意地で姿勢を保とうとしている。アイエフやコンパはどうなっているのか、少し見て見ると。

 

 

「イヤッホー! 白斗ー! 見てるー!?」

 

『アイエフ!? お前もう出来るようになったの!?』

 

 

既にノリノリで波に乗っているアイエフがそこにいた。

華麗にボードを乗りこなし、波と一体化している彼女の姿は美しくもあった。

元よりアイエフの運動神経は抜群である。モンスターとの戦闘経験も、白斗より上。そこが活きたのだろう。

 

 

「ええ! 面白いわねコレ!! 何なら私が教えてあげようか?」

 

『ぬぬぬ……負けるかコラー!!』

 

(ふふ、ムキになっちゃって……可愛いところもあるじゃない。 そうだ、コンパは……?)

 

 

負けっぱなしは癪である、案外負けず嫌いな白斗が尚更必死に乗りこなそうと練習に戻った。

そんな彼の少年らしさを可愛いと思いつつ、コンパの方を見て見ると。

 

 

『あ、あいちゃーん! 助けくださ……ガボゴボ……』

 

「あ、アハハハ……コンパは、そもそも体幹を鍛えるところからかしら……」

 

 

上手くバランスを取れずに、何度もプールへ落ちているコンパの姿があった。

元より運動が得意ではない彼女からすればサーフィンのようなバランス感覚命のスポーツは短時間で慣れろという方が無理があるのだろう。

アイエフも苦笑いしつつも指導はインストラクターに任せ、自身はサーフィンを楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ~……悔しいですぅ……。 次こそは乗って見せるですぅ!」

 

「まぁ……頑張れ、としか言いようがないな」

 

「そうね。 今度は私と一緒にバランス感覚を鍛えましょ。 そういうゲームもあるから」

 

 

自動ドアを潜り抜けて出てきた白斗たち三人。

あの後、白斗はどこか覚束ないながらもコツを掴むことが出来、それなりに乗れるようになった。

ただ、やはりコンパはあの短い時間の中では基礎を作り上げることが出来なかったため、こうして悔しがっている。

 

 

「それじゃ次はコンパに合わせたトコ行こうか」

 

「そうね。 何がいいかしら………ん?」

 

 

このままでは折角付き合ってもらったにも関わらず、コンパが不憫である。

彼女が楽しめるものは何かと思案していると、アイエフの目にあるものが止まった。

それは書店。本で目が留まると言えばブランを思い出すのだが、今回アイエフの目に留まったのは、一冊のレジャー雑誌。

店先で並んでいるそれを手に取り、立ち読みして目を通す。

 

 

「……どうやら、近くに短時間でも楽しめるハイキングコースがあるみたい。 景色もいいみたいだし、こっちに行ってみない?」

 

「いいな。 ハイキングだったら激しく動き回る必要もないし」

 

「いいですね! それじゃ出発ですぅー!」

 

 

リーンボックスと言えば、こうした発展した街並みだけでなく雄大なる緑の大地を謳うだけあって豊かな自然を抱える。

緑生い茂る山でのアウトドアも、メジャーな楽しみ方の一つ。実際肌で感じて見なければ名物など思い浮かびもしないだろう、白斗もその提案に乗っかることにした。

 

 

「……そう言えば、こういう時にはネプテューヌも引っ付いてきそうな感じだが今日はいないのな」

 

 

ハイキングコースに向かう道すがら、気になったことを訊ねてみた。

アイエフとコンパは幼馴染というほどの大親友だが、そこにネプテューヌも加わった三人組での行動も多い。

だが今回、彼女の姿は無い。白斗に会えると聞けば、猶更彼女が参加しそうなものだが。

 

 

「ねぷねぷに知らせると仕事そっちのけで来ちゃいそうなので今回はナイショです」

 

「おk、把握」

 

「理解が早くて助かるわ」

 

 

プラネテューヌ安泰のためにも、彼女にはしっかり働いてもらわねば。

白斗もうんうんと頷き、納得した。

 

 

「……で、ネプテューヌで思い出したんだが、どういったキッカケで知り合ったんだ? アレでも仮に女神様なんだし」

 

「アレとは随分な言いようね……まぁ、私もそう思うけど」

 

 

そしてもう一つ気になったこと、それはネプテューヌとの馴れ初めだ。

天真爛漫とは言え、ネプテューヌは女神だ。真面目なアイエフが、仮にも女神たる彼女と出会えば畏まっていそうなのが普通なのだが。

 

 

「あれは何年前だったかしら……私とコンパで世界中の塔巡りをしてたんだけど……目の前にネプ子が落ちてきてね」

 

「………ゴメン、言っている意味が分からない」

 

「そうよね……普通は分からないわよね……。 でも事実、ネプ子が空から私の目の前に落ちてきたのよ」

 

「……………もういいや、続けて」

 

 

痛む頭を押さえながら白斗が続きを促した。

その光景が容易に想像出来てしまうから、尚更頭が痛いのだがとりあえず話を進めないことにはどうにもならない。

 

 

「で、驚く私を他所にネプ子が普通に話しかけてきたのよ」

 

「私もびっくりですぅ。 で、そのままねぷねぷと話してたら楽しくなっちゃって」

 

「ひょっとしてその『ネプ子』や『ねぷねぷ』って愛称もその時に?」

 

「そ。 呼びづらかったし、その時は私もネプ子が女神様なんて思わなくてね」

 

 

確かにネプテューヌという名前は少々言いづらい。

思い返せばマーベラスも「ネプちゃん」と呼んでいた気がする。彼女としてはちゃんと呼んで欲しいのだろうが、それでも笑顔で受け入れている姿が想像出来た。

 

 

「で、その時にねぷねぷを追いかけてきたギアちゃんとも知り合ったんです」

 

「更にウチに案内するからーって言われてやってきたのがプラネタワーで」

 

「そこにいたイストワールさんによって初めて女神様と知ったワケか」

 

「そういう事。 私も最初は不敬罪で捕まっちゃうと思ったんだけど、ネプ子ったら怒るどころか『友達が出来たー』って喜んじゃって」

 

 

堅苦しいことを嫌い、誰とでも触れ合える、心優しい彼女らしい光景だ。

だからこそ、あの仲良し三人組が出来上がったのだと白斗も腑に落ちた。

サバサバしたしっかり者のアイエフと、ほんわかで緩いコンパ、そして天真爛漫で心優しいネプテューヌ。

今にして思えば、良いトリオだと心から思う。

 

 

「……そんなあいつだから、俺はここに居られたのかな」

 

「ええ。 良かったわね、真っ先に出会えたのがネプ子で」

 

「ああ。 ホントに……ネプテューヌには感謝してもし足りないよ」

 

 

白斗がこのゲイムギョウ界に来て、初めて出会った人物。

それがパープルハートことネプテューヌだ。もし、彼女ではない人物と出会っていたらどうなっていたのだろうか。

きっと、どこから来たかも分からない不気味な男に優しく接してくれる人などいないだろう。

今だからこそ、白斗はネプテューヌとの出会いに感謝する。

 

 

「でも、俺はアイエフやコンパとも出会えてよかったって思ってるぞ」

 

「え? な、何よ急に」

 

「急でもないさ。 二人とも、俺を助けてくれるし、色々遊んでくれるし、こうして一緒に行動してくれるし」

 

「は、白斗さん……」

 

 

そして、今では出会った人すべてに感謝している。

勿論ここに来るまでにも、ノルスやウサンなど許せない人物もいた。けれどもそれを乗り越えて、女神達やその仲間達、特にアイエフやコンパとも出会えた。

彼女達の支えも、今の白斗には無くてはならないものなのだ。

 

 

「アイエフは俺の背中をバックアップしてくれてるし、コンパには料理とかで助けて貰ってる。 俺にとっちゃ、本当に感謝してるんだ」

 

 

決して世辞などではない、心からの言葉。

女神達を通じて聞いた話だが、白斗は凄惨な幼少期を過ごしてきたらしい。胸に埋め込まれた機械の心臓がその証なのだろう。

だからこそ、優しくしてくれた人達に惜しみない感謝を向けている。そしてそんな感謝を向けれる白斗は―――本当に心優しいのだと、アイエフとコンパの胸に響き渡った。

 

 

「……私もよ白斗。 ネプ子達を助けてくれて……そして、私を助けてくれて、ありがとう」

 

「私も白斗さんに感謝してるですぅ!」

 

 

一方、アイエフとコンパもまた白斗に感謝していた。

もし、彼がいなければ今頃彼女達の大切な親友であったネプテューヌが、この世にいなかったのかもしれないのだから。

そして、アイエフもまたそうなっていたのかもしれない。それを助けてくれたのは他でもない、目の前にい白斗だったのだ。

彼女達にとって、白斗とは最早大切な存在になっている。

 

 

「どういたしまして。 ……ん? 川のせせらぎが聞こえるな」

 

「ホントだわ。 ちょっとコースから外れるけど行ってみる?」

 

「いいぜ。 川の近くでのんびりも悪かない」

 

「私もさんせーですぅ!」

 

 

耳を澄ませば、美しい水の音が聞こえる。

このまま歩いて自然を堪能するのも良いが、先程サーフィンで激しく体を動かしたばかりだ。

休憩の意味も込めてゆっくりするのも悪くない。白斗とコンパの賛成を得てその方向に歩いてみると、透き通った川が静かに流れていた。

 

 

「おぉー、いいねぇ。 まさに自然の中って感じだ」

 

「川の深さも、足首くらいまでね。 ゆっくりするにはもってこいだわ」

 

「それじゃここで一休みするです~」

 

 

早速腰を下ろし、靴を脱いで、足首まで浸かる。

冷たい水が足を包み込み、駆け抜ける水の流れが、心地よい清涼感を齎す。ここまでの疲れも掻っ攫われるような、そんな気持ちよさが三人を包んでいた。

 

 

「……なんか、いいなぁ……こういうの」

 

「そうね……落ち着けるわ~」

 

「すっごくいいですぅ~……」

 

 

足首まで水に浸かったまま、三人はこれまた川の字になって寝転がる。

背中には柔らかい草、そして真上には澄み切った青い空。周りには大自然が生み出すマイナスイオンのひんやりとした空気。

都会の喧騒もどこへやら、三人は普段の慌ただしさも忘れて自然の中に溶け込んでいた。

 

 

「……俺、こうして自然の中でごろ寝なんて初めてだ」

 

「私もネプ子達とキャンプに行った時以来ね。 コンパ、あれいつだったかしら?」

 

「確か……一年前、友好条約が結ばれることが決定したお祝いにねぷねぷが企画したですぅ」

 

「はは、ネプテューヌなら進んでやるよな。 そういうの」

 

 

自然と思い出話に花が咲く。

白斗の知らない三人の思い出を聞くのは正直楽しくもあったが、その反面羨ましくもあった。

年頃の少年少女がしていそうな思い出が、白斗には作れなかったから。

 

 

「……そうだ。 またみんなでキャンプに行きましょ。 今度は白斗も一緒に、ね?」

 

「え? 俺も………?」

 

「はいです! 白斗さんも、一緒に思い出作りするです!」

 

 

そんな彼の表情を読み解いたのか、アイエフがそんな提案をしてきた。

コンパも、寧ろ嬉しそうに受け入れてくれる。

皆で作り、皆で共有する思い出に、白斗も加われる。彼女達にとって、白斗とはそういう存在なのだから。

 

 

「……ありがとな。 って、あ……」

 

「あ……」

 

 

ふと横を見れば、アイエフの顔が近い。

何せ三人で川の字に寝転がり、白斗はアイエフとコンパの間にいるのだから。

互いの吐息すら、顔に触れ合うほどの距離であることを自覚した途端。二人の顔が真っ赤に染まった。

 

 

「ち、ちょっと! 顔近いってば……!」

 

「ご、ゴメン! じゃぁこっち……ってこっちにはコンパが……!」

 

「わひゃぁ!? は、白斗さん近いですう~~~!」

 

 

右を向けばアイエフ、左を向けばコンパ。

よくよく考えればこの状況、美少女二人に囲まれているのだ。それを認識した途端、急に白斗の顔まで赤くなってしまう。

 

 

「~~~だぁぁぁぁ!! 暑いッ!! 顔冷やすッ!!!」

 

 

どうにもいたたまれなくなって白斗は叫びながら上半身を起こす。

丁度、足元には冷たくて綺麗な川が流れていのだ。白斗は顔を水面に寄せ、バシャバシャと洗い始める。

水の冷たさが、火照った顔をいい感じに冷ましてくれる。のだが―――。

 

 

「……えいやっ!!」

 

「ぶふっ!? ちょ、アイエフ何すんだ!?」

 

 

足元を川に浸けていたアイエフが、突然その足を跳ね上げさせた。

当然大量の水飛沫が舞い上がり、それらが白斗の頭全体を濡らす。当の本人は悪戯っ子のような表情で楽しんでいた。

 

 

「ふふっ、さっきのお返しよ。 コンパ、やっちゃいなさい!」

 

「はいですぅ! えーい!!」

 

「ばはっ!? こ、コンパまで……!!」

 

 

アイエフの指示を受けて、反対側からコンパが水を浴びせてきた。

これまた白斗の顔面にクリーンヒット、頭どころか胸元まで濡れそぼる。

 

 

「ふふーんだ! 悔しかったら反撃してみなさい! えい、えいっ!!」

 

「あはは! 白斗さんに攻撃ですぅ~~~!」

 

「べへっ!? ………て、め、ぇ、らぁ~~~~~っ!!!」

 

 

コートを脱ぎ捨てたアイエフ、そしてコンパは川の中へと走り込み、両手で水を掬い上げては白斗に浴びせる。

間断なく襲い掛かる水に、白斗も唇を吊り上げ、不敵に笑う。

 

 

「いいだろう……俺を怒らせたこと後悔しやがれぇ!! ドォラァ!!!」

 

 

白斗もいつもの黒コートを脱ぎ捨て、タンクトップ姿を晒した。

そしてそのまま勢いよく川の中へと飛び込む。

彼の体重と衝撃で、大量の水が舞い上がり、アイエフとコンパの頭上からスコールのように襲い掛かった。

 

 

「きゃっ!? ちょ、ビショビショじゃな~い!!」

 

「俺だけ濡れるのは不公平だ……テメェら二人ともビショビショにしてやらぁ!!!」

 

「きゃー!! 逃げろです~~~~!!!」

 

「逃がすかぁー!!! 待てやコラァァァァアアアア!!!!!」

 

「もー!! 白斗ったらー!!!」

 

 

―――その後、二人の少女と一人の少年は童心に帰って遊び続けた。

それこそ日が暮れるまで。それこそカラスが鳴くまで。それこそ―――遊び疲れるまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よっし、服乾いたな」

 

 

夕暮れ時、川の畔で白斗たちは焚火を起こしていた。

焚火から漏れ出す熱で濡れた服をようやく乾かし終えたところだ。さすがにびしょ濡れのまま帰るわけにはいかないからである。

 

 

「白斗さん、楽しかったですか?」

 

「ああ。 俺、ガキん時でもこんなに遊んだことってなかったよ」

 

「私達もこんな水遊びするの、ネプ子がいた時以来かしら?」

 

「ははは、あいつだったらやるよなー」

 

 

服も乾いたことで帰り支度を始める一行。

だが、それすらも惜しむほどの楽しい時間だった。特に白斗にとって、今でもあの水飛沫の美しさ、体を動かす感覚、そして楽しんでいたアイエフとコンパの笑顔が鮮明に蘇っている。

 

 

「それにしてもお腹すいちゃったわね」

 

「はいです。 お弁当でも持ってくれば良かったです……」

 

 

だが服が乾いても、遊び疲れた体は簡単には元通りにならない。

そして体を動かせば、その分だけ腹が減る。

アイエフとコンパの何気ない会話が、白斗の耳に入ってきた時、電流が走った。

 

 

「ん? ……そうか、弁当!! その手があったか!!」

 

「うぇっ!? な、何よ白斗、突然に……」

 

「ああ、悪い悪い。 こっちの話」

 

 

そもそも、白斗が今日、外出をすることになったのはチカから任された一件があったからだ。

だがそれも、コンパの一言のお蔭で光が見える。

何でもないように装うが、二人の目から見た白斗の様子は明らかに朗らかだった。

 

 

「どうしたんでしょうか白斗さん?」

 

「さぁ? ……それより、そろそろ帰らなきゃ……ね」

 

 

名残惜しそうに、アイエフが寂し気な声を漏らした。

本当に楽しかったのだ。親友のネプテューヌこそいなかったが、コンパと、そして白斗とこんなにも遊べたことが。

 

 

(……明日からまた、白斗の居ない生活か……。 って私……どうしてこんなにも白斗を意識しちゃってるのかしら……)

 

 

だからこそ、帰れば終わりを告げてしまう。明日からまたしばらく―――白斗がいない日々が続くのだから。

アイエフは、胸の底に疼く訳の分からない痛みに俯いてしまう。

 

 

「……んな寂しそうな顔すんなって。 あと一週間でプラネテューヌに帰ってくるからさ」

 

「なっ!? べ、別に白斗が心配とかそういうんじゃ……」

 

「ふーん? ……じゃぁ、リーンボックスに永住しちゃおうかな~?」

 

「えっ………」

 

 

すると今度は、悲し気な声色と表情になった。

痛みすら感じているかのように茫然自失だ。軽い冗談のつもりだったのだが、さすがにそんな顔を見せられては、白斗も罪悪感が湧いてしまう。

 

 

「ゴメンゴメン。 嘘、ちゃんと帰ってくるからさ」

 

「……~~~~っ!! もーっ、アンタって人はー!!」

 

「はっはっは、だからゴメンってば」

 

 

彼女を安心させるために優しく頭を撫でる。

するとアイエフは少しだけ涙を流しながらも、ポカポカと叩いてきた。

怒っているのか嬉しいのか、よく分からないまでに感情を爆発させているが、それすらも白斗には心地よく感じられる。

 

 

「……ふふっ。 あいちゃんもすっかり元気、これで一安心……ん?」

 

 

やはり、来てよかったとコンパは確信する。

白斗と遊べて楽しかった、アイエフとも遊べて幸せだった、そして彼女がいつものように元気になってくれた。

それだけでコンパも嬉しくなった―――のだが、彼女の背後にある茂みが不自然に揺れる。

と、次の瞬間。

 

 

「グルアァァァァァァッ!!」

 

「きゃあぁぁぁっ!!?」

 

 

茂みから、オオカミ型のモンスターことウルフが鋭い牙を光らせて襲い掛かってきた。

冒険者から逃げてきたのだろうか、体中に傷があった。そんなウルフは錯乱したままコンパに襲い掛かる。

突然のことでコンパも、アイエフも動けなかった。

 

 

「―――コンパぁっ!!」

 

「ひゃっ!? は、白斗さん……!?」

 

 

だが、白斗だけは違った。

寸での所だったが、ウルフの殺気を感じ取り彼女を抱きかかえることに成功した。共に地面に倒れ込むようにして獣の飛びつきを避ける。

そして着地して隙だらけになったウルフに。

 

 

「犬っコロ風情が……コンパに手ェ出すんじゃねぇよ!」

 

「グギャァッ!!?」

 

 

懐から取り出した銃で、鉛玉一発をお見舞いした。

一瞬のうちに構えられ、狙いを付けられた弾丸は見事モンスターの脳天に風穴を開ける。

悲鳴を上げながらウルフは絶命し、倒れ伏して消滅した。

 

 

「コンパ!! 白斗!! 大丈夫!!?」

 

「俺は大丈夫だ。 アイエフの銃のお蔭だな」

 

「あ、私の銃……使ってくれてたのね」

 

「当り前だ、お前がくれた大切なお守りだからな」

 

 

慌ててアイエフが駆け寄ってくる。

けれども白斗は特にケガはない。それも迅速にモンスターを仕留めることが出来たから。

そしてそれが可能だったのも、アイエフがくれた銃があったからだ。

白斗はくるくると銃を回しながら彼女に笑顔を向ける。

 

 

(っ!! な、何……今の、ドキッとしたような感覚……)

 

 

そんな彼の笑顔に、アイエフは胸の高鳴りが抑えられず、顔を赤くしている。

甘酸っぱくて、熱くなって、切なくて、でも嫌じゃなくて。

色んな感情が綯交ぜになり、その感情の名前が分からなくなる。

 

 

「で、コンパ。 大丈夫か?」

 

「わ、私は大丈夫です……で、でも……ひぐっ! 怖かったです~~~!!」

 

「よしよし、もう大丈夫だから。 な?」

 

 

余りにも一瞬の出来事で、コンパには何が何だか分かっていなかった。

徐々に思い出してくるのは、襲い掛かってくるウルフの恐ろしい表情。けれども温かい感覚がコンパを包み、そして白斗の必至な表情が目の前にあったこと。

襲われたのだと、そして助けられたのだとようやくわかり、コンパは大泣きした。

 

 

「白斗さん……ありがとうです~~~……」

 

「いいってことよ。 コンパが無事で、本当に良かった……」

 

 

改めてコンパの様子を見ているが、襲われた恐怖で泣いていること以外に外傷は見当たらない。

泣きながらも感謝しているコンパの頭を撫でながら、白斗も一息を付いた。

彼にとって大切な仲間が無事だったことに、本当に安心したから。

 

 

「……白斗さん……」

 

(……あれ? なんだ、このコンパの可愛さは……)

 

(な、何かしら……この危機感は……!?)

 

 

何やら醸し出される甘い空気。

それに包まれているコンパは、白斗の顔にうっとりしている。白斗はそんなコンパの顔に魅入ってしまい、対するアイエフは謎の危機感を覚えていた。

 

 

「そ、それよりコンパの事が心配だし! 早く戻りましょ!!」

 

「お、おう! もう日が暮れちまうしな!」

 

「そ、そうですね! あ、あはははは……」

 

 

―――甘酸っぱい思いもまた、少年少女の特権なのかもしれない。

三人の影は、夕焼けに照らされながらもリーンボックスの街へと向かっていく。

 

 

 

(……また、いつか……白斗と一緒に、こんな日を過ごせたらいいな……)

 

 

 

彼の後ろで歩いているアイエフは、密かに微笑んだ。

まだ見ぬ未来に思いを馳せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、それから数時間後。

プラネテューヌの教会こと、プラネタワーにて。

 

 

「おーい、あいちゃーん。 こんぱ~?」

 

「…………………」

「…………………」

 

 

すっかり月が昇った時間帯、ようやく戻ってきた親友二人を笑顔で出迎えたネプテューヌ。

しかし、肝心のアイエフとコンパは尚更ぽーっとしていた。

まるで蕩けているかのような、どこか桃色すらも感じるような雰囲気である。

 

 

「ねー、二人ともー。 どうしたのってばー?」

 

「本当に何があったんですか?」

 

 

ネプテューヌが幾ら呼び掛けても、目の前で手をブンブン振っても、体を揺すっても大した反応を見せてくれない。

そんな二人を見るのは付き合いが長いネプテューヌも初めてのこと。ネプギアも心配そうに駆け寄ってみると。

 

 

「…………白斗…………」

「……白斗さん……」

 

「え? お兄ちゃんがどうかしたんですか?」

 

 

溜め息と共に、白斗の名前を漏らした二人。

どこか上の空で、どこか甘酸っぱくて、どこか愛おしそうで―――。

 

 

「……そういう事か……ふ、ふふふ……」

 

「ひっ!? お、お姉ちゃん……!?」

 

 

一体二人に何があったのか、なんとなく察したネプテューヌ。

いつものような笑顔を湛えながらも、黒いオーラを纏い始める。

普段の姉からは想像できないような悍ましい何か、妹も震え上がった。

 

 

(……また、いつか……白斗と一緒に……)

 

(白斗さんと……遊びたいです……)

 

 

机で頬杖を突きながら、ただ虚空を―――いや脳裏に思い描いたあの人の顔を眺める二人。

その姿はまるで―――恋する乙女のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、リーンボックスの教会では。

 

 

「―――と言うわけで弁当なんかどうでしょうか」

 

「弁当、ねぇ……」

 

 

チカから出された相談、「リーンボックスの新名物」についての報告会。

白斗の出された提案に、キョトンと言う言葉が似合う様子のチカだった。

 

 

「この国ではアウトドアがメジャーです。 でも個人や少人数で行動する人たちはわざわざバーベキューとか手の込んだものを持ち歩かないでしょう」

 

「確かに、荷物になるだけだものね」

 

「そこでリーンボックスの幸を詰め込んだ弁当を作るんです。 一つの料理だけに囚われない、色んな味を大自然の中で楽しむっていうコンセプトでね」

 

 

今日一日、白斗が過ごしてみて感じた率直な意見だった。

少人数で移動する場合、どうしても装備を軽く済ませようという傾向にある。そんな中、手軽に食べられる美味しい弁当があればとコンパが言った。

まさにその通りだ。だったらその要望を叶えてしまえばいい。食材もリーンボックスで取れるものを使えば、この国らしさが詰まった弁当の出来上がりというわけだ。

 

 

「……目の付け所は悪くないのね。 正直、検討してみる価値はあると思う」

 

「お役に立てたなら何よりです」

 

「アタクシじゃなくてお姉様の役に立てることを考えなさい。 フン……いいわ、ちょっとは使えそうな奴って認めてあげる。 癪だけど、癪だけど!」

 

 

宣言通り、仕事では分け隔てなく接してくれるチカ。

今はこれでいい。仕事方面だけでも、多少信頼が得られればそれだけで違ってくる。1と0とでは埋めがたい差があるのだ。

 

 

「……ま、一応ご苦労様とだけ言っておいてあげるわ」

 

「ありがとうございます」

 

「言っておくけど調子に乗らないこと! そしてお姉様に手を出していいって話じゃないんだからね! それじゃっ!!」

 

 

また一つ鼻息を鳴らして、チカは去ってしまった。

何度も言うが、チカは敬愛するベールに一途なだけであり、そんな彼女に付きまとう白斗が許せないだけだ。

人によって価値観は違うのだから、一朝一夕に態度が変わるはずがない。だからこれから少しずつ歩み寄って行こうと決心する白斗だった。

 

 

「………さて、ベール姉さんに一言挨拶でも……ん? 着信?」

 

 

報告さえ終われば後は自由時間だ。

思えばベールとは今朝別れたきりである。寝る前に一言挨拶するべきだろうと彼女の部屋に向かおうとした矢先、白斗の胸の中でケータイが震える。

画面をタップし、空中に画面を投影すると。

 

 

『白斗ぉおおおおおおおお!!! これは一体どういうことじゃああああああああ!!?』

 

「うぅぉぁああああああああ!!? 何なんだよネプテューヌ!!?」

 

 

いきなりのドアップで怒号が響き渡る。

通信相手はネプテューヌ、なのだが例に漏れずお冠だ。

 

 

『白斗ってばノワール達だけじゃ飽き足らず、ネプギアやユニちゃん、挙句あいちゃんやこんぱにまでコナ掛けたっての!!?』

 

「何の話だ!?」

 

『だって二人ってば、ずっと白斗の名前しか言わないもん!! っていうかズルいズルいズルいーっ!! 三人だけで遊びに出かけるなんてー!!』

 

 

どうやらアイエフとコンパを通じて、今日一日の白斗の行動を知ったらしい。

遊ぶこと大好きな彼女からすれば、羨ましがるのも無理はないだろう。

 

 

「そりゃお前にゃ仕事が………あれ? 変だな、謎の悪寒が……」

 

『ねぷ? どうしたの白斗……って白斗!? 後ろ、後ろ―――』

 

 

プツン、と通信が切れた。背後から伸びた指が、ボタンを押したのだ。

ひんやりとした恐ろしさに、白斗は震え上がる。

まるで油の切れたロボットのようにギギギと首を後ろに回すと。

 

 

 

 

 

「……白ちゃん? まさか今日一日ずっと……アイエフちゃんやコンパちゃんと一緒に過ごしていたのですか……?」

 

「ね、ねえ……さん………?」

 

 

 

 

 

ウフフ、と素敵な笑いを浮かべているベールがいた。

のだが、このひんやりとした空気から分かる。顔は笑っていても、目が笑っていないということを。

嘗て、元の世界では最高峰の暗殺者と謳われた少年が、今恐怖で足が竦んでいる。

 

 

「私が、大好きなゲームを、白ちゃんと一緒に楽しむことも我慢して仕事をしている中……アイエフちゃんと、コンパちゃんと一緒……しかもフラグまで……」

 

「な、何の話をしているのでしょうか……って、何故に私の首根っこを掴んで!?」

 

 

普段のおっとりとした言動からは想像も出来ない恐ろしさ。そして握力。

指先から伝わる冷たさは、殺気にも近い。

どうにかして振りほどこうにも女神の力に敵う筈もなく、白斗は成す術なく無慈悲にズルズルと引きずられていくだけだ。

 

 

「あれぇ!? この状況、ブランの所でもあったよ!? そして謎の鉄の扉がある部屋に連れていかれるんですよね!!?」

 

「そう、ブランとまでそういうことを……フフフフフ……」

 

「待って姉さん!! いや姉様!! 話し合おうッ!!!」

 

「ええ……しっかりとお・ハ・ナ・シ、しましょうか………」

 

「ヒイイイイィィィィッ!!? だ、誰かあああああぁぁぁぁ…………」

 

 

―――白斗の叫び声が、リーンボックスの夜空へ響き渡る。

この国に滞在してまだ二日目。これからもドラマは起こるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

ただ、無事に明日を迎えることが出来たらいいな―――と思う白斗であった。




サブタイの元ネタ「デート・ア・ライブ」

と言うことでアイエフちゃんとコンパちゃんのお話でした。
まさかここでぶっこむとは思わなかったでしょう。でも本当に好きなんです!
今回はネプテューヌがいなかったので、ちょっと違う関係性とかが見せられたらと思います。
後チカさんとかも忘れずに描写。チカさんは確かにベールさん第一だけど、ちゃんとした大人でもあるということをお伝えできれば。
さて、次はちゃんとベールさんに焦点を当てたお話です。イチャイチャです。バケツの貯蔵は十分か。
それではお楽しみに~。


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第二十二話 俺の姉がこんな可愛い妹になるはずがない

はい、タイトルを見て意味☆不明だと思った人。正解です。
でも内容はまさしくコレなんです。では本編始まります!


―――リーンボックス滞在三日目。

本来なら楽しい旅行になるはずだったのだが、白斗は現在参っていた。

と、言うのも。

 

 

「ね、姉さ~ん……」

 

「つーん、ですわ」

 

 

彼の姉となったベールが、超絶不機嫌なのである。

原因は昨日のアイエフとコンパとの、傍から見ればデートとしか言えない行動だった。

美少女二人を連れてお昼、サーフィン、そして水遊び。ゲーム廃人のベールですら羨ましがるシチュエーションの数々に、実際拗ねているのだ。

 

 

「姉さーん」

 

「つーん」

 

「ベール姉さ~ん」

 

「つんつーん」

 

 

無視しているつもりなのだろうが、ここまで「つーん」を連呼されると逆に面白くなってくる。

だが、彼女が拗ねていることは明らかなのでそろそろ白斗も本気で対策を考えることにした。

 

 

「とりあえず、一緒にゲームしましょ?」

 

「お一人でやってくださいまし。 私は今からアイテム使うと怒るナマハゲをジョニー単独撃破しますから」

 

「何そのやり込みプレイ」

 

 

中々コアなやり込みプレイをしようとしていた。

それにしても、ここまで嫉妬深いとは思いもしなかった白斗はお手上げ状態だ。

頭を掻きながらも、有効打を見出せない。女性経験が全くない白斗にしてみれば、どうすればベールが機嫌を良くしてくれるのかが分からないのだ。

 

 

(うーん、これは姉弟になってから初の擦れ違いって奴かな……。 正直面倒くさくもあるけど、このままにしておきたくない……どうしたものか……)

 

 

こういう時に限ってチカは出張しており、相談することも出来ない。

そして彼女には妹となる女神候補生がいないため、身近な人物も少ない方だ。

ベールを任された身として、何より弟として。絶対に仲直りしなければと思うも、解決法が見えてこないのではどうしようもない。

 

 

(……そうだ! 確かネプギアってよく姉さんから話しかけられたって言ってたよな!)

 

 

それは白斗が弟になる前の事、ベールは女神候補生がいないその寂しさからよく可愛らしい女の子を見つけては妹に勧誘していたのだ。

嘗てその対象として良く声を掛けられていたのがネプギアである。ベールがテレビに向き合ったタイミングで部屋を抜け出し、彼女に電話を掛ける。

 

 

『もしもし、お兄ちゃん? どうしたの?』

 

 

携帯電話から聞こえてきた可愛らしい声。

自分を兄と慕ってくれるネプギアのものだ。久々の会話ということもあって、彼女はとても嬉しそうである。

 

 

「ネプギア! 相談に乗って欲しいんだが行けるか?」

 

『うん、行けるけど……珍しいね。 お姉ちゃんも呼ぼうか?』

 

「今回はネプギアの意見が欲しいんだ。 実は………」

 

 

事のあらましを説明した。

真剣に伺ってくれるネプギアだったが、説明し終えると苦笑いが返ってくる。

 

 

『お兄ちゃん……そりゃ、ベールさんも怒っちゃうよ……』

 

「マジですか?」

 

『マジです。 だって、大切な人が自分そっちのけで他の子ばかりに構ってるんだよ? 私だって嫉妬しちゃうよ……』

 

 

呆れもあり、同情もあり、そして諭してもくるネプギアの声。

そう言われては、白斗は嫌でも理解してしまう。

 

 

「……そう、だな……。 確かに俺が悪かった」

 

『まぁ、お姉ちゃんやアイエフさんには内緒にしててあげるからベールさんのケアをちゃんとしてあげてね?』

 

「したいのは山々なんだが何に対しても無視してくるんだよ……」

 

 

そう、最大の問題点はそこなのだ。

ベールの不機嫌の理由が分かっても、肝心の本人が耳を傾けてくれないことにはどうしようもない。

寧ろそれに対する助言を求めるべく、ネプギアに連絡を入れたのだ。

 

 

『うーん、だったらベールさんが反応せざるを得ないくらいのことをしてみたらどうかな?』

 

「と言うと?」

 

『これまでの話を聞く限りだと、話しかけるだけだったんでしょ? だったらアプローチの方法はまだまだあると思うんだ』

 

 

なるほど、と白斗は顎に手をやる。

今まではあくまで言葉を掛けるだけだった。けれどもベールは要するに、構って欲しいのだ。そんな彼女に構ってやるとなれば、普段ベールが抱き着いてくるような身体的接触が一番だろう。

正直、勇気を超えた何かが必要だが。

 

 

「……ええい! ベール姉さんのためだ、尻込みしてる場合じゃねぇ! ありがとなネプギア、お蔭で俺頑張れるよ!」

 

『ううん、お兄ちゃんの役に立てて何よりだよ。 でも、私だって構ってくれなきゃ怒っちゃうんだからね?』

 

「分かってるって。 帰ったら一緒に機械弄って、沢山遊ぼうな」

 

『………! うん!』

 

 

ネプギアも嬉しそうな声で返してくれた。

そんな彼女が可愛らしくてつい微笑みを漏らしながら、白斗は通話を終了する。

 

 

(……さて、こっから先は俺の理性が持つかどうか……ぶっちゃけ姉さんに嫌われる可能性も否定できないが……やれるだけやってやらぁ!!)

 

 

情けない自分の頬を叩き、喝を入れる。

パァン、と気持ちの良い音が廊下に鳴り響き、焼けつくような痛みが白斗の意識を覚醒させた。

結局のところ、ベールの優しさに甘えていた分、今度は自分が優しくする番だと白斗は心を決めて再びドアを開け放つ。

 

 

(………で、肝心の姉さんはというと………)

 

「………………」

 

 

相変わらずベールはゲームに集中している。

と、言うよりもゲームに逃げているという印象だった。肝心のゲームも、いまいち楽しめていない様子。

不機嫌で、少し悲し気で。だからこそ、白斗は―――。

 

 

 

 

 

 

「……姉さん」

 

「………何ですの一体………ひゃぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

後ろから、優しく抱きしめた。

 

 

「なっ、なななな………何ですの白ちゃん!?」

 

「……ごめんな、姉さん。 寂しい思いさせちゃって」

 

 

突然の抱擁に、珍しく慌てふためくベール。

しかも、普段なら絶対に忘れないであろうゲームをポーズ画面にすることすら忘れて。

ようやく見せてくれた不機嫌とは違う顔色、それは突然の事態に頭が追い付けず、顔を赤くしている一人の少女の顔だった。

 

 

「た、確かに寂しかったのですけど……。 と、とりあえず離してくださいません?」

 

「ヤダ」

 

「や、ヤダって………あぅ………」

 

 

ますます白斗の腕の力が強くなり、離れることが出来ない。

ベールはこれでも女神、本気になれば抵抗して、この程度の拘束など外すことくらい出来る。

―――だが、出来なかった。白斗の腕が、それだけ強く、それだけ優しく、それだけ心地よかったから。

 

 

「………姉さんは、こうしてるの……イヤ?」

 

「……い、イヤじゃ……ありませんわ………」

 

 

すっかりベールは顔を赤くして、大人しくなっている。

けれども言葉通り、嫌がっている様子はない。寧ろ予想だにしていない嬉しさに巡り合ったような戸惑いを感じていた。

 

 

「……姉さん、お詫びと言っちゃなんだけど……姉さんのして欲しいこと、叶えてあげる」

 

「え……? い、いえ……そこまでは……」

 

「遠慮しないで。 俺が姉さんにしてあげたいんだから」

 

「は、白ちゃん……」

 

 

また更に抱きしめてくる。尚且つ、優しく顔と声にベールの理性は蕩ける一方だ。

白斗の腕の中でもじもじとするが、寧ろ彼は愛する姉の要望を叶えるまで離してくれそうにない。

既に、ゲーム画面では「YOU LOSE」の文字が浮かんでいる。しかし、今のベールはそれすらも気に留めることが出来ない。目の前の白斗に、釘付けだったから。

 

 

(……今日の白ちゃんは、弟というよりも―――そ、そうですわ!)

 

 

その瞬間、ベールはあることを思いついた。

ずっと心の奥底に閉じ込めていた願い。自分と言う性格だからこそ、言い出せなかった願望。

けれども、今の白斗ならば。それを叶えてくれるかもしれない。

 

 

「で、でしたら……!」

 

「ん?」

 

 

また優しく微笑んでくれる。

今の彼は、ベールを甘えさせてくれるだけの包容力と頼り甲斐がある。間違いないとベールは確信した。

彼ならば、自分を受け入れてくれると。

 

 

 

 

 

 

「………今日一日だけ、私の……“お兄さん”で……いてくれませんか……?」

 

「へっ?」

 

 

 

 

 

白斗も、それには予想できなかった。

いつもは皆を優しく見守る姉と言うのがベールの第一印象だ。そんな彼女の、奥底にしまっていた願い。

それは、兄が欲しかったこと。いや、“自分も甘えたい”ということだった。

 

 

「……ダメ、でしょうか……?」

 

 

不安げな表情で、上目遣い。

ベール程の美少女にそんな顔をされて断れる男が、断れる“兄”がいるだろうか。

 

 

「―――ダメじゃないよ、“ベール”」

 

「………~~~~~っ!!?」

 

 

肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。

初めて見る、耳まで真っ赤に染まり切った顔。何かが崩れ去り、吹き飛んだかのような表情。

プルプルと震えながら、恥ずかしいやら嬉しいやら、ベールの内心はもう何も考えられなかった。

 

 

「……次はベールの番、俺を“兄として”呼んでみて」

 

「は、はわわわわわ………!?」

 

 

更に畳みかけられる。

そう、今日一日、この瞬間。彼はベールの兄となる。となればいつもの呼び名ではない、彼を兄として呼ばなければならない。

想像以上に緊張し、想像以上に胸が熱くなる。汗が止まらず、喉が渇く。けれども固唾を絞り出して呑み込み、意を決して呼ぶ。

 

 

「……は、白斗……兄様……」

 

「ん。 良くできました」

 

 

そして優しく頭を撫でられる。

何度も夢見たシチュエーション、ゲームやアニメでしか見られなかったシチュエーション、そして夢でしかなかったシチュエーション。

それをこの少年は、現実のものにしてくれた。

 

 

(こ、これが……兄!? これが妹になるということ……!? ロムちゃんやラムちゃんは、こんな至福の一時を味わっていたというのですか……!!?)

 

(まさか姉さんが妹になるなんてなぁ……。 しかも兄様と来た。 これはこれで新鮮だし、可愛いし。 いいなぁ、これ……)

 

 

すっかり、互いにこの状況を気に入っていた。

ベールに至っては病みつきという言葉がピッタリ嵌るくらいである。白斗も普段見ることのできないベールの表情に夢中になっていた。

 

 

「は、白ちゃん………」

 

「じゃなくて?」

 

「に……兄様………その、さっきはごめんなさい……。 素っ気ない態度をとってしまって……」

 

「いいんだよ。 俺もほったらかしにしてたのが原因だし」

 

(と、言うよりもアイエフちゃんやコンパちゃんとデートしてたのが原因ですが……まぁ、いいですわ)

 

 

少し見当違いだったが、今となってはそんなことはどうでもいい。

些細な言い合いで、こんな夢見たシチュエーションを手放したくないとベールは意を決してこの状況を楽しむことにする。

 

 

「に、兄様! 今回はこちらのゲームで遊びましょう!」

 

「おう、いいぜ。 ほうほう、金稼ぎ系すごろくゲームか」

 

 

中々コアなゲームを持ち出してきたベール。

緊張しながらも、満面の笑顔でケースを向けてくる彼女が可愛らしくて、白斗は二つ返事で承諾した。

今回選ばれたのは複雑な操作も必要ない、ターン制のゲーム。今までやったことのないジャンルというだけでなく、これならばゆったり話しながらゲームが出来るという考えによるものだ。

 

 

(正直……こんなにもドキドキが止まらない状態で、まともなゲームなんてできませんもの……)

 

いつもなら、ゲームで味わう胸の高鳴りとは未知なる世界へ敵に対しての興奮、スリル、感動が主である。

だが、弟でもあり、兄でもあるこの少年の前では心臓が全く違う動き方をするのだ。胸を締め付けて、切なくなる。でも、不思議と嫌ではないのだ。

 

 

「うっげ、めっちゃ搾り取られる……。 俺リアルラック無い方なんだよな……」

 

「……ふふ、女神達と懇意にしておいて運が無いは無いでしょう?」

 

「はは、違いない」

 

 

そう言いながら、互いにコントローラーのボタンを押していく。

カチャカチャ、と選択肢を入力するだけのシンプルなボタンやレバーの操作音だけがこの部屋に響き渡った。

常日頃、ベール一人だけでゲームを楽しんでいる空間なのだがそれがここ最近、この黒原白斗という弟でもあり、兄でもある少年がいる。

 

 

(……お、おかしいですわ……。 昨日まで普通に会話していたのに、どうして今日に限って言葉が出てきませんの……!?)

 

 

何故か、この少年を意識する度に胸が張り裂けそうになる。

体温が上がって、喉が涸れそうになる。何でもいい、何か話をしてみたいが、下手な話題でこの心地よい空間を壊してしまうと思うとそれすら怖い。

大人の女性としての印象が強かったベールは、ここにはいない。いるのはただ、悶えに悶えている可愛らしい少女だった。

 

 

(……あれ? ベール姉さん、いつもならゲームならハイテンションで色んな話題出してくれるのに……まさかまだ怒ってるのか!?)

 

 

しばらくゲームを黙々と進めていた白斗だが、ここでベールの口数が少ない―――というよりも全くないことに気付く。

良く見て見れば、顔を赤くしているではないか。まだ怒り自体が収まっていないのではないのかと、彼女に嫌われたくない余り勘違いがエスカレートしていく。

 

 

「……何だよベール、まだ怒ってるのか?」

 

「ひゃぁっ!? 白ちゃ……兄さっ……白斗君っ………!!」

 

「落ち着けっての。 逃げやしねぇから」

 

(こ、これは……! ゲームとかで見た、そう、もう“きょうだい”を通り越して恋人ですわっ!!?)

 

 

また肩を抱き寄せられ、耳元で囁かれる。

まさか今日一ずっとこれなのかと、ベールの心臓が保つ気配がしない。この時だけは、機械の心臓を持つ白斗が羨ましくなった。

でも、そんな彼女に白斗は。

 

 

 

 

 

「……心配しなくてもいいよ。 傍に居るから」

 

 

 

 

 

優しい笑顔と共に手を握られる。

手から伝わる温もり、そして彼の思いが、ベールの中に入り込む。

 

 

(あ………)

 

 

その瞬間、ベールの中でその笑顔が焼き付いた。温もりが刻み込まれた。その優しさに―――胸が、ときめいた。

まるでゲームで出てくる“恋人”のように。

 

 

(……そう、でしたのね。 私、確かに妹や弟、兄も欲しかったのですけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白ちゃんに………恋人のように接してほしかったのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それもきっと………私が、彼に………恋、してしまったから………)

 

 

気付いた瞬間、胸の高鳴りも、この体温の上昇も、そして気持ちも。

ベールは全てを受け入れた。

するとどうだろうか、彼との思い出が鮮明に蘇ってくる。

自分が誘導したとは言え、ボディーガードに志願してくれたこと。一緒に楽しくゲームしてくれたこと。昨日もチカの相談に乗ってくれたこと。そしてこうして、抱きしめてくれていること。

―――全て、彼の優しさが、温かさが、心だからこそ出来たことだ。

 

 

(最初は、何故か気になる程度だったはずなのに……彼と過ごして理解できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白ちゃんは、自分の事を暗殺者などと罵りますが、でもそうじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強くて、どこか子供っぽくて、でも頼れて、温かくて……そして優しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな私の我儘にも真剣に向き合って、真摯に受け止めてくれる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼だからこそ、一緒に居たかった……弟として、そして兄として………)

 

 

確かにベールは、他の女神候補生がいないが故に妹に対する願望はあった。

だから、本来ならば白斗だけに執着する必要はない。けれども彼女は白斗が傍に居ることを望んだ。

その願いの正体に気づいたことで、気持ちが軽くなってくる。

 

 

(ネプテューヌ達のような劇的なシーンは無いかもですが……でも、私は本当に白ちゃんが好きで、本気で恋してしまったのですね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まではゲームの中だけでしかなかった、「素敵な恋」……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっと、素敵な貴方だからこそ……素敵な恋を、してるのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……この分もだとネプテューヌ達もそうかもしれません。 この子、ジゴロですから)

 

 

いつの間にか、ベールは自然に笑えるようになっていた。

まだ胸の鼓動は抑えられない、寧ろ自覚した分余計に爆発しそうになっている。でも、今なら受け入れられる。

この温かな気持ちを、預けるようにベールは白斗の肩に頭を乗せた。

 

 

「いっ!? ちょ、姉さ………!?」

 

「……ふふ、今日一日は?」

 

「べ、ベール……じゃなくて何やってんの!?」

 

 

やはり、白斗は女性経験や免疫が無い。

だからこそこのように、身体的接触されただけですぐに大慌てになる。こうして彼から抱き寄せてくれていると言うのに。

途端、白斗の手が離れそうになるが、ベールはその手を掴み、離さないようにした。

 

 

「だーめ。 ………離しませんわ、絶対に」

 

「…………ベール…………」

 

 

やはり、彼女には敵う気がしない。弟としても、兄としても。

頬をポリポリと掻きながらも、白斗は諦めたように息を吐き出した。

 

 

「……しょうがないなぁ、ったく」

 

「ありがとうございます。 ついでに……頭も撫でていただけます?」

 

「ウェイ!? そ、それはもう兄を通り越しているような気が……」

 

「こんなに肩を抱き寄せて置いてそれはナシですわ」

 

「……へいへい」

 

 

そのまま肩を抱いていた手を頭に乗せて、撫でる。

今まで女神達やアイエフらの頭を撫でたことはあったが、ベールの頭を撫でるのはこれが初めてだ。

全く違う髪の感触に白斗も戸惑うが、当の本人は気持ちよさそうに目を細めている。

 

 

「ん~……最高ですわ~……」

 

「……そりゃ、どうも……」 

 

 

撫で撫でを繰り返している白斗。

最早ベールはその幸せをその身で感じることに精一杯だ。その証拠に愛してやまないはずのゲームが、先程から全く進んでいない。

ボタンやレバーを弄るだけの簡単なゲームですら、全く手がつかなくなるほどに白斗に甘えていた。

―――結局これが、夕方まで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして日も傾き、空が茜色に染まった頃。さすがに胃袋が悲鳴を上げ始めていた。

 

 

「……もう夕飯時だな。 んじゃ、可愛い妹のために何か作りますか」

 

「えっ? 兄様……作れますの?」

 

「簡単なもので良ければ」

 

 

そう言って白斗は厨房に向かう。

勇ましく厨房に向かう彼の姿、何より恋心を自覚した相手の手料理を食べられるという期待。

何もかもがベールにとって心ときめかせるものだ。

 

 

(こんな……こんなギャルゲーみたいなシチュエーション……本当にあるのですね……。 もう、白ちゃんはどこまでも素敵なんですから……)

 

 

白斗が去った後での部屋で、ベールは一人悶々としていた。

当然こんな状態ではゲームなどままならず、ベールは大好きな紅茶を飲んで心を落ち着かせようとした。

のだが、緊張に手が震えて紅茶が零れる零れる。

 

 

 

 

 

―――それから数十分後。

 

 

 

 

「ビーフシチューにしてみました」

 

「こ、これは何ともオシャレな……」

 

 

芳醇な香りが漂うビーフシチューに、サンドイッチ。

この優雅なリーンボックスの教会に相応しい料理が並べられていた。

 

 

「兄様、凄いですわね……。 お料理まで出来てしまうなんて」

 

「……まぁ、必要があったから覚えなきゃなんなかったって言うか」

 

「え?」

 

 

今までベールが見てきた中で、白斗が料理を作っている姿は見たことが無かった。

それ故に驚きの声を上げる一方で、白斗は少し寂し気な声と表情になる。

思わず聞き返してしまうも、彼は敢えてそれを聞き流し、ベールに笑顔を向けた。

 

 

「さ、早くしないと冷めちまう」

 

「は、はい。 では……いただきます。 はむっ……ん、ん~~~!! 美味しいですわ!!」

 

 

ビーフシチューをスプーンで掬い、口の中へ運ぶ。

するとどうだろうか、濃厚な味わいが広がる。肉の油、溶け込まれたジャガイモやタマネギの味、しっかり下味がつけられたルー。

ベールの口の中は、まさに天国だ。

 

 

―――美味しいわ白斗!!―――

 

「……そ、そう? ありがと……」

 

 

無邪気に喜ぶベール。

まただ、以前ブランに手料理を振る舞った時もそうだったが、あの姉の言葉と笑顔が思い起こされる。

今度はさすがに不意に泣くことは無かったが、それでも嬉しさが込み上げてくる。

 

 

「ええ、サンドイッチもバッチグーですわ!!」

 

「バッチグーとか久々に聞いたな……。 ん、でも我ながらいい出来」

 

 

ハイテンションながらもどこかお淑やかに盛り上がっているベールの姿を見れば、過去のあれこれなど気にしていられない。

白斗も自前のビーフシチューを一口。自画自賛かもしれないが、胸を張れる味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それからも、二人はゲームをやり続けた。

種類問わず、様々なゲームを、様々な遊び方で、いつものように。

でも、ベールにとってそれはいつも以上に楽しくて、愛おしい時間となっていた。隣に弟で、兄で、そして―――愛しい人がいたからだろうか。

 

 

「くっ、こ、の……!!」

 

「…………っ!!」

 

 

それでもゲームは手を抜かない。

彼女なりの方法で、彼女なりの技術で、彼女なりの全力で。

ボタンやレバーを操作する音が高速で、部屋の中で満たされる。今互いにゲームのキャラに入れ込んでの格闘ゲーム。

互いの息遣いすら、重要な情報源。そして。

 

 

「っ!! そこだっ!!!」

 

「あっ!?」

 

 

白斗のキャラが繰り出した、鋭いアッパーが炸裂した。

気持ちの良い音と共にベールのキャラは空中に舞い上がり、そして力なく地面に倒れ込む。

画面には堂々と「K.O.」の文字が、称えるように浮かび上がった。

 

 

「よっしゃぁー!!! 勝ったぁあああああああ!!!」

 

「……ええ。 負けましたわ。 連敗ハンデ付きでしたけど」

 

 

初めて、やっと、ベールをゲームで打ち負かした。

当然素の実力ではなく、ハンデを設定してのものだがそれでも白斗にとっては嬉しかった。

鬼の首を取ったように喜ぶ彼に対し、さすがにいい気分がしないベール。ネプテューヌ達に隠れがちだが、彼女も負けず嫌いなのだ。

 

 

「……でも、“こっち”は……完敗を認めるしかありませんわね」

 

「ん? 完敗って……うぉっ!?」

 

 

また、頭と体重、そして思いを白斗の肩に預けるベール。

だがその預け方はまるで違う。自分の持つ全てを、彼に預けていた。

 

 

「……こうされるのは、お嫌いですか?」

 

「……別に」

 

 

もう既に、兄だの弟だの妹だの姉だの、そういう立場など関係なかった。

ここにいるのは、親しい二人の男女。白斗とベールだけ。

きっと白斗は、何とか平静を装うとする余りベールの心の機微に気づけていない。でも、ベールはそんな彼が―――大好きなのだ。

 

 

(……なんて、心地よいのでしょう。 ですがこれを今まで味わえていなかったと思うと、さすがに勿体ないですわね。 ネプテューヌ達は今までこれをしてもらっていたのでしょうか?)

 

 

今まで過ごしてきた女神達、ネプテューヌやノワール、そしてブランはこの至福の一時を味わっていたかと思うと羨ましくなる。

しかもあの三人に至っては目の前で白斗が、劇的に命を救うという姿を見せつけている。

故に惚れていてもおかしくはないのだ。

 

 

(ですが……私だって、優しくて、温かくて、私を受け止めてくれるこの人が大好きなんです……だから、渡しませんわっ!!)

 

「な、何だよ急に抱き着いてきて!? む、胸が……胸がっ……!!」

 

 

そして、笑顔でその腕に抱きつく。

当然ベール程の巨乳であればその柔らかさが白斗を包み込む。いや、寧ろ胸囲の弾力で白斗の腕が潰されそうになった。

けれどもこんな形で腕を潰されるのなら本望だ、などと馬鹿なことを思いながら慌てていると、ボーンという音と共に時計が鳴った。

 

 

「あ……もう12時か」

 

「12時……魔法と約束が解ける時間、ですわね……」

 

 

普段、こんなアラームは設定しない。

けれども今日は約束があった。「今日一日は、ベールの姉として接する」。その約束が終わる時間。

ベール自ら設定したものだ。

 

 

「……ご希望があれば、兄としても接するけど?」

 

「い、いえ……さすがにあれはその……溺れてしまいますわ……」

 

「はは、案外初心だな。 “姉さん”は」

 

「……白ちゃんがいけないんですのよ。 もうっ」

 

 

―――日付は変わった。満月が天頂に達する。

けれども、二人の間には温かい時間が流れ続けていた。いつまでも、いつまでも―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『と、いう訳でこれより被告人・黒原白斗の裁判を開廷します』

 

「急にどうしたネプテューヌ!?」

 

 

そして午前1時、今夜はメールだけで済ませようと思っていた白斗の元にネプテューヌの通信が入った。

いつもより厳格な格好と表情、そして木槌を叩きながらそんな第一声。どこか拗ねたような声色である。

 

 

『静粛に、被告人は口を慎むように。 ではノワール検事、冒頭弁論を』

 

「へっ!? ノワール!?」

 

『はい。 被告人、黒原白斗はリーンボックスの女神、ベール氏に対し弟だけではなく兄としての関係を強要した容疑が掛かっています』

 

「何でお前が起訴してんだ!? ってかどこで知った!!?」

 

『あの後ベール自らが自慢するように報告してきたの』

 

「姉さんんんんんんんんん!!?」

 

 

なんとそこにノワールも検事として通信に参加していた。

しかもバリバリのスーツに眼鏡と知的さ、冷徹さを醸し出させるコスプレまで用意して。最も今回はネプテューヌも裁判長の恰好をしているのだから違和感など無いが。

 

 

『ご苦労。 では次にブラン検事』

 

『はい。 その後も、兄としての関係のままゲーム三昧でリーンボックスの政務に手出しさせないなど内政面で悪影響を及ぼしています』

 

「ブランまで!? ってか何故検事が二人いるんだ!? 弁護士は!!?』

 

 

まさかのルウィーの女神、ブランまで参加していた。

こちらもスーツ姿、そしていつもの穏やかな口調ではない。が、声色は殺気が籠っていて、絶対零度を感じる。

正直、暗殺者として生きてきた白斗など目では無かった。三人の女神から厳しい視線を向けられて、命を握られている。

 

 

『弁護士などいない。 では被告人に判決を言い渡します。 有罪、ギルティ―』

 

「待て!! 待てぇえええええええええ!!!!! 幾ら何でもこれは不当……」

 

『『『白斗ォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』』』

 

「ひぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!?」

 

 

白斗の絶叫でリーンボックスの教会が揺れる。

旅行三日目は、終わりをつげ、四日目の朝日が昇るのは後5時間後の事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、これは朝食を終えた直後の一幕。

 

 

「ふぁぁ~……」

 

「あら白ちゃん、眠れなかったんですの?」

 

「ええ、誰かさんが自慢気に他の女神にチクったりしたからかなぁ~……?」

 

「あ、あはは……ごめんなさい……」

 

 

目の下に隈を張り付けた白斗はやや不機嫌そうだ。

事の張本人ことベールは苦笑いしながら謝るベール。

 

 

「そ、それよりも!! 今度はこれで対戦しましょう!!」

 

「それでご機嫌取りのつもりか。 まぁ取られるんだけど……ほう、レーシングゲームか……俺これ苦手なんだよねぇ……」

 

 

お気に入りのゲームソフトを掲げているベール。

苦笑いしながらも、結局は付き合う白斗。ここまではいつも通り。なのだが、その親密度が段違いになっている。

 

 

「…………何なのよこれは…………ッ!」

 

 

それを目の当たりにしているのは、昨日一日出張で出かけていたチカ。彼女は突然戻ってきた。そんなチカを出迎えたのがこの光景、あまりにもあんまりである。

 

 

「………黒原白斗ォォオオオオオオオ………」

 

「ヒィッ!? ち、チカさんお帰りなさい……」

 

「その前に……お姉様に手を出していいって言ったわけじゃないって……アタクシ言ったはずよねぇ……?」

 

 

今にも殺気が爆発しそうなチカ。

気が付けば、弟と姉のやり取りを超えた親密度。そして肝心のベールは、明らかに白斗に向ける好感度が高くなっている。というよりも、好意のベクトルが別の方向になっている。

それに気づいて、ブチ切れないチカがいるだろうか。いや、いない。

 

 

「あら、チカ。 お疲れ様でした。 お早いお帰りですわね」

 

「お姉様もその男から離れてくださいッ!! そんなに相手して欲しいならアタクシだって……!!」

 

「ええ、もちろん。 後で一緒に遊びましょうチカ」

 

「お姉様………!!」

 

 

チカも、ベールにとって愛すべき妹。

だからこそ大人の余裕で包み込んでくれる。不思議とあしらっているようにも見えるのは、きっと気のせいである。

何しろやり手のチカですら、それに気づかず幸せそうな顔をしているのだから。

 

 

「ところでチカ、貴方がこんなにも早く帰ってくるとは何かありましたの?」

 

「……それなんですが、ちょっと客人が」

 

「客人? それもこんな朝早くに?」

 

「そうでもしないと来れない人なので。 ……ただ黒原白斗、アンタは出ていきなさい」

 

 

パンパンと手を叩くことでその人物を招き入れる。

どうやら既にこの屋敷にいるようだ。あのチカですらあっさり屋敷内に入れると言うことは彼女にとってもベールにとっても顔見知りだということ。

一方の白斗には出ていくよう命じた。気に食わないという理由だけではなく、何か他の理由があるようなのだが。

 

 

「えっ? は、白斗君……いるん、ですか………?」

 

「ん? その声……」

 

 

物陰から聞こえた声。少女のものだ。

少し怯えが混じったような、でも透き通った美しい声色。白斗はその声に聞き覚えがあった。

それはラステイション滞在中の事。出会いとしては、20分にも満たなかったが、白斗はその子の事を忘れてなどいなかった。

 

 

 

 

 

「……お久しぶりですベール様。 そして………白斗、君………」

 

「ふぁ………5pb.!?」

 

 

 

 

 

リーンボックスの歌姫、5pb.がおずおずとその姿を現したのだった。

アイドルが、こんな早朝から訪ねてくる―――それはもう、嵐の予感しかしない。




サブタイの元ネタ「俺の妹がこんなに可愛いはずがない」

ベール様にまさかの妹属性追加+恋に落ちるお話でした。
でもVⅡの白昼夢イベントで妹願望もありましたから別段珍しいことでもなかったり。
ならばと私が出した答えが姉であり、妹でもあるというこの欲望押さえる気ゼロの展開でした。ベールさん可愛い。
次回はリーンボックスの歌姫、5pb.ちゃんのお話でござーい。お楽しみに!


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第二十三話 Song for you

―――穏やかな朝を迎えるものかと思っていた、リーンボックス滞在4日目。

しかしそれはチカの突然の帰還、そして5pb.の突然の訪問によって崩れ去った。

 

 

「……お久しぶりですベール様。 そして………白斗、君………」

 

「ふぁ………5pb.!?」

 

 

少し怯えながらも、姿を現した少女―――5pb.。

彼女はリーンボックスの歌姫と呼ばれ、そこを中心に活躍する大人気アーティスト。

そんな少女と、まさかここで再会するとはさすがの白斗も夢にも思わなかった。

 

 

「あら、白ちゃん……5pb.ちゃんのこと、ご存じですの?」

 

「以前……その、ら、ラステイションで助けて、いただいたこと……があって……」

 

 

恥ずかしそうにもじもじさせながらも、5pb.は何とか口にする。

やはり人見知りは相変わらずだ。

そもそも今、緊張してしまっているのはまだ顔見知りという段階でしかない白斗がそこにいるためだろう。

苦笑いしながらも、白斗はあの時貰ったチケットを一枚、ひらひらと取り出した。

 

 

「んで、明日やる予定のライブのチケット貰ったんだ」

 

「……まさか、5pb.ちゃんにまでフラグを?」

 

「何だよそのフラグって!? 大体、5pb.も俺にまだ慣れてねーし。 な?」

 

「う、うん………」

 

「ほれこの通り。 顔を赤くしてそっぽ向くだけですがな」

 

(その時点でアウトですわ……ッ!)

 

 

内心でベールは叫びたい気分だったが、普段のキャラ付けがそれを許さなかった。

精々唇を引きつらせながら青筋浮かべて、黒いオーラを発する程度である。

兎にも角にもこのままでは話が進まない、腕を組んでいるチカがため息を付きながら続きを促した。

 

 

「で、アタクシはお姉様が気がかりで急いで仕事を終わらせて帰ってきて、この子が教会の前でウロウロしていたので……」

 

「招き入れた、というワケですわね」

 

 

なるほど、と誰もが納得した。

どうやら人見知りな5pb.も、ベールには懐いて心を開いているようだ。さすがはリーンボックスの女神。

チカとはそれほどと言ったところだが、顔見知りとしてそのままにもしておけなかったのだろう。

 

 

「で、改めてどうしてアンタはこの教会の前に?」

 

「……い、いえ……し、仕事で近くを通りかかったので……挨拶でも、しようかなと……」

 

「こんな朝っぱらから? 大人気アイドルだからって非常識じゃない?」

 

 

少し非難がましい視線で睨み付けてくるチカに、5pb.は怯えてしまう。

けれども彼女がそう思うのも無理もない。まだ朝の8時にすら到達していない時間帯、支度も済ませていない人が多いだろう。

そんな時間に訪ねてくる人は大抵は非常識と言われても仕方ない。

 

 

(……或いは、大抵じゃないことが起こったか)

 

 

そして辿り着くもう一つの可能性。そうしてでも訪ねなければならない用事があったから。

だが見るからに5pb.という少女は、物怖じしまくるタイプ。チカのように強く言われては縮こまってしまい、本音を出すことが出来ない。

チカの苛立ちも尤もなので、白斗も強く口出しは出来なかったが。

 

 

(……? 5pb.の目……少し疲れてて、悲しげだ……)

 

 

チカを宥め、5pb.を庇うようにして立つベール。

そんな彼女に守られている5pb.の姿、そして目。白斗は観察を続ける。

彼女自身が本音を引き出せないなら―――こちらがそれを引き出すまでだ。

 

 

(5pb.は大人気アイドル、何かしらトラブルにでも巻き込まれたか? そして旧知の仲とは言え、リーンボックスの最高権力者と言ってもいいベール姉さんに頼りたくなるまでの事態………ん?)

 

 

まだ観察を続ける。結論に至るには情報が足りない。

と、その時白斗は見てしまった。今はリストバンドで隠しているのだが、その下から覗かせる―――僅かな痣を。

 

 

(……手の跡……そういうことか)

 

 

人を傷つける手段を熟知している白斗だからこそ、分かってしまった。

彼女の身に何が起こったのか。

―――それを知った瞬間、怒りで自分の身を焦がしそうになった。

 

 

「ち、チカ? 落ち着かないと5pb.ちゃんも話せませんわよ?」

 

「でもお姉様! いい加減話してもらわないと何が何やらです! お姉様とて暇ではないのですから!」

 

 

チカとしては、さっさと本音を吐かせたい余り、そんな口調になっているようだ。

彼女のやり方も決して間違いではない。だが、5pb.相手には酷な話だろう。

しかも、気の弱い彼女からすればそんな言葉を聞かされては引っ込めるしかない。

 

 

「あ、あの……ご、ごめんなさい。 ぼ、ボク……そんな、大したお話もありませんから……」

 

「そーだよ姉さん。 ご本人が言うんだから大したこと無いんでしょ」

 

「ちょっと白ちゃん……!」

 

 

引き下がろうとする5pb.。そんな彼女を、白斗が肯定した。それも軽い口調で。

明らかに何かあるのに引き下がらせるわけにはいかないと、さすがにベールも少し怒り気味で食らいつこうとする。

 

 

「まぁ、精々………昨日夜道でストーカーか何かに襲われそうになったくらい、だろ?」

 

「えっ!? ど、どうしてそれを………!!?」

 

 

だが、急にトーンを落とした白斗の迫力のある声。

そして核心を突いたその言葉に、5pb.は思わず肯定してしまった。引き下がろうとするも、白斗の鋭い視線が絡みついて離さない。

彼女自身の言質もある、最早言い逃れなど出来ない状況だった。

 

 

「ストーカーって……白ちゃん、どういうことですの!?」

 

「姉さんの前だってのに緊張というよりも怯えた態度、そしてリストバンドの下の手の跡……痣からして昨日あたりに出来たものだ。 収録帰りに夜道で誰かに手首を掴まれたってトコだろ?」

 

 

白斗は怒っていた。そんなことは彼の声のトーンや目、そして態度からしても分かる。

落ち着かせようと飲んでいたコップには、怒りの握力で亀裂すら入っていた。

そんな彼の推理は正しかったらしく、少し戸惑いながらも5pb.は左のリストバンドを外す。確かに痛々しい手の跡がそこにあった。

 

 

「……凄い、ね……白斗君……。 そう、なんです……昨日、収録が終わって家に帰る途中………突然、物陰から誰かに手首を掴まれて……」

 

「そ、そんなの立派な犯罪ですわよ!! どうしてもっと早く相談してくれないんですの!?」

 

 

バン、とベールが怒りで机を叩いた。

勿論犯人への怒りもあるが、すぐさま相談しない彼女の姿勢にも戒めという意味を込めて。

 

 

「……ベール様、大切な客人が来るってはしゃいでいたから……お邪魔しちゃいけないと思って……」

 

「俺の事か………」

 

 

どうやらベールと親しい友人として、ある程度のスケジュールは聞いていた模様だ。

大切な客人、紛れもなく白斗の事である。

相当楽しみにしていたのだろう、そんな彼女の一時を邪魔したくないと言う健気な思いにベールも、そしていきり立っていたチカも何も言えなくなる。

 

 

「……でも……ボク……こ、怖くて………夜も、眠れなくて……っ! それで、厚かましいけど……た、助けて、欲しく、てっ………!!」

 

 

そして、その綺麗な瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。

どれだけ怖かったのだろうか、どれだけ心細かったのだろうか、どれだけ傷ついたのだろうか。

慌ててベールが駆け寄り、ハンカチでその涙を拭ってあげた。

チカも、白斗も、痛々しいその姿に視線を逸らしそうになる。

 

 

「……お気遣い、ありがとうございます。 でも、私は貴女の友人にして、このリーンボックスの女神なのですから。 気兼ねせず、相談してくださいまし」

 

「………はいっ………!!」

 

 

優しい声と姿、そして腕で5pb.の震える体を包んであげたベール。

一瞬白斗には、彼女が天使の翼を生やしているのかと錯覚した。それを思わせるだけの美貌と優しさ。

ゲーム好きもただの一側面にしか過ぎない。彼女もまた―――女神なのだ。

 

 

「……5pb.、さっきは……ごめんなさい。 アタクシも言い過ぎたわ……」

 

「いいんですっ……あ、ありがとうございますっ………!」

 

 

こんな事情があるとは知らなかった。それでもチカも、真摯に頭を下げた。

けれども5pb.は、それ以上に嬉しかった。気に掛けてくれたことが、優しい言葉を掛けてくれたことが。

涙腺が崩壊したその様子から、それが伝わってきた。

 

 

「……それから、白斗君も……ありがとう………」

 

「んー? 俺ぁ、何もしてねーよ」

 

「………そんなこと、無いよ。 本当に……あり、がとうっ……!」

 

「……どういたしまして」

 

 

涙ながらに、5pb.がお礼を言ってくれる。

大したことはしてないと軽く流そうとする白斗だったが、それでも彼女は、しっかりと目と目を合わせた上で、また言ってくれた。

人見知りであるはずの彼女が、それをしてくれることはどれほど大きな意味を持つか。

あのラステイションの時と同じく、今度は白斗もしっかりと目を合わせてその言葉を受け取った。

 

 

「それより、5pb.の今後だ。 下手に警察に駆け込まなかったのはある意味正解だな」

 

「ど、どうしてですの?」

 

「警察が動けばその動きを察知して犯人が雲隠れする。 増してや5pb.は超人気アイドル……マスコミだって飛びついてくらぁ」

 

 

白斗が重視しているのは、犯人の確保による5pb.の安全確保だった。

彼女の話からして、昨日の一件は逃げてきただけであり当然犯人像などについては一切不明だ。

彼女自身も判別がついていない。

 

 

「話だけだとただのストーカーなのか、営利誘拐を目的としているかも分からない。 そんな奴らをのさばらせるのは5pb.に心身共に負担を掛けることになる」

 

「確かにそういう輩はキッチリとシめる必要があるわね」

 

 

チカも今回は白斗の意見に同調してくれる。

何せベール絡みではない話題、それも真剣な話題だ。彼女も色眼鏡など掛けずに、真剣に考えてくれる。

 

 

「でもどうやって犯人を捕まえるの? 今の段階じゃ手掛かり一切無しよ」

 

「……手掛かりは一から集めるしかない。 5pb.、差し支えない範囲で構わないから今日一日のスケジュールを教えてくれないか?」

 

「あ、うん……。 今日の午前中はお休みで……午後1時からCDのレコーディングとラジオの収録……。 夜まで掛かる予定で……」

 

「因みに俺達以外にこれを話してるのは?」

 

「……ここに居る人達、だけだよ……。 迷惑、かけたくないから……」

 

 

とにかく、真っ先にすべきは彼女の安全確保。

そのためには彼女がどんな行動をするのか知る必要がある。すっかり信頼してくれたのか、大雑把ながらもスケジュールを教えてくれる5pb.。

それだけではなく、どれだけの人間が事情を把握しているかも白斗は聞き出した。

 

 

「……午前中フリーなのは助かるな。 とりあえず、俺は現場に行って手掛かりがないか探してみる。 姉さんは5pb.についてくれない?」

 

「……分かりました。 この屋敷にいる間は、何人たりとも触れさせませんわ」

 

「さっすが。 11時までには俺も戻って、午後からの護衛計画を決めよう。 最悪の場合は局や事務所にも連絡を入れて協力体制を採る必要もあるし」

 

 

白斗のテキパキとした、それでいて的を射た意見に反対する者は誰もいなかった。

そうと決まれば善は急げ、白斗はすぐさま支度を済ませ、5pb.から事件現場を聞き出し、颯爽と屋敷を出ていった。

 

 

「ふふ……不謹慎ですけど、こういう時の白ちゃんは勇ましくて……カッコイイですわ……」

 

 

すっかり恋する乙女となったベール。

弟でもあり、そして想い人でもある白斗の勇姿に骨抜きにされていた。当然、チカは青筋を浮かべて震えているが今それを口実に荒ぶるほどの余裕は無かった。

 

 

「……ベール様」

 

「どうしましたの?」

 

「……どうして、白斗君は……ボクなんかのために、あそこまでしてくれるんですか? 顔を合わせた時間なんて、合計しても1時間に満たないのに……」

 

 

一方、5pb.は不思議がっていた。

ラステイションで助けてくれた時は、正義感が働いただけなのかもしれない。ここで再会したのも、単なる偶然だ。それだけの関係でしかない。

けれども白斗は、彼女のために考え、彼女のために怒り、彼女のために行動している。それこそ一時間にも満たない出会いのために。

 

 

「……下手をすれば、白斗君だって……危険なのに……!」

 

 

そして何より、今の彼は無茶を厭わない。

始めて助けてくれた時も、勝負自体は圧倒的だったとは言え返り討ちにされる可能性だってあったはずなのに。

こんなことに首を突っ込めば、命も危険も十分考えられるのに。

そんな彼女の疑問を晴らす答えを、ベールは知っていた。何せ、そんな彼に恋しているのだから。

 

 

「……それはね……“白ちゃんだから”、ですわ」

 

「……え?」

 

「今は分からなくてもいい。 ただ、信じてあげてください。 彼の事を」

 

 

ベールは、心の底から信頼していた。

いつも誰かのために必死になり、いつも誰かのために無茶をして、いつも誰かのために全てを受け止められるあの少年、黒原白斗の事を。

チカも、面白くは無さそうに鼻息を鳴らしたが否定はしなかった。

 

 

(……白斗君……)

 

 

この二人に信頼されている―――いや、5pb.自身も信頼している彼の事を、もっと知りたくなった。

胸が僅かに締め付けられるような、そんな感覚と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて、ここが現場か………)

 

 

白斗は携帯電話にマッピングされた箇所を確認し、周囲を見渡す。

目視できる範囲で店は一件もない、所謂住宅街の路地。日も高いのに、人通りが少ない。夜になれば、更に少なくなるだろう。

まさしく、人に害をなすには適した地形である。

 

 

(5pb.によると夜の9時くらいとのことだが……目撃者は期待できないな)

 

 

そもそも5pb.は何度も言うようにリーンボックスでその名を轟かせる大人気アイドルだ。

もし彼女が襲われている現場を目撃している人がいたのなら、こんな静かな時間が流れているはずがない。

襲われた当時も5pb.は少なからず悲鳴を上げたとのことだが、誰も助けてくれなかったところを見ると相当人がいなかったらしい。

 

 

「やれやれ、さすがに証拠品が落ちている……なーんてゲームのようなご都合展開もナシ。 ゲイムギョウ界なのに………」

 

 

いきなりお手上げだ。

だがそれは現場に限った話、現場の周辺での聞き込みや証拠品探しなどまだやるべきことは山のようにある。

いい加減見切りをつけ、次に移ろうとしたその時だ。

 

 

「あー!! 白斗く――――んっ!!!」

 

「んん? この元気のよい声………まさか!?」

 

 

やたら明るく元気のよい少女の声。

白斗の中で元気がいいと言えばネプテューヌ、しかしもう一人いる。つい先日、ルウィーで出会ったばかりの、あの(一応)くのいちの女の子。

振り返ってみれば、やはり今日もオレンジ色のボブヘアーとその爆乳を揺らしながら近づいてくるあの少女。

 

 

「ま、マーベラス!?」

 

「やったー!! ライブ前日だったけど会えたー!!!」

 

 

マーベラスAQL、ルウィーでの一件で知り合って以降は白斗に懐いている少女だった。

彼の姿を見かけては近寄ってくる辺り、どこか子犬らしさを感じさせる。

 

 

「ライブ前って……お前も5pb.のライブに行くのか?」

 

「ま、まぁ……それもある、かな……」

 

「ふーん……?」

 

 

本当の目的は違うようだが、もう達してしまっていた。

そんなことにも気づかない白斗は少し訝しむが、それ以上追求しないことにした。

 

 

「ハァ……ハァ……! お、おいマーベラス……いきなり走るなと前にも言っただろう……。 この私を振り回してくれた礼はドュクプェで……」

 

「あ、MAGES.じゃん。 おっす」

 

「お、おう……白斗、4日ぶり……だな………」

 

 

その後方から走ってきた、魔女っ娘帽子を被った少女、MAGES.である。

冷静沈着、しかし意味不明な言い回しが特徴的な彼女だが、さすがに運動は苦手らしく、走り終えた直後に肩で息していた。

それでも白斗の挨拶に応えてくれる辺り、ノリは良い。

 

 

「ふ、私の黒魔導の中の最高術……漆黒の翼さえ発動していればこんな無様な姿を晒さずに済んだものを………」

 

「たかが短距離走に切り札使っちゃうのかよ」

 

 

白斗のツッコミは鋭くも冷たい。ルウィーでもないのに。

 

 

「そうか、MAGES.は5pb.の従妹だもんな。 来るのも当然か」

 

「今回は、マーベラスの付き添いと言ったところなんだがな……」

 

「え、えへへ………」

 

 

どうも彼女に付き合わされた形らしい。

誤魔化すようにマーベラスは今日も愛らしい笑顔を向ける。

その時、白斗にはある感が過った。もしかしたら、これこそご都合主義なのかもしれない。それでも、賭けてみる価値はあると思って。

 

 

「ところで……二人はいつこの国に?」

 

「昨日の夜だよ。 近くに宿があって、しばらくそこを拠点にするの」

 

「……まさかと思うけど、昨日この辺で怪しい人物とか見なかったか?」

 

 

一抹の希望を抱きながら訊ねる。

これから一つでもいい、進展させなければならない場面だったのだ。少しでもいいから事件解決の糸口に繋がればと強い視線と共に問いかけた。

 

 

「何かのクエストか? ……まぁいい、9時くらいだったか? こことは少し離れたところになるが、宿に向かう途中で気持ち悪い男を見かけたな」

 

「うん、あれは無いよね……。 『やっとだ……』とか言いながら5pb.ちゃんの応援Tシャツを着こんだ男の人が自分の手をペロペロしてた」

 

「それだああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

「「ひゃあっ!!?」」

 

 

まさにドンピシャ。白斗が求めていた、犯人の人物像だった。

状況から察するに、ファンの域を超えた重度のストーカーが5pb.と接触し、その手の感触を味わっていた、という変態的構図だったのだろう。

マーベラスとMAGES.が目撃した光景は、まさしくそれである。

 

 

「なぁ!! そいつの特徴とか覚えてないか!?」

 

「す、すまないが見るに堪えないのでその場からすぐに離れた」

 

「でしょーねー……。 けど、やっと犯人像が見えてきた……!」

 

 

1と0では大きな違いがある。

今の証言だけでも、確実ではないが可能性がある。性別は男、そして5pb.の応援Tシャツを着ていたということは重度のファン。

更にはその手を舐めていたという人格破綻、これだけでも一気に絞り込むことが出来る。

 

 

「……あの、白斗君。 何か厄介事なら手伝うよ? 私を助けてくれた白斗君を、今度は私が助けたいの!」

 

「そうだな。 私も救われた身、ここで借りを返すのも悪くない」

 

 

すると、そんな彼の様子が気になったのかマーベラスとMAGES.が声を掛けてきた。

付き合いとしては短い方だが、二人はすっかり白斗に信頼を預けていた。だからこそ、そんなことを言ってくれる。

 

 

「……そう、だな。 特にMAGES.には知らせといた方がいいよな」

 

「私?」

 

「この件は極秘で頼む。 実は………」

 

 

そして、白斗は彼女達だけに明かした。

昨日ここで何があったのかを、今日の朝に何があったのかを、5pb.がどんな思いをしていたのか、そして彼女を安心させてあげたいことを。

 

 

「なっ!? 5pb.が………まさか、昨日の輩がそうなのか………!」

 

「まだ確実ではないが、状況から推測して可能性は高いと思う」

 

 

MAGES.が拳を握り締め、震わせる。

顔から見ても、声のトーンからしても、怒りが最高潮なのは明らかだった。

無理もない、彼女にとって大切な従妹が危険に晒され、しかも泣いているというのだから。

まだ彼女達が目撃した人物が犯人だとは断定できない故に白斗も予防線は張るが、それでも犯人に対する怒りは抑えられそうにない。

 

 

「許せない……! 5pb.ちゃんをそんな目に遭わせるなんて!」

 

「ああ。 ……円環の理に導かせるまでもなく、滅してやる……!」

 

 

MAGES.の仲間として、そして彼女も5pb.の知り合いとしてマーベラスも怒りを露にする。

そんな彼女達からの協力を得られるのは、正直に言えば心強い。

だが二人の貴重な時間を割くことになる上に、二人を危険に巻き込む可能性もある。白斗はそれらを慎重に天秤にかけた上で、頭を下げた。

 

 

「二人とも、巻き込む形になってすまない。 ……でも、力を貸してほしいんだ」

 

「「当然!」」

 

 

白斗が頭を下げると同時に、二人の声が響き渡った。

そこにいたのは、数々の戦いを潜り抜けてきた戦士としてのマーベラスとMAGES.。だからこそ、彼女達にはこの程度の事態など危険でもなかった。

 

 

「……分かった。 それじゃこの辺で一時間くらい聞き込みをしてリーンボックスの教会に向かおう。 そこでさらに打合せするから」

 

「了解!」

「分かった」

 

 

白斗の指示に従い、全員が散開する。

誰もが皆、真剣で、全力で取り組んでくれている。全てはあの少女を助けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全くお前という奴は……! 私には相談しろと言っているだろう!」

 

「ご、ごめんなさい……。 でもMAGES.ってあちこちの世界に良く行っちゃうから……」

 

「だったら今回みたいに女神に頼るなりなんなりだな……」

 

 

そして約束の11時、リーンボックスの教会にて5pb.は正座で従妹の説教を受けていた。

優しい抱擁からのこのお説教の連続、傍から見ている白斗たちも苦笑ものだった。

 

 

「白ちゃん、このお二人の事情は分かりましたがあのお説教の嵐は止めた方がよろしいのでは……」

 

「いや、確かにお説教には参ってるけど5pb.の元気が少し出てきたみたいだ。 何だかんだで従妹が傍に居てくれるのは更に元気が出るってなモンよ」

 

「……確かに」

 

 

さすがにお説教コースは可哀想だと思ったベールが止めようとしたが、白斗によって止められる。

誰しも説教は嫌なのだろうが、それ以上に気心知れた従妹が、心細い時に居てくれて嬉しくないはずがない。

チカも、しばらくはあのままでいいかと白斗の意見に賛成した。

 

 

「さて、しばらくあの二人は団欒させておくとして……マーベラス。 一応自己紹介を」

 

「はい! こっちの世界のベール様とは初対面だけど……マーベラスAQLです! 気楽にマベちゃんって呼んでください!」

 

「よろしくですわマベちゃん。 そして白ちゃん、またフラグ立てましたのね……」

 

「だから何故にそうなる!!?」

 

 

ベールの冷たく、じっとりとした視線が白斗に絡みつく。

とりあえず否定しては見るものの、依然として厳しい視線に白斗は竦み上がる。肝心のマーベラスも、顔を赤らめて否定してくれない。

 

 

「そ、それよりだ! 午後からの護衛や犯人確保をどうするかを考えなきゃ!」

 

「全く……犯人像は絞れたのですよね?」

 

「あれからも聞き込みしてみたんですけど、私達が見た人物がその時間帯、現場周辺で目撃されてます」

 

 

やはり人通りが少ないと言っても、存在しないわけではない。

得られた目撃証言自体は少数だが、そのどれもがほぼ一致していたことから信憑性は高くなった。

後はその犯人を捕らえるだけ、なのだが。

 

 

「でも、実際問題どうやって捕まえればいいんだろう……また襲ってくるかな?」

 

「どうでしょうか……。 聞いた限りだと重度の5pb.ちゃんのファン、彼女以外には興味を示さないと思いますわ」

 

「アタクシもそう思います。 つまり、向こうから来てもらうとなると……」

 

 

チカが言葉を飲み込みながら5pb.を見た。

今回の最有力容疑者は5pb.のファン、つまりは彼女の前以外では姿を現さないということだ。

とは言え、5pb.を前に出すことは彼女に精神的に追い込みかねない。

さすがにそんな手段は採りたくないとマーベラスも、ベールも、そしてチカ自身も唸ってしまう。

 

 

「……俺に考えがある。 5pb.を守りつつ、犯人を誘き寄せる方法が」

 

 

重い空気が漂う中、ソファに座り込んでいる白斗は一つだけ作戦を組み立てていた。

5pb.を傷つけず、尚且つ彼女の安全を確保し、同時に犯人を誘き寄せる方法。

そんな夢の様な提案に、誰もが視線を向けた。

 

 

「ほ、ホントですの!?」

 

「ああ。 ……ただ、これはある意味俺が死を迎える方法だ」

 

「「「えっ!?」」」

 

 

だが、その次に発せられた言葉が更に衝撃的だった。

白斗の目は覚悟に満ちている。今の彼は、5pb.のために己の全てを犠牲にしようとしていた。

そんな力強い視線、だがベールとマーベラスは真っ向からそれを否定する。

 

 

「でしたら……そんなの認めませんわ!! 白ちゃんを犠牲にするなんて!!」

 

「そうだよ!! 白斗君を傷つけるくらいなら別の方法を……」

 

「でも5pb.を守る方法はこれしかないっ!! ……だったら、全てを捨て去ってやるさ」

 

 

だが、二人の反論は止められた。

白斗の机を叩くその衝撃と音、そして彼の更に強くなった視線によって。

そのまま、5pb.の元へと歩いていく。片膝をつき、彼女と同じ目線になって、その目で語り掛ける。

 

 

 

 

「5pb.、心配なんかしねーで夢に向かって突っ走れ。 ……俺が、守ってやる」

 

「……は、白斗君………」

 

 

 

 

 

力強い視線と言葉。

弱り切った歌姫の体を、それらが支えた。夢に向かって走るのは、彼女自身の力でなければならない。

だが、その夢を害するものから守り通すというその姿に、5pb.は信じざるを得なかった。

―――胸のときめきが、そう彼女自身に命じていたのだ。

 

 

(……ベール様の言ってたこと、なんとなく……分かっちゃったかも……)

 

 

温かなその気持ちを抱きしめながら、5pb.は一筋の涙を流す。

けれども、彼女はそこでようやく笑顔を見せてくれた。

笑顔で応える、それこそが白斗と5pb.にとっての契約の証だった。

 

 

(そんなことされたらァァァァァァァァ!!!)

 

(胸キュンで死んでしまうでしょうがァァァァァァァ!!!)

 

 

一方、それを見せつけられたマーベラスとベールは、机を盛大に叩いていた。

両腕をハンマーようにして振り下ろし、やり場のない怒りを発散させようとする。

けれども5pb.のためを思い、決して口に出さないだけまだ理性は働いている方だった。

 

 

「あ、それから姉さん」

 

「な………何ですの……?」

 

「この作戦終わったら俺の介錯、頼むわ」

 

「本当に何をする気ですの貴方は!?」

 

 

本当に彼は強く死を望んでいるような、そんな暗い雰囲気を感じる。

一体彼が何をしでかすつもりなのか、この時は誰もが理解が及ばなかった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして午後一時。

リーンボックス総合テレビ局の中、5pb.はレコーディングの打ち合わせのためにスタッフらと顔合わせをしていた。

 

 

「それでは5pb.さん。 本日もよろしくお願いしますね!」

 

「はい!」

 

 

スタッフからの声に、元気よく、笑顔で応える5pb.。

先程まで悲しい思いをしていた少女とはまるで別人の様な切り替え方。これが彼女の夢、夢のためには弱音など吐いていられないという5pb.の芯の強さを感じさせた。

 

 

「ところで……あちらの方は?」

 

「すみません。 クエストで雇ったボディーガードの方です。 収録などは一切参加せず、ボクの身辺警護を担当してくれることになりましたので」

 

 

そして、5pb.の視線の先にはあの少年―――黒原白斗がいた。

いつもの黒コートを着込みながらも、余計な表情は一切見せず、ただストイックに護衛に徹している。

それでも声を掛けられれば一礼するなど、最低限の返事はした。

 

 

「分かりました。 では早速収録の方へ行きましょう」

 

「よろしくお願いします!」

 

 

元気いっぱいの挨拶と共に、5pb.はレコーディングルームへと入っていった。

一切の哀しみを見せずに収録へ臨むその姿は、まさにプロ。

そんな輝かしい姿を見せられては、白斗もやる気を出さざるを得ない。

―――それから二時間後、収録が終わり、5pb.は部屋から出てきた。

 

 

「お疲れ様でした! 次は二時間後にラジオ収録になりますので」

 

「了解しました!」

 

 

仕事をしている時の5pb.はまさに元気溌剌、意気軒昂。

誰にも等しく笑顔で接し、その声で人を魅了する。

歌の実力も勿論だが、何より人と接するその姿勢がまさに歌姫と呼ばれるに至るのだと白斗は改めて思い知らされる。

 

 

「ふぅ……ひゃんっ!?」

 

「お疲れさん。 こいつは俺からのオゴリな」

 

「は、白斗君……! もう、いきなりは卑怯だよ……」

 

 

だがさすがに疲れが湧いてくる。

そんな彼女の火照った頬に、冷たい缶が押し当てられた。

振り返ると、悪戯小僧のような顔を張り付けた白斗がジュースの缶を手にしている。

 

 

「悪い悪い。 ……でも本当にお前、あの人見知りで臆病で人見知りでさっきまで泣いてて人見知りな5pb.と同一人物か?」

 

「疑いたくなるのは分かるけど人見知り三回言わなくてもいいよね!?」

 

「大事なことだからな!」

 

 

カッカッカ、と笑う白斗はやはり意地悪だった。

けれども少しだけリードするような言動をしてあげる方が、5pb.にはとっつきやすかった。

まるで旧知の仲のように打ち解け合い、極度の人見知りもすっかり白斗の前では鳴りを潜めている。

 

 

「それにしても大変だな。 二時間後とは言えこれからラジオ収録だろ?」

 

「うん。 でも、ラジオも大切で大好きな仕事だから」

 

 

アイドルとしての仕事は歌だけでは留まらない。

今回のようにレコーディングやラジオの収録、更にはテレビ番組に出演するなど多岐かつ多忙。

きっと輝かしいことばかりではない、裏では血の滲むような努力や今でも業界特有のストレスもあるはずだ。それでも彼女は、このアイドルという仕事を愛していた。

 

 

「……そっか。 なら、俺の責任もデカイなこりゃ」

 

「……ごめんね、白斗君。 こんなことに巻き込んじゃって」

 

「良いってことよ。 これも大切で、大好きな仕事だから」

 

「………もうっ」

 

 

何でも無さそうに笑う白斗。

わざわざ5pb.の台詞で返す辺り、やはり意地悪だった。けれども気心知れた仲のように、その会話すらも楽しくなってくる。

楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、彼女は挫けることなく次なる収録へと向かう。

 

 

「はい! というワケで始まりました『ふぁいらじ』! 本日は3時間のスペシャルでお送りしま~す!」

 

 

明るく元気な彼女の声から始まるラジオ番組。

聞いた話だと視聴率もリーンボックスに限らず、ゲイムギョウ界中で大好評らしい。

それも5pb.の実力の高さから織りなせるものなのだろう。

今回は特別に白斗もブースの向こう側ではあるが、その収録を直に見せてもらうことが出来た。

 

 

「では最初のお便りは……あれ? ラジオネームなし? シャイな人なのかな」

 

(シャイ度で言えばお前以上の奴はいねーだろうよ)

 

 

彼女のコメントに少し苦笑い。

そんな彼の視線を感じたのか、5pb.も頬を膨らませるがすぐに切り替えて届けられたハガキを読み上げると。

 

 

『合言葉はねぷーっ!』

 

「………ナニコレ?」

 

(何やってんだアイツうううううううううっ!!?)

 

 

犯人は間違いなくプラネテューヌの女神様である。

 

 

「こ、この番組に合言葉とかないからね! では次のおハガキは……えーとノワール……ノワール様?」

 

(アイツもかよ!?)

 

 

ラステイションの女神様まで送ってきた。して、気になるその内容とは。

 

 

『次回のスペシャルゲストは私よ! ラジオとか一度やってみたかったのよね~』

 

「いや呼びませんから! ボクそんな権限無いし!」

 

(……声優とかに憧れてたとは聞いてたが、ここまでやるか……)

 

 

5pb.だけではなくスタッフらも、そして白斗も呆れの余り疲れてきた。

開始5分で、既に彼女の心はへし折られそうになっている。それでもプロ意識からか何とか持ち直し、震える指で次のハガキを摘まむ。

 

 

「き、気を取り直して次のお便り……ブラン……また女神様!?」

 

(どんだけ暇人だお前ら!?)

 

 

女神様も、存外暇なようだ。

最早怖くなってきたが逃げるわけにはいかない。意を決して文面に目を通す。

 

 

『私、ラジオドラマの脚本書いてみたの。 是非起用してみない?』

 

「……だからそういうのを送ってこないでください……」

 

(とりあえずあいつら纏めて説教だコラ)

 

 

白斗は怒りの余り携帯でメールを送信する。

受け取った女神達は皆、涙目になっているそうな。

 

 

『5pb.ちゃん! 四女神オンラインでパーティーに入ってくださいまし! 人数の集まりが悪くて……』

 

「…………………」

 

(バカ姉貴も追加だコラ)

 

 

ついでにベールも涙目になっているとか。

―――かくして微妙な空気から始まった怒涛のラジオも、5pb.のガッツとトーク力により持ち直し、大盛り上がりを見せていく。

途中休憩やCM、別のゲストによるトークもあったとは言え三時間にも及ぶ収録はさすがにハードの一言に尽きる。

それを、5pb.は笑顔で乗り切っていた。

 

 

「……さて、名残惜しいですが三時間のこの番組ももう終わりです! みんな、次の放送もよろしくね!」

 

(………本当に、凄いな………)

 

 

この世界に来て白斗が最も尊敬していたのは女神達である。(先程の醜態はともかく)

しかしそこにもう一人加えることになった。どんなハードな仕事にも、そして自身の抱える人見知りとも、夢への憧れを支えに頑張っている5pb.。

彼女の姿は、とても眩しかった。

 

 

「………はぁぁぁ………や、やりきった……」

 

「お疲れ様。 ……いや、マジで凄かった。 お前はアイドルになるべくしてなったんだなって思うよ、ホントに」

 

 

疲れ切った彼女を労わるかのように白斗が清潔なタオルを差し出した。

タオルは予め霧吹きで湿らせており、程よい清涼感が彼女を包み込む。

 

 

「ありがと。 それじゃ……後は着替えるだけだね」

 

「ああ、そうだな」

 

 

二人は笑顔で部屋を離れ、それぞれの部屋へと向かう。

それから数十分後、茶色いトレンチコートを着た青い長髪の人物。誰もが認める5pb.がテレビ局のドアを潜り抜けてきた。一人で。

 

 

「5pb.さん、お疲れ様でした! またよろしくお願いします!」

 

 

多くのスタッフから声を掛けられ、彼女は微笑みながらテレビ局を後にする。

この一瞬だけでも、どれだけ5pb.という一人の人間が人望を集めているか分かった。

 

 

「………ふぁ、5pb.ちゃ~ん………今日も可愛いなァ………」

 

 

すると物陰から一人、荒い呼吸をした若く、不清潔な男が少女の姿を捉える。

男は細身で健康的な見てくれでは無かったが、かなりの身のこなしで周りの人物に悟られないよう、物陰の隙間を縫うように移動していく。

そして5pb.が向かった先は、昨日と同じ現場。この近くに彼女の住む家があるのだから、必然とここを通るしかない。

 

 

「ふ、ふへへへ……5pb.ちゃぁぁぁああああああん!!」

 

「っ!?」

 

 

物陰から一気に肉迫した男の動きは、想像以上に素早かった。

どこで身に着けたかは知らないが、明らかに一般人を凌駕する技術である。一気に手首を掴まれた少女。

更に力も思ったより強く、中々振りほどけない。

 

 

「あ、安心して……。 君を守ろうと、毎日クエストをこなしてたんだぁ……どうだい、君のナイトに、ふ、相応しいでしょぉ~?」

 

 

どうやら5pb.のファンであるが故に身に着けた力らしい。

だが、当の本人の気持ちを全く考えていないこの男に、掴まれている少女は腸が煮えくり返りそうになる。

 

 

「き、昨日……やっと憧れの君に触れられたんだ……。 き、今日こそ……僕が、君だけのナイトになってあげるよぉ………」

 

 

愛ゆえの行動。愛ゆえの暴走。愛ゆえの狂気。

男は一切迷うことなく、それを実行してしまった。5pb.の気持ちを一切考えずに。

そんな彼女の顔を覗き込もうと、男は屈んだ。

 

 

「……テメェがナイトだと? ふざけてんのかクソ野郎」

 

「………えッ!?」

 

 

だが、手首を掴んでいる少女―――いや、“少年”の声は低かった。

明らかに殺気が込められており、その瞳は怒りの炎で燃え上がっている。男は驚いて手の力を緩めてしまった。

その隙に少年は手を振り払い、男から距離を取る。

 

 

「お、お前……5pb.ちゃんじゃないのか!? 僕の彼女をどこへやったァ!!?」

 

 

尚も身勝手な発言を繰り返す男。

いい加減、怒りが爆発しそうだ。少年はカツラを外し、コートを脱ぎ捨て、本当の殺気を解放する。

―――今まで5pb.に変装していた少年、黒原白斗の、暗殺者としての殺気の全てを。

 

 

「テメェのモンじゃねぇよ。 ……見えないのか、あの子がどれだけ傷ついたか。 どれだけ苦しんだか。 ……どれだけ泣いてるのかッ!!!」

 

「ヒッ……!? ヒイィィィィイイイイイイイイ!!?」

 

 

凄まじい殺気からの怒号。

クエストをこなしてきたという男も、すっかり戦意を喪失してしまうほどの恐怖。このままでは、自分はこの少年に殺される―――。

逃げようと振り返る、その先に居たのは。

 

 

「ふぁ、5pb.ちゃん……!? それに、女神様まで……!!?」

 

 

そこにいたのは、彼が愛してやまない少女こと5pb.。

だがその彼女の傍にはマーベラスとMAGES.、そしてこの国の女神、グリーンハートことベールが槍を携えて立っていた。

 

 

「白ちゃんの言う通りですわ。 ……仮にもナイトを名乗るのなら、この子の怯えた目を見て、もう一度言ってくださいまし」

 

「ああ。 ……貴様如きに、私の従妹に近づく資格など無いがな」

 

「そうだよ! 少しは白斗君を見習ったらどうなの、このゲス!」

 

 

ベールだけではない、MAGES.も、マーベラスも厳しい言葉を投げかける。

けれどもそれ以上に男を打ちのめしたもの。

それは愛してやまない5pb.からの―――拒絶の目と言葉。

 

 

「……来ないで、ください」

 

「……………ッッッ!!? ぅ、ぁ、あぁぁあぁあぁあぁあああああああ!!?」

 

 

愛していた存在からの、一方的な拒絶。

尤もその愛すら一方的なのだから、一方的に拒まれるのが当然と言うもの。しかし人格が破綻したその男にはその正常な思考が出来ず、狂ったように喚き散らす。

そんな、どこまでも身勝手な男に白斗は。

 

 

「うるせぇ」

 

「がほっ!!?」

 

 

怒りの拳を一発、脳天に叩き込んだ。

豪快且つ鈍い音が響き渡り、男は力なく地面へ沈む。

 

 

「………これで良し。 5pb.、もう大丈夫だ」

 

「……白斗君……本当に、本当にありがとう……!」

 

 

また見せてくれた、涙と合わせての歌姫の笑顔。

それを見せてくれれば、今回の報酬としては身に余るほどだ。

 

 

「もう思い残すことは無い。 さぁ、姉さん……俺を殺してくれ」

 

「女装したくらいでそんな自棄にならなくても……とっても可愛かったじゃありませんか。 私、待ち受けにしちゃいましわ♪」

 

「だから死にたいんだァ!! 殺せェ! 殺せよォ!!!」

 

 

身悶えしながら白斗はアスファルトの上で転がる。

散々言っていた「死ぬ覚悟」だの「全てを捨てる」だの、その理由は女装だった。

メイクはベールやマーベラスが担当してくれたとは言え、想像以上の完成度に白斗自身が悲しくなってしまったのだ。

 

 

「いや、白斗君! すっごく可愛かったから!!」

 

「ああ、良いものを見させてもらった……クックック」

 

「うん! ボクも嫉妬しちゃうくらい! 何だったら、その筋で芸能デビューしてみる?」

 

「うおおおおおおお!! 死ぬ!! 死んでやるぅぅうううううううう!!!!!」

 

 

女装を寧ろ褒められ、気に入られている。

だからこそより白斗は悲しくなり、死にたくなった。絶望の声を上げるそんな彼の姿がおかしくて、面白くて、楽しくて。

5pb.は思わず大笑いしてしまう。先程までの恐怖の一幕も忘れてしまう程に。

こうして大爆笑の中、5pb.を恐怖させたストーカー事件は幕を閉じたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その後、ストーカーは警察に連行されることはなかった。

代わりに待っていたのは5pb.個人による説教。当然周りから反対や心配の声が上がったものの、「ボクのファンだから」と笑顔で立ち向かっていた姿は、格好良く、美しかった。

そして一時間、みっちりと己の凶行を否定されながらも説得された男は憑き物が落ちた顔でトボトボと歩いていく。

聞けば今後もファンでいること、同時にファンであることは一側面に留めて置くという話。

正直なところ、白斗には不安もあったが、5pb.が望んだ結末だからだと静観することにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、翌日―――。

 

 

『みんなー! 盛り上げていくよー!!」

 

「「「「「ゥゥゥォオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」」」

 

 

リーンボックス最大級のライブ会場。

真夜中であるにも関わらず、5pb.のライブは大盛況、大熱狂だった。

その場にいた誰もが彼女の歌に惚れ、酔いしれ、そして彼女を盛り上げようと声を上げ、サイリウムを振り、飛び跳ねる。

 

 

『―――Go! to Dive キミのミライ……信じて!』

 

 

その歌声も、踊りも、そしてその瞳。

どれもが力強く、眩しくて、美しかった。

漫然と歌っているのではない、歌でその想いを表現している。だからアーティストなのだ。

―――黒原白斗は、特等席で彼女の持つ魅力全てを肌で感じ取っていた。

 

 

「ヤッベェ……これが、生の……本気の5pb.の力か……!!」

 

 

肌が、そして魂がビリビリと震え上がる。固唾を飲んでしまう。

彼女の事を知って追いかける程度では、本当の彼女の魅力を知るには不十分だったのだ。

本気の歌というものを生で浴び続けた白斗はすっかり彼女の歌の虜になってしまう。

 

 

 

「ええ、我が国自慢の歌姫ですわ!」

 

「従妹としても鼻高々だ」

 

「だからもう、あの子とあの子の歌が好きになっちゃうんだよね!」

 

「アタクシも暇じゃないんだけど……まぁ、こういうのもたまにはいいかもね」

 

 

今回の一件を解決してくれた礼として、この国の女神であるベールは勿論、MAGES.とマーベラス、チカの特等席も手配されていた。

誰もが最前列で、彼女の歌に当てられ、興奮の渦へと巻きこまれている。

 

 

「こういう時くらい、楽しまなきゃ損ですわ! イヤッホー!!」

 

「そうですね! と言うワケで私もイェヤアアアアア!!」

 

「お、お姉様にマーベラスまで……」

 

「まぁ、いいじゃないか。 私は騒がんが」

 

 

下手をすれば、自分達の声など周りのファンの声に押しつぶされてしまう。

それぐらいにまで大盛り上がりしている会場。

圧し潰されたくなければ、5pb.に想いを届けたければ、彼らに負けないくらいに盛り上がり、声を張り上げねば。

ベールとマーベラスも、負けじと応援していく。

 

 

 

「……んじゃ、俺も負けてる場合じゃねぇな!! 5pb.――――――!!!!!」

 

 

 

ファンの経歴としては、この中で最も浅いかもしれない。

だが間近で彼女を見て、守ってきた人間として、彼女を応援してやりたい。その一心で、白斗はそれこそ喉が張り裂ける勢いで彼女に声を、想いを届ける。

そして、彼女は一瞬、ほんの一瞬だけだが―――白斗“だけ”に微笑んだ―――ような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ライブは当然、大盛況、大成功のまま終わった。

現在は関係者を集めての打ち上げパーティーの真っ最中。VIPという扱いで女神グリーンハートことベール、そしてその関係者として白斗らも参加していた。

その最中、白斗は誰もいなくなったライブ会場へと足を運んだ。

 

 

「ごめんね、白斗君。 打ち上げの最中に呼び出しちゃって」

 

「いいってことよ。 このライブ自体には関わってないし、ぶっちゃけ居辛かったし」

 

 

自分の目の前を歩く彼女、5pb.に呼ばれていたのだ。

白斗も打ち上げには参加していたのだが、彼は運営に関して何も手を付けていない。場違いにも程があると少々肩身が狭いと感じていたところである。

だからこうして連れ出してもらえたことは素直に有難かった。

 

 

「で、どうしたんだよ急に」

 

「いや、白斗君には……ちゃんとお礼したかったから」

 

「俺だけじゃなくて姉さんやマーベラス、MAGES.にも言ってやってくれよ」

 

「勿論、みんなにも感謝してる。 でもボクにとっての“一番”は……白斗君だから」

 

 

人見知りではあるが、律儀なのも彼女という要素。

ただ、実力があるだけではない。そういった人間的魅力が彼女をトップアイドルの座へと導いているのだと白斗は思い知らされる。

 

 

「……白斗君、本当にありがとう。 ボク……白斗君がいなかったら、きっと……アイドルを続けられなかった」

 

「……そっか、なら光栄だな」

 

 

本当なら謙遜したいところだが、ここまでストレートにぶつけてくれるのならそれを無碍にするわけにもいかない。

白斗は彼女の感謝を、しっかりと受け止めた。

 

 

「でも言葉だけじゃ足りない。 だから……ボクに出来る一番の方法で、貴方に……気持ちを伝えたいんだ」

 

 

そう言いながら、5pb.は近くの操作盤に手を付ける。

すると無人のライブ会場にスポットライトが一つだけ灯った。

真上からステージ中央だけを照らす、その範囲に5pb.が立つ。インカムの具合を確認し、大きく息を吸い込んで調子を整える。

 

 

「……白斗君。 君だけのために、歌います。 ……今だけ、貴方だけの歌姫になります」

 

「……5pb.……」

 

 

今、この会場には二人きり。

そして彼女は、白斗のためだけにその声を、その笑顔を向けてくれる。リーンボックスが誇る歌姫が、自分だけのために歌ってくれるその事実が嬉しかった。

けれどもまだ彼女の歌を聞いていない。微笑みながら、一番近い席に座る。

 

 

「BGMも、楽器も、バックダンサーも無いけど………精一杯歌うので聞いてください。 “Song for you”」

 

 

聞いたことのない曲名だ。もしかしたら新作なのだろうか。

すぅ、と静かに息を吸い込む音でさえ響き渡る静けさ。けれども、白斗と5pb.の胸は緊張による鼓動で満たされている。

この静けさも、胸の鼓動すらもBGM。その“意味”は二人の中で違えど、互いに重なりあう。

その最高の瞬間、5pb.のライブが始まった。

 

 

―――ずっと ずっと ずっと 私を守ってくれたよね

 

 

静かな曲調だった。

盛り上げるのではない、人の心に入り込んでくる歌。明るく元気だけではない、人の心に“感動”を与えてくれる。

 

 

 

 

内気で 怖がりで 感情表現できない 心の檻に囚われた私

 

 

 

 

そんな檻から 差し込んだ光 ―――貴方の、笑顔だった

 

 

 

 

その手が 私を 引き上げてくれたんだよ

 

 

 

 

 

比喩などではない、ストレートな表現。

だからこそ心に深く入り込んでくる。それはまるで―――彼女自身の心情を思い起こしているような詞。

 

 

 

 

 

 

 

私の夢を 輝かせてくれた 大好きな人 そんな貴方の“大好き”になりたい

 

 

 

 

 

 

だから 私は歌うの 私の夢で 私の想いで

 

 

 

 

 

 

―――大好きだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

歌い終わった。一番だけの、短い時間だったかもしれない。

けれども5pb.にとって、一世一代のライブだった。上がる息、震える体、赤く染まった頬。

そしてやり切ったと言わんばかりの、最高の笑顔。

白斗は息すらも忘れ、心臓すら止まりそうになる。そんな美しさがあった。

 

 

「………ボクの、気持ち………歌にして、見ました……」

 

 

少し恥ずかしそうにしながらも、ハッキリと目を合わせてそう言ってくれた。

美しくもあり、力強くもあり、そして可愛らしくもある。まさに女性の姿。

 

 

「……まさか、わざわざ……俺のために?」

 

「うん。 白斗君のために……歌いたかった」

 

 

彼女の気持ち、そして白斗へのお礼。

この日、この瞬間のためだけに彼女自ら作曲してくれた歌なのだと悟った時、白斗は更に胸が熱くなった。

気が付けば、彼女の人見知りも白斗の前では発動しなくなっている。それだけ、白斗が特別な存在になったということである。

 

 

「……身に余る報酬だ。 ありがとな、5pb.」

 

「……うん」

 

 

全く偽りのない言葉と笑顔。

白斗は大満足してくれたようだ。反面、5pb.としては貰いたかった言葉が貰えなかっただけに少々不満げだったが。

 

 

(……はぁ、やっぱり……。 白斗君って鈍感だよね……)

 

「え? 何でそんな悲しげな顔を?」

 

 

彼女にしてみれば、かなり勇気を振り絞ったのだがこれでもまだ伝わっていない。

周りにいるベールやマーベラスの反応を見ていれば、薄々も感づいてしまう。

何せ、彼女も“同じ”なのだから。

 

 

「……何でもないよ。 それから……その……」

 

「これからも頼りにしてくれていい。 歌とかは出来ねーけど、相談くらいならお安い御用だから」

 

(……こういうところだけは鋭いんだよね、はぁ……)

 

 

他人の助けを求める声には逐一敏感、なのに自分に向けられる感情に対しては恐ろしく鈍い。

だからこそ、“黒原白斗”という人間が出来上がったのかもしれないが。

ただ否定されたわけではない。これからも、彼との繋がりが、絆が続いていくと思うと嬉しかった。

 

 

「……なら、“これ”は契約料ってことで」

 

「ん? 何だこのメモ?」

 

「ボクの連絡先だよ。 白斗君も、何かあったら連絡してくれると嬉しいな」

 

「い、いいのか!? スキャンダルネタになっちまうぞ!?」

 

 

相変わらず、他人の危機には嫌と言う程敏感な男だ。

でもそんな彼の反応も既に予測済みだったらしく、5pb.は笑顔で受け流す。

 

 

「スキャンダル怖くてアイドルなんかやってられないよ。 それに相談したいなら連絡取れるようにしないと」

 

「……はは、確かに。 んじゃ俺からも」

 

 

白斗も自身の連絡先を書いたメモを渡した。

連絡先と言っても手にしている携帯電話。こんな薄っぺらい通信端末が、この世界では一般人でしかない彼とトップアイドルを結ぶもの。

全く世の中何が起こるか分からないと、白斗は微笑んだ。

そんな彼を、5pb.は愛おしそうな目で見ていた。

 

 

 

 

 

(……まだ、ボクの気持ちは伝わらなかったけど……でも、とても幸せな気分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……きっと、これが“恋”する……ってこと、なんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白斗君……大好きだよ♪)

 

 

 

 

―――少女は胸に秘める。いつか、愛しの人の歌姫になってみせると。




と言うことで5pb.ちゃんヒロイン回でした。
初代からずっと親しんでいたキャラなので、ようやくメイン回出せて良かったです。そしてマベちゃんやMAGES.も活躍。
他のメーカーキャラ達も、いろんな形で出せればと思っています。更にはさりげなく白斗君に女装属性が(笑)
さぁ、今後は白斗をどうオモチャにしていこうか……。
次回はリーンボックス編ラスト!ベールさんともイチャイチャしつつ、色んなキャラを絡ませるお話にしますのでお楽しみに!


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第二十四話 べるキャン!

リーンボックス滞在6日目。

昼下がりに、白斗は自室に籠っていた。

 

 

「―――っぐ、よし……これでメンテ終わりっと……」

 

 

数々の工具とパソコンを借り受け、白斗は久々の人工心臓のメンテナンスをしていた。

人命に関わる上、体内に埋め込まれている以上定期的なメンテナンスが必要となるこの心臓を疎ましく思いながらも、白斗はあらゆる作業を済ませる。

今回、その相方として選ばれたのはあの魔女っ娘帽子を被った少女ことMAGES.である。

 

 

「こちらも完了だ。 特に異常無し……だが、まさかこんな心臓に巡り合うとは。 狂気の魔術師と呼ばれた私でも、これは想定外だ」

 

「悪いなMAGES.、得体のしれないモン見せちまって」

 

「そう思ってるのはお前だけだ。 マーベラスも5pb.も泣いて心配してたぞ」

 

「マジか」

 

 

マーベラスや5pb.から聞いた話だと怪しげな発明をしてはよく異世界へ飛んでしまうらしい。

とりあえず機械工学に明るい身近な人間が彼女ということで少し戸惑いながらも声を掛けてみたのだが、MAGES.は快く二つ返事で承諾してくれた。

知り合ったのも二日前だというのに、もう気心知れた仲として打ち解けている。

 

 

「そういうワケだから後で連絡くらいは入れておけ」

 

「分かった。 ……ってもうこんな時間か、付き合わせちまって悪かった」

 

「いいさ。 こんな事情、知らないで過ごしてたら後から罪悪感が来るからな」

 

「……ありがとな、MAGES.。」

 

 

特に気にしていないと言わんばかりのMAGES.。

言動に癖はあるが、思いやりのある少女だった。そんな彼女に感謝の言葉を送っていると、扉がノックされた。

 

 

「は、白ちゃん。 それにMAGES.。 入ってもよろしいですか?」

 

「ベール姉さん? おう、終わったからもういいよー」

 

 

やや焦った声。ベールのものだ。

どうやら白斗が心配で仕方がなかったらしい。許可を出すと一気に扉が押し開けられ、その勢いのままベールは―――。

 

 

「白ちゃんっ!! 大丈夫でしたの!? どこか、悪いところとか!!?」

 

「ぼむっ!? だ、大丈夫だから!! ノープロブレムだから離れてぇ!!!」

 

 

躊躇いなく抱き着いてきた。それも涙目で。

豊満な胸が白斗を包み込む。どこまでも沈みゆく女性特有の柔らかさに溺れるところだったが、残った理性を振り絞り何とか彼女を離れさせる。

 

 

「……これは、5pb.とマーベラスに報告したら……最終戦争だな」

 

「戦争!?」

 

「……受けて立ちますわ、開戦しましょうか」

 

「開戦!?」

 

 

何やらのっぴきならない空気になりつつあるこの部屋。

ベールはいつものお淑やかな笑顔を浮かべながらも、周りに浮かべる覇気はまるで相手にならぬ雑魚を瞬時に気絶させてしまいかねないくらいの威圧感。

尤も、あくまで威圧対象が5pb.とマーベラスである以上、MEAGES.にはどこ吹く風ではあるが。

 

 

「まぁ、とりあえず心臓のメンテは終わった。 今のところ異常事態は無いが、そろそろ部品の交換も視野に入れて置いた方がいい」

 

「………メンドーなの来たか………」

 

 

白斗は頭を抱えた。

部品の交換、それは即ち機械的な意味では手術と同義。特に心臓と言う命に係わる部分の部品交換ともなれば、大規模な準備が必要になる。

当然その前後の期間、白斗は事実動けなくなってしまうのだ。当然それを嫌う彼としてはそんな状況は避けたい。

 

 

(……期を見て一人でテキトーにやっとくか。 手術なんて正直まっぴらごめんだし)

 

「隙を見て一人でやる、といのは無しだぞ白斗?」

 

「白ちゃん……? そんなことしたら、分かってますわよね……?」

 

(なんで二人にはバレてんねん!!?)

 

 

鋭いMAGES.とベールの視線に白斗は息が詰まってしまう。

女の勘は、物理法則すらも狂わせるというのか。

 

 

「……とにかく、メンテナンスの結果は大丈夫ということで良いのですよね?」

 

「ああ。 心配かけてゴメンな、姉さん」

 

「いえいえ、それでですね……白ちゃん。 今日は大事をとって安静にしていただくとして」

 

「安静も嫌なんだけどなぁ……」

 

 

折角の旅行六日目にして安静というのはまさしく時間の浪費だ。

貴重な時間を失いたくない白斗にとっては、最も避けたいことだった。とは言え姉からのきつい視線と言葉には逆らえず、ベッドに体を預ける。

 

 

「……そこで、なのですが。 明日の最終日……みんなでキャンプに行きませんか?」

 

「ん? キャンプ?」

 

 

突然の提案に白斗はキョトンと目を瞬かせた。

突拍子もないということもあるのだが、何よりゲーム廃人と言う究極のインドアな彼女がアウトドアを提案するなど全く考えてなかったのである。

 

 

「ええ。 思えば旅行に来ていただいたと言うのに、白ちゃんにはリーンボックスを観光させてあげられませんでした」

 

「まぁ、殆どゲームばっかり。 後は5pb.関連だったし」

 

「そこで、リーンボックス最大の特徴である大自然を味わってもらうべくキャンプというワケですの!」

 

 

そう言って背後から取り出したのはキャンプ場のパンフレット。

見れば雄大な緑の大地やら、マイナスイオン溢れる空気とか、綺麗に見える星空だとか、そんな売り文句で溢れている。

けれども、白斗にとってみればゆったりできる人生初のキャンプだ。

 

 

「明日一日キャンプ場で、次の日にそのまま俺はプラネテューヌへ帰還……って流れかな?」

 

「ええ。 どう、でしょうか?」

 

「うん。 俺もキャンプなんて初めてだし、姉さん自慢のキャンプ場、行ってみたいな」

 

「ヤッホー! ですわー!!」

 

 

白斗からも快い承諾が貰え、ベールは大はしゃぎ。

リーンボックスを収める女神様が、この少年の前では恋する乙女でしかない。それを察してしまったMAGES.も、思わず苦笑いだ。

 

 

「それから、今回5pb.ちゃんにMAGES.、マベちゃんもお呼びしたいのですけど」

 

「私達もか? 正直ありがたがいが……いいのか?」

 

「ええ、私のお友達、5pb.ちゃんを助けていただきましたもの。 感謝を伝えないほど私も女神が出来てないワケじゃありませんのよ」

 

 

聖母を思わせる優しい笑顔。

MAGES.からすれば恋敵を招き入れるなどどういう了見なのか訝しんでいたが、それも杞憂に終わった。

 

 

「分かった。 5pb.は分からんが、マーベラスなら確実に来るだろうな。 連絡はしておく」

 

「ところで姉さん、チカさんは大丈夫なのか?」

 

「抜かりはありませんわ。 真っ先に誘ったら二つ返事で承諾してくれましたもの!」

 

「チカさんェ……」

 

 

本来なら真っ先に止めに入りそうなチカも、既に掌握済みのようだ。

こういう手際の良さはさすがはベールと言ったところか。

 

 

「……ま、何にせよ明日だな。 楽しみだ」

 

 

人生初のキャンプ。

サバイバルなどで野外で過ごすことはあれど、こうして皆と楽しくアウトドアなど心躍るしかない。

白斗は笑顔のまま腰を下ろし、ベールが淹れてくれた紅茶を口にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。温かい陽光と大自然に包まれた、リーンボックスが誇るキャンプ場。その名もノドカーナ山。

そこで白斗は、テントを設営していた。

 

 

「ふぅ……こんなもんかな?」

 

 

金槌を手に、テントを支える杭を打ち込みロープを張る。

薄い幕で覆われながらも、しっかりとしたテントの完成だ。こういう重労働は男手である白斗の仕事。

働いた証である汗を拭い、どこまでも澄み切った青空を見上げた。

 

 

「白ちゃん、お疲れ様ですわ」

 

「こっちも準備できてるよ~」

 

「おーう。 そっちもご苦労さーん」

 

 

するとベールとマーベラスがそれぞれタオルとペットボトルを持ってきてくれた。

清潔なタオルで汗を拭い、飲料水で渇きを潤す。

反対側では切り分けられた野菜を笊に詰め込んだチカと5pb.もやってくる。

 

 

「お姉様~! 野菜切り終えました!」

 

「ぼ、ボクも完了……です……」

 

「チカさんに5pb.もご苦労さんです」

 

「アンタに報告したんじゃないのよ! アタクシはお姉様に……」

 

「ははは、そいつはすいません」

 

(白ちゃん……チカのあしらい方がレベルアップしてますわね)

 

 

相変わらず白斗に対して噛みついてくるチカ。

けれどもそんな彼女に嫌悪感を持つことなく、寧ろ白斗は大人の余裕で受け流している。

この分なら寧ろコミュニケーションは取れている方だと、ベールも安心した。

 

 

「それにしても5pb.、よく来られたな」

 

「うん。 丁度オフだったし、それに………白斗君と過ごしたかったから……」

 

「ん? それに以降が聞こえんが」

 

「な、何でもないよ! アハハハ………」

 

 

今回、一番来れる可能性が低いと懸念していたのは5pb.だ。

何せ彼女はリーンボックスが誇る人気アーティスト。活躍の幅が広がれば広がるほど当然、多くの仕事が舞い込むことになる。

だが偶然時間が空いたことと、白斗への想いが成せる業かスケジュールを調整してくれたらしい。

 

 

「むむ……白斗君! お肉、しっかり私が下拵えしたから楽しみにしててね!」

 

「お、おう。 期待してるぜマーベラス」

 

「うん!」

 

 

負けじとマーベラスが顔を近づけてきた。

彼女が近づけば近づくほど、可愛らしい顔と豊満な胸、そして女の子特有の甘い香りが近づいてくることになる。

照れながらも白斗は何とか目を逸らそうとするが、今度はベールが膨れっ面になってしまう。

 

 

「白ちゃん! 私だって下拵えしましたから!」

 

「姉さんもありがとね」

 

「いえいえ♪」

 

 

愛しい弟にして兄、そして想い人に褒められれば上機嫌になるのが乙女。

ベールはすっかり嬉しそうに顔を蕩けさせてしまっている。

 

 

「やれやれ、姦しいことだな」

 

「あ、MAGES.。 火の準備は?」

 

「もう出来ている。 空腹での大合唱が起きる前に、早いところ始めようではないか」

 

 

そしてMAGES.も当然このキャンプに参加していた。

彼女は火起こし担当だったらしく、後方では半切りにされたドラム缶に炭が敷き詰められ、その中に火種を放り込むことで火を起こす。

細い枝木を薪にして火力を調整していくと、食欲をそそる炭の香りが辺り一面に広がる。

 

 

「それじゃ始めますか! バーベキュー!」

 

「「「「いえーい!」」」」

 

 

そう、これからキャンプの定番料理の一つ、バーベキューである。

手にしたのはマーベラスらが下拵えした肉と5pb.達が切り分けた野菜、それらを刺した鉄串が何本も揃えられている。

肉を焼くのも白斗の仕事、コンロの上に敷かれた網の上に串を置くと肉の脂が滴り落ち、これまた食欲を刺激する音が響き渡る。

 

 

「ふぅ、熱ィ……まさにアウトドアって感じだな」

 

「白ちゃん、先程から汗だくでしょう? 交代しますわ」

 

「大丈夫だって。 こういうのは男の仕事よ」

 

 

白斗は慣れない手つきながらも、肉を焦がさないように串を返していく。

当然最も間近で熱波を浴びていることに加え、先程のテント設営もあって掻いている汗の量は半端ない。

体調を気遣うベールが交代を申し出るが、初めてのアウトドア体験から寧ろ白斗は楽しんでその役目を担っていた。

 

 

「っしゃ! この串焼けたぞー」

 

「ヤッホー! もらいっ!」

 

「ああっ! ずるいですわよマベちゃん!」

 

「それ以前にまず一番はお姉様でしょーがっ!!」

 

「ぼ、ボクだって……!」

 

 

そして始まる串の奪い合い。

真っ先に奪い取ったのはマーベラス。後を追うようにしてベールやチカ、5pb.も手を伸ばしてくる。

こんなどこにでもあるような光景が微笑ましくて、白斗はついつい嬉しくなってしまう。

 

 

「おいおい、ジャンジャン焼くんだから慌てなくて……ん? どうしたマーベラス、串を差し出してきて?」

 

 

その時、一本の串が香ばしい匂いと共に近づけられた。

先程マーベラスが取った串である。彼女はそれを期待の籠った目で白斗を見つめていたのだ。

 

 

「嫌いなモンばっかついてたのか? 好き嫌いはダメだぞ?」

 

「違う違う。 そーじゃなくて、白斗君が一番槍! ということでどーぞ!!」

 

「え? 俺が?」

 

 

素直に驚いた。

勿論白斗も後で食べるつもりではいたが、マーベラスが真っ先に串を手にした理由は一番の出来たてを白斗に食べさせてあげたかったかららしい。

 

 

「もう、私が最初にしてあげようと思いましたのに……でもマベちゃんの言う通りですわ」

 

「白斗君、キャンプ初めてなんだよね? だったら真っ先に味わってもらわないと!」

 

「ふふ、ここまで尽くされては断る理由は無いよな? 白斗」

 

(本当はお姉様に一番槍授けたかったんだけど……まぁ、今日くらいはいいか……)

 

 

マーベラスだけではない、ベールと5pb.、MAGES.も笑顔で肯定してくれる。

チカは本心で言えばベールに真っ先に食べてもらいたかったのだが、空気を読んで言葉を押さえてくれている。

 

 

「……ありがとう。 そんじゃ、遠慮なく! もぐもぐ…………美味い!!」

 

 

MAGES.の言う通り、皆の想いを無碍にすることは出来ない。

笑顔で白斗は串に食らいついた。

肉の油と味、しっかりとつけられた塩胡椒の味わい、そして野菜の甘味。初めて味わう、皆とのバーベキューの味に白斗も大絶賛した。

 

 

「ふふっ、良かった! だったら私も……」

 

「おおっとこの串はアタクシが頂くわ! そしてお姉様どうぞ!」

 

「あ、あはは……チカ、ありがとうございます……」

 

「この分だとボク達の串取れないかも……」

 

「安心しろ。 私がちゃっかり確保しているからな」

 

 

そして即座に始まる串の奪い合い。

騒がしくなるものの、やはりキャンプとはこうでなくてはと白斗も笑顔ながらに見守り、どんどん串を焼いていく。

肉だけではない、川で釣れた魚も合わせてバリエーション豊かに。ベールが淹れてくれた紅茶やジュースも付けて色取り取りに。

 

 

「んー! 美味しー! はぁ、皆も誘えたら良かったんだけどね……」

 

「仕方あるまい。 あいつらは今回の一件に関わってないし、クエストで別行動だしな」

 

「ん? 友達がまだいたのか?」

 

 

ふと、そんなことを話しているマーベラスとMAGES.。

誰か誘いたかったらしい、気になった白斗が訊ねてみる。

 

 

「うん。 私達、実は他にも仲間がいてね。 今は別行動中だったんだ」

 

「あらら、そりゃ残念だな」

 

「そう悲観せずともまたこういった機会はあるだろう。 その時には白斗にも紹介してやる」

 

「ああ、楽しみにしてるぜ」

 

 

気のいい彼女達の仲間ともなれば、気になってくるというのが当然。

まだ見ぬ二人の仲間がどんな人たちなのか、色々想像しているとMAGES.が顔を近づけてきて。

 

 

「……コナ掛けるなよ?」

 

「んぁ?」

 

 

そんな一言を残すが、訳が分からないと言わんばかりに白斗は首を傾げるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そーれっ!!」

 

「ひゃっ!? ま、マベちゃん冷たいよ~」

 

 

それから昼食が終わっての昼下がり。各々のリラックスタイムだ。

川ではマーベラスと5pb.が水遊びをしており、非常に微笑ましい光景。

木陰では日々の激務から離れたチカが本を片手に寛いでいる。木々の間に結びつけられたハンモックでは、MAGES.がお昼寝していた。

 

 

「……ホント、こうしていると平和って感じがするな」

 

「ええ。 偶にはこういうのもいいでしょう?」

 

 

白斗も別の木陰でそれらを眺めていたところ、心地よい香りが漂う。

目を向けてみると、ベールが紅茶を淹れてくれていた。

 

 

「どうぞ。 今回はアッサムですわ」

 

「ありがとう。 ……ふぅ、優雅に紅茶を飲むと贅沢な一時って思っちゃうな」

 

「いいじゃありませんの。 心の潤いは必要ですわよ」

 

 

ベールはその優雅な見た目は所作に違わず、紅茶が趣味で淹れるのも非常に上手い。

味や温度調節、銘柄選びまでもが完璧だ。

貴族のようなイメージを持つ彼女にはピッタリの趣味で、白斗もリーンボックスに来てからは少し興味を持ち、造詣が深くなっていった。

 

 

「白ちゃんは何かしませんの? 折角キャンプに来たのですから……」

 

「……なら、周囲をちょっくら探検でもしてくるかな~」

 

「でしたら、私もお供しますわ。 白ちゃんと探検♪ 白ちゃんと探検♪」

 

「ははは、こりゃ頼もしい。 よろしくな、姉さん」

 

 

確かにキャンプならではの経験もしないまま時間を浪費するのは勿体ない。

周りには大自然が広がり、尚且つキャンプ場ということで幾分整備され、安全性も保障されている。

ならば気の赴くままに探検も悪くないと白斗とベールは腰を浮かした。

 

 

「チカ、白ちゃんとちょっと探検に行ってきます。 晩御飯までには戻りますので」

 

「え!? お姉様………はぁ~………」

 

 

さすがに黙っていくのは気が引けるので、チカに一言掛けることに。

慌てて止めに行こうとしたチカだが、急に何かに思い当たり、そして大きくため息を一つ。

 

 

「……黒原白斗」

 

「は、はい?」

 

「……お姉様に怪我、させるんじゃないわよ」

 

 

その一言“だけ”残すや否や、そっぽを向いて鼻息を鳴らすチカ。

後は特に何も言うことは無く、視線をこちらにぶつけることなく、また読書に専念し始めた。

そう、ベールの事を任されたのだ。あのベール至上主義な彼女が、白斗にその役目を自ら譲ったという事実に、白斗は思わず嬉しくなる。

 

 

「……任せてください!」

 

「ふん! 行くんならさっさと行ったら?」

 

 

まるで虫を払うかのようにシッシッと手を払うチカ。

けれども、顔はこちらに向けない。怪訝そうな顔をしているのか、それとも―――。

これ以上の詮索は野暮だと、白斗は改めてベールと向き合う。

 

 

「それじゃ行こうか姉さん」

 

「ええ。 コースはお任せしますわ♪」

 

 

どうやら行く先は白斗が決めていいらしい。

当然土地勘など無い白斗だが、最悪の場合はベールに女神化してここに飛行してもらえればいいだけの事。

特に何の心配も不安も抱かずに、二人で木々を掻き分けながら森の奥へと進んでいく。

 

 

「んーっ! 何だか気持ちいいなー」

 

「ですわね。 マイナスイオンでお肌もしっとり、ですわ」

 

「それ目当てで女性客とか呼び込めばいいんじゃない?」

 

「実際効果もありますのよ。 ほら、山ガールとか言いまして……」

 

 

他愛もない会話を繰り広げていく二人。

ちょっとした雑談からためになる豆知識まで様々だ。静かな森の中、二人の話声ですら響き渡るかのような、そんな空間。

二人きり、それを意識した途端、白斗は少し恥ずかしくなってしまう。

 

 

「……思えば、こうして二人で話すのって初めてかな」

 

「……ええ。 いつも周りには人がいて、ゲームがありましたもの」

 

 

思えばこの二人が会話する時は、殆どゲーム、時々仕事と言ったように何かを抜きにしての会話をしたことが無い。

故に面と向かってする、姉弟の会話というものは妙に新鮮な気分になる。

やがて、出口を示すかのような差し込む光。少し眩さを覚えながらも森を抜けると、そこには見晴らしの良い丘があった。

 

 

「………凄ぇ………」

 

「こんな所があったなんて驚きですわ……」

 

 

ベールですら知らなかった場所らしい。

柔らかな草が絨毯のように生え、そこに爽やかな風が吹き抜ける。風に吹かれた草は気持ちよさそうに靡き、草同士が触れ合うことで心地よい音を奏でた。

 

 

「……ここいらで横になるか」

 

「いいですわね。 よっと……」

 

 

二人して芝生の上に寝転がる。

シートを敷いていなくても、草の柔らかさが二人を包み込み、エアコンなど無くても温かな日差しと爽やかな風で気持ちよくなれた。

そして周りには誰もいない。都会の喧騒も、すっかり遥か彼方。

 

 

「…………姉さん」

 

「何ですの?」

 

「なんて言うか……幸せだなぁ」

 

「……ええ、幸せですわね……」

 

 

ただ寝転がっているだけなのに、それだけで幸せになれた。

元居た世界では絶対に味わえない景色と感覚、そして気持ち。白斗とベールはこの大自然の中に溶け込んでいた。

心地よさが体をほぐし、日頃の疲れをじわりじわりと奥底から押し上げてくる。

 

 

「ふぁぁ~……ヤベ、眠い……」

 

「ふふっ、寝ててもいいんですのよ?」

 

「それはダメでしょ。 姉さん守らなきゃ……」

 

「お堅いこと考えないで。 私だって敵が来たら気配くらい察知できますもの。 それに、白ちゃんは頑張りすぎですからこういう時くらい休んでくださいまし」

 

 

姉として振る舞うベールは、存分に甘えさせてくれる。

白斗自身はしっかり者で、女神の事となると身を削ってまで尽くす男だ。だからこそ、ここぞと言う時に本心を押しとどめてしまいがちである。

ベールは、そんな彼の本心を引き出してくれる存在だった。

 

 

「……ありがと。 それじゃ、遠……慮……な…………ぐぅ……」

 

「……あらあら、もう寝てしまったんですのね。 あの定期船の時を思い出しますわ」

 

 

日頃の疲れが押し寄せてきたのか、一気に眠りについてしまった白斗。

そんな彼の頬を、ベールは優しく撫でた。

彼と姉弟としての関係を結ぶことになったあの日での定期船でも、こうして彼はベールの言葉を受けてようやく休息することが出来た。

自分の事を省みず、でも他人のことになると人一倍必死になる。そんな彼だからこそ気になって、彼だからこそ弟にしたくて、そんな彼だからこそ―――恋してしまった。

 

 

「こうしていると可愛らしいのに……いざという時はカッコよくなるから困りますわね。 これも惚れた弱み……というものでしょうか」

 

 

何気ない一時、何気ない触れ合いのはずなのに、どれもが幸せに感じ、逆にどれ一つ欠けても幸せでなくなってしまう。

戦う姿も、ゲームに勝てなくて必死になっている姿も、そして笑顔。

それほどまでにこの少年―――黒原白斗が愛おしい。

もっと白斗と一緒にいたい、もっと白斗と一緒に居たい、もっと白斗と過ごしていたい。そんな想いばかりが溢れてくる

 

 

「そうだ! 良いことを思いつきましたわ♪」

 

 

その時、ある名案が舞い降りる。

思い立ったが吉日、それを体現するかのようにベールはさっそく実行に移していく―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

―――――――

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………んん………?」

 

 

それからどれくらいの時がたったのだろうか、ようやく白斗が目を覚ました。何か温かく、それでいて柔らかい感触を後頭部に感じながら目を開くと、何やら緑色の球体らしきものが二つ、ぼんやりと浮かんでくる。

何が何なのか分からないでいると、白斗の真上から声が聞こえてきた。

 

 

「あら白ちゃん、お目覚めになりましたか?」

 

「……ねえさん……?」

 

 

ベールの声だった。

だが妙なのは、隣や真後ろなどではなく真上から彼女の声がすることだ。こちらの顔を覗き込んでいるのであればベールの顔が真っ先に飛び込んでくるはず。

だが白斗の目の前にあるのは、二つの双丘がぽよんぽよんと震えている光景―――。

 

 

「………んん!? ちょ、待って!? これって―――」

 

「ええ。 所謂膝枕、ですわ♪」

 

 

そう、目の前にあるのはベールの胸。緑色に見えたのは、彼女が来ている服の色が緑色だったからである。

先程の柔らかい感触とは、まさにベールの太腿。それを理解した途端、白斗の体温が急激に上昇する。

 

 

「ぬぅぉぉぉぉおおおあああああああああああッ!!? ね、姉さん何をっ!!?」

 

「うふふ、役得ですわ♪」

 

「い、いいから離れて……むぎゅっ!?」

 

「だーめ、ですわ。 それに、お嫌いでは無いでしょう?」

 

 

とんでもない状況であることを把握した白斗は咄嗟に離れようとするが、自身を包み込むベールの両腕、そして彼女の豊満な胸ががっしりと押さえつけて立ち上がらせない。

その上、この感触が極上であるのなんの。悲しき男の性も相まって、そのまま落ち着いてしまう。

 

 

「ふふ、やっと姉らしいことが出来ましたわ♪」

 

「……十分すぎるよ、もう……」

 

 

赤らめた顔を見られたくないと、白斗は僅かにそっぽを向く。

ベールにしたらなんて事のないスキンシップなのだが、白斗からすればベール程の美人による膝枕など天にも昇る心地だからだ。

 

 

「風も芝生も気持ちよくて、白ちゃんの髪の撫で心地も最高ですわ~」

 

「……姉さんったら。 こんなことされると……甘えたくなっちゃうじゃんか……」

 

 

白斗は尚も戸惑っていた。

無論、女性に免疫が無いことが大きな原因だが、その中の一つとして今まで小さな幸せすらも味わってこれなかった凄惨な過去にある。

彼から詳細は語られないものの、それでも常人には耐え難い人生であったことは彼の胸に埋め込まれた心臓が告げていた。

だから、ベールは尚更優しい手つきで白斗の頭を撫で続ける。

 

 

「……白ちゃん、寝たい時に寝ればいい。 遊びたい時に遊べばいい。 甘えたい時には甘えればいい……それが貴方のこれからの人生、ですのよ」

 

 

ベールは既に、彼の過去など割り切っている。

否定しているわけではない。寧ろ肯定した上で、これから待ち受ける新しい人生へと導いていた。

大好きな人だから、いつまでも過去に囚われて欲しくないと優しく諭してくれる。

 

 

「これから先、幾らだってお付き合いしますわ。 勿論ネプテューヌ達も一緒に」

 

「……ありがとう」

 

「この程度でお礼を言っては、どんどんハードルが上がりますわよ?」

 

 

溢れる包容力で、白斗を包み込んでくれるベール。

体中に刻まれた忌まわしき過去も、記憶も、傷も。全て和らいでいくようだ。

そしてそんな思いはこれからも続いていく。白斗は尚更、心が躍るのを感じた。

 

 

「あーっ!! ベール様何を!?」

 

「ズルいですっ! ……ぼ、ボクだって……」

 

「ん? マーベラスに5pb.か」

 

 

すると後方から二人ほど悲鳴にも近い声が。

振り返るとマーベラスと5pb.が頬を押さえながらすさまじい顔で叫んでいた。ムンクの叫びにも近いそれだ。

 

 

「ふふふ、これも姉の特権ですわよ」

 

「わ、私だってお姉ちゃんキャラになれるもん!」

 

「ぼ、ボクも一応MAGES.より年上だからお姉さんと言えばお姉さんだよ!」

 

 

どうやら水遊びの最中に二人の不在に気づき、探しに来たらこの光景に出くわしたようだ。

だが白斗に好意を抱く者として見過ごせる状況ではなく、すぐさま自分達も肖ろうと口々に立候補する。

 

 

「何をそんなムキになって………お?」

 

 

何とか宥めようとさすがに立ち上がり、二人を説得しようとした白斗。

その時、少し先にある花が一輪だけ割いているのが見えた。

岩の陰に隠れて、ひっそりと咲いているその花に何故か惹かれ、白斗は歩いていく。

 

 

「白斗君? どうしたの……って花?」

 

「綺麗……なんていう花なんだろう?」

 

「私は見たことありませんわねこの花……毒性はないようですが」

 

 

5pb.達も反応するほどの綺麗な花だった。

花弁は綺麗な紫色で、風で揺れる度に輝きの雫を放っているように錯覚してしまう。可愛らしくて、でも綺麗で―――白斗はその花にある少女を重ねた。

どうしても、この花から目が離せない。この花こそが、あの少女に相応しいと思わずにはいられない。

 

 

「……姉さん。 この花、持って帰ってもいいかな?」

 

「構いませんけど……白ちゃん、花が好きでしたの?」

 

「いや、今までは別段興味は無かったけど……お土産にしようかなって」

 

 

どうやらこのキャンプ場で花を摘んでも問題ないらしい。

ベールですら知らない花だが、白斗はこの花を気に入った―――というよりもこの花に何かを見出したらしい。

 

 

「あ、じゃぁ私鉢植えの代わりになりそうなもの持ってくる!」

 

「ボクは掘り起こすの手伝うよ。 土はそのままのを使った方がいいし」

 

「ありがとな」

 

 

マーベラスと5pb.も笑顔で手伝ってくれる。

その後、皆の協力もあってこの名も知らない紫色の花は無事土ごと鉢植え代わりのボウルに移されることになった。

紫色の花は、尚もふわりと風で揺れている。自由気ままに、それでいて変わらない美しさで。

 

 

 

 

 

 

 

―――この花が齎す奇跡。それを知るのは、もう少ししてからのお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で! キャンプと言えばカレーですわ!」

 

「どういう訳ですか姉さん」

 

 

日は沈み夕刻、夕食のため再びキャンプ場に戻ったところでベールからのそんな一言。

白斗のツッコミも空しく、カレー作りが始まった。

尤も好物であったため、特に文句など無かったのだがツッコミを入れずにはいられない悲しき白斗の性である。

 

 

「では私は白ちゃんと一緒に野菜の方を……」

 

「あ! ずるいベール様! 私も白斗君と切りたい!」

 

「ぼ、ボクも………」

 

 

どうやら調理に託けてスキンシップを採りたいようだ。

ベールだけでなく、マーベラスや5pb.までもが立候補してくる。見るに見かねたのか、それとも面白おかしくしようとしたのか、MAGES.がやれやれと溜め息を付きながら一言添えてくる。

 

 

「ふふ、人気者だな白斗は。 ご指名してやったらどうだ?」

 

「何故こうなるのか分からんがどれ選んでも角が立つだろコレ!?」

 

「角も腹も死亡フラグも立つぞ」

 

「あら不思議死ねる!!」

 

 

明らかに誰一人として譲らない状況。

誰を選んでも誰かの不興を買う。一方のベール達は期待の籠った眼差しで白斗を見つめていた。

そろそろ作らないと夕食が遅くなってしまう。悩みに悩んだ末に。

 

 

「………チカさんとベール姉さんに野菜切りを一任します!」

 

「しまった……! 一人だけとは言ってませんでしたわ!?」

 

「ふふん! 偶にはいいことを言うじゃない! というわけでお姉様~~~♪」

 

「ちょ、チカ! お、お待ちになって~………」

 

 

ベールの叫びも空しく、チカに引きずられてしまった。

しかし何も二人きりの作業は野菜切りだけとは限らない。そこに着目した5pb.が勢いよく手を上げる。

 

 

「だ、だったらお肉の方を……」

 

「それをマーベラスとお願いな」

 

「「ぶーぶー!」」

 

 

そして角が立ちそうな二人を共同作業へと持ち込ませた。

ブーイングが上がるものの、血を流す結果になるよりかはマシだと白斗は大いに自信をもって言える。

MAGES.も特に反対することなく、うんうんと頷いていた。

 

 

「ある意味一番賢い選択肢だな」

 

「だろう? グレーゾーン見つけるの超大好き」

 

「中々いい趣味をしているな。 折角だ、米を炊きながら深淵の語らいとでも洒落込もうか」

 

「面白い、受けて立とう」

 

 

思えば親しくなったにも関わらず、MAGES.とはゆっくりと話をしたことが無かった。

二人は水洗い場で米を研ぎつつ、飯盒に入れて暖炉にくべる。

火加減を調整しながら、少し拗らせつつも案外楽しく談笑することが出来た。

 

 

「……MAGES.ってば……ちゃっかり白斗君の隣ゲットしちゃって……」

 

「こうなりゃカレーの美味しさでアピールするんだから!」

 

 

そして、暖炉の炎以上に嫉妬の炎を吹き上がらせる5pb.とマーベラス。

肉を炒め終えるや否や、小麦粉とカレー粉、牛乳を用いてお手製のカレールーを作り出す。

後は食材やルーを鍋に放り込み、コトコトと煮込めば食欲をそそる香りが辺りに漂う。

 

 

「うんうん! 良い香りと良い色合い!」

 

「ああ。 ちょっと雑な感じが寧ろいいんだよな~」

 

 

お玉で中を掻き混ぜながらマーベラスと白斗が中を覗き込む。

クツクツと、音までもが食欲を刺激して空腹にとどめを刺そうとする。これはたまらないと早速炊き立てのご飯を器に盛り付け、その上にカレーを掛ける。

気が付けば日は沈み、澄んだ空気の中で煌く星空が彼らを包み込んでいた。

 

 

「それじゃ、いただきまーす!」

 

「「「「「いただきまーす!」」」」」

 

 

白斗の音頭で、全員が一斉にカレーを一口。

少しピリ辛で、形自体は不揃いな野菜や肉、けれどもそれらの味がしっかり溶け込んだカレーは、とても美味しかった。

 

 

「おお……これが星空の下で食べるカレー……! 最高!」

 

「まぁ、今回だけはアタクシも同意見ね。 偶にはこんなのも悪くない」

 

 

舌鼓を打つ白斗とチカ。特にチカは普段、白斗に合わせる気は表面上皆無だというのに、ふとした時には気が合う。

そんな光景が微笑ましく、ベールは笑顔で見守っていた。

 

 

「5pb.ちゃんはどうですか?」

 

「ボクも楽しいし、嬉しいし、幸せです! ……また、これたらいいな……」

 

「来たらいいじゃない! 今度は私の仲間も誘っておくから!」

 

「ああ。 あいつらなら二つ返事で参加するだろうしな」

 

 

他の皆、特に5pb.も大満足している。

滅多にない体験だけに、きっとこの日の出来事や苦労、そしてバーベキューやカレーの味も忘れないだろう。

あっという間にカレーは底を尽き、後片付けを終えて後はもう寝るだけ。

 

 

「さて、名残惜しいけど……そろそろ寝ますかねっと」

 

「あれ? 白斗君、どこで寝るの?」

 

「外。 寝袋あるし、野宿経験あるから余裕よ余裕」

 

 

建てられているテントは大型のもの一つだけ。

当然このパーティーの殆ど、というよりも白斗を除いて全員女性だ。そんな女の園に男が潜り込むわけにはいかない、かと言って白斗一人のためだけにテントを立てるのも落ち着かない話。

そこで白斗は一人外で寝ようと言うのだが。

 

 

「ダメですわそんなの! 私が許可を出しますからおいでませ!」

 

「何言ってんのアンタは!? 男が乱入できるワケねーでしょーが!?」

 

 

ベールがとんでもないことを宣ってきた。

モラル以前に白斗は想像してしまう。女の園の中に男一匹放り込まれる光景を。正直想像しただけでも体中の水分が吹き飛んでしまう程、顔が熱くなった。

 

 

「大体そんなのチカさんが許すとでも……」

 

「……仕方ないわね」

 

「そう、こんな風に仕方ないって何ですとおおおおおおおおおおおッ!!?」

 

 

なんと、ベールの事となれば人が変わるあのチカが事実上の許可を出してしまったのだ。

一番許可を出さないであろうお人が出したという状況に白斗はムンクの叫び状態。

 

 

「正直な所反対したくはあるけど……まぁ、アンタが単なるケダモノじゃないってのは嫌でも理解されてるし、それにアタクシの目に届くところに置いておいた方がまだ安心できるし」

 

「納得の回答ありがとう。 出来ればその弁舌でベール姉さんも説得して欲しいなぁ!?」

 

 

妙に納得のいく理由だから白斗も説き伏せることが出来ない。

忘れがちだが、ベールさえ絡まなければ箱崎チカは教祖と言うだけあって辣腕を振るっている実力者。

ぽっと出の新参者である白斗が、口で勝てる道理などないのだ。

 

 

「め、MAGES.だって嫌だよな!?」

 

 

ならばともう一人の女性、MAGES.に話しかける。

今日で更に仲良くなった彼女ではあるが、男女としての距離感が掴めていない。そこを突けば、猛反対が飛んでくるものだと期待していたのだが。

 

 

「ふっ、さすがにお触りは厳禁だが一緒にいるだけならばいいだろう。 5pb.やマーベラスもそれをお望みのようだし、な?」

 

「ふぇっ!? で、でも……白斗君と一緒に寝られるなら……」

 

「わ、私も……いいよ……」

 

「ナンテコッタイ……」

 

 

特に気にしていないどころか、面白そうな顔つきをしている。

マーベラスと5pbに至って.は顔を赤らめながらも寧ろご所望だった。

5対1、勝ち目など無かった。

 

 

「さ、もう白ちゃんの寝袋も敷いてありますしこちらへどうぞ♪」

 

「いつの間に!? ちょ、引き込まないで……ムワアアアアアアアアアア!!?」

 

 

ベールだけではない、マーベラスや5pb.の腕までもが絡みついてくる。

しかも皆、細くてきれいな腕だというのに異常に力が強いのだ。白斗はそんな手に成す術なくテントの中に引きずり込まれる。

まさにデーモンハンド。

 

 

「ふふ、ようこそ乙女の園へ。 気分はどうですか?」

 

「……心臓、爆発しそうです……」

 

「わ!? 白斗君の左胸が異常に光ってる!?」

 

 

緊張しないワケが無い。ごく普通の心臓を持っている人なら、きっとバクバクと鼓動が鳴り、血流が早くなっていることだろう。

だが白斗の心臓は機械。故に彼の感情が昂ると、オーバーロードを起こしかけてしまうのであった。当然、暗闇でも光って仕方がない。

 

 

「まぁ、こういう訳だから眩しいし鬱陶しいでしょ? だから外で……」

 

「そんなこと気にしませんのに」

 

「そうそう。 逆に白斗君が気にし過ぎ」

 

「それに寝袋に入っちゃえば、そんなに気にならないから」

 

 

特に取り繕っているわけでもなく、何の問題も無いと言ってくれるベール達。

実際メンテまで手伝ってくれたMAGES.も、事情を知っているチカも特に何も言ってこない。

こうなっては、もう下手に騒がずにさっさと寝てしまった方が穏便に済むだろう。

 

 

「そ、そうか……ならさっさと寝……ん?」

 

「ひゃんっ!? は、白斗君ってば………」

 

「うぉわぁ!? ご、ごめんマーベラス!」

 

 

すぐさま寝袋に入り込み、チャックを締める白斗。

後は目を閉じて眠るだけ、のはずが右隣りからやたら柔らかくて、弾力のある感触が。

 

 

「うるさいわよ!! グダグダ騒がずにさっさと寝なさい!!」

 

「す、すいませんチカさ………ンンっ!?」

 

 

一々大きいリアクションを取ってしまうが故に声も大きい。

今までは見逃してくれていたチカもさすがにこれには我慢ならなかったらしく、文句が飛んでくる。

ご尤もなお叱りだったので白斗は必死に謝りつつ、マーベラスから顔を背けると左側には。

 

 

「は、白斗君……その、見つめられると……ボク、照れちゃうな………」

 

「ふぁ、5pb.……」

 

 

5pb.がいた。

歌姫というだけあって、その顔は美しい。少し照れながらも、嬉しそうにしている表情が可愛らしく、白斗の機械の心臓が余計に稼働してしまう。

こうなればさっさと目を閉じてしまう他無いと必死に目を瞑るが。

 

 

「白ちゃんってば、私にも構ってくださいまし!」

 

「ムガガガッ!?」

 

「ちょ、ベール様!?」

 

「幾ら何でもそれはズルいーっ!!」

 

 

ぽよん、と白斗の顔に柔らかい何かが。マーベラスのそれにも比肩する大きさと弾力、ベールの胸だった。

当然、マーベラスや5pb.からは挙って文句が飛んでくるが今の白斗にそれを処理しきれるだけの余裕などなく。

 

 

「ちょ!? 何この状況!!? たゆんたゆんのパイパイがパイでパイポパイポのしゅーりんがん、しゅーりんがんの………ゴフッ」

 

 

意味不明な言動の挙句、気絶してしまった。

 

 

「は、白ちゃん!? どうして鼻血を出して……!?」

 

「お姉様、当然です。 ……全く、本来なら八つ裂きにしてやりたいけどようやく静かになったし、もう寝ましょう」

 

「……リーンボックスの教祖よ、血の涙を流しながら言ってもホラーなだけだぞ……」

 

 

当然、チカにとってこの状況は耐え難いものだった。

けれども大声を出さずに血の涙で留めていただけ彼女も成長しているのだろう、きっと。

 

 

「それじゃ、白ちゃんは気絶してしまったようですし……ここまで女の子が揃っていたらやることは一つですわね! ガールズトーク!!」

 

 

するとベールは掌をパンと合わせ、満面の笑顔でそんな提案をしてきた。

当然、他の女子達は茫然となっている。

まさに今、色恋にときめいているのが一名。色恋を自覚しつつあるのが一名。腹の底を探らせないのが一名。どうでも良さそうなのが一名。

 

 

「お姉様……楽しそうですね」

 

「実は女の子同士で恋バナとかしてみたかったんですわ~!!」

 

 

蕩けるような顔と声のベール。

彼女も乙女、白斗への恋慕を自覚した今だからこそ、そういう話をしたいのだろう。

 

 

「それじゃ……まずはマベちゃん、お願いしますわ!」

 

「ふぇっ!? わ、私ですか!?」

 

「ほぉ……興味深いな。 その豊かな胸の中に、どれだけの淡い桃色の想いを隠しているのか……気になるな」

 

「め、MAGES.まで!? ちょ、待って~~~~!!?」

 

 

乙女達の恋バナは際限なくヒートアップしていく。

ただ一人、チカだけはその対象がいなかったのだが他人の話を聞くのであればついつい参加してしまう。

姦しき女達の一時は夜をも忘れ、盛り上がっていった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてとうとう、日は昇り―――。

 

 

「ふぁぁ~……ね、ねみゅい~………」

 

「ぅー……ぁー……」

 

「うむむ……少しはしゃぎ過ぎたか……。 ぐぅ……」

 

「アタクシとしたことが……つい盛り上がっちゃったわ……」

 

 

キャンプを終えて、リーンボックスの教会へと戻ってきた白斗たち一行。

けれどもそこでは死屍累々だった。

何せ、昨夜は空が白むまでガールズトークに花を咲かせていたのだから。当然待ち受ける結果は寝不足。

楽しくはあったか、後悔していたというのが彼女達の本音である。

 

 

「マーベラスに5pb.……それにMAGES.にチカさんまでどうしちまったんだ……」

 

「あはは、少し夜更かししてしまいまして」

 

「俺が気絶している間にそんなことを……ってか姉さんは平気なのね」

 

「徹夜はゲーマーの必須スキルですから!」

 

「ドヤ顔するところじゃないからね」

 

 

白斗は呆れたように溜め息を一つ。

ガールズトークは結構だが、それで体調管理が出来ていないのは本末転倒である。

かく言うベールのは、体調管理云々以前の問題ではあるが。

 

 

「……くぅ……すぅ……」

 

「ん? 5pb.……寝ちゃったのか?」

 

「マベちゃんやチカ……MAGES.もですわね」

 

「無理もないな。 とりあえず毛布でも掛けてあげるか」

 

 

とうとう眠気が限界に来たのか、ソファの上で転寝を始めてしまう四人。

このままでは風邪をひいてしまうと、白斗とベールは毛布を掛けてあげた。

白斗は昨夜見られなかったのだが、こうして女の子の寝顔が見られることに思わず固唾を飲んでしまう。

 

 

「あらぁ? 白ちゃんは寝ている女の子に対して何をなさるおつもりですの?」

 

「なっ!? 何にもしねーって!」

 

「うふふ、分かっておりますわ。 白ちゃんですもの」

 

 

相変わらずからかわれて玩具にされている白斗。

こういう時のベールには何があっても勝てない、やはり彼女は姉なのだなと白斗は内心諦めムードになる。

 

 

「やれやれ、最後まで姉さんには勝てず仕舞いだったな」

 

「……最後……そう、今日で白ちゃんがプラネテューヌに……うぅ~~~!!」

 

「ガチ泣きしおった!?」

 

 

そう、この後白斗は帰ってしまう。彼の故郷となっているプラネテューヌに。

今までの日々が楽しかっただけに、ベールの内に込み上げる寂しさは凄まじいものとなっている。

寂しさは悲しみへと変わり、涙となって溢れ出た。

 

 

「白ちゃん! いっその事リーンボックスで暮らしませんか!? 女神権限で……」

 

「アンタまでノワールみたいなことを言いだす……申し出はありがたいけど、俺の帰る場所はプラネテューヌだから」

 

「そんな~……」

 

 

ガクリと肩を落とすベール。

聊かオーバーリアクションのようにも思えるが、その瞳の揺れ方からして本気で落ち込んで、本気で悲しんでいると分かる。

それだけ白斗の事を、本気で好きになってしまったら。

 

 

「……姉さん。 俺、楽しかったよ。 この三週間……色んな事をさせて貰えたし、色んな場所に行けたし、色んな人と出会えた。 勿論、このリーンボックスも……好きになった」

 

「は、白ちゃん……」

 

 

そんな彼女の哀しみを汲んでか、白斗は敢えて笑顔でそう言ってきた。

彼の優しい顔に、ベールの涙は止まってしまう。

 

 

「だから、俺に取っちゃこのゲイムギョウ界そのものが帰る場所……このリーンボックスも、俺のもう一つの故郷なんだ。 だから……また帰ってくるよ。 絶対に」

 

 

白斗は、優しい笑顔のままそう断言した。

例え冗談のつもりであっても、それが約束であれば彼は必ず果たしてくれる。それを知っていたからベールは。

 

 

「……! ええ! 勿論、いつでもウェルカムですわ!!」

 

 

笑顔で、答えた。

これは永遠の別れなどではない。また会えるのだ。だからこそベールは、すっかり悲しみが吹き飛んでしまっていた。

 

 

(……本当に白ちゃんはズルいお人ですわ。 私の何でもかんでもを、幸せに変えてしまうんですから……)

 

 

思わず頬を赤く染めて、ベールが少し俯く。

悲しいからではない、こんな照れた顔を白斗に見られたくないからだ。

 

 

「ありがとう。 ……楽しみにしてるぜ、“ベール”」

 

「……はい、兄様♪」

 

 

そして二人だけのもう一つの関係性である兄妹。

ベールにとって白斗とは甘やかすことが出来る存在、甘えることが出来る存在、そして自分の気持ちを受け止めて守ってくれる―――愛しい存在。

彼の全てに、恋してしまったのだと改めて認識する。

 

 

「……そうだ、白ちゃん。 プラネテューヌにはまた私が送って差し上げますわ」

 

「もう妹モードは終わりか。 有難いけど、いいの?」

 

「ええ、その方が少しでも長く滞在できるでしょう? 昼食をとる時間くらいは出来ますから、最後に皆でお食事にしましょう」

 

「……ああ、そうだな。 ならお言葉に甘えて」

 

「ええ、ですからゆっくりと荷造りしてきてください」

 

「オッケー。 ……ありがとな、姉さん」

 

 

次、昼食を食べ終えれば白斗は彼女に連れられてリーンボックスを去る。

仕事もクエストも、そして過去の辛い思い出も全て忘れて楽しむことが出来た日々。白斗とて辛いわけではない。

でも、またこういった日々がやってくる。それを思うと、嬉しくもあった。白斗は自室に戻り、荷造りをしながらふとそう思う。

そう、このゲイムギョウ界で彼にとっての居場所が多くできた。どこの国へ行っても、温かくて幸せな日々が過ごせる。

 

 

 

 

 

(………ネプテューヌにも………早く会いたいな………)

 

 

 

 

 

同時に思い浮かぶは、いつも自分を支え、そして元気づけてくれたあの笑顔。

プラネテューヌに戻れば、あの笑顔の下にドタバタとした落ち着きのない、けれども楽しい日々が待っている。

真っ先に彼女に会って、どんな土産話をしようか。ふと、荷物に目が行く。始めは少なかった白斗の荷物も、各国のお土産でギッシリと詰まっていた。

その中でも、特に思い出に残っているものが二つ。ルウィーで買った、「女神と守護騎士」という本、リーンボックスへ見つけたネプテューヌへのお土産となる“あるもの”。

 

 

 

 

(……また、遊びに来るよ。 絶対に)

 

 

 

 

 

もうすぐ無人となるこの部屋を見渡しながら、白斗はもう一度誓うのだった。

時刻は12時近く。最後の記念となる昼食が出来たとベールが呼びに来るまで、後少し―――。

 




サブタイの元ネタ「ゆるキャン!」より

リーンボックス編ラストを飾るキャンプのお話でした。
ベールさんの事だから最後までゲームで終わらせると思ったか!?いや、最初は私もそうしようかなと思ったんですが、リーンボックスならではの展開が欲しいということでアウトドアの描写も入れてみました。
余談ですがカレーってちょっと雑に作るのが意外に美味しかったりするんですよね。皆さんも経験ありません?
次回からはついにメインヒロインであるネプテューヌ回!
そして明日はいよいよ勇者ネプテューヌの発売日!! 括目せよ!!


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第二十五話 ねぷプラス

ネプテューヌ「貴様らに誰がメインヒロインか教えてやろう……」

やって参りました!圧倒的主人公ネプテューヌのターン!!



「―――帰ってきたぞプラネテューヌ!!」

 

 

夕日に染まりつつある未来国家、プラネテューヌ。

その街のシンボルでもある、この国で最も高い建造物であるプラネタワーの前で白斗は背伸びしながら、そう叫んだ。

彼にとっての家がこのプラネタワー。三週間ぶりに見上げるそれに、白斗は改めて凄さを感じていた。

 

 

(こんな立派なタワーで、しかも国政の中心で、おまけに女神様と一緒に暮らしてたのか……何だか俺、凄いことしてるよな)

 

 

どれ一つだけでも非現実的であろう。

特に女神様と一緒に暮らすなど、国民に知れたらどうなるか……そんな嫉妬が怖くもあり、けれども少し楽しくもあった。

楽しかった旅行の日々が終わってしまった寂しさはある。けれども、今はそれ以上にこのタワーに住む皆に―――ネプテューヌに会いたい。

その一心で白斗はプラネタワーの自動ドアを潜り、一歩中へと足を踏み入れると。

 

 

「お兄ちゃ~~~~~ん!!!」

 

「ぐぉおおおっ!? ね、ネプギア!!?」

 

 

誰かが抱き着いてきた。

薄い紫色の髪を持つ可愛らしい少女、ネプテューヌの妹にして、白斗を兄と仰ぐ女神候補生、ネプギアである。

ネプギアは愛おしそうに白斗の胸に顔を埋めては頬を擦り寄せていた。

 

 

「あー……二週間ぶりのお兄ちゃんだぁ……落ち着くよぉ~」

 

「二週間ぶりって……ちょっと前に連絡入れたでしょ」

 

「あんなのじゃ全然足りないもん! それにこうしてお兄ちゃんが傍に居てくれて、本当に嬉しいんだぁ……」

 

 

これほどの美少女に抱きつかれているのは、男冥利に尽きる。

けれども、周りの男性職員たちからの目は正直な所痛かった。

 

 

「あ、アハハ……そんなこと言ってるとネプテューヌが嫉妬しちまうぞ?」

 

「……お、お姉ちゃん……」

 

 

それに、彼女を妹として愛しているのは姉であるネプテューヌも同じだ。

寧ろ妹として扱った結果、ネプテューヌから嫉妬の電話を貰ったくらいなのだから。

にも拘らず、ネプギアは微妙そうな顔色を浮かべた。

 

 

「ん? どうしたんだ?」

 

「そ、その……お姉ちゃんなんだけど……見てもらった方が早いよね」

 

「???」

 

 

全く解せないでいる白斗。

どうやらネプテューヌに何かあったらしい。けれどもネプギアが別段慌てていないことから、生死に関わるようなことではないらしい。

兎にも角にも彼女に連れられ、住居スペースへと向かう。

 

 

「よっと……ただいま」

 

 

扉を開けて第一声。「ただいま」。

この三週間、ここを離れてようやく言えたその一言に白斗は妙に感慨深い気持ちになる。

そんな彼の声に反応して、どたどたと駆けつける足音。

 

 

「白斗さん、お帰りなさいですぅ!」

 

「お帰りなさい白斗。 その様子だとリフレッシュ出来たみたいね」

 

「アイエフ、コンパ! お陰様でな」

 

 

まず出迎えてくれたのはいつもの仲良し二人組、アイエフとコンパだ。

先日リーンボックスで一緒に遊んでからそこまで時間は経っていないのだが、こうしてプラネテューヌで顔を合わせると、帰ってきたという感じになる。

そしてこの国の教祖、イストワールも駆けつけてくれた。

 

 

「白斗さん、お帰りなさい。 楽しんできましたか?」

 

「イストワールさん、ただいま戻りました。 しっかりと楽しんできましたよ」

 

「それは良かったです。 もう、ルウィーで大怪我をしたと聞いた時は心配したんですよ? ネプテューヌさん達の慌てぶりと来たらもう……」

 

「あ、あはは……もう治ったし言いっこ無しですよー」

 

 

帰ってきて早々、温かい言葉と共に心配のお小言。

イストワールらしい挨拶だと白斗は苦笑いながらもしっかりと受け止める。

 

 

「……と、そういやネプテューヌは?」

 

 

ここでネプテューヌの名前が出てきたことで、ようやく気付く。

今ここにネプテューヌが来ていないことに。

いつもであれば、いの一番に駆けつけ、あの笑顔で自分を出迎えてくれるはずなのにと訝しんでいると。

 

 

「あ、ああ……ネプテューヌさんですか……」

 

「今朝からだけど……まさかネプ子がああなるなんてね……」

 

「はい……今のねぷねぷは、私でも治せないですぅ……」

 

「え? な、何か病気なのか!?」

 

 

皆が一斉に微妙そうな顔になった。

ネプギアがそこまで慌てていなかったから生死に関わるようなものではないとは思っていたが、まだ病気の可能性が残されていた。

思わず必死な声を上げて詰め寄るも、イストワールは首を横に振る。

 

 

「い、いえ。 病気ではありません。 ……いや、ある意味病気と言うべきでしょうか」

 

「え? どういう事?」

 

 

益々要領を得ない。

どう表現すればいいのか分からない、というのがイストワールの見解のようだ。

 

 

「まぁ、正直私はネプ子の気持ち分かっちゃうけど……」

 

「同じくです……」

 

「? 何か嫌なことでもあったのか?」

 

 

気持ち、という単語がアイエフから出てきた。

となれば何か気落ちするようなことでもあったのだろうか。

 

 

「とにかく、お姉ちゃんの部屋を覗いてみてください。 出来るだけ音を立てないように」

 

「お? おお………」

 

 

ネプギアにそう促され、指示に従う。

静かに扉を開けば、そこにはアンニュイな表情になりながら机に座っているネプテューヌがいた。

白斗の大好きなあの笑顔ではない。頬杖を突きながら、ぼんやりとしているように見えた。

 

 

(元気ないな、やっぱり何か……ん? 何か呟いてる?)

 

 

元気がないことに尚更心配を隠せない白斗だが、更に観察すると何やらネプテューヌの唇が動いている。

あの柔らかそうな唇が上下に跳ねている。何かの単語を繰り返しているようだ。じっと聞き耳を立てていると―――。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷねぷ」

 

(ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?)

 

 

 

 

 

 

ちょっとしたホラーが展開されていた。

あのネプテューヌが、口癖である「ねぷ」をうわ言のように連呼しているのである。

ヤンデレのような瞳と表情ではないが、笑顔が代名詞の彼女からこんなセリフが飛んでくるのでは末期も末期。

白斗は心の中で絶叫しながら急いで部屋を飛び出た。

 

 

「誰や!? 誰なんやアレ!!?」

 

「白斗さん、ショックの余り変な言葉になっちゃってるですぅ……」

 

「信じがたい気持ちは分かるけど、お姉ちゃんです……」

 

 

凄まじい恐怖に身を震わせながら白斗が叫ぶ。

あの明るいネプテューヌからは想像も出来ないような恐ろしさに、コンパやネプギアも引き気味である。

イストワールも苦笑いしながら、事の顛末を説明してくれた。

 

 

「今朝からずっとあんな様子で……でも仕事だけは終わらせてくれました」

 

「仕事までやったって言うのか!? ゲイムギョウ界はどうなっちまうんだ!?」

 

「何でも、明日だけは一日中遊びたいと申し出たんです。 条件としてかなりの量の仕事を片付けるようにお願いしたんですが見事にやりきってしまって……」

 

「明日一日……? ………あ」

 

 

どうやらネプテューヌのあの様子は、明日一日に楽しみにしている何かがあるかららしい。

一体何を楽しみにしているのか、白斗が考えていると思い当たることが一つ。

 

 

 

―――……お土産、よろしくね―――

 

―――おう。 それに、帰ってきたらその分たっぷり遊ぼうな―――

 

―――……!! うん!!―――

 

 

 

それは、ラステイションに旅立つ直前の事、ネプテューヌと交わした約束。

三週間も離れてしまう分、帰ってきたら遊ぼうと約束していたのだ。

白斗自身忘れていたわけではないが、彼女があそこまで一心不乱になってしまうとはさすがに予想していなかった。

 

 

「……そういう事か………大丈夫。 すぐに元に戻ります」

 

「白斗さん?」

 

「俺に任せてください。 ……さて」

 

 

どうするべきか、白斗にはもう分かっている。

だから彼は勢い良く扉を開け、ネプテューヌに向かって大声で言う。

 

 

「……ネプテューヌ、ただいま!」

 

「っ!? は、白斗……白斗ぉ――――!!!」

 

 

ドアの開閉音だけではネプテューヌは反応しない。

けれども、白斗の声が聞こえた瞬間、我に返ったように勢いよく振り返る。彼女の視線の先に、白斗の笑顔が映った時。

ネプテューヌは喜びを爆発させて、勢いよく抱き着いた。

 

 

「うぐおっほぉ!? ちょ、くっつきすぎだっての!!」

 

「だってだってだってー!! 寂しかったんだもーん!!!」

 

「毎晩連絡してたでしょーが」

 

「あんなのじゃ全然足りないも―――ん!!!」

 

 

余程白斗に会いたかったらしい、彼の胸に顔を埋めては頬を擦り寄せる。

この反応は、先程のネプギアと同じだ。さすがは姉妹、血は争えないと言ったところか。

 

 

「ゴメンゴメン。 ……で、聞いたぞ。 明日のために仕事を頑張ったってな」

 

「うん! えへへ、偉いでしょー!?」

 

「ああ、正直お見逸れしたよ」

 

 

腰に両手を当てて、つるぺたな胸を突き出しながら渾身のドヤ顔。

でも彼女がやると大変可愛らしく映ってしまう。

普段なら図に乗らないようにと一言添えてしまう場面だが、結局はネプテューヌに甘くなってしまう白斗。彼女を思う存分褒めてしまう。

 

 

「……それで、さ。 あの……明日、なんだけど……」

 

「おっと、そいつは俺から言わせてくれ」

 

「ねぷ?」

 

 

顔を赤らめ、もじもじとしながら、何とか言葉を絞り出そうとするネプテューヌ。

相当緊張しているのだろう。

けれども、一方的に女の子にだけ言わせてしまうのは余りにも男として情けない。ここは敢えて、白斗から誘うことにした。

 

 

 

 

「……明日一日、俺と一緒に遊ぼうぜ。 ネプテューヌ」

 

「………!! うんっ!!!」

 

 

 

 

正真正銘、白斗から遊びのお誘い。

ネプテューヌは目を輝かせ、満面の笑顔で頷いていくれた。

やはりネプテューヌはこうでなくては、と白斗も安心する。

 

 

「それと、お土産もちゃんと持ってきてあるんだが……折角だ。 明日渡すよ」

 

「おっ? 期待しちゃっていいのかな~?」

 

「まぁ、気に入ってもらえたら嬉しい……かな」

 

「気に入るって! 白斗がくれるものなら何でも!!」

 

「ナス(ボソッ)」

 

「ナス滅ぶべし慈悲はない」

 

「何でもじゃないやん。 拒否してるやん」

 

 

などと、まるで子供じみたやり取りをする二人。

けれどもこの他愛もない時間が楽しくて、白斗とネプテューヌは互いに小芝居と分かっていながらも互いに乗ってしまう。

楽しくて、愛おしくて、ネプテューヌはいつもの笑顔を取り戻していた。

 

 

 

「………やっぱり笑顔のネプテューヌの方が好きだな」

 

「え………?」

 

 

ふと、白斗がそんな一言を言った。

一体それはどういう意味なのか、ネプテューヌが問い質そうとしたその時。

 

 

「お姉ちゃん! 元に戻ったんだね! 良かったぁ……」

 

 

ネプギアが飛び込んできた。

どうやら姉の様子が心配で、様子を窺ってきたらしい。突然の妹エンカウントに驚いてしまい、ネプテューヌは驚く。

 

 

「ネプギア? 私、別に変ったことなんてないよ?」

 

「……自覚症状無しだったとは」

 

 

どうやら先程の狂態は記憶にないらしい。

さすがに苦笑いを隠せない白斗とネプギアだが、何にせよこれでいつもの明るい笑顔がトレードマークのネプテューヌが戻ってきた。

ようやくこのプラネタワーに楽しさと明るさが舞い戻る。

 

 

「さ、二人とも晩御飯だよ! 今日はアイエフさんとコンパさんがご馳走作ってくれたって!」

 

「おっ! そりゃ楽しみだな、行こうぜ」

 

「うん! さー、いっぱい食べるぞー!!」

 

 

もう夕方も夕方、白斗は旅行疲れで、ネプテューヌは仕事疲れですっかり腹ペコである。

食卓へ赴けば、アイエフとコンパが満面の笑顔であらゆる料理を所狭しと並べてくれていた。

やっといつもの風景が戻ってきたと白斗も安心した気持ちになり席に着く。

そして美味しい料理に舌鼓を打ちながら、白斗の土産話で夕食は大いに盛り上がったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――某国某所。

あらゆる機械、あらゆるパイプ、あらゆるプログラムが複雑に絡み合い、組み合わさった鉄の研究所。

そこで一人の科学者が、世にも悍ましい顔つきでキーボードを高速で叩いている。

彼の目の前には、怪しげな色合いの液体で満たされたカプセルがあった。

 

 

「ぐ、ふふふ……いいぞ。 細胞の構成式が望んだ形へとシフトチェンジしておる……!! このゲイムギョウ界には驚かされたが、こうなってはこの世界のテクノロジーも、そして魔力の原理も我が手中よ……!!」

 

 

男は、狂気的な頭脳を持ってこの世界全ての知識をほぼ完璧に把握し、そして理解していた。

見たことのない機械でも、少し弄れば瞬く間により高性能な装置へとグレードアップさせ、見たことも無い魔術を見せればそれをデータにして記録してしまう。

その様子を、背後からこの魔女―――マジェコンヌは黙って眺めていた。

 

 

「……折角この次元に赴いてやったと言うのに、どこへ行っても口うるさいのがいることには変わりない、か」

 

「オバハン、ホントにあのイカレ科学者と手を組むつもりっちゅか?」

 

 

彼女の足元には一匹の、両足で立つネズミが一匹。

どうやら彼は、あの科学者を信用しきっていないらしい。あの狂気を見せつければ無理もないが。

 

 

「……正直、私とて好ましくない。 だが、女神を排除できるとなれば何だって利用してやる……これは私と奴の利害の一致なのだ」

 

 

マジェコンヌですらいい顔をしていない。

この科学者とマジェコンヌは仲間に非ず、互いに利用し合えるだけの関係だ。

だからこそ、互いにいざ見切りをつける時を虎視眈々と窺っている。

 

 

「うーん、オバハンに連れられてあの組織を抜け出したのは失敗だったっちゅかね……」

 

「ネズミ、勝者と言うのは最後まで立っていたもののことを言う。 最後まで見ておけ」

 

「だからオイラにはワレチューという立派な名前があると何度も……」

 

 

ネズミことワレチューなる存在がボヤくと、とあるカプセルに異変が起こった。

その中で何かの肉が、気持ち悪い音を立てながら粘土のように変化していく。やがてそれは、赤黒い色合いの巨大な蜘蛛へと変化する。

背中には、全てを拒絶するかのような輝きを放つクリスタルが埋め込まれていた。

 

 

「……完成だ。 ついに私は……生命を生み出すことにも成功したのだぁ!! アンチクリスタルを埋め込んだモンスター……名付けて「アンチモンスター」!! ヒ、ヒャハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 

モンスターと言えど、この男は人工で一つの命を生み出したのだ。

人の身でありながら、まさに神に対する挑戦をも軽々とこなすこの男にマジェコンヌは恐怖にも近い感情を抱く。

けれどもなるだけ平静を装い、呆れたように溜め息を一つ吐く。

 

 

「……本当にイカレた男だよ、貴様は」

 

「褒め言葉と受け取っておこう!! さて、まずは試運転だ……どこかの国で適当に暴れさせ、実戦データを収集してもらいたい」

 

「……ならあの下っ端に行かせよう。 場所は……適当でいいか」

 

「なら伝えてくるっちゅよ」

 

 

要件さえ済めば、あの男と同じ空気など吸いたくない。

マジェコンヌとワレチューは颯爽と背を向け、研究室から出ていった。彼女達が出ていけば、もう興味の対象は別に映る。

そこには一際大きなカプセルがあり、その中では一人の少女が浮かんでいた。

 

 

「………もうすぐだよ………助けてあげるからな。 “香澄”―――」

 

 

香澄と呼ばれた女性は、何も答えない。答えることが出来ない。

ただ、悲しそうに目を伏せていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして日は昇り、プラネテューヌは本日も晴天。

綺麗な石畳と芝生に木々、噴水が設置された公園で白斗は一人待っていた。

黒コートこそ変わらないが、髪型もバッチリと決め、左手首に巻かれている腕時計で時間を今か今かと心待ちにしている。

 

 

「……やれやれ、ネプテューヌまで待ち合わせがしたいと言い出すとは」

 

 

昨日の夕飯の席でのこと。

ネプテューヌらの質問により、どんなことをして過ごしていたのかを赤裸々にする羽目になった。

一応ネプテューヌには毎晩連絡を入れていたのだが、実際に目の前で話をするのとでは段違いである。そして話し終えるや否や。

 

 

『もーっ!! 何なのその羨ましいシチュエーションの数々!? こーなったら私は全部それをやってやるんだからねーっ!!!』

 

 

―――と、謎の対抗心を燃やしてしまわれた。

そのため今日の外出は如何に彼女を満足させられるか、そして互いにどれだけ楽しめるかに掛かっている。

 

 

「白斗ーっ! お待たせー!!」

 

「お、来たか。 こういう時だけは待ち合わせに遅れない……ん、だな……」

 

 

そこに聞こえてきた、あの声。

振り返るとそこには、いつものパーカーワンピではない、紫を基調としたミニスカートかつ動きやすさとオシャレを両立させたような、新しい服を着こんだネプテューヌが立っていた。

 

 

「えへへ、どう? 私のニューコスチューム、ジャージワンピ!! 可愛いでしょ?」

 

 

可愛らしくウィンクまでして、新しい服をアピールしてくる。

少し大きめだったパーカーワンピとは違い、こちらはしっかりとボディのラインを意識している服だった。

柔らかさを押さえ、代わりに可愛らしさを押し出した衣装に白斗は思わず見とれてしまった。

 

 

「……可愛い……って、俺ってば何言ってんのぉっ!!?」

 

「か、可愛い頂きました! ヒャッホー!!」

 

 

普段はどちらかと言えばシニカルよりな言動をすることが多い白斗だが、ネプテューヌ相手ではそれも形無しである。

思わず感想をドストレートに言ってしまい、恥ずかしさに悶える。

尤もネプテューヌは素直に褒められたこともあって、いきなりご機嫌だった。

 

 

「ふっふっふー、これで白斗も私が守りたくなるような、可愛らしい美少女だってちゃんと認識してくれたったことだよね!」

 

「自分で言うな自分で…………でもな」

 

「ねぷ?」

 

 

またもやドヤ顔。

彼女の代名詞の一つではあるが、こうもしてやられては白斗とて悔しい。そこで、ちょっとした仕返しを思いついた。

彼女の耳元に近づき、囁く。

 

 

「……俺にとってネプテューヌは、可愛くて守りたくなる女の子だよ」

 

「~~~~~っっっ!!? 」

 

 

可能な限り近づいての囁き。温かい声だけではない、息遣いすらも耳に掛かってしまう。

それが何とも言えない感覚となってネプテューヌの全身を駆け巡り、震え上がらせてしまった。

恐怖と言った嫌悪感などではない。寧ろ快感に近い感覚だった。

 

 

「ね、ねぷぅ……白斗ってば、私のボケに無理矢理合わせなくても………」

 

「………本気」

 

「ひ、ひゃああぁあぁあぁ~~~………!!?」

 

 

また耳元で囁きを一つ。

確かに仕返しのつもりではあったが、彼がネプテューヌに抱く感情は嘘偽りのないものだった。

だからこそ、ネプテューヌは嬉しさや恥ずかしさ、幸せと言ったあらゆる正の感情が混ざり合わせ、いきなりオーバーヒートを起こしかけてしまう。

 

 

「さ、そろそろ行こうか。 早くしないと時間が勿体ない」

 

「だ、誰の所為だと思ってるのー!! もー!!!」

 

「ゴメンゴメン。 ……そろそろ行こうか」

 

「うん! あ、手………」

 

 

からかったつもりが、逆にからかわれっぱなしだ。

白斗に主導権を握られているのが面白くないと感じていた矢先、ネプテューヌの手が温もりに包まれた。

主導権だけではない、手すらも白斗に握られていたからだ。

けれども、ネプテューヌが漏らした甘い声に反応した白斗が視線を落とすと。

 

 

「って、ご、ゴメン! い、嫌だったよな……」

 

「う、ううん! 寧ろウェルカムだよ!!」

 

「そ、そうか? なら………」

 

 

余りにも自然だったのか、白斗も意識しなかったらしい。

大慌てで離そうとするが、寧ろネプテューヌは強く握り返した。もう離さないと言わんばかりに。

顔を赤らめながらも、二人は手を繋いだまま歩き出す。

 

 

「さて、まずはクレープを食べに行こ! 白斗は甘いものは大丈夫?」

 

「バッチ来いだ」

 

「ほい来た!」

 

 

デートの定番、クレープを食べに行こうとするネプテューヌ。

その間も、手は繋がれたままだ。

 

 

「……そう言えば女神様と手を繋ぐなんてこれ、大丈夫なんだろうか」

 

「大丈夫大丈夫! 私、女神様って思われること少ないし!」

 

「おいおい……だとしても噂されたらどうすんの」

 

 

今まで意識してこなかったが、女神とは国の象徴であり、いわばアイドル的存在だ。

一国の大統領が結婚したり子供を作れば物議を醸すように、女神にも恋人や愛人がいればそれだけで致命的なスキャンダルになりかねない。

女神を守りたい白斗にとって、そんなことは避けたいと思っていたのだが。

 

 

「……白斗となら、いいもん」

 

「え………」

 

 

ふと、ネプテューヌが零した一言。とても小さく、けれども嘘偽りのない声。

今度は白斗が呆気にとられる番だった。

 

 

「な、何を冗談言って……」

 

「……本気、だよ」

 

「…………っっっ!!?」

 

 

仕返しの仕返しと言わんばかりに、今度はネプテューヌが耳元で囁きかけた。

白斗の全身に、謎の鳥肌が駆け巡る。

それは嫌ではない、寧ろ幸福に近い何かだった。

 

 

「あははっ! 白斗ってば可愛い~♪」

 

「か、からかうなってーの!! ……ん?」

 

 

ふと前を見ると、その先には一人の青年がいた。しかもこちらへ近づいてくる。

咄嗟に白斗は手を離し、何でも無かったかのように装う。

幸いにも青年には見えてなかったのか、特に気にすることなく近寄ってきた。白斗には見覚えのない青年だが、ネプテューヌにはあるらしい。

 

 

「ね、ネプテューヌ様!!」

 

「あ。 君、確かこの間街中で……」

 

「は、はい! あの時案内してもらった者ですっ!!」

 

 

相当緊張しているのか、声は上擦っており、片言にも近い。

聞いている白斗ですら、ハラハラしてしまうような危なっかしさがある。

どうやら青年は以前、ネプテューヌに世話になったことがあるらしい。よく他人のトラブルに首を突っ込むネプテューヌらしいな、と白斗は内心思っていたのだが。

 

 

「それで……その……あ、貴方に……一目惚れしましたっ!!! 好きですっ!!!」

 

「ねぷっ!?」

「んなぁっ!?」

 

 

青年の、とんでもないカミングアウトにネプテューヌは勿論、白斗ですら驚きの声を上げた。

特に白斗に至っては“何故か”嫌な冷や汗を滝のように流している。

 

 

「そ、その……いきなりで不躾ですが……つ、付き合ってもらえませんかっ!!?」

 

 

直角九十度、青年はピシリと頭を下げた。

驚きながらも白斗は青年を観察していたが、動きなどはドの付く素人。暗殺者の類ではない。

何より言動から誠実さが伝わってくる。本人の言う通り、ネプテューヌに一目惚れしてしまった男なのだろう。

ならば、彼女の判断に任せるしかないと白斗は見守ることしか出来なかったが。

 

 

「……ゴメンね。 そこまで想ってくれるのは嬉しいんだけど……付き合えないかな」

 

「アウッ!! ば、バッサリ……だ、ダメでしたか…………」

 

 

ネプテューヌは少し困ったかのように、けれどもハッキリと告げた。

変に取り繕うくらいなら、直球に伝えた方がいいという彼女なりの気遣いだ。見事に玉砕してしまった青年は、この世の終わりにも近い声を上げる。

さすがに白斗も、同情の視線を禁じ得なかった。

 

 

「ホントにゴメンね。 ……私の事、信仰してくれなくなっちゃうのは寂しいけど……私が付き合いたいって、思えないんだ」

 

「い、いえ……。 僕が一方的に好きになっただけですから……だから、貴方様への信仰を辞めるなんて、絶対にしません」

 

 

恐らく、青年にとってはまさに一世一代の告白だったのだろう。

それも振ってしまったことから嫌われることも覚悟していたネプテューヌだが、青年は寧ろ彼女を応援し続けると言ってくれた。

ネプテューヌの人の良さが成せる業だろう。

 

 

「……でも、そうか……。 最近ネプテューヌ様に好きな人がいるかもって聞いたから、居てもたってもいられなくなったけど……やっぱりなぁ……」

 

「ね、ねぷっ!? そんな噂流れてるの!?」

 

「都市伝説レベルですけどね。 ……でも、納得しました」

 

 

すると青年は、一瞬だけだが白斗を見た。

それが意味するものとは―――。

 

 

「……ありがとうございました。 ネプテューヌ様……これからも、頑張ってください」

 

「ううん、こっちこそありがとう。 ……女神として、君の事は守るからね」

 

「はい。 では……失礼します」

 

 

寂しさと同時に、どこか清々しさを纏いながら青年はその場を去った。

まるで完敗を認めざるを得なかったかの様な、そんな寂寥感。

後に残された白斗とネプテューヌは、彼の姿が見えなくなるまでその場で立ち尽くした。

 

 

「……結構あるのか? あんなのが?」

 

「しょっちゅうじゃないけど、たまにかな。 ……実際、付き合いたい人っていなかったけど」

 

 

付き合わなくていいのか、とは訊ねなかった。彼女自身が決めたことだから。

だからその代わりに、気になることを訊ねる。やはり可愛らしい美少女であるネプテューヌは人気が高いらしく、告白されるケースがあるらしい。

今回の対応も手慣れた部類から、同じような手合いだったのだろう。

 

 

「それに……今は白斗がいるから! さ、クレープ食べに行こ!」

 

「うお!? ち、ちょっと!?」

 

 

今度はネプテューヌの方から手を繋ぎ直し、再び歩き始めた。

少し後味の悪い一幕の後にも関わらず、白斗の隣で歩いているネプテューヌは非常にご機嫌だ。

 

 

「……お、あれが件のクレープ屋か?」

 

「そうだよ! プラネテューヌで一番人気!!」

 

 

歩き始めてから少しして、クレープ屋を見つけた。

車に店を搭載している、所謂移動する店。まだ昼前にも関わらず、既に女子達による長蛇の列が出来上がっていた。

 

 

「女の子の列で並ぶのはキツいでしょ? 私買ってくる!」

 

「悪いな。 お金出すよ」

 

「いいよ、これくらい……」

 

「俺が出したいんだ。 その代わり、メニューはネプテューヌにお任せな」

 

「……ありがとー! それじゃ行ってくる!」

 

 

そして女の子のためにお金を出すのも男の役目。

白斗は迷うことなく財布を預けた。さすがに気が引けるネプテューヌだったが、彼に説得されて笑顔で注文しに行く。

けれども長蛇の列だけあって順番が回ってくるのは少し時間が掛かりそうだった。

 

 

「あら、白斗さん。 ネプテューヌさんとデートでは?」

 

 

するとそこに降りかかる声。

振り返ると、そこにはいつもならプラネタワーにいるはずの教祖、イストワールが今日も本の上に乗りながらふわりふわりと浮いていた。

 

 

「い、イストワールさん!? で、デートって……ネプテューヌなら今並んでます」

 

「ふふっ、クレープはデートの定番ですものね」

 

「からかわないでくださいよ……」

 

 

まるで母親の様な慈しむ視線に、白斗は照れ臭くなってしまう。

彼自身、母親は物心つく前に他界してしまっているので顔すら見たことは無いのだが、彼女には母性を感じて以降、頭が上がらない。

 

 

「それにしても、イストワールさんがプラネタワーから出るなんて一体何事ですか?」

 

「失礼ですね。 まるで私が出不精みたいな言い方をして」

 

「え?」

 

「白斗さん。 明日の仕事の量を5倍にして差し上げましょうか?」

 

「すみませんでしたぁぁぁぁ!!! ご勘弁くださああああああああい!!!!!」

 

 

少し青筋を浮かべて、笑顔と共にそんな一言。

白斗は恐怖を覚え、公衆の面前であるにも関わらず土下座。無駄に洗練された、無駄のない、無駄な土下座だったという。

 

 

「全く……私だってお買い物くらいしますっ」

 

「本当にすみません……イストワールさんも女の子ですものね」

 

「っ!? も、もうっ!! ネプテューヌさんに聞かれたら怒られますよ!?」

 

 

何気ない一言に、今度はイストワールが大慌て。

女の子扱いされていることになれていないのだろうか、少し可愛らしかった。

 

 

「……そう言えば、少し聞きたいことがあるんですけど……」

 

「あら? なんでしょうか?」

 

「……女神様って、恋愛とかどうなってるんですかね?」

 

「珍しいですね。 白斗さんがそんな質問をしてくるなんて」

 

「実は………」

 

 

それは先程の青年の告白、そしてネプテューヌと手を繋いだことでふと湧いてしまった疑問だ。

別に隠すようなことでもなかったので、素直に経緯を話す。

なるほど、と少し唸った後、イストワールは顎に手をやりながらまるで言葉を選んでいるかのように話しかけた。

 

 

「……女神様がお付き合いしてはならないなどと言う法律は存在しません。 ですが、不文律として恋愛はご法度でした」

 

「やっぱり、アイドルにおける恋愛禁止令みたいなものですか?」

 

「ええ。 女神様に対しての憧れも、シェアに繋がりますから」

 

 

今度は白斗がなるほど、と唸ってしまう。

高嶺の花は、高嶺であるからこそ美しい。手に届く存在になってしまった途端、手の平を返す輩は残念ながらどこの世界にも存在する。

ネプテューヌ達女神は、そんなアイドルと同等の存在でもあったのだ。

 

 

「……白斗さん、話は変わりますがこの次元は何と呼ばれているか知っていますか?」

 

「え? ゲイムギョウ界……じゃなくて?」

 

「それは世界全体の名前。 実はこの世界とは別の、平行世界のゲイムギョウ界があるんです。 その中でも私達の居るこの次元にも、名前があるんです」

 

「サラッとパラレルワールドとか出てきちゃったよ………」

 

 

さりげなくトップシークレット的な事実が明かされている。

余りにも軽く流されるものだから、白斗も驚くだけの余裕がない。けれども、重要なのはこのゲイムギョウ界が何と呼ばれているかだ。

 

 

「この次元は……“恋次元”と呼ばれています」

 

「こい……じげん……?」

 

 

また突拍子もない名前だと、白斗は面食らってしまった。

驚く彼を他所に、イストワールは説明を続ける。

 

 

「女神様は遥か昔ら数多く存在しており、当然その中には恋に目覚めた方もいらっしゃいました。 女神が特定の方とお付き合いすることは多くの危険を孕んでいましたが、割とそれを無視して付き合う方がいたことからこの名前が付いたと言われています」

 

「……色々言いたいことはあるが大丈夫なのかこの次元」

 

 

とりあえず、出てきた感想はそれだった。

どうやら結構女神様達は誰もが割とアバウトな精神を持っていたらしい。

 

 

「各々が辿る結末は様々でしたが……幸せになった方もいらっしゃいます。 ですから、本当に困難に立ち向かえるのであれば……私からは口出しなんて出来ません」

 

「イストワールさん……」

 

「それに私も……女神様達には、幸せになってもらいたいと思っていますから」

 

 

やはり聖母の様な微笑みで、そう言ってきた。

あくまで危険性を多く孕んでいると言うだけであって、覚悟があるなら付き合うこと自体は出来ると言う事らしい。

とりあえず一つの回答を得られたことで、白斗の胸のつっかえは取り払われる。

 

 

「ですから、白斗さんがもし女神様の誰かと付き合いたいというのであれば……色々覚悟してもらわなくてはなりませんけどね」

 

「なっ!? なななななな、何で俺が………!!?」

 

「うふふ。 さて、これ以上話しているとネプテューヌさんから嫉妬を買ってしまいそうなので失礼しますね」

 

 

けれども、去り際に残したイストワールの一言が白斗に突き刺さった。

女性経験皆無、色恋沙汰など無かった彼にとって女性と付き合う、増してやその相手が女神など今まで考えたことも無かったのだ。

そんな彼の反応が見られたことで、イストワールは微笑みながらまだ何かを告げようとする。

 

 

「最後に一つだけ。 ……今はただ、ネプテューヌさんとのデートを楽しんでください。 余計なことは考えずに」

 

「…………はい」

 

 

彼女が伝えたかったこと、それは今の時間を大切にして欲しいということだった。

正直な所、気になることだらけだったのだが、必要以上に意識して折角の楽しい時間を壊すのも確かに勿体ない話。

白斗が真剣に頷くと、イストワールも満足したような表情でその場を去っていった。

 

 

「白斗、お待たせ―! ってあれ? いーすんと何話してたの?」

 

「いや、外に出るの珍しいですねって言ったら怒られた」

 

「あはは! いや、気になっちゃうのは仕方ないよね。 だって出不精のいーすんだもん」

 

「……お前、絶対にそれ本人の前で言うなよ」

 

 

ようやくネプテューヌが戻ってきた。

その手には二つのクレープが握られている。黄金色の生地の中に、それぞれ特徴あるトッピングが包まれており、今にもかぶりつきたくなるような匂いも漂っていた。

 

 

「はい! 白斗にはチョコバナナクレープ!」

 

「お、いいチョイスだな。 ネプテューヌのは何にしたんだ?」

 

「私は当然プリンクレープ!」

 

「予想通りだった………」

 

 

白斗に手渡されたのはたっぷりのバナナにチョコレートソースや様々なチョコを絡めて包んだクレープ。

対するネプテューヌのものは、プリンや生クリーム、フルーツなどを包みこんだ一品。

それぞれかなりの量があり、立ちながら食べるのも行儀が悪いのでベンチで二人仲良く腰を掛けてクレープにかぶりつく。

 

 

「もぐもぐ………ん~~~っ!! やっぱりここのプリンクレープはサイコーだよ~!!」

 

「はぐはぐ……確かに、こりゃ美味ぇな!」

 

 

クレープの味はまさに絶品だった。

生地は香ばしく、それでいてクリームにもしっかり吸い付き味わいを広げてくる。

それぞれの具材も、クレープならではの味付けに調整されており、量自体はあったものの二人して一気に食べ進めるほど美味しかった。

 

 

「もぐもぐ~……」

 

(それにしても幸せそうに食べるな……ん?)

 

 

ふと、白斗がネプテューヌの方を見る。特に理由はない、なんとなくだ。

今の彼女は目の前の甘味に蕩けきっており、大変可愛らしい顔をしている。そんな彼女を微笑ましく思っていると、いつも頭に付けている十字キーの形をした髪飾りに目が行く。

そこに、ゴミが付着していたからだ。

 

 

「ネプテューヌ、髪飾りにゴミついてるぞ」

 

「え? ウソ!?」

 

「動くなって。 俺が取ってやるから」

 

 

余程大切なものらしい、ネプテューヌが少し慌てだす。

女の子だから身嗜みにも気を遣うのだろうと思い、白斗がその髪飾りに手を伸ばす。カリカリと爪でそのゴミを取ろうと髪飾りに触れた途端。

 

 

「うわわー!?」

 

「のわっ!? な、何で抱き着くよ!!?」

 

 

ネプテューヌが突然、白斗の胸元へ飛び込んできたのだ。

昨日と言い、結構ネプテューヌは彼の胸元へ飛び込んでくることがある。それ自体は可愛らしい行為なのだが、さすがに羞恥心くらいは覚える白斗。

けれども今回の彼女は、少し様子が違った。

 

 

「は、白斗が私の脳波コントローラーを弄るからでしょ!」

 

「え? 脳波コントローラー? この髪飾りが?」

 

「うん。 これはいざという時に私を外部から操作するためのものだからね」

 

「どんな“いざ”だよソレ」

 

 

どうやら、いつも頭に付けている十字キーはただの飾りではないらしい。

もう少し弄ってみたくなるが、これ以上はネプテューヌを怒らせてしまいそうなのでやめておくことにした。

だがそれ以上の問題が発生。先程のやり取りで、ネプテューヌのクレープから具材の一部がはみ出し、地面へと落ちてしまったのだ。

 

 

「あー! 今のでクレープ少し零しちゃった……」

 

「ご、ごめんネプテューヌ……」

 

「許さないよ! お詫びとして……白斗の一口もらいっ!! バクーッ!!」

 

 

すると、ネプテューヌが一気に接近し、バクリと白斗のクレープを頬張った。

忘れがちだが、素の彼女でも戦闘力は白斗より遥かに高いのだ。まさに目にも止まらぬ早業。

けれども、一気に白斗のクレープが減ってしまうのは見逃せない。

 

 

「おっま!? 食い過ぎだろ!? んじゃ、俺もちょっともーらいっ!」

 

「ねぷぅっ!? もー!! 白斗ってば、これじゃ食べさせあいっこしたのと変わらないじゃ……ねぷ?」

 

 

けれども白斗も負けじとネプテューヌのクレープを少し齧った。

文句を言おうとしたその時、ネプテューヌがあることに気づいた。「食べさせあいっこ」というキーワードで。

同時に白斗も、とある事実に行きつく。

 

 

(……あれ? これって……所謂、その……)

 

(………間接キス、という奴なのでは?)

 

 

白斗が口を付けていたものをネプテューヌが食べて、ネプテューヌが食べていたものを白斗が食べた。

そう、まさにこれは言い逃れしようのない「間接キス」であり―――。

 

 

((……………うわわわわわああぁあああぁぁああああああああああああ!!?))

 

 

それを自覚した途端、二人は恥ずかしさが爆発し、跳ねるようにして少し距離を取ってしまった。

真っ赤にした顔を見られないように、互いに顔を覆い隠し、背を向け、俯いている。

 

 

(ぬああぁああぁあ!! 何やってんだ俺の馬鹿野郎ォオオオオオ!!! うぅ……ネプテューヌに気味悪いって思われてねーかな……) 

 

 

恥ずかしさと、ある意味の怖さでネプテューヌの顔を見られない白斗。

だが、いつまでもこのままというわけにはいかない。

勇気を振り絞って、辛うじて振り返ると未だに顔を赤らめながらも、決して嫌ではないという顔をしているネプテューヌがそこにいた。

 

 

「は、白斗ってば何恥ずかしがってんの……。 どーせ、こんなシチュエーションも他の女の子にしてあげてたんでしょ?」

 

「してねぇよ!! こんなのお前が初めてだよ!!」

 

 

とんでもないことを仰っているネプテューヌ様。

このままでは彼女の中で白斗が女誑しだと確定されてしまう(もう弁明は無理の領域に居るが)。

それだけは何としても避けたいと、白斗もそんな事実を口にした。

 

 

「………え? 私が、初めて………?」

 

「……そうだよ。 だから、その……無神経で、ゴメン……」

 

「う、ううん! 気にしてないから! ……寧ろ、嬉しいかな……」

 

「? なら、いいんだが………」

 

 

恥ずかしがりながらも、どこか嬉しそうな表情を見せるネプテューヌ。

特に後半になるにつれ聞こえてこなかったので何故嬉しそうなのか解せないでいるが、そこまで怒っているわけでは無さそうなのでとりあえずは一安心。

先程よりも何故かテンションが上がった状態で、クレープの残りを食べてしまう。

 

 

「よっし! ごちそーさま!」

 

「ふぅ、俺も食った食った。 結構量あったな」

 

「でしょー? んじゃ、次は腹ごなしにゲーセンに行こう!」

 

「お、おい!? そんなに走らなくてもゲーセンは逃げないっての!!」

 

「ゲーセンは逃げなくても時間が逃げちゃうの! タイムイズ金なりだよっ!」

 

 

少しでも多く、長く、白斗と楽しんでいたい。

そんな衝動が彼女を突き動かし、凄まじいエネルギーとなって走らせていく―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー、遊んだ遊んだー!」

 

「さっすがプラネテューヌ。 どれもこれもが楽しかったな」

 

 

その後二時間もゲームセンターに入り浸った二人。

レーシングゲームでデッドヒートを繰り広げ、UFOキャッチャーでネプテューヌが欲しがっていたマスコットを手に入れ、格闘ゲームやガンシューでランキング上位を独占、最後にはプリクラで思い出作りとやりたい放題だった。

 

 

「っと、そろそろ昼時だな。 どこで食べる?」

 

 

気が付けばもう十二時前。

ゲームセンターでハッスルしたことが功を奏し、大分腹も空いてきた。今なら最高に昼食が美味しき食べられるコンディションである。

けれども、訊ねられたネプテューヌは少し恥ずかしそうに顔を俯かせて。

 

 

「……それ、なんだけどね。 その……公園で、良いかな?」

 

「ん? 何か出店でも出てんのか?」

 

「そういうんじゃないんだけど……ダメ、かな……?」

 

「ダメなんて言う筈ないだろ。 今日一日はネプテューヌと過ごすって約束したんだ、どこまでもお前についていくさ」

 

「……!! ありがとう!! それじゃ、公園へレッツゴー!!」

 

 

頭にクエスチョンマークを浮かべる白斗。

どうやら、ネプテューヌは店に行きたいわけではないらしい。それでも何か考えがあるのだろうと彼女についていくことに。

待ち合わせ場所とは違う、広い芝生と植えられた木々の多さが特徴的な公園に到着した二人。

 

 

「それじゃ……あっちの木陰で……」

 

「おう」

 

 

一体彼女が何をしたいのか、皆目見当がつかないでいる白斗。

しかし、ネプテューヌは恥ずかしがりながらも、懸命に何かを成そうとしているのは見て取れる。

ここは特に何も言わず、彼女に案内されるがまま、指定された木陰で腰を下ろす。

芝生の冷たさと、木陰の涼しさがとても心地よい。

 

 

「ふぅ………いい場所だな、ここ」

 

「でしょー? 時々ここでお昼寝してるんだー!」

 

「……イストワールさんにはバレないようにな。 で、ここでお昼寝ってワケじゃないだろ?」

 

 

どうやらネプテューヌのお気に入りスポットらしい。

彼女だけの場所に案内されたことは素直に嬉しいが、昼食のためにここに来たはず。

するとネプテューヌは、とうとう覚悟を決めたかのように何かを取り出し、そして差し出す。

 

 

「は、白斗……! その……今日のお、お……お弁当ですっ!! 食べてくださいっ!!」

 

 

そう、差し出されたのは紫色の風呂敷に包まれた弁当箱だった。

弁当箱は二段になっており、大きさだけでも結構な量であることが見て取れる。

どこから取り出したのかと訊ねるのは野暮だった。それよりも重要なのは、明らかに市販のそれとは違うこの雰囲気。

 

 

「え……? も、もしかして……ネプテューヌが作ってくれたのか?」

 

「……うん。 だから、その………美味しくなかったら、ごめんね………?」

 

 

まさかの、ネプテューヌが手作りしてくれた弁当だった。

顔を赤らめながらも、緊張の余り瞼をギュッと閉じ、腕を振るわせているネプテューヌ。よく見ると、差し出されていた彼女の指には細かな傷が多くついていた。

どれだけの練習をしてくれたのだろうか、想像もつかない。それもこれも、今日この日の―――白斗のためだったと思うだけで、彼の胸が熱くなった。

 

 

「…………手作り弁当なんて、俺初めてで……こんなの、嬉しくて……食べたいに決まってる! ありがとな、ネプテューヌ!」

 

 

今まで女神達には美味しい料理を食べさせてもらった白斗だが、こんなに愛情のこもった手作り弁当を作ってもらったことは無かった。

だから、ネプテューヌの想いが存分に伝わってくる。だから、白斗は最高の笑顔と言葉で、感謝の気持ちを伝えた。

 

 

「……!! うんっ!! どーぞ、召し上がれ!!」

 

「おう。 それじゃまずは風呂敷を広げて……おお! バリエーション豊か!」

 

 

早速弁当箱を開けると、色取り取りの料理が白斗を出迎えてくれた。

お弁当の定番である唐揚げ、卵焼き、三角おにぎりは勿論のこと、タコさんウィンナーと言った一品料理に加え、野菜の数々にフルーツまで盛り付けられている。

まさに理想のお弁当と言うに相応しいラインナップに、白斗は目を輝かせていた。

 

 

「ヤベェ……! こんなの、本当に俺が食べてもいいのか!?」

 

「もっちろん! 白斗のために作ったんだから!」

 

「よっしゃ! んじゃ、最初は唐揚げから!」

 

 

肉好きな白斗は、まずはメインとなる唐揚げに手を伸ばした。

当然この唐揚げも冷凍食品などではなく、ネプテューヌが一から衣揚げしたものだ。

箸でそれを摘まみ上げ、早速一口。

 

 

「もぐ、もぐ、もぐ………」

 

「………ゴクリ………!」

 

 

ゆっくりと租借する。

衣の感触、広がる肉の味、口の中で溶ける脂。それら一つ一つを疎かにせず、ネプテューヌが作ってくれたそれを余すことなくしっかりと味わう。

どんな評価が下されるのか、ネプテューヌは期待と不安が織り交ざった目で、固唾を飲みながら見守った。

 

 

「………っ!! 美味しい……すげぇ美味しいよネプテューヌ!!」

 

「ほ、ホント!? やったぁー!!!」

 

「ああ! もうサイコーだぜ!!」

 

 

これまでにない、最高潮のテンションと笑顔で白斗がそう答えた。大絶賛の声だった。

その反応だけでも、大成功だとネプテューヌは喜びを爆発させる。

唐揚げは案外難しい料理なだけに、これを美味しく作れたということは他の料理にも期待をするなと言う方が無理である。

早速次の料理に手を伸ばそうと―――。

 

 

「あ! ま、待って!!」

 

「ん? どうした、何かマズイことが?」

 

「そ、そーじゃなくてね……」

 

 

するとネプテューヌが卵焼きを一つ、箸で摘まみ上げた。

彼女も食べたかったのだろうと、白斗は一人納得していたのだが、それは違った。

 

 

「は、はい………あーん♪」

 

「ぶふぉっ!?」

 

 

箸で摘まみ上げられた卵焼きが、白斗の目の前に差し出される。

そう、まさにこれは「あーん」の構図そのものであった。

一度ベールの所で味わっているとは言え、白斗は盛大にむせてしまう。

 

 

「ち、ちょっとネプテューヌさん!? こ、こ、ここここれ……!!」

 

「……言っておくけど、私がしてあげたいんだからね。 今までのお礼とか、それだけじゃなくて……あーもー!! 四の五の言わずに食べてよー!!!」

 

 

ネプテューヌも、さすがに恥ずかしがっていた。

だが小さなプライドをかなぐり捨ててまで実行している。全ては白斗のために。

彼女がここまでしてくれたのだ。白斗も小さなプライドに拘っている場合ではない。ごくりと生唾を飲み込み、そして口を開く。

 

 

「あ………あーん………」

 

「は、はいっ!!」

 

 

恐る恐る開けられた白斗の口に、意を決して卵焼きを放り込んだ。

卵焼きを口で受け取り、これまたゆっくりと租借する。

ふわふわとした触感、そして卵焼きに混ぜられた砂糖の甘味と卵の味。何よりもネプテューヌが食べさせてくれたという事実が織りなす三重奏に、白斗の口の中は別世界を迎えていた。

 

 

「ど、どう……かな………?」

 

「………これが、幸せの味って奴か………」

 

「し、幸せ!? そっか、幸せなんだ……やったやったー!!!」

 

 

白斗が美味しいと言ってくれる度に、嬉しい層にしてくれる度に、そして幸せを感じてくれる度にネプテューヌが一喜一憂する。

ここまで尽くしてもらえるとは思ってなかった白斗は、最早嬉し涙すら流すレベルだ。

今なら間違いなく言える。生きてて良かった、と。

 

 

「さて、それじゃ白斗も美味しく食べてくれたところで私も食べよっかなー」

 

「あ、ちょい待ち」

 

「ねぷ? 何かな白斗………ってねぷぅぅぅっ!!?」

 

 

十分弁当を堪能してもらえた。これでようやくネプテューヌも、心置きなく弁当を食べられる。

そう思って箸を伸ばしたのだが、今度は白斗に止められてしまった。すると、白斗は唐揚げを一つ箸で摘まみ、それをネプテューヌの目の前に差し出したのだ。

 

 

「はい、あーん」

 

「ちょぉぉぉっ!? なんで白斗が!!?」

 

「俺にだけしてもらうってのは不公平っしょ。 ほれ、あーん」

 

「う、う~………あ、あーん………」

 

(何、この可愛い子)

 

 

始めは遠慮していたものの、根負けしてしまい、それを受け入れるネプテューヌ。

目を閉じながら、静かに口を開けるその姿は可憐で、どこか艶やかでもあった。

妙な高揚感と背徳感を覚えながらも彼女の口の中に唐揚げを一つ放り込む。ネプテューヌもそれをしっかり味わって食べると。

 

 

「………白斗が言ってた幸せの味って意味、理解できるよ~………」

 

 

物凄く、幸せそうだった。

今にもヘヴンリーしそうな表情で蕩けきっていると、白斗もやった甲斐があると言うもの。

その後も弁当に舌鼓を打ち、米粒一つすら残すことなく弁当箱は綺麗になった。

 

 

「ご馳走様でした!」

 

「お粗末様でした! いやぁ、これが弁当を作ってあげる幸せか~……これからも、たまにだけど作ってあげるからね!」

 

「マジで頼むわ。 ……ふぁ、ヤベ……腹いっぱいになったから眠気が……」

 

 

ネプテューヌが作ってくれた最高の弁当に満足した白斗。

しかしここで、気の抜けた欠伸が一つ。

刹那、ネプテューヌが待ってましたと言わんばかりに目を輝かせる。

 

 

「は、白斗!!」

 

「ん?」

 

 

するとネプテューヌは正座をして、自分のふとももをパンパンと叩いている。

まるで誘導しているかのように。

 

 

「……ひ、膝枕……してあげる」

 

「んなぁっ!?」

 

 

驚いた。それこそ心臓が飛び出てしまうくらいには驚いた。

ネプテューヌは自分でよく「美少女」だの言うが、事実その通りだ。彼女ほどの美少女の膝枕なんて、正直嬉しくない訳が無い。

だからと言って、羞恥心を覚えない訳も無い。

 

 

「いいじゃん! ベールにしてもらったんでしょ? だったら私だって!!」

 

「何の対抗心だよ……」

 

「ホラホラ! こんな美少女にあーんに続いて膝枕してもらうなんて、この機会を逃せば次は回ってこないよ! ハリーハリーハリー!!」

 

 

急かすようにネプテューヌが捲し立てる。

ゴクリ、と一体何度唾を飲み込めばいいのだろうか。白斗には最早分からない。

でも、実際に飛び込んでみたいという自分がそこにいたのも事実なのだ。であれば、無下にする方が失礼というものだろう。

 

 

「で、では……お言葉に甘えて……。 お邪魔しま~す………」

 

「ひ、ひゃぅっ……!!」

 

 

白斗がおずおずと、ネプテューヌの太腿に頭を乗せた。

彼女の足は細いが、きめ細かく柔らかい肌の感触に病みつきになりそうになる。

 

 

「……お、おおぉ……ヤベ、気持ちいい……」

 

「で、でしょでしょ? 何だったら寝ててもいいから」

 

「……悪い。 なら、遠慮なく……」

 

 

こうして膝枕されながら寝るのも二度目だ。

慣れたもの、とまではいかないが白斗はあっという間に目を閉じて寝息を立て始める。

 

 

「……ぐぅ………すぅ………」

 

「ふふ……寝ている白斗も可愛いな~……♪ そうだ! 折角だからこの光景を写真に収めて……うん、完璧!」

 

 

寝ている白斗は、本当に幸せそうな表情だ。

そんな顔を見せられてはネプテューヌも幸せになるしかない。そしてそんな幸せな一幕を記録しようと携帯電話を取り出し、パシャリと一枚撮影。

満面の笑顔を浮かべるネプテューヌと、彼女の膝の上で安らかに寝ている白斗。最高の一枚が取れたとネプテューヌも満足そうだ。

 

 

「………白斗………」

 

 

そんな幸せな気持ちのまま、ネプテューヌは彼の頭を撫でる。

いつもなら彼の大きく、優しい手に撫でて貰っている。今回はそのお返しだ。細い指が、彼の髪を駆け抜ける度に快感にも近い高揚感が溢れ、尚更幸せな気分になる。

ネプテューヌの心臓が、トクン、トクンと心地よく跳ねていく。

 

 

(……本当にどうしちゃったんだろうね、私ったら……。 ここ最近、白斗の事ばかり考えて、でも白斗のことになると嬉しくて、楽しくて、幸せになれて……)

 

 

まさしく、寝ても覚めても白斗の事ばかりだ。

普段の何気ない生活の所作も、白斗と一緒ならば幸せになれる。逆に楽しい時間も、白斗がいないと物足りなく感じてしまう。

ここ最近になってようやく自覚した、名前も分からないその感情。ふと、今日一日の出来事が脳内でフラッシュバックされる。

 

 

 

『それで……その……あ、貴方に……一目惚れしましたっ!!! 好きですっ!!!』

 

 

 

脳内再生されたその一言、それは今日自分に告白し、そして振ってしまったあの青年の事だ。

彼には悪いが、好きという感情は湧いていなかったし、振ってしまったことも負い目はあるものの、後悔自体はしていない。でも、その言葉の意味だけが反芻する。

ならば、自分にとっての「好き」とは何なのか。

 

 

(一目惚れ……好き、好き………好き………)

 

 

「好き」―――。

言葉としてはありふれている。日常でも、漫画でも、アニメでも、ゲームでも。

ネプテューヌにとっての「好き」は、周りにあるもの全てだった。

 

 

(……私は、プリンが好き。 ネプギアが好き。 あいちゃんが好き、こんぱも好き、いーすんも好き。 ノワールも、ブランも、ベールも好き。 プラネテューヌが、ゲイムギョウ界が……皆がいる、いつもの日常が好き)

 

 

自分の好物が、大切な妹が、友達が、家族が。そして自分が治めるこの国が、この世界そのものが、この世界で生きる人たちが。

そして、当たり前のこの日常が―――彼女にとって、愛しいものだった。

それも「好き」であることは、間違いない。

 

 

 

―――では、この少年―――黒原白斗の場合は?

 

 

 

「………白斗………」

 

 

もう何度目になるか分からない、彼の名前を呼んでみる。

また、心臓が優しい音を立てて跳ねる。跳ねる度幸せな気持ちが溢れて、それでいて胸を締め付けてくる。

 

 

『………やっぱり笑顔のネプテューヌの方が好きだな』

 

 

そして思い出される、白斗の言葉。昨日、白斗がふと漏らした言葉だった。でも、ネプテューヌは聞き逃していない。

あの青年の告白と同じ「好き」であるにも関わらず、彼が言ってくれた「好き」でネプテューヌは幸せな気持ちになれる。

その気持ちを抱いたまま、この言葉を付け加えてみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………白斗………好き……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その瞬間、優しい風が吹き抜けた。

 

 

 

「……あ……そっか、そうだったんだ………」

 

 

 

彼女の中の靄を、迷いを、疑惑を吹き飛ばすかのように。

すると、世界が変わって見えたような感覚になった。先程よりもはっきりと、幸せの鼓動を感じた。

心臓はうるさいくらいに鳴り響き、体温が上昇し、胸は更に締め付けられる。

それでも、彼女は幸せだった。

 

 

(………好き、好き、好き。大好き……白斗が、大好き………!)

 

 

何故彼の事が気になって、何故彼と一緒にいたいのか。

やっと見つけた、その感情の名前。そしてずっと抱き続けてきた疑問に対する答え。

ネプテューヌの視線に熱が籠る。また一つ、白斗の頭を撫でて、自分の気持ちを確かめた。

 

 

 

 

 

(……私………白斗に、恋しちゃったんだ……。 白斗の事が、好きで、好きで……大好きになっちゃったんだ……!)

 

 

 

 

 

―――「恋」。

 

 

それが、ずっと彼に抱き続けてきた想いの、本当の名前。

自覚した途端、尚更彼との思い出が溢れ返った。初めて出会った時の事、一緒にクエストに行ったこと、守ってもらったこと、抱きしめてくれたこと―――。

それら全てが、まるで宝物のように光り輝いている。

 

 

(戦う白斗が好き、遊んでる白斗が好き、私を守ってくれた白斗が好き、ちょっとドジ踏んじゃう白斗が好き、意地悪な白斗が好き、カッコイイ白斗が好き、そして優しい白斗が……大好き!!)

 

 

こんなにも、好きを連呼したことなど一度もない。

けれども、これが最高にして最大の表現。彼のいい所も、悪いところですらも、彼の悲しい過去も、背負った罪も、だからこそ生まれる優しさも。

何もかもが、ネプテューヌにとっての「好き」だった。

 

 

「………えいっ!」

 

 

するとネプテューヌは光を纏わせる。

それが女神化の光。いつもの少女から、この国を司る守護女神、パープルハートとへその姿を変えた。

突然の光と体系の変化に、少しだけ白斗が身悶えするが起きはしなかった。

 

 

「……ふふ、この姿になっても……鼓動の方は止まってくれない……。 寧ろ、強くなってるわね……」

 

 

パープルハートは顔を赤らめ、優しい視線のまま、彼の頭をまた撫でた。

いつもの凛とした女神ではない。優しく、温かく、それでいて愛おしく―――まさに乙女そのものだった。

性格すら180度変わってしまう守護女神形態だが、白斗への想いだけは変わらず、それどころか強まっていく一方だ。

 

 

(……これが、恋をするってことなのね……。 私ってば、まるで乙女じゃない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、白斗相手なら嫌じゃ………違う。 白斗じゃなきゃ、ダメ………ダメなの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………これが、私が望んでいていた「素敵な恋」、なのね………)

 

 

自覚する度に、更に想いは強くなる。

今日の、これまでの逢引きの一つ一つが幸せそのものだ。そして今の膝枕も、こうして彼の頭を撫でることですら、ネプテューヌにとっての幸せだ。

その幸せこそが、「素敵な恋」。彼女の中で、もう答えは出た。

 

 

 

(ありがとう白斗……。 貴方が守ってくれたように、私も貴方を守るから………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから………ずっと傍に居てね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………白斗、貴方の事が………大好き、です………)

 

 

どこまでも穏やかで、温かく、愛しい時間が流れていく。

けれどもまだ日が沈むまで時間がある。デートはまだ、始まったばかりだ。

午後からのデートに想いを馳せ、ネプテューヌはどこまでも幸せそうに、そして美しく微笑んでいた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――時を同じくして、プラネテューヌ付近の森。

 

 

「………や、やっと着いたぜプラネテューヌ………ここまで来るのも一苦労だ……」

 

 

男勝りで、乱暴な言葉遣いの女が街を見上げる。その女の名は、リンダという下っ端。

彼女が見上げているのは未来都市プラネテューヌ。ゲイムギョウ界の中でも、尤も科学技術に秀で、そして発展している国。

けれども、彼女の脳内ではそんな国がどれだけの惨劇で染まるか―――そんな歪な発想で、不敵に微笑む。

 

 

「さぁ、この街がどれだけメチャクチャになっちまうか……楽しみだなぁ!」

 

 

愛用の鉄パイプを担ぎ、リンダは一歩踏み出す。

そんな彼女の後ろには、悍ましい気配を携えたあの大蜘蛛―――アンチモンスターが、不気味な呻き声をあげていた。




サブタイの元ネタ「ラブプラス」

もうちょっとだけ続くんじゃよ。
と言うことでネプテューヌ様とのガチデート!前後編に分けてお送りします。
ネプテューヌは明るく楽しく、でもマジで素敵な恋をするというテーマのもと執筆しております。
そんな雰囲気を少しでもお届けできれば幸いです。
そして本日は勇者ネプテューヌ発売日!!みなさん、ねぷねぷしてますかーっ!?私はこれからねぷねぷするぞーっ!!
では次回もお楽しみに!! 感想お待ちしておりまーす!!



……実はそろそろ書き溜めていたストックが切れる(汗)


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第二十六話 ネプテューヌ☆コイして

―――昼寝を終えた後、白斗とネプテューヌはデートを再開した。

今度は街中へと戻り、プラネテューヌが誇るデパートへと足を運んでいる。以前ネプギア達が礼服を受け取った場所だ。

今回はネプテューヌが、色んな服を試着している。

 

 

「白斗ー! 見て見てー! これなんか可愛いでしょー!?」

 

「お、そんな色合いを選んでくるとはなんか新鮮だな」

 

 

試着室から現れたネプテューヌは、オレンジを基調とした服を纏っていた。

常に紫色の服を着ている彼女ではあるが、明るい色合いの服を着るとこれまた違った魅力が引き出される。

 

 

「……そうだ。 ネプテューヌ、あの服とかどうよ?」

 

「どれどれ………えー、これー?」

 

 

違った魅力、ということで白斗がある服を提案する。

視線の先に会ったのは清楚な色合いとデザインのワンピースだ。膝まで覆い隠せるようなワンピースで、生地も薄い。

快活な服を好むネプテューヌは微妙そうな顔をしたが、白斗の期待の籠った視線は収まらない。

 

 

「な、頼むよ! 絶対に似合うから!」

 

「ね、ねぷぅ………白斗が、そう言うなら………」

 

 

始めは渋っていたネプテューヌだが、根負けしてその服と他にも似合いそうな小物を纏めて受け取る。

惚れた弱みという奴だろうか、白斗の期待の籠った視線の前には小さなプライドなど意味をなさなかった。何より、彼が「絶対に似合う」と言ってくれたことが、ネプテューヌにとっては何よりも嬉しかった。

 

 

(……これ着たら……白斗、喜んでくれるかな……?)

 

 

服を脱ぎながら、姿見に映った自分の姿を見る。

女神化すれば、まさに憧れの女性の姿そのものとなるネプテューヌ。だが普段の姿は正直な所、ブランの事を鼻で笑えないくらいの体型である。

控えめな胸を覆い隠すブラジャーに、縞模様の下着。そして手渡された、白斗渾身の選抜されたこのワンピースを見比べてネプテューヌは戸惑うが意を決して着込んだ。

 

 

「………お、お待たせー」

 

「やっと来たか。 さて、では御開帳~♪」

 

 

少し恥ずかしさが含まれた声に、白斗は期待十分で試着室のカーテンを開けた。

ジャラッと音を立てて開けられる試着室、その向こうには。

 

 

「……ど、どう……かな………」

 

 

―――髪型こそいつもの通りだが、爽やかさと清楚さを併せ持つ白いワンピース。

爪先まで晒しているサンダル、常夏には欠かせない麦わら帽子。

何よりも、いつもの朗らかな笑顔ではなく、どこかお淑やかで控えめになりつつも白斗のためだけに向けられたその笑顔に。

 

 

「…………………」

 

 

白斗は、すっかり魅了されていた。

 

 

「白斗? や、やっぱり似合ってない……よね?」

 

「ち、違う! そうじゃなくて……ネプテューヌが、その……綺麗で……」

 

「き、綺麗!!?」

 

 

今まで、女神化した姿なら綺麗と言われることは多々あった。

普段の姿でも、可愛いと言われることが殆どだった。

けれども、いつものこの姿で綺麗と言われたのは、白斗が初めて。それだけに彼の一言が、ネプテューヌにとってまさに天にも昇る心地だったのだ。

今、彼女の脳内では教会のベルがリンゴーンと鳴り響いている。

 

 

「……ねぇ、白斗」

 

「な、何だ………?」

 

「……も、もしだよ? 私がその……白斗の恋人で、こんな服着てくれたら……嬉しい?」

 

「こ、こいびっ………!?」

 

 

とんでもないことを聞いてきたネプテューヌ。

「恋人」という言葉はあくまで「もしも」、「if」の話。でも白斗は脳内に想像してみる。

あの服を着た彼女が、綺麗な笑顔を輝かせながらこちらに振り返り、手を伸ばしてくれるその姿を―――。

 

 

「………嬉しいし、今……すっげぇドキドキしてる」

 

「~~~~………っっ!!」

 

 

顔を赤らめて、少しだけ視線を逸らしながらそう呟いた。

けれども、ネプテューヌの耳はそれを聞き逃すことない。嬉しさの余り、身悶えした。

 

 

「じゃぁこれも買っちゃおう! 店員さん、これ一式くださいなー!」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

お買い物は女の子の嗜み。それも好きな人と一緒で、その好きな人が選んでくれたものであれば猶更。

ネプテューヌはハイテンションに突入したまま、早速購入。

 

 

「んじゃ、服も決まった所で次に……」

 

「あ、ごめんね白斗。 先に外出てて」

 

「ん? どうしたんだ?」

 

「それは見てからのお楽しみ!」

 

 

ふふふー、と柔らかい笑顔を浮かべているネプテューヌ。

また何か企んでいるらしい。けれどもその企みを真っ向から受けて立つのが白斗と言う男。

彼女の指示に従い、外で待つことに。

 

 

「……あれからニ十分、遅いな……」

 

「ごめんなさい白斗。 女の子の買い物ってついつい長くなっちゃうのよ」

 

「え? そ、その声………」

 

 

そこにやってきた声。間違いなくネプテューヌのものだ。

だが、声色が違う。落ち着いていて、凛とした美しさのある声。これは普段の姿ではない。

女神化した姿、パープルハートのものだ。

振り返るとそこには―――。

 

 

「………ど、どうかしら………? 似合って、る……?」

 

 

いつもなら三つ編みのツインテールとなっているはずの髪が解かれ、ふんわりとしながらも艶のあるヘアスタイルとなっている。

服もいつものレオタードタイプのプロセッサではなく、白いワンピースの上に紫色のにカーディガンを羽織っている。帽子はつばの広い、薄紫色のものを被っていた。

そしてご丁寧に手にしたミニバッグ―――その佇まいはまるで、どこかのお嬢様とデートをしに来たかのような、そんな美しさがあった。

 

 

「……び、ビックリした……心臓止まっちまうかと……」

 

「もう、貴方がそれを言うと私の心臓が止まりそうになるわ。 ……でも、お気に召してくれたみたいで良かった……」

 

 

いつぞやにノワールに言われたのと同じように返される。

けれども、白斗から褒められたことにネプテューヌは頬を赤く染めて喜んでいた。決していつもなら見せないその表情に、白斗の心臓は更に高鳴る。

白斗にだけ見せる照れたその顔が、更に美しく見えてしまうから。

 

 

「でも、なんでその姿に? 疲れるーとか言ってるのに」

 

「ふふっ、それはね………せいっ」

 

「ぬぉっ!?」

 

 

その瞬間、素早く白斗の腕を絡めとったネプテューヌ。

彼の腕に抱きついては自分の胸に寄せてくる。

ネプテューヌの温もり、胸の感触、心地よく甘い香り、そして彼女の心臓の音。その全てが白斗の腕を介して伝わってくる。

 

 

「いつも私を守ってくれる白斗にサービス。 ……こういうのは嫌いかしら?」

 

「………正直、好きです………」

 

「ふふっ、照れちゃって可愛いわね。 さ、まだまだデートは始まったばかりよ」

 

「お、おい!? アグレッシブなところはやっぱり変わってねぇな!?」

 

 

白斗のお気に召したことでネプテューヌのテンションは最高潮。

その勢いに任せ、彼の腕を絡めとったまま走り出す。

冷静沈着な女神パープルハートも、白斗の前では恋する乙女。好きな人と一緒に過ごせる嬉しさに勝るもの無しと言わんばかりに、白斗を引っ張っていく。

 

 

「お、おいおい………何だあの男………」

 

「め、メッチャ美人を引き連れて………なんて羨ましい妬ましい悔しすぎるッ……!!」

 

「不公平っ……圧倒的、不公平っ……!!」

 

 

そんな状態で街中を歩けば、あちこちから嫉妬の視線や声が届いてくる。

正直、針の筵という気分でもあった白斗だが―――。

 

 

「……ふふっ。 それだけ白斗がいい男ってことよ」

 

 

ネプテューヌの、そんな一言と笑顔の前にどうでもよくなるのだった。

 

 

「ってか、みんなネプテューヌだって気付かないな」

 

「髪型も服装も違うし、帽子である程度隠しているし、何より女神の姿は余りみんなの前に出さないもの」

 

「ネプテューヌのぐーたらさが功を奏するとはねぇ………」

 

 

ここまで美人であれば、隣で腕を絡めとっている美女がこの国の女神パープルハートであると発覚してもおかしくは無い。

しかし、案外バレることは無かった。ならば遠慮なくこの一時が楽しめると言うもの。

白斗も安心して彼女の案内を受けていると、辿り着いたのはお洒落なカフェ。

 

 

「ここ、私のお気に入りの店よ。 雰囲気もお菓子も最高なの」

 

「へぇ、そりゃ楽しみだ」

 

 

どうやらネプテューヌ御用達の店らしい。

扉を潜ると、店員のウェイトレスが陽気に挨拶してきた。

 

 

「いらっしゃいませー! あ、ネプテューヌ様! 今日は女神化してるんですね」

 

「様は良いってば。 それより空いてるかしら?」

 

「ええ。 あ、折角ですから一番の席をどうぞー」

 

 

どうやらすっかりネプテューヌとも意気投合しているらしく、彼女には変装が見破られてしまっている。

そんなウェイトレスが指差した先には、唯一のテラス席。開放感溢れると共にプラネテューヌの街を一望出来る最高の席である。

 

 

「いい店だな」

 

「でしょう?」

 

 

向かい合った席に座る白斗とネプテューヌ。

見晴らしも良く、内装も綺麗で女の子は勿論、白斗もすっかり気に入る。

店を褒められたとあっては店員も嬉しそうだ。

 

 

「ありがとうございます。 ご注文は?」

 

「私はいつものをお願い。 白斗は?」

 

「俺はそうだな……この日替わりコーヒーセットを」

 

「畏まりました!」

 

 

店員は元気に挨拶をして店の奥へと向かっていく。

と、ここでようやく白斗は今の状況に気づいた。向かい合った席というからには当然、彼女の顔が直に視界に入ることになる。

あの美しき女神が今、自分とデートをしているのだと思うと謎の高揚感が白斗の中で溢れてきた。

 

 

「………? どうしたの、白斗?」

 

「……いや、ネプテューヌが余りにも綺麗だからさ。 見惚れてた」

 

「っ!? も、もうっ……素面でそう言うこと言わないでよ……!」

 

 

飾りっ気のない言葉。だからこそ、ストレートに伝わってしまう。

白斗からのそんな一言に、パープルハートは大慌て。赤くなった顔を隠そうと、帽子を深く被った。

だがそんな姿も可愛らしいと、白斗は大変ご満悦だ。

 

 

「はい、ネプテューヌ様にはいつものプリンパフェでございます」

 

「来た! 白斗見て! このボリューム!」

 

「おおう、凄ぇな……食べられるの?」

 

「勿論よ! 定期的にこれを食べないと落ち着かなくて……」

 

 

どうやら彼女はプリン依存症でも患っているらしい。

でもそれもまた彼女らしい、と白斗は温かい視線を送った。豪勢なプリンパフェの前には、あのパープルハートも大はしゃぎ。

女神化してもやはり内面は変わらないのだと、安心した。

 

 

「はい、彼氏さんにはこちらのコーヒーセットを」

 

「かっ!? 彼氏っ!? 俺が!!?」

 

「あれ? とうとうネプテューヌ様にも春が来たかなーと思ったんですけど……違うんですか?」

 

 

問いかけたウェイトレスの視線の先には、すっかり顔を赤くして俯かせるネプテューヌ。

帽子のつばを強く握りしめて深く被り、決してこちらに視線を合わせようともしない。

でも、真正面に座っている白斗にだけは見えた。恥ずかしがりながらも、視線を逸らしながらも、汗を掻きながらも。

ネプテューヌは決して、嫌がっていないことを。

 

 

「………そう、見える………かしら……?」

 

 

否―――寧ろ、そうなることを望んでいるかのような声だった。

 

 

「ええ、お似合いですよ。 では失礼しますね~」

 

 

そんな彼女の反応を一通り楽しんだウェイトレスは鼻歌を歌いながら店の奥へと引っ込む。

中々に愉快な性格をしていると白斗も寧ろ好感を持った。

 

 

「……凄い店員さんだな」

 

「そうよね……。 女神の私が手玉に取られちゃうなんて、情けないわ……」

 

「いいじゃん。 お蔭で可愛いパープルハート様も拝めたし」

 

「だ、だからからかわないでってば! それよりさっさと食べましょ!!」

 

 

何となくだが、白斗はネプテューヌをからかうコツがつかめてきた。

余りしつこくやると嫌われそうになるので、程々にしているというのがまたタチが悪い。

けれどもネプテューヌは照れながらも、この会話を楽しんでいた。好きな人と、こうして笑いあえるのが、楽しかったから。

 

 

「ん~! 美味しい……やっぱりここのプリンパフェは最高ね……」

 

(こんな蕩けきったパープルハート様は激レアだな。 写メっとこ)

 

 

パシャリ、と記念に一枚。

満面の笑顔でパフェを頬張るパープルハート様。勿論間違って消さないようにしっかりとプロテクトを掛けて置く。

 

 

「ちょっと白斗! 何撮ったの!?」

 

「内緒~。 それより早くしないとパフェ傷んじまうぞ」

 

「むむむ……いいもん。 私だって白斗の写真撮ってるんだからお相子ね」

 

「ちょっ!? ネプテューヌ、お前何撮ったよ!?」

 

 

あの白斗の寝顔写真もまた、ネプテューヌのフォルダの中にしっかりと保存されていた。

ただからかわれてばかりの女神様だけでは無かった。

 

 

「ふぅ、ご馳走様」

 

「いいコーヒーとケーキだった。 さっすがネプテューヌが選んだだけあるな」

 

「でしょう? それじゃそろそろ……」

 

「おっとお待ちくださいお客様。 まだありますよ~」

 

 

席を立とうとしたその時、ウェイトレスがストップをかけてきた。

キョトンとして顔を見合わせる白斗とネプテューヌ。

 

 

「あら? 注文したものは全部来たはずだけど?」

 

「ところがぎっちょん。 こちら、当店からのサービス! スペシャルドリンクをどうぞ」

 

「いいんですか?」

 

「いいのです。 女神様にご贔屓にしてもらってるんだからこのくらいしなきゃ」

 

 

どうやらサービス品を提供してくれるらしい。

ならばお言葉に甘えるのが筋だと二人は席に着き直す。やがてゴトンと置かれたグラスに、二人は目を奪われた。

 

 

「はい、こちら当店からのサービス。 ラブラブ♡ドリンクでーす!」

 

「「オイ」」

 

 

思わず二人して低い声色になってしまった。

出されたのは大きなグラス。ここまではいい。

だが、そのグラスに刺さっているストローが二本。しかもハートマークを描いている。

 

 

「これって所謂、その………」

 

「カップル同士が飲むっていう、アレよね……?」

 

「そう、所謂カップル同士が飲むアレです」

 

 

目をキランと輝かせてドヤ顔のウェイトレス。

対する白斗とネプテューヌは冷や汗が止まらない。もうこれは、恥ずかしいを通り越しての恐ろしさすら感じるレベルだ。

 

 

「あ、残すと別途料金取りますんで。 ではごゆっくり~」

 

「「おいいいいいいいいいいい!!?」」

 

 

何が何でも全て飲み干さなければならなくなった。

後に残された二人、そして彼らの前にそびえ立つ巨大なグラス。目の前に伸びるストローの口に、白斗とネプテューヌの喉がゴクリと鳴らされる。

 

 

「………白斗。 飲みましょう」

 

「ウェイ!? ね、ネプテューヌ……い、いいのか?」

 

「もう間接キスしちゃってるし……白斗じゃなきゃ、イヤなんだから……」

 

 

確かに恥ずかしかったが、ネプテューヌにとって憧れていたシチュエーションでもあった。

恋人同士と、こんな一時を過ごしてみたいと。ゲームなどでしか見ない光景が日に日に募り、そしてとうとう彼女の目の前に白斗が現れた。

白斗が好きになってしまったから、彼と一緒にやってみたい。そんな気持ちで溢れている。

 

 

「………分かった。 それじゃ、覚悟を決めて………」

 

「え、ええ………せーのっ!」

 

 

意を決し、二人同時にストローに口を付けてドリンクを吸い上げる。

トロピカルジュースがベースなのだろうか、果物の味わいが口の中に広がる。これを互いに共有しながら飲んでいるという事実。

一瞬目が合ったが、二人して微笑み合い、一気に飲み干す。

 

 

「……ぷはぁっ! ご馳走様!」

 

「……いいものね。 たまになら大歓迎だわ」

 

「またやるつもりかコレ……」

 

 

味も最高で、何よりも意中の人と一緒に飲めたことがネプテューヌにとって幸せだった。

白斗も、何だかんだ言いながらも決して悪い思いはしていない。

今度こそ全ての品が出そろい、食べ尽くした。これ以上ここに居る理由はないと二人は今度こそ腰を浮かし。

 

 

「あ、二人が飲み合ってる写真要りますかー? 今ならなんと100クレジット」

 

「今すぐ寄こしなさいッ!!」

 

「ちょ!? 落ち着けネプテューヌ!!?」

 

 

更に写真まで持ちだしてくるウェイトレス。

どうもこの人には勝てないな、と泣く泣く100クレジットを差し出す白斗だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたー!」

 

 

そんなウェイトレスの一言を受けて、白斗とネプテューヌは店を後にした。

疲れる一幕はあったものの、店を出てみれば案外楽しく思える二人がいる。

 

 

「……色んな意味で凄い店だったな」

 

「でしょう? ……あれでいて、後味がいいからまた来たくなっちゃうのよね」

 

 

からかわれたものの、その後は明るい接客術によって不快感などは全く無かった。

ネプテューヌに至っては「お似合いですから、頑張ってくださいね」と嬉しくなる一言まで添えてくれるなどアフターケアも万全。

白斗もまた来たくなってしまった。

 

 

「んじゃ、次はどこ行くよ?」

 

「なら次は映画ね。 今プラネテューヌで話題の大ヒット作があって……」

 

 

どうやらノワールに対抗して映画鑑賞もしたいらしい。

白斗も気になる話題作を、ネプテューヌと一緒に見られるとなれば大歓迎だ。早速二人して映画館に向かおうと思った―――その直後だった。

 

 

 

 

ズドォン―――そんな衝撃と破壊音が、二人の耳に飛び込んできたからだ。

 

 

 

 

「なっ!? 何だ今の……!?」

 

「あっちの方からよ! 行きましょう!」

 

「ああ!」

 

 

明らかに日常離れした音と衝撃だ。工事の類ではない。

おまけに悲鳴まで聞こえる。事故か、それともトラブルか。

女神として、そして個人としても見逃せないネプテューヌが早速その方向へと赴く。

 

 

「確かこっちの方よね……。 一体何が……」

 

「ッ!? ネプテューヌ、あそこだ!」

 

 

白斗が指を差した先、そこには。

 

 

「ギギギッ………ギィギギィイイイイイイイイイイイ!!!」

 

「なっ……モンスター!? どうして街中に!?」

 

 

一匹の、赤黒い大蜘蛛が鋭い爪を生やした足を振り上げながらあらゆるものを破壊していたのだ。

これだけのモンスターが街中に来るなど、本来はあり得ないこと。だがこうして現実に起きてしまっている。衛兵らも応戦しているが、大蜘蛛の強さが常軌を逸しているのか全く相手にならずに次々と倒されている。

 

 

「ひ、ひぃ……! し、死にたくねぇよぉ……!!」

 

「っ! やめなさいッ!! てやあああああああああああっ!!!」

 

 

咄嗟にシェアエネルギーを身に纏い、先程のワンピース姿から戦闘用のプロセッサを身に纏う。

大太刀を手にし、今にも爪を突き立てられそうになっている衛兵を守るべく魔物に切りかかる。刃はモンスターの爪とぶつかり合い、火花を散らしていた。

 

 

「ね、ネプテューヌ様……!?」

 

「よく頑張ったわね。 後は私が相手をするから、貴方は下がってて」

 

「……っ! す、すみませんっ……!!」

 

 

本来守るべき女神によって守られた衛兵は、自分の無力さを恨みながらも、ネプテューヌの優しさに触れてその場は退く。

 

 

「白斗!! このモンスターは私が相手をするから、貴方は皆の避難誘導をお願い!!」

 

「……分かった!! 皆さん、落ち着いて!! こっちです!!!」

 

 

冷静なパープルハートらしく、的確な指示が飛んでくる。

本来であれば白斗も加勢したいところだが、彼の実力ではモンスターと正面戦闘など出来ない。白斗も悔しさに一瞬歯軋りをするが、すぐに己の為すべきことを見定めて避難誘導に向かう。

後は目の前のこの蜘蛛を倒すだけ、なのだが。

 

 

「ギッ……ギギギギギギギギイイイイイイイイ!!!」

 

「ぐぅっ!? ……な、何て力なの……!?」

 

 

モンスターの力は、それこそ常軌を逸していた。

並の魔物であればそれこそ赤子同然でしかないパワーだが、この大蜘蛛は違った。何とネプテューヌを力で押し始めていたのだ。

しかも相手がネプテューヌに切り替わってから、より凶暴性が増している。

 

 

「でも………ッ!! せやあぁぁぁぁぁっ!!」

 

「ギヴッ!?」

 

 

乾坤一擲、僅かな隙を見出してネプテューヌが押し上げ、太刀で一閃。

顔面に鋭い一閃を受けた大蜘蛛はさすがにたまらず一歩下がり、ネプテューヌから距離を取る。

しかし、彼女の斬撃を受けたにも関わらず蜘蛛の顔面には細かな傷が一つ付いているだけだった。

 

 

「……今の、結構本気だったんだけど。 このモンスター……どうなってるの?」

 

 

先程の一閃でモンスターを葬るつもりだったのだ。

今までも、あの一撃を受けて戦闘続行出来たモンスターなどそれこそ接触禁止種クラス程度のもの。

だが、このモンスターは明らかに違う。まるでネプテューヌの攻撃が「効きづらい」ような、そんな有り得ない耐性を持っている。

 

 

「ギギギギイイイイイイ!!」

 

「おっと!! ……攻撃のターゲットを完全に私に切り替えたみたいね。 ならっ!!」

 

 

そんなモンスターが、手当たり次第に暴れていた先程とは違い、完全にネプテューヌをロックオンしている。

彼女に向かって飛びかかり、鋭い爪を地面に突き立てる。

何とか避けるネプテューヌだが、この規格外れのパワーからこの街中で暴れさせるのは危険だと判断し、プロセッサウィングを展開する。

 

 

「私はこっちよ!! ついてきなさい!!」

 

「ね、ネプテューヌ!? どこへ!?」

 

「外にある森よ!! そこまで誘き寄せるわ!! さぁ、どうしたの!!?」

 

「ギ………ギッギギギィ!!!」

 

 

少し空中を飛びながら、けれどもモンスターが追い付ける速度で飛行する。

当然、モンスターはネプテューヌを狙いながら走っていく。自分自身を餌にするという作戦は成功し、ネプテューヌはそのまま森へと向かう。

避難誘導を終えた白斗は、そんな彼女に追いつけるはずもなかった。

 

 

「……ネプテューヌ……」

 

 

今すぐ彼女に追いついて加勢したい。

これまでの戦闘を端から見ていた彼だが、言いようのない不安に駆られていた。だが、他にも国民がいる以上おいそれと持ち場を離れるわけにはいかない。

と、そこへ駆け寄る二人の少女。

 

 

「白斗ー!! 大丈夫ー!!?」

 

「大丈夫ですかー!?」

 

「アイエフにコンパ……! ああ、俺は大丈夫だ!!」

 

 

いつもの仲良し二人組、アイエフとコンパだった。

彼女達も買い物の途中だったのか、偶然この事態に出くわしたようだ。

 

 

「白斗さん、一体何が……!?」

 

「モンスターが暴れてたんだ。 コンパ、あっちに怪我した人がいるから応急手当を頼む」

 

「り、了解です!」

 

 

怪我人と聞けば居ても立っても居られないナース見習い。

白斗の指示を受け、早速避難所へと向かうコンパ。

普段は緩い雰囲気を纏う彼女だが、治療ともなればその行動は迅速かつ的確だった。

 

 

「ネプ子は? 一緒じゃなかったの?」

 

「ここじゃ戦えないからってモンスターを街の外に誘き出してくれている。 ……アイエフ、ここを頼んでいいか?」

 

「いいけど……アンタ、まさか……!」

 

 

しっかり者かつ冷静なアイエフなら、避難誘導も難なくこなしてくれるだろう。

そう思い、白斗は彼女に後を任せた。

それが意味するものを悟り、止めるような声色でアイエフが声を掛けるが彼は既に背を向けている。

 

 

「ああ……ネプテューヌの所に行く!!」

 

 

今ここに、デートを楽しんでいた少年はいない。

いるのは、これから女神を守ろうと覚悟を決めた少年、黒原白斗だった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――よし!! ここなら……!!」

 

 

その頃、ネプテューヌは大蜘蛛を引き連れてプラネテューヌ付近の森へと飛んできた。

近くには湖もあるが、人の寄り付かない場所だ。

誰もいないことを確認し、巻き添えを出さないよう細心の注意を払う。

 

 

「ギギッ………ギギギッ………!」

 

「あら、焦らされて興奮気味かしら。 節操がないわね」

 

 

やっと追いついた大蜘蛛は今にも飛びかからん勢いだ。

だがどれだけパワーがあろうが相手はモンスター、ネプテューヌの余裕が崩れることは無い。

大太刀を構え、これから切り捨てるべき相手の出方を慎重に伺う。

 

 

「ギフーッ……フーッ………」

 

「そんなに息を荒くしなくても相手してあげるわよ。 寧ろ貴方のような危険な存在は、ここで切り捨てるのみ!!」

 

 

明らかに普通のモンスターとはわけが違う。

危険性から考えても逃がすつもりはネプテューヌにも毛頭なかった。尚も息を荒くする大蜘蛛。

吐き出された怪しげな色合いの息が、辺りに立ち込め―――。

 

 

 

 

 

「……っ……!? な、何……ッ!?」

 

 

 

 

―――ネプテューヌの視界が、グラッと揺れた。

体全体から力が抜けるような感覚、眩暈にも似た不快感が脳を揺らす。妙な脱力感に襲われ、徐々にだが息も上がる。

先程まで万全そのものだったと言うのに、明らかに普通ではないこの状態異常。

 

 

(まさか毒……!? でも、毒とは違う……)

 

「ギギギギギッ!!」

 

「っ!? くうぅぅぅッ!!?」

 

 

体の異常に気を取られた隙に、大蜘蛛が飛びかかってくる。

迫り出される爪の一撃を大太刀を盾に何とか防ぐも、余りの威力にネプテューヌは転がってしまう。

威力だけではない、衝撃そのものが違った。

 

 

「う、ぐっ……!! まだ、まだッ………!!」

 

 

衝撃が体を揺らし、更なる力を奪ってくる。

それでも、彼女は負けるわけにはいかないと立ち上がろうとする。ゲイムギョウ界のために、国民のために、ネプギア達家族のために。

そして―――愛しいあの人に会うためにも。

 

 

「ギギギギィーッ!!」

 

「なっ、糸………うあっ!!?」

 

 

だが、その一瞬の隙をついて大蜘蛛が糸を吐きかけてきた。

粘着力のある糸はあっという間にネプテューヌに巻き付き、雁字搦めにしてしまう。体の自由を奪われたネプテューヌは飛ぶことも、立つこともままならずそのまま倒れ込んでしまう。

 

 

「くっ……この……ぐぅぅっ!!?」

 

 

尚も立ち上がろうとするネプテューヌ。

しかし、そんな彼女に圧し掛かる謎の重圧。この感触は、人の足。誰かがネプテューヌを踏みつけているのだ。

辛うじて視線を向けると、そこには肌色の悪いくまのパーカーを被った女が、あろうことか女神であるネプテューヌを足蹴にしていた。

 

 

「ハッハッハー! ざまぁネェな、女神様よぉ!!」

 

「……貴女ね……! このモンスターを嗾けたのは……!」

 

「そうよ!! このアタイ、リンダ様の……」

 

 

得意げに語ろうとする女、リンダ。

愛用の鉄パイプを片手に凶悪そうな眼付を浮かべている。この示し合わせたようなタイミング、ネプテューヌはすぐにこの女が主犯だと睨んだ。

隠そうともせず、寧ろ誇ろうとする小悪党にも怯まず、ネプテューヌは鋭い視線を向ける。

 

 

「……へぇ、貴女みたいな下っ端属性があんな化け物を生み出せたって言うのかしら?」

 

「下っ端じゃネェ! 生み出したのはアタイじゃないが、すげぇだろ? 対女神用生物兵器、アンチモンスター! その第一号、『スパイドウォーカー』!」

 

「対女神用……生物兵器ですって……!?」

 

 

対女神用―――その名が冠されているのであれば、あの異常な戦闘能力も頷ける。

だがどうしてそんな生物が生み出せるのか、全く解せない。

 

 

「何でも体内にアンチクリスタルを取り込ませたらしくてな、女神の攻撃は通じにくく、女神への攻撃は通じやすい! 更にはアンチエネルギーの影響で女神の力を奪っていく!

最高の女神対策だろぉ!?」

 

「………悪趣味にも程があるわね………」

 

 

得意げに語る下っ端。そして語られた衝撃の真実、「アンチクリスタル」。

以前ブランの事件の際にも用いられた、女神の力を奪うシェアクリスタルとは真逆の存在。

それを取り込ませたとあっては、確かに女神特攻のモンスターが生まれてもおかしくはない。しかし、ネプテューヌは恐れるどころかより鋭い視線を投げつける。

 

 

「……おい、何だその目。 こんな無様な姿晒してたら……寧ろ滑稽なんだよぉ!」

 

「あうっ!!?」

 

 

そんな彼女の目が気に入らなかったリンダが、ネプテューヌを蹴る。

幾ら女神形態と言えど、こんな無防備な状態であれば小悪党の一撃でも効いてしまう。思わず出てしまった悲鳴に、リンダの気分は昂る。

 

 

「オラッ! オラァッ!! 良い格好だな女神様よォ!!?」

 

「う、あ、あぁッ!!」

 

 

何度も何度も、執拗に蹴り込む。

蹴られる度に衝撃が体を突き抜け、体中の酸素を吐き出してしまう。痛みだけではない、呼吸すら困難になってくる。

おまけにアンチモンスターことスパイドウォーカーの影響で、益々力が抜けてしまう状況。

 

 

「いいネェ……その苦しむ顔……! 一思いに殺すのが惜しくなっちまう……」

 

「ギギギギッ……」

 

「あ? こいつはアタイが殺すんだよ、お前は大人しくしてな。 ったく仕方ネェ……」

 

 

いよいよとどめを刺そうと鉄パイプを振り上げる。

怪しく光る鉄パイプの表面に、ネプテューヌの顔が写り込む。美しかった顔が土に塗れ、その瞳は死を目前にしたことで揺らいでいた。

 

 

「名残惜しいがお別れだ……。 まぁ、全然惜しくネェけど……なぁっ!!」

 

 

迫りくる鉄パイプ。

あれが脳天に当たった瞬間、幾ら女神の脳天と言えど砕かれてしまう。その時こそ女神パープルハートの最期。

死を意識した瞬間、それが恐ろしく遅く見えてしまう。けれども避けようがない。

 

 

(あ………)

 

 

その瞬間、走馬灯のようにあらゆる光景が脳裏に浮かぶ。

ネプテューヌの脳裏に浮かぶのは、ネプギアの笑顔、イストワールの笑顔、ノワール達三女神の笑顔、アイエフやコンパの笑顔。そして―――。

 

 

 

 

 

(………白斗、ごめんなさい――――)

 

 

 

 

大好きなあの少年の、笑顔―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………――ぅぅぉぉおおおおお!!! ネプテューヌ―――――ッッッ!!!!!!」

 

「えっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、声が聞こえた。

温かくて、大好きで、最も聞きたかった声が、絶望に彩られた彼女の視界を打ち砕き、リンダを怯ませる。

その声の主は、力の限り走り込みながら叫び。

 

 

「ネプテューヌに……何しやがらああああああああああああああああッ!!!!!」

 

「ぐっ………ぶぇえええええええええええええええええええええええッ!!!!?」

 

 

渾身の跳び蹴りを、リンダの横っ腹に打ち込んだ。

余りもの威力に、リンダは無様に地面を転がる。何度も、何度も、何度も。

あっという間にネプテューヌ以上に土に汚れ、そして大木へと叩きつけられる。彼は、黒いコートをマントのようにはためかせ、そして振り返る。

そこには、ネプテューヌが愛してやまない少年がいた。

 

 

「……はぁっ……はぁっ……大丈夫か? ネプテューヌ……」

 

「………白斗ぉっ!!!」

 

 

黒原白斗―――いつも、ネプテューヌを守ってくれる少年。

彼が駆けつけてくれたことに、ネプテューヌは思わず涙と共に歓喜の声を上げる。

汗だくな表情と、激しい息遣いからどれだけ必死にここまで走ってきてくれたのか、想像に難くない。

それでも彼は、白斗はネプテューヌを見つけて守ったのだ。

 

 

「ぐ……ゲホゲホッ!! て、テメェ!! 何しやが……ひィ――――ッ!!?」

 

 

一方、横っ腹に痛撃を打ち込まれ、木に叩きつけられたリンダがようやく起き上がった。

当然殺気は蹴りを打ち込んできた白斗に向けられる。

が、その瞬間。リンダの輪郭を縫うようにして、六発の銃弾が撃ち込まれた。白斗の手にはいつの間に銃が握られている。

 

 

「……それはこっちの台詞だ……テメェ、ネプテューヌをよくも傷つけやがったな……」

 

「ひぃぇえええええっ!!?」

 

 

殺気。リンダ以上の殺気―――いや、殺意そのものが向けられた。

ネプテューヌにとっては優しい彼が、リンダにとっては「死」そのものにすら錯覚させられるほどの悍ましい何か。

それに当てられ、リンダは腰を抜かしてしまう。

 

 

「テメェがどこの誰だろうが、例え女だろうが……俺の大切な人を傷つけていいと思ってやがるのか? やがるんだな? ……なら、同じことされても文句言わねぇよな……?」

 

「え、あ、ひ、い、イっ………!!?」

 

 

未だに硝煙が昇る銃口を向ける。

次あの引き金を引けば、彼女の体に風穴が空く。間違いない、下手なことを言えば、下手な態度を取れば、次の瞬間に殺される。

それほどまでに少年の視線は容赦なく、迷いがない。

 

 

「ま、待って白斗!! そんな事しちゃダメッ!!」

 

「そ、そうだぜ!!? 女神の目の前で殺人なんてしていいことだと……」

 

 

思わず止めるネプテューヌ。たとえ悪党相手と言えども、人殺しなんてして欲しくないから。

一方、自分の女神殺しは棚に上げ、リンダも命乞いをするかのように叫ぶ。

 

 

「……だから?」

 

「へ?」

 

 

けれども、白斗本人の声色は恐ろしいほどあっさりしたものだった。

 

 

「人を殺しゃ嫌われる、当然だ。 ………だとしても、ネプテューヌを見殺しにするくらいなら喜んで嫌われてやるよ」

 

「白斗………! や、やめて……!」

 

 

これが、白斗の覚悟。その覚悟が成せる業。

引き金に掛ける指に力が籠る。リンダは逃げたくても、恐怖が足かせとなって逃げだせない。

ガタガタと情けなく震え、今にも失禁しそうなほど恐怖が震えあがる。そして―――。

 

 

「パァン!!」

 

「ひいぃいぃぃええええぇあああぁええぇいいいあぁ!!? ……あ、ぶぶぶ……」

 

 

軽快な音が鳴った、と思いきやリンダは泡を吹いて気絶する。

空砲ですらない、ただの口真似だ。

けれどもリンダの恐怖を爆発させるには十分だったようで、撃たれたと勘違いした彼女は情けなく沈黙する。

 

 

「………ふん、お前なんか殺す価値もねぇよ」

 

「は、白斗……良かった………!」

 

「ごめんな、ネプテューヌ。 ……最低なところ、見せちまって」

 

 

リンダには一瞥もくれず、ネプテューヌに謝る白斗。

暗殺者であることを嫌っていながら、結局は殺しに走ろうとする己が許せない余りの発言だ。

でも、ネプテューヌは首を横に振り、笑顔を向けてくれる。

 

 

「いいの……! ……ごめんなさい、私の所為で……」

 

「ネプテューヌが謝ることじゃないって……おっと、そろそろ奴さんが黙ってられないみたいだな……」

 

「ギッ……ギギッ!」

 

 

ネプテューヌは、責めてなどいなかった。寧ろ謝ってきたのだ。

彼女も理解していた、白斗がそんなことをしたくなかったと。そして振りとは言え、そんな行動をさせるまでに追い詰めてしまったことに。

彼女の所為ではないと言い切りたい白斗だったが、その前にいよいよ待機も出来なくなったらしい、あの大蜘蛛がこちらを睨んでいた。

 

 

「だ、ダメ!! 白斗逃げて!! そいつはアンチモンスター、対女神用のモンスターよ!?」

 

「対女神用……? ……どこまでネプテューヌを傷つけりゃ気が済むんだ……!」

 

 

女神ですら圧倒するモンスター。増してや白斗は一般人の部類だ、勝てる道理はない。

けれども、白斗にとってそれは逃げる理由にはならなかった。大切な少女が後ろにいること、そしてこの蜘蛛が彼女を傷つけたこと。

白斗にとって、命を懸けて戦うには十分すぎた。

 

 

「ギギギギギ……ギィィイイイイイイイッ!!!」

 

「ギーギーギーギーうるせええええええッ!!!」

 

 

怒り心頭で白斗が再び銃弾を放つ。

放たれた銃弾はスパイドウォーカーの各所を捉え、銃弾を減り込ませた。穿たれた箇所からは体液が吹き出している。

 

 

「ギィッィイイイイイ!!」

 

「……なるほど、対女神に特化し過ぎて普通の攻撃は喰らうんだな」

 

 

怒りに燃えていながらも、白斗はその上で冷静だった。

確実に相手を倒すために何をするべきか、今持っている自分のカードは何か、最善の切り方はどれか。その全てを頭の中で組み立てている。

 

 

「ギゥッ………ァァァアアアアアアアッ!!!」

 

「うおっととと!!?」

 

 

けれども銃弾の一、二発で倒れる魔物でもない。

スパイドウォーカーは爪を生やした足を伸ばし、白斗に突き刺そうとした。

何とか軌道を見切って白斗はその間に潜り込み、大蜘蛛の真下へと滑り込む。

 

 

「ぜぇいっ!!」

 

「ギヴッ!!?」

 

 

潜り込んだ先には無防備な腹。

そこへ迷いなくナイフを突き立てた。刺さった箇所から体液が溢れ出し、白斗に降りかかる。

 

 

「ギウッ……ォォォォォォッ!!!」

 

「ぐぅおっと!! ……チッ、さすがにこのくらいじゃくたばんねーか!」

 

 

アンチモンスターと言えど、腹部に刃を突き立てられて平気なワケが無い。

激痛から逃れようと体を大きく振り、白斗を吹き飛ばした。

その隙を狙ってスパイドウォーカーが飛び上がる。巨体とパワー、そして爪を活かした必殺の飛びかかり攻撃。だがその矛先は。

 

 

「っ!! ネプテューヌッッッ!!!!!」

 

「きゃ……!?」

 

 

対女神用生物兵器、その名を冠する以上女神に対する敵対心は想像以上なのだ。

ならば例え自らが傷つこうとも、他に障害があろうともネプテューヌを狙うのは必然。

だが普通に走ったのでは間に合わない。間に合ったとしても白斗のパワーではあの飛びかかりを防ぐことは出来ない。

 

 

「コード、オーバーロード・ハート!! 起動ッ!!!!!」

 

 

迷うことなく機械の心臓を過剰に発動させ、身体能力を無理矢理引き上げる。

爆発的な瞬発力でネプテューヌの前に回り込み、振り下ろされる爪をその身に受けた。

 

 

「グゥ………ッ!!」

 

「は、白斗!!?」

 

 

モンスターの巨体、そしてパワーが合わさり、白斗の肩に深々と爪が食い込んでいく。

下手をすれば、肩そのものが引き裂かれてしまう。

最悪の状況を垣間見たネプテューヌが、最早女神らしからぬ泣きそうな声と表情で止めに入った。

 

 

「やめてっ!! これ以上やったら、白斗が……白斗が!!!」

 

「……ッ!! だから……何だってんだぁぁぁああああッ!!!」

 

 

さすがにオーバーロード・ハートを起動した所で、女神の力には足元にも及ばない。

精々並みのモンスターに対し、優位に立ち回れる程度だ。だが、白斗にとってそんなことはどうでもよかった。

どれだけ傷つこうとも、苦しくても。

 

 

「俺は……大切な人をッ……!! ネプテューヌをっ!! ………守るんだああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

「ギ…………ィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!?」

 

 

彼はそのまま、柔道における巴投げの要領でモンスターの勢いを利用し、放り投げた。

しかし、ただ放り投げられただけで倒れるアンチモンスターではない。

 

 

 

 

 

 

 

―――投げられた先に、湖が無ければ。

 

 

 

 

 

 

「ギ………ギブボォォオオオオオオオオオオオオ!!?」

 

 

 

 

激しい水音と水柱を上げて、スパイドウォーカーが湖の中へとダイブした。

当然虫型のモンスターに泳ぐことなど出来るはずもなく、巨体も相まってあっという間に水中に沈んでいく。

後は水中で呼吸が止まれば、討伐完了だ。

 

 

「……はぁッ、はぁッ……! ネプテューヌに、手ェ出すんじゃねぇよ……」

 

 

肩からは血が溢れ出し、機械の心臓は軋む音を上げ、体中に激痛が走る。

それでも白斗は、倒れなかった。

背後にいる、彼にとって命よりも大切な人―――ネプテューヌがいるのだから。

 

 

「白斗……! 大丈夫……!?」

 

「俺の心配なんざ良いっての。 それよりこんな糸、すぐに切って―――」

 

 

彼の勝利に、そして彼の大怪我に一刻も早く駆け寄りたいネプテューヌ。

けれども、未だに体を縛る糸の所為で起き上がることが出来ない。

そんな彼女を解放しようと白斗がナイフを取り出した―――次の瞬間。

 

 

「ギボ…………ブゥゥゥウウウウウ――――ッ!!」

 

「んなっ!!?」

 

 

まだ、完全に水に沈んでいなかったスパイドウォーカーが糸を吐き出したのだ。

吐き出された糸は、白斗の足元へと巻き付いてしまう。

 

 

「し、しまっ………ぅ、ぉおあああああああああああっ!!!?」

 

「は、白斗ぉおおおおおおおおおおおっ!!?」

 

 

そのまま道連れと言わんばかりに引きずり込まれてしまう。

未だに縛られているネプテューヌではどうすることも出来ない。そのまま白斗は、水の中へと引きずり込まれていった。

水の中でスパイドウォーカーは、自らの足を檻のように囲むことで白斗を更に閉じ込めた。

 

 

「ギブボボボボ…………ッ!!!」

 

(ぐっ、クソが……! 死なばもろともって奴かよ………!!)

 

 

このままでは窒息してしまう。

しかし水の中では銃は使えない。先程ネプテューヌを解放するために使おうとしたナイフも、引っ張られた際の衝撃で手を離してしまった。

他に武器が無ければ、白斗にはどうすることも―――。

 

 

(………いや、あるっ!!!)

 

 

一筋の光が、白斗の瞳を照らした。

スパイドウォーカーの腹部に光るもの、それは先程突き刺したままのナイフだった。

急いでそれに手を伸ばし、引き抜く。

 

 

(うぉぉおおおおおおおおっ!!!)

 

「ギグボォォォオオオオ…………!!!」

 

 

水中で動きは鈍るものの、それはスパイドウォーカーも同じ。

白斗は何とか自らを縛るもの全てを切り払った。

足を、そして酸素をすべて失ったスパイドウォーカーは今度こそ力尽き、湖の底へと沈んでいく。

 

 

(よし、このまま水面へ…………ウッ!!?)

 

 

何とか水面へあがろうとする白斗。

しかし、とうとうここで彼の肺活量にも限界が訪れた。急に込み上げる息苦しさに足を止めてしまい、口から息が漏れ出す。

必死にもがこうにも、水を吸ってしまった服が重い鎧のように彼を縛り、徐々に水底へと引きずり込んでいく。

 

 

(ガボッ……! だ、ダメ………か………いき、が………………)

 

 

苦しさと共に力が失われ、やがて動きも止まる。

虚脱感に襲われ、白斗は力なく沈んでいく。

目の前も真っ暗になり、体を冷たい「死」の感覚が支配していく。瞼も重くなり、最早それが心地よい睡魔のようにさえ感じた。

 

 

 

 

 

 

 

(………でも、いいか……ネプテューヌが……ぶじ、なら―――………)

 

 

 

 

 

 

 

彼の最後に思い浮かべるは二つの顔。

一つはあの凛々しく、美しい女神パープルハートの笑顔。そしてもう一つは、自分に生きる意味を与えてくれた明るく優しい、普段のネプテューヌの笑顔。

愛する笑顔を思い浮かべ、白斗はただ、死を受け入れた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――と………

 

 

 

 

 

 

―――――………なんだよ………誰だ、起こそうとするの………

 

 

 

 

 

―――――は………と………!

 

 

 

 

 

―――――……鳩? こんな水ン中にいるワケないだろ……

 

 

 

 

 

―――――………くと! はく――――

 

 

 

 

 

―――――………違う、これは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――……はくと…………白斗ぉぉぉぉぉぉ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

――――………俺を………呼んでる、のか………?

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、冷たい死の感覚が覆う白斗の体に、温かく、心地よい何かが口の中に吹き込まれた。

 

 

(………ん………あれ、俺………)

 

 

そこから、意識が覚醒する。

トクン、トクンと温かい音までが聞こえた。冷たい水の中でも、実感できる。

まだ自分は死んでいない。口から伝わるこの温もりによって、命がつなげられているのだと。

 

 

(どう、なって………)

 

 

意識も徐々に覚醒してくる。重くなった瞼も、氷が解けたかのように軽くなった。

瞼を開き、ぼんやりとした視界が徐々に定まる。

すると、彼の目に飛び込んできたのは――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――目を閉じながら、唇を押し当てているパープルハートの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………ねぷ、てゅーぬ………?)

 

 

柔らかい唇の感覚が、はっきりと伝わってくる。

あの美しい女神パープルハートの、目を閉じた姿がどこか艶やかで、それでいて唇同士が触れ合っていて。

一瞬、白斗には何が何だかわからなかった。それでも。

 

 

 

 

(……もう、大丈夫よ。 白斗―――)

 

 

 

彼女は、美しく微笑んでくれた。それこそ、女神のように――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

―――――――――

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

それは、白斗が水中に引きずり込まれた直後の事だった。

 

 

「は、白斗ぉおおおおおおおおおおおっ!!?」

 

 

何とか追いかけようと立ち上がったネプテューヌ。

しかし、縛られているためまたすぐに倒れ込んでしまう。余りの悔しさに唇を噛み切り、一筋の血が流れた。

 

 

「あああああああっ!!! このっ!! このおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

 

自らを縛るこの糸さえなければ、すぐにでも助けに行けるのに。

パープルハートはらしくもなく、地面を転がりながらなんとか糸を切ろうとする。しかし土に塗れるだけで糸は千切れることは無かった。

女神の力さえ働いていればこんな糸、力づくで引きちぎれるはずがアンチモンスターが生み出した糸だけあって、それすらも働かない。

 

 

「どうしてっ……!! どうして、私は白斗を……大好きな人を守れないのよぉっ!!?」

 

 

悔しくて、悔しくて、涙すら出てきた。

こうしている間にも白斗は水中で悶え苦しんでいる。彼の生存を告げる気泡も、徐々に弱まってきた。

このままでは、窒息するのも時間の問題。

 

 

「大好きな人すら守れないなら……女神の力なんて、何の意味も……っ!!」

 

 

涙が地面を濡らし、後悔で頭が支配されそうになる。

女神の力なんていらない―――そう思った、その時だ。

 

 

「……そうだ!! 変身を解けば!!!」

 

 

ようやく、気づいた。

ネプテューヌは変身をした時、最も体格差がある女神なのだ。今はまさにグラマラスな美女であるパープルハートも、女神化を解除すれば―――。

 

 

「―――よっし、糸が緩んだ!! これならっ!!」

 

 

小柄な可愛らしい少女へと早変わりする。

女神化した姿でギッチリと縛られた糸も、急にサイズダウンしてしまったことで緩くなってしまい、おかげでネプテューヌは脱出できた。

慌てて抜け出すも、水面を見て見れば気泡は今にも止まりかけている。

 

 

「っっっ!!? 白斗――――っ!!!」

 

 

またもやすぐに女神化し、水の中へと迷いなく飛び込んだ。

力も強くなり、プロセッサウィングを制御することで水中でもある程度の高速水泳が可能となる。

白斗を探すため、脇目も振らずに水の中へと潜り込む。するとそこには。

 

 

(――――っ!!?)

 

 

力尽き、水底へと沈んでいく白斗の姿が―――。

 

 

(ダメッ!! ダメぇぇえええええええええっ!!!)

 

 

もう既に体中に酸素が無い。今、白斗は死の底へと沈もうとしている。

させない、そんなことはさせない。彼を死なせたくない一心でネプテューヌは全速力で彼の下へと向かう。

腕が千切れそうなくらい必死に手を伸ばし、そしてようやくつかんだその手は氷のように冷たい。

機械の心臓に灯る光も、今にも消えそうなくらいに弱々しかった。

 

 

(イヤ……イヤよ!! 白斗、死なないで!!!)

 

 

彼を失うことが、女神パープルハートにとっては何よりも耐え難い苦痛だった。

白斗の死は自らの死。そうとまで言い切れるくらいに―――彼を愛していたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから彼女は―――ネプテューヌは迷うことなく、彼の唇に自らの唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

(―――お願い、白斗………!!!)

 

 

ありったけの酸素、ありったけの温もり、そしてありったけの想い。

それら全てを唇を通じて吹き込む。

静かな水音と泡の音だけが響き渡る、薄明かり差し込む暗い水の中。ネプテューヌは白斗を抱きしめ、唇を通じて彼に生きる力を与えていた。

 

 

(死なせない……絶対に死なせない!! ずっと……ずっと一緒にいて!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……だって、私……貴方のことが……大好きだから!!! 愛してるから!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、目を覚まして………白斗ぉ!!!!!)

 

 

必死に全てを吹き込みながら、女神は祈る。たった一人の、愛する人のために。

―――すると、弱々しかった彼の心臓に明確な光が灯り始めた。強く抱きしめたことで、肌から彼の鼓動も伝わってくる。生きている温もりも。

そして白斗は、目を開けてくれた。

 

 

(………ねぷ、てゅーぬ………?)

 

(白斗……!! よかった…………!!!)

 

 

ぼんやりと、だが確実に白斗は息を吹き返してくれた。

まだ、生きてくれている。まだ、一緒に居られる。

それがネプテューヌにとって、何よりも嬉しかった。水の中であっても、涙が溢れてくる。

 

 

(……もう、大丈夫よ。 白斗―――)

 

 

ようやく覚醒した意識の中、白斗ははっきりと見た。

自分に唇を押し当ててくれていたネプテューヌが、美しく微笑んだその顔を。

水面から差し込む薄明かりが、逆に神秘さを惹き立たせている。今の彼女は―――まさに、白斗のためだけの女神だった。

 

 

(お願い!! 間に合って!!!)

 

 

そのままネプテューヌは力の限り、水面へと引っ張る。

一秒でも、コンマ一秒でも早く。白斗の命を繋ぎとめるために。女神の力をフルに使い、水を切り裂く。

ついには勢いよく水面を突き破り、外の世界へと連れ出すことが出来た。

 

 

「ぷはぁっ!! ごほっ、ごほっ………は、くと……白斗!!」

 

 

決して短い時間では無かった潜水。ネプテューヌも、肺活量の限界間近だった。

新鮮な酸素を吸い込もうとするあまり、激しく咳き込んでしまうがそれよりも白斗が心配だった。

必死に揺り動かし、意識を保たせようとする。そして。

 

 

「……ゴボッ、ゲホッ! ごほごほっ………ね、ネプ……テュー、ヌ……」

 

「白斗……! 良かった………」

 

 

肺に吸い込んでいた水を一気に吐き出し、白斗の意識が戻った。

まだ呼吸は整っていないが、死んではいない。彼は―――生きている。

ネプテューヌにとっては、それこそ死ぬほど嬉しいことだった。涙を流しながらも微笑み、岸へと向かう。

 

 

(はぁっ、はぁっ……! あ、あら……あの下っ端……逃げたのかしら……)

 

 

湖から這い上がり、白斗を寝かせて呼吸を落ち着かせる。

その間、ネプテューヌが周りを見渡すと無様に気絶しているはずの下っ端の姿が無かった。

どうやら白斗を助けに行っている間に意識を取り戻し、逃げ出したようだ。捕えたくはあったが、今は白斗の無事の方が何よりも大事だとそれ以上の関心は向けなかった。

 

 

「ふぅっ……ふぅっ……! はぁ、はぁ……た、助かった……ありがとな、ネプテューヌ……」

 

「無理しないで。 もう少し休んで……あら?」

 

 

まだ呼吸も落ち着いていない状態で話しかけようとする白斗。

そんな彼を止めようとしたその時、パープルハートが光に包まれた。どうやら彼女も活動限界だったらしい、いつもの姿のネプテューヌに戻った。

 

 

「……あ、あはは。 私も戻っちゃった」

 

「……なら、二人して休憩だな」

 

「うん。 ……あーあ、折角のデートが台無しだよ……」

 

 

ポスン、と可愛らしい音を立ててネプテューヌが寝転がる。

見上げれば、もう夕暮れだ。あれだけの激しい戦いの所為で、時間の経過を気にする余裕も無かった。

となれば、これ以上のデート続行は不可能。後は帰るしかないとネプテューヌは少し残念そうな声を出す。

 

 

「………でも、白斗が生きてくれて……ホントに、良かった………!」

 

 

しかし、デートの合否よりも。ネプテューヌにとって白斗が全てだった。

彼がいたから楽しかった。彼がいたから幸せだった。

逆に彼がいなければ―――何もかもが、ダメだった。だからこそ、彼が生きてくれている今、この瞬間。ネプテューヌは涙ながらも、優しい笑顔を向けてくれた。

 

 

「………俺こそ、本当にありがとう。 ネプテュー………っっっ!!!?」

 

「? どうしたの白斗?」

 

 

白斗もまた、笑顔で礼を言おうとした。

のだが、急に何かを思い出し、顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

 

 

「………だ、だって………ね、ね、ネプテューヌ……俺を、助けた時に、その……」

 

「え? 白斗を助けた時って……あ」

 

 

そう、彼の命を繋ぎとめるためにしたこと。

人工呼吸、即ち唇と唇を合わせて直接息を吹き込み―――。

 

 

「ね………ねぷぅうううううううう――――っ!!? わ、私ってば何をーっ!!?」

 

 

そう、これは最早間接どころではない。直接的なキスだ。

接吻、キス、Kiss。ようやくそれを自覚したネプテューヌも、さすがに爆発したかのように顔を赤く染め、大パニックに陥る。

白斗の命を救うためとは言え、段階を色々すっ飛ばしてのこの有様。ネプテューヌの脳内回路は、限界だった。

 

 

「………わ、悪かったな。 その……俺の所為で………」

 

 

けれども、白斗はすぐさま冷静になった上で謝ってきた。

恋心に疎い彼でも、女性の唇が決して安くないとは知っている。だから、緊急事態とは言えそんなことをさせてしまったことに罪悪感を抱いていた。

ネプテューヌにしてみれば、ラッキーイベントのつもりだったのだがそんな感情を抱かれるのは正直心外だった。

 

 

「……私は、嫌じゃなかったよ。 白斗だから、出来たんだもん」

 

「ね、ネプテューヌ……?」

 

 

だから、ハッキリと肯定した。

決して偽りのない笑顔で、顔を赤くしながらも優しく微笑んだ。それが、彼女の気持ちだったから。

 

 

「白斗は、嫌だった?」

 

「そ、そんなワケ……ないだろ……。 あんな美人に、その、き、き、き……キス、なんて……」

 

 

緊張の余り、体も言葉も震わせながら、白斗も素直な気持ちを伝えた。

パープルハートほどの美人、それも女神様にキスしてもらえて、嬉しくない男がいるワケが無い。

そう思ってもらえたのは嬉しかったが、同時に悔しくもあった。何故なら。

 

 

「むーっ! じゃぁ、今の私からしてもらっても嬉しくないっての?」

 

「そ、そういうワケじゃ……! 第一、俺あれがファーストキスだったんだぞ!?」

 

「え!? レモンの味!?」

 

「覚えてるわきゃねぇだろ!!?」

 

 

どうやらあれが白斗の初めてだったらしい。

それを真っ先に頂戴できただけでもネプテューヌにとっては幸せだったのだが、まだ足りない。

 

 

「……そう。 だったら―――」

 

「え―――」

 

 

すいっと、ネプテューヌが近寄る。一体何事かと、白斗は理解が追い付かない。

そしてそのまま顔が近づき―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ネプテューヌの、柔らかくてふわふわした唇が、しっかりと白斗の唇に重ねられた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………!?!?!?」

 

 

 

 

美少女からの、キス。

しかも今度は、人命救助などではない。ネプテューヌ自身の意思による口づけ。

これにはさすがの白斗も耐えきれるわけがなく、一気に脳内が爆発した。

名残惜しそうに唇を離したネプテューヌだが、その顔は幸せに満ちている。

 

 

「………えへへ。 今日、助けてもらったお礼。 ……言っておくけど、普段の私も、女神の私も……どっちもファーストキス、なんだからね」

 

「え? えっ!!? えぇえええええええええええええええええええ!!!?」

 

 

最早白斗は正常な処理が出来ない。

それだけ彼には刺激が強く、そしてそれこそ幸せな出来事の連続だったのだ。

 

 

「さ、そろそろ帰ろ! 早くしないと晩御飯が無くなっちゃうよー!!」

 

「ま、待て!! 待てぇえええええええええええええええええ!!!」

 

 

体力もある程度戻った二人。

そのままネプテューヌは白斗の腕を取って走り出した。一体どっちが幸せなのだか、いやどちらも幸せなのだから疲れ知らず。

そんな甘酸っぱい二人を、夕日はいつまでも照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから時間は経ち、夜。

あれからも大変だった。教会に帰ればずぶ濡れになった姿は兎も角、白斗の大怪我にネプギアやコンパはともかく、アイエフまでもが涙目で大慌て。

その後、数々のお説教を受けながらの夕食。正直な所、勘弁願いたかったが、同時にこれがいつもの日常風景であると実感できた。

 

 

「ぐふぃー……さ、さすがに今日は疲れたぞ………」

 

 

さすがの白斗も、体力の限界を感じてベッドに沈み込む。

一日中ネプテューヌとデートかと思いきやアンチモンスターの登場、そしてネプテューヌを助けるために戦闘して水の中で窒息死寸前、その結果ネプテューヌからのファーストキス。

正直、今でも思い起こすだけで嬉しさと恥ずかしさでまた爆発しそうになる。

 

 

「い、いかんいかん! 煩悩退散! こういう時はブランから教えて貰った方法、そう………読書でレッツ現実逃避!!」

 

 

何とか気持ちを切り替えようと、読書をすることにした。

取り出したのは、ルウィーで購入した古びた本。その名も「女神と守護騎士」。あれからも、時間があれば読んでいる一冊だ。

既に繰り返し読んでいるのだが、不思議と飽きない。不思議と憧れるのだ。

 

 

「白斗ー!! いるー!!?」

 

「うぉわっ!? の、ノックくらいしろよネプテューヌ!!」

 

 

ドアを突き破る勢いで飛び込んできたネプテューヌ。

本の世界に集中していたためか、いつもの気配察知も働かなかったようだ。

 

 

「あれ、読書ー? 何読んでるの?」

 

「ルウィーで買ったんだ。 女神と守護騎士ってタイトル」

 

「偉くシンプルだね。 どんなお話なのー?」

 

「まぁ、触りだけ話すとな………」

 

 

ネプテューヌも興味が湧いたらしい。普段の彼女であれば読書などせず、寧ろ「お話ならゲーム!」と言い切るはずなのに。

珍しいこともあるものだと白斗は素直に要点だけ掻い摘んで話した。暗殺者だった少年が、女神達と恋仲になり、やがて守護騎士と呼ばれる存在になり、そこから様々な冒険や苦難を乗り越え、真の愛を結びあうという物語。

 

 

「へー! 白斗みたいで素敵だね!」

 

「俺なんてこの主人公に比べりゃ全然よ」

 

「そんなことないってば! 白斗はカッコイイんだから!」

 

 

本当にネプテューヌもこの話が気に入ったらしい。

それでも、彼女にとって至高の存在とは白斗である。褒め殺しにされるのは正直な所、白斗も嬉しいが謙遜せずにはいられない。

 

 

「それよりも用事があったんだろ?」

 

「あ! そうだ! お土産ちょーだい!!」

 

「現金な奴だねぇ……まぁお前らしいっちゃらしいが」

 

 

お土産、それは三ヵ国に旅行に行く前にネプテューヌに直接渡すために用意したもの。つまり彼女のためだけの特別な品。

苦笑いしながらも、白斗は用意していたものを取り出す。

 

 

「……何これ? 花? ……でも、綺麗……」

 

「だろ? リーンボックスで見つけたんだ」

 

 

鉢植えに植えられた、一輪の花。

可愛くて、それでも美しい紫色の花。ネプテューヌはあっという間に目を奪われていた。

それは二日前、キャンプの際に見つけた花。ネプテューヌのお土産として、白斗が選んだ一品だ。

 

 

「どうして……これを私に?」

 

 

素直な疑問がそれだった。

お土産が花という事例は珍しい。普通であれば、お揃いのアクセサリーなどの特別な小物がメジャーの筈。

でも、白斗にはそれなりの考えがあった。

 

 

「……ネプテューヌらしいって思ったから」

 

「私……らしい?」

 

「そ。 こいつ、一本だけ気ままに生えててな。 なんか可愛くて、でも綺麗で……ネプテューヌみたいな花だって思ったんだ」

 

 

それは、彼女に対する白斗のそのままの評価だった。

女神としての側面だけではない。女の子としてネプテューヌは綺麗で、可愛いという彼からの言葉。

ネプテューヌは、頬が熱くなるのを感じずにはいられなかった。

 

 

「……ありがとう! 大切に育てるね!」

 

「おう。 しっかり育ててくれ」

 

「うん! ところでこれ、何て名前の花?」

 

「それが誰も知らなくてな……毒性はないから安心してくれ」

 

「寧ろ毒性のある花なんて嬉しくないよ……」

 

 

肝心の名前は分からず仕舞いだ。

けれども、重要なのは花の名前などではなく送ってくれた白斗の想いだ。ネプテューヌは、感謝と幸せな気持ちでいっぱいだった。

 

 

(……どうしよう。 私……白斗にずっと、ドキドキされっぱなしだ……幸せにしてもらってばっかり……。 白斗にも、幸せになってもらいたいな……)

 

 

胸の高鳴りが止まらない。

この幸せな気持ちを白斗にも分けてあげたい。白斗も幸せにしたい。

けれども告白まではまだ早い。何かないかとネプテューヌが周りを探っていると、先程紹介してくれた本が飛び込んできた。

 

 

「……白斗って、その本……気に入ってるの?」

 

「ん? ああ、まぁな………」

 

 

とは言うが、守護騎士というタイトルを見つめた白斗の目には明らかな憧れがあった。

彼にとってなりたい理想像とは、きっとこの本の登場人物なのだろう。

ならば、彼の願いを叶えてあげるのがいい女というもの。

 

 

「……白斗、電気消してもらっていいかな?」

 

「何だよ突然?」

 

「いいからいいから!」

 

 

実を言うと、白斗は微妙にネプテューヌと視線を合わせ切れていない。

何せ、数刻前にキスしたばかりなのだから。

白斗からしてみれば助けてもらったお礼であり、それ以上でもそれ以下でもないと割り切ろうとしているのだが。

兎にも角にも、彼女の指示通り電気を落とす。今、この部屋は月明りとプラネテューヌのネオンの光だけが入り込んでいた。

 

 

「………黒原白斗」

 

「は、はい?」

 

 

突然、フルネームで呼ばれた。

それだけではない。声も雰囲気も仕草も、厳かになっている。女神化していないにも関わらず、神秘を感じさせる佇まいに白斗は思わず敬語で応えた。

 

 

「………ここまで私を守り、そして想ってくれたこと………感謝しています」

 

(ん? このフレーズ……もしかして……「女神と守護騎士」?)

 

 

ここで、白斗は気づいた。

何せそれは彼の愛読書のワンフレーズなのだから。

 

 

「そんな貴方だからこそ……一緒に居て欲しい。 傍に居て欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私も、貴方の喜びも、苦しみも、罪も。 何もかもを共に受け止めたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから………白斗、私の………守護騎士に、なってください」

 

 

―――今のネプテューヌは、まさに女神だった。

月明りを背にした彼女は、息を忘れるほどに美しかった。例え真似事でも、彼女の守護騎士になれたらどれだけ幸せなのだろうか。

そして彼女も、これを言ってくれる以上最上級の信頼を預けてくれるのだと、白斗は否が応でも理解させられる。

何より、優しくて、明るくて、温かい女神に、白斗は忠誠を誓いたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――だからこそ、彼は跪いて、差し出された手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

「………はい、貴方のお傍においてください。 私の、女神様―――」

 

 

 

そして、その手の甲に口付けを落とした。

本音を言えば恥ずかしかったが、それ以上にネプテューヌがそういう関係を望んでいたのだ。何より白斗も、例え真似事だとしても、嬉しかった。

だから迷いなく、誓いのキスをその手の甲にしたのだ。

 

 

「……えへへ。 これで契約成立! もう勝手に離れちゃダメなんだからね!」

 

「もうムードぶち壊すのかよ……」

 

「シリアスブレイカーで有名な主人公ネプテューヌだよ! このくらい朝飯前!」

 

「もう夜なんだが………」

 

 

結局、そんな空間も長続きしなかった。でもネプテューヌらしいと白斗は納得する。

正式な契約などではない。寧ろ守護騎士の存在自体が眉唾物だったが―――それでも、二人だけの特別な関係がこうして結ばれた。

まだ愛の告白には程遠い。でも、それ以上の何かを感じさせた。

 

 

「それじゃ私の守護騎士様に早速最初の命令! 添い寝して!!」

 

「なんですと?」

 

 

白斗は固まった。いきなり最初の試練が待ち構えていたからだ。

冷や汗を滝のようにダラダラと流すが、当のネプテューヌは既に白斗の部屋の枕を抱きかかえて就寝準備を済ませている。

 

 

「ブランにはしてあげたんでしょ!? 早くしてくれないと泣いちゃうよー! 女神様を泣かせる守護騎士がいていいのかなー?」

 

「……敵わないよ、ホントに……」

 

 

観念したかのように両手を上げて降参。

おずおずと白斗もベッドに潜り込み、そしてネプテューヌが抱き着いてくる。

 

 

「えへへ、白斗あったか~い」

 

「……ネプテューヌも、温かいな」

 

「これが主人公の温もりって奴だよ!」

 

「そーゆー発言がなかったら感動できてたのに……」

 

 

それでも、これだけの美少女が、それも女神様が添い寝だとは。

白斗はつくづく緊張して眠れない―――と思っていたのだが体は正直で、すぐに疲れが睡魔となって襲い掛かった。

瞼が重くなる。そして微睡の中、ネプテューヌが一言囁く。

 

 

「……明日も、一緒に……思い出。 たくさん作ろうね」

 

「……ああ。 おやすみ……ネプテューヌ………」

 

 

一度瞼を閉じれば、安らかな寝息が立てられる。

あの白斗が、またもや無防備に寝顔を晒している。もう一度写メに取りたいほどの光景だったが、手元に携帯電話が無いので今回は断念する。

でも、今回はそれよりも特別だ。何故なら、大好きな人の温もりに包まれた中で寝られるのだから。

 

 

 

 

 

「………おやすみなさい。 私の騎士様………」

 

 

 

 

 

そしてネプテューヌは、大好きな少年の額にまたキスを一つ。

彼に刻み込まれるようにと願いながら、彼女もまた夢の中へと身を投じるのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして翌日。

 

 

「まさか貴方達までここにくるなんてね……」

 

「……皆考えることは同じ、かしら……」

 

「ええ。 私達も案外、ネプテューヌのことをどうこう言えた義理じゃありませんわね」

 

 

早朝であるにも関わらず、ノワールとブラン、そしてベールがプラネタワーに集まっていた。

理由は簡単。白斗に会うためである。

皆が同じ思いを抱えていたからこそ、同じ場所、同じ時間、同じ目的で集ったのである。

 

 

「やっぱり……白斗よね……。 はぁ……」

 

「私もはぁ、ですぅ……」

 

 

溜め息を出すアイエフとコンパ。

どちらも呆れというよりも、嫉妬に近い色合いの溜め息だった。

 

 

「あ、あはは……でもお兄ちゃん。 今日は珍しく遅くまで寝てるみたいで……」

 

「昨日の報告は聞いたわ。 きっと疲れてるのよね」

 

 

実は早起きで有名な白斗だが、7時になってもまだ起きていなかったのだ。

けれども咎める者は誰一人としていない。昨日のアンチモンスターの出現という事案はすぐに各国の首脳陣に知れ渡っている。

寧ろ白斗にはちゃんと休んで欲しいとノワールも頷いていた。

 

 

「……そうですわ! そこまでぐっすりなら、寝起きドッキリしてみません?」

 

 

すると、両手を叩いてベールがそんな一言。

その表情は「ふふふ」と実に楽しそうである。

 

 

「趣味が悪い……と言いたいけど、私も乗っかるわ」

 

「ベール様にブラン様まで……。 なら、私も共犯になりますか」

 

「わ、私もやりたいですぅ!」

 

「あー! アイエフさんにコンパさんもズルい! 私もやります!」

 

「ま、待ちなさいよ! 私も混ぜなさい!!」

 

 

結局その場の女性陣全員が結託。

今ここに、しょうもない企みが実行されるのだった。

 

 

「「「「「「おはようございま~す」」」」」」

 

 

結局、全員が割とノリノリで実行に移してしまう。

果たしてどんなドッキリを仕掛けようか、楽しみにしていた矢先の事。

 

 

「「「「「「んなっ!!?」」」」」」

 

 

その空気はすぐにピシリと凍り付く結果となった。何故なら。

 

 

「ぐー……ぐー……」

 

「すぅ………すぅ………」

 

 

抱き合いながら寝ている白斗とネプテューヌの姿があったワケで。

 

 

「白斗ぉおおおおおお!! 起きなさああああああああああい!!!!!」

 

 

ノワールの怒りが爆発。

凄まじい叫びが、室内で反響した。当然さすがの白斗やネプテューヌも起きてしまう。

 

 

「どうっはぁ!? 何だ何だ何だぁ!!?」

 

「ねぷぅっ!? 敵襲!?」

 

 

心地よい眠りについていたところ、突然の怒号。

白斗とネプテューヌは大慌てで周りを見渡して状況確認。しかしそこには怒りに燃える乙女たちがいた。

 

 

「私達を敵だとは……いい度胸してるなぁ、ネプテューヌ……」

 

「え? ブラン? だけじゃない、みんなまで……どうしたの?」

 

「どうしたのはこっちの台詞だよお姉ちゃん………」

 

「ネプギアまで、一体何………あ」

 

 

ここに来てようやく二人が状況に気付く。

もう既に朝の七時を超え、朝日が差し込んでいる時間帯。そして昨晩ネプテューヌの希望で添い寝。

当然、起こされるまでは添い寝していたわけで、それを皆にバッチリ目撃されたわけで。

 

 

「ふ、ふふふ……私達を差し置いて堂々と添い寝とは……いい度胸していますわね?」

 

「ネプ子……ちょーっと矯正が必要かしら……?」

 

「ですねー………ねぷねぷ、残念ですぅ」

 

「ち、ちょっと皆!? 目が笑ってないよ!!?」

 

「「「「「「問答無用ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」

 

「「ひいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」」

 

 

乙女の怒りに飲み込まれ、白斗とネプテューヌは震え上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

因みにブランとベールも、しっかり添い寝や同衾がバレ、漏れなく制裁を受けたそうな。




サブタイの元ネタ アニメネプテューヌのEDテーマ「ネプテューヌ☆サガして」より

詰め込みまくったぜ……この上ないシチュエーションを……。
前編は通常ねぷのターンだったので、後編はパープルハートの描写を多めに入れてみました。
でもパープルハート様も可愛い。
そしてこれにて四女神のフラグコンプリート。こっから恋のバトルをバチバチさせたいと思います。
さて、次回は誰もが考えるあのネタで行きたいと思います。さらに重大なお知らせ!
なんと!……今回で書き溜めていたストック切れたので次回から更新速度落ちますorz
ですがどうか見守っていただければ幸いです。
感想ご意見、お待ちしております。次回もお楽しみに!


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第二十七話 二十歳になってもお酒はダメです

―――どうも皆さん、黒原白斗です。

元は異世界からやってきたという俺もゲイムギョウ界に流れ着いてから早二ヶ月。もうこの生活にも慣れてきました。

俺を拾ってくれたネプテューヌら女神様に恩返しするためにと始めた書類仕事やモンスターの討伐クエストにも大分慣れています。

 

 

 

 

 

 

 

……ただ、未だに慣れないことがあります。それは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はくとぉ~~~♪ えへへ~~~♪」

 

 

……こんな風に蕩けきった表情と声で頬ずりして来るネプテューヌ様。

 

 

「白斗ぉ……ぐすっ。 私にも構ってよぉ~……うえぇ~……」

 

 

……すっかり泣き上戸になってしまったノワール様。

 

 

「白斗ぉ!! もっと注げ!! そんで飲めぇ!!!」

 

 

……怒り上戸のブラン様。

 

 

「白ちゃ~~~~ん! あはは~~~☆」

 

 

……狂ってしまわれたベール様。

 

 

 

 

 

……彼女達、女神様からの身体的接触です。

いや、いつもやってくることなんですけど今日は異常なんです。見りゃ分かるでしょ?ノワールさんとか明らかにキャラとしてあり得ない感じですし。

とにかく、本編に入る前に一言いいですか?

 

 

 

 

 

「………どうしてこうなったああああああああああああああああああああ!!?」

 

 

 

 

 

……いや、本当に。誰か助けてください……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――事の発端は数時間前の事。

 

 

「ふぅ……いい眺めってなモンだ」

 

 

バルコニーから一人、白斗は夜となったプラネテューヌの街並みを見下ろしていた。

プラネテューヌの夜景は美しい。

発展の象徴とも言える建物、そしてネオン。様々な光が色取り取りに輝き、街を彩っている。

そんな風景を眺めながら、白斗は琥珀色の液体が満たされたグラスを傾けていた。

 

 

「白斗ー! 何して……あー! またお酒飲んでるー!!」

 

「んぁ? いいじゃないかネプテューヌ、俺の数少ない趣味の一つだ」

 

 

するとそこへ声を掛ける少女。

この国の女神、ネプテューヌだ。だが飛んできたのはお叱りの声。

白斗は悪酔いしない体質とは言え、まだ18歳。幾ら本人が平気と言い張っても見過ごせはしなかった。

 

 

「もう、お酒ってそんなにいいの?」

 

「おっと、飲むんじゃねぇぞ。 お前みたいなお子様にゃキツすぎる」

 

「私子供じゃないもん!」

 

「そのナリで言われてもなぁ……で、どうしたよ?」

 

「もー……ご飯できたから呼びに来たの」

 

「悪いな。 んじゃ、頂きますか」

 

 

ネプテューヌからのお小言を退け、白斗はグラスとボトルをバルコニーのテーブルに置き、中へと戻っていく。

今回はアイエフとコンパもいないため、彼女とネプギア、イストワールと共に夕食をいただく光景―――になるはずだった。

 

 

「あ、白斗! 見て見て! このハンバーグ私が作ったのよ!」

 

「白斗……こっちのスープは私。 自信作よ」

 

「白ちゃん! こっちのサラダは私ですわ!」

 

「……で、なんで! 私の教会に皆が集まってるのかなぁーっ!!?」

 

 

そう、今このプラネテューヌの教会にはノワール、ブラン、ベールが集まっていた。

今日に限った話ではない。白斗が旅行を終えてからというものの、ほぼ毎日、入れ代わるようにして女神達が時間を作り、あの手この手で白斗に会っていたのだ。

そのため、こうして一堂に会することも然して珍しい話では無かった。だが白斗との一時を邪魔されたとあっては、ネプテューヌも黙ってはいられない。

 

 

「い、いいじゃない! 私はなんていうか、その……白斗に色々お礼したいなーって……」

 

「……私は純粋に白斗に会いたかった」

 

「あ、ブラン! 何一人だけいい子ぶってますの!? 私だって白ちゃんに……!」

 

「は、ハハハ………」

 

 

途端に騒がしくなる女神達。

当然、目的は白斗だ。何故彼女達が会いに来てくれるかは理解できていないが、純粋に会いに来てくれるのが嬉しく思っている白斗からしたら邪険に扱う理由など無い。

 

 

「んもーっ!! 皆ってば、白斗の胃袋は私が握ってるんだからね!!」

 

「白斗の胃袋は私のものよ!! だからこうやって実力を示してるの!!」

 

「ふ……貴女達は白斗の好みを全然分かっていない……白斗の胃袋は私のもの……」

 

「弟のものは姉のもの! 私こそ白ちゃんの胃袋を掴みますわ!」

 

「言葉だけ聞くとグロいんだけど!? 何、俺解剖されちゃうの!?」

 

 

皆、恋する白斗のためにアピールポイントを作ろうと必死だ。

それだけにとんでもない会話になっていることにすら気付かない。誰が言ったか、恋は盲目という言葉に偽りなし。

 

 

「ほら、お兄ちゃん! お姉ちゃん達は放っておいて、早くしないと冷めちゃうよ!」

 

「ですね。 白斗さん、こちらの席へ」

 

「お、おう……」

 

「「「「ああぁぁ―――っ!!?」」」」

 

 

尚も激しくなる議論を脇目に、ネプギアが白斗の手を引く。

イストワールにも誘導され、座った席はネプギアの隣。しかも白斗の席は角に位置するため、ネプギアが実質独占状態。

味ばかりに気を取られ、美味しい状況を許してしまったことに女神達は絶望の声を上げる。

 

 

「もういいですから。 美味しいご飯が冷める前に頂いちゃいましょう」

 

「だな。 それじゃ、頂きまーす!!」

 

「「「「いただきまーす!」」」」

 

 

何だか釈然としない女神達だが、余り拘り過ぎて白斗の不興を買いたくない。

言い争いもここまでにして、白斗の音頭に合わせて夕食を楽しむ。

 

 

「ど、どう? 私のハンバーグ……」

 

「おう、肉汁がしっかり出てていい味してるよノワール」

 

「ホント!? 良かった……!」

 

 

味を褒めてくれたことでノワールは心底安心したように胸を撫で下ろす。

彼女は以前、デートの際に白斗の好物の一つがハンバーグであることを知った。それ故にチョイスだったがが故に白斗のお気に召したようで、彼からは満面の笑み。

愛する人に手料理を作る嬉しさを噛みしめているノワールに対し、白斗はスープを啜る。

 

 

「……ん。 いい出汁だ。 ブラン、色々勉強してくれたんだな」

 

「ええ。 貴方好みに合わせるの、結構苦労したのよ?」

 

「俺、そんなに口うるさく好み言ってたっけ?」

 

「食事の時の表情を観察したのよ。 最近の白斗、表情豊かだから分かりやすいの」

 

 

そんなことをブランに言われて、ハッと頬に手を当ててしまう。

この世界に来た当初は恐怖と虚無に支配されていた心。その時の表情も、殆ど作り笑いにすぎなかったと自覚している。

今となっては彼女達、女神の心に触れ、自分の表情を取り戻しつつあると白斗は認識せざるを得なかった。

 

 

「そうですわよ。 ですから白ちゃん、あーん♪」

 

「「「それは許さん」」」

 

 

ベールがさりげなく、ポテトサラダをスプーンで一掬いして白斗に「あーん」をしてあげようとするが、他の女神達のドスの利いた声に制された。

けれども一度口を付ければ料理の美味しさも相まって皆和やかな空気となる。何せシェアと白斗さえ絡まなければ、仲のいい親友同士なのだから。

 

 

「ふぅ、ご馳走様。 美味しかった! ………ん? どうしたブラン?」

 

 

腹も食欲も満たされ、白斗は満足する。

膨れたお腹をさすっていると、隣からくいくいと可愛らしく引っ張る感触。

振り返るとそこには、期待の籠った視線を差し向けてくるブランがいた。大変可愛らしいのだが、大変嫌な予感がしてならない。

 

 

「白斗……誰のが一番おいしかった?」

 

「これまた下手な答えで腹も角も死亡フラグも立つような質問が……!」

 

 

すると一斉に、ノワールとベールの目もギラリと光る。

折角和やかな空気になったと言うのに一触即発、白斗の汗はダラダラだ。

 

 

「と、当然私よね!?」

 

「お待ちくださいな! ポテトサラダ及びドレッシング担当の私こそ!」

 

「いいえ、数々の趣向を凝らした私のスープが一番……!」

 

 

またもや皆主張し合う。

ナンバーワンとオンリーワン。愛は一つだけ。悲しいものである。

当然今回料理していないネプテューヌは蚊帳の外だが、一人省かれては面白くないネプテューヌも頬に空気を、目尻に涙を溜めては吠えた。

 

 

「白斗! この間のデートで作った、私の愛妻弁当こそ至高でしょ!? 白斗だってサイコーって言ってくれたじゃない!」

 

「え!? 愛妻弁当!? ネプテューヌ、貴女そんなことを!?」

 

「そうだよ! 白斗だって初めての手作りで嬉しいって言ってくれたし!!」

 

「お、お姉ちゃん……! そんな、羨ましいことを……!!

 

 

ドヤァと言わんばかりに控えめな胸を張る。

大変可愛らしいのだが、こんな状況では角しか立たない。ネプギアまでもが悔しさで体が震えている。

 

 

「愛妻……弁当……! くっ、私としたことが何たる不覚……!」

 

「何故私はそんな発想に至らなかったというの……!?」

 

「ふっふーん! 因みにメニューのチョイスも白斗好みにしたもんねー!」

 

(そんなに悔しがることか!? そんなにドヤるところか!?)

 

 

ブランとベールも絶望の余り、机を盛大に叩く。心底悔しそうだ。

何故彼女達がこうなっているのか、白斗には皆目見当もつかない。因みにこの女の戦いを目の当たりにしているイストワールはため息を付いていた。

 

 

(また守護女神戦争が起きなければいいのですが……いや、ある意味起きてますか)

 

 

そんな懸念を他所に、女の戦いはヒートアップしていく。

あれやこれやと会話は留まることを知らず。

 

 

「全く、ネプテューヌさん達は……あら? お皿は?」

 

「俺とネプギアが片付けました」

 

「早!?」

 

「私とお兄ちゃんのコンビネーションは無敵ですから!」

 

 

どうやら会話の合間に白斗とネプギアが洗ってしまったらしい。

恐ろしい手際にイストワールも驚いた。会話に夢中になっている四女神はその事実に気づいていないようだ。

 

 

「す、すみません……。 本来なら料理した人が片付けるべきなのに……」

 

「いいんですよ。 美味しい料理を作ってもらったんですから、片付けくらいするのが筋ってモンですよ」

 

「白斗さんらしいですね」

 

 

白斗の優しさに、ここまでくると呆れすら感じてしまうイストワール。

本来なら怒ってもいいはずなのに。

 

 

「ところでイストワールさん、夜食何がいいですか?」

 

「夜食……ですか?」

 

「はい。 あの様子だとあいつら、結局いつもの通り夜通しゲーム大会に発展するだろうし、何か小腹でも埋められるものをと」

 

「白斗さんの気遣いに私、涙が出てきました……」

 

 

ハンカチを取り出して涙を拭うイストワール。

寧ろ彼が主夫のようにさえ感じてならない。

 

 

「私は大丈夫です。 お夜食は健康に悪いですから」

 

「そうですか? ……なら、適当にサンドイッチにでもしとくかなー……」

 

「お兄ちゃん、冷蔵庫の中身もう無いよ?」

 

「あらま」

 

 

とりあえず冷蔵庫を覗いてみると、空であった。

これだけの料理を作ってくれたのだ、食材が無くなるのも無理はない。幸い、まだ夜の7時を回ったばかり。

まだ近くのスーパーなら開いているだろう。

 

 

「外で買ってきますね。 ついでに明日の朝食の分も」

 

「何から何まで本当にすみません……」

 

「いえいえ。 すぐに戻りますんで」

 

「分かりました。 お気をつけて」

 

 

白斗はいつものコートを身に纏い、颯爽とスーパーへと向かう。

食事当番では割とお鉢が回ってくることもある白斗からしたらこの程度、まさに朝飯前。それに加え、女神の皆に喜んでもらえることが何より嬉しかった。

 

 

「ネプギア、ついてきてくれるか?」

 

「うん! やったー! お兄ちゃんとお買い物ー♪」

 

「んな大袈裟な……うおっと、くっつくなって」

 

「だって、お姉ちゃんが羨ましかったんだもん♪ ああ、夢心地だよぉ……」

 

 

ただ一人、ネプギアは役得と言わんばかりに白斗の腕を取って買い物に同行する。

彼の腕に絡まったネプギアはまさに可愛さの塊。そんな美少女を侍らせて気分が悪い男がいるだろうか、いや無い。

そんな白斗は酒が入っていることもあってか、鼻歌を歌いながら意気揚々と夜の街へと歩いていく。

 

 

「さて、ネプテューヌさん達は当分あのままですし……私は部屋に戻りますか」

 

 

イストワールは今も尚、論争を繰り広げている女神達を尻目に、部屋へと退散していった。

彼女達が部屋を去ったことにも気づかず、女神達のガールズトークは尚も続いていく。

 

 

「……っていうかさー! 最近皆来すぎじゃない!? たまには静かな一日を過ごさせてよー!」

 

「ゲイムギョウ界一騒がしい選手権王者の貴女がそれを言う?」

 

 

ノワールのツッコミに誰もが頷く。

 

 

「でも来すぎなのは事実でしょ! そんなに私と白斗の一時を邪魔したいの!?」

 

「別にネプテューヌの邪魔をしにきたつもりはない……ただ、白斗と過ごしたいだけ」

 

「右に同じくですわ!」

 

 

女神達は時間を作っては積極的にここを訪れている。

目当ては言わずもがな白斗だ。

そんな日々に、さすがのネプテューヌも辟易としていた。

 

 

「むーっ!! 大体なんで皆、白斗目当てなのさー!?」

 

「べ、別に私の勝手でしょ!? ネプテューヌには関係ない話じゃない!」

 

「か、関係あるもん! だって……だって……!!」

 

 

噛みついたと思ったら噛みつかれる始末。

売り言葉に買い言葉とはこのことだ。ここまで焚きつけられてはネプテューヌも我慢ならない。

この上なく顔を赤くしながらも、決死の想いで叫ぶ。

 

 

 

 

 

「だ、だって………わ、私……白斗の事…………大好きなんだからぁーっ!!!」

 

 

 

 

 

―――盛大なカミングアウトに、静寂が訪れる。

ただ一人、ネプテューヌだけは息を荒げていた。誰かに自分の想いを伝えるのが、こんなにも勇気のいることだとは。

一瞬目をパチクリとさせていた女神達は。

 

 

「あ、やっぱりネプテューヌも?」

 

「ねぷぅぅううう―――っ!!? 何そのサラッと受け流す感じは!?」

 

「だって……ねぇ?」

 

「そうよね。 見ていてバレバレだったもの」

 

 

分かり切っていたかのように淡白な反応を返すだけだった。

 

 

「……ねぷぷ!? ちょっと待って!? “も”ってことは……まさか皆も!?」

 

「う………その、まぁ……」

 

「……そう、なるわね……」

 

「お、おほほ……」

 

 

今までの発言、そして態度、白斗への接し方と表情。ようやくネプテューヌが答えに辿り着いた。

言い当てられるや否や、女神達は揃いも揃って顔を赤くしてはもじもじしたり、俯いたり、何とか笑顔を保とうとし足りと様々な反応を見せる。

ただ分かることは―――誰もが白斗を想っている、ということだ。

 

 

「……ね、ネプテューヌは、どうしてその……白斗が好きになったの?」

 

 

顔を赤らめながら、ノワールが訊ねてくる。

真っ先にカミングアウトし、尚且つここに白斗が住んでいると言うこともあって一番距離が近いのはネプテューヌだからだろう。

うぅ、と恥ずかしがりながらも、ネプテューヌは答える。

 

 

「……その、ね? 初めて白斗とクエストに行った日の夜……殺し屋に狙われちゃったでしょ? でも、この世界に来たばかりなのに白斗は私を守ってくれた。 抱きしめられて、守ってやるって言ってくれて……嬉しくて……それからずっと、白斗の事ばかり考えるようになっちゃったの……」

 

 

その辺りは予想通りだった。

自覚はつい最近のことであったが、彼女の恋はその頃から始まっていたのだと誰もが改めて理解する。

眩しい笑顔が代名詞のネプテューヌだが、白斗への想いを語っている彼女は柔らかい笑顔。

 

 

「そういうノワールは……どう、なのさ……」

 

「わ、私は……あの狙撃から守ってくれた時から、白斗の事が気になって……それから、彼の優しさに触れて、支えて貰って、ユニとの関係も改善してくれて……無茶した時も、怒ってくれて……つまならいプライドで孤独だった私の心を救ってくれた……温かい人なの……」

 

 

ツンデレぼっち女神と揶揄され続けてきたノワールも、白斗の前では形無し。

すっかり恋する乙女となり、彼への想いを素直に語る。その時の彼女の姿は、誰もが認める可愛らしさだったと言う。

 

 

「ぶ、ブランは?」

 

「……あの日、ロムとラムを、そして私を命懸けで守ってくれて……それでこの前の旅行の時、私スルイウ病に掛かっちゃって……でも白斗は危険を省みずに雪山へ薬草を取りに行ってくれたの。 大怪我してでも私のためにやり遂げてくれた……そんな彼の優しさに、惚れてしまったの……」

 

 

いつもは無表情を通り越して無愛想にまで見えることがあるブラン。

そんな彼女ですら、白斗に対しては恋する乙女。顔を赤くして、彼の思い出を振り返っている彼女は、まさに可憐の一言に尽きる。

ほのかな想いを、まるで蝋燭に灯すかのように微笑むブラン。女神として長年の付き合いであるネプテューヌ達ですら、こんな顔のブランは見たことが無い。

 

 

「……ベールは?」

 

「私は……彼がみんなのために頑張る姿に惹かれて、そんな彼に甘えてみたくなりましたの。 白ちゃんは、そんな私の思いを全部受け止めて、真摯に向き合ってくれて、応えてくれて……。 あんな素敵な殿方、初めてで……気が付いたら、彼に骨抜きにされてましたわ」

 

 

うっとり、そんな表現が似合うベールの蕩けきった表情。

他の三人に比べて劇的シーンは無いかもしれない。だからこそ、彼と対話を重ねて、その末に白斗と言う人物に魅了されてしまった。

その様子は他の三人にも伝わる。何せ、彼女達も白斗に本気で惚れてしまったのだから。

 

 

「……まさか女神全員から惚れられるなんて。 もー、白斗ってば天性の女誑しね」

 

「自分の才能をひけらかさず、いつも他人の事ばかり……」

 

「……白ちゃんのような人を温かくて、優しくて……強い人と言うのでしょうね」

 

「うん。 そんな白斗だから一緒に居たい……一緒に居て欲しいな……」

 

 

尚も彼への思いを吐露する女神達。

この世界を守る神様ですら虜にしてしまった一人の少年。彼自身に特別な力があるわけではない。

戦闘力とて、一般人よりも上程度。それでも彼は大切な者のためなら命を懸けて、何もかもを成し遂げてしまう。例え傷だらけになろうとも、死に掛けようとも。

それを「強い」と言わずして何という。だからこそ女神達は恋した今でも、彼にどんどん惹かれている。

 

 

「……私、白斗を愛してるから! 絶対に諦めないよ!」

 

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ! ……絶対に、白斗の心を射止めて見せるんだから!」

 

「いいえ。 ……絶対に、私が添い遂げて見せる……!」

 

「私も、本気の恋ですもの……負けるつもりはありませんわ!」

 

 

誰もが本気。本気の恋だから、絶対に譲らない。譲れない。

火花がバチバチと散らされる。けれども、不思議と不快感は無かった。誰もが認めた相手で、誰もが同じ少年に恋しているからだろうか。

今までにない本気の戦いは、けれども誰が見ても爽やかに火蓋が切って落とされた。

 

 

「……って、ちょっと待ちなさいよ! い、今までのやり取り……白斗に聞かれているんじゃ!?」

 

「「「あっ!!?」」」

 

 

ノワールの突然の発言に、誰もが一気に冷や汗を垂らす。

そうだ、先程まで彼と楽しく食事をしていたはずだ。なのに突然こんな話を聞かれてしまったら、今の関係がどうなってしまうのか。

恥ずかしさもあるがそれ以上に、下手に断られて今の関係を崩すのが怖い女の子たちは一斉に振り返るも、既に白斗は出掛けた後だった。

 

 

「あ、あれ? 白斗?」

 

「いない……部屋に戻ったのかしら?」

 

「と、とにかく探してみましょう! 万が一にも聞かれたら……!」

 

 

さぁーっ、と血の気が引く一同。

一斉に白斗を探し出そうと散開する。その中でネプテューヌは一人、心当たりがある場所へと向かっていった。

 

 

「白斗、よくバルコニーで黄昏てるんだよね……。 あそこだと室内の会話ギリギリ聞こえちゃう……お願い、聞かないで白斗~!」

 

 

一縷の望みをかけてバルコニーに恐る恐る顔を出してみるネプテューヌ。

しかし、彼はいなかった。

 

 

「……まずは一安心。 ホッ………ん?」

 

 

その代わり、あるものを見つけた。

バルコニーに設置されたテーブル。その上にポツンと置かれた、綺麗な色合いのボトル。

 

 

「……あ、白斗が飲んでたお酒だ。 もう、仕方ないなぁ」

 

 

そう、それは食事をする直前まで彼が飲んでいた酒。

繰り返しになるが彼は未成年であるにも関わらず酒を嗜むという悪い癖がある。さすがにネプテューヌも咎めているのだが、聞く耳持たず。

とりあえずこのままにしておけないのでボトルを掴み、部屋へと戻る。

 

 

「あ、ネプテューヌ! 安心して!」

 

「少し前に白斗は買い物に出かけたらしいわ……さっきの会話、聞かれてない」

 

「ホント!? あー、良かったぁ……」

 

 

そこへノワール達も戻ってきた。

白斗の行方をイストワールから聞いたらしく、先程の情報が漏洩されていないことに心底安心してしまう。

と、ここでベールが彼女の手に握られているものに気付く。

 

 

「って、あら? ネプテューヌ、何を持っていますの?」

 

「ああ、コレ? 白斗が飲んでたお酒。 しまっちゃおうと思って」

 

 

手にしていたボトルをこれ見よがしに見せつける。

その綺麗な色合いに一瞬目を奪われた女神達だが、その液体の正体を知って顔を顰めた。

 

 

「お酒ぇ? 白斗、そんなもの飲んでるの?」

 

「全く……しょうがないわね」

 

「未成年の飲酒はダメですわ。 帰ったら説教しませんと」

 

 

愛する人であっても、してはいけないことがある。いや愛する人だからこそ厳しくしてやらなければ。

女神として、人として、そして恋してしまった者として。

全員がベールの一言にうんうんと頷く。だがここで、ネプテューヌがふとした疑問に対峙する。

 

 

「未成年……そう言えば、私達女神はどうなのかな?」

 

「え? そ、そりゃ生まれて20年以上は経ってるし、成人していると言えばしてる……のかしら?」

 

「……今までお酒なんて興味持ったこともないから、分からないわ……」

 

 

今まで酒というものから縁が無かったネプテューヌとノワール、ブランが首を傾げる。年数そのもので言えば、常人など及ぶべくもない途方もない時間を過ごしてきた。

しかし、女神として生まれたために肉体の成長はしないままだ。故に体としては少女のまま。

酒自体は勧められたこともあったが、興味も無かったのでやんわりと断ってきたのだ。

一方のベールは余裕そうに鼻を鳴らし、胸を突き出す。

 

 

「うふふ、お子様ですわねぇ。 私はワイン程度なら嗜みますわよ。 まぁ、飲み過ぎないようにしていますが」

 

「……やっぱりベールの年齢は……もう……」

 

「ブラン? ……潰しますわよ?」

 

 

普段幼女扱いされていることへのお返しか、突き刺さるような一言。

さすがのベールも看過できず、黒い雰囲気を纏う。

 

 

「……お子様……」

 

 

そのフレーズに、ピクリと反応する者が一人。

いつもならばブラン、と言いたいところだが今回はネプテューヌだ。何故かと言えば、あの食事が始まる直前の事。

白斗がこの酒を飲んでいる最中、「お子様だからネプテューヌにはまだ早い」と言われてしまったのだ。

 

 

「……私だって……」

 

「……? ね、ネプテューヌ……?」

 

 

お子様扱い、だからこそ女として見てもらえないのではないか。

そんな焦燥がネプテューヌの中で巻き起こる。

グッと手にしたボトルを握り締め、震えだした。いつもとは違う彼女の雰囲気に、ノワールも何か得体の知れないものを感じつつ彼女に訊ねてみるが。

 

 

「私だって……立派なレディーだもん!! えいっ!!!」

 

「「「あっ!!?」」」

 

 

それよりも早く、ネプテューヌはボトルに口をつけ、一気に飲んでしまった。

飲んでしまったと言っても一口、ゴクリと。だが明らかに度数の高そうな酒だ、ノワール達も思わず悲鳴に近い声を上げてしまう。

一口飲んだネプテューヌはやがて静止する。そして―――。

 

 

 

「…………アハッ」

 

 

 

不敵な笑い声が、その口から漏れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……ただいまーっと。 買い物に付き合ってもらって悪かったなネプギア」

 

「いいんだよ。 寧ろお兄ちゃんと一緒にお買い物出来て役得♪」

 

 

それから少しして、白斗とネプギアが帰ってきた。

両手にした買い物袋はパンパンにまで膨れ上がっており、かなりの量であることが伺える。

ネプギアの袋は少なめだが、無論これは白斗の意向である。

 

 

「ははは、なら良かった。 んじゃチャッチャと夜食作るかね。 ネプギアもいるか?」

 

「んー、どうせなら甘いものが欲しいなー」

 

「太るぞー」

 

「し、失礼だよ! 大丈夫だもん!」

 

 

と、まさに兄妹のような会話を繰り出しつつネプギアは部屋へと戻った。

彼女にはブルーベリージャムとピーナッツバターを塗ったお菓子用のサンドイッチでも作ってあげようかと白斗は考えた。(因みにカロリーめっちゃ高い)

そんな企みを胸に秘め、白斗はキッチンへと向かう。その途中のリビングでゲームに興じているであろう女神達に声を掛けようとした。

 

 

「おーい。 今帰った……ぞ……」

 

 

だが、そこで見た狂態を目の当たりにした瞬間。

手にしていた買い物袋を落としてしまった。幸いにも卵のような取り扱いに注意がいるようなものは無かったが、最早そんなことは気にならなかった。

何故ならば―――。

 

 

「あ~~~白斗ぉ~~~♪ も~、遅かったじゃ~~~ん」

 

 

蕩けきった表情と、鈴の音を転がしたような声のネプテューヌがいた。

彼女の明らかにいつもとは違う態度、火照った顔、慌て切ったノワール達の様子、そして傍に置かれたボトル。

ここで一体何があったのか、白斗は全てを察した。

 

 

「ではあっしはこれにて」

 

「「「待たんかい」」」

 

 

グワシッ、と鈍い音を立てて女神達の手が白斗の肩を掴む。

恐ろしいまでの握力だ、下手に逆らえば比喩表現などではなく握り潰されてしまうだろう。

 

 

「白斗の所為よ! アンタがお酒置きっぱなしにしちゃったからネプテューヌが飲んじゃったんじゃないの!」

 

「やっぱりか……! 確かに俺にも責任あるわな……」

 

「だったら、ネプテューヌを何とかして」

 

「白ちゃん。 ちゃんと後始末できないと大人とは言えませんわよ」

 

「仰る通りです……」

 

 

女神達からの非難轟々。だが反論できない。

お酒は未成年が飲まないだけではなく、未成年に飲ませない配慮も必要なのだ。

これも己が蒔いた種と白斗は溜め息一つにネプテューヌに近づく。

 

 

「でもご安心を。 こんなこともあろうかと酔い覚ましの薬を持っているのです」

 

「凄くご都合主義な薬をありがとう。 早く飲ませて」

 

 

とりあえず解決する手段があるなら何でもいいと、ノワールはツッコミ放棄状態。

さすがにこれ以上ふざけている余裕はないと判断し、白斗も改めてネプテューヌと向き直る。

 

 

「ネプテューヌ、ほれ。 酔い覚ましの薬」

 

「ん~………? くすり……キライ~……」

 

「子供みたいなこというんじゃありません」

 

 

駄々っ子みたいなことを言いだすネプテューヌ。

元々子供っぽいところがある彼女だったが、酒の影響かよりストレートに、というよりも幼児退行に近くなっている。

これはこれで可愛らしいのだが、だからと言ってこれ以上は見過ごせない。無理矢理にでも口を開かせ、薬を放り込もうかと思案していた時だ。

 

 

「だからぁ~……白斗が、口移しで飲ませてぇ~~~」

 

「「「「ぶ――――――っ!!?」」」」

 

 

とんでもない爆弾発言に、誰もが吹いた。

 

 

「ちょ、待っ!? 何言ってんだお前!!?」

 

「えー、恥ずかしがることないじゃ~~~ん! 私達ぃ、もうチューまでしたんだしぃ~~~」

 

「「「何ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!?」」」

 

 

だが、驚きはそこでは止まらなかった。

更にとんでもないことをカミングアウトしてきたのである。愛しい人の唇が既に奪われていた、その事実にノワール達は絶望にも近い声を上げる。

それを知った女神達は、それはもう凄まじい剣幕で白斗に詰め寄った。

 

 

「白斗ォオオオオオオオオ!!! どういうことなのおおおおおおおおお!!?」

 

「あ、あれは事故というか不可抗力と言うか!! この間のアンチモンスターの一件で俺が溺れかけたからネプテューヌが、その……人工呼吸を、ですね……」

 

「それでもチューに代わりねぇじゃねぇかああああああああああああああああ!!!」

 

「あんなんチューに入るかぁ!!! 第一俺にとってもファーストだったんだぞ!!!」

 

「そんな………!!? レモンの味!!?」

 

「だから一々覚えてられっかあああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

女神達からの尋問に、白斗は最早泣きそうになっている。

既に角しか立たないこの状況で、彼に切り抜ける術などあるはずもない。すると、そんな彼に抱き着く温もりが一つ。

ネプテューヌだった。

 

 

「みんな白斗をイジメちゃダメ~~~~~!!」

 

「ほぼほぼお前の所為だからな!?」

 

「もー、白斗も酷ぉ~い! ……それとも、私とのチュー……イヤだったの……?」

 

「う………!?」

 

 

抱き着きながら、涙目での上目遣い。

酒の香りと女の子特有の甘い香りが混ぜ合わさり、どんな酒よりも白斗の理性を溶かそうとしている。

正直、その可愛らしさだけで白斗はクラッと脳内が揺れ動いた。

 

 

「……イヤなワケないって言ったろ。 お前みたいな綺麗で、可愛い子にしてもらえて……」

 

「「「ッッッ!!?」」」

 

 

素直な気持ちを、白斗はぶつけた。

それだけに他の女神の動揺は他を凌駕するものとなる。同時に何かの理性が切れた、そんな音すら脳内に響いた気がしたが最早聞こえない。

 

 

「んふー! でしょでしょー!?」

 

「だああああウソ泣きかぁ!? とにかくこの薬を……って、ノワール?」

 

「…………………」

 

 

するとそこに、ノワールがふらふらと現れた。

暴走しているネプテューヌを押さえてくれるのかと思って白斗も期待していたのだが、どうも様子がおかしい。

何か吹っ切れたような表情で、彼女はネプテューヌが持っていたボトルを奪い取り―――。

 

 

「ぐびっ、ぐびっ……!!」

 

「うおおおおおおい!? 何でお前まで飲んでるのおおおおおおお!!?」

 

 

あろうことかノワールまでもが飲みだした。

慌ててボトルを奪い取った白斗だが、時既に遅し。酒は熱き液体となってノワールの喉を駆け抜け、彼女の体内に入り込む。

熱が体の奥底から湧きあがり、彼女の脳内を心地よく溶かしていく。

 

 

「……ふにゃぁ~……はくとぉ………」

 

「こっちまで酔っちゃったよ!? テンプレだなオイ!?」

 

「ネプテューヌばかり見ないでよぉ……私のことも見てよぉ……ぐすっ」

 

「しかも泣き上戸!!?」

 

 

蕩けたのは脳内だけでなく、涙腺にも及んだらしい。

恐らく理性が緩んだことで彼女の押さえられていた一面が浮き上がったのだろう。女の涙に弱い白斗は、とにかく彼女を宥めるべく駆け寄る。

 

 

「お、落ち着けって! 何のことか分からんが蔑ろにしてるわけじゃなくてだな……」

 

「じゃぁ、ネプテューヌがしてくれたこと……私にもしてくれる……?」

 

「はぁ!?」

 

 

ノワールの言葉の意味が分からなかった。

いや、本当は理解している。一体彼女が何を求めているのか。

ただその理由が分からなかった。だから聞き返してしまう。するとノワールはまたもや涙を浮かべて。

 

 

「だから……チュー……」

 

「どいつもこいつもぉ!! 女の子なんだから自分の体を安売りするんじゃありません!!」

 

「安くないわよぉ……白斗だから許してるのよぉ……」

 

「へ?」

 

 

消えそうな声で、語り掛けるノワール。

その可憐さはネプテューヌにも勝るとも劣らない破壊力があった。思わず彼女の瞳に吸い込まれ、呆けてしまう白斗。

―――それに危機感を抱く、白の女神は居ても立っても居られず。

 

 

「………ッ!!! 私だってぇっ!!!」

 

「ああ!? ぶ、ブランまで!!?」

 

 

またボトルがひったくられ、口を付けてしまう。

何とか阻止したかったがこちらに抱き着いてくるネプテューヌやノワールに阻まれ、取り上げることが出来なかった。

結果、彼女もアルコールを一口。ただでさえこの二人ですら無理だったのだ。見た目的にも幼いブランが口にして平気なはずもなく―――。

 

 

「コルァ白斗ぉ!! ちったぁ私にも美味しい思いさせろぉ!!!」

 

「だああああああああ!!! 当り前のように怒り上戸!! どないすんねんコレ!!?」

 

 

素のブラン様降臨。

白斗の胸倉を掴み、ぐらぐらと揺らしてきた。暴走に次ぐ暴走でさすがの白斗もどうすることも出来ない。

 

 

「……それとも、私が嫌いなのか……?」

 

「へっ?」

 

 

と、思いきや急にしおらしい声色になったブラン。語気も弱々しい。

どうしたものかと顔を覗き込もうとしたその時、胸倉を掴んでいた手を離し、そして抱き着いてきた。

 

 

「……ぐすっ。 こんな、怒りっぽい奴……やっぱり、イヤ……だよな……。 私だって分かってるんだ……分かってるんだよぉ……」

 

 

怒気から反転、弱々しい雰囲気になってしまった。

それだけではない。ノワールのように泣き始めたのだ。いつも怒りっぱなしな自分に自己嫌悪を抱いての涙。

 

 

(い、怒り上戸かと思ったら泣き上戸……。 正直な所可愛くもあるけど……泣いている女の子は見過ごせないよな)

 

 

またもや見せられる涙に、白斗は驚くものの「泣いている女の子は見過ごせない」という信念から寧ろ冷静になることが出来た。

彼女もノワールほどではないが素直ではない。そして、こうして怒りをぶつけている時は本気で相手を許せない時か、或いは天邪鬼でしか自分の気持ちを伝えられない時か。

そんな彼女の見分け方、白斗にはもう心得ている。すぐに抱きしめ、頭を撫でた。

 

 

「あ……」

 

「前にも言ったろ? 嫌いな女の子にこんなことしない、って」

 

 

それはルウィーでの、あのデートのこと。

今みたいにブランは感情を剥き出しにして白斗を追いかけてきた。その際に吐露された彼女の本音、それに対して白斗は彼女を抱きしめることで自分の気持ちを伝えたのだ。

 

 

「静かなブランも、キレているブランも、本を読んでいるブランも、笑っているブランも……俺には魅力的な女の子なんだ。 ……嫌いになる要素が、どこにあるよ?」

 

「……うん……」

 

 

抱きしめて、温もりを伝えて、頭を撫でて優しさを伝える。

するとあれだけ荒れていたブランが、まるで借りてきた猫のように大人しくなる。いや、恋する乙女だからこそ、愛しい人の腕の中で抱かれる喜びを味わっていたのだ。

ブランは尚更、甘えるように顔を埋める。

 

 

(ふぅ、落ち着いてくれたな。 ……さて、この流れからすると……)

 

 

嫌な予感がしたので振り返ってみる。

そう、ここまでネプテューヌ、ノワール、そしてブランが酒の勢いに任せ、普段は理性によって抑えられている甘えたがりな一面を爆発させていたのだ。

そしてそれを白斗は一つ一つ、真摯に受け止めている。ともなれば、彼女も黙っているはずがなく。

 

 

「白ちゃ~~~~ん! 私にも構ってぇ~~~~~!!」

 

「やっぱりな!! そんな気はしてましたとも!!!」

 

 

ベールだ。やはりその顔は赤く、手にしていたボトルの酒はもう既に空になっている。

やはり彼女達が羨ましくなったらしい。いつもは白斗に甘えてくるベールだが、酒の力でリミッターが解除され、その勢いは留まることを知らない。

ここから先は、未知数だ。

 

 

「ほら、こういうのがいいのでしょ~~~?」

 

「むにゅっ!?」

 

「「「ああぁぁ~~~~ッ!!?」」」

 

 

すると今度は白斗がひったくられるようにしてベールの胸元へと引き寄せられる。

引き寄せられれば待っているのは彼女の豊満な双丘。そこに押し当てられれば、まさに天国がそこにあった。

これには酔いが覚める勢いでネプテューヌ達も絶叫する。

 

 

「あはは~、白ちゃんってばカワイイ~♪」

 

「む……むぎゅ………ぷはっ!?」

 

 

今まで何とか冷静さを保ってきた白斗も、これには昇天しそうな勢いである。

ベールの匂いと胸の柔らかさで別天地へとトリップしそうになってしまう。何とか抜け出さなくては、でもこの心地よさに溺れていたい。

二律背反、白斗はどうすることも出来ずただ包まれているのみ―――かと思いきや、急に解放された。

 

 

「……白ちゃん。 ちゃんと私の事も見てくださいな……。 私だって、貴方の事が大好きなんですもの……」

 

「……姉さん……」

 

 

まだまだ女心に疎い白斗には、「大好き」の意味が正確に伝わっていない。

それでも彼女に大切にされているということは、嫌でも伝わってくる。だからこそ白斗もまた、彼女を抱きしめ返した。

負けないくらいに、寧ろ自分の方が大切にしていると言うくらいの力強さで。

 

 

「分かってるよ。 ……俺だって、姉さんの事大切だからな」

 

「……約束、ですわよ?」

 

「勿論。 破ったらエクスブレイドやらが飛んでくるからな」

 

「ええ、ニーベンヴァレ………」

 

「ダメぇー!! それ以上はダメェー!!!」

 

 

何やら危ない必殺技名が飛んできそうだったが、そこは遮った。

 

 

「……ずっと、一緒ですわよ……」

 

「……ああ、勿論だよ。 “ベール”」

 

「……ふふ」

 

 

白斗は力強く、ベールはどこまでも包み込むように互いを抱きしめ合う。

そして白斗は彼女の名前を囁いた。シンプルな呼び捨て、けれどもそれは彼女だには伝わる特別な意味。

顔を赤くしたベールはそのまま、白斗に甘え、溺れていく。

 

 

「コラぁー! 白斗ぉ!! そろそろ私にも構ってよぉ~~~~!!」

 

「そうよぉ……泣いちゃうわよぉ……えぐっ、うぅ……」

 

「オラオラァ!! 責任取りやがれぇ!!」

 

(……ああ、この狂乱の宴……どうすりゃええのん……?)

 

 

しかし、一人一人に時間を割き過ぎるとこのように他にまで手が回らない。

構ってちゃんに泣き上戸、怒り上戸と泣き上戸の合わせ技に甘えん坊などもう手が付けられないレベル。

白斗は心の中で泣いた。それでも立ち向かわなくてはならない。この事態を引き起こしたのは自分なのだから―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして冒頭へと戻る。

そう、白斗は「どうしてこうなった」と叫んでいたが元を辿れば自分の所為である。

 

 

「くぅ……一体どうしたら……」

 

 

けれども内心では悪い気はしていない。

何せ囲まれているのが美少女四人なのだから。他の男達に見られたら、嫉妬を理由に殺意を向けられても恨むことなど出来ない。

だからこそ、早くこの状況を何とかしなければと見出すも彼女達を撫でる手を止めることが出来ない。

 

 

「うにゃー……白斗の手……気持ちいい~♪」

 

「ホント~……癒されるわぁ~」

 

「全く……こんな幸せを手放すなんて我ながら情けないぜ~……」

 

「やっぱり白ちゃんは最高ですわ~……」

 

 

ネプテューヌは頬を擦り寄せ、ノワールは腕に絡みつき、ブランは白斗の膝の上、そしてベールは白斗の上から覆い被さるように抱き着いている。

まさに酒池肉林。このままではわいせつ罪で逮捕されてしまう。

 

 

「ねぇ……白斗ぉ……」

 

「な、何だよネプテューヌ……」

 

 

頬ずりをしながら甘えた声を出してくるネプテューヌ。

今の彼女は正直な所色っぽい。普段は全くない色気が見事に引き出され、白斗に否が応でも彼女が「女性」であることを意識させてしまう。

 

 

「白斗……私の事、どう思ってるの……?」

 

「え……」

 

 

何故か、この質問がとても白斗の心に響いてきた。

ネプテューヌの顔がとても切なく感じたからだろうか。

 

 

「……俺にとって、命よりも大切な人だよ」

 

「……嬉しいんだけどさ。 そーいうんじゃなくてね~……」

 

 

なら、どういう意味なのだろうか。その答えを必死に模索していると、更に手が伸びてきた。

言うまでもない、ノワール達だ。

 

 

「ズルいわよネプテューヌぅ……私だって……私だってぇ~……」

 

「白斗ぉ……ちゃんとこっちも見てくれよぉ……」

 

「私だって負けませんわよ~!」

 

「あばばばば!!?」

 

 

更に絡みついてくる。

するとそれに対抗するかのようにネプテューヌも負けじと絡みつきを強める。そろそろ白斗も理性が崩壊しそうで、呂律すら回っていない。

 

 

「白斗……貴方の気持ち、聞きたいの……」

 

「もう……こっちだって、我慢できそうにねぇんだ……」

 

「これ以上焦らさないでくださいまし……」

 

 

ネプテューヌだけではない。

ノワールも、ブランも、ベールも。平時は一切見せない色気で攻め立ててくる。いや、白斗が今まで見ようとしていなかっただけかもしれない。

彼女達は、まだまだ自分の知らない魅力があったことを。そしてその魅力に酔いしれようとしていることに。

 

 

 

「白斗………お願い………」

 

 

 

―――あ、なんかもうダメだ。

ネプテューヌの潤んだ視線に白斗の“何か”がノックアウト。もう頭で考えることなど出来ない。

本能が口を動かし、何かを告げようとしている。

 

 

「お、俺……俺、は―――」

 

 

言葉の先を紡ごうとした―――その時。

 

 

「ていっ! やぁっ! とぅっ!!」

 

「それっ!」

 

「「「「はごっ!?」」」」

 

 

四女神の後頭部に謎の衝撃。

無防備な所に強烈な一撃を受けた女神達は即気絶する。そのまま酔いも相まってぐぅと安らかな寝息を立て始めた。

突然のことで白斗も呆ける中、その一撃を与えた人物とは。

 

 

「ね、ネプギア……イストワールさん……?」

 

「全く、お兄ちゃんってば全然差し入れ持ってきてくれる気配しないし……」

 

「何やら悲鳴交じりでおかしいと思い、来てみれば……」

 

 

ハリセンを携えたネプギアとイストワールだった。

二人とも呆れ混じりに溜め息を吐いている。どうやら状況は察してくれているようだ。

 

 

「あ……ああ。 二人とも、助かった……マジでありがとう……」

 

 

ここで白斗もようやく正気に戻った。

二人に止めてもらわなければ、一体何をしていたのか最早想像がつかない。

所謂最後の一線を超える事態にすらなっていたのでは、と思うと白斗は心臓が冷たくなる。だがそれも回避されたのだ。

 

 

「と、とにかく俺は皆を部屋に寝かせてくるよ。 それじゃー……」

 

「「待て」」

 

「ハイ」

 

 

そそくさ、と退散しようとしたが無理だった。

低い声色となったネプギアとイストワールに止められ、白斗は正座する。今まで顔を見ないようにしていたが、二人とも怒っていた。

それも怒り心頭、という表現が実によく合う。

 

 

「原因は分かっています。 お兄ちゃん、禁酒です」

 

「それからしばらくの間、お仕事の量を三倍にしますのでお覚悟を」

 

「………はひ………」

 

 

恐怖に怯え、気の抜けた返事しかできない白斗。

この日以来、白斗は教会内に酒を持ち込むときはイストワールの許可を得てからというルールが設けられることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――因みに女神達はというと、記憶が少し残っていたのかしばらくの間白斗とまともに顔を合わせることが出来なかったそうな。




と言うことで一度はやってみたかった酒ネタでした。
女神様ってベールさん以外はお酒に弱いイメージしか湧きません。女神化したらどうなるのかな……いや、やっぱり弱そう;
白斗の飲酒設定は全てこの話に持っていきたかったからである。が、まだまだ酒ネタのお話は考えてありますのでご安心を。(何に?)
次回のメインは我らが妹、ネプギア!お楽しみに!


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第二十八話 魔剣を断ち切って

注意!! このお話はmk2におけるあの「最悪のバッドエンド」に関した内容があります。閲覧の際にはご注意を。
それでも幸せになりたい方は……読んであげてください。ネプギアのために。


―――本日もプラネテューヌは快晴。

しかし、心に土砂降りを降らしている少女が一人。この国の女神ことネプテューヌだ。

何故、そんなことになっているかというと―――。

 

 

「ちょーっ!! なんで私だけが二日もリーンボックスに行かなきゃダメなのー!!?」

 

 

そう、ネプテューヌがこの国を離れるからだ。

期間は二日間と小旅行のようなものだが、ネプテューヌは気乗りではない。

 

 

「ですから何度も説明したでしょう。 プラネテューヌから逃げ出した指名手配犯がリーンボックスに潜伏しているという情報を得たので捕らえてきて欲しいと……」

 

「だったらリーンボックスに任せればいいじゃーん!」

 

「ダメです。 プラネテューヌの不始末はプラネテューヌで解決しないと国民に示しが尽きません。 ベールさんも協力を申し出てくれましたし、戦力的には問題ないはずです」

 

 

文句垂れるネプテューヌだが、イストワールの理路整然とした説明に逃げ道を潰される。

幾ら相手が国外逃亡していると言えど、いやだからこそ国のトップが直々に捕縛することに意味がある。

女神が犯罪者への抑止力となる姿も信仰へと繋がるからだ。

 

 

「……分かったよ、行けばいいんでしょー。 その代わり白斗も一緒に……」

 

「ダメです。 白斗さんにはこの間の罰として書類地獄に埋めてありますから」

 

「い、いーすん!? なんて残虐なことを!? 白斗ー!! 今助けてあげるからー!!」

 

「ヒロインのような言動をしてもダメです」

 

「ヒロインだもん! しかもこの小説のメインヒロイン!!」

 

「メタ発言してもダメなものはダメです」

 

「いーすんさっきからダメしか言わないー!!」

 

 

女神と教祖による、いつものような漫才が繰り広げられる。

けれどもそれは、現在書類と死闘を繰り広げている白斗には耳に入れる余裕などなかった。

 

 

「クソがああああああああああああ!!! サインコサインタンジェントォ!!!」

 

「お兄ちゃん、落ち着いて!? 最早意味不明だから!!」

 

 

ガガガ、と凄まじい速度でサインを書き連ねていく白斗。

正直、その目には光が宿っていない。まさに仕事の鬼という状況。鬼気迫る状況に、イストワールも近寄りがたい空気である。

 

 

「ネプテューヌさんもああなりたいですか?」

 

「……ゴメン白斗、君の犠牲は無駄にしない!!」

 

「死んでません。 いいから行ってきなさい」

 

「うー……白斗とネプギアと二日間も離れ離れなんてぇ……」

 

 

未だに文句を垂れつつも、ネプテューヌは渋々と出ていった。

その際もいちいち立ち止まってはこちらを未練がましく見ていたが、イストワールの不気味な微笑みを前に、逃げるように去っていく。

 

 

「やれやれですね。 さて、白斗さんは………」

 

「ウォォオオオオオオオオオオオオ!!! ガアアアアアアアアアアアア!!!」

 

「ひゃあああああ!? お兄ちゃんがモンスターみたいになっちゃったぁ!!?」

 

 

吠えていた。最早人語を離すことが不可能になっている。

理性が崩壊しているとでも言おうか、ネプギアも涙目だった。

さすがのイストワールも鬼ではなく、溜め息ながらもこれ以上は危ないと判断した。実際今の白斗は危ない人を超えてただのモンスターである。

 

 

「……仕方ありませんね。 白斗さん、もうお仕事は終わりにして構いません」

 

「え!? いいの!!?」

 

「こういう言葉には敏感なんですね……ネプテューヌさんの悪い癖が移ってしまいましたか?」

 

「……かも、知れませんね」

 

 

いつの間にか、仕事から解放される喜びを知ってしまった白斗は柄にもなく苦笑いだ。

以前まではネプテューヌ達のためになればと寧ろ進んで引き受けていたはずなのに。

 

 

「ふふ、きっと白斗さんにとって仕事より優先すべきものがあるからですね」

 

「優先……?」

 

「ネプテューヌさん達と過ごすこと、ですよ」

 

「…………っ」

 

 

推測などではなく、確定しているかのような言い方だった。

思わず顔を赤くしてしまう白斗だったが、否定が出来ない。否定したくない。

照れ隠しにそっぽを向きながら頬を掻く白斗だったが、その姿は年相応の少年らしいものだった。

 

 

「むー……お兄ちゃん! 私はその中にいないの?」

 

「い、いや! 勿論お前もいるぞネプギア!!」

 

 

するとここで頬を膨らませるのは妹分でもあるネプギアだ。

白斗に懐いている彼女だからこそ、つい嫉妬してしまう。白斗にとっても大切な少女の一人であるネプギアを蔑ろにしたくないと、必死に否定する。

 

 

「でしたら白斗さん。 お仕事はもういいのでネプギアさんと一緒に過ごしてあげてください。 最近仕事漬けでしたし、正直な所大助かりですし?」

 

「いいんですかいーすんさん!? わーい!!」

 

「なんでネプギアの方が大はしゃぎなんだか……でも、ネプギアとも遊びたいしいいか」

 

 

可愛らしく大喜びなネプギア。

普段はしっかり者であることと、姉であるネプテューヌが駄女神であることに隠れがちだが、彼女も割と子供っぽいところがある。

大好きな機械弄りに対するパッションや大好きな姉であるネプテューヌと遊んでいる時など、その一端が垣間見られる。

それがきっと、素の彼女なのだろう。そして素の彼女を見せられる一人として白斗がいる。

 

 

「それじゃ、まずは憂さ晴らしにバイク整備とでも行くかな。 手伝ってくれるか?」

 

「任せてー!! ふんふーん、どんな魔改造しちゃおうかなー♪」

 

「息抜きに女の子をオイル臭い作業に誘うとは……ネプギアさん以外だと呆れられますね……いや、ネプギアさんのツボを心得ていると言うべきでしょうか」

 

 

最近の白斗の趣味の一つとして、バイク作りがある。

バイクを買ったのではなく、バイクの部品を少しずつ集めて一から組み立てているのである。誰もが一般人には無理だろうと思うことだが、白斗にはその技術があった。

しかも同じく機械に強いネプギアのアシストのお蔭で、今では8割ほど組み上がっているのだ。因みにバイクに目覚めたのはアイエフの影響とのこと。

 

 

「さて、タイヤは注文したのが届けばいいんだが……エンジン回りをどうするか」

 

「やっぱりここはスピード重視で行こうよ! それからロケットバーニアも付けて……」

 

「待て、公道走れなくなるだろソレ」

 

「あ、そっか……それじゃ出力を控えめにしないと」

 

「違う、そうじゃない」

 

 

などと、どこかズレたところもあるネプギア。

けれども大好きなものと一緒にいる時の彼女は本当に可愛らしい。姉であるネプテューヌが美少女なら、妹である彼女もまた美少女だ。

そんな屈託のない笑顔に、心なしか白斗も癒される。

 

 

「えへへー……って、どうしたのお兄ちゃん? そんな優しそうな眼差しして」

 

「んー? ネプギアが可愛いなーって思っただけ」

 

「ふぇっ!? そ、そんなこと言わないでよ……照れちゃうよ……」

 

 

顔を赤くしながら俯くネプギア。

当然照れ隠しだ、だからこそより可愛らしく映ってしまう。

そんなほっこりをした空気を抱えながら、二人はバイク整備を進めていく。

 

 

「ふぅー、改造した改造したー!」

 

「なぁ、ネプギア……ビームなんて要るのか……?」

 

「何言ってるのお兄ちゃん! ビームは必需品だよ!!」

 

「ビームをパワーワードにすんなよ」

 

 

どうやら彼女にとってビームは永遠の憧れであるらしい。

兎にも角にも、良い時間にもなったので今日の作業はこれで終わりにすることにした。(因みにビームは白斗がこっそり外した)

さすがに機械油の臭いが染みついてしまったのでネプギアはシャワーを浴びることに。

 

 

「あー、気持ちよかった~」

 

「お。 ネプギア上がったか。 おやつあるぞ~」

 

「ホント!? 何かなー……って、アイスクリームパフェ!」

 

 

風呂場から戻り、未だ湯気が昇る髪を拭きながらリビングへと戻ったネプギア。

そんな彼女を待ち受けていたのは、色とりどりのアイスやチョコレートが盛り付けられたパフェ。

女の子ならば憧れるその豪勢な見た目にすっかり釘付けだ。

 

 

「おう。 溶けない内に召し上がれ。 それとイストワールさんもどうぞ」

 

「白斗さん、ありがとうございます。 それではいただきます」

 

「わーい! いただきまーす!」

 

 

勿論、ネプギアの分だけではなくイストワールの分も用意してある。しかも彼女のサイズに合わせて盛り付けを変えているという気配り。

感謝を送りつつ、二人はスプーンで一口。

 

 

「ん~! 冷たくて美味し~~~!」

 

「ええ! もう最高です!」

 

(うんうん、やっぱ二人とも女の子だなぁ)

 

 

極上の甘味を口にした途端、アイスクリームが口の中で溶ける。それに伴い、二人の顔も蕩けきった。

幸せそうな女の子を目にした白斗も眼福と言わんばかりに幸せそうに笑う。

 

 

「お兄ちゃん、これどこで買ったの? また食べたいな~」

 

「残念。 実はこれ、メイドイン白斗さんなんだぜ」

 

「え? そうだったんですか!?」

 

 

また食べたくなるほどの味。だから訊ねてみたのだが、なんと白斗の手作りであるという。

最早パティシェとも思えるその腕前に、ネプギアとイストワールも驚きだ。

証拠と言わんばかりに冷蔵庫を開ければ、手作りアイスクリームを保存するためのタッパーが置かれていた。

 

 

「昨日、ネプギアがテレビ見て『食べてみたいなー』って言ってたじゃんか」

 

「昨日……? あ……」

 

 

白斗の何気ない一言に記憶を振り返ってみる。

それは昨晩の夕食時でのこと。皆で団欒しながら夕食を食べ、その際に見ていたテレビ番組でゲイムギョウ界中のスイーツを紹介する番組があったのだが。

 

 

『見て見てお姉ちゃん! このパフェ美味しそう!』

 

『ホントだ! こーゆーの近くにあったらいいのになぁ~』

 

『お前、プリン以外も好きなのか?』

 

『当たり前だよ! 甘いものは女の子の嗜みなんだから!』

 

『その通りだよお兄ちゃん! あー、食べてみたいなぁー……』

 

 

―――思い出した。

確かに昨日、そんな会話をした。けれども、戯れにも近い一言だったので本気では無かった。寧ろ冗談に近いニュアンスだった。

でも、彼は―――兄貴分である黒原白斗はそれを叶えてくれた。それこそ忙しい仕事の合間を縫ってまで。

 

 

「ど、どうして……?」

 

「いや、ネプギアが喜んでくれるかなーって」

 

 

それは白斗にしてみれば、何気ない思い付きだったのかもしれない。でも、とても優しい笑顔だった。

そんなさり気ない気遣いが、優しさが嬉しくて、ネプギアが俯いてしまう。

 

 

「え? ど、どうしたネプギア!? やっぱり不味かったのか!?」

 

「ち、違うよ!? ただ、その、嬉しすぎて……こんな顔、お兄ちゃんに見せられない……」

 

「そうか? ならいいんだが」

 

(白斗さん……本当にわざとやっているんじゃないんですよね?)

 

 

一連の光景を見せつけられたイストワールは少々呆れ気味だった。

それでもパフェは最高に美味しかったので、特に口に出すことは無かったが。

 

 

「イストワールさんはどうですか?」

 

「はい。 こんな美味しいパフェが食べられて、本当に嬉しいです!」

 

「そっか、良かった良かった。 イストワールさんも昨日、羨ましそうにパフェ見てたから」

 

「え……?」

 

 

滅多にプラネタワーから出ることのないイストワールからすれば、パフェとは余り縁のないスイーツである。

料理が出来るコンパがプリンを作ってくれることは多々あったが、ここまで豪勢なものを作ってくれることは無かった。増してやイストワールは自分からリクエストを言うタイプではないのだから。

つまりこれはイストワールのためでもあった。だから、白斗のそんな優しい言葉にイストワールも顔を赤くしてしまう。

 

 

「……っ!? も、もうっ!! からかわないでくださいっ……!!」

 

「え? か、からかってなんか無いのに……」

 

 

大慌てと共に赤くなった顔を隠そうと白斗から視線を逸らしてしまう。

心外だと言わんばかりに白斗は口を尖らせる。一方のネプギアは先程まで上機嫌だったにも関わらず、この一幕を見せつけられて急に不機嫌になった。

 

 

「もーっ!! お兄ちゃん、そうやって女の子を惑わすのはいけないことなんだよ!!」

 

「そ、そうですっ! 白斗さんはもう少し、自分の発言を省みてですね……」

 

「何で怒られてんの俺!!?」

 

 

少しばかりお小言を受ける羽目になってしまった。

 

 

「ねぇ、お姉ちゃんもそう思―――あ」

 

 

同調してもらおうと、ネプギアは隣に話しかけた。

いつもなら、いつものように、いつも隣に座ってくれているはずの大好きな姉、ネプテューヌに。

しかし彼女は今日、仕事でいない。明日までいないのだ。それを認識した途端、ネプギアは寂しそうな声になってしまった。

 

 

「……いつもなら、お姉ちゃんと一緒にこのパフェ食べて……お兄ちゃんを叱ってるはずなんだけどな……」

 

 

明らかに気落ちしている。

ネプテューヌほどではないが、明るいイメージが常にある彼女がここまでになるとは。居ても立ってもいられず、白斗はイストワールに訊ねる。

 

 

(イストワールさん、ネプギアっていつもこんなでしたっけ?)

 

(いえ、クエストなどで別行動をする時は何でもなかったのですが……一日以上離れ離れなんて今までありませんでしたから)

 

(どんだけホームシックならぬ姉シックなんだか……)

 

 

姉であるネプテューヌの事が大好きな彼女からすれば、一日以上離れ離れになるというのは耐え難いことなのだろう。

少々どころではないシスコンぶりに白斗も苦笑いだが、それもまた彼女の魅力だと認識する。

だからこそ、彼女には笑っていて欲しい。白斗はそう願った。

 

 

「……大丈夫だ。 アイスはまだ量があるし、しばらく保つ」

 

「え? お兄ちゃん……?」

 

「明日にはネプテューヌも帰ってくる。 その時にまた食べたらいい。 二人一緒で、仲良くな」

 

「……うん」

 

 

白斗の微笑みに、ネプギアは少しだけ元気になった。

突然何の話をされたかと思ったが、白斗の気遣いであると理解するや否やそれが嬉しくなった。

その後、パフェが崩れない内に食べきり、やはり美味しいと大絶賛されたのだった。

余談だがこの後アイエフとコンパにパフェの話を聞かされ、二人には出せなかったために涙目になられてしまいまた作る羽目になるのは別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして時間は夜。

ネプギアはベッドで一人、転がっていた。

 

 

「……はぁ……お姉ちゃん……」

 

 

時間が経てば、また溜め息が出てしまう。

理由は言わずもがな、ネプテューヌの不在である。いつも元気で明るい姉の存在があったから、自分は楽しかった。幸せだった。

けれども今、彼女はいない。たった一日離れただけでこんなにも寂しいものなのか。

 

 

「……寝よう……」

 

 

すっかり元気をなくしてしまい、疲れすら感じてくる。

大好きな機械弄りも、ゲームも、やる気が起きない。

ならば寝るしかない。さっさと寝て、さっさと明日を迎えれば大好きな姉が帰ってくる。ネプギアはそう思い、瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――気が付けば、ネプギアは森の中にいた。

隣には姉であるネプテューヌが一緒に歩いている。

 

 

(え? あれ、私どうして……そっか。 これ夢なんだ……)

 

 

一瞬状況が呑み込めず、けれどもネプテューヌが隣にいてくれることに喜ぼうとしたがすぐに夢であると認識してしまう。

先程まで部屋に居て、しかもネプテューヌは仕事でいないのだから。

 

 

(でもお姉ちゃんと一緒にお散歩なんて……あれ? 何だろう、この剣……)

 

 

すると、ネプギアは一本の大剣を提げていることに気づいた。

いつも愛用しているビームソードではなく、重々しく、そして禍々しい色合いの剣。こんなもの、自分の趣味では無かったはずなのに。

そう思って柄を少し握った―――その瞬間だった。

 

 

 

 

―――彼女の脳内に、この剣で貫かれた女神達の姿が流れ込んできた。

 

 

 

 

(―――――――――ッッッ!!?)

 

 

 

 

その瞬間、凄まじい寒気と吐き気、そして恐怖に襲われる。

心臓を握り潰されたかのように痛みや苦しみが体中を支配し、体が動かなくなる。

あれだけ親しかったユニ達女神候補生、そしてノワールやブラン、ベール達女神を、この剣で―――殺した確かな感触。

 

 

(な、何……!? 何なのこれ!? 私、こんなことしてないのに―――どうして、どうしてこんなにもハッキリと……!!?)

 

 

現実の自分は、当然こんなことした覚えなど無い。

無いはずなのに、剣から伝わる感触は嫌という程鮮明だった。まるで無理に刻み込もうとしてくるかのような、そんな不快感しかない感触と共に。

だが、それだけでは留まらない。記憶が流れ込んでくる。

 

 

(……魔剣、ゲハバーン……?)

 

 

この剣の名前、そして特性、更にはここに至るまでの経緯が流れ込んでくる。嫌だと拒絶しても、無理に詰め込まれてしまう。

手にした魔剣―――その名は、ゲハバーン。

 

 

(……そうだ。 魔剣ゲハバーン……女神を殺すことで、犯罪神すら倒せる剣……私、この剣を使いたくなくて……でも、その代わり、シェアをプラネテューヌに集結させようなんて提案を……し、て……)

 

 

―――“このネプギア”は、犯罪神を倒すため、そして囚われた姉達を救うために旅をしていた。

しかし、犯罪神が蘇ってしまう。対抗手段として手に入れたのがこのゲハバーン。だがこれは、他の女神を殺すことで力を取り戻すものだった。

そんなもの使うことは出来ない。だからそれの代替案として、シェアをプラネテューヌに集中させるという方法を―――提案してしまった。

 

 

結果、それに反発した女神達とは仲違い―――そのまま離反して、喧嘩別れとなってしまった。

当然だ、シェアを集中させることは他の国のシェアが無くなる。それは国の―――女神の消滅を意味していたのだから。

 

 

(……そ、それ、で……皆を、説得するつもりが……皆を、こ、こ……殺……し、ちゃって……―――――ッッ!!)

 

 

自分の浅はかな提案で、皆の不信を駆ってしまい、今までの絆をあっさりと壊してしまった。

どうしても取り戻したくて、皆の下に向かったが受けいれられずに敵対。そして―――悲しきやり取りの末、ノワールを殺してしまった。

そこからはもう止まれず、結果的とは言えユニを、ブランを、ロムとラムを、ベールを手に掛けてしまった。

そして、教祖達からの当然とも言える罵倒の声。ネプギアの心をボロボロに崩していく。

 

 

(あ、あ………あああああああああああ!!? こ、こんなもの!! こんなものぉ!!!)

 

 

捨てたかった。壊してしまいたかった。

でも、“このネプギア”はそれが出来ない。今のネプギアは、ただ夢の中の彼女になり切ってしまっているだけだ。

つまりは、この物語の結末を見届けなければならないということ。

 

 

(……どうして、どうして……“私”、こんな選択をしちゃったの……?)

 

 

例え夢の中でも、大切な人達の死を見たくはなかった。増してや自分の手で殺すなど、悪夢以外の何物でもない。

最早、今のネプギアに目の前にある光景が夢が現実かの区別すらついていなかった。

だが、悲劇はこれだけでは終わらなかった―――。

 

 

 

 

「―――えっとね。 ネプギアに命を奪って欲しいなー、なんて」

 

 

 

 

―――突如、大好きな姉であるネプテューヌから、そんな一言が飛んできた。

え、と呆けてしまい、現実を受け入れられないでいる。

理屈はこうだ、いざという時に力を出せなかったら笑い話にもならないのだと。理屈はあっている。でも、それでも。

 

 

(い、嫌だ……そんなの嫌だよ!! お姉ちゃん、何を言ってるの!!?)

 

 

心の中で、ネプギアは泣き叫んでいる。

当然だ。大好きな姉を救うために旅をしてきたはずなのに、その結果姉を自らの手で殺すなんてことできるワケが無い。

夢の中のネプギアも、必死になって拒否をする。のだが―――。

 

 

「―――しっかりしなさい!! ネプギア!!!」

 

「っっっ!!?」

 

「何のために、皆の命を奪ったの!? ゲイムギョウ界を救うためでしょ!!?」

 

 

ネプテューヌが、悲鳴にも近い声で叫んだ。

いつもならば絶対に聞くことのない真剣みを帯びたその声に、ネプギアは怯んだ。圧倒的正論と厳しさ、そして女神らしさを併せ持った厳格な声に逆らうことが出来ない。

 

 

「私だって、ゲイムギョウ界を……救いたいんだよぉ!!! でも、私にできるのは……これくらいしかないんだよ………っ」

 

 

そして涙ながらに叫ぶネプテューヌ。

彼女の心もまた限界に近かったのだ。辛かったのはネプギアだけではない、親友だったノワール達を死なせてしまった彼女もそうなのだ。

だから、自分の使命と罪滅ぼしとしてその命を差し出そうとしている。

 

 

 

―――そして、夢の中のネプギアはゆっくりと魔剣ゲハバーンを構えた。

 

 

 

 

(や、めて………やめて……やめてぇええええええええええええええええ!!!!!)

 

 

 

 

必死に止めようと泣き叫ぶネプギア。

けれども、心の中だけではどうすることも出来ない。そのまま、夢の中のネプギアは叫びながら突撃し―――

 

 

 

 

 

―――ネプテューヌを、貫いた。

 

 

 

 

(あ、あぁ………)

 

 

 

 

剣から伝わる、肉を貫く気持ち悪い音と感触。魔剣から伝う、生温かい血。

それら全てがネプギアの心を容赦なく破壊する。

既にネプギアの目に光は伴っていない。でも、貫かれたネプテューヌは痛いという声を上げながらも、優しく微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

「……それじゃ、ね。 ネプギア……。 一緒に、頑張ろうね―――」

 

 

 

 

 

 

そして、愛する姉は、ネプテューヌは、光となって消え―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!?」

 

 

 

 

絶望の叫びを上げたネプギア。

夜の静寂を打ち壊すまでの絶叫だったが、今の彼女には気にしている余裕はなかった。

―――気が付けば、周りの景色は変わっている。森の中ではなく、すっかり暗くなった自分の部屋。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!! ゆ、夢……? あ、あぁあぁあ………」

 

 

ベッドの上で、すっかり汗だくとなってしまった。

けれどもその汗で冷やされることにより、徐々にだが意識が現実に引き戻される。そう、さっきまでのは夢だった。

だが今まで見た来た中では、史上最悪の悪夢。夢で良かった―――そんな一言で済まされない恐ろしさが、今も脳内を支配している。

 

 

「あ、ぅ、ぇ……ぁ、ァア………」

 

 

最早まともな言葉を発することさえできない。

今も手には、姉を貫いたあの最悪の感触が残っている。思わず掌に視線を落とすと、その手が姉の血で染まっているという幻覚さえ見てしまった。

しかし、心が弱り切ったネプギアにはそれすらも判別することが出来ない。

 

 

「ぁぁあぁああぁあああぁあああああああああ!!? はッ、あ、はヒッ、ひっ、ハ、あ、グ、ヒ、ハァッ……!」

 

 

顔を覆い尽くし、泣き叫ぶ。

呼吸すら困難になり、過呼吸寸前にまで陥った。

だがどうすることも出来ず、ただただ心が崩壊していくのを感じながら―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネプギアッ!!! しっかりしろ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――突然大きくも温かい声が降りかかってきた。闇を砕く、力強い声。

その声によって現実に引き戻されたネプギア。視界が闇の中から、現実に戻る。

すると目の前には、ネプギア以上に必死になっている少年の姿があった。

 

 

「………お、にい……ちゃん………?」

 

 

兄として慕う少年、黒原白斗。

白斗が、ネプギアの肩を揺り動かしていたのだ。自分の名前を呼んでくれたことに、白斗は希望を見出したような声を出してくれる。

彼女の小さな体を抱きしめ、温もりを汗でべたついた体に与えてくれた。

 

 

「そうだ、兄ちゃんだぞ! 大丈夫か、ネプギア?」

 

「あ、ぁ……お兄ちゃん………私、私っ………!!」

 

「無理しなくていい。 ゆっくり、深呼吸するんだ。 すー、はー、すー、はー」

 

「……すー……はー……すー……はー……」

 

「焦らなくていいぞ。 ……傍に居るからな」

 

 

恐怖で震えるネプギアの体を抱きしめながら、白斗は彼女の背中をさすってあげる。

そして深呼吸を促し、呼吸を整えさせた。

呼吸は集中力を高め、調子を取り戻させるのに適切な方法の一つとされる。時間をかけてゆっくりと行われたそれに、少しずつだがネプギアの気持ちも和らいでいった。

 

 

「ネプギアさん!? それに……白斗さんも!? どうされたんですか!!?」

 

「イストワールさん、話は後です! 水とタオルをお願いします!」

 

「わ、分かりました!!」

 

 

イストワールも駆けつけてきた。

電気すら点いていない部屋で、ネプギアを抱きしめている白斗の姿。一体何事かと慌てたが、白斗の鬼気迫る表情から飛んだ指示に従ってしまう。

その間も彼女を優しく撫で続けると共に、深呼吸を続けさせ―――。

 

 

「………はぁ、はぁ………お兄ちゃん……あり、が、とう……」

 

「大分落ち着いたみたいだな。 ……良かった……!」

 

 

彼女の調子が、戻ってきた。

まだ恐怖による疲弊はあるものの、先程の様な錯乱はもう無い。彼女が無事だったことで、白斗は心底安心したように胸を撫で下ろした。

彼の汗も尋常なものではない。それだけ、ネプギアが心配だったのだ。

そこへ、水とタオルを用意したイストワールも大慌てで戻ってきた。

 

 

「お待たせしました、お水とタオルです」

 

「ありがとうございます。 ほら、水だ。 ゆっくり飲め」

 

「う、うん……ごくっ、ごくっ……」

 

 

コップを手渡し、彼女に飲ませた。

汗で相当な量の水分が失われていたため、喉を駆け抜ける清涼感がたまらなく心地よい。

その間、白斗とイストワールが清潔なタオルでネプギアの汗を拭き取ってくれた。

二人の万全なケアのお蔭で、ネプギアの体も大分正常へと近づく。

 

 

「……ふぅ……。 もう、大丈夫だよ……本当に、ありがとう……」

 

「大丈夫じゃないだろ。 びっくりしたぞ、急に叫び声なんて上げるから……」

 

「はい。 ネプギアさん、どうされたんですか?」

 

 

どうやら悲鳴を聞き取ってくれたようだ。イストワールも同じらしい。

あれだけの悲鳴を聞き逃す方が無理とも言えるが。

 

 

「……夢を、見たの……。 私が、お姉ちゃんを……こ、殺しちゃう……夢……」

 

「お前が……?」

 

 

すると、一体何があったのか語り始めるネプギア。

出だしから衝撃的だった。ネプテューヌが大好きな彼女が、姉を殺すなんて。全く現実味の無い話だったが、笑い飛ばすことなく白斗はネプギアを抱きしめた。

労わるかのように、支えるかのように、癒すかのように。

 

 

 

―――その後もネプギアは語り続けた。

夢の中で一体何があったのか、何故そうなってしまったのか、その結果どれだけ苦しかったのかを。

白斗とイストワールは、しっかりと受け止め、聞き届けた。

 

 

 

「……ゲハバーン……まさか、それが出てくるなんて……!」

 

「イストワールさん……実在するんですか? その魔剣……」

 

「……伝承レベルですが、記録には残されています。 確かに女神様の命を吸うことで強くなる、恐ろしい魔剣です……」

 

「……誰が作ったか知らねーが、最低なモン生み出しやがって」

 

 

白斗は怒りを抱いていた。女神の命を蔑ろにするも同然という、冒涜の魔剣に。

何よりその魔剣の存在が、ネプギアを苦しめているということに。

 

 

「ですが、ネプギアさんはその魔剣の存在を知らなかったのですよね? どうして夢の中とは言え、そんなものが……?」

 

 

イストワールにはどうしても解せなかった。

今まで存在すら耳にしたことのないゲハバーンが、夢の中とは言え鮮明に出てきたのか。

鮮明で尚且つ作り話にしては詳細すぎる描写に、何かの陰謀すら感じてしまう。

 

 

「……もしか、したら……未来の私、なのかも……」

 

「ネプギア?」

 

 

ぽつり、ぽつりとネプギアが口を開く。

光のない瞳で、また恐怖に怯え始めている。

 

 

「……私、が……間違ったこと、しちゃったら………ユニちゃん達を、ノワールさん達を………そして、お、お姉ちゃんを……この手で、殺しちゃうって……!!!」

 

 

夢の中とは言え、その手で姉を殺してしまった感触がまだ刻まれている。

だからこそ、ネプギアはそれをただの悪夢だと否定することが出来なかった。

 

 

 

「―――なら、お前はもう間違えないで済む」

 

「………え………?」

 

 

 

するとそこに、白斗は優しい笑顔で語り掛けてくれた。

彼女の悪夢を、悪夢だと否定してくれた。

一瞬何を言っているのか分からなかったネプギアだが、彼の言葉は自身の思い込みを止めるだけの力と温かさがあった。

 

 

「今のお前は何が友情を壊してしまうのか、浅慮が何をもたらすのかを知った。 だったらそれに背を向き続ければ、少なくとも最悪の結末なんて訪れない。 そうだろ?」

 

「………で、でも………」

 

「でももヘチマもない。 ……それに、絶対にそんな未来にならないっていう確信もある」

 

 

彼は、そんな結末が訪れないという確信があった。

何故そこまで言い切れるのか、目で問いかけてみる。すると彼は、力強い視線で、こう語ってくれたのだ。

 

 

「―――その夢の中には、“俺”がいなかったんだろ? でも、今……お前の傍には、俺がいる」

 

「え………」

 

 

そう、あの夢の中に白斗の姿は無かった。あの夢の中では、白斗は存在しなかった。

これが何を意味するのか―――ネプギアにも、徐々に分かってきた。

 

 

「もし、お前が間違えそうになったのなら止めてやる。 もし、お前が間違えたのなら殴ってでも正してやる。 もし、皆がバラバラになっちまったのなら地べた這いずり回ってでも繋ぎ止めてやる。 ……俺が、お前を最高の結末に導いてやる」

 

 

笑顔と共に掛けられた言葉。

白斗は、ネプギアが間違いを犯すことを否定はしなかった。でも、その間違いを正すことを約束してくれた。

 

 

(……そうだ。 あの夢の中で……私は、止めてくれる人がいなかった……。 お兄ちゃんがいてくれたら、きっと……あんなことにならなかったんだろうな……)

 

 

夢の中で、彼女の提案を咎める者は女神達だけだった。そしてネプギアは戸惑いながらも、その提案を取り下げようとしなかった。

そこからきっと歯車が狂ってしまったのだ。もし、そこで誰かが身を挺してでも正そうとしてくれたのなら、あんな悲劇は起こらなかった。

その“誰か”になる―――白斗は、喜んで名乗り出てくれた。

 

 

「だからネプギア、お前は心配しなくていいんだ。 それにゲハバーンつったか? そんな最低な魔剣、見つけ出してぶっ壊してやる」

 

「……お兄ちゃん、ホントに……?」

 

「ああ。 女神様を……お前を傷つけるモンなんてあっちゃならねぇ。 頼まれなくてもそんなクソッタレな鈍ら、ぶっ壊すさ」

 

 

白斗は魔剣の存在に、最早殺意を覚えていた。

だからこそ、彼女を救うためにもその魔剣の破壊を約束する。ネプギアの壊れかかった心を救うために、やれることを全てやってくれる。

力強さと誠実さ、優しさが合わさったその言葉に、ネプギアはまた涙を流した。

 

 

「お兄ちゃん……ありがとうっ……!!

 

 

今度は自ら、白斗の胸に飛び込む。

彼に甘えるために。そして白斗は、そんなネプギアの気持ちを全て受け止めた。

今のネプギアには、もう先程の様な恐怖は無い。全て彼が受け止めて、支えてくれるから。

 

 

(……ああ、貴方がお兄ちゃんで良かった―――いや、“お兄ちゃん”じゃ、もう足りないよ……私の、この気持ち……)

 

 

ネプギアの心臓が、先程とは違う動きを見せていた。

嫌な衝動に突き動かされたものではない、その逆。幸せな気持ちによって心臓が動き始めた。

その瞬間、ネプギアは自らの気持ちに気づいた。きっとそれは、姉も抱いている感情だと理解する。だって、今のネプギアとネプテューヌは同じ顔をしているのだから。

 

 

「あら? 窓が……」

 

 

今までその流れを見守ってきたイストワールが何かに気づいた。

窓が、何者かに叩かれているのだ。しかも激しく。

始めは鳥か何かかと思っていたのだが、どうも違うらしい。カーテンで遮られている所為で、正体までは分からなかったのだが。

 

 

「イストワールさん、開けてあげてください」

 

「え? えぇ……何でしょうか……ってきゃぁ!?」

 

 

どうやら白斗には正体が分かっているらしい。とりあえず窓を開けるように指示する。

白斗の事だから何か考えがあるのだろうとイストワールは特に疑うこともなく、窓を開ける。

瞬間、何かが一気に部屋の中へと飛び込んできた。

 

 

「ネプギアっ!! 大丈夫なの!!?」

 

「え? お、お姉ちゃん……?」

 

 

飛び込んできた影の正体、それは女神パープルハート。そしてネプギアが愛する姉、ネプテューヌだった。

ネプテューヌは脇目も振らず、ネプギアに抱き着くと彼女の容態を確かめた。

今はリーンボックスにいるはずなのに。しかも時間は夜の3時という真夜中なのに。

 

 

「白斗から連絡を貰ってきたの。 ネプギアが怯えてるって……でも、大丈夫みたいでよかった……!」

 

 

―――これも、白斗の手回しによるものだった。

だがそれでも彼女は、真夜中であるにも関わらずに来てくれた。愛する妹のために。

 

 

「うん……。 もう大丈夫だよ。 お姉ちゃんと……お兄ちゃんのお陰で」

 

「そう……白斗、本当にありがとう……! ネプギアの心が壊れていたら、私……!」

 

「良いってことよ。 それよりも夜中に叩き起こして悪かったな、ネプテューヌ」

 

「いいの。 こんな時に駆けつけられなくちゃ、姉失格だもの」

 

 

女神の仕事も、睡眠時間も放り出して駆けつけてくれたネプテューヌ。

それだけネプギアのことが大事だったのだ。

上がった息と大量の汗、そして彼女を想うために流した涙ががその証拠だ。この二人を守れてよかったと、白斗も笑顔になる。

そしてネプテューヌは女神化を解除し、再度ネプギアに抱き着いた。

 

 

「それにしても怯えていたなんて……何があったの?」

 

「……実はですね」

 

 

もう、ネプギアにあの悪夢を語らせたくないとイストワールが代弁し始めた。

信じられないという表情を隠しきれなかったネプテューヌだが、何も言わずにそれを全て聞き届ける。

聞き終えた時、ネプテューヌは涙を流しながら妹を抱きしめる力を強めた。

 

 

「……そっか。 辛かったよね、ネプギア……」

 

「……お姉ちゃん……! 私、絶対に間違えないから……! だから、もう離れないで……!」

 

 

大好きな姉に抱かれて、ネプギアは尚更安心する。

こんな真夜中でも、心配してくれる人がこんなにもいる。自分を愛してくれる人がこんなにもいる。

こんな人たちを失いたくない。だから、あんな未来にはもう辿り着かないとネプギアは強く決意した。

 

 

「すみませんイストワールさん、ネプテューヌを呼び戻しちゃって」

 

「今回ばかりは仕方ありません。 ネプテューヌさんにはまた戻っていただくことになりますが……」

 

 

すると白斗は、イストワールに頭を下げた。

ネプテューヌにはまだ仕事が残っている。そして何より女神たる彼女に無理を掛けさせることなどあってはならない。

だが、イストワールは白斗を咎めなどしなかった。ネプギアの心を救ったのだから、寧ろ感謝しかなかった。

 

 

「あのさ、いーすん……私、早起きするから今晩……ネプギアに添い寝してあげてもいいかな?」

 

「ええ、傍に居てあげてください。 ……リーンボックスには私から連絡しておきますから」

 

「ありがとう! いーすん、大好き!」

 

 

ネプテューヌはすぐにはリーンボックスに戻らず、ネプギアの傍に居たいと言い出した。

今回はイストワールもそれを聞き入れ、許可を出してくれた。

 

 

「あの、お姉ちゃん……。 お兄ちゃんも、添い寝しちゃ……ダメかな?」

 

「んなっ!? ね、ネプギア……そいつはマズいんじゃ……」

 

 

と、ここでネプギアがとんでもない提案をしてきた。

白斗も一緒に添い寝して欲しいというのだ。幾ら妹分とは言え、相手は美少女。しかも候補生とは言え女神様。

女神を大切に想う白斗からすれば、遠慮しなければならない場面なのだが。

 

 

「……白斗、してあげて。 ネプギアがそれを望んでるんだしさ」

 

「ね、ネプテューヌ……」

 

「それに、私的には寧ろ嬉しいって言うかさー!」

 

「ほえ?」

 

 

ネプテューヌはあっさりと許可を出してくれた。

寧ろ彼の事を愛している身としては、役得と思わざるを得ない。白斗は首を傾げながらも、彼女の許可が得られるのならそれでいいかととりあえずは納得した。

 

 

「折角だからいーすんも一緒に寝ようよー!」

 

「わ、私ですか!? は、白斗さん……その……」

 

「や、やっぱり俺がいちゃダメですよね!?」

 

「い、いえ……。 寧ろ白斗さんなら安心、ですね……。 分かりました」

 

「なん、だと……」

 

 

未だに恥ずかしさの方が勝る白斗。そこに良識人のイストワールまでもが加わろうとしている。

彼女ならば猛反対の声が上がるものだと思っていたのだが、あろうことか彼女までもが許可を下してしまい、しかも一緒に寝ることに。

そんなことを言われては白斗もあきらめざるを得ない。覚悟を決めて、4人が一緒のベッドに潜り込む。

 

 

「あ、アハハ………さすがに狭いね……」

 

「お、お兄ちゃん……もうちょっとそっち寄って……」

 

「これ以上は落ちるって! い、イストワールさんは大丈夫ですか?」

 

「は、はい……今だけはこの体のサイズに感謝です……」

 

 

さすがにネプギア用ベッドに四人が潜り込むのは少々無理があったのか、あちこちで狭いだのキツいだの、そんな声が上がる。

だが、温かい。家族のような繋がりを感じられる。ネプギアは幸せそうだった。

 

 

「……何だかいいなぁ、こういうの……」

 

「ネプギア?」

 

 

ネプテューヌが、自分の腕の中に収まっているネプギアの顔を見る。

先程の様な絶望に打ちひしがれた顔ではなく、幸せに満ちた顔になっている。

 

 

「……お姉ちゃんがいてくれて、いーすんさんがお母さんみたいで……お兄ちゃんが、その……私の旦那様みたいで……いいなぁって……」

 

 

家族と一つになれている喜びを、ネプギアは味わっていた。

互いの体を通じて伝わる温もりに支えられた彼女は、今度こそあの絶望に負けはしない。

それを確信した面々は安心を覚える。のだがその一方で―――。

 

 

(だ、旦那様って……ネプギアまで白斗の事を!?)

 

(お、お母さん……ですか……白斗さんがお父さんだったら、そういう関係に……)

 

(落ちる落ちるーっ!! ぐぬぉおぉぉっ!! 踏ん張れ俺ぇぇええッ!!)

 

 

気が気でない少女二名と少年一名。

 

 

「………ぐぅ………すぅ……」

 

「ってあれ? ネプギア?」

 

「寝てしまわれたようですね。 相当お疲れだったのでしょう」

 

 

その温もりに包まれたネプギアは、程なくして安らかな寝息を立てた。

精神的にも肉体的に限界に近かったのだ、疲れてしまうのは当然の事。そんな彼女の寝顔を見て、ネプテューヌは愛しい妹の頭を優しく撫でた。

イストワールも柔らかい微笑みを向け、白斗はネプギアの体を抱きしめてあげる。

 

 

「「「おやすみなさい」」」

 

 

三人はそう言って瞼を閉じた。

この家族で、今度こそ素敵な夢を見られることを信じて―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………―――あれ? 何ここ……真っ暗……」

 

 

気が付けば、ネプギアは一人真っ暗な空間に居た。

どこまでも広く、どこまでも寂しく、どこまでも冷たい空間。

あの温かな空気はどこにもなく、寒気すら感じてしまう。

 

 

「お姉ちゃーん! いーすんさん! ……お兄ちゃーん!!」

 

 

先程まで傍に居てくれた、愛しい人達に呼びかける。

だがネプギアの声が寂しく響き渡るだけだ。何かに当たって反響しているのではない、彼女の大声が闇に消えていくような、そんな響き方。

声そのものにエコーが掛かっているかのようだ。

 

 

「―――まさか、さっきの夢の続き……?」

 

 

一つだけ突き当たる、この不可解な状況への答え。

あの悪夢の続きがここへと誘ったのではないか。

またあの絶望的な状況を目の当たりにするのではな―――心臓が、嫌な跳ね方をしたその時だ。

 

 

「……そうだよ。 でも、夢であって……夢じゃない」

 

「え……?」

 

 

そこに突如割り込んできた声。

ネプギアは、その正体をよく知っていた。少し声色が重苦しかったが、聞き間違えるはずがない。

何せその声は―――いや、そこにいたのは―――。

 

 

「……私……!?」

 

 

ネプギア自身、だったのだから。

 

 

「……そうだよ。 正確に言えば……パラレルワールドの私、かな」

 

「あ、なるほど。 理解した」

 

 

機械に強いネプギアだけあって、パラレルワールドの存在をあっさり受け入れてしまった。

思い込みの強さというか、素直さも彼女の魅力の一つだろうか。

ただ、目の前のネプギアはどこか違う。目は虚ろで、顔はやつれている。そしてその手には、あの忌々しき“魔剣”が―――。

 

 

「ってちょっと待って!? 貴女、その手にしてるのって……!!」

 

「……そう。 魔剣ゲハバーン……私はね、これを使って……お姉ちゃん達を、こ、殺し……ちゃったの……」

 

 

今分かった。

何故、目の前のネプギアはこんなにもボロボロなのか。そして何故先程まであのような悪夢を見せられてしまったのか。

 

 

「……貴女が、あんな夢を見せていたの?」

 

「意図して見せていたワケじゃない……でも、そうだよ。 だって……貴女が、羨ましくて……私じゃ、どうにもできなくて……」

 

「え?」

 

 

そう言えば、あの夢ではネプテューヌを殺した場面で終わっていた。

もうあれ以上の絶望はない―――そう思っていたのだが、まだ何か続きがあるというのか。

やつれ切ったネプギアは、過去を引きずるかのように話を続ける。

 

 

「……この剣で、犯罪神は倒せた……いや、犯罪神はわざと倒されただけだった……。 たった一人の女神に統治された世界は、争いも発展も成長も無く、停滞し……衰退していくだけだって……」

 

「……その通りに、なっちゃったんだ?」

 

「うん……。 お姉ちゃん達の犠牲が……無駄になる……そう思ったら、どうしようもなくて……もう、限界で………っ!!」

 

 

―――彼女は未だに苦しんでいたのだ。

大好きな姉を殺したことで出口のない地獄へと堕ち、そして落ちた先でもその姉の犠牲が報われない結末が待っている。

同じ“自分”だから、ネプギアには分かってしまった。だが目の前のネプギアはそれだけでは止まらない。

 

 

「だから……だからっ!! “あの人”が教えてくれたこの方法しかないのっ!! もう私が……貴女になって、お姉ちゃんを手に入れるしかっ!!」

 

「えっ!?」

 

 

なんと、女神化を果たしたのだ。

女神化したネプギアは白いレオタードタイプのプロセッサを纏っている。そこまではいい。

だが彼女は、あろうことかゲハバーンでネプギアに切りかかってきたのだ。咄嗟にビームソードを取り出し、受け止めるも。

 

 

「うっ!? ああああぁぁぁぁぁっ!!? ……げほっ、ごほっ!!」

 

 

余りの威力に受け止めきれず、地面を激しく転がる。

何とか立ち上がったが、激痛と言う激痛が体中に刻み込まれ、呼吸すら困難になってしまう。

 

 

「……もう、ダメ……ダメなの……。 お願い……私が、お姉ちゃんを守るから……絶対に、守るから……私に、譲って……譲ってよぉ……」

 

 

虚ろな目で、泣きながら、夢の中のネプギアはゲハバーンの切っ先を向けた。

間違いない、彼女は今のネプギアを殺すつもりでいるのだ。そして成り代わることで姉を―――幸せな人生を手に入れようとしている。

気持ちは痛いほどわかる。もし、自分がそうなってしまったら同じことを考えてしまうだろうから。

 

 

「……でも、ダメだよ……。 私だって、今あるこの幸せを手放していい理由には……ならないよ!!」

 

 

だが、ネプギアは譲らなかった。

あの温かな場所は自分の場所であって彼女の場所ではないから。悲しいけれども、そこを履き違えはしない。

強い眼差しで、彼女は夢の中のネプギアを否定する。

 

 

「……やっぱり、そう来ちゃうんだ。 もういいよ……だったら……だったらぁっ!!!」

 

「っ!!?」

 

 

夢の中のネプギアは激昂し、ゲハバーンを構えて接近する。

ただでさえ女神化しているのだ、そのスピードは桁違い。あっという間に肉迫し、魔剣が振りかぶられる。

もし、あの唐竹割を受けてしまえば――――。

 

 

(お姉ちゃん……いーすんさん……ユニちゃん、みんな………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………お兄、ちゃん――――)

 

 

防ぐことも、避けることも出来ない。

まるで走馬灯のように、ネプギアは愛する人たちの顔を脳内に浮かべた。

迫りくる禍々しき刃、それを受け入れるかのようにただ、ひたすら見つめて―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネプギアァアアアアア―――――――――――ッッッ!!!!」

 

「「っ!!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――絶望を打ち砕く、力強くも温かい声。

夢の中のネプギアは、この声を知らない。でも、今のネプギアはこの声を知っている。

先程ようやく自覚し、そして愛してやまない人の声なのだから。

力強さと温もりがネプギアを包み込んだと思いきや、一気に体が引き込まれる。誰かがネプギアを抱え、唐竹割を避けたのだ。

その誰かとは――――。

 

 

「ハァッ……ハァッ……! だ、大丈夫か……ネプギア……」

 

「お、お兄ちゃん……お兄ちゃん!」

 

 

彼女が兄と慕う少年、黒原白斗だった。

夢の中だというのに、助けてくれた。

今の彼はこの中で一番汗をかき、呼吸を乱している。それだけネプギアの事が大事で、必死に守ろうとしてくれた。ネプギアはたまらず、涙と共に抱き着いた。

 

 

「……ったく、寝たと思ったらこの謎空間に居て、そんでネプギア同士が争って……」

 

「え? どっちが私か……分かったの……?」

 

「妹を見分けられない兄がいるかよ」

 

 

そしてネプギアを守るように一歩前に出る。

以降は振り向かなかったか、逞しいその背中に守られ、ネプギアは頬を赤く染めた。

 

 

「一体何が何なんだ、この状況は……」

 

「……なんでも、ゲハバーンを使っちゃった私……なんだって……」

 

「……そう言うことかよ」

 

 

白斗は厳しい視線を、夢の中のネプギアに向ける。

相手が女神であっても怯まず、逆に睨まれたネプギアは「ひっ」と悲鳴を上げながらも必死にゲハバーンを構える。

その手は、恐怖に揺れていた。

 

 

「な、何ですか貴方は……!! 邪魔しないでください!!」

 

「そうはいかない。 ……妹を傷つける奴は、例え別のネプギアであろうとも許すわけにゃいかないんでね」

 

「い、妹……? ……そっちの私は、そんな人までいるなんて……っ!」

 

 

ギリ、と歯軋りをしている。

一体何に対しての怒りなのか、恐怖なのか。負の感情しか伝わってこない。

だが白斗はナイフを構え、冷静に戦うべき相手を見つめる。

 

 

「だ、ダメだよお兄ちゃん! 逃げて……!!」

 

「ヤダね。 ……妹を守るのは兄の務めだ。 それに言ったろ? ……ネプギアが間違ったことをしたのなら、殴ってでも正してやるって」

 

「お、お兄ちゃん……まさか……?」

 

「ああ。 あのネプギアを正してやる……絶対に」

 

「―――!! 出来っこないくせにぃいいいいいいいいいいいっ!!!」

 

 

愛する妹を守るため、そして別世界と言えど同じネプギアを救うため、白斗は戦うことを決意する。

それがより逆鱗に触れたのか、夢の中のネプギアがゲハバーンを振るう。

 

 

「うおっとぉ!! どうした、お前の力はその程度か!!?」

 

「舐めないでええええええええ!!! 私が……私がどんな思いをしたのか知らないくせにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

 

「知りたくもねぇよ!! 皆を殺してまで掴んだ平和だの苦しみだの!!!」

 

 

ゲハバーンを滅茶苦茶に振るうネプギア。

白斗はその剣筋を何とか見切り、屈み、飛び上がり、後ろへ下がって回避する。今の彼女は感情の赴くままに刃を振るっているだけだ。

技術もへったくれもあったものではない。故に白斗もまだ避けられる。

 

 

「大体、お前は何をしたかったんだ!? 何をどうしたかったんだ!? それをちゃんと皆に言ったのか!!?」

 

「っっっ!!! 言えなかった……言えなかったのぉッ!!!」

 

「今もか!? 偽りの平和を掴んだ後ですら言わないのか!!? 誰でもいい、お前の思いの丈をぶつけもしなかったのか!!?」

 

「だから今っっ……こうやってぶつけてるのおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

滅茶苦茶に振るわれるゲハバーン。

振るう度に凄まじい衝撃波が巻き起こる。女神七人分の命を吸って生み出されたというその力に偽りはない。

それでも白斗は決して諦めることは無く―――

 

 

「がっ!?」

 

「お兄ちゃん!?」

 

 

だが、足が取られてしまった。

余りの威力に力が抜けてしまったのか、倒れ込んでしまう。そこに振りかぶられる魔剣―――。

 

 

「やめなさいッッ!!!!!」

 

「え―――――」

 

 

その一撃を、別の人物が受けた。

凛とした美しい声と佇まい、そしてあの大太刀―――。

 

 

「お、ねえ……ちゃん…………」

 

 

どちらのネプギアにとっても、大切な姉。

女神パープルハートことネプテューヌだった。彼女までもがこの夢の中に来ていたというのか。

信じられないという表情で、ゲハバーンを握る手を緩める夢の中のネプギア。

 

 

「―――話は大体聞いたわ。 あちらのネプギアも……苦しかったのでしょうね」

 

「……そう、だよ……。 だから、お姉ちゃん……私と、一緒に……!」

 

「でも、だからってこんなやり方はダメよ。 ―――こんなやり方では、死んでいった私達だって報われないわ」

 

 

ネプテューヌも事情を大体把握していた。

だからこそ、あのネプギアのやり方を肯定するわけにはいかない。何よりも姉を求めていたネプギアにとって、否定の言葉は心に突き刺さるもの。

ただでさえ崩れかけていた心が今、完全に崩された―――そんな気すら感じて。

 

 

「あ、あぁああぁああぁ……や、めてよ……否定、しないで……一人にしないでえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

「ううぅぅっ!!?」

 

「ネプテューヌッ!!!」

 

 

力任せに振るわれた魔剣が、ネプテューヌを薙ぎ払う。

規格外の威力に抑えきれず、ネプテューヌは地面を転がるが白斗がすぐに受け止めた。

 

 

「……やめなさい」

 

「…………!?」

 

 

その光景を目の当たりにし、尚且つ看過できなかった一人の少女が立ち上がる。

こちらのネプギアだ。今も尚女神化は出来ず、手にしたビームソードは壊れかけている。それでも、その瞳に揺らぎはない。

 

 

「……どんな理由があっても、お兄ちゃんを……お姉ちゃんを傷つけていいはずがない」

 

「だ……って……私には、これしか……」

 

「違うよ。 貴方は他を選ばなかっただけ……弱すぎただけなんだよ」

 

 

壊れかけたビームソードに、エネルギーを集中させる。

眩いまでの白い光―――シェアエネルギーが集う。すると、今までとは違う色合いの、光の刃になった。

 

 

「ネプギア……行け。 魔剣も、あいつの心の闇も……断ち切ってやれ」

 

「貴女ならできるわ。 だって……自慢の妹なんですもの」

 

 

あの魔剣の前には手も足も出なかった白斗とネプテューヌ。

それでも二人は、愛する妹の勝利を確信していた。

 

 

「……私、やっとわかったの。 シェアは想いを形にする力……だから女神と言う一人の命すら生み出せるんだって……」

 

「だ、だから……何!?」

 

「……本気で想えば、魔剣なんて……犯罪神なんて、バッドエンドだって断ち切れる!! 私は、この力で……貴女を断つ!!!」

 

 

今のネプギアに迷いなど無い。

女神化など出来なくても、女神の力がある。全ての想いを剣に集結させ、生み出した光の刃は―――魔剣のそれよりも大きかった。

言うなれば、シェアの力全て集結させた聖剣とでもいうべきか。

女神化を果たしている夢の中のネプギアは、震える手で何とか魔剣を構え直す。

 

 

「……できるワケ……できるワケないよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

「やるったら………やるのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

魔剣と、聖剣。

二つの刃は凄まじい衝撃を伴ってぶつかり合い――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――見事に切り裂かれた魔剣の刃が、地面に突き刺さった。

 

 

 

「ぁ…………」

 

 

 

失意、そんな表現しか出来ない表情と共に夢の中のネプギアは崩れ落ちた。

彼女には傷一つ付いていない。それでも、今のネプギアに勝てる気など全く起きなかった。

ネプギアは光を収め、大きく息を吐いて崩れ落ちようとするが。

 

 

「おっと! ……カッコ良かったぜ、ネプギア」

 

「ええ。 ……さすが私の妹ね」

 

「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」

 

 

咄嗟に白斗とネプテューヌが、その背中を支えた。

そして喜び合う三人。確かな絆が、そこにあった。一方、それを見せつけられた夢の中のネプギアは、絶望に震え、涙を地面へと落とす。

 

 

「……うっ、う……ど、して……わた、しは……私は………あんな、ことを……!!」

 

「ネプギア……」

 

 

ネプテューヌが、悲しそうな声を上げた。

幾ら別世界とは言え、同じネプギアだ。しかも彼女は使命のために姉の命を自らの手で奪ったのだ。

何とか元気づけてやりたい。ネプテューヌは声を掛けようとするが、言葉が見つからない。だが、白斗は彼女に近づくと。

 

 

「ほい、拳骨っ!!」

 

「~~~~~~ッ!!?」

 

 

その脳天に、拳骨一発。

鈍い音が響き渡り、思わずネプテューヌやこちらのネプギアまで頭を押さえてしまった。当然受けた夢の中のネプギアも、痛みに悶えているのだが。

 

 

「……ネプギア。 間違いは正せる。 そう思わないか?」

 

「………え?」

 

 

肩に置かれた温かな手が、彼女の顔を上げさせた。

そこに、あの厳しい顔をしていた少年はいない。優しい兄の顔をした少年だった。

 

 

「お前はきっと、知らず知らずのうちに罪から逃げてしまった。 そして罪と向き合えるだけの力を持てなくなってしまった……それだけなんだ」

 

「力……って……」

 

「きっと、そんな世界でもお前を助けてくれる人がいるだろ? そして助けてくれる人を、お前は作ってこなかった……そうだろ?」

 

 

そこで夢の中のネプギアは、言葉に詰まってしまった。

あちらの世界でも、イストワールやアイエフ、コンパと言った生き残った仲間達。そして嫌味交じりながらもケイが協力してくれた。

しかし罪の意識からか、それすらも疎遠になりつつあったのだ。

 

 

「そうね。 でも、こちらのネプギアが見せてくれたでしょう? ……人々の想いこそシェアの源、人々の想い次第で何でもできるって」

 

「おねえ、ちゃん………」

 

「こんな夢の中の邂逅だけど……私のシェアをあげるわ。 貴女はこれを基に人々の想いを集めなさい。 そして……奇跡を起こすの」

 

 

ネプテューヌは、その胸から光の塊を取り出して彼女の手に預けた。

シェアエネルギーだ。ただでさえ、プラネテューヌのシェアは少ないというのに、それを微塵の躊躇いもなく差し出してくれたのだ。

 

 

「……できる、のかな……」

 

「出来るって信じなければ、何も出来はしないわ。 ……私は、信じてるから」

 

「だな。 ちゃんと間違いだって教えたし、俺も信じてるぜ」

 

 

白斗も同じだった。

彼は女神では無かったため、直接的なシェアをあげることは出来ない。その代わり、彼女を信仰した。

信仰こそシェア、女神の力の源なのだから。

 

 

「……ねぇ、もう一人の私。 今度こそ皆に話してみて。 そして……みんなの想いを一つにして。 それこそが、本当のシェアの集結……本当の奇跡だから」

 

 

そして、死闘を制した今のネプギアが微笑んでくれる。

今分かった。あの聖剣と呼べる力は、全ての想いが集ったからなのだと。だから魔剣など、目でもない力が生まれた。

あの力を目の当たりにしてしまえば、もう信じるしかない。

夢の中のネプギアは、そこで涙と共に初めて微笑み―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――ありがとう――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな一言と共に―――光の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――次の日。

誰よりも早く目覚めたネプギアは、凄く晴れやかな顔をしていた。続いて起きた白斗とネプテューヌ、そしてイストワールもそれを見てもう何の心配もいらないと安心する。

ネプギアは今度こそ、リーンボックスに向かう姉を快く送り出し、新しい朝日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更にそれから三日後。

とあるダンジョンで、その魔剣は眠っていた。

魔剣の名は「ゲハバーン」。犯罪神すらも滅ぼせる、恐ろしき魔剣。その恐ろしきの出どころは、女神の命を奪うことで鍛えられるという代償から。

その恐ろしき魔剣は今――――。

 

 

「ドォウラァ!! ドォウラァ!! ドォウラァ!!」

 

「925!! 925!! 925!!!」

 

 

意味不明な掛け声をする白斗とネプテューヌによって、粉々に打ち砕かれていた。

そう、魔剣は最早「魔剣だったもの」へと成り下がっている。

白斗とネプテューヌは、詳細な調査の元、魔剣の在処を探し出すことに成功した。そして、最悪の可能性を生み出すそれを、迷うことなく破壊したのだった。

 

 

「ふぅ……こんだけ粉々に砕きゃいいだろ」

 

「うん! あー、スッキリしたっ!!」

 

 

いいことをしたと言わんばかりに汗を拭う二人。

これでもう、女神の命を犠牲にするという選択肢はない。選ぶことも出来ないが、後悔など元より無かった。

 

 

「……これでもう安心だぞ、ネプギア」

 

 

そして白斗は、後ろで控える少女に微笑んだ。

少女の名はネプギア。ネプテューヌの妹にして、白斗の妹分である。粉々に砕かれたそれを見て、ネプギアは尚更安心した顔を向けてくれた。

 

 

「……うん、うん!! ありがとうお姉ちゃん、お兄ちゃん……!!」

 

「約束したからな。 さーて、気分もいいし、今日は俺が奢るからなんか食いに行くか!!」

 

「お!! さっすが白斗!! だったら週末にしか開かないチリドッグがね……」

 

 

これで愛する妹の悩みの種が一つ消えた。

清々しい気分と共に食事誘う白斗。その彼の片腕を絡めとるネプテューヌ。

 

 

「むーっ!! お姉ちゃんズルい!! 私もお兄ちゃんに抱き着くーっ!!」

 

「うお!? ネプギア、近いって!!」

 

 

そしてその反対側にはネプギア。

彼女は頬を擦り寄せる。大好きな兄に、そして大好きな“男の人”に―――。

 

 

 

 

 

(……こんなの、惚れるなって方が無理だよ……お兄ちゃん♪)

 

 

 

 

 

恋心を自覚したネプギアは、とても幸せそうだった。

 

 

「……そういやさ白斗、あっちのネプギアは大丈夫かな?」

 

「大丈夫だよ、きっと。 だって主人公オブ主人公のお前の妹だぜ? 主人公補正で幾らでも奇跡を起こせるっての」

 

「アハハ、お兄ちゃんまでメタ発言ー!!」

 

 

二人の美少女に挟まれた少年。

けれども、とても幸せで、とても仲が良かった。彼らはボロボロにされた魔剣など一切目を向けずに、それに背を向けて光へと歩いていく―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そしてここは、どこかの次元。

嘗てプラネテューヌ、ラステイション、ルウィー、そしてリーンボックスという四つの国で統治されたゲイムギョウ界。

そこに犯罪組織なる者が世界を支配しかけ、その支配から抗った結果―――とある女神を除く全ての女神の犠牲により、世界は救われた。

 

 

 

 

―――その世界で唯一の女神となってしまった少女は、今。

 

 

 

 

「お姉ちゃーん!! 早く早くー!!」

 

「ま、待ってよネプギアー! ノワール達だってまだ……ねぷぅーっ!!」

 

 

 

再び、愛する姉と共に歩みだしていた、

これはきっと、数ある可能性の中の一つ。ご都合主義なのかもしれない。有り得ないと呼ばれてもおかしくない。

でも、これがきっと彼女の望んだ世界なのだから。今はただ見守っていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――紫の妹は、魔剣を断ち切った。何故ならそんな呪いはもう、必要ないから。




ギリギリセーフ!!
ということで今年最後の更新、ゲハバーンとそれに関するお話、そしてネプギアちゃんにもフラグが立つお話でした。
二次創作においてこのゲハバーンの扱いは悩みましたが、フラグもバッドエンドもぶち壊すもの。ぶっちゃけ私、あのエンドを見て吐き気が止まりませんでした。
だからこそ幸せになって欲しいと思い、今回このお話を書きました。そしてこれが2019年最初の投稿では余りにも重すぎるので、今年最後として必死に書いてきました。
最後の辺りはご都合主義と呼ばれようが構いません。だって、ハッピーエンドが一番なんだもの。
次回はマベちゃんのお話にしようかと思います。お楽しみに!!
そして皆さま、来年もよろしくお願いします!!!


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第二十九話 ニニンが忍のマベちゃん

―――プラネテューヌ。

科学技術が発展したこの街は、とにかく娯楽に溢れていた。

ぐうたらな女神の影響を受けてか遊ぶことに関しては四ヶ国一と呼ばれ、お洒落なカフェなども多く遊び場として重宝されている。

そんな発展した街の昼下がり、白斗とネプテューヌは―――。

 

 

「もぐもぐ……ん! さすがネプテューヌオススメのチリドッグ、道楽でやってる店なだけあって素晴らしい味……」

 

「でしょー? まぐまぐ……」

 

 

以前訪れたことのあるチリドッグを頬張っていた。

今日もどうやら二人で遊びに出かけているようだ。初めてのデート以来、二人で出掛けることが多くなり、その前日になると遊ぶ時間を作るためネプテューヌは張り切って仕事をする。

これにはイストワールも舌を巻き、「たまにでしたら」と認めてくれているのだ。

 

 

「さて、軽く頬張ったところで次どこ行くよ? もう結構回ったが……」

 

「甘いよ白斗! プラネテューヌにはまだまだ遊べる場所が沢山あるんだから!」

 

「マジか。 俺が見ていたのは氷山の一角に過ぎなかったのか……」

 

「今度は夜の街に遊びに行くなんてのもいいかもー! ちょっとオトナな気分♪」

 

「………ネプテューヌは門前払いされそうだな」

 

「むかーっ!! それどういう意味ー!!?」

 

 

見た目的な意味で、とは敢えて口に出さず白斗はカラカラと笑う。

尚更頬を膨らませるネプテューヌだが、こんな会話も楽しく感じている今日この頃。

次なる場所へと向かおうとした最中。

 

 

「……ん?」

 

「ねぷ? どうしたの白斗?」

 

「いや、あそこに見知った顔がいたよーな……悪いネプテューヌ、ちょっくら挨拶に行ってくるわ」

 

 

白斗の視線の先には、オープンに晒されたカフェテリア。

開放感溢れるその場所で楽しくお茶会をしている女性達。その中で見知った顔を発見したのだ。律儀な白斗は一言挨拶しようと近寄ろうとする。

ネプテューヌは当然知らぬ顔なのだが、よく見なくても相手は女性なワケで。

 

 

「お、女の子……! むむむ……また白斗ってばフラグ立てちゃって~……っ!!」

 

 

しかも相手は集団。さすがに全員と顔見知りということは無いだろうが、その中の一人とはわざわざ挨拶に向かう程の親密性を持っている。

恋する乙女としては面白くはないが、かと言って相手の素性を知らないままでいることも良くはない。敵を知ることもまた勝利の秘訣、ネプテューヌもズカズカと後をついていく。

 

 

 

 

 

―――さて、白斗が挨拶に向かっていった女性陣達とは。

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、そろそろ教えてよマーベラス~」

 

「な、何かな……サイバーコネクトツー……? そんなに目をキラキラ輝かせて……」

 

 

今日もふんわりとした髪型と雰囲気が特徴的な少女、マーベラスが。

そしてその仲間である褐色肌と獣耳がチャームポイントである少女が訊ねてくる。

サイバーコネクトツーと呼ばれた少女は、少々意地悪な声色と表情で詰め寄った。

 

 

「いやぁ、このプラネテューヌに来たがってたワケ。 えらくご執心だったじゃん」

 

「え? そ、そんなに気になる?」

 

「そうだね。 別世界のプラネテューヌとそんなに大差ないのに、まるでこの国にしかないもののために来たような感じだったから」

 

「早めに教えた方が身のためにゅ」

 

「そうだぞー! 私のヨメが隠し事など許さないのだー!」

 

「もう! ファルコムにブロッコリー、それにREDちゃんまでー!!」

 

 

マーベラスは顔を赤くしながらブンブンと首を横に振る。

すらりとした快活な印象溢れる女性ファルコム、謎の生き物に乗っかる超小柄な少女ブロッコリー、更には小柄と赤色が特徴的な少女RED。

皆がマーベラスの仲間達だけに、そう言った事情には興味津々である。

 

 

「ふふん、ならば教えてやろう。 それはな、愛のためだ」

 

「ちょ!? MAGES.ってば余計なこと言わないで!?」

 

「愛ですか!? 聞きたいです~!!」

 

「もー!! 鉄拳ちゃんまでこんな時に限ってアグレッシブ!!」

 

 

すると別の席に座っていた魔女のような格好の女性、MAGES.が得意げに語る。

更に食らいつくのは鉄拳と呼ばれた、名前とは反して優し気な風貌の少女。普段は控えめという印象なのだが、所謂恋バナに敏感になっている辺り、年頃の女の子である。

 

 

「愛……つまり、この街に好いている男がいるということだね!」

 

「なぬーっ!? ヨメは私のヨメなのにー!!」

 

「ファルコムもREDちゃんも騒がないでー! ホラ、どんどん視線が集まってるー!!」

 

「だったらさっさと白状するにゅ」

 

「う、うー………」

 

 

MAGES.の発言一つで大騒ぎ。

ファルコムの推測が更に火をつけ、ヒートアップどころか大暴走。気に入った女性を「嫁」と呼ぶREDがいきり立ち、ブロッコリーが追い打ちをかけるという完璧な連携プレー。

マーベラスは指先をつんつんと付き合わせながら、恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

 

「好いている、ってのは……まだ分からないんだけど……。 ルウィーの時に凄くお世話になった人がいて……その後も、その人と話すと楽しくて、嬉しくて……ちょっと、顔を見たくなっちゃうって言うか……そんな感じだよ、うん……」

 

 

もじもじ、としながら語るマーベラスの姿が何とも可愛らしく映る。

その時、誰もが思った。

 

 

(((((恋する乙女じゃん)))))

 

 

―――と。

 

 

「で、そんなマーベラスが必死に調べて、白斗が住んでいるのがこのプラネテューヌだとかぎつけたワケだ」

 

「だから横槍入れないでよMAGES.! って言うか名前まで……!!」

 

「へぇ、白斗さんって言うんですか」

 

 

更には狙ったように、いや明らかに狙って一言添えてくるMAGES.。

名前まで完璧に覚えられてしまい、仲間達からのじっとりとした視線が絡みついて離さない。

苦し紛れに飲んでいたジュースもすっかり底をついてしまい、もう後がない。

 

 

「い、いや! ちょっと白斗君とお話出来たらなーって思っただけだよ!? それにこんな広い街で白斗君と都合よく再会できるワケないって!!」

 

「俺が何だって?」

 

「そうそう、こんな風に都合よくひゃあああああああああああああああああああ!!?」

 

「……もう驚かんぞ、このリアクション」

 

 

甲高い悲鳴を上げてしまうマーベラス。何せ、意中の少年の声がいきなり降りかかってきたのだから。

意中の少年―――白斗は困ったように溜め息を吐いていた。

 

 

「な、なななな何でここに!?」

 

「いや、お前の顔を見つけたから」

 

「は、はわわわわわぁ………!!?」

 

 

会いに来たのは、そんな単純な理由だった。

だというのに、そんな彼の言葉や行動がマーベラスの言葉に響いてしまう。そしてその笑顔も。

だがそれだけではないらしい、懐に手を伸ばした白斗は何かを取り出す。

 

 

「それとこれ。 お前のだろ?」

 

「あ、私のハンカチ! 無くしたと思ってたのに……」

 

「リーンボックスの教会で落ちてたの拾ったんだ。 んで、いつでも返せるようにとポケットにしまっておいたところお前を見つけて返しに来たってワケ」

 

「……わざわざ、持っててくれたの……?」

 

「ああ」

 

「……ありがとう……」

 

 

白斗からすれば当たり前のことだ。世話になった彼女のためにできる些細なことをしただけ、故に大したことだとは思っていない。

確かにこのハンカチ自体に大した値打ちは無く、マーベラス自身も思い入れがあるわけではない。でも、白斗の真摯さに触れることが出来た一品になってしまった。

おずおずと手を伸ばして受け取ったハンカチからは、彼の温もりが伝わる。

 

 

「へぇ、君が白斗か~……確かにマーベラスが好きそうなタイプだね」

 

「むむむ……確かにちょっとカッコイイ……。 でもヨメは渡さないのだー!」

 

「お、本人登場とは面白い展開。 これは本のいいネタにできそうだ」

 

「ふーん、こいつが噂の白斗かにゅ。 ……面白そうではあるにゅ」

 

「何だかいいお兄さんって感じがしますね~」

 

 

一方、この僅かなやり取りでマーベラスの仲間達は大体悟った。

白斗との距離感、そしてマーベラスの想いが今は一方通行であることを、けれども白斗はマーベラスに対して好感を抱いてくれていることも。

 

 

「相変わらずの女誑しだな白斗」

 

「そう言う物言いは止めろってMAGES.……ん? お前がいるってことは、このテーブルに居る子達って……」

 

「ああ、紹介が遅れたな。 私達の旅仲間だ」

 

 

意地悪そうな笑みを浮かべるMAGES.。

そんな彼女の視線の先に居た女の子達。彼女達こそ、以前言っていたマーベラス達の旅仲間である。

確かに個性豊かな人達だと白斗も納得した。

 

 

「コラー!! 白斗ぉー!! 一体何人の女の子にフラグを立てれば気が済むんじゃぁー!?」

 

「立ててねぇわ!! 変なことを言うんじゃねぇよネプテューヌ!!」

 

 

そこへ駆けつけてきたネプテューヌ。

正確には少しだけ様子を見ていたのだが、マーベラスとは明らかに友達以上恋人未満の関係性であると見抜き、看過できなくなった。

 

 

「あ、ネプちゃんだ!」

 

「ホントだ、ネプ子にゅ」

 

「やっぱり、こっちの世界にもいたんだね」

 

「ねぷ!? 私の事までリサーチ済み……本気で白斗を手に入れようと……!?」

 

「ワケの分からんことを言うな!! あー、実はだな……」

 

 

ネプテューヌの登場に反応を示すマーベラス達。

何を隠そう、彼女は異世界でのネプテューヌ達と出会ったことがあるからだ。だが当然、この次元のネプテューヌはそんなこと知る由もないため勘違いが加速していく。

このまま放ってはおけないと白斗が事情説明し、何とか落ち着いてくれた。

 

 

「へー、そうだったんだ! 別次元の私と……」

 

「うん! こっちのネプちゃん達も相変わらずで何よりだよ。 と、言うことで改めましてマーベラスAQL! 気軽にマベちゃんって呼んでね!」

 

「うん、よろしくマベちゃん! あ、これ私のメアドだよー!」

 

 

元々互いに明るく人懐っこい性格なだけに互いの事を知り合えば即仲良しになれる。

早速メールアドレスまで交換してしまうくらいだ。

誰とでも友達になれる、これはネプテューヌの特技の一つ。

相手にその気にさせるだけではなく、自分が心の底から相手を受け入れる。白斗が尊敬し、愛してやまないネプテューヌの魅力の一つだ。

 

 

「さて、マーベラスの事は知ってもらえたけど他の皆の事は初対面だったな。 折角だから自己紹介だ。 改めて、黒原白斗です。 今はネプテューヌのところでお世話になっています」

 

 

MAGES.を除く面々は、白斗にとって初対面である。

ここでこちらの世界のネプテューヌと交流を持ってくれた以上、自身の事も知っておいてもらいたいと自己紹介する。

あくまで初対面なので、礼儀正しく。

 

 

「そんな畏まらなくてもいいよ。 私はサイバーコネクトツー! よろしくね!」

 

「あたしはファルコム。 冒険家をしているよ」

 

「ブロッコリーにゅ」

 

「わ、私……鉄拳って言います。 よろしくです……」

 

「全世界の可愛い子は私のヨメ! REDちゃんなのだー!」

 

 

紹介の仕方一つで各々の個性が伝わってくる。

いい仲間に巡り合えたのだな、と白斗は少しだけマーベラスが羨ましくなったがすぐにその考えを捨て去る。

何故ならば、白斗の傍には最高の女神様達がついているのだから。

 

 

「そうだ白斗! 私のヨメとどんな出会い方をしたのか、説明を要求する!」

 

「よ、嫁って……説明してなかったのかマーベラス?」

 

「あ、あぅ……だって、恥ずかしいもん……」

 

 

どうやら自分の気に入った子を取られてしまうのが納得がいかないらしい、REDが吠える吠える。

小さい子相手には強気に出られず、マーベラスに助けを求めるような目をするが対する彼女は可愛らしくもじもじしているだけ。乙女である。

 

 

「さぁ、説明するのだー!」

 

(……って言うかこの子、小さいのに出てるトコ出てるな……それに比べネプテューヌときたら……)

 

「はーくーとぉー? ……何やら失礼な視線を感じたんだけど気の所為カナー?」

 

「気ノ所為ダヨー、ハハハー」

 

 

乙女は地雷センサーには滅法敏感である。

皆さんも、日常会話に潜む地雷には気を付けましょう。

 

 

「まぁいいや、ルウィーやリーンボックスで世話になったってだけだよ」

 

「違うよ! 助けられたの私の方なんだから!」

 

 

呆気ない説明で終わらせようとする白斗。

さすがに見過ごせなかったマーベラスが大声で否定する。確かにあの時は大変だったが、白斗との出会いは彼女にとってとても大切な思い出なのだ。

ただ、そんな少ない単語でも仲間内の情報は伝達してあるためファルコムはすぐに思い当たる。

 

 

「ルウィー? それって、MAGES.がスルイウ病にかかった時の?」

 

「そうだ。 薬草探しの最中、モンスターに襲われていたところを助けられたばかりか、特効薬の材料を譲ってくれたらしい」

 

「あー……それは確かに惚れてもおかしくないなー、うん」

 

 

そこに当事者であるMAGES.が説明に加われば説明も付く。

すっかり納得してしまったらしい、サイバーコネクトツーもうんうんと頷いた。

尤も見ての通り白斗は鈍感であることもすぐに察したため、あくまで彼に聞こえぬよう小声で話しているが。

 

 

 

 

「ルウィー? ……ああ、ブランの件で白斗が無茶した時のことかー」

 

 

 

 

ただ一人、事情をよく知らないネプテューヌがそんな一言を発した。

 

 

「……え? ブラン、様……? まさか、ブラン様も……」

 

「あ、ちょ、ネプテューヌ!? その話は……」

 

「……ねぷ!? まさか白斗、言ってないの!?」

 

 

しまった、と思った時にはもう遅い。

慌てて彼女の口を閉ざしたとしても、マーベラスの耳にはしっかりと入っている。

以前、彼女に特効薬を渡した際には「金目のものになると思っただけだから」と適当な嘘で誤魔化していたのだ。

けれどもネプテューヌを責めることなど出来ない。事の発端は白斗が真実を伝えていないからである。

 

 

「白斗君……どういう、こと?」

 

「……まぁ、ああ言わないと受け取ってくれない雰囲気だったからな。 でも二本目あったし、特に問題ナッシングよ。 実際ブランも助かったし、お前も見たろ?」

 

 

詰め寄ってくるマーベラス。

その様子は混乱している―――というよりも、後悔の念で満ちているようだった。

素直な彼女であるだけに、真実を重く受け止めようとしている。

白斗は出来るだけ彼女を苦しみから遠ざけようと言葉を選んでいた。二本目はその直後に見つかっているので、嘘ではないと言えば嘘ではないのだが。

 

 

「でも……無茶したって……」

 

「でぃ、ディース雪原に入ることが無茶ってなだけで……」

 

「ネプちゃん! どういうことなの!?」

 

「え!? え、えーっと………」

 

 

嘘ではないが、真実から遠ざけようとしていることは火を見るよりも明らかだ。

ならば事情を知っているであろうネプテューヌに聞いた方が早いと、彼女に視線を向ける。

ネプテューヌは素直な性格だ、強い言葉の前には嘘はつけない。白斗をちらりと見れば「話さないでくれ」と目で語ってはいたが。

 

 

「……白斗、ちゃんと言ってあげよう? 黙ってた方が……傷つくこともあるんだよ?」

 

「っ…………そう、だな」

 

「でも白斗自身にも話しづらいだろうから、私から話すね。 あの、ね……」

 

 

時折出る、ネプテューヌの女神としての言葉。

全く邪気の無い心の持ち主だからこそ出る、優しくも真っ直ぐ、的確な言葉。

正論を言われては、白斗に反論の余地など無い。目を重く伏せながらも、白斗は頷き、変わってネプテューヌが事情を説明した。

同じ日にブランもスルイウ病に掛かったこと、白斗が薬草探しに出掛けたこと、そして結果ブランの分も手に入れたものの、白斗が大怪我を負ったこと。

 

 

「…………………」

 

 

もう隠していることは何もない。

全てを聞き終えたマーベラスの表情は―――やはり重い。思いつめている。

トレードマークとでもいうべきあの笑顔が失われ、少し突けば崩れてしまいそうな危うささえある。

きっと彼女からすれば「ブランを助けるための薬草を譲ってもらった上にその後大怪我を負わせてしまった」という負い目を感じているのだろう。

姦しい彼女の仲間達も、どう言葉をかけていいか分からずに黙ってしまった。

 

 

「……マーベラス、黙っていてすまなかった」

 

 

それでも、事の張本人が言葉を掛けるべきだ。

今更、虫のいい話だとは思いながらも白斗は言葉を紡いだ。けれどもマーベラスはふるふると首を横に振る。

 

 

「…………ううん。 白斗君は悪くないよ…………悪いのは、私……」

 

「い、いや! それは違―――」

 

 

慌てて否定しようと言葉を掛けた。掛けてしまった。

それが反発心を生み出してしまったのか、マーベラスは机を盛大に叩いて。

 

 

「―――違わなくないッ!! 私っ……いつも、助けられてばかりで……なのに、救えないまま……手を伸ばせないまま……!! あの時、だって………―――ッ!!!」

 

 

泣きじゃくりながら、己の感情をぶちまけた。

まるで今まで溜め込んでいたものを吐き出すかのような、そんな怒涛の勢いに白斗は勿論、ネプテューヌ、果ては彼女の仲間達までもが圧倒される。

そして居ても立っても居られなくなったのか、弾かれるようにして店から飛び出していった。

さすがに忍者を名乗るだけあって、凄まじい身のこなし。あっという間に視界から消えてしまう。

 

 

「ま、マーベラス!! クソッ、すぐに探して―――」

 

「待って!!」

 

 

飛び出していったマーベラスの後を追おうとすぐに立ち上がる白斗。すると、白斗の手を誰かが掴んだ。サイバーコネクトツーだ。

快活な見た目に違わず、少女であることに反して握力も腕力も強い。それでも本気で振り払うことは出来たのだろうが、少しばかり低い体温が触れたことで多少冷静さを取り戻した。

 

 

「……今は気持ちの整理がついていないだけだから。 そっとしてあげて」

 

「…………そう、か。 皆、すまなかった…………」

 

 

自分の心に関する問題は、他人がおいそれと手を出していい問題ではない。

白斗は心苦しく思いながらも、彼女の言を受けて立ち止まる。

そして、折角の仲間同士の楽しい一時を壊してしまったことに対して謝った。だが今度はネプテューヌが必死にそれを否定してくる。

 

 

「は、白斗は悪くないよ!! 私が、私があんなこと言っちゃったから……」

 

「お、落ち着いてください~! 白斗さんも、ネプテューヌさんも悪くないですから……」

 

「そうだ。 ……実際、原因は私がスルイウ病に掛かってしまったことだからな」

 

「め、MAGES.も暗くならないで!」

 

 

慌てて元気づけてくれる鉄拳とファルコム。

責められるものかと思っていたが、マーベラスの仲間達だけあって心優しかった。

 

 

「とにかく、ここで切り替えした方がいいにゅ。 マーベラスのことはこっちに任せて、白斗とネプ子はデートを再開したらいいにゅ」

 

「で、デートって……でも……」

 

「ヨメの事はこのREDちゃんにお任せなのだ! 必ず立ち直らせて、また会わせてあげるから!」

 

 

ブロッコリーやREDがそう勧めてくれる。

確かに付き合いの長さで言えば、彼女達の方が上だ。マーベラスの事は彼女達の方がよく知っている。

白斗は少し悩んだが、ここに居ても自分にできることは無いと悟った。

 

 

「……ありがとう。 でも、何かあったら連絡してくれ」

 

「勿論だよ。 それじゃ、またね!」

 

 

ファルコムの爽やかな見送りを受けて、白斗とネプテューヌは店を出た。

だが、当然ながらデート再開出来るような雰囲気ではなく、二人は視線を落としたまま歩き続ける。

 

 

「…………ごめんな、ネプテューヌ。 あんなことになっちまって」

 

「ううん、私こそ……ごめんね……」

 

 

結局、そのままプラネタワーへと戻ってきてしまった。

ネプギアやイストワールからは暗い雰囲気から心配されてしまい、今日あったことを掻い摘んで話した。

やはりイストワールも、「彼女の仲間と時間先生にお任せしましょう」と言う他無く、二人を元気づけながら夕食の席へと案内するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、MAGES.からメールが届いた。「マーベラスが戻ってきた」と。

どうやら今日の一件で責任を感じているため未だ暗いが、今はホテルの自室で大人しくしてくれているとのことだ。

彼女が戻ってくれたことは嬉しいが、彼女の気分が未だ晴れていないことを知ると白斗の気分がさらに重くなる。

 

 

「…………ふぅ」

 

 

白斗はプラネタワーの屋上へと足を運んでいた。

高所だけあって、夜風が吹いている。この冷たい夜風に晒されながら美しいプラネテューヌの夜景を見るのが、白斗の憩いの時間の一つ。

けれども、今日に限って重いため息が夜風に流れていく。

 

 

「あ……白斗も来てたんだ」

 

「……おう、ネプテューヌか」

 

 

そこへネプテューヌもやってきた。

いつもの明るい笑顔は鳴りを潜め、少し疲れたような顔をしていた。それでもトコトコと近づいてくる姿は可愛らしい。

 

 

「……隣、いいかな?」

 

「年中フリーよ」

 

「ありがと……」

 

 

普段ならここで何かおふざけをかましてくるネプテューヌだが、さすがにそんな余裕はないらしい。

ポスン、と可愛らしい音を立てて座るや否やふぅ、とため息を付いた。

 

 

「……どうやら同じらしいな、俺ら」

 

「うん……」

 

 

本来であればここで何気ない会話を楽しんでいるのだが、それすらも出てこない。

原因は言わずもがな、昼間のマーベラスの一件である。

 

 

「……俺、もっと上手い事出来たのかな……」

 

「白斗……?」

 

 

星空を、いや虚空を見上げながら白斗は一人呟いた。

その声は、後悔の念で満ちている。

 

 

「あの薬草を渡す時、もっと上手い事言えてたら……それ以前にあんな怪我しなかったら、マーベラスを……それにネプテューヌを傷つけること無かったのにな……」

 

 

マーベラスの事だけではない、今日ネプテューヌを暗い気持ちにさせてしまったと白斗は心の底から悔いていたのだ。

白斗は事あるごとにネプテューヌを優しいと評しているが、それは彼もそうだ。ネプテューヌは、白斗がどこまでも優しい少年であると改めて知る。

だからこそ、その傷を抱え込もうとする白斗が見ていられなくて。

 

 

「そんなこと無いよっ!!」

 

「え?」

 

「傷ついたとか、白斗の所為だとか、そんなこと絶対に無い!!」

 

 

大声で、全力で、必死で、否定してくれる。

先程まで思い詰めていたネプテューヌも、力強い光を瞳に宿して、白斗に温かい視線を向けてくれた。

 

 

 

 

「私もすごく悩んだし、今は大変かもしれないけど……まだバッドエンドだって決まったわけじゃないよ! これからハッピーエンドにすればいいじゃん!!」

 

 

 

 

それが、彼女が出した結論だった。

起きてしまったことは変えられない。なら、その結果を最善のものにするように努力するしかない。

前向きかつ、的確で、女神らしいお言葉に白斗も顔を上げざるを得なかった。

 

 

「……私も頑張るからさ。 必要以上に責任を感じなくていいんだよ、白斗……」

 

「…………お前の言う通りだ。 ありがとな、ネプテューヌ」

 

「うん。 ……二人で、マベちゃんの力になってあげようね」

 

 

彼女の言葉に、どれだけ救われただろうか。

今だけではない。今までも、明るく優しい言葉にどれだけ心を救ってもらったことか。

ようやく白斗も笑顔と元気を取り戻し、前を見上げる。

明日、例えマーベラスから拒絶されようとも彼女の力になろう。彼女の笑顔を取り戻そうと決意したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――次の日、プラネテューヌは雨だった。

土砂降りも土砂降り、近年稀にみる大豪雨。

数十メートル先すら目視出来ず、増水による川の氾濫や洪水に対する警戒警報が出されていた。

 

 

「うわー……昨日まで天気よかったのに……」

 

「今日一日はずっとこんな感じなんだって」

 

「床下浸水などの被害も予想されます。 ネプテューヌさん、もし要救助者の存在が報告されたらすぐに救出に向かえるように準備してください」

 

「おっけー! 任せてー!!」

 

 

朝食を食べ終えた一同は、この豪雨への対策を進めている。

白斗も書類整理なりで手伝っていたのだが、正直な所身が入っていなかった。

 

 

(……雨、か……。 さすがに今日、マーベラスに会うのは止めといた方がいいか……ん?)

 

 

仕事を片付けてからマーベラスに会おうと思っていた矢先にこれだ。

こんな土砂降りの中では、さすがに向こうも会おうとはしないだろう。

ため息を付きながら白斗が書類の山を抱えようとした、その時。彼の胸から着メロが鳴りだす。因みに当然、5pb.の曲である。

 

 

「……MAGES.から……? もしもし?」

 

 

相手はMAGES.。所謂中二病的な言動の持ち主であっても、心は常識人だ。

そんな彼女がこんな朝早くから電話を掛けてくるとは、のっぴきならない事が起こったのかもしれない。

白斗は迷うことなく通話に応じる。

 

 

『白斗! 朝早くにすまない、そっちにマーベラスが行っていないか!?』

 

 

携帯電話から聞こえたMAGES.の声は、焦りに満ちたものだった。

冷静な彼女らしくない声に、何事かとネプテューヌ達も振り返ってくる。

 

 

「マーベラス? 来てないが……いないのか!?」

 

『ああ。 朝食に呼びに来たら、“探さないで”という書置きだけがあって……』

 

「探さないでって……まさかこの豪雨の中を!?」

 

『らしいんだ。 仲間達も探してくれているが、ホテルの中はいなくてな……』

 

 

白斗が窓の外を見る。相変わらずの豪雨―――いや、時間が経つにつれ雨が強まっている。

彼女達が滞在しているホテルの中にいないとすれば、ホテルの外しか思い浮かばない。

だがこんな豪雨の中を一人でうろつくなど、下手をすれば命に関わる。

 

 

『くっ……失念していた……! 今日が“あの日”だったのを……』

 

「あの日?」

 

『ああ、マーベラスは決まってこの日付に一人になりたがるんだ。 詳しくは語ってくれなかったが……何か辛い出来事があったみたいでな』

 

 

白斗はようやく思い当たった。

確かに昨日の出来事はマーベラスにはショッキングな出来事だったのかもしれないが、それに加えてまるで過去の自分を責めるような言動も見受けられた。

今日という日が近づいていたからなのだ。

 

 

「……分かった。 MAGES.、マーベラスを見つけたらすぐに連絡を入れる」

 

『見つけたら……って、まさかこの雨の中を探すつもりか!?』

 

「まさかもまさか。 ……“泣いている”女の子を、放っておけるかよ」

 

『泣いているって何故分かるんだ……? というよりも早ま―――』

 

 

ピッ―――。止めるのも間に合わず、白斗は通話を切ってしまった。

すぐさま黒コートを着込み、懐に必要なものを幾つかしまい込む。

 

 

「イストワールさん、すみません! 俺、野暮用が出来ましたんで行ってきます!!」

 

「ま、待ってください!! 事情は把握しているつもりですが、この雨ですよ!? 危険です!!」

 

「だとしたら尚更です。 ―――マーベラスが危ないんだ、放っておけるかよ」

 

「………っ」

 

 

マーベラスを迎えに行こうとする白斗を、イストワールが止めようとする。

数十メートル先すら見えなくなるほどの大雨だ、事故などで大怪我―――それ以上の事態に巻き込まれる可能性も否定できない。

それでも、彼の強き視線にイストワールは怯んでしまう。

 

 

「―――待って白斗。 私も行くわ」

 

「お、お姉ちゃんまで!? しかも女神化しちゃってるし!?」

 

 

後ろから凛とした声が。ネプテューヌのものだ。

それも女神化を果たした姿―――パープルハートになっている。

これが、彼女の本気。これこそが彼女の覚悟。

 

 

「決めたでしょ? 二人でマベちゃんの力になる、って」

 

「……ああ! イストワールさん、お願いです!!」

 

「いーすん、お願い!!」

 

 

二人して、頭を下げる。

真面目な白斗だけではない、あのネプテューヌすらも。友達思いな彼女だからこそ、躊躇うことなく。

誰かのために動けて、誰かのために戦える二人のこんな姿を見せられては、イストワールも笑顔で応えるしかない。

 

 

「分かりました。 これも人命救助、見過ごしてはいけませんね」

 

「……! ありがとう、いーすん!」

 

「ただし、白斗さんやネプテューヌさんも怪我をしないように。 みんなで、帰ってきてください」

 

「はい!!」

 

 

二人揃って約束する。そして迷うことなく、外へ出た。

プラネタワーから一歩出ただけで轟音が支配する世界へとやってくる。この雨の強さは想像の上を行ったが、そんなものでは今の二人は止められない。

 

 

「ネプテューヌ、西地区を任せていいか?」

 

「ええ。 白斗は東をお願い。 見つけたら即連絡するわ」

 

「OK、それじゃ……行くか」

 

 

白斗の一言を皮切りに、二人は豪雨の中を掛けて抜けていく。

女神化したネプテューヌであれば空も飛べるのだが、この豪雨では飛行も安定せず、視界不良ともなれば空を飛ぶ意義も薄い。

だからこそ、二人は走りながら街中を探し回る。

 

 

 

(マーベラス……!! 頼む、無事でいてくれ………!!!)

 

 

 

手足が千切れ飛ぶ勢いで、白斗は駆け抜ける。

マーベラスの―――あの笑顔を取り戻すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザァァ――――。

まるで気持ち悪いノイズにすら聞こえる、轟音の雨。

触れれば体温が奪われ、その勢いも相まって最早冷たいを通り越して痛みすら感じるこの豪雨の中、一人の少女は当てもなく彷徨っていた。

 

 

「…………………」

 

 

マーベラスAQL。現代に生きる女忍者、くノ一。

だがそれを感じさせない出で立ち、そして明るい笑顔がトレードマークの少女。その笑顔は今、微塵さえ無かった。

この豪雨すら感じられないほどの冷たい表情。マーベラスの心の中では、後悔と罪悪感に満ちていた。

 

 

(……私、どうしていつも……大切な人を傷つけることしか出来ないのかな……)

 

 

心が闇に沈んでいく。沈んでいく度、言いようのない痛みが襲い掛かる。

けれどもそれすらも気にならなかった。

この痛みは当然の物だとして、受け入れてしまっているのだから。

 

 

(……数年前の、今日。 あの二人を助けられなくて……今度は白斗君を傷つけちゃって、私……そんなことも知らなくて……。 昨日だって、白斗君に八つ当たりみたいなこと言っちゃって……)

 

 

―――今日、この日付。例え世界が変わっても、この日付はマーベラスにとって重い意味を持っている。

知らず知らずのうちにそれが心に鎖となって縛り付けられ、彼女の心に暗い影を落としていた。

今、マーベラスの脳内ではその日付に起きた悲劇、そして白斗の顔がこの豪雨のように降り注いでいる。彼女の心を引き裂いた悲劇と、自分に起きる悲劇を承知の上で笑顔でいてくれた白斗に対し、彼女の罪悪感は毒のように蝕んでいく。

 

 

(……三人でゲイムギョウ界を守っていこうって誓ったけど……出来るのかな……。 白斗君をあんな目に遭わせちゃった私が……)

 

 

世界を守る。そしてその世界に生きる人たちを―――大切な人を守る。

そんな彼女の誓いは、崩れ去ろうとしていた。

 

 

(……二人の刀を貰って……名前も変えて、二人の大好きな笑顔でいたかったのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……こんな日に笑顔になんて、なれないよ……っ)

 

 

笑顔―――トレードマークだったそれは、彼女にとっての誓いでもあった。

だが今だけは、その誓いを果たすことが出来そうにもない。

後悔が、痛みが、苦しみが涙となって溢れ出る。笑顔でいられないのなら、涙を隠したい―――そんな一心で、この雨の中飛び出してしまった。

 

 

(……………私は……………)

 

 

でも、今となってはどうすればいいのか分からない。何がしたいのかも分からない。右も左も、自分の気持ちさえぐちゃぐちゃに混ぜ合わさり、感覚がマヒしかけている。

目から光が失われかけ、過去のトラウマと白斗への懺悔が心を引き裂きそうになった―――その時。

 

 

「ニャー! ニャー!」

 

「…………え?」

 

 

この雨音の中でも、忍の聴覚は聞き逃さなかった。

か細く、弱々しいながらも助けを求める可愛らしい要救助者の声が。

思わず顔を見上げて、声のした方向に向かって走り出す。そこには川がある。この豪雨の影響で増水し、荒れ狂う濁流となっていた。

濁流は流木やゴミの塊なども運んできたが、その中で何かに引っかかり辛うじて止まっているボート。そしてその上で泣き叫んでいる猫が一匹。

 

 

「た、大変……っ!! でもどうすれば……!?」

 

 

尚も雨は強まっている。その影響で濁流の勢いも増し、更には助かろうと猫は大暴れ。

結果奇跡とも言えるバランスで止まっていたボートが傾きかけている。そうなればボートは転覆、猫も濁流に投げ出され、助からない。

一刻の猶予も無い。雨で目視すらままならない中、それでも必死に周りを見て考える。

 

 

(―――あの橋から飛び降りる? いや、あの猫の下までは距離がありすぎる。

 

 

 

 

 

 

 

―――ロープ使って川の中を泳ぐ? ダメ、ロープ程度じゃあの激流は無理……。

 

 

 

 

 

 

―――流木……そうだ!! これしかないっ!!!)

 

 

 

その中で唯一の活路を見出したもの、それは流木。

今、上流から勢いよく流れてきている流木が数本、あのボートの前を過ろうとしている。

大きく息を吸い込み、神経を研ぎ澄ませ―――。

 

 

「今だっ!!」

 

 

義経の八艘飛び、なるものをご存じだろうか。

小舟から小舟へと飛び移ったという身軽さが成せる業。現代のくノ一であるマーベラスは、まさにその八艘飛びを再現していると言わんばかりに流木から流木へ飛んでいるのだ。

そしてあっという間にボートへと飛び移り、猫を抱え上げる。

 

 

「よし、もう大丈夫だよ。 ちゃんと連れて帰ってあげるからね」

 

「ニャー……」

 

 

不安そうな声を上げる猫。

無理もない。行きは良いが帰りはどうするのか。

だがさすがにそれを忘れているマーベラスでは無かった。今度は川の向こうにゴミやら流木やらがまた流れてきているのだ。

猫を抱えたまま、先程と同じ要領で飛び移っていき―――。

 

 

「うわっ!?」

 

 

と、その途中で雨に絡めとられてしまい、足を滑らせてしまった。

このままでは仲良く激流へ落ちてしまう。そうなればこの猫は勿論、マーベラスとて命の保証はない。

 

 

「くっ―――君、だけでもっ!!」

 

「ニャー!?」

 

 

幸い、岸まで近かった。マーベラスは咄嗟に猫を優しく放り投げた。

ギリギリではあったが、猫は濁流にのみ込まれること無く着地する。

だがマーベラスはそうもいかない。自分を飲み込もうとする、濁った激流が迫ってくる。

 

 

(―――でも、良かった……。 こんな私でも、あの子を助けられたんだ……。 ちょっと、遅かったけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ……白斗君に………謝りたかったな―――)

 

 

ゆっくりとした時間で感じられる、着水までの瞬間。

それでもマーベラスに後悔はなかった。小さくても、たった一つしかない命を救えたのだから。

ただ一つの心残り、それは今でも思うあの少年に言葉を掛けられなかったこと―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マーベラス――――――――――ッッッ!!!!!」

 

「え………!?」

 

 

 

 

 

 

 

その直前、力強い声と温もりがマーベラスを包み込んだ。

声の主は知っている。何せ、今でも彼女が想っている人―――黒原白斗なのだから。

 

 

「は、白斗く……わぷっ!!?」

 

「ぐぶっ!! ……も、もう大丈夫だぞ!!」

 

 

彼だと認識するや否や、時間が急速に動き出した。

白斗は落ちる寸前にマーベラスを抱え込んだものの、それだけでどうにもなるはずがなく、二人揃って激流へと落ちてしまう。

しかし、激流の中でも二人の体が下流へと流されることは無かった。白斗がワイヤーを、近くの電柱に結び付け、命綱にしていたからだ。

 

 

「は、白斗君……なんて無茶を……!!」

 

「ははは、そりゃお互い様だ。 なぁに、すぐに岸へ連れていって……―――っ!!?」

 

 

無茶も無茶だ。

この激流に逆らうことがどれだけ体に負担を強いることなのか。しかも白斗はワイヤーを伸ばすために右腕を伸ばし切った状態、右腕にはそれこそ引きちぎれそうなまでの激痛が走っているはず。

おまけにマーベラスを激流に晒さないため、白斗は彼女を背中で庇いながら岸へと引き寄せている。

 

 

「流木!? チッ……ぐうっ!!?」

 

 

しかも、その最中に流木が二人目掛けて突っ込んできた。マーベラスを守るため、白斗はそれを背で受ける。

流木の大きさ、そして濁流の勢いが合わさり白斗の背中に大打撃を与えた。

 

 

「白斗君ッ!! も、もういいよ……私なんか離して……逃げてよぉっ……!!」

 

 

傷つき、苦しむ白斗の姿を見てマーベラスから涙が溢れ出す。

これ以上、大切な人が目の前で傷つく姿なんて見ていたくない。

必死に嘆願するが、白斗は苦しみながらも必死に笑顔を浮かべて。

 

 

「逃げるかよ……お前の笑顔がまだ見れてねぇのに、見捨てるなんざ出来るかよォッ!!」

 

「……白斗君……って危ないっ!!」

 

 

マーベラスのために、命すら張っている白斗。

辛いのに、苦しいのに、それでも彼女のために笑顔を浮かべている。そんな姿を見て、マーベラスも苦しかった。苦しい、はずなのに―――その姿に魅入ってしまう。

だがそんな空気も長くは続かなかった。先程の物よりも、更に巨大な流木が白斗へと向かって―――。

 

 

「させないわ!! デルタスラッシュ!!」

 

 

すると、凛とした声と共に鋭い三つの斬撃が飛んできた。

斬撃は流木をまるでバターのように切り裂き、白斗に直撃する前に切り分ける。おかげで白斗に直撃することは無かった。

こんな芸当が出来るのは、ただ一人。

 

 

「ネプテューヌ! 助かった!!」

 

「白斗!! それにマベちゃんも……無事で良かった!! 今引き上げるわ!!」

 

 

女神化したネプテューヌことパープルハートだった。

美しい太刀筋を見せただけでなく、プロセッサウィングを展開し、白斗とマーベラスを激流から引き揚げた。

 

 

「このままプラネタワーまで送るわ」

 

「頼む。 いいよな、マーベラス?」

 

「………うん………ごめんなさい……」

 

「謝るなって。 ひとまずプラネタワーで温まろうぜ」

 

 

ワイヤーも回収し、雨も少しだが弱まってきた。

今なら飛行も問題ない。そのままネプテューヌは二人を抱えてプラネタワーへと飛んでいく。

二人を下ろし、ネプテューヌは女神化を解いた。

 

 

「ただいまー。 マーベラス、無事救出完了!」

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん!! わわ、凄いびしょ濡れ!!」

 

 

出迎えてくれたのはネプギアだった。

分かっていたことだが、白斗もネプテューヌも、そしてマーベラスも全身が濡れている。白斗とマーベラスに至っては濁流に入っていたのだ、服も相当泥まみれ。

ネプギアの悲鳴に近い声を聴いて、イストワールも駆けつける。

 

 

「お帰りなさい白斗さん、ネプテューヌさん。 それにマーベラスさんですね?」

 

「は、はい……。 こっちの世界のイストワール様か……」

 

「お話はお伺いしています。 ひとまずお風呂を沸かしているのでそちらを使ってください」

 

「おおー! さすがいーすん、気が利くー!!」

 

 

雨の中走り回って体中が冷え切り、泥水で気持ち悪さを感じていたところだ。風呂は正直な所、有難かった。

ネプテューヌもご機嫌になり、マーベラスは最初遠慮しようと思っていたのだが、この格好のままでいるわけにもいかないのでここはお言葉に甘えることにした。

 

 

「イストワール様! すみません、ちょっと来てください!」

 

「分かりました、今行きます。 ネプギアさん、すみませんがサポートお願いします」

 

「あ、はい! お兄ちゃん、お姉ちゃん、それにマーベラスさんもしっかり温まってくださいね」

 

 

そこへ慌ただしく駆けつけるアイエフ。

火急の用件らしく、すぐさま対応に向かうイストワールとネプギア。後に残された三人は顔を見合わせたが。

 

 

「んじゃレディーファーストだ。 ネプテューヌとマーベラス、先入って来いよ」

 

「え? で、でも……白斗君が……」

 

「そうだよー! 私達は良いから、先に白斗が………くしゅん!!」

 

「ほれ見ろ。 風邪ひいちまうだろ、お前達が先に………ヘックシ!!」

 

 

ネプテューヌとマーベラスに風邪を引かせるわけにはいかないと先に譲ろうとする白斗。

だが大切な少年に風邪を引いてほしくないと、同じくネプテューヌとマーベラスが譲ろうとした。

互いに譲り合いが続く中、白斗とネプテューヌが仲良くくしゃみしてしまう。このままでは風邪を引くのは火を見るよりも明らか。

考えた末なのか、それとも水の冷たさで熱が出てきたのか、マーベラスが口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「……だ、だったらさ……皆で、入ろうよ……」

 

「「…………ゑ?」」

 

 

 

 

 

思わず、固まってしまった。

 

 

「な、何言ってんのマーベラス!? やっぱ熱に浮かされてんだな!?」

 

「本気だもん!! 真面目だもん!! 冗談じゃないもん!!」

 

「冗談じゃないと言われりゃそれこそ冗談じゃない!! 年頃の女の子がそんなことしちゃ……」

 

 

恥ずかしさから必死に拒否する白斗。

年頃の男の子からすれば、魅力的すぎる提案。だが残った理性が必死にそれを押さえようとしている。

鉄壁の理性で押し切ろうとしたその時、白斗の右手に冷たくも綺麗な感触が。

 

 

「……それしかないね!! 入ろう、白斗!!」

 

 

ネプテューヌが握った手だった。顔を赤らめ、目をぐるぐるさせながら彼女も賛同している。

緊張の余り、顔に張り付いた雨水が蒸発して湯気になっていた。

 

 

「ネプテューヌ!? よし、風呂の前にまずは病院に行こうね!?」

 

「このままだと全員風邪ひいちゃうし!? ……こんなチャンス、滅多に無いし……」

 

「後半部分が聞き取れないくらい弱っている!? マジで考え直せ!!」

 

「あーもー!! 男がゴチャゴチャ言わないのっ!!」

 

「そうだよ!! 白斗君も覚悟を決めなさいっ!!!」

 

「俺間違ったこと言った!? って、ちょ、待てやああぁぁぁぁぁ………」

 

 

白斗の絶叫も空しく、そのまま風呂場へと連行された。

さすがに一緒の場では着替えが出来ないので先に白斗が脱ぐことに。恐らく彼が風呂場に入るまで、彼女達は着替えないつもりだろう。

ここまでされては逃げるに逃げられず、仕方なく服を脱ぎ、腰にタオルを巻いて浴室へと足を踏み入れる。

出迎えてくれたのは温かな湯気と、それに包まれた広い湯舟だった。

 

 

「おぉー、さすがイストワールさん。 入浴剤もいいもの使ってくれてるな。 ……ただ」

 

 

チラ、と白斗が外へ通じる扉を見る。

少ししたらネプテューヌ達が入ってくる―――のかもしれない。男としては嬉しいが、健全な青少年としてはこの状況はマズイ。

イストワールに知られれば、打ち首獄門と判決されてもおかしくない。

 

 

(仕方ねぇ!! さっさと洗ってさっさと出てしまえば……)

 

 

覚悟を決め、シャワーのダイヤルを回そうとしたその時、ガララと心地よい音が立てられた。

 

 

「ふっふーん! さっさと洗って出ようたってそうはイカの金時計ー!!」

 

「白斗君、カラスの行水はよくないよ!!」

 

(ナントイウコトデショウ……)

 

 

時すでに遅し。二人が入ってきたのだ。

怖くて振り向けない。振り向いた瞬間、鉄壁を貫いたこの理性が超新星爆発と共に木っ端みじんに吹き飛ぶ自信がある。

こんなことになるくらいなら、二人の提案を受けて一番乗りすべきだったと超後悔。

 

 

「白斗!! こっち見てよ!! ……それとも恥ずかしいのかな~?」

 

「は、恥ずかしいに決まってんだろ!!」

 

「……こ、こっちだって恥ずかしいんだよ……。 でも、見てくれないと……ここで大声で悲鳴上げちゃうから」

 

「待て。 どう転んでも俺が死ぬ未来しか見えないんだが?」

 

 

理性を崩壊させて死ぬか、社会的に死を迎えるか。

―――ならば、役得な方を選んでしまう。悲しき男の性。

 

 

「し、失礼します………っ!!?」

 

 

ゆっくりと、振り返る。

そこにはきめ細やかで、美しい素肌の美少女が二人、湯気に包まれていた。

ネプテューヌは体の凹凸は少ないものの、健康的なポージングと女神たる美しき肌が何とも言えない魅力を醸し出している。

マーベラスは柔らかな肢体と丸みを帯びたラインが扇情的。少し動けば揺れる胸やお尻などが、白斗の脳内を揺らす。

何よりもどちらも胸から太腿までバスタオル一枚を巻き付けているのだが、それが逆に艶やかさを引き出していた。

 

 

「ど、どう……?」

 

「ドキドキ、してくれてる……? って白斗君、心臓が物凄い光り方を!?」

 

「……もう、ゴールしても……いいよね……?」

 

「ダメー!! まだしちゃダメー!! もう、初心なの分かったからあっち向いてていいよ!!」

 

 

想像以上に女性に免疫が無かったため、心臓がオーバーロードを起こしかけた。

女を意識してくれているので、マーベラスもネプテューヌも結果としては上々だったが、これ以上はさすがに白斗に悪いと向こうを向かせる。

白斗は安心したような、残念なような、そんな複雑な気持ちに駆られる。

 

 

「と、とにかくまずは湯船に入ろうぜ!? 温まりたいだろ!?」

 

「そ、そうだね!! し、失礼しま~す……」

 

(う、うぅ……なんで私、勢いとは言えこんなことを……! で、でも……恥ずかしい以上に、嬉しすぎる……っ!!)

 

 

このまま二人の体をまじまじと見続けるよりかは、湯船に入って体を見ないようにした方がまだいい。

そう判断し、二人を湯船に浸からせる。当然湯の温もり以上に羞恥心で二人の顔はすぐに熱くなったが、それ以上の幸せを感じていた。

 

 

「……あ……白斗……体、傷だらけ……」

 

 

すると、ネプテューヌが白斗の体を見つめてきた。

当然、近ければ見えてしまう。白斗の体に刻まれた、無数の傷跡。

真新しいものはこの世界にある回復魔法や、コンパの治療などで消せるのだがこの傷跡は明らかに数日でつけられたものではない。

 

 

「……まぁ、昔色々あったのよ」

 

 

どこか達観したような顔と声で、白斗は自分の傷を見つめた。

彼の過去についてはマーベラスも、ベールらを通じて少しだけだが聞いた。

白斗はろくでもない父親を持ってしまったこと、その父親に機械の心臓を埋め込まれたこと、そして無理矢理暗殺者にされてしまったこと。

成人もしていない少年が抱えるには、余りにも重すぎる過去であることは想像に難くない。

 

 

「……でも、白斗君は凄いな……そんな傷を抱えてでも、あれだけ強いもん……」

 

「マーベラス……?」

 

「……私は、昔の……弱い私のままで……自分が嫌になっちゃうよ……」

 

「マベちゃん……」

 

 

今日のマーベラスはとにかく暗い。

やはり、MAGES.の言っていた通り今日という日付に何かトラウマを抱えているのだろう。

白斗とネプテューヌは互いに顔を見合わせる。何しろ、彼女の力になりたいと誓ったのだから。

 

 

「―――そんなこと無い」

 

「え……?」

 

 

突然、肩に手が置かれた。白斗の手だ。

先程までこちらを直視することすら拒んできた彼が、ここにきてマーベラスを真っ直ぐ見つめている。

その力強い視線は、マーベラスを捉えて離さなかった。

 

 

「マーベラスが弱いなんて、そんなこと無い」

 

「……で、でも……私、笑顔でいるって誓ったのに……全然笑えてなくて……昨日だって、白斗君に最低な八つ当たりしちゃって……」

 

「あんなん八つ当たりにすら入らないっての」

 

 

自己嫌悪に陥るマーベラスだが、対する白斗はまるで気にしていないように笑っている。

いや、実際に気にしていないのだ。

 

 

「誰だって暗くなる時くらいあるさ。 ちっとばかしそれが続いたくらいで人の強さなんて決められるはずがない。 それにお前、さっきはあの猫助けたじゃないか」

 

「あ…………」

 

 

あの時、絶望的な気分に浸っていたのは事実。それでもあの猫を見た時、考え無しに動いてしまった。

考え無しに―――動けた。結果、あの猫は辛うじて助けることが出来た。

その瞬間、マーベラスの中には確かな充足感があった。

 

 

「あんな状況で、あんな気分で、それでも助けに行ったんだ。 ……これを強いと言わずしてなんて言うよ?」

 

「……で、でも……結局白斗君を巻き込んで……」

 

「はは、なら今度から無茶やめろよ。 それでいいさ」

 

「………白斗君だって無茶するくせに」

 

「それには私も同意」

 

「そこだけ一致団結しねーでもらえますかね?」

 

 

細々としたツッコミが返ってきた。

でも、こんなジョークが言えるのは心に余裕が出来た証拠だ。

ネプテューヌが笑うと、つられてマーベラスも笑う。笑えば、元気が少しでも出てくる。

気分が持ち直した今なら、彼女の本音を聞き出せるかもしれない。

 

 

「……マベちゃん。 余計なお世話かもしれないけど……私達、マベちゃんの力になりたい」

 

「ああ。 ……だから、もし良かったら……話してくれないか? 何があったのか」

 

 

あくまで自発的に話してもらえるように促す。

過去を話せば彼女の心も晴れるかもしれない、一方で過去のトラウマを抉り出すようであればより追い詰める結果にもなりかねない。

そんな時は何が何でも支える。それが白斗とネプテューヌの覚悟だった。

 

 

「……そう、だね。 お世話になったし……二人には、話しておかなきゃね……」

 

「ありがとう。 ……でも、ここまで言っておいて何だが無理はしなくていい」

 

「ううん。 二人だから聞いてほしいの」

 

 

マーベラスも、気分が軽くなった。そしてより軽くなりたかった。この二人なら話せる―――それだけの信頼が生まれていた。

白斗とネプテューヌは嬉しくなったが、同時に気を引き締める。彼女の過去を、受け止める責任が生じたのだから。

 

 

 

 

 

そして、マーベラスはその過去を話してくれた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――私、数年前に……大切な仲間二人と一緒にある任務に出たんだ。

 

 

 

 

 

簡単だと思われていたその任務で、私達は敵の罠に嵌ってしまって……

 

 

 

 

 

抜け出せたまでは良かったんだけど……仲間二人は、深手を負っちゃったの。

 

 

 

 

 

 

二人を助けなきゃって、必死に手を伸ばして………でも、届かなくて………

 

 

 

 

 

 

何も出来なくて、死を見届けるしか無くて……私、悲しくて、泣きじゃくるしかなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

助けることも出来なくて、泣くことしか出来なかった私に……二人は言ってくれたの。

 

 

 

 

 

 

 

―――『あなたは笑顔の方が似合っているから、ずっと笑っていなさい』って―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――やっとわかった。彼女が何故笑顔でいられたのか。何故、笑顔に拘ったのか。

それが大切な仲間の形見と誓いだったのだから。

更には二人との思い出を残すため、形見の刀を今でも後生大事に持ち歩き、名前まで変えたのだという。

それだけマーベラスにとって―――忘れられない日なのだ。今日という日は。

 

 

「……こんなところ、かな。 長々と暗い話聞かせちゃってゴメンね!」

 

 

無理矢理明るくしようとするマーベラス。

そして、またあの笑顔を浮かべる。彼女自身、笑顔でいることは好きなのだ。でも、笑顔でいたくない時ですら笑顔でいようとする。

だから、白斗は―――

 

 

 

 

 

 

――――彼女を、右胸に抱き寄せた。

 

 

「ひゃっ!? は、はははは……白斗君………!!?」

 

「…………」

 

 

彼の素肌に顔を引き寄せられ、マーベラスは顔を赤くする。

何事かと顔を見上げれば、白斗は優しい笑顔を浮かべて頭を撫でてくれている。

 

 

「……笑顔でいたくない時くらいあるだろ。 だったら、あの二人に見えないように俺が隠してやる」

 

「え………」

 

「だから、泣きたかったら泣けばいい。 見なかったフリも聞こえないフリも出来る。 誰にも見せない。 今日みたいに、雨で涙を隠そうとしなくていいんだ。 胸くらい、幾らだって貸してやるさ」

 

 

白斗は、マーベラスを救うたった一つの方法を見つけた。

彼女の心に重くのしかかる「笑顔でいられない時」。それを、無理矢理にでも作り出してくれた。

それだけではない、今日何故、あんな無茶をしたのかも理解してくれている。

彼の腕が、肌が、温もりが。マーベラスの心を溶かしていく。

 

 

「……あ……だ、だめ……こ、れ……だめ……わたし、ないちゃう……」

 

「だーかーら、泣いていいんだって」

 

「そうだよ、マベちゃん!」

 

 

更にそこへマーベラスの頭を抱きかかえる少女が一人。ネプテューヌだ。

彼女も、泣きそうになっているマーベラスの顔を隠してくれる。

 

 

「白斗だけじゃない、私もいるよ。 ……そりゃ、白斗みたいに頼れるわけじゃないけど……私だって、マベちゃんの力になりたいから」

 

「ネプ、ちゃん……白斗、くん……あ、あぁ………」

 

 

二人の優しさが、何よりも嬉しかった。

その時、マーベラスの脳内である過去の映像と今の光景が一瞬だけ重なった。

―――大好きだった二人の仲間が、優しく抱きしめてくれた、そんな一幕に。

 

 

「……泣いて、いいの……?」

 

「いいんだよ。 遠慮なく、ドーンと来なさい!」

 

 

ネプテューヌが、ぺたんこな自分の胸をドンと叩く。

 

 

「……頼っちゃって、いいのかな……?」

 

「寧ろ頼らなかったら怒るぞ」

 

 

そして白斗が、優しく頭を撫でてくれた。

もう、限界だ。せき止めておくことなど出来ない。涙腺は決壊し、嗚咽は大きくなり―――。

 

 

 

 

 

 

 

「……うっ、あ、あぁっ………ぁ………うあああああああああああああああああん!!!」

 

 

 

 

 

 

マーベラスは、あの日以来初めて人前で大泣きしたのだった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――もう、大丈夫だよ。 二人とも、ありがとう!」

 

 

それからややあって、マーベラスはようやく泣き終えた。

堪りに堪り切ったそれを全て吐き出し、最高の笑顔を見せてくれている。

 

 

「うんうん、今度こそ心からの笑顔だね。 私が言うんだから間違いナッシング!!」

 

「確かに、笑顔第一のお前が言うんだから安心だわな」

 

「……やっぱり、別の世界でもネプちゃんは優しいね。 ありがとう!」

 

「でしょー!? 慈愛の女神様だよー!! 崇めたまえー!!」

 

「調子に乗るなっての」

 

 

同じく笑顔を信条としているネプテューヌが、言うのだから間違いない。

彼女の笑顔につられて、白斗も笑う。そしてそんな彼の笑顔を見て、マーベラスの心臓は高鳴った。

 

 

 

 

 

(……そして、白斗君……本当に、ありがとう……。 私の心を救ってくれて……。

 

 

 

 

 

 

 

………もう誤魔化せない。 誤魔化したくないよ、この気持ち……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白斗君を見る度に、話す度に、触れ合う度に高鳴る、この幸せの鼓動………。

 

 

 

 

 

 

 

 

………貴方に、恋しました。 大好きです、白斗君―――――)

 

 

 

 

蕩けきった表情で、マーベラスは大好きな少年―――白斗を見つめていた。

 

 

(ム!! 私の乙女センサーが感知……やっぱりマベちゃんも白斗に惚れてるっぽい!? 今回はマベちゃんの心を助けるためだったけど、白斗は渡さないんだからーっ!!)

 

 

色恋沙汰となれば話は別。

ネプテューヌの無駄な察知能力がここで覚醒し、意中の少年を渡さないために更なる行動に出る。

 

 

「さ、さて! マベちゃんの気分も晴れたことだし、白斗! 背中流してあげる♪」

 

「ぶーっ!? な、何言ってんのお前!?」

 

「いいじゃん!! 私の騎士様なんだし♪ ホラホラ、早く………ねぷ?」

 

 

背中を流すという大胆行動に出た。

美少女、それも女神様に背中を流してもらえると聞けば焦らない白斗ではない。

拒否するも、持ち前の積極さで白斗を座らせようと手を引くがそんな彼の反対側の手を、マーベラスが握っていた。

 

 

「だ、ダメだよネプちゃん! 私が白斗君の背中を流すの!! 今日のお礼に!!」

 

「マーベラスまで!? いいっての!!」

 

「良くないよ!! これだけ良くしてもらったのに、何もしないなんて女が廃る!!」

 

「廃らねぇよ!! これ以上は逆上せるし、もう俺は出―――」

 

 

これ以上はマズイ。マーベラスの過去編に突入したおかげで、随分と時間が経ったはずだ。

そろそろ誰かが風呂場を覗き込んでくるかもしれない。

最悪の事態は避けたいと適当な理由をつけ、白斗は浴室から離脱しようと――――

 

 

「お兄ちゃあああああああああん!! どういうことなのおおおおおおおおおおっ!!?」

 

「ね、ネプギア―――――ッ!!?」

 

 

最悪の事態、発生。

とうとうネプギアが浴室に乱入してきたのだ。

 

 

「お姉ちゃんと……マーベラスさんと、一緒に混浴なんてっ………!!」

 

「ち、違うんですッ!! これには深いワケが……ってか何でお前までタオル一丁!?」

 

 

社会的な死から逃れようと、白斗は絶望的な言い訳を口に出そうとした。

だがここで気付く。ネプギアもタオル一枚しか巻いていないではないか。

慌てて目を隠すも、もう遅い。

 

 

「だから―――混浴なんてズルいって言ってるの!! 私もお兄ちゃんとお風呂入って背中流してあげたいのーっ!!!」

 

「なんでだあああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

 

なんとネプギアまでもが参加してきた。

彼女もまた、白斗に想いを寄せる乙女の一人。意中の人と混浴イベントなんて、見逃せるはずがなかったのだ。

しかし火に油を注ぐような行為でしかなく、ネプテューヌとマーベラスが膨れっ面を向けてくる。だが、混沌の宴はこれだけで終わるものでは無く―――。

 

 

「待ちなさいネプギア!! ネプ子!! アンタらだけ、そんな……そんなっ……!! わ、私だって、白斗の背中を流してあげるんだからーっ!!」

 

「アイエフぅううううううううッ!? お前もどうしたよ!!?」

 

「待つです~~~!! 私も白斗さんと、こ、こ、混浴するです~~~~~!!!」

 

「コンパまで!!? ちょ、抱き着かないで……!!」

 

 

同じく、タオル一丁になったアイエフとコンパまでもが入ってきた。

どうやら三人とも、今までの会話を扉越しに聞いていたらしく、結果白斗への想いが暴走し、正常な判断が出来なくなったらしい。

我先にと白斗の腕にくっつく美少女たち。当然、看過できるネプテューヌとマーベラスではなく。

 

 

「ダメだよ皆!! この小説のメインヒロインは私!! メインヒロインたる私が背中を流すシーンを提供しなきゃ読者が納得しないでしょ!!」

 

「メタなこと言わないでよネプちゃん!! それに今回の主役は私なんだから、私が流さなきゃダメなの!!」

 

「そんなの関係ないよ!! お兄ちゃんの背中は、妹である私のものだもん!!」

 

「白斗の背中は私が守るって決めたのよ!! 私がやるの!!」

 

「わ、私だって負けないです~~~~~!!!」

 

「あばばばばばばばばばば………………!!?」

 

 

彼女達が負けじとくっつき、胸を抱き寄せてくる。それに対抗して他の少女達も、自らを知らしめるように密着度を高めるというスパイラルが形成。

美少女5人に、タオル越しとは言え抱き着かれ、白斗も脳内回路が限界へと到達する。

全ての血液と熱が、顔に集中し―――。

 

 

「…………もう、だめ………ぶふっ」

 

「き、キャーッ!? 白斗君、しっかりして~~~~~~!!?」

 

 

鼻血を出して、気絶したのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、5人は夜通しでイストワールの説教を受け瀕死に陥った。

白斗は翌日意識を取り戻したが、やはりイストワールから説教を受ける羽目に。

加えてマーベラスも迎えに来た仲間達にも説教され、二人仲良く二度死にかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……でも私……女神様相手でも負けないよ。 忍は絶対に諦めないんだから! 覚悟してよね、白斗君♪)

 

 

 

 

 

 

 

―――それでも、マーベラスの笑顔は最高に幸せそうだったという―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みにこの話が各国に行き渡り、聞きつけたノワールら三女神の手によって白斗は三度死にかけたそうな。




サブタイの元ネタ「ニニンがシノブ伝」

皆様、遅ればせながらあけましておめでとうございます。カスケードです。
今年も明るく楽しく、ねぷねぷな一年していきましょう!
大変長らくお待たせいたしました。今回はマベちゃんのお話でした。
欲望のままにシーンを詰め込んだせいでとんでもない長さになっちゃった。感動もギャグもラブコメも、何もかも詰め込んだのがこの「恋次元」という作品のスタンスなのでその辺りを楽しんでいただければ幸いです。
その分読み応えという形でお送り出来たらと思います。更には他のメーカーキャラも登場。今回はRe:birth基準で出しました。
因みにマベちゃんの次にREDちゃんも好きだったりするのだ。
そして次回から少しずつストーリーを動かしていこうと思います。次回からは黄色くて元気なあの子が登場!お楽しみに!!
感想お待ちしております!!





NEXTネプテューヌヒント! 「ねぷてぬーっ!」


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第三十話 パワーパフ☆ピーシェ!

―――プラネテューヌ、バーチャフォレスト。

今、黒衣の少年が愛用のナイフを手に、一匹のリザードマンに向かって勇猛果敢に向かっていった。

 

 

「―――せいやっ!!」

 

「グゥェエエ………!!?」

 

 

白斗の裂帛の一声と共に繰り出された一閃。

白刃はリザードマンの喉元を切り裂き、絶命させた。力尽きたモンスターは死骸すら残すことなく消える。

 

 

「……ふぅ、これでリザードマン討伐完了っと。 大分モンスターにも慣れてきたかな」

 

 

刃を懐に仕舞い、白斗が安堵の息をつく。

今日彼は単身でリザードマン討伐に赴いていたのだ。モンスターとの正面戦闘は不得手だと語っていた白斗も、今ではそこそこ戦えるようになってきた。

当初はスライヌですら大苦戦だったものが、今では難易度の高いクエストにも挑めるまで成長している。

 

 

「さて連絡……げッ! ……あーあ、ケータイ壊されちまった。 保証利くかなぁ……」

 

 

仕事終わりの報告をしようと携帯電話を取り出した途端、顔色が濁った。

先程の戦闘で知らぬ間に攻撃を受けていたのか、携帯電話が損傷していたのだ。画面には何も映らず、ボタンを押しても反応が無い。

 

 

「仕方ない、仕事も果たしたし帰るか。 アイエフとコンパにパフェ作ってやらねーと……」

 

 

しかしモンスターを討伐し終えても今日という日が終わるわけではない。

やるべきこと、やりたいことは山ほどある。この世界に来たばかりの白斗からすれば、こんな風に考えが変わるなど思ってもみなかった。

あの時はやりたいことなど無かった。ただ女神の皆に恩返しがしたかっただけ。それが今では使命感を超えて、自分のしたいことを見つけ出しつつある。

 

 

「………ん?」

 

 

ふと、ゲイムギョウ界の空を見上げた時だ。

空から綺麗な光がバーチャフォレストの奥深くにまで落ちていくのが見えた。

 

 

「流れ星……こんな昼間から? ……気になるし、行ってみるか」

 

 

こんな昼下がりにはっきりと見える流星など聞いたことが無い。

敵の攻撃か何かか。幸い、その光の落下地点はここからそう遠くはないはず。

予定を変更し、白斗はバーチャフォレストの奥深くにまで歩を進めることにした。さすがにモンスターも手強くなりつつあったので、余計な戦闘を避けながら進んでいく。

 

 

「ふぅ……ふぅ……さ、さすがに一苦労……。 これで何もありませんでしたーと来たら骨折り損だぞ………ん?」

 

 

モンスターの視線を掻い潜り、茂みを掻き分けて突き進んでいく。

すると草が生い茂った場所に到達した。

だがそこで見つけたもの。それは―――。

 

 

「くー……すー……」

 

「……女の子?」

 

 

草の塊をまるでベッド代わりにして眠る、黄色く、まだ幼い少女だった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、プラネタワーの一室では二人の少女が心を躍らせていた。

 

 

「ふんふふーん♪」

 

「えへへ~」

 

「あれ? あいちゃんにこんぱ、随分機嫌良さそうだね。 どうしたの?」

 

 

アイエフとコンパ。まるでまだかと言わんばかりに何かを待ち望んでいる。

親友二人のいつもとは違う様子に首を傾げるのはこの国の女神、ネプテューヌ。どうやら遊びに出掛けていたようだが、つき先程帰宅したらしい。

手には新発売のゲームソフトやプリンの包みが入った袋を引っ提げている。

 

 

「いやね、白斗がパフェ作ってくれるのよ~」

 

「私達はまだ白斗さんのパフェ食べたことないので楽しみです!」

 

(……白斗、絶対この二人にもフラグ立ててる……っ!!)

 

 

親友二人まで恋に落としかけている少年に拳を震わせるネプテューヌ。

彼女もまた白斗に想いを寄せているのだ、親友相手と言えど譲る道理はない。ただ今はそこまで事を荒立てる必要もないと、何とか怒りを落ち着けた。

 

 

「ところで白斗は? いないの?」

 

「何でもクエストに出てるそうです。 もうすぐ帰ってくると思うですよ」

 

「おおー、働き者だねー」

 

「そもそもアンタが働かないから白斗が代わりに行ってるんでしょーが!」

 

「失礼な! 私だってこうやって国民の生活を調べるべく、日々見回りをだね……」

 

「その結果ゲームとかプリンとか買っていれば世話ないですよ、ねぷねぷ」

 

 

元は仕事をしないネプテューヌに代わって白斗が仕事をしているこの日常。

アイエフとコンパからも咎められ、ネプテューヌはばつの悪そうな顔を向ける。

だがこんな一面すら笑い話。すぐに笑顔で溢れ返るプラネテューヌの面々。これが彼女達の日常。

 

 

 

 

 

―――だがそこに、トラブルが巻き起こるのもプラネテューヌの日常だった。

 

 

「あ、皆さん!! 白斗さん帰ってきてませんか!?」

 

「え? イストワール様?」

 

 

慌ただしい様子でイストワールが駆けつけてきた。

どうやらお目当ては白斗の様子。しかし、当然彼はまだ帰ってきてない。

 

 

「白斗ならまだ帰ってきてないけど……どうしたのいーすん?」

 

「いえ、白斗さんと連絡が取れなくて……」

 

「あれ? いつもならケータイも充電も忘れてないはずです」

 

「それに仕事終わったーって連絡くれるよね?」

 

 

コンパとネプテューヌが顔を見合わせる。

基本的に白斗は真面目で、準備に余念がない性分だ。連絡手段である携帯電話を持ち忘れたり、或いは充電を切らしたことなど一度もない。

それだけに音信不通となると、一気に不安が巻き起こる。

 

 

「……まさか、白斗に何かあったの……!?」

 

 

一気にネプテューヌの顔が青ざめる。

普段のしっかり者という印象に隠れがちだが、白斗は一般人の部類だ。戦闘能力も低くはないが、高すぎるという程でもない。

もしクエスト先で何かあったら―――。愛する人の無残な姿を想像しただけで、ネプテューヌ達の心が引き裂かれそうになる。

 

 

「それだけじゃないんです! 一般人から通報があったのですが、バーチャフォレストで赤黒い大きなモンスターを見たと……」

 

「赤黒い大きなモンスター……? それって、まさか!!?」

 

 

挙げられた特徴、ネプテューヌの脳内にある嫌な予感が過った。

彼女は一度だけ、その相手と戦ったことがある。

その赤黒さは体内に取り込んだアンチクリスタルの影響が表面化したもの。それ故能力も凶暴性も段違いのモンスター。

 

 

 

 

 

「はい……アンチモンスターがバーチャフォレストにいるかもしれません」

 

「―――――ッッッ!!? 白斗ぉッ!!!」

 

 

 

 

 

 

居ても立っても居られない。まさにそんな表情と声色になったネプテューヌは迷うことなく飛び出していった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、バーチャフォレストでは―――。

 

 

「くー……くー……ん、んんー………?」

 

「お、目ぇ覚ましたか」

 

 

白斗が草の上で眠る少女の目覚めを待っていた。

彼女の素性も、どうやってこんな森の奥深くまで来られたのかも分からなかったがこのままにしておけないとずっと見守っていたのである。

その甲斐あってか、少女は大欠伸をしながらも体を起こす。

 

 

「ふぁぁ~~~……あれ? おにーちゃん、だれー……?」

 

「俺? 黒原白斗って言うんだ、君は?」

 

「ぴぃのこと? ぴぃはぴーしぇだよ!」

 

 

幼さゆえに警戒心が低いらしく、白斗に対して敵意も何もなかった。寧ろ人懐っこささえ感じる。

白斗も穏やかに接してみたが、素直な少女であると好感が持てた。

その少女―――ピーシェはすっかり眠気も吹き飛んだらしく、元気よく挨拶してくれた。

 

 

「よろしくなピーシェ。 で、なんでこんな森のド真ん中で寝てたんだ?」

 

「もり? ぴぃ、おそとであそんでただけだよ? ってあれ、なんでもりのなか?」

 

「どうやって来たのか覚えてないのか?」

 

「しらないよ? きゅうにねむくなったとおもったら、ここにいたもん」

 

 

なるべく威圧させないように言葉と声色を選び話しかければピーシェも素直に話してくれる。

だが、やはりこの森に来た経緯は覚えていないらしい。いや、知らないというニュアンスの方が正しいようだ。

彼女の言葉を素直に受け取るなら、「急にここに飛ばされた」と言っているようなものだ。

 

 

(……まさか、俺と同じ……なワケないよな?)

 

「おにーちゃん?」

 

「ああ、ゴメンゴメン。 で、ピーシェの家はどこかな? 親の所に連れてってあげるぞ」

 

「ぴぃ、ぱぱとかままとかいないよ?」

 

「え? ご、ごめん……嫌なこと聞いちゃったな……」

 

 

普通、この齢の子供であれば親の存在が常に頭の中にあるはず。

けれどもピーシェはあっけらかんとした様子で親はいないとはっきり告げたのだ。

孤児の類だろうか、気まずいことを聞いてしまったと白斗の中で罪悪感が沸き上がるがピーシェは気にした様子もなく、明るい笑顔を向けてくれた。

 

 

「でもだいじょーぶ! ぷるるとがいるもん!」

 

「ぷるると……? 家族の名前かな?」

 

 

明るい笑顔と声色で、家族の名前を出してくれた。

彼女を愛してくれる家族がちゃんといることに白斗は安堵する。ピーシェの様子からしても、その「ぷるると」という人物との関係も良好なようだ。

 

 

「うん! あとね、あいえふやこんぱ、いすとわるともいっしょなの!」

 

「え!? アイエフにコンパ……それにいすとわるって、イストワールさん!?」

 

「おにーちゃん、みんなしってるの?」

 

「ぷるると、って人は知らないけど他は皆知り合いだぞ?」

 

「ほんとー!? わーい!!」

 

 

だが驚くべきことに、アイエフやコンパ、イストワールとも知り合いだという。

これだけはっきりと名前を告げたのだ、何かの間違いということは無い。

ただ、白斗の中では解せないことだらけだった。

 

 

(アイエフもコンパも、イストワールさんもこんな子が家族だって話は一度もしていない……これだけ幼いんだ、教会に一度も顔を見せないのもおかしい……)

 

 

もしかしたら同姓同名の人物なのでは、と一瞬勘ぐったがだとしても三人とも一致するのもおかしい。

正直な所、頭がこんがらがってきたので一度思考を放棄することに。

何にしても、今はピーシェを保護するのが先決だ。

 

 

「まぁいいか。 ってことは家はプラネテューヌで間違いないかな?」

 

「ぷらね……うん! そこ、ぴぃのおうち!」

 

「そうか。 俺もそこが家だから、一緒に帰るか」

 

「うん! おにーちゃん、ありがとー!!」

 

 

こんな森の奥深くに、幼いピーシェをそのままにしておけるわけがない。

白斗は彼女の小さな手を優しく取り、一緒に歩きそうとした―――その時。

 

 

「……おっと、ゴメンなピーシェ。 地元の皆さんのお越しらしい」

 

「ふぇ? なになに?」

 

 

急に白斗の顔つきが変わった。

握った手を優しく離し、袖口から一本の刃を取り出す。さすがにのっぴきならない雰囲気を感じたピーシェも不安になりだした。

何故なら、すぐ近くの茂みから――――。

 

 

「グルァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

「うわわわ!? もんすたー!!」

 

 

一匹のウルフが、鋭い牙を光らせながら飛びついてきたからだ。

どうやらピーシェが眠っていた場所はこのモンスターの住処だったらしい、住処を荒らしたピーシェに牙を突き立てようとこちらへ迫る。

だが、白斗はピーシェを守るために前に立ち。

 

 

「ピーシェを怖がらせるんじゃねぇぞ犬っころ!!」

 

「ギャゥンッ!!?」

 

 

突進を避け、擦れ違いざまに一閃。白刃の閃きはウルフの喉元を切り裂いた。

喉と言う急所を正確に切り裂かれたウルフに、最早命を繋ぎ止める力はなく、静かに横たわり、その死骸がデータのように霧散していった。

 

 

「お……おぉー!! おにーちゃん、つよい!! かっこいいー!!」

 

「ありがとな。 それより大丈夫か、ピーシェ?」

 

「だいじょーぶ! おにーちゃんのおかげでへーきだよ!!」

 

「なら良かった。 ここは危ないから、さっさと抜けような?」

 

「うん!!」

 

 

モンスターの襲撃はあったものの、今の一幕でピーシェもすっかり白斗に懐いてくれたようだ。

自分から手を繋いでらんらんと歌を歌っている。まるで遠足気分。

やれやれ、とため息を付きながらも白斗は父親のような優しい視線で彼女を見守る。

 

 

「ふー……もう少しだ。 ピーシェ、疲れてないか?」

 

「ぜんぜん!! らんらんらーん♪」

 

(子供の体力ってホント底無しだよなぁ……)

 

 

もう少しで森を抜けられると言ったところで白斗の息が上がってきた。

ここに来るまでにもかなりの距離を移動し、尚且つ戦闘も挟んできた。けれども同じくらい歩き回っているピーシェは元気溌剌である。

この体力差を見せつけられ、白斗は正直な所彼女が羨ましくなった。

 

 

「ホント、若さって失われる才能だよな……って年寄りくせーぞ俺……ッ!?」

 

 

そんな言葉を呟いているようでは注意力散漫だと気を引き締めたその時、また白斗の表情が鋭くなった。

また殺気を感じ取ったのだ。ただ、あのウルフ程度ではない、もっと得体の知れない、悍ましい何かだ。白斗の頬から汗が噴き出る。

 

 

「―――ピーシェ! 危ないッ!!」

 

「え? わぁっ!?」

 

 

半ば抱きかかえる形で白斗がピーシェと共に転がり込む。

すると今度は岩陰から巨大な何かが過った。

巨大な影は樹木を薙ぎ倒し、岩をも砕きながら“それ”は地を這い、こちらへと振り返る。

 

 

「フシュルルル………!!」

 

「チッ……リザードマン、ウルフと来て今度は大蛇かよ……!!」

 

 

赤黒い、巨大な大蛇だった。

息遣いは荒く、明らかにこちらに敵意を向けている。だが真に驚くべきことはこれほどのモンスターが、最近では全く報告されなかったことである。

こんなモンスターがいれば、間違いなく討伐クエストが出回るはずなのに。

 

 

(最近になって現れた……!? それにこの赤黒さと凶暴性……アンチモンスターか!?)

 

 

一瞥しただけだが、一度退治した事のある白斗にはすぐに分かった。

嘗てネプテューヌを襲ったあの忌々しき対女神用生物兵器、アンチモンスターであると。

幸いここにはネプテューヌら女神はいなかったが、かと言って一般人の手に負えるモンスターであるかと言われれば否である。

 

 

(クソッ!! ピーシェを守りつつプラネテューヌまで逃げ込みたいが……イケるか!? いや、やるしかねぇだろ!! ピーシェを守れるのは俺だけなんだぞ!!!)

 

 

今、彼の脳内はモンスターに勝つという選択肢はない。

ただ不安そうに自分の裾を掴んでくれているこの小さな少女を守り抜くこと、そしてそのための方法を必死に考えていた。

 

 

「ピーシェ、安心しろ。 絶対に守るから」

 

「おにーちゃん……」

 

 

精一杯の痩せ我慢で笑顔を浮かべる。

今、一番不安なのはこのピーシェなのだ。そんな彼女を元気づけるには笑顔しかない。

そして唯一守れる人間である白斗が不安そうな表情を浮かべるわけにはいかないのだ。

 

 

「シュルルル………キシャアアアアアアアアアア!!!」

 

「うおっとォ!! ピーシェ、しっかり掴まってろよ!!」

 

「ひゃぁ!?」

 

 

大口を開け、鋭い牙を向けながら大蛇が突っ込んでくる。

それを跳躍で回避した白斗はピーシェを抱え、ワイヤーを使って木から木へと飛び移っていく。

応戦よりも逃げの一手を打ったのだ。

 

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

「チィッ! しつこいな……」

 

 

猿の如く、次から次へと木へ飛び移る白斗。

だが大蛇は一向に諦める気配を見せてくれない。樹木を薙ぎ倒すパワーも相当だが、何より向かってくるスピードも段違いなのだ。

 

 

「キシャシャ………ブシュウウウウウウウウウッ!!!」

 

 

だが、ここで大蛇が牙から毒液を吐きかけてきた。

白斗の居た世界でも、コブラの一種に毒液そのものを噴出してくる種類がいるのだがこのモンスターも同様の事が出来たらしい。

その毒液は、着地しようとした枝木に掛かってしまった。

 

 

「う、おぉぉぉぉっ!!?」

 

「うわー!!?」

 

 

毒液の溶解度は枝木をも容易く溶かしてしまう。

飛び移った衝撃と合わせ、枝は折れてしまい、二人して地面に落下した。

 

 

「ぐ、ウッ……!! ぴ、ピーシェ……無事か……!?」

 

「う、うん……おにーちゃんが抱えてくれたから……」

 

「なら、良かった……と言いたいが奴さんは逃がしてくれないか……」

 

 

白斗が抱きかかえながら自分をクッションにするように落ちたので、ピーシェには怪我も衝撃も無かったようだ。

不幸中の幸いではあったが、とうとう大蛇に追いつかれてしまう。

 

 

「フシュルルルル…………」

 

「……仕方ねぇ。 覚悟を決めますか」

 

 

ナイフを取り出し、臨戦態勢に入る。

先程の追走劇でも、追いつかれそうになってしまったのだ。ここまで接近されてはもう逃げることも出来ない。

ならばピーシェを守るためにも、戦うしかない。

 

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

「チィッ――――――!!」

 

 

ピーシェごと丸呑みにしようとしたのか、大蛇が大口を開けて突進してくる。

ならば真正面から立ち向かうしかない―――白斗が特攻を仕掛けようとした、その時。

 

 

「チェストおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

「ギシャア!!?」

 

 

突然、横槍が―――いや横蹴りが炸裂した。

何者かに痛撃を打ち込まれた大蛇は倒れ込んでしまう。

これだけの一撃を打ち込める人物、そして声の主。白斗はすぐに思い当たった。

 

 

「ね、ネプテューヌ!?」

 

「白斗!! 良かった、無事で………!!」

 

 

紫の髪を持つ少女、そしてプラネテューヌの女神ことネプテューヌだった。

いつもの明るい笑顔ではなく、白斗の無事を心から喜んでくれる優しい笑顔。相当心配していたらしく、大量の汗と乱れに乱れた息、そして目尻には涙が浮かんでいる。

 

 

「ねぷ……てぬ……?」

 

 

そんな彼女の姿が、ピーシェには強烈に焼き付いた。

こんな状況であっても、誰よりも眩しい笑顔を持つネプテューヌの姿に魅入っている。

 

 

「この国の女神様。 そして……俺の大切な人だよ、ピーシェ」

 

「ね、ねぷぅ……白斗ってば大切な人って……! そ、それよりどうしたのその子?」

 

「森の奥で保護したんだ。 で、帰ろうとしたらあいつに襲われたってワケ」

 

「なるほどね……。 それじゃ、私も本気を出さないと!!」

 

 

ネプテューヌは怒っていた。白斗を傷つけようとしたこの大蛇に。

迷うことなくシェアエネルギーを身に纏い、女神化させる。

 

 

「―――白斗を傷つけた報い、その身で償ってもらうわ!!」

 

「へ、へんしんしたー!! ぷるるとみたい!!」

 

 

女神パープルハートの降臨だ。

あの可愛らしい少女ではなく、怜悧な雰囲気を纏う美女。大太刀を構え、その視線は刃の如き鋭さと怒りによる烈火を感じさせる。

アンチモンスターである大蛇すら、一瞬だけ怯んでしまう程だった。

 

 

「待てネプテューヌ!! アンチモンスターだ、危険すぎる!!」

 

「分かってるわ!! だから……今回は一人じゃない!!」

 

 

ネプテューヌの声を皮切りに、更に三つの流星が飛んできた。

黒、白、緑の輝きを持つそれは白斗を守るように降り立つ。

 

 

「の、ノワール!? それにブラン……ベール姉さんまで!?」

 

 

言うまでもない、このゲイムギョウ界を守る女神達だった。

ブラックハートことノワール、ホワイトハートであるブラン、そしてグリーンハートのベール。

ネプテューヌとも合わせ、全ての女神達がここに集結した。

 

 

「白斗!! もう安心して!!」

 

「ああ、今度は私達が白斗を守る番だ。 ……覚悟しやがれ、モンスター風情が!!」

 

「アンチモンスターだろうが何であろうが……白ちゃんを傷つけたこと、許しはしませんわ!!」

 

 

どうやらネプテューヌが招集を掛けたらしい。

しかし、何より驚くべきことはたった一人の少年のために全ての女神が集まったことだ。

誰もが彼に恋し、彼を愛しているから。

 

 

「キシャアアアアアアア!!」

 

「黙りなさいモンスター風情が!! レイシーズダンス!!」

 

 

ブラックハートによる華麗な剣舞が、大蛇の顔面を削り取る。

美しく、隙の無い剣筋に図体がでかいだけのモンスターにはどうすることも出来ず、一方的に切り付けられた。

 

 

「ギヒャアアアアアアアアアアアア!!!」

 

「うお……!?」

 

 

だが、やられてばかりのアンチモンスターでもなかった。

激痛に怒りを覚え、巨大な尻尾を振り回してきたのだ。

プロセッサウィングを常時展開している女神達にはそんなものは当たりはしない。が、白斗はそうもいかない。

凄まじい勢いで向かってくる尻尾に、どうすることも出来ず―――。

 

 

「言ったろ!? 今度は私達が―――白斗を守るってなぁ!!」

 

「ブラン!?」

 

 

そこへ割り込んできたのは、巨大なアックスを構えたホワイトハートだった。

アックスを盾代わりにして大蛇の一撃を受け止める。

あれだけの大きさとパワーに加え、アンチモンスターとしての特性もある。ブランにもダメージがあるはずだが、それを全く感じさせないほどに揺らがなかった。

 

 

「へっ、防御は私の役目だ。 ……私の守りは、白斗を守るためにあるんだよぉっ!!」

 

「ギッ!!?」

 

 

持ち前のパワーで攻撃を受け止め、そして弾き返した。

さすがのアンチモンスターも面食らったらしく、大いに体勢が崩される。

何とか持ち直そうと体を大きく振るが、そこが隙となった。

 

 

「―――遅いですわ。 キネストラダンス!!」

 

「ギギギギィィィイイイイイッ!!?」

 

 

グリーンハートが一瞬にして斬り込んだのだ。

目にも止まらなぬ槍の舞はアンチモンスターの牙を幾重にも切り付けた。幾ら対女神用生物兵器と言えど、「効きづらい」のであって「効かない」わけではない。

何度も攻撃を受ければ、大蛇の牙もついに切れてしまった。

 

 

「フィニッシュよ!! 覚悟なさい!!」

 

「ギッ………ギシャ………!!」

 

 

大太刀を構えたパープルハートが肉迫する。

敵が固いなら、それを上回る攻撃を擦ればいいだけの事。持てる全ての力を注ぎ込み、凄まじい輝きを伴って突進する。

その輝きに、強さにアンチモンスターも恐れ、目を晦まし―――。

 

 

 

 

 

「―――――ビクトリィースラッシュッッッ!!!」

 

「ぎ、ギヒィィィイイイイイイイイイイイ…………!!!」

 

 

 

 

 

勝利を告げるVの斬撃が、大蛇の首を斬り飛ばした。

時間を掛けて溜め込んだ一撃だからこそ、アンチモンスターの耐性も打ち破るほどの威力が出たのだ。

頭と胴が離れれば、どんな生物も絶命するしかない。凄まじい音と衝撃を立てて、大蛇は横たわり、消え失せた。

 

 

「―――終わった終わったぁ!! 白斗、もう大丈夫だよ!!」

 

「ありがとうな、ネプテューヌ。 それに皆も……無事で良かった!!」

 

 

女神化を解除したネプテューヌが駆け寄り、白斗の無事を確かめる。

白斗もまたネプテューヌ達の怪我がないことに安堵した。

 

 

「それはこっちの台詞よ。 感謝しなさいよね」

 

「……私は白斗が心配で心配で心が張り裂けそうだったわ」

 

「ってブラン!! だから貴女だけいい子ぶらないでよ!!」

 

「そうですわ!! あの手この手でポイント稼ぎなんて卑怯でしてよ!!」

 

「け、喧嘩するなって!! 皆のお蔭で助かったんだから、いやホントに!!」

 

 

同じく女神化を解除したノワール達だが、すぐに白斗を巡って熾烈な戦いが繰り広げられる。

何故こうなってしまうのか解せない白斗だったが、止めずにはいられない。

涙目になりながらも、ヒートアップする舌戦を宥める白斗にネプテューヌは深くため息を付く。

 

 

「やれやれだね……あ、そうだ! 君、大丈夫?」

 

 

残されたピーシェの心配をしたネプテューヌ。

白斗の奮闘もあって、彼女には傷一つ付いていなかった。それでも優しい瞳と明るい笑顔を向けてくれるネプテューヌに。

 

 

 

 

「――――うん! ぴぃはへいきだよ、ねぷてぬーっ!!!」

 

 

 

 

―――思いっきり、飛びついた。「ねぷてぬ」という愛称と共に。

 

 

「―――ぐほぉ!? こ、この胃袋をえぐるようなタックル……この子、出来る……グフッ」

 

「ね、ネプテューヌ――――ッ!!?」

 

 

存外威力があったらしい、ピーシェのタックルを受けネプテューヌが卒倒した。

でも、倒れた彼女にピーシェは頬を擦り寄せている。

「ねぷてぬ」という愛称と言い、相当懐いたらしい。倒れた彼女を抱え込みつつ、白斗らはプラネタワーへと大急ぎで戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ホントにピー子のこと知らないの? あいちゃんもこんぱも、それにいーすんも……」

 

 

それからしばらくして、ようやくプラネタワーへと戻ってきた一同。

あの後、どうやらピーシェとネプテューヌは仲良くなったらしく彼女もピーシェのことを「ピー子」という愛称で呼ぶようになった。

そんな彼女が抱えるピーシェ、問いかけた先にはアイエフとコンパ、そしてイストワールが困ったような表情をしていた。

 

 

「ごめんなさい、ネプ子。 私、この子に会ったことすらないわ」

 

「右に同じですぅ。 診察の時にお会いした患者さんでもないですし……」

 

「私もです。 教会関係でもこの子にお会いしたことは……」

 

 

本人曰く、家族と呼べる人物は「ぷるると」、そしてアイエフとコンパ、それにイストワールとのことだった。

だが当の本人たちは皆覚えがないらしく、首を傾げたり、横に振ったり、俯いたりするばかり。

 

 

「みんな……ぴぃのこと、おぼえてないの……?」

 

「こら、皆さん! ピーシェちゃんをイジメちゃダメですわ!!」

 

「なんでベールが怒ってるのよ……」

 

「私をべるべると呼んでくれた、将来の妹ですもの!! ねー、ピーシェちゃーん♪」

 

「……白斗やネプギアじゃ飽き足りないとは、なんという魔性の女」

 

 

どうやら彼女の家族はやはり目の前にいる三人だと言い張るピーシェ。次第に涙目になってしまう。

一方それに怒っているのはベール。どうやらその可愛らしさ、そして「べるべる」という愛称を貰ったことでまた妹候補にしようとしているらしい。

ノワールとブランも呆れ気味だった。

 

 

「……これは推測ですが、恐らくピーシェさんは別次元の住人ではないでしょうか?」

 

「別次元……?」

 

「はい、所謂平行世界です。 そこに存在する別の私達やアイエフさんとコンパさんと一緒に暮らしていたから、このような食い違いが起こっているものと思われます」

 

「普通なら何をそんな馬鹿な……と言いたいけど、白斗やマベちゃんという前例もある以上、否定できない……」

 

 

するとイストワールがある仮説を立てた。

別次元から来た存在、確かにそれならば辻褄は合う。ブランも頷き、その仮説を支持する姿勢を採った。

他の皆も同様らしい。

 

 

「ピー子、どうなの?」

 

「んー……よくみればいすとわる、なんかちがう……。 いつもよりおおきい……へんなキノコでもたべたの?」

 

「いえ、そんなアイテムを使ったわけではないのですが……でもピーシェさんの様子から察するにその線が濃厚ですね」

 

「でもどうするんですかいーすんさん? 別の次元なんて……」

 

 

同時刻に帰宅していたネプギアも、心配そうな声を上げる。

別次元から来たなど説明だけなら簡単だが、簡単に世界を行き帰り出来るはずがない。当の本人も、どうやって来たのか分からないらしい。

 

 

「別世界の私がいるのであれば、そちらと交信することが可能かもしれません。 該当する世界が無いか、連絡を取ってみます」

 

「出来るんですか!?」

 

「確証はありませんが、やれるだけやってみます。 ただ三か月ほどかかりますよ?」

 

「いつにもまして長すぎ!?」

 

 

一時期はオーバーテクノロジーに興奮していたネプギアだったが、余りにも長い準備期間にツッコミを入れてしまった。

このイストワールは優秀なのだが、とにかく何をやらせても時間がかかるのが難点なのだ。

だが希望が無いよりかはずっといい、少なくとも三か月以内でピーシェを元の世界に戻せるのならば。

 

 

「なら、それまでピーシェの面倒は俺らで見ないとな」

 

「それがいいわね。 ピーシェも、白斗やネプテューヌには相当懐いているみたいだし」

 

「うぅ……お二人が羨ましいですわ……」

 

 

そこへ何やらエプロンを着けた白斗も現れた。

彼の言う通り、ピーシェはまだ幼く、誰かが傍に居てやらなければならない。

ならばネプテューヌや白斗に懐いている以上、プラネテューヌで預かるのが妥当だとノワールも納得した。ベールはお持ち帰りしたかったらしく、涙目だったが。

 

 

「ピーシェ、少し時間は掛かると思うけどしばらくの間はここがお前の家だ」

 

「ぴぃ、ここでねぷてぬやおにーちゃんたちとあそんでいいの?」

 

「うん! 必ずピー子の家族に会わせてあげるから、それまでいい子に出来る?」

 

「わーい!! ぴぃ、いいこにするー!!」

 

 

どうやらしばらくの間、ここで暮らすことを了承してくれたようだ。

家族に会えない寂しさもあるというのに、明るく笑ってくれる。

白斗とネプテューヌも嬉しくなってつい頭を撫でてしまった。まるで愛しい我が子のように。

 

 

「それじゃ、いい子のピーシェにはご褒美だ。 ノワール達もこっちへ」

 

「こっちって……そう言えば白斗、エプロン着けてたけど何か作ってたの?」

 

「ああ、これさ。 皆の分、追加で作るの苦労したぜ」

 

 

白斗に案内された先はいつも食事を食べているテーブル。

そこには人数分揃えられたパフェがあった。

ふんだんに使われた生クリーム、チョコ、フルーツ、アイスクリーム、そしてプリン。それが絶妙なバランスかつ豪勢に盛り付けられ、女の子の視線を虜にした。

 

 

「す、凄い!! ホントにこれ白斗が作ったの!?」

 

「いやホントに色んな意味で死ぬほど苦労したぜ……あれやこれや皆がリクエストするモンだから、調整や味付け、何より盛り付けが難しいのなんの……」

 

「でも本当に凄いです!! 白斗さん、ありがとうです~~~!!」

 

「私のリクエスト通りプリンもあるー!! さっすが白斗、サイコー!!」

 

 

リクエストした本人であるアイエフとコンパ、そしてネプテューヌも目を輝かせていた。

女の子の弱点の一つ、甘いもの。全てのスイーツを集結させたパフェは、彼女達だけでなく女神達をも夢中にさせた。

 

 

「ほ、本当に私達も頂いちゃってよろしいんですの!?」

 

「よろしいのですよ。 皆には助けられたし、もう作っちまったし」

 

「……これは、食べないと神罰が下るわね。 ふふっ♪」

 

 

ベールやブランも大興奮だ。女神様も女の子である。

 

 

「……おにーちゃん、ねぷてぬ。 これ、なにー?」

 

 

ピーシェも興味津々だったが、その中でも一際注目していたもの。

それはぷるるんと揺れる黄金の甘味。

 

 

「これはね、プリンっていうんだよ! 私の一番の大好物ー!!」

 

「ぷりん……! ねぷの、ぷりん!」

 

 

すっかりプリンに釘付けのピーシェ。

美味しそうというだけでなく、懐いているネプテューヌの大好物という点もあるのだろう。

同じプリン好きが生まれたことで、ネプテューヌも嬉しそうだ。

 

 

「でもお兄ちゃん、この量はピーシェちゃんが食べるにはキツくないかな?」

 

「大丈夫、ちゃんとピーシェ用のもあるから。 勿論、イストワールさんのも」

 

「ありがとうございます。 ああ、また白斗さんのパフェが食べられるなんて……!」

 

 

勿論、抜かりなく体格の小さな人でも十分完食できるサイズを用意していた。

その気遣いに、そしてまたあのパフェが食べられることにイストワールもうっとりしてしまう。

 

 

「さ、そろそろ食べないとパフェが溶けちまうぜ」

 

「そうだね! それじゃ、いただきまーす!!」

 

「「「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」」」

 

 

ネプテューヌの音頭で、皆が一斉にパフェにありついた。

生クリームの上品な甘みと触感、更に時折加わるフルーツの酸味が飽きさせないようにし、そこに絡みつくチョコとプリンのコラボレーション。

乙女たちはまさに天にも昇る心地だったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふー、ご馳走様ー……」

 

「甘いものは別腹って言うけど、さすがのボリュームだったわね」

 

「ええ。 でも幸せ……白斗、また作ってね」

 

「お気に召したようで何よりでございます、女神様」

 

 

それからしばらくして、ネプテューヌ達が膨れたお腹をさすっていた。

量こそあったものの、味はまさに一級品。誰もが満足してくれたので白斗も嬉しくなった。

因みに白斗は今、パフェに使用したグラスなどを片付けている。

 

 

「白ちゃん! いっその事、リーンボックスでお店出しましょう!!」

 

「あ、ズルいよベール!! さりげなく白斗を引き込もうだなんて!!」

 

「は、ハハハ……俺は店とか興味ねーんだ。 こうやって皆に出してあげるのが好きだから」

 

「むぅ……残念無念ですわ……」

 

 

ベールも気に入ったようで、リーンボックスへと勧誘してきた。

こうすれば美味しいパフェだけでなく、白斗も必然的にリーンボックスで暮らすことになるという打算だったが、合えなく却下された。

 

 

「ピーシェも美味しかったか?」

 

「うん! おにーちゃん、ありがとー!!」

 

「そうか、なら良かった。 って口に生クリームついてるぞ」

 

 

ピーシェも喜んでくれた。だが存外食べ方が凄かったらしく、あちこちに生クリームをつけていた。

ハンカチで優しく口を拭いてあげるが、それだけでは落ちそうになかった。

 

 

「お兄ちゃん、お風呂沸かしてあるからそこで洗ってきてもらったらどうかな?」

 

「用意がいいなネプギア」

 

「お兄ちゃんがクエストに向かってるって聞いたから、汗かいてるだろうなーって思って」

 

「ありがとな。 それじゃネプテューヌ、ピーシェだけだと危ないだろうから同伴頼む」

 

「ほいキタ! おっ風呂、おっ風呂ー♪」

 

 

一緒にお風呂に入ろうとするネプテューヌとピーシェ。

出会ってまだ数時間も経っていないというのに、本当の家族のようだ。

陽気に鼻歌を歌うネプテューヌを穏やかな瞳で見つめていた白斗だが、ピーシェは寂しそうに人差し指を唇に押し当てて。

 

 

「……ぴぃ、おにーちゃんともはいりたい」

 

「「なんですと?」」

 

 

なんとピーシェが白斗と一緒に入浴したいと言い出したのだ。

まだ幼い少女であるためその手の羞恥心も警戒心も薄いのだろうが、対する白斗とネプテューヌは固まった。

 

 

「も、もー!! しょーがないなピー子ってば!!」

 

「しょーがないって……まさかネプテューヌ!?」

 

「いいじゃん、一回一緒に入ってるんだし今更減るものでも……ねぷ? 何だろう、このどこまでも冷たくて心臓を鷲掴みにするような視線……」

 

 

どうやらネプテューヌは一緒に入る気満々のようだ。

だがそこへ殺気そのものと呼べる視線が幾重にも絡みついてくる。恐る恐る振り返れば、そこには白斗に好意を寄せる乙女たちのどこまでも鋭く、どこまでも恐ろしい視線が。

 

 

「ネ~プ~テュ~ヌ~?」

 

「まだ懲りてねぇのかテメェはよぉ……」

 

「白ちゃんも……まさか一緒に入ろうなんて思っちゃいませんわよね? ……ねぇ?」

 

「「滅相もございませんッ!!!」」

 

 

特に三女神達が恐ろしい。

彼女達はまだ混浴経験が無いことに嫉妬しているためである。危うくピーシェに流されて、白斗は危ない一線を超えるところだった。

因みにアイエフとコンパ、ネプギアは未遂とは言え突撃したことはあるためばつが悪そうな顔を浮かべていた。

 

 

「仕方がありませんわね。 ピーシェちゃん、一緒に入りましょう?」

 

「えー。 ぴぃ、ねぷてぬやおにーちゃんといっしょがいいのに……」

 

「ダメよ。 全く、この子にはまずは常識ってものを教えてあげないと」

 

「ノワールの言う通りね。 ……この子にまでフラグを立てられたら困るし」

 

「ね、ねぷーっ!! 私と白斗とのアツい一時がー!! うわーん!!!」

 

 

結局、ピーシェとネプテューヌは三女神によって連行されてしまった。

これで安心したような、ホッとしたような。そんな複雑に駆られる白斗。彼もまた年頃の少年である。

事件に、ドタバタに、ラブコメに。プラネテューヌの日常に、更に声が加わることになり益々静寂とは無縁の国になっていく。

 

 

「やれやれ……ただで騒がしいのに、あんなパワフルな子まで加わるとは……賑やかを通り越してうるさくなりそうですね」

 

「でもいいと思いますよ。 寂しいよりかは、ずっといい」

 

「……それもそうですね」

 

 

疲れたようなため息を吐くイストワールだが、白斗は嬉しそうな表情だった。

騒動に、トラブルに、そして笑顔に溢れた日常が彼にとっては何よりも嬉しかったから。

 

 

『ねぷてぬーっ!!』

 

『グホァ!! ぴ、ピー子……落ち着いて……ぐふっ』

 

『ぴ、ピーシェちゃん!! そんなネプテューヌやブランみたいなまな板ではなく、包容力溢れる私に……!!』

 

『おいゴルァ!! そこで何で私まで引き合いに出しやがるんだテメェはぁ!!!』

 

『あーもーっ!! 貴女達、風呂の時くらい静かにしなさーい!!!』

 

 

その後風呂場から聞こえたあらゆる大声でプラネタワーの一室にまた笑顔が溢れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――今日から、プラネテューヌに新しい家族が加わりました。




サブタイの元ネタ「パワーパフガールズ」

ピーシェちゃん登場のお話でした。
読んでもらえれば分かる通り、今回のピーシェはあの女神様と一緒に暮らしていた設定です。
そんな彼女が何故この次元に来てしまったのか、そしてネプテューヌ達とどんな日常を繰り広げていくのか。
ピーシェは可愛らしくて人懐っこいのが魅力的なので、書いていて楽しい。あれ?ロムちゃんやラムちゃん、ブランといい……まさか私にロリコン疑惑が掛かっている?そ、そんなバナナ。
さて、次回ですが新ヒロイン登場!ズバリ、「激震ブラックハート」より私の大好きなキャラを登場させます。お楽しみに!


NEXTネプテューヌヒント! ???「ネプテューヌ様……」


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第三十一話 プラネテューヌの歌姫、ツネミ

―――プラネテューヌの教会でピーシェを預かることになってから早数日。

相変わらずを超えて更に騒がしくなるプラネテューヌの日常。

しかし、日が沈めばさすがにそんな喧騒とも遠ざかっていく。10時近くともなれば、表を歩く人々も殆どいなくなる。

そんな寂しさすら感じさせるプラネテューヌの夜の街を、二人の男女が歩いていた。

 

 

「白斗、ありがとう。 仕事手伝って食事誘ってくれた上に見送りまでしてもらっちゃって」

 

「いいんだよアイエフ、俺がやりたかっただけだし」

 

 

白斗とアイエフだ。

この国の女神、ネプテューヌの傍にいるアイエフはプラネテューヌの諜報員を務めている。

そんな彼女も仕事柄親友に相談できないことも多いらしく、時折白斗がその手伝いをしていた。正式な諜報員ではないものの、書類仕事やそれに伴い現地調査などに付き合うことも多々あった。

今日もそんな一日の終わりだったのだ。

 

 

「……厚かましいんだけどさ、また……お願いしていい?」

 

「ドーンと来なさいっての」

 

「ふふっ、頼りにしてるわね。 ここまででいいわ、それじゃおやすみなさい」

 

「おう、おやすみー」

 

 

どうやらもう彼女の家の近くまで来てしまったようだ。

些細な会話も楽しく感じ、楽しければ楽しいほど時間も過ぎ去るのが早く感じてしまう。

口惜しいと感じつつも、またこんな日々を過ごせると感じたアイエフの足取りは軽かった。

 

 

(ふっふーん、今日はいい夢見れそうね~♪)

 

 

上機嫌で鼻歌を歌いながら、アイエフは自室へと駆け込んでいくのだった。

さて夜の10時を回ったプラネテューヌの街並みは美しく、それでいて静か。昼間の若者の雰囲気から、アダルティーな雰囲気が漂う街になる。

怪しげな色合いのネオンで彩られた店も多い。

 

 

「さて、このまま帰っても皆寝てるだろうな……いやネプテューヌはゲームで夜更かししてるか。 俺は適当に一杯引っ掛けちゃおうかな~」

 

 

彼は一体、第二十七話で何を学んでいたのだろうか。

馴染みの店でも作ろうか、と割と真剣に見回っていた時の事だ。

 

 

―――…………~~~♪

 

「ん? 歌……?」

 

 

どこからか、歌声が聞こえてきた。女性の声だ。

透き通るような、美しく繊細な声。声量こそ大きくないものの、心の芯に響き渡ってくる。

5pb.とは別ベクトルの魅力的な歌声を、白斗の聴力は聞き逃さなかった。

 

 

「……あの高台の方か?」

 

 

振り返った先には、プラネテューヌの街並みを一望できる高台。あの高台には公園が設置されており、人々の憩いの場として重宝されている。

プラネタワー程ではないが、この街を見渡せるスポットとして大人気だったがこの時間ともなれば誰もいない。故にそこで歌っている人がいるのも、理解できる話だ。

 

 

「……行ってみるか」

 

 

誰かがストリートライブをすることなど、珍しい話でもない。

ただ、誰もいない時間帯と場所で、こんな綺麗な歌声の持ち主がどんな人物なのか気になってしまう。

ネプテューヌの悪い癖がついたかな、と内心悪い気はしないまま白斗が静かにその公園へと向かった。

するとそこには―――。

 

 

 

 

 

「……Ah……届いて、私の想い―――……」

 

 

 

 

 

金髪でツインテールの少女が歌っていた。

服装は少し露出も多く、レオタードタイプの服とは言えスカートも空けているとかなり特殊なものである。―――言うなればアイドルのような。

だが、白斗にはそんな事さえ気にならなかった。

 

 

(……綺麗だ……。 でも……なんでこんな“悲しそう”なんだ?)

 

 

月光と星光を浴びながら美しく歌う少女の姿に、白斗は一瞬の内に魅了されてしまっていた。

5pb.がエネルギッシュな歌を得意とするなら、彼女は美しさで人を惹きつけるような、そんなスタイル。

歌声も、魅せ方も、そして何より歌っているその姿が美しい。

しかし、それ以上に気になるのは彼女に纏う雰囲気がどこか悲しさを語っていること。だから白斗は彼女から離れることが出来ない。

―――どれくらいの時間が経っただろうか、一頻り歌いきったらしく少女が息をつく。

 

 

「……ふぅ……。 ………―――っ!?」

 

「いい歌だったよ。 凄かった!」

 

 

そんな彼女に惜しみない拍手を送った。

突然の拍手に少女は大慌てで振り返る。どうやら人がいないものと思って歌っていたらしい。

心の底から驚いた彼女が振り返った先には、無邪気という言葉が似合うような笑顔を浮かべている白斗の姿があった。

 

 

「……き、聞いてたんですか……?」

 

「ゴメンな、一人歌ってたところに。 綺麗な歌声が聞こえたモンだから」

 

「い、いえ……ありがとうございます……」

 

 

少女は怯えている、というよりも感情の出し方が分からない様子だった。

歌っている時は喜怒哀楽がはっきりとしていたものの、どうやら人前ではそうでもないらしい。

この辺りの切り替えは5pb.にも通ずるものがある。

 

 

「あ、俺の事は気にしなくていいから続き歌ってくれ。 一人がいいなら……」

 

「いえ、いいんです……。 今ので歌い納めのつもり、でしたから……」

 

「そうなのか。 残念だな……」

 

「残念、ですか……?」

 

 

少女が聞き返してしまう。何故そこまで残念そうにするのか。

しかし、理由ならば単純だ。何故なら―――。

 

 

「俺、君の歌が好きになったから」

 

 

―――笑顔と共に、そんな温かい言葉が返ってきた。

 

 

「あ………」

 

 

そんな白斗の言葉が少女の胸の中に温かく響き渡る。その“弱り切った心”に、どこまでも染み渡るように。

更には、彼女の脳裏にある光景が過った。

 

 

―――私、君の歌が好きになったから!―――

 

 

自分を導いてくれた、あの“紫の少女”の姿が―――。

 

 

「……っ、う……ぐすっ……」

 

「……ってな、なんで泣いてるんだ!? 俺、何か酷いこと言った!?」

 

 

少女の綺麗な瞳から、突然涙が溢れ出した。

とにかく女の涙に弱い白斗にとって、これは何よりも理性を奪わせる一撃だ。

柄にもなく大慌てで駆け寄り、彼女の肩に触れて容態を確かめる。何か大きな怪我や病気というわけではな無さそうだが。

 

 

「ご、ごめんなさい……そんな言葉掛けてくれたのが……嬉しくて……」

 

「大袈裟な。 ……ひょっとして、悲しそうにしてたのと関係あるのか?」

 

「え……? そう、見えてました……?」

 

「ああ,歌は綺麗だったけど選曲が悲し気だったし。 ……何かあったのか?」

 

 

余計なお世話だというのは重々承知だ。いや、それを通り越して厚かましい、或いは失礼の部類に当たる。

それでも不興を買ってでもこの少女の悲し気な雰囲気をどうにかしてあげたかった。

 

 

「……そう言えば貴方、私をご存じないんですか……?」

 

「ひょっとしてアイドルの人? ゴメン、俺5pb.しか知らなくて」

 

「いえ、いいんです……」

 

 

こんな控えめな印象を受ける少女から「ご存じでない」という言葉が出てきた。

それだけ有名人なのだろう。こういう時、芸能関係に疎い自分を恨めしく思ったことは無い。

幸い、少女は気にしていないらしく涙を拭いて、しかし悲し気な雰囲気を払拭しきれないまま自己紹介してくれた。

 

 

「……私、ツネミと申します。 このプラネテューヌのアイドル……でした」

 

 

少女―――ツネミはそう名乗ってくれた。

道理で服装も歌い方も特徴的だったのだと白斗も納得した。だが、まだ納得しきれていない部分が一つあった。

 

 

「俺は黒原白斗、よろしくなツネミさん。 ……でも、“でした”ってどういうこと?」

 

「ツネミで構いません。 ……もう、アイドルを辞めようと思っていたところでしたから……」

 

 

そこで、先程の発言に繋がった。「歌い納め」と言っていたが、「今日はお終い」という意味ではなく「今日でお終い」という意味だったのだ。

自分から納得して辞めるのであれば、白斗もそれ以上は追求しないつもりだった。

だが、ツネミの悲し気な瞳からは明らかに未練が漂っている。

 

 

「……本当は辞めたくないんじゃないか? アイドル」

 

「え……?」

 

「だって……まだ歌いたいって目してるじゃんか」

 

 

そんな彼女の瞳を、白斗は見逃しはしなかった。

本人が心の底から納得していない、だから白斗もつい口を挟んでしまう。

一方ドンピシャで言い当てられたらしく、ツネミは少し自嘲気味な笑顔を浮かべて浅く息をついた。

 

 

「……凄いですね。 カウンセラーの人ですか?」

 

「断じてそんな立派なモンじゃない。 けど……力になりたい」

 

「……どうして、ですか? さっき会って、知ったばかりなのに……」

 

「さっきも言ったろ? 君の歌が好きになったから、って。 とりあえず話すだけ話してくれないか?」

 

 

余計なお世話であろうとも、知ってしまったからには力になりたかった。

それが黒原白斗と言う男。

彼の言葉が嬉しかったのか、またツネミは少しだけ涙を流してしまう。

 

 

「……ありがとう、ございます……。 でしたら、もう遅いので……また明日、ご相談していいですか?」

 

「それもそうだな。 なら明日、この喫茶店で待ち合わせできる?」

 

「はい。 明日一日フリーですし……明日になったら、どうせ知られるので……」

 

 

何か明日になって発表されることでもあるのだろうか。

ただ、力になりたいとは言ったものの無理に心の扉を抉じ開けることだけはしない。

心の扉を無理に開かせた途端、心が崩壊するかもしれない―――白斗自身が知っていることだから。

 

 

「分かった。 ……ずっと、待ってるからな」

 

「……ありがとうございます。 ………白斗、さん………」

 

 

そこでツネミは初めて白斗の名前を呼んでくれた。

「さん」付けする辺りは彼女の礼儀正しさ故である。

でも、少しは元気が出てきたらしく先程の悲しそうな雰囲気は和らぎ、元気よくその場から駆け出してしまった。

 

 

 

 

(……誰にも迷惑かけたくなかったのに……どうして、私……白斗さんにまた会いたい、なんて思うんだろう……)

 

 

 

 

 

―――少女の心に、何かが芽生え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――次の日。

 

 

「えぇーっ! おにーちゃんもねぷてぬもあそんでくれないのー?」

 

 

朝食の場で、ピーシェの不満そうな第一声が響き渡った。

白斗とネプテューヌに相当懐いているピーシェからすれば、大好きな二人に構ってもらえないことは我慢ならないらしい。

苦笑いを浮かべつつも、白斗はその小さな頭を撫でてあげる。

 

 

「ゴメンな。 でも、今日おにーちゃんとねぷてぬは困ってる人を助けなきゃいけないんだ」

 

「その代わり、今回の一件が片付いたら沢山遊ぼうね。 ピー子」

 

「うん……」

 

 

今日はツネミと待ち合わせしている日。

相談役は多い方がいいとして、白斗はネプテューヌにも声を掛けていたのだ。

明るく優しい、その上時々だが鋭い意見を出してくれることもある彼女なら突破口が見つかるかもしれない。

そう思ってお願いしたのだが、ネプテューヌは二つ返事で引き受けてくれた。

 

 

「で、白斗。 相談したい子って誰? ……まさか女の子……?」

 

「声色低くするな。 まぁ、女の子だけど……そうそう、今テレビに映っている……」

 

 

すると白斗が指を差した。その先にはテレビ。

朝食などでテレビを点けるのは然して珍しくも無い話。そしてそこに映っているのはツネミだ。

アイドルであれば、メディア出演など大前提。そこまでは何もおかしくはなかったのだが。

 

 

『次のニュースです。 プラネテューヌのアイドル、ツネミさんらが所属する事務所が昨日、突然閉鎖することを発表しました。 尚、理由等については明らかにされておらず、ツネミさんらが今後どこの所属になるかは明日正式にコメントを発表するとの模様です』

 

 

―――そんな衝撃的なニュースが、穏やかな朝の日常を打ち崩した。

 

 

「な、何ィッ!? 昨日思い詰めていたことってこれか!!」

 

「しかもツネミが!? なんで私に真っ先に相談してくれないのかなあの子は!!」

 

「ネプテューヌ、知り合いなのか?」

 

「親友だもん!! 白斗、今すぐ待ち合わせ場所に案内して!!」

 

「合点!」

 

 

どうやらツネミとは親交があるらしい。さすがは誰とでも友達になれるネプテューヌと言ったところだろう。

それ故にこんな大事になっていると知った時のショックは半端なものでは無かった。

兎にも角にも、彼女から詳しい話を聞かなければならない。白斗とネプテューヌは急いで支度を済ませ、待ち合わせ場所の喫茶店へと急ぐのだった。

 

 

「ツネミ! どうして私に相談してくれないのかな!?」

 

「ご、ごめんなさいネプテューヌ様……ご迷惑おかけしたくなくて……」

 

「相談してくれない方がご迷惑だよ!」

 

 

そして指定された席に座っていたツネミに対して、真っ先にお説教を始めたネプテューヌ。

普段であれば彼女がお説教を受ける側なのだが、さすがは一国の女神。説教をするその姿は迫力があった。

しかもどれも正論なので、ツネミや白斗が口出しすることも出来ない。

 

 

「……まさか白斗さんが、ネプテューヌ様とお知り合いだったなんて……」

 

「それはこっちの台詞だ。 女神様と知り合いとは、さすがトップアイドル」

 

「ち、違います! ……私がアイドルになれたのは、ネプテューヌ様のお蔭なんです」

 

「え? どういうことだ?」

 

 

トップアイドルだから女神と知り合えたのではない、女神と知り合えたからアイドルになれたのだというツネミ。あの細々とした喋り方が一転、大声を出すほどにまで。

それだけネプテューヌに深い恩義を抱いているらしい。

少し興味が出てきたと、白斗は事情を聴いてみることにした。

 

 

「あれは数年前……私がアイドルを目指して、ストリートライブをしていた頃です。 当時は誰も相手にしてくれなかったんですけど……ネプテューヌ様だけが、私の歌を聞き届けてくれたんです」

 

「いやぁ、あれを聞き逃すなんて人生の三割損してるって」

 

 

当時から外で遊びまわっていたらしいネプテューヌ。ツネミとの出会いも、そんなサボりの最中だったのだろう。

彼女らしい出会い方だな、と白斗は納得した。

 

 

「で、ツネミとお話してたらすっかり意気投合しちゃってー。 こんな素敵な歌が皆に聞いてもらえないなんて実に勿体ないって思っちゃったんだよね」

 

「そうしたらネプテューヌ様は、ステージを手配してくださったんです」

 

「……ネプテューヌらしいな」

 

 

どうやら彼女のためにステージを用意したらしい。

その時のツネミの喜びは、相当なものだったのだろう。今でも当時の思い出を振り返る彼女は幸せそうだ。

相変わらずぶっ飛んだ発想で、しかし友達思いだと白斗は微笑ましささえ感じる。

 

 

「人生初のステージで、あるプロデューサーの目に留まって……以降はその人の事務所でアイドル活動をすることが出来るようになったんです」

 

「なるほど、そりゃ恩義感じるわけだ」

 

「いやー、ツネミの実力があってこそだって」

 

「そんなことありません! だから私はアイドルでいられましたし、ネプテューヌ様の治めるプラネテューヌで歌うことが何よりも幸せでしたから……」

 

 

確かにネプテューヌとの出会いがあったからこそ、夢へと進むことが出来た。

ネプテューヌの言う通り、そこから先はツネミの実力によるところもあるのだろうが、人々に希望や夢、生きる道を与えるのもネプテューヌの得意技だ。

決して口には出さないが、彼女への尊敬が益々大きくなる白斗だった。

 

 

「……でも、仕事自体は順調だったんだよね? 一週間前会った時だってそんな素振りなかったし……」

 

 

だからこそ、ネプテューヌは解せなかった。

順風満帆とでもいうべき彼女のアイドル生活が、一変しようとしていることに。

所属事務所を変えるだけならそこまで大きな話ではないだろう。にも拘らず、昨日はそれこそ悲しさしか感じられなかった。

まだのっぴきならない事情があるのだと、白斗も耳を傾けてみることに。

 

 

「……三日ほど前でした。 別のプロデューサーに引き抜かれそうになったんです。 その時はお断りしたんですけど……」

 

「……その結果、今所属している事務所を潰されたってことか!?」

 

「はい……。 しかも、他の所属している子を事実人質に取られた形で……今晩、“お相手”するように……言われています……」

 

「そ、そんな………!!」

 

 

ネプテューヌが絶句する。自分の治める国でそんなことをする人がいると聞かされたら、ショックを受けない方がおかしい。

しかも、どうやらそのプロデューサーとやらは所謂ツネミの体目当てらしい。それだけのために彼女の夢を潰そうとしていた。

 

 

「……それで昨日、歌い納めなんて言ってたのか」

 

「アイドルを辞めるってこと!? ダメだよ!! 私がそんなプロデューサー、責任もってぶっ潰してくる!!」

 

 

そこで話が繋がった。確かにそんな酷い状況に追い込まれれば、誰だってアイドルなど続けたくなくなる。

親友がそこまで傷つけられていることに憤ったネプテューヌは、それこそ女神化しかねない勢いで立ち上がった。女神権限ほど頼れるものはない。

 

 

「ありがとうございます、ネプテューヌ様……でも、ダメなんです。 他の子達の生活も懸かっていますから……」

 

「だ、だからって……!! そうだ、新しい事務所を立ち上げれば……」

 

「こんな話が公になれば飛び切りのスキャンダルです。 ……一度スキャンダルを起こしたら、仕事がもらえなくなります。 事実、今でも続々と仕事が打ち切られていますから……」

 

 

元々、誠実である上に我が強くないツネミからすればもう諦めるしかないと思っている。

ネプテューヌはそんなことないと言いたいが、方法が見つからない。

悪徳プロデューサーを潰すだけでは他のアイドル達も巻き添え、新しい事務所を立ち上げても仕事が来ない。

 

 

「―――なら、両方やればいい」

 

「「え?」」

 

 

ならばと、新しい意見を出してきた人物。白斗だった。

その瞳にはこれから何をするべきか、ツネミが望む未来、何よりもそれらを実現させようとする覚悟が備わっている。

 

 

「ツネミ、今日一日だけ時間をくれないか? ……必ず、歌えるようにしてやる」

 

「え? は、白斗さん……?」

 

 

ツネミの肩に、力強い手が置かれた。同時に力強い視線が彼女の綺麗な瞳を捉える。

白斗の得意技の一つだ。ただ口だけではない、こうやって宣言した後の彼は何がなんでもそれをやり遂げてしまう。

 

 

「白斗、それって……そう言う事?」

 

「そう言う事。 ……悪いがネプテューヌ、帰ったら各種決裁頼むぞ」

 

「任せて! こういう時くらい仕事しないとね!!」

 

「おう。 財布ここに置いておくから、ネプテューヌは後でツネミと一緒にプラネタワーへ。 それじゃっ!!」

 

「は、白斗さん!?」

 

 

財布を置くなり白斗は颯爽と喫茶店から去っていってしまった。

その間、ネプテューヌは携帯電話をコールし、通話を開始する。

相手は「イストワール」、プラネテューヌの教祖にして自分の補佐役。事実上、国のNo.2だ。

 

 

「もしもし、いーすん?」

 

『ネプテューヌさん、ツネミさんとのお話は終わったのですか?』

 

「それなんだけどね、帰ったら白斗と一緒に各種書類作るから目を通してほしいんだ。 大至急で。 後ツネミも一緒に来るから、それじゃーねー!!」

 

『え? ち、ちょっとネプテューヌさ―――』

 

 

用件だけ伝えるとネプテューヌはさっさと通話を切ってしまう。

呆気に取られてばかりのツネミには一体これから何が起こるのか、全く想像もつかない。

 

 

「それじゃツネミ、今日一日フリーならこれからプラネタワーに来てもらえるかな?」

 

「だ、大丈夫ですけど……」

 

「それじゃ我が家へレッツゴー!!」

 

「ね、ネプテューヌ様……!?」

 

 

その後、二人は白斗の財布で会計を済ませて喫茶店を後にした。

プラネタワーへと向かう間、ネプテューヌは明るい話題を多く振ってくれた。正直な所、ツネミの心にそんな余裕はなかったものの、いつの間にか彼女のペースに引き込まれ、笑うことも多くなった。

そうこうしているうちにプラネタワーへと辿り着く。

 

 

「たっだいまー!!」

 

「お姉ちゃん、お帰りなさい!」

 

「お帰りなさいネプテューヌさん、お話は白斗さんからお伺いしています」

 

「ねぷてぬ、おかえりー! で、そのひとがつねみ?」

 

「は、はい………」

 

 

彼女らを早速出迎えたのはネプギアとイストワール、そして最近この教会で暮らすことになったピーシェ。

イストワールは以前、ステージ手配の件で会ったことがあるが当然ながらピーシェとは初対面。何が何だか分からないという表情をしていると、ピーシェは無邪気にもツネミの手を取ってきた。

 

 

「ネプギアとピー子、これからツネミと一緒に遊んでてくれるかな?」

 

「任せて!」

 

「いいよー!! こっちであそぼ!!」

 

「え!? ね、ネプテューヌ様!? 一体何が何だか……!!」

 

 

言い終える間もなく、ツネミはネプギアと元気なちびっ子によって連行されてしまう。

相手が幼いこと、それに加え凄まじいパワーを有していることもあってツネミは抵抗できなかった。

 

 

「それにしてもネプテューヌさんが自ら仕事をやると言い出すとは……」

 

「だってツネミのためだもん! それじゃ私、白斗の書類を決裁するからいーすんも目を通してね!」

 

「分かりました。 お任せください」

 

 

何をしたいか、何をするべきかは白斗から聞かされている。

だからこそイストワールは多くは聞かず、語らず、彼女と白斗の望むがままにさせた。

その言葉を受けて、ネプテューヌは執務室に籠る。既に白斗が何枚かの書類を仕上げており、それに目を通してはサインなり判子なりを押していく。

 

 

「……ふぅ、これで必要書類は全部か?」

 

「良いと思うよ。 もし不足があったらいーすんが補足してくれるだろうし」

 

「だな。 んじゃ、イストワールさん。 これにお目通しお願いします」

 

「ご安心を。 もう終わっていますから」

 

「おお、珍しく早いねいーすん! ……で、どうかな? 私達、ツネミを助けてあげたいんだ」

 

「それにこの方法なら言い方は悪いですが、プラネテューヌのシェアにも繋がります」

 

 

出された書類に目を通し終えたイストワールが息をつく。

彼女の口癖は事あるごとに「三日かかりますよ?」だが、今回は事態が事態なので最優先案件として処理してくれたようだ。

 

 

「どうかな、も何も私の役目は女神様の補佐。 ……ネプテューヌさんのやりたいことを助けるのが役目ですから」

 

「いーすん……!」

 

「それにツネミさんも愛すべきプラネテューヌの国民です。 ……皆で助けてあげましょう」

 

「助かります!」

 

 

ネプテューヌと白斗は揃って頭を下げた。

急な話なのに、無理難題にも程があるのに、イストワールはそれを快く受け入れてくれた。

尚更頑張らねばと二人は気を引き締める。

 

 

「ただ、正式発表はタイミングを見ないといけませんが」

 

「大丈夫。 ……その間に、こっちは終わらせますから」

 

「白斗、お願いね。 それまで私はツネミの相手をしてるから……」

 

「ん? どうしたネプテューヌ?」

 

 

もう一つの大仕事を果たすべく、腰を上げる白斗。

すると、ネプテューヌの顔色が暗くなった。まるで申し訳ないと言わんばかりに。

 

 

「……ごめんね白斗。 本当なら私が何とかしなきゃいけないのに……いつも白斗に、こんな危ないことさせちゃって……」

 

「そんなことか。 別にいいんだよ」

 

「ね、ねぷぅ!? だ、抱きしめ……っ!?」

 

 

どうやら白斗にまた一つ、重荷を背負わせることに心を痛めているようだ。

これから果たそうとする彼の“仕事”は、戦闘力自体は高くなくても身軽で機転も利き、情報収集能力が高い白斗だからこそできる仕事。

それでも危険であることに変わりはない。そんな仕事に彼を駆りだすことに罪悪感すら覚えていたが、白斗はそんな彼女を抱きしめて元気づける。

 

 

「ツネミを助けたい気持ちは俺も同じだ。 それに、お前の友達のためってことはお前のためでもあるんだ。 だから気にしなくていい」

 

「白斗……」

 

「そんな暗い顔じゃ、ツネミを元気づけるなんてできないぞ。 ……ネプテューヌには、笑顔が一番だ」

 

 

そう言って、白斗は微笑んだ。

この世界に来た時も、そしていつも元気を貰っている彼女の笑顔に追いつこうと精一杯の笑顔を浮かべる。

ネプテューヌはそんな彼の気遣いが嬉しくて、尚更彼に夢中になってしまうのだ。

 

 

「……白斗、お願いね!!」

 

「既にアイエフさんが情報収集に当たっています。 彼女と連携してください」

 

「さっすが、ゲイムギョウ界に吹く一陣の風。 それじゃ、行ってきます」

 

 

ネプテューヌとイストワールの言葉を受け、白斗は颯爽と出ていってしまった。

その間もネプテューヌは手を握り締め、祈る。どうか彼が無事で戻ってくるように、と。

 

 

「……ネプテューヌ様」

 

「あ、ツネミ。 ピー子達の相手はいいの?」

 

「白斗さんの事が心配になって……これから、どうするつもりなんですか?」

 

 

そこへツネミが現れた。

やはり白斗の事が気になったらしく、彼を追ってみれば案の定どこかへ出掛けようとしている。

どう話したものかとネプテューヌも少し悩んだのち、言葉を選んだ。

 

 

「んーとね……まぁ、簡単に言うと悪い人を懲らしめに行く、かな?」

 

「そ、そんな!? 危険すぎますよ!?」

 

「確かに危険だし、私だって本音を言えばイヤだよ。 でもね……」

 

 

心配や不安はある。でも、ネプテューヌは信じたかった。何故ならば。

 

 

 

 

 

「白斗はやり遂げちゃうし、そんな白斗がカッコいいんだよね……」

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

―――そんな彼に、恋してしまったから。

そんな彼女の言葉、そして表情を受けてツネミは窓を覗く。

これから危険なことを成し得ようとしている白斗の姿を、その瞳に刻み込むかのように。

 

 

 

「……白斗さん……」

 

 

 

ツネミはその胸を握り締める。

湧きあがる不安、それと同時に溢れ出す「温かな想い」を確かめるかのように―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その日の夜、ここはとある事務所。

外観こそは小奇麗にされており、その内装も金を掛けたであろう高価な装飾品で満たされている。

美しい革張りされたソファの上で、男は葉巻を加えながら一人微笑んでいた。

 

 

「ぐふっふっふ~♪ まだかな~、ワシの今晩のメインディッシュ~♪」

 

 

金色に装飾された悪趣味なバスローブを纏い、煙を吐き出しては舌なめずりをする。

その手に握られているのは、一枚の写真。それは市販されているブロマイド、このプラネテューヌのアイドル、ツネミの写真。

―――そう、この男こそが件の悪徳プロデューサーである。

 

 

「これだけ可愛い子が男を知らないなんて勿体ない……。 他の所属の子も可愛いし、しばらくはより取り見取りだなぁ~」

 

 

期待に胸を膨らませている下品な男。

これから自分が食い物にするアイドルをどう味わおうか、頭の中でゆっくりと考えている。

約束の時刻まであと僅か。

と、ここで外界を遮るドアが控えめにノックされる。

 

 

「お、来たかな。 少し早いがまぁいいだろう。 ツネミちゅわぁ~ん!」

 

 

こんな時間に訪ねてくる人物は、彼の中で一人しかいない。

意気揚々と扉を開け、これから召し上がろうとする少女を迎えようとした。―――だが彼を迎えたものとは美少女などではなく。

 

 

「ぐぅぶぇッ!!?」

 

 

痛烈な、蹴りだった。

 

 

「ゲホゴホッ!! な、なんだいきなり、無礼―――ヒィィッ!!?」

 

 

抗議の声を上げる間もなく、今度は何かが縫い付けられたナイフが次々と飛んでくる。

ズカカカ、と鋭い音を立ててナイフは男の輪郭を縫うように突き刺さった。

 

 

「―――無礼だ? それはツネミに対しても同じだろ?」

 

「な……だ、誰だ貴様!!? 他の奴らは何をしているゥ!!?」

 

 

男の目の前に現れたのは、黒衣の少年。

いや、殺意が溢れすぎて黒そのものに染まった白斗だった。殺気で空間が歪んですら見えてしまう。

恐怖の余り情けない声で助けを求めるが、静寂しか返ってこない。

 

 

「他の奴らはお寝んねしてるよ。 ダメだろ、こんな真夜中にまで働かせちゃ」

 

「さ……さてはツネミの奴がチクったな!? 許さんぞ!! 報復だ……あいつの人生を滅茶苦茶にしてやるぅ!!!」

 

「出来ねーよ。 それ、見てみ」

 

 

白斗が指を差した先にあるのは突き刺さったナイフ。

否、よく見れば何かの紙と共に縫い付けられている。

目の前の少年に恐怖しながら、男は恐る恐るナイフを引き抜き、その紙を手に取る。するとそこに書き連ねていたのは―――。

 

 

「………ッ!!? こ、これ……これぇっ!!?」

 

「アンタが今まで犯してきた悪事とその証拠だ。 まぁ、叩けば出てくる出てくる……正直イヤになるわ。 勿論、ツネミの所属事務所を不当な手段で潰したことも、な」

 

「な、ななななな…………」

 

 

開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。

この紙一枚だけでも致命傷なのに、それが幾つも存在している。つまりこの少年はその全てを頭に叩き込んでいるということだ。

ならば外へ漏れ出る前に口を封じてしまえば、とも思ったのだが。

 

 

「因みにそれはコピーした奴。 原本は既に警察や女神様んトコへ送信済みだ。 もうすぐ、お迎えが来るだろうぜ」

 

「あ、ば、ば………」

 

 

この状況を見れば、言い逃れなど不可能だろう。

つまり、どう転ぼうがこの男に救いなど無い。ツネミの人生を弄ぼうとしたこの男に、救いなど必要ない。

ならばせめて、一矢報いようと最後の悪足掻きを見せた。

 

 

「ば……馬鹿、め……。 こんなことをしても、ツネミはもう生きていけんぞ……一度潰れた所属事務所は戻らない……そんなアイドルを誰も取りたがらない……。 お前は、奴が生きる唯一の道を潰したんだ……」

 

「いいや、取りたがる奴はいるんだな。 コレが」

 

「な、に………!?」

 

 

最後の足掻き、それは自分を陥れたであろうツネミに対するアイドル人生の抹殺。

この男がこれだけ卑劣な真似が出来たのも、彼女の人生そのものを人質にとっていたからである。

だがそんなものは予測済み。対して苦にもならず、白斗は囁きかける。

 

 

「女神様」

 

「は………!?」

 

「ま、お前は精々指を咥えて眺めてるがいいさ。 冷たい獄中から、な」

 

「……ッ……ッ………………」

 

 

言葉も出せず、もう冷や汗を掻くだけの水分も残っていない。

何もかもが手遅れだと理解した男は、情けなく口から泡を吹いて崩れ落ちた。

 

 

「お前がツネミを泣かせたこと、このくらいじゃ到底足りない。 ……けど、裁くのは俺じゃないしな。 後は法律様と女神様にお任せしますよっと」

 

 

欲を言えば、白斗の手でこの男を殺したかった。それほどまでにこの男に対して怒っていた。だから白斗は、この男の心“だけ”を殺した。

間もなくここにアイエフ率いる警察が雪崩れ込んでくる。

面倒ごとになる前に、白斗は音も無くその場から立ち去った―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日。

 

 

『次のニュースです。 あの大物プロデューサーが数々の不正を暴かれ、昨夜緊急逮捕されました。 同氏は悪辣な手口を用いては手籠めにしたアイドルを次々に襲っていたという容疑が掛けられており―――』

 

「ほ、本当に……逮捕、されちゃった……」

 

 

いつもの面子にツネミを加えての朝食。

正直な所、ツネミは気が気でなかった昨日だが昨夜白斗から「悪徳プロデューサーは潰した」という連絡を受けて、ようやく安眠することが出来た。

それでも不安はあったらしく、今朝のニュースを見てようやく心が本当に軽くなる。

 

 

「さっすが白斗!! 我がプラネテューヌの懐刀!!」

 

「まさにお兄ちゃん様様! だね!」

 

「いやいや、アイエフのサポートのお蔭だよ。 ありがとな」

 

「いいのよこれくらい、私がやりたかったんだから。 あ、このスープ美味しいわね」

 

 

昨日の大捕り物に参加してくれたアイエフも、夜遅かったためプラネテューヌの教会で寝泊まりすることになった。

お礼の意味も込めて、今朝の朝食は白斗が作っている。

 

 

「……ありがとうございます白斗さん。 でも、私にはもう歌う場所なんて……」

 

「あれ? ネプテューヌ、お前言ってなかったのか?」

 

「いやぁ、昨日はゲームで大盛り上がりだったから言いそびれちゃってー」

 

「まぁいいや。 この後どうせ発表されるだろうしな」

 

「発表……ですか?」

 

 

どうやらまだ何かあるらしい。

気になってテレビに目を向けると、それに関連したニュースが飛び込んできた。

 

 

『では次のニュースです。 先日、閉鎖された事務所に所属していたアイドルのツネミさんですが、今後は新たにプラネテューヌの教会直属のアイドルとなり、国を元気づけるアイドルとして新しい一歩を踏み出していくとのことです』

 

「え……?」

 

 

呆気に取られてしまった。

彼女に、思いがけない形で新たに歌えるステージが飛び込んできたのだ。

どういうことなのかと事態が呑み込めないまま、白斗とネプテューヌに目を向けると二人は得意げな表情を向けてきた。

 

 

「聞いての通りさ。 ツネミは今後、このプラネテューヌ教会のアイドルとして歌手として活躍しつつプラネテューヌの宣伝を行ってもらうってことさ」

 

「因みにスタッフは前の事務所の人を呼び戻したから人手は心配ないよ!! で、実績を積み上げたら独立して元のテレビの仕事中心に戻ってもらうってワケ!!」

 

「そう。 ま、今後はプラネテューヌのために歌ってくれたまえ」

 

 

わざと偉そうな口調で悪びれようとする白斗。

元より彼がそんな人物ではないことは、この二日間でよく知っている。でも、何故こんな形をとったのか。

 

 

――ネプテューヌ様の治めるプラネテューヌで歌うことが何よりも幸せでしたから……――

 

「あ……」

 

 

それは昨日、ツネミが明かした胸中だ。

ネプテューヌが治めるこの国が好きだから、この国で歌っていきたい。白斗はただ彼女の夢を繋ぎ止めるだけでなく、彼女の夢を叶えてくれたのだ。

だが、驚きはこれだけでは終わらない。

 

 

『更にプラネテューヌ教会からの発表によりますと、彼女の新しい門出の一環として今夜無料ライブを開催するとのことです。 入場料無料で後日動画配信もされるという、ネプテューヌ様らしい豪快かつ思いやりに溢れた政策ですね』

 

 

なんと、いきなりライブの仕事まで入ってきたのだ。

 

 

「えぇっ!? こ、今夜ですか!?」

 

「な? こんな無茶ぶりするなんて俺も相当な悪だろ? だから感謝は俺じゃなくてネプテューヌ様にしてくれよ」

 

 

へへ、と意地悪な微笑みを浮かべながら白斗はコーヒーを啜る。

しかし、これまでアイドルとして多忙な生活を送ってきたツネミにとってこの程度の無茶ぶりなど日常茶飯事。問題は無かった。

寧ろ驚いたのは、早速仕事が入ってきたことである。

 

 

「バックダンサーも手配済み、ステージは知り合いに頼んで設営中、機材とかはまだ手配中だがライブには必ず間に合わせる。 ……これでも歌えないかい? ツネミ」

 

 

―――そこで白斗は、優しい微笑みを向けてくれた。

あの夜の時もそうだ。彼はこうして優しい微笑みを向けてくれた。だからこそ、諦めないでここまで来ることが出来た。

それもこれも偏に、彼が―――白斗が優しかったから。

 

 

「………あり、がとう………ございますっ………!!」

 

 

今度は、嬉しさで涙が溢れてしまった。

歌う時以外は無表情、無感情にも近い彼女だが、これだけの優しさに触れて嬉しくない訳が無い。

溢れ出る涙を慌てて拭き取ろうとするネプギアとピーシェ。温かな一時が、ようやく訪れた。

 

 

「……やったよ白斗! ようやく、ツネミに歌わせてあげられるね!」

 

「ああ、正直ネプテューヌの提案がなかったら俺とて思いつかなかったよ。 ……さて、それじゃツネミがちゃんと歌えるように俺も仕事に戻りますかね……っ!?」

 

 

コーヒーを飲み終え、残った手配などを済ませようと書類を手にして腰を上げた白斗。

だがここで、彼の視界が大きく揺らいだ。白斗の体が崩れ落ちそうになったのだ。

 

 

「は、白斗!?」

 

「白斗さん!? 大丈夫ですか!?」

 

 

慌てて抱き留めるネプテューヌとツネミ。

容態を調べるべく顔を覗き込んだが、明らかに疲弊の色が見て取れる。特にツネミには分かる。

アイドルとして、多忙な生活を送ってきたのだから。

 

 

「やっぱり無茶し過ぎだよ! 昨日だって夜通し書類作成とかやってたんでしょ!?」

 

「だ、大丈夫よ……ぶっ倒れるのはツネミのライブが成功してからでも遅くねーって……」

 

「ダ、ダメです!! 休んでください!!」

 

「それこそダメだってーの……俺がツネミをここまで引っ張っちまったんだ、だったら最後まで責任持って送り出さねーとカッコつかないだろうが……」

 

 

ネプテューヌも、そしてツネミもそれこそ泣きそうな表情で止めようとした。

白斗は昨日の事務所立ち上げの書類作成から始まり、大物プロデューサーの悪事を突き止め、更にはライブの手配などの作業を今までノンストップでやってきたのだ。

それも彼の優しさからくる危うさ。ツネミもさすがにそこまで望んでいないと何とかして止めようとするが。

 

 

「十分カッコついてるわよ白斗。 後は私達に任せなさい」

 

「えっ……?」

 

 

誰かが、白斗の書類を取り上げた。

顔を見上げれば、そこには今、この国に居るはずのない黒髪の少女が一人。

 

 

「の、ノワール……!?」

 

「ネプテューヌから連絡を受けてきたんだけど、想像以上の無茶を想像通りやってくれるわね。 これで倒れる方が格好付かないってものよ」

 

 

ラステイションの女神、ノワールだった。

どうやらネプテューヌがこの展開を見越して救援を依頼したらしい。驚くべきはプラネテューヌ側の問題なのに、彼女がわざわざ動いてくれたことだろう。

しかし、白斗の驚きはそこで終わらなかった。

 

 

「ノワールの言う通りね。 少しは誰かに頼ることも覚えなさい」

 

「ぶ、ブランまで……!? ってことは……」

 

「私もいますわよ、白ちゃん」

 

「べ、ベール姉さん……女神様集結かよ……」

 

 

ブランとベールまでもが姿を現したのだ。

既にどちらも書類を手にしている。いずれも白斗がこの後片づけようと思っていた資料だ。

目を通し終えているらしく、彼女達はそれぞれの仕事へと着手していく。

 

 

「それじゃ私は人材関係を請け負うわ。 得意分野だもの」

 

「なら、私は会場のセッティングね。 後で現地に直行するわ」

 

「私は機材関係を。 リーンボックスのテレビ局から手配しますわ」

 

「それじゃ私は各種書類決裁! 仕事は早いことで定評のあるネプ子さんだよー!」

 

 

今、ここにゲイムギョウ界の四女神が集結した。

ネプテューヌの、ツネミの、そして白斗のために。各自得意分野を持って、仕事に当たってくれている。

こうなっては、白斗も関わるななどと無粋なことは言えない。

 

 

「……頼もしいことで。 それじゃ、俺はそれ以外の仕事を……」

 

「あ、待って。 白斗には一つ頼みたいことがあるの」

 

「な、何だよ……?」

 

 

しかしこれだけ有能な女神が集まっても、仕事は山ほどある。少しでも進めようと白斗が別の仕事に手を付けようとした時だ。

突然ノワールからそんな一言が飛んできた。一体何だろうかと耳を傾けると。

 

 

「当て身っ!」

 

「ゴふっ!?」

 

「は、白斗さん!?」

 

 

鋭い拳が白斗の腹を捉えた。

弱り切った体では避けることも耐えることも出来ず、白斗は卒倒する。

慌てて抱きかかえるツネミだが、白斗はすぐさま大鼾をかいて寝始めた。

 

 

「白斗の仕事は、ゆっくりと休むことよ。 それじゃ私達は仕事があるから」

 

「ええ。 私も現地へ飛ばないと」

 

「音響関係は……5pb.ちゃんにお願いすれば何とかなるでしょうか……」

 

 

白斗が寝たことを確認するや否や、ノワール達はそそくさと部屋を出ていく。

各種連絡や手配のためには一ヵ所に留まっていられないのだ。

当然ネプテューヌもそれに伴う書類の始末などをしなければならないため、いつもなら嫌がる執務室へ自ら赴こうとするが。

 

 

「ツネミとピー子、しばらくの間白斗を見ててくれる?」

 

「え? あ、はい……お任せください」

 

「お願いね。 それと……」

 

 

その間、白斗のお目付け役にツネミを指名したネプテューヌ。

ライブが始まるまでの彼女の仕事と言えば喉のコンディションを整えることや、ライブで歌う曲を決めることくらいだ。

確かに白斗を診てあげられるのは彼女しかいない。ただ、その際に耳元に。

 

 

 

 

 

「白斗は……渡さないからね」

 

「………っ!?」

 

 

 

 

 

そんな囁きを一つだけ残した。

一体それが何を意味するのか、ツネミには分からなかったが顔がボッと赤く染まってしまう。

あの無機質なことで有名な彼女の顔が、だ。

それに応えることもなく、ネプテューヌはネプギアとアイエフを連れて部屋を出てしまう。

 

 

「……? つねみ、どしたの?」

 

「……分かりません。 ただ……」

 

 

先程の一言が、脳内に反芻する。そのため、心配してくれたピーシェの声掛けにも生返事だ。

そして次に思い起こされるのはこれまでの白斗の姿と顔、声。どれも思い出すだけで胸が熱くなり、心臓が跳ね上がる。

歌う時でしか感情を表に出さないのに、どうしたことなのか。ツネミ自身もよく分からなかった。

 

 

「………今は、白斗さんと居られるこの時間を………大事にしたい、です……」

 

 

ツネミは、倒れた白斗を柔らかな膝に乗せ、そっと頭を撫でてあげる。

出会って間もないというのに、こんな自分のために、こんなボロボロになってまで頑張ってくれた優しい少年に惜しみない感謝をそれ以上の気持ちを込めながら。

―――ツネミの顔は、嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、日は沈み、夜の6時40分。

プラネテューヌの街角で臨時で設置された特設ステージには、突然のライブであるにも関わらず多くの観客と報道陣が押し寄せていた。

 

 

「おい押すな!! 俺がこの席なんだぞ!!」

 

「いいから詰めろって!! ツネミちゃんが見られないだろうが!!」

 

『え、えーと押さない、駆けない、喋らないのおかしを守ってください~!』

 

 

これだけの盛況ぶりにはスタッフによる整理やネプギアのアナウンスも、焼け石に水と言った様子だった。

盛況なのは結構だが、この辺りは次回への課題になると舞台裏から覗く少年―――白斗はメモに書き留め、その間も各種指示を繰り出していく。

 

 

「いやぁ、突然なのにバックダンサー頼んで悪かったなマーベラス。 昔ミュージカル出演したって聞いたから頼めるのが他に居なくて」

 

「いいのいいの! 寧ろ頼ってもらえて私も嬉しいんだから!!」

 

「サイバーコネクトツーにファルコムもありがとう」

 

「寧ろこんな貴重な経験させてもらって感謝感謝!」

 

「そうそう、白斗はドーンと構えてたらいいんだよ」

 

 

今回バックダンサーとして依頼したのはマーベラスとその仲間であるサイバーコネクトツー、そしてファルコムだった。

ミュージカル経験のあるマーベラス、そして体捌きに優れた二人ならば最高のダンスをしてくれると踏んでの起用だ。

正直な所、唐突にも程がある話だったが三人とも二つ返事で承諾してくれたのだ。

 

 

「MAGES.に5pb.もありがとうな。 ステージ設営も大変だったのに」

 

「なぁに、この程度造作もない。 5pb.の時より遥かに楽だったからな、変形機能が無い分」

 

「寧ろ何に使うんだよ変形機能……」

 

「何でもFを16連射すると変形するらしいよ……ボクは絶対にしないけど」

 

 

そしてステージ設営はMAGES.に、間取りは5pb.に依頼した。

以前5pb.から聞いた話ではリーンボックスで彼女が歌うステージはMAGES.が一晩で作ってくれた代物だという。

その腕前と仕事の速さを見込んでの起用だったが、想像以上の出来だった。それでも大変だっただろうに、二人も快く引き受けてくれた。

 

 

「ノワール達も本当にありがとう。 皆がいたからここまで来られた」

 

「だったら今後はもっと私達を頼りなさいよね」

 

「そうそう、一人で抱え込むのは白斗の悪い癖だわ」

 

「そうですわよ白ちゃん。 貴方は一人ではないのだから」

 

 

そしてノワール達、各国の女神にもしっかりと頭を下げる。

ネプテューヌのため、彼女の友のため、何より白斗のために駆けつけてくれた女神達には本当に頭が上がらない。

加えてお説教までされては、本当に敵わないと白斗は頬を掻いた。

 

 

「……さて! 曲の準備もバッチリだけど、ツネミは行けるよね?」

 

「………………」

 

「あれ? おーい、ツネミさーん?」

 

 

本日の主役、ツネミはこの国の女神ネプテューヌに連れられて姿を現した。

コンディションも仕上がっており、体調も万全。後は本番が来るのを待つだけと言った様子なのだが、ツネミは舞台裏から覗くと呆気に取られてしまった。

 

 

「………私、本当に……こんな凄いところで、歌っていいんですか……?」

 

「いいのだよ! 予算の事なら心配ないよ、いーすんが出してくれたから!」

 

「ああ。 『プラネテューヌのための先行投資と思えば安いものです』ってよ」

 

 

未だに信じられなかった。

二日前まで絶望の淵に立たされていたというのに、それが今では華やかなステージで歌うことが出来る。まだ、夢を追うことが出来る。

誰もが、こんな自分のために協力してくれた。舞台裏で控えている皆に―――そして白斗に、感謝の気持ちが絶えない。

 

 

「……皆さん、ありがとうございます……!」

 

「エンディングにはまだ早いぜ。 歌いきってから、な?」

 

「……はい!」

 

 

白斗の温かい一言に、勇気も活力も、何もかもを貰える。

憂いなど無い、後は本番でやり尽くすのみ。そう構えていたのだが。

 

 

「お、お兄ちゃ~~~ん! 大変だよー!!」

 

「ネプギア? どうした!?」

 

 

アナウンスを担当していたネプギアが、慌ただしい様子でこちらに駆け込んできた。

有事の際は姉と同じで落ち着きがなくなる彼女だが、それ故にこんな様子ではよからぬ知らせが舞い込んできたに違いない。

ある程度身構えつつ、話を聞くことにしたのだが。

 

 

「ギターボーカルの人が深酒し過ぎたせいで来れなくなったって……!」

 

「ンだと!? チッ、そいつ干してやる……!!」

 

 

開始20分前を切り、まさに土壇場と言うところで最悪の知らせが舞い込んできた。

この様子ではもう間に合わないだろう。ツネミの曲の一つはギターボーカルが必要なものがある。

彼女を代表する歌だけに、この抜けは正直言ってキツい。

 

 

「ど、どうするのよ!? 開始までもう15分も無いわよ!?」

 

「ギターボーカルが必要ない曲を入れる……?」

 

「でも、こういっちゃなんだけどツネミの曲って割と静かなのが多いからそれが抜けると盛り上がりに欠けちゃうよ?」

 

「こ、困りましたわね……私達、ギターなんてできませんし……5pb.ちゃんなら!」

 

「し、失礼ですけど今回はツネミさんのステージですから、ボクが出張るのは……」

 

 

さすがにこれには女神達も大慌て。

幾ら戦闘や仕事が出来ると言っても、ギターなど手を付けていないものまで出来るわけがない。

かと言って別の曲を入れれば狂いが生じてしまう。

ギターで言えば5pb.も出来るのだが、今回はツネミのステージ。リーンボックスの歌姫が出張ると彼女を食いかねない以上、名乗り出ることが出来なかった。

まさに万事休す、ツネミの顔も曇りかけたがその時、白斗の目が開いた。

 

 

「……ネプギア。 開始を10分ほど遅らせるアナウンス流してくれ」

 

「え? お、お兄ちゃん?」

 

「5pb.、ギター持ってるよな? 悪いけど借りていいか?」

 

「いいけど……白斗君、まさか!?」

 

 

5pb.からギターを借り受けた白斗はその場でチューニングを始める。

弦を掻き鳴らせば刺激的な音が響き渡った。音色も、ギターボーカルが演奏する予定だったものとほぼ同一だ。

 

 

「俺がやる。 昔取った杵柄だが、無いよりマシだろ?」

 

「は、白斗さん……!!」

 

 

どうやらギターの扱いには心得があったらしい。

ウィンクと共に見せられたその笑顔に、やはり勇気を貰えるツネミ。その腕前以上に、彼が宣言した以上はやり遂げてくれる。

ツネミはもう、白斗に全幅の信頼を寄せていた。

 

 

「20分で覚えてやる! だから少しだけでいい、開始が遅れるってアナウンスを……」

 

「20分なんて言わず、30分でも1時間でもいいよ。 ……私が時間、稼ぐから!」

 

 

するとここで名乗りを上げた人物が一人。ネプテューヌだ。

彼女は自信満々な表情でマイクを手にしている。それが意味するものとは―――。

 

 

「……期待してるぜ、プラネテューヌの女神様」

 

「期待しててね、私の騎士様♪」

 

「頼む。 ……ツネミ、悪いが楽譜と調整に付き合ってくれ!!」

 

「は、はい!!」

 

 

後の事をネプテューヌに任せ、白斗はツネミと共に控室へと戻っていった。

彼らのしたいことを察した女神達が代わりに陣頭指揮を執り、各種手配を済ませていく。

そして開始時刻となった7時丁度。派手なスモークと共に現れたのはツネミではなく、この国女神ことネプテューヌ。

 

 

「みんなー! 今日はツネミのために来てくれてありがとー!! 今回は私の友達、ツネミの新しい門出を祝ってのスペシャルサプライズ!! 私が歌っちゃいまーす!!」

 

『マジで!? ネプテューヌ様が!?』

 

『こんな間近で女神様を見られるなんて……しかも歌まで披露してくれるってのか!!』

 

『これが無料でいいのかよ!? プラネテューヌ最高ー!!』

 

 

そう、彼女が出した案とはしばらくの間ネプテューヌが前座を務めることだ。

平時であればブーイングが出てもおかしくない事態だが、ネプテューヌはこの国の女神として半ばアイドル化していること、そして国民に人気があること、無料公演であることが功を奏した。

誰もが彼女の登場を喜んで受け入れ、ネプテューヌは歌いだす。

 

 

「それじゃいっくよー!! 一曲目、Fly high!!」

 

 

―――ネプテューヌは歌いだした。

正直、アイドルとは程遠いカラオケの延長線上でしかなかったが彼女の賢明な歌声と踊る姿に、誰もが魅入っていた。

更には女神化も織り交ぜてより派手に、より飽きさせないように歌い続ける。

曲の合間にトークも挟んだりして出来るだけ時間を稼いでいたのだが、やがて30分が経過した頃―――。

 

 

「ふぅ……ふぅ……さ、さすがにキツくなってきた……。 でも、白斗だって頑張ってるんだから、私だって頑張らなきゃ……!」

 

 

息が上がってきた。

アイドルと言うのは存外体力勝負なのだ。歌うだけではない、踊ったり、表情でそれを表現しなければならない。

それを30分も続けるとなると、さすがの女神と言えども体力の限界だ。それでもやり切らなければならない。

ネプテューヌも覚悟を決め、最後の持ち歌を披露しようとしたその時―――。

 

 

「―――ありがとな、ネプテューヌ。 おかげでこっちはパーペキよ」

 

「ネプテューヌ様、感謝します。 ……ここから先は、私達のステージです」

 

 

背後から、温かな手が肩に置かれた。

自信満々な表情のツネミ、そして白斗だった。彼の目を見て確信する。彼なら、やり遂げてくれると。

 

 

「……良かった……! それじゃみんなー、ここから先は真打ち登場! よろしくね!」

 

「「「ねーぷ! ねーぷ! ねーぷ!」」」

 

 

ネプテューヌは最後に精一杯の笑顔を浮かべてステージから去った。

その間も惜しみない拍手と称賛の声。相当頑張ってくれたのだろうと、白斗とツネミは容易に想像してしまう。

だからこそ、余計に気合が入った。

 

 

「ツネミ、どうやらネプテューヌが相当ハードル引き上げたみたいだが……イケるか?」

 

「ふふ、これくらいでへこたれてたらアイドルなんて一生名乗れませんから」

 

「お前もステージの上だとスイッチが入るねぇ……なら、ノープロブレムだなっ!!」

 

 

白斗が勢いよくギターを掻き鳴らした。

人々の心に絡みつくようなギターの音が、一気に人々の心を捕らえた。それと同時にマーベラスらバックダンサーも飛び出し、見事な踊りを披露していく。

 

 

 

 

 

「―――皆さん、今日は本当にありがとうございます。 私の新しい一歩として……聞いてください!!」

 

「「「うおおおおおおお!! ツネミちゃ―――ん!!!」」」

 

 

 

 

 

―――ツネミのライブが、始まった。

彼女の綺麗な歌声に白斗のギターが見事に調和し、美しさと格好良さを両立させている。

そして背後で踊るマーベラス達も、そんな名曲を彩るのに一役買っていた。

誰もが今、歌と踊り、楽器で完成された最高の夜を楽しんでいる。観客も、バックダンサーも、スタッフたちも、女神様も、白斗も、そして―――ツネミも。

 

 

 

(……白斗さん、本当にありがとうございます。 貴方がいなかったら私……きっと、アイドルどころか生きてすらいられませんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………でも、今………とても幸せです。 だって、だって………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………貴方と一緒に、最高の歌を、歌えているんですから………!)

 

 

 

―――共に汗を流しながら、共に歌う少年の姿に、ツネミはようやくその気持ちを自覚した。

その気持ちと共に歌いあげたその時、会場からは惜しみない拍手の嵐が巻き起こる。

今夜、このライブは今までで最高の大盛り上がりを記録したことは―――語るまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから数日後。

人の噂も七十五日とは言うが、数日経てばアイドルに起こった事件など誰もが気にも留めなくなる。

プラネテューヌの街は、今日も人々が新たな娯楽を求めて慌ただしい日常を過ごしていた。

そんな中、白斗はとある公園で一人腕時計を見ながら立っている。

 

 

「は、白斗さん! すみません、お待たせしました……!」

 

「構わないよツネミ。 ……でも驚いたぞ、休日に遊びに出たいなんて言うから」

 

 

そう、待ち合わせをしていたのだ。待ち合わせ相手はツネミ。

あの夜のライブが功を奏し、今では出演依頼が引っ切り無しに舞い込んでくるアイドル中のアイドルだ。

今はプラネテューヌ教会所属のアイドルであるため、受ける仕事は選びがちだが早くも以前のようなテレビ中心の活躍に戻れる日も遠くはない。

そんな多忙であるはずの彼女から突然、遊びに誘われたのだ。

 

 

「白斗さんにはお礼が出来ていませんでしたから……ちゃんとしたお礼がしたいんです」

 

「俺じゃなくてネプテューヌ達にしてやってくれよ。 俺がやったの無茶ぶりだけだから」

 

「そんなことありません! 白斗さんがあの夜、声を掛けてくれたから私がここにいるんです!」

 

「お、おう……なら光栄だな……」

 

 

珍しく、大声を上げて反論してくるツネミ。

あの日から彼女は表情が豊かになったように感じる。

いや―――正確には白斗の前では、だが。

 

 

「にしても今更ながらアイドルがこんなパンピーと一緒に居たら今度こそ致命的なスキャンダル……ってちょっとぉ!!?」

 

 

突然、白斗が驚いた声を上げてしまう。

理由は簡単。彼の右腕が柔らかい感触と甘い匂いで包まれたからだ。

―――ツネミが、抱き着いてきたのである。

 

 

「ち、ちょっとツネミ!? マジでまずいって……!!」

 

「いいんです。 ……これが、私の偽らざる気持ち……ですから」

 

「お、おいおい……」

 

「それとも白斗さんはこういうの……お嫌い、ですか?」

 

 

涙目で上目遣い、更には抱き着きという凶悪三連コンボの前に耐えられる男などいるはずがない。

アイドルとして培ってきた演技力と美貌。それらに打ちのめされた白斗は少し唸った後。

 

 

「……嬉しいよ……あーあ、女には敵わねぇな。 ったく……」

 

「良かった。 なら、行きましょうっ!」

 

 

素直に負けを認め、諦めたように溜め息を吐いた。

それに満足したツネミは彼の手を引きながら歩いていく。遊びに、とは言ったが特に目的地も無い。

ただ彼と―――白斗と過ごせれば、ツネミはそれだけで満足だったのだ。

 

 

 

(……ネプテューヌ様、ごめんなさい。 私、一つだけ約束を破ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……貴女様から「白斗さんは渡さない」って言われましたけど……諦めたくありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だって……私も白斗さんに……恋、してしまいましたから―――)

 

 

 

 

―――何故なら彼女もまた、恋する乙女なのだから。




というわけで新ヒロイン、「激震ブラックハート」よりツネミの登場でした。
サオリさんとどっちを登場させるか非常に迷いましたが、ツネミが可愛すぎたので今回はこちらで。
今回の彼女は武将ではなく、メーカーキャラほどではありませんが一般人よりちょっと外れた枠になります。
思えばネプテューヌシリーズのキャラってクーデレが少ないなーと感じたので今回は彼女にクーデレ枠を当てはめる形に。
普段は表情を表に出さないという公式設定のツネミさんですが、心の底から笑うと可愛いと思うのです。今後もそんなツネミの魅力を引き出せて行けたら幸いです。
余談ですが武将キャラってどの子もいいですよね。スピンオフでまた再登場しないかなぁ……。

さて、次回ですがここまでプラネテューヌの描写に偏り過ぎたのでプラネテューヌから離れたお話になる予定です。お楽しみに!!
感想ご意見、お待ちしております!!


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第三十二話 ユニユニDay's

「―――着いたぞピーシェ! ここがラステイションだ!!」

 

「ほぉぉおお!! すごーい!!」

 

 

あくる日、少年少女達が重厚なる黒の大地、ラステイションへと降り立った。

最近この世界にやってきた黄色い少女ピーシェ、そして彼女を肩車している少年、黒原白斗。

傍から見れば親子にしか見えないやり取りである。

今までプラネテューヌで過ごしていたピーシェも、新しい光景に目を輝かせていた。

彼らと一緒に着いてきたネプギアも、自分の知る景色と差異があったのか色々見比べている。

 

 

「でもお兄ちゃん、前来た時よりも更に綺麗になったって感じだよね」

 

「ああ。 あれからも清掃活動は続けてくれているし、参加人数もかなり増えたんだってよ」

 

「お姉ちゃんもそう言うの実施すれば……いや無理かなぁ……」

 

「無理だって」

 

 

物珍しい、というよりも羨ましがっている様子だ。

ラステイションと言えば工業が盛んである故にあまり衛生環境がよろしくないイメージがあったが、それも徐々に払拭されている。

提案した甲斐もあったと、白斗は誇らしげに頷いていた。

 

 

「どうだピーシェ。 これがノワールの国だ、良い国だろ?」

 

「のわるのくに、すごい! ねぇ、ねぷてぬのくにとどっちがすごいの?」

 

「ははは、そんなの決められないよ。 どっちもいい国だからな」

 

「なんできめられないの?」

 

 

まだまだ幼いピーシェには、何がどう凄いのか分からないが、とにかく凄いと感じてくれている。

ただ、優劣や甲乙を付けられるようなものであるかと言えばそうでもない。

 

 

「例えばだ。 ピーシェは元気なのがいい所だ」

 

「うん! ぴぃ、げんきいっぱい!」

 

「で、ネプテューヌは一緒にいるのが楽しいだろ? そこがいい所だ」

 

「うん! ねぷてぬとあそぶの、たのしい!!」

 

 

幼さゆえに直感的に捉えてくれる。

今はまだたどたどしいだけで、ピーシェは物分かりがいい方だ。ちゃんと教えれば、ちゃんと理解してくれる。

白斗も彼女のとの会話を楽しみながら、どんどん教えていく。

 

 

「な? 他人には違ったいい所があるんだ。 だから比べることなんてできないんだよ」

 

「おぉー! ぴぃ、わかった!」

 

「いい子だなピーシェは」

 

 

言葉自体は難しいかもしれないが、何を言いたいのかは大体理解してくれる。

白斗も無理に吸収させるつもりはなく、今はただ頭の片隅にでも置いてもらえればそれでよかった。

ピーシェはそれを積極的にしてくれていると、白斗は頭を撫でてあげる。

 

 

「じゃ、ねぷぎあやのわるはどんなところがいいの?」

 

「ネプギアは素直な所だな。 そこがまた可愛い」

 

「ちょ、お兄ちゃんってばぁ……」

 

 

すると他の子達のいい所に興味を持ったらしい、ピーシェがそんな質問をしてきた。

そして白斗はサラリと答える。迷うことなどない、これが彼女のいい所だと自信を持って言えるから。

一方大好きな兄から、そして大好きな男の人から褒められてネプギアはうっとりする。

 

 

「のわるは?」

 

「真面目な所だ。 何に対しても真剣な所があの子の魅力だな」

 

「ねぷてぬ、よくふまじめっていわれるけどあれは?」

 

「あいつに真面目は無理だ。 ま、そこがいい所でもあるんだけど」

 

「だめなところなのに、いいの?」

 

「ふふ。 ピーシェにはちょっと難しいかもしれないけど、いつか分かるさ」

 

 

ノワールは何に対しても真面目。それは何に対して全力で向き合ってくれること。それも何にも代えがたい魅力である。

一方ネプテューヌはそれが出来ないが、だからと言って真剣に向き合えないかと言われればそれも違う。彼女は真面目とは違った方向で、その人の内面を見ることに長けていた。

その辺りの理解はさすがに難しいが、きっといつか理解してくれるだろうと白斗も敢えて詳しくは語らなかった。

 

 

「じゃー、おにーちゃんのいいところは?」

 

「俺ェ? ンなの、あるのかねぇ……って何だネプギア!?」

 

 

一方、自己評価に関しては極端に低い白斗。

自画自賛ならぬ自己嫌悪が激しいこの男だが、そんな彼に膨れっ面になりながら抱き着く少女が一人。

 

 

「お兄ちゃんのいい所はね! 何よりも優しいところだよっ♪」

 

「お、おいおい……ネプギア、言い過ぎだって」

 

「言い過ぎなんかじゃないもん! お兄ちゃんの優しさで、どれだけ救われたか!」

 

 

ふんす、と鼻息を立てて熱弁するネプギア。

ここまで捲し立てられると白斗は照れ臭くなってしまう。ノワールはツンデレと言うのはこの世界の常識ではあるが、案外この男にも当てはまるかもしれない。

 

 

「ぴぃ、わかるっ! おにーちゃん、やさしくてだいすきっ!」

 

「私も大好きー♪」

 

「うおおおおおっ!! 引っ付くなってー!!」

 

 

更にはピーシェまで抱き着いてくる。

可愛らしい少女二人に抱きつかれて嬉しくない男がいるだろうか。因みに周りにいた男達は当然、嫉妬の目を向けている。

そんな嫉妬の視線を居心地悪さを、しかし美少女二人からの抱擁に心地よさを感じながら白斗は移動を決意する。

 

 

「そ、そろそろ行こうぜ! 早くしないとノワール達が待ちくたびれちまう!」

 

「うん! 今日はお食事に呼ばれたんだよね?」

 

「ああ、そんなに料理がしたかったのかねぇ」

 

(いや、お兄ちゃんに食べてもらいたくして仕方がないんだよ……)

 

 

そう、今日彼らがこのラステイションを訪れた理由は食事に招待されたからだ。

基本白斗の住まいがプラネタワーであるため、ノワール達がプラネテューヌに赴くことが殆どだが毎回それでは申し訳ないと白斗の方から出向くことにした。

そこへ着いていきたいと駄々を捏ねだしたピーシェには勝てず、更には何故かネプギアまでもが同行することに。

 

 

「ねぷてぬもこれたらよかったのに……」

 

「ま、仕事が溜まってたからしゃーないわな」

 

 

そしてネプテューヌはこの場に居ない。

理由は言わずもがな、いつものサボり癖によって仕事が溜まりに溜まったからである。

当然イストワールの怒りも溜まりに溜まり、それはもう堪ったものではなく。

 

 

『ネプテューヌさん、こっちにキナサイ』

 

『ねぷぅう~~~!? は、白斗ぉ―――!!』

 

『夜には戻るからー』

 

 

これが朝の一幕だった。

因みに今回のネプテューヌさんの出番、ここで終了である。

そんな彼女に哀悼の意を捧げつつ、白斗たちが歩き続けると一際大きな建物に行きつく。

 

 

「うわー! おおきいー! あれがのわるのいえ?」

 

「そうだぞ。 スゲーだろ?」

 

「何でお兄ちゃんが得意げなんだろう……」

 

 

幾つもの素材が組み合わさって出来た、秘密基地のような教会。

黒と鉄の国であるラステイションを象徴するような建物だ。

ピーシェも目を輝かせているので、これ以上の前置きは無用とネプギアがインターホンを鳴らした。その直後。

 

 

「白斗、いらっしゃい!!」

 

「うぉう!? よ、よぉノワール……今日は呼んでくれてありがとな」

 

 

待ちきれなかった、と言わんばかりにノワールが飛び出してきた。

これには白斗も驚いたが、何とか持ちこたえて挨拶する。

 

 

「のわるっ! きたよー!!」

 

「あら、ピーシェ。 それにネプギアも来ちゃったの?」

 

「すみません。 お兄ちゃんが心配で……」

 

(……やっぱり、この子も白斗に惚れてるのね……)

 

 

そこに彼女からすれば予定外の来客、ピーシェとネプギアも挨拶してくる。

勿論ノワールからすれば白斗と二人きりが良かったのだが、だからと言って追い返すような無粋な真似もしたくない。

ふぅ、とため息を付くがすぐに気持ちを切り替えた。

 

 

「まぁいいわ。 ディナーは腕によりをかけるから楽しみにしててね」

 

「ああ! 実はお昼軽めにしてあるから、既にペコペコなんだなコレが」

 

「あらあら。 なら、急いで作らないとね」

 

 

普段はお堅い印象のあるノワールだが、白斗相手だとどこか柔らかくなる。

一方の白斗も、飄々としていて尚且つ常に自らが責を負うような張り詰めた雰囲気を纏わせているのだがノワールと接しているとそれも緩んでいた。

気心許したような関係性にネプギアは面白くないものを感じる。だからつい、口を挟んでしまった。

 

 

「あ、あの! ユニちゃんはどうしてますか?」

 

 

そう、ノワールの妹であるユニが姿を見せていないのだ。

彼女も白斗の妹分、真っ先に来て挨拶してきそうなものだが。疑問に答えたのはノワールだった。

 

 

「ユニだったらこの時間帯、訓練してるわ」

 

「訓練……ユニの事だから、ノルマ達成するまで顔を見せないだろうな」

 

「ええ。 しかも今回は内容が内容だから私が手出しできなくて……」

 

 

姉として愛する妹のスケジュール把握は完璧である。

そして兄としても白斗も大体ではあるが、掴めるようになってきた。彼女が一体何をしているのか。

努力家であるユニは、中途半端な結果は望まない。故にしっかりとした成果が出るまで決して特訓は止めないだろう。

 

 

「……なら俺の出番だな。 お任せアモーレ」

 

「任せたわ。 ……白斗、“あの件”もお願いね」

 

「おう。 行くぞネプギア、ピーシェ」

 

「え? あ、うん」

 

「ぴぃもいくー!!」

 

 

彼女の面倒を引き受けた白斗が、颯爽と訓練所へと向かう。その後をネプギアとピーシェが急いでついていった。

訓練所は安全を考慮して、教会から少し離れた場所に設置されている。何故なら発砲音が今も轟いているのだから。

―――そう、ユニは今。狙撃訓練を行っている。

 

 

「―――くぅ! このぉっ!!」

 

 

500ヤード離れた先にある的に照準を定め、引き金を引く。

派手な音と共に飛んでいった弾丸は、しかし的の芯を捉えることなく大きく外れた位置に風穴を開ける。

 

 

「あーあ……やっぱり、ちょっと距離が離れただけで命中率がガタ落ちね……。 銃使いとしてこの結果は看過できないわ……」

 

 

訓練を始めてからどれほど立ったのだろうか。

彼女の足元には無数の薬莢が転がっている。硝煙の臭いが立ち込めており、ユニは既に汗を掻き、肩で息をしていた。

狙撃というものは存外集中力と精神力との闘い。故に体力の消耗にも繋がるのだ。

 

 

「はぁ……何でお姉ちゃん、よりによって急に白兄ぃを今日呼んじゃったのかな……。 白兄ぃに会いたいけど、訓練投げだすわけにはいかないし……」

 

 

そして焦りの原因として白斗の来訪にある。

彼を兄と慕うユニとしては今すぐにでも会いに行きたいのだが、日々自らに課しているノルマがそれを許さない。

向上心が強い彼女にとって、訓練とは外してはならないものなのだ。

 

 

「えぇい! ノルマ達成すればいいだけよ!! さっさと500ヤードなんかクリアして……」

 

 

気持ちを切り替えようとして、再びライフルを構えた。

けれども乱れに乱れた息と震える手が、中々照準を合わせてくれない。尚更焦りを感じていると。

 

 

「おーい、そんなんじゃいつまで経っても当たらねーぞ」

 

「ひゃあああああああああああ!? は、白兄ぃ!!?」

 

 

ぬっ、と知った顔と声が彼女の耳元に近寄ってきた。

思わず飛び上がって振り返る。

そこには彼女が兄と慕う少年、白斗がいた。彼だけではない、親友であるネプギアも同席していた。

 

 

「ユニちゃーん! 来たよー!!」

 

「ネプギア! ……と、そこにいる子は?」

 

 

すると、彼女の足元に視線が映った。

見慣れない小さな女の子がいたからだ。今日彼女をここに連れてきたのは駄々を捏ねられたからでもあるが、ユニに紹介するためでもあった。

 

 

「ユニは初対面だったな。 この子はピーシェ、ウチで預かることになった子だ。 ピーシェ、ご挨拶」

 

「こんにちはっ! ぴぃがぴーしぇだよ!」

 

「ああ、この子が件の……改めてアタシはユニ。 ノワールお姉ちゃんの妹よ」

 

 

ノワールを通じてある程度聞かされていたらしく、すぐに飲み込めた。

元気いっぱいな挨拶を交わしてくれるピーシェに対し、ユニはどこかしっかりした雰囲気で挨拶した。

年下であることから、姉のように振る舞おうとしているのだろうか。

 

 

「でも白兄ぃ、なんでこっちに? 夕食に呼ばれたんじゃないの?」

 

「お前が訓練をしてるって聞いてな。 ユニの事だから、ノルマ達成するまで顔を見せてくれないだろうなーって思って」

 

「わざわざありがとう。 ……でも見ての通り悪戦苦闘中。 正直、へこむわ……」

 

 

はぁ、と思い切り思い溜め息を吐いてしまうユニ。

銃をこよなく愛する彼女にとって、この結果は重く響いているらしい。

 

 

「ゆ、ユニちゃん。 今日は調子が悪いだけなんじゃないかな? またの日に……」

 

「ダメよ。 白兄ぃのおかげで完璧を目指さなくてもいいって知ったけど、だからと言って訓練を怠っていいわけじゃないもの」

 

 

向上心が高いユニからすれば、日々の訓練は決して欠かせないもの。

常に自らにノルマを課し、高みへと押し上げようとする。

白斗のアドバイスで心の重荷は軽くなったが、それでも生真面目さから譲れないものもあった。

彼女の言うことは正しい、ならば白斗に出来るのは彼女を助けてあげること。

 

 

「ユニ」

 

「ん? な……何、白兄ぃ……?」

 

 

急に彼の声色が変わった。

先程まで見せていた飄々とした雰囲気が鳴りを潜める。何やらただならぬ気配を感じ、ユニが恐る恐る訊ねてみると。

 

 

「―――気を付けェ!!!」

 

「「「はっ、はいいいいいいいいいっ!!?」」」

 

 

迫力のある声が、響き渡った。

鋭さと力強さを兼ね備えたその声は、否応なしに起立させられる。ユニだけではない、白斗の声に当てられてネプギアとピーシェもピシッと直立不動に立ってしまう。

 

 

「ライフル、構えッ!!!」

 

「は、はいいぃぃぃぃっ!!?」

 

 

すっかり迫力ある白斗の声に畏怖し、ユニは逆らうことが出来ない。

指示通りにライフルを構え、引き金を―――。

 

 

「そのまま待機ッ!! ……照準がブレる原因は、肘が上がり過ぎてるんだ」

 

 

白斗はどうやら、あの短時間でユニの姿勢に関する粗を探し当てたらしい。

その間違った狙撃フォームを矯正するべく、実際に彼女の腕や腰に触れて姿勢を正させる。

だが当然、彼の温もりが直にユニに伝わるわけで。

 

 

 

「え? ひゃっ!? ち、ちょっと白兄ぃ!!?」

 

「お、お兄ちゃん!? そんな大胆な……!!」

 

「動くな! それから腰も浮かせすぎ、肩の力は抜いてこの位置に……」

 

「ひゃんっ……!?」

 

 

女の子としては気が気ではない状況。当然、ネプギアも嫉妬交じりになった声色で半ば叫んでしまう。

それでも白斗はその手を止めない。

やがて一通り矯正し終えたらしく、その姿勢を保たせたまま白斗は距離を取る。

 

 

「その姿勢を維持! 撃て!!」

 

「は、はいっ!!」

 

 

彼の言われたままに、引き金を引いた。特に照準は合わせず、勢いに任せて。

―――すると、あれだけ当たる気配のなかった的の芯に、鋭い音を立てて風穴が空いた。

百点満点、見事的の中央を射抜いたのだ。

 

 

「え……嘘……?」

 

「ボサッとするな! 姿勢を維持したまま、次!!」

 

「は、はい!」

 

 

思わず呆けてしまうユニ。だが、そんな暇も与えず白斗の指示が飛んでくる。

それに従い、次の的に銃口を向けて照準を合わせる。

姿勢は変えないまま、スコープから見える的に狙いを定めて引き金を引く。するとまたもや銃弾は中央を綺麗に射貫く。

 

 

「次!」

 

「はい!」

 

「次っ!!」

 

「はいっ!!」

 

 

白斗の指示の感覚が、徐々に短くなってくる。けれども、外れる気がしなかった。

当たる、当たる、当たる当たる。あれだけ外れまくっていた距離の的が、的確に撃ち抜けるようになっていたのだ。

照準のブレも無くなっている。心の焦りも消えていた。

的確に射抜けることが楽しくなって、全ての的を撃ち抜いた時にはユニはすっかり笑顔になっていた。

 

 

「―――コンプリート、お疲れさん。 今の姿勢、忘れんなよ」

 

「……はいっ!! ありがとう、白兄ぃ!!」

 

 

ずっと課題だった距離の狙撃が、容易くこなせるようになっていた。

あんな少ない指示と姿勢の矯正だけでユニの狙撃能力は格段に向上していた。ユニは笑顔になって白斗に感謝を述べる。

 

 

「お兄ちゃん、本当に凄い……! あれだけで撃てるようにしちゃうなんて……」

 

「ユニは元々素質があるし、努力の下地があった。 ただ、変なクセがついてたんだよ。 ユニの周りに銃を扱う人がいなかったから指摘してくれる人もいなかったってだけで」

 

「そうなのよねー……お姉ちゃんは銃扱えないから、こればっかりは……」

 

 

特訓に当たって一番怖いのは、知らず知らずの内に変な癖がついてしまうこと。

特にユニは、女神達の中で唯一の銃使い。そのため銃の扱いに関して教えてくれる人もおらず、ほぼ独学なのだ。

だからこそ、彼女には必要だったのだ。白斗のような銃の扱いに長け、尚且つ指摘と指示を下してくれる人が。

 

 

「これからは俺で良ければ特訓付き合うぞ」

 

「お願いします! また教えてね、白兄ぃ!!」

 

「ははは、可愛い妹のためなら東奔西走ってね」

 

 

力強くて、指示も的確で、何より優しい。そんな白斗に教えを乞いたいと、ユニは真摯に頭を下げた。

そんな彼女が可愛らしくて、白斗はユニの頭を撫でてあげる。

もう最初の頃のような意地を張った拒否は無い。ユニは嬉しそうにそれを受けて、目を細めていた。

 

 

(あ~……いいなぁ、これ……。 これからは白兄ぃと一緒に特訓出来て、ちゃんとできたら褒めてもらえるんだ……! ふふふ……頑張らなくちゃ!)

 

 

白斗に褒めてもらえることが相当嬉しかったらしい、ユニはすっかり上機嫌だ。

一方のネプギアはぷくーっと頬を膨らませていた。主に嫉妬を詰め込んで。

 

 

「ゆ、ユニちゃん! これで今日のノルマは達成したよね? だったら遊ぼうよ!」

 

「え? そ、そうね……ならアタシの部屋にご招待するわ」

 

「おー! ゆにのへや、たのしみっ!」

 

「う……ピーシェが想像してるのとは全然違うんだけど……」

 

 

ネプギアに急かされて、部屋に案内することに。

教会内へと移動し、扉を開けた先に広がるのは壁に掛けられた銃や関連パーツ、置かれている雑誌も漫画に加えて銃関連のものばかり。

詰まれているゲームも、FPSを始めとした銃を扱うものが多かった。

 

 

「おぉー! ゆにのへや、かっこいい!」

 

「そ、そう? ピーシェはよく分かってるわね!」

 

 

中々ロマンと言うものを理解してくれているピーシェ。

褒められたユニはちょっと嬉しそうだった。いや、ちょっとどころではない。

白斗らが遊びに来てくれたことに加えて、彼のアドバイスのお蔭で狙撃能力が向上し、更には今後の特訓の約束も付けて貰ったのだ。ユニとしてはもう、嬉しいことこの上ない。

 

 

「そーいえば、のわるのいもうとっていうけど、ゆにもめがみなの?」

 

「そうよ。 と言ってもまだ未熟……女神化も出来ないんだけどね」

 

「あはは……私も同じだよ」

 

「はーぁ。 ……いつになったら女神になれるのかなぁ、アタシ達……」

 

 

幼いだけに好奇心旺盛なピーシェが質問を投げかけてきた。

そう、ユニもネプギアも女神候補生。いつかは女神化を会得し、新しい女神になる。

ただ現在の彼女達は女神化が出来ない。それが目下の悩み。

―――その話題を聞いた途端、淹れてくれたコーヒーを啜った白斗がカップを置く。

 

 

「……さて、諸々落ち着いたところでユニに聞きたいことがあるんだ」

 

「え? 聞きたいこと?」

 

 

何だろう、とユニは首を傾げる。

兄妹の関係を結んでからは、白斗とは気兼ねなく話せる間柄だ。姉であるノワールよりも相談に乗ってもらっているかもしれない。

それだけにまだ何か疑問点があるのだろうか、と話題についてあれこれ考えていると。

 

 

「スヴァリ……お前が守護女神の座を乗っ取った後の話だ」

 

「のっ!? 乗っ取るなんて言わないでよ人聞きの悪い!!」

 

「じゃぁ簒奪?」

 

「意味同じだから!!」

 

「え? ゆに……めがみのざをのっとるの? わるいこなの?」

 

「ホラー! ピーシェがあらぬ誤解をしてるー!!」

 

 

とんでもないことを言いだした。しかも素直なピーシェがそのまま吸収してしまっている。

無論白斗としては冗談に近い。曲がりなりにも女神至上主義であるこの男がこんな冗談を言うようになったとは、とネプギアとユニも息を荒げる。

 

 

「ははは、ゴメンゴメン。 でも、実際問題いつかは女神の座を引き継ぐんだろ? そうなったらユニはどんな国を作るのかなーって」

 

 

白斗が聞きたい部分はそこだった。

このゲイムギョウ界において女神とは国を作り、そしてその国を治めていくトップたち。故に国政に関する最終決定権は女神にあるのはどこの国も同じだ。

そして現在は女神候補生であるネプギアとユニも、やがてはその座を継ぎ、国を導いていかなくてはならない。

 

 

「な、なんでそんな質問を……?」

 

「いや、前にネプギアに同じ質問をしてみたんだけどな」

 

「わ、私はお姉ちゃんが治めるプラネテューヌが大好きだし……お姉ちゃんは最高の女神だって思ってるから……お姉ちゃんが女神を辞めちゃうなんて実感が無くて……」

 

「って答えが返ってきてさ。 ユニはどうなのかなーって」

 

 

ネプギアに至っては、全くのノープランだった。というよりも、女神の座を引き継ぐビジョンがまだ見えていなかったらしい。

姉であるネプテューヌが大好きな彼女にとって、女神の座を引き継ぐということはネプテューヌが女神でなくなるということ。

それを想像しただけで悲しくなってしまう、故に考えないようにしてきたのだ。

 

 

「……ちょっと考えていることはあるけど、大体はネプギアと同じ……。 お姉ちゃんは、最高の女神だから、アタシなんて継ぐ余地あるのかなって……」

 

 

こちらはノープランでは無さそうだが、考え方は似たり寄ったりだ。

どちらも姉が大好きで、そして彼女達にとって至上の存在なのだ。ネプテューヌは普段はまさに駄女神かもしれないが、慈愛の心と時折である女神らしさは他の通髄を許さない。

そしてノワールは常日頃女神としての自覚を持ち、何事にも女神として真剣に取り組む。故に人々から女神として常に意識されている。

そんな偉大な存在は、彼女達にとって最大の壁になっていた。

 

 

「……でもさ。 それって裏を返せば『継ぎたくない』って言ってるようなものじゃないか?」

 

「「え?」」

 

 

思わず二人して声が出てしまった。

今まで考えてもみなかった、いや考えないようにしてきたことを言い当てられてしまったからだ。

 

 

「女神の座を継いだら、ノワール達は女神でいられない。 大好きな姉を蔑ろにしてしまう……姉の威光を過去の物にしてしまう。 ……って、ところじゃないか?」

 

「う……」

 

 

ユニは思わず目を逸らしてしまった。

これだけは、素直に他人に話すことが出来なかった。そう、過去のゲイムギョウ界にも多数の女神がいたという。

しかし、現存する女神はネプテューヌ達四人と、ユニ達女神候補生が四人だけ。残る女神は、今は存在していなかったのだ。

 

 

「……そうだよ。 アタシ達が女神の座を継いだら……お姉ちゃんは、女神でなくなっちゃう……。 大好きなお姉ちゃんを、アタシの手で終わらせちゃう……それが、イヤなの……」

 

「ゆに……?」

 

 

女神でなくなった者達の末路は様々だとイストワールから聞かされている。

だが、確実に人々の関心は新しい女神へと移り、過去の女神など目を向けなくなる。それは「死」と同義だ。

自らの手で大好きな姉を終わらせてしまうことに、ユニは不安―――いや恐怖を抱えていた。

ネプギアも同じ気持ちだと目を伏せており、そんな彼女達をピーシェが心配そうに見つめる。

 

 

「終わらないよ」

 

「……は、白兄ぃ……?」

 

 

けれども、温かい声が光となって差した。白斗の声だ。

彼は、終わらないとはっきり言ってくれたのだ。

 

 

「……確かに女神でいられなくなるかもしれないけど、そんなお前達を守り、育ててくれたのは……その大好きなお姉ちゃん達、だろ?」

 

「う、うん……」

 

 

しっかりとした視線が、ユニとネプギアの視線を捉えて離さない。

言葉だけではない、目で語り掛けてきた。二人の肩に手を置くことで温もりも伝える。

すると、白斗の頭が二人の脳内に優しく響き渡ってきた。

 

 

「お前達が受け継ぐのは単純な女神という肩書じゃない。 姉達が守り、育ててきた『女神としての生き方』なんだ。 そしてお前達がそれを実践する限り、姉達の想いは終わらない。 そして今度はお前達が、それを次へと受け継がせる……ホラ、終わらないだろ?」

 

 

―――想いを受け継ぐ。姉のようになりたいと執着してきたユニにとって、それは金槌で頭を殴られたかのような衝撃だった。

今まで思ってもみなかった新しい視点を与えられたことで、一気に世界に光が灯ったかのようにさえ感じる。

 

 

「お前達がちゃんと力と覚悟を以てノワール達の想いを受け継げば、誰もがずっとノワール達の事を意識してくれる。 その上で、お前達という女神を信仰してくれるさ」

 

「……で、でも……今はまだアタシ達女神化も出来なくて……」

 

「限界も、格上も、そして憧れも超えるためにあるんだ。 ……超えたいと願わなきゃ、いつまで経っても女神になれるワケないだろ?」

 

 

最大の悩みである女神化がまだできないこと。

その原因は心のどこかでブレーキを掛けているからだと白斗は見抜いていた。そしてそのブレーキとは、「姉を超えること」。

その事実と向き合わせようと、白斗は更に言葉を重ねた。

 

 

 

「大丈夫。 お前達なら絶対出来るし、俺も何だって手伝うさ。 ……俺の大好きな女神様になれるって信じてるから」

 

 

 

―――その言葉にネプギアは勿論だが、ユニの脳内にも響いた。

どこまでも深く、どこまでも大きく、どこまでも温かく。ユニの中で、幸せな鼓動が胸を打つ。

 

 

 

 

(……白兄ぃ……本当に、アタシ達の事を信じてくれているんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……今は無理でも、いつか……いつかで良い……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……白兄ぃの期待に応えたい。 そして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大好きな白兄ぃの、大好きな女神様に……なりたい!! なるんだ!!!)

 

 

 

―――そこにはもう、将来への不安を抱える少女はいなかった。

なりたいものになるべく、そして―――大好きな人の想いに応えたいと覚悟を決めた一人の女神候補生が、そこにいた。

 

 

「……ねぇ、白兄ぃ」

 

「ん?」

 

 

声色も、先程とは打って変わって、明るいものになっている。

それを耳にした白斗も不安など一切なく、同じく明るい声色と口調で聞き返した。

 

 

 

 

「もし、もしだよ? ……いつか、アタシがお姉ちゃん以上の、最高の女神になったら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ずっと、アタシを支えて……くれますか……?」

 

 

 

 

―――聞きようによっては、告白とも受け取れる言葉。

事実、ユニの心臓は爆発しそうなくらいに脈打っており、ネプギアに至っては衝撃で呆けてしまっている。

女心に疎い白斗はそこまでは分からないだろう。ただ、彼女の願いに対し。

 

 

 

 

 

「―――ああ」

 

 

 

 

 

短くも、力強い言葉で応えた。

 

 

「……約束だよっ!! 契約成立、もう離さないんだからっ!!」

 

「うおっ!? ちょ、引っ付き過ぎ……」

 

 

嬉しさ極まってユニが抱き着いてくる。

その顔は幸せに溢れ、胸には未来への希望でいっぱいだった。

だが当然、こんな状況を見せられて黙ってられない乙女が約一名。

 

 

「あーっ!! ユニちゃんずるーい!! 私だってお兄ちゃんに支えてもらうんだからー!!」

 

「ね、ネプギアまで!! 暑い狭い苦しいーっ!!!」

 

「ぴぃもおにいちゃんにぎゅーっ!!」

 

「グホァ!? ぴ、ピーシェまでぇぇえ………」

 

 

更にはネプギアとピーシェまでもが抱き着いてきた。

女の子に抱きつかれて嬉しくないわけがないが、だからと言って困らないわけでもない。

 

 

 

 

 

(―――ありがとう、白兄ぃ。 こんなアタシを助けてくれて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、ただのお兄ちゃんじゃいられない………大好き!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………だから絶対!! アタシの傍に置いて見せるんだからね!!)

 

 

 

 

 

恥ずかしくて言葉に出来なかったが、溢れ出す白斗への想いを胸にユニは彼の胸に顔を埋める。もう単にある兄ではない、恋心を寄せる異性として白斗に

彼女達の抱擁を受けていた白斗はやれやれと浅く息をついて、僅かに開いていたドアの隙間に目を向けた。

 

 

(―――ノワール、これでいいか?)

 

(ええ。 ……ユニの悩みを解決してくれて、本当にありがとう。 それにしても、あの子が女神になることに不安を覚えていたとはね……)

 

 

そこにいたのは、ノワールだった。

実は彼女は姉として、ユニがここ最近何らかの悩みを抱えていることは見抜いていた。だが雰囲気からして、どうしても自分に相談してくれなさそうだったのだ。

そこで夕食を口実に白斗を招き入れ、相談役になってもらおうとしたのだが悩みを引き出すどころか解決してしまった。

 

 

(さすが白斗ね、あっという間に解決しちゃうんだから。 ……でも、ユニにまでフラグを立てるのはどうかと思うのよねぇ……)

 

 

ただ、姉としては喜ばしい反面、女としてはどうしても看過できなかった。

ノワールもまた、白斗に想いを寄せる乙女の一人なのだから。

 

 

「そうだ、白兄ぃ! アタシ、実は女神になった時にラステイション再生プランってのを考えていてね……このノートに纏めてあるんだけど」

 

「ほうほう……中々いいアイデアだが、こういった制度を盛り込んでみるのはどうだ?」

 

 

するとテンションが上がってきたらしく、ユニは机から秘蔵のノートを取り出した。

そこには自分が女神の座に就いた時、ラステイションをどう導いていくかの計画が書き込まれている。

それを見せてもらった白斗とネプギア、ピーシェはあれこれ意見を出してユニの夢を確かなものにさせていく。

 

 

(どっちもダメよ。 長期的に見れば大問題を引き起こしかねないわ。 ……やれやれ、何だかんだいってあの二人もまだまだなんだから。 これは当分、女神の座は明け渡せないわね)

 

 

それを耳にしていたノワールがすぐさま粗に気付く。

ユニはまだまだ浅慮で、白斗の場合は政治に精通していないがための手落ちだ。

これでは及第点は上げられないと、ノワールも肩を竦める。

 

 

(でもね、ユニ……貴女なら必ず私を超える女神になれるわ。 頑張りなさい。 ……白斗は絶対に渡さないけどね!!)

 

 

それでも、ノワールは認めていた。

愛する妹は必ず自分を超える最高の女神になれると。同時に彼女もまた白斗を巡る恋のライバルであることを。

案外最強のライバルは自分の妹かもしれないと思いつつ、ノワールはもう少しだけヒートアップするこの語り合いを聞いていた。

 

 

 

 

 

 

―――皆で楽しい夕食を迎えるまで、後五分。




今回はラステイション姉妹、特にユニちゃんに焦点を当てたお話でした。
努力家だけども、お姉ちゃん大好きなユニやネプギアにとって将来女神になることは不安なのではないかと思い、今回のお話を書きました。
努力家で真面目で、ちょっと素直じゃないけどもそこが可愛いユニちゃんを描写出来れていれば幸いです。
原作ゲームでもうずめやウラヌスは出てきましたが、その他の国の先代女神とかは白昼夢イベントくらいでしか触れられてないのでいつか出てきて欲しいなぁ。
次回はルウィーに行きます。勇者ネプテューヌであったあのイベントにもちょっと触れたお話です。お楽しみに!
感想ご意見お待ちしております~。


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第三十三話 文豪ぶらんどっぐす!

―――雪国、ルウィー。

年中通して雪が降り積もるこの国は気候的には厳しいものの、メルヘンチックかつのんびりとした雰囲気、そしてゲイムギョウ界の中で唯一雪が降る領域ということもあって観光地として賑わっていた。

そんな国に、足を踏み入れた三人の少年少女達がいる。

 

 

「わはーっ!! ゆきだ、ゆきだーっ!!!」

 

「もー、ピー子ってばはしゃぎすぎー!!」

 

「と、言いつつもテンションが上がっているネプテューヌなのであった」

 

「あはは! さすが白斗、分かってるー!!」

 

 

白斗とネプテューヌ、そしてピーシェであった。

特にピーシェは初めて目にした雪に大興奮。子供は風の子と言わんばかりに冷たい雪に手や足を突っ込んでは大喜びしている。

そんな微笑ましい彼女を見て、ほっこりしている白斗とネプテューヌ。まるで夫婦のようだ、とは周りで見ていた人々談。

 

 

「それにしても白斗、今度はブランに呼ばれたらしいけどどうしたの?」

 

「さぁ? 何だか凄く重々しい感じだったから話はブランから直接聞くことにする」

 

「……さては白斗、あのことがバレちゃったんだね……」

 

「何もしてないのに何かしたようなその言い方やめろォ! ドキッとするだろうがぁ!!」

 

 

心当たりはないはずなのに、ざわついてしまう。

特にキレたブランは止める手立てがないのだ。

 

 

「ゴメンゴメン。 ささ、早く教会に行っちゃおう。 ピー子、行くよー」

 

「えー、もうちょっとゆきであそびたいー!」

 

「まずはブランの所にご挨拶だ。 大丈夫、この後で雪遊びは幾らでも出来るからな」

 

 

何はともあれ、こんな氷点下の世界でいつまでも突っ立ってるわけにはいかない。

まだまだ遊び足りないピーシェを何とか宥め、二人はルウィーの教会へと歩を進めた。

ルウィーの教会はメルヘンチックな雰囲気に合わせ、西洋の城に近い造りとなっている。それを見たピーシェは目を奪われていた。

 

 

「わー! きれい! おしろ?」

 

「あれがブランの教会だよピー子」

 

「ぶらんのいえ? ぶらんて、おひめさまだったの!?」

 

「はは、お姫様みたいに可愛いけどな」

 

「………………」

 

「ネプテューヌさん、何でしょうかその不満タラタラな視線は」

 

「別にー。 私の騎士様は浮気性だなと思いましてー」

 

「浮気性って何だよ!? 変なコト言ってないで入るぞ!」

 

 

白斗に想いを寄せるネプテューヌからすれば、他の女の子を褒めるような彼の言葉は実に面白くない。

ぷぅ、と頬を膨らませるその姿は可愛いが視線が痛い。

タジタジになりながらも教会の扉を開けると。

 

 

「「お兄ちゃ~~~~~ん!!!」」

 

 

小さな可愛らしい影が二つ、こちらへと飛び込んできた。

 

 

「あらよっとぉ!! ははは、今回は予測済みだったからしっかり受け止められたぜ。 ロムちゃん、ラムちゃん、元気してたか?」

 

「うん! わたし達はいつも元気いっぱいよ!」

 

「元気がいちばん……♪(るんるん)」

 

 

小さな影こと、ロムとラムの突撃を予想していた白斗は二人を受け止めて抱え上げた。

所謂高い高い状態ではあったが、二人とも嬉しそうだ。

 

 

「ねぷてぬ、あのふたりが?」

 

「うん。 ロムちゃんとラムちゃん、ブランの妹だよ」

 

 

背丈で言えば、ピーシェとそこまで変わりない二人。

目をパチクリさせなながらネプテューヌに訊ねた。幼さで言えばピーシェの方が上だが、好奇心旺盛な所はちびっ子らしく、既に二人に興味を持っている。

当然、ピーシェの姿はロムとラムの目にも入るわけで。

 

 

「あれ? お兄ちゃん、その子って……?(はてな)」

 

「では恒例の自己紹介タイムだ。 この子がピーシェ。 ブランから聞いてるよな?」

 

「ああ、あなたがピーシェね! わたしはラム! よろしくね!」

 

「あ、あの……わたしはロム……(おどおど)」

 

「ぴーしぇだよ! ろむ、らむ! よろしくねっ!」

 

 

さすがちびっ子、すぐに仲良くなれた。

和やかかつ姦しく、元気いっぱいで心温まる光景が展開されていると。

 

 

「ふふ、やっぱり貴方達が来ると騒がしくなるわね」

 

「ブラン! おっす」

 

「いらっしゃい白斗、ネプテューヌ、ピーシェ」

 

 

そこへ現れた小柄な白の少女。この国の女神ホワイトハートことブランだ。

本人は至って普通にしているつもりだが、白斗とあった瞬間物凄く幸せそうな顔をしている。

ブランもまた、白斗に惚れてしまった一人なのだから。

そんな彼に向けた雪のよう柔らかくて美しい微笑みに白斗も嬉しくなる。

 

 

「それでブラン、白斗は兎も角私が呼ばれたワケって?」

 

「ああ、それはね……」

 

 

そう、今回は白斗だけではない。ネプテューヌも呼ばれていたのだ。

白斗だけならばまだ分かる。他の女の子達も考えるように白斗との一時が欲しいと思うだけだ。

ただそこにネプテューヌまでもが加わるとなると解せなくなる。

と、ブランが何か言いかけたその時、ネプテューヌの手を引く小さな存在が。

 

 

「さ、ネプテューヌちゃん! わたし達と一緒に遊びましょ!」

 

「え?」

 

「お兄ちゃんとお姉ちゃんは忙しいからネプテューヌちゃんと遊ぶんだよね……♪(わくわく)」

 

「ゑ?」

 

「ねぷてぬとあそんでいいの!? やったーっ!!」

 

「絵?」

 

 

ちびっ子集団だった。当然ネプテューヌは初耳だ。

ギギギと油が切れた機械のように首を何とかブランに向ける。ブランは物凄い笑顔で。

 

 

「……お願いね、ネプテューヌ」

 

「おのれぇブランンンンンン!! 謀ったなぁぁぁああああああああ!!?」

 

 

そう、妹達の相手をするためにネプテューヌが指名されたらしい。

まるで悪役のようなセリフを吐きながら紫の女神様はちびっ子集団によって連行されていく。

相手が幼いため力尽くの抵抗も出来ず、寧ろ幼さ故のパワーで引っ張られるばかり。

あっという間にネプテューヌはロムとラムの部屋へと連れ去られてしまった。

 

 

「……デコイだったか」

 

「サクリファイスでも可。 ネプテューヌ、貴女の犠牲は無駄にはしないわ。 ……三秒ほど」

 

「もう少し粘ってやれ」

 

 

白斗のツッコミは冷たい。そんなルウィーの一時。

 

 

「……で、ブラン。 俺が呼ばれたワケは?」

 

 

そう、問題はここなのだ。

大抵の女神達は白斗との時間を作っては色んなシチュエーションで彼と一時を過ごす。

その際の空気と言えば甘ったるいことこの上ない。のだが、今日のブランは白斗と会ったにも関わらず重々しい。

 

 

「……白斗、私はこれから戦場へ行かなくてはならないの」

 

「せ、戦場!?」

 

 

そしてその小さな唇から紡がれた真実は、とんでもないものだった。

こんなほのぼのとした国からは想像ができない単語、戦場。一気に周りの空気が張り詰めた。

 

 

「こんな危険な戦いにあの子達は巻き込めない……だからネプテューヌを呼んだの。 でも、私一人じゃ……望みは叶えられない」

 

「……そこで俺、か」

 

「ごめんなさい……白斗を、こんなことに巻き込んで……」

 

 

その小さな胸を握り締めるブラン。

己の事情に白斗を巻き込むことに苦悩しているのは明らかだ。戦場、と言うからには身の危険さえ覚悟しなければならない。

だが、白斗の目に悲壮感など一切なかった。

 

 

「ブラン。 ……お前の力になれるなら、こんなに嬉しいことは無い」

 

「………はく、と………」

 

「だから気にする必要はない。 ……お前の力に、なりたいんだ」

 

 

寧ろ、彼女の力になれることに喜びを感じていた。

大切なもののためなら命さえ懸けられる強さ。それが黒原白斗という男。

ブランの重かった表情は、嬉しさで緩んでしまう。

 

 

「……ありがとう、白斗……。 一緒に、戦ってくれる……?」

 

「ああ」

 

 

伸ばされたその小さな手を、力強く取った。

決して離さない。それが白斗の覚悟。そしてブランの想い。

 

 

 

 

「なら、行きましょう。 私達の戦いへ―――」

 

 

 

 

もうブランに苦悩は無い。あるのは覚悟のみ。

最も頼れ、そして最も愛する者を伴った今のブランの目には勝利のビジョンしか映っていない。

強き思いと決心と共に、白斗とブランは戦場へと向かった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それではこれより………第37回コミックなマーケットを開催しまーす!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、白斗……私達の戦いを始めるわよ!」

 

「帰っていいッスか」

 

 

アホらしくなって、白斗は身を翻した。

 

 

「ま、待って!! 一緒に戦ってくれるって約束したじゃない!!」

 

「じゃあかしいわぁ!! 何やねん同人誌即売会って!!」

 

 

先程までのシリアスな空気は完全にブチ壊された。もう怒りしか湧いてこないがそれも無理もない話。

ただならぬ雰囲気を纏い、重々しい表情と声色で連れてこられた先がこの同人イベント。色々覚悟完了していた白斗にとっては肩透かしなことこの上ない。

 

 

「甘いわ白斗。 確かにこれはイベントだけど……戦争でもあるのよ」

 

「はぁ? 何を言って……―――ッ!!?」

 

 

こんなお楽しみイベントのどこに戦争要素があるのか。

訝しさを感じて眉を顰めた、その直後だった。無数の客たちが一斉に会場へと雪崩れ込んだ。

 

 

『どけどけぇーっ!! 俺が一番乗りだァ!!!』

 

『アアン!? 割り込むなやァ!! ぶっ殺すぞ!!』

 

『キルゼムオール!! イェァアアアアアアアアアアアア!!!』

 

 

我先にと、脇目も振らず、何もかもを蹴散らして。列整理の声に耳も貸さず、人々は己の求めるものを手に入れようと突き進んでいく。

それこそまさに戦場のような地獄絵図だった。

 

 

「な、何じゃこりゃ!?」

 

「ね? ……状況によっては死人すら出たと聞くわ」

 

「見境なさすぎだろ!? 危険すぎるって!! ヤバいってコレ!?」

 

 

これにはさすがに白斗も震え上がった。

楽しく和やかに行われて然るべきの同人誌即売会で死人が出るということは、それだけ人々が我を失っているということだ。

幾ら何でも異常だと思っている白斗だが、それでもとブランは首を振る。

 

 

「……それでも、ここには無数の可能性と夢がある。 薄い冊子の、あの少ないページの中に無数の文字と夢と世界が詰まっている。 私は……それが見たいの」

 

 

同人誌即売会とは言ったが、何も売られているのは18歳未満は買えない路線の本だけではない。

個人が趣味で研究してきたワインの飲み方講座なり、グルメエッセイなり、そしてブランの愛する純文学も取り扱っているのだ。

本を愛する彼女からすれば、絶対に外すことが出来ないイベント。まだ見ぬ世界へ思いを馳せているブランの姿は―――本当に可愛らしかった。

 

 

「……はぁーあ。 最初からそう言ってくれりゃいいのに……分かった、男に二言は無い。 何なりとご命令を、女神様」

 

「……! ありがとう、白斗!!」

 

 

そんなブランの笑顔が見たい。覚悟を決めて、白斗は頷いた。

すると女神様は飛び切りの笑顔を見せてくれる。欲しい本が手に入る嬉しさもあるのだが、何より白斗の理解を得られたことが嬉しかったのだ。

 

 

「なら私は西側のブースを回るから、白斗は東側に行ってこのメモに掛かれた番号のブースで本を買ってきてくれる?」

 

「おう。 ……うぉ、結構細かい上に時間で区切りとかもあるのな……」

 

「全部とは言わないけど、三冊は欲しいわ」

 

「分かった。 ブラン、気をつけてな」

 

「白斗こそ。 それじゃっ!」

 

 

極上の笑顔のまま、ブランは勢いに任せて西側ブースへと突撃していく。

いつもは物静かなブランも、大好きなものの前では女の子になる。

そんな彼女をもっと喜ばせてあげたいと、渡されたメモに視線を落とし、白斗は拳を力強く握りしめる。

 

 

「……そんじゃ、俺も行きますかね。 この荒れ狂う戦場の中へ」

 

 

覚悟を決めて、白斗は客の中へと突っ込んでいった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……。 今回は豊作ね、いい本がたくさん手に入ったわ。 ほくほく」

 

 

2時間後、マイバッグに多くの本を詰めたブランが待ち合わせ場所へと姿を現した。

緩んだ頬が、彼女の成果を物語っている。

 

 

「まぁ、取り逃したのも多いけど仕方ないわ……。 西側はR-18ブース、白斗の目に触れさせるわけにはいかない……。 それに将来、白斗とそう言う時が来たらこの本は役に立つ……」

 

 

そして西側を担当した事にも理由があった。

所謂R-18な場所だったからだ。白斗に想いを寄せる身としては、他の女の体などに目移りしてほしくない。例え文章のみの世界であったとしても、だ。

更に彼女の脳内では、いつか白斗と「そういう時」が来るのは確定事項らしい。

因みにブランがどうやってそんな場所で本を買えたかは永遠の謎である。

 

 

「さて、後は白斗ね……無事だと良いんだけど」

 

 

最初こそは本目当てで白斗をこのイベントに誘ったのだが、今となっては純粋に彼の事が心配になってきた。

白斗は本の趣味こそ自分と似通っているのだが、ブランほど本の虫かと言われたらそうではない。故に嫌々このイベントに参加しているのではないか、という不安もあった。

何よりあれだけの客の数だ、白斗が無事でいられるかどうかも怪しい。と、そこへ。

 

 

「お、お待たせブラン……買って……来たぜ……グフッ」

 

「は、白斗ー!?」

 

 

案の定、ボロボロになった白斗が姿を現した。

ブラン以上に本を詰め込んだバッグを手にしていたのだが、彼女を視界に入れた途端崩れ落ちる。

慌てて抱き起すブランだが、白斗のダメージは想像以上だった。

 

 

「は、ははは……正直舐めてたわ……。 戦争なんてお行儀のいいモンじゃねぇなコレ……。 殺し合いの奪い合いだったわ……」

 

「白斗! そんな……こんなに、ボロボロになって……」

 

「おいおい……ンな顔するなって……。 お前のために、本買ってきたんだからな……」

 

 

そう言って、震える手で突き出されたのは本が詰め込まれたバッグと渡されたメモ。

メモに掛かれた要望リストには、すべてチェックマークが付けられていた。

 

 

「も、もしかして……全部買ってきてくれたの!?」

 

「あぁ……スゲェだろ? 俺……」

 

「……ありがとう……白斗、本当にありがとう……!」

 

 

これだけ競争率の高いイベントだ。

小規模、中堅、大手サークルとラインナップ自体は目白押しだがどれもこれもと欲張る人間はいる。故に、欲しいものを求めての小競り合いからリアルファイトすらあるのだ。

白斗はブランのために本当の戦いに挑み、そして手に入れてくれたのだ。

そんな事実にブランは涙を流さざるを得ない。

 

 

「喜んでくれたのなら……何よりだ……う、くっ……」

 

「は、白斗! 傷は浅いわ……しっかりして白斗!」

 

「お、俺は……もう、ダメだ……。 俺の遺灰は……プラネテューヌの風に流して……」

 

「そ、そんな……! イヤよ……イヤぁ!!」

 

 

だが、白斗の体力は今尽きようとしている。

全てを出し尽くした白斗はまさに燃え尽きた灰のように真っ白で、その瞳を閉じ―――。

 

 

 

 

 

 

「誰か……誰か助けてくださぁい!!!」

 

 

 

 

 

 

イベント会場の中心で、ブランは愛を叫んだ―――。

 

 

「You love forever~♪」

 

「瞳を閉じて~君を描くよ~♪」

 

「それだけで~いい~♪」

 

 

イベントに参加していた客たちは、存外ノリが良かった。

そんなルウィーの一幕―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――とまぁ、そんなギャグ然とした雰囲気だったものの実際白斗はボロボロだった上に目当ての物はコンプリート出来た。

そのためさっさとルウィーの教会へと戻ってきた二人。通されたのは客間ではなくブランの部屋だった。

 

 

「白斗、今日は本当にありがとう。 貴方のお蔭で欲しい本が全部手に入ったわ……」

 

「うんうん。 喜んでくれたのなら何よりだ」

 

「それで、お礼なんだけど……是非とも白斗に読んで欲しい本があってね」

 

「お、何だ何だ?」

 

するとブランは何かのスイッチを押した。

グルン、と壁に掛けられていた絵がどんでん返しのようにひっくり返り、そこから隠し金庫が現れる。

そして暗証番号を素早く入力すると、その中からやたら古ぼけた一冊の本を取り出した。

 

 

「ん? 『女神と守護騎士 その二』……ってコレ!? あの本の続編か!?」

 

 

手渡されたのは、白斗の愛読書である「女神と守護騎士」の続編と思われる本だった。

本の素材と言い、その古ぼけ方と言い、何より少し目を通しただけでも伝わる文体。間違いなくあの本の続編だ。

彼の興奮した顔を見て、ブランも尚更嬉しくなった。

 

 

「らしいわ。 ルウィー中駆けずり回って、やっと見つけたの……ダンジョンの中で」

 

「何でダンジョンにこんなものが封印されてるんだ……。 でも、いいのか!?」

 

「いいの。 白斗、そのシリーズ大好きでしょ? 白斗の幸せな顔を見るのが、私の幸せだから……」

 

 

白斗に喜んでもらえるものは何が良いのか、考えに考えて、この本の続編があればと思い、あらゆるネットワークを駆使して探し当てた。

当然相当の苦労はしたのだが、大好きな人の笑顔を見られただけでブランは本当に幸せな気持ちになれる。

一方の白斗はまるで宝物を貰ったかのような、少年そのものと言うべき興奮と輝かしい笑顔を浮かべていた。

 

 

「ありがとなブラン! 大切にするよ!!」

 

「ふふ……喜んでくれて嬉しいわ。 後で感想聞かせてね。 それから晩御飯も最高のものを作らせてるからそれまでの間、その本でも読んでて」

 

「サンキュー! ……って、ブランは?」

 

「私は……その、ちょっとやることがあるから」

 

「ふーん……?」

 

 

どうやらパソコンを使って何か作業をするらしい。

手伝おうか、と声を掛けようとしたが彼女が目で拒否してきた。お節介も押し付けは迷惑となる。

ならばここはお言葉に甘えてこの本を読んだ方がいいと椅子に腰を掛けようとする。

 

 

「あ、何なら私のベッドの上で読んでくれていいわ」

 

「えっ!? い、いやさすがにそれは……」

 

「白斗だからいいの。 椅子に長いこと座ってると、腰痛めちゃうわよ」

 

「………なら、お言葉に甘えて………」

 

 

女の子のベッドの上で、など背徳的なことこの上ない。

だがブランは特に気にすることなく許可を出してくれた。いや、本当は気にしている。自分のベッドの上に大好きな人を上がらせるのが、謎の高揚感を齎しているのだから。

白斗も謎の興奮を感じながら、ベッドの上で腰を掛けた。

 

 

(……何だかブランの匂いがする……って変態チック過ぎるだろ俺ェ!! さ、さっさと本読んじまおう!!)

 

 

常日頃ブランがその身を沈めているベッド。当然、彼女の匂いが漂ってくる。

とても優しくて甘い匂いに白斗は酔いしれそうになったが、そんなことを表情に出してはブランに嫌われてしまう。

忘れようと必死に本を開き、そしてその世界に入り込んだ。

 

 

(ふふ……白斗が私のベッドの上で本を読んでくれてる……。 ちょっと特別な距離感を感じるわ。 さて、私は執筆活動再開と行きますか)

 

 

一方のブランはそんな白斗の姿に嬉しさを感じながらキーボードを叩き始める。

カタカタと心地よい音が、まるでピアノのように部屋の中に流れ始めた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――守護騎士のその誠実な姿と想いに心惹かれた者達がいた。 女神達は同じ女として守護騎士と添い遂げることを認め、そして同じ時を過ごすために守護騎士から力を授かり、“眷属”として生きた……か。 おおう、とんだスケコマシだこと)

 

 

一度本を開けば、白斗はその世界に夢中になっていた。

物語の展開の面白さもさることながら、描写の一つ一つの丁寧さでその場面が容易に頭の中に思い起こされてしまうのだ。

その丁寧さや力の使い方を詳細に記している辺り、寧ろ「指南書」のように思えてしまう。

何より、この主人公であり守護騎士となった少年の存在がどうしても頭から離れない。

 

 

(でも凄ぇよな……こんな風に、俺も……愛されて……って、ンなこと許されるかってーの)

 

 

一瞬、そんな願いが浮かんだがすぐに振り払った。

自分はそんなことなど許される存在ではないと思っているから。

 

 

(……でも、やっぱりこんな凄い奴みたいに……皆と一緒にいたいって願うくらいは……)

 

 

でも、そんな存在でも守りたいものがある。一緒に居たい人がいる。

思えば初めて「女神と守護騎士」という本を手に取った時もブランが傍に居た。

彼女もまた、命を懸けて守りたい人だ。そんな彼女に目をやると―――。

 

 

「………すぅ………すぅ…………」

 

(……あれ、ブラン? 寝ちゃってるのか?)

 

 

彼女は机の上に覆いかぶさるようにして、安らかな寝息を立てていた。

あの体勢は以前、スルイウ病に掛かってしまった時と同じであり一瞬だけ嫌な予感が過ったが、顔色は良好。ただ寝ているだけだとすぐに分かった。

今回は単なる寝落ちである。

 

 

「やれやれ、これじゃまた風邪を引いちまいますぜっと」

 

 

毛布を掛けても良かったが、このままでは体を痛めかねない。

白斗は読んでいた本に栞を挟んで閉じ、ブランの体をお姫様抱っこで抱え上げた。

そのまま彼女のベッドに寝かせ、毛布を優しくかけてあげる。

寝ているブランの表情はあどけなさと美しさが合わさり、一瞬だけ白斗に固唾を飲ませるほどの魅力があった。

 

 

「くぅ………すぅ………」

 

「おやすみ、ブラン。 ……さて、パソコンでなんか作業してたっぽいし、ファイル保存して電源落としとくか」

 

 

寝落ち、ということは開かれていたファイルなどはそのままの状態ということだ。

万が一パソコンが再起動したりすればデータが失われてしまうかもしれない。

上書き保存して閉じるため、白斗は悪いと思いつつもパソコンの画面に目を向けた。すると―――。

 

 

(……ん? 何だこの文章? 仕事の書類……にしては文体崩しすぎてるな……)

 

 

何かの文書ファイルだったが、よく見れば報告書の類などではない。

台詞と思わしき文やそれこそゲームなどでしか見ないような単語、擬音語などが随所に書き込まれている。

 

 

(……ひょっとしてコレ……ブランが書いてる小説か!? してた作業って執筆作業だったのかよ!?)

 

 

思わずずっこけそうになったが、何とか持ち直した。

けれどもよくよく思えば、執筆することは何もおかしいことではない。

 

 

(そういや以前、5pb.のラジオに脚本家として起用しないかって言ってたっけ……さすがはブラン。 読むのも書くのも好きなんだな)

 

 

本を読みたいという欲求は時に、本を書きたいという欲求にもなるらしい。

多くの活字に触れて、自分もそんな世界を生み出したいという願望が出来てしまうことはよくあることだ。

ただ、ブランの性格から考えればもし彼女が現役の作家であれば何かしら自慢してきそうなものだがそれが無いとなるとまだ目指しているというところなのだろう。

 

 

(ってことはこれは応募用の原稿かな? 見るからにラノベっぽい感じだがどれどれ……? この白斗編集長が見てやろう)

 

 

申し訳ない、とは思いつつも興味が優先してしまった。

ブランが書いている小説がどのようなものなのか、しっかりと読み込んでいく。

そしてメモ用紙とペンを取り出し――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん………あれ……わたし………?」

 

 

あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか、ようやくブランが目を覚ました。

重かった意識も徐々に軽くなり、体を起こす。

目を擦って視界を正し、辺りを見回すと自分がベッドに寝かされていたことに気付く。逆に自分が座っていた机には白斗が座っていて、パソコンを眺めて―――。

 

 

「って白斗ッ!? 何やってんだテメェ!!?」

 

「うお!? 起きたのか!!?」

 

「そりゃいずれは起きるわ!! ってかテメェ何人のパソコン勝手に見てんだぁ!!」

 

 

素の口調を出しながらブランは白斗を突き飛ばすようにしてパソコンから離れさせた。

が、既に自分が今まで書いていた部分までをバッチリと見られていたらしい。

それを知った途端、彼女の白い肌が真っ赤に染まり―――。

 

 

「ぅ……うわああああああああああっ!!? 見られたぁああああああああああ!!?」

 

「ご、ゴメン! 最初はファイル保存してあげようかなと思ってたんだけど……」

 

「だったらそのまま閉じてろやぁ!! 普通乙女のパソコンガン見する奴が……あ」

 

 

と、白斗を叱りつけている最中だった。

机の上に置かれたメモに目が行く。そこには彼が纏めたらしい、ブランの小説の要点がビッシリと書き込まれていた。

面白かった点、改善した方が良い点、人物像や相関図、そのキャラクターの魅力などがこれでもかというくらいに。それだけ白斗は真面目に、しっかりと読み込んでくれていたのである。

 

 

「……白斗……こんなにも私の小説を……?」

 

「余計なお世話かなって思ったけど……ちょっとでもブランの助けになればいいなって思って」

 

 

苦笑いで、でもしっかりとそう答えてくれた。

一行一行おざなりにせずに、寧ろ大切に読み込んでくれた結果がこのメモだ。

これまでの新人賞では評価シートすら貰えなかったため何が悪いのかすら分からなかった。しかし周りに見せられる勇気もなかった。

でもこれからは違う。こんな自分の趣味にも真剣に向き合ってくれる人―――白斗がいるのだから。

 

 

「……ありがとう……」

 

「いや、ゴメンな。 勝手に小説読んじゃって」

 

「まぁ、それは反省すべきところだけど……もういいわ。 ……折角だから白斗も私の創作に付き合ってくれない?」

 

 

二人で一つの趣味を共有できるだけではない、二人で一つの作品を作り上げていく楽しさと嬉しさがここにある。

ブランはまた柔らかい微笑みを向けてそうお願いすると。

 

 

「ああ」

 

 

迷いのない白斗の、力強い返事が返ってきた。

 

 

「ありがとう……。 それじゃ、まずは白斗の指摘のあった点から見ていきましょう」

 

「ああ。 まぁ、何にしても擬音語が多すぎて分からないという点がだな……」

 

「むぅ……ならどうやって表現すればいいのかしら」

 

「述語や形容詞で音を表現しよう。 例えばだな……」

 

 

物語の軸はあくまでブランのもの、だから白斗がすべきことはその軸を崩さないようにして如何に読み手に伝わりやすくするか、そのための方法を模索すること。

白斗も物語を書いたことは無いため、意見を出しながらブランが実践し、そしてしっくりあったものを採用していくという流れになった。

 

 

 

―――それを繰り返して、どれほど時間が経っただろうか。ブランがカタタン、とキーボードを叩き終える。

 

 

 

「……ふぅ。 私から見ても素晴らしい出来になったわ……」

 

「ああ。 大分読みやすくなったし、これなら一次選考通過は固いだろうな」

 

「貴方にそう言ってもらえると、尚更自信が出てきたわ。 ふふっ……♪」

 

 

正直な所、あのメモに書かれていた指摘点は多く、評価自体は散々だったのだが一度文章を直せばあら不思議、とても完成されたものとなっていた。

今まで新人賞に送り続けた作品は数知れず、しかし今回完成させた文章はその中でも最も楽しく、最も自信のあるものとなった。

 

 

「そう言えば白斗、今回の本はどうだった? 面白い?」

 

「ああ。 今回もやたらリアルでな、力の使い方まで丁寧に描写されていて実話を超えて指南書のようにも思えるんだ」

 

「もし、実在した事実を記録したものなら本当の掘り出し物ね」

 

「だな、ブランに感謝! だけどこの主人公が今回とんでもないスケコマシぶりでな……」

 

 

今回の本の感想を言う白斗。

彼にとっての愛読書を語る時の彼は相応の少年らしさがある。特に主人公に関しては本人は肯定しないものの、口ぶりからして明らかに憧れている。

と、言うのもその主人公に関してブランが感じている点があった。

 

 

「ふふっ……やっぱりその主人公、まんま白斗ね」

 

「はぁ? 俺、あいつみたいに立派でもスケコマシでもねーよ」

 

「そう思ってるのは貴方だけよ。 唐変木な騎士様」

 

「ほぇ?」

 

 

詳しくは語らないブラン。やはり、鈍いこの男にはこのくらいでは伝わらない。

 

 

「……あ、騎士様で思い出した。 白斗、ネプテューヌから騎士様って呼ばれてるけど……あれは一体何なのかしら……?」

 

「すみません、後半に行くにつれてトーン落とさないでください。 怖いんですけど」

 

 

ブランが何気に気になっていたことを訊ねてみた。

そう、彼女からすればいつの間にかネプテューヌが白斗の事を騎士様と呼んでいたのである。しかも白斗は嫌がるどころかそれを誇りにしているかのような、特別な関係性を窺わせた。

それこそまるで、「女神と守護騎士」のような。恋する乙女として見過ごすことは出来ない。

 

 

「あー……まぁ、あの本の真似事でな。 ネプテューヌが再現してくれたんだよ。 ごっこ遊びみたいなモンだけどな」

 

「へぇー……」

 

「あの……何でしょうか、その不満全開な表情は……」

 

 

当然、ブランからしたら面白いワケが無い。

あの本における女神と守護騎士という関係は単なる仕事の関係などではない。互いが互いを想うが故の特別な絆なのだ。

例え正式なものでなくとも、ネプテューヌからすれば告白に近いものだろう。白斗も「ごっこ遊び」とは言いつつも、全身全霊でそれを全うしようとしている。

 

 

「……私には無いのかしら?」

 

「へ?」

 

「……私だって、女神なのに……白斗の事が何よりも大切なのに……。 私には、そう言うのしてくれないのかしら?」

 

 

ブランは嫉妬していた。当然だ、大好きな人が他の女の子とは特別な関係を結んでおいてこちらには何もないというのだから。

怒りの声から、徐々に悲しい声色になってしまう。

 

 

「例えそういう誓いが無くても、俺にとってはブランも命を懸けて守りたい人だよ」

 

「……でも、ちゃんと言ってくれなきゃ伝わらないわ。 もし貴方がそう思ってくれるのなら……」

 

 

例え二番煎じでもいい。単なる真似事でもいい。彼との特別な繋がりがあればそれでいい。

ブランはその一心で、その小さな手を伸ばした。

大好きな人に届かせようと、精一杯、力の限り、綺麗な指先を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……白斗、私の守護騎士に……なってください……。 ずっと、傍に居て―――」

 

 

 

 

 

 

 

もし、手元に指輪があれば、その綺麗な指先に嵌めてしまいたくなるほどの美しさ。

何よりもブランもまた、あの本の内容は知っている。故に例え真似事であろうとも、守護騎士になってくれと願うことが何を意味するのか。

全幅の信頼を白斗に預けている以上、彼がすべきことはその想いに応えることだけ。

 

 

「……はい。 貴女の守護騎士として、お傍に―――」

 

 

その小さな手を取り、口づけを一つ。

手にとは言え、キスをされたブランは全身に快感が駆け巡った。これが、幸せの感覚。

ネプテューヌはこんな思いを味わっていたのかと尚更羨ましくなったが、それすらもどうでもよくなるくらいにブランは幸せだった。

 

 

「……ふふっ! これで貴方も私の守護騎士ね」

 

「ああ。 ……守るものが多いと、大変だ」

 

「その分、幸せにしてあげるわ。 ……絶対に」

 

 

そしてこの誓いは、白斗からブランに対するものだけではない。ブランもまた、白斗に対して尽くすという誓いでもあった。

だからこそブランは幸せを感じている。彼女にとって白斗とはあの本に出てきた主人公―――いや、それ以上の守護騎士だった。

 

 

「……そろそろ時間ね。 夕食も出来る頃だし、行きましょう。 騎士様♪」

 

「はいよ。 女神様」

 

 

二人は手を繋いだ。互いに伸ばした手が、自然に絡み合う。

あんな些細な誓いで、二人の距離は益々縮まったと言えるだろう。これをネプテューヌが知ったらどうなるだろうか。

それを考えると少し怖くなる白斗で―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……ネプテューヌ……忘れてた………」

 

「あっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

二人は、固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネプテューヌちゃん! 次お絵かきしよ~!」

 

「それからこの絵本、読んで欲しいな……(わくわく)」

 

「ねぷてぬーっ! まだまだあそぼー!!」

 

 

あれからもずっと遊んでいたらしい。

未だに元気かつ遊び足りないちびっ子たちは大はしゃぎだった。

だがそれをずっと相手にしていた我らが主人公、ネプテューヌ様はと言うと。

 

 

「も、もう……ネプ子さんのライフはゼロよ……。 白斗、カムバック……バタッ」

 

 

力尽きていた。南無。

その後、白斗の手によってようやく救出されるも今度はブランとの距離感が縮まったことを目敏くも見抜き、あの誓いをブランにもしたとして嫉妬に狂うネプテューヌ様がいたそうな。




サブタイの元ネタ「文豪ストレイドッグス」


今回はコミケとブランの執筆活動のお話でした。
勇者ネプテューヌでとうとうコミケのイベントが出てきたので、これは是非とも取り入れねばと今回のお話を書きました。
私は去年の夏コミで初めて客として参加したのですが、マジで死にそうだった……。その時の大変さも思い出しながら執筆していました。
ルウィーでの描写は何だかほのぼのとして心温まるお話になる傾向が多いですね。さすがブラン様と言ったところでしょうか。
さて、次回のお話ですがここまで来たらリーンボックスのお話、当然やりますとも。
そしてサブタイも発表しちゃいます。ズヴァリ、「Shall We Dance?」。お楽しみに!
感想ご意見、お待ちしております!


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第三十四話 Shall We Dance?

―――それは、とある日。リーンボックスでの出来事だった。

 

 

「社交舞踏会?」

 

 

何が何だか分からない、そんな声色で聞き返したのは白斗。

彼の目の前に居たのはリーンボックスの教祖こと、箱崎チカだった。

今回、白斗は珍しくチカから呼び出しを受けて参上したのである。彼女は明らかに困ったような顔色とため息で概要を説明した。

 

 

「……まず、このリーンボックスは海の向こうということで特殊な歴史があるの。 実はこの国は昔、科学技術すら殆ど導入されていなかった国だって知ってる?」

 

「あ、歴史を勉強して知りました。 中世のファンタジーをイメージしたような国だって。 それ故自然豊かで、“雄大なる緑の大地”もその頃の名残とか?」

 

「さすがに勉強してるわね。 それ故、この国では貴族制自体は無いんだけど、それを先祖に持つ有力者が多くいるの」

 

 

なるほど、と白斗は理解を示した。

血筋によって権力を持つ人間はどの世界、どの国でもいる。このリーンボックスではそれが色濃く出ているということだろう。

 

 

「で、その有力者たちがリーンボックスの政務を支えてくれてるワケ。 言っておくけど……」

 

「姉さんは最高の女神だけど、一人で国政を賄いきれるわけがない。 その姉さんを支えるために有力者たちが協力してくれてるワケですね」

 

「ええ、分かってくれてるようで何よりだわ。 それで話は戻るんだけど、その有力者たちを労うための催しがこの国では多く開かれる。 社交舞踏会もその一つなんだけど……」

 

 

そう言ってチカは視線をやった。視線の先にはベールの私室。

どうやらいつものように彼女は部屋に籠ってゲーム三昧らしい。そしてまた溜め息を一つ。

ここまで来たら、チカが何故白斗を呼んだのか嫌でも分かる。

 

 

「……この国の女神たる姉さんがいつまで経ってもゲーム三昧で催しに参加してくれない。 有力者たちのご機嫌取りのためにも、姉さんを引っ張り出してこい、ということですね?」

 

「そう言うことよ……話が早くて助かるわ」

 

 

また溜め息を一つ。察するにどうやら随分長い間、そう言った催しに参加していないらしい。

何しろベールはこの国の女神にしてあの美貌、そしてあのグラマラスな体型。参加するだけでも有力者たちにとってはお目に掛かれるだけでもありがたいというもの。

一方でベールの参加したくない気持ちも分からなくもないが、このままでは国政に影響が出かねない。さすがにそれを看過できるチカと白斗ではなかった。

 

 

「分かりました、微力を尽くしましょう」

 

「まぁ、アンタに寄せてる期待なんてほぼ無いも同然なんだけど。 何せこのアタクシが何度言っても聞いてくださらないのだから」

 

 

本当は白斗に頼むのが癪だったようだ。

ベール大好きな彼女にとって、自分以上に愛を寄せられている白斗を面白く思うワケが無いのだから。

ハハハ、と苦笑いをしつつも白斗はドアを潜り。

 

 

「姉さん、俺この舞踏会に参加したいんだけど。 姉さんと一緒に思い出作りたいな」

 

「行きましょう! 白ちゃん!!」

 

 

二つ返事だった。想像以上にアッサリだった。

そしてその様子を目の当たりにしていたチカはと言うと。

 

 

「   」

 

 

絶句していた。

無理もない、あれだけ自分が言っても聞かなかった敬愛する姉が、ポッと出の少年の言葉にあっさりと動かされるのだから。

その遣る瀬無さで彼女は真っ白な灰と化した。さすがに白斗も申し訳なさを覚えている。

 

 

「うふふ♪ 白ちゃんと一緒にダンスパーティー……♪ チカ、服の準備を! 今宵の舞踏会は最高のものにしますわよ~♪」

 

「……………はひ……………」

 

 

はしゃぐベールとは対照的に、チカはフラフラと魂が抜けたかのような足取りで部屋を出ていった。

余りにも惨い光景だと、白斗は肩を竦めた。けれども何もできないのが歯痒いところだ。

とは言え、これで任務自体は完了。後は今夜開かれるという社交ダンスを楽しむだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――舞踏会会場。

ベールの教会にも勝るとも劣らない規模の、貴族の屋敷を思わせる館。

その館の前に一台のリムジンが止まる。そこから降り立ったのは、二名の男女だった。

 

 

「うぇー……仕方ないとは言え、まーた堅っ苦しい格好すんのかよ……」

 

「うふふ、素敵ですわよ白ちゃん」

 

「姉さんほどじゃないって」

 

 

タキシードを着こんだ白斗、そして美しいドレスに身を包んだベールだった。

ベールは今回女神としての出席であるため女神化した状態で参加することになっている。

エメラルドを思わせる美しい翡翠色のポニーテールが揺れ、一歩一歩歩くたびに揺れる魅惑の肢体。男ならば誰でも目を惹いてしまう。

 

 

「けれども舞踏会……正直な所ご無沙汰ですから、緊張しますわね」

 

「大丈夫。 何かあったら俺が守るから」

 

「……ふふ、やっぱり素敵さでは白ちゃんに敵いませんわ」

 

 

当然、ベールはこの国の女神だけあってお近づきになりたい人間は多い。その中にはきっと良からぬ考えを持った者もいるだろう。

だが絶対に彼女を守って見せると白斗は力強い笑みを向けた。彼女自身には告げていなくても、ベールを守る。それが彼の中の絶対の誓い。

そんな彼が格好良くて、胸を高鳴らせてしまうグリーンハート様だった。

 

 

「では、素敵な殿方にエスコートして頂きましょうか」

 

「……お任せを、女神様」

 

 

伸ばされた手を取り、白斗は会場へとエスコートした。

手袋越しでも伝わる美しい感触に機械の心臓がまた過剰反応しそうになるが鉄壁の理性で押さえ、大理石でできた床を歩いていく。

革靴とハイヒールの靴音が心地よく響き渡る廊下の突き当り、大きな木製の扉を押し開ける。すると荘厳で華やかな音楽が、二人を出迎えた。

 

 

(うぉ……! すげぇ……まさに貴族の舞踏会って感じだ……!)

 

 

どこまでも華麗に響き渡る弦楽器の旋律、力強く心の奥底まで聞こえる管楽器の音色、音楽に彩りとリズムを刻ませるピアノ、そしてそれを至高の存在へと導く指揮者。

何もかもが完成された音楽に誘われ、人々は華麗に踊っている。有力者たちの道楽だけではない、踊りの華麗さ一つ一つがハイレベルだ。

白斗も圧倒されそうになったが何とか平静さを保つ。ここで一々驚いて、格を下げるようなことはしたくなかったからだ。

 

 

「ふふ、驚きましたか? この社交舞踏会はダンスを楽しむ場だけではなく、様々な人達へのアピールの場になるのですわ」

 

「アピール?」

 

「所謂求愛もそうですし、商談や政治会談の場にもなりますわ。 そしてそんな人たちにも『出来る人』と思わせるために、見事なダンスを披露するのです」

 

 

なるほど、と白斗も納得した。

白斗が元居た世界でも政治家などが良くゴルフなどの趣味をしていることが多いが、それは所謂パイプを持つための人付き合いという意味もあった。

この舞踏会もその一種なのだろう。現に―――。

 

 

「おお、グリーンハート様! ようこそお出でくださいました!」

 

「今日はグリーンハート様がご出席なさると聞きましてな、馳せ参じましたぞ!」

 

「相変わらずお美しいことで……!」

 

「あ、あはは……どうも皆様。 ご無沙汰しておりますわ」

 

 

数々の男達が言い寄ってくる。

いずれも高級そうなスーツで身を固めた者達だ。年齢は様々で政治家然とした者もいれば、若くして起業家となった者、純粋に女神に世話になった者など様々。

白斗もどうベールを守ったものか、と彼女の傍を離れず鋭い視線を向けようとしたが。

 

 

(白ちゃん、私は大丈夫ですからしばらくパーティーを見て回ってくださいまし)

 

(え? で、でも……)

 

(これも女神の務め、ですわ。 折角の舞踏会、楽しんできてくださいな)

 

 

ベールが目で、そう語ってくれた。

その後のやり取りをしばらく見守っていたが、ベールの対応は実に大人で、相手の神経を逆なでさせず、しかし容易く触れさせない高潔さを見せつけた。

女神の責務の一環として培われた経験から、男のあしらい方も心得ているらしくこれならば自分の出る幕はないと白斗も納得せざるを得なくなった。

 

 

「……さっすが姉さん、素敵だよ。 んじゃ、俺は料理でも食べるとしますかね」

 

 

色気より食い気を見せてしまう辺り、白斗もまだまだ子供。

本来なら近くに置かれたシャンパンを手に取りたいのだが下手に未成年であることが露呈して騒ぎになるのも忍びない。

大人しく料理に手を付けようかとテーブルに向かった時だ。

 

 

「あれ!? 白斗君!?」

 

「白斗さんも来てたんですか!?」

 

「ん? その声……」

 

 

そこへ聞き覚えのある声が二つ。いずれも白斗と親交のある少女の声だ。

振り返るとそこには―――。

 

 

「5pb.にツネミ? 二人も来てたのか!」

 

「それはこっちの台詞だよ! もう、こっちに来るなら連絡くらいしてよ!」

 

「はい、驚き過ぎてもう心臓が止まるかと……」

 

 

リーンボックスとプラネテューヌ、それぞれの国でアイドルとして大活躍中の少女、5pb.とツネミだった。

二人とも舞踏会に合わせてるためかいつもの恰好ではなく、可憐なドレス姿だった。

5pb.は黒いドレスを身に纏っており、大人っぽさを醸し出している。

対するツネミは紫色のドレスを着こみ、普段の可愛らしさを押さえて美しさを引き立たせていた。

どちらも思わず白斗も一瞬だけ言葉を失ってしまう程の、素敵な女性だった。

 

 

「……そりゃこっちの台詞だ。 二人とも、凄く綺麗だ」

 

「えっ……そ、そんな……!」

 

「き、綺麗だなんて……」

 

「本当だって」

 

「「は、はうぅぅ~~~………!!」」

 

 

ドレス姿が余りにも綺麗すぎて、ストレートな感想が飛び出てしまった。

一切飾り気がないだけにその言葉は真っ直ぐ、二人の胸を打つ。意中の人からそんな一言を貰えてときめかない乙女がいるかという話だ。

更に追撃の言葉を掛けられ、二人は茹蛸のように真っ赤になってしまう。

 

 

「……それにしても5pb.はともかく、ツネミは何でここに?」

 

 

白斗が抱いた純粋な疑問。5pb.はこの国の大人気アイドル、故にここに招待されるのも頷ける話だがツネミの活動地域はプラネテューヌだ。

こういったリーンボックスでの催しには余り関係なさそうなものだが。

そんな彼の疑問に、二人も冷静さを取り戻した。

 

 

「5pb.さんとはあれ以来仲良くさせていただいてまして……実は私達のコラボレーション企画が持ち上がったところなんです」

 

「それで、打ち合わせしてたところテレビ局の局長さんにこのパーティーに誘われちゃって。 折角だからツネミさんも一緒にどうかなって」

 

「なるほどね」

 

 

あれ以来、というのはツネミのあの無料ライブで5pb.も手伝いに来てくれたことだろう。

同じアイドル同士馬が合ったらしく、人見知りな5pb.ですらツネミとは気兼ねなく話しているようだ。

仲良きことは美しきかな、白斗もうんうんと頷いている。

 

 

「でも……ライバル同士でもあるんだけどね」

 

「負けませんよ、5pb.さん。 ふふふ……」

 

(あれ、何で火花散らしてんの? アーティスト同士で勝負とかするのかねぇ)

 

 

すると突然、不敵な微笑みを張り付けたままバチバチと火花が散らされた。

彼女らの背景には可愛らしいハムスターとペンギンが威嚇し合っているような幻覚すら見える。

しかしアーティストとして勝負しているのではない。同じ惚れた男を巡っての女の戦いであることを、白斗はまだ知らない。

苦笑いしながら二人を眺めていた白斗だったが―――。

 

 

「あ、あの! 貴方、確かこの間ツネミさんのライブでギターボーカルやってた人ですよね!?」

 

「へ? 俺ですか? ま、まぁそうですけど……」

 

 

一人の見知らぬ女性が近寄ってきた。

その女性はどこかのご令嬢らしい、整った身なりで年も白斗とはそんなに離れていない。

にも拘らず興奮気味でそんな言葉を掛けてきた。あのツネミのライブで白斗は代役としてだが、確かにギターボーカルを買って出た。

嘘をついても仕方がないので、歯切れ悪くも肯定したところ。

 

 

「やっぱり!! あのライブでファンになっちゃいました!! サインくださいっ!!」

 

「へっ!? サイン!?」

 

「「あー……やっぱり……」」

 

 

するとその女性がサインを強請ってきた。

さすがに色紙は持ち歩いていなかったため、ハンカチにサインをお願いしているが白斗としてはただただ驚くばかり。

一方で5pb.とツネミはどこか納得したような複雑な表情を向けていた。

 

 

「ま、待ってください! 俺あの時、代役で出ただけで本職じゃ……」

 

「で、でも貴方のあの声、ギター、そして姿が凄くカッコ良かったんです! お願いします!」

 

 

頭を下げるという、これ以上ない位の真剣な頼みっぷりだ。

ご令嬢と言うからにはプライドもあるだろうに、それすらかなぐり捨てて、頭まで下げてきたのだ。

例え本職じゃなくても、女性にここまでされては白斗も無碍には出来ない。

 

 

「わ、分かりました。 俺ので良ければ……。 サラサラサラ……っと、これでいいですか?」

 

「……っ! ありがとうございますっ!! またあのボーカル聞けるの、楽しみにしてますね!!」

 

「で、ですから代役……」

 

 

ハンカチに適当にサインを掻いて手渡した。それがもう女性にとっては嬉しかったらしく、喜びを爆発させていた。

その舞い上がり様ときたら、白斗の声すら耳に入っていないようだ。女性はまさに天にも昇る心地でその場を後にした。

 

 

「何なんだ一体……」

 

「何なんだも何も、あのライブ以降白斗さんって隠れファンがついているんですよ」

 

「マジか!?」

 

「マジだよ。 事実カッコ良かったし、素敵だったし! またやって欲しい!」

 

「はい、白斗さんのあのギターボーカルは最早伝説。 一回しかやらないなんて勿体ないです」

 

 

それでか、と白斗は納得した。

あのライブ以降、プラネテューヌの街中を歩いていると時折視線を感じたがどうやらそれ関係らしい。

しかもツネミは勿論、5pb.も聞き惚れてしまったらしくまたギターボーカルとして勧誘されている。

 

 

「そこで、今度のコラボには白斗君も交えたらどうかなって企画してるんだ!」

 

「何それ!? 当人である俺に一切話来てないんですけど!? 誰だそれ企画した奴!?」

 

「「ベール様」」

 

「姉さんンンンンンンンンンンン!!?」

 

 

隠れファンにして首謀者は女神様だった。

因みにグリーンハート様ことベールは「白斗ファンクラブ」のNo.1にして名誉会長である。更に言えばNo.2、3、4はそれぞれネプテューヌ、ノワール、ブランであることを白斗はまだ知らない―――。

 

 

「も、もう俺の話はいいだろ! それより、二人は踊らないのか? 折角の舞踏会だろ?」

 

「……忘れがちなんだけど、ボク……人見知りなんだよね……。 ここに来たのも局長さんの付き合いってだけだし……」

 

「あー……」

 

 

5pb.は極度の人見知りだ。当然、周りにいる人は知らない人だらけ。

思えば彼女は先程から妙に落ち着きが無かった。今平静を保てているのは白斗やツネミが傍に居るからだろう。

しかし、そんな彼女が見知らぬ他人と顔を突き合わせて踊るなど、正直無理ゲー感があった。

 

 

「私も、こういうところは初めてなので……どうしたらいいか……」

 

「ふーむ……思った以上に大変だな」

 

 

ツネミも感情表現は乏しい方で、尚且つこういった華やかな場所は慣れておらず、戸惑っていた。

確かに彼女達がいきなりこういう場所に放り込まれるのは聊か酷と言うもの。

 

 

「だったら僕が相手してあげようかぁ?」

 

「えっ?」

 

 

すると、背後から白斗とそう年の変わらない青年が声を掛けた。しかし品のない声だ。

が、既に出来上がっているらしく顔が赤く、呂律も少々回っていない様子。声を掛けられたツネミと5pb.も思わず引き下がってしまった。

 

 

「お~~~さすが5pb.ちゃんとツネミちゃんだぁ~! かぁわいい~!」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「ささ、遠慮せずに僕と踊ろうよぉ。 その後はウチでじっくりとお話でもぉ……」

 

「ちょ、そんな……」

 

 

元来いい子であるため、上辺だけの褒め言葉にも返したのがまずかった。自分に興味ありと向こうが受け取ったらしく、強引に手を取ろうとしてくる。

酒の勢いもあるのだろうが、彼女達の可憐さを自分の物にしようとしている厭らしい手つきに5pb.とツネミも涙目だ。当然、それを許すこの男ではなかった。

 

 

「はい、そこまで」

 

「ぐッ!?」

 

 

白斗だった。男の手首を握り締めている。

思わず苦し気な声を上げてしまう青年、何しろその手から伝わる握力は尋常ではない。

この手首が握り潰されそうなほどの力―――いや、それ以前に無情ささえ感じさせるほどの冷たさが伝わった。

 

 

「今宵、ここは女性と戯れる場に非ず。 戯れるのは酒だけでいいでしょう?」

 

「………っ!」

 

「エスコートの仕方でしたら私がレクチャー致しましょうか? こう見えても得意なんですよ」

 

 

その手に優しくグラスを持たせ、血のように赤いワインが注がれる。

青年の手は震えていたが、白斗の手付きは波一つない湖面のように穏やかだ。ワインを注がれたグラスを手にしては、男も下手に暴れることが出来ない。

そして酒を注ぎ終えた時、白斗は彼にしか見えない角度と彼にしか聞こえない声でこうつぶやく。

 

 

「……地獄までのな」

 

 

―――まさに地獄のような恐ろしさと冷たさが、男を震え上がらせた。

 

 

「ひ、ヒィィィィイッッ……!!? ふ、ふん……興が削がれたっ!!!」

 

 

負け惜しみな台詞を吐き捨てながら男は去っていった。

白斗の言葉を受けて幾分か冷静さを取り戻したこともあるのだろう、こんな公衆の面前で事を荒立てるわけにもいかず、ズカズカと足音を荒くしていくが、徐々に小さくなる。

対する白斗はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

 

「ふん、本気で欲しい女なら俺くらい押しのけて見せろっての。 ……二人とも、大丈夫か?」

 

「「ぽー………」」

 

 

すぐさま男の事など忘れ、5pb.とツネミの心配をする白斗。

けれども二人は先程の恐怖もすっかり忘れ、顔を赤くして白斗に魅入っていた。

 

 

「ん? どないしました?」

 

「い、いや……白斗君が、カッコよくて……」

 

「はい……。 白斗さん、ありがとうございます……!」

 

「大したことはしてないって。 それよりも二人が無事でよかった」

 

 

好きな人に、劇的に助けて貰えたことがより一層二人の胸を打った。

普段の楽な格好とは違い、今の白斗はタキシードという整った服装を身に纏っているが故に大人の色気を醸し出していた。

それがより一層二人を酔わせる。とうとう我慢できなくなったのか、5pb.が一歩踏み出して。

 

 

「あ、あのっ! は、白斗君……ぼ、ぼ、ボクと、踊って……くれませんかっ!?」

 

「へ?」

 

 

ダンスの申し込みが、来た。

あのリーンボックスの歌姫からの申し込みなど、ファンであれば垂涎ものだろう。

だがそれに我慢ならない少女が一人。

 

 

「ふぁ、5pb.さんずるいですっ! 私も、白斗さんと踊りたいですっ!」

 

「だ、ダメだよ! 早い者勝ち! 白斗君、ボクと……踊ってくださいっ!!」

 

「分かった、分かったって! ツネミはこの後な?」

 

「うぅ……分かりました……」

 

 

感情表現に乏しいツネミにしては珍しく、怒りを露にして抗議してきた。

すると5pb.が更に反論してくる。彼女も押しが強いタイプではないだけに珍しいことだ。それだけ二人とも、本気で白斗の事が好きなのだ。気弱な自分を変えてしまうくらいに。

白斗は気圧されつつも、まずは順番ということで5pb.と踊ることに。

 

 

「……ボク、こういうところで踊るのは初めてなんだ……。 ちゃんとエスコート……してね?」

 

「俺も初めてだけど……全身全霊でお相手しますよ、レディー」

 

 

白斗にとって今、目の前にいる5pb.とは気軽に話せる友達などではない。

この場で踊れることを光栄に思えるほどの美しいレディーだ。そんな彼女の手を優しく取り、腰に手を添え、音楽に合わせて体を動かす。

ステップ、ターン、そして優しいリード。5pb.は白斗に全てを委ねていた。

 

 

「わぁ……! 白斗君凄い! 本当に初めてなの!?」

 

「ここに来るまでに姉さんに散々仕込まれたからな。 まだまだイケるか?」

 

「勿論!」

 

 

もっと白斗と踊っていたい。彼ともっと素敵な時間を過ごしていたい。

そんな要望に白斗は笑顔で応え、更に動きを速めた。音楽に合わせてテンポアップし、華麗なステップを刻んではターンで世界を一転させる。

 

 

(あはは……! 楽しい!! 白斗君と踊れるのが、こんなにも楽しいなんて!!)

 

 

目の前に愛しの人がいて、その人も同じ一時で楽しんでいた。今何を考えているのだろうか、自分の事をどう思っているのだろうか。それすらもどうでもよくなるほどに。

今の5pb.はまるで湖の上で踊る妖精のような可憐さだった。

やがて、音楽が終わると名残惜しくもその指先が離れ、互いに一礼する。

 

 

「はぁー……はぁー……! 楽しかった……!」

 

「俺もだ。 ……素敵だったよ、5pb.」

 

「……ありがとう! ボクも白斗君と踊れて、幸せだよ!」

 

 

僅か三分にも満たないダンス。それでも、その僅かな時間の中に全ての情熱が込められていた。

白斗も5pb.も汗を掻き、肩で息をしている。それでも不思議な高揚感があった。またこの一時の中に溺れたい―――5pb.はまた白斗と踊れることを願っていた。

 

 

「は、白斗さん……」

 

「お待たせ。 ほらツネミ、おいで」

 

「で、でもお疲れでしたら……」

 

「約束しちまったんだ、待ったナシ。 ほらよっと!」

 

「ひゃっ……!?」

 

 

余りにも見事なダンスだったので、ツネミは尻込みしていた。

何よりも白斗も体力を消費していたので無理をさせたくはないと生来の大人しさから遠慮しようとしてしまう。

だが、ここでやめてはきっと後悔する。そう思った白斗はツネミの手を取り、力強くも優しく抱き寄せた。

一見強引で、しかし優しいエスコート。ツネミの目の前に、白斗の顔が寄せられる。

 

 

「は、白斗さん……」

 

「踊らにゃ損だ。 楽しもうぜ、一緒に」

 

「……はいっ!」

 

 

こんな素敵な時間を楽しく過ごさないなど、勿体ない。

だから白斗は自分に出来る精一杯の笑顔で彼女を迎えた。彼の優しい笑顔に触れ、ツネミもその手を取った。

汗を掻いている白斗の顔が、余計に色っぽく見える。互いの吐息が触れることで、既にツネミの心臓は爆発寸前だ。

 

 

(ああ……白斗さんの顔がこんなにも近くて、こんなにも温かくて、こんなにも触れ合えて……幸せです……!)

 

 

白斗ともに踊れるこの一時が、ツネミにとっての幸せだった。

この温かく力強い手によって優しくリードされ、腰に添えられた手で常に支えられ、その足取りはゆったりとした柔らかな時間を作り出してくれる。

一歩一歩を大切に、一呼吸一呼吸を感じながら、目と目が合う一瞬を胸に刻み込む。

 

 

「………………」

 

「……? 白斗さん、どうされたんですか……?」

 

「いや、ツネミが綺麗なもんだから……見惚れてた」

 

「………ふふっ、私もです。 白斗さんが素敵すぎて……見惚れてました」

 

 

白斗もまた、目の前の歌姫に魅了されていた。

歌う時以外はほぼ無表情にも近かったツネミが、白斗の前では色んな女の子の表情を見せてくれる。

どれもが可愛くて、美しくて、色っぽくて。白斗に飽きない魅力を感じさせた。

そしてその魅力をダンスが更に引き出してくれる。優雅な踊りはゆっくりと互いの魅力を余すことなく伝える。

―――音楽が終われば、楽しい一時も終わる。切なさを感じながら、二人は一礼した。

 

 

「……本当に幸せな一時でした。 また……踊ってくださいね」

 

「ああ」

 

 

こんな楽しくて幸せな時間を、たった一度きりで終わらせるなどもう出来ない。

踊りの、そしてお互いの魅力に取りつかれてしまった二人はまた踊る約束をした。

 

 

「で、でしたら白斗さん……でしたよね? 私とも踊ってください!」

 

「へ? あ、貴女はさっきの……」

 

「先程の踊り、素敵でした! 是非……」

 

 

すると、背後から女性の声。先程サインを強請った女性だ。

どうやら今の踊りを見て更に白斗に興味を持ってくれたらしい。男冥利に尽きるというものだが、それを見せられて膨れっ面になるのはツネミと5pb.。彼女達からすれば、想いを寄せる少年をポッと出のモブキャラに奪われるわけにはいかない。

 

 

「し、失礼ですが白斗さんは連続で踊っているのでお疲れの筈です!」

 

「そ、そうです! ですから少し時間を空けて……」

 

「むー……分かりました……」

 

 

幸いにも女性は押しが強くなく、押しに弱いタイプらしい。

気弱であるはずのツネミと5pb.の提言を受けて渋々だが引き下がった。

 

 

「ふ、二人とも? 俺は別にバッチ来いなんだが」

 

「私達がバッチ来いじゃないんです!」

 

「そうだよ! 白斗君はもう少し自分がどういう人間なのか自覚すべきだよ!」

 

「何なんだよそれ……ん?」

 

 

そして何故か叱られた。

無理無茶もやり通すことで有名なこの男も、親しい女性には逆らえないという決定的弱点があった。

と、ここで白斗が理不尽さを感じならが謝っていると。

 

 

「―――っ!? 悪い二人とも、また後で!」

 

「あ、白斗君!?」

 

「どこへ……?」

 

 

何かを見たらしい、白斗が表情を変えてその場から去った。

一瞬引き留めそうになったが、彼の顔を見て引き下がるしかなくなる。何故かと言えば、彼の顔が刃のように鋭かったからだ。

白斗があんな表情をする時、それは誰かのために無茶をしようとしている時だ。

―――さて、白斗が向かった先にあった光景とは。

 

 

「グリーンハート様ぁ。 いい加減、私と一曲踊ってくださいよぉ」

 

(……はぁ、面倒な方が現れましたわね。 だからこういう催しは好きじゃないのに……)

 

 

挨拶ラッシュもそろそろ打ち止め、かと思われたと思いきや最後の最後にベールが苦手とする男が現れた。

このリーンボックスでも辣腕を振るう敏腕政治家だ。有事の際はベールにもよく尽くしてくれているのだが、こういった催し事ではそれをいいことにで何かと彼女にすり寄っているという、ベールからすれば対処に困る相手だった。

 

 

「私がどれほど貴女様のために尽くしてきたか……お忘れではありますまい」

 

「……ええ、その件については感謝の極みですわ」

 

 

明らかにこの優雅な会場に似つかわしくない男だが、周りの客たちは何も言えない。

裏で根回しして借りやパイプを作っているためだろうか、男に強気に出られないのだ。

ベールも正直この男の事は嫌いだったが国政については大変世話になっているのも事実。

邪険に扱えば、リーンボックスの明日に影響が及ぶかもしれない。

 

 

「でしょう!? ですから一曲くらい踊ってくださいよぉ~。 踊り方なら私が手取り足取り教えて差し上げますからぁ~」

 

 

わきわきと、何かを掴もうとする厭らしい手が伸びてくる。

さすがにベールも嫌悪感を覚え、思わずその手を払い除けようとした―――その時。

 

 

「おっと失礼」

 

(え……?)

 

 

ベールの体が別の誰かに優しく引き寄せられ、男から距離を離された。

あっという間の出来事だった。リードする力は強かったはずなのに体に痛みはない。それどころか羽のような浮遊感と、心地よい温もりが伝わってきたのだ。

引き寄せた“誰か”に目を向けると―――。

 

 

「こちらのレディーは私が予約済みですので。 ……触らないで頂けますか?」

 

(は……白ちゃん……!?)

 

 

白斗だった。

こんな公衆の面前であるにも関わらず、大物政治家相手であるにも関わらず、何よりその体に抱き寄せているのが女神様であるにも関わらず、堂々と啖呵を切って見せたのだ。

鋭い視線に男は一瞬、白刃で貫かれたかのような錯覚を覚えてしまい、怯んでしまう。

 

 

(は、はわわわ……! 白斗君、相変わらずの無茶を……!!)

 

(い、いざとなったら……私達も出張りましょう! 白斗さんを守るために……!)

 

(……そ、そうだね!)

 

 

とんでもない緊張感が流れ、会場が静かになる。

5pb.とツネミも口元を押さえて一瞬慌てていたが有事の際には白斗の味方になる覚悟を決め、動けるようにスタンバイする。

一方の男は白斗の視線に怯えを隠せないものの、何とか持ち直した。

 

 

「……っ!! な、なんだ貴様は!! 女神様相手に無礼だろうが!!」

 

「いえいえ、強引なエスコートをする貴方ほどではない」

 

「ぐ、ぐぐぐ……!! 何と生意気な……どこの田舎出身だ!!?」

 

(は、白ちゃん……以前と同じ方法を……!?)

 

 

白斗も馬鹿ではない。相手がこの国の国政に携わる重鎮相手であることは承知しているはずだ。それでも彼は決して怯まず、寧ろ煽り立てるような口調を崩さない。

彼の怒りの矛先を自分“のみ”に向けるため。以前、ウサン議員相手にもやった方法だ。こうすることでベールに一切非は無くなる。

彼女を理不尽から守るための、白斗の覚悟が伝わってきた。

 

 

「そ、それよりもいい加減グリーンハート様を離せぇ!! そのお方は今夜、私と踊り明かすのだぁ!!」

 

「……踊り明かす、ね。 それなら……」

 

 

ただ、ここは楽しい社交舞踏会。白斗とて暴力沙汰になるのは避けたい。

女神グリーンハートの名を傷つけぬためにも、相手が納得するような方向で事を収める必要がある。

ならばと、腕に抱いていた女神を優しく立たせ―――。

 

 

 

 

 

 

「……マドモアゼル。 どうか、私と踊ってください。 誰にも真似できないような最高のダンスを、私と一緒に―――」

 

 

 

 

 

 

彼女に、手を差し伸べた。

この会場に来ていたほとんどの客が白斗に対して「なんと無礼な」、「恥知らず」、「田舎者」と誹りの視線を投げつけてきた。

だが彼は一切揺らがない。どんな非難だろうと罵詈雑言だろうと、その背中で堂々と受け止め、守ってくれる。

 

 

(―――ああ、やっぱり貴方は優しい人ですのね。 こんな状況でも、私のために手を差し伸べてくださるなんて……。 なら、私に出来ることは―――)

 

 

そんな強くて、温かい彼だからこそ、女神グリーンハートは―――。

 

 

 

 

「……ええ、お願いしますわ。 私の王子様……」

 

 

 

 

―――その手を、取った。これ以上ない美しい微笑みと共に。

 

 

「なっ……!?」

 

「音楽団の方々。 ……『美しく青きドナウ』を」

 

 

驚く男に目もくれず、グリーンハートは音楽団にリクエストをした。

何故か白斗の世界でも存在する曲名だ。世界三大ワルツの一つに数えられる、最も有名なだけに難易度の高い曲である。

これは女神様からの信頼の証。白斗ならば自分と一緒にこの最高峰の曲で、最高の踊りをしてくれると。そしてこれを踊り切った時、誰もが認めざるを得ないと。

美しき女神の手を取り、その柔らかな腰に手を添えて、互いの視線を合わせる。

 

 

「………行くぜ」

 

「いつでも」

 

 

―――その微笑みが、始まりの合図。

指揮者がタクトを振るうと、静かなバイオリンの音色が会場内を包んだ。ドナウ川の美しさを例えた曲であり、静かな曲調からティンパニーも加わって迫力が齎される。

女神と少年は、その曲の流れに身を任せるかのように軽やかなステップを刻んだ。

 

 

(……不思議なもんだな。 姉弟して何度も顔を合わせてるってのに……目の前の姉さんが……いや、こんなにも美しい女神様が……こうして俺と踊ってくれてる、なんて)

 

 

今、白斗の中にはある種の緊張感があった。

それはこの踊りを成功させなければ、という次元の低いものではない。この世界における至高の存在、そして美の化身とも言える女神グリーンハートと踊れる喜びだった。

彼女の一挙手一投足が美しく、その一つ一つに魅了される。

 

 

(……ああ、まるで夢みたいですわ……。 姉弟になってから何度も遊んでいるのに……こうして私と踊ってくれる貴方が力強くて、温かくて、優しくて……本当に格好良くて……! もう、どうして貴方はこうも素敵なんですの!)

 

 

そしてそれは、グリーンハートも同じだった。

もう長い時間、彼と共に過ごしているはずなのに。また一つ彼の魅力を刻み込まれて、益々夢中にさせてくれる。

手から伝わる温もりが、互いに触れ合う吐息が、交わされる視線が。何もかもが女神をときめかせた。

 

 

(………まるで、俺と“ベール”だけの世界)

 

(今、この世界には私と………“白斗”の二人きり)

 

 

もう、お互いに心の中では呼び捨てだった。それだけの存在になれたのだ。

例えるならアダムとイヴ。唯一無二の存在となった二人は、尚も激しくなるステップとターンで二人の世界を築き上げていく。

音楽が二人だの世界を縁取り、そこに白斗とベールが情熱的な踊りで世界に色付けをしていく。更に互いの幸せな表情が、世界に命を齎した。

 

 

(もっと……もっともっと、ベールと踊っていたい……)

 

(白斗……まだまだ足りませんわ。 私と、もっと踊って……!)

 

 

互いに抱き合い、ベールは白斗にすべてを委ねて倒れそうになる。

白斗はそれを優しく支え、流れる川のような美しき所作で抱き寄せた。そこから畳みかけるようなターンの連続。

そして互いに離れては優雅なステップとターンで周りの観客たちを巻き込み、再び互いの手を取り合う。

 

 

「は、白斗さん……素敵……」

 

「ベール様も……なんて情熱的で、綺麗なの……」

 

 

5pb.もツネミも、周りの客たちもその美しさに飲まれてしまっていた。

最早誰もが白斗に野次を飛ばすことは無い。彼らの情熱的な踊りと、至高の音楽、そして美しきその姿に介入することが出来ないでいた。

僅かな雑音でさえ、完成されたこの美しき世界を壊してしまうから―――。

 

 

「………っ」

 

 

その中には、あの政治家の男もいた。

すっかり白斗とグリーンハートの世界に魅入ってしまい、固唾を飲んでいる。特に自身が欲していた女神の美しさが、彼の心を遍く照らした。

 

 

(……そうだ。 あの美しさに惚れこんで私はこの仕事に就いた……。 あの美しい微笑みで私を見てくればと思っていた……のに、いつの間にかあの美しさを独占したくなってしまって……私自身が、醜くなっていた……)

 

 

彼らが美しく輝けば輝くほど、己の醜さが浮き彫りになる。

男は自らの掌を見て、しかし必死に顔を見上げた。こんな自分よりも美しいグリーンハート、そして白斗の姿を目に焼き付けるために。

二人は尚も踊り続ける。その踊りで美しさ、楽しさ、幸せを表現するために。

 

 

(……すげぇ。 女神様と踊れることが……)

 

(ああ……なんて心地よさ……。 好きな人と踊れることが……)

 

 

二人の距離が、一気に縮まり、そして止まった。

 

 

 

 

 

((―――こんなにも、幸せだなんて!))

 

 

 

 

 

まるで見ようによっては、愛の口付けを交わしているようにすら見える一瞬。

誰もが息を飲み、口元を押さえ、顔を赤くしてしまう。それだけの美しさと色気があった。

それも一瞬、すぐに川の流れを表現するかのように音楽は激しくなる。しかし、徐々に川の流れは穏やかになっていくもの。

10分以上もあった音楽は、フィナーレに向けて静かになっていく。

 

 

(―――もう、終わってしまうのか)

 

(終わりたくない……こんな素敵な世界を、終わらせてしまいたくない……)

 

 

名残惜しさを感じながらも、二人のターンは最高潮になる。

一頻り回り終わると同時にグリーンハートはその美しい腕を高らかに上げる。それに合わせて音楽も最後の盛り上がりを見せ―――。

 

 

 

 

「―――最高の一時だったよ、“ベール”」

 

「私も幸せでしたわ。 ―――“白斗”」

 

 

 

 

 

美しき一礼を以て、フィナーレとなった。

白斗もベールも、全てを出し切り肩で息をしている。それでも体に籠った熱も、この疲労感も、何もかもが心地よく、充実していた。

二人の息遣いしか聞こえない静寂の後、彼らを出迎えたのは―――。

 

 

「ヒューヒューッ!! サイコー!!」

 

「さすがグリーンハート様!! 美しかった!!」

 

「でもあの男の子も凄くない!? 女神様とあんなダンスを披露するなんて!!」

 

 

盛大な拍手と称賛の声だった。

もう誰もが、今夜これ以上の踊りを披露することは無いと確信したからだ。

中には涙するものまで。最高の演奏をしてくれた音楽団の面々も、感涙してしまっていた。

 

 

「……もう、白斗君とベール様が素敵すぎる……ズルいよ……」

 

「……でも、負けていられません」

 

「うん! ……ボクだって、白斗君と素敵な世界を作って見せるんだから!」

 

「私もです。 ……白斗さん、そしてベール様……私も諦めませんから」

 

 

5pb.とツネミは余りにも完成されたそのダンスに息を呑んでしまっていた。だが、同時に憧れもした。

これを超える最高の世界を大好きな人―――白斗と作り上げたいと。

負けを認めるどころか、寧ろ対抗意識を燃やし、二人はより一層の精進を誓った。

 

 

「……………………」

 

 

対するベールに言い寄っていたこの男は、すっかり言葉を失っていた。

余りの完成度の高さに自分がついていけないという絶望感。それもあった。

だが、それとは別の感情も宿り始めていた。

 

 

「……さぁ、旦那。 次は貴方の番です。 俺を超えるダンス、期待してますよ」

 

「ええ。 そのお覚悟があれば、この手を取ってくださいな」

 

 

最高のダンスをしてみせた白斗に最早悔いはない。あるのは満足感と幸せ。

だから、笑顔で彼に次の順番を明け渡したのだ。

後はこの男がグリーンハートの手を取れば、次の踊りが始まる。しかし、男は首を横に振った。

 

 

「……無理だ。 私にあれ以上の踊りは……美しさは出せない」

 

「へへ、なら俺の勝ちってことで」

 

「ああ、負けたよ。 ……そしてグリーンハート様、申し訳ありませんでした」

 

 

すると男は憑き物が落ちたかのように負けを認めた。

それだけに留まらずベールに対し頭を下げてきたのだ。その姿は誠実そのもの。白斗が見ても、その真っ直ぐさに疑う余地は無かった。

 

 

「私は貴女様の美しさに惚れ、貴女様のためになればと政務に取り組んでいました。 ……ですが、いつしか私欲に塗れ、あのような醜態を晒してしまいました。 申し訳ありません」

 

 

明らかにプライドの高かった彼が、自らの非を認めてきたのだ。

ここまで言われては白斗ももう何も言うことは無い。グリーンハートもまた、彼に嫌悪感を抱くこと無くその手を取った。

美しき感触に思わず身震いをして顔を上げると、あの美しき女神の顔が彼を出迎えた。

 

 

「……いいのです。 確かに先程の姿には嫌気が差しておりましたが……それでも貴方は私にとって大事な国民。 これからも、お互いに尽くしましょう」

 

 

まさに女神。その美しさと優しさを以て、男の醜態を許したのだ。

女神とは国民のために尽くし、そして国民はそんな女神のために尽くす存在。互いが互いに尽くしあう理想の関係がここに生まれた。

男は涙しながらその手を握り締め、彼女に改めて誓う。

 

 

 

(……ま、勢い任せだったけど……姉さんのためになったなら、良かった)

 

 

 

最高の夜は、最高の結末を以て迎えるもの。

そんな女神と政治家の姿に惜しみない拍手が送られるこの光景に、白斗も満足したように微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それからしばらくして、白斗とベールは教会へと戻ってきた。

もう夜遅いからということで今夜はここで宿泊することになる。それを知った5pb.とツネミからは「明日遊びに行きましょう!」と半ばダブルデートに誘われてしまった。

今宵起きた怒涛の一時を思い起こしながら、白斗はキッチンへと向かっている。

 

 

(あー、今日は疲れた……。 ハッスルしまくったから喉が渇いたのなんの……)

 

 

三人の女の子と、最高のダンスを繰り広げたからには疲労感は尋常ではない。

特にベールとのダンスは曲の関係上10分以上も踊っていたのだ。汗もだくだく、体が水分を求めている。

故に誰もが寝静まったこの時間帯で喉が渇いたため、飲み物を求めていたところ。

 

 

「……ん? 音楽?」

 

 

どこからか、優雅な音楽が流れてきた。

目を向けるとそこには誰かがテラスで蓄音機を作動させていた。傍のテーブルにはティーカップが置かれている。

背凭れに隠れて姿は見えないが、もう誰の仕業かは分かってしまった。

 

 

「姉さん、何してんの?」

 

 

やはりベールだった。当然女神化はもう解除してある。

こんな夜更けに優雅に紅茶を飲んでいる人間など、この教会では一人しかいない。

声を掛けられたベールは特に驚くこと無く、いつものふんわりとした微笑みを向けてきた。

 

 

「あら、白ちゃん。 いえ、眠れなくて……音楽を聴きながらお茶を飲んでいましたの。 そう言う貴方は?」

 

「喉が渇いたもんでなんか無いかなーと」

 

「でしたらこちらの紅茶をどうぞ」

 

 

どうやら白斗が通りかかってくれることを予測していたらしい、ご丁寧に用意されたもう一つのカップに温かい紅茶が注がれた。

芳醇な香りが凝り固まった脳内を解してくれる。

 

 

「ありがとう。 ………ん、美味しい。 それに何だか眠くなっちゃうな……」

 

「カモミールティーですわ。 リラックス効果が高く、就寝前に飲むとストレスを緩和させてくれる紅茶です」

 

「銘柄や効能まで完璧。 さすが姉さん」

 

 

大人の女性として気遣いも出来る、まさに理想の女性。

これでゲーム廃人でなかったら、とも一瞬思ってしまったがそれもまたベールの魅力だ。

そしてそんな魅力的な女性と静かな夜で、二人きりになっている。

 

 

「……姉さん、ありがとな」

 

「いいですわよ紅茶くらい」

 

「そうじゃなくて、今日の舞踏会。 一緒に行ってくれてありがとな」

 

 

あの舞踏会は、白斗の思い出の一ページに刻まれた。

確かに堅苦しい格好は好きではない彼だが、だからと言って興味が無いわけでは無かった。

最初こそはチカに頼まれたからというのもあったが、実際にあの場で踊ってみると独特の楽しさに酔いしれることが出来る。

あの夜は、まさしく最高の一時だったと白斗は満足気だ。

 

 

「……私もですわ。 白ちゃんと一緒でしたから、あんなにも幸せな一時を過ごせました」

 

 

そしてベールも、白斗に最上級の感謝を送った。

もし白斗が来ていなければ、誘われていなければ。今日もいつもと変わらないゲーム浸りの一日となっていただろう。

それを最高の夜にしてくれたのは、恋した人だった。恋した人だったからこそ、最高の一時を過ごせた。だからベールは、彼に夢中になってしまう。

 

 

「ふふ、思い出したらまた踊りたくなってしまいましたわね」

 

「俺も。 ……姉さん、夜はまだ長いよね?」

 

「ですわね。 こんな素敵な夜、まだまだ終わらせたくありませんわ」

 

「なら良かった。 それじゃ―――」

 

 

白斗は意を決して立ち上がる。

時間は夜、誰もいない。光源となるのは夜空に瞬く星々と、ふんわり降り注ぐ月明りのみ。BGMは蓄音機から流れる古ぼけた音楽。格好とてフォーマルの欠片も無い、楽なものだ。

それでもこの人が一緒ならば、最高の夜になる。そして隣に座る女神に手を伸ばし―――。

 

 

 

 

 

 

Shall We Dance(私と踊ってくれませんか? )?」

 

 

 

 

 

 

たった二人だけのダンスを申し込んだ。

ベールは笑顔でそれを受け取り、二人は静かに踊り始める。

優しく、静かで、しかし幸せな踊りはまだまだ続く。星々と月は、それをいつまでも優しく見守っていた――――。




サブタイの元ネタ。はい、まんまあの名作映画です。
ということでダンスネタのお話でした。素敵なお話を書きたいと思ったんです。
こういった大人な一時って実は憧れたりします。バーに入り浸ったりとか憧れません?
そんな大人な雰囲気が一番相応しいのがベールさん。そして5pb.ちゃんとツネミちゃんも登場です。
5pb.は楽しく、ツネミは優しく、ベールさんは美しく躍らせてみました。少しでも伝われば幸いです。

そしてダンス、と聞いてボボボーボ・ボーボボのあの一幕が思い起こされました。
「実は鼻毛のお話か、ダンスのお話かどっちを書こうか迷っているんです」「鼻毛で行こう、澤井君」。私も脳内会議しました。結果、ダンスが捻じ伏せました。良かった、鼻毛にならなくて……。
次回は久々にプラネテューヌに戻ってネプ子と映画撮影!? お楽しみに。
因みにもし、14日まで上がらなければ14日にバレンタイン記念小説を先に投稿しようと思いますのでそちらもお楽しみに。
感想ご意見、お待ちしております!


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第三十五話 勇者ネプテューヌ ざ☆む~び~

今回はラブコメよりもコメディチックなお話です。
少々長くなりましたが楽しんでいただけたら幸いです。


―――そのハチャメチャな日々は、彼女の唐突な一言で始まった。

 

 

「というワケで白斗! チャリティームービーを撮りたいと思うんだ!」

 

「ネプテューヌ様、何でも『というワケで!』を付ければ押し通せると思わねーでください」

 

 

とある夜のプラネテューヌにて意気揚々と宣言するネプテューヌ様に対し、凄い塩対応な白斗だった。

それもそのはず、部屋に籠って愛読書である「女神と守護騎士」シリーズを読んでいたところ突撃されて、お菓子とジュース要求されて、この有様である。

 

 

「ゴメンゴメン。 まぁ順を追って話すとねー」

 

 

それは、今朝の話に遡る―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――え? ゲームを買えない子供達に何かして欲しい?」

 

 

自室で白斗が送ってくれた花を世話していたネプテューヌはイストワールに連れ出され、いつものように執務室に押し込められていた。

嫌々机に座らされ、渋々書類を積み上げた直後、イストワールから出された案件に目をパチクリさせる。

 

 

「はい、このプラネテューヌでも貧富の差はあります。 ゲームを買えず娯楽に飢えている子供達に、何らかの娯楽を与えて欲しいという要望がありまして」

 

「うーん……気持ちは分かるなぁ。 私もお小遣い制だし」

 

 

顎に手をやって天井に目をやるネプテューヌ。

貧富の格差と言えばラステイションが著しいが、それは四ヶ国に比べればの話。どの国でも起こり得る事態であり、また見逃してはならない事実。

因みにこの国の女神様は資金に制限が無いと、ゲームソフト無限回収してしまうためイストワールが財布を握っているらしい。

 

 

「そう言った子供達に娯楽を与えることで人々の信仰、つまりはシェアに繋がります。 子供たちの情操教育にもいい影響を与えるものと思われますので出来るだけ善処する方向でお願いします」

 

 

さすがに子供達を引き合いに出されては仕事大嫌いの駄女神であるネプテューヌも頭の片隅にこびりついてしまう。

すぐには思い浮かばないと思いつつもむむむ、と唸っていたのだが。

 

 

「とまぁ、これは緊急性のない案件なので後回しで構いません。 今はとにかくこちらの書類をお願いします」

 

「うわー! 殺人級の量だよこれ!! 犯罪レベルだよ!!」

 

「日々コツコツとやっていれば、もっとマシな量になっていましたよ」

 

「最近の私、仕事やってるじゃんー!」

 

「白斗さんと遊びに行く前日だけでしょう!? いい傾向だったから見逃してきましたが、本来お仕事とは他人とのデートを引き合いに出されてするものではないのです!!」

 

 

大量の書類を差し出したイストワール。最早柱の如く積み上げられたそれに対し、ネプテューヌは泣き言を零してしまう。

だがこれは普段の彼女の怠慢が生み出した結果。それを今日こそ正すべく、いつものようにお説教を始めた。

 

 

(う、うわー……出たよいーすんのお説教モード……校長先生の朝礼の長話の如く果てしなく無駄で無意味で無意義なんだよねコレ……)

 

 

決して無駄でも無意味でも無意義でもないのだが、馬の耳に念仏と言わんばかりにネプテューヌは聞き流している。

対処自体は慣れているが、だからと言って気持ちのいいものでもない。

そこで最近の彼女は白斗との楽しい一時を想像することで乗り切っている。

 

 

「大体ネプテューヌさんはいつもいつも……」

 

(今度の白斗とのデートはどうしようかな~。 そうだ、この間行きそびれちゃった映画とかいいかも………ん?)

 

 

次の休み、大好きな人と何をして過ごそうかとネプテューヌは考える。

思えば初デートの時、アンチモンスターの襲撃で結局映画館には行けなかった。今度こそ映画鑑賞でもしようか、と思っていた時、彼女の中に光明が差した。

映画、その単語が何故か脳内でリフレインし、バラバラだった点が一つに纏まっていき―――。

 

 

 

 

ポク

 

 

 

ポク

 

 

 

ポク

 

 

 

ポク

 

 

 

 

チーン!Σ(゜◇゜)

 

 

 

「―――閃いたぁぁあああああああああっ!!!」

 

「きゃっ!? な、何ですかいきなり!?」

 

 

 

その時、ネプテューヌに電流が走る。

 

 

「いーすん! さっきの子供達のための企画、いいの思いついたよ!」

 

「え……本当ですかネプテューヌさん?」

 

「うん! でもそのためには資料が必要だから、私外に出てくるねー!」

 

「え、えぇ……行ってらっしゃい……」

 

 

目をキラキラさているネプテューヌ。

良いか悪いかはともかく、この目をした彼女は確かに何かを思いついた表情だ。

話の腰を折られたもののアイデアがあるのならばとイストワールも押され気味になり、そして彼女の外出を許してしまう。

 

 

「……ハッ!? 逃げられた!? あの紫―――――――!!!」

 

 

結局、まんまと逃げられてしまったことに気付いたイストワール。

この後柱のように積み上がった書類は、彼女が泣きながら処理する羽目になるのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ってなワケ!」

 

「何が“ってなワケ”だぁ! イストワールさん生贄になってんじゃねーかぁ!!」

 

「ねぷぎゃああああああああああああ!!? ごめんなさいいいいいいいいいい!!!」

 

 

こめかみに万力。

相変わらずの駄女神ぶりに白斗は怒りを隠せない。

 

 

「ったく……とにかく、子供たちのために思いついた企画ってのがチャリティームービー……要するに映画撮影ってことだな?」

 

「うん! そうだよ!!」

 

 

しかしこのままでは話が進まない。お仕置きはこのくらいにして彼女を万力から解放し、要点をまとめた。

数ある娯楽の中から選ばれた映画撮影。何故それに行きついたのか、ネプテューヌのプレゼンはまだまだ続く。

 

 

「ホラ、子供って映画とか大好きじゃない? そう言った子達にもタダで見られる映画をインターネットで配信するなり、簡易テントの映画館で無償公開したらきっと楽しんで貰えると思うんだ! 映画なら低予算でも工夫次第で高クオリティに出来るし」

 

「なるほど……」

 

 

仕事は不真面目だが、着眼点は鋭いことで定評のあるネプテューヌだ。

更に国民を思いやる女神としての慈愛の心によりその説得力は更に増す。面白い映画を女神主導で製作し無償公開すれば誰もが喜んでくれるだろう。

何よりも、シェア云々より「楽しんで貰いたい」に重きを置いている辺りがネプテューヌらしいと白斗も微笑んだ。

 

 

「でも、何も映画でなくてもいいんじゃね? 無料ゲームを作って配布するとかは?」

 

「それも考えたんだけど、ウチには予算もゲーム制作のノウハウも無い。 そんなんじゃ高クオリティのゲームなんて絶対にできないよ」

 

「確かに……」

 

 

今回は恵まれない子供達のための企画だ。子供達が楽しんで貰うためにはどうしてもクオリティを高める必要がある。

しかしチャリティ企画故にどうしても割ける予算が無い上に教会にはゲームを作る技術はない。そんな状態で作ったゲームなど面白いはずがない。

面白くないゲームの無償配布など、駅前のティッシュ配りと同義だ。いや実用性がある分ティッシュの方がマシだろう。

ネプテューヌのしっかりとした意見に、白斗も納得せざるを得なくなった。

 

 

「それに、低クオリティのゲームをバラまくなどゲーマーたる私が許さんッ!!」

 

「さいですか……」

 

 

そういうこと言わなかったら「凄い」で済ませられたのに、と残念がる白斗だった。

 

 

「だったらPVとかどうよ? 映画よりも低予算、少ない準備や撮影期間で済むと思うけど」

 

「あーダメダメ。 PVイベントはmk2のサブイベでやってるから。 同じ内容のものを小説で書いたところで二番煎じ、読者に呆れられちゃうよ」

 

「何を言ってるんだお前は」

 

 

分からないという方は是非とも「mk2」をプレイしてみてネ☆

 

 

「……とにかく、消去法と言う意味でも映画が選択肢に残るワケか」

 

「うん! それにね……」

 

「それに?」

 

 

まだあるらしい。彼女が今回の映画撮影に拘る、一番の理由が。

一体何なのかと今度は真剣に耳を傾けてみると。

 

 

 

 

 

「……白斗と一緒に映画撮影出来たら……きっと楽しいって思ったから……」

 

「ネプ、テューヌ……」

 

 

 

 

顔を赤らめて、でもしっかりと白斗の顔を見て、そう言った。

子供達のためでもあり、同時に白斗と楽しい思い出を作りたいためにネプテューヌはそんな提案をしてくれたのだ。

こんな時まで自分の事を考えてくれたことに白斗は胸が熱くなった。彼女の健気な想いに応えないで、守護騎士など、増してや漢など名乗れはしない。

 

 

「……ありがとう。 俺も……ネプテューヌと一緒に映画撮りたいな」

 

「っ!! ホント!? やったぁ――――――!!!!!」

 

 

優しい笑顔と声で頷けば、ネプテューヌは喜びを爆発させてくれる。

その眩しい笑顔で、白斗も幸せな気持ちになってしまった。これだからネプテューヌは可愛らしい。

いつでも傍に居たくなるような、ネプテューヌの魅力だった。

 

 

(……人生初の映画撮影、絶対成功させなきゃな。 ネプテューヌのためにも)

 

 

子供達のためにも、楽しい思い出を作るためにも、そして女神様のためにも。

白斗は全身全霊で撮影に臨み、そして成功させることを誓った。

そうと決まれば、ここから先は撮影に向けての各種手配や確認のための時間になる。

 

 

「んで、台本とかキャスティングって決まってるのか?」

 

「うん、ある程度だけど決まってるよ! まず主人公兼メインヒロインは私!!」

 

「微妙に矛盾する役どころだな……。 でも、ネプテューヌがいなきゃ始まんないよな」

 

 

微妙な紹介文だったが、ここは白斗も納得するところだ。

この国の女神である彼女が主役をするのは半ば当然。美少女でもあり、尚且つ女神化した際の美しさでビジュアル面も抜群、アクションも出来る。

まさに主人公として申し分ないだろう。

 

 

「で、第二ヒロインがいるんだ! 本当は出すつもりなかったんだけど……」

 

「そうなのか? んじゃ誰だ?」

 

「この人です! デデドン!!」

 

 

そんなネプテューヌの声に合わせて扉が明けられた。そこには。

 

 

「どうも! 第二ヒロイン兼監督助手兼映像編集兼演出補佐兼メイク兼衣装担当兼制作担当のネプギアです!」

 

「兼任多すぎだろ!? 最早丸投げのレベルじゃねぇか!!」

 

 

この国の女神候補生にしてネプテューヌの妹、ネプギアだった。

だが第二ヒロインだけでなく他の仕事までやるつもりだというのだから白斗としては見過ごせない。

どういうことなのかと姉に視線を向けると。

 

 

「いやー、ホントはネプギアには映像編集だけ頼むつもりだったんだけど……」

 

「お姉ちゃんだけお兄ちゃんと映画に出るなんてズルい! 他の仕事何でもやるから私もヒロインにしてー!!」

 

「……って言ったからつい承諾しちゃった。 てへぺろ☆」

 

「てへぺろじゃねーよ」

 

 

ネプテューヌの頭に軽くチョップを下した。

思い込みが激しく、変な所で思い切りのいい彼女だ。勢いで言ってしまったのだろうが、当然こんな多くの仕事を割り当てられて平気なわけがない。

撮影と並行してスタッフも集めなければ、と白斗はメモに書き加える。

 

 

「まぁ仕事はスタッフを集めて後日割り振ろう。 で、俺は?」

 

「当然! 私達と一緒に世界を救う王子様役!! 一番オイシイ役どころだよー!!」

 

「王子様ぁ? んな柄じゃねーんだけど……」

 

「何言ってるのお兄ちゃん! お兄ちゃんほど王子様に相応しい人はいないんだから!!」

 

 

どうやら白斗はネプテューヌ達と並ぶ主役級のポジションらしい。

王子様というからには彼女らの相手役ということになる。自分のキャラではないと一瞬遠慮しそうになったが、ネプギアが可愛らしく握り拳を作ってまで推薦してくれる。

 

 

「ネプギアの言う通りだよ! それとも私の騎士様は約束を破っちゃうお人なのかな~?」

 

「……分かったよ、謹んでお受けいたします」

 

「やったー!! ダブルヒロインで両手に花だよ、このこのー!!」

 

 

自分のキャラではない、が興味が無いわけではない。

何より、ネプテューヌ達と一緒に映画が撮れるのなら四の五の言っている場合ではない。覚悟を決め、白斗はその役を引き受けた。

ネプテューヌは大喜びしながら肘で小突いてくる。

 

 

「さて、白斗も引き受けてくれたし今のところ確定してるキャストはこのくらいかな」

 

「なら次はストーリーだな。 どんなのを撮る予定なんだ?」

 

「ここは子供達にも受けやすいように王道ファンタジー! 所謂ドラ〇エ的な感じで」

 

「危ない橋渡るなぁ……。 でも確かにそっちの方が受けやすいし、やりやすいな」

 

 

王道というものは飽きられやすいが、親しまれやすくもある。

何より製作陣も共通のイメージを持てば撮影も捗るというもの。子供達にも楽しんで貰えるという観点から、ネプテューヌの選択は正しいと言える。

ここまでは特に問題点はない。

 

 

「最後は、肝心要の台本だな。 見せてくれ」

 

「無いよ」

 

「へ?」

 

「何を隠そう、台本は私の頭の中にあるのだ! ドヤァ! ……って、何そのハンマー?」

 

「いや、これでオメーの頭をカチ割れば台本出てくるかなーって」

 

「ねぷぅーっ!? ダメだよ!? これはスプラッター映画じゃないんだよ!? ついでにこの小説にはR-18Gのタグも付けられてないんだよぉ!!?」

 

 

余りにおバカな発言に鈍器を取り出せばネプテューヌは怯えだした。

もしこの小説にR-18Gタグがついていれば、この後惨劇が展開されていたであろう。

 

 

「じ、冗談だって! これが台本だよ~!」

 

「全く、最初から見せろっての。 どれどれ……」

 

 

ぺら、ネプテューヌから手渡された台本に目を通し、ふんふんと頷く。

ぺら、「ん?」と、読み進めていると何かの違和感に気付く。

ぺら、投げ出さずに最後まで読んだものの、閉じては深い溜め息をついた。

 

 

「……ネプテューヌ、これお前が撮りたいシーン書いただけだろ」

 

「あ、あれ~? 分かっちゃった?」

 

「シーンとシーンの間が書かれてないし、ストーリー性皆無だし」

 

「あ、あはは………」

 

「その癖、ラブシーンだけはメッチャ濃密だし!!」

 

「え、えへへ……」

 

 

ページを捲れば捲るほど出てくる粗の数々。

確か思いついたのが今朝の事らしい、そんな短時間では台本など仕上げられるはずもなく。

ただ、白斗もここまでは予想していた。いや、予想よりも酷かったのだが彼女が何をやりたいのか明確にしてくれただけまだやれるというもの。

 

 

「……仕方ない。 俺が台本を書き直す」

 

「え? お兄ちゃんが?」

 

「書き直すと言ってもネプテューヌのやりたいシーンは一切省かない。 このシーンに沿うようにストーリーを補完するだけだ。 まぁ、何とかなるだろう」

 

 

白斗が残りを書き上げることを決意した。

それだけではなく、ネプテューヌが最初から書いていたシーンは一切省かないという。自分の思い通りにやるのではない、ネプテューヌの想いを大切にしたいという白斗の気持ちの表れだ。

 

 

「……ありがとう白斗!」

 

「俺もネプテューヌやネプギアと一緒に映画撮りたいからな。 やるからにはマジだ。 ついでにある程度の予算案も出しとくわ」

 

「さすがお兄ちゃん! かっこいい!!」

 

 

ぱちぱちとネプギアが拍手を送ってくれる。

台本と同時に何がどれくらい必要になるかの予算案を出して置けばお財布事情を管理しているイストワールも判断材料になりやすいだろうという白斗の気遣いだ。

それだけ、白斗もこの映画撮影に持てる情熱の全てを注ぎ込もうとしている。

 

 

「さーて、どんな物語を書いてやろうかなーっと!」

 

 

白斗は意気揚々とペンを撮り、文章を書き連ねていく。

そして合間を縫ってはゲームや漫画、インターネットから資料をかき集め、脳内にストーリーを組み立てていった。

没頭している白斗の邪魔はしたくないとネプテューヌとネプギアは静かに部屋を出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして夜が明け―――。

 

 

「で、出来ました………グフッ」

 

「は、白斗ー!?」

「お兄ちゃーん!?」

 

 

手にした台本と予算案を掲げながら、白斗は床に沈んだ。

慌てて抱き起すネプテューヌとネプギアだが、白斗はまさに疲労困憊。目の下に隈どころか、顔色が完全に悪い。

明らかに徹夜した後である。それも完徹だ。

 

 

「白斗! 急ぎの用件じゃないんだからそんなに無理しなくていいのに……!」

 

「は、ははは……二人と映画撮影できるって考えたら楽しくなっちまって……筆が止まらなくてな……」

 

「お兄ちゃん……そこまでして、私達との撮影を……!」

 

 

二人は涙が止まらなかった。

ただ映画撮影をして白斗と楽しい時間を過ごしたかっただけなのに、白斗はそれ以上に楽しみにしていただけでなく、真剣に考えていてくれたのだ。

そこまで想ってくれる彼の事が嬉しくて、涙が溢れてくる。

 

 

「だから……後は、頼んだぜ……ガクッ」

 

「は、白斗ぉ――――!!!」

 

「お兄ちゃ――――ん!!!」

 

 

自分達のために戦い、そして眠った白斗。

そんな彼の痛ましい最後に、二人は悲しい叫びを上げた―――。

 

 

「いえ、死んでませんから」

 

 

そこに冷たいツッコミを入れたのはイストワールだった。

 

 

「いやー、この手のお約束としてやっておきたいじゃん? それにこれも演技の練習で」

 

「はいはい。 白斗さんも楽しむのは結構ですがご自愛ください」

 

「へ、へーい……」

 

 

イストワールから注意された白斗はばつが悪そうな顔を向ける。

こちらの寝不足は演技などではない。一応ネプテューヌらの悪ふざけに乗っかるくらいの余力はあるようだが、無理はさせないに越したことは無い。

とりあえずイストワールは彼から台本と予算案を受け取り、目を通す。勿論ネプテューヌとネプギアもだ。

 

 

「おおー! 私がやりたかったシーンに合わせたストーリー! それでいて感動、興奮、大仰天の三拍子揃ってるー!!」

 

「補完部分も違和感なし! ストーリー自体も分かりやすい!!」

 

「ええ、子供達に対する配慮も含まれていますし十分及第点でしょう」

 

 

どうやら三人とも満足してもらえたようだ。

特にゲーマーとして多くのゲームに触れているネプテューヌ、そして審査は辛口と定評のあるイストワールから認められたのは何よりも大きい。

 

 

「お兄ちゃん凄い! 物書きも出来たんだ!」

 

「い、いや……『女神と守護騎士』とか、俺の世界であった映画のストーリーを参考にしているだけだから……」

 

「でも本当に面白いよ! これなら大ヒット間違いなし!!」

 

 

白斗も脚本づくりは初の試みだった。

故に手元にある愛読書や白斗の知る映画の内容などを引用、そしてこの世界風にアレンジして書き起こしたのである。

純粋な物書きとしてはまだまだの領域だが、チャリティームービーとしてなら十分とのお墨付きを貰えた。

 

 

「これだけ脚本もしっかりしていれば必要なものや人材も計算できますし、予算案も非常に精確です。 ここまでしっかりしたものを提出されては、応えない方が失礼ですね」

 

「ということは……」

 

「はい、予算の方はお任せください。 人数も物資も、ネプテューヌさん達が必要だと思うだけ揃えて、撮影に臨んでくださいね」

 

「「「やったー!!」」」

 

 

白斗の労力が功を奏し、見事イストワールからGOサインが出た。

後は必要なものを準備し、撮影に臨むだけ。

 

 

「ならまずは人手を集めなきゃね!」

 

「ああ。 ネプテューヌ、ネプギア! プラネテューヌ内の知り合いに召集!」

 

「はい! ……でも何でこの国限定?」

 

「一応形としてはこの国の政策としてやるわけだからな。 なるべく他国の力は借りない方向が望ましい」

 

 

これは恵まれない子供達のための撮影ではあるが、同時にプラネテューヌのシェアを回復させるためでもある。

つまりプラネテューヌの仕事である以上、出来るだけこの国の力で成功させる必要があった。

ネプギアも納得し、知り合いという知り合いに連絡を入れていくのだった。

 

 

 

 

~出演交渉~

 

 

 

「……と、いうワケで以上が概要になります。 多忙な中、更に時間を割くことになる上に出せる謝礼も本当に少ないのですが、どうかご協力いただきたい」

 

 

プラネタワーの会議室を借り、今回の撮影の概要を説明していた白斗。

大型の会議室に集められていたのは、このプラネテューヌの中で在住、またはたまたま訪れていた者達である。

アイエフやコンパ、ピーシェやツネミは勿論、白斗目当てで参上していたマーベラスとその仲間達が対象だった(マーベラスらは異世界人なのでジョーカー的扱いを受けている。何というパワープレイ)。

 

 

「みんなで映画撮影! 楽しそうです!」

 

「まぁ、ヒロインがネプ子ってのがズルイけど……これも仕事の一環よね」

 

「えいが! おもしろそう! ぴぃもやるっ!!」

 

「はい。 この国の宣伝にもなりますし、何より白斗さんやネプテューヌ様からの依頼とあれば喜んで」

 

 

コンパやアイエフ、ピーシェにツネミからはあっさりとOKが出た。

今回はチャリティ企画なので予算としては安上がり。ギャラもかなり少ない方なのだが、彼女達はそんな事など一切気にしていなかった。

 

 

「私もやるよ! 白斗君と撮影……ああ、夢みたい……」

 

「マーベラスがすっかり恋する乙女だね……。 まぁ、面白そうだし私もいいかな」

 

「あたしもいいよ。 こういうのもいい思い出になるし」

 

「ふむ……狂気の魔術師、銀幕デビュー……悪くないな。 フゥーハハハ!!」

 

「わ、私も参加します! そうだ、あの子も誘ってみようかな……」

 

「まぁ、暇してたし付き合ってやるにゅ」

 

「ヨメ達と一緒に撮影! REDちゃんも大賛成なのだー!!」

 

 

そしてマーベラスを始め、彼女の仲間達からも出演許可が下りた。

勿論役者としてだけではない、幾つが仕事を担当してもらうことにもなる以上更に多忙になるだろうにそれも織り込み済みで承諾してくれたのだ。

本当に優しい人達と巡り合えたものだと白斗は感謝の念が絶えない。

 

 

「ありがとう。 えー、先程にもあった通りお出しできるギャラは少ないのですが……」

 

「いいよそれくらい! 白斗君の頼みだもん! その代わり……」

 

「お? マーベラス、何だ?」

 

 

寧ろお金など要らないと言ってきたマーベラス。代わりに何か要求しようとしているらしい。

これだけの無理無茶をしようとしてくれているのだ、大抵の事なら何でもしてやろうと既に白斗は覚悟済み。

一体何を要求するのかと聞き耳を立てていると―――。

 

 

「白斗君を一日貸してくれるならOKだよ♪」

 

「マベちゃんズルイです~~~! 私も白斗さんと過ごしたいです~!!」

 

「ちょ!? コンパ抜け駆けしないでよ! 私だって……」

 

「あ、あの! 白斗さん、私とも……」

 

 

どうやら白斗と丸一日お付き合いしたいらしい。

だがそれに我慢ならずコンパやアイエフ、ツネミまでもが割り込んできた。こうなっては収拾がつかないとMAGES.達も呆れ気味。

 

 

「……モテるね、お兄ちゃん。 いや白斗さん」

 

「私の騎士様なのに、ネプ子さんは悲しいよ。 黒原君」

 

「やめて、他人行儀やめて。 ……えー、その件ですがお引き受けします。 荷物持ちでも何でもござれよ」

 

「「「「やったー!!」」」」

 

 

ネプギアとネプテューヌの痛い視線を背で受けた白斗からは冷や汗が止まらなかった。

かと言ってここで断っては折角の出演交渉も失敗に終わってしまいかねない。

女神様には申し訳ないと思いつつも首を縦に振れば、コンパたちは大喜びだ。

 

 

「んじゃ、人手も確保したし……ネプテューヌ。 開始の宣言を」

 

「うん! ………みんな! 映画撮影、始めるよー!!」

 

『『『『『おぉ――――!!』』』』』

 

 

そしてこの規格の発起人であるネプテューヌに音頭を任せた。

彼女が力強く拳を掲げ、開始を宣言する。それに合わせ一堂が大きく返事をした。

こうして波乱万丈に満ちた映画撮影が今、幕を開けるのだった―――。

 

 

 

 

 

~ロケハン~

 

 

 

「おにーちゃん、“ろけはん”ってなーに?」

 

「ロケーションハンティング、要するに撮影に適した場所を探すことだ」

 

 

ピーシェの素朴な疑問に答えつつ、メモに書き殴っている白斗。

現在、台本からどんな場所が必要なのかをピックアップしている最中だ。そしてそれを書き終えると、ネプテューヌとマーベラス、ファルコムにメモとカメラを手渡した。

 

 

「機動力のある三人にはこれらの場所を探してもらいたい。 なるべくプラネテューヌ国内が望ましいが、必要であれば国外でも大丈夫だから」

 

「おっけー! 女神化すれば一瞬だよー!」

 

「うーん、この場所……あそことかどうかな?」

 

「火山、か。 そう言えば以前冒険に行ったあそこがいいかも!」

 

 

ロケハン担当として選ばれたのはこの三人。

ネプテューヌは女神化すればどこへでも飛んでいける、マーベラスはくノ一としての身軽さ、ファルコムは熟練冒険家としての経験。

白斗の人選は適役と言う他無く、ここは順調に事が進んでいくのだった。

 

 

 

 

~稽古~

 

 

 

さて、ロケハンと並行してやるべきことは幾らでもある。

役者として出る以上、何よりも稽古は重要なものだ。単純に台詞を覚えるだけではなく、役者同士が物語の雰囲気を共有することで映画の完成度を高められる。

―――なのだが、それに抗議の声を上げる者が一人。

 

 

「は、白斗さん! 本当に私がこの役をやるんですか!?」

 

「す、すみませんイストワールさん……。 ネプテューヌがどーしても貴女にやって欲しいと……」

 

「うぅ……ネプテューヌさん……普段の仕返しのつもりですか……!」

 

 

イストワールだった。

何やら不名誉な役どころを与えられたらしく、静かな物言いが特徴的な彼女にしては本気の抗議である。

白斗が何度も頭を下げて頼み込むことで渋々ではあるが、引き受けてくれた。

と、ここで白斗の肩をつんつんと突く者が一人。振り返るとそこには鉄拳がおずおずと立っている。

 

 

「あ、あの! 白斗さん、実は私の知り合いも撮影に参加したいと言っているんですけど……」

 

「鉄拳の知り合い? 何でまた?」

 

「何でも好きになった子にアピールしたいって……」

 

「男らしい理由じゃないか。 気に入った! よし、面接してやろう」

 

「よかった! 実はここに来ているので紹介しますね」

 

 

鉄拳の知り合いも映画撮影に協力するという申し出だった。

正直な所、人手は幾らあっても足りないくらいだ。それに女のため、という部分が白斗の琴線に触れた。

気持ちよく面接の許可を出すとその知り合いが姿を現す―――。

 

 

「うぉ~ん♪」

 

「……森のくまさん……だと……」

 

 

白斗は、絶句した。

何を隠そうそこに現れたのは―――熊だったからだ。それもリアルの。

 

 

「良かったねクマ! これであの子にアピール出来るよ!」

 

「じゃねぇだろぉ!? なんでクマぁ!?」

 

「この子、修行仲間なんです。 それで一目惚れしたパンダにいい所見せたいって……」

 

「種族の垣根を超えた恋愛かよ!!? つーか大丈夫なのコレぇ!!?」

 

「大丈夫です。 この子大人しいし、人は襲いませんから」

 

 

どうやら鉄拳の仲間達は周知の事実であるらしく、慌てこそしなかったが苦笑いだ。

―――その後、サイバーコネクトツーらの説得もあり、何とかこのクマも撮影に参加することになるのだった。

因みにピーシェは大喜びだったとか。子供の好奇心はかくも恐ろしい。

 

 

 

 

~主題歌作成~

 

 

 

「って主題歌のことすっかり忘れてたぁ……! さすがに作曲とかしたことねーぞ……!?」

 

 

机に座って空の楽譜と向き合う白斗。だが全然メロディーが降りてこない。

ギターは弾ける白斗だが、あくまでそれは楽譜があればの話。そもそも作曲に関してはノウハウがない以上、どうしようもなかった。

あらゆる分野で才能を発揮するオールマイティな白斗も、これにはお手上げである。

 

 

「けど高クオリティ、即ちオリジナリティ……ここで神曲出さずしていい映画は撮れぬ……!」

 

 

だが凝り性であるこの男は妥協を許さなかった。

オリジナリティ溢れる映画こそ魅力の要素。そこを欠くわけにはいかないと、何とか脳内をフル回転させ―――。

 

 

「白斗さん、ここは私にお任せください」

 

「つ、ツネミ!? 何でここに!?」

 

 

するとツネミがバン、とドアを勢いよく開け放った。

可愛らしく握り拳を作る彼女は、どこか頼りがいのある姿である。

 

 

「いえ、白斗さんが作曲したことが無いという呟きが聞こえてきたので」

 

「……君、下の階で稽古してたよね?」

 

「アイドルですから。 耳がいいんです」

 

「アイドルすげぇ」

 

 

さすがはプラネテューヌの歌姫、常軌を逸した聴力である。

 

 

「とにかく作曲でしたら私にお任せください。 趣味は作曲ですから、お手の物です」

 

「マジか! すまん、正直助かる! 作詞は済ませてあるからさっさと二人で作っちまおう!」

 

(ああ、白斗さんと二人で作曲……嬉しいです……!)

 

 

微笑む彼女は、本当に可愛らしかった。

兎にも角にもこの場はツネミに任せるしかない。白斗は彼女に最上級の感謝を送りつつ、自ら作詞した文章を見せながらツネミと共に作曲を進めていく。

 

 

 

 

~ロケ本番!~

 

 

 

「んじゃ撮影するぞー! 最初のシーンはネプテューヌが目覚めるシーンからだ!」

 

「私はいつでも準備おーけーだよー!」

 

 

今回は民家の一室から始まる場面。

既にネプテューヌを始め、このシーンにおいて必要な役者はスタンバイを完了している。

 

 

「よし、サイバーコネクトツー! お前のタイミングで始めてくれ!」

 

「了解! ではシーン1、テイク1……」

 

 

と、サイバーコネクトツーが手にしたカチンコを鳴らそうとしたその時だ。

 

 

「あー! ぴぃ、それやりたいー!」

 

「え、えぇ!? 実は私もこれやりたかったんだけど……」

 

「ズルイー! REDちゃんもそれやりたいー!!」

 

「ねぷー! 私だってそれ鳴らしたいんだよー! アクショーンって言いたいんだよー!!」

 

「お前らカチンコ一つで大騒ぎしないでくれるか!? えぇい順番だ順番!!」

 

 

ピーシェやRED、果てはネプテューヌまでカチンコを鳴らしたいと言ってきたのだ。

映画撮影と言えばこれ。何かと真似てみたくなる動作なのは分かるが、今はそんな事やってる場合ではないと白斗が怒鳴る。

ただ、それを見ていたマーベラスはこう思った。

 

 

(カチンコって順番回すようなものなのかな……? まぁ、それよりも……)

 

 

彼女のツッコミは正しい。

ただ、それ以外にも彼女の心配事はあったのだ。その対象とはカチンコをやりたいと駄々を捏ねているピーシェ。

 

 

(あの子、ピーシェちゃんだよね? ……私の事知らないみたいだし、私の知ってるピーシェちゃんじゃないなら……大丈夫かな?)

 

 

彼女の知っている“事実”と目の前の“事実”は違う。

ならば特に問題はないし、問題にすることは無いと一息ついた。この判断がどう動くか―――それは後々に影響することを彼女はまだ知らない。

 

 

 

 

~まだまだ撮影は続くよ!~

 

 

 

「では次のシーンです。 ネプテューヌさんと白斗さんがこの崖から飛び降りて脱出を計るシーンになります」

 

「待っていーすん!? 紐が無いんだけど!? 紐無しバンジーは殺人だよ!?」

 

「ってか俺このシーン書いた覚えないんですけど!!?」

 

 

切り立った崖の前で白斗とネプテューヌが吠えた。

何しろこの崖から飛び降りろというのだから。それを指示したイストワールは不気味なほど冷たい微笑みを向けている。

 

 

「私が追加したんです。 こういった迫力あるシーンが無いと盛り上がりませんから」

 

「おのれいーすん! やっぱりあのキャスティング根に持ってたなー!?」

 

「俺は悪くねぇ! 俺は悪くねぇ!! ネプテューヌがやれって……!!」

 

「いいから行ってきなさい」

 

 

ドンッ☆

 

 

「「人殺し―――――――――!!!」」

 

 

二人は泣き叫びながら落ちていった。

この狂態を目の当たりにしたコンパとアイエフは恐怖に震えている。

 

 

「イストワールさん、怖いですぅ……」

 

「……イストワール様だけは怒らせないようにしなきゃ……」

 

「って言うかなんで二人はそんなに冷静なの!?」

 

 

余りにもあんまりな反応にファルコムがツッコミを入れた。

 

 

「ネプ子なら大丈夫でしょ。 しょっちゅう落ちてるから」

 

「ですね。 安定と信頼のねぷねぷです」

 

「ネプテューヌ様はそれでいいかもしれないけど白斗は!?」

 

 

…………………………………………。

 

 

「うわあああぁぁぁぁっ!? そうよ、白斗が危ないわ!? レスキューレスキューっ!!」

 

「い、急いで向かうです~~~!!」

 

「……この扱いの差よ……。 ネプテューヌ様、貴女は泣いていい……」

 

 

ただ一人、ネプテューヌを忍んでいたファルコムは常識人と言えるだろう。

因みにイストワールもそこまで鬼ではなく、下にトランポリンを敷いてあったため二人に特に怪我はなかったそうな。

画面の前の皆さん、安心してね。

 

 

 

~映画と言えばお色気も必要だよね!~

 

 

 

「って何だこの濃密すぎるベッドシーン!?」

 

 

台本を丸めながら白斗はまた吠えた。

台詞やト書きだけでも凄まじい桃色空間であることが伝わってくる。見ているだけで顔が火照ってくるほどのラブシーンを超えた何か。

まだまだその手の経験が無い白斗は顔を真っ赤にさせている。

 

 

「ねぷ……白斗ぉ……」

 

「ネプテューヌ様スタンバイ完了しないでくれますか!? 誰だこれ追加したの!?」

 

 

既にネプテューヌは準備完了していてバスタオル一枚だった。

思わず鼻血が吹き出そうな白斗だったが鉄壁の理性で何とか持ちこたえる。

今は台本にこんなシーンを加えた人物を糾弾しなくては。

 

 

「ブロッコリーだにゅ」

 

「お前かよ!? ってかオメーら台本勝手に弄るんじゃねーよ!!」

 

 

犯人は謎の生き物「ゲマ」に乗っている少女、ブロッコリーだった。

可愛らしい見た目であるにも拘らずかなりの毒を持っているこの少女は、間違いなく一番の曲者にしていい性格をしているだろう。

 

 

「白斗は分かってないにゅ。 男の劣情を煽るのも映画の醍醐味だにゅ」

 

「煽ってんのはPTAの癇癪だろーが!! これ一応子供向け企画だからな!?」

 

「なら子供用にはカットすればいいにゅ。 このシーンは後にアダルト版でやればいいにゅ」

 

「良かねーよ!! 大体女神様相手にこのシーン撮ったら犯罪だろうがぁ!!!」

 

 

のらりくらりと白斗の反論を交わしていくブロッコリー。相当な強かさである。

しかし何よりの問題はフィクションとは言え女神様であるネプテューヌと「そんなシーン」を撮影することである。

何かしらの罪に問われてもおかしくない。いや、何よりもネプテューヌが嫌がるのではないかと―――。

 

 

「わ、私は……いいよ……。 白斗だもん……」

 

「やめてくれネプテューヌ!! 俺までその気になっちまうから惑わせないでぇ!!!」

 

 

顔を赤らめつつも、ネプテューヌは寧ろそれを望んでいた。

そもそもこの映画撮影自体、子供達のためでもあり、白斗との思い出を作るためでもあり、そして白斗とイチャイチャしたいためでもある。

そんな彼女の可愛らしく、扇情的な姿に白斗の理性も崩れそうになってしまう。

だが、それを許さない乙女が五名―――。

 

 

「へぇ……その気になっちゃうんだ、お兄ちゃん……」

 

「白斗君……お話があるんだけど……」

 

「ですねー。 それはもう、しっかりとしたお話が必要ですぅ」

 

「はーくーとぉー? ふ、ふふふ………」

 

「ダメですね白斗さんは……。 その身に刻み込ませないと覚えていただけないようで……」

 

 

ネプギア、マーベラス、コンパ、アイエフ、そしてツネミだった。

白斗に恋した者として、目の前でこんな淫らな光景など許せるはずもない。

ズン、ズン、と一歩ずつ踏み出してこちらに近づいてい来るその様子はまさにホラー映画顔負けの恐ろしさ。

 

 

「ネプギア、そのビームソードは何かな? そしてマーベラスよ、暗器をそんなに持ち出してどうした? コンパさん、お話に注射器は必要ないんだけど? ねぇアイエフ、光の無い瞳でこっちに来ないでくれます? ツネミさん、そのメガホンはいかなる用途で使うのかな? ってか怖すぎだし理不尽だし俺のツッコミ長すぎだしぎゃああああああああ――――!!?」

 

 

嫉妬に狂う乙女たちの制裁を受け、白斗は断末魔を上げた。

 

 

「これはこれでメイキングに使えるにゅ。 カメラしっかり回しておくにゅ」

 

「……ブロッコリー。 ロクな死に方しないよ……」

 

 

と言いつつもしっかりカメラを回しているサイバーコネクトツーなのであった。

因みにこのシーンが撮影されたかどうかは読者の皆様のご想像にお任せする。

 

 

 

 

~ラスボス戦撮影入りまーす~

 

 

 

ここはプラネテューヌにある洞窟。

深く潜れば潜るほど強大なモンスターが出現すると噂される難易度の高いダンジョン。

そしてその最深部には強大な力を持つドラゴン型モンスター、バハムートがいた。

 

 

「いたぞ、こいつがバハムートか……!」

 

「うわー、推奨レベル詐欺の見た目ー。 こりゃラスボスには打って付けだねー」

 

 

禍々しい色合いの鱗。体中に刻まれた傷は幾多もの冒険者との死闘を思わせる。

ネプテューヌも女神として多くのバハムートを切り捨ててきたが、目の前にいるこの竜はその中でも段違いであると感じさせる。

白斗も噂を聞いて仲間達と共にこのダンジョンにやってきたのだが、それに違わぬ恐ろしさを感じると沸々と汗が噴き出てきた。

 

 

「グゥルルル………グォオオオアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

バハムートは己が戦うべき相手を認識すると、吠えた。

その咆哮は洞窟を揺るがし、壁に亀裂すら入れる。

今ここに、女神達と邪竜による死闘が幕を開けようと―――。

 

 

「はいカァァァァアアアアットォ!!!」

 

「ぐ、グルォ!?」

 

 

突然、白斗が止めに入る。

出鼻をくじかれたバハムートは情けない声を上げて右往左往していた。

 

 

「コルァ!! 勝手に始めんな!! こちとらまだ撮影準備が出来てねーんだから!!」

 

「グ、グルル? グルァ?」

 

「撮影班! 急いでブルーバック敷いて!! 衣装班はバハムートにラスボスの衣装を着せて!! とっとと始めるぞー!!」

 

「「「「りょうかーい!!」」」」

 

 

白斗たちはせっせと撮影準備に取り掛かった。

そう、彼らはクエストで来たのではない。バハムートを映画のラスボスに見立てて討伐ついでに体当たりロケを敢行しようとしていたのである。

周りにブルーバックを敷いてCG加工をし易いように準備、その間バハムートには衣装係であるREDとコンパ、アイエフの手によって衣装が着せられていた。

 

 

「はーい、付け髭するので動かないで欲しいです!」

 

「ぐ、グル……グルォ………」

 

「それから王冠っと。 うんうん、ラスボスらしくなった!」

 

「こっちも鎧着せ終わったのだー!!」

 

 

凶暴なドラゴンを前に呑気に撮影準備を始める少女達に、バハムートは戸惑っていた。

キョロキョロを辺りを見渡しても誰一人戦う気配は一切ない。

あれよあれよという間にコンパたちの手によってバハムートに衣装が着せられてしまった。

更に威圧感アップしたものの、バハムートには最早何が何やらである。

 

 

「三人ともお疲れ様! バハムート君、こちらは体当たりロケだからね。 いい演技を期待しているよ!!」

 

「ぐ、ぐるるぅ………?」

 

 

ポン、と白斗から何故か期待の声と共に手が置かれた。

バハムートは戸惑うことしか出来ず、彼らの撮影準備が完了するのを黙ってみているしかない。

やがて彼らの準備が完了するとネプテューヌと白斗は武器を手にバハムートに向き合った。

 

 

「ピー子! 準備オッケー! カチンコ鳴らしちゃってー!」

 

「はーい! えーと、しーん50、ていく1! よーい、あくしょーん!!」

 

 

ようやくピーシェがカチンコを鳴らした。

カチン、と小気味いい音が辺りに響くと二人が纏う空気が一変する。

白斗とネプテューヌは先程のおふざけの空気は一切なくなり、映画の中の登場人物としてそこに立っていた。

 

 

「……これが、魔王……! 私達の世界を襲った、怪物……!」

 

「―――でも、怖くないよ。 ……王子様が一緒だから!」

 

「俺もだよ、女神様。 ……行くぞ、魔王!!!」

 

「ぐ………グルアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

―――バハムートは、ヤケクソ気味に吠えた。

その後、想像以上に強かったため戦闘シーンは大盛り上がりだったがさすがに女神様には及ぶべくもなく、バハムートは結局討伐されたのだった。

バハムート視点からすれば、哀れである。

 

 

 

~クランクアップ!~

 

 

 

 

「―――はいカーット。 これにてクランクアップだ。 お疲れだったな、紫の女神達よ」

 

『『『『『お疲れ様でしたー!!!』』』』』

 

 

最後に撮影監督を務めていたMAGES.がカチンコを鳴らした。今ここに全ての撮影が終了したのである。

まだまだ編集作業などやるべきことは多いが最大の山場は超えた。誰もが達成感を胸に大喜びし、互いに労いあった。

 

 

「っはぁー! やりきったぞー!!」

 

「一時はどうなるかと思ったけど、楽しかったー!!」

 

「です! 完成が楽しみです~~~!」

 

 

役者としての仕事を全て終えた白斗とネプテューヌは溜まりに溜まった疲れ、そして充実感を放出していた。

彼らの汗を拭いてあげるコンパもこれまでの出来に満足している。完成品を見れば更に感動できることだろう。

 

 

「だってさ。 ネプギア、MAGES.。 ここからが大変だね!」

 

「うぅ……が、頑張ります!」

 

「まぁ、狂気の魔術師にとってこの程度造作もない。 さっさと済まそうではないか」

 

 

差し入れのお菓子を持ってきたRED。

だが彼女の言う通り、これからすべき作業は今まで撮影した映像を編集、合成し一つの映画として完成させる作業である。

ある意味これが一番大変な作業。機械に明るいということで選ばれたネプギアとMAGES.にも気合が入った。

 

 

 

~試写会だよ! 全員集合!~

 

 

 

―――そして数日後、ようやく全ての編集作業が終わり映画が完成となった。

本日はその試写会。この撮影に関わった人全てがプラネタワーの会議室に集まり、スクリーンを前にしてその瞬間をまだかまだかと待ちわびている。

 

 

「えいがっ、えいがっ! ぴぃたちのえいが、たのしみっ!!」

 

「もー、ピー子ってばはしゃぎすぎ~!」

 

「ねぷねぷもですよ。 でも私も早く見たいです!」

 

 

特にピーシェとネプテューヌが一番の大はしゃぎだ。

しかし無理もない、ネプテューヌは今回の発起人、ピーシェは初めての映画撮影。どちらも盛り上がるなと言う方が無理な話だ。

コンパもうずうずしていると壇上に白斗が上がった。

 

 

「皆様、大変お待たせしました。 言いたいことはありますが、小難しい前置きはナシにしましょう。 ただ試写会を始める前に、これをどうぞ」

 

 

白斗の声に合わせてネプギアとMAGES.が何かを皆に配り始めた。

ポップコーンとコーラ。映画館における必須の組み合わせだ。

 

 

「おーっ! 映画と言えばコレ!! 白斗、分かってるーっ!!」

 

「最高の気遣いですね~」

 

 

REDと鉄拳も嬉しそうにそれを受け取った。REDに至っては早速口にポップコーンを頬張っている。

微笑ましい光景に誰もが頬を緩ませた。

 

 

「では全員に行き渡ったところで! 試写会スタート!!」

 

 

全員から拍手が沸き上がった。

拍手が小さくなるにつれ、会議室の照明が落とされる。真っ暗となった部屋の中、スクリーンに映像が映し出された。

 

 

『ねっぷ、ねっぷ、ねっぷ、ねっぷ、ねぷねぷ! ねーぷ! ねっぷねぷ~♪』

 

 

導入はネプテューヌの可愛らしい声から。

ちょっとした和やかな時間と笑いを誘い、映画への期待を高める。

そして画面は真っ暗となった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――目覚めるのです。 勇者ネプテューヌ……』

 

「う、う~ん……ここは……?」

 

 

―――謎の妖精の声に導かれ、目を覚ましたネプテューヌ。

そこは見たことのない民家だった。

 

 

「お、目が覚めたか?」

 

「……貴方はだぁれ?」

 

「俺はハクト。 プラネテューヌの隣の国の王子さ」

 

「え、ええぇ~~~っ!?」

 

 

何故倒れていたのか、自分自身さえも理解できないネプテューヌ。

そんな彼女を拾ったのは隣国の王子だった。これこそが運命の出会い―――。

 

 

「ああ、目を覚まされたのですね。 良かったです!」

 

「ねぷ!? この小さい妖精は!?」

 

「私はイストワール、勇者を導くために神から使わされた者です」

 

「勇者! ズバリ、私の事だね!」

 

「ええ。 貴方は運命に導かれし仲間達と共に、魔王を封じなくてはなりません」

 

 

更に勇者を導く妖精の登場。そこから彼女は王子を伴い、冒険の旅に出た―――。

 

 

「お、お姉ちゃん……お姉ちゃ―――ん!!」

 

「ねぷ!?」

 

 

そこへ再開する妹、ネプギア。

更なる美少女を仲間に加え、一同の冒険は益々盛り上がることに。

 

 

「あら、アンタ達。 そんな連携じゃモンスターなんて太刀打ちできないわよ」

 

「私とあいちゃんに任せてくださいです!」

 

「ぴぃたちにおまかせっ!!」

 

 

まだまだ出会う、頼もしく、楽しい仲間達との出会い―――。

 

 

「フゥーハハハ!! 魔王様の下へは行かせんぞぉ!!」

 

「我ら、闇四天王がお相手するのだー!!」

 

「グルォ!!」

 

「か、覚悟して欲しいです~~~~!」

 

「ブロッコリーらに逆らった罪、地獄で悔いるといいにゅ」

 

「ちょっと待て!! 四天王なのに五人いるんだが!?」

 

 

だが、彼らの旅を阻む強敵たちの出現―――。

 

 

「は、白斗!! 逃げてぇ!!」

 

「王子様が……死んじゃうよぉ!!!」

 

「構うものかぁ!! ……惚れた女見捨てるくらいなら、死んでやるさぁ!!!」

 

 

次々と襲い掛かる“死”の連続。

白斗はその身を挺して愛を守り通したその時、奇跡が起きる―――。

 

 

「―――これが、女神の力……!!」

 

「ば、馬鹿な……女神として覚醒しただとぉ!!?」

 

 

ネプテューヌが、女神として覚醒する。

その圧倒的力を以て強敵たちを打ち倒す一同。

 

 

「う、嘘だよねいーすん!? いーすんの魔王の手先だったなんて!?」

 

「面白いですね……本当に私の事を……。 なら見せてあげましょうか!? もっと面白いものをよぉ!? はあぁぁぁぁああ!!! ネプリアルフォーゼエエエエエエエエエ!!!!!」

 

 

しかし、突然のイストワールの裏切りで物語は終焉へと向かう―――。

 

 

「これが……魔王!!」

 

 

竜の力を得て蘇った魔王。全てを滅ぼすために咆哮を上げる。

それでも勇者は恐れなど全く抱かなかった。何故なら彼女にはいるからだ。

愛する妹、仲間、そして―――。

 

 

「―――でも、怖くないよ。 ……王子様が一緒だから!」

 

「俺もだよ、女神様。 ……行くぞ、魔王!!!」

 

 

愛する人が、いるのだから。

女神はその愛の力を以て、とうとう魔王討伐を果たした―――。

 

 

「―――あれが、私達の国。 プラネテューヌだよ」

 

「王子様……私とお姉ちゃんと一緒に、この国を……私達を支えて……」

 

 

夕暮れ時、死闘を終えた三人の男女。

崖の向こうに広がるのは、革新する紫の大地プラネテューヌ。二人の女神に手を繋がれ、白斗はそれを見つめていた。

 

 

 

「ああ。 ……ずっと、一緒だ」

 

 

 

そんな王子様との契約の言葉に、二人は感極まって抱き着く。

今ここに、王子は二人の少女との愛を結び、平和な世界を歩みだすのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、ツネミが作曲した主題歌が流れ、映画は幕を閉じた。

会議室に静寂が訪れる。誰もが言葉を発しもしない、ポップコーンすら齧りもしない。

ゴクリ、と白斗が固唾を飲んで見守る。と、次の瞬間―――。

 

 

「―――面白かったぁ!!!」

 

「ええ、もう最高よ!!」

 

「ぴぃもおもしろかったー!! えいがさいこー!!」

 

「うんうん、これなら満足いく出来にゅ」

 

「クマもカッコ良かったですし! 良かったねクマ!!」

 

「がう~~~♪」

 

 

次から次へと飛び出る称賛の嵐。

笑顔で溢れるもの、興奮が冷めやらぬ者、感動で涙を流す者まで。

お世辞などではない、誰もがこの映画を楽しんでくれているのだと理解した時。

 

 

「――――よっしゃあああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

白斗も、嬉しさを爆発させるのだった。

まるで大会で優勝をもぎ取ったかのような、そんな叫びで彼の喜びが表現される。

そんな白斗に抱き着く二人の紫の少女。この企画の発起人、ネプテューヌとその妹ネプギアだ。

 

 

「やったよ白斗!! これなら子供達も大喜び間違いなしだね!!」

 

「うんうん!! さすがお兄ちゃん!!」

 

「何言ってるんだよ。 皆が手伝ってくれたから最高の映画が出来たんだぜ!!」

 

 

そう言って振り返った先には、この映画撮影に協力してくれた仲間達。

誰一人かけてもこの名作は出来上がらなかった。白斗は間違いなくそう思える。そう思えるだけの出会いに巡り合えたことに最上級の感謝を送った。

だがまだ終わりではない。これを配信するという最後の大仕事が残っているのだった。

 

 

 

~公開、そしてエピローグへ……~

 

 

 

その後、MAGES.の協力の下、簡易テントによる映画館がプラネテューヌのあちこちに設置された。

テントで公開されている映画は子供達に是非見て欲しいということで18歳以下であれば無料で入場可能、コーラとポップコーンまで付いてくるという贅沢仕様に。

また18歳以上の人にも視聴してもらえるようにインターネットを通じてゲイムギョウ界全てにこの映画を無料配信した。

チャリティ企画故の粗もあったが、それにしては高クオリティという高評価が相次ぎ―――。

 

 

「白斗さん、ネプテューヌさん! 先日の映画、大好評だそうです!」

 

 

そんな上機嫌なイストワールのお言葉が、今回の成功を物語っていた。

 

 

「おお! マジっすか!!」

 

「やったやったー!! これって、皆に喜んでもらえたってことだよね!!」

 

「はい! 特に子供達への無償公開が大きく評価された模様です。 おかげでここ数日のプラネテューヌのシェアは右肩上がりです!」

 

 

シェアの話題には常に胃を痛めているイストワールも、シェアの大幅な上昇ということでいつにもましてハイテンションである。

今回の企画は一切金銭的収入は無い。故に赤字ではあるのだが、これだけシェアが獲得できたのなら寧ろ先行投資として割り切ることが出来た。

 

 

「やったね白斗! 大成功だよ!!」

 

「ああ。 頑張った甲斐があるってモンよ」

 

「それだけでなく、次回作の話も持ち上がっているんですよ。 今度はスポンサー付きで」

 

「なぬ!?」

 

 

しかし次回作を作れ、という指令には予想外だった。

何せあの映画で全ての情熱を注ぎ込んだと言っても過言ではないのだから、あれ以上の物を作れるかと言われたら白斗は自信が無かった。

 

 

「まぁまぁ。 白斗なら出来るって!」

 

「やれやれ……。 為せば成る、やるだけやってみますか」

 

「その意気だよ! とーぜん、次回も私がメインヒロインで……」

 

 

と、言いかけたその時だった―――。

 

 

「「「コルァアアアアア!!! ネプテューヌゥゥゥウウウウウウウウウウウ!!!!!」」」

 

「ねぷぅ―――――っ!? の、ノワールにブラン、それにベールまで!?」

 

 

怒号と共に幾つかの影が殴り込んできた。

ノワール、ブラン、そしてベール。お約束、三ヶ国の女神達である。傍には妹である女神候補生達を伴っていた。

だが今回は尋常ではない怒りと不満が見て取れる。

 

 

「ズルイわよネプテューヌ!! あんな方法で人気取りに走った挙句、白斗と楽しそうに映画撮影するなんてっ!!!」

 

「ネプギアも!! 何でアタシ達に声を掛けてくれなかったの!?」

 

「ご、ごめんねユニちゃん! これ一応プラネテューヌの力だけで製作することになってたから」

 

 

ノワールとユニがまず問いかけてくる。

因みに一番の不満点は人気取り云々ではなく、白斗と映画の中で良い思いをしていたことである。

その点はブランとベールも同様らしい。

 

 

「全くだ!! 物語の中とは言え、恋仲になるなんて……う、羨ましいにも程があるっ!!」

 

「しかも白ちゃんが格好良すぎる余り、ファンクラブでも話題持ち切り……女性ファンが多くついて回るという事態になっているのですわ!!!」

 

「待って!? ファンクラブって何!!?」

 

 

本人非公式らしい。

因みにその存在を知ったアイエフとコンパらも最近になって加入したとか。

 

 

「凄かったよ! わたし達の国でも『ネプテューヌ!』、『ネプギアー!』、『白斗ー!』って」

 

「お兄ちゃん達、凄い人気……♪(るんるん)」

 

 

どうやらロムとラムもあの映画を視聴したらしい。

とてもご機嫌で癒される笑顔だったが、ノワール達の心は休まらない。

何とか白斗と映画撮影したいと願う女神達の猛攻はまだまだ止まる気配が無かった。

 

 

「白斗! 演技だったら私の方がネプテューヌより上よ! 白斗が台本の読み合わせに付き合ってくれているお蔭で上達したんだから!」

 

「あ、ああ……それは分かるよ。 うん」

 

「約束するわ!! 貴方を必ずブロードウェイに連れていって見せるって!!」

 

(ツッコミ所は多々あるがまずこの世界にブロードウェイなんてあんのか)

 

 

ノワールが捲し立ててくる。

あのコスプレ騒動以来、時たま彼女の趣味に付き合うことになった。確かに彼の目から見ても演技力で言えばノワールが群を抜いているかもしれない。

と、ここで白斗の袖を可愛らしく引っ張る少女が一人。ブランだ。

 

 

「それに白斗。 あの脚本、悪くないけど一捻り欲しかったわ……」

 

「ほう、ならブランはどんな一捻りを?」

 

「次回作は、そうね……まずコロニーが落ちてきてプラネテューヌは一巻の終わり」

 

「いきなり滅亡エンド!?」

 

「失意の中、王子は真の愛に目覚めて再び歩みだす……どうかしら……!」

 

「お、おう……斬新ダナー」

 

 

敢えて面白いとは言わなかった白斗。

とりあえず、彼女の脚本はまだまだ監修が必要だなと感じざるを得ない。

 

 

「白ちゃん! ヒロインに求められるのはビジュアル! 違いまして?」

 

「か、かも知れませんねー……」

 

「でしたらこの私がヒロインの座に就いて然るべきでしょう! そうでしょう!?」

 

「本音は?」

 

「ズルイですわズルイですわズルイですわー!! 私も白ちゃんと撮影したいんですのー!!」

 

 

尤もらしいことを言いながらも、結局は羨ましかったらしい。

駄々を捏ねだしてしまったベール。時々、彼女の精神年齢を疑いたくなってしまう白斗なのであった。

 

 

「とにかく、次回作は我がラステイションで撮影するわ! 当然私達が主役よ!!」

 

「待ちやがれノワール!! ファンタジーと言えばルウィー、私を差し置いて撮影なんて許さねーぞ!!」

 

「いいえ、雄大な緑の大地こそ……私こそ白ちゃんのお相手に相応しいですわ!!」

 

「勝手なこと言わないでよー!! これ私が企画した映画なのー!! 白斗は私のなのー!!」

 

 

白斗の取り合いに我慢ならず、ネプテューヌまでもが言い争いに加わった。

何やら論点がズレているような気がしなくもないが、誰もが気付かずにヒートアップしてしまう。

その様子を苦笑いしながら見つめている白斗とイストワール。

 

 

「……どうしますか白斗さん……」

 

「……仕方ない……こーなったらぁ!!」

 

 

―――その後。新たに撮影された映画がゲイムギョウ界中を話題の渦に巻き込んだ。

タイトルは―――「四女神オンライン ざ☆む~び~」だとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、誰もが知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回撮影したこの映画が―――とんでもない騒動の元になることを。




サブタイの元ネタ「勇者ネプテューヌ」より。

予告通り映画撮影のお話でした。
今回のお話はmk2にもあったPVのサブイベと「激ブラ」を足したようなテイストでお送りしました。
あんなハチャメチャなノリこそネプテューヌシリーズの真骨頂ということで今回は真面目な白斗君もちょっと毒されてギャグなノリに。
映画の中のイストワールさんには某ゲームのエ〇リーポジに。でもやってることは某真ゲスだったりする。
あれ、何だか小さな教祖様からお呼び出しを受けたのでこれにて失礼します。
今回がハチャメチャなお話だったので次回は緩いほんわかなお話で行きたいと思います。が、その前に14日の番外編バレンタイン小説が先かも。
ではお楽しみに~。で、イストワールさん。お話って……


―――その後、カスケードの姿を見た者は誰もいなかった……


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番外編その1 バレンタインデー☆Kiss

―――この世界にもこんな行事があるの?あったっていいじゃないか。

時間軸はどうなってるの?考えるな、感じろ。

そんな軽いノリではあるが、乙女たちはいつだって真剣そのもの。

命短し恋せよ乙女、それは女神様とて同じ。

これは最初で最後の恋をした女神様達による、愛を届ける物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、これで必要なものは揃ったかなーっと」

 

 

日付は2月13日。聖戦の前日。

プラネテューヌの一室でネプテューヌは戦闘装束(エプロン)に着替えていた。

彼女の目の前には多数の調理器具と戦闘指南書(レシピ)、そして大量の板チョコ。

これらの情報から何をするか、もう画面の前の貴方もお分かりだろう。

 

 

「よーし! バレンタインチョコ作り、始めちゃいますかー!!」

 

 

そう、明日は2月14日。バレンタインデー。

いつもなら新作ゲームを待ち望んでいるゲイムギョウ界でも、この日は色めき立つ。

何せ恋人や想い人にチョコを送って気持ちを伝えるという女の子なら誰もが憧れる日だからだ。

今まで恋してこなかったネプテューヌはスルーしていたのだが今年からは違う。何せ彼女にも、好きな人が出来たのだから。

 

 

「……白斗、喜んでくれるかな……」

 

 

携帯電話の待ち受け画面を開く。

そこには自分の膝枕で気持ちよさそうに寝ている少年―――黒原白斗の姿が。

異世界から迷い込んだ、元暗殺者と名乗る少年。だがそんな彼に幾度となく救われ、その優しさに心を溶かされ―――恋に落ちた。

今のネプテューヌは彼のためなら何だってできる、まさに恋する乙女だった。

 

 

「あーもー。 身持ちが固いことで有名なネプ子さんがここまで心溶かされちゃうなんて、白斗も罪な男ですなー。 ……ふふっ!」

 

 

これまでその可愛らしさと明るさ、優しさから男性人気こそあったものの男の影も無かったネプテューヌ。

それだけに白斗と言う想い人の登場に彼女はときめきっぱなしである。そんな彼に送る初めての本命チョコ。尚更気合が入った。

 

 

「さてさて、まずは湯煎でチョコを溶かして……っと。 これでもちょっとは料理が出来るネプ子さんだから、実は安定感あるんだよー! え? メシマズ属性を期待してたって? ざーんねんでしたー!! いい嫁には必須のスキルなんだからー!!」

 

 

以前愛妻弁当を作る際に必死に勉強した甲斐があった。

料理得意とまでは行かないものの、主人公らしく安定感がある。ネプテューヌは鼻歌を歌いながら楽しくチョコレート作りに勤しむのだった。

 

 

「それにチョコレートだけじゃないんだもんねー! とっておきも用意してあるんだから!! ふふふのふー!!」

 

 

更に秘策を用意していたネプテューヌ。

その秘策とは、ポケットに差し込んだ二枚のチケットが物語っていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ここでラステイションに場面は移る。

ラステイション、と聞けばあの黒髪ツインテール女神の出番ということはお分かりいただけるだろう。

そう、今キッチンで鼻歌を歌いながら調理をしている少女、ノワールである。

 

 

「ふんふふーん♪ ラステイションの新名物になればと思って試行錯誤していたショコラ・デ・ノワール……白斗が第一号ね♪」

 

 

元から努力家であった彼女は当然料理とて人一倍研究していた。

その甲斐あって手付きは慣れたもの、今回作っているのはチョコレート味のケーキ、ショコラだ。

ラステイションの名物になればと思い研究していたのだが、その甲斐あって作り方はもう熟知している。あっという間に生地を完成させ、オーブンに入れた。

 

 

「白斗、喜んでくれるかしら……。 も、もし……もしよ? もし、これも告白も受け入れられたら……きゃ~~~~♪」

 

 

何だかんだで一番真面目かつ一番乙女な女神様は彼女かもしれない。

 

 

「……それにしても、女神である私にここまでさせるなんて……。 それだけ、白斗が好きになっちゃったのよねぇ……」

 

 

脳裏に思い浮かべるは、恋したあの人の笑顔。

いつも彼に守られ、助けられ、そして支えられてきた。あの温かな彼に触れるためなら、何だってしてあげられる。

 

 

「白斗……明日は覚悟しなさいよね♪」

 

 

誰もいない今だからこそ見せられる素の自分。

どうやって渡そうか、どんな言葉を掛けようか、そんなことを考えるこの一時すら愛おしい。

緩んだ頬を引き締めようとしながら、結局は緩んでしまう黒の女神様であった。

 

 

「ふんふふー……ん? 何だか焦げ臭……のわああぁぁ――――っ!!?」

 

 

―――尚、妄想に耽りすぎてショコラを焦がしてしまうのはご愛敬。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むむむ……」

 

 

その頃、夢見る白の国、ルウィーでは一人の少女が一冊の本を手に唸っていた。

彼女の名はブラン、この国の守護女神である。その女神様が見てる本とはレシピ本。それもチョコレート菓子が掲載されているページである。

 

 

「……絶対に皆、白斗にチョコレートを渡しに来る……。 そうなったら、絶対に形やら色合いやらで被りが出てしまう……! それだけは避けないと……白斗にとってのオンリーワンにしてナンバーワンにならなきゃ……!」

 

 

ここでも乙女心を爆発させている女神様。

彼女は今、オリジナリティ溢れるチョコレート菓子を作ろうと模索中なのだ。

ずっと思い出に残ってもらえるように、自分の想いが一番深く刻み込まれるように。それだけ彼女は本気なのだ。

 

 

「ぬ、ぬぬぬ……でも皆のチョコの形が分からない以上、どれが被らないかなんて……」

 

 

これが一人や二人ならまだしも、白斗の場合想いを寄せいる女の子の人数が多すぎるのだ。

判明しているだけでもブランを含めて11名。とんだジゴロである。それだけの人数がチョコを作る以上、バラけると言っても幾らか被りは出てしまうだろう。

沸騰しそうな頭を抱えて沈んでいた、その時。

 

 

「でしたらブラン様、渡し方で演出してみては如何でしょうか?」

 

「ブラァッ!? ふぃ、フィナンシェ!?」

 

 

背後からぬっ、と現れた女性。

この教会が誇る出来るメイドことフィナンシェだ。メイドは見ていた。

 

 

「ふふ、白斗さんにお渡しするチョコでお悩み中ですよね?」

 

「えっ!? あ、いや! そのっ!? 違っ……………………………………はい」

 

 

何もかも分かっているような意地悪な微笑みと共にズバリ言い当てられる。

慌てて否定しようとするも、自分一人ではどうにもならないのも事実。顔を赤らめて下を向きながら、か細い声で肯定した。

因みに敬語である。

 

 

「ふふっ。 可愛いですよ、ブラン様」

 

「か、からかうんじゃねぇっ! それよりもっ!! 渡し方で演出って何だッ!!?」

 

「そ、そんなにがっつかなかくても……」

 

 

誤魔化そうとしているのか、それとも真剣に聞きたいのか。

いつもの物静かさから素の口調へと変わってしまう。

 

 

「頼む!! 他の奴らに負けたくない!! 私が白斗の一番に……なりたいんだよぉ……」

 

 

どうやら後者だったようだ。

ブランはどちらかと言えば自分の内面に踏み込まれるのを苦手とするタイプ。そうなった場合、つい攻撃的な性格になってしまうのだ。

だが今はそんなプライドをかなぐり捨ててまでフィナンシェに頭を下げている。それだけ白斗に想いを伝えたいのだ。

本気で彼の事が―――好きだから。

 

 

「……分かりました。 では改めてご説明しますと、チョコの種類で勝負するのではなく、シチュエーションで攻めるということです。 多分他の人達はチョコ作りに凝り過ぎて普通に手渡しになると思いますから……」

 

「な、なるほど……ロマンチックな渡し方をして意識させろということね! さすがフィナンシェ!」

 

「えっへん! 出来るメイドです♪」

 

 

その発想は無かった、とブランが舌を巻いている。

褒め称えられたフィナンシェは得意げに胸を張った。ブランよりはある胸ではあるためいつもなら嫉妬の対象だが今回ばかりは頼りがいがある。

 

 

「……ありがとう、フィナンシェ。 挙式の準備をしておいて」

 

「ちょっとそれは段階すっ飛ばしすぎでは!? どこまで行くつもりですか!!?」

 

「ふ、ふふふ……ハネムーンはどこまで行こうかしら……いっそ月まで……」

 

「ブラン様ー!! 意識まで月に飛ばさないでくださーい!!!」

 

 

何やら舞い上がり過ぎてブランがとんでもないことを言い始めた。

どうやら恋のABCで言うところのEまで行っているらしい。果たしてこんな調子で大丈夫なのか、と不安がるフィナンシェだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、海を越えてリーンボックス。

今、ベールは自室でゲーム三昧―――ではなく、とある参考文献を片手に作戦を練っていた。

その目は真剣そのもの。どんなゲームのラスボスよりも緊迫し、尚且つ絶対に負けられない戦いが明日、幕を開ける。

 

 

「……バレンタイン。 白ちゃんに私の気持ちを伝える聖戦……何としても勝たねば!!」

 

 

今日のベールはなんとゲームに一切手を触れていない。

来るべき2月14日、バレンタインに向けて着々と準備を進めていたのだ。彼女にとってゲームは人生、しかし白斗は己の命。

ギュッと胸元を握り締め、高鳴る心臓を必死に抑える。今となっては彼の顔を思い出すだけで鼓動が止まらない。

それほどまでに彼を愛していたのだ。姉としても、妹としても、女としても。

 

 

「お、お姉様~。 買ってきました……」

 

「あら、チカ。 ご苦労様~」

 

 

そこへノックが鳴らされる。

ドアを開ければ買い物袋をパンパンに膨らませているチカが。手にした買い物袋を床に置けばドン、という重みのある音が伝わる。

袋を開けるとそこには―――。

 

 

「……お姉様。 バレンタインだからチョコが必要なのはわかりますが、こんなに大量に必要ですか?」

 

 

ギッシリと詰められたお徳用チョコが。

重量にして数キロはあるかもしれない。失敗を考えると幾らか予備は必要だとしても、こんなに使うワケが無いとチカも首を傾げている。

 

 

「勿論、チカや教会職員の皆様用でもありますわ」

 

「お姉様……! ……だとしても、結構余りますよ?」

 

「ええ。 どうしても量が必要ですから!」

 

「量、ですか……。 ところでお姉様、その本は?」

 

「明日の聖戦を勝ち抜くための戦術指南書ですわ!」

 

 

そうやって彼女が掲げた一冊の本。

チカが一体何なのかと開かれたページを見て見ると―――裸の女性が自らの体に溶けたチョコを塗りたくっているというとんでもないシーンが描かれていた。

 

 

「んなっ!? こ、これ……お、お姉様ぁぁああああああああ!!?」

 

「最近のラブコメは過激ですのね……。 ですが、これこそ殿方を悩殺させる最強の一手! 白ちゃんのためならこの身を捧げることなど厭いませんわ!」

 

「厭ってくださいッ!! これただのエッチな漫画じゃないですか!?」

 

「甘いですわチカ! 漫画だからこそ憧れるというもの……男の子の純粋な願いを叶えてあげてこそいい女ですわ!!」

 

「いい女の前にただの痴女ですーっ!!?」

 

 

チカのツッコミは正しい。紛うこと無き正論であろう。

敬愛する姉を痴女にするわけにはいかないと泣きながらなんとか諭し、このシチュエーションを敢行するならチョコレートは使わせないという条件を押し付けることでベールは渋々ながらそれに従ったのだった。

 

 

「でしたら私の体を模したチョコレートを作れば……」

 

「お姉様ぁーッ!! お願いですから目を覚ましてー!! この小説R-18タグついていませんからぁ――――!!!」

 

 

余りにもとんでもない展開にチカまでもがメタ発言。

はてさて、緑の女神様のバレンタインはどうなることやら―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ここまで、四女神達の聖戦前夜をお送りした。

だが何も主役は彼女らだけではない。明日の主役は恋する乙女たち全て。

誰もが主役であり、誰もが恋に胸をときめかせる日。誰もが、最高のハッピーエンドを迎えるべく準備を進めていた。

 

 

「今回だけはお姉ちゃんには負けない……! 私だって、お兄ちゃんが大好きだから!」

 

 

ある者はエプロンを着込んで溶けたチョコレートを必死に掻き混ぜ。

 

 

「……出来た! 後は白兄ぃに渡すだけ……ええい、女は度胸! 当たって砕けろよ!」

 

 

ある者は玉砕覚悟を決め、エプロンを外した。

 

 

「……よし、これに決めた! ……は、白斗……喜んでくれるかしら……」

 

 

ある者は、携帯電話を片手に想い人に送るものを決め―――。

 

 

「これで準備完了です! ……あいちゃんには負けないです!」

 

 

ある者は出来たてほやほやのチョコを嬉しそうに掲げる。

 

 

「う、うぅ……! また失敗……!! 早くしないと白斗君にチョコを渡せなくなっちゃう……」

 

 

またある者は愛する者のために悪戦苦闘しながらも諦めることなく調理を続け―――。

 

 

「……うん、最高の贈り物が出来た! ……ボクの気持ち、届くかな……」

 

 

ある者はギターを片手に贈り物を詰めた箱に口付けを一つ落とし―――。

 

 

「白斗さん……。 受け取ってくれると、いいな……」

 

 

ある者は自らの想いを詰めたチョコレートを胸に抱き、明日へと思いを馳せた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――誰もが明日の主役にしてライバル。

大好きなあの人に自分の想いを届けたい、そんな純粋な願いが明日集う。

気が付けば温暖な気候で有名なプラネテューヌにも寒気が訪れ、雪が静かに降っていた。

 

 

「……お、雪か。 何だか明日はいいことが起こりそうな予感……なんつって」

 

 

その様子を自室の窓から見つめていた少年―――黒原白斗。

愛読書である「女神と守護騎士」を手にしていたが、それを閉じて雪を眺める。

間もなく日付が変わる深夜零時近く。何故か彼も、胸が高鳴っていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして日は昇り、2月14日。

さすがのプラネテューヌも身を切るような寒さに包まれる時期。だがどんな気候であっても生活習慣を崩すのはよろしくない。

というわけで、この男の朝はいつも通り早いのだった。

 

 

「おぉー、寒ッ……! こんな日にランニングするもの好きなんて俺くらいかね……」

 

 

白斗だった。元から早起き体質である彼は毎朝5時には起きてランニングしたり、今日一日の準備を整えたりする。

今朝も何も変わらない、単なる一日が始まる―――そう思っていたのだが。

 

 

「おはようお兄ちゃん! 待ってたよ!」

 

「ネプギア? おはよう、早いな」

 

 

だが今朝は違った。

既に普段着へと着替えを済ませていたネプギアが部屋の前に立っていたのだ。

彼女も規則正しい生活を送っているとは言え、こんな朝早くに用事もなく起きるような娘ではない。となるとそれほど大事な用事があると見える。

 

 

「えっとね、どうしても一番乗りしたかったから……」

 

「一番乗り?」

 

 

もじもじ、と顔を赤らめて恥ずかしそうに俯いている。

大変可愛らしい姿だ。だが話が見えてこない。

一体何のことやら、と首を傾げているとネプギアは何度も深呼吸を繰り返し、そして覚悟を決めて。

 

 

「……お、お兄ちゃん……これっ! う、受け取ってくださいっ!!」

 

 

勢いのまま、可愛らしいラッピングが施された小箱を受け取る。

ネプギアらしい丁寧な包み方に優しさを感じた。

 

 

「あ、ありがとう……でも今日って俺、誕生日でも何でもないけど……」

 

「あれ、お兄ちゃん知らないの? 今日はバレンタインデーだよ」

 

「バレンタイン? こっちの世界にもあったのか……。 え? じゃぁ、これって……」

 

 

ここまで言われたら、さすがに鈍感な彼でも分かる。

手渡されたのはバレンタインチョコだと。それを認識するや否や、さすがに顔が少し熱くなってきた。

彼の赤らんだ顔を見て、ネプギアの顔までもが赤くなってくる。

 

 

「あ、あのねお兄ちゃん……その、ね……。 ほ、ほ……」

 

「ほ……?」

 

 

何とかして伝えたい、この想いを。

鈍感な白斗であろうと「本命」や「本気」と一言添えれば、それで自分の気持ちが伝わるはず。

ネプギアは己の勇気を振り絞り、そして。

 

 

「……本当に、いつもありがとう! 大好きだよ!」

 

「……こっちこそ、ありがとうなネプギア」

 

 

―――どちらとも受け取れる発言に、なってしまった。

他に遠慮してしまったのか、今の距離感を壊したくなかったのか、単に勇気が出なかっただけなのか。

それでも、白斗は笑顔でそれを受け取ってくれた。更には温かな手でネプギアの頭を撫でてくれる。

 

 

(……うぅ、私ってばどうして肝心なところで勇気が出ないのかな……でも、お兄ちゃんが喜んでくれたし、いいよね!)

 

 

頭を撫でられて嬉しい反面、想いを伝えきれなかったことに落胆するネプギア。

溜め息をついてしまうが、チョコを受け取った白斗は本当に嬉しそうだ。

 

 

「あ、引き留めてごめんね! トレーニング、頑張って!」

 

「おう。 んじゃ、行ってきます!」

 

 

受け取ったチョコを懐に仕舞い込み、ネプギアの声援を受けながら走り込みへと向かった。

上機嫌なまま、白斗は街の外へと向かうべくエレベーターに乗り込む。

不思議と足取りは軽かった。

 

 

(……まさか俺みたいな奴にもバレンタインチョコとは。 我が世の春が来たかな~♪)

 

 

柄にもなく鼻歌を歌いながらプラネタワーを出る。

するとその前に、一人の見覚えのある少女が立っていた。

 

 

「来た来た。 噂通りの早起きね」

 

「アイエフ? お前もどうしたよ、こんな朝早く」

 

 

自称ゲイムギョウ界に吹く一陣の風ことアイエフだった。

彼女もいつもの青いコートではなく、長袖長ズボンのジャージと動きやすい格好である。

 

 

「いや……偶には一緒にランニングとかどうかな、って……」

 

「おう、いいぜ。 誰かと一緒にランニングなんて久々だ」

 

 

どうやらランニングに付き合ってくれるらしい。

事前連絡も無かったので驚いたが、純粋に嬉しくもあった。こんな個人的な時間に付き合ってくれる物好きなど精々ラステイション姉妹くらいだったのだ。

彼の返事が返ってくるとアイエフも嬉しそうに微笑んでくれる。それが始まりの合図、二人は同時に走り出した。

 

 

「んーっ!! 気持ちいわねー!!」

 

「だろ? これを機に習慣づけてみたらどうだ?」

 

「そうね……たまにだったらいいかな。 ……白斗と一緒なら」

 

 

最後の方はよく聞き取れなかったが、顔が赤らんで、それでも嬉しそうなアイエフ。

敢えて聞き返す必要もないかと、白斗は二人だけのランニングを楽しむ。

誰も無いプラネテューヌの街中は静かであり、より二人きりであることを意識させてくれる。

冷気で澄み切った空気を心地よく感じながら走っていた二人だったが、30分くらい経つと汗も出てくる。

 

 

「よし、ここまでにしようか」

 

「ふぅ、ふぅ……結構汗掻いちゃったわね」

 

「だな。 飲み物買ってくるよ。 何がいい?」

 

 

とある公園で走り込みを切り上げた。

軽いランニングとは言っても30分も走れば肩で息をするほど疲労する。体中が水分を欲していたので、近くの自販機で何か買おうと提案すると。

 

 

「ま、待って! ……あの、これ……」

 

「ん? 水筒?」

 

「……飲んで……」

 

 

アイエフが一本の水筒を差し出した。

思えば今日、白斗を待っていたことといい、このジャージ姿といい、随分準備がいい。

ただ、水筒を差し出しているアイエフの腕が緊張で震えていた。

何をそんなに震えているのだろうか、と首を傾げながらも白斗はそれを有難く受け取る。

 

 

「ありがとな。 んじゃ早速………お? 何だこの飲み物? 甘い匂い……これ、ひょっとしてホットチョコレートって奴か?」

 

「………うん」

 

 

コポコポと心地よい音を立てながらコップに中身を注ぐ。

すると茶色い液体で満たされていた。湯気と共に甘い匂いも漂っている。食欲をそそるような甘さだ。

ホットチョコレート、チョコレートを牛乳で溶かした飲み物である。

ずずっ、と啜ってみるとその匂いに違わない心地よい甘さが口の中に広がる。アイエフはその様子を固唾を飲みながら見守っていた。

 

 

「……美味しい!」

 

「ほ、ホントに!?」

 

「ああ、上品な甘さで後味もしつこくない! 飲みやすいし、温度調整も完璧……って、まさかこれ、アイエフが作ってくれたのか?」

 

「……そ、そうよ……」

 

「わざわざありがとうな! ホットチョコレートなんて初めてで嬉しいよ!」

 

 

白斗が問うと、アイエフはこれまで以上に顔を赤くさせ、目をギュッと瞑りながらも頷いた。

どうやら彼女が腕によりをかけて作ってくれたお手製ホットチョコレートらしい。気配り上手なアイエフらしいチョイスである。

彼女お手製のホットチョコレートをしっかり味わっている白斗の笑顔を見て、アイエフが胸元を握り締める。

意を決して白斗の耳元まで近づくと。

 

 

「……ハッピーバレンタイン、白斗」

 

「え……」

 

 

可愛らしい声で、そう呟いてくれた。

 

 

「……そ、それじゃっ!!!」

 

「あ、おい!?」

 

 

すると耐えきれなくなったのか、アイエフは脱兎のごとく駆け抜けてしまった。

まさにゲイムギョウ界に吹く一陣の風と言わんばかりの疾走っぷりだ。

思わず声を掛けるももう届かず、アイエフは朝霧の中へと消えていってしまう。

 

 

「……これ、まさかバレンタインチョコ……ってことか?」

 

 

まさかもまさか、それ以外の結論には至れなかった。

固形物ではないが、だからこそより新鮮に映る。それを意識すると、白斗の顔が少し赤くなった。

もう一杯啜ってみる。今度は、先程とは違う甘さを感じた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「―――ご馳走様でした!」」」

 

「はい、お粗末様でした」

 

 

その後、プラネタワーに戻り、各種作業を済ませるとイストワールが朝食を作ってくれていた。

既にネプテューヌ達も起きており、皆で一緒に朝ご飯を平らげる。綺麗なった皿の前で手を合わせ、感謝の気持ちを伝えると食事当番だったイストワールも嬉しそうに返してくれた。

 

 

「イストワールさん、皿洗いしておきますね」

 

「いつもいつもすみません」

 

「いえいえ、今日一日休みですしこのくらいは」

 

 

そう、今日は白斗に仕事は回ってきていない。休日だ。

前々からイストワールが定めていたのだが、どうやら彼女の取り計らいらしい。今にして思えば「ゲイムギョウ界のバレンタインをしっかり堪能してください」というメッセージだったのだろう。

 

 

「あ、そうです。 今日は忙しくなりそうなので先にお渡します」

 

「ん? これ……チョコレートですか?」

 

「はい。 白斗さん、いつもありがとうございます。 これからもよろしくお願いしますね」

 

 

振り返ると、イストワールが可愛らしい模様の紙袋を手渡してくれた。

もうここまで来たら鈍い、鈍感、唐変木と三拍子揃う白斗でも感づける。これもバレンタインチョコだと。

手にしたそれを受け取ると、イストワールが可愛らしく微笑んでくれた。思わず胸が高鳴ってしまうような可愛らしさだ。

 

 

「ではこれから職員の皆さんにもチョコレートを配ってきますので」

 

「私も行ってきます! お兄ちゃん、また後でチョコの感想聞かせてね!」

 

「白斗、またねー!!」

 

「おー」

 

 

どうやら忙しくなりそう、とは職員たちにチョコレートを配る作業があるかららしい。

イストワールだけではない、ネプギアやネプテューヌもそれに参加するようだ。手にしているのは市販のチョコだが、女神様や可愛らしい少女から貰えるチョコなど大金積まれても手放せないほどの価値があるだろう。

事実、今日という日を支えに生きている教会職員も多いのだとか。何と浅ましいことか。

 

 

「……ってことは、これ義理か。 ま、そうだよな」

 

 

イストワールから受け取った袋を、それでも大事に仕舞い込む白斗。

しかし彼は知らない。イストワールが彼に送ったチョコレートは、実は市販の物ではないないことを。

それでも嬉しかったらしく、上機嫌で皿洗いに取り掛かる白斗にひっそり微笑みながらイストワールはチョコレート配布へと向かおうとした。

 

 

(……あら? そう言えばネプテューヌさんはまだチョコレートを渡していないのでしょうか? 真っ先に白斗さんに渡しそうなものですが……)

 

 

と、ここで違和感に気付く。

いつもであれば積極的に白斗に絡んでくるネプテューヌが、まだ何のアクションも起こしていないことに。

白斗の様子を窺ってもまだ彼女からチョコレートを貰っていないらしく、尚更状況が呑み込めない。ネプテューヌも普段と変わりない明るさで、チョコレートを用意し忘れたというオチでもなさそうだ。

 

 

(ふっふっふ……いーすんは怪しがってるなー。 だがもう遅い、先程白斗にチョコを渡した時点で勝敗は決しているのだよっ!!)

 

 

ネプテューヌはそんな彼女の視線に気づき、内心勝ち誇った顔を浮かべていた。

そう、これも全ては彼女の作戦の一つ。

 

 

(ジゴロな白斗は多くの女の子からチョコを貰ってしまう。 つまり普通に渡したのでは気持ちは伝わりにくい……ならば私は今日一日の最後、つまり一番最後にチョコをあげることで強烈に印象付けることが出来るのだ―!!)

 

 

女性人気の高い白斗は、その性格からして真剣に送られたものであれば決して無下にはしない。

つまりバレンタインチョコを多く抱え込むことになってしまうのは目に見えていた。だからこそ彼女は一番最後に渡すことで、自分の気持ちをアピールしようとしている。

既に乙女の戦いは火蓋を切って落とされているのだ―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ、洗い物OK。 自分の洗濯物OK。 ゴミ出しOK。 後は……」

 

 

家事を手際よく終わらせていく白斗。ここまで行くと主夫の領域である。

因みに洗濯物に関しては女の子の下着などもある関係上、白斗のものは彼自身が洗濯をするように申し出た。

ネプギアなどは気にしないと言ってくれるのだが白斗が気にするので強引に押し通した形となった。

と、ここでインターホンが鳴る。来客だろうか。

 

 

「へいへーい、どちら様ー?」

 

 

ここは女神が暮らす居住区、何の警戒も無しに開けるのは愚の骨頂なのだがそもそもここはプラネタワー。入り口などは衛兵によって固められているため、知り合いでもなければ簡単にここに来ることは出来ない。

つまりは知り合いであるということ。ドアを開けてみれば、やはりその通りだ。

 

 

「ラステイションの女神様よ。 白斗、こんにちは!」

 

「白兄ぃ! ヤッホー!」

 

 

ラステイションの女神とその候補生、ノワールとユニだった。

真面目なノワールだけに礼儀正しい挨拶、ユニは少し崩した挨拶。この短いやり取りだけで二人の性格が垣間見える。

 

 

「ノワールにユニ、いらっしゃい。 ……で、なんで二人して抓り合ってんの? 喧嘩でもしてるの?」

 

「き、気にしないで頂戴」

 

「け、喧嘩とかじゃないから……牽制だから……」

 

 

よく見るまでもなく、互いの手で互いの腰を抓り合っていた。

そう、お互いに牽制し合った結果だ。ノワールとユニは今となっては仲の良い姉妹にして恋のライバル同士。

笑顔が引きつっているが、その意味を白斗は知らない。

 

 

「そ、それよりも白斗! そ、そのね……」

 

「お姉ちゃんズルイ! 白兄ぃ! あのね……」

 

「お、おう………」

 

 

二人して何かしようとするらしい。真面目なこの二人だ、物騒なことはしないと信頼しているため白斗も身構えることは無い。

無い、のだがいつまで経ってもアクションを起こさないノワールとユニ。顔を今にも爆発させようなくらい赤らめているが、恥ずかしがって言い出せないようだ。

 

 

(……ああああぁぁ!! そうよ!! お菓子作りに没頭する余りどんな風に渡せばいいのか全然考えてなかったああああああああああ!!!)

 

(もーアタシの馬鹿馬鹿馬鹿ぁー!! ここが肝心だってのになんで準備が悪いのよぉ!! ここでお姉ちゃんを超えないといつまで経っても永遠の二番手なのにぃ!!!)

 

 

というより、まさに恥ずかしがっていたのだ。

チョコに関しては自信がある。問題は渡し方を一切シミュレーションしていないのだ。

どんな言葉で、どんな表情で、どんな仕草で渡せばいいのか。一歩間違っただけで何もかもが台無しになる予感がする。

 

 

「……あのー、二人とも?」

 

(は、早く渡しなさいよノワールぅ!! 白斗に呆れられちゃうでしょーがぁ!!!)

 

(動けアタシ!! 何でもいいから動けぇええええええええええええええ!!!)

 

 

涙目になりつつも、動けない、口も開かない、そのくせ汗だけはやたら流れる。

白斗の時間とて無限ではない。いい加減何らかのアクションを起こさないと彼に呆れられること請け合いだ。

けれども焦りに焦った脳内が思考を掻き乱してくる。このままでは渡せないまま一日が終わる―――そんな最悪な未来すら見えていた時だ。

 

 

「……ところで二人とも、その手に持ってるのってバレンタインチョコか?」

 

 

白斗が、話題を振ってくれた。

その手にぶら下げている袋、その中にあるものをいち早く感づいてくれたらしい。

 

 

「えっ? そ……そうよ! 白斗のために作ってきたの!!」

 

「う、うんうん! もー目敏いな白兄ぃはー!! あはははー!!!」

 

 

こうなれば勢いに任せて渡すしかない。

二人は袋からそれぞれ包みを取り出して白斗に差し出す。ノワールは新作のショコラ、ユニはチョコロールケーキだ。

どちらもお洒落で手間のかかるお菓子。それをわざわざ作ってきてくれたことに白斗は感謝の念が絶えない。

 

 

「はい、どうぞ! 召し上がれ!」

 

「あ、お姉ちゃんズルイ! アタシから先に……」

 

「まぁまぁ、順番順番。 ノワールのはショコラか」

 

「ええ。 ラステイションの新名物にしようとしてた試作品よ」

 

「おお、俺が第一号って奴か! そりゃ光栄だ、頂きます!」

 

 

タッチ差で先に差し出されたノワールのショコラから頂く。

ふんわりとした生地に上品な甘さが程よく絡みつき、あっという間にペロリと平らげてしまった。

 

 

「ご馳走様! 美味かった!」

 

「もう、少しは味わって食べなさいよね。 ……でもそれだけ美味しかったんだ、ふふっ♪」

 

「むぅ……白兄ぃ! 今度はアタシの!」

 

「はいはい。 では……はむっ。 ん、チョコクリームと生地の柔らかさがまた絶品……!」

 

 

続いてユニから差し出されたロールケーキも味わう。

こちらはクリームの滑らかさと生地の触感が絶妙で、何個でも美味しく食べてしまう。紅茶が欲しくなると思いながらも白斗はそれを美味しく味わう。

だが美味しく味わえば味わうほど無くなるのも早いというもので。

 

 

「ご馳走様! あー、もっと欲しくなるな……」

 

「もう、白兄ぃってばもうちょっと味わって食べてよ……」

 

「だってどっちも美味しかったんだから。 本当にありがとうな、二人とも!」

 

 

あれだけ苦労したのだから一気に食べられると呆気なく感じてしまう二人。

しかし、白斗の笑顔がそんな些細な不満も吹き飛ばしてくれた。

大好きな人の笑顔を見られたことが、ノワールとユニにとって何よりも幸せだった。この笑顔は、二人だけのものなのだから。

 

 

「……も、もー。 そんな顔されちゃ許すしかないじゃない……」

 

「ホントだよー。 ……でも、いつもありがとう。 白兄ぃ!」

 

 

けれども、この女神姉妹の笑顔も白斗にとっては幸せなものとして映るのだ。

今度また二人のお菓子を味わう時が来たらしっかりと味わって食べようと決めたその直後、白斗の携帯電話に一本の通知が入る。

 

 

「ん? 通知……4件も来てる!?」

 

「……察するにブランとマベちゃん、ツネミにコンパってところかしら」

 

「なんで分かる!?」

 

「分からない方が不思議よ。 ……あれ? ベールさんは来てないの?」

 

「来てないけど……何で姉さんの名前が出てくるんだ?」

 

((いや分からないんかい))

 

 

相変わらずの唐変木だった。

この教会で住んでいる以上、ネプギアらからは真っ先に貰っていると推測できる。となると自然と面子が絞り込めてしまうのが悲しいところだ。

それもこれもこの黒原白斗と言う男の懐の深さか、はたまた業の深さか。

 

 

「ひょっとして外に出てこいって呼び出しかしら?」

 

「だからなんで分かると……」

 

「白兄ぃ……」

 

「そんな非難がましい視線やめてくれユニ。 兄は悲しいよ」

 

 

けれどもこの場合、誰もがノワールとユニの味方であることは明白だ。

それは当然、今までのこの様子を眺めていたこの少女にも言えるわけで。

 

 

「悲しくなるのはネプ子さんも同じだよーだ」

 

「ネプテューヌ? 何だその荷物?」

 

 

不満な顔を浮かべながらネプテューヌがドシドシと歩いてきた。

下の階に響く歩き方だからやめて欲しいのだが、今の彼女にはどうでも良さそうだ。それよりも気になるのは、その手に握られている小包だ。

 

 

「5pb.ちゃんからだよ。 わざわざ日時指定して送られてきたんだって」

 

「俺宛か? どれどれ……お! これもチョコレートと……CD?」

 

「それに手紙も付いているわよ」

 

 

包みを開いてみると、上品なラッピングがされた小箱。もうバレンタインチョコ確定だ。

だがそれだけではなく一枚のCDが収められたケース、それに一通の手紙が同梱されている。

 

 

「とりあえず手紙を……ってなんでお前らも見ようとするんだ!?」

 

「だって気になるじゃんー!!」

 

「そうよ! 私達の事は空気中のマイナスイオンだとでも思いなさい!!」

 

「こんな威圧感たっぷりなマイナスイオンお断りなんだが!?」

 

「ゴチャゴチャ言ってないでさっさと読みなさーい!!」

 

 

何故か叱られた。文句を垂れると更に威圧されるため、理不尽さを感じながらも白斗は手紙を開いた。

そこには5pb.直筆らしい、柔らかい文字が綺麗に書き連なっていた。見ようによってはその手紙自体が完成された楽譜のようにも見える。

 

 

 

 

『白斗君へ

 

ハッピーバレンタイン! 今日はバレンタインイベントのお仕事があるので、代わりに手紙とプレゼントを二つ送ることにしました。

一つはボクの手作りチョコです。 白斗君の口に合うと嬉しいな。

そしてもう一つはこの日のためにボクが作曲した曲です。 世界でただ一つ、貴方のためだけの曲です。 是非……聞いてください。

感想は白斗君から直接聞きたいので、また今度ね! いつもありがとう!

                                                5pb.より』

 

 

文章量としてはそこまで多くはない。けれども、一文字一文字に5pb.の想いが込められているのが感じ取れた。

始めは真剣に読んでいた白斗の頬もいつの間にか緩んでいる。そしてネプテューヌらの目は、少し鋭くなっていたが気にする余裕もない。

 

 

「……ありがとな5pb.。 さて、ちょっと準備してから外行ってくる。 んじゃ!」

 

 

明らかに浮かれているとしか思えない口調と足取りで白斗は自室へと戻っていった。

恐らく身なりを整えるのと、先程5pb.から貰った彼だけのための曲をインストールするためだろう。

後に残された乙女たちは、ハァとため息を付く。

 

 

「くっ……この日、白斗のためだけの新曲……! アイドルならではの方法ね……!」

 

「うぅ……アタシもアイドルデビューしようかしら……?」

 

「だがまだだ! まだ終わらんよ! 真打ちネプ子さんがまだ残ってるもん!」

 

 

誰もが皆、個性的な渡し方や贈り物をしている。

遊びなどではない。大好きな人のために自分の出来ることを精一杯やっている。

だがそれはノワールも、ユニも、そしてネプテューヌも同じ。何より彼女はまだチョコレートを渡していないというアドバンテージがあるのだ。

 

 

「あら? ネプテューヌはまだチョコ渡して無いの……ハッ!? まさか最後に!?」

 

「ふっふーん! というワケで私は白斗の跡をついていくのだ! それじゃーねー!」

 

「ね、ネプテューヌさんそれ姑息ですよおおおおおお!!!」

 

「姑息とは卑怯と言う意味ではないのだ! 覚えておくがいい!! ねぷーっふっふっふ!」

 

 

変な笑い声をしながらネプテューヌは外へと飛び出していった。

宣言通り白斗の跡をついていき、全員のチョコが出揃ったことを確認してから渡すつもりなのだろう。

大急ぎで飛び出せば白斗は既にプラネタワーを出ており、街中へと歩いていた。

 

 

(さて、ここからは隠密行動……! ネプ子さんの女神の力で白斗を尾行する!!)

 

 

最近の女神様はストーキングが必須スキルらしい。

兎にも角にも絶妙な距離を保って後をついていくネプテューヌ。そして前を歩いている白斗は上機嫌だった。

ここまで6名からバレンタインチョコを貰っている上に今はイヤホンを通じて5pb.がくれた新曲を耳にしているからだろう。口笛だけでも幸せなメロディーが伝わる。

 

 

(……こんな明るくて幸せになれる曲が俺だけのものなんてな。 ヤベ、マジでだらしない顔になっちまうな……)

 

 

果たして通行人が見たらどう思うだろうか。

少なくとも後ろを歩いているネプテューヌはぐぬぬと対抗心を燃やしていらっしゃる。

やがて曲を聞き終わったのかイヤホンを外して歩いていると。

 

 

「白斗さん! ここにいたんですね」

 

「あーっ!! 白斗君見つけた―っ!!」

 

「やっと会えたです~~~!」

 

「え? え? え?」

 

 

三方向から少女の声が聞こえる。

慌てて振り返ると、金髪ツインテールの綺麗な少女にふわふわしたような柔らかい印象を与える癒し系少女、そして元気な忍者娘がこちらへと近づいてきた。

 

 

「ツネミにマーベラス! それにコンパも!」

 

(ね、ねぷぅーっ!? こんなギャルゲー然としたシチュエーションっ!!?)

 

 

一人の名はツネミ。このプラネテューヌの大人気アイドルだ。

一人の名はマーベラスAQL。異世界から来たというくノ一。

一人の名はコンパ。アイエフとネプテューヌの親友にして現役看護師見習いをしている少女。

その三人が、たった一人の少年を目当てに集った。―――修羅場である。

 

 

「……あれ? まさかお二人もです!?」

 

「そのまさからしいね……。 こんな展開になるとは……」

 

「むむむ……絶対に、負けません……!」

 

 

女三人寄れば姦しい、とは良く言ったものだがこれはもう姦しいの範疇を超えている。

誰もが想いの籠ったチョコを胸に抱き、恋の炎を燃え上がらせていた。

その異様な熱気に白斗も少しだけ退いてしまう。

 

 

「……そ、それで……お前らはどうして俺を探していたんだ?」

 

 

分かっている。ここまで来たら嫌でも分かる。でも、話題を振らずにはいられなかった。

彼の一言に目を輝かせた三人が一斉にこちらをグルンと振り返る。

 

 

「は、白斗さん!! 私のチョコ食べて欲しいです~~~!!」

 

「こ、コンパ……うわっぷ!?」

 

「「「ああぁぁ――――っ!!?」」」

 

 

すると突然誰かが駆け寄り、白斗の視界が真っ暗になった。更には少しだけ息苦しさと同時にマシュマロ―――いやそれ以上の極上の柔らかさが白斗の顔を包んだ。

コンパだ。彼女が白斗に飛びついてきた―――のだが、勢い余って彼の顔に抱き着いてしまったのである。

当然それを見たツネミとマーベラス、そしてネプテューヌも悲鳴を上げる。

 

 

「こ、コンパさん!? そんなズルイ……!!」

 

「む、むむむ……っ!! そ、そう言うことするなら私だってーっ!!!」

 

「はぶっ!?」

 

 

今度は我慢ならなくなったマーベラスが反対方向から抱き着いてきた。

背中側にも極上の柔らかさを感じ、言うなればパイサンド。白斗には苦しいのやら極楽なのやら、二律背反な感情が渦巻いていた。

 

 

「マーベラスさんまで……!? ……私だって本気なんです……本気で、白斗さんのことが好きになったんです……! だから……絶対に負けませんっ!!」

 

 

残されたツネミも、もう形振り構っていられない。

他の二人ほど胸は大きくないが、非常に整ったスタイルの持ち主だ。それを活かして二人の間に縫うようにして潜り込み、何とか白斗の左側に抱き着くことに成功する。

 

 

「ち、ちょっと三人とも落ち着けってぇ!!? こんな往来の中でそれ以上はヤバイからあああああああああああああああああ!!?」

 

 

どちらかと言えば、白斗の精神の方がヤバかった。

何せ美少女三人に抱きつかれているという、誰が見ても「羨ま死ね」と吐き捨てられてもおかしくない状況なのだから。

実際見ているネプテューヌも悔しさの余り涙を流しそうになっていた。

 

 

(ね~~ぷぅ~~~……! 白斗ぉ!! 一回爆発しちゃえ―――!!!)

 

 

きっと、彼女の心の叫びは多くの人とシンクロしただろう。

だがそんなことも知らない三人組は、この状態からチョコレートを差し出してくる。

 

 

「白斗君! わ、私の気持ちです! 私のチョコ……食べてください!!」

 

「白斗さ~~~ん! 私のチョコも食べて欲しいです~~~!」

 

「……私の想いを全てこのチョコに詰め込みました。 お願いです、受け取ってください!」

 

 

想いと胸とチョコの板挟み。

こんな状況に白斗の鉄壁の理性も崩れに崩れ、最終的には―――。

 

 

「…………きゅう…………」

 

「「「き、気絶したー!!?」」」

 

 

気を失ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その後、白斗は何とか目を覚ました。そんな彼を迎えたのは美少女三人による介抱。

また修羅場になりそうな予感だったが、そこはコンパらが抑えてくれたのであれ以上の光景にはならず、結果として穏やかにチョコレートは渡されたのだった。

 

 

「……白斗さん、これからもよろしくですっ!」

 

「はい。 ……いつもありがとうございます」

 

「またね! 私の主様♪」

 

 

そんな、可愛らしく嬉しい一言を残して少女達は去っていった。

何だかんだでまたチョコレートを貰えた白斗は鼻歌を歌いながら、今度は公園に入った。

誰かと待ち合わせらしい、幸い開けている公園なので敷地内に入らなくても遠目で確認は出来る。五感を研ぎ澄ませながら覗いていると。

 

 

「……―――白斗ぉ!!」

 

「ん? ブラン? ………上から!!?」

 

 

空から声が降り注いだ。

思わず見上げてみれば、女神化したブランことホワイトハートが空にいた。どうやらルウィーからここまで飛んできたらしい。

おーい、と白斗が手を振り気付いてくれたことを確認するとブランはプロセッサウィングを解除し―――。

 

 

「って何やってんのォ!? 落ちる落ちる落ちるって――――!!?」

 

「白斗ぉおおおおおおおお!!! しっかり受け止めてくれよぉおおおおおおお!!!!!」

 

「え!? ちょ……なんのおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

そのまま白斗目掛けて落ちてきたのだ。

もし受け止め損なったら大怪我どころでは済まない。咄嗟に白斗は落下地点を見極めてそこに滑り込み、全身全霊でそれを受け止める。

ぽすん、と可愛らしい音と共にブランの小さな体が白斗の胸にすっぽりと収まった。さすがに直前でウィングを少し展開し、勢いを緩和させたようだ。

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……! び、ビビったぞ今のは……!!」

 

「悪い悪い! でも、白斗に受け止めて貰えて嬉しいな……へへっ」

 

「ったく……そんな顔されちゃ怒るに怒れないじゃねーか……」

 

 

女神化した姿であるため口調こそは強気だが胸に収まっているブランは可愛らしい姿だった。

あの女神ホワイトハートが自分の胸の中でこうして顔を埋めてくれるという国宝級、いやそれ以上の贅沢な光景を味わいながら白斗は微笑んだ。

 

 

「……いつもありがとな白斗。 いつもこうして、私の全てを受け止めてくれて」

 

「俺がやりたいようにやってるだけだからさ。 気にするなって」

 

「気にするに決まってんだろ。 ……こんなことするの、白斗だけなんだからな」

 

 

今も尚白斗の胸の中に収まっているブラン。

正直周りに誰もいなくて助かったと思わざるを得ない。と、そんな可愛い彼女の顔をしっかりと瞳に焼き付けようとしていたところブランが胸に何かを抱いているのを見た。

 

 

「ブラン、それ……」

 

「……ああ、バレンタインチョコだ。 まずはロムとラムの分」

 

「お、あの二人も用意してくれたのか」

 

「わざわざ自分たちの小遣いで買ったんだとよ。 ちゃんとお礼言っておけよ」

 

 

まずは、ということで小さな包みを手渡してくれた。

こちらはロムとラムが用意してくれたチョコ。買ってくれたということは市販のものだろう。ただ、二人のお小遣い自体は少ない方だと聞いている。

そんな二人が自分たちの欲しいものを我慢してまで買ってくれたチョコレート。兄として、白斗は胸が熱くなった。

 

 

「……そ、それから……これが、私の分……」

 

「これまた可愛い包み……ん? 何だか香ばしい匂い」

 

「クッキーを焼いてみたんだ。 初めてだけど……美味しく出来てると、思うから……」

 

「おお! ブランの手作りクッキーか! ありがと……」

 

 

クッキーが入れられた包みを渡された。

隙間から漂う香ばしい匂いが食欲を刺激する。匂いだけで分かる、このクッキーはブランの中の最高傑作だと。

感謝の言葉を伝えながら包みを受け取ろうとした、その時。

 

 

「………んっ」

 

「へっ?」

 

 

ブランの顔が近づけられ、そして白斗の頬に柔らかい何かが押し当てられた。

ちゅ、という可愛らしい音。離れたブランの顔がやたら赤かったこと。更には指先で自分の唇に触れていたこと―――。

 

 

「……じゃ、じゃあなっ!!」

 

 

それだけを言うと、ブランは飛んでいってしまった。

何をされたのか。白斗は己の頬に指先を当ててその箇所をなぞる。ぽーっ、と顔に徐々に熱が籠ってきた。

 

 

「……もしかして……俺、ブランに……キス、された……?」

 

(ぶ、ブラン~~~! それは反則でしょー!!)

 

 

そして遠巻きにそれを観察していたネプテューヌは涙ながらに吠えた。

間違いない、間違えるものか、間違えろという方が無理がある。

ブランは包みを渡すと同時にキスもプレゼントしたのだ。他の女神のようにスタイルで攻めることが出来ないからとは言え、伝家の宝刀を抜いてきたのである。

 

 

「ねぷぅ……私はどうしたら………あれ?」

 

 

こうなってくると後手に回ったことが寧ろ悪手と化してきている。

何とかして白斗に自分の想いを伝えなければと焦り始めたその時、ネプテューヌがあるものを見つけた。いや、「ある者」が正しいか。

その人物は、ネプテューヌとは反対サイドから公園を、白斗を見つめていた。

 

 

「……こりゃとんでもないバレンタインプレゼントだな。 さて……」

 

 

心は既に満たされまくりで、寧ろ溢れている白斗。

ここまで喜びの感情が溢れてくると一蹴回って落ち着きすらしてきた。土埃を払い、何とか立ち上がった。

かと思えば、突然背後を振り返る。

 

 

「そこで何やってんの? ―――ベール姉さん?」

 

「ぎくぎくぅ!?」

 

 

名前を出せば、大袈裟なリアクションが返ってくる。

もうバレている。観念したかのように、木陰からちらりと顔を覗かせた。彼の姉貴分にしてリーンボックスの守護女神、ベールである。

今日もその美貌と豊満なボディ、落ち着いた言動が魅力的―――であるはずが今日はいつにも増してどこか怯えた様子だ。

 

 

「は、白ちゃん……その……。 ………~~~~っ!!」

 

「って待たんかい!! 何故逃げるっ!?」

 

 

それどころか、脱兎のごとくその場から走り去ろうとしたのだ。

いつもなら身体的接触をモットーとしている節すらあるベールが、である。白斗としては当然見過ごすわけにはいかない。

女神化していないのであれば、純粋な身体能力は白斗の方が上だ。それにワイヤーを使って樹木やら電柱やらに飛びついてのショートカットが出来る。

そのままあらゆる障害物を跳び越え、ついにはベールの前に飛び降り。

 

 

「つーかまえたっ!!」

 

「ひゃっ!?」

 

 

裏路地に逃げ込んだ彼女の逃げ道を封じるように右腕を伸ばして壁に叩きつけた。

―――所謂「壁ドン」である。

乙女なら一度は夢見るであろうシチュエーションに、大人の余裕を振りまくベールですら赤面し、緊張で震えていた。

 

 

「どうしたんだよ姉さん。 急に逃げ出すなんて」

 

「そ、その……わ、私……」

 

「バレンタインチョコ、くれるんだろ? 分かってるって」

 

 

敢えてワイルドに攻めてみた。

彼女の前では比較的甘えた言動が多い白斗だが、いざという時には逆にベールに甘えさせるような言動となる。

手にしている小さな箱を取ろうと手を伸ばしたのだが。

 

 

「だ、ダメですわ!! こんなもの、お渡しできません!!」

 

「え? なんで?」

 

 

明らかにバレンタインチョコだ。包み方も立派だ。

一瞬自分ではない、別の誰かにあげるものなのかと勘ぐったがどうやら違うらしい。

よく見ると、ベールは泣きそうな表情をしていた。

 

 

「……私、昨日裸チョコで白ちゃんに喜んでもらおうと思っていたのですが、敢え無くチカに却下されてしまったのですわ……」

 

「当たり前や」

 

「そこは同情してくださいまし!!」

 

 

笑い所なのかと一瞬錯覚しそうになった。

ただベールにとっては大真面目らしい。だからと言って容認できるわけがなかったが。

 

 

「で、その後も色んなチョコを作っては却下され……最終的には、時間が無くて……こんな安っぽいチョコレートしか、出来なくて……」

 

 

散々却下されるとはどれだけ倫理コードガン無視のチョコレートだったのだろうか、白斗は一瞬戦慄したが、すぐに現実に意識を引き戻した。

どうやら彼女は自分が作ったチョコレートに自信が持てないらしい。

 

 

「……他の皆は私のものよりもっとマシなチョコを作っているのに……私だけこんな、ごく普通のチョコで……白ちゃんに喜んでもらえないと思うと……」

 

 

更には今までの白斗の様子を観察していたらしく、コンパ達三人組との触れ合いや先程のブランとのやり取りもしっかり目撃していたようだ。

更にその様子を観察していたネプテューヌも心中を察してしまう。だが、当の本人である白斗はそんなことなどお構いなしだった。

 

 

「そんなこと無いよ。 “ベール”」

 

「ひゃっ……!?」

 

 

ずいっ、と顔を近づけた。

真剣さを帯びたその表情は、相変わらずどんなナイフよりも鋭く、しかし美しく、それでいて力強い。

ベールは驚きの余り一瞬だけ目を逸らしたが、すぐにその瞳に吸い込まれる。

 

 

「……目の下、隈が出来てる。 それだけ夜通しで作ってくれたってことだろ? 俺なんかのために」

 

「な、“なんか”ではありません! 白ちゃんだから……あ……」

 

 

自分を卑下するような発言があったため、思わず口を挟んでしまった。

けれどもつい口を滑らせてしまう。どれだけ自分が本気だったのかを。

確かに形としては在り来たりだったのかもしれない。ロマンチックなシチュエーションが思いつかなかったのかもしれない。

それでも白斗に届けたいと必死になって作ってきた想いの結晶が、そこにある。

 

 

「……それだけ俺の事を思ってくれたんだ。 形よりもまず、その想いが何よりも嬉しいんだ。 だから、俺はそんな貴女の気持ち……ちゃんと受け止めたい」

 

 

白斗は確かに多くの女性から好意を寄せられている。

それでも彼自身は誠実な心の持ち主だ。そんな白斗がこれまで多くのチョコを受け取ってきたのは、それが相手からの本気だったから。

本気の想いには、本気で応えたい。だから白斗はそれを受け取った。ベールに対しても同じ、彼女が本気で作ってくれたものだから本気で受け取りたいのだ。

 

 

「……ふふっ。 あんなにたくさんの女の子からチョコを貰っておいて、ですか?」

 

「ああ。 例え義理でも、俺にとっては一つ一つが宝物さ」

 

「朴念仁は相変わらずですのね……。 ……でも、白ちゃんらしくて安心しましたわ」

 

 

どうやらあくまで義理と考えているようだ。いや、義理以上本命未満だろうか。

だとしても、白斗は真剣に向き合おうとしていた。

だからベールも、いつの間にか笑顔になっている。今なら渡せる。形こそ在り来たりだが、想いの詰まったこのチョコを。

 

 

「……私のチョコ、受け取ってください。 “白斗”」

 

「……ありがとう。 ベール」

 

 

その呼び名は特別な時にしか用いない。これは彼女にとって特別な一時。特別な相手だからこそ渡せるチョコレート。

ベールは静かにそれを手渡し、白斗は微笑みながらそれを受け取った。

 

 

「……やっぱり貴方で無いとダメなんですわ!! 白ちゃ~~~ん!!」

 

「むぎゅぅっ!? わ、分かったから離れろって!!」

 

「イヤですわ!! コンパちゃん達にあんなに抱き着かれて……私が上書きしますの!!」

 

「上書きってなんぞや!?」

 

 

結局、いつもの調子を取り戻したベール。

決して口では肯定しないだろうが、白斗もそんな彼女のいつもの姿に嬉しそうだ。

一方、遠巻きでその様子を眺めていたネプテューヌは頬を膨らませながらも、これで恋敵が出尽くしたことで己の胸の中に一つの決意をする。

 

 

(形よりもまず想い、か……。 白斗らしいね。 ……うん、変にやり方とかに拘るよりも私の素直な気持ち……白斗に届けてあげたい!)

 

 

確かにどれだけ美味しく作れたかも、どんなシチュエーションで渡すかも大事だろう。

でもそれ以上に自分の気持ちを伝えることが、白斗にとって何よりも嬉しいのだと。

だからそれを伝える。今、彼に対して抱いている想いを全て、余すところなく。ネプテューヌはチョコを取り出し、それを彼に届けようと―――。

 

 

「きゃぁぁぁ―――!! ガボッ!! た、助け………」

 

「えっ!?」

 

 

すると、ネプテューヌの後方で水音が聞こえた。それだけではない、女の子の悲鳴も。

慌てて振り返ると一人のまだ幼い女の子が川の中で溺れていたのだ。

傍には母親らしき女性もいるがどうすればいいのか分からず右往左往している。そうこうしている間にも服が水を吸ってしまい、少女の小さな体はあっという間に川の中へと沈んでいってしまう。

 

 

「た、大変!! 変身―――っ!!」

 

 

咄嗟に変身したネプテューヌ。

女神化した状態ならば身体能力も上がる上にウィングで水中もある程度水泳出来る。

迷うことなく川へと飛び込んだネプテューヌは水の中で溺れていた少女を見事救い出し、背中を叩いて水を吐き出させた。

 

 

「大丈夫!? しっかりして!!」

 

「げほごほっ! ……め、めがみさま……?」

 

「良かった……! もう大丈夫よ、すぐにお母さんの下へ届けてあげるから」

 

 

水もそんなに吸っておらず、意識も安定しているようだった。

それに一安心するとネプテューヌは橋の上で慌てていた母親の下に届けてあげる。

母親はすぐに涙を流しながら我が子を抱いた。

 

 

「ありがとうございます女神様! この子ったら憧れの男の子からチョコを貰えたことで舞い上がっちゃって……」

 

「ふふ、可愛らしい理由だけど本当に気を付けてね。 それから念のため病院で診てもらった方がいいわ」

 

「はい! 女神様、本当にありがとうございました!!」

 

 

母親と少女は何度も頭を下げながら病院へと向かった。

病院はここから近い、例えずぶ濡れでも風邪を引くことは無いだろう―――

 

 

「………ってしまった!! チョコがっ!!?」

 

 

と、ずぶ濡れという単語で咄嗟に思い出した。

慌ててポケットから白斗に手渡そうと思っていた箱を取り出す。

しかし、少女を助けるためにネプテューヌも川の中へと飛び込んだのだ。当然、箱はぐっしょりと濡れており、泥水をたっぷりと吸っていた。

 

 

「あ………。 ……ダメね、こんなの白斗に渡せるわけがないわ……」

 

 

一瞬泣きそうな表情になってしまったネプテューヌ。

このチョコレートとて形や味を調えるのがすごく大変だった。何度も失敗を繰り返してようやく納得がいった一品だったのだ。

だがこんな泥水塗れのチョコレートなど気持ち以前の問題。人様に食べさせられるようなものではないと、ネプテューヌは顔色を暗くしながら偶然近くにあったゴミ箱へと歩く。

 

 

「………………」

 

 

もう家にチョコは無い。時間も無い。

市販のチョコでも買って渡そうか、と思ったが既に白斗は今日チョコで溢れている状態だ。

幾ら形など構わないという彼でも、こんなもの自分が納得いくわけがない。

自分の本気は、自分の力で示したかったのに。女神パープルハートはその綺麗な瞳から流れ出た美しい雫を、泥水塗れの箱に一滴落とすとそれをゴミ箱へと放るのだった。

 

 

「……今夜、白斗と一緒にプリンでも食べようかしら。 そっちの方がまだ伝わる……かな」

 

 

何とか自分自身を奮い立たせようとするが、本気のチョコだっただけにどうしてもあれ以上のものになるとは思えない。

だがダメになってしまったものに縋りつくわけにもいかない。悲しげな雰囲気を纏ったまま、ネプテューヌはプラネタワーへと飛んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その後だった。一つの人影がゴミ箱の前に現れ――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ……」

 

 

数十分後、プラネタワーの浴室からネプテューヌが出てきた。

湯上り特有の湯気を纏い、タオルで髪を拭くその仕草はとても色気のある光景だ。

だが、風呂上りであるにも拘らずネプテューヌの表情は決して晴れやかではない。それもそのはず、結局あの後新しいチョコを作る気にも、増してや買う気にもなれなかった。

 

 

「…………こんなことなら、さっさと渡して置けばよかったかな」

 

 

ぽつり、と寂しそうに呟く。

変な意地や作戦など考えずに、彼の言う通り自分の気持ちを素直に伝えておけばこうはならなかっただろう。

後悔ばかりが反芻し、尚更気分が重くなる。兎にも角にもまずは夕食だ。

 

 

「……あ、そう言えばネプギアはユニちゃんと一緒に外食だっけ。 いーすんも教会職員のパーティーに出席するって言ってたっけ。 ……晩御飯どうしようかな……」

 

 

今日の夕食は珍しく一人だ。しかし、一人だけで晩御飯を作っても味気ない。ピザの出前でも取り、その後はプリンを一緒に食べて、バレンタインチョコ代わりにしよう。

そんな自分を情けなく思いつつ、テーブルへと向かうと。

 

 

「お、来たかネプテューヌ」

 

「白斗?」

 

 

既に白斗が幾つかの皿をテーブルに並べていた。

よく見るとエプロンを装着している。男がエプロンを装着している理由など、一つしか思い当たらない。

 

 

「あれ? 今日って白斗が料理当番だっけ?」

 

「俺が申し出たんだ。 ネプギアとイストワールさんいないし、どうしても作りたくなってな」

 

「白斗のご飯か……。 ふふっ、ちょっと楽しみ」

 

 

好きな人に手料理を振る舞ってもらえる幸せで、ネプテューヌは少しだけ元気を取り持だした。

よくよく考えれば、こうやってディナーを作ってあげる手もあったなーと今更ながらに後悔するが、もう後の祭りである。

これ以上暗くなるのは自分のキャラでもないし、白斗にも失礼になると何とか笑顔を浮かべて席に着いた。

 

「お待たせしました。 こちら、本日のメインディッシュでございます」

 

 

一際大きな皿に、銀色のドーム状の器―――通称「クロッシュ」―――が覆い被さられている。

まるで料理番組のようなフリでクロッシュを開けた。

すると香ばしい匂いと温かな湯気が飛び出し、その中から姿を現したのは―――。

 

 

 

 

―――ハートマーク状の、ハンバーグだった。

 

 

 

 

「え…………?」

 

 

 

 

そう、ごく普通の楕円形ではない。ハートマークにして焼き上げていたのだ。

当の白斗は赤くなった頬を掻きながらそっぽを向いている。照れ隠しらしい。

 

 

「……俺からの気持ち、だよ。 ネプテューヌ、ありがとな」

 

「な、何言ってんのさ白斗? 私、白斗に何もしてあげられてないのに……」

 

 

突然の、白斗からの感謝の言葉。しかし、ネプテューヌには心当たりがない。

チョコだって渡しそびれているし、今日は特別な会話もしていない。一体何に対してのお礼なのだろうかと首を傾げていると。

 

 

「……チョコ、美味しかったぜ。 ご馳走さん」

 

 

懐から、一つの箱を取り出していた。

見間違うはずがない。ラッピングの模様、そしてあの汚れ方。―――あの時捨てたはずの、ネプテューヌのチョコだった。

 

 

「って何やってんの白斗!!? あれ汚いんだよ!!?」

 

 

思わず声を荒げてしまったネプテューヌ。

実際、そこまで汚い川では無かったがだからと言ってその水を吸ってしまったお菓子を人様に出せるわけがない。

だが白斗は、その危険も承知の上でネプテューヌの気持ちを拾い上げていた。

 

 

「……お前のチョコ貰わずして、今日が終われるかってんだ。 それに言ったろ? 形よりも、想いの方が嬉しいって」

 

 

どうやらネプテューヌの尾行にも気づいていたようだ。だからこそ彼女がチョコを捨ててしまったことも知っていたのだろう。

しかし、何よりも白斗はネプテューヌの気持ちを一番にしてくれていた。

 

 

「は、白斗……」

 

「それに遊園地のチケットもありがとな。 チケットはダメになったけど、また買い直せばいいだけの話だし」

 

 

更にはその箱から二枚のチケットを取り出した。

ふやけてしまっていたが、ネプテューヌが今日のためにと用意した秘策中の秘策。遊園地のチケットだ。

これでデートに託けるつもりだったのだが、泥水で使い物にならないと纏めて捨ててしまっていた。でも、彼はそれも察して懐から新しいチケットを二枚見せてくれた。

 

 

「……こ、今度。 休み合わせてさ……二人で、遊びに行こうか……」

 

 

今度は白斗が緊張で震えていた。

赤くなった顔をまともに見せようともせず、でもしっかりとネプテューヌを誘ってくれた。

今日、彼女が一体何をしたかったのか。それを全て察した上で、その願いも叶えてくれて。

―――ネプテューヌはもう、嬉しさの余り涙を流していた。

 

 

(……もう!! 優しすぎるよ白斗は……こんなの、もう耐えられないじゃないっ!!)

 

 

嬉し泣きなど本当にあるものだな、と思いながらネプテューヌは駆けだす。

白斗はネプテューヌが突然泣き出したことや走り出したことに大慌て。そんな彼の隙を見逃さず、紫の女神様は白斗の胸に飛び込んで、つま先立ちをして―――。

 

 

 

 

 

 

 

―――白斗の唇に、口付けをした。

 

 

「…………んなぁぁあぁあああああああああああっ!!?」

 

「ふふっ! 私からの最大級のバレンタインプレゼント、だよ!」

 

 

触れるだけのフレンチキス。でも、その一瞬にネプテューヌの想いが全て込められている。

まだ、ハンバーグを食べる前で良かった。脂ぎった唇でキスなどみっともなかったから。

キスをしたネプテューヌの顔色は当然赤い。でも、緊張よりも幸せに満ちた顔だった。

 

 

「ホラホラ、ハンバーグ冷めちゃうよ! 早く食べよう!!」

 

「…………あ、ああ…………」

 

 

朴念仁な彼には、とんでもないプレゼント程度にしか思っていないのかもしれない。

でも、白斗にとってこんな嬉しい贈り物は無かった。

ようやく見せてくれたネプテューヌの極上の笑顔に何とか意識を現実に引き戻しつつ自らの作ったハンバーグを食べる。

正直、先程の「甘い」キスのお蔭で味は全く分からなかった。でも。

 

 

 

「―――白斗、大好きだよっ!!」

 

 

 

そんなネプテューヌの言葉と笑顔で、どうでもよくなるのだった。

少しこっぱずかしいかもしれない、波乱万丈に満ちていたかもしれない、でもこれはゲイムギョウ界の―――彼らのバレンタインデー、その一幕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みにその後、結局白斗は腹を下し、ネプテューヌの看病を受けていたとか。




バレンタイン記念小説、ギリギリになりましたが如何でしたか?
今回はズバリどんなチョコよりも甘い展開を書いてやろうと試行錯誤したわけですが、人数が人数だけに全員分のシチュエーション考えるのマジで疲れました。
冒頭にもありました通り、時間軸とかは一切気にせず「こんな一時もあったのかな」程度で考えてくれると嬉しいです。
さて、「まだあのキャラ出てないやん!」というお声もあるかと思います。これについてはキャラが出揃ったら個別回で出すか、或いは後日この小説に加筆という形でお送りしようかと考えています。
じゃぁ来年まで待てばって?待てなかったんや……。
皆さんはどの子のシチュエーションがお気に入りでしたか?今回のお話を読んで少しでも幸せになってもらえましたか?
バレンタインなぞ無縁のカスケードですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
ではまた次回お会いしましょう! 感想ご意見お待ちしております!!


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番外編その2 ホワイトデー☆Panic

※同時並行の本編では白斗君が何やら大変なことになっているような気がしますが気にせずお楽しみください。


―――その日、味気なく直訳すれば「白い日」。

ある者は想いを確かめられる日として胸を高鳴らせ、ある者は恐怖の伝統「三倍返し」に怯える日でもある。

はてさて、この恋次元のゲイムギョウ界ではどうなってしまうのでしょうか。

これは白い決戦の、前日から話は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ある日のプラネテューヌ。

今日も長閑で穏やかな日になるかと思われていたが、この少女が騒げばそうではなくなるのがこの国のお約束。

プラネテューヌの守護女神ことネプテューヌ。彼女は今、絶賛捜索中だった。

 

 

「白斗ー? 白斗どこー?」

 

 

そう、同居人して想い人でもある少年、黒原白斗を探していた。

だが幾ら探せども見つからない。

住居であるプラネタワーは複雑に入り組んでいるが、用が無い場所にまで用もなく訪れるような男ではない。それだけに益々行く先が分からなくなった。

 

 

「あら、ネプテューヌさん。 どうされました?」

 

「いーすん!! 白斗がいないの!! まさか……私に愛想をつかして出ていっちゃったとか!? そんなのヤダー!!!」

 

「な、泣かないでください! 別に愛想をつかしてはいませんよ」

 

 

そこへ通りがかった教祖、イストワール。

思わず泣き出してしまったネプテューヌに慌てふためく。どれだけ白斗狂いになってしまったのやら。それだけ白斗の事が好きなのだろうとイストワールは苦笑いだ。

とりあえず行き先は知っているらしく、明確に否定してくれる。

 

 

「ぐすっ……ホント……?」

 

「ええ、白斗さんは用があると言って今日一日はどこかの部屋を借りて外泊するとか」

 

「外でお泊り……ハッ!? まさか私と言う者がありながら、他の女と!?」

 

「白斗さんに限ってそれはありませんから」

 

 

どうも最近のネプテューヌはサボり癖というよりも白斗狂いが酷いようだ。

恋次元特有の現象にイストワールもいよいよ頭を悩ませた。

 

 

「じゃあ何さー? いーすん知ってるんでしょ?」

 

「あくまで推測ですが……まぁ、明日になればきっとわかりますよ」

 

「明日……? あ、そっか! 明日は――――」

 

 

明日、という単語を聞かされてようやく思い当たった。

本日は3月13日。つまり明日は3月14日―――。

 

 

 

 

 

「………ホワイトデーだ………」

 

 

 

 

 

それ知った瞬間、ネプテューヌの白く美しい肌は―――真っ赤に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、その頃件の白斗君はと言えば。

 

 

「……よーし、材料は全て揃った。 頼んだものも今日中には届く手筈……」

 

 

ここは何の変哲もないプラネテューヌのアパート、「プラネ荘」の204号室。

今日一日だけ借り受けたこの部屋のキッチンで白斗はエプロンを身に纏い、バンダナをキッチリと占めた。

目の前に広がる数々の材料を前に、より一層の気合を入れる。現在午前10時。

 

 

「そんじゃ、始めるとしますか。 ……俺の、人生初のホワイトデーって奴を!!」

 

 

数多くの材料、調理器具、そして傍らに置かれた一冊のレシピ本。

タイトルは―――「気になるあの子へのホワイトデー」だとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日、夜が明けて午前7時。

 

 

「そわそわ……ねぷねぷ……」

 

「口でそわそわ言うのはロムさんだけだと思っていました……」

 

 

珍しく早起きしていたネプテューヌが玄関でソワソワしていた。

それを見かけたイストワールも呆れたように溜め息を付く。本日初の溜め息は、少し冷えていた。

昨日、結局白斗は戻らなかった。だからこうしてネプテューヌは玄関で待っている。

 

 

「あ、おはよういーすん!!」

 

「おはようございます、ネプテューヌさん。 白斗さんが帰ってくるのは夜遅くだとか。 お食事も外で済ませてくるらしいですよ」

 

「えぇ!? そんな遅くに!?」

 

「その代わり、渡したいものがあるそうです。 ……愛されてますね、ネプテューヌさん」

 

「ねぷっ!? ……な、なら……夜まで待つしかないね! うん!」

 

 

そう聞かされるや否や、ネプテューヌの落ち着きは更に無くなる。

ただ顔は先程とは違って幸せに満ちていた。

白斗はネプテューヌのことを忘れてなどいない、寧ろ意識してくれている。

 

 

(ただまぁ、ネプギアさんやアイエフさん、コンパさんも同じようになっているのは……これは、今日のお仕事は滞りそうですかね……)

 

 

ちら、と覗いた食卓。

そこでは心ここ非ずといった様子でぽーっとしながら白米を食べているネプギア達が。

イストワールの話を聞いてからこの反応、彼女達も白斗からのお返しを心待ちにしているらしい。

今日ずっとあの様子では使い物にならないだろうと別の意味で胃が痛くなるイストワールであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さて、時間は少し巻き戻り午前6時前。

日の光も差し込み始める、まだ少し薄暗いプラネテューヌの街並み。3月と言えどまだ寒さも残る中、この国の大人気アイドルことツネミはテレビ局に向かって歩いていた。

 

 

(今日は朝からニュースの生放送に出演……ここまでくるとアイドルって何なんだろう……)

 

 

苦笑いしながらも、大好きな仕事に向かってやる気を奮い立たせる。

現在ツネミはプラネテューヌ教会直属のアイドルで主な役割はプラネテューヌの宣伝活動である。

今回の仕事もその一環、やらない理由など無いと足取り軽く向かっていたのだが。

 

 

「よぉ、待ってたぜツネミ。 おはようさん」

 

「は、白斗さん!? お、おはようございまひゅっ……!!」

 

 

通勤路となる公園で、その少年は立っていた。

黒原白斗、ツネミが恋焦がれる少年だ。朝一で彼と出会えたことに驚きと幸せを感じ、思わず噛んでしまう。

 

 

「カミカミじゃねーの。 これから生放送なんだろ? 大丈夫なのか?」

 

「だ、大丈夫でしゅ……! そ、それよりどうされたんですか……?」

 

 

歌う時以外は感情を余り表に出さないツネミ。しかしそれが白斗相手となると、まさしく恋する乙女に早変わり。

緊張で顔を赤らめ、言葉が上手く紡げない。そんな彼女を可愛らしく思いつつも、白斗は懐から綺麗な包みを取り出した。

 

 

「おう、今日ホワイトデーだろ? だからお返しに来たんだ」

 

「ほ……ホワイトデーですか?」

 

「ああ。 この後方々回らないといけないからな、一番最初にツネミに渡しに来た」

 

「一番……最初……ファーストホワイトデー……!!」

 

 

本日最初のプレゼント。特別な肩書を貰えたかのようにツネミは興奮してしまう。

ゴクリと固唾を飲む中、手渡された包み。開けてみると、白いうさぎ型のチョコレートが出迎えてくれた。

 

 

「わぁ……! うさぎさんのチョコ、可愛いです!」

 

「ありがとな。 それともう一つ……」

 

「え? まだあるんですか?」

 

「ああ、俺からの感謝の気持ちだ。 こっちは食いもんじゃないけどな」

 

 

まだ何かあるらしい。

これまた小さな包みで、けれども可愛らしくラッピングされている。

 

 

「開けて……いいですか?」

 

「勿論」

 

 

許可を貰って、ツネミは丁寧に包みを開ける。

パカッ、と緊張しながら開けるとそこには。

 

 

「宝石の……髪留め…………! 綺麗です……!」

 

 

綺麗な宝石で装飾された髪留めが輝いていた。

ツネミのヘアースタイルはツインテールということで、髪留めも二つ分用意されている。普段付けている髪留めはアンプを形どったものだが、こちらは♬マークである。

 

 

「ありがとうございます白斗さん! でもお高かったのでは……」

 

「いやいや、宝石の欠片見つけて研磨した奴よ。 タダ同然だって」

 

「見つけて研磨って……白斗さんが!? わざわざ!?」

 

「ツネミ、こういうの好きだったろ? 前、ショーウィンドウで見つめてたのこんな形だったし」

 

 

それは以前、二人で遊びに出掛けた際の事。

女の子の嗜みであるウィンドウショッピングの最中、ツネミが一瞬、しかし熱烈にある髪留めを見つめていた。

ただその髪留めは「売約済み」という張り紙がされていたため買えなかったのだが、白斗はそんな些細なことを覚えていてくれている。

 

 

「まぁ、ド素人が作ったもんだから不格好だったらその……捨ててくれても……」

 

「……違うんです。 これじゃなきゃ……ダメです。 白斗さんが作ってくれたこれじゃなきゃ……ダメなんですっ……!」

 

 

ツネミは涙しながら、しかし嬉しそうにその髪留めを胸に抱いていた。

この品は世界でただ一つ、白斗がツネミのためだけに作ってくれたものなのだから。

 

 

「白斗さん……ありがとうございます! 最高のプレゼントです……!」

 

「……喜んでもらえて何よりだ」

 

 

白斗も照れ臭そうに頬を掻きながら微笑んでくれた。

悲しみの涙は見たくないが、嬉し涙は見たくなる男。それが黒原白斗と言う男。

そんな彼の思いに触れ、ツネミは胸が温かくなった。

 

 

「……あの、ここでつけても……いいですか?」

 

「いいぜ」

 

 

ゴクリ、と唾を飲み込んでツネミは髪留めを手にする。

宝石特有のひんやりとした感触、けれども手にするだけで温かい何かが流れ込んでくる。

ツネミは意を決して、貰った髪留めをつけてみると―――。

 

 

 

(こ、これは……白斗さんが見守ってくれているような……!!)

 

 

 

大好きな、あの温かい眼差しを感じた。

ただ見ているだけではない、増してや監視などでもない。白斗はいつも優しく見守ってくれている。そんな大好きな視線を、この髪留めからは感じさせてくれたのだ。

この髪留めからは、白斗を感じられる。それがツネミにとって何よりも嬉しかった。

 

 

「……本当にありがとうございます!! これで私は無敵です!!」

 

「む、無敵と来たか……。 でも喜んでくれたみたいで何よりだ。 ……っとゴメン! 引き留めちゃったな」

 

「いいんです。 ……これで今日一日……いえ、これからずっと頑張れます!!」

 

「そっか。 それじゃ俺もそろそろ行かないと! んじゃな!!」

 

「はい! 本当に……ありがとうございました!」

 

 

気が付けば10分以上も話し込んでしまった。

ツネミには収録の仕事がある、これ以上は引き止められない。白斗も時間が押していたので今日はこれにて解散となった。

小さくなる白斗の姿を見送り、そのまま急いでテレビ局へと向かい、自動ドアを潜った。

 

 

「おはようございますっ!」

 

「ツ、ツネミさん!? おはようございます………今日はなんだか元気いいですね」

 

「はい! ……今日の私は、無敵ですから!」

 

「え? 無敵?」

 

 

無論、スタッフには何のことだか分からないだろう。

しかし、今日のツネミの収録は最高に快活で、最高の収録を披露してくれたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――午前9時、ラステイション。

プラネテューヌからの定期便を使って降り立ったこの国は、重工業の国というだけあってとても活気に満ち溢れていた。

絶えず人が行き交い、人も物も金も動く街中を白斗は突っ切っていた。

 

 

「おっと、ごめんなさい! ……さて、急がないとな」

 

 

キャリーバッグを手にした白斗は、人混みの中を走り抜けていた。

パンパンに膨らんだキャリーバッグでは動きづらいが、こうでもしなければ物を運べない。

迫りくる人混みを何とか避けながら白斗は目的地へと歩いていく。辿り着いたそこは、ラステイションの中でもお洒落で有名な喫茶店に、その少女は座っていた。

 

 

「あ、白斗君!! こっちこっちー!!」

 

「おう、マーベラス!! ゴメン、待たせた!!」

 

 

そこに座っていたのは明るい忍者娘ことマーベラスだった。

今日も見る者を元気にさせるような笑顔を見せてくれる。ネプテューヌの笑顔とはまた別ベクトルの、眩い笑顔に白斗もつられて笑った。

 

 

「全然待ってないから大丈夫! で、今日呼びだしたのって……」

 

「ああ、ホワイトデーのお返しだ。 まずはこっちのマドレーヌ」

 

「わー!! オシャレー!! もしかして手作り!?」

 

「そうだ。 マドレーヌ初めてだったからお口に合うかどうか不安だけど」

 

「そんなことないよ!! こんなの美味しいに決まってる!! ありがとう!!」

 

 

渡した包みを開けば綺麗なきつね色に焼き上がったマドレーヌが六つもお出迎えだ。

匂いも香ばしく、見た目とその香りだけで絶品であるとマーベラスは見抜いた。

だが何よりも想いを寄せている少年からも、丹精込められた手作りという肩書だけでマーベラスはすっかり蕩けてしまう。

 

 

「……あれ? “まずは”ってことは他にもあるの?」

 

「モチのロン。 マーベラスにはコレ」

 

 

そう言って白斗はもう一つの包みをキャリーバッグから取り出した。

さすがに今度は手作りではなく、菓子でもないらしい。ワクワクしながら慎重に包みを開けていくと。

 

 

「あ、スカーフだ!」

 

 

綺麗な赤色のスカーフが箱に収められていた。

目に痛いような赤色ではなく、ほんのりとした温かい赤。これはさすがに店で買ったものらしいが、手触りも滑らかで、包まれた箱からしても相当な値段であることが分かる。

 

 

「どうして、これを私に……?」

 

「マーベラスに似合うだろうなって思って。 まぁ、追加効果とか付与されてないんだけど」

 

「い、いいよそんなこと! ……そっか、私のために……」

 

 

彼の目で選び、彼の手で取られ、そして彼の想いが込められたこのスカーフ。

これを送ったということはマーベラスに付けて欲しいということ。

思わず心臓が高鳴り、スカーフから目が離せなくなる。この白斗の思いが込められた一品からもう目が離せない。

 

 

「……ねぇ、白斗君……。 白斗君にこれ……巻いて欲しい、な……」

 

「おう!? お、俺が!?」

 

「うん。 ……お願い」

 

 

恥ずかしがりながらも、マーベラスはそんなお願いをしてきた。

明るくアグレッシブではあるが、自分からリクエストをすること自体は少ないマーベラス。そんな彼女が、勇気を振り絞ってきたのだ。

スカーフが入った箱を持つ手が震えている。相当緊張しているのだろう。ならばそんな彼女の勇気に応えないで、漢とは言えない。

 

 

「分かった。 そ、それじゃ……巻くぜ?」

 

「う、うん……」

 

 

白斗がスカーフを手に取り、マーベラスの背後に回る。

彼女がボブヘアーを書き上げると、女の子特有のふんわりとした甘い香りが漂ってきた。綺麗なうなじも曝け出される。

今度は白斗が緊張の余り固唾を飲むが煩悩を振り払い、その首にスカーフを巻く。

 

 

(ひ、ひゃああああ……!? スカーフの柔らかさと、白斗君の手が私の首に……っ!! こ、この温かさ……まるで白斗君が私を後ろから抱きしめてくれているみたい……!!)

 

 

今、マーベラスの脳内では白斗が自分の首に後ろから手を回してくれている、そんなビジョンが浮かび上がっている。

何とも言えない快感が体中を駆け巡り、理性を溶かしていく。

 

 

「お、おーい……巻き終えたぞー?」

 

「えっ!? あ、ありがとう!! ……どう、かな?」

 

「似合ってる。 うん、俺の見立て通り」

 

 

白斗の目の前には、赤いスカーフを巻いたマーベラスが立っていた。

赤いスカーフが醸し出す力強さが歴戦の戦士を思わせる。そこにマーベラスの可愛らしさも加わることで、「出来るくノ一」のように見えていた。

 

 

「……っ!! 白斗君、私……大切にするからね!! 白斗君だと思って!!」

 

「お、おう………そうしてくれるとありがたい……かな?」

 

 

こうして白斗が贈ったスカーフは、マーベラスにとって思い出の一品となるのだった。

余談ではあるが後日、「赤いスカーフのくノ一」がとあるギルドのエース格として頭角をメキメキと現すことになるのだがそれはまた、別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、マーベラスにも喜んでもらえたことだし次はラステイション姉妹だな」

 

 

マーベラスと別れた白斗、次なる目的地はラステイションの教会。

ここにも白斗にとって大切な人が住んでいる。

今や顔見知りとなったラステイションの衛兵達と挨拶を交わしつつ中へと案内されると。

 

 

「白斗! いらっしゃい!!」

 

「待ってたよ、白兄ぃ!!」

 

「ノワール、ユニ。 うっす。 元気そうで何よりだ」

 

 

この国の女神、ノワール。そしてその妹にして女神候補生ことユニ。

ラステイションにおける女神達二人に最早顔パスで会えることの贅沢感を覚えつつも、早速白斗は本題を切り出すことに。

 

 

「もう察しがついていると思うがホワイトデーのお返しだ。 まずはユニにはこれ」

 

「これ……ロールケーキ?」

 

「ああ、ユニからはチョコロールケーキ貰ったから俺は生クリームとフルーツのロールケーキにしてみた」

 

「さっすが白兄ぃ!! 分かってる~~~♪」

 

 

まずユニに差し出したのは、白い生クリームとフルーツをふんだんに使ったロールケーキだ。

しかも丸々一ロール分。彼女の対となるようなチョイスにユニも笑顔だ。

 

 

「で、こっちはノワール。 桜色のモンブランだ」

 

「桜色? 珍しいわね」

 

「まぁな。 結構甘めにしたつもりだからユニのコーヒーと合わせてどうぞ」

 

「ふふ、気が利いてるじゃない♪」

 

 

ノワールには、その名の通り桜色のマロンクリームが塗られたモンブランが贈られた。

今日は3月14日、ホワイトデー。それを意識した色合いだ。

味付けは勿論、一緒に飲むと美味しいであろうユニのコーヒーとの相性も考えて作ったらしく、白斗らしい気遣いにノワールのテンションは上がっていた。

 

 

「でだ。 日頃の感謝の気持ちとして更にエトセトラ」

 

「え? まだくれるの?」

 

「ああ。 ブロッコリーからこの世界の常識を教えて貰ってな。 ……この世界のホワイトデーが5倍返しとは……恐ろしいぜ、ゲイムギョウ界」

 

「白兄ぃ!? それ騙されてるから!!!」

 

 

それでこんなにも充実しているのか、と戦慄を覚えたラステイション姉妹。

白斗自身が割と尽くすタイプなだけに悪い女に騙されそうな未来が見えてしまった。

 

 

((ここは彼女になって、キチンと守ってあげないと!!))

 

 

同じことを考える辺りは、やはり姉妹らしい。

兎にも角にも二人にそれぞれプレゼントが送られた。今までの例に倣い、こちらはお菓子ではない。

 

 

「まずはユニからな。 えーと、ユニのプレゼントは……」

 

(アタシにプレゼント……まさか最新の銃のパーツとか!? アタシ的には嬉しいんだけど、ホワイトデーのお返しとしては色気が無いなぁ……)

 

 

一体どんなプレゼントをくれるのか、ユニが期待を寄せてしまう。

まず思いついたのが銃のパーツという辺り、筋金入りのミリオタぶりである。さすがにホワイトデーくらいは特別な一品を貰いたいと思いつつも、白斗がくれるものなら何だって嬉しい。

そう思いながら待っていたのだが。

 

 

「あった! はい、どーぞ」

 

「え……これって……化粧品? しかも高級ブランドの!」

 

 

ユニに手渡されたのは、化粧品が詰められた箱だった。

香水にファンデーション、マスカラなど女の子なら憧れるであろう乙女の嗜みがこれでもかというくらいに詰め込まれていた。

しかもリーンボックスでその名を轟かせている高級ブランドのもの。

 

 

「ああ。 ユニも可愛い女の子だから、こういうの好きなんじゃないかなーって」

 

 

白斗は彼女の事を単なるミリオタとは見ていなかった。

彼にとってユニとは、こんな化粧品が似合う可愛らしい女の子であると。感極まったユニは顔を赤くしながらもわなわなと体を震わせて。

 

 

「~~~~……っ!! 最っ高!! ありがとう、白兄ぃ!!」

 

「うぉわっ!? 抱き着くなって!!」

 

「ちょ、ユニ!? ズルイわよ!! 私に譲りなさ―――い!!!」

 

「ノワールも意味☆不明!!」

 

 

思いきり抱き着いてきたのだった。

姉よりも幾分かストレートである分、ユニは心開いた相手には割と甘えることが多い。彼女も女神候補生として堪えなければならない部分があったのだろう、そう言った抑圧を解放させてくれる白斗との相性は抜群だった。

さて、嫉妬に狂ったノワールがべりべりと妹を引き剥がしたので次は彼女のターン。

 

 

「んで、ノワールのプレゼントは……」

 

(何かしら、何かしら……まさか……指輪!? エンゲージ!!?)

 

 

幾ら何でもそれはない。

 

 

「あったあった。 ノワールにはこれだ」

 

「これは……ブローチ? 綺麗……!」

 

 

宝石店が出すような箱に収められていたのは、胸元に付けるには丁度いいサイズのブローチだった。

これも綺麗な宝石があしらわれている。サファイアのような綺麗な青色の宝石の輝きに吸い込まれ、うっとりしてしまうノワール。光物に興味を示す辺り、彼女も女の子だ。

 

 

「白斗さん謹製のブローチだ。 大事にしてくれよ」

 

「謹製……ってこれ白斗が作ってくれたの!?」

 

「ああ。 ……その……気に入らなかったら、ごめんな」

 

 

ツネミの時と同じ要領で作ったブローチだ。とは言え片手間で出来るものではない。

彼なりの精一杯と、想いを込めた一品。人はそれを「謹製」という。

尚更ノワールの心臓は高鳴ってしまった。

 

 

「そんなことない……ありがとう、白斗!! ……それじゃ早速」

 

 

貰った装飾品は早速付けてみたくなるのが女の子。

普段首元に巻いているリボン付きのブローチを外し、代わりに白斗が贈ったブローチをつけてみる。

首元にキラリと光る青い宝石が、自己視聴しつつもしつこくない、ノワールの美しさを引き出していた。

 

 

(このブローチを付けていると……白斗がすぐ近くにいてくれるみたいで安心する……。 ああ、胸が温かくなる……)

 

 

ブローチに手を当てて、ノワールはほんのり顔を赤らめながら微笑んだ。

白斗の想いが込められたブローチに触れるだけで力を貰える。

女神として、これまで数多くの贈り物をもらったことはあるがこんなにも心満たされる贈り物など無かった。

愛する人からの想いが籠った一品に、ノワールは幸せを感じていた。

 

 

「ど、どうかしら……?」

 

「……綺麗だ」

 

「ホント!? ~~~~~っ!! 白斗、ありがとうっ!!!」

 

「うおぉぉぉぉっ!? お、お前も抱き着くんかい!!?」

 

「あーっ!? お姉ちゃんもズルイー!! 私も抱き着くー!!!」

 

「ユニまで!? ぐおおおおおおおおっ!!! は、離れんかいいいいいいいい!!!!!」

 

 

これまた感極まったノワールが抱き着いてくる。ユニといい、やはり似たもの姉妹らしい。

更には触発されてユニまでもが再び抱擁してくる。

美少女二人からの抱擁など国宝級の一時ではあるがこのままでは理性がガードブレイクしてしまう。

鉄壁の理性で何とか堪え、白斗は二人を引き離した。

 

 

「と、とにかく! 大切にしてくれよ! 後ケーキはナマモノだから早めにな!」

 

「そ、そうね。 折角だしお昼ご飯控えてるけどコーヒーブレイクにしましょうか」

 

「お姉ちゃんナイス! それじゃコーヒー用意してくるね!」

 

 

ここまで来たらケーキもしっかりと味わっておきたい。

仕事熱心で有名なノワールも、白斗の前では恋する乙女。彼の前では割と素直になれる。

ユニも賛同し、早速二人から好評を得ているコーヒーをカップに注いだ。

芳醇な香りを放つコーヒーと、綺麗な色合いのケーキ。最早お預けを食らっている犬と同じ状態である。

 

 

「それじゃ早速いただきます! はむ………ん! 美味しい~~~!!」

 

「このロールケーキも最高~~~!! 生クリームの甘味とフルーツの酸味がもう絶妙!!」

 

「そっか、良かった良かった」

 

 

ケーキ自体も喜んでくれた。

鮮度が命ゆえに完成自体も今朝の事、尚且つ形が崩れないように運ぶのも苦労したがその苦労も報われた。

量もあるのでお互いに食べさせあいっこまで初めて二人に、寧ろ白斗が幸せを感じていると。

 

 

「……は、白斗」

 

「ん? どうしたノワール?」

 

 

急にノワールがもじもじと、顔を赤らめながら訊ねてきた。

トイレというわけではなさそうだが、見当がつかないので聞き返すと。

 

 

「……は、白斗に……『あーん』して、貰いたいな……」

 

「「んなぁっ!?」」

 

 

普段のノワールから考えられないような、甘えっぷりだった。

白斗は勿論、妹のユニも思わず驚いてしまう。

けれどもツンデレと評されるだけあって自己表現が苦手なノワールが、こんな言葉を出すのにどれだけ勇気を振り絞ったか。ならば、それに応えるしかない。

モンブランをフォークで切り分けて突き刺し、そのひと切れを彼女の口元まで運ぶ。

 

 

「……あ、あーん」

 

「っ!! あーん………~~~~~っ!!!」

 

 

白斗はどうしてもノワールの唇に目が行ってしまう。

綺麗で、柔らかそうなその艶めかしい輝きを放つ唇に魅了されているとモンブランは一口で食べられた。

モンブランの甘さに加えて、白斗が食べさせてくれたという幸福感にノワールは身悶えする。

 

 

「ど、どうッスかノワールさん……?」

 

「もう……最ッ高です……!」

 

「さ、さいですか……。 ってユニ?」

 

 

すると白斗の左側に謎の握力が。

振り返るとそこには涙を浮かべて、頬に嫉妬を詰め込んだユニがこちらを睨んでいる。

 

 

「白兄ぃ! お姉ちゃんには『あーん』してあげて、妹であるアタシにしないのは筋が通らないんじゃないかな!?」

 

「そ、そう言うモンか? ならユニにも……」

 

 

もう慣れてしまった。まだ気恥ずかしさは残るものの、兄として妹の要望には応えてやらなければ。

またフォークでロールケーキを切り分けようとした時だ。

 

 

「あ! 待って!! アタシからは……白兄ぃに、あーん!!」

 

「「のわぁっ!?」」

 

 

今度はノワールと一緒になって驚いてしまった。

なんと白斗が「あーん」するのではなく、ユニが「あーん」してきたのだから。

 

 

「ち、ちょっとユニ!? それはズルイわよ!!」

 

「お姉ちゃんとは違うところ見せたいもん! 負けてられないもん!!」

 

 

ユニもまた、白斗を兄として慕い、そして異性として愛している。

好きな人に可愛い女の子として認めてもらいたい一心から繰り出した行動だった。当然白斗の心には凄まじい一撃となって撃ち込まれる。

ゴクリと喉を鳴らした後、意を決して口を開けて。

 

 

「あ、あー………ん」

 

「っ!! はい、あーんっ!!」

 

 

白斗の口の中にロールケーキが放り込まれた。

自分が作っただけに味は覚えている。―――はずなのに、ユニが食べさせてくれただけで全く違った味になっていた。

称するならば、「幸せの味」か。

 

 

「は、白斗! 私からも、あーん!!」

 

「それじゃ白兄ぃ! 次はアタシに『あーん』してね!」

 

(……これ、もうコーヒーブレイクじゃなくなってるよなぁ……)

 

 

などと思いながらも、女神達との一時を楽しんだ白斗であった。

しかし楽しい時間は過ぎるのも早く、あっという間に一時間以上が経過してしまっている。

ふと壁に掛けられた時計に目をやれば、白斗の肩がビクリと震え上がった。

 

 

「うおっと! すまん、俺そろそろ行かないと!!」

 

「他の子達にお返しに行くの? マメねぇ」

 

「マメさが数少ない取り柄ですから。 あ、それとノワール」

 

「ん?」

 

 

すると突然、白斗が近寄り―――。

 

 

 

「……今度の休日、一緒に遊びに行こうぜ。 んじゃな!」

 

「…………ふぇっ!?」

 

 

 

そう言い残し、白斗は颯爽と去っていった。

後に残されたノワールは顔を赤らめる。紛れもなく、デートのお誘いだ。

一瞬何が何だが分からなかった。ただ、徐々にその事実を受け止めるにつれ気分が高揚していき―――。

 

 

「……ユニ!! 全ての仕事終わらせるわよ!!! 急ピッチで!!!!!」

 

「お姉ちゃん、アタシ妨害したくなったんだけど」

 

 

仲が悪いような、仲がいいような、そんなラステイション姉妹でありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――現在、午後1時。

ここは夢見る白の国、ルウィー。今日も今日とて雪が降り積もる幻想の国。

四ヶ国で最もバレンタインデーやホワイトデーが似合う国はどこなのかと聞かれれば真っ先に名前が上がることも多いこの雪の国は、やはり色めき立っていた。

表に出れば愛を誓い合ったカップルがホワイトデーに託けて様々なシチュエーションを堪能している。

そんな中、この国の女神ホワイトハートことブラン様はと言えば。

 

 

「―――死のう」

 

 

鬱になっておられた。

 

 

「ぶ、ブラン様……貴女、そんなネガティブなキャラじゃないでしょう?」

 

 

開口一番にこの暗さ、彼女に仕えるメイドことフィナンシェも引き気味だ。

常日頃物静かな印象であるブランだが、ここまで鬱全開も珍しい。ラノベ新人賞に落選した時でさえこうはならないのに。

だからと言ってこのままにもしておけない。とりあえず何があったのか問いかけてみると。

 

 

「……今日、白斗が来るって……」

 

「はい。 今日はホワイトデー、白斗さんのお返しなんて嬉しいはずでは?」

 

 

何を隠そう、このブランも白斗に恋している乙女の一人。

今や彼女にとって大切なものはルウィー、妹であるロムとラム、そして白斗。

彼のためなら命すらも懸けられるというほど恋している彼女が、何故こうも暗くなるのか解せなかった。

 

 

「そこが問題じゃねぇかあああああああああああ!!!」

 

「ひゃぁっ!?」

 

「私はバレンタインデーで……意味も知らずにクッキーを焼いてしまったっ……!! クッキーの意味は、『友達』……白斗と友達関係で終わっちゃう……!!」

 

 

そう、ブランはバレンタインデーでクッキーを焼いて手渡した。

想いを込め、更には自分なりの本気の渡し方をした思い出深いバレンタインデー。けれどもつい先日、ホワイトデーについて調べていると贈り物にもちゃんとした意味が込められているという。

その中でもクッキーはサクサクとした軽い食感から転じて「軽い友達でいよう」という意味があるらしく、それを知った瞬間絶望に包まれてしまったブラン様であった。

 

 

「くっ……これも全部カスケードって奴が悪いんだ……!! 奴がロクに調べもせず、私にクッキーなんて割り当てて小説を執筆したから……!!」

 

「ブラン様何を言ってるんですかっ!?」

 

 

とりあえず、ごめんなさい。(by作者)

 

 

「どうしよう……もし、もし白斗からクッキーを渡されたらずっと友達……? それともマシュマロ……? 白斗に嫌われたら私……私……!!」

 

「お、落ち着いてください!! 白斗さんがそこまで考えていると思いますか!?」

 

 

けれどもあのブランがここまで心揺らされるとはフィナンシェも予想外。

それだけ白斗に対して、真剣に恋しているのだ。本気で愛しているのだ。だからこそ嫌われたくない、拒絶の言葉を受けたくなかった。

 

 

「……いや、でも……。 うぅ……お願いフィナンシェ、白斗が来たら足止めしておいて……」

 

「すみません、さっき来られたのでお通ししちゃいました」

 

「何だとおおおおおおおおおおおお!!?」

 

 

手遅れだった。既にこの教会に来ているというのだ。

一気に慌てだすブラン、可能ならば今すぐにでも逃げ出したい気分である。

 

 

「と、とにかく白斗が来る前に脱出……」

 

「おーすブラン! ホワイトデーの襲来じゃー!」

 

「きゃああああああああああっ!!? 白斗おおおおおおおおおおっ!!?」

 

 

バン、と半ば強引にして扉が明けられた。そこには陽気な白斗が。

ある意味一番合いたくて、そしてある意味一番合いたくない人の登場にブランが驚き慄く。

 

 

「な、何だよいきなり!? ……迷惑だったか?」

 

「い、いや……その……ごめんなさい……」

 

「謝らなくていいって。 それよりもホワイトデーのお返しに来たんだけど……いる?」

 

「………うん………」

 

 

この様子だと白斗はブランに対して悪い感情など欠片も無い。持っている方がおかしいのだが。

ひとまず安心したブランは安心しながらも、静かに首を縦に振る。

 

 

「まずブランには……この本!」

 

「え? これって……アロル・クリスティンの冒険記?」

 

 

取り出された一冊の本、それはブランが愛してやまない冒険記シリーズだった。

白斗も好んでいるらしく、本の趣味が合うこと自体は嬉しい。

ただこの本は既に持っているものであり、そこまで嬉しいものでは無かった。これだけならば。

 

 

「開いてみそ」

 

「え、ええ……ってこれクリスティン先生の直筆サイン!? しかも『ブラン様へ』って!?」

 

 

そう、それはただの本では無かった。ブランが憧れるアロル・クリスティンの直筆サインが懸かれていたのだ。

しかも宛名は「ブラン様」名義。世界でたった一つ、ブランのためだけに掛かれたもの。

 

 

「白斗……もしかしてクリスティン先生に会ったの!?」

 

「ああ、正真正銘ご本人にな。 と言っても正体は明かせないけど」

 

 

こういう時、白斗は人の縁に感謝したくなる。

何よりもこんなお願いを快く引き受けてくれた、あのショートカットの冒険家に最上級の感謝を今でも送っていた。

そしてブランは、些細な願いをも叶えてくれた目の前の少年の心意気に目頭を熱くさせる。

 

 

「……私の、ために……?」

 

「おう。 ブラン、この人の大ファンだったからこういうのが一番喜んでくれるかなーって」

 

 

―――なんて、温かくて優しい人なんだろう。

そんな想いがブランの胸の中に広がる。先程までの悩みが如何にちっぽけで些細なことだったか。

自分がそんなことで悶々としている間も、白斗はブランのことを想ってくれていた。彼の想いが、ブランにとって何よりも嬉しかった。

 

 

「……うっ、ぐすっ……」

 

「って、うええぇぇぇっ!? な、何かマズったか!? ゴメン!!」

 

「ち、違うの!! ……嬉しすぎて……涙、出ちゃった……」

 

 

涙ながらに本を大切に抱きしめるブラン。

内容こそ同じ本を持ってはいるが、この本は重みも温かさも違う。アロル・クリスティンの直筆サイン入りという意味でも、そして白斗の贈り物という意味でも。

彼女にとっては家宝にしたくなる一品だ。

 

 

「良かったですねブラン様。 ……ってあら? ロム様にラム様?」

 

 

やきもきしていたフィナンシェもこれで一安心。

そこへ、てててと可愛らしい足音を立てて走ってくる小さな二つの影。ブランの妹ことロムとラムだ。

今日も天真爛漫で愛らしい笑顔を向けている。

 

 

「お兄ちゃ~ん! 絵本ありがとう! 面白かったー!」

 

「チョコもおいしかった……お兄ちゃん、大好き♪(るんるん)」

 

 

双子の手にはそれぞれチョコレートの入った包みと、本が一冊ずつ握られていた。

どうやら彼女達には絵本が贈られたらしい、それも違う内容の絵本だ。

 

 

「絵本にチョコ? 白斗から貰ったの?」

 

「うん! お兄ちゃんが作ってくれたんだって!」

 

「とっても面白いの……後でお姉ちゃんにも読んで欲しいな♪(わくわく)」

 

「白斗が作ったって……まさか自費出版!?」

 

「まぁ、二冊だけだったしな。 軽い軽い」

 

 

それこそまさに、ロムとラムのためだけのオリジナルの絵本だったらしい。

自費出版とは言うが、それでも結構な金額が掛かるもの。実際出費もそれなりだったのだが、この小さな女神様の笑顔を見られただけでも白斗は報われた思いになる。

小さな頭をそれぞれ撫でてやると、ロムとラムは気持ちよさそうに目を細めてくれた。

 

 

「二人とも、大切にしてくれよ」

 

「うん! かほーにする!!」

 

「ははは、そりゃありがたい。 それじゃ兄ちゃんはまだブランと話があるから」

 

「わかった……また遊んでね、お兄ちゃん(にこにこ)」

 

 

最高のプレゼントを貰えたことで二人は上機嫌。

珍しく聞き分けが良く、そのまま自室へと走っていった。

 

 

「……白斗って、本当に尽くすタイプなのね」

 

「尽くしたくなるんだよ。 あの二人も、ブランもな」

 

「………っ!」

 

 

ぼっ、と顔が赤くなってしまったブラン。何度でも胸が焦がされそうになる。

恋する乙女の顔はとても可愛らしい、傍で見守っていたフィナンシェも思わずほっこりしてしまった。

 

 

「おっと、忘れちゃいけねぇ。 お菓子もあるんだった」

 

「え……」

 

 

しかし、まだあった。先程ロムとラムには絵本とチョコを贈っていたのだ。

今年の白斗はお菓子に加えてその人物が最も喜ぶであろう一品を贈るスタイル。当然ブランにもお菓子を作っていた。

ここまで来て、さすがにクッキーやマシュマロに怯えることはない。が、それでもやはり気になってしまう。

 

 

「ブランへのお菓子は……これだ」

 

「これ……マカロン!?」

 

 

お洒落な紙袋が手渡された。

一瞬クッキーかと絶望に叩き落されそうになったが、持ってみると何かが違う。

開けてみるとそこには色取り取りの焼き菓子、マカロンが詰められていた。

 

 

(マカロンの意味は……『特別な人』……!)

 

 

ブランは目を輝かせた。

本当に白斗が来る前まで抱いていた憂鬱な感情など最早微塵もない。

こんなにも自分の事を想ってくれている白斗が、悪い意味を込めているとも思えずブランは笑顔になった。

 

 

「……嬉しい……! 白斗、本当に……本当にありがとう!」

 

 

最悪かと思われていたホワイトデーが、一転して最高のホワイトデーになった。

ブランにとって、白斗がいればどんな日でも幸せにしてくれる。白斗がいてくれるだけで、ブランの心は満たされた。

 

 

「どういたしまして。 それとな……」

 

「ん?」

 

 

まだ何かあるらしい。

最高の一冊を貰って、最高のお菓子を貰って、心はもう満たされているというのに。

どこまで与えれば気が済むのだろうか、彼女の守護騎士は。

それでも期待せずにはいられないのが乙女と言うもの。白斗の手招きに応じて近づくと。

 

 

 

 

「……お前は意味まで考えずにクッキーくれたのかもしれないけどな、俺は……俺なりの意味を込めてマカロン焼いたから」

 

 

 

 

―――そんな一言を残して、白斗は去っていった。

 

 

「……やっぱり愛されてますねブラン様♪」

 

 

そのやり取りを見守っていたフィナンシェも、これで一安心だ。

やはり彼に任せておけば万事問題ないと確信した瞬間でもある。

とりあえずブランへ向き直ると、件の女神様は雪のように白かった肌を限界まで赤くさせて。

 

 

「…………はひゅぅ」

 

「ぶ、ブラン様!? ブラン様―――――!!?」

 

 

幸せそうに、ぶっ倒れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから時間は経ち、ここはリーンボックス。

現在時刻午後4時。 これから日が沈み始めるだろう時間帯にも関わらず、とあるステージでは大勢の観客が集まっていた。

それもそのはず、ここではリーンボックスが誇る大人気アイドルである5pb.のライブの真っ最中なのだから。

 

 

『『『うおおぉぉ~~~!! 5pb.ちゃ~~~ん!!』』』

 

「……うん、今日も大盛況!! 白斗君も楽しんでくれてるなかな……」

 

 

現在休憩のため舞台袖へとはけていた5pb.は、今尚熱狂に包まれている観客席を見渡す。勿論観客たちの反応を見て喜んでいるのもあるが、想い人でもある白斗の姿を探していたのだ。

というのも事の発端は今も尚、大事そうに握られた携帯電話に送信された、白斗からの一通のメールである。

 

 

 

『今日のライブに行くから、楽しみにしててくれよな!』

 

 

 

こんな色気も飾り気もない、たった一文だけのメールが今朝送られてきたのだ。

それでもこの一文を目にした時、5pb.の目は一気に覚め、メールにはしっかりと保護を掛けて置いた。

白斗が会いに来てくれる、それを感じただけで無限のパワーが沸き上がってしまう。恋する乙女の為せる業だ。

 

 

「5pb.さん、次は今朝言ってたあの曲お願いします!」

 

「分かりました! ……でもギターボーカルの人が見えないんですけど大丈夫ですか?」

 

「ご安心を、もうスタンバってくれてますんで!」

 

「そうなんですか? 分かりました……」

 

 

ただ、次の曲に関しては不安を覚えていた。

ギターボーカルが必要な曲なのだが、肝心の担当者の姿が先程から見えなかったのだ。

十分な打ち合わせも出来ていなかったが、この程度のピンチなどアイドルである彼女には日常茶飯事。

 

 

「―――みんな、お待たせーっ!! 次の曲行くよーっ!!」

 

『『『ふおおおおぉぉぉ――――っ!!!』』』

 

 

派手なスモーク共に5pb.がステージに飛び込む。

彼女の可憐な姿に男性ファンは勿論、その歌声に惹かれた女性ファンも歓声を上げる。

しかし、その時予期せぬことが起こった。演出の一環である背景のスクリーンに当初の予定とは違う文字が入っていたのだ。

 

 

『スペシャルサプライズゲスト、登場!』

 

(え? そんなのボク聞いてないんだけど?)

 

 

このタイミングでゲストと何かトークでもしろというのか。

だが既に伴奏は始まっている、曲は止められない。とりあえず歌う準備はいつでも整えている。

MAGES.でもベール様でもどんとこい、と意気込んでいたところスモークの中から現れたのは―――。

 

 

 

 

 

 

「―――みんな! 飛び入り参加ですまねぇな! スペシャルサプライズでギターボーカルを務めさせてもらう、黒原白斗だ!! よろしくな!!!」

 

(えええぇぇぇっ!!? 白斗君――――っ!!?)

 

 

 

 

 

 

5pb.の想い人、白斗だった。

手にしたギターや服装を黒色で固めており、しかし格好良さと怜悧さを兼ね備えつつ、どこか受け入れやすい雰囲気を放っている。

そしてツネミのライブやネプテューヌの映画などで知名度を上げていた彼のサプライズ登場は観客たちの盛り上がりに一役買っていた。

 

 

「悪かったな、黙ってて」

 

「白斗君……どうして……」

 

「俺流ホワイトデーのプレゼント。 お前には俺だけの曲を贈ってくれたからな、俺からはお前とのライブって形でお返しするぜ!」

 

 

ギュィィン、とギターを掻き鳴らせば痺れるような感覚がステージ中に広がる。

元より白斗とのセッションを希望していた5pb.だが、改めて確信した。彼と一緒なら、最高のライブに出来ると。

どうやらスタッフ達もグルだったらしく、準備は万端。

 

 

「……最高のライブにしようぜ、5pb.」

 

 

白斗の優しい微笑みが、5pb.を包み込んだ。

いつもそうだ。彼の表情全てが、内気な彼女に力を与えてくれる。そしていつもその姿に助けられ、支えられ、守られてきた。

白斗も生半可な気持ちでこのステージに立っているのではない。最高のライブにするための覚悟と想いで、ここに立っていた。

それを知らされて、燃えないアイドルがいるだろうか。いや、いない。

 

 

「……うんっ!! もうボクのボルテージは最高潮だよ!!!」

 

「奇遇だな。 俺も………外す気が起きねぇ!!」

 

 

眩い笑顔で返してくれる5pb.。今の彼女となら、最高のライブになる。

例えミスが起ころうとも、そのミスですら楽しめる。楽しませることが出来る。

白斗の絡みつくようなギターに、5pb.の美しい声色が合わさり、そこに力強い白斗のボーカルが支える。

あくまでメインは5pb.、彼女の魅力を引き出せるよう絶妙なポジションをキープしている。

 

 

(……もう、ツネミさんってばズルイなぁ……。 白斗君と一緒に歌える、こんな最高の一時を……真っ先に味わってたなんて!!)

 

 

今、5pb.と白斗は音楽を通じて一体となっていた。

大好きな人と、大好きな舞台で、大好きな音楽で共に歌える幸せを、5pb.は全身で感じ取っている。

きっとツネミもこんな感覚だったのだろう。だから尚更嬉しかった。

 

 

(……まさか、こんなホワイトデーのお返しが貰えるなんて……! もう、どこまでボクを夢中にさせれば気が済むのかな、白斗君は!!)

 

 

夢にまで見た、大好きな人とのセッション。白斗はこの日のために5pb.の持ち歌を完璧に覚えてくれた。

いや、それ以上に楽しくなるように合わせてくれている。

このライブは彼女と、そして白斗の想いの結晶。華麗で力強く、どこまでも響き渡る美しい二人の歌声と旋律。

 

 

 

 

 

 

―――その熱狂ぶりは、リーンボックスの伝説としていつまでも語り継がれたという。

 

 

 

 

 

 

 

大盛況のうちにライブは終わり、午後6時。

控室にて二人きりとなった5pb.と白斗は互いに椅子に座って背中を預けていた。

 

 

「はぁ~……お、お疲れ様~……」

 

「ホントに疲れたよ……もー、来るなら来るって言ってよね」

 

「ゴメンゴメン。 ビックリさせようって思って」

 

「実際ビックリしちゃったけど……楽しかったし、幸せだったから許してあげる」

 

「サンキュー」

 

 

白斗自身も結構無茶な計画だとは思っていたが、どうしてもやりたかった。

そのために各種手配や根回しなどを行い、ここまでこじつけられたのだ。その努力も実を結んだと思うと肩の荷が下り、余計に疲労を感じる。

しかし、二人を包んでいるのは倦怠感などではなく達成感や充実感などで満ち溢れ心地よい疲労感。

二人にとって、決して忘れられないライブとなった。

 

 

「あ、そうだ。 今日のライブ映像は局長さんにお願いして焼き増ししてあるから」

 

「さっすが白斗君! 気が利くね!」

 

「こんなことくらいしか取り柄が無い白斗さんですからな。 おっと、更にもう一つ」

 

 

当然、プレゼントは思い出だけではない。

彼女からはチョコを貰ったのだ、だからこちらもお菓子を用意している。今年の白斗は二段構えのスタイル、彼女に送られたデザートは―――。

 

 

「シュークリーム!! しかも6つも!!」

 

「しっかり味わってくれよな。 それじゃ俺そろそろ行かないと……」

 

「あ……待って!!」

 

「ん? なんだ……ってうおわ!!?」

 

 

ライブに乱入というサプライズに力を入れた分、お菓子自体はシンプルにシュークリームにしてみたとは白斗談。

だが6個もある上に手作りという想いの籠った一品であることは疑いようがない。心躍る気分の5pb.だったが、白斗が立ち去ろうとした瞬間、立ち上がって背中から抱き着き―――。

 

 

「……今日は、本当にありがとう。 ……また一緒にライブ、しようね」

 

「……ああ」

 

 

背後から突然の抱擁に慌てる白斗。背中越しに伝わる温もりと柔らかさに理性が溶かされそうになるが、何とか持ちこたえる。

すると甘く、綺麗な声で背後から囁きかけてきた。快感にも似た何かが体中を駆け抜けるが、白斗は柔らかく微笑んで約束を交わした。

こうしてリーンボックスの歌姫との一時は、情熱的ながらも静かな終わりを迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから少しして、午後7時。

リーンボックスの中でも上流階級の人間しか利用できないような高級料理店。そこで一人の女性が、美しいドレスを着こみ、ハイヒールの靴音を鳴らしながら現れた。

 

 

「……リーンボックスでもトップクラスの高級料理店……。 そんな素敵なお店で、白ちゃんとお食事なんて……夢みたいですわ♪」

 

 

この国の女神、グリーンハートことベールだった。

美しく、気品溢れ、抜群のプロポーションを持つその姿は男女問わず見る者を引き込ませる。

おめかしも化粧も気合を入れており、自然と胸が高鳴っていた。

 

 

「ベール姉さん! ごめん、待たせたかな?」

 

「白ちゃん! いえ、今来た所ですから」

 

 

その店の前に現れた、もう一人の少年。ベールの義弟にして、女としても愛する少年、黒原白斗だった。

いつもとは違う燕尾服に身を包み、ネクタイもしっかりと絞めたその姿は凛々しく、そして大人っぽい色気もある。

ベールは冷静に返したつもりだが、この高鳴りが悟られないか心配になってしまう。

 

 

「まさか白ちゃんからこんなお店でのお食事に誘っていただけるとは思いませんでしたわ」

 

「俺だってやる時はやりますとも。 ……大事な人のためなら尚更さ」

 

 

それもそのはず、今回の夕食は白斗からのお誘いなのだ。堅苦しい格好や場を嫌う白斗からそんな提案をされると思ってもみなかったこともあり、余計に意識してしまうのだ。

彼は特に意識などしていないのだろうが、だからこそ時折でるその姿と言葉に胸を打たれる。

 

 

「……本当に、素敵ですわ……。 なら、本日は白ちゃんにお任せいたします」

 

「任されました。 ……お手をどうぞ、お嬢様」

 

「はい……!」

 

 

紳士的なエスコートは、もう手慣れたものだ。

自然と伸ばされた白斗の手に、自然と手を重ねるベール。手袋越しでも伝わる、互いの体温と手の感触に心臓を跳ねさせながらも優雅に店の中へと入っていった。

礼儀正しいウェイターの案内を受け、席へと到着する。予約席と書かれた札が、白斗の本気を感じさせた。

 

 

「それにしてもこのお店……相当高いはずですけど……」

 

「気にしないでくれよ。 ……素敵な人には、素敵な夜が一番だから」

 

 

意外と言うべきか、それともらしいというべきか、仕事以外ではあまり外食をしないベール。

それだけに実はこういう店自体にはそこまで慣れてはいない。

ただ、女性として憧れてはいた。そんな憧れを白斗は叶えてくれる。実際この店の予約だけで凄まじい金額が吹き飛んだのだが、白斗の甲斐性がそれを実現させた。

 

 

(……どうしてでしょう。 他の男性からも贈り物などは多くされたのに心は動かされなかった……。 なのに……白ちゃん相手だと、どうして心がこうまでときめいてしまうのかしら……)

 

 

彼の一挙一動に、彼の想い一つ一つにベールの心臓は跳ねる。

他の男性に尽くされても全く動じなかったのに、彼がベールのために何かしてくれるだけで嬉しさと喜びと、そして幸せを感じてしまう。

―――まさしく、恋する乙女だった。

 

 

 

 

 

 

その後、運ばれる料理や飲み物に舌鼓を打った。

さすがにこんなフォーマルな場で未成年が飲酒をするわけにもいかず、飲み物自体はノンアルコールだったが高級料理店ということで例えジュースであろうとも専門のソムリエが丁寧に吟味した最高の一品を提供してくれる。

料理も、量自体は多くなかったが味や触感、盛り付け方がまさに最高級で白斗とベールを楽しませた。

食事の間に交わされる談笑も決して騒ぐほどではなかったが、静かであるにも拘らずベールにとってとても楽しい一時となった。

 

 

「食後のデザートをお持ちしてよろしいでしょうか?」

 

「はい。 例のもの、お願いします」

 

「畏まりました」

 

 

会話の邪魔にならないよう、静かに食器を片付けるウェイター。

だがいよいよコース料理も大詰め、最後のデザートを待つのみとなった。白斗の言葉を受けて恭しく一礼したウェイターが、しばらくしてクロッシュに覆われた皿を持ってくる。

 

 

「……実はこれ、俺が作った奴なんだ」

 

「え? 白ちゃんが……?」

 

「ああ、この店サービスが充実しててさ。 自分が作ったデザートなんかも出してくれるんだ」

 

 

白斗がこの店を選んだ理由は、何も高級という在り来たりな肩書だけでは無かった。

この店が、白斗が望む演出をしてくれるから。そしてその演出でベールを喜ばせられると思ったからだ。

どこまでもベールのためを想ってくれる彼の心遣いに、ベールはいよいよ視線が潤みそうになる。

 

 

「……開けても、よろしいですか?」

 

「勿論。 お願いします」

 

 

ウェイターがクロッシュを開けてくれた。

そこにあったもの、それは白斗が丹精と想いを込めて作ったフルーツケーキ。

苺やメロン、オレンジなど新鮮な果物を贅沢に生クリームで包み込んだ豪華な一品。ベールは思わず目を奪われてしまった。

 

 

「……こんなに素敵なお店で、素敵な一時を過ごせて……しかもこんな素敵なケーキまで……ここまで幸せにしてもらって貰っていいのでしょうか……」

 

「いいんだよ。 ……姉さんには、幸せになってもらいたかったから」

 

 

いつもでもそうだった。白斗は何だかんだ言いつつも、いつでも誰かのためを想ってくれている。

飾り気もないだけに、その想いがストレートにぶつけられるのだ。だからこそ、その想いが深く響いてくる。女神としてだけではない、女の子としてのベールの心を打ってくれるのだ。

 

 

 

 

 

「……あり、がとうございます……最高の、ホワイトデー……ですわ……!!」

 

 

 

 

彼女の美しい涙と、美しい笑顔が今回のホワイトデーの成功を物語ってくれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「―――ありがとうございました」」」

 

 

 

それからしばらくして、二人は店を後にした。

上客として迎えられたらしく、店員達総出でお見送りされる。ここまでくるとちょっとしたVIP待遇である。

女神としてこんな扱いを受けるのはよくあることだが、白斗と一緒だとそれすらも新鮮に感じるベール。時間は既に9時を回っており、ひんやりとした夜の空気が心地よく感じられた。

 

 

「白ちゃん、今日は本当にありがとう。 ……こんなにも素敵なホワイトデー、二度と来ないかもしれませんわね」

 

「姉さんが望むなら、何度だってやるさ」

 

「ふふ、その心遣いは嬉しいのですけれど次からはちゃんとお財布事情も考えてくださいね?」

 

「あ、あはは……もー少し稼げる男になります……」

 

 

今回のデートは非常に楽しかった。それは間違いないのだが、一番大きな出費は間違いなくベールの所でもある。

次からはもう少し計画的に散財しようと白斗は心に誓った。

 

 

「ところで白ちゃん、帰りは大丈夫ですの?」

 

「大丈夫大丈夫。 ちゃんと飛行機も押さえて……」

 

 

そう言いつつ、携帯電話を取り出して現在時刻を見ようとした時だ。何かのネットニュースの話題が届いていることに気付く。

わざわざ通知されているということはそれなりに大きな話題らしい、開いてみると。

 

 

「―――げっ!? プラネテューヌ行きの便が欠航!? マジかよ!!?」

 

 

優雅さの欠片もなく大慌てしだした。

何せ、帰りの定期便がこの土壇場で無くなってしまったのだから。他の便は押さえられるかどうかも分からず、仮に席を確保したとしても帰りが12時を超えてしまうのは確実。

 

 

(マズイ……!! まだプラネテューヌの皆に……ネプテューヌにプレゼント渡してないのに……!!)

 

 

ホワイトデーは、その日の内に贈らないと意味がない。少し時間が遅れてもそこまで気にしない優しい少女達であることは知っているが、それで許せる白斗ではない。

どうしたものかと頭を悩ませていると。

 

 

「―――白ちゃん、私にお任せくださいまし!!」

 

「えっ!? 女神化!?」

 

 

ベールがシェアエネルギーをその身に纏い始めた。女神化だ。

光が晴れるとそこには美しき緑の女神、グリーンハートが佇んでいる。ウィングも展開し、準備完了である。

 

 

「さぁ掴まって!! フルスロットルで参りますわよ!!」

 

「ちょ、待………ぅぅぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

 

有無を言わさず白斗の手と荷物を手に取ったベール。そのままウィングを広げ、夜空へと舞い上がった。

その軌跡緑色の流星となってゲイムギョウ界の夜空を駆け抜けた。

女神の全力と言えどもさすがにプラネテューヌまでは距離があり、時間がかかる。しかし美しき夜空のフライトは楽しくもあった。

 

 

「……相変わらず姉さんのフライトはすげぇな!!」

 

「お褒めに預かり光栄ですわ。 ……今日のお礼、としては全然足りませんが」

 

「いやいや、バレンタインデーのお返しだってば」

 

「ふふ、そうですか? ……私は、それ以上のものを頂きましたけれど」

 

 

実際、ベールの心は満たされているどころか溢れ返っていた。

今手を繋いでいるこの少年への恋心で。

―――そんなフライトを楽しんでいたのだが、一時間もすればいよいよ見えてくる。美しい夜景が特徴的な科学の国、プラネテューヌが。

しかもご丁寧なことにベールはプラネタワーの目の前で下ろしてくれた。

 

 

「ふぅ……。 これでセーフ、ですわね」

 

「助かった! 姉さんゴメンな、ホワイトデーなのに無理させちゃって」

 

「良い男に尽くすのが良い女ですから。 それと……これは私の心からのお礼……ですわ……」

 

「だから、そんなの良いって……」

 

 

今日は白斗が尽くす側なのだ、これ以上尽くされたとあっては立つ瀬がない。

遠慮しようとした矢先、ベールの美しい顔がこちらに近づいていき―――。

 

 

 

 

 

「――――ちゅっ」

 

 

 

 

 

白斗の頬に、口付けを一つ落としたのだった。

 

 

「……………へ?」

 

「ふふ、貴方が素敵な殿方でしたから。 ……では、失礼しますわね」

 

 

白斗の頬に押し当てられた、柔らかく美しい感触。

短くも、はっきりと心に刻み込まれたそのキスに白斗は呆けてしまう。

顔を離したベールは顔を赤くしながらも美しく微笑み、そのまま夜空へと飛んで消えてしまうのだった。

 

 

 

 

「………ヤベ、こんな顔ネプテューヌ達には見せらんねぇぞ………」

 

 

 

タワーに入るまでの間、白斗は緩んだ頬を戻すのに精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ただいま!!」

 

「「「「お帰りなさ―――い!!!」」」」

 

「ぐぉわぁっ!? ちょ、抱き着くなぁ!!!」

 

 

それからしばらくして、ようやく気を引き締めた白斗が居住区のドアを開け放つ。

すると一斉に柔らかく、温かい抱擁が四つも出迎えた。

アイエフにコンパ、ネプギア、そしてネプテューヌ。白斗に想いを寄せる少女達の出迎えに白斗は倒れそうになるも、何とか踏ん張った。

そこへ通りがかったイストワールも柔らかく微笑みながら近づいてくる。

 

 

「お帰りなさい白斗さん、飛行機が欠航すると聞いてましたが」

 

「ベール姉さんのお蔭で何とか戻ってこれました。 それじゃ早速、ホワイトデーのお返しと参りますか!」

 

「「「「やったー!!」」」」

 

 

そう言って白斗は冷蔵庫へと向かった。

今夜、ここで彼女達に渡すと決めていたためずっと材料をこの冷蔵庫に仕舞っていたのだ。

今は夜の10時を超えているが、最早恋する乙女たちはそんなことなど気にならない。

白斗は冷蔵庫から材料を取り出し、その場で調理を始める。

フルーツを切り分けて器に盛り、その上に生クリームやチョコレート、更にはプリンでトッピング。

 

 

「お待たせ!! 白斗さんお手製のプリンパフェ豪華絢爛!!」

 

「「「「「おぉ――――!!!」」」」」

 

 

以前大好評だったパフェを、更に豪華にしたものだった。

夜食べるには不向きかもしれないが、目の当たりにした乙女たちは目を輝かせている。

 

 

「では早速……ん! 美味しい~~~!」

 

「やっぱりお兄ちゃんのパフェは最高だね!」

 

「ええ。 私達のためだけってのがまた至高にして贅沢……!」

 

「しばらくおやつ抜きにして正解だったです~~~!!」

 

「白斗さん、本当にありがとうございます! もう最高です……!」

 

 

ネプテューヌ達は皆、蕩けきっていた。

スプーンで一口する度に幸せそうな笑顔を咲かせている。お礼と共に向けられるその笑顔が、白斗にとっては何よりの報酬だ。

だからそんな彼女達をもっと喜ばせるべく、白斗は更に畳みかける。

 

 

「おっとそれだけじゃないぜ。 ……まずはネプギアに、ほい」

 

「これ……ペンダント? わぁ………!」

 

「例の如く白斗さん謹製だ。 写真も入れられるぜ」

 

「お兄ちゃんが作ってくれたの!?」

 

 

ネプギアに手渡されたのは、美しい宝石がつけられたペンダントだ。

しかもロケットの中には写真を収めることも出来る。

彼女にとっての思い出の一枚を、いつでも身に着けられるようにという願いを込めて白斗が作ったものだ。

 

 

「……ありがとう! 大切にするね!」

 

「ああ。 そんでアイエフにはこいつだ」

 

「ん? これって……携帯電話!? しかも見たことのない機種!!」

 

 

携帯電話好きのアイエフということで、彼女に贈られたのは最新のスマートフォンだった。

しかも通である彼女ですら見たことが無いものである。

 

 

「実は以前助けた人が携帯電話会社の社長さんでな、お礼にということで貰ったんだ」

 

「そんなすごいものを私に……! 白斗、ありがとう!」

 

「喜んでくれて何よりだ。 そしてコンパにはこのぬいぐるみだ」

 

「わ、わぁ~~~!! 可愛いです~~~!!!」

 

 

アイエフが笑顔になってくれた。ならば次は親友であるコンパの番。

可愛いもの大好きな彼女ということで、可愛らしく、それでいて人間サイズくらいはありそうなファンシーなくまのぬいぐるみが贈られた。

すっかりメロメロになったコンパは大喜びで抱き着く。

 

 

「抱き着き具合も最高ですぅ~~~……! 白斗さん、ありがとうです!!」

 

「どういたしまして。 それじゃイストワールさんには……」

 

「え? 私にも……ですか?」

 

「勿論。 イストワールさんも大切な人ですから」

 

「………~~~~っ!!」

 

 

全く邪気の無い笑顔と言葉で、この男はサラリと言ってのける。

当然イストワールは大慌て、ネプテューヌ達は痛い視線を白斗に向ける。それを知ってか知らずか白斗は口笛を吹きながらバッグから取り出したものは。

 

 

「あら、これは……お香ですか?」

 

「アロマって言った方が正しいですかね。 リラックス成分マシマシ、最近お疲れ気味でしたしこれでちょっとでも助けになれたらって」

 

「……ありがとうございます、白斗さん……」

 

 

こちらは随分と実用的なものだった。けれどもただ効能だけで選んだのではない、イストワールの事を考えて選んでくれたのである。

彼の細やかで思いやり溢れる気遣いに、イストワールは顔を俯きながらも一礼した。

―――頬から綺麗な雫が流れていたのは、気の所為なのだろうか。

 

 

「よーし、こんなモンかな。 はぁー、疲れた疲れたー……」

 

(……ねぷ? あれ、私は!?)

 

 

その中で唯一まだプレゼントを貰っていない少女、ネプテューヌが慌てだした。

女神様にして自称主人公にしてメインヒロインでもあるというのに、まるで忘れられているかのように白斗は自室へ戻ろうとする。

何とかプレゼントをもらいたいが、自分からがっつくのはみっともない。でもこのままでは―――。

 

 

(………ん? ポケットに何かが………メモ?)

 

 

俯いていると、パーカーワンピのポケットから一枚の紙切れが顔を覗かせていた。

先程までこんなものは無かったはず。増してや自分で入れた記憶も無い。

不審に思いつつメモを広げてみると。

 

 

 

 

 

 

 

 

『プラネタワーの屋上で待ってる  by白斗』

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白斗からの、呼び出しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、白斗~。 来たよ~」

 

 

それから少しして、ネプテューヌはプラネタワーの屋上に設置されている展望台まで足を運んでいた。

因みにネプギア達は白斗から貰ったプレゼントにうっとりしていて彼女の事に気づいていない。

展望台では白斗が静かに星を見上げていた。

 

 

「おう、悪かったな。 こんなところまで呼び出して」

 

「ホントだよ~。 ……で、その……何、かな?」

 

 

柄にもなく緊張で声が上擦ってしまう。

敢えて「ホワイトデーのお返しなのか」とは聞かなかった。綺麗な星空の下、二人きりの世界でそんな無粋なことを言いたくなかったから。

対する白斗は頬を赤くしながら、指で掻いている。

 

 

「あ、ああ……その……さっきみたいにネプテューヌにもプレゼントを贈りたいんだ……」

 

(プレゼントキター!! さっすが白斗、愛してる!!)

 

 

心の中だと割と大胆になれるネプテューヌ様。

しかし、問題なのは一体何を贈ってくれるのかだ。

 

 

「……正直、ネプテューヌには何が一番喜んでもらえるのかなってすっごく悩んだ。 プリンはさっきパフェにして贈ったし、ゲームも漫画も服も、何もかも欲しがりそうな物欲塗れのお前だから本当に見当がつかなかった」

 

「何でこの流れで私ディスっちゃうのかな!?」

 

 

思わずうがーっと怒った。

ゴメンゴメンと白斗が苦笑いしながら謝ってくれたので、とりあえず一旦矛は収める。

けれども、そこから白斗の顔つきが変わった。真剣そのものだ。

 

 

「……だから、俺が一番贈りたいものにしたんだ」

 

「え? それって……」

 

「俺からの、お前に対する正直な気持ちだ」

 

 

心臓がドキリと跳ねる。

一体何をくれるのか、今度はネプテューヌの方が見当つかなくなる。

白斗は緊張の余り呼吸が乱れており、それを整えようと必死だ。やがて落ち着かせ、意を決して懐に手を伸ばす。

そしてネプテューヌの手に、それを握らせた。

 

 

 

 

 

「………一日白斗使い放題券………?」

 

 

 

 

―――なんのこっちゃ。

正直な感想が、それだった。色々期待していただけに肩透かしも同然だが、白斗の顔はやはり真剣みを帯びたままだ。

彼なりの理由があるらしく、それを聞かずして判断することが出来ない。ネプテューヌは顔を見上げて、白斗の言葉を待った。

 

 

「……俺がこうしてこの世界で楽しく生きていけるのは皆のお蔭だ。 そして……真っ先にここで暮らそうって提案してくれたのはネプテューヌ……お前なんだ」

 

 

まだ断片的にしか聞かされていないが、白斗は元の世界では相当酷い目にあったらしい。

けれども女神達に助けられて、白斗の人生は明るいものに変わった。

何より根無し草の彼を最初に受け入れてくれたのは他ならぬ彼女、ネプテューヌなのだ。

 

 

「ネプテューヌが、俺に楽しい時間をくれた。 だから……俺の時間を、貴女にあげたい」

 

「………はく、と………」

 

 

いつもの「お前」呼ばわりではなく、「貴女」と敬意と信愛を込めた呼び方になった。

普段表に見せないが、白斗はネプテューヌを尊敬している。いつも笑顔で、いつも明るく、いつも楽しくて、いつでも優しい。

そんな素敵な女神様に、白斗はいつも感謝していた。

 

 

「その券を使ったら一日中どんなお願いでも叶えて見せる。 仕事も代行するし、買い物にだって付き合う。 ……ネプテューヌのために、俺の時間を使いたいんだ」

 

 

白斗の瞳、言葉、そして表情。そのどれもが彼の本気を伝えてくる。

それだけネプテューヌに尽くしたかった、それだけネプテューヌを喜ばせたかった。

彼のそんな想いに触れて、ネプテューヌは。

 

 

 

 

「……ありがとう、白斗!! 嬉しい!!!」

 

 

 

 

満面の笑顔と共に、白斗の胸に飛び込んだ。

 

 

「うおっと! ……そこまで喜んでもらえるとは」

 

「白斗と一日過ごせるんだもん……これ以上のプレゼントなんてないよ!」

 

 

白斗の胸に顔を埋めては頬ずりしてくる。

そんな彼女が可愛らしくて、愛おしくて、白斗はつい頭を撫でてしまう。ネプテューヌは更に気持ちよさそうに目を細めてくれた。

 

 

「白斗! 早速だけどこの券使っちゃうから!」

 

「もう使うのか? まぁ想定済みだし、いいぜ」

 

「ありがと! それじゃ最初のお願いなんだけど―――」

 

 

果たして、彼女の最初のお願いとは何だろうか。

少しの不安と、それをも上回る期待の視線を向けた白斗。

ネプテューヌは僅かに緊張しながらも、そのお願いを口にするのだった。

 

 

 

 

 

―――それから少しして白斗の部屋、既に電気は落とされ、後は寝るのみ。 

 

 

 

 

 

「ねぷ~、白斗の布団あったか~い」

 

「ちょ、く、くっつき過ぎだって……」

 

「いいじゃん、添い寝なんだから~」

 

 

なのだが、今一つのベッドに二人の少年少女が潜り込んでいた。

少年は黒原白斗、この部屋の主。少女はネプテューヌ、この国の主。

年頃の男と女が一つのベッドで寝ようとしているこのシチュエーション、所謂「添い寝」である。

 

 

「これも女神様命令! まずは私と添い寝だよっ!」

 

 

そう、これが最初にネプテューヌから出されたお願いである。

券を提示されては白斗も嫌とは言えず、寧ろ密着されるネプテューヌの感触にドギマギしながらどこか幸せを感じていた。

 

 

「にしてもいいのか? 最初のお願いがこんなので」

 

「うん! これがいいの!」

 

 

くるり、とネプテューヌがこちらへ向いてくる。

ただでさえ狭いベッドの中、密着状態で振り返るともなればその顔もいつも以上に近くなる。

柔らかそうな唇が白斗の目前にまで迫る。あのバレンタインプレゼントを思い出してしまいそうになるくらいに、その唇に引き込まれそうになる。

ネプテューヌはそれを知ってか知らずか、まだ言葉を紡いでくる。

 

 

 

 

 

「だって……私の一番の幸せは、白斗と一緒に過ごすことなんだから」

 

 

 

 

 

―――白斗の理性を蕩けさせる、そんな一言を。

 

 

「………そ、そうか……なら、幸せにして……やらねぇと、な……」

 

「えへへ、そうだよ! 勿論白斗も一緒に幸せになるんだからね!」

 

「…………そりゃ……ありがたい…………」

 

「でしょー? あー、明日は何して過ごそうかなー? 白斗は何かやりたいことは……ねぷ?」

 

 

まだ見ぬ明日へ思いを馳せる。

券という大義名分を得て、堂々と好きな人と過ごせるのだ。こんなにも嬉しく、幸せなことがあるものか。

今の内に計画を立てようと白斗に問いかけた。のだが、彼は既に。

 

 

「……ぐー………ぐごー………」

 

 

寝息を立てていた。

 

 

「白斗、寝ちゃった……? でも、そっか……こんなにも沢山お菓子作って、プレゼント用意して、各国を巡ってたんだよね……私達のために……」

 

 

お菓子の用意は昨日から、そしてプレゼント調達は更に前から。今日には四ヶ国を巡り、一人一人に充実したお返しをしていた。

どれだけの労力だったのか、想像もつかない。だからこそ、彼の想いが伝わってしまう。

彼の誠実な想いに触れ、ネプテューヌはまた顔を赤らめる。一体何度、胸を熱くされるのかもう分からない。でも、いつでもときめきたい。

 

 

 

 

 

「……白斗、本当にありがとね。 大好きだよ、私の騎士様……」

 

 

 

 

 

その頬に口付けを落とし、ネプテューヌは大好きな人の温もりに包まれながら眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その日、少女達は最高の夢見心地だったという。




というわけでホワイトデー記念小説でした!
白斗は尽くすタイプなのでお菓子よりも贈り物に力を入れた感じにしてみました。
全員分のプレゼントやお菓子考えるの本当に苦労しました。全員のシチュエーションもらしく、それでいて甘い感じにしたつもりですがいかがでしたか?
ネプテューヌ様達を可愛らしく思っていただければ、そして楽しんでいただければ幸いです。
次の番外編はいつやるのかは未定ですが、クリスマスの話とかもいずれやりたいと思いますのでお楽しみに~。
感想ご意見、お待ちしております!


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第三十六話 俺とネプ子とピーシェと

ある日のプラネテューヌ。今日も気持ちの良い快晴だった。

 

 

「―――よいしょっと、これで午前中の仕事終わりっと!」

 

「私も終わった~!」

 

 

その国のシンボル、国政の中心として立つプラネタワー。

とある一室では二人の少年少女が書類仕事をこなしている。片やネプテューヌ、この国の女神。片や黒原白斗、その女神の下で暮らす少年。

二人は息の合ったコンビネーションで溜まりに溜まった書類を片付け終えてしまった。それもお昼時までに。

 

 

「おー、あれだけあった書類がスッキリ」

 

「ふっふーん! 私に掛かればこのくらいチョロいチョロい!」

 

「だったら最初からやってくれよと思う白斗君であった」

 

「ざ~んねん! 主人公の真の力は遅れて発揮されるものなんだよー!」

 

「いや仕事はさっさと片付けちまえよ」

 

 

普段はサボり魔であるネプテューヌ、しかし本気を出せば仕事は早いのだ。

有能なのだからもっと真面目にやってくれたらいいのに、とは白斗も思うところだがこれもまた彼女の魅力の一つかと肩を竦めた。

 

 

「ま、お蔭で早めに昼飯にありつけるんだ。 どっか飯食いに行くか!」

 

「おー! だったらネプ子さんと回るラーメン店でどうですか!」

 

「そういう名前の番組一本出来そうだな……テレビ局に売り込んでみたらどうよ?」

 

「いいかも! 絶対視聴率独占しちゃうもんねー!」

 

 

この国の女神であるネプテューヌ直々に美味しい店を紹介する番組を提案してみると案外悪くないのでは思い始めている二人。

美少女でもある彼女ならばルックス的人気も集められ、何より女神様から宣伝してもらえるというこれ以上ない集客効果。テレビ局も首を縦に振ってきそうだ。

シェア上昇のためにも根回ししておこうかな、と白斗が考えていた矢先。

 

 

「あれ、ピーシェ? お昼寝中か?」

 

 

ピーシェがソファで寝ていた。

近くには散乱した積み木や人形が転がっている。どうやら遊び疲れて寝ていたらしい。

 

 

「もー、しょーがないなピー子は」

 

「だな。 さっさと片付けちゃいますか」

 

「うん! でもお昼どうしようか……」

 

 

二人は転がっている玩具を片付けながら今後の相談をする。

先程までラーメンの話をしていたのだ。ここまで来たら何としてもそのラーメン屋には行ってみたい。

けれどもピーシェを一人残していくのは出来ない。どうしようかとあれこれ悩んでいると。

 

 

「………ぷるる、と………」

 

 

そんな寂し気なピーシェの寝言が、二人の耳に突き刺さった。

 

 

「え? ピー子……?」

 

「ぷるると、ってピーシェと一緒に住んでた人の名前だよな……?」

 

 

最近一緒に居るのが当たり前のように感じていたのだが、ピーシェは元々この恋次元の人間ではないらしく、別の世界でのアイエフやコンパ、イストワール、そして「ぷるると」という人物と一緒に住んでいたらしい。

既にピーシェがここに来て二ヶ月が経とうとしているのだ、寂しがるのも無理もない。

白斗とネプテューヌは顔を見合わせ、もう一度ピーシェに視線を落としてみる。

―――その目尻からは少しだけ涙が浮かんでいた。

 

 

「……お昼、適当に出前でも取るか」

 

「うん。 ラーメンはまた今度だね」

 

 

今一番寂しい思いをしているのはピーシェだ。だが、自分達は彼女の愛する「ぷるると」ではない。

ならばそんな自分たちに出来ることは、少しでも一緒に居てあげて寂しさを紛らわせてあげることだ。例え気休めでも、ピーシェのためになればと静かに微笑み合う白斗とネプテューヌだった。

 

 

「あら、白斗さんとネプテューヌさん。 もう書類仕事は終わったのですか?」

 

「あ、いーすん! 丁度良かった!」

 

「私に何か用でしょうか?」

 

 

そこへ通りかかった、浮かぶ本に座った小さな少女イストワール。

この国の教祖にして女神の補佐役。彼女が仕事を割り振りしているという、仕事面における事実上のトップ。

彼女にはどうしても話を通しておかなければならない。

 

 

「あのね……午後からの仕事休みにしてくれないかな?」

 

「……ピーシェさんのことですね?」

 

「あれ? 何でそのことを?」

 

「最近、こうやって一人で遊んでは一人で寝て……寂しそうな姿が多くなっていたので」

 

 

ズバリ言い当てられた。どうやら、今日に限った話ではないらしい。

ここ最近、彼女の事を放置してしまっていたと感じた二人は尚更顔を俯かせる。でも、イストワールはそれを否定するかのように頭を横に振った。

 

 

「ですが、お二人の所為ではありません。 私がもっと早く他次元と通信できていれば……」

 

「まー、仕事が遅いのがウチのいーすんだからねー」 

 

「ネプテューヌさん!? そこは貴女も慰めてくれるところでは!?」

 

 

しかし、白斗には分かっていた。ネプテューヌは無理にボケようとしていることを。

シリアスな空気が苦手と言い張る彼女だが、何とかして皆のために空気を明るくしようとしてくれている。

その意思を汲んで、イストワールもそこまで怒ってはいなかった。

 

 

「とにかく、今はピーシェさんのことです。 午後からと言わず二、三日くらい一緒に遊んであげてください」

 

「いいんですか? そんなに長く……」

 

 

頼んでおいて何だが、白斗が聞き返してしまった。

真面目で仕事熱心なイストワールであれば「明日からまたよろしくお願いしますね」くらいは言いそうなものだったが。

 

 

「ええ、ここ最近はツネミさんの一件やあの映画のお蔭でプラネテューヌのシェアが大幅に上昇しています。 少しの間でしたら大丈夫です」

 

「おぉー! さすが私と白斗のゴールデンコンビ!!」

 

 

ここ最近のイストワールの機嫌の良さはここにある。

以前行ったツネミのライブ、そしてネプテューヌ主導の映画。どちらも無料で公開された上にクオリティが高かったために国民からの支持が得られた。

娯楽好きが集まるプラネテューヌの傾向とも好相性で結果、シェアにも余裕が生まれたのだという。

 

 

「ネプテューヌさんも、正直なところ頑張っていますし羽を伸ばす意味でもしっかりピーシェさんと過ごしてあげてくださいね」

 

「了解ー! 白斗、午後から何してあげよっか!」

 

「そうだな……あ! じゃぁこんなのとか……」

 

 

こうしてイストワールから快く許可を得られた白斗とネプテューヌはピーシェを楽しませるための作戦会議に取り掛かる。

彼らとて嫌々ではない、ピーシェと共に過ごすためのプランをあれこれ立てているこの一時ですら楽しく感じていた。

そんな二人を微笑ましく見つめながら、イストワールは出前を注文するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というワケでピー子! しばらくお休みになったから私達と遊ぼっか!」

 

「ホント!? ねぷてぬとおにーちゃんとあそびほーだい!?」

 

 

お昼に出前として注文したカレーを皆で食べていると、ネプテューヌから発せられたその一言にピーシェは目を輝かせた。

懐いている二人と遊べる、それだけで彼女は夢見心地のようだ。

 

 

「おう、やりたい放題よ! でな、お昼食べたらピーシェの行きたいところに連れていってやるよ」

 

「ぴぃのいきたいところ?」

 

「他にもしたいこととかあったら遠慮なく言ってきていいよ! ピー子、すっごくいい子にしてたからね! ご褒美だよ!!」

 

 

ねー、と微笑み合う白斗とネプテューヌ。まるで夫婦のようだ。

一方のピーシェは自分の態度を褒められて「やったー!」とバンザイしながら大喜びだ。

だが、いざ行きたいところ、したいことと言われても急に出てこないらしく、人差し指を加えては唸っている。

 

 

「うーん…………あ! そうだ! ぴぃ、おそとにいきたい!」

 

「どこかで遊びたいの?」

 

「ねぷてぬやおにーちゃんといっしょならどこでも! ふたりとあそびたいの!」

 

 

天真爛漫な彼女らしいリクエストだ。

思えばピーシェは幼い故に一人で街中に出られない。だから急に行きたいところと言われてもピンと来ないだろう。

であれば懐いている二人が一緒についていってあげれば、楽しい話題などが見つかるかもしれない。

 

 

「お安い御用だ。 決まったな」

 

「うん! い~っぱい街を見て回ろうねピー子!」

 

「やったーっ!!!」

 

「グホォ!? う、嬉しいのは分かったからタックルはや、やめ……グフッ」

 

 

兎にも角にも遊べることになったピーシェは大騒ぎ。

お決まりのようにネプテューヌに華麗なタックルを食らわせ、スリーカウントを奪ったのだった。

その後、何とか起き上がったネプテューヌはイストワールの見送りを受けながら外へと繰り出していく。

 

 

「わーい! おでかけだー!!」

 

「わーい!!!」

 

「何故ネプテューヌの方が騒いでるんだ……」

 

 

やれやれと肩を竦めながらも白斗は二人の後をついていく。

元気なピーシェではあるが、本当にネプテューヌとは仲がいい。二人とも精神的には子供っぽい分、衝突も多いが気も合いやすく実の姉妹のようにすら見えていた。

だからこそ白斗にとっては何よりも尊く映ってしまう。

 

 

「あー! ぴぃたちのえいがやってるっ!」

 

「ん? おお、ホントだ。 金取ってねーってのに凄い話題性」

 

 

するとあらゆるスクリーンに映されていた映像、先日皆で作り上げた「勇者ネプテューヌ」の紹介映像にピーシェは目が釘付けだ。

当然ピーシェが活躍しているシーンもあり、自分の活躍が華々しく取り上げられているというだけでピーシェは嬉しそうだ。

 

 

「こうしてみるとホントにやってよかったよね! 映画!」

 

「ああ。 ネプテューヌ様様だよ、本当に」

 

 

自分のシーンに大喜びなピーシェ、それを見つめている白斗とネプテューヌも嬉しそうだ。

プラネテューヌのシェア上昇にも繋がったことがそうだが、何よりも多くの人に楽しんで貰えたことが彼女にとって嬉しい。

その楽しんで貰えた一人にピーシェがいることも。

 

 

「あ……」

 

「ん?」

 

 

しかし子供の興味とは移ろいやすいもの。

ピーシェの視線はふと、街中を歩いている自分と同じくらいの少女に向けられていた。

少女は自分とは違って快活さは無いが、随分と可愛らしい服に身を包んでいる。それをじっと羨ましそうに見つめていて―――。

 

 

「……ピー子、服買いに行こっか!」

 

「いいのっ!?」

 

「うん! 言ったでしょ、ご褒美って!」

 

 

するとネプテューヌがお財布を取り出してそんな提案をしてきた。

彼女の言葉に目を輝かせるピーシェ。姉妹を超えてすっかり親子のようにも見える。

ご機嫌なピーシェに連れられる形で向かったデパート、そこの子供用の服売り場でピーシェとネプテューヌはあれこれとおめかしをしていた。

 

 

「ねぷてぬ! おにーちゃん! これかわいい!?」

 

 

ジャラッ、と試着室のカーテンを開け放ったピーシェ。

動きやすさ重視に普段着ではなく、フリルが存分にあしらわれたワンピースだ。

ふんわりと印象を与え、元気なイメージを押さえて可愛らしさを引き出している。

 

 

「おー! 似合ってるー!」

 

「いいじゃん、馬子にも衣裳って感じで」

 

「白斗ー! それ褒め言葉じゃないよ!!」

 

「かっかっか、冗談冗談。 可愛いぞピーシェ」

 

「うん! でも、まご? おにーちゃん、ぴぃのおじいちゃんだったの?」

 

「あー、いや違うんだ……言葉ってムズカシイネー」

 

 

ネプテューヌはべた褒め、白斗は冗談を零しながらも頭を撫でてそう評した。

ちょっとした誤解は生まれそうになったものの、こんな他愛もない会話で笑い声が溢れてくる。

服に加えて踏むと音の出る靴も購入、白斗に買い物袋を持たせ、次なる店へと向かう三人。

 

 

「さて、次はどこに行こうか?」

 

「ぴぃ、おなかへったー」

 

「私も減ったー!」

 

「やれやれ、んじゃ甘味処で一休みしますか。 晩御飯あるんだから食べ過ぎるなよ」

 

「「やったー!!」」

 

 

甘いものが食べられると聞けば喜ぶのが女の子。

手を繋ぎ合わせてはしゃぐネプテューヌとピーシェの周りにハートマークが溢れているようだ。

そんな二人を微笑ましく思いながらもデパート内の喫茶店に立ち寄る。娯楽に力を入れているプラネテューヌの喫茶店だけあって、どの料理の写真も美味しそうに見えてしまった。

 

 

「わ~! 私どのプリンにしようかな~?」

 

「やっぱプリンありきなのね……。 俺はロールケーキのコーヒーセットで」

 

「白斗もコーヒーありきだね……。 ピー子はどうする?」

 

「ぴぃ、ねぷてぬとおなじの!」

 

 

皆自分の好きなものを注文し、そして運ばれたそれに舌鼓を打つ。

特にネプテューヌとピーシェは女の子、甘いものを口にすればそれはもう可愛らしく蕩けている。

 

 

「んー! たまには抹茶プリンもいいね~」

 

「ねぷてぬ! そっちもたべさせてー!」

 

「いいよ! それじゃ私もピー子の食べていいかな?」

 

「うん! じゃ、いっしょに!」

 

「「あーん!」」

 

 

それぞれが注文したプリンをスプーンで一掬い、匙の上でぷるるんと揺れるそれをお互いに食べさせあう。

仲良きことは美しきかな、まさにそうとしか思えないような微笑ましい光景に白斗は勿論、周りの客たちもほっこりとしていた。

 

 

「……そーだ! 白斗にも……はい、あーん♪」

 

「ぶっ!? ちょ、ここ公衆の面前……!!」

 

 

するとネプテューヌがプリンを一口差し出してくる。

思わずコーヒーを吹きそうになった白斗だが、何とか堪えた。

しかしそんなことはネプテューヌにも予測済み、少し瞳を潤ませて、切なそうな声で呟く。

 

 

「私のプリン……食べてくれないの……?」

 

「やめろ、その攻撃は俺に効く……やめてくれ……! ……あ、あーん……」

 

「はい、あーん!」

 

 

必殺、泣き落とし。

白斗にはこれが面白い位に効くのだ。例え演技と分かっていても、相手がネプテューヌであれば。

はぁ、と溜息を付きながらも声を震わせながら口を開ける。するとネプテューヌは嬉々としてプリンをその口の中に運んだ。

 

 

「ふふっ♪ どう、美味しい?」

 

「……ん、ま、まぁ……イケるな……」

 

「でしょー?」

 

(……ホントは恥ずかしさと……嬉しさで味なんて分かんなかったけど、な……)

 

 

 

プリンを食べるとネプテューヌは満面の笑顔だ。

そんな顔をされては白斗も尚更この本心を晒すわけにはいかない。けれども、恥ずかしがりながらも笑顔で返した。

と、そんな彼の様子が気になったのかピーシェも同じようにプリンを一掬い。

 

 

「おにーちゃん! ぴぃのもあげる!」

 

「お、ありがとな。 あーん」

 

 

こうすれば白斗に喜んでもらえるという健気な想いから出た行動。これを無碍にするほど、白斗は子供ではない。

素直に口を開け、ピーシェからのプリンを有難くいただいた。今度はしっかりと味を感じ取れる。

 

 

「私にピー子と両手に花ですなー、白斗♪」

 

「……だな。 幸せ者だよ、俺は」

 

 

こんなに可愛い女の子二人を連れていける幸せ、そしてその幸せを感じ取れる幸せ。

元の世界では本当に味わえなかったこの感覚に、白斗は深く感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さて、服などを買っていった白斗たちはデパートを後にした。

次はどこへ遊ぼうかという話になったが、まだ幼いピーシェにゲームセンターなどは早い。

悩んでいるとピーシェが行きたいと言い出した場所があった。それはどこかと言えば。

 

 

「わー! すべりだいー!」

 

 

何の変哲もない公園だった。

程よく広く、砂場やブランコ、滑り台にジャングルジムと言った遊具が備え付けられた、どこにでもあるような公園。

元気っ子なピーシェは体を動かして遊べるとなると目を輝かせて色んな遊具に取りつく。

 

 

「科学技術の発展したプラネテューヌにもこんな場所があったんだなー」

 

「まーね。 ゲームばっかりだと不健康になっちゃうから、こういう場所も必要になると思うわけなのだよ、ネプ子さんは」

 

「オメーが言えた義理じゃねーな。 後これ絶対イストワールさんの発案だろ」

 

 

苦笑いしながらも白斗は遊んでいるピーシェを見守った。

子供用の遊具とは言え、遊び方を誤れば大怪我をしかねないからだ。寧ろ白斗の世界ではそれが問題となり、名の知れた遊具と言う遊具が撤去されているという現実。

だからこそ、こんな光景すらも尊く思えてしまう。

と、ここでピーシェはブランコに乗り込み、持ち前のパワーで大きく漕ぎ始めた。

 

 

「おにーちゃーん! ねぷてぬーっ! みてみてー、すっごいゆれてるー!!」

 

「お、おい! あんまり揺らしすぎると危ないぞ!?」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ!! ぴぃ、まだまだいけ………あっ!?」

 

「「あッ!!?」」

 

 

だが、その時。汗で手が滑ったのか、ピーシェの手がブランコの鎖から離れてしまった。

元々大きく勢いをつけていたブランコだ、当然ピーシェの小さな体は空中へと放り出される。

勢いと合わさって大きく飛ばされたピーシェに白斗とネプテューヌは血の気が引いた。

 

 

「言わんこっちゃないっ!! クソッ、間に合……っ!?」

 

 

白斗が落下地点を予測し、そこへ滑り込もうとする。

だが彼よりも早く飛び出し、ピーシェを受け止めた人物が一人。

 

 

「……間一髪、ね!」

 

「わっ! おっきいねぷてぬだ!」

 

「な、ナイスだネプテューヌ! 怪我も無いみたいだな……良かった……!」

 

 

大きくなったネプテューヌ、そう女神化した姿であるパープルハートだ。

女神化すれば身体能力も大幅に向上する。あの距離、あの瞬間であろうともピーシェを助けるのは容易だ。

兎にも角にも二人には怪我はないようで、白斗もホッと胸を撫で下ろした。

 

 

「……ピー子っ! 危ないって言ったでしょう!?」

 

「ぴっ……! ご、ごめんなさい……」

 

 

そしてパープルハート様によるお叱りが飛んできた。

女神化した彼女の声は凛としており、迫力もある。これにはピーシェも恐怖に震えあがり、涙を浮かべながらも頭を下げた。

反省している、そう感じ取ったネプテューヌは険しくなった顔を緩め、ピーシェの小さな頭を撫でてあげる。

 

 

「……もうこんなこと、しちゃダメよ?」

 

「……はい」

 

「分かればいいのよ。 さて……」

 

 

厳しく叱り、けれども反省しているのならば優しく許す。

まさに女神様としか言いようがない美しい光景に白斗は言葉を奪われていた。

だがそれも長くは続かない。目を閉じたパープルハートは光を纏うとすぐに女神化を解除した。本人曰く「疲れる」とのことだが。

 

 

「ピー子には私がついてないとダメだね。 ……一緒に遊ぼう!」

 

「……! うん!」

 

「ほらほらー! 白斗も早くー!!」

 

「しゃーねーな。 今行くー!」

 

 

今度はネプテューヌや白斗と一緒に遊ぶことになった。

この年で公園で遊ぶというのも正直恥ずかしくはあったが、それよりもピーシェの喜ぶ顔が見たかった白斗は悩むことなく遊びに加わる。

 

 

「ピー子、行っくよー! それーっ!!」

 

「わーっ!!」

 

 

ネプテューヌがピーシェを抱えながら一緒に滑り台で遊んだり。

 

 

「ピーシェ! 待てー!!」

 

「おにーちゃんこっちこっちー!!」

 

 

白斗がジャングルジムでピーシェを追いかけたり。

 

 

「ではこれより、この砂場にプラネタワーを建設します!!」

 

「しまーす!!」

 

「よーし、俺らの手で最高のタワーを作ってやろうぜ!!」

 

「「「おー!!」」」

 

 

砂場でプラネタワーを作ったりなど、まさに童心に帰ったかのように遊びつくした。

それこそ、日が暮れるまで―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――日が暮れ、カラスが鳴く。

それは即ち、一日の終わりが訪れようとしている合図。他に遊んでいた子供達も姿を消し、街中も仕事帰りの人々で溢れ返ってくる。

 

 

「ふーっ! 遊んだな~」

 

「だね。 ピー子、今日は楽しかった?」

 

「うん! ぴぃ、だいまんぞくっ!」

 

 

最後まで公園に残って遊んでいた白斗とネプテューヌ、そしてピーシェ。

三人も遊び疲れたものの、とても晴れやかな笑顔だった。

特にピーシェは大好きな二人と遊べたことで満面の笑顔を向けてくれている。もう寂しさなど忘れてしまったかのように。

 

 

「そりゃ良かった。 んじゃ、そろそろ帰るか」

 

「もうお腹ペコペコ! そういや、今日の晩御飯ははネプギアが作ってくれるってさ」

 

「ほー。 ネプギアがどんなの作ってくれるのか楽しみだなー」

 

 

遊んだ後の楽しみと言えば晩御飯。

特に腹ペコの三人にはよりそれが待ち遠しくなる。ネプギアがどんなものを作ってくれるのか思いを馳せていると、くいくいと白斗が着込むコートの裾を引っ張るピーシェが。

 

 

「ん? どうしたピーシェ?」

 

「あ……あのね。 ぴぃ、お願いがあるんだけど……」

 

「なぁに? ピー子?」

 

 

二人が屈んで出来るだけピーシェと同じ目線で話す。

こうすることで少しでもピーシェへの圧迫感を減らし、話しやすくできる。そして向けられた笑顔でより緊張感を解かせる。

ピーシェは珍しくもじもじしながらも、口を開いた。

 

 

「そのね。 ぴぃ、してほしいことがあるの」

 

 

そんなピーシェのお願いとは―――。

 

 

「……ホントにこれだけでいいのか? 三人で手を繋いで帰るだけで」

 

「うん! ぴぃ、してみたかったの!!」

 

「でも確かにこれは悪くない……寧ろイイね!!」

 

 

夕日に照らされた帰り道、ピーシェを間に挟んで白斗とネプテューヌが手を繋いでいた。

三人で繋がれたその様子は、まるで家族のよう。

元気いっぱいながらもまだ幼いピーシェにとって必要なもの。それは温かい家族。彼女にとって白斗とネプテューヌとは、その温かい家族なのだ。

 

 

「こうしてみるとピー子が私の子供で、白斗がお父さんみたいだよね!」

 

「……っ!? そ、そうかもなー……」

 

「あーっ、白斗ってば照れてるー!!」

 

「おにーちゃんかわいいー! きゃははー!」

 

「か、からかうなってーの!!」

 

 

そう、まさに家族。

些細なからかいも、温かく感じれる一時。三人の繋がりは夕日に映し出され、一つに繋がれた影が物語っていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、それから時間は経ち、プラネタワーのキッチン。

ここでは本日の夕食当番に名乗りを上げたネプギアが調理をしていた。

コトコトと煮込まれている鍋。蓋を取ると、実に食欲をそそる匂いが辺りに広がる。

 

 

「―――うん、いい感じ!」

 

「今日の夕食はポトフですか。 お洒落ですねネプギアさん」

 

 

ポトフ。それは肉や野菜、ジャガイモなどを入れて煮込んだ鍋料理の一つ。洋風おでんと言えば分かりやすいだろうか。

イストワールは見ただけでも分かる。これは絶品だと。

 

 

「さーて、それじゃ盛り付け……って、あー!! 炊飯器仕掛けるの忘れてたー!!」

 

「あらあら……」

 

 

しかしここで凡ミス発生。

炊飯器のスイッチを入れ忘れていたのだ。当然米は炊き上がっていない。

ネプギアはがっくりと肩を落とすとスイッチを入れた。

 

 

「いーすんさん、お姉ちゃん達はどこですか?」

 

「確か白斗さんの部屋で遊ぶ、と言っていましたが」

 

「でしたら悪いんですけど、もう少しだけ時間掛かるって伝えて貰えますか?」

 

「分かりました」

 

 

あの三人は帰ってきて早々、夕食が出来るまでの間、白斗の部屋で遊ぼうという話をしていたはずだ。

一言添えて置かないとネプテューヌ辺りが不機嫌になってしまうかもしれない。そう思い、イストワールが白斗の部屋を訪れる。

ところが遊んでいたにしてはやたら静かだ。首を傾げながらもイストワールはドアを開ける。

 

 

「皆さん、いらっしゃいますか? 晩御飯ですけれどもう少しだけ……あら?」

 

 

空けた途端、イストワールは驚いてしまった。

確かに、白斗もネプテューヌも、そしてピーシェもいる。

 

 

「Zzz……Zzz……」

 

「すー……すー……えへへ、はくとぉ~~~……」

 

「くかー……くこー……」

 

 

―――だが、全員眠ってしまっていたのだ。絵本の読み聞かせの最中だったのか、白斗が本を開き、彼の膝の上にピーシェが乗り、そんな彼に寄り添うようにネプテューヌが座っている。

その姿勢のまま、三人は寝息を立てていた。まるで家族が遊び疲れてしまっていたかのような光景に、イストワールは優しい笑みを向ける。

 

 

「……もう少し寝かせてあげましょうか。 ふふっ」

 

 

イストワールはその小さな体で何とか近くの毛布を運び、三人に掛けてあげる。

優しい温もりで三人の寝顔はより一層穏やかになる。

 

 

 

(―――こんな穏やかな時間が、ずっと続いてほしいですね)

 

 

 

もう少し寝かせてあげよう。

そう思い、イストワールは三人の頭を優しく撫でてあげた。

仕事は不真面目だが心優しい女神に、こんな小さな体でも異世界で暮らす少女に、そして常に誰かのために戦う少年に。

当たり前の幸せを、当たり前のように感じ取れる、こんな時間が続くことを願って―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――某国某所。

機械やらパイプやらが複雑に入り組んだ研究所。

今ここに一人の女性と一匹のネズミがパソコンである動画を見ていた。

 

 

「ふぉ~っ! コンパちゃん可愛いっちゅよ~~~!」

 

「うっせーな! 映画くらい静かに見ろってーの!!」

 

「可愛いコンパちゃんの前にこのエクスタシーを押さえるなんて無理っちゅ~~~!!」

 

「ダメだこりゃ……。 にしてもこの映画、意外と面白いじゃネェの。 まぁ、アタイに赤っ恥かかせたあの男が主演ってのは気に食わネェけど」

 

 

今、二人が見ている動画。それは映画だ。

先日ネプテューヌ主導で製作し、ゲイムギョウ界全域に無料配信された映画。話題作ということで偵察目的で視聴していたのだがこれが案外面白い。

ネズミことワレチューはコンパにメロメロ、女性こと下っ端リンダも何だかんだで映画を楽しんでいた。

だが、それに対して面白くない表情を向ける魔女が一人。

 

 

「……貴様ら、何をやっている!? 女神が作った映画などに現を抜かしおって!!」

 

 

彼らの(一応の)上司、マジェコンヌだ。

女神を目の仇とする彼女からすれば女神が制作した映画など憎しみの対象でしかない。

 

 

「いいじゃないっちゅかオバハン。 面白いものは面白い、認めなきゃダメっちゅよ」

 

「アタイだってこの男は気に食わネェけど、出来は中々ッスよ!」

 

「全く……」

 

 

青筋を浮かべながらも怒りを何とか堪えようとするマジェコンヌ。

そんな中、リンダは主演を務める少年を指差した。

リンダはどちらかと言えば最近は女神ではなく、この少年に敵意を向けている。彼こそ以前、アンチモンスターを使った作戦を阻み、そして彼女を失神まで追い詰めた恐怖の対象―――。

 

 

 

 

「………白斗………だと………?」

 

 

 

 

その名を呟いたのはリンダでもワレチューでも、増してやマジェコンヌでもなかった。

振り返るとそこには白衣を着こんだ、初老の男性が立っていた。

彼こそマジェコンヌと手を組んでいる狂気の科学者。しかし、その瞳は狂気と言うよりも憎悪に溢れ返っている。

 

 

「何故だ……何故この小僧がこの世界に来ているゥッ!!? 香澄を………私を裏切ったこのクズがあああああああああああああああああああああああああああッ!!?」

 

「「ひいぃぃぃぃぃいいいいいいいッ!!?」」

 

 

力任せに近くの計器を殴りつけ、その衝撃と剣幕でリンダとワレチューが震え上がった。

この男はたまにこうなる。自身の研究が上手くいかないと反省点自体は見つけ、改めるものの溜まったストレスを近くの何かにぶつける。

力の差があるためさすがにマジェコンヌには暴力など振るえなかったが、だからと言って物に当たる姿勢はマジェコンヌも不愉快に感じていた。

 

 

「……知っているのか? 黒原才蔵よ」

 

 

苛立ちを露にしながらもマジェコンヌは訊ねた。

目の前の狂気の科学者―――黒原才蔵に。

 

 

 

 

 

「知っているも何も……この私の息子だッ………!!」

 

 

 

 

 

その口から放たれた衝撃の事実。

目の前の狂気に歪んだこの男と、映像の中で楽しそうに演じているこの少年が―――親子であるというこの事実をマジェコンヌ達は信じられなかった。

 

 

「何だと……!?」

 

「そうか……あの時、殺す直前……どのようにして消えたのかと思っていたのだがこの世界に転移していたのかッ!!! ……クク、クカハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 

しかし、息子と言い放ちながらもそこに愛情など欠片も無かった。

あるのはただ憎悪の身。自身を裏切ったと言い放つその男は、少年こと白斗に殺意すら向けていた。

何があったのかはマジェコンヌも知るところではないが、ロクでもない過去があったのだろうなとは想像がつく。

 

 

 

 

「……奴の所為で、香澄は……私は苦しみ続けた……!! なのに、奴はこの世界で、のうのうと生きているッ……これが許せるかぁぁぁあああああああああああ!!! 思い知らせてやる……奴に生きる資格など無いことをォォオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

 

 

 

 

男は狂気に吠える。

愛する娘の事も忘れ、ただ自身を傷つけたという身勝手な理由で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――少年たちの穏やかな一時。それは、嵐の前の静けさに過ぎなかった。




大変お待たせしました、今回はピーシェに焦点を当てたお話でした。
ピーシェは元気で一緒に遊んであげたくなるような魅力がいいですよね~。そんな雰囲気を少しでもお届けできたら幸いです。
さて、物語自体は緩い感じでしたがこれこそ嵐の前の静けさ。即ち次回、嵐来る。お楽しみに。
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第三十七話 嵐の時間

―――ある日のプラネテューヌ。

ネプテューヌは朝の日差しを浴びながら自室で世話をしていた。

何の世話かと言えば―――。

 

 

「ふんふふーん♪ 今日も綺麗に咲いてくれたね~♪」

 

 

植木鉢から生えている、名もなき一輪の花である。

紫色の花。それは白斗がリーンボックスへ滞在した時のお土産として送ってくれた花。ネプテューヌらしいと感じて彼女のために送ってくれた花。

そんな白斗の想いが脳内に反芻し、この花を愛でたくなってしまう。この花が、白斗が送ってくれた自分への気持ちなのだから。

 

 

「お姉ちゃん、今日もそのお花育ててるんだね」

 

「あ、ネプギア。 えへへ、まーね!」

 

「むー……お兄ちゃんってば私にはそういうの送ってくれないんだもん。 羨ましい……」

 

 

そこへ通りがかったネプギア。意外そうな表情をしていた。

正直、姉であるネプテューヌは面倒くさがりな面もある。それ故にきちんと花の世話ができるかどうか心配だったのだが、白斗から送られたものだけあってこれだけは真面目だった。

咲かせている綺麗な花が、何よりの証拠だ。

 

 

「あれ? そう言えばお兄ちゃんは?」

 

「今日はコンパに誘われたんだって」

 

「あー……あの映画の……」

 

 

誘われた、というのは今や語り草となったあの映画撮影でのこと。

出演交渉の際に報酬として一部の女子達が白斗を一日貸して欲しいと言い出したのだ。

結果白斗はそれを承諾、今日はコンパの番ということで彼女と街中へ遊びに行っている。

無論これはコンパからすればデート以外の何者でもない。

 

 

「こうなったら帰ってきたら真っ先にお兄ちゃんを予約しなきゃ!」

 

「ちょっとネプギア! 次は私ー!!」

 

「ダメだよ!! 最近お姉ちゃんがべったりだったんだから今度は私ー!!」

 

 

そして繰り広げられる白斗争奪戦。

だがこれが彼女達のいつもの日常。これが彼女達の当たり前。

二人があれやこれやと譲らない様を、イストワールとピーシェは遠くから眺めていた。

 

 

「あははー! ふたりでたのしそう! ぴぃもまぜてー!!」

 

「混ざってはいけませんよピーシェさん。 それにしても……」

 

 

あの言い争いは兎も角、イストワールはここ最近のネプテューヌ達を見ていて感じたことがある。

 

 

(……ネプテューヌさんも仕事に取り組むようになってくれましたし、それ以前にこの教会も以前よりずっと明るく、楽しくなってきました。 これも白斗さんのお蔭ですね)

 

 

今こうしてこの教会に笑顔が溢れているのも、一人の少年のお蔭だと感じる。

異世界から来たという少年、黒原白斗。

彼がこの世界に来てからもう4ヶ月は経つ。今となっては女神全員から信頼―――いや、愛されてる、この世界に無くてはならない存在となっていた。

そんな彼に感謝を送りつつ、イストワールは残った仕事を片付けるべく執務室へと赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さて、その頃。件の白斗はと言えば。

 

 

「白斗さん、ぬいぐるみありがとうです~!」

 

「良いってことよ。 それより大事にしてくれよ」

 

 

ゲームセンターから出てきた。コンパと一緒に。

彼らは今、デートの定番であるゲームセンターで遊んでいたのだ。コンパの胸元にはUFOキャッチャーで手に入れたくまのぬいぐるみが抱きかかえられている。

ふんわりとした雰囲気を持つ彼女とぬいぐるみの相性は抜群で、凄まじい癒しオーラを放っていた。

 

 

(はぁ~……白斗さんとお買い物して、ゲームセンターで遊んで……これがデート! し、幸せです~~~!!)

 

 

想いを寄せる少年と一緒にお出掛けして、一緒に遊んで、思い出の品まで送ってもらえて。

これで舞い上がるなと言う方が無理な話だ。

待ち合わせから始まった今回のデートだが、コンパは最初から今までずっと胸を高鳴らせ、そして行動の一つ一つに幸せを感じていた。

 

 

「コンパ、浮かれすぎだって。 危ないぞ」

 

「こんなの浮かれない方が無理で………きゃっ!?」

 

 

くるくると運動音痴のコンパにしては珍しくアグレッシブな動きをしている。

それだけ嬉しかったのだろうが、当然そんなに動いて通行人に当たらない訳が無い。体格の良い男の肩に当たってしまい、コンパの華奢な体が崩れてしまう。

 

 

(……あれ? 痛くないです……)

 

 

しかし次の瞬間、感じたのは固いアスファルトの感触ではなく、力強くも優しく包み込んでくれる温もりだった。

 

 

「……っと! 大丈夫かコンパ?」

 

「は、はははは白斗さん!!?」

 

 

そう、白斗がコンパを抱きかかえていたからである。

自分をクッションにすることで彼女へのダメージを最低限にしたのだ。彼に抱きしめられていると分かるや否や、コンパは顔を真っ赤にして大慌てである。

 

 

「痛ってぇな!! 気を付けろや!!」

 

「すいませんでしたっ!!」

 

 

肩をぶつけられた男は存外沸点が低いらしい、大人げなく怒りを露にするが間髪入れず白斗が頭を下げてきた。直角90度。

ぶつかったのはコンパなのに、何も言わずに自ら頭を下げて。慌ててコンパもそれに倣い、頭を下げる。

 

 

「ご、ごめんなさいです!!」

 

「チッ………」

 

 

ここまで誠心誠意の籠った謝罪を街の往来で繰り広げる度胸を見せられては、男もこれ以上の文句は言えなかった。

舌打ち一つを残し、荒々しい足取りでその場を去っていく。

 

 

「ふぅ、コンパ。 怪我無いか?」

 

「は、はいです……白斗さん、ごめんなさい……」

 

「別にいいって。 それよりも気を付けてくれよ?」

 

「はい……」

 

 

街行く人の視線を集めているにも拘らず、白斗はケロッとしていた。

無頓着なのではない、彼にとっては己の恥などよりもコンパの身を案じることの方が大事だったのだ。

嬉しさを覚える反面、コンパは申し訳なさで空気を暗くするが。

 

 

「……そうだ! 昼飯だけどよ、ここのパスタに行かないか? コンパ、こういの好きだろ?」

 

「え? そ、そうですけど……どうして知ってるんです?」

 

「前ネプテューヌやアイエフとパスタ談義やってて、この店行きたいって言ってたじゃんか」

 

(た、確かに言ってたですけど……白斗さんが通りかかったのって一瞬だったのに……)

 

 

白斗が見せた携帯電話の画面、それは今人気のお洒落なパスタ料理専門店について記載されたグルメブログの記事だ。

確かに個々の店に行きたいって言っていたがそれはほんの一瞬のこと、その間に白斗はと言うと荷物を運んでいただけだ。そんな僅かな時間でも、彼はしっかりと覚えていてくれた。

 

 

「……白斗さん、ありがとうです!」

 

「お礼言われるほどの事じゃないって。 それよりも行こうぜ」

 

(……こうした些細な気遣いが嬉しんですよ、白斗さん)

 

 

白斗の得意技の一つ、細やかな気遣い。

自分に向けられるベクトルには疎い癖に、他人に対してのベクトルにだけは敏感なのだ。

何よりそれを恩に着せようともしない。それが彼にとっての当たり前であるから。だから、余計にコンパは惹かれてしまうのだ。

 

 

「ところで白斗さんはどんなパスタが好きですか?」

 

「俺はカルボナーラだな。 コンパは?」

 

「私はシーフードのパスタが好きなんです! だからここのパスタが楽しみで……」

 

 

先程までの重い空気もどこへやら、少年少女達はパスタ談義に花を咲かせている。

どこからどうみてもカップルとしか思えないような光景だった。

―――そんな光景を羨ましそうに見ていた、二人の少女。

 

 

「あ、白斗君! コンパちゃんとあんな楽しそうに……うぅ、仕事中じゃなかったら……!」

 

「もう、どうしてこういう時に限って諜報部にお鉢が回るのかしら……」

 

 

マーベラスとアイエフという、珍しい組み合わせであった。

普段は絡みのないこの二人だが、ネプテューヌを通じて友人関係となっている。とは言え、そこまで関わりが深いワケでもないのに何故行動を共にしているのかと言うと。

 

 

「……にしてもごめんなさいねマベちゃん。 休日だってのに私の仕事に付き合わせちゃって。 それも指名手配犯の捕縛だなんて」

 

 

アイエフの本日の任務、それは指名手配犯の追跡だった。

凶悪な犯罪者がこのプラネテューヌに来ているという情報が入った。そのため、諜報部でありフットワークも軽く、戦闘もこなせるアイエフにその任務が課せられた。

それを追跡している最中、マーベラスが見かけ手伝うことになったのが一連の流れである。

 

 

「いいのいいの、こういうのはお互い様! それよりもさっさと捕まえて白斗君を追わなきゃ!」

 

「賛成! ……っとタレコミ来た! どうやらこっちの方に逃げたらしいわ!」

 

「それじゃ早く追い詰めよう!」

 

 

白斗の事は気になるものの、仕事には真面目になる二人。

身軽さがウリのアイエフとマーベラスは、素早い身のこなしで通報のあった場所まで向かう。

二手に分かれながら、時に合流し、犯人を確実に追い詰めるような動きで。

 

 

 

―――その頃、彼女達から追われているその犯罪者は今、路地裏に身を潜めていた。

 

 

「う、うぅ……クソッ! クソォッ!! なんで、元ノルス幹部ってだけでこんなにも追われなきゃなんねぇんだよぉッ……!?」

 

 

男は今となっては潰された暗殺組織、ノルスの元幹部だった。

以前の一斉検挙の際、その場に居合わせなかったため偶然にも逮捕は免れたのだがその存在が露呈、こうして指名手配され、追われる身となっている。

幹部と言うからには相応の悪事を働いているのだがそれすらも棚上げにしていた。

 

 

「それもこれも皆……皆女神の所為だッ!! あの小僧の所為だッ!!! あいつらがいなけりゃ、俺はこんな惨めな思いなんて……!!!」

 

 

隠れなければならないというのに、思わず苛立ちを零してしまう。

この男にとってこの自業自得という状況ですら受け入れがたいものとなっていた。だから絶望している。そして憎悪している。

こんな状況を作り出した少女達に、女神達に、あの少年こと白斗に。

 

 

 

 

「……ほう、これは丁度いい駒がいたものだ」

 

「なっ………!?」

 

 

 

だがその直後、何も無かったはずの暗がりから突然女の声が。

慌てて振り返ると、まさに魔女としか形容するしかない肌色の悪い女が一人、宙に浮いていた。

 

 

「な、なんだお前……!? あの小娘共の仲間か!!?」

 

「失礼な。 貴様に救いの手を差し伸べてやろうと思ったのにその言い草は何だ」

 

「す、救いの手……だと……?」

 

「……そうとも」

 

 

魔女の声は誘うというよりも、嫌々という声色だった。

だがそれでも差し伸べられたその救いの手には、一粒のカプセルが握られている。

 

 

「この状況から脱したいのであればこれを飲め。 貴様の絶望に応じて“絶暴”出来る」

 

「な、何を言っているんだ……? お前は何なんだ!!?」

 

「私の事はどうでもいい。 言っておくが金など要らぬ。 というよりも、貴様から毟り取れる金など一銭たりとも期待できそうにないからな」

 

 

この魔女は男に一体何を期待しているというのか。

強いてあげれば、この薬らしきものを服用することである。こんな状況で手渡される薬など麻薬かドーピングか。

悪事に手を染めていただけあって、男にはロクでもないものということは分かっていた。だが、そうこうしているうちに―――。

 

 

「アイエフちゃん! あっちから声が!」

 

「ええ! 聞こえたわ!」

 

 

少女の声が二つ聞こえてきた。自分を追い詰めている少女達だ。

追われている様子から分かる通り、男単騎では少女達には敵わない。しかし逃げようにも巧みなコンビネーションで逃れきれない。

このままでは捕まるのは時間の問題。だが目の前には悪魔の誘惑としか思えない怪しげな薬。

 

 

「……別に私はこの薬を飲まないのであればそれでも良い。 その場合貴様は冷たい檻の中だ。 未来永劫、日の光を浴びることなく……な」

 

 

魔女は実に鬱陶しそうに話している。

まるで「誰かに指示されたかのような」、そんな話し方。だが男にとってそんな些細なことなど気にする余裕もない。

彼に残された選択肢は二つ。大人しく捕まり、惨めな余生を過ごすか。或いは身の破滅と分かっても、この薬に一縷の望みを託すか。

 

 

 

 

―――その汚れに汚れた手は、魔女の囁きへと手を伸ばした。

 

 

 

 

「………そうか。 ならば後は貴様の好きにするがいい」

 

 

 

 

魔女は呆れながらも、薄汚れたその手にポトリと、先程のカプセルを落とす。

そのまま男と目を合わせることもなく、暗がりの中へと消えていった。

そうこうしている間にも少女達の声と足音は目前にまで迫っている。迫りくるたびに男の心臓は押し潰されそうになる。そんな感覚が、彼の最後の逃げ道を断たせた。

 

 

「ングッ……!! う、うゥうゥウウぁあアアアぁァゥあウ………!!?」

 

 

迷っている暇はない、男は一気にカプセルを飲み干す。

すると己の中に持っていったどす黒い感情が、あっという間に脳内を塗り潰した。

気持ち悪い声が口の中から漏れ出ると共に頭の中はありとあらゆる汚い言葉のみで汚染される。

 

 

 

 

 

 

 

―――殺す…………壊す………消す……こロす……コロ……ス……

 

 

 

 

 

 

 

コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………? ね、ねぇアイエフちゃん……なんか嫌な予感がしない?」

 

「き、奇遇ね……。 ここに何かがいるのは間違いないし応援を呼びましょうか……」

 

 

 

ようやく駆けつけたマーベラスとアイエフ。

しかし、路地裏の物陰から漂う異様な気配を肌で感じ取り、汗を流していた。歴戦の猛者である彼女達でも脳内で警鐘を鳴らさねばならないほどの危険な何かがいる。

指名手配犯が何らかの奥の手を出してきたか、或いは増援が現れたのか。何れにせよ、二人だけでは手が足りないと応援を呼ぼうとした、その時。

 

 

 

「グルルルル…………」

 

「「―――――――ッ!!?」」

 

 

 

人間のものとは思えない唸り声、そして鋭い爪を生やした異形の手が物陰から伸びてきた。

目の当たりにした瞬間、アイエフとマーベラスの背筋が凍り付いた。

自分達が追い詰めていた相手は人間だったはずなのに、いつの間にか人間ではない何かがそこにいた。それも圧倒的な。

 

 

 

 

 

 

「グルルルッ……グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

やがて顔を覗かせたそれは―――筋骨隆々の、凶暴そうな狼男そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パスタ、美味しかったです~!」

 

「あ、ああ……そうだな……」

 

 

その頃、お洒落なパスタ専門店から出てきた男女が一組。

白斗とコンパだ。しかし上機嫌のコンパに対し、白斗はしどろもどろになっている。

パスタの味が不味かったや口に合わなかったというわけではない。寧ろパスタ自体は専門店を謳うだけあって絶品だった。

では何故こうも落ち着きがないのかと言うと―――。

 

 

「……あのですね、白斗さん……。 やっぱりさっきの……パスタの食べさせあいっこ、恥ずかしかったです……?」

 

 

そう、互いのパスタをフォークで巻き取りからの「あーん」のコンボが炸裂したのだ。

お約束の鉄壁の理性で何とか持ちこたえ、互いに食べさせあった。

因みにその様子も、パスタの味もよく覚えていない。

 

 

「は、恥ずかしかったけど……それ以上に照れるっていうか、嬉しかったって言うか……」

 

 

結局のところ、白斗君も男の子なのです。

 

 

「そうなんですね! やったですぅ!!」

 

「のわぁっ!! どーしてどいつもこいつも俺なんぞの腕に引っ付きたがるんだぁ!?」

 

 

白斗の左腕に豊満で柔らかく、優しい感触が包み込んでくる。コンパが抱き着いてきたのだ。

この人懐っこさと柔らかさはまるでうさぎのようだ。

驚きの余り顔を赤くする白斗だが、決して嫌とは言わなかった。そこが白斗たる所以である。

 

 

「と、とにかくだ! コンパ、次はどこ行くよ?」

 

「だったら私、新しいお洋服を見に行きたいです!」

 

(……女の子の服合わせってめちゃんこ時間もお金もかかるんだよね……トホホ)

 

 

そろそろ寂しくなってきた財布を労わりながらまたクエストの日々が始まるな、などと軽く涙を流しながら、しかしコンパがどんな服を着るのか楽しみにしていた。

―――そんな楽しい時間は。

 

 

 

 

「「きゃあああぁぁぁぁ―――っ!!!」」

 

 

 

 

二人の少女の悲鳴によって、壊された。

 

 

「なっ……!? い、今の悲鳴はマーベラス!? それに……」

 

「あ……あいちゃんの声ですぅ!?」

 

 

どちらも聞き慣れた声だ。

マーベラスとアイエフ、どちらも白斗にとって親しい少女。特にアイエフはコンパの大親友である。

そんな二人の悲鳴が聞こえたら、嫌でも血の気が引いてしまう。

 

 

「コンパ!! 店に戻ってジッとしてろ!! いいな!?」

 

「は、白斗さんは!?」

 

「俺は二人を探しに行ってくる!! 絶対に二人を守るからな!!!」

 

「あ、待ってくださいですぅ!!!」

 

 

まずはコンパの安全を確保するため店に戻るように指示、荷物を全て預け、白斗は悲鳴の合った方向へと走り出した。

プラネテューヌの地形は入り組んでいる、故に場所特定までは難しいと思われたのだが声のした方向に走るにつれ、衝撃が届いてくる。

 

 

(アイエフやマーベラスほどの手練れが悲鳴……それにこの衝撃……!! 頼む、二人とも……無事でいてくれっ!!!)

 

 

悲鳴、そしてこの衝撃音。どれもがのっぴきならない状況を意味している。

1秒でも早く駆けつけるべく白斗は走り続けた。機械の心臓を破壊するくらいに激しく、速く、速く、速く、速く。

―――そうして辿り着いた裏路地。そこには。

 

 

「グルルル………」

 

 

獰猛そうな狼男、そして。

 

 

「う、ぐっ……!!」

 

「あ……う……!」

 

 

その化け物に足蹴にされている、アイエフとマーベラスの姿が―――。

 

 

「二人から……離れろォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

 

「グゥゥウッッガァァアアアアアアアアアアアア!!?」

 

 

勢いを緩めず、寧ろ更に加速して渾身の跳び蹴りを狼男の横っ面に打ち込んだ。

さすがの速度と威力に体格の良い狼男と言えど避けられず、凄まじい衝撃が脳内を揺らし、堪らず引き下がった。

その隙に白斗は二人の盾となるように前に出る。

 

 

「アイエフ! マーベラス! 無事か!?」

 

「は、白斗……! ありがとう、無事よ……げほっ……!」

 

「また……白斗君に助けて貰っちゃったね……うっ……!」

 

 

二人の容態を直に見たいところだが、蹴り一発でさすがに卒倒するような狼男ではない。

そのため白斗はモンスターから視線を逸らさないまま、背中で語り掛けた。

命に別状は無さそうだが、アイエフやマーベラスも苦しそうな声を出している。ちら、と横目で見ると二人の服がところどころ破れ、傷が出来ていた。

それを目の当たりにした途端、白斗はギリッと歯を食いしばり―――。

 

 

「……このクソ犬が……ッ……!! よくも……よくも二人を傷つけやがったなあああああああああああああああッ!!!」

 

「ルォォオッ!?」

 

 

怒りが、爆発した。

まるで火山の噴火のような怒号と共に懐から銃が取り出され、火を噴く。

空を鋭く駆け抜ける鉛玉。だがそれが着弾する前に狼男は素早く飛び上がり、それを避けていた。

 

 

(速ェ……!! 身軽な二人がやられたってことは、きっとそれ以上のスピードを……)

 

 

銃弾を避けるなど、人間は勿論モンスターですら容易なことではない。

だがこの狼男は軽々とやってのけた。それだけ凄まじい反射神経と素早さを有していることになる。

そして避けたと思えば狼男は白斗の目の前にまで肉薄し―――。

 

 

「グガァ!!」

 

「ぐッ!?」

 

 

鋭い爪を振るった。

咄嗟にバックステップすることで直撃は避けたが、腕が浅く切られてしまう。

 

 

「白斗君……!!」

 

「掠り傷上等! 確かに速ェけど、目で追えないことはない!! これでも動体視力で生き抜いてきた経歴持ちなんでな!!」

 

 

腕から滴り落ちる血を見て、マーベラスが悲痛そうな声を上げるがすぐに白斗の声がそれを掻き消した。

実際痛みはそこまででもなく、毒なども塗布されていない。

何より狼男最大の武器である素早さだが、過去暗殺者として生きてきた白斗はそれを目で追えるだけの動体視力を養っていた。

 

 

「グル、オ、オオォォオッ!!」

 

「っく! チ、イッ!! なんのぉッ!!!」

 

 

ヒットアンドアウェイの要領で近づいては攻撃を繰り出し、そして距離を取る狼男。

獣だけあってそこまで知恵が回るわけでもなく、攻撃のテンポと動きさえ掴んでしまえば直撃だけは避けられる。

白斗は時に避け、時には防ぎ、合間を縫ってナイフを振るって獣の腕を切り付けた。

 

 

「グゥゥ……!!」

 

「……互いに決め手に欠けるって感じだな……。 アイエフ、ネプテューヌに連絡!!」

 

「もうしてる!!」

 

「さっすが!! なら後は粘ればこっちのモンだ!!」

 

 

素早さは狼男の方が上だが、肝心の決定打を白斗に与えることが出来ない。

一方の白斗もいなし続けるだけではモンスターは倒れない。だがこちらには女神と言う最強の決定打がいる。

ネプテューヌさえ来てしまえば、彼女とのコンビネーションでこの程度の狼男など―――。

 

 

「あいちゃーん! マベちゃーん! 白斗さーん! 大丈夫ですか~~~!?」

 

「「コンパ!?」」

 

 

だがそんな緊迫した空気を破壊するような緩い声。コンパだ。

その手にはコールで呼び出したらしい、救急箱を手にしている。

 

 

「バカ!!! 店に戻……」

 

「グルルッ……!!」

 

 

遅かった。既に狼男の視線はコンパに映っている。

明らかに興奮したような声と敵意の籠った瞳。ギラリと光る鋭い牙。

マズイ、誰もがそう思った次の瞬間には狼男は消えていて―――。

 

 

 

「クソッ!! オーバーロード・ハート起動ッ!!!」

 

 

 

考えている暇はない、白斗は機械の心臓を起動させた。

過剰作動させることで血液の流れを速め、身体能力を引き上げるドーピングのようなもの。

使えば体に激痛を伴い、機械の心臓にも過剰なダメージが入るがそんなもの白斗には関係なかった。

 

 

「コンパぁぁあああああああ――――ッ!!!!!」

 

「きゃ……!?」

 

 

狼男にも負けない速度で走り抜け、コンパを守るために獣の前に立つ。

彼女の柔肌に突き立てようとした爪は白斗の腕に食い込み、血が溢れ出した。

歯を食いしばり、激痛を堪えながら魔物の腕を掴む。力むたびに更に血が吹き出すが、その手は絶対に離さなかった。離せば、この手が白斗の大切な人を傷つけるから。

 

 

「ぐぎぎぎぎぎッ……!!」

 

「は、白斗さん!?」

 

「大……丈夫だッ……! それよりもなぁッ!!」

 

「グゲェッ!!?」

 

 

爪が食い込んでいない、右腕の袖口からナイフを取り出した。

そして乾坤一擲、僅かな隙を見出して蹴りをその腹に打ち込んだ。強烈な威力が五臓六腑に染み渡り、痛みと吐き気を抱えながら狼男は後方へよろめく。

その瞬間、白斗は踏み込み、白刃を閃かせ―――。

 

 

 

「だああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

「グ、ググゲェェエエエエエエ…………!!!」

 

 

 

狼男の喉元に、刃を突き立てた。

ズブリと気持ち悪い音と感触が伝わる。血も溢れ出す。

狼男は激痛と溢れかえる血によって呼吸を奪われる苦しみを味わいながら、狼男は呻き声をあげ、倒れ伏した。

 

 

「はっ……俺の、大切な人に手ェ出すなっての………」

 

 

致命傷ではないとは言え爪による攻撃、何よりも心臓を過剰作動させた反動で白斗は既に虫の息。

しかし、その手を狼男の血で真っ赤に染めながらも白斗は決して倒れなかった。

 

 

「は、白斗さん……」

 

「ったく……店から出るなって釘刺したろーが」

 

「ごめんなさいです……あいちゃんやマベちゃんが大変な目に遭っていると思うと……」

 

「まぁ、実際大変な目に遭っていたしな。 診てやってくれ、俺は後回しでいい」

 

「で、でも白斗さんだって大怪我……」

 

 

コンパはおろおろしてしまう。

親友を治療したい気持ちはあるが、目の前の白斗とて軽傷ではない。

こういう時、看護婦に求められるのは冷静さ。しかし彼女にはまだまだそれが足りていなかった。

 

 

「~~~だぁーっ!! 俺との約束を破った罰だ、さっさと二人を治療しなさいっ!!」

 

「は、はいですぅ――――っ!!?」

 

 

白斗の大声でコンパは弾かれるように二人の診断に向かった。

少々手荒だったが、踏ん切りがつかないよりずっといいと判断したからだ。まだたどたどしさはあったが、回復薬や包帯でアイエフやマーベラスを治療していく。

 

 

「コンパ、ありがとう。 ……それから白斗もありがとう」

 

「……ごめんね、白斗君」

 

「良いってことよ。 寧ろ頼らなきゃ怒るって言ったろ?」

 

 

治療を受けながらアイエフとマーベラスは白斗に感謝と謝罪の言葉を送った。

助けに来てくれたこと、そしてそのために怪我を負わせてしまったこと。どちらも白斗にとって当たり前のことだったので、特に気にすることでもなかった。

 

 

「……って白斗? どうしたの、そんなに腕を震わせて……」

 

「腕……?」

 

 

だが、アイエフが突如として指を差してきた。

その先にあるのは、返り血によって真っ赤に染まった手。この手が何故だか震えているのだ。

 

 

「……な……何だ、これ……?」

 

 

何故震えているのか、白斗自身にもわからなかった。

血が気味悪く感じたからなのか、冷えていく血液で寒さを感じたのか、それとも激痛によるものなのか。

分からない、分からないからこそ尚更―――“怖い”。

 

 

(……怖い……? おいおい、もうモンスターは倒したってのに……)

 

 

白斗は思わず倒れていた狼男の死骸に目を向けた。

だが、そこで彼の疑問はさらに深まることになる。

 

 

(……ってオイ、なんであのモンスターの死骸が消えてないんだ!?)

 

 

そう、この世界に存在するモンスターは力尽きると電子の欠片となったかのように消えてしまう。

だがこの狼男の死骸はまだ消えていない。死んだふりでもしているのかと思い、再びナイフを構える。ところが、幾ら待っても狼男はピクリとも動かない。

 

 

「あ、あれ……? 何だか、萎んでない……?」

 

「ほ、ホントです……!」

 

 

それだけではない、なんと狼男の体が萎んできたのだ。

膨れ上がった筋肉はまるで空気が抜けていくかのように縮んでいき、獣らしさを醸し出す体毛も剥がれ落ちていき、ナイフの如き鋭さを持った牙と爪も小さくなっていく。

やがて小さくなったその姿は―――。

 

 

 

 

「………に、人間………?」

 

 

 

 

―――紛れもない、人間の男だ。

すっかり骨と皮だけの、何かの副作用としか思えないような異様な痩せ方だが人間である。

既に息絶えていた。体が変わっても致命傷は変わらなかったらしく、喉元には白斗が突き刺したナイフの痕、そしてそこから今でも流れ出る赤黒い血がそれを物語っている。

 

 

「ま、まさか……こいつ! 私達が追っていた指名手配犯……!?」

 

「この人が……モンスターに変身していたの……!?」

 

 

アイエフは、その男の正体を見破った。先程まで追跡していた元ノルス幹部だ。

彼を追ってきたからこそこの場面に出くわしてしまった。彼が何らかの方法でモンスター化し、迎撃してきた。

だからこそこんな街中でもあんなモンスターが突然出現したのだとすれば説明はつく。

 

 

 

 

―――けれども。そのモンスターだった人間は―――“死んだ”。

 

 

 

「……は、ぁッ……グ、ハッ、ガ、ヒッ……!!」

 

「は、白斗さん!? 白斗さぁん!!」

 

 

それを理解した瞬間、白斗の中の何かが崩壊を始めた。

鼓動は速まり、息が詰まり、血の気が引く。汗は滝のように流れ、震えが止まらなくなった。

慌ててコンパが駆け寄るも声すら届いていない。

 

 

「ハァッ……ハァッ…ハッ、ハ、ハ、ァ、ッ! お、俺……俺ッ……!!」

 

「ち、違う!! これは白斗の所為じゃない!! 貴方の所為じゃないの!!!」

 

「そうだよ!! だから落ち着いて白斗君っ!!!」

 

 

アイエフとマーベラスも、異常なまでに震える白斗を抱きしめた。

彼は「人を殺した」という事実に傷ついている。その事実に打ちのめされ、崩れそうになる白斗を支えようとする。

そんな必死になる少女達の姿が、微かにだが白斗の瞳に映る。

 

 

 

 

「……アイエ、フ……コ………ンパ……マーベ、ラ、ス………」

 

 

 

こんな自分を支えてくれる少女達に、確かな感謝を抱きながらも―――白斗の意識は黒く塗りつぶされていった。

底知れぬ闇へと沈んでいくような、どこまでも暗く、重く、冷たく―――。

 

 

「は、白斗!! しっかりして白斗ぉ!!!」

 

「白斗君っ!! 白斗君っってばぁ!!!」

 

「白斗さん!! 白斗さあああああああああああああん!!!」

 

 

まるで糸の切れたマリオネットのように倒れ込んでしまった白斗。

アイエフやコンパ、マーベラスは涙ながらに愛する者の名を叫び、体を揺り動かす。しかし、白斗は動かない。目を開けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その様子を、ビルの屋上からあの魔女―――マジェコンヌは見下ろしていた。

 

 

 

「……なるほど。 これが“絶暴草”……そしてあの男の息子の力か……」

 

 

 

一部始終を見届けたマジェコンヌはそう呟くと虚空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――今回の事件は幸いなことに目撃者がいなかった。

そのため事件は「モンスターが街に紛れ込んでいた」という形で処理され、国民には詳細が伏せられることとなった。

だが、全てを隠したままには出来ない。国政の中心、プラネタワーの一室。そこにはこの国の女神であるネプテューヌとイストワール、そして白斗を心配して集ったノワール、ブラン、ベールら女神達。

 

 

「―――以上が、事件のあらまし……です……」

 

 

この錚々たる面々に説明をしていたのは当事者でもあるアイエフだった。

傍には同じくこの仕事を手伝っていたマーベラスも同席している。だが、どちらの表情も暗い。そして、女神達の表情も重苦しかった。

笑顔を信条とするネプテューヌですら、白斗を想う余り笑えなくなっている。

 

 

「こ………今回の責任は、全て指名手配犯を逃がした私にあります!! ですから……白斗を助けてください!!! お願いします!!!」

 

「わ、私からもお願いします!! アイエフちゃんだけの責任じゃありませんっ!!!」

 

 

全てを報告し終えたアイエフは、必死になって頭を下げた。

何よりも一番傷ついている想い人、白斗を救おうと嘆願している。同じく責任を感じているマーベラスも白斗の放免を願った。

 

 

「お、落ち着いてよ二人とも! 私達、白斗を逮捕しようなんて思ってないから!!」

 

「……ほ、ホント……?」

 

「白斗、何も悪くないじゃない!! ……あいちゃんやマベちゃんだって、悪くないんだよ」

 

 

しかし、そんな必死な二人をネプテューヌは優しく宥めた。

彼女も白斗を愛する者の一人。本当は心が引き裂かれそうなほど辛いはずなのに。

悲しみを堪えながらもアイエフとマーベラスの肩に温かな手を置き、優しく微笑んでくれた。

 

 

「……ネプ、子……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

 

「う、うぅ……ううぅぁぁぁぁああああ!!」

 

 

親友に慰められて、アイエフとマーベラスは涙が溢れ出した。

本来ならば責められても仕方がないというのに。友達だからというだけではない、普段はおとぼけていても、ちゃんと物事の本質を直感的にだが捉えてくれる。

そんな親友であり女神でもあるネプテューヌの温かさに触れ、アイエフとマーベラスの涙は止まらなかった。

 

 

「私もネプテューヌの意見に賛成よ。 プラネテューヌの法律、ざっと目を通させてもらったけど法的に見ても正当防衛が成立するわ」

 

「ええ。 そもそも白斗は相手が人間だと知らなかったわけだし」

 

「……正しいことをした人が裁かれるなんて、それこそあってはならない話ですわ」

 

 

各国の女神達もネプテューヌの意見に賛同してくれる。

ただ白斗に対する想いだけではない、説得力のある言葉で白斗を、そしてアイエフとマーベラスを支えてくれた。

誰もが自分にできる方法で白斗を助けようとしてくれている。そんな温かな思いは伝わってきた。

 

 

「……後は、白斗さんの心持次第ですね……」

 

 

だが、口を開けたイストワールの一言で再び空気が重苦しくなった。

これでも言葉は選んだ方だ。厳しいようだが、事実その通りなのだ。

幾ら法的に許されようとも、肝心の白斗がどう受け止めているか。それによって接し方を変えなくてはならない。

皆が俯く中、気まずそうに部屋を横切る少女が一人。

 

 

「……お姉ちゃん」

 

「ネプギア……白斗の様子は?」

 

「まだ目を覚まさない……今はコンパさんが傍にいてくれてる……。 私はお水取り換えに来ただけだから……」

 

 

洗面器を抱えたネプギアだった。

あの後、白斗は保護のためこのプラネタワーに移された。怪我はしていたものの、命に別状はなかったため包帯や治療薬だけで済んだ。

それでも正当防衛とは言え、人を殺めてしまったことが相当ショックだったのか未だに目を覚まさない。

 

 

「……傷つくなって方が無理よ……。 白斗、今どれだけ苦しいを思いをしているのか……!」

 

「情けないわ……こんな時に、白斗に何もしてあげられないなんて……!」

 

「……白ちゃんに、何をしてあげられるのでしょうか……」

 

 

ノワールは歯を食いしばり、ブランは顔を俯かせ、ベールは一筋の涙を流した。

皆、白斗を想う余り自分の心すら追い詰めている。

 

 

「……ネプギア。 私、白斗の様子を見に行ってもいいかな?」

 

「うん……お兄ちゃん、まだ目を覚まさないと思うけど……」

 

「それでも……傍に居てあげたいんだ……」

 

 

今、白斗の心は間違いなく傷ついている。

傷ついている人は放っておいてはいけない。それがネプテューヌが出した答えだ。

だから何があろうとも彼の傍にいる、そんな覚悟を見せられては止められる者などいない。

いつもよりも大人しい歩調で廊下を歩き、白斗の部屋のドアを開ける。

 

 

「あ……ねぷねぷ……」

 

「こんぱ、お疲れ様。 ……白斗はどう?」

 

「体は大丈夫だと思うですけど……凄く辛そうです……」

 

 

ベッドで眠る白斗、その傍らにコンパが座っていた。

優しい笑顔を向けたがコンパは苦しそうに俯いている。今日の一件で彼女も責任を感じてしまっているのだろう。

だが、それ以上に白斗が辛そうだった。悪夢でも見ているのか、魘されている。

 

 

「……ねぷねぷ! あ、あの……」

 

「分かってる。 白斗も、みんなも悪くないから」

 

「……ありがとう、です……」

 

 

彼女もやはり白斗を罪に問わないように嘆願しようとしていた。

だがそれはもう済んだこと、そう伝えれば力なくコンパは礼を言う。

 

 

「こんぱ、ちょっと休憩したら? 思い詰めすぎて先に倒れちゃいそうだよ?」

 

「……ですね。 ねぷねぷ、少しだけ白斗さんをお願いしていいですか?」

 

「うん」

 

 

これでもコンパはナースだ。自分の体調がどうなっているかくらいすぐに分かる。

今の状態では白斗の看病もまともにできないと判断し、ネプテューヌに後を任せて部屋を出た。

ネプテューヌは少しでもコンパの気が軽くなることを祈り、椅子に座った。白斗は尚も苦しそうに呻いている。

 

 

「……ぅ、ぁ……う、ウ………!」

 

「……白斗……」

 

 

決して人前では弱音を吐かない白斗。そんな彼が、こんなにも苦しそうにしている。

大好きな人が目の前で苦しんでいるのに何もできないこの状況に、ネプテューヌも泣きそうになっていた。

けれど必死に涙を堪え、白斗の手を握る。少しでも心の支えになるように。

 

 

「ぅ、ぅっ………! ……ん……う……」

 

「っ!? 白斗……白斗!!」

 

 

すると、その想いが伝わったのか苦し気な声を吐き出しながらも白斗の瞼が開きかけた。

本当はもう少し寝かせるべきなのかもしれない、それでもネプテューヌは彼の名前を呼んだ。

 

 

「………あ…………お…………お、れ………?」

 

「白斗!! 大丈夫!!?」

 

「……ねぷ……てゅーぬ…………………―――ッ!!?」

 

 

凄まじい汗と尚も渦巻く不快感の中、何とか視界を取り戻す。

やがて朧気に浮かび上がったその姿は、心配そうにこちらを覗き込んでいるネプテューヌの顔だった。

綺麗な瞳が白斗を包み、小さくも綺麗な手で白斗の手を握っていた。だが、その握っている手は、あの時狼男を―――いや、あの人間を「刺し殺した手」で―――。

 

 

「うわあぁあぁあぁあぁあッ!!? は、離れろぉぉおおおお――――ッ!!!」

 

「きゃッ!? は、白斗!?」

 

 

盛大な悲鳴と共に咄嗟に振り払った。

ネプテューヌも何が何だかわからず手を離してしまった。慌てて白斗を見ると、怯えながらその手を見つめている。

自分の手に、恐怖していた。

 

 

「触るなぁ!! こんな……こんな血塗れの……人殺しの手なんかッ………!!!」

 

「違う!! この手であいちゃんやこんぱ、マベちゃんを守ってくれたんだよ!!」

 

「でも……でもっ!! お、俺、俺ッ……うわぁぁああああぁぁぁぁああ――――ッ!!?」

 

「お、落ち着いて!! 落ち着いてよ白斗ぉ!!!」

 

 

いつもの白斗からは全く想像できない錯乱ぶりだ。

やはりあの人を殺めてしまった一件は、白斗の心をズタボロに崩していた。だからと言ってここで引き下がってはいけない。今、白斗を一人にしてはいけない。

苦しみから逃れようと暴れる白斗に、ネプテューヌは必死に抱き着いた。

 

 

「あ、アァァアァアアァアァア!?」

 

「大丈夫!! 絶対に離れないから!! 絶対に離さないから!!!」

 

「アアァァア………ア、ア、あ…………!!!」

 

 

いつぞやのネプギア以上に取り乱している。

それでもネプテューヌは腕に力を籠め、その胸元に顔を埋めた。この想いが少しでも伝わるように。

少しずつだが、暴れる力が弱まり始める。

 

 

「……白斗、ありがとう。 皆を守ってくれて……本当にありがとう……!!」

 

「ね、ネプテュー……ヌ……う、ウううぅぅッ……!!」

 

「……苦しいよね……。 でも、貴方のお蔭で助かった人もいるの……。 それも白斗のお蔭だって言うことは……否定しないで」

 

 

まだ震える彼にお礼を言った。

女神として、そしてアイエフ達の友達として。命懸けで守ってくれた白斗に。

人を殺してしまったことは事実なのかもしれない。でも、彼の陰で守られた人がいる。それもまた事実なのだ。人を殺したことよりも、確かな事実なのだ。

そんなネプテューヌの温かい言葉に、白斗は徐々に落ち着きを取り戻していく―――。

 

 

「ぅ、ぁ………はぁ………はぁ………」

 

「良かった……落ち着いた………?」

 

「……………………」

 

「無理はしないでね。 はい、お水。 顔は私が拭いてあげるね」

 

 

尚も肩で息をしている。だが、当初ほどの乱れようではない。

力なくも、コクリと頷いてくれた。差し出されたコップに口をつけ、その間ネプテューヌが白斗の顔から吹き出た汗を拭う。

 

 

「……ごめんな、ネプテューヌ……」

 

「謝らなくていいよ。 白斗は何も悪くないんだから!」

 

 

あっけらかんとした、朗らかな笑顔で返してくれたネプテューヌ。

人を元気づけることに関して右に出るもはいない。まさに慈愛の女神。

まだいつもの調子は取り戻せそうにないが、白斗もようやく人並みの反応を返してくれるレベルにまでは落ち着いた。

―――それでも、恐怖は体中に刻み込まれている。

 

 

「う……うウ……ッ……! でも、俺……“また”人を……ッ」

 

 

震える手。やはり、あの人を殺めた感触が忘れられないのだろう。

だからこそ、ネプテューヌは尚更疑問に思ってしまった。

 

 

(……白斗……本当に、人を殺したことがあるの……?)

 

 

これだけ人を傷つけることを恐れ、殺めたことを悔いている。こんなにも優しい人が、元の世界でとは言え暗殺者など到底信じられなかった。

仮に殺したとしても、彼自身の意思ではないことは明らかだ。今白斗を苦しめているものは現在と過去の、二度に渡る殺人。

その罪の意識が、彼を追い詰めている。

 

 

 

 

 

 

もし、そこから助け出せることが出来れば―――或いは―――。

 

 

 

 

 

「………ねぇ、白斗………」

 

 

 

 

本当は、これを口にするべきか否か。今も迷っている。

彼を追い詰める結果になるかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。でも、嫌われてもいい。

本当に白斗を助け出せるのなら、どんな汚名でも、罵詈雑言の言葉でも受けきる。ネプテューヌは握り拳を固め、白斗と向き合った。

 

 

「……今、胸に抱えているもの……全部話してみて。 今の気持ちとか、過去に何があったとか、全部」 

 

「……え……?」

 

 

彼の苦しみを、一度吐き出させるしかない。

先程は突然の恐怖でパニックに陥っていたが、ある程度取り戻した今ならダムのように序徐々に引き出せるはず。

優しい笑顔と穏やかな口調に、白斗は面食らったかのように動きを止めた。

 

 

「八つ当たりでも何でもいいよ。 打たれ強いことで有名なネプ子さんだもん、ドーンと来い!」

 

 

ネプテューヌには分かっている。今でも白斗は無理をしていたことを。

何故なら、彼は人前では決して弱音を吐かない。いや、吐けない人なのだ。

ノワールと似たタイプだが、彼の場合は自らの意思でそれを引き出すことが出来ない。だから外部から引き出させるしかない。

白斗は当然、彼女の真意に気づいている。だから、時間こそは掛かったがそれを受け入れ、口を薄く開く。

 

 

 

 

「……………………お………俺――――」

 

 

 

固唾を飲みながらもネプテューヌは真剣に目を向け、耳を立てる。

彼の一言一句を全て受け止めるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――だが、事態は予想しない方向へと転がってしまった。

 

 

 

 

 

「―――ウグッ!!? うッ、グェェエエ…………!!?」

 

「白斗!!?」

 

 

 

 

突然、白斗が嘔吐し始めたのだ。

先程まで良かった顔色も、一気に青ざめてしまっている。瞳からは光が失われ、また汗が滝のように吹き出している。

慌ててネプテューヌは白斗の体を抱きしめた。

 

 

「ゲボッ!! グボォェェエ……!!」

 

「白斗!! 白斗ぉ!!!」

 

「は、離れ……汚れ…………グブッ!!!」

 

 

尚も吐き続ける白斗。当然吐しゃ物はネプテューヌの服にも掛かってしまう。

だが彼女はそんな事一切気にも留めなかった。ただ、白斗を落ち着かせるために必死に抱きしめ、体をさすっている。

 

 

 

 

 

「だ、誰かぁ!!! 誰か来てぇ!!! 白斗を……助けてぇえええええええええええ!!!」

 

 

 

 

 

―――その後、ネプテューヌの叫びが木霊したことで異変に気付いたノワール達も慌てて部屋に駆け込んできた。

彼女達もこの惨状を目の当たりにしながらも己の身を省みず白斗の介抱に当たる。その後、白斗は気絶するように眠ってしまい、何とかこの場は収まった。

だが、ネプテューヌの心は一気に絶望の淵へ叩き落とされてしまった。

 

 

 

「……そんな……白斗…………わ、私の所為で………………」

 

 

 

彼のためだからと、軽はずみに聞いてしまった。

まさか白斗が、口にしただけで吐いてしまうほどの絶望を抱えていたことなど知らなかった。知ろうともしなかった。

それがネプテューヌの顔から笑顔を奪い去り、一筋の涙を流させた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――次の日。天気だけは快晴だった。

だが、このプラネタワーはそんな気持ちの良い天気に反して、重苦しい雰囲気に包まれている。

リビングルームでは泊りがけで白斗の介抱に当たっていたイストワールとネプギア、そして三ヶ国の女神達が集まっていた。

息苦しささえ感じる空気の中、最初に口を開いたのはベールだった。

 

 

「ネプギアちゃん……白ちゃんの様子はどうでしたか?」

 

「……体は大丈夫みたいなんですけど……。 昨日の一件で更に自分を追い詰めちゃったみたいで……『みんなに、お姉ちゃんに悪いことをした』って……」

 

「……白斗の所為でも、ネプテューヌの所為でもないわ……」

 

 

ブランの言葉に、誰もが頷く。

昨日のあらましはネプテューヌから聞くことが出来た。彼が何故、尚も取り乱していたのか。

あんなにも吐くことになってしまった原因も。

 

 

「……私も、あの場にいたらネプテューヌと同じことをしていたわ……。 あの子だけを責めることなんて、出来ない……」

 

 

苦しそうに片腕を抱えながら、ノワールがポツリと呟いた。

涙ながらにネプテューヌが話してくれた、昨日の経緯。ノワールも、同じことを考えてしまっていたからだ。

ブランも、ベールも、ネプギアも。今回、ネプテューヌが聞いてしまっただけで誰もが同じ状況にしてしまっていただろう。だから、彼女を責めることなど誰も出来なかった。

 

 

「……ネプギアさん。 ネプテューヌさんの方は?」

 

「お姉ちゃんもすっかり暗くなっちゃって……。 さっき、お兄ちゃんに謝りに行ったんですけど……お兄ちゃんも謝りまくって……。 もう、違う意味で収拾つかなくて……」

 

 

イストワールがネプテューヌの様子を聞いてきた。

彼女の気分も最悪らしい。朝、落ち着いたところで昨日の事を互いに謝ったらしいが気にしすぎる余り距離が出来てしまっている様子だ。

 

 

「……こんな時まで他人の心配なんて……優しすぎるのよ、白斗は……」

 

 

昨日、これ以上ないくらいに傷ついているというのに白斗はネプテューヌの、そして皆の心配をしていた。

その優しさが、寧ろ白斗自身を追い詰めている。ノワールは今にも泣きそうになっていた。

 

 

「……ネプテューヌにだけ苦しい思いはさせられない……! 私達も、白斗のために出来ることを探しましょう!」

 

 

盛大に机を叩き、飛び上がるようにしてブランが叫んだ。

具体案など思いついてはいない。だが、考えることをやめればそれは白斗とネプテューヌに背を向けるのと同じ。

白斗に想いを寄せる者として、そしてネプテューヌの友達として。言わずにはいられなかった。

 

 

「……ブランさんの言う通りです。 今度は、私達がお兄ちゃんとお姉ちゃんを支えなきゃ!」

 

「はい。 ……白斗さんを、みんなで助けましょう」

 

「ええ。 ここで動かなくては私は女神でも、姉でも……女でもありませんわ!」

 

 

ネプギアとイストワール、ベールも同意した。

愛する者を守りたい気持ちと友を助けたい思い、どちらも等しく、皆が共有している。

これだけの面々が勢揃いしているのだ。何もできない方がおかしい。

ノワールも希望を取り戻し、少しだが笑顔を取り戻した。

 

 

「でも、どうしたらいいのかしら……」

 

「……ネプテューヌの考え方自体はあってる。 ただ、焦り過ぎただけ……少しずつ白斗の本音を引き出していく方向はどうかしら?」

 

 

ブランがまた一つ提案をした。

一気に苦しみを吐き出させようとしたから、心のダムがその負荷に耐え切れず決壊してしまった。それが昨日の一連の流れ。

だから苦しみの放出量を少しずつにするしかない。

 

 

「でもお兄ちゃん……私達と一緒にいることを避けてるみたいです……」

 

「無理もないわね……あんなことがあったんだもの……。 でも、ここで避けたら……白斗がいなくなってしまうかもしれない……!」

 

 

実は体の傷や痛み自体は既に完治している白斗。だが彼を縛り付けているのは心だ。

特に昨日の一件でネプテューヌや皆を傷つけたくないと思っているのだろう。

ノワールも理解してしまう。だが、だからと言ってここで距離を離してしまえば白斗は本当に彼女達の下を去ってしまうかもしれない。そう考えただけで、心が引き裂かれるような痛みに襲われた。

 

 

 

「……でしたら、その時間を作りましょう。 私にお任せくださいな」

 

 

 

そこで名乗りを上げたのはベールだった。

何か妙案があるのかと皆が一斉に視線を向ける。

 

 

「お誂え向き、と言えば聞こえは悪いのですが……実は一件、リーンボックスで厄介な事件が発生しましたの」

 

「事件?」

 

「ええ、その事件と言うのが―――」

 

 

ベールは虚空から事件の資料を取り出してテーブルに並べ始める。

並べられた資料に、誰もが目を通した。白斗のためになることを祈って―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日。ここはリーンボックスにある山の一つ、『ベイカ山』。

何やら事件が起きそうな名前かもしれないが、至って平和な山の一つ。

であるにも関わらず今この山には四人の女神と、一人の黒コートを着込んだ少年が召集されていた。

 

 

「はい、というわけでこれよりパトロールを行いたいと思います!」

 

 

パン、と勢いよく手を叩いて宣言したのはこの国の女神ことベール。

彼女の呼びかけに応じたノワールとブラン、そしてネプテューヌ。だが紫の女神の雰囲気は昨日の一件を引きずっているのか、どこか暗い。

そして体自体は快復したとして無理矢理の形で引きずり出された少年、白斗も覇気が無かった。

 

 

「……ベール、パトロールってどうしてそんなことをするの?」

 

 

力ない語気で話しかけるネプテューヌ。

普段の彼女であれば無理矢理ボケをかまして白斗を元気づけようとしているところだろう。

しかし、今の彼女は余計な一言を言わないようにしているのが見て取れた。

どこか調子が狂いそうになりつつもベールは説明を続行する。

 

 

「先日、我が国でも有数のキャンプ地を抱える『ノドカーナ山』が突然の山火事にあいましたの」

 

「山火事……」

 

「更に近隣の山でも山火事の被害が報告されています。 誰か放火犯がいるに違いありませんわ。 そこで今回は我々の手でまだ無事なこの山をパトロールするというワケです」

 

 

ここまで特に疑問点は無い。

まだ無事であるこの山を狙う可能性は高い。特にリーンボックスはリゾート地、山火事を防ぎたいと思うのは当然だろう。

 

 

「……でも姉さん。 さすがに5人だけだとカバーしきれないかと……」

 

(着眼点は鋭いですがどこか余所余所しいですわね……。 まるで、白ちゃんがこの世界に来た時のような感じですわ……)

 

 

どこか他人行儀、というよりも自分自身に存在を感じられないと言った様子。どこか虚ろな反応を返してくる白斗。

この世界に来たばかりの白斗もこのような感じだった。今にして思えば、過去の殺人を自責していたからなのか。だが、それでもベール達は彼を支えると決めている。

 

 

「ご安心を。 反対側にはネプギアちゃん達にもお願いしてありますわ」

 

「……そっか」

 

「ええ。 ですから白ちゃんはあちらの川のあるエリアを。 ネプテューヌはその反対側のエリアをお願いしますわ」

 

「……うん」

 

 

白斗とネプテューヌは返事を返したが、やはり二人ともが無理に元気を絞り出している。

心の状態が最悪な中、それでも仕事に手を貸してくれたのは気を紛らわせたいからだろう。

荒療治にはなるが、これもベールの読み通りだ。

 

 

「ではお二人とも、お願いしますわ。 私達の担当は既に決まっていますので」

 

「分かった」

 

「りょーかい」

 

 

何とか笑顔を作り出し二人は持ち場へ向かう。

互いに心配を掛けたくないためであることは見て取れたが、足取りがどこか覚束ない。

しっかりしておらず、まるで風が吹けば飛んでいってしまうような危うささえあった。このまま見過ごせば、特に白斗はどこかへ消えてしまうかもしれない。

 

 

 

(((―――絶対に、離さない)))

 

 

 

女神達の想いは、固かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その頃、白斗たちとは反対側のエリアを担当していたネプギアらはと言うと。

 

 

「……お兄ちゃんとお姉ちゃん、大丈夫かなぁ……」

 

 

ネプギアが、ランチョンマットを広げていた。

少し地味な色合いのマットだが、8人が使用できるくらい広いものだ。これを4枚も並べている。

彼女だけではない、ユニやロムとラムと言った女神候補生、アイエフとコンパ、マーベラスに5pb.やツネミもいた。

共通しているのは皆、白斗を心から慕っている者達であることだ。

 

 

「だいじょーぶ! お姉ちゃんならきっとお兄ちゃんを元気にしてくれるって!」

 

「そうしたら、今度はわたし達でお兄ちゃんを元気づけてあげなきゃ!(ふんす)」

 

「……そうね。 ロムとラムの言う通りだわ」

 

 

実は事の詳細は伝えられていないロムとラム。だが、まだ幼い彼女達には白斗の身に起こったことを受け止められるわけがない。

それでも白斗が本当に辛い思いを抱えていることだけは知っている。だから元気づけようと必死だ。

ユニは詳細を知っているからこそ心を痛めていたが、二人の言葉に賛同する。

 

 

「私達は苦しい時、白斗さんに支えてもらってばかりでした……今度は私達が白斗さんを支える番です!」

 

「うん! ボクだって……ボクだって白斗君を愛してるもん! 好きな人のためならどんなことだってしてあげられる! してあげたい!!」

 

 

ツネミと5pb.も、それこそ決死の覚悟を見せていた。

彼女達も白斗のお蔭で自身の生きる道を繋いで貰えた者として。何より白斗に恋をした者として。

白斗が荒れることも、拒絶の言葉を受けることも覚悟済みだ。だからこそ、ここに来ている。

生半可な覚悟、増してや遊びのつもりなど一切なかった。

 

 

「……私だって! 白斗を追い詰めた責任だけじゃない……白斗を助けたい気持ちだけは誰にも負けないの!」

 

「私もです! 好きな人を元気にさせられないなんて、女の子失格です!」

 

「白斗君は、何度も私を命懸けで助けてくれた……! 私も、何度でも白斗君を助ける!」

 

 

そしてあの事件の当事者だったアイエフとコンパ、マーベラスも揺らぎない覚悟を見せていた。

白斗に対する責任や罪悪感だけではない、彼を想う者だからこそ絶対に助ける。

 

 

「それじゃ、白兄ぃのためにも早くピクニックの用意しちゃいましょうか!」

 

 

ユニの呼びかけに皆がペースを早める。

そう、彼女達はピクニックの準備をしていたのだ。当然呑気に楽しむためではない。

少しでも白斗の心の癒しになればという思いからだ。

少女達は祈る。大好きな人ともに、また笑いあえますようにと―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その頃、件の白斗は指示された通り川に来ていた。

ギラリとした視線を周囲に振りまき、放火犯がいないか見て回る。だがその視線の鋭さは剣呑と言うべきか、殺気を纏っているというべきか。

とにかく穏やかさの欠片も無かった。

 

 

「…………………」

 

 

無言、とにかく無言だ。

何も喋らない、何も話したくない、何も考えたくなかった。何か他ごとに意識を向けてしまえば、この不安定な心が保っていられない。

そう感じていた矢先、ふと穏やかに流れる川に目が行く。そこには余りにも怖いとしか表現のしようがない自分の顔が―――。

 

 

「――――ぐぇっ……!?」

 

 

途端、また吐き気が込み上げてしまう。

不快感に崩れ落ち、体中が恐怖で支配された。その顔は、自分の中で最も嫌悪し、最もしてはならない顔だったからだ。

 

 

 

 

 

(あ……あの顔……俺が、俺が人を殺した時の………! 結局、お、れは……ただの……ひと、ごろしで……みんなをー――)

 

 

 

 

人殺し―――それを自覚するや否や、白斗の心は一気に闇一緒に塗り潰され―――。

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫。 貴方は人殺しなんかじゃないわ」

 

「ええ。 私たちの大切な人、ですわ」

 

 

 

 

 

 

その時、白斗を包んでくれる二つの優しい温もり。

 

 

「……ブラ、ン……ベール……ねえ、さ―――………」

 

 

ブランとベール。白斗と親しくしてくれる女神様二人だった。

こんな酷い状態であるにも拘らず、先日と何ら変わりない優しさで白斗を支えてくれる。

それどころか今も尚、震える体を優しく抱きしめてくれた。

 

 

「落ち着いて。 ―――ずっと傍に居るから」

 

「何でも吐き出してくださいな。 少しずつで大丈夫ですから」

 

 

先日取り乱した際にも、二人には迷惑をかけた。

あんな汚い状況だったのに、嫌な顔一つせず対処に当たってくれた。だからこそ白斗は尚更、己を情けなく思う。

 

 

「………ごめ、ん………俺、人殺しで……みんなに……ネプテューヌに酷いことを―――」

 

 

何よりも、彼にとって許せなかったのは他人を傷つけることだ。

殺してしまったことは勿論、先日取り乱したことでネプテューヌらを傷つけたと思っていることが彼にとって何よりの後悔。

けれども、ブランとベールは微笑みながら首を横に振った。

 

 

「……白斗。 貴方は自分の事を人殺しなんて卑下するけどそれは違う」

 

「ただの人殺しは、そんな時まで他人を気に掛けたりしませんわ。 貴方はどんな時でも他人を思いやれる、優しい人ですのよ」

 

「そ、そんなこと………」

 

「貴方は否定しても、私達は知ってるのよ。 貴方は誰かのために戦う人だって」

 

「本当に戦う意思がないなら、その装備だってしてこないはずですわ」

 

 

優しく諭され、指摘される。

今の白斗の恰好はいつもの黒コートだ。当然中にはナイフや銃、ワイヤーと言ったいつもの装備が多数仕込まれている。

彼にとっては戦闘スタイルである暗殺を象徴するもののはず。なのにそれを着込んでいた。

 

 

「そんな白ちゃんだから私たちは、貴方が何よりも大切なんですの」

 

「大切な人のためなら何だって出来る。 貴方がしてくれたように、私たちも貴方を支えるわ。 どれだけ時間がかかっても」

 

「少しずつで構いません。 白ちゃんが抱えるもの……吐き出していってください」

 

 

白斗は今、自分で自分が分からなくなっていた。

起きてしまった事実だけが自分を形作るのだと思い、それ故人殺しを、そしてネプテューヌ達を傷つけたとばかり思っていた。

だが、それでも彼女達は違う。白斗がそんな人ではないことを。それもまた事実なのだと。

―――だから、白斗は支えてもらいたくなった。

 

 

「………俺、ネプテューヌと………また、笑いあいたい……。 この前……凄く傷つけてしまったから……」

 

 

彼にとって、今一番後悔していること。やはり先日のネプテューヌにしてしまったことだ。

頭では分かっていても、心は悲鳴を上げている。

ようやく口から出してもらえた彼の弱音に、ブランとベールは柔らかく微笑みながら諭していく。

 

 

「……大丈夫。 ネプテューヌも白斗が悪いだなんて思ってないわ」

 

「ブランの言う通りですわ。 第一、謝るよりも前に大事な言葉をまだかけてないのでしょう?」

 

「謝るよりも……大事……? あ………」

 

 

二人に諭されて、ここまでの言動を振り返ってみる。

これまで彼女達への罪悪感で自らを追い込み、謝罪の言葉を何度も繰り返してきた。だが、一方でかけていない言葉があった。

それは―――。

 

 

「……そう、だな……。 一番大切なこと、言ってなかった……」

 

「なら言ってあげて。 向こうはノワールが何とかしてくれてるはずだから」

 

「白ちゃんの言いたいこと、少しずつ言ってあげてください。 ネプテューヌもそれを受け止める覚悟はありますから」

 

「……うん」

 

 

白斗は微笑んで二人に頭を下げる。

まだまだ無理に作っている笑顔だが、幾分か柔らかくなっていた。

そのまま白斗は走り出す。いつも元気を与えてくれた、あの少女の下へ―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから数分前。こちらは静かな森林地帯。

柔らかな木漏れ日を浴びながらネプテューヌは歩いていた。けれども、その足取りは重く、顔色は暗い。

 

 

「………はぁ」

 

 

仕事で来たはずなのに、全く身が入らない。元から仕事はサボる性質ではあるが。

しかし、今は仕事に逃げたかった。

原因は言わずもがな、先日白斗の心を傷つけてしまったと感じていたからである。

 

 

(……なんで私、あんなことを言っちゃったのかな……)

 

 

後悔が豪雪のように降り積もり、ネプテューヌの心を冷たく、重く潰しに掛かる。

もっと他に言いようがあったのではないか、何もあんなタイミングで無くても良かったのでは、そもそも自分ではなく別の誰かならもっと上手くやってくれたのではないか。

 

 

「…………っ」

 

 

それらを考える度に、涙がじわりと浮かんでくる。

今となってはトレードマークである笑顔の浮かべ方すら忘れてしまった。もう、どうすればいいのかも―――。

 

 

「貴女らしくないわね、ネプテューヌ」

 

「ノワール……?」

 

 

いつの間にか、彼女の背後にノワールが立っていた。

口調こそいつも通りだったが、表情はいつもよりも柔らかい。ネプテューヌに確認を取ることなく、スタスタと彼女の傍まで歩いてくる。

ツンデレが個性である彼女にしては珍しい積極性だ。

 

 

「……白斗を傷つけたとか、思ってるんでしょ」

 

「…………うん」

 

「まぁ、やっちゃったわねー」

 

「ってノワール!? そこ慰めてくれるところじゃないの!?」

 

「普段のアンタもこうやって死体蹴り喰らわせてるからそのお返しよ」

 

 

確かに普段のネプテューヌは茶々を入れてくることもあるが、それは彼女なりの気遣いの場合もある。

真面目なノワールが、こんな冗談めいた言葉を掛けてくるとはさすがのネプテューヌも面食らってしまい、盛大に慌てた。

 

 

「………でもね、きっと私やブラン、ベールがあの時、そこに居たとしても……同じこと、してたと思う」

 

「え……?」

 

「白斗の事を想う余り、白斗の心の傷の深さまで考えられてあげなかった……。 だから、貴女だけの責任じゃないのよ」

 

 

すると、ノワールがその細い腕でネプテューヌを抱きしめてきた。

弱り切った心に、この温かさは深く沁み込んでくる。

 

 

「今回ダメだったのは一人で解決しようとしたからよ。 ……今度は皆で白斗を支えましょう」

 

「ノワー、ル……」

 

「大好きな人を助けたい気持ちはみんな一緒だもの。 ……時間だけは幾らでもある。 だからみんなで力を合わせて、少しずつ白斗の苦しみを吐き出させていく。 それがダメなら別の手を考える。 ……まだ貴女が白斗のために出来ることはあるわ」

 

 

女神として、恋のライバルとして、そして友達として。

ノワールは全身全霊でネプテューヌをを支えてくれる。本当は彼女も白斗の事が心配で、心が張り裂けそうなはずなのに。

 

 

「……あり、がとう……」

 

「これくらいなんでも無いわ。 ……い、言っておくけど白斗のためだからねっ!!」

 

「ふふっ……やっぱりノワールはそうでなくちゃね」

 

 

やっとネプテューヌが笑ってくれた。

ノワールもしっくり来たらしく、自らの腕の中から彼女を解放する。

 

 

「でも……なんかノワール変わったね。 以前はメッチャ余裕ないーって感じだったのに」

 

「そう? だとしたら、きっと白斗のお蔭ね。 ……っと、丁度いい頃合いね」

 

「ん? 頃合いって……」

 

 

するとノワールは後方を気にし始めた。

何かを待っているらしい。同じくネプテューヌが彼女の後方に目をやると―――。

 

 

 

「はぁ……はぁ……! ね、ネプテューヌ……!!」

 

「は、白斗!!?」

 

 

 

白斗が走ってきた。遅れてその後ろにはブランとベールがいる。

ノワールが彼女の相手をしている間に、二人は白斗を元気づけてくれたらしい。

まだ白斗も本調子ではないが、それでもネプテューヌの下に一秒でも早く駆けつけるために走ってきてくれたらしい。

 

 

「あ、あの……白斗……。 その……!」

 

 

突然のエンカウントでネプテューヌは慌てふためく。

元気は出せたが、いざ何を言えばいいのか分からない。どんなふうに謝れば白斗は許してくれるのだろうか。

ぐるぐると考えばかりが脳内で渦巻き―――。

 

 

 

「―――ありがとな、ネプテューヌ」

 

 

 

白斗の温かな声が、闇に包まれたネプテューヌに光を齎した。

 

 

「え……?」

 

「……昨日、俺を支えてくれてありがとう。 それとちゃんとお礼言ってなくて……ごめんな」

 

 

まさかお礼を言われるとは思ってもいなかったネプテューヌ。

でも、白斗はそれを当然の物と思っていた。だからこそ彼が今表現できる最大の温かさで、ちゃんとネプテューヌの目を見て言葉を掛ける。

入れ知恵こそブランとベールがしてくれたのだが、この温もりと嬉しさは彼でしか表現できない。

 

 

「……ズルいよ……そんなの………どういたしましてってしか言えないじゃない……!!」

 

「いいんだよ。 ネプテューヌは何も悪くないんだから」

 

 

挙句、彼女自身が掛けた台詞を返してくれた。

まだ白斗はショックから完璧に立ち直れてはいない。心はボロボロのままだろう。

それでも、白斗はネプテューヌのためにここまで来てくれた。そんな彼の優しさに、そして彼をここまで導いてくれたノワール達に感謝しか出てこない。

 

 

 

「……白斗。 私からも……」

 

 

 

ありがとう―――そう言いかけたその時だった。

 

 

「っ、う、おわっ!?」

 

「じ、地面が……揺れてるっ!?」

 

 

急に地面が揺れ出したのだ。地震とは違うような震動。

しかし、揺れ自体は強く白斗たちも突然の震動に足を取られて動きがままならない。

何事かと地面に目を向けると、今度は地面から何かが盛り上がり―――。

 

 

「っ!! 白斗、危ないっ!!!」

 

「うわっ!?」

 

 

咄嗟に危険を感じたネプテューヌが、白斗を突き飛ばした。

次の瞬間、地面から赤黒いコードのような何かが伸び―――。

 

 

「きゃぁっ!? な、何よこれ!!?」

 

「ねぷぅ!? ちょっと、緊縛プレイここで出しちゃダメだってー!!」

 

「う、くっ……! ち、力が出せない……!!」

 

「まさか……この触手も、アンチモンスター……!?」

 

 

ネプテューヌ達が縛られてしまった。

手首や足、関節に巻き付かれてしまっており完全に動きを封じられた。しかもどうやらこの触手はアンチモンスターの一種らしく、女神化することも、引きちぎることも出来ない様子だ。

 

 

「み、みんな!! クソッ、今助けるっ!!!」

 

 

白斗は躊躇いなくナイフを手に取り、触手を切り付ける。

だが細かい傷こそ入るが、中々切り裂くには至らない。

 

 

「このクソッタレがあああああああ!!! 皆を離しやがれぇえええええええええええ!!!」

 

 

吠えながら白斗は白刃を振るい続ける。

しかし、想像以上に固く、薄皮一枚ですら切り裂けない。

 

 

「無駄だ……アンチモンスター『コード・テンタクル』……。 攻撃性能こそないが、捕縛性能と防御性能を向上させた触手だ。 人間如きでは切り裂けない」

 

 

するとそこに陰湿な声が降りかかってきた。女性の声だ。

刃を振るう手を止め、咄嗟に振り返る。背後にいる女神達を守るように、白斗は再びナイフを構えた。

そこに居たのは、空中に浮かぶ肌色の悪い魔女が一人。

 

 

「……テメェか? この趣味の悪い生き物仕掛けたのは」

 

「そうだ。 生み出したのは私ではないが……まぁ、どうでもいいか」

 

「確かにどうでもいいな。 ……女神様にこんなことをしてタダで済むと思うなよ」

 

「フン、それはこちらの台詞だ」

 

 

今の白斗には、人を殺したことやネプテューヌ達を傷つけたことに対する後悔など一切吹き飛んでしまっていた。

あるのはただ女神達に敵意を向けるこの魔女に対する怒り、何よりも女神達を守りたいと思うこの気持ちのみ。

そんな彼に苛立ちを感じながらも、魔女は杖を向ける。

 

 

 

 

 

 

「女神を排し、この世界全てを統べる支配者になるこのマジェコンヌに歯向かって……タダで済むと思うなよ……小僧」

 

 

 

 

 

 

―――嵐は、まだ収まらない。




サブタイの元ネタ 暗殺教室より128話ショックこと「嵐の時間」より


ということでシリアス回になります。
ここからしばらくシリアスなお話になるのですが、なるべくシリアスなの続けるとしんどいなーということで一話一話を長めにして話数そのものを減らす方向性で行きます。
ここからのテーマは、今まで断片的にしか明かされなかった白斗の過去。彼がどう向き合うのか、そしてマジェコンヌとの死闘はどうなるのか。お楽しみに。
感想ご意見、お待ちしております!


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第三十八話 死神の矜持

「女神を排し、この世界全てを統べる支配者になるこのマジェコンヌに歯向かって……タダで済むと思うなよ……小僧」

 

 

―――突如現れた謎の魔女、マジェコンヌ。口ぶりからも察するに女神に対する敵意が尋常ではない。

宙に受けるだけの力があるらしく、まずそこらのモンスターなどよりも強いことは確かだ。

 

 

「うぅ……! 抜け、出せない……!」

 

「このっ……! 離しなさいよっ!!」

 

「くそっ、早くしないと白斗が……!」

 

「白ちゃん!! いざとなったらお逃げなさい!!」

 

 

肝心の女神達は皆、アンチモンスター『コード・テンタクル』に巻き付かれて女神化できないどころか身動きが取れない状況。

皆が白斗の下に駆けつけようと必死だが、外れる気配は一切ない。

そんな彼女達を守るため、白斗は刃を構えながら目の前の魔女を睨む。

 

 

「女神を排除……ねぇ。 女神様がお前に何したって言うよ?」

 

「何も。 不幸も、幸福も与えられない。 女神は生まれただけで国を支配し、世界の行く末すら決めることが出来る……実に不公平な話ではないか」

 

 

白斗は少し突いてみることにした。

時間稼ぎの意味もあるが、このマジェコンヌがどんな人物なのか。それを知るだけでも突破口になり得る。

女神達を助けるため、白斗はありとあらゆる情報を聞き逃さない。

 

 

「しかし、世界には女神などよりも支配者に相応しい器などごまんといる。 そんな者達が女神の存在で日の目を見ることすらない……何と愚かな話だ。 シェアに左右され、人々から支持されなくなっただけでただの小娘と変わりない存在に成り果てる……今のようにな」

 

 

マジェコンヌが指を差した先には触手に巻き付かれ、動けない女神達の姿が。

あの触手はシェアエネルギーの供給を遮断する効果があるらしい。確かにあの状態ではネプテューヌ達はそれこそ普通の少女と変わりない存在なのかもしれない。

 

 

「で? それってお前が支配者になりたいってだけだろ」

 

「フン。 仮に私より強く、優れた者が統べるならそれでもいい。 それもまた、私が望んだ世界の在り方なのだからな。 だが、女神がいてはそれが出来ない!!」

 

「あっそ。 ……今時の子供達の方が、もっとマシな夢を語れるな」

 

 

白斗は何一つ、目の前の魔女に共感できなかった。

女神に対する敵愾心が特段高いだけで、白斗が愛する女神達のような気高い信念も理想も何もない。

ただの切り捨てるべき小悪党にしか過ぎない。静かにナイフの切っ先を突き付ける。

 

 

「フン、所詮は女神に毒された小僧か……ネズミ! 下っ端!」

 

「はいはい、全く人使いが荒いオバハンっちゅ。 それとオイラはワレチューっちゅ!」

 

「アタイにもリンダっつー立派な名前があるって……」

 

 

尚更白斗の事が気に食わなくなったらしい、指を鳴らしたマジェコンヌ。

その呼びかけに応じ、仲間らしき人物が二人姿を現す。

一人はぬいぐるみくらいの大きさはありそうなネズミ。もう一人は以前アンチモンスターを引き連れ、そしてネプテューヌを襲った女。

 

 

「テメェ……あの時の……。 そうか、性懲りもなくまたネプテューヌ達を傷つけようってのか……」

 

 

最早白斗は下っ端と呼ばれる女の名前など憶えていない。覚える必要など無かった。

一度目は見逃したが、二度目は無い。この女は生かしておけば女神の害にしかならない。

完全にその芽を摘み取るつもりで、殺気に満ちた視線をぶつけた。

 

 

「ヒィッ!? ……へ、へっ!! あ、あ、あの時とは状況が違うんだよ!!」

 

「そんな冷や汗ダラダラ、膝ガクガク、腰ブルブルで言われても説得力ないっちゅよ」

 

「貴様らぁ!! 漫才してないでとっとと用意しろぉ!!!」

 

「へ、へいっ!! さぁ、覚悟しやがれ女神共!!!」

 

 

一瞬緊張感のないやり取りがあったが、白斗は全く耳に入れてなかった。

そんな彼の視線を受けて及び腰になりつつも、リンダが手を鳴らせば辺りの茂みが揺れ出す。

そこから飛び出すは、モンスターも群れ、群れ、群れ。

 

 

「なっ!? こ、これ全部モンスター!!?」

 

「しかもこの赤黒さ……アンチモンスターですの!?」

 

「ひのふの……ご、50体以上はいる……!!」

 

「そ、そんな……!! 白斗、逃げて!!!」

 

 

森の茂みから、木陰から、岩の傍から。現れたのはウルフや虫型、鳥型、果てはオーク。

あらゆる種類のアンチモンスターがそこにいた。しかも数で言えば50体以上。

女神達ですら死を覚悟しなければならない強さと数。当然一般人より上程度しかない白斗が正面戦闘した所で勝てるわけがない。

悲鳴に近い声でネプテューヌが逃げるように促すのだが―――。

 

 

「ヤダね。 ―――女神様を置いて逃げられるかよ」

 

「白斗……!!」

 

 

既に白斗は覚悟を決めていた。

あの穏やかで、心優しい少年はそこにはいない。女神を守るため、その手を血で汚す覚悟を。

さしものネプテューヌも顔を青ざめてしまった。白斗が―――大好きな人が傷つく姿が、見えてしまったから。

 

 

「ふ……度胸だけは一人前だな。 ……女神などと与した事、後悔するがいいッ!!」

 

 

一斉攻撃を仕掛けようとマジェコンヌが手を上げた。

あれを下ろせば、50体以上の魔物が一斉に雪崩れ込んでくる。理に適った攻撃だ。戦闘力に関しては一般人でしかない白斗にはそれだけで事足りる。

 

 

「みんな、目を瞑れ」

 

「「「「っ!?」」」」

 

 

―――だが、白斗は慌てることなく懐から一個の玉を取り出して空中へ放り投げた。

その瞬間、女神達だけに聞こえるよう呟いた白斗の一言で一斉にネプテューヌが目を瞑る。

直後、白斗が放り投げた玉は―――眩い閃光となって弾けた。

 

 

「ぐあっ!? せ、閃光弾!?」

 

「ま、眩しいっちゅ~~~!!」

 

 

白斗が取り出したのは閃光弾だった。

当然、眩い閃光はそれを受けたモンスターやマジェコンヌ達の視界を奪う。接近すれば接近するほど不意打ちの目晦ましは避けようがなく、尚且つ強烈にその光を浴びることになる。

幸い、離れていたマジェコンヌらは失明するほどではなく、数秒で持ち直した。

 

 

「く……! これで出鼻を挫いたつもりか!! その程度……………は?」

 

 

しかし、そこで言葉に詰まってしまった。信じられない光景を見たからだ。

―――それは白斗のすぐ近くに横たわっている、ゴブリンを始めとした8体のモンスターの死骸。

それを確認した途端、モンスターの死骸は電子の塵となって消え失せた。

 

 

「き……貴様……何をした……!?」

 

「無防備になってるモンスターどもの急所にナイフを突き立てただけだ。 ……数秒ありゃ、俺のナイフで十数回は刺し殺せる」

 

 

先程の閃光弾はただ動きを鈍らせるためでだけではなく、それによって動きを止めた魔物たちを仕留めるためでもあったのだ。

産み出したその一瞬の隙で、白斗は一気に8体ものモンスターを倒して―――否、「殺して」いる。

 

 

「つまりだ。 今みたいな“殺す作業”を40回近く繰り返せばいいワケだ……簡単だろ?」

 

「「「―――――――ッ!!?」」」

 

 

先程の様な鮮やかな“暗殺”ですら「作業」。彼にとっては単なる作業でしかない。

マジェコンヌは寒気を感じた。ワレチューも恐れ慄き、リンダに至ってはいつぞやの恐怖が蘇ったのか完全に恐怖している。

女神達ですら、一瞬だけ戦慄を覚えてしまったほどだ。それほどまでに白斗の目は―――殺気に満ちている。

 

 

「どうした? 俺を後悔させるんじゃないのかよ、オバサン?」

 

「オバッ……!? ぐ、ぐぎぎぎ………!! いいだろうッ!! 嬲り殺………」

 

 

また指示を繰り出そうとした時、鋭い発砲音が響き渡った。それも三発。

見渡せば、彼女が指示を下そうとしていた鳥型のモンスターの脳天に風穴が一発ずつ、綺麗に開けられている。

脳天に鉛玉を食らった鳥たちは地に落ち、消え失せた。

 

 

「……さぁ、次はどうする?」

 

「………ッ!!」 

 

 

白斗が構えていた銃からは、硝煙が立ち上っていた。

あの一瞬で銃を取り出し、狙いをつけ、引き金を引き、三体のモンスターを絶命させたのだ。

最早少年と呼ぶにはおこがましいその腕前に、いよいよマジェコンヌも戦慄する。

 

 

「一つだけ言っておく。 ……みんなに指一本触れられると思うなよォ!!?」

 

 

右手にはナイフ、左手には銃、袖口からはワイヤー、そして何よりも鋭い視線。ありとあらゆる暗器、武器で身を固めた白斗。

その気迫がまるで―――まさに死神のようにさえ見えた。ワレチューやリンダは怯えて声も出せない。辛うじて動けるのはマジェコンヌだけだった。

 

 

 

「……こ、小僧がッ……!! ち、調子に乗るなぁぁぁああああああああッ!!!」

 

 

 

マジェコンヌの叫びに呼応して、魔物たちが吠えた。

だが先程の鮮やかささえ感じさせる殺しに一斉に突っ込んでくる愚か者はいなかった。そんなモンスターの軍勢を見据えながら、白斗はこの間も脳内で作戦を練っている。

モンスターを殺せるかどうかではない、「女神達を守るための作戦」を。

 

 

 

(……頼む、“みんな”。 気付いてくれ……! ネプテューヌ達を助けてくれ……!!)

 

 

 

その間、既に打った“布石”の成就を祈っていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから数分前の事。

 

 

「ユニちゃーん! こっち準備終わったよー!」

 

「ネプギアご苦労様。 マベちゃんさんはどうですか?」

 

「マベちゃんでいいよ……。 こっちもバッチリ!」

 

 

見晴らしのいい丘で昼食の準備を進めていたネプギア達。

全ての準備も終わり、後は白斗たちが今日の仕事を終え、ここに来るのを待つのみ。

誰もが心に傷を負っているであろう白斗に会いたい一心でここに集っている。愛する者の心配をしながら、ふと山の方へと目を向けると。

 

 

「……あれ? あいちゃん、一瞬光らなかったですか?」

 

「え、えぇ……。 あの光は………まさかっ!?」

 

 

コンパとアイエフが、謎の発光を目撃した。

一瞬だけの事だったが凄まじい強い光だ。こんな山の中で突然の発光など、自然現象ではありえない。

そしてアイエフはその正体に心当たりがあるらしく、一気に青ざめてしまう。

 

 

「アイエフさん? さっきの光は……」

 

「白斗が言ってたのよ! 緊急時には閃光弾使うことがあるからもし見かけたら今すぐ応援に来てくれって!!」

 

「そ、それじゃネプテューヌ様達は……白斗さんは!?」

 

「非常事態ってことよ! 戦える人は私に着いてきて! 戦えない人はここで待機!!」

 

 

5pb.とツネミも慌てだした。だが、こういう時のために白斗はアイエフと打ち合わせていたのだ。

それが功を奏し、すぐに救援の準備が整う。ネプギアとユニも急いで各々の武器をコールする中、ロムとラムも杖を持ちだしてきた。

 

 

「ね、ネプギアちゃん! わたし達も……」

 

「お兄ちゃんとお姉ちゃんを……助けなきゃ……(あわあわ)」

 

「ダメだよ! ロムちゃんとラムちゃんはここで待機してて!!」

 

「悪いけど、なんだかさっきから嫌な予感がするの!! お願いだからここで待ってて!!」

 

 

珍しくネプギアとユニも怒鳴りに近い声色だった。

思わず怯えてしまうロムとラムだったが、今回は素直に従う。この余裕のなさから危機的状況にあることは嫌でも分かってしまうからだ。

そして戦えない5pb.とツネミもこの場に残ることになり、その他のメンバーで救援へと向かった。

 

 

「皆さん、白斗さんを……お願いします!!」

 

「白斗君達を……絶対に助けてね!!」

 

「ええ!! 行くわよ、皆!!」

 

 

5pb.とツネミの声を受け、救援メンバーは一気に駆け抜ける。

ここから山の中腹までは緩やかではあるか距離自体はある。だからこそ、例え一秒たりともロスは許されない。

 

 

「アイエフちゃん! 白斗君達に連絡は!?」

 

「ダメ!! さっきから掛けてるけど誰も出てくれない!! きっと出られないほど事態が逼迫してるんだわ!!」

 

 

マーベラスも焦っていた。もしかしたら、また大好きな人が傷ついているかもしれないと思うと今にも心臓が張り裂けそうになる。

少しでも情報をと思い電話を掛けるアイエフだったが案の定というべきか誰も出てくれなかった。

 

 

「お姉ちゃん達までそんな状況になってるなんて……一体何が……!?」

 

「分からない……分からないけど……早く白兄ぃの所に行かなきゃ!!」

 

「白斗さん……ねぷねぷ……無事でいてくださいです~~~!!」

 

 

少女達は走る。愛する人を助けるために―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、山の中腹では―――見ようによっては悪夢としか思えない光景が展開されていた。

 

 

「ば、馬鹿な………っ!?」

 

 

驚愕しているのはマジェコンヌ。そして傍らに控えるワレチューとリンダも同様だった。

今日、このために進めていた作戦。女神達を排するために用意された50体以上ものアンチモンスターの軍勢。

 

 

 

―――それらが、たった一人の少年によって刈り取られようとしていた。

 

 

 

「うおおおぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 

 

少年は特別なことをしているわけではない。

ただ刃を閃かせ、引き金を引き、ワイヤーを振るっている。ただ、一瞬の状況判断能力と精確性が異常なのだ。

刃を閃かせれば確実に敵の頸動脈を切り裂き、引き金を引けば敵の脳天に風穴を確実に開け、ワイヤーを振るえば敵の首を確実に跳ねる。

 

 

「あ、あいつ……あんなに強かったのかよ!? バケモノかよ!?」

 

「そ、そんなワケないっちゅ!! 現に……今ボロボロっちゅよ!?」

 

 

だが、無敵かと言われるとそうでは無かった。

既に体中には幾つも傷跡を作り血塗れ、打撲痕も出来ており、肩で息をしていた。

 

 

(……あいつ……わざと自分への攻撃を誘い、攻撃を敢えて受けて、その瞬間に必殺の一撃を叩き込むことでモンスターを殺している……!!)

 

 

そう、白斗の作戦はまさに受け身の捨て身。

攻撃を受けて、例え一瞬でも無防備になった瞬間に急所目掛けて一撃。その一瞬を見逃さず、更には誘い出す状況判断と冷徹さがここまでの状況を生み出していた。

無論、直撃は避けてはいる。けれどもダメージを負わないはずもなく、徐々にだが瀕死に追い込まれていた。

 

 

「白斗……!! 白斗ぉ……!!!」

 

 

満身創痍とでもいうしかないその姿に、ネプテューヌはもう泣きそうになっていた。

彼女だけではない、ノワールも、ブランも、ベールも。愛する人が傷つく様に、震えも涙も止まらなかった。

 

 

「くううううぅぅっ!! このっ!! このおおおぉぉっ!!!」

 

「離せぇ!! 離せっつってんだろおぉおおおおおおおおお!!!」

 

「早く……早くしないと白ちゃんが……!!」

 

 

誰もが自分を縛る触手を引き剥がそうと必死だ。

だがこのコード・テンタクルはアンチモンスターの一種、その体に流れるアンチエネルギーの所為で思うように力が入らない。

 

 

「チィッ……!! ならば女神を先に狙え!!」

 

「「「ギギッ!!」」」

 

「きゃ……!?」

 

 

そんな女神達に目を付けたマジェコンヌが、数体のゴブリンに指示を出す。

自由な動きが出来る白斗より、身動きの取れない女神達を四方八方から襲う方が確かに合理的である。

その方が安全でもあると踏んだゴブリン達は何の疑いもなくその指示に従い、まずはノワールを襲った。のだが―――。

 

 

「女神様に触れるなってのが……分かんねぇのかこのクズ共がああああああッ!!!!!」

 

 

その手にした刃で女神を切り裂こうとする魔物に白斗が怒り、何も握っていない左手を振るった。

かと思った次の瞬間―――バラバラに切り裂かれたのはゴブリン達の方だった。

 

 

「な……何ィイイイイイイイッ!!?」

 

(こ、これ……ピアノ線!? 白斗、いつの間にこんなものを……!?)

 

 

突然の瞬殺にマジェコンヌがとうとう慌てふためいた。だがこれは魔術でも何でもない、タネも仕掛けもある暗殺だ。

ノワールは一瞬にして見抜いた。ゴブリン達を切り裂いた凶刃の正体が、木々の間に張り巡らされたピアノ線であることに。更に指を少し動かすだけでピアノ線が移動し、それが他の魔物の首を跳ねていく。微細なコントロールもお手の物らしい。

 

 

「で、でもこんなことしたら白斗の身動きが―――!!」

 

「「「グルォォオオオオオッ!!」

 

 

だが、糸を張り巡らせている間は当然白斗の動きが無防備になる。

ブランの心配も時遅し、今度はウルフ三体が白斗の体をその爪で切り裂いていた。

 

 

「がふっ……!! 待っ……てましたよっとォ!!」

 

「「「ギャィン!!?」」」

 

 

攻撃時に無防備になるのは、モンスターとて同じだった。

その肌に爪を立たれた瞬間、白斗は刃を閃かせウルフの喉笛を切り裂いた。急所を切られた獣は力を失い、横たわって消滅する。

しかし今の爪攻撃で、張り巡らされていたピアノ線が切られてしまった。

 

 

「今だ!! やってしまえ!!」

 

「ピイイイィィィッ!!!」

 

 

その隙を見逃さず、今度は鳥型のモンスターに指示を下す。

上空からの急降下攻撃、普通であれば常人が追い付くことは不可能な速度で突進してくる。

あの速度で、あの鋭い嘴で突撃されたらまず命はない。その標的はベール。

 

 

「ベールっ!! クソッ、オーバーロード・ハート起動ッ!!!」

 

 

白斗は迷いなく機械の心臓を異常稼働させた。

身体能力を極限まで引き上げることで瞬発力と脚力を高める。その甲斐あって一気にベールの前に飛び出し、彼女に代わってその突進を受け止める。

 

 

「白ちゃん!?」

 

「ぐぐぐッ……!! 手ェ出すなって言ってるだろうがああああああッ!!!」

 

「グゲェエエエエエ!!?」

 

 

鋭い嘴がズブリと嫌な音を立てて白斗の肩に食い込む。しかし白斗は負けじと引き抜き、逆にモンスターを地面に叩きつけた。

首の骨が折れたらしく、モンスターの首はあらぬ方向を向いており、そのまま絶命する。

 

 

「まだだ!! オークっ!!」

 

「ウウォォォオオ!!」

 

「あ…………」

 

 

今度は巨大な棍棒を携えたオークが歩いていく。動くこそ鈍いが、その巨体から繰り出される一撃は女神であろうとなかろうと一撃で粉砕してくる。

その標的はブラン。小さな体の前に、大きな死の一撃が振り下ろされ―――。

 

 

「ブラン―――――ッッ!!! ぐッ、オォォォオオオオオオ!!!」

 

「白斗!?」

 

 

ズン、と地響きすら渡る重い一撃を白斗は受け止めた。

口から血が吹き出すが、決して折れることなく逆に拳を振り上げ。

 

 

「何回言やぁ理解できるんだクソがあああああああああああああああああッ!!!」

 

「ガボォ!!?」

 

 

棍棒ごと、オークの顔面を砕いた。

だがそれだけの一撃は当然負荷も凄まじく、逆に白斗の腕から亀裂が走ったかのように血が吹き出す。

血が吹き出る度、白斗が傷つく度、ネプテューヌの恐怖は煽られる。

 

 

「白斗……やめて……!!」

 

「やめられるワケねぇだろォがぁ!! 自分の心配でもしてやがれぇえええええ!!!!!」

 

 

尚も迫りくるウルフ。既にモンスターの数は半分を切っており、その中でも焦った一体が突出してきたのだ。

ネプテューヌの心配をも振り切り白斗はウルフの眉間に刃を減り込ませる。が―――。

 

 

(ッ!? 刃が……!!)

 

 

これまでの負荷に耐え切れなかったのか、白斗のナイフが折れてしまったのだ。

脳天を貫くに至らず、逆にウルフが痛みを糧に白斗の腕に食らいつく。

 

 

「ガルルルルルルッ!!!」

 

「があああああああああああ!!! クッ……ソがァ!!!」

 

 

噛み砕かれる右腕。だが、やはり攻撃中モンスターは一番の隙を晒す。

その瞬間、白斗は銃を取り出してウルフの眉間目掛けて鉛玉を撃ち込んだ。

急所に風穴を開けられたウルフはすぐに死に絶え、消滅する。一方の白斗の右腕は完全に折れてしまったらしく、有り得ない方向を向いていた。

 

 

「そ、そんな……白斗……腕……腕が……!!」

 

「腕くらい折れたって死にゃぁしねぇ!! こうすりゃまだ使いモンにならァ!!!」

 

 

余りにも壮絶な光景。この間にも白斗には激痛が走っている。

しかし、白斗はそれをおくびにも出さず、袖口からワイヤーを伸ばし、それを折れた腕に巻き付けた無理矢理矯正した。

 

 

「よし……まだナイフ握れ…………ッ!!?」

 

「「キシャアアアアアアアアッ!!!」」

 

 

だが、矯正している間はどうしても隙が生じる。

リザードマン2体が刃を携えて白斗に接近し―――わき腹を切り裂いた。

 

 

「い、や……いやあああ……!! 白斗ぉ!!!」

 

「ぐぶっ……!! ご……のぉぉおおおおおおおおお!!!!!」

 

「ガビャッ!?」

「ゲギャァ!!」

 

 

致命傷にすらなり得るその傷に、ノワールが悲鳴を上げた。

白斗の口からも、わき腹からも、血が漏れ出す。

けれども倒れている暇などでない。攻撃し終えて隙だらけのリザードマンの後頭部に弾丸を撃ち込んで、殺した。

 

 

「ガボッ、げぶぅ……!! あ、後……20体……がぶっ!!」

 

 

(な、何なんちゅかコイツは……!?)

 

 

とても人間業とは思えない技術と精神力。

ここまでモンスターに対する攻撃は一発ずつのみ。その一発で、確実にモンスターを殺しているこの技術。何より死にかけの体でまだ抗おうとする精神力。

ワレチューだけではない、リンダも、マジェコンヌも。この少年は最早ただの一般人と捨て置くことなど出来なくなってしまった。

 

 

「もう……やめて……やめてよ……!!」

 

「白斗!! もういい……頼むから逃げてくれ……逃げてくれよぉ!!」

 

「このままでは……貴方が死んでしまいますわ!! ですから……ですからっ!!」

 

 

だが、このままでは間違いなく白斗の命はない。

ノワールも、ブランも、ベールまでもが。泣きながら逃げるように促す。

愛する人を目の前で死なせたくない一心で言葉を掛けた。マジェコンヌの敵愾心の対象は女神、ならば今逃げても必要以上の追撃はしないはず。

それでも白斗は首を頑なに横へと振る。

 

 

 

「―――大好きな人を見捨てるくらいなら、死んだ方がマシだ」

 

 

 

一切振り返ることなく、しかし揺らぎのない言葉でそう返すのみだった。

 

 

「……は、ハッ! 何が大切な人か……貴様はただ、女神に依存しているだけだ小僧!!」

 

「……依存……?」

 

「そうだ……貴様はただ、一人が怖いだけだ!! 女神のためなどと宣っておきながら、ただ自分が満足できればいい!! そのために女神を寄生対象にして生きているだけだ、この偽善者がぁ!!!」

 

 

間違いなく、戦況は白斗に傾いていた。彼からすれば戦闘でも何でもない、ただ“殺す作業”を繰り返しているだけ。そんな状況を生み出しているのは、彼の冷静さからだ。

少しでも心を乱そうと、マジェコンヌは非道な言葉を投げかける。

 

 

「挙句、先日に人を殺しておきながらのうのうと生きて、尚暗殺の技を使う……貴様は人間を名乗るのもおこがましい!! 悪魔だ!!! 人殺しだぁ!!!!!」

 

「この……っ!! 白斗を……悪く言うなああああああああっ!!!!!」

 

 

白斗を罵り続けるマジェコンヌ。

愛する人への中傷に、寧ろ女神達の方が看過できなくなった。ノワールが叫ぶが、それは彼女だけではない、女神全員の言葉でもあった。

けれども白斗は、至って冷静だ。

 

 

「あらら~? 俺の殺人は緘口令敷かれてたはずなんだけどなァ? なーんでアンタが知ってるのかねぇ?」

 

「ハッ……!?」

 

「アンタがあの男にモンスター化を施したってコトか。 自爆ご苦労さん」

 

「オバハン!! 何自白してるっちゅかぁ!!!」

 

 

それどころか、ちょっとした言葉から先日のノルス幹部がモンスターに変異した事件にマジェコンヌが関わっていることも見抜いた。

追い詰めるつもりが、逆に追い詰められている。ワレチューからの諫言もあって尚更眉間に皺を寄せる魔女。

 

 

「テメェが……! テメェの所為で白斗が……!!」

 

「やはりあの事件は白ちゃんの所為などではありませんわ……全部貴女の所為ですのね!!」

 

「オバサン……!! 白斗をこんなにも傷つけて……絶対に許さないよ!!!」

 

「黙れ黙れ黙れぇ!! この小僧が手を下したことに変わりはないだろうがぁ!!」

 

 

逆に女神から罵詈雑言の嵐が飛んでくる。

憎んでいる女神からの正論が飛んできただけによりマジェコンヌの怒りを煽る。そして肝心の白斗はと言えば。

 

 

「―――悪魔、人殺し……その通りだよ」

 

「は?」

 

 

寧ろ肯定してしまった。逆に唖然となってしまうマジェコンヌ。

今の彼女に冷静な判断など出来はしない。

 

 

「……どう取り繕おうが、俺の罪は消えやしない。 俺は女神様の傍に置くには相応しくない、最低の人間だ」

 

「ち、違う!! 白斗はそんな人じゃない!! 少なくとも私達にとってそんな人じゃない!!」

 

 

ネプテューヌが必死に否定する。

彼女だけではない、彼を愛する少女達は皆知っているからだ。白斗は口で言うような非道な人物ではない。

だが、白斗は自分で自分を否定してしまっている。

 

 

 

「だったらよぉ……最低なモン同士、地獄に行こうや」

 

 

 

―――女神を傷つける者同士の、相打ちを望んでいた。

 

 

(こ、こいつ……自分の生存を考えていない!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………いや、違う……!! こいつは………この小僧は………っ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――自分の“死”すら……勝算に組み込んでいる………!!?)

 

 

白斗の瞳に、生への執着は無かった。あるのは女神を守るという確固たる意志のみ。

そのためなら、何であろうと犠牲にするつもりだった。自らの命さえも。

それを悟ったマジェコンヌらは寒気を超えた命の危機を感じ取り、堪らず一歩下がってしまう。何よりも、女神達もそれを感じ取った瞬間、泣き叫んだ。

 

 

「や、やめて!! 嫌だ……一緒に居てくれなきゃ嫌だよ白斗ぉ!!!」

 

「そうよ!! 貴方の罪なんて、もうどうだっていい!! 一緒に居てよぉ!!」

 

「私達がいるっつってんだろぉがぁ!! だから……やめてくれよぉ……!!」

 

「白ちゃん……お願いですから……やめて……!!!」

 

 

この戦いが終わった時、白斗の命はない。

大好きな人を死なせたくないとネプテューヌ達は涙と共に叫ぶ。だが、そんな彼女達に白斗は振り返って―――。

 

 

 

「……ありがとな、皆。 だから……守りたくなるんだよ」

 

 

 

優しく、しかし悲しそうに微笑んだ。

そして対峙する魔物たちとマジェコンヌらに対しては―――。

 

 

「……このクソカス共がああああああああ!!! こんな体力数ドットの鼻垂れ小僧すら殺せねぇってのかァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

 

「「「――――ッ!!?」」」

 

「こんな俺すら殺せねぇで女神様殺すとか妄想抜かしてんじゃねぇぞクズ共ォ!! 女神様を殺したきゃなぁ!!! まずは俺くらい殺してからにしやがれぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

 

まるで地獄からの咆哮。

凄まじい叫びが、辺りを揺らしたかのような、そんな錯覚すら覚える。

モンスター達は勿論の事、リンダやワレチュー、更にはマジェコンヌですら怯んだ。

満身創痍で、尚も血を吐きながら、だが力の限り白斗は吠える。

 

 

 

 

 

「女神様には指一本……触れさせやしねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!!」

 

 

 

 

 

女神を守る―――絶対不変のその覚悟を、全ての者に示した

守られている女神達は泣き、敵対する魔物達は恐れ慄く。

 

 

「………ッ!! つ、潰せ………潰せぇええええええええええええええええッ!!!!!」

 

「「「「「グ………グルゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」」」」」

 

 

彼の叫びに、そして折れない意志に恐怖したのかマジェコンヌが焦りに満ちた命令を下す。

モンスター達は恐れながらも、死にかけ同然の白斗に襲い掛かっていく。

 

 

「オーバーロード・ハート!! 第二段階起動ォッッッ!!!!!」

 

「なッ……!?」

 

 

まだ上があった、心臓の異常稼働。

第二段階、その名を聞いた瞬間マジェコンヌが驚き慄く。服の上からでも分かるくらいに左胸に埋め込まれた機械の心臓が異様な輝きを放つ。

次の瞬間、白斗の体が消え――――。

 

 

「ギェッ!?」

「グッ!?」

「ガ……!!」

「ゲバッ!!」

 

「な、何ィ!?」

 

 

モンスター四体の首が、掻き切られていた。

消えたと思われた白斗はいつの間にかモンスターのすぐ近くに現れている。その手には、血が滴る刃を握っていた。

つまり、目にも止まらぬ速さで移動し、切り裂いたということに他ならない。

 

 

「がぶっ!! ゴボッ、ゲブ………!!」

 

「白斗!!?」

 

 

だが、それだけの速さを手に入れるには当然代償もある。

今まで以上に心臓に負担を掛けるらしく、少し移動しただけで白斗の口からは血が吹き出し、機械の心臓からは鋭い破裂音が飛ぶ。

 

 

「ッガアアアアアアアア!!! こなくそがああああああああああああ!!!!!」

 

「ギェ!!?」

「ギャッ!?」

「グァ!!」

 

 

血が吹き出し、機械の心臓が壊れていく。その度に激痛が走るが、寧ろそれを機動力にして体を、武器を振るう。

ナイフだけではない、銃も持ちだしては引き金を引き、モンスターの脳天に風穴を開ける。

 

 

「ギギギッ!!」

 

(がッ……! アイエフから貰った銃が……!!)

 

 

蜂の姿をしたモンスターが腹部から針を発射し、白斗の銃を弾き飛ばしてしまった。

アイエフから貰ったお守りの銃、出来れば拾い直したがったが今はそうしている暇はない。

ならばと今度は袖口からワイヤーを引き延ばし、オーバーロード・ハートの速度で振るった。鋭く細く、長いワイヤーは刃となって一気に3体ものモンスターの首を跳ねる。

 

 

「オオォォォオオオオ!!!」

 

 

最早魔物と何ら変わりない声を上げながら白斗はワイヤーを振るい続けた。

自在に伸びるワイヤーは伸縮自在の刃、例え一歩も動かずともあらゆる範囲のモンスターの首を跳ねることが出来る。

―――だが、それだけモンスターの血を浴びるということでもあり、ワイヤーはやがて血錆に塗れ、脆くなり―――。

 

 

「グゥッ!? ―――ォォオオオオオオッ!!」

 

「ぐッ……!!」

 

 

モンスターによって引きちぎられてしまった。

これでもう白斗に武器は―――。

 

 

「まだだァアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

「グベェ!!」

 

(な……!? 今度は自らの手で首を折りに来た!?)

 

 

まだあった。自らの握力だ。

オーバーロード・ハートによって極限まで高めた身体能力を用い、モンスターの首を折るという原始的な方法で殺しに掛かった。

その素早さと力強さによって一気に接近しては折り、また次のモンスターへと肉迫しては首を折る。

 

 

「ガルルルルッ!!」

 

「チッ……!!」

 

 

しかしそんな無茶苦茶な方法などいつまでも通用はしない。

やがて速度は否応なしに落ちてくる。その一瞬を狙ってリザードマンが白斗の背後から襲い掛かる。

 

 

「くぅ……ッ!! 白斗ぉ!! これ使ってぇ!!!」

 

「っ!! 剣……サンキュな、ノワール!! うおおおぉおぉっ!!!」

 

「ゲバァ!!?」

 

 

そこへ飛来してきたもの。それはノワールが投げつけた片手剣だった。

辛うじて動いた手首を用いて白斗へと投げ渡したのだ。寸での所でそれを受け取り、逆に襲い掛かってきたリザードマンの首を切り裂く。

 

 

「あっ、がぶぅ……!! ごぼ……ォ……ォォオオオオオオオオオ!!!!!」

 

「ゲグア!!?」

 

「ギャブッ!?」

 

 

その間もオーバーロード・ハートは解除していない。寧ろフルスロットルだ。

凄まじい反動は、吐血の夥しい量からも分かってしまう。だが白斗は寧ろその痛みを原動力として刃を振るい続けた。

圧倒的速度から振るわれる太刀筋を見れるはずもなく、モンスター達は次々と死んでいく。

 

 

「ォォオオオオオオ!! アアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

「な………何なんだよこいつ……!! マジモンのバケモンじゃねぇかああああ!!?」

 

 

モンスターの如く恐ろしい声を出しながら、白斗は尚もモンスターを切り殺していく。

時には首の骨を折り、目玉を抉り、頭を蹴り砕いた。余りにも人間とは思えないその殺し方にとうとうリンダが恐怖で泣き始める。

 

 

(……ああ、バケモンか……そりゃそうだよな……自分でも醜いって思うよ……。 ……女神様は何て思うのかな……怖い? 醜い? 汚らわしい? ……はは、ホントに自分で自分が嫌になる……こんな俺が、女神の傍にいたなんて……)

 

 

そんな声も、白斗は聞き取っていた。

何よりも今、彼が一番嫌っていたもの。それは白斗自身だった。女神を傷つける者を嫌う彼にとって、女神を汚すことになるであろう自分を激しく嫌悪していた。

それでも刃を振るう手は止まらない。止められない。

 

 

 

―――でも、女神達には違って見えていた。

 

 

 

(……白斗……泣いてる……)

 

 

 

ネプテューヌには、流れ出る血が、白斗の涙のように見えた。いや、今泣けない彼にとっての涙なのだろう。

だからこそ、その姿に心を痛めていた。

ノワールにも、ブランにも、ベールにも。白斗の事を怖いとも、醜いとも、増してや汚らわしいとも思えなかった。

 

 

 

「違う……やっぱり貴方は優しい人だよ……優しすぎるんだよ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だって……こんなにも泣いてるじゃない……!! 優しくない人は泣けないんだよ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから白斗……もうやめて………やめてよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 

ネプテューヌは、白斗を拒絶などしていなかった。寧ろ受け入れて―――愛していた。

だから、これ以上白斗が傷つくことが耐えられなくて―――涙しながら訴えかけるしかなかった。

彼女だけではない、ノワール達もその気持ちは同じだ。

 

 

「そうよ!! ……これ以上は、白斗が死んじゃう……!!」

 

「白斗!! 本当にお前がいてくれて、私達は幸せだったんだ!! だから……死なないで……死なないでくれよぉ……!!!」

 

「白ちゃん……白ちゃん……!! お願いですから……もうやめて……!!!」

 

 

皆、白斗のために泣いている。必死に叫んでいる。

この世界を第一に考えなければならない女神達が、今たった一人の少年、愛する白斗の命を助けようと必死になっていた。

―――そんな彼女達の想いに、白斗は足を止めて。

 

 

 

「……こんな俺のために泣いてくれる皆の方が……優しすぎるんだよ。 だから……そんな女神様を、死なせたく……ないんだ……」

 

 

 

一筋の、綺麗な涙を流して微笑んだ。

 

 

 

「―――オーバーロード・ハート、第三段階起動オオオオオオッッッ!!!」

 

「なああああああああ!!?」

 

 

 

まだ、上があった。まだ隠している力があった。まだ―――自分を傷つけていた。

止める間もなく更に心臓を稼働させた。リミッターなど当の昔に振り切っている。今も尚、火花が弾けていた。下手をすれば心臓が爆発するかもしれない。

そんな彼は、まさに閃光のように弾けて――――。

 

 

 

 

 

「――――ゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

―――刹那、残りのモンスターの首を全てを切り裂いた。

 

 

「…………は? おい……ウソ、だろ………!? ウソだろおおおおおおおおおお!!?」

 

 

全く目で追えなかったリンダからすれば、気が付けばモンスターの首が全て飛んでいて、一斉にボトボトと落ちてくる。

そんな地獄絵図と呼ぶのも生温い恐ろしい光景が、目の前に広がっていた。

 

 

「ヒ、イィィィ……!! ほ、本当に……50体以上のアンチモンスター全てを……殺し切ったっちゅぅううううううううううううう!!?」

 

 

恐怖の余り、ワレチューは取り乱している。

アンチモンスター、対女神用と銘打ってはいるが普通のモンスターよりも強化されている。何より、その数は50体以上もいたのだ。

それらが全て、殺された。目の前のたった一人の少年―――黒原白斗の手によって。

 

 

 

「がぶ……ごひゅ……げぼっ……ハァー……ハァ………後は……ババア一人と……ネズミ、一匹………ごほっ……」

 

 

 

白斗はもう、泥塗れ、傷だらけ、血塗れの死に体だった。

致命傷に近い傷も多く負っている、失血も夥しい、機械の心臓も駆使し過ぎていつ機能を停止するかもわからない。

そんな死に掛けの体であるにも拘らず、白斗はまだ立っていた。どこまで冷たく、鋭い視線をマジェコンヌらに向けている。

血を吐きながらも、まだ殺すべき対象がいる。静かに片手剣の切っ先を向けた。

 

 

「ってオイ!! アタイはノーカウントかよ!!?」

 

「……あ゛? するわけねぇだろ……ごふっ! 失せろ……雑魚が……」

 

「ざ……雑魚ォ!? このッ……死に損ないがああああああああああああああ!!!!!」

 

 

一方、戦力としてすら数えられなかったリンダが憤った。

こんな死に掛けの相手に雑魚と見なされた。無駄に高いプライドが傷つけられ、青筋を浮かべた。

怒りのまま愛用の鉄パイプを手に突撃するが。

 

 

「ふん」

 

「がっ!?」

 

 

無造作な足払いでリンダを地面に転ばせる。

その隙に刃を振りかぶり――――。

 

 

「ま……待て待て待て待てえええええええええええええええええええええ!!?」

 

 

殺される―――またあの時の恐怖が蘇ったリンダは悲鳴を上げた。次の瞬間、刃の切っ先はリンダの顔の、すぐ真横に突き刺さる。

亀裂が蜘蛛の目のように広がり、僅かに切られた頬から一筋の血が流れ落ちた。リンダの目の前には、覆い被さるように顔を近づける白斗がいる。

殺気に満ちたその目で、リンダを睨み付け。

 

 

 

「―――次は、殺す」

 

 

 

底冷えするかのような、恐ろしい声色と目付きでそう呟いた。

 

 

 

「ひ――――ひいいえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!?」

 

 

 

恐ろしくなったリンダは堪らず泣き叫び、白斗を押しのけて逃げ出した。

どこまでも無様に、どこまでも醜く、どこまでも情けなく。

仕えるべきマジェコンヌも、苦楽を共にしたワレチューも、無駄に高かったプライドも何もかもを捨て去って、命惜しさに逃げ出した。あっという間にリンダの姿は見えなくなる。

 

 

「……そうだ。 とっとと逃げやがれ」

 

(……白斗、やっぱり殺したくなかったんだ……だから、わざと逃がして……)

 

 

ネプテューヌは、いや彼女だけではない。女神達には分かっていた。

魔物こそ殺せど、白斗は人を殺したくなかったことに。彼の腕なら、あんな無防備な背中など余裕で切り裂けたはずだ。

そうしなかったのは、彼が優しい人であったからだと。

 

 

「―――さぁ、次はどうする……? そのネズミが来るか……?」

 

「ヒイイィィィィッ!? お、オイラは無理っちゅよ~~~!!!」

 

 

ギロリ、と血塗れの目で睨み付ける。

まるで蛇に睨まれた蛙のようにワレチューは恐怖に震えあがる。リンダのように情けなく逃げはしなかった、いや恐怖で足が竦み逃げられなくなっている。

ここまでの、余りの事態に息を飲むしかなかったマジェコンヌもいよいよ覚悟を決めた。

 

 

「……いいだろう。 このマジェコンヌ様が相手をしてやる」

 

「望む、っ……ところだ……がぶっ……」

 

 

尚も血を吐き続ける白斗。だが、もう揺らぎはしない。

彼にとって、もう後はマジェコンヌが死ぬか、白斗自身が死ぬかのどちらかのみ。ただどちらに転ぼうとも、愛する女神達を守る。

―――それしか頭に無かった。

 

 

「行くぞぉぉおおおおおおおおおッ!!!」

 

「来いっ!!!」

 

 

刃を手にした白斗と杖を握るマジェコンヌが、一気に詰め寄った。

白斗は剣を振り抜くことで魔女を殺そうとし、マジェコンヌはその杖に集めた光を放とうとする。

どちらにとっても必殺にして致命の一撃。―――だが、互いにそれを放とうとする直前。魔女は不敵に微笑んだ。

 

 

 

「……ところで、貴様も一人で死ぬのは寂しかろう? そんなに女神が好きなら……惚れた女共と一緒に死ねたら……文句はあるまい?」

 

「なッ!?」

 

 

 

そこで初めて、白斗が焦った。このマジェコンヌの台詞が意味するもの。

攻撃を放つその直前、何とか後ろを振り返る。するとネプテューヌの足元の地面が膨れ上がり―――。

 

 

「グォバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

「え………」

 

 

ワーム型のアンチモンスターが、大口を開けて地面を突き破ってきた。

その気持ちの悪い大口でネプテューヌを丸呑みにしようと―――。

 

 

 

「――――ッ!!! ネプテューヌ――――――――ッッッ!!!!!」

 

 

 

白斗に迷いはなかった。

手にした片手剣を逆手に持ち替え、体をネプテューヌの方へと向き直し、刃を大きく振りかぶる。

槍投げの要領で片手剣を投げ、空を駆け抜けたそれは大口を開けていたワームの脳幹事貫き、絶命させた。

 

 

「は……白斗!? こんなことしたら――――!!」

 

「そうだ!! 隙だらけだぁぁああああああああああああああ!!!!!」

 

 

ネプテューヌには、何が起こったのか一瞬分からなかった。

気が付けば目の前のモンスターは死んでいて、いつの間にか命が救われていて、そして白斗が一瞬にして危険に晒されていて。

声を上げるも時既に遅し、マジェコンヌが光の塊を振り上げて―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

(………みん、な―――――――――)

 

 

 

 

 

 

 

 

白斗は、光の塊に飲み込まれた。

凄まじい衝撃波と爆風、眩い光が辺りに広がる。

 

 

 

「白斗……白斗ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 

ネプテューヌが叫ぶ。悲痛な叫びと共に溢れ出た涙は衝撃波によって飛び散ってしまう。

女神達も絶望をその顔に刻み付けながら叫んだ。白斗の名を呼びながら。

やがて、光も衝撃波も収まり土煙が晴れた時―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白斗は、地に伏せていた。

 

 

 

 

 

 

「いや………いやあぁぁああああああああ――――!!!!!」

 

「そ……そんな……白斗……あ、あああぁぁ……!!!」

 

「白……ちゃ……あああぁ……ああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

ノワール達の涙も、震えも、絶望も止まらない。

余りにもボロボロで、余りにも血塗れで、余りにも焼け爛れたその姿。生きていると思える方が無理な話だ。

しかし、そんな白斗を見下ろしているマジェコンヌは彼を一瞥すると。

 

 

「喚くな女神共。 ……手加減はした、辛うじてだが死んではいない」

 

「え………!?」

 

 

その言葉に僅かながら希望を取り戻し、必死に目を凝らしてみる。

確かに僅かにだが身動ぎしていた。虫の息ではあったが、呼吸もある。

白斗はまだ生きていた。だが、危険な状態であることに変わりはなく、いつ死んでもおかしくない状態でもあった。

 

 

「さてネズミ……女神共の無様な姿、キチンと録画出来たのだろうな?」

 

「も、勿論っちゅよ。 この通りカメラにバッチリ……ッヂュ――――――っ!!?」

 

 

勝利を確信したマジェコンヌが傍に控えていたワレチューに声を掛ける。

彼の手には一台のカメラが握られていた。どうやら今までの様子を撮影していたらしい。もし、こんな光景がゲイムギョウ界中に放送されれば彼女達のシェアがどうなるのか、想像に難くない。

―――そんな卑劣な野望は、一本の投擲されたナイフによって文字通り砕かれた。

 

 

 

 

「………誰……が………ンなこと…………させ、るか……よ………」

 

「小僧!? 貴様まだ………!!?」

 

 

 

 

白斗だった。隠し持っていた最後のナイフ、そして最後の力でワレチューのカメラを砕いたのである。

けれども、正真正銘の最後だったらしく伸ばした左手は力なく地面へと落ちる。

顔すらも上げられない、何とか血塗れの顔を女神達に向けると。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………みん、な……たすけら、れなくて………ごめ……んな……ごめん……な……」

 

 

 

 

 

 

 

 

涙ながらに謝り―――静かに目を伏せた。

 

 

 

「あ、あぁあ……白斗……白斗ぉお………!!!」

 

「いや……いやああああ………!!!」

 

「はく、と……白斗……あああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

「白ちゃん……!! 白ちゃああああああああああああん!!!」

 

 

 

今度こそ力尽きてしまった白斗に、女神達は泣き叫んだ。

自分の命よりも大切な人の悲壮な姿に、彼女達の絶望は止まらない。後悔、怒り、悲しみ、罪悪感。ありとあらゆる負の感情が女神達を覆った。

 

 

「……小僧、貴様は立派だよ。 あの男よりも……何より女神共よりもな」

 

「……マジェ……コンヌ……!!!」

 

「てめぇ……絶対……絶対に許さねぇ……!! よくも白斗をぉおおおおおおお!!!」

 

 

マジェコンヌは戦い抜いた白斗に、彼女なりの賛辞を贈る。

しかし、ここまで彼を追い詰め、傷つけたのは他ならぬこの魔女だ。ノワールとブランが殺気と怒りを込めた視線をぶつけるが、一切マジェコンヌは動じない。

 

 

「ふん、許されないのは貴様らだ。 この小僧はこんなにもボロボロになって貴様らを守ったというのに、貴様は一切傷も負わずにこの男を救えなかったのだからな……」

 

「………っ!!!」

 

 

言い返せなかった。

ベールはらしくもなく歯軋りをし、また涙を流す。

 

 

「だが安心しろ。 貴様らはこの後殺される身、その死を以て贖わせて……」

 

 

杖を手にしたマジェコンヌが、不敵に笑いながら女神達に近づく。

今も尚コード・テンタクルによって縛られ身動き一つすら取れない。アンチエネルギーで力も入らず、何よりも愛する白斗を救えなかったという絶望感に囚われた女神にもう、抵抗の意思はない。

これから起こる残虐な展開を思い起こし、マジェコンヌが舌なめずりをした―――次の瞬間。

 

 

 

「お姉ちゃんから―――離れろぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

「ぬっ!?」

 

 

 

威勢のいい声と共に発砲音が轟いた。

咄嗟に障壁を張ることで飛んできた弾丸を防ぐ。銃弾は眉間や心臓を的確に狙っていた。

もし気付くのが遅ければ急所に風穴が空いていたことだろう。

すぐに飛びのき距離を開ける。すると奥の方から複数の足音が聞こえてきた。

 

 

「お姉ちゃ――――ん!!! 大丈夫―――――!!?」

 

「ネプギア……!! それにあいちゃん達も!!」

 

「女神候補生とその取り巻きか……チッ、あの閃光弾は合図でもあったわけか……」

 

 

ネプギア達だった。そして先程の弾丸はユニが撃ったものである。

個々の戦闘力は女神には遠く及ばないものの、何より数が多い。忌々しそうに舌打ちをしながら、ここまでの状況を生み出した立役者である白斗を睨み付けるマジェコンヌ。

 

 

「私達の事はいいから!! 早く……早く白斗を助けてぇえええええええええ!!!!!」

 

「白斗!? あ………そんな………!!!」

 

 

アイエフらが目の当たりにした光景。

それは触手に縛られて動けない女神達、こんな事態を引き起こしたであろうマジェコンヌの姿、何よりも地面に倒れてピクリとも動かない満身創痍の白斗の姿。

想い人の無残な姿に、誰もが血の気を引かせる。

 

 

「――――マジェコンヌっ!!! アンタが……アンタが白斗君を……!! よくも………よくもおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

「何だオレンジの小娘。 貴様は私を知っているようだが、私は貴様など知らぬ」

 

 

その中でも、一番早く怒りに吠えた少女がいた。マーベラスだ。

どうやらマジェコンヌの事を知っているらしいが、当の本人は空っとぼけている。いや、本当に知らないらしい。

 

 

「……アンタらの事情なんてどうでもいいわ……でも、白斗を傷つけたことだけは……絶対に、許さないッッッ!!!!」

 

「私も同じよ……よくも白兄ぃをおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

「お兄ちゃんを………よくも……っ!!!」

 

「白斗さん……今助けるです!!!」

 

 

アイエフらも武器を構えて、元凶であるマジェコンヌを睨み付ける。

戦闘力では女神に劣ると言えども、一般人と比べればそれこそすさまじい戦闘力を持つ面々だ。

錚々たる顔ぶれに、マジェコンヌも面白くなさそうな顔つきになる。

 

 

「お、おぉー!! コンパちゃんもいるっちゅか!! 会いたかったっちゅけど……こんな殺気立った面々とは会いたくなかったっちゅ……!!!」

 

「……だな。 これ以上は面倒、付き合う気にもなれん」

 

「賛成っちゅ!! ……でも下っ端はどうするっちゅか?」

 

「放っておけ、あんな様子では使い物にもならんだろう。 それよりも………」

 

 

多勢に無勢とはこのことだ。

アンチモンスターを全て倒された今、勝ち目こそあるかもしれないが面倒であることは間違いない。

無駄な労力を消費したくないマジェコンヌらは撤退を選んだようだ。ただし、その前に手を伸ばす。その先には―――。

 

 

 

 

「―――この小僧だけでも回収して、撤退するぞ」

 

「「「「「――――ッッッ!!!?」」」」」

 

 

 

 

なんと、倒れている白斗を抱え上げたのだ。

マジェコンヌの目的、それはネプテューヌら女神だけではなく白斗の誘拐もその一つだったらしい。

浮遊を始めるマジェコンヌの足にワレチューがしがみ付き、二人と一匹は空へと舞い上がる。

 

 

「ま、待って!! 白兄ぃを置いていけぇ!!!」

 

「白斗君を離さないってなら……!!!」

 

 

咄嗟にユニとマーベラスが武器を構える。銃とクナイ、どちらも空中に居る相手に攻撃可能な武器だ。

二人の腕前なら、急所にさえ当たればマジェコンヌも仕留めることが可能だろう。

だが――――。

 

 

「ほう……? なら、この男がどうなってもいいというのだな?」

 

「「な……っ!!?」」

 

 

ずいっと突き出された白斗の体を盾にしてくるマジェコンヌ。

既に白斗の意識はなく、今も尚血が流れ続けている。そんな彼に攻撃でもしてしまえば、急所に出なくとも死んでしまうかもしれない。

それ以前に、大好きな人を攻撃できるはずもなくユニとマーベラスは恐怖に震え、手を提げてしまった。

 

 

「ふん、取り返したいなら女神化すればいいだろうに……ああ。 女神化すらも出来ぬのか。 候補生とは名ばかりの、役立たずだな」

 

「う……うぅ……!!」

 

 

確かに女神化すればウィングを展開し、飛行できる。けれどもユニとネプギアにはまだそれが出来ない。

こんな時にまで白斗を助けに行けない不甲斐なさに、ネプギアは俯いてしまう。

 

 

「……させ……ない……」

 

「ね、ねぷねぷ……」

 

 

すると、ネプテューヌが体を震わせていた。

顔に陰りがあったため表情は読み取れなかったが、いつもの明るい声色では無かった。

 

 

「……白斗は……白斗は!! 私が守るんだからぁあああああああ!!!!」

 

 

するとネプテューヌの体が、眩い光に包まれた。

―――光が収まると、そこにはプラネテューヌを守護する女神パープルハートがそこにいた。

そう、彼女は女神化を果たしたのだ。

 

 

「ぢゅ、ぢゅぢゅぢゅ――――っ!? な、なんで女神化したっちゅか!? アンチモンスターに絡まれていたはずなのに!!!」

 

「……まさか、小僧のナイフでコード・テンタクルにもダメージが……!? それで女神化を許したとでもいうのか!?」

 

 

細かい理由も理屈も分からない。しかし、今この場において白斗を助けられるのはネプテューヌ以外に居ない。

今も触手に絡まれている彼女だったが、シェアエネルギーの限りを尽くし、手足に力を込める。

 

 

 

「白斗を………私の大好きな人を……返しなさいッッッ!!!!!」

 

 

 

そしてコード・テンタクルは、鈍い音を立てて引きちぎられた。

全てのシェアエネルギーをつぎ込み、アンチモンスターの束縛をも打ち破ったのだ。その勢いのままネプテューヌはウィングを展開し、一気に飛び上がる。

 

 

 

「白斗ぉおおおおお―――――――――――っ!!!!!」

 

 

 

愛する白斗へと手を伸ばす。

その手が届くまで、後数センチ―――。

 

 

 

 

 

「無駄だ」

 

「え――――きゃああああああぁぁぁぁぁっ!!!?」

 

 

 

 

 

だが、そんな彼女の想いは―――無情なるマジェコンヌの一撃によって阻まれた。

強烈な光弾がネプテューヌを撃ち落とし、地面へと叩き落す。

 

 

 

「あ……うっ……!! げほっ……!!」

 

「コード・テンタクルから逃れるために全エネルギーを使い切ったようだな。 そんな状態の女神など赤子の手をひねるようなものだ」

 

 

 

そう、今のネプテューヌは戦える状態では無かったのだ。

空っぽになってしまった自分の体を無理矢理動かしてまで救出に向かったのだが、それではマジェコンヌに勝てる道理など無い。

 

 

「離してっ!! 離してよおおおおおおおおっ!!!」

 

「くそぉおおおおおお!!! 白斗が……白斗が!!!」

 

「お願いですから離れてぇ!! 白ちゃん……白ちゃんっ!!!」

 

 

ならばとノワール達も必死にもがき始める。だが、こちらに絡みついているコード・テンタクルは無傷だ。

どれだけ暴れようとも効果が無かった。

余りにも無力な自分達に涙が止まらない。怒りの対象が自分達へと変わる。

けれども、もうマジェコンヌは地上からでは豆粒程度にしか見えないほどの高さへと上がっており。

 

 

 

 

 

 

「ではな女神共。 この小僧は頂いていくぞ」

 

 

 

 

 

 

 

―――虚空へと、消え去ってしまった。白斗と共に。

 

 

 

 

「あ…………あぁ…………」

 

 

 

 

白斗が消えてしまった空に、ネプテューヌは虚ろな目で手を伸ばす。

手も声も体も、何もかもを震わせて。

彼女だけではない、ノワール達も皆、茫然と空を見上げていた。やがて瞳から漏れだす涙。

 

 

 

 

 

 

「…………はく……と…………あぁ……………ぁ………」

 

 

 

 

 

 

―――ネプテューヌの意識は、そこで真っ暗になった。




怒涛の第三十八話、閲覧ありがとうございます。
白斗は誘拐されてしまい、残された女神達は己の無力さに打ちのめされる……。一体どうなってしまうのか。
次回、「絶望、そして“絶暴”」。
……と言いたいのですが次回更新は3月14日予定です。そう、ホワイトデー!!ということで一足先にホワイトデー記念小説の方を先に投稿する予定です。
私、鬱回苦手なのでここでちょっと箸休めという意味でも明るいお話を投稿したいと思います。
それではお楽しみに!!感想ご意見、お待ちしております!!


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第三十九話 絶望、そして“絶暴”

「―――よくやった、マジェコンヌ」

 

 

某国某所、どこにあるとも知れない研究所。

必要最低限の光しか灯っていない、計器類のみが光源となっている怪しげな雰囲気の研究室で一人の科学者が狂気に歪めた嗤いを上げている。

彼が見つめる緑色の液体に満たされたカプセル。その中に浮かべられていたのは―――満身創痍の黒原白斗だった。

 

 

「白斗……よくも親であるこのワシを裏切り、この世界に逃げ込み、香澄の事も忘れた挙句のうのうと生きていたなァ……」

 

(……少なくとも、貴様よりは立派な小僧だったがな)

 

 

身勝手な理論をかざして怒りをぶつける科学者、彼の親と名乗る男「黒原才蔵」。

そんな彼に呆れのため息を密かに吐く魔女、マジェコンヌ。

 

 

「……で、今満たされている液体がこの世界に生えている薬草こと『絶暴草』か」

 

「正確にはそれと同じ成分の薬品だ。 私に掛かれば、例え僅かしかない薬草であっても同じ成分を作り出すことなど造作もない……」

 

(そう、コイツは半端に優秀なのだ……使えない愚か者なら幾らでも切り捨てられるのだが)

 

 

才蔵の手に握られていた一本の薬草。毒々しい色合いのその草は「絶暴草」と呼ばれていた。

他ならぬマジェコンヌが世界中を探し回り、ようやく見つけた貴重な品であるが、この男はその成分を解析し、薬品によって再現することに成功してしまった。

つまりは秘薬すらも大量生産できるということ。まさに能力の無駄遣い、マジェコンヌは更に呆れる。

 

 

「まぁ、絶暴草の副作用により体が再生されてしまうのがまた忌々しい……が、もうすぐそれ以上の苦しみをコイツは味わう……! ク、クヒヒハハハ……笑いが止まらぬ!! 今夜は祝杯じゃぁ!!! ヒャーッハッハッハッハッハ!!!」

 

 

狂気―――というよりも壊れたような笑い声を盛大に上げて、才蔵は奥の部屋へと去った。

最早マジェコンヌの事すらも眼中に入っていないようだが、寧ろ彼女にとっては有難い。

これ以上、あの男と同じ空気を吸うことは我慢ならないから。

 

 

「……オバハン、正直なところオイラはあの男についていくのだけは勘弁っちゅよ」

 

「ネズミ……そうだな、アンチモンスター、アンチエネルギー、魔物化……女神を倒すために必要な技術や力は得た。 これ以上奴に付き合ってもこちらが不愉快なだけだ」

 

「それじゃ、ここいらが潮時っちゅね」

 

「ああ、この作戦が成功しようがしまいが奴とはここまでだな」

 

 

そこへ現れたワレチューも嘆息していた。

しばらくの間、マジェコンヌと従い出来る限りの協力をしてきたつもりだ。だが、もうこちらの利になる要素は無いと判断したらしい。

 

 

「……だが、この小僧は本当に哀れなものだ」

 

 

また一つ嘆きながら視線を変える。

そこにはカプセルに浮かべられた白斗が、苦しげな表情のまま浮かべられている。

 

 

「同じあの男から生まれた子供だというのに、こうまでも扱いが違うのか。 ……ここまでしなくても、我が野望は成就するというのに」

 

 

そう呟いたマジェコンヌは、目の前のパソコンに手を伸ばした―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白斗が攫われてから、三日が経過した。

世界と言うものは残酷で、たった一人の、世界にとっては名前も知らぬ者が一人消えても人々は表向きの平和を当たり前のように謳歌している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、白斗を愛している女神達は見る影もなく弱り切っていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ラステイション。

 

 

「……そう、B6地区は全滅ね。 報告ご苦労様、次に向かって頂戴。 はい、こちらノワール……え、捜索の意義が分からない……? 貴方達は意義程度で人命を見捨てるの言うのっ!? つべこべ言う暇があるなら探しなさいッ!!!」

 

 

執務室は大荒れだった。

ノワール直々に指揮を執り、ラステイション各国に大規模な捜索隊を編成、白斗の捜索に当たっていた。

女神直々の指揮や彼女自身の有能さもあってラステイション全域はほぼ捜索出来たのだが、その結果は無しの礫。

捜索隊も疲労が溜まり、活動に身が入らないということもありノワールの焦りは顕著だった。

 

 

「どうして……どうして見つからないのよぉっ!? 早く……早くしないと白斗が……白斗がっ……!!」

 

 

ヒステリー、いや恐怖にも似た感情でノワールは震えている。

時間が経つ度、白斗がだんだん遠ざかっている感覚がして、今となってはもうその背中すら見えなくなっている気がして―――。

 

 

「――――ッッッ!!?」

 

 

それを必死に振り払うようにノワールは頭を振った。今考えることをやめれば恐怖感に、孤独感に、罪悪感に押し潰されそうになる。

何より、白斗がもういないことを認めてしまいそうになり、尚更心がへし折られそうになった。

 

 

「もうラステイション領内にはいない……そう見るのが妥当だろうね」

 

「………ケイ………」

 

 

そこへ現れたのはこの国の教祖、神宮寺ケイ。

今日も冷静沈着な佇まいと表情であり、その手には書類が何枚も抱えられている。どれだけ教会は慌ただしかろうが、彼女だけはいつも通りの姿と動きだった。

 

 

「追加の報告書だ。 マジェコンヌという魔女の姿もあれ以来見えないらしい」

 

「……そう……やはり他の国に……でも、各地を転々としている可能性もある……。 ここで捜索をやめたら白斗が……」

 

 

いつもの冷静なノワールならここで新しい可能性を模索し、そちらへと注力していただろう。

けれども今の彼女は一つの事柄に思考が囚われてしまい、完全にパニックに陥っている。

見ていられない、そんな様子でケイは溜め息を一つ吐き。

 

 

「……ノワール、今の君は正直女神とは思えないね。 一人の男のために一国を傾けようとしている……ただの女の子だよ」

 

「………なん……ですって………?」

 

 

そんなケイの言葉に、ピクリと眉根が動いた。

 

 

「捜索隊からも『強引すぎる』だの『ペースアップを迫られ過ぎている』だの苦情が来ているよ。 ……今の君に、この部屋にいる資格はない」

 

「――――っ!!! だから何よぉっ!!?」

 

 

彼女の言葉に、思わず噛みついてしまった。

苦言を呈して“くれている”というのは分かる。だが、今の余裕のないノワールにとってそれは受け入れがたい言葉だった。

 

 

「私はっ!! 私は……白斗が傷ついて、苦しんで、倒れていたのに……何も出来なかったっ……!! 守ることも、傷ついてあげることも……手を差し伸べることすら!!!!!」

 

 

やり場のない怒り、悲しみ、苦しみを込めた両の拳が机に振り下ろされた。

固い鉄のデスクにへこみが入り、その衝撃でノワールの手も腫れる。だがこんな痛みでは彼女の心は癒せはしない。

拳を叩きつけたまま、震えるノワールの瞳からは雫が垂れ落ち始めた。

 

 

「……なのに、探すことまでやめたら……私は、私は……私……私………っ!! ……あ、ああ……あああぁぁああああああ………!!!」

 

 

愛する人を目の前で救えなかったノワールからすれば、もうこれしか出来ることは無かった。

唯一の出来ることすらやめれば、もう立ち直れなくなってしまう。

頼り、支えてくれた白斗がいなくなった今、彼女は己を支えるために必死だった。縋れるものを探そうと必死だった。

けれども、己の無力を知った時。ノワールは泣き崩れてしまった。

 

 

「……ただの女の子は、自分の部屋に帰って休んでるといいさ。 ここは僕の領分だ」

 

「……………ケ、イ……………?」

 

 

その時、彼女の肩に少し冷たいながらも力強い手が置かれた。

見上げるといつもの皮肉さを押さえたような顔をしているケイがそこにいる。

 

 

「もう少し女神らしい顔になったら戻ってくるといい。 ……例え白斗が見つかっても、君が倒れたらそれこそ白斗が倒れてしまいそうだしね。 ああ、それとしばらくは君の部屋には誰も寄り付かないだろうからよろしく」

 

 

必要な言葉をさっさと伝えて、ケイはノワールの代わりに椅子に座り込んだ。

彼女も仕事に真面目な人間だ、一度没頭すれば恐るべき集中力で他ごとなど頭の中から抜けてしまうだろう。

ただ、そんな言葉の中でもノワールを気遣ったものがあることを、やっと彼女は知ることが出来た。

 

 

「………お願いね、ケイ………私は、少し……寝てくるわ……」

 

 

そう言って、フラフラとノワールは執務室を出ていった。

少し遅れて遠くからパタン、とドアが閉まると―――ノワールの私室から盛大な嗚咽が響き渡り始めた。

 

 

(……やっと盛大に泣いたか。 溜め過ぎはよくないからね)

 

 

ノワールはこの三日間、人前で泣かなかった。泣くことが出来なかった。

泣く暇すら惜しんで、白斗の捜索をしていたのだ。この部屋の中に籠り切りだったが、方々に指示を出し続け、ここでデータを纏める。それを不眠不休で。

今、ノワールは一先ず重圧から解放されて、盛大に泣いている。いずれは泣き疲れて寝てしまうだろう、その間はケイの出番。

 

 

「さて、あれだけ大口を叩いたんだ。 僕も何らかの成果を挙げないと」

 

 

ふぅ、と息を付くケイ。

仕える雇用主、そして友人のために積み上がった書類の速読を始める。

と、その前にふと激しい音が聞こえてきた外に向かって視線を投げた。

 

 

「……彼女達の努力も、実を結ぶといいんだけどね」

 

 

その視線の先には―――剣を手に切り結んでいるネプギアとユニ、そして遠くの的目掛けて魔法を行使しているロムとラム。

特訓を行っている女神候補生達の姿だった。

 

 

「もっと………もっと強く……!! やあああああああっ!!!」

 

「はあぁぁぁ!! 強く……強く、強く!!!」

 

 

強さを求めて力を高め合っているネプギアとユニ。

ユニに至っては剣など普段使わない武器だけにネプギアに押され気味だった。だが弱音など吐かない、吐いている暇など無い。

 

 

(私が……女神化出来ていれば、お兄ちゃんを救えたのに……っ!!)

 

(アタシが女神化できなかったばっかりに、白兄ぃが……!! ……強くならなきゃ!! 強くなって、女神化して………白兄ぃを助けるんだからぁっ!!!)

 

 

それは、白斗を救えなかった後悔から来るものだった。

あの時、まだ女神化出来ない二人は白斗が連れ去られるのを黙ってみているしかなかった。

大好きな兄を、大好きな男の人を救えなかった悲しみが今も二人の心に深い爪痕として残っている。

 

 

「はぁ……はぁ……こ、これだけ頑張っても……まだ女神化できないの……?」

 

「……でも、あきらめちゃダメ。 わたし達も……お兄ちゃんを、助ける……!」

 

 

一方、ロムとラムも成果は芳しくなかった。

強くなるとは言っても、二人はこの方戦闘に出たことすら稀である。魔法の訓練も覚えるだけで実際に撃ったことは少ない。

戦闘経験すら、最近姉であるブランの付き添いで安全なスライヌ相手程度。

しかも各国の女神は白斗の捜索などに掛かり切りで全く相手してくれない。四人はどうすれば女神化できるのか、全く先が見えないままのがむしゃらな特訓。

 

 

「……どうして……どうして女神化出来ないのよぉ………っ!!」

 

 

とうとう、ユニが限界を感じて崩れ落ちてしまった。

女神化出来なければ、候補生としても、白斗を慕う者としても失格―――そんな思いが脳内を支配する。

そんな彼女を見ていられなくて、でもそんな気持ちにも共感出来てしまって、ネプギアも何と声を掛ければいいのか分からない。

 

 

「ユニちゃん………」

 

「………やっぱり、アタシじゃダメなのかな………アタシなんて、女神候補生としても……白兄ぃの妹としても……失格なのかな……」

 

 

今、脳内に思い起こされるのはあの時のマジェコンヌの言葉。

女神化出来ない候補生など、役立たず―――あの日の言葉はユニのトラウマとして刻まれている。

彼女だけではない、ネプギアの心にも深刻なダメージを与えていた。

 

 

「…………………」

 

「アタシ……白兄ぃ、に……ずっと助けてもらって……支えてもらって……なのに……どうして、アタシは……白兄ぃを助けられないのかな………?」

 

 

いつもの強気な言動はすっかり崩れ落ち、自信を喪失してしまった。

腕が震えて力が入らない。もう、愛用の銃すら握れる気がしない。寧ろ、握ることすら怖い。

何もかもが無力に感じられ、ユニはただ静かに泣くのみだった。

 

 

「ユニ……ちゃん……うぐっ……ふぇえええ………!!」

 

「な、泣かないでよロムちゃん!! こっちまで……なき、たく……なる、じゃない……」

 

「おに、いちゃん……おにいちゃん………あいたいよぉ………!!」

 

「なかない、って……きめ、たのに……うええええええん……おにいちゃぁん……!!」

 

 

その悲痛な想いは、ロムとラムにもしっかり刻まれていた。

特にこの二人はあの日、その場に参戦すらさせて貰えなかったのだ。だからより一層、自分達の非力さを痛感させられる。

何より心から慕っていた白斗の喪失は、幼い二人にとって耐え難い苦痛だった。大好きな兄を失う悲しみを受け止めるには、二人にはまだ幼過ぎた。

 

 

「ロムちゃん……ラム、ちゃ………うっ……あ、あぁ……ああああああぁぁぁぁ……!!!」

 

 

そんな双子の涙に、そして親友の涙に。ネプギアもとうとう耐えられず、泣き出してしまった。

彼女もまた、己の無力さを思い知らされた一人。

その無力さの所為で、大好きな人を助けられず、半ば見殺しにしてしまった。その悲しみは、苦しみは、そして罪悪感は計り知れない。

 

 

(お兄ちゃん……お兄ちゃぁん!! 私どうしたらいいの……!? どうすればよかったの!? どうすれば……お兄ちゃんに、会えるの!!?)

 

 

拭っても拭っても溢れ出る涙。そしてその涙は、白斗への想いの全て。

大好きな人を想う度、彼女の心の傷は深まっていく。

今、彼女の頭の中には白斗との思い出が反芻していた―――。

 

 

 

 

 

 

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『―――え? 俺が強いって?』

 

『うん! お兄ちゃんが来たあの日、颯爽とお姉ちゃんを救ったし、何よりいつも私達を守ってくれるし……お兄ちゃんみたいに強くなるにはどうしたらいいのかなって』

 

 

それはある日の事、ネプギアと二人でクエストに出掛けていた日の事だ。

モンスター討伐のクエストで、任務自体は完了したのだがその日、ネプギアの死角からモンスターが襲い掛かってきたところ、白斗に救われた。

だからそんな自分が不甲斐無くて、そして救ってくれた白斗に憧れてネプギアは思い切って訊ねてみたのである。

 

 

『……強くなんか無いよ、俺は』

 

『そんなこと無いよ! お兄ちゃんは凄い人なんですっ! ふんす!』

 

『お、おう……ありがとなネプギア。 でも……俺一人は本当に無力なんだ』

 

 

相変わらず自己評価が低いどころか自嘲気味になる白斗。

しかし、白斗が大好きなネプギアにとって看過できる発言ではなく鼻息を鳴らしてこちらを見つめる。

たじろぎつつも、白斗は苦笑いしながら少し唸って、考える。

 

 

『俺はただ、引き出しが多いだけ。 ……ダメな引き出しを多く作らされただけだよ』

 

『引き出し……?』

 

『経験って言い換えた方がいいかな。 だからこの時、この瞬間、どんな動きをすればベストなのか? ……その答えを多く持っているってだけだ。 間違った使い方だけどな』

 

 

言いつつも、白斗の表情はどこか悲し気で、苦し気だった。

彼の抱えている過去に何があったのか、白斗は話したがらない。ネプギアも深くは聞かず、寧ろ余計なことを聞いてしまったのかと顔を俯かせる。

だが、そんな彼女の頭に大きく、温かくて、優しい手が乗せられた。

 

 

『――でもネプギア、お前は俺とは違う。 お前にはその時の俺とは違って、大切なものがちゃんとある。 その大切なもののために戦えるんだ』

 

 

優しく撫でられながら、温かい言葉を掛けてくれた。

彼の言葉は、いつもネプギアの緊張を解し、心を溶かしてくれる。そんな不思議な温もりが込められていた。

 

 

『この国が……ネプテューヌが大好きなんだろ? だったら強くなる以前に、その人の事を想ったらいい。 臭い台詞だが……好きなもののために強くなれるからな、人ってのは。 強さなんて後からついて回るモンなんだよ、きっと』

 

 

それが、白斗の中の持論にして答えなのだろう。

だからすんなりとネプギアの心の中にも入ってくる。―――ただ、一つだけ訂正しなければならない箇所があった。

 

 

『……ありがとうお兄ちゃん。 でもね、私……まだ強くなりたい理由はあるよ』

 

『おっと、ユニのことも忘れちゃいけないよな。 スマンスマン』

 

『勿論ユニちゃんもそうだけど……でもね、私にとっての一番はね』

 

 

プラネテューヌも、姉も、ユニも大好きだ。

けれどもいつからか、彼女の心に真っ先に浮かぶのは温かくて優しいあの人の笑顔。

その人のために頑張りたいと、心から願った。だから、その大好きな人の腕に抱きついて。

 

 

『―――お兄ちゃんを、守りたいんだ!!』

 

 

 

彼女にできる最高の笑顔で、そう告げた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「………そう、だ………」

 

 

 

ネプギアは、ここでやっと大切なことに気付いた。

何故自分は女神化出来なかったのか。一体何が女神たらしめているのか。

 

 

「……ねえ、みんな。 どうしてお姉ちゃん達は……女神なのかな?」

 

「「「え………?」」」

 

 

当たり前すぎて、誰もが考えてもみなかった大前提。

皆が一瞬、呆気に取られてしまっていた。

 

 

「き、決まってるでしょ……そんな、の……………………」

 

 

―――出てこない。

ユニだけではない、ロムも、ラムも。その答えに行きつくことは無かった。

 

 

「そ、そうだ! お姉ちゃんが強かったから………」

 

「だったら私達は違うの? 強さだけなら確実に得ているはずなのに」

 

「……それは……」

 

 

そう、強さだけなら一般人よりも遥かに高い戦闘力を持つ女神候補生達は優にその条件を満たしているはず。

なのに、未だに女神化出来ない。つまり強さだけでは女神になれないということ。

 

 

「……前にお姉ちゃんが言ってた、シェアは想いを形にする力だって。 私達に足りないのは……その“想い”じゃないかな」

 

 

―――すると、腑に落ちたかのようにあの抱えていた暗い雰囲気が一気に消え去った。

今まで見えなかった答えが見え、足りなかったピースがしっかりと嵌ったかのような気分。爽快感さえ覚えた。

 

 

「……想い……」

 

「うん。 私達は……強くなることばかり考えて、女神ってなんなのか……全然考えてなかった。 だって、女神って……誰かのためにある存在だから」

 

 

ネプギアの言葉に誰も反論しない。誰もが納得する。

思えばノワールも、ブランも、ベールも、そしてネプテューヌも。女神の力は国のために、国民のために、家族のために、そして仲間のために振るっていた。

彼女達はまだ、その振るい方も、振るう目的も知らなかっただけだ。

 

 

 

「……私、女神になったらお姉ちゃんを―――そしてお兄ちゃんを助けたい。 大好きな人を守るために……誰よりも強くなりたいんだ!!」

 

 

 

誰よりも強くなる―――それは姉でもあり、憧れでもあり、先代女神でもあるネプテューヌを超えるということ。

大好きな姉を超えることの苦しみは、以前吐露したことがある。

今がその時なのだと、ネプギアは今度こそ立ち向かう覚悟を示した。

 

 

「……そうよ。 アタシだって女神になりたい……! そのためには、お姉ちゃんの背中を追いかけてるだけじゃダメ……そんなので、白兄ぃを守れるわけがない!!」

 

「わたし達も……いつまでもお姉ちゃんに頼るだけじゃ……ダメ、なんだよね……!!」

 

「今度はわたし達が……お姉ちゃんとお兄ちゃん……大好きな人を守るんだから!!」

 

 

そんな彼女の姿に感化されて、ユニ達も立ち上がる。

先程まで己の無力さに怯え、嘆き、悲しんでいた少女達はもうそこにはいない。

いるのは覚悟を決め、大好きな人を守るために全てを懸けようとする気高き“女神”の姿だった。

―――すると、その時。

 

 

「………え?」

 

「なに……これ……?」

 

「わたし達……光って、る………?」

 

「でも……あったかくて、やさしい……」

 

 

四人の女神の体を真っ白な光が覆った――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――夢見る白の国、ルウィー。

本日のこの国の天気は最悪にだった。豪雪に加えて風も吹き荒れている。所謂猛吹雪だ。

数メートル先すら目視出来ず、吹雪の所為で体も満足に動かせられない。

そんな死の危険すら感じ取れる猛吹雪の中を、白の女神は―――ホワイトハートは突っ切っていた。

 

 

「ハァッ……ハァッ……!! クッソォ!! ここも空振りかよ……畜生ッ!!!」

 

 

ホワイトハートことブランは、探し尽くした雪山で一人吠えていた。

豪雪の中を人間形態で突っ切るなど出来るはずもない。本音を言えば捜索隊を出したかったが、彼らも大切な国民、無理はさせたくなかった。

そのため今日に限らず、この三日間でブランもまた捜索隊とは別に個人でも捜索を行っていた。三日三晩、不眠不休で。―――愛する人、白斗を探し続けていた。

 

 

「どこだ……どこにいるんだ白斗……!? 出てきてくれ……出てきてくれよぉ……! うっ、あ……あああぁぁぁぁ………!!!」

 

 

必死に、虱潰しに、しかし丹念かつ詳細に探し続けたブラン。

だがその懸命な捜索も実らず、白斗の姿は影も形も捉えることが出来なかった。元々広大なルウィーの領土に加えて、今日のような悪天候が続き捜索隊の派遣すらままならない。

とうとう耐え難い絶望に屈し、ブランは胸を抱えて泣き出した。

その姿は女神などではなく、ただ一人の女の子だった―――。

 

 

「ホワイトハート様ぁ――――――っっっ!!! ご無事ですかああああああ!!?」

 

 

そこへ猛吹雪をも貫く大声が。

ブランの部下である、ルウィーの衛兵達だ。体を鍛えているだけあってこの猛吹雪の中でも辛うじて追いつけたらしい。

さすがに部下達にこんな姿は見せられない、咄嗟に涙を拭ったブランだが、涙は既に凍り付いていた。

 

 

「―――ッ!!? っ……な、何だ!? 白斗が見つかったのか!!?」

 

「い、いえ!! このところ休まれもせずに捜索を続けておられたので……もうお身体が持ちません! ロム様やラム様、ミナ様も心配しておられます……お戻り下さい!!」

 

 

一縷の望みを込めて白斗の安否を問うが、やはりそう言った報せではなく、寧ろ自分を連れ戻そうとしているらしい。

彼らからすればブランを気遣ってのことだが、今では邪魔以外の何者でもない。

 

 

「チッ……そんなことかよ!! 私の事なら心配無用だ!! ンなことしてる暇あったら白斗を探してくれ!!!」

 

「無論白斗殿の捜索は続けております! ですから少しお休みください!! このままではホワイトハート様が……!!」

 

「私が何だよ!? このくらい何だってんだ!!? 白斗は……白斗はもっと苦しい思いをしたんだぞっ!!!」

 

 

雪山をも揺るがすようなブランの叫びが響き渡った。

余りの迫力に、何より悲痛さに裂帛と称される衛兵達ですらたじろぐ。

だが次の瞬間、ホワイトハートは―――ブランは耐え切れず、その瞳からまた涙をあふれさせた。

 

 

「……白斗は……あんなにもボロボロになって私達を守ってくれた……のに……私は、私は見ているだけしか出来なくて………!!」

 

 

女神の尊厳を保つため、あの事件の詳細は一部関係者以外には伏せられていた。

けれども、押し込み切れなかった悲しみや罪悪感がとうとう突き破ってしまったのだ。

衛兵達は何も言わない。女神としてではなく、白斗に想いを寄せる少女ブランの姿をただ見つめている。

 

 

「しかも白斗……最後の瞬間、隠し持っていたナイフをマジェコンヌにじゃなくてカメラを壊すために………本当だったらあれで、自分の身を守れたはず……なのにっ……! わ、私達のために……白斗は……白斗は………っ!!!」

 

 

それは白斗が攫われる直前の事。マジェコンヌ、そして彼女の仲間であるワレチューは女神の尊厳を地に落とそうと彼女達の姿をカメラに収めていた。

だが、そのカメラを破壊したのが白斗なのだ。最後のナイフと、最後の力を使って。本来ならばあれでマジェコンヌを不意打ちすることも出来たはずなのに。

最後までブラン達は白斗に想われ、そして守られていた―――その事実がまた彼女を追い詰める。

 

 

「……っ!! だから、私が休んでいる暇も……資格もねーんだ!! てめーらこそ……さっさと戻れ!! お前らまで巻き込むことは出来ねぇ!!!」

 

 

一方、この捜索が私情でしかないことも承知している。

天気が穏やかな日ならまだしも、こんな危険な天候の日まで捜索させるわけにはいかない。

ブランは涙を拭い去り、再び立ち上がる。

 

 

「……できません!!」

 

「なんだと……!? お前ら、私の言うことが聞けねぇってのか!!」

 

「我らは女神様のお言葉に従う者!! 今の貴方様は女神とは思えない……ただの少女です」

 

 

その言葉に、ブランは何も言えなくなった。

先程、感情剥き出しの言葉を出してしまった。威厳も何もあったものではない。

もうこの国の女神ではいられないかもしれない―――ブランは歯軋りを隠せなかった。

 

 

「ですから……我々は我々で、勝手に貴女についていきます!!」

 

「我らが女神はホワイトハート様……いえ、ブラン様ですから!!」

 

「幼女バンザーイ!!」

 

 

何やら一名ぶっ飛ばしたい変態もいたが、皆ブランを慕う者達ばかりだった。

ブランは一瞬だけ、心が軽くなる。そして―――。

 

 

「……仕方ねぇ……お前らを、巻き込む……わけ……に、は……………っ……」

 

「ぶ、ブラン様っ!!?」

 

 

渋々ながらも、ようやく戻る決意をした時。

ブランの何かが切れてしまったのか、ぐらりと崩れ落ち、女神化が解けてしまう。

小さな体が雪に沈む前に慌てて衛兵が抱き留める。彼の腕の中に収まったブランはかなり衰弱していて、それでいて今にも壊れてしまいそうなほどに小さかった。

 

 

「はぁ………はぁ………はく、と…………はくとぉ…………」

 

 

息も荒く、顔色も悪い。だが混濁とした意識の中でもブランは白斗の事を想っていた。

衛兵達は女神の想いを知る。彼女が命を懸けてまでその少年、白斗を愛していることに。

魘されて尚、白斗の名を呼び続け、そして涙を流すブランに衛兵達は震える。愛する女神をこれ以上、悲しみの渦に閉じ込めてはならないと。

 

 

「ブラン様…………野郎共ォ!! ブラン様のためにも絶対に白斗殿を救出するぞ!!」

 

「「「「「おおおおぉぉ――――っ!!!」」」」」

 

 

愛する女神のため、衛兵達は結束を固め、声を上げる。

草の根を掻き分け、この国の雪全てを掻き出す勢いで捜索に臨む。

―――だが、彼らだけでは白斗の姿はやはり見かけることすらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ここは、どこ……ですの………?

 

 

 

 

 

 

 

―――ベールは、暗い闇の中を漂っていた。

浮遊感があるようで、しかし重苦しい何かに纏わりつかれ、体が思うように動かない。

視界も微睡みつつある中、それでも必死にもがき続ける。

直前まで自分が何をしていたのか思い出せぬまま、歩いているのかも、泳いでいるのかも、沈んでいるのかも分からないまま、とにかく進んでいくと。

 

 

 

―――あ! 白ちゃん!?

 

 

 

闇の中にぼんやりと浮かび上がる人影。

愛しい人、黒原白斗が立っていた。急いで彼に近づこうとベールは力を込めるが。

 

 

 

―――キャッ!? あいたた………

 

 

 

転んでしまった。

足には力が入らず、それでいてこの闇そのものが彼女の足を絡めとったかのように。

らしくなく、前のめりに倒れてしまったが今はこんな痛みに悶えている場合ではない。

愛する人の下へ急ごうと顔を上げた時。

 

 

 

―――え? 白ちゃん……どうして、そんな……傷、だらけ……に………!!?

 

 

 

先程まで経っていたはずの白斗は、血塗れの満身創痍で倒れていた。

呼吸をしているのかすらもはっきりしないほどの重体に、ベールの血の気が引く。

 

 

 

―――い、や………いやああああああ!! 白ちゃん!! 白ちゃああああああん!!!

 

 

 

らしくもなく、ベールは泣き叫んだ。

何とか彼の下へ近づこうとするも、体に力が入らない。その所為で地面に這いつくばったまま、身動きが取れないでいた。

もがいても、足掻いても、目一杯抵抗しても全く自由にならない。

 

 

 

―――どうして……どうして白ちゃんのところにいけないのっ!? 大好きな人が……あんなに、苦しんでいるのに………っ!!!

 

 

 

今も尚、倒れている白斗からは緋色が広がっている。あのままでは死んでしまう。

助けたい。なのに助けに行けない。

大好きな人を見殺しにするしかないのかと、ベールは悔しくて、悲しくて、苦しくて、涙を流し続けた。

 

 

 

―――愚かな女神だ。 ではこの小僧は私が頂いていくとしよう。

 

 

―――え………?

 

 

 

更に降りかかる不気味な声。

いつの間にか、あの憎き魔女―――マジェコンヌが白斗を抱え上げていた。

 

 

 

―――さらばだ。 愚かで無力な女神よ………

 

 

―――ま……待って……待って!! 白ちゃん……白ちゃんを返してぇ!!!

 

 

 

そのまま闇の向こうへと立ち去ろうとするマジェコンヌ。

大好きな人がいなくなってしまう―――必死に手を伸ばし、懇願するベール。

余裕も、優雅さの欠片も無いその叫びは、しかし届くことは無かった。

闇の向こうに消える直前、抱え上げられた白斗が僅かの顔を起こし―――。

 

 

 

 

 

―――ねえ………さん…………たす、けて―――――

 

 

 

 

 

 

白斗は、こちらに助けを求めながら、闇の向こうへと消え―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

 

 

 

―――嘗てない絶叫と共に体を起こしたベール。

荒い息を吐き、ようやく視界が定まるとそこは、積み上げられたゲームソフトの山や数々のいかがわしいポスターが掛けられた壁、様々なゲームのグッズが所狭しと散乱された部屋。

 

 

「……はぁ……はぁ……………わた、くしの………部屋………?」

 

 

見間違えるはずもない。ここはリーンボックスにあるベールの部屋だ。

カチッ、カチッと時を刻む音がしたので振り返ってみる。壁に掛けられた時計が指し示す時刻は、午後6時。

いつもならこの時間帯は夕食が出来るまでゲームをして、そして一頻り遊んだ後に愛する白斗へと連絡を取って、一緒にオンラインゲームを遊ぶ約束をして―――。

 

 

「―――って、そうですわ!! こんなところで寝ている場合では……痛っ……!!」

 

 

白斗、その名でようやく思い出した。

今、愛する白斗はここにはいない。あの夢の通り、マジェコンヌに攫われて今日で三日目なのだ。

何としても探し出さねば、とベッドから降りようとした時、激痛が走る。

身体を見て見ると、白い包帯が幾重にも体中に巻かれていた。

 

 

「お姉様!? 起きましたか!?」

 

「ベール様!! 大丈夫ですか!?」

 

「安静にしてなきゃダメですよ、ベール様!!」

 

 

するとそこへ、ドタドタと駆けつける三人の少女。

ベールをお姉様と慕うこの国の教祖、箱崎チカ。ベールの友人にしてこの国の歌姫と称されるアイドル、5pb.。そして異世界からやってきたくノ一娘、マーベラス。

誰もが必死にベールの容態を気に掛けてくれている。

 

 

「皆……さん……どうしてここに……?」

 

「覚えてらっしゃらないんですか? お姉様、この三日間不眠不休でリーンボックス中を飛び回っていたんですよ?」

 

「そしたら急にボクの前に落ちてきて……もう、心臓が止まるかと……」

 

「私は、5pb.ちゃんから連絡を貰って……ベール様をここに連れてきたんです」

 

 

―――ここで、全てを思い出したベール。

先程のように白斗を取り戻そうと捜索隊とは別に、自らもリーンボックス中を飛び回っていた。

街々から山々、果てはダンジョンの奥まで。当然その間、激しい戦闘もぶっ続けで。

結果、精も根も尽き果て、飛行していたところ体力の限界を感じ、しかしブラックアウト。そこで彼女の記憶は途切れていた。

どうやらその後、偶然にも5pb.が通りがかり、マーベラスの手を借りてここまで運ばれたらしい。

 

 

「そう、でしたの……感謝しますわ……。 でも、今は私の体よりも……白ちゃんを、助けないと……!!」

 

「お姉様落ち着いてください!! 捜索隊も出していますし、時期に見つかりますから!!」

 

「そう言ってもう三日目ですのよ!? このままだと白ちゃんが……白ちゃんがっ!!!」

 

 

チカの静止も振り切ろうとするベール。

悲痛な叫びを上げながら、力尽くでも探しに向かおうとする彼女の姿は、いつもの気品あふれる女神の姿などでは無かった。

 

 

「……白斗君……白斗、君っ………!!」

 

「………はく……と、くんっ………うっ、ううぅぅぅ……!!」

 

 

彼女の気持ちは、5pb.とマーベラスも痛いほど理解できていた。

二人もまた、白斗を愛する少女だから。特に5pb.に至ってはあの事件の後、白斗を想う余りしばらく休業するとまで言い出したほどだ。

マーベラスもかなり無理をして各国を回り白斗を探しているのだが成果は実らず。

―――そしてこの二人も、白斗を想っては毎晩泣いていた。それこそ、脱水症状寸前に陥るまで。

 

 

「白ちゃんは……あの人は、あんなボロボロになるまで私たちを守ってくれたのに……!! 私だけノコノコ寝ているわけにはいきませんわ!! ですから……ですからっ!!」

 

 

今のベールは体以上に、心が限界だった。

必要なものは休息でも、ゲームでもない。愛する白斗だった。

彼が傍に居ないと、最早ベールは生きている実感すらなくなる。白斗の傷ついている姿が思い起こされるだけで、心が引き裂かれそうになる。

愛する人を助けたい一心でベールは傷ついた体を動かそうと―――。

 

 

 

 

「……いい加減に………してくださいッ!!!」

 

 

 

 

―――パァン!!

 

 

 

乾いた音が喧騒を打ち壊し、静寂を齎した。

一体何が起こったのか、5pb.にも、マーベラスにも、ベールにもわからなかった。ただ、ベールの頬が遅れて痛みを感じてくる。

そんな彼女の目の前には―――息を荒げて手を振り抜いているチカの姿があった。

 

 

 

チカが―――ベールの事を溺愛している彼女が、ベールを引っ叩いたのだと理解するのに、随分と時間がかかってしまった。

 

 

 

「ハァ………ハァ………もう、やめてください……!! ……アタクシの心配は……どうでも、いいって………いうのですか……!?」

 

 

 

チカは、泣いていた。

愛するベールを引っ叩いてしまったことに対する罪悪感もそうだが、何よりも彼女に対する心配で心を痛めていた。

ベールも限界だったのかもしれないが、チカもまた傷つくベールの姿を目の当たりにするのはこれ以上は耐えられなかったのだ。

 

 

「でも……白ちゃんが……私………わた、くし………」

 

「アタクシが!! 必ず見つけてみせます!! お姉様のために……何よりあいつのために!! ……だから、今は……休んで、ください……!!」

 

「チカ……うっ、ふ………あ、あああぁぁぁあぁぁぁぁ………!!!」

 

 

教祖の―――否、愛する義妹の叱責と想いを受けて、ようやくベールは少しだけ足を止めることにした。

耐えられなくなったのか、また泣き出してしまうベールをチカは優しく抱きしめる。彼女の目からも涙が滴り落ちていた。

 

 

(……アイツだったら……お姉様は、泣き止んでたってのに……お姉様を任せるって言ったのに……次あったら、ただじゃ済まさないんだから……)

 

 

チカの心の中では、愛する姉を奪いながらもここ一番で頼れるあの少年の顔が思い起こされる。

彼に毒づきながらも、チカは更なる尽力を決めた。

一方、この光景を目の当たりにしていた5pb.とマーベラスも拳を震わせていた。

 

 

「………私も、出なきゃ………」

 

「マベちゃん………」

 

「私だって……白斗君を救えなかったばかりか……あの日、白斗君に、あんなこと……させちゃったんだもの……!! 絶対に……助けて見せるんだから!!!」

 

 

マーベラスは涙を堪えようとして、けれども堪え切れずに悔し涙を大量に流していた。

いつもの笑顔も失われ、険しい顔つきになる。ただ、歩みは止めない。

歩みを止めたら今度こそ、大好きなあの少年―――白斗がいなくなってしまうから。

 

 

「……ボクもだよ。 ボクはあの日……傍にいることすら、出来なかったから……!」

 

「5pb.ちゃん……」

 

 

そして、その無念と悲しみは5pb.も同じだった。

アイドルとは思えない顔で涙を流している。白斗を想うだけで、もう涙は堪えられない。

彼女もまた、自分にできる方法で白斗を助けようと注力していた。

必死に涙を拭い去り。赤く腫れあがった顔を見せながらも5pb.はリストを差し出す。

 

 

「これ、ボクのファンクラブの人達からの情報……役立てて!」

 

「ファンクラブの人達も……協力してくれたんだ……」

 

「我儘なのは分かってる……利用なんて、酷いことだって分かってる……でも! 白斗君はボクを助けるために何だってしてくれた……ボクも……何だってしてあげたいっ!!!」

 

 

ファンクラブに依頼など、アイドルがやっていい範疇を超えているだろう。

それでも、彼女の天秤は白斗に大きく傾いていた。にも拘らず、きっと彼女のファンの人々は快く引き受けてくれたのだろうと理解できる。

ビッシリと書き込まれた情報量が、それを物語っていた。

 

 

「……そうだよ! 私達二人で……いや、皆で……白斗君を助けよう!!」

 

「……うん! 今度は、ボクらの番……だから!!」

 

 

まだ涙は止まらない。だが止める暇すらも惜しい。

ただ一刻も早く苦しみの渦の中に囚われているであろう、大好きな人を助けたい―――その一心で、二人はそれぞれの戦いに身を投じていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、プラネテューヌ。

この国の女神は基本政務には不真面目なため、幸か不幸か三日間くらい姿を見せずとも国政には全く影響が出なかった。

のだが、女神のショックを引きずってか、明るくのんびりとした雰囲気で有名なプラネテューヌの空気は、どこか重かった。

その発信源となっているのは、国政の中心にしてこの国のシンボルでもあるプラネタワーからである。

 

 

「……以上が、諜報部からの情報……です、イストワール様……」

 

「アイエフさん、ご苦労様です。 ……少し休まれては?」

 

「私は平気です……このくらいで音を上げてたら、白斗に……申し訳が、立ちません……」

 

 

プラネテューヌの執務室では、二人の人物が情報のやり取りをしている。

アイエフとイストワールだ。どちらも目の下に隈を作り、疲弊の色を隠せないでいる。白斗捜索のためプラネテューヌに捜索隊を放ち、その情報を逐一纏めているアイエフ。

そして白斗捜索に携わりながら、プラネテューヌの国政を事実賄っているイストワール。どちらも負担は半端なものでは無かった。

 

 

「二人とも頑張りすぎです! ちゃんと休んで欲しいです!」

 

「そうですよ。 これでお二人まで倒れられたら、もうどうしたらいいか……」

 

「コンパ、ツネミ……」

 

 

そこへお茶やお菓子を持ってきたコンパ、そしてツネミ。

かく言う二人も疲弊の色が見て取れる。肉体的負担よりも、精神的負担の方が大きかった。

何よりも、彼女達の目も赤く腫れていた。―――人知れず、白斗を想っては泣いていたから。

 

 

「すみませんコンパさん、ツネミさん……お二人とも、自分のお仕事があるのに……」

 

「大丈夫です。 ねぷねぷや白斗さんを助けたいですから」

 

「私は……白斗さんとネプテューヌ様に救われてきました……。 今度は、私がお二人を救わなきゃいけないんです……!」

 

 

本来ならばコンパはナースとして、ツネミはアイドルとしての仕事がある。

けれども白斗が連れ去られたその日の内に、二人とも勤め先に休暇届を出していた。例えクビになっても構わないというほどの強引さで。

それだけ二人ともネプテューヌを慕い、そして―――白斗が好きだった。

 

 

「……二人とも、本当にありがとう。 これで後はネプ子さえどうにかなったら……」

 

 

アイエフは自分の身を押してまで助けてくれる二人に感謝の言葉を贈った。

同時にまだこの場にいないもう一人の友人を気に掛ける。

と、そこへ悲しそうにこちらを見つめる小さな影が一つ。今やこのプラネテューヌの家族として迎えられた幼き少女である。

 

 

「あ……ピーシェさん。 ネプテューヌさんの様子は如何ですか?」

 

「……ねぷてぬ、まだおにーちゃんのへやからでてこないの……」

 

 

元気が信条のピーシェも、すっかり落ち込んでしまっている。

原因は言わずもがな、懐いているネプテューヌが暗くなってしまい、更には部屋に閉じこもってしまったためだ。それも自分の部屋ではなく、白斗の部屋に。

だが、それだけでは無かった。

 

 

「……それで、ネプテューヌさんはまだ……」

 

「はいです……やっぱり、今日も女神化出来ないみたいで……」

 

 

付きっきりで世話をしていたコンパも悲しそうに呟いた。

そう、あの日以来ネプテューヌは女神化が出来なくなってしまっていたのだ。

 

 

 

―――あの事件で気を失ってしまったネプテューヌは翌日に目覚めて早々、白斗を捜索するため単身飛び出した。

しかし、その日の晩にはボロボロの姿になって帰ってきた。モンスターと遭遇したところ女神化出来ず、その所為で苦戦を強いられてしまったのだという。

言い終えた彼女は泣き崩れ、それ以来白斗の部屋に籠るようになってしまったのだ。

 

 

 

「イストワール様……ネプ子が女神化出来なくなってしまった原因って、やはり……」

 

「はい……白斗さんが目の前で攫われてしまったことに対するトラウマ、でしょうね……」

 

 

苦しそうな表情で、イストワールはそう結論付けた。

普段ならば女神のためを思いどんなお小言でもいう彼女だが、今回ばかりは強く出ることが出来ないでいる。

それだけ、ネプテューヌの精神が崩壊寸前であったからだ。

 

 

「過去の女神様でも少数ですが、似たような症例がありました。 ……今回の場合は白斗さんを救えなかったことで自分の無力さに打ちのめされ、女神化することが怖くなってしまったからだと思われます」

 

「……ネプテューヌ様……」

 

 

彼女のその気持ちは、この場に居る誰もが痛感した。

あの事件で、ネプテューヌは唯一アンチモンスターの拘束から逃れ、白斗を救おうとマジェコンヌに向かって単身突撃した。

その結果返り討ちに合い、目の前で白斗は攫われてしまったのである。

白斗を愛している彼女にとって、これ以上ない追い打ちだった。トラウマになるのも無理はないと、誰もが目を伏せる。

 

 

「ネプテューヌさんへの精神的ダメージは計り知れません。 ……最悪、心が壊れてしまうかもしれない……どうしたら……」

 

 

白斗は攫われ、ネプテューヌは挫折した。

八方塞がりなこの状況に、イストワールもいよいよ泣き言を言いそうになってしまう。

―――だがこの状況に、拳を震わせる少女が一人。

 

 

「……私が、ネプ子を引っ張り出します」

 

「あいちゃん……」

 

 

アイエフだった。怒りだけでも、悲しみだけでもない、真っ直ぐな瞳でそう告げた。

当然、この中の誰もが今までネプテューヌを元気づけようと試みたが、結果は語るまでもなく。

アイエフも失敗した身ではあったが、だからと言って諦められるワケが無かった。

誰の意見を聞くまでもなくコートを翻し、ネプテューヌが引きこもる白斗の部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――夕暮れに染まる白斗の部屋。

今、この部屋の中では一人の少女がベッドの毛布に包まりながら膝を抱えて蹲っていた。

 

 

「……………白斗ぉ……………」

 

 

この国の女神、ネプテューヌだ。

明るい笑顔がトレードマークが代名詞である彼女だが、その笑顔は失われている。

白斗を失った悲しみと罪悪感に打ちのめされ、絶望をその顔に張り付けていた。

 

 

(……私は………白斗を、救えなかった………女神失格だよね……こんなの……)

 

 

部屋に閉じこもって、今日で二日目になる。

その間、大好きなゲームも、プリンも、外に出ての友との触れ合いすら拒絶していた。

やることはこうして白斗が愛用していた毛布に包まり、彼の存在を僅かでもいいから感じて己を繋ぎとめることくらいだ。

だが、こんな状態になっても決して欠かさないことがもう一つだけあった。

 

 

 

「………白斗のお花………世話……しなきゃ………」

 

 

 

ふらふらとベッドから出て、自分の部屋からこの部屋に移したあるものの前へと向かった。

今も尚、綺麗に咲く紫色の花。以前白斗がリーンボックスから戻ってきた際にネプテューヌに贈られた名もなき花である。

この部屋とこの花が、白斗の存在を感じ取れるものとなっていた。だからネプテューヌは藁にも縋る思いで、この花の世話だけは欠かさなかったのだ。

 

 

「……白斗………白斗ぉ…………!」

 

 

けれども、白斗を想う度に心に容赦のない痛みが突き刺さる。

また瞳から涙が零れ落ち、名もなき花に当たって散っていく。

この二日間、どれほど泣いたのだろうか。コンパが時折差し入れてくれる水が無ければ、脱水症状で死んでいたかもしれないくらいだ。

 

 

 

(ごめんね白斗……救えなくて、守れなくて……役立たずで……ごめんね……!!)

 

 

 

後悔、そして懺悔。こんな自己嫌悪の流れがずっと続いていた。

あの時、アンチモンスターに囚われていなければ。あの時、白斗だけでも逃がしていれば。あの時、白斗に手が届いていれば―――。

そんな「もしも」だらけのビジョンに、ネプテューヌは崩れ落ちる。彼女の心はもう、物程度では繋ぎ止められないほどに限界だった。

 

 

 

「………ネプ子!」

 

「……あい、ちゃん……?」

 

 

 

そこへ、乱暴に開け放たれたドア。

ドアの向こうに立っていたのは、いつもの凛とした眼差しを向ける少女。ネプテューヌの親友、「あいちゃん」ことアイエフだった。

ズカズカと荒い足音を鳴らして踏み込んだかと思えば。

 

 

 

「アンタ……いつまでこんなところでウジウジしてるのよっ!!?」

 

 

 

その胸倉を、乱暴に掴み上げた。

 

 

(あ、あいちゃん……!?)

 

(あいえふ……ほ、ほどほどに……)

 

(……アイエフさん、お願いします。 ネプテューヌ様を、どうか……!)

 

 

その様子を陰ながら見つめていたコンパ、ピーシェ、そしてツネミ。

三者三様の反応でその様子を見守っている。

心が弱り切っているネプテューヌにこんな怒声はトドメを刺すようなものではないのかと、内心肝を冷やしていたが今はただ、見守ることしか出来なかった。

 

 

「みんな……みんな、白斗を助けようと必死なのよっ!? ツネミも、コンパも、イストワール様も!! ネプギアだって……他の人達だって!! なのに……アンタだけこんなところで一人蹲っている気なの!!?」

 

 

胸倉を掴んだまま揺さぶる。

アイエフは、決して力が強いわけではない。それでも自分の持つ全てを腕と声に乗せて、ネプテューヌを揺さぶっていた。

怒りだけではない、それ以外の想いも全て込めて。

 

 

「……………………」

 

「何とか……何とか言いなさいよネプ子!! アンタそれでも女神なのっ!!?」

 

 

だが、ネプテューヌは答えない。茫然自失とアイエフの罵声を浴び続けているだけだ。

嫌がる素振りすら見せない、全くの無抵抗。それが尚更アイエフに苛立ちを募らせる。

思わず突き出してしまったその一言。さすがに言い過ぎたと思ったのか、少しだけ腕の力を緩めると―――。

 

 

 

「………私に………何が出来るの………?」

 

 

 

ネプテューヌは、静かに涙を流しながら、そう呟いていた。

 

 

「……白斗に、守られるだけ守られて……白斗は……あんなにも傷ついて……守ってくれたのに……私は……白斗を、助け………られなかったんだよ………?」

 

 

あの綺麗な瞳は輝きを失い、くすんでいた。

カタカタと体中を恐怖で、震える声で思いの丈をやっと振り絞っている。

 

 

「……そんな、私が……白斗に何を……して、あげられるの……? ……あいちゃん……教えて……教えてよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

―――この三日間、いや今まで友達として付き合ってきた中でもこんなに叫ぶネプテューヌは見たことが無かった。

それだけ、白斗に対する想いが大きかったのだ。彼女にとって、白斗とは最早自分の命に匹敵―――いや、それ以上とさえ思うほどの大切な存在。

それを目の前で傷つけられ、攫われ、挙句救えもしなかったネプテューヌの絶望は想像を絶するものだった。

 

 

「………ッ!! ネプ子ぉっ!!!」

 

 

そんな彼女に我慢ならなくなったのか、アイエフはとうとうその手を振り上げ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ネプテューヌを、優しく抱きしめた。

 

 

 

「………え………?」

 

 

 

平手打ちの一発でも来るものかと思っていたネプテューヌは、それこそ呆気に囚われた。

気が付けば、柔らかく、優しい感触が自分を包み込んでいたから。

それだけではない。見てみると、アイエフは悲しそうに顔を俯かせていた。

 

 

「………ごめんね、ネプ子………アンタに、そんな思いをさせちゃって………」

 

「あい……ちゃん………?」

 

 

それどころか、涙ながらに謝ってきたのだ。

彼女は何も悪いことなんてしないのに。ネプテューヌは、尚更この状況が分からなくなってしまう。

目の前で白斗の誘拐を許してしまったのは他ならぬ自分なのに、どうして親友が罪の意識を抱いているのか。

 

 

「……私にだって責任はあるの。 あの日……私が弱かったから、白斗にあんなことをさせてしまった……。 ネプ子に肝心なところを任せっきりにして……アンタ一人に重荷を押し付けて……ネプ子も……白斗も、苦しませちゃった……」

 

 

あんなこと、とは数日前に起こったあの事件のことだ。

モンスター化した人間にアイエフとマーベラスが襲われ、それを救おうと白斗はモンスター化した人間とは知らず、それを殺してしまった。

結果、白斗は発狂し、苦しみ続けた。その原因を作ってしまったと、アイエフは今でも後悔していたのだ。

 

 

「その所為で……白斗も、ネプ子も……あんなクエストを受ける羽目になって……私が、私がしっかりしてたら……こんなことには、ならなかったのにっ……!!」

 

「ち、違うよ……! あいちゃんの所為じゃ―――」

 

 

ネプテューヌは、彼女に責任など求めてはいない。元よりアイエフの所為など微塵にも思っていなかったが、アイエフは自分自身を決して許しなどしなかった。

白斗を救えなかった身として、何より親友を傷つけてしまった身として。

―――でも、それだけでは無かった。

 

 

 

 

 

 

「………ねぇ、ネプ子………。 ネプ子は……白斗の事が……好き……?」

 

 

 

 

 

 

突然、そんな問いかけがアイエフの口から飛んできた。

え、と息を飲み、一瞬だけ時が止まったかのように錯覚してしまう。ネプテューヌの聞き間違いでも、アイエフの言い間違いでもない。

彼女ははっきりと、ネプテューヌに対し白斗への恋心を問いかけてきたのだ。

 

 

「……私は……好きよ。 白斗が、好きで、好きで………大好きなの………」

 

「あい、ちゃん………」

 

 

―――それは、余りにも悲しい告白だった。

決して穏やかな気持ちでも、増してや幸せな気持ちで言っているのではない。アイエフが愛した少年、白斗は敵の手に落ち、いつその命が奪われるやもしれない状況なのだから。

けれども、彼女の想いはネプテューヌも察していた。口にはしなかったが、いつも冷静な彼女が白斗の前ではまさに恋する乙女だったから。―――自分と同じだったから。

 

 

「だから……私は白斗を助けたいの。 白斗を傷つけちゃったからとか、責任とか、罪悪感とか色々あるけれど………白斗が大好きだから……助けたいの……!!」

 

 

アイエフは、震えていた。

この三日間、アイエフもどんな気持ちで過ごしてきたのだろうか。もしかしたら、ネプテューヌ以上の絶望を抱えていたのかもしれない。

それでも折れなかったのは、偏に白斗が好きだったから。

 

 

「助けてくれた白斗が好き……デザートを作ってくれた白斗が好き……遊んでくれる白斗が好き……話してくれる白斗が好き…笑顔でいてくれる白斗が好き、温かくて優しい白斗が……大好き!! 全部……全部大好きなのっ!!!」

 

 

―――ネプテューヌと、全く同じだった。

今にして思えば、白斗の何が好きかと言われれば、それこそ全部だ。いい所も、悪いところも全てひっくるめて、「好き」だと高らかに言える。

そんなアイエフとネプテューヌの気持ちは、全く同じだった。だから、彼女の言葉がすんなりと入ってくる。

 

 

「大好きなあの人を取り戻したいから……だからっ!! 諦めたくないのっ!!! 白斗のために……何でもしてあげたいのっ!!!!!」

 

 

傍で聞いていたコンパも、ツネミも。全く同じ気持ちだった。

皆、思い浮かべるのは白斗の事ばかりだ。誰もが白斗に助けられ、彼の温かさに、力強さに、そして優しさに触れ―――恋をした。

ピーシェも、恋かどうかはまだ自分では判別はつかないが、白斗を大切に想っている。

だから、誰もがアイエフの想いを理解できた。

 

 

「……ネプ子……アンタは……どう? 白斗が……好き……?」

 

 

再び顔を上げたアイエフは、先程とは違って優しい表情になっていた。

自分の想いを伝えたからだろうか。己の内に抱えていた苦しみを吐き出したからだろうか。そんな彼女の全てに触れ、ネプテューヌは―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………わた、しも……わたし、だって……白斗が……好き……大好きだよぉ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

アイエフに負けないくらいの大声で、その想いを告げたのだった。

 

 

「守ってくれた白斗が好き! 一緒にゲームをしてくれる白斗が好き! ちょっとドジを踏んじゃう白斗も、私と一緒に居てくれる白斗も、本当は傷つきやすい白斗も、何より温かくて優しい白斗が……大好きなの!!! 白斗じゃなきゃダメなのっ!!! 私の……騎士様は……白斗なのぉおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

泣きじゃくりながら、叫びながら、ネプテューヌは思いの丈をぶちまけた。

溢れ出る白斗の想いが止まらない。だから、白斗がいない悲しみが容赦なく心を痛めつけてくる。

―――けれども、その温かな想いが崩れかけた彼女の心を必死に支えていた。

 

 

 

「白斗は私の騎士様なのっ!! あいちゃんにも、誰にも渡したくないの!! 私が……私が一番……っ、白斗を愛しているんだからあああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

恋敵の腕の中で、親友の胸の中で、ネプテューヌは泣き続けた。

絶望に打ちひしがれていたネプテューヌだが、そんな彼女をここまで生かし続けてきたのは他でもない、白斗への想いがあったからだ。

 

 

「……だったら、私に負けてる場合じゃないでしょ? ネプ子……」

 

「……うん!! 絶対……絶対に白斗は渡さないんだからあああぁぁぁ……!!」

 

 

白斗がこのままいなくなってしまうのは、確かに嫌だ。

でもそれと同じくらいに白斗が他の誰かに取られてしまうのも、嫌だった。

醜いと思われるかもしれない、浅ましいと思われてもいい。でも、一度本心を曝け出したネプテューヌにとって白斗への想いを隠すことなど出来ない。

 

 

「……白斗は………私が、助けるんだからぁっ!!!」

 

 

愛する白斗のため、恋敵に負けないため、ネプテューヌは再び立ち上がった。

涙はまだ止まらない。涙で目は赤く腫れあがっている。顔も涙でドロドロだ。

でも、今はそんなことはどうでもいい。白斗のためになら、何だってできる。それが今のネプテューヌなのだから。

 

 

「わはー! いつものねぷてぬだー!」

 

「ネプテューヌ様……良かったです……!」

 

「さすがですあいちゃん! ねぷねぷも良かったですぅ!」

 

「皆……心配かけて、ごめんね……」

 

 

これまでの流れを見ていたピーシェ達も飛び出してくる。

ネプテューヌも完全に元通りとまでは行かないが、やっと笑顔を見せられるレベルにまでは落ち着いた。

まだ無理している部分はあるものの、これで白斗救出に向けて大きく前進―――

 

 

「み、皆さん!! 大変ですっ!!」

 

「いーすん……? どうしたの?」

 

 

そこへ大慌てで飛び込んできたのはイストワールだった。

その手には彼女にとっては大きい便箋が握られている。

 

 

「それが……白斗さんからお手紙が!!!」

 

「え!? 白斗から!!?」

 

 

―――有り得ない。誰もがそう思った。

けれども、一瞬だけでも希望を持ってしまったのも事実。イストワールが手渡した便箋には、確かに「黒原白斗」と銘打たれている。

 

 

「……で、でもイストワール様……罠では?」

 

「私も……そう思うの、ですが……」

 

 

あんな状況で、白斗が手紙など出せるわけがない。

アイエフの忠告通り罠の可能性が高いだろう。イストワールも頭では分かっていた。

だが―――。

 

 

「……でも、罠でも手掛かりにはなるん……だよね?」

 

「ネプテューヌ様……」

 

「私は白斗のためなら、何だってするって決めた……なら、火中の栗くらい拾いに行かないと!」

 

 

白斗が送れないのならば、この手紙の差出人はマジェコンヌらだろう。だからこそ、白斗へ辿り着く唯一の手掛かりとなる。

とても先程まで絶望に打ちひしがれていた少女と同一人物とは思えない発言だった。

いつものネプテューヌが戻りつつあると、ツネミも安心している。

 

 

「……ネプテューヌさんの言う通りですね。 では開けてみましょう」

 

「私がやるわ。 ネプ子達は念のために離れてて」

 

 

イストワールも女神の言葉に従い、そして他の誰もが彼女の意見に賛同した。

開封は諜報員として罠の解除に多少の心得があるアイエフが行うことになった。

レターナイフを用いて慎重に便箋を切り裂く。恐る恐る手を伸ばせば、その中にあったのはレンズが付いた小さな機械が一つ。

 

 

「これ……なんです?」

 

「どうも投影機のようね……スイッチはこれ、かしら……?」

 

 

投影機、つまりこの機械には何らかの映像が入っている可能性が高い。

益々怪しくなったが、今は僅かでも手掛かりが欲しい。一縷の望みを掛けてアイエフがスイッチを押し、皆がそれを見守る。

やがて映像からホログラムとなって飛びされた映像には―――。

 

 

 

 

 

 

 

『―――ご機嫌いかがかな? 愚かな女神共。 マジェコンヌ様だ』

 

 

 

 

 

 

 

白斗を攫ったあの魔女、マジェコンヌが不敵な微笑みを浮かべていた。

最早憎しみの対象ですらある彼女の顔がいの一番に映った時、誰もがそれを叩き壊したい感覚に襲われる。

ただ、彼女の傍らに“彼”が映っていなければ、の話だが。

 

 

「―――――白斗ぉっ!!?」

 

 

そう、映像の中にはマジェコンヌの傍に白斗も映っていたのだ。ネプテューヌだけではない、他の誰もが白斗の名を叫んでいる。

白斗は椅子に座らされた状態で縛られていたが、それ以外は特に目立った外傷もない様子だ。

 

 

『どうだ、この小僧の無事な姿を見て少しは話を聞く気になったか? 御覧の通り無事どころか、あの戦闘での傷も治癒してやったぞ。 砕かれた骨も元通りだ。 昔からの古傷までは面倒は見切れなかったが、少なくとも安心はしただろう』

 

 

三日前、白斗は女神達を守るために50体以上ものアンチモンスターと死闘を繰り広げた。

自らを省みない戦いの末、白斗は満身創痍を超えた死に体となって倒れた。

けれどもその傷自体はもう無くなっている。呼吸も安定しており、目こそ開かないが僅かに声も出している。

 

 

『さて、今回こちらから連絡を取ったのは貴様らに伝えることがあるためだ』

 

「……何を、今更……っ! 白斗さんを返して下さいッ!!!」

 

 

普段は穏やかで、白斗以外には感情を見せないツネミ。

そんな彼女ですら怒りを露にして白斗を返せと叫んでいる。手を伸ばせば届くのに、そこにいる白斗はただの虚像。

だからこそ余計に虚しさを感じてしまう。それを予想していたのか得意げな笑みを浮かべたマジェコンヌは。

 

 

 

 

 

『この小僧だが……もう用済みだ。 返してやろう』

 

 

 

 

 

 

そんな予想だにしない一言で、全員が呆気にとられた。

 

 

 

「………え? 返して……くれ、るの……?」

 

『日時は明日の午後1時、場所は……プラネテューヌのバーチャフォレストの深部辺りにでもしておくか。 そこに捨てるから、後は勝手にしろ。 私も同行しよう。 信用できなければ女神全員で来るがいい』

 

 

 

当然、これは録画データ。ネプテューヌらの問いに答えているわけではない。

それでも、マジェコンヌは次々と情報を伝えてくる。明日、白斗を返すというのだ。

だが同時に不穏な条件も幾つか提示される。マジェコンヌ自身も赴くという全くメリットの無い行動、何より女神全員を誘き寄せようとしている魂胆。

 

 

 

 

 

『ではな女神共。 このマジェコンヌ様の慈悲に感謝するのだな……フハハハハ!!』

 

 

 

 

高笑いと共に、映像は終了した。

映像が終わって尚、辺りは静寂に支配される。誰もが形容しがたい気持ちを抱いていた。

あの憎き魔女が、愛する少年を突然返すという本当に訳の分からない状況。

必死に冷静さを絞り出し、一番最初に口を開いたのはアイエフだった。

 

 

「……罠、よね……十中八九……」

 

「……そう、ですね。 今更、白斗さんを返すだなんて……」

 

 

その意見にイストワールも賛同した。

あんな罠を張ってまで白斗を攫ったというのに、今になって返すなど信用できるはずもない。

 

 

「……私、行くよ」

 

「ねぷねぷ……」

 

 

けれども、いの一番に向かうと言い出したのはネプテューヌだった。

その声は震えている。やっと希望を見つけたと言わんばかりに。

勿論、マジェコンヌに対する怒りも。罠に対する警戒心もある。だが、今の彼女にとってそんな些細な感情などどうでもいい。

 

 

「罠だったとしても関係ない。 ……その先に白斗がいるんだから、止まってられないよ!!」

 

 

彼女の力強い言葉に、誰もが震えた。

例え他の誰かが行かなくても、彼女は行くのだろう。そしてどんな罠でも突き破って、白斗を助けようとする。

そんな覚悟が込められた発言に、イストワールも一瞬俯いた後。

 

 

「……分かりました。 急いでネプギアさんも呼び戻して、明日のための対策会議を開きましょう。 この映像も、恐らく各国の女神様に送られているでしょうから」

 

 

イストワールは、ネプテューヌを送り出す方向で行くようだ。

罠であることはほぼ間違いない中、彼女を送り出すなどむざむざ女神を見殺しにするようなもの。責任問題に問われてもおかしくない。

イストワールもまた全てを懸ける覚悟を決めたようだ。

 

 

「……ネプ子がそう言うなら、私も私に出来ることをするわ!」

 

「はいです! 私も……白斗さんのために!」

 

「私は戦えませんが……全力でお手伝いします!」

 

 

アイエフも、コンパも、ツネミも意見が纏まった。

警戒心もあるが、それ以上に一縷の望みをそこに懸けている。

 

 

(白斗……待ってて! 絶対に助けるから!!)

 

 

ネプテューヌは、夕闇が迫りつつある空を見上げ、白斗救出を誓う。

空に瞬く一番星が、彼女を優しく見守っていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして一夜明け、午後一時まであと5分。

ここは、プラネテューヌ近郊の森「バーチャフォレスト」。今ここに、各国の女神達が集っていた。

 

 

「……皆、来てくれたんだね」

 

「当然よ。 白斗を助けられるのならどんな罠にだって飛び込んでやるわ」

 

「ああ。 ……今度は私達が死力を尽くす番だからな」

 

「例えこの身がどうなろうと……白ちゃんは助けて見せますわ!!」

 

 

ネプテューヌだけではない、ノワールも、ブランも、ベールも覚悟を決めてここに来ていた。

女神として数多の仕事も放り投げ、命の危険すらも省みない。

彼女達にとって白斗とは己の全て。既に女神化していることが、その覚悟の表れである。

―――ただ一人、ネプテューヌを除いては。

 

 

「……にしてもネプテューヌ、報告には聞いてたけど……まだ女神化出来ないのね」

 

「………うん。 でも、私は大丈夫だから」

 

 

ノワールからの一言に少し俯きながらも、ネプテューヌは決して目を逸らさなかった。

そう、昨日ある程度元気を取り戻したネプテューヌだが未だに女神化は出来なかったのである。

トラウマは一朝一夕には克服できない、ノワール達も指摘しただけでそこを責めるつもりは無かった。

 

 

「その言葉、信じますわよ。 恐らくフォローをする余裕はありませんから」

 

「だな。 ……で、お前らもそれでいいよな?」

 

 

ベールからもそんな一言が飛んできた。

今回ここに来たのは白斗を助けるためだ。最悪本人がいなくても、マジェコンヌだけでも捉えて情報を引きずりだしたい。

そのために誰かを助けるという余裕はない状況だ。ネプテューヌもそれは覚悟の上。

だが、何もその覚悟を求めているのは彼女だけではない。ブランの視線の先に居る、少女達にも向けられていた。

 

 

「はい! もう、お姉ちゃんやお兄ちゃんに守られるだけの私達じゃありません!」

 

「今度はアタシ達がお姉ちゃんを……そして白兄ぃを助ける番!!」

 

「うん! お兄ちゃんはわたし達が助けるんだから!!」

 

「お兄ちゃんのために……がんばる!」

 

 

ネプギア、ユニ、そしてロムとラム。女神候補生も全員が集結していた。

彼女達もまた、昨日までは自分の無力さに苦しんでいたはずだがそれぞれ自分の国に戻った時、面構えが全く違っていたのだ。

寧ろ自分達が白斗を救ってみせるという絶対的な自信を胸に宿している。

 

 

「……ネプギア」

 

「お姉ちゃん、もう大丈夫だよ。 ……私だって女神候補生……いや、女神だもん!」

 

 

今のネプギアは候補生でも、増してやネプテューヌの妹として来ているのではない。

白斗を助ける女神としてここに来ている。

言葉の力強さから、いつもどことなく漂わせていたあの頼りない感じはもう存在しない。

 

 

「ロム、ラム……ここまで来たらもう引き返すことは出来ねぇ。 それでも……いいんだな?」

 

「わたし達だって……女神だよ! 覚悟……出来てる!」

 

「お兄ちゃんを助けるためなら、いつまでも怖がっていられないもん!」

 

「……分かった。 なら、最後まで女神としての務めを果たせよ」

 

 

口調こそは粗暴だが、ブランの言葉には妹達への想いと僅かながらの心配が込められていた。

精神的にもまだ幼い彼女達にこの戦いは厳しいのではないか、そんな心配は彼女達自身の真っ直ぐな瞳と言葉ですぐに杞憂だと分かった。

そんな彼女達を愛おしそうにブランは撫でた。もしかしたら、撫でられるのはこれが最後かもしれないから。

 

 

「………ユニ」

 

「お姉ちゃん……」

 

「…………背中は、任せたわよ」

 

「……! うんっ!」

 

 

ラステイション姉妹は特に多くは語らなかった。その代わり、目で言葉を交わす。

それだけ強い信頼がこの二人の間で結ばれている。白斗が来たばかりでは、考えらえれもしない光景だったが今では仲良しこよしのこの姉妹。

それもきっと、白斗のお蔭なのだろう。だからこそ、大好きなあの人を助けたい。二人の気持ちは今、一心同体となっている。

 

 

『……皆さん、準備は整ったようですね』

 

「いーすん! うん、こっちは大丈夫だよ。 そっちは?」

 

 

そこに割り込んできた回線。イストワールからだった。

ここはプラネテューヌ領ということもあり、今回は彼女が何かしらの補助に回る形になっていた。

 

 

『こちらの配置も完了しました。 女神様が抜けた穴は各国にマーベラスさんやその仲間達が警備などに当たってくれています』

 

「そっか……マベちゃん、ありがとね。 ホントだったらこっちに来たいはずなのに……」

 

『大丈夫! ネプちゃん達が全力で白斗君を助けられるようにするのが、私の役目だから!』

 

 

回線からはマーベラスの声も聞こえた。

この場に女神やその候補生が全員集結しているということは、当然他ごとには手が回らない状況となってしまう。

そこでマーベラスが率先して彼女達の代行を申し出、その仲間達も各国に散っては緊急案件などに対応してくれていた。

 

 

『ネプ子! プラネテューヌのことは私達に任せなさい!!』

 

『でも、何かあったらいつでも駆けつけるです!』

 

『ネプテューヌ様、どうか……白斗さんをお願いします!』

 

『ベール様も……お願いします。 ボクらも頑張りますから!』

 

 

更にはアイエフとコンパ、ツネミに5pb.の声までもが聞こえる。

彼女達は全員プラネテューヌで待機していた。プラネテューヌ国内で何かあった時の対処、並びに白斗がもし救出出来たらすぐにでも迎えてあげるために。

 

 

「了解ですわ、5pb.ちゃん。 ……っと、さっそくお出でなすったようですわね……!」

 

 

友人からのエールに嬉しそうな表情をするベール。だが、直後にその視線が鋭くなった。

前方にただならぬ気配を感じたからだ。

ネプテューヌ達もそれぞれの武器を取り出して迎撃準備に入る。木々の奥から現れた影、それは―――。

 

 

「おやおや、いきなり武器を構えてお出迎えとは……現代の女神様は随分と野蛮だな?」

 

「マジェ……コンヌ……!」

 

 

怒りを込めた声と視線をぶつける。

現れたのは今日も変わらぬ陰険な笑みを浮かべる魔女、マジェコンヌ。

ネプテューヌ達からすれば白斗を傷つけ、死の淵まで追いやり、そして攫った憎き仇だ。彼女の登場に女神達の心中は穏やかではなくなる。

 

 

「白斗はどこ!? さっさと返しなさいッ!!!」

 

「今すぐ返さねぇとテメェの首をかっ飛ばす!! 今ここでぇ!!!」

 

 

特に血の気の多いノワールとブランが怒りを露にして武器を構える。

しかし言葉にしないだけでその怒りは皆同じだ。全員が武器を構え、その切っ先をマジェコンヌに向ける。

いつでも、この憎き魔女を倒せるように。

 

 

「……んん? 女神全員で来いと言ったはずだが……女神化も出来ん役立たず候補生共が何故ここに来ている? 長生きするだけあってもう耄碌したか?」

 

「……本当にそうなのかどうか、その目で確かめてください!」

 

 

確かに、あの時はそうだったかもしれない。

けれども今のネプギア達には迷いも恐れもない。女神候補生達は目を合わせると互いに頷いて―――。

 

 

「「「「―――変身っ!!」」」」

 

「何……っ!?」

 

 

眩き光を、その身に纏った。

シェアエネルギー、女神がその力を振るうために用いられる信仰の光。それを用いることが出来るとは、即ち―――。

 

 

「―――変身完了! 私はプラネテューヌの次期女神、パープルシスター!!」

 

 

白いレオタードを纏ったネプギア―――否、女神パープルシスターがそこにいた。

武器もいつものビームソードではなく、女神の力を凝縮させた英知の結晶である機械の剣をその手にしている。

もう半人前などではない。誰もが認める立派な女神だった。

 

 

「同じく、ラステイションの次期女神!! ブラックシスター!!」

 

 

その隣に舞い降りたのは、巨大なブラスターを手にした漆黒の女神。

黒かった髪は姉と同じく美しい銀髪へと変わり、髪型もツインロールになっている。声色も凛としたものになり、鋭さを増していた。

どこか可愛らしい雰囲気を纏っていたあの姿はもういない。怜悧な眼差しを以て全てを射抜く女神、ブラックシスターの降臨だ。

 

 

「―――私は、ホワイトシスター・ラム!! お兄ちゃんをイジメたアンタは……許さない!!」

 

「……ホワイトシスター・ロム。 お兄ちゃんは……私達が助ける!!」

 

 

そして、桃色と水色の髪を持つ双子の女神。雪をイメージしたかのような純白のプロセッサを身に纏い、それぞれ手にした杖を交差させる。

魔力を漲らせるその姿は、魔を司る女神そのもの。守られてばかりの双子などではない。

数多の魔法で全てを守る女神、ホワイトシスターが顕現した。

 

 

「……ほう、まさかこの三日間で女神化が出来るようになっていたとは……」

 

「さぁ、これでアンタのお望み通り女神集結よ! 要求には答えたんだから、今すぐ白兄ぃを返しなさいッ!!」

 

「全員、か。 プラネテューヌの小娘がまだ女神化していないようだが……まぁいい」

 

 

身の丈以上のブラスターを構えて尚、銃口がブレないブラックシスター・ユニ。

今の彼女は狙った獲物を逃すことなどない。

けれどもマジェコンヌは慌てることも、増してや防御行動をとるようなことも無かった。ちら、とネプテューヌを見ては何かを悟ったかのようにほくそ笑む。

 

 

 

「………ならば、受け取るがいい」

 

 

 

パチン、と小気味いい音を立てて指を鳴らした。

するとどこからともなく、赤黒いモンスター達が方向を上げて茂みから、或いは木陰から姿を現す。

 

 

「アンチモンスターの大群……そんなことだろうと思いましたわ」

 

「数も30匹前後……その程度で怯む私達じゃないよ!!」

 

 

一方、ベールとネプテューヌも特に慌ててはいなかった。

この展開は読めていたからだ。例えこの場に白斗はいなくても、目の前に行方を知るマジェコンヌがいる。

彼女を捕えればすべてが解決するのだから。

 

 

 

 

 

「慌てなるな。 ……こいつが、真打ちだ」

 

 

 

 

すると、辺りを揺らすかのような地響きが突如発生した。

 

 

 

「っ!? 何、これ……!?」

 

「地面が揺れてる……地震……!?」

 

「に、しては一定の間隔がある……何かの足音……!?」

 

 

ロムとラムが辺りを見渡すが、地震にしてドスン、ドスンと揺れては止まり、止まっては揺れるを繰り返しているのだ。

ならばこの振動の正体は、何かの足音だとネプギアが推測する。つまりはそれだけの質量をもった何かが近づいているのだ。

その“何か”は、バーチャフォレストの木々を薙ぎ倒してこちらへと向かってきた。

 

 

 

 

 

「クックック………女神共、絶望するがいい……」

 

 

 

 

 

―――やがて姿を現したそれは、余りに大きいオーク以上の体躯を持つ巨人だった。

緑色の皮膚を持ち、筋骨隆々とでもいうべき膨れ上がった筋肉。特に腕の膨らみ方が異常で、手が地面に擦れるほど大きい。

人間サイズしかない顔は鉄仮面で覆われ、しかも肩より上でなく、胸の真ん中に顔が埋め込まれているという異形と称するしかない姿だ。胸もアーマーで武装されている。

 

 

「な、何だコイツ……!? アンチモンスター、じゃねぇのか……?」

 

「確かに……赤黒くないし、あいつからはアンチエネルギーを感じない………」

 

 

ブランとノワールも、真打ちと称されたその巨人に固唾を飲んでいた。

対女神用生物兵器と銘打たれたアンチモンスターではない、この巨人こそ彼女の切り札だという。

女神の攻撃が効くなら幾らでもやりようはある―――そう思ったその時、ノワールは気づいてしまった。

 

 

(……え? ど、どうして……手が、震えて……いるの……?)

 

 

刃を持つその手が、震えていたのだ。

武者震いなどではない。寧ろその逆―――恐怖で震えていたのだ。やがて嫌な汗が吹き出し、呼吸も徐々に乱れてくるのが分かる。

まだアンチエネルギーに当てられたわけでもなく、だ。

 

 

「な、何なんですの一体……?」

 

「……分からねぇ……分からねぇ、けど……何故か、ヤバイ……」

 

「どうして……どうして、こんなにも怖くて……悲しいの……?」

 

 

ノワールだけではない、他の女神達もその異変を感じ取っていた。

恐れていた、あの巨人と戦うことを。

そんな彼女達の反応に、満足したような笑みを浮かべているマジェコンヌ。

 

 

「どうした? 先程の威勢の良さはどこへ行った?」

 

「―――うるさいッ!! てやああああああああああっ!!!」

 

 

迷いを振り切るようにノワールが飛び出す。

巨人は確かに力こそ凄まじいのだろうが、パワーキャラ故の宿命か反応速度はそこまで高くはなかった。

ノワールの接近に対応できず、その腕に一閃を受ける。

 

 

「ヴォォオオオオオオオオオオオ!!」

 

(……うッ……!? な、何の……この、胸の痛みは……!?)

 

 

激痛に巨人が吠える。しかし、巨人から吹き出た血を見た瞬間、ノワールの心が痛んだ。

まるで痛みがそのまま返ってきたかのように、自らを責めるように。

 

 

「……っ! 一気に畳みかけますわ!! てやあああああああっ!!!」

 

「ヴァアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

その隙を逃さず、今度はベールが愛槍を振るう。

高速の槍の突きはまるで驟雨となって降り注ぐ。次々と巨人の体を穿っていく―――のだが、尋常ではない再生能力が備わっているらしく、ノワールの斬撃の痕も、そしてベールの槍の攻撃による傷も全て塞がっていく。

 

 

「どうした? もっと攻めないとこいつは殺せんぞ?」

 

(……で、ですが……何ですの……この、悲しい気持ちは……!!)

 

 

何故か、涙までもが出てきた。悲しい要素など何一つなかったはずなのに。

 

 

「―――っ!! だったら、そのアーマーを引っぺがしてやる!! どーせその下には弱点でも隠してんだろっ!!?」

 

 

ならばと、今度はブランが飛び出した。

狙うは胸を覆い隠すアーマー。裸体に近い巨人がわざわざ覆い隠している部分は顔と胸。

隠すのは弱点であるから。ならばそれを曝け出し、弱点を突けばいい。

ブランのパワーならそれが出来る。華麗なステップで懐に潜り込み、巨大なアックスを振り上げ―――。

 

 

 

「でやあああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 

 

その一撃でアーマーを引き剥がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その瞬間。彼女達の時は、止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのアーマーの下には――――見覚えのある、「機械の心臓」が埋め込まれていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え………ど、どうして……“それ”、が……?」

 

 

 

 

 

 

この巨体に見合わぬほど小さな機械の心臓。サイズはまさに「人間のものとほぼ同一」。

何よりも、その形はネプテューヌらの記憶にあるものと酷似―――いや、全く同じだった。

何故、あの巨人が“彼”と同じ機械の心臓を持っているのか。嫌な点と点が繋がれ、嫌な線が浮かび上がる。

それにつれて恐怖が、爆発しそうになる。

 

 

 

 

 

「………これが答えだ、女神共」

 

 

 

 

マジェコンヌが杖を掲げる。その先に埋め込まれた機械が光り出した。

すると巨人の鉄仮面が煙を上げて剥がれ落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

「………う、そ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そこにあったのは、今最も会いたかった顔。だが、ノワールは悲しみで震える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あ、ああぁ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして今、最も会いたくない顔に、ブランが恐怖した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんな……そんな……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ベールが、恐怖で口元を覆う。そこにあった顔、それは―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………は…………く………と…………………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネプテューヌが、その名を呟いた。

皮膚の色こそ緑色に変わってしまっているが、紛れもないあの少年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女達が愛してやまない存在―――黒原白斗だった。

 

 

 

「おにい……ちゃん………?」

 

「嘘……なん、で……ど、して……」

 

 

ネプギアとユニは、あの威勢の良さもすっかり投げ捨てて恐怖に震える。

倒すべきモンスターだと思い、武器を向けていた存在。それが何を隠そう、愛する人だったのだから。

 

 

「い、いや………いやぁあああああああああああああ!!!」

 

「お兄ちゃんと……戦う、の……? そんなの、いや……いやだよぉ!!!」

 

 

ロムとラムも、敵前だというのに泣き出してしまった。

だが決してそれを責める者などいない。ノワールも、ブランも、ベールも。ネプギアも、ユニも、そして―――ネプテューヌも恐怖で涙を流していた。

先程まで傷つけていた存在が、愛する人だったなんて―――。

 

 

 

 

 

「ふっはははははは!! そうだ、それが見たかったのだ女神共!! お前達は自らの手で愛する者を傷つけた!! そして殺さなくてはならない!!! 全く以て愚かで、滑稽で、無様だなぁ!!? ははははははははははははははははははははァ!!!!!」

 

 

 

一気に絶望に追いやられる女神達の姿に愉悦するマジェコンヌ。

けれども、そんな魔女の声すら女神達には届いていなかった。

目の前に聳える、愛する人の変わり果てた姿にただただ、絶望していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「白、斗………そんな………あ、あぁああ…………あああああぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

ネプテューヌが膝を折り、武器を落とした。

愛する人をこれ以上傷つけることなど、彼女には出来なかった。だがそれ以上に、こんなにも変わり果ててしまった白斗をどうすればいいのか。

元に、戻せないのか。―――そんな絶望が、頭を過った瞬間。ネプテューヌは、女神達は、泣き叫ぶことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――これが絶望、そして“絶暴”だ。 女神共」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――今、女神達に最大にして最悪の戦いが幕を開けたのだった。




大変お待たせしました。そして長くなって申し訳ありませんでした。
巨大なモンスターと化してしまった白斗の姿に女神達は絶望し、更には多数のアンチモンスターとマジェコンヌが襲い掛かる。
果たして女神達の、そして白斗の運命は……。次回、決着。お楽しみに。
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第四十話 Will Be Venus

「―――これが絶望、そして“絶暴”だ。 女神共」

 

 

勝利を確信したかのような不敵な笑みを浮かべるマジェコンヌ。

だが、事実女神達は絶望に屈していた。

必死に助けたいと願い、そして何よりも愛していた少年、黒原白斗。

 

 

 

 

彼は今―――巨人のようなモンスターとなって、ネプテューヌ達の前に立ちはだかっていた。

 

 

 

「そ、んな……それ、じゃ……わた、私……い、や……イヤアアアアアアアアアア!!?」

 

「白ちゃんを……この……手で……っ!? あ……あぁああぁ……!!」

 

 

正体を知らずして、白斗に攻撃してしまったノワールとベールが絶望に囚われた。

手は震え、呼吸は乱れ、涙は流れる。

今になって鮮明に蘇る、愛する人の肉を切り裂き、穿ったその感触。女神化した姿であるにも関わらず、最早その取り乱しぶりはただの少女同然だった。

 

 

「さぁ、女神共。 愛しい小僧をこれ以上傷つけることが出来るか? まだ戦えるのか?」

 

「………あ、ああぁぁあ………」

 

「そん、なの……無理………無理だよぉ………」

 

 

ブランも恐怖の余りアックスを手放してしまう。そして、膝をついていたネプテューヌはただ絶望した表情で見上げることしか出来なかった。

四女神だけではない、ようやく女神化出来るようになった女神候補生達も。

 

 

「クックック……いい顔だ。 その顔、もっと歪めてやろう……やれ!!」

 

「ヴグォオオオオオオオオ!!?」

 

 

マジェコンヌが杖を掲げる。

するとその先端がまた光り出し、白斗へと降り注いだ。それが合図であったかのように巨人となった白斗は苦しむような声と共にその剛腕を振り上げ。

 

 

「ヴ……ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

「「「「きゃあああああああああああああああああああ!!!?」」」」」

 

 

地面へと、叩きつけた。

その拳は直接彼女達には触れてはいない。けれども叩きつけられた地面から衝撃波が膨れ上がり、女神達を盛大に吹き飛ばしたのだ。

これ程のパワーはブランでもそう簡単には出せない。吹き飛ばされた体を起こすと、大地が叩き割れられているという壮絶な光景を目の当たりにする。

 

 

「クックック……素晴らしいパワーだ。 さしもの女神も、こいつの一撃を受ければカエルのようにペシャンコ……お茶の間にお見せ出来ない光景になりそうだなぁ!?」

 

「ぅ………はく、と……」

 

 

パワーだけなら女神をも圧倒する力。何より、白斗は自らの意思で女神を傷つけるようなことは絶対にしなかった。

けれども彼は今、攻撃した。もう人間としての意識など残っていないのかとネプテューヌは更に絶望へと叩き落されたような声を上げる。

今も尚、苦しみに呻いている白斗の顔を、救うことが出来ずに―――。

 

 

『皆さん、諦めないでくださいっ!!』

 

 

そこに必死になって呼びかける声。

女神達の目の前に浮かぶディスプレイ、そこに映されていたのはイストワールだった。

彼女の言葉に女神達が一瞬だけ希望を取り戻す。女神補佐として悠久の時を生きている彼女なら、この状況を打開できる知識があるかもしれない。

しかし、尚もマジェコンヌはそれをあざ笑う。

 

 

「プラネテューヌの教祖だな? やめておけ、絶望は最早慈悲だ。 これ以上余計な希望を持たせ、絶望させるのは酷と言うものだぞ」

 

『そんなことはありません!! 貴女が先日、モンスター化事件の犯人なら……そのカラクリは“絶暴草”にあるはずです!!』

 

「……ほう、さすがは生きた化石。 よくご存じだ」

 

 

イストワールは見抜いていた。マジェコンヌの暗躍と合わせて、白斗が一体何をされたのかを。

一方のマジェコンヌも否定するつもりは無いらしい。

 

 

「いーすんさん……! その絶暴草って何ですか!?」

 

『ゲイムギョウ界に生えていると言われる禁忌の薬草です。 服用者の心の傷に反応して、その苦しみから逃れるための力を与えると言われています』

 

「その通り。 絶望の末に暴走する薬草……だから絶暴草なのだ」

 

 

ありとあらゆる陰気な意味を込めた薬草、それが「絶暴草」。

どうやら白斗はそれを投与させられたらしいのだ。

 

 

「それで白斗をモンスターに……!? だとしたら、どれだけブチ込まれたんだ!?」

 

「こんな姿になるまで、薬物投与なんて……!!」

 

「……絶対に、許しませんわっ……!!」

 

 

これだけの姿、そしてパワー。それが薬物投与によるものだと知るや否や、ブランとノワール、そしてベールも今度は怒りを込めて立ち上がる。

 

 

「確かに大量の絶暴草を投与したらしいが……これは貴様らの所為でもあるのだぞ?」

 

「どういう……ことよっ!?」

 

 

だが、この白斗の姿が女神達の所為だと宣うマジェコンヌ。

そんな彼女に苛立ちしか感じず、ユニがブラスターの銃口を差し向ける。何かのきっかけさえあれば、今すぐにでも眉間に風穴を開けられるほどに引き金に掛かっている指は、限界寸前を迎えている。

 

 

「言ったはずだ……これは絶望の末に暴走する薬草だと……なぁ? イストワールとやら」

 

『…………………』

 

「いー……すん………?」

 

 

どうやら、イストワールは図星らしい。

答えることを躊躇っている様子だが、ネプテューヌからの呼びかけに応じ、ようやっと口を開いた。

 

 

『……絶暴草は大量投与されても効果自体は変わりません。 情緒不安定などの副作用も引き起こしますが……変わるのは効果の持続時間だけなのです』

 

「え……?」

 

『普通は五分も保てばいい方です。 それを超えて尚モンスター化しているということは、それだけ常軌を逸する量を投与されたということ……ですが、問題はそこではありません』

 

 

効果の持続時間、確かにそれも厄介だが大量投与だけではあそこのまでの力と姿は手に入らないという。

ならば、あの常軌を逸するパワーは一体何なのか。

 

 

『……絶暴草は、服用した人間の絶望に応じて力を与える薬草………つまり、その人が抱える絶望が深ければ深いほど……効力を齎します』

 

「絶望……って、ことは……!?」

 

『はい……白斗さんは、それだけ深い絶望をずっと抱えていたことになります……! ですが、女神様をも圧倒できるほどだなんて……一体、どれだけ苦しい思いを……!?』

 

 

ネプテューヌが見上げた。あの苦し気な表情は、モンスター化した影響などではなく、自分の絶望に苦しめられているということに。

そしてそれだけの絶望を―――今の今まで、ネプテューヌ達と過ごしている間も、ずっと抱えていたということに、ようやく気付いてしまった。

 

 

「そうだ。 ……時間だけはあったのだ、貴様らが少しでもこの小僧の絶望を理解していればこんなことにならずに済んだのになぁ?」

 

「あ……あぁ……そん、な……!!」

 

 

―――そうだ、思い返せば白斗は時折辛そうにしていた。

過去に何かあったのだと誰もが分かってはいた。深追いしなかったのは、彼を傷つけたくなかったからだと、そう言い訳していたのかもしれない。

本当は向き合ってあげるべきだったと悟った時、女神達は屈し―――。

 

 

『で、ですが!! まだ可能性はあります!!!』

 

「ほう、可能性だと? ない希望に縋るつもりか?」

 

『薬草である以上、それに対抗するための特効薬もあるはずです! 絶対に私が探し出して見せます! ですから皆さんはアンチモンスター、そしてマジェコンヌを倒しつつ白斗さんを押さえてください!! 傷つける必要なんてありません!!!』

 

 

そんなイストワールの言葉に、僅かにだが瞳に光を取り戻した女神達。

薬物に寄って狂わされているのなら、その薬物を除去してしまえばいい。このゲイムギョウ界にならば、きっとそれが存在する。

それが唯一の希望だと信じて。

 

 

「……そう、だよ……お兄ちゃんを助け、なきゃ……!!」

 

「そのために……女神に、なったんだから……!」

 

「……もう、泣かない……! そして、諦めない……!!」

 

「お兄ちゃん……待ってて……! 今、助けるから……!」

 

 

真っ先に立ち上がったのは、女神候補生達だった。

今までは姉や兄に守られているだけの彼女達ではない。寧ろその逆、愛する人を守るために戦う、立派な女神の姿だった。

 

 

「……そう、ですわ……! ここで愛する人を守れずして……何が、女神ですの……何が女、ですかっ……!!」

 

「ええ……ユニ達が、頑張るってのに……私達がやらない、なんて……!!」

 

「……それこそ、白斗の傍に居る資格……ねぇじゃねぇか!!」

 

 

そんな妹達の姿に触発されて、守護女神達も立ち上がる。

衝撃波だけで体は引きちぎれそうなほどの激痛を受けている。だが、引きちぎれている場合などではない。

白斗はもっと苦しい思いをしているのだ。ならば音を上げている場合などではない。

守護女神として、何よりも女として―――。

 

 

 

「……私、だって………白斗のためにっ!!!」

 

 

 

ネプテューヌも、痛みや悲しみを堪え、愛刀を握り直した。

いつものおふざけな雰囲気など微塵もない。白斗の―――愛する人のために全てを賭す、少女がそこにあった。

 

 

「ふふ……さて、本当にこの小僧を救えるのかな……? お前達も殺れ!!!」

 

『『『『『グゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』』』』』

 

 

今まで待機していたアンチモンスターが盛大な雄たけびを上げる。

女神を倒すためだけに生み出された魔物達にとって、女神と戦えないのは死よりも辛い苦痛だった。

けれども女神達は怯みはしない。己が武器と想いを手に、モンスター達に、マジェコンヌに、そして白斗に立ち向かっていく―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その頃、プラネタワー内ではもう一つの戦いが幕を開けていた。

 

 

 

「お願いします、皆さん!! 急いで絶暴草並びにそれの関連資料を!!」

 

「「「「はいっ!!」」」」

 

 

 

科学技術の粋を集めた国、プラネテューヌ。

その中心であるプラネタワー内ともなれば、その存在そのものが究極のスパコンとも言える。

更にはその心臓部とも言える情報室内に、五人の少女が駆け込んでいた。

ツネミ、5pb.、コンパとアイエフ、そして教祖イストワール。

 

 

「早く……早く白斗君を元に戻してあげないと……!!」

 

「白斗さん……絶対に、助けて見せますからっ!!」

 

 

5pb.とツネミが早速近くの席に座り、供えられたパソコンで情報検索を始める。

プラネテューヌ内全ての情報が詰められたこの部屋は、最高機密と言ってもいい。そんな重要な部屋に少女達を招き入れたのは、必要だからである。

白斗を救い出すための情報を得るために、人手はどうしても必要だったのだ。

 

 

「絶暴草……どこの病院でも扱ってない情報みたいですぅ……」

 

「だったら現代の情報ではなく、古代の情報で検索を掛けてみましょう」

 

「それがよさそうですね……白斗、お願い……もう少しの我慢だから……!!」

 

 

絶暴草―――その単語を口にする度、耳にする度、通信で入ってきたあの悲痛な光景が蘇る。

白斗の変わり果てた姿に、一度はアイエフ達も気を失いかねないほどの絶望を覚えた。

だが、イストワールの呼びかけで辛うじてだが意識を繋ぎ止め、絶暴草への対抗手段を探すことを提案したのだ。

 

 

「そもそもイストワール様はご存じないんですか!?」

 

「過去の女神様が、その情報を伝えてくれただけで私自身は目の当たりにしたことがありません。 そもそも効果が効果なので絶暴草自体が禁忌になり、歴史の闇に葬られるようになりました」

 

 

名を広く知らしめればそれに手を伸ばしてしまう輩が出てきてしまう。

それを防ぐため、敢えて存在そのものを闇に葬られたらしい。

 

 

「ただ、情報はどこかに記録されていると思います。 それを探しましょう」

 

「なんでイストワールさん自身は覚えてないんです?」

 

「過去数万年ともなる情報を記憶するとキャパオーバーとなってしまうので……」

 

 

どうやらそこからが彼女の口癖である「三日かかりますよ?」の起源らしい。確かに数万年にも及ぶデータを検索するには相応の時間が必要なのだろう。

中には、イストワール自身が生まれる前の情報になるのかも知れない。

だが、今は三日も掛けている場合ではない。一刻も早く絶暴草に関する情報が必要なのだ。

 

 

「……ありました! 絶暴草の情報! 科学者さんの論文データみたいですけど……」

 

「ほ、本当ですか!? 見せてください!!」

 

 

すると論文に絞って検索を掛けていたらしい、ツネミがとある論文を見つけてきた。

タイトルは「精神作用の薬物」について。薬学を専攻する研究者が纏めたものらしい。

鬱病治療や、麻薬対策などのためにモルモットを使ってどんな作用が起こるか、その作用の原因などが事細かに記されている。

その中に―――あった。「絶暴草」を用いた実験について。

 

 

「……ストレスを与えたスライヌに対して投与するとどうなるか、という実験ですね」

 

「酷い……でも白斗君のため、今は我慢……!」

 

 

実験には必ず被験体が存在する。その実験に選ばれたのは非力で尚且つ死んでも文句を言われないモンスター、スライヌ。

勿論、薬物を投与することになる上に絶暴草ともなれば悲惨な結末しか見えず、5pb.も嫌悪感を露にするが今は白斗のために堪えることにした。

 

 

「……! ありました、絶暴草の効力を抑制するための成分!」

 

「本当ですか!? どんな薬品を!?」

 

「いえ、薬品ではなくこれもとある薬草を使ったものらしいのですが……でも薬草ともなれば、それを探し出して投与できれば白斗さんを元に戻せるかもしれません!」

 

 

一気に希望が見えてきた。

この科学者でも見つけられたともなれば現存するものに違いない。例え草の根を掻き分けてでも、必ず見つけ出すという覚悟が少女達にはある。

 

 

「それでイストワール様! どんな薬草を探せば!?」

 

「薬草……ああ、この花ですか。 これはかなり貴重な花ですが、自生地は確か……え?」

 

 

―――だが、その薬草の在処を探った途端。一気に絶望へと叩き落されることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあああああぁぁぁぁっ!!!」

 

 

―――バーチャフォレストの奥深く。

そこでネプテューヌが鋭い掛け声とともに放った一閃が、アンチモンスターの体を切り裂いた。

女神の攻撃が効きづらいアンチモンスターも女神化を解けば攻撃が通りやすくなる。

 

 

「だが、プラネテューヌの女神一人でアンチモンスター全てを退治できるものか!」

 

「これくらい……なんてことないっ!! 白斗はもっと! 苦しい思いをしたんだから!!」

 

 

アンチモンスター討伐で盛大な成果を上げているのは女神化が出来ないネプテューヌだった。

今の彼女は白斗を救うため、どんな苦しみだろうと乗り越えていく覚悟がある

だが、彼女だけが討伐しているわけではない。

 

 

「そうです!! 私だって、お兄ちゃんのために!! ミラージュ・ダンス!!」

 

「ギャアオォォォオオオオオ!!?」

 

 

ネプギアが刃を振るう。

華麗な剣舞はアンチモンスターの体を滅多切りにしていった。

やがて受けきれなくなったのか、アンチモンスターはついに倒れ、消滅する。

 

 

「馬鹿め!! そうやって突っ込んでいく辺りはやはり半人前だな!!?」

 

「させない!! アイスキューブ!!」

 

 

前に出過ぎてしまったネプギアを仕留めようとマジェコンヌがウルフのようなアンチモンスターに指令を下すべく杖を掲げた。

その指示に従い、アンチモンスターはその鋭き牙をネプギアに突き立てようと襲い掛かってくる。が、その横顔に幾つもの立方体の氷塊が襲い掛かった。

ロムが放ったものだ。

 

 

「ロムちゃんナイス!! そのまま凍りなさい!! アイスコフィン!!」

 

「グア………!!?」

 

 

更に崩れ切ったその態勢から、氷の中に閉じ込められる。ラムが放った魔法だ。

氷は予想以上に頑強らしく、そもそも体温自体を下げられてはさすがのアンチモンスターと言えども動きが鈍る。

 

 

「そこよっ!! ブレイブカノン!!」

 

「オ、ァァァアアアアアア………!!」

 

 

動きが完全に止められたその隙を逃さず、ユニが飛びあがった。

巨大な銃口から放たれる光線が、アンチモンスターの頭部を消し去る。頭が千切れて生きていられる生物などいない、アンチモンスターはそのまま消滅した。

女神候補生らによる見事な連携が、少しずつだが敵勢力を削っている。

 

 

「チッ……小僧!! やれ!!」

 

「グ……ゥ、ァ、ァアアアアアアアアアアア!!!」

 

「「「「きゃああああああああああああっ!!?」」」」

 

 

そこへ襲い掛かる、白斗の剛腕。

地面に叩きつけられるだけで広がる衝撃波が、女神達を薙ぎ払った。

ブランですら受けきれないその力を他の女神達が耐えきれるはずもなく、全員が地面を転がる。

 

 

「ヴァ……ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

「う、ううっ……!! ……く、白斗……!!」

 

「クソッ、やっぱ……止まってくれねぇ、か!!」

 

「あのパワーも厄介ですけれど……それ以上に、自分自身に苦しんでいますわ……!! 早く何とかしなれば!!」

 

 

マジェコンヌから与えられた指令に応じ、苦しみの末に拳を振るう白斗。

普段の技術もへったくれもない動きだが、その動き一つ一つが凄まじい威力の衝撃波を生み出している。

言うなれば歩く暴風雨。だが、それを振るう度に白斗は苦しみの悲鳴を上げていた。

女神達の焦りも顕著になる。

 

 

「み、皆さん……聞いて、くだ……さい!!」

 

「ネプ……ギア……?」

 

 

まだ地面を這いつくばっていたネプギア、その声に反応したネプテューヌが顔を上げる。

女神化が未だにできないネプテューヌのダメージはかなりのものだが、ネプギアはまだ戦えると言った様子で語り掛けてきた。

 

 

「あの、マジェコンヌが持ってる杖……多分あれがアンチモンスターを……そして、お兄ちゃんを操ってるコントローラーです!!」

 

 

全員がハッとなって、今までを思い返した。

思えば白斗は自ら攻撃することは無い。攻撃する時は、必ずマジェコンヌが命令と共に杖を掲げ、そこから発せられた光を受けて攻撃しているのだ。

ネプギアの言う通り、あれが白斗を操っていると考える方が妥当だろう。

 

 

「と、いうことは……! あの杖を壊したら、白兄ぃは助かるの……!?」

 

「モンスター化はともかく、少なくとも自分から攻撃を仕掛けてこないはず……!」

 

「なら、真っ先に狙うは……あのクソババア、だなっ!!」

 

 

白斗の動きを止められるのならば、十分に狙う価値はある。

真っ先に立ち上がったブランが目の前に光の塊を生み出し―――。

 

 

「ぶっ飛べクソババア!! ゲフェーアリヒシュテルン!!」

 

 

その光の弾を、アックスで撃ち飛ばした。

ブランのパワーが乗せられて迫る光、それを魔女は。

 

 

「チィッ!! 小僧、私を守れっ!!!」

 

「なッ……!?」

 

 

白斗に指令を与え、白斗の剛腕が盾となった。

光の塊は白斗の腕に突き刺さり、弾け飛ばす。だが次の瞬間からは再生が始まっている。

煙を上げていく腕にブランは、愛する人を傷つけてしまった罪悪感で胸が苦しむ。

 

 

「ふぅ……やはり女神は残酷だな、愛する者を平気で攻撃するとは……」

 

「ッ!! アンタがっ!! アンタがお兄ちゃんにさせてるんでしょっ!!!」

 

「だとしても貴様らが傷つけていることに変わりあるまい!!」

 

「……絶対に、許さない……っ!!」

 

 

女神の心を徹底的に破壊しようとマジェコンヌが非道な言葉を言葉を投げかける。

その言葉に今、初めて怒りを感じているホワイトシスターが揃って魔女を睨みつけた。

一方の白斗は、更に苦しみの悲鳴を上げている。

 

 

「グ、ヴ………ゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

「っ……!! 白斗………もうやめてぇ!!!」

 

「やめるな小僧!! ここでやめれば、あの男にもっと酷いようにされるのだぞ!?」

 

「ヴ、ォ、ア………アアアアァァアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

余りにも苦し気なその姿に居ても立っても居られなくて、ネプテューヌが悲痛な声を上げた。

けれども、マジェコンヌの一言が煽る恐怖でそれが掻き消されてしまったかのように、白斗は暴れ狂っている。

 

 

「酷いことをしてるのはアンタでしょ!!? もういい加減白斗を解放しなさいよッ!!!」

 

「なら何故この小僧の絶望を理解してやれなかった!!? 貴様らが近くに居ながら、こいつの過去と向き合おうとしなかった!!? それが出来ぬ女神の方が酷いではないか!!」

 

「………ッ!!」

 

 

激昂するノワール、しかしマジェコンヌの一言で歯軋りを隠せなくなってしまう。

今はそんな挑発に乗っている場合ではない、頭では理解できても―――どうしても心が、悲鳴を上げずにはいられない。

あの楽しかった時間、それを少しでも白斗のために費やしていれば結果は違っていたのだろうかと。

 

 

 

(………白斗………っ! 助けてあげられなくて……ごめん、ごめんねっ……!!)

 

 

 

特に一番彼の近くにいたネプテューヌの後悔は深まるばかりだ。

思い当たる節自体は幾らでもあったのに、声を掛けようと思ったことだって何度もあったのに、それをしてこなかった。

白斗に対する罪悪感、自分に対する怒り。それらがネプテューヌの心を掻き乱す。

 

 

「っ!! お姉ちゃん、後ろっ!!」

 

「え………きゃああぁぁぁぁっ!!?」

 

 

だが、その懺悔が命取りとなった。

背後から迫ってくるアンチモンスターに気を配れなかったのだ。ネプギアの叫びも遅く、モンスターの振り下ろされた一撃がネプテューヌの背中を打ち、彼女を盛大に転ばせる。

 

 

「「「ネプテューヌっ!!?」」」

 

「う……げほ、ごほっ……………、っ……!?」

 

 

女神達が思わず声を上げてしまう。

痛みと苦しみでネプテューヌは上手く立ち上がれず、呼吸も困難になった。だがそこへ近づく足音と衝撃、そして大きな影。

寒気を感じ、痛みも忘れて顔を上げるとそこには―――。

 

 

 

「はく、と…………」

 

 

 

モンスター化した白斗が、迫っていた。相も変わらず―――いや、より苦しそうな顔をしてネプテューヌの前に立っていた。

その拳は既に握り締められていて。

 

 

「いい機会だ、小僧!! その女神……いや小娘をその手で潰してやれ!! そうすれば貴様の留飲も多少は下がるだろうなぁ!!?」

 

 

白斗が、彼女に―――ネプテューヌに不快感を覚えているというのか。

でも、思い当たる節だらけだ。こんなにも守ってもらったのに、助けてくれたのに、白斗には何一つしてやれなくて。

―――知らずの内に怒りを覚えていても、寧ろ当然というものだ。

 

 

 

(……私が、死んじゃったら……白斗の気も………少しは晴れる、のかな……?)

 

 

 

ネプテューヌは回避も防御もしない。呆然と、白斗が振り上げる剛腕をただ見つめていた。

ネプギアが、ノワールが、女神達が悲鳴を上げる。急いでネプテューヌを助けようとしているが、アンチモンスターに阻まれてしまっている。

更には彼女にトドメを刺そうと鳥型のアンチモンスターが二体、ネプテューヌの下へと迫っていた。

―――もう、逃げ場はない。逃げようともしない。

 

 

 

「終わりだあああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

 

マジェコンヌの一言と共に、白斗が剛腕を振り下ろした。

ゴウ、と風を無理矢理突っ切るその一撃は受ければ女神と言えども跡形も残らない。

全てを砕くその剛腕を、ネプテューヌは見つめていた。

―――ゆっくりとすら感じられる、腕が届くまでの刹那の時間。ネプテューヌは涙ながらに微笑み。

 

 

 

 

 

 

「……白斗、最後まで苦しい思いをさせてゴメンね……。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………でも……大好き、だよ―――」

 

 

 

 

 

 

―――聞こえるか聞こえないかの声で告げられた想い、それは衝撃波と共に広がった轟音に、ネプテューヌ諸共飲み込まれていった。

 

 

 

「お、ねえ、ちゃん………お姉ちゃああああああああああああああああああああん!!?」

 

 

 

衝撃波によって巻き起こる砂塵、そしてその中に消えていったネプテューヌ。突然の悲劇に、ネプギアは泣き叫んだ。

大好きな兄と、大好きな姉が失われた絶望が一気に襲い掛かり、彼女から立ち上がる力を奪い去る。

女神達も現実を受け入れられず、呆けている。

 

 

「……クッ、ククク……アーッハッハッハッハ!! よくやったぞ小僧、これであの男も満足するだろう……さぁ、残る女神共もその手で………―――っ!!?」

 

 

―――マジェコンヌの高笑いは止まった。

やがて晴れ行く砂煙の中、確かに見たのだ。白斗の剛腕は振り下ろされている。そして、砕いている。

大地を、その下敷きになっている―――二体のアンチモンスターを。

 

 

「………は……く……と………?」

 

 

ネプテューヌは、無事だった。

白斗の腕の間でただ座り込み、悲しみに染まっている白斗の顔を見つめていた。

間違いない。彼は、マジェコンヌの命令を振り払い、ネプテューヌをアンチモンスターから守ったのだ。

苦しそうに唸る白斗の顔。彼は、自らの顔を近づけて。

 

 

 

 

 

 

「………ネ、プ……テュ………………ヌ…………」

 

 

 

 

 

―――苦しみの中、微かにその名を呼んだ。

 

 

「は……白斗っ!? ………元に戻っ―――白斗!!?」

 

「グ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?」

 

 

しっかりと彼女の目を見て、彼女の名を呼んだ白斗。

意識が戻った―――ネプテューヌが手を伸ばそうとした時、白斗の機械の心臓から突然電流が溢れ出し、白斗が苦しみだした。

口からはこの世のものとは思えない悲鳴、目からは滝のような涙を流す白斗。

 

 

「小僧ッ、あれほど言っただろう!? 私の命令に背くようなことがあれば心臓から電流が流れると!! 貴様、あの男の仕掛けた玩具で死ぬつもりか!!?」

 

 

どうやら、白斗がマジェコンヌに逆らえないカラクリの仕組みらしい。

命令に背く度に死ぬほどの電流を浴びせられ続けたら、嫌でも従うしかない。

一瞬、そう言い聞かせるマジェコンヌの言葉に妙な“心配”を感じたが、すぐにどうでもよくなった。

今も電流を浴び続ける白斗は、アンチモンスターへと近寄ると―――。

 

 

「グォオオオオ!! オオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

「「「「「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?」」」」」

 

 

本来、今の彼にとって味方側であるはずのアンチモンスターを次々と滅多打ちにし始めた。

剛腕で砕き、剛腕でへし折り、剛腕で引きちぎる。

恐ろしくもあった光景だが、ネプテューヌ達にはそれが違って見えた。

 

 

「白斗……まさか、私達を………」

 

「助けようと、してくれてるの……!? お兄ちゃん!!」

 

 

ネプギアからの呼びかけには応じない。いや、応じれない。

当然こんな行動がマジェコンヌの意にそぐうわけもなく、白斗の心臓からはどす黒い電流が未だに迸っていた。

それでも白斗は叫びながらアンチモンスターを屠り続ける。

 

 

「ええい、やめんか!! クソッ、アレを使うしかないのか………!!?」

 

 

このままでは優秀な手駒であるアンチモンスターが全て倒される。

そうなれば戦況は女神達の優位に傾いてしまう。それだけは避けたいとマジェコンヌは己が握る杖を見つめた。

その先に仕込まれた機械、それによってある命令を下すことが出来る―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――いいか、マジェコンヌ。 万が一の場合はこの小僧の心臓を自爆させろ』

 

『は? 自爆……だと……?』

 

 

この作戦に出撃する前、黒原才蔵から告げられたその一言。

渡された杖を眺めていると、自爆などと言う物騒な言葉が飛んできた。さすがのマジェコンヌも目を白黒させる。

 

 

『ああ、このガキの心臓に爆弾を仕込んでおいた。 いざとなれば半径50メートルを巻き込む大爆発を引き起こせられるように、なぁ?』

 

『……仮にも貴様の息子だろう。 いいのか、それで』

 

『親を裏切ったクズなど息子ではない! そんな最低な奴には最低な死に様がお似合いだ』

 

(……そっくりそのまま貴様に返ってきそうだがな)

 

 

一体何度この男に嘆息すればいいのだろうか。

だが、それも今日限りだ。マジェコンヌとワレチューは決めている。例え成功しようが失敗しようが、この男に戻るつもりはもうないと。

 

 

『そういう訳だ。 これで貴様の望みも叶う、私はこの研究データで引き続き香澄の再生実験を行える……素晴らしい助け合いではないか』

 

『…………ああ、そうだな』

 

 

元よりこれが上辺だけでしかないことは、互いが承知している。

黒原才蔵という男は娘である香澄の再生のためだけに全てを費やしてきた。これまでのモンスターを生み出す実験も、娘のための肉体づくりだという。

マジェコンヌも確かにアンチモンスターというこれ以上ない戦力を手に入れられた。もう、互いに気にすることではないだろう。

 

 

 

『しっかしこれはこれでワシの慈悲なのかもしれんな……白斗は幸せだろう、死ぬ時は女神と一緒なのだからな……クヒャーッヒャッハッヒャッヒャァ!!!』

 

 

 

そんな下卑た笑い声が、今もマジェコンヌの脳内にこびりついていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………」

 

 

マジェコンヌは考えていた。

この杖を掲げ、コマンドを下せば白斗の心臓は爆発する。爆発の範囲からして少なくとも四女神は巻き込めるだろう。自身に被害はない。

そして、魔女は―――。

 

 

 

「………好きにしろ」

 

 

 

白斗の行動を、見逃した。

電流までは解除されなかったが、白斗の行動を特に止めるようなこともしない。

まるで暴風雨のように暴れ狂う白斗は、やがて全てのアンチモンスターを撃滅させたのであった。

 

 

「ふん、アンチモンスターが全て死んだか……だが随分お疲れのようだな、女神共?」

 

「……マジェ、コンヌ……!」

 

 

女神達からすれば、知る由もない。ただ、この魔女が許し難い存在であることだけは確か。

マジェコンヌもまた、女神達に対する敵意を解いてはいない。寧ろ増している。

 

 

「些細な戯れもここまでだ。 無力な女神共よ……ここで果てるがいい!!」

 

「黙りなさい!! 早く……早く白兄ぃを返しなさいよッ!!!」

 

「ならば貴様らがさっさと死ねばいいだけだ。 それに返したところで、こいつの絶望を理解してやれなかった無力な女神に、この小僧は救えぬ!!」

 

 

ユニの言葉に耳を貸さず、マジェコンヌが睨み付ける。

一暴れし終えた白斗も、また意識が絶望草に飲み込まれてしまったのかマジェコンヌの下に戻ってしまっている。

今の彼はとにかく心が苦しい状態なのだ。そして投与されたという「絶暴草」をどうにかしない限り―――。

 

 

 

『皆さん、大変お待たせしました!!』

 

 

 

そこへ割り込んできた、待ちに待った声。イストワールだ。

緊急用の回線を開けば、彼女の顔でディスプレイいっぱいになって映し出される。

 

 

『白斗さんを救う方法が見つかりました!!』

 

「いーすん!! それホント!!?」

 

『はい、絶暴草を打ち消す薬草がありました! それを摂取させれば解決します!!』

 

「なるほど……目には目を、薬草には薬草をというワケですわね!! それでどんな薬草を探せばいいんですの!?」

 

 

しかも、白斗を救うための薬草が分かったというのだ。

これを聞いて希望を抱かずにはいられるだろうか。

ベールも愛槍を握る力を込め、今までよりもしっかりとその切っ先を向けていた。だが問題は探すべき薬草が何なのかだ。

 

 

『はい、それは“希望の花・フリージア”です!!』

 

「ねぷっ!? 何なのその名前!? 団長が死んじゃったりしない!!?」

 

『死にません。 他の世界でも咲いている花らしいのですが、このゲイムギョウ界に咲くフリージアは特別で絶暴草を打ち消すことが出来る薬草でもあるのです!!』

 

 

我々の世界に咲くフリージアと、この世界のフリージアが違う辺りさすがはゲイムギョウ界だろうか。

兎にも角にも、薬草の名前も判明している。これで後はそれを採取さえ出来れば、白斗を救うことが出来る。居てもたってもいられず、ノワールとブランが問いかけてきた。

 

 

「それでイストワール!! そのフリージアはどこに咲いてるの!?」

 

「私達が今すぐにでも見つけ出してやらぁ!!」

 

 

希望を見つけともなれば、先程までの重苦しい空気も吹き飛んでいる。

幾らでも武器を振るえる、幾らでも攻撃を受けられる、幾らでも飛んでいける。

そんな高揚感の中、返ってきた答えは。

 

 

『このフリージアですが、どうやらリーンボックスのノドカーナ山に生えているらしいのです』

 

「……え?」

 

 

その言葉に、真っ先に反応したのはベールだ。

だがその顔には希望はない。―――絶望が刻まれていた。

 

 

「お、お待ちください……まし……。 ノドカーナ山、は……先日、山火事に……あって……」

 

「「「「あっ!?」」」」

 

 

そう、それは三日前の事。ベールから齎された情報でもあった。

以前白斗達と共にキャンプしたノドカーナ山が、大規模な山火事にあったのだと。放火の可能性も疑われたため、白斗の心の整理も兼ねて三日前に女神達全員で近隣の山にまで向かった。

それがあの悲劇の引き金になってしまったのだ。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよ……それじゃ、そのお花は……燃え、ちゃった……ってコト……?」

 

「お兄ちゃん……助け、られない……の………?」

 

 

あの希望に湧きたつ雰囲気が、一瞬にして消し飛ばされてしまった。

ロムとラムも、思わず瞳から涙が流れてしまう。

 

 

「―――ッ!! ってことは……あの山火事はッ!!?」

 

「今頃気付いてももう遅い。 絶暴草を用いるのに、その対策もしていないとでも思ったのか」

 

 

ようやく、気づいた。気付いてしまった。

振り返ってノワールが睨み付けるが、明らかに愚か者を見るような目で見返してきたマジェコンヌ。

あの山火事も、全ては対抗策となるフリージアを焼き払うために行われたものなのだ。近隣の山を焼いたのも、念のためという意味合いもあったのだろう。

 

 

「分かったか!! 貴様らに咲く希望などありはしない!! お前達はどうやっても、小僧一人救うどころか絶望に叩き落すことしか出来ない、最低の女神共だ!!!」

 

 

女神達は茫然自失となってしまう。黙って、その言葉を受け入れていた。

一人、また一人がガクリと膝を付く。顔面蒼白で、静かに涙を流しながら。

白斗を救う手段は、もう無い――――。

 

 

 

 

 

『―――そう思っていたのでしょうね。 でも、たった一輪だけ……希望があったんですよ』

 

「……なんだと?」

 

 

 

 

すると、イストワールだけは慌てていなかった。

怪訝そうに眉を顰めるマジェコンヌ。見ようによっては得意げにも見える。

そうだ、思えばイストワールならばノドカーナ山の山火事くらい知っていたはずだ。にも拘らず、何故のこのことそれを伝えてきたのか。

―――さらにその絶望的雰囲気を切り裂くような、タイヤのスキール音がこの森の中に響き渡る。

 

 

「ネプ子ぉおおおおお――――――っ!!」

 

「ねぷねぷ!! 女神さん達!! 大丈夫ですか~~~~~!!?」

 

「あいちゃん………こんぱ………?」

 

 

それはバイクでここまで駆けつけてきた、ネプテューヌの親友。アイエフとコンパだ。

何かあった時のために待機しているといった二人が、何故ここに来ているのか。

まさに、何かあったのだろう。コンパの手には、ネプテューヌにとって見覚えのあるものが抱えられていた。

 

 

 

 

 

―――それは、白斗から贈られ、そして今日まで大切に育ててきた、名もなき一輪の花。

 

 

 

 

 

 

 

『そう、ネプテューヌさんが育てていたその花こそ………フリージアなんです!!』

 

「な、な、な………何だとォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!?」

 

 

 

 

 

 

―――咲いていた。希望の花は、今日も元気に、凛と咲いていた。

ネプテューヌが、女神達が顔を見上げる。

綺麗な紫色の花が、綺麗な花弁を咲かせて輝いていた。女神達を―――そして白斗を救うために。

 

 

「ば、馬鹿なッ!? 何故その花が……まだ咲いているッ!!?」

 

『これはあの山火事が起こる前、白斗さんがリーンボックスで見つけ、そしてネプテューヌさんのためにと思って取ってきた花……だから無事だったんですっ!!』

 

 

マジェコンヌが焦るのも無理もない。こうならないために山火事を起こしたのだから。

しかし、この花は白斗が各国へ旅行に行った際に見つけたもの。

ベールも思い返す、あの一幕。あんなさり気ないやり取りが、白斗の想いが、今―――花開いたのだ。

 

 

「こ、こんな………こんな……ご都合主義があってたまるかあああああああああああッ!!?」

 

『ご都合主義などではありません!! これは白斗さんがネプテューヌさんのためを思って贈り……ネプテューヌさんが白斗さんのためを思って育て続けてきた花!! その二人の想いが成し得た“奇跡”なんです!!!』

 

 

そう、まさに奇跡。

―――もし白斗がこの花を見つけていなかったら?もしネプテューヌがこの花の世話を怠っていたら?もし二人がこの花を気に入っていなかったら?

どれか一つでもあれば、きっとこの奇跡は無かっただろう。それだけは、確かだ。

 

 

『ネプテューヌさん。 このフリージアですが……ゲイムギョウ界では“希望”ともう一つ、花言葉をがあるのをご存じですか?』

 

「花……言葉……?」

 

『―――“あなたのために”、です』

 

 

―――それを聞いた瞬間、ネプテューヌが一筋の涙を流した。

温かな想いが、心を縛る絶望を溶かしていく。

 

 

『白斗さんは貴女のためを想ってこの花を贈ってくれました。 ……今度は、ネプテューヌさんの番です。 ネプテューヌさんが、白斗さんのためにこの花を届ける番です!!』

 

 

きっと、白斗は花言葉なんて知らなかったのだろう。

だというのに、彼があの日見つけてきた花がこんな奇跡を生み出してくれた。白斗の想いがあったから、彼を助けられる。

そして、その花を今日まで育ててきたのは他ならぬ彼女―――ネプテューヌだと知った時、彼女の中で光が巻き起こる。

 

 

 

 

(……そうだ。 白斗のために……大好きな人のために!! 私がやらなきゃ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………なるんだ、白斗のために。 私が、大好きな人の―――白斗の女神様に………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――Will Be Venus(女神になる )!!!)

 

 

 

 

 

 

 

―――温かく、優しい光がネプテューヌを包み込んだ。

この世界に流れる信仰心、シェアエネルギー。それはこのゲイムギョウ界を守るため、女神の力と源となるもの。

その光が晴れた時、一人の女神が降臨した。

 

 

 

 

「―――女神パープルハート、降臨」

 

「お、お姉ちゃん……女神化できるようになったんだね!!」

 

 

 

 

 

女神化を果たしたネプテューヌだった。

今日まで、白斗を救えなかったトラウマで女神化を恐れていた彼女が今、白斗の想いに触れ、そのトラウマを振り切って見せたのだ。

凛とした佇まい、どこまでも透き通った青い瞳、優しい紫色の髪、万人を虜にする美貌。

誰もが認める女神様だった。

 

 

「……ごめんなさい、白斗。 今までずっと、苦しい思いをさせてしまって………」

 

「グ、ゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウ…………」

 

 

仲間達に声を掛けるまでもなく、マジェコンヌを睨むでもなく、真っ先に愛する人に声を掛けた。

どこまでも真っ直ぐな瞳で見つめれば、巨人と化してしまった白斗もたじろぐ。

彼はまだ苦しそうだ。だからこそ、助け出さなければならない。

 

 

 

 

「でも、もう大丈夫よ。 ―――私が、私達が!! ずっと一緒だから!!!」

 

 

 

 

―――ウィングを展開し、戦闘態勢に入った。

白斗を救うために覚悟を決めた守護女神、パープルハートの言葉と眼差しはどこまでも真っ直ぐで、どこまでも力強い。

マジェコンヌすらも、一瞬だけ恐れ、怯んでしまった。

 

 

「―――ッ!! な、ならば……先にその花を焼き尽くすまでだッ!!」

 

「きゃ……!?」

 

 

こうなれば、マジェコンヌのやることなど一つしかない。

白斗を元に戻し得るフリージアを排除する、そのために杖を掲げ、光弾を打ち出した。それを抱えているのはコンパ、そしてアイエフ。

当然彼女達が攻撃の標的となり―――。

 

 

「させないわ!! でやああああああああああああああああああああっ!!!」

 

「なッ……!?」

 

 

パープルハートの一閃が、光弾を切り裂いた。

分かたれた光弾は二人にも、フリージアにも当たることなく飛び続け、遥か後方で大爆発を起こす。

あの日、もしシェアエネルギーが万全ならこうなっていた。白斗を助けられた。

後悔もあるが、確信もある。―――今なら、白斗を助けられると。

 

 

「……こんぱ、あいちゃん。 本当にありがとう。 後は任せて頂戴」

 

「―――ええ!! 白斗の事、頼んだわよネプ子!!」

 

「今のねぷねぷなら大丈夫です! だから……お願いするです!!」

 

 

二人からの激励、そしてコンパからフリージアの花を受け取る。

今日まで咲いてくれて、本当にありがとう―――。多大な感謝と、少しばかりの惜別を込めて、ネプテューヌは鉢植えからフリージアの花を引き抜いた。

 

 

「ふん!! 例えフリージアの花が渡ろうとも、それだけで本当にこの小僧を救えると思っているのか!?」

 

「………どういうことかしら?」

 

「そのフリージアを1とするなら……この小僧に投与された絶暴草の量は100!! 圧倒的に量が足りないのだ!! それで救えるわけがないだろう!!!」

 

 

なるほど、確かにその通りかもしれない。

量だけならば、たった一本のフリージアではどうすることも出来ないかもしれない。

突き付けられたその事実に、女神達は押し黙りそうになってしまう。―――ネプテューヌを除いては。

 

 

「―――でも、希望はあるわ」

 

「何だと……!?」

 

「白斗をあんな姿に変えているのは彼の心の中に絶望があるから。 例え一瞬だけでもいい、フリージアの効力が効いている間に……絶望を打ち消せばいい!!」

 

 

力強き女神の言葉が、他の女神達に希望を取り戻させた。

イストワールが言っていた、絶暴草を大量に投与しても基本変わるのは持続時間だけだと。白斗があんな姿になってしまったのは、それだけ強い絶望を抱えているからだと。

―――だからこそ、その絶望を打ち消す。ネプテューヌは、そのつもりだった。

 

 

「簡単に言うなよ小娘がァ!! そんな事出来るわけがないだろうがぁ!!!」

 

「出来る出来ないの問題じゃない、やるの。 ―――私は、白斗の女神だから!!!」 

 

 

どれほどの絶望を抱えているのか、確かにネプテューヌは知らない。だがそれが出来ないという理由にもならない。

今の彼女は、“成し遂げる”―――それしか頭になかった。白斗のために、幾らだって奇跡を成し遂げる覚悟。それが女神パープルハートだった。

 

 

「………白斗の女神? 貴女だけ勝手なコト、言わないで欲しいわね……!」

 

「全くだ。 ……私だって、白斗の女神なんだ……」

 

「愛する人を守るのは貴女だけではありませんわ。 ……私達全員で、お助けします!!」

 

 

そして、そんな彼女に触発されてノワール、ブラン、ベールも立ち上がる。

彼女達もまた女神。何より白斗を愛する少女達なのだ。

だから、ネプテューヌに負けない覚悟を見せる。全員で、何度でも奇跡を起こす覚悟を。

 

 

(……やっぱり、凄いよお姉ちゃんは……。 私なんかじゃ、まだまだ追いつけない……最高の女神様だよ!!)

 

 

一気に絶望を振り払い、仲間達にも希望を与えた。

その光景を目の当たりにしたネプギアは、近かった姉が一気に天高く飛び上がってしまったような気がした。でも、誇らしかった。

希望と言う名の大空に舞い上がっている彼女は神々しくて、美しく見える。それがネプギアにとっての誇り。

 

 

「……だったら、私は……私に出来ることをします!! スラッシュウェーブ!!」

 

「何ッ!?」

 

 

同時にもう、ただ見つめているだけの少女でもなかった。

そんな姉に追いつきたい、そして白斗を守りたい。そのために出来ることを全力でする。

今の彼女にできること、それはこれ以上マジェコンヌの横槍を許さないこと。

鋭く振り払った刃が、地を這う斬撃を見舞った。

彼女の意図を察してか、女神候補生達が一斉にマジェコンヌを取り囲む。

 

 

「お姉ちゃん!! マジェコンヌは私達が引き受けます!!」

 

「だからその間に白兄ぃをお願い!!」

 

「それに……お兄ちゃんをイジメた奴には、てんちゅーを下さなきゃ!!」

 

「……お兄ちゃんのために!! あなたを……倒す!!」

 

 

もう邪魔をするアンチモンスターもいない。

幾ら候補生という肩書があれど、それはもう肩書のみの話。その力は、そして覚悟は。誰もが認める女神だった。

 

 

「キサマら……ッ!! 候補生の分際で……私を愚弄するなああああああああっ!!!」

 

 

現役守護女神でもない彼女達に相手どられるというのが、マジェコンヌにとっては屈辱だったらしい。

怒りで魔力を漲らせ、辺りの空気を震わせる。例えアンチモンスターや白斗の手を借りずとも、マジェコンヌ自身にはそれだけの力があった。

けれども、女神候補生達は揺らがない。恐れもしなかった。

 

 

「ネプギア……ユニちゃん……ロムちゃんにラムちゃんも……。 ええ、任せて!!」

 

 

フリージアを手に、ネプテューヌが飛び上がる。

巨人化した白斗は攻撃力こそ一撃必殺だが、反応速度や動きそのものは鈍いの一言。今のネプテューヌならば、一気に接近できる。

 

 

「舐めるなああああああああ!!! コード・テンタクルぅううううううううううッ!!!!!」

 

「っ!? まだいたの!!?」

 

 

するとマジェコンヌの呼びかけに応じ、地面から何十本と言うコード状の触手が地面を突き破ってきた。

あの時、ネプテューヌ達を捕らえた忌々しきアンチモンスター。だがその数は以前ほどの比ではない。触手が群がって白斗への道を塞ぐ。このままでは近づけない。

 

 

「……ユニ達ったら頼もしくなっちゃって。 なら、私達は!!」

 

「妹達の信頼に……何より、白斗の想いに応えなきゃなぁッ!!!」

 

「ですわね!! ネプテューヌ、私達が道を切り開きますわ!!」

 

「おっと、私も忘れないで!! ……ネプ子、バッチリ決めてきなさい!!」

 

「私だって……白斗さんをお助けするです~~~~!!」

 

 

ノワール達三女神、そしてアイエフとコンパが名乗りを上げてくれた。

各々の武器を手に、コード・テンタクルへと立ち向かう。

ならば、ネプテューヌが掛けるべき言葉は心配の言葉などではなく。

 

 

「―――皆、ありがとう!! さぁ、行くわよ!!!」

 

「「「「「「「「「おう!!!」」」」」」」」」

 

 

感謝と、信頼の言葉だった。

それを皮切りに、女神達が立ち向かっていく。

触手に、魔女に、そして白斗を飲み込もうとしている絶望に。

 

 

「邪魔よっ!! トルネードソード!!!」

 

 

漆黒の女神による竜巻の如き斬撃が、道を阻む触手を切り裂いていく。

 

 

「テンツェリントロンベ!! はあぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

巨大な斧を手にした純白の女神による怒涛の舞が、触手を刈り取る。

 

 

「お退きなさい!! レイニーラトナピュラ!!!」

 

 

深緑の女神にによる、美しき槍舞が触手の壁に次々と穴をあけていく。

コード・テンタクルはアンチモンスターだ。女神の攻撃に対して抵抗があり、何よりも女神の力を削ぎ落としていく。

そのはずなのに―――今の女神達の攻撃には、まるで無力だった。

 

 

「な……何だ!? 何が起こっているのだ!!?」

 

「よそ見してるんじゃないわよ!! アイスハンマー!!!」

 

「うおおおぉぉぉっ!!?」

 

 

以前、女神を完全に封じたコード・テンタクルが全く障害として役に立っていない。

マジェコンヌが思わず目を向けた隙にラムが飛びかかってきた。ステッキの先に巨大な氷塊を纏わせ、相手を殴りつける大技。その姿はまさに、大好きな姉そのもの。

さすがに受けられはしないと急いでマジェコンヌは飛びのく。

 

 

「く………小僧ッ!! こっちへ援護――――」

 

 

マジェコンヌは想像以上の苦戦を強いられていた。

四対一であることは勿論だが、何より一人一人の力量が凄まじいのだ。彼女達を完全に侮っていた。

ならばと白斗を呼び寄せようと杖を掲げ―――。

 

 

 

(―――今だっ!! 白兄ぃ……アタシに、力を!!!)

 

 

 

その瞬間を見逃さなかった者が一人。ブラックシスター・ユニだ。

彼女がブラスターを構え、照準を定める。この間、一秒にも満たない刹那の時。

絶対に外せないという像絶なる重圧が掛かっている―――そのはずなのに、ユニは不思議と落ち着いていた。

 

 

 

―――……照準がブレる原因は、肘が上がり過ぎてるんだ―――

 

 

 

何故なら、今彼女の体を支えてくれているのは他ならぬ白斗だから。

あの日、白斗から教えて貰った全てが彼女の中で生きている。彼女の力になっている。

その力で大好きな人を―――白斗を助けられる。

 

 

 

―――動くな! それから腰も浮かせすぎ、肩の力は抜いてこの位置に……―――

 

 

 

あの日の言葉が、あの日の感触が、あの日の温もりが。

ユニの姿勢を正していく。呼吸は安定し、銃口のブレも無くなる。

気を練り合わせ、最も充実した瞬間―――。

 

 

 

―――その姿勢を維持! 撃て!!―――

 

「はいっ!! ―――やああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

引き金を、引いた。

狙撃モードとなったブラスターから撃ち出されたのは、鋭く細いエネルギー弾。貫通力と弾速を極限まで引き上げた、必殺必中の一撃。

それは鋭く空を掛けぬて行き―――。

 

 

「ぐ、アッ!!?」

 

(……当たった。 白兄ぃ……当たったよ……!!)

 

 

マジェコンヌの杖を、弾き飛ばした。

これでもう、白斗に指令は下せない。白斗を苦しめさせない。

確かな成長と、そして白斗への確かな想いを感じられたユニは戦いの最中であるにも拘らず、涙を零した。

 

 

「く―――!!」

 

 

あの杖が無ければ、白斗を操ることが出来ない。

何とか手中に取り戻そうとマジェコンヌが手を伸ばすが。

 

 

「逃がさない!! お姉ちゃん直伝……エターナルフォースブリザード!!!」

 

「ぐオ………!!?」

 

 

ロムが放った氷結魔法が、マジェコンヌを縛った。

一瞬にして空中の水分を氷結させ、巨大な氷塊の中にマジェコンヌの下半身と左腕を閉じ込めたのだ。

マジェコンヌが見下ろした先にいたのは、誰かに守られるだけの幼い少女ではない。誰かを守れる女神、ホワイトシスター・ロムだった。

 

 

 

「く、そっ……!! 私が……この、私が―――――ッ!!!」

 

「そう。 ―――貴女の負けです」

 

 

 

それを待っていたかのように、ネプギアが静かに剣の切っ先を向けていた。

剣は彼女の意思に応え、銃口へと変形する。

持てるだけのシェアエネルギーが全て集まり――――。

 

 

 

 

「これが、私達女神の力!! ―――M・P・B・L(マルチプルビームランチャー)!!!」

 

 

 

 

 

―――極限の光となって、マジェコンヌを飲み込み、ゲイムギョウ界の空を貫いた。

 

 

 

 

 

「こ、こんな……馬鹿なああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……………!!!」

 

 

 

 

 

マジェコンヌの姿と絶叫は、光の奔流に飲み込まれ、消えていった―――。

 

 

 

 

 

 

「……お姉ちゃん、お兄ちゃん。 私達……やったよ……!!」

 

 

 

 

 

今ので全てを使い果たしてしまったのか、女神化は解け、力なく座り込む。

ネプギアだけではない。ユニも、ロムも、ラムも。

けれども仇敵をこの手で倒した、確かな実感がその手と胸の中にある。

一つの決着を背に、ネプギア達女神候補生は女神として、新たな一歩を踏み出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、魔女との決着がつく、ほんの少し前。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、邪魔しないでくださいです~~~~!! 白斗さ~~~~~ん!!!」

 

 

 

 

必死になって注射器を振るうコンパ。彼女は決して前衛職では無かった。寧ろ後方支援担当である。

だが、例え接近戦が振りであろうと、アンチモンスターが相手であろうと、恐怖が沸き上がろうとコンパは止まることだけはしなかった。

何故ならその先にはあの日、助けられなかった大好きな人がいるのだから。

 

 

「切り裂くッ!! 天魔流星斬ッッッ!!」

 

 

アイエフによる美しくも激しい斬撃の嵐が、コード・テンタクルを引き裂いていく。

向こうで苦しんでいる、愛する人目掛けてひたすらに刃を振るう、振るう、振るう。

彼女達だけではない、女神達も己の全てを振り絞り、力に変えてコード・テンタクルを切り裂き、刈り取り、貫いていく。

 

 

「ぜえええええええいっ!! ……よし、見えた!! ネプ子!!!」

 

「行くです~~~!!」

 

「ええ、任せてっ!!!」

 

 

ついに粗方のコード・テンタクルを切り払い、白斗への道が開けた。

もう止まる理由など無い、親友二人の声を受け、ネプテューヌが今度こそウィングを展開し、白斗目掛けて飛んでいく。

 

 

 

(白斗……白斗!! 白斗ぉ!!!)

 

 

 

高速で空を駆け抜け、まだ伸びてくる触手はきりもみしながら回避し、時には太刀で切り裂く。

美しき紫の流星を止めることは誰にもできない。

そしてとうとう目の前にまで迫った白斗の顔。ネプテューヌは手にしたフリージアを“自らの口に”含むと―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白斗の頬に優しく手を添え、唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ…………」

 

「………………ッッッ!!?」

 

 

 

 

 

 

一瞬何をされたのか、白斗は分からなかった。

ただ、優しくて柔らかいその唇を拒むことが出来なかった。やがてフリージアの花が、口移しで白斗の口へと流し込まれる。

ごくり、と勢いのまま飲み込んだ。すると―――。

 

 

 

 

「ォ、ァ……ぁ………………お、れ―――――」

 

 

 

 

今までと違う反応が、返ってきた。

苦しみに呻いた、化け物の声などではない。済んだ人間の声色に戻っている。

濁り切った瞳も徐々に透き通っていき、ハッキリとネプテューヌの姿を捉えた。

 

 

 

「…………白斗、ずっと傍に居るわ。 だからもう、怖がらないで―――」

 

 

 

そしてネプテューヌが優しく抱きしめてくれた。

彼女の想いが伝わってくる。それが、絶望に囚われた白斗の心を溶かしていく。

 

 

 

 

 

 

 

(……………ぁ………お、れ……俺―――…………。 ……ネプテューヌ………こんな俺でも……受け入れて、くれるのか……? それに、皆も……俺を………)

 

 

 

 

 

 

心からの優しい微笑みが、白斗の脳裏に焼き付いていく。手を差し伸べてくれる。

その手に引き上げられて、ようやく心の奥底から浮き上がってくる、“本来の白斗”。彼がその目で周りを見渡せば、皆が白斗の帰りを心から望んでいた。

 

 

「白斗!! お願い……戻ってきて!!」

 

「お前がいてくれなきゃイヤなんだ……お前じゃなきゃダメなんだ!!」

 

「白ちゃん……お願い、戻ってきて!! ずっと一緒に居てください!!!」

 

 

三女神達の、熱い想い。

 

 

「お兄ちゃん! お兄ちゃんっ!! 私達もいるよ!!」

 

「見て白兄ぃ!! 白兄ぃのお蔭で女神になれたのよ!! なのに白兄ぃがいてくれなきゃ……イヤなの……!!」

 

「お兄ちゃん!! これからわたし達が、お兄ちゃんを守るよ!! だから……!!」

 

「ずっと……ずっと一緒にいて、お兄ちゃん……!!」

 

 

女神候補生達の、温かな眼差し。

 

 

「白斗!! 私だっているわ!! もうアンタは一人じゃないの!!!」

 

「ずっと、ず~~~っと支えるです!!」

 

『ボクもだよ!! まだ、まだ白斗君と歌っていたい……これからもずっと!!」

 

『白斗さん……私達は貴方を……絶対に離しません!!』

 

『白斗君、もう苦しまなくていいよ!! 今度は私達が、貴方の苦しみを受け止めるから!!』

 

 

アイエフにコンパ、ツネミと5pb.、そして居てもたってもいられず回線を開いていたマーベラス達の必死の声。

皆、白斗を愛している者達だ。そんな彼女達の全てが、白斗の心に確かな温もりを齎した。

どくん、どくんと胸が熱くなり、その瞳からは一筋の温かい涙が零れ落ち―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………あり………が、と―――……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

苦しげな表情は和らぎ、白斗はようやく笑顔を見せてくれた。

瞬間、体中から緑色の煙が吹き上がり、白斗の体が縮んでいく。その間もネプテューヌは白斗を抱きしめ続け、決して離さなかった。

やがて、白斗の体は元の体に戻り―――愛しい女神の腕の中で、安らかに眠っていた。

 

 

 

「…………お帰り、白斗…………お帰りなさい………!!」

 

 

 

そしてネプテューヌもまた、その腕の中で愛しい人を抱きしめていた。

腕の中にいたのは戦い疲れて眠っている、一人の少年。

やっと取り戻せたその愛しい姿に、ネプテューヌの瞳から涙が溢れ出し、白斗へと滴り落ちていく。

 

 

「は、く……と………白斗おおぉぉぉ――――っ!!!」

 

「ったく……心配……掛け、させるんじゃ………ねぇよぉ!!!」

 

「もう……離れちゃダメですわよ、白ちゃん……白ちゃんっ……!!!」

 

 

三女神達も感極まって白斗へと飛びついていく。

余りにも傷つき、余りにも疲れ切った愛しい人を労わるかのように誰もが涙しながらも心からの笑顔を向けている。

女神達もまた、彼の姿を見て救われた気持ちになっていた。

 

 

「お兄ちゃん……お兄ちゃあああああああああああん!!!」

 

「白、兄ぃ……う、うあああああああああああああん!! 白兄ぃぃいいいいいいいい!!!」

 

「お兄ちゃんっ!!! もう、離れちゃ……ダメ、なんだからあああああああああああ!!!」

 

「お兄ちゃん……良かった………うええぇぇ~~~ん……!!」

 

 

彼を兄として慕う女神候補生達も一気に抱き着いた。

ようやく女神化を果たしたとはいえ、まだまだ精神的には幼い少女達。愛する人の帰還に、とうとう涙腺が崩壊した。

この数日間、何度泣いた分からない。でも、今までで一番温かい涙だった。

 

 

「ぐすっ……白斗さん……良がっだでずぅ~~~~」

 

「うん……うんっ!!」

 

『白斗君……白斗君っ……!! う、うわああああああああああん!!!』

 

『はくと……さんっ……!! お帰りなさい……!!!』

 

『良かった……良かったよぉ……!! ボク……ボク……!!』

 

 

コンパとアイエフ、そして通信からその様子を見ていたマーベラスにツネミ、5pb.も泣き出してしまう。

つい先程まで感じていた絶望も、白斗がいるだけで吹き飛ばされる。

皆、それだけ白斗の事を愛していたのだ。傍に居ないだけで絶望するほどに、傍に居るだけで幸せになれるほどに。

 

 

「って言うかネプテューヌゥ!!! アンタ何どさくさに紛れて白斗にキスしてるのよぉ!!?」

 

「私の想いなら白斗の絶望を消せるかなって。 事実そうだったんだし……これはもう両想い、私のルートで確定ね」

 

「確定って何ですの!? この白ちゃん争奪戦は私のルートで固定されてますのよ!!?」

 

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!! とにかくこのままじゃ白斗が心配だ、ルウィーへ連れて帰るぞ!!」

 

「ってブランさん何さり気なく自国へ持ち帰ろうとしてるんですかー!!?」

 

「……全く、ネプ子達ったら……。 後、白斗は渡さないんだから―――っ!!!」

 

「あいちゃんまで!? まずは白斗さんを治療しなきゃです~~~!!!」

 

 

そしていつの間にか、白斗争奪戦が巻き起こっている。

呆れるアイエフ達だが、これでようやくあの愛しかった日常が戻る―――誰もがそう確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――だが、まだ終わっていなかった。白斗の“絶望”は―――。




サブタイの元ネタ「新次元ゲイムネプテューヌVⅡ」より女神化BGM「Will Be Venus」


大変お待たせしました。そしてここまで読んでいただきありがとうございます。
ついに白斗救出。本当に長かった……。
今回の話はこのLOVE&HEARTの中でも盛り上げるべき部分なので頑張りました。作中やタイトルにもある通り、あのBGMを流してもう一度ご覧いただけるときっと私の執筆中のテンションが分かっていただけるかと。
因みに「Will Be Venus」は私が一番好きなBGMです。イヤ、これ流れると毎度鳥肌たまらない……今後のねぷのゲームにも是非使っていただきたいですね。
ですが、まだ終わりではない。次回からある意味本番。―――次回、白斗の過去のお話になります。お楽しみに。
感想ご意見、お待ちしております!!


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第四十一話 過去、現在、そして―――

―――某国某所。

どことも知れぬ、研究所の中。そこでは一人の白衣を着た男が、苛立ちを隠そうとしないまま近くの機材を蹴り上げた。

 

 

「クソッ!! あの役立たず魔女めがぁッ!!!」

 

 

名を黒原才蔵。白斗の父親だと名乗るのその男は、怒りを通り越して憎悪のまま暴れていた。

蹴り上げられた機材は激しくへこみ、床に落ちては嫌な音と煙を上げる。壊れてしまい、二度と使い物にならなくなった。

壊れたものに価値を見出さない男はそれに目を向けることなく、どっかりと椅子に座り込む。

 

 

「あれだけサポートをしてやったと言うのに……女神殺しなどどうでもいいが、白斗を奴らの下に返すなど……ッ!! あの屑には、相応の地獄が必要だというのに、何故自爆させなかったんだぁ!!? 私以外皆クズなのか!!? そうなんだなッ!!?」

 

 

彼にとって今回の作戦のキモは白斗に対して絶望を、そして死を与えることだった。

だがマジェコンヌは失敗し、女神達が白斗を無事救い出したことに結局怒りは抑えられず、何度もデスクを叩いた。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 

「はぁーっ……はぁーっ……!! チッ、魔女もネズミも戻らぬ……死んだ役立たずなど、もうどうでもいい……いい、が……私の計画に修正が必要であることもまた認めねば……」

 

 

彼にはもう、マジェコンヌらへの未練などはない。

彼にとって一番必要なもの―――それは背後に設置されたカプセル、その中に浮かぶ一人の少女。

 

 

「……モンスター製造技術を応用し、香澄を救う計画であったが上手くいかぬ……。 しばらくは別方向を模索する他ない……。 科学者たるもの、あらゆる可能性から検証せねば」

 

 

この男は、半端に優秀で、半端に冷静さもあった。

それがまた愛娘のためであるのだから、尚更厄介であることこの上ない。

 

 

「時期にここも嗅ぎ付けられるかもしれん……しばらくは雲隠れだな。 研究所は破棄、香澄移動の手段は既に用意してあるし、後はデータのバックアップだけ……」

 

 

一度決めれば行動は早い。

必要最低限のものだけを持ち歩く準備をして、才蔵は撤収の準備に取り掛かった。

忌々しさはあるが、目的のためなら割り切ることも出来る。本当に厄介な男だった。

 

 

 

 

 

「……白斗……貴様には必ず報いを受けさせてやる。 それに、例え今だけ救われたとしても……最低な人殺しの貴様を受け入れる奴などいない。 絶望に野垂れ死ね、クソガキ」

 

 

 

 

 

その言葉を最後に、才蔵は闇へと消えた。

翌日、あるタレコミからこの研究所の存在が露呈、各国の衛兵らが突撃するも既にそこはもぬけの殻。

研究データは愚か、人が住んでいた痕跡さえ残っていなかったという―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白斗を救出して、翌日のプラネテューヌ総合病院。

科学技術に秀でたこの国は医療技術も発展しており、白斗がそこに収容されるのは当然の流れであった。

ただ、病室の前で待機している面々は未だ表情が暗い。

 

 

「……白斗、まだ目を覚まさないのかな……」

 

 

思わず不安が漏れ出た少女、この国の女神ことネプテューヌ。

昨日は白斗救出に喜びを見せていたのだが、今では不安で顔色を暗くしていた。絶望と言う程ではない、白斗は生きていて、今もこの部屋の向こうで寝ているのだから。

ただ、彼女の抱える不安は他の少女達も同じだった。

 

 

「ねぷてぬ……おにーちゃんかえってきたのに、まだからだがわるいの?」

 

「……うん。 でも、もう少ししたら良くなるからねピー子」

 

「うん……」

 

 

そんな不安が移ってしまったのか、今日こそはと着いてきたピーシェも不安を隠せない様子だ。

何とか元気を絞り出し、頭を撫でてあげるネプテューヌ。彼女の気持ちが伝わったのか、ピーシェの不安は少し和らいだらしい。

 

 

「……ネプギア、ホントに大丈夫なの? アンタが作ったって言う……」

 

「あ、ネープギアのこと? 私の自信作だし、動作確認も済ませたから問題はないよ」

 

 

ユニとネプギアが話し込んでいる。

とにかく、何かをしないと落ち着かない状況だ。

ノワールやブラン、ベールは目を閉じながら白斗の事ばかり考え、アイエフは落ち着かずに辺りを右往左往、ツネミや5pb.は自分の手を握り締めて震えを押さえようとしている。

他の少女達も、似たり寄ったりな行動ばかり。ただ、誰もが白斗の事を想っているが故だった。

 

 

 

 

「………いーすん、お願い………早く出てきて……」

 

 

 

 

そしてネプテューヌはここにいないもう一人、イストワールの心配もしていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それは約一時間前の事。

 

 

『……このままでは白斗は救われない……って、いーすん! どういうこと!?』

 

 

イストワールから呼び出しを受けたネプテューヌ達。

先日は白斗救出し、他国に出向いていたマーベラスも急いでプラネテューヌへと到着、皆で白斗を出迎えたが彼は疲労の余り眠っていた。

病院へと移し、その後の検査でも命に別状はなく、更には人工心臓に取りつけられていた爆弾も発見、撤去にも成功しこれで大丈夫かと思われていたのだが。

 

 

『命に別状はないのですが……絶暴草のことは覚えていますか?』

 

『……摂取することで人のトラウマに反応、それに応じてモンスター化させる……ですよね?』

 

『その通りですマーベラスさん』

 

 

今聞いても忌々しい―――を通り越して悍ましさすら感じている薬草、絶暴草。

白斗を苦しめ、あんな化け物へと変えたあってはならない冒涜の薬草。それ自体は白斗の絶望を抑え込むことで無事解決かと思われたのだが、そうではないらしい。

 

 

『確かに白斗さんの絶望は押さえこまれています。 ……今のところは』

 

『……でしょうね。 一朝一夕で克服できるワケないわ』

 

 

仕方がない、とノワールが悲しそうに目を伏せる。

絶暴草を摂取した白斗の姿とパワーは、女神すらも圧倒できるほどだった。それだけ、想像を絶する絶望を抱えていたことになる。

たった一日で消し去れるようなものではないのだ。

 

 

『そうです。 そして、今の白斗さんは余りにも大量の絶暴草を投与されすぎて、体質そのものが変化しています』

 

『変化……って、まさか……!?』

 

『はい、心が不安定になり……更には絶望する度にまたあの姿になる可能性が高いのです』

 

『……そんな……!』

 

 

ブランとベールが、悲痛そうな顔になる。

先日白斗を救えたのは対抗手段であるフリージアの花を与えたこともあるが、たった一輪では中和できるわけがない。

 

 

『ですがご安心ください。 フリージアの花については現在、調達法を見つけました。 なので、これ自体は問題ありませんが……』

 

『……白兄ぃの心が救われてない、ってコトよね……』

 

『……はい』

 

 

ユニの言葉に、イストワールは頷いた。

絶望は消し去れていない。昨日の一件で全て解決、などと宣えるわけがない。

知ってしまった以上、少女達は向き合う必要があった。愛する人のために、白斗の絶望と立ち向かうべきだと覚悟を決めていた。

 

 

『白斗さんの絶望の原因は、彼の過去にある模様です。 ですが、今の白斗さんにそれを語らせるのは精神的に追い詰めてしまうことでしょう』

 

『あ、それで私が作ったアレの出番なんですね!』

 

『ネプギア、アレって?』

 

『コレだよお姉ちゃん! じゃじゃーん、ネープギアです!!』

 

 

ネプギアの手には、どこから取り出したのか分からないヘルメットのような装置。

バイザーも備え付けられており、機械接続用のコードも伸びている。

 

 

『ギアちゃん、説明をお願いするです』

 

『はい! 元々はゲームの世界に入れないかなーと思って開発した機械でして。 これを人の頭に被せて起動すると、その人の精神データをゲーム内に再構築、それをアバターとして仮想世界の中で動かせるようにするというものなんです!』

 

『……え、えーと……要するにそれを使えばゲームの世界に行ける、ということですか?』

 

『厳密にはちょっと違うんですけど、その感覚であってます。 物理的にワープするワケではないので、ゲームの世界に入る“夢”を見てる……と言えば分かりやすいかな?』

 

 

元々メカオタであるネプギアだが、ついにはマッドサイエンティスト一歩手前の領域まで到達したらしい。

この世紀の大発明に、一同は目を輝かせている。特にゲーマーであるベールの喜びようと来たら、それはもう凄いことになっていた。

 

 

『……ひょっとして、これを使って白斗君の記憶の中に行く……ってことですか?』

 

『その通りです、5pb.さん。 白斗さんの精神データを抽出し、電脳空間にて構築してあります。 つまり、白斗さんの記憶の中にダイブできるのです』

 

『だから白斗……昨日からずっと眠らされたままなのね……』

 

『勿論白斗さんに余計なことを考えないでいただきたい、という目的もありますが』

 

 

先日の入院から白斗には強力な麻酔薬を投与されているが、この目的もあったからなのだと5pb.とアイエフも納得する。

兎にも角にも、これでやるべきことは見えてきた。

 

 

『この装置を用いて白斗さんの心の中へとダイブ、そこで彼の過去、そして絶望を知り、白斗さんを絶望から救い出す……これしかないと私は考えています』

 

 

イストワールの結論に誰もが納得した。

白斗の過去が、彼を苦しめている。しかしネプテューヌ達は白斗の過去を知らない。知らない状態で救えるはずもない。

だから知りに行くのだと。そしてネプギアが作ったこの機械があれば、それも可能なのだと。

 

 

『因みにこの機械、私がみんなと遊べればいいなーと思って50個作っちゃいましたから人数の心配はありません!』

 

『ネプギア……アンタの中の皆の定義ってどうなってるの……?』

 

 

ネプギアの謎の張り切りとユニのツッコミはさておき。

 

 

『……ですが、電脳空間とは言え何が起こるか分かりません。 白斗さんの過去が壮絶なものであることが推測される以上、もしアバターに深刻なダメージが発生すれば脳死状態になるかもしれません。 つまり、被験者にも命の危険が付きまとっています』

 

 

イストワールのそんな一言で、さすがに女神達もゴクリと唾を飲み込んだ。

所謂精神だけを送り込むという関係上、白斗の精神面での悪影響を受けやすいと予測される状況。もし、そこで彼女達の精神状態に異常が発生すれば、精神だけが死ぬ―――最悪植物状態になってしまうかもしれない。

 

 

『……ですから、まずは私がこれを使ってみます』

 

『いーすんが!?』

 

『はい。 ……私はいざという時、危険なことを女神様……そして白斗さんに頼ることしかできませんでした。 せめてここくらいは……力になりたいんです』

 

 

なんと、イストワールが真っ先にダイブすると言い出したのだ。

彼女は司令塔として、現場に出ることはほぼ無い。それ故に物理的に命の危険に晒されることも無い。

だからこそ、それを負い目に感じ続けていたのだ。

 

 

『教祖よ、準備出来たぞ』

 

『ありがとうございます、MAGES.さん。 ……では私が戻ってくるまで皆さんはここで待機していてください』

 

 

すると白斗の病室からMAGES.が出てきた。今回のサポート役として選ばれたのである。

万が一、アバターに異常が起これば強制ログアウトなどが必要になる。それを行うための外部からの操作、それが彼女の役目である。

そしてイストワールは助手を連れ、白斗の部屋の中へと赴いていった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれから一時間、ですね……」

 

 

不安げに呟いたツネミ。

壁に掛けられた時計が、規則正しく、しかしいつしか耳障りに時を刻んでいた。

 

 

「MAGES.なら本当にヤバイと思ったら止めてはくれるだろうし、そうならないってことは順調なんじゃないかな?」

 

「そうあって欲しいですわね……」

 

 

普段は中二病な発言を振りまき、度々人を巻き込むような発明もするというMAGES.。

けれども有事の際は頼りになり、何より人を思いやる気持ちもある、マーベラスが誇れる少女。

彼女がサポートしてくれるならきっと大丈夫、ベールもそう思っていた。の、だが突然病室の扉が内側から開けられ―――。

 

 

「い、いーすん!? どうしたの……もう、終わったの……?」

 

 

そこには、イストワールが浮いていた。のだが、顔色が悪い。

傍に立つMAGES.も不安そうに彼女を支えようと、しかしどう触れたらいいものかとまごついている。

 

 

「………ね……ネプ……テューヌ………さ………ッ!! う……ああぁぁぁぁっ!!」

 

「わひゃぁ!? ちょ、いーすん!? どうしたの!!?」

 

「あ……あんなの、辛すぎますっ……! は、白斗さんが……う、うううぅぅっ……!!」

 

 

突然、ネプテューヌの胸元へ飛びついてきた。

イストワールとは、ネプテューヌが女神としてこの世に生を受けてからの付き合いになるがこんな姿など見たことが無い。

女神はただ、己の腕の中で泣き震える教祖―――いや少女を抱きしめてあげることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――精神の負荷に耐えられなかった、ということだ」

 

 

それから十数分して、イストワールが泣き疲れて眠ってしまった頃。

部屋に招き入れられたMAGES.がそう言った。

今この部屋では二人の人物が眠っている。白斗とイストワール、二人の寝息を聞きながらネプテューヌ達は固唾を飲みこんだ。

 

 

「私はここで脳波の計測を行っていただけだが……測定中、脳波が不安定になっていき……危険領域へと達した」

 

「……つ、つまり……?」

 

「見れば見るほど、精神崩壊していく程だったということだ。 白斗の過去は、な」

 

 

誰もが苦し気な表情で寝ているイストワールを見ている。

教祖として冷静沈着、穏やかであり、悠久の時を生きていたことで精神面でも強いはずの彼女ですら耐え切れなかったほどの白斗の過去。

 

 

「……これで理解は出来たはずだ。 どれだけ危険なことであるかを」

 

 

物言いこそは相変わらずだが、脂汗を浮かべているMAGES.。

彼女の判断が少しでも遅れていたら、イストワールは精神が壊れてしまっていたかもしれない。

今となっては機械を操作できる彼女がある意味命綱を握っていると言っても過言では無かった。だからこそ、死地に向かわせるようなことはさせたくない。

そう気遣っての発言、だったのだが―――。

 

 

「……でも、白斗の支えになるためには……知らなきゃいけないの。 白斗の過去を」

 

 

ネプテューヌが、そう言った。

本当は白斗とイストワールが不安でたまらないはずなのに、精神崩壊するかもしれないと言われて怖くないはずがないのに、それでも覚悟を固めていた。

決して折れない、真っ直ぐな瞳はMAGES.にとっても眩しすぎる。

 

 

「MAGES.、忠告ありがとう。 ……だからといって、白斗を見捨てていい理由にはならないわ」

 

「白斗は今まで、私達のためにどんな恐怖とも戦ってくれた。 だから、ここで逃げたら……白斗の傍にいる資格なんてない」

 

「白ちゃんを支えたい、ずっと一緒にいたい……。 だったら、どんな過去であろうと受け入れて、乗り越えて行きますわ。 白ちゃんと一緒に、ね」

 

 

ノワール、ブラン、ベールも臆していなかった。

決意を胸に、一歩前へと踏み出し、ヘルメットを手にする。

目を閉じれば脳裏に思い起こされる、白斗との温かくて幸せな一時。それを取り戻すために、女神は立ち向かう。

 

 

「お兄ちゃんはずっと私達を支えてくれました……今度は私達の番なんです!」

 

「お姉ちゃんだけじゃない、白兄ぃを支えるのはアタシの役目と願いよ!!」

 

 

白斗の妹として、そして白斗に恋した者として。ネプギアとユニも、ヘルメットを手に取る。

弱々しさなどない、どれだけ傷つこうとも立ち向かえるだけの強さが二人にはあった。

そんな強さを与えてくれたのは他ならぬ白斗だから。

 

 

「正直怖いです……でも、白斗さんが悲しむのはもっと嫌なんですぅ!!」

 

「白斗は私を助けて、支えて、守ってくれた……なのに逃げてちゃ、女が廃るわ!」

 

「ボクも……! 白斗君が笑ってくれないなんて……そんなのイヤです!」

 

「私……白斗さんと、もっと一緒にいたいです……! だから、だから……!!」

 

「大好きな人を守る、命を懸けてでも!! それが私の……忍の矜持だよ!!」

 

 

コンパ達も、覚悟を決め、ヘルメットを持った。

例え戦闘面では女神には及ばずとも、例え普通の女の子であっても、白斗に恋した気持ちは同じ。

誰もが本気で白斗を想っている。だから、本気で助けたい。命を懸けて。

 

 

「わ、わたし達も……いきたい……!」

 

「お兄ちゃんを助けられないなんて女神……じゃなくて、妹失格なんだから!」

 

「ぴぃも! ぴぃもおにーちゃんたすけたいー!!」

 

 

そしてロムとラム、ピーシェも手を上げてきた。

見た目は元気なちびっこだが、ピーシェは兎も角ロムとラムは女神だ。女神として生きるのがどういうことなのか、彼女たちなりの覚悟は出来ている。

しかし、それでも―――。

 

 

「……ロム、ラム。 貴女達はここに残ってて欲しいの」

 

「えー!? なんでー!!?」

 

「……わたし達じゃ……ダメ、なの……?(うるうる)」

 

 

待ったをかけた者がいた。ブランだ。

誰もが思う。まだ彼女達の精神は幼い。そんな彼女達が、白斗の過去に耐えきれるはずがないと。耐えきったとしても、心が歪んでしまうかもしれない。

だからブランは言葉を選び、首を横に振って真剣に見つめた。

 

 

「……貴女達にしかできないことがあるからよ。 白斗の傍にいて欲しいの」

 

「お兄ちゃんの、傍に……?」

 

「手を握ってあげたり汗を拭いてあげたり……白斗のお世話が出来る人が必要よ。 そんな些細なことでも、白斗の苦しみは和らぐわ」

 

「……ほんとう、に……?」

 

 

ええ、とブランは頷く。

心と体は直結している、心が悪ければ体調も悪くなる。逆に体調が良ければ多少の不安も吹き飛ぶことがある。

内側からだけではない、外側からも白斗を支える役割も確かに必要だった。

 

 

「それにもし、私がダメになったら……貴女達がルウィーを……白斗を守るの。 いいわね?」

 

「お、お姉ちゃん……!? そ、それって―――」

 

「女神として生きるとはそう言うことよ。 ……お願い……ロム、ラム……」

 

「………っ!!」

 

 

万が一を考えて、後の事を託したブラン。

保険としてだけではない、二人なら愛する祖国を、そして白斗を守ってくれるという信頼から来るものだった。

もう泣いて待つだけの子供ではない。苦しさを感じながらも、双子は涙を堪えて。

 

 

「……わかった。 わたし達にしか、できないんだよね……!」

 

「お姉ちゃん……わたし達、頑張るよ! でも……絶対に帰ってきてね!」

 

「……ええ、約束するわ」

 

 

しっかりとした眼差しと言葉で、応えてくれた。

無論ブランとて生半可な気持ちで向かうのではない。絶対に白斗を連れ戻して見せるという覚悟は覆っていなかった。

 

 

「ピー子もだよ。 だいじょーぶ、この主人公ネプテューヌに任せなさい!」

 

「ねぷてぬ……うん! ぴぃ、いいこにする……だから、おにーちゃんをたすけてね!」

 

「元からいい子だよ。 ……帰ってきたら、白斗といーっぱい、遊ぼうね」

 

 

頭を撫で、小指を絡めて小さくも確かな約束をする。

ゲームやアニメでは死亡フラグかもしれない。けれども、今のネプテューヌはそんなフラグなど真っ向からへし折るつもりでいる。

今の彼女達には白斗と共に楽しく、それでいて幸せな日々を過ごす―――そんな未来を見ていたから。

 

 

「……決意は固いようだな。 ならば止めはしない……が、危険だと判断すればすぐさまログアウトさせるぞ。 いいな?」

 

「ええ、お願いするわ」

 

 

MAGES.の確認に応じるノワール。

今の彼女は命を預かる身、彼女達を絶対に死なさないようにする義務がある。だから例え後一歩だったとしても、必要とあればログアウトさせると明言した。

それを了承し、誰もが頷く。

 

 

「では皆の者よ、ネープギアを頭に被るがいい。 それから……」

 

 

これ以上はMAGES.も無粋なことは言わなかった。

成功率を100%に近づけるように最大限のサポートをするという覚悟の下、指示や注意事項を飛ばしていく。

やがて全ての準備が完了し、少女達は頭にネープギアを被った状態で椅子に座った。

 

 

「準備は出来たな? 最後になるが、白斗の過去自体は決まっている。 どうあがいても変えることは出来ず、見ることしか出来ない。 ……だが、白斗の心には絶望だけではないはずだ。 だから……絶対に諦めるな」

 

 

自称「狂気の魔術師」を名乗る少女とは思えぬ、優しい言葉だった。

そんなMAGES.に感謝を送りつつ、少女達は目を閉じる。

 

 

 

 

 

「……白斗と一緒に帰って来い。 ネープギア、起動!!」

 

 

 

 

 

そうして狂気の魔術師は、怪しげなボタンをポチリと押したその瞬間。

少女達の意識は闇に落ちていった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……んん……? あれ、ここは……』

 

 

気が付くと、ネプテューヌは暗い闇の中に浮いていた。

上も下も右も左も分からない、水の中よりも重く、息こそは出来るが苦しい空間。日の光は一切届かず、冷たさが痛みとなって体を縛り付けてくる。

 

 

『お姉ちゃん! 良かった、見つかった!』

 

『ネプギア! それにみんなも! ……ここが、白斗の精神世界なの?』

 

 

ネプギアだけではない、他の全員がそこに浮いていた。

どうやらネプテューヌで最後の合流らしい。改めて見渡してみる、辺り全てが黒―――いや、闇で染められた世界。

もし、これが白斗の精神世界と言うならば、ずっと彼はこんな思いを抱えていたというのか。

 

 

『そうだと思う……あ。 あっちに光が……』

 

 

するとネプギアが刺した方向に怪しげな色合いの光がある。

ここは精神世界、心の様子だけではなく過去を映し出す場でもある。あの光がどうやら過去の記憶への入り口らしい。

やがてネプテューヌ達はその光に飲み込まれていった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――真っ白な住居。決して外に出られぬ家。窓も自由も無い。どれだけ進もうが、固く閉ざされた扉に突き当たる。そこが、幼き少年にとっての世界の終点だった。

だから少年は外の世界を諦め、トレーに水やパスタ、それに薬を乗せて持ち運ぶ。細く小さな腕ではそれすらも鉛のように重く感じる。

けれども汗水垂らしながらなんとか運びきり、とあるドアの前に立つ。すると自動でドアが開いた。

 

 

「………香澄姉さん、具合……どうかな?」

 

「あら、白斗……。 今日は良い方よ、ありがとう」

 

 

少年―――白斗の目の前に広がった光景。

それは白い部屋で、白いベッドに潜りながら本を読んでいる、白斗よりも年上の少女。

名を黒原香澄。白斗の姉だった。

 

 

「そう言えば白斗、昨日10歳のお誕生日だったんでしょう? おめでとう」

 

「え……姉さん、覚えていて……くれたの……?」

 

「勿論、大切な弟だもの。 ……でもごめんなさい、祝ってあげられなくて」

 

「いいんだよ。 姉さん心臓が弱いんだし、無理しないで……」

 

 

―――香澄は生まれつき、病弱だった。

何が悪いかなど幼い白斗には分からなかった。ただ、父親が「心臓が」とよく呟いていたからそこが悪いとしか思えなかった。

 

 

「それよりホラ、姉さんの大好きなカルボナーラだよ! 僕の手作り!!」

 

(……白斗、この頃は“僕”って言ってたんだ……)

 

(そう言えば……得意料理がカルボナーラ……姉の好物って言ってたわね……)

 

 

ノワールとブランが、それぞれ思い当たる。

今では飄々として尚且つ物怖じしない態度もあった白斗もまだ幼少ともなれば幼さ、というよりも気弱さが見えている。

そしてブランは以前、彼にご馳走してもらったあのカルボナーラとそれに纏わるエピソードを思い出した。大好きな姉のために頑張った、と。

 

 

「……うん。 美味しいわ、白斗」

 

「なら良かった。 それなら後は―――、………―――ッ!!?」

 

 

すると、ガチャリという音が向こう側から聞こえてきた。

その瞬間、白斗と香澄は肩を震わせる。

止める間も、何かをする間もなく香澄の部屋のドアが開けられた。その向こうに立っていたのは―――。

 

 

「ただいま香澄!! 今日は早めに帰ってこれたぞ!!」

 

「お、お父様……お帰りなさい……」

 

 

白衣を着こんだ初老の男性。香澄の父親でもあった。

彼は白斗に目もくれずどすどすと音を立てながら彼女に近づくと懐から何やら分厚い資料を取り出して見せつける。

 

 

「見てくれ!! 先日海流を動力源にしたタービンが完成し、政府が建設に許可を出したのだ!! やっとこの黒原才蔵の才能を認め負ったぞ、あのロートル共!!」

 

「さ、さすがお父様……おめでとうございます……」

 

「いやいや、これも可愛い娘がいてくれたおかげだよ」

 

 

この男―――黒原才蔵は科学者だ。それも超が付くほどの天才である。

不可能と言われた研究や事業をその頭脳一つで成功へと導き、この世界の科学技術の水準を何百年分も推し進めた、ある意味この世界の発展の立役者。

こうして娘を溺愛していること以外は、間違いなく100年に一人の天才だろう。ただし―――。

 

 

「……お、お父さん……。 お帰り、なさい……」

 

「……誰も貴様の醜い面など見たくもないわ! クズ白斗!!」

 

「ぐあっ!!?」

 

「そんな薄汚い面を、仕事疲れのワシの前に見せるなと言っているだろうが!!」

 

 

突然、息子であるはずの白斗を蹴りつけるという100年に一人の“天災”でもあった。

 

 

(は、白斗!!?)

 

(な、なんですのあの男!!? 白ちゃんを蹴るなんて……っ!!!)

 

 

突然の、特に理由もない暴力が白斗を襲った。

ネプテューヌやベール、それ以外の面々も声にならない悲鳴を上げる。すぐさま白斗の所へと駆けつけたかったが、これは所謂過去の再現。

ネプテューヌ達にはただ、見ているだけしかできないのだ―――。

 

 

「全く……妾腹だった貴様を引き取ってやって早三年……何故ワシの不愉快なことばかりするのだ貴様はッ!!?」

 

「お、お父様! やめてください!!」

 

「香澄……お前は優しすぎる。 お前から健康も才能も、何もかも奪って生まれたこいつを憎んでもいいはずなのに……」

 

「白斗の所為じゃありませんから!! だから、やめて……」

 

 

―――誰が効いても意味不明としか言いようがない言いがかりだ。

どうやら愛娘が床に臥せているのは白斗が原因だと思っているらしい。いや、元より妾腹ということで白斗を毛嫌いしており、ただ八つ当たりしているだけに過ぎないのかもしれない。

香澄はそんな父親を止めようと、必死に懇願する。

 

 

「……おお、香澄。 お前の前で不愉快なことをしてすまなかったな……もうこんなことがないように、しっかりと“躾け”しておかねば……」

 

「ひっ…………!!」

 

 

今度は止める間もなく、白斗の首根っこを掴み上げて部屋を出ていく。それでも止めようと香澄は呼びかけるが声は届かず、ベッドから出られない。

やがて白斗は狭い部屋に押し込められ、目の前には悪鬼羅刹を思わせるような父親が立ち。

 

 

「思えば! 今日一日凡ミスが多かった!! 貴様の所為で集中力を欠いたからだッ!!」

 

「あ゛っ!!?」

 

「何かも貴様が!! 貴様がああぁぁぁ―――――ッ!!!!!」

 

「痛っ!! がっ!!! あ……………」

 

「大体!! 何故香澄があんなにも苦しんで!!! 憎たらしい、妾腹の貴様がのうのうと生きているのだ!!? 何故だ、何故なんだあああああああああああッ!!!!?」

 

(お父さん……やめて……。 蹴らないで、殴らないで……やめてくれよぉ……!!)

 

 

―――殴る、蹴る、殴る、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る。

襲い掛かる暴力の嵐、いつしか白斗は意識が薄れていく。

悲鳴すらも上げられぬまま、寧ろ眠っていくかのような感覚さえ覚えたその瞬間、暴力の嵐が止まった。

 

 

「フーッ……フーッ……!! 罰だ……今日は貴様にやる飯など無いッ!! さっさと香澄とワシの世話、仕事の準備をしてこいッ!!!」

 

「……………………」

 

 

虚ろな目で、痣だらけの顔で、白斗は力なくコクリと頷いた。

忌々しそうに唾を吐きかけ、才蔵は部屋を去っていく。

―――女神達は、本当にこんなことが現実に起こったのかと体を震わせながら、今にも泣きそうな表情になっている。

 

 

『……ひど、いよ……こ、んなの………こんなの………』

 

『……なんで、なんで白兄ぃが……こんな目に、合わなきゃいけないの……!?』

 

 

ネプギアとユニの、涙交じりのその悲痛な声には誰も答えられなかった。

確かにどこの世界にも酷い人間、身勝手な人間、話の通じない人間などごまんといるのだろう。

けれども、幾ら腹違いとは言え息子に対しここまで酷いことをする人間を見たことが無い。

まるで悪意の塊、そしてその悪意が全て白斗に降りかかっている状況なのだ。

 

 

 

 

「………もう、三年………かぁ………」

 

 

 

 

そして、こんな生活が白斗にとっては既に三年も続いていた。

ある日、母親が突然事故死してしまい白斗は身寄りが無くなった。そんな彼を颯爽と攫うように引き取ったのが、黒原才蔵だ。

名の知れた科学者であるため、周りは安心して白斗を任せたのだが―――結果は見ての通りだ。

 

 

『いいか、貴様には香澄の世話を命じる。 それから家事の全てもだ。 ……貴様を拾ってやったのは、腹立たしいがこのワシから生まれてしまった存在だからだ。 感謝しろ、そしてしっかりと恩を返せ』

 

 

どうやら彼は家を空けがちで、しかも妻が同じく死去したことから香澄の世話役をさせるために白斗を引き取ったに過ぎない。

そもそも、世間体を気にして引き取っただけであり、彼にとっては隠したい、けれども消すに消せない汚点という認識でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「……………誰か……助けて…………助けてよぉ…………」

 

 

 

 

 

 

学校にも行けず、家事の全てを強要され、更には例え落ち度がなくても苛立ちを口実にサンドバッグ。こんな終わりの見えない生活に、少年の心はもうとっくに擦り切れていた。

 

 

「白斗……お父さんがいつもごめんなさいね」 

 

 

それでも、少年の心を繋ぎ止めてくれたのは姉である香澄の存在だ。

彼女は本当にあの父親の娘なのかと思う程優しく、父親に乱暴された次の日には労わるように優しくしてくれた。

 

 

「我慢しないで、白斗……貴方は優しくて、良い子なの。 だから、ちょっとくらいお願い事しても、バチなんて当たらないのよ」

 

 

辛い時、彼女が優しく抱きしめてくれた。いつしか、白斗にとって香澄は生きる理由になっていた。

だから白斗の心は歪まずに済んだ。そんな彼女のため、白斗は何でもした。父親のためではない、姉のために。

 

 

―――姉さん! 今日のカルボナーラは自信作だよ!!

 

 

大好き姉のために、大好きな料理を作ろうと懸命に特訓した。

 

 

―――ライブにはいけないけど……僕が歌、聞かせてあげる! 頑張ったんだ!

 

 

姉に喜んでもらおうと父親に殴られながらもギターを取り寄せ、練習し、そして姉に歌を披露した。この日の彼女はとても気分も体調も良かった。

 

 

―――この間の見た番組のダンス、出来るようになったよ! 見て見て!!

 

 

ちょっとでも楽しんで貰おうと、体を鍛えてダンスも会得した。

父親に殴られながらも、家事の全てをやり遂げ、姉の世話を模し、疲れと痛みで悲鳴を上げる体に鞭を打ちながら、貴重な睡眠時間を削って。

 

 

(……白斗さん……そうだったん、です……?)

 

(器用だとは思ってたけど……全部、全部……お姉さんのために……)

 

 

コンパとアイエフは涙も拭かず、ただ見つめるだけしか出来なかった。

これまで白斗は、戦闘面こそさっぱりだったがそれ以外では料理から歌など割と器用で皆の助けになっていた。

全て、大好きなあのために身に着けた―――否、「身に付けなければならなかった」のだ。

それでも白斗は頑張れる。大好きな、あの人のためなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――だが、こんな生活にもある日。突然の終わりが訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガシャァン!! ―――肝を冷やすような音と共に、それは砕け散った。

 

 

「う、ううぅ……っ!! あああぁぁぁ………!!?」

 

「ね、姉さん!!?」

 

 

いつものように昼食を持ってきた白斗。

しかし、香澄が手を付けようとした瞬間。突然胸を押さえて苦しみだし、食器を薙ぎ倒してしまったのだ。

けれども白斗も、香澄自身にもそんなことを気にする余裕などない。胸を押さえている彼女は、今までにない苦しみ方だ。

 

「あ、がっ、アアァァァァ!!」

 

「ま、まずい……!! お父さん、大変だよ!! 姉さんが……姉さんがぁ!!!」

 

 

最早自分の手に負える状況ではない。

頼れるのは父親だけ―――そう思い、念のためにと渡されていた連絡先に電話を掛けた。

 

 

『うるさいッ!! 今ワシは組織からの発注に追われておるんだ!! 邪魔をするなこのクソガキがぁ!!!』

 

 

だが、にべもなく怒鳴りつけられ、挙句切られてしまった。

全然助けもしない父にはこれ以上頼れない。けれどもまだ幼い白斗では処置など出来るはずもない。

慌てていると、震える手で香澄が白斗の手を握ってきた。

 

 

「………白、斗………だい、じょ……ぶ、よ……」

 

「ね、姉さん……!?」

 

「……あなたは、とってもやさしい、人……白斗……それを、わすれ、ないで……。 どうか、私が大好きなあなたの、ままで……いて、ね―――………」

 

 

まるで、お別れのような言葉だった。精一杯の微笑みを向けたかと思うと、香澄はベッドに再び倒れ込んでしまった。

気絶している、というよりも苦しみの中に囚われ、抜け出せないでいる状況だ。

 

 

(ど、どうしよう……お父さんは外部と連絡を取るなって言ってたけど……そんなこと言ってる場合じゃない!! 僕はどうなってもいい……だから、姉さんをっ!!!)

 

 

藁にも縋る思いで病院に連絡を入れた。

―――数分後、駆けつけた救急隊員たちによって香澄は搬送され、一命を取り留めることに成功、付き添っていた白斗も安堵した。

 

 

「……白斗……貴様ァ……!!!」

 

「……お父さん……」

 

 

そこへやってきた才蔵。

息こそ切らせていたものの、やはりというか憎悪―――否、殺気を向けていた。

 

 

「……お前は、何ということをやってくれたのだ……ッ!!!」

 

「……僕、お父さんに言われた通りにやったよ……。 でも、ダメで……連絡しても……全然、聞いてくれなくて……」

 

「ワシの所為にするなこのクズがああああああああああああッ!!!!!」

 

 

病院内の廊下であるにも関わらず、公衆の面前であるにも関わらず、白斗の胸倉を掴み上げ、吠えた。

一方の白斗はこうなることは予測していた。だから抵抗はしない。寧ろ殺してくれた方が楽になる―――そう思い、白斗は虚ろな目で何もかもを受け入れようとした。

 

 

「……貴様には、死すら生温いッ……!! 償わせてやる……償えクズがぁ!!!」

 

(え……?)

 

 

けれども予想だにしない言葉、「死すら生温い」。

その意味を理解できないまま、白斗の意識はそこで闇に落ちていった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………―――ここ、は………?」

 

 

気が付けば、そこは清潔な病院などでは無かった。

赤黒い光に染められた鉄の部屋、その天井を白斗は見上げていた。病院でも、増してや今まで住んでいた住居でもない。

妙に体が重い。呻きながらも白斗は起き上がった。服は何故か患者が切るような服へと変わっている。

 

 

「……起きたか」

 

「……お、とう………さ………?」

 

「ワシを父と呼ぶ資格など……貴様にあるかァ!!」

 

「ぐッ!!?」

 

 

そこへ現れた白衣の男、才蔵。

急に激昂したかと思えば、白斗の髪を鷲掴みにする。痛みに白斗の顔は歪み、少女達は口元を押さえる。

 

 

「貴様……何をしたのか分かっているのか!? 分かっていないだろ!!?」

 

「あ……っ!!?」

 

「愚かな貴様に教えてやる……ワシはな、とある組織から援助を受けて研究していた……所謂犯罪組織という奴だ……そんなロクでもない組織から援助を受けなければ、ワシの世紀の大発明は成し遂げられなかった……!!」

 

 

まだ幼き白斗の頭では、何を言っているのか全てを理解できない。

ただ、父親がとてつもなく悪いことをしていたことだけは分かった。白斗自身はその点について驚いてはいない。

何せ、性根がこんな男なのだから。

 

 

「そんな奴らから香澄を守るため、その存在を隠してきた……なのにっ!! 貴様が考え無しに病院に連絡したがためにッ!! その存在が露呈してしまった!!!」

 

「う……あ……!?」

 

「……延命のための手術を行った後、香澄は組織に捕らわれた……ワシを思い通りに操るための人質としてなァ!! どうしてくれるのだ!!? どうしてくれるのだぁ!!?」

 

(な……何言ってるの、コイツ……!? 全部、自業自得じゃない……!!)

 

 

ノワールは口元を押さえながら、男の狂態に、そして白斗の痛ましい姿に体を震わせた。

何故こうも身勝手な持論を振りかざせるのか、何故白斗が責められなければならないのか、全く理解出来なかった。したくもなかった。

髪を鷲掴みにされる痛みで顔が歪ませる白斗に、尚更痛い想いを抱える女神達。

 

 

「……ところで、延命のための手術と言ったが……何かわかるか?」

 

「………しゅ、じゅつ………!?」

 

「貴様のような愚か者には分からんよなァ!? コレのことだァ!!!」

 

 

才蔵は片方の手で白斗の服を破り、髪を鷲掴みにしている手に力を込めて白斗の胸元へと目を向けさせた。

―――そこには本来あるべきものがなくて、無いはずのものがあった。

 

 

 

 

(あ……あれって……機械の、心臓……!!?)

 

 

 

 

ネプテューヌが、全員が、内心悲鳴にも近い声で叫んだ。

見ているだけなのに血の気が引き、心臓が冷たくなる感覚に陥る。

それは白斗が嘗て語った、「父親の狂気」、そしてその血を継ぐものとして白斗自身が忌んだもの。

あの、機械の心臓だった―――。

 

 

「な……なに……これ……!?」

 

「貴様の心臓を香澄に移植させたのだ。 幸いにも貴様の臓器は拒絶反応を起こさなかったからな、移植自体は成功した……この私自ら手術をした……にも関わらず、香澄は目覚めなかった……っ!! 貴様の所為でえええええええええええええッ!!!!!」

 

 

機械の心臓を取り付けられた理由、それは香澄に心臓を移植したからだった。

それも白斗の意思など関係なく。だが、それでも彼女は目覚めなかったらしい。

怒りに身を任せた才蔵は、鷲掴みにした白斗の頭を―――冷たく固い鉄の床へと、思い切り叩きつけた。

 

 

「あがっ!!?」

 

(白ちゃん!!? な、何してますのッ!!?)

 

 

途端ベールが怒りに身を任せ、白斗を守ろうと駆け寄ろうとした。だが動けない。

―――ここは過去の世界、ただ記憶を見ているだけに過ぎない世界。だから何も出来ず、ただただ見ているしかないのだ。

それを知ってか知らずか、才蔵は何度も白斗の頭を床へと叩きつける。

 

 

「貴様をッ!! 生かしてるのはッ!! こうやって!! 香澄とワシに!!! ごめんなさいさせるためだああああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

「が!! ア!! グ、ギャ、アッ!! ウぁ………」

 

「悪いことをしたら謝る!! そんな常識も知らんのかッ!!? 何もかも貴様の所為だッ!! このクソガキめ!! クソガキめ!!! クソガキめがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

「ぐあぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」

 

 

既に皮膚は破け、頭からは血が飛び散る。

既に傷だらけの痣だらけ、そして血塗れとなった白斗の顔。冷たき部屋に痛々しい音と白斗の悲鳴がいつまでも轟く。

―――それをただ見ていることしか出来ない少女達の心は、崩壊寸前だった。

 

 

(や……やめ、やめ……て……やめてええええええええええええええええええええ!!!)

 

(はく、とさ……はくとさあああああああああああああああああああああああああん!!!)

 

 

5pb.とツネミが、必死に泣き叫んで嘆願するも二人の声は届かない。届くわけがない。

ここは過去の映像でしかないのだから。

恐らくイストワールも、この光景を目の当たりにして心が折れてしまったのだろう。無理もない。こんな光景を見せられて、苦しくないわけがない。

 

 

(……二人、とも………だい、じょうぶ………?)

 

(あ、あぁ………あああぁ………)

 

(……酷い、です……こんなの、酷過ぎますッ……!!)

 

 

恐怖に震えながらも、何とか二人を心配するネプテューヌ。けれども彼女の顔も青ざめていて、何かのきっかけがあれば崩れてしまいそうだった。

この中でも5pb.とツネミは戦闘経験もない一般人の部類だ。恐怖に打ちのめされても仕方がない。きっと、現実世界で機械を管理しているMAGES.も異常に気付いているだろう。

 

 

(……でも、白斗さんは………もっと、苦しいんです……よね…………)

 

(……だっ……た、ら……ボク、たちが……支え、なきゃ……怖い、けど……ここで挫けたら……そっちの方が、後悔……する、から……)

 

 

―――しかし、アイドルとして幾度も逆境にぶつかり、そして白斗に救われてきた彼女達にはただの一般人には持ちえない心の強さがあった。

それは自ら培ったものだけではない、誰から貰ったものなのだろうか。

今こそその誰かに返す時。二人は崩壊しかける心を、白斗への想いで何とか繋ぎ止める。

だがその間にも、才蔵による暴虐は続いていた。

 

 

「ハァー……ハァー……いいか、貴様は詫びなければならない。 香澄に、このワシに……貴様はこれから、ワシの部下として正式に配属して働け」

 

「…………ぁ…………」

 

「そしていつの日か必ず、香澄を組織の魔の手から取り戻す!! 貴様がやれ!! 貴様の所為なのだから!! ……出来なければ香澄は死ぬ、貴様の所為でな」

 

 

薄れ行く意識の中、白斗の耳にそんな言葉が投げかけられた。

傷口から、鼻から、口から。ありとあらゆるところから血が溢れ出している白斗だが、父親の苛烈で、冷たい声が嫌に刻み込まれる。

 

 

 

―――どうか、私が大好きなあなたの、ままで……いて、ね―――………。

 

 

 

あの、大好きな姉が遠のいていく―――そう思う度、心に激痛が走る。

父親の暴虐よりも耐え難い苦しみが襲い掛かってきた。

 

 

「……ワシはこれから表向き、組織への忠誠を誓い、組織のために動かねばならん。 だがいずれはこの組織を乗っ取り、香澄をこの手に取り戻す!! 貴様は香澄を助けるために必要な技術を磨け。 ……死に物狂いでなぁッ!!!」

 

 

そう言ってまた白斗を床に叩きつけ、苛立ちを隠しもせず才蔵は部屋を出ていった。

ようやく静寂が訪れる部屋、白斗は血溜まりに沈んだままだ。

やがて微かに残る生きるための力を振り絞り、何とか体を起こす。そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………たすけ……て、くれない……よな……。 ……なら、僕が…………“俺”が、たすける、しか……ないんだ―――…………」

 

 

 

 

 

 

 

―――余りにも傷つき、心が折れそうになり、暗黒面へと沈みかけている少年。

けれども脳裏には大好きな姉の声がいつまでも轟いている。

泣きながら、血を流しながら、でも目の輝きだけはまだ失っていなかった。失うことが、出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その日からも、やはり地獄だった。

父親の部下として配属された白斗だが、当時まだやっと10歳を超えたばかり。まともな任務に就けるはずもなく、当初は父親が設置したトレーニングルームで地獄のような特訓を繰り返された。

ホログラムを駆使した外敵撃退、或いは討伐の訓練。理不尽難易度をクリアしなければ電撃や父親から暴力が襲い掛かる。だから白斗は、どれだけ傷ついてもクリアするしかなかった。

まるで、ゲームで気に入った結果が出るまで何度でもコンティニューさせられる気分だった。

 

 

 

 

 

父親は心臓のメンテナンスもろくにしてくれなかった。

となれば、白斗自身の手でメンテナンスを行うしかない。だから白斗は僅かに空いた休憩時間を費やしてでも独学で電子工学などを学び、心臓の調整を行った。

貴重な睡眠時間を割いてでも。だから白斗は機械に強くなった。強くならざるを得なかった。

 

 

 

 

 

そんな生活が続けば、肉体にも限界が訪れる。

やがてスコアも伸び悩み、白斗の生傷が増え続ける一方となった。このままでは姉を助ける前に死んでしまう―――。そこで白斗が用いた最後の手段、それは心臓を兵器として運用することだった。

機械の心臓の出力を弄り、ドーピングとして機能させる。皮肉なことに独学で学んだ電子工学で、その試みは成功してしまった。これが後の「オーバーロード・ハート」の雛型となり、白斗のスコアは劇的にアップすることになる。

 

 

 

 

 

 

5年がたったころ、白斗は対人用の技術を幾つも極めるようになった。

ナイフの使い方、ワイヤーの運用方法、狙撃能力、護身術、潜入のための体捌き、作戦立案能力、果ては父親からの恐怖ゆえに備わった危機察知能力。

皮肉と言うべきか、あれでも有能だった父親の才能だけは受け継いでいたらしい、その才能を開花させてきたのである。

さすがに才蔵も認めてきたのか、ここに来て彼の護衛として付き添うことが多くなった。今でも表向きは世界を支える天才科学者として、裏ではその才能に畏怖するものから命を狙われて。

白斗はそんな父親を守らされた。時には刃を、時には弾丸をその身に受けながらも、父親を守り通した。でなければ、姉を救えないから。

襲い掛かってきた暴漢たちは皆殺さなかった。殺せなかった。あの姉の言葉が、自分を引き留めてくれたから。

 

 

 

 

 

―――どうか、私が大好きなあなたの、ままで……いて、ね―――………。

 

 

 

 

実を言うと、白斗はこの日々の記憶をそこまで鮮明に記憶していなかった。

あるのは絶えない痛みと、そして姉の言葉がいつまでも反芻していたことだけ。

だから白斗は狂わずにいられた。歪まずにいられた。まだ、壊れずにいた。

 

 

(……おにい、ちゃん……)

 

(こんな……こんなこと、何年もやらされ続けたの……?)

 

(……酷、過ぎる……っ!!)

 

 

本当なら白斗は一般人として、当たり前の生を謳歌出来たはずだ。

特別なことは何一つなかったかもしれない。それでも、こんな過酷な日々を過ごすことも無かった。

それを思うだけでネプギアとユニの心は更に痛み、ブランに至ってはもういつ怒りが爆発するかも分からない状況だ。

誰もが、怒りも苦しみも悲しみも、そしてその痛みも。何もかもを共有していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、とうとう“その日”が来てしまった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――恐らく16歳になってのこと。

父親から呼び出しを受けた。また護衛任務か、それとも八つ当たりの暴力フルコースか。

今となってはもう顔色一つ変えることすらなくなった。ただ、大好きな姉の言葉を胸にどんな辛いことだろうが乗り切るしかない。

仕事着である“あの黒コート”を羽織り、装備品を整えて廊下を歩く。

 

 

「失礼します、博士」

 

『……入りたまえ』

 

 

ドアを丁寧にノックして声を掛ける。今となってはすっかり部下と上司と言う関係になってしまった、彼の父親。

才蔵は類稀なるその才能と、何よりその悪辣な本性から敵も多く、組織内ですら味方が少ない。そのため彼自身としては白斗の事は嫌ってはいるが、自身に逆らわない有能な「駒」という認識。彼にとっては、自分を裏切らない信頼のおける「道具」。

普段なら乱暴な言葉しか出ない言葉だが―――今日は妙に、大人しい。訝しみながらもドアを開けて部屋の中に入る。

 

 

「……任務でしょうか」

 

「そうだ」

 

 

珍しく暴力が飛んでこない。

少しずつ、謎の悪寒が渦巻いていく。それでも白斗は顔色は変えなかった。

図太さが増したのか、それとも感覚がマヒしてきているのか。そんなことを一瞬だけ考えながら、とりあえず父親の言葉を待った。

 

 

 

 

 

「………単刀直入に言おう。 この組織のボスを殺せ」

 

「…………………………………え?」

 

 

 

 

 

白斗は、そこで初めて顔色を変えた。

何が何だか分からない―――けれども時間が経つにつれ、顔面蒼白へとなっていった。機械の心臓が徐々に冷たくなり、しかし汗が噴き出てくる。

この男は今、何と言ったのか?

 

 

「何度も言わせるな。 ……そもそも私がこんな組織に手を貸してやってるのは香澄を人質に取られているから……そして、香澄を取り戻すためだ。 私がその準備をひっそりと進めてきたのは知っているな?」

 

 

白斗はとりあえず頷いた。

何故、それが殺人へと繋がるのか全く理解できないまま。

 

 

「だが……目敏いクズ共は私の動きを察知したのか、香澄を殺して私の未練を断とうとしているッ……!! 許せるか!!? 許されるか!!? 許していいワケがないだろッ!!!」

 

 

―――この男は香澄を取り戻そうと、組織を乗っ取るべく準備を進めてきた。

しかし研究方面では優秀でも、特に人付き合いの才能が全くないこの男にとって根回しなど出来るはずもなくどこかでミスを犯したらしい。

その所為で今、香澄が殺されそうになっているとのことだ。

 

 

「だから!! 香澄を殺される前にッ!! 計画を実行に移す!!! 少々早いが、この組織のボスさえ殺してしまえば私が乗っとれるよう手筈も整っているッ!!!」

 

 

バン、と机にこの組織のボスに関する資料が叩きつけられた。

世界を牛耳る犯罪組織の首領、当然許しがたい外道だ。それ故に用心深く、行方を部下にすら掴ませないという徹底した保身。

資料には暗殺計画の詳細などない。首領の行方を知らせるものも無い。

 

 

「白斗!! 今こそ貴様の責任を果たす時だ!! 24時間以内に奴を探して殺せッ!!! 私の援助はナシだ!! お前との関係は表向きはただの雇われ用心棒、故にノーマーク!! 奴に気取られることなく殺せるのは貴様だけなのだァッ!!!」

 

 

何もかもが唐突で荒唐無稽。

一切の援助なしで、ノーヒントで、この広い世界で雲隠れしている男を24時間以内に見つけ出して暗殺しろという。何もかもが無茶で、無理だ。

 

 

 

 

いや、何よりも―――。

 

 

 

 

「白斗!! やらねば香澄が殺される!!! 良いのか!!? 貴様の所為で今度こそ香澄が死ぬのだぞ!!? 良いワケがなかろうがああああああああああッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

この手で人を殺さなければ、大好きな姉が殺される―――。

 

 

 

 

(―――嫌だ、殺したくない……殺したくない……)

 

 

 

 

手が、唇が、体が震える。恐怖で震える。

思考が掻き乱され、恐怖で塗り潰されていく嫌な感触。―――これを目の当たりにしている女神達ですら、既に顔面蒼白だというのに、白斗の顔色はもうそれを通り越して黒ずんですらいた。

まるで死人のように、何かが腐り落ちていくような―――。

 

 

「まさか貴様、ワシの護衛のためだけに鍛えさせたと思ってはいないだろうな!!? 全てはこのためよ、奴を殺させるためだ!!! 今まで評しなかったが、貴様のスコアは既に世界最高峰だ、あらゆるセキュリティを抜け、あらゆる殺し方を熟知している!!!」

 

(……ち、がう……おれ………つよくなれば、コロスひつようなんてない……ころさずに、アンタを………姉さんを、まも、れるって………)

 

 

白斗は当然暗殺など考えもしなかった。

鍛えてきたのは父親の命令だったのもあったが、姉を組織の魔の手から取り戻すためだと信じていたから。

この時までは直接その手で救出する―――そう思っていたのに。そんな彼の願いは音を立てて崩れ落ちていく。

そうだ、あのトレーニングは思えば防衛に必要のない銃器の扱いまで仕込まれた。全ては、白斗に暗殺させため―――。

 

 

 

 

(あ………あぁ……ああああああああああああああああぁぁ………!!?)

 

 

 

もう、何が何だか分からない。

頭の中はノイズだらけで、冷静な思考など何一つできない。

あの辛い日々が唐突に蘇り、その最中で何度も姉との思い出が蘇る。痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――。

そんな彼の苦しみを知ってか知らずか、才蔵は白斗に顔を近づけ、告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さぁ、白斗。 香澄のために奴を―――殺せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うぁああぁあああァああああァああああぁあアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァアアァ――――――――!!!!?)

 

 

 

 

 

 

塗り潰されていく心。

どす黒い言葉に、あの大好きな姉の声すらも届かなくなる気がして。もう何もかもが嫌で、白斗はただ叫ぶことしか出来なくて。

訳も分からず、何かが壊れていくのを感じながら、白斗は心の中で悲鳴を上げ続け―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――気が付けば、白斗は見知らぬ部屋で、冷たくなった死体の前に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………ぇ…………………………」

 

 

 

 

 

 

ようやく我に返った時、白斗は返り血を浴びていることに気付いた。

自分に怪我などない。ならばこの返り血は今目の前で死んでいる男のもの。

男は脳幹を打ち抜かれて死んでいた。そして白斗の手には銃が握られている。更にこの男の顔は見たことがある、あの犯罪組織の首領―――。

 

 

「―――よくやった、白斗」

 

 

すると背後から陰気な声が聞こえた。

振り返ると死体を目の当たりにしているにも関わらず、大層満足そうに頷いている才蔵がそこにいた。

生まれて初めて、父親は息子を褒めた。暗殺を成功させたことに褒めていた。

 

 

 

「お前は成し遂げたのだ、暗殺を。 24時間以内に世界を牛耳る男を探し出して殺す―――我ながら詰んだとしか思えない状況だったが、貴様は成し遂げた。 これはもう認めねばなるまい。 貴様は世界最高峰の腕を持った男だ」

 

 

 

―――自分が……コロシタ……?

 

 

 

「ああ、香澄については心配いらない。 既にこの男の死は組織全体に伝わり、ワシが以後掌握することになった。 既に香澄の体も確保済み……これでようやく、香澄を助けられる……ああ、長かった……!!」

 

 

 

―――姉さんは、助かった……でも人を……コロシテシマッタ―――。

 

 

 

「今回だけはお手柄だ。 まぁ、元は貴様の所為だが。 ……それにしてもここまでやってのけるとは、お前はどうやら人殺しの才能だけはあったらしいなぁ!!」

 

 

 

―――人……殺し……は、ははは………ああ、そうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――俺、ただの………“人殺し”なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、白斗の瞳から一筋の涙が溢れた。

姉が助かったことによる安堵でも、重荷を捨てられた開放感でもない。訳の分からない悲しみが、光を失った瞳から流れ出た。

彼だけではない。それを見ていた女神達も皆、言葉を失い、心を空っぽにして、白斗を見ているだけしか出来なかった。

 

 

「さーて、祝杯でも挙げるとするか!! 白斗、香澄に挨拶するくらいなら許可してやる。 この部屋に安置されているはずだ。 明日からはまた使ってやる。 そうだな、ワシに対する反乱分子がいるようだからそいつらの皆殺しでも頼むかなぁ!! ハハハ!!!」

 

 

才蔵は上機嫌で鼻歌を歌いながら部屋を後にした。

残された白斗はしばらく呆然と立ち、やがて膝を折った。バシャリ、と血溜まりに屈して血飛沫が跳ねる。

―――自分の罪の証。殺してしまった人を見つめていた。

 

 

「………ウ、グっ!! ゲボォ!!? グボ、ガボエェエエエエエエ………!!!」

 

 

吐き気が催される。吐いて、吐いて、吐きまくった。吐血すらした。けれども、その“体の苦しみ”が、“胸の苦しみ”を紛らわせてくれる。

やがて体に溜まっていたもの全てを吐き終えた時。

 

 

 

 

「……ぅ、ぁ………ぁぁああ………あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!? あぁああぁあぁああぁぁあああぁ………!!!」

 

 

 

 

白斗は泣いた。泣いて、泣いて、泣きまくった。

16にもなる男が、吐いて、泣いて、喚いて。何と見苦しいのだろうか。

姉も救えず、父親にも嫌われて、人を殺し、挙句その罪から逃れようともがいている。

 

 

 

(俺の馬鹿野郎!! 俺のクソ野郎!! 俺のロクでなし!!! 俺の、俺の、俺の…………ッ!! ……ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!)

 

 

 

―――白斗は、己を憎んだ。己を嫌った。己を……殺したくなった。

 

 

 

 

 

『………はく………と………』

 

 

 

 

これが、彼の過去の記憶。彼が今でも憎んでいる、彼の罪。

ネプテューヌ達はそれをようやく目の当たりにした。目の当たりにして、その苦しみが、痛みが、悲しみが。何もかもが刻み込まれた。

震える。力が出ない。見ているこちらが壊れてしまいそうだ。

 

 

 

『……どう、して……どうして、なの……? なんで……なんで白斗がこんな目に遭わなきゃいけないの………?』

 

 

 

涙ながらに絞り出された、ネプテューヌの悲しみに満ちた声。

大好きな人の、余りに残酷にして理不尽な過去。父親に愛されず、愛した姉は救えず、しかし愛した姉を守るためその手を汚さねばならなかった。

だが、何故白斗がこんな目に遭うのか。ネプテューヌは一切理解できなかった。理解したくなかった。

 

 

『………そうよ………白斗………何にも悪くないじゃないッ!!!』

 

 

静寂を打ち破ったのは、ノワールの怒号だった。

けれどもそれは白斗に対する怒りなどではない。彼に対する怒りなど欠片も無い。

怒りの矛先は―――彼を取り巻く“理不尽”すべてに向けられていた。

 

 

『白斗が………何したんだ……!? 悪いのはあのクソ親父の方じゃねぇか!! なんでだよ!!? なんで白斗が!!? どうしてだよ!!? なんで、どうして!!? クソ……畜生があああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!』

 

 

彼女に触発されて、ブランもとうとう怒りを抑えきれなくなった。

涙と共に爆発させた怒りで床を殴る。ここは過去のデータ世界、どれだけ殴ろうが床にも、自身にも影響は与えない。

だが、ブランには―――“痛かった”。 

 

 

『白ちゃん……こんなの、貴方の所為じゃないのにっ……!! ひ、人を殺したかもしれないけど……貴方は、悪くないのにっ!!! あ、あぁぁあぁああぁ……!!!』

 

 

ベールも、女神らしさの欠片もなく泣き喚いた。

人殺しは罪。確かにそうかもしれない。頭では、分かっていた。だが心が認められなかった。

白斗が何をした?人を殺したから、何もかもが悪いと背負い込むのか?

理不尽なその問いかけに、ベールは明確な答えは出せず、けれども白斗の罪を否定したくて、いつまでも泣いていた。

 

 

 

―――四女神だけではない。ネプギアも、ユニも。大好きな兄の過去を知って、苦しんだ。

アイエフとコンパは、彼の苦しみを己の苦しみとして感じ、心を滅茶苦茶にさせている。

5pb.とツネミ、そしてマーベラスもまた痛み、苦しみ、悲しみを溢れさせ、泣き叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もが皆、白斗を想う余り―――壊れそうになった、その時だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……あ……ぁ………もう、ダメだ……」

 

 

 

 

 

不意に白斗が立ち上がった。

その瞳は黒一色。何もかもが塗り潰されている。今呟いたその一言でさえ、無意識なのかもしれない。

それでも彼はふらふらと、どこか消えてしまいそうな足取りで部屋を後にする。白斗を心配して、女神達は辛うじて心を繋ぎ止めて彼の後を追った。

―――そこは先程才蔵に教えられた、香澄の部屋。彼女は緑色の液体で満たされたカプセルに入られている。

 

 

「……姉さん……」

 

 

やっと果たした再会。だがそれは、何一つ白斗の望む形では無かった。

姉は目覚めておらず、白斗の体は傷つき、挙句その手を罪に染めてしまった。

 

 

「……ごめん。 約束……守れなかった……俺、変わっちゃった……。 いや、元から俺、人殺しだったんだ……。 もう、姉さんの傍には……いられない……」

 

 

いつの間にか、手には銃が握られていた。

あの人の命を奪った忌々しき銃。白斗は大口を開けて、その口に銃口を突っ込み―――。

 

 

(は、白兄ぃ!!? まさか……自殺するつもりなの!!?)

 

 

ユニが止めようとした。けれども止められない。

何度でも思い知らされる。ここは過去の記憶。自分達はただ、眺めているだけしかできないのだと。

 

 

 

 

(勝手だけど………最後に、姉さんを見られて……良かった―――)

 

 

 

 

涙を流しながら、白斗はその引き金を―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――   イ      キ     テ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

優しい声が、その指を止めた。

愛する姉に看取られながら死のう―――そう思い、香澄を目にしていた時。その耳には確かに聞こえた。

そしてその目は―――確かに見た。

 

 

「……今、姉さんの口が……動、いた……? 姉さん!!?」

 

 

絶望も忘れて白斗はカプセルを叩いた。だが、反応はない。

どれだけ呼びかけても、どれだけ叩いても、動くことは無かった。

だが、確かに今―――“動いた”。

 

 

「………は、はは……姉さん、正気かよ……? こんなサイテー野郎に生きろ、だって……? こんな、こんな優しさの欠片もねー人殺しが……生きる資格なんて、あるわけが……」

 

 

姉は答えない。表情を変えもしない。

未だに白斗は己の罪を自覚し、苦しみ、死を選びたくて仕方がない。

でも、あの姉の言葉が脳裏に焼き付いてしまっている。

―――そして、白斗は“つい”それを口にしてしまった。

 

 

 

 

 

「……………生きてて………いいのかな、俺は……………」

 

 

 

 

 

彼は迷っていた。けれども、求めてもいた。

だから、例え届かなくても―――彼を愛していた女神は、ネプテューヌは。

 

 

 

 

 

 

『―――白斗……生きて……生きてよぉ―――――っっっ!!!』

 

 

 

 

 

 

彼の生を、望んだ。

ネプテューヌだけではない。誰もが、大好きな人に生きてて欲しいと声を出し、手を伸ばした。

―――するとどうしたことか。白斗が不意に……“こちら”を見た。

 

 

「……は……また、幻聴が聞こえた……。 本当に、ダメになったのかな……」

 

 

これは、過去の再現。過去の世界に飛んだわけではない。

だから見えるはずも、聞こえるはずも、届くはずもない。

でも―――白斗には、何かが伝わった。姉の言葉がまた届いたのか、本当の幻聴なのか定かではない。

 

 

 

 

 

「…………生きて、みよう……かな―――」

 

 

 

 

 

白斗の瞳に、僅かながら光が戻った。

目的なんてない。何をすればいいのかもわからない。まだ感情は朧気で、心は苦しい。だが、白斗は歩き出した。殺意の証である銃を捨てて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その夜、白斗は培った技術や心臓の力を用いて組織から脱走した。

当然、組織は―――父親は怒り、白斗に追手を差し向ける。心休まる日など無く、まともな宿は愚か、野宿ですらできず、逃げまどう日々。

それでも白斗は死ななかった。死ねなかった。生きるとは何か、分からないまま。

各地を転々としながら、それでも追っ手を撒き続け、どれだけ襲われても殺すことは無く、しかし傷つきながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな生活を続けて……2年が経った。

未だに追手はしつこく白斗を探し続けている。けれども白斗はいなし続けていた。

この2年という月日で白斗は世界を渡り歩き、物を知った。逃亡生活ということも相まってか心は擦り切れ、組織にいたころとはまた違う性格になっていた―――と思う。

服は汚れ、まともな食事も出来ないために痩せこけ、度重なる追撃で体は傷つき、何よりもその手は罪で染まっている。

正直な所、精神的にも肉体的にも限界だった。いつ倒れてもおかしくないまま、それでもただ揺蕩うように生きていた。

 

 

 

「………………………」

 

 

 

黒コートをはためかせながら、白斗はふと立ち寄った街を歩いていた。

とても綺麗な街だ。清潔感が溢れていて、生活水準は高く、人々も笑顔で溢れている。

そんな街だからこそ、白斗は己の汚さと比較して―――気分を悪くしていた。

 

 

(……出よう)

 

 

居心地の悪さを感じながら、白斗は街を出ようとした―――その時。

 

 

「ママ―!! 早く早くー!!」

 

(ッ!!?)

 

 

女の子が一人、道路を突っ切ってきたのだ。

はしゃぐ余り信号が目に入らず―――目の前にトラックが迫っていた。少女の母親も、トラックの運転手も、周りの人々も悲鳴を上げる。

しかし突然のことで、誰もが動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ一人―――白斗以外は。

 

 

 

 

 

(―――間、に、合、えええええええええええええええええええええええええっ!!!!!)

 

 

 

 

 

あの父親から課せられていたトレーニングと、逃亡生活、そして機械の心臓が功を奏した。

身体は鍛えられており、他人の危機には敏感になってしまった体質、更には動体視力も磨き上げられ、いち早く少女を抱きかかえることに成功する。

後は「オーバーロード・ハート」の出力を用いて地を蹴れば、一気に道路から植え込みへと飛び込み、トラックから逃れることが出来た。

 

 

「う……うえーん!! ママぁ――――!!!」

 

「もうっ!! 危ないじゃないの!!」

 

(……はは、力はもう出ねぇし体が痛ェ……。 何で俺……こんなことしちまったんだろうな)

 

 

度重なる逃走劇で白斗の体力は限界だった。しかもこんな目立つことをしては組織の追手に見つけてくれと言ってしまっているようなもの。

なのに、白斗は何も考えることなく体を動かしてしまった。

 

 

「―――お兄ちゃん! ありがとう!!」

 

「本当にありがとうございます!! 何とお礼をしたらいいのか……」

 

 

けれども、泣きながら感謝してくれる親子を見てどうでもよくなった。

体の疲れも、湧きあがる疑問も、何もかもが吹き飛ぶ。

ついに訪れる限界で視界が暗くなる中、白斗はようやく悟った。

 

 

 

(………でも………こんな俺でも、誰かを笑顔に出来た……の、かな―――………)

 

 

 

 

薄れ行く意識の中、白斗は微笑んでいた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その後、気絶してしまった白斗は病院に収容されたが当然組織の耳に情報が行き渡ってしまった。

結果、白斗は入院中で身動きが取れないこともあり―――組織の手の者に捕らわれてしまい、父親の下へと連れ戻されてしまった。

 

 

「博士、お連れしました」

 

「ご苦労。 ……さて、よくもワシを裏切ってくれたな……『息子』よ」

 

「……息子を犯罪組織に入れて、人まで殺させて、しかも殺そうとする父親がいるかよ」

 

「……貴様、どこまでワシに逆らえば気が済むのだッ!?」

 

「うぐっ!?」

 

 

そう、ここで物語は“プロローグ”のあの場面へと戻る。

人を殺すことに耐えられず、組織を抜けだした白斗は父親の下へと連れ戻され、彼によって暴行を加えられることになる。

 

 

『白斗ぉ!! ……やめて……もうやめてよぉ!!!』

 

 

もう何度目になるかもわからない、白斗に暴力が振るわれる光景。

ネプテューヌ達は慣れることが出来なかった。慣れたくなかった。何度見ても、心が痛み、涙で溢れる。

やがて、嵐のような暴力が止まると才蔵は銃を取り出して突き付ける。

 

 

「お前は本当に役に立たない……それでも生かしてやったというのに、そんな大恩忘れるようなクズは……ここで死ね!」

 

 

―――ここまでか、と白斗は己の最期を悟った。

薄れ行く意識の中、最後に姉の言葉を思い出す。

 

 

 

 

 

―――我慢しないで、白斗……貴方は優しくて、良い子なの。

 

 

 

―――だから、ちょっとくらいお願い事しても、バチなんて当たらないのよ。

 

 

 

 

(……お願い事、か……。 そうだな、最後に一つだけ……)

 

 

 

 

そして白斗は心の中で、ある“願い事”をした。

―――すると、突然彼の体が光りに包まれ、そこから姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間―――白斗は見知らぬ世界、そう……ゲイムギョウ界へと飛んでいたのである。

 

 

 

 

 

 

(……そして………私達と、出会ったんだ―――………)

 

 

 

 

 

そこから先は、ネプテューヌ達が知る通りだ。

あの運命の夜、とある“願い事”を口にしてみた。するとゲイムギョウ界の夜空に不自然に輝く星を見つけ、何故か無視できなくなったのである。

女神化してその光へ近づき、その正体が―――傷ついた白斗だった。女神達は傷ついた少年を放っておけるはずもなく、最寄の教会であるプラネタワーへと運び込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、目が覚めた白斗は―――女神と出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから先は、彼にとってまさに宝物のような、幸せな時間だった。

女神達は見知らぬ自分を助けてくれたばかりか優しくしてくれて、居場所まで与えてくれた。

彼女達に恩義を感じ、もう他に何もなかった白斗は女神達のために命を捧げることを決意する。

でも、そこから女神以外の人々―――アイエフとコンパ、5pb.やマーベラス、ツネミらとも出会い、楽しい時間を過ごした。

楽しくて、明るくて、幸せだった。―――幸せに、してもらった。

彼にとって、少女達とは生きる意味でもあり、幸せそのものだった。

 

 

 

 

 

 

だから、彼女達のためならば白斗は本当に何でもできたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――だからこそ、白斗は許せなかった。“自分自身”が。

 

 

 

 

 

『―――きゃっ!!? な、何この炎!!?』

 

『く、黒い炎です!!? 熱いです~~~!!!』

 

 

 

 

 

突然、辺りが真っ暗になったかと思うとどす黒い炎が嵐のように吹き荒れた。

慌ててアイエフとコンパも飛びのく。

熱波だけでも頬が焼け焦げるかと思う程の熱量に誰もが離れたようとした―――だが、出来なかった。

その炎の中心の中に見てしまったのだ。

 

 

 

『―――白斗!!?』

 

 

 

少女達にとって、何よりも大切な存在。白斗が、その炎の中にいた。

黒い鎖に縛られて磔にされている。まるで火炙りの刑であるかのように。

すぐに助けようと向かうが―――。

 

 

『―――――来るなぁッ!!!!!』

 

『えっ……!?』

 

 

久しぶりに聞いた、白斗の声が、彼女達の足を止めた。

助けを求める声などではなく、拒絶の言葉だった。

 

 

『………みんな………見たんだな……。 俺の……過去、を……』

 

『……うん』

 

『なら……分かったろ? 俺は……許されていい人間じゃ……ない』

 

 

白斗は未だに悔いて、苦しんでいた。己の過去と罪に。

そしてそれを当たり前のものとして受け入れ、自らの幸福を禁じている。確かに、償う者としては当然の心構えと対応なのかもしれない。

でも、それでも―――。

 

 

『―――違う!! 白斗は悪くなんか無いよ!!』

 

『……悪いに、決まってんだろ……。 姉さん助けられなくて、人殺して……それでいてのうのうと生きてやがるんだぜ……? しかも、俺からしたら皆はただの依存対象……』

 

 

ネプテューヌの悲痛な叫びにも、耳を貸さなかった。

その顔には苦しみと悲しみを刻み込ませ、涙を溢れさせている。彼をそこまで駆り立てている罪、それは過去の殺人だけではなく―――。

 

 

 

 

 

 

『あの時、傍にいて良いなんて言ってくれたけど……俺、皆を……傷つけちまった……っ!! ……こんなんじゃ、皆の傍にいていいワケがないんだよッッッ!!!!!』

 

 

 

 

 

 

―――何よりも大切だった少女達を、傷つけてしまったことだった。

 

 

 

『……なーんだ、そんなコトかー。 心配して損しちゃった』

 

『………ネプ、テューヌ………?』

 

 

 

ところがネプテューヌは涙を拭い去り、笑い飛ばして見せた。

それだけに留まらない。何とスタスタと、まるで平坦な廊下を歩くように炎の中へと歩いていく。

 

 

『熱っ……!! い、いや……こんなの……熱くないもんっ!!』

 

『や、やめろッ!! タダじゃ済まねぇぞ!? 離れろぉおおおおおおおおおっ!!!』

 

『だったら!! 尚更白斗を放っておけるワケないよ!!!』 

 

 

 

彼女だけではない、他の少女達も同じだった。

 

 

『あんなのっ……、白斗の所為じゃない、って言ってるでしょ!! それにあんな状態でも白斗は……私達を傷つけないように頑張ってくれてた!!』

 

『それにっ……生きてたら、傷つくのは当たり前っ……。 傷つくのを恐れて生きる、なんて……増してや貴方の傍にいることなんて出来ないっ!!』

 

『白ちゃん……っ、私達は貴方のためなら何でもするという覚悟がありますわ!! ……私達の覚悟を見くびらないでくださいまし!!』

 

 

ネプテューヌ達に続いて、ノワール、ブラン、ベールも臆することなく近づいてきた。

どす黒い炎で今にも焼き尽くされそうだというのに、顔を激痛に歪めながらも、白斗の下へと歩み寄ってくる。

 

 

『お兄ちゃんのしてしまったことは、確かに消えないかもしれない……でも、私達が一緒にそれを背負いますっ!!』

 

『白兄ぃだって、アタシ達が苦しんでたら一緒になって苦しんでくれてたじゃない! だから……アタシ達に、白兄ぃの苦しみを分けてよ!! 一人じゃないんだから!!』

 

 

涙すら蒸発するほどの、悲しみの炎。

ネプギアとユニも、炎を掻き分けて進んでくる。まだ女神として覚醒したばかりの彼女達では辛いだろうに。

それでも、愛する人のためならばと厭わなかった。

 

 

『良いところも、悪いところも……全部白斗なのよ!! 人を殺してしまったとしても……そんなの、白斗の一部分でしかないんだからぁ!!』

 

『そうです! 白斗さんがどんな人なのか、私達は知ってるです!! そして白斗さんがありもしない罪で苦しんでいい人でも無いって……知ってるんですぅ!!』

 

 

そして、女神ですらないアイエフとコンパも、勇猛果敢に炎を突っ切っていた。

ここは精神世界、そこで巻き起こるダメージを耐えられるかは精神力に掛かっているはずなのに。とても苦しいはずなのに。

それでも二人は止めない。いや、彼女達だけではない。

 

 

『白斗、君っ……!! 白斗君はいつだって、私の手を……掴んでくれた!! だから私だって白斗君の手を掴んで見せる!! 貴方の忍になるって、誓ったから!!!』

 

『もう一人で抱え込まないでください!! 白斗さんは一人じゃありません!! 私を、助けてくれた時だってそうだったじゃないですか……!! 全部、私達にぶつけてください!!』

 

『それに……ボク達、今嬉しいんだよ……? やっと、白斗君の力になれるって……やっと……白斗君を幸せにしてあげられるって!! 』

 

 

マーベラスとツネミ、そして5pb.すらも。その身を焦がしながら白斗の下へと向かう。

痛い、辛い、苦しい。なのに、必死に笑顔を浮かべている。

誰もが大好きな人―――白斗のためなら、止まることなど出来なかった。

 

 

 

 

 

 

―――その姿はまるで、彼女達を守るために立ち向かっていく白斗そのものだった。

 

 

 

 

 

 

『白斗……分かる? 白斗はこれだけのことを、これだけの子達にしてくれたんだよ……? そんな人が、傍にいてくれないなんて……死ぬよりも、辛いんだよっ!!!』

 

 

 

 

 

そして、ネプテューヌの真っ直ぐな想い。想いは手となって伸びてくる。

彼女だけではない、ノワール達女神様も、二人の女神候補生達も、特別な力を持たない少女達ですら。

傷だらけの、けれども綺麗な手が伸びてくる。届くまで、後少し。

 

 

 

(……いい、のか……? 本当に、俺は……この手を掴んで……いいのか……? でも、俺……結局は、皆に……依存してるだけ……)

 

 

 

今も尚、逆巻く炎に晒され、そして鎖によって磔にされている白斗。

その目は、少女達の手を捉えて離さない。

けれども、己の気持ちに整理がつかない。自信が持てない。本当に今まで自分は彼女達の事を想っていたのかと。

 

 

『白斗!! 私達に依存したいならそれでもいい!! でもね……そこにもう一つくらい意味を見つけてもいいんじゃないかな?』

 

『い……み…………?』

 

 

すると、ネプテューヌはそんな彼の胸中を見抜いたのか。

彼の考えを否定するのではなく、肯定して受け入れたのだ。ただの依存対象でも良かった。

他の少女達もそれは同じ。

 

 

 

 

 

 

 

『うん!  ……私達と一緒に、幸せになろうよ!! 私達の幸せが白斗の幸せなら……白斗の幸せも、私達の幸せなんだよ』

 

 

 

 

 

 

―――きっかけは、何でも良かった。どんな形から始まっても、良かった。

白斗にとっての幸せがネプテューヌ達であるように、ネプテューヌ達の幸せもまた白斗となっていた。

お互いに幸せなら、形に拘る必要があるのか?過去の罪に引きずられ、幸せを逃してもいいのか?

白斗の中で、炎にも負けない想いが渦巻き始める。

 

 

 

 

(……俺、は………俺は………俺は…………っ!!!)

 

 

 

 

白斗の脳裏に思い起こされる光景。

それはこれまで共に過ごしてきた、自分の命よりも大切な少女達の―――魅力だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厳しいながらも、何事も真剣に取り組むノワールの美しさ。

 

 

 

あどけなさとは裏腹に深い愛情を秘めたブランの可愛らしさ。

 

 

 

いつも自分を包み込んでくれるベールの包容力。

 

 

 

自分を兄と慕ってくれるネプギアの無邪気さ。

 

 

 

どんな努力も惜しまないユニの直向きさ。

 

 

 

何かある度に、どんなサポートでもこなして助けてくれたアイエフ。

 

 

 

緩いながらも自分の事を気にかけ、些細な怪我や変調も見逃さなかったコンパ。

 

 

 

人見知りを乗り越え、夢に向かっていった5pb.の歌声はいつも活力を与えてくれた。

 

 

 

その人懐っこさと明るい笑顔で周囲を助けてくれるマーベラス。

 

 

 

美しき歌声で、自分の心に潤いを与えてくれるツネミ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――

 

 

 

 

 

 

 

『白斗………“これから”も!! ずっと……ずっと一緒だよ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも自分を幸せにしてくれる、大好きなネプテューヌの笑顔―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな魅力的な子達と離れて――――“本当にいいのだろうか?”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………おれ、は……俺はっ!! 皆と……一緒にいたいっっっ!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

涙を流しながら力の限り叫び―――白斗は己を縛っていた鎖を、引きちぎった。

もう、自分を縛る鎖など要らない。ただ、彼女達と一緒にいたかった。

すると地獄のような業火が一気に消え去り―――真っ暗だった白斗の世界は、美しく白いものへと変わった。

眩しさと優しさを感じる世界で、鎖から解き放たれた白斗は落ちて行き……愛しき少女達の腕の中へと、収まっていった。

 

 

 

『白斗……ありがとう、帰ってきてくれて』

 

 

『ありがとう……ずっと、守ってくれて』

 

 

『私達と一緒にいてくれて……ありがとう、ですわ……!!』

 

 

 

 

真っ先に抱きしめてきた女神達。皆の涙と温もり、そして何よりも。

 

 

 

 

 

『白斗………私達と出会ってくれて……本当に、ありがとう!!!』

 

 

 

 

 

 

―――父親からは掛けて貰えなかった、でも本当は聞きたかった言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………俺こそ…………本当に、ありがとう………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度こそ、絶望など無い。

心からの言葉と共に白斗は安らかに目を閉じ、辺りは光に包まれていった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん………」

 

 

―――白斗は余りにも重い瞼をようやく開け、朧気な視界が徐々に戻っていく。

まず出迎えていたのは清潔感溢れる部屋の天井、などではなく。

 

 

「あっ!! おにーちゃんがめをさましたー!!」

 

「お兄ちゃーん!! ぐすっ、ぐすっ……もう、お寝坊さんなんだからぁーっ!!」

 

「お兄ちゃん……良かった……良かったよぉ………(ぐすぐす)」

 

 

ちびっ子三人の抱擁だった。

精神世界にダイブ出来なかった分、真っ先に甘えたかったらしい。涙と、それ以上に溢れる笑顔で白斗はようやく自覚する。

―――“帰ってこられた”のだと。

 

 

「ピーシェ……ラムちゃん………ロムちゃん………」

 

 

まだうまく力が入らない手を、しかし力を込めて何とか動かし、皆の小さな頭に沿える。

撫でることすらままならない。嗚呼、生きるって何て難しいのだろう。でも、なんと凄いことなのだろうか。

肉体的にも、精神的にも、死を迎えようとしていた白斗にとって初めて「生」を実感していた。

 

 

 

 

 

そして何よりも、入れ代わるようにしてこちらへと笑顔を向けてくれる女神達の姿。

 

 

 

 

 

 

 

「………お帰りなさい、白斗!!」

 

「……みんな。 ……ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

お互いに涙を流しながら、白斗はようやく己の居るべき場所へと帰ってきたのだった―――。




大変長らくお待たせいたしました。そして大変長くなりました。(文章量的に)
ですがこれにて白斗に纏わるエピソードは一旦終わりです。
シリアス話を何話も投稿するのはしんどいかなーと思いまして、一話一話を濃くする形を取りました。
白斗はカラカラとしていて実はナイーブな面もある、ある意味人間臭いキャラクターを目指しました。そんな白斗という人物像が少しでも伝わればと思います。
さて次回からは明るく楽しいギャグ話……にはまだ遠い!新しいキャラに加えて新しい事件発生!恋次元のドタバタはまだまだ止まらない!
それでは次回もお楽しみに!!


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第四十二話 ぽやぽや女神と復讐の果実

(………んん? ここは……そっか、病院か……)

 

 

夢から覚めた白斗がまず見たもの、それは清潔感溢れる部屋の天井だ。

温かな日差しと柔らかな風が窓から心地よさとなって入ってくる。

つい昨日、精神世界にダイブしてきたネプテューヌ達の手によって白斗は己の絶望からようやく抜け出し、喜ばれたものの気疲れから再び眠ってしまっていた。

 

 

(―――ああ、心が軽いなぁ……これも皆のお蔭……)

 

 

夢の中で白斗は、この上ない開放感に包まれていた。

今まで眠れば高確率で悪夢を見ていた白斗。だが、それももう無い。

自分を縛る絶望から解き放たれた白斗は、重い鎧を脱ぎ捨てたかのような軽さを覚え―――

 

 

 

―――ずしっ。

 

 

 

 

(……いや待て。 何だか妙な重量感が……何かが俺の上に乗ってる?)

 

 

 

 

と、思いきや。腹部辺りに何かが乗っているような感触が。

しかも可愛らしい寝息が二つも。何とか上半身を起こしてみると、その正体が分かった。

 

 

「くー……すー……」

 

「何だ、ピーシェか。 ……まぁ、この子はいいとして」

 

 

一人はピーシェ。もう一緒に暮らすようになってから二ヶ月以上は立つ、黄色と元気が特徴の幼き少女。

そしてもう一人は―――。

 

 

 

 

 

 

 

「すや~………すぴ~………」

 

「………Who are you?」

 

 

 

 

 

 

 

見知らぬ、紫色の少女だった。

何とも緩い雰囲気と柔らかな寝息、そして可愛らしい顔。三つ編みポニーテールでありながらふんわりとした紫色の髪。

服装も緩く、極めつけは履物がスリッパ。病院指定のものではないということは、ここまでそのスリッパで歩いてきたということ。

―――可愛らしい美少女、しかし白斗にはとんと覚えのない美少女、どこから来たのかも分からない美少女。

 

 

「……そうか、俺が部屋を間違えたんだな。 そうなんだな? でないとバレた瞬間社会的な死を迎えちまうぞ!? 早く脱出せねば……!!」

 

 

病人が何をほざいているのだろうか。久々に自由になれてタガが外れてしまったのだろうか。

とにかく余計な誤解を生まないためにもいち早く離脱を選択―――。

 

 

「白斗~!! ネプ子さんがお見舞いにログインしましたよ……って、ねぷっ!!?」

 

「あ、詰んだ」

 

 

フラグは回収されてナンボ。

ばーん、と勢いよく開け放たれたドアの向こうにプラネテューヌの女神様、ネプテューヌが今日も元気な笑顔を見せてくれた。

―――のだが、自分の上で寝ている紫の少女を見た瞬間、空気が凍り付く。白斗はここで彼の冒険が終わってしまったことを悟り。

 

 

「んもーっ!! ぷるるんってば何白斗の上でお昼寝しちゃってるのー!!?」

 

「え? ぷるるん? 知り合い?」

 

 

かと思えば女神様は見放していなかった。

怒りは白斗にではなく、その上で眠る少女に向けられていた。しかもしっかりと名前を呼んでいる辺り、どうやら知り合いらしい。

 

 

 

 

「ん~………んん~………? ……あ~、ねぷちゃんだ~。 おはよ~」

 

 

 

 

そんな彼女の騒がしさに起こされたらしい、少女が眠たげな眼をこすりながら起き上がった。

やはり緩い言葉遣いと雰囲気のまま、気の抜けた挨拶をする。

白斗は声を聴いているだけで毒気を抜かれてしまうような、そんな緩さと魅力を感じていた。

 

 

「おはよー、じゃなーい! ピー子はともかく何羨ましいことしちゃってるのさー!!」

 

「ごめんね~。 急に眠くなっちゃったし、温かそうだったからつい~」

 

「つい、じゃありませーん! 人のものをとったらドロボウ! ポシェモンの常識だよ!」

 

「ほぇ~? 白くんって、ねぷちゃんのポシェモンだったんだ~」

 

「いや俺人間ですから。 ってか白くんって……」

 

 

つい先日まで絶望だの何だので凄まじく重い雰囲気を纏っていたというのに、そんなものなど無かったと言わんばかりのこの雰囲気。

ぷるるん、と呼ばれた少女はドのつく天然だったらしく、ネプテューヌのボケを真に受けてしまっていた。

そんな彼女にツッコミを入れてしまう辺り、白斗も相当毒されている。

 

 

「あ~、白くんも起きてたんだね~。 おはよ~ございま~す」

 

「お、おはようございます……。 で…………どちら様ですか?」

 

 

余りの緩さについつい流されてしまっていたが、何度も言うように白斗はこの少女に覚えがない。

にも拘らず、少女はこちらの事を知っているようであり、しかも「白くん」と愛称で呼んでいた。ネプテューヌのことも「ねぷちゃん」と呼んでいることから彼女特有の愛称らしいが、そこまで親密な関係なのだろうか。

とりあえず何もかも解せないでいると、ようやく騒ぎに気付いたピーシェも起きて。

 

 

「ん、んー……ふぁ~……あ! おにーちゃん、ねぷてぬ、ぷるると! おはよー!!」

 

「お、おうピーシェ。 おはようさ………ん? “ぷるると”……?」

 

 

目覚めて一番にピーシェは元気よく挨拶をしてくれる。

いい子だと頭を撫でようとした時、とある一部分に引っかかりを覚えた。「ぷるると」、それはどこかで聞いたことのあるフレーズ。

というよりも、ピーシェ本人が嘗て言っていた―――。

 

 

 

 

 

「あ~、自己紹介がまだだったね~。 あたしはプルルート~。 プラネテューヌっていう国の女神なんだ~。 よろしくね~」

 

 

 

 

 

緩い喋り方と、ふんわりとした笑顔を向けてくれる少女、プルルート。

その包み込むような柔らかさはまさに女神のようだった。

白斗もその雰囲気に包まれて一瞬思考が停止してしまう。が、更にあるワンフレーズに衝撃を覚えた。

 

 

「……ちょっと待て。 プラネテューヌの女神って……まさか俺の居ない間に次代の女神が生まれてしまっていたのか!!? ネプテューヌが引退!!!? クソッ、俺がしっかりと躾けてなかったばっかりに……ネプテューヌが…………クッソオオオォォ―――ッ!!!」

 

「ねぷぅ―――っ!? 違うから!! 女神辞めてないから!! 後ガチ泣きやめてよ!!? 本気の後悔しないでよぉ――――っ!!!」

 

 

目の前のプルルートと言う少女はプラネテューヌの女神と名乗っている。

普段の駄女神ぶりが災いし、ネプテューヌに成り代わり彼女が新しいプラネテューヌの女神となってしまったのか。

本気で悲しんでくれているのがまた逆に悲しくなるネプテューヌ。あっという間に病室はてんやわんやの大騒ぎに。

ようやく戻ってきた、騒がしくも楽しいプラネテューヌの日常に後から入ってきた女神の親友二人―――アイエフとコンパも苦笑いだ。

 

 

「はぁ~……白斗、そんなワケないで……いやワンチャンあるか」

 

「ねぷぅーっ!? あいちゃんまで!?」

 

「白斗さん、お見舞いにきたです!! 後、ねぷねぷはもう少し頑張らない本当にぷるちゃんに取って代わられちゃうですよ?」

 

「こんぱまで!? うわーん、グレてやるー!!!」

 

 

そして親友二人も、同情など欠片もなく。

プルルートに代替わりされる可能性がちらつかされると慌てふためくネプテューヌであった。

因みに当の本人は何を言っているのか分からないらしく、可愛らしく首を傾げている。

 

 

「……白斗、おはよう。 もう大丈夫そうね」

 

「ああ。 不思議と心も軽くてな、体も痛くないし」

 

「ぷるちゃんが持ってきてくれたフリージアのお蔭です!」

 

「フリージア? 昨日聞かされてたけど、もうこの世界に無いかもって花だよな? プルルート……さんが持ってきてくれたのか?」

 

 

昨日、白斗が目覚めてすぐの事。

容態が落ち着いた後、現状を聞かされた。女神達のお蔭で白斗の精神状態は安定していること、しかし投与された絶暴草の量が多すぎてまだ中和出来ていないこと、しかしフリージアの花については既に調達手段があるということ。

そしてコンパの発言から鑑みるに、どうやらフリージアの花を持ってきてくれたのはこのプルルートらしいのだが。

 

 

「プルルートでいいよ~。 でも、持ってきたのはあたしだよ~。 100本分~」

 

「100本!? そ、そんな大量に!? どうやって調達したんだ?」

 

「どうやっても何も、あたしの世界だとそんなに珍しくないんだよ~」

 

「え? “あたしの世界”………? あ、まさか……!」

 

 

そこで白斗はネプテューヌとプルルートの間で嬉しそうにしている少女、ピーシェを見た。

以前、イストワールが推測した話だとどうやら彼女は平行世界の住人らしい。そしてそんな彼女が、プルルートと一緒に暮らしていたという。

と、いうことはそこから導き出される結論。それは―――。

 

 

 

「その通り! 何とぷるるんは『神次元』っていう別世界からやってきたのだー!!」

 

「え……ええええぇぇぇ!!?」

 

 

 

ババーン、と謎のSEを発生させて語るネプテューヌ。

ある程度予想してはいたが、それでも驚きの方が勝っており白斗が病人らしくない大声で絶叫する。

その話題の中心たる女神様は―――「えへへ~」と柔らかく微笑むだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それは昨日の夜でのこと。

プラネタワーの中でも情報管理室、女神の住居に並ぶほどの最高機密とされる場所があった。

それは国力の源となるシェアエナジー、それの結晶たる存在、シェアクリスタルの間。言うなればこの国の心臓とも言える部屋。

そこでは教祖イストワールが端末を手に、それこそ必死の形相で操作していた。

 

 

(……お願いします、繋がってください……! これ以上、私の力不足で……白斗さんを苦しませたくありません……!)

 

 

祈りながら通信を試みている。

やがてノイズだらけの画面にうっすらと、何かが映り込んでいく。

 

 

『お、お待たせしてすみませんー! 別次元からの通信なんて初めてでして(-_-;)』

 

 

映り込んだ何か―――それは形容するなら、更に小さく、そして可愛らしくなったイストワール。

けれども落ち着きのなさと言うか、相応のあどけなさも見受けられる。

間違いない―――別次元のイストワールだ。この次元のイストワールは、別世界の彼女と交信することがやっとできたのだ。

 

 

「あ、良かった! 初めまして、私は恋次元という世界のイストワールです」

 

『恋次元……聞き慣れない次元ですね。 で、本日はどういったご用件でしょうか? すみませんが実は今、こちらも慌ただしくなっていまして(・ω・;)』

 

「実はそちらにお願いしたいことがありまして……」

 

 

イストワールは包み隠さず話した。

こちらの世界で起こった事件、その事件に白斗が苦しめられたこと、そして絶暴草から逃れるためにはフリージアの花が必要なこと、そして調達のために別次元から輸送してもらえないかということを。

 

 

『なるほど、そういうことでしたか。 確かにこちらの世界にもフリージアはあって、どこにでも生えているものですから探すこと自体は難しくないんですが……(´・ω・)』

 

「何か問題でも?」

 

『実は私達と一緒に住んでいた子が数日前から行方不明になっていまして……その捜索に追われている最中なんです(;´・ω・)』

 

「ゆ、行方不明ですか!?」

 

 

想像以上の大事にさすがの教祖イストワールも驚いてしまう。

「あの子」というからには年齢はそう高くない。寧ろ幼いであろうことが予測される。

しかも何日も帰ってこない―――家族であれば、気が気ではないだろう。切羽詰まっているとは言え、さすがにこんな状況で交渉を続けるのは酷だと口を噤んだその時。

 

 

「いすとわるっ! ごはんだってー!」

 

「ぴ、ピーシェさん!? どうやってここに……と、とにかく後で行きますから!」

 

 

なんと背後からピーシェが現れたのだ。

ここは一応最高機密の部屋であるはずなのだが、とりあえず彼女をここから追い出さなくては。

 

 

『え!? ピーシェさん!!?Σ(゚Д゚ノ)ノ』

 

「ん? あー! ぴぃのいすとわるだーっ!!」

 

「えええええええっ!!?」

 

 

―――しかし、事実はゲームよりも希なり。

なんと通信相手だった神次元側のイストワールが、ピーシェに反応したのだ。

ピーシェも彼女が、自分と一緒に暮らしていた相手だと認識している。つまり、彼女が探していた行方不明の子とはピーシェのことだったのだ。

 

 

『ぷ、プルルートさん大変ですっ!! ピーシェさんが見つかりましたっ!!(゚Д゚;)』

 

『え~!? ピーシェちゃんが~!!?』

 

 

とにかく、探し人が見つかったことで神次元側は大騒ぎだ。

同居人らしい、プルルートなる人物を呼び寄せると、パタパタとスリッパの音を響かせながらやってきた。

やたら遅い足取りだったがその表情と息遣いだけで、どれだけ心配したのか伝わってくる。

 

 

『もー!! ピーシェちゃん~!! 心配したんだよ~~~!!!』

 

「ぷ、ぷるると……ごめんなさい……」

 

 

通信機を覗き込むなり叱りだしたプルルートという少女。

けれどもその表情は怒りよりも、心配で溢れていた。それが伝わっているからこそ、ピーシェも素直に項垂れて謝っている。

 

 

『……ホントに……無事で良かったよぉ~~~~!!!』

 

 

しかし、次の瞬間。

大喜びで、大泣きして、プルルートはピーシェの無事に安心していた。

心優しい少女であると、どちらのイストワールも優しい微笑みを向ける。

 

 

「しかしそちらでは行方不明になって数日ですよね? こちらでは二ヶ月以上経っているのですが……」

 

『どうもそちら側とこちら側では時差があるようですね。 しかも不規則で、こちらにとっての一日がそちらにとっての数週間にもなれば、そちらにとっての一日がこちらにとっての一年にもなり得る様です。(・ω・)』

 

「なるほど……それで通信が繋がりにくかったのですね」

 

 

どうも、次元間の通信も楽では無いようだ。

何にせよ早期発見が出来て本当に良かった。下手をすれば二度と会えなくなったのかもしれないのだから。

 

 

『とにかくピーシェさんの保護、ありがとうございます!(*^▽^*)』

 

「いえいえ、保護してきてくださったのは白斗さんですから」

 

『はくとさん~? 誰~?』

 

「ああ、失礼。 現在こちらで住んでいる少年です。 彼が偶然、ピーシェさんを見つけてくださったんですよ」

 

『そ~なんだ~。 またその人にもお礼しないとね~』

 

「ええ、そのためにも白斗さんには元気に……ってそうでした! こうしてる場合ではありません!」

 

『え~? 何々~? いすとわ~る、どういうことなの~?』

 

『ああ、それがですね……(; ・`д・´)』

 

 

と、ここでようやくイストワールが神次元へとコンタクトを取った本当の理由を思い出し、説明した。

白斗を救うために、もうこちらの世界では存在しないかもしれないフリージアの花を調達するためであると。

聞けば神次元側ではそう珍しいものではないらしい。

 

 

『それならあたしが取ってくるよ~』

 

「本当ですか!?」

 

『うん~。 ピーシェちゃんも迎えに行かないといけないし~、その白くんって人にもちゃんとお礼しなきゃいけないしね~』

 

「ぷるるときてくれるの!? わーい!!」

 

『そうですね。 でしたら互いのシェアエネルギーを使って次元移動の通路を作りましょう。 一回きりの上にこちらのシェアはどん底なんですが……(ノД`)・゜・。』

 

「奇遇ですね。 こちらもです(キリキリ)」

 

 

互いに涙が溢れ、胃が痛みだす。

どうやらプラネテューヌの女神様は全世界共通でシェアには無頓着らしい。が、今はそんなことを気にしている場合ではない。

こうして二人のイストワールは「橋」を作るための作業に取り掛かる―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――で、こっちに来てくれたってワケか」

 

「そうだよ~。 もうフリージアの蜜は注射されてるんだって~」

 

「道理で体が楽に感じるワケだ。 ありがとな、プルルート」

 

「こっちこそ、ピーシェちゃんを助けてくれてありがとね白くん~」

 

 

 

こうしてプルルートがこの世界に来た経緯は知ることが出来た。

お蔭で白斗も絶暴草から解放され、ピーシェも家族と再会、全てが上手く収まって万々歳だろう。

 

 

「……ってことは、近々ピーシェと一緒に帰っちゃうのか」

 

 

ただ、一つだけ。ピーシェとの別れが迫ってくると思うと寂しさが込み上げてくる。

プルルートはこの次元には、フリージアの花を届けるため、そしてピーシェを迎えに来るためでもあったのだ。

それは分かっている。ネプテューヌも、アイエフも、コンパも。しかし今まで一緒に暮らしてきたピーシェは最早家族同然。そんな彼女がいなくなることに誰もが寂しさを覚えた。

 

 

「でもね~、い~すんが言うにはもう一度道を作るのに時間がかかるからしばらくはこっちにお世話になるの~」

 

「あ、そうか。 ならしばらくは一緒だな」

 

「うん。 改めてよろしくね~」

 

 

杞憂―――とまでは行かないが、まだまだそれは先延ばしになるとのこと。

折角知り合えたプルルートとも友好を深めずしてお別れなど、寂しい。

互いにそう思えたからこそ安心し、そしてお互いに微笑み合った。

―――しかし、それがネプテューヌ達にとってはあまり面白くない光景である。何せ白斗が自分以外の、初対面の女の子と嬉しそうに話をしているのだから。

 

 

「そ、それより白斗っ!! お見舞い持って来たよ!! 私は秘蔵のプリン!!」

 

「お、おう……。 予想通りというかなんというか……でもありがとな、ネプテューヌ」

 

「えへへー」

 

 

真っ先に袋からプリンを取り出してきたネプテューヌ。

彼女と言えばプリン、彼女と言えばこの騒がしさ、そして彼女と言えばこの笑顔。

ネプテューヌの何もかもに救われて白斗は今、生きている。それを実感しながら感謝の言葉と共に温かな手を、彼女の頭に乗せた。

 

 

「わ、私は白斗の装備一式揃え直して来たわ!! コートもほら!!」

 

「マジか!? 俺のワイヤーとか面倒だったろうに………あ、銃も……」

 

「お守り替わりだって言ったでしょ。 ……もう無くしちゃダメよ」

 

「…………ああ」

 

 

アイエフが差し出してきたのは、新しい白斗のコートだった。

今まで使ってきたものではない、彼女自ら選んで購入し、仕立てて貰ったものだ。元のデザインを踏襲しつつ、それでいて全体的に格好良く仕上がっている。

袖口からはワイヤーが伸びるギミックも搭載されており、更にはあの戦いで弾き飛ばされてしまったアイエフの銃もあった。

彼女の想いを感じながら、白斗は再びそれを手に取る。さすがに今、着込みはしなかったが温もりが伝わってきた。

 

 

「私は白斗さんのために特製病院食を作ってきたです!! 私手作りですぅ!!」

 

「お、それは有難い。 病院食って味気ないからなー」

 

 

負けじと繰り出したコンパの差し入れ。

それは保温効果で温かさが保たれた弁当だった。病院における不満点、それは何よりも病院食の味気無さにある。

栄養バランス重視なのは理解できるが、白斗も育ち盛り。量や味を求めてしまうものだ。

そこに料理上手で尚且つ現役ナース見習いのコンパであれば、味、量、栄養バランスと三拍子そろった食事となる。

 

 

「じゃじゃーん! 白斗さんの好物を詰め込んだコンパスペシャルです~!!」

 

「おお、美味そう!!」

 

「わぁ~! こっちのコンパちゃんも料理上手なんだね~」

 

 

パカッ、と耳障りの良い音と共に開けられた弁当。

そこには肉、魚、野菜、米、フルーツと色取り取りの食材が敷き詰められたラインナップ。

入院していた白斗ではあるが、幸か不幸か絶暴草の影響で治癒力が高まっていたため体調自体は万全で、既に腹ペコだった。

この料理のラインナップに、プルルートも目を輝かせている。

 

 

「むむ……白斗! 明日は私が弁当を作っ………おうぇっ!? ナスゥウウウウウウ!!?」

 

 

対抗心を燃やしていたネプテューヌ。しかしその直後、まるで毒でも仰いだかのように口を押さえてしまう。

理由は何を隠そう、その弁当の中で光る紫色の物体。

 

 

「何よネプ子ったら。 匂いでもダメなの?」

 

「ダメなものはダメなのっ!! ってかこんぱ!! そんな劇物を白斗に食べさせる気!?」

 

「謝れ、全国のナス農家に謝れ」

 

 

今、彼らはどんな思いで炎天下の中、農業をしているのか。

皆さんも好き嫌いはやめましょう。

 

 

「白斗さんの栄養バランスや好みに合わせた結果ですぅ!! 第一ねぷねぷが食べるわけじゃないんですから……」

 

「ねぷてぬ、なすおいしいよ? ぴぃ、だいすきー!!」

 

「ダメだよピー子!! ナスはね、ゲイムギョウ界を滅ぼしちゃうんだから!!」

 

「寧ろ滅んじまえそんな世界」

 

 

ここに来て白斗もツッコミのキレを取り戻しつつあった。

 

 

「う、うぷぇ……わ、私……ちょっと席を外すね……ぐぷっ」

 

「あわわ~。 ねぷちゃん大丈夫~?」

 

 

いい加減ナスが耐え難くなったらしい、ネプテューヌがおふざけ無しに顔色を悪くし、不穏な声が漏れ出る口元を押さえながら席を立つ。

咄嗟に付き添いとしてプルルートが同行してくれた。プラネテューヌの女神様はナス嫌いこそ共通ではないが、優しさは全世界共通らしい。

 

 

「全くネプ子は……白斗、ネプ子のことはほっといて食べちゃいなさい」

 

「それもそうだな。 頂きま………っ?」

 

「あれ? 白斗さんどうしたんですか? 白斗さんもナス嫌いになったんですか?」

 

「い、いや……湿っぽい視線を感じたような……でも気のせいか……?」

 

 

弁当にありつこうとしたところで白斗が動きを止めた。

廊下から何か嫌な視線を感じとったと言う。過去の経験からこういった察知能力だけは培ってきたのだ、アイエフとコンパも無視できるものではない。

けれども誰もいない上に病院を物騒にするわけにもいかないので、首を傾げつつもその場は捨て置くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ククク。 なるほどな………」

 

「まさかの弱点露呈っちゅね」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そこに通りかかった看護婦……否、魔女とネズミはほくそ笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから小一時間、病室で白斗たちは他愛もない話を続けた。

白斗の過去については触れないでおこう、としていたものの意外なことに白斗が昔の事を少し切りだしてきた。

それだけ彼が過去に怯えるだけではなくなったということ。プルルートもおっとりしながら、それでいて真剣に耳を傾けてくれた。涙ぐんだりと、白斗の過去をしっかりと受け止めてくれたのである。

 

 

「……と、もう時間ね。 そろそろ行かないと」

 

「あ。 私も用事があるので行かなきゃです……」

 

 

ここでアイエフとコンパが立ち上がった。

何やら予定があるらしく、それでいて合間を縫って白斗の見舞いにきてくれたらしい。

 

 

「そうだったのか? 悪いな、わざわざ」

 

「いいのよ、私がしたかったんだから。 それじゃネプ子、プルルート。 白斗のこと、お願いね」

 

「何かあったらすぐ呼んでくださいです!」

 

「おっけー! こんぱにあいちゃんもまたねー!」

 

「うん~。 今度二人のぬいぐるみも作っておくね~」

 

 

柔らかな微笑みを見せてアイエフとコンパは立ち去った。

きっとこの後も面会時間が終わるまで、ネプテューヌとプルルートは話し続けるのだろう。思いを寄せるあの人と、楽しそうに。

それを思うとぐぬぬと渋面を作ってしまうが、だからと言ってやるべきことを投げ出すような人間にはなりたくないと二人は駐輪場へと歩を進める。そこにはアイエフの愛車が止められていた。

 

 

「さて、それじゃ送っていくわコンパ。 デパートで買い出しだっけ?」

 

「はいです! 送ってくれてありがとうです、あいちゃん!」

 

「いいのよこれくらい。 えーと鍵は………」

 

 

バイクに跨りながら起動するための鍵を探すべくポケットをまさぐる。

と、その時背後から一筋の影がぬっ、と伸びてきて―――。

 

 

「ダメじゃないか小娘共。 ……常在戦場という言葉を知らぬのか?」

 

「え………?」

 

「――――っ!? その声は………!!?」

 

 

アイエフが振り返った直後、魔女は不敵に微笑んだ。

しかし、それはもう手遅れの合図でもあった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………おい、ネプテューヌ。 そんなじゃれついてきて楽しいか?」

 

「当然~! それなりに結構無茶苦茶楽しい~♪」

 

 

アイエフとコンパが去ってからというもの、ネプテューヌは猫のようにじゃれついていた。

これではネプテューヌならぬネコテューヌだ。

白斗が動けない分、そして今まで離れ離れだった分存分に甘えてきているらしく、ただ白斗に頬を擦り寄せているだけなのに大層幸せそうである。

 

 

「ねぷてぬずるいー! ぴぃもおにーちゃんにじゃれつきたいー!!」

 

「じゃぁ、あたしもごしょーばんに預かろうかな~?」

 

「勘弁してください……」

 

 

ただでさえネコテューヌ一匹でドギマギしている中、更にピーシェやプルルートまで加わってはさぁ大変。きっと理性が崩壊することだろう。

 

 

「そ、それよりさ! 悪いんだけど喉乾いてきたから何か飲み物頼む!!」

 

「それじゃ~下のお店で何か買おうか~」

 

「ねぷのぷりんある!?」

 

「ねぷちゃんのぷりん~? なにそれ~?」

 

「ねぷのぷりんはねー! ねぷのぷりんなんだよー!!」

 

 

ここは病人の特権で適当なものを買いに行ってもらうことにした。

素直な性格であるプルルートとピーシェは手を繋ぎながら売店へと向かっていく。元の世界の家族なだけあって、とても微笑ましい光景だった。

 

 

「……プルルート、いい子だな」

 

「うん。 ……でも白斗、フラグ立てちゃダメだからね?」

 

「はい? 何の事か知らんが立てんぞ」

 

「………………………」

 

「やめろ。 その手遅れみたいなものを見る目はやめろ」

 

 

つい、いつものように軽快なリズムでボケとツッコミが入る。

ネプテューヌの一言一句に反応し、鋭く的確な言葉を入れる。そんな茶々の入れ合いが楽しくて。

二人は自然と笑みを零した。

 

 

「………あはは!! やっと……白斗が戻ってきてくれたって感じる~……」

 

「……俺もだよ」

 

 

あの時はなんてことない、ただの言い合い。

単なる日常の一部だったのに、今となってはそれすらも幸せなものだったと感じる。

一度失ってしまったからこそ分かる尊さ。もう二度と手放したくないという想い。二人はその体全てを使って、それを実感していた。

 

 

 

「……白斗、もう離れちゃダメだよ。 白斗は私の守護騎士なんだから!」

 

「仰せのままに。 ……俺の女神様」

 

 

口調こそは軽かったものの、その目と、手から伝わる温もりは真剣そのもの。

それを受け取ったネプテューヌは幸せそうに目を細めた。

―――と、その時。賑やかな音楽がその甘い空間をぶち壊した。

 

 

「もー!! 誰かなこの一時を邪魔する不届き者はー……って、ネプギア?」

 

 

渋々と言った様子で携帯電話を取り出すネプテューヌ。

その相手は「ネプギア」。彼女の妹にして、次期女神候補生。そしてつい先日、ようやく念願の女神化も会得した。文句なく、次のプラネテューヌの女神。

そんな子が不届き者なわけもなく、とりあえず事情を窺うことに。

 

 

「もしもし? どしたのネプギア?」

 

『おっ、お姉ちゃん!! お、おおおおおおお落ち着いて聞いてねっ!!?』

 

「うん。 まずはそっちが落ち着こうねネプギア」

 

 

どうやらやたら切羽詰まった話らしいが、妹の慌ただしさのお蔭で冷静になれる。

やれやれと溜め息を尽きつつも、白斗に聞かれてはいけないと直感で思い当たり、彼に「ごめん」と断りを入れてから病室を後にした。

念のため辺りに人気がないか、左右に首を振って確認してから通話を再開する。

 

 

「……で、何? どうしたのネプギア?」

 

『あっ、アイエフさんとコンパさんが……攫われちゃったんだよ!!』

 

「ええ!? こんぱはともかく、あいちゃんがまたぁ!!? これもう攫われ属性つきヒロイン枠狙ってるよね!? 〇〇チ姫ポジ狙ってるよねあいちゃん!!?」

 

『お姉ちゃん、それ以上はいけないよ』

 

 

これにはさすがのネプテューヌも吃驚仰天だ。

何しろプラネテューヌ勢では(比較的)しっかり者で、真面目で、諜報員という職業柄周囲にも気を配れる人物なのに。

しかもアイエフはこれで2回目の誘拐である。

 

 

「……で、犯人からの要求はあるの!? 事件は病院じゃない、現場で起こってるんだよ!!」

 

『お姉ちゃんそれ言いたいだけだよね……。 えーと、地図に記載されている場所までプラネテューヌの女神が来るべし、だって……』

 

「主人公は辛いなぁ、もー!! 絶対に誘拐犯はねっぷねぷにしてやんよー!!」

 

 

 

腰に手を当てて怒り心頭のネプテューヌ。

白斗との一時を邪魔され、更には親友まで誘拐された。幾ら温厚な彼女と言えど怒るなと言う方が土台無理な話だ。

 

 

「地図ってことはネプギアの方に転送されてるよね? こっちにも送って!!」

 

『うん!! 私もすぐに向かうから、お姉ちゃんも!!』

 

「おっけー! 後は白斗にメールしておいて……これで良し!!」

 

 

急いで携帯電話を取り出し、白斗にメールしておく。

「急用ができた、すぐ戻る」という内容だ。これならば白斗も安心してくれるはず。

ネプギアから地図が送られてくるとと急いで外へと飛び出し、女神化を果たして大空へと舞い上がった。

やがて指定された場所の近くへと降り立つ。何かの畑らしく、段々状の台地に緑が一面に広がっていた。

 

 

「ネプギア! 随分早く来れるようになったじゃない」

 

「うん! これでも次期プラネテューヌの女神なんだから!」

 

「自信がつくのは良いけど油断しないでね」

 

 

既にネプギアも到着していた。

女神化した彼女は見た目こそ殆ど変わらないが、少し好戦的になる。自信の表れと言えば聞こえはいいが、冷静沈着なパープルハートからすれば油断のようにも見えてしまう。

少し危なっかしい面が残る妹を、姉が支える。女神化すれば、立場が逆転するような姉妹であった。

 

 

「さぁ、あいちゃんとこんぱを助けに行くわよ。 ここからは慎重に進みましょう」

 

「うん!」

 

 

ガサガサと耳障りのいい音を立てながら草を掻き分け、突き進んでいく女神姉妹。

やがて広々とした場所へと辿り着く。その先に―――いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー? やっと来たか女神共、遅すぎて退屈死するところだったぞ」

 

「貴女は……マジェコンヌ!!? 生きていたの!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――憎き魔女、マジェコンヌがいた。

あの戦いでネプギアが放った光線に飲み込まれたはずだがどうやら生き延びていたらしい。

更にその傍らには縛り付けられたアイエフもいる。彼女はぐったりとしている様子だ。目立った外傷こそはなく、意識もある様子だが、それでも目は虚ろだ。

 

 

「……ネプ、子……う、うぅっ……」

 

「マジェコンヌ!! あいちゃんに何をしたの!? それにこんぱは……」

 

「ああ、コンパという小娘は今ネズミが丁重にもてなしている。 それにこの小娘とて別に乱暴を働いたつもりは無いぞ? ただご馳走してやっただけだ。 ……コイツを、な」

 

 

するとマジェコンヌは懐から何かを取り出した。

それは紫色に輝く悪魔の物体。何であるかを認識した瞬間、ネプテューヌは悲鳴にも近い声を上げた。

 

 

「ま、まさかそれは……ナス!!?」

 

「そうだ!! ポリフェノールたっぷりのこいつを食わせてやったのだ。 ……こんな風に!」

 

「むぐっ!!? んん~~~~~~!!?」

 

 

悪魔の果実、ナスを無理矢理アイエフの口に突っ込ませた。

意識が薄れていたアイエフはもう何度目になるかも分からないナスの挿入に意識を覚醒させてしまう。

口に入れられたナスが前後する度にアイエフの瞳から涙が漏れ出る。

 

 

「やめなさいっ!! なんて恐ろしいことをっ!!!」

 

「え、そんなに恐ろしいの?」

 

 

ネプギアは こんらん している!

 

 

「恐ろしいことか……貴様にとっては恐ろしいことだろう!! 何せ貴様の弱点!! そしてここは貴様の弱点の宝庫、ナス畑なのだからなぁ!!!」

 

「何ですってッ!!?」

 

 

慌てて周りを見渡した。

確かに緑に紛れて怪しく光る、あの存在してはならない紫色が光っている。ナスだ。

思わず戦慄してしまったネプテューヌ、そしてネプギアは苦笑いを強くしていた。

 

 

「だがそれだけではない……出でよ、アンチナスモンスター!!!」

 

「ええっ!!?」

 

 

マジェコンヌが指をパチンと鳴らす。

するとそれを合図として、一斉に茂みが揺れ出した。バッと姿を現したのは、ちょっと大きくなったナスに、目と口を模した穴がくりぬかれ、手足となるように箸が突き刺さった……というよく分からない物体。それが何十言う数になっている。

 

 

「驚いたか!! 私はナス畑を買い占め、アンチモンスター製造技術を使い、ナスをアンチモンスター化させることに成功したのだ!!」

 

「なんて無駄な努力!?」

 

 

すっかりネプギアがツッコミ役に回っている。

一方のネプテューヌは愛刀を構えながらも、すっかり及び腰になっていた。大嫌いなナスがアンチモンスターの力と命を得た上に、それが凄まじい数となって襲い掛かってくる。

彼女にとってまさに悪夢のような光景だった。

 

 

 

 

 

「どうだ、恐ろしいだろう!! この絶望に包まれて死ぬのだ!! あの小僧が味わった絶望……それを貴様も味わって死ねぇ!! フハハハハハ――――」

 

 

 

 

 

勝利を確信し、高笑いを上げたマジェコンヌ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――瞬間、彼女の真横の台地が、一直線に切り裂かれた。

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

思わず呆けた声を出してしまうマジェコンヌ。

自分の、僅か数センチ横に深々と、それでいて綺麗な切れ目が遥か後方まで伸びていた。

その切れ目を入れたのは外でもない―――女神パープルハートだった。

彼女は愛刀を振り上げた姿勢のまま、目元を陰で覆い、その向こうから鋭い眼光を覗かせる。

 

 

「……マジェコンヌ。 貴女がどういった思想を持とうが構わない。 支配者になりたいだとか、私が憎いだとか、好きに考えたらいい」

 

 

自身に対する侮辱も、敵意も、ネプテューヌにとってはどうでもよかった。

いや、実のところ悲しくはあったが怒りはしなかった。プラネテューヌでも彼女に対する批判は少なからず存在するし、ネプテューヌも全てが受け入れられるとは思っていない。

だから、マジェコンヌのような敵が出てきてしまっても普通に敵対するのみで留めていた。

 

 

「……でも、貴女は……自分の欲のためにあいちゃんを……こんぱを……何より白斗を!! 散々傷つけた!! 絶対に………許さないッッッ!!!!!」

 

 

―――ネプテューヌのそれは、最早殺意に近かった。

あれだけ温厚で、冷静で、怒りこそすれどどんな相手にも殺意だけは向けなかったネプテューヌが、初めて殺意を抱いている。

親友を、何より愛する人を傷つけた魔女に。

 

 

「貴女の所為で……白斗が、どれほど酷い目にあったか……っ!! 白斗の絶望……? あの人の過去も知らない貴女が………ヘラヘラと口にするなッッッ!!!!!」

 

 

元はと言えば、マジェコンヌの所為だ。

白斗が人殺しをすることになってしまったのも、白斗が攫われてしまったのも、白斗が魔物化してしまったことも、嫌な過去を思い起こさせてしまったのも。

愛する人を傷つけてきたマジェコンヌが憎くてたまらない。それがネプテューヌに殺意を抱かせていた。

 

 

「お姉ちゃんだけじゃありません!! 私だって………お兄ちゃんを傷つけた貴女は!! 絶対に許せないのっ!!!」

 

 

ネプギアも、姉程では無かったが温厚な彼女からは想像できないほどの激昂を見せていた。

女神化したからではない。彼女にとって、何よりも大切な人を傷つけ、痛めつけ、苦しめたから。

もうどこか頼り無いだの、ただの候補生だのと言わせない。

 

 

「そういうことよマジェコンヌ!! 覚悟するのは貴女の方よ!! 懺悔の用意は―――」

 

「行け、アンチナスモンスター」

 

「きゃああああああああああああああああっ!!? ナスぅぅうううううううううう!!?」

 

「えぇっ!? お姉ちゃんさっきのカッコよくて苛烈な姿どうしたの!!?」

 

 

―――先程の裂帛した空気はどこへやら、ナスが歩いてくるというシュールな光景でただ一人、パープルハート様が絶叫なされた。

無理もあるまい、人類にとって不俱戴天の仇であるナスが命を得て、あろうことか歩いてくるという女神に唾吐く恐ろしき所業をしているのである。声を上げるなと言う方が無理だ。

 

 

「どうしたどうしたぁ!? あの小僧の仇を討つんじゃないのかぁ!?」

 

「は、白斗はまだ死んでないわよ!! それにナスなんかで私を倒せると……」

 

「ナスナスー」

 

「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」

 

「倒されてる!! お姉ちゃん倒されてるよー!!!」

 

 

なんと、アンチナスモンスターは声まで発してきたのだ。

言葉とは神が人間に与えし奇跡。それをナス風情が獲得するなど、最早許しがたい愚行。

だが、人類にとって天敵とでもいう存在が襲い掛かってくる。女神様にも苦手なものがある以上、気圧されるのも無理はないことなのだ。

 

 

「アッハハハハ!! 何と無様で滑稽なことか!!! やはりナスは最高だな!!!」

 

「挙句ナスまで拝むとは堕ちるところまで堕ちたわねマジェコンヌ!! 絶対に……」

 

「ほぉ~れ、出来立てほやほやの麻婆茄子だぞ~。 いい香りだろぉ~?」

 

「うぐぅぅぅぅぅっ!!? ど、毒ガス攻撃とは卑怯な………っ!!!」

 

「……お姉ちゃん、これ何の戦いだっけ?」

 

 

果てにはナスを調理して匂いを放つという卑怯な攻撃までしてきた。

こんな卑怯者に負けたくないと己を奮い立たせるネプテューヌだが、悪魔の果実から漏れ出る香りが女神の力を確実に奪っていく。

限界が訪れるのも時間の問題だった。

―――尚、全く効果がないネプギアは最早呆れ果てたような表情になっている。解せない。

 

 

「と、とにかくナスさんなんか切り裂いちゃいます!! ミラージュ・ダンス!!」

 

「ナスススッ!!?」

 

 

このままでは埒が明かない。

手にした刃でネプギアが近くにいたナスモンスターに切りかかる。しかし、有機野菜にあるまじき固い音が響き渡り、完全に切り裂くには至らなかった。

 

 

「か、固い……!?」

 

「言ったはずだ、これはナスでもありアンチモンスターでもある!! 貴様ら女神の攻撃など通じぬのだ!! 私の力とナス、そしてアンチモンスター……これほど融和性が高かったとは、神など信じはしないが、まさに天啓!! 今こそ女神打倒の時!!!」

 

「そ、そんなー!! こんなギャグな場面で大ピンチになっちゃうのー!!?」

 

 

こんな形で追い込まれるのは色々イヤだった。精神衛生的にも。

 

 

「さぁ行くのだ、我が愛しきナス達よ!! 手始めに女神達を血祭り……否!! ナス祭りにしてやるのだああああああああああああああああああ!!!」

 

「「きゃあああああああああああああ!!?」」

 

 

ナス畑の大決戦。

魔女の下した号令の下、女神達に紫の悪魔が大群となって襲い掛かった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――一方、その頃プラネテューヌ綜合病院では三人の女神がそれぞれお見舞いの品を抱えながら廊下を静かに歩いていた。

 

 

「ネプテューヌ、大丈夫かしら……」

 

「というかアイエフ、本当に攫われまくりね……その筋でヒロイン狙ってるのかしら」

 

「確かに攫われ属性は王道にして不動……私もそんな属性を獲得するべきでしょうか……」

 

 

それぞれノワール、ブラン、ベール。

このゲイムギョウ界を守護する女神達だ。この錚々たる顔ぶれを知っている者も多く、病院内はちょっとした混乱に包まれていたが彼女達には気に留める由もない。

ここに来た目的はただ一つ。白斗の見舞いのためである。

 

 

「そう言えば今、誰が傍についているんだっけ?」

 

「確かイストワールからの連絡によればピーシェちゃんとプルルートがいる、とのことでしたが」

 

「……急いで白斗の見舞いに行った方が良さそうね。 というワケでお先に」

 

「ちょっ!? ブラン、抜け駆けは許さないわよ!!!」

 

「そうですわ!! 白ちゃん協定に則り、正々堂々と看病するという約束ですわよ!?」

 

「人命第一、もしかしたら白斗の容態が悪化しているかもしれない。 道徳よりも白斗の身が大事。 よってこれは抜け駆けに非ず、迅速な看病が出来る私が―――」

 

「「させるかあああああああああっ!!!」」

 

 

※公共施設内では静かにしましょう。

 

 

「白斗っ!! 無事!!?」

 

「私、飛び切り美味しいお菓子焼いてきたの!! これ食べて!!」

 

「白ちゃん、入院生活は退屈ですわよね!? 私とオススメのゲームをしませう!!」

 

 

三者三様に一斉に白斗の病室へと飛び込む。因みに「しませう」は誤字ではない。

女神様とも思えぬちょっぴり迷惑な光景に苦笑いしながらも、快く迎えてくれる白斗がそこにいる―――はずだったのだが。

 

 

「……あれ? 白斗……?」

 

 

ノワールが思わず呆けた声を出してしまう。

そう、そこはまさに「もぬけの殻」という他無い、誰もいないベッドのみだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま……負けないっ……!! ナス、なんかに………」

 

「ナスナスー」

 

「いやああああああああっ!!! やっぱり来ないでぇええええええっ!!!」

 

 

そして舞台は戻り、ナス畑。

相変わらずと言うべきか、ナスモンスターに追いかけ回されるネプテューヌがいた。

恐怖の余り女神化すらも解けてしまっており、逃げ回ることしか出来ない。一方のネプギアはナスこそ苦手ではなかったものの、アンチモンスター故に攻撃が通じにくいこともあり押されていた。

 

 

「く、うっ!! ……はぁ、はぁ……ダメ、全然倒せない……!!」

 

「フハハハハ!! 無駄無駄無駄ぁ!! ナスにアンチエネルギー、そして私の力が合わさることにより最強となる!!! この世界は私のもの……否、ナスのものになるのだ!!!」

 

「ナスに意識乗っ取られてるー!!?」

 

 

あろうことかマジェコンヌすらも、当初の目的である自身による世界征服ではなく、ナスのための世界征服へと目的が置き換わっている。

ナスの底知れぬ恐ろしさに、さすがのネプギアも少し恐怖していた。

 

 

「けほけほっ……! や、やめなさいよ……!!」

 

「ん~? 小娘、貴様はまだナスの魅力を味わい尽くしておらんな? 遠慮することは無い……もっとナス色に染まってその魅力に取りつかれるがいい!! そらそらそぉらぁ!!!」

 

「んぐっ!? んぅっ、んん~~~~~~っっ!!!」

 

 

何とか意識を取り戻し、静止を呼びかけるアイエフ。

だがナス色に染まってしまったマジェコンヌにその言葉は届くはずもない。再びその小さな口にナスをねじ込まれ、苦しさの余り涙が零れ落ちる。

右を向いても左を向いても後ろを振り向いても地獄、ナス地獄。こんなどうしようもない状況に、少女達の声は重なった。

 

 

 

 

 

「「「誰か……誰か助けてぇえええ~~~~~~~!!!!!」」」

 

 

 

 

 

割と情けない状況で、誰もが情けない悲鳴を上げた―――その時だった。

 

 

「はいよー」

 

「え?」

 

 

ネプテューヌ達にとって聞き覚えのある、というよりもある意味一番聞きたくなくて、でもやはり一番聞きたい声が届いた。

聞きたくない理由は簡単、こんな情けない状況を見られたくなかったから。

けれども、聞きたい理由は―――大好きな人の声だったから。

 

 

「そらっ!!」

 

「ぐ、ッ!? え、煙幕だと!!? ゴホゴホッ……!!」

 

 

その人物は茂みから飛び出し、腕を鋭く振り払う。

飛ばされたのは一本のナイフ。それがマジェコンヌの足元に突き刺さった―――と思いきや、それが破裂し辺り一面を白い煙幕で覆い尽くした。

突然の事で防御も出来なかったマジェコンヌは目と口元を覆うしかなく、視界も動きも封じられる。すると、その瞬間鋭い斬撃音が幾重にも閃く。

 

 

「な、なんだ一体……って小娘がいない!!?」

 

 

やがて煙幕も風に流される。

しかし、辺りの視界がクリアになるとマジェコンヌは驚愕した。何故なら、つい先程までそこで縛っていたはずのアイエフが忽然と姿を消していたからだ。

杭に結んでいた縄が切り裂かれ、空しく地面に落ちてる。

それだけではない、その進行方向上に存在していたナスモンスターも数体切り裂かれていた。

 

 

 

 

一体誰がやってのけたのか―――それはその先を見れば、すぐに分かった。

 

 

 

 

「………大丈夫かアイエフ、みんな」

 

「………はく、と………?」

 

 

 

黒いコートを身に纏ったあの少年―――黒原白斗だった。

彼がアイエフを抱えて、守るように優しい微笑みを覗かせてくれていた。

はためくコートは、先程アイエフが手渡したばかりの、白斗のために新調したもの。けれどもこんなに早く出番が来るとは、彼女自身も思っていなかったことだろう。

―――けれども。

 

 

(………やっぱり、白斗はそのコートが似合うね)

 

 

彼が、本当の意味で帰ってきた―――それを実感すると嬉しくて涙が出てきた。

アイエフは先程までの苦しさを忘れ、白斗に負けないくらいに優しく微笑む。

 

 

「白斗!? なんでここに……」

 

「いやー、嫌な予感がしたんでネプテューヌの後をつけさせて貰ってんだ。 ついでにアイエフのバイク借りてな」

 

「アンタ、また………でも白斗だから許してあげる」

 

 

一方のネプテューヌは驚くばかりだ。

何しろ白斗を巻き込まないように細心の注意を払っていたはず―――なのだが、隠密技術は白斗の方が一枚上手だったらしい。

過去の経験から培われたスキルは伊達ではないということだろう。

 

 

「こ、小僧っ!? 貴様………何故ここに!!?」

 

「んー? 聞こえなかったのか、マジェコンヌ。 だから後をつけてだな……」

 

「違うッ!! あれだけ痛めつけられたというのに、何故また戦場に赴く!? 何故武器を手に取る!? 小娘など見捨てれば楽になれるというのに……!!」

 

 

マジェコンヌは、信じられないというような声を上げていた。

白斗の尾行スキルがではない、精神的にも、肉体的にも散々甚振られたはずの白斗がまだ戦おうとしているこの現実に驚いている。

何せ、目の前でその様子を目の当たりにしてきたのだから。

 

 

「怖いに決まってんだろ。 ……でも、みんなが受け止めてくれるって約束したから。 そんな大切な人達を……失いたくないから。 ―――それじゃダメかね?」

 

 

口調こそは軽かったが、紛れもない白斗の決意の証だった。

ただ恩に報いるだけではない。彼にとっての想いが、そこにある。

ネプテューヌ達こそ、白斗の想いの全て。だから全身全霊を賭してでも守る。そんな彼の言葉に、マジェコンヌは汗を一筋垂らす。

 

 

「……余りにも哀れだから、矢面に立たなければ見逃してやるつもりだったのだが……もう容赦は出来んぞ!!」

 

「そりゃこっちの台詞だ。 アンタにゃ“貸し”があるけど……皆を傷つけた以上、見逃してられるかっての!!!」

 

 

互いに思うところがあるらしいが、それでも全く譲るつもりは無い。

この勝負、少しでも怯んだ方が負け――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「………………は?」」

 

 

 

 

突然の凄まじい破壊音に、双方が怯んだ。両方の負けである。

そう、この二人は負けたのだ。

茄子畑の中央でその破壊音を生み出したであろうクレーター、その中心に立つこの“少女”に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マジェコンヌさん~? なんで~、“また~”アイエフちゃんを~……イジメてるのかなぁ?」

 

「ぷ………ぷるるん………?」

 

 

 

 

 

 

 

そこにいたのは、つい先程までぽやぽやと緩く、柔らかく、人畜無害そうな空気を放っていた少女。

別次元のプラネテューヌの女神様ことプルルートである。

本来病院にいるはずの彼女がここにいることも驚きだが―――彼女が振り下ろしたぬいぐるみ、その一撃で周りが陥没していたのである。

因みに振り下ろされたぬいぐるみは、ネプテューヌを模したものである。

 

 

「お、お兄ちゃん!? なんでプルルートさんがここに!?」

 

「い、いや……病院抜け出したのがバレちまって、仕方なく事の詳細を説明したらついていくって聞かなくて………で、でも……え? え………?」

 

 

全員が信じられないという表情で見ていた。

見るからに小柄で華奢、動きも緩慢、明らかに戦闘向けではない肉体―――そのはずなのに、細腕による一撃でクレーターを生み出したのである。

―――ヤバい、何かがヤバい。白斗も、ネプギアも、ネプテューヌも……そしてマジェコンヌも。

戦慄で、恐怖で、力の差で震えていた。

 

 

「……あっちの世界で、あれだけオシオキしたのに~……ま~たオイタするんだぁ~……」

 

 

彼女お手製であろう、ネプテューヌのぬいぐるみをそのままズン、と踏みつける。地鳴りがする。

また苛立ちをぶつけるかのようにズンズンと踏みつける、踏みつける。

震動が響き渡る度に、アンチナスモンスターも、マジェコンヌも、恐怖で青ざめていた。

 

 

「ひ………ヒィッ!? き、ききききき……貴様は……まさかぁぁああああああああっ!?」

 

「え? まさかのお知り合いですか?」

 

 

思わず敬語で聞き返してしまう白斗。

本来、マジェコンヌとプルルートはそれぞれ別次元の住人の筈―――かと思えばそうではなく、顔見知りらしい。

尤も、プルルートのあの怒りようを見れば決して親しい間柄ではないことだけは確か。

 

 

 

 

 

 

「ふ………ふふふ……もうダメだぁ~……!! あたし~……我慢できない~……!!」

 

 

 

 

 

―――ズン!! ズン!!! ズン!!!!!

踏みつける力が更に強まり、クレーターに亀裂が走る。あの柔らかかった、天使のような笑顔は何処へやら、陰が覆われ―――怪しげな微笑を湛えていた。

 

 

 

 

 

 

「………変身~~~~~!!!!」

 

 

 

 

プルルートの体が、光に包まれた。

眩き光に包まれ、三つ編みだった髪が解かれる。ふんわりとしたヘアースタイルから艶の良いロングヘア―へ。

背も伸び、胸がぷるるんと音を立てて膨らんでいく。すらりとした体格、露出の高いボンテージ、突き刺すような怜悧な瞳。

 

 

 

 

 

「さぁ……あたしの怒り……受け止めてもらおうかしらねぇ!!? アーッハッハッハ!!!」

 

「「「「ど、どちら様ですかあああああああああああああああああああああ!!!?」」」」

 

 

 

 

 

 

―――何より、言動が凄まじいことになっていた。

あの緩やかな口調ではなく、言うなれば女王様口調。口調に合わせて、顔も嗜虐心溢れる表情となる。

空中に魔法陣を展開してそれを椅子代わりに腰かけ、足を組んで薄ら笑いと共に高いところから見下す女王様スタイル。

まさに劇的ビフォーアフターである。

 

 

「そう言えばこちらの姿では初めましてだったわねぇ。 あたしはアイリスハートよ。 よろしくね、皆。 うふふふ………」

 

「………よ、ヨロシクオネガイシマス………」

 

 

ぽかーんと開いた口が塞がらない白斗であった。

彼女だけではない。ネプギアも、アイエフも、変身後のギャップで有名なネプテューヌすらもだ。

だが何よりも一番のリアクションを見せている者。それは敵対しているマジェコンヌだった。

 

 

「な、なななな………何故貴様がここにィ!!?」

 

「それはこっちの台詞よぉ。 無謀にもあたしに挑んで、無様に負けて、情けなく逃げ出した貴女がどうしてこっちの世界にいるのかしらねぇ?」

 

「だ、誰が貴様なんかに!! こ、この私に逆らららららららら…………!!!」

 

(……マジェコンヌの女神に対する敵意って、全部プルルートに負けたからなのね……)

 

 

どうやらまとめると、元々マジェコンヌはプルルートのいた神次元出身らしいが、そこでも悪さをしたことが原因でプルルートことアイリスハートにとっちめられたらしい。

それもあの怯え方を見るに、一方的に、かつ手酷く。一体どれだけの負け方をすればあんなにも恐怖が刻まれるのだろうか。

 

 

 

 

「まぁ、そこはどーでもいいんだけどぉ……アイエフちゃんもぉ、ねぷちゃんもぉ、白くんもぉ、あたしの大事なオトモダチなのよねぇ……。 ……あたしの大事なモノに手を出したらどうなるか……もう一度、そのカラダに、じっっっくりと……教えてあげようかしらねぇ!!?」

 

 

 

 

そして手にしていた刃を振るった。

蛇腹剣だったらしく、それが鞭のようにしなって地面を鋭く切り裂く。それを合図にして一気に飛び上がり、マジェコンヌの真上を取ると―――。

 

 

 

「そぉれぇ!!!」

 

「グハァ!!?」

 

「…………つ、強ぇぇ…………」

 

 

剣をただ、振り下ろした。

何とか防御したマジェコンヌだったが、力負けして地面に叩きつけられてしまう。

その一幕だけで、パワーバランスが決まってしまった。

 

 

「うっふふふ、とぉってもステキな姿よぉ。 やっぱりアナタには惨めな姿がお似合いだわぁ」

 

「ぐっ、ううぅぅ……!! 調子に乗るなよ!! こっちには貴様らにとっての天敵、アンチナスモンスターがいるのだ!!」

 

「アンチナスモンスタぁー? そんなのが何だって言うのかしら……ねぇっ!!」

 

 

マジェコンヌが何とか立ち上がり、手をかざすと一斉にナスモンスターがアイリスハートへと襲い掛かる。

有象無象相手と言わんばかりに無造作に蛇腹剣を振るうアイリスハート。しかし、その斬撃はナスにあるまじき固い音と共に弾き返されてしまった。

 

 

「……あら? 固い……」

 

「これぞ対女神用生物兵器、アンチモンスター! シェアエネルギーと対を成すアンチエネルギーを注ぎ込んだモンスターだ!! 女神の攻撃など効かぬわ!!」

 

 

さすがにアンチモンスターというだけあって、女神化した姿の攻撃であればそう簡単に通してくれない。

これにはさすがのアイリスハートも苦い顔をしてしまう。その隙に背後に槍を携えたナスモンスターが飛びかかった―――かと思えば、空中で突如切り裂かれてしまった。

 

 

「んなっ!?」

 

「女神の攻撃が通りづらいってなら、それ以外の攻撃なら通じるってことだろ。 まだまだ品種改良が必要だねぇ、こりゃ」

 

「ありがと、白くん。 助けられちゃったわね」

 

 

白斗が放ったワイヤーだった。

鉄線を伸ばし、それを鋭く振り払うことで一閃。アンチナスモンスターを綺麗に切り裂いたのである。

アンチエネルギーが働かなければそれこそ動くナスと変わりない。

 

 

「ち、ちょっと白斗!! 病み上がりなんだから無茶しないで!?」

 

「大丈夫だってのネプテューヌ。 体調はもうバッチリ、リハビリがてらプルルートを援護しますよっと!!」

 

「お、お兄ちゃん!? ……仕方ないなぁ、もう……」

 

 

存外やんちゃになったらしい、ナイフに銃、そしてワイヤーとあらゆる武器を携えて白斗が戦場へと踏み込む。

動きこそまだどこか重さがあったものの、自在に暗器を使い分けるその戦い方には、以前よりもさらに鋭く―――というよりも迷いが感じられなかった。

 

 

「あら、白くんって情熱的なのね。 ステキだわ~」

 

「そりゃー私の自慢の騎士様ですから!! ドヤァ!!」

 

「何たってお兄ちゃんだもんね!!」

 

「………へぇ、二人って白くんのコト………ふふっ、可愛いわね」

 

「「うっ!? う~…………」」

 

 

正直に言えば無茶はやめて欲しかったが、同時に誰かのために戦う彼の姿はネプテューヌとネプギアにとって愛してやまない姿でもあった。

そんな彼を誇らしく語る様子から、彼に抱いている恋慕を見抜かれたらしく二人は顔を赤く染めてもじもじとしていた。

 

 

「貴様らァ!! 戦場のド真ん中で何を唐突な女子会始めているのだぁ!?」

 

「そっちこそ、花の女子会を邪魔しないで欲しいわぁ。 少しくらい空気読んだら……どうかしらねぇっ!!?」

 

「ぐあああああああああっ!!?」

 

 

戦いの真っ最中に恋バナに花を咲かせている三人を見て憤りを隠せないマジェコンヌ。

しかし、そんな彼女を歯牙にもかけずアイリスハートが容赦のない攻撃を繰り出していく。

蛇腹剣による距離感を掴ませない立ち回りに加え、魔法も織り交ぜた嵐のような激しく、一切の反撃も許さない攻めにマジェコンヌは成す術がない。ナスだけに。

 

 

「……白斗やぷるるんが頑張ってるんだ……私だって、負けない!! ナスなんかに!!」

 

 

友達の、そして大好きな人が賢明に戦う姿を見て黙っていられるネプテューヌでは無かった。

決意を新たにシェアエネルギーを身に纏い、女神化を再び果たす。

 

 

「あらぁ。 ねぷちゃん、その姿も素敵ねぇ。 今度、ぎあちゃんと一緒に可愛がってあげようかしらぁ?」

 

「ええっ!? 私もですか!?」

 

「ふふっ、謹んで遠慮するわ。 私を可愛がっていいのは……白斗だけだものっ!!」

 

 

覚悟を決めたネプテューヌの一閃が、ナスモンスターを切り裂いた。

攻撃の効きにくいはずのアンチモンスターも、全力を伴った女神の一撃に耐えられるはずもなく切り裂かれる。

その間、ナスの匂いが広がりネプテューヌは苦悶の顔を浮かべたがそれでも負けじと刃を振るい続けた。

 

 

「さっすがねぷちゃん、それじゃあたしもこっちを終わらせてあげようかしら……ねぇっ!?」

 

「ぐっ、が、あああああああああああああ!!?」

 

 

同じ女神として、アイリスハートは素直にネプテューヌの実力に感心した。同時にそろそろ面倒になってきたのか、決着をつけるべくハイヒールによる一撃でマジェコンヌを地へ叩き落とす。

地表では最初の威勢の良さは何処へやら、ずるずると這いまわっているマジェコンヌがいた。

 

 

「ふふふ、お似合いよぉ。 まさに時代の敗北者ねぇ」

 

「ハァ……ハァ……敗北者……?」

 

「「「「…………………………」」」」

 

「誰か取り消せよ今の言葉ぁ!!(泣)」

 

 

しかし、誰もいなかった。孤独は罪である。

 

 

「でも誰がどうみても敗北者でしょぉ? あたし一人に無様で無力で無双されているんですものねぇ。 さぁ立ちなさぁい……まだオシオキはこれからよぉ!!」

 

 

空中で展開された魔法陣に腰かけ、見下しているアイリスハート。

嗜虐心に満ちたその表情から、まだ攻め足りないようだ。

彼女だけは怒らせないようにしよう……そう誓う白斗たちだった。そしてそうこうしている間にも何十にもいたナスモンスターは数を減らしつつある。このままでは全滅も時間の問題だった。

 

 

「ち……調子に乗るなよ女神風情がぁ!! 私にはまだ奥の手がある!!!」

 

「奥の手ですって!?」

 

「そうだ!! 集え、ナス達よ!!!」

 

 

するとナスモンスター達が戦闘を取りやめ、マジェコンヌの下へと集まる。

一瞬彼らを使って周りを固めて防御、かと思えばそうではない。

ナス達が一斉に溶け始め、マジェコンヌの周りで渦巻く。

 

 

「見るがいい!! 私とナス、そしてアンチエネルギーの力を!! オオオオオオオッ!!!」

 

 

マジェコンヌは紫色の液体をその身に取り込んだ。

異様な光景にさすがのアイリスハートも警戒態勢を強め、白斗も静かに刃と銃を構える。

やがて彼女を包んでいた紫色の液体は塊、一つの巨大な姿となった。

―――言うなれば、巨大化したナスに。

 

 

『ふっはっはっは!! どうだ、ナスとアンチエネルギーをこの身に取り込んだ姿は!? 今の私はそう……マジェコンヌ改めナスコンヌ!! 女神を滅ぼす者だぁ!!!』

 

 

高らかに声を上げるマジェコンヌ改めナスコンヌ。

巨大なナスから溢れる覇気が、女神達に戦慄を―――。

 

 

「「「「「……………………………」」」」」

 

『おい、何だその反応は!? もっと怖がれよ!!?』

 

 

全然動じていなかった。寧ろ白けていた。

 

 

「そこまで大きいと全然ナスの気がしないわ。 ただの紫色の物体ね」

 

「それ以前にあたし、ナス嫌いでも無いしぃ」

 

「第一、ナスコンヌって……」

 

「そもそもネプ子倒すためだけにナス畑購入って……なんで私、こんなのに捕まったのよ……末代までの恥だわ……」

 

「敗北者じゃけぇ」

 

『ボロクソ!!?』

 

 

そう、その姿はアンチナスモンスターがただ巨大化して翼を付けたような、手抜きとしか思えないデザインだった。

それを大真面目にやるものだから、却ってネプテューヌ達も冷静になってしまっている。

 

 

『えぇい!! ナリはこうでも力は本物だ!! 第一、女神の攻撃などアンチエネルギーの前には無力同然!!!』

 

「なら見せてあげるわ。 アンチエネルギーをも超える……私達の想いを!!!」

 

 

今更相手が誰であろうと怯みはしない。

元よりこの魔女を許すつもりなどさらさらないのだ。このナスコンヌは自分の私利私欲のために親友を―――そして大好きな人を傷つけた。

その怒りを込め、ネプテューヌ達は刃を輝かせる。

 

 

 

 

 

「「「はああぁぁぁぁぁぁ――――――ッッッ!!!!!」」」

 

 

 

 

 

蛇腹剣が、電光の剣が、そして女神の刃が。

歪みに歪んだ、復讐の果実を綺麗に切り裂いた。ナスの力など、魔女の力など、アンチエネルギーなど歯牙にもかけずに。

 

 

『ぐ、アアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!? さ、作戦が……台ナスだぁあああぁあぁぁあぁぁぁぁ…………』

 

 

バラバラに切り裂かれたナスコンヌは、そのまま地上へと落ちていく。

凄まじい粉塵を上げて堕ちていく果実の破片。

やがて煙が晴れると、最早立てずに地面に這いつくばっているマジェコンヌの姿があった。

どうやらすべての力を使い果たしてしまったようだ。

 

 

「どうやらここまでみたいねぇ?」

 

「ぐ、ぐぐぐっ……!! 何故だ……何故、勝てんっ………!!?」

 

「あなたには永久に分からないわねぇ。 だって、あたしのオシオキで全然反省してないんだもの。 反省もしない人が、進歩なんてあるワケないでしょぉ?」

 

 

ゆっくりとマジェコンヌの下まで降り立ったアイリスハートが刃を構える。

元の世界でも、この世界でも悪事を重ね続けてきた。何も変わらずに。

嗜虐心とはまた別に、この魔女に対する怒りで見下していた。冷たく光る剣光に、マジェコンヌも喉を鳴らす。

 

 

「待ってぷるるん。 ………こいつだけは、私が葬るわ」

 

「ねぷちゃん……? どうしたのよ、可愛い顔を怖くしちゃって」

 

「……こいつは、マジェコンヌは……白斗を散々傷つけてきた!! 白斗がどれだけ苦しんだことか……っ!!! こいつだけは……絶対に、許さないッ!!!」

 

 

―――怒りを超えた憎悪を滾らせていた。

ネプテューヌは今まで見たことが無いような、殺意に溢れた顔になっている。目は鋭くぎらつき、歯は食い縛られ、刃を握る手が怒りで震えている。

その怒りはネプギアとアイエフも同じで、止める気配が全くなかった。

 

 

「貴女があんなことをしなければ、お兄ちゃんはあんな苦しいを思いをしなかった……!! 貴女の所為でっ!!!」

 

「白斗を傷つけ、苦しめ、悲しませたアンタにはもう生きる資格なんてない!! ―――あの世で白斗に詫び続けろっ!! それがアンタの罪よっ!!!」

 

 

寧ろ、その刃を魔女に突き立てたくて仕方がないと言わんばかりの殺意だ。

確かにこの魔女は許せない。しかし、ここまで漲る殺意にさすがのアイリスハートも、初めて冷や汗を流した。

 

 

「マジェコンヌ!!! 覚悟おおおおおおおおおおおおッ!!!!!」

 

「――――――ッッッ!!?」

 

 

無情にも振り下ろされる女神の凶刃に、マジェコンヌは目を瞑って―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――やめてくれ、ネプテューヌ」

 

「っ、え………? はく、と………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、ネプテューヌの背後から力強く、けれども愛してやまない感触が包み込んできた。

―――白斗が抱きしめてくれているのだと、すぐに気づけた。

 

 

「そんな気持ちで刃を振るっちゃダメだ。 ……お前達に、俺と同じコトなんてさせたくない」

 

「で、でも白斗!! こいつは……マジェコンヌは!!」

 

「分かってる。 許さなくていい。 ……だから、殺しちゃダメだ」

 

 

人を殺すことが、どれだけ愚かで、空しくて、苦しいことか。

それは白斗が一番よく知っている。

耳元で囁きながら、ゆっくりと、氷を解かすかのような温かさと優しで白斗はネプテューヌを落ち着かせていく。

 

 

「アイエフとネプギアも頼む。 ……この通りだ」

 

「………お、お兄ちゃん………」

 

「……分かってる……分かってるわよ……。 でも……っ」

 

 

やりきれない怒りが、二人の顔を歪ませる。

けれども白斗の言葉もしっかりと届いていた。だからこそ、怒りで振り上げた手が静かに下ろされていった。

 

 

「な、何のつもりだ小僧!! 情けのつもりか!!? とんだ偽善者だなぁ!!?」

 

「ッ!! マジェコンヌっっっ!!!」

 

 

一方のマジェコンヌはプライドを傷つけられたと受け取ったのか、泥まみれの顔を上げながら吠えた。

白斗の思いを踏みにじるようなその言葉にネプテューヌはまた怒りを再燃させる。

咄嗟に前に立った白斗がそれを手で制し、しかし代わりに怒号を吐きかけた。

 

 

「勘違いするなッ!! 正直、俺に対するあれこれはどうでもいいがネプテューヌ達を傷つけたことは俺に取っちゃ何よりも許せねぇんだよっ!!!」

 

「――――っ!!?」

 

 

ズン、と一歩踏み出して顔を近づけてくる。

文字通り、一歩間違えればその顔を踏み砕いていたかもしれない。それほどまでに彼の顔は怒りで満ちていた。

ただ、その理由がネプテューヌ達を傷つけたことだというのは良くも悪くも白斗らしい理由だったが。

 

 

「ただ、その所為でネプテューヌ達に苦しい思いをして欲しくない。 それに……借りもある」

 

「借り、だと……一体何の……」

 

「惚けるな。 俺の体に絶暴草をブチ込んだのはアンタじゃない第三者だろ? それにアンタ、あの時絶暴草の投与量を少し緩めてくれた」

 

「………っ!? 貴様、どうしてそれを……!?」

 

 

白斗の言に、マジェコンヌが、そしてネプテューヌ達が目を剥いた。

そう、あの時。捕らわれた白斗がカプセルに浮かべられていた時、マジェコンヌは端末を操作し、絶暴草の投与量を押さえてくれていたのだ。

もし、それがなかったらあの時のフリージアの花では間に合わなかったかもしれない―――白斗はそう考えていた。

 

 

「それに俺の心臓に仕掛けられていた爆弾。 いつでも使えたはずなのに爆発させなかった」

 

「そ、それは私が巻き込まれるかもしれないからで……!!」

 

「もういい。 形はどうあれ、一応アンタによって俺の命は繋ぎ止められたんだ。 だから今回だけ、俺の命を助けてくれたアンタの命を助ける。 ……許しはしないけどな」

 

 

そう言いつつも、白斗の顔は怒りを忘れて緩く微笑んでいた。

―――父親のあの狂気を目の当たりにしてきた彼だからこそ、怒りや狂気に身を任せる愚かさを心得ている。

だから彼は誰よりも早く、それから脱せられたのだ。

 

 

「だけどこれだけは言っておく。 形はどうあれ、その命はもうアンタだけのものじゃないんだ。 ……無駄には、しないでくれ」

 

 

「――――っ!! …………そう、だな…………」

 

 

―――そんな彼の姿に、言葉に、マジェコンヌは何かを見た。

やがて耐え切れなくなったのか、顔を俯かせる。先程までのような悪意も、覇気も、敵意も無い。

今の彼女に、もう悪事など働けはしない―――誰もがそう悟らざるを得なかった。

 

 

「ネプテューヌ、それにみんなもありがとな。 俺のために怒ってくれて。 だから―――」

 

「もういいわ。 ……正直、全然納得していないし今でも冷静ではいたくないけど……白斗の想いを踏みにじるのは、もっとイヤだもの」

 

「うん。 ……お兄ちゃんが止めてくれなかったら、私達はきっと後悔してた」

 

「……そうね。 こいつは許せないけど……私は白斗を信じてるから」

 

 

そう言ってネプテューヌは、ようやく微笑んでくれた。ネプギアも、アイエフも然り。

きっと心ではまだマジェコンヌに対する怒りは収まっていないだろう。だが、それ以上に白斗への想いが、それを上回っていた。

だから誰もが刃を収めてくれる。白斗とも安心したかのように微笑んだ。が、アイリスハートはどこか不満気である。

 

 

「え~? あたしとしてはもうちょっと体に教えてあげたいトコロなんだけどぉ~……」

 

「プルルート。 ………頼む」

 

「う………し、仕方ないわねぇ。 なら、この埋め合わせは白くんにしてもらおうかしら?」

 

 

プルルートも嘗てはマジェコンヌに迷惑を掛けられた身。

故に彼女を許せない気持ちも理解できる。それでも白斗は頭を真摯に下げて頼み込んだ。

そんな彼の迷いない姿にさすがのアイリスハートも気圧されたらしく、素直に引き下がってくれる。

全員の同意を得たことで、皆を代表してネプテューヌが改めて刃を突き付けた。

 

 

「―――マジェコンヌ! 今回は白斗に免じて命だけは助けてあげる。 ……けれどもこれは許しではない、罰よ。 貴女はその屈辱と罪を背負っていきなさい。 そして……その罪と向き合うの」

 

「………向き合う………か……」

 

「ええ。 私達に対してじゃない、白斗に対して償いなさい。 方法は任せるわ。 でももし、次こそ白斗を裏切ったのなら……私が止めるから」

 

「……………………」

 

 

今回のネプテューヌ達の怒りの原因は白斗に対する暴虐だ。

だから、彼に対する償いを求めた。これからどう生き、どう償うかはマジェコンヌ自身が決めること。

女神様らしい采配に、白斗も満足げだった。

 

 

「さっすが、俺の女神様」

 

「……良かった。 貴方の女神になれて」

 

「ちょっとそこ! 何甘い空気作っちゃってんの!? 今回の攫われヒロインポジションは私達なんだから……ってそうだ!! コンパは!!?」

 

 

何やらメインヒロインの座を頂いているネプテューヌに対して猛抗議の声を上げるアイエフ。

と、ここでようやく気付いた。コンパがいないのだ。

 

 

「……さっきも言った通り、あの娘ならネズミに預けてある。 奴はあの娘を気に入っていたようだからな、手荒な真似だけはしていないはずだ」

 

「ならちゃっちゃと迎えに行きますかね」

 

 

話しぶりからして、コンパにだけは危害を加えるつもりはないらしい。それに傍についているのはあのワレチューという特に戦力にもならないネズミ。

ひとまず安心したが、早く安心させてあげるに越したことは無い。マジェコンヌが指を差した先は、一軒の家。一同は早速そこへと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、う~ん………?」

 

「お、お目覚めっちゅかコンパちゃん!!」

 

 

―――激闘に決着がつく少し前、温かな陽気に誘われて眠っていたコンパがようやく目を覚ます。

するとそんな彼女の顔を覗き込むようにして一匹のネズミが顔を近づけた。

その名はワレチュー、マジェコンヌの仲間の一人である。

 

 

「……ネズミさん……? あれ、あいちゃんは……!?」

 

「あ、あの女の子なら……その……向こうでお昼寝してるっちゅ!!」

 

「そ、そうなんですか? で、ネズミさん……その、顔が近いんですけど……」

 

 

柔らかい雰囲気を持つが故にあどけなさを感じるコンパの顔。

ワレチューにとってそれは天使の寝顔も同然だった。そんな天使にお近づきになりたいと思うのは男として当然の性。

 

 

「コンパちゃん……オイラは悟ったっちゅよ。 どんなことをしたって、愛がなきゃ空しいって……」

 

「ネズミさん……? きゃっ!?」

 

 

わなわなと震えるワレチュー。それはまるで、覚悟を決めた男の姿。

意を決してコンパに更に顔を近づける。

緊張の余り顔を赤くして、息を荒くしているワレチューに温厚なコンパもさすがに引き気味であった。

 

 

「コンパちゃん!! オイラ、リーンボックスで君を見た時から好きだったっちゅ!! さぁ、今こそ誓いのキスを交わすっちゅよ!! ん~~~~っ」

 

 

唇を尖らせて、コンパの柔らかそうな唇へと触れようとするワレチュー。

しかしコンパは今までの緩そうな表情を少し引き締め、しっかりとした手でそれを押しのけた。

 

 

「……ダメです、ネズミさん。 それは……出来ません」

 

「っちゅ!? な、なんでっちゅか……!?」

 

 

柔らかく、優しい雰囲気を持つコンパからは考えられないハッキリとした拒絶だった。

押しに弱い彼女だと思って想像もしていなかったらしい、ワレチューの表情が驚愕に満ちる。

それに構わずコンパは、力強い瞳で応えた。

 

 

「……私、好きな人がいるんです。 そしてその人に酷いことをした貴方は……どうしても、好きになれないんです」

 

「が………ガッガーン!!? そ、そんなっちゅ―――――っっっ!!!!?」

 

 

ワレチューはこの世の終わりとも思える声を高らかに上げた。某ム〇クの叫びのようだった。

大好きな子から拒絶され、しかもその女の子には既に好きな人がいて、挙句嫌われる要員を作ってしまっていたのだから。

 

 

「はぁい、そこまで~」

 

「っちゅ? ………って、お前はアイリスハートっちゅか――――!!?」

 

 

絶望に打ちひしがれているところ、その尻尾が掴まれて宙ぶらりんとなるワレチュー。

天使の顔の次は、女王様の顔だった。

神次元出身であるワレチューは知っている。嘗て自分達にトラウマを植え付けた存在、アイリスハートであることを。

 

 

「お久しぶりねぇ、ネズミさん? ……でも、薄汚いげっ歯類風情がコンパちゃんに触れようだなんて……100年早いのよぉ!!」

 

「ッヂュ―――――!!?」

 

「あはははは!! あーっはっはっはっはっは!!!!!」

 

 

溜まったうっぷんをぶつけるかのように、アイリスハートはワレチューを容赦なく地面に叩きつけた。

何度も何度も何度も何度も。

余りもの凄惨な光景に、コンパは勿論白斗たちも、そしてマジェコンヌも改めてアイリスハートことプルルートの恐怖が刻み込まれることになるのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、二日後。

 

 

「ふぅ……これでこっちは耕せたな。 おい、ネズミ! そっちはどうだ?」

 

「ひぃ……ひぃ……こ、こっちも終わりっちゅよ。 あー……手がマメだらけっちゅ……」

 

 

あのナス畑でマジェコンヌとワレチューは畑を耕していた。

マジェコンヌはあの魔女帽子から麦わら帽子を被り、背中には籠を背負って、杖の代わりに鍬を携えるなど完全な農家スタイル。

ワレチューも似たような装いとなっており、二人で力を合わせて炎天下の中、今日もせっせとナスの栽培に勤しむ。

 

 

「けれどもオバハン、本当にこのままナス農家になるつもりっちゅか?」

 

「今はこれしか思いつかんだけだ。 何しろ有り金はたいてまで買ったのだからな。 ……こうでもしないと勿体なかろう」

 

「今思えば、ナスに拘ったのが敗因だったっちゅかね……」

 

「そうだな……こんなにも私を虜にさせるとは、罪深いナスだよ……」

 

「違う、そうじゃないっちゅ」

 

 

どうやらこのマジェコンヌは、ナスによって運命を狂わされてしまったのかもしれない。

 

 

「……それに、一応私の命は最早一人だけのものではないらしいからな。 無下には出来ん」

 

「……あの小僧っちゅか。 オバハンも変わったっちゅね」

 

「フン。 借りを返すだけだ」

 

 

言いながらも鍬を振るう手は止めない。

耕した土に種を撒き、水を掛ける。誰がどう見ても立派なナス農家へと転身していた。

 

 

「しかしネズミ、貴様まで手伝ってくれるとはな。 貴様こそどういう風の吹き回しだ?」

 

「……今のままのオイラじゃコンパちゃんは振り向かせられないっちゅ。 だからまずはオバハンの償いを手伝っていい男になるっちゅ!! そうすればコンパちゃんもあの小僧からオイラに乗り換えるはずっちゅ!!!」

 

「………まぁ、頑張れ」

 

 

到底成功するとは思えないが、言わぬが花だった。因みにナスも花は咲きます。

やれやれと溜め息をついていると、一人の少年が黒コートを翻しながら近づいてくる。

 

 

「お、精が出てるねーお二人さん」

 

「げーっ!? 白斗っちゅか! 何故ここに来たっちゅ!?」

 

「……ああ、今日が退院の日だったのか」

 

 

白斗だった。

あの日、一応入院中に抜け出してきたので戦いが終わった後再び病院内へと逆戻りされ、更には女神のお説教と言うフルコンボを食らっていたため入院が伸びてしまった。

そのため今日から改めて退院だったのだが、その足でここまで来たらしい。

 

 

「ま、俺が言い出したことだからな。 責任もって定期的に監視することになったんだよ」

 

「随分な暇人っちゅね。 でもオイラは真面目に仕事してるっちゅ! ちゃんとコンパちゃんに報告するっちゅよ」

 

「前向きに検討いたします」

 

「的確かつ無難な答えだな。 他の奴らは来ていないのか?」

 

「んー? 畑の入り口にノワールとプルルートが待機してくれてるけど」

 

「我々は随分信用されてないな。 まぁ、当然と言えば当然か」

 

 

本来、監視役には白斗以外が就く予定だったらしい。けれどもこうして白斗自らが赴いたのは、彼なりの責任なのだろう。

ただ、昨日今日で殺し合った仲だ。すぐに信頼が置けるはずもなく、有事の際の備えとして誰かが傍についているようだ。マジェコンヌは嫌悪感を露にすることもなく、一息つく。

 

 

「にも関わらず一人で来たということは……聞かれたくない話でもあるのか?」

 

「ああ。 ……マジェコンヌ、アンタは魔力こそ絶大だがアンチモンスターを生み出せるだけの技術は無い。 となるとそれらを生み出し、更に俺に絶暴草を投与したのは―――誰だ?」

 

 

どうやらそれが聞きたかったことらしい。

しかし、その質問をするだけなら別にノワール達が席を外す必要もない。つまり、彼には見当がついているのだ。

一体誰が、マジェコンヌに手を貸したのか。

 

 

「―――分かっているのだろう? 黒原才蔵……貴様の父親だ」

 

「……やっぱり、か……」

 

「やっぱりって……どうして分かったっちゅか?」

 

「俺の心臓の調整が完璧だったからな。 これを弄れるのは俺と……製作者である親父しかいない。 それに、作戦の一つ一つが俺に対する悪意に満ちてたし」

 

「嫌な推測の仕方だな……」

 

 

と、言いつつもマジェコンヌも同情の色を見せていた。

余りにも行き過ぎた才蔵の行動にほとほと嫌気が差したため、彼との縁を切った。

今にして思えば最善手だったと確実に言える。

 

 

「それと………姉さんも、いたのか……?」

 

 

だが、彼にとって本当に聞きたいこと。それは父親のことなどではなく、姉の事だった。

もし父親がこちらに来ているのなら、姉も来ているのかもしれない。

白斗にとって姉とは嘗ての生きる意味であり、全てだった。この世界に来た直後はもう会えないものと思っていたのだが、可能性が出てきたのなら無視はできない。

 

 

「姉……黒原香澄のことか。 カプセルに入れられていたが、あの男には大事にされていたよ」

 

「そっ、か……。 でも、生きてくれているんだな……なら、まだ助けられるかもしれない……」

 

 

一縷の望みをかけるには、十分すぎる情報だった。

同時に白斗にとって、生きる意味がもう一つ出来たとも言える。

姉を、今度こそ救い出す。この世界の技術なら―――女神達の力があれば、それが出来るかもしれない。

 

 

「すまんが私はもう奴とは縁を切った。 雲隠れしているようだし、もう居場所など見当もつかんぞ」

 

「良いって。 分かっただけでも……俺に取っちゃ希望だ。 ありがとな、マジェコンヌ!」

 

 

一応詫びるものの、白斗は寧ろお礼を言ってきた。

屈託のない笑顔で。それがマジェコンヌにとっては、眩しく見えて仕方がない。

 

 

「……女神共が、貴様を大切にする理由が分かった気がするよ」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「何でもない。 これ以上は作業の邪魔だ。 それに、女神共も呼んでいるようだぞ」

 

「あ、ホントだ。 それじゃ頑張ってなー」

 

 

監視は十分できたとして、白斗は手をひらひらさせながら歩いていく。

何とも軽い、けれども確かにして奇妙な繋がりが今ここにできた。

最早敵とは呼べない、でも単なる知り合いでもない、しかし友達と呼ぶにはおこがましい。

この距離感には、どういった名前が付けられるのだろうか。何ともむず痒い感情に、マジェコンヌは溜め息を付きながら今日も鍬を振るうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――因みにこの後、プラネタワーで白斗の退院祝いとプルルートの歓迎会を兼ねたパーティーが開かれるのだが。

 

 

「「きゃあああああああああああああ!!! ナスぅううううううううううううう!!?」」

 

「え!? ネプテューヌはともかく、アイエフまで!!? 一体何事!?」

 

「あはは~。 どうもアイエフちゃん~、あれからナス嫌いになっちゃったみたいで~」

 

「ねぷねぷはともかく、あいちゃんまで……」

 

 

ナスの犠牲者がまた一人、誕生してしまったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――こうして、白斗は戻り、そしてプルルートという新しい客人を迎えて、ゲイムギョウ界は更に慌ただしい日々となるのだった。




大変長らくお待たせして申し訳ありませんでしたああああああ!!!
ということでとうとうみんな大好きプルルート登場です!!長かった……。
当然ヒロインの一人なのでこれからも大活躍&2828シーン満載のご予定です。
そしてマジェコンヌとも本当の意味で決着。ねぷ二次ではある意味お約束だったかもしれませんが、王道は王道でいいよね。ってかナスコンヌの下りは絶対に外したくなかった。Vでもアニメでも好きなシーンだし(欲望
さて、次回からはぷるるんも織り交ぜての日常回でお送りしたいと思います。お楽しみに!!
感想ご意見、お待ちしております!


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第四十三話 ぷるるん滞在記

―――午前9時。プラネタワーにて。

 

 

「おーい、プルルート~?」

 

 

柔らかな朝の日差しが入り込む中、コンコンと軽い音を響かせながらドアが叩かれる。

ドアを叩いているのは白斗。そして呼びかけているのは最近この世界にやってきた、神次元という別世界でのプラネテューヌの女神ことプルルート。

だが幾ら呼び掛けても返事は返ってこない。

 

 

「うーむ、これは……アレか……。 仕方ない、プルルート入るぞ~?」

 

 

どうして返事をしてくれないのか、理由は大体察しがついているのでため息を付きながらも仕方なくドアを開ける。

ここはプラネタワー内にある、プルルートのために設えた部屋。彼女の要望で日当たりも風通しもよい部屋になり、更には柔らかなベッドや彼女お手製らしいぬいぐるみが並べられた、まさに女の子の部屋といった仕上がりだ。

そんな部屋の中、安らかな寝息が聞こえてくる。

 

 

「くー……すや~……」

 

「……予想通り、寝てるな。 おーいプルルート、朝飯だぞ~?」

 

 

少しだけ掛け布団を剥がせば、そこにはくるまって寝ているプルルートがいた。

のんびり屋さんの彼女は大のお昼寝好き。気が付けばどこでも寝ているような、ちょっと抜けた女の子。

本来ならもう少し寝かせてあげてもいいと思うところだが朝飯が待っている。何とか彼女を起こそうちょっとだけ、強めに揺すった。

 

 

「んん~……くぴー………」

 

「ぜ、全然効きやしねぇ……。 なら最終手段発動! ぷ~ん………」

 

 

しかしプルルートの寝つきの良さは折り紙付きだ。そう簡単に起きるものではない。

かと言って叩き起こすようなことはしたくはない。あくまで彼女が自発的に起きるように仕向けるのがベストだ。

そこで白斗が採った手段、それは蚊の羽音のような声を耳元に囁くことだった。

 

 

「ん、んん~………!」

 

(クッククク、効いておる効いておる。 さぁ、眠りの淵から目覚めよ女神!)

 

 

人間が最も不快に感じる音の一つ、それが蚊が飛ぶ音。

あの不快感は全世界共通らしい。さすがのプルルートも少し顔を歪めてきた。やがて目覚める―――かと思われたその時。

 

 

「んん~……!! しずかにぃ~………してぇ~~~~~~~!!!」

 

「べぐアッッ!!?」

 

 

ガシッ! 近くにあったぬいぐるみに手を伸ばし。

グワッ! 音を立ててそれを勢いよく振り上げ。

ドゴン! ―――それを思い切り、白斗に叩きつけた。

 

 

「……ん、ふぁぁ~……あ、白くん~。 おはよ~」

 

「………オハ、ヨ……ゴザイ、マ……………ス………ガクッ」

 

「あれ~? 白くんも眠いの~? まだ朝早いし~、あたしも二度寝しよ~」

 

 

忘れてはならない。彼女は見た目はこうでも、立派な女神なのだ。

その細腕の一撃でクレーターを生み出されるのに、白斗が耐えきれる道理がない。挨拶を交わした後、白斗は気絶。

そしてプルルートは午前9時という早朝だったため、再び二度寝してしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さて、何故白斗などと言う一般人風情が女の子、しかも女神様を起こしに掛かっているのか。

それは遡ること昨晩、夕食の席にて。

 

 

『プルルート! 何かして欲しいことは無いか?』

 

『ほぇ~? どうしたの白くん~?』

 

 

突然白斗がそんな言葉を掛けてきた。

当人であるプルルートは勿論、ネプテューヌやネプギア、ピーシェにイストワールもキョトンとしていて何が何だか分からない様子だ。

 

 

『いや、プルルートには世話になったしちゃんとしたお礼もしたいなって思ってたから、プルルートのして欲しいこととかないのかなーって』

 

『あー、出たよ白斗の悪い癖……』

 

 

嘆息しながらネプテューヌとネプギアが姉妹揃って肩を竦める。

この白斗と言う男、自分を助けてくれた相手に対してかなり義理堅い。ネプテューヌ達との交流も、元はそんな白斗の恩返しから始まったものだ。

今回はフリージアの花をわざわざ届けてくれたプルルートに対してのものらしい。

 

 

『別にいいよ~、あたしだってピーシェちゃん助けてもらったんだし~』

 

『そうか? でもなんかして欲しいことあったら何でも言ってくれよ』

 

 

やんわりと断られてしまったので、一応その場では引き下がっておく。

好意の押し付けも迷惑になると判断したので、プルルートが本当に困っていたら、或いは向こうから助けを求めてきたら快く応じるつもりだ。

 

 

『お兄ちゃん、尽くすのは良いことかもしれないけどちゃんと自分の時間も大切にしてくださいね。 というワケではい、あーん!』

 

『ちょっとネプギア! 何がと言うワケでナチュラルにあーんしてるの!? 白斗、私からもはい、あーん!』

 

『お、お前ら一変に迫るなっての!!』

 

『おにーちゃん! ぴぃのもー!!』

 

『ち、ちょっと待っ………もががが―――っ!!?』

 

『ああ、白斗さん!? ネプテューヌさん達も落ち着いてくださーいっ!!』

 

 

また白斗が女の子にコナを掛けようとしていると思い、看過できなくなったネプギアが晩御飯のオムライスをスプーンで一掬いし、口元へ近づけてくる。

それに対抗してネプテューヌ、更にはピーシェも加わり、全員が一斉に白斗の口へ突っ込ませてきた。大慌てでイストワールが助けに向かうが、それを見ていたプルルートは。

 

 

(……みんな、本当に白くんのことが大好きなんだね~)

 

 

輪の中心となっている白斗と言う少年に興味を持っていた。

元より家族であるピーシェを助けてくれた恩もあるが、それ以上に何かが気になる。

あのマジェコンヌとの戦いも女神化した姿に驚きも慄きもしたが、同時に啖呵も切って見せた。

そんな彼に興味を抱くと同時に、こうして彼に相手にされない一幕は―――なんだか寂しく感じた。

 

 

『んー……あ。 それじゃ白くん~、明日一日、あたしと遊ぼうよ~』

 

『へ?』

 

 

尚も取り囲んでくるネプテューヌ達をいなし続けていると、突然ぽんと手を叩いてプルルートがそんな提案をしてきた。

余りにも唐突で、突拍子もないお言葉に白斗だけでなくその場にいた誰もが抜けた声を上げてしまう。

 

 

『さっき言ってたでしょ~。 して欲しいことがあったら言ってって~』

 

『勿論だが……いや、そうだな。 分かった、んじゃ明日一日遊ぶとしますか!』

 

『うん! えへへ~』

 

 

一瞬「そんなことでいいのか」と言いかけた白斗だったが、すぐに止めた。プルルートが望んでいっていることなのだし、それにたった一回願いを聞いただけで終わってしまうような関係性でもない。

これからも、という意味を込めて白斗が笑顔でそれを受け入れ、プルルートも満足げに微笑んだ。

 

 

『『じ~………』』

 

『………はは、痛い……視線が痛いよ女神様………』

 

 

しかしこれ以降、女神姉妹から穴が開きそうなほど痛い視線をぶつけられるのだった。

それはもう、何の比喩でもなく一日中ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして現在に至る。

本日は街へ遊びに行く約束だったのだが約束の時間になってもプルルートが降りてこない。そこで白斗が起こしに行って―――冒頭のあの有様というわけである。

 

 

「あはは~、そ~だったんだ~。 ごめんね白くん~」

 

「いや、俺も起こし方がなってなかった……。 次からはお互いに優しい起こし方を考えてくるよ、うん」

 

 

遅めの朝食の席にて、プルルートが謝っていた。顔を盛大に赤くさせた白斗に。

もう少しプルルートにも白斗自身にも優しい起こし方を見つけねば、起こす側の命がない。

手作りの味噌汁を啜りながら、白斗が肩を落とした。

やがて朝食を食べ終え、互いに食器を洗いながら今日の予定を確認し合う。

 

 

「まぁ、過ぎた話はもういいや。 で、俺がコース決めていいんだよな?」

 

「そうだよ~。 あたし、まだ来たばかりだからこの国のことよく分からないんだ~。 だから色々案内してくれると嬉しいな~」

 

「OK。 俺流のコースを考えてきたぜ」

 

 

どうやら目的地そのものはないらしいが無理もない、プラネテューヌの女神と言っても彼女の世界とは勝手が違うのだ。

だから「この国がどういう感じなのか見て回りたい」という物見遊山の方がニュアンスとして近いだろう。昨日の内にある程度コースは決めて置いた。後は遊びに行くだけ。

 

 

「はいはーい! 白斗! 私もついていきたいなー!!」

 

「わ、私もお兄ちゃんと一緒に過ごしたい!!」

 

「ぴぃもいっしょにあそんでー!!」

 

「お、お前らなぁ………」

 

 

と、そこへ準備万端とでもいわんばかりに雪崩れ込んできたネプテューヌ達。

素直な好意は嬉しいし、確かに皆がついてきてくれた方が楽しくも心強くもなるかもしれない。

―――しかし、隣で腕を絡めているプルルートは不満気だ。その時、ウィイインという謎の起動音が響き渡り。

 

 

「はい、捕獲」

 

「「「わああああぁぁぁ!!?」」」

 

 

機械のアームが、ガッチリとネプテューヌ達を捕らえてしまった。

犯人は手元で端末を操作しているイストワールで間違いないだろう。

 

 

「い、いーすん!! これ邪魔者の強制排除装置だよね!? なんで私達がー!?」

 

「今は皆さんが邪魔ものだからですよ。 さ、こちらです。 ついでにネプテューヌさんには仕事が溜まっていますからね」

 

「「「いーやー!!!」」」

 

 

そのまま連行されてしまう三人。

ただ、侵入者迎撃用というよりも、仕事をさぼって脱走するネプテューヌ対策のように見えるのは気のせいだろうか。

ははは、と乾いた笑いしか出ない白斗だったが、一方のプルルートは憂い事が無くなったかのように上機嫌だ。

 

 

「それじゃ白くん~。 そろそろ行こうよ~」

 

「お、おう。 そうだな」

 

 

ネプテューヌ達には申し訳なく思いつつも、今はプルルートとの時間だ。

支度を整えて二人は外へと繰り出す。

プラネテューヌの気候は年中安定しており、外に出ただけで温かな日差しが入り込んでくる。

 

 

「ん~。 今日も絶好のお昼寝日和だね~」

 

「あー、確かに。 ネプテューヌもお前程じゃないけど、よくサボって昼寝してたりするんだよな」

 

「白くん失礼~。 あたしはサボってるワケじゃないんだよ~」

 

「ははは、ゴメンゴメン。 お詫びにオススメのクレープ屋行こうぜ。 奢るからさ」

 

「わ~い! なら許してあげる~」

 

「有難き幸せ。 んじゃ行きますか」

 

「うん! って、え………」

 

 

とりあえず、当初の目的は決まった。

クレープと聞いてプルルートも大喜び。彼女もやはり女の子で、甘いものには目がないらしい。

早速そこへ向かおうとした時、プルルートの手が力強く、尚且つ温かいものに包まれた。

一体どうしたのかと目を向けてみると白斗の手が、彼女の小さな手を握っている。

 

 

「………ん? あ、ゴメン!! つ、つい………」

 

「い、いいよ~。 ただ……あたし、男の子と手を繋ぐなんて……初めてだったから……」

 

「そ、そうか……」

 

 

どうやら白斗は無意識に手を握ってしまっていたらしい。

妙に気恥ずかしくなって、一旦手を離す。

ただ、白斗はプルルートの少しひんやりとして綺麗な感触を、プルルートは白斗の力強くて熱い手の感触を、それぞれ忘れることは無かった。

 

 

「ほ、ほら、あそこのクレープだ」

 

 

そんな気恥ずかしさを抱えたま速向かった公園。そこで屋台として売り出されていたクレープがあった。

以前、ネプテューヌとのデートの際に食べたもの。白斗が早速並び、二人分を買ってきた。

 

 

「はい、プルルートはチョコバナナクレープだ」

 

「わ~! ありがと~。 白くんは~?」

 

「俺はプリンクレープだ。 これネプテューヌおすすめで……あれ?」

 

「むむむ~……」

 

 

すると、何故かプルルートが渋面を作り始めた。何か手落ちでもあったのだろうか。

最初は渡したクレープが気に入らなかったのかと思ったが、渡した直後は満面の笑顔だったし、まだ食べてすらいないから味に関する問題でも無いはず。

 

 

「白くん~。 今は私との時間なんだから、他の女の子の名前を出すのはよくないと思うな~」

 

「え……? あ、ああ……ごめんなさい!!」

 

 

しかしナイフ捌きは器用でも、女の子の扱いは不器用な白斗はそこまで頭が回らなかった。

実を言うと今でもそれで何故プルルートがご不満なのか今市要領を得ないのだが、とにかく謝らなくては。

 

 

「……な~んてね。 あはは、白くん必死~!」

 

「あっ!? テメ、からかいやがったな!?」

 

「でも白くんが悪いのは事実だよ~? お詫びに白くんのクレープも頂戴ね~?」

 

「……へいへい。 でも間接キスになるが大丈夫か?」

 

「…………お、女の子に二言はないもん~~~!」

 

 

やはり女の子の扱いには長けていない白斗。そのままプルルートに振り回されてしまう。

けれども、そんな状況も楽しんでいる自分がいることに気づいて、柔らかく微笑んだ。

ベンチに腰掛け、互いにクレープを食べ、時には食べさせ合う。勿論間接キスの類ではあるが、プルルートは大分顔を赤くしながらそれでも何とか食べ、白斗に関しては二回目なので何とか平静を保てた。

 

 

「……さ、さて! 次はゲームセンターにでも行くか!!」

 

「そ、そうだね~。 あたし、興味あったんだ~!!」

 

 

否、保てて無かった。滅茶苦茶意識していた。声も裏がっており、汗は噴き出て、目の焦点は合っていない。

それはプルルートも同様で、二人で半ば自棄になりながらゲームセンターへと歩を進めていく。

 

 

「わぁ~! ここがねぷちゃんの国のゲームセンターなんだね~」

 

「やっぱプルルートもゲーム好きなんだな」

 

「ゲイムギョウ界の人なら当然だよ~。 それにあたしが女神になって最初に作ったのはゲームセンターなんだ~」

 

「なんつーか、さすがだな……」

 

 

苦笑いしながら二人してゲームセンターの扉を潜る。

娯楽好きなネプテューヌの国というだけあって様々な種類の筐体が置かれており、さすがのプルルートも目を輝かせていた。

 

 

「何するよ? 色んなゲーム置いてあるけど」

 

「ん~……じゃぁ、あれ~!」

 

 

そう言って指差した先には、落ちてくるスライム状の物体を連鎖させてスコアを競う所謂パズルゲームに近いものだった。

見た目通りのんびり屋さんな彼女からすれば、複雑な操作を要求されるものよりも落ち着いてプレイできるようなゲームが好みらしい。

 

 

「ほうほう、面白い。 対戦してみるか?」

 

「うん~。 それじゃ行くよ~」

 

 

白斗が二人分のコインを入れてゲームスタート。

落ちてくるスライムの位置を操作しながら、連鎖を繋げていく。そして連鎖が起こるにつれ、相手にダメージ代わりの邪魔なブロックが落ちてくる仕組みである。

シンプルな操作ゆえ、互いに手間取ることは無かったが。

 

 

「ほいほいほいっと!」

 

「わぁ~! 白くん強~い!」

 

「小賢しさで生き抜いてきた方なんで、なっ!」

 

「あたしも負けないよ~!」

 

 

元より、咄嗟の状況に対して頭が回る白斗。

純粋な技術では雑魚の部類だが、技術を必要としないパズルゲームなどでは割と戦える部類になった。

一方のプルルートも決して弱くはなく、拮抗した勝負になっていたが最終的には大連鎖を繋ぎ、白斗が勝利をもぎ取った。

 

 

「うぅ~。 負けちゃった~」

 

「でも結構接戦だったな」

 

「うん。 楽しかった~!」

 

 

一手でも間違えていれば勝敗はひっくり返っていただろう。

それくらいにギリギリの勝負でお互いに楽しめたようだ。だが、まだ満足してはいない。

次なるゲームを求めてあちこちを彷徨う。と、ここでプルルートがある機体に目を向けた。

UFOキャッチャーで、そこにある紫色の人間とも、動物ともつかない謎のぬいぐるみが詰められている。

 

 

「あ~。 このぬいぐるみ柔らかそ~」

 

「ん? ああ、今流行りのぬいぐるみ枕か」

 

「枕にもなるんだ~。 でもこれなんてキャラクターなの~?」

 

「プラネテューヌのゆるキャラらしい。 ねっぷーたん……だっけ? ネプテューヌのぐーたらさをイメージした生命体だとか」

 

「あはは~。 ねぷちゃん、人として扱われてない~」

 

 

確かにゆるキャラならば彼女以上の適任はいないだろう。

それをデフォルメしたキャラクターを生み出したらしいが、結果この有様らしい。因みにネプテューヌ自身もこの出来に納得がいっていないとか。

 

 

「……欲しいのか?」

 

「え……興味はあるけど~……」

 

「ほい来た。 任せとけ」

 

 

興味があるのならば、取ってあげない理由など無い。

白斗は意気揚々とUFOキャッチャーの前に立ち、コインを一枚投入。華やかな音楽と共にゲームスタートだ。

 

 

(さて、出来りゃ一発クリア狙いたい。 ……よし、引っ掛けて落とす方向で行くか)

 

 

鍛え抜かれた眼力で獲物の“急所”を見つける。

そして頭の中で作戦を組み立て、ボタンを押してアームを操る。プルルートが固唾を飲んで見守る中、アームは白斗の思い通りの位置へと移動し、下ろされた。

やがてそれがぬいぐるみの足に引っかかり、一瞬直立の状態になる。バランスを保てなくなった人形はそのままでんぐり返しのように転がり―――。

 

 

「落ちてきた~! わぁ~! 白くんありがと~~~!」

 

「どういたしまして」

 

 

とうとうぬいぐるみをゲット。一発クリアというエンターテインメントもあってプルルートは嬉しそうにそれを抱きしめた。

正直言えばぬいぐるみの出来が出来なので若干絵面としては微妙だったが、それでも彼女の可愛らしい笑顔が見られたので良しとしておく。

 

 

「ふ、ぁ~……」

 

「お、もうお眠か?」

 

「む~……あたし、子供じゃないも………ぐぅ………」

 

「いや寝るんかい!? しかも立ったままで!?」

 

 

更にはこんな騒がしいゲームセンターの中でと来たものだ。

出来ることなら寝かせてあげたくもあるが、さすがにこんなゲームセンターの中で寝かせるのは他の客の迷惑にもなる。

何とか彼女を起こしてゲームセンターを後にして、少しだけ歩く。

 

 

「ん~……おんぶ~……」

 

「おいおい、子供じゃないんだろ? 甘えちゃいけません」

 

「ぷる~ん………」

 

「……いや、あのね? そんな目で見ても」

 

「ぷる~ん………」

 

「…………………」

 

「ぷる~ん………」

 

「………………どうぞ、女神様」

 

「やったぁ~~~!」

 

 

やれやれと溜め息を付きながら、負けを認めて白斗は背中を差し出した。

あの疲れたような声はどこへやら、プルルートは嬉々として飛びついてくる。女の子特有の甘い香りと柔らかさについクラッときてしまいそうになったが、そこは鉄壁の理性でねじ伏せて堪える。据え膳でも食っちゃダメな時があるのです。

 

 

「お~。 あったか~い。 ねぷちゃんやピーシェちゃんが気に入るのも分かるよ~」

 

「……お気に召していただけたようで何よりでございます、女神様」

 

 

街中の往来でおんぶ抱っこというのは中々に目立つものだ。

しかも美少女を背負っているのだから、白斗には嫉妬も含めた視線が突き刺さるのなんの。

居心地の悪さと―――しかしながら、少しの役得を感じていた。

だから、だろうか。人混みの中を、ぬっと出てくる男に気付くのが遅れてしまい。

 

 

「ひゃ!?」

 

「痛ってぇな! 気を付けろや!!」

 

 

男と背負ったプルルートがぶつかってしまった。

苛立ちを隠さないまま、しかし男がズケズケとその場を去ろうとした―――その時。

 

 

「―――テメェが気をつけろや、クソ野郎がッ!!!」

 

「がッ!?」

 

 

白斗がプルルートを抱えたまま屈みこみ、足を伸ばして鋭く払う。

突然の下段攻撃に男は倒れ込んでしまう。そして倒れ込んで勢いで手放してしまっていた。

―――可愛らしい、がま口の財布を。

 

 

「ほいよっと。 悪いプルルート、油断した」

 

「あ~! あたしの財布~!」

 

 

放り投げられたそれをおんぶしたまま、後ろ手でキャッチして見せる白斗。

お手玉の要領でプルルートに投げ渡せば、それは確かに彼女の下だった。どうやらあのぶつかった一瞬で掏られたらしい。

 

 

「テッメェ!!」

 

「ほっと」

 

「うおっとっとっと………!? がぶっ!!?」

 

 

逆上して殴り掛かってくるスリ。

だがここで撤退を選ばないなど失策、下の下、愚の骨頂。

白斗が拳を避けると同時にまた僅かに足を出すだけで男はそれに引っかかる。またバランスを失い、電柱にキス。熱い接吻に耐え切れなかったらしく、そのまま崩れ落ちた。

 

 

「……プルルートに手を出したんだ、お似合いの末路だよ。 誰か警察に突き出しておいてくださーい」

 

 

苦もなくあしらうと、白斗はそのまま目的地へ向かって歩き出した。

今はプルルートとの時間、あんな小物に割いていい時間など一秒たりともない。

 

 

「は、白くん……ごめ「ごめんな、プルルート」

 

 

プルルートが責任を感じて謝ろうとした時、被せるようにして白斗が謝ってきた。

謝る側はこっちだと思っていたプルルートは面食らってパチクリと目を瞬かせる。

 

 

「俺が油断したばっかりに迷惑をかけた。 ……もう、あんな事態にはさせないから」

 

 

そう言って責任を感じつつも、どこか柔らかく微笑んでくれた。

これ以上彼女を不安にさせないという強い意志を感じさせる。いや、そんな細かい理屈を抜きにしてそれは―――優しさと言うのだろう。

プルルートはそんな彼の優しさが嬉しくなって、抱き着く力を強くした。

 

 

「……ふふっ! じゃ~、お願いね~」

 

「お願いされました。 ……っと、そろそろつくぞ」

 

 

辛気臭い話はこれ以上するべきではないとお互いに感じ取り、以降の時間を楽しむことにした。

やがて辿り着いたのは緑溢れ、日当たりも風通しもよい、開放感に溢れた公園。

―――初めてのネプテューヌとのデートで昼食を取った、あの公園だ。

 

 

「んん~! 気持ちいい~」

 

「だろ? ちょっと早いがここでご飯食ってお昼寝しようぜ」

 

「さんせ~! で、白くん~」

 

「はいはい。 ご希望通りにご用意させていただいておりますよっと!」

 

 

そう言って白斗はどこからともなく、青色の風呂敷に包まれた弁当箱を取り出した。

彼女の昼食のリクエスト、それは白斗の手作り弁当である。

あの時とは違い、今度は白斗が作る側だ。お蔭で尚更気合が入ってしまった。

カパッ、と良い音を立てて開けられると色とりどりのラインナップがプルルートを出迎える。

 

 

「わぁ~! おにぎりに焼き魚、唐揚げにサラダ……美味しそ~!」

 

「因みに低カロリーで作ってあるぜ。 だから遠慮せず食ってくれ」

 

「ありがと~! じゃぁ、この唐揚げから……んん~! 美味しい~!」

 

 

早速自信作である唐揚げを口へ持っていく。

すると蕩け落ちそうな頬を押さえながらプルルートが大絶賛してくれた。

のんびり屋さんな彼女が手足をパタパタとさせて、可愛らしい笑顔を見せてくれている。白斗にとっては、それだけでお腹いっぱいになりそうだ。

 

 

「ふぅ~、ご馳走様~!」

 

「お粗末様でした、っと。 そんじゃ昼寝しますか」

 

「うん~。 ぐー……すや~……」

 

「早っ!!?」

 

 

横になった途端、すぐに可愛らしい寝息を立て始めた。

ゲームセンターの辺りから眠気が溜まっていたことに加え、満腹補正もあったのだろうか。

しかしこの安らかで、どこまでも幸せそうな寝顔を見ていたらどうでもよくなってしまった。

 

 

「……俺も寝るかな。 ふぁぁ~……」

 

 

またあの時と同じように眠気に誘われ、白斗は彼女の隣で寝転がった。

不用意に近づく輩がいればすぐに起きれるだろう。

瞼を閉じる前に自分のコートを毛布代わりにプルルートに掛けて、白斗も微睡の中へと落ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……ふぁ………結構寝ちまってたのか……ってもう夕方!!?」

 

 

妙に赤くなった光と、カラスの泣き声を認識した途端、白斗の意識は覚醒した。半ば焦りで。

プルルートを案内してあげるはずだったのに、気が付けばもう帰らなければいけない時間帯。これ以上の失態はない。

慌てて体を起こそうとした時、左側に妙な重量感が。

 

 

「すやや~……すぴ~……」

 

「ぷ、プルルート……」

 

 

いつの間にかプルルートが白斗の左腕を抱き枕にしていたのである。

本日手に入れたぬいぐるみを枕にしていたはずなのに。

心なしか、その寝顔は今日一番の幸せそうな表情だったとか。

 

 

「プルルート! お、起きてくれ!」

 

「……んぅ~……ふぁあぁあぁ~~~………あ~、白くん……おはよ~」

 

 

今朝より強めに、けれども乱暴までは行かないように揺らす。

すると今回はすぐにプルルートが目を覚ましてくれた。さすがに十分な睡眠が得られたらしく、彼女はスッキリしたようなお目覚めのようだ。

 

 

「す、すまん! 寝過ごしてもう夕方に……」

 

「あ~、そうなんだ~。 それじゃ帰ろうか~」

 

「あ、ああ……本当にゴメンな。 案内するって約束だったのに……」

 

 

今回ばかりは白斗も落ち込み気味だ。

彼女からのリクエストに張り切って応えるつもりが、ついつい寝過ごしてもうタイムアップ。

笑えないオチだと暗くしていると、そんな白斗の両手を綺麗な感触が包み込んでくる。

 

 

「そんなことないよ~。 あたし、白くんと遊んで、ご飯食べて、お昼寝して……すっごく楽しかったんだ~」

 

「ぷ、プルルート……」

 

 

プルルートの手だった。

少しひんやりとしていて、でも柔らかくて、綺麗な感触が白斗の意識を覚醒させた。

次いで見せてくれたその幸せそうな顔が今日一日の感想を雄弁に語ってくれる。

 

 

 

「それに、今日出来なかったことはまた今度やればいいだけだよ~。 だから……また一緒に遊ぼうね~」

 

 

 

―――その優しさに、その柔らかさに、その笑顔に。

例え世界が違っても、彼女は女神様なのだと思い知らされる。ネプテューヌといい、プルルートといい、どうしてプラネテューヌの女神様はふと、何気ない一幕でそれを見せつけてくれるのだろうか。

彼女の全てに魅せられ、白斗も微笑みを取り戻した。

 

 

「……そうだな。 んじゃその代わり、今日の晩飯は張り切るとしますか!」

 

「わぁ~! 楽しみ~!」

 

「乞うご期待ってね。 ………ん?」

 

 

埋め合わせ、というよりももっとプルルートの笑顔が見たい。

そのためにも今日の夕食は腕によりをかけることにした。

昼食のお弁当の出来もあってプルルートは早速期待してくれているようだ。そんな彼女のご期待に応えたいとプラネタワーへと向かっている途中―――白斗の足が止まった。

 

 

「? 白くん……?」

 

「……何だよ、大の大人が雁首揃えてきやがって」

 

 

その声は、プルルートに向けられたものでは無かった。

誰もいないはずの公園―――かと思われたが、木陰や物陰から怪しげな風貌の男達がそれこそ十人以上、ぞろぞろと現れる。

 

 

「よぉ、兄ちゃん。 昼間はよくもやってくれたなぁ?」

 

「……ああ、あのケチなスリ野郎か。 警察のご厄介になってねーのか」

 

「何とか逃げ出してきたぜ。 んで、そのお礼参りに来たってワケよ」

 

 

ハァ、と溜息を付きつつも白斗はプルルートを守るように立つ。

横目で確認しながら人数、逃走経路、周りに誰かいないか、そして男達の身のこなしなど入念に確認する。

 

 

「……身のこなしがなってない、ただのチンピラか。 ただ来ている服はどれもラステイションの服……大方、規制が厳しいラステイションで暮らしにくくなってこっちに流れてきた……ってところか? ネプテューヌも大変だなコリャ」

 

「………テメェ………ッ!」

 

 

呆れ果ててこれ見よがしに悪態を付く。

本気でチンピラを憐れむと同時にネプテューヌに対し同情したくなった。このプラネテューヌという国はとにかく緩い。

故に住みやすい街ではあるのだが、こういった無法者を抱え込みやすいという問題点も有している。後でイストワールと相談しなければ。

 

 

「………むむむ~………っ!」

 

「……ぷ、プルルート……?」

 

 

それよりも心配なのは、プルルートのこの様子だ。

明らかに不機嫌、明らかに膨れっ面、明らかに怒っている。

楽しい時間を過ごし、これから白斗お手製の晩御飯が待っているというところでこの空気の読めない連中とのエンカウント、確かに怒りたくもなるだろう。

 

 

「何だぁ? チンチクリンが一丁前に睨んできやがって」

 

「……テメェら。 プルルートがどれだけイイ女か知らねぇのか。 女を見る目がねぇな」

 

「ふぇっ? は、白くん~!? 恥ずかしいよぉ~!」

 

 

唐突に照れるようなことを言ってきたのでさすがのプルルートも怒りを忘れて照れてしまった。

ただ白斗は照れている余裕はない。

―――プルルートを侮辱した男達に、殺意にも近い怒りで滾っていたのだから。

 

 

「クソガキが生意気言ってんじゃねぇぞ!! オルァ!!」

 

「チッ!」

 

 

一人が殴りかかってくる。

拳を受け流して後方へと投げ飛ばし、次いで迫り来る男の手を払い除けてそのどてっ腹にボディブロー、更には背後から襲い掛かってくる男には肘鉄一発の後に回し蹴り。

―――しかし、対応しきれるのはそこまで。更に背後からのナイフに、顔を浅く切られてしまう。

それでも直撃は避け、顎を蹴り飛ばして昏倒させた。

 

 

「クソッ!! こいつ………!!!」

 

「ハッ、どうしたどうした! 大の大人がクソガキ相手に薄皮一枚だけか………ッ!!?」

 

 

その時。ドゴォンというすさまじい破壊音と衝撃波が辺りに轟いた。

振り返るとそこには―――先日のナス畑の時と同じ。ぬいぐるみを地面に叩きつけてクレーターを生み出しているプルルートの姿があった。

 

 

「……ねぇ~? あなたたち~………」

 

「「「ヒィッ!!?」」」

 

 

ズン、ズン、ズン! ぬいぐるみを踏みつけながら、振動で辺りが揺れる。

 

 

「……白くんを寄ってたかって……傷つけて……もぉ~……容赦しなくていいよねぇ……?」

 

 

あの穏やかさも、柔らかさも、優しさも一切消えた冷たい瞳。

男達はすっかり腰が引け、或いは尻込みし、プルルートに対して逆らう気も、虚勢を張る勇気すらなかった。

 

 

「……プルルート。 思いっきりやっちまえ!!」

 

「あはは~。 さっすが白くん、話が分かる~。 じゃぁ~………!!」

 

 

 

一方のプルルートはもう、我慢の限界だった。

ならば我慢させる必要などない。白斗は笑顔で思い切り―――女神化するように告げる。

とびっきりの笑顔でそれに応えたプルルートはシェアエネルギーをその身に纏い―――。

 

 

 

「……さぁ、貴方達……。 いい声で鳴いて見せなさぁい!!!」

 

 

 

嗜虐心溢れる素敵なお姉様―――アイリスハートへと変貌を遂げるのだった。

 

 

「ひっ、ヒイイィィィッ!!? め、女神ィ!!?」

 

「違うわねぇ……あたしのことは……女神様とお呼びッ!!!」

 

「プギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

 

 

―――防戦一方などとは生温い。それは、調教だった。

一方的で、圧倒的で、絶対的な、調教だった。

容赦なく攻めつつ、それでいてトドメまでには至らないという無駄に高い技術。当然白斗のような危機的シーンは一切存在しない。

やがて夕空に星か少し瞬き始めるころ。

 

 

「―――はぁっ!! さっぱりしたわぁ~」

 

「……それはようござんした」

 

 

お肌テカテカのアイリスハート様でございました。

因みに男達は皆、意味不明な言葉を口にしてはアイリスハートにひれ伏している。完璧な調教が施されたらしい。

彼女が犬を追い払うように掌を振ると男達は蜘蛛の子を散らすようにして逃げていく。

 

 

「……それにしても白くん、大丈夫かしらぁ? ナイフで切られちゃったけど……」

 

「あ、ああ、もう血は止まってるし。 絆創膏ならいつもコンパに持たされてるから」

 

 

傷口を覗き込まれる白斗。

少々過激な性格をお持ちだが、アイリスハートは女神様だけあって紛れもない美人。それでいて露出も高い。

そんなお方に顔を近づけられて顔を赤くしない男がいようか。誤魔化すようにポケットから絆創膏を取り出すや否や。

 

 

「頂きっ。 ……あたしが張ってあげるわ。 騎士様の勲章、ね」

 

「………っ!」

 

 

アイリスハートが絆創膏をひったくり、代わりに張ってあげた。

手袋越しの筈なのに綺麗な感触が頬を伝う。尚更顔が赤くなった。

 

 

「さぁ~て、悪いコはみんなオシオキしてあげたしぃ。 あたしはそろそろ……」

 

「あ、待った。 ……折角だ、プラネタワーに着くまで少し話しないか?」

 

「え……? この、姿で?」

 

「おう。 女神化した姿で話する機会って貴重だしな」

 

「……い、いいけど……」

 

 

白斗からの提案に、思わず戸惑ってしまった。

プルルートの知人や友人は皆、この女神化した姿を恐れている節がある。それは最近友達になったネプテューヌも例外ではない。

にも拘わらず、この少年は恐れを抱いていない―――わけではないが、話がしたいといってきたのだ。だから、どう対応したらいいのか一瞬分からなかった。

 

 

「言っておくけど白くん、あたしはねぇ……」

 

「分かってる。 どっちもプルルート、だろ? だったら女神化した姿ともちゃんと話しておかなきゃ、“今日一日プルルートを案内する”って約束、果たせないじゃん」

 

「……………変わった人」

 

 

驚きつつも、アイリスハートは―――いやプルルートは、どこか嬉しそうな顔で応えてくれる。

この姿でだと与太話も出来なかったのだろうか、それはもう嬉しそうに。

その嬉しさのまま、プルルートは腕を絡めて、その豊かな胸を押し当ててきた。

 

 

「それじゃぁ……えいっ」

 

「うおわぁ!? な、何だよ急に腕を絡めてきて!? 当たってる当たってる!!」

 

「当ててんのよ♪」

 

「ひゃいいいいいいいいいいい!?」

 

「うっふふふ! カワイイわねぇ!」

 

 

相変わらず女性の扱いは不器用なこの男。

少しサービスしただけでこの慌てようである。そんな彼の反応が面白くて、プルルートはつい意地悪をしたくなってしまう。

 

 

「ど、どうしたよ!? 男と手ぇ繋いだこともないんだろ!?」

 

「今日のお・れ・い。 正直嫌いじゃないでしょぉ?」

 

「………………………ハイ」

 

 

素直に頷いた。男は欲望に素直な生き物である。

そんな彼の反応を一頻り楽しんだらしい、プルルートが腕を離した。離れた腕に、少しだけ冷たさが舞い込む。

 

 

「あっははは! ごめんなさぁい、白くんがイイ男だったからつい」

 

「お前なぁ……。 ……だったらこうしてやらぁ!!」

 

「え? ひゃっ!?」

 

 

しかし、やられてばかりの白斗でもなかった。

からかっているプルルートの隙を突き、その肩を抱き寄せてきた。先程以上の密着と接近にプルルートの顔は赤く染まり、ついつい可愛らしい悲鳴を上げてしまう。

 

 

「おやぁ? 女神様もカワイイお声とお顔なさるんですねぇ?」

 

「…………は、白くんだって赤いじゃない………」

 

「そ、そりゃ……こんな可愛い女の子が近くにいるんだから当然ってもんでしょーよ」

 

 

これでも、白斗にとっては精一杯の仕返しである。

だが効果はテキメンだったようで、アイリスハートの顔はすっかりトマトのように真っ赤っか。高圧的な女神様はどこへやら、白斗の腕の中にすっぽりと納まり、大人しくなっている。

まるでそれこそ女の子のように。

 

 

「……も、もうっ! からかうんじゃないの!」

 

「あでっ! ははは、ゴメンゴメン。 そんじゃ、ここからは適当に駄弁るとしますか」

 

「そうねぇ。 ……ふふっ」

 

 

互いにからかいあって、それが楽しくて、嬉しくて。

プルルートはついついはしゃいでしまう。それは親友か、兄妹なのか、はたまた違う関係性のようにも見えた。

 

 

「そういやプルルートって苦手なモンとかあるのか? ナスは平気っぽいけど」

 

「何よぉ、急に」

 

「いやぁ、慌てふためくアイリスハート様が見たいな~とかこれっぽっちも思っておりません」

 

「……ふふ、面白いじゃない。 でぇもぉ……そんな白くんをあたしのモノにできたら……そっちの方が面白そうよねぇ?」

 

「……やってみるかい?」

 

「「…………ぷっ、あはははっ!」」

 

 

出会って間もないのに、しかも身分的には女神様と一般人風情という格差があるのに。

まるで親友のように二人で楽しく笑いあう。

サディズム溢れるお顔も素敵だが、屈託のない話で笑っているこの楽しそうな顔もまた美しかった。

 

 

「んじゃ逆に、好きなモンとかあるか? 何だったらリクエスト承るけど」

 

「そぉねぇ……それじゃ、あたしの好きそうなもの作って欲しいわぁ!」

 

「言ってくれるじゃねーの……面白ぇ、受けて立つ!!」

 

「期待してるわよぉ。 あ、デザートもよろしく~」

 

「はいはい」

 

 

―――その後も一人の女神様と少年は、プラネタワーに帰宅するまで話し続けた。

お互いの趣味趣向から過去、そして他愛もない話まで。

一言一句漏らさず、それでいて余すことなく楽しんだ。

 

 

「あ! 二人ともお帰り……ってうおわぁ!? なんでぷるるん女神化しちゃってるの!?」

 

 

帰ってきた二人を早速出迎えたのはネプテューヌ。

なのだが女神化したプルルートの姿に驚いている。無理もないといえば無理もないが、二人は何でも無かったかのように笑顔だ。

 

 

「ただいま。 いいじゃないの別に。 ねぇ、白くん」

 

「だよなー。 さて、早速プルルートのためにオムライス作りますか!」

 

「あらぁ、ストライクゾーン心得ているじゃなぁい」

 

「因みにふわっふわでとろっとろの奴な」

 

「ふふ……楽しみねぇ。 白くんのとろとろしたモノがあたしにぃ……♪」

 

「卑猥な言い方にするのやめてくれませんかねぇ!?」

 

 

前々から宣言していた通り、今日の夕食当番である白斗が帰宅するなり早速キッチンへと上がり込む。

その間もプルルートは女神化を解かず、それでいて二人で楽しそうな会話を繰り広げるのだった。

そんな誰もが想像しえなかった光景に、ネプテューヌ達は唖然となる。

 

 

「お、お姉ちゃん……あれ何? どういうこと……!?」

 

「わ、分かんない……なんで女神化したぷるるんと……しかも、あんな仲がよさそうに……!?」

 

「……実に深きは白斗さんの業……でしょうか」

 

 

ネプギアやイストワールが加わっても、その謎は解けなかった。

ただ、それは所謂「二人だけの秘密」。聞き出そうとしても二人揃って「秘密~♪」とだけ、しかも楽しそうに言いながらも決して教えてはくれなかった。

けれども話してみると案外全員がアイリスハートと楽しく会話出来たという。

―――因みにその夜、白斗が作ってくれたオムライスは最高の出来栄えであり、その美味しさにネプテューヌ達は勿論、プルルートも笑顔になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――次の日の朝。

 

 

「ふぁあぁ~……おはよ~……」

 

「あ、おはよーぷるるん! って今日は自分から起きたんだね」

 

「うん~。 いつも白くんに起こしてもらってばかりじゃ悪いから~」

 

「って言ってももう10時なんだけどね……」

 

 

寧ろ昼食が近くなってきた時間帯、プルルートはようやく目を覚ました。

しかしながら一人だといつまでも寝てしまうような彼女が、自分自身で起きてきたことは凄まじい進歩と言えよう。

 

 

「おはよう、プルルート。 朝飯の用意できてるぜ」

 

「わ~い。 ありがと白くん~」

 

 

そしてキッチンにはやはり朝食の準備をしてくれる白斗の姿が。

プルルートもすっかり彼の事を気に入ったらしく、白斗の食事に、そして白斗の姿に笑顔を向けてくれる。

 

 

「……ん? また新しいぬいぐるみ引っ提げてんなー」

 

「あ、ホントだ。 ぷるるん、今度は誰のを作ったの?」

 

 

このプルルートと言う少女は見た目に反して相当器用で趣味は裁縫。

親しくなった人物のぬいぐるみを作っては、こうして連れているのだという。

待ってましたと言わんばかりに満面の笑顔で見せたそれは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん! あたしの、今までで一番の自信作~! 白くんぬいぐるみで~す!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――デフォルメされた白斗の人形。

しかしそれを抱えるプルルートは、とても幸せそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みにこの後、白斗のぬいぐるみが大量発注されたとかなんとか。




サブタイの元ネタ「世界ウルルン滞在記」

お待たせしました。令和初投稿記念!ということで今回はプルルート主役のお話でした。
可愛いですよね~。あの通常時の緩さと女神化した時のギャップを意識して書きました。
でもね、こういったドSな人ほど攻められると弱いはずなんですよ……! で、そんな姿がまた可愛いんですよ……!(ぇ
白斗とプルルートの関係は、そんな仲良しこよしを目指していければと思っています。

さて、次回のお話はプラネテューヌを離れてひと騒動!
最近女神視点のお話が続いていたので次回はそうじゃない子に焦点を当てたお話にしようかと思っています。お楽しみに!
元号が令和になってもこのシリーズはいつも通りゆるーくやっていきますので今後ともよろしくお願いします!
感想ご意見お待ちしております!


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第四十四話 私を無人島に連れてって!

―――どうも皆! お久しぶり、マベちゃんだよ!

つい先日白斗君が退院して諸々が落ち着いたから、そろそろ白斗君をデートに誘っちゃおうかなー……なんて考えていた矢先になんと神次元からぷるちゃん襲来だよ!?

しかも何だか白斗君と良い雰囲気になっちゃってるし!? もう、どれだけフラグ建築士なのかな白斗君は!? 有り得ないよ!!

ただでさえ女神様とかアイドル達とかに白斗君取られ気味なのにそこにぷるちゃんまで加わったら余計に私の立つ瀬が無くなっちゃう!!

 

 

ああー……いっその事、白斗君と一緒に人気のない南の島まで逃避行出来たらなー……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………なんて考えていたのが、いけなかったんでしょうか………。

 

 

 

 

 

 

 

ザザーン……ザザーン……そんな音を立てて、波が砕け散ります。

 

 

 

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

 

 

 

―――今、私と白斗君はとある光景を目の当たりにして茫然としている。

見渡す限りの水平線、澄み切った青い空、美しい砂浜、背後には密林やら峻険な山がそびえている雄大な自然。

……もう、お分かりですよね……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………私達、今……無人島に来ちゃっています……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さて、ナレーションはここからいつもの通りに戻る。

何故こうなったかは遡ること約30分前、リーンボックスの教会にて。

 

 

「お邪魔しまーす!」

 

「あら、マベちゃんじゃありませんの。 いらっしゃい」

 

「お、ベール様が仕事なんて珍しい。 明日のリーンボックスは雪が降っちゃうのかなー」

 

「こーら。 失礼ですわよ」

 

 

執務室のドアを開いたのはマーベラスAQL。元気を信条とする忍者娘である。

そこでは珍しくベールが政務をこなしていた。いつもならばゲーム三昧で仕事など何のそのという彼女だが、さすがに目に余ったチカに命じられたらしい。

少しばかり辟易とした様子で書類を片付けていた。

 

 

「えへへ、ごめんなさい。 実はラ・ピュセルの限定ミルクシュークリームが手に入ったのでお裾分けに来ました!」

 

「あら、これはありがとうございます。 根を詰めすぎるのも良くないですしティータイムにしましょうか」

 

「やったー! ベール様の紅茶と一緒に食べたかったんですよねコレ!」

 

「ふふ、そう言うことなら張り切って準備しますわ。 少々お待ちくださいな」

 

 

如何にも疲れたと言わんばかりに肩を揉み、椅子から立ち上がるベール。

因みに仕事に手を付けてなんともう一時間も経過してしまっている。一時間も重労働したのだから、休憩しなければ過労で倒れてしまうだろう。

それに折角来てくれた客人を待たせるのは忍びないと、張り切って紅茶の準備に取り掛かる。

 

 

「うーす、姉さん……って何だ、マーベラスまでいたのか」

 

「あら、白ちゃん!?」

 

「あ、ヤッホー!! 白斗君もこっちに来たんだ!!」

 

 

更にそこへ現れたのは白斗だ。

想い人の到来に思わず心臓が跳ね上がり、破顔一笑になる。

ただ顔を見せてくれただけなのに、それだけで元気が出るものだから本当に分からないものだ、恋と言う感情は。

 

 

「それにしてもアポなしで来てくださるなんて珍しいですわね。 いつもなら私が連絡を入れてから来るのに」

 

「たまにはいいでしょ。 これ差し入れのクッキー……だけどもっと美味しそうなのがあるな」

 

「私の差し入れ! 白斗君も一緒に食べよ!」

 

「いいのか? んじゃお言葉に甘えて」

 

 

今回は珍しく、白斗のアポなし突撃のようだ。

けれどもベールとしては何ら問題はないどころかウェルカムだ。何せベールからすれば白斗は弟にして想いを寄せる人。

いつでも気兼ねなく訪ねてくれる関係になれて嬉しいというものだ。

一方のマーベラスは紅茶を啜りながらも少し寂しさを覗かせる。

 

 

(白斗君に会えて嬉しけど……ベール様に会いに来たんだよね……。 はぁーあ……もうちょっと白斗君に意識されたいなぁ……)

 

 

決して蔑ろにされているわけではないのだが、それでも寂しさを感じてしまうのは女の性。

白斗お手製のクッキーを齧りながらため息を付いていると執務室のドアが更にノックされる。

 

 

「あらあら、今日はやけにノックされる日ですわね……何用ですの?」

 

『すみませんベール様。 チカ様より転移装置の試運転を行うので至急いらして欲しいと』

 

「転移装置……ああ、そう言えば今日でしたわね! すっかり忘れてましたわ!」

 

 

思わず立ち上がってしまうベール。

転移装置とは、シェアエネルギーを用いることにより各国間の瞬間移動を可能にする装置の事である。

以前白斗も使用したことがあるが、その時使用できたのはルウィーのみ。ラステイションとここ、リーンボックスにおいてはまだ実験段階だった。

 

 

「あれ動かせるの?」

 

「それを動かすための試運転ですわ。 折角ですからお二人も見学なさいます?」

 

「うーん、じゃぁ折角ですし! 白斗君は?」

 

「俺も興味あるから、見に行くとしますか」

 

 

マーベラスは機械などにはロマンを感じない派だが、手持ち無沙汰になるのも嫌だったのでついていくことに。

白斗は純粋に興味があったらしく、多少大人びていてもやはりこういうところは「男の子」なのだなとベールが微笑んだ。

そうして案内された先にはあの時と同型の機械が設置された、計器だらけの物々しい部屋。

 

 

「あ、お姉様。 お待ちしておりました」

 

「どうもーチカさん」

 

「アンタはお待ちしてないわよ黒原白斗ォオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

そして試運転の指揮を執っていたのは箱崎チカ。

この国の教祖にしてベールをお姉様と慕う少女……なのだが、心酔する余り自分の敬愛するベールを取られることに関しては人一倍敏感だ。

彼女の弟分にして想いを寄せられている白斗などまさに目の仇。早速噛みついてくるのだが。

 

 

「へいへい。 あ、これお土産のクッキーっす」

 

「要らないわよ………はぐっ!?」

 

「自信作ッス。 悪くはないでしょ?」

 

「もぐもぐ……ま、まぁ味は良いけど……」

 

「後で姉さんの紅茶と合わせるとサイコーっすよ。 実験終わったらご褒美に淹れてくれるかもですよ~?」

 

「……そ、そうね。 さっさと実験を終わらせるとするわ」

 

 

もう慣れたもの、と言わんばかりに白斗によって丸め込まれてしまうのだった。

 

 

「……チカさんもある意味チョロいですね」

 

「しかもその口実が私なのですから、何だか複雑ですわ……」

 

 

苦笑いのマーベラス、溜め息のベール。

兎にも角にも張り切って調整を進めていくチカと技術者達。やがてデータの打ち込みなどが終わったのか、一人の技術者が準備完了と報告する。

調整に関してはほぼ見ているだけのベールだったが、この国の女神として音頭を取らないわけにはいかない。

 

 

「……それでは転移装置、起動!」

 

 

ベールの一言に合わせてレバーが上げられる。

―――その時、床にキラリと光る“それ”を、白斗は見つけてしまった。

 

 

「ん? ……おい、ネジ一本落ちてんぞ!?」

 

「え!?」

 

 

切羽詰まった白斗の声に慌てて振り返るチカ。

たかがネジ一本、と思うかもしれないがこれ程精密機器が詰められた部屋に転がっているネジの方が余程危険なのだ。

何故ならネジの締め忘れで何かしらの事故に繋がることなど珍しくないからだ。

 

 

「い、急いで停止させなさ――――きゃぁっ!!?」

 

 

チカが停止の命令を繰り出すも、手遅れだった。

ネジ一本の喪失で機械が大混乱を招いたらしく、転移装置から光がまるでレーザーのように溢れ出す。

そしてそのうち一本が、マーベラスの下へと向かい―――。

 

 

「きゃ………!?」

 

「マーベラス―――――――ッッッ!!!」

 

「白ちゃん!? ダメ―――………」

 

 

彼女を守るため、白斗が飛びついた。

しかしその光の奔流は想像以上に大きく、二人して呆気なく飲み込まれてしまうのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――で、気が付いたら絶海の孤島……完璧に遭難だよね……」

 

「そうなんですよ」

 

「……………………………………」

 

「すいませんッス!! だから絶対零度の視線やめてくださいッス!!!」

 

 

―――などとふざけていないとやってられない状況だった。

そう、これにて冒頭に至るのである。

 

 

「改めて白斗君……これって……」

 

「……転移装置の暴走でここまで飛ばされたってことだろうな。 見た所リーンボックスも見えないし……多分各国も未発見の島……じゃないかなぁ……」

 

 

手をかざして辺りを見回す。

まだ反対側を見て回ったわけではないが、少なくとも見える範囲は水平線が広がり、島一つも見えない。

船でも方向を誤れば陸地に辿り着くのは不可能だろう。

 

 

「携帯電話も案の定圏外……で、でもベール様達見つけてくれるよね!?」

 

「捜索隊を編成してはくれるだろうが……この場所自体来たのは偶然みたいなモンだから場所の特定には時間がかかるだろうなぁ……」

 

 

はぁ、と溜息を付きながら白斗が額を叩く。

もう少し希望的観点を持ちたかったが、無いものねだりをしても仕方がないのだ。

ガックリと肩を落とすマーベラスと白斗。だが次の瞬間には顔を上げて。

 

 

「……だったらやるべきことは」

 

「サバイバルの準備、だな」

 

 

―――そこから先は早かった。

片や忍者、片や様々な訓練を受けさせられた元暗殺者。互いに知識と技術を持っていることもあって、迅速かつ鮮やかな手際だった。

白斗は寝床の準備及び飲み水の調達と言った力仕事、マーベラスは身軽さや器用さを用いて食料や道具作りに取り掛かる。

 

 

「食べられる木の実見つけたよ! これとか焼いて食べると案外美味しいの!」

 

「こっちも飲み水と寝床は確保した。 簡素だけど」

 

 

互いに集めた成果を報告する。

雨が降った際の氾濫を考慮して川の近くに寝床は作れなかったが、柔らかい草を敷き詰め、上部で大きめの葉で屋根を作ることで質素かつ簡素ながらも小屋にも満たない、まさに寝床を作った白斗。

対するマーベラスは忍者としての知識や経験から木の実、そして魚などを取ってきた。

 

 

「それじゃ後は火を起こすね。 忍!」

 

「おぉ! 火遁の術だ! 忍者すげぇ!!」

 

 

マーベラスが巻物を口に加えて印を結ぶとボッと火が付いた。

火はくべられた薪に燃え移り、恵みの炎となる。後はそれに取ってきた魚や木の実を枝に刺して炙るように焼いていく。

香ばしい匂いと共に焼き上げられたそれにかぶりついた。自然の恵みが口の中いっぱいに広がる。

 

 

「うんうん、魚も木の実も味はピカイチ。 これならしばらくサバイバルしても大丈夫だな」

 

「そーだね! ………って、ん?」

 

 

ふと、マーベラスが悟った。

ここは無人島、誰もいない。 携帯電話は圏外、誰にも繋がらない。絶海の孤島、すぐに助けも来ない。

―――即ち今、この世界には二人だけなのだ。白斗とマーベラスというアダムとイヴがいるだけなのだ。

 

 

(……こ、これって……これって!? 思っていたことと違ったけど……本当に、白斗君と二人っきり……!?)

 

 

自覚するや否や、心臓の鼓動が痛い位に早まる。

ここには便利な生活用品やゲームはない―――でも、誰よりも一緒にいたかった人が、一番近くにいる。

そんな彼女の熱っぽい視線に気付いたのか、白斗が詰め寄ってきた。

 

 

「どうした? そんなに顔を赤くして……熱でもあるのか!? って熱っ!!」

 

「ひゃ……!? あ、当たり前だよ!! そんなに顔を付き合わせたら!!」

 

 

額同士を合わせて熱を測る。

当然、顔は近い。白斗の息がマーベラスの頬を撫でてくる。そんな状況で血液が沸騰しない乙女がいるだろうか。

願わくば、この鼓動がバレませんように―――緊張で手を震わせながらもマーベラスはそう祈った。

 

 

「え……ああ、ゴメンゴメン! そういやブランにも同じこと言われたな……って殺気ッ!?」

 

「……白斗君……ブラン様にも同じことしたんだ……へぇ~~~~~~~?」

 

 

ブランの名前が出た瞬間、マーベラスは不機嫌になった。

無理もない。こんな行動を自分だけではなく他の女の子、それも女神様にしていたのだから。

女誑しと言われても仕方のない行動である。

 

 

「な、何か知らないけどごめんなさい!!」

 

「許してほしかったらそうだねぇ……まずお風呂用意して欲しいな~?」

 

「すぐにご用意いたしますッ!!!」

 

 

相手が女神様だから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。だからと言って引き下がったままではいられない。

ならば自分はより親密―――いや濃密な関係になるまで。まずは白斗に風呂を用意させる。

無人島で無茶な、と思うかもしれないが運よく砂浜に流れ着いた大き目のドラム缶があった。これならばドラム缶風呂が出来る。

 

 

「ふーっ、ふーっ……マーベラス、どうだ?」

 

「ん……これだったら水で埋めて……うん、いい湯加減!」

 

 

ドラム缶に水を張り、その真下に火をつけ、そして竹を使って空気を送り込む。

この一連の流れだけでも結構な重労働だが、白斗は苦とも思わずにそれを用意した。湯加減の方は別に用意した水で温度を調節すれば問題ない。

 

 

「そ、それじゃ俺は目隠しするからマーベラスが先に……」

 

「おっと、これくらいで先程の失言を許せると思ってるのかな~?」

 

「へ? まだ何か?」

 

「ありますとも。 ……い、一緒に……入ろ……?」

 

「………What!?」

 

 

なんと、混浴をご所望してきたのだ。

まだ風呂に入っていないにもかかわらず今度は白斗の血液が一気に沸騰する。如何に女心に疎い彼であっても、混浴が如何なるものか理解しているつもりだ。

 

 

「な、何戸惑ってるの!? 一度やったじゃない!!」

 

「あ、あん時ゃ仕方なくだろーがっ!!」

 

「ここには誰も咎める人はいないからモーマンタイ!! それともさっきの謝罪は上辺だけなのかな~?」

 

「う、ぐぐぐ………ッ!!」

 

 

今にも白斗の顔は緊張で爆発しそうになっている。

こんな無人島で女の子と二人きり、しかも二人は入れるサイズとは言え狭いドラム缶風呂で混浴、意識するなと言う方が無理である。

けれども、こんな状況が功を奏したのか―――白斗もどこか理性が緩くなってきてしまったのだろうか。

 

 

「……わ、分かった……」

 

「う、うん……よろしく、ね……?」

 

 

顔を赤らめて、目を逸らしたまま、しかし頷く。

受け入れてくれた―――そう思うだけで今度はマーベラスの心臓が飛び跳ねそうになる。

 

 

「……そ、それじゃ先に入るから……白斗君は後から入ってね?」

 

「お、おう……」

 

 

さすがに着替えまで除かれるのは恥ずかしいので茂みの裏で服を脱ぐ。

しゅる、と布と肌がこすれ合う音が静寂の夜に聞こえてくる。それすらも淫靡な音色だ。

続いて裸足のまま土を踏み、そして静かに湯加減を確かめながらちゃぷ、と湯に浸かる。

念のため背後を向きながら、しかも目を瞑っているとはいえ―――いやだからこそ、頭の中で「そんな光景」が嫌でも浮かんでくる。

 

 

「い、いいよ……」

 

「……それじゃ、失礼します……」

 

 

白斗も服を脱いでドラム缶風呂へと向かう。

面と向かって入浴はまだ色々と早すぎたのでお互いに背中合わせで入ることで同意を得た。

だがその白く柔らかそうな背中だけでも生唾ものだ。それを悟られないように必死に心の中で念仏を唱えながら、湯に浸かり、背中を合わせる。

 

 

(ひ、ひゃああぁぁあぁぁ~~~!? つ、つい勢いで混浴お願いしちゃったけど……は、白斗君の背中が私に……~~~~~っっっ!!?)

 

(色即是空空即是色難妙法蓮華経……!!!)

 

 

ここで互いがとんでもない状況になっていることを自覚する。

以前、混浴した時はタオルを巻いていたのだが今回はそれがない。だからこそ、お互いの肌の感触が直に伝わる。

 

 

(……でも、白斗君の背中……大きくて、逞しくて……安心できる……)

 

(……マーベラスの背中……柔らかくて、綺麗で……ドキドキするな……)

 

 

背中越しに伝わる感触、温もり、そして鼓動。

お互いのそれを共有していると、尚更緊張もするが、どこか心が溶け合うような、そんな不思議な気持ちで満たされていく。

―――まだ、この時間を共有していたい。そんな気持ちで。

 

 

「……あ。 見て白斗君! 星が綺麗だよ!」

 

「ん……? あ……ホントだ! すげぇ……!!」

 

 

ふと空を見上げたマーベラスの言葉に合わせて顔を上げる。

そこには燦然と煌く星々が、まるで夜空に散りばめられた宝石のように輝いていた。

澄み切った空の下、ここにはネオンの光も、排気ガスなどもない。だからこうして星本来の輝きが何物にも阻まれることなく煌いているのだ。

 

 

「……旅してるとさ、こんな素敵な景色に会えたりするんだよね……」

 

「そっか。 マーベラスは色んな世界を旅してるんだっけな」

 

「うん。 今もこの世界を見て回ってるけど……でもそろそろ腰を落ち着けようかなーって」

 

「そうなのか? そりゃまた何でだ?」

 

「なんででしょうねー?」

 

 

そう言いながら、マーベラスは白斗に体重を預けた。

少し驚いた様子だが、彼はいつも受け止めてくれる。そんな彼と出会ってしまったから、この世界から離れたくない。

まだ他の世界を旅するつもりはないし、もうそのつもりも無かった。白斗こそ、彼女が全てを捧げられる主だと信じているから。

 

 

「お、おい? 逆上せたのか?」

 

「違うって……ううん、そうかも。 そろそろ出ようか」

 

「じ、じゃぁ俺から……」

 

 

もう少し星空を見たくもあったが、逆上せそうなのも事実。

素直に受け入れて上がることにした二人。その後、火照った体を冷ますべく草のベッドに寝転がりながら星空を見上げる。

 

 

「……本当に、綺麗だな」

 

「うん……」

 

 

風呂から出て以降、あまり多くは語らなかった二人。

でも、今この瞬間も満たされているから。

白斗は未だ緊張で、マーベラスは幸せで。心が満たされていた。

 

 

「……そういやさ、この世界に北極星ってあるのか?」

 

「ホッキョクセイ?」

 

「あー……ないのか。 俺の世界では常に北の空で輝いている星でな、目立つから方角を知るのに適してるんだ」

 

「北極星じゃないけど、南に光る星ならあるよ。 ホラ、あれ!」

 

 

彼女の指に同調して視線を向ける。

南の空に、一段と煌く美しい星があった。白斗の居た世界とは真逆の方向だが、それでも方角の目印となる星があるのだから有難い話だ。

いや、そんな無粋なことは抜きにして。

 

 

「………綺麗だな」

 

「でしょ? で、そこからあの星とこの星を繋げていくと剣座になるんだよ!」

 

「剣座? こっちにも星座ってあるんだな」

 

 

白斗が目を輝かせて食らいついた。

今までこの世界ではゲームや漫画と言った娯楽に触れてきたが、大自然に浸る機会は少なかった。

リーンボックスでベールに案内されたくらいだ。だからこそ、こうして何もない自然の中、女の子と共に星空を見上げるなどまさに夢みたいな光景だった。

 

 

「勿論あるよ! それでね、あっちの星とこっちの星を繋げるとナス座!」

 

「ネプテューヌ吐くぞ」

 

「吐いたって」

 

「プッ! 手遅れかよ、はははは!!」

 

「あっはははは! ホンットーにネプちゃんって感じで安心するよねー!!」

 

 

笑いのネタにされているネプテューヌには申し訳ないが、こうして些細な話題だけでも楽しい。

家電製品も、公共施設も、ゲームも無いこの無人島。

でも周りに雄大な自然があって、その自然の恵みがあって、こんな綺麗な星空がいて―――隣に素敵な女の子がいてくれる。

これ以上、何が要るというのだろうか。

 

 

「……白斗君。 何だかね……私、幸せって感じがする……」

 

「……奇遇だな。 俺もだ」

 

 

二人は、微笑み合った。

その後も色んな星や星座、その成り立ちなどについて語り合う。気が付けばサバイバル初日ということもあり、いつのまにか寝てしまっていた。

けれども、不思議と次の日を迎えるのが楽しみになっているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝。

 

 

「……なぁ、マーベラス。 本当に巻物咥えるだけで忍法使えるの?」

 

 

焚火の煙で救助信号を出しつつ、ある程度の食料と飲み水を確保した二人は運動も兼ねて戦闘訓練を行うことに。

今回はマーベラスが用いる忍法を白斗もマスターしてみようというもので、手渡された巻物を訝しげに見つめている。

 

 

「才能次第かなー。 でも白斗君だったら大丈夫だよ! ネプちゃんでも使えるんだし!」

 

「そっか、なら大丈夫だな! ネプテューヌが使えるなら!」

 

「うん! ネプちゃんが大丈夫なんだから白斗君も大丈夫!!」

 

 

二人は一体ネプテューヌを何だと思っているのだろうか。

 

 

「改めて説明すると口に巻物を咥えて、印を結びながら出したい忍法をイメージするの。 今回は火遁の術の巻物だから、火を起こすイメージで!」

 

「おお、焚火を起こす時に使った奴だな。 では……」

 

 

何事もにもチャレンジ、白斗は早速巻物を加えて印を結ぶ。

マーベラス曰く、本人の素質やイメージ、印の結び方によって出力や効果範囲、また出る術の形そのものが違うのだという。

とりあえず白斗は昨日マーベラスが焚火を起こした時の姿をそのままコピーするイメージで念じてみる、すると、枯れ草の山に火が灯った。

 

 

「わぁ、一発クリア!! 凄いよ白斗君!! ひょっとしたら忍者の才能あるんじゃない!?」

 

「そ、そうか? しかし忍者か……悪くないな……!」

 

 

年頃の男の子としましては、やはりそういったものに憧れを持ってしまうもの。

白斗は想像した。闇夜を切り裂く一筋の影となり、あらゆる任務をこなす自身の姿に。

そしてマーベラスもそんな彼と肩を並べ、世界を股に掛ける姿を思い浮かべる。余りもの夢見心地に口からいけない筋が垂れそうになる。

 

 

「っしゃ! こうなったらこの間、ゲームで見た忍術でも……ん? 何か焦げ臭……うぅぉわちゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

「ひゃああああああっ!? 白斗君に燃え移っちゃったぁ!!?」

 

 

調子に乗って少し出力を上げてみた。

ところがイメージというか、火力が強すぎたらしい。火が白斗の服に燃え移ってしまう。

大慌てでそのまま海に飛び込み消火。濡れた髪がまるでワカメのようにへばりつき、更には頭に何故かタコをのっけて白斗は戻ってきた。

 

 

「……何故こうなったし……」

 

「あー……白斗君の場合は精密な制御には優れるけど、出力を上げると押さえが効かなくなるって感じだね。 小技や搦め手で攪乱って感じがピッタリなんじゃないかなー?」

 

「それ普段の俺のスタイルと大差ねぇええええええええええええええええ!!!!!」

 

 

結論、白斗君に急激なパワーアップは無理のようです。

―――その数十分後。

 

 

「獲ったどおおおおおおお!! 大物獲ったどおおおおおおおおおお!!!」

 

「うーん。 さっきの引きずってるね……」

 

 

海面を突き破って、銛に刺さった大きな魚をこれ見よがしに掲げる白斗。

因みに銛はつい先程、木の枝を削って作ったものである。余程先程の醜態が堪えたらしい、白斗は魚相手に鬱憤をぶつけていた。

その後、余りにも捕らえすぎて処理しきれず無暗な漁はいけないとマーベラスにこっぴどく叱られる白斗であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次の夜。

 

 

「このキノコもーらいっ!! これ美味しいんだよねー」

 

「あ! 大事そうに焼いてたのはそう言う理由か!」

 

 

今日も今日とて自然の恵みを味わう二人。

サバイバル生活も三日目ともなればだいぶ慣れてくるというもの。白斗とマーベラスはいつの間にか当たり前のように朝起きて食料や飲み水の調達、煙などで救助信号を送る、そして時間が出来れば島の探検など、時間をフル活用して過ごしていた。

 

 

「ふーっ、ご馳走様。 ありがとなマーベラス、美味かったよ!」

 

「ありがとう。 といっても焼いただけなんだけどね」

 

 

串を片付けながらも、マーベラスは嬉しそうに頬を緩める。

些細であっても想い人から称賛の声を受けると気分が良くなってしまう。そして、今日も今日とて寝転がりながら星空を見上げる。パチパチと火の粉が弾ける音を耳にしながら。

 

 

「はぁー……今日も救助は来なかったなー……」

 

「うん……」

 

 

この星空とも三度目の邂逅になるが、いつ見ても飽きない。

少しひんやりとした空気の中、この無限の星空が二人だけのものだと思うとそれだけでぜいたくな気分に浸れる。

救助が来なかったというのに、全然残念という気分すら湧いてこない。

 

 

「……このまま救助が来なかったら、俺達永遠にここに閉じ込められるのかなー……なんて」

 

「……………………」

 

 

白斗が漏らしてしまったそれは、ほんの少しの弱音だったのだろうか、それとも淡い期待なのだろうか。

マーベラスからすれば、それはどちらにも当てはまる。確かにこのまま帰れなくなるのは正直嫌である。しかし、白斗と二人きりの生活が終わってしまうことに寂しさを感じているのも事実。

 

 

「っと、悪い。 俺としたことが……」

 

「いいよ。 私も同じこと、考えてたから」

 

「……そっか」

 

 

彼女を不安にさせてしまったことに即座に詫びるも、マーベラスは許してくれた。

それで安心したらしい、再び白斗が穏やかな表情で星空を見上げる。彼の一挙一動、表情の一つ一つにマーベラスは夢中だ。

白斗の顔を見るだけで、本当に顔が熱く―――。

 

 

「………どうした? 顔が赤いが」

 

「……逆に白斗君は顔赤くならないんだ?」

 

「へ?」

 

 

一方で、この三日間で仲良く離れたが男女としての関係に発展しているかと言われればNOである。

白斗はマーベラスを女の子として大切にしてくれているが、だからこそ一線を引き過ぎて決して踏み込み過ぎないようにしているのだ。

故に割と大胆なアピールをしても白斗が「餌」に食らいつくことは無かった。それがマーベラスにとっては面白くない。

 

 

(……私はいつもいつも、ドキドキされっぱなしだってのに……)

 

「何だよ、急に口を尖らせた上に黙って」

 

「自分の胸に聞いてみれば?」

 

「おい、俺の胸。 何かしたのか?」

 

「ナニモシテナイヨー」(ハクトウラゴエ)

 

「…………………………」

 

「だーかーらぁ! 白い目やめてくれよ!! ああもう、どうすりゃいいんだよぉ!?」

 

 

本気で怒っているわけではない、本気でしらけているわけではない。

ただ単純に白斗の困った顔を見たいだけ。そんな彼の表情を独り占めしたいだけ。

だから悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、また一つおねだりしてみる。

 

 

「それじゃぁ……女の子をドキッとさせるような一言をお願いしまーす」

 

「ドキッとぉ? まーたレベルの高い要求してくるな……」

 

(いつもやってるくせに。 ……はぁ……何を、言ってくれるのかな……)

 

 

とは思いつつも、どんな甘い言葉を掛けてくれるのか期待しているマーベラスがいた。

何故かそれを思うだけで鼓動が早まってくる。体温が上昇する。息が乱れてくる。

先程からどうも、本当に熱っぽいのかもしれない―――だが白斗は考えて込んでいてその変化を見逃してしまっていた。

 

 

(つっても俺、全然知らねーぞ……この世界に来てからも恋愛ゲーなんてやったこと無いし……あ、でも有名なフレーズがあったっけ)

 

 

過酷な幼少期を過ごしていたため、娯楽という娯楽に触れられず、学校にすら通えなかったので世俗にも疎い。

唯一あるとすれば、家に置かれていた小説を勉強がてら読むくらいだ。

その中にあった。告白ともとれるフレーズを。

 

 

(……そうだな。 こんな時、こんなマーベラスだからこそ……この台詞がしっくりくる)

 

 

今、自分の隣にいる少女マーベラスはとても美しかった。

いつもの活発的な雰囲気は鳴りを潜め、静かにこちらを、熱っぽい視線と共に見つめている。

月光に濡れた髪や肌がとても美しい。そう、今は満天の星空と満月が優しく彼らを包み込んでいる。

きっと雰囲気に酔いしれていたのだろう。白斗は月を見上げながら、こう告げた。

 

 

 

 

 

 

「月が、綺麗ですね」

 

 

 

 

 

―――きっと意味など伝わらないだろう。まだ彼女が男女の中でいう「好き」なのかも分からない。

でも、持てる限りの情感を込めて、白斗は言った。

しばらくの間、二人の間に静寂が訪れる。焚火の音、漣の音、風で草木が揺れる音。

白斗とマーベラスは静かで、しかし神秘的な空気に包まれた。

 

 

「……は、はは。 まぁ、俺じゃスベるわなー……」

 

 

耐えくれなくなって白斗が頭を掻き始める。

マーベラスが何も言ってこないものだから、伝わらなかったか、それとも白けさせてしまったか。

そう思っていたのだが。

 

 

「………白斗君………初めて聞くフレーズだけど……意味は、なんとなく伝わったよ……」

 

「え?」

 

 

艶やかな声で、白斗は顔を上げる。

そこには先程よりもとろんと目を蕩けさせたマーベラスが。どうした事かさらに熱っぽく―――を通り越して色っぽい。

 

 

「……そんなコト……言われ、たら……私……わたし………!」

 

「ま、マジで大丈夫か………うおっ!?」

 

 

明らかに様子がおかしい。

とりあえず彼女を寝かせようと近寄った―――のが命取りだった。

白斗をも上回る身のこなしで飛びついてくるマーベラス。白斗は砂浜に寝転がされ、その上をマーベラスが覆い被さっている。少し胸元を開けさせながら。

 

 

「お、おいマーベラスさんや!? 何やってはるんや!!?」

 

「もう、ガマン……できない、よ………はぁ……はぁ……!」

 

 

その表情も、口調も、息遣いも。何もかもが艶めかしい。

爆乳とも称されるその胸が白斗の胸元をくすぐっている。それだけで白斗の意識が別次元へとリップしてしまいそうなほどの快楽だったが、鉄壁の理性で何とか繋ぎ止めている。

しかし、豹変したマーベラスの猛攻を凌ぎ切る自信はない。

 

 

「本当にどうした!? なんか変なものでも食ったのか……ってまさかお前、あのキノコで狂ったんじゃねーだろうなぁ!?」

 

 

原因はすぐに思い当たった。

彼女の様子がおかしくなったのは夕食後。だが殆ど同じものを食べた白斗には特に異変はない。あのキノコを除いては。

以前食べたことのあるキノコと言っていたが、結局取り間違えてしまったのだろう。その結果、淫靡な姿を晒して白斗に迫っているらしい。

 

 

「ねぇ……白斗くぅん……私ね……このまま……はぁ……はぁ……。 ここで、暮らしても……いいかなって……」

 

「な、何だよ!?」

 

「だって……こんな、二人きりの…………ああ……! もう、ダメぇ……!!」

 

 

キノコが齎した快感に阻まれ、最後まで紡ぐことが出来ない。

しかし、マーベラスは焦っていた。白斗と二人きりの生活を謳歌したことで、いつ終わるやもしれぬこの遭難生活にピリオドが打たれることを恐れていた。

大好きな人を独り占めできるこの一時が永遠に続いてほしい―――続かないのならば、終わる前に“全て”を終わらせるまで。

 

 

 

 

 

 

 

「はく、と……くんっ………!! 私……わたし、ね――――――――」

 

「………………ッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

その柔らかな手が、白斗の頬に添えられる。

力で抜け出すことは容易だ。―――そのはずなのに、何故か抜け出せない。

マーベラスの吐息が、顔が、唇が近づいてくる。

もう、逃げられない。白斗は何が何だか分からないまま、うるさく鳴り響く鼓動を押さえられずに、そのまま―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「天誅―――――――――――――ッッッ!!!!!」

 

「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そこへ突き刺さる巨大な槍。

直撃こそしなかったものの吹き上がる衝撃波で白斗とマーベラスは吹き飛ばされる。

寸での所で白斗は受け身を取ったものの、マーベラスは正気を失っていたこともありそのまま倒れ込んで気絶してしまった。

あの巨大な「槍」、そして声。こんなことが出来る人物は―――否、「女神様」は一人しかいない。

 

 

「う、うふふ……白ちゃぁん……? 必死に探して、ようやく見つけたというのに……何とふしだらで淫らで爛れた光景を……ッ!!!」

 

「げぇっ!? 姉さん!!?

 

 

リーンボックスの女神、グリーンハート様ことベールだった。

当然女神化をしており、素敵な笑顔を湛えていた―――のだが絶対零度の如き冷たさを纏っている。

どうやらあの後、転移装置などを用いて必死に捜索してくれたらしく、今になってようやく駆けつけてくれたらしい。

 

 

「あら白斗……三日ぶりに会えたというのに、そのリアクションは酷いんじゃない……?」

 

「ね、ネプ……テューヌ……」

 

「ホントよねぇ……私達がどんな想いで探し回っていたことか……」

 

「ノワー……ル……」

 

「はっ、ははは……すげぇな……。 怒りが一周回って、笑いが収まらねぇ……」

 

「……ブラ、ン……」

 

 

ベールだけではない。各国の女神様大集合。

だが、誰もが恐ろしい笑みを張り付けて、その手には得物を握って、じわりじわりと砂を踏みながら近づいてくる。

愛する人を必死に探して駆けつけてみれば、別の女と一線超える一歩手前という状況。

どうして冷静になれなどと言えようか。

 

 

「白斗……もうパラダイスの時間はオシマイよ……」

 

「ここから先が本番……生と死の狭間をしっかり彷徨いなさい……」

 

「おっと、理不尽だなんて抜かすんじゃねぇぞ……? 鼻の下伸ばしてたクセによぉ……」

 

「ひ、ヒイイイイィィィィ……………!!!」

 

 

 

事実上の死刑宣告。予測可能、回避不可能。

どう足掻いても言い訳が立たない。白斗はすっかり腰を抜かして、ただただ迫りくる恐怖に抗うことも出来なかった。

 

 

 

 

 

「さぁ、白ちゃん………覚悟はよろしくて………?」

 

 

 

 

 

―――最後に見た、ベールの薄く開いた瞳。その眼光の冷たさが、脳裏に焼き付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、それから数日後。

経過を書くだけなら簡単だが、実に色々大変だった。

あの後女神達によってリーンボックスの教会に連れてこられたものの、白斗とマーベラスは制裁を加えられた。

そのマーベラスは“あの時”の記憶が残っていたらしく、戻ってくるなり泣き出して、羞恥の余り部屋に引き込まってしまった。

お蔭様でその後の事後処理などが諸々完了するのに、更に数日の時間を要したのである。

 

 

 

 

―――そんなこんなでマーベラスに会えず仕舞いの日々が続いた、とある日。

 

 

 

 

「ふぅ……たまには高速艇での船旅もいいもんだ」

 

 

 

 

白斗は潮風を一身に浴びながら、船による定期便でリーンボックスを目指していた。

いつもなら飛行艇で現地まで駆けつけるのだが、毎度毎度それでは金も掛かりすぎる。

海に囲まれた島国ということもあり、流通を発展させようとベールが独自のシステムや関税を設定、船での行き来をし易いようにした。

そのため白斗もたまにはということで船を選んだのである。

 

 

「……にしてもリーンボックス、かぁ……。 マーベラス、まだ気にしてんのかな……」

 

 

あれ以来、リーンボックスに向かうのは久々になる。

それ故にどうしてもマーベラスの事が気がかりで仕方なかった。メールでのやり取りはしているものの、以前「会えない」の一点張りだ。

思い返すとまた気分が重くなってくる、一旦船内の自販機で何か飲み物でも買おうかと歩いていったその時、考え事をしていた所為で角から歩いてくる“少女”とぶつかってしまった。

 

 

「きゃっ!?」

 

「あ、すみません! って……マーベラス!?」

 

「は、白斗君!!?」

 

 

ぶつかった少女を抱き留めて、怪我がないか覗き込んだ―――はいいのだが。

相手がなんとマーベラスだったのだ。

彼女も驚きの後、顔が徐々に赤く染まっていく。

 

 

「あ、ご、ゴメ……私……、………っ!!」

 

「おっと!! 逃がさねぇぞ!!」

 

「ひゃ!? ……うう、今日の白斗君は強引だよぉ……」

 

「強引グマイウェイ、ってね。 ま、そこらで話そうぜ」

 

 

白斗の顔を見るなりまだあの日の事を思い出してしまったのか、いたたまれなくなりマーベラスが逃げ出そうとする。

しかし今度は逃がさない。痛いくらいに握り、彼女を留める。

普段の白斗であれば傷つけないようにある程度加減するのだが、今回はそうしてでも彼女を離したくないという意思が現れていた。

 

 

「ほら、オレンジジュース。 お前これ好きだろ?」

 

「え? あ……あり、がと……」

 

「どういたしまして」

 

 

逃げられないと悟ったので、マーベラスはベンチで座っている。

その間白斗は自販機でドリンクを購入してそれを手渡した。良く冷えたオレンジジュースが、熱くなった顔を幾らか冷ましてくれる。

 

 

「そういや、なんでこの船に乗ってたんだ?」

 

「……た、たまたまだよ。 皆と一緒に……」

 

「へー、MAGES.達もいるのか」

 

「な、何人か別行動の子もいるけどね……」

 

 

少したどたどしい口調のマーベラスだ。やはりあの一件が尾を引いているのだろう。

ならば白斗は何でもなかったと言うように、普段通りに話すだけ。

 

 

「俺はこの間の一件で姉さんに呼ばれてな。 諸々落ち着いたし、正式に謝罪したいからって。 俺は気にしてないってのに、姉さんは律儀だよなー」

 

「……白斗君も、人のこと言えないんじゃないかな……」

 

「そうか? ……そうかもな」

 

 

ぐいっと、缶に残ったジュースを飲み干す。

未だにマーベラスの脳内にはあの恥ずかしい思い出が残っている。けれども、徐々に羞恥の心は薄れていく。

代わりに―――白斗を避けていた本当の原因が浮き彫りになってきた。

 

 

 

 

「ま、こんな俺だからさ。 ……あの時の事、気にしてないから」

 

 

 

 

そう、結局のところ白斗に嫌われてないか―――それだけが一番の気掛かりだったのだ。

本人の同意もなく迫ってしまったのだ、普通なら嫌われる、良くてドン引きが関の山。

だが白斗はそんな彼女の胸中を察してか知らずか、特に気にしていない素振りを見せてくれた。

 

 

「……ありがとう……。 でもそれって……私に魅力が無いってこと……?」

 

「んなっ!? な、ななななな何言ってんだ!?」

 

 

少し元気が出てきた。だから、少しからからかってみた。

相変わらず女性の扱いは不器用な白斗、故に色めき立った話題に対する耐性が面白いほど低い。

大慌てであたふたしている彼の姿が面白くて、マーベラスは笑みを漏らした。

 

 

「ゴメンゴメン。 ……でも、もしだよ? また……私が迫ったら、白斗君はどうするのかな?」

 

 

蒸し返すつもりは無かったが、このまま引き下がるのも面白くはない。

意地悪な表情を張り付けたまま、そんなことを聞いてみた。

―――すると、白斗は頬を赤くしながらも。

 

 

「……据え膳食わぬは男の恥って言葉、知ってるか?」

 

「……………………へっ!?」

 

 

一瞬、言葉の意味が分からなかった。

いや意味は分かったのだが、白斗が本当に「それ」を言ったのかと理解するまでに時間を要した。

やっと理解出来た時、今度はマーベラスの顔が爆発したかのように赤く染まる。

 

 

「そういう訳だ。 ……次はねぇぞ?」

 

 

 

 

意識されてる―――嫌われていない、寧ろそうなっても構わない。

みるみる内にマーベラスの顔は、幸せそうに赤くなってしまう。やはり彼なのだ。

自分を暗くさせるのも、明るくさせるのも、白斗なのだ。彼しか、いないのだと―――そう思い知らされたのであった。

 

 

 

 

 

「………ふ、ふーんだ! その気にさせてあげるんだから! 覚悟してよね、私の主様♪」

 

 

 

 

 

振り返ったマーベラスの笑顔は、とても眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――にはまだ早い。今回のお話にはまだ、もう一波乱があるのだ。

 

 

「あ、マーベラスに白斗! 偶然だね、こんなところで会うなんて!」

 

「ん? ファルコムじゃん! 久しぶり!」

 

 

そこへ気さくに話しかけてきた女性。ショートカットにへそ出しスタイルと快活な雰囲気を見せつけてくる少女、ファルコムだ。

マーベラスの旅仲間で世界各地を股に掛ける冒険家でもある。

 

 

「ファルコムはまた冒険に?」

 

「まぁね。 そのためにも一旦リーンボックスに行こうかと」

 

「相変わらずだなぁ……ってどうしたマーベラス?」

 

 

親しい友人と気さくに話す。これ自体はごく自然なことだ。

―――にも関わらず、彼女の仲間であるはずのマーベラスは青ざめてガタガタと震えていた。

まるで出会ってはならないものに出会ってしまった、そんな表情だ。

 

 

「だ、大丈夫だよマーベラス! あたしだって毎度毎度巻き込まれるワケじゃないんだよ?」

 

「そういって前回大変だったじゃん!! 白斗君、早く逃げよう!?」

 

「おいおいマーベラス、それはあんまりにもファルコムに失礼じゃないか?」

 

 

身内に対するものとは思えない言葉と態度である。

けれどもマーベラスは理由もなくこんな態度をとるような少女ではない。

 

 

「白斗君は聞いたことあるでしょ!? ファルコムが大冒険できるのはよく船が難破するからだって!!」

 

「ああ、それが原因で毎度スリル満点の大冒険が………ハッ!?」

 

 

そこで、白斗はようやく気付いた。

今、ここはどこだ? ―――逃げ場のない、船の上だ。

今、目の前にいるのは誰だ? ―――冒険家のファルコムだ。

今、マーベラスは何と言った? ―――ファルコムは、“よく船が難破して冒険が始まる”。

 

 

「し、失礼だよ白斗まで!! そんな顔面蒼白に!!」

 

「だったらこの怪しい雲行き!! 強くなった風!! 荒れる波にご説明頂きたい!!」

 

「え、えーと……その……まぁ……ゴメンね☆」

 

「船長ぉーっ!! 今すぐ引き返……きゃああああああ!? 何か竜巻が来たー!!?」

 

「ま、マーベラス!! 俺に掴ま―――うわあああああああああああああぁぁぁぁっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザザーン……ザザーン……そんな音を立てて、波が砕け散ります。

 

 

 

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

 

 

 

―――今、私と白斗君はとある光景を目の当たりにして茫然としている。

見渡す限りの水平線、澄み切った青い空、美しい砂浜、背後には密林やら峻険な山がそびえている雄大な自然。

……もう、お分かりですよね……? 二度目ですもんね……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………私達、また……無人島に来ちゃいました……。

 

 

 

 

 

 

 

 

FIN




サブタイの元ネタ「私をスキーに連れてって!」


大変お待たせしました!!
というワケで意外と王道かもしれない無人島漂流ネタでした。
一度はやってみたいラブコメシチュエーション、ということでサバイバル適正もあり、久々の出番でもあるマベちゃんにお鉢が回ることに。
実際この子だと技術や知識はもちろん、その明るさで無人島生活も苦にならないかと思います。
女神様の誰かにしようかなと思ったのですがよくよく考えなくても「飛べるじゃん」ってことで今回は断念。
しかしマベちゃんが絡むお話はどうしてこう、肉感的な描写が出ちまうのか。私の心が穢れているのか!?そうなんだな!!ああ、女神様!この作者の穢れをその美しいお身体で浄化してー!!

ということで次回に続きます。今回がギャグよりなお話だったので、次回は少ししんみりするお話にしようかと。
では次回もお楽しみに!!感想ご意見、お待ちしています!!!


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第四十五話 眠れない夜は

―――それは、とあるクエスト中での出来事が発端だった。

 

 

「白斗! そっちに行ったわ!!」

 

「おう、任せ――――………ッ!?」

 

 

パープルハートの焦りに満ちた声が戦いの舞台である洞窟内に響き渡る。討ち漏らしたウルフが一体、彼女の脇を通り抜け、白斗へと向かってきたのだ。

白斗は油断せず、冷静にナイフを構えて迎撃態勢に入る。のだが、突然足に力が入らず、体勢が崩れてしまった。

 

 

(し、しまっ………!!)

 

 

悔いるも、間に合わない。

迎撃は諦め、多少のダメージを覚悟して防御へと移行する。そんな彼の皮膚に牙を突き立てようと、オオカミが大口を開け、鋭い牙を光らせて―――。

 

 

「せやあああぁぁぁぁっ!!」

 

「ギャゥッ!?」

 

 

そんなオオカミの喉元を、一本の大太刀が貫いた。

ネプテューヌが投げつけた愛刀だ。突き刺さった箇所から夥しい血が溢れ、見る見るうちにウルフから血の気が引いていき、やがて絶命する。

だがそんなモンスターの末路など見届けもせず、ネプテューヌが大慌てで白斗に駆け寄った。

 

 

「白斗!! 大丈夫!?」

 

「あ、ああ……すまん。 助かったよネプテューヌ……って何触りまくってんの!? ちょ、近い近い近いって!!」

 

「貴方がいつもそうやって怪我とか隠してるからでしょ! ……良かった、本当に無事ね」

 

 

詰め寄るなり彼の肩を掴みながらネプテューヌは必死に白斗の体を調べ始める。

余程心配だったらしく、少し泣きそうな目だった。どうやら以前の白斗誘拐がトラウマになっているらしく、そんな顔をされては白斗も無碍に出来なかった。

 

 

「にしても白斗、どうしたの? さっき急に体勢が崩れたけど……」

 

「……急に足元から力が抜けてな」

 

 

一瞬、「何でもない」と誤魔化しそうになったが何かあったからさっきの事態に陥ったのだ。

誤魔化すのを諦め、素直に訳を話す。

 

 

「……やっぱり、今朝も元気が無さそうだったけど……ごめんなさい。 気付いてたならちゃんと言ってあげるべきだったわ……」

 

「いや、体調管理がなってなかった俺自身の問題だ。 こっちこそゴメン」

 

 

実を言えば、今朝朝食の席で微妙に元気がなかったことに気付いていた。だがそれは微かな違和感程度。

すぐにいつもの調子を見せたので、気に掛ける程度にしておこうと思ったのが裏目に出た。

 

 

「何かあったの?」

 

「……嫌な夢を見ちまってな、ここ最近ロクに眠れなかったんだ」

 

 

嫌な夢、とぼかした表現だったが彼の過去を見たことがあるネプテューヌにはすぐに察しがついた。

幼少の頃から続いた父親の虐待や姉との離別、犯罪組織に無理矢理加入させられ、挙句人殺しまで強要された。そのトラウマは一朝一夕で拭えるものではない。

 

 

「その夢……同じ内容なの?」

 

「……ああ。 全く情けねー話だよな……いつまでも引きずるなんて……」

 

「そんなこと無い! ……心の傷は、捨てていいものでも、忘れていいものでもないわ。 白斗は過去を『引きずれる人』……だから、優しいのよ」

 

「……そうなのかな」

 

「ええ。 それに……私達だっているから。 遠慮なんかしないで」

 

 

過去を引きずる、とは過去を気にしすぎることではない。過去を受け止めて、背負い、それでも歩いていくということだ。

逃げるでも、気にしないでもない。白斗はそれが出来る人、だから支えたい。ネプテューヌは手袋越しながらも、白斗の手を取り、自らの手を重ねた。

 

 

「とにかくこれでモンスターは討伐したし、クエストは完了。 引き上げましょう。 そうだ、今日は皆で外に食べに行かない? パーッと派手に!」

 

「……だな、んじゃパーッと行きますか!」

 

 

ネプテューヌの提案に白斗も笑顔で応える。

その後、ネプギアやイストワールらと一緒にレストランで楽しく食事をした。その頃には白斗もクエスト中の出来事を引きずっている様子はなく、極めて明るい雰囲気だった。

―――けれども、明るければ明るいほど、影が濃くなっていくような感覚をネプテューヌは覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから数時間後、真夜中であるにも関わらずネプテューヌは各国の女神達に召集を掛けた。

誰もが眠そうだったが、「白斗に関して相談がある」と打診されては誰もが進んで参加する辺り、愛が深いというべきが白斗の業が深いというべきか。

 

 

『―――そう、そんなことがあったのね』

 

「うん。 白斗を元気づけてあげたい……だからみんなに相談したの」

 

 

目の前でディスプレイが三つ分展開され、そこに映し出される各国の女神。

ノワール、ブラン、ベール。それぞれが楽な格好をしていたが、表情自体はどれも真剣で、雰囲気も重かった。

 

 

『それでネプテューヌ。 具体的な相談って?』

 

「白斗って最近、プラネテューヌに籠ってること多いから別の国でしばらく泊まってリフレッシュ……とかどうかな?」

 

『いいアイデアですわね! では我がリーンボックスに……と言いたいのですけど、こちらで大きな政策が入ってしまってしばらく身動きが取れませんの』

 

『ルウィーも同じ……本当にごめんなさい』

 

 

ネプテューヌのアイデア自体に反対意見は出なかった。

しかし、受け入れ先候補のリーンボックスもルウィーも何やら大掛かりな仕事が入っているらしく、女神であるベールとブランも相手できそうにないとのことだった。

となると残る候補はただ一人。

 

 

『オッケー! そう言うことなら私に任せなさい!』

 

 

ドン、と勇ましく胸を叩く少女が一人。

黒髪ツインテールが今日も美しいラステイションの女神、ノワールであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ラステイションへ来るのも久しぶりだな」

 

 

次の日、白斗はラステイションを訪れていた。

今回はノワールからの招待なので交通費などは向こう持ちであり、男から情けない話だが財布が助かるお話だ。

 

 

「さて、教会へ向かう前に。 ラステイションと来たらやっぱココだよな」

 

 

相手は友達とは言え女神様、しかも今回は招待を受けた身。手ぶらで訪れるのは礼を失するというもの、親しき中にも礼儀あり。

手土産でも持っていこうと、ある場所へ立ち寄った。それは今や思い出となっているあのベーカリー。

 

 

「よー、お前ら。 頑張ってるな」

 

「お!! アニキじゃないッスか!! 久しぶりッス!!」

 

 

白斗が声を掛けた店員、それは嘗ての不良達だった。

最初はラステイションで5pb.相手に誘拐寸前のナンパを仕掛けていたところ、白斗が彼女を助けたのが始まり。

それから二転三転して、このバイトにありつけた彼らはキッカケとなった白斗を「アニキ」と呼び敬っているのである。

 

 

「久しぶりってメールでのやり取りは結構やってるだろ?」

 

「メールであった気になるのはいけない事ッス! アニキは無茶しがちだってノワール様も愚痴ってたッスから」

 

「アイツ……人のいねーところで余計なことを余計な奴らに……」

 

「それだけノワール様に愛されてるって事ッスよー!! このこのー!!」

 

「はは……そりゃ……嬉しいな。 んじゃそろそろパン買うか、いつも奴頼む」

 

「「「毎度ありーッス!!」」」

 

 

からかわれたのでわざとらしく悪態を付くが、実はそれほど嫌ではない。寧ろ嬉しかった。

親しくしてくれる人がいることの有難さを最近になって身に染みるほど感じていたのだから。

こうして白斗は気持ちの良い挨拶を受けながらパンを買い込み、教会へと向かう。

やがて街から少し離れて自然が見える地域に、ノワールの住まいでもある教会は見えてきた。

 

 

「さて……たのもーう!!」

 

「……なんだい、その掛け声は」

 

 

呆れたような声と顔で出迎えてくれたのは銀髪と中性的な顔立ちが特徴の少女、この教会の教祖でもある神宮寺ケイだった。

 

 

「……いや、久々に来る教会だから緊張するといいますか何といいますか、それを誤魔化すためといいますか何といいますか」

 

「何を畏まってるんだ。 ……ここは君の家でもあるんだ、難しく考える必要なんかない」

 

 

実は白斗がラステイションへ来るのは本当に久々なのだ。

以前、マジェコンヌにより誘拐されて以来、それから一度も立ち寄れていなかった。けれども、ケイからすれば白斗も立派なこの教会の一員。

だから遠慮などする必要もない。そんな温かい言葉を受けて、白斗も心を軽くした。

 

 

「それじゃ……た、ただいまー」

 

「うん、お帰り。 ……ノワールやユニもお待ちかねだよ」

 

 

家族、そう考えると少しむず痒いものを感じる。けれども悪い気はしなかった。

白斗は挨拶の一言ともに扉を潜って、ノワール達が待つであろう執務室へと歩を進める。

と、そこへ元気よくもあり、可愛らしくもある足音が近づいてくる。

 

 

「白兄ぃ―――――!!!」

 

「ん? おお、ユニ。 久しぶ………ぐほぉ―――――っ!!?」

 

 

ラステイションの女神候補生、ユニだった。

今日も黒髪ツインテールが可愛らしく揺れている……のだが白斗の顔を見るなり一気に突撃、その胸元へと抱き着いた。

華奢とは言え候補生として鍛え上げたその飛びつきに白斗も大ダメージ。

 

 

「もう白兄ぃってば!! どれだけアタシ達をほったらかしにするのかな!?」

 

「は、ははは……ゴメン。 お、お詫びって程じゃないがお土産あるぜ」

 

 

激痛で悶えそうになるが、そこは男の意地。

我慢して先程購入したパンの袋を差し出す。今回は女の子受けするような甘い菓子パン多めのチョイスである。

 

 

「さっすが白兄ぃ! 気が利く!! それじゃ少しアタシに付き合って♪」

 

「あれ、ノワールは? 挨拶したいんだけど」

 

「……今、お姉ちゃんに会うのはやめといた方がいいよ」

 

「え? 何で―――」

 

 

と、その時。向こう側にあるノワールの執務室から声が聞こえた。

扉は閉め切ってあるにも拘らず漏れ出る、その声色は―――。

 

 

『うおりやあああああああああああああああああ!!! 仕事がナンボのものよぉ!! 白斗との一時を邪魔するんじゃないわよおおおおおおおおおおおおあああああ!!!』

 

 

―――到底女神様でも、女の子でも、出していい声では無かった。

 

 

「ああ、うん。 理解した」

 

「お姉ちゃん、今朝になって大量の仕事が入って、もうヤケになっちゃって……正直、人様にお見せできるものじゃなくなっちゃった」

 

「最近、ユニが別の方向で逞しくなってる。 お兄ちゃんは心配です」

 

 

ノワールの事が大好きで尊敬してやまないユニですらこの反応、将来が心配である。

ただ、今のノワールに会いに行くのは確かに危険だと判断し心の中で手を合わせながらUターンした。

彼女の手伝いもあるとのことなのでケイとはその場で分かれ、白斗はユニに連れられて外へ出る。

 

 

「それじゃ白兄ぃ!! 今日も射撃の指導、よろしくお願いします!!」

 

「おう。 つっても、自力じゃユニの方が断然上だけどな」

 

 

連れてこられた先にあったのはほぼユニ専用と言っても差し支えの無い射撃訓練場。

ユニはほぼ毎日のようにここで銃の訓練を行い、命中精度や充填速度、フォーメーションなどの訓練を行っている。

そこに嘗て暗殺者でもあった白斗の指導が加わり、訓練の質そのものも上がるようになった。

尤もユニにしてみれば、好きな人と一緒に過ごせる貴重な時間と言う方が大きいのだが。

 

 

「でもアタシ、咄嗟に銃を構えて、照準を合わせて撃つってのがまだ安定しないんだ」

 

「ふむ……瞬時に中距離狙撃が必要になる場面も、モンスターとの戦闘ではあるかもな」

 

「だから今回はそこを鍛えて欲しいの!」

 

 

ユニの方が地力が上というのはお世辞でも何でもない、燦然たる事実だ。

彼女は銃に関しての才能と努力は間違いなく白斗より上だ。おまけに先日、念願である女神化も会得し高出力の技を放てるようになった。

だが、それだけで彼女は満足しない。常に課題を見つけてはそれをクリアしようとするハングリー精神があった。

 

 

「オーケー。 なら今日からは動体視力と判断力を鍛える方向で行こう」

 

「うん! で、どうやるの?」

 

「動体視力と言うのは眼力も勿論だが、脳にも左右される。 瞬時に見て、瞬時に理解し、瞬時に動く。 一瞬の間にこの三工程をクリアして、動体視力が良いと言われるな」

 

「う……言葉だけ聞くと難しい……」

 

「しかし動体視力に限らず目と言うのは使わなければどんどん衰えていくんだ。 逆を言えばトレーニングを続けることで向上が可能になる。 今回は丁度いいアプリがあるからそれで練習、それから実践稽古の反復でやっていこう」

 

「アプリ?」

 

 

白斗が見せたのは、一瞬だけ文字が表示され、それが何なのかを当てるというクイズ。

分かりやすく言えば「フラッシュ暗算」が近いだろうか。

 

 

「これを10問連続でクリア出来たら実践稽古に移ろう。 クリアするまで次のメニューに移れないしリタイアもさせないぞー」

 

「えぇーっ!? 白兄ぃスパルタ過ぎだよー!!」

 

「その代わり、これをクリアしたら今度パフェ作るよ。 前ノワール達にも大好評だった奴な」

 

「死んでもクリアしてやるわ」

 

 

アメとムチのつもりだったが、彼女は存外アメで死力を尽くせるタイプらしい。

その後凄まじい形相で画面をのぞき込んでは、怒涛の勢いで問題をクリアしていく。

 

 

「よっしゃぁ!! クリアーっ!!!」

 

「……甘いものに対する女の子の執着は物理法則をも捻じ曲げるのか。 んじゃパフェは確約として、実践稽古に移るか」

 

「おっしゃあ!! 何でも来い!!!」

 

 

普段のユニのキャラとしてありえない発言を連発中である。

しかし、それだけ嬉しかったのだろう。大好きな人から、大好物を貰えることがどんなに幸せなことか。

 

 

「こっからはこの銃を使ってくれ」

 

「? これ……ペイント弾?」

 

「そ。 相手は俺。 この障害物の隙間を出たり隠れたりするからユニは俺を撃つんだ。 10発当たるまで終わらないぞー」

 

「へー? 白兄ぃ……そんなに動けるのかな~?」

 

「ふっ、今まで地獄を見てきた俺の底力……甘く見てくれちゃぁ困る、ぜっ!!」

 

 

どうやら白斗自身が的になり、ユニから逃げ回るという鬼ごっこにも近い射撃訓練らしい。

ユニ自身、最近は腕前に自信がついており更には相手は分類としては一般人にしか過ぎない白斗。

だが彼は凄惨な過去を逆に血肉として、危機察知能力と回避力、そして判断力を持ち合わせている。

軽やかな身のこなしで障害物や生えている茂み、木陰などに潜り込む。

 

 

「え? あ、あれっ!? は、速い……っていうかこのっ!! ちょこまかと……!!」

 

「そーれ隙ありっ!!」

 

「きゃっ!? み、水鉄砲!?」

 

 

白斗の動きは想像以上に機敏で、尚且つ惑わせてくるような動き。

それでいて更に腹立たしいのが、顔を出す時は必ず三秒間は顔を出している。つまりちゃんとユニにも狙撃のチャンスを与えているのだ。

だが、白斗の動きについていけず引き金を引くどころか銃を構えることすら出来ていないユニに水鉄砲の一撃が見舞われる。

 

 

「んもーっ!! 白兄ぃ酷いー!!」

 

「はっはっは、反撃しないとは言ってねーぞ? 悔しかったら俺を撃ってみせなっ!!」

 

「さてはこの前のハンゲーでボッコボコにしての根に持ってるなーっ!?」

 

 

―――それは訓練と言うよりも、兄妹のじゃれ合いだった。

けれども、ユニにとってはとても楽しくて、それでいてレベルアップを実感できる一時。

徐々にユニも白斗の動きの法則性や、時折飛び出る彼からのアドバイスで徐々に命中精度を上げていく。

やがてインク塗れ、汗塗れ、泥塗れになった二人が訓練場で寝転がる。

 

 

「はーっ……はーっ……! い、今のを積み重ねて行きゃ……ゲホゴホッ!! い、嫌でも動体視力は……ヒュー……ヒュー……み、身につく……」

 

「そ、そりゃ……こほこほっ!! こ、こんなのやって身につかない方が……けほっ!! お、おかしいわよ……」

 

 

既に体力の限界を迎え、クタクタだ。汗を拭く体力すらない。

しかし、その疲労感は心地よかった。

二人で見上げる青空はどこまでも澄み切っていて、どこまでも気持ちよかった。

 

 

「全く……貴方達。 訓練も程々にしとかないとただのオーバーワークよ?」

 

「よ、よぉノワール……。 いつもオーバーワークなお前に言われたら……ゲホゲホッ! 俺達もお終いだな……ゴホッ!!」

 

 

そこへ真上から覗き込んでくる一人の少女。ノワールだ。

どうやらようやく仕事を終えたらしく、その顔には疲労とこれから白斗と過ごせるという期待が見て取れる。

そんな彼女から濡れタオルと飲み物を受け取り、白斗とユニはようやく落ち着けた。

 

 

「っはぁ~……生き返る~……」

 

「生きてるって素晴らしいね……!」

 

「大袈裟よ二人とも。 お風呂沸かしてあるから落ち着いたら入ってきなさい」

 

「お、それはマジで助かる。 んじゃお先~」

 

 

風呂が沸いていることを聞かされて、白斗は迷うことなく自室へと向かっていった。

普通、風呂と聞けば一家に一つ。そしてレディファーストと思い浮かぶようなものだが、白斗が止まりに来る場合はノワールがわざわざ風呂付の客室を用意してくれるのだ。

つまり白斗専用、気兼ねせず入ることが出来る。割り当てられた部屋に入り、服を脱ぐ。

 

 

「~~~♪ 風呂は人類にとって最も偉大な発明の一つだよな~」

 

 

まるで女子のようなセリフを吐きながら浴室のドアを潜った。

温かな湯気が体を包み、それだけで疲労で凝り固まった体を解してくれる。

軽くシャワーを浴びて汗や泥を落としてから湯船に入る。心地よい湯加減と、高級な入浴剤のお蔭でまさに天にも昇る心地だ。

 

 

「あぁ~……やべ、とろけるー………」

 

 

普段の白斗からは想像できないほど抜けた声だ。

しかし、それほどの快感が襲っているのだから無理もない。と、そこへ。

 

 

『は、白斗。 湯加減はどうかしら?』

 

「ん、ノワールか。 ああ、もう最ッ高だ! ありがとな」

 

 

扉の向こうから声が聞こえた。ノワールのものだ。

何の前触れもなくこちらに来たので少し驚いたが、かと言って慌てるほどの事でもなく気楽に返事した。

実際、今日の風呂ほど心地よいものはなく白斗は感謝の極みであった。

 

 

『そ、そう……な、なら………入るわ、よ』

 

「おー。 ………………ンン!!? ちょ、ちょっと待――――」

 

 

つい、疲労と心地よさで生返事してしまった。

だが気付いた時にはもう遅い。少し控えめなドアの開閉音と、ヒタヒタとタイルを踏む音が聞こえてきた。

湯気の中現れたのは―――バスタオル一枚に身を包んだノワールだった。

まさに女神と言わんばかりの美しい肌、整ったスタイル、タオル越しでも分かる胸のふくらみが目を惹きつけて離さない。

 

 

「の、ノワール!!? 何やってんの!!?」

 

「か、勘違いしないでよね!? いつもお世話になってるから、その……たまには背中流してあげたいなーとかそんなんじゃないから!!」

 

「どう見ても模範解答ですありがとうございます。 じゃなくて!!」

 

「今更貴方に拒否権なんか無いわよ! さっき言質取ったし、ネプテューヌやマベちゃんとも入ったし!! おまけにマベちゃんに至っては二度も!!」

 

「その節は誠に申し訳ございませんでした」

 

 

ぐうの音も出ない正論とはこのことか。

迫力を伴った声に叩きのめされ、白斗はタイルに額をこすり合わせて顔を上げない。そう、顔を上げないのである。

何故こうも、連続して混浴イベントが起きてしまうのか、謎の作為を感じてならない白斗だった。

 

 

「悪いと思っているならつべこべ言わず背中流させなさいっ!! 大丈夫、ネプテューヌ達よりも断然上手だからっ!!」」

 

(うぅ……このままだといたちごっこ確定、か……ノワールも風邪ひいちまうし……仕方ない、覚悟を決めるか……)

 

 

はぁ、と溜息を付きつつ白斗はとうとう覚悟を決めた。

 

 

「……分かった。 けどバレたら大変だから手短に済ませよう……」

 

「安心して。 これでも私、ちゃんと勉強したのよ」

 

 

違う。心配なのはそこではない。

 

 

「ちょーっと待ったぁ!! アタシも混ぜなさーい!!」

 

「ゆっ、ユニ!? 何でアナタまで!!?」

 

 

だが、まだ終わらなかった。あろうことかユニまで同じくバスタオル一枚で突撃してきたのだ。

ノワールに比べればプロポーション自体は劣るかもしれないが、まだ残るあどけなさが逆に男の劣情を煽ってくる。

 

 

「お姉ちゃんズルい!! アタシだって白兄ぃの背中流してあげたいのに!!」

 

「あ、貴女はさっき一緒に訓練したからいいでしょ!?」

 

「むむむ……じ、じゃぁ一緒に流そうよ!! それに……お姉ちゃんとお風呂なんて、初めてだし……」

 

「うぅっ!? ……そ、それもそうね……なら一緒に白斗の背中を流しましょう」

 

「やったぁ!! お姉ちゃんありがとう!!!」

 

(ねぇ、俺の意見は? 俺の意思は? 俺の要望は?)

 

 

一切なかった。こうしてラステイションの女神姉妹が白斗を座らせ、二人で背中を洗うというとんでもない展開が繰り広げられることに。

 

 

「あ……白斗、傷だらけ……」

 

「……まぁ、あんな事があったからな」

 

 

しかし、これまで白斗と混浴できるとはしゃいでいたためかここで初めて気づいた。

白斗の体が傷だらけであることに。それも一つや二つではない、何十と言う古傷が。

彼の言う「あんな事」とは、父親からの過剰な虐待や暗殺者にさせるための過酷なトレーニング、そして組織からの逃亡生活。

白斗の古傷は、彼の壮絶な過去を物語っていた。

 

 

「まぁ、その……気持ち悪いもの見せて、ゴメン」

 

「気持ち悪くなんかない!! ……私は好きよ、白斗の背中が」

 

「アタシも。 温かくて、強くて、優しくて……嫌いになれって方が無理だよ」

 

「……ありがとな。 んじゃ、改めてお背中流してもらおうかな!」

 

「「ええ!」」

 

 

ノワールとユニが優しく触れてくる。労わるように、傷を癒すように、白斗を受け入れるように。

そんな二人の優しさに触れ、白斗も先程までの緊張が嘘のように和らいだ。

ならばノワールとユニにこの背中を任せよう。

 

 

「んっしょ……白斗、痒いところはない?」

 

「ん~……痒いところっていうか、二人とももうちょっと力入れてくれる?」

 

「力を入れるって言うと……こんな感じ?」

 

「おお、ユニ! そんな感じ!」

 

 

仲睦まじく、二人でゴシゴシと背中を洗ってくれた。

思えばネプテューヌやマーベラスもここまでさせたことはない。他人に背中を洗ってもらうなど、今日が初めてだ。

だから、知らなかった。こんなにもくすぐったくて、それでいてどこか温かくなる。

 

 

「ほーら、腕も洗ってあげるから伸ばして」

 

「お、おう……」

 

「おぉ……白斗って細身だけど、しっかり筋肉ついてるのね」

 

「まぁ、クエストのためにも鍛えないといけないんで……」

 

 

とは言えやはり落ち着かない。

ノワールに腕を現れる間、しっかりと触られる。体の隅々、ラインや肉付きまで把握されるのは正直恥ずかしいものだった。

何故、と問われると出てこないがとにかく恥ずかしい。

 

 

「最後に水で流して……はい、綺麗になった!」

 

「うんうん、アタシとお姉ちゃんのフォーメーションスキルでピッカピカよ!」

 

「あ、ありがとう。 それじゃ俺はそろそろ……」

 

「「待って!!」」

 

 

ようやく終わった、と安堵の息を吐く。

この上ない心地よさだったのだが、それ以上に精神が持たない。汗も流し、体も綺麗になった。もうここに留まる理由もない。

なるべく二人の体を目に入れないように浴室を出ようとした―――その時。白斗の手頸がノワールによって掴まれた。

 

 

「ど、どうした?」

 

「……ねえ、白斗……」

 

「今度は……アタシ達の背中、洗って欲しいな……」

 

「………ゑ?」

 

 

潤んだ瞳と、誘うような声色、そして赤く染まった顔。しかしながら手首を握るその力はさすがは女神、非常に強い。

色んな意味で逃れられぬこの状況下、とんでもない発言を理解するのに白斗は数秒の時間を要するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ白斗、随分長い風呂だったね。 ……さて、一体何をやっていたのか他国の女神達と協議してみたいと思うのだが……あ。 でもその前に君に依頼したいことがあってね」

 

「何なりとお申し付けくださいケイ様ですからどうか女神様にはチクらないでください死んでしまいます千の風になってしまいますからお願いしますどうかそれだけは」

 

「必死か」

 

 

ケイにはしっかりバレていたようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから少しして、ノワールの部屋。

 

 

「いいわね白斗!! パイナップル頭軍人のコスプレ超似合ってる!!」

 

「そ、そうかな? で、これで俺はサマーソルトでもやればいいの?」

 

「やって!! 超ネイティブな発音で!!」

 

「じ、じゃあ……サマソッ!!」

 

「カッコイイ!! さっすが白斗、もう最高っ!!!」

 

 

白斗とノワールがコスプレに興じていた。

元々ノワールの趣味であるコスプレが白斗に発覚した際、彼を巻き込む形でコスプレさせたのが始まりだ。

以来、白斗がラステイションへ遊びに来た際は時間があれば彼女の趣味であるコスプレや台本読み合わせに付き合っている。

 

 

「ふぅ……もう十着くらいは来たよな? さすがに疲れてきた……」

 

「どうしてそこで諦めるの!? もっと熱くなるのよ!!」

 

「お前そんな熱血キャラだっけか!?」

 

 

好きなものの前ではハッスルする。ノワールも案外普通の女の子だった。

いや、この熱意は普通と言っていいのか微妙な所であったが。

 

 

「あ、でもそろそろ夕食の支度しなきゃいけない時間ね。 今日は私が作るから!」

 

「おお、ノワールの手作りか! 何作ってくれるんだ?」

 

「カレーよ。 勿論メシマズ設定は無いから安心してね」

 

 

裏ではこういったコスプレ趣味の一面があるものの、基本的にノワールは真面目な性格である。

それ故に白斗のもてなしという絶対に気の抜けない場面で味見をしないなどのお約束をするはずがない。

 

 

「しっかり者のノワールにそんな心配してないって。 ……あ、俺も手伝おうか?」

 

「白斗はゆっくりして……いえ! そうね、一緒に作りましょ!!」

 

「お、おう……よろしく……」

 

 

最初は白斗の手伝いを断ろうとしたノワール。しかし、ふと気が付いた。

これは所謂、傍から見ればカップルで料理を作るという乙女なら一度は憧れるシチュエーションではないか。

一気に掌を返して厨房へと案内する。

 

 

「それじゃ私が味付けとかするから、白斗は食材とか切って頂戴」

 

「了解。 切り方とか拘りあるか?」

 

「特にないけど、ユニやケイも小食だから少し小さめに切ってね」

 

「小さめね。 ラジャー」

 

 

そこから先はまさに息の合ったコンビネーションだった。

あれこれ言わずとも白斗が食材を切り分け、ノワールが切り分けられたそれを順に炒めていく。

逆にノワールが食材や器具を探していると白斗が瞬時にそれを察知してノワールに手渡していく。

この何気ないやり取りでも、互いの心が通じ合えていると感じられる。だからノワールは尚更嬉しくなった。

 

 

(ふふっ♪ それにしても、まさかこんなにも白斗に夢中になっちゃうなんてね……女神も虜にさせるなんて、本当に罪な人なんだから♪)

 

 

何故彼を好きになったかと言えば、その全てがだ。

さり気ない気遣いをしてくれるところも、誰かのために必死な所も、常に支えてくれるところも、相手を思いやってくれる優しさも。

そんな人と一緒に料理を作れることが、どんなに幸せか。

―――その後もリズミカルな音と共にどんどん調理は進んでいき、やがて薫り高いカレーが出来上がった。

 

 

「さぁ皆! 私と白斗の自信作、どうぞ召し上がれ!」

 

「おかわりもあるからな! ジャンジャン食べてくれ」

 

 

午後七時、夕食のため食堂にやってきたユニとケイを迎えたのは家庭的ながらも食欲をそそる匂いのカレーだった。

更には添えられたサラダと言ったアラカルトも尚更目を惹かせてくれる。

激務や訓練で空腹だったユニとケイも、遠慮なくカレーを一口。

 

 

「……ほう。 家庭的ながらもしっかりとした味わい。 まさに『我が家のカレー』だね」

 

「むむ! 悔しいけど美味しい……!」

 

 

極上のカレーを食べたことで、シニカルな言動が目立つケイも珍しく手放しで褒めてくれる。

一方、一緒に料理などという楽しいイベントに参加できなかったユニは少々不満げだったが、カレーを一口食べればそんな不満もすぐに引っ込んだ。

そんな二人の反応を見て白斗とノワールは拳を軽く付き合わせる。

 

 

「大成功ね!」

 

「ああ。 んじゃ、俺らも食べますか」

 

 

この反応を見て自信がつかないわけがない。

二人も席に座って自ら作ったカレーにありつく。当然味見もしたのだが、その時よりも更に美味しく感じられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――楽しかった食事も終え、寝る前にゲームで一騒ぎした。

生真面目なノワールとユニも、やはりゲームは大好きであり、さすがに毎日では無かったがあらゆるジャンルのゲームをプレイしているとのこと。

今回は余り対戦の機会がなかった白斗とノワールの対戦が主だったのだが、相手はゲイムギョウ界の女神様。白斗が一方的にあしらわれる結果となってしまった。

 

 

 

 

そんな楽しい時間は、あっという間に過ぎていくもの。気が付けばもう日付を跨いでおり、今日はもう解散ということで白斗は自室に戻った。

それから更に寝静まった時間帯、午前二時。

 

 

(……さて、ここからが本題よノワール。 白斗がちゃんと眠れてるかどうか……!)

 

 

白斗の客室の前に、ノワールが来ていた。パジャマ姿で、愛用している枕を抱えたまま。

そもそも本日、白斗をラステイションへ招いたのは彼と過ごしたかったのもあるがそれ以上に白斗をリフレッシュさせてあげたかったからだ。

ネプテューヌによればここ最近、嫌な夢を見るが故に寝不足だとのこと。だから彼がしっかりと眠れているかどうかチェックするのは当然の義務。

 

 

(べっ、別にあわよくば白斗と添い寝したいとか思ってるわけじゃないんだからねっ! 四女神中、まだ私だけ白斗と添い寝してないのが悔しいとかじゃないんだから!!)

 

 

別に誰も聞いてないのに、勝手に心の中で言い訳してしまう。

今、ノワールの心臓は何度も何度も白斗への想いで叩かれており、鼓動がどこまでもうるさく反響している。

緊張で手も足も震える。けれども、白斗のためにも退くという選択肢はない。

ゴクリと固唾を飲み、ドアノブに触れようと手を伸ばした―――と思いきや、触れたのは別の誰かの手。

 

 

「え? ………お、お姉ちゃん!?」

 

「ゆ、ユニ!? 貴女までなんでここに!?」

 

 

そう、それはユニの手であった。

緊張と暗がりの所為で分からなかったが、彼女もすぐそこまで来ていたのである。

 

 

「……白斗?」 

 

「……白兄ぃ。 え、白兄ぃ?」

 

「白斗……」

 

 

白斗の名前だけで互いの言いたいことが分かってしまう。

要するにどちらも白斗の事が心配でこちらにやってきただけなのだ。あわよくば「添い寝したいから」というやましい目的があるわけではないのだ。

 

 

「……ここは一時休戦ね」

 

「うん。 白兄ぃに迷惑はかけたくないから……」

 

「それに騒ぎすぎると白斗に察知される可能性もあるしね。 それじゃ開けるわよ」

 

 

目的は同じ、白斗の力になりたい気持ちも同じ。ならば互いを拒む理由もない。

ノワールは懐からマスターキーを取り出すと、静かに鍵を開ける。

本来なら、危機察知能力の高い白斗にはさっきのやり取りだけで気づかれそうなものだがそれでも咎めてこない辺り、本当に熟睡しているのかもしれない。

カチャリ、と微かな音を立ててロックが解除される。高鳴る心臓を押さえつけ、固唾を飲みながら扉を押し開けた。その先に待っていたのは―――。

 

 

「……う、ぅッ……ぁ、っ……はぁ、はぁ……ぅぅう………!」

 

「白斗!?」

「白兄ぃ!?」

 

 

明らかに魘されている白斗だった。

苦しげな表情を顔に刻ませ、口からは荒い声と吐息が漏れ出ており、汗も凄まじい量が噴き出ている。

藪医者でも、これを「問題なし」とは看過できない。

 

 

「白斗! しっかりして!!」

 

「起きて白兄ぃ!!」

 

「う、ぐ、あ、ぁっ………はっ!!? はぁ……はぁ……お、俺……は……!?」

 

 

やはりネプテューヌの報告にあった通り、悪夢を見ているらしい。これ以上悪夢の中に放置しておけないと急いで起こしに掛かる。

必死に揺さぶられ、必死に声を掛けられて白斗はようやく目を覚ました。余程壮絶な夢を見たのか、すぐに視界が定まらずに呼吸も安定していない。

 

 

「白兄ぃ!! 大丈夫? アタシ達が誰だか分かる!!?」

 

「……ゆ、に? のわ……る………?」

 

「ほっ……ええ、そうよ。 ユニ、私は水を持ってくるから貴女は汗を拭いてあげて!!」

 

「わ、分かった!」

 

 

そこから先も大慌てだった。

ノワールは水を取りに行き、ユニは部屋に置いてあったタオルで白斗の汗を優しく拭き取る。

 

 

「あ……ユニ………悪いな……」

 

「いいんだって。 それよりも凄い汗……ホントに何があったの……?」

 

 

白斗を見つめるユニの瞳はどこまでも真っ直ぐで、それでいて柔らかい。

綺麗な指先が汗塗れの頬に触れ、柔らかなタオルでそっと汗を拭き取ってくれる。ゆっくり、優しく、労わるように。白斗の呼吸が徐々に落ち着いていく。

やがてノワールも水差しとコップを用意して戻ってきてくれた。

 

 

「はい、お水。 ゆっくりでいいから飲んで」

 

「あ、ああ……。 あり、がとう……」

 

 

良く冷えた水を受け取り、白斗はゆっくりとそれを喉に通す。

冷水が喉を駆け抜けるごとに、体温が徐々に下がっていく。

―――そう言えば、ネプギアが悪夢を見た時も似たような事をしてあげたっけ。そんな事を思っているうちに、気分も落ち着いてくる。

 

 

「一先ず汗は拭き終わり! でもパジャマはグッショリね……なら軽くシャワー浴びてきて!」

 

「え。 いや、でもこんな真夜中に……」

 

「このままだと風邪ひいちゃうでしょ! いいから入ってきなさーい!!」

 

「はっ、ハイイイィィッ!!」

 

 

女神姉妹にどやされて、白斗は浴室に駆け込んだ。

さすがに湯船に浸かるほどでは無かったため、ノズルを捻ってシャワーを浴びる。その間、ノワールが新しいパジャマを用意してくれていた。

汗を拭き、水を飲み、シャワーを浴びたことでさすがに体も心も静まることが出来た。

 

 

「二人とも、ありがとう……。 お陰様で落ち着いた」

 

「どういたしまして。 ……やっぱり悪夢見ちゃうのね」

 

「ネプテューヌから聞いてたのか。 まぁ、今日になって急に『ラステイションへ行け!』なんて言われたし、気を遣わせちゃったな……」

 

「やっぱり気付いてたの?」

 

「あからさまだったしな。 けど、こうして皆が気を遣ってくれてるってのに、俺と来たら……」

 

 

どうやら白斗は今回ラステイションへ送り出されたその意図を理解していたらしい。

だからこそ、いつもとは違って悪ノリに近い感じでハッスルしていたのだろう。

自分自身のストレス解消のために、そして女神の心遣いに応えるために。しかし、結局はその悪夢を振り払うことが出来なかっ―――。

 

 

「……白斗。 本当は悪夢の原因……分かってるんじゃないの?」

 

「え?」

 

「でも、私達を気遣って言い出せない……ってところでしょ」

 

 

ズバリ、言い当てられた。

ノワールは静かに目を閉じながら、確信したような口調でそう語りかけてくる。

そんな真っ直ぐな瞳と言葉を向けられては、白斗も隠そうとはしなかった。

 

 

「……驚いたな。 ノワールはエスパーか?」

 

「女神様よ。 それに……白斗だって、こうしてくれたから」

 

 

他人とは何かと壁を作りがちだった、あのノワールが白斗の心情を読み解いてくれた。

嘗て白斗が、ノワールにしてあげたように。彼女もまた、彼の心に寄り添ってくれる。

情けは人の為ならずという言葉があるが、それはまさに今の白斗の状況を刺している言葉であった。

 

 

「白兄ぃ、何でも話してよ。 自分一人で溜め込んだっていいこと無いって……教えてくれたの、他でもない白兄ぃだよ?」

 

「大丈夫よ、何だって受け止めてあげるから。 遠慮なく来なさい」

 

 

―――嘗て、白斗は絶望の淵に立たされた時、同じ言葉をネプテューヌから掛けられたことがある。

あの時は自分自身が弱かったばかりに弱音を吐けなかったばかりか、ネプテューヌを追い込ませてしまうという失態まで犯してしまった。

だが、あの時と今では違う。もう、白斗は一人ではないのだ。

 

 

「……この前、さ。 俺……マジェコンヌに攫われたろ?」

 

「っ……ええ、忘れるわけがないわ」

 

 

あの日の出来事は、ノワール達にとってもトラウマになっている。

身動きが取れないまま、目の前で白斗が傷つき、倒れ、更にはマジェコンヌによって連れ去られてしまった。

更にはその後、白斗はモンスター化して女神達と戦わせられるという最悪の状況だった。

まだあの日の傷が癒えていないのか、と納得しかけたノワールとユニだったが、どうやら違うようだ。

 

 

「……けどさ、あの時。 俺をモンスター化したのはマジェコンヌじゃない……俺の、親父だ」

 

「え!? 白兄ぃの親父って……あの!?」

 

 

ユニが悲鳴にも近い声を上げた。

白斗の父親、それは彼女らにとって好意を寄せる人の父親という温かい見方ではない。寧ろその逆、大好きな人を傷つけ続けた最低最悪の怨敵だ。

そしてそんな彼が、白斗にモンスター化の処置を施したということは。

 

 

「まさか……貴方の父親が来てるの!? この世界に!?」

 

「……らしいんだ。 マジェコンヌがそう言ってた。 それに……俺の姉さんも」

 

「お姉さんって……香澄さんも!?」

 

 

彼の過去の記憶を除いた二人は知っている。父親がどれだけ悪辣で、白斗にとってトラウマな存在であるか。

逆に不治の病に侵されたまま冷めない眠りについたままの姉が、白斗にとってどれだけ大切な存在であるか。

そして愛憎混ざったその二人が―――このゲイムギョウ界に来ていることを。

 

 

「……そう考えたらさ。 一時期姉さんの事も忘れてノコノコと生きてた俺って何なのかなとか考えちまって……今更だけど、密かに捜索隊とかも出してもらって、でもどれもこれもスカで……仮に見つけたとしても、姉さんにも……皆にも顔向けできないなって」

 

 

どれほどの葛藤を抱えていたのだろうか、暗く沈んだその表情から嫌でも伝わってくる。

―――だから、ノワールとユニに出来ることは。

 

 

「えっ……」

 

 

白斗を、優しく抱きしめてあげることだった。

 

 

「……もう、そう言う時は遠慮せずに言ってよね。 私達だって、幾らでも協力してあげるから」

 

「でも……辛かったよね。 苦しかったよね。 ……白兄ぃ、もう……大丈夫だから」

 

 

幾らでも支えて、幾らでも助けて、幾らでも抱きしめる。

人の心はふとしたことで弱ってしまう。それは女神であっても同じ。そしてそんな彼女達を同じように支えてくれたのは白斗だ。

だから彼女達も、同じように―――いや、それ以上の想いで白斗を支える。

 

 

 

「………はは、俺は何を一人で悶々と悩んでたんだろうな。 ……初めから、こうしてもらえばよかった……のかな」

 

 

 

―――ようやく、白斗の心が本当の意味で軽くなった。

きっと一日中、どれだけ体を動かしても、どれだけ遊んでも、どれだけ美味しいものを食べても。

一度作ってしまった心の突っかかりは簡単には消えてくれなかった。なのに、二人の女神の優しさに触れることであっさりと消えてしまう。

 

 

「そう言うことよ。 ……さ、もう三時回ってるわ。 早く寝ましょう」

 

「そうそう! 今度はアタシ達も一緒に寝てあげるから!」

 

「……お願いします、女神様」

 

 

いつもならばこういったことには難色を示し、断固として固辞する白斗だが今日は珍しく素直に添い寝を受け入れた。

さすがに一人用のベッドであるため三人が入るには手狭だが、その分密着度が増している。

左右からの温もりと柔らかさを感じては熱くもあるが、心が安らぎもした。

 

 

「ふふ……白兄ぃ、温かい……」

 

「やっと私も白斗に添い寝出来た……。 もう、ネプテューヌ達ばかりズルイのよ……」

 

「……何だか二人とも、今日はやけに素直だな?」

 

「たまにはこういうのもいいでしょ? ……い、言っておくけど!!」

 

「常にこういう事考えてるとか、そんなんじゃないんだからねっ!?」

 

「あ、いつもの二人だ。 やっぱり落ち着くわー……」

 

「「それで落ち着くなっ!!」」

 

 

しかし、白斗の前だと大分素直になれるのもまた事実。

いつものやり取りをしたことで白斗もやっと調子を取り戻し、安心して瞼を閉じれる。

 

 

「……ユニ、ノワール」

 

「ん?」

 

「何?」

 

「………おやすみ」

 

 

そう言って、白斗は瞳を閉じた。

するとあっという間に寝息を立て始める。相当疲れていたのか、緊張の糸が切れたのか。しかし、先程の様な寝苦しさは欠片も無い。心から安心した寝顔。

それを見た二人の女神は、穏やかな表情を浮かべて。

 

 

 

 

「「…………おやすみなさい。 ちゅっ」」

 

 

 

 

左右から、彼の頬に口付けを一つ落としてから、夢の世界へと飛び立つのだった。

どんな強い人も、心が弱ってしまう時がある。

いや、人はふとした時に弱くなってしまう生き物なのかもしれない。強い人とは、そこから立ち上がれる人の事を差すのではないだろうか。

―――白斗のように、誰かに支えられてまた立ち上がれるのもまた強さの一つなのだとしたら。

彼はまた一つ、強くなれた……のかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ一つ言えることは。―――一人の少年と、二人の女神はとても幸せそうに寝ていた。

 

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、白斗。 昨夜はお楽しみだったね。 ……あー、何だか君に仕事を頼みたい気分だなー」

 

「犬めとお呼びくださいケイ様」

 

 

 

 

 

 

 

 

………本当に続く




と、いうことで少ししんみりとしながらもラステイション姉妹のイチャイチャ話でした。
今までのお話でちょっとノワールやユニ成分が足りないなーということでお鉢が回ってまいりました。
白斗に限らず、ノワールやユニって彼氏彼女の関係になればツンデレっぷりもあって普段はあーだこーだ言いながらも、いざとなれば互いに息ピッタリ。そんな関係が築けるのではないかなと思っている今日この頃です。
ついでに四女神の中でまだノワールだけ添い寝していなかったので今回を以てコンプリート。恐ろしい奴よのう。
さてさて、次回ですがギャグよりなお話を投稿予定です。
タイトルはズヴァリ、「女神様だ~れだっ!!」。 ……はい、ラノベとかでも割と定番なあのゲームのお話です。でも一番焦点を当てるのは……あの子にしようかな?
では次回もお楽しみ!!感想ご意見お待ちしております!


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第四十六話 女神様だ~れだっ!!

―――多くの棒が箱の中に突っ込まれる。

先に描かれているのは多くの数字。しかし一本だけ王冠マークが描かれた棒が存在する。

絶対の象徴たるこの棒を持つ者が、数字と言う名の刻印を刻まれた者に命令を下す権限を手に入れる。

それを狙うは棒と同じ数だけの少女達と一人の少年。その中で王冠が描かれた棒を手にできるのは一人だけ。

この世界では阿鼻叫喚のその遊戯の名を「女神様ゲーム」と言い―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――またの名を、「王様ゲーム」とも言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――始まりは、とあるプラネテューヌの一室からだった。

 

 

「白斗~! ゲームしよー!!」

 

「この辺にオススメの喫茶店があるらしいの! 一緒に行きましょ、白斗!」

 

「白斗……私と一緒に本屋巡りしましょう?」

 

「白ちゃん! 私と四女神オンラインですわよね!!」

 

「白く~ん。 お昼寝しようよ~」

 

(えぇい、聖徳太子ぃ……!!)

 

 

今日も今日とて、白斗は女神様に囲まれていた。

この国の女神であるネプテューヌは勿論のこと、白斗目当てで来訪してくるノワール、ブラン、ベールに加えて最近はプルルートも白斗の事が気になっているのか積極的に誘ってくる。

それだけならばまだマシ(?)だったのだが、今日は更に来訪者が舞い込む日でもあり。

 

 

「お、お邪魔します!! は、ははは……白斗君いらっしゃいますかっ!?」

 

「おお、5pb.もいらっしゃい」

 

 

自棄に緊張した様子で5pb.が現れた。

ただでさえ女神達には手を焼いている状態だったが、それでも5pb.の登場に笑顔を見せる。

リーンボックスの大人気アイドルとして多忙な中、わざわざ会いに来てくれた彼女の心遣いが純粋に嬉しいのだ。

一方の5pb.は好意を寄せる白斗の家に上がり込んだことで緊張でガタガタ震えていた。

 

 

「ヨメの匂いを嗅ぎつけてREDちゃん参上なのだー!!」

 

「ふっふっふ……狂気の魔術師たるこのMAGES.が、混沌を齎しにやってきたぞ!」

 

「ということでブロッコリーも参戦だにゅ。 感謝するといいにゅ」

 

「面倒組が来てしまったか(ああ、皆も良く来たな)」

 

「本音と建前が逆にゅ。 5pb.だけ依怙贔屓するなにゅ」

 

「ハッ!? しまった、ついウッカリ!?」

 

 

それだに留まらず、REDにブロッコリー、MAGES.という5pb.の仲間にして一癖も二癖もある少女達がぞろぞろと上がり込んできた。

彼女達は5pb.と違って白斗に男女としての好意は抱いていないものの、こうして遊びに来るくらいの中だ。

―――女神達としては当然、不満そうに頬を膨らませてしまう。

 

 

「むむむ……白斗ってばまーた女の子を増やしちゃって……」

 

「けれども追い返すような真似もしたくないし……」

 

「……仕方ないわ。 これも白斗に惚れてしまった者の運命ね」

 

「ですが、愚痴くらいは言わせてもらいたいですわね……はぁ」

 

 

恋に恋する四女神達は揃いも揃って溜息を付く。

白斗と過ごした日々が長くなるにつれ、白斗に寄り添う少女達が増え、その度に白斗への想いも募る。

何とも言えないジレンマに陥っていると、少し困った顔をしながらプルルートが話しかけてきた。

 

 

「まぁまぁ~。 ここはいっその事、皆と楽しく遊ぼうよ~」

 

「……だね。 ぷるるんの言う通り!」

 

「ウジウジしてても仕方ありませんしね。 5pb.ちゃんもそれでよろしくて?」

 

「はっ、はい! ボクも白斗君と過ごせるならそれで……」

 

 

遊びに来た5pb.からの同意も得て皆で遊ぶことになった。

ただ、この場に居る人数は白斗を含めてもなんと10人。これだけの人数と一度に遊べる方法などそうあるものではない。

 

 

「だったらブロッコリーにいい方法があるにゅ」

 

「おーぷち子! どんな遊びするのー?」

 

「ぷち子じゃないにゅ! ブロッコリーだにゅ! ……まぁ、恋多き乙女がたくさんいるならこれがいいにゅ」

 

 

そう言った彼女は小さな背中に手を回した。

やがて取り出したのは、明らかに横幅が彼女以上もある大きさの箱。そしてそこに突っ込まれた、この場の人数と同じ数の棒。

いち早く反応したのは知識豊富な白の女神、ブランであった。

 

 

「これって女神様ゲーム? 確かに面白そうね」

 

(女神様……ああ、なるほど。 俺の世界で言う王様ゲームね)

 

 

名前こそ違えど、すぐに白斗は要諦を理解した。

女の子も、男の子も楽しめる、大人数には打って付けのゲームだ。

 

 

「これなら場所も取らないし、皆で楽しめるわね。 私はいいわよ」

 

「REDちゃんも賛成なのだー!」

 

「ふむ……まぁ、こういった戯れに興じるのも悪くなかろう」

 

「俺もいいぜ。 実は興味あったんだよな~」

 

 

残りの面々からも同意が取れた。

こうなっては白斗も断る理由がないし、皆と楽しく遊びたいと思っていたところだ。何よりも青春を過ごしたことのない白斗にとっては初体験のゲーム。

実はかなり楽しみだったりする。

 

 

「あ、お姉ちゃん達……それ女神様ゲーム!? 私にもやらせてください!」

 

「ぴぃもまぜてーっ!」

 

「あ~。 ギアちゃんにピーシェちゃん~」

 

「おおう、このアダルティなゲームに迷い込む素直な子とちびっ子……果たして混ぜていいものか……」

 

「混ぜるな、危険」

 

 

そこへ、騒ぎを駆けつけてきたのかネプギアとピーシェも入ってきた。

特にネプギアの食らいつきが半端なものではなく、それに乗じて好奇心旺盛なピーシェまでもが乗っかっているというわけだ。

白斗とネプテューヌも難色を示すが、かと言ってここで拒み続けるほど意地悪でもない。

 

 

「まぁ、変な命令を出さなきゃいいだろう。 皆、節度を持ってな」

 

『『『はーい』』』

 

 

凄く、いい返事でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――だが白斗は後悔する。この濃ゆい面子相手に「変な命令を自重する」ということなど、到底無理であったことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃぁ皆、準備いい~?」

 

『『『おう!』』』

 

 

改めてピーシェにも説明を終えて、諸々の準備が終わる。

準備と言っても遊びやすいよう少し広めの部屋に移ったのと、お菓子やジュース、その他罰ゲーム用のグッズなどを揃えたくらいである。

 

 

「それじゃ記念すべき一発目! せーのっ!!」

 

『『『女神様だ~れだっ!!』』』

 

 

ネプテューヌの掛け声に合わせて全員が棒に手を伸ばして引き上げる。

ドキドキと高鳴る鼓動が見守る中、栄えある一番槍を手にしたのは。

 

 

「ふふ、私ね♪」

 

「えぇ!? ノワールぅ!? そこは圧倒的主人公である私でしょー!?」

 

 

王冠マークの付いた棒を掲げたのはノワールだった。

ぶーぶーと文句を垂れるネプテューヌ達であったが、常識人のノワールならば最初のジャブには丁度いいと白斗は納得していた。

はてさて、気になる最初の命令は。

 

 

「まぁ、最初から過激になるのもあれだしね。 4番が8番のいい所を褒める、でどうかしら?」

 

 

ノワールらしい、無難な命令である。

これくらいならば大して反対意見が上がることも無い。後は気になる4番と8番なのだが。

 

 

「えーと、ぴぃのこれ……はちばん?」

 

「そうだよ~。 で、4番はあたしだね~」

 

 

プルルートとピーシェという、とてもほっこりする組み合わせだった。

 

 

「ピーシェちゃんのいい所はね~。 明るくて~、元気いっぱいな所だよ~」

 

「ぜんぶ、ぴぃのいいところ! わーい!」

 

『『『ほっこり……』』』

 

 

とても落ち着いてしまった面々だった。

 

 

「掴みとしては上々だな。 んじゃ次行くか」

 

『『『女神様だ~れだっ!!』』』

 

 

落ち着いた雰囲気で始まった女神様ゲーム。白斗の合図とともにまた棒が一斉に引かれる。

 

 

「ふっふっふ、ブロッコリーだにゅ」

 

「もうブロッコリー来ちゃうの!?」

 

 

ゲマに乗った幼じょ……もとい少女、ブロッコリー。

可愛らしい見た目とは裏腹にかなりの毒を持つ少女である。そんな少女が、周囲を見つめてニヤリとほくそ笑む。

 

 

「……ならこうするにゅ。 6番は2番を膝に乗せて1分間抱きかかえてあげるにゅ」

 

「あれ? ブロッコリーにしては比較的まともだ……」

 

「REDちゃんビックリ……ブロッコリーだからもっとえげつないのを出すものかと」

 

「お前達がブロッコリーのことをどう思っているのか、一度じっくり話し合う必要があるにゅ」

 

 

彼女をよく知る5pb.やREDから上がった意外そうな声に、不服全開のブロッコリーであった。

それはさておき肝心の2番と6番は。

 

 

「あらあら、私が6番ですわね♪ さぁ~誰を膝に乗せて差し上げましょうか♪」

 

「ベール姉さん張り切ってんな~。 ……ってどうしたブラン? そんなに顔ブルブル、汗ダラダラ、膝ガクガクさせて」

 

「………………………………」

 

「はーい、ブランが2番ね~。 そぉ~ら乗った乗ったぁ~!」

 

「や、やめろおおおおおおおおおおお!!! 離しやがれぇええええええ!!!」

 

 

今度はベールとブランが該当者らしい。

体型にコンプレックスを抱えるブランにとって、まさに理想の女性に体をしているベールは色んな意味で不俱戴天の敵なのだ。

しかし駄々を捏ねて暴れるその姿は、まるで反抗期真っただ中の妹。一方のベールはそれを甘やかす姉のようだった。

 

 

「捕まえましたわっ! ん~、ブランも抱き心地いいですわねぇ~」

 

(……なんだこの二の腕は……なんだこの太ももは……何なんだよこの胸はァ!!)

 

「こうしてみるとブランも可愛いですわね~♪ サイズもお手頃ですし」

 

(サイズ言いやがったよコンチクショウがあああああああああああああああああ!!!)

 

 

自分を包み込む腕の柔らかさに、自分を乗せる太ももの弾力に、そして自分の頭に乗っかる胸のボリュームに。

自分に女として足りないもの全てを突きつけられ、ブランはまさに殺意の波動に目覚めそうになっていた。

 

 

「……はい、1分経過にゅ。 お疲れ様だにゅ」

 

「次ダァ……次デ、アノ駄乳女神ヲ血祭リニアゲテヤルゥゥゥウウウ!!!」

 

「ピー子? あんな女の子になっちゃダメだからねー?」

 

「わかった! ぴぃ、ぶらんみたいにならないっ!」

 

 

悲喜こもごもな一幕であった。

 

 

「それじゃいくよー!! せーのっ!!」

 

『『『女神様だ~れだっ!!』』』

 

 

今度はピーシェの掛け声に合わせて棒が取られた。

徐々に殺気が混じるこの空気、女神様の称号を手にしたのは―――。

 

 

「おっしゃ! 俺だな!」

 

「えぇー!? 今度は白斗ぉー!? ってか男が女神様なんておかしいよーっ!!」

 

「んな身も蓋もないことを言われましても……」

 

 

ようやく白斗が王様……ではなく女神様となった。

相変わらず自分に番が回ってこないネプテューヌは頬を膨らませているが、白斗にとっては初めて命令を下せる権利を手に入れたのだ。大人げなくても譲るつもりは無い。

―――ただ、先程の一悶着で濁ったこの空気はリフレッシュもしたかった。

 

 

「………そうだな………」

 

 

白斗は静かに周りを見て、そして命令を下す。

 

 

「……10番は3番にマッサージ。 思いっきりやってくれ」

 

「あら、3番……また私ですの? それで10番は?」

 

「“また”私よ……ベール……。 ふっ、フフフフフ…………」

 

「   」

 

 

ベールは、絶句した。

無理もない。先程まで人形のようにして遊んでいたブランが10番。ということは、あの殺気の籠ったブランから、“思いっきり”のマッサージを受ける羽目に―――。

 

 

「ち、ちょっと白ちゃん!? こんなに絶対におかしいですわよ!!」

 

「こんなのぜったいおかしいよ!!」

 

「ピー子、キミは絶対にそれ真似しちゃダメだからね」

 

 

この後の展開が容易に想像できるだけに抗議の声を上げるベール。

そして彼女の真似をしてピーシェ(CV;悠木碧)も台詞を口にした。やたら成長した声色で。

余りにも危なく感じたのか、真面目な顔つきと声色でネプテューヌが静止に掛かる。けれども、こちらは止めない。

 

 

「お、およしなさいブラン!!」

 

「女神様の命令は絶対よ……観念なさいベール……クッ、ククク……」

 

「白ちゃぁん!? 貴方、どうやって私たちの番号把握しましたの!?」

 

「イヤー、偶然ッテ恐ロシイネー」

 

「絶対嘘ですわああああああぁぁぁぁっ!! ちょ、ブラン待っ……きゃぁーっ!!?」

 

 

必死の弁明も糾弾も空しいことに白斗とブランには届かなかった。

そうこうしているうちにブランががっしりとベールの肩を掴んで床へと寝かせた。小柄とは言え、身の丈以上のハンマーを軽々と扱う女神だ。

腕力で叶うはずもなく、組み伏せられたベールの背後にずっしりと乗っかる白の女神。

 

 

「ほらほら……ここが、いいんでしょぉっ!?」

 

「あっ!? ひゃ……そ、そこ………あぁん!?」

 

「お客さん、凝ってますねェ……。 そりゃそうかァ……こんな無駄な脂肪ぶらさげてりゃぁ嫌でも凝るわなぁ!?」

 

「あ痛たたたたたたたっ!? こ、これマッサージじゃなくて拷も……ンンンンンン!!?」

 

「嫌でも……!? 嫌でもか!? 私に対する当てつけかテメェエエエエエエ!!!!!」

 

「か、完全に逆ギレ………ああああああぁぁあアアァァアアアアアアアア!!?」

 

 

―――ある晴れたプラネテューヌの午後。緑の女神の悲鳴が天高くまで響き渡ったという。

 

 

「ふぅ……! スッキリしたぁ!!」

 

「……それはようござんした」

 

 

数分後、とてもお肌をつやつやさせたブラン様がそこにいました。

 

 

「えぇい!! 次!! 次で他の人にも同じ目に遭ってもらいますわよ!!」

 

「うおわ!? 姉さん元気!?」

 

「激しくしたけれども命令通りマッサージだもの。 とても効くわ」

 

「な、なるほどね……それじゃ次行くぞー! せーのっ!!」

 

『『『女神様だ~れだっ!!』』』

 

 

ただ私怨だけではない、しっかりとやるべきことは果たす辺りさすがはブランと言ったところか。

けれども問題はそこではなく、ここからは少しバイオレンスな命令もありということだ。

出来るだけ痛い目を見ませんようにと少し祈りを込めながら棒を引くと。

 

 

「やったぁ! REDちゃんなのだー!!」

 

「ほう、ここでREDとは……。 どんな混沌の指令を下すというのか……見ものだな」

 

 

次に追うさまを引き当てたのは真っ赤な意匠と小さな体、それでいて出るところは出ている少女ことREDだった。

余り交流がないだけにどんな命令をするのか、興味が湧いてくる。

 

 

「勿論REDちゃんと言ったらコレ! 9番のヨメ! REDちゃんに胸を揉ませるのだー!!」

 

「俺か……仕方ねぇな。 RED、俺の胸で良ければ幾らでも揉みしだくが」

 

「男のはいらないのだー!!!」

 

「ダァッホォゥ!!?」

 

「ああ、白斗君ーっ!!?」

 

 

この機会に託けて女の子とスキンシップを計ろうとしたらしい、だが無情にも9番を引き当てたのは白斗だった。

引き締まったその胸を曝け出そうとした瞬間、怒りのREDちゃんキックが炸裂。白斗は床に沈んだ。

慌てて5pb.とネプテューヌが介抱する。

 

 

「白斗、大丈夫?」

 

「お、おおう……悪ふざけが過ぎたかな……ゲホッ」

 

「RED。 やりすぎだよ?」

 

「う……ご、ゴメン……」

 

「いや、こっちこそ悪かった。 だからもういいよ」

 

 

めっ、と言いながら5pb.が叱るといつもの天真爛漫さは鳴りを潜め、しゅんと頭を下げる。

けれども白斗は優しくそれを許しながら頭を撫でた。

まるで年下の妹をあやすが如く。というよりも、この手の子の宥め方はピーシェやロム、ラムで習得済みなのである。

 

 

「……うん! ならREDちゃんにお菓子をあーんすることで手打ちにするのだ!」

 

「それは光栄の至り。 はい、あーん」

 

「あーん……おお、これは中々の居心地! 白斗はヨメに出来ないけど、REDちゃんのお兄ちゃん扱いでも悪く―――」

 

「わ る い か ら ね ?」

 

「ひ、ヒイイィィィッ!? ふぁ、5pb.が怖いのだ――――!!!」

 

 

どうやら今の流れで兄的な扱いへと落ち着いたらしい。

ただ、これ以上ライバルを増やしたくないとばかり5pb.が迫力を伴って警告する。温厚で人見知り、しかし優しい彼女からは想像できない恐ろしさを醸し出していた。

恐怖の余りREDは白斗に抱き着き、白斗は頭を撫でながら必死に宥める。それが尚更5pb.の―――いや、他の乙女たちの嫉妬を煽るのだった。

 

 

「……はぁ、このままでは埒が明かん。 続けるぞ、せーのっ!!」

 

『『『………女神様だ~れだっ!!』』』

 

 

MAGES.が空気を切り替えて続きを促す。こんな桃色空気に浸るためにも今度こそ女神様にならねばと乙女たちが手を伸ばした。

次に女神様の権利を手にしたのは。

 

 

「あーっ! ぴぃだー!!」

 

「わ~。 よかったね~、ピーシェちゃん~」

 

 

ピーシェになった。

まだ女神様になれていない面々からは悔しそうな唸り声が上がるが、さすがにピーシェほどの幼い子供相手にいきり立つほど愚かでも無かった。

 

 

「んーとね……よんばんはね、ぴぃをなでてー!」

 

「ピー子、手が3になってるよ。 4はこっち!」

 

「おぉー」

 

 

堂々と突き出されたのは三本の指。しかし4と宣言しておきながらそうやってしまうのはまだ幼いピーシェらしい。

苦笑しつつもネプテューヌが優しくピーシェの指を四本立てらせた。改めて四番は誰なのかと言うと。

 

 

「あ、私だね」

 

「ネプギアか……思えばピーシェとネプギアの絡みって少ないよな」

 

「これでもちゃんと遊んであげてるんだよ? ピーシェちゃん、今日もいい子だね」

 

「うんっ! ぴぃ、いいこ!」

 

 

凄く良い子の代表であるネプギアがちびっ子代表のピーシェを撫でてあげるという、とても平和な一場面だった。

 

 

「よーし、清涼剤入ったところで次だ次!」

 

『『『女神様だ~れだっ!!』』』

 

 

もう何度目かになるかも分からないこの掛け声。手にしたのは―――。

 

 

「あ、ボクだね! んー、何にしようかなー」

 

「ねーぷー!? 今度は5pb.ちゃん……いい加減私にも命令させてよー!!」

 

 

今度はリーンボックスの歌姫が女神様の権限を手にした。

喚くネプテューヌを他所に5pb.はあれこれ悩んでいる。

 

 

「……決めた! 5番と7番はこの衣装を来てボクのデビュー曲を歌ってもらおうかな♪」

 

 

可愛らしくウィンクをしながら取り出したは彼女のステージ用の衣装だった。

赤と青の、フリルをたっぷりと使ったふわふわ感溢れる可愛らしい衣装だ。

一体どこから取り出したのだろうか、などと言う野暮なツッコミは誰もしなかった。

 

 

「ふふ、アイドルの5pb.ちゃんらしいですわね。 では5番と7番の方は―――」

 

「すまんが俺はこれにして失礼いたすッ!!」

 

「わ、私も急用を思い出した! 狂気の魔術師に余暇など許されないッ!!」

 

「「逃がすかぁっ!!」」

 

「「ぐぇっ!!」」

 

 

白斗とMAGES.が逃げようとした。どうやら二人が該当者だったらしい。

だが咄嗟にネプテューヌとREDが組み伏せ、二人を捕らえた。

 

 

「は、離せっ!! そんなフリフリした衣装、私に似合うワケがないだろう!!」

 

「えー? MAGES.だったらいいセン行くと思うんだけどなー」

 

「待て、考え直せ5pb.! 俺男なんですけど!?」

 

「大丈夫!! 白斗君は素晴らしいって前の事件(※23話)で証明されてるから!!」

 

「「いやだああああああああああああああああああ!!!」」

 

 

そのままネプテューヌとREDによって別室へと引きずり込まれてしまった。

ドスンドスンと必死に抵抗を試みる音が聞こえるも、バコッと鈍い音が二つ響いてからは静かになる。

やがておずおずと開けられた扉から出た二人の美少女―――否、美少女と美女装少年がその姿を現した。

 

 

「う、うぅ……何なのだこれは……! 恥ずかしいィ……!!」

 

「何言ってるのMAGES.! 超かわいい!!」

 

「へぇ……いいじゃない。 どこかのお姫様かと思ったわ」

 

「~~~っ!!」

 

 

フリルたっぷりの衣装に身を包んだMAGES.。

恥じらうその姿が逆に可憐さを引き立たせており、冷静な女性から一転、可愛らしい女の子へと早変わりだ。

これには従姉である5pb.もご満悦で、ブランも率直な感想を繰り出すものだからMAGES.の羞恥はMAXだ。

 

 

―――そして、白斗はと言えば。

 

 

「きゃーっ!! 白斗可愛い~~~!!」

 

「また女装白ちゃんに出会えるなんて!! もういっそ白ちゃんが妹でもいいですわ!!」

 

「白くん可愛いね~。 衣装だったらあたしがいつでも作ってあげるからね~」

 

「これはハイレベルだにゅ。 白斗、その手のお店へ行ってしこたま儲けるにゅ」

 

 

女性陣が大盛り上がりするほどの可愛らしさだった。

その中でも特にノワールにベール、プルルート、ブロッコリーが色めき立って賞賛の嵐を送る。あっという間にパパラッチの連続。

カメラのフラッシュが鳴りやまない中、白斗は。

 

 

 

(…………死のう…………)

 

 

 

物凄く、生気を失った顔をしていた。

その後、二人して半ば自棄になって歌った一曲はそれはそれで盛り上がるものだったという。

 

 

「いやぁ、良いものが見れましたなー。 盛り上がったところで次行ってみよ-!」

 

『『『女神様だ~れだっ!!』』』

 

 

ある者は期待に、ある者(約二名)は恨みを込めて運命を告げる棒を引き抜く。

固唾を飲んで見守る中、次なる女神様は。

 

 

「あ、私ですね」

 

 

ネプギアの手に渡った。

何度も言うようにネプギアはとても真面目で、とても素直で、とてもいい子だ。この面子の中で一番の常識人と言ってもいいかもしれない。

そんな彼女が過激な要求をしてくるなど到底―――。

 

 

「じ、じゃぁ……9番の人!  私をぎゅーって抱きしめてくださいっ!!」

 

「ね、ネプギアが割と過激なことを!?」

 

 

―――考えなければならなかったらしい。

その場の勢いに任せたようなこの命令。大好きな姉のネプテューヌならいざ知らず、万が一にもベールを引き当てようものなら一気に地獄絵図と化す。

一か八かとも言えるこの賭け、その結果は。

 

 

「ま、また俺かよ!?」

 

「やったー!! お兄ちゃんキター!!!」

 

「「「「「ッッッ!!?」」」」」

 

 

四女神が、そして5pb.が戦慄した。

彼に恋する者として、抱きしめられるなど決して見逃したくないイベント。

しかもこんな衆人環視の中でそれを見せつけられるのである。対する白斗は真っ赤に染まった頬を掻きながらネプギアに近づく。

 

 

「だ、抱きしめるだけでいいんだよな?」

 

「うん! でも、女の子が喜ぶような抱きしめ方をして欲しいな?」

 

「何じゃい喜ぶような抱きしめ方って……ええい、ままよ!!」

 

 

ぶっちゃけた話、落ち込んでいる少女を元気づけようと抱きしめたことは何度もある。

そんな切羽詰まった状況でもなく、女の子を抱きしめるというのは白斗にとっても気まずい話。

だが女神様の命令は絶対。特にシチュエーションなども想定せず、白斗はただひたすらネプギアを抱きしめた。

 

 

「あ……えへへ、お兄ちゃんあったかい……。 それに、何だか安心する……」

 

「そ、そうか? ところでネプギアさん、これいつまで続けるのでしょうか?」

 

「……ふぇ? え~と……5時間くらい?」

 

「長いわ!!」

 

「ネープーギーアー!! 独占禁止法違反により3000年以下の懲役、または5億円以下の罰金だよ!!」

 

「重いわ!!」

 

 

どうやらネプギアは白斗の心地よさにすっかり虜にされてしまったらしい。

色々骨抜きにされてしまった彼女の反応は遅く、それでいて逆に白斗を抱きしめては離さないと力だけは強い。

当然看過できるネプテューヌではなく、白斗のツッコミも無視して無理矢理引き剥がした。

 

 

「……そうなんだ……。 そんなウフフなイベントも解禁なんだね……だったら、ボクだって遠慮しないから!」

 

「お、おおう……5pb.が謎のやる気を……。 従妹としては不安だぞ……」

 

「行くよぉっ!! せぇーのぉーっ!!」

 

『『『女神様だ~れだっ!!』』』

 

 

目の前でこんな羨ましいイベントを見せられて平然とできる恋する乙女がいるだろうか、いやいない。

憤りに身を任せた彼女の声に動かされ、全員が棒に手を伸ばした。

 

 

「うっふふふ! 私ですわ!」

 

「げ! 今度はベールか……!」

 

「げ、とはご挨拶ですわねノワール。 さて、命令ですけれど……」

 

 

じっ、と真剣な眼差しで戦況を確認する。

勿論狙うは白斗とイチャイチャできるような命令だ。だが参加人数はベールを除いても10人以上。ピンポイントで白斗を当てられる確率は、10%も無い。

ならば色恋に絡まず、自分に奉仕させるような命令の方がリスクが少なく、リターンも大きい。

何よりお子様であるピーシェもいるのだ。彼女の教育に悪影響を及ぼすような命令も出来ない。

 

 

「……でしたら、11番の方!! 思い切り私に甘えてくださいな!!」

 

「あ、ぴぃだー!!」

 

「   」

 

 

ベールは、また絶句した。ピーシェだったからだ。

確かに可愛らしい少女だが、ピーシェが普段どのようにネプテューヌにじゃれついているのかを想像すれば、彼女の身震いの訳が分かるだろう。

対するネプテューヌは、とてもいい笑顔を浮かべていた。「頑張ってネ☆」と目で語っている。

 

 

「それじゃーべるべる! いっくよー!!」

 

「ぴ、ピーシェちゃん!? ち、ちょっとお待ち……!!!」

 

「ぴぃ……ぱーんちっ!!!」

 

「ゴフゥッ!!?」

 

 

決して女神としても、淑女としても出してはいけないダメージボイスだった。

あの胸という弾力を以てしてもピーシェの一撃を受け止めることは出来ず、ベールは床に沈んだ。

カンカンカーンとゴングの音が心地よく鳴り響き、ピーシェがチャンピオンの如く両手を掲げる。

 

 

「いい右ね。 世界を狙えるわ」

 

「ベール……キミの犠牲は、無駄にしないから……!」

 

「し、しんで……おり、ません……わ……ゲフッ……!!」

 

 

ブランとネプテューヌが虚空に向かって敬礼する。

が、ベールはまだ息絶えておらず辛うじて床を這いずり回っていた。何とも言えない光景である。

 

 

「くー……すー……」

 

「あれ? ピー子寝ちゃった?」

 

「みたいだね~。 あたし、お布団に運んでくる~」

 

 

一方のピーシェは遊び疲れて眠ってしまったらしい。

仕方がないと言わんばかりにプルルートは彼女を優しく背負い、ピーシェの寝室まで運んで寝かせた。

 

 

「お待たせ~。 それじゃ、再開しよ~」

 

『『『女神様だ~れだっ!!』』』

 

 

プルルートが戻ってくるなり、ゲーム再開。

だがここからはちびっ子であったピーシェが不参加となる。つまり、公序良俗に遠慮する必要も無くなるのだ。

そんな不安が過る中、女神様の座を射止めたのは。

 

 

「またまたブロッコリーだにゅ」

 

「んもーっ!! いい加減主人公たる私だって命令したいのにー!!」

 

「ネプテューヌ……私だってまだなんだから我儘言わないで……」

 

 

と、言いつつもブランも青筋が浮かんでいる。相当ストレスが溜まっているらしい。

 

 

「そうだにゅ……2番が」

 

「ん?」

 

(白斗? 白斗が2番なのかな?)

 

 

白斗の眉がピクリと反応する。それに気づいたネプテューヌだったが。

 

 

「4番の」

 

「ねぷっ!?」

 

 

ネプテューヌが反応した。どうやら4番らしい。

 

 

「ほっぺにチューするにゅ」

 

「主人公補生キタァァアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

ネプテューヌは、ガッツポーズをとった。心の底から吠えた。

何せ、愛しの人からキスをして貰えるのだから興奮するなと言う方が無理だ。ブランらが今にも血涙しそうな目でこちらを睨んでいるが気にしない。

 

 

「は、白斗……白斗は、2番だよね……?」

 

「……ネプテューヌ……」

 

 

そういって、彼が見せた棒は―――3番だった。

 

 

「……へ? サンバン……? じ、じゃぁ2番は……?」

 

 

あの嬉しそうな空気が一気に冷え、汗が滝のように溢れ出る。

その時、つんつんとネプテューヌの肩を突く感触が。恐る恐る振り返ると、そこには2番の棒を手にしていた少女―――ノワールが。

 

 

「イラッシャイ、ネプテューヌ」

 

「ねぇ~ぷぅ~!!?」

 

 

―――因みに、これはこれで興奮する状況でした。 by白斗

 

 

「う、うぅ……私の純潔がノワールにぃ……」

 

「誤解を招くようなこと言わないでくれる!? もうっ、次行くわよ!!」

 

『『『女神様だ~れだっ!!』』』

 

 

もう何度目になるかも分からないこの掛け声。次なる女神様は。

 

 

「ふっふっふ……やっと私の春が来たわね……」

 

「う、うわー……ブラン来ちゃったー……。 そこはかとなく嫌な予感しかしないなぁ……」

 

 

満を持して登場、ブランだった。

今まで女神の権利を手にいられなかった分、黒いオーラが増しており空気が歪んでいる。

爆発したら手が付けられない女神ホワイトハート様は、一体何をお下知なさるのか。

 

 

「そうね……7番は4番の恥ずかしいエピソードを一つ暴露してもらおうかしらね。 ふっふっふ」

 

「うぇっ!? 4番……ぼ、ボク!!?」

 

(5pb.か、メチャクチャ興味あるぞ……)

 

 

どうやら暴露されるのはアイドルたる5pb.らしい。

普段の彼女はライブ中や番組に出演する際は(周りが見知っている人物であれば)明るいごく普通のアイドルと言った感じだが、裏では極度の人見知りである。

だからこそ努力を重ね、歌姫とまで称されるようになった努力の天才に果たしてどんなエピソードがあるのやら。

 

 

「そして従妹たる私が7番か……クックック、何を暴露してやろうかなぁ?」

 

「うぇえええええっ!!? め、MAGES.やめてー!! 白斗君もいるんだよー!!?」

 

「だが断る!! お前には恥ずかしい命令を下されたことだしな!!」

 

「そ、そんなぁー!!?」

 

 

先程の仕返しと言わんばかりに張り切っているMAGES.。

5pb.を知る者として、何より従妹として彼女の傍に誰よりも長くいた人物といっても過言ではない。つまりそれだけ彼女に関するあれこれを知っているということだ。

そんな彼女から齎される情報に、誰もが目を輝かせている。やはり女の子はゴシップが大好きらしい。

 

 

「フッ……5pb.はその昔、歯ギターをしていたことがあったのだ」

 

「グフッ!!」

 

 

吐血しかねない勢いと声で5pb.が倒れた。

表では明るく、裏では人見知りとして暗い彼女が歯ギターというこれまたクレイジーな趣味をしていた事実に場の盛り上がりは最高潮だ。

 

 

「歯ギター!? 5pb.ちゃんが!?」

 

「動画もあるぞ。 これだ」

 

「ギャァッ!!?」

 

 

とうとう気絶してしまった。無理もない、黒歴史そのものが動画として皆の目の前で晒されたのだから。

食い入るようにして皆が見つめる動画、そこには歯ギターを華麗にこなす5pb.がいた。普段の大人しさが嘘のようなワイルドさであるが、これはこれで素敵である。

 

 

「……ふぅ、良いものを見たわね。 私は満足よ。 ほくほく」

 

「……絶対、恥かかせてあげますね……ふ、負負負……」

 

「ふぁ、5pb.が黒くなっちゃったのだー……。 と、とにかく続きしよ!! せーのっ!!」

 

『『『女神様だ~れだっ!!』』』

 

 

命令したブランはとても満足そうだったが、黒歴史を暴露された5pb.の不機嫌は最高潮だった。

何せ、寄りにもよって好きな人の目の前でそれを見せつけられたのだから。

そんな5pb.に危険な雰囲気を感じつつ、REDに促されて仕切り直す。

 

 

「あ~。 あたしだ~」

 

「こ、今度はぷるるんか……。 でもこの状態なら過激な命令はとんでこないかな」

 

 

ネプテューヌの一言に、他の女神達は首を傾げた。

無理もない、ノワール達はまだプルルートの女神化した姿を見ていないのだから。

普段はぽやぽやとした緩くて優しい女の子だが、一度女神化するとそれはもう美しくて、それはもう凛々しくて、それはもう過激な―――。

 

 

「なら―――ここからはあたしも盛り上がっていこうかしらねぇ!?」

 

「って女神化したぁーっ!!?」

 

「「「どちら様!!?」」」

 

 

フラグは回収されるもの、盛り上がった空気に当てられてかプルルートが女神化してしまった。

素敵な女王様―――もとい女神様、アイリスハートの降臨である。

ネプテューヌクラスの変貌ぶりに初めて目の当たりにするノワール達は度肝を抜いていた。

 

 

「みんなぁ。 改めてアイリスハートよぉ、ヨ・ロ・シ・ク♪」

 

 

艶めかしい声色と仕草、だが変身前とは180度も違うそのどこか危険な雰囲気に女神達も一斉に固唾を飲んだ。

何せ、こんな性格のアイリスハートとちょっと過激な命令が盛り上がりを見せる女神様ゲームは相性が良すぎるのだ。悪い意味で。

 

 

「それじゃぁ、命令だけどぉ……そぉねぇ。 あたしが9番の子を可愛がってあげるってのはどぉかしらぁ?」

 

「ビクッ!? 」

 

 

思いっ切り肩を震わせる少女が一人。REDだ。

天真爛漫そのものと言うべき顔が恐怖に歪み、目に涙を溜めて顔を青ざめている。平行世界でネプテューヌらと出会ったというからには、別世界のプルルートとも出会ったのだろう。

故にその恐怖も、しっかりと刻み込まれているようで。

 

 

「あらぁ、REDちゃんったらぁ。 もうこんなにビショビショにしちゃってぇ……」

 

「汗と涙ね」

 

「ほら、遠慮しないで。 あたしだって貴女の可愛いヨメじゃないの」

 

「ち、違っ……! い、嫌っ……! た、助っ……!!」

 

 

恐怖でガタガタと震える口に、正確に言葉を紡ぐことは出来ない。

そのままズルズルと引きずられ、ドナドナされるREDを、皆はガタガタと震えながら見守ることしか出来なかった。

―――結局その後、二人が戻ることは無かった。

 

 

「……えー……お二人が戻らないようなので……次行きましょうか」

 

「まだやるのか!? 犠牲者出ているのにまだやるのか!?」

 

「白斗。 こうなったらいけるところまで行くしなないにゅ」

 

「どこまで行くの!? 地獄の底までか!?」

 

 

まだこのゲームを続けるつもりらしい、

あの惨状を目の当たりにして尚続けたいとは、物好きを超えて最早意地である。

ひょっとしたら、全員が死ぬまで終わらないのではないのか―――そんな不安を抱えつつ、白斗も棒に手を伸ばした。

 

 

「よし!! 今度は俺だ!!」

 

「今度は白斗か……まぁ、白斗なら大分マシね」

 

「お兄ちゃんなら無茶な命令はしてきませんしね」

 

 

ノワールとネプギアが安心したように息を付いた。まるでボーナスステージと言わんばかりのリラックスした雰囲気だ。

 

 

「そうだな、じゃぁ緩い命令で行くか。 1番は6番にくすぐりの刑、30秒な」

 

「って、思ったよりもヤバイ命令だったー!? まぁ、私が1番だからいいけど」

 

 

くすぐりの刑は一見すれば可愛らしいかもしれない。

だが、防御不能のくすぐったさが襲い掛かるこの苦しみは味わった者にしか理解できない。

今回くすぐりを担当するのはネプテューヌ。対する不幸な6番とは。

 

 

「ち、ちょっと待つにゅ! なんでブロッコリーだにゅ!!?」

 

「おおう、ぷち子だったかー。 こりゃぁ、張り切っちゃいますなー」

 

「ね、ネプ子! 手をワキワキさせながらこっちに来るなにゅ! それにぷち子じゃなくてブロッコ―――にゅはははははははははははははははははは!!!」

 

 

修正させる暇などなく、ネプテューヌがブロッコリーの体を盛大にくすぐり始めた。

とても小柄なブロッコリーにとっては全身をくすぐられるのと同義で、中々奇妙な笑い声を上げていた。

こうなると本人にとって30秒とは長すぎるもので。

 

 

「はひゅー……ひゅー……も、もうダメ……にゅ………バタリ」

 

「あらら、今度はぷち子がダウンかー」

 

「言ってた傍から地獄の淵へGO、だな」

 

 

笑いつかれて気絶してしまったブロッコリーに対し、手を合わせる白斗とネプテューヌ。

何とも失礼な光景である。

 

 

「死屍累々、ぼちぼちお開きも見えてきたな」

 

「そうね。 後二、三回で終わりにしましょ」

 

「二、三回って辺りに未練タラタラだな……せーのっ!!」

 

『『『女神様だ~れだっ!!』』』

 

 

まだまだ遊び足りない女神達。まさに暇を持て余した女神たちの遊びだ。

スッと手にした棒、王冠マークが刻まれたそれを手に取ったのは―――ノワールだった。

 

 

「ふふん、また私ね。 日頃の行いかしら♪」

 

「ぐぬぬ……! ノワールめ、カスケードに幾ら払った!!?」

 

「買収なんてしてないわよ!! それとカスケードって誰!?」

 

 

危険なネタはさておき、ノワールが命令を考え始める。

既にここまで4人が離脱している状況で人数も少なくなってきている。故に白斗をピンポイントで当てられる確率も高くなってはいるのだが、それでも低い方だ。

ならば、ここは視覚的に楽しめるものがいいだろう。ノワールはスマホを取り出して、そこに映し出されたとある魔女っ娘アニメを見せる。

 

 

「なら……2番と3番で、今流行りの、この魔女っ娘アニメの真似してもらおうかしら♪」

 

「「えぇっ!!?」」

 

 

選ばれたのは、ネプギアとブランでした。

 

 

「ふっざけんなよテメェ!? 白斗もいる中でそんな恥ずかしい真似が出来るかぁ!!!」

 

「女神様の命令は絶対よ。 マジカル☆ブラリンとマジカル☆ギアリン」

 

「もう早くも命名されちゃった!!? う、うぅ……」

 

 

あからさまに嫌な表情と声色で拒絶するブランとネプギア。

そう、魔女っ娘アニメにも色々あるが今回は如何にもロムやラム辺りが喜びそうな、少し年を重ねた人であれば「恥ずかしい」と感じるレベルだ。

ネプギアとブランは互いに顔を見合わせるが、顔を羞恥で真っ赤にさせた後。

 

 

「み、みんな~! 魔法少女、マジカル☆ブラリンと!!」

 

「マジカル☆ギアリン、だよ~!! お願いだからパパラッチはやめてねー!!?」

 

「「「パシャパシャパッシャー」」」

 

「「うわぁーん!!」」

 

 

二人の願いも空しく、撮影会が始まってしまった。

ネプテューヌに至っては動画に撮っているという徹底ぶりである。二人ともこんな衆人環視の場で、特に想いを寄せる白斗の目の前でこんな恥ずかしい真似をするなど、もう死にたいくらいの気分なのだ。

因みに件の白斗はと言うと。

 

 

(……可愛い)

 

 

であった。だが口には出さなかったので、その気持ちが二人に伝わるわけもなく。

 

 

「ドチクショオオオオオオオオオ!!! 次だ次ィ!!!」

 

「私ガ女神様ニナッタラ……ドンナ命令ヲシヨウカナ? フ、フフフ……」

 

「ねぷぅーっ!? 二人が怖いよ!? 特にネプギア!! 今ならゲハバーン持ってもおかしくないくらいの黒さだよ!?」

 

 

怒りと悔しさで、女の子にあるまじきオーラを発していた。

このギスり具合こそ王様ゲームの醍醐味。これで過激な命令がエスカレートしていくのだ。

しかし、このゲームも残すところあと二回。つまりここから先は過激の極みになることが予測可能、回避不可能。

 

 

「行くぞオルァ!! せーのぉーッッッ!!!」

 

『『『め、女神様だ~れだ……』』』

 

 

凄まじい剣幕のブランに気圧されつつ、全員がくじを手に取る。

さて、今回の女神様は。

 

 

「クックック……やっと、狂気の魔術師たる私の番だ……!!」

 

「うっげ、MAGES.かよ!?」

 

「うっげ、とはご挨拶だな白斗。 さて、命令だが……」

 

 

自らを狂気の魔術師と呼んで憚らない少女、MAGES.だ。

中二病な言動ではあるが、発明と魔法に関する才能は本物である。それ故に、危険な発明などを押し付けてくる可能性が高い。いや、十中八九そうだ。

一体何をさせられるのか、戦慄が満ちる。

 

 

「では……5番の者よ、この小瓶を飲み干すが良い!!」

 

「如何にも怪しげな色合いの液体が!?」

 

 

どうやら発明の産物らしい、緑色の液体で満たされた小瓶が置かれた。

身体に悪い色合いの薬品などロクなものではない。生命を脅かすようなものではないだけまだマシ―――ではないだろう。こんな状況で出してくるのだから。

こんなものを飲まなければいけない5番という名の生け贄は。

 

 

「…………………」

 

「5pb.大丈夫か!!? 今にも心臓が止まりそうな顔色してるけど!!?」

 

 

あのやる気は何処へやら。

MAGES.が作ったものの実験台にならなければならない恐怖に煽られて、みるみる内に5pb.の顔が青ざめる。

どうやら彼女が5番だったらしい。

 

 

「……MAGES.、これ……何……?」

 

「飲んでからのお楽しみだ。 ……命に関わるものではないことだけは保証する」

 

「命以外には関わるんだ!? うぅ……ヤダよぉ……」

 

 

今にも泣き出しそうな雰囲気な5pb.。

その気持ちは誰もが良く分かる。飲め、と言われて首を縦に振る者などまずいない。

けれども、こんな小動物の如く震える彼女が余りにも可哀想に感じたのか、白斗が近づいてくる。

 

 

「ふぁ、5pb.? あれだったら俺が代わりに飲んでも―――」

 

「っ!? は、白斗君にそんなことさせるわけにはいかないっ!! ごっきゅん!!!」

 

「あぁーっ!? 何で飲んじゃうのぉーっ!!?」

 

 

彼女の身代わりを申し出たのだが、それが逆効果だった。

白斗に迷惑をかけたくない一心で腹を括ってしまい、勢いよく飲み干してしまったのだ。

飲み干すや否や、カクンと頭が垂れ下がってしまう5pb.。意識があるのかも分からない。

 

 

「め、MAGES.! お前一体何を飲ませた!?」

 

「何、ただ理性をゆるーくさせるだけのつまらないものだ」

 

「この場において一番キケンなアイテムじゃねーかぁ!!」

 

 

理性を緩くさせる、とはつまり普段押さえているものが出てくるということだろう。

人見知りであること以外はごく普通の少女である5pb.だが、ステージでは一転して明るいアイドルとなる。

つまりそれは、彼女が「己の押さえ方、解放のさせ方」を心得ているということでもあり、逆を言えば常に自分を押さえているということでもあり―――。

 

 

「はにゃ~~~♪ 白斗く~~~ん♪」

 

「うおわ!? ひ、引っ付くな5pb.!! スキャンダルものですよコレ!?」

 

「言いたい人には言わせちゃえばいいんだよーん! 寧ろこれを機にボクと白斗君の仲も公認にしてもらっちゃう? アハハハハハ☆」

 

「完全に理性ブレイクだよコレ!? どうすんだよコレ!!?」

 

 

大人しい少女から一転、ボディタッチ余裕のハジけた少女へと変貌してしまった5pb.。

一瞬の内に白斗に抱き着いては胸に顔を埋めて、顔をこすりつける。

まるで甘えるように、まるで彼の魅力を全身に浴びるかのように、まるで自らの匂いを白斗を擦り付けるかのように。

―――因みに他の女神達は皆、5pb.の普段とのギャップと衝撃的な光景の余り、言葉を失っていた。

 

 

「だーもーっ!! 落ち着けよ5pb.!! 仲のいい友達でもここまでするもんじゃねーぞ!? 女の子なんだからもっと自分を大切に……」

 

「……女の子、だからだもん。 友達じゃないもん。 白斗君だから……したいんだよ?」

 

「え……?」

 

 

とにかく年頃の娘にこれ以上、こんなことをさせるわけにはいかないと白斗が必死に引き剥がしに掛かる。

だが彼女の潤んだ瞳に、表情に、言葉に。一瞬にして心が奪われそうになった。

 

 

(……ん? 待てよ、これは理性を緩くさせるだけであって、人格自体を弄ってるわけじゃないんだよな? え? じゃぁ、5pb.がこんなに引っ付くのって―――)

 

 

すると、白斗が“何か”に気付き始める。

このまま彼女の心に寄り添えば、“それ”が手に入るような―――。

 

 

「…………ふぇ? はくと、くん……? ……き、きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――っ!!?」

 

「ぐおわっ!? ど、どうした5pb.!?」

 

 

すると、引っ付いていた5pb.の顔色が徐々に変わってくる。

色で例えるなら、赤から白へ、そして白から青色へ。更に青色から羞恥の赤へ。

一人百面相を見せた5pb.は急に白斗を突き飛ばして叫びながら気絶してしまった。突き飛ばされても咄嗟に抱きかかえる辺り、白斗と言う男である。

 

 

「ふむ、どうやら効果の持続時間が短かったようだな。 ……今度はもう少し持続時間を長くする方向で作ってみるか?」

 

「その前に二度と薬品作るな、マジで」

 

 

白斗の忠告は誰もが頷いた。

こんな大騒ぎがあったものだから、白斗も先程の溶けかかった疑問が、一瞬にして消し飛んでしまう。

 

 

「と、とにかく! 5pb.も倒れちゃったし、次でラストにしましょ?」

 

「ノワールの言う通りね。 それじゃ、最後の……せーのっ!!」

 

『『『女神様だ~れだっ!!』』』

 

 

ノワールの言を受けて全員が最後のゲームに臨む。

緊張も、焦燥も、疲労も、何もかもが込められた最後の一戦。栄えある最後の女神様の座を手にしたのは―――。

 

 

「ねっぷぅーっ!! ラストは主人公たる私がキターッ!!!」

 

「く……最後の最後でネプテューヌだったか……!」

 

 

ブランが悔しそうに歯嚙みし、対するネプテューヌは本日初にしてラストを飾ることになったことでとても嬉しそうだ。

ここまで女神の座を手にできなかったことがさすがに白斗にも可哀想に想えていたので、これで一安心である。

 

 

「それじゃぁね……今から結婚式の予行演習をしたいので……2番の人が神父役!」

 

「ん? 私か?」

 

「んで、い、1番の人が………私の新郎役に、なってくださいッ!!」

 

「ふっ、甘いわねネプテューヌ。 こんな状況で白斗がピンポイントで当たるわけが……」

 

 

なんと女神様でありながら結婚式の真似事がしたいと言い出したのだ。

狙いは見えている、白斗とそんな雰囲気に浸りたいのだろう。

司会進行役でもある神父はMAGES.が担当することになった。問題は相手役こと新郎の役割となる1番だ。

だが、そう簡単に白斗が選ばれるはずが―――。

 

 

「い、1番……俺なんですけど……」

 

「「「「え!!?」」」」

 

「やったぁ―――――――――!!! 白斗だぁ―――――――――!!!!!」

 

 

―――あった。今まで恵まれなかった分、最後の最後に幸運が訪れるというもの。

見事、白斗が新郎役を射止め、ネプテューヌが願った通りの展開になった。

白くなる女神達及びネプギアを他所に簡易的に結婚式の準備が徒と得られる。といっても机などを用意して何となく雰囲気を出しているだけだ。

 

 

「さて、私はこういうのはあまり得意ではないのだが……まぁ、女神様の命令は絶対だしな。 では……新郎、白斗よ」

 

「はっ、ハイイィィ!?」

 

 

緊張の余り声が裏返っている。

無理もない、フリとは言え、隣に立つ美少女―――しかも女神様であるネプテューヌが、花嫁になるというのだ。

しかもネプテューヌは激しく喜びを見せているのではなく、それこそ女神のような静かさで、しかし幸せそうな顔でそれを受けようとしているのがまた、固唾を飲ませる。

 

 

「汝、ネプテューヌを妻として娶ろうとしている。 汝、悩める時も、困難な時も、悲しい時も、嬉しい時も、幸せな時も。 夫婦としてこれを支え、守り、愛することを―――誓うか?」

 

 

―――不思議なもので、その言葉が出た瞬間。体の震えが止まった。

否、心は緊張で満たされており、ガッチガチに震えている。でも、ネプテューヌを支え、守ること―――それ自体の覚悟は、とうの昔に完了しているから。

 

 

 

 

 

「―――誓います」

 

 

 

 

 

その時の白斗の凛々しさは―――周りにも、ネプテューヌにも、息を飲ませるほどだった。

 

 

「……では新婦、ネプテューヌよ。 汝、白斗を夫として受け入れようとしている。 汝、彼が傷ついた時も、苦しい時も、辛い時も、幸福な時も。 夫婦としてこれを支え、守り、愛することを―――誓うか?」

 

「―――誓います」

 

 

ネプテューヌもまた、迷いがなかった。

彼の事を愛した時から、決めていたことだから。その美しさもまた、隣に立つ白斗の視線を惹きつけてやまないほどだった。

 

 

「では、誓いのキスを―――」

 

(え? 誓いのキス? ちょっと待て、予行演習だよな? え? そこまですんの!?)

 

 

すると、結婚式はいよいよクライマックスへ。

誓いのキス。そうこれがなければ結婚式とは言えないような、愛の証を互いの唇に残す。

皆が祝福する中、これをすることで初めて本当の愛となる。

が、白斗もそこまでするとは思っていなかった一方でネプテューヌはスタンバイ完了してしまっており。

 

 

「ね、ね、ネプテューヌ!!?」

 

「ん………」

 

 

柔らかな手で白斗の頬を押さえ、目を閉じながら唇を近づけてくる。

その力に、その艶やかさに、その美しさに。もう、逃げられない。白斗もまた目を閉じ、それを受け入れようと―――。

 

 

「ダメぇ―――――――――――――――――っ!!!!!」

 

「ぎゃばらぁっ!!?」

 

「ねぷぎゃああああああああああああああああああっ!!?」

 

 

すると、悲痛な叫びと共に繰り出された突進で二人が吹き飛ばされた。

ネプギアの涙交じりのタックルだ。華奢な体格からは想像も出来ないようなその一撃で二人が派手に転ぶ。

甘い空気も全てぶっ飛ばされ、神父役を務めていたMAGES.もふぅと息を付いた。

 

 

「お姉ちゃんダメだよっ!! 予行演習なんだから、本番やっちゃダメぇーっ!!!」

 

「白斗も何乗り気になってやがんだ!!」

 

「「す、すみません…………」」

 

 

二人は仲良く倒れながら、ネプギアとブランの説教を受けていた。

何はともあれこれにて女神様ゲームは終了、激痛で動けない二人を他所に不機嫌になりながらノワールとベールが後片付けを始める。

ただ、床に臥しながら白斗は。

 

 

(…………はぁ)

 

 

安心したような、残念なような、よく分からない溜め息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さて、話はまだ終わらない。

ゲームが予想以上に盛り上がり、長引いてしまったので他国の女神達も、そしてMAGES.らもこのプラネタワーで泊まることになった。

のだが、楽しいお泊り会になっても、沈んだままの少女が一人いる。

 

 

「う、ううぅ……MAGES.の馬鹿ぁ……なんでボク、あんなことを……あああああああああ」

 

 

5pb.だ。理由は言わずもがな、今日の醜態である。

大好きな人にあんなだらしのない姿を見せて、しかも心の声をドストレートにぶつけて。

恥ずかしくないわけがない。思い出すだけで、自分の何もかもが焼き尽くされるような感覚に陥って。

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

宛がわれた部屋の中、布団を引っ被って外界との隔たりを作ろうとした。

今はとにかく何も考えたくない。こんな恥ずかしさを抱えたまま、明日からどう生きようか。増してや、白斗にどんな顔をして会えばいいのか―――。

 

 

「あらよっと。 いーつまで引きこもってんだよ、5pb.。」

 

「ひゃあああああああああああああああああああっ!? は、白斗君っっ!!?」

 

 

と、思った瞬間布団が引っぺがされた。

やったのは外でもない、白斗である。

最も会いたくない人物とのエンカウントに5pb.のキャパシティはオーバー寸前だ。

 

 

「あ、あのあのあのっ!! ははは、白斗君ッ!? ぼ、ボボボーボ・ボーボボク……!!」

 

「落ち着けって。 ……昼間の事なら、気にしてないから」

 

「え? ……あ、そう……」

 

 

そう言って軽い笑顔を見せてくれる。

本当に「何とも思っていなさそう」な辺り、安心したような、それはそれで寂しいような。

 

 

「……ただ、まぁ。 お前が落ち込んでるのも分かるし、何とかしてやりたいって思ってるのも事実だから……ほれ」

 

「え? ……め、女神様の……棒?」

 

 

何かを押し付けられ、握らされた。

よく見て見ると、それは王冠マークが刻まれた棒。先程の女神様ゲームで使用したくじだ。

対する白斗は―――1番の棒を握っており、それを堂々と見せつけている。

 

 

 

 

「……何なりとご命令を、女神様」

 

 

 

 

―――それで、彼女の気が少しでも晴れるなら。

白斗にとっては、回りくどい気遣いだったのかもしれない。でも、5pb.にとっては先程までの暗雲とした気持ちが吹き飛んでしまう程の優しさだった。

受け取った棒を大事そうに抱え、顔を赤らめながら5pb.は―――口にした。

 

 

「……じ、じゃぁ……ぼ、ボクと………夜のデートに、行ってください!! 今から!!!」

 

「了解っ!」

 

 

命令と言っても、かなり無理がある。そんなことは5pb.にもわかっていた。

白斗だって疲れている、夜は大抵の人は自由時間、白斗だってしたいことがあるはず。にも拘わらず、白斗は即座に頷いてくれた。

笑顔で、何一つ嫌な顔色も魅せず、まるで初めからそうするつもりだったかのように。

 

 

「それっじゃ、どこへ出掛ける?」

 

「そ、それは……白斗君にお任せするよ」

 

「了解。 ただ歩いてってのも味気ないから……着いてきてくれ」

 

「え? い、いいけど……」

 

 

どうやらデート内容は白斗に一任するらしい。

ならばと言わんばかりに白斗は彼女を連れていく。そこはプラネタワーのガレージ。

そこに置かれていたのは、一台のバイク。

 

 

「いやー、コツコツ作ってたのが完成したばっかりでな。 免許も取ってきた」

 

「ば、バイクを……白斗君が!? 凄い!!」

 

「と言ってもネプギアとかアイエフの力を借りながらだけど」

 

 

そう言いながら白斗はヘルメットを被ってバイクに跨り、アクセルを踏んでエンジンを回し始める。

夜中背の静寂を破壊する、情熱的なエンジン音がガレージの中に轟く。感触は上々、それを確かめた白斗は予備のヘルメットを5pb.に手渡した。

 

 

「……乗れよ。 今夜はこいつで、ドライブと洒落込もうぜ!」

 

「……うんっ!!」

 

 

5pb.は笑顔でヘルメットを被り込んで後部座席に座り込み、白斗の腰に手を回した。

タンデムなど初めてだったが、何も怖くなかった。白斗の背中が大きくて、安心できて―――とても、幸せだったから。

 

 

「それじゃ―――ぶっ飛ばしていくぜぇ!!!」

 

「ひゃぁぁぁぁっ!!? ……アッハハハハハ!! 速い、凄く速ーい!!!」

 

「サラマンダーより、とか言わないでくれよ!?」

 

「分かってるって! あははは、楽しいーっ!!!」

 

 

真夜中、もうすぐ日付が変わろうとする時間帯。

それでも二人は大はしゃぎでツーリングを楽しむ。誰もいない時間帯、二人きりのドライブを味わいながら。

これから先、どうするのだろうか。このまま街を走り回って警察とカーチェイスか、それとも綺麗な夜景を探しに行くのか、街を出て自然を堪能しに行くのか。

―――どれでもいいし、どれでもしてみたかった。5pb.は、しっかりと握り締める。

 

 

 

 

 

 

 

 

今あるこの幸せを。そしてその幸せを運んできてくれた―――女神様のくじを。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――尚、この後しっかりと女神様達に叱られたことは、明記しておく。




ということで王様ゲーム回でした。
女神様ゲームにしたのは、ゲイムギョウ界っぽいからという理由でそれ以上でも以下でもありません。
そしてオールキャラ回でありながら、5pb.ちゃんの回でもありました。5pb.ちゃん、新曲待ってるよ。是非とも忍者ネプテューヌでお待ちしております。
ついでに今回、今まで出番が薄かったメーカーキャラにも登場してもらいました。賑やかし役として適任ばかり。お気に入りはREDちゃん。
更にさりげなく生きていました白斗君のバイク、今回お披露目です。今後も登場することがある……かも?
さてさて、次回ですがツネミさんとのイチャイチャ話にしたいと思います。お楽しみに!
感想ご意見お待ちしております!


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第四十七話 貴方に捧げる歌

―――本日も、プラネテューヌは呆れるほど平和。

道行く人々も、何も変わり映えがない。

だが、この日は違った。その人混みの中を掻き分ける一人の少女らしき人物に、誰もが目を奪われていた。

 

 

「な、なぁ。 お前あの子見たことあるか?」

 

「無い……けど、すっげぇハイレベル!」

 

「ラステイション辺りから来た子かな? ヤベェ、デートに誘ってみようかな!?」

 

「なんかギター背負ってるな。 もしかしてアーティストかも!」

 

 

などと、容姿を褒め称える声が後を絶たない。

けれどもそんな声を聴いた途端、その人物は不愉快そうに顔を歪めた。それでも足は止めない。

スタスタと歩いていき、やがて辿り着いたのは一件のマンション。ラウンジを通ってエレベーターに乗り込み、目的の部屋に辿り着く。

273号室―――しかし、ここは別の人物の部屋だった。ピンポーンとインターホンを鳴らせば。

 

 

「あ、いらっしゃいませ。 お待ちしておりました」

 

 

ガチャリ、とドアの向こうから出てきたのは―――このプラネテューヌの歌姫と称される大人気アイドル、ツネミだった。

そう、ここは彼女の自宅。今のツネミはいつもの衣装ではない、半袖半ズボンと楽な格好をしているがその分、目の前の人物にとっては扇情的に映ってしまうのだ。

 

 

「さぁ、遠慮せずに上がってください。 ―――白斗さん」

 

 

そう言ってツネミは目の前の少女―――に扮した少年、黒原白斗を上がらせた。

長髪と言う名のカツラから覗く白斗の目は、とても疲れ切っていた。

 

 

「……なぁ、ツネミぃ……女装する必要なんてあったのか……?」

 

「大アリです! とても可愛いです!」

 

「回答になってないんだよそれェ!!」

 

「でも、スキャンダルになったらいけないからと白斗さんが言ってくれたじゃないですか」

 

「そ、そうなんだけど……はぁ、チックショ……」

 

 

どこまでも疲れ切った声色で白斗は変装を解いた。

いつもの黒コートではない、彼もまた半袖半ズボンと部屋着になっている。

 

 

「あ、遅れちまったがお邪魔します。 今日は呼んでくれてありがとな」

 

 

それでもすぐに切り替えて挨拶をする。この辺りがとても律儀だとツネミは感じざるを得ない。

こんなさりげない点も、彼の魅力なのだとツネミはしみじみ感じている。

 

 

「いえ、寧ろ私の方から急にお呼び建てしてすみません。 ご迷惑……でしたか?」

 

「ご迷惑なら来ないって。 それより、今日は作曲の仕方教えてくれるんだろ?」

 

 

今回、白斗が呼ばれた理由。

ツネミから「一緒に作曲をやってみませんか?」というメールでのお誘いの下、こうして彼女の自宅まで訪れたというワケである。

誘い自体が急であったし、後々になって考えてみれば一緒に作曲など人によっては魅力を全く感じない作業。

だが白斗は寧ろ楽しみにしていたようで、優しい笑みを浮かべてくれる。

 

 

「……はいっ! でも深く考えず、遊び感覚でやりましょう」

 

「おう!」

 

 

感情表現が乏しいながらも、僅かながらも笑顔を浮かべるツネミ。

事実、彼女は白斗の前では感情表現が豊かになっている方なのだ。白斗もそんな彼女の心中を察して、満面の笑みで応えた。

 

 

「いやー、前回の映画ん時は迷惑かけちまったからな。 しっかり勉強させてもらいます」

 

「迷惑だなんて思っていません! 寧ろ楽しかったんです。 白斗さんと一緒に音楽出来るのは……凄く、幸せですから」

 

 

頬を染めながら、そう答えるツネミ。

以前、映画撮影では白斗が全く作曲をしたことがなかったため作曲が趣味だという彼女に助力を乞うこととなった。

 

 

「それにしても……色んな楽器やら機材やら置いてるなぁ。 さすがアイドル」

 

「作曲が趣味なので、色んな楽器や音を出せるものを置いています。 と言っても作曲に必要なのはコード進行です」

 

「コード……って伴奏を記号で表した奴、だっけ?」

 

「はい。 正確には音程が違う、複数の音が同時に鳴った音、和音のことです」

 

 

するとツネミは鍵盤の前に立ち、その綺麗な指先で音色を奏でた。

ドレミファソラシド、音楽を専攻していない人間でも理解している基本中の基本、音階。

 

 

「このドレミファソラシド……正確にはラシドレミファソの順でA~Gとつけられています」

 

「なるほど、その記号を組み合わせて一列の文章が出来て、その文章がコード……一つの音楽となるわけだな」

 

「その通りです。 なので記号を覚えて、並べて、音にしてみるところから始めましょう。 人によっては3コードだけで100曲作れる人もいるんですよ」

 

「マジでか!?」

 

「裏を返せばコード進行が出来るようになれば、作曲自体は簡単です。 是非とも白斗さんにはそれを楽しんで貰えればと!」

 

 

感情表現が乏しいとされるツネミだが、そんな彼女が表情豊かになる時が二つある。

それは大好きな音楽に触れる時、そして愛する白斗に触れる時。

彼女は今、好きなもの二つと触れ合えているのだ。嬉しくもなるし、饒舌にもなる。いつにない笑顔溢れるツネミに、白斗も心無しか幸せな気持ちになる。

 

 

「……そうだな! ツネミ、音楽の魅力……色々教えてくれ!」

 

「お任せください! では、最初にこの曲のコードですが……」

 

 

様々な本やCDなど、参考資料を取り出して机の上に広げるツネミ。

勿論読むだけではなく、時には楽器に触ってどの音色がどのコードなのかを分かりやすく教える。

時にはツネミ自ら弾いたり、或いは歌ったり。または白斗に歌わせたり、弾かせたり。

まるで、学生の勉強会のようなどこか日常的で、しかし些細なことでありながら楽しい時間が過ぎていく。

 

 

「んー? ツネミ、ここのコードはどうやるんだ?」

 

「えっとですね……ああ、このコードですね! これは…………あ」

 

「あ……っ」

 

 

持参したギターを片手に白斗が何やら本のページを覗き込んでいる。

何やら難解な部分があったらしく、ツネミにどのように引けばいいのか教わろうとしていた。

嘗ては姉の娯楽になればと思い、必死に覚えたギターだが今では趣味の一つになりつつある。

だから楽しくて、もっと覚えたくて、身を乗り出してしまった。

 

 

 

だから―――手と手が、触れ合ってしまった。

 

 

 

「「っっっ!!?」」

 

 

 

咄嗟に手を離し、顔を赤くして反対方向へと飛びのいてしまう白斗とツネミ。

白斗はツネミの綺麗な感触を、ツネミは白斗の力強い感触を。お互いの手の感触が忘れられず、どちらも鼓動が速まり、動悸が止まらない。

 

 

「ごっ、ごめん! つい……」

 

「い、いえ! 気にしないでください!! 寧ろイヤじゃ、ありませんでしたから……」

 

 

周りから見たら、甘酸っぱい一面なのだろう。

それでも今の二人にそれを感じ取れるだけの余裕はなかった。赤くなった顔を見られたくないと言わんばかりに反対方向ばかりを見て、けれども相手から離れ過ぎようとはしなかった。

 

 

(……ツネミの手、柔らかくて……綺麗だったな……)

 

(……白斗さんの手……大きくて、温かくて……安心できる手、でした……)

 

 

―――お互いが、相手の手の感触を思い起こしていたから。

 

 

「……そ、そうだ! もうお昼ですね!?」

 

「……そ、そうだな!? いやぁ、実はそろそろ腹減ってきたんだよなぁ!! な、何か出前でも取るか?」

 

 

唐突に昼食の話題を振ったツネミ。しかし、こうでもしなければ魔が持たなかったのだ。

それは白斗とて同じ。思い切り話題を変えようとしている。

だが変に冷静な部分もあり、このまま二人でどこか昼食に行けば目撃されてスキャンダルの種になってしまいかねない。

―――ただ、ツネミの思惑は違ったようで。

 

 

「あの……お昼、なんですけど……。 ……わ、私がご馳走しますっ!」

 

 

先程よりも緊張で震えながらも、意を決したかのような表情で、彼女にしては珍しく大声で、そんな事を言ってきたのだ。

これには白斗も、色んな意味で目をパチクリさせている。

 

 

「……へ? ご馳走って……もしかして、ツネミが作ってくれるのか?」

 

「は、はいっ! で、ですから白斗さんはここでテレビでも見ていて寛いでくださいっ!!」

 

 

言うや否や、ツネミはぴゅーっと飛び出していってしまう。

後に残された白斗は「手伝おうか」とか「楽しみにしてる」など、気の利いた言葉も言えず、何とも言えない気持ちを持て余したまま、一人悶々とその時を待ち続けた。

―――気晴らしに見ていたテレビ番組の内容は、一切入って来なかった。

 

 

「お、お待たせしましたっ!」

 

「あ、ありがとう……おお! オムライスか!」

 

 

それから30分もしない間に、ツネミが戻ってきた。

お盆に乗せられていたのは綺麗な黄色でふんわりと包まれたオムライス。中央にはケチャップベースの特製ソースがとろりと掛けられており、見た目でも匂いでも食欲をそそる。

 

 

「え、遠慮なく感想……言ってください、ね?」

 

「あ、ああ。 それじゃ……頂き、ます」

 

「ごくり……」

 

 

先程から緊張の余り、お互いに言葉が詰まり気味である。

けれども今のツネミの表情は、ステージに上がる時以上に真剣であり、鬼気迫っていた。

これには食す側も真剣に食べて、応えなければいけない。白斗は緊張しながらも手を合わせ、スプーンで一掬い。

ふんわりとした卵の触感がスプーン越しでも伝わり、色鮮やかなチキンライスが掬い取った箇所から覗かせた。

白斗はそれを疑いもせず口に運び、ゆっくりと租借して飲み込んだ。ツネミも固唾を飲む中、出てきた感想は。

 

 

「……ん! 美味い!! すげぇ美味しいよツネミ!!」

 

「ほ、本当ですか!? 良かった……!!」

 

「たまごのふんわり具合も、チキンライスの味も、特製ソースの味も最高! 付け合わせのサラダも美味い!!」

 

 

それは、極上のオムライスだった。

家庭的な味わいでありながら、ひたすら「美味しい」と言わせるオムライス。

たまごは半熟で、黄身がとろりとまるで溶けかかっており濃厚なソースと濃い味付けのチキンラスとで絡み合う。

レタスやキャベツ、トマトが盛り付けられたサラダも瑞々しく、口の中に飽きが来ない。

 

 

「ほっ……。 特訓した甲斐がありました」

 

「え、特訓って……まさか、この日のために?」

 

「はい。 ……白斗さんに、私の手料理……美味しく食べて、貰いたかったから……」

 

 

もじもじとしながら恥じらうその姿、魅力的としか言いようがない。

恋する乙女として手料理を、愛する男性に振る舞いたいと思うのは当然の事。最初こそツネミは典型的な料理下手だが、努力を重ねることでついにここまで辿り着いたのだ。

だから今、愛する人に美味しい手料理を振る舞えて幸せ絶頂なのである。

 

 

(何この子、可愛い)

 

 

白斗がこう思ってしまうのも、無理からぬことである。

それでも余りもの美味しさにスプーンは止まらず、あっという間に平らげてしまった。

 

 

「ふぅ、ご馳走様!」

 

「お粗末様でした。 ふふっ♪」

 

 

白斗は美味しい手料理を食べたことで、ツネミは手料理を美味しく食べて貰えたことで両者とも満足している。

空になった皿を片付けようとツネミが手を伸ばすと。

 

 

「おっと、皿洗いくらいはやらせてくれよ」

 

「いえ、そんな……」

 

「いいからいいから。 食ってるだけなんて悪いし」

 

「……もう、白斗さんってば……。 でしたら、一緒にしましょう」

 

 

困ったような口調ながらも、表情は笑顔だ。

本心から白斗に作業させたくないと思っていたのだが、彼の意地、或いは優しさに根負けして一緒に洗い物をすることになった。

よくよく考えれば、密着して二人きりで作業と言うのも悪くない―――寧ろ良いと思ったので今では上機嫌だ。

 

 

「油は使い古しの新聞紙で拭き取って、少ない水で拭いて、ホホイのホイっと!」

 

「わぁ……! 白斗さん、凄い手際がいいですね」

 

「まぁ、教会じゃ俺が食事当番になることもあったし。 それに……昔散々やったからな」

 

「昔……あっ……!」

 

 

白斗の昔、その単語が出てきた瞬間にツネミは青ざめた。

彼が料理に精通“せざるを得なかった”のは、彼の父親に幼少期の頃から家事などを強制されたためだ。

つまり白斗にとって過去の話は苦痛でしかない。それを追体験しているツネミは、自分の痛みのように心が苦しくなり、顔が青ざめる。

 

 

 

「……暗い話にしてゴメン。 でも、お蔭で色んなことが出来るようになったし、大切な人達の力にもなれた。 だから感謝……まではしないけど、受け入れられるんだ。 ネプテューヌ達女神様や、アイエフ達、それに……ツネミのおかげでな」 

 

 

 

あの地獄の日々は、今でも苦痛として刻み込まれている。悪夢となって時折白斗を苦しめるくらいにまで。

一方で、確かな力や技術も身に着けた。それを活かして、女神達を守ったり、彼女達の力にもなれた。だから白斗は、立つことが出来た。

こんな自分と出会い、信じて、そして受け入れてくれたツネミ達のおかげで。

 

 

「……私も、白斗さんがいてくれたから……今があります。  だから、白斗さんの力になれたのなら……これ以上ないくらい、幸せです」

 

 

静かに、穏やかに、しかし幸せ満面の微笑みをツネミが向けてくれた。

このゲイムギョウ界に来てから、白斗はどれだけの笑顔と接してきたのだろうか。それはもう数えきれないくらい。

けれどもどれ一つとて飽きることなどなく、寧ろ愛しさを感じて仕方がない。人の優しさに触れることを許されなかった彼だからこそ、そんな彼女達が―――ツネミが何より大切なのだ。

 

 

「……ありがとな。 さて、洗い物はこれで完了っと」

 

「こちらも終わりました。 白斗さん、この後ですけど……音楽ゲームでもしてみませんか?」

 

「ほほう、面白そうだな!」

 

 

さて、昼食も片付けも負えれば午後の時間。

作曲のやり方は一通り享受し終え、完全な曲として完成してはいないものの白斗も大分作曲の何たるかが分かってきたようだ。

であれば次は気分を変えて、ゲームで遊ぶことに。ただここでも音楽ゲームを勧める辺り、さすがはツネミと言ったところか。

 

 

「~~~♪」

 

「がっ! あ、ミスっ……あああああ!?」

 

「ふふっ、一つのミスが命取りですよ♪」

 

「おのれ、ここぞとばかりに強気になりおってぇ! 見てろ、今にも逆転……おあああ!?」

 

 

尚、ツネミは何一つミスはしなかったため大逆転などあるはずもなかった。

このゲイムギョウ界の住人はゲームを好む傾向がある故に大抵の人がかなり上手なのだが、ツネミはその中でも音楽の才能に秀でているだけあって音楽ゲームでは無敵だった。

 

 

「コツはリズムに乗ること、そして音楽をもっと好きになることです」

 

「………精進シマス………」

 

 

その後、何十回とリベンジし続けたものの結局白斗は白星を一つも取ることが出来なかった。

今の白斗は真っ白な灰に燃え尽きている。

回数を重ねるごとに白斗も上達しているのだが、ツネミは一切タイミングも音も外すことが無くほぼパーフェクトを叩き出してくるのだ。

彼女に勝ちたければ寸分のミスも犯さず、パーフェクトを取るしかない。ミスをせず、ミスを許さない強さとはまさにこのことだろう。

 

 

「っだぁー、負けた負けたー! こりゃリベンジしねーとな……」

 

「いつでも挑戦お待ちしております♪」

 

「……って、もう夕方か。 そろそろ帰るとしますかね」

 

 

ゲームで燃え尽きて床に寝転がる白斗。ふと、壁に掛けられた時計に目が行った。

午後6時、空も茜色で覆われておりカラスも鳴いていた。

さすがに長居は出来ないと白斗が立ち上がり、帰り支度を始めようとした―――その時。

 

 

「えっ……? ど、どうしたツネミ?」

 

「………………っ」

 

 

綺麗で、少しだけひんやりとした手が。白斗の手を引いた。

振り返るとツネミが引き留めていたのだ。彼女の顔は「ついやってしまった」と言わんばかりの戸惑いが見て取れる。

それでも、握ったその手を離すことだけは絶対にしなかった。

 

 

「……ごめん、なさい……。 そ、その……あの……わ、私……っ!」

 

 

何度も言うようにツネミは表情を表に出さない、物静かな娘というだけで口下手ではない。

だが、今のツネミは何をどう言えばいいのか分からなかった。

言いたいことはあるのだろう、しかしいざ口に出そうとすると出てこない。どう言えばいいのか、分からない。

 

 

(……だめ、ツネミ。 こんなこと、急に言ったって……白斗さんは、困るに決まって……!)

 

 

何よりも、白斗に迷惑はかけたくなかった。

“これ”を言えば、白斗は困るに決まっている。ならば、言わない方が良い。にも拘らず心が告げたい余り、体の支配権を握ってしまっている。

どうにもならない葛藤の中、白斗は―――。

 

 

「………ツネミ、大丈夫だ。 お前が言ってくれるまで、帰らないから」

 

「白斗……さん……」

 

 

彼女が何を言いたいのかまでは分からない。けれども、彼女が何か言いたいのは分かった。

だから白斗はそれを吐き出させるまで帰らない。ツネミのために、幾らでも時間を費やせる。

しっかりと彼女の目を見て、穏やかに告げた。軽い微笑みが、ツネミの緊張を振り払ってくれる。

 

 

 

 

 

「……お願い、です……帰らないで、ください……。 傍にいて、ください……」

 

 

 

 

 

―――それはどこか期待が混ざっていながらも、それ以上に縋りつくような、怯えるような、弱々しい声だった。

彼女の言葉の意味は理解できる。つまり、それは―――。

 

 

「……泊まっていけ、ってこと……か?」

 

「はい……。 ……ダメ、ですよね……」

 

 

ツネミは誰もが認める可憐な美少女、それもプラネテューヌが誇るトップアイドル。

そんな彼女の部屋に泊まるなどスキャンダル以前の問題である。何より白斗とて男の子、美少女の部屋で寝泊まりするなど、嫌でも緊張してしまう。

故にいつもならばここで大慌てしながら拒否していただろう。しかし、ツネミのどこか悲し気な姿を見て、迷いは無くなった。

 

 

「……もしもし、ネプテューヌ?」

 

『白斗? どうしたの? ツネミのところへ行ってたんだよね?』

 

 

懐からスマホを取り出して電話を掛けた。相手はネプテューヌらしく、元気な声が聞こえてくる。

今、白斗の身元引受先は他ならぬネプテューヌなのだ。突然の外泊ともなれば、彼女に話を通すのは当然のこと。

そんな彼女に、申し訳なさそうにしながらも白斗は迷いなく用件を告げた。

 

 

「ゴメン、今日は帰れないから」

 

『え゛ッ!? そ、それってツネミのところに泊まるってこと!?』

 

 

驚きを通り越して悲痛さすら感じる大声にスマホに耳を当てていた白斗は勿論、ツネミも思わず飛びのいてしまった。

ネプテューヌも白斗に想いを寄せる一人だ。好きな人が、他の女性の家で寝泊まりする―――考えるだけで心が張り裂けそうだろう。

ツネミとて、逆の立場だったら同じ行動、同じ言葉、同じ気持ちになっている。

 

 

「頼む、どうしても必要なんだ! この埋め合わせは必ずするから!!」

 

(白斗、さん―――)

 

 

電話越しで、今回はディスプレイが映し出されていないにも関わらず白斗は全力で頭を下げた。

自分の誠意を伝えるために。

 

 

『……分かってるよ。 ツネミのためなんでしょ? 白斗がワケもなく女の子の部屋で寝泊まりするはずないもんね』

 

「……っ! そ、それじゃ………」

 

 

すると、溜め息を付きながらもそんな声が聞こえてきた。

どこか諦観のような、しかし信頼を寄せてくれる声。今度は白斗が息を飲む番だった。

 

 

『今回だけだよ。 ……私の騎士様を信じるのも、貴方の女神たる私の務めなんだから』

 

「………っ! ありがとな、ネプテューヌ!!」

 

『ただし! 分かってると思うけど!! 最後の一線は超えちゃダメだからね!!!』

 

「ああ、約束する!」

 

 

本当に、感謝の言葉しか出ない。

普段はおきらく、おとぼけ、おまぬけかもしれないネプテューヌだがやはり女神様。慈愛の心と他者を信ずる心は、誰よりも深い。

そんな彼女の信頼に応えるように白斗は頷きながら返事をした。

 

 

『後、近くにツネミもいるんでしょ? 代わってくれる?』

 

「ああ。 ツネミ、ほら」

 

「は、はい………。 ね、ネプテューヌ様……お電話、代わりました……」

 

 

無茶なお願いを通してくれたのだ、向こうの要望には可能な限り応える義務も義理もある。

白斗はスマホをツネミに手渡した。

この事態を全く想定していなかったわけではないが、やはり緊張する。手も声も震えながら、ツネミは応答した。

 

 

『……白斗の事、お願いね。 それじゃっ!』

 

「あ……。 ……はいっ! 任せてください!」

 

 

けれども、聞こえてきたのはあっけらかんとした、それでいてずっしりと響く声。

白斗だけではない、ツネミの事も信じてくれている。何よりも、ネプテューヌは白斗の事を一番に考えていた。

この短いやり取りの間で、ネプテューヌという女神の愛の深さが伝わった。

こんな言葉を聞かされては、いつまでも震えてばかりはいられない。己に喝を入れ、ツネミも力強い返事をした。

 

 

「……本当、ネプテューヌには頭が上がらないや」

 

「……はい。 さすが、ネプテューヌ様です」

 

 

通話が終了し、スマホを仕舞い込みながら白斗がふと、そんな言葉を漏らした。

本当だったら許しが出ないだろうに、出すにしてもかなり粘らなければならないと思っていたのに。

白斗とツネミを信じてくれるその心に、二人は感謝した。

―――最も、白斗を愛する心だけは負けないとツネミは尚更気を引き締めたが。

 

 

「で、では晩御飯も腕によりをかけて作りますから!!」

 

「おっと、晩御飯くらいは作らせてくれよ。 タダ飯ぐらいってのも悪いし」

 

「そ、そんな! 私が無理を言ったのですから……」

 

「良いってことよ。 昼間の美味しいオムライスのお礼ってことで」

 

「……わ、分かり……ました……。 食材は好きに使ってください」

 

 

晩御飯も張り切って振る舞おうとするツネミだが、それを制したのは外でもない白斗だった。

今回は彼がお客様で、しかも無理を言って泊まってもらっているのだから遠慮してしまうツネミだが、いざという時に押しが強いのも白斗だ。

押しに弱いツネミはそのまま許可を出してしまう。仕方なさだけではない、白斗の手料理を食べられるという嬉しさもあったから。

 

 

(……は、白斗さんの……手料理……! 白斗さんが……私のために……!)

 

 

これを嬉しく思わない乙女がいるだろうか。

顔を赤くさせながらも、ツネミはクッションの上で正座しながら待ち続けた。

―――正直な所、料理が運ばれてくるまでの間の出来事などよく覚えていなかった。

 

 

「ツネミ、お待ちどうさま!」

 

「はっ、ハイ!! ありがとうごじゃいましゅっ!!」

 

「そ、そんなに緊張しなくても……ただのハンバーグだって」

 

 

そうはいっても、目の前に出されたハンバーグは市販のものとも、そしてその辺りの料理人が作るものとは一線を画していた。

香ばしい匂い、少しナイフを入れただけで溢れ出す肉汁、掛けられたソースも肉を焼いた際に出た肉汁を再利用して作った、一手間かけた濃厚な一品。

眩しい。ツネミの目には、このハンバーグがとても眩しく見えた。

 

 

「あ、ああ……! 私には、このハンバーグは勿体なさすぎて……食べられません……!」

 

「食べてね。 これ食い物だから」

 

 

料理は温かいが、白斗のツッコミは冷めていた。

 

 

「そ、そうですね! では……い、頂きますっ!!」

 

 

ナイフを使ってハンバーグを切り分け、その内一欠けらをフォークで突き刺して口に運ぶ。

その瞬間―――。

 

 

(あぁ……っ!? お肉と脂が口の中で蕩けて、それを濃厚なソースが絡めとって……わ、私の全てが吹き飛ばされてしまうような……んんんぅ……っ!!)

 

 

まるで、料理バトル漫画のようなリアクションで、しかも脳内では何故か服が全て脱げて全裸になってしまうようなイメージ映像に染まっていて。

―――そう感じざるを得ないほどの美味しさだった。

 

 

「な、何だかとてつもなく大袈裟なような気もしたが……美味しいかツネミ?」

 

「はいっ! 美味しくて……幸せですっ!」

 

 

―――白斗の前ではツネミは、まさにごく普通の女の子だ。

他の人の前では感情を滅多に表さず、ステージの上では素敵なアイドル。だが、白斗の前ではいつもドギマギして、でも可愛らしくて、それが美しくも見える――――魅力的な女の子だった。

 

 

「……そっか。 なら、良かった」

 

 

そんな女の子に幸せそうな顔をして貰えて。白斗もまた嬉しくなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから数十分して。

晩御飯の後片付けも終えた後は楽しいお喋りタイム。けれどもさすがに話題も尽きようとしていたところで、ツネミが一つのトールケースを取り出した。

トールケースとは、DVDやゲームCDなどのディスクを入れるためのケースである。

 

 

「白斗さん、友達からオススメされた映画があるんですけど一緒に見ませんか?」

 

「映画? 良いけど……何の映画だ?」

 

「それがパッケージも外されていて分からないんです。 ただ、仲のいい人と一緒に見ると盛り上がれるかも、ということで」

 

 

ツネミはドキドキしながらも、必死にそれを突き出している。

好きな人と一緒の空間で、一緒に映画を見る。何気ない一時かもしれないが、憧れるシチュエーションだ。

白斗も特に断る理由も無いので、何の疑いも持たずに頷いた。

 

 

「いいぜ。 だったら映画用の夜食でも作ろうか?」

 

「いえ、ここはポップコーンとコーラで。 ちゃんと準備していますから」

 

「用意が良いね。 んじゃ、見るとしますか」

 

 

ソファに二人仲良く腰掛け、部屋を薄暗くして簡易的な映画館の雰囲気に。

傍には映画の必需品であるコーラとポップコーンを置き、二人で摘まめるような位置に。

これから見る映画への期待と、雰囲気が出ている中、白斗と物理的に距離が近くなったことでツネミも緊張してくる。

 

 

(……そ、そうです! 折角の機会……ここは、勇気を出して……っ!!)

 

「……っ!? つ、ツネミ?」

 

 

こてん、と可愛らしい音と共に白斗の肩に何かが乗る。ツネミの頭だ。

自分の体を白斗の肩に預けているのだ。

思い切り密着している状態で白斗も一瞬だけ声が上擦ったが、何とか冷静さを絞り出して心を落ち着ける。

 

 

「……ま、まぁ。 こんな事、よくネプテューヌ達もやってたし……あ痛ッ!?」

 

「むー……。 白斗さん、女の子の前で、他の女の人の名前を出すのは厳禁です」

 

「あ、いや、その……すみません……」

 

 

またやってしまった、と白斗は額を叩いた。

ナイフも銃もワイヤーも器用に扱えるのに、女性の扱いだけは本当に下手だ。だからこそ、白斗が必死に向き合おうとしてくれているのが伝わってきた。

だから拗ねたような表情から一転、預ける力を少し緩めて、寧ろ頬を擦り寄せるように近づく。

 

 

「でしたら……たまに、頭を撫でてくれたら……許してあげます」

 

「……こうか?」

 

「ふぁぁ……! ……とっても、気持ちいです……」

 

 

そんなツネミの頭を優しく撫でた。

綺麗な髪の感触が指を通り抜けていき、白斗は一種の開館に包まれる。無論、撫でられているツネミは―――とても幸せそうだった。

そうこうしている間に映画が始まる。未知なる世界への期待、好奇心。そしてその世界を、こんな可愛い女の子と一緒に味わえる喜びを漲らせながら―――。

 

 

 

『ア゛ア゛アアァァアアァアアァ―――――!!!!!』

 

「きゃああああああああああああああああああっ!!? ぞ、ゾンビ――――っ!!?」

 

 

 

―――そんな夢も愛も希望も、画面いっぱいに移った悍ましいゾンビとその呻き声がぶち壊した。

唐突に始まったショッキングなシーンに可愛らしくもけたたましい悲鳴を上げるツネミ。

正直な所、いきなりだったので白斗も面食らったがそれ以上のツネミの絶叫と、何よりも恐怖の余り抱き着いてくるツネミの感触に全てを持っていかれた。

 

 

 

(………『ブラッディスクリーム』………確か、怖すぎる余り製造禁止にまで追い込まれたホラー映画ってアイエフから聞いたことがあるな……)

 

 

 

目の前の、ゾンビが人を襲い、肉を貪るこの描写を恐怖と言わず何といおうか。

それだけではなく、心霊描写も取り入れられており単なるゾンビだけではなくまさに恐怖を煽るための演出がこれでもかというくらい詰め込まれている。

確かに製造禁止となるのも頷ける話だ。

 

 

「つ、ツネミ? この映画、止めといた方が―――」

 

「い、いいですっ!! こうなればもうヤケですっ!!」

 

(あーもー……怖いもの見たさって奴かねぇ……。 “ナイーブな時”に見るもんじゃなかろうに)

 

 

とは言えど、こういった青春の一面も悪くないかもしれない。

やれやれと肩を竦めながらも白斗はツネミを抱き寄せた。襲い掛かる恐怖から守るように。

 

 

「……! は、白斗さん……!?」

 

「こうすりゃ……ちっとは恐怖もまぎれるだろ?」

 

「……はい。 ありがと『ヴァアアァア!!』いやあああああああああああああ!!!」

 

 

―――やはり、ダメだったようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その後、約二時間後にようやく映画は終わりを迎えた。

かと思えば、スタッフロール後に主人公も悪霊と化して更なる恐怖をばら撒くというとことん恐怖に寄り添ったバッドエンドだった。

あれからもツネミは怖がり、その度に白斗に抱き着いては泣いてしまった。そんな彼女を優しく宥めながらも、白斗も何だかんだ恐怖が刻み込まれている。製造禁止の名は伊達ではない。

 

 

「終わったな……」

 

「ひぐっ……ぐすっ……。 うう……愛さん……絶対に、許しませんっ……! ぐすっ……」

 

「愛?」

 

「増嶋愛さん……アイドル仲間なんですけど……こんな映画を送り付けてくるなんて……」

 

「ははは……今度一発、ど突いてやれ」

 

「そう、しますっ……ぇぅ……」

 

 

涙交じりにツネミがボヤく。

アイドルとして培った精神力で何とか乗り越えたが、それでも怖いものは怖い。辛うじて会話が成り立っているのは白斗が傍にいてくれるから。

怖いものは怖い、でも嬉しいものは嬉しいのだ。

 

 

「あーもう、よしよし。 ゾンビ程度なら心配ないぞ、来ても俺がぶっ倒してやるから」

 

「……はく、とさん……」

 

「この間のクエストだって映画の奴より凶暴な奴倒したこともあるんだぜ? ゾンビなんて腐るだけの存在なんて怖くないない」

 

 

頭を優しく撫でながら、軽い口調で白斗が語り掛ける。

多少誇張もあるが、あんなゾンビよりも強敵を討伐したこともあるのは事実だ。だから怖くない、ツネミを安心させてあげられる。

そんな彼の心に触れ、ツネミは顔を白斗の胸に埋めながらも震えが少し収まっていた。

 

 

「……でしたら、その時は……頼っても、いい……ですか……?」

 

「ドーンと来なさいっての。 なんせカワイイ女の子のためなら一日でライブ手配までしちゃうような奴だぜ、俺。 有言実行の男よ?」

 

「…………はいっ!」

 

 

ここは敢えてチャラ男のような軽薄な口調だ。

茶化すような言葉遣いで場の雰囲気を軽くしようと試みる。でも、それ以上の誠意をツネミは感じ取っていた。

だって、白斗が言ったことは事実なのだから。そんな軽薄な態度だけでは成し得ないことを、その誠実さと優しさで成し遂げてくれたからこそ、ツネミは今ここにいるのだから。

だから信じている、だから嬉しくなる、だから―――愛している。

 

 

「……っと、気がつきゃもう10時回ってら」

 

「あ……本当ですね。 お風呂入れてきます……」

 

「お、おう……」

 

 

さすがに風呂に入らないまま一夜を過ごしたくはなかったので颯爽とツネミが風呂場へと向かう。

一瞬自分がやろうかと言いかけたが、先程の彼女は怖い思いをしたばかりだ。だったら作業に打ち込ませた方が少しは気が紛れるだろうという気遣いの下、言葉を飲み込んだ。

さて、肝心のツネミはと言えば。

 

 

「……お、お風呂……白斗さんと、一緒に……っ!」

 

 

今、脳内では白斗と一緒に背中を流したり、流されたり。湯船に浸かって、背中を合わせたり、或いは白斗に抱きついたり。

割と大胆なイベント思い起こしていた―――のだが。

 

 

「……でも、ネプテューヌ様との約束です。 ……それだけは、出来ません」

 

 

はぁ、と口惜しげに溜息を吐いた。

ネプテューヌからは念押しで「男女の一線を超えるな」と言われている。無論白斗は自分からそう言ったことをしない、とても誠実な人だ。

けど、ツネミから誘ったら陥落してしまうかもしれない。だから、敬愛する女神でもあり心通わせた親友でもあるネプテューヌとの約束を破る可能性があるならと、今回は諦めた。

 

 

「……でも、次こそは!」

 

 

だが、野望自体は潰えてはいない。

必ず白斗を自分のものにして見せる。そして自分が、白斗のものになる―――そんな決意を新たに張り切って掃除した。

やがて湯を張り終えたので白斗に入るよう勧めたのだが、やはりと言うべきか「レディーファーストだから」とツネミに譲ってしまった。

 

 

「……ふぅ……」

 

 

一人シャワーを浴びながら、ツネミは今日一日を振り返る。

突然呼び立ててしまったにも拘らず、白斗は嫌がる素振りを一つも魅せることなく接してくれた。

そして、ツネミもそんな彼と一緒にいることで楽しかった。嬉しかった。幸せだった。

時間を共にすればするほど深まる白斗への想い。一糸纏わぬその姿で、己の胸に手を当てながらツネミは高鳴る心臓を押さえようとした。

 

 

(………白斗さん………。 私は、ダメな女です……。 こんなにもご迷惑をかけて尚……貴方を、求めてしまうんですから……)

 

 

白斗と直接会えない日ほど、彼に会いたいという気持ちが強まった。

そしてメールでやり取りする度に尚更会いたくなる。今日みたいに会うことが出来たら、今度はその先を求めてしまう。

―――幸せで、でも苦しいこの恋路にツネミは何とも言えない溜め息をついた。

 

 

(……しかし、私の胸……中々大きくなりません……。 決してブラン様ほどではないのですが、女神化したネプテューヌ様やベール様には遠く及びません……。 うう、どうしたら……)

 

 

ツネミは決してスタイルが悪いわけではない。寧ろ美乳と言えるような程よい形であると自負はしている。

けれども女神化したネプテューヌやベールに比べるとどうしても見劣りしてしまうのは否めなかった。だからこそ、ため息が出てしまう。

因みにここでブランの名前を出す辺り、ツネミもツネミである。

 

 

「……白斗さん……私の事、どう思っているのかな……」

 

 

自らの胸に手を当てながら、ツネミはシャワーを浴び続ける。

けれども水飛沫の音よりも、己の内に鳴り響き続ける鼓動の音しか聞こえなかった。

想いの余り逆上せそうになったところで風呂から上がり、リビングに顔を出す。

 

 

「白斗さんすみません、お風呂あがりました」

 

「おう、あり……がと………」

 

 

ソファに座り込んでいた白斗は―――見てしまった。

湯上りのツネミの姿を。いつもはツインテールで纏められていた髪が下ろされ、短パンとシャツのみという、体のラインもしっかり浮かび上がるある意味で扇情的なその姿。

何よりも湯上り特有の熱気と、仄かに香る女の子の匂い。それらに当てられて、白斗は顔を赤くした。

普段見ることのない、ツネミの女の子としての―――“色気”。

 

 

「……っ! は、入ってくるっ!」

 

「あ、は、はい……」

 

 

大慌てで白斗も浴室へと駆け込んだ。

何故そうしたのか、一瞬分からなかったツネミだが冷蔵庫から麦茶を取り出しながらふと考える。

 

 

 

(……もしかして、白斗さん……少しは……意識、してくれたのかな……)

 

 

 

―――ようやく落ち着いてきた心臓が、また鳴り出した。

しかしそれは、トクントクンと心地よいリズムだったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから白斗も風呂から上がったのだが、また同じくその姿にときめき、ツネミもぎこちなくなった。

何とか話を持たせようと再び作曲に誘ったが、お互いがお互いを意識してロクなコード進行も出来なかった。ツネミの大好きな音楽であるにも拘らず、それ以上の「大好き」が傍にいたから。

 

 

「――――ネミ、ツネミ!」

 

「っ!? は、はい!?」

 

「大丈夫か? 何かボーッとしてるし……もういい時間だしな。 そろそろ寝ようぜ?」

 

「……そう、ですね」

 

 

気が付けばもう日付が変わっていた。

正直なところ、夜更かししてでも白斗ともっと色んなことがしたかったのだが明日からはまた仕事に戻らねばならない。

残念に思いながらも就寝の準備をすることに。

 

 

「んじゃ俺はソファで寝るわ。 おやすみー」

 

「………はい、おやすみなさい」

 

 

“本当は”、違う。言いたかったのはそうではない。

でも、これ以上はいけない。既に無理をしてまで泊まってもらっているのだ。これ以上求めるなんて暴挙は許されない。

ツネミは必死に心を押さえながら、自分の寝室へ向かった。

 

 

(……ツネミ……今日一日でリフレッシュできたかな? “憂い”を断てた……ならいいけど)

 

 

白斗は借り受けた毛布に包まりながら、そんなことを思った。

今となっても眠りは浅い方だが、目を閉じればそれだけでも休むことが出来る。

静かにしているとカチ、カチと秒針が時を刻む音すらうるさく感じた。でも白斗は目を閉じたままだ。

明日にはさすがにネプテューヌの下に戻らなくてはならない。その前にツネミとどんなことをしようかと悩んで―――。

 

 

『いやあああああああああああああああああああああああああああッ!!!』

 

「っ!? どうしたツネミ!?」

 

 

 

隣の部屋から、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

それがツネミのものであると認識するや否や白斗は跳ね起き、寝室へと駆け込む。

ドアを開けるや否や、すぐに白斗に飛びつく影が。

 

 

「は、はく、はくとさ………う、あ、あぁあぁあああぁぁぁ………!!!」

 

「ツネミ!? 一体……」

 

 

ツネミだった。

彼に抱き着いたその体は柔らかくて、しかしパジャマは汗で酷く濡れており、呼吸も乱れ、何よりも恐怖でガタガタと震えていた。

一瞬「どうした」と声を掛けそうになったか、違う。今の彼女に必要なのはそんな言葉ではない。

 

 

「…………もう大丈夫だ、ツネミ。 俺がいるからな」

 

 

必要なのは彼女を気遣い、そして彼女を安心させてあげるような言葉。

だから白斗は穏やかな声色で話しかけ、しっかりと抱きしめながら、背中を撫でてあげた。

ツネミの震えは徐々に止まっていき、呼吸も落ち着いてきた。

 

 

「……はく、とさん……白斗さんっ!! あ……あぁ……良かった……! ちゃんと、ここにいるんですよね……!? どこにも、行かないんですよね!?」

 

「ああ、俺が皆を……ツネミを置いて行くワケないだろ?」

 

「はい……はいっ……!! う、うぅぅ……!!」

 

 

何故彼女がこんなにも怯えているのか、要領は得なかった。

だが白斗が理解できるか否かなど関係ない。ただ、ツネミのために。ツネミを助けたい一心で一切の動揺も見せずに彼女を宥め続ける。

―――やがて、ようやくまともに話せるレベルにまで落ち着いたところで、白斗が改めて問いかける。

 

 

「で、どうしたんだ? 何か怖い夢でも見たのか?」

 

「……はい。 本当に、すみません……」

 

「良いってことよ。 俺も最近悪夢ばっかり見る時期があってな、その頃にゃノワール達にも散々世話になった」

 

 

そう、それは最近の話。

白斗も自責の念などに駆られ、ろくに眠れない日々が続いたことがある。その時はリフレッシュと言う名の名目でラステイションへ遊びに行き、ノワールとユニがメンタルケアをしてくれた。

だから白斗も同じようにする。ツネミを救うために。

 

 

「……そう、だったんですね……」

 

「ああ。 で、どんな夢だ?」

 

「……白斗さんが……誘拐された時の、夢………」

 

「……あー、なるほどー……ネプテューヌ達も良く見るってさ」

 

 

ばつが悪そうな顔をして、白斗は頬を掻いた。

―――実を言うと、その手の悪夢を白斗の周りの女の子はよく見るらしい。最たる例がネプテューヌやネプギアだ。

その日の夜に白斗に甘えてきて、一緒に寝る―――なんてことも経験済みである。

 

 

「でも、ツネミ達のお蔭でこうしてここにいる。 だから安心してくれよ」

 

「…………でし、たら…………」

 

 

くいっ、と袖が引っ張られる。誰が、と問われるまでもない。

ツネミが摘まんでいたのだ。帰りを引き留めた時の悲痛そうな表情とは違う、赤くなった「女の子らしい」表情だった。

 

 

「……お願い、です……。 その……一緒に、寝て……くれませんか……?」

 

 

おずおずと、恥ずかしがりながら、けれども期待を込めた声。潤んだ瞳と、震える唇。

ただでさえ泊まってくれるという無茶を通してくれているのに、更に無理を重ねようとしている。何と厚かましいことかと、ツネミ自身も理解している。

でも、白斗は一切嫌な顔など見せず。寧ろ優しい笑顔で。

 

 

「―――お前が望むなら」

 

 

勿論照れも、恥ずかしさもある。だが白斗の意思など関係ない。

ツネミがそれを望んでいるのだから。それがツネミのためになるのなら。

優しくその手を握り、二人一緒に布団に潜り込む。

 

 

「……ありがとうございます、白斗さん……。 温かい、です……」

 

「そ、そうか……」

 

 

承諾こそしたが、やはり恥ずかしい。

何よりも狭いベッドの中で、しかもツネミの方から密着しているのだ。お蔭でツネミの柔らかさやら甘い匂いやら、心地よい温もりやらが伝わってくる

どうして意識するなと言えようか。

 

 

「……本当に、ずっとこのままでいられたら……いいのに……」

 

「……ツネミ……」

 

 

それは、ツネミも同じだった。

流れでこのような状況になってしまったが、意識しないわけがない。

だから、思いの丈をぶちまけようとしている。それがどれだけ白斗の負担になるかも自覚していながら。

 

 

「……ごめんなさい、白斗さん。 私、何度もご迷惑おかけしてるのに……まだ、貴方に色々求めてしまって……」

 

 

ツネミは普段、我儘を言うタイプではない。でも白斗相手では自制が出来ない。

それだけ白斗が温かくて、頼れて、寄り添ってくれる、彼女にとって唯一の人だから。

 

 

「……お前にそれだけ求められる男になれて、良かったよ」

 

「え……?」

 

 

白斗はそれを悪いとは思わない。寧ろ彼にとって嬉しいことだった。

 

 

「あの夜、ツネミと出会って時……凄い綺麗な人だって思ったんだ。 素敵な歌声で、美しく踊って……思わず見惚れてた。 そんな人から求められて、嫌だなんて男がいるかよ」

 

 

運命のあの夜、白斗とツネミの出会いはまさに偶然だった。

あの日、白斗が外に出ていなかったら。あの日、ツネミが外で歌っていなければ。あの日、お互いの性格や事情が少しでも違えれば。

白斗と言う一般人が、トップアイドルとこんな関係になることもなかっただろう。

 

 

「ツネミと出会えて楽しかったよ。 アイドルの仕事手伝ったり、一緒にライブやったり、買い物したり、こうやってお泊り会出来てさ」

 

 

凄惨な過去ばかりで、楽しい思い出など何一つなかった白斗だからこそ言える。

こうやって素敵な思い出をくれる人が、白斗にとってどれだけ大切かを。だから、そんな人たちのために頑張れる。

そんな白斗だから―――ツネミは何もかも救われた。何か一つでも違わなかったから、こんな関係になれた。

 

 

(……そうです、白斗さんは……優しすぎます。 ネプテューヌ様や……私がどれだけ貴方を求めても、こんな風に許して……受け入れて、応えてくれるんですから……)

 

 

尚更、彼に抱き着く力を強くして、より密着する。

今は誰のものでもないかもしれない、でも白斗の一番近くにいたい。白斗の一番でありたい。

だから、離さない。今この時だけでも。

 

 

「白斗さん……もっと、甘えて……いいですか?」

 

「ドンと来なさいっての」

 

「なら……手……握ってください」

 

 

と、言いつつもツネミの方から手を取ってきた。

ただ握るだけではない。指と指を絡め合う、俗にいう「恋人つなぎ」だ。

ツネミの綺麗な指が白斗の指と絡み合うこの感覚は、くすぐったさに加えて謎の高揚感を齎す。

 

 

「……ふふ、これで白斗さんと私……繋がれました」

 

「そ、そうか……俺、こんな繋ぎ方……初めてだから……」

 

「そうなんですか? なら、私だけということですね。 ふふ……♪」

 

 

他の女の子とも、女神達とも、増してや一番近くにいるネプテューヌですらもしたことが無いという経験だけで嬉しく感じる。

だったら、絶対にこの手を離さない。例え白斗から離れようとも、また繋ぎ直して見せる。

そんな決意の下、ツネミは元々ゼロ距離だというのに更に体を擦り寄せてくる。

 

 

「はぁ……白斗さん……」

 

「つ、ツネミ……今更だけど、恥ずかしくないの……?」

 

「……ドキドキ、してますよ? なんだったら……聞いてみますか?」

 

「え? それって……うわっぷ!?」

 

 

すると突然、ツネミが覆い被さってきた。

更には上から胸を押し当ててくる。ベール程ではないが、極上の柔らかさだ。

 

 

「!?!?!?」

 

「……聞こえ、ますか? 私の心臓……こんなにも、バクバクしてるんです。 さっきからこんな風に“歌って”……止まらないんです」

 

 

確かにドキドキしていて、バクバクしている。けれども胸を当てられているという状況に、白斗の機械の心臓の方が爆発しそうになっている。

 

 

「……白斗さん、私……伝えたいんです。 私の今のこの心臓の歌を……この、気持ちを……」

 

「えっ? えっ!? ええぇぇっ!!?」

 

 

今度は顔から胸を離し、ツネミがこちらを覗き込んだ。

カーテンの隙間から漏れ出る月明りに照らされたツネミはとても美しく、とても色気があった。

更には綺麗な手が、緊張に震える白斗の顔をがっちりと押さえる。

 

 

(待って、これってマーベラスの時と似たような―――でも、ツネミは変なモン食ってないし……え? 何コレ? どういうこと!!?)

 

 

もう、分からない。でもこのまま身を任せてしまっていいものなのか。

ツネミの顔が、1センチ、また1センチと近づいてきて―――。

 

 

「あ、あばばばばばばば………っ!? ………きゅぅ………」

 

「………ふぇ? 白斗さん? 白斗さ~~~~んっ!?」

 

 

 

ボンッ、と顔が爆発したかと思うと白斗は目を渦巻きにして意識を失ってしまった。

何度こんなイベントを経験しても全く免疫がつかないらしい、ペチペチとツネミが頬を叩いても白斗は身動ぎ一つもしなかった。

 

 

「……はぁ、もう……白斗さんってば……」

 

 

当然、ツネミとしては不満だった。

―――けれども、あのまま勢いに任せればネプテューヌとの約束を破ってしまいそうになったのかもしれない。

だから、今回は仕方がないと溜め息を一つ。代わりに。

 

 

 

 

 

「……白斗さん。 貴方のお蔭で今夜はいい夢を見られます。 もう、怖くありません。 ですから……白斗さんもどうか、いい夢を…………ちゅっ」

 

 

 

 

 

彼の頬に口付けを一つ落とし、ツネミも目を閉じる。

―――次の日、目を覚ましたツネミはとてもご機嫌だったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから数日後、プラネテューヌの公園で国を盛り上げるためのイベントが行われていた。

ゲイムギョウ界各国の名物の屋台がズラリと並ぶ所謂「物産展」である。

そこで設営された特設ステージでは、この国のNo.1アイドルがいつもの衣装を着こんで舞台に上がっていた。

 

 

『―――皆さん、本日はプラネテューヌのイベントに来てくださりありがとうございます!』

 

「あ、白斗! ツネミ出てきたよ!」

 

「おお! 今日はやたらハキハキしてんなー」

 

 

マイクを片手にツネミが一言挨拶すれば、周りの男達が一気に色めき立つ。

そんな彼らの中に、ネプテューヌと白斗は観客として訪れていた。

ネプテューヌはこの国の女神として、そして白斗はツネミ本人からの招待を受けての特等席で、だ。

 

 

「この人気っぷり、もう元のテレビ中心の仕事に戻れるんじゃないのか?」

 

「そうなんだけど、ツネミが案外こっちの方気に入っちゃってね。 半々なんだってさ」

 

「なるほどね。 本人がそう言ってるならいいか」

 

 

ツネミは今でもご当地アイドルのような地位になっている。元々はテレビ番組中心で活躍するアイドルだったのだ。

だが、白斗の活躍でアイドルを辞めそうになっていたところを紆余曲折を経て今の形に落ち着いたのである。

 

 

『では、本日歌う曲はつい先日私が作曲したばかりの新曲です。 ―――“幸せ”を考え、歌にしてみました』

 

(ん? 新曲……そう言えば、あのお泊りした翌日、凄い勢いで新しい曲作ってたっけ)

 

 

白斗はすぐに思い当たった。

数日前、お泊り会となった次の日の朝。ツネミは新しい曲が出来たと言って作曲し始めたのだ。

詳細は教えてくれず、結局その後白斗は帰ってしまったため聞けず仕舞いだったのだが、今日それがやっと聞ける。

 

 

『聞いてください。 ―――“貴方に捧げる歌 ~HEART BEAT~”』

 

 

―――それは、ラブソングだった。

思えば、この曲を歌う直前。ツネミは「幸せを考えた」と言っていたが、それは彼女自身の幸せという意味なのだろう。

ならば、彼女における幸せ、ラブソング、そして白斗とお泊りしたことで出来た歌―――“そういうこと」なのだと、ネプテューヌは理解出来てしまった。

 

 

「む、むむむ~~~っ! つ、ツネミってば……そーゆーコトぉ!?」

 

「ん? どういうこと?」

 

 

白斗はイマイチ分かっていなかった。

でも、大盛り上がりする会場―――そしてツネミが白斗にだけ見せた、その美しい笑顔の前にはどうでもよくなってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――尚、この後本当に一時期ツネミに対して熱愛疑惑が巻き起こるのだが―――本人は至って平気そうに受け流していたという。




お待たせいたしました。ということで予告通りツネミ回でした。
ツネミちゃんは他ヒロインに比べて出番が遅かったこともあり一対一のシチュエーションが少なかったので、お泊り会という形にしてみました。
シチュエーション的には第四十五話の逆バージョンみたいな感じです。ただ、今回は物静かなツネミが甘えまくるお話が書きたかったのでこのような形に。ツネミちゃん可愛い。
アイドルということで5pb.とシチュエーションが被りかねなかったのですがこちらは趣味が作曲なのでそれに因んだチュエーションをば。因みに私は音楽聴くのは好きだけど弾くのは全くできません。
さて、次回ですが海のお話にしようと思います。ズバリ、R-18アイランドが舞台!
お楽しみにー!!感想ご意見、お待ちしております!!


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第四十八話 ねぷのなつやすみ~海水浴編~

―――白斗の慌ただしい一日は、女神の一言から始まる。

 

 

『白ちゃん! 海に行きませんか?』

 

「今回はベール姉さんからか、珍しいパターンですね」

 

 

ナイフの手入れをしていたところ、ベールからの通信が入った。

応答してみれば満面の笑顔を画面いっぱいに広げているベールがいた。「嗚呼さらば、何でもない一時よ」と心の中で呟いたのは内緒である。

 

 

『いや、もう夏ですし白ちゃんとはまだ海で遊んでいないのでひと夏の思い出をと思いまして』

 

「ふーむ、でも海か……」

 

『あら、海水浴はお嫌いですの?』

 

「別に泳ぐのは嫌いじゃないけど……なぁ……」

 

 

白斗は自分の体に視線を落とした

彼の体には機械の心臓が埋め込まれている上に体中に古傷を幾つも残している。どれも父親によってもたらされた呪い。

だが、海ともなればこの体が他の観光客や女神達の目に入ってしまう。白斗としても、それはいい気分ではなかったのだ。

 

 

『……大丈夫ですわ。 私達は貴方の傷なんて怖くありませんから』

 

「え?」

 

 

すると、そんな彼の心情を見透かしたかのようにベールが言葉を掛けてくれる。

白斗が自らの傷が原因で渋ることを予想していたらしい。

 

 

『それに、今回はとあるリゾート地の一角を貸し切りにしていますの。 ですから周りの目なんて気にしなくても大丈夫ですわ』

 

「か、貸し切り……!? わざわざ!?」

 

『こういう時くらい職権乱用するものですわ。 さ、どうしますか?』

 

 

それだけ白斗と一緒に過ごしたいというベールの思いが見て取れた。

ここまでされて断るほど、白斗は悪人になれない。

 

 

「……ありがとう。 なら、お言葉に甘えるとしますかね」

 

『その言葉を待っていましたわ! ではまず日程ですが……』

 

 

先程とは打って変わっての晴れやかな顔で承諾した。そんな白斗にベールは大喜びだ。

何せ心許した弟分にして、慕っている兄貴分にして、何より誰よりも大好きな想い人とひと夏の素敵な思い出を築けるのだから。

日程などの詳細を伝えようとした―――その時。

 

 

「ねぷー! いいですなー、海! 私も行きたーい!」

 

『ね、ネプテューヌ!? 何故貴女がここにいるんですの!?』

 

『あら、奇遇ねー! 私も今丁度休み取れたしご一緒しようかしらー!?』

 

「の、ノワール!? 当たり前のように回線ジャックを……」

 

『海なんて久しぶり。 どんな水着を着ようかしらね』

 

「『ブランまで!?』」

 

「わ~! みんなで海水浴~! 楽しみ~!」

 

「『ぷ、プルルート……』」

 

 

女神様大集結だった。まるでタイミングを見計らったかのようにネプテューヌとプルルートが扉を開け放ち、回線に割り込んでノワールとブランまで現れた。

明らかに盗聴なりしていたとしか思えないタイミングの良さである。

 

 

『皆さん邪魔しないでくださいまし! これは私と白ちゃんの思い出ですのよ!』

 

『いいじゃないのベール。 その思い出に私達が加わるだけだわ』

 

『そうそう、固いこと言わないの』

 

『お堅い代表のノワールには言われたくありませんわー!』

 

 

通信回線で喧嘩を始めてしまうベール達。

ノワール達からすれば邪魔はしないが、肖りたいというニュアンスらしい。それがベールにとっては邪魔以外の何者でもないが。

 

 

「ネプテューヌ、お前は大丈夫なのか? 仕事とか仕事とか仕事とか」

 

「どれだけ私を仕事漬けにしたいの!? でもだいじょーぶ! だっていーすんがお休みくれたんだもーん! 夏休みなんだもーん!」

 

「え!? イストワールさんが!?」

 

「そうだよ~。 ついでにあたしも行ってくださいって~」

 

「ネプテューヌ! お前何をネタにイストワールさんを強請ったんだ!? 怒らないから正直に言いなさい! 優しく叱ってあげるから!」

 

「全然信じられてない~! 後それ結局怒ってるパターン!」

 

「まぁ冗談だ。 イストワールさんが言うからにゃ、何か考えがあるんだろうし」

 

 

一方白斗は真面目にネプテューヌが参加できるのかどうかを心配していた。

何せ不真面目で仕事も溜まりがちな彼女がそう易々と自由の身になれるとは思わなかったからである。

しかしそんな彼女とプルルートを快く送り出したのがなんと他ならぬイストワール。彼女が許可を出したことに驚きつつも、その考えを尊重する白斗。

 

 

「それに、俺もネプテューヌ達と海水浴とかしてみたかったしな」

 

「白斗……! うん、楽しい思い出……いっぱい作ろうね!」

 

『コラー! 私が白ちゃんを誘ったんですのよ! 甘い空気にならないでくださいまし!』

 

 

良い雰囲気の所、猛抗議の声を上げるベール。元は彼女からの誘いなのだ、抗議の声を上げるのも無理もない。

 

 

「まーまー、無理言ってる分費用とか私達の方で折半するからさー」

 

『費用はいらないから白ちゃんとの一時をください。 ……と言いたいのですが、これ以上は折れる気配も無さそうですわね……』

 

 

これ以上ないくらい重い溜め息をつくベール。

拗ねてしまった時の彼女は宥めるのが大変だと、今度は白斗が頭を抱える羽目になった。

ベールも白斗にとって大切な人。彼女にこんな気分を抱えさせるのは男のすることではない。

 

 

「姉さん、みんなと過ごしたいのも本音だけど姉さんと特別な一時を作りたいと思うのも事実だよ。 だから……向こうに行ったら時間貰うぜ?」

 

『は、白ちゃん……! そ、そういうことであれば仕方ありませんわね!』

 

 

白斗の男気溢れる宣言にベールはご満悦だ。

一方、他の女神達は一気に不機嫌な視線が背中に突き刺さるのだが今回は無理を言っている手前、我慢することに。

 

 

「それで、どこの海に行くんだ? リーンボックス?」

 

『ふふ、今回はちょっと違いますわ。 極上のリゾート地、その名も―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眩しい太陽、輝く砂浜、吹き抜ける夏の風、どこまでも澄み切った空、そして一面に広がる青い海。

まさに南国リゾート地と言う他ない、常夏の島。訪れる多くの観光客が身なりの整った、所謂セレブに値する人達。ここに来るまでも、飛行機やヘリコプターをチャーターする必要があるのだ。

まさに極上と言うの南の島、その名も―――。

 

 

『―――R-18アイランドへようこそ!』

 

 

空中に浮かぶ画面、そこに表示される案内。

ここは、リーンボックス近海に浮かぶ島。その名も「R-18アイランド」。

名は体を表す通り、18歳未満は入島が出来ず、ドレスコードは水着がオールヌード。そんな、どこか卑猥な響きがする島の受付に海パン一丁となった白斗が訪れていた。

 

 

「……海パンオンリーってのも落ち着かないな……。 こう、ナイフとか銃とかワイヤーとか持ってないと、収まりが悪い……」

 

 

人、それを職業病という。

 

 

「こらこら、折角南の島まで来たっていうのにそんな物騒なこと言わないの」

 

「お、ネプテューヌも来た……か……」

 

 

そこに聞こえてきた凛とした声。女神パープルハートのものだ。

振り返ったその先には、魅惑の肢体を揺らしながらこちらへと歩くビキニを華麗に着込んだ女神様がいた。

白く美しい肌が輝きを見せ、その魅力を白斗の網膜に焼き付けられる。

 

 

「ど、どうかしら……? 白斗、似合ってる……?」

 

 

女神化した彼女は常に堂々と、それでいて冷静でまさに「格好いい女性」となるネプテューヌ。

それが白斗と言う男の前では、顔を赤らめてもじもじとしている、可愛らしくて尚且つ魅力的な姿を晒している。

これを前にしてどうして生唾を飲むなと言えようか。

 

 

「……す、すっげぇ似合ってる……。 と、いうか……ヤバイ……」

 

「ほ、本当!? ふふ、冒険した甲斐があったわ♪」

 

 

水着姿を褒められたネプテューヌは本当に嬉しそうだった。

何せ大好きな人からそんな好評価を貰ったのだから、はしゃぐなと言う方が無理だ。そしてそんなギャップがまた可愛らしくて、白斗は密かに悶えてしまう。

 

 

(にしてもネプテューヌはこんだけ綺麗だってのに、俺と来たらまぁ……)

 

 

そして、どうしてもネプテューヌの美しい体と自分の傷だらけの体を比べてしまう。

虐待や任務などで生々しい傷の数々に加え、機械の心臓が埋め込まれたこの体が女神様の傍に相応しいわけが―――

 

 

「大丈夫よ、白斗」

 

「え……?」

 

 

すると、ネプテューヌが突然白斗の手を取ってきた。

その目は慈しんでくれているかのようにとても真っ直ぐで、柔らかくて、温かい。

 

 

「私はこの体に何度も助けられて、守られて、そして救われてきたの。 だから私は、絶対に拒絶なんてしない。 貴方も、自分を卑下しないでね」

 

「……敵わないよ、本当に」

 

 

どうやら白斗の不安を見抜いていたらしい。

女神化しても、ネプテューヌの本質は変わらない。明るくて、優しくて、人を包み込んでくれる不思議な力がある。

そんな彼女に幾度となく救われてきたのは自分の方だと思いながら、白斗もようやく自分の体に自信を持った。

 

 

「コラそこっ! 二人だけでいい雰囲気を作らないの!」

 

「白ちゃんってば、本当に困ったお人ですわね」

 

(こ、今度はノワールにベール姉さんか……)

 

 

更に現れる二人の女性。声からしてノワールとベールだ。

声色から察するに彼女達も女神化をしているらしい。ただでさえ、ネプテューヌであれだけの魅力と破壊力があったのだ。

そんな二人の水着姿に期待を寄せられないはずもなく、白斗が振り返る。

 

 

「……な、何よ……。 何か言いなさいよ……」

 

 

そう言いながら胸を抱えて恥ずかしがるノワールこと女神ブラックハート。

彼女の水着は白地に赤の縞模様が入ったビキニ。スラリとしたラインに程よい膨らみの胸、美しい銀髪を棚引かせるその姿はまさに傾国の女神。

彼女のために一国を捧げる男がいても、白斗は決して軽蔑しない。

 

 

「……素敵だよ、ノワール」

 

「う、嘘じゃないわよね……? 白斗、よく他の子にそういう台詞を言うし……」

 

「確かに我ながら考え無しだなーとは思うけど……嘘はつかない」

 

「……そ、そう……。 ありがと……」

 

 

ノワール相手の場合は堂々と言い切る。彼の迷いなき言葉を受けて、ノワールの心臓は爆発するのではないかというくらいに高鳴った。

それを悟られたくないと顔を逸らしてしまうが、少しだけ素直になってお礼を言う。

 

 

「ふふ、では白ちゃん。 私は?」

 

「……美しい……」

 

 

次に声を掛けられたのはベールこと女神グリーンハート。

ベールは女神の中でも最も豊満な体を持ち、彼女の女神化はそれこそ水着と変わらない露出度の高い姿になるのだが、それでもやはり水着の破壊力は凄まじいの一言に尽きる。

男を惹きつけてやまない体つき、美しい白い肌、それらを引き立たせるパレオ。美の化身以外の何者であろうか。

 

 

「あらあら、貴方からそんなお言葉を頂けるなんて女神冥利に尽きますわね」

 

「……それ以外の何だって言うんだよ……」

 

 

今度は白斗が照れ臭くなって目を逸らしてしまった。

こんなにも美しい存在が白斗の隣を占領しているというのだから。

当然、そんな光景を面白く思わないのはネプテューヌにノワール。そして―――。

 

 

「ったく、お前はどうして歯の浮くようなセリフがポンポンでるんだ……この女誑しめ」

 

「みんな~。 お待たせ~」

 

 

ブランこと女神ホワイトハート、そしていつもの姿とぽわぽわな雰囲気を振りまく女神ことプルルートも現れた。

まず姿を見せたのはホワイトハート。白と水色を基調とした水着で、女神としては最も控えめなスタイルながらも、その小柄さが寧ろ可憐さを引き立たせている。

 

 

「……ブラン、可愛いな。 それに綺麗だ」

 

「かっ、かわっ……!? きれっ……!? お、お前なぁ……他の奴にもどーせ同じような台詞言ってるんだろ……っ」

 

「これはブランへの素直な気持ち。 誰がどう言おうと覆さないぞ」

 

「~~~っ……!! そ、そうか……なら、いい………」

 

 

それに可愛らしさだけではなく、女性としての美しさと色気もあった。もし白斗に鉄壁の理性が無ければ、美しいその肌へと手を伸ばしてしまっていたほどに。

そんな彼女を抱きしめたい衝動を抑えて、その代わりに言葉を尽くす。白の女神は、あっという間に頬やら肌を赤くさせ、しかしながら幸せそうに顔を緩めた。

 

 

「ねーねー、白く~ん。 あたしは~?」

 

 

そして残りは神次元から来た女神、プルルート。

彼女は髪型はそのままに、黄色のビキニを身に着けている。普段はふんわりとした服を着ている彼女なだけに、意外な大胆さと美しさが引き出されている。

因みに彼女だけ女神化していないのは―――お察しください。

 

 

「おー、プルルートの水着姿も素敵だな。 まさに女の子って感じで可愛いよ」

 

「わ~い! 白くんに褒められた~!」

 

「ってちょっと!? 引っ付くなって!! ああ、女神様が恐ろしい形相に!!?」

 

 

大喜びのプルルートが、無邪気に白斗の腕を絡めとってしまう。

彼女は他の女神達のようにまだ彼に対して明確な女としての好意があるわけではない。だからこその大胆な行動に女神達はやきもきせざるを得ないのだ。

 

 

「と、とにかく! これで全員揃いましたし入島審査を始めますわよ! 事前に説明した通り、このR-18アイランドは18歳未満が入ることが出来ませんの」

 

「だからみんな女神化してきたんだよな」

 

 

そもそも、何故ネプテューヌ達が女神化しているのかと言うと年齢制限をクリアするためだ。

普段の姿は残念ながらどうみても18歳以上に見えないネプテューヌ。だが女神化すればそれはもう素敵な女性となる。

 

 

「……まぁ、怪しいのが若干二名いますが」

 

「おいゴルァ! 今私の胸を見てせせら笑いやがったなぁ!?」

 

「お、落ち着いてブラン! 女神に年齢なんて関係ないから!」

 

 

ベールの何とも言えない哀れみの視線にホワイトハート様がブチ切れた。そんな彼女をネプテューヌが大慌てで宥める。

因みに怪しいもう一名ことプルルートも大変不服そうである。

 

 

「まぁ、当たって砕けろですわ。 入島審査をお願いします」

 

『ようこそ、R-18アイランドへ! 問おう、あなたはオトナか?』

 

「当然ですわ」

 

 

早速ベールが金属探知機のようなゲートの前に立ち、案内に従ってパネルに触れる。

当然と言わんばかりにベールは審査をパスし、悠々とゲートを潜った。

 

 

『以上で入島審査は完了です! それでは、R-18アイランドをどうかお楽しみください!』

 

「これだけ、ですわ。 簡単でしょう?」

 

「パスポート申請とかしなくていいのはラクだな。 んじゃ俺も」

 

 

続いて白斗もパネルに触れ、審査を済ませた。

ネプテューヌとノワールも問題なくクリア、残るはベール曰く「怪しい二名」ことブランとプルルートだ。

 

 

『あなたは18歳以上ですか?』

 

「…………はい」

 

「は~い」

 

 

緊張を含んだブランに対し、プルルートは陽気にパネルに触れる。そして返ってきた答えは。

 

 

『ホントに?』

 

 

疑惑を含んだ、とても失礼な再確認だった。

 

 

「ハイだっつってんだろ! このこのこのっ!」

 

「疑われてるぅ~……」

 

 

当然ブランは怒り、そしてプルルートは泣きながら再びパネルに触れる。

それでもシステムは彼女達を受け付けてくれず、それどころか。

 

 

『ホントは幼女でしょ?』

 

「幼女じゃねーよっ!!」

 

 

女神様に対するものとは思えない、無礼千万な決めつけが待っていった。

怒り心頭でブランはパネルを殴りつけてしまい、画面が一瞬ブレる。それでもシステムは正常に作動し続け―――。

 

 

『その胸で?』

 

 

言ってはならない一言を、言ってしまった。

 

 

「キ~~~~~~ッ!! クソがああああああああああああああッ!!!」

 

「ああっ!? ホワイトハート様がご乱心!!?」

 

 

とうとうブランも大爆発。アックスを取り出し、パネルを一刀両断してしまった。

機械は警告音を発しながら彼女達を止めようとするが、ブランはアックスで大本のコンピューターを叩き壊してしまい、システムをダウンさせてしまった。

 

 

「あ、当たって砕きましたわね……」

 

「ま、まぁまぁ。 ブランとプルルートなんて魅力的な女の子を入れないシステムの方がおかしいしな! うん!」

 

「当然だ。 ホラ、さっさと行くぞ」

 

「わ~い、みんなで海水浴だ~!」

 

 

まさに力業としか言いようがない突破方法にベールはドン引きだ。後で修繕費がどれだけ掛かることやら。

一方、これ以上二人を不機嫌にさせないためにも白斗が必死のフォローを入れて二人を落ち着かせる。

ブラン達も無事(?)入島したことで、ようやく本当の夏休みが幕を開けるのだった。

 

 

(……すまんな、ネプギア達よ。 ピーシェのことは頼むぞ……)

 

 

ただ、ビーチに向かう直前。

白斗はお留守番をしている妹分達に手を合わせて謝った―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、プラネタワーにて。

 

 

「もー! お兄ちゃんもお姉ちゃんも酷いっ!」

 

「全く失礼な話よね! アタシだって立派なレディーなのに、どーしてお留守番しなきゃなんないのよーっ!」

 

「そーだそーだ! フコーヘーよ、こんなのー!!」

 

「わたし達……子供じゃないもん……!(ぷんぷん)」

 

「ぴぃもいきたいーっ!」

 

 

お留守番を言い渡された白斗の妹分達たる女神候補生とピーシェがこぞって文句や抗議の声を上げた。

R-18アイランドは何度も言うように18歳未満が入れない領域で、どこの国とも違う自治体の管理下にある。

よって女神やその候補生だとしても年齢という絶対のルールを厳守しなければならないのだが、だからと言ってはいそうですかと受け入れられる彼女達ではない。

 

 

「私、女神化すれば18歳以上だもん! アニメだと行けたもん!」

 

「ネプギア、それ何の話よ? でもホント有り得ないっ! 女神化したらアタシだけ軽量化するから認められないとか、それこそ認められるかぁーっ!!」

 

 

特にネプギアとユニが怒り心頭である。本来ならばネプギアも女神化すれば18歳以上として扱われるのだが、有事に備えてここに残った方がいいという判断から残されてしまった。

因みにその有事とはピーシェのお守りである。

そんな彼女達の反応を見かねて、やれやれと言った様子でイストワールが近づいてくる。

 

 

「皆さん、落ち着いてください。 そう言われると思って屋上にビニールプールをご用意させていただきました」

 

「わー! ぷーるだ! やったーっ!!」

 

「さっすがイストワール、気が利いてるーっ!」

 

「わぁ……! わたし達の貸し切り……!(きらきら)」

 

 

屋上に設置された、大き目のビニールプール。

それを目の当たりにするや否や、ピーシェにロムラム姉妹が目を輝かせて近づいた。さすがはちびっ子、この手のものに対する興味は津々である。

 

 

「うーん、これかぁ……アタシ達大人のレディーにはキツイわね。 大人のレディーには本当にキツイわね!」

 

「ユニちゃん、二回言わなくても……。 でもこうなったら泳がなきゃやってられないよ!」

 

「……それもそうね。 ええい、なら徹底的に遊んでやるわぁっ!!」

 

(……徹底的に遊ぶってどういうことでしょうか……)

 

 

呆れながらもイストワールはプールではしゃぐ女の子達を見守った。

女神候補生などと言われているが蓋を開ければ誰もが可愛らしい女の子。そんな彼女達が水飛沫煌くビニールプールで遊ぶ姿はとても輝いている。

 

 

(……でも、今日くらいはいいですよね。 これも、大切な思い出になる……思い出にしなければいけないのですから……)

 

 

そして、少しだけ暗い視線をピーシェに向けてしまうのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時と舞台は戻り、R-18アイランドにて。

 

 

「よっ、と。 ふぅ……パラソル設置完了!」

 

 

炎天下の日差しの中、白斗はパラソルを立てていた。

柔らかい砂浜にパラソルを固定させるのは意外に大変で、それを四本分も立てていたのだから彼の汗や苦労も滲み出るというもの。

パラソルが生み出す日陰の中に荷物やシート、チェアを広げ、いつでもくつろげる体勢を整えておく。

 

 

「白ちゃん、ありがとうござます」

 

「お、一番乗りは姉さんだったか」

 

 

するとそこへベールが現れた。のだが、女神化は解除していつもの姿に戻っている。

現在女神達は元の姿に戻っての水着着用のため一旦その場を離れていたのだ。

しかし、それでも理想にして魅惑のスタイルは男の視線を惹きつけてやまない。正直貸し切りで良かったと白斗は安心する。

もし、ここに他の男が存在すれば間違いなくベールに近づいていただろうから。

 

 

「すみません、パラソルついでにもう一つお願いしたいのですが」

 

「いいよ、何かな?」

 

 

何やらもう一つ頼みごとがあるらしいが、特に問題は無いと白斗は安請け合いをしてしまう。

するとベールは広げられたシートの上に寝そべり。

 

 

「サンオイル……塗ってくださいます?」

 

「何ですと……!?」

 

 

とんでもない提案をしてきたのだった。

背中だけとは言え、その美しい肌とヒップラインを如何なく見せているベールの姿はまさに甘美なる罠。

胸もまるでクッションのようにシートに広がっており、見るだけでも目の保養になってしまう。

そんな中、サンオイルを塗ってしまったら果たして白斗の鋼の理性もどうなってしまうのやら。

 

 

「な、なんで俺!? ネプテューヌ達に頼めばいいじゃん!!」

 

「私の肌は他人に触れさせるほど安くないですわ。 何より……貴方だから、お願いしていますのよ?」

 

「…………ッ!!?」

 

 

何と男殺しな台詞と姿だろうか。

ベールからのこれ以上ない信頼があってこその発現であることは分かる。だから白斗は動揺を露にし、汗も垂らして、機械の心臓を光らせている。

炎天下も相まって早くも喉がカラカラだ。

 

 

「さ、早く塗ってくださいまし。 それとも、白ちゃんは女神のお肌を焼かせるような、罪なお人でしたの?」

 

 

おまけに挑発的な言葉、更には水着のホックまでも外して準備完了だ。

こうなると白斗に逃げ道は無い。

 

 

「……わ、ワカリマシタ……」

 

「ふふ、お手柔らかにお願いしますわ♪」

 

(色即是空空即是色……!!)

 

 

出来るだけ邪な考えを抱かないよう、心の中で念仏を唱え続ける白斗。

しかし、手に垂らしたサンオイルの冷たさが嫌でも意識を現実に引き戻してくる。ゴクリと生唾を飲みながら、リーンボックスの至宝とも言えるベールの肌に触れ―――。

 

 

「ひゃんっ……!」

 

「へ、変な声出さないでクレマスカ!!?」

 

「し、仕方ないじゃありませんの! ……貴方の手が、私に触れていますのよ?」

 

「~~~~~ッッッ………!!!」

 

 

最早頭が逆上せてしまいそうで、白斗は徐々に正常な判断が出来なくなってしまう。

だが、自分の邪念の所為でベールを傷つけることなどあってはならない。その一心で必死に抑え込み、サンオイルを塗り続けた。

 

 

「あんっ♪ 白ちゃんの手付き……気持ちいですわぁ……」

 

(アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア)

 

 

その間、艶めかしいベールの嬌声を必死に耐えていた。

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……! ぬ、塗り終わりました……っ」

 

「あら、もう終わりですの……?」

 

(た、耐えた……耐えたぞぉぉぉぉぉっ!!)

 

 

息も絶え絶えに、ついに背中全域を塗り終えた。

勿論手抜かりがないよう、隅から隅まで。決して乱暴ではなく、ベールが心地よく感じるように。

それがお気に召しただけにベールは終わりだと聞かされ、物凄く残念そうにしている。

一方の白斗は暴走しなかった自分の理性に感謝と称賛を送り―――。

 

 

「でしたら、今度は……その……前の方もお願いできればと………」

 

「………へ?」

 

 

今、彼女は何と言った? 前? 前側も塗って欲しいと言ったのか?

前、それは即ち今水着のホックが外されているお腹、そしてその豊満なバストにサンオイルを塗り込めと言っているのか。

再び訪れる、最大の試練に白斗はいよいよ窮地に立たされてしまい―――。

 

 

「はーい、そこから先は私が担当するわねー」

 

「なっ!? の、ノワール!!?」

 

 

そこにガシッと掴まれる無慈悲な握力。ノワールだった。

実ににこやかな顔だったが、目は一切笑っていない。そんな様子を見せられてはさすがの白斗も、ベールも、凍り付くしかなかった。

 

 

「こんな状況でもセクハラパワハラが通用すると知りなさいっ!! ほらほら、こういうのがいいんでしょっ!!?」

 

「きゃああああああああああああああああ!!?」

 

 

その後、ノワールによってベールはサンオイルを塗りたくられた。それはもう、滅茶苦茶に。

 

 

「あー、白斗ってば今残念そうな顔したー!!」

 

「してねぇよ! ってかネプテューヌ達もいつの間に……」

 

「ついさっきよ。 具体的には白斗がケダモノのような顔をしながらベールの背中にベタベタお触りしているところからね」

 

「俺そんな酷い顔してた!?」

 

「白くん、怖かった~……」

 

「やめてプルルート、そういうストレートな言葉が一番傷つくんだよ?」

 

 

そして、白斗から少し距離を取ってネプテューヌ達がこちらを見ていた。

彼女達も全員女神化を解除した状態で水着を着用していたが、誰もが可愛らしくて美しい。

しかし全員不満全開で、白い目で白斗を見ていた。

 

 

「だったら……わ、私達にもサンオイル塗って欲しいな~……」

 

「は?」

 

「そうね。 全員平等、私達にも塗ることで手打ちにしてあげる」

 

「ひ?」

 

「あ、あたしもいいかな~……。 優しくしてね~……?」

 

「ふ?」

 

「白斗ー! 私も後でお願いねー!!」

 

「へ?」

 

 

―――試練は、まだまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、う~ん……はれ? 俺は……」

 

 

その後、気が付けば白斗はシートの上に寝転がされていた。

ゆっくりと体を起こせば、女神達は皆思い思いに海水浴を楽しんでいる。浅瀬で水の掛け合いを楽しんだり、砂浜でお城を建設していたりと実に様々。

因みにその間の白斗の記憶は飛んでいる。

 

 

「あら、目が覚めた?」

 

「ブラ、ン……? 俺は一体……」

 

 

すぐ傍のチェアではブランが寝そべりながら本を読んでいた。

如何にも彼女らしい過ごし方に少し微笑みを零しながら立ち上がろうとする。

 

 

「無理しないで。 全員の背中を塗り終えた後、キャパオーバーで貴方は倒れちゃったのよ」

 

「……あっ、あー……。 段々思い出してきたぞ……。 ゴメンな、迷惑かけて……」

 

「寧ろ謝るのはこっちの方。 ごめんなさい、ベールが羨ましかったからって、白斗の事も考えずに無理言っちゃって……」

 

 

ペコリと真摯に頭を下げてきたブラン。だが、白斗からすれば彼女達は何一つ悪くないのだ。

慌てて頭を横に振ってそれを止めさせる。

 

 

「あ、謝る必要ないって! 女の子だしサンオイル塗りたくなる気持ちは分かる。 それに俺は気にしてないから」

 

「いや、そうじゃなくて……まぁいいわ」

 

 

見当違いの理解、そして際限ない優しさ。それらに毒気を抜かれ、ブランも引き下がることに。

まだネプテューヌ達は白斗が目覚めたことに気付いていない。それぞれが思い思いの海での過ごし方を満喫している。

 

 

「ブランは泳がないのか?」

 

「白斗の傍にいたかったからこれでいいの。 くじ引きで見事勝ち取ったのよ」

 

「何故そこでドヤ顔……」

 

 

実際、白斗の看病の話になった際は大乱闘寸前だった。

好きな人の看病をする権利、殺してでも奪い取ると言わんばかりの雰囲気の中、プルルートが仲裁案としてくじ引きを提案したのである。

結果、それを見事に手にしたのがブランという経緯だった。

 

 

「ところでブラン、何読んでるんだ?」

 

「ああ、これ? 『海の泣き声』、ヒヤリー・クイーンの小説よ」

 

「あ! 俺もそれ好き! 読んでてさ、水のように沁み込んできていつの間にかついつい引き込まれちゃうんだよな~」

 

「そうそう! それでいて文体が透き通った水のようで綺麗で……」

 

「俺、あのフレーズが好きなんだよな。 『二人の心は海のように広く……』」

 

「『そして、どこへでも繋がっている』……私も大好きなの、その一節」

 

「この小説を一番物語ってる文章だよなー! やっぱブランと俺の好みって合うよな!」

 

「ええ、とても嬉しい……!」

 

 

海水浴に来ているはずなのに、パラソルの陰で小説談義。

けれども、穏やかなこの時間がとても心地良い。こんな過ごし方も、贅沢だと感じていた。

何よりブランにとって、大好きな人と大好きな小説で盛り上がれることが本当に嬉しくて、いつまでも話していたくなる。

 

 

「あー! ブランが白斗と楽しそうにお喋りしてるー!」

 

「白斗ー! 起きたのならこっちに来て遊びましょうよー!」

 

「白ちゃん! 海が綺麗ですわよー!」

 

「あたしの砂のお城も見ていってね~」

 

 

と、そんな楽し気な会話が耳に入ったらしい。

ネプテューヌ達もようやく白斗が起きたことに気付いてこちらへ手招きしている。青い海に、煌く水飛沫、そして女神達の水着姿が本当に眩しい。

 

 

「あら、気付かれちゃった上に大人気ね。 白斗、こっちは大丈夫だから行ってらっしゃい」

 

「ブランはいいのか?」

 

「もうすぐでこの小説を読み終わるから」

 

「そうか、なら遠慮なくっ!」

 

 

ようやく体調も回復し、ようやく水遊びが出来る。

白斗は柄にもなく青い海へと飛び出していった。そんな彼をブランは優しく見送る。

 

 

(本当はもうちょっと話していたかったけど……好きな人の好きなことをさせてあげるのも、貴方の女神たる私の務めよね)

 

 

愛した守護騎士のためなら、待つことも苦ではない。

余裕と理解のある女ことブランであった。

 

 

「みんなー! お待た…………」

 

「今だ総員! 白斗に攻撃せよー!!」

 

「「ラジャー!!」」

 

「ぶわっはぁ!? ちょ、お前らぶほっ!!」

 

 

浅瀬に飛び込んだ瞬間、プルルートを除く女神達の水飛沫が白斗を襲った。

凄まじい弾幕に息苦しささえ覚え、白斗は海に沈んだ。

 

 

「やったー!! 白斗撃沈ー!!」

 

「ふふん、名うての暗殺者様も女神の前には形無しね♪」

 

「ばたんきゅーな白ちゃんも可愛らしいですわね」

 

 

ハイタッチを交わし合うネプテューヌ達。

してやったりな表情や声が、海水の中に沈む白斗にも十分伝わる。やがて白斗は海面を突き破り―――。

 

 

「ドォラァ!! よくもやりがったなコラァ!!!」

 

「きゃ~~~!!」

 

 

勢いよく水柱を上げた。降りかかる大量の水にネプテューヌ達は可愛らしい悲鳴を上げる。

以前、アイエフやコンパとも川で水遊びをしたが楽しかった。その楽しさが今、蘇っている。

 

 

「やったわね~! それそれそれぇ!!」

 

「こちらも負けませんわよ! えいっ、えいっ!!」

 

「べへっ!? こ、こりゃ多勢に無勢だ!! ブラン、プルルート!! 救援求ム!!」

 

「はいはい。 ……守護騎士と組んだ守護女神は無敵よ」

 

「わ~い! ねぷちゃん達覚悟~~~!!」

 

 

それぞれの遊びにも一区切りついたらしい、白斗の救援要請に駆けつけたブランとプルルートも水をかけあう。

真夏の海で、女神達と水遊びをする白斗はとても楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃー……遊んだなぁ」

 

「そうだね~」

 

 

それからしばらくして、木陰で休む影が二つ。白斗とプルルートだ。

正確には遊び疲れたプルルートを気遣って白斗が傍についていたのである。二人は女神達のはしゃぐ声を聴きながら、二人は穏やかな時間を過ごし続ける。

ただこうして、海と砂浜と空と、そして遊ぶ女の子達を見ているだけでも何だか楽しかった。

 

 

「白くんは泳がないの~?」

 

「一旦休憩。 まだまだ時間あるし、それにプルルートともお話したかったし」

 

「……えへへ~。 嬉しいな~」

 

 

勿論プルルートも、白斗にとって大切な友人にして女神様。だが、普段はネプテューヌ達との会話の割合が多いと言えば否定できない。

だから白斗としても彼女とはもっと話をしたかったのだ。

 

 

「あ、そ~だ。 あたし、砂のお城を作ってる最中だったんだ~」

 

「んじゃ俺も手伝っていいか? 一人より二人、だろ?」

 

「うん! 風雲ぷるるん城を作っちゃお~!」

 

「……名前だけ聞くと柔らかそうだな」

 

 

なんて取り留めもない会話をしながら風雲ぷるるん城の建設予定地に向かう。

そこには何となくこれから城を作るのだろうという、砂の塊があった。

 

 

「ふんふんふ~ん♪」

 

「おお、結構手際良いな。 さすがプルルート、器用だ」

 

 

普段の緩い雰囲気から誤解されやすいが、実はプルルートは裁縫が趣味なのだ。

それに伴い、手先は相当器用。いつも手にしているぬいぐるみや元の世界にいるという友人の服も彼女が作ったものだという。

 

 

「でしょ~? 今度白くんのお洋服も作ってあげるね~。 ふりふりしてて~、ツネミちゃん達が着るようなとぉ~っても可愛いの~」

 

「謹んでご遠慮致します」

 

「え~、可愛いのに~……ぷる~ん……」

 

 

そう、最近のプルルートは白斗に自分作の可愛らしい女の子用の服を着せ、完全体白子にさせることを目下の野望としているらしい。

あの女神様ゲームで白斗の女装姿を目撃して以来、相当お気に召したようで白斗にあれやこれやと可愛らしいアイテムを勧めているのだ。

 

 

「まぁまぁ。 服って言えば向こうの世界にいるアイエフ達にも作ってあげたのか?」

 

「そうだよ~。 後ね~、ノワールちゃんにも~」

 

「え? ノワールに?」

 

 

慌てて白斗は振り返った。

今はネプテューヌと競泳対決をしているラステイションの女神に。普段、プラネテューヌの外へ出ようとしないプルルートにとってそんな友好関係が出来ているとは思ってもみなかったが。

 

 

「あ~、違うの~。 あたしの世界のノワールちゃんだよ~」

 

「え!? そっちの世界にもノワールがいるのか!?」

 

「そうだよ~。 あれ~、言ってなかったっけ~?」

 

「初耳です」

 

 

言っていない。向こうの世界にもノワールがいたなど初耳だ。

しかし、よくよく冷静になってみれば向こうの世界にもアイエフやコンパ、そしてイストワールがいるのだ。

平行世界ゆえに同じ人物がいても不思議じゃない。

 

 

「それにしても向こうの世界にもノワールがいるのか……。 向こうのラステイションは大丈夫なんだろうか」

 

「あー。 あたしの世界のノワールちゃん、まだ女神じゃないの~」

 

「あれ、そうなんだ?」

 

「あたしの世界で女神になるには、ちょ~っとやり方が違うの~」

 

「ふーん、それを聞くと平行世界っぽく感じるなぁ」

 

 

どうやらプルルートの世界「神次元」では女神就任に関するシステムがこちらとは違うらしい。

故にノワールがまだ女神になれていないというのも、納得できる話だ。

 

 

「それじゃ向こうの世界にもユニ達女神候補生や、ブラン達もいるのか?」

 

「あたしの世界にノワールちゃんの妹はいないよ~。 ブランちゃん達にはあったことはないけど、あたしの国以外だとルウィーがあるから多分ブランちゃんはいるんじゃないかな~?」

 

「なるほどなー」

 

 

聞く限りでは、神次元ではプラネテューヌとルウィー以外の国は存在していないらしい。

ただ、ルウィーを治めている女神がいるらしいのでそれがブランである可能性は高かった。

どれだけ推測を重ねようとも、ここでは全く意味がないのだが。

 

 

「……何だか、向こうのみんなにも会いたくなっちゃったな~」

 

「あ…………ご、ごめん……」

 

 

すると一瞬、プルルートが寂しそうな表情を見せた。

彼女が来てもう一ヶ月、確かに元の世界の友達に会いたがっても不思議ではない。

向こうの世界の話題を振ればこうなるのは分かっていたはずなのに。白斗はつくづく鈍感だの何だの言われるが、今回ばかりはその迂闊さを恥じた。

 

 

「あ~、大丈夫だよ~。 戻る目途もそろそろ立ちそうだってい~すんが言ってたし~」

 

「そっか……」

 

「ただ……ねぷちゃんや白くんとお別れになっちゃうのは……寂しいな~」

 

 

そこでプルルートは手を止めてしまった。彼女にとって辛いのは、いつ元の世界に帰れるのかよりも、元の世界の友達に会えないことよりも、この世界で会えた友達と別れてしまうことだった。

その一言で彼女がどれだけ友達思いで、心優しい少女なのかが分かる。そんなプルルートを知ったからこそ、白斗は彼女の肩に手を置き、真っ直ぐその瞳を見つめた。

 

 

「ひゃっ!? は、白くん~~~!?」

 

「……大丈夫だプルルート、約束する」

 

「な、何~~~!?」

 

 

突然の身体的接触。しかも今は水着なので、当然お互いの肌と肌が直に触れ合う。

更には白斗の顔が間近なのも相まって、プルルートの体温は一気に高じる。男子との接触が少ない彼女であれば尚更免疫はないだろう。

それでも白斗は離してくれない。力強い視線がプルルートを捕らえて離さない。

 

 

「……またそっちに遊びに行く。 どれだけ時間が掛かろうとも、絶対に。 勿論ネプテューヌ達も一緒だ」

 

「はく……くん……?」

 

「だからさ、その時はそっちの世界を色々案内してくれよ。 そうだなー、ネプテューヌはスイーツとかに目が無いし、ノワールはファッション、ブランは本、ベール姉さんには勿論ゲーム。 案内忙しいぞ~?」

 

 

また、次の予定を立て始めた。そう、次を思い浮かべると少し楽しくなった。

白斗達が神次元に遊びに来たらどんなことをしようか、どんなところへ案内しようか、どんなゲームを紹介しようか。

あれやれこれやと考えるうちにプルルートは徐々に元気が出てきた。

 

 

「……うん。 い~っぱい、紹介したいの~。 あたしの国のいいところとか~、こっちのい~すん達とか~、楽しいゲームとか~」

 

「だろ? ……だからさ、楽しみにしてる。 プルルートも楽しみにしてくれよ?」

 

「うん! 白くん、約束だよ~? 破ったら~……ふ、ふ、ふ~……」

 

「守ります! 命懸けで!! 絶対に!!!」

 

 

元から破るつもりは無いが、約束を破ったらプルルートがどうなってしまうのか。白斗にも十分鳥肌を立たせた。

だが、こんな他愛もない約束でもプルルートにとっては十分元気が出てくれたようで。

 

 

「……白くん、ありがと」

 

 

いつもの間延びしたような口調とは違う、しっかりとした言葉で白斗にお礼を言うのだった。

元気が出れば、作業も捗る。今度はハキハキした様子で、再び城の建築作業を再開し始めた。

 

 

「……ねぇ、ネプテューヌ。 本当にプルルートって……大丈夫なの?」

 

「もう私的には危ないラインに入っているような気がしますわ……」

 

「うーん、明確に惚れるようなイベント起きてないからまだ大丈夫だと思うんだけど……」

 

 

その様子をハラハラしながら見守っているのばノワールとベール。

まだ恋心にまで発展していないのは見ても分かる。だが、いつそうなってもおかしくないこの状況。

同じ男に惚れてしまったものとして、どうしても気になってしまうのだ。

 

 

「……でも、誰かを好きになるって気持ちは止められないし、止めたくもないって思う。 だから、最終的に白斗が私を選んでくれるように頑張るしかないかなーって」

 

「……それは……確かに……」

 

 

ネプテューヌとしては恋のライバルが増えてしまうこの状況自体はある意味諦めているようなものらしい。

だからこそ、そんな中でも白斗にとっての一番が自分であるように努力する。それがネプテューヌの選択だった。彼女の姿勢はノワール達にも美しく見え、納得させられてしまった。

 

 

「それに白斗は私の守護騎士だしね! 私のルート以外ありえないって~」

 

「おっと、それは異議ありだわネプテューヌ。 白斗は私の守護騎士でもあるの。 最終的に白斗は私と添い遂げるのよ」

 

 

自分の守護騎士であることを理由にネプテューヌは随分余裕だ。だが、その条件で言えばブランも同じ。

すかさず割り込み、彼女もこの恋の戦いにおいて一歩も譲らない姿勢を見せる。

 

 

「ちょっとお待ちを。 貴女達、よく白ちゃんのことを『守護騎士』と仰っていますが何のことですの? ゲーム用語とも違うようですし……」

 

「あ、私も気になってたのよねそれ。 何なの?」

 

 

ジトッとした視線でベールとノワールが二人を見た。

恋敵に余計な情報を与えるのもどうかと思ったが、嫌な女になりたくもないと思ったのかネプテューヌとブランは互いの顔を見合わせて頷く。

 

 

「あのね、白斗がよく『女神と守護騎士』って本を読んでるのは知ってる?」

 

「ああ、確かに白斗って良くその本を読んでるわね。 私は読んだことないけど」

 

「その中に出てくる主人公がまさに白斗のような人でね……。 その人が女神達と恋に落ち、女神達と添い遂げるために守護騎士という存在になって幸せに過ごすという物語よ」

 

「まぁ、まさに王道ファンタジーのようで素敵ですわね」

 

 

話のさわりだけを話したが、この部分だけでもノワールとベールの興味を惹いたようだ。

恋物語というのは女の子にとって魅力的な部分であり、その主人公が白斗に似ているとなれば尚更説得力を増すだろう。

 

 

「……って、ちょっとお待ちになって! で、では守護騎士というのは……!?」

 

「そ! 私が真っ先に白斗と誓いを立てたんだよ~! 私の傍にいて欲しいってお願いして、白斗も真剣に受け止めてくれて……あ~、もう幸せだったなぁ~……」

 

「私は二番目だけど、だからこそ濃密な時間を過ごしたと主張するわ。 現にその本だって私がいたから出会えたようなものだし」

 

「む、むむむ~~~………ッ!!」

 

 

そこでようやく合点がいった。

その本における守護騎士が、恋に落ちた女神達にとってどういう存在なのかを。そしてそれをごっこ程度でしかないとは言え、実際にそういう誓いを立てたのだと。

思えばそう呼び合うようになってから、ネプテューヌやブランの親密さが増したような気がする。

それを聞かされては、ノワールとベールも目に涙を溜めて頬を膨らまさずにはいられない。

 

 

「まぁ、誓いを立ててくれるかどうかは白斗次第ね。 私達がやったのは本の真似事だからかもしれないけど、白斗にとっても、私達にとっても、相手を命を懸けてでも守るという本気の誓いだから。 生半可な覚悟では立ててくれないわ」

 

 

ブランはパラソルの陰で本を捲りながらそう答えている。

生半可ではない覚悟とは白斗自身だけではなく、誓いを立ててもらう女神達にも向けられている。

白斗にとっての女神とは自分が命を懸けてでも守りたい存在。逆に女神達はそれだけの覚悟を見せてくれる人を、何よりも大切に思うということ。

互いが、互いの命を懸けるほどに相手を想い、守り、そして愛すること。ブランとネプテューヌにとっては、少なくともその覚悟があった。

 

 

「……なら見てなさいよ。 私の覚悟を、そして想いを!! もう大分後れを取っちゃったけど、白斗への想いは誰にも負けないんだから!!!」

 

「私も同じですわ。 この程度で退くほど、私の覚悟も想いも安くはありませんのよ」

 

 

ノワールは焼き尽くすかのような豪華の如き裂帛、ベールは静かに燃ゆる揺ぎ無き闘志をそれぞれ見せつける。

遊びでも、一時の迷いなどでもない。最初にして最後の、本気の恋。だから諦めない。それがノワールとベールにとっての覚悟だった。

 

 

「そう、なら頑張ることね。 そうね、まずはバーベキューの用意を完璧にこなして白斗への誠意と好感度を見せるところから始めるのがいいんじゃないかしら」

 

「ほいキタ! 任せなさーい!」

 

「それからそれからー、お肉とかの味付けも白斗好みにするとグッドなんじゃないかなー」

 

「味付けは私にお任せ! たぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

ブランとネプテューヌのアドバイスに唆され、ノワールとベールがバーベキューの準備を始める。

用意されていたコンロに火をつけ、更には各種食器などの準備。ベールは肉や野菜の下拵えなどを手際よく進めていった。

 

 

「作戦」

 

「成功だね! ねぷーっ!」

 

 

尚、これは楽をしたいがためにブランとネプテューヌが結託した作戦だったことはここだけの秘密である。

 

 

「こーらっ、こういうのは準備するのも大切なんだろーがっ」

 

「ねぷっ!?」

「きゃっ!?」

 

 

コツン、と軽く拳骨。振り返れば意地悪気な表情で微笑んでいる白斗がいた。

どうやらバーベキューの準備をしているところを目撃、加勢に来たようだ。彼の背後にはプルルートも控えている。

 

 

「ねぷぅ……酷いよ白斗ぉ……」

 

「女神様の頭を小突く守護騎士がいるのかしら……?」

 

「いるんです、ここに」

 

 

目尻に涙を浮かべてネプテューヌとブランが睨み付ける。

しかし、当の白斗は素知らぬ顔だ。

 

 

「ダメだよ白くん~」

 

「止めるなプルルート、こういうのは……」

 

「こ~ゆ~のはねぇ~……てって~てきになるものなんだよぉ~?」

 

「「今すぐ準備しますッ!!」」

 

 

プルルートの陰りが入った笑みを見て、二人が震え上がり準備に加わる。

そんな彼女達の様子を見てプルルートは普段の顔色に戻り。

 

 

「良かった~。 分かってくれて~」

 

「…………ソウデスネ」

 

 

そんな事を呑気に呟く少女に、白斗君は末恐ろしいものを感じたという―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほーら、お肉焼けたわよ~!」

 

「こっちのお野菜もいい感じですわ!」

 

「おお、またバーベキューにありつけるとは! それじゃ、まずは……」

 

 

そして、とうとうバーベキューが始まった。

今回は串に通すのではなく普通に網の上で焼くという、所謂焼肉に近い形となっている。しかし、誰かがバーベキューと言い張ればこれはもう立派なBBQである。

早速白斗が肉に手を伸ばそうとした、その時。

 

 

「白斗! こっちの牛タンとか出来てるわ!」

 

「行けませんわよ、まずお野菜から。 ということで、こちらのカボチャをどうぞ!」

 

「ねぷー! 二人ともずるいよー! 白斗、あーん!」

 

「ダメよ、そっちのお肉はまだ生焼け。 このお肉なら安全よ、白斗」

 

「白く~ん、これとか美味しそうだよ~」

 

「は、ははは……。 あ……ありがとう……」

 

 

そう言えば、以前もこんな光景があった。あれはリーンボックス逗留最終日、ベールからの誘いで皆でリーンボックスの山にキャンプに行った時だ。

あの時は串焼きだったが、そこでもバーベキューを楽しんだ。今回の騒がしさはその時の比ではなかったが、楽しさも段違いだった。

 

 

「それにしても、ホント綺麗だよなこのビーチ。 なんて名前だっけ?」

 

「ヒワイキキビーチですわ」

 

「聞くんじゃなかった……」

 

 

時折他愛もない話題を振ったりして一笑いが起こったりと、笑顔の絶えない空間だった。

だが、会話が弾めば食事も進む。人数を考慮して大量に持ってきたはずの食料が、あっという間に底を突いてしまった。

 

 

「ねぷっ!? もうお肉無くなっちゃった!」

 

「野菜もですわ……。 量が少なすぎたのかしら……」

 

「いやいや、結構量あったぜ。 でも少し食べ足りないか?」

 

「幸いここは海。 魚を釣って焼くと言う手も……」

 

 

ここ、ヒワイキキビーチはとても綺麗な海が広がっている。つまり、それだけ魚にとっても住みやすい環境となっているはず。

釣りをするのも一興かとブランが竿を取り出そうとした時だ。

 

 

「ふっ、何だ貴様ら。 食い物に困っているのか? ならばこれを食うといい。 至高にして究極の果実をな!」

 

 

どこか陰りのある女性の声が聞こえた。

誰もが一瞬首をもたげる。無理もない、どこかで聞いたことのある声色だからだ。と、疑問に思う間もなく金網からいい焼き音も聞こえる。

 

 

「ねぷ? 何か野菜が追加され……ぎゃあああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアなすぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!?」

 

 

ネプテューヌがこの世の終わりにも近い絶叫を上げ、倒れた。

慌ててプルルートが介抱に向かうが目を渦巻きにして、口から泡を吹き、皮膚には発疹とまさに体中が悲鳴を上げている。

ナス、そしてこの女性の声。もう間違いないだろう。

 

 

「……何やってんの、マジェコンヌ?」

 

「それはこっちの台詞だ。 小僧は兎も角、女神共が揃ってこの南の島にバカンスか? 全く、女神とはお気楽なものよな」

 

 

相変わらず女神には辛辣な魔女、マジェコンヌだった。

一応R-18アイランドなので彼女も黒のビキニを着こんでいる。正直、誰得なのか。作者も何故こんな描写を必要としたのか分からない。

 

 

「オイ! 地の文までメタってどうする!!」

 

「何の話だ?」

 

「こっちの話だ。 それより貴様らはどうしてここに?」

 

「南の島に来たからにゃバカンスに決まってるでしょ。 そっちこそ、バカンスってワケじゃなさそうだが」

 

 

唯一彼女に対し、まともな会話が出来る白斗が間に立つ。

何せ、女神達からの彼女に向ける嫌悪感が半端なものではないからだ。何を隠そう、このマジェコンヌこそ世界征服を企み女神を排除しようと様々な悪事を働いた人間。

だが何においても、女神の愛する少年こと白斗を一度誘拐し、モンスターの姿に変えた一人。

彼女達にとって、正直憎悪を押さえろという方が難しいだろう。

 

 

「見れば分かるだろう。 ナスの行商だ」

 

「南の島で何故ナス!?」

 

 

ドヤ顔で背負った籠を見せつけてくるマジェコンヌ。

その中にはツヤのいいナスがぎっしりと詰め込まれていた。確かに一つ一つ見れば丹精込めて育てられた立派なナスだろう。

しかし白斗と女神達には、このナスがこの南の島においてどんな商業効果を齎すのかがさっぱり理解できなかった。

 

 

「こんな風にバーベキューしている奴らに売りつけるためだ。 安心しろ、小僧に免じて今回のナスはタダにしてやる。 だが確信しているぞ……貴様らはこのナスの虜になり、必ずやリピーターになってまでナスを求めに我が元へ首を垂れるのだと!」

 

「マジでお前にとってナスって何なの!?」

 

「世界だ。 世界はナスで一つになる。 そうすれば全てが平和になるのだ!」

 

「違う意味で心入れ替えちゃってるよコレ!? 食べて大丈夫なのコレ!?」

 

「まぁ、騙されたと思って食ってみろ。 その瞬間、貴様の世界が変わる」

 

「余計怖いわ!!」

 

 

白斗のツッコミの嵐が止まらない。真夏の太陽の下なのに、違う汗が出てきてしまった。

 

 

「とにかく、折角焼いているんだ。 残さず食えよ。 ではな、フハハハハハ……」

 

 

ご機嫌に鼻歌を歌いながらマジェコンヌは去っていった。

鼻歌がシャンソンとは正直、年齢を疑いたくなってしまうが。

 

 

「……そもそも南の島でナスなんて傷むだけでしょーが……」

 

「第一、ここ貸し切りで私達以外にお客はいませんのに……」

 

「ぶっちゃけ無駄ね。 何もかもが無駄」

 

「マジェコンヌさん敗北者じゃけぇ~」

 

「一番プルルートが酷ぇな。 知ってたけど」

 

 

女神達からの評価は散々だった。弛まぬ努力も弛んだ思考回路が全て台無しにしてしまっているからだ。

白斗も同情を通り越して哀れにすらなるが、だからと言って助け舟を出せる雰囲気ではなかった。

 

 

「あーもーっ! 折角の楽しい気分がマジェコンヌとのエンカウントで台無しよっ!」

 

「……でも、このナスどうしよ~……」

 

「食い物残すってのも確かにな……。 仕方ねぇ、俺が処理する。 少なくとも毒物ってことはねぇだろ、あれでもナス農家だからな」

 

「もう白ちゃんの中ではナス農家認定なのですわね……」

 

 

誰もが怨敵のナスなど食いたくなかった。しかし、食べ物に罪はないのも事実。

これも一応彼女とは親しくしている身の責任として、白斗が処理することに。

しっかり焼き色が付けられたナスを口に頬張り、ゆっくり租借。

 

 

(……美味ぇぞ畜生が……)

 

 

確かに、味自体はリピーターが出るほどだろう。それを認めるのが癪な白斗であった。

兎にも角にも、もう食事を続ける雰囲気ではなくなってしまったので片付けに入ることに。

 

 

「さて、正直もうバーベキューはいいだろ。 片付け片付けー」

 

「ねぷちゃ~ん。 お片付けしないと~」

 

「うーん、ナス……ナスが、白斗を……バーニング……。 あ、ああぁぁぁ……」

 

「コイツは一体どんな面白可笑しな夢を見ているんだ……」

 

 

未だにナスの恐怖に囚われてしまったネプテューヌは眠りから覚める気配がない。

プルルートが必死に揺すっても、意味不明なうわ言を述べているのみ。彼女はしばらく休ませた方がいいだろう。

その間、白斗達はテキパキと片づけを進めていく。

 

 

「よっし、ゴミも全て回収。 立つ鳥跡を濁さず」

 

「だ、だったら白斗! ちょっと私に付き合ってほしいんだけど!」

 

「ん? どうしたノワール?」

 

 

片づけを終えてすぐ、誰よりも早くノワールが白斗の腕を取った。

これにはブランとベールも鋭い視線を向けたが、それに臆することなくノワールは震える体と心を りつけ、震える声ではっきりと告げた。

 

 

「そ、その……あそこに貸しボートあるらしいから……二人で一緒に、沖まで行かない!?」

 

「おう、良いぜ」

 

 

あっさりと許可が出た。

貸しボートの大きさからして二人しか乗れない仕様。つまり、これで白斗と二人きりになれる。

泳ぐ前に周囲を入念に下調べしておいてよかったとノワールは心の中で密かにガッツポーズ。

 

 

「なら善は急げ! 行きましょ!」

 

「ちょ、引っ張るなって! ボートは逃げやしねぇから!」

 

「時間が逃げちゃうのよ♪」

 

「どっかで聞いたぞこのやり取りー!?」

 

 

白斗の手を取り、そのままビーチへと駆けだしていった。

小屋からボートを借り受け、透き通るような海水の上に浮かべる。二人が乗り込んだところで白斗がオールを漕ぎだすと、小舟はゆっくりと揺られながら進みだした。

 

 

「何だか良いわね、こういうのも。 ……あ、白斗! みてみて、サンゴ礁よ!」

 

「え、どれどれ? おお、綺麗だ!」

 

 

少し漕ぎだすだけでも色んな発見があった。底まで透き通るほどの美しい海水、綺麗なサンゴ礁の上を舟が漂うという、どこか幻想的な場所。

サンゴ礁の合間を縫うように泳ぐのは、色鮮やかな魚達。

 

 

「ノワール、折角だからここらで泳がないか?」

 

「いいわね! それじゃ一緒に!」

 

「おう!」

 

 

こんな綺麗なところで泳がないなど勿体ない。

貸しボートに備え付けられていた碇代わりの重石を落とし、ゴーグルを装備して準備完了。

二人してクリスタルのような青く、透明な海に潜り込んだ。

 

 

(わぁ……綺麗……! まるで浮いているようにすら感じる……)

 

 

余りにも綺麗な海だから、まるで空中に浮いているような感覚にさえ陥る。

それだけ幻想的な空間なのだ。そんな彼女の手を、温かく力強い手が握られる。

 

 

(ノワール、あっちに綺麗な魚がいっぱい集まってるぞ!)

 

(白斗……。 ええ、行きましょう!)

 

 

想い人こと白斗の手だった。こんな美しい海の中、白斗と二人きりで泳げているというこの事実にノワールは嬉しそうに目を細める。

魚達も白斗やノワールを怖がるどころか一緒になって泳いでくれたり、綺麗なサンゴ礁の傍まで寄ってみたり、水中で鬼ごっこをしたり。

それはもう、楽しい時間が過ぎていく。だが時間も空気も限界があるもので、二人は休憩がてら小舟に上がり込んだ。

 

 

「ぷはぁっ!! ふーっ……めっちゃ楽しいな!」

 

「ええ! こんな夏休み、生まれて初めて!」

 

 

小舟の淵に背を預け、お互いに満面の笑顔を見せる。

特に白斗の方は本当に楽しそうで、今までにないくらい朗らかな表情だった。

 

 

「俺も! 初めての海水浴、しかも皆と……ノワールと一緒に綺麗な海を泳げるなんてな!」

 

「……白斗……」

 

 

そう、白斗にとってはこれが正真正銘、生まれて初めての海水浴だった。

しかもその初めての海水浴が、まさに幻想的と言う程美しい海で、更にはその相手がノワールという美少女、しかも女神様。

白斗にとってまさに極上の思い出以外の何者でもない。でも、そんな彼だからこそノワールは強く惹かれてしまう。

 

 

「……私も、こんな素敵な思い出……。 白斗と一緒に作れて、本当に良かった」

 

「……ノワール……」

 

「あー、白斗照れてるー」

 

「てっ、照れてねぇよ!!」

 

「嘘つかないの、心臓が光ってるわよ」

 

「だぁーっ!! あのクソ親父め、いらん機能を付けやがってぇ!!!」

 

 

ツンデレぼっちと名高いノワールも、白斗の前では少し素直になれる。

その少しのデレが、白斗の胸を高鳴らせた。その様子は彼の機械の心臓が告げてくれる。

体も心も、嘘はつけないのだ。

 

 

「……それって……わ、私が……白斗にとって、魅力的ってコト……なのかな……」

 

 

―――これだけは、どうしても聞きたかった。

唐突な告白まで踏み切るまでにはいかなくても、自分が白斗にとってどういう存在なのか知りたかった。

膝を抱え込みながら、顔を赤らめて少しだけこちらを見るその姿はとても可愛らしくて。白斗はそっぽを向きながら、しかし顔を赤らめて。

 

 

「―――それくらい、素敵な人……。 女神様だよ」

 

 

そう、白斗にとってノワールとは女神様だった。

例えこの世界で女神として生を受けていなくても、もし信仰心を失って彼女が女神の座を降りたとしても。

白斗にとってノワールとは、女神様なのだ。

 

 

「……ありがとう。 嬉しい……」

 

「俺が勝手に思ってるだけだからお礼なんて要らないってーの。 全部ノワールがそうさせてるんだってーの」

 

 

今度は白斗がツンデレっぽくなってしまった。最近の白斗は感情表現豊かである。

もし、父親の虐待にあっていなければこんな少年だったのかもしれない。だからこそノワールは彼と接する度、新しい一面や意外な一面が見られて、尚更それに惹かれていく。

白斗にとってノワールは女神で、そしてノワールにとって白斗は―――。

 

 

 

 

「……白斗……。 あの、ね……一つ、お願いがあるんだけど―――」

 

 

 

 

―――彼女のその“お願い”は、白斗を大きく驚かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……はぁ、今頃白ちゃんとノワールは……“誓い”を立てているのでしょうか……)

 

 

その頃、ベールはパラソルの陰で陰鬱な溜息を付いていた。

折角の常夏の空も、彼女にとっては今となっては鬱陶しいものとなってしまっている。

何せ、弟分でもあり、兄貴分でもあり、そして想い人でもある白斗が今ノワールというライバルと共に楽しく小舟で遊覧しているからだ。

 

 

(そもそも、今回の海水浴だって私と白ちゃんの思い出になるはずでしたのに……)

 

 

また溜め息が出る。

そう、本来ならばここには白斗と二人きりの予定だったのだ。それがあれよあれよという間に他の女神達もついてきてしまった。

しかも話を聞けばネプテューヌとブランはごっこのようなものとはいえ、白斗と特別な関係を結んでいて、更にはノワールに先を越されそうになっている。

これが憂鬱以外の何であろうか。

 

 

(い、いえいえっ! これくらいでへこたれてはいけませんわベール! 私の想いはこの程度で折れてしまうような情けないものですの!?)

 

 

と、心に差した影が脳内を支配しそうになった瞬間。必死に頭を振り払った。

一国の女神として、柔い心の持ち主では無かった。しかし女神だからとて、いつまでも耐えられるような少女でもなかった。

 

 

(……はぁ、白ちゃん……)

 

 

本日何度目かになるかも分からない重い溜め息。

さすがにネプテューヌ達も迂闊に声を掛けられる状況でもなく―――。

 

 

「姉さん、何やってんの?」

 

「ひゃぁっ!? は、白ちゃんいつの間に!?」

 

「いや、ついさっきだけど……」

 

 

否、一人だけ違った。彼女の心を悩ませている張本人こと白斗だった。

ベールの背後から覗かせた彼の表情は柔らかい。いつも通りの白斗だ。だからこそ、ベールはドギマギしてしまうのだ。

 

 

「わ、私の事はいいですからノワールの方へ行って差し上げては?」

 

「そっちは終わったよ。 ノワールもこっちに来てくれるの許してくれたし」

 

「え……? あ、あんなに楽しそうにしていたのに?」

 

 

女神として、姉として、妹として。これ以上の醜態は見せたくないとノワールの下へ行かせようとする。

だが、その彼女からお許しが出たという。もし、ベールが彼女の立場だったらこの絶好の機会を逃さないというのに。

 

 

「それに約束しただろ? 後で時間を貰うって」

 

「そ、それはそうですけど……」

 

「約束した以上拒否権は無しだぜ。 ……“ベール”」

 

「ひ、ひゃぁっ!?」

 

 

ベール、そう呼ぶときは白斗が兄として振る舞う

すると白斗は強引に腕をベールの足に潜らせ、もう片方の手で背中を抱え込む。

その状態で腕に力を込めて持ち上げれば、彼女の体が白斗の腕に収まった状態で持ち上がる。

―――そう、所謂お姫様抱っこである。

 

 

「ち、ちょっと!? は、恥ずかしい……!!」

 

「貸し切りなんだろ? 大丈夫大丈夫ー」

 

「そういう問題ではありませんわー!!」

 

 

ベールをお姫様だっこしながら砂浜を駆け抜ける白斗。

そんな普段とは立場逆転の状況にネプテューヌ達は目をパチクリと瞬かせている。

いつもならベールが扇情的な言動で白斗を惑わし、それに戸惑った白斗がツッコミを入れて振り回されるというのが日常なのに。

 

 

「な、なんだろ……白斗、凄いね……」

 

「あんなベールの姿は初めてね……。 あ、でもロムとラムの相手をしている時の姿に似てるわね、白斗」

 

「あ~。 ピーシェちゃんと遊んであげてる時もあんな感じだよ~」

 

「なるほど、お兄ちゃんとして接してあげてる時ってワケか。 私もそうしてみようかなー?」

 

「でも、妹としてしか見られないというのも……うーん……」

 

 

あんなにも強引で、でも積極的で、存分に甘えさせてくれる関係は憧れてしまう。

しかし彼氏彼女ではなく、兄妹として見られるのはそれはそれで面白くなかったので踏み出せないでいるネプテューヌ達であった。

 

 

「も、もう……兄様ってば……」

 

「ホントはこうして欲しかったくせに。 で、どうする? このまま俺が抱えてこの島一周ってのもありだけど。 折角だからマジェコンヌとかにも見せつけるか?」

 

「い、いえ!! で、でしたら……その……」

 

 

ここまで積極的に接されては理性も緩くなる。

ならば、自分も積極的にならざるを得ないとベールが結論付けた。真夏の日差しと、肌から伝わる白斗の温もりによる二重の暑さで頭をやられてしまったのだろうか。

 

 

「……波打ち際で、一緒に寝転がりません?」

 

「……いいぜ」

 

 

遊ぶでもなく、景色を見るでもなく、ただ寝転がるだけだという。

でも、ベールがそれを望むなら白斗に反対する理由など無い。彼女を下ろし、波打ち際に寝転がった。

海水を吸った砂はまるでウォーターベッドのように柔らかい。静かに押し寄せる海水が清涼感を与え、暑さにやられることは無い。

背中側が海水に沈んだ状態で、二人は真夏の空を見上げる。

 

 

「……なんかこうしてると、リーンボックスでキャンプした時の事思い出すな」

 

「ええ。 私、普段はアウトドアなんてあまりしませんでしたけど……白ちゃんとまた、あんな素敵な時間を過ごしたいなって思っていましたの」

 

 

寧ろゲーム廃人という究極のインドア派だからこそ、こういったアウトドアに憧れるものなのかもしれない。

今のベールはゲームをしている時以上に爽やかで、幸せな顔をしていた。

そんな可愛らしく、しかし美しい女神の隣を占領していた白斗はつい魔が差してしまったのか―――彼女の手を、取った。

 

 

「えっ!? は、白ちゃ……!?」

 

「兄様、だろ? ベールはこういうの……嫌い、か?」

 

「い、いえっ!! そ、そんなことは……でも、あの、その……ぁぅ……」

 

 

完全にマウントを取っている白斗。と言っても、彼の顔も赤い。

しかし、恥ずかしさ以上に幸せだった。素敵な女性―――素敵な女神様の隣をこうして独占できていることが、白斗にとってどれだけの喜びであるか。

もう腕だけではない、少し身を寄せれば足も体も触れられる距離。ベールの鼓動は更に高鳴っていく。

 

 

「……あの、ですね。 こういうのは……大切な人にしてあげるもの、ですのよ?」

 

「だからしてる」

 

「……ノワールは?」

 

「ノワールも大切だけど、今はベールが大切だ」

 

「……ふふ、呆れた返答ですこと」

 

 

出来ればその愛を自分だけに向けて欲しかったが、こちらにも彼なりに全力向き合ってくれている。

器用なのだか不器用なのだか、しかし白斗と言う男はいつだって真剣そのものだ。

そんな彼だからこそ、その全てを自分に向かせたい。尚更ベールの想いは固まっていく。

 

 

「……ねぇ、兄様……。 いえ、“白斗”」

 

「え? ち、ちょっとベール!!? 引っ付き過ぎだろ!!?」

 

 

すると、これまで妹モードだったベールが急に名前を変えてきた。

ただし白斗を弟として見てるのではない、増してや兄として見ているのでもない。

今の彼女はベールという一人の女神―――そして、一人の女性として白斗に接していた。

それだけではない、白斗の腕を全身で絡めとり、体ごと擦り寄せてきた。今は水着、ベールの肌や胸と言った魅惑の肢体が、嫌でも当てられているのだ。

 

 

「貴方だからここまで出来ますの。 ……私にとって、貴方はそれだけの人ですのよ?」

 

「………っ」

 

 

先程まで余裕があったはずの白斗だが、すっかりそれも崩れてしまっている。

この二人の関係はいつもこうだ。どちらかがマウントを取っては取り返されて、でもそれが楽しくて。

何より相手を大切だと意識していて。

 

 

 

「ねぇ、白斗……貴方にとって、私は……そんな女神に……なれてますか?」

 

 

 

そして耳元で囁かれる、甘い吐息と言葉。

まるで淫靡な毒のように脳内がクラクラしてしまう。こんなゼロ距離を超えた密着で、まるで彼女から誘っているとしか思えないこの言動と目線。

いつもの白斗なら、お約束の鉄壁の理性を働かせていただろう。――しかし、今日に限ってはこの常夏の日差しと、ベールの情熱的な誘いに理性を溶かされたのか。

 

 

 

 

「……俺はいつでも、貴女の望む俺でありたいと思っています。 だから……どうかいつまでも、俺を想っていてください」

 

 

 

 

そう言って、彼女の体を抱きしめた。

水着というほぼ肌が隠せていない彼女を抱きしめるということは、国の至宝とも言える女神の肌そのものに触れていることに他ならない。

不敬罪に問われても文句は言えない。でも、白斗はこうしたかった。彼にとって、ベールとはそういう人なのだ。

 

 

「……ええ。 私も……貴方には、ずっと傍にいて欲しいですわ。 弟でも、兄でも、それ以上でも構わない……。 だから、私……貴方ともっと特別な関係になりたい……」

 

 

ベールは白斗の逞しい腕に抱かれたまま、けれどもそれを受け入れていた。

彼になら、この女神の肌も、髪も、体も、唇さえ捧げられる。そしてそれだけの関係を求めた。

告白とも取れるこの言葉。それに対して、白斗は。

 

 

「……ならベール。 今日の夜にまた……時間を貰えるか?」

 

「夜ですか? ……ええ、構いませんわよ」

 

「それと、予め誤解されると嫌だから言っておくけど……ノワールも一緒だ。 それで構わないか?」

 

「あら、ノワールも一緒ですの? ……分かりましたわ、ではまた夜に」

 

 

夜にまた会いたいという申し出をした。ただ、ノワールも一緒らしく告白ではないらしい。

そこだけは不満だったが、それでも白斗の目は真剣だ。応えない方が失礼に値するとベールは約束を取り付ける。

 

 

(ふふ♪ 今、この瞬間だけでも幸せなのに……夜になったらどうなってしまうのかしら♪)

 

 

―――それでも夜が待ち遠しいくらいに浮かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それからも、常夏のビーチを遊びつくした。

3対3のビーチバレーで激闘を繰り広げ、プルルートが建設した風雲ぷるるん城に対抗して女神達も砂の城を作り始めたり、スイカ割で盛り上がったりと一つ一つが眩しい思い出となる。

白斗にとっても、女神達にとっても。こんな素敵な夏休みは初めてだった。

そんな楽しい時間を過ごしていれば、当然時間も過ぎ、あっという間に太陽は水平線の向こうへと沈んでしまう。

 

 

「……あっという間だったな」

 

 

誰もいなくなった夜の砂浜を、白斗は一人木陰から眺めていた。

月と星が空で輝き、その輝きを静かな海面が映し出している幻想的な景色。遊びつくしたと言っても、白斗はまだ遊び足りなかった。

もう少しこの砂浜で遊んでいたかったとも思うが、明日には戻らねばならないと考えると寂しい気持ちになってしまう。

 

 

「白斗ー!」

 

「お待たせしましたー!」

 

「お、来た来た」

 

 

すると背後から聞こえてくる女性二人の声。ノワールとベールだ。

現在女神達はコテージで宿泊している。そこから走ってきたノワールとベールは水着の上からシャツを着た、ラフな格好になっている。

夜になってまで水着とはこれ如何にと思うかもしれないが、この島のドレスコードが水着かオールヌードだというのだから仕方ない。

 

 

「ネプテューヌ達は?」

 

「今はゲームで盛り上がってるわ」

 

「でも、どちらかと言うと気を利かせてくれたみたいですけれど」

 

「なるほどね」

 

 

本当はネプテューヌ達が何をしているかなんて白斗も把握している。

ただ、これからする話がとても緊張するものだけに白斗も何気ない話題で間を持たせたかっただけなのだ。

 

 

「それで、お話とは何ですの?」

 

「あれ? ノワールから聞いてないの?」

 

「聞いておりませんけど……ノワール?」

 

「予め教えていたら嬉しさ半減でしょ。 デキる女神の気遣いに感謝して欲しいくらいだわ」

 

 

非難がましい視線を投げつけるベールだが、対するノワールはふふんと何故か得意げな顔になっている。

彼女なりに気遣ってのことらしいので、ベールも頬を膨らませつつもそれ以上は追求しなかった。

 

 

「それで、さ。 これは、その……俺からのお願いってのもあるんだけどさ……」

 

 

照れ臭そうに頭を掻いている白斗。

思えばこの「お願い」をする時はいつも女神様からだった。だから、どうお願いすればいいのか凄く悩んだ。

けれども、白斗は“それ”を望んだ。ならば自分の言葉で言わねばならない。

 

 

「……ノワール、俺にとって貴女は魅力的な女神だと答えた」

 

「……ええ」

 

「そしてベール。 貴女にも、ずっと想ってて欲しいと言った」

 

「はい……」

 

 

こうしてみれば、複数の女性に声を掛けている不誠実な男と受け取られても仕方がない。

でも、白斗にとって女神様はそれだけの人。ずっと傍にいたいし、居て欲しい。

だから、二人の目を真っ直ぐ見て、「貴女」と畏まって言い方になる。

 

 

「……俺、時々『女神と守護騎士』って本を読んでるの……知ってるかな?」

 

「勿論よ」

 

「私達も、ブランに概要を教えて貰いましたから」

 

「そっか。 でさ……俺、その本に肖ってネプテューヌやブランと守護騎士の誓いなんてのを交わしたりしたんだ」

 

 

この辺りも既に聞いたこと、故に気にしていない―――と言えば嘘になる。

しかし、ここでは二人とも顔には出さないように必死に己を宥めていた。

 

 

「俺にとって、女神様達はみんな素敵で、大切で―――だからこそ守りたい。 傍にいたい。 傍に……いさせて欲しい存在なんだ。 だから……」

 

 

この一言だけで、白斗の中がどれだけ女神で占められているかが分かる。

寧ろ白斗にって女神とは己の全てであり、生きる意味そのものなのかもしれない。だからこそ、彼は。

 

 

 

「……どうか俺を……女神様の守護騎士として、誓いを交わしてください。 どうか俺と……一緒にいてください」

 

 

 

波の音が砕け散る三人だけの砂浜。彼らを見守っているのは優しい月明かりだけ。

神秘的な雰囲気の中、月光に照らされた白斗はとても美しく、凛々しかった。

女性関係で奥手な白斗が、自分から求めてくるというこの光景にノワールとベールの心臓は大きく高鳴り。

 

 

「……ありがとう、白斗。 嬉しい……!」

 

「私も……貴方の気持ち、受け取りましたわ。 こちらこそ、よろしくお願いします……!」

 

 

二人は涙ながら微笑み、その手を差し出した。どうやら誓いの交わし方についてもブランから教わっていたらしい。

女神達の想いに応えるかのように白斗は二人の手の甲に、誓いの口付けを落とす。

その手の甲に熱い口付けが落とされた瞬間、二人の体に痺れるような快感が駆け巡った。

 

 

「……やっと、貴方の女神になれましたわ……」

 

「ホントに……もう、遅いのよ。 私はこんなにも白斗を想ってたのに……」

 

 

これで正式に―――と言っても、やはり本の真似事でしかないが―――白斗は二人の女神の騎士として新たに迎えられた。

白斗も、そしてノワールとベールも幸せそうに微笑んでいる。

 

 

「……待たせてゴメンな、二人とも。 でもビックリしたよ、ノワールから二人同時にしてくれなんて言われてさ」

 

「あらノワール、そんなことを?」

 

「ええ、何だかベールを仲間外れにするのって感じ悪いなーって思ったから。 その代わり、ちゃんとベールの気持ちを確かめてからねって条件付けたけど」

 

「それでまぁ、ちょっと強引に誘ってみました……なんてね」

 

 

種明かしを終えるとベールもようやく腑に落ちたようだ。

白斗にしては珍しく強引な誘いだったが、それもベールに認められたかったからなのだ。

 

 

「もう……そんなことなんてしなくても、私の気持ちなんてとっくに決まってましたのに!」

 

「もごっ!?」

 

「ちょっ、ベール!? 何やってるのよーっ!!?」

 

 

嬉しさが抑えきれなかったのか、ベールは堪らず白斗を胸に抱き寄せた。

豊かな双丘が優しく白斗を圧迫し、優しく呼吸を奪う。

羨ましさの余りそれまで穏やかだったノワールもさすがに抗議の声を上げたのだが。

 

 

「ねぷーっ!! こらベール、お触りは事務所的にNGだよー!!」

 

「たまには花を持たせてやろうとしたら結局これかよ!! 白斗もいちいち幸せそうな顔してんじゃねーぞ!!!」

 

「そ~だそ~だ! あたしだけ仲間外れは酷いよ~!」

 

「んなっ!? み、みんな……見てたのか!!?」

 

 

すると近くの茂みから三つの顔が出てきた。ネプテューヌ、ブラン、そしてプルルートだ。

どうやら彼らが何かしようとしているのを感じ取ってコテージを抜け出してきたらしい。

 

 

「当り前だよ! っていうか私が一番最初に誓い交わしたんだから、私を通してくれなきゃ色々ダメー!! とにかくダメー!!」

 

「順番なんて関係ねぇ!! とにかくベール、白斗を離しやがれぇ!!」

 

「白く~ん! あたしにも何かして~!」

 

「ち、ちょっと貴女達! 今は私と白ちゃんの時間ですのよ!? ノワール公認で!」

 

「何言ってるのよ!? 私が許可したのは誓いを交わすまでよ! そこから先はダメ!!」

 

 

そしてまた始まる、女神達による白斗争奪戦。

全員が水着の中、女神達の柔肌に包まれた白斗はもみくちゃにされ。苦しさと気持ちよさの間に挟まれ続け。

 

 

 

(…………ああ、そう言えばあの本の中もこうして女神様達が主人公を奪い合ったっけな……これが、守護騎士の特典……なん、つって…………ガクッ)

 

 

 

 

―――とうとう、気絶してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてあっという間に次の日を迎え、女神達は己の国へと帰還する。

全員が常夏のビーチで極上の思い出を築けたことで大満足と言わんばかりに。やがて白斗とネプテューヌ、プルルートも住まいとしているプラネタワーへと帰ってきた。

 

 

「ただいまーっと」

 

「はいはーい! ネプ子さんがログインしましたー!」

 

「みんな~。 ただいま~」

 

「あー! みんなお帰りー!!」

 

「おかえりー!!」

 

 

真っ先に出迎えてくれたのはネプギアとピーシェ。

一日だけとは言え離れ離れだったのが相当寂しかったらしく、すぐに三人の胸へと飛び込んできた。

 

 

「お、おいおい二人とも。 引っ付き過ぎだって」

 

「だって寂しかったんだもん!」

 

「もーん!」

 

「あはは~、ごめんねピーシェちゃん~」

 

 

特にネプギアの甘え方が凄まじい。

普段はしっかり者のネプギアだが、お姉ちゃん大好き、そして白斗大好きという彼女はまだまだ子供っぽさも残る女の子だった。この辺りはネプテューヌの血筋だろうか。

 

 

「皆さん、お帰りなさい」

 

「いーすんただいまー! しっかり楽しんできたよー!」

 

「それは何よりです。 ……………」

 

「ん? どうしたのいーすん?」

 

 

続いて姿を見せてくれたのはイストワールだった。

礼儀正しい彼女らしく、優しく皆を迎えてくれる。だが、その表情がどこか暗い。

それに気づいたネプテューヌがワケを聞き出そうとする。

 

 

「……実はですね、そろそろ繋がりそうなんです。 神次元との繋がりが」

 

「え? 神次元って……まさか……!?」

 

 

神次元、それはプルルートとピーシェが住んでいた世界。

忘れがちかもしれないが、二人はこの世界の住人ではない。今までは時空間の乱れから中々元の世界に帰れないという事情があったのだが、ようやく繋がりそうだとのことだ。

それが意味するものとは、即ち。

 

 

 

 

 

「……はい。 そろそろお二人を……元の世界に帰さなくては、いけないんです」

 

 

 

 

 

 

―――唐突ながらも、いつか必ずやってくる別れだった。




サブタイの元ネタアニメネプテューヌ新作OVA「ねぷのなつやすみ」より。


大変長らくお待たせして申し訳ありませんでした!
ということで約三週間ぶりの更新、今回は海水浴ということでR-18アイランドのお話でございます。
アニメねぷでも出てきたR-18アイランドですが、今回は女神様との思い出作りに焦点を当ててみました。私もこんな夏休みを過ごしたかった……;
その中でも今回はノワールさんとベールさん中心で動かしました。そしてこれで四女神も守護騎士の誓いコンプリート。ヒロインたちとの関係も次なるステップへ進んだかな?
さて、とうとう配信となりました「ねぷのなつやすみ」!当然先行配信見ました!もう最高!!
今回はネプギア中心かなと思いましたがネプテューヌも大人ネプも、そして女神の皆も素敵!!やっぱネプテューヌ達はいいですね~。
アニメ第二期も期待していいんですよね!?待ってますよスタッフ―!!


そんなOVAに肖ったような今回のタイトル。OVAは山でキャンプのお話だったので、今回は敢えて海水浴にしてみました。
そして今回が海水浴編だったのなら、当然次回もねぷのなつやすみでお送りします。ズバリ、夏祭り編!更にとうとうやってきてしまった、プルルートとピーシェの別れ……どうかお楽しみに!!
感想ご意見、お待ちしております!!


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第四十九話 ねぷのなつやすみ~夏祭り編~

「そろそろお二人を……元の世界に帰さなくては、いけないんです」

 

 

常夏リゾートから帰ってきて早々イストワールから告げられたその一言は、ネプテューヌ達から言葉を奪うには十分すぎた。

その話題が出た途端、ピーシェとプルルートの顔色が悪くなる。

イストワールの話に出てきたお二人と言うのが、何を隠そう神次元という別世界からやってきたこの二人なのだから。

 

 

「え……? ぴぃ、ねぷてぬたちとおわかれしなきゃいけないの……?」

 

「すみません。 ですが、今を逃すと次繋がるのがいつになることか……しかも神次元とこちらの間の時間は不安定です。 ひょっとしたら向こうに戻った時、10年くらい経ってたということにもなりかねません……」

 

 

ピーシェの潤んだ表情にイストワールも心を痛めながら、それでも告げる。

ここまで次元間移動が手間取った理由が、双方の時差にある。どうも時間の流れが不安定らしく、こちらにとっての一日が向こうにとって一年になる場合もあれば、こちらにとっての一年が向こうにとっての一日になる場合もある。

故に、この機を逃せばリアル浦島太郎のようになってしまいかねない。逆を言えば、一度戻ってしまえば次にこちらへこれるのがいつになるかも分からない。

 

 

「…………そっか~。 戻らないと……いけないんだね~……」

 

「プルルート……」

 

 

プルルートも意気消沈していた。

昨日、あのリゾートで彼女が寂しがらないよう白斗と約束を交わした。「また遊びに行く」という約束を。

だからと言って寂しくないわけがないのだ。

 

 

「い、いーすん! それっていつになるの?」

 

「……計算上では明日のお昼です。 そこでゲートを繋ぐ予定です」

 

「明日!? 急すぎるよ!?」

 

「す、すみません……」

 

 

思わず悲痛な声を上げてしまうネプテューヌ。そして申し訳なさそうに頭を下げるイストワール。

だが白斗は、どちらの気持ちも理解できた。

もっと早く言ってくれれば思い出作りに勤しめたのに。しかし、イストワール視点からすれば急に繋がったのだろう。だから彼女自身にもどうしようもない。

 

 

「ぷるると……ぴぃ、かえるのやだ……」

 

「……ピーシェちゃんの気持ち、すっごく分かるよ~? でもね……あたしは帰らないといけないんだ~。 ピーシェちゃんは……ここに残る~?」

 

「やだ! ぷるるともいっしょがいい!」

 

「ピーシェちゃ~ん……」

 

「やだ! やだったらやだなのー!! ぷるるとも、ねぷてぬも、おにーちゃんも! みんな……みんないっしょがいいのー!!」

 

 

別れたくない余り、我儘を言い出すピーシェ。しかし、誰もがその気持ちを理解している。

まだ幼過ぎる彼女にいきなりの別れなど覚悟できるものではない。だから頭ごなしに押さえつけることも出来ず、どうしたものかと顔を見合わせる一同だったが。

 

 

「……大丈夫だよ、ピー子」

 

「そうそう、ネプテューヌの言う通りだ」

 

「ねぷてぬ……おにーちゃん……?」

 

 

俯くピーシェの頭を優しく撫でる手が二つ。ネプテューヌと白斗だ。

二人は優しく、温かい微笑みを向けながらピーシェに語り掛ける。消して彼女の想いを否定しないように。

 

 

「ほんのちょっとの間、遠い場所にいくだけだから。 大丈夫、奇跡を起こすのが主人公ですから! っていうか起こさなきゃこの小説エタってるし」

 

「メタ発言やめろよ! ……とまぁ、そんなに心配しなくてもすぐ会えるさ。 それにしばらくして会えた時の方が嬉しさ倍増ってモンよ」

 

「……ホントに……?」

 

 

視線を潤ませるピーシェに白斗も力強く頷いた。

ピーシェはまだ不安がっている。しかし、ネプテューヌ達の言葉も信じたくもある。後もう一押し、彼女に勇気づけられる何かがあればいい。

その何かとは―――。

 

 

「……ピーシェちゃん~。 二人を信じてあげよ~?」

 

「ぷるる、と……?」

 

 

彼女の家族でもある優しき女の子、プルルートだった。

プルルートもまたピーシェの頭を優しく撫でながらいつも通りのほんわかとした口調で諭していく。

 

 

「だって~、白くんがあたしにも約束してくれたの~。 必ず会いに来るって~。 ……あたしはね~、白くんやねぷちゃんを信じるよ~。 ピーシェちゃんはどうかな~?」

 

 

口調こそ普段通り間延びしたものだったが、内容自体はとても真面目で、その語り掛ける姿もまさに女神様の如き優しさと美しさがあった。

陽光に照らされながら聖母―――いや、女神としてのその姿にピーシェも涙を止めてその姿に魅入った。

やがてピーシェは俯きながらも弱々しく唇を開く。

 

 

「……ねぷてぬ……。 まってたら……ぴぃ、いいこかな……?」

 

「うん! ピー子は元々いい子だから!」

 

 

さも当然と言わんばかりにネプテューヌがドヤ顔を披露する。

けれども、彼女のそれが今日はいつにも増して眩しく、そして力強く見えた。

 

 

「……いいこにしてたら……おにーちゃんも……ほめてくれる……?」

 

「勿論! 今度会った時、ピーシェのお願いたーくさん叶えてやる!」

 

 

少しだけ頭を乱暴に掻き回す白斗は、しかしどこまでも安心できて、信じられた。

 

 

「……ぷるると。 ぴぃと……ずっといっしょにいてくれる……?」

 

「うん~。 あたしと~、ピーシェちゃんは~。 ずっと一緒だよ~」

 

 

そして、ピーシェを探しにこの次元まで来てくれた家族であるプルルートが優しく抱きしめてあげた。

自身の言葉を証明するかのように、もう離さないと言わんばかりに。

 

 

「……おにーちゃん! ねぷてぬ! やくそくだよ! ぜったい……ぜったいまたあそんでね! ねぷのぷりんたべさせてね!」

 

「ああ!」

 

「寧ろ私から食べさせに行くからねー!!」

 

 

白斗やネプテューヌは悲しさを一切出さないよう、必死に明るく振る舞った。

本当ならば二人とも、家族のように長い時間過ごしてきたプルルートやピーシェとの別れは泣くほど辛い。しかし、ここで悲しさを表に出せばそれが二人にも伝播してしまう。

だから二人は一切悲壮感を出さない。また会えると信じて、そしてまた会えると信じてもらえるように。

 

 

「でしたらネプテューヌさん、本日のお仕事はこちらで片づけておきますので今夜の『アレ』に連れて行ってあげてください」

 

「ほいキタ! 任せてー!」

 

「ん? ネプテューヌ、アレって何だ?」

 

 

そして今日の仕事もイストワールが引き受けてくれた。

今にして思えば、昨日のR-18アイランドへ行くことを許可してくれたのも思い出作りをさせるためなのだろう。

ただ、彼女達の言う「アレ」が白斗には分からなかったが。

 

 

「ふっふっふー! それはねー……」

 

 

いつも以上のドヤ顔を見せつけたネプテューヌ。そして彼女が告げる「アレ」とは―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――心を震わせる太鼓の音がプラネテューヌの夕焼けに響き渡る。

その音色に誘われて外に出れば提灯の光が幾つも煌いていた。そして辺り一面から漂う、食欲をそそる匂い。

誘惑に負け、足を運べば数々の屋台へと辿り着く。プラネテューヌの街並みはそうした人々でいっぱいになっていた。

 

 

「……まさか今日が夏祭りだったとはなぁ」

 

 

カランと下駄の音を響かせた白斗が屋台立ち並ぶ街を白斗は驚きながら見ていた。

そう、今日はプラネテューヌで夏祭りが行われる日だったのだ。

遊ぶこと大好きなネプテューヌが企画していたらしく、溢れ返った人々は屋台の出し物や食べ物、そして踊りや音楽にと心から楽しんでいた。

 

 

「にしても昨日は水着、今日は浴衣……俺、ダサくないかな……?」

 

 

夏祭りと言えば浴衣。そんなネプテューヌからの一言で今日の夏祭り参加者にも浴衣の着用が義務付けられた。

白斗も用意された浴衣に袖を通し、下駄を履いてみたのだが何しろ初めてだらけなので落ち着かない。

因みに白斗の浴衣は青色を基調とした、落ち着いた色合いと模様が特徴的な一品である。

 

 

「ダサくないよ! 寧ろカッコイイ!」

 

「うんうん! お兄ちゃん素敵だよ!」

 

「お、ネプテューヌにネプギアも来たか……おお……!」

 

 

そこに聞こえてきた可愛らしい女の子二人の声。

同じく下駄の足音をカランカランと鳴らしながら歩いてくる、このプラネテューヌの二人の女神。ネプテューヌとネプギア、その二人も浴衣姿で歩いてきた。

姉は濃い紫色、妹は薄い紫を基調とした浴衣だ。

 

 

「……二人とも、可愛いよ」

 

「ホント!? やったやったー!! 水着に続いて浴衣でもドキッとさせられたよー!!」

 

「ありがと、お兄ちゃん!」

 

 

褒められた二人は嬉しそうに飛び跳ね、白斗の両腕に抱き着いた。

浴衣と言うとても薄い布で作られた服で抱きつかれては、その独特のふくらみが良く伝わるというもの。

水着ではないだけまだマシ―――いや、違う意味で破壊力があった。

 

 

「コラー!! アタシ達だっているの忘れるんじゃないわよー!!」

 

「そうだそうだー! わたし達、キュートな妹達を除け者にするなー!!」

 

「お兄ちゃん、浴衣似合ってる……?(きらきら)」

 

 

そこへ駆け寄ってきた三つの下駄の音。

振り返るとそこには、各国の女神候補生達であるユニ、そしてロムとラムが並んでいた。

ユニはやはりと言うべきか黒色、ロムとラムはそれぞれ水色と桃色の浴衣を着こなしている。

 

 

「お、三人ともいい感じじゃないか。 ちょっと大人っぽくて綺麗だぞ」

 

「き、綺麗……! ふふん、さっすが白兄ぃは分かってるわね!」

 

「えへへ、お兄ちゃんありがとー!!」

 

「お兄ちゃんに浴衣、褒めてもらっちゃった……♪(るんるん)」

 

 

まだまだあどけなさが残る女神候補生らにとって、大人の女性とは憧れてしまうもの。

故に慕っている白斗から大人に近づけていると言われて嬉しくないわけがない。

可愛らしく喜んでいる少女三人はまさに絵にしたくなるような光景だ。

 

 

「にしてもノワール達も来れたらよかったんだけどなー」

 

「まぁ、お姉ちゃん達だけR-18アイランド行っちゃった分仕事が溜まってるから。 仕方ないわよ、うん仕方ない!」

 

「ユニ……ビミョーに私怨篭ってないか?」

 

「気のせいよ白兄ぃ」

 

 

そう、今回他国から来られたのは女神候補生であるユニ達だけだ。

ノワール達は先日のバカンスのために無理矢理スケジュールを空けており、その分の仕事に忙殺されている状況なのだ。

代わりにと派遣されてきたのはユニ達であるが、ユニは昨日連れて行ってもらえなかった不満があるためか、妙にスッキリしていた。

 

 

「さて、残るは本日の主役二名だけど……」

 

「あ! 来たよお姉ちゃん!」

 

 

そして残る待ち人は二人。

紫の女神姉妹が手をかざしながら辺りを探していると、ネプギアが見つけた。

一人は薄紫色の柔らかな浴衣を着こんだ少女、もう一人は快活さ溢れる黄色い浴衣に身を包んだ幼い女の子。

 

 

「ぷるる~ん! ピー子! こっちだよー!!」

 

「みんな~! 待たせてごめんね~」

 

「おまつりだー!! やっほー!!」

 

 

本日の主役ことプルルートとピーシェだった。

この世界における思い出作りとして参加する夏祭り。特にピーシェは大盛り上がりだ。

 

 

「それじゃ早速回るか。 はぐれるなよー」

 

「はーい! それじゃまずはタコ焼きー!!」

 

「あ! クレープもあるよお姉ちゃん!」

 

「ねぷてぬ! ぷりんあるー!?」

 

「お祭りといったらりんご飴よね、ロムちゃん!」

 

「うん! でも、チョコバナナもいいよね……☆(きらきら)」

 

「って言った傍から早速散らばるなよお前ら!?」

 

 

白斗の指示も空しく、皆が思い思いに散らばってしまった。

まだ幼くて好奇心の強いロムとラム、ピーシェならまだ分かるが、その中に年長者であるはずのネプテューヌやしっかり者であるはずのネプギアまでもが混ざっているのだ。

肩を落とす白斗を慰めるようにユニとプルルートが寄り添う。

 

 

「ま、まぁまぁ元気出して白兄ぃ!」

 

「それより皆がはぐれちゃうよ~」

 

「そ、そうだ! 俺はロムちゃんとラムちゃんに着くから、二人はピーシェの傍に!」

 

 

大慌てで指示を飛ばした。今となっては、白斗が保護者。幼い子達に危険を及ぼしてはいけない。

咄嗟に向かった先は宣言通りりんご飴の屋台。小さなリンゴにコーティングされた飴の輝きに見とれて、目をキラキラさせていた。

 

 

「こーら、二人とも。 はぐれちゃダメって言ったばかりだろ?」

 

「あ……ごめんなさい……(しゅん)」

 

「反省してます……」

 

「うん、しっかり反省したならご褒美。 俺が買ってあげるよ」

 

「「やった~~~!!」」

 

 

幼い二人は表情をころころ変えてくれる。

白斗が叱責すれば顔を項垂れるし、白斗が許せば顔を明るくする。

そんな二人が可愛くてついつい財布の紐を緩めてしまうのはきっと仕方のないことだろう。

店主からりんご飴を二本受け取り、それを二人に手渡す。

 

 

「ん~っ、甘くておいしい~!」

 

「りんご飴、最高……!(ぺろぺろ)」

 

(うーむ、確かに可愛らしい光景だが……どこかイカン空気になるのは気のせいか……?)

 

 

今なら少しだけトリック・ザ・ハードの気持ちが分かってしまうかもしれない、などと情けないことを考えている白斗だったが。

 

 

「お兄ちゃん! わたし達のりんご飴あげる!」

 

「一緒にぺろぺろしよ♪(るんるん)」

 

「なん……だと……」

 

 

思わず固まってしまった。

言わずもがな、先程二人がペロペロしたりんご飴をである。これに反応してしまうのは、心が穢れているのからなのだろうか。

とは言え、受け取らないと二人が泣きそうな顔になるので。

 

 

「あ、ありがとな。 んじゃ失礼して……」

 

「お兄ちゃん、美味しい?」

 

「お……おお、案外な。 俺、夏祭り自体が初めてだから……」

 

「そうなんだ。 良かったね、お兄ちゃん♪(きらきら)」

 

(……ああ、確かに美味しいけど心も視線も痛ぇ……)

 

 

決してやましい思いなど抱えてない―――そう自分に言い訳しつつ、りんご飴を二人に返却。

ロムとラムの手を繋ぎながら残りの面々を探す。

 

 

「お~い、白斗~!」

 

「あ、ネプテューヌ! お前年長者なんだから率先してはぐれるなよ……って何だその食い物の量!?」

 

 

やっとネプテューヌらとも合流した白斗達。

しかし驚くべきは彼女が抱えていた食べ物の量だ。たこ焼き、焼きそば、肉の串焼きにフランクフルト、焼きもろこしにチョコバナナとかなりの数だ。

因みに傍にいるネプギア達はわたあめ一本だけ握っている。そしてピーシェは可愛らしいキャラの袋にわたあめを詰めてもらったらしく、ご機嫌だった。

 

 

「おにーちゃんみてみて! これかわいいのー!!」

 

「よ、良かったねピーシェ……で、ネプテューヌはどうしたんだそれ……」

 

「いやー、お祭りってハイになるじゃん? だからこれだけ買わないとやっていけないって! ってことで白斗、ちょっと持ってー」

 

「はいはい……。 羽目外すのは良いけどもうちょい計画的にな」

 

 

相変わらずネプテューヌのお気楽さに毒気を抜かれるが、そんな彼女に付き合うのが楽しくて仕方がないとも感じる今日この頃。

とりあえず持ち切れない分の食べ物を持って上げた。

 

 

「白斗ー! たこ焼きー!」

 

「へいへい。 ふー、ふー……ほい、熱いから気を付けて食べろよ?」

 

「もぐもぐ……ん~っ、美味い! 次チョコバナナナー!」

 

「たこ焼きの後にバナナってのも組み合わせ悪い気が……ほらよ」

 

「まぐまぐ……次フランクフルトー!」

 

「はいよ。 って口元汚れてるぞ、ふきふき……」

 

「あはは、白斗ってばロムちゃんの癖が伝染ってるー」

 

 

あれこれと世話を焼く白斗。彼女の口にご所望の食べ物を運んだり、口元を拭いてあげたり。

それこそ、傍から見れば彼氏彼女の様な―――。

 

 

「白く~ん! 今日はあたし達の思い出作りなんだから除け者にしないで欲しいな~!」

 

「え? い、いや除け者にしたつもりは……」

 

「だったらあたしにも~」

 

「……了解です。 それじゃクレープ」

 

「あ~ん。 ん~、美味しい~♪」

 

 

プルルートが何やらご不満そうだったので、同じように甲斐甲斐しく世話をする。

クレープを彼女の口元に運ぶと、プルルートは幸せそうな顔でそれを一齧り。

ほんわかとした笑顔を見せてくれたことで白斗も心安らぐのだが。

 

 

「あーっ! お兄ちゃん、私にもお願いします!」

 

「え?」

 

「白兄ぃ! べ、別に白兄ぃがしてあげたいっていうならアタシにもしていいわよ!?」

 

「え? え?」

 

「おにーちゃん! ぴぃにもー!!」

 

「え? え? え?」

 

「あー、ズルイー! わたし達が先よ! ねー、ロムちゃん!」

 

「え? え? え? え?」

 

「お兄ちゃんに、食べさせて欲しいな……(わくわく)」

 

「え? え? え? え? え?」

 

 

―――人気者は辛い、辛いからこそ人気者だと白斗君は自分を鼓舞させたそうです。

さて、祭りの楽しい所は何も食べ物だけではない。遊びを目的とした多くの露店が出ていることも醍醐味の一つ。

その中でも代表的な遊びと言えば。

 

 

「白兄ぃ! あそこ、射的あるよ!」

 

「射的に反応する辺りユニらしいな。 うっし、いっちょ荒らしてやりますか!」

 

「うん! 折角だからどっちが多く落とせるか競争しましょ!」

 

「面白い、受けて立つ!」

 

 

ユニが見つけたのは射的屋。銃をこよなく愛する彼女らしいセレクトと言えよう。

対する白斗も銃の扱いに関してユニの師となっている存在。互いに自信しかない中、店主に金を払って数分。

 

 

「……ちぇっ、あと一個で勝ってたのに……店の親父め。 出禁にしやがって……」

 

「ホント、懐狭いよねー……。 あと一個で白兄ぃに勝ててたのに……」

 

 

店の商品と言う商品を撃ち落とし、涙目の店主から出禁を食らってしまった。

卓越した射撃の腕を持つ二人にとって、最早射的などお遊戯同然だったのである。

ただ、二人としては引き分けに終わってしまったことが残念でならない。

 

 

「まぁいいや。 ほーれ、賞品は山分けだー」

 

「皆、好きなの持って行っていいわよ」

 

「やったー! あ、私はこの古いゲームソフト!」

 

「それじゃ私はユニちゃんが落としたこのデジカメ!」

 

「ぴぃ、このおにんぎょうー!!」

 

「あたしは~……このぬいぐるみ~! ふかふかしてる~」

 

「わたしはこの絵本! 表紙が可愛いの!」

 

「新しいクレヨン……お兄ちゃん、ありがとう……!(るんるん)」

 

 

そして手にした山の様な賞品は皆にお裾分け。

嬉しそうに皆が自分が望むものを手に取ってはお礼を言う。案外賞品の質が高かったのも功を奏した。

勝負こそ引き分けだったが、皆の笑顔溢れる光景に満足した白斗とユニだった。

 

 

「おにーちゃん! ぴぃもなにかあそびたいー!」

 

「お、ピーシェも何かするか? んー、メジャーなのは金魚すくいとかだが……」

 

 

辺りを見回して白斗が考える。

金魚すくいは夏祭りの定番だが、明日になればプルルートとピーシェは帰ってしまう。となれば生き物を手に入れられるような遊びは避けた方がいい。

ヨーヨーだとすぐに割れてしまう、かと言って先程の様な射的だとピーシェには難しい。

 

 

「あ、お兄ちゃん。 スーパーボールすくいがあるよ」

 

「ん? おお、ナイスだネプギア」

 

 

するとネプギアが「スーパーボールすくい」という屋台を見つけた。

名前の通り金魚すくいのようにポイでスーパーボールを掬い上げるという屋台だ。

これならばピーシェでも楽しめるだろう。

 

 

「ねぷてぬ、すーぱーぼーるって? すっごいぼーる?」

 

「うん! 良く跳ねる、スーパーなボールだよ!」

 

「間違ってないのに……何だか釈然としねぇ……」

 

「で、そのボールが浮かんでるからこのポイで掬ってやるの。 こんな風に!」

 

 

ネプテューヌがお手本を見せる。

水にふわふわと浮かんだスーパーボール一つに狙いを定め、なるべくポイの淵に引っ掛けながらボールを跳ね上げた。

後は落ちてくるボールの真下にお椀を添える。こうしてスーパーボールを一個手に入れて見せる。

 

 

「おおー! ねぷちゃん上手~!」

 

「遊ぶことのプロフェッショナルですから! で、これをポイが破れるまで続けるんだよ」

 

「おもしろそう! ぴぃもやるっ!」

 

「ピー子! なるべくポイを濡らさないで、淵に引っ掛けるのがコツだよ!」

 

 

こうしてネプテューヌの指導の下、ピーシェもスーパーボールすくいに挑戦してみることに。

最初こそは破れまくり、泣きそうになっていたもののネプテューヌのアドバイスやプルルートの応援で何とかコツを掴み、達人の域には達していないものの2、3個は掬えるようになっていた。

 

 

「やったー! ねぷてぬ、ぷるると! すくえたよー!」

 

「ピー子凄い凄い! もうこんなに掬えちゃうなんて!」

 

「よく頑張ったね~、ピーシェちゃん~」

 

 

二人の良き姉に頭を撫でられ、ピーシェもご満悦だ。

勿論スーパーボールが手に入ったのもあるのだろうが、それ以上に大好きな姉二人から頑張りを認めて貰えたことが何より嬉しかったのだ。

そんなピーシェの嬉しそうな表情を見られただけでも、夏祭りに来てよかったと白斗は思える。

 

 

「ふふ、今お父さんのような目になってたよ。 お兄ちゃん」

 

「……最近、それでも悪くないかなと思い始めている俺」

 

「そうなんだ。 それじゃ……わ、私が奥さんとかどうかな~……?」

 

「ってネプギアさん!? 何してらっしゃるのですか!?」

 

 

するとネプギアが片腕に抱き着いて頬を擦り寄せてきた。

ネプギアも妹扱いしているとはいえ女神様にして美少女。白斗もドキリとしないわけがない。

 

 

「たまには役得! はい、あーん」

 

「むぐっ? た、たこ焼きか……はぐはぐ……」

 

「ふふっ、こうしてるとホントの夫婦みたいで……『ガチャッ』……ガチャ?」

 

 

その姿勢のまま白斗にたこ焼きを食べさせてあげる。

傍から見ればまさにバカップルとして思えない光景だが、周りの客も割と似たようなことをしているので案外目立たたなかった。

このまま一気に好感度を高めようとした矢先、ネプギアの後頭部に冷たい何かが押し当てられる。

 

 

「ネプギア……脳幹撃ち抜かれたくなかったら今すぐ白兄ぃから離れなさい……!」

 

「い、いいじゃないのユニちゃん! 私だってお兄ちゃんに甘えたいもん!」

 

「それは甘えすぎだっての! いいから離れなさーい!!」

 

「ひゃあああああああああああ!?」

 

 

ユニが銃を取り出していたのだ。

慌てるネプギアだが一向に離れようともしないため、ユニが掴みかかって引き離す。

因みにこんな往来だがくじの景品などでエアガンなども結構飾られているため、ユニの銃についてはお咎め無しだった。

 

 

「やれやれ……ってロムちゃんとラムちゃんは!?」

 

「「あっ!?」」

 

 

思わず夢中になってしまっていた。

好奇心旺盛な二人は一ヵ所に留まるということを知らない。こんな夏祭りの場であれば尚更だ。

慌てて周りを振り返ると、幸いにも近くの屋台で金魚すくいをしていたのだが。

 

 

「あぅ……破れちゃった……(しくしく)」

 

「うー、すぐ破れちゃって救えない~……」

 

「はっはっは、まだまだ下手っぴっちゅね」

 

(ん? 『ちゅ』って語尾……まさか……?)

 

 

思いのほか救えず悪戦苦闘で涙目の二人。

お小遣いも尽きてしまい、これ以上手出しが出来ない。ただ、白斗はその店主の声色、そして語尾に聞き覚えがあった。

店を覗き込んでみるとそこに座っていたのは。

 

 

「……何やってんだネズミ」

 

「げぇっ!? は、は、は、白斗っちゅかぁ!!?」

 

 

ネズミことワレチューだった。

どうやら彼も祭りに託けて出店を出していたようだ。それ自体は別に咎めるところではない。

しかし、彼は白斗の登場にやたら慌てている様子だ。何か後ろめたいことがある、そう感じ取った白斗は。

 

 

「……俺にも一回やらせな」

 

「し、仕方ないっちゅね……まぁ、掬えるはずもなし。 ほれ、ポイっちゅよ」

 

「お兄ちゃん! わたし達の敵討ち頼んだわよー!」

 

「お兄ちゃん、頑張って……!(フレー、フレー)」

 

 

白斗はコインを支払ってワレチューからポイを受け取る。

だが彼は金魚を掬おうとせず、それどころか受け取ったポイを凝視していた。

 

 

「……ははーん、和紙に良く似せたオブラートか。 随分姑息なマネしやがるなぁオイ?」

 

「ぢゅぢゅぢゅっ!?」

 

 

指摘された途端、ワレチューはこれでもかというくらいのオーバーリアクションを取った。

どうやら当たりらしい。

 

 

「お兄ちゃん、オブラートって……?(はてな)」

 

「すっごく水に溶けやすい膜のこと。 こんなんじゃ水に浸けた途端、溶けちまうわな」

 

「ってことは……インチキじゃないの! お金返せー!!」

 

「い、インチキとは失礼っちゅね! そ、そういうポイだって探せば……」

 

「ねぇよ、ポイってのは和紙かモナカかって決められてんだよ」

 

「ぢゅ~~~!?」

 

 

完全に論破され、逃げ場を失うワレチュー。

あの騒動以降、女神排除などの危険思想からは足を洗ったといえどまだ小悪党からは脱却しきれていないらしい。

と、その時。地を震わせるような足音がズシンと後方で響く。何事かと白斗が振り返ると。

 

 

「……私の国の夏祭りでインチキして、ロムちゃんとラムちゃんを泣かせたって……?」

 

「ね、ネプテューヌ……?」

 

「アタイのことは姉御と呼びな、白斗」

 

「へい、姉御」

 

 

いつもの天真爛漫さの欠片もない、怒りのオーラを噴き上げさせているネプテューヌだった。

このオーラの前にはピーシェは勿論、プルルートも怖気づいている。

口調まで変わっており、白斗も従わざるを得ないほどの迫力があった。

 

 

「あ、あれはまさか……!!」

 

「知ってるのかネプギア!?」

 

「お姉ちゃん、遊ぶことに関しては真剣で……あんな風にインチキして人を泣かせちゃったりするとすっごく怒っちゃうんです……!!」

 

 

なるほど、それであんなに怒っているのかと白斗も納得した。

遊ぶこと大好きで、何より心優しいネプテューヌだからこそ許せないこの悪逆非道。

さすがのワレチューも震え上がって逃げることすら出来ない。

 

 

「ぢゅ、ぢゅぢゅぢゅ~! 許して欲しいっちゅ~! 出来心だったんちゅよ~!!」

 

「アタイの国でこんな不届き千万しておいて許せだぁ……? この悪逆非道、お天道様が許しても、このネプ子さんは許しゃぁしないよォ!?」

 

 

腕を組み、鋭い視線を投げつけるネプテューヌ。

最早別キャラだとしか言わんばかりの変貌ぶりだが、余りの迫力に白斗も口を挟めない。

―――この人物を除いては。

 

 

「……あきまへんなぁ、お嬢ちゃん」

 

「げ!! その声はまさか……!!」

 

 

白斗が嫌な声を聴いて振り返る。

思えばワレチューがいたのだ。“彼女”もいて然るべきだと思っておくべきだったのだ。

 

 

「お、オバハン~!」

 

「ウチの子分がえらい世話になったようやなぁ。 せやかて今日はお祭り、無礼講……ちょっとの出来心くらい見逃して然るべきとちゃいますかー?」

 

「その出来心で幼子泣かせてちゃぁ世話ないって言うてるんや」

 

 

その声の出どころはとある出店。

そこにいるであろう上司に泣きつくワレチュー。もう正体自体は割れている。だが、ネプテューヌは一歩も引けを取らず啖呵を切る。

 

 

「祭りやで? そないケチケチしたってしゃぁないやろ? それにウチらも一家の生活……何よりナスによる世界征服が懸かってるさかい」

 

(ってかなんでアンタまで口調変わってんの……?)

 

 

ユニのツッコミも何処へやら、二人の闘争は高まっていった。

散らされる火花、それに触発されたかのように店主も重い腰を上げて姿を現す。

 

 

 

 

「……邪魔は……あきまへんでぇ!!」

 

「……やっぱお前かよマジェコンヌ……。 つーか昨日はR-18アイランドにいたよな……?」

 

 

 

姿を現した魔女―――マジェコンヌが太々しい面を見せた。

昨日まで南の島でナスの行商をしていたはずが、今日はこちらで出店を構えているらしい。

商魂たくましいといえばそれまでだが、尚更ネプテューヌの視線は強まる。

 

 

「うおおおおおお!! 喧嘩だ、喧嘩ぁ!!」

 

「祭りの華じゃぁ!!!」

 

「ええで二人とも!! 思う存分盛り上がれやぁ!!!」

 

 

この二人のボルテージを受け、周りは盛り上がる。

あっという間にネプテューヌとマジェコンヌの喧嘩を受け入れてそれを楽しんでいる辺り、さすがプラネテューヌ国民と言うべきか。

 

 

「せやかてワイも大人……女子供も力比べしようなんてアホやおまへん」

 

「ほぉー……逃げ口上だけは随分立派やのォ」

 

 

互いに皮肉を叩き合う。

とりあえず互いに武力行使をするつもりはない。それはそれで一安心なのだが、ならば何で決着をつけるのか?

 

 

「元は出店のケチで始まった諍いや。 ……ウチの出し物で決着つけまひょか?」

 

「望むところや。 ……アタイが買ったら、ロムちゃんとラムちゃんのお金は返しな」

 

 

ネプテューヌは敢えて提案に乗り、要望を出す。

今回の被害者であるロムとラムの事を慮り、二人の仇を取ろうとする。

 

 

「ええでっしゃろ。 ほな、ワイが買った暁には……そこの小僧!!」

 

「へ? 俺!?」

 

「そや! アンタを今日一日売り子、そして半年の間ウチのナス畑の作業員としてこき使ったるさかいなァ!!!」

 

「なっ!? なんでや!! 白斗関係ないやろ!!」

 

 

どうやらマジェコンヌは白斗の事を大層気に入っているらしく、彼をしばらくこき使いたいと言い出したのだ。

この要求にはさすがのネプテューヌも焦りを見せる。

勿論負けるつもりはないが、自分の口一つで白斗の今後が決まってしまうのだ。軽々しく、頷けるはずも―――。

 

 

「……いいぜ。 俺の首、ネプの姉御に預けた!!」

 

「は、白斗!? ダメだよ、そんなの……!!」

 

 

何と白斗は逃げるまでもなく、文句を言うでもなく、その場にどっかりと座り込んでしまった。

一切逃げようともしないその姿勢は、完全にマジェコンヌの要求を呑むということである。

思わず取り消そうとするネプテューヌだが、白斗はそれを手で遮る。

 

 

「……俺は知ってるぜ? 俺の女神様は……ここ一番でやってくれるお人だってな」

 

「……白斗……」

 

「だからケチケチせず、ドカッと行けや! 一点賭け上等!! 不利な時ほどアタリがデカイってなモンよ!!」

 

 

ネプギアも、ユニも、プルルートも。皆が皆、白斗を心配していたが対する彼は悲壮感など全く抱えていなかった。

どこまでもネプテューヌの勝利を信じて疑わない。愛する人からの叱咤激励を受けて、やる気になれない女などいるだろうか?

―――いや、いない。

 

 

「……白斗の命……確かに預かった!! マジェコンヌ、決闘成立や!!!」

 

「ええ覚悟や! 尤も……それは勇気じゃなくて蛮勇……否、ただの無謀やけどなァ!!」

 

 

改めての決闘成立に周りの興奮も最高潮に達する。

互いに逃げ場も、逃げるつもりもないこの勝負。ネプテューヌの瞳には勝利の炎が灯っていた。

 

 

「それで、アンタんトコの出し物って何や?」

 

「フフフ……私と言えば……ナスに決まっているだろう!!」

 

「ぎゃあああああアアアアアアアアアア!!? ナスぅううううううううううううううう!!?」

 

「ええっ!? さっきまでのやる気はどうしたのお姉ちゃん!?」

 

 

出店に案内されるなり、ネプテューヌが恐れ飛びのいた。

なんとそこにあるのは―――水に浮いたナスだからだ。

 

 

「これぞ新感覚の遊び、『ナス掬い』!! 自在に動かない分、金魚よりも優しい難易度! 救ったナスはその場で焼いて食べられるサービス!! 新感覚だろう!!!」

 

「因みに売れ行きは?」

 

「全く良くありません(泣)」

 

 

白斗からの一言にヨヨヨと泣いて見せるマジェコンヌ。

発想自体は悪くないのかもしれないが、遊ぶにしては地味すぎる。商魂たくましいが、商才はそこまでではないのかもしれない。

だが、白斗はそれ以前にネプテューヌが心配で仕方がなかった。何せ彼女は大が付くほどのナス嫌いなのだから。

 

 

「う………うぷぇ………ナスの匂いが……」

 

「ハーッハッハッハッハ!! ルールは簡単、このポイ一つでナスを一本掬って焼いて食べればOK!! 勿論ポイが破れても、ナスを食べきれなくても失格だ!!」

 

 

ルール面に関してもネプテューヌに圧倒的不利である。

彼女の技術ならナスを掬うこと自体は可能だろうが、ナスの匂いでパワーダウンさせられている以上持ち前の集中力が発揮できるかも怪しい。

何より掬ったナスを食べなければならないなど、彼女にとっては拷問にも等しい。

 

 

「潔く負けを認めるが良い女神よ! そして小僧、貴様は晴れてナス農家に就職だ!! 貴様にも見せてやる……世にも美しい、ナスの地平線を……!!」

 

「お前の思想がぶっちゃけワケ分からんが……ネプテューヌを見くびるんじゃねーよ」

 

「ふん、ナスに怯え苦しむ無様な小娘を見くびるななどとそれこそ無理な……」

 

 

などと一笑に付したその時、ネプテューヌの目元に陰りが入った。そして。

 

 

「チェストぉおおおおおお―――――っ!!!」

 

「なっ!? 何ィ!!? 掬っただとおおおおおおおおおおおおっ!!?」

 

 

ポイの膜を破ることなく、淵に引っ掛けるようにして見事に掬い上げた。

パシャッ、と音を立てて一本の艶のいいナスがネプテューヌが手にするお椀の中へと吸い込まれるように落ちる。

 

 

「ぐ……ッ! だがまだだ!! そのナスを焼いて食べるまで勝利とはならん!! ナスを拒絶する貴様に、そんな真似ができるはずが……っ!!?」

 

 

マジェコンヌの言葉は、そこで詰まった。

何と彼女は臆することなく、用意された網の前に立った。そしてその上にナスを置き、綺麗な焼き色が付くまでじっくりと焼く。

 

 

「……確かに、ナスに負けるだけなら簡単だよ。  私だって、嫌なことは嫌。 お仕事とか嫌いなことからは逃げ回ってきたよ」

 

「……ねぷちゃん……」

 

 

心配そうに見つめるプルルート。

彼女もネプテューヌのナス嫌いは良く知っている。だから本当にナスを食せるのか怪しかったのだが―――。

 

 

「でもね……私にとってはナスなんかよりも……白斗が取られる方が嫌なのっ!!! だから、どんなに辛くても……私は白斗にために頑張れるっ!!! もぐもぐッ!!!」

 

「た、た、食べたっちゅううううううううううううううううううう!!?」

 

 

しっかりと冷ましてから、ネプテューヌは一気にそれを口の中に押し込んだ。

きっと彼女の中で想像を絶する吐き気などが襲い掛かっているのだろう。それでも彼女は食べきった。

ロムとラムのために、そして何よりも白斗のために。

不俱戴天の仇とも言えるナスに真正面から立ち向かい、見事に食して見せた。

 

 

「……ねぷてぬ……! カッコイイ……!!」

 

「いや水を差すようで悪いんだけど、ただナスを食べてるだけよね……?」

 

「ユニちゃん、言わないお約束だよ」

 

 

ユニの発言はともかく、その姿はピーシェにも眩しく映った。

やがて見事に食べきった彼女は拳を天高くつき上げ。

 

 

「―――アタイの勝ちじゃあああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――ッ!!!』』』

 

 

高らかに、勝利宣言をしてみせたのだった。

それに沸き立つ観客たち、がっくりと膝を落とすマジェコンヌ一派、そして白斗は勝利したと知るや否や立ち上がり、崩れ落ちそうになるネプテューヌを支えた。

 

 

「……ありがとな、ネプテューヌ。 カッコ良かったぜ! さすが俺の女神様だ!!」

 

「……えへへ、でしょ……?」

 

「これ、さっきの出店で買ってきたプリンクレープだ。 これでお口直ししてくれ」

 

「わ~い!! プリンだプリン~~~!!!」

 

「で、すぐ復活するのは如何にもお前らしいな!?」

 

 

プリン一つで完全復活する辺りさすがネプテューヌだろうか。

何はともあれネプテューヌの体調面も問題はなし。残す問題は―――。

 

 

「……また、負けた……か。 私は……結局女神には勝てぬ宿命なのかも……な……」

 

「マジェコンヌ……」

 

 

膝を付いたマジェコンヌは最早立ち上がれもしない。

絶対に勝利できると思ったこの勝負でさえ、負けた。ネプテューヌの白斗を想う気持ちに勝てなかった。

それがマジェコンヌを失意のどん底に突き落としていたのだ。

 

 

「……約束だ。 そこのちびっ子に金を返そう……」

 

「ふ、ふーんだ。 最初っからこうしていれば良かったのよ!」

 

「もう、悪いことしちゃダメだよ……!(ぷんぷん)」

 

 

少しだけ鼻息を荒くして怒るロムとラム。けれども余計に可愛らしかったといいます。

 

 

「……敗者に弁はない……。 行くぞ、ネズミ……」

 

「分かったっちゅ……うう、一儲けしてコンパちゃんをデートに誘う作戦がぁ……」

 

 

泣きながらも店をたたもうとしているマジェコンヌ達。

だが、それを止める影が一つ。

 

 

「待ちな! 何か勘違いしとるとちゃいますか?」

 

「ね、ネプの姉御……?」

 

 

なんと他でもない、ネプテューヌがそれを止めたのだ。

何を言い出すのかとマジェコンヌ達も作業の手を止めて、女神の言葉を待つ。

 

 

「アタイがつけた条件は二人に金を返すことだけよォ……。 それと、もうインチキなんぞしねぇって約束すんならアタイから言うことは何もねぇ……」

 

「な、情けのつもりか貴様!?」

 

「アホ抜かせ。 ……お祭りの大原則、それは皆で楽しむことや。 皆で楽しむために決まりっちゅうモンがあるんや。 そしてその皆の中にアンタらもおる……それだけや」

 

 

―――何という懐の深さ。

これこそ、ネプテューヌという女神を作る魅力の一つ。どんなに敵対した者でも、最低限の道さえ踏み外さなければまだ受け入れる。

マジェコンヌ達だけではない、白斗達にも、そして周りの客達にも衝撃と尊敬を与えた。

 

 

「……後始末くらいはしっかりせぇや。 後……二度と白斗を巻き込まんといてぇな」

 

(お姉ちゃん……カッコイイ!! けどいつまで続けるのその口調?)

 

 

キラキラと尊敬と愛情の眼差しを送る一方、しっかりとツッコミ役は果たしているネプギアさんであった。

 

 

「……さて、これで悪は滅びた!! 夏祭り再開だよっ!」

 

「お、ようやく口調もいつも通りに戻ったか」

 

「ねぷちゃん、お疲れ様~」

 

 

白斗とプルルートが激闘を制した女神を労う。

ここからは、再び思い出作りのための楽しい夏祭りの再開だ。

 

 

「あ、白くん~。 あっちで踊ってるみたいだよ~」

 

「ん? ああ、盆踊りか。 つーかこっちにもあったのな、その踊り……」

 

「ね~、踊ろうよ~」

 

「おう、いいぜ」

 

 

その後もかき氷やらイカ焼きやらを楽しんでいると、プルルートが浴衣の裾を引っ張ってきた。

指を差した先には太鼓を積んだ櫓の周りで盆踊りをしている人々がいる。

こうしてゆったりと踊るのも一興かと、白斗もその誘いに乗ることに。

 

 

「えへへ~、こんなにゆっくりだったらあたしにも踊れる~」

 

「はは、プルルートらしいな」

 

「うんうん。 白くんも一緒だしね~」

 

「それは光栄なことで」

 

 

どうやらゆったりとしたリズムの盆踊りはプルルートの肌に合ったらしく、楽しそうな表情で踊っていた。

白斗もプルルートという美少女と一緒に踊れて、夢見心地さえ覚えてしまう。

 

 

「……白くん、昨日の続きになっちゃうけどね~」

 

「ん?」

 

「……あたし、ねぷちゃんや白くんと色んな楽しいことしたいんだ~。 だから……また一緒に遊ぼうね~」

 

「……ああ、勿論だ」

 

 

そして夢見心地だったのは、プルルートも同じだった。

この世界に来て、ネプテューヌ達という新しい友達を得て。何より白斗と言う初めて親しくなった男の子も得て。

プルルートにとっても、楽しいことだらけだった。だからその楽しい思い出を、今日で終わりにしたくなかった。

 

 

「ふ~! 踊った踊った~!」

 

「だな。 ただの盆踊りでも、案外楽しいモンだ」

 

 

それから一頻り踊ったプルルートは本当に満足そうな笑顔を浮かべていた。

笑顔が何よりも素敵なのは、どの世界のプラネテューヌの女神様共通なのだろうか。

そんなことを思っているとネプテューヌがこちらへ駆け寄ってくる。

 

 

「お~い! そろそろ移動するよー!」

 

「ん? 移動って……どこ行くつもりだ?」

 

「ふっふっふ……地元民しか知らない、とっておきのスポットだよ!」

 

 

何やらこの場から移動するらしい。

まだ出店などを味わい尽くしていないはずだが、彼女が言うからには何かあるのだろう。

一同は女神の誘導に従って移動する。そこは祭り会場から少し離れた、小高い丘の上。

 

 

「ねぷちゃ~ん。 何するの~?」

 

「ここからだとね、最高に良く見えるんだよ!」

 

 

一体何が見えるのだろうか。こんなにも高く、周りに人もいない状況では女の子のスカートの中なども見えはしない。

などと馬鹿なことを考えていると、ヒュ~という笛にも似た音を立てて、何かが天高く昇り、心震わせる爆音と共に―――夜空に炎の華が咲いた。

 

 

 

「花火……! すげぇ綺麗だ……」

 

 

 

白斗も、ユニも、ロムとラムも、そしてプルルートとピーシェも。

天に咲く大輪に目を奪われていた。まさにこの国の女神で、この国の事を知り尽くしているネプテューヌ達だからこそ案内で来た、最高の花火スポットだ。

 

 

「やったね、お姉ちゃん!」

 

「うん! さぁ、まだまだ花火は打ちあがるよ! たーまやー!!」

 

「この世界でもその呼び声あるのな……」

 

 

しかし、それ以上のツッコミは野暮だった。

彼女に倣ってロムやラム、ピーシェ達も「たーまやー」と言い出したのだ。こうやって皆で花火を楽しむのも、大切な思い出。

白斗もネプギアから団扇を受け取り、パタパタと仰いで涼みながら色取り取りの花火を見上げる。

 

 

「わ~。 プラネテューヌの花火、迫力あって凄いね~」

 

「ぷ、プルルートさん! ラステイションの花火も凄いから!! 20連射とかあるから!!」

 

「何で対抗意識を燃やしちゃうのかなユニちゃん……」

 

 

なんて、他愛もない会話でも楽しかった。

花火と共に思い出話や自慢話も咲かせて、皆が笑顔になって。みんなで楽しんで。

―――やがて最後の大玉と共に、花火大会も終わってしまう。

 

 

「あれ……はなび、もうおわりなの……?」

 

「みたいだね。 ……でも、まだ延長戦があるっ!!」

 

 

そう言ってネプテューヌは背中から何かを取り出した。

何も仕舞えないはずの空間から取り出されたそれは、数々の手持ち花火セットである。

これも夏の定番の一つだった。

 

 

「さ、私達だけの花火大会はこれからが本番!! まだ遊び足りないっしょー!!」

 

「用意がいいな、さすがネプテューヌ」

 

「でしょー? さ、ピー子も遠慮せずじゃんじゃん遊んじゃって!!」

 

「わーい!! ねぷてぬ、ありがとー!!」

 

 

この事態を見越して花火セットを買っていたらしい。

皆に配り、チャッカマンで先端に火をつければ綺麗な火花が吹き出す。

白斗の世界でも手持ちの花火はとんと見なくなってしまったが、それでもこうして皆で花火をすればとても楽しく、美しいものとなっていた。

 

 

「皆ー、花火で遊ぶのは良いけどそれ持って振り回したりとかするなよー」

 

「白斗見て見てー! ネプ子さんのファイアーダンス~♪」

 

「このおバカさんのようにな!! ってか率先して危ないことするな駄女神!!」

 

 

花火を持ったまま踊ろうとするネプテューヌを慌てて止めた。

やりたい気持ちは分かるが、危険なことはやめましょう。

―――こんな馬鹿騒ぎも含めて、何もかもが楽しかった。こんな楽しい時間だからこそ、やがて終わってしまうもので。

 

 

「あ……お姉ちゃん、もう花火が少ないよ」

 

「ありゃ……残るは線香花火だけか……」

 

「なら、これが正真正銘の最後だな」

 

 

残るは下に垂らすように持ち、パチパチと火花が散る線香花火。

この花火大会のシメとしては相応しいものかもしれない。丁度本数も人数分ある。

それを全員に配り終えると、ユニが一つ提案する。

 

 

「あ、そうだ! 誰の線香花火が最後まで生き残るか、競争しましょ!」

 

「面白そう! わたしもやる!」

 

「わたしも……負けないから……!(わくわく)」

 

 

誰の線香花火が長持ちするか、これも定番の遊び方だ。

ロムとラムを初め、誰もがその提案に乗った。全員が同時に火をつけ、勝負の火ぶたが切って落とされる。

けれども勝敗そのものよりも、全員で線香花火を楽しむこの時間が何よりも心地よかった。

 

 

「……線香花火って、なんだか切ないですね……」

 

「でも、綺麗なんだよね~……」

 

 

ネプギアとプルルートが、しんみりとした表情で自分の線香花火を見つめ続ける。

派手さはない、どこまでも静かで、しかし綺麗なその輝きに目を奪われてしまう。

やがて花火の先に火の玉が大きく膨れ上がっていき、それは静かにポトリと地面に落ちてしまう。

 

 

「ねぷぅ!? 主人公たる私の花火が真っ先に終わったー!?」

 

「あー……わたしのも落ちちゃったー……」

 

「わたしのも……(ぐすん)」

 

 

真っ先に脱落したのはネプテューヌ。それを皮切りにロムとラムの線香花火も落ちてしまった。

花火が消えるにつれ、周りの明るさも徐々に暗くなっていく。それがより一層切なさを演出していた。

 

 

「あ、私も落ちちゃった……」

 

「ふふん、今回はアタシの勝ちねネプギア! って、アタシのも終わりか……」

 

「あたしも~……。 何だか、寂しいね~……」

 

 

ついでネプギア、ユニの花火も落ちてしまった。

加えてのらりくらりと保っていたプルルートの花火も消えてしまう。これで残るは白斗とピーシェの花火のみ。

 

 

「お兄ちゃん、頑張れー!!」

 

「ピー子も負けるなー!!」

 

 

二人の花火を応援する一同。

でも―――できるならずっと、花火なんて落ちなければいいと思っていた。そうれば、この穏やかで幸せな時間がずっと続くから。

 

 

「…………おっと、俺のも落ちちまったな」

 

「ってことは、ぴぃのかち!? やったー!!」

 

「おめでと~、ピーシェちゃん~」

 

 

最後まで残ったのは、ピーシェの花火だった。

勝利したピーシェは大層嬉しそうにはしゃいでいる。あまり騒ぎすぎると折角の花火も落ちてしまうので、ほどほどにと宥め全員が残ったピーシェの花火を見つめる。

 

 

「……ねぷてぬ、おにーちゃん!」

 

「ん? なーに、ピー子?」

 

「ぴぃ、みんなとわかれるの……いやだよ」

 

「……そうだな。 俺も嫌だよ」

 

 

やはり、幼い彼女にとって一時期であろうと親しくなった人と別れたくないもの。

白斗もネプテューヌも、最早家族のように接してきた二人と離れ離れになってしまうのは嫌だった。

 

 

「……でも、ねぷてぬ。 きらいななす、がまんしてたべてた」

 

「まーね。 白斗が懸かってたし」

 

「ねぷてぬ、えらい! だから……ぴぃもがまんする!」

 

「……そっか。 えらいな、ピーシェは」

 

 

どうやらあのナスとの死闘を制したネプテューヌの姿に感銘を受けたらしい。

ピーシェも、彼女なりの覚悟が出来たようだ。

そんな彼女の成長が嬉しくて白斗とネプテューヌ、そしてプルルートがその小さな頭を優しく撫でてあげる。

 

 

「だから……また、すぐにあそびにきてね! やくそくだよっ!」

 

「うん! 約束!」

 

 

笑顔で頷き、約束するネプテューヌ。

こんな場に涙は似合わない。二人の間にあるものは、この眩しいばかりの笑顔で十分だ。

ひと夏の終わり、少女達は少しだけ成長した。

 

 

 

 

 

 

(……あーあ、終わっちゃうなー……私達の……。 ぷるるんとピー子との、夏休みが……)

 

 

 

 

 

 

そして―――ポトリとピーシェの花火も落ち、夏休みの終わりが告げられた。




大変お待たせして申し訳ありませんでしたっ!!
それもこれもファイアーエムブレム風花雪月ってゲームの所為なんだっ!!あのクオリティでしかも時間を捧げないといけない神ゲーが悪いんだっ!俺は悪くねぇ!!
とまぁ、どこぞの親善大使のようなセリフはおいといて改めて遅くなって申し訳ありませんでした。
今回は前回の続きで、夏祭り編です。前回は四女神が中心でしたので、今回は女神候補生達に焦点を当ててみました。
こういった夏祭りだとネプ子さんの独壇場だと思ってやまない今日この頃。気が付けばあんな展開になっていました。そして私の中ではマジェコンヌは最早ネタキャラ認定なのか?
前回もそうでしたが、色んなキャラを出すにあたって全員に等しく出番を与えるのってかなり難しいことでして。それが出来ていたら幸いです。

さて、次回はついにピーシェとプルルートが……更には新章突入!どうかお楽しみに!
感想ご意見、お待ちしております!


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神次元編
第五十話 そして神次元へ……


―――騒がしも楽しい夏祭りから、一夜が明けた。

あれだけあった屋台の数々は夜の内に撤収され、日が昇ればまたいつものプラネテューヌの街並みに戻ってしまう。

そう、全ては何事も無かったかのように過ぎ去っていく。

今、この世界から二人の少女が消えようとしても、世界は残酷なまでに穏やかだった。

 

 

「……シェアエネルギー、接続完了。 後はその陣の上で待っていただければ大丈夫です」

 

 

機械の調整を終えたイストワールが振り返った先には、その消えようとしている少女が二人。幾何学模様の陣の上で静かにその時を待っていた。

神次元という世界からきた女神プルルート、そして彼女の家族であるピーシェである。

 

 

「……ぷるると、もう……かえっちゃうの……?」

 

「……そうだね~。 もうすぐ……だね……」

 

 

二人とも、気が気でなくどこか落ち着かない様子だ。浮かれているのではない、寧ろ何らかのアクシデントが起きてくれればいいのにとさえ思う状況だ。

 

 

「……本当に帰っちゃうのね。 何だかんだで帰っちゃうと……寂しさすら感じるわ」

 

「そうね。 私達は交流は少なかった方だけど……それでも貴女達に助けられたもの」

 

「また気軽に訪ねてくださいな。 この世界はいつでも貴女達を歓迎しますわ」

 

 

そしてプルルートらを見送るために、三ヶ国からもノワール達女神も駆けつけていた。

ネプテューヌほど親しかったわけではないが、それでもピーシェとも少なからず遊んだし、白斗を助けるためにプルルートに世話になったこともちゃんと覚えている。

彼女達にとっても大切な友人を見送るために、必死に時間を空けてきたのだ。

 

 

「ピーシェ! これ、わたし達が大好きな絵本なの!」

 

「後で読んでみてね……(おずおず)」

 

「ろむ、らむ……うん! ありがとっ!」

 

 

今にも泣きそうな表情を押さえて、ロムとラムがお気に入りの絵本をピーシェに手渡した。

元からちびっ子同士、仲が良かったこともありピーシェも嬉々としてそれを受け取る。

 

 

「ぎあちゃんにユニちゃんもありがとね~」

 

「いえ、私達の方こそありがとうございました」

 

「うん。 白兄ぃを助けてくれましたし、色々楽しかったし」

 

 

一方のネプギアとユニはプルルートに別れの言葉を交わしていた。

思えばプルルートもピーシェも、どちらかと言えばネプテューヌや白斗とベッタリだった。それだけあの二人が魅力的なのだろうとどこか悔しさも感じていたが、同時に誇らしくもあった。

 

 

「あ、そ~だ~。 ぎあちゃん、これあげる~」

 

「え? プルルートさんが私に? ありがとうございま……す……」

 

 

背後から何かガサゴソと漁り始めたプルルート。

確かに付き合いとしては薄かったかもしれないが、それでもプルルートにとってネプギアも大切な存在だった。

満面の笑顔で差し出されたそれを受け取ろうとした―――のだが。

 

 

「……ぷ、プルルートさん。 何ですかこの微妙な表情のネプギアンダ……」

 

「大切に……してね~?」

 

「はっ、ハイイイイィィィ!!?」

 

 

有無を言わせぬ迫力で、受け取らざるを得なかった。

一瞬自分には用意されてなくてムッとしていたユニも、この出来栄えを見て寧ろ安堵してしまい―――。

 

 

「ユニちゃんには……これ~! ロボットアニメ風に“ユニこ~ん”!」

 

「………………………………………………………アリガトウゴザイマス」

 

 

可能な限り、大人な対応をしたユニだった。

 

 

「ははは、素敵なプレゼントで良かったな二人とも」

 

「それじゃ私達からは、ぷるるんとピー子にそれぞれプレゼントだよー!」

 

 

そこへ一歩踏み出したのは、いつもと変わらない様子の白斗とネプテューヌ。

するとネプテューヌが二人の手に何かを握らせていく。

手の中にあったのは何かのカップ、そして蓋には「ねぷの」とマジックで書かれていた。

 

 

「あー! ねぷのぷりん!」

 

「うん! ついでに私と白斗の手作りだよー!」

 

「向こうの世界に帰ったら食べてくれ。 んで、俺達が遊びに行ったらまた作ってやるからな」

 

「わ~! ありがと~!」

 

 

そう、これは餞別の品などではない。約束の証だ。

二人が寂しがらないように、二人とまた会うために。白斗とネプテューヌの想いが込められた、優しい食感の、優しいデザートだった。

 

 

「……またな。 プルルート、ピーシェ」

 

「すぐに会えるからね! ……約、束……だよっ!!」

 

 

ネプテューヌは少しだけ言葉に詰まった。頭では分かっていても、やはり心は泣いてしまっている。

事実、ネプテューヌの瞳には綺麗な涙が少し浮かんでいた。

でも、笑顔は決して崩さない。痩せ我慢などではなく、本当に二人に会うという気持ちでいっぱいなのだから。

 

 

「……うん! ねぷてぬ、おにーちゃん! また……またあそんでねっ!!」

 

「約束、だからね~……!」

 

 

一方のプルルートとピーシェは、涙を堪えようとはしなかった。

けれどもネプテューヌに負けないくらいの笑顔を浮かべている。やはりこの三人に相応しいのは、眩しいまでの笑顔である。

 

 

「……間もなくゲートが繋がります! 白斗さん、ネプテューヌさん! 下がってください!」

 

 

そして、とうとう訪れる別れの時。

白斗もネプテューヌも、名残惜しそうに陣から離れる。やがて陣から光が溢れ出し、その光は二人を包み込んだまま天空を貫いた。

 

 

「……ぷるるーん!! ピー子ぉーっ!!」

 

「……やめろよネプテューヌ……こっちまで、泣きたくなる……っ」

 

 

もうすぐ、二人がいなくなる―――そう認識した途端、ネプテューヌの涙腺が決壊した。

彼女に釣られて、白斗の目尻にも涙が浮かんでしまう。

 

 

「……ねぷちゃ~ん! 白く~~~ん!!」

 

「ねぷてぬー!! おにーちゃーん!!!」

 

 

その涙は二人にも伝播し、彼女達の涙腺も決壊させてしまった。

お互いがお互いを求め合いながら、それでも互いにその場から動かず―――。

 

 

 

「………転送―――っ!!」

 

 

 

―――二人の姿は光で完全に見えなくなり、光の柱は遥か空へと消えていく。

やがて静寂が訪れ、後に残されたのは色を失った陣のみ。

優しい微笑みを浮かべてくれるプルルートとピーシェの姿はもう、どこにもなかった。

 

 

 

「…………行っちゃった、ね…………」

 

「…………ああ」

 

 

二人が消えてしばらくしても尚、白斗とネプテューヌはその場から離れようとしなかった。

ただ、二人が消えてしまった空をぼんやりと眺めていることしか出来なかった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その日の夜、ネプテューヌは真っ暗になったとある部屋を訪れていた。

 

 

「………………」

 

 

そこは今朝まで、プルルートとピーシェに与えられていた部屋だ。

中でも一際目に着くのが、床に散りばめられた玩具や人形、積み木やお絵かき用の道具の数々。

壁にはピーシェが描いた絵の数々が綺麗に留められている。

 

 

「……片付け、しなきゃね……」

 

 

ネプテューヌは散らばった玩具を手に取り、しかしそこで止まってしまった。

まるでこの玩具をどうするべきか、決めあぐねているような―――。

 

 

「―――片付け、手伝うよ」

 

「あ、白斗……」

 

 

すると彼女の真横からぬっと飛び出る人影。白斗のものだった。

彼はテキパキと散らばって玩具を片付けていき、おもちゃ箱の中へと放り込んで部屋の隅に置いておいた。

 

 

「捨てる必要なんかない、そうだろ?」

 

「え……?」

 

「確かにいつ会えるか分からないけど、どれもこれも大切なピーシェとの思い出なんだ。 だから、捨てなくていいんだよ」

 

 

今はただ、片隅に仕舞っておくだけ。必要な時にまた取り出せばいい。

そんな彼の優しい微笑みに、ネプテューヌは少しだけ涙して。

 

 

「……ありがと、白斗。 やっぱり白斗は優しいね」

 

「いやいや。 ……お前には負けるさ」

 

「え? 後半何か言った?」

 

「何でもない。 さ、早く片付けて晩飯だ。 今日はコンパが腕によりをかけて作ってくれるってさ」

 

「わーい! こんぱのご飯-!!」

 

 

ようやく、いつも通りのネプテューヌに戻ってくれた。

彼女の笑顔を取り戻せたことに一安心すると部屋をあっという間に片付け、二人して部屋を出る。

パタンと閉じられた部屋には、静寂しか残らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから次の日。

プルルートとピーシェが帰ってしまってから、早くも一日が経過しようとしている。

教会職員やイストワール、ネプギアはすっかり立ち直り、ネプテューヌも表面上何とか持ち直している。

今は姉妹仲良くゲームと言う名のサボりをしている中、白斗に話しかけられる声が一つ。

 

 

「白斗さん、少々よろしいでしょうか?」

 

「イストワールさん? 構いませんよ」

 

「では……あちらの方で、お話しますので」

 

「あ、はい……?」

 

 

教祖イストワールだった。今日も小さな本に乗り、ふわふわと浮かんでいる。

彼女かこんな訊ね方をしてくる時は何か仕事がある時だ。

だが、肝心なイストワールの様子が少しおかしい。話すのを躊躇っているかのような、そんな風に見受けられた。

 

 

「……実は一つ、仕事をお願いしたいんですが……」

 

「仕事は構いませんけど……内容は?」

 

「……市民団体の調査、です」

 

「市民団体?」

 

 

聞き慣れない単語だ。団体と言うからにはそれなりの人数、おまけに市民たちで構成されているのだろう。

しかし、イストワールがわざわざ調査を依頼するからには何かがあるはず。

 

 

「はい。 ……この団体は、どうも女神反対運動を行っているようなのです」

 

「……女神反対……? 正気かそいつら?」

 

 

白斗は訝しさ―――を超えて、怒りすらにじませた。

女神に救われ、女神と共に過ごし、そして女神を愛している彼だからこそ知っている。女神様は誰もが素晴らしい人だと。

しかもこのゲイムギョウ界は女神ありきで成り立つ世界。にも拘わらず女神の存在を否定する彼らに、好感など抱けなかった。

 

 

「分かりません。 何故彼らが女神反対運動を行っているのか、どれくらいの規模なのか……それを貴方に調査してもらいたいのです」

 

「寧ろ引き受けさせてください。 そんなふざけた団体名、徹底的に……」

 

「い、言っておきますがあくまで調査ですから。 それにこの世界では過去、女神様がシェアを巡って武力衝突したこともあります。 彼らはその被害者かもしれない……ですから、事の真相を“調査”するに留めて欲しいのです

 

「……分かりました。 武力行使なんて、女神様の心象を悪化させかねませんからね」

 

 

渋々、と言った様子だが白斗はあくまで市民団体の調査を請け負った。

今でもその市民団体に対する怒りがどうしても湧いてしまうが、イストワールの言う通り詳細を知らないままでは一方的に怒りをぶつけるのも筋違い、お門違い。

切り替えが出来る人間こと白斗は一旦怒りを抑え、調査に臨もうとするのだが。

 

 

「はいはーい! そーゆーことならネプ子さんも行かないと!」

 

「おわ!? ネプテューヌ、聞いてたのか!?」

 

「聞いてたよ! もう、私の尾行にも気づかないくらい怒ってるんだから、白斗から目が離せなくなっちゃうよ」

 

 

すると脇からにゅっ、と小さくも可愛らしい影が。ネプテューヌのものだ。

どうやら今までの会話を聞かれていたらしく、同行を申し出てきたのである。無論、自分に対する批判なのだから自分が行かねばならないという責任は理解できる。

だが、白斗はそれを良しとはしなかった。

 

 

「いいのかネプテューヌ? ただでさえ二人が帰って参ってる時に、こんな辛い仕事……」

 

「まぁ、正直言えばイヤだけど……何だか落ち着かなくてさー。 だからたまには気分転換!」

 

 

苦笑いながらも、ネプテューヌは退く姿勢を見せなかった。

普段はお気楽でも、いざという時は女神様。そんな彼女こそ、白斗は心を打たれる。

 

 

「……はは、気分転換に仕事とはお前らしい。 分かった、なら俺が絶対に守る。 んで、さっさと調査を済ませたらその後は街に出も遊びに行くか。 二人で」

 

「え、ホント!? やったー!! 白斗とデートだー!!!」

 

 

そんな彼女の姿を見ていたら、先程まで白斗が抱いていた市民団体への怒りもどうでもよくなっていた。

ならば自分がすべきことはその市民団体の一切を暴き、もし本当に女神に反感を抱いているのであれば根気強く説得すること。

そしてお気楽ながらも健気で優しい女神様を精一杯守ることだった。

 

 

「……まぁ、今回は大目に見ましょう。 では白斗さん、ネプテューヌさん。 調査の方、よろしくお願いします」

 

「了解です」

「合点ー!」

 

 

こうして白斗とネプテューヌは、市民団体の調査へと乗り出すことになった。

一連のやり取りを終えてか、二人の雰囲気も幾分か軽くなったようだ。

 

 

 

 

「……しかし、このタイミングで市民団体による女神反対運動……ですか。 これが……転換期のキッカケにならなければいいのですが……」

 

 

 

 

 

それでも、イストワールは憂いていた。

この運動が齎す、ゲイムギョウ界にとってある意味一番厄介な時期に―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて、市民団体を探しに街に繰り出したはいいものの」

 

「その団体さんはどこにいるのかなー?」

 

 

街に出て数分、白斗とネプテューヌは早速手掛かりに困っていた。

というのも、足取りが掴めないくらいに細々とした活動しかしていないらしい。アイエフに連絡を取ってみても「女神反対」と書かれたビラを配ることだけ、ギルドなどで情報収集してもメンバーもまばら程度らしく、吹けば消えそうな程度の活動しかしていないらしい。

それでもイストワールの目に留まる辺り、それが長く続いているのだろう。

 

 

「ただ、聞いた話じゃどれもこれも銀髪の女が関わってるらしいな」

 

「その人がリーダーなのかな?」

 

「こき使われる下っ端的存在……かもしれないが、規模を見る限りじゃ下っ端をこき使うだけの余裕もないだろう。 なら、そいつが中心人物である可能性が高い」

 

 

得た情報を元に推測を組み立てていく白斗。

ならば一旦その市民団体そのものを探すより、よく話に聞くその「銀髪の女」を探した方が早いのではないだろうか。

 

 

「おや、貴方達。 市民団体を探しておいでですか?」

 

「ねぷ?」

 

 

するとそこに掛けられた飄々とした声。

振り返ると、先程まで誰もいなかったはずの場所にいつの間にか男が立っていた。

黒いローブで肩から下を覆い隠し、頭にはつばの広い帽子を被っており姿の全容を見せない。

ただ、帽子の下から覗かせる笑顔は―――慇懃無礼ながらもどこか油断ならない雰囲気を醸し出している。

 

 

(コイツ……いつの間に俺達の背後に立った!? 気配なんて全く感じなかったぞ!?)

 

「あ、失礼。 手品みたいなものでして。 ですからそう警戒なさらずに」

 

(しかも心を読みやがった!? ……つーか、こいつの声どこかで聞いたような……?)

 

 

まるで心を見透かしているとでも云わんばかりに白斗の心情を言い当てる男。

クックック、と聞きようによっては不快にも取れる笑い方をしている。

だが、白斗はどこかで聞き覚えがあった。直接会ったことは無いはずだが、この“飄々とした声”は―――。

 

 

「えーと、それでアナタは何なのかな? こんなところで新キャラ出されても私達も読者も絶賛困惑中だよ?」

 

「ははは、これは手厳しい。 さすがは女神ネプテューヌ様、メタ発言も相変わらずで」

 

 

どうやらこの男はネプテューヌが女神であることを知っているらしい。

だが、女神暗殺のために派遣された刺客では無さそうだ。もしそうならば、先程の一瞬でネプテューヌに害を成していただろうから。

 

 

「私、ジョーカーと申します。 世界を股に掛ける……語り部、でしょうか」

 

「語り部?」

 

「ええ、ええ! 数多の物語を思いついてはそれを語る……まさに語り部です」

 

 

ジョーカー、男はそう名乗った。

だが答えているようで、いまいちわからない答えである。

偏に「語り部」と言われてもしっくりこない。吟遊詩人とでも名乗ればよさそうなのに。

 

 

「まぁ、私のことなどどうでもよろしい。 それよりそろそろ、貴方達の尋ね人のこと……聞きたくはないですか?」

 

「……それもそうだな」

 

 

白斗は依然警戒心を露にしながらも情報を求める。

信憑性があるかどうかは、話を聞いてから判断しなければならない。

 

 

「市民団体のリーダーでしたら、この街の外にあるバーチャフォレストで次の活動に向けた準備を行ってます。 ……が、次は少々規模が大きくなりそうでして」

 

「規模?」

 

「ええ、ええ! 今度は大声を上げて女神反対ー! と叫ぶ大規模なデモ活動を行うと小耳に挟みまして。 あ、でも私の耳は大きいですけどね」

 

 

かなり具体的な内容だ。しかも次の活動内容まで告げている。

作り話、にしてはどこかリアリティがあり、嘘だと切り捨てることのできない説得力がどこかあった。

これが彼の言う「語り部」としての技術なのだろうか。

 

 

「うーん、白斗。 行ってみる?」

 

「……そうだな。 罠……の可能性はあるが低いだろう」

 

「おやおや、信頼されているのだかされていないのだか……。 して、その根拠は?」

 

「もしネプテューヌを傷つけようとするなら、さっきの一瞬で殺りゃいい。 わざわざ他の場所に呼び寄せて罠にかける……なんて非効率的だ」

 

「おお、頭が切れますねぇ!」

 

「……まぁ、ネプテューヌを捕らえるって目的があるなら別だが。 こうやって堂々と話してる辺り、その線も薄いだろうしな」

 

「ほほ、どこまでも冷静冷徹! 貴方とネプテューヌ様のコンビは、まるで月と太陽のように映えますね~」

 

 

罠にかけるつもりならば、こうして警戒心を抱かせるような言動は普通はしないだろう。

警戒された時点で罠は確実性を失ってしまうのだから。

そんな白斗の切れ者ぶりを評価するジョーカーの口調はどこか大仰で芝居じみている。

 

 

「……とにかく行ってみるか。 一応、礼は言っておく」

 

「うん。 ありがとね、ジョーカー!」

 

「いえいえ。 では、私はこの辺で」

 

 

そう言ってジョーカーはローブを翻しながらその場を去る。

掴みどころのない言動に体捌き。まるで実体すらないのではと思わせるような不気味ささえあった。

白斗は最大限の警戒をしながら、ネプテューヌを守るように歩いていく。

 

 

 

 

「……次なる物語の舞台でお会いしましょう。 女神ネプテューヌ、そして守護騎士……黒原白斗よ……フフフ……」

 

「「――――――ッ!?」」

 

 

 

 

 

だが、去り際に残されたその一言だけはどうしても聞き逃せなかった。その契りを交わしたことを知っている人数など、ごく限られているのだから。

慌てて振り返るも、既にジョーカーの姿はどこにもない。まるで幽霊だったかのように、初めからそこに存在しなかったかのように―――。

 

 

「は、白斗……? 今のって、一体……?」

 

「……少なくとも、気の置ける存在じゃあなさそうだな」

 

「ミステリアスな新キャラ……これはもう、物語的にも新章突入のフラグだよ!」

 

「お前は何で盛り下がるようなメタ発言しちゃうのかな!?」

 

 

緊張感あふれる一場面も、いい意味でぶち壊してくれるネプテューヌ。

そんな彼女のお蔭で、白斗も肩の力を抜くことが出来た。

突然彼らの前に現れた謎の「語り部」、ジョーカー。彼が一体これから何を語るのか、この時の二人は、そして世界は。まだ知る由もなかった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして歩いて数十分後、ここはバーチャフォレスト。

プラネテューヌ近郊にある森で、その分他のダンジョンに比べればモンスターは比較的弱めとされている。

だが有する面積もかなりのもので、冒険初心者にとっては最難関となり得る。

 

 

「確かにここなら隠れて悪巧みにゃ打って付けだが……」

 

「もー、白斗ってば。 まだその人が悪人って決まったわけじゃないよ?」

 

「あー……悪い悪い」

 

 

聊か冷静さを欠いていたようだ。

これからするべきは調査、或いはその人物との対話や説得なのだ。感情を振りかざすだけでは決して納得させることなど出来ないだろう。

と、草根を掻き分けて進んでいると。

 

 

「ふぅ……やっと15人集まった……。 これで少しはデモ活動も実るかな……」

 

 

少し開けた場所に立っている、銀髪の女性。眼鏡をかけており、言動からしても弱々しい……というよりも頼りない印象を受ける。

今までに聞いていた特徴と合致しており、更には彼女の足元に纏められたビラの数々。白斗は狙撃訓練で培った視力を用いて、離れた場所からでもそれをしっかりと視認していた。

 

 

「……女神反対、か。 ビンゴ、十中八九、あいつが市民団体の重要人物だろうな」

 

「それじゃ……あの人が私を陥れようとしている悪者なんだね! このネプ子さんが月に代わってお仕置きしちゃうよー!」

 

「お前さっき悪人と決めつけるなとか言ってなかったか?」

 

「えへへ、冗談だよ冗談。 それじゃ白斗!」

 

「ああ、お仕事開始するとしますか。 ネプテューヌは念のためここにいてくれ」

 

 

突撃を開始する前に白斗は持ち前の用心深さで周りを探る。罠などの類もなければ、あの銀髪の女性の佇まいは隙だらけだ。

体格や肉付きからしても戦闘態勢に入る素振りすらない。ならばと気配を消して忍び寄る必要もない、わざと茂みを揺らして彼女の前に現れる。

 

 

「えっ!? あ、あのあのあのっ!? どちら様ですかっ!?」

 

「アンタが女神反対運動を扇動してる人……で間違いないか?」

 

「そ、そうですけど……あ! ひょっとして入団希望の方ですか!?」

 

「話を聞きたいだけだ」

 

 

白斗の姿を見るや否や、女性はオーバーリアクションにも近い様子で慌てだした。

どうやら気弱さの余り動転しているらしい。白斗としても殺気など微塵も出していなかったのだが。

ただ、入団してくれるかもしれないという存在にかなり目を輝かせている。よっぽど人が集まっていないのだなと白斗は最早呆れすら感じていた。

 

 

「は、ははは……初めましてっ! わ、私は……その……この団体の代表を一応、務めさせていただいてますっ! その……キセイジョウ・レイと申します……」

 

 

ぺこり、と頭を下げるキセイジョウ・レイと名乗る人物。

気弱ではあるが、礼儀正しい。気性自体も激しくは無さそうだが、ならばそんな彼女が何故女神反対運動なという、場合によっては国家反逆罪にも問われかねない行動を起こすのかが分からなかった。

 

 

「黒原白斗だ。 それでレイさん、でいいか?」

 

「あ、はいッ! わ、わわわ、私にそんなお気を遣わなくてもぉっ!!」

 

「いや、そんなに怯えないでくれ……。 あー、やり辛ぇな……。 そんな気弱なアンタが、どうして女神反対運動なんて過激なことをするんだ?」

 

 

とにかく、彼女の事情を聴かないことには話にならない。

この時点で面倒臭いと感じながらも、とりあえず話題を振ってみる。

 

 

「か、過激なんてそんな! 私達は女神によってではなく、正しい規制によって生きるべきと訴えているのであってですね……」

 

「しかし、この国……この世界を守ってるのは女神様だろ? その女神様を排したら誰がお前らを守ってくれるんだ?」

 

「た、正しい規制によって生きれば問題なんて起きないんですよ! 女神がいなくても、生きていけるようにですね……!」

 

 

先程から彼女主体で話をさせているのだが、どうも話が拙い。

女神に対する敵愾心、というよりも自分が正しいと思っての行動らしいのだが何もかも中途半端に感じて仕方がなかった。

 

 

「それに、女神が何でもかんでもしてくれるワケじゃないんです……。 女神がいても、全ての人を幸せにしてくれるわけじゃない……。 だから、女神がいなくても大丈夫な世の中に……」

 

「でも、全ての人を幸せにしようと努力してるぜ? まぁ、この国の女神様はサボりがちなのは否定できんが……」

 

(ねぷー!? 白斗ぉー!! 私を守る気があるのかコラー!!)

 

 

茂みからネプテューヌが可愛らしく怒っている。

抗議をすべく、自分も身を乗り出そうとしたその時。

 

 

「―――けどな、誰より優しく、誰より温かいんだ」

 

(え……? 白斗……?)

 

 

白斗の言葉は、まだ続いていた。彼は知っている。

ネプテューヌという女神様は、確かに欠点も多く抱えるが、それをも上回る長所にして魅力を間近で感じていたのだから。

 

 

「国民と触れ合う時、あいつは凄ぇ笑顔で、あいつと話している人みんなが笑顔になってた。 ネプテューヌはな、仕事こそしたがらないが皆が楽しく過ごすことを願ってる―――素敵な人だよ」

 

(白斗……! もぅ、そういうこと素面で言わないでよ……)

 

 

臆することなく、ネプテューヌの魅力を口にしている。

当然ネプテューヌの耳にもしっかりと届いているため、彼女の顔は既に茹蛸状態であった。

 

 

「それに国民を蔑ろになんか絶対にしない。 だから、反対運動なんて必要ないだろ?」

 

「……貴方、入団希望の方じゃないんですか……?」

 

「話を聞きたいだけ、って言っただろ。 正直言うと、アンタらの調査を頼まれたんだ」

 

「って、ことは……め、女神側の人ですか!? わ、私をどうするつもりで!?」

 

「まぁ、今のところやってるのは迷惑なビラ配り程度。 こんなんじゃ罪に問う必要もない……問う価値もないけどな」

 

 

まだ話して数分だが、白斗は分かってしまった。

恐らくキセイジョウ・レイという女性は余り幸せと感じることのない人生を送ってきたのだろう。

そしてその原因が守護女神ありきのこの世界のシステムにあると感じている。だから彼女なりに考えた末の行動なのかもしれない。

でも、何一つ心に響いてこないのも事実だった。

 

 

「女神様に頼りっぱなしってのも確かに情けない話。 でも、それが女神様がいなくなればいいという理由にもならない」

 

「そ、それ……は……」

 

「なら大事にするまでもない。 そんな身勝手な活動、自然消滅がオチさ」

 

 

これ以上の問答すら必要無かった。

レイの活動は何もかもが中途半端で、ネプテューヌ達に対する反対運動も包み隠さず言えば逆ギレもいい所だ。

そんな連中など、わざわざ軍や女神様を動かしてまで対処する必要もない。

 

 

「ネプテューヌ、帰るぞ。 十分調査は済んだ。 後は警告程度でいい」

 

「あ、はーい」

 

 

すっかり彼女に対する興味を失った白斗がコートを翻してその場を去ろうとする。

白斗の後を追うようにしてネプテューヌも茂みから飛び出した。

 

 

 

 

「……何よ……何で、そんなに私を馬鹿にするんですか……」

 

 

 

 

―――瞬間、謎の違和感を感じて足を止めた。

少しだけ声を濁らせたレイが、何やらブツブツ呟いているのだ。

 

 

「え? いや、白斗は貴方を馬鹿になんて……」

 

「そうやって……そうやって慰めているように見せて私を馬鹿にしてー!! どうしてそんなことが言えるんですかー!!! うわあああああああああああああん!!!!!」

 

「いや、ネプテューヌはお前を気遣ってだな……」

 

 

すると今度はレイが大泣きし始めたのだ。

正直いい歳した大人がみっともないと感じるが、まるで子供の用に泣き喚くものだから白斗も対応に困っていた。

 

 

「ぐすっ……! そ、そうやって女神が……何でもかんでもしちゃうからー!!」

 

「うわー……変なスイッチ入っちゃったよこの人……。 白斗、どうしよう……?

 

「……はぁ、仕方ねぇ。 少しキツイ言い方しねぇと……」

 

 

そろそろ白斗も我慢の限界が訪れそうだ。

ネプテューヌも話が通じない相手にはお手上げのようで白斗に助けを求めていた。

これ以上ネプテューヌに心労を背負わせるわけにはいかない。白斗も心のリミッターを一段階解除し、乱暴な言葉遣いで彼女を正気に戻そうと試みた―――。

 

 

「……女神も……女神に味方する人間も…………!!」

 

「ん……? な、なんだ……?」

 

 

だが、おかしいのは言動だけでは無かった。

何か黒い靄のようなものがレイの体から溢れ始めたのだ。やがて黒い靄は、大きな黒い球体となって―――。

 

 

 

 

 

「みんな……みんなっ!! 消えちゃえ―――――――!!!!!」

 

 

 

 

それを、白斗に向けて放った。

途端、黒い球体から凄まじい風が溢れ出し―――否。凄まじい風圧が、黒い球体へと流れていく。

このベクトルは、この風は、この“吸引力”は―――。

 

 

「う、うわ!!? す、吸い込まれる……ッ!?」

 

「ッ!? 白斗ぉおおおお―――――っ!!!」

 

 

黒い球体が、白斗を飲み込もうとしていたのだ。

所詮白斗はただの人間。あんな球体に飲み込まれでもしたら、命など無い。踏ん張ろうにも、凄まじい吸引力が引き離そうとしてくる。

ワイヤーを伸ばそうにも、その勢いすら吸い込んでしまう。

白斗が危ない。白斗が、大好きな人が―――消えてしまう。ネプテューヌは迷うことなく、白斗に抱き着いた。

 

 

「お、おい!? やめろネプテューヌ!! 離れろぉおおおおおおっ!!!」

 

「イヤっ!! 白斗を離したくない!! 白斗がいなくなるのは……もう嫌なのっ!!!」

 

 

以前、ネプテューヌは目の前で白斗を失ったことがある。

あの時の絶望など、もう味わいたくない。

しかし、ネプテューヌが抱き着いてくれても吸引力は一向に落ちない。それどころか、益々強まってきており―――。

 

 

「う、うわああああああああああああああああああああああああああ!!?」

「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

 

白斗とネプテューヌを飲み込み―――消してしまうのだった。

 

 

 

「……あ、あれ? 女神と……あの男の人は……?」

 

 

 

それまでがむしゃらに暴れていたレイだったが、ようやく我に返ったらしい。

だが今の彼女に何が起こったのか知る由も―――。

 

 

「おーおー、派手にやったなぁオイ」

 

 

そこに聞こえてきた、可愛らしくもあるが乱暴な声。

振り返るとそこには、手乗りサイズの本の上に腰かけた、小さな褐色肌の妖精。

サイズから見て、その浮き方から見て、明らかに人間ではない。それでもレイは、この妖精に見覚えがあった。

 

 

「え? あ、あなたは……確か昨日、私に何かした……妖精?」

 

「そ。 “向こうのお前”に頼まれてお前に力を渡してやったんだが……気づいてなかったのか」

 

「力……? も、もしかして……私が、女神を……」

 

「ああ、凄かったなぁ。 お前のその力があれば、もう怖いモンなんて何もねぇだろ?」

 

 

褐色肌の妖精は煽り立てるような口調だ。

だが、聞きようによっては悪魔の誘惑のようにも聞こえる。レイは昨日、この妖精と出会い、怯えている内に何かされた。

その何かというのが「力の譲渡」であれば、その力で女神を―――「自分に逆らう愚か者」を消せたということに―――。

 

 

 

「……ふっ……ふふふ……。 そう……そうよ……。 私は正しい……正しいから力を振るえる! なら、この力で……女神達を……排除すればいい!! あーっはっはっはっは!!!」

 

 

 

 

―――その力は、レイから恐れを奪い、狂気を齎す。

先程まで全てに怯えていた頼りない女性などいない。そこにいるのは、力を得た狂人の姿。

そんなレイの姿に、黒い妖精は満足そうに顔を歪ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん……ここは……?」

 

「あ! 白斗!! 良かった……目を覚ましてくれて……」

 

「ネプ……テューヌ……? 俺達は、一体……?」

 

 

妙な肌寒さを覚えながら白斗が目を開ける。

そんな彼を出迎えてくれたのは、必死に白斗の心配をしてくれているネプテューヌの顔だった。

彼女の優しい表情を見て白斗も安心したのだが、一体何が起こったのかよく分からない。

それに周りが妙に明るい―――というよりも空色のように青い。一体どこなのかと周りを振り返ると―――。

 

 

 

「………あの、ネプテューヌさん」

 

「はい、何でしょうか白斗君」

 

「……何で俺の真上に地表があるんでしょうか」

 

 

 

そう、真上に何故か地表が見えていたのだ。しかも徐々にこちらへと迫りくる。

それにこの肌寒さ、加えて風を切るような音から察するに―――。

 

 

 

「ジャンジャジャ~ン!! 今明かされる衝撃の真実!! なんと私達は今、真っ逆さまに落ちているのだー!!!」

 

「ああ、なーんだそういうことか………ってえええええええええええええ!!?」

 

「おおー、ナイスノリツッコミ!!」

 

 

 

ネプテューヌのお気楽な回答に一瞬笑って流そうとして―――できなかった。

これはどこからどう見ても自分たちが落ちているのだ。

勢いからして相当なもので、後5分も立たないうちに地上に叩きつけられてしまうだろう。

 

 

「いやー、まさにピンチって奴ですなー」

 

「何でお前はそんなに冷静なんだ!?」

 

「私、落下のプロですから!!」

 

「どんなプロ!?」

 

 

満面のドヤ顔を見せつけられてしまった。

しかし思えば彼女は確かに落下のプロらしく、アイエフやコンパとの出会いも何故か空から落ちてきたからだという。

落下慣れしている彼女からすれば、この程度ピンチでも何でもないのだろう。

 

 

「それにホラ、私女神化できるしー」

 

「そりゃ頼もしいな!、というワケでマジで頼む!! そろそろヤベェ!!!」

 

「はいはーい。 もー、私の騎士様は慌てん坊なんだからー……ねぷ?」

 

 

だがこういう状況を打開する方法がある。ネプテューヌの女神化だ。

彼女が女神化し、ウィングを展開すれば飛行が可能になる。

ネプテューヌは女神化をするべく胸に手を当てて目を閉じる―――のだが。

 

 

「……あれれ~? おかしいぞ~?」

 

「おい、なんだそのどことなく腹立つばーろーっぽい台詞は」

 

「女神化が出来ないや。 テヘペロ☆」

 

「……はああああああああっ!!?」

 

 

いよいよ、慌てだした。何故か女神化が出来ないというのだ。

昨日まで女神化には問題など無く、シェアエネルギーにも異常など無かったはず―――。

 

 

「くそっ!! ネプテューヌッ!!!」

 

「ひゃっ!? は、白斗!!?」

 

 

否、今は考えている場合ではない。

ネプテューヌだけでも助けようと必死に手を伸ばし、その体に抱きしめる。せめて自分がクッションとなるように―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ~、待ってよぉ~」

 

「もう、相変わらず遅いわね。 これが最後の休憩よ!! お誂え向きにあそこにふかふかの草が敷き詰められてるからあそこで一休みしましょ」

 

「はぁ~、やっと休める~……って、あれ~?」

 

「今度はどうしたのよ? こうやって立ち止まっている間にも『アレ』が誰かに……」

 

「え~とね……お空から何か降ってくるよ~?」

 

「はぁ? 空からそんなワケ―――のわあああああああああああああああああっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズドォン!! ―――そんな凄まじい音と衝撃波が巻き起こり、白斗とネプテューヌは地面に落下した。

 

 

「あいっててて……ね、ネプテューヌ!! 大丈夫か!!?」

 

「うん! ピンピンしてるよ!! 何せ主人候補生があるから!!」

 

「何それ羨ましい」

 

「大丈夫大丈夫! 白斗もこの小説の主人公だからこの程度じゃ死なないって!」

 

「おう、メタ発言やめろや」

 

 

さて、叩きつけられたとは言っても真下にあったのはふかふかの草の塊。

どうやらこれがクッションとなって二人を守ってくれたらしい。ネプテューヌには勿論、白斗の方も骨折などの重傷は負っていないようだ。

互いの無事を確認するや否や漫才を始める辺り、本当に余裕はあるらしく、それでいて二人の仲の良さも示していた。

 

 

「……あれ~? その声……ねぷちゃんに……白くん~?」

 

「……ん? その、のんびりとした声……へ? ま、まさか……」

 

 

まだ粉塵が舞う中、聞こえてきた鈴の音を転がすような可愛らしい声。

だが、二人はその声に聞き覚えがあった。

というよりも忘れるはずがない。何せ、それは二人からすれば“昨日”別れたばかりなのだから。

やがて晴れる砂煙、その向こう側にいたのは―――。

 

 

 

 

 

「あ~やっぱり~~!! 白くんにねぷちゃんだ~~~!!」

 

「ぷ、ぷるるん!?」

 

 

 

 

 

 

―――紛れもない、二人の大切な友人。プルルートだった。

 

 

「ぷるるんっ!! 会いたかったよー!!」

 

「あたしも~!! ねぷちゃんや白くんにずっと会いたかった~!!」

 

 

再会して早々に二人はがっちりと指を絡めながら、互いの手を握り合う。

何故?と言った無粋な質問より、再会を喜び合う二人の少女に白斗もほっこりしながら腰を落ち着けた。

 

 

「白くんも~! 会えて嬉しい~!!」

 

「おう、俺もだ……ってプルルート!? 抱き着くな!!」

 

「コラー!! ぷるるんってば、白斗は私のなんだからー!!」

 

 

ネプテューヌとの再会を一頻り喜んだ後、プルルートも白斗に駆け寄った。

握手でもするのかな、と身構えていたところ何と彼女は白斗に抱き着いてきたのである。女の子特有の柔らかさに包まれ、白斗は一気にドギマギしてしまう。

何とかネプテューヌがベリベリとプルルートを剥がして一呼吸置いた。

 

 

「いやー、まさか一話でお別れと再会の両方をやっちゃうなんてさすがのネプ子さんでも予想できなかったよ」

 

「今日のお前、メタ発言全開だな……ん? 待てよ、プルルートがいるってことは……」

 

 

一息付けたことで、白斗もようやく見えてくる。

“ここはどこなのか?”、“何故ネプテューヌは女神化出来なかったのか?”、そして―――“どうしてプルルートがここにいるのか?”

それらを解決する答えが、ただ一つ。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだよ~。 ここはあたしの世界……神次元だよ~」

 

「「え…………えええええええええええええええええええええええ!!!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、白斗とネプテューヌは―――次元の壁を超えてしまったのである。




サブタイの元ネタ ドラクエ3より「そして伝説へ……」

ということで今回から新章突入!!
サブタイ通り神次元、ひいてはネプVの世界へ!!
ということでここからの物語はアニメよりも原作ゲーム寄りの展開になります。そこに白斗、そしてカスケードが加わった一味違う神次元をご賞味あれ。
さて、それに伴い新キャラ登場。慇懃無礼な語り部ことジョーカーさん。やっと出せたべ……。
勿論彼も物語に絡んでいくのでお楽しみに。

では今回は短いですがこの辺りで。感想ご意見お待ちしております!


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第五十一話 暗躍の七賢人

某国某所―――。

まるで円卓会議を思わせるような部屋の中、そこに二人の女がいた。

否、一人は紛れもない“銀髪の、眼鏡を掛けた気弱そうな女性”なのだが―――もう一人は宙に浮かぶ本に腰かけた、“褐色肌の妖精”である。

 

 

「ど、どういうことですかクロワールさん!?」

 

「だーかーらー、今言った通りだよ。 “あっちのお前”の力で、こっちに来ちまってんだよ。 あっちのプラネテューヌの女神が。 一応オマケもついているけどな」

 

 

クロワール、と呼ばれた妖精は悪びれもせずそう告げた。

白い歯を見せてケケケ、と意地の悪そうに笑ってみせるも銀髪の女性の焦燥は頂点に達してしまっている。

 

 

「あ、あわわわ……!! もしかしなくても私の所為ですよね!? ど、どうしましょう!?」

 

「ったく、ホントお前ってば力がねーとビクビクオドオドだな。 見ててイラッと来るぜ」

 

「で、でもでもでも……!!」

 

「とにかく、あっちの女神はこっちの世界じゃ女神化は出来ねぇ。 脅威にもなりゃしないんだから放っておいたっていいんじゃねーの」

 

「だと良いんですけど……」

 

 

それでも女性の気は晴れない。

焦り、罪悪感、葛藤、呵責。ありとあらゆる負の感情に踊らされ、一ヵ所に留まることも出来ず、見苦しいまでに落ち着きがなかった。

 

 

 

「……おっと、そろそろあいつらが来る頃だから俺は退散するぜ。 んじゃ、後は頑張れよ。 お前、一応七賢人のリーダーなんだろ? ―――キセイジョウ・レイ」

 

 

 

クロワールは後始末など一切する素振りも見せず虚空に消えてしまう。

後に残されたのはただ一人。恋次元で白斗達を消し去って見せた女性と瓜二つを超えて同一の姿を持つ女性―――キセイジョウ・レイだけだった。

 

 

「あ、く、クロワールさぁーんっ!! もう、どうしたら……!!」

 

「あーら、レイちゃんってば相変わらずソワソワしてるわねぇ。 デキる女はもっと余裕を持たなきゃダメよぉ?」

 

「全くだ!! 俺様のように不動の心とボディを持っていればいいのだ!!」

 

 

未だに慌てているレイ。

そこに姿を現した二つの人影。一つは―――人型のロボットとしか言えない影。だが声色は男で、口調は女。

もう一つはこれまた戦車にロボットを搭載したような風体の影。こちらは荒々しい口調と声色、それに声量。レイも竦み上がってしまう。

 

 

「ワシは常々不思議に思うわい……よく七賢人……延いては女神に弓引く行動が起こせたものじゃな」

 

「あら、アーさん。 今日は早かったのねぇ」

 

「フン、ルウィーの女神はてんでダメでなぁ。 自由が利くんじゃ」

 

 

そして更にもう一つ。小太りな中年の容姿と声の持ち主。

どっかりと自らの席に着くと腕を組んで鼻息を鳴らす。

 

 

「で、では今日集まれる人が全員集まったので……今日も七賢人会議を始めましょう!」

 

「待て待て!! おいレイ、いつものことだが七賢人と言いながら四人だけじゃないか!! 後の三人はどうしたぁ!!?」

 

「ぴっ!? すみませんすみませんすみません!!!」

 

「一々謝るな!! いいから説明しろぉ!!!」

 

「もう、コピリーちゃんってば……仕方ないから裏方担当のアタシから説明してア・ゲ・ル」

 

 

大柄な風体のロボット―――コピリーと呼ばれたそれは、凄まじい迫力でレイに詰め寄る。

気弱な彼女に受け止めきれるはずもなく、頭を抱えて怯えてしまっていた。

これでは会議にならないとロボットの様なスーツを着た人物が立ち上がる。周りも慣れたものだと、誰も気にしていなかった。

 

 

「アブネスちゃんはいつも通り、プラネテューヌの女神のところへ取材と言う名のカチコミ。 後、新人ちゃん二人には例の『アレ』を探しに行ってもらってるわぁ」

 

「ふん、ネズミとマジェコンヌが抜けた穴をあの色物が埋められるかのぉ……」

 

「まぁ、下っ端ちゃんはともかくとしてぇ……もう一人は弱いってことはないわよぉ? 正直、アブネスちゃんとは色んな意味で仲悪いけど」

 

 

妖艶な声と仕草をしながらロボットスーツの人物は語り続ける。

フフ、と決して崩れない余裕の姿勢にアーさんと呼ばれた中年はまた鼻を鳴らした。

 

 

「まぁ、役に立つなら何でもいいわい」

 

「同感だ!! ここ最近、全く暴れられないからな!! 何かドデカイ事件でも起こしたい気分だぜ!!!」

 

「ぶ、物騒なのはダメですよぉ!!」

 

(物騒……ねぇ。 まぁ、アタシ達が裏でやってることはもう物騒を通り越してるケド)

 

 

明らかに一枚岩とはとても言えないこの組織。

不仲という分けではないが、纏まりがなかった。それでも彼らは今日も集う。ただ一つの目的のために。

 

 

「そ、それでは……私達の目的のため、今日も作戦会議を……」

 

「声が小さいいいいいいいいいいいい!!!」

 

「ひゃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!?」

 

 

―――騒々しい中、それでも不穏な企みは着実に進行していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぇ~。 それでねぷちゃんと白くん、こっちの世界に来ちゃったんだね~」

 

「いやー、一時はどうなることかと思ったけど白斗も無事だったしぷるるんと再会できたしこれはこれで良しとしますか!」

 

「相変わらずお気楽なことで……まぁ、ネプテューヌらしいからいいか」

 

 

一方その頃、神次元にあるどこかの森でネプテューヌと白斗はプルルートとの再会を喜んでいた。

そしてこちらに来た経緯を詳しく話す。正直異世界に来てしまったなどと頭を抱えたい状況だが、ネプテューヌは全く気にしていないようなので白斗も暗い顔はしないことに。

 

 

「はぁ、たった一日とは言えぷるるんやピー子と会えなかったと思うともうネプ子さん食事も喉を通らなくて……」

 

「そうだな。 カレーのお代わりをいつもなら三杯食べてたところ二杯しか食べなかったからな」

 

 

因みに白斗のツッコミは冷めていたという。

 

 

「あれ~? あたし、ねぷちゃんとは一ヶ月ぶりに会うんだけど~」

 

「え? いや、でも確かに昨日この世界に帰ってたよね?」

 

「……そうか、次元間の時差か。 二人が転送されたタイミングでまた時差が発生したんだ。 逆算するにこっちの一日が、向こうにとっての一ヶ月になるっぽいな」

 

「わ~! 白くんすごい~!」

 

 

一方で新たな問題も発生した。それは恋次元と神次元における時差の問題。

それは二つの次元を繋ぐ間が不安定であることを意味しており、そのせいでプルルート達の帰還も遅れてしまったのだ。

今はこうでも、いつ時差が滅茶苦茶になってしまうかもわからない。できることなら早急に戻る手段を確立しなければ。

 

 

「……あ・な・た・た・ち……いつまで人の上でお話してるのよおおおおお―――っ!!!」

 

「「うわあああぁぁぁぁぁぁ!!?」」

 

 

と、ここで白斗とネプテューヌの世界がひっくり返った。

彼らの真下から急に“聞き覚えのある少女の声”がしたと思うや否や何かが起き上がり、二人を吹き飛ばしてしまったのである。

 

 

「全く! 人の上に落ちてきた挙句そのまま長々とお話するなんてどんな神経してるのよ!?」

 

「あ、いたんだ。 ってことは第五十話からずーっと乗っかってたのかー。 ごめんごめん」

 

「謝罪が軽い!! それと第五十話って何!?」

 

 

少女はネプテューヌに詰め寄る。

その怒りは最もだろう。しかし、白斗は謝罪の言葉などすっかり忘れてしまっていた。何故なら目の前にいた少女の姿に驚いていたから。

黒髪のツインテール、少しきつめな言動、服装こそへそ出しルックのドレス姿だが彼女は紛れもなく―――。

 

 

「って……お前、ノワールか!?」

 

 

そう、白斗達の知るラステイションの女神ことノワールと全く同じ姿の少女だった。

声も、キツめの口調や仕草に至るまで同じだ。

唯一の違いは服装だが、それも本人のコスプレ趣味と割り切ってしまえば違和感など無くなってしまう。

 

 

「なーんだ、ノワールもこっちの世界に来てたんだ。 ノワールもそんなに怒んないでよー、私とノワールの仲なんだしー」

 

「いやお前、親しき仲にも礼儀ありという言葉があってだな!? そ、それよりノワール!! 本当にスマン!!」

 

 

ここで我に返った白斗が頭を下げる。ついでにネプテューヌの頭も無理矢理、押さえつけるように下げさせた。

それでも少女は烈火のごとく怒り狂い。

 

 

「何よ貴方達! 初対面の相手にそんな失礼かつ馴れ馴れしい態度取らないでくれる!?」

 

「しょ、初対面!?  私、ボッチなノワールの数少ない友達なのにそれは酷いよー!!」

 

「酷いのはそっちでしょ!! だ、大体ボッチじゃないし!! 私にはプルルートって言う……し、し……親友がいるんだからねっ!!」

 

「そ、そんな!? ノワールが、ぷるるんと親友……!? ノワールはボッチなんだよ!? ということはこのノワールは偽物!!?」

 

「えぇ~!? ノワールちゃん偽物だったの~!?」

 

「何でそうなるのよ!!?」

 

 

なんと、初対面であると言い出したのだ。

一瞬意地悪でそう言っているのかと思えばどうも違うらしい。先程の発言から鑑みるに、彼女は自分が「ノワール」であることは否定しなかった。

だが、ネプテューヌや白斗とは面識がないと言い張る上に明らかに嘘をついているとは思えない言動。

一方でプルルートとは親友と言い張っている。プルルートの天然ボケも加わり混迷する中、一人冷静に事態を見つめ続けた白斗が達した結論は。

 

 

「なぁ、プルルート。 お前の世界に親友の“ノワール”がいるって言ってたよな?」

 

「うん、そうだけど……ノワールちゃんが偽物だったなんて~!」

 

「いや、それはネプテューヌのボケだから……。 ってことはつまり……神次元のノワールって事になるのか」

 

 

そう、以前の海水浴でプルルートは自分の世界にもノワールがいると話したことがある。

本当に瓜二つだったが故に一瞬困惑してしまったが、自分達の事を知らない以上彼女は“この世界の住人として生を受けたノワール”なのだろう。

 

 

「は? アンタ、一人だけで納得しているようだけどちゃんと私にも説明しなさいよ」

 

「ああ、実はな……」

 

 

彼女のキツイ視線を受けながらも白斗が説明を続けた。

自分とネプテューヌはこことは異なる世界である「恋次元」という世界に住んでいたこと、そこにプルルートがやってきたということ、そして今度は自分達が不慮の事故でこの「神次元」に来てしまったということ。

 

 

「……というワケなんだ」

 

「そんな話、ホイホイと信じられると思う? 確かに一時期ピーシェは姿を消したし、それを追ってプルルートが迎えに行ったけど貴方達が本当に同一人物か証明できないじゃない」

 

 

どうやら余り信じてもらえていないようだ。

事実と合致する部分はあるのだが、先程の無礼が祟って信頼を大きく損ねているらしい。

仕方がないとはどうしたものかと白斗も頭を悩ませていると。

 

 

「こらノワール!! そんな風に疑り深いからボッチなんだよ!!」

 

「だ、だからプルルートがいるって言ってるでしょ!!」

 

「じゃー、それ以外には?」

 

「………………と、友達は数じゃなくて質なのよ!!」

 

「いや、友達に質を求めるのもおかしいんじゃ……」

 

 

すると白斗に噛みついている姿を面白くないと感じたらしい、ネプテューヌが抗議の声を上げ始めた。

こうなると売り言葉に買い言葉、この二人がヒートアップすると中々止まらないのは恋次元でも同じだったのだ。

やれやれと溜め息を付きながら白斗が仲裁に掛かろうとすると。

 

 

「ねぇ、ノワールちゃぁん……?」

 

「ってプルルート!? なんでへ、へ、変身してるのよぉ!?」

 

「ねぷううううう!? まさかのぷるるん激おこ案件ー!!?」

 

 

いつの間にか、プルルートが女神化をしていた。

ほんわかとした女の子から一転、冷徹な美女ことアイリスハートへと変貌した彼女はその冷たい眼差しと冷ややかな微笑でノワールを見下ろす。

 

 

「そんなにオトモダチって言ってくれるならぁ……あたしの言うことは信じてもらえるのよねぇ?」

 

「ま、まぁね……貴女の言うことなら、信じてあげるのも……ヤブサカじゃゴザイマセン……」

 

(あ、こっちのノワールも女神化ぷるるんには逆らえないんだね)

 

 

親友ではあったが、パワーバランスが決まっているようだった。

 

 

「この二人は紛れもなくあたしの大切なオトモダチなの。 二人も謝ってることだし、許してあげたらぁ? 細かいことは水に流してあげるのも、女の器量よぉ?」

 

「で、でもね…………」

 

「そう言えばぁ……この世界に帰ってきてから、この姿でノワールちゃんを堪能していないのよねぇ……ねぷちゃんや白くんと会えなくてストレス溜まってたしぃ……」

 

「ヒッイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!?」

 

 

舌なめずりをしながらコツ、コツとハイヒールを鳴らして近づくアイリスハート。

聞けばこの世界のノワールは女神ではない、ただの一般人。そんな彼女がプルルートに勝てるはずもなく、ただ怯えていると。

 

 

「まぁまぁ、プルルートも落ち着いて」

 

「ちょっと白くん? 邪魔しないで欲しいんだけどぉ?」

 

「俺達のためを思って言ってくれてありがとな。 まぁ、ストレス発散だったら愚痴なりなんなり付き合うからさ。 とりあえず今は矛収めてくれ」

 

「……仕方ないわねぇ、白くんが言うなら。 でぇもぉ……」

 

「分かってる、後でパフェ作るからさ。 腕により掛けちゃうぜ」

 

「……ふふっ、細かいことは水に流してあげるのも女の器量よねぇ」

 

(な、何なのよアイツ!? 口先だけでプルルートの暴走を止めた!?)

 

 

ノワールには信じられなかった。

自分にとって唯一無二(ここ重要)の親友であるプルルートの最大の問題点だと思っていたアイリスハートによる暴走。

少なくとも自分の知るところでは誰もが止められなかったはずなのに、この白斗と言う少年は止めて見せたのだ。

しかも彼女を然程恐れることもなく、それこそまるで友人に語り掛けるかのような軽さで。

 

 

「そうそう! 皆で甘いものを食べれば仲良くなる!! 特に白斗の作るデザート絶品だから、こっちの偽ノワールも食べてみてね」

 

「だからその偽物扱い止めなさいっ! ってか、彼……白斗だっけ? 何なのよ一体?」

 

「ふっふっふー、優しくて、頭が良くて、カッコ良くて……私の自慢の騎士様だよ! ドヤァ!」

 

「なんで貴女がドヤ顔するのよ……。 それに騎士様って…………ふーん?」

 

 

白斗の事となると、自分の事のように自慢しだすネプテューヌ。

一瞬訝しんだノワールだが、なんとなく察した。白斗の事を語っているネプテューヌは、嬉しそうで、幸せそうで、この場にいる誰よりも乙女だったから。

そうこうしているうちにプルルートも感情が収まったらしく、女神化を解除した。

 

 

「それじゃ早速、あたしの教会に案内してあげる~!」

 

「ま、待ちなさいよプルルート! 私はまだ、『アレ』を見つけてない……」

 

「ノワールちゃん~……?」

 

「ま、まぁプルルートにとっても大切な友達との再会を祝わせてあげるのも、友達として大切なことよね!? ええ、貴女の教会で存分に祝いましょ!?」

 

 

やはり悲しきパワーバランスが、そこにあった。

 

 

「それにまぁ、プルルートを御せるってことは本当に親しいってことなんでしょうし……さっきの話は信じてあげるわ。 それと……邪険にしてごめんなさいね」

 

「いや、それに関してはこっちに非があるし信じてくれたからいいよ。 な、ネプテューヌ」

 

「うんうん! さ、帰ったらみんなで白斗のパフェ食べよー!!」

 

 

そして一方、自らの不手際に関してはしっかりと詫びるノワール。どうやら責任感が強いことはどの世界のノワールも同じらしい。

しかし、白斗とネプテューヌは大して気に留めるでもなく、そのままプルルートをが案内するプラネテューヌの教会へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがあたしのプラネテューヌだよ~」

 

 

やがて森を抜け、見えてきた大都会。

ネプテューヌらがいた世界と比べると小規模で、高層ビルの高さも幾分が低い。しかしそれでも随分発展した街であることが分かる。

何より、ここで暮らしている人達は皆穏やかというか、自由気ままな印象があった。

 

 

「おお! プラネテューヌ、我が第二の故郷よー!!」

 

「いや、確かに雰囲気は似てるけどもお前の故郷じゃないからな?」

 

「えぇ~!? ねぷちゃんってあたしの国出身だったの~!?」

 

「ホラ勘違いしちゃう子が約一名!! でも、それくらい雰囲気が似てるな」

 

 

だが、そう思えてくるくらいに雰囲気が酷似しているのだ。

ネプテューヌの国ことあちらのプラネテューヌでも発展しているところ、そして何より人々が自分らしく、自由に、そして楽しく暮らしている点。

まさにネプテューヌが掲げる信条と全く同じだったから。

 

 

「……実際に来てみて安心したよ。 プルルートの国も素敵なところで」

 

「白くんありがと~! あたしは~、みんなが楽しく暮らせたらそれが幸せだと思うんだ~」

 

「……ふんだ。 私だって、女神になればこのくらい……いやゲイムギョウ界一凄い国作るんだから……!」

 

 

白斗はプラネテューヌの空気を目一杯吸って、やっとその魅力を堪能できた。

心優しいプルルートの想いが溢れた国を気にり、プルルートも白斗が自分の国を気に入ってくれたことを嬉しく思っている。

自分の国を語っている時のプルルートは珍しく饒舌。街の名所を案内している時の姿は、とても誇らしげで、嬉しそうにも見えた。

一方で彼女の親友ことノワールは悔しそうに歯嚙みしている。

 

 

「で、あそこがあたしの教会だよ~」

 

「おお~! あれがぷるるん……の、教……会……」

 

 

そして更に歩くこと数十分、辿り着いたのはプラネタワーに酷似した巨大な建造物……ではなく、平たい一軒家だった。

確かに他の建物よりはちょっと大きくて、ちょっと広く、ちょっと人の出入りもある。しかし何も事情を知らない人に「ここが女神様の住まいだよ」と言って信じる人がいるだろうか。

……よく見ると屋根の一部が剥がれているのは気のせいだろうか。

 

 

「プルルートって国営のセンスは無いのよね。 いつも家計簿は火の車だって教祖がボヤいてたわ。 もうちょっと仕事してたらこんなことには……」

 

「こんなトコまでネプテューヌに似なくても……」

 

「ねぷーっ!! 失礼なー!! 私のプラネタワーは傾いたりしてないよ!?」

 

「一昔前、無茶な政策やって国の経済を傾かせたって聞いたが?」

 

「アーアーキコエナーイ」

 

 

一方でやはり仕事嫌いな面が災いして、国営そのもののセンスは無いらしい。

こういう怠惰な面も共通してしまうのかと白斗は嘆くばかりだった。

 

 

「みんな~! ただいま~!」

 

「あ、ぷるちゃん! お帰りなさいです!」

 

「早かったですねプルルート様……ってノワールはいいとして、後ろの人達は?」

 

 

意気揚々と玄関のドアを潜ったプルルート。

そんな彼女を出迎えたのは、二人の少女だった。

一人は柔らかい雰囲気の、全体的にオレンジ色で胸も大きいセーターを着こんだ少女。そしてもう一人はコートを着込んだ、真面目そうな小柄の少女。

そう、彼女達の姿はどこからどう見ても―――。

 

 

「わーい!! こっちの世界のあいちゃんとこんぱだーっ!! ぎゅーっ!!」

 

「わひゃぁ!? ちょ、何なのよアンタ!!?」

 

「ひゃわわ~!? い、いきなり抱きつかないでくださいです~!!」

 

 

嬉しさが感極まって抱き着いてしまったネプテューヌ。

そう、彼女達はアイエフとコンパ。以前プルルートらから聞いた話によると、こちらの世界では彼女達と一緒に暮らしているとのことだ。

つまり、“あの少女”もここにいる―――。

 

 

 

 

 

 

「…………ねぷてぬ……おにーちゃん…………?」

 

 

 

 

 

 

その時、ひょこっと物陰から飛び出る小さな顔。

黄色い髪、快活そうな服、青い瞳、大きなリボン。そして白斗とネプテューヌを呼び慕うその声。

間違いない、彼女は―――。

 

 

「ピー子!! いい子にしてたー!?」

 

「よ、ピーシェ。 ……約束通り、会いに来たぜ」

 

 

その姿を見るなり、ネプテューヌと白斗は彼女に微笑みかけた。

この世界に来てしまったのは半ば事故の様なものだが、それはプルルートとの、そしてあの少女―――ピーシェとの再会を意味していた。

ピーシェにとっては、大切な人達と一か月ぶりの再会となる。その嬉しさの余り、目に涙を浮かべて。

 

 

「お……おにーちゃーん!! ねぷてぬー!!」

 

「ピーシェ!」

 

「ピー子ぉ――――!!」

 

 

三人が、感動の再会を果たすべく抱きつこうと近づき―――。

 

 

 

「ど―――――ん!!!」

 

「「グホァ!!?」」

 

 

 

―――ピーシェの超怪力によるタックルで、二人は無残にも沈んだ。

倒れ込んだ二人にピーシェは嬉しそうにすり寄る。

 

 

「あははは! おにーちゃんとねぷてぬだー!! やくそくまもってくれたー!!」

 

「あ、ああ……ピーシェも……変わり、な……く………ぐふっ」

 

「この、胃袋を抉るようなタックル……ピー子も、相変わらずで……安、心……ガクッ」

 

 

そして二人は、気絶してしまうのだった。

 

 

「う、うぅ~……。 良かったね~ピーシェちゃん~……。 あたし、感動したよ~!」

 

「いや、どこに感動できる要素が?」

 

 

一人涙ぐむプルルートに、ノワールは一人冷めたツッコミをかますのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、プルルート様が言ってたのってアンタ達のことだったのね」

 

「ピーシェちゃんを助けてくれてありがとうございましたです!」

 

 

再会の喜びもほどほどにアイエフ達によって中へと案内された。

どうやら恋次元での話はよく聞かされていたらしく、事情を話せばすぐに理解してくれる辺り物分かりが良い二人である。

 

 

「そういうことなら歓迎しないわけにはいかないわね。 改めてよろしく、白斗とネプ子」

 

「ねぷぅ!? ちょっとあいちゃん!? ちゃんと私の正式名称言ってよ!!」

 

「でもネプテューヌって言いにくいし」

 

「ですです! 可愛いから、私もねぷねぷって呼ぶです!」

 

「ずこーん! やっとあいちゃんやこんぱから正式名称読んでもらえると思ったのにー!!」

 

 

そして気になるネプテューヌの呼び方は、やはり元の世界と同じだった。

彼女には悪いが、余り環境が変わったように感じられないものだから白斗も安心してしまう。

やがて彼女達案内された部屋、そこにいたのは―――。

 

 

「初めまして! 私がこの国の教祖、イストワールです!(*^▽^*)」

 

「わー!! こっちのいーすん、ちっちゃくて可愛い~♪」

 

「ち、ちょっと抱き着かないでください~!!(×Д×;)」

 

 

こちらの世界よりも体格も更に小さく、声もより幼く、どちらかと言えば可愛らしさを前面に押し出したかのような本に乗る精霊。この神次元におけるイストワールだった。

そんな彼女の可愛らしさにメロメロになったらしく、ネプテューヌがその腕に抱きしめている。

体格差が体格差なので、ネプテューヌの細腕と言えど致命傷になりかねないようだ。

 

 

「はいはい。 ネプテューヌ、ストップな。 改めて黒原白斗です」

 

「んでもって、私がみんなの主人公ことネプテューヌさんだよー!」

 

「ああ、貴方達が! お話はプルルートさんやピーシェさんからかねがね……というよりも、最近はお二人の話しかしなくてですね(*´ω`*)」

 

「い、いーすんってば~! 余計なこと言わなくていいよぉ~!」

 

 

どうやらこの世界に戻ってきた後も白斗やネプテューヌのことばかり話していたらしい。

さすがに恥ずかしくなったのか、プルルートが赤面した。

 

 

「私の事も、今ではすっかりいーすん呼びですし……。 ですが、お二人はどうしてこちらに? 恋次元の方で何かあったのですか?( ・ω・)」

 

「んじゃネプテューヌ、説明の方頼む。 その間に俺はパフェ作るから」

 

「ラジャー!! えーとね、どこから話したものかなー」

 

 

説明はネプテューヌに任せ、白斗はコンパによってキッチンに案内される。

かねてからの約束通り、皆にパフェを振る舞うらしくそのため早速キッチンに籠ってしまった。

その間に説明役を任されたネプテューヌによってこちらの世界に来てしまった経緯が話される。

 

 

「謎の女性によってこちらの世界に飛ばされてしまった……ですか(; ・`д・´)」

 

「話だけ聞くとどうも信じがたいわね」

 

「でもネプ子達がこの世界に来てしまったのは事実ですし……話の真相はさておき、二人を元に戻す方法だけは模索した方がいいのでは?」

 

 

やはり次元間移動など簡単に信じられる話ではないらしい。

だが既にピーシェはプルルートと言った事例がある以上、信じない訳にもいかないのだ。

何より当面の問題としては白斗とネプテューヌが元の世界に帰れるかどうかなのだ。

 

 

「方法としては、プルルートさんが使ったように相互間のシェアエネルギーを使うことでゲートを開く方法がありますね(´▽`)」

 

「なーんだ、これで解決だね!」

 

「ところが前回の転送で大幅にシェアを使ってしまった挙、句プルルートさんと来たらお昼寝、ゲーム三昧、裁縫ばっかりで全然仕事に手を付けてくれなくてですね_:(´ཀ`」∠):_」

 

 

キリキリと痛む意を押さえながら、イストワールが吐血する。否、アイエフも微妙に顔色が悪かった。

どうやらプラネテューヌの女神様はとりあえずぐうたらなところから始まるらしい。そして周りが振り回されるのもお約束のようだ。

 

 

「つまり、俺らでシェアを稼いでゲートを繋がなきゃならんと」

 

「あ、白斗! パフェ出来た!?」

 

「俺達の今後よりパフェかよ。 ホラ、デラックスハクトパフェだ。 ご賞味あれ」

 

『『『お……おおぉぉ~~~!!!』』』

 

 

そう言って白斗がテーブルに並べ始めたパフェは、この場に居た全ての女の子の目を惹いた。

ふんだんに使われた生クリームは勿論、中に詰められたフルーツ、スポンジケーキやクレープ生地、盛り付けられたチョコレート菓子やアイスクリーム、そしてプリン。

甘いものをこれでもかと詰め込んだ、デラックスの名に恥じない至高の甘味である。

 

 

「わーい!! 白斗のパフェ久しぶり~!! 私のリクエスト通りプリンもある!!」

 

「おにーちゃん! これねぷのぷりん!?」

 

「おー、そうだとも。 これはねぷのプリンだ」

 

「やったーっ!!」

 

 

甘いもの大好き+無類のプリン好きであるネプテューヌは勿論、プリンが乗っていることでピーシェも目を輝かせる。

彼女にとっての「ねぷのプリン」の定義が曖昧なのだが、とにかくネプテューヌが絡めばそれは「ねぷのプリン」になるらしい。

 

 

「わ~! 白くんのデザートだ~!!」

 

「ふ、ふん! これは食べてあげるしかないわね!」

 

「ホントに凄いわね……! でも私のコンパだって負けてないんだから!」

 

「あいちゃん、何をそんなに張り合ってるですか……?」

 

「こんなパフェ初めてです! 白斗さん、ありがとうございます!(*'▽')」

 

「いえいえ、んじゃアイスとか溶けちまわないうちに食べてくれ」

 

『『『いただきま~す!!』』』

 

 

プルルートは勿論、ノワール達もすっかり目を奪われてしまったようで我慢ならず、早速パフェにかぶりつく。

途端、誰もが破顔させた。皆が美少女である以上、その笑顔はまた格別である。

 

 

「甘くて美味しい~!! ありがと、白斗!!」

 

「んん~っ! やっぱり白くんのパフェは最高だね~」

 

「しかもただ甘いだけじゃくて、時々フルーツの酸味もあったりと飽きさせないわね。 クリーム自体の甘さも控えめにしてるし……ふふっ、これは認めざるを得ないわね♪」

 

「あいちゃん、あーんです!」

 

「あーん。 うん、コンパが食べさせてくれると更に格別ね!」

 

「ねぷのぷりんもさいこー!! おにーちゃん、またつくってね!!」

 

「ええ! こんなパフェ、初めて食べました! 幸せです~……(*´ω`*)」

 

「お気に召していただけたようで何よりでございます、お嬢様方」

 

 

全員から高評価を得られたことで白斗も満足そうに一礼する。

特に食べたことのあるネプテューヌとプルルートの気に入り様は半端なものではなく、その笑顔はまさに国宝級。

あの笑顔を見るためなら命すらも懸けられるというほどにまで、それはそれは尊いものだった。

やがて全員が食べ終えたので早速片付けを始める。片付けにはアイエフも加わってくれた。

 

 

「ご馳走様。 確かにネプ子やプルルート様が気に入るだけあるわね」

 

「お粗末様でした。 ……ってか気になったんだが、アイエフはプルルートのことを様付けしてるんだな。 俺の知ってるアイエフは普通に呼び捨てしてたからなんか新鮮だ」

 

「なっ!? アンタの世界の私ってそんなに命知らずなの!? い、一体どれだけプルルート様が恐ろしいか……あ、ダメ………あの日の、恐怖が……アアァアアァァアァ」

 

「ハイライト消えた挙句発狂!? 一体何があったよ!?」

 

「あいちゃん、小さい頃に女神化したぷるちゃんの暴走を目の当たりにして……それ以来こうなっちゃったんです……」

 

「納得」

 

「納得しないでよ~! 白くん酷い~!」

 

 

そんなやりとりがおかしくて、笑い声が巻き起こるプラネテューヌの教会(約一名を除く)。

白斗も別次元に飛んだと聞いて一瞬不安だったが、それも払しょくされていた。

こんなにも楽しくて、明るくて、温かい世界に来られたのだから―――。

 

 

「ガラッ!! 幼年幼女をかどわかす悪の匂いを嗅ぎつけて私☆参上!!」

 

「え、ガラッってこの教会引き戸ないんですが!?Σ(゚Д゚;)」

 

 

するとどこからか引き戸を開ける音を響かせて女が飛び込んできた。

ピンクを基調としたフリルたっぷりのドレス、長い金髪、手にしたマイク、そして―――明らかに「お前が幼女だろ」と言わんばかりの背丈。

 

 

「って、アンタまた来たの!?」

 

「何度でも来るわよ! 既にこの教会が幼年幼女を攫う悪の組織だって私は確信してるんだから、尻尾を掴むまで絶対に諦めないわよ!!」

 

「も~! しつこいよ~!」

 

「え? 何なの、この殺伐とした雰囲気……私こういうの苦手なんだけど~」

 

 

するとノワールとプルルートが明らかに顔を顰めた。

どうやらこの少女は何度もこの教会を訪れているらしい。が、彼女達を悪と断定している辺り気持ちの良い人物では無さそうだ。

 

 

「おっと、新顔がいるわね。 自身の罪を隠すために新しく戦力を投入してくるとは……これはいよいよキナ臭くなってきたわね!」

 

「……何なんだお前は」

 

(あ、白斗もちょっと不機嫌になっちゃってる)

 

 

白斗の声のトーンが明らかに落ちた。

これは場合によっては口よりも先に手が出かねないとネプテューヌが冷や汗を垂らす。

そうとも知らず、目の前の女は意気揚々と名乗りを上げて見せた。

 

 

「フン、なら改めて自己紹介してあげるわ。 私の名はアブネスちゃん!! 七賢人が広報担当にして、幼年幼女を守る真実の伝道者!!!」

 

 

何やら大仰な紹介だった。

このアブネスという女は随分と大きく出たものだと悪態を付く一方で、何やら気になることを述べていた。

 

 

「七賢人……?」

 

「この神次元で女神反対を掲げて行動している組織です。 まぁ、その多くが嫌がらせなんですけど……(-_-メ)」

 

「ふーん、ならこの言いがかりも嫌がらせでしかないってコトか」

 

「言いがかりでも嫌がらせでもないわ!! この教会が各国から幼年幼女を攫っているってアブネスちゃんは確信してるんだからね!!」

 

 

どうやらこの世界では七賢人という組織が跋扈しているらしい。わざわざ名乗りを上げている辺り、この世界ではそれなりに大きな組織なのだろう。

恋次元における市民団体の行きつく先がその七賢人なのかもしれない。尤も白斗からすれば、女神を害そうとしている時点でこの女に不快感しかなかったが。

 

 

「大体なんだ、その幼年幼女誘拐って」

 

「知らないの? いま世界中で身寄りを無くした子供達が行方不明になっている事件が多発しているのよ!! そしてその犯人がこのプラネテューヌの教会なのよ!!」

 

「ですから、私達は身寄りを無くした子供達を保護しているだけです!(; ・`д・´)」

 

「私もあいちゃんも、ピーシェちゃんもこの教会で預けられて育っただけです!」

 

 

こんなやり取りをみたことで白斗もネプテューヌも合点がいった。

プルルート達は孤児院のような事業を始めたらしく、アイエフやコンパ、ピーシェはそれ故にここで家族のように過ごしてきたのだろう。

だが同時期に子供達を誘拐する事件が発生、犯人をここだと決めつけては取材と言う名の迷惑行為をしているのがこのアブネスら七賢人らしい。

 

 

「コラー! 何の証拠もないのにぷるるん達を犯人呼ばわりするなー! 大体キミだって幼女なのにー!!」

 

「私は幼女じゃないわよ!! これでも大人のレディよ!!」

 

「そのナリで!?」

 

「ナリのことは言うなー!!」

 

 

明らかに幼女としか思えない見た目だが、あれでもいい歳らしい。

いい歳して服の趣味は非常にキツイと言わざるを得ないが。それでも白斗からしたら、彼女の外見年齢だろうが服の趣味だろうがどうでもよくなった。

 

 

「とにかく!! こうして幼女を攫って教会の一員として育ててるという前提がある以上、徹底的に取材して―――」

 

 

ズドン!! ―――そんな音と共に、アブネスの目の前に一歩足が踏み出された。

怒りが頂点に達すると大暴れをするプルルート―――ではなく。

 

 

「……そこまでにしてもらおうか」

 

「ヒッ!? な、何なのよアンタ!!?」

 

(あ、白斗がブチ切れですわ)

 

 

白斗だった。女神を愛する彼にとって、これ以上の狼藉は耐え難いものだった。

暴走の予感にネプテューヌは冷や汗を垂らすも、同じく腹が立っていたので止めはしない。

アブネスも白斗の殺気とも言える雰囲気に当てられ、恐怖でその小さな体を震わせるが報道で培った度胸の賜物か、まだ口を開き続ける。

 

 

「こ、こっちは正当な取材をしてるのよ!? 邪魔をする権利なんて―――」

 

「不法侵入」

 

「は?」

 

「名誉棄損」

 

「ち、ちょっと……」

 

「女神様への不敬罪」

 

「い、いや…………だから……!」

 

 

つらつらと並べられる罪状にアブネスは怯むどころか言葉を失う。

白斗はただ、淡々と述べているだけだ。それだけの筈なのに、途轍もない恐ろしさが込められている。

 

 

「こんなモンまだ序の口。 こっちは余りある罪状でアンタを今すぐしょっ引いてもいいんだ。 それだけのリスクや覚悟を背負ってまで誘拐だの何だの言う度胸はあんのか?」

 

「え……え……っと……」

 

「あんのかって聞いてんだよ……アァ!?」

 

「ヒッイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!?」

 

 

鋭く、どす黒い眼光がアブネスを貫く。

すっかり彼の殺気に威勢を削がれ、アブネスは腰を抜かして怯えた。

その恐ろしさと来たら、ネプテューヌ達も言葉を失ってしまう程に。

 

 

「女神様殺そうってんなら、自分も殺される覚悟持ってから臨むんだな」

 

「こ、殺すってそこまで物騒なこと言ってないわよ!?」

 

「同じだ。 お前の軽率な発言で女神様の人生がぶっ壊れるとか考えなかったのか? 考えてないよなァ? 考えてないで軽々しく真実だの何だの勝手なことをほざいてやがるのか」

 

 

一見恫喝にも思える光景だが、白斗はただアブネスに証拠の開示や覚悟を見せることを求めているだけだ。

だが、アブネスはそれが出来ない。どちらも無いから。まさしく言いがかりに過ぎないから。

 

 

「……もう一度聞く。 女神様が誘拐したとか抜かすなら証拠を見せてみな。 もし無いってんなら、先程の罪状でお前を―――」

 

「き、今日の所はこれで勘弁してあげるわよぉおおおおおおおおお!!! 覚えてらっしゃあああああああああああああああああい!!! びえええええええぇぇ――――ん!!!」

 

 

証拠も覚悟も、欠片も持ち合わせてなかったアブネスは白斗の恐ろしさに飲まれ、泣き叫びながら逃げていった。

また来ると公言している辺り、案外メンタルはある方なのかも知れないが少なくともしばらくは寄り付かないだろう。

 

 

「さっすが白斗! 口先だけでマスゴミ退治! 私の騎士様はこうでなくちゃ!」

 

「白くんありがと~! 何だかあたしもスッキリしちゃった~」

 

「ええ、白斗さん本当に助かりました<m(_ _)m>」

 

「本当に助かったわ……。 あのままだとまたプルルート様が暴れてたろうから……」

 

「白斗さん、頼りになるです!」

 

「ま、暴力沙汰にならかった点は評価できるわね」

 

 

一方、迷惑なアブネスを撃退したことでネプテューヌ達もご機嫌のようだ。

相当ヘイトの堪るようなことをしていたらしく、アブネスへの同情が皆無な辺り、彼女の取材と称した迷惑行為は腹に据えかねていたらしい。

 

 

「スッキリしたなら何よりだ。 けど七賢人……ねぇ、名前通りならあんなロクでナシなのが後6人もいるってことか……」

 

「今のところ表立って出てきているのがあのアブネスという人だけですが(´Д`)」

 

「全く、あんなロクでもない連中放っておいたらいけないわ! プルルート、さっさと牢屋にでもぶち込んじゃなさいよ!! 早くしないと女神メモリーまで連中に……」

 

「女神メモリー? 何じゃらほい?」

 

 

七賢人が野放しに出来ない連中であることは理解できた。だがそんな中、ノワールの口から聞き慣れない単語が飛び出す。

その「女神メモリー」とやらが七賢人の狙いの一つでもある以上、聞かない訳にもいかない。

 

 

「女神メモリーというのはこの世界で数百年に一度生まれるという結晶です。 それを食べた女性が、低確率で女神様になることが出来るのです(*‘∀‘)」

 

「この世界ではそんな風に女神様が生まれるのか。 ってことはプルルートも?」

 

「そうだよ~。 でも、あたしはピクニックの最中に偶然って言うか~、きっかけ自体はよく覚えてなくて~」

 

 

どうやらプルルートは女神になりたくてなったわけではないらしい。

彼女の口ぶりから察するに、恐らくピクニックの最中に女神メモリーを間違って食べてしまったためらしい。

 

 

「なるほど、合点がいった」

 

「え? 白斗、何が?」

 

「ネプテューヌがこの世界で女神化出来ない理由だよ。 この世界のシェアはお前の世界と違うワケだから、この世界で女神メモリーを食べないと女神化出来ない」

 

「ふむふむ。 あれ、でもぷるるんは私の世界でも変身してたよ?」

 

「プルルートの場合は自分の体内に、自分のシェアを蓄積してるから大丈夫だったんだろう。 女神メモリーってのかシェアの塊なら、尚更だ」

 

「ナ、ナルホドナー」

 

「ネプテューヌ、お前何一つ理解してないだろ」

 

「し、してるしてる~! よーするに、女神メモリーってのを食べればオッケーなんでしょ?」

 

「間違ってない辺りが腹立つ」

 

 

兎にも角にも、ネプテューヌのためにも女神メモリーというものを手に入れなければならない。

彼女がこのまま女神化が出来ないのは色々不都合も生じる。

 

 

「イストワールさん、その女神メモリーはどこで手に入るんですか?」

 

「メモリーコアと呼ばれる特定の場所です。 この近くにも一ヵ所あって、ノワールさんは日々そこに通い詰めているんですよ(^-^)」

 

「そう言うことよ! 私だって女神になりたいんだから!!」

 

 

それで妙に不機嫌だったのか、と白斗も納得した。

今回の邂逅も彼女の女神メモリー探索中に起こったのだろう。自分の悲願を邪魔されたとあっては、確かに機嫌を損ねるのも仕方のない話だ。

 

 

「そういうことなら話は早い! ね、白斗!」

 

「ああ、だな」

 

「え? ねぷねぷも白斗さんも、どうするんです?」

 

 

真っ先に立ち上がったのはネプテューヌ、次いで白斗。

最早アイコンタクトだけで成立する彼らの意思疎通に目を白黒させながらもコンパが訊ねてくる。

 

 

「だーかーらー、これから女神メモリーを探しに行くの! 勿論見つけたらノワール優先で譲ってあげるからね!」

 

「え? な、何よ急に!?」

 

「急にも何もこの世界で私が女神化するには、女神メモリーってのをゲッチュしないといけないんでしょ? だったら手に入れるしかないじゃない」

 

「あ、あのねぇ!? この私が何年も通い詰めて、それでも見つからないのよ!? 簡単に言わないでくれる!?」

 

「大丈夫! この圧倒的主人公、ネプテューヌさんと一緒ならすぐ見つかる! ついでに都合よく私の分も手に入るって! ホラホラ、行こ行こー!!」

 

「ちょ、あ、ひ、引っ張らないで……のわあああああぁぁぁ~~~~!!?」

 

 

主人公らしいというべきか、主人公にあるまじきというべきか。

ネプテューヌは持ち前の強引さでノワールの手を取り、そのまま外へと出て行ってしまった。

 

 

「やれやれ、場所も聞いてないってのに……。 プルルート、悪いが付き合ってくれるか?」

 

「いいよ~。 白くんやねぷちゃんと一緒にお出掛け~!」

 

「おにーちゃん、ぴぃもいきたいーっ!!」

 

「ゴメンなピーシェ、これから行くところは危ないからピーシェは連れていけないんだ。 いい子にしてたら今度はホットケーキ焼いてあげるぞ~」

 

「むぅ~……わかった! ぴぃ、いいこにしてるっ!!」

 

 

さすがにネプテューヌとノワールの二人だけで行かせるわけにはいかない。

白斗とプルルートも立ち上がり、二人の後を追うことに。

すると当然と言わんばかりにピーシェもついていきたいと言い出したのだが、優しく彼女の頭を撫でてあげるとピーシェも大人しくなった。

 

 

「す、凄いわね……あの聞き分けのないピーシェに言うことを聞かせるなんて……」

 

「驚きです~……」

 

「ん? そうか? ピーシェは良い子だから、ちゃんと言う事聞いてくれるよな~?」

 

「うん! ぴぃ、いいこ!!」

 

 

そんな光景にアイエフとコンパは驚きを隠せない様子だ。

確かに普段のピーシェはどちらかと言えば聞き分けのない元気っ子だが、白斗相手だと借りてきた猫のように大人しくなるのだった。

 

 

「白くん~、そろそろ行かないと~」

 

「あ、ヤベ! ネプテューヌ達に置いていかれちまう! それじゃ、行ってきます!」

 

「行ってきま~す」

 

「あ、待ってください! 女神メモリーは……行ってしまいました……(゚Д゚;)」

 

 

これ以上時間を食っていてはネプテューヌ達を完全に見失ってしまう。

急いで白斗とプルルートは彼女達の後を追った。

とは言ってものんびり屋さんなプルルートのペースに合わせて少しだけゆっくりと走る。

 

 

「ねぇ、白くん~」

 

「ん?」

 

 

不意に話しかけてきたプルルート。

そんな彼女に優しく振り返ってみると、彼女は眩しいまでの笑顔で―――。

 

 

 

 

 

 

「…………また、一緒になれたね~」

 

「……ああ! またよろしくな、プルルート!」

 

 

 

 

 

 

 

再び巡り合えたことに喜びを隠せない白斗とプルルート。

未知なる世界に対する不安も、彼女達と一緒なら、やがて期待に変わっていく。

見たこともないゲイムギョウ界で、白斗とネプテューヌ達の慌ただしい物語が今、幕を開けるのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフ……。 女神と騎士がこの世界に無事、到達しましたか……。 さて、ここからどんな物語が語られるのか……舞台袖からじっくり見物しましょう。 『語り部』としてね……」

 

 

 

 

 

 

だが、彼らは気付かない。

物陰から見守る、『語り部』と称する男の存在に―――。




お待たせいたしました!神次元編第二話でございます。
物語の導入って色んな説明が入るから書いている側としては結構スッキリさせたいなというのがありまして、余りゴチャゴチャと説明していると物語が失速しちゃうのが悩みの種でして。
そこをネプテューヌ達の明るさと騒がしさでカバーできていれば幸いです。
さて、この物語における七賢人ですが名前の通り七人います。その内、元メンバーであるマジェコンヌとワレチューは既に抜けています。
つまり新しい二名が追加されているのです。その二名とは誰か、次回にご期待あれ。
それでは皆様、次回『女神メモリーを求めて三千里』でまたお会いしましょう!
感想ご意見、お待ちしております!


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第五十二話 女神メモリーを求めて三千里

―――ネプテューヌのため、そしてノワールのため。

女神化できるアイテムこと「女神メモリー」を探しにメモリーコアと呼ばれる場所にやってきた白斗達一行。

プルルートの案内の元、辿り着いたそこは相当に廃れた古代遺跡のような場所だった。

 

 

「ここがメモリーコアなんだって~」

 

「うわぁ、如何にもなダンジョン……ここに出会いを求めるのは間違ってるのだろうか」

 

「間違ってない。 それでプルルート、この遺跡のどこに女神メモリーがあるんだ?」

 

「分かんない~。 メモリーコアの領域ならどこに出来るかも不明なんだって~」

 

「虱潰しに探すしかねぇってことか……」

 

 

白斗とネプテューヌも、この広大な敷地の遺跡に目を奪われる。

壮大さは勿論だが、入り口からちらりと覗くだけでも複数の通路が入り組んでおり、かなり複雑な構造をしていることが見て取れる。

少し踏み込んだだけで方向感覚すら狂いかねないこの遺跡、この中から女神メモリーを探し当てるのは確かに困難だろう。

 

 

「それでも私はやるわ。 絶対に女神になってやるんだから……!」

 

 

女神メモリーを求めて幾星霜、最早ノワールはその程度では諦めなかった。

彼女の女神化に対する思いは紛れもなく本物である。

この信念の強さは向こうのノワールと同じだと白斗は気高さすら感じた。

 

 

「んじゃ、ノワールのためにも頑張っちゃいますか!」

 

「ああ。 とりあえずはぐれないように。 特にプラネテューヌの女神様」

 

「だってー。 言われてるよぷるるん」

 

「ねぷちゃんのことだよ~」

 

「お前らのことだ、アホ二人」

 

「「どうして~~~!!?」」

 

 

白斗からの手厳しい言葉にプラネテューヌの女神様二名は大いに不満を漏らした。

 

 

「馬鹿やってないでさっさと行く! 本当なら手分けしたいところだけど、逸れるのは火を見るよりも明らか……一塊になっていくわよ!」

 

「おう。 ネプテューヌ、戦闘準備」

 

「ラジャー!」

 

 

白斗は袖からナイフと銃を、ネプテューヌは虚空から太刀を取り出した。

ザクザクと草を踏み越えながら進んでいく一同。と言っても警戒態勢に当たってるのは専ら白斗とノワールだけで、ネプテューヌとプルルートはお気楽だ。

 

 

「いやー、この世界における初めてのパーティ! 初めてのダンジョン! 初めての冒険! 何だかオラ、ワクワクすっぞ!」

 

「……本ッッッ当にお気楽ねぇ、貴女の女神様とやらは」

 

「まぁな。 それが欠点でもあるっていうか……魅力でもあるっていうか」

 

 

特にネプテューヌの能天気さは底抜けだ。

わざと空気を読まずにボケをちょくちょくかましてくる辺り、生真面目なノワールの苛立ちも少しずつ募っていく。

少し皮肉を白斗にぶつけてみるが、白斗からすればそれがネプテューヌの魅力なのだからと取り合わない。

 

 

「はぁ……使い物にならないようなら置いていくわよ。 こっちは本当に余裕なんて―――」

 

「―――ノワールっ!! 伏せろォッ!!!」

 

「ひゃっ!?」

 

 

突然、白斗が叫びながらノワールを押し倒す。

―――直後、ノワールがいたすぐ真横の壁が粉砕された。瞬く間にどこかのんびりした雰囲気など文字通り粉砕されていた。

 

 

「わぁ~!? 何々~!?」

 

「ノワール!! 白斗ぉ!! 大丈夫ー!?」

 

「わ、私は大丈夫よ!」

 

「おう! こっちも大事ない! それよりも……」

 

 

舞い上がった粉塵に遮られ、二人の安否が確認できなかったがネプテューヌの呼びかけにはすぐ応じてくれた。

咄嗟に白斗が庇ったおかげでノワールにもダメージは無かった。だが、やがて粉塵の中から覗かせた赤い光、そして巨大な影を認識した瞬間、一同に更なる緊迫感が訪れる。

巨大な影は、それに見合った剛腕で砂塵を振り払う。姿を現したのは、所謂オークと呼ばれるモンスターだった。

 

 

「あらら……こりゃ随分な大物が来たな」

 

「よっしゃ、新章突入してからの初戦闘!! 白斗、こいつねっぷねぷにしてやるよー!!」

 

「了解!」

 

 

人体を遥かに凌駕する巨躯の持ち主だったが、臆することなく白斗とネプテューヌが武器を手に取る。

ネプテューヌは太刀を、白斗はナイフと銃を手にモンスターに飛びかかっていく。

 

 

「そらっ!! まずは俺からだ!!」

 

「グアゥ!?」

 

 

白斗がオークの顔面に向けて銃を連射する。

たまらずオークは顔を手で覆い尽くし、目などをやられないようにガードする。だがそんな守り方では見ることは勿論、動くこともままならない。

 

 

「ナイス白斗! たあああぁぁぁぁっ!!」

 

「ガァッ!?」

 

 

その隙にネプテューヌが踏み込み、一閃。

普段からのお気楽さからは全く想像できないほどの力強く、鋭く、美しい一太刀にオークの腹は切り裂かれてしまう。

激痛によろめき、オークが膝ついて大地を揺らした。

 

 

「隙だらけだッ!」

 

「グ、ギャガァァァァァアアアアッ!?」

 

 

更に寸分の隙も与えず、白斗が飛びかかった。

ナイフを構え、オークの手首に突き刺して捻る。手首が使い物にならなくなり、オークは血を揺るがすほどの悲鳴を上げた。

凄まじい激痛にオークは剛腕を振るうが、それより早く白斗は飛びのいて距離を取っている。

 

 

「こっちだウスノロ!!」

 

 

間髪入れず白斗がワイヤーを伸ばし、壁に引っ掛けた。

後はそれを収納すれば、白斗の体は持ち上がり一気に空中へと跳び上がる。そんな彼の姿を目にして思わず目を奪われ、手を伸ばすオーク。

だが、当然それは盛大な隙を晒すこととなり―――。

 

 

「もらったぁー!! ねぷねぷスラーッシュ!!!」

 

「グガァァアアアァァアァアァァァアア―――――――!!?」

 

「いやなんだその技名!?」

 

 

白斗のツッコミはさておき、華麗なる一閃が決まった。

綺麗に切り裂かれたオークは上半身と下半身が綺麗に泣き別れ、ズルリと滑り落ちた後、電子の塵となって消え失せる。

 

 

「イッエーイ! ビクトリー!!」

 

「さっすがネプテューヌ、やる時はやってくれる女神様だ」

 

「いやいや、白斗の援護があったからだよ。 ありがと!」

 

 

戦闘を終えるや否や白斗とネプテューヌはハイタッチを決めて勝利を喜び、互いを労いあう。

その様子をノワールはただ、茫然と眺めていた。

 

 

(な、何なの一体……? あんなにおちゃらけてたネプテューヌは強いし、白斗も特別強いわけじゃないけど……ネプテューヌが活躍できるよう上手く立ち回ってる……。 何より、二人の息の合いよう……完璧だった……。)

 

 

個々人の戦闘力は勿論の事、特筆すべきは二人のコンビネーション。

白斗は小技が優れている分、火力は無いらしく、そのため相手の注意を惹きつけたり防御を崩したり、逆にネプテューヌから攻撃を逸らせるような立ち回りを演じていた。

その隙にネプテューヌが必殺の一撃を、安全かつ確実に叩き込んでいく。これをコンビネーションと言わずに何といおうか。

 

 

「……負けてられないわ。 私だって……私だって女神になるんだからぁっ!!」

 

「ノワールちゃんファイトぉ~!」

 

「ってプルルートもちょっとは戦いなさーい!!!」

 

「ノワール、ふざけてる場合じゃねぇぞ!! 地元の皆さんが団体でお越しだ!!」

 

「ふざけてなんかないわよー!! それに、私なら一人で十分っ!!」

 

 

いまいち締まらないこのパーティ。だが、誰もが実力は折り紙つき。

オークの消滅を感じ取ったのか、今度は小型のモンスターが徒党を組んで現れる。

白斗やネプテューヌに対抗心を燃やしながらノワールが片手剣を取り出し、勇敢に切り込んでいく。

真面目な彼女は日々の訓練を欠かしておらず、ネプテューヌに負けず劣らずの太刀捌きを見せながら、幾重にも剣を閃かす。

 

 

「ふふん! 女神を目指して今日まで特訓してきたのよ! こんなモンスター達、私一人で十分なんだから!!」

 

「お、おいノワール!? 突っ込み過ぎだって!!」

 

「手出しは無用よ! これも女神になるための試練、一人で熟さなきゃいけないの!!」

 

 

確かにノワールの実力は、白斗の見立てでも人間としてはトップクラスに強い。

ネプテューヌほど高い攻撃力は無いが、その分スピードとテクニックで補い、圧倒的手数で攻め立て、敵を次々に切り裂いている。

現在無双状態を築き上げているが、あの調子ではすぐに力尽きてしまうだろう。しかし、白斗の申し出を持ち前の強情さが跳ねのけてしまった。

 

 

「あ、これはノワール死ぬパターンですなー」

 

「えぇ~!? ノワールちゃん死んじゃうの~!?」

 

「いやいや、さすがにそんなテンプレをノワールがするわけ」

 

「のわぁ~!? 囲まれたー!!?」

 

「俺の信頼を2秒で裏切らないでくれるか!?」

 

「あーもー、言わんこっちゃない!! 白斗、ノワール諸共ねっぷねぷにしてやんよ!!」

 

「いやノワールもねっぷねぷにすんの!? まぁ、援護しねぇとなっ!!」

 

 

こちらのノワールは、恋次元側のノワールに比べてやや調子に乗る傾向がある。

それが災いして早速孤立無援の窮地に陥ってしまった。見かねたネプテューヌと白斗がそれぞれの得物を手にモンスターに立ち向かう。

二人の刃が華麗に舞い踊り、モンスター達を切り裂いてデータの粒子に還していった。

 

 

「ふぅ、粗方片付いたな。 大丈夫かノワール?」

 

「……ふ、ふん! 貴方達の助けなんか無くても、私一人でどうにか出来たわよ!! で……でもまぁ、一応お礼は言ってあげるわ」

 

「はい、テンプレ的ツンデレ発言頂きました! これがないとノワールじゃないよね~」

 

「分かる~」

 

「う、うるさいっ!! ホラ、さっさと行きましょ!!」

 

「行くのは良いが単騎特攻はナシだぞ。 さっきので嫌でも学習したろ?」

 

「わ、分かってるから一々言わないのっ!!」

 

 

わいのわいのと騒ぎながらも、一同はダンジョンを進んでいく。

始めは心許しておらず、表情が硬かったノワールも、戦闘を経て幾分か表情が和らいだ。

まだまだ垢抜けない印象はあるが、時折白斗やネプテューヌともコンビネーションを合わせるようにもなってくれた。

正確に言えば、二人がノワールの隙を埋める形でフォローしているのだが。

 

 

「ふぅ……ノワールのフォローは疲れるよ~。 白斗は大丈夫?」

 

「元の世界で慣れている方だが……こっちの方が落ち着きがない分、大変だな」

 

「だよねー。 なんていうのかなー……余裕がない?」

 

「多分それだ。 俺達の世界だと、ユニとかケイさんとか助けてくれる人がいたし、何より元から女神だったからな」

 

「なるほどー。 まぁ、神経質な点は変わらないけど」

 

「あれだな、根本的な所は同じだが置かれる環境が違うと為人が違ってしまうって奴だ」

 

(でも、一番の違いは……白斗の存在なんじゃないかなー)

 

 

ずんずんと進んでいくノワールの背中を追いながら、白斗とネプテューヌはそんなことを話しあっていた。

恋次元のノワールはユニという妹やケイという優秀な補佐、ネプテューヌ達という同じ女神という立場のライバルにして友達、何より白斗という最愛の理解者。それらの違いがあった。

プルルートという親友こそ得ていたが、女神とそうではない者という違いを感じていたからか、こちらのノワールはとにかくピリピリしていたのだ。

 

 

「ごめんね~、二人とも~。 あたしのノワールちゃん、悪い子じゃないんだけど……」

 

「分かってるって。 プルルートは何も心配しなくていい」

 

「そーそー。 白斗とネプ子さんにお任せだよ!」

 

「……ありがと~。 ノワールちゃんも、きっと喜ぶよ~」

 

 

どうやらプルルートも、ノワールのことを心配していたらしく二人に申し訳なさそうな顔をしていた。

この世界におけるノワールの唯一の親友として、彼女を御せなかったところに負い目を感じていたのかもしれない。

しかし、白斗とネプテューヌにとってそんなことなど大した問題では無かった。

 

 

「貴方達! お喋りばっかりしてると置いていくわよ!」

 

「悪い悪い。 っとノワール、そっちの道は通ったばかりだ。 行くならこっち」

 

「え? そ、そう?」

 

「わ~、白くん凄い~。 道覚えてるんだ~」

 

「脳内マッピングはお任せあれ、ってね」

 

 

何気なく、パーティーの舵を取っている白斗。

大方の行動方針はノワールらに合わせているが、彼女達だけに任せては同じところをぐるぐる回ってしまいかねないのでさり気なく誘導する形で。

やがて辿り着いたのは、他の場所に比べて開けている、崩壊した部屋だった。他のエリアに比べればどこか厳かで、どこか立派な部屋である。

 

 

「さて、この辺りが探して無いエリアになるが……正直ここで見つからなかったら今日は撤収するしかないな」

 

「あ、見て見て! 玉座があるよ! 女王ネプテューヌ、爆誕!」

 

「すぐに王政が崩壊しそうだな。 嘗ては城か何かか?」

 

「昔存在した国があったらしいわよ。 尤もそれ以上は分からないわ。 ホントならプルルートが調査団を派遣なりしなきゃいけないんだけど……」

 

「まぁ、プルルートからすれば興味ないわなー……って、あれ? プルルートは?」

 

 

すぐ近くにいるプルルートに話題を振ろうとしたその時。彼女の姿が見えないことに気付いた。

人一倍、安否に気を遣う白斗ですら察知しきれなかったらしく一気に一同は大慌てだ。

 

 

「うそ!? ぷるるん、さっきまでそこにいたのに!?」

 

「あー……あの子、目を離すとすぐ迷子になっちゃうのよねー」

 

「いつもの事ってワケか……だとしてもこの迷宮だ、すぐに合流しないと……!」

 

 

これだけ複雑に入り組んだ迷宮で迷子になっては、下手をすれば互いに擦れ違ってばかりで永遠に合流できないかもしれない。

ならばと白斗が崩壊している壁によじ登り、高所からプルルートを探そうとした―――その時。

 

 

「あれ? 白斗、そこに何か光ってない?」

 

「ん? ホントだ、なんだこのクリスタル……2個あるけど。 でも今はンなことより、プルルートを探さないと―――」

 

 

するとネプテューヌが何かに気付いた。

彼女が指を差した先は、玉座の裏側。そこに光っていた、菱形のクリスタル。それも二つ。

淡い光で輝き、地面から浮いているクリスタル。明らかに普通の代物ではなさそうだが、白斗にとって重要なのはこんな結晶よりもプルルートの安否―――。

 

 

「あああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

「ねぷぅ!? な、なんなのノワール、そんなモンスターじみた声あげて!?」

 

「モンスターは余計よ!! で、でも……それよ!! それが女神メモリーよ!!」

 

「え!? これが!?」

 

 

白斗も目玉をひん剥いて飛び上がりそうになってしまった。

このダンジョンにきた目的にして、数百年に一度しか生成されないという女神になるためのアイテム―――女神メモリー。

それが今、あっさりと見つかってしまったのだ。それも都合よく二つも。

 

 

「おぉっ! 私の分まである! さっすが主人公の私、ご都合主義が付いて回ってるー♪」

 

「嘘……あれだけ探しても、見つからなかったのに……!」

 

「そりゃ、ノワールはラック値低いもんねー」

 

「傷つくこと言わないでくれる!?」

 

「まぁまぁ、幸運の女神たる私と一緒で良かったねノワール! それじゃ、私がお先に―――」

 

 

抜け駆けしようとネプテューヌが女神メモリーに手を伸ばした―――その時。

 

 

「―――っ!!? ネプテューヌ、伏せろおおおおぉぉ――――ッッッ!!!」

 

「ひゃっ!?」

 

 

白斗が必死の形相で、ネプテューヌに抱き着いてきた。

彼に抱きしめられてネプテューヌは一瞬顔を赤くしたが、直後壁を粉砕し何かが一直線に飛んできた。

長い縄のような影はそのまま女神メモリーを二つ纏めて巻き取り、引き寄せてしまう。

 

 

「あ!? 女神メモリーが……!!」

 

「んもーっ!! またこのパターン!? 同じようなエンカウント演出は読者に飽きられちゃうんだからね!! まぁ、白斗に抱きしめられて良かったけど……」

 

「なんでお前はちょっと嬉しそうなんだ? それより、何なんだ一体……!」

 

 

三人が臨戦態勢に入りながら粉砕された壁の方向を睨み付ける。

あの向こうにいるのだ、明らかな敵が。

やがて粉塵の中に映し出されたシルエットは、少し小柄な人影が一つ。そしてそれよりも遥かに大きい、巨大なカエルのような影が一つ。

 

 

「アククク……これが女神メモリーか。 仕事はこれで果たした、さっさと帰って幼女成分を補給しなければ……!」

 

「アンタ、寝ても覚めても幼女の事しか頭にないッスね……」

 

「…………ん? この声…………まさかっ!?」

 

 

白斗には、聞き覚えがあったその声。

どちらもあまり思い出しくない声色だ。そんな彼の声に気付いたのか、影の持ち主たちは粉塵を掻き分け、その姿を現す。

 

 

 

 

 

「おやぁ~? 誰かと思えば……貴様はあの時、俺様の幼女ペロペロを邪魔した不届き者ではないか……アクククク!!」

 

「んな!? な、なんでテメェまでこの世界にいやがんだよ!!?」

 

「……やっぱりテメェらか。 トリックとかというクソガエルに下っ端」

 

 

 

 

 

一人の名は、トリック・ザ・ハード。

嘗てルウィーの教会に殴り込み、ロムとラムを誘拐しようとした幼女大好きのペロリスト。彼女達を助けるために駆けつけた白斗とブランにぶっ飛ばされて以来、行方不明だった。

そしてもう一人は嘗てマジェコンヌらに雇われ、こき使われていた下っ端らしき女。名前は―――忘れた。

 

 

「何よ、あれもアンタ達の知り合い?」

 

「思い出したくもない知り合いだよ! どっちも白斗を傷つけた悪者なんだからー!」

 

「悪者は貴様らの方だ! 俺様の幼女ペロペロを邪魔する方が万死に値する……!!」

 

 

相も変わらず身勝手で、幼女の事しか考えていないトリックだった。

当然白斗の怒りのボルテージは上がっていく一方なのだが、同時に気になる点もあった。

 

 

「……その台詞からしてテメェら、こっちの世界の住人じゃなくて俺達の世界から来たのか? どうやって来た?」

 

「ハッ、テメェなんぞに教えてやる義理はねぇっての!!」

 

「ア゛?」

 

「すみません変な男によって突然こっちの世界に飛ばされたんですそれ以上は分かりません話せることは全部ですからどうかそんな目で睨舞でください怖いです怖いです怖いです」

 

「アッサリ喋ってるーっ!? どれだけ白斗にトラウマ植え付けられたのよ!?」

 

 

そしてこちらも、相変わらず白斗によって刻まれたトラウマが癒えていない下っ端だった。

しかしこれで一つの確信が得られた。白斗達の事を知っていることから、嘗て白斗の世界で暴れていた二人と同一人物である。

それがとある人物によって、こちらの世界に来てしまったとのことらしい。

 

 

「”変な男”……? キセイジョウ・レイって女の仕業ではなさそうだが……まぁ、いいか」

 

「キセイジョウ・レイ……? 何故そこで、俺様達、“七賢人”の一人が出てくる?」

 

「七賢人……!? アンタら、七賢人なの!?」

 

「そうとも! 抜けてしまった魔女とネズミの代わりとして声を掛けられ、今や俺様は七賢人での幼女保護担当となったのだ!! アクククク!!」

 

(抜けてしまった魔女とネズミ……ああ、マジェコンヌとワレチューか。 しかもキセイジョウ・レイが七賢人……? こっちのキセイジョウ・レイってことか?)

 

 

しかもどうやら、トリックと下っ端は今となっては七賢人の一員らしい。

嘗て在籍していたマジェコンヌとワレチューの抜けた穴を埋める形で参入したのだろう。更にはその七賢人の中に、白斗達を飛ばしたあの「キセイジョウ・レイ」がいる。

彼らのいうレイはこの神次元側の住人なのだろうが、謎自体は更に深まっていった。

 

 

「アンタらの身の上話はどうでもいいわよ!! それよりも女神メモリーを返しなさい!! それは私達が先に見つけたのよ!!」

 

「へへーんだ、これはアタイらが先に手にしたんだ! つまり、アタイらのものなんだよ!!」

 

「ねぷーっ!! ドロボーはいけない事なんだよ!! 悪い子はこのネプ子さんが月に代わってお仕置きしちゃうよー!!」

 

「アククク……この世界では女神になれていない貴様が、俺様達をお仕置きだと? 片腹痛いわ、アククク!!」

 

 

ノワールとネプテューヌが睨み付けるも、全く意に介していない下っ端とトリック。

確かに二人は強いが、あくまで一般人に比べればの話。真の力たる女神化がまだ出来ない以上、苦戦は免れない。

おまけに今はプルルートとも逸れており、戦力が不足している状況だ。

 

 

「正直、貴様らに構っている暇など無いが……小僧!! 貴様の所為であの日の屈辱が時たま蘇ってしまい、幼女タイムを落ち着いて堪能できなくなった……。 お前を粉々にしなきゃ、俺様の腹の虫が収まらねぇ!!」

 

「ンな身勝手な都合、知るかっつーの」

 

 

どうやらトリックの憎悪は白斗に向けられているらしい。

確かに因縁と言えば因縁だが、自業自得。白斗からすればいい迷惑だった。だが、逃がしてくれそうにもない以上、相手をするしかない。

白斗は袖からナイフを取り出し、その切っ先を向ける。

 

 

「アククク……おい、下っ端! お前は先に女神メモリーを持って退却していろ! 俺様は小僧共の相手をする!!」

 

「だーかーらー!! アタイはリンダって名前……って言ってる場合じゃネェな!!」

 

「ま、待ちなさ……!!」

 

 

投げ渡された女神メモリーを受け取った下っ端は、トリックの命令に従ってその場を走り去ってしまう。

後を追おうとしたノワールだったが、トリックの巨漢がそれを阻む。

 

 

「おおっとぉ!! 貴様らの相手は俺様だ!! 正直幼女以外の相手などしたくもないが、俺様の至高たる幼女タイムのため……ここで散れェ!!!」

 

「そんなカッコ悪い台詞で散る主人公なんかいないんだからねー!! 行くよ、白斗!!」

 

「おう!!」

 

 

異世界の地、古代遺跡の一角でペロリストとの死闘が今、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――一方その頃、この世界のぽやぽや女神様はと言えば。

 

 

「も~……みんな、どこに行ったのかな~」

 

 

絶賛、迷子になっていた。

 

 

「み~んな、迷子になっちゃうなんて……仕方がないなぁ~」

 

 

しかも、自分の方が迷子であることを全く自覚していない。

更には方向感覚が緩いこともあり、同じ個所をぐるぐる回っていることにすら気付いていない有様である。

それでもふらり、ふらりと迷宮の中を歩いていると。

 

 

「……あれ~? 誰かいる~? ここに住んでる人かな~?」

 

 

プルルートの前方に、誰かが歩いていた。

(まずあり得ないのだが)このダンジョンの住人ならば、逸れてしまったネプテューヌ達の事も知っているかもしれないと思い、早速近づいてみることに。

さて、前方を歩いていたその人物とは。

 

 

「えぇ~っと、この道がこうで、さっき来たから……ああああもう!! ワケわかんネェ!! クソめんどくさいんだよこのダンジョン―――!!!」

 

 

先程の下っ端だった。

トリックから女神メモリーを託されたはいいものの、どうやら道に迷ってしまったらしい。

だがどれだけ泣き言を吐こうが、道が開けるわけでも―――。

 

 

「あの~、すいませ~ん」

 

「アァン!?」

 

 

苛立っているところに、のほほんとした声が掛けられ、余計に苛立ちを煽ってくる。

威嚇を込めて振り返ると、そんな粗ぶった声にも意にも介さずにのほほんと微笑んでいる少女が一人。

そう、プルルートである。だが下っ端は彼女が誰かも知らずに荒んだ声をぶつけていく。

 

 

「あの~、ねぷちゃん達を知りませんか~?」

 

「ねぷちゃんだァ? そんなの知るワケねー……って“ねぷ”? まさか……ネプテューヌって奴のこと……じゃネェよな……?」

 

「わぁ~! ねぷちゃんを知ってるの~? なら、白くんやノワールちゃんも一緒~?」

 

 

白くんにノワールちゃん、名前の響きからして前者は白斗、そして後者はこの世界におけるノワールのことだとすぐに分かった。

彼らの事を知っている少女がこう言っている以上、下っ端の目付きは苛立ちから嫌悪へと変わっていく。

 

 

「……まさかお前、あいつらの仲間か? へっ、だったらあいつらのことは諦めな」

 

「え~? どうして~?」

 

「あいつらなら今頃、トリック様によって粉々に砕かれてるからさ! あいつら……特に白斗っていうクソ野郎の無残な姿を見られネェのが残念だぜ、ハッハッハー!!」

 

 

白斗によって刻まれたトラウマが、相当堪えているらしい。

下っ端はまさに痛快と言わんばかりに笑い声を上げる。だが、そんな事を聞かされて黙っていられるほど、プルルートは呑気でもなかった。

 

 

「……なにそれ~? 白くん達をいじめてるの~?」

 

「ああそうさ! いい気味ってなモンよ! テメェにも見せたかったぜ、女神メモリーを目の前で掻っ攫われて悔しそうにしているあいつらの姿……堪んネェぜ!!」

 

 

―――はい、画面の前の皆さん。きっとこう思ったことでしょう。

「あ、コイツ死んだわ」、と。

 

 

「……あのね~? ノワールちゃんも~、ねぷちゃんも~……何より白くんも~。 あたしの大事なお友達なんだ~……」

 

「アン?」

 

「……あたしの大事な人に……酷いことをするならぁ~…………!!」

 

 

その瞬間、プルルートの怒りは頂点に達し。

彼女の姿は光に包まれて―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……貴女も……酷い目に遭う覚悟は……出来てるわよねぇ……?」

 

「へ? な、何……を………ヒッ!? ひぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして場面は戻り、玉座の間―――。

 

 

「アククク!! 女神化も出来ない小娘風情など恐れるに足りん!! 俺様を倒したくば、見た目年齢8年くらい若返ってからにするんだなぁ!!」

 

「何その意味不明な台詞ー!?」

 

「でもこいつ……攻撃が効かないのはマズイわ……! このままじゃ……」

 

 

ネプテューヌ達は思いの外、トリック・ザ・ハードに苦戦していた。

しかし、それも無理もない話。今のネプテューヌとノワールは女神化が出来ない。そんな状態では叩き出せる火力にも限度があり、トリックが張る障壁を破れなかったのだ。

攻撃が効かない相手にはじり貧もいい所で、徐々にネプテューヌ達の体力は削られていく。

 

 

「チッ、仕方ねぇ……ネプテューヌ!! “アレ”やるから、追撃頼むぞ!!」

 

「えっ!? そ、そんなのダメだよ!! それをやったら白斗が……!!」

 

「他に手がねぇんだ、ならやるしかねぇだろ!!」

 

 

となれば、残されている手段は一つしかない。

白斗は覚悟を決めてネプテューヌに指示を出す。彼女には理解できる、白斗の「アレ」が何を意味し、そしてそれがどんなに危険なことか。

白斗を危険に晒したくないと止めに掛かるが、白斗は聞く耳を持たずに己の心臓に手を当て。

 

 

 

「久々にぶっ飛ばすぜ……オーバーロード・ハート起動ォ!!」 

 

「んなッ!? そ、それはまさか……!!」

 

 

左胸から輝きが溢れ出した。

その輝きに一瞬、ネプテューヌも、ノワールも、そしてトリックも目を奪われる。トリックにとっては忌々しい輝きだったが。

と、次の瞬間。白斗は目にも止まらぬ速度で地を蹴り―――。

 

 

「オオオオォォォォォォッ!!!」

 

「グゴォ!?」

 

 

その拳で、トリックの障壁を突き破りながら彼の顔面を殴りつけた。

余りの威力にトリックは背中から倒れ込み、のたうち回っている。先程まで全く破れなかった障壁を、一般人のカテゴリでしかない白斗が突き破った光景にノワールは驚きを隠せない。

彼の常軌を逸した力も、何より左胸から溢れている輝きにも。

 

 

「な、何アレ……!?」

 

「白斗の奥の手だよ! 白斗の心臓は機械で出来ていて、それを使って無理矢理パワーアップしちゃうの!!」

 

「だ、大丈夫なのそれ!?」

 

「大丈夫じゃないよ!! 白斗、それを使ったら反動で死に掛けちゃうんだから!!」

 

 

白斗の左胸に埋め込まれている、機械の心臓。

それを過剰に稼働させることで所謂ドーピングにも近い作用を齎し、身体能力を極限まで引き上げる。

無論、これでも女神よりも戦闘力は格段に下だが、これでトリックとも互角に渡り合える。

しかし、その代償も凄まじく体全体と機械の心臓にダメージを与えるため全身を引き裂くような激痛が襲い掛かるのだ。

彼に想いを寄せているネプテューヌからすれば、当然容認できるものではないが。

 

 

「グゥゥウウゥゥッ……こっ、小僧ォ!! 相変わらずの自爆覚悟かァ!!?」

 

「ここでテメェをぶっ倒さなきゃ、ネプテューヌ達が危ないんでなァ!! だったら迷わず自爆してやるぜ、俺はよォ!!!」

 

「ゴアァッ!!?」

 

 

トリックの舌を強化されたフットワークとスピードで避けながら、白斗が懐に潜り込む。

そして天を穿つような鋭いハイキックでトリックの巨体を、僅かに浮かせた。

 

 

「っ、チャーンス!! どりゃああああああああああああ!!!」

 

「ウギャアアアアアアアアアアアッ!!?」

 

 

障壁さえ破ればこちらのものだ。

白斗が作り出した隙を見逃さず、ネプテューヌが地を滑りながら太刀で一閃。

鋭く、強力な斬撃がトリックに浴びせられた。

 

 

「まだまだァァァアアアアアアアアアアアアっ!!!」

 

「グボボボボボボボォォォォォッ!!?」

 

「隙ありっ!! チェストぉおおおお――――っ!!!」

 

「がああぁあぁあぁぁあああああぁぁぁ!!!」

 

 

更に浴びせられる、拳のラッシュ。

雨あられのように降り注ぐ拳にトリックも堪らず防戦一方となってしまう。そして崩れた所にネプテューヌの更なる一閃。

今まで圧倒されていたというのに、今ではコンビネーション込みとは言え逆に圧倒して見せているこの現状に、ノワールは一瞬呆けていたが。

 

 

「っ!! ひ、怯んでる場合じゃないわ!! 私だってぇぇぇっ!!」

 

「ぎぎゃぁっ!!?」

 

 

更に隙だらけとなったトリックの背中を、ノワールが片手剣で切り付けた。

オーバーロード・ハートで半ば暴走状態のようにも見える白斗だが、頭は存外冷静でしっかりと自我も保っている。

故に身体能力が上がった分、コンビネーションの質も高まってきていた。

 

 

「ぐ……こ、このおおおおおぉぉぉっ!!!」

 

「きゃ……!?」

 

 

こうなっては多勢に無勢、さすがのトリックも不利を悟り、まずは数を減らそうと武器である自分の舌を伸ばした。

岩をも砕く舌の一撃、標的のなったのはネプテューヌ―――。

 

 

 

「触れんじゃねぇええええええええっ!!」

 

「がぁッ!? き、貴様ァ…………!!」

 

 

その瞬間、彼女の前に白斗がすかさず割り込み、拳を振るってトリックの舌を弾き飛ばした。

岩をも砕く剛撃を生身の拳で弾いて平気なはずもなく、白斗の拳から血が滴り落ちる。

だが白斗は全く痛がる素振りを見せず、寧ろより殺気を込めてトリックを睨み付けた。

 

 

「は、白斗……!!」

 

「テメェ……そのクソ気持ち悪ィ舌でネプテューヌに何しようとしやがった……? テメェみてぇなクソ野郎が……俺の女神様に触れんじゃねぇええええええええッ!!!」

 

「誰が幼女でもない奴に好き好んで触れるか! ……いや、後8年若ければワンチャン……」

 

「ねぷぅっ!? 私をロックオンしないでよ!! 私に触れていいのは白斗だけなんだから!!」

 

「フン、興味など無いと……いや、折角だ。 あれを試してみるか」

 

 

するとトリックは何かを思いついたらしくどこからか古めかしい壺を取り出す。

その壺を舌で巻き付けると勢いよく振るって、何かの液体を辺り一面に撒き散らし―――。

 

 

「っ!! ネプテューヌ、危ないッ!!! ……ぐおぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「きゃっ!? は、白斗!!?」

 

 

余りにも液体の量が多すぎて、避け切れない。

これが毒薬だった場合、ネプテューヌが死んでしまうかもしれない―――白斗は迷うことなく彼女を突き飛ばし、液体の範囲から逃れさせるが、白斗は避けることが出来ず液体を大量に浴びてしまうこととなった。

 

 

「ぐ、うううぅっ……!!」

 

「白斗っ!! 白斗ぉ!! しっかりしてぇ!!!」

 

「チッ、小僧のみか…余計なことをしやがって!!」

 

「アンタ!! 一体何の液体を振りかけたのよ!?」

 

 

涙目になりながらネプテューヌが駆け寄り、白斗を抱え起こす。

もしあれが本当に有害な液体なら、白斗の身が危ない。そんな光景に、ノワールは怒り心頭で片手剣を構えた。

 

 

 

 

 

「アククク……聞いて驚け!! なんと若返りの薬だぁ!!!」

 

「……………………………………は?」

 

 

 

 

 

先程までのシリアスな空気が、一気にぶち壊された。

 

 

「俺様は七賢人における幼女保護担当!! 故に新たなる幼女の可能性を見出すため、通販で若返りの薬を買ってみたのだ!!」

 

「なんてくだらないもの持ち歩いてるのよ!! しかも出どころが通販!? 明らかに詐欺じゃないのソレ!!?」

 

「そんなことはない!! 見ろ、現にあの小僧が今にも生意気なクソガキに……」

 

 

ロリコンかつペロリストであるトリックらしいといえばらしい、分かりやすい願望だった。

確かにハイレベルな美少女は数多くあれど、成長してしまっては元も子もない。ならば若返らせて幼女にしてしまおうという、なんともしょうもない野望だった。

その薬の効能を証明するため、浴びせられた白斗を指差すが。

 

 

「……体は熱いが、何ともねぇぞ?」

 

「……は? そんなワケが……」

 

 

そう言いながらも不安を感じ取ったトリックが壺に掛かれている取り扱い説明書に目を通す。

するとそこには。

 

 

「何々……? 『女性に振りかけると数時間若返らせますが、男性の場合ですと数か月の間、成長を止めるだけになりますのでご注意を』……って成長を止めるだけかぁ!!?」

 

「しかも若返りもたった数時間だけ……明らかに低レベルの詐欺ね」

 

 

典型的な詐欺に引っかかったことによる怒りで、トリックは壺を地面に叩きつけた。

粉々になった壺の破片を更にその足で踏みつけて粉末にしている辺り、相当腹が立ったらしい。

 

 

「ハハッ、笑えるクソみてぇなオチだな」

 

「黙れぇ!! 貴様こそ、そろそろ笑えるオチの時間じゃないのかぁ!?」

 

「あ? 何を言って………グッ!? ウ、ウゥゥゥウウゥゥ……ッ!!?」

 

「は、白斗!? 大丈夫!!?」

 

 

突然、白斗が心臓を押さえて苦しみだした。

間違いない、オーバーロード・ハートによる反動が今になって襲い掛かってきたのだ。ネプテューヌが慌てて抱きしめるも、それだけで白斗の苦しみが和らぐはずもない。

 

 

「アククク!! 本当に笑えるオチ担当は貴様だったな小僧ォ!! 自分の非力さを嘆きながら、我ら七賢人が作る幼女の国……その礎となギャガァッ!!?」

 

 

 

舌を振り上げ、白斗を叩き潰そうとしたその瞬間。トリックは突然の激痛に呻いた。

鋭い何かが鞭のように飛来し、トリックの顔を抉ったのだ。

良く見るとトリックの顔面には切り傷が刻まれている。鞭のように飛ぶ刃―――否、“蛇腹剣”と言えば―――。

 

 

 

「だぁかぁらぁ……その子達はみぃんな、あたしの大切な人なのよ……。 それを、あたしの許可なく傷物にしちゃって……どうなるか分かってるのかしらぁ?」

 

 

 

蝶の様なウィングを展開し、蛇腹剣を鞭のように引きずって地面を抉り、ハイヒールでコツコツと地を踏んでいる妖艶な女神様。

ボンテージの様なプロセッサユニットに、女王様を思わせるような艶めかしく、だが威圧感MAXなこの口調と声。

―――見間違う筈も、聞き間違う筈もなかった。

 

 

「ぷ、プルルート!!? なんでまた女神化しちゃってるのよぉ!!?」

 

「し、しかも……何だそのズタボロにされた下っ端は……?」

 

「ああ、この子ぉ? 何だか生意気言うからオ・シ・オ・キ、してあげたの」

 

 

そして蛇腹剣を握る手とは逆の手で引きずる物体。それはズタボロにされ、見るも無残な姿となってしまった下っ端の姿だった。

気絶しているのではなく―――。

 

 

「あ、あヒヒ…………あふへへへへはァ…………」

 

「しかもなんかイッちゃってるよ!? 何したのぷるるん!?」

 

「あらぁ? そんなに知りたいなら教えてあげるわよぉ? ねぷちゃんのカ・ラ・ダに」

 

「い、いいいいいええええええ!! 結構ですぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」

 

 

完全に精神崩壊してしまった下っ端を見て震え上がったネプテューヌ。

だが、それも無理もない話。短い時間で精神崩壊させるようなお仕置きなど想像も出来ないし、想像したくもない。

いつもならばアイリスハートを嗜める白斗も、これにはただ恐怖するばかりだ。

 

 

「そんなことより、白くん大丈夫ぅ? これで少しは楽になれるかしら?」

 

「ん? この光……回復魔法? プルルート、回復魔法使えたのか!?」

 

「意外でしょ? プルルートって、本当に器用なのよね……」

 

 

傷ついている白斗を見て、プルルートが手を伸ばす。

掌から溢れ出た優しい光が、白斗の傷や苦しみを癒していく。これは回復魔法だ。

ノワールの言う通り、女神化したプルルートはどちらかと言えば魔法剣士に近い戦闘スタイルになるらしく、彼女の持ち前の器用さと―――優しさが表れていた。

 

 

「はい、オシマイ。 無茶しちゃダメよ。 白くんに手を出していいのはあたしだけなんだから」

 

「ちっがーう!! 白斗は私のだもん!! ぷるるんには譲らないよ!!」

 

「二人とも、ワケの分からんことで喧嘩してる場合じゃねぇぞ!! 奴が起きる!!」

 

 

ネプテューヌとプルルートで白斗争奪戦が勃発しそうだった寸前、白斗の大声で思考が遮られてしまう。

彼の声に反応して振り返れば、プルルートの蛇腹剣で倒れ込んでしまったトリックが再び起き上がろうとしていたのだ。

 

 

「グ、グググッ……!! 何をしやがるこの熟女がァ!!!」

 

「あ゛? おい、クソガエル……プルルートに暴言吐くんじゃねぇよ、死にてぇのか……」

 

「幼女以外、皆死んで良し! それが真理!! 第一、女神化も出来ぬ小娘や小僧如きに殺される俺様ではぬぁい!!」

 

 

アイリスハートの一撃を受けて尚、怒りを漲らせるトリック。

中々の度胸ではあるが、白斗にとってはそれこそ殺意しか湧かない発言だ。それでもトリックは身勝手な理論をかざし続けるが、対するアイリスハートは余裕を崩していない。

 

 

「へぇ? じゃぁ、ねぷちゃんとノワールちゃんが女神化出来ればいいのよねぇ?」

 

「フン、やれるものならなぁ!!」

 

「あらぁ、言っちゃったわねぇ。 それじゃぁ聞くけど、これ……何かしらぁ?」

 

 

嗜虐心溢れる笑みを浮かべながらプルルートが何かを取り出す。

それは電源マークが描かれた、菱形のクリスタル―――。

 

 

「あっ!? それ、女神メモリー!?」

 

「そ。 この子が持ってたんだけど……聞けば奪ったものらしいじゃなぁい? だったら、あたしが奪い返したって文句は言わないわよねぇ!?」

 

「グッ、グググ…………!!」

 

 

そう、下っ端を叩きのめした際にしっかりとプルルートが回収していた女神メモリーだ。

後はこれをネプテューヌとノワールが食して女神化すれば、嫌でも形勢逆転できる。

さすがのトリックも、この展開には大慌てだ。

 

 

「でかしたわよプルルート! それじゃ早速私達に―――」

 

「あらぁ? ノワールちゃんってば、おねだりの仕方も分からないのかしらぁ?」

 

「へ?」

 

「こういう時は……『お願いします女神様!』……でしょぉ?」

 

「こんな時にマニアックなプレイ要求しないで!? 分かる!? 絶賛ピンチなのよ私達!?」

 

「別にあたしはピンチじゃないしぃ」

 

 

しかしそこはアイリスハート様、ただでは差し上げない。

このマイペースさは変身前と何ら変わらない、プルルートらしいといえばらしいのだが。

とは言えノワールの言う通りこんなことをしている場合ではないだろう。

 

 

「ヤダ……ぷるるんってば、私の瑞々しい体を要求してくるなんて……。 いいよ、ぷるるんになら私の体、委ねちゃう……」

 

「うっふふ! 良いわねぇ、ねぷちゃんのカラダ……なんてステキな提案なのかしら!!」

 

「ねっぷぅーっ!? 冗談真に受けられちゃった!? ダメだよぷるるん、私の体は白斗のものなんだから!!」

 

「誤解招くようなこと言わないでくれるか!?」

 

「え~? でも、一緒にお風呂入ったんだしー」

 

「ギャアアアアアア!!? お前、俺の精神にエグゼドライブかますなよ!? ああ、ノワールの表情が青・緑・紫と顔色悪しのオンパレードに!!?」 

 

 

そしてネプテューヌのおとぼけ発言から連鎖される大騒ぎ。

白斗までもが巻き込まれ、最早オーバーロード・ハートの反動で苦しんでいる場合ではなくなった。

だが、それを聞いてプルルートは一気に不機嫌になる。

 

 

「……ねぷちゃんとお風呂? 白くん……」

 

「聞いてくださいアイリスハート様ッ!! わ、私は無実でしてね……!!」 

 

 

さすがの白斗も、不機嫌全開なアイリスハートには恐怖するしかない。

思わず敬語を使いながら、それでも言い訳を続けようとすると。

 

 

「……あたしには、そういうことしない癖に……」

 

「へ? 何か仰いましたか?」

 

「っ!? な、何でもない。 それより、気が変わったわ……白くん、何でも一つ言うことを聞いてくれるなら許してあげるし、女神メモリーもねぷちゃん達に上げてもいいわよぉ?」

 

「へっ? 俺?」

 

 

要求の矛先が、ノワール達から白斗に向けられるのだった。

何故そうなったのかもわからないまま、どうしようかと白斗が渋ろうとすると。

 

 

「「是非それで」」

 

「なっ!? ネプテューヌにノワールよ、それはご無体では!?」

 

「安い犠牲よ。 私が築き上げる未来の礎となりなさい、白斗」

 

「ノワールさん、屍を積み上げた末の未来はロクでもないものですよ」

 

 

白斗の瞳からほろりと、切ない雫が一筋流れ落ちた。

 

 

「お願い白斗!! 今度、白斗の大好きなお料理いっぱい作ってあげるから!!」

 

「ネプテューヌよ。 問題はね、そのお料理を俺が食べられそうにないってことなんだよ? 生存確率的な意味で」

 

 

更にはネプテューヌからのお願い。

確かに彼女の料理は白斗にとっても嬉しいものだが、自分の命と秤にかけるようなものかと言えばそうでもない。

するとネプテューヌは上目遣いの上、目尻に涙を少しだけ浮かべて、切なさも入り混じった甘い声色で。

 

 

「白斗ぉ……」

 

「ぐ……っ!? そ、その顔と仕草と声は卑怯だろッ……!?」 

 

 

これが対白斗用エグゼドライブ。女神様からの、涙交じりの上目遣い。

例え本気でなくとも、まさに女神としか言いようがない可愛らしさに白斗の心もノックアウト。

顔を紅潮させながらも、はぁと深く息をついて。

 

 

「……あーあ、ったく俺の一番の弱点突かないでくれよ……。 仕方ねぇ……いいぜプルルート。 お前のお願い、何でも聞いてやるから二人に女神メモリーを!!」

 

 

そんな在り来たりな攻撃に敗北してしまう自分を情けなく思いつつも、ネプテューヌの可愛らしい顔が見られたので顔を緩めてしまう。

そして覚悟を決めて、プルルートに頭を下げた。

 

 

「……ねぷちゃんのためってのがシャクだけど……まぁいいわ、今日の所は白くんに免じて許してア・ゲ・ル。 さぁ二人とも、受け取りなさぁい」

 

「やったー!! ありがと、ぷるるん!! 白斗!!!」

 

「ええ、本当にありがとう二人とも!! やっと……やっと私も女神に……!!」

 

 

アイリスハートから女神メモリーが放り投げられ、それがネプテューヌとノワールの手に収まった。

神秘的な輝きを放つクリスタルに目を奪われながらも、これで二人はやっと女神化出来ることを喜び―――。

 

 

「……ってクソガエルよ、なんでテメェは傍観してんだ?」

 

「貴様が悪ふざけに付き合いながらも全く隙を見せないからだろうが」

 

「まぁな。 俺の命に代えても、ネプテューヌ達には指一本触れさせねぇから」

 

 

だが、ここで一つ疑問が浮かび上がる。

ネプテューヌとノワールの女神化など、トリックにとっては最悪の展開。何としても阻止したいところだろう。

にも拘わらず、幾ら白斗が警戒しているからとは言え何のアクションも見せないことに不気味さを感じずにはいられなかったのだ。

 

 

「それに俺様が手を下すまでもない。 どうせ、醜いモンスターになるのがオチだからな……アクククク!」

 

「化け物……だと? どういうことだ!?」

 

「んん? 知らないのか……女神の資格無き者が女神メモリーを食べると女神になれないどころか、醜いモンスターになってしまうのだ! アクククク!!」

 

「何だと!!?」

 

 

思わず驚いてしまった白斗。

まだ、トリックの虚言の可能性がある―――のだが、一瞬躊躇ったノワールの表情が、それが嘘ではないことを物語っていた。

 

 

「あ…………。 た、確かに……そうだけど……」

 

「プルルートとか言ったな? 貴様も止めなくていいのか? 大事なお友達が醜いバケモノになってしまうのかも知れないのだぞぉ?」

 

「うふふ、あたしは二人がどんな姿になろうが愛してあげるから」

 

「ケッ、これだから幼女を辞めた女は……。 小僧、貴様はどうだ?」

 

「確かにモンスター化するのは驚いたが……俺は二人が成功するって信じてるから」

 

 

ここで二人を信じないで、友を名乗れはしない。

何だかんだで二人に深い友情と信頼を抱いている白斗とプルルートは、慌ても騒ぎもしなかった。

―――そんな二人の想いを受け取ったネプテューヌは。

 

 

「なら、白斗のご期待にお応えして一番ネプテューヌ!! いっきまーす!!」

 

「なっ!? え、ええいままよ!! もぐっ……!!」

 

 

躊躇うことなく女神メモリーをを口に含んだ。

そんな彼女に負けていられないと、ノワールも勢いに任せて女神メモリーを口にする。

瞬間、二人の体が光に包まれ―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ、この姿も久しぶりね。 いえ、プロセッサが少し変わってるわね」

 

「……なれた……。 女神に……女神になれた!!」

 

「な、何だとォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

紫と黒、二人の美しき女神が降臨した。

紛れもなく成功の証たる女神化したその姿に、とうとうトリックも冷静さを失ってしまう。

 

 

「あっははははは!! 私は女神―――ブラックハート!! この姿になったからにはもう恐れるものなど何もないわ!!!」

 

 

凛とした声色に変わったブラックハートことノワール。

恋次元と違うのは、髪型は銀髪のツインテールであること、プロセッサが黒に加えて灰色を主体にしている点だろうか。

それに加えてより好戦的になっているらしく、片手剣を取り出して鋭く薙ぎ払う。

 

 

「―――そして女神、パープルハート降臨。 この新しいプロセッサ……名付けるならロストパープルってところかしら?」

 

「さすがあたしのお友達ね。 二人とも、素敵な女神様よ」

 

「ありがとう、ぷるるん。 貴女のお蔭よ」

 

 

一方のネプテューヌが女神化した姿、パープルハート。

変身前と違い、可愛らしいというよりもまさに美女という容姿、女神としてのスタイル、落ち着いた性格になるというギャップが最大の特徴なのだが、それに加えてプロセッサが少し変わっていたのだ。

黒一色のレオタードだったプロセッサに紫色のラインが加わっている他、へそのラインまで見えるようになっており、より刺激的な姿になっている。

 

 

「……白斗、新しい姿になったけど……似合ってる……?」

 

「……ああ。 素敵だよ、ネプテューヌ」

 

「ほ、本当に? ……ふふっ、ありがとう。 貴方のその一言で、私は無敵になれる……!」

 

 

変身前と色々変わってしまうネプテューヌだが、変わらないものが一つある。

それは白斗に対する想い。少し顔を赤らめて想い人に新しい姿を見せるべく、くるりと一回転する。

その美しさに見惚れてしまった白斗が、ぽろりと素直な感想を口にした。

好きな人からそんな一言を貰えて、嬉しくならない乙女がいようか―――喜びの笑みを浮かべながら、ネプテューヌは大太刀を手に取り、その切っ先を向ける。

 

 

「白斗が傍にいてくれるから、私は負けない。 ―――女神の力、見せてあげるわ!!」

 

「ここまでの私達への“非礼”……何千倍にもして返してあげる!! 覚悟なさい!!!」

 

「グッ…………グヌヌヌヌヌヌッ………!!!」

 

 

新たに降臨した二人の女神から刃を向けられたトリックが後ずさりする。

だが、次の瞬間には痩せ我慢とでも云わんばかりに不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

 

「だ、だが女神の力の源はシェア……人々の信仰心だ! 女神になりたての貴様らにシェアなどあるはずが……」

 

「だったら……試してみる? それっ!!」

 

「ンギャァッ!!?」

 

 

確かに彼女達はこの世界においては生まれたて、シェアなどあるはずもない。

しかし、そんな細かい理屈をも超えるのが女神たる所以。ブラックハートの姿が一瞬ブレたかと思うと、瞬時にトリックの懐に潜り込んで斬り上げていた。

 

 

「それそれそれええええええええええええええっ!!!」

 

「ゴガガガガガッ!!?」

 

「吹き飛びなさい!! トルネードソード!!!」

 

「ガギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

圧倒的なまでの速度、手数、そして威力。

トリックの頼みの綱である障壁が全く意味を成さず、ブラックハートの嵐のような斬撃をただただ浴びるばかり。

そして烈風を伴う斬撃で、トリックの巨体がひっくり返ってしまった。

 

 

「うッ、グ、がぁ……!! こ、こうなれば……小僧ォ!! 貴様を人質にしてやるゥ!!!」

 

「なっ!?」

 

 

信仰心など無いはずのブラックハート一人に圧倒されるトリック。

このままでは勝ち目がない―――ならばと目を付けたのがまだオーバーロード・ハートの反動で蹲っている白斗だった。

白斗を人質に取るべく、長い舌を伸ばす―――。

 

 

「させないっ!!」

 

「いぎっ!?」

 

 

しかし、それを鋭い斬撃で弾いたものがいた。

女神パープルハート、変身前の緩さは欠片も無くなり、美しく、凛とした眼差しでトリックを睨み付けている。

 

 

「白斗に手を出すことはこの私が許さないわ。 女神の逆鱗に触れたこと……後悔しなさい!!」

 

「ヒィッ!?」

 

 

愛する者を人質にするなど、ネプテューヌにとって絶対に許せないものの一つ。

激しい怒りを伴ったその気迫に気圧され、トリックが怯む。

直後、ブラックハートに勝るとも劣らない速度でパープルハートが間合いを詰めた。

 

 

「クロスコンビネーション!! たああぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

「おっ!! ゴッ、ガ!! ギャァァァッ!!?」

 

「あらぁ、ねぷちゃんってば情熱的な剣技ねぇ。 惚れ惚れしちゃうわぁ」

 

 

美しい太刀筋が、トリックに叩き込まれる。

初めてネプテューヌ達と共にクエストに訪れた際、彼女が見せてくれた剣技。女神の圧倒的な力に加え、その美しさに白斗は見惚れていた。

女神の斬撃は、醜悪なる魔物を決して寄せつけはしない。

 

 

「デルタスラッシュ!!」

 

「グゴォォッ!! ガ……お、俺様は七賢人の幼女保護担当だぞ……!! こんなところで、俺様の幼女ペロペロ計画を潰えさせるワケには……!!」

 

 

更に体勢が崩れた所に飛ぶ斬撃を打ち込まれた。

女神の技を浴び続けたトリックは既に肩で息をしており、まともに立ち上がることすら困難だった。

目の前の圧倒的存在―――女神に、膝を折りそうになっていたのだ。

 

 

「私は女神。 邪を切り払い、人々を……白斗を守る存在!! 女神の一太刀をその身に浴びて思い知りなさい!!!」

 

「ヒッ!!? ま、待て待て待て!! 俺様はただ、幼女をペロペロしたいだけ……!!」

 

 

ネプテューヌが剣を天に向かって掲げる。

すると彼女の頭上に巨大な刃が生み出され、その切っ先がトリックに向けられた。

すっかり怯えてしまうトリックだったが、そんな情けない命乞いなど通るはずもなく。

 

 

 

 

 

 

「罪を断ち切る、女神の剣!! 32式………エクスブレイドォオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 

 

 

 

断罪の刃が、降り注いだ。

 

 

「ンギャアアアアアアアァァァ――――!!? 幼女に栄光あれェエエエエエエェェェ…………」

 

 

刃が大地に突き刺さり、激しい爆発を起こす。

その爆風に巻き込まれ、巨躯のトリックも天に瞬く星となってしまった。

 

 

「ふぅ、久々だからハッスルしちゃったわね。 やっぱりこの姿は疲れるわ」

 

「でも、相変わらず凄いなネプテューヌは。 やっぱり俺の女神様は最高だ」

 

「ふふ、当然よ。 貴方がいてくれれば、私は無敵だもの」

 

 

普段は「疲れるから」という理由で変身したがらないネプテューヌだが、白斗がいてくれるなら話は別だ。

好きな人からの言葉を受けて、あの美しく、それでいて冷静な表情が緩んでしまう。

これを恋する乙女と言わずに何と言おうか。

 

 

「やれやれ、お熱いわね。 ま、私も念願の女神になれたし良しとしてあげるけど」

 

「あたしはちょーっと不満ねぇ。 さっきのねぷちゃんの攻撃で下っ端ちゃんも吹き飛んじゃって、楽しみが減っちゃって満たされてないのよねぇ」

 

「しれっとフェードアウトしてたのかよあの下っ端……。 まぁまぁ、俺もプルルートとの約束は守るからさ、ここは収めてくれよ」

 

「……ま、白くんに免じて許してあげるわぁ。 フフフッ!」

 

 

一方のブラックハートことノワールは切望していた女神化を手に入れ、この上なく嬉しそうだった。

今、彼女の脳内では思い描いていた夢に対する希望で溢れているのだろう。

プルルートも友人二人が女神化を果たせたこと、そして白斗にお願い出来る約束を取り付けたことで上機嫌になってくれる。

 

 

「さて……それじゃ帰りましょうか。 あたしの教会へ。 ねー、白くんっ!」

 

「ああ、そうしますか……って、うお!? どうしたプルルート!? 俺を抱えて!?」

 

「なっ!? ぷ、ぷるるん何を!?」

 

 

するとアイリスハートが白斗を急に抱え込んだのだ。

所謂抱き着いている状態に近いため白斗は大いに顔を赤くし、ネプテューヌは大いに青ざめる。

 

 

「モ・チ・ロ・ン……このままご招待よぉ!!」

 

「う、おわああああああああああああああああ!!?」

 

「ま、待ちなさいぷるるん!! それは私の役目なのよ!! 白斗を離しなさーいっ!!」

 

「ち、ちょっと貴女達!! 私を置いていくんじゃないわよーっ!!!」

 

 

白斗を抱きかかえたアイリスハートがそのまま大空へと駆けあがり、白斗を取り返さんとパープルハートが飛び立つ。

置いていかれそうになったブラックハートも翼を引遂げて舞い上がった。

三人の女神が描く美しい奇跡は、この異空のゲイムギョウ界に新たな光を齎していた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれから三日後。

今やすっかり居つくことになってしまった神次元のプラネテューヌ教会で。

 

 

『そ、それでは白斗さんとネプテューヌさんは……プルルートさんの世界に行ってしまったということなのですか!?』

 

「すみませんイストワールさん……どうやらそういうことに……」

 

「いーすん、やっぱり前作った道って出来ないの?」

 

 

この世界のイストワールの力を借りてようやく、恋次元側のイストワールと連絡を取ることが出来た。

連絡が取れるや否や、白斗とネプテューヌは置かれた状況を説明するのだが対するイストワールは困ったような表情を浮かべておろおろしていた。

 

 

『すみません、あの道は相互間のシェアエナジーを利用して作ったものです。 あの一件で我が国のシェアも大幅に消費してしまいましたし、すぐには……』

 

「ねぇいーすん、それっていつぐらいに出来そう?」

 

『そうですね、何とか頑張って三日……以上は掛かりますよ?』

 

「今回は三日で保証してくれないんだね……神次元側のいーすんは処理能力低くて、こっちのいーすんは時間掛かるのが難点で……どうしてこう、いーすんは……」

 

『そもそもの原因はネプテューヌさんでしょう!? 神次元に飛んでしまった事はやむなしとして、シェアについては日頃頑張ってくれればすぐにでも取り掛かれましたのに!!』

 

「うわ!? 藪蛇だー!!」

 

 

相変わらず口論を始めてしまうネプテューヌとイストワール。

今となっては久々に見れたこのやり取りが、白斗にとっても、ネプテューヌにとっても、そして内心イストワールにとっても、嬉しいことであった。

 

 

「落ち着け二人とも。 ネプテューヌもこっちの世界で女神化出来るようになりましたし、俺も頑張りますから」

 

『はぁ……本当にお願いしますね白斗さん。 貴方が戻ってこないとネプギアさん達が大変なことになるでしょうから……』

 

「じ、尽力します。 ただシェアはそう簡単に集まらないでしょうし、こっちとの時差が約一ヶ月くらいあることを考えると少なくとも三か月以上はこっちの世界で過ごすことになるかと」

 

『計算上では恋次元の一日が、そちらでの一ヶ月になるのですね。 ですが、女神であるネプテューヌさんは兎も角として人間である白斗さんは大丈夫ですか?』

 

「それなんですが……女神メモリーの一件で敵から受けた薬品が原因で、しばらく肉体の成長が止まったとかなんとか……」

 

「つ・ま・り、これで白斗はしばらく私達と一緒で年を取らないってこと! ご都合主義ー!!」

 

『ね、ネプテューヌさん……。 まぁ、どうにかなるならそれでいいんですが』

 

 

不真面目なネプテューヌが絡むと話がいつまで経っても進まないため、白斗が進行役として簡潔かつ分かりやすく、そして今後の方針や近況を伝える。

イストワールとしても少しは安心したのだが、ネプテューヌの方はと言えば。

 

 

(できれば私はこっちの世界に長居したいなー。 ぷるるんやピー子とも一緒だし……何よりこっちの世界にライバルはいない!! 今の内に白斗と仲良くなって恋人に……ねぷーっ!!)

 

 

案外こっちでの生活を満喫する気満々のようだった。

 

 

『しかし白斗さん、シェア確保の宛はあるのですか?』

 

「はい。 言い方としては悪いですけど、グッドタイミングでノワールが女神化してくれましたし」

 

『そちらの世界のノワールさんですか? それはどういう……』

 

「白く~ん、ねぷちゃ~ん。 そろそろ行こうよ~」

 

 

何やら白斗にはシェア確保のための作戦があるらしい。

一体どうするつもりなのかと聞こうとしたその時、プルルートが話しかけてきた。彼女のすぐそばにはアイエフやコンパ、それにピーシェもいる。

 

 

「おにーちゃん、ねぷてぬ! はやくいこー!!」

 

「あ、ゴメンゴメ~ン。 それじゃいーすん、また後でねー!!」

 

『え!? ちょ、ネプテューヌさ―――』

 

 

プツン、と通信を閉じてしまったネプテューヌ。

やれやれと肩を竦めながらも、白斗も出掛ける準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、行きますか。 ―――こっちのノワールの女神デビューに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ここは、プラネテューヌの西側にある未開の地。

未開と言っても、人々は住んでいる。だが、まだ国として名乗ることが出来ないその土地に今、ある少女が壇上に上がっていた。

多くの人々が見守る中、その少女はマイクを手に高らかに宣言する。

 

 

『この地に住まう皆さん、初めまして。 私が新しい女神、ノワールです』

 

 

多くの人々が見守る中、少女―――ノワールは堂々と宣言した。

そう、今日はノワールが女神となったことを公表し、新しい国を作る記念すべき日。この地に住まう人々は勿論の事、多くの招待客に見守られていた。

その正体客の中には当然、プルルートらの姿もある。

 

 

「あ~! ノワールちゃんだ~!」

 

「おー! のわる、かっこいい~!」

 

「ほうほう、中々サマになってるな。 物怖じせず、人々にも好印象を与えてるな」

 

「分かる、ネプ子さんには分かる。 あれは影でこっそり練習してきたんだよ、きっと」

 

「ああ、ノワールならそうするよな……」

 

 

来賓席ではネプテューヌ達が思い思いに話している。

神次元でのノワールの性格を考えると、恐らく女神になることを夢見て、ずっと密かに準備していたのだろう。

彼女の努力と想いが今、実ろうとしていた。まさに晴れ舞台だ。

 

 

『そして―――括目せよ!! 貴方達を守り導く、女神の姿を!!!』

 

 

何よりも人々を納得させられるもの。それは女神の力と姿だ。

ならば迷うことなど無い。ノワールはその身にシェアエナジーを纏い、女神化を果たす。

 

 

『―――女神ブラックハートよ!! 私は女神としてこの地に国を作り、この国に生きる人を守り、発展に導く!! 国の名は理想を実現する国、ラステイション!! 志高き者のため、このゲイムギョウ界最高の国にすることを―――ここに誓うわ!!』

 

 

美しき女神の姿と、力強い宣言、何よりも掲げられた気高い思想に傍聴人の興奮は最高潮だった。

誰もが新しき女神の誕生を祝福してくれている。

ノワールは、自分の夢の実現に向けて改めて手応えを感じていた。

 

 

「さて、ネプテューヌにプルルート。 ここから俺らも忙しくなるぞ」

 

「え? なんで?」

 

「ノワールちゃんのお仕事、手伝うつもりなの~?」

 

「当り前だろ。 お前らが形式上先輩なんだし、これがシェア稼ぎの第一歩なんだから」

 

「そ、そんな~! 折角白斗と一緒に過ごして仲を深めていく計画だったのにぃ~……」

 

 

まだまだここをラステイションにすると喧伝しただけで、実際にまともな国となったわけではない。

ここからあらゆる建物の建築、人材の獲得やシステムの確立などやるべきことは山のようにあるのだ。それを手伝うことこそ、白斗が言うシェア獲得の第一歩。

ネプテューヌは白斗と過ごす時間が結局短くなることに不満を垂れていたが。

 

 

 

 

 

 

 

「さ、頑張ろうぜ! 俺らのためにも、ノワールのためにも!」

 

「……うん! そうだね!」

 

「みんなで頑張ろ~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも、誰もが笑顔で取り組んでくれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから忙しい日々が続いていき三ヶ月後、物語は再び動きだす。




サブタイの元ネタ「母を訪ねて三千里」

またまたお待たせしてすみませんでしたっ!!
でも仕方ないんだ……風花雪月にルナティックなんて追加されるから……!
ということで今回は女神メモリーゲッチュのお話でした。そしてマジェコンヌとワレチューに変わり新たに七賢人となったのはトリックとリンダのお二人。
またして彼らがどんな騒動を起こしていくのか。……厄介事しかないね、うん。
さてさて、最後の方にノワールの建国の様子を少しだけ描写してみました。実際女神が国を作る時ってどんな感じなんでしょうね?
mk2とかだと先代女神から引き継いだという感覚なのでしょうが、ネプテューヌの時とかだと人々に一種の不安と、それでも笑顔を齎してそうですね。今後のネプシリーズでもそういう描写とかあるのかな?忍者ネプテューヌも控えてますし、楽しみです。
さて、次回のお話は久々の再会ということでプルルートのお話にしようかなと思います。この神次元編はズバリ、プルルートがメインヒロインなので!
それでは次回もお楽しみに!感想ご意見、お待ちしております!!


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第五十三話 ぷるるんな一日

―――白斗とネプテューヌがこの世界に来て、そしてノワールが女神になり、自分の国であるラステイションを建国して、早くも三ヶ月が経った。

ネプテューヌと白斗もすっかり神次元での生活に馴染み、今ではプルルート達の家族として受け入れられ、毎日を楽しく過ごしている。

のだが、この男―――黒原白斗はのんびりとは無縁そうに忙しく動き回っていた。

 

 

「うっし、そろそろラステイションへ向かうかな」

 

「えー、白斗ってばまたノワールの所へ行くの~?」

 

「おにーちゃん、もっとあそんでー!」

 

 

書類をまとめ上げた白斗が立ち上がると、後方から不満気な声が二つ聞こえてくる。

ネプテューヌとピーシェのものだ。特にピーシェは白斗と遊びたい余り、彼の足にしがみついてくる。

困ったような顔を浮かべながらも、白斗はピーシェの小さな頭を撫でてあげた。

 

 

「悪いな、今日はお仕事の日なんだ。 明日には時間が出来るから、いっぱい遊ぼうな」

 

「って白斗ー! ピー子にだけなでなでするなー!! 私にもしてー!!!」

 

「お前は何ちびっ子と張り合ってんだ……ほら、これでいいか?」

 

「ねぷ~……ふふ、白斗のなでなで気持ちいい~……」

 

 

結局はネプテューヌも撫でてあげる白斗だった。

 

 

「あ、白斗さん。 今からラステイションへお出かけですか?( ・ω・)」

 

「イストワールさん。 そうですけど、何か用事でしたか?」

 

「いえ、恋次元側の私と通信が繋がっておりまして。 折角ですから少しくらいお話されはどうかと思って(^-^)」

 

「わーい! いーすんとお話だー!! 白斗、私が送ってあげるから話していこうよ!」

 

「そうだな。 んじゃ、お言葉に甘えて」

 

 

どうやら三ヶ月ぶりに通信が繋がったらしい。

久々にイストワール、あわよくばネプギア達の声も聞きたくなった。近況報告などもしなければならないことから、その申し出を喜んで受けることに。

 

 

「では、呼び出しますね……(゚Д゚)」

 

「いーすん自身が通信機になるとはいえ、この無表情いーすんはちょっぴりホラーだよ……」

 

「確かに……」

 

 

そして肝心の通信機だが、それはイストワール自身だった。

別世界の自分と意識をリンクさせるようなもので、結果その間イストワールは処理能力が限界を迎え、反応を示さなくなる。

やがて聞こえてきた声は、こちらの世界に比べて落ち着いた雰囲気の少女の声。

 

 

『白斗さん、ネプテューヌさん。 お元気ですか?』

 

「わーい、三ヶ月ぶりのいーすんだ!! 私も白斗も元気いっぱいだよー!!」

 

「お久しぶりです、イストワールさん」

 

 

恋次元側のイストワールだった。

彼女は、神次元側のイストワールに比べて一回り大きく、言動も容姿も大人っぽい印象を与える。

当然仕事も出来、今も昔も女神補佐として活躍していた。

ネプテューヌがこちらの世界に飛ばされている以上、今では彼女こそが事実上のプラネテューヌのトップと言っても過言ではない。

 

 

『それは何よりです。 ただ、こちらとしては三日ぶりなのですが』

 

「やはりこっちの一ヶ月が、そっちの一日ですか……』

 

『そうなりますね。 白斗さん、お仕事の方は順調ですか?』

 

「何とか。 小細工でせせこましく稼がせていただいておりますよ」

 

 

 

肩を竦めながらも、白斗が報告を続ける。彼が行った、プラネテューヌのシェア獲得について。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白斗が目を付けたのは、まさに建国したてのラステイションだった。

最初は建国に伴い、幾らかの援助を申し出たのだが基本的にノワールはワンマンアーミーを信条としているため、中々受け取ってもらえない。

そこで白斗はプルルートに提案し、ラステイション間との貿易を優遇する措置を取らせたのだ。

 

 

「ラステイションとの関税を緩める? 随分と大きく出たわね」

 

 

この話が出た時、唯一訝しんだのは他ならぬノワールだ。

話を持ち掛けられたプルルートとネプテューヌはと言えば、話の全容を聞かないまま「承認~」と判子を押してしまったものである。

 

 

「まぁな、これならノワールが嫌だって言っても受け入れざるを得ないし。 ノワールにとって得はあっても損はない話だろ?」

 

「で、貴方達のメリットは?」

 

「ラステイション内におけるプラネテューヌの印象が良くなる。 プラネテューヌはのびのびとした自由を信条とする国だし、その上で他国にも常に友好的な国だと認識してもらえる」

 

「なるほど、出来立てホヤホヤの私の国を宣伝材料に使うワケか。 抜け目ないわね」

 

「全部、“ノワール”に教わったんだけどな」

 

「え? 私? どういうことよ?」

 

「いんや、こっちの話」

 

 

白斗自身、機転はあっても政治に深く精通しているわけでは無かった。

そんな彼を鍛えたのは、恋次元側のノワールだ。彼女の仕事を手伝ううちに自然と身に付いた知識、交渉術、胆力。

それら全てを白斗は吸収し、独自の手腕で活かしていた。

 

 

「ここで突っぱねると、ラステイションは『他国に攻撃的だ』って国民からの印象が悪くなっちまうぞ~? 受ければ『ラステイションは友好的な国だ』っていい印象持ってもらえるぞ~?」

 

「ぐぬぬ……貴方の話に乗らざるを得ないってのが癪だけど……いいわ、お受けします」

 

「おう、よろしくな。 詳細はまた今度に詰めよう」

 

「ええ、よろしく」

 

 

恋次元ではノワールの良きパートナー、しかし神次元では交渉における最大のライバルとなっている白斗。

こうして白斗は他国間との交渉を一手に担い、互いに「持ちつ持たれつ」な関係を上手く築き上げていった。

時に妥協、時には交渉材料を用いて有利な条件を引き出すなど巧みな交渉術を余すことなく発揮する。

―――全ては「プラネテューヌの印象を良くする」ことに力を注いでいた。

 

 

「白斗さん! 我が国が『平和に、自由に、そして仲良く暮らせる国』としていい評判を得ていますよ! ……まぁ、シェアはルウィーも含めてダントツ最下位ですが(ノД`)」

 

「一朝一夕には良くなりませんって。 それに俺はただ宣伝しただけ。 実際に素敵な国にしてるのはプルルートですから」

 

「えっへん~! 白くん、分かってる~♪」

 

「出来ればプルルートさんにはもう少しお仕事して頂ければと……( 一 一)」

 

 

今回、白斗達に必要なのは「ゲイムギョウ界でのシェア独占」ではなく、「シェアそのものの確保」である。

そのため白斗はプラネテューヌの評判を良くすることで、プルルートやネプテューヌに向けられる信仰心そのものを以前より多くしようと務めた。

国に革新を齎すワケではなく、余り知られていなかったプラネテューヌをゲイムギョウ界中に知ってもらえたこととプルルートのんびりとした運営方針が見事に融和、シェアの量としては三国中最下位ではあるが、シェアの量自体は以前よくも増えたのだという。

 

 

「と言っても印象操作なんて簡単にできるものじゃないけど……増してや国単位でなんて」

 

「あいちゃん、凄いでしょ!! これが私の騎士様、白斗なのだ!! ドヤァ!!」

 

「なんでお前がドヤるんだ……。 まぁ、小細工と裏工作しか取り柄のない白斗さんですから。 これくらい出来なきゃネプテューヌの傍にはいられんさ」

 

 

素の戦闘力そのものは弱い白斗だが、仕事は出来る。

持ち前の頭脳と機転、フットワークで各所に根回しを行い、プラネテューヌの印象操作に努めていた。

元よりそう言った仕事には慣れていたので、驚くほどの効果を生み出したワケである。

彼の手腕に、神次元側のアイエフもすっかり感心してしまっていた。

 

 

「いやー、白斗様々だよー。 というワケで私達は安心してゲーム出来るね、ぷるるん!」

 

「だね~。 ねぷちゃ~ん、後でぷにぷにやろ~」

 

「貴方達も仕事しなさーい!!m9 ゚ Д゚)」

 

「「ひゃわわわわわぁぁ~~~!!?」

 

 

―――と、このように基本女神様がぐうたらでサボり魔なのでシェアの順位としては一向に最下位に甘んじていたが、獲得できるシェアの量自体は増えているということだった。

因みにシェアの量では最下位とのことだが、実は量的にそこまで大差をつけられているわけではなく、十分な信仰心を得られているとのことだ。

 

 

「…………という感じですね、俺らは」

 

『さすが白斗さん。 貴方がいればそちらは安心ですね』

 

「でしょでしょー? さっすが私の騎士様!」

 

「お褒めに与り光栄です。 ……で、そちらは大丈夫ですか?」

 

 

仕事にはあまり関与していないネプテューヌが何故かドヤ顔だ。

けれどもそんな彼女に喜んでもらえて満更でもない白斗だった。

とりあえあず話題を切り替えようと、恋次元側の近況を聞いてみた―――のだが。

 

 

『うぐッ!? うぅゥゥウウウウウウウウゥゥゥ………!!!』

 

「ねぷっ!? いーすんが読者にお見せ出来ないような形相で苦しみだした!?」

 

「イストワールさん!? どうしましたっ!!?」

 

 

腹の辺りを押さえて苦しみだしたイストワール。微妙に吐血しているような気がする。

とても良い子には見せられない光景にネプテューヌや白斗も大慌てだ。

 

 

『それが……このままでは、ゲイムギョウ界は……滅ぶかも知れません……』

 

「滅っ……!? どういうことですか!?」

 

『では……まず、女神様達の近況をお伝えしないと……いけませんね……』

 

 

凄まじい胃潰瘍に悩まされているのだろうか。

体中をプルプル震わせながらも、イストワールは力を振り絞って話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――まず、ネプギアさんですが……。

 

 

「お兄ちゃ~ん……お姉ちゃ~ん…………どこ~……?」

 

 

寂しさの余り、涙目でフラフラと辺りを彷徨うようになってしまいました……。

 

 

「ああ、ネプギアならやりかねないな……」

 

「素直な良い子なんだけど……それ故に甘えたがりなんだよねネプギア……」

 

 

ええ、その通りなんです……。

正直見ているだけでもう可哀想になってくるくらいで……。当然、こんな状態ではお仕事にも手を付けてくれません。

そしてお仕事と言えばアイエフさんとコンパさんも……。

 

 

「…………はぁ…………」

 

「…………ふぅ…………」

 

 

溜め息ばかりでお仕事に手を付けてくれず、更にツネミさんと5pb.さんは……。

 

 

「白斗くんが……いない……。 うぅ……白斗くぅん……」

 

「ネプテューヌ様と一緒にいなくなるなんて……あ、あぁ……ぁぁぁ……」

 

 

すっかり弱気の弱腰になって……大好きだったアイドル活動も休止中です。

 

 

「いやそんなにか!?」

 

「そんなにだよ、白斗」

 

「何故ネプテューヌが同意する!?」

 

 

こればかりはネプテューヌさんの言う通りです。

マーベラスさんに至っては……。

 

 

「失礼しますっ!! 白斗君帰ってきてますか!?」

 

「ま、マーベラスさん……。 いえ、昨日ご説明した通りまだですけど……」

 

「そう、ですか……」

 

 

一縷の望みをかけて訊ねてきたマーベラスさんには申し訳ないのですが、現実は非情。

白斗さんがいないことを伝えるとしょんぼりして部屋を出て行き……。

 

 

「あの!! 白斗君いつ戻ってくるんですか!?」

 

「で、ですからまだ未定です!!」

 

「そう、ですか……」

 

 

三秒も経たないうちにまたやってきて再確認。

少し語気を強めにしてやっとこさ追い出して……。

 

 

「でもでもっ!! 白斗君と通信くらいは……」

 

「いい加減にしなさーい!!!」

 

 

今度は一秒もしないうちに入室するという有様です。

こんな感じで皆さんが使い物にならないので結果、私がお仕事を全て引き受けて……正直、倒れそうです……っ。

 

 

「いやみんな情緒不安定すぎるだろ!?」

 

「でもみんなの気持ちも分かるよ。 私だって一日一回は白斗キメないと苦しいもん」

 

「俺はヤバイ薬か何かか!?」

 

 

とまぁ、そういうわけでプラネテューヌは現在内政面が滞っています……。

女神たるネプテューヌさんがいないのもありますし、今まで補佐してくださった白斗さんの不在、そしてネプギアさんやアイエフさん達の機能停止でどうしようもないんです……。

でも、酷さで言えば他国も引けを取らず……ラステイションでは……。

 

 

「…………(ぽけー)」

 

「…………(ふにゃー)」

 

 

あの真面目で仕事熱心なノワールさんとユニさんが揃ってポンコツ化……。

 

 

「っだあああああああ!! 白斗ぉおおおおおお!! なんでネプテューヌと一緒に神次元に飛んじまうんだああああああああああああああ!!!」

 

「お兄ちゃん……寂しいよぉ……(くすん)」

 

「お兄ちゃんと遊びたい遊びたい遊びたい~!!」

 

 

ブランさんは白斗さんと触れ合えないストレスから常時キレ気味で、ロムさんはぐずりだし、ラムさんも聞き分けが無くなる始末……。

 

 

「白ちゃん白ちゃん白ちゃん白ちゃん白ちゃん白ちゃん白ちゃん白ちゃん白ちゃんあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

そしてベールさんは……なんかもう、怖いです……。

 

 

「何なの一体!? どいつもこいつも狂気に侵されてるんだけど!? マジ怖ぇよ!!?」

 

「因みにネプ子さんも白斗と一日以上会えないと発狂します」

 

「ネプテューヌ、頼むからお前は優しいままのお前でいてくれ」

 

 

というわけで各国の女神様は仕事が手が付かない状況で……。お陰様で自国の統治すらままならない状況。

現に問題も少しずつ発生しているそうです。

……そういう意味で、ゲイムギョウ界はある意味滅亡の危機に瀕しています……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぐ……聞いているこっちの胃が痛くなってきた……」

 

「因みに私の事を心配してくれているのがネプギアとツネミだけだったので、ネプ子さんも心が痛いです」

 

 

イストワールの話を聞き終えた白斗とネプテューヌは胸を抱えて苦し気な表情を浮かべていた。

今なら吐血しそうになっているイストワールの気持ちがよくわかる。

 

 

『そ、そういうワケですので白斗さんとネプテューヌさんには一刻も早く戻って頂きたく……』

 

「り、了解です。 全力を尽くします……」

 

『お願いします……。 と、そろそろ通信が不安定に……またご連絡しますね』

 

「うん! いーすん、またねー!!」

 

 

こうして恋次元側との通信は終了してしまった。

欲を言えばネプギア達にも一言挨拶したかったのだが、イストワールの話を聞く限りでは皆気は確かではない様子。

正直怖くもあったので今回は見送ることになった。そうこうしている間に通信のために無反応となっていた神次元イストワールも意識を取り戻し。

 

 

「……あ、お話は終わりました?(>∀<)」

 

「うん! ありがとね、いーすん」

 

「さて、ぼちぼちラステイションに行ってきますかね」

 

「それじゃ私が女神化して送っていくね! ぷるるんも呼ぶ?」

 

「いや、どーせ寝てるだろうし起こすのも可哀想だしな。 それじゃネプテューヌ、お言葉に甘えていいか?」

 

「わーい! 白斗とお出掛けだー!」

 

「仕事だってば……ま、仕事終わりに遊ぶくらいは女神様も大目に見てくれるか」

 

「見ますとも! 何たって私、白斗の女神ですからー!」

 

(ふふ、ネプテューヌさんったら……本当に白斗さんに事がお好きなのですね(*´ω`*))

 

 

他愛もないやり取りだったが、ネプテューヌからは幸せのオーラが溢れていた。

そんなオーラに当てられてはイストワールの顔もついつい綻んでしまう。

 

 

「それじゃいーすん、行ってきま~す!」

 

「夕飯までには戻りますんでー」

 

「はーい、いってらっしゃい(^▽^)ノシ」

 

 

元気よく手を振りながら白斗とネプテューヌはラステイションへ向けて出発した。

普段はプルルートと同じくらい仕事嫌いでサボりがちなネプテューヌだが、白斗が絡めばある程度はこなしてくれる。(それでもある程度な辺りが悲しいが)

本人としては仕事を果たしたいというよりも、白斗と一緒にいたいという気持ちゆえなのだろうが。

 

 

「ん~……いーすん……ぴーしぇちゃん……おはよ~……」

 

「あら、プルルートさん。 おはようございます(^∀^)」

 

「ぷるると! おはよー!」

 

 

そこへ眠たそうな声と共にふらりと現れる一人の少女。

今日もぬいぐるみを引きずり、寝ぼけ眼を擦っているこの国の女神様ことプルルートだった。

 

 

「ふぁぁ~……あれ~? 白くんとねぷちゃんは~……?」

 

「ねぷてぬとおにーちゃん、おしごと!」

 

「おしごと~……?」

 

「はい、白斗さんはノワールさんとの打ち合わせのためにラステイションへ。 ネプテューヌさんは白斗さんを送るために出掛けてます(´▽`)」

 

 

お蔭でプラネテューヌのシェアが少しずつ伸びているとイストワールもご機嫌そうに付け足す。

―――のだが、プルルートはご立腹のご様子で。

 

 

「むむむ~……! 白くん、いっつもノワールちゃんやねぷちゃんとばっかり遊んで……」

 

「いえ、ですから白斗さんはお仕事をですね……(;´・ω・)」

 

「それに、あたしのこと毎回置いていっちゃうんだよ~? 酷い~!」

 

「それはこんな時間まで寝ているプルルートさんが悪いかと(;´Д`)」

 

 

実際の所、最初の内は白斗やネプテューヌも何度か声掛けしたのだ。

だがドア越しに返ってくるのは、安らかな寝息か「起こさないで~」という不機嫌な声だけ。

そんなやり取りを何度も繰り返せば自然と置いていかれるのも当然という話。

無論仕事がない休日など遊びに付き合ってくれるのだが、だからと言って平日に置いていかれることにプルルートは不満を感じていた。

 

 

「……あたし、ノワールちゃんの国まで行ってくる~!」

 

「え!? いえ、プルルートさんにはやっていただきたいお仕事が……!!(; ゚Д゚)」

 

「そんなことより白くんやねぷちゃんが大事~! 行ってきま~す!」

 

「お仕事も大事ですよぉーっ!!(;>Д<)」

 

 

そんなイストワールの心の叫びも振り切って、プルルートは教会を飛び出してしまう。

彼女を見送ってくれるのは「いってらっしゃーい!」と元気よく手を振るピーシェくらいのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃のラステイション。

 

 

「うーん、ノワール~。 このイベントシーンであっちこっちキャラが瞬間移動してる~」

 

「一々私に報告しないでメモとかに纏めて頂戴よ。 一人でゲームくらい静かにしなさい」

 

「こーゆーのは実況するのが大事なのっ! ゲームを一緒に味わう連帯感がね……」

 

 

立派に建てられた教会の一室、そこでは大画面に繋げられたゲーム機の前でボヤくネプテューヌの姿があった。

そんな彼女にはぁ、と溜息を洩らしつつもとりあえず彼女の「指摘点」は頭に叩き込んでおく。

 

 

「まぁまぁ。 ネプテューヌ、俺ももう少しで打ち合わせ終わるからそうしたら一緒にやろうぜ。 新作ゲームのテストモニターなんて中々出来ないしな」

 

「うん! ならじ~っくり進めますか~」

 

 

そう、ネプテューヌは現在ノワールの教会で新作ゲームのモニターをしていた。

ゲーマーといての血が騒いでいるのか、ネプテューヌは「こんな仕事なら大歓迎!」と嬉々としてテストプレイに励んでいる。

主な仕事としてはデバッガーに近く、ゲーム中の問題点を見つける作業だ。

 

 

「このテストモニターの件自体も白斗の提案だけど……よくもまぁ、思いつくものだわ」

 

「小細工や悪巧み大好きなんで」

 

 

現在ネプテューヌもプラネテューヌの女神の一人としてゲイムギョウ界にその名を広めつつある。

そこに注目した白斗は「アイリスハート様の友好的な触れ合いが別次元の女神とも交流を齎した」と大々的に喧伝。ネプテューヌの騒がしくも明るく、楽しく、何より優しい人柄も相まって一気に受け入れられた。

そしてノワールには「プラネテューヌの女神も大絶賛!」というお墨付きを得られると口添えして、ネプテューヌにこの仕事を回させたのである。

 

 

「こうして私の国のゲームは完成する一方、貴方達は友好国としてプラネテューヌを宣伝、着々とシェアを獲得……本当に白斗の筋書き通りって感じがして正直釈然としないわ」

 

「戦闘弱くておまけに仕事も出来ない騎士なんて、あいつのためにならないからな」

 

「……貴方もなんだかんだでネプテューヌに甘いわよねぇ」

 

 

一見ネプテューヌに厳しいようで、一番甘やかしているのはこの男かもしれない。

 

 

「ま、今のところ私としても大助かりだししばらくは貴方に乗せられておきますか」

 

「そうしてもらえると助かる。 これからもずっとだろうけど♪」

 

「あーら? 私だって乗せられたままじゃ終わらないわよ……?」

 

「ほほう、面白い。 師匠(恋次元ノワール)仕込みの辣腕を振るう時が来たようだ」

 

「ってまだ辣腕振るってなかったの!?」

 

「今のはメラゾーマではない……メラだ。 白斗さんの本領はここからだぜ?」

 

 

恋次元のノワールにあれやこれやとしごかれたおかげで白斗もそれなりに政治に詳しくなり、金や物の流れなども把握できるようになった。

今ではネプテューヌの女神補佐としてイストワールと共に愛する女神を支える無くてはならない柱となっている。女神になりたてのノワールに後れを取るつもりはさらさらなかった。

そんな彼の挑発的な態度にヒクつきながらもノワールはライバル心のようなものを感じ、不敵に微笑む。

 

 

「あ、たまにはプルルートに顔を出してやれよ。 ここ最近ロクに会ってないだろ?」

 

「そ、そうだけど……いざ女神になると仕事が……」

 

「……あー、我がプラネテューヌは友好国だってのに、この国の女神様は一度も視察に来ないのかー、そうなのかー」

 

「うぐ……! 受けざるを得ないような状況を作り出して……!」

 

「はっはっは、これも師匠(恋次元ノワール)譲りだがな」

 

 

少しこじつけのようにも思えるが、少しの隙も最大限に利用する。

政治的な付き合いをする上で必要なことだとノワールに教わった。彼女の場合は競争心剥き出しのやり方だが、白斗は付き合いがしやすいように少しマイルドさを取り入れている。

具体的には角を立たせにくく、国益そのものよりも、国家間が友好的になるように誘導しているのだ。

 

 

「……それにしてもノワール、疲れが溜まってるな。 少し休んだ方がいい」

 

「心配してくれるのは嬉しいけど、本当に休む暇もないのよね……。 まぁこれくらいだったら大丈夫。 この打ち合わせ終わったら少し休むわ」

 

(……こりゃ休まないパターンだな。 後で無理矢理にでも寝てもらうか)

 

 

やはり無理しがちな所は恋次元でも神次元でも共通らしい、ノワールの悪癖。

こちらのノワールとはそこまで深いつながりではないとは言え、目の前の知り合いが、増してや女神様が倒れるなど白斗としては容認できることではない。

何が何でも眠ってもらうと心に誓った。

 

 

「さて、後の打ち合わせは……二国間交流事業、共同主催のサブカル交流会か」

 

「初のラステイションとプラネテューヌ共同によるサブカルチャー満載のお祭り……正直私としてはもう気合入りまくりなのよね」

 

「……色んなコスプレ出来るもんな、公認で」

 

「そうそう! 夢にまで見た衣装を堂々と……ってち、違うから!! ってか何でコスプレのこと知って……いや!! 知らない知らない知らないーっ!!」

 

(これもノワール譲り……とまでは言うまい。 あいつの名誉のためにも)

 

 

やはりこちらのノワールもコスプレが趣味らしい。

そんな彼女が大手を振るってコスプレ出来る機会が訪れるのだから、気合も入るという物だ。

ノワールのためにも詳細まで詰めようと白斗も意気込んだその時。

 

 

「(ガラッ)白く~~~~~ん!!!」

 

「うおわっ!? ぷ、プルルート!!?」

 

 

何処からともなく、引き戸を開ける音と共にプルルートが殴り込んできた。それも白斗の名を呼びながら、大いに頬を膨らませて。

 

 

「な、なんでアンタがここに!? ってかここ引き戸無いんだけど!?」

 

「ぷるるんまであの迷惑幼女のような登場の仕方を!?」

 

 

『あの迷惑幼女』とは三か月前にプラネテューヌ教会に殴り込んできた七賢人の一員、アブネスのことだろう。

あれからというもの、迷惑な取材と称したカチコミは来なくなっておりプラネテューヌは至って平和―――は表向き。実はその裏で白斗がアブネスが来れないようあの手この手で根回ししていたというせせこましい努力があったのはここだけの話である。

 

 

「白く~ん、いい加減あたしとも遊んでよ~」

 

「え? あ、ああ……悪い。 今忙しいからネプテューヌと遊んでてくれ。 それかピーシェ……」

 

「ねぷちゃんやピーシェちゃんとは毎日遊んでるもん~! でも白くんってばあたしを放っておいて、いつもねぷちゃんやノワールちゃんとイチャイチャしてるし~!」

 

「い、イチャイチャじゃないわよ! 私は真面目な仕事の話をしてるだけ!! ってかアンタも女神なら遊び呆けるなーっ!!!」

 

 

何やらいつにも増して我儘―――というよりも駄々っ子なプルルート。

否、駄々っ子というよりは甘えん坊だろうか。

何か既視感を覚えていた白斗が、その正体を探っていると。

 

 

(……あ、ネプテューヌに似てるなそう言えば。 仕事やらクエストやらであんまり遊んでないとあんな風に不機嫌になってたっけ)

 

 

そう、ネプテューヌの姿そのものだった。

普段ぐうたらで仕事もサボる、その癖甘えたがり。白斗が傍にいない日々が続くと不機嫌になり、道理も何もかも吹き飛ばして白斗をひったくって遊びに出掛ける。

一日中付き合っているといつの間にか上機嫌になっていて、笑顔に溢れているのだ。

 

 

「……ノワールちゃん~」

 

「何よ、言っておくけどまだまだ仕事が―――」

 

「そこの書類、ミスしてるよ~。 それと~、あれと~、これも~」

 

「えっ!? 嘘っ!? あ、ホントだ……ってこれも!!?」

 

 

机に上に広げられた書類をちらと見たプルルートが突然何枚かを拾い上げてノワールに差し出してきた。

慌てて目を通してみると、確かに深刻な計算ミスやらタイピングミスやらが見つかった。

 

 

「プルルート、あんな細かいミス良く見つけられたな」

 

「えへへ~、偉いでしょ~」

 

「ああ、偉い偉い」

 

 

白斗も指摘されなければ見逃していたところだ。

それほどまでに細かく、しかしながら重大なミスを見つけ出したのは紛れもないプルルートの有能さだ。

彼女もネプテューヌ同様、仕事には精を出せば成果を出してくれるほど優秀なのである。

何はともあれ、ちゃんと感謝の態度を示さねばならないと差し出された彼女の頭を優しく撫でた。

 

 

「ふふ~、白くんのなでなで気持ちいいね~」

 

「ちょっ! ぷるるん、それ私の特権なんだけどー!?」

 

「ねぷちゃんのケチ~。 あたしもしてもらったっていいでしょ~」

 

(……やっぱりプルルート、寂しかったのか)

 

 

ようやく彼女がここまで駄々を捏ねる理由を悟った白斗。確かにここ最近、プルルートとしっかり遊んだ時間を取れていなかった。

どちらかと言うとネプテューヌやピーシェ、ノワールの用事に合わせることが多く、プルルートが寂しがるのも無理はないと痛感していた。

 

 

「……で、ノワールちゃん~。 その書類、すぐには直せないよね~?」

 

「え? ええ、これだけミスがあると他の部分も確認が必要ね……」

 

「ノワールちゃんは最近無理し過ぎだよ~。 少しは休まなきゃ~」

 

「あ、そこはぷるるんの言う通りだね。 最近ノワールは頑張り過ぎだし、休んだ方が良いよ」

 

 

プルルートやネプテューヌからも休息を勧められた。

これだけミスが発生しているということは、疲労の余り注意散漫になっている証拠。

確かにこのラステイションは建国して間もないため、一日でも早く安定させるためにも女神たるノワールの苦労は甚大なものだろう。

白斗の懸念が、最悪の形で的中してしまった。

 

 

「……ごめん、ノワール。 俺も無理をさせ過ぎた」

 

「いいのよ、そこは私の自己責任。 それよりも、白斗の方こそ大分無理してるでしょ」

 

「俺は別に……」

 

「そうだよ~! 白くん、いっつもお仕事お仕事でまともな休息なんてしてないよ~」

 

「だね! 白斗ももうちょっとガス抜きしなきゃ!!」

 

 

と、ここで矛先は白斗にも向けられた。

日々ノワールと仕事をしているということは、白斗も日々仕事をしているということ。

さすがにノワールほどの無茶はしていないが、それでも白斗にも疲労が溜まっていることは否定できなかった。

 

 

「常日頃ガス抜きしかしてないお前らに言われるのは癪だが……それもそうだな。 俺がまともな休憩を取らないと、ノワールも休んでくれそうにないし」

 

「うんうん! それじゃ~……」

 

「へ!? ぷるるん、ここでその光はまさか……!!」

 

 

するとプルルートが突然光り始める。

この光の正体―――いうまでもなく、女神化の光であり。

 

 

 

「それじゃ白くぅん……ノワールちゃんはお休みだし、あたしたちが遊んでても文句は言われないってことよねぇ!?」

 

「「「な、なんで変身するのおおおおおおおおおおおおおおお!!?」」」

 

 

 

するとそこには凡そ三ヶ月ぶりの登場となる、この神次元におけるプラネテューヌの守護女神ことアイリスハート様がご降臨なされた。

突然の女神化にネプテューヌとノワールは勿論、白斗も大慌てである。

 

 

「ねぷちゃん、ノワールちゃん。 白くんは借りて行くわよ~!」

 

「んな!? ぷ、プルルート!! ちょ、待っ……うおあああああああァァァァァ………」

 

 

そのまま白斗は凄い力で掴まれ、凄い勢いで外へと連れ出され、凄い速度で空の彼方へと消えていった。

怒涛の展開にネプテューヌとノワールはついていけず、二人が消えてしまった空をポカンと眺めるばかり。

 

 

「……いいの? 貴女の騎士様なんでしょ?」

 

「まぁ、ぷるるんが寂しがるのも分かるし今回だけは譲ってあげようかな。 堂々と待つのも正妻の務めだしね!」

 

「……アンタはアンタで健気ねぇ」

 

 

ネプテューヌは一瞬寂し気な表情を見せたものの、持ち前の明るさをすぐに取り戻し再び新作ゲームのテストプレイを再開する。

そんな彼女に呆れと同情を織り交ぜた視線を送りながら、ノワールは仮眠をとるべく寝室へと赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~い、我がプラネテューヌへ到着~」

 

「うおっと……ふぅ、今日はいつになく強引だな」

 

 

やがて下ろされたのは、プラネテューヌの市街地。

今日も今日とて人々がのんびり行き交っているが、さすがに空から人が降り立ったともなれば聊か注目を集めてしまっている。

しかもそれが露出の高いボンテージを着込んだ、グラマスな美女とくれば尚更だ。

 

 

「ってうぉい!! 目立ってる目立ってる目立ってるって!!」

 

「あらぁ、ホントねぇ。 どうしてかしら?」

 

「空から素敵な女神様が下りてきたら嫌でも目立つわ!!」

 

「いやねぇ、女神様だなんて。 白くんってばお上手なんだからぁ」

 

「事実!! 燦然たる事実!! えぇい、とりあえずここから離れるぞ!!」

 

 

周りからの視線に耐え切れず、その場から逃げるように白斗はプルルートの手を取って走り出した。

それでも彼女の程の美人で尚且つ露出の高いプロセッサユニットであれば嫌でも注目を集めてしまうのでなるべく大通りを避けていく。

 

 

「うふふ! 自分から手を握ってくれるなんて白くんは大胆ねぇ!!」

 

「そりゃ大胆にならざるを得ないからな!! ってか女神化は解除しないのか!?」

 

「えー? たまにはこの姿のままでもいいじゃない?」

 

「ああ分かった!! ならまずは服買いに行こう!! そのままは目立つ!!」

 

「あらぁ、デートでは定番ね。 いいわよぉ♪」

 

 

目立つ原因の一つである女神化の解除を促すが、プルルートは取り合わない。

どうやらしばらくはアイリスハートのままでいたいらしい。

ならばと白斗は無理に女神化を解除させること無く、まずは彼女の服装を周りに合わせるべく、服部屋と飛び込んだ。

 

 

「ハァ……ハァ……ぷ、プルルート……服、買ってやるからそれ着てくれ……」

 

「あら、いいの? ん~……ここは白くんのセンスにお・ま・か・せ♪」

 

「一番困る注文来たよ……。 なら……これとこれとこれ!!」

 

 

息を切らしながらも、奢ることは忘れない白斗。

今のアイリスハートに似合いそうな服を一目見て選び、次々と手に取っていく。

 

 

「え? そんな服を着ろって言うの?」

 

「言うんです! 絶対似合うから!!」

 

「あ、ちょっと……!」

 

 

確かにすぐさま選びはしたが、白斗なりに真剣に選んだつもりだ。

それらをプルルートに手渡し、試着室へと押し込む。

幸いにもまだ日の高い時間帯であったからかそこまで客はおらず、注目を集めていないという奇跡に感謝しながら白斗は試着室の前で待つ。

 

 

「……プルルート~、まだかー?」

 

「ち、ちょっと待って頂戴。 こんな服……恥ずかしいわよ……」

 

「はぁ? あんな露出の高いプロセッサ着てるくせに?」

 

「あ、あれとは違う意味よぉ! 大体こんな格好……似合わない……」

 

「……ってことはもう着てるんだな? なら御開帳だー!!」

 

「あっ!!?」

 

 

例え下着姿だろうが全裸だろうが構わないと言わんばかりに試着室のカーテンを開ける。

するとそこには落ち着かない様子でもじもじしているアイリスハートがいた。

 

 

「……な、何よぉ。 だから似合わないって言ったじゃない……」

 

 

―――そして、その服装は露出が抑えられている清楚系の服だった。

紫色のカーディガンを羽織り、丈の長い白いスカートを清潔に着こなしている。

確かに露出こそ押さえられていたが、お淑やかさを全面に押し出した分、美しさと可愛らしさが溢れ出ていた。

 

 

「何言ってんだよ……すげぇ似合ってるじゃん……」

 

「そ、そんなしみじみ言わないで頂戴……」

 

「そりゃしみじみするって! 店員さーん、この服買った! このまま着させてー!」

 

 

普段は露出など全く気にしないアイリスハートだが、こうした大人しめの服を着たことなど全くなかった。

というよりも女神化した時はプロセッサユニット以外身に纏わないので、こんな清楚でひらひらしている服を着ること自体に戸惑いを覚えていた。

それを白斗が無理矢理購入、そのまま着て街を歩く羽目に。店から出た途端、多くの視線がアイリスハートに突き刺さった。

 

 

「……ねぇ、白くん」

 

「なんでしょうか」

 

「……街の人達、あたしを見てない? やっぱり服が似合わなかったのかしら……」

 

「逆だ逆、絶世の美女だから目立ってんの。 周りの声、よーく聴いてみ」

 

 

プルルートは最初、服との組み合わせが悪くて悪目立ちしているのではと思い込んでいたがどうやら違うらしい。

白斗の言う通り、人々の声に耳を傾けてみると。

 

 

「おい、何だあの人!? メチャクチャ美人じゃん!!」

 

「キレイ……!! モデルさんかしら?」

 

「あんな顔と体に加えて服の着こなし……ずる過ぎるだろ!!」

 

「んで、そんな美女を引き連れてるあの男……羨ま死刑」

 

 

まさに大絶賛の嵐だった。

 

 

「……ホント、に……?」

 

「ホントもホント。 自分の国民くらい信じてやれって。 ……こんなにも国民から羨望されるくらいの素敵な女神様とご一緒出来て、白斗さんも鼻高々ですよ」

 

 

そう言って隣を歩く白斗はどこか誇らしげで、しかし緊張していて。その緊張は繋がれた掌から直に伝わる温もりと震えと汗で分かる。

―――白斗も緊張しているのだ。美人のプルルートを独り占めしているこの一時に。

 

 

「……うっふふ! なら、そんな素敵な女神の国を案内してあげるわぁ!」

 

「はは、こうしてプルルートに案内されるとなるといつぞやの逆だな」

 

「ええ、それに約束したもの。 あたしの国を案内してあげる、って」

 

「……ああ。 やっと、だな」

 

 

それはこの神次元に戻る前にプルルートと交わした約束。

今度、白斗とネプテューヌがこの神次元に来た時、プルルートが自分の国を案内してくれるというものだった。

あれからやや時間こそ掛かりはしたが、ようやくその時を迎えたのである。

 

 

「ホントに白くんってば、あたしのことずぅっとほったらかしにするんだもの。 いけずぅ」

 

「ゴメンってば。 お詫びってほどじゃないけど、今日のお財布は俺持ちだからさ」

 

「ふふ、なら遠慮なく! まずはゲームセンターよ!」

 

(やっぱゲーセンからなのね、ゲイムギョウ界)

 

 

今度はプルルートに引っ張られながら白斗はプラネテューヌの街中を歩いていく。

改めて周りを見渡すと、発展した中でもどこかのんびりとした空気が漂っており、人々の雰囲気もかなり緩い。

それでいてゲームに興じたり、友人らと話している国民の姿はとても楽しそうである。

 

 

「着いたわよぉ! ここがあたしが女神になって最初に作ったゲームセンター!」

 

「あ、前言ってたところか!」

 

「ええ、初心者からハイまで楽しめる我が国自慢のゲーセンよぉ」

 

 

色とりどりのネオンが眩しいゲームセンターへと案内される。

プルルートが女神になってプラネテューヌを建国した際、真っ先に作ったのがこのゲームセンターだという。

そんな由緒正しき(?)建物だけあって、多くの客で溢れていた。

プルルートの言う通り小さな子供から上級者のハイ、廃人のハイまで幅広く入り浸っている。

 

 

「さて、前俺がゲーセン案内した時は俺が選んだからな。 今日はプルルートが決めてくれ」

 

「ふふ、紳士的ねぇ。 それじゃぁ……レーシングゲームなんてどうかしらぁ?」

 

 

プルルートが指を差したのはレーシングゲームの筐体だった。

座席の作りもかなり本格的で、グラフィックなども臨場感溢れる演出が盛り込まれている。おまけにアイテムを拾っての妨害もアリと言った対戦システムによりこのゲームセンターの中でも一、二位を争う人気っぷりであった。

 

 

「おっしゃ。 俺バイクとか運転してるからな、こういうの自信あるぜ」

 

「あら、そう言えば5pb.ちゃん連れて夜のツーリング行ってたわねぇ。 ずるいわぁ」

 

「はいはい、今度はプルルートも一緒にな」

 

「ええ、楽しみが増えちゃったわね。 ふふっ!」

 

 

座席に座り、コインを入れてゲームスタート。

お互いにマシンとコースを選び、レースが始まる。

 

 

(そう言えばアイリスハートの姿でゲームするのって初めて見たな。 普段のプルルートがのんびり屋さんだから全く腕前や癖が読めんぞ……実力や如何ほどに?)

 

 

レースが始まるまでの間、白斗はふと疑問を呈していた。

女神化すると体に負担がかかるらしく、日常生活において女神が変身することは殆どない。

増してやゲーム目的なら尚更だ。

そしてプルルートはゲームこそ大好きだが、ベールやネプテューヌのような凄まじいゲーマーかと言われればそうではない。あくまで楽しんでいる範疇である。

そんな平時はおっとりゆったりのんびりとした彼女が女神化した姿でのゲームの腕前がどれほどのものか、全く想像がつかない。

 

 

「それじゃぁ……イッくわよぉ!!」

 

「おっわ!? 速ェ!!? 後なんかイントネーションがおかしい!!!」

 

 

開幕位と同時にスタートダッシュしたプルルートのマシン。

アイリスの名に恥じないあやめ色のマシンが一筋の閃光となってレース会場となったハイウェイを駆け抜ける。

 

 

「クッソ!! やっぱゲームの腕前は女神様ってか!!」

 

「うっふふ! さぁ、追いつけるかしらぁ!?」

 

「舐めんなよ! このゲームは対戦形式……妨害上等よ!! そぉらっ!!」

 

「きゃっ!? ……やったわねぇ!!」

 

 

アイテムボックスから甲羅を引き当てた白斗は狙いを定めて投擲。

絶妙なコントロールとタイミングで投げられたそれは見事プルルートのマシンにヒット、転倒させてその動きを止めている間に白斗のマシンが脇を通り抜ける。

 

 

「イかせないわ!! さっきのお返しに激しく打ち付けてア・ゲ・ル!!」

 

「うおおおぉぉッ!? ちょ、プルルート、激しッ……!!!」

 

「白くんがいけないのよぉ? こんなにもあたしをアツくさせた上に先にイッちゃうんだからぁ!」

 

「だからってお前を先に行かせるかよ……!! ラストスパートだ、行くぞッ!!」

 

「ええ! もっと、もっと……!! もっと激しくイくわよぉ!!」

 

(((何昼間っから股間に悪い会話してんだこのバカップルは!!?)))

 

 

言葉だけ聞くと何やらイケない雰囲気である。

アイリスハートの美貌と豊満なボディも相まって、ゲーセンに集う男達は皆エクスタシー寸前だったとか。

 

 

「そらっ!! この甲羅で落ちろッ!!」

 

「ふっ、甘いわよ白くん!! その甲羅で弾かれたあたしのマシンの行く先を見なさい!!」

 

「……んなっ!? ゴール目前まで……!!」

 

「そしてフィニーッシュ!!!」

 

「ぬああああああぁぁ!! やらかしたぁ……!!」

 

「うっふふ、あたしの勝ぁち♪ それじゃ魂を抜き取ってお人形さんに閉じ込めてぇ……」

 

「どんな趣味よそれ!!?」

 

 

最善の一手のつもりが、最悪の一手となってしまった。

プレイングもさることながら、ゲームメイクの腕前も素晴らしかったプルルートに白斗は完全敗北した。

一ゲームしただけで凄まじい盛り上がりになっており、お互いに漫才をしあうくらいのテンションになっている。

 

 

「まだまだ行くわよぉ! 今日はところん遊ぶんだから!」

 

「へいへい。 どこまでもお供いたしますよ、女神様」

 

 

この一戦でエンジンが掛ったのか、テンションが上がっているプルルート。

そんな彼女の苦笑しながらも白斗はとことんまで付き合うことにした。

ゲームセンターで一頻り遊べば腹も減る。ということで次に向かったのはプルルートオススメの洋食屋である。

 

 

「ん! このクリームシチュー絶品だな!」

 

「でしょぉ? プラネテューヌには美味しいものがいっぱいあるんだから」

 

「ははは、ならもっと楽しめるな」

 

「ええ。 これからもずっと、ね」

 

 

オススメのクリームシチューをスプーンで一口、するとまろやかな舌触りと濃厚な牛乳にチーズの味わいが口に広がり、新線や野菜や肉がそれに絡み合う。

料理上手な白斗も認めざるを得ないほどの絶品で、目の前に座るプルルートも満足していた。

 

 

「んで、この後はどこ行くよ?」

 

「そぉねぇ……それじゃぁ、お買い物に付き合ってくれるかしら?」

 

「んぉ? 何か買いたいものでも? 服とかはもう買ったけど」

 

「あのねぇ……そう言う無粋なことを言っちゃうコなのかしら、白くんって」

 

「……へいへい、特に目的のないお買い物でもお付き合いいたしますよ」

 

「そうでなくっちゃ!」

 

 

白斗が微笑むと、プルルートも微笑み返してくれる。

あの美しく、気高く、ちょっと苛烈な女神様が白斗の前では普通の少女として接してくれる。それが白斗にとっては嬉しくて、ついつい自慢したくなった。

そうしてシチューを平らげた二人はプラネテューヌが誇るデパートへと足を運ぶ。

 

 

「おぉー、煌びやか! 見てるだけで楽しくなるな!」

 

「でしょぉ? まぁ、さっきはああ言っちゃったけど気に入ったものがあれば買っちゃいましょ」

 

「りょーかい」

 

 

案内してもらったデパートは、まさに百貨店の名に恥じないラインナップだった。

最新の服やゲームソフト、マニア心をくすぐらせるようなインテリ用品、珍しい味や香りづけが出来る調味料など幅広く扱われている。

 

 

「マジで何でもあるのな。 ラステイションは建国したばっかりだし、モノが少ないってのもあるからな、こうしてウィンドショッピングするのも久しぶりだ」

 

「もぅ、二人きりのデートの時まで仕事の話しないで頂戴」

 

「でっ!? ででで、デートッ!!?」

 

「あらぁ? あたしはそのつもりだったんだけど……白くんはイヤかしらぁ?」

 

「いっ、嫌じゃないけど……」

 

「ふっふふ、照れてる白くんもカワイイわねぇ~」

 

 

見た目だけならばまさにお姉様というプルルート。大人の余裕と色香を振りまいては白斗をからかっていく。

この姿はどこかベールにも通ずるところがある。

しかし、こういう嗜虐心溢れる相手には逆にいじめてやりたくなるのが男の性。

 

 

「そうかいそうかい……なら、アイリスハート様の可愛い所もたっぷり見せてくれよなっ!」

 

「ん? ひゃぁ!? ちょ、またこのパターンっ!?」

 

 

白斗は瞬時にプルルートを抱き寄せた。初めて白斗が彼女とお出掛けした時も、女神化したプルルートをこうして肩に抱き寄せたのだ。

だが今回はそれよりも更に一歩踏み込み、プルルートをそのコートの中に包み込む。

 

 

「も、もぅ……こんな所見られて白くんは恥ずかしくないの……?」

 

「正直恥ずいけど……それ以上に役得。 女神様の表情を独り占めできるんだから」

 

「そ、そんなこと言って……あたしだって恥ずかしいんだから……」

 

「でも突き放さないどころか裾まで握って……ホントは好きなんだろ、こういうのが」

 

「……ホントに、ズルい人……」

 

 

真っ赤に染まった頬を膨らませながらも、決して離れないどころか離すまいと裾を握り締めているアイリスハート。

女神としての美貌に加え、その愛らしさが加わって蕩けない男がいようか。誰もがバカップルとしか見えない格好をしながらも、二人はデパートを練り歩いていく。

 

 

「……あ、ちょっと待って」

 

「ん? トイレか?」

 

「女の子に面と向かってそんなこと言っちゃうなんて悪いコねぇ……?」

 

「いでででででっ!! すいやせんでしたぁっ!!」

 

「もうデリカシーないんだから……あの店に入りたいだけよ」

 

「あの店って……あれか? お洒落なアクセサリー屋だな」

 

 

プルルートの目に留まったのは、小さなスペースを構えている小物売りの店だった。

ビーズを繋げて作った綺麗なブレスレットやネックレスなどもあれば、宝石を加工して作った指輪に至るまでありとあらゆるアクセサリーが売られていた。

では女性向けの店かと言われればそうでもなく、男心くすぐられるようなショルダーバッグやチェーンなど若者なら誰でも楽しめるラインナップとなっている。

 

 

「お、プルルート。 これとかお前に似合うんじゃね?」

 

「確かに良さそうだけど、今回はあたしじゃなくて白くんのよ」

 

「え、俺の? ……待て、考え直せ!! 俺は女装なんてもうしねぇからな!?」

 

「まぁ、冗談じゃないことはさておき」

 

「冗談じゃないのかよ!?」

 

 

どうやらプルルートによる白斗女装計画はまだ潰えていなかったらしい。

この恐るべき計画を何としても阻止しなければと白斗は決意を固めていたのだが、どうやら今回のプルルートの用件はそれではないらしく。

 

 

「今回はねぇ、白くんをカッコよくしにきたの」

 

「へ? 俺?」

 

「そぉよぉ。 折角のデートだっていうのに、白くんってばいつも同じ格好じゃない」

 

「う……そう言われたらそうなんだけどな……」

 

「と、いうわけで今度はあたしが白くんをコーディネートしてア・ゲ・ル♪」

 

「……お手柔らかにお願いします……」

 

 

ビシッと指を差されたのは、白斗の服装である。

白斗はいつも外行の時は黒コートに適当なインナー、そして黒ズボンを着ているのみだ。

オシャレに拘らない白斗はほぼ毎度この格好で一日過ごすことが多い。それが気になったプルルートが、今度は白斗を着せかえるつもりらしい。

 

 

「んー……白くんは常に黒色の服を着てるわねぇ……。 よし、なら明るい色合いで固めちゃいましょ! 服はこれとこれとこれ、アクセサリーは……」

 

「お、おいプルルート? そんな服だと動きにくいんだけど……」

 

「大丈夫、気慣れればそのうち慣れるわ。 ということでこれ着て見て頂戴♪」

 

「うおっ!? ちょ、押し込むなっ!!」

 

「さっきのオ・カ・エ・シ♪ ほーら、早く着なさい♪」

 

 

アクセサリーや服を選び終えたプルルートがそれらを白斗に押し付けて試着室へと押し込む。

デートを始めた時の、白斗が服を選んでくれた時と全く同じシチュエーションだ。

ただ白斗の場合は着替えにそこまで時間を掛けなかったことと、自ら出向いていく点という違いがあったが。

 

 

「……ま、待たせたな……。 ……似合ってるか……?」

 

「ええ! 白くん、とぉってもカッコイイわ! ふふふっ!」

 

 

少し照れ臭そうにしながらも試着室から出てきた白斗に、それはもう大喜びするプルルート。

今の服装は青い生地のジーパン、黄緑色の半袖アウターに白色のインナーと明るく爽やかな出で立ちである。

どこか近寄りがたい印象を放っていた黒ずくめの衣装から一転、爽やかな好青年へと早変わりした。

しかし手首のリストバンドや首に着けたネックレスが、爽やかさの中にも男らしさを表している。

 

 

「……ん? またやたらと視線を感じるな」

 

「今度は白くん狙いね。 イイ男だから」

 

「そうかぁ? 嫉妬の方が多くね? イイ女連れてるから」

 

「っ!! も、もう……からかうんじゃないの……」

 

 

普段は誰にでも高圧的に受け取られてしまうアイリスハート。

だが、どうしたことかこの少年には全くと言っていいほど通用しない。時々手玉に取ったかと思えば主導権をすぐに奪還されて、からかわれる。

こんな人、今までいなかったのに。皆避けるか、委縮するか。それなのに白斗は堂々と相手にするどころか、プルルートをリードし続けているのだ。

―――それが彼女にとって、恥ずかしいながらも嬉しかった。

 

 

「けど、こうも視線ばっかりじゃ落ち着かねーな……カラオケとかどうよ?」

 

「あら、いいわね! 久々に張り切っちゃうわよぉ!!」

 

 

さすがに注目を集めるばかりでは気づかれもするので衆目を気にしない場所へと行くことに。

その中でもカラオケは隔離された空間というデートとしても定番のスポット。

プルルートも嬉々としてその提案に乗り、二人でカラオケに向かう。二人分の料金を支払い、ドアを潜ると怪しげな雰囲気を醸し出す色合いの照明に彩られた空間へと誘われる。

 

 

「それじゃぁトップバッターは白くん、お願いね♪」

 

「オッケー……と言いたいがよくよく考えたらこの世界の曲あんまり知らないんだよな……」

 

「大丈夫よぉ、スマホの音楽飛ばすことも出来るから」

 

「おお、さすが科学と娯楽の国プラネテューヌ! それじゃ……」

 

 

白斗が迷うことなく選曲したのは5pb.の曲。5pb.は当然女性でもありキーも高めなのだが、白斗はテノールの音程でそれを歌いあげていく。

華麗に、軽快に、何よりも楽しく。白斗も5pb.のファンにしてライブにて彼女と共演することもあり、最早良く馴染んだ曲として歌いあげる。

 

 

「……君が傍にいるから―――♪」

 

「ふふふ、素敵よ白くん! なら、あたしも負けてられないわねぇ!」

 

 

マイクを手渡されたプルルートは喉の調整に入る。

時たま彼女が鼻歌を歌っている時はあったが、それはあくまで変身前の、のんびりとした口調での話。

アイリスハート時の歌がどんな苛烈なものになるのかと身構えていた―――のだが。

 

 

「LaLaLa……LaLaLa……♪」

 

(何これ……すっげぇ上手ぇ……!! しっとりかつ繊細で……綺麗な歌声……)

 

 

激しい歌になるかと思えば、とても綺麗な歌声を披露してきたのだ。

彼女の唇が動く度、カラオケルームの空気が洗練されたような気さえする。

聴くものを惚れさせるその女神の歌声に、白斗はすっかり聞き入ってしまっていた。

 

 

「――――……♪ ふぅ、どぉかしらぁ? あたしの歌」

 

「……いや、マジで参った……。 聞き入っちまったよ!」

 

「でしょぉ? さ、今度はデュエットで歌いましょ!」

 

「こいつは俺の方が気合入れ直さないとな……!! よっしゃ、やってやるぜッ!!」

 

 

こんな素晴らしい歌声に当てられてはやる気しかでない。

5pb.やツネミらとライブを繰り返すうちにすっかり歌手魂に火が付いた白斗が意気揚々とマイクを手に取る。

デュエットに加え、採点機能を用いた勝負など色んな方法でカラオケを楽しみ、少し喉が涸れ始めた頃。

 

 

「あ゛~……調子に乗り過ぎたな……喉ガラッガラよ……」

 

「そぉねぇ……カラオケはこのくらいにして、どこかでお茶でもしましょ」

 

「だな……」

 

 

さすがにこれ以上は喉が持たないとぼちぼち斬り上げ、喫茶店に向かう事に。

やがてプルルートに案内されたのは、近未来都市というイメージがぴったりなプラネテューヌでは珍しい、赤レンガに囲まれた風情ある喫茶店だった。

 

 

「ここよぉ。 いい店でしょ?」

 

「ああ、俺こんな隠れ家チックな雰囲気大好き。 あ、ブレンドコーヒーで」

 

「ふふ、やっぱり感性が男のコよねぇ。 あたしはミックスジュースで」

 

 

テーブル席に互いに向き合う形で座り込んだ二人。

それぞれ飲み物を注文し、やがて差し出された飲み物を口にする。

 

 

「……ん、コクと酸味のバランスが絶妙だ。 こんな風に淹れられたらなぁ」

 

「白くんってコーヒー派なのねぇ。 硬派って感じ」

 

「ま、昔っからコーヒーしか口に出来なかったからな。 自然と馴染んちまった」

 

 

白斗は大のコーヒー党だ。

無論淹れられれば紅茶や緑茶でも口にはするが、一番好きな飲み物と言えばコーヒーで、それもブラックという徹底ぶりである。

 

 

「そんなにいいのかしら? コーヒーって」

 

「飲んでみるか? あ、でもプルルートには無理だろうなぁ、ブラックなんて」

 

「む、随分と挑発してくれるじゃなぁい……いいわ。 ノワールちゃん色の飲み物なんて大したことないんだから!」

 

「何故そこでノワールを引き合いに出す……」

 

 

プルルートは当然コーヒーなど口にしたことが無い。女神化した姿であっても。

故に白斗にお子様扱いされているのが無性に悔しくて、ひったくるように白斗のカップを奪い、コーヒーを口にする。

口の中に広がる熱さ、そしてその闇の底を掻き混ぜたかのような苦みに。

 

 

「んぐっ!? うぇ……苦ぁ~い!!」

 

「ぷっ、あっはははははは!! アイリスハート様の渋面、頂きました!! 激レア!!」

 

「撮るんじゃないわよ!! うぷっ……白くん、こんな泥水飲むなんて正気……?」

 

「泥水じゃありません。 ま、女神様でもダメなものはあるってことで」

 

 

完全にやりこめられたプルルートは唸るしかない。

女神化しているというのに、この少年には主導権を握られがちだ。悔しさも募りつつあったのだが、ふと彼が飲んだカップを恨めし気に睨んでいると。

 

 

(……あ、あら……? これって、所謂間接キス……になるのかしら……?)

 

 

―――とんでもないことに気付いた。

サラッと手渡されて、サラッと飲んでしまったが、白斗が口を付けたカップに自らも口を付ける。

これを間接キスと言わずして何と言おうか。

 

 

「………………」

 

「って白くん顔が赤いッ! 気付いててワザとやったでしょ!?」

 

「うん」

 

「肯定しちゃうの!? い、いい度胸してるわね……!」

 

「でも俺以上に顔真っ赤にしてるプルルートの可愛さには敵わない」

 

「っっっ!? も、もぅ!! ……ホントに、ズルイ……」

 

 

先程からプルルートがツッコミ役に回ってしまっている。

本来キャラとしてツッコミに回ることなどありえない、ありえてはならないのに。彼の前ではどうしてかそうはならないのだ。

 

 

「あ、ケーキも来たわね。 それじゃ……」

 

「プルルート、あーん」

 

「ち、調子に乗らないッ! ぱくっ!!」

 

「でも食うのな……」

 

 

切り分けられたケーキの一切れをフォークで刺した白斗がプルルートの口元に近づける。

またもや羞恥に悶えるアイリスハートだったが、最早自棄と言わんばかりにそれを食べた。

―――怒っているような口調の割に、顔はにやけていたが。

 

 

「ん、でもここのシフォンケーキ美味いな。 今度俺も挑戦してみるか」

 

「あら、それは楽しみね。 ……ところで白くん」

 

「何だ?」

 

「はい、あーん♪」

 

「ングゥッ!!? ゲッホォッ、ゴホゲフッ!! んな、な、な……!?」

 

 

今度はプルルートが自分のケーキを切り分けて白斗の口元に差し出してきた。

こんな仕返しを予想していなかった白斗は盛大にむせる。

 

 

「あらぁ? 白くんはあたしからの『あーん』を拒んじゃうような悪いコだったのぉ?」

 

「ウン、僕悪イ子。 ダカラ食ベナイ」

 

「ぐすっ……酷いわ……。 あたしの想いを踏みにじるなんて……」

 

「いやー、僕良い子だから頂いちゃうよぉ!? あ、あーん!!」

 

「ふふっ、良いコね♪ はい、あーん♪」

 

 

白斗を盛大に困らせることが出来てアイリスハート様も大変ご満悦だ。

観念した白斗は女神様からの『あーん』でケーキを一口頂く。

とても甘く、しっとりとした味が口の中に広がったのだが、顔中から火が出そうになる。

 

 

「ふふ、白くんってばニヤけてる」

 

「……参りました。 あーあ、敵わないねぇ、ホント」

 

「……敵わないのはこっちよ」

 

「なんか言った?」

 

「いーえ、何も言ってませんっ」

 

 

こうしてちょっぴり騒がしく、でも楽しいティータイムは終わりを告げ、二人は喫茶店を出た。

さすがに日も傾いており、もう少ししたらこのプラネテューヌも綺麗な茜色に染められる時間となる。

 

 

「さて、次はどーする?」

 

「そぉねぇ……さすがに疲れちゃったからぁ……」

 

 

と、ここでアイリスハート様が光に包まれる。

光が収まるや否や、そこにいたのは元の姿に戻ったプルルートだった。

 

 

「ふぁあ~……んー……お昼寝しよ~」

 

「あらら、疲れて元の姿に戻ったのか。 んじゃもう帰るか?」

 

「ううん、違うよ~。 あたしだけの秘密の場所に、連れてってあげる~!」

 

「おわ!? ま、まだまだ元気じゃねぇか!?」

 

 

何やらお気に入りの場所があるらしい。

プルルートに手を繋がれて、ぴゅーっと飛び出していく。

人混みを抜け、街を抜け、郊外の森を抜け―――。

 

 

「ってオイ!? どんだけ走るんだ!?」

 

「もうちょっと~」

 

 

プルルートは迷いもなく移動しているのだから、迷っているということは無いのだろう。

だが一部荒れている道や、木々が生み出した自然の迷路などを抜けて行ってる。森が深くなるにつれ、日の光も届きにくくなり、辺りはまるで洞窟の様な暗さと静けさになる。

本当にこんな場所に、プルルートがオススメする秘密の場所などあるのだろうか。

 

 

「あ~、見えてきたよ~」

 

 

さすがに疲れも見えてきた頃、顔を上げれば木々の壁の向こう側に日の光が差し込んでいた。

出口から差し込むその光の中に飛び込んでみると―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ………花畑………」

 

 

 

 

 

 

――――爽やかな風が吹き抜け、色とりどりの花びらを攫って行く。

目の前に広がっていたのは、まさに花畑だった。

赤、青、黄と言った様々な色が咲き乱れ、それらを優しく照らす太陽も心地よい。涼しい風が程よく体を癒してくれる、まさにプルルートが好みそうな絶好のお昼寝スポットだった。

 

 

「ね~? すごいでしょ~!」

 

「……ああ、ビックリしたよ。 まさか森の中にこんな場所があったなんて……」

 

「えへへ~。 ここはいーすん達、それにねぷちゃんやノワールちゃんにも教えてないの~」

 

「まさに自分だけの秘密の場所、ってか。 ……でも、そんな場所に俺を……?」

 

「うん~。 白くんには……知って欲しかったの~」

 

 

こんな場所を独り占めできるほど、贅沢なことは無い。

静かで、ぽかぽかしていて、気持ちよくて、綺麗で。こんな素敵な場所は例え親友だろうと無暗に明かしたくはない。

けれども、白斗を案内してくれた。それだけプルルートにとって、白斗という男が大切だから。

嬉しくなった今も尚繋がれている手を更に握り返す。

 

 

「だからね~……」

 

「わかってる。 頼まれたってこんな素敵な場所、他人に教えたりするもんか」

 

「えへへ~、白くんさすが~」

 

 

白斗の答えは百点満点の回答だったらしい、それに満足したプルルートが彼の手を引きながら更に歩いていく。

そこはふかふかの草が敷き詰められた、天然のベッド。

 

 

「ここでお昼寝すると気持ちいいんだよ~」

 

「どれ……お、おぉ……! こりゃ教会のベッドより気持ちいい……!」

 

「でしょ~?」

 

 

彼女に誘われるまま寝転んでみると、草の柔らかさと香り、冷たさが火照った体を心地よく解してくれるのだ。

加えてお日様の温もり、風の心地よさ。まさにプルルートにとって天国だろう。

 

 

「くー……すぴー……」

 

「ってもう寝たのか……。 ま、あれだけ女神化してはしゃいでいたからなー……」

 

 

朝早くからラステイションまで駆けつけて、女神化したままゲームセンターやショッピング、カラオケにティーブレイクなどを堪能したのだ。

白斗だって疲れるこの充実した一日、寧ろよくここまで保ったとプルルートの頭を撫でてあげる。

 

 

「ふぁ、あぁ~……俺も寝るかぁ……」

 

 

気持ちよさそうに寝ているプルルートを見ていたら、白斗も徐々に疲れが湧いてきた。

重くなってきた瞼には勝てず、大欠伸ひとつして、そのまま目を閉じる。

太陽の温もりと、草の柔らかさと、風の涼しさと―――プルルートの“あたたかさ”を感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それからすっかり日も暮れて、教会へ戻ることにした二人。

そこでは当然の如くネプテューヌが帰りを待っていて、すっかり親密度が高まった白斗とプルルートの様子を見ては詰め寄ってきたが何とかいなして。

今日はコンパの作った夕食を食べて舌鼓を打った後、プルルートからお風呂に入った後、部屋に来てくれというお願いをされたので行ってみることに。

 

 

「そう言えばプルルートの部屋に入るのって初めてだな……こっちの次元の」

 

 

恋次元に居た時もプルルートを起こすべく、彼女に宛がわれた部屋を訪れたことはある。

だがこちらの次元での彼女の部屋に入るのはこれが初めてだ。

さすがにこちらの世界の女神様のお部屋にはおいそれとは入れないと、起こす役目は家族であるアイエフやコンパに譲っていたのだ。

 

 

「プルルート、来たぞ~?」

 

『あ~、白くん来た~! ど~ぞ~』

 

「んじゃ失礼して……うお!? 前よりぬいぐるみ多っ!!?」

 

 

丁寧にノックした後、プルルートの返事が来た。まさに待ちわびたと言わんばかりの声色に照れつつ白斗がドアを潜ると、凄まじくファンシーな光景が広がった。

右を向いてもぬいぐるみ、左を向いてもぬいぐるみ。

プルルート謹製のぬいぐるみがこれでもかというくらい詰め込まれた柔らかそうな部屋である。

 

 

「えへへ~、み~んなあたしのお手製なの~」

 

「だろうなぁ。 みんなのぬいぐるみが多数……ん? このアイエフとコンパのぬいぐるみ、ちっちゃいな?」

 

「昔のアイエフちゃんとコンパちゃんだよ~。 この教会に来て、5年くらい経った頃の~」

 

「へぇ、そんな昔からいたのかあの二人」

 

「うん。 で、二人が少し大きくなってからピーシェちゃんもウチに預けられたの~」

 

(預けられた、なんていうが要は捨て子なんだな……。 全く、酷ェ親もいたもんだ)

 

 

その中にいた、幼さ全開のアイエフのコンパのぬいぐるみ。

どうやら二人が赤ん坊の頃からこの教会で育ってきたらしい。ともなればプルルートやイストワールはまさに育ての親にして家族なのだろう。そしてピーシェも同様とのことだ。

親に苦い経験を持つ白斗は当然いい気分ではなかったが、それでもここで暮らす彼女達は幸せなのだから、余り口には出さないようにした。

 

 

「でも人間以外のぬいぐるみもちゃんとあるんだな。 リスのぬいぐるみまである。 貴女のお名前は何ですか? なんちゃって……」

 

「ああ、ガリュゲンゴッサちゃんのこと~?」

 

「お前……そんなゴツイ名前だったんか……。 ガリュゲンゴッサ……」

 

 

可愛らしいリスのぬいぐるみを抱え上げて、白斗は戦慄した。

こんな愛くるしい、もふもふとしたリスのどこに「ガリュゲンゴッサ」なる要素があったのだろうか。

 

 

「お、オホン。 で、こんな夜更けにわざわざ男を女の部屋に呼び出してどうしたんだ?」

 

「そ、そんな言い方しないでよ~。 生々しいよぉ~」

 

「ははは、ゴメンゴメン。 で、実際どうなんだ?」

 

 

少しからかうとプルルートはボッ、と顔を赤くする。

どちらかと言うとプルルートは皆をその言動で振り回すことが多いので、たまには振り回される側に回ってもらいたいという白斗の歪な欲望である。

 

 

「あのね~……えいっ」

 

「うおっ?」

 

 

手を引かれた、かと思うと二人してボフンとベッドに倒れ込んだ。

柔らかな毛布の感覚がすぐに全身を包み、眠気を煽ってくる。

 

 

「一緒に寝て欲しいな~って」

 

「……ま、そんな気はしてたからいいよ」

 

 

対する白斗は顔を赤くこそしていたが、そこまで慌てていなかった。

何となくこういう流れになるだろうと予測していたからである。

 

 

「わ~い! 今日はいい夢見られそ~」

 

「はは、昼間あれだけ寝たのにか?」

 

「お昼寝と夜とじゃ別腹だよ~」

 

「別腹ッスか……」

 

 

寝ることに別腹なんて概念があるのかと一瞬考えこんだが、所謂朝普通に寝るのと二度寝してしまうのと似たような感覚なのだろうか。

ただプルルートにとって大切なことなのだから、あまり深く突っ込まないでおこうと大人な対応をする白斗だった。

 

 

「……ってかプルルートよ、気になってたんだがお前恥ずかしくないの? 俺となんかと一緒に寝て」

 

「……恥ずかしいし、ドキドキしてるけど……胸がね~、ぽかぽかしてるの~」

 

「え……?」

 

 

すると急に身を寄せてきたプルルート。

近くで見る彼女の顔は、とろんとしていながらも顔を赤くした―――乙女の顔だった。

 

 

「どうしてかな~? 白くんって、一緒にいると温かくなれるの~」

 

「そう……か?」

 

「そうだよ~。 いつも傍にいてくれるし~、いつも支えてくれるし~、どんなあたしでも受け入れてくれて……ずっと一緒にいたくなるの~」

 

 

―――ふわりと微笑む彼女に、今度は白斗がドキリとさせられた。

白斗も寝間着という薄い格好をしているからか、心臓の光が漏れ出そうになる。

 

 

「それにね~、白くんが嬉しいとあたしも嬉しいんだ~」

 

「嬉しい?」

 

「うん~。 美味しいお料理を食べて一緒に笑いあったり、ゲームで一緒に楽しんだり、テレビ見て一緒に感動したり……そんな白くんを見てるのが、あたしは好きなの~」

 

 

―――恋愛沙汰に疎い白斗、そして今まで恋愛というものを経験したことが無いプルルートもそれがどういうことなのか分からないだろう。

ただ、今二人の間で出来ているこの一時が幸せ以外の何であろうか。

 

 

「……そういうことだから、白くん~」

 

「な、何でございましょう?」

 

「前……あたしが言ってた“お願い”……忘れてないよね~?」

 

「お願い……ああ、女神メモリーの一件か。 勿論覚えてるよ」

 

 

女神メモリーの一件、それは三ヶ月ほど前の事。

紆余曲折を経てプルルートの手に渡った女神メモリーをネプテューヌとノワールに渡して欲しいというものだ。

そのお願いを飲む条件として、白斗がプルルートの言うことを何でも一つ聞くとのことだった。

 

 

「……あたし、もっと白くんと一緒にいたいから……。 だから、これから一週間の間に一日だけでもいいから……あたしと一緒にいて……」

 

 

―――何とも可愛らしく、何とも理性を理性を蕩けさせてくるのだろう。

そんな言葉を聞かされては、白斗としては言うことは決まってる。

 

 

「そういうお願いだったら、聞きたくないなぁ」

 

「え……? な、なんで~!? あたしのこと……嫌いになっちゃったの……?」

 

 

なんと、白斗はそのお願いを拒絶してきたのだ。

断られると思っていなかったプルルートは絶望し、泣きそうになっている。けれども白斗は穏やかな表情を浮かべながらプルルートの涙を拭ってあげると。

 

 

 

 

 

「俺がここにいるのは、プルルートと一緒にいたいからだ。 ……義務だからで付き合うんじゃなくて、ちゃんと自分の意思でプルルートと過ごしたいんだよ」

 

 

 

 

 

―――そんな、温かい眼差しと言葉を掛けてくれるのだった。

それが嬉しくて、幸せで、プルルートはまた涙を浮かべてしまう。今度はまさに女神に相応しい、美しくも可愛らしい笑顔を浮かべて。

 

 

「……も~、紛らわしいよ~! あたし一瞬怖かったんだからね~!」

 

「はっはっは、ゴメンゴメン。 ……ただまぁ、今まで一緒に過ごせてなかったのは悪かった。 ちゃんとプルルートとの時間も作るから、な?」

 

「……それ、お詫びのつもり~?」

 

「いんや、意思表明。 ……俺だってプルルートと一緒にいたいからな」

 

「……だったら、許してあげる~」

 

 

白斗は心の底からプルルートと過ごしたいと思ってくれている。

だから、プルルートも嬉しくなってより密着してしまう。

 

 

「ね~、明日はどうするの~?」

 

「そうだな、ノワールの一件を詰め直さなきゃな。 ……プルルートもついてきてくれると嬉しい」

 

「うん~。 白くんやねぷちゃんが行くならあたしも~」

 

「ははは、少しは仕事してイストワールさんを労わってやれよ」

 

「くー……すー……」

 

「あーあ、お仕事頑張ってくれたら晩飯はプルルートの好きなもの作ってあげたのになぁ」

 

「うん~! あたし、頑張る~!!」

 

「さも当然のように寝たふりから目覚めるなよ……」

 

 

でもそんな彼女が可愛らしくて、白斗はちっとも怒る気にはなれなかった。

二人して微笑むと、いよいよ本格的に睡魔が襲い掛かってきた。昼寝したとはいえ、連日の仕事の疲れはそう簡単に抜けるものではないらしい。

 

 

「白くん~。 明日もいっぱい……一緒にいようね~……おやすみ~……」

 

「……ああ、おやすみ。 プルルート……」

 

 

そうして二人は幸せな表情のまま眠りについた。

翌朝、ネプテューヌが思い切り不機嫌になりそれを宥めるためにまた白斗とデートの約束を取り付けることになるのだがそれはまた別の話―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ふーん、昨日そんなことがあったのね……この女誑し」

 

「人聞きの悪いこと言わないでくれるかノワールよ」

 

 

そんなドタバタな朝を過ごして昼、ようやく書類が纏まったというノワールの下を訪れた。

のだが彼女の目に飛び込んできたのは白斗の両腕を抱き寄せている二人の女神様。

 

 

「もー! ぷるるん、昨日は譲ってあげたんだから今日も、明日も、明後日も! ずっとずっと私のターンだよー!!」

 

「イヤだよぉ~。 それに白くんだってあたしと過ごしたいって言ってくれたんだから~」

 

 

ネプテューヌとプルルートが幸せそうな顔をしながらも互いにけん制し合っているという、まさに修羅場としか言えない状況。

白斗も力なく反論してみるが、全く意味を成さなかった。

 

 

「全く……私の友達を泣かすようなことしたら、絶対に許さないんだから」

 

「そういう言葉は本人に言ってやんな」

 

「う、うるさいわね! とにかく昨日は失礼したわ、早速昨日の案件を詰め直し―――」

 

 

昨日の案件とはプラネテューヌとラステイション、二国間によるサブカル交流会の件だ。

二国間の女神が主導で開催するので、さすがに一度は女神達にも目を通してもらいたいとネプテューヌとプルルートにも書類を手渡す。

デスクワークこそ嫌うが、どちらもいざ仕事となれば有能な女神様だ。二人とも白斗絡みでやる気十分になっており、さっさと終わらせようと読み込もうとしたところで。

 

 

「ぶ、ブラックハート様!! 大変です!!」

 

「何? 今会議中なんだけど」

 

 

衛兵の一人が慌ただしく駆け込んできた。

建国下手ということもあって衛兵の方も経験不足ということで平静さが保てておらず、来客の前ということもあってノワールが不機嫌で返したのだが。

 

 

 

 

 

 

「そ、それが……ルウィーの女神が現在ラステイションに接近中!! ブラックハート様に合わせろとの打診がありましたぁ!!!」

 

「「「「え……えええええええええぇぇぇ~~~~~!!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

―――そんな報告を聞かされては、余裕も無くなってしまうのだった。




大変お待たせいたしました。ということで今回はプルルートさんとのガチデートなお話でした。
ぷるるんの可愛らしさと同時にメインはアイリスハート様にしようというスタンスの下始めたお話でしたが楽しんでいただけたら幸いです。
何度も言いますが、アイリスハート様はふと余裕を崩した時が可愛いと思うのです。だから白斗君が常にマウントを取ってくるのです。で、そのマウントの取り合いを楽しんでいるのが更に可愛らしく……(以下無限ループ)

そんなこんなで、白斗とプルルートの親密度が更に高まるのでした。
当然これでネプ子さんも余裕とか言ってられません。尚更積極的になります。恋のバトルは更にバチバチです。修羅場って、いいよね。(ゲス顔)

さて次回ですがいよいよストーリーを大幅に動かします。ルウィーの女神様襲来、果たしてどうなってしまうのか。
次回もお楽しみに!!感想ご意見、お待ちしております!!


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第五十四話 白と黒の激突

―――突如、ラステイションの執務室に舞い込んだ報せ。

それは現在のゲイムギョウ界におけるシェアトップを誇る大国、ルウィーの女神が接触してきたとのことだった。

しかもラステイションの女神であるブラックハートことノワールとの会談を求めているらしく、一同に緊張が走る―――

 

 

「あ、ぷるるーん。 そっちに敵行ったよー」

 

「任せて~。 え~い!」

 

「ってアンタ達何緊張感の欠片も出さないでゲームしてるのよ!? ワザとなの!? ワザとでしょ!!?」

 

 

―――こともないように、ネプテューヌとプルルートはゲームで遊んでいた。

 

 

「ってかお前ら、五十三話のつい直前の描写によると書類読み込んでたはずだよな?」

 

「白斗、メタ発言ダメだよ?」

 

「メタ発言の女神が何か言ってるぞ……」

 

 

溜め息を付きながら白斗は頭を抱えた。

仕事を進めなければならないこの大切な時期にルウィーの女神が接触してくるなど誰が予想できようか。

 

 

「白斗。 ルウィーの女神ってことは……ブラン、だよね?」

 

「俺も軽く調べた程度だが、ルウィーを治めてるのはホワイトハートとのことだ。 加えて、こっちの世界にノワール達がいるってことは……十中八九そうだよなぁ」

 

 

今回接触を仕掛けてきた女神、ルウィーという国からしてほぼ間違いなくブランの事だろう。

こちらの世界では性格にも違いがあるのかもしれないが、アポなし突撃を見るからにキレやすい性格は変わっていないようだ。

 

 

「何? 貴方達、ルウィーの女神を知ってるの?」

 

「あ、ノワールは知らないのか。 まぁ、実を言えばだな……」

 

 

白斗がかいつまんで説明した。

恋次元にもルウィーが存在しており、そこを治めていた女神がホワイトハート……ブランという少女であったこと。

普段は物静かだが、怒りっぽい性分で一度怒ると手が付けられないことなど、知る限りの情報を伝えた。

 

 

「ふーん、貴方達の世界にも似たような女神がいるって話ね」

 

「ただ本当に同じ性格なのか、そもそも本当にブランなのかってところも分からないんだが」

 

「何にせよ、アポなし突撃なんて常識知らずの迷惑女神なんて百害あって一利なしだわ。 さっさと追っ払ってやる!」

 

(迷惑女神って……ブランはそんな子じゃないんだけどなぁ……)

 

 

確かにアポなし突撃は迷惑には違いないだろうが、白斗の知る限りブランは悪意を持ってそんな行為に及ぶような少女ではない。

ただ、それは恋次元のブランの話であってこの神次元ではどうなっているか分からない。

故に口に出すことも出来なかった。

 

 

「ノワール、手荒なことはしちゃダメだよ?」

 

「さぁ? それは向こうの対応次第によるわ。 まぁ既に向こうから迷惑行為してるんだもの、手荒なことされたって文句は言わせないわ!」

 

「あわわ~……ノワールちゃん、激おこだよぉ~」

 

「でも激おこなドSぷるるんの方が怖いのでネプ子さんは平気です」

 

「ねぷちゃん酷い~!」

 

「漫才してるなら置いていくわよ! っていうか話ややこしくなりそうだからアンタ達はここに残ってなさい!!」

 

「お、オイ!! ノワール待っ…………!!」

 

 

とりあえず落ち着くよう宥めるネプテューヌとプルルートだが、すっかりお冠になったノワールには通じず、白斗の静止も振り切って女神化、飛び出してしまった。

ノワールとブラン、どちらも勝気が強く、いざという時は我を押し通すタイプ。双方が衝突すれば売り言葉に買い言葉になるのは火を見るよりも明らか。

 

 

「あーあ、仕方ないなぁ。 私達も行こっか」

 

「ねぷちゃんと白くんが行くならあたしも~」

 

 

このままでは厄介事になること、そしてノワールが心配なこともあり後を追うことにしたネプテューヌとプルルート。

何だかんだで友達思いな二人に微笑みを漏らす白斗だが。

 

 

「あ、悪い。 俺ちょっと準備してから行くから先行っててくれ」

 

「準備~? 白くん、何するの~?」

 

「ホントは皆のためを思って用意してたんだが、思わぬ形で役に立ちそうだ。 まぁ、すぐに追いつくから」

 

「オッケー! それじゃ、ノワールの後を追いますか!」

 

 

何やら白斗には秘策があるらしい。

ただ、自信満々かと言われると微妙なところだが、ここぞという時に頼りになる彼の事だ。

彼を信じ、とネプテューヌとプルルートは近くの森へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラステイション近郊の森―――。

まだまだ危険なモンスターが数多く潜む、所謂ダンジョンの一つに数えられるこの森の中で一人、その少女は佇んでいた。

青白い髪を美しく揺らし、小柄ではあるがきめ細かく美しい肌を持ち、そして赤と白のレオタードを身に纏うその少女は一人悶々と悩んでいた。。

 

 

「…………だあああああっ!!! クソッ!! 勢いに任せてここまで来ちまった……!! どうすんだよ……私は女神ホワイトハートだってのに……自分が情けねぇ……!!」

 

 

そう、この神次元におけるホワイトハートである。

身に纏うプロセッサユニットの配色以外はまさに恋次元のホワイトハートと瓜二つを超えて全く同じである。

 

 

「はぁ……正直ラステイションの女神になんていうかも全然考えてねぇし……。 どうすりゃいいんだよぉ……」

 

 

一人寂しく頭を抱える白の女神。だが、彼女の問いに答える者はいない。

何故こうなってしまったのか、事の発端は今朝に遡る―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うっすらと寒さが入り込む、ルウィーの教会。

畳が敷き詰められた女神の執務室でその少女は渋面を浮かべていた。

あどけなさが残る可憐な顔つきが苦虫を嚙み潰したように歪み、その小柄な体躯が怒りやらストレスやらで震えていた。

 

 

「……日を追うごとに、シェアが少しずつだけど低下しているわね……」

 

「ええ、それに加え国民も少しずつラステイションやプラネテューヌへ流れていっておりますな」

 

 

そんな女神に報告しているのは、一人の小太りな中年親父。

眼鏡を光らせながらシェアエネルギーや人口の推移などを記した書類を眺めていたが、こちらも芳しくない雰囲気を醸し出していた。

 

 

「ブラン様、やはり移住の規制をしなかったのは悪手だったのでは……」

 

「アァ? 私の決定に文句があるのか、大臣……?」

 

「い、いいえ。 滅相もございません。 ただ、この事態は重く受け止めなければ」

 

「……分かってる、一々口に出すな」

 

 

目の前の男性こと大臣からの諫言にも不機嫌で返す少女―――ブラン。

国民に無理矢理な規制を強いて余計な反感を買いたくないという彼女なりの想いだったのだが、それが良くない形で現実となってしまっている。

受け止めれば受け止めるほど、ブランにとっては苦しい事態となっていた。

 

 

「……それで大臣、ラステイションはどんな感じ……?」

 

「飛ぶ鳥を落とす勢いとはこのことですな。 まだ建国して三ヶ月ですが次々と革新的な制度を打ち出し、また女神自身も近隣のモンスター退治を積極的に行うなどして国民からの支持を得ております」

 

「………………」

 

 

今、目下で目の上のたん瘤となっているのは他でもない、ラステイションである。

まだ生まれて間もない国だが、評判はよく、新しいものに目が無い国民はそれにつられてラステイションに興味を持ち始める。

そして女神ブラックハートも国民の期待に応えて精力的に活動している。今でこそ、シェアの量としては圧倒的にルウィーが上だが長期的に見ればいずれは―――。

 

 

「それにラステイションほどではありませんが、プラネテューヌも盛り返していますな」

 

「あの弱小国家ね……。 今の今まで、シェアそっちのけの国家運営してたはず……。 寧ろ今まで潰れてなかったのが不思議なくらい」

 

「ええ、確かに三ヶ月前まではそうだったのですが……。 ラステイション建国と同時にプラネテューヌの評判も良くなっておりますな。 平和で楽しく、友好的な国と」

 

「イメージ戦略ってワケ……? ラステイションを利用しての」

 

「その通りです。 今まで宣伝活動を行っていなかっただけで、国としては平和そのもの。 それが積極的な宣伝活動によりこのゲイムギョウ界に広く知れ渡り、興味を持った民たちがプラネテューヌに流れる……といった具合ですな」

 

 

しかし、それだけでなくこの数年間で自他共に認める弱小国家だったプラネテューヌのシェアが右肩上がりしていることも気掛かりだった。

国の運営方針そのものは変えておらず、国の良さを上手く宣伝することにより人々の興味が向くように仕向けられているのだ。

結果、実際に移り住んだ人たちがプラネテューヌの魅力に取りつかれてシェアを伸ばしているというのが実情だった。

 

 

「まぁ、プラネテューヌは兎も角……問題はラステイションですな。 早急に手を打たねば遠くない将来、このルウィーが脅かされるやも知れません」

 

「……そうは行くかってんだ……。 私は女神……女神ホワイハートだ。 嘗てこの世界で唯一の女神……私がルウィーを、世界を守ってきたんだ……! それをポッと出の後輩風情に舐められて堪るか……!!」

 

 

―――このゲイムギョウ界は、長らく国がたった一つ、女神がたった一人しかいなかった。

それがこのルウィー。それがこのブランことホワイトハート。

小さな子の体で老いもせず、長い年月、たった一人で国を、世界を、人々を守ってきたのだ。

その自負がある以上、簡単に認めるわけにはいかない。心の中で何かが燃え滾った瞬間、ブランの体が光に包まれ、女神化を果たした。

 

 

 

「な!? ぶ、ブラン様何を!?」

 

「ハン、決まってんだろ! 奴らがどの程度のものかこの手で見極めてやるんだよっ!!」

 

「お、お待ちを……」

 

 

大臣の静止も間に合わず、女神化したブランはウィングを展開して飛び出してしまった。

見るからに勢い余ってのことだったが、ああなった彼女はもう止められない。

 

 

「……やれやれ……じゃが悪手と好機は表裏一体。 今の内にワシの仕事をさせてもらうとするかのう」

 

 

残された大臣は嘆息しつつも、自らの“仕事”のため、とある人物に連絡を入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そう、まさに勢い任せでここまで来てしまったホワイトハート。

当然前口上なども用意しておらず、気が付けばここまで飛んでいて、近くを通りかかったラステイションの衛兵に「ブラックハートに会わせろ」と言付けさせた。

確かに頭に血が上っていたのは事実だが、気が付けば大事になってしまっている。ここまで来ればさすがのブランでも理解出来る。

国家元首同士の会談、下手な一言で―――戦争が起きかねない。

 

 

「ああ~……チックショ……。 そうだ、中々現れないことを理由にしてもう帰っち……って、来、来たぁ!!?」

 

 

突破口を見つけた、そんな時に限って逃げ道は封じられる。

ジェット機の様な飛行音に顔を上げてみれば、一筋の黒い影がこちらに飛んできているではないか。

この世界でそんな真似が出来るのはモンスターか、もしくは女神のみ。

ここまで来たらもう逃げることは出来ない。覚悟を決めて、ブランは表情を作り直した。

 

 

「あら、貴方がルウィーの女神かしら?」

 

「……ああ、ルウィーを統治する女神、ホワイトハートは私の事だ」

 

「どうも、ラステイションの女神ことブラックハートよ」

 

 

優雅に着地したブラックハートは目の前の少女を見据える。

明らかに不機嫌そうに顔を歪ませている女神も歯牙に掛けず、敢えて優雅な振る舞いを演じていた。

が、声色などからは敬意など欠片も感じられない。

 

 

「何だその態度、それが他人……増してや女神の先輩に向ける言動か?」

 

「ごめんなさぁい、アポなし突撃なんて無礼をしてくる人が女神だなんて思えなくて」

 

「チッ、やっぱ経験の浅い女神はマナーがなっちゃいねぇな……。 こんな出来の悪い女神が治める国なんざ、長生きできそうにねぇな」

 

「まぁ、私の国よりも貴女の国の方が潰れるんじゃない? だって私の国の方が凄いんだから」

 

「ハァ? 所詮テメーの国は目新しさだけで成り立ってるに過ぎねぇ。 そのうち国民にも飽きられて終わるのが目に見えてるぜ」

 

「飽きられてるのは貴女の方でしょ? 知ってるわよ、今じゃルウィーの国民が次々とこちらに流れてきてるって。 誰かさんの人望がない所為ねぇ」

 

「……上等だ、この後輩風情が……!!」

 

 

―――明らかに険悪。明らかに不仲。明らかに一触即発の空気。

下手な一言が戦火を招く。例えるなら、ダイナマイト満載の部屋に火の粉が待っているような状況である。

そんな大爆発寸前の二人を、この二人の少女は近くの茂みから眺めていた。

 

 

「うわぁ~……やっぱりブランだった……」

 

「でもノワールちゃんもブランちゃんも怖い~……激おこだよぉ~……」

 

「マズイなぁ……ブランはキレたら止まらないし、こっちのノワールは調子に乗る傾向あるし……一触即発だよコレ……」

 

 

ネプテューヌとプルルートだった。

ようやくたどり着いたのだが、来てみれば険悪なムードを漂わせている黒と白の女神に戦々恐々としている。

ひょっこりと茂みから顔を出し、手には木の枝を持って偽装している―――つもりの二人だが、どうしたものかと頭を悩ませていた。

 

 

「ねぷちゃん、どうしよ~?」

 

「どうしようも何も、正直どっちも話聞かないところあるし……」

 

「だよね~……。 ……黙らせちゃう? 物理的に」

 

「ぷるるん、それキミが言うと怖いです。 ハイ」

 

「怖くないよぉ~。 皆で寝ちゃえば、平和だよ~」

 

「それ、約二名が永眠しちゃうパターンだよね」

 

「よく分かったね~」

 

「お願いだから否定してよぷるるーん!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、あそこの馬鹿二名。 アレで隠れてるつもりか? アレで」

 

「…………あ、アレは気にしないで頂戴」

 

 

放っておいても勝手にボケ始めるネプテューヌとプルルート、当然二人の姿、声、仕草はホワイトハートにも届いていた。

こればかりはフォロー出来ないとブラックハートも視線を一瞬逸らした。

 

 

「ハッ、マナーのなってねぇ女神は付き合う友達の質も低いみてぇだな」

 

「何ですって……?」

 

「どうせ高飛車なテメーのことだ、お友達が少ねぇんだろ? だからあんな連中としか付き合えないってワケだ」

 

「……言ってくれるじゃない、国民に愛想尽かされ掛けてる貧乳幼女女神が……!!」

 

「アァ!!? ……テメー、そうか……そんなに死にてぇのか……なら……!!!」

 

 

自分のコンプレックス、何より数少ない自分の友人を貶められては最早ブラックハートに我慢など出来ない。

そのまま売り言葉に買い言葉、ホワイトハートのコンプレックスを次々と刺激、彼女の堪忍袋の緒を切れさせてしまう。

 

 

「うわわわわ!!? ちょ、ブラン落ち着いて!!?」

 

「ノワールちゃんもダメだよ~~~!!?」

 

 

ネプテューヌとプルルートも静止に入るが、少女二人の声が届くことは無い。

互いに武器を取り出す中、今血みどろの殺し合いが―――。

 

 

 

 

 

 

「はい、そこまでです。 どんな理由があろうと、例え女神様であろうと相手を貶めるような発言をしてはなりません」

 

「「――――――――ッッッ!!?」」

 

 

 

 

 

 

互いの武器がぶつかり合う直前、その間に黒衣の人影が降り立った。

さすがに一般人には手を上げられないと咄嗟に身を翻し、武器を引く白と黒の女神。

その人物は執事服を着こみ、優雅な所作で一礼する男性。そしてその顔は―――。

 

 

「…………白斗!? 何やってるの!?」

 

「ほぇ~!? 白くんが執事~!?」

 

 

そう、ネプテューヌの相棒にして想いを寄せる少年こと黒原白斗だった。

だがいつもの黒コート姿とは違い、執事服を身に纏っており、所作も言葉遣いも執事そのものである。

 

 

(な、なんだこいつ!? あの二人と違って全く気配なんて無かったぞ!?)

 

「驚かせてしまって申し訳ありません、女神ホワイトハート様。 私、プラネテューヌの女神様にお仕えさせていただいている黒原白斗という者です」

 

 

驚きの余り後退りするホワイトハート。だが、それも無理もない話。

女神として数多の戦闘を経験してきた彼女が、この白斗の気配を全く感じ取れなかったのだから。しかし、戦闘こそ他に劣る白斗だが暗殺者として育てられた経緯から気配を消すのは得意中の得意だったのである。

とにかく、驚く彼女を安心させるかのように柔和な笑みを浮かべ、恭しく一礼する白斗。

 

 

「ち、ちょっと白斗!! 邪魔しないでよ!! 危ないじゃない!!!」

 

「そ、そうだ!! 第一プラネテューヌの女神に仕えるなら、なんで私達の邪魔をする!?」

 

「だからこそです。 女神様はお二方の争いを望んでいません。 故にここはプラネテューヌが仲裁に入らせていただきます」

 

「知らないわよ!! とにかく邪魔しないでってば!!!」

 

「いい加減にしろってんだ!! 退かねぇっていうなら……!!!」

 

 

いつもと違う彼の姿、立ち振る舞いに戸惑うノワールだったが退くことは出来ないと言わんばかりに怒鳴りつける。

この時ばかりはブランも同調し、半ば脅しの様な形で白斗を退かせようとするのだが。

 

 

「―――お前らこそいい加減にしやがれェええええッッッ!!!」

 

「「ッッッ!!?」

 

 

―――白斗の怒号が、二人の女神の敵意を“殺した”。

 

 

「二人がここで争って何になるんだ!? え? 答えてみろ!!」

 

「そ、それは……」

 

「敵国潰してシェア奪取ってか? そんなに侵略行為と変わりねぇし、何よりどっちが勝ったにせよ負けたにせよ国民が犠牲になるんだぞ!!」

 

「だ、誰もそこまで!!」

 

「なるんだよ!! 分かるだろ!? 女神同士が争えば、嫌が追うにも国民が巻き込まれる! だったらここは相手のためでもなく、国民のために矛を収めろッ!!!」

 

「「………………っ」」

 

 

恐ろしい迫力を込めての正論で、女神が怯んだ。

頭に血が上って互いにそこまで気が回っていなかった。理由がどうあれ、国家元首同士で争えば一番被害を被るのは国民なのだ。

さすがに国民を犠牲には出来ないと、良心を維持している二人は武器を虚空へと納め、互いに一歩後退った。

 

 

「……失礼いたしました。 ですが、このままでは二人とも引っ込みにくいでしょう。 ですからここは一つ、茶会でもしながら意見交換ということで」

 

「「何でそうなる!?」」

 

「ではお二人はこのまま戦争、ないしはモヤモヤを抱えたままご帰国なさると?」

 

「「う、うぐ………ッ」」

 

 

いつの間にか、白斗の背後にはテーブルにチェア、そして上質なティーセットに茶菓子とそれこそ貴族かと見紛うようなお茶会の準備が整えられていた。

互いに嫌な相手と顔を突き合わせながら茶会など御免被りたいが、正論を説かれた上にここまで用意されては無下にも出来ない。

ブランとノワールは互いに見合わせながらも、渋々席に着いた。

 

 

「白くん~! 大丈夫~?」

 

「おお、プルルートにネプテューヌ。 この通り怪我はないよ」

 

「ホッ、良かったぁ……。 ところで白斗、何で執事の恰好してるの?」

 

「ああ、コレ? いや、前ネプテューヌが『一度でいいからお嬢様気分味わってみたいな~』とか言ってたじゃんか」

 

「私が……? ……あ」

 

 

それは以前、恋次元にいた頃。プルルート達と一緒にテレビ番組を見ていた時の事だ。

世界の大富豪を紹介する番組があって、その中に大富豪を支える執事が登場したのだが、その執事にお世話されているお嬢様の存在が羨ましくなり思わず口にしてしまっただけのこと。

 

 

「だから今日の仕事終わりの余興として用意してたってワケ。 まぁ、こんなことに使うとは思ってもみなかったけど」

 

「うそ……あんな些細な事、覚えていてくれたの……?」

 

「お前にとって些細なことでも、俺にとっちゃ大事なことだからな」

 

「………~~~~っ!!」

 

 

だが、白斗はそんな些細な事でも覚えていてくれたのだ。彼にとって大切なネプテューヌの望みなのだから。

そんな彼の優しい笑みにネプテューヌは赤く染まった頬を押さえてしまう。

 

 

「んで、お茶請けはプルルートが食べたいって言ってたショートケーキ。 再現するのに結構苦労したんだぜ、これ」

 

「え……あたしのために……?」

 

「おう。 喜んでくれた……かな?」

 

「……うん! 白くん、ありがと~!!」

 

 

そして用意されたお茶請けことショートケーキは、プルルートのリクエストだ。

リクエストと言っても明言していたわけではなく、こちらも「食べられたらいいな」程度に考えていたものだ。

そんな些細な願いすらも聞き逃さず、叶えてくれる―――そんな白斗の思いやりにプルルートは美しく、可愛らしい笑顔を見せてくれた。

 

 

「さて、お待たせしました女神様。 本日は紅茶しか用意しておりませんでしたが、大丈夫でしょうか?」

 

「……ああ、急に押し掛けたのはこっちだしな。 紅茶で構わねぇ」

 

「ホントに、誰かさんがアポなし突撃なんてするから―――」

 

「ノワール様、過ぎたことを仰いませぬように」

 

「う……わ、悪かったわよ……」

 

 

ここからは接待の時間、言葉遣いも態度も改めて白斗が用意に取り掛かる。

調子に乗るノワールを諫めつつ、カップの飲み口を拭きつつ紅茶を注いでいく。色鮮やか紅茶と、そこから広がる香りが興奮する女神達の神経を解していった。

 

 

「……いい香りね……」

 

「……んじゃ、頂くか……ん? 美味い……けど、今まで飲んだことのない味だな……。 どんな茶葉を使ってるんだ、コレ?」

 

「特別な茶葉ではございません、普通のハーブティーです。 ですが飲み口に柑橘類の皮から搾った汁を塗ってまして、これがスッキリした後味を残すのです」

 

 

紅茶の淹れ方は勿論、少しの手間を加えてより紅茶を楽しめるように配慮している。

器用さがウリの白斗だからこそできる気遣いに、思わず感心してしまう黒と白の女神であった。

 

 

「美味しい~! でも白斗、よく紅茶の淹れ方なんて知ってたね?」

 

「まぁ、向こうの世界で姉さんからしこたま教わったから」

 

(姉さん……あー、ベールか~。 そりゃ納得)

 

 

紅茶を飲みながら、ネプテューヌは合点がいった。

白斗の言う姉さんとは恋次元のベールのこと。彼女は大のゲーム好きであるが、同時に大の紅茶好きでもある。

そんな彼女から紅茶の全てをレクチャーされたのなら、この腕前も納得だ。

 

 

「さ、ケーキもお召し上がりください。 お代わりもありますので」

 

「え、ええ……ぱくっ。 ……お、美味しい!!」

 

「ああ! しつこくない程よい甘さに苺の酸味……。 スポンジもしっとりふわふわで、クリームとマッチしてて……美味しい!!」

 

「……良かった」

 

 

女神様も、やはり女の子。

甘いものには目が無く、白斗お手製のショートケーキの味にもうメロメロだ。しかもこれが紅茶と合うものだから、次々と口にしてしまっている。

気が付けば、直前までの険悪なムードはすっかり解消されていた。

 

 

「白斗~! 食べさせて~!」

 

「全く……はしたないですよ、ネプテューヌ様」

 

「女神様命令だからいいのっ! あーん♪」

 

「やれやれ……。 はい、あーん」

 

「ん~~~っ!! 美味し~~~っ♪ 幸せ~……♪」

 

 

長閑な木漏れ日中で開くお茶会の幸せ、ケーキや紅茶の美味しさによる幸せ、何より好きな人に食べさせてもらえる幸せ。

この三連コンボにネプテューヌはすっかり夢見心地だ。

 

 

「白くん~、あたしにも~」

 

「ぷ、プルルートまで……。 分かりました……はい、あーん」

 

「あ~ん♪ ん~~~っ! ねぷちゃんの言う幸せが良く分かるよぉ~♪」

 

「……光栄でございます、女神様」

 

 

するとプルルートも羨ましかったのか、あーんを要求してくる。

溜息を付きつつも要望に応え、フォークで切り分けたショートケーキを彼女の口の中へ。

これまた幸せの三連コンボが炸裂し、プルルートは足をぱたぱた震わせながら大喜びしてくれた。

 

 

「「……………………」」

 

「……まさかとは思いますが、ホワイトハート様とブラックハート様も?」

 

「「んなワケあるかっ!!」」

 

 

乙女な顔になっている二人につい見惚れてしまったのか、視線を向けてくるノワールとブラン。

思わず白斗がそんな一言を漏らしてしまうが、揃ってツッコミを受けてしまった。

 

 

「実はケーキのついでにスコーンも焼いてみました。 もし良ければこちらもお試しあれ」

 

「んん~、こっちも美味しい~! ブラン~、これ美味しいよ~!」

 

「わ、分かったから馴れ馴れしくすんな! ってかお前、なんで私の名前を……?」

 

「細かいこといいじゃん~! はい、あーん♪」

 

「しなくていいッ!! ……でも、美味いな……」

 

 

白斗から新しくスコーンが出された。

こちらもしっとりとした甘さで、ハーブティーとよく合う。美味しさに感極まったネプテューヌが、ホワイトハートことブランに勧めてくる。

戸惑いつつも受け取ったそれを口にしてみれば、これまた上品な甘さで心を癒してくれた。

 

 

(……そう言えば、こんなに心が軽かったのって……いつ以来なんだろうな……)

 

 

ふと、ブランは思う。

女神になって余裕などない日々が続く中、こんなにも穏やかな気持ちになれたのはいつ以来なのだろうかと。

何より不思議なのだ。それこそ先程まで殺し合いにすら発展しかねない空気を和らげるプラネテューヌの女神だというネプテューヌとプルルート、そして白斗という少年が。

 

 

(ネプテューヌという奴が場を振り回して、プルルートってのがそれに拍車をかけて、ブラックハートがそれに振り回されて、それで白斗がそれをフォローしつつ楽しんでいて……)

 

 

―――誰もがこの空間の中で楽しみ、ありのままの姿でいる。

女神としての威厳を全面に押し出していたノワールも、ネプテューヌとプルルートの前ではすっかり形無しで、彼女達の扱いに手を焼いている。

それを白斗が助けて、最終的には白斗が場を上手く収めていて。

見ているだけでも楽しい、そしてこの輪の中にいることが出来て―――安心する。

 

 

 

(……こんな時間が、いつまでも続けばいいのにな……)

 

 

 

ほっと一息を付きながら、ぼんやりとしていた―――その時、どこか焦燥感を掻き立てるような着信音が鳴り響いた。

発信源は、ノワールからである。

 

 

「え? この音……緊急用の? もしもし、どうしたの?」

 

『ぶ、ブラックハート様大変ですっ!! 現在ラステイションのゲーム機生産工場で、変なロボットが大暴れしておりますッ!!!」

 

「な、なんですって!?」

 

 

切羽詰まった衛兵からの着信だった。

何事かと問いかけてみればロボットが破壊活動を行っているらしい。確かにスピーカーからは、凄まじい破壊音も漏れていた。

大音量から聞こえるその知らせに、一同に緊張が走る。

 

 

『衛兵ではとても敵わず……大至急、救援をお願いします!!!』

 

「わ、分かったわ!! 貴方達はその暴れてるロボットとやらを街中に出さないように!!」

 

『り、了解しましたぁ!!!』

 

「そういうワケだから私は戻るわ!! ホワイトハート、今回の件は一旦預ける!! それまで首を洗って待ってなさい!!!」

 

「は? お、おい……!!」

 

 

これ以上ホワイトハートの言葉を聞く時間すら惜しい。

国民を守るため、ブラックハートは急いでラステイションへと戻って行ってしまう。

 

 

「白斗!! 私達も戻らないと!!」

 

「早くいかないとノワールちゃんに置いていかれるよ~!!」

 

「悪い! 俺後始末してから行くから!!」

 

「んもー!! だったら私が女神化して運んであげるから、手短にね!!」

 

「悪いなネプテューヌ! ……で、ホワイトハート様」

 

「な、何だよ……?」

 

 

ネプテューヌ達も、すぐさまノワールの後を追いたいところだが白斗は留まっている。

どうやら何かホワイトハートに話があるらしく、話を振られたホワイトハートは身構えてしまう。

白斗は武器のコールシステムを利用してテーブルやらティーセットやらを片付けると。

 

 

「これ、お土産のケーキとスコーンです。 余り物ですけど」

 

「あ? ああ、どうも……」

 

 

だが、それは杞憂に終わった。

穏やかな表情と共に手渡されたのは残されたケーキやスコーンである。結構な量を焼いてきたらしく、お土産としては十分すぎる量だ。

正直な所、味も気に入っていたので素直に受け取った―――ところで。

 

 

「……女神様にも色々な事情があるとは思います。 だから、俺に貴女の苦労も、辛さも、何もかもが分かるなんて大言壮語は言いません」

 

「!?」

 

「だから、例え勢い任せになってしまうことがあるかもしれない。 ……でも、ノワールも、ネプテューヌも、プルルートも、勿論貴女も。 誰も悪意は持ってない……それだけは、分かってるつもりですから」

 

 

ふと、そんなことを耳打ちされた。

全部バレていたのだ。今日の来訪が、まさに勢い任せだったことも。けれども、ホワイトハート側の気持ちもある程度くみ取ってくれていた。

 

 

「ではこれにて失礼。 ……ネプテューヌ、プルルート!! 悪い、待たせた!!!」

 

「んもー!! 今度はこっちの世界のブランまでコナ掛けてたの!?」

 

「白くん~……」

 

「違ぇよ!! ンなことはいいから、さっさとノワール追いかけるぞ!!」

 

「誰の所為だと思ってるのー!!」

 

 

執事服を脱ぎ捨てると、まるでマジックのようにいつもの黒コート姿へと早変わりした白斗が。

彼は急いでネプテューヌ達と合流し、慌ただしい掛け合いをしながら女神ブラックハートの後を追う。

そんな彼らがホワイトハートにとって騒がしく、眩しく―――そして楽しく映っていた。

 

 

 

「……何なんだよ、あいつら……本当に……」

 

 

 

残された女神ホワイトハート―――否、ブランはただ一人。寂しく、そう呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――新興国、ラステイション。

建国したてでまだ不安定な部分も多いこの街にとって、ゲーム機製造とは国家生命といってもいいくらいの一大事業だった。

そんな工場に突然押し入りロボットが破壊活動を行う―――絶対に許してはならない行為だ。

 

 

「貴方達、遅いわよ!!」

 

「ゴメンゴメン! でもちゃっかり私達を戦力に数えてくれてるんだよね」

 

「ま、まぁ貴方達も一応戦えるわけだし。 それに今はこの国を守るためにも手段は選んでいられないわ」

 

 

そして現場となっているゲーム機生産工場前。

ここに女神達と白斗は集っていた。見上げれば立派な工場から煙が噴き出し、崩壊した壁からは今も尚破壊音が鳴り響いている。

 

 

「ノワール、被害状況は?」

 

「中の機械はメチャクチャらしいけど、不幸中の幸いか犠牲者はいないわ」

 

「よぉ~し、なら後は悪いロボットさんをやっつけるだけだね~!」

 

「そういうこと。 さぁ、行くわよ!!」

 

 

被害は今の所、この工場内だけに留まっているがいつ住民そのものへ攻撃するかもわからない状況だ。

迅速な討伐が求められる以上、ノワール達は躊躇することなく工場内へと入り込む。

すると視界に飛び込んできたのは。

 

 

「ふっははははは!! やはり破壊活動は楽しいなァ!!! 作戦ってのはこれくらいド派手にやらなきゃ意味がない!!!」

 

「ちょ、コピリーの旦那!! 程々にしとかねぇと女神が来ますって……」

 

「来たら来たらで結構!! 俺様のパワーで粉☆砕すればいいだけのことよ!!!」

 

 

下半身が戦車、上半身が厳つい機体という確かにロボットとしか言いようがない人影。

そして傍らに控えるのは、如何にも虎の威を駆る狐というポジションに収まっている―――“下っ端”。

 

 

「あ!! この間の下っ端!!」

 

「ん? ……げぇっ!? 黒コートの性悪男に女神達ぃ!!?」

 

「コラー!! 白斗が気にしていることを言うなー!!」

 

「ネプテューヌ、それ遠回しに俺が性悪だって認めてるからな? 後でオシオキだ」

 

「ねぷううぅぅううぅ―――っ!!?」

 

 

仲良し女神と騎士との一幕はさておき、一同は今回の破壊活動を行った犯人達と向き合う。

ロボットは兎も角、隣に七賢人所属の下っ端がいる。ということは―――。

 

 

「そんなことより!! アンタ達がいるってことは、七賢人の仕業ね!!」

 

「その通りだァ!!! そしてェ!!! この俺様こそがァ!!!」

 

 

一歩前に出たのは、今回の主犯格と思しき機械。

堂々と腕を組み、ロボットでありながら大音量でその名を轟かせる。

 

 

「七賢人が一人ッ!!! コピリィイイイイエエエエエス様だあああああああッ!!!!!」

 

「のわああああああ~~~~っ!! う、うるさぁい……」

 

「み、耳がキーンってするぅ~……」

 

 

凄まじい迫力と音量に耳をやられた女神達。

今も尚脳内では耳鳴りが残っており、三半規管にも深刻なダメージを受けてしまったようだ。

因みに隣の下っ端も大音量にやられてグロッキーである。

 

 

「す、すまんデカイの……。 聞き取れんかったから、もう一回名前を言ってくれ……」

 

「んん!? 仕方ない奴らだな!! ならばさっきよりも大音量で言ってやるから耳の穴かっぽじってよーく聞けェ!! 俺様が七賢人が一人ィ!!! コピ…………」

 

 

当然こんな状態でまともに名前など聞き取れるワケがなく、白斗が聞き返してしまう。

大声で名乗りを上げることに快感を覚えたのか、コピリーエースというロボットは悪い顔をすることなく口を開き―――。

 

 

「いえ言わなくていいです煩いんで(バンバン)」

 

「ほげげげェ!!?」

 

 

無防備なその顔面に、白斗の銃が容赦なく炸裂した。

さすがに全身が鉄で出来ているだけに致命傷までには至らなかったが、顔面がへこむほどのダメージは与えられた。

 

 

「お、ゴォ……!! 貴様ァ!!! 不意打ちとか卑怯じゃないのかぁ!!!」

 

「女神様のいない間にコソコソ破壊活動してたお前には言う資格ないけどな、卑怯者」

 

「「「「確かに」」」」

 

「俺様アウェーかぁああああああああ!! というか下っ端、お前も言った?」

 

「いえ、言ってねぇッス」

 

「言ってないならこっち見ろ」

 

 

どうやら七賢人側も一枚岩ではないらしい。

思えば中途半端な下っ端に、幼年幼女のためには手段を選ばないアブネス、幼女をペロペロしたいだけのトリックに、破壊活動好きのコピリーエース。

寧ろ共通点を見つけろという方が難しい面々だ。連帯感など、あったものではない。

 

 

「そ、それよりコピリーの旦那! 自慢のパワーで女神なんかブッ殺しちゃってください!」

 

「おう!! 貴様はアジトに帰って、俺様の好物のパインサラダを用意しておくんだな!! 勝利のパインサラダが、俺様を待っている!!!」

 

(あ、コイツ死んだわ)

 

 

死亡フラグを立てたコピリーエースに心の中で敬礼しながらそそくさと脱出する下っ端。

後を追おうとするが、やはりその巨体が立ちふさがる。

 

 

「さぁ覚悟しろ女神共!! 俺様は暴れたくてウズウズしてたんだ!!!」

 

「全く……ホントに七賢人ってのはロクなのがいないわねぇ!!?」

 

 

臨戦態勢に入る相手、しかもそれが七賢人なら容赦はしない。

ノワールがシェアエネルギーを身に纏い、女神化を果たす。続けてネプテューヌ達も女神化し、己の武器を手に取る。

 

 

「例えここがラステイションだろうと、平和を脅かしていい理由にはならないわ。 ―――人々を守る女神の力、見せてあげる!!!」

 

「機械の体なんてイジメ甲斐がないんだけどぉ……徹底的に嬲ってあげるわぁ!!!」

 

「おかしい……プルルートの台詞だけ悪役じみてるのおかしい……」

 

 

凛々しく太刀を構えるネプテューヌはともかく、怜悧な瞳で蛇腹剣を構えるプルルートからは危険な臭いしかしない。

げんなりしながらも、白斗もナイフと銃を構える。

 

 

「行くぞ女神共ォ!! 俺様の渾身のタックル……受けてみろォォォオオオオオオ!!!」

 

「「「きゃっ!!?」」」

 

 

ブルン、と下半身の戦車部分にエンジンが掛る。

と、次の瞬間。まさにロケットスタートと言わんばかりの加速で体当たりを繰り出してきたのだ。

これには堪らず女神達も飛びのいて回避する。

コピリーエースが突進した後、それは鉄の床すらも抉り取り、設置されて遭った機械が跡形もなく粉砕されていた。

 

 

「……どうやら自慢するだけのパワーはあるみたいね……!!」

 

「フハハハハハハハハ!! パワーこそ最強!!! 女神も俺様のパワーは受け止められないだろう!! つまり、俺様こそが最強なのだああああああああああああああ!!!」

 

「くぅっ!?」

 

 

今の一瞬で完全にパワー差が露呈してしまった。

彼の全力の一撃は、女神であっても受け止めきれない。となれば、コピリーエースが採る行動はただ一つ。

ひたすらタックルを繰り返すだけだ。そうすれば、いずれは女神達に攻撃が当たる。当たりさえすれば一撃必殺。コピリーエースの必勝パターンだった。

 

 

「……何だ、どの程度のものかと思ったがその程度かよ」

 

「白斗……!?」

 

 

―――ただ一人、白斗だけは余裕をかましていた。

否、余裕というよりも失望だろうか。

これ見よがしに溜め息を吐いては大仰に頭を抱えている。女神達も困惑していた。

 

 

「……小僧、今なんと言ったァ!?」

 

「だーかーらー。 お前のパワーがその程度だったって聞いてガッカリしてんだよ」

 

「抜かすじゃないか……女神でも何でもない、高々人間風情がァ!!!」

 

「ま、確かに俺はただの人間様だけど……コレがあるんだよ」

 

 

そう言って白斗は自分の胸元を開けさせた。

見せつけたのは、左胸に埋め込まれている機械の心臓である。

 

 

「お前も七賢人なら、あのクソガエルから聞いてんだろ? ―――俺はこの心臓でパワーアップできる。 お前程度のパワーなんて目じゃないくらいに、な」

 

「フン、この俺様と力比べをしようというのか……いいだろう!! 答え合わせはその身をもって知るがいいッッッ!!!」

 

 

パワー対決、と聞いてはさすがにコピリーエースの興味、延いては負けず嫌いに火をつけた。

先程と同じように前傾姿勢になり、下半身の戦車のエンジンをふかす。

凄まじい勢いでタイヤが回転し始め、今にも爆発しそうな勢いで白斗に狙いを定める。

 

 

「白くん!! 幾ら何でも無茶よ!!!」

 

「そうよ!! 白斗、やめてッ!!!」

 

「あー、大丈夫大丈夫。 そこで見ててくれ~」

 

 

必死に叫ぶプルルートやネプテューヌの懇願も何のその、気の抜けたような声色で白斗が返してくる。

そんな彼の言動が気に入らないのか、怒りのボルテージを上げていくコピリーエース。

 

 

「行くぞ小僧ォ!!! エンジン回転数マックスゥ!!! フルパワァァァアアアア!!!」

 

「ぶっ飛ばすぜ!! オーバーロード……!!!」

 

 

白斗が構え、コピリーエースが飛び出す。

特にコピリーエースのタックルは、今までのものとは速度も威力も比にならない。

 

 

 

 

 

 

「砕け散れえええええええええええええええええええええええええッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

まさに全身全霊のタックル。迫りくる破壊の化身に、白斗は―――。

 

 

 

「―――やっぱやーめたっ」

 

「は? ……って、うおわあああああああ!!? 穴ああああああああああああ!!?」

 

 

手を掲げ、袖口からワイヤーを伸ばした。

そのままワイヤーが巻き取られることによって白斗の体は上へと持ち上がり、コピリーエースのタックルを難なく避ける。

それどころか、白斗の真後ろにはマンホールがあり、しかもご丁寧に蓋まで外されていた。

コピリーエースのタイヤがその穴に落ち込んでしまい、脱輪。完全に動きが止まってしまった。

 

 

「は、謀ったなあああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

「謀られる方が悪い。 第一、俺オーバーロード・ハートしたところで女神様より遥かに弱いし」

 

「おのれぇええええええええええ!!! この卑怯者がああああああああああああ!!!」

 

「卑怯で結構コケコッコー。 つーわけで、後はお願いしますよ女神様」

 

 

動きを封じられてしまったコピリーエースにはもうどうすることも出来ない。

何せ攻撃方法がタックル任せだったのだから、そのタックルを封じられた以上亜掻くことすら出来なかった。

やがて白斗の指示を受けてネプテューヌ達、女神様に取り囲まれるコピリーエース。特に、アイリスハート様からの威圧感が凄い、ヤバイ、超怖い。

 

 

「さぁて……コピリーちゃん、だったわねぇ? 楽しい楽しいオ・シ・オ・キの時間よぉ……?」

 

「ま、待て!! 待てぇえええええええ!!! 幾ら何でもこれは卑怯―――」

 

「あ~ら、無様で惨めで脳みそが足りない鉄の塊が……卑怯なんて高尚な言葉を使ってるんじゃないわよぉ!!!」

 

「ギャヒィンッ!!?」

 

「アハッ!! アハハハッ!!! アーッハッハッハッハッハッハァァ!!!!!」

 

 

アイリスハート様のお楽しみ、調教タイム開始。

蛇腹剣を鞭のように振るい、機械の体を滅多打ちにし続ける。体が硬い分、思いっきり力を籠められるらしく、これはこれでアイリスハート様のお肌がツヤツヤしていました。

 

 

「……正直、敗北者に鞭打つような行為はあまり好きじゃないけど」

 

「まぁ、工場を滅茶苦茶にされたワケだし……キッチリけじめはつけてもらわないとね!!」

 

「あ……が……!! ま、待――――」

 

 

情けない命乞いをするコピリーエース、だがそんなものが聞き入られるはずもなく。

 

 

「クロスコンビネーションッ!!」

 

「ファイティング・・・・・・ヴァイパー!!!」

 

「トルネードソードォ!!!」

 

 

女神達の三つの刃が、コピリーエースの機体を綺麗に切り裂いた。

 

 

「ぐあああああああああああああああああああああああああ!!! こ、この……俺様、が……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?」

 

 

身体を切り裂かれたコピリーエースはあえなく爆発四散。

痛快な断末魔と爆発音を残し、きれいさっぱりと消え去ってしまうのだった。

 

 

「ホント、七賢人ってば大したことない癖に迷惑行為だけは一丁前なんだから」

 

「ノワール、今回はほぼほぼ白斗のお蔭なのだけど」

 

「うふふ、白くんナイスアシストぉ♪ 今後もよろしくね」

 

「お任せアモーレ」

 

 

こうしてラステイションを震撼させた、「迷惑ロボ破壊活動事件」は被害を最小限にとどめた上で解決したのだった。

これによりラステイション、そしてプラネテューヌの女神の戦闘力が大々的に宣伝され、更なる評価を高めることになる。

無論、その宣伝の立役者はネプテューヌの守護騎士としての誓いを交わした、黒衣の少年の尽力あってのものだったことは明記しておく。

 

 

(……それにしても、このコピリーエースっての……明確にノワール達が不在の時を狙ってきやがった……。 そしてノワール達がラステイションを離れることになったのは、ブランが来たからだ……。 ………………まさか、な……)

 

 

ただ、今回の事件に関して白斗が調査を進める中嗅ぎ取った微かな違和感。そして予感。

その予感が現実のものとなるのは―――案外、すぐのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某国某所、七賢人のアジトにて。

 

 

「え、ええええええ!!? コピリーさん爆発しちゃったんですかぁ!!?」

 

「ええ。 まぁ、替えのボディは用意してあるし、すぐに復活させてあげられるから心配しないで頂戴な」

 

 

やはりというか、大慌てしていたのは七賢人の(一応)リーダーであるキセイジョウ・レイ。

仲間の爆死に思わず号泣しそうになるが、コピリーエースは紛れもないロボットなのでバックアップデータさえあれば簡単に復活できる。

機械のスーツを着込んだオカマ口調の男が、余裕ぶった口調でレイを宥める。

 

 

「ケ・ド。 アブネスちゃんに続いて下っ端ちゃん、そしてトリックちゃんにコピリーちゃん……失敗続きになっちゃったわねぇ。 おかげでアタシ達七賢人の評判もガタ落ちよぉ?」

 

「うるさいわね!! あの黒コートの男がすべて悪いのよ!!!」

 

「そうだそうだ!! アタイ達の不幸も全部あいつのせいだっつーの!!!」

 

「俺様の幼女ペロペロを邪魔するあの小僧……断じて許せん!!!」

 

 

艶めかしい口調を続けるロボットスーツのオカマ。今、この七賢人において既に半数以上が女神達に敗北を喫していた。

特に彼らの活動を妨げているのは女神達を守るべく死力を尽くしている白斗という少年だ。

彼に恨みを抱いているアブネスたちが、挙って声をあげる。明らかに逆恨みなのだが。

 

 

「全く、お前達は情けないのぉ。 仕方ない、年長者のワシが尻ぬぐいしてやるか」

 

「あら、アーさん。 自信満々ねぇ?」

 

「ぐふふ、今回の一件でルウィーの女神が大分揺らいでおってのぉ……。 上手い事利用できそうなんじゃ」

 

 

アーさん、と呼ばれた小太りの中年が眼鏡を光らせる。

下品な笑い声に含まれた力強さから、自信のほどが伺えた。明らかに面白くなさそうな反応をするトリックたちだが、失敗という負い目がある以上強く出られなかった。

 

 

 

 

 

 

「見ているがいい、女神共。 貴様らはこのワシの前に膝を屈することになる……ぐふふ……はーっはっはっはっはっはっはァ!!!」

 

 

 

 

 

 

―――悪巧みは、止まらない。




ということで神次元のホワイトハートことブラン様と七賢人よりコピリーエースの登場でした。

神次元の女神様って無印ほどじゃないけど、仲悪いんですよね;
その仲の悪さを無理矢理繋いでいくのが我らが主人公ネプテューヌなのです。そこに白斗という人物をどう落とし込ませるかが結構悩みどころでした。
なので白斗君の立ち位置はまさに裏方。あくまでネプテューヌとプルルートの影になるように、二人という太陽をより輝かせる影というポジションになっています。
そして今回、白斗君には執事をやらせてみました。こう見ると白斗って案外コスプレしちゃってるよーな……。

一方七賢人のコピリーエースさん。何気にツボなんですが、ああいう単純なキャラって動かしやすそうで実は案外動かしにくい。
頑固っていうか、自分のしたいことが明確な分、色んな動きをさせにくいんですよね~。
でもそんなキャラを動かせるのが二次創作の魅力でもあります。
さて、次回の恋次元ゲイムネプテューヌはルウィーへ潜入!ついにホワイトハートとの全面対決に突入!?お楽しみに!
感想ご意見お待ちしております!!


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第五十五話 突撃!隣のルウィー

「絶対、ルウィーの女神の所為よッ!!!」

 

「「「…………はぁ」」」

 

 

プラネテューヌの教会で盛大に吠えているのは、ノワールだった。

そんな彼女に嘆息せざるを得ない白斗とネプテューヌ、そしてプルルート。

何せ彼女がこの教会に押し入ってからこの話題しか口にしないからだ。いや、口にしないというよりも愚痴にしているのだが。

 

 

「とにかく、ノワールの言い分としてはこうだな? 先日の七賢人の破壊活動に、ルウィーの女神が一枚噛んでいると」

 

「ええ、100%確信しているわ!! だって前回の工場襲撃なんて明らかにタイミング見計らわれてたし、七賢人の逃走ルートは決まってルウィーを通る道なんだから!!」

 

 

先日の破壊活動。ラステイションのゲーム機製造工場を七賢人の一員であるコピリーエースが暴れまわり、工場内を徹底的に破壊し尽くした事件の事である。

何とかコピリーエースは撃破したものの、被害は相当なものとなっており、それ故に事件を引き起こした七賢人、そしてそれに関与していると思しきルウィーに怒り心頭なのである。

ルウィーへの怒りは言いがかりではなく、ノワールなりの調査をした上での結論らしいが、プラネテューヌの女神様からは首を傾げられた。

 

 

「でもぉ~、ブランちゃんはそんなことをする子じゃないよぉ~」

 

「それは恋次元側の話でしょ!? こっちとは別人よ!!」

 

「はぁー……ノワールってば、さっきから堂々巡りだよぉ……」

 

 

同じような愚痴を繰り返すノワールに、さすがのネプテューヌも呆れ気味である。

頭に血が上っていることに加え、確証を得ているからこその激昂ぶりは止まる気配を見せない。

 

 

「大体、そのルウィーが逃走ルートってのもグーゼンじゃないの? そこを通っていたとしても、ブランが関わってるとは限らないんじゃ……」

 

「それが、ちょーっと苦しいことになってるのよねぇ」

 

「あ~、アイエフちゃん~。 お帰り~」

 

 

そこに現れたのはこの神次元におけるアイエフだった。

別世界と言ってもその容姿、性格、そして仕事内容の精確さは恋次元の彼女と全く同じ。

アイエフはふぅと一息つくと、書類の束を白斗に渡した。

 

 

「はい、白斗。 やっぱアンタの睨んでた通りだったわ」

 

「そうか……やっぱりかぁ……」

 

「ねぷ? 白斗、何の話?」

 

「実は俺も気になっちまって、アイエフにルウィーの警備状況の調査を頼んだんだよ。 七賢人は基本女神に敵対している組織、表立って関所とか通れないだろ?」

 

「でも、諜報部の調査によれば七賢人が逃走している時間帯は見事に無防備になっているらしいのよね。 つまり、誰かがルウィー側の、それも大きな権力を持っている誰かが手引きしているってワケ」

 

 

白斗の予感は最悪の形で的中してしまったということだ。

要するにルウィーの権力者がわざと警備に隙を作り、七賢人が安全に通れるルートを手配しているということに他ならない。

 

 

「そら見たことか! やっぱりあの女神の仕業よ!!」

 

「落ち着けって。 確かにルウィー側の関与は疑うべくもないが、ブラン……ホワイトハートの仕業だと決めつけるには早い。 第三者の可能性だって……」

 

「それって要するにあいつの部下でしょ!? 部下の責任は上司である女神の責任よ!」

 

「いや、そうなんだけど……困ったなぁ……」

 

 

だからと言って、ブランが全て仕組んでいたとは到底思えない白斗がとりあえず宥めようとするも、ノワールは聞く耳持たず。

確かに彼女は被害者故にこの状況に怒るのも無理はないのだろうが、このままヒートアップし続けるのも良くないと頭を抱える。

 

 

「それだけじゃないわ!! 七賢人やルウィーの妨害工作が日を増すごとにエスカレートしてるんだから!!」

 

「妨害工作っていうと?」

 

「ただのCDを黒く塗ってウチのソフトだって露店販売したりとか、展示品のコントローラーの差込口に爪楊枝差し込んだりとか……」

 

「ただのイタズラじゃん……」

 

「挙句私のポスターに落書きとかッ!!!」

 

(怒りの度合い、そこが大きいのね……)

 

「とにかく!! こんなことが国中で引っ切り無しに起こってるのよ!!!」

 

 

どうやら破壊工作だけに留まらず、嫌がらせが多発しているようだ。

一件一件はまさに子供の悪戯レベルなのだろうが、それが国中からほぼ毎日のように繰り返されるというのだから、確かにストレスのたまる話だ。

 

 

「ああもうっ!! 腹が立つーっ!!!」

 

「ノワールさん、怒ってばかりだとストレスが溜まるだけですよ?(´・ω・)」

 

「のわる、おちつこ?」

 

 

そこへお茶とお菓子を持ってイストワールとピーシェも現れる。

正直な所、今のノワールは迷惑な客のそれと変わりない。さすがの二人もうんざりしたかのようにノワールにそれらを刺し出したのだが。

 

 

「落ち着いていられるかってんですかッ!!」

 

「「ぴっ!!?」」

 

 

怒号と共にテーブルに拳を叩きつけ、二人とお茶を震え上がらせる。

とにかく怒りのはけ口が欲しいらしいノワールは尚も留まる気配を見せなかった―――のだが、この一幕が“決定打”となってしまった。

 

 

「あ、あのー……ノワール? そろそろやめておいた方がいいんじゃ……」

 

「ネプテューヌの言う通りだ! さっさと謝ってこの場を収めろ!! でないと……」

 

「はぁ? 何で私が謝る必要があるワケ?」

 

 

ネプテューヌと白斗が慌てて謝るように促す。

しかし、この時のノワールはもっと周りを良く見るべきだったのかもしれない。

そうすれば、“彼女”が我慢の限界だったことにも気づけたはずなのに。

 

 

「……ノワールちゃん~……?」

 

「何よプルルート!! 話の腰を折ら……ない……で…………?」

 

 

―――もう、遅かった。

今、プルルートは不機嫌の頂点に達していたのだ。それが何を意味するか―――彼女の恐怖を知っている者は、皆震え上がる。

 

 

「あ、あぁ……ぷるるんが……ぷるるんがぁ……!!」

 

「……今回は止めんぞ。 つーか止められません、ハイ……」

 

「あわわ……だから言ったのに……!!(゚Д゚;)」

 

「プルルート様やめてください怖いんです恐怖なんですお願いですお願いお願いやめて怖い怖い怖いあああアァアァアアアアァァァァァアアアアアアアアアア」

 

 

ネプテューヌは震え、白斗は匙を投げ、イストワールは震え上がり、アイエフは発狂する。

そう、普段はのほほん、ぽやぽや、ふわふわとした印象のプルルートだが怒りや我慢が限界に達すると―――怖いのだ。

それもう物凄く、ヤバく、CERO審査に引っかかるほどに。

 

 

「あのね~……そんな嫌なお話、聞かせるためだけに来たのかな~? あたし~……そういうのすっっっごく不愉快なんだけどぉ~……」

 

「え……あ、ああ……!! ご、ごめんなさいプルルート!! 言い過ぎたわ!!」

 

「折角遊びに来てくれたと思ったらグチグチグチグチグチグチグチグチ……。 楽しくないっていうかぁ~……イライラするっていうかぁ~……!!!」

 

「ご、ごめんなさいってば!! 許して!! ね!?」

 

「しかも……いーすんやピーシェちゃんにまで八つ当たりしてぇ~…………」

 

「ヒ、ヒイイイイイィィィ…………!!!」

 

 

ゴゴゴ、と周りの空気すら揺らいでいるような気がする。

見るからにプルルートの目が座り、ぷるぷると不機嫌で震えていた。これは彼女を知る者ならば誰でも分かる。

―――とても危険な兆候だと。

 

 

「わ、私お茶のお代わり入れてきますねっ!(;>Д<)」

 

「あーっ!! いーすんズルイー!!!」

 

「わ、私も白斗から追加調査頼まれてたの思い出したっ!! 行くわよピーシェっ!!」

 

「う、うん! ぴぃ、きょうはあいえふとあそぶっ!!」

 

「待てアイエフ!! 俺そんなの頼んでないんだが!!?」

 

 

そそくさと出て行ってしまったイストワールにアイエフ、そしてピーシェ。

誰もがこの後起こるであろう惨事に巻き込まれたくない一心で必死に逃げている。

残された傍観者は白斗とネプテューヌのみ。

 

 

「……そ、それじゃ俺も新しいケーキを焼こうかなー……」

 

「逃がすかぁッ!!!」

 

「ぐぇっ!!! HA☆NA☆SE、ネプテューヌっ!! 後生だから離してくれぇ!!!」

 

「こういう時は白斗が抑止力なの!! いつもみたいにぷるるんを止めて!!!」

 

「無理無理無理!! 今回は理由が理由だけに俺が止められる気配がしない!!!」

 

「なら私と一緒に死んで!!! 白斗と一緒なら本望だから!!!」

 

「お前それでも女神かぁああああああああああああああああ!!?」

 

 

さすがの白斗も今回のプルルートには恐怖が先行して止められないようだ。

普段であれば女神化した彼女とも対等に話しあえるのだが、それはあくまで彼女を宥めなられる材料があればの話。

今回はノワールに責があるので、白斗に止められる要素がないのである。

 

 

「ちょっと貴方達!! 漫才やってないで助け……!!」

 

「ノワールちゃん~……そんなに怒ってるんなら~……!!」

 

 

遂に堪忍袋の緒が切れたらしい。光の柱を噴き上げて―――。

 

 

「―――直接本人に言ってやればいいんじゃないかしらねぇ!!?」

 

「「「で、出たぁ――――――――!!!」」」

 

 

アイリスハート様、ご降臨。例のBGM、流れてます。

 

 

「……ねぷちゃん、白くぅん?」

 

「「ハッ!! 何でございましょうか!!?」」

 

 

世界の歴史に刻まれるほど綺麗な敬礼。今、この場においてカーストとして頂点に立っているプルルートだった。

 

 

「あたし、これからノワールちゃんと二人っきりでお話したいの。 悪いんだけどぉ、しばらく外に行ってくれるらしらぁ?」

 

「あ、いいの? それじゃ行こうか白斗!!」

 

「だ、だな。 プルルート、お土産に美味しいケーキ買ってくるから……その、程々に……」

 

「それはノワールちゃんの性根次第かしらぁ? フフフ……」

 

 

―――どうやら、ノワールが無事に済む確率は限りなくゼロに近いらしい。

それは嗜虐心溢れるアイリスハートの笑みからも見て取れる。

 

 

「……すまん、ノワール。 骨は拾っておく。 ……さらばだ」

 

「ノワール……生きて会えたら一緒にケーキ食べようね~!!」

 

「ち、ちょっと二人ともぉーっ!!?」

 

 

二人に逃げられ、半ば絶望するノワール。

そんな彼女の目の前に立つのは、その絶望の化身たる女神アイリスハートである。

ペロリ、と舌なめずりをしながら歩いてくる彼女にノワールは最早逃げることすら出来ない。

 

 

「それじゃぁ始めましょうか……一人で文句も言いに行けない……臆病でぇ、チキンでぇ、腰抜けで腑抜けでヘタレで肝っ玉の小さいノワールちゃんにはぁ……」

 

「あ……あぁ……ああああああ………!!!」

 

 

絶望が近づいてくる。コツコツと、音を立てて近づいてくる。

冷たい指がすぅっと、ノワールの首筋をなぞり上る。恐怖で鳥肌が立ち、黒の女神は最早涙目となっていた。

怜悧な瞳がノワールを捉えて離さず、口元を不気味に歪めて。

 

 

 

 

 

 

「たぁ~っぷり……お説教してあげなきゃねぇ!? うふふ……あーっはっはっは!!!」

 

「い……いいいいいやああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

―――ノワールの断末魔が、プラネテューヌの大空に響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから少しして、プラネテューヌの街中。

少々罪悪感を抱えつつもプルルートを宥めるべく、お土産を見繕っていた白斗とネプテューヌ。

そんな中、ネプテューヌの携帯電話が震えだした。

 

 

「ねぷ? メール…………あ、白斗! ノワールからメールが来たよ!!」

 

「何!? まさか、生き延び―――」

 

“たすてけ”

 

「……きっと、“助けて”って打ちたかったんだろうなぁ……」

 

「だねぇ……」

 

「「……合掌」」

 

 

―――二人に出来ることは、ノワールの冥福を祈るくらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、かれこれ二時間は経過したワケですが」

 

「戻ってきてみたら静かだもんなぁ……これはこれで不気味だ……」

 

 

十分に時間を取ってから教会に戻ってきた白斗とネプテューヌ。

しかし、耳に痛いほどの静寂が教会を支配しており、それが却って不気味さを醸し出していた。

 

 

「……し、仕方ない。 俺が入ってみる」

 

「は、白斗!? 危険だよ!?」

 

「百も承知よ。 ……いや、ホントはちょっと怖いけど……ここで尻込みするわけにも……」

 

 

ノワールの事も心配である以上、逃げ出すわけにはいかない。

勇気を振り絞ってゴクリと固唾を飲みながらドアノブに手を掛け―――と思いきや、なんと扉の方から開いてきた。

 

 

「「うひゃあああああああああ!!?」」

 

 

手に触れる直前、勝手に回りだしたドアノブ。

緊張感が高まっていただけに突然動き出した扉に慌てて飛び跳ねてしまう白斗とネプテューヌ。

震え上がり、互いの体を抱き合う中、扉の向こうから出てきたのは。

 

 

「あ、ねぷねぷに白斗さん。 お帰りなさいです……ってなんで抱き合ってるですか?」

 

「ああ、お二人もようやく戻ってきましたか……。 それにしても帰宅して早々に見せつけてくれますね、お二人は……(;´Д`)」

 

「へ……? こんぱに……いーすん?」

 

 

この教会の住人であるコンパと、教祖イストワールだった。

イストワールは元々お茶を入れるとか適当な理由をつけてアイリスハートから逃れていたのだが、コンパは病院からの勤務帰りらしい。

 

 

「お、驚かせないでくれよ……。 ところでノワールとプルルートは?」

 

「あー……ぷるちゃんにノワールさんですか……」

 

「……この部屋に入れば分かりますよ(-_-)」

 

「へ? どゆコト?」

 

 

どうやら二人はこの部屋の中にいるらしい。そしてコンパとイストワールが無事に出てきたということは、とりあえず当面の危険はない。

のだが、二人は微妙そうな顔をしている。首を傾げたまま、今度こそ恐る恐る扉を開いてみると。

 

 

「ルウィーニ、イキマス……チョクセツ、モンクイッテキマス……ルウィーニ、イキマス……」

 

「「何があったああああぁぁぁ――――――――っ!!?」」

 

 

壊れた機械のように、同じことを繰り返しているノワールの姿があった。

顔は生気を失っており、目は焦点が合っておらず、声色も抑揚が無い。これを“壊れた”以外になんと形容すればいいのだろうか。

 

 

「あ~。 白くんとねぷちゃんお帰り~」

 

 

そして傍らには満足そうにしているプルルートがいた。

女神化も解除しており、どうやらフラストレーションは発散できたようだ。―――代わりに壊れてしまったノワールがいるわけなのだが。

 

 

「ぷ、プルルート!! お前ノワールに何やったんだ!!?」

 

「ノワールが壊れたレェィディオゥみたいになってるけど!?」

 

「ん~? 二人にも同じことしてあげたら理解できるかも~?」

 

「「やっぱり結構ですぅーッ!!!」」

 

 

また二人して震え上がった。精神が壊されるような所業など、誰が受けようか。

 

 

「とにかく~、ノワールちゃんがルウィーに行くって言ってるし~。 ねぷちゃんと白くんが行くならあたしも行くけど~……いいよね~?」

 

「……まぁ、この流れは私達も行かないとね」

 

「だな……。 その前に、ノワールの回復が先だが……」

 

 

正直、気乗りはしないがこれもノワールのため、プルルートのため、そしてとばっちりを避けるためだ。

二人もやれやれと肩を竦めながらルウィー行きに加わることとなったが、肝心のノワールが回復しないことには旅立てもしない。

その間、お土産に買ってきたケーキなどに舌鼓を打つこと一時間。

 

 

「ルウィーニイキマス……ルウィーニ…………ル……………………あれ? 私は……?」

 

「あー!! ノワール、元に戻ったぁー!!」

 

「大丈夫か!? 俺達の事が分かるか!?」

 

「え? は、白斗にネプテューヌ……え? え? 何、何なのこの状況……?」

 

 

ようやく精神が回復したらしい、ノワールが元に戻った。

まるで「死人が生き返った」や「ク〇ラが立った!」と言わんばかりの感動により、白斗とネプテューヌも涙を誘われる。

一方のノワールは恐怖故に記憶を封印してしまっているからかプルルートからの「オシオキ」のことを覚えていないようだ。

 

 

「あれ? ノワール、覚えてないの? これからルウィーに行くんでしょ?」

 

「ルウィー……うっ、頭が……!! そ、そうよ……私はルウィーに行かなきゃいけない気がするわ……!! でないと、大変なことに……っ!!!」

 

「……一応聞くが、目的は覚えてるよな?」

 

「え? えーと…………そう! ルウィーの女神に文句を言いに行くのよ!!」

 

「ノワールちゃん、良く出来ました~。 ぱちぱち~」

 

 

朧気ながらも記憶が蘇ってきたようで、とりあえず主目的であるルウィーの女神に抗議しに行くところまでは思い出せたようだ。

その後、プルルートを見ると寒気なり顔を青ざめるなりするノワールであったが。

 

 

「ただまぁ、本当にホワイトハートの仕業でなかった場合はラステイションにダメージが行くかもしれない。 あくまで目的は事実関係の調査……でどうだ?」

 

「……そうね、白斗の案に賛成するわ。 ただし、本当に裏が取れた場合は……」

 

「はいはい、その時は抗議なりお好きにどうぞ」

 

 

何かと暴走しがちなノワールを止めるため、白斗が先手を打った。

本当に女神ホワイトハートの指示なのかどうかを調べ、その証拠を掴んでから判断する。

プルルートの説教が効いて幾分か冷静になっているらしく、今回は聞き入れてくれたノワール。

 

 

「あ、お話は纏まりました?(^▽^;)」

 

「あ、いーすんにこんぱ! 私達、これからルウィーに行ってくるから!!」

 

「やっぱりそうなっちゃうですか……。 留守はお任せくださいです!」

 

「はーい、それでは行ってらっしゃい(^▽^)ノシ」

 

 

こうして女神達ルウィー行きご一行様は北の国、ルウィーへと向かうことになるのだった。

―――後にメールで、アイエフとピーシェに大量のお土産を買う羽目になったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そしてそれから更に数時間後。ここは北の国、ルウィーへと至る洞窟。

神次元においてもルウィーはやはり北国、雪国であり、それ故に気温が氷点下に達するほどの寒さに包まれた国だった。

当然、そこへと至るこの洞窟も最早冷凍庫並みの寒さなわけで。

 

 

「うううぅぅ…………寒い~~~っ!!」

 

「だから防寒対策してこいと言ったのに……ジャージワンピなんて薄着してるから……」

 

「ぷるぷる……こ、凍えちゃう~……」

 

「あーもー、プルルートまで言わんこっちゃない……向こうに着いたらまず服を買うか」

 

 

揃いも揃って薄着である女神達は身を震わせる。

ネプテューヌはジャージワンピという、半袖のミニスカートと薄着だ。寒さを感じない方がおかしい。

プルルートもまさに部屋着としか言いようがないほどのふわふわとした服であるため、こちらも寒さがダイレクトに襲い掛かっている。

 

 

「……で、なんでノワールまでいつものへそ出しルックなんだよ!?」

 

「こ、この程度の寒さで音を上げていたらラステイションがルウィーに屈したことになるじゃないいいいいい……ルウィーなんかに負けないィィィ……はっくちゅっ!!」

 

「敗北者じゃけぇ」

 

 

そして意地っ張りな質が災いしたらしく、ノワールもいつもの恰好で闊歩していた。

神次元におけるノワールの衣服はまさにアイドルといったような服装でへそ出しルックのミニスカート。

男だけでなく、冷気も呼び込んでしまうことこの上ない。どうしたものかと頭を悩ませていると、白斗のコートをくいくいと可愛らしく引っ張る存在が。

 

 

「ネプテューヌ、どうした?」

 

「ううぅ……もう限界~……。 白斗ぉ~、あっためて~……」

 

「仕方ないなぁ……ほら、俺のコート羽織ってろ。 少しはマシに……」

 

「ダメダメ! それじゃ白斗が凍えちゃうよ!」

 

「んじゃどうしろと……」

 

「こうすればいいんだよっ!!」

 

 

するとネプテューヌは白斗に飛び込み―――そのコートの中にすっぽりと納まった。

顔だけひょこっと覗かせてが、とても温かくて幸せそうである。

そう、この状況は所謂二人羽織りに近いか。

 

 

「おわっ!? ね、ネプテューヌ!!? 何を…………!?」

 

「ねぷ~……白斗、あったかぁ~い……。 幸せだよぉ~……」

 

「ちょぉっ!? 恥ずかしいし歩きにくいわ!! 離れろって!!!」

 

「白斗ぉ……」

 

(うぅっ!? 涙目+上目遣いのコンボ……ッ!! ダメだ、可愛すぎる……っ!!)

 

 

ただでさえ可愛らしい顔立ちなのに、涙目で上目遣い、更には顔だけひょっこりと覗かせるという怒涛の攻撃に白斗の理性も陥落。

わざとらしくため息を付きながらも、寧ろネプテューヌをその腕で抱き寄せ。

 

 

「……なら、しっかりくっついてろよ。 風邪くらいなら、守ってやるから」

 

「……えへへ。 白斗、ありがと」

 

 

腹を括ってルウィーまでこの状態で行くことに。

速度は一気に下がるものの、こんな幸せそうな女神様の顔を見ればどうでもよくなるのだった。

 

 

「むむむ~……! 白くん~! あたしも~!!」

 

「ちょ、ぷるるん!? 定員オーバーだって!!」

 

「イけるイける~。 お邪魔しま~す」

 

「うお!? ぷ、プルルートまで……」

 

 

ところがこの光景を見て羨ましくなったのか、プルルートまでもが潜り込んできたのだ。

ネプテューヌの静止も聞かず、同じようにコートの中に潜り込んで顔だけひょっこりと出す。

 

 

「わぁ~! 白くん、あったか~い……」

 

「お、お前らなぁ……可愛い女の子が男に引っ付くんじゃないの」

 

「白斗だからいいの!」

 

「いいの~」

 

「……ホント、敵わねぇなぁ……」

 

 

可愛らしい女の子二人から抱き着かれ、嬉しくない男がいようか。

結局のところ、白斗は女神様に勝てるはずもなかったのである。

 

 

「………………」

 

「ん? ノワールも入るか? ここまで来たら後一人増えても一緒だ」

 

「誰が入るかっ!! さっさと行くわよっ!!!」

 

(あー、これ……大親友のプルルートを取られてちょっとヤキモチかね?)

 

 

 

何にせよ、今一番気が立っているのはノワールだ。

先日の破壊活動から街中で蔓延る悪戯と、建国下手のラステイションとしては相当頭に来る嫌がらせを受けている。腹に据えかねているのも、無理もない話だ。

そんな彼女のためにも、抱き着かれるのは程々にして速度を上げる白斗だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国だった。

否、恋次元のルウィーに比べると積雪そのものは少ない。代わりに目の前に広がっているのは色鮮やかな―――紅葉だった。

 

 

「ヤッホー!! ルウィー到着――――!!! …………さッッッむ~~~い!!!」

 

「やれやれ、相変わらずネプテューヌは元気だな……。 にしてもこの世界のルウィーは和風テイストか……綺麗だな」

 

 

木材建築、屋根瓦、石垣、城の造りに堀。

そう、この神次元のルウィーはまさに和の国といっても過言では無かった。

道行く人も着物を着こなし、唐傘を差しているなどこの国独自の文化が広がっている。この神次元では勿論、恋次元でも見られなかった光景に白斗とネプテューヌは目を輝かせていた。

 

 

「見て見て白斗!! 着物だよ着物!! 私、ゲーム以外だと初めて見た!!」

 

「ホントだ。 喋り方も京都弁……まさに芸子さんだ」

 

「キョウトベン? 何のお弁当なの?」

 

「ああ、ゴメン。 俺の世界に京都ってトコがあってな、さっきの人の喋り方をその場所の名前を取って京都弁って言ったりするんだ」

 

「へー、関西弁みたいなものかー」

 

(何で関西弁は通じるんだ……?)

 

 

あれやこれやとネプテューヌは楽しそうにはしゃいでいる。

もし特に目的もなくルウィーを訪れていたら、きっと二人で楽しく観光でもしていただろう。

そんな雰囲気の二人にゴホン、とわざとらしい咳払いが。

 

 

「あ・の・ねぇ!? 私達は遊びに来たワケじゃないっていってるでしょーが!!!」

 

「もー分かってないなぁノワールは。 これも調査の一環だよ」

 

「何が調査の一環よ!?」

 

「っていうかノワールみたいに大声で叫べばフツーに他国の間者だってバレちゃうよ?」

 

「うぐっ!? ね、ネプテューヌの癖に正論を~……っ!!」

 

 

この国に来たのはあくまで非公式。

当然他国の、それも女神であると発覚すれば調査どころでなくなってしまう。

幸いにも街行く人たちはこちらの話までは聞いていない、或いは気にも留めなかったのでこちらの正体まで知られることは無かった。

 

 

「まぁ、ここはネプテューヌの言う通りだな。 ぼちぼち観光しながら情報収集しよう」

 

「うんうん、白斗分かってるー! それじゃーぷるるん、一緒に服を見に……あれ?」

 

 

女の子の嗜みと言えばショッピング、そして女の子のショッピングと言えば服。

仲良しなプルルートと共に服屋に行こうと声を声を掛けた―――のだが、肝心のプルルートの姿はどこにもなく。

 

 

「ぷ、ぷるるんがいなーい!!?」

 

「な、何ィッ!? 妙に静かだと思ったらまた迷子になったのか!!?」

 

「あの子……また……」

 

 

白斗もそれなりに注意していたはずなのに、まるで手品のように消えてしまっていた。

この国は歴史あるだけにとても広い。以前のダンジョンほど複雑ではないが、その分広大な敷地になっているので逸れれば面倒になる。

白斗達は急いでプルルートと合流するべく辺りを走り回るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――一方その頃、プルルートさんは。

 

 

「も~。 ま~たみんなが迷子になってる~」

 

 

少し開けた―――都会で言うところの繁華街に位置するのだろうか―――ところでプルルートは辺りを見回していた。

これから自分達にはルウィーにて女神及び七賢人について調査しなければならないというのに、ネプテューヌ達が傍にいないのだ。

尚、彼女は相変わらず自分の方が迷子になっているという自覚は無いのです。

 

 

「しょうがないなぁ~。 みんなを探さないと~……あれ?」

 

 

どうにかしてネプテューヌ達を見つけ出さないといけない。だが、彼女は初めてこのルウィーに来た身。

土地勘などあるはずもなく、どうしたものかと辺りをキョロキョロしていると見覚えのある人影が見えた。

 

 

「あ~! あの人は~……待って~!」

 

 

見えたその人影に希望を見出し、走り出すプルルート。

やがて追いついた、その人影は―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほうほう、ここがルウィー……確かに歴史を感じさせる国ですわね。 数日間見て回ったくらいですが、確かに長らく大陸に存在していただけありますわ」

 

 

数分前、その金髪の美女はグラマラスなボディを揺らしながら道を歩いていた。

優雅に、上品に、エレガントに。完璧な歩き方で隙すら伺わせない。

そんな美女が、綺麗な青目で街を見渡していればどうなるか。

 

 

「……それにしても、やけに視線を感じますわね。 ふふ、そんなに私が気になるのかしら」

 

 

緑色を基調としたドレス、優雅なハイヒールの靴音、そしてぼいんぼいんという効果音まで出そうな巨乳。

まさにパーフェクトな美女が歩いていれば、男の視線を惹きつけてやまないというもの。

スリットから伸びる、綺麗で肉感的な太ももを少し晒しただけで面白いまでに人の視線を操作できる。

 

 

「ですが……あまり注目を集めすぎてお仕事に支障が出るのも困りものですわね。 何せお忍びですから。 まぁ、私の事を知る人なんて……」

 

 

どうやら余り人目には着きたくないらしいが、それでも余裕を振りまいている。

誰もが彼女の事を「知らない」と確信しているからこそ―――。

 

 

「お~い、ベールさ~ん!!」

 

「え……?」

 

 

―――いた。自分の事を知っている人が。

思わず震え上がってしまう美女―――否、“ベール”。

 

 

「い、いいえ。 きっと聞き間違いですわ……それか同名の別人……」

 

「やっぱりベールさんだ~! 酷いよぉ~、あたしのこと無視しないでよ~」

 

「―――じゃありませんのっ!?」

 

「わひゃぁ!? 無視した上に吠えられた~!」

 

 

必死に聞き間違い人違いだと思い込もうとしたものの、それは空しい抵抗だった。

一人の少女―――プルルートが遠慮なくベールの手を取ってきたのだ。

驚きながら振り返ってみると、ふんわりとした紫色の髪に服に喋り方に雰囲気の美少女。

こんな可愛らしい女の子、ベールにとって忘れられないはずだがやはり記憶にない。

 

 

「む、無視したワケじゃありませんわよ! そもそも私、貴女の事は存じ上げませんのに!」

 

「え~? でも、ベールさんだよね~?」

 

「そ、それは……っ」

 

 

ここで認めてはならない。もし認めれば、自分の正体が周りにバレてしまう。

話し方からして、この少女は自分が「ベール」であると確信しているが、今は所謂潜入調査中、公に正体が露呈する事態だけは避けたかった。

だが、悩めば悩むほど事態は悪化の一途を辿る。

 

 

「ネプテューヌ、こっちだ! 確かにこっちからプルルートの声が聞こえた!」

 

「どれどれ……あー!! ぷるるんいたー!!」

 

「もー!! 相変わらず勝手にほっつき歩く子ね!!」

 

(あれは……この子のお仲間、でしょうか?)

 

 

どうやらこの少女ことプルルートを探していたらしい少年少女達。

どこか鋭さを纏っている黒コートの少年に、快活な印象があるジャージワンピの紫の少女に、気高さを感じさせる黒の少女。

中々個性的な面子だと、ベールは顎に手をやった。

 

 

「あ~、みんな~! も~、勝手に離れちゃダメだよぉ~」

 

「いやいや、迷子になってたのはぷるるんだって」

 

「え~!? あたしが迷子だったの~!?」

 

「自覚ナシとは……って、あれ? ベールじゃん!!」

 

「ん? あ、ホントだ!」

 

(んなっ!? こ、この子達まで私の事を!?)

 

 

すると、紫の少女ことネプテューヌがこちらを指差してきたではないか。

しかもはっきりと「ベール」という名前まで口にしてしまっている。そして同調するように黒コートの少年も目を瞬かせていた。

 

 

「何よ、知り合い?」

 

「ああ、この人はベール。 リーンボッ『きゃあああぁぁ―――っ!!』んむむ~~っ!!?」

 

 

危うく自身最大の秘密まで口にしそうになった。

咄嗟に少女の声を掻き消すような悲鳴にも近い大声を上げ、口を塞ぐ。

 

 

(お、お願いですからその先は言わないでくださいまし!!)

 

(え~? なんで?)

 

(私にも色々事情があるんですの!! それに、ここは画面の前の皆様が『この美女は一体誰だ!?』とワクワクドキドキさせるべき場面ですのよ!!)

 

(いやいや、もうバレッバレなんだけど……って締まる締まるーっ!!!)

 

 

何が何でも正体をバラされたくないらしい。

ここまでのやり取りを見て、白斗はベールの目的を感づいた。ネプテューヌを解放するためにも彼女に近づき、そっと耳打ちする。

 

 

(失礼、ベール様……いえリーンボックスの女神様といった方がよろしいですか?)

 

(べ、ベールで結構ですわ! あの、お願いですから……)

 

(はい、正体は明かさないようにします。 ……それにしても女神様も大変ですね。 直々にルウィーの調査に来られるとは)

 

(はぁ……やっぱり目的もバレていますのね)

 

(まぁ、こちらも似たようなものですし。 お互い騒がれるのは避けたい身……そこで、お互い余計な詮索は無用、情報は共有し合う……で、どうでしょう?)

 

(それでお願いします……お話が分かる方がいて安心ですわ)

 

 

はぁ、とようやくベールはネプテューヌをホールドから解放した。

その後、ネプテューヌとプルルートにとりあえずベールの正体は明かさないようにと再三釘をさしておくのだった。

これでようやくノワールにも彼女を紹介できる機会が訪れる。

 

 

「で、その人……ベールでいいのかしら?」

 

「ええ、お見知りおきを。 私、ルウィーの外に住んでいまして……観光で来ましたの」

 

「ふーん。 で、なんで白斗達は知ってたのよ」

 

「お前と同じ理由だよ」

 

「私と同じ……? ……ああ、そういうことね」

 

 

短い言葉でも、ノワールはすぐに理解してくれた。

ノワールと同じ―――つまり、恋次元にも同じ姿と名前を持つ人物がいることを。

尤も彼女が女神であることまでは伝わってはいなかった。だがベールとの協定を果たすならば、この方が都合がよいだろう。

 

 

「それじゃ改めて私、ネプテューヌ!! プラネテューヌの女神だよー!!」

 

「あたしはプルルート~。 同じくプラネテューヌの女神をやってるの~」

 

「え? あ、貴女達がプラネテューヌの女神……? しかも二人も!?」

 

 

一方、堂々と女神であることを名乗るネプテューヌとプルルート。

しかもどちらもプラネテューヌの女神と付け加えたため、ベールの困惑が増す一方だ。

無理もないが、これを上手く説明するのは骨が折れそうである。

 

 

「あー……これにはまぁ、複雑な事情があって……おっと、失礼。 俺は黒原白斗です。 今はネプテューヌ達の補佐官……みたいなものをやってます」

 

「違うよー! 私の騎士様だよっ!!」

 

「わ、分かったからお前は俺の腕を絡めとるなっちゅーに!!」

 

「白く~ん! あたしを除け者にしないで~!!」

 

「してないから!! 離れろっての!!」

 

 

まるで自分のものであることを主張するかのように白斗の腕を抱き寄せるネプテューヌ。

それに頬を膨らませたプルルートが反対側の腕を絡めとった。

最近の二人は何故かこんな風に白斗を巡って言い争うことが多い。でも仲は良いのだ。

 

 

(あらあら、どちらも乙女ですわね。 ……しかし白斗君、でしたか? 確かに戦闘は出来るようですが、特別強いわけでも無さそうですわね……)

 

 

これでもベールは女神、ある程度の戦闘力を体つきなどで判別は出来る。

そこから導き出した結論は、「白斗は戦闘が出来ないわけではないがそんなに強くもない」という評価である。

実際の所、的を得た見解だ。

 

 

(……しかし、まさかプラネテューヌが私の事を調べ上げているとは。 最近盛り返しているとは聞いていましたが……弱小国家だと少々侮っておりましたわ)

 

 

そして謎の勘違いから警戒心を強めてしまうのだった。

 

 

「ところで……そちらのお二人が女神ということは、貴女も?」

 

「あら、察しが良いわね。 私はノワール、ラステイションの女神をしているわ」

 

「ラステイション……あの新興国の! お噂はかねがね、とてもいい評判が流れていますわ」

 

「ありがとう。 もし良ければラステイションにも立ち寄って頂戴。 ゲイムギョウ界一の国よ!」

 

「……ゲイムギョウ界一、ね……」

 

 

 

一部はお世辞なのかもしれないが、それでも自分の治める国を褒められると良い気もするというもの。

ノワールはつい調子に乗って一言付け足してしまうが、「ゲイムギョウ界一」というフレーズには少し反応を示すベールであった。

尤も、それに気づいたのは白斗だけであったが。

 

 

「それで女神ご一行様は何故ルウィーまで?」

 

「かくかくしかじか!」

 

「……なるほど、七賢人やルウィーの女神が妨害工作を行っているかもしれないと。 その裏付けの調査のために来たということですのね」

 

「ネプテューヌ、“かくかくしかじか”って便利な言葉だな」

 

「でしょー?」

 

 

ここまで来たら、こちらの目的も包み隠さずベールに伝える。

僅かでも隠し事があれば不審がられるが、隠し事がなければ信頼は得られる。

特に裏がある様子もないと理解してもらえたらしく、ベールも納得してくれた。

 

 

「次はベールさんの番だな。 この街に来て数日とのことだが……」

 

「ええ、この街ですが……お話にあったラステイション程派手な被害はありませんわ。 ただ、噂では教会の方に何やら働きかけがあるとか……」

 

「穏やかじゃない情報が出てきたな……」

 

 

表立って七賢人の被害を受けていない、一方で裏で教会に何らかの接触があるかもしれないという情報。

これは取り引きで関係を築いていると思われかねない情報だ。

具体的には「ルウィーには手を出さないでやるから七賢人に便宜を図れ」といったところか。

 

 

「ぷるぷる……白く~ん、寒い~……」

 

「プルルート、大丈夫か? そうだな、立ち話も何だからどこかで宿をとるか」

 

「さんせーい! ノワールもいいよね?」

 

「ええ、問題ないわ」

 

「でしたら私もご一緒しましょう」

 

 

とりあえず話の続きは宿で行うことにした。

因みに宿代はベールの分も含めて白斗持ちである。こうして白斗は寒くなる己の懐に少しだけ涙を流したそうな。

そしてその涙が、ルウィーの冷気で凍ったとか凍ってないとか。

 

 

「わぁ~、畳だ~! ごろごろ~♪」

 

「おおー! 囲炉裏って奴かなコレ! オリエンタルですなー」

 

「ア・ナ・タ・達ぃぃぃいい…………これから作戦会議やるんだから真面目にしなさーい!」

 

 

宿に到着するなり通された部屋。

そこは畳が敷き詰められ、囲炉裏も備え付けられていた。白斗の視点で言えば「昔懐かしの日本家屋」といったところか。

 

 

「ふふ、中々愉快な子達ですわね」

 

「ええ。 ……まぁ、そこがいいんですけど」

 

「ふぅん……?」

 

 

女三人寄れば姦しいなどというが、そんな彼女達を白斗は温かい眼差しで見ていた。

白斗は女神達に救われ、今こうして生きている。だからこそ女神様が自分らしくあることが一番だと、誰よりも想い、願い、信じている。

そんな彼の姿を見て、ベールは面白そうな顔つきになった。

 

 

「さて、私が知っている情報ですが……七賢人絡みは先程お話しした通りですわ」

 

「ならこの国そのものは?」

 

「ルウィーへの評価、ですか……。 確かに歴史を感じさせる国ではありますが、女神の対応が拙いと言いますか……」

 

「拙い、か……」

 

「ええ、しっかりと書類に目を通して置けば解決できそうな問題が起こっていますし、それに逐一対応している間に更なる問題が発生。 産業について、ゲームの質は悪くないのですが……売り方や国民への周知の仕方などが正直宜しくないというのが本音ですわ」

 

 

この国に来たばかりのベールにすらこの言われようだ。

白斗は前回の邂逅した時の情報と合わせ、ブランへの考察を深めていく。

 

 

「先日の様子だと、ブラン……ホワイトハートは自分の国を誇りに思い、大切にしている。 問題発生にも逐一対応していることから少なくともネプテューヌ達みたいに不真面目じゃない」

 

「酷っ!? 何でそこで私達を引き合いに出しちゃうのかな!?」

 

「そ~だそ~だ~! 酷いよ白く~ん!」

 

「(無視)ただ、国営について悪戦苦闘しているのは間違いないな。 何ていうか、センスがないというよりも……国営のやり方そのものすら熟知していない節がある」

 

「そこは私も白斗と同意見よ。 ま、そこを勉強するのが女神の仕事なんだけ」

 

 

白斗の見解にノワールも同意を示してくれた。

彼女は元から女神を目指していた身、来るべきに備え国の運営方法など勉強を怠っていなかった。

故にラステイションは建国して僅か三ヶ月にも関わらず、凄まじい発展ぶりを見せている。

だがブランに関してはその真逆のようにも感じた。まるで女神になったことで、国営などを勉強しているかのような―――。

 

 

(……この国には女神様を助ける人がいないのか?)

 

 

何より白斗が気になったのは、公私ともに女神を支える人物の存在が感じられないことだ。

前回見たブランは精神的に余裕が無いということだ。

もし彼女を支える誰かがいたのなら、あんな行動や様子は見せなかったはず。それがないからこそ、ブランは―――ある意味でノワール以上の孤独なのかもしれない。

 

 

「さて、情報共有したワケだけど……これは教会そのものを調べる必要があるわね」

 

「ひょっとして潜入捜査~? わぁ~、スパイみたいでカッコイイ~!!」

 

「でもノワール、現実問題それ出来るの?」

 

「う……そうね……。 それが出来れば苦労しないんだけど……」

 

 

ノワールの言う通り、真偽を確かめるには一度ルウィーの教会に潜入調査でもしないといけないだろう。

だが、ここで言う教会とは女神様の住居にして国政の中心。つまり警備は万全。

生半可な腕の諜報員を潜らせたところで、すぐ失敗してしまうだろう。

 

 

「……なら俺が行こう」

 

「白斗!? 危険だよ!?」

 

「なぁに、腕に覚え在りよ。 大丈夫、目的果たしたらすぐトンズラするから」

 

「うぅ……白斗、いっつもそうやって危険なことするんだから~……!」

 

 

ぷくぅ、と頬を膨らませたネプテューヌ。既に涙目だ。

さすがに見つかって即処刑、とまでは行かないだろうが相手は切れやすいことで有名なブランことホワイトハートだ。油断はできない。

彼に危険な真似はさせたくないとネプテューヌは尚も反対意見を通そうとするが。

 

 

「なら代替案を聞こう。 それが有用ならそっちを採ればいい」

 

「う! ……それを言われると……」

 

「ない……ですわね。 これはもう、白斗君に頼った方がよろしいのではなくて?」

 

 

だが代わりの意見を求められると急には出てこない。

ベールも、白斗を犠牲にしようとしているわけではないが苦々しい顔つきでそう告げている。

 

 

「白くん~……」

 

「プルルート、そんな顔するなって。 マジでヤバくなったらすぐ逃げるし、潜入には一日も掛からない、夜で切り上げて戻ってくるよ」

 

「……約束だからね。 後……」

 

「おう。 ……プラネテューヌに戻ったら、たっぷり遊ぼうな。 二人とも」

 

「「…………うん!」」

 

 

約束だけではなく、心配をかけた分の埋め合わせも忘れない。

二人との遊び―――女神達からすればデートだが―――の約束を取り付けたことで、機嫌も幾分か直る。

 

 

「それじゃ善は急げ。 早速潜って……」

 

「待ちなさい白斗。 その恰好で入るつもり?」

 

「いや、さすがにどこかで男物の服を買おうかと」

 

 

腰を浮かせた途端、ノワールがストップをかけてきた。

白斗の恰好はいつもの黒コートに黒ズボンという、暗闇ならまだしも和風テイストな建物の中ではこれ以上ないほど浮いてしまう格好だ。

さすがに白斗もそこは考えており、この国の雰囲気に合わせた格好を用意するつもりでいたが。

 

 

「白く~ん! あたしにいい考えがあるよ~」

 

「プルルートさん、その前の一つ宜しいでしょうか。 ……何でしょうか、その手に持ってるの」

 

 

何やらプルルートに考えがあるらしい。

だが、白斗は冷や汗が滝のように流れて仕方がない。その手に持っているもの……否、その『服』は―――。

 

 

「あたし謹製のめいどふく~! 白くんなら絶対似合うからって作っておいたの~!」

 

「アホかぁ!! すぐバレるわぁ!!」

 

「いや、白斗。 イケる」

 

「ネプテューヌゥ! お前は何を以てイケると確信したんだ!?」

 

 

どうやらプルルートによる白斗女装計画はまだ潰えていなかったらしい。

以前、白斗の女装姿を目にしたプルルートはそれ以来白斗の女装を気に入ってしまったらしく、事あるごとに白斗に可愛らしい女の子の恰好を勧めていた。

確かにメイド服は可愛らしいし、教会であれば雇っているメイドもいるはずだ。変装としては寧ろ最善策である―――のだが白斗の理性が拒んでいた。

 

 

「とにかく普通の恰好を……」

 

「ノワールちゃん~。 ご~!」

 

「任せなさい♪」

 

「ぐおわっ!? は、HA☆NA☆SE、ノワールッ!!」

 

「いやよ、こんな面白…………有益な手段逃す理由がないじゃない」

 

「今面白そうって言いかけたなコラァ!!」

 

 

逃げようとした瞬間、ノワールに羽交い絞めされてしまった。

幾ら華奢な女の子の体といえど相手は女神様、しかもノワールは毎日の訓練のお蔭で体も出来ている。

所詮一般人にカテゴライズされる白斗では抜け出せるはずもなかった。

 

 

「ねっぷっぷ……なら、着せ替えはネプ子さんにお任せ!!」

 

「白く~ん! 可愛いアクセサリーもちゃ~んと用意してるから~!」

 

「なら私はお化粧してあげる!! (コスプレ趣味故に)結構自信あるのよね♪」

 

「でしたら私がメイドの心得を教えて差し上げますわ。 うふふ……♪」

 

「お前らこういう時だけ結束するのな!!?」

 

 

一世一代の面白イベントに誰もが目を輝かせている。

ワキワキと手を動かしながら白斗ににじり寄る女神達。さすがの白斗も恐怖で動けず。

 

 

 

 

 

 

 

「あ………あ………いいぃやああぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――男のくせに甲高く、そして情けない悲鳴を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日、ルウィー教会内。

朝早くは極寒の冷気が支配するルウィー教会だが、廊下を歩く男性職員はホットな視線を帯びていた。

というのも、れっきとした理由がある。

 

 

「おい、何だあのメイド? あんなのいたか?」

 

「新人さんだろうか……? にしても……可愛い……」

 

 

何を隠そう、道行く見慣れないメイドに目を奪われていたのだ。

早朝の仕事という気怠さと不機嫌さを煽る要素も撥ね退けるほどの可憐さにテンションを高めていた。

だが、その人物からすればその高評価こそ苛立たしいものはない。

 

 

(……チックショ……どうしてネプテューヌ達はこういう時に限って本気出しちまうんだ……)

 

 

そう、そのメイドこそが変装した白斗である。

ネプテューヌ達の本気を詰め込んだことと、女神様曰く「素材が良い」ことも相まって良くも悪くも受け入れられていた。

 

 

(しっかし、警備が思いの外ザルだったな……。 職員や軍部もチラッと見た限りだがやる気無さそうだし……大丈夫なのか?)

 

 

だが、それとは別に白斗にはどうしても引っかかることがある。

それは教会に務めている人間の質であった。十人十色とは言うが、職員たちはやる気を見せなかったり、人格的に問題があったりととても質が高いとは言えない。

プラネテューヌの教会職員も必要以上の仕事はやりたがらないなど、どこかプルルートに似た所はあるものの人柄はいい。それ故にこの人材の質の悪さが尚、浮き彫りになっていた。

 

 

「む? そこのメイド……新入りか?」

 

「あ、はい。 そうですが……貴方様は?」

 

 

と、ここで白斗に声を掛ける者が一人。

低い男性の声だと思い振り返ると、眼鏡を掛けた小太りな中年がそこにいた。

当然潜入捜査だとバレるわけにはいかない。白斗は極めて穏やかな態度で応対する。

因みに女装ということで声も相応に甲高くしていた。

 

 

「そうか、私はこの国の大臣じゃ。 女神様の補佐をしておる。 しっかり働いてくれ」

 

「はい、お任せください」

 

「……とは言うものの、お前さんはいつまで保つかのぉ……。 この前のメイド達も、一ヶ月足らずで辞めてしまったし……」

 

(……一ヶ月以内に辞めちまうのかよ。 大丈夫なのか、この国……?)

 

 

大臣と名乗った男ははぁ、と溜息を付きながらその場を去っていった。

残された白斗は顎に手をやりながら廊下を歩いている。

 

 

(……ルウィーから流れ出た国民やシェアが、プラネテューヌとラステイションに流れている。 それだけ信仰を落としてしまっているということ……。 恐らく、問題解決の稚拙さが露呈するうちに国民や部下が呆れてしまっている……ということなのか?)

 

 

もしそうなら、ブランの余裕のない態度にも説明が行く。

彼女本人は必死にやっているつもりなのだが、それが上手く伝わらず、彼女の問題点しか見ていない国民や部下が、勝手に離れている―――という状況なのかもしれない。

 

 

「おい、そこの新人メイド! 今暇か?」

 

「あ、はい。 すみません、来たばかりで何の仕事をすればいいのか……」

 

「なら早いトコ、書庫の掃除しててくれ。 あそこ女神様のお気に入りだからな」

 

(……こっちのブランもやはり読書好きか。 根っこは変わってないんだな)

 

 

書庫がお気に入りということは、それだけ本が好きということ。

やはり根本的な部分は、白斗のよく知るブランなのだとある意味安心感を覚えた。同時に掃除を押し付けられたがこれはチャンスでもある。

書庫はいわば情報の塊、潜入捜査には打って付けである。早速指定された書庫に足を運んでみると。

 

 

(おお、さっすが読書好き。 ありとあらゆる本が詰め込まれてるな。 ただこの規模は……すぐに終わりそうにないなぁ……)

 

 

高い本棚は最早巨大な壁としか言いようがなく、そこに数多くの本が詰め込まれていることで「本の壁」とでも言うべき規模になっていた。

そんな本の壁が十数列はある。本好きのブランのためにあらゆる書物が集められているらしく、今も尚増設に向けての動きがあるとかないとか。

 

 

(ん? この辺りの本、新しいな。 けれども読み込みが凄いのか、かなりページがよれている……何々、これは……過去のゲイムギョウ界の国の……国営記録か?)

 

 

それは国営のための資料だった。

過去、ゲイムギョウ界にどんな国が存在していたのか。またその国がどんな運営をして、そのためにどんな制度や法律を作ったのか。

それが真新しいものであるにも拘らず、かなり読み込まれていることから導かれる結論。

 

 

(なるほど……今でもブランは国営の勉強をしているってことか。 あいつ、ラノベとかも好きだろうに、それすらも後回しにして……)

 

 

少し埃をかぶってしまった、ラノベのある棚を見つめて白斗はようやく見たかった一面を見られたような気がした。

ブランはノワールとは違い、国営に関する知識も持たぬまま女神になった可能性が高い。

だからこそこうして日々勉強に励んでいるのだ。それこそ、彼女が読みたいであろうラノベなども我慢しながら。

 

 

(それで余裕がなくなって、七賢人に隙を付け込まれた……ということなのだろうか。 だとしたらブランに全く責任がないわけじゃないが……余りにもあんまりだろう……)

 

 

少しずつだが、背後関係が浮き上がってきたのかもしれない。

周りに助けてくれる人がいなかったブランは、ルウィーと国民という自分の大切なものを守るためあらゆるものに手を出さざるを得なかった。

勉強にも、七賢人との取引にも。そう考えると、尚更ブランという少女にどうしてもやるせなさを感じてしまう白斗だった。

 

 

(……っと、掃除はキッチリしとかねーと。 仕事不十分で即刻クビ、なんて笑えないからな)

 

 

その後も白斗は掃除を続けながら情報収集を可能な限り行った。

因みに掃除に関しては、過去の父親に強制された経験から割と手慣れている部類であり、少し埃っぽかった書庫の空気も一転した。

 

 

「ふぅ……どれだけ掃除されていないのやら。 ブランも相当我慢してただろうな……」

 

 

さすがに汗が噴き出るほどの重労働となってしまった。

流れ出る汗を拭いながら、それでも白斗は書庫を綺麗にしたことによる充足感を得ている。

やはりこの男、社畜のきらいがあるのかもしれない。

 

 

「……あれ……? 今日の書庫、綺麗になってる……。 貴女がしてくれたの?」

 

「! ブラン様、おはようございます。 僭越ながらこの白子がお掃除させていただきました」

 

 

そこへ入ってきたのは、他でもないこの国の女神。ホワイトハートことブランだった。

やはり基本的な顔立ちは恋次元と一緒だが、来ている服は巫女服のような和服。そして紅葉を思わせる赤と雪のような白を織り交ぜたデザインである。

履物も下駄であるなど、この国に合わせたスタイルだった。

 

 

「貴女、新人さん……? なのに、この書庫をこんなにも綺麗に?」

 

「ええ、私お掃除は得意ですし。 何より埃っぽいと本が可哀想ですしね」

 

「あら、貴女も本が好きなのね。 ありがとう、お蔭で私もゆっくり本が読めるわ」

 

 

読書家として最高の回答を貰えたブランは上機嫌だ。

だがそう言いつつも手に取ったのはやはり国営に関する本。

ここまで勉強尽くめなのは、新興国であるラステイションの建国や勢いを増しているプラネテューヌに対する焦りなのかもしれない。

 

 

「ブラン様、失礼ですがこんな朝早くからお勉強ですか?」

 

「ええ、こういう時間じゃないと出来ないし……。 ……女神だから」

 

「……そうですか……。 でしたらまた後でお茶をお持ちしますね」

 

「いえ、いいわ。 少ししたら執務室に籠らないといけないから」

 

「畏まりました。 また何かあればお申し付けください」

 

まだ朝も早い時間帯。ネプテューヌなどはまだぐっすり寝ている時間帯であるにも拘らず、こんなにも小さな少女が女神であることを理由に勉強のために時間を費やさなければならない。

彼女の本当の姿を少しみたことで白斗の遣る瀬無さは更に大きくなっていく。

 

 

(―――さて、あれから時間が経ったワケですが。 そろそろブランは執務室か……なら覗かねばならない。 ブラン、ゴメンな)

 

 

言葉だけ聞くとまさにスパイそのもの、しかし白斗は潜入捜査のために教会に潜り込んだのだ。

真相を得るためにもやらなければならない。心の中でブランに謝りつつも、掃除の際に得ていた情報を元に天井裏に忍び込み、執務室の真上に到達する。

和風な造りだけあって、気分はスパイというよりも忍者であったが天井の板を少しだけずらせば、その姿が見えてきた。

 

 

(あれはブラン……それに大臣、か。 仕事の話をしている……がどっちも苦い顔してんなぁ)

 

 

眼下にいたのはブランと大臣。

二人が話すようなことと言えば仕事以外にない。だが、その表情に苦々しさから芳しいものではないことだけは伝わってくる。

全神経を集中させ、聞き耳を立ててみると。

 

 

「シェアも国民も、徐々にラステイションとプラネテューヌに取られておりますな。 ゲーム産業については『目新しさがない』という意見も続出しており……」

 

「………………」

 

(うーわ……聞けば聞くほど不機嫌になっていくブラン……大臣も可哀想だな、これ)

 

 

朝一番からブランにとって一番聞きたくない報せであろう、それを耳にしたことでブランの顔は明らかに重くなっていった。

ただここで大臣に怒るのも筋違い、ブランは必死に怒りを堪えている。

 

 

「ルウィーがこの先、生き残るためには……やはり何か新しいものを作らねばなりません。 国民の目を惹くような……」

 

「……そうね、その通りかもしれない」

 

「? お、お言葉ですがブラン様……今までしたら一蹴されていたのに……」

 

「……さすがに現状維持で解決できるとは思っていないわ」

 

 

とはいうものの、ブランは以前不機嫌のままだ。

彼女の様子から見るに自分なりの考えで国民を思っての国家運営をしていたが、それが国民には良く思われていなかったということなのだろう。

それをまざまざと見せつけられ、ショックを受けている―――無理もない話だ。

 

 

「そう、ですか。 でしたら七賢人の件……如何いたします?」

 

(七賢人……!! ブランも、その存在を認知してたってことだよな……)

 

 

だが、ここである意味聞きたくもあり、同時に聞きたくもない情報が飛び出してしまった。

七賢人―――その単語が耳に飛び込んだ瞬間、さすがの白斗も固唾を飲んでしまう。

 

 

「……分かってるわ。 貴方の方で話を進めて置いて頂戴」

 

「畏まりました」

 

「ただし、分かってるとは思うが……国民に迷惑をかけるような真似だけはするんじゃねーぞ。 分かってんだろうな……?」

 

「も、勿論です」

 

 

七賢人と話し合いの場を設けている―――つまり、これは取り引きであることに他ならない。

ただ、彼女は国民を守ることを宣誓させていた。

その迫力は、ただ怒りっぽい彼女だからこそ出せたものではない。国と国民を愛しているからこそ出せるものだった。

 

 

(……全ては国を守るためだった、ってことか……)

 

 

七賢人との繋がり、その致命的とも言える証拠を白斗は握ってしまった。

けれどもそれら全てを悪と断ずるほど、白斗は単純でもなかった。寧ろその逆、ブランの想いを知ってしまったからこそ、悪だとは言い切れなかった。

 

 

(……なら、俺に出来ることは……)

 

 

目を伏せた白斗。だが次に見開いた彼の目には、決意の炎が灯っていた。

―――それから小一時間して、大臣が退室した後。執務室の襖がノックされた。

 

 

「……はい?」

 

『ブラン様、お疲れ様です。 お茶とお菓子をお持ちしたのですが……』

 

「その声……新人のメイド? 確か白子だったかしら……いいわ、入って」

 

『失礼します』

 

 

入室が許可されると、襖を開け、丁寧に一礼。開かれた襖の向こうにいた白子こと白斗は、左手一本で数々の茶器や茶菓子を乗せたトレーを手にしている。

足音は愚か、移動の震動でも茶器が擦れる音すら立てず、丁寧な所作でブランの目の前にティーセットを並べていく。

 

 

「……驚いたわ。 新人なのに、まるでパーフェクトメイドね」

 

「ありがとうございます。 師匠にみっちり仕込まれたもので」

 

「そうなの……。 会ってみたいわね、あなたのお師匠さんに」

 

(こっちのベール姉さんなんだけど……爆乳故にまーた苛立つんだろうなぁ……)

 

 

紅茶を注ぎながら、そんなことを考えていた。

やがてブランの目の前に差し出されたカップに鮮やかな色合いの茶色が広がり、心安らぐ優しい香りが広がる。

 

 

「……いい香りね」

 

「カモミールティーでございます。 お菓子のスコーンと一緒にご賞味ください」

 

(スコーン……白斗にお土産で手渡されて以来ね)

 

 

このルウィーは和の国だ。故に食べられるお茶やお菓子も和風に限定されがちだ。

おまけに他国を敵視している関係上、輸入に頼ることも出来ず、結果スコーンという洋菓子など口に出来る機会もなかった。

どこか心を躍らせつつ、まずは乾いた喉を潤すため紅茶を一口―――。

 

 

「…………え?」

 

「どうかされましたか? お口に合いませんでした?」

 

「い、いえ……美味しいけど、このスッキリとした後味……」

 

 

美味しい。確かに紅茶は美味しいのだ。

紅茶素人の自分でも分かるくらいに美味しい。けれど、この後味は―――。

 

 

「ああ、それですか。 紅茶自体はごく普通のものですが、カップの淵に柑橘類から搾った汁を塗っておりまして。 それが爽やかな後味を残すのです」

 

(あの日の……白斗と、同じ淹れ方……!?)

 

 

ふふ、と得意げに笑うメイドにある予感を覚える。

似ている、酷似している、似通っているという次元の低い話ではない。全く同じなのだ。

あの日の邂逅で、彼が自分達のために淹れてくれた紅茶―――それと全く同じ淹れ方に。

 

 

「スコーンもどうぞ。 乾きものですから、紅茶との相性抜群ですよ」

 

「……え、ええ……」

 

 

勧められたスコーンを、戸惑いながらも一口。

―――けれども、やはり同じ味だった。あの日、手土産で渡されたスコーンと全く同じ味。

間違うものか、あの後気に入ってしまってじっくり味わっていたのだから。

そして、全く同じ味を出せる人など、一人しかいない。

 

 

 

 

「…………貴方、どういうつもりなの? 黒原白斗……」

 

 

 

 

少しだけ声を低くし、視線を強める。

睨まれたメイド白子こと白斗はこれ見よがしに肩を竦めると、甲高くしていた声色を元に戻して。

 

 

「あーあ、バレちまいましたか」

 

「ワザとバラしたんだろ……? どういうつもりかって聞いてんだよ……」

 

「すみません、潜入調査してました」

 

「……ッ! そんなことを聞いてんじゃねぇ!! 潜入調査なら、なんで自分から正体バラすんだよ!? しかも一日目で!!」

 

 

思わず素が出てしまったブラン。

だが、そこに込められているのは怒りではない。寧ろ戸惑いの方が大きかった。

まだ信頼関係が築けているわけではないので、裏切られたという感覚は小さい。しかし、解せないのもの事実だった。

 

 

「望んでいる答えは手に入った。 これが一つ」

 

「……もう一つは?」

 

「……どうしても、伝えられずにはいられなかったんだ。 貴女に」

 

「わ、私に……? 何を……」

 

 

思わず聞き返してしまった。

すると白斗は顔を俯かせながら、言葉を絞り出している。

 

 

「今回の潜入の目的は、ルウィーと七賢人の繋がりを調べること。 そして結果はクロだった」

 

「………………」

 

「正直、ネガティブな感情があるけれど……でも、どうしても俺……貴女の事が嫌いになれない。 憎いわけでも、怒っているわけでもない……ただ、悲しいって思ったんだ」

 

「か、悲しい……? 誰、が……」

 

「貴女が、です」

 

 

七賢人との繋がりは、否定できない。

物証を持たれているわけではないが、確信を得られてしまっている以上ブランはただ黙っていることしか出来なかった。

けれども、白斗の口からは怒りなどではなく、ただ悲しみだけが出てきた。

 

 

「お節介なのも分かる。 偽善だのなんだの言われても仕方がない。 ただの自己満足でしかない。 でも、俺は……それを伝えたかった。 それだけ、です」

 

「……そんなことのために、わざわざ……正体を明かした、の……?」

 

「ええ。 ただ、俺はネプテューヌとプルルート、ノワールの仲間です。 この情報は持って帰らないといけない……。 それでも、貴女が嫌いになれなかった」

 

 

これが、白斗の偽らざる思いだった。

ほんの数時間しかブランを見ていないが、それでも彼女が根っからの悪人だと断ずることなどやはりできなかった。

単なる自己満足でも、偽善でも、それを伝えたかったのだ。

 

 

「以前仰らせていただいた通り、俺には貴女の苦悩全てを理解するなんて出来ない……。 でも、それでも貴女なりの考えで国を守ろうとしたことは分かりました」

 

「………………」

 

「ホント、分からないモンですよね。 自分がどれだけ必死にやっても、周りには伝わらないで、周りは言いたい放題で」

 

「…………ホントに、ね」

 

 

少しだけ寂しそうに、けれどもブランは言葉遣いを戻して、そう呟いた。

今まで女神として他者に弱みなど見せられなかった彼女の―――本当の姿が少しだけ、見えた気がした。

 

 

「小説なんかでもそうですよね。 単なるアンチだったり、読解力の低い人が勝手な解釈や風変わりな読み方して、見当違いなコメント残したり……」

 

「ああ、全くだッ!!」

 

「何故そこだけ力強い同意が!?」

 

「あ、き、気にするな……。 続けてくれ……」

 

(……こっちの世界でもラノベ書いたりしてるんかね?)

 

 

それはさておき、コホンと咳ばらいを一つした白斗が改めて向き直る。

 

 

「……だから、貴女にも偏見とかが付きまとっているかもしれない。 でも、俺は……貴女が悪い女神だなんてどうしても思えなかった。 それだけは……伝えたかった」

 

「……ふふっ、貴方……馬鹿ね。 それでお人好し」

 

「そうでしょうか? 案外、人殺しの悪人かも知れませんよ?」

 

「少なくとも、単なる悪人じゃないわ。 私にとっては、ね」

 

 

自分にとって致命的な秘密を握られたというのに、ブランは少しだけ心が軽くなった。

弱音を、本音を少し見せたからだろうか。

 

 

「……それで白斗、貴方が来ているということは他の女神達も来ているのね?」

 

「ええ。 先日の七賢人の破壊活動にルウィーが関与しているかもってノワール……ブラックハート様がカンカンでしてね」

 

「それでわざわざ抗議に来たってワケね」

 

「そういうことです。 ……俺はこれからこの情報を持って帰ります」

 

「……きっと、私は貴方を捕まえられないのでしょうね」

 

「まぁ、逃げることが取り柄ですし。 それにあなたが悪い人ではないとは言いましたが、全く責任が無いワケでもないとも思っていますので」

 

「ハッキリ言ってくれるのね」

 

「ま、そこは公私の分別付けないと」

 

 

つまり、女神の付き人たる白斗の立場としては今回の件は苦々しいと思っているが、個人の白斗としてはブランを悪く思っていないということだ。

単純な味方ではない。けれども、自分の事を理解しようとしてくれている人がいる―――それが孤独だったブランの心に、深く突き刺さった。

 

 

「……そうだブラン様、今回の手土産にこの紅茶とスコーンと……それからこの本を」

 

「これは……本? やたら古びているけど……」

 

「俺の大好きな物語、『女神と守護騎士』です。 面白い本なんで、是非読んでもらいたい」

 

 

紅茶やスコーンと共に渡された一冊の本。

それはこの世界に飛ばされても尚、白斗が後生大事にコートに仕舞い込んでいた本、『女神と守護騎士』という物語だった。

 

 

「え……い、いいの? 確かに興味惹かれるけど……」

 

「勿論。 ただ、勘違いしないで欲しいのはこの本は上げるんじゃなくて“貸す”だけです」

 

「貸す……?」

 

「そ。 貸したんだから、ちゃんと返してくださいよ? そして返すためにも……」

 

 

白斗は差し出した『女神と守護騎士』をブランの小さな手に握らせる。

そして優しく微笑むと。

 

 

 

 

「……お互い、今回の一件にケリ付けて……気軽に貸し借りできる関係でありたいですね」

 

「…………ええ、そうね……」

 

 

 

 

―――そんな彼の願いに、ブランは小さく頷いた。

 

 

「……紅茶や本のお礼よ、貴方の事は追わないわ。 抗議についても午後からなら時間が出来るから、その時に来なさい」

 

「ではありがたくそうさせてもらいます」

 

「……だが、私はこの国の守護女神なんだ。 謝りはしねぇし、尚更他国に舐められるワケにもいかねぇ。 来るなら、相応の覚悟をして来い」

 

「……ちゃんと伝えておきます」

 

 

白斗の思いも、ブランは感じてくれた。

一方で女神としての立場がそれを許さなかった。白斗に危害は加えないが、もしこの教会に女神が足を踏み入れれば、彼女達には相応の対応をする。

やはりか、と苦虫を嚙み潰したように渋面を作りながら白斗はその身を翻した。

 

 

「……それに……」

 

「それに?」

 

「……何でもねぇ。 いいからさっさと行きやがれ」

 

「分かりました。 あ、午後までにその本読んでおいてくださいよ」

 

「……分かったよ」

 

「良かった。 ……では」

 

 

今度こそ、白斗は出て行ってしまった。といっても扉からではなく、天井裏から。

ここまでの手際の良さから、きっと追手を出したとしても巻かれてしまうだろう。

尤もブランは約束を違える気など、全く無かったのだが。

 

 

 

「……プラネテューヌを倒したら、シェアも、あいつも……手に入るのかな……って何言ってんだ私はぁ!!?」

 

 

 

―――あの時、つい口に出さなくてよかった。

そう思わずにはいられないホワイトハート様でありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――やっぱりルウィーの仕業だったのね!!?」

 

 

それから小一時間後、宿屋にて。

早くも潜入活動から帰還した白斗の報告に、ノワールが吠えた。

因みに白斗の隣は、しっかりとネプテューヌとプルルートによって固められている。

 

 

「落ち着け。 確かに七賢人はルウィーとの接触があったが、ラステイションでの破壊活動を指示した訳じゃない」

 

「そんなの嘘に決まってるでしょ!! やっぱり何もかもあの幼女女神の……」

 

「ノワールちゃん~……? 少しは白くんの話を聞こうね~……?」

 

「あ、ハイ。 ス、スミマセンデシタ……」

 

 

暴走しがちなノワールの抑止力はプルルートが。

彼女が陰りを帯びながら微笑めば、恐怖が蘇りノワールは大人しくなってくれる。

 

 

「サンキュ、プルルート。 ……ただまぁ、抗議する必要はあるだろうが手荒な歓迎が待ってるかもよ。 どうする?」

 

「私は行くわよ。 今日をルウィー最後の日にしてやる!!!」

 

「あーもー、ノワールが危ない人になってるなぁ……。 仕方ないから私もついていくよ」

 

「ねぷちゃんとノワールちゃんが行くならあたしも~」

 

「なら、俺も一応ついていこう。 言っておくが、戦闘はあくまで最後の手段。 まずは交渉担当の俺が通す。 ……いいな? 特にノワール」

 

「分かってるってば」

 

 

そして午後からの抗議についてはやはり参加することになった女神達。

ほぼほぼノワールについていく形になるが、仕方がないと白斗も重い腰を上げた。可能ならば不要な戦闘は避けたいところ。

そのためにも舌も手も頭もフル回転させるつもりでいる。

 

 

「あ、お待ちになって。 私もよろしいかしら?」

 

 

と、ここで名乗りを上げる女性が一人。

 

 

「ベール、まだいたの?」

 

「いますわよ最初から……メタ発言はやめてくださいまし」

 

「すんません、この子メタ発言がトレードマークみたいなもので……。 それで、理由は?」

 

「いえ、これも後学のためですわ。 それに女神同士の会談を見られるなんて中々あるものでもありませんし。 勿論、手も口も一切出しませんから」

 

「……分かりました。 なら今回の情報提供のお礼という形で」

 

「ありがとうございます。 ふふ、白斗君は話が分かるお方で助かりますわ♪」

 

 

ベールもついていきたいと言い出したのだ。

明らかにノワールは目で「反対!」と言ってはいるものの、白斗は悩んだ末に同行の許可を出した。

これにはさすがのネプテューヌも首を傾げたらしく、白斗を引っ張って部屋の隅に連れ出す。

 

 

(白斗、いいの? ベールのことだから、なーんか裏があるっぽいけど)

 

(裏でコソコソされるより、近くに置いた方が安心できるかと思いまして)

 

(あ、なるほど)

 

 

物凄く納得できる理由だった。

あっと言う間に納得したネプテューヌは白斗を解放し、宿屋を後にする。

 

 

「さぁ、目指すはルウィーの教会よ!! 覚悟しなさい、ルウィーの女神!!」

 

(明らかに武力行使する気満々だな……はぁ、どうなることやら……)

 

 

完全に抗戦するつもりでいるノワールに、白斗だけではなくネプテューヌとプルルートも呆れ気味だ。

一抹の不安を抱えながら、寒さの残る街道を歩いていく。目指すは城のように荘厳に聳える建物、ルウィーの教会だ。

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、その天守閣から見下ろしている少女が一人。

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり来るかよ。 いいぜ、見せてやる……この世界にあるべき女神の力を。 どちらが不要で、どちらが必要とされているかをな……!」

 

 

 

 

 

 

 

言葉を強めながら、その少女―――否、女神は覚悟を決めたのだった。

激戦となる、覚悟を。




サブタイの元ネタ「突撃!隣の昼ご飯」

ということで今回はルウィーへ行くお話でした。
このままVSブランとのお話に行くには余りにも駆け足過ぎるんじゃないかなということでワンクッション入れることに。
そしてどちらかというと白斗がただただ被害を被ったお話でした。(
が、実はあいつも何だかんだで女装を楽しんでいるんじゃなかろうか。やはり業は深い。
余談ですが神次元のブランってノワール以上に孤独だったと思うのですよ。それをより深く描写出来ればなと思い、今回のお話に組み込んでみました。
因みにぼっちという表現は使いません。だってあれはノワールの専売特k(殴

さて、次回こそいよいよVSブラン。
黒と白の女神の激突が齎す、ルウィーの未来とは……。次回「白黒付ける時」、どうかお楽しみに!
感想ご意見、お待ちしております!!


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番外編その3 I'm happy to see you

突然ですが、番外編やります。
何故このタイミングでこのお話なのか。是非とも読んで、ご理解いただき、そして楽しんでいただければ幸いです。
因みに時系列に関しては考えるな、感じろ。それではどうぞ!


―――これは、白斗がゲイムギョウ界に来てかなりの月日が経った頃のお話である。

 

 

「ん……ふぁぁ~……ね~ぷぅ~……」

 

「おいおい、随分と眠そうだなネプテューヌ。 もう朝の九時だってのに」

 

 

このプラネテューヌの守護女神、ネプテューヌが眠そうに眼を擦っていた。

目の下に隈を張り付けており、明らかに寝不足である。

隣で書類を纏めていた異世界から来た少年―――黒原白斗も心配そうに顔を覗き込んだ。

 

 

「わひゃぁ!? ち、近いよ!?」

 

「こうしなきゃ良く見えないだろ。 ……つーかここんところ、常に寝不足だな。 夜更かしでもしてるのか?」

 

「んー……まぁ、そんなトコー……」

 

(夜更かししてまでゲーム……にしてはいつもと様子が違うような?)

 

 

ネプテューヌが夜更かしをすることは割と日常茶飯事だ。

大抵その内容はゲームか、深夜アニメかのどちらかである。

いつもなら夜更かしなど悪びれず、ゲームやアニメの内容を嬉々として語っているのだが。

思えば夜更かしの理由を尋ねても曖昧な返事しか来ないのも気掛かりだ。

 

 

「あ、お兄ちゃん。 おはよ……ふぁ…………」

 

「おう、ネプギア。 おはようさん……ってお前も夜更かししたのか?」

 

「んー……まぁ、そんなトコー……」

 

「姉妹揃って同じ返しを……」

 

 

そこへフラフラと現れたのは、この国の女神候補生にしてネプテューヌの妹ことネプギアだ。

不真面目なネプテューヌの妹とは思えないほど真面目で、とても素直な良い子なのだが、彼女も珍しく夜更かしをしたらしく、欠伸をしては目尻に涙を浮かべていた。

 

 

「ネプテューヌかユニに夜通しプレイでも誘われたのか?」

 

「ううん……それとは別件……」

 

(別件……にしては二人揃ってというのが腑に落ちんが……)

 

 

姉妹揃って何かしているのだろうか。だが、こんなところで嘘をつくようなネプギアではない。

夜更かし自体は認めているので、これ以上嘘のつきようもないのだが。

そんな二人は今にも落ちそうな意識を何とか保ちつつ、朝食を食べ終えると。

 

 

「ふぁぁ~……そろそろクエスト、行かなきゃ……」

 

「私も……付き合うよ、お姉ちゃん……」

 

「お、おい? ここ最近のお前達大丈夫か? ネプギアはともかく、ネプテューヌがここまでクエストに精を出すとは……」

 

 

そう、最近の二人はとにかく様子がおかしい。

ネプギアは真面目な子なので仕事の一環としてクエストはよく引き受けていたが、仕事嫌いで有名なネプテューヌすらもクエストに励んでいたのだ。

それが何日も続いているので白斗としては異常状態だと感じざるを得ない。

 

 

「とにかく、そんな疲れ切った体じゃ心配だ。 俺も一緒に……」

 

「ダメ! これは私の力でやらなきゃダメなの!」

 

「お姉ちゃんの言う通り! お兄ちゃんは家でパフェでも作ってくれたらそれでいいの!」

 

「相手を慮るようで割と図々しいお願いだな……。 別にいいけど……」

 

「それじゃー、よろしくねっ! 行こ、ネプギア!」

 

「うん! それじゃ行ってきます!」

 

 

朝食を食べ終えたことでようやくエンジンがある程度かかったらしい。

少々エネルギッシュにネプ姉妹はプラネタワーを飛び出していった。

 

 

「……イストワールさん、何なんですかアレ」

 

「さぁ、何でしょうね」

 

 

同じく朝食を食べ終えたイストワールに訊ねるも、彼女は知らぬ存ぜぬと返す。

のだがどこか含み笑いをしており、事情は知っている模様だ。

 

 

「あ、そうです。 白斗さん、明日ですけれど何か予定は?」

 

「いえ、今のところは特にありませんけど」

 

「そうでしたか。 もし予定が入っていれば教祖権限でそれらをキャンセルさせなければならないところでした」

 

「ちょっと教祖様? 職権乱用はよろしくないと思うんですけど?」

 

 

いつになく強引なイストワールだ。

清楚な微笑みを浮かべている分、迫力があるからタチが悪い。

そんな彼女の謎の迫力に気圧されつつも、とりあえず手が空いていることを伝えるとイストワールも一安心したかのように頷いた。

 

 

「それで、何かお仕事ですか?」

 

「ええ。 と言ってもモデルのお仕事です。 色んな服を着ての写真集を出したいと」

 

「モデル!? 写真集!? ちょ、なんで俺なんかが!?」

 

 

大袈裟なまでに白斗は飛びのいた。

あがり症という程ではないが、それでも白斗はモデルのような人前に姿を晒すことをどちらかといえば好まない。

そもそもネプテューヌ達女神様ならアイドルのような存在として取材を受けたり、写真集を出したり、特番を組んでのテレビ出演も多々あるが、白斗はあくまで立場上は女神様達の一部下でしかないはずだが。

 

 

「何を仰ってるんですか。 ツネミさんや5pb.さんのライブに出演したり、以前行った映画撮影にその後の活躍もあったりと……知名度が無いワケがないでしょう」

 

「う……で、でもライブは時たまだし、本職じゃないし……」

 

「それを言い出すならネプテューヌさん達もです。 とにかく、これもネプテューヌさん達のためだと思ってお願いしますね」

 

「うぐ……! それを言われると弱いんですよ俺……」

 

 

ネプテューヌ達のため、それは女神に尽くす白斗にとって絶対の力を持つ言葉だった。

無論、明らかに騙そうとしている魂胆なら白斗は持ち前の勘でそれを見抜き、断るか逆に騙そうとした相手を懲らしめるのだが相手はイストワール。

信頼している相手から、説得力のある説明をされては断れるはずもなく引き受けてしまうののだった。

 

 

「お願いしますね。 それと今日の午後入っていた打ち合わせの件ですが、先方の都合でキャンセルになりましたので白斗さんは午後から上がってくださって大丈夫ですよ」

 

「そうなんですか? でも暇ですし、何かあれば手伝いますよ」

 

「最近の白斗さんは働き詰めです。 たまにはゆっくり羽を伸ばしてください」

 

「……分かりました。 なら、お言葉に甘えて」

 

 

少々腑に落ちなかったが、ここで意地を張ろうとするとイストワールが怒ってくるのだ。

ならばここは素直に引き下がるのが得策。

さて、これでも手際は良い白斗。与えられた書類仕事も片付け、ネプ姉妹の要望通りパフェの下拵えも終わらせば、本格的に暇を持て余してしまう。

 

 

「はーあ。 どうするかねぇ……」

 

 

こういう時、白斗は時間の使い方が分からない。

元の世界では幼少期より姉の世話を強要され、成長するにつれ傲慢な父親に姉と自分の心臓を人質にされたことで様々な命令を強いられてきた。

そして、この世界では―――もちろん、白斗自身が望んでだが―――自分を救ってくれた大切な女の子達のために生きている。

そう、この男の人生は徹頭徹尾「他人のために生きてきた」と言っても過言ではないのだ。

そんな白斗が急に一人で過ごせと言われても、時間の使い方など思いつくはずもなかった。

 

 

「……誰かと遊ぶか。 そうだな、アイエフやコンパなら今日は仕事無いって言ってたし、誘えば来てくれるかな」

 

 

一人で遊ぶという発想が出ない以上、身近にいる誰かと過ごすことにした。

まずプラネテューヌにいる仲の良い人物、と聞いて真っ先に思い浮かんだアイエフとコンパ。

電話を掛ければ、すぐに出てくれた。

 

 

『もしもし、白斗どうしたの?』

 

「おう。 実は俺、午後から暇になったんだ。 で、アイエフやコンパの都合が良ければどこか遊びにでも行かないかって思ってさ」

 

『ありがとう。 でもごめんなさい、私達は逆にちょっと用事が出来ちゃったのよ』

 

「達、ってことはコンパもか。 悪いな、邪魔して」

 

『いいわよ。 また誘ってね、それじゃ!』

 

「おーう。 ……はぁ、二人がダメとなると……ベール姉さんとネトゲでもするか。 この時間帯なら多分、いつも通りゲームしてるだろうし」

 

 

アイエフやコンパは比較的、白斗からの誘いに乗ってくれることが多いのだが今回は空振りに終わった。

ならばとこの世界における白斗の姉さんことリーンボックスの女神、ベールに声を掛けることに。

普段はベールの方からネトゲの誘いが多いので、こちらから誘えばほぼ確実に付き合ってくれるだろう。そう踏んで連絡してみることに。

 

 

『もしもし白ちゃん? どうされましたか?』

 

「ん? その声色……女神化してるの?」

 

『よくお分かりになりましたね。 実は今、クエストの最中でして』

 

「そっちもか。 いや、午後から暇になるからネトゲに誘おうとしたんだけど……都合悪いならまた日を改めるよ」

 

『ごめんなさい、そうしてくれると助かりますわ』

 

「いいって、それじゃ。 ……はぁー、姉さんもダメ……ツネミや5pb.はライブやってるって言ってたしなぁ……」

 

 

ベールに電話を掛けてみたものの、どうやら彼女も仕事中らしい。

仕事に勝るものなし、白斗も強引に誘うこともなく会話を打ち切った。

彼女もダメとなると、プラネテューヌやリーンボックス方面での知人は全滅だ。

 

 

「ぬ、ぬぬぬ……! こうなりゃヤケだ!! 誰か一人くらいはツモれるだろ!!」

 

 

何故か意地になってしまった白斗は携帯電話を取り出し、知人に片っ端から連絡してみることにした。

下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、そんな言葉を信じての行動だったが。

 

 

「ブラン? 午後から時間あったりする?」

 

『……ごめんなさい白斗……今、追い込まれてるのよ……』

 

「うお!? 地獄のように低い声!?」

 

『徹夜しててね……。 後……後もう少しで……』

 

「す、すまんかった!! んじゃ……」

 

『一応言っておくけど、ロムとラムもダメよ。 あの二人も大切な用事があるから』

 

「おうふ! さ、先回り……」

 

『それ、じゃ…………ガクッ』

 

「ぶ、ブラン!? 起きろブラン!! 寝るならせめてベッドに……ああもう! ミナさんに連絡して寝かせてもらわないと!」

 

 

こんなひと騒動があったものの、ルウィー方面は全滅。

落胆と疲れも隠せず、それでも白斗は次なる知人に連絡を取ってみる。次に選ばれたのはラステイション方面。その国の女神候補生こと、ユニだった。

 

 

『白兄ぃ? 何か用事? 悪いけどこれからネプギアとクエストに行かないといけないから、手短にしてもらえると助けるんだけど』

 

「あ、ネプギアと一緒の予定だったのか……。 悪い、ならいいや」

 

『そう? それじゃまたね』

 

「ああ、それじゃ……。 むむむ……なら次はノワールだ! 仕事中だろうけど、いつもみたいに手伝いって言えば……」

 

 

ユニも会えなく却下。となれば彼女の姉にしてラステイションの女神、ノワール。

彼女は最も仕事に真面目な女神であるため遊びの誘いは中々受けてくれないが、白斗が手伝うと言えば何だかんだで許可してくれるのだ。

今回もその手で乗り込もうと思ったのだが。

 

 

『もしもし白斗!? ごめんなさい、仕事の手伝いだったら来なくていいわよ!』

 

「だからなんで先読みしてんの!?」

 

『イストワールから連絡があったのよ。 白斗が暇になるからそっちに行くかも知れないって』

 

「グググ……!」

 

『とにかく折角のお休みに仕事なんかさせられないわ。 私のことなら大丈夫だから、白斗は自分の時間を大切にしなさい。 それじゃっ!!』

 

「あ、ああ……。 お、おのれ……こっちもダメか……」

 

 

こうしてこのゲイムギョウ界が誇る四ヶ国は全滅となった。

残る知人はどこにも属していない女の子達となるのだが。

 

 

「よぉマーベラス。 もし良かったらだが午後から……」

 

『ご、ごめんね白斗君!! 私、今手が離せないの!』

 

「……さいですか。 な、ならプルルート……」

 

『おかけになった電話の相手は、現在お昼寝中です。 御用の方は日を改めて……』

 

「留守電まで徹底してんのかよ!? つーか日改めるとか長すぎるだろお昼寝!?」

 

 

あらゆる相手に掛けてみたものの、無しの礫。

結局この日は一人で過ごす羽目になった。

 

 

「……なーんか皆、最近付き合い悪いな。 いや、偶然なんだろうけどさ……」

 

 

そう。ここ最近の彼の知人たちは皆、時間が合わなかったり、予定が入っていたりと白斗と行動を共にすることが少なかったのである。

皆事情があると頭では理解しても、やはり心では寂しいと感じる白斗だった。

 

 

(こういう時は大抵サプライズパーティーが定番……でも俺、誕生日が近いワケでもないし)

 

 

ゲームや漫画等を通じて、そういう「お約束」があるのは理解できた。

だが白斗の誕生日が近日にあるわけでもない。故にここまで引き離される理由が全く思い浮かばなかった。

そして考えれば考えるほど、纏まらずに逆に調子を崩していくような気さえしてくる。

 

 

「……ゲーセンにでも行くか」

 

 

これ以上悩んでも仕方がないので、一人でプラネテューヌの街を歩くことにした。

プラネテューヌは今日も相変わらず晴天で、平和そのもの。街行く人たちもいつも通りの日常を、いつも通りに過ごしている。

だからこそ、一人悶々としている白斗は浮いているような感覚を覚えていた。

 

 

(……いつもだったらネプテューヌやネプギア……いや、誰かが隣にいてくれてるのに……)

 

 

ふと、寒ささえ感じる自分の隣を見た。

いつもならば誰か(主にネプテューヌ)が傍にいてくれた。遊びにせよ、仕事にせよ。彼女達に引っ張られたり、逆にこちらが連れて行ったり。

表面上は呆れていても、内心は嬉しかった。けれども今、それが無い。

 

 

(……何考えてんだろうな俺は。 別に蔑ろにされてるわけでもないし、夜になればまた会えるっていうのに……)

 

 

寂しさを自覚したのは確かについ最近のことだが、それでも白斗と少女達の仲が悪くなったわけでないことはよく分かっているつもりだ。

夜になれば皆で食卓を囲み、楽しく談笑もする。その瞬間、白斗の心は確かに安らいでいる。

 

 

「……あれこれ考えても仕方ない、か。 今日は憂さ晴らしにゲーセンの記録を塗り替えてやるとしますかね」

 

 

そうこうしているうちにゲームセンターの前へと来てしまった。

正直気乗りはしなかったが、引き返したところで無聊を囲うだけ。ならば少しでも気を紛らわせたいという一心で自動ドアを潜り抜ける。

 

 

 

 

 

 

―――その後、白斗は割と好調なスコアを叩き出して周りの注目を集めた。

のだが、ちっとも心に響かなかった上に―――まったく楽しくなかった。

 

 

「……もうこんな時間か。 そろそろ帰るか……ん? 着信……イストワールさんからだ」

 

 

震える携帯電話を取り、相手を確かめると表示されたのはこの国の教祖様。

彼女自ら連絡を掛けてくる時は重要な案件であることが多い。

先程までの鬱屈とした表情も消え、真剣さを帯びた表情で通話に出る。

 

 

「もしもし、イストワールさんどうされましたか?」

 

『ああ、白斗さんすみません。 晩御飯なんですけど外で食べてきてもらえないでしょうか?』

 

「え? 別に構いませんけど……どうしたんですか?」

 

『……その、ネプテューヌさんがお料理してたんですけど……鍋は焦げ、フライパンは文字通りひっくり返り、レンジは爆発……』

 

「本当に何があったっ!!?」

 

 

何があったかと思えば外食してきて欲しいという要請だった。

少々肩透かしを食らったが、一応理由を尋ねると想像を絶する惨状になっていたらしい。

しかもその原因がネプテューヌにあるというから更に驚きだ。

 

 

「何故そんな大惨事に……あいつ、そんな料理下手じゃないはずなのに……」

 

『それが連日の無理が祟って疲れがたまっていた様子で……』

 

「注意力散漫になってミス連発、と。 片付けなら俺も……」

 

『それはこちらで何とかしますから! 白斗さんは外食してきてください!』

 

「おわっ!? わ、分かりました……」

 

 

凄い剣幕で却下され、頷かざるを得ない。

勢いのまま通話を切ってしまった白斗だが、携帯電話から漏れ出る通話終了の効果音にまた寂しさがぶり返してしまう。

 

 

「……晩飯まで一人、かぁ。 ハァ……相当毒されてるなぁ、俺」

 

 

この世界に来るまで、寧ろ一人が当たり前であったはずなのに。

誰かから命令を与えれて、誰かのために生き、誰かのために死ぬことを強要されても彼の心は孤独そのものだった。

けれども、このゲイムギョウ業界に来てからそれは変わった。女神達に救われ、女神達と触れ合う内に白斗の心は孤独ではなくなった。

それが白斗にとって何よりも幸せで―――だからこそ、今の白斗には堪えるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

「マスタ~ぁ……マンハッタン、もう一杯~……」

 

「おい坊主、ただでさえ未成年飲酒を咎めないでやってるってのにまだ飲む気か……しかも強ェのを……」

 

「浴びるほど飲みてェ時だってあるんだよぉ……ヒック」

 

「ったく、仕方ねェな……俺も付き合ってやるよ。 愚痴聞き上手のお前ェでも、愚痴りたい時くらいあるだろうしな」

 

「ありがとぉますたぁ~……」

 

「ハァ、もう呂律も回ってねェ……いよいよヤベェなコレは」

 

 

 

 

 

 

―――その後、ヤケ酒してきた白斗の帰りは日付を優に超えており、さすがにイストワールからしっかりと怒られたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――次の日、白斗の気分は色々な意味で最悪だった。

 

 

「うぇ~……俺としたことが寝過ごしちまうとは……」

 

 

いつもなら早起きする白斗だが、昨日の深酒が祟って二日酔いとなってしまい、珍しく遅起きとなった。

脳内が鈍痛で響いている上、少し平衡感覚も崩れており、何よりも昨日は酒に頼っても寂しさが解消されることなど無かった。

それに加えて―――。

 

 

「……起きてみたら誰もいないんだもんなぁ。 メシは用意してくれてるけど」

 

 

いつもならば騒がしい食卓も、誰もいないということでガランとしてた。

机の上にはコンパお手製らしい、朝食がラップされていた上で置かれていた。しかも胃の消化に優しいおかゆである。

手紙も添えられており、柔らかくも丁寧な字で書かれていた。これはコンパの文字である。

 

 

『白斗さんへ 

 

おかゆを作ったので食べて欲しいです! 

これに懲りてもうお酒なんて飲んじゃダメですよ? 

それから今日は皆用事があるので不在になるです。

白斗さんもモデルのお仕事、頑張ってくださいです!

 

―――コンパより』

 

 

「……ありがとな、コンパ」

 

 

ちゃんと自分の事を想ってくれている。

それはこのコンパの手紙で感じることが出来た。少し心が軽くなった白斗はコンパお手製のおかゆを一粒残さず食し、片付けも綺麗に済ませた。

二日酔いの薬を飲んで、少し寝れば体調自体は幾分か回復する。

 

 

「……さて、昼飯は外で食って……それからお仕事に行きますかねっと」

 

 

起き上がればいい頃合い。

のっそりと起き上がった白斗は自身の体調を確認した上で外に出た。

プラネテューヌの街並みは昨日と何も変わらず、至って平和で、至って呑気だ。

けれどもこんな平和を作り上げているのは女神様―――それもネプテューヌなのだから、頭が下がる思いである。

 

 

(俺の世界じゃ、こんなに呑気な所なんて少なかったしなぁ……)

 

 

血生臭い世界に身を置いてきた白斗だからこそ分かる、平和の尊さ。

それを改めて実感しながらハンバーガーショップで軽く昼食を取った。因みに白斗の最近の拘りはベーコンなのだとか。

サクッと食べ終え、取材と撮影のために指定された場所に向かう。そこは、プラネテューヌで最も売れている週刊誌を出す会社のビルである。

 

 

「ようこそお出でくださいました、黒原白斗さん!」

 

「本日は取材を引き受けてくださり、感謝の極みです!」

 

 

出迎えてくれたのは二人の少女。

一人は金髪のポニーテール、ハーフパンツ、何より腰に提げている謎の人形が特徴的だ。

もう一人の少女は橙色のポニーテールで、王冠のような髪留めやスカートと相方と対照的になっている。

 

 

「どうも、こちらこそよろしくお願いします。 それで、貴女達が取材するんですか?」

 

「そうです! あ、申し遅れました! 私、デンゲキコといいます!」

 

「私はファミ通! 新進気鋭、今一番ホットなジャーナリストです!」

 

 

どちらも元気かつ爽やか、そして礼儀を弁えつつも快活さもある挨拶。

白斗はどちらかといえばマスコミ嫌いではある方だが、彼女達にはまだ好感が持てた。

―――のだが、デンゲキコとなる少女が突然ピクリと眉を持ち上げたかと思うと。

 

 

「むむ……? ちょーっとファミ通さん? ジャーナリストのクセに嘘は良くないと思うのですが?」

 

「嘘? 何のことかな? ジャーナリストとして真実を常に伝えているんだけど?」

 

「“今一番ホットなジャーナリスト”……? それは私のことです、今すぐ訂正してください」

 

「嘘でも何でもない、燦然たる事実だよ? ……ああ、デンゲキコさんの場合はアレかな? 炎上するジャーナリストという意味だったら一番ホットかも」

 

「……ふふ、抜かしてくれますね……。 今回の白斗さん特集も私が目を付けたところなのに、貴女は姑息に割り込んできただけですものね?」

 

「違うよ。 デンゲキコさんがインタビューだけ、なんて地味な発想するからそこに写真撮影っていう彩りを持たせてあげたんだよ。 着眼点はいいんだけどね」

 

(……え、何この空気。 この二人、険悪……っつーよりライバル関係なの?)

 

 

ピリピリとし始める二人の空気に白斗も目を白黒させる。

どうやら二人は所謂ライバル関係であるらしく、相容れない雰囲気を醸し出していた。

お互いを憎み合っているワケではなく、あくまで「良き好敵手」という関係なのがまだ救いか。

 

 

「……あ! すみません白斗さん、お待たせしてしまって! ファミ通さんが変なことを言いだすから……」

 

「いやいや、デンゲキコさんが変な言いがかりをつけるのが……」

 

「……お邪魔でしたら帰りましょうか、俺?」

 

「「すみませんでしたっ!!」」

 

 

また言い争いを始めそうになるので少しだけ声色を低くすると、二人がビクリを跳ねあがった。

それだけの迫力があったということだが、二人にはいい抑止力となったようでコホンと咳ばらいをする。

 

 

「では改めまして、私デンゲキコが白斗さんへのインタビューを担当させていただきます」

 

「私は撮影担当だよ! お任せください、ジャーナリストですので」

 

「はぁ……では、お願いします……」

 

 

悪い子達ではない、のだが彼女達で大丈夫なのだろうかと不安になってきた。

正直イストワールからの依頼と言えど、安易に引き受けてしまったのは失敗だった気がする。

不安を拭い去れないまま、白斗はデンゲキコとファミ通の案内の下、日当たりのよい部屋へと通された。

 

 

「では初めに! 白斗さんを一躍有名にした事件と言えばツネミさんの新たな門出を祝うライブでの飛び入り参加! お噂ではツネミさんの新事務所設立やライブ手配、果ては悪徳プロデューサーを追い詰めた件にも関与しているとか……」

 

(あー、アレかぁ……。 アレはツネミにとっちゃ嫌な事件だからな、無論真実を大っぴらにするつもりはないし、このデンゲキコという子……確信を得ているフリしてカマかけてるな)

 

 

精々お応えできるのはライブ関係についてだ。

ツネミを傷つけた悪徳プロデューサーの件は触れない方向で答えることに。世間一般では、ツネミとそのプロデューサーの件は無関係ということになっている。

これ以上彼女にあらぬ誤解を与えたくないと表向きは爽やかかつ簡素に答えていく。

 

 

「パシャリ! 白斗さん、もーちょっと笑顔が欲しいのでお願いね!」

 

「え、笑顔って自然と意識すると難しいんだけど……こ、こうですかっ?」

 

「うーん、それはお茶の間にお見せ出来ない笑顔だねぇ……」

 

「そんなに酷いの!?」

 

 

自然に笑顔と言われても、意識すると案外難しいものだ。

どちらかと言えば気難しい案件を担当したり、ネプテューヌ達のためならば命懸けの行動をすることも多い白斗。

故に笑顔を自然と浮かべるのは、彼にとって結構な難題だった。

 

 

「……そうだ! これは取材とは関係ないお話になりますが、女神様達とは結構仲がよろしいそうですね? 今回もイストワール様を通じてでしたが、教祖様とも親交があるとか」

 

「仲がいい……というよりも、向こうが絡んできているだけですけどね」

 

「ほうほう。 なら、できれば女神様との馴れ初めをお聞きしたいなーと。 無論、メモには取りませんから!」

 

「レコーダーには録ってるんでしょ? お答えしません。 ファミ通さんもですよ」

 

「「はぅ!!?」」

 

 

ポケットにレコーダーを忍ばせる、なんて子供騙しな手法は白斗には通じない。

だがバレていると思わなかった二人の少女はビクリと肩を震わせた。

 

 

「ご、ごめんなさい白斗さん! ホラ、この通りレコーダーのスイッチ切ったから……」

 

「ファミ通さん、靴底に隠した盗聴器もお忘れなく。 まぁ、答えませんけど」

 

(なんでバレてるのっ!!?)

 

(―――って顔してんなぁ。 悪いね、職業柄そう言ったモンの気配には敏感になっててな)

 

 

暗殺者として、父親のボディーガードをやらされた身として、そして女神様の身辺を守る者として。

身近に仕掛けられた罠や盗聴器、盗撮カメラの存在を見逃すことは無かった。

現に最近でもそう言った“悪意ある行為”は続いているので、白斗が見つけては逐一除去している。

 

 

「うぐぐ……白斗さん、やり手ですね……! これは逆にジャーナリスト魂が燃えてきましたよ!」

 

「燃やすのはご自分の記事だけにしてくださいね」

 

「私の記事は炎上させませんからっ!! そ、それじゃ今度は女神様についてお聞きしてもいいでしょうか?」

 

(方向性を変えてきたか。 ボロを出さないようにしなきゃな)

 

 

謎のやる気を燃やしながらデンゲキコが問いかけてくる。

白斗自身の事は話さないとなると、彼と近しい女神達の方面から斬り込んでいく作戦だろうか。

表面上は笑顔を浮かべている白斗だが、自分の話は勿論、女神様にマイナスイメージを与えるような話だけは避けねばと気を引き締める。

 

 

「実は私達、これでもネプテューヌ様達とは親交がありましてね。 時たまですけど、取材もさせてもらっているんです」

 

「へぇ、そうなんですか」

 

(お、少し食いつきが良くなりましたね! やはり何だかんだ、女神様の事を大切に想っているのは覆せませんね!)

 

 

白斗自身は普通にしているつもりだが、ネプテューヌ達との仲の良さを上げれば白斗の声色や表情も少し好意的なものに変わった。

無論、デンゲキコやファミ通は俗にいう悪徳ジャーナリストではないので友好関係を悪用するつもりは無かったが、このチャンスを逃すわけにはいかない。

 

 

「うん! この前もクエストの様子を取材させてもらったんだよ! あ、デンゲキコさんが四女神様の担当で」

 

「ファミ通さんが女神候補生の担当でしたね。 いやー、あれは良い記事になりますよ!」

 

「クエスト……最近の話ですか?」

 

「そうだよ! あ、特別についこの間出来た初稿を見せてあげるね! 勿論タダで!」

 

「……タダより高いものは無いと言いますが」 

 

「今回、私達の言い争いを目撃させてしまって不愉快な思いをさせちゃったからね! そのお詫びという形でどうかな?」

 

「落としどころを探すのは上手いですね、んじゃそう言うことなら」

 

 

白斗も納得できる理由付けだった。交渉術の上手さはさすがジャーナリストと言うべきだろうか。

さてファミ通に見せ貰った記事だが、女神特集だけあってカラーかつ大々的に特集しており文章や写真、どちらをとっても女神様の魅力がこれでもかと詰め込まれていた。

凛々しく戦うネプテューヌら女神達や、ネプギア達女神候補生らが描かれている。ただ―――。

 

 

「……あいつら、無理してるなコレ……」

 

「え? 私が見た時は結構エネルギッシュでしたが」

 

「それが問題。 普段、皆が戦う時は少し余裕があるっていうか……そうだ。 笑顔を見せてるんですよ」

 

「……あー。 確かにその時の女神様は効率重視っていうか……とにかくスピーディーでしたね」

 

「女神候補生達も同じかな。 その時は、候補生だから焦ってるのかなーって思ってたけど」

 

 

記事の出来栄えとしては、確かに女神の偉大さを見せつけるには十分すぎるだろう。

ただ、白斗の知るいつもの女神達とは少し違っていた。

それが彼にとっては、尚更心配の種となってしまう。

 

 

(……最近皆の付き合いが悪いことと関係があるのか? でも、他国は兎も角ネプテューヌはシェアなんてそっちのけだったし……)

 

「……白斗さん? 何か心当たりでも?」

 

「いえ、お気になさらず」

 

「そう? だったら、普段の女神様達の様子を教えて欲しいな。 言っておくけど、これはガチで取材抜き! 私達も、女神様の事は心配になっちゃうんだよ」

 

 

ファミ通だけではない。デンゲキコも同じ眼差しだ。

親友とまでは行かないかもしれない。けれども彼女達もゲイムギョウ界の一員にして女神達の為人を知る者達。

純粋に女神の事を敬愛している以上、彼女達に関する情報は彼女達のために使いたい。

―――白斗は知っている。その目は、自分と同じだったから。だから、離すことにした。

 

 

「……そう、ですね。 まずノワールは四女神の中で一番真面目で、でもそれ故に一番大変な子でして……だから、何事にも全力で取り組む姿が凄いって言うか……綺麗っていうか」

 

「ほうほう、それではユニちゃんは?」

 

「ユニはノワール以上の努力家で、どんな失敗も最終的に乗り越えて行ける強さがある子です。 で、それを達成すると大はしゃぎして……でもそれが可愛いんですよね」

 

 

自慢ではないが、恐らく白斗は一般人の分際でありながら女神様の一番傍にいる少年である。

だからこそ、彼女達の偽らる姿と本当の魅力を誰よりも知っているつもりだった。

 

 

「ブランは静かだけど、キレると手が付けられないんですよね。 でもそれがまた“らしい”って感じで……何より、そんな彼女だからこそロムちゃんやラムちゃんを凄く愛していて。 二人もそんなお姉ちゃんが大好きで……姉妹っていいなっていつも思わせられます」

 

 

人前で見せない姿を、白斗は伝えていく。

ありのままに、偽りなく、良い所も、悪い所も。それが何一つ欠けてはならない、大切な人達の魅力だから。

 

 

「はぇ~……それじゃ、ベール様は?」

 

「いつもゲーム三昧のマイペースなお方。 だけど、包容力は誰よりもあって、いつも頼ってばかりになって……だから支えたくなる人、かな」

 

「おぉ……ベール様のゲーム好きは知ってましたが、なんていうか意外な一面と、やっぱりなって思う一面……いいですねぇ!」

 

 

そんな人たちの姿を知る度、デンゲキコとファミ通は感激すら覚えた。

女神様と聞いて、やはり一線を引きたがる人もいる。けれども、本質的には一般人のそれとは変わらないのかもしれない。でもやはり、女神たる力を誰もが持っている。

だから、そんな彼女達の女神たる一面を知ることが出来て純粋に嬉しいのだ。

 

 

「それじゃ次プラネテューヌ! ネプギアちゃんは?」

 

「ネプギアはまさに見た目通りの素直な良い子です。 それ以上でもないけど、それ以下でもない。 だから、あの子はその人柄でこの国を導いていける女神様になれるって信じてます」

 

「では最後、ネプテューヌ様は?」

 

「ネプテューヌは……」

 

 

そして最後の一人、ネプテューヌ。

この世界に来て、うっすらと覚えている程度だが。白斗にとって彼女は初めてゲイムギョウ界で出会った一人。

白斗を受け止めてくれて、自分の教会に連れてきてくれて、そして自分に笑顔を見せてくれた人。

そんな彼女に、白斗は。

 

 

「……お気楽で、サボり三昧のゲーム三昧で、誰よりも駄女神」

 

「ええっ!? ここに来て辛辣!?」

 

「―――でも」

 

 

頬杖を付きながらも、白斗は愛おしそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

「誰よりも優しくて、誰よりも元気で、誰よりも好きになれる……まさに女神様、ですね」

 

 

 

 

 

―――その自然と出た笑顔に、一瞬時が止まった。

少なくとも、ファミ通とデンゲキコはそう感じた。しかし、すぐに我に返ったファミ通は、この“チャンス”を逃しはしない。

 

 

「パシャリ! ―――白斗さん、今の笑顔……凄く素敵だったよ!」

 

「え? そ、そうですか?」

 

「はい! ふふ、女神様の話をしている時の白斗さんは幸せそうでしたねぇ!」

 

「うぐッ……!!?」

 

 

急に体中の血液が熱くなっていくのを白斗は感じた。

まさかこんな方向で墓穴を掘ることになろうとは。慌てて白斗は目を逸らす。

 

 

(まぁ、それは女神様にとっても同じでしたけど☆)

 

(そうだねぇ。 白斗さんの話を振ると、女神様達イキイキしてたからね)

 

 

何となくだが、二人は察した。

女神達と白斗の本当の関係性を。でも、それを記事にするほど二人は野暮でも何でも無かった。

 

 

「さ! 白斗さんのギアが入った所で取材再開です!」

 

「根掘り葉掘り、あること無いこと書いちゃうよ~!」

 

「やっぱり一度燃えた方がいいんじゃないでしょうかねぇ。 このビルごと」

 

「ご心配無用! 爆破させられるのはバンブー書房だけで十分ですので!」

 

 

―――こうして白斗に再び質問攻めと写真撮影の同時進行が行われることになった。

けれども、女神の話を振られた時の白斗は、とても楽しそうにしていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから日は沈み、午後7時前。

 

 

「いやー、今日はありがとうございました! お陰様で白斗さんの特集記事、バッチリです!」

 

「今更ですけど俺みたいなパンピーで売れるんですかね?」

 

「最早白斗さんはパンピーじゃないんだってば! いい加減自覚しなよ!」

 

「ぜ、善処します……」

 

 

デンゲキコとファミ通の二人に見送られている白斗がいた。

見送りはいらないと言ったのだが、「無理な取材に付き合わせたので」と言って聞かなかった。

律義さと強引さが織り交ざった、二人の性格が良く表れている。

で、どこまで着いてくるのかと言うと―――。

 

 

「おお、着きました! プラネタワー!」

 

「けど、何だか少し寂しい感じだね? 何でだろ?」

 

「多分、ネプテューヌ達がいないからでしょ」

 

 

白斗は居住スペースを見上げた。

普段は例え日付が変わろうともワイワイ騒いで、明かりがともっているリビングルーム。だがその部屋の電気は落ちている。人気がない証拠だ。

 

 

「そうですか。 では我々はこの辺で!」

 

「白斗さん、またすぐに会いましょうね」

 

「はいはい。 それじゃ、お疲れ様でした」

 

「「お疲れ様でした!」」

 

 

二人の挨拶を受けながら、白斗はプラネタワーの中へと歩いていく。

教会職員や警備兵は勿論いる。けれども、今傍にいて欲しい女神達は―――いない。

 

 

「……何日続くんだろうな、こんな状況」

 

 

エレベーターの中、ふと息を付く。

一体いつからこんな状況になったのだろう。一体いつから耐えられなくなったのだろう。

そんな自分の心の弱さを嘆いている。

 

 

(情けねぇな……皆に会いたくて会いたくて、仕方ないなんて……まるで中毒じゃねーの、俺)

 

 

そして部屋の前へと辿り着いた。

誰もいないなら、挨拶も不要だろう。現にドアの隙間から光は漏れ出ず、冷たい闇が見えている。

はぁ、とまた溜め息を付きながら白斗はドアを開き―――。

 

 

 

 

 

 

パンパン!! パァ―――――――――ン!!!

 

 

 

 

「うおわあああああぁぁぁぁっ!!?」

 

 

 

 

突然、火薬が弾けたような音が聞こえ、白斗は思わず腰を抜かしてしまった。

けれども数秒遅れて襲ってきたのは鉛玉―――ではなく、色とりどりのカラーテープと紙吹雪。

そして―――。

 

 

 

『『『『『白斗! お帰りなさ――――い!!!』』』』』

 

「……へ? み、みんな……?」

 

 

 

温かな、“みんな”の声だった。

そう、ネプテューヌ達四女神やネプギア達女神候補生、それだけではなくイストワールを初めとした各国の教祖達、アイエフやコンパ、ツネミと5pb.、マーベラス達、異空の旅人。

更には、プルルートとピーシェの姿までもが。そう、そこにいたのは白斗の愛する人たち全員なのだ。

 

 

「も~。 白くん遅いよぉ~」

 

「おにーちゃんおそいっ! ぴぃ、ぱーてぃーしたくてまちきれないっ!!」

 

「ぱ、ぱーてぃー……?」

 

「そうだよっ! 白斗をお祝いするためのパーティーなんだから! さ、入って入って!!」

 

「お、おい!!?」

 

 

未だ腰を抜かして、現状を把握しきれない白斗。

そんな彼に痺れを切らしたネプテューヌとプルルートが手を引いて無理矢理立ち上がらせ、中へと連れ込む。

リビングルームは煌びやかそう装飾が施されており、更には数々の眩しい料理が所狭しと並べられていた。

 

 

「どう? 私達の本気のデコレーションと料理よ!!」

 

「ええ。 白斗を祝うためのパーティー……私達の全力を尽くしたわ」

 

「白ちゃん、今日は心行くまで堪能してくださいまし!」

 

 

ノワール、ブラン、ベールら女神様も得意げな顔を隠そうともしなかった。

眩しいばかりまでの笑顔だが、未だに白斗は腑に落ちない。

今まで素っ気ない―――というよりも、何かをしていたのはまさにこのパーティーのための準備なのだろう。

だが、白斗にはここまで祝われる理由が分からなかった。

 

 

「あの、皆……。 お祝いって、俺……今日、誕生日でも何でもないんだけど……」

 

「え? お兄ちゃん、理由分かってないの?」

 

「あ、ああ……」

 

「白兄ぃにしてはニブいわね。 ちょっと考えればわかるでしょ?」

 

「ならクイズよ! お兄ちゃんにもんだーい!」

 

「今日は、何の日でしょう?(はてな)」

 

 

女神候補生達が一斉にこちらを見つめてくる。

これだけ本気の準備をしてくれたということは、白斗にとっても彼女達にとっても大切な日なのだろう。

しかし、考えても誕生日以上の理由が分からない。これには呆れたような視線を送るアイエフとコンパだった。

 

 

「白斗、本当に分からないの? 相変わらず自分の事には疎いわね」

 

「あ、ああ……本当にサッパリ……」

 

「でも、白斗さんあの時気絶してたから仕方ないかもです」

 

「気絶? 益々分からんぞ……!?」

 

 

これまで無茶をしてきた白斗にとって、気絶することは多々あった。

だからこそ分からなくなる。一体いつ気絶したら、記念日になるのだろうか。

 

 

「やれやれ、これは正解を発表するしかないですなー」

 

「だね。 ネプちゃん、答えをどーぞ!」

 

 

痺れを切らしたらしい、ネプテューヌが肩を竦めながらも答えを言ってくれることに。

マーベラスがドラムロールを鳴らす中、彼女は満面の笑顔を浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正解はね……白斗が初めて、この世界にやってきた日だよ!!!」

 

「……あ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――思わず、カレンダーを見た。

そう、白斗がこのゲイムギョウ界に来て随分と月日が経ったとは冒頭で言ったが、今日で丁度、一年が経っていたのだ。

白斗を愛する少女達にとって、これはまさに誕生日にも匹敵するお祝いだった。

 

 

「はい。 ボク達は後で知ったけど……白斗君は、ボク達にとって誰より大切な人だよ」

 

「白斗さんが、この世界に来てくれた……そんな日を祝わない理由なんてありません」

 

 

5pb.とツネミも、そう頷いてくれた。

何度も言うように、白斗は異世界人だ。一つボタンを掛け違えば、この世界には来なかった。

それは白斗の幸せな日々も―――そして、少女達にとっての幸せな日々も、無かったということだ。

だから感謝していたのだ。誰もが、白斗という大切な人がこの世界に来てくれたことに。

今まで心を縛っていたモヤモヤが晴れていく。そして、呆けている白斗にネプテューヌが“いつものように”、彼の胸に飛び込んできて。

 

 

 

 

「だからね……ありがとう白斗!! この世界に来てくれて……私達と出会ってくれて!!」

 

『『『『『ありがとう!!』』』』』

 

 

 

 

―――ネプテューヌの言葉と共に、誰もが最大級の感謝と愛で、白斗に言葉を掛けてくれた。

 

 

「……な、んだよもぅ……。 それで、最近素っ気なかったってのかよ……」

 

「すみません白斗さん、私は止めたのですが……」

 

「いーすんさん、自分だけ無実になろうとしたら大間違いですよ。 いーすんさんだって最後はノリノリで手配してましたからね。 お兄ちゃんを外に行かせる口実を作ったりとか」

 

「ってことは今日の取材の話も全部仕込みってか……なーんだ……」

 

 

どうやら、イストワールも結構加担していたらしい。

確かにこれだけ派手な装飾や料理を秘密裏に用意しようと思えば、白斗がこのプラネタワー内にいてはならない。

取材の話も、いな、それまでの少女達の準備も全ては今日、この日の―――白斗を祝うため。

白斗のため―――。

 

 

 

 

「……こっちこそ、ありがとう……!! みんな……!!!」

 

 

 

 

余りもの嬉しさに、白斗は涙しながら、最高の笑みを見せてくれた。

自分は本当は、愛されていなかったのではないか―――どこかで湧き出た不安が馬鹿馬鹿しくなり、そして尚更ネプテューヌ達の事を―――愛してしまった。

だからこそ、涙が止まらない。

 

 

「白斗、泣かないの。 イイ男が台無しよ?」

 

「そうです! 私達も腕によりをかけてご飯を作ったので食べて欲しいです!」

 

 

アイエフがハンカチで優しく涙を拭き取ってくれた。

そしてコンパが手を伸ばした先には、皆で作ったという料理の数々。

ローストビーフ、ターキー、サラダ、パエリア、唐揚げなどパーティーを代表する料理が所狭しと並んでいた。

 

 

「そう言えばノワール、料理と言いましたが肝心のケーキはどうしましたの?」

 

「まだ来てないわね。 貴女が手配してくれると聞いたのだけれど」

 

「え、ええ。 そろそろの筈なんだけど……」

 

 

ベールとブランの視線を受けてノワールが少し焦りだす。

どうやら肝心要のケーキがまだ届いていないらしい。どうしたものかと連絡を取ろうとした、その時。

 

 

「アニキ、ノワール様!! 遅くなってすまねーッス!!」

 

「その分、味には自信アリだぜ!!」

 

「大分遅刻しちまったけど……アニキ!! おめでとさん!! そしてありがとう!!!」

 

「お、お前ら……リョウにケン、それにハリー!? 懐かしのサブキャラたちが!!?」

 

「「「サブ言うなッ!!」」」

 

 

現れたのは三人の青年、皆さんは覚えているだろうか。

彼らは白斗がラステイションへ旅行に来た時、5pb.に絡んでいた元不良達だ。

その時助けに入った白斗の制裁と、そして彼の提案によって更生の機会を与えられ、現在はパン屋の店員として就職することが出来た。

人生のどん底にいた自分達を救ってくれたと、白斗を慕っていたのだ。

 

 

「もしかして、ケーキって……お前達が作ってくれたのか!?」

 

「おうよ! 水臭ェじゃねぇの、アニキ!!」

 

「そうだそうだ! 恩人たるアニキを祝わないなんて弟分失格だっつーの!!」

 

「いやー、女神様があれこれリクエストするから苦労したぜ! でもそれを見事にやり切った……俺達は今、すっげー充実してんだ!! これもアニキのお蔭よ!!」

 

 

そういって持ってきた箱の梱包を解く。そこから姿を見せたのは、ざっと十人前はあると思われるほどの巨大なホールケーキ。

チョコレートや砂糖菓子、フルーツは勿論プリンやらアイスクリームまで山盛りだ。

彼らはあくまでパン屋、ケーキなど専門外の筈なのにそれでもやり遂げてくれたのだ。他ならぬアニキこと、白斗のために。

 

 

「……ありがとうな、お前ら」

 

「良いってことよ! んじゃ俺達はこの辺で!」

 

「ちょっと、貴方達も料理を食べていきなさいよ。 白斗を祝う場よ?」

 

「え? で、でも俺達お邪魔じゃないッスか……?」

 

「いいんだよ。 ボクも皆に白斗君を祝って欲しいんだ」

 

「ふぁ、5pb.ちゃん……ノワール様……! 分かりました、ならお言葉に甘えて!」

 

 

こうしてズッコケ三人組もパーティーに参加することに。

だが、これだけではまだ終わらない。

 

 

「はいはーい、お話は纏まりましたね!」

 

「ではここからは私達のお仕事ターイム!!」

 

「え!? ファミ通さんにデンゲキコさん……何で二人が!?」

 

 

更に現れたのは、つい先程別れたばかりのデンゲキコとファミ通の二人。

いつの間にかその手には分厚い本のようなものを抱えている。

 

 

「ふっふっふ、今回の仕掛け人の一人ですよ。 勿論白斗さんとは今日、初めてお会いしたばかりですが!」

 

「女神様のご友人とあっちゃ祝わないワケにはいかないからね。 なので、私達からは細やかなプレゼント! はい、どーぞ」

 

「うお、重っ!? これ……アルバム?」

 

 

手渡されたそれは、雑誌ではない。

まさにアルバム―――思い出を写真として納めていく、大切な人生の宝物だった。ページを開けてみると。

 

 

「これ……俺の写真?」

 

「勿論、私達との分もあるよ!」

 

「あたしやピーシェちゃん、神次元の時のもあるよ~」

 

 

ネプテューヌやプルルートがページを捲っていく。

そこに収められていた写真は、白斗一人から誰かとのツーショット、ツネミや5pb.とのライブ中の写真まで様々だ。

 

 

「俺の……思い出……。 この世界での、皆との……思い出……!」

 

「いやー、個人で撮った写真を現像するだけならまだしも、ライブ中の写真とかを集めるのは苦労しましたよ!」

 

「でも、だからこそ最高の出来栄えになっていると思います! そしてこの最高の宝物を、より最高にするためにも……皆さん集まって笑って!」

 

 

この二人に声が掛かった理由の一つがジャーナリストであるからだ。

ライブや映画撮影など、公的な場で動く白斗の写真のデータを集めるのに協力してくれたらしい。

だからこそ、これだけ充実したアルバムとなっている。だが、まだ足りないらしい。

すると女神達は一斉に白斗を抱き寄せて。

 

 

「ちょ、皆!?」

 

「ホーラ、白斗! 笑って笑って!!」

 

「行きますよー! はい、チーズ!!」

 

 

ファミ通の掛け声とともに誰もが笑顔でカメラに目線を送った。

彼女の手に握られていたストロボカメラが光り、すぐさま写真を現像する。そこに映し出されたのは、大切な人達に囲まれている幸せそうな白斗の姿。

 

 

「ありがと二人とも! で、後はこの写真を収めて……これで私達と白斗の、大切な思い出が増えたね!! それでもっと分厚く! もっと重く! もっと素敵にしていこ!!」

 

「……ああ……ああ!」

 

 

この女神様達は、どれだけ自分を喜ばせてくれるのだろう。

サプライズパーティーだけでも嬉しいのに、こんな素敵な思い出までプレゼントしてくれるのだから。

 

 

「さ、そろそろ食べないと料理が冷めちゃうわ」

 

「白ちゃん、遠慮せず食べてくださいな」

 

「……うん! それじゃ、いただきまーす!!」

 

 

年甲斐にもなく、白斗はターキーにかぶりつく。

とてもジューシーな味わいが、肉汁と共に口の中に幸せとして広がっていく。

―――誰もが、このパーティーの成功を確信した瞬間だった。

 

 

「それでは、料理を食べながら白斗さんにプレゼントを手渡していきましょう」

 

「プレゼントまで……何から何まで、本当に……」

 

「寧ろ、私達の方が白斗に貰ってばかりだもん! 白斗だってこれくらいされるべきだよ!」

 

「お姉ちゃんの言う通りです!」

 

 

そうして類を見ない規模の、プレゼント手渡しが始まった。

最近皆の付き合いが悪かった理由の最大の要因が、このプレゼントを用意するためであった。

ある者は手作り、またはその材料を揃えるためだという。

 

 

「お兄ちゃん! 私はお兄ちゃんのバイクをスペシャルに改造したの!!」

 

「その資金捻出のためにクエストを受け捲くってたってことか……? で、夜には改造のお時間と……」

 

「そういうことだよ! 最高速度、耐久力、ステアリング! 全部最高クラス!! そして何より極めつけはビームが出るの!!」

 

「やっぱりビームありきなのね!?」

 

 

ネプギアは、白斗が所有していたバイクをバッキバキに改造してくれた。

何やら少々オーバーキルも否めなかったが、それでも彼女がここまでしてくれて白斗は純粋に嬉しかった。

次にやってきたのは、アイエフとコンパの二人だ。

 

 

「それじゃ次は私達ね。 私からは最新のスマホ! 最先端の技術が詰め込まれた、白斗だけの専用携帯スパコンよ」

 

「オーバーテクノロジー来ちゃったよ!? どうやって入手したんだ!?」

 

「取引先にお願いしてね。 ま、そこは気にしないで頂戴」

 

「……ありがとな、アイエフ」

 

「どういたしまして。 ……こっちこそありがとう、白斗」

 

 

アイエフから手渡されたスマホは、最早スマホの形をしたスパコンだという。

下手をすればこれ一台で大規模なハッキングが行えるかもしれない代物に戦慄すらしたが、それでも嬉しかった。

彼の微笑みに負けないくらいの可愛らしい笑みを返してくれるアイエフ。その笑顔は、大好きな人にしか見せないものだった。

 

 

「私からは手編みのマフラーです! 最近寒くなるから、これであったまって欲しいです!」

 

「手編みのマフラー……コンパの温かさを感じるな」

 

「~~っ!? は、白斗さん!! 恥ずかしいこと言わないで欲しいです!! でも……私だと思って、大切にしてくださいね」

 

「ああ。 ……スゲェ温かいよ、コンパ」

 

 

コンパからは手編みのマフラーを渡された。

ベタかもしれないが、とても嬉しい贈り物だ。大事そうに首に撒く白斗だが、コンパの温かさに溶かされていくようだった。

 

 

「それじゃ次は私達ラステイション姉妹ね!」

 

「お、ノワールのは……これ、アミューズメントパークの年間フリーパス?」

 

「ええ。 私の国が誇る遊園地で存分に遊んで欲しいの。 だ、だから……結構な頻度で、ラステイションにも来なさいよ……」

 

「……はは、こりゃ是が非でも行かないとな」

 

「アタシからはコレ!! オススメのFPSのゲーム!!」

 

「FPSをチョイスしてくる辺りがさすがユニ。 でもこれ、何だかポップな感じだな?」

 

「うん! なんでもイカがインクを撃ち出して塗り合う、新感覚のFPSよ!」

 

「すんごい発想だな!?」

 

「でもすっごく面白いの! だから……ちゃんとアタシと遊びなさいよ、白兄ぃ!」

 

「ああ。 しっかり腕を磨いておくさ」

 

 

年間フリーパス、そしてゲームソフト。

どちらも白斗と過ごしたいという想いの元、選ばれたチョイスだ。そんな彼女達の想いに触れながら、白斗は大事そうに仕舞い込む。

 

 

「次は私ね……。 白斗、これ……」

 

「ブランのは……小説か。 ん、この文体……まさかブランのか!?」

 

「さすが白斗ね。 私の全力を込めた物語……貴方だけの、物語よ」

 

 

軽く見た程度だが、いつも彼女の創作活動に付き合っていた白斗には分かる。

これはブランが書いたものだと。白斗に喜んで欲しくて、毎晩睡眠時間を削ってまで書いてくれたのだろう。

 

 

「それで、私達からはこれよ! 喜んで……くれるかな?」

 

「ロムちゃんとラムちゃんのは……俺の絵か!」

 

「分かってくれるの!?(きらきら)」

 

「分かるって。 だって、二人の兄ちゃんだからな。 ……嬉しいよ、二人とも!」

 

「「わーい!!」」

 

 

そしてロムとラムは、白斗の似顔絵を描いてくれたという。

二人もまた、大好きなお兄ちゃんのために時間を削って描いてくれた渾身の力作。クレヨンのタッチが、二人の優しさと温かさを感じさせてくれる。

 

 

「むー……」

 

「ん? ピーシェ、どうしたんだ?」

 

「ぴぃ……ぷれぜんと、かぶっちゃった……」

 

 

ピーシェの後ろには、画用紙が丸められていた。

どうやら彼女も白斗の絵をかいてくれたらしい。しかしロムとラムに先を越され、出しづらい様子だ。

 

 

「なーに言ってんだよ。 そら、貰いっ!」

 

「あーっ!?」

 

「お、この絵は……俺とプルルート、ネプテューヌにピーシェだな? みんな幸せそうで、素敵な絵じゃないか」

 

「……ほんと? おにーちゃん、嬉しい?」

 

「ああ。 ピーシェが俺のために一生懸命書いてくれたんだもんな! 俺の宝物だよ!」

 

「……うん!! たいせつにしてね!!」

 

 

ここは敢えて強引に奪い取る白斗。

そこに書かれていた絵は、当然ロムとラムと同じものではない。彼女が願う幸せ、大好きな人達が一緒にいる絵を、一生懸命書いてくれた。

これが白斗にとって嬉しくないわけがない。―――因みにこの後、この絵を収める額縁を買う白斗の姿があったそうな。

 

 

「では次は私ですわね。 私は最新のゲーム機とゲームソフト!!」

 

「さすがベール姉さん、ブレねぇ……」

 

「なら続けてあたしも~。 あたしのぬいぐるみ~! 白くん、あたしだと思って抱いてね~」

 

「それはそれで色々マズイっすよ!?」

 

 

更にて渡されるベールのゲーム尽くし、そしてプルルートのぬいぐるみ。

どちらも二人らしいプレゼントだったが、だからこそ嬉しかった。

 

 

「姉さん、これどこにも発売されてない奴だろ? わざわざ俺のために集めてくれたんだな」

 

「ええ。 何よりも……大切な人ですもの」

 

「ありがとう。 プルルートも、結構勇気が要ったろうに」

 

「も、も~! 口に出さなくてもいいってば~!」

 

 

二人に対するコメント、そしてそれに対する二人の反応。

どちらも二人らしく、それでいて魅力的だった。

 

 

「それじゃ次はマベちゃんの出番! と言っても物騒になっちゃうんだけど……」

 

「マーベラスのは……短剣?」

 

「そ。 アタシの大切な人の形見だよ」

 

「お、オイ!? いいのかよ!?」

 

「いいんだよ。 それが、私の覚悟と想いなんだから」

 

 

手渡された短剣、それは今は無きマーベラスの大切な人の形見だという。

当然それには大慌てする白斗だったが、マーベラスは優しく首を横に振る。

自分の命に匹敵するくらい大切なものだから、自分の命より大切な人に持っていてもらいたいという彼女の覚悟と想いの表れだった。

 

 

「……分かった。 謹んでお受けします」

 

「うん! 白斗君は、絶対に私が守るからね」

 

「頼りにしてるぜ、俺のくのいち。 ……なーんてな」

 

 

元気な忍者娘も、白斗の前では恋する女の子。だが一度戦場に立てば、敵を瞬時に屠る影の忍となる。

そんな彼女と魂の契約を交わし、マーベラスはこの上なく幸せであった。

 

 

「それじゃ、ボクとツネミさんはペアで行くよ!」

 

「はい。 白斗さんのためだけの新曲、白斗さんのための生ライブ……楽しんでください!」

 

「マジで!?」

 

 

そして、今を生きるトップアイドルことツネミと5pb.からは新曲が送られた。

勿論この場には他の少女達もいるのだが、あくまで白斗にだけ向けられたもの。

切なく、しかし力強く。美しく、それでいて快活なハーモニーが、白斗の目の前で歌われる。アイドルの生ライブなど、ファンならば命懸けで手に入れたい代物だろう。

それを、白斗のためだけにしてくれる―――。歌姫たちの最高の贈り物に、白斗も大感激だ。

 

 

「―――ありがとう、二人とも。 また一緒にライブやろうな」

 

「はい! 是非!!」

 

「それと、これが今の曲のCD! 勿論白斗君だけにプレゼント♪」

 

 

勿論CDも忘れずに貰った。

因みにこれを羨ましがった5pb.の大ファンことリョウ、ケン、ハリーが物凄い目でこちらを見ていたがさすがにこれを他人に聞かせられはしないと白斗は必死にスルーした。

 

 

「さぁ、最後は真打ち! この小説の主人公にしてメインヒロインのネプ子さんだよ!!」

 

「はは、なんとなく最後に来るだろうって思ったよ」

 

 

そして残すはネプテューヌのみ。

数々のプレゼントが送られた後でもこの堂々とした態度、相当自信があるらしい。

 

 

「さて、私からのプレゼントだけど……変身ーっ!!」

 

「って女神化!!?」

 

 

いきなり光に包まれるネプテューヌ。

やがて現れたのは小柄な少女などではなく、この国の守護女神たる女性、パープルハート。

今日も凛とした佇まいと透き通るような瞳、そして女神様としか言いようがない女体。

何もかもが美しかった。

 

 

「ふふ、驚いたかしら白斗?」

 

「いや、女神化しただけじゃ驚かないけど……」

 

「でしょうね。 だからこそ……えいっ♪」

 

「むぎゅ!?」

 

「「「「「ああぁぁ――――っ!! 抱きしめたぁ!!?」」」」」

 

 

ネプテューヌの行動に、少女達は悲鳴を上げた。

その豊かな胸に白斗を抱きしめたのだ。余りの突然な行動なので、白斗も回避することが出来なかった。

 

 

「ぷはっ! ちょ、ネプテューヌ! 何を―――」

 

 

そして幸せな圧死から何とか逃れ、顔を上げた所に――――。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ちゅっ」

 

「っっっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

―――女神様の口付けが、落とされた。

 

 

 

「……ふふっ。 これが私のプレゼントよ、気に入ってもらえた?」

 

「………………………」

 

 

白斗は、放心していた。

きっとそれは一秒にも満たないキスだった。けれども、永遠にすら感じられるほどの幸せな感触が、確かにあった。

脳裏に刻まれたその幸せに、白斗はもう理解が追い付かない。と―――。

 

 

「……ね、ネプテューヌ……なるほど、そう来ちゃうのねぇ……!?」

 

「テメェ……私達の前で堂々とやりやがるとはいい度胸してんなぁ……!?」

 

「渡しませんわよ……白ちゃんは、私の大好きな人なんですからッ!!!」

 

 

ノワールが、ブランが、ベールが。おどろおどろしいオーラを纏いながらふらりと前に出た。

否、女神様だけではない。ネプギアも、ユニも、アイエフもコンパも、プルルートも、マーベラスも、ツネミと5pb.まで。

目の間で愛しい人の唇を奪われて我慢できようか―――否。

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「私達もする――――――っ!!!!!」」」」」」」」

 

「ちょ!? み、皆落ち着……どわああああああああああああああああああああああ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そして、この瞬間もまたファミ通によってシャッターが切られた。

阿鼻叫喚の中、収められたその一枚。これもまた、白斗にとって大切な思い出だ。

色々あったけれども、今日この日。誰もが彼に対して、こういうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――I'm happy to see you,HAKUTO.(白斗、貴方に会えて私は――幸せです )




はい、ということで突然の番外編。いかがでしたか?
そう、今日この日をもって「恋次元ゲイムネプテューヌ LOVE&HEART」は丁度一周年なのです!
まさに白斗にとっても、そして私にとっても、皆様にお会いできた記念日でした。
ここまで続けてこられたのは偏に見てくださった皆さまがいてくださったからこそです。これからも皆様に楽しんでいただけるようなお話を書いていければと思います。
さて、お話の流れとしてはベタだったかもしれませんが王道だからこその良さを私は敢えて提唱したい。
本当の幸せに捻くれたあれこれなんかいらない。ただ、ストレートに伝えたい……ってキザか私は。キザな台詞が似合うのはどこぞのバーローか怪盗1412号だけでいいのです。
さて、ギャグにバトルに恋愛に。これからも「恋次元ゲイムネプテューヌ LOVE&HEART」は頑張っていきます!
それでは皆様、今後ともよろしくお願いします!!


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第五十六話 白黒付ける時

ルウィー編、完結!
ということで結構詰め込みました。少々長いですが、是非とも楽しんでくださいませ!
それでは本編どうぞ!


―――先日の七賢人による、ラステイションでの破壊活動並びに各種妨害工作。

その騒動にルウィーが一枚噛んでいる可能性があることからノワール、並びにネプテューヌ達はその事実関係を調査することに。

途中、神次元のベールとも合流を果たし、白斗の(女装での)潜入調査の甲斐あってその裏付けが取れてしまった。

そのため、もう遠慮はいらないとばかりにノワールはルウィーの教会へと殴り込むのであった。

 

 

「―――というワケで、ルウィーの教会までやってきたワケですが……」

 

「わぁ~! お城だ~! カッコイイ~!」

 

「ア・ナ・タ・た・ち、ねぇぇ……これから悪の本拠地に殴り込むってのに本ッッッ当にお気楽すぎなのよぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 

荘厳なルウィーの教会。白土で塗り固められた壁に積み上げられた石垣、屋根に敷き詰められた鬼瓦など、歴史の重みをずっしりと感じさせた。

こんな立派な、まさに城を目の当たりにしてはネプテューヌやプルルートが見上げてしまうのも無理もない。

 

 

「ノワール、悪の本拠地って決めつけるなよ」

 

「何言ってるのよ!? 向こうは七賢人と繋がってたんだから悪決定よ!!」

 

「だーかーらー、そうやって喧嘩腰だと向こうも相応の態度を取っちまうんだってば。 まずは俺が交渉してみるから、それまでは押さえてくれ」

 

「白斗君の言う通りですわよ。 下手な発言は自分の首を絞めるだけですわ」

 

 

ノワールはそんな二人にお冠だったが、白斗が必死に宥めている。

何しろ白斗は潜入調査の結果、このルウィーとブランが抱える問題点や苦悩を目の当たりにしてきた。故にブランを一方的な「悪」と見做すことが出来ず、あくまで落とし所を探させるように誘導している。

ベールもご立腹なノワールを落ち着かせようと、柔らかく声で、しかし鋭い言葉を入れてきた。

 

 

「既に向こうが喧嘩腰でしょ!? それにこっちは被害者なのよ!! まずは文句の一つくらい言わないと気が済……」

 

「プルルート、GO」

 

「ノワールちゃん~……? 白くんの言う事、聞こうね~……?」

 

「すみませんでしたぁぁぁぁぁああああッ!!!」

 

 

親友とは何だったのか、悲しきパワーバランスによる抑止力が行使される。

 

 

「やれやれ……プルルート、悪いがノワールの手綱握っててくれ」

 

「え~? ノワールちゃんに首輪付けてリード引いてていいの~!?」

 

「おk」

 

「おkじゃなーい!!!」

 

 

結局騒がしくなるのはどちらなのか。

やれやれ、とネプテューヌまでもが呆れ果てていると、固く閉ざされた教会の扉が開き、一人の小太りな中年男性が姿を見せた。

 

 

「失礼、そちら……プラネテューヌとラステイションの女神ご一行様でよろしいですかな?」

 

「あ、うん。 そうだけど……オジサンは?」

 

「ワシはこの国の大臣を務めさせていただいている者です。 女神ホワイトハート様より、皆様をお連れするよう言付かっております」

 

 

小太りの中年男性、それは女神の補佐役とも言える大臣だった。

今朝見た時と変わらず眼鏡を光らせ、ふくよかな体格ながらも年季の入ったベテランの風格を窺わせる。

 

 

「ありがとうございます。 用向きは……いう必要は無さそうですね」

 

「ええ。 では、立ち話も何ですしご案内いたします」

 

「お願いします」

 

 

誰かが何かを言い出す前に白斗が素早く前に立ち、大臣と話をする。

お気楽なプラネテューヌの女神様では話が進まず、怒り心頭のラステイションの女神様では余計な一言を言ってしまいかねないからだ。

大臣も白斗の対応に敬意を見せ、表向きだけでも爽やかに案内してくれる。ギシギシと床板を軋ませながら、一同はまさに日本庭園とでも言うべき美しき庭を眺める。

 

 

「わぁ~! 素敵なお庭~!」

 

「ねぇ白斗! こういうのプラネテューヌにも作ったら観光名所になるんじゃない?」

 

「んー……予算的にも厳しいし、プラネテューヌの気質的にも合いそうにないなぁ……」

 

「あら、ホーホケキョとは……変わった鳴き声の鳥ですわね」

 

「ちょっと、この床軋み過ぎでしょ? ちゃんとした整備してないの!?」

 

「ノワール落ち着け、それは鴬張りっていうれっきとした仕掛けだ。 で、ベールさん。 あの鳥こそウグイスで……」

 

 

しかし、黙ったままでいられないのがこの女神様達。

新しく見るものに興奮するネプテューヌにプルルート、見たことのない鳥に強い興味を示すベール、怒り心頭のノワールは微かな刺激にも敏感。

それら全てに応え、かつ必死に抑えようとしている白斗はまさに苦労人だった。

 

 

「……白斗殿、でしたな。 貴方も苦労されるようで」

 

「大臣殿も」

 

「ええ、全くです。 ……さぁ、着きますよ」

 

 

大臣にシンパシーを抱かれる中辿り着いた部屋。

一際立派な襖に囲まれ、何より溢れ出る威圧感も段違いだ。心なしか、大臣も強張っている。

間違いない、この先に―――女神ホワイトハートが。ブランがいる。

 

 

「……おふざけはここまでみたいね。 みんな、準備は良い?」

 

「あのー、ノワール? なーんかボス戦前みたいな空気出してるけどさー、白斗が何度も言ってるように、あくまで抗議だからね?」

 

「分かってるわよ。 さすがに私自身もいい加減しつこいと感じてきたわ」

 

「ノワールちゃん~……青筋、浮かべてるよ~……」

 

「……これは雲行きが怪しいですわね。 白斗君、しっかりお願いしますね」

 

「へーい……。 あー、気が重い……」

 

 

襖の向こうから漏れ出る威圧感とは別に、白斗は気苦労によって足取りが重くなる。

だが、どちらにせよ行くしか道は無い。覚悟を決めて、白斗は襖に手を掛けた。

襖の先に広がる光景、それは上質な畳が敷き詰められた部屋。その壇上に―――その女神は座っていた。

 

 

「……来たわね白斗。 そして、ラステイションとプラネテューヌの女神達……」

 

「あら、折角来てあげたっていうのにお茶の一つどころか丁寧なあいさつも出せないのかしら。 マナーのなっていない女神は嫌われるわよ?」

 

「もー、ノワールってばそう言うこと言わないの。 ヤッホー、ブラン久しぶり!」

 

「遊びに来たよ~」

 

 

剣呑な雰囲気を放つブラン、対するノワールは涼しい顔をして皮肉を言う。

そんな空気に居心地の悪さを感じたネプテューヌは普段通りのお気楽な挨拶、プルルートは普段通りのほんわかとした挨拶を交わす。

しかし一向に良くなる気配のない危険な空気に、言わんこっちゃないと白斗は額を叩きながらも前に出る。

 

 

「はいはい、ちょっと黙ってくださいね!? 失礼しました、ホワイトハート様」

 

「……構わないわ。 ただ見慣れないのが一人いるみたいだけど」

 

「あら、私の事でしょうか? 私はただの見学、口も手も出しませんのでどうかお気になさらず」

 

「……爆乳……ッ! ……何もしないならそれでいいわ、大人しくして頂戴……っ」

 

「ええ、勿論ですわ」

 

 

ベールに気づいたブランが、じろりと睨む。

ボンキュッボンと出るところは出て、引っ込むところは引っ込む、まさに理想の女体。

特に爆乳としか言いようがないその胸に凄まじい憎悪を見せたが、何とか彼女を意識の外に飛ばすことで平静を保った。

 

 

「……少し話がそれてしまったけど、私はそちらの身勝手な抗議に応じるつもりはないわ」

 

「……言ってくれるわね。 アンタ達の所為で、ラステイションは大迷惑してるってのに」

 

「具体的には?」

 

「アンタと手を組んでる七賢人が工場を破壊したり、街中で商品に悪戯を繰り返したり……! そしてこっちが捕らえようとしてもルウィーが逃走経路を用意したりね!」

 

「それは私の指示ではないし、七賢人そのものに抗議すべきね。 だから貴方がどれだけ大迷惑したとしても、こちらは補填のしようもない」

 

「よくもまぁヌケヌケと……!!」

 

「ノワール、ストップだ! ……失礼しました、ブラン様」

 

 

危ない空気になると白斗が慌てて仲介に入る。

正直、どっちもどっちな主張だが、戦闘行為だけには持ち込ませないように必死に二枚舌をフル回転させる。

 

 

「白斗、貴方は敬語なんて使わなくていいわ。 気楽にして頂戴」

 

「……ならお言葉に甘えて。 だが、ルウィーに疑いが懸かっているのも事実。 このままだと双方に悪影響を与え続けるのも無理もないかと」

 

「白斗の言う通りだよ。 ここはお互いに協力してさー、持ちつ持たれつな関係にした方がいいんじゃないのー?」

 

「そうだよ~。 みんな仲良くしようよ~」

 

 

白斗の言葉に同意しながらネプテューヌとプルルートも頷いた。

言い方こそ悪いが、主に争っているのはルウィーとラステイション―――否、ブランとノワール、二人の女神の不仲が原因なのだ。

ならばとそれを解消すべくあれこれと提案してみるのだが。

 

 

「……仲良くだ? こっちの気も知らねーで、勝手なことを抜かしてんじゃねぇ!!」

 

「「わひゃぁ!!?」」

 

 

「仲良く」、そんな在り来たりにして当たり前のワードが、ブランの逆鱗に触れた。

ここまで口調だけでも穏やかだったのに、それすらもかなぐり捨てて吠えている。

 

 

「ポッと出のテメーらに何が分かる!? そんな甘いことしか言えない奴が女神に相応しいワケがねぇ!! やっぱり……テメーらと仲良しごっこなんざ出来ないんだよ!!!」

 

「交渉決裂、ね。 分かり切ったことだけど」

 

「ブラン!! ノワールもやめろって!!!」

 

「白斗、こればかりはお前の頼みでも聞けねぇな。 これは国の問題……個々人がどうこう出来る話じゃねぇんだよ」

 

「今回ばかりはあいつの言う通りね。 白斗、もう口出しは無用よ!! どっちが女神に相応しくないのか、思い知らさなきゃこの場は収まらないわ!!」

 

 

ヒートアップも最高潮に達し、既に爆発して炎上してしまっている。

白斗も頭では止まらないことは分かっていた。それでも一縷の望みに掛けて二人を必死に留めようとしている。

だが悲痛な願いも空しく、ブランの怒りに満ちた眼差しはネプテューヌとプルルートにも向けられた。

 

 

「そういうことだ。 ……プラネテューヌの女神も纏めて掛かって来い!!」

 

 

次の瞬間、ブランの体光に包まれ―――正真正銘、このルウィーの守護女神ことホワイトハートへと変身した。

その手に握られた重厚な斧、何より視線が本気であることを物語っている。

 

 

「ちょ!? なんで私達まで巻き込んじゃうのかなユー!?」

 

「しらばっくれやがって……プラネテューヌも最近になって盛り返してるじゃねぇか。 いつテメーらがルウィーに牙剥くかも分からねぇなら、ここで叩き潰すに越したことはねぇ」

 

「わ、私達はそんなことしないよ~!」

 

「だからテメーらは甘いんだよ……! 例えテメーらがそうでも、国民はそうは思わねぇ!! いつも不安に思って! 迷って!! 求めてるんだよ!! 絶対の女神って奴を!!!」

 

(……ブラン……)

 

 

まるで胸中に溜まったものを吐露するかのように叫び出すブラン。

その姿は怒っているようにも、追い詰められているようにも、そして悲しんでいるようにも見えた。

痛々しさすら感じるその姿に白斗も何も言いだせないでいると―――。

 

 

「ガラッ!! 話纏まったー? もー、いつまでこのアブネスちゃんを待たせてるのよー」

 

「全くだ。 アタイ達だって暇じゃねぇのに……」

 

「あれ~? 下っ端さん達~? なんでここにいるの~?」

 

「だからアタイは下っ端じゃねぇって言ってんだろ!!」

 

 

襖の向こうから二人、姿を現した。

明らかに幼女としか言えない風貌とフリルたっぷりの衣装着こんだ七賢人の一人アブネスと、同じく七賢人の一人にして下っ端のリンダである。

いきり立つリンダなど歯牙にもかけず、プルルートはのほほんと首を傾げた。

 

 

「別に不思議ってことはないでしょ。 こいつらがグルなのは分かり切ってたことだし」

 

「人聞きわりーな。 ちっとばかし協力してやってるだけだ」

 

「フン、グルってことに変わりはないでしょ。 こんなのと手を組むなんて、あなたの方が女神に相応しくないんじゃない?」

 

 

これはもう、七賢人と一種の協力関係であることを公に認めたようなものだ。

ノワールの言は尤もであるようにも思える。だが、ブランはそれを自覚しているからこそ、その手から血を滲ませながらも、斧を強く握りしめる。

 

 

「……テメーらに……テメーらに何が分かるってんだ!!? 私はな!! ただ一人の女神で……長い間この大陸に一つしかない国を、ずっと守り続けてきたんだ!!! そのためなら……どんな手段だって……っ!!!」

 

「……一つしかない国、唯一の女神……ですか。 ふふ……」

 

 

感情の赴くままに斧を叩きつけ、床が、畳が、激しく抉られた。

それはまるでブランの心情を表すかのように。やり場のない思いが生み出した、彼女の孤独な胸中を表している。

そんな彼女に対し、ここまで特に口を挟んでこなかったベールが何やら含み笑いを浮かべた。

 

 

「はぁ~……やっと始まるのね。 下っ端、カメラの準備OK?」

 

「だからアタイは下っ端じゃ……ああもう!! いつでも始めやがれ!!」

 

「なら、コホン。 あー、あー……ヤッホー☆ テレビの前のみんなー! 愛と真実と幼年幼女の伝道師! 七賢人のアブネスちゃんだよー☆」

 

「な!? お前ら、何を……!?」

 

 

と、ここで七賢人の二人がカメラを回し始めた。カメラマンはリンダ、リポーターはアブネス。

どうやらこの場の映像を生中継するつもりらしい。

白斗は慌てて止めようとするが、なんとそれをブランが手で制したのだ。

 

 

「見ての通りだ。 これからテメーらぶっ倒して世界中に見せつけてやるんだよ。 この世界にあるべき女神が誰なのか……生中継でな!!」

 

「えええええ!? ブラン、それはやりすぎじゃないの!?」

 

「これくらいでもしねーと分からねーんだよ。 テメーらも、七賢人も……国民も!!」

 

(ブラン……そこまで追い詰められていたのか……!?)

 

 

七賢人と繋がっていた事実もそうだが、こうして女神同士の戦いを生放送するなど普通では考えられないことだ。

だが、今の彼女はその普通ではないことをしなければならないまでに追い詰められている。

そうでもしないとシェアが、国民の信仰が―――彼女自身の未来が、得られないと。

 

 

「フン、分かりやすくていいじゃない。 意図せずしてルウィー最後の日ね!!」

 

「あーもー……変身までしちゃって……。 ノワールってば……」

 

 

向こうが女神化するなら、こちらも女神化するしかない。

シェアエネルギーを身に纏ったノワールが黒の女神、ブラックハートへと変身する。

手に握った片手剣の刃が鋭く煌き、今にも目の前のブランを切り捨てそうなほど危ない輝きを放っている。

 

 

「……白くん~。 これ~……寧ろ一発ガツンってやらなきゃブランちゃんもノワールちゃんも分からないんじゃないかな~?」

 

「…………すまん、俺の力不足だ」

 

「気にしないで! 白斗は何も悪くないし、正直気乗りはしないけど……ここからは私達の仕事だから!!」

 

「うん~! それじゃ~……へんし~ん!!」

 

 

結局戦いを回避できなかったことに白斗は不甲斐なさを感じるが、ネプテューヌとプルルートはそんな白斗を責めることなく優しく微笑んだ。

そして信仰の光たるシェアエネルギーを身に纏い、紫の女神ことパープルハートとアイリスハートへと変身する。

 

 

「……白斗、後は任せて頂戴。 私もブランやノワールには仲良くして欲しいから……私に出来ることを、全力でするわ」

 

「ネプテューヌ……頼む。 プルルートも」

 

「ええ! ……ブランちゃんにあ~んなコトやこ~んなコトもぉ……。 フフフ……」

 

「ブラァァァァン!! 止められなくてマジでゴメェェェエエエン!!!」

 

「うお!? な、何泣きそうな勢いで謝ってんだお前は!?」

 

 

白斗の想いに応えようとする真剣なパープルハートに対し、アイリスハートは嗜虐心溢れる冷笑を浮かべながら舌なめずり。

これからブランに襲い掛かる数々の恐ろしい事態を思い浮かべると、寧ろブランの心配をしてしまう白斗だった。

 

 

「とにかく、これで役者は揃った。 おい、白斗と……そこの巨乳女は戦いに手を出すな。 隅に退避してろ」

 

「……分かった……。 ベールさん、行きましょう」

 

「ええ。 ……白斗君、落ち込まないでくださいな」

 

 

肩を落とした白斗を慰めながらベールが部屋の隅へと移動させようと促す。

それでも何とかして被害を最小限に出来ないだろうかと頭を働かせていると。

 

 

(……! みんな、こっちを向かずにそのまま聞いてくれ)

 

(白斗? どうしたの?)

 

(そこの真四角に区切られた畳の所。 ……落とし穴になってる)

 

(え!?)

 

 

そこを通った時、足の裏から伝わる僅かな感触で気づいた。

畳の下が空洞であり、それ故に僅かながらも畳が曲がり、軋む感触と音。更に注視ししてみれば、ドビラの開閉が出来るような蝶番も確認できた。

 

 

(落とし穴ですって? ……卑怯な真似してくれるじゃない……!)

 

(でもコレ、ブランちゃんの仕業かしらぁ? あたし達飛べるから落とし穴なんて意味ないのに)

 

(単なる侵入者避けなのか、七賢人の仕込みなのかはわからないが一応気を付けてくれ)

 

 

落とし穴の存在を認識した女神達は、その存在を頭の隅に置きつつ、臨戦態勢を整える。

しかし、落とし穴なんてものがある以上この戦いにきな臭さを感じるのも事実。他にも罠が仕掛けられていないか確認しながら白斗は部屋の隅へと歩いていく。

その先には、これから実況・解説をするべく机に座っているアブネスとカメラを回しているリンダがいた。

 

 

「ゲッ!? なんでこっち来るのよ!?」

 

「お前らの監視」

 

「失礼ね!! 私達七賢人は公明正大!! クリーンな反女神団体よ!!」

 

「その謳い文句の時点で信頼ゼロですわね」

 

 

呆れながら彼女達の隣を陣取る白斗とベール。

無論、あの落とし穴がアブネス達の仕業たる証拠はない。だが、彼女達の今までの所業を考えれば手放しに信用も出来ない。

七賢人に手出しはさせないと、最大級の警戒を張り巡らせながらも白斗は女神同士の戦いを見守る。

 

 

「ハッ、よーやく覚悟は出来たみてぇだな」

 

「ブランちゃんこそ、覚悟はいいのぉ? フフフ……負けた暁にはどんなことをしてもらおうかしら……楽しみねぇ!」

 

「ちょっとプルルート、貴女がその姿で暴れると国民から苦情来るわよ……ハッ!」

 

 

と、暴走しかけるアイリスハートを止めようとしたノワール。

最初こそ親切心のつもりだったのだが、ここであることに気付く。

 

 

(このままプルルートが大暴れしたらプラネテューヌに苦情→プラネテューヌのシェアガタ落ち→結果ラステイションがシェア独占して完全勝利!?)

 

「あ、ノワール様ー。 卑劣なことを考えてるようでしたらクローゼットの奥の隠し扉のことバラしますんでそこんとこよろしくー」

 

「なんで白斗が知ってるのよぉ!!? っていうか何で分かって……な、何でもない何でもない何でもないいぃぃぃ――――っ!!!」

 

(ま、こっちのノワールは分かりやすいからなぁ。 クローゼットの奥のコスプレ衣装については……企業秘密ってコトで)

 

 

中々あくどいことを考えているノワールの牽制もしっかり忘れない白斗だった。

 

 

「漫才は済んだか? しっかり堪能しておけよ……これが最後になるんだからなぁッ!!!」

 

「貴女こそ、この光景をしっかりと焼きつけなさいよ……。 今日が女神としての命日になんだからねっ!!!」

 

 

剣が、斧が、ぶつかり合った。

凄まじい衝撃が巻き起こり、畳を、襖を調度品を吹き飛ばす。部屋の隅に退避している白斗達にも風圧となって襲い掛かる。

 

 

(ぐおっ……す、すげぇ衝撃波……!! 後数歩でも前に出てたら、衝撃波で壁に叩きつけられてたなコリャ……!!)

 

 

小柄なアブネスやリンダですら近くの机や柱にしがみつかなければ吹き飛ばされてしまう程の衝撃。

当然白斗もナイフを床に突き立て、それを留め具にして耐え凌いでいる。

 

 

「きゃ……!」

 

「ッ!! ベールッ!!」

 

 

当然、幾ら女神と言えども女神化もしていないベールが耐えられるワケもない。

咄嗟に手を伸ばした白斗が、彼女を抱き寄せる。

 

 

「あ、ありがとうございます……。 ところで今、私の事を呼び捨てに……?」

 

「……すいません、つい」

 

「い、いえいえ。 ……今後とも気安く呼び捨てにしてくださっても構いませんわよ」

 

「それはご遠慮します。 ……この呼び方は、俺にとって特別な意味があるんでね」

 

「あらあら、それは残念ですわ」

 

 

彼にとっての特別な意味とは、恋次元にいるベールのことだ。

普段は姉と呼ぶベールだが、白斗は時に彼女の兄となり、またある時は兄以上の親密さを込めて「ベール」と呼び捨てにする。

目の前にいる彼女が、白斗にとっての「ベール」ではない以上、気安く呼ぶことは出来ない。

 

 

「……白斗ってば……まさかこっちのベールにまでコナ掛けるつもりなの……っ!!」

 

「ふ、フフフ……。 ブランちゃんの次は白くんをオシオキしなきゃねぇ……!?」

 

 

だが当然、それらは全てネプテューヌとプルルートに目撃されているわけで。

二人は嫉妬で怒りのボルテージを上げていき、どす黒いオーラを身に纏わせる。

 

 

「おいテメェら!! 余所見とは随分余裕じゃねぇか!! メツェライシュラーク!!!」

 

「ッ!! クリティカルエッジ!!!」

 

「大人ってのは余裕を振りまかなきゃねぇ……ドライブスタップ!!」

 

 

数合ノワールと打ち合った後、ブランが紫の女神二人目掛けて突っ込んでくる。

破壊力満載の戦斧の一撃を、ネプテューヌの鋭い太刀捌きと、プルルートの斬撃からの蹴りで受け止める。

 

 

「ブラン! 私もぷるるんも、白斗も争いなんて望んでないわ!! すぐにやめて!!」

 

「何度言やぁ理解しやがるんだテメェは!! 戦いだって女神の義務だ!! テメェも女神なら覚悟を決めて戦いやがれぇ!!!」

 

「……ホンット、聞き分けのない子ねぇ……!!」

 

 

女神二人のフルパワーで、やっとブラン一人と拮抗する力だ。

それだけブランの力が凄まじいということだ。元々女神ホワイトハートは小柄な体格に似合わない重装甲タイプ。

圧倒的防御力で全てを防ぎ、圧倒的攻撃力で全てを砕く。

それに加え、ここはルウィー。彼女のホームグラウンドだけあって、直接得られるシェアの量も相当なものとなっている。

 

 

「それに、よぉ! テメェ、いつも白斗を傍に置いてるみてぇだが……どういう関係だ?」

 

「白斗は私の騎士よ。 いつも傍にいて、いつも支えてくれる……私の大切な人よ!!」

 

「……やっぱそうか。 正直羨ましいぜ、テメェがよぉ。 私には……そんな奴、いなかったからな……」

 

「……ブラン……」

 

 

寂しそうに呟いたブラン。

そんな声色から、ネプテューヌは彼女の孤独を感じ取った。

 

 

「だから……こそっ!! テメェらをブッ倒す意味があるんだよぉっ!!!」

 

「きゃっ!?」

「くぅっ!?」

 

 

だが次の瞬間、力強く見開いたブランが全てを吹き飛ばす。

まるで嵐のような暴威に堪らずネプテューヌとプルルートも飛びのき、体勢を立て直した。

 

 

「テメェらを倒せば、何もかもが手に入るんだ!! シェアも! ルウィーの安泰も!! ……私を理解してくれる人だってッ!!!」

 

 

追い詰められたからこそ、ブランはこの一戦に全てを懸けている。

己の誇りも、ルウィーの未来も、自身の心の在処も。

必死であれば必死であるほど痛々しく映るその姿に、ネプテューヌとプルルートは哀れみすら感じてしまった。

 

 

「手に入らないのは、アンタが弱いからよッ!! ボルケーノダイブっ!!!」

 

「弱ぇのはテメェだぁ!!! ゲッターラヴィーネッ!!!」

 

 

そこへ爆炎を伴ったノワールが迫りくる。

業火とスピードを乗せたその一撃を、ブランの斧が迎え撃った。

 

 

「ぐ……ッ!! く、腐っても女神ね……パワーだけは一丁前だわ」

 

「当然だ!! この国は……この世界は! 私がずっと一人で守ってきたんだ!! 私一人で得た力なんだ!!! それを……ぽっと出の奴が超えられるかってんだよぉ!!!」

 

(……ブラン……っ)

 

 

真上からの奇襲すら撥ね退けるブランのパワーに、ノワールも吹き飛ばされる。

彼女の言う「ずっと」は、本当の意味で「ずっと」なのだろう。それこそ、何十年にも及ぶかもしれない。

孤独と必死に戦い、得てきた力。彼女にとっては、これ以上に縋れるものはない。

そんな彼女を白斗は、ネプテューヌは、プルルートは。―――もう見ていられなくなった。

 

 

「……ネプテューヌ、プルルートっ!! ブランの苦悩を……断ち切ってくれ!!!」

 

「分かってるわ白斗。 ―――貴方の望むままに」

 

「ふふ、白くんのお願いなら応えないワケにはいかないわねぇ。 ……全力で行くわよぉ!!」

 

 

白斗の願いが、二人に届く。

たった一人の想い、けれどもそれは二人にとって何物にも代えがたいシェアとなる。

あの人が、白斗が信じてくれている。その想いがあれば、ネプテューヌ達はどこまでも戦えた。

 

 

「……ブラン……。 貴女がそこまで言うのなら……一人の限界を教えてあげる!!」

 

「やってみやがれ! お気楽女神がぁ!!!」

 

 

彼女を本当の意味で救うためにも覚悟を決め、太刀を掲げる。

その先から生み出される、巨大な刃―――。

 

 

「受けなさい!! 三十二式―――エクスブレイドォ!!!」

 

「なッ!!? ぐ―――うううううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅッッッ!!?」

 

 

余りにも巨大な刃を、咄嗟に受け止めるブラン。

だが、押される。押される、押される、押される。どこまでも押し返されてしまう。

パワー自慢なのに、そのパワーで負けそうになっている。

 

 

(な、なんだこのパワーは……!?)

 

「ブラン……この力は私一人のものじゃないわ。 ぷるるんやノワール、私達を信じてくれている皆……何より、白斗の想いがくれたものよ」

 

「っ!! だっ……たらぁ!! それを打ち砕くまでだああああああああぁぁぁっ!!!」

 

 

ネプテューヌの言う想い―――シェアが、ブランを上回りそうになった。

決してそれを認めるわけにはいかないブランが、全力を込めてエクスブレイドを撥ね退けた。

だが、それだけ。そこから先は、何もできない。

 

 

「うっふふふ!! 隙だらけよぉ……ブランちゃん!!」

 

「がぁっ!!?」

 

 

瞬間、雷鳴が幾つも轟いた。

飛び上がったプルルートが魔法陣を展開し、そこから迸る紫電がブランを捕らえ、辺りを焼き尽くしていく。

更には巨大な雷の塊が形成され―――。

 

 

 

 

「とぉっておきのをお見舞いしてあげる……。 ―――サンダーブレードキックッ!!!」

 

「ぐ―――ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」

 

 

 

 

それを、蹴り飛ばした。

凄まじい爆発がブランを飲み込み、全てを吹き飛ばす。爆風と共に広がる彼女の悲鳴が、その威力の甚大さを物語っていた。

 

 

(うおぉぉっ!!? な、なんて破壊力だ……!! さすがのブランも、これは……!!)

 

 

プルルートが「とっておき」と称するだけある、必殺技―――エグゼドライブ。

この教会そのものの安否すら揺るがしかねない破壊力に、さすがの白斗も勝負が決まったものと思った。

やがて衝撃音と煙が晴れる中、彼女は―――女神ホワイトハートは。

 

 

「…………ま……だ、だ……っ!! まだ……わた、しは……私はッ!! 負けちゃいねええええええええええええええええええッ!!!」

 

「ま、まだ立つのかッ!!?」

 

 

倒れては、いなかった。

斧を支えにしながらも、震える両足で立っていた。その目はまだ闘志を宿している。

しかし、既にプロセッサユニットはボロボロだ。体中も傷だらけ。誰が見ても、限界である。

 

 

「そう……。 まだ負けを認めないのなら―――ラステイションの女神の力!! 見せてあげないとねっ!!!」

 

「なッ!!?」

 

 

だが、まだいた。まだノワールは倒れていなかった。

シェアエネルギーをフルに発動させ、ウィングの推進力を上げる。

次の瞬間、彼女の体は霞のようにぶれて―――ブランに一閃。

 

 

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「ぐ、あ、あ、あ………!!!」

 

 

斬る、斬る、斬る斬る斬る斬る斬る斬る。飽きることなく四方八方から切り付けてくる。

疲弊しきったブランに、高速移動と共に放たれる斬撃の嵐を防ぐ術があるはずもない。

 

 

 

 

「逝きなさい。 ―――インフィニットスラッシュ!!!」

 

「うわあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 

 

 

 

指を一つ鳴らし、更に無数の剣閃。

今度こそ、決まった。まるで断末魔とも聞こえてしまうような悲鳴を上げ、ブランが吹き飛ぶ。

激しく畳みを転がり、壁に打ち付けられた。

 

 

「はぁっ、はぁっ……! ど、どんなものよ……!!」

 

「それにしても、さすがブランね……。 3対1でここまで追い詰められるなんて……」

 

「ホント、汗びっしょりぃ……」

 

 

何とか勝利をもぎ取ったノワール達だが、誰もが疲弊しきっていた。

それだけブランが強く、本気であったからこそだ。

凄まじい激闘の余波に当てられ、白斗も、ベールも、そして七賢人の二人もしばらく黙りこくっていたが。

 

 

「や……やっと決着……? コホン……えー、画面の前のみんなー☆ ついに決着だよー! 結果はルウィーの女神の惨敗でぇーす☆」

 

「なっ!? おい!! もう決着はついた、カメラを止めろッ!!!」

 

 

何とか我を取り戻したアブネスが高らかにブランの敗北を宣言する。

だが、その言葉一つ一つが悪意に満ちていた。これ以上はやり過ぎになる。慌てて白斗が中継を止めようと声を張るも、アブネスは無視し続けた。

 

 

「いやー、あれだけ大見得を切って宣言したのに幼女女神の敗北で終わっちゃいました! ま、これにこりて幼女は幼女らしく―――」

 

「―――やめろっつってんだろうがぁッ!!!」

 

「「わぎゃああああああああああああ!!?」」

 

 

負けて尚、ブランの名誉を傷つける言葉を吐き続けるアブネスに、白斗の我慢は限界だった。

その瞬間、我を忘れて下っ端のカメラを掴み、地面に叩きつけて粉々にする。

 

 

「な、何すんだテメェ!!」

 

「ブラン!! しっかりしろ、ブラン!!」

 

「こっちの話を聞けえええぇぇぇぇっ!!!」

 

 

余りもの猛攻を加えられたブランは、命にこそ別状はないようだがそれでも立ち上がれないくらいのダメージを受けていた。

下っ端の罵声も無視して白斗は彼女を抱き起こす。しかし―――。

 

 

「う……あぁ……。 ち、力が……シェアが……なく、なっ……て……」

 

 

あの荒々しく、力強い戦い方をしていたブランとは思えないほどの弱々しい声音。

やがて彼女の体が光の玉が幾つも漏れ出し始め、そして次の瞬間―――彼女の女神化は解除され、普段通りの巫女服を着こんだ姿へと戻って、白斗の腕の中に納まった。

 

 

「め、女神化が……解けた……!?」

 

「シェアが失われたってコト。 国民の誰もがこの女神の敗北に呆れちゃったってコトよ。 ま、トーゼンよね。 生中継でド派手に、無様に、負けちゃったんだもの」

 

 

白斗の驚愕を知ってか知らずか、アブネスが得意げに語る。

このルウィーでは、ブランへの信仰心―――シェアは低下しつつあった。それを回復させようと生中継での決闘を画策したのだが、それが裏目に出てしまった。

敗北した女神を見放したかのように、国民たちはブランへの信仰を辞めてしまったのだ。

こればかりはあのアブネスの悪意に満ちたコメントがなくとも、止められはしなかっただろう。

 

 

「あ……わた、し………。 わたし……」

 

(く……ッ!! 確かに、こうなるのは火を見るよりも明らかだった……! でも、こんなの……こんなのっ!!)

 

 

負ければどうなるか、それはブランが良く知っていたはずだ。

そして負けたのだから、国民からの信頼が失わるのも無理もない話だ。だが、誰一人彼女を助ける者がいないのはどういうことか。

余りにも無力で、余りにも孤独で、余りにも酷い有様の少女を白斗は放っておくことが出来ず、ただ労わるように抱きしめることしか出来なかった。

 

 

「プルルート、ブランに回復魔法を!! ネプテューヌ、包帯巻くの手伝ってくれ!!」

 

「オッケーよ」

 

「分かったわ。 ノワールも手伝って頂戴」

 

「な、なんで私が……ああもう、仕方ないわね! もう決着はついたんだし……」

 

 

兎にも角にも、傷ついたブランをこのままにはしておけない。

彼女の治療を始めるべく女神達を呼びよせた―――その時。

 

 

「……やれやれ、負けてしまいましたな。 ブラン様」

 

「だい……じん…………」

 

 

現れた一人の中年男。この大臣としてブランに仕えている男だった。

彼女を憐れむような重苦しい声に、ブランが呻きながら手を伸ばす。まるで縋るかのように。

 

 

「どう……しよう……。 この、まま……じゃ……国が…………ルウィー、が……!」

 

(ブラン……こんな姿になってまで、この国の事を……) 

 

 

今も尚、激痛で苦しいはずなのに。

自身の進退よりも国の行く末を案じていた。この時ばかりはカメラを壊してしまったことを白斗は死ぬほど後悔する。

この姿を国民が見れば、多少なりとも彼女を想う人だって現れたはずなのに。

 

 

「まぁ、こうなることも予想済み。 後はこの私めにお任せください」

 

「……大臣……!」

 

 

まだ、希望はある。大臣と言う忠臣に望みを託し、ブランの強張った表情も少しだけ緩んだ。

 

 

「……そう、この国は……ワシの好きなようにさせてもらうからなぁ」

 

「え……? 大、臣……?」

 

 

だが、その希望はすぐに打ち砕かれた。

今まで丁寧だった口調は崩れ、声色は黒く染まっている。ぐふふ、と下卑た笑い声を交えながら話すその姿に、あの忠臣の面影など欠片もなかった。

 

 

 

 

「大臣? 違うなぁ……ワシの名は……七賢人が一人、アクダイジーンじゃぁっ!!!」

 

「え!? あ、あなたが……七賢人……!?」

 

 

 

 

今までルウィーの大臣として仕えてきた男。その正体は、七賢人の一人こと「アクダイジーン」だった。

その衝撃の正体に誰よりも驚いていたのは、他ならぬブランである。

どうやら七賢人との繋がりは認識していても、この男が七賢人だとは知らなかったらしい。

 

 

「……つまり、七賢人の一人を知らずに部下として重用していたってこと?」

 

「呆れた。 完全に自業自得じゃないの」

 

「ふぉっふぉっふぉ……女神共、貴様らには感謝せねばならんな。 もし貴様らが負けておったなら、またこの小娘に頭を下げる日々が続くところじゃったわい」

 

 

この展開にネプテューヌは驚き、ノワールはこれ見よがしに溜め息を付く。

確かに注意深く調べれば、この男の正体くらい掴めそうなものだが。

しかし、これで白斗の中の疑問が全て解けることとなった。鋭い目つきと共に、言葉を投げかける。

 

 

「……なるほどな。 七賢人の逃走ルートの手配、ラステイションでの妨害工作も全部テメェの指示ってコトかよ、クソ野郎……!!」

 

「クソ野郎は余計じゃが、その通りじゃ。 この小娘を欺くのはラクじゃったわい」

 

「……て、めぇ……!! 絶対に……許さねぇ!!!」

 

「ブラン!? 待て!!」

 

 

騙され、弄ばれ、利用されていた。

怒りが原動力となり、白斗の静止も振り切ってブランがアクダイジーンに掴みかかる。

しかし、それはあっさりと撥ね退けられ、逆に掴み返されてしまった。

 

 

「フン! 傷つき、シェアを失った貴様など正真正銘、無力な小娘! そこで転がってるのがお似合いじゃわい!!」

 

「きゃ!!」

 

 

女の子に対する仕打ちとはとても思えない、乱暴な投げ方。

そうして投げつけられたところは―――あの“四角に区切られた畳の上”。

アクダイジーンはすぐさまジャケットから何かのボタンを取り出すと。

 

 

「もうその面も見たくないわ。 さっさと落ちるがいい」

 

「あ……」

 

 

ポチリと押した。

瞬間、白斗が睨んだ通り落とし穴が発動。畳が開かれ、小柄なブランは奈落の底へと―――。

 

 

「さ、せ、る、かあああああああああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「「白斗!!?」」

 

 

 

落ちなかった。

咄嗟にアクダイジーンの行動を察知した白斗が飛び込み、ブランを抱えたのだ。

このままでは二人とも落ちるとブランも、ネプテューヌも悲鳴に近い声を上げそうになる。

しかし、白斗は袖から伸ばしたワイヤーを天井の木材に括りつけることで落ちることなく釣り下がった。

 

 

「はぁ、はぁっ……! ふぅ……だ、大丈夫かブラン……?」

 

「……はく、と……。 なん、で……?」

 

「理由なんざ後回しだ。 とにかく待ってろ、すぐに引き上げて……」

 

 

このままでは宙ぶらりんではあったが、白斗の袖口に仕込んだワイヤーには巻き取りするためのモーターも取り付けられている。

後はワイヤーを巻き取れば二人の体は落とし穴から這い上がれる―――はずだったのだが。

 

 

「おっとぉ、そうはいかねェんだよなぁ。 チョキンと♪」

 

「なぁッ!!?」

 

 

なんと、リンダがいつの間にかニッパーを手に近寄っていたのだ。

ハサミでは切れない鉄線も、ニッパーなら寧ろ専門分野。チョキン、と小気味いい音と共にワイヤーが切られ―――。

 

 

「し、下っ端ァァアアアアア!! てめええええええぇぇぇぇぇぇ……………」

 

「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………………」

 

「白斗!! ブラン!!」

 

 

奈落の底へと、真っ逆さまになってしまった。

急いで飛び込もうとしたネプテューヌだがその前に落とし穴は固く閉ざされてしまう。

 

 

「やったぜェ!! ザマァ見ろってんだ、あのクソ野郎!!」

 

「いやー、下っ端やおっさんも偶にはいい仕事するじゃない! アブネスちゃん、スッキリ☆」

 

 

白斗に苦い思いをさせられた下っ端とアブネスは大喜びだ。

それだけ白斗に対するヘイトがあったのだろう。

だが、ネプテューヌとプルルートにとってそれが腹立たしく映ってしまう。

 

 

「貴方達ッ!! 白斗とブランをどこへやったの!? 事と次第によっては………!!!」

 

「安心せい、命までは取っておらん。 一足先に地下牢へ送っただけじゃ」

 

「……とは言ってもこの高さだものねぇ……。 もし、白くんに怪我でもあったらぁ……!!」

 

 

今にも殺しに掛からん勢いでネプテューヌとプルルートが睨み付ける。

しかし、同時に今は白斗とブランが人質に取られているも同然。迂闊に手を出せば、二人が、白斗がどうなるか。

それを理解しているアクダイジーンは尚もぐふふ、と下卑た笑いを浮かべる。

 

 

「そんなに確かめたければお前さん達も入るが良い。 下手な抵抗はせぬ方が身のため、あの小僧のためじゃぞ? ……お前達!!」

 

「「「「「ハッ!!」」」」」

 

 

アクダイジーンが指を鳴らせば、まるで示し合わせたかのように軍服を着こんだ男達がずらりとネプテューヌ達を取り囲む。

誰もが銃を携帯しており、体格も良かった。

 

 

「これは……ルウィーの衛兵達!?」

 

「……軍権まで握られてたの? どの道長くなかったわね、この国」

 

「この人数を相手にするのはさすがに疲れるわね」

 

「あらぁ? ねぷちゃんってば大胆ねぇ。 この人達のお相手をするなら、白くんは私が頂いちゃっていいかしら?」

 

「ダメに決まってるでしょうッ!! 例えぷるるんでも、白斗は渡さないわ!!!」

 

「ってアンタ達!! こんな時まで漫才するなぁーッ!! 」

 

 

取り囲まれても尚、平常運転なプラネテューヌの女神達にノワールが吠える。

激戦の後ではあるが、それでもまだ体を動かすだけの余力はある。

刃こぼれすらしていない刃を構え、ノワールが今にも切りかかろうとしている。

 

 

「ああもう!! こうなったら強行突破するしか……」

 

「やめてノワール!! 下手に暴れたらブランも……白斗も!! 危険に晒されるのよ!?」

 

「ノワールちゃん、お願い。 ……二人を危険に晒したくないの」

 

「う……! ……まぁ、あの女神は兎も角、白斗には世話になってるし……何より人を見捨てるのは女神とは言えないわよね……」

 

 

抵抗の意を見せようとしたノワールだったが、ネプテューヌの悲鳴にも近い声によって遮られてしまった。

そしてプルルートも珍しく真剣な表情と声でノワールを止める。

白斗が危険に晒されることは、ネプテューヌにも、プルルートにも耐え難いことだった。

ため息交じりながらもノワールも刃を下ろし、手を上げて降伏の意を示した。

 

 

「ふふふ、それでよい。 これでルウィーはワシのもの……否! プラネテューヌとラステイションも我が手に落ちたも同然じゃ!!」

 

「……アクダイジーン、だったわね。 言っておくけど、もし白斗に何かあれば……」

 

「その時は……虐めてあげない。 ……徹底的に、嬲ってあげるわ……!」

 

「フン、お前達を封じられるのならば寧ろ願ったり叶ったりじゃわい」

 

 

何かあれば抵抗して見せる。そう遠回しに告げてはいたが、アクダイジーンは勝利を疑わず、有頂天になっている。

尤もそれは、アブネスと下っ端にも言えることだった。

 

 

「おっさん、今回はご苦労様! それじゃアブネスちゃんはお先にー!」

 

「んじゃ、アタイは牢屋にいるあいつを笑いにでも……」

 

「ああ、待った。 下っ端、お前さんにはもう一働きしてもらおう」

 

「え!? まだ何かやらせるのかよ!?」

 

「うむ、この後政見放送をせねばならん。 ワシがこのルウィーの新しい首長となったのじゃからなぁ……」

 

 

着々とルウィーの本格支配に乗り出しているアクダイジーン。

この手際の良さ、前々から計画していたとみて間違いないだろう。尤も拘束されているネプテューヌ達にはもう、どうしようもないが。

 

 

「あー……。 でも、カメラはあいつに壊されちまったし……」

 

「政見放送のセッティングが終わるまでに手配してくれればよい。 その間じゃったらカメラなり何なり揃える時間くらいはあろう」

 

「め、メンドクセー……おい、アブネス……ってアイツもういねェし!! ん……? いねェと言えば……あのおっぱい女神もいねェ!?」

 

(ベールがいない!? いつの間に……いえ、この抜け目のなさはさすがかしら)

 

 

そして気が付けばベールも姿を消していた。

ブランとの決着がついた直後はいたはずだが、アクダイジーンが正体を現した辺りからその気配を消していた。

自分までも拘束されるわけにはいかないと離脱する手際の良さに、パープルハートは呆れを通り越して賞賛すらした。

 

 

「ん? あの金髪女か……確かにおらんが、まぁ、あ奴に何が出来るわけでも無し」

 

「ま、そうッスね。 んじゃさっさとカメラとか用意してくるぜ」

 

「うむ。 お前達、女神達を地下牢に案内して差し上げろ。 ふぉっふぉっふぉっふぉ……」

 

 

己の勝利を確信したアクダイジーンは有頂天に達している。

高らかに歌うように、笑い声を上げながら奥へと消え、入れ代わるようにしてネプテューヌ達は地下牢へと連行されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから数十分後、冷たいルウィーの地下牢にて。

 

 

「ドゥルルル、ドゥルルル、ドゥルル~♪ ドゥルルル、ドゥルルル、ドゥルル~♪」

 

「………………」

 

 

目覚めた白斗を出迎えてたのは―――こちらを覗き込んでいる、黒いグラサンとマイクを装備したネプテューヌだった。

 

 

「ドゥル……もがっ!?」

 

「起き抜けになーにをやってるんだねチミは」

 

「おはよーございま~す、ネプリさんです。 元気ですか~?」

 

「世にも奇妙なネタかますんじゃねーよ!! 分かりづらいわ!! それと元気です!!」

 

 

腹が立ったので彼女の頬を潰すように掴かむも、ネプテューヌは平常運転。

そんな彼女にツッコミを入れるため上半身を起こしてみて、ようやく状況が理解できた。

 

 

「……ここは牢屋、か?」

 

「そうだよ~。 白くんおはよ~」

 

「おはようさん、プルルート。 ノワールも……ってあれ、ベールさんは?」

 

 

冷たい鉄の部屋、冷たい隙間風が吹き抜ける鉄格子、冷たい気遣いしか感じられない僅かばかりの毛布。

誰がどう見ても牢屋としか言いようがない。鉄格子という点も、またレトロな神次元らしいというべきか。

ただ、その中に放り込まれている面々の中にベールがいなかった。

 

 

「ベールは逃げたみたいだけど、私達はこうして捕まってるわ。 ……どこかの誰かさんの所為で、ね!」

 

「………………」

 

 

明らかにご立腹な様子でノワールが睨み付けたその先。

牢屋の隅の方で蹲っている少女―――ブラン。

ノワールの不躾な物言いにも怒らず、悲しまず、ただただ黙ってそれを受け入れていた。

 

 

「ノワール、やめてくれ。 今一番傷ついているのはブランなんだ。 それにノワールだって、一歩間違えれば立場が逆転してたかもしれない」

 

「う……。 まぁ、今は言い争ってる場合じゃないしね……」

 

 

調子に乗る傾向かがある神次元ノワール。

今回、ノワールは被害者側なので確かに文句を言う権利はあるかもしれないが、このままエスカレートすれば余計にブランを傷つけてしまいかねないので釘を刺して置く。

ノワールも性根は優しい少女なので、ちゃんと言い聞かせれば口を噤んでくれる。

 

 

「……ブラン、怪我は……無いみたいだな。 良かった」

 

「……貴方こそ大丈夫なの。 私を庇っておいて」

 

「え?」

 

 

白斗が膝を付きながら彼女と同じ目線で語り掛ければ、ブランはようやく口を開いてくれた。

彼女の安否を確かめるが、逆に心配されてしまった。

 

 

「……覚えてないの? 貴方がクッションになってくれたお蔭で私は無事だったのよ」

 

「ん? あー……そういやそうだったかなぁ。 咄嗟だったから良く覚えてねーや」

 

「もー白斗ってば……。 まぁ、白斗らしいと言えばらしいけど」

 

 

ブランに怪我が一つも無かったのは白斗が庇ったからだ。

下っ端によってワイヤーを切られた後、白斗はそれこそ無意識にブランを抱きしめ、自分がクッションとなるように落ちていった。

その結果が―――今のこの現状というわけだ。

 

 

「それにしてもどうやって脱出しよっか? 女神化してエグゼドライブ連発してみる?」

 

「やめとけ。 アクダイジーンは最初からブランをここに閉じ込めるつもりだったんだ。 つまり女神の攻撃を想定して設計されてるはず……無駄な攻撃は力の浪費だ」

 

 

ネプテューヌが力尽くで牢屋を破ることを提案するが、ここまで用意周到なアクダイジーンのことだ。

女神対策も織り込み済みだと白斗が制し、力を温存するように伝える。

だが、このまま手をこまねくことも出来ないのも事実。とにかく知恵を必死に搾り出す面々だったが、その中でただ一人蹲ったままのブランに対し、ノワールの眉根が持ち上がる。

 

 

「……ちょっとアンタ。 いつまでそうやってウジウジしてんのよ」

 

「………………」

 

「元はと言えばアンタの所為なのよ! ちょっとくらい知恵を出すなり何なりしなさいよ!!」

 

「はいはいストーップ! もー、神次元のノワールはこの辺りの手加減を知らないんだから」

 

 

相当苛立っているらしく、すぐにブランに掴みかかってしまう。

何とかノワールを落ち着けさせようとネプテューヌが必死に宥めようとすると。

 

 

「…………ぐすっ…………」

 

「うぇ!? な、なんで泣き出すのよ!?」

 

 

ブランが僅かばかりに鼻をすすり、けれどもはっきりと涙を浮かべていた。

今まで強気しか見せなかったブランの、初めて見せる弱々しい姿にノワールは大慌てになる。

結局のところ、ノワールは他人の涙を放っておけない優しさの持ち主なのだ。

 

 

「う……ぐすっ、ひっく……!」

 

「あーあ。 ノワールってばホントにやりすぎるんだからー。 せんせー、ノワールちゃんがブランちゃんを泣かしましたー!!」

 

「わ、私だけ悪者にしないでくれる!!?」

 

「でもノワールが泣かせたじゃん。 悪者じゃん」

 

「そもそも元を辿ればコイツが……!!」

 

「……ネプテューヌ、ノワール。 頼む、ちょっと静かに」

 

「二人とも~……? 白くんの言う事……聞こうね~……?」

 

「「スミマセンデシタ」」

 

 

今は泣いているブランをどうにかしなければならない。

放っておけば騒がしくなるネプテューヌとノワールの二人に釘を刺し、白斗とプルルートが部屋の隅に蹲っているブランへと近づく。

 

 

「……ブラン、大丈夫か?」

 

「ブランちゃん~。 泣かないで~」

 

「っ!! 触らないで!!」

 

「あだっ!?」

「いたぁ~!?」

 

 

ブランを気遣って手を伸ばした二人だが、その手が振り払われてしまった。

二人の痛がる姿にブランは一瞬だけ怯えを見せたものの、また強がりな表情と涙を浮かべて顔を背けてしまう。

 

 

「っ!! アンタねぇ!! 二人はアンタを気遣って……」

 

「大丈夫だノワール。 仕方ないんだ、今のブランはそれほど傷ついてるんだから」

 

 

二人の気遣いも振り払ってしまったブランにまたも怒りを爆発させるノワール。

しかし、白斗には彼女の気持ちが分かっていた。この僅か数時間で、ブランは様々な裏切りに合ってしまった。

大臣、七賢人、そして国民。ブラン自身にも全く問題が無かったわけではないが、それも全ては国のために必死に頑張ってきたが故。

それが今、最悪の形で裏切られたのだ。荒れるのも無理もない。

 

 

「……う、ひっく……あ、あなたたち……が、所為で……わたし、ずっと……一人でずっと……頑張って……うぐ……」

 

「……そっかぁ。 がんばってきたんだね~」

 

「ああ、そりゃ辛いよな。 一人で……本当に凄いよ、ブランは」

 

(え!? ぷるるんに白斗……あの状態のブランの言葉が翻訳できるの!?)

 

(み、みたいね……。 ちょっと様子を見てみましょう)

 

 

泣きじゃくりながら思いの丈をぶつけるブラン。

涙交じりの上、嗚咽の所為で言葉が途切れ途切れになっておりネプテューヌとノワールには何と言っているのかが良く分かっていなかった。

だが白斗とプルルートは彼女が発する単語と、それに乗せられた感情から、ブランの言いたいことをくみ取っていた。

 

 

「だって……ひっく、この大陸……女神が……えぅ、わたし、しか……だからっ……!」

 

「うんうん~」

 

「お手本とか……相談できる人とか、全然……なりたくて、なったんじゃないのに……。 でも、なっちゃったから……一人でいっぱい、勉強して……!!」

 

「ああ。 それは今朝も見た。 ……全部、みんなのためだったんだよな」

 

 

彼女の想いに相槌を打ちつつ、彼女の話を聞いていく。

ブランはどうやらプルルートのように偶然女神になってしまったらしく、しかも長い間大陸唯一の女神として君臨してしまった。

だからこそ誰にも頼れず、一人で勉強して、一人で頑張ってきた。

 

 

「長い間……ずっと、色々考えながら……でも、ルウィーがイヤだって人、いっぱいいて……でも、どうにもできなくて……!」

 

「……人の心って、ままならないよな」

 

「七賢人にも……嫌がらせとか、我慢とか……いっぱい……。 幾つか、妥協しちゃって……でも、こんな……!!」

 

「……辛かったね~。 でも、ブランちゃんは本当によくがんばったよ~。 えらいえらい~」

 

「ずっと……そうやって、一人で……何もかもを犠牲にして、国を……。 でも、あなたたちは……簡単に……!」

 

「そっかぁ~。 それで怒ってたんだね~」

 

「苦しかったよな……。 そりゃ、苦しいよな……」

 

「そうよ!! でも、それももうおしまい……わたしは、もう……」

 

 

したいことも、沢山あっただろう。したくないことだらけで、逃げたかった時もあるだろう。

そんな辛い気持ちを抑え込み、滅私奉公で国のために尽くしてきた。長い間、たった一人で。

しかしそんな時、プルルートが、そしてノワールが女神として誕生してしまった。それもブランのように孤独ではなく、しかも苦しさを抱えることなく。

それがブランにとっては、何よりも腹立たしかった。けれどもそんな嫉妬心から始まった騒動は、ブランのシェアが失われるという形で終わろうとしていた。

 

 

「……でもぉ~。 それって楽しくないよね~?」

 

「……たの、しく……?」

 

「だな。 ブランは気苦労ばかり背負い続けて、自分を追い込み続けるばかりだ。 少し、力の抜き方が分からなかっただけなんだよ」

 

「楽しいとか、力を抜くとか……そんなの、女神には……!」

 

 

しかし、そんな彼女の生涯において一番の問題点は何か。

それはプルルートが言うように、ストレスを昇華することが出来なかったことだ。

女神であることを第一に考え続けた結果、彼女は常に仕事モードのように張り詰めているばかり。

そんな状態では休まることも、増してや楽しむことも出来るはずもない。

 

 

「あたしは~。 女神やってて楽しいよ~?」

 

「え……?」

 

「ねぷちゃんやノワールちゃん、いーすんにピーシェちゃん達……それに白くんにも出会えて、毎日が楽しくて~……幸せなんだよ~」

 

「……それは、あなたが周りに恵まれてるだけで……! 私には、何も……!!」

 

「だったら~。 そこにブランちゃんも入ればいいんだよ~」

 

「何……それ……意味が分からないわ……」

 

 

だが、プルルートは違った。

同じく、思いもよらない形で女神になったものの、彼女は気楽に、けれども楽しく女神としての人生を過ごしていた。

理知的な分、余計に彼女の言葉の意味が理解できないらしいブランが混乱していると。

 

 

「え~? ん~……なんて言うかなぁ……。 ねぇノワールちゃん~、変身していい~?」

 

「へ? どうぞどうぞ……ってダメよ!! アンタが変身したら……!!」

 

「おう、いいぞプルルート。 俺が許可する」

 

「ねぷぅっ!? ちょっと白斗さん!? それはマズイんじゃございませんか!!?」

 

 

プルルートが女神化しようとした。

慌てて止めるノワールだが、なんと白斗は許可を出してしまう。これにはさすがのネプテューヌも焦って留めようとするが、無理もない話。

何せ彼女が変身すれば、あのドSなアイリスハート様となる。今の傷心中のブランにとってトドメを差しかねないものであるはずなのだが。

 

 

「ありがと白くん~。 それじゃぁ――――………これでぇ、じぃぃっくりお話しできるわねぇ……ブランちゃん……。 うっふふふふ……!!」

 

「ひ、ひぃっ!? な、何……!? 物凄い悪寒が……っ!!」

 

 

二人の懸念を他所に、とうとうアイリスハートへと変身してしまったプルルート。

先程まで戦っていた時はまた別ベクトルの危険な雰囲気を感じ取り、ブランが怯える。

無論、ネプテューヌやノワールも例外では無かった。

 

 

「ど、どーするの白斗!? 今のブランはドSぷるるんにとって格好の餌食だよ!?」

 

「お前らはプルルートを何だと思ってるんだ……。 まぁ、確かにちょっぴり……いや大分……メチャクチャ過激だけれども……」

 

「過激ってところは否定しないじゃない!!」

 

 

確かにアイリスハートとなれば過激な部分が目立つ―――というよりも過激さ90%に見えてしまうのは否定できない。

ただ、白斗としては苦笑いを浮かべながらも一切焦った様子はなく。

 

 

 

「ただ、あいつは理不尽な理由で変身したりはしないぞ? ……信じてみようぜ、な?」

 

 

 

最後には爽やかな笑顔と共にそんな一言をつけ足してきた。

まるで親友であるノワールやネプテューヌに以上に彼女の事を理解しているようなその一言に、二人は頬を膨らませながらもとりあえずは従う。

 

 

「あらあら、ブランちゃんってばぁ。 おめめを真っ赤っかにさせちゃって……」

 

「な……なんだよ!? て、てめーなんか……てめーなんか怖かねぇ!!」

 

「ふふ、可愛いわねぇ。 ……そうやって“虚勢”を張る姿も。 でも分かっちゃってるから、そんなに肩肘張らなくていいのよぉ?」

 

「き、虚勢だと!?」

 

 

ブランは言葉でこそ否定しているが、誰がどう見ても大当たりとしか言わざるを得ないほどの動揺っぷりだ。

そんな彼女の反応に確信を得たアイリスハートは、尚も優雅に、けれども少し声色を柔らかくして語り掛ける。

 

 

「そぉ。 本当のブランちゃんは、弱気で内気でうじうじした可愛らしい女の子……。 虚勢を張って国を守ってきたけれど、それが無くなったから泣き虫な素顔が出てきちゃってるのよねぇ」 

 

「な、泣き虫じゃねー!! 勝手に人の分析すんな!!」

 

「いいのよぉ? あたしたちの前では素顔を晒しても……」

 

「馬鹿にしやがって……! やっぱり、てめーらに私の気持ちは……!!」

 

 

強がりも徐々に弱くなってきている。

そんなブランの肩に、白斗は優しく手を乗せた。

 

 

「……ブラン、今のままだと絶対後悔するぞ」

 

「白斗……? な、何だよお前まで……!」

 

「それにな、お前はもうおしまいなんて言ったけど……これは新しいスタートを切るチャンスでもあると、俺は思うんだ」

 

「新しい……スタート……?」

 

「ああ。 今までのやり方でダメだったなら、新しい一歩を踏み出すしかない そして新しい一歩を踏み出したいなら、自分を変えなきゃいけない……これはそのチャンスなんだ。 だから、まずはプルルートと向き合ってくれ。 ……自分を変えるためにも」

 

「………………」

 

 

やはり怒りっぽいブランではあるが、その本質はプルルートの言う通り内気で、可愛らしく、そして理知的な女の子でもある。

しっかりと彼女と向き合い、道理に沿った言葉で語り掛ければブランも無碍にしようとしない。

幾分か落ち着いたらしく、少々頬を膨らませながらもプルルートに向き直る。

 

 

「ありがと、白くん。 ……さて、ブランちゃんはさっき、自分の気持ちなんてわからないなんて言ってたけど……それってアレでしょう?」

 

「あ、アレって何だよ……?」

 

「自分は苦労して頑張ってるのに、他の子達は仲良く楽しそうに、簡単にやっちゃうのが気に入らないっていう……あははは。 凄く子供っぽいヤキモチよねぇ!」

 

「ぐッ…………!?」

 

 

図星だったらしい。グサリと突き刺さるプルルートの言葉に、ブランが凄い顔を差せながらも口を噤んでいる。

人間も女神様も、誰でも痛い所を付かれると案外言葉が出なくなるものだ。プルルートはその痛い所を見抜くのが得意にして趣味の、まさにドSであった。

 

 

「本当にお子様よねぇ。 そんなんだから他の国に簡単に追いつかれたり、一度負けただけで国民から見捨てられたり、終いには悪い大人に騙されて国を奪られちゃったりするのよぉ?」

 

「ぐ、ううう……うううぅぅぅ……!! う、うぅぅー………」

 

「あわわわ……!! ブランが泣いちゃう……白斗!! さすがに止めた方が……!!」

 

「…………大丈夫だって、見てみ」

 

 

確かに慰めるには少し言葉が過激だろう。

だけれども、必要なことだと白斗は敢えて動かなかった。それだけ、プルルートという女神様を信じているから。

そして、彼が信じた女神様は―――。

 

 

 

「だぁかぁらぁ……あたし達がお友達になってあげる」

 

「え……?」

 

 

 

優しい言葉と共に、温かい手を伸ばした。

 

 

「今日からあたし達はお友達、みんな一緒よぉ。 もう羨ましがる必要なんてないわ」

 

「ああ。 この国に不足してる部分も、皆でフォローしていけばいい。 その代わり、ブランも時々助けてくれると嬉しいな」

 

「や……なんで、いきなり……?」

 

 

ブランは戸惑っていた。つい一時間前までそれこそ殺し合いと言われても否定できないほどの勢いで戦っていた相手が、「友達になろう」と手を伸ばしているのだから。

けれども、まるでそれが当たり前だと言わんばかりにプルルートが、そして白斗が微笑む。

 

 

「いきなりじゃないわよぉ。 あたし、元からブランちゃんは悪い子じゃないって知ってたしぃ、寧ろ気に入っちゃったわ。 ダメかしらぁ?」

 

「ダメ……じゃない、けど……でも、いきなり……」

 

「……ブラン。 ここが、新しい一歩を踏み出せる分水嶺だ。 確かに怖いかもしれないけど、案ずるより産むが易し。 ……何も考えず、踏み出してみなよ」

 

「……白斗……」

 

 

ここは寧ろ勢いに任せた方がいい。

尚も二の足を踏んでいるブランの肩を、白斗が優しく押した。少し手を伸ばしただけで届く、女神の温かな手。

それに吸い込まれるように、ブランはおずおずと、だが少しずつ手を伸ばし―――。

 

 

「……プルルート、だったわね……。 あの、その……よ、よろしく……」

 

「ええ! あたしとお友達になってくれてありがとぉ、ブランちゃん」

 

 

―――プルルートと、友達になったのだった。

 

 

「……こっちこそ……あ、ありがとう……。 それから、白斗も……」

 

「俺は何もしてない。 やったのはプルルート、そしてブラン自身だよ」

 

「もぉ、白くんてはちょっとくらい恩着せがましくしてもいいのにぃ。 ……さぁてノワールちゃん、ねぷちゃん、白くぅん?」

 

「は、ハイッ!?」

 

「何でございましょうか!?」

 

「あたしぃ、お友達の国を取り返してあげたいの。 当然、協力してくれるわよねぇ?」

 

「ああ、寧ろ協力させてくれ」

 

「ふふ、白くんは確認するまでも無かったわね。 ……ねぷちゃんは?」

 

「ハッ! 仰せのままに!! まぁ、私もブランとは仲良くしたいからねー♪」

 

「……ネプテューヌも……その、ありがとう……」

 

 

ブランと友情を結べば、そこから先は早い。

友達のために協力を募るプルルートに、白斗とネプテューヌも快諾してくれた。

 

 

「……ち、ちょっと! そこまでしてやる義理は……」

 

「ノワールちゃぁん……?」

 

「ヒッ!? ま、まぁ……七賢人よりもルウィーの女神の方がマシだし……仕方ないわ、私も協力してあげる。 か、勘違いしないでよね!! アンタのためじゃないんだからね!!」

 

「はい、ノワールのテンプレツンデレ頂きましたー!」

 

「……あなた達……」

 

「それじゃ~、ブランちゃんのためにみんなで頑張ろ~!」

 

 

ノワールも、快く快諾してくれた。(プルルート曰く)

それに満足したのか、いつの間にかプルルートも女神化を解除しており、緩く拳を突きあげる。

 

 

「待って! まぁ、方向が固まったのは良いんだけど……どうやって脱出するのよ? 私達今、絶賛投獄中よ?」

 

「はいはい、そこはお任せあれ。 ……神次元がアナログで助かったぜ」

 

 

これで残る問題は、どうやってこの牢屋から脱出するのか。

誰もが固まりそうになるが、白斗が軽いノリで前に出た。やがて袖口から取り出したのは、針金や細いドライバーのような工具が数本。

 

 

「白斗、それって……ピッキングって奴?」

 

「ピッキングって奴。 カチャカチャカチャーン、ほい開いた」

 

「早!?」

 

 

鉄格子の隙間から手を伸ばし、鍵穴に針金や工具を差し込んで弄ること十数秒。

軽快な音と共に重く閉ざされていたはずの扉は、あっさりと開いてしまった。

 

 

「さっすが白斗! 私の騎士様だね!」

 

「ピッキングできる騎士もどうかと自分で思うけどな……。 ま、戦闘で役立たずなんだからこれくらいはやらないと」

 

「じゃれつくのは後よ! 今は先に進みましょう! いつ衛兵が来るか……」

 

「あれ~? でも衛兵さん達寝てるよ~? お昼寝中なのかな~?」

 

「はぁ? そんなワケ……って気絶してるわね、誰がやったのかしら……?」

 

 

扉を出れば、迅速な脱出が求められる。

後は追ってくるであろう衛兵を捌くだけ、かと思いきやその衛兵たちは既に倒されていた。

 

 

「疑問に思うのは後だ! 俺が殿を務める、先に行け!!」

 

「白斗!? それ死亡フラグだよ!?」

 

「メタ発言やめろ!! 安全確認したらすぐに行く、さっさと行け!!」

 

「白くん~、すぐ来てよ~!」

 

「はいはい、良いから行けって!!」

 

 

白斗を残したくないネプテューヌとプルルートが悲し気な表情を作るものの、無論白斗としては死ぬつもりもなければここで死ぬ要素もない。

ネプテューヌ達を先に行かせ、周りを見渡すと。

 

 

「―――すいませんね、ベールさん。 お手数おかけしまして」

 

「あらあら、お気づきでしたの?」

 

 

白斗が見つめた柱の影。そこから姿を見せたのは、なんとベールだった。

その手には銀に光る鍵の束が握られている。

 

 

「見事なお手並みでしたわ、白斗君。 正直私要らずでしたわね」

 

「いえ、貴女が衛兵を倒してくれたおかげでネプテューヌ達は安全に脱出出来ました。 皆に変わり、お礼を申し上げます」

 

「そんなに畏まらなくても。 もしかして、私にお礼を言いたいがためにわざわざ残ってくださったんですの?」

 

「はい。 ……ちゃんとお礼言っておかないと、後でどうなるか」

 

「ふふ、よく分かっていらっしゃいますのね。 何はともあれゆっくりはできません、貴方も早くお行きなさいな。 私でしたら大丈夫ですから」

 

「分かりました。 このお礼はまた、紅茶やお菓子と一緒に」

 

「あら、それは楽しみですわね。 それでは」

 

 

交わした言葉こそは短いものの、改めてベールは白斗がどういう人間なのか知った。

白斗もまた、ベールがこの世界においても気配りができる女神だと感じ、また会おうと約束してその場を去る。

 

 

「……さて、私もお暇しましょうか。 この大陸の女神の実力もしっかり計れましたし……とは言っても白斗君、ですか……。 戦闘力こそないものの、侮れませんわね……。 ですが、それさえどうにかしてしまえば全て私の……ふふふ♪」

 

 

白斗が去った後に訪れた静寂の中で、ベールは楽しそうに微笑み、そのまま何処かへと姿を消すのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――地下牢を出れば、氷に覆われた洞窟へと繋がっている。

少し進んだ開けた場所に、ネプテューヌ達は待っていた。

 

 

「すまん、待たせた!!

 

「もー、心配したんだからねー!」

 

「悪い悪い、今度プリン作ってやるから機嫌直せって」

 

「プリン一つと白斗の命は等価じゃないんだからねっ!」

 

「分かってるって。 で、脱出したは良いがこの後の方針はどうする? ルウィーを取り返すにしても、現状はあのデブ中年が乗っ取っちまってるワケだが」

 

「う~ん、あのおじさん……ブランちゃんに酷いことしたから同じことしてオシオキしたいな~」

 

「ぷるるーん、発想がドS過ぎるよ……。 最近素の状態でもSッ気が混ざってない?」

 

 

再会を喜びたいネプテューヌ達だが、まだこの国を、ルウィーを取り戻す大仕事が残っている。

今、この国の首長は一時的とはいえアクダイジーンが握っている。どうにかして、あの男の権力を失墜させると同時にブランの権威を回復させないといけないのだが。

 

 

「同じこと……? そうよ、同じことをしてやればいいんだわ!」

 

「え!? ノワールまでぷるるんのドSが感染したの!?」

 

「違うわよ!! あの大臣、確か政見放送をやるって言ってたわよね!?」

 

「政見放送……なるほどな! 当然生放送……ならそこで奴をボッコボコにして、ついでに悪事も白日の下に晒しちまえば!」

 

「ええ! 一気に状況は好転……いや、逆転するわ!」

 

 

ブランはあの生中継で自分の敗北を晒し、国民からの信仰を失ってしまった。

ならばその逆、政見放送中にアクダイジーンを懲らしめ、彼の悪事を国民に知らせれば今度はアクダイジーンの権威が失われる。

ノワールらしい鋭い着眼点に、白斗も文句のつけようがなかった。

 

 

「なら決まりだね! 今準備中だろうし、このまま殴り込んじゃおうよ!」

 

「お~!!」

 

「ああ。 ……ブラン、もうすぐだぞ」

 

「え? ええ……そう、ね……」

 

 

しかし、進んでいけば進んでいく程、ブランの表情が重くなる。足取りも。

白斗はその事実に気づいていたが、敢えて口には出さなかった。どれだけ重いものを背負っていても、今は前へ進むしかないのだから。

やがて氷の洞窟を抜ければ目の前に広がる、和と雪に溢れた白の国が。

 

 

「やっと抜けたな。 それじゃ俺が先行して偵察してくる、探し物も出来たしな」

 

「……白斗、気を付けてね」

 

「ああ。 ……さぁて、俺の本領発揮と行きますか!」

 

 

潜入、内偵、そして探知。どれも白斗の得意分野だ。

ネプテューヌの声を受け、白斗は迷うことなく教会内へと飛び込んでいく。既に一度潜入している関係上、障害物や監視などあってないようなもの。

数十分後、ネプテューヌのスマホに白斗からの通信が入る。

 

 

『お待たせ、こっちの仕事は完了した。 今から言うルートで入れば監視の目に引っかからないから、その通りに突入してくれ』

 

「おっけー! さっすが白斗、仕事が早いね!」

 

『光栄の至り。 ……っと、そろそろ奴の政見放送が始まっちまう、こっからはスピード勝負だ』

 

「分かったわ。 さぁ、行くわよ!!」

 

 

ノワールの合図と共に全員が掛けだす。

最早形振り構っていられないほどの速度での駆け足だったが、白斗の指示は正確無比でその間、敵兵に遭遇することは無かった。

お蔭で、その現場に立ち会うことが出来たのは、本当にすぐの事だった。

 

 

「おーい、おっさーん……。 まーだ始まらねェのかよ……」

 

「ええい、待たんか。 髪型が整わなくてのぉ……娘たちも見てるんじゃ、無様な格好は出来んのじゃよ」

 

「へェ、娘なんていたのか。 知らなかったぜ」

 

「ああ、そう言えばお前さんにはまだ紹介していなかったの。 とてもいい子達でなぁ……」

 

「その前振りは長くなるフラグ!! とにかくさっさと帰りたいんだよ!! あのドS女神達が牢屋から脱出したらと思うと……!!」

 

「何を馬鹿な。 あの牢屋は対女神用に拵えたもの。 脱出できるはずが……」

 

 

中庭ではすでに政見放送の準備が整えられていた。

その舞台裏ではアクダイジーンと下っ端が何やら話し込んでいる。完全に勝利を確信し、油断しきっている。

だからこそ、彼らには迎撃の準備など何一つ整っているはずがなかった。

 

 

「あ~! 下っ端ちゃん達見つけた~!」

 

「げぇーッ!? やっぱりいいいいいいいいいい!!!」

 

「ばっ、馬鹿な!? あの牢屋を抜け出してきたというのかぁ!!?」

 

「まー、牢屋に閉じ込めたって時点で二次創作的には脱出フラグ立ててるよねー」

 

「し、しまったぁ!! ワシとしたことが何と迂闊な……!!」

 

 

プルルートとネプテューヌの気の抜けた挨拶に酷く怯える七賢人たち。

下っ端は以前プルルートに植え付けられたトラウマが蘇り、アクダイジーンは相当自信があった牢屋をあっさりと破られたことに驚愕している。

 

 

「や、ヤベェヤベェヤベェ!! は、早く逃げ―――」

 

「ダメよぉ、下っ端ちゃぁん」

 

「ンギャー!? いつの間にか女神化した上に回り込まれたァ!?」

 

 

トラウマによって発狂、錯乱状態に陥った下っ端が逃げようとするもその首根っこが掴まれた。

いつの間にか女神化していたアイリスハートの手によって。

 

 

「知らなかったのぉ? ……女神からは、絶対に逃げられないのよぉ」

 

「は、離せェ!! これは生放送だ、アタイみたいなか弱い女の子を虐待……」

 

「しないわよぉ。 ただ、さっきみたいにカメラを回して欲しいだけ。 ……逃げたりしたら」

 

「ハッ!! 仰せのままに!!」

 

 

トラウマによって従順なペットに成り下がっていた下っ端に反抗心などあるはずもなく、それはそれは見事な敬礼を披露してアイリスハート様の指示に従うのでした。

 

 

「大臣……! 覚悟しろ……てめーだけは絶対に許さねぇ……!!」

 

「おぉ、これはブラン様。 怖い顔をなさって……しかしあれほど忌み嫌っていた女神達と手を組むとは、堕ちるところまで堕ちたものですなぁ」

 

「うるせぇ!! こうなったのもてめーの所為で……!!」

 

「ちょっと待ちなさい。 私はコイツに協力したつもりはないわ。 ―――ただ、貴方をぶっ飛ばしたいだけよ!!」

 

「まさか、女神四人を相手にして勝てるなんて思っていないでしょうね?」

 

 

更には女神化したノワールとネプテューヌも迫ってくる。その手に刃を握って。

一瞬、アクダイジーンも焦った。あの体つきからして、アクダイジーン自身に戦闘力などあるはずもない。

女神一人だけでも歯向かえば身の破滅。しかし、突然彼は落ち着きを取り戻し。

 

 

「……女神四人? 三人の間違いじゃないのか?」

 

「は? 何を言って……あ」

 

 

まるで負け惜しみのように聞こえたのか、ノワールは呆れたように返した。

だがそれも一瞬の事。すぐに思い当たる。

この場において、女神でありながら女神化出来ないその存在を。

 

 

「……変身、出来ない……」

 

「じゃろうなぁ。 先程の生放送を見て、貴様を信仰する物好きなど一人もおるまいて」

 

 

ブランだった。

女神の力の源はシェア―――人々の信仰心だ。誰もがブランを信仰しなければ、変身するための力すら生まれない。

 

 

「まぁ、別にこっちは三人でアンタをボコしてもいいんだけど?」

 

「待ってノワール! そうなったら、国民は私達三人の誰かを信仰することになってしまうわ。 そうなればルウィーは自然消滅、ブランは完全に女神の力を失ってしまう……」

 

「ぐふふ、プラネテューヌの女神は案外聡いのう。 さぁ、好きにするがいい……女神自身の手でルウィーの幕を下ろしたいのならなぁ!!」

 

 

これでは事実、ブランを人質に取られたようなものだ。

刃を振り下ろすまでもない、拳一つだけで目の前の中年親父は倒せるというのにそれすらもままならない状況。

どうすればいいのかと攻めあぐねていると。

 

 

「―――じゃぁ、信仰する物好きがいればいいんだな?」

 

「白斗、遅かったじゃない!」

 

「悪い悪い。 あの後、衛兵に見つかっちまってな。 黙らせるのに手古摺っちまった」

 

 

黒コートをはためかせながら天井裏から一人の少年が舞い降りる。

今まで潜入していた白斗だった。

衛兵と戦闘をしてきたらしいが、多少服に切れ目が入っているだけで特に怪我とかはしていないらしい。

 

 

「小僧……! どういうことじゃ?」

 

「子供でも分かる簡単な話だよ。 耄碌ジジイには分かんないだろうけど、なぁプルルート?」

 

「ふっふふ、さっすが白くん。 あたしの考えをよく理解してくれてるわぁ」

 

 

アクダイジーンの動揺には大して取り合わず、彼の目線はプルルートに注がれた。

妖艶に微笑んだ彼女は、ブランに手を伸ばすと彼女の小さな手を優しく取り。

 

 

「……ブランちゃん。 あたし達が、貴方を信仰してあげる」

 

「え?」

 

「内気でウジウジしてて、弱気で泣き虫だけど可愛いくて大切なあたしのお友達を信仰する……別に変じゃないでしょぉ?」

 

「ああ、俺もだ。 弱い自分を奮い立たせて、それでも懸命に頑張り続けた努力の女神、ホワイトハートに、惜しみない信仰を」

 

 

更に白斗も、その手を重ねてくれた。

ただひたすら女神のためにどこへでも向かい、何でもやって、いつでも女神の手を取る男。

その彼の手も力強く、大きく、けれども優しかった。

 

 

「私も信仰するわ。 力強く、荒々しくも頼もしい、信頼のおける友人を。 さぁ、ノワールも」

 

「わ、私も? ……まぁ、これでも長い間先輩女神として頑張ってたわけだし。 そういう意味では……信仰してあげるても、いいわよ?」 

 

 

普段はお気楽だけれども、友を想う気持ちは誰よりも強いネプテューヌも。

自他共に厳しいが、心ねは優しいノワールも。

皆がブランのために手を重ね、彼女を信じ―――信仰してくれる。その信仰は優しい光となって溢れ出し、ブランの中に注ぎ込まれる。

 

 

「力が……! 少し、だけど……これなら!!」

 

 

今のブランに恐れなど無い。

友達が自分を信じてくれる。まだ、彼女は国のため、友のため、そして自分のために戦える。

その嬉しさと共に、信仰の証たるシェアエネルギーを光として身に纏い―――。

 

 

 

「―――変身、出来たぜ!!」

 

「な、なんじゃとおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

 

 

―――巨大な斧を携えた鉄壁の女神、ホワイトハートが降臨した。

 

 

「は……ははははは!! これで遠慮なくテメーをぶっ飛ばせるぜ!!」

 

「全く、世話が焼けるんだから。 ……でも、ようやくね!!」

 

「これで正真正銘、女神四人よ」

 

「だな。 年貢の治め時って奴だなぁ、クソジジイ」

 

「うふふ……下っ端ちゃぁん、ちゃんとカメラ回してるわよねぇ?」

 

「ハッ!! バッチリです!!」

 

「ぐ、ぬぬ……! よもや、このような事態になろうとは……!!」

 

 

女神四人、そして白斗が刃の切っ先をアクダイジーンに向ける。

おまけに下っ端はすっかりアイリスハートの下僕、全く加勢してくれる気配がない。

 

 

「じゃが!! 窮地と好機は表裏一体……ここで女神四人を全員葬れば、全ての国がワシのものとなる!!」

 

「出来もしねーこと口にしてんじゃねーぞ。 てめー、戦闘なんか出来ねーだろ」

 

 

だが、アクダイジーンはまだ諦めなかった。

それどころか、この絶体絶命の状況をひっくり返すつもりでいるらしい。ブランは呆れ果てるが、虚勢にしてはどこかおかしい。

 

 

「それはどうかのぉ? ワシには切り札がある……国家予算を横流しして作った、究極のパワードスーツがなぁ!!」

 

「な、何だと!?」

 

「……あなた、国家予算まで使い込まれてたの?」

 

「さすがに、管理が杜撰すぎるわね」

 

「……ブラン、この次はそこも勉強していこうな。 ネプテューヌと一緒に」

 

「ちょっと白斗! 私だってやる時はやるんだから! ……極たまに」

 

「極いつもの時はやってくれないってことじゃねーか!!」

 

 

アクダイジーンが指を鳴らせば、地面が突如せり上がる。

そこから現れたのは、不細工ながらもかなりの大きさのあるロボットだった。

こんなロボットを作れるだけの金が使いこまれていたことにも気づかないことにネプテューヌ達も呆れてしまう。

 

 

「フン、漫才かましてるお前達には衛兵の相手でもしているがいい! お前達!!」

 

「「「「「は……ハッ!!」」」」」

 

「ネプテューヌ、俺達は雑魚処理と行こうか」

 

「ええ。 ブラン、こっちは任せて」

 

「アンタ自身のケジメよ。 さっさとその男ぶっ倒しちゃいなさい!!」

 

「うーん、こんな人たちじゃ物足りないけどぉ……美味しいところは譲ってあ・げ・る」

 

 

更に、今となっては大臣の部下となった衛兵たちがブランの周りを取り囲む。

しかし悪辣なアクダイジーンの部下だけあって衛兵の質は決して高いとは言えず、ネプテューヌ達が武器を構えるだけで怯んでいた。

 

 

「ああ。 ……アクダイジーン、覚悟は出来たか……?」

 

「貴様こそ!! 幾ら女神化出来たとはいえ、たった四人分の信仰!! そんなちっぽけなシェアで、このワシに敵うわけがなかろう!!!」

 

 

すぐさまアクダイジーンはスーツに乗り込み、起動させる。

起動音、足踏みによる振動音、そして振り回される剛腕。以前戦ったコピリーエースの技術が応用されていると考えれば、確かにパワーは凄まじいのかもしれない。

それでも、ブランは怯まない。揺るがない。恐れを全く抱いていない。

 

 

「……不思議なモンだな。 ちょっと前の私だったら、きっと怖気づいちまったかもしれねぇ」

 

「今も、の間違いじゃないのかぁ?」

 

「ああ、今は全く怖くねぇ。 ……今なら分かる、私に必要なのは上っ面だけのシェアの量なんかじゃない……私を信じてくれている人に応えたいって想いだ!!」

 

「何かと思えば今更精神論!? 片腹痛いわぁ!! 死ねぇ!!!」

 

 

ブランの想いを全否定するかのように襲い掛かる機械の剛腕。

それに対し、白の女神は避けるでも、迎撃するでもなく―――。

 

 

 

 

「う……おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

 

 

真正面から―――受け止めたのだった。

 

 

「な、な、何じゃとぉおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

「……これが、私の想いだ。 それにな、今の私は……嬉しいんだ」

 

「何が!!?」

 

「この力で、信じてくれている人に応えられる。 この力で、国を取り返せる。 この力で―――私の大好きなルウィーを、国民を……守れるからだぁ!!!」

 

 

すると今度は受け止めただけではなく、アクダイジーンのパワードスーツを押し返した。

単純な力だけで。機械の剛腕が、少女の細腕に負けている。

何もかもが理解できないこの状況に、いよいよアクダイジーンの余裕も失われた。

 

 

「馬鹿なことを!! 貴様はさっきまで国民に見捨てられた!! 自分を見捨てた愚か者共を、それでも愛するというのか!!?」

 

「ああ、そうだよ!! 辛いことも、苦しいこともあったけど……嬉しいことだってあったんだ! 皆が私を認めないっていうなら、認めさせる!! それが私の覚悟だ!!!」

 

「ぐ、ぬぬぬううぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 

どんな言葉を投げかけても、ブランは一切揺らがない。

揺らいでいるのはアクダイジーンの方だ。押し返すために出力を上げても、女神ホワイトハートの力は常に上回っている。

寧ろ無理に出力を上げたために、パワードスーツの方が限界を迎えていた。

 

 

「し、知っておるぞ!! 貴様は好きで女神になったワケではない!! 嫌々女神をやったところで長続きするものか!! またいずれ、今日みたいに……!!!」

 

「確かに好きで女神になったワケじゃねぇ。 それでも……今は! 私は女神でいられて幸せだって思えるよ」

 

「な……!?」

 

「そして私を女神にしてくれているのは……この国、国民、そして私の友達だ!! そんな私の大切な宝物のために―――戦いたいんだぁあああああああああッ!!!」

 

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなあああああああああああああああッ!!!!!」 

 

 

どれだけ虚勢を張ろうとも、既に勝敗は見えていた。

オーバーヒートを起こしたパワードスーツはあちこちから煙が上がり、火花が弾け、外装が剥がれてきている。

出力も落ち、何よりも自らの肉体で戦えないアクダイジーンに勝機などあるはずもなく。

 

 

「どおぉぉおおりやああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

「ひ―――あぎゃあああああああああああああああああああああああああッ!!?」

 

 

―――ブランが豪快に、パワードスーツを投げ飛ばした。

こんな巨体が放り投げられるとは想定していなかったらしく、満足に着地も受け身もとれぬままアクダイジーンはパワードスーツごと地に沈む。

ルウィー全土を揺るがすこの地鳴りが、決着の合図でもあった。

 

 

「へッ、良かったな。 望み通り、生中継されてるぜ。 てめーの醜態が、な」

 

「ぐ、ぐぐぐッ……! おのれぇ……!! だ、だがまだじゃ……まだ……!!」

 

 

動かなくなったパワードスーツの下からアクダイジーンが這い出てきた。

やはり衝撃によって相当なダメージを受けたらしく、しかしその目はまだ諦めていない。

野望の炎が未だに灯るアクダイジーン。それにトドメをさすのは。

 

 

「おっと、断罪はこれからだぜ。 おっさん?」

 

「こ、小僧……!? 衛兵共は!?」

 

「もう皆倒したわ。 体力と白斗さえ戻れば、あんな連中取るに足らないもの」

 

 

白斗だった。

そしてネプテューヌが指差す先には、山のように積み上げられた衛兵たちの気絶した姿が。

一部はアイリスハートの椅子なり犬なりになっているのは、ご愛敬。

 

 

「お、おのれぇ……!! じゃが貴様に何が出来ると!?」

 

「例えば……これ。 ブランの指示を捻じ曲げて国民からの税収をネコババした帳簿とか」

 

「なっ!?」

 

 

白斗が黒コートから取り出したもの。それはアクダイジーンによる不正の証拠だった。

彼がここに潜入する際に言っていた「探し物」とは、まさにこれだったのである。

 

 

「これは……賄賂の記録か、これは国民からの要望書を握り潰した後、んでこっちは情報の改ざん記録に……」

 

「や、やめろお!! やめてくれえええええええええええッ!!!」

 

 

何度も言うように、これは生放送だ。

どれだけアクダイジーンが放り投げられる書類の数々を奪おうとも、その存在が露呈すればどうなるか。

既に国民の信頼は失われ、彼を首長と認める者はいない。

 

 

「あらぁ? 何を情けないことを言ってるのかしらぁ? これからが本番なのにぃ」

 

「へ?」

 

「そうだな……これからが始まりだってのに、音を上げてくれるなよぉ……?」

 

「え? いや、あの……え?」

 

 

だが、これだけで終わるはずもなく。

―――ゆらりと怪しい雰囲気を湛えたプルルートとブランが、近づいてくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、というワケでルウィー特設会場から私、ネプテューヌと……」

 

「ノワールでお送りしているワケですが……」

 

 

それから少しして、気まずそうにマイクを手にするネプテューヌとノワール。

だが無理もない話だ。何せカメラの先には―――。

 

 

「ずびばぜんでしたああああああ!! ワシが悪うございましたああああああああ!!!」

 

「声が小せぇ!! もう一回だぁ!!!」

 

「ひぃ!! やめて!! 大きい音立てないで!!」

 

「あっははは!! 生意気に人間の言葉なんか使っちゃってぇ……豚は豚らしく鳴いていればいいのよぉ!!!」

 

「やめて!! 爪先でつんつんしないでええええええ!!! も、もう勘弁してくださあああああああああああああああい!!!」

 

 

女神様二人から、それはもう熾烈なお仕置きを受けているアクダイジーンの姿があった。

頭を抱えて小さくなり、震え上がるアクダイジーンだが、それを止めることも出来なければ、止める道理もない。

 

 

「えーと、先程から放送している通り、これまでの騒動は全て七賢人の企みによるものでして」

 

「一見力尽くで言わせているようにも見えますが、これは事実で……いいのよね白斗?」

 

「はい、不正の証拠は全て搔き集めてきました。 国民に寄り添ったブラン様の政策を、この男は自分の都合のいいように捻じ曲げていたワケです」

 

 

お茶の間に流すにはさすがに苛烈すぎるが、もう止めようがない。

微妙な空気を醸し出しながらも、ネプテューヌ達はリポートを続ける。ついでに白斗はアクダイジーンの悪事を徹底的に暴くと同時に、ブランの権威回復に努めていた。

せせこましくはあるが、ブランの印象を少しでも良くするためだ。

 

 

「し、下っ端ぁ!! 助けてくれぇ!! 武士の情けじゃぁ!!」

 

「アタイ、アイリスハート様の忠実なしもべ故」

 

「はぁい、良く出来ましたぁ。 それに比べ、こっちの豚はぁ……!」

 

「やめて! 髪の毛一本ずつ抜かないで!!! ワシの微かな希望を摘み取らないで!!」

 

 

―――地味ながらも精神に大ダメージを与えるお仕置きが尚も進行中。

血飛沫が飛ぶようなR-18Gの光景ではないとは言え、これはお子様にはよろしくない。

 

 

「お、おーい二人とも。 これ以上やるとさすがにその……じ、時間押してるからそろそろ終わりにしてくれー……」

 

「フン、仕方ねぇ。 これくらいにしてやるか」

 

「あらぁ、ブランちゃんはもういいの? それじゃぁ、あたしはこの後も……♪」

 

「そ、そんなぁ!!?」

 

 

アクダイジーンのためではないが、これ以上は国民に悪影響を与えかねない。

さすがに白斗も小声で止めに掛かるが、プルルートは個人的な嗜虐を続けるつもりらしい。

まだまだ終わらないお仕置きに、アクダイジーンは泣き喚いた。

 

 

「おいテレビの前のてめーら! 二度と私への信仰をやめようとおもうんじゃねーぞ!! そん時は、コイツと同じ目に遭わせてやるからな!!」

 

(あれー……? ちょっと前まで感動的な台詞を言ってたよねー……?)

 

「そぉれ! そぉれ!! そぉれぇええええええええええええええ!!!」

 

「だ、誰か助けてえええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

 

 

―――ブランの威圧、プルルートのお仕置き、そしてアクダイジーンの悲鳴。

三者三様の叫びが、ルウィーの空に溶けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さて、その後は色々大変だった。

まずアクダイジーンの悪事の事後処理として、関連書類及び彼に加担した者達の処分。

それらを手伝っている内に、早くも一日が過ぎていった。

 

 

「あ、白斗! お疲れ様! はい、お茶」

 

「おう、ありがとなネプテューヌ。 ……ところでプルルートは?」

 

「それがぷるるんってば、オジサンと下っ端が逃げちゃったことに不満タラタラで」

 

「あいつらも懲りないねぇ……」

 

 

ブランの手伝いをしていた白斗にお茶を手渡すネプテューヌ。

仄かな香りと苦みを味わいながら、白斗は思い返していた。

ブランの手伝いをしている間に隙を見てアクダイジーンと下っ端は牢屋から逃げ出し、彼らにお仕置きを続けるつもりだったプルルートはむくれていたというわけである。

 

 

「みんな~、お待たせ~。 こっちは終わったよぉ~」

 

「……白斗、プルルート、それにネプテューヌ。 ありがとう……もう、大丈夫だから」

 

「お、ブランにプルルートもお疲れ様」

 

 

そこへ現れたプルルートとブラン。

お仕置きを続行できなかったフラストレーションを仕事にぶつけていたらしく、思いの外仕事が捗ったようだ。

 

 

「ちょっと、誰か一人忘れてないかしら?」

 

「ノワール……あなたにだけはお礼は言わない」

 

「んなっ!? ……フン、まぁしおらしくお礼なんて言われても気持ち悪いだけだし」

 

「んだとぉ……!?」

 

 

しかし一方で相変わらず折り合いの悪いノワールとブラン。

この世界における二人の関係性は―――「喧嘩するほど仲が良いライバル」、だろうか。

そんな二人に苦笑いしながらも、プルルートと白斗が止めに掛かる。

 

 

「ダメだよぉ~。 仲良くしなきゃ~」

 

「二人ともー。 プルルートの餌食になっても知らないぞー?」

 

「「ヒッ!?」」

 

「それで止まらないでよぉ~!」

 

 

ドッ、と笑い声が沸き上がる。

その中心にいるのはネプテューヌで、それにつられて白斗も、ノワールも、そしてブランもついつい笑ってしまう。

今の彼女に、もう孤独は無い。改めて、女神としての本当の一歩を踏み出せる。

 

 

「もうブランは大丈夫そうだね! なら、そろそろ自分の国に戻ろっか!」

 

「だな。 いい加減ピーシェ達も首を長くして待ってるだろうし」

 

「アイエフちゃん達へのお土産買っていかないとね~」

 

「やれやれ……ちょっと抗議してすぐ戻るはずだったのに、とんだ大冒険だったわ」

 

 

立て直しにまだまだ時間はかかるだろうが、今のブランなら立派な女神としてやっていける。

自分の国や、家族の事もあるので一旦戻ることにしたネプテューヌ達。

 

 

「あ、待って! ぷ、プルルートに白斗……」

 

「え~? な~に~?」

 

「おう」

 

 

いざ帰路へ、とその直前。ブランが声を掛けて一行を止めた。

中でも名指しでプルルートと白斗の名前を呼ぶ。今回の騒動で、最も世話になった二人だからだ。

 

 

「……しばらくは、立て直しだとかでばたばたしてるだろうけど……その、時間を作るから……あ、遊びに行っても……いい?」

 

「うん~! 約束だよ~」

 

「……ありがとう。 それから、白斗……この本、すっごく面白かった……! また、私のお勧めの本……持っていくから……!」

 

「ああ。 ……やっと、気軽に貸し借りできる仲になれたな」

 

 

すっかりプルルートに懐いたブランは、プラネテューヌに遊びに行くと約束した。

そんな彼女との約束に、プルルートもふんわりとした微笑みで応える。一方白斗に差し出されたのは、「女神と守護騎士」という白斗の愛読書。

一時期彼女に貸していたものを、気楽に返せる仲となれたことに白斗も嬉しそうだ。

 

 

「む……! 白斗! そろそろ行こっ!!」

 

「プルルートも! いつまでも話し込んでるんじゃなーいっ!!」

 

「わ!? ちょ、ネプテューヌ引っ張るなって!!」

 

「ぶ、ブランちゃん~! またね~!」

 

 

何やらネプテューヌの想い人が、ノワールの親友が奪われそうになっていることにジェラシーを感じた二人が腕を引っ張ってくる。

結局最後まで慌ただしいまま、ネプテューヌ達はルウィーを去っていった。

まるで風のように現れて、風のように去っていく不思議な女神達に目をぱちくりさせながらも、ブランは手を振り続け。

 

 

 

 

 

「……またね……か。 ……よし、頑張ろっ」

 

 

 

 

 

 

―――心からの笑顔で、前を向くのだった。

その後、ルウィーは改めて白斗達の協力を得てプラネテューヌやラステイションと国交を結ぶ。

時にはライバルとして、時には助け合う友として。

ルウィーの伝統を守りつつ、新しい文化を受け入れる、荒々しくも力強い国民の守護女神として、ブランは受け入れられることになる。

 

 

 

 

そして、その立役者ともなったプラネテューヌの評判も更に上がり、シェアも増加するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほほう、この事件を解決したばかりか白の女神とも絆を結びますか……。 本当に干渉力高いですねぇ、さすが私が見込んだ“騎士殿”!」

 

 

―――“彼”は、誰とも知らない物陰からそう呟く。

誰にも聞こえず、しかし“貴方”には聞こえるように。

 

 

「この分ですと、シェアが溜まるのも時間の問題……ふふ。 ですが、終わらせるにはまだ勿体ない……もう少し、踊っていただきましょう」

 

 

帽子を押さえながら、男は廊下を歩き出す。

鴬張りの廊下ですら軋みを一つも立てることなく、まるで存在が影そのものであるかのように、体重を一切感じさせることなく。

そして彼は誰とも知らず、語り続ける。

 

 

「“彼女”だけでは面白くない……“変化”を付けるなら……更なる役者を追加しましょう。 ふふ……どんな物語になるのか、この“ジョーカー”……語り部として楽しみです」

 

 

ローブをはためかせながら、男は影に溶けていく。

―――彼の名は、“ジョーカー”。自らを「語り部」と称する、謎の人物。

その存在を知るのは、“貴方”だけ―――。




大変お待たせしました。ルウィー編、完!
本当はアクダイジーンの下りで後編に入っても良かったかなーと思ったのですが、話数を増やしたくないためにこのような形に。
さて、改めて神次元のブランちゃんですが相当大変だったと思います。今回は彼女の女神に対する姿勢や想いを中心とした物語だったので、それに対しネプテューヌ達や白斗はどう向き合い、関わっていくのかを意識しました。
そしてこの神次元編は原作よりなストーリーでしたが、ここから更に物語はまた新しい展開や役者を迎えて行きます!
次回はなんとあの子“達”のターン!?果たしてこの神次元でどうなってしまうのか、お楽しみに!
感想ご意見、お待ちしております!


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第五十七話 親方ぁ!空から妹達が!

親方「死んでも受け止めろ」

というワケで今年最初のLOVE&HEART、はーじまーるよー!


―――某国某所、七賢人アジトにて。

 

 

「おのれぇ女神共ォ……!! 末代までの恥……呪ってやるぞぉ……!!!」

 

「あ、アクダイジーンさん! 落ち着いてください~!」

 

「あらあら、アーさんは大荒れねぇ……。 無理もないけど」

 

 

円卓の会議室でアーさんことアクダイジーンは恨み言を繰り返していた。

先日でのルウィーでの活動が徹底的に暴かれてしまい、女神達に仕置きされたばかりか自身の恥ずかしい姿が全国生放送という公開処刑に遭ってしまった。

キセイジョウ・レイやロボットスーツを着込んだオカマが宥めるも、全く効果がない。

 

 

「あの一件でアタシ達七賢人の評判もガタ落ちで半ば全国指名手配のような扱い……動きづらくなっちゃったわねぇ」

 

「信じられないわオッサン!! あの状況でどうやったら失敗できるのよ!?」

 

「ワシの所為ではないわ!! そもそも下っ端、貴様が裏切らなければ……!!」

 

「それこそアタイの所為じゃねェよ!! あのドS女神が脅すから!!」

 

「いや、それこそお前の所為ではないか!! 上手くいけばあの幼女女神を俺様の手中に出来たものを!!!」

 

「み、皆さん落ち着いて……落ち着いてくださいいぃぃ~……」

 

 

オカマが漏らした一言に会議に出席していたアブネスが、下っ端が、アクダイジーンが、そしてトリックが次々に反応する。

責任の押し付け合いで阿鼻叫喚、紛糾する会議室。震えながら静止を呼びかけるレイだが、小声すぎて全く届かない。

 

 

「お前達!! もうやめよう!! 仲間同士で争うなんて!!! 寧ろこんな時だからこそ、俺様達が手を取り合い、協力して乗り越えて行かなきゃいけないんじゃないか!!」

 

「……コピリーよ、お前さん。 そんな熱血キャラだったかのぉ……?」

 

 

が、凄まじい大声が言い争いの場を静めた。

それは以前女神達に破れ、ボディを破壊されたロボットことコピリーエースである。

だが以前の彼なら言い争いを止めるどころか、好戦的な性格故に言い争いを加速させる言動をするはずだとアクダイジーンが訝しむ。

 

 

「ああ、アタシが修復する際にね。 ちょこっと性格を変えて見たの。 前の性格のままだと協調性無さすぎてお話進まないから」

 

「いやぁ、あの時の俺様は若気の至り! 仲間達との絆を無碍にして実に恥ずかしい!! だからこそ、俺様は皆との繋がりが何よりも大切だと気付いたんだ!!!」

 

「……これはこれで暑苦しい……が、こっちの頭も冷えたわい……」

 

 

無駄にうるさく、無駄に熱いコピリーエースによって逆に空気が冷めた。

事実、直接戦闘力ならばこの中でもトップを争うコピリーエースにはどこか逆らい難い空気があるのだ。

 

 

「分かれば良し!! しかし、このままだとマズイのも事実!!」

 

「もーラチが明かないわ!! こうなったらアタシはアタシであの女神達の尻尾掴んでやるんだから!! 今度はアタシ達があいつらの評判をどん底に叩き落してやる番よ!!」

 

「アブネス、俺様がついていってやろうか? 他意は無いぞ、アクククク」

 

「ついてくんな変態ロリコン!! ってかアブネスちゃんは大人のレディだって何度も言ってるでしょーがっ!!」

 

「だからロリとは線引きしているのだ。 あくまで仲間として接してやる。 あ、アメ要るか?」

 

「だったらその妙な優しさはやめなさいよーっ!!」

 

 

さすがにアブネスの実年齢が年齢だけに幼女好きのトリックも愛でる対象ではないらしい。

―――にしては、妙に気に入っている節があり鳥肌を禁じ得ないアブネスは逃げるように飛び出していく。

その瞬間、会議室の空気が冷ややかになった。

 

 

「……やれやれ、やっと行ったか。 あいつの前で“この話”は出来んからのぉ」

 

「余り俺様好みの作戦ではないが……それでも仲間達のためだ。 黙認してやるさ」

 

 

アブネスが出て行くと、決まってある話題が中心となる。

その内容が内容だけにコピリーエースも苦い顔をしていたが、以前とは違い表立って反対の声を上げはしない。

 

 

「そうねぇ。 手持ちの女神メモリーも少ないし、早い所適合好例見つけないと……あぁそうそう、女神メモリーと言えばレイちゃん」

 

「ひゃっ、ひゃいっ!!?」

 

「随分前の話だけど……4ヶ月以上前だったかしら? プラネテューヌの教会から子供を一人連れ去るって作戦で女神メモリー紛失したのよねぇ? 見つかったかしら?」

 

 

相変わらずの口調で話しかけるオカマ。だが、その声色はどこか鋭い。

バイザー越しに感じる視線も、心なしか射抜いてくるようだ。それにすっかり畏怖したレイは涙目になりながら頭を下げ始める。

 

 

「い、いいえッ!! すみませんすみませんすみません!!!」

 

「いいのよぉ、また探せばいいんだけだし。 ……ただの紛失なら、ね……」

 

「で、ですよねぇ!? とりあえず、また頑張りましょぉ!!!」

 

 

不自然なくらい、大声を張り上げてくるレイ。

彼女の奇声やおどおどした態度はいつもの事なので周りも特に気にすることは無かった。

―――ただ一人を除いては。

 

 

(レイちゃん、この話題になると露骨に避けたがるのよねぇ……。 レイちゃんには悪いけど、ちょーっと調べてみようかしら……詮索したがるのは女の子の特権……うふ♪)

 

 

エキセントリックではあるが、切れ者でもあるロボスーツを着込んだオカマは顎に手をやると面白そうにほくそ笑んだ。

だがその笑みは、機械の仮面に覆われているが故に誰にも悟られることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さて、時と場所は変わってここはプラネテューヌ。

今日も爽やかな天気、変わらぬ街音、穏やかな時間が流れる、呆れるほど平和な国。

そんな国に、ちょっと珍しい来訪者がやってきた。

 

 

「……お、お邪魔します……」

 

「あ~、ブランちゃん~! いらっしゃ~い!」

 

 

おずおずとドアを開けたのは、巫女服を着こんだ白の女神。ブランだった。

そんな彼女を嬉しそうに出迎えたのはこのプラネテューヌの女神、プルルート。ぱたぱたと駆け寄っては、小柄な彼女よりも更に小さいその両手を握って歓迎する。

 

 

「ヤッホー! ブラン、久しぶり! すっかりぷるるんに懐いてますなー」

 

「ネプテューヌも久しぶり……。 で、でも懐くとか……そんなんじゃないから……」

 

 

次にやってきたのはネプテューヌ。今日も飛び切りの眩しい笑顔でブランを出迎えてくれた。

ブランも少々たどたどしいが、ネプテューヌとはあれ以来友好的な関係を結べている。

さすがにプルルート程ではないが、ブランもすっかりネプテューヌには懐いている方だった。

―――ただ、その愛想の良さも黒の女神を目の当たりにした途端に消え失せる。

 

 

「………………」

 

「……何よ、私には挨拶無いワケ?」

 

「挨拶をする際にはまず自分から。 先輩だの後輩だの以前に人としての常識よ」

 

「良く言うわよアポ無し突撃敢行してきた薄っぺらい女神が……!!」

 

「よろしい、ならば戦争だ。 派手なドンパチしようじゃねぇか……!!!」

 

 

相変わらず犬猿の仲であるノワールとブラン。

バチバチと火花が散るこの光景に、ネプテューヌとプルルートも呆れ顔をしていたのだが。

 

 

「はいはい、そこまでですお嬢様方」

 

「あ……白斗!? 何でまた執事服に……?」

 

 

そこに割り込んだ人影に驚きの声を上げるブラン。

何故ならそこにいたのは、以前の事件で世話になった少年こと黒原白斗―――だったのだが、いつもの黒コートではなく以前もてなしてくれた時と同じ執事服だったからである。

 

 

「私からのリクエストー! たまーにやってもらうとさ……ゾクゾクしちゃうんだよね~!」

 

「きょうはぴぃもおじょーさま! いいでしょー!」

 

「あ、うん……。 ってプルルート、この子は……?」

 

「あ~。 ブランちゃんはまだ会ってなかったよね~。 この教会で一緒に暮らしてるピーシェちゃんだよ~」

 

 

そこにパタパタと割り込んでくる小さな影。この教会に住んでいるピーシェだった。

今日、ブランが遊びに来るということで初顔合わせの意味もある。

 

 

「あ! ぶらんだ! いつものふくとちがう……いめちゃん?」

 

「それを言うならイメチェンね……。 それに私はいつもこの服を着てるんだけど……」

 

「あー、ピー子は一度私達の世界に行ったことがあってね。 そこで、私達の世界のブランと出会ったんだよ」

 

「ああ、以前言ってた恋次元の話ね……。 納得」

 

 

そしてブランに恋次元の事情を話すと納得してもらえた。

和解して以来、仕事以外でもプライベートな付き合いも多くなり、ネプテューヌや白斗のプライベートな話をすることも多くなった。

その過程で自分達が別次元から来た存在であることは既に話している。

 

 

「では立ち話も何ですし、ティータイムと洒落込みましょう」

 

「私としては別の恰好の方が好みだったのだけど。 ねぇ、白子ちゃん?」

 

「ブラン様、ロープはお持ちでしょうか。 人が首吊っても切れないくらいの」

 

「そんなに嫌がることないじゃない。 似合ってたのに」

 

「ブランちゃんもそう思うよね~。 白くん、とぉってもカワイイのに~」

 

「もうやだ、おうち帰るぅ!!」

 

「今の白斗の家ここだから」

 

 

相当女装に抵抗があるらしい。

先程まで凛々しい紳士だった白斗が一瞬にしてダウナーと化し、ネガティブに陥っている。

一方のブランやプルルートは白斗の女装姿を大層気に入っており、寧ろ期待すら寄せていた。

 

 

「ホラホラ、執事服身に纏った以上私達をもてなして頂戴。 これ以上イジらないから」

 

「ったく……。 コホン、失礼しましたお嬢様方。 どうぞあちらに」

 

 

ノワールもとりあえず慰めてくれるので、何とか持ち直す白斗。

視線の先にはテラスに設置されたテーブル、そしてティーセットの数々。ケーキスタンドも設置されており、一段目にサンドイッチ、二段目にスコーン、三段目にケーキと以前より本格的だ。

 

 

「おにーちゃん、ねぷのぷりんないの?」

 

「ピー子、たまには大人のティータイムを味合わなきゃ」

 

「まぁまぁ、堅苦しすぎるのも楽しくないでしょう。 勿論ご用意しておりますよ」

 

「「やったー♪」」

 

(結局ネプテューヌも食べる気満々かい。 いや、ご用意してますけど)

 

 

勿論ピーシェやネプテューヌの好みに合わせてプリンなども用意している。

本格的とは言ったが、ティータイムの目的は皆に楽しんで貰いたいからだ。格式に拘る余り、楽しめなくなるようでは本末転倒。

白斗の柔軟な対応に、女神達も大喜びだ。

 

 

「あら、いい香りね。 ダージリンかしら?」

 

「はい、他にはアールグレイやキームンなどもございます。 お好みの茶葉はございますか?」

 

「なら私はアールグレイを貰おうかしら。 ケーキはやっぱり手作り?」

 

「勿論です。 一流パティシェには遠く及びませんが」

 

「そんなことないよ~。 たくさん作ってくれたし、白くんのケーキ美味しいもん~」

 

「光栄の至り」

 

 

一方、本格的なティータイムの前には犬猿の仲であるノワールやブランも落ち着きを見せる。

注目したのは三段目のケーキ。

パティシェには及ばないにしてもショートケーキ、チーズケーキ、モンブラン、ザッハトルテと種類を数多く揃えており、「楽しんで欲しい」という白斗の気遣いが表れていた。

 

 

「好きなものを好きなだけ食べてください。 お茶のお代わりもございますので」

 

「ありがと白斗! ピー子、紅茶熱いから火傷しないようにね」

 

「うん! ふー、ふー」

 

 

まるで本当の姉妹のように接しているネプテューヌとピーシェ。

この二人がいると嫌でも騒がしくなってしまう。けれども今はその騒がしさこそが、いい意味で堅苦しさを払拭しており、ティータイムは女の子達にとっても楽しい時間となる。

 

 

「あ、ブランちゃん~。 あたしが作ったぬいぐるみキーホルダーつけてくれてる~!」

 

「え、ええ……。 とっても可愛いわ、プルルート。 ありがとう」

 

「えへへ~。 どういたしまして~」

 

「む……。 わ、私だってプルルートのぬいぐるみとか貰ってるからね! 親友として!」

 

「ノワールってば、そこ張り合うところじゃないよー」

 

 

女三人寄れば姦しいなどとは良く言ったもの、あっという間にガールズトークに華を咲かせる。

対抗心を燃やすノワールや対立するブラン、それをプルルートやネプテューヌが上手く緩和し、ピーシェが天真爛漫さを発揮して毒気を抜かす。

そんな騒がしくも楽しい会話を、美味なる紅茶やケーキなどで更に盛り上げる。

 

 

「ふーっ、美味しい~……。 白斗、また腕を上げたわね」

 

「お褒めに与り光栄です。 ですが私などまだまだ」

 

「謙遜しなくていいのよ。 本当に私の傍に置きたいくらい……あ、プルルート。 白斗貰っていいかしら?」

 

「だ、ダメだよぉ~! ブランちゃんでも白くんは渡さないんだから~!」

 

「ちょっとー! 白斗は私の騎士様なのー! 私のなのー!!」

 

 

と、どうやら白斗をいたく気に入っているらしいブランが白斗を傍に置きたがっていた。

幾ら友人と言えどそれを看過できるプルルートとネプテューヌではなく、すぐに抗議の声を上げる。

 

 

「……あ、白斗。 悪いけど緑茶貰えるかしら?」

 

「緑茶ですか? 勿論ご用意できますが……紅茶はお口に合いませんでしたか?」

 

「そんなことないわ。 ただ、ちょっと欲しくなっただけだから」

 

「分かりました。 すぐご用意いたしますので少々お待ちください」

 

 

すると突然、ブランが緑茶を所望してきた。

今回はアフタヌーンティーの路線で行くつもりだったため、緑茶はこの場にない。

白斗は緑茶を用意するべく一礼してから離れた。

 

 

「アンタね……幾ら何でも白斗が折角用意してくれたのに、あの言い草はないでしょ?」

 

「それに関しては素直に謝るわ。 でも、こうでもしないと白斗が離れてくれないから」

 

「ん? 何か白斗に聞かれたくない話題でもするつもり?」

 

 

珍しいブランの我儘に、ノワールは遠慮なく非難がましい視線を投げつける。

今回は非があると感じたのか素直に頭を下げるブラン。どうやら緑茶を所望したのは白斗をこの場から引き離すための方便らしい。

すると真剣さを帯びた視線を、一同に投げつけた。

 

 

「単刀直入に聞くわ。 ……貴方達、白斗の事……好きなの?」

 

「「ぐフッッ!!?」」

 

 

それに思いっ切り動揺したのは二名。ネプテューヌとプルルートだ。

一方のノワールとピーシェは質問の意図が分からないらしく、首を傾げている。

 

 

「何よ急に。 私は白斗には世話になってはいるけど、男女の仲になるかといえばNOね」

 

「ぴぃ、おにーちゃんだいすきー!」

 

「まぁ、貴方達二人はいいわ。 ……で、プルルートとネプテューヌは……聞くまでもないわね」

 

「そ、それは……その……ねぷぅ……」

 

「ぶ、ブランちゃんってば~! 何言ってるの~!」

 

「……その反応だけで十分よ」

 

 

涼しい顔をするノワールに、恐らくブランが訊ねる「好き」の意味が分かっていないピーシェは通常運転である。

対するネプテューヌとプルルートはとても可愛らしく大慌て。

期待した通りの反応だと言わんばかりに、ブランが静かに微笑んだ。

 

 

「だ、第一そういうブランはどうなのさー!」

 

「……そうね。 正直、白斗が傍にいてくれると安心できるけど……貴方達みたいな恋かどうかは分からないわ。 ただ、私にとって一番頼れる人ではあるわね」

 

「じゃぁ……ブランちゃんは白くんに告白するの~……?」

 

 

プルルートが、今にも泣きそうな顔と声で訊ねる。

そんな彼女の悲痛そうな問いに対しブランは柔らかく微笑むと。

 

 

「……安心して頂戴。 友達の想い人を奪うなんて真似は今の所考えてないわ」

 

「よ、良かったぁ~! ……って、あ、あたしの想い人って何~!?」

 

「違うの?」

 

「よ、よく分かんないよ~!」

 

 

ブランはまだ、白斗に対し好意というものかどうか微妙な所らしく、それにプルルートの想いを無視するほどではないとすまし顔だ。

一方のプルルートは“まだ”白斗への恋心というものをよく理解していないらしく、けれども白斗を渡したくないという独占欲は自覚しており、その板挟みになって悶える。

 

 

「そう? ネプテューヌは……否定しないのね」

 

「う、う~……。 そ、そうだよ! 私は白斗が大好きなの!! ついでに一番最初に出会って、一緒の教会に住んで、一番メインヒロインしてるの私なのー!!!」

 

「おお……こっちは積極的ね。 プルルート、貴方も頑張らないと」

 

「だ、だから~!!」

 

 

いつもならばマウントを取ることが多いプルルートだが、色恋沙汰ともなれば逆にマウントを取られてしまう。

そんな彼女が新鮮で、皆が笑いあう。ただ、ブランはその笑顔の裏で。

 

 

(……それにしても、私ってば告白すらしてないのに……何だか、切ないわね……)

 

 

―――どこか、寂寥感を感じているのだった。

 

 

「お待たせしました、緑茶です……ってどうされました? 随分盛り上がっているようでしたが」

 

「あのねー! ねぷてぬやぷるるとが、おにーちゃんのこと―――」

 

「「ひゃわあああああああああああああああアアアアアアアアアアアア!!!!!」」

 

「もっ!? もがーっ!!?」

 

「ちょっ!? 二人とも落ち着け!! ピーシェがチアノーゼになっちまうーっ!!?」

 

 

何かを口走ろうとしたピーシェを阻止するネプテューヌとプルルート。

青ざめていくピーシェに、白斗も青ざめて引き剥がしに掛かる。

 

 

「やれやれ、何をやってるのやら」

 

「全くね……」

 

 

そしてこんな時ばかりは意見が合致するノワールとブランなのであった。

騒がしくも楽しいお茶会の時間が、ただ穏やかに過ぎていく。

いつまでもこんな時間が続けばいいと―――。

 

 

「ああ! こっちにいましたか!!( ゚Д゚;)」

 

「いーすん? どーしたの、そんなに大慌てで」

 

 

だが、必ず訪れる。終わりというものは、何に対しても。

 

 

「白斗さん、ネプテューヌさん。 実は、恋次元へのゲートが開きそうなんです!!(; ・`д・´)」

 

「「え…………?」」

 

 

イストワールから齎された、突然の帰郷に繋がる報せ。

それを知らされた白斗とネプテューヌから漏れ出た声は、喜び―――などではなく、戸惑いの声色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……突然ですみません。 ですが、白斗さんやネプテューヌさんがそちらで頑張ってくれたことや次元間の時差が安定してきて……』

 

「……帰れるようになって、ってワケですね」

 

 

通信状態となっている神次元イストワールの口から発せられる声。それは、恋次元側のイストワールの、申し訳なさそうな声だった。

彼女曰く、ここ最近の頑張りによって神次元側のプラネテューヌのシェアが大幅に上昇、そして次元間の歪みが安定したことで突然ゲートが開く条件が整ってしまったということである。

 

 

「い、いーすん! それって今じゃなきゃダメなの!?」

 

『……ネプテューヌさんが寂しがるのも理解は出来ます。 ですが、この機を逃せば次にこちらへ戻って来られるのがいつになるのか……』

 

「う、うぅ……」

 

 

神次元と恋次元の時空の歪みは極めて不定期かつ不安定。

そのため生じる時差もランダムらしく、それが相互間の世界を気楽に行き来出来ない理由の一因になっていた。

それが今になって繋がった、ということである。イストワールの言う通り、これを逃せばもう帰れる機会は二度と来ないのかもしれない。

 

 

「ねぷちゃん……白くぅん……帰っちゃうの~……?」

 

「やだ! やだやだやだ!! ねぷてぬもおにーちゃんも、ずっとぴぃといっしょなのー!!」

 

「…………っ」

 

 

また、この光景を目の当たりにする。しかし、いずれは訪れる光景でもあった。

白斗とネプテューヌが本当に住むべき世界は、ここではない。となれば、必ず帰らなければならない。

だからと言って未練が全くないわけではない。寧ろ、未練だらけだった。

我武者羅に頑張るうちに、この世界でも大切なものが増えた。増えすぎた。だからこそ、白斗とネプテューヌはそれ苦しく思う。

 

 

「……白斗。 白斗は……どうしたい?」

 

「多分……お前と考えていることは同じだ」

 

「……だよね。 うん、そうだよねっ!」

 

 

けれども、二人の中で既に答えは出ていた。

事前に打ち合わせていたわけではない。ただ、これ以外の答えが出なかっただけである。

二人に出来ることは、それを“最善”かつ“最速”でするだけ。

 

 

「……ピー子、それにぷるるん。 私達も寂しいけど……でも、大丈夫だよ!」

 

「またシェアを稼いで、こっちに遊びに来る。 今回みたいに、気軽にさ」

 

 

再び遊びに来る約束を交わした。

確かにこの神次元に来ること自体が非常に難しい。だが、難しいだけで不可能ではない。

半ば事故のようなものとはいえ、それを証明したのだ。白斗とネプテューヌは、また遊びに来ると力強い瞳で約束する。

それは同時に、帰郷するという意思表明でもあった。

 

 

「……二人とも、帰っちゃうんだね……」

 

「……寂しくなるわね。 か、勘違いしないでよね!! 別に友達がいなくなるとかじゃなくて、張り合いが無くなるって意味なんだからねっ!!!」

 

「私は寂しいわ。 ……二人とは、もっと仲良くしたかった……」

 

 

神次元の女神達三人が、顔色を暗くしてしまう。

それだけ白斗とネプテューヌを大切に想い、親しくしてくれた証拠である。

彼女達にいつまでもこんな顔をさせたくないと、二人は無理矢理にでも笑顔を作った。

 

 

「……ああ! だから、絶対に遊びに来る!」

 

「その時はまたゲームしたり、お茶会したり、お泊り会したり……皆で遊ぼう!」

 

 

けれども、二人の視線は、声は、顔は。既に潤んでいた。

それだけここにいる人たちが大切だったから、寂しかったから、離れたくなかったから。だからこそ、必ず戻ってくると三人に対しても約束する。

と、ここで女神達に負けず劣らず暗い顔をして入ってくる少女が二人。

 

 

「……あ、白斗にネプ子……」

 

「あいちゃんにこんぱ? どうしたの?」

 

「実はねぷねぷ達のイストワールさんに頼まれて、準備してたです……。 白斗さんやねぷねぷは、帰えるだろうからって……」

 

「……さっすがイストワールさん、お見通しだな」

 

 

このプラネテューヌの教会で暮らしている、神次元側のアイエフとコンパだった。

交流は少なかったかもしれないが、彼女達もこの神次元で共に暮らし、過ごしてきた大切な友人だ。そして彼女達にとっても、二人は大切な友人。

それが離れてしまうことがどれだけ寂しいことか。まさに今、身をもって実感している。

 

 

「……やっぱり帰っちゃうのね」

 

「ああ。 ……二人には、世話になった。 本当にありがとう」

 

「わ、私達こそ……ピーシェちゃんを助けて、くれて……仲良くしてくれて……あ……ありがとうでずぅ~!!」

 

「こ、コンパってば……泣かないでよ……。 私まで、泣きたくなっちゃうじゃない……っ!!」

 

「うええええええん!! あいちゃーん!! こんぱ~~~!!!」

 

「そしてネプ子に至っては大泣きしてるし!!」

 

 

だが、これだけ大切に想っていても、泣いていても、悲しんでいても。

ネプテューヌは恋次元側の女神、そして白斗も恋次元側に大切な人が要る以上、必ず帰らなければならないのだ。

しばらく泣いている少女達を見かねてか、ノワールが意を決して口を開く。

 

 

「……水を差すようで悪いけど、もう帰る準備しちゃったんでしょう? 急がないとゲートが閉じちゃうんじゃないの?」

 

「ノワールの言う通りね。 ……帰るなら、早くしないと」

 

『……お二人の言う通りです。 白斗さん、ネプテューヌさん。 すみませんが、そろそろ……』

 

 

今、ゲートを繋いでいられるのはまさに奇跡と言わざるを得ないタイミング。

いつまでもゲートは繋げていられない、早くしなければ接続が切れて帰る機会を失う。

ノワールやブラン、そしてイストワールらが促してくる。もう、時間は無い。

 

 

「……ネプテューヌ」

 

「……うん。 行こう……」

 

 

声色は決して明るくない。だが、覚悟は何とか決めた。

どこか重い足取りで、アイエフとコンパの案内の元、外へと通される。辿り着いた先には以前、プルルートとピーシェを神次元に贈った時と同じ魔法陣が描かれており、既に陣からは光が溢れている。

 

 

「いーすん……これ、もう繋がってるの?」

 

『後は細かな調整をするだけですので、少しだけお待ちを。 アイエフさん、そちら側の私を陣の近くにおいてください。 』

 

「……分かりました」

 

 

イストワールの指示に従い、アイエフは連れてきた神次元側のイストワールを陣の傍に置く。

その動きは名残惜しそうに、足取りも重く、声色からは遣る瀬無さが溢れている。

 

 

『ネプテューヌさんと白斗さんは近くで待機、合図が入り次第ゲートに入ってください』

 

「……了解です」

 

「うん……」

 

 

促されるまま、白斗とネプテューヌは魔法陣の近くに立つ。

柔らかな光が下から差し込んでいるが、それだけに暗くなった二人の表情がくっきりと映る。

その瞬間、プルルートとピーシェの脳裏に二人との思い出が迸る。

温かな思い出が、二人の心に深く突き刺さり―――。

 

 

「……ねぷちゃ~ん!! 白く~~~~ん!!! う……うわあぁぁあぁ~~~ん!!!」

 

「ねぷてぬー!! おにーちゃぁ―――ん!!!」

 

 

涙腺が崩壊してしまった。

大好きな二人が離れていってしまう―――例え再会の約束をしたとしても、切ない胸の痛みが、二人に耐えることを許さなかった。

それが逆に白斗とネプテューヌの涙腺に決定打を与えてしまう。

 

 

「……ぷるるーん!! ピー子ぉっ!!! また……また遊びに来るからー!!!」

 

「……ああ、また……絶対に来るから……っ」

 

 

この別れ方は、前に一度経験している。プルルートとピーシェを送り出したあの時と、ほぼ同じなのだ。

同じような別れ方をして、すぐにまた再会できた。だから今回も、すぐに再会できる。

―――頭ではそう言い聞かせても、目頭が熱くなるのを堪えることが出来なかった。

 

 

『……お待たせしました、それではゲートを開きます。 お二人はすぐに飛び込んで―――』

 

 

気を重くしながらも、調整を終えたイストワールが声をかける。

その合図に合わせて陣からは光の柱が立ち上り、空を、次元の壁を貫く。

後は眩いまでの光の柱に飛び込めば、恋次元へと飛んでしまう。恐らく、あっという間に。

二人が目を瞑り、意を決して飛び込もうとした―――その瞬間。

 

 

 

 

『いーすんさん! お姉ちゃんとお兄ちゃんが帰ってくるって本当ですか!?』

 

『ね、ネプギアさん!? どうしてそれを!?』

 

「……へ? ネプギア?」

 

 

 

 

突然聞こえてきた、可愛らしくも焦りと期待に満ちた声。

ネプテューヌの妹にしてプラネテューヌの女神候補生、そして白斗の可愛い妹分ことネプギアの声だった。

数か月ぶりに聞く彼女の声に思わず間抜けな声を出してしまうネプテューヌ。

―――だが、事態はこれだけでは終わらなかった。

 

 

 

 

『白兄ぃ!! 白兄ぃが帰ってくるってホント!?』

 

『ねーねー!! お兄ちゃん、今日帰ってくるんでしょ!?』

 

『お兄ちゃん……早く会いたいよぅ……(うるうる)』

 

『ろ、ロムさんにラムさん!? それにユニさんまで……!?』

 

 

 

 

なんと、続けざまにユニ、そしてロムとラムの声までもが聞こえてきた。

どうやらどこからかネプテューヌと白斗帰還の報せを聞きつけ、居ても立っても居られずに突撃してきたらしい。

 

 

『あ! 見て見てロムちゃん、キレーな光が出てるー!』

 

『お兄ちゃん達、ここから帰ってくるの……?(まじまじ)』

 

『見えない、二人が見えないよー。 どこー?』

 

『ネプギア、そっち行ってよ! 白兄ぃが見えないでしょ!!』

 

『ちょ、皆さん!? 近寄ってはダメです!!』

 

 

先程までのお別れによる悲しい雰囲気が一変、スピーカーとなっている神次元イストワールから聞こえてくるドタバタ騒ぎ。

思わず白斗とネプテューヌも足を止めてしまう。

 

 

「……どうしたのよ? 飛び込まないの?」

 

「いや、それが何だか向こうでトラブってるみたいなんだけど……白斗……」

 

「ああ、こりゃさっさと飛び込んだ方が……」

 

 

ノワールが首を傾げて訊ねてきた。

声から察するに女神候補生達が装置に近寄り過ぎているらしい。下手なトラブルを起こされる前に行動に移ろうと白斗が踏み込もうとした、その時。

 

 

『―――きゃっ!? え……何この鎖!?』

 

『変な穴から何本も……うわっ!?』

 

『な、何よこれ~~~!?』

 

『お兄ちゃんじゃなくて鎖が出てきちゃった……!?(びくびく)』

 

『え? な、何がどうなって……!?』

 

 

「え? い、イストワールさん!? どうしたんですか!?」

 

 

―――単なるドタバタが、更なる大騒ぎへと発展した。

音しか拾えないが、伝わってきた音や単語は主に三つ。

「鎖」という言葉、それを裏付けるかのように幾つも聞こえる鎖同士が擦れる音、そして女神候補生達の危機感に満ちた声。

さすがにこの状況で飛び込めるほど白斗も無謀ではなく、詳しい状況を聞き出そうとしたのだが。

 

 

『『『『きゃ、あああああぁぁぁぁ~~~~~!!?』』』』

 

『ああ!? ね、ネプギアさん達がっ!?』

 

 

更に聞こえてきた女神候補生達の悲鳴、驚きに満ちたイストワールの声。

そして次の瞬間―――光の柱は消えてしまった。

 

 

「え……? ゲート、消えちゃったです……?」

 

「どうしたの? トラブルとか言ってたけど、一体何が?」

 

「わ、分かんないよ! ネプギア達に何かあったみたいだけど……」

 

 

コンパとブランが訊ねるが、寧ろネプテューヌの方が困惑していた。

別れの挨拶も覚悟も済ませ、後は飛び込むだけかと思いきや女神候補生達にトラブルが発生し、そしてゲートが消えてしまった。

―――どう考えても、良い予感など微塵も感じない。

 

 

「……これは嫌な予感。 いーすん避けとこ」

 

「ちょ、ネプテューヌ? どうした……?」

 

「ホントに何なのよ一体? 興覚めにも程が……」

 

 

何かを察したネプテューヌが、通信状態となっている神次元イストワールを連れて離れる。

一方、全く状況を飲み込めない白斗は立ちすくみ、折角の感動を台無しにされたことで苛立ちを露にしたノワールが近づいてきた―――その瞬間。

 

 

 

 

 

「ど、退いてください~~~!!!」

 

「ひゃああぁぁぁ~~~!? ど、どうなってるのよこれ――――!!!」

 

「きゃああああああぁぁぁ~~~~~!!?」

 

「た、助けてお姉ちゃぁ~ん!! お兄ちゃ~~~~~~ん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

上空から聞こえる、四つの声。

耳にした途端、白斗とノワールの思考は止まった。

 

 

「……へ? この声……ま、まさか……っ!?」

 

「ん? 前にもこんなことがあったわね……ああ、そうそう! ネプテューヌと白斗が落ちてきたあの時そっくり―――」

 

 

白斗もその聞き覚えのある声に、そしてノワールは以前体験したシチュエーションと全く同じだったがために立ち止まってしまう。

二人してゆっくりと上を見上げれば―――猛スピードでこちらへと落ちてくる、四つの人影。

 

 

「「って、のわあああああああああああああああああ~~~~~!!?」」

 

「「「「きゃあ~~~~~~!!?」」」

 

 

白斗とノワールの悲鳴は、上から落ちてきた“少女達”の悲鳴に押しつぶされた。

凄まじい衝撃と粉塵が舞い上がり、その場に居合わせた者の視界を塞ぐ。

 

 

「ケホコホッ……! な、何~!?」

 

「ぺっ、ぺっ……! さ、さすがのネプ子さんも目の間に誰かが落ちてくるのは想定外……」

 

 

舞い上がる粉塵に喉や口をやられてしまうプラネテューヌの女神二人。

だが、怯んではいられない。落ちてきた人、何よりノワールと白斗の安否を確認しなければならないのだ。

二人は小さな手で必死に仰ぎながら粉塵の中を突き進んでいくと。

 

 

「え? 今の声……お姉ちゃん!? お姉ちゃんだよね!?」

 

「ねぷっ!? その懐かしくも色あせぬ可愛らしい声は……!」

 

 

―――はっきりと聞こえた。

土煙などでは遮れない、ネプテューヌにとって大切な人の声が。

やがて吹き抜ける優しい風が土煙を攫い、その姿を鮮明にした。

 

 

 

 

 

 

「ね、ネプギアー!!?」

 

「やっぱりお姉ちゃん!! お姉ちゃ~ん~~~~~!!!」

 

 

 

 

 

 

涙目でこちらを見上げ、心の底から再会を喜ぶセーラー服の少女。

ネプテューヌの妹ことネプギアだった。

だが、それだけではない。人影は“四つ”もあったのだから。

 

 

「あー!! ネプテューヌちゃんだ~!!」

 

「ぷ、プルルートさんも! 二人がいるってことは……え!? アタシ達……神次元にまで飛んできちゃったってこと!?」

 

「お兄ちゃん……どこ……?(きょろきょろ)」

 

「わぁ~、ユニちゃんだぁ~! それにロムちゃんとラムちゃんも~!!」

 

 

更に覗かせた小さな人影が三つ。

一人が黒髪ツインテールの少女、ユニ。恋次元側のノワールの妹だ。

そして残る二人がとても小柄で、桃色と水色のコートを羽織った可愛らしい女の子。ブランの妹こと、ロムとラム。

三人と出会えたことで、プルルートも嬉しそうだ。

 

 

「あれ!? お姉ちゃんもいるー!!」

 

「え? お姉ちゃんって……私の事? ネプテューヌ、もしかしてこの子達って……」

 

「うん、ロムちゃんとラムちゃん。 前に話した、私の世界でのブランの妹だよ!」

 

「……この子達が……」

 

 

すると突然、ラムがビシッとブランを指差してきたのだ。とても嬉しそうに。

ネプテューヌと白斗の事情はある程度聞いている。その中に、女神候補生という妹達がいることも。

別の次元の、しかしもしかしたらこの世界でも妹になり得たかもしれないその愛くるしい存在に、ブランは目を奪われていた。

 

 

「あの……お兄ちゃん、どこ……?(おずおず)」

 

「お兄ちゃん……? ああ、白斗の事ね。 彼だったら、今……………………」

 

 

するとロムが大好きな兄の所在を訊ねてきた。

内気で人見知りな、だからこそ甘えん坊のロムにとって姉と白斗とは心の拠り所だ。

そんな彼女の健気な質問に答えようとブランが周りを見渡し、そして絶句する。

 

 

「「………………………(チーン)」」

 

「……貴方達の真下よ」

 

「ひゃあああああ!!? お兄ちゃんごめんなさーい!!!」

 

「ほ、ホントにゴメン白兄ぃ!! って、お姉ちゃんまで潰してたアタシー!?」

 

「いや、ユニちゃん。 それはこの世界のノワールであってね……嗚呼、ややこしや」

 

 

一難去ってまた一難、騒ぎが騒ぎを呼ぶ。

次から次へと巻き起こるトラブルの連続に、トラブルメーカーとして名高いネプテューヌも呆れ気味になる。

 

 

「……ってことは、まだまだねぷちゃんや白くんと一緒ってことだよね~? やった~!」

 

「は……はは……。 そーだねー……」

 

 

一方のプルルートは、まだまだ大切な人と日々を過ごせることに大喜び。

さしものネプテューヌも、乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ほい、ケーキお待ちどうさん。 って言っても、アフタヌーンティーの残り物だけど」

 

「「「「わーい!!」」」」

 

 

それからしばらくして混乱が落ち着いた後、プラネテューヌの教会へと通された女神候補生四人。

とりあえずは彼女達に白斗お手製のケーキを差し出した。

生粋の女の子である彼女達にとって甘いものはまさに目が無く、年相応に大喜びする。

 

 

「ん~! 4日ぶりのお兄ちゃんのケーキ、美味しい~!」

 

「ホントよね~。 白兄ぃ欠乏症だったら、ホントに染み渡るわ~……」

 

「何その病気、怖いんだけど」

 

「ネプ子さんが説明しよう。 白斗成分が足りなくなることで体調不良、幻覚や幻聴、精神異常をきたす恐ろしい症状なのだ!」

 

「何故ネプテューヌが説明できるんだ。 で、どうして皆は激しく頷いているんだ」

 

 

相当白斗に会いたかったらしい、目の前の少女達は首を縦に振りまくっている。

そして白斗欠乏症とは彼を慕う女の子達共通の症状らしい。思わず身震いしてしまう白斗なのだった。

 

 

「おにーちゃん、ケーキおかわり~!」

 

「あたしも~!」

 

「オイオイ、二人とも食い過ぎだって……。 ってかやたらテンション高いな?」

 

「だって、おにーちゃんやねぷてぬとまたいっしょにいられるもん!」

 

「ね~。 それに、ぎあちゃん達にもまた会えたし~」

 

 

一方のプルルートとピーシェは今回のアクシデントを大変喜んでいるらしい。

そんな顔をされては、白斗も苦笑いしながら受け入れるしかない。

 

 

「それにしても私達、本当に神次元に来ちゃったんですね。 アイエフさんとコンパさんなんて、体格から服装まで何もかも同じですし」

 

「そんなに似てるの? そっちの世界の私達って?」

 

「一度会ってみたいです~」

 

「あはは……。 ややこしくなっちゃうからやめた方がいいかもしれませんね……」

 

 

ケーキを食べ、紅茶を飲みながらネプギアは周りを見渡す。

ここが神次元という別次元なのは頭では理解できるが、どうにも実感がわかない。目の前に座っているアイエフとコンパも、ネプギアの知る二人と全く同じなのだから。

 

 

「ホントよね……。 ノワールお姉ちゃんも、服以外はそっくりだし」

 

「わたし達のお姉ちゃんもそうだよねー。 顔とか声とか、おっぱいの小ささとか!」

 

「胸の話はすんじゃねえええええええ!!!」

 

「ひゃぁ~!? 怒りっぽいところも同じ……(びくびく)

 

 

そしてロムとラム、ユニはこの神次元におけるノワールとブランをそれぞれを見つめた。

既に白斗から聞かされている通り、この世界には女神候補生という概念は存在せず、よって二人にも妹はいない。

けれども、何もかもが自分達の姉と同じなのだ。別人と割り切るのも、中々難しい話である。

 

 

「……い、いいわよ。 別に私の事はお姉ちゃんと呼んでくれて」

 

「……そうね。 この世界に来たばかりで心細いでしょうし、貴方達の本当の姉代わり……にはならないかもだけど」

 

 

 

だが当のノワールとブランは初対面にも関わらず、別世界の妹達を気に入ってしまったらしく、姉と呼ぶことを許した。

別次元の存在であっても、何かしらの影響はあるのかもしれない。

 

 

「い、いいの!? ……じ、じゃぁ……おねえ、ちゃん……」

 

「そんなにビクビクしないで頂戴。 もっとフランクに、フレンドリーに」

 

「あ、あうあう……で、でも……白兄ぃ~!!」

 

「……ちょっとネプテューヌ、貴女の世界の私ってそんなに冷たい接し方してるの?」

 

「ところがぎっちょん。 今のノワールとまんま変わらないんだなぁ、コレが」

 

「……一度、貴女の世界の私に文句の一つでも言いに行ってやらないと。 いいわ、ならこの私がこの子をどこに出しても恥ずかしくないような立派な女神に育てて見せる!!」

 

(まさにそーゆートコなんだよねぇ……)

 

 

結局、この世界でもノワールとユニの関係は然程変わらないようだ。

しかし、これはこれで余り前の世界と変わらぬ世界を送れる……のかもしれない。

 

 

「わ~い! こっちの世界にもお姉ちゃんが出来た~!」

 

「嬉しい……♪(るんるん)」

 

「……ええ。 ロム、ラム……よろしくね」

 

 

一方、ルウィーの女神姉妹は比較的和やかかつ和気藹々と関係が結ばれた。

元より姉妹間の仲はとても良く、コミュニケーションも取れているため打ち解けるのは寧ろ必然と言える。

そんな一幕はさておき、話を進めるためにもノワールが掌を叩いて話題を振る。

 

 

「それじゃ、まずは現状の確認だけど……本来白斗とネプテューヌが使う筈だったゲートが、この子達が通ってしまったがために使えなくなったと」

 

「う……ご、ごめんなさい……」

 

「まーまー、反省してるならそれでいいよ。 私も久々にネプギア達に会えて嬉しいし!」

 

「ネプテューヌの言う通りだな。 それに、身を乗り出しすぎただけってワケでもないだろ? なんか大慌てしていたようだし」

 

 

今回、何においても見過ごせないのは恋次元へと帰還するためのゲートが消失してしまったことだ。

さすがに責任を感じずにはいられないのか、ネプギアを初め、皆がしゅんと俯いてしまう。

だがそんな彼女達を責めることなく、ネプテューヌと白斗は優しく宥めて見せた。

 

 

「あ、それなんだけど……なんていうかいきなり私達の周りに幾つも穴が出来て」

 

「穴?」

 

「うん! 小さな穴がいっぱい、ブワーッて!」

 

「気持ち悪かった……(びくびく)」

 

「それも壁や床に開いているんじゃなくて、穴が浮いているというか……“空間に穴が開いた”って感じでした」

 

(空間に穴……? キセイジョウ・レイが俺達をこの神次元に飛ばしてきた時とはまた違う感じだな……。 あっちは球体で、しかもそこに引きずり込むって感じだったし……)

 

 

正直な所、彼女達の言う状況が想像しにくかった。

いきなり穴が幾つも出来たというのが不可解。しかもネプギア曰く、空間そのものに穴が開けられたらしいのだ。

その様子から察するに、恋次元側のキセイジョウ・レイの仕業では無さそうだが。

 

 

「で、その穴に驚いてゲートの中に?」

 

「そうじゃなくて……その穴から、鎖が伸びてきたの」

 

「鎖?」

 

「はい。 その鎖に翻弄されている内に皆ゲートの方へ追い詰められて……それで、その鎖に弾かれちゃって……」

 

「ゲートに落っこちた、ってワケか。 うーむ……」

 

 

無論彼女達の話を疑っているわけではない。

だが、空間に突如穴が開き、そしてその穴から人工物である鎖が伸びてきた―――どう考えても自然現象ではありえない。

ならば当然浮かび上がる巨大な疑問―――一“体誰がやったのか?”

謎は深まるばかりだった。

 

 

「空間に穴……そして鎖。 キセイジョウ・レイの仕業では無さそうだな」

 

「え? お兄ちゃん、どうしてそこでキセイジョウ・レイさんの名前が出てくるの?」

 

「いや、実はそいつが俺達をこの神次元に飛ばした奴で……って知っているのかネプギア!?」

 

「そ、そんなシリアスな反応されても……。 でも、私の世界で女神反対運動を行っている、市民団体の中心人物として持ちきりだよ。 二人がいなくなった後、活発になって……」

 

「ねぷっ!? 私達のいない間にそんな事態に!?」

 

 

どうやら反女神運動は、あれからも活発化しているらしい。

しかし、白斗達がこの世界に飛ばされる直前までその団体は実質レイ一人のみで運営しているという有様だったはず。

そして次元間の時差を計算しても、白斗達が飛ばされてから約四日しか経っていない。そんな中で、急速に勢力を拡大している―――どう考えても普通では無かった。

 

 

「それにね、その人達ちょーイヤな感じだったんだよー!」

 

「怖かった……(びくびく)」

 

「まさか……襲われたのか!?」

 

「うん……。 女神候補生だからって追い回されて……」

 

 

更にはその団体に追い回されたとロムとラムが語る。

思わず腸が煮えくり返りそうになる白斗とネプテューヌ、そしてブラン。

本来ロムとラムは、まだ候補生であるがゆえに女神としての役職にもついておらず、何よりも純粋で優しい子達なのだ。

そんな子達に狼藉を働くなど、どんな理由があれど許されることではない。

 

 

「それで慌てて逃げたら、知らないおじさんに助けてもらったの……(めそめそ)」

 

「え? 知らないおじさん……?」

 

 

しかし、ロムが唐突に告げたその一言で物語は新たな展開を見せた。

混乱の中、わざわざ助けてくれた人物がいるというのだ。

無論、それだけならば特に「良い人もいるものだ」と安堵するだけで終わっただろう。

 

 

「うん。 えーっとね、黒いマント? みたいなの着てて、帽子被ってたの」

 

「よく分かんない人……。 名前も押してくれなかったし……(しょぼん)」

 

(……ん? その特徴、どこかで聞いたことあるような……)

 

 

ところが、ラムの言う特徴が白斗の中で引っかかるのだ。

まだ断定できるわけではないが、白斗が今まで出会った人物の中にそれがいるかのような。

それでも、この個性豊かなゲイムギョウ界で変わった服装や似通った服装を着込んだ人は星の数ほどいる。

気にし過ぎるのも考え物だとその時は流そうとしたのだが。

 

 

「でね、その人がお兄ちゃんが今日帰ってくるって教えてくれたの……♪(るんるん)」

 

「え!? アンタ達も!? 実はアタシも似たような男に教えられて……」

 

「ユニちゃんも? 私も似たような人に……」

 

「ねぷっ!? それって所謂そいつが黒幕的シーンじゃないかな!?」

 

 

ネプテューヌはややオーバーリアクションだったが、彼女の言うことに間違いはないだろう。

その男がどうやってからイストワールの元から情報を盗み出し、彼女達に吹き込ませると同時に転送装置の下まで赴かせ、穴と鎖でゲートへと突き落とした。

しかしそれこそ、“誰が、何のために?”

 

 

(……黒いマントのようなものに帽子の男、か……)

 

 

そんな中、白斗は一人だけ思い当たる人物がいた。

今でも脳裏にへばりついている、慇懃無礼な笑みを浮かべる飄々としたあの男が。

 

 

 

 

 

 

――私、ジョーカーと申します。 世界を股に掛ける……語り部、でしょうか――

 

 

 

 

 

「……まさか、な……」

 

「白斗? どうしたの?」

 

「いや、ネプギア達の言う男に心当たりがあるかもと思った程度だ」

 

「え!? お兄ちゃん、それ本当!?」

 

「確証はないから、人相書き渡すよ。 えーっと、サラサラサラっと」

 

 

白斗は記憶を掘り起こし、あの日出会った男の姿を描いた。

身体の首から下はローブで覆われ、頭も鍔の広い帽子を被っていたがために顔の全容を見せているわけではない。

それでも、帽子の下から覗かせる柔和な笑みと時折感じられる鋭い視線を可能な限り再現し、ネプギア達に手渡すと。

 

 

「あー! この人!!」

 

「間違いない! 白兄ぃ、この人だよ!!」

 

「……ビンゴか。 こりゃ、プルルート達には申し訳ないが早急に帰らないとヤバイらしいな」

 

 

皆が首を縦に振ってきた。

どうやらもう疑いの余地はなく、白斗とネプテューヌも互いに頷き合った。

女神候補生達をこの世界に落とした犯人は間違いなくこのジョーカーという男。だが、彼の目的が未だに見えない。

見えてはいない、が手を拱いているわけにもいかず、市民団体の件もある以上、早急に帰還して手を打たなければならない。

しかし帰るためにはまたシェアを集める必要がある。どうしたものかと思案していると。

 

 

「み、皆さーん! たたた、大変ですっ!!(゚Д゚;)」

 

「どうしたのいーすん~? もうねぷちゃん達が大変なのは分かり切ってるんだけど~」

 

(わ! こっちの世界のいーすんさんか……可愛いな~♪)

 

 

今度はいつも以上に大慌てなイストワールが入室してきた。

手にはその小さな体では持ち切れないような便箋が握られており、それでも急いで飛んできた辺り、余程の緊急事態が起きたようだ。

因みにネプギアは初めて目にするこちらの世界のイストワールの姿にメロメロになってしまっていたが、彼女が持ってきた報せがそれを吹き飛ばす。

 

 

 

 

 

「そ、そうではなくてですね!! じ、実は……このゲイムギョウ界にまた別の……新しい国が出来ているそうなんですっ!!(; >д<)」

 

「「え、えええぇぇぇぇぇ!!?」」

 

「「……ああ、あそこかぁ」」

 

 

 

 

 

イストワールが告げられた衝撃の報せ、それはプラネテューヌとも、ラステイションとも、ルウィーとも異なる新しい国家の存在が確認できたという知らせだった。

この前代未聞の事態にノワールとブランは激しく驚いたが、白斗とネプテューヌは既に察しがついてしまったらしく、盛り上がりに欠けていた。

 

 

「それでイストワールさん、その新興国がどうしたんですか?」

 

「は、はい……。 それでその新興国の女神様が皆さんに挨拶したいとのことなので、招待したいとのことなんですけど……(; ・`д・´)」

 

「わざわざ挨拶、しかも招待してくれるなんて……一応礼儀はなってるみたいね。 どこかの誰かさんとは大違い」

 

「喜べノワール、明日らはお前暇になるぞ。 今すぐ私が女神の座から引きずり降ろしてやるからな……っ」

 

 

そして事あるごとにいがみ合うノワールとブラン。

ここまでくると最早日常茶飯事である。だが今はなごんでいる場合ではない。

溜め息を付きつつ白斗が立ち上がって仲裁に入る。

 

 

「はいはいストーップ。 ……イストワールさん、その招待客ってやっぱり女神様だけってことですかね?」

 

「そ、それがネプテューヌさんや白斗さんのお名前もありまして……(・ω・)」

 

「へ? 白斗とネプ子の名前もですか?」

 

 

思わず聞き返してしまったアイエフ。

本来ならば、挨拶するべきは各国の国家元首たる女神達のみに行うべきだろう。だが、別次元の世界の女神であるネプテューヌや地位など全くない白斗まで招待されているというのだ。

イストワールから招待状を受け取って確認するが、確かに二人の名前も書かれている。

 

 

「便箋には手紙と地図に招待状……そして船のチケット、か」

 

「船……海を渡って来い、ということかしら?」

 

「そのようだな。 はぁ、まずはこっちの方を何とかするか……行くぞネプテューヌ」

 

「え~? この時期に“あの国”からの招待なんて面倒ごとの予感しかしないんだけど~」

 

「気持ちは凄くわかる。 すごーく、よーく、分かる。 だが、駄目っ……!!」

 

 

確認してみると、その新興国へ行くために必要なもの全てが封入されており、向こう側の本気が伺える。

ただ、もう既に色々見えてしまったネプテューヌはげんなりしていた。

今回ばかりは白斗も彼女に同意している。だからと言って無視を決め込むわけにもいかない。

 

 

「ま、待ってください! 私達も連れて行ってー!」

 

「そうよそうよ! 折角白兄ぃに会えたのにまた置いてけぼりなんて絶対ヤダ!!」

 

「そーだそーだ!! 可愛い妹を置いていっちゃいけないんだぞー!!」

 

「お兄ちゃん……私達も連れて行って……(うるうる)」

 

「ぴぃもみんなといっしょにおでかいけしたいーっ!!」

 

 

と、ここで更に名乗りを上げる元気な声が5つ。

ネプギア達女神候補生と、ピーシェである。

確かに女神候補生達(特にネプギア)は白斗やネプテューヌが離れていることもあって、ピーシェはここ最近遊べていないこともあって寂しさを感じていた。

そんな彼女達が声を上げるのは、至極当然の話とも言える。

 

 

「わーお……一気に人数が5人増えちゃうなぁ……。 本当は原作意識するなら敢えてネプギアには残っててもらわなきゃいけないんだけど」

 

「お姉ちゃんそれ何の話!?」

 

「まぁ、今回はネプギアを置いておかなきゃいけない理由なんてないし、それに私もネプギアと一緒にいたいしね! 白斗、いいかな?」

 

「そうだな。 ただ、俺達は仕事で行くわけだからそこんところは勘違いしないように」

 

「「「「「「「はーい♪」」」」」」」

 

「やれやれ……ってあれ? 何か二人多くなかった?」

 

 

白斗の視線に対し、下手な口笛を吹くプラネテューヌの女神様二人がいたそうな。

何にせよ、これでネプギア達女神候補生達とピーシェもついていくということになり、益々大所帯となった。

 

 

「いーすん、あいちゃんとこんぱ! お留守番はよろしくね!」

 

「行ってらっしゃいです! ……って、ねぷねぷはどこにいくか分かるんです?」

 

「まーね。 ここまできたら画面の前の読者さん達にも分かっちゃうって」

 

 

当事者ではない上に余り会話に参加していないこともあって、コンパは目的地が分かっていない。

ただ、話半分聞き流していたネプテューヌにも分かっていた。

最近出会った人物の中にいたのだ。新興国の女神様が。そして船、ということは海を超えるということ。

ゲイムギョウ界において、海を跨いだ先にある国と言えばあそこしかない。

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、行くとしますか。 ―――海の向こう、リーンボックスへ」

 

 

 

 

 

 

―――“独創する緑の大地”。それが、新たなる新興国こと「リーンボックス」であると。




サブタイの元ネタ「天空の城ラピュタ」よりあの台詞


大変お待たせしました、カスケードです! 今年もよろしくお願いします!
さて今回は神次元に女神候補生全員集合!というまさかの展開でした。
原作だとネプギアさんだけだったのですが、この物語はより一層ド派手にして盛り上げていこうと全員を呼び寄せました。
当然、色んなキャラと神次元での掛け合いを増やしていくのでその辺りも楽しんでいただければ幸いです。

盛り上げていくと言えば今年はネプテューヌシリーズ10周年記念!
VVVテューヌや忍者ネプテューヌなど、まだまだネプテューヌは私を沸かせてくれます。
早く遊びたいな~。

さて、次回はリーンボックスの女神の宣戦布告! ……はい、あのお方です。
しかし一番のとばっちりは……何と白斗!? 一体どうなってしまうのやら。
波乱万丈の次回をお楽しみに!
感想ご意見、お待ちしております!


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第五十八話 ベールの挑戦状

―――場所は変わって、ここは恋次元のプラネタワー。

現在、イストワールはネプギア達女神候補生全員が神次元に飛んでしまうという前代未聞のトラブルに見舞われていた。

当然、イストワールとしてはその対処に追われていたのだが。

 

 

「……やはりダメですね。 今の転移でシェアを大量に使った以上、向こう側でネプテューヌさん達がシェアを集めてくれないとゲートを開くことすらままなりません」

 

 

計器類を操作し終えて、落胆の色濃い溜め息を吐いた。

とりあえずエネルギーさえ溜まればいつでも神次元と接続できるように調整はしたものの、そのエネルギーが大問題なのだ。

 

 

「……さて、当面は現状維持するしかないとして……残る問題は……」

 

 

これ以上この部屋で出来る作業は無い。

しかし、イストワールは今にも倒れてしまうのではないかというくらいにふらつきながらなんとか飛び、とある部屋のドアを開ける。

そこにいたのは―――。

 

 

「ユニぃぃぃ……どうして貴女までいなくなっちゃうのよぉぉぉ……」

 

「ロムぅうううう!! ラムぅうううううう!!! 白斗おおおおおおおおおお!!!」

 

「ァァァアアアァァアアォオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 

(嗚呼……女神様達が予想通り壊れてしまいました……。 ベールさんに至っては最早モンスター化しちゃっていますし……)

 

 

テーブルに突っ伏しながら泣いているノワール、椅子から立ち上がっては天井に向かって吠えているブラン、そして謎のオーラを振りまきながら意味不明な叫びを上げるベール。

このゲイムギョウ界を平和に導く存在であるはずの女神達は、皆使い物にならなくなってしまった。

特に妹という精神的支えを失ったノワールとブランのダメージは大きい。否、未来の妹としてネプギアを狙っていたベールも、二人と何ら変わらない。

 

 

「イストワールぅうううううう!!! どういうことなのよおおおおおおおおお!!!」

 

「何で白斗とネプテューヌが帰ってくるどころか女神候補生全員が神次元に行っちまってんだあああああああああああああああ!!?」

 

「そ、それについてはもう何者かの仕業としか……」

 

「シェアなら!! 私達のを分けて差し上げますからッ!! 早く白ちゃんやネプギアちゃんに合わせてくださいましいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

 

「あーもーっ!! 私にどうしろっていうんですかこんなのぉーっ!!!」

 

 

そしてイストワールの存在を認めるや否や一斉に寄ってくる女神達。

凄まじい威圧感に逃げ場を失い、イストワールもとうとう泣きながら吠えてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――更に場所は変わって、とあるホテルの一室では。

 

 

「ねぇ……MAGES.ぅ……。 MAGES.って何でも作れるよねぇ……?」

 

「な、何だ5pb.よ……。 それにマーベラスやツネミも徒党を組んでくるとは……」

 

 

狂気の魔術師として様々な発明を行ってきた少女、MAGES.は今、人生最大の恐怖を味わっていた。

何せ自分の周りを、光を失った目の少女達が取り囲んでいたのだ。

彼女の従妹こと5pb.、旅仲間のマーベラス、そしてプラネテューヌの歌姫ことツネミ。

共通点としては―――言わずもがな、白斗に恋している少女達である。

 

 

「私達ね……もうダメなんだ……。 白斗君と会えない日々に、耐えられないんだよぉ……」

 

「お願いです……。 白斗さんに合わせてくださいぃ……お願いですぅ……」

 

「ヒッ!? 亡者のように這い寄るんじゃない! ええい、悪霊退散ッ、悪霊退散ッ!!!」

 

「「「痛たたたたたたたっ!?」」」

 

 

ずり、ずり、とカーペットに這いつくばりながら這い寄るその様は、まさにゾンビ。

白斗と触れ合えないことに精神が限界に達し、彼女達も女神達に負けず劣らずに壊れていたのである。

湧きあがる恐怖に耐え切れず、MAGES.が十字架やらニンニクやらを投げつける。意外とダメージは入った。

 

 

「お願いしまずぅ……白斗さんに……白斗さんに会わぜでぐだざいィィ……」

 

「ツネミよ、キャラ崩壊という言葉を知ってるか? これ以上その顔と声を晒せばアイドルとしての道が断たれ、リアクション芸人として生きていかねばならんぞ?」

 

「もうボク達は限界なのぉ……。 白斗君に会いたいのぉ……」

 

「だからMAGES.ぅ……いつもみたいに次元転移の装置作って私達を飛ばしてェ……」

 

「分かった!! 分かったから!!! 私の半径3メートル以内に近づくなッ!!!」

 

 

MAGES.とマーベラスを含めたメンバーは、時折次元間の旅を楽しんでいる。

次元移動の方法は様々だが、MAGES.の発明によるところも大きい。

そのためツネミ達はMAGES.に神次元へ飛ぶための装置の開発を依頼していたというわけである。

恋は人をも狂わせるとは言うが、最早狂人を通り越して廃人一歩手前の彼女達への恐怖に根負けし、MAGES.は装置の開発を約束する。

 

 

「白斗くぅん……待っててねぇ……」

 

「もう絶対離さないから……ふ、フフフ……」

 

「白斗さん……白斗さぁん……」

 

「ブルブル……これはさっさと装置を作り上げねば、寧ろ私の命が危ない……!!」

 

 

一体この台詞を聴いて、誰が国民的アイドル二人と笑顔がトレードマークのくノ一だと理解出来ようか。

末恐ろしさを感じずにはいられないMAGES.だったが、自分の身を守るためにも急いで神次元への転送装置開発へと着手し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さて、場所は神次元の海上へと移る。

そこでは白波を立てながら海面を突っ切る一隻の船があった。

金持ち御用達のクルーザーの様な船で、指定されたラステイションの港に行くとこの船が停泊しており、身なりの整ったスタッフが出迎えてくれていた。

そして彼らに案内されるまま船に乗り込み、接待を受けながら女神様ご一行は新たなる国を目指していた―――のだが。

 

 

「わー! 風が気持ちいいね、お兄ちゃん! お姉ちゃん!」

 

「白兄ぃ、もうちょっと寄ってよ! 椅子から落ちちゃうって!」

 

「お兄ちゃん! 見て見て、カモメさんがいっぱーい!」

 

「ひゃぁぁ……! このお船、早過ぎるよぉ……(ぶるぶる)」

 

「はじめてのふねー! ぴぃ、かいんげきー!!」

 

 

現在、黒原白斗は五人の女の子に囲まれていた。

右手はネプギア、左手はユニにしっかり握られて椅子に座らされている。更には足元はロムとラムが抱き着いており、頭はピーシェがホールドしているという状況。

因みにネプギアは左手で白斗を掴みながら、右手で姉のネプテューヌを握っているという両手に華状態である。

 

 

「えへへ、お兄ちゃんにお姉ちゃんと一緒―♪」

 

「お、おおぉぉ……何だこの……この子達に何かをガンガン吸われていく感じは……。 ってかネプギアに至っては何か精神年齢下がってないか……?」

 

「ネプギアって甘えん坊なところあるからねー……。 私達と離れ離れだったから甘えたいんだよ、きっと」

 

 

ネプテューヌは苦笑しながらも嬉しそうな表情を浮かべている。

白斗も口先では困っていたが、可愛らしい女の子五人に囲まれて嬉しくないわけがない。が、困っていないわけでもない。

特に妹分5人の相手をする白斗の労力はそれはもうすさまじいものだった。

 

 

「あははー! おにーちゃんのほっぺ、びろーん!!」

 

「い、いへへへへへ!! ひーひぇ、ひっはふは!!」

 

「あはは、白斗もピー子に絡まれる私の大変さを理解してくれたー?」

 

「り、理解しましたとも!! プルルート、手伝ってくれ!!!」

 

「はぁ~い! あたしも白くんにぎゅ~っ!!」

 

「って、お前まで引っ付いてどないすんねん!!?」

 

 

しかし、ネプギアとユニは引っ付いているだけで大人しいものだが他のちびっ子三人はそうもいかない。

特にピーシェは久々に白斗に甘えられるということで大暴走。プルルートに救援要請を送るが、彼女まで白斗に抱き着いてくる始末。

 

 

「の、ノワールにブラン!! お前達も手伝ってくれぇ!!!」

 

「羨ましい状況で何を言ってるのかしらね、あの男」

 

「馬には蹴られたくないから。 ここでゆっくりお茶してるわ」

 

「お前らホントにそう言う時だけは仲いいのな!!?」

 

 

二人の女神様からは白い視線を貰ってしまった。

どうも助けてくれる雰囲気ではないので、リーンボックス到着まではこの状態でいるしかない。

 

 

「白兄ぃ、あんまりピーシェ達ばっかり構わないでよー」

 

「分かってる、分かってるって! また訓練とか、ちゃんと一緒にいるからさ」

 

「うん、約束だよ!」

 

 

だが、甘えん坊で言えば割とユニも甘えてくる。

相当寂しかったのだろう、普段はツンデレよりなユニですらオープンに引っ付いてきている。

何とか彼女の頭を撫でながら、以前の日課でもあった銃の特訓の約束をすればとびっきりの笑顔を見せてくれる。

 

 

(あ、あ~……ホントーに何かが吸い尽くされていく……早く……早くリーンボックスに到着してくれぇ~……)

 

 

まだ船を走らせて30分も経っていないのに、既に疲労が滲み出ている白斗。

割と情けないことを思いながら、それでも可愛い妹達の相手をし続けるのだった。

 

 

「白斗~! ネプギア達ばっかり構っていたら、ネプ子さんむくれちゃうよっ!」

 

「そうだそうだ~! もっとあたし達にも構って~!」

 

「アンタらはもうちょっとお姉さんしなさいね!?」

 

 

そして妹以上に構ってちゃんと化しているプラネテューヌの女神様二人にも手を焼かされ、白斗の疲労は更に加速していくのだった。

 

 

「知らなかったのか? 疲労は加速する……」

 

「やめろ、マジでやめろ」

 

 

アホなことを言いだしたネプテューヌに軽くチョップを一発。

それでもツッコミの腕は鈍らせない白斗である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――お待たせしました。 ここが我が国、リーンボックスでございます」

 

「わぁ~! 広~い!」

 

 

小一時間後、船員からのアナウンスに船内で過ごしていた一同が外へと降り立つ。

そして眼前に広がった世界は―――まさに別天地だった。

まず港からすぐ見えたのは、地平線すら見える広い滑走路だ。旅客機は勿論、戦闘機も頻繁に飛び交っている。

自分達の大陸では見られない光景に、プルルートは大はしゃぎだ。

 

 

「おお、戦闘機が飛び交ってらぁ。 こっちのリーンボックスもやっぱり軍事国家のようだな」

 

「そうみたいね……あ、白兄ぃ! あの衛兵の銃、結構良くない!?」

 

「ん? ほほう……型式としては古いが、射程や威力に優れてそうだな。 ただ手振れとかで命中精度は悪そうだが……」

 

「アンタ達……何を銃談義で盛り上がってるのよ……」

 

 

片や銃マニア、片や元殺し屋。どうしてもついつい視点がマニアックになりがちだ。

そして数少ない共有できる分野ということで、白斗とユニはよく銃についての専門的な話で盛り上がる。

ユニの銃マニアっぷりを初めて目の当たりにしたノワールはただただ困惑していた。

 

 

「あ、お姉ちゃん見て見て! あっちに大きな建物が沢山ある!」

 

「おおー、こっちのリーンボックスもスケール至上主義ですなー」

 

「確かに大きな建物だらけね……。 プラネテューヌは細くて高い建物が多い印象だけど、こっちはとにかく大きさに拘ってる感じかしら?」

 

 

ネプギアやネプテューヌは、空港とは反対側に広がるリーンボックスの街並みに釘付けだ。

恋次元でもベールの統治方針は「自由に、スケールは大きく」である。この世界の彼女もやはり同じ方針を取っているらしく、街の造りからしてそれが見て取れた。

ブランも女神として新しい国の風景をしっかりと観察している。

 

 

「では、そろそろリーンボックスの教会へとご案内します」

 

「分かりました。 んじゃ、ネプギア達とは一旦お別れだな」

 

「ええ!? 何で!?」

 

「いや、招待受けてるのは女神様と俺だけだから。 急に5人も無関係な人を連れ込むわけにもイカンでしょうよ」

 

 

まるで電流でも走ったかのようにネプギアが悲鳴にも近い声を上げた。

いや、彼女だけではない。ユニも、ロムもラムも、そしてピーシェも。

今まで白斗と離れ離れでようやく再会出来たというのに、また離れ離れ。寂しがる気持ちも理解できるが、今回は仕事で来たのだ。向こうの都合もある、心を鬼にしてそう諭すのだが。

 

 

「私達はお兄ちゃんの妹よー! 無関係じゃなーい!」

 

「お兄ちゃんと一緒に行きたい……(うるうる)」

 

「ぴぃもおにーちゃんといっしょにあそびたい~……」

 

「うぐっ!? やめてくれ……そのピュアさは荒んだ俺の心に効く……やめてくれ……」

 

 

小さなロムやラム、そしてピーシェからの眩しい視線を受け、白斗がぐらつく。

少し捻くれ者のきらいがある白斗にとって、純粋無垢なちびっ子の視線は良く効くのだ。

しかしここで屈しては兄の威厳が損なわれるというもの。それに彼女達のことも大切だが、ネプテューヌ達のためにも仕事を疎かにするわけにはいかない。

 

 

「め、面会が終わり次第合流するから! それまでは皆に任務を与える!」

 

「にんむ?(はてな)」

 

「そ。 女神候補生ご一行様にはこのリーンボックスの文化風俗の調査を命じる! 俺達が合流するまでの間、あらゆる店を回り、その物価や品質、傾向などを調査すべし!」

 

「物は言いようね白兄ぃ……。 でも、こっちのリーンボックスも軍事国家ならいい銃置いてそうだし、それもいいわね!」

 

「わたしは新しい絵本がいい! ピーシェは?」

 

「んーとね、ぴぃあたらしいおもちゃがほしいっ!」

 

 

しかし、その間妹達は暇になってしまうのも事実。

そこで白斗は調査とは名ばかりの買い物に行かせることを提案した。折角新天地に来たのだから、各々の好きなものを買わせてあげたいという気遣いだ。

そしてさすがは女の子、お買い物と来れば皆が目を輝かせていた。

 

 

「ではネプギア、ユニ。 皆を任せたぞ。 軍資金(白斗の財布)も預けておく」

 

「任せて、お兄ちゃん!」

 

「りょーかい! さーて、どんな銃と巡り合えるのかな~っと♪」

 

「一応手加減してね!? 白斗さん持ち合わせ少ないから!!」

 

 

念のためにと白斗は二つ持っている財布の片割れを差し出した。

次元も違うので、恋次元のお金が使えない以上、この世界のお金を使わねば買い物は出来ないからだ。

因みに白斗もネプテューヌやプルルートを手伝う形でクエストも行っていたので、ある程度は小遣いも持っていた。正直、そこまで余裕があるわけではないが。

 

 

「大丈夫なの? あの子達だけで。 ネプギアやユニは兎も角、残り三人は小さい子ばかりじゃないの」

 

「まぁ、ネプギアはしっかり者だしユニちゃんも真面目だし。 白斗が言いつけなくてもピー子達の面倒はちゃんと見てくれると思うよ」

 

「うんうん~。 ぎあちゃんとユニちゃんなら大丈夫だよ~。 あたしは信じてる~」

 

「……信じているという名の体のいい押し付けね」

 

 

心配そうな眼差しをノワールが投げつけてくる。無理もない、ロムやラム、それにピーシェは目を離せばどこに行くかもわからない小さな子達なのだから。

だが、ネプギアやユニの事を良く把握しているネプテューヌとプルルートが頼りにしているお墨付きを出した。

ブランは少し呆れを感じていたが、深くは突っ込まないことにした。

 

 

「それじゃ、出発しますか。 女神様の根城へ」

 

 

改めて白斗達はスタッフの案内の元、リーンボックスの女神様が住まう教会へと案内されていった。

リーンボックスの街並みはプラネテューヌのように近未来的発想だが、教会自体は貴族の屋敷を思わせるような、エレガントな造りである。

この辺りの発想も恋次元と非常に似通っていた。

 

 

「……結構いい暮らしをしているみたいね、リーンボックスの女神ってのは」

 

「ノワール、お前んトコの教会だって明らかに立派じゃないか。 人の事は言えないと思うぞ」

 

「うぐっ!? い、言ってみただけよ」

 

(やれやれ、なんで俺までご指名されたのか……今になって理由が分かるなコリャ……)

 

 

こちらのノワールはやはり好戦的だ。

全く関係ない白斗が呼ばれたのは、所謂緩衝材という役割だと今になって実感できる。

交戦的なノワールや怒りっぽいブランを交えては話もうまく伝わらないと思ったためだろう。

“彼女”ならば、確かにそのくらいの配慮はしてくる。

 

 

「では皆さま、あちらの部屋でお待ちください。 女神グリーンハート様をお呼びしますので」

 

「女神の部屋か……。 どんなものかしらね……」

 

(ワクワクしてるトコ悪いけど、私にはどんな部屋か大体予想ついちゃうんだよねー)

 

 

グリーンハート直属の部下が向こう側の部屋を指差し、女神を呼びに行った。

応接室は建物の外観に次いで重要とされる部屋。その建物における顔と言ってもいい。

内装次第でそこでどんな暮らしをしているのか、その建物の主がどんな人なのかが分かってしまうからだ。

ブランもゴクリと生唾を飲み込むが、ネプテューヌには大体分かってしまった。何せ、恋次元でも彼女の部屋と来れば―――。

 

 

「って何よコレー!? ゲームソフトだらけじゃない!!」

 

「こっちは……初回生産限定のタペストリーやフィギュア……! サブカルグッズ満載!?」

 

「まー、こうなりますよねー」

 

 

ノワールとブランの目がひん剥かれた。

女神の応接室というからには荘厳かつ威圧感溢れる部屋かと思えば、そんなものなど欠片程もない、ゲーム関連の部屋だったからだ。

ほぼほぼ予想通りの光景にネプテューヌは最早呆れ気味である。

 

 

「ひ、ひゃぁ~!? ねぷちゃん見て見て~! お、男の人同士が裸になって~……!!」

 

「あー……ベールって守備範囲広い、っていうかゲームなら何でもイケる口だからねー。 乙女ゲーとかも良くやり込んでるってさ」

 

 

するとプルルートが珍しく顔を赤くさせて、爆発していた。

彼女が指差した先には壁に掛けられたポスター。男同士の艶めかしい絡み合い―――俗にいうBLというジャンルだ。

恋次元のベールも自分の趣味趣向をオープンにしてきたベールなので、ネプテューヌもある程度理解を示していた。因みに彼女も顔を赤くしながらもチラとポスターを見ている。

 

 

「こっちはコントローラーが詰め込まれた棚……さっすがベール姉さ…………んんッ!?」

 

 

折角だからと白斗も見学していると、とあるポスターが目に入る。

それはほぼ全裸で、大事な所を隠しきれていない美少女キャラクターのポスター。

所謂R-18なゲームの特典だろうか。不意打ちで入ってきたそれに、男である白斗はついつい反応してしまい―――。

 

 

「って白斗のバカー!! 何見てるのぉーっ!!!」

 

「ぎゃああああああっ!? 目が、目があああああああああああッ!!?」

 

「あたし達という者がいながら~! 白くんの浮気者ぉ~っ!!」

 

「う、浮気って……ぐほぁ!? ちょ、プルルート!! 落ち着ごががががァァァ!!?」

 

 

当然そんなことを許せるネプテューヌとプルルートではない。

即座に目を潰し、涙交じりにポカポカと……ではなくドカバキと握り拳を振るう。女神様のパワーは尋常ではなく、白斗はただされるがままにズタボロにされるのだった。

 

 

 

「うふふ……私のコレクション……堪能して頂けたようですわね」

 

 

 

するとそこに優雅な女性の声が。

少し緩んでいた一同に、まるで電流が走ったかのような緊張感が流れる。

 

 

「え!? そ、その声は……!!」

 

 

ノワールが目を見開いた。彼女だけではない、ブランもだ。

何せ、その声には聞き覚えがあったのだから。

やがて扉の奥から現れる、美しい緑のドレスを着こんだ金髪の美女。その名は。

 

 

「うふふ、お久しぶりですわね皆さん。 改めまして、このリーンボックスの守護女神。 グリーンハートことベールですわ。 お見知りおきを」

 

 

―――ベール。以前、ルウィーに来た時に知り合った美女だった。

 

 

「なっ!? ベール!!?」

 

「貴女だったなんて……!!」

 

 

シリアスなまでの反応を見せるノワールとブラン。

対するネプテューヌ達はと言えば。

 

 

「ま、まさかベールがリーンボックスの女神だったナンテー」

 

「知ラナカッタナー」

 

「わ~! ベールさんお久しぶり~」

 

 

全く緊張感の欠片もないリアクションを見せるのだった。

 

 

「ってか白斗とネプテューヌは明らかに棒読みじゃない。 ひょっとして知ってたの?」

 

「だから言ったろ? ノワールと同じ事情だって」

 

「同じ……ってそこから同じだったの!? そうならそうと先に言いなさいよ!!」

 

「いや、あの時はベールさんも伏せて欲しそうだったからさ。 事を荒立てたくもなかったし」

 

 

以前、ベールと紹介した時に「ノワールと同じ事情」だと伝えておいた。

それが彼女の中では「自分と同じ姿の人物が恋次元にいただけ」だと解釈されたのだ。

実際の所「女神と言うところまで同じ」とは想像できなかったのである。

尤も白斗もそんな勘違いをしてくれるような言い回しにしたのだが。

 

 

「そういうことですわ。 ですが、嘘も言っておりませんので」

 

「……ルウィーに来たのも偵察のためね」

 

「ついでに言うと俺達が牢屋にぶち込まれた時、衛兵を倒してくれたのもベールさんだ。 だから事情を隠してた件はこれでチャラにしてあげて」

 

「……そう言うことなら仕方ないわね」

 

(あら白斗君……私の印象を落とさないようにフォローしつつ、それでいて手助けした件を交渉材料にされないように立ち回っていますわね。 やはりやり手……)

 

 

偵察されていたと知ればいい顔をしないブランだが、白斗がすかさず言葉を添えてくる。

ブランはそれを受けて渋々だが引き下がり、同時にベールも牽制されてしまう。

戦闘能力こそこの中の誰よりも弱い男だったが、それ以外の面では本当に器用に立ち回る。

ベールの中で、白斗に対する警戒心と興味がまた一つ上がった。

 

 

「それで、本日はどういったご用件でしょうか? 尤も、穏やかな話題とは思えませんが」

 

「ふふ、やはり察しが良いですわね。 貴方をお招きして正解でしたわ」

 

(やはり俺が緩衝材が……やれやれ。 ってことはこの後、大荒れするんだろうなぁ……)

 

 

予想通り、白斗はスムーズに話を進行させるために呼ばれたらしい。

早くも胃が痛くなるのを感じながら、ベールの言葉を待つ。

 

 

 

 

「では単刀直入に。 ……私は今から、正々堂々と大陸のシェアを頂戴しますわ」

 

 

 

 

瞬間、黒と白の女神様から殺気が爆発した。それはもう、近くのガラスにヒビが入るくらい。

 

 

「……その言い分ですと武力介入ではなく、そちらのゲーム機をこちらに流出させていくという感じですかね」

 

「お話が早くて助かりますわ。 そう、我が国で最も大人気のゲーム機、そしてソフトを売り捌く……国民の皆さんは、一体どこのハードが至高なのか、すぐにご理解して頂けますわ」

 

「……わっかりやすく喧嘩売られてるわね……!」

 

「はいストーップ!! ……どうやら生産体制どころか、こちらに流す算段も整っておられるようで。 もういつでもリーンボックスによる大陸制圧準備は完了していると」

 

「その通り。 ただ、前置き無しでいきなりハード流すのも上品かつ優雅とは言えませんので。 それに宣戦布告無しで不意打ちされたことを言い訳にされても困りますし」

 

「はーいブラン様ぁー!? 無言で目を血走らせてハンマー振り上げないでねー!?」

 

 

言葉遣いこそ優雅だが思い切り喧嘩を売っている。

そして言い値で買うと言わんばかりにブランが殺気を漲らせてハンマーを振り下ろそうとしていた。

白斗が咄嗟に羽交い絞めにしなければ、武力衝突となっていたことだろう。

 

 

「白く~ん、どういうこと~?」

 

「理解してなかったのか……。 要するにベールさんが自分のゲーム機を売りさばくことで支持を得て、大陸のシェアを奪いに来るってさ」

 

「はぁーあ。 予想してたけど、どーして皆面倒ごとを率先して起こしたがるのかなー?」

 

「今回ばかりは俺もネプテューヌに同意だわ……」

 

 

予想していたが、今回ばかりは予想が外れて欲しかった。

白斗とネプテューヌはどっと圧し掛かる疲労感に重い溜め息を吐いてしまう。

 

 

「ふふふ、楽しみですわね……。 一週間後のこのゲイムギョウ界が、リーンボックスのイメージカラーである緑に染め上げられる光景……ああ、心が踊りますわ!」

 

「既に勝ち確の妄想……ねぇ、あいつ斬っていい?」

 

「駄目です」

 

「じゃぁ、磨り潰すのは?」

 

「駄目です」

 

 

冷静に捌く白斗だが、実際の所は冷や汗塗れだ。

いざ怒髪天となった女神様二人を白斗如きが止められるわけもない。何とか言葉で収めるように必死に舌を回していた。

 

 

「そうですわ。 私はあくまでゲームという平和的かつ国民の誰もが納得できるジャンルで勝負しているのですから。 貴方達も同じ土俵で勝負すればいいのではなくて? 尤も、今から準備したところで間に合うとは思えませんが」

 

(武力衝突という負け筋を潰している辺り抜け目ないよホント……)

 

 

そして弁舌に関してはベールも負けていない。

彼女は大のゲーマーという印象が付き纏いがちだが、いざ仕事をするとさすが女神と言わんばかりに有能なのだ。

ネプテューヌが仕事の速さを売りとするなら、彼女は抜け目のなさ。

自分の負け筋を潰して勝利に直結するようなゲームメイク。まさにゲーマーだからこその腕前と言うべきか。

 

 

「それに戦う前に既に勝負は決していますし」

 

「どういうことよ?」

 

「では……SEをよーくお聞きになって」

 

 

するとベールが何やら女神達の胸を見始める。まるで品定めをするように。

 

 

「ちらり」

 

「な、何よ?」

 

 

ぽいーん。

 

 

「じろじろ」

 

「なになに? 私の胸に何かついてる?」

 

 

ぺたん。

 

 

「ちらっ」

 

「なっ……! どこ見てやがる!?」

 

 

ぺたーーーん……。

 

 

「じーっ……」

 

「ほぇ?」

 

 

ぺたんこ。

 

 

「そして彼は……ふむ」

 

 

ぽよん。

 

 

「オイ待て!! なんで俺を見た!? なんで俺からそんな効果音が出る!?」

 

「白斗テメェェェ……私より胸あるのかァァァ!! その胸寄越せェェエエエ!!!」

 

「いやいや!? 俺男だから比べてもアギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

 

「こんな胸引きちぎってやるゥ!! ガルルァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

「取れるッ、俺のB地区取れるゥウウウウウウウ!!! ァァアアアアアアアアアア!!!」

 

 

以上、ベールさんのお胸品評会でした。

さぁ、画面の前の貴方は台詞と効果音だけで誰がどの人か分かったかな?

 

 

「むぅ~っ……! ベールさんがそんな事するなら、あたしだって~……! じろ~っ」

 

「ふふ、幾らでも見てくださいませ」

 

 

ばいーん!!

 

 

「わぁ~!? 効果音が全然違う~!?」

 

「ふふ、これが彼我の力量差ですわ。 そちらは人並みが二人、平均以下が二人、そして絶望的なのが一人……全く、この大陸の人々は女神に恵まれてませんわねぇ」

 

「誰ガ絶望的ダァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

 

「ってか俺を人並みにカウントしないで貰えますかね!?」

 

 

わざとらしい含み笑いに敏感に反応してしまう女神が一人。

何を隠そう、というか隠す気もない。ブランである。やはりこの世界でも、ブランとベールの相性は最悪だった。

因みに白斗の心からの叫びは誰もが無視している。白斗は泣いた。

 

 

「あらあら、誰も貴女の事だなんて言っておりませんわ。 それとも自覚があるのかしら?」

 

「殺ス!! コイツ殺ス!! ソノ贅肉削ギ落シテ、ルウィーニ晒シテヤルゥウウウ!!!」

 

「晒すの首じゃなくて乳!? ってか女神化すんな落ちつけ餅つけェ!!!」

 

「ブランちゃん暴れちゃダメだよぉ~! ベールさんも言い過ぎ~!!」

 

「そーだそーだ! いじめんな! ペチャパイいじめんなー!!」

 

「テメーらも大差ねぇだろーがアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

慌てて女神化したブランを取り押さえる白斗達。

けれども火に油を注ぐ、プラネテューヌの女神様に白斗の胃痛は加速する。

 

 

「ほらー、私達は女神化すればー」

 

「白くんも大満足のないすばで~になるし~」

 

「ここで裏切んのかチクショオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

「いやですわ、これだからマナーのなっていない女神は……。 吠えるだけならワンちゃんの方がお利口でしてよ?」

 

「グルルルルルルルルルルァアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

「あーもーっ!! アンタらマジでいい加減にしろぉーっ!!!」

 

 

いい加減胃がボロボロになってきた白斗ではブランを押さえるのも限界だ。

しかしベールは相変わらず勝利を確信しながら優雅に笑っている。

 

 

「ふふ、白斗君も苦労しますわねぇ。 何でしたらそんな娘達の補佐なんてやめて、私の執事になります? 月収50万クレジット、福利厚生付き、週休二日ですわ」

 

「何その好待遇!? ってか俺を買い被り過ぎでは!?」

 

「謙遜はやめてくださいまし。 調査済みですのよ、貴方主導の政策のお蔭でプラネテューヌが盛り返していること……何より貴方は“他人を支える”ことに関しては他の通髄を許さない。 それは貴方自身のこれまでの行動が何よりも証明していますわ」

 

 

すっかり白斗に興味を持ったベールは白斗についてもしっかりと調査をしていた。

白斗がどんな政策を行い、どんな成果を齎したのか。

そしてそれを通じて白斗が誰かのために、己が全てを尽くす人だということも。

 

 

「何言ってるのさベール!! 白斗は私のなんだからねーっ!!」

 

「そうだそうだ~!! 白くんは絶対に渡さないんだから~っ!!」

 

「お前ら引っ付くなっ!! ま、まぁそうしてくれるのは嬉しいけどさ……」

 

「ふふ、なんとでも仰ってくださいまし。 どうせ私が大陸を統一すれば貴方達は女神でなくなり、彼は職を失う……そんな白斗君を私が拾って差し上げるのは当然の流れなのですから」

 

 

どうやら既に白斗を手に入れる算段は付いている、というよりも確定事項らしい。

益々頬を膨らませ、白斗の腕に抱き着いてくるネプテューヌとプルルート。最早白斗の胃も心臓も限界だった。 

 

 

「さて、これから大忙しになりますので失礼いたします。 では皆さん、残り少ない栄華をゆっくりお楽しみくださいませ。 おーっほっほっほ……!」

 

 

一切優雅さを崩さず、綺麗なハイヒールの靴音を鳴らしながらベールは去っていった。

もう完全に勝ち誇っている。自分の勝利を疑っていない。他の女神達を舐め切っている。

 

 

「……随分舐め切ってくれるじゃないの……あの女神ィ……」

 

「贅肉が贅肉が贅肉が贅肉が贅肉が贅肉が贅肉が贅肉がァァァァァァ」

 

「ブランに至ってはモンスター化してるよコレ……。 はぁ、やれやれだな」

 

 

ベールが去った後の応接室は殺気に満ちていた。

特にブランに至っては敵視している巨乳相手ということもあって理性が崩壊している。

メンタルケアに手古摺りそうだと白斗が重い溜め息を付いた。もう本日何度目になるかもわからない。

 

 

「とにかく帰るぞ!! あっちが正攻法なら、こっちも正攻法で返り討ちにしてやりゃいいだけの話だぁ!!!」

 

「そうね。 私達のハードの方が凄いって証明すればいいだけの話よ。 急いで帰って対策を練らないと……」

 

「やっと幾分か理性を取り戻してくれたか……。 ネプテューヌ、今日の晩飯は胃に優しいモンを頼む……」

 

「うーん、なら雑炊がいいかなー」

 

 

そしてベールが去ってしばらくした後、白斗のメンタルケアが功を奏したのかやっとブランとはまともな言葉を交わせる状態にまで落ち着いた。

けれども傷んだ白斗の胃がすぐに回復することは無い。彼のためにも最高の雑炊を作ってあげようと誓ったネプテューヌであった。

 

 

「って言ってるけど白斗、私達プラネテューヌも一応ピンチだよ?」

 

「じゃぁ、お前は何で慌ててないんだよネプテューヌ」

 

「だって白斗が落ち着いてるから! 何かあるんでしょ?」

 

「……ま、予想してたことだからな。 あ、でもこれノワールとブランには内緒な?」

 

「うん~! 白くん、やるぅ~!」

 

「まぁな。 ……んじゃ、可愛い妹達を迎えに行くとしますか」

 

 

何やら白斗は既に対策を立てていたらしい。

だがそれは後回し、今は街中に繰り出しているネプギア達を迎えに行く方が先だ。

怒りに燃えている女神様二人を何とか引き連れ、白斗達はリーンボックスの巨大都市へと歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――一方その頃、恋次元からの来訪者ことネプギア達女神候補生はと言えば。

 

 

「ん~! ここのパフェ美味しいねユニちゃん!」

 

「そうね。 ただ……ボリュームあり過ぎないコレ……?」

 

「確かに、ちょっと残しちゃいそうだね……」

 

 

リーンボックスのカフェテリアでスイーツを堪能していた。

女の子5人による漫遊も中々楽しいもので、デパートで玩具や銃、絵本にクレヨンと各々の欲しいものを見て回った。

無論白斗のお金なので豪遊など出来なかったが、美味しいものを食べるくらいはいいだろうと評判だと聞きつけたカフェテリアに来たわけである。

 

 

「んー……ここのぷりん、おいしいけどなんかちがう……。 ねぷのぷりんがいい」

 

「あはは、ピーシェちゃんは何か拘りがあるみたいだね」

 

「んー、パンケーキ美味しー!! 今度お兄ちゃんに作ってもらいましょ!!」

 

「うん! アイスクリームにホイップクリーム、チョコレートにプリン乗せ……♪(うきうき)」

 

「ろ、ロム? それカロリーが凄いことになっちゃうわよ……」

 

 

ちびっ子三人もスイーツをそれぞれ食べていて、色々な反応を見せてくれる。

特にロムは様々なトッピングを施したパンケーキを夢見ていた。

確かに誰もが一度は憧れる欲張りセットだが、乙女としてさすがにカロリーに気を遣うユニが苦笑いしながら止めに掛かった。

 

 

「けど……こんなにデカイの、幾ら何でも食べきれないわよ」

 

「そうだね。 メニューで見るだけじゃ大きさ分からないし……こういう時お兄ちゃんがいてくれれば押し付……食べてくれたんだろうけど……」

 

「ネプギア、アンタ最近図太くなってるわね……」

 

 

ネプギアは 図太い属性 を 手に入れた!

 

 

「え!? 何今の地の文!? 図太い属性!?」

 

 

日頃、無個性であることに悩んだネプギアは「ラーニング」を習得しました。

これでその場の状況に応じた属性を手に入れることが可能になります。

 

 

「いらないよー! っていうか今回お姉ちゃんに置いてけぼりにされなかったからこんなスキル手に入らないって思ってたのにー!!」

 

「何の話をしてるのよ……。 でもまぁ、確かに白兄ぃと食べたかったなぁ……」

 

「うん……。 折角お兄ちゃんやお姉ちゃんと会えたのに……」

 

「「はぁ~……」」

 

 

メランコリックな溜め息を付く乙女二人。

こういう時にこそ傍にいて欲しい人がいないこの状況。仕事だから、仕方がない、理屈が分かるだけに溜め息は深くなるばかりだ。

 

 

「……ねーねー。 ぴぃ、きになったんだけどー」

 

「ん? 何かな、ピーシェちゃん?」

 

 

すると二人を見ていたピーシェが無邪気な視線を投げかけてくる。

丁度いい、話題を変えるチャンスだとネプギアも快く応じたのだが。

 

 

「みんなって、おにーちゃんのことすきなのー?」

 

「「ゴホゲフガフッ!!?」」

 

「きゃ!? ちょっと二人とも、どうしたの!?」

 

「大丈夫……?(さすさす)」

 

 

突然のドッキリな質問にむせかえったネプギアとユニ。

そんな二人に驚きつつも、ロムとラムはそれぞれの背中をさすってあげる。

 

 

「ゲホッ!! な、何よピーシェ!? そんな色気づいた質問しちゃって!? その年で思春期にはまだ早いわよゴホッ!!」

 

「あのね、みんながくるまえに、ねぷてぬやぷるるとたちが、おにーちゃんのことすきってはなしてた!」

 

「ケホケホ……こ、恋バナでもしてたのかな、お姉ちゃん達……」

 

 

どうやら二人がやたら白斗の事を話題にするので、あのアフタヌーンティーでの一幕がピーシェの脳裏に過ったらしい。

それでこの質問―――理屈は分かるのだが、タイミングも分かって欲しかった。

 

 

「ろむとらむは、おにーちゃんのことすき?」

 

「もっちろん! お兄ちゃん大好きー!」

 

「私も……。 優しくて、温かいお兄ちゃん大好き……♪(るんるん)」

 

「ぴぃもー!!」

 

 

やはりちびっ子たちには所謂「恋愛感情」というものはまだまだ分からないらしい。

ただ、この上なく白斗に懐いていることには間違いなかった。

何せ、元来の面倒見の良さから三人とよく遊んでいたのだから。

 

 

「で・も。 ……私達が聞きたいのは、そういう好きじゃないんだよねー!」

 

「うんうん。 ネプギアちゃんとユニちゃんは、お兄ちゃんの事好きなの?(わくわく)」

 

「色気づいているのこっちだったー!?」

 

 

まさか、年だけならピーシェとそう変わらない幼い双子ですら色恋に興味を持ってくるとは。

大方姉である恋次元のブランの影響だろう。

再びやってくる心拍数の大波に押しつぶされそうになるネプギアとユニ。もはや冷静な判断が出来ない。

 

 

「え、えーと……そ、そうね!! まぁ、白兄ぃには良く面倒見てもらってるし!? ゲームとか特訓とかにも付き合ってもらってるし!? そういう意味では嫌いじゃないわよ!?」 

 

(あー、これお姉ちゃんと同じだー)

 

(ユニちゃん、可愛い……♪(にこにこ))

 

「そこ! 生温かい目を向けるんじゃないッ! そ、それよりもネプギアはどうなのよ!?」

 

 

姉と比べれば薄味だが、それでもツンデレ気質が出てしまうユニ。

だが裏を返せば、それだけ白斗の事が大好きであるということ。そうすっかり理解してしまっているロムとラムは、微笑ましい顔を向ける。

話題ごと逸らそうとネプギアに白羽の矢を立てるのだが。

 

 

「……好き、だよ。 妹としてだけじゃなくて……一人の、お、お……男の人、として……っ」

 

「え……」

 

 

上擦った声で、しかしハッキリとそう告げていた。

ネプギアは今にも目を回しそうで、顔もこの上なく赤くなっている。息は乱れ、汗は拭き出し、心臓はうるさいくらいに鳴り響いている。

それでも、どうしてもこの気持ちだけは偽りたくなかった。

 

 

「優しくて、温かくて、頼りになって、でもどこか抜けてて、危なっかしくて、だから支えたくなって、そしていつも私を支えてくれる……お兄ちゃんが、白斗さんが……大好き、だよ」

 

「ネプ、ギア……」

 

「この気持ちだけは……お姉ちゃんにも、ユニちゃんにも! ま、負けないのっ!!」

 

 

ほぼ勢いに任せての発言だったが、後悔はしなかった。

凄まじい疲労感で肩で息をしていたが、不思議と胸が空いている。今まで声に出せなかったことを、堂々と言ったからだろうか。

 

 

「……負けない、ですって? そんなの……そんなの!! アタシだって同じよ!!!」

 

 

すると、そんなネプギアの声に負けないくらいの大声が響き渡った。

先程とは違う、真っ直ぐな瞳で、捻くれた言い回しを一切していないユニの声だった。

 

 

「アタシだって!! いつも白兄ぃに支えて貰って!! アタシも支え返して!! 一緒に遊んだり、悩んでくれたり、守ってくれたり……大好きになる決まってるじゃない!!!」

 

「ユニちゃん……」

 

 

いつも照れ隠しが出てしまうが故に押し込めてしまった言葉。

それを勢いに任せて、怒涛の勢いで吐き出し続ける。

無論恥ずかしい。顔中から火が出そうだ。でも、不思議と胸の内が軽くなってくる。

 

 

「お姉ちゃんと同じくらいに白兄ぃのことを考えるようになった! いつも白兄ぃの事考えると幸せになって! 切なくて! でも嬉しくて!!」

 

「……凄く分かるよ。 だって、同じなんだもん」

 

「……ええ、同じよ。 これだけは……白兄ぃだけは!! アンタでも、お姉ちゃんでも!! 絶対に譲らないんだからぁっ!!!」

 

 

正々堂々と宣戦布告し合う女神候補生二人。

その目には闘争の炎と決意の光が灯っており、しかし二人の間に嫌悪感など嫌な感情はは一切感じられなかった。

きっと、二人が正式に「恋のライバル」となったからだろう。

 

 

「うわぁー……ネプギアもユニも凄い……」

 

「これが……恋する乙女……!(どきどき)」

 

「ねぷぎあとゆに、どしたの?」

 

 

ラムは二人の迫力に押され、ロムは恋する乙女の姿に胸を高鳴らせ、ピーシェは一人首を傾げていた。

 

 

「それじゃ、ユニちゃんとも正式にライバルになったところでそろそろここを出……あれ?」

 

「どうしたのよネプギア? 早く行きましょうよ。 そろそろ白兄ぃも用事終わっただろうし」

 

「そ、そうなんだけど……あれ!? あれあれあれ!? な、無いっ!?」

 

「ね、ネプギアちゃん……無いって、何が……?(ぶるぶる)」

 

 

席から立ち上がったネプギアがポケットに手を伸ばした途端、顔を青ざめさせた。

急いで全身をまさぐるが、お目当てのものが見つからないらしい。

何か猛烈に嫌な予感がするので震えながらもロムが訊ねてみると。

 

 

 

「……お兄ちゃんから預かった、財布が……無い……」

 

「「「「え……?」」」」

 

 

 

瞬間、空気が凍り付いた。それはもうルウィーなんて目じゃないくらいの冷たさで。

 

 

「ま、待ちなさいよ! わたし達が絵本買った時とか、持ってたでしょ!?」

 

「うん、その時にはあったはずなんだけど……もしか、して……」

 

「落としたか……スられた……?」

 

「……かも……」

 

 

ネプギア は うっかり属性 を 手に入れた!

 

 

「また余計な属性が出来ちゃったー!?」

 

「今回に関しては事実そうでしょ!? どーしてくれんのよぉっ!!」

 

「ど、どどどどどどどどどどどっ!?」

 

「あーもーっ!! テンパり過ぎて奇行種みたいになってるしーっ!!!」

 

 

ある意味人生最大のピンチにネプギアは大慌てだ。

こうなってしまった彼女は使い物にならないとユニも頭を抱えてしまう。だが頭に電球を浮かべたかのように、ピーシェが声をかけてくる。

 

 

「ねーねー、だれかおにーちゃんにでんわできないの?」

 

「そ、それよそれ!! 白兄ぃ財布二つ持ってるって言ってたし、とりあえずこの場だけでも凌いでもらいましょ!! お金は後で返す!!」

 

「ピーシェちゃん、頭いい!(ぱちぱち)」

 

「えへん! それほどでもある!」

 

「この威張り様はネプテューヌさんの遺伝ね……。 って、アタシ携帯自分の世界に置きっぱなしだった……」

 

「それじゃ私が……って充電切れてるー!?」

 

「わ、私もロムちゃんもケータイなんて持ってないし、ピーシェ……は聞くまでもない……」

 

「詰んだ……」

 

 

ピーシェが連絡を入れるという名案を出してくれるも、全員の連絡手段が全滅していた。

絶望的な状況に膝と手を地に着ける一同。そこへ。

 

 

「きゃーっ!! ひったくりよ!! 衛兵さん、そいつ捕まえてー!!」

 

「了解。 Fire!!」

 

「ぎゃああああああダダダダダダダダァ!!?」

 

 

街の方が騒がしくなったので目を向けて見ると、ひったくり事件が発生していた。

すると衛兵たちが犯人らしき男に発砲する。

弾はゴム弾だったので殺傷力自体は無いが、それでも当たれば痛い。何十発と言うゴム弾を受け、男は地に沈んだ。

 

 

「ゆ、許してくれェ……出来心なんだよぉ……」

 

「それで許されるなら女神様や衛兵は要らないんだよ、キリキリ歩けオラ」

 

「下手な抵抗すると10万ボルトの電流流すからな」

 

 

徹底した攻撃に連行、それも割とバイオレンスだ。

この上なく痛めつけられた男の姿を見て、ネプギア達は更に青ざめる。明日は我が身だと。

 

 

「ど、どうしようロムちゃん……お、お金ないってバレたらわたし達も……」

 

「あんな目に……!(ぶるぶる)」

 

「それもこれもネプギアの所為よ!! どーしてくれんのよぉっ!!」

 

「ごめんねごめんねごめんねーっ!!」

 

 

今にも泣きそうなロムとラムに触発されてユニまで吠えだした。

いよいよ冷静な判断が出来ず、ネプギアもただ平謝りするしかない。

 

 

「お嬢ちゃん達、どうしたんだい? さっきから騒がしいが」

 

(ヒッ!? 筋骨隆々の店員さん!?)

 

 

と、そこへマスターらしき男が現れた。

だが荒事にも対応するためか、物凄くマッチョだった。あんな腕に掴まれたら、か弱き女の子の細腕など折れてしまうくらいに。

おまけに声も低いので、威圧感が凄まじいのなんの。

 

 

「ところで、もう食べ終えてくれているようだけど……そろそろお会計か?」

 

「え、いや、あの……」

 

「んん……?」

 

「……お、お代わり……ください……」

 

「ん? ああ、お代わりか。 同じのでいいのかい?」

 

「はィ……」

 

 

声を震わせ、目を潤ませながらユニが必死に搾り出した言葉。

それはお代わりの注文だった。

 

 

「な、何でお代わりしちゃうのユニちゃん!?」

 

「し、仕方ないでしょーっ!! ここは時間稼ぎのためにも食べ続けるしかないでしょ!!」

 

「時間稼いでどうするの!? お兄ちゃんに連絡も取れないのに!!」

 

「こ、こうなったら女神の力で……って、そうだこっちの世界だとまだ女神化できないんだアタシ達……!」

 

「出来たら出来たらで何するつもりだったの!?」

 

 

どうやらユニもイカレてしまったようだ。

やがて運ばれる、ボリューム大のスイーツにネプギア達は顔を強張らせる。

 

 

「や、やっぱり量が凄い……。 うぷ……もう、美味しいのか、美味しくないのか分かんなくなってきちゃった……」

 

「カロリーが、カロリーが……ぇぅ、お腹も、ヤバイ……」

 

 

元々ボリューム満点のパフェやパンケーキ、当然小食な女の子達が処理しきれる量ではない。

必死に食べ勧めているが、食べれば食べるほど不健康へと近づいていくのが良く分かる。

 

 

「ラムちゃん、私……もう食べられないよぉ……(ぐったり)」

 

「が、頑張ってロムちゃん……! で、ないと私達……捕まっちゃうのよ……!」

 

「そうなったら、ぴぃたち……おにーちゃんたちに、もうあえない……」

 

「そ、それは……!」

 

「それはイヤァー!!」

 

 

特に小柄なロムやラムはもう食べる気力すら湧かない。

しかし、もし無一文がバレてしまったら大好きな兄―――白斗ともお別れになってしまう。

そんな妄想が、ネプギア達を更に追い詰めていく。

 

 

「私、まだお兄ちゃんに告白してないのに……!」

 

「アタシも……こんなことなら、白兄ぃにもっと甘えとくんだったぁ……」

 

 

もう今にも大泣きしそうなまでに表情が崩れているネプギアとユニ。

白斗の背中が勝手に遠くなっていくような気がして、それが尚更心を突き崩してくる。

 

 

 

「「「「「お兄ちゃああああああああああああああああああん!!!」」」」」

 

 

 

そしてとうとう耐えきれず、悲しき叫びを天空に向けて放ってしまうのだった―――。

 

 

 

「……なーにをやってるのかねチミ達は」

 

「はぁ、予想通りの展開だったね……」

 

 

 

すると彼女達の背後から二人の男女の声が聞こえた。

呆れ交じりながらも、聞くだけで安心と元気をもらえるその声の主を、彼女達は良く知っている。

振り返れば、そこにいた。黒衣の少年と、紫の少女。白斗とネプテューヌが。

 

 

「お、お兄ちゃんにお姉ちゃん!? なんでここに!?」

 

「ネプギア、俺の財布落としたろ? それで警察から連絡が来て、お前らが無一文になってるだろうなーって思って捜索してたってワケ」

 

「で、皆の叫び声が聞こえて駆けつけて見たら案の定この有様だし」

 

「うう……ごめんなさい……」

 

 

白斗が懐から財布を取り出した。どうやら今回はスリに合ったわけではなく、単純に落としてしまっただけらしい。

その財布に入れていた連絡先から白斗に届けられ、そこから事情を察して今に至るということのようだ。

 

 

「ちゃんと反省はしてくれよ? んで、もう出るか?」

 

「あ、お兄ちゃん! このパフェ食べて! 私じゃ食べきれなくて……」

 

「ネプテューヌちゃんも! わたし達のパンケーキあげる!」

 

「あ、ありがとう……。 おおう、これまた凄いボリュームで……」

 

 

まだ山のように食べ残されたパフェやパンケーキに戦慄する白斗とネプテューヌ。

確かに味はいいのだろうが、いかんせん量が凄い。

白斗とネプテューヌも緊張という意味で固唾を飲み、そして何とか食した。

 

 

「ぐふっ……! こ、これ以上は勘弁……うぷぇ……」

 

「お腹はキツいけど、カロリーは心配ないかなー。 私、女神化しまくればダイエットになるし。 あれ相当カロリー消費するんだよねー」

 

「ズルッ!! ってか女神化をダイエットに使ってんのかよコイツ!?」

 

「多分、女神化をダイエットに使ってる人は後にも先にもネプテューヌさんだけね……」

 

 

こんなもの食べまくっては肥満体以前に糖尿病になりかねない。

しかし、ネプテューヌは神聖なる女神化を使ってダイエットしているらしい。呆れ半分、羨ましさ半分で白斗は肩を落としつつ、そして会計へ。

 

 

「……………………こりゃまたクエスト地獄かな……トホホ……」

 

 

どうやら相当な買い物をしてくれたらしく、もう一つの財布を使わざるを得なくなってしまった。

こうして精神も財布も削りに削ったリーンボックス漫遊記は終わりを迎え、一同は行きと同じ船で送られることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、ゲイムギョウ界は嘗てない衝撃を迎えていた。

それもそのはず、まだラステイションが建国されてそう月日も経っていないのにまた新たなる国ことリーンボックスの存在が公にされたからだ。

更には新たなるゲーム機が各国に流れ、凄まじい勢いで大陸中にリーンボックスの名が広まっていく。

そしてそれから、緊迫の一週間が過ぎ―――。

 

 

「いやー、平和ですなー」

 

「だね~」

 

「相変わらずお二人はお気楽ですね……(^▽^;)」

 

 

プラネテューヌの女神様は、のんびりとしていました。

 

 

「でも、事実そうよね。 結局あれだけ大見得を切っておきながらリーンボックスのハードは不評で今じゃゲーマーでも忌避される存在になっちゃったし」

 

「そうね。 分かり切っていたことなのに、狼狽えていた自分が恥ずかしいわ」

 

「まー、こうなるよねー。 だってベールだもん」

 

「ベールさんだもんね~」

 

 

そしてネプテューヌやプルルートだけではない、プラネテューヌの教会にノワールとブランも集まっていた。

話題はリーンボックスのゲーム機について。なのだが、肝心のそのゲーム機は相次ぐ不評により売れば売るほど赤字、出せば出すほどシェアを落とすという有様。

 

 

「ねぷてぬ、べるべるのげーむってそんなにだめなの?」

 

「らしいんだけど……ネプギア。 不評って、どんなのが上がってるの?」

 

「えぇと……大きくてスペースを取る、ディスクに傷がすぐにつくとか、排気音が大きいとか」

 

「なるほど。 ユニちゃん達の所はー?」

 

 

ネプギアから読み上げられる不評店は、どれもゲーム機としては致命的だ。

特にディスクに傷がついては遊べなくなる。ゲーム機でシェアを獲得したいリーンボックスにとっては、まさに致命傷である。

 

 

「ラステイションでも似たような感じですね。 それとソフトが少ないとかも」

 

「それにね、ソフトもなんていうかゴツそうなのばっかりなの」

 

「わたし達、お姉ちゃんに止められて触らせてもらえない……(しょんぼり)」

 

「あー……リーンボックスのゲームって大人受けするようなのばっかりだからなー」

 

 

そして同じようにプラネテューヌの教会に集まったユニ達女神候補生も、それぞれ情報を共有し合った。

どうやら肝心のゲームソフト方面でも問題が多数らしい。

ゲーム機もソフトも問題ばかりならば、売れるわけがない。故にすっかりこの大陸においてリーンボックスの騒動など過去のものとなっていた。

 

 

「しかし、ユニ達がラステイションやルウィーで暮らしてから一週間。 何だかんだで適応してるみたいで良かった良かった」

 

「むー、心配するならネプギアみたいにここで暮らしてもいいじゃないのー」

 

「まぁまぁ。 ノワール達も別次元とは言え、妹と暮らしてみたかったみたいだし、俺だって時々顔出してるだろ?」

 

「時々じゃ嫌なの! 毎日! もしくはほぼ毎日!」

 

「欲張りだなオイ」

 

 

白斗は苦笑いしつつも、リスみたいに頬を膨らませるユニの頭を優しく撫で続ける。

ユニ、そしてロムとラムはそれぞれラステイションとルウィーで暮らしている。

この教会にそれだけの人数を置ける余裕がなかったこともあるが、同時にノワールやブランの要望でもあったからだ。

 

 

(事実妹が出来たようなモンだからな、ノワールやブランも精神的余裕が出来て以前より更に穏やかだ。 ……心の支えになれてるみたいで良かった)

 

 

神次元にノワールとブランは、恋次元の彼女達に比べて随分攻撃的な節がある。

白斗はその原因の一つに親しい人物が少ない故の精神的余裕のなさだと推測したが、それは当たっていたらしい。

仮とは言え、妹分が出来たのだ、姉となった彼女達には、それはもう嬉しいものだっただろう。

 

 

「ところで白斗? 最近プラネテューヌのシェアが伸びてるけど……やってくれたわね」

 

「何かトゲのある言い方だなぁ……。 シェアは相変わらずプラネテューヌがドベなのに」

 

「前よりグングン上げて置いて良く言うわ。 ついでに貿易収支も黒字と来た」

 

「まーそりゃ当然だよ。 リーンボックスにプラネテューヌのゲーム機流してるんだからね」

 

「ええ、白斗さんのお蔭でシェアは勿論、国家予算にも余裕が出来ました!(*^▽^*)」

 

 

一方、やられてばかりの白斗では無かった。

リーンボックスがゲーム機を売り出したタイミングに合わせ、リーンボックスにプラネテューヌのゲームをばら撒いたのである。

その収益によってプラネテューヌの経済が潤うのは勿論の事、プラネテューヌのゲームに魅かれたリーンボックスの国民を一部プラネテューヌ信者にして見せたのである。

この上々とも言える結果に、イストワールは実に晴れやかだ。

 

 

「ま、それも楽しいゲーム作ってるネプテューヌやプルルートのお蔭だからな」

 

「えへへ~。 でしょ~?」

 

「も~っと私達を褒めてくれていいんだよ! 具体的には頭なでなで!!」

 

「最近おねだりが露骨だな……でも二人はやっぱり凄いよ」

 

「「ふふふ~♪」」

 

 

この政策が打てたのも、偏に魅力的なゲームを作ってくれるネプテューヌとプルルートの力があってこそ。

そんな二人の女神様の頭を、白斗は優しく撫でた。すると二人は気持ちよさそうに、幸せそうに、目をとろんと蕩けさせてしまう。

 

 

「お姉ちゃん、いいなぁ……」

 

「ネプギア……“あれだけ”白兄ぃに甘えておいてまだいうか……」

 

「でもいいなぁ……ネプテューヌちゃん達……(もじもじ)」

 

「わたし達だって頑張ったんだからもっと褒めてよ~っ!」

 

「ぴぃにもー!!」

 

「……正直、羨ましいわね……」

 

 

それを見せつけられた女神候補生達と、とある女神様一人が羨望の眼差しを送っていた。

大好きな人からのなでなでを受けようとすぐさま列を作り出す。

因みにユニの言う、ネプギアが“あれだけ甘えたお話”というのはまた後日、詳しく語ることになる。

何故ならこの時―――。

 

 

 

「貴方達!! よくも卑怯な真似をしてくれましたわね!!」

 

「わわ!? べ、ベールさん!? って、こっちのベールさんか……」

 

 

 

ベールが、凄い勢いで乱入してきたらだ。

恋次元のベールと余りにも瓜二つで、しかも突然やってきたものだからネプギアも思わず驚きの声を上げてしまう。

 

 

「……来るなりご挨拶ですね、ベールさん。 本日はどのようなご用件で?」

 

「どうもこうもありませんわ! 私のゲームにこれだけの悪評を振りまいておいて!」

 

「悪評……? 国民から出ている苦情のことかしら?」

 

「ええ、そうですとも! それもこれも、貴方達が卑怯なネガティブキャンペーンをした所為ですわ!! そうに違いありませんわ!!」

 

「ネガキャンって……(;´・ω・)」

 

 

どうやら現在リーンボックスのゲームに対する不評が、他国の女神達の仕業だと考えているらしい。

何しろ、自信を持って送り出した自分のゲームがいざ蓋を開けてみれば不評に次ぐ不評。

確かに我慢ならないのかもしれないが。

 

 

「それに私の国にプラネテューヌのゲームをばら撒くという卑劣な行為まで!!」

 

「貴方も同じことしたでしょ」

 

「うぐっ!? ……まぁ、それはさておきますわ」

 

「さておかれちゃったよ……」

 

 

そして白斗が行ったプラネテューヌのゲーム販売についても言及してきた。

だが、これに関してはベールが同じことをしているので文句を言われる筋合いはない。

ぴしゃり、と的確に反論されたことでベールもこの件に関しては話題を逸らす。

 

 

「ですが見てくださいまし! SNSで愚痴と称して好き勝手悪評ばら撒く人とか!」

 

「確かにSNSとか匿名性の高いところでで他人の作品を批判するのは最低な行為だけど、女神様はこんな卑怯なことしてませんって」

 

「……え? で、では本当に何もしていないと……? で、ですが、私の国では大人気のハードですのよ!?」

 

 

ベールがスマホを見せれば、確かにSNSで酷い書き方をしている人がいる。

これ自体は確かに許されざる行為だが、ネプテューヌ達はこんな卑怯な行為をするような人物ではない。

そんなベールを見かねて、呆れたようにブランとノワールも付け加えてくる。

 

 

「好む好まざるは国民性の問題だわ。 少なくともリーンボックスのゲームは、大陸の人達にとって好ましいものでは無かったということよ」

 

「本当に貴方が調査すべきは女神の実力云々より、国民の意識だったって事ね」

 

「ついでに言えば、貴女の国でそのゲームが大人気だったというのも、それしか存在しなかったから他に手の付けようがなかっただけかと。 だから新しいプラネテューヌのゲームにそちらの国民が目移りしたんだと思います」

 

「む、むむむ~……っ!!」

 

 

更には白斗の補足で、ベールは涙目になりながらも頬を膨らませることしかできない。

反論の余地がない正論だからこそ、何も言い返せないのだ。

ぐうの音も出ないとはまさにこのことだろう。

 

 

「……所詮大きいだけで大したこと無いって自分から証明してくれたわね。 これ以上赤っ恥を掻きたくなかったら、さっさと自分の島に引っ込んでると良いわ」

 

「ぐ、ぬぬぬぬぬっ……!!」

 

「お、おいブラン。 それはちょっと言い過ぎ……」

 

「べるべる、だめがみっ!」

 

「ピー子! ホントのこと言っちゃダメだって!!」

 

「ネプテューヌも酷ェからなそれ!? 後ホントに『お前が言うな』って奴!!」

 

 

しかし、以前散々に馬鹿にされた仕返しだからかここぞとばかりにブランが追撃を重ねてくる。

このままヒートアップするのはまずいと白斗が静止をを呼びかけるも、まだ幼い故に理解しきれていないピーシェ、更にはネプテューヌも火に油を注いでしまう。

こうなっては止められるベール様ではなく。

 

 

「ここまでコケにされて引き下がれるものですかっ!! こうなれば、このゲイムギョウ界に君臨すべき存在が一体誰なのか……実力で示してあげますわ!!」

 

 

とうとう武力行使を宣告した。

思わず額を叩いてしまう白斗だが、他の女神達は知らぬ存ぜぬのどこ吹く風だ。

 

 

「あらあら、今度は武力に訴える気? どこの誰かしらねぇ、戦う前から勝負は決してるだの、吠えるだけならワンちゃんの方がお利巧だの言ったのは」

 

「受けるつもりは無いと? 敵前逃亡ですか!?」

 

「ベールさん、落ち着いてください。 今リーンボックスの方が劣勢なのは明らか、無理に武力行使すればリーンボックスへの悪評が広まるだけかと」

 

「白斗の言う通りだよ。 それに戦う理由なんか無いしー」

 

「面倒だし~」

 

 

ノワールを初め、女神達からはまさに前回の状況のお返しと言わんばかりにまともに取り合おうとしない。

白斗はこれ以上厄介な事態にならないように必死に言葉を選んでいるのだが、最早それで収まってくれるベールではなく。

 

 

「……では、戦う理由があればよろしいですのね?」

 

「何をどうされるおつもりですか……」

 

「これを……こうするおつもりですわっ!!」

 

 

無理矢理にでも戦う理由を作るつもりらしい。

呆れながらも白斗が訊ねると、ベールは袖口から玉のようなものを取り出し―――。

 

 

「煙幕の術ですわっ!!」

 

「ぶふぁっ!! な、何じゃこりゃ!?」

 

「皆、口を塞げ! すぐに換気するから……むぐっ!?」

 

 

それは煙幕だったらしい、ベールが玉を叩きつけるや否や白い煙が充満する。

白斗は咄嗟に煙を吸わないよう指示し、換気をすべく窓に手を掛けようとする―――その時。

煙をぬっと綺麗な手が突き破り、彼の口元を覆ってしまった。

 

 

(ご安心を。 ただの目潰しですわ、体に害はありません)

 

(ベールさん!? ちょ、アンタ何を……おわぁ――――っ!?)

 

 

正体はベールだった。

他人の危機に関しては敏感な白斗だが、自分の事となると極端に鈍くなる。

その性質が災いして彼女の接近に気づくことが出来ず、結果凄い力で引っ張られてしまった。

 

 

「ケホケホッ……! 白兄ぃ、まだー!?」

 

「ま、待ってください! 今私が開けますからー!(; ・`д・´)」

 

 

一方、白斗の身に何があったかを知る由もないユニが呼びかけている。

だが、反応が返ってくるわけがない。

慌てて近くにいたイストワールが窓を開けるなり、換気扇を点けるなりで部屋中の煙を外へと追い出した。

 

 

「こほこほっ……! け、煙たい……(ふらふら)」

 

「ロムちゃん、大丈夫? もー、何するのよこっちのベールさんってばー!!」

 

「ぴぃ、びっくりした! べるべる、にんじゃみたい!」

 

「みんな大丈夫~? 白くんも…………あれ? あれあれ~?」

 

 

煙が晴れると、全員の無事が確認できた。

毒ガスの類ではなく、完全に目潰し用だったため誰一人体調不良を訴える者はいない。

―――のだが、一人だけ。プルルートが辺りを見回してみて、一人いないことに気付いた。

 

 

 

「は……白斗がいない―――――!!?」

 

「「「「「ええええええええええぇぇぇぇぇッ!!?」」」」」

 

 

 

 

ネプテューヌが、そしてプルルート達が悲鳴を上げた。

あの黒衣の少年こと白斗の姿が忽然と消えていたのだ。

辺りを見回しても、あちこちのドアを開けても、窓から教会の周りを確認しても、彼の姿はどこにもない。

 

 

「ちょっと、ベールの姿もないわよ!?」

 

「まさか……白斗を連れ去った……!?」

 

 

更にはベールまでもが消えていた。

言い逃れのしようもない。煙幕に乗じて、ベールが白斗を連れ去った。

ブランも、ノワールと同じ結論に達したようだ。と、そこへ鳴り響く電話。慌ててネプテューヌが取ると、予想通りの人物の声が聞こえた。

 

 

『ご機嫌よう、危機管理が出来ていない皆さん』

 

「ベールッ!! 白斗を攫うなんて女神として許されるとでもッ……」

 

『勘違いなさらず。 彼を我が国に招待しているだけですわ。 客人として』

 

「それで私達が納得するとでも!?」

 

『大事なのは彼の意思ですから。 ただ相当お疲れでしたのね、今ではジェット機の座席でぐっすり眠っていますが。 ダメじゃありませんの、こんなにも酷使させたら』

 

 

どうやら白斗は眠っているようだ。

これまでの睡眠薬に加えてこれまでの激務による疲労ですっかり眠っているらしい。

良く耳を凝らしてみると、確かに白斗の安らかな寝息が聞こえてくる。

 

 

『それと女神の名に誓って彼には傷一つつけません。 こちらの国で少し遊んでいただくだけですから。 お詫びとして彼には十分なお土産も持たせるつもりですし』

 

「とにかく白斗は渡さないッ!! 今すぐ……」

 

『やめておいた方がよろしいですわよ? 今、私の命令でリーンボックスの領空には戦闘機による警備を強化していますから。 女神と言えども無傷……何よりも国民を撃墜させるわけにはいきませんわよね?』

 

「この用意周到さ……最初からこうするつもりだったようね」

 

 

女神化して追いかけようとするも、話から察するに相手はジェット機に乗り込んでいるらしい。

先手を取られている以上、追いつくことはほぼ不可能。その上、リーンボックス領空では戦闘機が待ち構えているらしい。

こうなってはさすがの女神化と言えども双方無傷による突破はほぼ不可能。

 

 

『ご安心を、以前と同じように船を手配させていただきます。 それで白斗君をお迎えに上がればよろしいのですわ。 その間に白斗君には我が国の良さを堪能していただきます』

 

「時間を稼がれてるわね、これは……」

 

『ではしっかりと準備の上、お越しくださいな。 おーっほっほっほ……!』

 

 

ブランが歯嚙みするも、意にも介さずベールは笑って受け流す。

直後通信が切れ、受話器からはツーツーと空しい音が響き渡る。

 

 

「……ベール、テメーは私を怒らせた」

 

「白くんは~……ぜぇ~ったいに渡さないんだからぁ~……!!」

 

「ヒッ!? ね、ネプテューヌさんとプルルートさんが激おこ……!?(゚д゚;)」

 

 

瞬間、凄まじい怒気と殺気が紫の女神二人から膨れ上がった。

大好きな白斗を取られて心穏やかでいられるはずがない。

それはネプテューヌとプルルートだけではない、ネプギア達も同じだった。

 

 

「私も同じです! お兄ちゃんは絶対に渡しません!」

 

「今回ばかりはお留守番なんて出来ないわ! アタシも行く!」

 

「そうよ! お兄ちゃんを助けるのも妹の役目なんだから!」

 

「お兄ちゃん……取り返す……!(ふんす)」

 

「ねぷてぬ! おにーちゃんをとりかえしてきてね!!」

 

 

妹達とて、目の前で兄を奪われて大人しくしていられるような腑抜けではなかった。

まだ女神化は出来ないが、だからと言って戦力にならないわけでもない。

皆が既に武器を手に取り、徹底抗戦の意を示した。

 

 

「そうね。 私も白斗には世話になってるし、ここで借りを返さないと」

 

「白斗は私を助けてくれた……だから、今度は私が助ける……!」

 

 

そしてノワールとブランも協力してくれる。

特にブランは白斗に助けられたという意識が高いからか、それとも別の理由からか。

何にせよ、この世界における最高戦力が集まった。最早ベール一人で抑えきれるようなものではないことを確信し、ネプテューヌが率先して声を上げる。

 

 

 

 

「それじゃ皆の者! 白斗を助けにいざ行かん! リーンボックスへー!!」

 

「「「「「「「おおぉぉ―――――!!!」」」」」」」

 

 

 

 

―――また、女神達は行く。大好きな人を取り返すために、リーンボックスへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……なんだかんだで今日のお仕事もしくれないのですね皆さん……(ノД`)・゜・。」

 

 

 

 

 

 

 

そして一人寂しく、イストワールは泣いた。




サブタイの元ネタ「たけしの挑戦状」


ということでリーンボックスへ行くお話でした。それに加え、ネプギア達女神候補生達のお話も。
原作ゲームではユニとかは余りカフェとかには行かないのですが、こうして女の子達がカフェでワイワイしているのを見たいなーということであの一面を盛り込んでみました。
女子会っていいですよねー、覗きたくなりますよね。(ぇ
因みに女神候補生全員参入した理由の一つに、今まで彼女達の描写が弱いかなと思ったからです。
なのでこの神次元編では妹達が可愛らしく大活躍しちゃいます。括目せよ。
さて、次回はVSグリーンハート。一体どうなってしまうのか、お楽しみに!
感想ご意見、お待ちしております!


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第五十九話 リーンボックスの女神とその妹。え、妹って何?

―――ベールから叩きつけられた挑戦状。その内容は、自分のゲームを大陸に流すことでシェアを得ようとするものだった。

ところがベールの見通しは甘く、彼女のゲームは大不評。それに憤ったベールは白斗を攫うことで無理矢理戦闘する理由を作り出し、女神達をリーンボックスへと誘き寄せた。

無論それを許せるネプテューヌ達ではなく、リーンボックスへ向かう船の中で―――。

 

 

「皆、一人一殺。 それで白斗取り返すよ」

 

「「「「「「「了解」」」」」」」

 

「了解、じゃなーい!! 何物騒なこと言ってんの!? 後敵はベール一人だけ!!」

 

 

いつもは能天気なネプテューヌから殺気がダダ洩れだ。

彼女だけではない、女神候補生達やプルルート、挙句ブランまで。唯一平静を保てているノワールがツッコミ役に回るが、到底追いつかない。

 

 

「それにしても向こうは一人だけなのに女神四人を敵に回すと来た……何かしら勝算があるのかしらね?」

 

「普通に考えるなら白斗を人質……だけどベールとて女神、自分から威信を損ねるような真似はしないはず」

 

「拉致監禁って時点で既にアウトな気もするけど」

 

 

とりあえず白斗には手を出さないと公言していたので、彼を巻き込むような戦いはしないはず。

とは言え、女神全員を敵に回せると思ってもいないはず。

一体どんな策を立てているのか全く読めなかったが、ネプテューヌ達はそんなことなど全く気にしていなかった。

 

 

「んじゃ確認するよ。 まず私が窓を突き破ってベールや衛兵の注意を惹きつつ」

 

「私やユニちゃんが裏口からお兄ちゃんを奪還、了解したよお姉ちゃん!」

 

「ふふふ~。 ベールさん……どんな風にオシオキしてあげようかなぁぁぁ~?」

 

「……アンタ達、本当に白斗狂いね。 いや、何も言うまい」

 

 

いつになく綿密かつ妙に殺気が高い作戦を立てているネプテューヌ達。

白斗が絡めばここまでになるのかと、ノワールは呆れたような、戦慄したような、複雑な思いを抱いていた。

 

 

「でも今回に限っては仕方ないですよ。 お兄ちゃんがまた誘拐なんてされたら……」

 

「また? 過去にもあったの?」

 

「はい。 私達、それがトラウマになってて……なので今回は絶対に許せないんです!」

 

 

一度、白斗はマジェコンヌの手によって徹底的に痛めつけられ、そして連れ去られてしまった。

よりにもよって女神達、ネプテューヌ達の目の前で。

目の前で想い人が救えなかったという絶望に打ちのめされた心の傷は深く、今も時たま夢に見てしまうほどだ。

だからこそ、例え戯れだとしても白斗を攫うことなどネプギアは、少女達は許せなかった。

 

 

「さぁ皆、円陣組んで! ベールとの対決だけど、私がまず、ネプギアにパスを回す。 その後ユニちゃんとぷるるんでミスディレクションを掛けて、スリーポイントを狙って」

 

「ってなんでバスケの話になってしかもアンタ達は当たり前のように円陣組んでるのよーっ!? あーもーツッコミが追い付かない!! 白斗早く帰ってきてぇええええ!!!」

 

 

どうやら白斗がいなくなったことで誰もが心の平静を保てていないらしい。

しっかり者であるはずのネプギアやユニまでもがネプテューヌのボケに乗っかってしまっている。

ツッコミ不在の恐怖を味わい続けるノワールの胃は、既にボロボロだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その頃、リーンボックスの教会にて。

 

 

「あのー、ベールさーん?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

 

黒原白斗は、全く状況が呑み込めなかった。

確かいきなりベールがプラネテューヌの教会に殴り込んできたと思ったら煙幕を撒き、換気のために窓に手を掛けた途端彼女に口元を押さえられて、気が付けばリーンボックスの教会。

ただ、一つだけ思うことは。

 

 

「これ、監禁ですか?」

 

「ご招待、ですわ~♪」

 

「の割にはメッチャ楽しそうですね……分かりました。 お招き頂きありがとうございます」

 

「ふふ、理解力のある殿方で嬉しいですわ」

 

 

ご招待と言う名の拉致監禁であった。ただ、女神であるベールがそれを認めれば、女神としての威信が失墜してしまう。

故に表面上はお招きされて、白斗もそれに応じたということにしなければならない。

無用なトラブルを避けるためにも、白斗もとりあえず口裏を合わせた。

 

 

(縛られてもいなければ、特に見張りを付けているわけでもない。 周りに防犯装置……くらいはあるか。 でも本当に自由……みたいだな)

 

 

まずは現状の確認。白斗自身は拘束されておらず、周りにはゲームや紅茶、お菓子がある。

気配を探ってみても扉の前に衛兵の存在もなく、白斗を閉じ込めるという意識すら感じられない警備体制である。

 

 

「まずは謝罪を。 無理矢理招待して申し訳ありません」

 

「招待……は、まぁ良いとして……俺を縛ったりしないんですか?」

 

「当然ですわ。 招待した客人にそんな失礼なことは致しません。 例え貴方がどんな行動を採ろうと、法を犯さない限り危害は絶対に加えませんわ」

 

(拉致監禁って言葉知ってますか? と言うと拗ねるからやめておこう……)

 

「その代わり、貴方は他国の女神達が迎えに来るまでの間、ここで好きに過ごしていただいて構いません。 紅茶もお菓子も自由、ゲームし放題ですわ! 勿論対戦相手は私が務めさせていただきます!!」

 

(というよりもベールさんが俺とゲームしたいだけじゃないのかコレ)

 

 

どうやら自分はネプテューヌ達を誘き寄せるための餌としてここに連れてこられたらしい。

そして目論見通りネプテューヌ達がこちらへ向かっている以上、白斗をどうこうするつもりもないようだ。

寧ろベールはもてなしたくて仕方がないという顔をしている。

 

 

「それと、お詫びとして私が出せる範囲で好きなものを差し上げますわ」

 

「へ? 好きなもの、ですか?」

 

「ええ、ご迷惑をおかけしましたもの。 これくらいはさせてくださいな」

 

 

客人待遇どころかタダで物をもらえるとは破格にも程がある。

しかし、普段から他人のためにと生きてきた白斗に物欲など備わっているはずもなく、必死に考えこむも全く思い浮かばない。

 

 

「…………といっても、急には浮かばんぞ。 うむむ……」

 

「あらあら。 私のカラダ、とか言い出すかと思ったのですが」

 

「非常に魅力的だとは思いますが、相手の気持ちガン無視は俺自身好かないんで」

 

「ふふ、紳士的ですわね」

 

「ヘタレ、なんて良く言われますがね。 なら、皆が喜ぶものが良いかな……」

 

(そして基準は自分より他人、ですか。 これが白斗君というお人……なのですわね)

 

 

さすがに冗談の類だったようだ。

白斗も本気では無かったので、改めて真剣に考えている。白斗自身、余り物欲が無かったのでならばとネプテューヌ達が喜ぶものを基準で考える。

そしてネプギア達の顔を思い浮かべた瞬間―――閃いた。

 

 

「……あ、そうだ。 女神メモリーって……余ってたりしません?」

 

「へ? 5つほど余っていますけれど……まさか白斗君、女神になりたいのですか!?」

 

「俺じゃねェ!! ネプギア達に女神メモリーをあげたいの!!」

 

「ネプギア達……? また聞き慣れない名前ですわね」

 

「まぁ、色々ありまして……ネプテューヌ達の妹です。 合計で四人」

 

「あらまぁ! あの子達、妹がいたんですの!? なんと妬ましい……!」

 

(こっちでも妹欲しい願望はあるのな。 業は深いねェ……)

 

 

そしてこの神次元においても、ベールは妹を欲していた。

言動もまさにお姉様という彼女だが、妹と言う存在がいて初めてお姉様と言われるのかもしれない。

こちらの世界でもネプギア達に目を付けそうだ、と苦笑いしながらも今は女神メモリーを手に入れるために交渉を続ける。

 

 

「ですが分かっていますか? 女神メモリーは……」

 

「素質のない人間が食べると化け物になる、でしょう? でもあいつらなら大丈夫ですので」

 

「……信じていますのね。 まぁ、約束ですし女神メモリーは差し上げます」

 

(おお、やった! 言ってみるモンだな! 5つ余ってるって言ってたし、数も問題無し!)

 

 

百年に一度生成されるという幻のアイテム、女神メモリー。

希少品であるにも拘らず、ベールは譲ってくれると約束してくれた。これには思わずガッツポーズを取ってしまう白斗―――だったが。

 

 

「た・だ・し! これは女神を作り出すアイテム……おいそれと外部に漏らすわけにはいかないのです。 価値自体も非常に高く、今も尚闇ルートで違法売買されているとか」

 

「だからベールさんがわざわざ管理しているんですね」

 

「その通りですわ。 ですから、差し上げられるのは一つまで」

 

(むぐ、そう来たか……! 一つだけ手に入れても寧ろ喧嘩の種になっちまう……しかし、ベールさんの言うことも尤もだ……)

 

 

確かに好きなものをくれるとは言ったが、複数上げるとまでは言っていない。

屁理屈をこねれば無理矢理引き出せそうだったが、彼女とて女神としての立場がある。

無理な交渉で機嫌を損ねたくは無いと、白斗も強気に出られずにいた。

 

 

「ですから、白斗君自身が示してください。 女神メモリーを託されるに相応しい存在だと」

 

「と、言いますと?」

 

「差し上げられる女神メモリーは一つまで。 それ以上欲しければ、私から力尽くで奪ってみせなさい、ということですわ! ゲームで!!」

 

 

しゃきーん!と謎の効果音を轟かせながらベールがコントローラーを手にした。

どうやら複数手に入れたければゲームで勝て、ということらしい。

 

 

「対戦するゲームは貴方が選んでくださいな。 格ゲー、FPS、レースにスポーツに恋愛ゲームタイムアタックなどなど! リーンボックスのゲームを堪能してくださいまし!」

 

(何かに託けて俺とゲームしたいのね……。 とは言え、相手は並のプロゲーマー涙目のゲームの鬼。 まともにやり合って勝てるとも……いや、待てよ?)

 

 

苦笑いしながらも白斗は真剣に考える。いつもであればベールとはガチで対戦しつつも楽しくプレイしていたが、今回はネプギア達のためにも勝ちに行きたい。

間違いなく自分より腕の勝るベールに勝つにはどうすればいいのか考えていると、ある一つの作戦―――と呼ぶには些か怪しいが―――が浮かんだ。

 

 

「このFPS、やたらリアルですね。 これで対戦したいです」

 

「あら! それを選んでいただけるとはお目が高い! 我が国で一番の人気作ですわ!」

 

「ただ少しお試しプレイしていいですか? 操作とか慣れておきたいんで」

 

「勿論です。 ついでに白斗君のお手並み拝見ですわ」

 

(どれどれ……おお、俺の良く知ってるゲームに近いな。 これならイケるかも)

 

 

恋次元でベールが愛好していたFPSと、かなり似通っているゲームを見つけた。

試しに触れて見ると自分とベールで良く遊んでいたものと操作感覚も近い。

これならば“あの策”が成功するかもしれないと、これに賭けて見ることに。

 

 

「さて、さすがにこのままでは私が有利過ぎるのでハンデを差し上げますわ。 私はナイフ一本でお相手します」

 

(このハンデの付け方もベール姉さんと同じだな)

 

「白斗君から何かありますか?」

 

「いえ、ただ真剣勝負を演出したいので3点先取の一本勝負で!」

 

「その意気や良し! 異存はありません、ゲームスタートですわ!」

 

(さぁ、打てる手は全て打った。 後は俺自身が死力を尽くすのみ!!)

 

 

ベールが嬉々として試合開始のボタンを押す。

画面に展開されるは戦場と化したため廃墟となった市街地。そこに白斗とベールのキャラがランダムで降り立つ。

ここからは障害物などに身を隠しながら相手の裏をかき、相手を3回仕留めた方が勝者となる。

 

 

(ふむふむ、白斗君は取り回しがしやすいハンドガンですか。 しかしそれはシンプルな武器ゆえに何よりもエイム力が試される武器ですわ)

 

(―――なーんて思ってんだろうなぁ。 で、ベールさんはナイフ一本、俺の隙を的確に突く必要がある武器。 となれば前と同じよう少しだけ雑な動きを見せれば……)

 

 

この手は以前、恋次元でも使った手口だ。

ベールはとにかく正確無比なプレイが出来る。逆を言えば、彼女の癖や思考を完璧に把握していればどこから攻撃が来るのか手に取るように分かるのだ。

 

 

「っ!! そこで―――」

 

「そこだっ!」

 

「あっ!?」

 

 

物陰から飛び出してきたベールのキャラを、白斗のハンドガンが撃ち抜いた。

綺麗に眉間をヘッドショット、一発KOである。

 

 

「わ、私の動きを読んでくるとは……ぐぬぬ……!」

 

(露骨な隙だとバレるからな、操作ミスを装ったプレイを心掛ける……これまさしくベール姉さんからの教えなんだよなぁ、すげぇ面白い状況)

 

 

ベールから教わった技術を、別のベールに見せている。

平行世界だからこそ実現する奇妙なシチュエーションに白斗は思わず笑みを漏らさずにはいられない。

 

 

「隠れてるのはその辺かな? 手榴弾ポーイ」

 

「なっ!? 何故バレて……!!」

 

「そして焦って出てきたところをシューティング!」

 

「くぅっ!? 何故こうも手の内を読まれていますの!?」

 

(そりゃぁもう、体中に刻み込まれてますから。 ベール姉さんとの死闘が)

 

 

つまるところ、白斗は既にベールの手の内を知り尽くしているも同然なのだ。

所謂徹底したメタ戦法。白斗としては全神経を使い、相手の思考を読み切ればいいだけなのである。

これでは逆にワンサイドゲームもいい所で。

 

 

「こ、この私が……三タテ……タテタテタテ……! も、もう一勝負! もう一勝負……ってそう言えば一本勝負でしたわー!?」

 

(ふぅ、面目躍如! ベールさんが別の武器一つでも持ってたら俺がボロ負けだったろうし、いやー何とかなるもんだ!)

 

 

この戦法はベールがナイフ一本で戦うと申し出てくれたから出来たものだ。

例えばもう一本ナイフを持っていただけで白斗の計算は瓦解する。

また一瞬の判断ミスで一気に逆転されるのも目に見えていたので、全神経を集中させていた白斗は心地よい疲労感に包まれていた。の、だが―――。

 

 

「ズルイですわズルイですわー!! ハンデつけるとかズルイですわー!!!」

 

「ええ!? そっちから申し出ておいて!?」

 

「知りませんわ存じませんわー!! とにかく、私が勝たなきゃイヤなんですのー!!」

 

(こっちの姉さんも負けず嫌いだけどめんどくさい方向にウェイトが偏ってんのかよ!?)

 

 

なんとベールが子供の様に泣きだしたのだ。

恋次元のベールも、白斗にしてやられると不機嫌にして勝つまで挑んできたのだがこちらのベールはまた反対方向に厄介なタイプだった。

ただ、“ベール”をあやすのは最早白斗にとっては手慣れたものである。

 

 

「あー……確かにハンデを付けて貰ってデカイ顔をするのは違いますよね。 すみません」

 

「え? あ、いや……こ、こちらこそすみません……」

 

「いえいえ」

 

 

しゅん、と暗くなった顔を向ければ、さすがに言い過ぎたと感じたのかベールも正気に戻って謝ってくれる。

負けず嫌いではあるが同時に高潔なゲーマー、対戦後の雰囲気を悪くしたくないという思いもあるからだ。

 

 

「約束ですし、女神メモリーは四つ分頂ければと思うのですが、このまま何もしないというのもモヤモヤする話。 何でしたら執事の真似事でもしましょうか?」

 

「え? 執事……ですか?」

 

「以前ルウィーの件でお礼に紅茶でも振る舞うってお話でしたし。 それに今だけ、あくまで真似事ですがネプテューヌ達が来るまでご要望通り執事になりますよ」

 

 

ここで白斗が予想外の申し出をしてきた。何と数時間の間だけだが、ベールの執事になってくれると言い出したのだ。

確かにベール自身、有能な白斗を雇いたくはあったがこんな形で実現するとは夢にも思っていなかった。

 

 

「で、ですが今の貴方はお客様……そんな失礼なことをさせるには……」

 

「ならお客様命令。 執事になりたいんじゃオラ、美人女神様におもてなしさせろやゴラ」

 

「ぷっ……ふふふっ! なんですの、その口調! ……なら、どうぞお好きに。 キッチンも使って構いませんわ」

 

「ありがとうございます。 なら、ついでにケーキも少し焼きますねーっと」 

 

 

そして白斗は柔軟さも兼ね備えていた。

退いて駄目なら押してみよ、ということで丁寧な口調を崩して似合わない厳つい口調で話せばベールも面白がって許可を出してくれた。

 

 

(ちょっとは機嫌直してくれたかな? さて、作るケーキは……紅茶とよく合うチーズケーキにでもするかな。 ベール姉さん、上品な味が好みだったし……腕が鳴るぜ!)

 

 

ゲームの腕や生活の様子、更には置かれているお茶や茶菓子の種類から彼女の好みも恋次元と大体同じだと把握できた。

ならば恋次元のベールが大好きだったチーズケーキならきっとお気に召してもらえるだろう。

腕が鳴ると言いつつ、指を鳴らす白斗。一方その頃ベールは。

 

 

(少し口調も砕けてきましたわね。 心を許してくれた……ということでしょうか? それにしても私のゲームにここまで付き合えて、仕事も出来て、気遣いが出来る殿方……本当に惜しいですわね。 こんな素敵な人が既に他の女神のものだとは……)

 

 

実際の所、ベールは白斗を気に入りつつあった。

異性として、と聞かれるとまだまだ首を傾げるところだが少なくとも仕事でもプライベートでも傍に置けば充実すると確信している。ネプテューヌ達を見れば、確信せざるを得ない。

だからこそ、ベールは尚更負けられない意志を固める。

 

 

 

「……これは、絶対に負けられない戦いですわね。 ふふふ……」

 

 

 

ベールは脳裏に思い浮かべる充実した未来を描くため、一人闘志を燃やし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから時は経ち、リーンボックスの港町にて。

 

 

「オラオラァ! ベールはどこじゃオラー!! パラリラパラリラー!!」

 

「出せ~! 白くんを出せ~!!」

 

「アンタらヤクザか何かか!?」

 

 

船から降り立つなり、ネプテューヌ達は荒れていた。因みに天気は快晴です。

そんな青空の下、港町のど真ん中で叫んでいるものだから通行人の目を惹くこと惹くこと。

ノワールも慌てて止めに掛かるが。

 

 

「気合が足りんわオラァ!! これ以上白斗がベールの手によって染め上げられる前にネプ子色で染め上げにゃならんのじゃワレェ!!」

 

「ああ、もうっ……ツッコミが、追いつかないッ……! ツッコミ不在の恐怖ッ……!」

 

 

意味不明な力強い言葉で無理矢理ノワールを捻じ伏せるネプテューヌ。

疲労とストレスで痛む胃を押さえながらノワールは泣いた。

 

 

「それでオジサン! 白兄ぃはどこにいるの!?」

 

「ぐ、グリーンハート様からお預かりしたメッセージですと、北側の森でお待ちしているとのことです。 あそこなら国民を巻き込む心配はないからとのことで……」

 

「弁えているところは弁えてるのね。 ……お蔭でこちらも気兼ねなく戦える」

 

 

どうやらベールは森林で一同を迎え撃つつもりらしい。

無関係な人間を巻き込まないこと、そしてベールが最低限の常識を持つ女神であることににブランは安心するとともに尚更戦意を漲らせた。

 

 

「行くぞ野郎共ー!! ここにいるの女の子ばっかりだけどー!!」

 

「「「「「「おおぉぉ――――!!!」」」」」」

 

「お、おぉ~……」

 

 

ヒートアップするネプテューヌを始めとした六人の女神様達。ただ一人冷静でいるが故に逆に浮いてしまっているノワール。

何とも言えないカオスな面々は、指定された森を突き進んでいく。

独創する緑の大地を謳うだけあって自然豊かで、空気も澄んでいたが今の怒り心頭な面々にそれを気にするだけの余裕はない。

柔らかな木漏れ日を突っ切った先に―――二人はいた。

 

 

「ふふふ、お待ちしておりましたわよ皆さん」

 

 

テーブルを広げ、優雅にティータイムを楽しんでいるベールと。

 

 

「お嬢様、こちらアッサムになります」

 

 

新しい執事服に身を包んで給仕している白斗だった。

以前のアフタヌーンティーの時と同じように優雅に、綺麗に、美しい所作で。

白斗を取り返すと息巻いていたネプテューヌ達も、これには大口を開けて唖然としていた。

 

 

「って白斗ぉー!? 何やってるのー!?」

 

「まぁ、色々ありまして……。 その代わりと言っちゃなんだが、女神メモリー四つ分。 せしめてきましたぜ」

 

 

当然抗議の声を上げるネプテューヌだが、テーブルの上で光る四つの輝きに言葉を失った。

電源マークが刻まれた菱形のクリスタル。紛れもなく、女神メモリーである。

 

 

「え、ウソ!? 女神メモリー……しかも四つも!?」

 

「私からの提供ですわ。 言ったでしょう? お土産を持たせるって」

 

「お兄ちゃん! それってもしかして……」

 

「ああ、ネプギア達の分だ。 これで神次元でも女神化出来るぞ!」

 

 

今度はネプギア達が目を光らせた。

女神の力を与える奇跡の結晶。これを飲めば、自分達も女神化が出来る。

いい加減女神化したいと思っていたネプギア達にとっては、最高の贈り物だった。

 

 

「あ、お待ちくださる?」

 

「え? どうしましたかベールさ……」

 

「今は?」

 

「……ベールお嬢様、どうかなされましたか?」

 

「よろしい。 勿論約束通り四つ差し上げますが、今この場で渡せるのは一つまでですわ」

 

「え? 何で!?」

 

 

早速四つとも渡そうとする白斗だったが、それをベールが静止した。

自分達の目の前で白斗が、ベールの執事になっていることに頬を膨らませるネプテューヌ達恋する乙女だが、ベールは知ってか知らずか立ち上がる。

 

 

「もし素養の無い者が女神メモリーを服用すれば醜い化け物になってしまうのですわ。 それを四人全員が一気に服用したら……想像できます?」

 

「う!? そ、想像できないし想像したくない……」

 

「でしょう? ですから大事を取って、まずは一人実験的に服用してもらうということですわ。 白斗君は皆さんなら大丈夫と仰いますけど、さすがに心配ですし」

 

 

女神メモリーの副作用の話になった途端、ネプギア達は足踏みした。

恋次元では女神として生まれてきた以上、資格がないはずがない。のだが、それでも不安は拭えないのも事実。

そんな女神候補生達を、ノワールは改めて見渡。

 

 

「……こればかりはベールの言う通りね。 で、どうする?」

 

「こ、ここは勿論ネプギアが!」

 

「ちょ、ユニちゃん!? ユニちゃんだって早く女神化したいって言ってたよね!? だったらまずは私じゃなくて……!!」

 

「ネプギア。 この中のリーダーはアンタなのよ。 だからリーダーらしく、責任取りなさい」

 

「何でこういう時だけリーダー扱いなの!? うう、ユニちゃんが意地悪になっちゃった……」

 

「文句なら白兄ぃに言ってよね。 多分白兄ぃの影響だろうし」

 

「お兄ちゃぁぁぁん……」

 

「お、俺は悪くねぇ! 俺は悪くねぇ!! でもむくれてるネプギアも可愛いぞ」

 

「ありがとう! 許します!」

 

「許しちゃうの!? ……お兄ちゃんは心配です……」

 

 

と、テンポのいい漫才が続いたものの哀れな最初の実験台はネプギアに任命された。

白斗も戸惑いながら彼女の掌に女神メモリーをポトリと落とす。

女神の力を齎す神秘の輝きも、この時に限っては悍ましく映ってしまう。

 

 

「それじゃ~、ぎあちゃんが女神メモリーを食べるんだね~。 大丈夫~、どんな姿になってもあたしはぎあちゃんを可愛がってあげるから~」

 

「ぷ、プルルートさんにだけはご遠慮願いますっ!!」

 

「ネプギア! わたし達は、ネプギアを信じてるから!!」

 

「ネプギアちゃん、頑張って……(きらきら)」

 

(うぐっ!? ロムちゃんとラムちゃんまで……!? さ、さすがにこの二人に押し付けるわけにはいかないし……ブランさんが凄い目でこっちを見てるし……!!)

 

 

万が一化け物の姿になってプルルートに可愛がられるとしたら、それはそれで悲劇だ。

かと言って自分より幼いロムとラムを身代わりにさせるほど、ネプギアは非道ではない。

尤も、この世界における姉代わりとなっているブランがそれを許さないだろうが。

 

 

「ネプギアの~! ちょっといい所見てみたーい!!」

 

「「そーれ一気! 一気!! 一気~っ!!!」」

 

「お姉ちゃん!? それにプルルートさんまで!? もぉ~……えいっ!!」

 

 

更にはネプテューヌまでもが飲ませに掛かってくる。しかも掛け声が、完全に飲み会のそれである。皆さんは酒の一気を強要しないようにしましょう。所謂アルハラです。

それはさておき退くに退けなくなったネプギアは意を決して女神メモリーを口に含み―――。

 

 

 

 

「……なれました!! 女神パープルシスター、参上です!!」

 

 

 

 

 

眩い光の中から、白きプロセッサを纏った女神。

パープルハートの妹こと、パープルシスターが降臨した。

 

 

「おーっ! さすが私の妹! フラグなんて撥ね退けちゃったね!」

 

「しかし、ビックリするほど変わってないわね……。 ただプロセッサ纏っただけにも……」

 

「まー、ネプギアは普通が個性だからねー」

 

「酷いよお姉ちゃん! 私にだって豊かな個性があるもん!」

 

「え? それってなーに?」

 

「え? えーと、えーと…………………」

 

 

ネプギア は 普通属性 を 手に入れた!

 

 

「またこのスキル発動しちゃったー!? っていうかそんなの要らないからラーニングなんてつけられたんじゃないのー!?」

 

「一々騒がないの。 でもお蔭で私も自信が持てる! 白兄ぃ、次はアタシが……」

 

 

ネプギアの成功を見てようやくユニが名乗りを上げた。

この後ロムやラムも我先にと女神メモリーを手にしようと近づいてくる。が、それよりも先に前に出てくる人物が一人。

 

 

「ふふふ……女神に、なりましたわね」

 

「あ、ベールさん! ありがとうございます!」

 

「いえいえ、礼には及びませんわ。 何故なら……」

 

 

何故かベールが嬉しそうに、しかし不気味に微笑む。

そして彼女が薄く口を開くと。

 

 

 

「ネプギアちゃん。 これで貴方は……私の妹となったのですから!!」

 

「「「「「「………………へ?」」」」」」

 

 

 

余りにも突拍子もない言葉が飛び出してきた。

これには女神達のみならず、白斗も茫然となってしまう。しかし数瞬の後、わなわなと震えだしたネプテューヌが堪らず飛び出した。

 

 

「ちょっと待ったー!!」

 

「あら、伝説のちょっと待ったコール。 レアですわね。 どうでもいいですが」

 

「どうでもよくなーい!! ネプギアは私の妹なんだってばー!!」

 

「そ、そうですよ! 私はネプテューヌお姉ちゃんの妹なんです! 大体妹って……」

 

「ふふふ、同じメモリーコアから生み出された女神メモリーを口にし、女神となった者は姉妹となるんですのよ! ネプギアちゃんの女神メモリーも当然リーンボックスのもの……つまり、私の妹ということですわ!!」

 

「何だその屁理屈超えたこじつけは!?」

 

 

凄まじく突き抜けた理屈にネプギアは勿論白斗も遺憾の声を上げた。

ただ、こんな会話を聞いてしまったものだから天然なプルルートが思わず声を上げる。

 

 

「って言うことは、ねぷちゃんやノワールちゃんもあたしの妹になるの~?」

 

「へっ!? わ、私がプルルートの……!?」

 

「ん~……でも、ねぷちゃんやノワールちゃんはお友達でいたいなぁ~」

 

「そ、そう……? 嬉しいような悲しいような、複雑な気分ね……」

 

「じゃー、試しにぷるるんをお姉ちゃんとしてと呼んでみようか。 ぷるるんお姉ちゃーん!」

 

「わぁ~! お姉ちゃん……ステキな響き~!」

 

「お前らお馬鹿な会話してる場合かっ!? ンなことしてる間にネプギアが……!」

 

 

気が付けばお馬鹿な会話を繰り広げる、それがネプテューヌ達クオリティ。

だがそんなことをしている間に、徐々にネプギアが揺らぎ始める。

 

 

「わ、私がベールさんの妹……。 ベールさんの……でも……」

 

「こちらに来れば白斗君も付いてますわよ。 二人でしっかりしっぽり、ネプギアちゃんを愛でてあげますわね」

 

「お兄ちゃんが!? お兄ちゃんが……私だけのお兄ちゃんに……!」

 

 

必死に耐えていたネプギアも、白斗の名が出た途端あっさりと折れ始めた。

 

 

「待ってネプギアさん!? 俺、ベールさんの部下になってないからな!?」

 

「何言ってますの? 私の執事になってくれると仰ったではありませんか」

 

「ネプテューヌ達が迎えに来るまでの話っしょ!?」

 

「その彼女達が敗北すれば関係なくなりますわ。 それにこんなことをしている内に……」

 

 

唐突に次ぐ唐突に白斗でさえも冷静な思考を保てない。

そして話をはぐらかすのはベールの得意技。見事に時間を稼がれている間に、ネプギアは徐々に落ち着き出す。―――悪い方向へと。

 

 

「私はベールさんの妹……。 そして、お兄ちゃんも私を……私だけのお兄ちゃんに……」

 

「ま、まずいよ!? ネプギアって思い込み激しいところあるから……!!」

 

 

ネプギア は 寝返り属性 を 手に入れた!

 

 

「やっぱりー!? ちょっと白斗ぉ!! どうしてくれるのー!!?」

 

「こ、これは俺も想定外だぞ!? つーか想定できるかこんなのォ!!」

 

 

何とネプギアがベールの方へとついてしまった。

白斗も思わず執事服を着ていることも忘れて声を荒げてしまう。

 

 

「な、何やってるのよネプギアー!! 自分だけ白兄ぃとイチャイチャできる立場にいるなんてズルイズルイズルイー!!」

 

「ちょっとユニさん? 気にするところは寝返りではなくそこですか!?」

 

「そこなのよ! 裏切りの件はボッコボコにすることで手打ちに出来る!! けど、白兄ぃとの蜜月の時間だけは……ッ!! 絶対に許さんッ!!!」

 

「お願いです、話を聞いてください。 蜜月なんてしませんから」

 

 

白斗のツッコミは止まるところを知らない。

そしてさり気なくネプギアはボコられること確定らしい。これにはネプギアも震え上がる。

 

 

「さぁ、これで4対2ですわ。 おまけにここは私に有利なフィールド。 つまり……」

 

 

ネプギアという戦力を得、女神の力はホームグラウンド補正で飛躍的に上昇されている。

これ以上ないくらい勝利を確信したベールの体が、神秘の光に包まれた。

やがて光の柱から姿を現したのは、美しい翠の髪を持つ、美しき女神―――。

 

 

 

「私達、姉妹の勝利に揺るぎはありませんわ!!」

 

 

 

女神、グリーンハート。白斗の知る彼女と、全く同じ顔と体格の女神だった。

ただ違うのはプロセッサの色。露出の高さこそ共通しているが、恋次元側のプロセッサは白だったのに対し、こちらは黒色である。

 

 

(こ、こっちの女神化も露出高いなぁ……。 というかプロセッサの色が黒な分……その、色気というかなんというか……)

 

「あーっ!! 白斗、今ベールを変な目で見てたでしょ!?」

 

「み、見てねぇですわよッ!?」

 

「ホーラ、動揺の余り変な言葉になってる! もーネプギアの件含めて色々怒ったぁ!!」

 

 

この数時間の間で白斗絡みの事件が目白押しだ。

ベールに白斗は攫われ、成り行きとは言え白斗はベールの執事になり、更にはネプギアが白斗という条件に引っ掛かってベールの側に。

さすがのネプテューヌも怒りを爆発させ、シェアエネルギーを身に纏う。

そして降臨する。美しき紫の女神―――パープルハートが。

 

 

「こうなったらユニちゃんの言う通り……ネプギア! せめて姉である私の手で、あの世に送ってあげるわ!!」

 

「お、お姉ちゃん!? 私、そこまでする気はないんだけど!?」

 

「安心して、言ってみただけだから。 ただ……私の白斗に色目を使おうとしたことについては有罪ね。 ―――控訴は許さないわ!!」

 

「お、お兄ちゃんはお姉ちゃんのじゃないよ!? ……こ、こうなったらヤケですっ!! お姉ちゃんに私の力、見せつけちゃいます!! ……そしてお兄ちゃんと……えへへ♪」

 

(え、何この流れ? 何で姉妹喧嘩になってるの? 何でガチな雰囲気になってるの!?)

 

 

互いに刃を構え合う紫の女神姉妹。

何故こんな本気の姉妹喧嘩に発展してしまっているのか、白斗には理解が及ばない。

ある意味で、全てはこの男の所為でもあるというのに。

そしてネプテューヌが戦闘態勢に入ったものだから、プルルート達も迷うことなく女神化する。

 

 

「ふふ、ここまで来たらもう戦争よねぇ!?」

 

「散々私達を舐め腐ったんだ……覚悟は出来てんだろうなぁ!?」

 

「ふっふふふ……ぎあちゃぁん……。 この戦いが終わったら、あたしの手でたぁっぷり可愛がってア・ゲ・ル♪」

 

「ひっ!? と、特にプルルートさんの殺気がヤバい!?」

 

「問題ありませんわ。 ……私達姉妹は、無敵ですもの!!」

 

 

ネプテューヌだけではない、他の女神達も殺る気満々である。

特に嗜虐心漲らせるプルルートにネプギアは震え上がるも、寧ろ余裕を振りまくベール。

決して交わらない水と油のような展開に、ユニ達も我慢の限界だった。

 

 

「お姉ちゃん達ばっかりに任せていられない! こうなったらアタシ達も!!」

 

「おっと、ユニ達はまだ女神化出来ないだろ? それにこれは女神同士の戦い、ここはネプテューヌ達に任せてやってくれ」

 

「え~? ここでもわたし達の出番お預けなの~?」

 

「そりゃそうだ。 皆はその……アレだ! 切り札だ!! だから温存するの!!」

 

「切り札……! カッコイイ……!(きらきら)」

 

 

あわや女神候補生達まで参戦しそうになったが、さすがに白斗が止めた。

まだ女神メモリーを与えられていない彼女達では勝負にすらならないからだ。加えてこれは女神同士の、ある意味外交上の問題。当人たちが決着をつけるよりほかはない。

 

 

 

「それでは白斗君、審判をお願いしますわ!」

 

「え? え~……。 そ、それではー……はじめー……」

 

「「「「「「「戦じゃああああぁぁぁ――――っ!!!」」」」」」」

 

 

 

超絶やる気のない掛け声に反して、女神達は超絶殺る気。

誰もが武器を振り上げ、殺気を微塵も隠すことなく全力で突撃に掛かる。

戦争、いやカタストロフィーの幕開けか。白斗はいよいよ涙を流した。

 

 

「先制攻撃は優雅に、華麗に! シレットスピアー!!」

 

「そんな爪楊枝がどうしたぁ!! テンツェリントロンベ!!」

 

 

グリーンハートが描く魔法陣。そこから巨大な槍が飛び出した。

対するホワイトハートが巨大なアックスを振り回し、その絶大な破壊力を持って巨大な槍をへし折って見せる。

 

 

「プルルート、速攻で片づけるわよ!! トルネードソード!!」

 

「オッケーよぉ! ファイティングヴァイパー!!」

 

「甘いッ!!」

 

 

凄まじい風圧を伴う斬撃、そして勢いよく伸びる蛇腹剣が飛ぶ。

それらをグリーンハートは、愛槍を高速回転させることで全て弾き飛ばした。

理屈は分かるのだが、女神の攻撃を、しかも二つとも弾いて見せるその力量。リーンボックス領内だから得られるシェアが大きいとはいえ、彼女の女神の力は本物だった。

 

 

「その程度ですの? キネストラダンス!!」

 

「「「ああぁぁっ!?」」」

 

 

そそいてベールは高速で駆け抜け、槍を振り抜く。

すると無数の斬撃が、女神三人を襲った。全員致命傷を避けているとはいえ、受けたダメージは小さくない。

 

 

(やっぱりこっちの世界でもベール姉さんは強ェ……! んで、ネプ姉妹は……)

 

「さぁ、来なさいネプギア!!」

 

「い、行きます! てやーっ!!」

 

「だああああもおおおおおっ!! ガチバトル展開してるしーっ!!」

 

 

紫の太刀と、電光の刃がぶつかり合う。

火花散り合う鍔迫り合い。力で惜しかったパープルハートが、妹を弾き飛ばした。

 

 

「クロスコンビネーションッ!! でやあぁぁぁぁっ!!」

 

「っ、くぅっ!! ミラージュ・ダンスッ!!」

 

 

機を見て敏に動く。ネプギアの体勢が崩れた所へ、ネプテューヌが果敢に切り込んだ。

ネプギアもすぐさま刃を振り回して応戦する。

 

 

「せぇいっ!!」

 

「ああぁぁぁっ!?」

 

(つっても、ネプテューヌは強い……。 力強さもさることながら、太刀筋の鋭さ……何よりも迷いがない。 稽古試合ならまだしも、これネプギア大丈夫か……!?)

 

 

ネプギアは女神化を獲得して、強くなった。

だがネプテューヌは普段はお気楽でも、やる時はやる女神。何より女神としての年季が違う。

白斗も、彼女がまだ“本気で”攻撃していないと分かっていても緊張が解けない。

 

 

「ハァ……ハァ……! やっぱり、お姉ちゃんは強い……」

 

「それは貴方もよ、ネプギア。 ……数回打ち合っただけなのに、手が痺れてるわ」

 

(でも、こっちはもう限界寸前……! だったら、今の私の全力の必殺技をお姉ちゃんに叩き込むだけ!!!)

 

 

打ち合ってまだ一分も経過していない。

それでも、刃を通じて体に跳ね返る衝撃は二人の体にダメージを与えていた。ただ、華奢であることとまだまだ未熟であることからネプギアの体力はごっそり持っていかれている。

ならば、長期戦よりも短期決戦。今、自分が持てる全てをこの一刀に全て懸けるのみ。

 

 

「これが私の―――全力全開っ!! リミッター解除、ビーム出力最大っ!!!」

 

「ちょ、ネプギア!? お前それエグゼドライブじゃ!!?」

 

 

本気の必殺技―――即ちエグゼドライブ。

こんなものまともに受ければ、ネプテューヌと言えど無事では済まない。

対するネプテューヌと言えば、ただ真っ直ぐに愛刀を構えているだけ。真っ向から受け止めるつもりらしい。ネプギアの全てを、自分の全てを持って。

 

 

「いっっっ…………けええええええ!! プラネティックディーバ!!!」

 

「ぐぅっっっ!!?」

 

 

力の限り刃を振り抜き、受け止めたネプテューヌを吹き飛ばす。

そこへ無数の斬撃を叩き込み、全身全霊の突きを放って彼女を先に天空へと突き飛ばした。

 

 

 

「そして!! 好機は逃さない!! M・P・B・L(マルチプルビームランチャー)!!!」

 

(んなっ!? 最近ネプギアも狙撃フォームを俺から教わること多いなーって思ってたけどこういう局面のためかよ!!?)

 

 

 

 

更には衝撃で身動きの取れないネプテューヌ目掛けて極太のビームを放つ。

天空を貫く、紫色の光線。白斗直伝の狙撃技術で狙いは正確、体勢的に防御も回避も間に合わない。

初めて、大好きな姉に勝てる―――そう思っていた。

 

 

「……凄いじゃない、ネプギア。 ―――でもね」

 

(え!? すぐに動けるなんて……も、もしかしてあの斬撃……受け切られてた!?)

 

 

迫りくる奔流に対し、ネプテューヌは静かに刃を構える。どうやらネプギアの太刀筋を完璧に見切り、防御に徹していたようだ。

確かに手応えは皆固く、肉体に及びはしなかった。それでも衝撃によるダメージはあった。

そう思っていた。だが、ネプテューヌは―――彼女の想像を軽く跳び越えていたのだ。

 

 

 

「私だって本気なのよ。 本気であの人を……白斗を守りたい。 だから―――絶対に、負けはしないッ!!! せやあああああああああッ!!!」

 

 

 

―――一閃。

女神の刃が、光線を真っ二つに断ち切った。

 

 

「え……ええぇぇぇぇぇっ!?」

 

「ま……マジ、か……!?」

 

 

天空を貫く光線を、たった一刀。たった一閃で、断ち切って見せた。

この力強く、鋭く、美しい太刀筋にネプギアも、白斗も、驚きの声を上げるしかない。

そしてネプギアは今の一撃に全てを込めた。まともに動けるはずもなく―――。

 

 

「はい、チェックメイトよ」

 

「ひゃっ!? こ、降参!! 降参しますー!!!」

 

「ふぅ……。 今回は私の勝ちだけど……強くなったわね、ネプギア。 ふふっ♪」

 

 

刃の切っ先が突きつけられ、目の前で鋭い光がネプギアを捉える。

こうなっては勝ちの目のなくなり、ネプギアはあっさり降参してしまった。だが、ネプテューヌは素直に妹の成長を喜んでいる。

何れはプラネテューヌを―――ゲイムギョウ界を背負っていくに相応しい女神になれると。

 

 

「ね、ネプテューヌちゃん……凄い……(ドキドキ)」

 

「さすが、お姉ちゃんと同じ守護女神……まだまだ格の違いを思い知らされるわね……」

 

「ふ、ふーんだ! わたし達だって、ネプテューヌちゃんに負けないくらい、すっごい女神になるんだから!」

 

 

一方、この激闘を目の当たりにした他の女神候補生も、興奮で心臓が高鳴っていた。

ネプギアが弱いとは誰も思わなかった。寧ろ、現役の守護女神についていけるだけの実力はあったのだ。

ただ、それを上回ったネプテューヌの凄さに、感嘆せざるを得なかった。

 

 

「ね、ネプギアちゃん!?」

 

「あらぁ? 戦闘中に余所見だなんてぇ……優雅とは言えないんじゃないかしらねぇ!?」

 

「くッ!?」

 

 

早くも戦線離脱してしまったネプギア。

気に掛けようとしたベールに、蛇腹剣が鋭く伸びてくる。咄嗟に槍で受け止めるも、緑の女神は堪らず後退してしまう。

 

 

「……こちらの動きに早くも対応してくるとは……!」

 

「ええ、あっちこっち飛び回って捕まえるのがもっと大変な子がいるもの。 それに比べたら楽チンよぉ。 ……ねぇ、外出の行き先は大抵女の子な白くぅん?」

 

「ハッハッハ。 何ヲ仰イマスカ、プルルート様。 オ戯レヲ」

 

 

プルルートから刃に負けないくらいの鋭い視線を投げつけられた白斗は、上擦りながらもなんとか言葉を絞り出した。

否定したいところだが、否定できなかったのである。

 

 

「そういうことならご安心を。 白斗君は私の所に腰を落ち着ける予定ですのでっ!!」

 

「そんな予定……断じてッ!! 認めないわッ!!!」

 

「あぅっ!?」

 

 

わざと煽るような言葉をぶつけるベール。だが、その内容が悪かった。

激しい怒りと言う名の炎に油を注がれたプルルートが刃を力任せに振るった。憤怒を込められた刃は、それまでの妖艶な女王様から一転、激怒の女王へと変貌を遂げた。

猛烈なパワーに吹き飛ばされたベール。その先には。

 

 

「ノワールちゃん!」

 

「任せなさいッ!! インフィニット・スラッシュ!!」

 

「ッ!! き、キネストラダン………ぐうううううううっ!!!」

 

 

ブラックハートが待ち受けていた。

神速の刃と槍が振るわれるも、攻撃速度は間合いを詰めれば剣の方が上。

幾重にも切り付けられ、グリーンハートがよろめいた。

 

 

「ブラン!! 仕上げは譲ってあげるわ!!」

 

「恩着せがましいんだよ一々っ!!」

 

 

そこへ斧を手にしたホワイトハートが迫りくる。

込められている力は尋常ではなく、このリーンボックスの大地が揺れていた。

 

 

「女神を叩き潰す、戦斧の一撃ッ!!」

 

「馬鹿正直に付き合うと……!!」

 

 

さすがにパワー自慢であるブランの一撃を受けるわけにはいかない。

攻撃の軌道を見切り、後方へ飛びのこうとしたのだが。

 

 

「いーえ、これまで散々絡まれたんですものぉ」

 

「最後まで付き合いなさいよねっ!!」

 

「く!? こ、の……っ!!」

 

 

黒の刃が、紫の蛇腹剣が。ベールの退路を断ってくる。

飛びのいた先にノワールの斬撃が待ち構え、それを防げばプルルートの刃が伸びてくる。

それを躱せば―――もう既に、ブランの斧が眼前に迫っていた。

 

 

 

 

「終わりだぁ!! ハード………ブレイクッッッ!!!」

 

「き――――やああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 

 

 

直撃だけは避けようと必死に動く。

だが、全身全霊の一撃は凄まじい衝撃波を生み出し、ベールの体を容赦なく吹き飛ばした。

強烈な威力にリーンボックスの大地が揺れ、緑の女神は激しく転がる。

揺れが収まった頃には、すっかり体力を失い、まともに立ち上がることすら出来なかった。

 

 

「さ、さすがお姉ちゃん……相変わらずのパワー……」

 

「良くあんなの喰らってベールさん、五体満足でいられるわね……」

 

「わたし達もお姉ちゃん怒らせたら、ああなっちゃうの……!?(ぶるぶる)」

 

「ロムちゃんやラムちゃんにはあんなことはしない。 俺だったらされてる(ガクブル)」

 

「白兄ぃ!? メッチャ青ざめてるんだけど!?」

 

 

この激闘を最後まで見届けた女神候補生達、そして白斗は興奮―――を通り越して恐怖すら覚えていた。

やがては自分達もあれだけの力を手にしなければならないのかと、自分達が目指す背中がまだまだ遠くに感じられてしまう。

何はともあれ、女神同士の戦いもこれにて決着である。

 

 

「そっちも片付いたようね」

 

「あうぅ……負けちゃいました……。 その上、ユニちゃん達の視線が痛い……」

 

「覚悟の上なんでしょ? ネプギア♪」

 

「お、お姉ちゃん!! 弁護をお願いします!!」

 

「……まぁ、多少は交渉してあげる」

 

 

そこへネプテューヌも妹を連れて合流する。

その様子はさながら喧嘩してしまった妹を友達の前に連れてきてあげる姉のようであった。

 

 

「ふぅ……てこずらせてくれちゃって。 でもこれで決着よ」

 

「へっ、デケー割には耐久力ねぇな。 情けねぇ」

 

「でぇもぉ、これであたし達の勝ぁち♪ ねぷちゃんも、ぎあちゃんに勝ったみたいだし……文句は言わないわよねぇ? 惨めに地べたを這いずり回ってるベールさぁん?」

 

「う、うぅう……」

 

 

そしてプルルート達の前には、まさに敗者として蹲っているベールがいる。

愛槍も折れ、体力も尽き、ネプギアと言う戦力まで失った。まさに完全なる敗北。

それらを突きつけられたベールは女神化を解除し―――。

 

 

「認めませんわ認めませんわー!! こんなの絶対認めませんわー!!」

 

 

また大泣きしてしまうのだった。

 

 

「わ!? ガキみたいに泣いてんじゃねーよ、みっともねぇし可愛くねぇんだよ!!」

 

「……そう言えば、向こうのベールも負けず嫌いだったわね。 ここまで極端では無かったけど」

 

「ああ、ゲーム対決の時も大変だったんだよ……」

 

「白斗、お疲れ様……」

 

 

女神の中では一番大人な雰囲気を醸し出しているベールなだけに、この子供のような喚きっぷりに一同は困惑していた。

先程までの白斗との対戦後と全く同じな喚きようなので、彼も辟易としている。ネプテューヌ達も同情の視線を禁じ得なかった。

 

 

「大体四人がかりなんて卑怯ですわー!! 再戦を要求しますわー!!」

 

「四人がかりって言ってきたのそっちじゃないの!!」

 

「知りませんわ存じませんわー!! とにかく、私が勝たなきゃイヤなんですのー!!」

 

「……胃が、胃が痛いですッ……」

 

「白斗、今日はおうどんにしましょうか」

 

 

尚も止まらないベールの我儘に白斗はどう宥めたものかと胃を痛めている。

そんな白斗が余りにも可哀想なので、美味しいうどんを振る舞おうとネプテューヌは固く誓うのであった。

 

 

「あの様子じゃ、ベールさんはしばらく使い物にならないしぃ……ぎあちゃぁん?」

 

「ヒッ!? ぷ、プルルートさ……あの……ごめ……!!」

 

「あたし達を裏切ったんですものぉ……覚悟は出来てるわよねぇ?」

 

「出来てませんっ!! お、お姉ちゃーん!! お兄ちゃーん!!」

 

 

その間、プルルートの標的は寝返ったネプギアに向けられる。

蛇腹剣を舌なめずりするプルルートは妖艶で、危険だった。余りの恐怖に涙を零しながらネプギアは姉と兄に助けを求める。

さすがに見ていられなくなったのか、白斗がプルルートに詰め寄った。

 

 

「ぷ、プルルート! その、ちょっと手心をだな……」

 

「当て身っ!!」

 

「ゴふっ!?」

 

 

しかし高速の拳が白斗の腹を捉え、彼を昏倒させた。

一瞬で白斗の意識が刈り取られたことに誰もが恐怖を隠せないでいる。

 

 

「白くんは働きすぎよぉ、しばらくお寝んねしてるといいわぁ。 ……ねぷちゃんは?」

 

「……程々にね」

 

「お姉ちゃぁーん!!?」

 

 

とうとう姉からも見捨てられたネプギア。

一応ネプテューヌの顔には苦悩と申し訳なさが浮かんでいたが、そんなものでネプギアを救えるはずもなく。

隠してネプギアへのお仕置きが始まり、散々にいぢめられるのであった。

 

 

「はぁ……はぁ……! イケナイ子ねぇ、ぎあちゃんったら……! もうこんなにしちゃってぇ……」

 

「いーやー!! たーすーけーてー!!!」

 

「……とまぁ、ああして酷い目にあってるわけだから……ネプギアの事は許してあげてね? ユニちゃん達もそれでいいかしら?」

 

「ハイ……というか、さすがにネプギアが可哀想になってきた……。 いや白兄ぃを独占しようとしていたことを考えるとあれで等価……!」

 

 

一体どのようにしていぢめられているのか、余りにも可哀想なので描写できません。

ただ、それをまざまざと見せつけられているネプテューヌ達は青ざめていたのだから、その凄惨さは推して知るべし。

このカオスな状況にさすがに疲れてきたのか、ネプテューヌは女神化を解いてベールに話しかける。

 

 

「ほらほら、ベールもいい加減泣き止んで。 でないと、ベールもああなっちゃうよ?」

 

「うっ……! それは、さすがにご遠慮しますわ……」

 

 

ネプテューヌが優しく宥めながら、いじめられているネプギアを指差した。

あんな酷い目に遭いたくはない

 

 

「はぁっ!! さっぱりしたわぁ~」

 

「うぅ……もう、お嫁にいけないよぉ……」

 

「俺が気絶している間に一体どんなオシオキを受けたんだネプギア……」

 

 

その間、白斗も何とか目を覚ました。

彼を待ち受けていたのはスッキリした表情のアイリスハート様と、さめざめと泣くネプギア。

思わず訊ねるや否や、ネプギアが詰め寄ってきた。

 

 

「お兄ちゃん!! こうなったらお兄ちゃんが責任を取って私をお嫁」

 

「ネプギアー……? まだぷるるんのオシオキを受け足りないのカナー……?」

 

「ひぅっ!? じ、冗談ですーっ!!」

 

 

瞬間、殺気が放たれた。

パープルハート様のマジギレと、脅し文句に恐怖してネプギアは飛びのく。とうとうネプギアもプルルートによる被害者の一人と相成ってしまうのだった。

 

 

「さて、こっちはまぁ一応決着として……ベール姉さんの方は……」

 

「ぐすっ、酷いですわ……私を蔑ろにするなんて……。 こうなったらネプギアちゃんと白斗君に慰めてもらうしか……」

 

「ベールさぁん……? 貴方もオシオキされたいのかしらぁ……?」

 

「うっ!? ま、まぁこの件については保留にいたしますわ」

 

「諦めてない辺りがベールらしいね……」

 

 

諦めが悪く、尚も野望を抱き続けるのは恋次元でも神次元でも共通らしい。

しかしネプテューヌは呆れ果てながらも、訊ねなければならないことがあった。

 

 

「で、どうするのベール? ハードでもバトルでも負けちゃったワケだけど」

 

「くっ……! ですが、ここで私が諦めては国が……リーンボックスが……!」

 

「それもこれも力量差を弁えず喧嘩売ってきたアンタの責任よ。 甘んじて受けなさい」

 

 

一番の問題となるのが戦後処理。

女神が直々に武力衝突し、明確な決着がついた以上どこかで落としどころを探さなくてはならない。

だが国のトップたる女神が軽々と頭を下げては威厳が損なわれ、国自体が崩壊してしまいかねない。だからと言って責任を一切取らないという無責任な真似も出来ない。

どうしたものかと双方悩んでいると。

 

 

「お嬢様……いえ、ベールさん。 どうか落ち着いてください」

 

「……! 白斗君……?」

 

「今回の敗因は敵方の分析不足ではなく、自分自身の分析不足です。 貴方が優秀であることは疑いようはありません。 ただ、ほんの少し足りなかっただけです」

 

 

ハッキリと敗北と告げるが、彼女の怒りを煽らないように慎重に言葉を選ぶ。

穏やかな声で、自尊心を傷つけないように相手の表情を、目を見ながら。

 

 

「ゲームでも同じ。 自分の何が悪かったのか受け止めなくては、いつまで経っても対戦相手に勝てないのと同義です」

 

「うっ……物凄く理解できる例えだけに反論できませんわ……」

 

「ですから、今後は切磋琢磨していけばいい。 ここにいる皆と一緒に、ね」

 

 

特にゲーマーであるベールは、ゲームを例えに用いれば理解してくれることが多い。

元々、見た目的には女神の中でも一番大人なのだ。正しい言葉を正しいタイミングで用いれば、大きな反発を見せることなく受け入れてくれる。

 

 

「各国ともリーンボックスとの流通を盛んにすることで今回は手打ちにしましょう。 賠償などは一切求めません。 皆もそれでいいな?」

 

「え? いや、でも……」

 

「まぁまぁ。 今回の件、表沙汰になって困るのはベールさんだし」

 

「うぅ……いぢめないでくださいまし……」

 

 

制裁にしては余りにも温過ぎる処置。

皆仲良しがモットーのネプテューヌやプルルートは実にニコニコしていたのだが、ノワールやブランからは不満そうな目を向けられた。

 

 

「というかブランは協調性無さすぎて前回痛い目見たんだし」

 

「うぐッ!?」

 

「ノワールだって、少しは素直にならないと明日は我が身かもしれないし」

 

「んなッ!?」

 

「ネプテューヌとプルルートは……ハァ……(´Д`)=3」

 

「なんで~!? なんでそんな深いため息吐くのぉ~!?」

 

「白斗ぉ!! そんないーすんみたいに顔文字使ってまで呆れないでよーっ!!」

 

 

皆優秀だがどこか欠点のある女神達。だからこそ、誰かが支えてねばならない。

すっかり世話好きとなってしまった白斗が決意を新たにベールに向き直る。

 

 

「ま、こんな人達ですから。 ベールさんも、力を貸してくださいませんか?」

 

「……私、が?」

 

「はい。 貴方の計画性と要領の良さは既に見せつけてくれていますし。 足りなかった部分は他国が補います。 で、その中で競っていけばいいと思うんですけど……どうかな?」

 

 

最後には少し砕けた口調で、白斗が問いかけてくる。

これは「友達」に近いポジションになったということ。距離感が縮まったからこその柔らかい物言いに、ベールも大きく息を吐いた。

 

 

「……そうですわね、今すぐ焦る必要はありませんもの。 ただ……」

 

「いつか寝首を掻きに来るかもって? ノワールとブラン、そして俺はそんな隙見せるほど、甘くはないですよ?」

 

「はーくーとぉー!! どーしてそこで私達の名前を挙げないのかなー!?」

 

「そ~だそ~だ~!! イジメは良くないんだよ~!!」

 

「(無視)では契約成立ということで。 ……よろしくお願いするぜ、ベールさん?」

 

「仕方ありませんわね……。 白斗君に免じ、仲良くして差し上げますか」

 

 

差し伸ばされた白斗の手を、ベールの綺麗な指先が握り締めてきた。

そして彼の力強くも優しいエスコートで痛みもなく立ち上がる。

次にベールが見せてくれた笑顔は、大人の余裕を振りまきながらもとても美しい、まさに女神様としか言いようのない素敵な表情だった。

 

 

「やっぱり上から目線……一度シメておかないと……」

 

「落ち着けっての。 これから外交でたっぷりシメ上げればいいじゃないか。 出来るんならな」

 

「ムカッ!! 私を舐めてるのね!? いいわよ、やーってやろうじゃないの!!」

 

(ノワールはホント乗せられやすいなぁ……。 大丈夫だろうか、コレ)

 

 

すっかりノワールのあしらい方を覚えてしまった白斗が、上手い事彼女を誘導する。

これが大きな隙とならなければいいのだがと白斗はついつい心配してしまった。

 

 

「でもさすがお兄ちゃん! 落としどころを探すプロだよね! これで全部―――……」

 

「丸く収まった―――なぁんて甘いこと言わないわよねぇ、ネプギア……?」

 

「ヒッ!? ゆ、ユニちゃん!!」

 

「そうだそうだー! お兄ちゃんを独占しようとしたネプギアには!」

 

「わたし達からの、お説教があります……!(ぷんぷん)」

 

「ご、ごめんなさーい!!」

 

 

事態の収束を宣言しようとしたネプギア。彼女の肩に、ひんやりとした手が乗せられた。振り返れば、不気味な笑顔を張り付けているユニがいる。

流されてしまったとは言え、裏切った事実は事実。当然ロムとラムも激おこであり、ネプギアの受難はまだまだ続くようだった。

 

 

「ま、何はともあれこれで無事に一件落着―――……」

 

「グリーンハート様ぁ!! た、大変ですぅ!!」

 

「……と、ならないのがゲイムギョウ界だよねー。 良くも悪くも」

 

 

やっとこの騒動にも決着かと思われた矢先。

リーンボックスの衛兵がかなり焦った様子でこちらへと走ってきた。ただ事ではないと感じ取ったベールがすぐに表情を切り替えて報告を聞く。

 

 

「どうなさいましたの?」

 

「し、七賢人と名乗る変なロボットと肌色の悪い女がゲーム生産工場で暴れまわっています!!」

 

「「「………………はぁぁ、またあいつらかー………………」」」

 

 

一体誰の事か、すぐに察してしまう白斗とネプテューヌ、そしてノワール。

何せ一度対峙した事のある相手なのだから。

ブランもそのロボットについては心当たりはなかったが、七賢人と来ればもうろくでもない相手だとすぐに理解できる。

 

 

「なっ!? わ、我が国のゲームを……破壊……!? デストロイですわ、今すぐにっ!!」

 

「……こーなりますわな。 しゃーない……皆ー、早速一仕事だぞー」

 

「「……おぉー……」」

 

 

当然自国に、何より愛するゲームを作る神聖なる工場を破壊されたとあってはベールは黙っていられない。

協力関係が結ばれた途端、早速やってきた初仕事。

正直疲れが拭えないながらも、重苦しい声を上げながら工場へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その後、女神達全員を相手取った七賢人の二名はこう語る。

 

 

「いやぁ、負けた負けた! 何か色々増えていたが、強敵と書いてともと読む!! 今後も、お互いに切磋琢磨していきたいなぁ!! アッハッハッハ!!!」

 

「……アタイ、貧乏くじとしてこの神次元編に出されたのか? そうなんだな!? そうなんだろぉチキショーめぇ!!」

 

 

尚、実名は伏せさせていただきます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして数日後。プラネテューヌの教会にて。

 

 

「ん~! ネプギアちゃんとピーシェちゃんは本当にカワイイですわね~!」

 

「べ、ベールさん引っ付き過ぎです~!」

 

「ぴーっ!! べるべる、くるしい~!」

 

 

すっかりネプギアと、「べるべる」という愛称で呼んでくれているピーシェを気に入ってしまったベールが、彼女達を抱きかかえていた。

あれからもネプテューヌ達の仲間として同行するようになったベールだが、専らここに入り浸るようになっている。

 

 

「こーら、ベール! ネプギアとピー子が苦しそうにしてるじゃない!!」

 

「いいじゃありませんの、その内安らぎに変わっていきますので」

 

「許容できないーっ! はーなーれーろー!!」

 

 

当然妹分二人を取られてしまっているネプテューヌが引き剥がしに掛かる。

しかしベールの力は尋常ではなく、ネプテューヌの細腕では微動だにしなかった。

そんな二人に嘆息しながらも、紅茶を優雅に注ぐ少年が一人。

 

 

「ベールさん、程々に。 二人が苦しがっています」

 

「あら、でしたら白斗君が我が教会に来てくだされば万事解決ですのよ? 私、ここに来ているのは貴方目当てでもありますのに」

 

「勧誘なら何度もお断りしているでしょう」

 

「つれないですわねぇ……。 そちらの世界のように、私の事をお姉さんと呼んでくださって結構ですのよ?」

 

「そうするとこっちのベール姉さんが拗ねまくって面倒になるので」

 

 

そしてベールは、白斗の事も諦めていなかったようだ。

行動を共にするようになって数日、仕事にゲームに紅茶にと付き合っていたのだがそれが尚更ベールにとっては嬉しかったらしく、勧誘行為はエスカレートしていた。

 

 

「ベールっ!! いつまで引っ付いてるのさーっ!!!」

 

「ずーっと、ですわ~♪」

 

「むむむ~……! そうくるなら……私が白斗にぎゅーっ!!」

 

「っとぉ、甘いですよネプテューヌさん! 白兄ぃの胸はアタシのものですっ!!」

 

「んな!? ユニちゃん、いつの間に!?」

 

 

いい加減我慢の限界になったネプテューヌが、いつものように大好きな少年の胸に飛び込もうとした。

だがそれよりも早く、教会を訪れていたユニがちゃっかり占領してしまっている。彼の足元には更に幼い双子が、これまた可愛らしい音を立てながら白斗に引っ付いていた。

 

 

「いつもネプテューヌちゃんばかり、お兄ちゃん独占してズルイ……!(ぷんぷん)」

 

「お兄ちゃんは今日、わたし達と遊ぶもんね~!」

 

「ちょ!? ユニちゃんにロムちゃん、ラムちゃんもずるいよ~! 私もお兄ちゃんに……」

 

「アンタにはベールさんがいるんでしょーが!! さー白兄ぃ、今日もアタシとガンショップ巡りに行きましょ!!」

 

「ダメ―!! お兄ちゃんはわたし達とお絵かきするのー!!」

 

「それからおままごと、かくれんぼ、お昼寝……!」

 

「白く~ん! お昼寝だったらあたしも~!」

 

「だあああああ!! プルルートまで引っ付くな……うぐほォ!!?」

 

 

更に妹達に紛れてプルルートまでもが引っ付いてきた。

幾ら女の子とは言え、四人も全力で抱き着いてきては白斗一人では支えきれるはずもなく、絨毯の上に転がってしまう。

 

 

「ぷはっ!! ぴぃ、べるべるよりにおにーちゃんがいいっ!! どーん!!!」

 

「ゴハァ!!? ぴ、ピーシェェェッ……飛びつくときは、もっと、慎重にッ……」

 

「わ、私もお兄ちゃんに抱き着いちゃいます~!!」

 

「はぐぉ!? ね、ねぷぎあぁぁ…………こ、これいじょうは……」

 

「まだまだ!! メインヒロインことネプ子さんがログインしましたーっ!!!」

 

「がはあああああああ!!! あ、オオォ……た、しゅけ……」

 

「では、折角ですから私も白斗君の抱き心地を確認しておきましょうか♪ えいっ♪」

 

「こぺっ!? …………………………………」

 

 

更に次から次へと乗っかってくる女の子達。

とうとう白斗も潰され、助けを求めるべく天へと伸ばした手は、力なく床へと落ちていった。

 

 

「その後、白斗の行方を知る者は誰もいなかった……」

 

「いや行方知ってるから。 犯人も知ってるから」

 

 

そんな様子を、傍から眺めているのはノワールとブラン。まったりとお茶をしばきながら、どこか微笑ましい表情でネプテューヌ達を見守っている。

本当にこういう時だけは二人の息は合っていた。

 

 

 

 

 

「ああ、やっと戻ってきたと思ったらこのドタバタ騒ぎ……いつになったらこのプラネテューヌに平穏が訪れるんでしょうか(ノД`)・゜・。」

 

 

 

 

 

 

当分は訪れないようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く




ということでベールさん加入のお話でした。
意外とトラブルと言いますか、厄介事を持ってくるのって四女神の中ではネプテューヌやベールさんなんですよね~。
でもいつも皆に「まぁ、この二人だから」と言えば許される説得力。恐ろしや。
神次元のベールさんはより子供っぽくて負けず嫌いなので、これはこれで可愛い。
そこへ女神候補生達が加わるものだからカオスは加速する。そしてさり気なくそれを止めようとして止めきれない白斗君の存在。次元を超えた白斗合戦の行方や如何に。

さて次回ですが、番外編と言いますかベールが抗議に来るまでの一週間の間にあったある出来事のお話になります。
ヒントは前のお話に。“彼女”だってヒロインなんですっ!
では次回もお楽しみに!感想ご意見、お待ちしております!


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番外編その4 敏腕メイド、ネプギアです!

「…………はい?」

 

 

それは、ワケの分からないタイトル―――否、宣言から始まった。

ネプギア達女神候補生がこの神次元にやってきて早四日。夕食後、突然メイド服を着込んだネプギアが両手で握り拳を作りながら、そう言ってきた。

一方、告げられた白斗は事態を飲み込めないでいる。

 

 

「敏腕メイド、ネプギアです!」

 

「二回言わんでいい。 だから、どういうことやねんと……第一どうしたんだそのメイド服」

 

「これ? プルルートさんに仕立てて貰ったの! いいでしょ?」

 

 

くるり、と一回転するネプギア。するとスカートの裾がふわり、と持ちあがる。

きっちり整えられた黒と白のメイド服。エプロンドレスとでも言うべきか。

一方で胸元の露出は少し高い。メイドの証たるホワイトブリムも完備。確かに見てくれだけならばどこに出しても恥ずかしくないメイドだろうが――。

 

 

「確かに可愛いし綺麗だが……なんだその、首輪に鎖って危ないオプションは……」

 

「お姉ちゃんの知り合いのメイドさんにこういう人がいるって」

 

「おいゴルァ駄女神ィ!! 実の妹に危ないファッション勧めてんじゃねぇええええ!!!」

 

「い、いやいやいや!! ホントにいたんだって!!」

 

 

影でこっそり様子を窺っていたネプテューヌの頭を鷲掴みにする。

首輪に、短くされているとは言え鎖など、誤解を与えかねないデザインだ。だがネプテューヌの言動を見るからに本当にそんなメイドがいたらしい。

 

 

「大体、どういう経緯で知り合ったんだ? そのメイドさんって」

 

「それがね、私が別世界に飛ばされたところで出会ったんだけど」

 

「ああ……お前のトラブル体質は昔からか……。 それで?」

 

「で、そこで出会ったのかクールで上品でパーフェクトで声がネプギアそっくり(CV:堀江由衣)なメイドさんなんだよ!」

 

「ほほー、パーフェクトメイドかつ声がネプギアそっくり(CV:堀江由衣)か。 そりゃ印象に残っても不思議じゃない……のかな?」

 

 

相当インパクトのあるメイドだったらしい。

ネプテューヌのスマホを見て見れば、確かに容姿端麗としか言いようのない美人メイドである。

胸の露出が高いのは彼女が巨乳だった名残だろう。ネプギアには、少々持て余しているかもしれないが。

 

 

「あー! 今白斗、このメイドさんによくじょーしたな!?」

 

「し、してねぇわ!! ……で、ネプギアよ。 それでメイドになりたいと?」

 

「うん! お兄ちゃんの専属メイドに! おはようからおやすみまでお世話します!」

 

「お、俺ェ!? おはようからおやすみまで!?」

 

「うん! ダメ……かな……?」

 

「うぐゥっ!?」

 

 

最後には涙目で上目遣い。既に使い古された攻撃だが、白斗はこの必殺技を耐え凌いだ試しがない。

何より、びっくりするほど女の子に耐性がなく、それでいて甘い白斗である。断る、などと言う選択肢はとうの昔に吹き飛んでおり。

 

 

「……分かった分かった。 ただし明日一日、試用期間として様子見な?」

 

「ほ、ホント!? やったぁー!! お兄ちゃん、私精一杯頑張るからねっ!!」

 

「ああ、楽しみにしてるぞー。 ま、出来が悪かったらクビだけど」

 

「絶対に!! 認めさせますから!! ふんす!!!」

 

 

やる気120%と言わんばかりにネプギアは大はしゃぎして、彼女に宛がわれた部屋へと戻っていった。

しっかり者と言えど、ああやってはしゃぐ姿はネプテューヌに通ずる者がある。

さて、彼女が去ると同時にネプテューヌは機嫌が悪くなり、頬を膨らませながら白斗を睨み付ける。

 

 

「はぁ~くぅ~とぉ~……!!」

 

「何だよ、ネプギアにあの服勧めたのネプテューヌだろ?」

 

「まさか白斗のメイドになるなんて言い出すとは思ってなかったもん! ノワールみたいなコスプレ趣味かなーって!!」

 

「まぁ、一回限りにするには惜しいほど可愛かったけど」

 

「むむむ~っ!! この浮気者ぉーっ!!」

 

「いてててっ!? 何だよ浮気者って!? それにどうせ、すぐに音を上げてやめるって」

 

「ぷー…………」

 

「……はいはい、今度どこか遊びに行こうな。 スイーツ巡りとか」

 

「許す!」

 

 

どうやらネプギアとの距離が縮まることにネプテューヌは大層ご不満らしい。

しかし、大抵は白斗と二人きりのお出掛けの約束を取り付けると嘘のように顔を綻ばせる。

ネプギアのメイドも長続きしないだろうと踏んで、そのままネプテューヌやプルルートを交えてのゲーム合戦に興じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――なーんて、お兄ちゃんは思ってるんだろうけど……私は本気だもんっ!」

 

 

随分質素にして普通な、私部屋。

そのベッドの上で、私は枕を抱きしめながら決意を新たにしました。そう、私にはやらねばならない理由があるんですっ!

 

 

「お兄ちゃんってば、最近はお姉ちゃん達ばっかりに構ってるし……」

 

 

この神次元に来てから早四日。私は焦っていました。

まずお兄ちゃんは、お姉ちゃんやプルルートさんと行動を共にすることが多いのです。普段お仕事を真面目にしないお二人のフォローに回っているからなんですけど……。

それをいいことにお姉ちゃんとプルルートさんもお兄ちゃんに甘えまくります。で、お兄ちゃんもなんだかんだでそれを受け入れているという悪循環!許せません!

 

で、その次に行くのはラステイション。主にお仕事の打ち合わせ。

こっちの世界のノワールさんはお兄ちゃんの事を恋愛対象だと見てはいないようなんですが、比較的仲は良いです。

ですがお仕事で訪れたことを口実に、ユニちゃんは猛烈にアタックしてくるんです!

やれ特訓だの、やれ勉強会だの、やれガンショップ巡りだの!ズルイです!

 

更にはこれまたお仕事ということでブランさんの治めるルウィーにもよく顔を出します。

こっちのブランさんは……お兄ちゃんの事が気になるようです。ま、まずい……っ!!

で、ロムちゃんとラムちゃんはこれまたお兄ちゃんに甘えまくるんです。ついでにお兄ちゃんはちびっ子同士ということでピーシェちゃんも良く連れてくるので、てんてこ舞い。

 

 

 

 

つ・ま・り……私との時間が殆ど取れてないんですっ!!!

 

 

 

 

「でも……メイドさんなら、お兄ちゃんの傍にいられるっ!!」

 

 

 

 

私は考えました。

お兄ちゃんがあちこちに飛び回るのなら、お兄ちゃんの傍にいられる理由を作ればいい。

それがこのメイド!お兄ちゃんのメイドなら、おはようからおやすみまでお兄ちゃんの傍にいられます!

 

 

「それにお兄ちゃん、他人を甘やかすばっかりで全然誰かに甘えるなんてことも出来てない……お兄ちゃんに足りないのは、癒しなんです!! 私と言う名の!!!」

 

 

そう!ここの所、お兄ちゃんはしっかり者故に誰かに甘えるということが出来ていません。

だから、「私に甘えてくれてもいいんだよ?」的なノリで頼れるメイドさんになれば、お兄ちゃんも私に甘えてくれるはず!

つまり!ネプギア、完全勝利です!

 

 

「絶対に……絶対に、お兄ちゃんの隣をゲットしてみせますっ!!」

 

 

さぁ、ここからが本番です。

お兄ちゃんのサポートやお世話を完璧にこなさないといけません。そして、私の覚悟は決して軽くはない!

覚悟してくださいね、お兄ちゃん!……ふふふっ♪

 

 

 

ネプギア は 妄想属性 を 手に入れた!

 

 

「ってまだ続いてるのこのスキルー!?」

 

 

お約束ですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日、AM5:00。

 

 

「さて、と。 いつものランニング行きますかねーっと」

 

 

まだ朝日すら昇り切っていない時間帯。ネプテューヌやプルルートは勿論、真面目なアイエフすらまだ寝ている時間帯に、黒原白斗は起きていた。

元の世界からの習慣であった体力づくりの一環として、走り込みを行っているのだ。それはこの神次元に飛ばされてからも変わらない。

今日もいつも通り、走り込みの後、軽い戦闘訓練でも行おうとしていたのだが。

 

 

「おはようございます、ご主人様♪」

 

 

扉を開けた先に、彼女は経っていた。

暗闇の中でも笑顔が眩しい、素敵なメイドさんが。

 

 

「ね、ネプギア!? お、おはよう……は、早いな……」

 

「当然です! ご主人様のお世話をするのがメイド、寝坊なんてしちゃいけないんです!」

 

「でも、眠いんだったら無理しなくても……」

 

「言いっこなしです! さ、朝のランニングですよね? 行きましょう!」

 

(こ、こりゃぁ……ネプギアの覚悟を舐めていたなぁ俺……!)

 

 

どうせ「ごっこ」とか、「お遊び」だとか、軽く考えていた自分を恥じた。

ネプギアは本気で白斗のお世話をしたがっている。ならば、彼女の本気に答えてやらねばならない。

 

 

「……分かった、なら改めて頼むぜ。 俺のメイドさん」

 

「~~~っ!! ……はいっ!!」

 

 

まだ起きてから5分も経っていないが、今日一日彼女を自分付きのメイドとして認めた。

認められたことにネプギアは大喜びだ。

しかし、これが終わりではない。寧ろ始まりだ。ここから白斗が大満足するようなサポートを出来るか否か、ネプギアの本気が試される。

 

 

「んじゃ、最初はタイム計測頼む。 この区画を3周してくる。 一周に付き10分目安、もしそれより遅れているようだったら言ってくれ」

 

「分かりました。 では、よーい……ドン!」

 

 

ストップウォッチを手渡され、ネプギアが合図を送る。

それに合わせ、白斗は意気揚々と走り込んでいった。日々のトレーニングの成果か、あっという間に背中が見えなくなるほどの速度で走り込んでいる。

ここでネプギアに求められているのは、単なるタイム計測だけではない。

 

 

「準備をしなきゃ! スポドリ良し、タオル良し、酸素スプレーよし……」

 

 

ランニングを終えた後の、白斗のケアをするための準備に取り掛かる。

クーラーボックスから凍らせておいたスポーツドリンクを取り出し、走り込みを終えることにはある程度溶けているように調整。

濡れタオルも用意し、酸欠を起こした時に備えての酸素スプレーも抜かりなく。

 

 

「到着! 28分32秒です!」

 

「ふぅー……はぁー……き、昨日よりタイム伸びてないな……」

 

「大事なのは無理に早めることじゃなくて、タイムを維持する持久力だと思います。 はい、ネプギア特製スポーツドリンクです!」

 

「お、サンキュ。 ……ん~っ、くぁ~っ!! 体に染み渡るわぁ~……」

 

 

受け取ったスポーツドリンクを一気に飲み干す。

計算通り、いい具合に溶けた冷え冷えの特性ドリンクが喉を潤し、火照った体を冷ます。

味も美味で、飲みやすかった。

更には濡れタオルで汗も一通り拭き取り、体をサッパリさせる。

 

 

「さて、戦闘訓練ならぬシャドウボクシングのお時間だな」

 

「それでしたらご主人様。 私と模擬戦をやってみませんか?」

 

「へ? ネプギアと?」

 

「はい、これでも戦えますから!」

 

 

これも想定済みだったらしい、ネプギアの手には日本の木刀が握られている。

白斗の戦闘スタイルは銃やナイフ、ワイヤーとまさにアサシンスタイルではあるが時たま剣を使うこともあった。

これは戦闘指南をしてくれたノワールの影響でもある。

 

 

「……そうだな。 俺の力がどれくらいネプギアに通用するのか試すのも悪くない」

 

「では参ります。 手加減無用で!」

 

「上等!」

 

 

可愛らしい声と共に木刀を構えるメイドさん。

だが、これでもネプギアは女神候補生。何よりも真面目で努力家な一面もある。

白斗は一切油断することなく挑みかかった。

木刀同士がぶつかり合う乾いた音が数回プラネテューヌの街中に響き渡り、そして。

 

 

「ぐおわぁあああああああっ!!」

 

「あっ!? ご、ご主人様!? 大丈夫ですか!?」

 

 

盛大に白斗は吹き飛ばされるのだった。

 

 

「だ、大丈夫だ……。 ッキショー……正面戦闘になると勝てねぇなー……」

 

「ご主人様は不意打ちに長けたスタイルですからね。 相手の攻撃を防ぎ、相手を攪乱して必殺の一撃を叩き込むスタンスがいいかと」

 

「同じようなことをノワールにも言われたなー……。 頑張るー……」

 

 

書類に交渉に根回しにと口八丁手八丁な白斗だが、そんな彼も小細工無しの正面戦闘はかなりの難題であった。

元より暗殺者として不意打ちに長けたスタイルを身に着けさせられた彼には、正面戦闘における立ち回りが出来ていなかったのである。

勿論これが何でもありな「殺し合い」になれば結果は違ってくるのだが、小細工ありきの強さでは限界がある。己の無力さを、白斗は実感していた。

 

 

「しかし、ネプギアも強かったよ。 さすが」

 

「えへへ。 だったらもっと私を頼りにしてくださいね、ご主人様♪」

 

「ああ、頼りにしてるよ」

 

 

今回の特訓で自分の課題と共に、ネプギアの強さを改めて認識する。

だが、負けてしまったとはいえ白斗とて一方的では無かった。攻撃力はネプギアの方が上だが、手数では勝っていた。

故にネプギアも息を少し乱しながらも、白斗の強さを実感している。

 

 

「そろそろ戻りましょうか。 お姉ちゃん達を起こさなきゃいけませんし、朝ご飯の準備もしなきゃいけませんから」

 

「朝飯もネプギアが作ってくれるのか?」

 

「勿論です! お昼ご飯も、晩御飯も私が作っちゃいます!」

 

 

そしてメイドたるもの、料理も出来る女でなければならない。

最大とも言えるアピールポイントに、ネプギアは十分なやる気を見せる。過去、当番で料理した時も十分美味しかったと記憶しているので白斗も特に心配することなく、寧ろ一味違う朝食に想いを馳せながら教会へと戻った。

 

 

「あら白斗、お帰り。 ホントに毎日鍛錬してるのね」

 

「アイエフ、おはようさん。 まぁ、昔は体が資本みたいな生き方だったからな」

 

「健康的でいいわね。 プルルート様やネプ子にも見習ってほしいわ。 で、ネプギアは昨晩の宣言通りホントにメイドになっていると……モテる男は違うわね~」

 

「そこそこ懐かれてるようで、男冥利に尽きますよ。 全く……」

 

(いや、懐かれてるというレベル超えてるんだってば。 はぁ……あの子と言い、ネプ子と言い、プルルート様と言い……難儀な相手に惚れちゃったのねぇ。 ホントに)

 

 

帰ってきたところ、出迎えてくれたのはこの神次元プラネテューヌの教会で家族として暮らしているアイエフだった。

どうやら髪を梳いていたらしく、寝癖一つもない。

こちらのアイエフは白斗に対しては仲のいい友達と言った関係。故に互いに軽口を叩き合える仲となっている。

 

 

「ご主人様! 朝ご飯の用意が出来ました! お姉ちゃん達も待っていますよ」

 

「え? お姉ちゃん達って……ネプテューヌがもう起きてるのか? 珍しいな」

 

「お姉ちゃんだけじゃなくてプルルートさんも席に付いてますよ」

 

「ぷ、プルルート様が!? 嘘でしょ!!? 何の前触れなの!!?」

 

「……驚愕するのも無理もないですけど、事実です……」

 

 

他愛もない会話を続けている内にネプギアが声をかけてくれた。

だが、いつもならばまだお眠なはずのネプテューヌやプルルートが既に起きているらしい。

戦慄を隠せないまま白斗とアイエフがダイニングルームへと足を運ぶと、確かに二人とも席に座っていた。

イストワールやコンパ、ピーシェも既に着席している。

 

 

「あいちゃん、白斗さん! おはようです」

 

「おにーちゃん、おはよー!!」

 

「白斗さん、おはようございます! ネプギアさんのメイド姿もいいものですね!(^▽^)」

 

「お、おう。 コンパにピーシェ、イストワールさんもおはよう」

 

 

この三人は朝に相応しい爽やかな挨拶を返してくれる。

しかし、問題はその反対側に座る妙なオーラを放っている女神様二人。

 

 

「ね、ネプテューヌやプルルートも……その、お、おはよう……」

 

「「オハヨウ」」

 

(こ、コンパ? ネプ子にプルルート様、一体どうしちゃったの!? ちょっと不機嫌?)

 

(あはは……どうも、ぎあちゃんのメイド作戦が面白くないみたいです……)

 

(……白斗、本当に罪深い男ね)

 

 

尚、恋次元においてはアイエフとコンパも修羅場に加わる模様。

そうこうしている内に、ネプギアが食卓に料理を並べる。

 

 

「お待たせしました! 銀シャリにイクラ、納豆もあります!」

 

「待て、朝飯だよな? 納豆は納得だとして、銀シャリにイクラ!?」

 

「おかずは鮭のハラミ! 脂マシマシです!」

 

「ネプギアさん? 鮭のハラミってとんでもなく美味すぎる意味でヤバイんですが?」

 

「お吸い物はアワビで出汁を取ったお味噌汁! 渾身の出来栄えです!」

 

「マジで待って!? 朝メシにどんだけ贅も沢も尽くしてんの!?」

 

 

並べられた朝食に白斗達は戦慄した。

銀色の輝きを放つほかほかの白米、供えられたイクラの宝石の如き光沢、脂が汁となって蕩けている焼き鮭、更には濃厚な香りを放つ味噌汁。

高級ホテルと言わんばかりの気合の入れように寧ろ一同は箸をつけづらくなったが。

 

 

「……そ、それでは……いただきます」

 

(((ゆ、勇者白斗ー!!)))

 

 

白斗が意を決し、先陣を切った。

無謀と受け取られかねないその勇気ある行動に、誰もが彼を勇者と称える。

一般人ではお目に掛かれない豪華な朝食。まずは作り手の味が顕著に出る味噌汁を軽く啜る。

 

 

「ゴクリ……! ど、どうですか、ご主人様……!?」

 

「……ん! 美味い!! メッチャ濃厚で、染み渡るわぁ~……!」

 

「ほ、ホント!? やったぁー!!!」

 

 

忌憚のない、心からの絶賛。

高級食材をふんだんに使っているのは勿論、食材や調味料が喧嘩し合うこと無い絶妙なバランスで、濃厚な味わいが広がっていく。

 

 

「それじゃ私も……ん~っ! 美味しいよネプギア~!」

 

「お魚もとろっとろ~!」

 

「イクラもしっかり味付けされてますね! 今日は良い一日になりそうです(*´ω`*)」

 

「ご飯もふっくらしてるわね~。 こんな朝食毎日食べられたらいいんだけど……」

 

「ぴぃ、ねぷぎあのあさごはんまいにちたべたいっ!」

 

「……ま、負けたです……。 私の数少ないアイアンティーがですぅ……」

 

「コンパ、それアイデンティティーな。 鉄のお茶って何やねん」

 

 

ネプテューヌ達も口を付けて見れば、誰もがその味に舌を蕩けさせる。

紛れもなく大成功だと、ネプギアもガッツポーズ。

 

 

(やった! 皆にも喜んでもらえてる! こ、これで上手くいけば……三大告白とも言われるあの台詞をお兄ちゃんから……!!)

 

「ネプギア。 ご飯、お代わり」

 

「えっ!? 何ですご主人様、毎日お味噌汁ですかっ!!?」

 

「い、いや。 お米のお代わり頼んだんだが……」

 

「ふぇ? あ、ああ!! ご飯ですねすみませーんっ!!!」

 

 

慌てて白斗からお椀を受け取り、ペタペタと盛り付ける。

因みにネプテューヌとプルルートはジト目だった。それもそのはず、ネプギアが白斗から「毎日味噌汁を作ってくれ」という妄想でも繰り広げていたのだろうと見破っていたのだから。

 

 

(えへへ……でも嬉しいなぁ。 お兄ちゃん、私のお料理気に入ってくれてるみたいだし……これはもうお兄ちゃんの胃袋ゲットも同然かも♪)

 

「……ア! ネ……」

 

(でもこれはまだ序の口! お昼ご飯や晩ご飯ももっと素敵なものを……ふふふっ♪)

 

「―――ギア! ネプギアってば!!」

 

「っひゃぁ!? お、お兄……じゃなかった。 ご主人様どうされたんですか?」

 

「どうされたんですかはこっちの台詞だ! そんなにご飯盛られても食いきれないぞ!?」

 

「へ? ってひゃああああああああ!!? 何、この量!!?」

 

「いやいや、お前が盛り付けたんだからな!?」

 

 

慌てて白斗の言葉を受け、視線をお椀に映す。

するとそこには凄まじい高さまで盛り付けられたご飯の山。思わず

 

 

「うわーお、山盛り……。 いーすん二人分くらいの高さあるんじゃない?」

 

「というよりもこの量、明らかに炊飯ジャーの量に収まり切ってませんよね!? 質量保存の法則どうなってるんですか!?(゚Д゚;)」

 

「すご~い! 白くんってば食いしん坊~!」

 

 

思わずネプテューヌ達も目をひん剥く。(約一名天然な反応を見せている子がいたが構っていられるだけの余裕はないのでスルー)

明らかに人間一人分の胃袋に収まりきらないその量に、ネプギアは戦慄した後。

 

 

「…………どうぞ」

 

「ちょっとメイドさん? これを食えと? 最早納豆すら掛けられない高さと角度の、このご飯の山を綺麗に食して見せろと?」 

 

「ご主人様ならイケます。 どうぞ」

 

「何の信頼だそれ!?」

 

「どうぞ」

 

「いや、だからな―――」

 

「ど   う   ぞ」

 

「………………ハイ」

 

 

―――尚、腹がはち切れそうになったものの見事に食して見せたという。

皆さんも出されたお料理はきちんと完食してあげてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げぇふっ……ヤベ……、さすがに腹がヤベェ……」

 

「ご、ご主人様。 大丈夫ですか?」

 

「……思うところは色々あるが、大丈夫だ……。 それより、本日のお仕事始めますよっと」

 

 

膨れ上がった腹を押さえながら執務室へとやってきた白斗とネプギア。

執務室と言っても、教会の規模が規模なのでリビングルームに近い。何とアットホームな職場か。(尚女神様二人がお仕事してくれないので漏れなくブラックに近い。でも仕事しなくても案外国は運営していけるらしいので案外ホワイトかもしれない)

 

 

「さぁ、ここからが敏腕メイドに一番期待したいところだ。 サポート頼むぜ?」

 

「お任せください!」

 

 

メイドの仕事と聞いて何を思い浮かべるかと言えば大抵はご主人様のお世話と、仕事の補佐。

まさにネプギアの能力が試される場面。と言っても、白斗としてはそんなに心配などしていなかった。

 

 

「大丈夫ですか? ネプギアさんはお姉さんと違って真面目そうですけど(゜_゜)」

 

「心配しないでください。 ネプギア、まずは国民からの陳情書を捌いていくぞ」

 

「うん! いつも通りでいいかな?」

 

「ああ、ネプテューヌとプルルートの判断が必要な奴とそれ以外で分けてくぞ」

 

 

山のように積み上げられた国民からの陳情書。

それを手に取るや否や、二人はそれを重要なものかそうではないものかに分けていく。

ネプギアは真剣に読み込み、一枚一枚丁寧に。白斗はそれ以上の速さと正確さで取り分けていく。

 

 

「は、早……!?(゚Д゚;)」

 

「恋次元じゃ俺とネプギア、イストワールさんとアイエフでほぼほぼ捌いてましたからね。 このくらい手慣れたもんです」

 

「ふふ、やっぱりお兄ちゃんと一緒だとお仕事が捗ります♪」

 

「おいおい、今のお前はメイドだろ? お兄ちゃんはいけないなぁ」

 

「あぅ、すみませんご主人様……」

 

(と、言ってる間もお二人の手は止まってません……何という能率……!(;・∀・))

 

 

会話しながらの仕事も慣れたもので、二人は次々と陳情書の山を崩していく。

能率としては白斗が上であったが、ネプギアも彼に食らいつこうと必死だ。

その甲斐あって、一時間も経たないうちに山のように積み上げられた陳情書は綺麗に整理された。

 

 

「ふぅ、分けてみれば案外細かい案件が多かったな。 女神クラスの案件も少なかったし、この国が平和な証拠だな」

 

「それじゃ私はこの数枚をお姉ちゃんとプルルートさんに届けてきますね」

 

「ああ、二人が渋るようなら俺のプリンを引き合いに出してくれ」

 

「は~い」

 

「そしてネプテューヌさんとプルルートさんへの対応も手慣れてますね(^▽^;)」

 

「慣れてますから。 さ、後は残った山を各部門に分けて、それぞれの部署に届ければOKと」

 

 

陳情書を整理する際のコツは、どれを、どこに、誰に任せるか。

勿論白斗一人で解決できない案件も多々ある。そういう時は、教会や国政に携わる部署に陳情書を届けて解決に当たらせる。

所謂適材適所を体現したやり方で、白斗はそれをキッチリ分けた。

 

 

「よーし。 残りのホントにどうでもいい案件は俺の方で終われせればよし」

 

「では次はこれを届けてきますね。 あ、お姉ちゃん達もお仕事やってくれてます!」

 

「ネプギア、ご苦労さん。 あの二人はやる時はキッチリ、素早く、正確にやってくれるしやる気出してくれてるなら問題ないな」

 

「……ほ、ホントに凄いですね……。 あの山、私やアイエフさんが担当するだけでも一ヶ月は掛かるはずなのに……(;´Д`)」

 

「仕事は適材適所に振り分けてこそです」

 

 

決して他者に押し付けるわけではない。しかし、国営はワンマンでやれるほど甘くはない。

国営に限らず仕事とは、専門部署に、如何に適切な仕事量とやる気、そして見合った報酬を与えられるかである。

 

 

「本当に白斗さん、お仕事手慣れていますね。 まだお若いのに(゚ω゚)」

 

「まぁ、恋次元じゃネプテューヌやノワールの補佐したりもしましたから。 それに……」

 

「それに?(゜_゜)」

 

「……まぁ、経験則って奴です」

 

 

つい、言いかけてしまった。

過去、白斗は暴虐的な父親によって理不尽な目に遭わされてきた。父親のボディーガードをやらされたり、手伝いの一環として大量の書類を始末させられたり。

手際の良さと処理能力はそれらによって培われたものだが、愚痴のように零すものではないと理性を保たせて堪えた。

 

 

「んじゃ、俺らで残った奴を捌いていきましょうか。 この量ならお昼までに終わるっしょ」

 

「で、ですね……。 ところでネプギアさん、中々戻ってきませんけど?(・ω・)」

 

「ああ、ネプギアでしたら」

 

 

語るまでもないと言わんばかりに肩を竦める白斗。その視線の先には。

 

 

「ぷるるーん! 書類も捌いたし、ゲームしよっか!」

 

「いいよ~。 あたし、負けないから~」

 

「お姉ちゃーん、プルルートさーん。 約束通り、お兄ちゃんのプリンですよ~」

 

「「わ~い!!」

 

 

数枚の書類を片付け、堂々と遊び呆ける女神様二人と、そんな彼女達を甲斐甲斐しく世話する女神な妹がいた。

 

 

「……あんな風に、甘やかしているワケで。 全く……」

 

「と言ってますけど、一番甘やかしているのはお二人に最低限の仕事しか与えず、面倒ごとはほぼ自分で引き受けて、尚且つお二人をのびのびさせている白斗さんです(;一_一)」

 

「え!? そ、そんなはずは!! ただ、二人に無理矢理仕事させても能率上がらないし、拗ねちまうし、ネプギアだってネプテューヌと一緒にさせてあげたいなーって思うだけで」

 

「そこで私情を挟んでいる時点で甘やかしているんですー!! もう、白斗さんといいネプギアさんといい、甘すぎですっ!!<(`^´)>」

 

「す、すみません……」

 

「これ以上は時間の無駄ですからお仕事は片づけますけどね!(-_-メ)」

 

 

手のひらサイズの小さな妖精さんからお叱りを受けてしまう、情けない男の姿がそこにあった。

だが結局は白斗の言い分を飲んでしまう辺り、イストワールも随分甘い方である。

 

 

「ふぅ、終わりましたね。 これで数日くらいはゆったり仕事出来ますよ」

 

「……ちゃんと成果上げている分、タチが悪いですね。 必要以上に怒れない……(;´д`)」

 

「仕事なんてそんなものですから」

 

 

その後、二時間くらい書類を整理しているだけで凄まじい達成感に包まれた。

お蔭で面倒ごとが一気に解消され、白斗の言う通りストレスの原因が取り除かれイストワールの精神状況としましては、かなり晴れやかである。

 

 

「さ、お待ちかねお昼ご飯だ。 敏腕メイドネプギアよ、昼食は何かね?」

 

「こちらです、ご主人様っ」

 

 

わざわざ白斗の前にクロッシュで覆われた皿が運ばれる。

可愛らしい手つきで銀のクロッシュを開けると、ぼわっと湯気が広がった。食欲をそそる香りと共に現れたのは。

 

 

「おお、オムライスか」

 

「うん! この小説だと何かと出番の多いオムライスです!」

 

「ネプギア、最近姉に毒されてないかね? メタ発言多いのだが?」

 

 

確かに食べる回数自体は多いオムライスだ。

しかし、白斗もオムライスは好物に入る部類で、いくら食べても飽きないので大歓迎ではある。

 

 

「た・だ・し! 私のオムライスは一味違います!」

 

「ほほう、面白い。 何が違うというのかね、ネプギア君?」

 

「というか何ですか白斗さん、さっきからその口調……(;^ω^)」

 

「ご主人様っぽい振る舞いとして偉そうにしてみました。 さてネプギア君、チミはどんな一味を見せてくれるのかね? このオムライス、何もソースがないのだが」

 

 

そう。このオムライス、なんとケチャップどころか他のソースさえ掛かっていないのだ。

卵に包まれているチキンライスも、味の一つではあるのだがこれでは物足りなく感じてしまう。

だが敏腕メイドネプギアにはその程度の質問はお見通し。秘密兵器をすぐに取り出す。

 

 

「こ、これです! じゃ~ん!」

 

「……ケチャップ? 結局かけるのか?」

 

「はい! そ、それでは……っ。 ご主人様も、一緒に美味しくなる呪文を唱えてくださいねっ」

 

「へ? 呪文?」

 

「お、美味しくな~れ、萌え萌えキュン☆」

 

「ごぼはァッ!!!」

 

 

ネプギアが、ケチャップで「ご主人様LOVE♡」と書き出したのだ。

確かにこれはある意味メイドらしいと言えばらしいのだが。

 

 

「ネプギアぁ!! それ違うメイドさんや!!!」

 

「えっ? で、でもノワールさんがこれがメイドのお務めだって」

 

「あんのコスプレ趣味がァ!! 偏った知識与えがやってェ!!!」

 

 

とりあえず犯人たる黒の女神様には後でお仕置きしなければ。

 

 

「と、とにかくやるからには最後までやり遂げます! ご主人様も覚悟決めてくださいっ!」

 

「なんでご主人様まで一緒にゴートゥーヘルさせちゃうのかなこのメイドさん!? こんなのメイドじゃなくて冥土だろうが!!」

 

「白斗さん、寒いです(゜_゜)」

 

「真顔ヤメテ!!」

 

 

イストワールから絶対零度の視線を受けつつ、白斗はオムライスをと向き合う。

目の前の黄金色の輝きに包まれたオムライスはふんわりとしていてとても美味しそうだ。

これほど見事な一品を作り上げるのにネプギアは相当な練習を重ねたはず。であれば、恥ずかしがってやらないのはネプギアに対して失礼というもの。

 

 

「も、もう一度行きますよ~! 美味しくな~れ、萌え萌えキュン☆」

 

「……お、美味しく……な~れ……」

 

「もっと声を大きく! テンポよく!

 

「お、美味しくな~れ! 萌え萌えキュンッ!!」

 

「もっと可愛らしく!!」

 

「美味しくな~れ、萌え萌えキュンっ☆」

 

 

ネプギアに釣られてウィンクをパチリ。

可愛らしいイントネーションと仕草まで付け加えた。そして白斗は。

 

 

「……負荷、大。 ぐぼああぁぁ!!!」

 

「ご、ご主人様ぁ――――――っっっ!!?」

 

 

己の吐血で、ケチャップを真っ赤に染め上げるのだった。

必死に唱えたそれは、美味しくなる呪文などではなく死の呪文だったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さて、阿鼻叫喚の昼食を終えて昼休憩。

白斗とネプギアの大活躍により午後からはかなりの空き時間があった。

この教会の主たるプルルートはいつも通りお昼寝、もう一人の女神ことネプテューヌはメイド姿のネプギアが気になるのか、こちらをチラチラ覗いている。

 

 

「そうだな……ネプギア、午後から付き合ってくれるか?」

 

「ふぇっ!? つ、つつつつ付き合……っ!!?」

 

「ネプギア、ベタ過ぎるけど多分白斗の用事に付き合えってことだよ?」

 

「……はっ!? い、いやいやお姉ちゃん! 私はちゃんと分かってるからね!?」

 

 

ネプギア は ベタ属性 を 手に入れた!

 

 

「い、いいじゃない! ベタな展開があったって!」

 

「メイドさーん? 人の話聞いてるー?」

 

「ご、ごめんなさいご主人様!! それで用事というのは?」

 

「ああ、ホラースポット巡り。 自殺のメッカとかな」

 

「ひいいいいいいいいいいいっ!!? や、やだぁ……!!」

 

「ゴメンゴメン、冗談だよ。 ちょっと買い物に付き合って欲しいんだ」

 

「酷い……ぐすん。 お夕飯や間食でしたら既に材料を買ってきていますよ?」

 

 

この辺は抜かりないネプギアだ。晩御飯の献立も既に決まっている。

だが、白斗がしたい買い物はそうではないらしく、かぶりを振る。

 

 

「違う違う。 お土産とか買いたいんだ、その上でネプギアの意見も欲しい」

 

「お土産……ですか? とにかく、お買い物もお任せくださいっ」

 

「頼りにしてるぜ? それじゃ行こうか」

 

「はいっ!」

 

 

思えば、こうして外出する主人にぴったりと寄り添い、共に買い物をするのもメイドらしいとネプギアはウキウキしながら外へ出た。

背後からはネプテューヌの恨みがましい視線が突き刺さったが、何とか耐える。

さて、意気揚々と街へ出て見たものの突き刺さった視線はネプテューヌのものだけではなく。

 

 

「うっ!? な、何この視線の数々……!?」

 

「そりゃそうだ。 こんな可愛いメイドさんを侍らせてんだ。 お前に見惚れてる人もいれば、俺に嫉妬してる奴もいるんだろうな」

 

「も、もうご主人様ってばぁ……。 ところで何をお買い求めに?」

 

「恋次元で待ってくれてる皆へのお土産だよ。 手ぶらで帰ってきたら怒られそうだしな」

 

「あ、なるほど」

 

 

言われてみて納得した。どうやら白斗は恋次元に取り残された知人たちへのお土産を探しているらしい。

こちとら旅行気分で神次元へと来たわけではないのだが、手ぶらで帰ってくるのも気が引けるという白斗の気遣いだ。

 

 

「そこでネプギアには神次元特有かつ、女の子受けするものを一緒に考えて欲しいんだ」

 

「……ご主人様の知人と言えば可愛い女の子オンリーですものね」

 

「人聞き悪いこと言うなこのメイドさんは」

 

「メイドジョーク、ブラック編でございます。 つーんっ」

 

「笑えるジョークを頼むぜ。 苦さはいらない」

 

 

などと軽いやり取りをしながら二人はデパートへと辿り着く。

以前プルルートが自慢していた品揃え抜群の百貨店で、今日も今日と色取り取り、大小様々、千差万別な商品が陳列されている。

 

 

「さて、まずはノワールだな。 あいつと言えば服か?」

 

「ご主人様、服もいいかもしれませんが日用品とかどうですか?」

 

「日用品?」

 

「はい、ノワールさんはとても真面目ですから普段から結構窮屈な思いをされてると思うんです。 だから、コインケースとか、万年筆とか、自分がいつも使うようなものくらいは愛着が湧くようなものを選びたいと思うんです」

 

 

なるほど、と顎に手をやる白斗。

女神、真面目、堅物と三拍子揃ったノワールはどこかでは気を抜いたり、落ち着けたいと思うことも確かにあるだろう。

ならば自分の使っているものにくらい、気を許したいと思うことも多いはず。ネプギアの分析は的確と言えよう。

 

 

「よし、その案採用。 となると……万年筆で行くか。 あいつ、結構書類にサインすることも多いからな」

 

「では文房具屋へ行きましょうか」

 

 

早速文房具を取り扱っているスペースへと向かう。

木材で作られた文房具屋は高級感溢れる雰囲気を醸し出しており、中々上質なものが売られている。

その分、お値段も中々だったが。

 

 

「ご主人様、このインクとかどうでしょうか? 万年筆はインクも必要ですし」

 

「インクか。 何か特別なのか?」

 

「何でもこっちの世界だけで咲くお花のエキスを使ったものだとか。 いい香りですよ!」

 

「お、なるほどな! いい香りがするならあいつも仕事しやすいだろうし、神次元特有って感じもするし。 君に決めた、っと!」

 

 

ネプギアが勧めてきたインクと、そこそこのお値段かつ手触りの良い万年筆を購入。

余り高すぎるものを選ぶと、ノワールが遠慮がちになると考え、敢えて値段に糸目をつけた。

 

 

「後はブランさんとベールさんですね」

 

「ブランは勿論本だ。 俺がこっちの世界に来てから面白いと思った本を既に買い込んでる」

 

「そうなりますよね。 ベールさんは……ゲームで?」

 

「いや、姉さんはこっちの世界で売られてる紅茶だ。 味も香りも一級品、こっちは結構拘ったぞ」

 

 

どうやらブランとベールのお土産は既に決まっているらしい。

好みがはっきりしている分、特に迷いもなかったようだ。

 

 

「なら残るお土産を買わなきゃいけない人は……」

 

「恋次元のイストワールさん、それとアイエフにコンパ、ツネミに5pb.、マーベラスだな」

 

「……見事に女の子ばかりですね」

 

「急にトゲのあるトーンにならないでください……」

 

 

そもそも今までの贈り物も、親しいとはいえ恋次元ゲイムギョウ界が誇る女神様全員である。

ネプギアが妙にむくれてしまうのも仕方のない話だ。

 

 

「まずはツネミと5pb.だな。 二人にはリラックスできるようなものを贈りたい」

 

「リラックス?」

 

「ああ、アイドルは体力仕事だって良く言ってるからな。 だから疲れが取れるようなものがいいと思うんだが……女の子の体のケアはよく分からん」

 

「でしたら入浴剤とか、アロマオイルとかどうでしょう?」

 

「お、これまたいいアイデアだな。 さっきみたいに神次元の花を使った奴とかならお土産としても申し分無し」

 

 

次に向かったのは、土産物を重点的に扱う店。

観光客に向けての品は色々あるが、リピーターを増やすために様々なジャンルに手を伸ばしていることが多い。

お目当てのものは、すぐに見つかった。

 

 

「あったあった。 これとこれ、だな」

 

「何を選んだんですか?」

 

「両方とも入浴剤だ。 ツネミには活力が湧いてくる効能、5pb.にはしっとりとした気分になれる奴をな」

 

「わざわざ分けて?」

 

「ああ。 ツネミは最近、明るい歌が歌えてないことに悩んでたみたいだし、5pb.はその逆。 だったらこれがちょっとでも手助けになれたらなーって。 気休めかもしれないけど」

 

 

こんな時でも、白斗は自分の周りにいてくれる少女達の事を想っていた。

さりげなく零した話題も鮮明に記憶し、その人物の悩みや課題にも一緒に、真剣に考えて導いてくれる。

―――そんな白斗だから、女の子達は皆夢中なんだろうなぁ。とネプギアは深いため息を吐いてしまう。

 

 

「さて、ケアついでにイストワールさんだ。 前にアロマ贈ったが、今回はどうしようかな……」

 

「何も癒しはアロマだけじゃないですよ。 視覚的に癒されるとか」

 

「猫とか犬とか? イストワールさんの体格だと、じゃれてるうちに潰されそうだな……」

 

「あはは……確かに……。 なら、ヒーリングミュージックとかどうですか?」

 

「ヒーリングミュージックか。 イストワールさん、余り音楽聴かなそうな印象だが……確かにそういう変わり種もいいかもな」

 

 

ということで早速CDショップへ。

イストワールの音楽の趣味は分からなかったが、白斗は真剣に悩んだ末に宇宙をイメージしたというヒーリングミュージックのCDに手を伸ばした。

 

 

「ご主人様、どうしてそれを選んだんですか?」

 

「ん? いや、いつもプラネタワーは大騒ぎだから静かな音楽の方がいいかなって。 それに水や風の音って人によっては騒がしく聞こえるから、敢えてそれを外しただけ。 まぁ、これもハズレかもしれんが」

 

「そんなことないですっ。 ご主人様の選んだものなら、いーすんさんも大喜びです!」

 

「ははは、メイドさんが言うなら間違いないな。 さて、後はマーベラスとコンパか」

 

「あれ? アイエフさんは?」

 

「アイエフはこっちの世界でしか手に入らないケータイだ。 ケータイ好きのあいつだからな、喜んでくれるといいけど」

 

「わ、わざわざ買ってあげたんだ……」

 

 

例え通信契約を結んでいなくても本体料金で相当な額になるはずなのに。

一度尽くすと決めた相手にはとことんまで尽くすのが、白斗の長所にして短所だった。

今回の買い物とて、相当な出費になるはずなのに。

 

 

「さて、マーベラスは……靴とかがいいかな」

 

「靴? ご主人様からファッションな発想が出るとは……」

 

「ちょっとメイドさん? 少ーし口が悪くなってるんじゃございませんかー?」

 

「気の所為ですっ。 それで、どういう意図で?」

 

「忍者にとって足は命だからな。 ちょっとでも力になってくれたらいいなと」

 

「本当、目の付け所が良すぎるんですから……でもマベちゃんさんの靴のサイズってご存じなんですか?」

 

「何だよ、マベちゃんさんって……。 知ってるぞ」

 

「……なんで知ってるんですかねー、女の子の数値は機密情報なのに」

 

「……き、企業秘密です」

 

 

そんな数値を知るくらい親密な関係であることにネプギアは大層不満な目を向ける。

じくじくと痛みだす心を押さえながら白斗は靴屋へと赴く。

今回は機動性とデザインの両立を兼ね備えたものを選んだ。勿論、この神次元限定のブランドものだ。

 

 

「ふぅ、靴も結構いい値段するもんだ」

 

「ご主人様、お金の方は大丈夫ですか?」

 

「こういう時のためにせっせとクエスト熟してきたからな。 さて、最後はコンパか」

 

「……最後って言いますけどお兄ちゃん、私には? 可愛い妹達には?」

 

「メイドの言動崩れてるぞ。 それにお前らはリーンボックスん時で散々飲み食いしたろーが」

 

「うぐぅっ!?」

 

 

勿論、彼女達がこの世界に飛んでこなければお土産を用意するつもりだったがこうして神次元まで飛んできた以上、用意しても仕方がない。

理屈は分かるが、ネプギアとしては納得したくは無かった。

 

 

「んー……コンパ、何でも喜んでくれそうだが、だからこそ中途半端なものを贈りたくはない」

 

「でも拘り過ぎて捻くれちゃうのもどうかと」

 

「そうなんだよなぁ。 どうしたものか……」

 

「根を詰めすぎると却ってドツボにハマっちゃいます。 ここは休憩でどこかカフェにでも寄っていきませんか?」

 

「……それもそうだな。 少し休憩すっかぁ」

 

 

コンパへの贈り物、そのアイデアが中々纏まらない。

疲れで凝り固まった頭や体を解すべく、デパートから出て手頃な喫茶店へ行くことにした。

 

 

「おっと、ここは俺が仕切っていいか?」

 

「ご主人様? どこか行きたいところがあるんですか?」

 

「ああ。 オススメの場所がな」

 

 

そうして案内したのは、隠れ家的雰囲気が漂う喫茶店。

相変わらずハードボイルドな雰囲気を漂わせるマスターがコップを磨いている。彼らの入店に「いらっしゃい」と呟いたきり見向きもしなかった。

 

 

「こんなところがあったんですね……」

 

「女の子連れ込むにゃちょっと無骨かもしれないけどな」

 

 

二人で開いている席に座り込む。

以前、プルルートとのデートで教えてもらった喫茶店だ。男受けするような環境だが、味は女の子も認めるほどのものを提供してくれる。

 

 

「メニューも俺が頼んでいいか?」

 

「そこまで仕切っちゃうんですか? なら、お任せします」

 

「ありがとう。 それじゃマスター、注文!」

 

 

ネプギアはちょこんと席に座りながらも、純粋に楽しみにしていた。

女性経験値が少ない白斗がわざわざ選び、案内し、そして注文まで仕切ってくれる。一体何が来るのだろうかと、ワクワクしながら待っていると。

 

 

「お待たせした。 ブレンドコーヒーとショコラ。 ミックスジュースと、モンブランだ」

 

「来た来た。 ネプギアはこっちのミックスジュースとモンブランな」

 

「わぁ! 美味しそう!」

 

「美味しそうじゃない、美味しいの」

 

 

これ見よがしに白斗はカップの中の黒を啜り、美味そうに喉を鳴らす。

相変わらずのコーヒー好きである白斗だが、自然に漏れ出た笑みからその美味しさが嫌でも伝わってきた。

ネプギアも彼に釣られてミックスジュースをコクリと一口。

 

 

「……美味しい! 色んな果物の風味がバランスよく合わさって、でもスッキリしていて……」

 

「だろ? 味もしつこくないから、甘さ全振りのケーキがよく合うんだ。 コレが」

 

「それじゃ、モンブランの方も……んん~! 絶品です~!」

 

 

ミックスジュースは甘さだけではない、酸味な苦味も適度に混ぜられていた。

それが後味のしつこさを打ち消し、モンブランもより美味しく頂ける。

甘いものを口にしている時のネプギアはメイドということも忘れた、まさに女の子。極上の笑顔に白斗もつい顔を綻ばせる。

 

 

「へへ、良かった。 ネプギア、こういう味が好きだと思ったからさ」

 

「ありがとう、お兄ちゃん! じゃなかった、ご、ご主人様!」

 

「おやおや、まだまだ妹気分が抜けないようですなー。 このメイドさんは」

 

「もーもーもーっ! そんなこと言っちゃうと、晩御飯にレバー追加しちゃいますよっ!」

 

「ぬあっ!? わ、悪かった!! 勘弁してくれぇ!!!」

 

 

白斗の大嫌いなものをちらつかせれば、あっという間にマウントを取り返せた。

因みに白斗がレバーを好まない理由はどうも彼の凄惨な過去が関係しているらしいのだが……それはまた別のお話。

 

 

「やれやれ、メイドさんにこうもしてやられるとはな……ん? この写真……前、こんなの飾ってあったか?」

 

 

やるせない思いを抱えて、ふと視線を壁側に向けると綺麗な風景写真が飾られていることに気付いた。

緑煌く草原、広がる澄み切った青空、天と地を繋ぐ山々。世界の美しさを切り取ったその一枚に、白斗もネプギアも一瞬目を奪われた。

 

 

「ははは、実は最近写真撮影が趣味でね。 休日に出掛けてはこんな綺麗な写真を撮ってくるのが最近のマイブームさ」

 

「これ、マスターが撮ったの? 凄いな……」

 

「ま、これもちょっとした経営戦略さ。 この店に来て良かったって思えるようにな」

 

「綺麗ですね~。 これ見てると旅行した気分になっちゃいます」

 

 

確かにな、なんて笑っていると白斗の中にある光明が差す。

瞬間、体が電撃に貫かれたかのように震え上がり―――。

 

 

「……そうだ! これだ!」

 

「え? ど、どれですかご主人様っ?」

 

「コンパへの最後のお土産、決めたってことだよ!」

 

「「???」」

 

 

ネプギアと、そして事情を知らないマスターが揃って首を傾げた。

けれども、そんなことつゆ知らずと言わんばかりに白斗の顔は晴れやかだ。

まるで、ずっと空を覆っていた暗い雲が吹き飛ばされ、一気に晴天になったのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし! 写真集ゲーット!」

 

「神次元の風景写真ですか。 それをコンパさんに?」

 

「ああ。 神次元はこんな世界だって伝えりゃ、コンパも面白がってくれるかなって」

 

 

数十分後、白斗とネプギアは書店から出てきた。手には一冊の分厚い写真集が握られている。

神次元に来れなかったコンパだからこそ、例え写真だけでも白斗達が旅した世界の事を知って、土産話と共に楽しんで貰いたい。

そんな白斗の想いが込められた一冊だった。

 

 

「さて、これで買い物は終わりだ。 ネプギア、マジで助かったよ」

 

「いえいえ。 ご主人様に喜んでいただくことがメイドの務めですから!」

 

「頼もしいねぇ。 なら、晩飯でも喜ばせてくれるのかな?」

 

「勿論です! 最高のハンバーグをご用意します!」

 

「おっ、そいつは期待しちゃうね」 

 

 

今日一日で恋次元にいる皆へのお土産は全て用意できた。

少々張り切り過ぎるきらいはあったものの、ネプギアは実に的確かつ精力的にサポートしてくれた。

白斗としても感謝の念でいっぱいだ。

―――そしてこれは後の話になるが、今回のお土産はみんなに喜んでもらえたという。

 

 

「えへへっ。 期待しててくださいねっ!」

 

 

スキップしながら振り返った、その眩い笑顔。

笑顔が素敵なのは、プラネテューヌの女神の特徴と言えるだろう。

その笑顔を例えるなら、ネプテューヌは太陽のように人々を分け隔てなく照らしてくれる。プルルートの笑顔は、ふかふかの毛布のように見る者を癒してくれる。

そして彼女、ネプギアの場合は―――。

 

 

「……惹きつけてやまない一輪の花……かな」

 

「え? 何のお話ですか?」

 

「なんでもない。 さ、帰ろうぜ。 腹ペコで仕方ない」

 

「えぇ? さっき喫茶店で一服したのに?」

 

「育ち盛りだからな。 待ち切れないんだ」

 

 

柄にもなく、白斗は浮かれていたのかもしれない。

女神で、妹で、可憐な花でもあるネプギアの手料理が食べたい。―――いや、彼女の魅力にもっと触れてみたい、などと。

今なら不敬罪で掴まってもいい。そうとすら、思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は経ち、三日月が天頂に上る時間帯。

 

 

「ふぅ……ハンバーグ美味かったなぁ。 ネプギアめ、腕を上げおって」

 

 

などと言いながらも、満面の笑みを浮かべて白斗はベッドに寝転がった。

ネプギアの手によって洗濯されたベッドシーツや毛布からはフローラルな香りが漂い、枕はふんわりと頭を包み込んでくれる。ベッドメイキングも完璧だ。

満腹と疲労とが合わさって、今にも瞼が重くなる。

 

 

『ご主人様、お風呂が沸きましたよ』

 

「ん? そうか、ありがとう。 悪いな、わざわざ入れ直してもらって」

 

『私達は構わないっていつも言ってるんですけどね……』

 

「いやいや、男の残り湯を女の子に使わせるわけにもいかんし、女の子の残り湯を男に使われたくないだろ?」

 

『もうっ、そんな変な気遣いはいいんですっ』

 

 

今では家族の様にひとつ屋根の下で暮らしている白斗だが、服や洗濯については可能な限り線引きをしていた。

風呂は勿論レディーファーストから。湯も張り直して、ネプテューヌ達に不快な思いを与えないように白斗のものは彼自ら掃除、洗濯、入浴まで熟してきた。

今回はメイドだからという強引な理由で、ネプギアがその作業を請け負ってくれた。

 

 

「ん~っ!! あ~……いい湯加減だ……」

 

 

わざわざ白斗のために張り直された湯に、遠慮なく浸かる。

溢れ出す湯と共に、今日一日の疲れも流れ出そうだ。

 

 

『ご、ご主人様。 湯加減どうですか~?』

 

「ん? ネプギアか、最高だぜ。 ありがとな」

 

『い、いえいえ! これからが本番ですからっ!』

 

「本番ねぇ……。 ……ってちょっと待て、この流れ、ノワールんところでも―――!?」

 

 

湯によって蕩けきった理性が、致命的な遅れを生じさせてしまった。

確か白斗が悪夢を見続けて弱った時、ノワールとユニが湯船に突撃してきたことがあった。

ドア越しに聞こえるネプギアの声。これが意味するものは。

 

 

「め、メイドのご奉仕の極み! お背中お流ししますっ!」

 

「だああああああ!! やっぱりかああああああああああああ!!!」

 

 

タオル一枚のみを纏ったネプギアに、思わず湯船から飛び出そうになった。

でなければ、“男の狂気にして凶器”をネプギアに向けてしまいそうだったからだ。

今のネプギアは、一言で言うなら―――美しい。

普段は決して見せない腕や肩、それに胸元の肌が露になっている。姉よりもはっきりとした胸のふくらみ、大事な所をギリギリ隠しているラインのタオル、スリットから見える太もも。

今の彼女はまさに、「女」を見せつけていた。

 

 

「が、頑張ります! ご主人様、そこに座ってくださいっ!」

 

「頑張らなくていいからッ! 無茶すると火傷するのはお前の方―――」

 

「大人しくしないとM・P・B・L(マルチプルビームランチャー)ですよ?」

 

「物理的に俺を火傷させる気か!? つーかご主人を脅迫してきやがったよこのメイド!?」

 

 

何やら武力行使する気満々らしく、その手には充填完了の砲身付きブレードが握られていた。

真夜中に煌くお星さまにはなりたくない。風呂場であるにも関わらずぶるっ、と身震いした彼は観念して席に座る。勿論腰にはタオルを巻いて。

しかし、機械の心臓は正直なもので先程から光り輝いている。今にもショートしそうだ。

 

 

「……な、なっ、ならッ、お頼み……申し上げましてよ?」

 

「ぷっ! ご主人様なんですかその口調っ……あっ、あはははっ!」

 

「べ、べっ、別に! き、緊張してるとかそんなことじゃないんだからねっ!」

 

「うーん、ご主人様のツンデレはインパクト弱いですね」

 

「そうか……。 やっぱりノワールやユニの足元にも及ばんな……」

 

 

空の向こうから黒の女神姉妹が猛抗議の声を上げた気がするがきっと気のせいだろう。

 

 

「そ、それではお背中流しますねっ! わぁ……おっきな背中……」

 

(そう言えば、前ネプギアが風呂場に突撃してきた時は未遂に終わったっけ……)

 

 

思えば、こうして女性と風呂を共にするのも何度目だろうか。

恋人関係でもないのに混浴、世間に発覚すれば極刑もやむなしと白斗は覚悟している。しかも相手は女神様だ。

だが当のネプギアは彼の心境など全く知らず、逞しい背中にうっとりとしていた。ただ、同時に幾つも刻み込まれた古傷の数々に心を痛めてもいた。

 

 

「ごつごつしてて固い……。 でも、傷もいっぱい……。 お背中、痛くない……ですか?」

 

「あぁ、古傷だけど気にしないでくれ。 ……って、言われても怖いわな」

 

「そんなことないですっ! ……私は、この背中が大好きです」

 

 

大慌てで白斗の言葉を打ち消すように、けれども彼を労わるようにネプギアが抱き着いてきた。

……素直な好意は嬉しいのだが、その、如何せん……柔らかいものが当たっている。

 

 

「あ、ありがとう……」

 

「い、いえいえ! では、ゴシゴシしますね。 うんしょっと……」

 

 

つい、“二重の意味”でお礼の言葉が出てしまった。男と言う生き物はどうして単純なのかと、つくづく考えさせられる。

 

 

「痛くないですか?」

 

「くすぐったいくらいだ。 もうちょっと強くしてくれていい。 ユニもそうだったが、俺を気遣いすぎ―――ハッ!?」

 

「……そこでどうしてユニちゃんの名前が出たのか、後でじっくり聞かせていただきます」

 

 

男という生き物はどうして単純なのかと、またまた考えさせられた。

 

 

「でもでもっ! ゴシゴシは私の方が上手です! そうですよね!?」

 

「あー、うん。 上手上手ー」

 

「情感が足りませんっ! もっと労いと感謝と愛を込めて!!」

 

「割と図々しいなこのメイドさん……」

 

 

なんて軽口を叩かないと、白斗の機械の心臓が持たない。ランプの光が目に痛い。

明らかに興奮しているとネプギアも察してしまっており、口では文句を言いつつも表情が緩みっぱなしである。

 

 

「ふふふっ、ご主人様? 素直にならないと体を悪くしちゃいますよ?」

 

「俺は悪い子だからいいの」

 

「なら、そんなご主人様を良くしてあげるのもメイドの務めですよね」

 

「……据え膳食わぬは男の恥っては言うけどな、ネプギア」

 

「はい?」

 

「どうやら我々は調子に乗り過ぎたようだ」

 

 

急に白斗の体温が冷えてきた気がする。湯冷めしてしまったのだろうか。

否、彼はあるものに怯えていた。震える指が指し示した先には。

 

 

 

 

 

「ねぇぇぇぷぅぅぅぅぎぃぃぃぃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ?」

 

「ふ、ふふふ~……白くんとお風呂なんて~……あたしもまだなのに~……」

 

 

 

 

 

 

―――悪鬼羅刹。否、女神様がそこにいた。

 

 

「…………お、お姉ちゃんは一度お兄ちゃんと混浴したじゃない!」

 

「……ね~ぷ~ちゃ~んんん~~~?」

 

「ひいいいいいいっ!!? 裏切りのぷるるん!? ちょ、どこに連れて――――」

 

 

しかし咄嗟に放ったネプギアのクロスカウンターが炸裂。

結果、プルルートの怒りの矛先はネプテューヌに向けられ、彼女はあえなく制裁された。

何やら「ねぇぷぅぅぅぅぅぅ!!」という他にない断末魔が上がったような気がする。

 

 

「……こ、これ以上ややこしくならないうちに出ようか」

 

「そ、そうですね……」

 

 

興覚めならぬ湯冷めしないうちに二人は湯船から出ることにした。

余談だが廊下では何故かネプテューヌが生気を失った目で放り出されていたとかいないとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして波乱万丈の入浴を終え、後は寝るのみとなった。

さすがにここまで来たら、メイドとしての仕事はほぼ無いも同然。明日の準備も済ませ、白斗は一人ベッドに寝転がって天井を見上げていた。

 

 

「やれやれ、変な疲労が溜まる一日だったなぁ……って、いつもの事か」

 

 

実際、物凄く疲れていた。

のだが今は眠くならない。というよりも、まだ寝るべきでは無かった。

まだ、“彼女”が来ていないから。

 

 

『……ご、ご主人様。 もうお休みになられましたか?』

 

「いーや、お前を待ってたよ。 俺のメイドさん」

 

『な、なら失礼しますっ』

 

 

ノックは控えめ、しかし部屋に入る際には隠し切れない喜びのオーラを発しているネプギア。

小躍りするかのようにステップを踏みながら白斗の前に立つ。

 

 

「えへへ、えへへへへ……♪」

 

「なんだなんだ、メチャご機嫌だな」

 

「だって、さっきご主人様が『俺のメイドさん』って……これって、もう公認ですよね!? 私、ご主人様の正式なメイドさんですよね!?」

 

「正式なメイドにするとネプテューヌ辺りが喚きそうな気もするが……そうだな。 実際、今日は大助かりしたし、たまにならこういうのも……いいかな。 立派なメイドだったよ、ネプギア」

 

 

ネプギア は メイド属性 を 手に入れた!

 

 

「やったー!! このラーニング、初めてまともなのがついたー!!!」

 

「初めてのまともな属性がメイド……いいのかそれで……」

 

「いいんですっ! それに言質も取りましたし!!」

 

「まぁな。 っと、後5秒」

 

「え? 後5秒って、一体何の……」

 

 

タイムリミットだろうか、そう問いかけようとした瞬間5秒は経ってしまい、甘い空気を吹き飛ばすかのようなアラーム音が鳴り響いた。

 

 

「はい、日付変わりました。 ―――メイドタイムはここまで、お疲れさん」

 

「え、えぇー!? だったら延長!! 延長を申請しますっ!!」

 

「駄々こねるのクライアント側じゃなくて労働側かよ……。 言ったろ、たまにならって。 毎度毎度は恥ずかしいし、お前にだって別のお仕事割り振らなきゃいけないし」

 

「むむむぅ~~!! お兄ちゃん~~~っ!!!」

 

「はっはっは、やっぱりネプギアは妹だよなぁ。 可愛い可愛い」

 

 

すっかりネプギアもメイドモードをやめて思い切りむくれている。

可愛いと言ってもらえるのは嬉しいが、完全に妹扱いだけというのは面白くない。

折角女の子としていい所を見せたのに……と頬が破裂しそうになったところで。

 

 

「だが、労働には対価が付き物。 今日一日、しっかりメイドとして役割を全うしてくれたネプギアには報酬があります」

 

「え……? な、何かな……?」

 

 

不意に、白斗から今回の報酬が提示される。

ご褒美とくればさしものネプギアもすっかり機嫌を直し、期待に満ちた眼差しを向けてくる。

やがて差し出されたのは、一枚の紙切れ。

 

 

「ええと、これ……“白斗一日使い放題券”……? って、お兄ちゃんコレ……!!」

 

「一日、俺に尽くしてくれたからな。 俺も同じくらいお前に尽くさないと。 ……何なりとお申し付けくださいませ、お嬢様」

 

 

恭しく一礼。けれども、ネプギアを想う彼の気持ちが伝わり、ネプギアの心を温かく溶かす。

たった一枚の紙切れが、こんなにも嬉しくなるとは夢にも思わなかった。

 

 

「―――ありがとうっ!! だったら、いざという時に使わせてもらうからね!!」

 

「お前は後にとっておく派か。 まぁ、らしいっちゃらしいな」

 

「ふふふっ! あ~、何だか使うの勿体なく感じちゃうよ~!」

 

「これが俗に言うラストエリクサー症候群か……」

 

 

だが、ネプギアの心は有頂天に達している。

この券はホワイトデーの際にネプテューヌにのみ贈られた代物だ。ネプギア達恋する乙女にとっては、喉から手が出るほど欲しかったもの。

それが今、手に入った。好きな時に白斗を独り占めできる―――なんて幸せなことだろうか。

 

 

「……あ、いけない! そろそろ寝ないと!」

 

「そうだな。 んじゃネプギア―――」

 

 

と、その瞬間。ネプギアの腕が伸び、白斗の首元に抱き着いてくる。

かと思えば、白斗の顔を引き寄せ―――彼の頬で「ちゅっ」と水音が上がった。

 

 

「…………んなっ!? な、なっ!? なぁっ!!?」

 

「―――おやすみのキス、です。 おはようからおやすみまでが、メイドの仕事ですからっ!」

 

「お、お前なぁ……! もうメイドの時間は終わったって……」

 

「おやすみなさいませ、ご主人様っ♪」

 

 

白斗の言葉など一切耳を貸さず、ネプギアは勢いよく部屋を出て行ってしまった。

最高の仕事を果たし、最高のご褒美をもらった上、最高の気分に浸れた彼女はきっといい夢を見るのだろう。

けれども、徹底的に尽くされた白斗としては。

 

 

「……どうしてくれんだよ。 こんなの……寝れねぇに決まってんだろうが……」

 

 

体中が燃えるように熱くなり、結局まともな睡眠がとれないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、翌日。

 

 

「さぁ、本日も敏腕メイドネプギア出陣します! 早速この券を使って、今日もお兄ちゃんに尽くしちゃいます!」

 

 

今日も今日とて、エプロンドレスに身を包んだネプギアがそこにいた。

すっかり味を占めてしまったらしく、やる気は十分だった。

 

 

「…………な・の・に…………っ!!」

 

 

が、次の瞬間青筋を浮かべてしまう。

と言うのも、その原因は目の前に広がる光景にあった。

 

 

「ご主人様ー! 今日は敏腕メイドネプ子さんがご奉仕してあげるからね~!」

 

「か、勘違いしないでよね白兄ぃ……じゃなかったご主人様! アタシの方がメイドとして凄いってところ見せたいだけだからね!」

 

「今日はわたしがお兄ちゃんのメイドになる! ネプギアちゃんばっかりズルい!(ぷんぷん)」

 

「わたしだってメイドやるー! ロムちゃんと一緒で百万馬力よ!」

 

「ラム、それを言うなら百人力よ。 ……こ、この子達が心配だから私もご奉仕……してあげるわ」

 

「ご主人様~。 お昼寝しよ~」

 

「ええい、メイドさんが増殖しおった! ってかプルルートに至っては仕事する気ナッシング!」

 

 

なんとネプテューヌを初め、白斗を想う少女達がメイド服に着込んでご奉仕しようとしていたのだ。

あろうことか、神次元のブランまで混ざっている。

ネプギアは瞬く間にぷるぷると震えだし―――。

 

 

 

 

 

「―――そんなのダメーッ!! お兄ちゃんのメイドは、私なんだからぁーっ!!!」 

 

 

 

 

 

 

想い人のメイドの座をかけての火蓋が今、切って落とされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

続く




大変お待たせしました!
今までの番外編はネプテューヌが最後のトリを飾ることが多かったのですが、今回はネプギアがメインのお話でした。
V本編だとちょっと不憫な目に遭っていたので、こっちでは役得させてみたり。
そして今回はメイドさんのお話になりました。可愛い女の子のメイド服っていいですよね。
ご奉仕とか憧れちゃいます。
全女神の中でも最もメイド服が似合うのがネプギアかなと思って今回の話が生まれました。
うん、ネプギアが可愛すぎるのがいけないんだ。可愛いは罪にして正義である。
因みにメイド服の元ネタは……はい、中の人ネタです。気になる人はアズールレ……いや何でもない。

では今回はここまで!読んでいただきありがとうございました!
感想ご意見、お待ちしております!


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第六十話 親方ぁ!また空から女の子達がぁ!!

親方「女の子は絶対に受け止めろ。男は捨て置け」

それが世界の心理だろう?
では逆に聞こう。もしラ〇ュタの冒頭で降ってきたのが男の子だったら?
物語は終わっていただろう……すいません、そんなヤバイ喧嘩売るつもりは無いです、ハイ;


―――神次元、プラネテューヌ教会にて。

すっかり女神のたまり場となりつつあるこの建物に、今日も少女達は訪れる。

今日はルウィーから双子の女神候補生、ロムとラムが期待に満ちた眼差しを向けてくる。

傍にはすっかり双子と仲良しになったピーシェも控えていた。

 

 

「さて、今日はいつも良い子にしてくれているちびっ子三人のために新しいお友達を紹介したいと思います」

 

 

パン、と手を叩く少年、白斗。

今や女神達から慕われている彼の言葉に、ちびっ子たちは目を輝かせる。

 

 

「新しいお友達……!(きらきら)」

 

「ぴぃにおともだち? やったーっ!」

 

「お兄ちゃん、勿体ぶらないで早く教えてよ~!」

 

「ねぷちゃん、新しいお友達だって~!」

 

「出会いは尊い! 楽しみですなー」

 

「……オイ、俺はちびっ子って言ったんだが? 女神二人よ、それでいいのか?」

 

 

ちゃっかり混ざっているネプテューヌとプルルートに白い眼を向ける白斗。

ただ、追い出すこともないだろうと気を取り直して懐から何かを取り出す。

そして、“それ”を左手に嵌め―――。

 

 

『よしのんだよ~。 みんな、よろしくね~』

 

 

パクパクと、その口を動かす。

そう、白斗の左手にあったのは『よしのん』と名乗るウサギのパペットだった。

濁声ながらも愛嬌のある声色で語り掛ける白いウサギに対し、白斗の口は一切動いていない。

 

 

「わぁ~! うさぎさんのパペット~!」

 

「腹話術も完璧! 白斗凄~い! ……のは良いけど、なんでよしのんって名前なの?」

 

「それがな、夢の中に『つなこ』って神様が現れてな。 『ウサギのパペットを作るのです……名前はよしのんと名付けるのです……』ってお告げをしてな」

 

「つなこ……何だか、女神の私ですら足を向けて寝れなさそうな存在だよ」

 

 

つなこ―――それはひょっとしたら、ネプテューヌを美少女としてこの世に生み落としてくれた、偉大なる神の名前かもしれない。

 

 

「よしのん! よしのんの特技はなーに?」

 

『おっ、それを聴いちゃうかいラムちゃん。 よしのんはね~……』

 

 

すっかりよしのんにハマってしまったちびっ子達が質問を投げかけてくる。

意気揚々と白斗は人格を切り替え、よしのんがドヤ顔―――いや、表情は一切変わらなかったが―――で自分の設定を明かしていく。

特別なことなど何一つない、ただ楽しく、ただ平和で、でも幸せな日常がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな穏やかな日々を、この“語り部”は遥か彼方から見つめていた。

 

 

 

「……フフフ。 騎士殿は今日も平和な一日を満喫しておられるようですねぇ」

 

 

 

黒いローブに身を包んだ青年は、含み笑いを浮かべながら見つめている。

プラネテューヌの外、少し小高い丘の上から彼は“見ていた”。

これだけの距離が離れていれば、危機察知能力が高い白斗といえども気付けるはずがない。

―――にしても、平和を謳歌している白斗の表情には緊張感が欠けていた。

 

 

「ですが、平穏と停滞は紙一重……。 退屈にならない内に何か一石でも投じますか……おや? この感覚は……」

 

 

少々退屈を感じていたこの男は、誰かに見られれば陰気と受け取られかねない厭味ったらしい含み笑いを浮かべている。

くっくっく、と肩を上下させていると、突然上空を見上げた。

 

 

 

「……そうですかそうですか。 そんなにも彼に会いたいのですか……。 フフ、これは丁度いい。 一石は貴方がたに投じて貰いましょう」

 

 

 

ねっとりとした声色と笑みを浮かべ、男―――ジョーカーは顔を歪める。

身に纏っていた漆黒の外套をはためかせた、瞬間。その姿は、消え失せてしまっていた。

嫌な予感を告げる湿っぽい風ですら、その行き先は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その頃、恋次元のとあるホテルの一室にて。

狂気の魔術師と呼ばれる少女一人と巨大な機械が一つ。そしてそれに期待を寄せている少女が三人。

 

 

「……い、一応作ったぞ。 神次元への転移……が可能になるかもしれない装置だ」

 

「「「ハリーハリーハリー!!!」」」

 

「ええい落ち着かんか!! ポンポコポンッ!!!」

 

「「「あたたたっ!!?」」」

 

 

狂気の魔術師と呼ばれた青い長髪の魔女っ娘、MAGES.はそれこそゾンビの様に群がる少女三人ことマーベラス、ツネミ、5pb.の頭を軽快に殴りつけた。

コメディチックな音がなるも、割と威力があったらしく三人は頭を押さえて蹲っている。

 

 

「話は最後まで聞け! これは数々の試行錯誤と事故と偶然とオカルトと奇跡とその他モロモロが掛け合わさって生まれた産物だ」

 

「え、何それ? 果てしなく不安なんだけど? そもそも装置と呼べるものなのそれ?」

 

「そうだ、不安なのだ。 安全性が全く保障されていない上に、白斗がいるであろう神次元への正確な転送が可能なのかどうかも実証されていない」

 

 

従姉へそう説明するMAGES.は、良く見れば息が上がっている。

ここの所徹夜でこの機械作成に没頭してくれていたからだろう。そんなMAGES.の努力の結晶とも言える装置をマーベラスは労わるように撫でている。

 

 

「転送座標も、プラネテューヌの教祖から貰ったものを元に無理矢理割り出し、出力エネルギーもシェアとは違う、ごく普通の電力と表沙汰にするとヤバイものを使っている」

 

「表沙汰にするとヤバイの!?」

 

「これくらい無理矢理でないと出来んということだ! ……やめるなら今の内だ」

 

 

本来、次元移動するともなれば神秘かつ強力とされるシェアエネルギーを必要とする。

それが確実かつ安全だからだ。だが、消費される量も莫大。

さすがにMAGES.が勝手に扱っていいものでもないため、今回は無理矢理代用エネルギーを用意したとのことらしい。

それくらいの無理矢理尽くし。相応の危険も伴うと警告するが、ツネミが首を横に振る。

 

 

「忠告、ありがとうございます。 ですが、退く選択肢だけはありません」

 

「……まぁ、確かにそろそろ『コレ』を手渡してやらないといけないしな」

 

 

MAGES.はすぐ隣に置かれている鉄の箱に視線を落とした。

所謂工具箱と呼ばれる、色気もない無骨な箱。しかし、それを手渡されたツネミは後生大事そうにそれを抱きしめた。

彼女達とて、単なる我儘だけで会いに行きたいのではない。どうしても退くに退けない理由が、その箱にあったのだ。

 

 

「とにかく、実験も兼ねてこれから装置を起動する。 そこの装置の上に立て」

 

 

MAGES.の指示に従い、三人の少女が装置の上に乗るった。

しかし、三人が乗るには少々手狭だったらしく、バランスを崩してしまいそうになる。

 

 

「きゃっ!? ちょっとマベちゃん、押さないでよ!」

 

「押してないって! ツネミちゃん寄り過ぎ!」

 

「……というよりもマーベラスさんが面積取り過ぎです。 ……その胸の所為で」

 

「あ、確かに。 じゃぁ、マベちゃんは下りる方向で」

 

「酷くないそれ!?」

 

 

ギャーギャーと騒いでいる少女達に呆れつつ、MAGES.は装置の起動準備に取り掛かる。

するととある数値を目にした途端、顔を顰めた。

 

 

「……というか少し重量オーバーだな。 お前達、太ったか?」

 

「それもマーベラスさんの所為ですね」

 

「どうして二人とも私に対して当たりがキツいの!?」

 

「「その胸の所為ですね裏切り者」」

 

「遂には裏切り者呼ばわり!? うわーん!!」

 

 

どうやらアイドル二人は巨乳のマーベラスにジェラシーを感じているらしい。

二人から糾弾されているマーベラスは少し涙目になってしまった。

 

 

「御託はそれまでだ。 転送装置……起動!」

 

 

マーベラスの叫びを切り捨て、MAGES.が遂にレバーを押し込んだ。

物々しい音と共に機械が震動し始め―――急にストン、と電源が落ちた。

 

 

「あ……あれ? MAGES.、どうなってるの?」

 

「む……やはり急ごしらえだったのがマズったか? 待て、今調整す―――」

 

 

途中までは上手くいっていたのだ。つまり、その不備さえ直せば今度こそ成功するはず。

MAGES.は工具を手に機械の調整に取り掛かる。

今まで実験を何度も繰り返してきたが、今度こそ上手くいく―――そんな彼女の目の前に、一つの「穴」が開いた。

 

 

「なっ、穴!? 空間に穴、こんなものを生み出す装置では……何、鎖っ!?」

 

 

空中に―――否、「空間に穴を空ける」装置では無い以上、これはMAGES.の手によるものではなく、何者かの手によるもの。

しかし、彼女の困惑より早く穴から伸びた一本の鎖が装置に突き刺さる。そして鎖を伝って怪しげな光が装置に流れ込んだ、瞬間。

 

 

「きゃっ!? な、何!?」

 

「装置が……動き出している!? め、MAGESさん!」

 

「お前達! 一刻も早く離れろッ! 後ツネミよ、私の名前の後には「.」を付け―――」

 

 

突如装置が動き始め、三人の足元から光が溢れる。まるであの鎖が無理矢理エネルギーを送り込んで起動させたかのように。

すぐに避難を促すもMAGES.の言も空しく、三人はあっという間に光に包まれ―――。

 

 

 

「「「きゃああああああああああああああああああっ!!?」」」

 

 

 

悲鳴と共に、この世界から消え失せてしまうのだった。

 

 

「なんて……ことだ……。 と、とにかく装置の修理を……むぅっ!?」

 

 

消えてしまった彼女達の足取りを追うためにも装置の修理が最優先。

しかし、肝心の装置は例の鎖によって破壊されてしまっており、しかもその鎖は役目は果たしたと言わんばかりにするすると穴の中へと戻ってしまう。

空間に空いた不気味な色合いの穴も、鎖を回収し終えるや否やすぐに閉じて消えてしまった。

 

 

「……何だ? 一体……何が起こっているのだ……!?」

 

 

今まで数多くの世界を仲間達と共に旅してきたMAGES.だが、こんな事態は見たことも聞いたこともない。

狂気の魔術師でさえ理解の及ばぬ事態。より一層混迷を極めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――舞台は再び神次元へと戻る。

少しばかりピーシェらちびっ子たちと遊んだ白斗は、今度はクエストのためにプラネテューヌ近郊の森へと足を運んでいた。

 

 

「はぁー、終わった終わったー。 ユニ、手伝ってくれてありがとな」

 

 

彼の後ろには、恋次元から飛んできた女神候補生のユニがいる。

今日のクエストはモンスター討伐。白斗一人では荷が重い内容だったので助っ人を見繕ったところ、名乗りを上げてくれたのだ。

 

 

「いいってば。 寧ろ今後はアタシを頼りにしてくれていいのよ、ネプギア以上に!」

 

「ははは、そりゃ頼もしい」

 

 

対するユニは白斗に頼られたことが相当嬉しかったのが超がつくほどのご機嫌である。

愛用のライフルを手に、ピョンピョンと跳ねまわる姿は実に可愛らしかった。

……尤も、無骨なライフルさえなければ絵になるような光景だったのが口惜しい。

 

 

「それにしても何で機械系モンスターなんて湧きやがるんだ……。 お陰様で急所がつけないったらありゃしねぇ」

 

「白兄ぃの場合、急所を突かなきゃダメージ与えられないのが難点よね。 つまり、白兄ぃに足りないのは基礎ステータス向上。 しばらくはアタシと一緒に特訓ね」

 

「そうなりますかね……。 ってかお前と一緒に?」

 

「そ、そうよ! ホラ、特訓相手がいる方が捗るじゃない!? へ、変な意味はないんだから!」

 

「……ぷっ。 そういうことにしておきますか」

 

 

慌てて照れ隠しに入る彼女がおかしくて、でも可愛くて。思わず白斗は笑みを零してしまう。

ここ最近はこんな日々が続いている。

ぬるま湯とまではいかないが、ベールとの和解以降目立ったトラブルもない日々。七賢人もあれから表立った動きを見せず、シェアの伸びも止まってこそいないが緩やか過ぎる。

いつになったら恋次元に帰れるのか―――。

 

 

「……ん、ぐっ……?」

 

「白兄ぃ? どうしたの?」

 

(……まさ、か。 チッ、そろそろかとは思ったが……!)

 

 

と、ふと白斗は一瞬だけだが息苦しさを覚えた。

それだけではない、胸が握り潰されるような激痛も走った。突然の変容にユニも違和感を覚えたのか、駆け寄って白斗の容態を見る。

 

 

「あ、ああいや。 どっか打ち身でもしたのか一瞬だけ痛んだというか」

 

「……嘘ね。 白兄ぃ、嘘を吐くときは目が泳いでるもん」

 

「は? 馬鹿言え、俺は昔からポーカーフェイスに定評が―――ハッ!?」

 

「やっぱり嘘ついてるじゃない!」

 

「ゆ、誘導尋問……! ユニ、成長したな。 兄ちゃんは嬉しいぞ……」

 

「そんなノリで誤魔化そうとしても無駄です。 ……で、実の所どうしたの?」

 

 

ユニからの視線がきつくなる。

可愛い妹分からの絶対零度の視線は、兄貴分としては耐え難いものだ。

素直に負けを認めて、先程の激痛の原因を口にしてみる。

 

 

「……あー、実はな。 どうも俺の『心臓』の調子が悪いみたいなんだ」

 

「え!?」

 

 

今度はユニが悲鳴に近い声を上げた。

白斗の心臓―――それは生身のものはなく、埋め込まれた「機械の心臓」なのだ。

命に関わる臓器の代用品であるだけに精密かつ定期的なメンテナスが必要な代物で―――

 

 

「ま、まさかこっちに来てからメンテしてないの!?」

 

「さすがに簡単なメンテくらいはしてたさ。 ただ、本格的ともなると専用の道具が必要になるんだ。 で、肝心の道具は今―――」

 

「あ……恋次元に……」

 

 

これまでメンテは改造を施した白斗自身や、機械の扱いに長けたネプギアやMAGES.、イストワールが主導で行っていた。

しかし、この場に居るのは白斗とネプギアだけ。しかもメンテに使用した専用の道具は手元にない。ともなれば、幾らか不備が出てきてもおかしくはない。

 

 

「こっちの世界じゃこれほどの精巧かつ特殊な人工心臓なんて存在しないから、道具の調達にも難儀しててな」

 

「…………」

 

「心配するなって。今、特注品を発注しているからそれまでの辛抱って奴だな」

 

 

一応、全く対策をしていないわけではない。

だが特注品ともなれば時間が掛かってしまうのも事実。この点ばかりは、白斗とネプギアにもどうしようもなかった。

 

 

「……分かった。 だったら、今日からクエスト禁止。 教会で大人しくしてて」

 

「善処します」

 

「善処じゃなくて約束しなさーい!!」

 

「そうはいってもネプテューヌとプルルート、仕事しねぇから俺がこうして…………ん?」

 

 

怒鳴ってくるユニを軽くいなしながらプラネテューヌに向けて歩を進めていると、足が止まった。

また心臓に負担がかかったのではない、あることに気付いたからだ。

その「あること」というのが―――。

 

 

―――……ぁぁぁ………

 

 

「……なぁ、ユニ。 何か聞こえてこないか?」

 

「え? 白兄ぃ、耳までおかしくなっちゃった?」

 

「それはない。 何せ俺はさっき微かになったユニの腹の音を聞き逃さないくらいだからな」

 

「ふぇっ!? き、聞こえてた!? ってか白兄ぃってばデリカシーの無い!!!」

 

「あいたたたっ! ゴメンゴメン! でも確かに誰かの声を……」

 

 

 

―――ゃぁぁぁぁぁぁ………

 

 

 

「っ! ほら、やっぱり聞こえるって!」

 

「た、確かにアタシにも聞こえたけど……どこから?」

 

 

 

―――きゃぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!!

 

 

 

「……え? こ、この声……まさかっ!?」

 

 

聞こえてきたのは、紛れもなく女の子の悲鳴。

しかも、白斗にとって聞き覚えのある声だったのだ。

声は上から聞こえてくる。バッ、と勢いよく空を見上げてみれば。

 

 

「た、助けてぇえええええええ!!! 白斗君~~~~~~っ!!!」

 

「ま、マーベラスっ!? ―――ぬうおりゃあああああああああああああっ!!!」

 

 

オレンジ色のショートボブにインカムマイク、音符マークを瞳に宿し、更にはへそ出しルックの可愛らしい服装の少女。

―――間違いない。マーベラスAQLである。

彼女の姿を認めた途端、白斗は己の全てを脚力に費やし、落下予測地点に向かって走り出す。

 

 

「え!? は、白斗君っ!?」

 

「だらっしゃああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

どうやら恐怖の余り、直前まで白斗の存在に気付いていなかったらしい。

先程の悲鳴交じりの「白斗君」はつい出てしまった叫びのようだ。

そんなマーベラスを助けるため、白斗は久方ぶりに「オーバーロード・ハート」を解放してまで跳ぶ。

そして彼女を抱きかかえ、芝生を削りながら滑った。

正直、足から伝わる電撃のような激痛と機械の心臓が上げる軋みで体中から悲鳴が上がりそうだったが、そこは男の子。頑張って耐える。

 

 

「……っくぅ……。 だ、大丈夫かマーベラス?」

 

「は……はくと、くん? ホントに、白斗君……だよね?」

 

「おう。 ルウィーの雪原で出会って以降仲良くさせて頂いております黒原白斗君だよ。 そういうお前こそ、俺達の知るマーベラス……みたいだな」

 

 

マーベラスの方に怪我はないらしい。

それに安堵して穏やかな笑みといつもの軽口を叩けば、マーベラスは感極まったかのように涙腺を決壊させ、抱き着いてくる。

 

 

「……っ!! 会いたかったよ白斗君~~~っ!!!」

 

「どわぁっ!! ちょ、抱き着くなって!!」

 

「ぐすっ、ううぅぅぅ~~~っ!!! 久しぶりの白斗君だぁ……やっと、やっと会えた……」

 

「……心配かけて悪かったな、マーベラス。 俺は一応元気だから」

 

 

現在の恋次元と神次元の時差からすれば、まだ五日程度しか経っていない。

それでも会えないという寂しさは、マーベラスの心を弱らせていた。

彼女にそんな寂しい思いをさせてしまったことを詫びつつ、白斗がその柔らかな髪を優しく撫で続けた。

 

 

「は~く~に~い~~~~? なーにマベちゃんの胸にデレッデレになってるのかなぁ?」

 

「ヒィィィッ!? ち、違うんですよユニさん!! 俺は無実でしてね……!!」

 

「その弁明、果たして後でネプギア達を交えた裁判で通用すると思ってるのかな?」

 

「裁判沙汰!?」

 

 

一方、やっと追いついたユニだが気が付けば白斗の腕の中にマーベラスがいて、しかも彼女は白斗に抱き着き、そのたわわな胸を押し付けているではありませんか。

こんな状況を許せる乙女がいるのでしょうか、いやいない。

 

 

「と、とりあえずだ! マーベラス、なんでお前がこの世界に?」

 

「あ、そうだ。 それがね……」

 

 

かいつまんで要点を話した。

どうも状況としてはネプギア達がこの世界に落とされた時と酷似している。

ユニも顎に手を当てて考え込むものの、犯人の目的が見えない。白斗が言うには、自身らに接触したという「ジョーカー」なる男が重要参考人になるとのことだが。

 

 

「……また空間に穴、そして鎖……。 一体何の目的なんだろ?」

 

「それも気になるが、ツネミと5pb.は? 一緒に来たんじゃないのか?」

 

「それが、気が付いたら私だけがここに落っこちてきて……多分逸れちゃった」

 

「……っ! くそっ、二人とも……無事でいてくれよ!!」

 

 

途端、白斗は青ざめて携帯電話を取り出す。

今回のマーベラスはたまたま近くに白斗がいたから良かったものの、ツネミと5pb.はそうもいかない。

高所から叩きつけられたら無事では済まないだろう。仮に無事だったとして、森やダンジョンなどに迷い込めばモンスターに襲われ、ひとたまりもない。

 

 

(ツネミ……5pb.……! 頼む、出てくれっ……!!)

 

 

息が荒くなる、脳が掻き乱される、機械の心臓が軋みだす。

恥も外聞もない焦燥ぶり、だが白斗は知ったことではないとただただ二人の無事を祈っていた。

プルル、プルルとコール音が鳴り響いた後―――5pb.の電話の方に繋がった。

 

 

「ッ! もしもし、5pb.か!? 俺だ、黒原白斗だ!!」

 

 

電話と同時に希望が繋がった。

ユニも、マーベラスも思わず沸き上がる。白斗も安堵して破顔―――だが。

 

 

『お~? ホントに出やがった。 お前が黒原白斗か』

 

「ッ!?」

 

 

―――違う、5pb.の声ではない。

明らかに男の声だ。しかも品性のない荒々しい声色と言葉遣い。

白斗が笑顔を消したと同時にユニとマーベラスもピタリと止まってしまう。

 

 

「……誰だ」

 

『おっと、その前にこの会話を聞かれないようにしろ。 人気のない場所にでも行け』

 

「少し待て。 今外に出る」

 

 

いきなり不穏な会話を始めるつもりらしい。

事を荒立てないように白斗は指示に従い、外に出る―――フリをした。

何せ今、彼らは平原の真っただ中にいるのだから。

そして白斗はジェスチャーでユニに指示を飛ばす。何となく悟ったユニが、彼に合わせた。

 

 

「あれ? 白兄ぃ、どこに行くのー?」

 

「いや、野暮用。 すぐに戻るからー」

 

「分かった、気を付けてねー」

 

「おーう。 …………………待たせた、外に出たぞ」

 

『ああ、随分素直じゃねぇか』

 

 

小細工ではあるが、どうやら会話相手は周りに人がいないと本気で信じているらしい。

ユニとマーベラスも、音を立てないよう静かに聞き耳を立てる。

 

 

 

『さて、既に察していると思うが……5pb.ちゃんとツネミちゃんだっけ? 二人は預かった』

 

 

 

―――最悪の事態、白斗もある程度覚悟していたが動揺と怒りで手が震えた。

 

 

「……二人は無事なのか? 声を聴かせてくれ」

 

『今二人ともお寝んねしてるから寝息くらいだなぁ。 でも……そうだな、ツネミって子のケータイからお前に写メ送ってやるよ。 それで判断しな」

 

 

数分後、白斗の携帯電話に確かにツネミのアドレスから一枚の写真が届いた。

猿轡を噛まされた上にしっかりと縛り上げられている二人のアイドルの姿が。

 

 

(ふぁ、5pb.……!!)

 

(そんな、ツネミちゃんまで……!!)

 

ユニとマーベラスは口元を押さえて絶叫した。

写真を見る限りでは暴行を加えられている様子はないが、これから手を上げられる可能性もある以上、悠長なことは言っていられない。

 

 

「……俺に何をさせたいんだ。 生憎、俺はただの小僧だが」

 

『とぼけんなよぉ。 聞いたぜ、お前、女神の信頼が厚いんだって?』

 

 

わざわざ白斗を名指ししてきたということは、彼に何かをさせたいということだ。

誘拐犯の男は白斗に対する女神の信頼に言及した上で、要求を告げる。

 

 

『ビジネスだ。 お前にとって大事な小娘二人の命の代金、合わせて10億クレジットで売ってやる。 今夜十二時までに用意し、さっきの写真に添付された地図の場所まで一人で来な』

 

 

良く見ると、先程のメールには写真のみならず地図まで添付されている。

どうやら、ここが現金の引き渡し場所になるらしい。

無論10億クレジットなど個人で用意できる額ではない。非現実的すぎる。だが、白斗の立場ならそれも可能と踏んだのだ。

 

 

「……なるほど、女神様だまくらかして大金ぶんどって来いってワケか」

 

『察しがいいじゃねぇか。 つまりはそういうことだ』

 

 

白斗は女神の仕事を手伝ってきたが故にある程度国政や経済にも携われる。

そんな彼が進言なりすれば、10億という馬鹿げた額も捻出できるだろうと踏んだようだ。

 

 

「10億クレジットなんて金、一人で持ち運びきれんが」

 

『そこはお前の腕の見せ所だ。 ……以上だ、一分でも遅れたりしたら二人の命はねぇ。 後、わかってるとは思うが……女神には知らせるな』

 

 

物理的に無理と進言しようとしたが、男は聞く耳を持たない。

そのまま通話は打ち切られ、空しい音だけが帰ってくる。

再び5pb.とツネミの電話に通話を掛けるも、以降は電源を切られてしまったらしく繋がらなかった。

 

 

「ど、どどどどどうしよう白兄ぃ!? これって営利誘拐って奴だよね!!?」

 

「そ、そんな……!! 二人が……二人が……!!」

 

 

もう声を隠す必要はない。今まで息を潜めていた分、ユニとマーベラスは大慌てだ。

誘拐と言う前代未聞の事態に右往左往。冷静な思考が出来ない。

ただ白斗は怒りを必死に理性で押さえつけながらも、冷静な思考を保ち続けた。

 

 

「落ち着け二人とも。 ……展開が早過ぎる」

 

「え? 白兄ぃ、それって……」

 

「考えてもみろ。 二人はマーベラスと一緒にこの世界に落ちてきたはずだろ? 多少タイムラグがあったとしても、こんなにも早く誘拐なんて考えられるか?」

 

「た、確かに……」

 

「それにあいつら、二人を『アイドルとして』じゃなくて『俺への人質』として脅してきやがった。 俺の事は良く知っているくせに、二人の価値そのものは知らないような言動だった」

 

「ということは……どういうこと?」

 

 

まだ考えが纏まらないようだ。

そんな二人を落ち着かせるためにも、白斗までもが怒りに身を任せるわけにはいかない。

出来るだけ穏やかな声で自分の考えを告げる。

 

 

「……誰かがバックにいやがるんだ。 二人を誘拐犯に引き渡し、同時に俺の情報を渡して操っている奴が。 そして、犯人は恐らくマーベラス達をこの世界に招いた奴でもある」

 

 

言われてみて納得した。

幾ら何でも、元はこの世界にいない人間の情報を知り過ぎていた犯人グループ。ならば、誰かが情報を与えたと見るべきだ。

その誰かは三人をこの世界へ導いた者―――あの鎖を操り、装置を暴走させた者で間違いない。

 

 

「そんな奴を相手に冷静さを失ったまま突っ込んだら、二人の命を余計に危険に晒すことになる」

 

「だ、だよね……。 でも実際どうするの?」

 

「相手はまだ、ユニとマーベラスの存在を知らない。 ……二人とも、力を貸してくれ」

 

 

そこで先程の小細工が活きてくる。

敵はまだ、今の会話がユニとマーベラスに聞かれていることを知らない。つまり、二人はノーマーク故に自由に動けるということだ。

ネプテューヌら他の女神達が動けば敵に察知され、ツネミと5pb.に危険が及ぶがこの二人なら動いたとしても怪しまれない。

 

 

「勿論! 元は私達が招いた事態だもん! 絶対に二人を助けるよ!!」

 

「アタシだって! 知り合いが攫われて黙っていられるもんですか! ……でも白兄ぃ、相手の黒幕……ホントにアタシ達に接触してきた、あのジョーカーって奴なの?」

 

「俺はそう睨んでる。 実際、警戒しておくに越したことはない。 多分、奴は情報を与えるだけで奴自身は手を出してこないと思うけど」

 

「なんで分かるの?」

 

「わざわざマーベラスだけをこっちに分断させているからだ。 ……大方、俺達がどうやって二人を助け出すかを見物して楽しんでるってトコだろうよ」

 

「うっわ……陰湿ぅ~!!」

 

 

以前の言動からして、彼自身事態を動かすことはあっても表に出ることは無いようだ。

ならば日和見に徹していると見て間違いない。

今頃物陰でクスクスと笑っているであろう陰気な彼の姿を思い浮かべるだけでユニの怒りはマグマの如く煮えたぎってくる。

 

 

「……上等じゃねぇか。 こちとらやることは変わらねぇんだ」

 

「そうだよね。 ……ところで白斗君、一つ聞いていい?」

 

「何だ?」

 

「その……怒ってる? 怒りのあまりお相手さんをデストロイしちゃわない?」

 

「ぶっちゃけしたいと思ってるがそれよりも二人の安否の方が大事だ。 そんなことをしている暇はない」

 

 

これでも白斗は存外理性が強い方だ。

大切な知人を誘拐したことに対する怒りは、それこそ火山の如く爆発そうなくらいにまで溜まっている。

けれども、怒りに身を任せて大切なものを見失う程白斗は愚かでもなかった。

 

 

「必要があったり、暇が出来たらしちゃうかもね☆」

 

「やっぱりメチャクチャ怒ってたー!!?」

 

 

―――ただ、それで怒りを忘れられるほど冷めてもいなかった。

事が終われば誘拐犯たちはどうなってしまうのか。自業自得とは言え、ユニとマーベラスは少しだけ彼らに同情してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、時と場所は変わりここはプラネテューヌ郊外に存在する廃工場。

嘗てはゲームソフトを生産する小さな工場だったらしいが、事業拡大に伴い新しい工場が建てられ、この工場は放棄されたという。

そうして棄てられて久しい工場は腐食が進み、あちこちが破損し、虫や野生動物は愚か、モンスターも時々徘徊するという。

そんな工場の最奥部に五名の品のない男達と、一人の肌色の悪い女がいる。そして、そのすぐ傍に二人の縛られている少女がいた。

 

 

「いやー、まさか本当に交渉成立するとは思ってもみなかったわ」

 

「だなぁ。 確かにこの子達メチャクチャ可愛いが、これで女神の金にありつけるとは」

 

「ですが、これで俺らも贅沢三昧ってモンですよね! ―――リンダの姉御!」

 

 

明らかにゴロツキとしか言えない男達。

そんな彼らをまとめ上げていたのは、肌色の悪く、それでいて目付きこそ凶悪そうだったが小柄な体格と熊のパーカーでどこか残念さを醸し出す女。

 

 

 

「だろだろぉ!? まぁ、アタイも半信半疑だったんだがな」

 

 

 

リンダ、今ではこの神次元で七賢人の一人として活動している小悪党である。

今日も愛用の鉄パイプを肩に担ぎ、満足そうに言葉をつらつらと並べていた。

 

 

(にしてもトリック様は幼女が絡まなきゃ手伝ってくれねーし、アクダイジーンのおっさんは自分の娘に掛かり切り、コピリーの旦那は熱血漢ゆえに誘拐に協力してくれず、その他連中は荒事に不向き……全く、こうしてアタイが資金稼ぎするハメになるとは)

 

 

七賢人も組織運営、悪事を働くには相応の金が必要になる。

資金稼ぎの一環として、こうした小さな悪事を積み重ねているのだ。だが面子の気性的に悪事で稼げるとしたらリンダくらいしかいない。

尤も彼女は根っからの小悪党ゆえに罪悪感を感じることも無ければ、今回はせしめられる額が額だ。テンションがいつになく上がっている。

 

 

 

「おやおや、順調そうですねぇ」

 

 

そこへぬっ、と現れる慇懃無礼な口調と影。

まるで虚空から現れたかのようなその不気味な男に、リンダたちはつい腰を抜かしてしまいそうになる。

 

 

「うおっ!? あ、アンタか“ジョーカー”! 脅かすな!!」

 

「失礼ですねぇ、そんなに顔を青ざめさせて」

 

「肌が青いのは元からだ!」

 

 

鍔の広い帽子に全身を覆い尽くす黒い外套、常に柔和な笑みだがどこか影を感じる男。

―――その名はジョーカー。

凶暴そうな男達相手でも、相変わらずの飄々とした言動である。

 

 

「……それでアンタ、どうしてこの小娘二人が空から降ってくるって分かったんだ?」

 

「さぁ? どうしてでしょうねぇ? 女神様からのお告げだったり?」

 

「……もういい、アンタと話していると頭が痛くなってくる」

 

 

そう、今回の誘拐計画を持ち掛けてきたのは他ならぬこのジョーカーなのだ。

リンダが偶然、子分たちと会合を開いていたところこの男が急に現れ、良い儲け話があると告げてきた。

正直胡散臭いことこの上なかったのだが、他にやることもないし一縷の望みに賭けて……なんて軽い気持ちで指定されたポイントに赴いてみれば、そこに落ちてきたのが。

 

 

(……なんてこと……。 白斗さんに会いに来ただけなのに……)

 

(人質にされちゃうなんて……!)

 

 

今、怯えたように部屋の隅で縛られている少女。ツネミと5pb.だったのだ。

リンダも元は恋次元の出身、有名なアイドルである二人の顔を見てピンときた。確かに彼女達ならば白斗を脅すいい材料になると。

 

 

「それで確認だが、アンタは本当に金とかいらネェんだな?」

 

「ええ、ええ。 私、色んな物語を見るのが好きでして」

 

「ホント、よくわかんネェ」

 

 

白斗に要求した額は10億クレジット。その儲けの何割かを要求されるかと思ったが、ジョーカーは別段そんなことは無かった。

ただただ騒ぎを楽しみたいという彼の言動そのものに嘘が感じられないからこそ、リンダは尚更不気味に感じざるを得ない。

 

 

「ですが私こそ意外に思いますよ。 貴女が彼らとつるんでいたなんて」

 

「まぁ、アタイ悪党だからな。 ああいう奴らは放っておけネェんだよな」

 

「なるほどぉ、人に歴史ありですねぇ」

 

「……テキトーこいてんじゃネェ」

 

「いえいえ、その人物が深くなればなるほど面白いと感じるのは事実ですよ?」

 

 

実際、彼がリンダを観察するその視線は確かに興味深そうだった。

本当に彼は「見る」ことが好きなのだろう。尤も、リンダとしては不快なことこの上ないが。

 

 

「ところでお前ら、その箱は何だ?」

 

「んぁ? ああ、これですかい? この子達が後生大事そうに抱えてた奴でして」

 

「まだ中身は見ちゃいねぇですが、大事なモンだったら金になるかなと―――」

 

 

そんな彼らが逃れようと視線を逸らした先に、それはあった。

色気のない鉄の箱。リンダの記憶では、自分も子分たちもこんな箱は持っていなかったはず。

それもそのはず、これはツネミ達が抱えていたものなのだから。

とりあえず中を改めようと乱暴な手つきでそれに手を伸ばした途端。

 

 

「だ、ダメッ!!」

 

「それに触らないでくださいっ!!」

 

「な、なんだお前ら。 急に大声出しやがって」

 

 

今まで無言を貫いていたツネミと5pb.が、急に大声を張り上げた。

まるでそれが傷つけられることを何よりも恐れているかのように。

 

 

「そんなに大事なモンならマジで金になるかもな。 どれどれ……ってなんだ、変な形した工具ばかりじゃネェか。 期待させておいて何だよ、くっだらネェ」

 

 

期待して開けてみれば、そこにあったのはドライバーを始めとした工具一式。

しかも見たこともないような形の工具がぎっしりと詰め込まれている。

だがこんなもの、大した金になりはしない。苛立ちの赴くまま地面にでも叩きつけよとしたのだが。

 

 

「やめてくださいっ!! 壊さないで……!!」

 

「それがなかったら……白斗君が、大変なことに……!!」

 

「はぁ? こんな工具なんかで何が……」

 

 

だが、ツネミと5pb.にとってはまるで自分達の命よりも大事だと言わんばかりの勢いだ。

リンダは「白斗」という単語が出たことで、これが白斗にとって必要なものだと理解したが、用途が全く分からない。

 

 

「まぁまぁ、いいじゃねぇですか。 ま、約束までまだ時間もあることですしぃ」

 

「ここはこの子達の感触でも確かめておくかねぇ! ヒヒヒ……!!」

 

「「………ッ!!」」

 

「おっと、拒むんじゃねぇぞ。 これがぶっ壊されてもいいのかなァ~?」

 

 

だが、男達の興味は工具よりも二人の少女に移っていた。

どちらかと言えば物静かなツネミと5pb.だが、恋次元ではトップクラスのアイドル。そんな二人の可憐さと美貌、そして体つきに男達は我慢の限界のようだ。

厭らしい動きを見せる指先が二人に触れる―――その直前。“一本の鎖”が過り、勢いよく床に突き刺さった。

 

 

「どわああぁぁぁっ!?」

 

「……すみませんねぇ。 こういう盛り下がるような展開、私あまり好きじゃないのですよ」

 

 

鎖はなんと、空間に空いた穴から伸びていた。

そんな非現実的な光景の中、ただ一人平然としているのはジョーカー。

言動からして、この鎖は彼の仕業だとすぐに理解できる。

 

 

「な、何しやがん―――ヒッ!?」

 

 

更に別の穴から鎖がもう一本伸びる。

鎖の先には鋭い刃があり、いつでも男の眉間を射抜けると言わんばかりの目の前で止まった。

 

 

「私との契約では余計なことはしないこと、とあったはず。 ……お願いしますね?」

 

「わ、分かったって!!」

 

 

声色も口調も変わらない。だが、ジョーカーの警告はどこか酷薄で、だからこそどこか恐ろし掛った。

「とりあえず警告はした、後はどうなってもいいですよね?」と言外に含まれていると嫌でも思い知らされるのだ。

このジョーカーの底知れぬ恐ろしさに誰もが言葉を失っていたのだが。

 

 

(……あの、鎖……)

 

(間違いありません。 あの転移装置に突き刺さった鎖と同じ……!)

 

 

5pb.とツネミは、確信を得てしまった。

自分達がこの世界に来る直前、一本の鎖が転送装置に突き刺さった。そして流し込まれたエネルギーで機械が暴走、結果この世界へと飛んできた。

そしてその鎖を操っているのがあのジョーカーと言う男―――彼がこの事件の一連の黒幕だ。

 

 

「……さて、私はそろそろお暇しましょう。 楽しみにしてますよぉ、皆さんがこの物語の中でどう踊ってくれるのかを……フフフ」

 

 

などと言いながら、ジョーカーは影に溶け込むかのように消えていった。

一体どういう原理で消えているのか、最早突っ込む気さえ起きない。

恐怖にも似た感情が、体中の熱を奪っていくのがよく分かったからだ。それこそあの鎖で体を締め付けられるかのような、底冷えする感覚。

 

 

「……姉御、ホントに大丈夫なんスかねあの野郎……」

 

「正直イカれてるな。 だが、儲け話なのも事実……お前ら、明日祝杯上げるためにも絶対にしくじるんじゃネェぞ!」

 

「「「おぉ―――――っ!!」」」

 

 

約束の刻限まで、後数時間。

数時間後に成功にしろ失敗にしろ、自分達の進退が極まる。まさに悪党共にとっては一世一代の大勝負、嘗てないやる気と共に獣のような咆哮を上げるのだった。

 

 

(……白斗さん……)

 

(ボク達はどうなってもいい……。 でも、アレだけは……白斗君に届けないと……!)

 

 

そんな彼らのやる気に当てられて尚、気丈さは崩さないツネミと5pb.。

本来気弱なこの二人が心折れない理由はただ一つ、愛するあの人のためである。

そのためにも、今机の端に置かれているあの箱をあの人―――黒原白斗に届けてなくては。

 

 

 

 

 

 

(……いた! ツネミちゃんに5pb.ちゃん! 良かった、二人とも無事で……!)

 

 

 

 

 

 

 

―――その様子を、物陰から忍の少女はしっかりと目撃していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――廃工場の近くの茂み。

そこでは白斗とユニが身を潜めて機会をじっと窺っていた。

 

 

「ねぇ、白兄ぃ。 ここであってるの?」

 

「電波を逆探知した結果だ。 今、マーベラスが中の様子を確認してくれている」

 

 

白斗の手には、先程まで通話に使用していた携帯電話が握られている。

そしてその画面には地図が表示されており、目的地を示す赤い点が点滅していた。

その目的地こそがここ、廃工場だったのである。

 

 

「それにしても電波逆探知までやっちゃうなんてさすが白兄ぃね」

 

「そこは科学の国、プラネテューヌに感謝だ。 俺一人じゃどうしようも無かったしな」

 

 

過去、暗殺者として虐待じみた教育を受けてきた経験と知識、技術がここで役に立ってしまった。

機材と通信記録さえあれば白斗は位置情報を割り出すことが出来る。正直、良い趣味とは言えないため大っぴらにしたくは無かったのだが、大切な少女達の命が掛かっているこの状況であれば天秤にかけるまでもなかった。

 

 

「白斗君、ただいま! ツネミちゃんと5pb.ちゃんいたよ!」

 

「お帰りマーベラス。 偵察なんて危険な真似させて悪かったな」

 

「いいよそれくらい、これぞくノ一の領分!」

 

 

そこへ中へ偵察に赴いていたマーベラスも帰還した。

ここに来て早々白斗自身が中を見てこようとしたのだが、マーベラスが名乗りを上げ、そのまま行ってしまったのだ。

 

 

「二人とも縛られていたけど特に乱暴とかされていないみたい」

 

「そうか! それは何よりだ……」

 

 

ツネミと5pb.の安否を何よりも気にしていた白斗にとって、この数時間が気が気でならなかった。

だからこそマーベラスから齎された無事という情報に、心から安堵する。

 

 

「それと犯人グループは男が五名と、あのリンダっていうのが一人」

 

「またあの下っ端かよ!? いい加減マジでシメておこうか……!!」

 

「そうね……いい加減、アタシもムカついてきたところだし……」

 

 

一方で犯人グループ、特に主犯格であり幾度となく白斗達に害を成すリンダに対していよいよヘイトが溜まってきた。

そろそろ本気で無力化させた方がいいかと、ユニですら我慢の限界である。

 

 

「それと……私は直接見ていないんだけど、白斗君が言ってたジョーカーって人も関わってるみたい」

 

「やっぱりか。 ……あいつは?」

 

「お金目的じゃないからってどこか行っちゃったみたい」

 

「これも白兄ぃの予想通りね。 それじゃ、敵は全部で六名ってコト?」

 

「うん。 で、どうするの?」

 

 

ジョーカーが関わっていたこと、そして彼自身は手を出さないこと。これも想定済みだ。

だからこそ、改めて作戦を練らなければならない。

 

 

「催眠ガス使って全員を眠らせれば手っ取り早いが、生憎そう言うのはない……となれば一人一人を闇討ちするのが確実か」

 

「白兄ぃ、だったらボヤ騒ぎ起こして敵が混乱している間に二人を救出! ってのは?」

 

「二次被害が出ちまうから却下。 火事で最もヤバイのは煙だからな、ツネミと5pb.も巻き込みかねない。 人質がいない、単なる殲滅戦だったら有効だけどな」

 

「あう……」

 

 

今回は突発的な話だったが故に装備が十分ではない。

かと言って過激な行動に出ればツネミや5pb.にも危害が及ぶ。

中々悩ましい事態にユニは頭を抱えてしまった。

 

 

「マーベラス、二人を誰にも気取られずに取り返すってのは出来そうか?」

 

「うーん、それが用心深いのか誰か一人は見張りに立ってるんだよね」

 

「二人だけを掻っ攫うってのは無理があるか……。 となると……」

 

 

今回、白斗達の目的は犯人グループを殲滅することではない。

ツネミと5pb.を無事に取り返すことが絶対にして最大の目標。二人を取り返せば、下っ端たちの静止などどうでもいいのだ。

如何に二人を無事に取り返すかの当たりを付けている最中、白斗の鼻先に冷たい感覚が弾けた。

 

 

「……ん? 雨か、二人とも、木の下に」

 

「「う、うん」」

 

 

かなり大きな雨粒だ。天気予報では晴れだったはずだが、通り雨なのだろうか。

一雨が来そうだと白斗は二人の少女を木陰へと呼びよせる。しかし、次の瞬間雷鳴が届き、凄まじい雨音が辺りを支配した。

 

 

「うお、結構酷い雨だな!? 二人とも、俺のコートの中に」

 

「「ッ! ヘイ、喜んで!!」」

 

「なんでそんなテンション高いんだよ!?」

 

 

大慌てで白斗は着込んでいたコートを広げ、二人を左右に包み込む。

不謹慎ではあるが、意中の相手から密着されるというのは乙女的には高ポイントなのだ。

 

 

「悪いな二人とも、準備が悪くて」

 

「「いい……寧ろ、イイ……」」

 

「はい?」

 

「そ、それより! どうしよう、この雨利用できない?」

 

「どうだろうな、雨……ボロ工場で雨漏り……うーむ」

 

 

何が解決策に繋がるか分からない。

白斗もあれやこれやと作戦を立てているが、中々纏まらないようだ。

 

 

「そう言えばマベちゃん、あの下っ端以外の男達ってどんな奴ら?」

 

「いや、ゴロツキって感じだったよ。 冒険者崩れなのかな、腕もそこそこ」

 

「真正面戦闘は避けた方がいい感じね」

 

「ただ女に飢えている下衆な男って感じでね。 あ、心配しないで! 二人には手を出さないようにジョーカーって人がキッチリ釘を刺したからすぐには襲われないと思うけど……」

 

 

一瞬「女に飢えている」という部分で白斗が焦り始めたのだが、すぐさまマーベラスが補足を入れてくれる。

それがなければ、白斗も己を律することが難しかっただろう。

と、ここで「小悪魔」の称号をほしいままにするユニが何やら思いついたらしくピコンと電球を輝かせた。

 

 

「……あ! なら、良い作戦があるよ白兄ぃ!」

 

「お、ホントか! ではユニさん、提案をどうぞ」

 

「うん、あのね―――」

 

 

今はどんな意見でも欲しい。それが二人を救えるならと白斗は嬉々として聞き耳を立てる。

―――そして、その作戦は実に効果的で二人に決して負担を与えることのない作戦だ。

マーベラスからも大賛成を得られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ一人……白斗だけは、この世の終わりにも近い叫びを上げるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しかし姉御ぉ、酷ェ雨ッスね」

 

「確かになぁ。 取引に影響しちまわないか?」

 

 

その頃、廃工場内部では余りの酷い通り雨に皆が苛立っていた。

激しい豪雨が鉄板や天窓を打ち付け、耳障りな演奏会を繰り広げる。廃工場だけあってところどころ雨漏りもしており、満足に座れもしなかった。

これだけ視界不良で尚且つ出歩くのも困難な雨がずっと続けば確かに取引にも影響してしまいそうなものだが、リンダは至って能天気だった。

 

 

「ケッ、あいつらがどんな酷い目に遭おうがアタイらには関係ネェ。 あいつらは死ぬ気で金用意するしかネェんだからよ」

 

「そりゃそうだ! ハハハハハ!」

 

 

最悪金さえ用意させれば彼らの安否などどうでもいい。

そんなまさに悪党じみた考えにツネミと5pb.は心底腸が煮えくり返る。

彼らへの怒りで恐怖も逆に冷めてしまったくらいだ。

 

 

「……すみませ~ん……。 どなたか、いらっしゃいますか~……?」

 

 

そこへ、か細い女性のような声が聞こえた。

声だけでもかなり可愛らしいと分かる。

 

 

「んぁ? なんだぁ、今の声……?」

 

「女……のようッスね。 自分、様子見てきやす」

 

「俺も行くぜ」

 

 

女の声、と聴けば飢えた男達は黙っていられない。

すぐさま鼻息荒くして入り口の方に様子を見に行く。

そこにいたのは、ウェーブのかかった長い髪の美少女のようにも見える人物だった。

 

 

「す、すみません……。 外を散歩していたら通り雨にあっちゃって……ここで雨宿りさせてもらっていいですか……?」

 

 

随分弱々しい仕草に声。

おまけに男達の目から見ても完璧な美少女。当然、男達からすれば断る理由などない。

 

 

「おー♪ 勿論だよベイビィ」

 

「さぁさ、一名様ご案なーい♪」

 

「え、ちょ……きゃっ!?」

 

 

紳士的、とは真逆な強引なエスコート。

漢字では男二人が女を挟んで「嬲る」と書くように、か弱い美少女を男二人がその脇を抱えながら運ぶ。

 

 

「……お前ら、何だその女?」

 

「へへ、雨宿りしたいんですって」

 

「勿論好きなだけ宿っていけよぉ。 お題はそのカラダで……なぁっ!!」

 

「きゃっ!? な、何を!?」

 

 

どうやら手を出せないツネミと5pb.に変わってこの少女で“お相手”してもらうつもりらしい。

同じ女としてリンダは呆れを隠せないが、かと言って部下の楽しみを奪う程意地悪でも無かった。

 

 

「ったく、お前ら相変わらずサカってんのな……まぁ、あのジョーカーって野郎にキツく釘刺されてんのはそこの女二人だけだし、そいつならいいか……」

 

「へへ、さすが姉御! 話が分かるゥ!」

 

「しばらくはお楽しみだぜ! そういや君ィ、名前なんていうのー?」

 

 

滴る涎を拭きながら男の一人が問いかける。

そう言えばまだ名前も聞いていなかった。

―――だが何故だろう、それを傍から見ていたツネミと5pb.はどこか安心してしまっている。

何故なら、その人物は。

 

 

「……は、白子……です……」

 

(白斗君!?)

(白斗さん!?)

 

 

白子―――それは、黒原白斗の女装した姿だったからだ。

これこそユニの立てた作戦。白斗の女装レベルの高さを利用して内部に送り込もうという算段だったのだ。

見事それは功を奏し、男達は勿論リンダですら正体に気付かない。白斗は縄で縛られつつ、アイドル二人の隣に寝転ばされるがすぐに二人には笑顔を見せる。

 

 

(よ、悪いな二人とも。 待たせちまって)

 

(いいよそんなの! こうして白斗君と白子ちゃんに会えたんだから!)

 

(はい! 白斗さんのみならず、また女装したその姿にお会いできるなんて……!!)

 

(お前らこんな時でも俺の女装姿所望してんのかよ!? 意外にふてぶてしいな!?)

 

 

呆れる白斗だったが、こんな冗談を言えるのなら本当に大丈夫なのだろう。

何はともあれ、これにて潜入完了。ツネミと5pb.の近くにポジション取りも出来た。

となれば、後やるべきなのはここからの脱出。

 

 

「姉御ぉ! 俺早速楽しみてぇです!」

 

「ったく、時間も無限にあるわけじゃネェってのに……程々にしとけよ?」

 

「ヘイヘーイ! さぁ待ってました、お楽しみの時間……♪」

 

 

早速手を付けようと一人の男が近くに寄ってきた。

残りの面々は準備やら順番やらで不平不満を言いつつもその場から離れている。

であるならば、白斗のやるべきことは一つ。

 

 

「貴方は……ここに入れてくださった……」

 

「そうだぜ白子ちゃん、ちゃんとお礼はしてもらわねぇと♪」

 

「……ですね。 しっかりお礼させていただきます」

 

「オウオウ♪ そうそう、殊勝な子はすぐに好かれ――――んッ!?」

 

 

しかし、ウキウキしていた男の目玉がひん剥いた。

何を隠そう、縛っていたはずの白子―――否、白斗が隠し持っていたナイフで縄を切り裂いて拘束から脱出、更には変装を解いたのだから。

 

 

「―――このトムキャットレッドビートルでなァ!!!」

 

「ぐほァ!!?」

 

 

一瞬、赤い閃光を思わせるような鋭いチャージインという名の突進が男の鳩尾に撃ち込まれる。

速度、即ち威力。凄まじい一撃を急所に受け、男はあえなく悶絶した。

今なら見張りの目もない。逃げ出す絶好のチャンスだ。

 

 

「ったく、ネプテューヌ達とアニメ視てたら変な技思いついちまうもんだ。 さて、待たせたな二人とも。 ―――そらよっ!」

 

 

すぐさま白刃を閃かせ、二人を縛っていた縄を切り裂く。

久々に自由になれた感覚に戸惑っているのか、すぐに立ち上がれないアイドル達だった。

 

 

「あっ……。 す、すみません。 今立ち上がりますから……」

 

「いいって、慌てる方がよっぽど危険だ」

 

「白斗君、心配かけてゴメンね……」

 

「だからそういうのも後々。 ホレ、まずは脱出だ」

 

 

さすがに迷惑をかけてしまったと思っているのか、自責して暗くなる二人。

だが白斗には二人を責めるつもりもなければそんな暇もない。

今は一刻も早くここをでなくては。そんな肝心なところで。

 

 

「へっへー、あいつだけお楽しみなんてズルイしなぁ。 俺だったら三人纏めてつまみ食い……って、な、何だこの状況!!?」

 

 

命令無視した誘拐犯の一人が、嬉々としてこちらにやってきたのだ。

当然彼の目には倒れた仲間の一人、解放された人質たち、更には正体を現した白斗も目撃されてしまっているわけで。

 

 

「チッ! ボスの言いつけ守らねぇ悪い子だなッ!」

 

「んグェッ!?」

 

 

咄嗟に白斗が袖口からワイヤーを伸ばし、男の首に巻き付ける。

締め上げている間に彼をぶん投げて地面に叩きつければ一発で昏倒した。だが、既にこの騒ぎは反響する廃工場内に響き渡ってしまっている。

 

 

「な、何だ今の騒ぎ……ってテメェら!? それにクソ性悪男まで!!?」

 

「やれやれ、こっそり脱出もここまでか」

 

 

やはりと言うべきか、騒ぎを聞きつけてリンダ達も駆けつけてきた。

鉄パイプやら何やらを握っており、臨戦態勢。

 

 

「クッソ!! あの女、テメェが化けてやがったのか!!」

 

「別にいいだろ? 悪党共の要求に何で従ってやらなきゃいけねぇ」

 

「ええい!! テメェら、責任もって取り囲めぇ!!!」

 

 

苛立ちの赴くまま、リンダは残る三人の部下に命じて白斗達を取り囲もうとする。

白斗自身は兎も角、このままではツネミと5pb.を逃がせない。

 

 

「おっと、そうやって複数で囲んでくるならこっちだって考えがある。 ―――マーベラス!」

 

「りょーかいっ!!」

 

 

そこへ颯爽と降り立った一筋の影。

白斗が頼りにするくノ一、マーベラスAQLが巻物を咥え、短刀を手にしている。

こと戦闘力に関しては白斗よりも上だ、頼もしいことこの上ない。

 

 

「仲間か!? ……だとしてもこの状況、どうやって逃げるってんだ!?」

 

「逃げ道がねぇなら作ればいいんだよ」

 

「アァ? どういう…………うおおおおぉぉぉっ!?」

 

 

すると、すぐ近くの壁から極太の光線が突き抜けた。

余裕で壁を粉砕するその威力、人一人は優に飲み込めるその太さ、工場の端から端まで貫けるその射程。

明らかに人間が出せるものではない。であらば、それを繰り出したのは―――。

 

 

「タイミング、位置、何もかもジャスト! さすが白兄ぃ、計算通りね!」

 

「んげぇッ!? ぶ、ブラックシスター!? なんでここにィ!!?」

 

 

粉砕した壁の穴から出てきた一つの人影。

特大のブラスターを抱えた、銀髪のツインロールが今日も可愛らしく揺れる黒の女神。

ユニの女神化した姿ことブラックシスターである。

そして彼女が空けた穴は見事に廃工場の外へと繋がっていた。

 

 

「ツネミ、5pb.! 俺達でこの馬鹿ども引き付ける!!」

 

「二人は急いで外へ!! マベちゃん、二人の護衛を頼むわ!!」

 

「任せて!! 二人とも、行くよ!!」

 

「わ、分かりました!!」

「白斗君、気を付けて……!!」

 

 

そしてマーベラスと位置を入れ替えるようにユニが白斗の隣に立ち、マーベラスが二人を引き連れて新たに作られた出口へと走り出す。

全てはこの一瞬を、逃走経路を生み出すためのユニと白斗が考えた作戦。

 

 

「チックショォッ!! 逃がすかぁ!!!」

 

「おっと、こっちに来ないで欲しいな!! 忍法、火遁の術っ!!」

 

「うおわちゃちゃちゃあああああッ!? く、クソおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

ここで逃がすわけにはいかないとリンダが鉄パイプを手に走り出す。

しかしそれよりも早くマーベラスが印を結び、自分達との間に炎の壁を作った。

炎の壁に阻まれている間に三人は無事、廃工場の外へと走っていってしまった。

 

 

「あ、姉御ぉ!! 何なんスかあいつら!?」

 

「特にあの黒いの!! ありゃ女神か!?」

 

「ブラックハート……じゃない、ブラックシスターなんて聞いたこともねぇぞ!?」

 

「う、狼狽えるんじゃネェ!! この世界じゃロクにシェアも得られていない女神に役立たずのクソ男一人だ、どうにでもなる!!」

 

 

まだ望みはあると言わんばかりにリンダが青筋を浮かべながらも必死に怒りと焦りを押さえつける。

その矛先は散々邪魔をしてくれた白斗とユニに向けられた。

 

 

「あいつらもこの世界の女神と関わりが深い奴らだ!! あいつらをぶちのめして人質、んでこいつらを脅迫材料に女神共を脅せば問題ネェ!!」

 

「へぇ……好き勝手言ってくれるじゃねぇか、下っ端風情が」

 

「確かにアタシは元の世界に比べて十分な力を発揮は出来てないけど……」

 

 

まだリンダ達にも逆転のチャンスがあるのは確かだ。

そしてツネミ達の安全を確保するためにも、白斗とユニは全力でリンダ達を倒さねばならない以上、戦闘は避けられない。

だが、今の二人に不安など一切なかった。

 

 

 

「「―――お前達に負けるつもりなんて、サラサラ無い!!!」」

 

 

 

 

白斗の銃と、ユニのブラスター。二つの銃口が煌いた。

二つの銃口が飛び出した弾丸が、男達の手にした武器を正確に弾き落とす。

 

 

「ぐ、がッ!?」

 

「こ、こいつら……ッ!!」

 

 

体勢が崩れた人間相手なら、白斗も充分に戦える。

元暗殺者である彼だからこそ、どうすれば人が死なないように出来るかも熟知している。

 

 

「おらよっと!!」

 

「ごふっ!?」

 

「こ、この……ンギャァッ!?」

 

「白兄ぃの背中を狙うなんていい度胸してるじゃない……!!」

 

 

その瞬間、白斗が踏み込んで鳩尾に拳を叩き込む。

隙だらけの白斗の背中を狙おうとした男が武器を再び手にして飛び上がるも、ユニがその背中に光弾を放って撃ち落とした。

無論、威力は死なない程度にまで落としてある。

 

 

「ち、畜生ォッ!! こんな奴らに勝てるワケねぇ……」

 

「逃がすかぁっ!!」

 

「ぐへぇっ!!?」

 

 

二人との戦力差にすっかり戦意を喪失してしまった男が武器も仲間も捨て、その場から逃げ出そうとする。

だが、それを逃がすユニではなくその背中に光弾を撃ち込んで昏倒させた。狙撃だけでなく、手加減も大分調節が上手くなったようだ。

 

 

「お、ユニ。 大分腕上げたな。 もう俺の指導なんて必要ないな、うんうん」

 

「そ、そんなことないわよ!! 付きっきりの指導やめたら許さないんだから!!」

 

「へいへい、冗談だってば。 ……さて、これで残るは下っ端一人だな」

 

「ひ、ヒィィッ……!!」

 

 

あっという間に部下三人を蹴散らされ、残すはリンダただ一人のみ。

長いこと下っ端としてあれこれ行動してきた彼女だが、さすがに女神一人を倒せるほどの力などあるはずもない。

増してや白斗に散々のされてきたのだから。

 

 

「アンタ、他人に迷惑かけすぎるし……この世界じゃ七賢人の一人なんだって? そろそろマジで舞台から降りて貰おうかしら」

 

「女神への殺人未遂だけでも重罪だしな。 よくて終身刑か?」

 

「ち、血も涙もネェぞテメェら!!」

 

「いやお前が言うなっつーの」

 

 

散々犯罪行為を働いておいて何を言うのだろうか。

呆れたように肩を竦める白斗とユニ。何はともあれ後はリンダ達を縛り上げて衛兵に突き出し、マーベラス達と合流すれば一件落着。

―――だったのだが、この廃工場に響き渡る、鉄が鉄を貫く音に一同に緊張感が走る。

 

 

「な、何だ今の音……?」

 

「っ! 白兄ぃ、あれ見て!!」

 

 

ユニが指差した先。そこには一本の鎖がタンクに突き刺さっているではないか。

しかもその鎖は空間に空いた穴から伸びている。

 

 

「なっ!? あ、あれって……!!」

 

「間違いない、アタシ達を突き落とした鎖よ!!」

 

「あれは……ジョーカーの奴か!? おいテメェ、さっさとアタイらを助け……」

 

 

ユニとリンダの言動からして間違いない、これはジョーカーの仕業だ。

だが声は返ってくることはなく、代わりに鎖から怪しげな光がタンクに向かって流し込まれる。

するとそのタンクから、火がぼわっと燃え広がる。

 

 

「うおおぉっ!?」

 

「きゃっ!? ほ、炎が……!!」

 

 

解決ムードが、一瞬にして地獄のような光景に早変わりする。

タンクから燃料が漏れ、それにも引火。更にはその広がった炎が別の燃料タンクや整備用の機械油にも燃え移り―――と延焼が続いていく。

 

 

 

「やれやれ、折角面白い事件になりそうだったのにこうもあっさり解決されては面白くないではないですか。 やっぱり最後のどんでん返しがあった方が面白いですよね、物語は」

 

 

 

業火と崩落の音に紛れ、そんな男の呟きが消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――女神と悪党達の激闘が幕を開けて少しした頃、三人は廃工場の外に広がる森を走っていた。

先程の通り雨はすっかり上がっているものの、ぬかるんだ道が足を絡めとってくる。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

「こ、ここまで来れば……大丈夫、かな?」

 

「だと思うよ。 後はネプちゃん達を呼んで皆を保護してもらえれば万事解決!」

 

 

息の上がっているアイドル二人に対し、全く平気そうに返すマーベラス。

廃工場から十分な距離を取った三人は、しかしまだよく見える廃工場をしかと目に入れていた。

あの中にユニが、そして白斗がまだいるから。

 

 

「白斗君……」

 

「大丈夫、でしょうか……」

 

「ユニちゃんもいるから心配ないと思うけど、さっさとネプちゃんに連絡入れた方がいいね。 んじゃ早速…………え?」

 

 

だが、そこで事態は急変した。

―――廃工場から急な爆発音が響いたかと思えば、炎が吹き上がったのである。

 

 

「え!? ど、どういうこと!?」

 

「まさか、誘拐犯達が何か……!?」

 

「あ、慌てないで!! 白斗君達ならすぐに脱出してるはずだから!!」

 

 

と言っても、廃棄されたとはいえ機械が多数入った工場だ。

燃料や整備用の機械油に引火でもしたのか、炎の勢いは増すばかりだ。

大丈夫と言い聞かせるマーベラスにも不安や焦燥が走る。だが、あの中に守るべき人間はいない、白斗やユニもいつまでも残るような理由など―――。

 

 

「……あッ!! こ、工具!!」

 

「え……あッ!?」

 

「工具って……まさか、“白斗君の”!?」

 

 

そこでツネミが青ざめた。

余りにも咄嗟の事だったので先程まで頭から抜け落ちてしまった、しかしとても大切なもの。

この世界に来た三人だからこそ知っている、その言葉が指し示す意味。

そしてその大事なものは、炎吹き荒れる廃工場の中。そして白斗はその存在を知らない。

 

 

「―――私が行ってくる!! 二人はここで待ってて!!」

 

「す、すみません……!!」

 

「いいってば!! ―――急がないと!!」

 

 

ツネミの謝罪をいちいち聞いている余裕もない。

一番の機動力と身軽さを誇るマーベラスが一目散に駆け出す。

老朽化が始まっていたこともあって、あっという間に廃工場は崩落を始めている。一刻の猶予も無かった。

 

 

「ゴホゴホッ! は、早く見つけ出さないと……」

 

 

崩れた屋根の穴から入れば、煙が吹き上がっている。

油を燃やしたことによるどす黒い色合いからして明らかに人体に有害だ。だが、マーベラスにとってそれを気にしている余裕はない。

なるべく煙を吸わないよう平身低頭で進み、記憶を遡って工具が置かれているであろう地点まで急いで駆け寄る。

 

 

「っ、あった!! 良かった、無事で……!!」

 

 

ビンゴとでも言わんばかりにマーベラスが机の上に置かれてあった工具箱を手にする。

幸いにも炎に焼かれる直前だったが、そこはくノ一。持ち前の身軽さで箱を回収し、安全圏となる足場へと飛び移る。

 

 

「!? お、おいマーベラス!? 何してんだ!?」

 

「白斗君!? 白斗君こそなんでまだここにいるの!?」

 

 

すると下の階に白斗の姿が見えた。

互いに何故、炎逆巻く廃工場の中にいるのか理解できず、思わず状況を確認し合う。

 

 

「二人はどうした!?」

 

「安全な場所にいるよ! 白斗君こそどうして……」

 

「あの馬鹿どもをユニと一緒に逃がしてた!! あの下っ端も探してたんだが……ゲホッ! お、おさらばしねぇとマジでヤベェぞコレ……!!」

 

「けほけほっ! ど、同感! 私も目的の物を回収したし、後は……」

 

 

工具を回収し、白斗達の安全を確認すればもうこんなところに用など無い。

マーベラスもさっさと脱出するべく身を翻そうとした―――その時。

 

 

「ッ!? マーベラス、後ろだッ!!」

 

「え―――あぐっ!?」

 

 

だが、そこで油断したのが命取りだった。

背後から迫りくる気配に気付くことが出来ず、後頭部に重い一撃を受けてしまった。

昏倒したマーベラスの背後には。

 

 

「へ、へへへ……やっぱりアタイには運が回ってきてらぁ!! こっちにこいやぁ!!」

 

 

鉄パイプを抱えているリンダがいたのだ。

彼女は倒れ込んだマーベラスを肩に担ぐ。その間、マーベラスの意識は朦朧としていたが、それでも手にした工具箱は離そうともしなかった。

 

 

「下っ端ぁ!! てめぇえええええええええええッ!!!」

 

「へへーんだ!! こいつは人質として貰っていくぜ!!」

 

「誰がくれてやるかぁッ!!!」

 

 

燃え盛り、崩れ落ちる廃工場の中を白斗は恐れることなく突き進んだ。

階段を駆け上がり、崩落した箇所をワイヤーアクションで飛び越し、あっという間にリンダの前に立つ。

こんなに早く飛んでくるとは思っていなかったのか、リンダは「ヒッ」と悲鳴を上げる。

 

 

「ち、畜生ォ!! テメェ、ただの小僧の癖に器用すぎんだよぉ!!」

 

「ンなことはどうでもいい、さっさとマーベラスを返せッ!! 何考えてるかは知らねぇが……ゴホゴホッ……! お、俺達もマジでヤベェんだぞ!!」

 

「わ、分かってらぁ……けふっ! だから、テメェこそよく考えろや……」

 

 

すると、リンダはマーベラスの首元を掴んだまま手すりの向こうへと突き出した。

後はその手を放せば、彼女は火の海へと真っ逆さまになってしまう。

熱波が支配するこの廃工場の中、白斗は逆に底冷えするような感覚さえ覚えた。

 

 

「選べ!! テメェがここから飛び降りるか、こいつが火の海を泳ぐか!!」

 

 

それは白斗を苦しめる、最悪の選択だった。

完全に悪意に満ちた小悪党の言動に、いよいよ白斗も我慢の限界である。

 

 

「……テメェ、とことん腐ってんな……!」

 

「アタイを怒らせんじゃねぇ!! さっさと選べってんだよ!!」

 

 

リンダからすれば今は安全に逃げつつ、今まで煮え湯を飲まされてきた白斗をここで復讐がてら処理したいのだろう。

無論、そんな彼女の浅い考えなどお見通しである。だからこそ白斗は。

 

 

「……いいぜ、突き落として見せな」

 

「な、何だと!? テメェ、この期に及んで人でなしかぁ!?」

 

 

遠慮なく、突っ込んできた。

理解も処理も追いつかないリンダは、しかし咄嗟に手にしていたマーベラスを火の海に突き落とす。

 

 

「っと!! 突き落とせとは言ったが……見殺しにするとは言ってねぇええええッ!!!」

 

 

それよりも早く、白斗も飛び出した。

そして袖口から伸ばしたワイヤーを手すりに巻き付け、振り子のように揺られながらすれすれのところでマーベラスを抱きかかえる。

更には勢いを利用して安全な場所へと着地した。

 

 

「へっ、まぁいい!! アタイはこの隙におさらばするだけよっ!!!」

 

 

ここまで来たら白斗の生死など関わっている場合ではない。

今は一刻も早く逃げねば、自分も火災に巻き込まれてしまう。

一気に走り込み、目の前の窓を突き破って飛び出した。

 

 

「リンダちゃん、ジャーン…………ぶへぇぇぇぇッ!!?」

 

 

だが、外に飛び出した直後。

鋭い痛みと衝撃が背中を襲い、思い切り吹き飛ばされた挙句地面に叩きつけられた。

 

 

「フン、白兄ぃに鍛えられたアタシの狙撃力を嘗めないでよね」

 

 

それは遥か後方からの、ユニの狙撃だった。

念のため男達を縛り上げて見張りつつ、もしリンダが飛び出してくるようなら仕留めてくれという指示を受けていたのだが白斗の不安は見事に的中。

そしてユニも見事に逃げるリンダに光弾を的中させたというワケである。

 

 

「ケホケホッ……ゆ、ユニ……ナイス……」

 

「は、白兄ぃ!! それにマベちゃんまで!!」

 

 

そこへようやく脱出できた白斗、そして彼に抱えられたマーベラスも合流する。

互いに煤だらけだったが、白斗には大きな外傷もない。問題はマーベラスの方だ。

 

 

「マーベラス、大丈夫か!? しっかりしろ!!」

 

「……ん……ぁ、あれ……私……」

 

「ほっ……煙をそこまで吸い込んでいなかったみたいだな。 はぁ、良かった……!」

 

 

呼びかけるとすぐに目覚めてくれた。

気絶していたことが功を奏したのか、余り煙を吸っていなかったようだ。肝心の殴られた箇所も血が流れておらず、骨にも異常はないようだ。

後で病院には運ぶが、大事無さそうで良かったと白斗は心の底から安堵する。

 

 

「白斗君ーっ!!」

 

「白斗さん、ご無事ですか!?」

 

「お、ツネミと5pb.も来たな。 さてさて……」

 

 

更に後方へ下がっていたツネミと5pb.も我慢ならずにこちらへと駆け寄ってきた。

今となっては白斗やユニと一緒にいた方が安全だろう。

改めて三人の無事を確認したところで、白斗が疲れ切った体に鞭打って立ち上がった。

 

 

「三人とも、無事で良かった……! マジで俺、気が気でなかったんだからな!!」

 

「う……心配かけてゴメンね……」

 

「まぁ、この世界に来ちまった経緯が経緯だ。 そこは仕方ないにしても……」

 

 

白斗の一番の関心はそこではない。

いや、実際思うところはあるのだが不慮の事故と言えばそれまでなのであまり強く攻めることは出来なかった。

だが、「彼女」の事に関しては話が別である。

 

 

「マーベラス!! なんであんな無茶した!? あんな炎に飛び込む理由なんてねぇだろ!?」

 

「……っ、ごめんなさい……。 で、でも……これ……」

 

 

白斗が本気で怒鳴った。

心配しているからこその本気の怒りにマーベラス達は勿論、女神であるユニですら怯んでしまう。

しかし、それでもおずおずと差し出されたそれに白斗は目を奪われる。

 

 

「ん? 何コレ……工具?」

 

「はい。 白斗さんの、心臓メンテのための工具です」

 

「え……あ、アレか!?」

 

 

危険を承知であの炎の中に飛び込んだ、マーベラス達にとって大事なもの。

それは白斗の機械の心臓を整備するための工具一式だった。

空けてみれば確かに専用の工具がぎっしりと詰め込まれている。先程までは大騒ぎしていたので、これに気に掛ける余裕もなかったのだ。

 

 

「そうだよ。 それを届けるためにボク達、ここまで来たんだから」

 

「そろそろ危ない頃だから、届けないとって話になって……」

 

「ですけど、私があの時忘れてきてしまったためにマーベラスさんが取りに行ってしまったんです。 ですから、マーベラスさんを責めないでください……!」

 

 

これがツネミ達がこの世界に来たかった理由の一つだ。

勿論、白斗に会いたいことも大きな理由の一つではあるが、白斗の体が心配になってきたからこそMAGES.に頼んで無理矢理にでも神次元に飛んできたのだ。

そして、白斗の命を救うために必要なものだったから、危険も省みずに工具を取り戻しに行ったのが。

―――誰でもない、白斗のために。命を懸けて。

 

 

「……はぁ、全く。 だとしても皆の命の方が大事だってのに」

 

「……本当に、ごめんなさい」

 

「いーや、許さねぇ。 だからお詫びに……」

 

 

しかし、攻めているのは口だけ。顔は穏やかな笑みを浮かべている。

これこそ女神が、そして少女達が愛した顔。

 

 

「……三人で、とびっきりのご馳走でも作ってもらおうかな。 俺の心臓のメンテが完了したら、たらふく食いてぇんだ。 三人の料理」

 

 

―――そしていつだって、優しい声で、優しいことを言ってくれるのだ。

 

 

「……はいっ! 喜んで!」

 

「ならまずはマベちゃんもしっかり元気にならなきゃね!」

 

「うん。 で、元気になったらとっておきの料理食べさせてあげるから!」

 

「おう、楽しみにしてるぜ」

 

 

そんなことを言われては、笑顔で応えるしかない。

少女達は喜んで愛する人に手料理を振る舞うことを約束するのだった。

既に脳内では献立を考え始めている。やっとこさ、今までの雰囲気が戻ってきた。

 

 

「……白兄ぃ、アタシだって極上のカレー作ってあげるから!」

 

「お、おう。 楽しみにしてますよユニさん……?」

 

 

一方、嫉妬に燃えるユニさんからも宣戦布告を受けたそうな。

 

 

「ユニ、ネプテューヌ達に連絡は?」

 

「入れたよ。 すぐ来てくれるって」

 

「んじゃ、俺はあの下っ端でも捕まえに行きますかねっと。 念のためにここで待機してろよ」

 

「白兄ぃも気を付けて!」

 

 

これですべてが一件落着、とまではいかない。

最後にユニが撃ち落としたリンダを縛り上げなければ。

念のためにユニを護衛として残し、白斗が落下地点に向かう。

 

 

「……ん? いないな……」

 

 

ところが、リンダの姿がどこにもなかった。

すぐ背後ではいよいよ限界に達したのか、廃工場が本格的に崩壊している。

そんな破滅的な光景を背に―――。

 

 

「……でも、入れ替わりにお前がいるとはな。 ジョーカー」

 

「おやおや、お気づきですかぁ? さっすが白斗殿ですねぇ!」

 

 

白斗はいつの間にか、すぐ近くの木陰に背を預けていた男、ジョーカーに声を掛けた。

わざとらし気な口調と共に姿を現した、慇懃無礼なその言動に白斗はいよいよ腸が煮えくり返る。

 

 

「隠す気も無かったくせに。 ……お前が逃がしたのか?」

 

「いいえ、彼女すぐに起き上がって逃げていきましたよ」

 

「……マジでゴキブリ並みの生命力だな。 今度からゴキブリ女って呼んでやろうか」

 

「何とも不名誉ですねぇ」

 

 

一瞬彼が手引きしたのかと思ったが、どうやら違うらしい。

確かに良く見れば足跡がプラネテューヌの反対側に向かって伸びている。

どうやらすぐに意識を取り戻して逃げ出したようだ。

 

 

「……で、お前はどういうつもりだ。 ネプギア達のみならずツネミ達までこの世界に引きずり込んで……挙句、危険な目に遭わせて……!!」

 

 

だが、それでジョーカーの罪は無くならない。

既に白斗はマーベラス達の証言からジョーカーが暗躍してきたことを確信している。

男は表情を帽子の鍔で隠しながらも、クックックと笑っている。

 

 

「……私は語り部。 面白そうな物語を作って、語って、見るだけです」

 

「…………」

 

「イヤですねぇ、もー。 そんな殺意剥き出しの目をしないでくださいよー」

 

 

何とも人を煽ってくる言動だろうが。

だが、まだ固めたこの握り拳を放つには早い。まだ、聞いておかなければならないことがある。

 

 

 

 

「なら、もう一つ聞いておこうか。 ……俺をゲイムギョウ界に呼んだのも、お前か?」

 

 

 

 

それは、ずっと感じていながらも考えないようにしていた疑問だった。

白斗はあの日、父親に殺される直前。確かに飄々とした誰かの声を聴いたのだ。

今にして思えば、声色と言い口調と言い状況と言い、全てが当てはまる。

―――ジョーカーが、白斗をゲイムギョウ界に招いたのだと。

 

 

「……フフ、あなたの“願い”……叶ったでしょ?」

 

「……確かに俺はゲイムギョウ界に来れて幸せだ。 そういう意味ではお前に感謝している。 ……だからって皆を危険な目に遭わせていいってワケじゃねぇけどな」

 

 

ジョーカーは遂に認めた。

彼が、白斗を連れてきたのだと。その点において白斗は確かにジョーカーに感謝している。

それこそ、白斗にとっては命の恩人どころかこの世界における自分を作ってくれた存在と言っても過言ではない。

だが、それと大切な人達を危険な目に遭わせたことは話が別である。

 

 

「怖いですねー。 まぁ、私も語り部にしては手を出し過ぎました。 今後は控えましょう」

 

「―――二度としねぇで欲しいんだがなぁッ!!」

 

 

また手を出す可能性がある―――そう判断した白斗が、遂に殴り掛かった。

だが、その拳はジョーカーの周りに展開させた透明な結界に阻まれてしまう。

 

 

「おやおや、怒らせてしまいましたか。 しかしナイフや銃ではなく拳とは……お優しい」

 

「……今の所、許せなくても殺意だけが持てねぇ。 一応恩もあるワケだからな……!」

 

「まぁまぁ、そう怒らないで。 お詫びの品もお渡ししますから。 お詫びの品は、今この結界を出した『お守り』です。 パチパチパチ~」

 

 

そう言ってジョーカーは結界を消し、懐からお守りを白斗に投げ渡した。

お守り―――それにしてはやけに古びている。

力加減を間違えれば握り壊してしまいそうなほどに。

 

 

「どんな攻撃だろうと、致命傷までは絶対に防いでくれますよ。 ただし、後2回だけ」

 

「……これまた厄介事に巻き込みますよって予告じゃねぇか」

 

「フフ、本当にこの神次元においてこれ以上私は手出ししませんから。 あ、このアイテムは私が発掘しただけですから。 何せ古代の国タリの……いえ、失礼」

 

 

相変わらず肝心なところは隠す男である。

本当に楽しんでいるからこそ質が悪い。そして白斗に投げ渡したこのお守りとて、効果自体は既に証明しているのだから尚更質が悪い。

更には恋次元に戻れば、また厄介事を起こすと暗に仄めかしているのだから質の悪さが天元突破している。

 

 

「……クソッ、テメェに対する感情がグチャグチャだっ! とっとと行きやがれッ!!」

 

「ですねぇ。 語り部が表に出過ぎるのも盛り下がる展開ですし、この辺で失礼いたします。 ……あ、最後に一つだけ」

 

 

実際、白斗がジョーカーに対する感情をどう表現しても嘘になる。

確かに大切な人を傷つけたことに対する怒りがある。だが、怒りだけかと問われれば違う。

ならば恩人として丁重に扱うべきかと言われればもっと違う。自分の興味本位で、大切な人の運命を弄ぼうとしているのだから。

だから、彼がこれ以上自分の怒りを煽らないことを祈りつつその場から立ち去らせるしかない。

 

 

「……後悔しておりますか? この世界に来て」

 

「なワケねぇだろ。 この世界に来て、本当に良かった……そしてこの世界で生きて、愛する人の傍にずっといたい。 ……それだけだ」

 

 

それだけは、確かだった。

これが自分の運命だと信じたいほどに、ゲイムギョウ界に来て、女神達と知り合えて、白斗は幸せだった。

だから彼はその幸せを守る。幸せをくれた女神達を守る。それだけは、確かだった。

 

 

 

「……女神の守護騎士、黒原白斗。 汝の物語にどうか幸あらんことを」

 

 

 

そうしてジョーカーは、木陰の中に消えていった。

こんな不気味な男だ。白斗が仮に捕らえたところであの手この手で逃げられるのだろう。

虚しさを感じながら、ふと振り返る。

そこにはジョーカーの暗躍により完全崩壊した廃工場と。

 

 

「白兄ぃー!! 遅かったけど大丈夫ー!?」

 

「あ、白斗君いた!」

 

「もう、どれだけボクたちが心配したと思ってるの!!」

 

「白斗さん、この後ネプギアさん達と一緒にメンテナンスしてくださいね」

 

 

―――愛してやまない少女達の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから数日後。

ここは臨時に建設されたプラネテューヌ特設ライブ会場。

客席は既にプラネテューヌを始め、特にリーンボックスからの客で埋め尽くされている。その数なんと五千人以上。

 

 

「あ、やっと来た!! 白斗くーん、ネプちゃーん、ベールさーん!! こっちこっち!!」

 

「白兄ぃ、早くしないと始まっちゃうわよー!!」

 

 

そんな中、特等席に座っていたマーベラスとユニが手を振る。

彼女達の傍にはネプギアやピーシェ、プルルートにロムとラムも控えている。

わざわざ空けられた席に、残り三人こと白斗とネプテューヌ、そしてベールが急いで座り込んだ。

 

 

「ゴメン、待たせた!! ベールさんが中々連絡着かないモンだから……」

 

「申し訳ありません。 中々熱い攻城戦だったので手が離せなくて」

 

「こういう時までゲームしてるってホントにベールクオリティだよね……」

 

 

ネプテューヌの呆れたような視線に白斗も同調してしまうが、これから楽しいライブが始まるのだ、今は水に流すべき。

何せ、特等席中の特等席。VIP席である。

勿論女神権限を駆使してというのもあるが、今回は更に「関係者中の関係者」。故にこのかぶりつきでライブを堪能できる。

 

 

「それにしても、こっちでもツネミさんや5pb.さんのライブを開くなんて思いもしませんでした」

 

「あたしも~。 実はライブって初めてなんだ~、楽しみ~!」

 

「ぴぃもぴぃも!」

 

「ピーシェちゃんって、ツネミちゃんのライブに行ってたよね?(はてな)」

 

「細かいことは言いっこなしよロムちゃん! 今日は目一杯楽しまなきゃ!」

 

 

ネプギア達もなんだかんだで久々のライブを心待ちにしている。

特にプルルートは神次元では初めてのライブ体験だったらしく、のんびり屋さんな彼女も興奮していた。

 

 

「それにしても白斗、よく思いつくもんだね。 あの二人をプラネテューヌとリーンボックスの親善大使兼アイドルにしちゃうなんて」

 

「あの二人の希望もあったし、これならリーンボックスとも丸く収まるかなーって」

 

「お気遣い、感謝ですわ。 さ、そろそろ始まりますわよ!!」

 

 

そう、このライブは実は白斗が考案したものなのだ。

プラネテューヌとリーンボックスの友好の証として親善ライブを行い、そしてその栄えある親善アイドルとしてある二人を推薦した。

今日はその初ライブ。その記念すべきこの世界における初陣を今、二人のアイドルが飾ろうとしていた。

 

 

 

『皆さんこんにちは!! 5pb.です!!』

 

『そしてツネミです。 本日は、心行くまで楽しんでください!』

 

 

 

その二人こそ、5pb.とツネミ。

恋次元における、プラネテューヌとリーンボックスの歌姫だった。

この世界でもこれだけの大観衆を前に最高のライブが出来ることに高揚感を隠せない二人。

そしてそんな機会を設けてくれた、大好きなあの人にウインクを送りながら二人はマイクを手に、歌いだす。

 

 

 

 

 

『じゃあ行くよー!! 最初の一曲目、「dimension tripper」!!』

 

『皆さん、全力でついてきてください!』

 

「「「「「おおおおおおぉぉぉぉ――――――――ッッッ!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

―――この日、神次元でも二人の歌姫が誕生。

そして歌姫たちをプロデュースしたのは二国間の女神として、プラネテューヌとリーンボックスのシェアが上昇したとか。

 

 

 

 

続く




大変長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
ということで今回から神次元編にツネミと5pb.そしてマーベラス参戦です。
実はこの神次元編では女神候補生及びサブヒロインと言った出番少なめな子達に焦点を当てたいと思い、お招きしました。
人、それを作者の暴走ともいう( 
でも原作のネプVでもマベちゃん達が参戦しているので、そんな感じだと思っていただければ。
ついでに最近白斗のガチ戦闘描写も少なくなってきたので、少しばかりシリアスやらバトルやらも盛り込んでみました。
白斗の強さとしては強すぎなければ、弱すぎることもないので案外気を遣うのです。ですがボスクラスになればまずお荷物になるのも白斗君。キミ、そろそろ頑張らないとアカンね。
しかし長々と神次元編ばかりもやっていられない。新たな人物の登場や動きが出たということは物語は加速する。
神次元編もいよいよ佳境に動き出します。
と、言いつつ次回はやってきたあの子のお話になるんですけどね。では次回もお楽しみに!
感想ご意見、お待ちしております!!


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第六十一話 白斗だけがいない一日

プラネテューヌのとある昼下がり。

最早これが日常と言わんばかりに、執務室では白斗が大量の書類を始末していた。

書類に目を通し、サインや却下の印を押したりして仕分ける。

そんな見る者を惚れ惚れさせるような手の動きに見惚れながらも、本に座った小さな少女ことイストワールが上機嫌な笑顔で語り掛けてきた。

 

 

「凄いです白斗さん! プラネテューヌのシェアが少しずつですけど増えてますよ!(*´ω`*)」

 

「ツネミと5pb.のお蔭で宣伝が上手くいってますからね。 これで後はネプテューヌとプルルートが積極的に仕事してくれたら言うこと無しなんですケド」

 

 

書類を纏めながら、白斗はリビングで遊んでいるであろうプラネテューヌの女神様二人に苦笑いを浮かべる。

今日も今日とて彼女達はピーシェやネプギアを交えてゲームをしながら遊んでいるのだろう。その間、書類仕事はほぼすべて白斗が片付けている。

アイエフも手伝ってくれることはあるのだが、彼女は諜報員としての仕事もあるため頻度は低い。となれば白斗一人の手で片づけるしかないことも多いのだ。

 

 

「ですが……本当に大丈夫ですか白斗さん?(´・ω・)」

 

「何がッスか?」

 

「いえ、ここ最近白斗さんは働き過ぎです。 いつか倒れてしまうのではないかと(-_-;)」

 

「ま、俺はこんなデスクワークしか出来ませんから。 さて、これからラステイションとリーンボックスへ行ってきます」

 

「回答になってませんよ……。 それぞれお仕事でしたね(;^ω^)」

 

「ええ、ノワールや5pb.と打ち合わせしてきます」

 

 

当たり前、と言わんばかりに白斗はデスクから立ち上がった。

余程のことが無い限り、黒原白斗は自ら遊びに行こうとはしない。

ネプテューヌ達に尽くすことが生き甲斐と言わんばかりに仕事をしていることが多いのだ。

街に遊びに行くとすれば、それこそ少女達に付き合うという形が殆どだった。

 

 

「おっと、その前にこっちの決済やって……」

 

 

ふら。

 

 

「あー、そうだ。 ツネミのライブの手配とかもやらないと」

 

 

ふらふら。

 

 

「えーと、それから貿易関係の書類をブランに送信して……」

 

 

ふらふらふら。

 

 

「これで良し……っと危ねぇ、ギルドにクエスト完了の報告書も送らないといけない。 マーベラスもクエスト手伝ってくれてるし、追加の報告書も仕上げないと……」

 

 

ふらふらふらふらふらふらふらふらふら。

 

 

「って白斗さん!? これはもう大丈夫という域を超えてますよ!?(゚Д゚;)」

 

「大丈夫ですって、人間死ぬ気でやりゃ大抵のことは出来ますから」

 

「死んだら手遅れなんですっ!!(;>Д<)」

 

「さすがにそれくらい自己管理できますから。 あ、今日の帰りは遅くなるんですみませんが晩飯はコンパ辺りに頼んでください。 それじゃ」

 

 

イストワールの必死な叫びに取り合うこともなく、白斗は出て行ってしまった。

足取りこそしっかりしていたものの、その背中には疲労を背負っているかのように重いものを感じさせる。

 

 

「……いけませんねこれは。 仕方ありません、プルルートさん達にお灸を据える意味でもやらねばいけませんねっ<(`^´)>」

 

 

腰に手を当てて、イストワールは嘗てないやる気を見せた。

今まで肝心な実務などは白斗頼りだったが、本来女神の補佐や仕事は自分が請け負ってきたことだ。

今こそ教祖としての能力を見せる時―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから日は沈んで夕刻。

水平線に沈む夕日、そして茜色の光に染められたリーンボックスの街並みは尚も美しい。

と、茶化している場合ではない。約束の刻限に遅れないよう、白斗は全力で走っていた。

 

 

「はぁ、はぁ、ふぅ……ご、ごめん5pb.!! 待たせた!!」

 

「白斗君!? ちょっと、待たせたってまだ三十分前だよ!? 早すぎるって!!」

 

「そんな俺より前に辿り着いているお前こそ何なんだよ……」

 

 

前の仕事が思ったより長引いてしまい、予定の時刻より遅れてのリーンボックス入りとなってしまった。

無論、かなり余裕をもっての入国だったので約束の時刻には間に合っているのだが彼酔いも先に5pb.が待っていたのだからさぁ大変。

 

 

「とにかく待たせて悪かった。 この後はベールさんを交えてイベントの打ち合わせだな。 行こうか」

 

 

各国との調整役及びプラネテューヌの宣伝大臣(ネプテューヌ達が勝手に任命)を賜っている白斗の仕事の一つ。

こうして各国の女神や要人たちと様々な交渉を行い、向こうに利益を与えつつプラネテューヌが不利益を被らないように立ち回り、同時にプラネテューヌの宣伝を各国に盛り込ませるように交渉する。

5pb.も現在はリーンボックスの歌姫として神次元でも活躍している。そんな彼女にプラネテューヌとの合同イベントを催すためにベールを交えての打ち合わせの予定―――なのだが。

 

 

「……あの、白斗君っ!」

 

「えっ? ど、どうした?」

 

 

不意にレストランへと向かっていた白斗の足が止まった。

背後から伸びた5pb.の手が、白斗の手を引いていたからだ。

歌姫の綺麗な手は、ファンたちの間でも握手会でしか触れられない神聖なる手。それが彼女自ら握ってきたとなれば、白斗としても胸が高鳴ってしまう。

 

 

 

「……も、もう……こんな生活なんて捨てて……ぼ、ぼぼぼ……ボクとっ!! ボクと一緒に逃げてッ!! そ、そそそして、ふ、ふた、二人だけけけののの……はひゅう~!!!」

 

 

 

唐突に、そんなことを言ってきた。

間違いない、これは駆け落ちの時の台詞だ。だが、今時ドラマでも聞かないようなセリフでもある。

しかし、言いきれない内に5pb.は緊張が最高潮に達してしまったのか、失神してしまった。

そんな彼女を受け止めるも、を聞かされた白斗本人としては。

 

 

「………………はい?」

 

 

思い切り、首を傾げるしかないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それから日は昇り、日付も変わる。

さて、プラネテューヌの教会は騒がしくも楽しく穏やかないつもの朝を迎える……はずだったのだが、今日は違った。

 

 

「白斗ー! 白斗ぉー!!」

 

「白く~ん、どこ~?」

 

 

ネプテューヌとプルルートが、大声で教会内を探し回っていた。

いつもなら想い人こと白斗が優しく起こし、美味しい朝ご飯を皆で一緒に食べるはずだったのだが、今朝から白斗の姿が見えないのだ。

そのため急に寂しくなってしまった二人が、こうして探し回っているというわけである。

 

 

「あ、お姉ちゃん! お兄ちゃん、いた?」

 

「こっちはいないよ。 ぷるるんの方は?」

 

「あたしのところにもいないよ~。 白くん、どこに行っちゃったんだろ~……?」

 

 

そこに同じく捜索に向かっていたネプギアが加わる。

彼女は教会周辺を探し回っていたのだが、梨の礫である。

三人の女神が肩を落として深い深~い溜め息をついていると、ふわふわと飛ぶ可愛らしい影が一つ。

 

 

「あ、いーすんだ! おーい、いーすん~!!」

 

「いーす~ん~! 白くんがどこにいるか知らない~?」

 

 

ネプテューヌとプルルートが慌てたようにパタパタと走り込む。二人の後を、ネプギアがトコトコと着いてきた。

そんな少女達を前にやっとかと言わばんばかりにイストワールがこれ見よがしに溜め息を付くと。

 

 

「……白斗さんなら、駆け落ちしましたよ(゜_゜)」

 

「「「…………ゑ?」」」

 

 

可愛らしい姿と声に似合わぬ残酷な回答。

穏やかな朝が、一瞬にして凍り付いた。

 

 

「あ、あぁー。 あのサスペンスドラマとかで夕日の崖を背景に探偵と犯人がやり取りした後にやる奴?」

 

「それは崖落ちです。 と言うか、それだと白斗さん死んでるじゃありませんか(-_-;)」

 

「ま、まさか……お兄ちゃんが悪の道に!?」

 

「それは悪堕ち( 一一)」

 

「じゃぁ~、夢から覚めちゃうあれ~?」

 

「それは夢オチ。 じゃなくて駆け落ち、愛の逃避行とも言いますね( `ー´)ノ」

 

 

堂々と言ってのけるイストワール。

やがて三人は顔をこれ以上ないくらいに青ざめさせ。

 

 

 

「「「…………えええええええええええええぇぇぇ―――――ッッッ!!?」」」

 

 

 

この世の終わりを思わせるような叫び声を上げるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして場所と時は戻り、昨日の夜のリーンボックス。

とりあえずとミーティング会場となるとあるレストランの個室。

完全個室でプライベートが約束されている、信頼のおける店。要人が会合をする際にもよく利用される店ということで白斗が予約を入れていたのだが、今回はどうやら違う用途で役だったらしい。

 

 

「……それで5pb.よ、急に駆け落ち宣言とはどうした。 それにベールさんも一枚噛んでいらっしゃるご様子で」

 

「あら、さすが白斗君。 私の弟ですわ」

 

「誰が弟か」

 

 

白斗の目の前では、悪戯っ子のような笑みを浮かべているリーンボックスの女神様がいた。

因みに5pb.は白斗の隣で顔を赤くして縮こまっている。どうやら先程の駆け落ち宣言が今になって恥ずかしくなってきたらしい。

 

 

「つれないですわ。 恋次元では私が貴方の姉なのでしょう?」

 

「確かに恋次元にいるのは俺にとっての姉、ベール姉さんですけど貴女とは別人です。 一緒にしてしまうのはお二人に失礼ですので」

 

「遠慮なんてしないでくださいまし! 何でしたら私の事はお姉ちゃんと!」

 

「そっちの方が恥ずいわ!!」

 

 

そしてこっちのベールも白斗をいたく気に入っている様子だった。

彼女からすれば時に弟の様に愛で、時に兄の様に愛でて貰え、尚且つゲームでも楽しく遊び、仕事面でもこれ以上ないくらい支えてくれるまさに最高の相方だ。

今の所、こちらのベールは恋次元のベールのように恋心を抱いているわけではないが、5pb.としては面白い話ではなかった。

 

 

「とにかく、そんなことはどうでもいいんです! 5pb.、一体どうしたよ?」

 

「あ、あの……その……あううぅぅ~っ!!」

 

 

なるべく白斗が穏やかに語り掛けてくる。

こうなってしまった5pb.は誰もが憧れる歌姫ではなく、恋に恋する乙女である。想い人の温かな眼差しと穏やかな声、そして優しい手に触れられて平気でいられるはずもない。

 

 

「そこから先は私がお答えしますわ。 実はイストワールからの要請なのです」

 

「イストワールさんからの?」

 

「ええ。 聞きましたわよ白斗君、貴方は最近ロクに休んでもいないと」

 

 

うっ、と白斗が声を詰まらせた。

仕事に出掛ける前に散々イストワールから問い詰められていたことだ。

のらりくらりと躱していたのだが、彼女は諦めておらず、こうして先手を打ってきたということらしい。

 

 

「ですから無理矢理にでも休ませてほしいという要請があったのです。 そこでリゾート地を有し、島国でレジャー施設もあり、更には最も美しい女神がいるリーンボックスが選ばれたというわけなのですわ! どやっ!」

 

(……最後の“最も美しい女神”の下りは多分イストワールさん言ってないんだろうなぁ)

 

 

ともあれ、納得のいく人選ではあった。

事実ベールは気配り上手で、体を休めるようなプランを手配してくれるだろう。

 

 

「ボクも丁度、そのお話を聞いてしまって……だから、白斗君に無理して欲しくなくて……」

 

「勢いのままさっきの宣言をしちまった、と」

 

「で、5pb.ちゃんが貴方のお世話をやりたいと言い出してきたのですわ。 アイドル活動をしてくれているお礼と、健気な想いにお応えしてお世話役を任せましたの」

 

 

そして白斗に想いを寄せる5pb.としても聞いてしまった以上見逃せるはずもない。

何せその恋心でこの神次元へと飛んできてしまったようなものなのだから。

そんな彼女の熱意に根負けし、ベールも潔く彼女をお世話役に任命したということらしい。

 

 

「そして私からはホテルなどの手配をさせて頂きますわ。 明日一日、しっかりと遊んで休むようにしてくださいな」

 

「で、でも……」

 

「費用などは心配ありませんわ。 白斗君も仕事を手伝ってくれているのですし、そのお礼という意味もあります。 プラネテューヌに関しても、あの子達にお灸を据える意味でも任せた方がいいとイストワールが仰ってますし」

 

 

あの子達、とはネプテューヌ達のことだろう。

確かにここ最近甘やかしすぎた節がある。たまには彼女達の方から仕事をしてくれないと困る。

だが、と口を挟もうとしたところで。

 

 

「……白斗君、お願い……します……。 明日一日だけ、ぼ、ぼ、ボクに……つ、付き合ってくださいッ!!」

 

 

ガチガチに震え、顔を真っ赤にさせながらも精一杯のお願いをしてくる5pb.がいた。

彼女は本来人見知りで、どちらかと言えば奥手なタイプだ。

幾ら想いをを寄せる白斗相手とは言え、いやだからこそ、こんなお願いをするのはきっと文字通り必死なのだろう。

そんな彼女の精一杯のお願いを聞かされては、白斗の心は決まってしまう。

 

 

「……ここで断っちゃ、男が廃るわな。 分かった、明日一日よろしくな5pb.」

 

「~~~~っっ!! はいッ!!!」

 

 

優しい笑みを向けられれば、5pb.に桃色の電流が流れる。

きっと今見せた笑顔は、ステージの上で咲かせるそれよりも遥かに眩しく、幸せそうなものだった。

 

 

「決まりですわね。 では貴方の名前で大体の施設やお店を押さえておきますので、好きに遊んでくださいな」

 

「すみませんベールさん、わざわざ……」

 

「いえいえっ! 弟のためのなのですから!! 可愛い弟の!!」

 

「………………こほん」

 

 

どうやらこれも白斗獲得計画の一環らしい。

咳払いはするが、それでも感謝の念は尽きなかった。

これにより、明日どの施設でも遊べるというまさに権力のなせる業。余り大仰なことはしたくないが、使うべき時にはしっかりと使わせてもらおうと心に決めた。

 

 

「そ、それじゃぁっ!! 明日を楽しく遊ぶためにも!!」

 

「今日一日はお仕事、頑張りましょうか。 ね、5pb.ちゃん?」

 

「は、はいっ!! 粉骨砕身、頑張りますっ!!」

 

 

明日一日遊ぶともなれば、その分仕事を頑張らなければならない。

意気揚々と食事を口にしながら行われる打ち合わせは、とても捗った。

そんな心地よい疲労を抱え、白斗はリーンボックスのホテルで寝泊まりするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして次の日。

リーンボックスは快晴。対するプラネテューヌは土砂降りらしいが、そんなことがどうでもよくなるくらいの気持ちの良い天気。

煌く太陽の下、綺麗な虹を映し出す噴水のすぐ近くに彼女はいた。

 

 

「あ。 あいつまた三十分以上早く着いてる……おーい、5pb.ー!!」

 

「あ! 白斗くーん!!」

 

 

出来るだけラフな格好で向かった先に、これまたおめかしした5pb.が立っている。

今日の彼女は白色のつばの広い帽子にワンピースと清楚なお嬢様な格好をしていた。

元より物静かな5pb.、その服装はまさに深窓の令嬢の如き可憐さと美しさとなっている。

 

 

「悪い、また待たせてしまった」

 

「い、いいよ! ボクが早過ぎただけだし! そ、それよりその……どう、かな……?」

 

「どこの大貴族のご令嬢かと思ったよ。 凄い綺麗だ」

 

「そ、そうかな!? えへへ……」

 

 

どちらかと言えばアイドルとして「可愛い」や「素晴らしい」と言った意見は良く貰う。

でも、こうして面と向かって綺麗だと言われることは少ない。増してや想い人相手なら尚更だ。

一日が始まって早々、5pb.はテンション爆上がりである。

 

 

「思えば白斗君にこんな格好見せるの初めてだね」

 

「そうだな。 恋次元じゃ知らぬ者はいない超人気アイドルだし、遊ぶにしても一々変装が必要だったもんな」

 

「そういう意味じゃ神次元に来れてよかったよ」

 

「なら、気兼ねなく遊ぶとしましょうか。 さ、お嬢様。 どちらへ向かわれます?」

 

 

そう言ってわざとおどけながらも手を差し出す白斗。

5pb.はもとより積極的に動けるタイプではない。だからこそ、白斗がリードする必要がある。

けれども彼女の望みを優先にしてあげることも忘れず。

細かな気遣いが嬉しくて、うっとりしながら5pb.は差し出された手を取る。

 

 

「だったら、早速行ってみたい場所があるんだ! こっちのベール様オススメの場所!」

 

「OK、ならまずはそこへ行こう」

 

 

そうして向かった先には、横にだだっ広い建物があった。

だが外装や内装の立派さから所謂上流階級御用達施設であることは見て取れる。

本当にここに入れるのかと白斗は恐る恐る受付に自分の名前を出してみた所、あっさりと通され、これでもかと言うくらいの手厚いもてなしを受けた。

まさにVIP待遇。慣れぬ贅沢に寧ろ戸惑いを覚えつつも、その数十分後。

 

 

「―――ぷはぁっ!! あー、気持ちいい!!」

 

「だな! いやー、さすが高級スパ! 何もかもがリッチだ」

 

 

二人は水面を突き破り、爽快感を身に浴びた。

そう、ここはリーンボックスが誇る高級スパ。議員や大会社の社長などのまさに上流階級の人間が挙って利用している。

そんな施設だけにプライベートが漏れる心配もなく、タレントなどの有名人が思う存分スパを満喫している。

ここで遊んでいることは決して漏らさない―――それが暗黙の了解である。

 

 

「んーっ、こんな風に気兼ねなく遊べるのって本当に久しぶり!」

 

「俺も割とネプテューヌ達に振り回されてっからな……って急に膨れっ面?」

 

「むー、白斗君減点です。 ボクとのデート中に他の女の子の名前を出すなんて」

 

「えッ!? あ、その、ごめんなさーい!!」

 

 

相変わらずの朴念仁で女の扱いは下手な男だった。

それでも少女を大切にしようと必死になっていることは嫌でも伝わってくるのだから、5pb.としては苦笑いせざるを得ない。

 

 

「ダーメっ。 許してほしいなら……ぼ、ボクをマッサージで気持ちよく……してくれるかな?」

 

「んグッ!?」

 

 

いつの間にか5pb.はプールサイドに設置されていたチェアに寝そべり、その背中を見せつけていた。

歌姫として磨き上げてきたシミ一つない美しい肌、そして水着越しでも分かる形の良い尻のふくらみ。何と扇情的なことだろうか。

 

 

(くああぁぁぁぁッ!! 色即是空空即是色…………!!)

 

 

白斗の常套手段発動。

羞恥が限界に達しそうになると、必死に念仏を唱えながら一心不乱に作業を行うのだ。

果たして今、海の向こうに言うネプテューヌ達はどうしているのか―――そんなことを頭の片隅に置きつつ、白斗は誠心誠意のマッサージを行うのだった。

 

 

 

「ふぁっ!? あ、あ……ああぁぁああぁ~~~~!!」

 

 

 

……悩ましい5pb.の嬌声が、リーンボックスの大空に溶けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、その頃のプラネテューヌ教会では既にイストワールが疲労でぐったりしていた。

 

 

「―――と、いうワケです。 すみません、駆け落ちはちょっと言い過ぎでした……。 でも、これで納得して頂けましたか……?(-_-;)」

 

「「「……うん、ぐすっ……」」」 

 

 

と言いつつも、涙や鼻水を啜るネプテューヌにネプギア、そしてプルルート。

いつもサボってばかりの女神二人(ネプギアは完全にとばっちりだが)にお灸を据えようと白斗が駆け落ちしたと言ったところ、三人は絶望の余り大泣きしてしまったのだ。

その凄まじい泣きっぷりにイストワールもさすがに罪悪感が天元突破、泣きじゃくる三人を必死に宥めてようやく理解してもらえたというわけだ。

 

 

「とにかく、白斗さんは最近無理をし過ぎです。 そしてその原因は間違いなくネプテューヌさんとプルルートさんにもあります。 こんな生活を続けていたら、本格的にどこかに鞍替えしてしまうかもしれませんよ?(´・ω・)」

 

「「「そんなのヤダ~~~!!!」」」

 

「ああ、もう泣かないでくださいー!! とにかく、白斗さんに愛想をつかされないためにもたまには皆さんだけで頑張ってみては如何でしょうか(=゚ω゚)ノ」

 

 

多少でも自主的に仕事をしたりすれば白斗の負担は間違いなく減る。

確かにここ最近彼に甘え捲くりだったとネプテューヌ達はしきりに反省した。

白斗との温かな日々を取り戻すためにも、ここが正念場。三人は袖を捲くってやる気を見せた。

 

 

「とーぜん! 私達だってやれば出来るってところ見せてやるんだから!」

 

「その意気だよお姉ちゃん! 私も頑張るから!」

 

「あたしも頑張る~!」

 

「やっとやる気になってくれましたか……。 これがずっと続けばいいのですが(;´д`)」

 

 

壮大な手順を経てやっと仕事に手を付けてくれるネプテューヌとプルルート。

疲労に押しつぶされそうになりながらもイストワールも補佐のために仕事に向かった。

 

 

「……時にいーすん、白斗が今どこにいるか知ってるー?」

 

「………………し、知りません(;一_一)」

 

「あ~っ! その顔は知ってる顔だ~! 白くんはどこ~!?」

 

「こんな風に暴れ出すから言いたくないんです~!(;>_<)」

 

「いーすさん、私なら暴れませんから! ……で、お兄ちゃんはどこデスカ?」

 

「ヒィィィッ!? ネプギアさんまでー!?(゚Д゚;)」

 

 

―――と思いきや一難去ってまた一難。

いつになったら仕事が始まるのかと嘆き、そして意を痛めるイストワールであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふはぁーっ。 気持ちよかったな、プール」

 

「うん! だけど、一気に疲れが溜まっちゃうね」

 

「案外全身を使うからな、アレで。 そりゃダイエットとかにも効果的なワケだわ」

 

 

それからしばらくして、二人はスパを後にした。

リーンボックスの強い日差しが降り注いでいるが、存分にプールで体を冷やしたおかげで気分は爽やか。

だが、体を動かせば当然腹も減ってくるわけで。

 

 

「昼はどうする? この分だとどこでも入り放題だし、折角だから高級レストランとかにもいってみるか?」

 

「実は恋次元でも付き合いとかで良く行ったりするから今回は良いかな。 白斗君、オススメって何かある?」

 

 

さすがはトップアイドル、付き合いとは言え存外舌は肥えているようだ。

ならばここは格式ばったものよりも、寧ろアイドルだからこそ普段いけない店がいいだろう。

 

 

「オススメ……うーん……。 なら、アイドルだと中々いけない店に行ってみるか」

 

「え、何それ楽しみ!」

 

 

どうやら何か考えが浮かんだらしい。

彼の自信満々な顔に期待を寄せる5pb.。全てを彼に委ねてエスコートをお願いする。

お洒落な路地から離れ、少しダーティーな雰囲気が漂う道へと案内される。

少しばかりの不安と、だからこそ沸き上がる好奇心。ちょっとした探検に心を躍らせていると、白斗が迷うことなく一軒の店に入る。

そこに掛けられていた暖簾を潜ると―――。

 

 

 

「へい、らっしゃっせー! カウンターへどぞー!!」

 

 

 

むわっと広がる熱気と湯気、そして溢れる匂いに店員の活気のある声。

既に席に着いている客たちは丼の麺を啜り、濃厚なスープを味わっている。

そう、ここは。

 

 

「わぁ、ラーメン屋だ! 超久しぶり!」

 

「あれ、来たことあるのか?」

 

「あのね、ボクを貴族のご令嬢か何かだと勘違いしてない? アイドル始めてから確かに中々いけてなかったけど、それまでボク一般ピープルだったんだからね?」

 

「そうだったな、悪い悪い。 まさにお嬢様な格好なものでつい」

 

 

デートとしては色気のない、だが誰もが愛する食べ物。それがラーメンである。

5pb.もアイドルになってからは中々訪れる機会がなかったので、顔を輝かせている。

どうやら最適解だったようだ。

 

 

「よっと、俺はとんこつラーメンだ。 お前はどうする?」

 

「断然塩ラーメン!」

 

「お、通だねぇ。 オヤジー、とんこつと塩! あ、とんこつはバリカタで!」

 

「はいよー!!」

 

 

カウンター席に座り込んで、それぞれ注文する。

どうやらラーメンの味には拘りがあるタイプだったらしく、注文に迷いはなかった。

因みにバリカタとは麺の硬さである。

 

 

「思えばラーメンの好みって結構分かれるけど戦争になることないよな。 なのにきのこたけのこ戦争は……」

 

「白斗君、その話題凄く危険。 下手をしたら血を見る……ぼ、ボクと白斗君が……敵対、しちゃう……」

 

「そこまでか!?」

 

「なーんて冗談冗談!」

 

「んぐ!? あ、アイドル……手強いじゃねぇの……!!」

 

 

さすがはアイドル。これまで多くのドラマにも出演してきただけあって演技力も折り紙つきだった。

頬を引きつらせながら他愛ない会話を楽しんでいると、食欲を刺激する香りと湯気を放つ丼が二つ、目の前に差し出された。

 

 

「へい、お待ちー! とんこつと塩ね!」

 

「あざッス。 んじゃ、頂きます」

 

「いただきます!」

 

 

パンと互いに手を合わせ、パキッと割り箸を割る。

そしてズルズルと麺を啜れば、喉越しの良い麺に濃厚なスープが絡み、口の中に深い味わいが広がっていく。

 

 

「ん! 美味しい! 何これ、こんなラーメン初めて!」

 

「だろ? 俺の一番のオススメだ。 この味を再現したくて割と通い詰めてるんだが、オヤジの口が堅くてな……」

 

「ったりめぇよ! スープはラーメンの味、即ち命! 麺はラーメンのコシ、即ち骨! どこに命を晒そうってバカがいるかよ!」

 

 

厨房で湯切りをしている、べらんめえ口調ながらも気のいい店主が豪快な笑顔を見せた。

白斗は悔しくてぐぬぬと歯嚙みしている。白斗も料理好きで皆に振る舞うことも多いのでこの味を何としても盗みたいらしいが、残念ながら口を割るまでには至らないらしい。

ただ、店主の言うことも尤もなので5pb.も頷いている。

 

 

「ごくっ、ごくっ……ぷはぁ! ご馳走さん!」

 

「ご馳走様でした! 美味しかった!」

 

「な、美味しかっただろ? 気に入ったら出前取ってみるといいと思うぞ」

 

「したいところだけどボクはこうして店の中で食べる方が好きなんだよね。 麺だって伸びちゃうし」

 

「そっか。 なら、出来るだけ時間を作らないとな」

 

 

ともあれ満足してもらったらしく、5pb.は破顔していた。

美味いラーメンで腹を満たしたおかげで5pb.の機嫌は最高潮だ。

 

 

「んじゃ次はどこ行こうか?」

 

「あ、ボク遊園地に行きたい! 恋次元だとロケ以外で行けないし」

 

「そうか。 なら……おおっ!? ちょ、引っ張るな!!」

 

「早く早く! 今日と言う時間が終わらない内に!」

 

「へいへい、お付き合いしますよお姫様ー!」

 

 

華奢な女の子とも思えぬ凄いパワーで引っ張り回される。

けれども、白斗はこれが性に合っていると感じながらお嬢様の我儘にどこまでも楽しんで付き合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃プラネテューヌ教会では。

 

 

「あー……うー……」

 

「ね、ネプテューヌさん。 どうされたんですか?(^▽^;)」

 

 

妙に生気のない顔でネプテューヌが項垂れていた。

彼女のすぐそばにはサインされた書類の山が築かれている。

白斗に愛想をつかされないようにと仕事を頑張り、お昼も先程皆でカレーを食べた所だ。食後のデザートとしてプリンも食べた。

にも拘らず、ネプテューヌはすっかりやつれている。

 

 

「白斗が……白斗がいないの……」

 

「ですから、駆け落ちは冗談ですって。 第一、今までも白斗さんが別行動をすることなんてザラじゃないですか(;一_一)」

 

「違うの……。 今までは白斗が、ちゃんと帰ってきてくれるって分かってるから笑顔で送りだせたの……。 でも、今頃誰かと楽しく遊んで本当に逃避行しちゃったら……」

 

(こ、これはすごい白斗さん依存症ですね……。 仕方ありません、正直仕事の進捗としては大進歩ですし、今日はもう切り上げさせますか……(;´д`))

 

 

余りにもネプテューヌが可哀想で見ていられないとイストワールは何も言わないことにした。

せめてもの景気づけにと傍に新しいプリンを置いておく。一秒もしないうちにそれはネプテューヌの口にちゅるんと吸い込まれる。

……ちょっとしたホラーな光景だったが、ネプテューヌの気は晴れることは無い。

 

 

「し、仕方ありませんね。 ネプギアさん……(;´・ω・)」

 

「お兄ちゃん……寂しいよぉ……」

 

「こっちまで白斗さんシックに!? ってことはプルルートさんは……(; ・`д・´)」

 

「白くぅん~……どこにも行かないでぇ~……」

 

「やめてください!! そんな土砂降りの中捨てられた子犬のような顔ーっ!(; >д<)」

 

 

全員が全員、白斗欠乏症になっていた。

昨日まで白斗と楽しく過ごしていたにも拘らずだ。いや、だからかもしれない。つい先程まで当たり前のように傍にいてくれた存在が急に射なくなるかもしれないという恐怖。

それがこんなにも心を蝕んでしまうのだと。そしてそれだけ皆、白斗が大切なのだと。

 

 

(これは私の失策ですね……。 アイエフさんやコンパさんを呼び戻してお仕事手伝っていただきましょうか……トホホ(T_T))

 

 

恋の病とは良く聞くが、これでは本物の病気ではないか。

三人の余りにも辛そうな姿を見てはイストワールも強く言えず、アイエフとコンパが来るまで耐え凌ぐしかないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そんな阿鼻叫喚の状況を知ってか知らずか、白斗と5pb.は遊び続けた。

遊園地で人目を憚ることなく遊ぶ。まだこの世界において知名度の低い5pb.だからこそ出来る荒業だった。

コーヒーカップを勢いよく回しすぎて二人で目を回したり、ハイクオリティなお化け屋敷で二人して震え上がって、凄まじい速度が出るジェットコースターで叫びまくった。

 

 

「へへ……アトラクション楽しんでるだけでも結構疲れるモンだな……」

 

「だねぇ……。 でも、すっごく楽しい!」

 

「そうだな。 で、どうする? 閉園時間まであとちょっとあるが」

 

 

白斗が指を差した先には時計。

確かにもうすぐで閉園時間、この遊園地を出なければならない。

だが、急げばまだ何かしらのアトラクションには乗れそうだ。

 

 

「……だったら、最後に行きたいところがあるんだ」

 

「いいぜ、どこだ?」

 

「遊園地で男女が最後に乗るものと言ったらアレしかないよ!」

 

 

指を差した先には、遊園地を象徴するアトラクションがあった。

ただ乗るだけ、だが密室で男女が二人きり。しかも閉園間際で夕焼けと宵闇が混ざ士合わさった美しい空。

それらをゆっくりと堪能できるアトラクションと言えば、一つしかない。

 

 

「……観覧車か」

 

「うん。 ……ダメ?」

 

「なワケないだろ。 ご一緒させていただきますよ、姫君」

 

「くすっ。 はぁい」

 

 

そんな仕草と声をされて断れる男がいるものか。

白斗は穏やかな表情で歌姫に綺麗な手を取り、優しく観覧車までエスコートする。

ベールの手配のお蔭で特別に少しだけ閉園時間が過ぎても乗せて貰えることになった。本当に二人だけの世界が作られ、ゴンドラはゆっくりと上がっていく。

やがて見下ろせる世界は、茜と闇と綺麗な星を思わせる灯火が広がっていた。

 

 

「わぁ……! 見て見て白斗君っ! 街が凄い綺麗!!」

 

「おお……ホントだ、すげぇ綺麗! これが100万ドルの夜景って奴かね」

 

「100万度……?」

 

「ああ、ゴメン。 俺の世界の話だよ。 ドルって金の単位があってな、そんぐらい金掛けなきゃ見れないような美しい景色を言うんだ」

 

 

ついつい口走ってしまった慣用句。

時々忘れがちになるがゲイムギョウ界における金の単位はクレジットである。

だが、そんな他愛ない話もすごく楽しく感じられ、二人して笑いあう。

 

 

(……ああ、幸せだなぁ……)

 

 

ずっと、この時間が続けばいいのにと5pb.は思う。

白斗と出会って、彼に助けられて、彼の優しさに触れて、そして―――白斗に恋して。

どれだけ幸せなことだっただろうか。夢だったアイドルの仕事を守ってくれて、そして自分の「女」として部分を大事にしてくれた白斗との出会いが。

 

 

「……5pb.、今日はありがとな。 あちこち動き回ったけど、お蔭さまで楽しくてリフレッシュできたよ。 難しいだろうけど、また一緒に遊ぼうぜ」

 

 

今、白斗の目には夕日に照らされている歌姫の姿がある。

決してステージの上でも、テレビの中でも見ることが出来ない、世界でただ一人白斗にだけ見せる素敵な表情。

顔が赤く染まっているのは、きっと夕日に照らされたからだけではないだろう。

 

 

(ああ……やっぱり、ボク……白斗君の事が好きなんだなぁ……。 どうしようもないくらいに……どうにかなっちゃうくらいに……)

 

 

溢れ出す想いで鼓動が速まる。心臓が突き破ってしまいそうだ。

勢いに任せて、ここでこの想いを告げてしまおうか。

受け入れられても、拒まれても。その瞬間はきっと後悔しない―――

 

 

(……でも、ダメだよね。 こんな抜け駆けみたいなことしたら……皆は認めてくれない。 白斗君だって、悩んで苦しんじゃう)

 

 

だが、今回こうして二人きりのデートをしているのは「白斗の休養のため」なのだ。

白斗を仕事から解放したくて、もっと少年らしいことをして欲しくて。その一心で世話役を買って出たのだ。

だからこれ以上はいけない。これ以上は、ダメだ。

 

 

「? どうしたよ?」

 

「なーんでもない。 白斗君の朴念仁っ♪」

 

「はぁ?」

 

 

本当にどこまでも女の子の心の機微に疎い少年だ。

でも、そんな欠点だって魅力の一つだ。誰が何と言おうと、彼の近くにいたい。

だから、彼を独り占めできるこの時間が愛おしかった。

 

 

「そうだ。 白斗君、今日ホテルで泊まるんだよね?」

 

「ああ。 昨日からそこに世話になってる」

 

「……ボクも、一緒にお泊り……したい、なぁ……」

 

「…………What!?」

 

 

潤んだ瞳で、とんでもないことを提案してきたのだった。

結局その日の晩飯はどこかで外食などもせず、ルームサービスに任せるという形で5pb.は白斗が宿泊する部屋へと転がり込んだ。

本来一人で借りている部屋に他人が寝泊まりするなど問題行為なのだが、そこはベールの手配が効いたのか、あっさりと通してくれた。末恐ろしい。

 

 

「白斗君、このお肉美味しいよ! は、はい、あーん…………!!」

 

「凄い顔を赤くして腕をプルプルさせないでくれるかな!? 食いづらいわ!!」

 

 

部屋に戻れば隔絶された空間であることをいいことにあの手この手で5pb.が誘惑してくる。

しかし、積極的な割には凄まじく緊張している。

大方ベール辺りから口説き方でも伝授されてそれを実行に移しているところか。

 

 

「な、何だったらワインのボトル空けちゃう!? お酌するよ!?」

 

「マジでそれはやめとけ!! アイドルを密室に連れ込んで酒飲ませるとか完全に悪徳プロデューサーの手口だから!! 俺もう二度とお天道様拝めなくなるから!!」

 

「もう似たようなものじゃない? ここまでボクを連れ込んでおいて」

 

「お前が転がり込んだんだからな!? でも、それを拒絶できなかった俺は結局か……」

 

 

性犯罪者になるつもりはなかったが、今この場を押さえられたら言い訳のしようがない。

例え事に及んでいようがいまいが、今の白斗は立派な犯罪者だった。

そんな彼の姿が少し面白くて、小悪魔ような笑みを浮かべて耳元で囁く。

 

 

「それとも……二人で堕ちていく?」

 

「駄目だ。 お前は日向にいてこそだ」

 

 

5pb.は何もかも白斗に捧げるだけの覚悟はある。だが、白斗はそれを良しとしなかった。

そのために彼女の人生を棒に振らせるつもりはさらさらない。

もし白斗のために彼女がとんでもないことをするつもりでいるなら、それよりも先に縁を切ってでも彼女を日向に残す。

誰が相手でも、白斗は常にその覚悟を持っていた。

 

 

「だったら白斗君も一緒じゃなきゃダメだよ。 それとお酒の件は嘘だから」

 

「……ホント、凄い演技力だこと」

 

「はい、正真正銘のジュース。 ボクこの味好きなんだ」

 

「どれどれ……。 おお、優しい口当たりだな」

 

 

今度は疑うことなくグラスに注がれた美しい色合いの液体を口にする。

ほのかな甘みと優しい口当たりが広がり、心を解してくれた。

美味しい料理に舌鼓を打ち、時には軽い会話を肴にして、あっという間に並べられた皿は綺麗になった。

 

 

「ご馳走様! ホテルの料理も馬鹿に出来ないな」

 

「ボクは割とこういう晩御飯の日々になりがちだけどね」

 

「お、アイドルらしいな今の発言」

 

 

こうして話しているとアイドル生活の裏事情とかも時々聞けたりする。

ライブに出たり、彼女の仕事を手伝ったりは時たまする白斗だったが生のアイドルがどんな生活を送っているのかは実に興味深い話なのだ。

と、会話が盛り上がってきたところでバスルームから「お湯が張れました」と実に機械的に、実に事務的な報告が飛んでくる。

 

 

「……5pb.、先に風呂入ってくれ」

 

「…………あ、あのっ!」

 

「言っておくが『お背中お流しします』はNGだ! 酒以上にマズイ!!」

 

「…………………………ぅー」

 

 

こんな状況、何度も経験してきたらさすがに鈍感だの朴念仁だの言われ続けてきた白斗でも先読みできる。

最大級の地雷を回避しつつ、けれども5pb.からの未練がましい視線を浴びながらもなんとか崩壊する理性を押さえつけ、彼女を風呂場に向かわせた。

 

 

「……あ、あがった……よ?」

 

「お、おう……んじゃ俺も入ってくるわ……」

 

 

湯上りの5pb.の姿は―――とても美しかった。

綺麗な肌が火照っており少し赤みが出ている。下ろされた髪に潤んだ瞳、そして纏われた湯気。

以前ツネミの家にお邪魔した時も彼女の風呂上り姿を見たことがあるが、それとはまた別ベクトルの美しさである。

 

 

(だあああああああああッ!! どうして俺の周りの女の子はもっとこう、自分を大切にしないのかな!? こちとら傷つけないよう必死に理性を押さえているというのに!!!)

 

 

―――そして度重なる女の子との接触で白斗の鉄壁と言われた理性にもガタが見え始めていた。

シャワーを浴びながらも頭を冷やして気持ちを落ち着け、白斗も短パンにタンクトップ一枚と楽な格好になった。

 

 

(わぁ……白斗君の風呂上り姿……! 細身だけど逞しい……。 傷だらけなのは“そういうこと”なんだろうけど……でも、ワイルドだなぁ……)

 

 

うっとりと白斗の肉体美を眺めている歌姫だった。

因みに白斗が入浴している間にホテルの従業員が訪れたのか、夕食は綺麗に片付けられていた。

 

 

「……そ、それで……もう、寝るか?」

 

「そんな勿体ないよ!! まだまだ夜はこれから、フィーバータイム!!!」

 

「ははは、5pb.ってば意外にやんちゃだな」

 

 

水滴をタオルで拭きながら白斗は椅子にどっかりと座り込む。

髪もドライヤーで乾かし、歯磨きもし終え、後残すは。

 

 

「……そ、そうだ白斗君っ!!」

 

「ん? なんじゃらほい」

 

「み、み、み!」

 

「…………ミミズ?」

 

「違うっ!」

 

「じゃぁ寝耳に水?」

 

「そうじゃなくてっ!! ……み、耳掃除……して、あげるっ!」

 

 

顔を真っ赤にしながらも必死に叫ぶ5pb.。

クリアに聞こえる歌姫の声が、すっと脳内にしみこみ、

 

 

「……は!? み、耳そう……ま、待て!! 俺の耳には水もミミズも溜まってないぞ!!」

 

「まだ引っ張るのそれ!? じゃなくてボクがしてあげたいの! だから早く膝枕されて!」

 

「それこそ寝耳に水なんだが!? ってか力強っ……うおぉぉっ!?」

 

 

余りの気恥ずかしさに白斗が混乱していると痺れを切らした5pb.が白い腕を伸ばし、彼の手を引いてきた。

華奢な女の子とはとても思えないパワーで白斗をベッドに寝かし、すかさず自身の膝を、彼の頭の下になるよう滑り込ませる。

 

 

「そ、それじゃ耳掃除するから……じっとしてて、ね?」

 

「……もう、好きにしてください……」

 

 

膝枕と言うシチュエーション自体は過去数度あったが、耳掃除してもらったことは一度もない。

なので白斗も生返事を返すのがやっとである。

出来れば過剰に動いているこの心臓の駆動音が届かないようにと祈りながら、白斗は歌姫の耳掃除を受け入れる。

 

 

「し、失礼します!! ……乾坤一擲……!!」

 

「待って!! 全てを賭けないで!? そんな勢いよくやったら俺の鼓膜突き抜ける!!」

 

「ハッ!? ご、ごめんね!! それじゃ改めて……」

 

 

5pb.も当然こんなシチュエーションなど初めてであり、心臓は既にバックンバックンとうるさく鳴り響いている。

それが男の人、それも好きな相手ならば尚更だ。

思わず狂いそうになる手元と思考を押さえ、改めて耳掃除に臨む。

 

 

(あ、何これ……太もも柔らけぇし……手付きが、気持ちいい……)

 

 

さて、された側の心境としてはまさに天にも昇る心地だ。

歌姫の太ももはとても綺麗で、尚且つ柔らかい。極上の柔らかさと言っても過言ではないのだ。

どこまでも自分を優しく包み込み、解してくれる。そんな柔らかさだった。

更には頭に乗せられた手や耳に入り込む耳かきの何と優しいことか。思わず意識が微睡んでしまいそうだ。

 

 

「……ふふっ、実は憧れだったんだ。 こうやって大切な人の耳掃除してあげるのが」

 

「……そっか、そりゃ良かったな」

 

 

5pb.も膝や手を通じて感じる白斗の感触に心を躍らせていた。

いつも自分を助けてくれて、守ってくれて、こんなにも幸せにしてくれる人が自分の膝の上で、優しい顔をして耳かきを受けている。

こんなシチュエーション、恋する乙女としては幸せ以外の何だというのか。

 

 

「わ、結構出てくるね」

 

「これでも体のケアには結構気を使ってる方なんだけどな。 元職業柄」

 

「そう言う自虐ジョークはしないでいいのっ。 ……ふふ」

 

「ホントご機嫌だな、5pb.」

 

「うん! ボク、今までで一番幸せかも……」

 

「……なら俺、5pb.を幸せに出来てるってことなのかね」

 

「そうだよ。 今日だけじゃない、初めて出会って、リーンボックスで助けてくれて、それからも一緒に色んな事したりして……ずっと、ずっと。 ボク、幸せだったんだよ」

 

 

耳掃除をしながらも5pb.は今までの思い出を振り返る。

初めて出会ったのはラステイション。そこで不良に絡まれたと思いきや、颯爽と助けてくれた。

更にはその後リーンボックスで再会、ストーカー事件も解決してくれた。そこから恋心を自覚して、それからも色んな思い出を作って、その想いは益々強まった。

誰が何と言おうと、この気持ちは変わらない、

 

 

「ララ~ラ~♪ ラララ~……」

 

「……ふぁ、ヤバ……。 そんな優しい歌聞かされたら眠くなっちまう……」

 

「寝てていいよ。 今回は白斗君の休日なんだし」

 

「そうか? ……そうかもな」

 

 

上機嫌の余り、5pb.が即興の歌を奏でた。

歌詞もない単なる歌声だったが、彼女の想いが優しい歌声となって白斗に届く。

歌姫としてエネルギッシュな曲だけでなく、こうして心を癒してくれる優しい歌まで披露してくれる彼女は間違いなく歌姫だ。

そんな歌声を間近で聞かされては白斗も思わず眠気が刺激されてしまう。

 

 

「……実は俺も幸せだ。 こうして耳掃除してもらうなんて今までなかったから」

 

「だったら、今度からもっと他人に甘えてね。 ボクじゃなくても、ネプテューヌ様達がいるんだし、皆白斗君を助けたいって願ってるから。 いつも、いつまでも」

 

「はは、そりゃありがたいな」

 

「だから白斗君も無理なんかしないで。 ネプテューヌ様達だってちゃんと言えばお仕事してくれる……確率は上がると思うんだ」

 

「そこで『確率』とか『上がると思う』と言われる辺りが悲しいッス」

 

 

とは言え、今頃教会ではネプテューヌ達も参っていることだろう。

イストワールの目的であるお灸を据えることも達成され、明日からは少しくらいは仕事してくれるはずだと白斗も僅かながら期待を寄せる。僅かながら。

 

 

「でも、白斗君に無理をさせたくないって絶対に願ってる。 だから白斗君も気負い過ぎず、少しくらい力抜こうよ。 今日みたいにサボったりしたっていいんだし」

 

「そうだな。 今度は『こんな生活棄てて、ボクと一緒に逃げて』って誘うとするよ」

 

「はうぅぅっ!? そ、それ昨日のボクの台詞ー!!」

 

「ははは、ゴメンゴメン」

 

 

ちょっとからかうと、凄くオーバーなリアクションで返してくれる。

それが面白くてつい笑ってしまう。

5pb.も少しむくれたが、再び奏でられた子守唄の前にとうとう瞼が重くなってしまった。

尚も耳かきの手付きは優しい。今までの疲労も相まって、いよいよ眠気は限界だ。

 

 

「…………ぐー……すー…………」

 

「あれ? 白斗君……寝ちゃった? ……ふふ、可愛い寝顔♪」

 

 

安らかな寝息が聞こえてきたので歌も耳かきも止める。

普段、女神の付き人として常に気を張っている少年が滅多に見せない寝顔に5pb.は胸をときめかせた。

 

 

「そうだ。 今度、子守唄風の曲でも作ってみようかな。 でも、今は……」

 

 

白斗が寝てしまえば、つられて5pb.にも眠気が訪れる。

常にアイドルとして歌って踊って演技もしてと常に体も神経も使い、今日とてリーンボックスのあちこちを回りながら遊んだのだ。

疲れも湧いて出てくるというもの、5pb.はリモコンで部屋の明かりを消し、白斗を抱きながらベッドに横たわった。

 

 

「明日はどちらが起きるのが先かな? ボク……だったら嬉しいな……」

 

 

白斗の寝顔はめったに見られるものではないが、同時にアイドルの寝顔も滅多に見せるものではない。

彼が早起きすれば、自分の気の抜けた寝顔が目撃されてしまうだろう。でも、それはそれでいいかもしれないと5pb.は嬉しそうに微笑む。

 

 

「……おやすみなさい。 ボクの……大好きな、白斗君……」

 

 

きゅっと優しく、想い人の頭を抱きしめる。

いつまでもこんな日々が続くようにと願いながら。続かないのなら、またこんなことが出来ますようにと願いながら。

歌姫の安らかな寝息と、少年の寝息が重なり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日。

 

 

「うう、結局寝顔見られちゃった……」

 

「早起きで俺に勝つなんて百年早い。 ま、俺も寝顔を見られたんだしお相子ってことで」

 

 

結果は白斗の勝ちだった。

疲れていたとはいえ、生活リズムを整えているのだから目覚ましなど仕掛けなくても早起きしてしまう。

結果、一時間くらいたっぷりと寝顔を見られた挙句コーヒーまで用意されていた。

 

 

「と、ところで寝顔とか……写メしちゃった?」

 

「してないけど?」

 

「してよ!! そこはしっかりと保存してロックも掛けてよ!!」

 

「何で怒られるの!?」

 

 

実に難しきは乙女心なり。

 

 

「それで白斗君、もう……帰っちゃうの?」

 

「いや、ベールさんに一言挨拶してからだ。 あの人にも世話になっちゃったし」

 

「そうだね! それじゃ……」

 

 

まだ、白斗と一緒に過ごせる。まだ彼との一時は終わらない。

それを知るだけで5pb.は眠気も吹き飛んでテンションマックスだ。今日の運勢など見ずとも気分も機運も最高潮。

朝食がてらどこでデートしようか―――と幸せな妄想に浸ろうとしたその時。

 

 

「「「うわああああああああああああん!!!」」」

 

「「へ!?」」

 

 

小柄な影が三つ、ドアを突き破って白斗に突撃してきた。

三人分の重さを受けてはさすがの白斗も踏ん張れるはずもなくベッドへと倒れ込んでしまう。

可愛らしい泣き声と共に抱き着いてきた影の正体は。

 

 

「ね、ネプテューヌにネプギア!?」

 

「それにプルルート様まで……!?」

 

 

そう、プラネテューヌの女神様三人だった。

どこから白斗の居場所を聞きつけたのか、脇目もふらずにこちらへと突撃したらしい。

公共施設の中でなんと迷惑なことか、と思ったが泣きじゃくる女の子三人を見ては邪険に扱うなんてとても出来なかった。

 

 

「うわあぁぁ~ん! ごめんね白斗ぉ!! ネプ子さん比較的良い子になるから! だから、駆け落ちなんてしないでぇ~~~!!」

 

「私も! 私ももっとお兄ちゃんの力になるから! だから、だから~!!」

 

「白く~ん!! もうどこにも行かないでぇぇぇ~~~!!!」

 

「お、落ち着いて!! ホントに悪かった、もう勝手に出て行ったりしないって!!」

 

 

大粒の涙を滂沱のように流しては白斗の胸元にすり寄る少女達。

ここまで本気で泣かれては寧ろ白斗の方に罪悪感が湧いてしまう。

さて、こうなると分かっていながらこの三人に情報提供したのは誰なのか―――犯人は、ドアの向こう側から申し訳なさそうにこちらを覗いている女神が一人。

 

 

「ベール様……バラしちゃったんですね」

 

「も、申し訳ありません。 今朝突撃されたと思ったら本気で泣き始めるものですから……」

 

 

5pb.が苦笑いで見つめる先には心の底から頭を下げているベールがいた。

何しろ、白斗の休日を手配した人物なのだから彼の居所は知って当然といえる。ただベールに辿り着くまで時間が掛かったらしく、それで今朝になって突撃してきたということらしい。

確かにこんなにも泣かれては、素直に吐くしかないだろう。

 

 

「……こりゃ、今日一日は」

 

「皆のご機嫌取りに費やさないと、だね」

 

 

白斗と5pb.は互いに見合わせて苦笑い。

まずはこの泣きじゃくる女の子達をどう宥めようか―――そんなことを考え合っている間も、不思議と笑みが漏れる。

結局のところ、白斗に静かな一日など無理なのだ。何せ周りにはこんなにも姦しく、それでいて可愛らしい女の子達でいっぱいなのだから。

 

 

 

(……でも、昨日の白斗君はボクだけのものなんだからね♪ ふふっ♪)

 

 

 

そして昨日までのあらゆる思い出が詰まった携帯電話をそっと胸に抱く5pb.なのであった。

―――後日、彼女が出した新曲「ボクだけの☆Holiday」は神次元を代表するほどの曲として広まったという。

 

 

 

 

 

 

続く




サブタイの元ネタ「ぼくだけがいない街」。

大変お待たせいたしました。ということで白斗と5pb.ちゃんが駆け落ち気味デートするお話でした。楽しんでいただけたら幸いです。
極度の人見知りということで有名な5pb.さんですが一度勢いづくと結構グイグイくるんじゃないかなって思っています。慣れた相手には積極的に誘ってきますし。
これまで多くのデート話を書いてきたのでどう魅せようかなと悩んだ結果、敢えて王道のデートと言う形にしてみました。
そしてデートの定番こと遊園地と耳かき。ギャルゲーだったら一枚絵ついてますね。
そういう意味では5pb.ちゃんは結構ストレートに書ける子だなと思っています。奇をてらう必要のない良い子です。

さて、次回はツネミさんとマベちゃんを巻き込んでネプ子達が女子力修行!? まぁ、きっととんでもないことになってしまうんでしょうね。
次回もお楽しみに! 感想ご意見、お待ちしております!


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第六十二話 うわっ、私の女子力…低すぎ…!?

午前七時半。ここは神次元プラネテューヌの女神ことプルルートの部屋。

国家元首たる女神ともなれば、こんな時間からでもバッチリ目を覚まして仕事をする―――はずもなく、彼女は安らかな寝息を立てていた。

 

 

「すぴぴ~……すよよ~……」

 

 

なんと柔らかく、それでいて幸せそうな寝息なのだろうか。

顔もまさに女神の寝顔と言うべき可憐さと美しさ。無暗に手を出すこと自体が罪と言わんばかりの幸せそうな寝顔。

―――なのだが、だからと言って白斗はいつまでもこのままにしておけるはずもなかった。

 

 

「おーい、プルルート起きろー。 朝メシ出来たぞー」

 

「うぅ~ん……おきてる~……。 zzz……」

 

「はいはい起きてない起きてない。 まずは顔を洗いましょうか」

 

 

やはり朝が弱いプルルート。未だに寝ぼけ眼で起きる様子がない。

けれども既に朝食は用意しているし、食卓には皆が集まっている。

朝食も皆も待たせるわけにはいかない。白斗は水に濡れた手拭いを取り出すと、プルルートの顔を優しく洗ってあげる。

 

 

「わぷぷ……! もぉ~、冷たいよぉ白く~ん」

 

「でも綺麗になった。 うんうん、プルルートには綺麗な顔が一番だ」

 

「う!? うぅ~……」

 

 

しかし、いの一番にそんな言葉を掛けられてはときめいてしまうというもの。

ボッ、と赤くなった彼女にも気付かず白斗はカーテンを開け放って部屋を朝日で満たす。

 

 

「ほら着替えた着替えた。 朝飯冷えちまうぞ」

 

「わ、分かったからお部屋から出てよ~!」

 

「ん? ああ、ゴメンゴメン。 それじゃ、また後でなー」

 

「もぉ~……」

 

 

などと赤くなった顔を毛布で隠しながらもプルルートは着替えた。

足元に置かれたスリッパを履いてパタパタとダイニングルームへ向かう。

 

 

「あ、ぷるるんおはよー」

 

「プルルート様、おはようございます」

 

「ぷるちゃん、おはようです!」

 

「みんな~、おはよ~」

 

 

食卓には既にネプテューヌやアイエフ、そしてコンパが着いていた。

反対側の席にはイストワールとピーシェ、ネプギアがいる。

 

 

「お兄ちゃん、手伝うよ。 最近働き過ぎってことで駆け落ち騒動があったんだし」

 

「いや、あれは……まぁいい。 ならフォークとナイフを配ってくれ」

 

「ぴぃも! ぴぃもてつだうー!」

 

「お、良い子だなピーシェ。 ならピーシェはこのお皿を持っていってくれ。 危ないから転ばないようにな」

 

「はーい!」

 

 

今日の朝食担当は白斗。相変わらずの働き者だとプルルートは感心するが、そうこうしている間にネプギアとピーシェが手伝いを申し出てきた。

白斗はピーシェの頭を撫でつつ、二人に配膳の手伝いをお願いする。

些細なことだが、二人にちゃんと仕事を与えつつ、それでいてちびっ子であるピーシェを褒めて、尚且つ的確な仕事を割り振っている。

 

 

「……白くんって、いいお母さんになれるよね~」

 

「その褒め言葉は嬉しくねぇ……」

 

「じゃあ家政婦さん~」

 

「まず俺を男だって認識してください……。 ほい、ベーコンエッグおまちどおさん」

 

 

苦笑いしながらも、白斗は焼き立てのベーコンエッグが盛られた皿を配っていく。

カリカリに焼かれ、しっかりと味付けされたベーコンに加え目玉焼きは絶妙な半熟。料理上手のコンパも一目置く腕前だからこそできる芸当だった。

更に白斗特製のオニオンスープも配られ、たち込める匂いが食欲を刺激する。

 

 

「ん~! このスープ、美味しい~!」

 

「えへへ、私白斗のオニオンスープ大好きなんだよね~! これがあると今日一日頑張れるって感じなの!」

 

「ネプテューヌさんはそう言ってお仕事しないことが殆どじゃないですか……。 でも、白斗さんの料理は私も大好きです!(*‘∀‘)」

 

「こ、このままじゃ……私の、私の鉄のお茶がピンチですぅ~~~!!」

 

「いやコンパよ、だからそれはアイデンティティーな? アイアンティーにすんなよ?」

 

 

こんなにも笑顔に囲まれた朝食は中々お目に掛かれない光景だ。

その輪の一員となれていることに白斗はふと幸せを感じてしまう。

 

 

「ご馳走様でした。 毎度毎度ありがとね、白斗」

 

「お粗末様でした。 アイエフ、食器はシンクに置いてくれ。 後で纏めて洗うから」

 

「洗い物なら私がやるわよ? 白斗に家事押し付けるのも悪いし」

 

「いいって、趣味みたいなモンだから」

 

「ホントに白斗ってワーカーホリックよねぇ……」

 

 

食事を用意したのなら後片付けまでしないと気が済まない性分。

これをワーカーホリックと言わずして何と言おう。

白斗自身苦にもならないので特に気にする素振りを見せることもなくテキパキと食器を洗い、布巾で水分を拭き取って綺麗にしていく。

 

 

「まぁ、昔っからこういうのやらされてきたからな」

 

「それって恋次元の話? ネプ子ってば、白斗に押し付けてばっかりなんじゃないの?」

 

「いや、恋次元に来る更に前の話だから気にしないでくれ」

 

 

ついつい過去を愚痴ってしまいそうになる。

だが、気持ちのいい話ではないため慌てて飲み込んだ。昔の生活に比べれば、今の生活の何と幸せなことか。

だが、それでも白斗には気掛かりというべきか、心残りが一つあった。

 

 

(……ホントは、この輪の中に姉さんも入って欲しかったんだけどな)

 

 

姉さん、それは恋次元で待っているベールの事ではなく、正真正銘血のつながった彼の姉、黒原香澄のことである。

過去極めて重い心臓病を患い、父親の保身に走る余り杜撰な対応をしたことで今も尚昏睡状態に陥ってしまっている。

突然ゲイムギョウ界に飛んできてしまったために姉に一言掛けることすら出来ないままだったが、手に入れた情報によれば彼女もまた自分に暴虐を働いたあの父親と一緒に恋次元に飛んでいるという。

いつかは彼女を探し出し、ゲイムギョウ界の技術を以て姉を治療し、そしてこの笑顔溢れる空間で共に過ごしたい―――それが白斗の望みの一つだった。

 

 

「……そうだ。 今日の昼飯はカルボナーラにするかな」

 

「え、お昼ご飯まで作るつもりなの? 少しは休んだら?」

 

「ありがとう。 でも何だか食べたくなったし……作りたくなったんだ」

 

「作りたく……? ……そう、分かったわ」

 

 

料理を食べたくて作るのは分かるが、作りたいから作るというのは正直神次元のアイエフには分からなかった。

けれども、理由自体があるのは何となく察せた。だから、昼食も白斗に任せることにしたのである。

 

 

「さて、仕事仕事……」

 

「はいアウト―! 白斗しばらく仕事禁止令言い渡されてるでしょー!!」

 

「うお、急に沸くなよネプテューヌ!? 仕方ない、なら掃除くらいはしておくか」

 

「え? なんで掃除?」

 

「ツネミとマーベラスが遊びに来るんだ。 さっき急にオフになったらしくてさ。 だから少しくらい綺麗にしとかないと」

 

 

そう言ってツネミとマーベラスからのメッセージを見せる。事実のようだ。

そしてこの教会は元気なちびっ子ことピーシェは勿論、割とネプテューヌやプルルートがはしゃいで物を散らかすことが多い。

来客を気持ちよく迎えるためにも掃除は急務と言える。

 

 

「ピーシェ、使った玩具はちゃんと箱にしまおうな? それと本もちゃんと本棚へ、んで掃除機で埃を吸い取ってから雑巾で水拭き。 お米のとぎ汁を使うとより綺麗に。 んで窓は新聞紙で拭くことでピッカピカ。 それからそれから……」

 

 

玩具や本の整理整頓から始まり、掃除機、雑巾がけ、窓ふき等々。

これまたテキパキという効果音が聞こえんばかりに白斗は手際よく掃除を進める。

米のとぎ汁や新聞紙を使うことでインクの脂などがコーティングの役割を果たすという生活の豆知識をフル活用している辺り、かなりの掃除上手である。

 

 

「わ~! 床も窓もピカピカ~!」

 

「ふう、綺麗な家の方が気持ちがいいな。 ってネプギア、肘の部分が少しほつれてるぞ」

 

「え? あ、ホントだ!」

 

 

掃除に使った道具を片付けていると白斗が目敏くネプギアの肘部分のほつれを見つけた。

お洒落に気を遣う女の子としてはこのほつれはいただけない。

 

 

「貸してくれ。 この程度だったら修繕できる」

 

「え、お兄ちゃんお裁縫出来たの?」

 

「元の世界でもやってたし、こっちに来てからもプルルートからちょこちょこ教わってるんだぜ」

 

「そうなんだ! じゃあ、また後で渡すね」

 

「おう。 さて、そろそろ昼食とデザートの下拵えと参りますかねーっと」

 

 

どうやら裁縫技術も身に着けたらしい。

となれば白斗に頼まない理由など無い。さすがに今この場で脱いで渡したくないので後で手渡すと約束してネプギアは部屋へと戻っていった。

しかし、肝心の裁縫の師匠であるプルルートは不満を頬に詰め込ませて思い切りむくれていた。

 

 

「むむむ~っ! 白くん~、お裁縫だったらあたしだって出来るもん~!」

 

「プルルートはその前に寝ちまうだろ」

 

「……………………………そ、そんなことないもん~」

 

「はい、今たっぷり空いた間が動かぬ証拠です。 これにて閉廷」

 

 

ズバッと正論を切り込まれ、プルルートはぐうの音も出なくなってしまった。

裁縫の腕前で言えばプルルートの方が上である。だが、彼女はモチベーションの高低が激しく、モチベーションが低い時は仕事が非常に遅いスロースターターだ。

何故か白斗関連のことになれば割と早く手を付けてくれるのだが。

 

 

「おじゃましまーす!」

 

「ネプテューヌ様、プルルート様、そして白斗さん。 お邪魔します」

 

「お、マーベラスにツネミ。 いらっしゃい」

 

 

そうこうしているうちに本日のゲストことツネミとマーベラスがやってきた。

マーベラスは相変わらずの明るい笑顔で、そしてツネミは表情に乏しいながらもしっかりとお辞儀する。

そんな二人も、白斗の顔を見るや否や更なる笑顔を見せてきた。

 

 

「さて、今日は俺の得意料理ことカルボナーラだ。 しっかり味わってくれよ」

 

「わぁ……! いい匂い~!」

 

「カルボナーラ……確か白斗さんのお姉さんの大好物でしたね」

 

「お、良く覚えてるなツネミ。 だからこそ味に自信ありだぜ」

 

 

白斗のカルボナーラを初めて目の当たりにするマーベラスとツネミは大喜びだ。

そして白斗にとってカルボナーラとは今は離れ離れになっている大切な姉のために頑張って覚えた料理。

言い方は少し語弊があるかもしれないが、白斗にとって思い出の料理であり姉の形見みたいなものである。

 

 

「白斗のカルボナーラ、いつ食べても美味しい~!」

 

「ん~! お口の中がハッピーだよ~!」

 

「味も舌触りも最高! 何杯でも食べちゃいたい!」

 

「……ですが、卵にチーズ、そして炭水化物……これ以上食べたら、カロリーが……!」

 

 

ネプテューヌ達も加え、皆でカルボナーラを啜る。

パスタに絡みつくチーズと卵のクリームソースが濃厚かつ奥深い味わいを口いっぱいに広げてくれる。

誰もが美味しいといってくれるのだが、ツネミは食事量をセーブしている。アイドルとして体型維持は義務、カルボナーラはまさにカロリーの塊なのだから臆するのも無理もない。

 

 

「はっはっは、遠慮なく食え食えー。 そして肥え太れー」

 

「白斗さんチーズをちらつかせないでください! そんな悪魔の誘惑しないでくださーいっ!」

 

 

そこへ白斗が追加用のチーズと、それを削るための器具を手にした。

ただでさえ美味しいカルボナーラに、削ったチーズを追加する―――それだけでどれだけ美味しく、同時にカロリーが追加されてしまうのか。

余りもの悪役じみた所業にツネミは涙目、そしてそんな彼女が面白おかしくてネプテューヌ達はついつい笑ってしまうのだった。

さて美味しく、それでいて楽しい昼食の時間は終わりを迎える。

 

 

「うおりゃー! ネプ子さんの超絶テクを食らえマベちゃん!」

 

「っく! この、ネプちゃんのバージルは良く動く……!」

 

「お姉ちゃんファイト~!」

 

「マーベラスさん、諦めないでください! ワンツー、ワンツーです!」

 

 

そして昼食を食べ終えればゲーム大会の時間。

このゲイムギョウ界においては日常の光景である。やはりと言うべきかネプテューヌの腕前が群を抜いており、しかし中々どうして、マーベラス達もしっかり食らいついている。

白熱した試合が刻一刻と進む中、壁に掛けられていた時計がボーンとレトロな音を奏でる。三時のおやつの時間だ。

 

 

「ほーい、デザートおまちどおさん。 今日は俺の本気、宇宙パフェだ!」

 

「宇宙パフェって……わ!? 何これ!? 凄い綺麗~!」

 

 

白斗がお盆に入れて運んだのは大ボリュームのパフェだった。

大部分は宇宙をイメージした青色のゼリーで、ソーダ味らしい。最下層部分は地表の山をイメージしたゼリー、上に行けば行く程宇宙の青が濃くなる仕様だ。

星の瞬きを表現するために食用の緊迫みたいなものを散らし、月をイメージしたアイスも乗せられていると、まさに贅沢を突き詰めた一品。見た目も綺麗で、女の子達はすっかり釘付けだ。

 

 

「ホントはフォンダンショコラにするかどうか迷ったけどな。 折角だから凝ってみた」

 

「え、名前からして難しそう」

 

「ところがどっこい、超簡単。 チョコレートと小麦粉とバターと卵を混ぜて焼くだけなのだ」

 

「え、名前に反してメチャ簡単」

 

「ただ、カロリーもえげつないからな。 こっちはごてもりだけどカロリーも控えめにしてあるぜ」

 

「え、何その気遣い」

 

 

ネプテューヌも軽く驚きつつ全員がパフェを口にする。

ゼリーの甘さ自体は控えめだったが、生クリームやチョコ、アイスなどのトッピングが絡み合い口の中に甘い宇宙が広がっていった。

 

 

「ほわぁ~! 美味しい~!」

 

「見た目も綺麗だし、もう最高! あ、これ写メってユニちゃんに自慢しちゃおうかな♪」

 

「コンパちゃんのデザートも美味しいけど、白斗君のお菓子って結構凝った感じだよね。 それがまた最高なんだけど」

 

「白斗さん、私今度スイーツ紹介の番組に出るので一緒に出演してください」

 

「おいおい、そんな口々に言われたって分からないって」

 

 

誰が言った言葉だったか、女の子は甘いもので出来ている。実際その言葉通り、女神達は白斗のスイーツを口にしては目をハートマークにして喜んでいる。

幸せそうな女の子の姿に白斗も釣られて笑った。

 

 

「ごちそーさま! ぴぃ、おそとであそんでくるー!」

 

「待てピーシェ、一人だと危ないぞ。 俺も行く」

 

「えぇー? 白斗も私達と一緒にゲーム大会しよーよー」

 

「ピーシェ放っておけないだろ? それについでに食材も買ってこようかなと」

 

 

ゲームには興味なかったのか、ピーシェが外で遊ぶと言い出した。

だが、幼い子供を一人で行かせるのは忍びないと白斗も同行を申し出た。ついでに買い出しにも向かうつもりらしい。

するとマーベラスが目を輝かせて鋭く手を上げた。

 

 

「だったら白斗君、私ついていくよ!」

 

「ついてくるのは構わないけどなマーベラス、ピーシェにも付き合えってことだぞ?」

 

「…………………き、今日は大人しく皆と遊んでまーす……」

 

「懸命だ。 まぁ、晩飯までには戻ってくるから」

 

 

後ろでぐるんぐるんと腕を振り回しているピーシェを見て、すごすごと引き下がったマーベラス。

何せピーシェは女神顔負けのパワーを誇る幼女なのだ。遊びとは言え、全力でじゃれてこられようものなら、女の子の華奢な体などあっという間にへし折れてしまうだろう。

―――とは少し言い過ぎかもしれないが、ピーシェを御せる白斗ならばその心配もない。

 

 

「やったーっ! おにーちゃんとおでかけだー!」

 

「おいおい、はしゃぎすぎるなって。 ホラ、逸れないように手を繋いで行こうな」

 

「わーい! ぴぃね、ねぷのぷりんほしい!」

 

「ピーシェは口を開けばプリンしか言わないよな、ホント」

 

「ちがうよー。 ねぷのぷりんだよー!」

 

「ははは、ゴメンゴメン。 それじゃ兄ちゃんの言うことしっかり聞いたらご褒美に買ってあげよう」

 

「うんっ! ぴぃ、いいこにするっ!」

 

 

軽い掛け合いをしながら手を繋いで出掛ける二人の姿は、兄妹を通り越して親子のようだ。

誰もが微笑ましく思いながら送り出した―――のだが。

 

 

「…………」

 

「ん? ツネミ、どったの?」

 

 

ツネミは白斗の姿が見えなくなった途端、物憂げな表情になるアイドルが一人。

始めは白斗がいなくなって寂しくなったのかと思いきや、そうではない。

寂しいというよりも考え込んでいるという感じだった。訝しんだネプテューヌが、友人の顔を覗き込む。

 

 

「いえ……白斗さんって、女子力の塊だなと思いまして……」

 

「あー、確かに料理も洗濯も上手だし」

 

「お裁縫もあたしから習ってるし~」

 

「ピーシェちゃんみたいな小さな子の扱いも上手いし」

 

「何より女装すると可愛いし!」

 

「「「「うんうん」」」」

 

 

乙女たち五人が頷く。

常に他人を気遣い、的確なフォローをしてくれる他、サボり魔の巣窟となっているこの教会において白斗が家事を担当することが多い。

ピーシェにロムとラムと言ったちびっ子達にも懐かれており、そして女装すれば一気に可憐となる。

本人が聞いたら拗ねるだろうが、確かに女子力に溢れていた。

 

 

「おまけに一度攫われるというヒロイン属性も獲得してるし……白斗ヤベェ……」

 

「……で、そこで思い当たったんです。 じゃぁ、私達は? って……」

 

「ぇ……」

 

 

そしてツネミが告げた質問。

白斗には女子力がある。だが、自分達にはどうなのか。

 

 

「……お、お料理ならそこそこ」

 

「あ、あたしだってお裁縫できるもん~!」

 

「わ、私だって家事とかそこそこ出来ますっ!」

 

「……でも、白斗君と比べると……」

 

 

そう、彼女達は決して何もできないわけではない。

だが肝心なところを白斗に押し付けっぱなしで、その道を究めているかと言えば答えはNO。

白斗に比べると―――それが齎す結論、それは。

 

 

 

「「「「「……うわっ、私の女子力……低すぎ……!?」」」」」

 

 

 

―――きっと今の彼女達は、ガラスの仮面で覆い隠さないといけないようなショッキングな顔つきになっていることだろう。

さぁっと青ざめた乙女たち、次の瞬間には烈火を瞳に宿した。

 

 

「こ、こうしちゃいられない! 白斗と新婚生活を送ることになったとしても、白斗ばっかりに家事を押し付けるような女の子になるわけにはっ!」

 

「お姉ちゃん、さり気なくお兄ちゃんと結婚する前提で話を進めないでね?」

 

「け、結婚はともかく……あたしだってやればできる女なんだから~!」

 

 

ネプテューヌのアホの子発言はともかく、一同が危機感を抱く。

いや、実際の所ネプテューヌとプルルートに至っては色々白斗に押し付けては食っちゃ寝の自堕落な日々を過ごしていたのだが。

 

 

「こうしてはいられないね! 皆、ここは一時休戦! 協力し合わなきゃ!」

 

「ですね。 私達全員で花嫁修業……もとい女子力修行をしましょう!」

 

「「「おおぉぉ―――っ!!」」」

 

 

拳を天高くつき上げる乙女たち。

仕事など放りだす女神も、恋に恋すれば壮絶なやる気を見せる。

隠して乙女たちによる女子力修行が今、幕を開けたのであった。

 

 

 

 

 

 

STEP.1 お裁縫を覚えよう! 講師プルルートさん

 

 

「お裁縫と言えばあたし~。 みんな~、針と糸は持った~?」

 

 

意気揚々と針と布を手にするプルルート。守りたい笑顔とはこのことだろうか。

普段は眠たげな彼女も趣味の裁縫とあればやる気を漲らせている。白斗のための女子力修行と言えば尚更だ。

 

 

「持ったよぷるるん。 で、近くに綿もあるけど?」

 

「今日はシンプルにクッション作ってみよ~」

 

「あ、いいですね。 簡単にできますし」

 

 

どうやら今日は練習がてら皆でクッションを作ってみようということらしい。

布を縫い合わせて袋状にした後、綿を詰めて後は最後に縫い合わせるだけ。

確かに裁縫の入門編としては適している。なるほどとネプギアも手を合わせて納得した。

 

 

「それじゃ~、あたしがお手本やるから見ててね~?」

 

 

と、プルルートが見せた手捌きは―――鮮やかかつ迅速だった。

普段のんびりした口調と緩慢な動作から想像も出来ないような手つきで、布と布を縫い合わせていく。

綿も詰め、最後にしっかりと縫えばクッションの出来上がりだ。

 

 

「ぷ、ぷるちゃん……相変わらずお裁縫になると凄い腕前だね……」

 

「もうぷるるんなんて気安く呼べないよ……ぷるるん大先生だよ!」

 

「ネプテューヌ様、それ結局言ってますから……」

 

 

ともあれ、普段見せることのないプルルートの得意分野に誰もが拍手を送っている。

実際彼女が抱えているクッションは雑な部分が一切見受けられない。綿の詰め方も完璧で、これのために500クレジットを出してもいいと思えるほどの出来栄えである。

褒め殺しの応酬にプルルートも可愛らしく鼻息を鳴らしてドヤ顔を浮かべ、胸を逸らして得意げにしている。

 

 

「えっへん~! じゃあ、みんなもやってみてね~」

 

((((……いや、あの。 今の手付きが早過ぎて全然分かんないんですが……))))

 

 

普段がのんびりしているだけに、いざその手並みを見せられると目で追うのも大変である。

裁縫こそプロ顔負けの腕前だが、それを他人に伝えるのは難しい。そして他人がそれを理解するのも相当な苦労を要する。

 

 

「痛ぁーッ! 指やっちゃったぁ……」

 

「あはは、ネプちゃんドジっ子ー。 その点私はンギャ――――ッ!?」

 

「ひゃんッ! 私もやっちゃいましたぁ……痛ぁい……」

 

「あぅッ!? 痛っ! きゃんッ! ひぃぃぃんッ!!」

 

「……ツネミは一旦落ち着こうか、うん」

 

「あわわ~! 大変~~~!!」

 

 

その懸念は大当たり、誰もが針を指に突き刺してしまう。

特に経験のないツネミは大苦戦で事あるごとに悲痛な声を上げる。

慌てて回復術を使えるプルルートが皆に治療を施して事なきを得た―――のだが。

 

 

「疲れちゃった~……。 おやすみ~……」

 

「「「「待たんかい」」」」

 

 

さすがに回復術を使い過ぎた故に疲労が溜まってプルルートが寝始めてしまった。

何とか起こすも、今の彼女達では裁縫を極めるのは難しいと悟る。

 

 

「……さ、裁縫は……ホラ! 緊急性が少ないじゃん? だから時間はある、これからゆっくり学んでいけばいいんだよ!」

 

「そ、そうだね! お姉ちゃんの言う通りだよ!」

 

 

ネプ姉妹の言葉にツネミとマーベラスも全力で頷いた。

尚、あったらあったらで役に立ち、無かったら無かったらで困るスキル。それが裁縫である。

やがて彼女達もいつかそれを知る時が来るのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

STEP.2 美味しいお菓子を作ってみよう! 講師コンパさん

 

 

「わ、私ですか? 正直最近、白斗さんの登場でアイデンティーが崩壊しそうです……」

 

「お願いこんぱ! こんぱしか頼れないの!」

 

「コンパちゃん~、お願い~!」

 

「後コンパさん、惜しいです! アイデンティティーです!」

 

 

講師を頼まれた少女、神次元のコンパは正直やる気―――というよりも気乗りがしなさそうに見えた。

どうも最近、料理の腕で自分と双璧を成す白斗の存在に拗ねているらしい。

アイデンティティーが崩壊しそうになる、その葛藤は理解出来なくもないがそれでも彼女にしか襲われないと誠心誠意頭を下げて頼み込む一同。

 

 

「ほ……ホント、です……?」

 

「ホントだよ! コンパちゃんのお菓子だって美味しいじゃん!」

 

「そうです。 白斗さんのお菓子も、コンパさんのお菓子も、それぞれ違った良さがあるんです。 ですから無理に比べて自分を卑下する必要なんて皆無なんです」

 

「そーそー。 白斗は凝った感じだけどこんぱのは皆が安心して食べられるって言うか、優しい味だし私は大好きだよ。 こんぱの味!」

 

「ねぷねぷ……みんな……! 大好きですぅ~~~!!」

 

 

そう、白斗が率先して働くだけでコンパの腕前とて一級品なのだ。

表裏のない温かな言葉にコンパは感極まって大粒の涙を流してしまう。

一頻り涙を流せば、代わりに溢れてくるのはやる気。今のコンパは燃えていた。

 

 

「そう言うことならコンパにお任せです! それで始める前に皆さん、お菓子作りで一番大切なことって分かりますか?」

 

 

張り切ってレクチャーをするコンパ。

ここにいる少女達はネプギア以外、料理経験こそあれどお菓子作りはそこまで経験がなかったはず。

とりあえずどこまで理解しているのか、プルルートとツネミ、そしてネプテューヌが張り切って答える

 

 

「愛情~」

 

「ど、努力?」

 

「勝利!」

 

「寝言は寝ていってほしいです♪」

 

「ねぷっ!? こんぱが辛辣な発言を!? これは間違いなくぷるるん譲り……!」

 

「ねぷちゃん酷~い!! あたしの所為なんかじゃないもん~!!」

 

(いや、間違いなくプルちゃんの影響だよ……)

 

 

コンパは笑顔でバッサリ切り捨てた。

こちらの世界のコンパはプルルートによって幼少期から育てられてきた。育ての親である彼女の影響を色濃く受けてしまうのは当然だと、マーベラスも頷いた。

……決して口には出さなかったが。

 

 

「はい! 正解は、ちゃんとレシピ通りに作ることです!」

 

「ギアちゃん正解です!」

 

「え? そんなこと?」

 

「そんなことじゃないんです! とっても重要なんです!」

 

 

ネプギアが手を上げて、ハキハキと正解を述べる。

さすがにお菓子作りを経験しているネプギアには簡単な問題だった。

 

 

「お料理みたいに勝手なアレンジを加えたりすると失敗しちゃうです。 だからレシピ通りに作らないとダメなんです」

 

「逆に言えばレシピ通りに作れば、誰にでも出来る……ということですか?」

 

「ツネミさん、大正解です! だからみんなもすぐに出来るようになるです!」

 

 

余計なことをせず、何もかもを忠実にやり遂げる。

一見簡単に見えて難しい。けれどもそれをやるだけで誰でも美味しく出来上がる。

それがお菓子作りの魅力の一つでもあった。

 

 

「それじゃ、今回はパンケーキを作ってみるです!」

 

「おー、みんな大好きパンケーキ! 生地捏ねて焼くだけ、お手軽ですなー」

 

「ふっふっふ、甘いですよねぷねぷ。 パンケーキよりも甘いです。 そしてお菓子作りは甘くないんです」

 

「へ? どういうこと?」

 

「パンケーキは火が強すぎても弱すぎてもダメ。 シンプルな分、繊細さが必要なスイーツなんです。 だからこそ、お菓子作りの入門にピッタリなんです!」

 

 

確かに生地を作って焼くだけのパンケーキ。しかし、それを美味しくふっくらに焼き上げたいならばレシピ通りに忠実に作る必要がある。

お菓子作りの基礎を学ぶ上でも確かに適しているといえよう。

 

 

「それじゃ始めるです まずは小麦粉と砂糖、ベーキングパウダーをよく混ぜ混ぜしてー」

 

「混ぜ混ぜ~」

 

「そこに溶き卵と牛乳を入れて粉っぽさが無くなるまで混ぜ混ぜするです!」

 

「混ぜ混ぜその2~」

 

「それで、出来上がった生地を少しだけ寝かせてー」

 

「ぐーすくかぴー」

 

「最後にその生地をフライパンで焼いて、完成です!」

 

「マジで簡単!」

 

 

ここまでの手順を流れるように熟すコンパ。

緩い口調とは裏腹に手付きはキビキビとしていて、見る者を惹きこませる。

やはり料理上手なだけあってお菓子作りも一級品。彼女が手掛ければ、お菓子作りが本当に簡単に見えてしまいそうであった。

 

 

「ではぷるちゃん達もやってみるです!」

 

「りょ~か~い!」

 

 

コンパがこれだけ簡単そうにしてみせているのだから、きっと自分達にも出来る。

お菓子作り未経験なプルルート達も張り切って準備に取り掛かった。

各々が生地作りに差し掛かる中、一際手際のよい者がいた。

 

 

「ギアちゃん、上手です!」

 

「えへへ、恋次元でも時々お姉ちゃんにプリンとか作ってあげてましたから」

 

 

安定と信頼のネプギアだった。

元より真面目で素直な彼女にとってお菓子作りにおける「基本を忠実に守る」こととは相性が良く、大好きなネプテューヌの笑顔も見られるということでネプギアもよく作っていたのである。

本人曰く、「別の世界に姉が飛んでいった時、向こう側にいた声が私に似ているメイドさん(CV:堀江由衣)にプリンの作り方を伝授した」とかなんとか。

 

 

「私も完成~! マベちゃん特製パンケーキ! では試食……ってあれ? なんだかコンパちゃんのと食感が違う……。 なんていうか、未熟感半端ない……」

 

「マベちゃんのは焼き上げるのが早過ぎです。 ツネミさんのは逆に焼き過ぎです」

 

「うう……火加減が難しいです……。 コンパさんと同じだったはずなのに……」

 

「生地の厚さで焼き加減も違ってきますから」

 

 

ふんわりとした話し方が特徴のコンパも、得意分野ともなれば流暢になるというもの。

キビキビと指導していくその姿は、とても生き生きとしていた。

 

 

「こんぱー。 私のはー?」

 

「ねぷねぷ、いい感じです! 後はひっくり返すだけです」

 

「ひっくり返すか……そう言えば白斗、フライ返し使わないでひっくり返せてたなー」

 

「確かに、お兄ちゃんってフライパン振るだけで綺麗に裏返せてたよね。 こんな風に」

 

 

一方二人の失敗から学んだネプテューヌは絶妙な火加減でパンケーキの片面を焼くことに成功する。

ネプギアのものと合わせ、後は裏返すだけである。

しかし、女子力を高めようという意識からか、はたまた白斗絵の対抗意識か。ネプギアが調子に乗ってフライ返しを使わずにフライパンを振って裏返そうとする。

 

 

 

―――ところで画面の前の皆さんは覚えているだろうか。このネプギア、第五十八話で「うっかり属性」なるものを手に入れてしまったことに。

 

 

 

 

「って、あああっ!? 私のパンケーキがっ!?」

 

 

 

そう、火加減は上手くいっても力加減を誤ってしまったのだ。

よって空中へ放り出された熱々のパンケーキは華麗に宙を舞いながら、大好きなお姉ちゃんことネプテューヌの頭へ。

 

 

「あぢゃぢゃぢゃああああああああああああッ!!?」

 

「わ~!? ねぷちゃんの頭にパンケーキが~!?」

 

「た、大変ですぅ!! お、お水でねぷねぷを冷やさないと……きゃああぁぁ~~~!?」

 

「今度はコンパちゃんが転んじゃった~!?」

 

 

一度トラブルが発生するとさぁ大変、まるで連鎖するかのように今度はコンパが慌てだしてしまった。

そして冷静さを欠いた状態で行動を起こしたのがまずかった。何かに躓いて転んでしまい、そのまま近くに置いてあった小麦粉やベーキングパウダーを盛大にひっくり返してしまう。

 

 

「けほけほっ! こ、コンパさん落ち着いて……!!」

 

「た、大変大変ッ! えーと、こういう時は……風遁の術、最大出力ッ!」

 

「マーベラスさんダメですッ! こんなところで最大出力だなんてひゃあああ~~~!!?」

 

 

今度は粉を吹き飛ばそうとマーベラスが慌てて忍術で風を巻き起こす。

しかし、彼女も存外パニクっていた。出力調整を誤り、まるで暴風のような風が発生してしまったのだ。

厨房の何もかもを巻き込む嵐が止むのは数十秒の事だったが、それだけの時間があれば厨房の様子がどうなっているのか―――語るまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

STEP.3 掃除が出来る女になろう! 講師アイエフちゃん

 

 

「……で、この惨状をどうにかするために私が呼ばれた、と」

 

 

痛む頭を押さえつつ、アイエフは辺りを見回した。

粉で真っ白になった床、床の上で崩れ落ちたパンケーキの生地、そしてマーベラスの忍術で吹き散らされた数々の器具。

ありとあらゆる惨劇を引き起こした張本人ことネプテューヌ達は服を盛大に汚しながら床の上に正座していた。無論コンパもである。

 

 

「あいちゃん、ごめんなさいですぅ……」

 

「気にしないでいいのよコンパ。 いいわ、折角の機会だしネプ子達にお掃除の仕方を教えてあげる! 大丈夫、誰が今までプルルート様を育ててきたと思ってるの!」

 

「アイエフちゃん酷い~! 私が育ててきたんだよ~!?」

 

 

確かに彼女が幼少期の頃はプルルートが育ての親だった。

だが、いざ成長すればのんびり屋さんのプルルートをお世話してあげるのはしっかり者のアイエフらしいといえばらしかった。

ありありと浮かぶその光景にネプテューヌ達はただただ苦笑いするしかない。

 

 

「とにかく! 私が掃除のコツとか教えてあげるから! ネプ子達もそれでいいわね?」

 

「「「「オネシャス!」」」」

 

「返事だけは一丁前ね……。 それじゃ始める前に一言。 余計なことはするな、以上」

 

 

そもそもこの惨劇も余計なことをしたことが発端である。

ネプギアを始め、皆が「うっ」と言葉を詰まらせた。

 

 

「まずはこの粉を何とかしましょう。 本当だったら掃除機で吸いたいんだけど、小物とかも散らかってるから箒で掃くわよ」

 

 

さすがに手慣れたもので、まずアイエフはゴミとして出せない器具や皿などを搔き集め、次に箒を手に華麗に粉やらゴミやらを掃除する。

力加減も絶妙で粉が舞い上がらないように優しく掃いていた。

ある程度掃き終えたら今度は水に濡れた雑巾で床を磨けばアイエフが担当したエリアはピカピカの輝きを放っている。

 

 

「おおー! さすがあいちゃん!」

 

「感心してないでネプ子達もやるの。 分からないことがあったら必ず呼んで頂戴」

 

「「「「はーい」」」」

 

「本当に返事だけは一丁前ね……」

 

 

呆れながらもアイエフの指導は的確かつ熱心だった。

ここまで惨劇続きだったので彼女もあらゆる事故の可能性を見逃さず、つぶさにフォローを入れてくれるのだ。

 

 

「ネプギア、そんなに力まなくていいわ。 プルルート様は逆に力抜き過ぎです! ……ってマベちゃん!? その洗剤は床に使っちゃダメ!! ツネミも慌てなくていいから!」

 

 

……こんな具合である。

そんな彼女の懇切丁寧な指導を受けているものだから、皆も自然とコツを掴めてくる。

プロ並み、とは程遠いが少なくとも素人臭さは抜け、それぞれの持ち場が眩い輝きを放っている。

 

 

「わぁ~! ピカピカ~!」

 

「スッキリしましたね。 やはり綺麗なお部屋が一番です」

 

「そしてトラブルもなく解決! さすがあいちゃんです!」

 

「さすがに私はコンパと同じ轍は踏まないわよ。 ……にしたも、何だって急に家事なんてやりたいって言いだしたの?」

 

 

緊張の糸が切れたらしく、どっかりとソファに座り込むアイエフ。

辛うじて無事だったパンケーキを報酬として差し出せば彼女もさすがにご機嫌だ。

美味しそうにコンパ特製パンケーキを頬張る中、ふと湧いてきた疑問を投げかけてみる。

すると誰もが顔を赤らめて「あー」だの「うー」だの言いながら指やら髪の毛やらを弄っていた。

 

 

「実はですね……かくかくしかじかです」

 

「なるほど、女子力修行ねぇ……。 ネプ子達はともかく、プルルート様まで……」

 

「な、何~? あたしが女子力上げたらいけないの~?」

 

「いえ、そうではなくて……あのプルルート様が男のためにって考えたら何だか感慨深いなぁって思っちゃって」

 

 

これでも幼い頃から家族としてプルルートを見続けてきたアイエフだ。

彼女の身近な人間は全て女性だったし、教会の職員や国民と話をすることはあっても男女の仲にまで発展することなんて全くなかった。

要するに男の影なんて微塵もなかったのだ。だからこそ、そんな彼女がこれほどまでに男の―――白斗のために頑張ろうとしているのが意外なのである。

 

 

「いつでもマイペースなプルルート様で三度のご飯よりお昼寝な人でしたからまさかここまで男に夢中になるなんて思わなくて」

 

「う!? うぅ~……いじめないでよアイエフちゃん~!」

 

「イヤでーす。 いつもしてやられてるお返しですー」

 

「……アイエフちゃ~ん~……? あたし~……変身していいかな~?」

 

「ひッ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

「ねぷっ!? あいちゃんが大変なことに!!」

 

 

プルルートの意外な弱点が出来てアイエフは嬉しそうである。

……まぁ、こうしてやりすぎてはプルルートから威圧されるまでがお約束なのだが。

はてさて、こうして空気も切り替わったところでネプテューヌが前々から募らせていた疑問をぶつけてくる。

 

 

「あ、あの……さ。 ぷるるん……一つ聞いていいかな?」

 

「ねぷちゃん、どうしたの~?」

 

「前々から聞こうと思ってたんだけど……ぷるるんって、白斗のこと―――」

 

 

そう、ネプテューヌが聞きたいのはプルルートの、白斗に対する気持ちの正体だった。

プルルートは白斗に対しては割と直球に甘えてくる。だが、それが友達としてなのか、或いは女の子としての恋なのか、それが判別つかないのだ。

友達としてこの機に聞いておきたい。そんな緊張の一幕は。

 

 

「ただいまー。 悪いな遅れて、今夜はすき焼きだ!」

 

「ぴぃ、すきやきはじめてー!!」

 

「「「「「ひゃああああああああぁぁぁぁ――――――っっっ!!?」」」」」

 

 

―――当事者の登場によって唐突に幕切れとなった。ならざるを得なかった。

しかも驚きの余り、ネプギアやらマーベラスやらがひっくり返ってしまい、折角片付けた厨房の器具やらがまた盛大に散乱する。

 

 

「どぉぅわぁ!? お前ら、暴れるなって……あああ!! 部屋が滅茶苦茶に!?」

 

「ちょっと!? 折角片付けたのに台無しじゃないのー!! 白斗の馬鹿ッ!!」

 

「俺の所為か!!?」

 

「白斗君の所為だよっ!!」

 

「そうです! 白斗さんはもっとタイミングというものを考えてくださいっ!!」

 

「今この上なく理不尽なことを言われたんですけど!?」

 

 

アイエフのみならずマーベラスやツネミからも謂れのない説教を受けてしまい、白斗としてはただただ涙目である。

かくして白斗も加わって再び片付けが行われ、皆ですき焼きにありつけたのは数時間後の事。

胃はとっくに限界を迎え、色々疲労が溜まったおかげで正直楽しい食卓とは言えなかった。

 

 

(……ねぷちゃん、何を言いかけたんだろ~……?)

 

 

その最中、プルルートはふとネプテューヌに訊ねられたことを思い返していた。

「白斗の事」、と聞かされ頬が赤く染まる。

いつもそうなのだ。白斗の名前が出る度、心臓が一際大きく跳ねる。けれども、心の内はいつもぽかぽかしていて、それは幸せな鼓動で―――。

 

 

「ご馳走様でした。 さて、風呂入れてくるよ」

 

「は、白斗さん。 今日は私がお掃除しますっ」

 

「……ツネミよ、申し出てくれるのは有難いのだがキミ達は本日前科持ちだということを忘れていないかね?」

 

「………………お、汚名返上して見せますっ!」

 

「汚名挽回しなきゃいいけどな……。 わかった、なら頼む」

 

 

少し緊張した面持ちでツネミが風呂場の掃除を買って出てきた。

正直白斗としては不安だったのだが、ここはツネミを信じてあげようと彼女に汚名返上の機会を与えることにした。

ツネミが嬉しそうに、それでいて気合を入れて握り拳を作る中、ネプテューヌ達は羨ましそうにツネミを見つめている。

 

 

「はい、お任せくださいっ! それと、風呂が湧いたら白斗さんから先にお入りください」

 

「いいって。 レディーファーストで……」

 

「白斗君、こういう時は素直に受けておくものだよ。 変な気を遣わなくていいから」

 

「そうです! 遠慮されるのはつらいんです!」

 

 

マーベラスやネプギアからも同意見が飛んできた。

こうなれば断るとより面倒な状況になるのは既に学んでいる。

 

 

「……なら、お言葉に甘えさせていただきますか。 アイエフとコンパもいいか?」

 

「ええ、白斗、いつも苦労してるんだもの。 気兼ねしないで頂戴」

 

「白斗さん、私達に遠慮してシャワーだけ浴びちゃダメですよ?」

 

「ははは、見抜かれてら。 それじゃお言葉に甘えますかねっと」

 

 

アイエフとコンパも特に気にした様子はなく、白斗に一番風呂を譲ってくれる。

ならば遠慮することは無いと白斗は先に自室に戻って準備を使用としてきた矢先。

腰の辺りに可愛らしい握力を感じた。

 

 

「おにーちゃん! ぴぃといっしょにはいろ!」

 

「んぇッ!? ぴ、ピーシェ! 女の子がそんなこと言っちゃダメだかんな!?」

 

「そうだよピー子! 白斗は私と入るの!」

 

「ネプテューヌも何言ってんだ!? 入るワケねぇだろ!?」

 

「えー? 前、お風呂であんなことやこんなことまでしたのに……」

 

「捏造すんな!? あん時はマーベラスも一緒だったろ……って殺気ッ!?」

 

 

マーベラスと一緒に入った、その一言でとある人物から凄まじい威圧感が漏れ出る。

白斗に恋する乙女にしてこの中でまだ白斗と混浴経験がないツネミだった。

 

 

「……白斗さん、私がお背中お流しして差し上げますね♪」

 

「つ、ツネミさん!? ダメです! あなたアイドルなんですから!!」

 

「この際知ったことではありません。 私だけそんなことしていないなんて、そんなの……」

 

「変なマウント取ろうとすんな! 女の子なんだからもっと自分を大切にしなさい!」

 

「白斗さんは大切にしすぎる余り、踏み込んでくれないんですっ!」

 

「踏み込み方が斜め上過ぎんだろ!? とにかく、風呂湧いたなら呼んでくれ!!」

 

 

これ以上話を続けると危ない。色々危ない。

美少女たちと過ごし続けていい加減学んできた白斗は離しを無理矢理に打ち切り部屋に籠ってしまった。

ツネミは大層不服だ。目に涙を、頬に不満を溜めている。

―――そして、もう一人。

 

 

 

(む…………むむむぅぅぅ~~~っ!!!)

 

 

 

ここにもいたのだ。まだ、白斗とそんなイベントを体験していない女の子が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ツネミの気配は……ネプテューヌ達の部屋か。 ちょっと声も聞こえてくる……多分総出で押さえてるんだろうなぁ……」

 

 

その後、ツネミから連絡をもらって白斗は一番風呂を堪能することにした。

いつも風呂の順番を最後にしている白斗ので一番風呂を頂けるのは稀有にして新鮮である。

一方でツネミの気迫から彼女が突撃してくるのではと白斗は持ち前の気配察知能力でツネミの居所を探ったが、どうやらネプテューヌ達によって阻止されているらしかった。

 

 

……因みに以下は、その部屋での会話を抜粋したものである。

 

 

『ネプテューヌ様、お放しください! 皆さんだけずるいです! 私だって、私だって……!』

 

『それを理由にしてみすみす恋敵に塩を送れるネプ子さんじゃないんだなーコレがー』

 

『そうだよ! 第一ツネミちゃんだって割とずるいじゃない!』

 

『ですですっ! お兄ちゃんって割とツネミさんに甘いし、ツネミさんだってアイドルならではのスタイルでよくくっついてます! 混浴くらいしなくたって充分ですっ!』

 

『………………そ、そんなことは』

 

『はい今どもったー! 皆の衆、ツネミを拘束せよー!!』

 

『ひゃ、ひゃあああああぁぁぁぁ~~~~~!!?』

 

 

―――この後、くんずほぐれつの艶めかしい光景が繰り広げられたとかなんとか。

さて、そこまで知る由もない白斗は気兼ねすることなく風呂場で背を伸ばし、体を洗おうとした―――その時。

 

 

「―――ッ!! 何奴!!」

 

 

慌てて振り返った、風呂場の扉。

向こう側に気配を感じたのだ。湯気と擦りガラスで姿は見えないが―――誰かがいる。

まさか、ツネミがネプテューヌ達を振り切って辿り着いたのだろうか。

 

 

『うふふっ、さすが白くんねぇ。 あたしに気付いてくれるなんて、運命を感じちゃうわぁ』

 

「へ? そ、その声……!?」

 

 

その声、その呼び方、その気配。

教会の中でその条件を満たす人物は一人しかいない。

“彼女”は白斗に許可を取るまでもなく堂々と扉を開けてきた。

 

 

「お邪魔しまぁ~す。 って、あらぁ? これから体を洗おうとしているのぉ? ……ふふっ、グッドタイミングって奴よねぇ?」

 

「ぷ、プルルートぉ――――――っっっ!!?」

 

 

そう、この教会の主にして女神ことプルルート。

だがいつもと違うのはまず女神化してアイリスハートとなっていることだった。

しかも、いつもの露出の高いボンテージ風のプロセッサユニットではなく、バスタオル一枚というこの上なく男の劣情を煽るものだった。

 

 

「さぁ~て、ここからはあたしの時間よぉ。 白くんにあたしの、とっておきの女子力というものを見せてア・ゲ・ル♪」

 

「女子力とかなんのこっちゃ!? ってか待て待て待てェ!!」

 

「待たないわよぉ! 男なら覚悟を決めなさぁい!!」

 

 

相手は見目麗しき女性とは言え女神様。

速度や力で敵うはずもなく、抵抗空しく白斗は座らされてしまうのであった。

 

 

 

 

 

STEP.EX ご奉仕してあげよう! 受講者:アイリスハートさん

 

 

 

 

「へぇ……これが白くんの背中……。 な、中々ワイルドじゃなぁい」

 

「……今一瞬どもらなかった?」

 

「き、気の所為よぉ。 それより、やっとあたしがお背中お流ししてあげられるのねぇ!」

 

 

いつもは余裕たっぷりなアイリスハート。

だが、彼女は何故か白斗が関わればその余裕が少しだけ崩れてしまう。

その姿は妖艶な女神様から、可愛らしい女の子に戻ってしまったようで―――否、断じて否。

いつもぽやぽやしているものの、他人に舐められることは大嫌いなアイリスハート様である。

そう、これはいつも余裕そうにしていて、それでいて自分の心を幸せに掻き乱してくれる少年に一泡吹かせたいだけなのだ。きっとそうなのだ。

 

 

「……なぁ、プルルート。 どうしてそこまでするんだ? 皆への対抗心ってだけでこんなことをしたら―――」

 

「そんな軽い気持ちじゃないわよ! ……軽い、気持ちじゃ……」

 

 

それだけは断言できる。

幾ら親しいだけでは、皆への対抗心だけでは、ここまで大胆な行動はしない。

それだけ白斗に対する想いは大きいのだ。―――何に大きいのだ?

 

 

「い、いいから黙ってあたしのご奉仕を受けなさぁい! 女神様からのご奉仕なんて、一生かかっても受けられやしないんだからぁ」

 

「うっ!? せ、背中に極上の柔らかさが……ッ!?」

 

 

むにゅん、と極上の音を響かせて白斗の背中にアイリスハートの巨乳が押し当てられる。

ネプテューヌとは違う張り、柔らかさ。彼女とは違ったベクトルで、女神様の乳である。

機械仕掛けの心臓がいきなり激しい光を吹き上がらせている。正直、この一幕だけで心臓の耐用年数が一気に削られたことだろう。

 

 

「サ、サービスよ。 さ・ぁ・び・すぅ♪」

 

「サービスってここはそういう風呂屋じゃねぇぞ!?」

 

「いいからいいからぁ。 それじゃ次は背中を流してあげるわねぇ」

 

 

さすがにプルルートも羞恥で心臓が脈打っている。だがそれ以上に温かで幸せな想いが、心臓を突き動かしてもいた。

ネプテューヌ達が白斗と一緒に入りたがる訳が良く分かる。

なればこそ、彼のこの逞しい背中を流してあげなければ。

 

 

「ど~ぉ? 痛くないかしらぁ?」

 

「あ、ああ……力加減が絶妙だ。 上手いなプルルート」

 

「でしょぉ? アイエフちゃんやコンパちゃん、ピーシェちゃんのお世話だってしてあげてたんだから当然よぉ」

 

「あ~、なるほどな」

 

 

嘗ては幼子だったアイエフ達を世話してきたのはこのプルルート。

赤ん坊であれば一人で風呂に入ることも出来ない。となれば彼女達の体を洗ってあげることだって当然あった。

小さな女の子達を壊さないように手加減必要もあったのだから、上手くもなるというものだ。

 

 

「それにしても凄い傷ねぇ……話には聞いてたけど……」

 

「まぁ、昔のやんちゃが原因だからな」

 

「隠さなくていいのよ。 ねぷちゃん達から大体聞いてるから」

 

 

プルルートも既に白斗の過去は大まかにだが知っている。

聞いていて気持ちのいい内容では無かったので白斗も特に話すこともないと決めていたのだが、白斗の事を良く知りたいプルルートが方々聞いて回ったのだ。

 

 

「……あたしは白くんの過去を見たわけではないから何とも言えないけど……一つだけ言えるのはね。 “この傷”なんかであたしはあなたを嫌ったりしない。 それだけよ」

 

「……それな、俺にとっての一番の殺し文句なんだぜ?」

 

「あははっ! 殺し屋さんに殺し文句言ってやったわぁ!」

 

「参りましたよ、いや全く」

 

 

どうしてこう、周りの女の子達はこんな自分を避けないのだろうか。

今でも疑問は尽きないが、それが白斗にとって何よりの救いなのだ。

 

 

「だぁ、かぁ、らぁ……そんな白くんには目一杯サービスしちゃうわねぇ!」

 

「まだ上があると!?」

 

「え? そ、そぉねぇ……」

 

 

思わず聞き返した白斗だったが、そこでプルルートは言葉を詰まらせた。

どうやら勢いで言ってしまっただけらしく、これ以上のことを思いつかなかった。

まさか布一枚だけ隔たれただけで、ほぼ裸の若い男女が体を寄せ合っている―――正直な所、白斗だけでなくプルルートとて心臓が痛いくらいに鳴り響いていた。

 

 

「な、なら……あたしの体を洗わせてあげる、ってのはどうかしらぁ?」

 

「やめとけお前が後悔するだけだぞ!」

 

「へ……へぇ~? 後悔させられるのかしらぁ? それはそれで楽しみねぇ、うっふふふ!」

 

 

何かと扇情的かつ挑発的言動をとるプルルート。

大抵の相手ならば彼女の恐ろしさを知っているが故に引き下がり、距離を空けようとしてしまう。

だが、この男だけは―――白斗だけは違った。

 

 

「……いいぜ。 なら、後悔させてやろうじゃねぇの」

 

「え? ひゃぁっ!?」

 

 

一瞬の出来事だった。

アイリスハートの視界が一転したと思いきや、いつの間にか白斗と位置が入れ替わっていたのだ。

つまり今、アイリスハートが座らされていて、白斗が自分の背後に立っていて―――。

 

 

「お覚悟はよろしいですねアイリスハート様? ―――返答は聞きませんが!!」

 

「ち、ちょっと白くん!?」

 

「タオルがあってはお背中お流しできませんねぇ! 失礼!!」

 

「きゃんッ!?」

 

 

自分のみを覆い隠していた白いバスタオルが一瞬にして剥ぎ取られた。

きめ細やかで、存在そのものが国宝としか言いようがない白くて美しい肌が晒されている。

辛うじてプルルートの長い髪の毛が背中を覆い隠しているものの、大きく丸いお尻が否応なしに露になっていた。……もっとも普段のプロセッサがTバック前提なのだが。

さしものアイリスハートですら怒涛の展開に脳が処理しきれず、白斗にしてやられっぱなしだ。

 

 

「随分可愛らしい声ですね。 それに美しい肌……美味しそうなお尻……」

 

「い、一々実況しないで頂戴よぉ!!」

 

「そうは参りません、お背中お流しする権利を賜った以上、某が全力を尽くさぬ道理はござりませぬが故」

 

「っていうかさっきからなぁに!? その口調!?」

 

「マジレスするとこうでもしてないと俺マジで理性が持たねぇ」

 

 

白斗らしからぬ行動と口調。それも彼が緊張の限界を迎えている証拠でもあった。

これでもまだ理性を辛うじて保たせている方らしい。

それでもアイリスハートに一泡吹かせるため、彼は心を鬼にする。

 

 

「では行くぞ。 ゴシゴシーっと」

 

「ひゃぁぁ………っ!?」

 

 

洗剤を付けたタオルが、アイリスハートの背中に触れた。

瞬間、女神の全身に快楽の電流が駆け巡る。

 

 

「プルルート、痛くないか?」

 

「い、痛くないどころか……んんぅ……! き、気持ち良すぎて……んぁぁ……!」

 

「それは良かった。 時々ネプテューヌ達にマッサージしてあげてるんでそれをちょっと応用してみたんだがお気に召したようで何より」

 

「お気に、召す……どころか……これ、だめぇ……!」

 

 

そう、白斗の手付きやタオルが気持ち良すぎて女神の理性を蕩けさせていた。

何だかんだで女性の肌に触れる機会が多くなった白斗はその経験を活かし、マッサージの方法やコツを会得していたのである。

それを応用しアイリスハートの背中を流してあげれば、それはもうまさに極上の一時。

プルルートも事あるごとに艶めかしい嬌声を上げてしまう。

 

 

「ん、んぅ……。 は、ぁ……! あぁぁ……」

 

「……なぁ、大丈夫だよな? この小説R-15タグまでしかついてないけど、これ大丈夫だよな? ハネられないよな?」

 

「い、今更怖気ついちゃうのぉ……?」

 

「それはお前次第だな! さぁ、ギブアップしちまえよ!」

 

「イヤよ……! あたしは、いつだって本気よ……! 絶対に、負けないんだからぁっ……!」

 

「この負けず嫌いめ……! いいだろう、我が秘伝の技巧をお見せする時が来た」

 

「って、まだ上があるのっ!?」

 

「今のはメラゾーマではない、メラだ……」

 

 

何やらメタな会話が流れた気もするが、一々気に留めていられるほど二人に余裕なんてありはしない。

互いに負けを認めぬ以上、白斗も本気を出さざるを得なかった。

これ以上を受けてしまえば、アイリスハートは―――プルルートはどうなってしまうのか。

 

 

「……い、良いわよ……。 白くんになら、何されたって―――」

 

「―――っと、言いたいところだがこれ以上はマジでシャレにならねぇ。 万が一でも間違いが起きたら皆に申し訳ないしな」

 

「ふぇ? ……白くぅん……女の子の純情を弄ぶなんてサイテーよぉ……?」

 

「ははは、ゴメンゴメン」

 

「許さないわよ。 ……だから……」

 

 

単にからかわれただけだと知ったプルルートは怒りよりも落胆の方が大きかった。

あのまま白斗のなすがままにされていたら、きっと自分達は―――その先を考えるだけで恥ずかしくて、でも幸せで、死んでしまいそうになる。

だから彼女はお詫びを要求しながら再び光を身に纏い、元の小柄な少女の姿に戻った。

 

 

「……あたしの髪、洗って欲しいな~」

 

「おろ? 変身解除してまで……でもそっか。 普段はこっちの髪だもんな」

 

「うん~。 白くん、お願い~」

 

「正直、初挑戦だが……仰せのままに、女神様」

 

 

髪は女の命とも称される。プルルートとて女の子、髪の毛の手入れはこれでも日々念入りにしている。

それを他人に、増してや男の人に委ねることがどういうことか。互いに分からないわけがなかった。

だからこそ白斗も半端な気持ちではなく、真剣に応える。

 

 

「ん~……! 今度は何だか、ふわふわしてて気持ちいい~……。 白くん上手~」

 

「そりゃ良かった。 誰かの髪を洗うのは初めてだったけど」

 

「そっかぁ~、初めてだったんだぁ~! ふふふ~!」

 

 

わしゃわしゃと沸き立つ泡の下でプルルートが大喜びしている。

髪は女の命、だからこそ優しく丁寧に、しかし僅かな汚れ一つも見逃すことなく丹念に、それでいてプルルートにも喜んでもらえるように。

白斗が持つ彼女への思いを込めて洗ってみたが、存外喜んでもらえたようだ。

もっとも、彼女が喜んでもらえた理由は“それだけ”ではないのだが。

 

 

「最後に洗い流して……はい、お終い!」

 

「ふぁ~……! 何だかいつもより髪がふわふわ~!」

 

「シャンプーの仕方もコツがあるらしい。 髪の手入れの仕方を応用してみたが、割と上手くいったようだな。 今度教えるよ」

 

「そ~なんだ~……って、白くん~? なんで白くんが女の子の髪の手入れなんて知ってるのかな~?」

 

「…………黙秘します」

 

 

お風呂場で女の子の髪の毛を洗うなんて行為は初めてだが、時々ネプテューヌやネプギアにせがまれて髪を梳いたりしていることは……敢えてこの場では言うまい。

 

 

「だったら~……またあたしの髪を洗ってね~?」

 

「また!?」

 

「そうだよ~! OKしてくれるまで離さないんだから~!!」

 

「おわあああぁぁぁッ!? ぷ、プルルート!! お前引っ付くなって!!」

 

 

ぷにっ、と微かに柔らかい感触が白斗の腕で弾ける。

思わず頭がショートしてしまいそうになるが、何とか理性を保たせた。咄嗟にタオルでガードしていなければ危ない所だったが。

さすがは女神様、小柄で慎ましいといえど持つべきものはお持ちだ。

 

 

「そ、それよりさっさと湯船に入らないと風邪ひいちま……おや? 今なんだかゾクリとしたぞ? 俺まで湯冷めしちゃったのか?」

 

 

何とかさっさと入浴を切り上げようとした矢先。謎の悪寒を感じて鳥肌が立った。

最初こそ湯冷めしたのかと思ったが、違う。

これは―――殺気だ。恐る恐るさっきのする方向、浴室の扉に目を向ければ。

 

 

「「「「<●><●>」」」」

 

「「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ――――――ッ!!?」」

 

 

悍ましい視線を投げつけ、べったりと浴室の擦りガラスに張り付く四人の少女がいた。

余りの恐ろしさに白斗とプルルートは抱き着き合って叫んでしまう。

 

 

「はぁーくぅーとぉー……どーしていつもいつもお風呂イベントなんてことをしっかりしっぽりとやらかしちゃうのカナー……?」

 

「お兄ちゃん♪ とりあえずプラネティックディーバだねっ☆」

 

「白斗君っ! この世界にはお風呂に入る時は仲のいいくノ一と一緒じゃなきゃダメだって法律があるの知らないの!?」

 

「プルルートさんズルいですズルいです私まだ白斗さんとお風呂に入っていないのに私が取り押さえられていることを言いことに抜け駆けですかそうですか白斗さんも何を鼻の下伸ばしてデレッデレしてるんですかいいですそういうのがお好きなら私にだって考えがありますから覚悟してくださいねフフフフフフフ」

 

「どいつもこいつもヤベェよ!? それとマーベラス堂々と嘘を吐くなッ! 後ツネミは単純にメチャクチャ怖ェ!!!」

 

 

何とかツッコミでその場を乗り切ろうとするが、明らかに聞き流している。

怒り心頭の恋する乙女たちの勢いは止まることを知らなかった。

こうなると、さすがのプルルートも強く言えない。

 

 

「「「「ちょっとこっちにキナサイ」」」」

 

「ま、待て!! これにはバスタブ並みに深いワケが……ちょっと引っ張らないで! ってか力強ッ……!? せめて! せめてタオルを……んぎゃああぁぁぁ―――ッ!!?」

 

 

―――結局白斗は、腰にタオル一枚巻いた姿のまま、嫉妬に狂う乙女たちに引っ張られてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女子力修行ぉ~?」

 

「うん……」

 

 

乙女という名の花が咲き乱れる寝室。

合計五名もの美少女のネグリジェ姿を前にして、白斗は訝しげな声を上げた。

目の前で力なく項垂れるネプテューヌを初め、ネプギア達も本日の芳しくない成果に肩を落としている。

あの後、白斗は着替えさせられた後この女子の寝室にまで連れ込まれてしまい、ならばと今日の大騒動のわけを聞き出してみたところ―――現在に至る。

 

 

「無理して身に着ける必要はないだろ」

 

「それだと負けちゃうもん! 白斗に!」

 

「俺の何に女子力見出してんだよお前ら!? ってか、こんなにも可愛い美少女たちだろ? そういう意味じゃ女子力カンスト勢じゃないか」

 

「でもでもでもっ! もっとお兄ちゃんに頼られる素敵な女の子になりたいんですっ!」

 

 

何せ最大の比較対象にして超えるべき壁が白斗なのだ。

大好きな人の前で不甲斐ない女の子にはなりたくない―――そんないじらしい乙女心が立ち止まることを許さなかった。

 

 

「正直、何故なのかはサッパリ分からんが……まぁ、そう言うことなら頑張れとしか言いようがないな……。 でも実際のところ今日はドジっただけでみんな筋はいいんだよなぁ」

 

「え? ホント?」

 

「ああ、俺が太鼓判を押す。 継続して頑張ったらみんないい嫁さんになれるぞ」

 

「「「「「ほ、ほわぁ~~~………!!」」」」」

 

 

実際の所、彼女達とて女子力が全くないわけではない。

それは白斗も認めるところだった。

何せ彼だって彼女達の一挙一動に胸をときめかされているのだから―――決して口にはださないがな!と羞恥心故にすまし顔を必死に作っている白斗だった。

 

 

「で、では白斗さんっ! せ、せせ折角なのでこのまま私達の修行にお付き合いくださいっ!」

 

「この流れでまだやるのかツネミよ……。 ってかもう夜遅いし、明日にしたら?」

 

「いえ、今この瞬間でないと出来ないんですっ! ………えいっ!!」

 

 

ところがツネミはまだ続けたいという。

ここ最近白斗との一時を過ごせていないフラストレーションからか、いつになく駄々っ子である。

そんな彼女の我儘も珍しいな、なんて思っていたところ。なんと普段は奥手なツネミが、白斗目掛けてダイブ

 

 

「「「「あああああぁぁぁぁぁ――――――っっっ!!?」」」」

 

「ど、どうしたよツネミ!? 急に抱き着いてきたりして!?」

 

「ま、マッサージしてあげます! ご奉仕の修行です!」

 

「なんじゃそりゃ!?」

 

「ズルイよツネミ~!! 私だって白斗にマッサージしてあげたーい! ねぷねぷしてあげたーい!」

 

「ここまで皆さん美味しい思いをしてるじゃないですか! 私はまだなんです!」

 

「ちょっとツネミちゃん!? マベちゃんだってまだしてないよ!?」

 

「マベちゃんさんは第六十話が個別回みないたものですっ!」

 

「ちょっとツネミさん? アンタまでメタ発言しだしたらもうツッコミが追い付かないんだけど!?」

 

 

ツネミの大暴走で阿鼻叫喚。

この中では常識人であるはずの彼女までツッコミ放棄すれば止められる人などいるはずもなく。

こうして彼女の大暴走の末―――最後の修行が行われることになった。

 

 

 

STEP.EXその2 マッサージで癒してあげよう! 講師:ツネミ

 

 

 

「……で、ツネミよ。マッサージの仕方なんて知ってるのか?」

 

 

 

勢いのまま押し切られた白斗が、布団に寝そべりながら訊ねる。

アイドルとして多忙な生活を送っている彼女がこんなことを勉強している暇など無いと思っていたのだが。

 

 

「ご心配なく。 白斗さんにして差し上げられればと思って日々勉強してましたから」

 

「何のやる気だよそれは……。 まぁいいか、ならお手並み拝見と行きますか」

 

 

だがそこは恋する乙女。

白斗へのご奉仕の一環として寝る間も惜しんで勉強してきた。

文献やネット、映像媒体などで既に知識はインストール済み。ネプテューヌ達も見守る中、白斗はとりあえず彼女を信じて自分の背を見せた。

 

 

「では指圧します。 うんしょ、うんしょ……」

 

「おッ? お、おぉ…………? こ、これは……キク……!」

 

 

はたして、ツネミの細く、綺麗な指先が白斗の背に触れた。

すると彼女の力を込めた指圧が、白斗のツボというツボを刺激していく。

凝り固まった疲れなどが解されていくのがよく分かった。

 

 

「あ゛ぁ゛~、き゛も゛ち゛い゛い゛~、き゛も゛ち゛い゛い゛よ゛ツ゛ネ゛ミ゛さ゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛」

 

「は、白斗が……今までに出したことのない声を出してる……!」

 

「……でも白斗君の濁声の所為で不思議とエロくないね」

 

 

正直、マッサージにかこつけたくんずほぐれつを予想していたネプテューヌ達も呆気にとられた。

白斗も思った以上のマッサージだったので今まで溜まりに溜まった疲労などを思わず声色に出してしまう。

だがそれはツネミにも確かな手ごたえを感じさせた。

 

 

「本当ですか!? 良かった……必死にお勉強してきた甲斐がありました」

 

「お゛っ゛、そ゛こ゛そ゛こ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛キ゛ク゛ぅ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛」

 

「白くん、すごい声出してる~……」

 

「でも、それだけお兄ちゃんがリラックスしきってるってことですよね……」

 

 

これはこれで羨ましいと感じなくもないプルルート達である。

何にせよ出遅れているのは否めない。このままでは終われぬと、せめて出番を作ろうとするマーベラスの姿があった。

 

 

「そっ、そうだ! 折角だからマベちゃん特製のお香も焚いちゃうね!」

 

「お香~? マベちゃん、それなぁ~に~?」

 

「アロマ、って言ったら分かりやすいかな? こうやって焚くとリラックス成分のある匂いをだしてくれるの!」

 

 

どこからか器とそれに盛られたお香を取り出し、忍法火遁の術で軽く火を起こす。

するとほのかに甘い香りが漂ってきた。

 

 

「お、おぉ~……? いい匂いまで……してきたぁ……」

 

「むむっ、やりますねマーベラスさん……。 ですが、私の指圧に勝るものなしで……ん?」

 

 

この匂いは白斗もお気に召したらしい。

これ以上ないくらい蕩けきった声を出している白斗に、いつもの凛々しさは無い。

負けてはならぬと白斗の反応を見ながらツネミが更なる指圧を開始しようとした時―――何か違和感が漂った。

 

 

「……ぁ、あれ……? なんだか……ふわふわ、してきたぁぁ~……?」

 

「白斗が今まで見たこと無いくらい蕩けきってる……! って、幾ら何でも蕩けすぎじゃない?」

 

「そりゃくノ一秘伝のお香だからね! こんなこともあろうかと調合しておいて良かった!」

 

「忍者がお香って何に使うんですか……」

 

「例えばこのお香だと惚れ薬に近い成分が入っててね、これで男を無理矢理篭絡させて情報を吐かせるとか」

 

「汚い! さすが忍者汚い!」

 

 

ネプテューヌがとりあえず言いたかった台詞をぶち込んでみるも、マーベラスからすれば負け犬の遠吠え同然である。

誇らしげに自慢の一品を堂々と掲げて見せた。

 

 

「まぁ、私もこれは最終手段として調合しただけだから。 リラックス用のお香と篭絡用のお香一つずつだけだし。 このリラックス用のお香もまた作っておかないとね」

 

「へぇ、私にも作れるかな……って、あれ?」

 

「ぎあちゃん~? どうしたの~?」

 

 

その時、ネプギアの顔が青ざめた。

彼女は見てしまったのだ。リラックス用と称されたお香に―――火が灯っていないことに。

 

 

「……あの、マーベラスさん……? この火が付いていないお香がリラックス用なら……今、焚いてるお香は……?」

 

「だーかーらー、これは篭絡用の……お、香…………あああああああああああああッ!!?」

 

 

そう、彼女はやってしまったのだ。

今焚いているのは、男を篭絡させるための惚れ薬と同様のお香だった。

既に匂いは充満していて白斗は思い切りそれを吸い込んでいる。不幸中の幸いと言うべきか、女性には効果が無いのかネプテューヌ達は何ともなかったが、肝心の白斗は―――。

 

 

 

「は、はれ……? からだが、アツイ……。 なんだか、ふわふわしててぇ……」

 

「は、白斗さん……?」

 

「……なんだか、つねみがおいしそうだなぁ……」

 

「ふぇ!?」

 

 

―――マズイ。このままではツネミが色んな意味で“食べられてしまう”。

恋する乙女としても、それは看過できることではない。

 

 

「ちょっとマベちゃん!? どうしてくれるのこれェ!!?」

 

「ど、どうしようどうしようどうしよう!? 解毒剤なんて無いし!!!」

 

「ダメですダメですダメですっ! この小説はR-15まで何ですからこれ以上お兄ちゃんを暴走させたら大変なことになっちゃう~~~!!!」

 

 

阿鼻叫喚の女子部屋。

どうにかする方法が見つからないまま、白斗は緩くなった理性に心を支配されそうになる。

 

 

「……って、な、何言ってんだ……俺はぁ……ッ!? ぐ、ううぅぅ……ッ!!」

 

「は、白くんが耐えてる~!!」

 

 

しかし、そこは鉄壁の理性の持ち主である黒原白斗。

お香一つで大切な女の子を傷つけるわけにはいかないと何とか振り切り、必死に抑えていた。

だがお香の効能に抗うことは強烈な負担だったらしく、頭が痛みだし、ぶわっと汗が噴き出ている。それでも、それでもツネミを傷つけるわけには―――。

 

 

「は、白斗さん……! 私なら、大丈夫です……!」

 

「へ……?」

 

「白斗さんになら……何をされてもいいです……! 寧ろ、何でもしてください……! わ、私は……私は白斗さんなら―――」

 

 

ツネミは寧ろノリノリだった。

辛そうな白斗を見ていられなくなったのだ。……無論白斗とそんな関係になりたかったこともあるのだが。

恋する乙女として、愛する人の全てを受け入れる覚悟がある。そんな彼女の言葉に突き動かされ、白斗は―――。

 

 

「……白くん~、折角だからあたしも“まっさ~じ”、してあげるね~……」

 

「へ? ぷ、ぷるるん!? 今はそんなことをやってる場合、じゃ…………?」

 

 

するとプルルートがゆらり、と立ち上がった。

彼女まで居ても立ても居られず、マッサージに託けて白斗とくんずほぐれつしようというのか。

阻止しようとネプテューヌまで参戦しそうになったが、彼女は見てしまった。

プルルートの顔から笑顔が消えたばかりか、目元が影で覆われていたことに。

 

 

「――――ぜぇい!!!」

 

「ゴガァ!!?」

 

 

到底女の子が出してはいけない怒声と共に、手にしたぬいぐるみが白斗の脳天に叩きつけられた。

絶命的な悲鳴を上げ、白斗は凄まじい一撃を受けて文字通り床に沈んだ。

衝撃で教会が揺れ、減り込んだ彼の頭を中心に抉られたかのようなクレーターが出来上がる。

……白斗は、ピクリとも動かなくなった。

 

 

「良かった~。 白くんぐっすりしてくれた~」

 

「……ぐっすりですね。 永遠に」

 

「って、言ってる場合じゃないよ!? 白斗ぉ~!! 死なないでぇ~~!!!」

 

「は、白斗さぁ――――――んっっっ!!?」

 

 

涙ながらに駆け寄り、白斗を助け起こすネプテューヌとツネミ。

幸いにも息はあったが、目を回しており目覚めそうにもない。

 

 

「大丈夫だよぉ~。 ちゃんと寸止めしたからぁ~」

 

「いやしてないよね!? モロにダイレクトアタックぶち込んだよね!?」

 

「それよりもぉ~……マベちゃん~? ツネミちゃん~? なんてことしてくれたのかなぁ~?」

 

 

―――プルルートはその可愛らしい顔に闇を張り付けながら、にっこりと笑った。

否、あれは「にっこり」などではない。「に゛っ゛こ゛り゛」、だ。

過失とは言えやらかした張本人であるマーベラスと、白斗を助けるためとは言え一線を超えそうになったツネミは恐怖で震えあがる。

 

 

「え、あ、ひ、い、ぃ………っ!! ぷ、プルちゃん! わ、ワザとじゃ……!!」

 

「ご、ごめんなさいプルルート様……! で、出来心だったんです……!」

 

「ワザとじゃなくても、出来心でも……。 こんな形で、白くんに手を出しちゃダメだよねぇ~……? ふ、ふふふ~……!!」

 

「「い…………いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~!!?」」

 

 

満月が天頂で輝く時間帯。可憐な少女達の悲鳴が、夜空を突き抜けた。

折檻されていないネプ姉妹も、顔を青ざめながらその凄惨な光景を抱き合ってみることしかできない。

……こうして、ハチャメチャな女子力修行は終わりを迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして次の日。

 

 

「なぁ、ネプテューヌ。 昨日って俺、どうしてたっけか? 昨日の記憶が丸ごと無いんだが」

 

「さ、さぁ……? 私にも分からないなぁ~……」

 

 

白斗が朝食を並べてながら、そんな疑問を珍しく早起きしていたネプテューヌに投げかけた。

彼女曰く、昨日は「恐怖を目の当たりにした」とのことで全く寝付けなかったらしい。

そんな彼女なら白斗の記憶がすっぽりと抜け落ちている理由も説明できるのではないか、そんな淡い期待はすぐに消え去った。

……彼女のやたら青ざめた表情と震える小さな体が解せなかったが。

 

 

「そうか……。 だとしたら、この巨大なたんこぶは一体……」

 

「それより白くん~、もう食べようよぉ~。 お腹ペコペコだよぉ~」

 

「だ、だな。 ……マ、マーベラス~? ツネミ~? 朝ご飯ですよ~……?」

 

 

目が覚めたら頭に出来ていた巨大なたんごぶをさすりながら白斗が振り返る。

その先にいたのは昨日から泊まり掛けで遊びに来ていたマーベラスとツネミがいた。

 

 

「「………………………………………………」」

 

 

 

―――すっかり魂が抜け落ち、精神崩壊して真っ白になってしまっていたが。

一体何があったのか、苦笑いしながらもコンパとアイエフは何となく悟った。

 

 

「これは……ぷるちゃんの、アレですね……。 あいちゃんと同じ状態になっちゃってるです」

 

「……まぁ、プルルート様達に女子力修行は無理ってことね」

 

 

こんな惨劇しか生まないのなら、もう女子力修行は諦めた方がいいだろう。

その説得に掛かる労力を思い起こすと、アイエフとしては頭痛が酷くなる一方だった。

 

 

「今日一日は二人の心リハビリかなぁ……。 兎にも角にもまずは朝メシだな、それじゃ……っと、アイエフ」

 

「ひゃ!?」

 

 

まずはエネルギー補給のためにも丹精込めて作った朝食を召し上がってもらわねば。

そう思った矢先、白斗の指先がアイエフの髪に伸びた。

これにはアイエフからも可愛らしい悲鳴が漏れ、ネプテューヌは思わず嫉妬に立ち上がる。

 

 

「ち、ちょっと白斗ぉ!? 私という者がいながらこっちの世界のあいちゃんにまで堂々と手を出しちゃ……ねぷ? 白斗、それ何ー?」

 

 

叱りつけようとしたその時、ネプテューヌはそれが白斗の悪ふざけではないことを知った。

彼の指先に、小さな黒いゴミ―――否、豆粒よりも小さい機械があったのだから。

 

 

「こいつは盗聴器だな。 アイエフのリボンに仕掛けられてた」

 

「え!? 嘘!? 私に!?」

 

「プラネテューヌの諜報員ともあろう者が盗聴されてどうするよ……。 っと、電源が落とされた……? ああ、これはリモコン式の盗聴器だな」

 

 

いつの間にかアイエフのリボンに盗聴器が仕掛けられていたらしい。

情報を司る諜報員としては、屈辱ものにして憤慨ものである。

盗聴器が正常に作動していれば逆探知で犯人を特定できたかもしれないが、残念ながら犯人は用意周到だったらしくすぐに盗聴器は電源を切られてしまった。

 

 

「やれやれ、最近多いなぁこういうの。 また厄介事の予感だよコレ……」

 

 

それでも証拠にはなる。潰したい気持ちを押さえ、白斗は指先に張り付けた盗聴器を苦々しい表情で見つめた。

これから来るであろうひと騒動にげんなりしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~らら、まーた阻止されちゃったわねぇ。 白さん……だったかしら? 本当に抜け目ないコト」

 

 

某国某所、その人物はコンピューターの前で怪しく微笑んでいた。

と言っても、その表情は機械のスーツに覆われて一切読み取ることが出来ないのだが。

―――アノネデス、七賢人の一人でもあるオカマだった。

 

 

「どうもレイちゃんの隠し事ってプラネテューヌに関係してるのよねぇ……。 だから探りを入れたいのに、彼の所為でこのままじゃ埒が明かないわぁ」

 

 

ここ最近、七賢人の会議中でも「とある話題」になると一応のリーダーであるキセイジョウ・レイの様子がおかしくなる。

それは他のメンバーから見ても明らかだったが、彼女がビクビクオドオドするのはいつもの事だと思ってスルーしてしまうのだ。

だがこのアノネデスは違う。いつものような動揺ではないことを見破っていた。

 

 

「でぇ、もぉ。 ……乙女って詮索好きだから。 こうまで阻止されると逆に燃えるのよねぇ♪」

 

 

だからこそこうしてあの手この手で情報取集を続け、ようやくレイの隠し事がプラネテューヌ付近にあることを突き止めた。

ならばと情報の塊とも言えるプラネテューヌ教会にアクセスを試みた。のだが、肝心のコンピューターには仕事関連の情報は詰まってても、レイに関する情報がない。

盗聴器などを仕掛けてみても、白斗が逐一阻止してしまう。ここまでアノネデスが手を拱くこと自体が稀有だ。だからこそこのオカマは燃えていた。

 

 

 

 

「だったらここは白さんを引き離すとしようかしらぁ。 ………フフフ………」

 

 

 

 

騒動は起こる。

それが悪意を秘めたものなら、尚更――――。

 

 

 

 

 

 

 

続く




サブタイの元ネタ「うわっ、私の年収…低すぎ…!?」

大変お待たせして申し訳ありませんでした。ですが楽しんでいただけたら幸いです。
ということで今回は皆でハチャメチャ女子力修行のお話でした。
女の子が女の子している描写を意識して書くのって実は結構難しいけど楽しいです。女の子同士でわちゃわちゃしてるのを眺めるのもネプテューヌシリーズの醍醐味にして魅力である。
実際今回のメンバーの中ではネプギアが一番安定しているように思います。次点でツネミかなぁ……。その辺りの加減も難しいですね。
けどこんな真面目なメンバーでもネプ子が絡めばさぁ大変になってしまうのがお約束。
因みに白斗君は他人のお世話をするのが好きなので現状維持希望派。なんと奥ゆかしいに見えて強欲なことか。

さてさて、そろそろ次回から神次元編のメインストーリーを動かします。
各国で巻き起こる大騒動、どうかお楽しみに!
感想ご意見、お待ちしております!


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第六十三話 トラブる!

―――某国某所。

冷たい鉄でできた円卓の間にて、七賢人は会議を行っていた。

七賢人と言っても、今出席しているのは三名のみである。

 

 

「……と、いうワケよ。 そこでコピリーちゃんとアーさんには出張ってもらいたいの」

 

「俺様は構わんぞ! 気持ちよく暴れられるのならな!」

 

「ワシも構わん。 娘達が退屈していたところじゃったからのぉ」

 

 

機械のスーツを身に纏ったオカマ、(自称)彼女が指示を与える人物は二人。

コピリーエースとアクダイジーンだった。

どちらも暴れる理由があるからとオカマからの指示を快諾する。

 

 

「では俺様は早速行ってくる! 朗報を待っていてくれよぉ!!」

 

 

エネルギッシュなコピリーエースは早速アクセル全開。

床を削ることも厭わず飛び出していってしまった。

……向こう側から幾重にも聞こえてくる破壊音と衝撃は気にしないことにする二人である。

 

 

「やれやれ、コピリーは相変わらずじゃのぉ。 まぁ、前よりは御しやすくなったが」

 

「これもアタシのお蔭よねぇ」

 

「まぁ、お前さんは七賢人の中である意味一番の働き者かつ有能じゃからのぉ。 さて、ワシも行くとするか……」

 

 

ある意味七賢人で最も得体の知れないロボットスーツのオカマを見やるアクダイジーン。

だが、幾らその人物を見ても一切変わり映えのない鉄の仮面がそこにあるだけだ。表情など全く読み取れない。

これ以上相手をすることもないと席を立った。

 

 

「ああ、その前にアーさん。 あの子達も連れていくのかしら?」

 

「勿論じゃ。 少しずつ意思疎通できるようになったからのぉ、たまには運動をさせてあげねば不健康になってしまうしな」

 

「なるほど、当人達がいいならアタシからは言うこと無いわ。 無理だけはしないでね」

 

「言われずとも。 さぁて、忌々しい女神へ復讐してやるかのぉ……!!」

 

 

下卑た笑みを浮かべながらアクダイジーンは部屋を出る。

その名の通り悪人気質であるため、女神達への逆恨みは未だに晴れていなかった。

後に残されたオカマは、仮面の奥からくぐもった含み笑いを浮かべる。

 

 

「それじゃ、アタシも行かなきゃねぇ。 裏方担当だけれども、デキる女はたまには前に出なくちゃ……楽しみだわぁ!!」

 

 

七賢人が動く時。それはこの神次元ゲイムギョウ界に、騒動が巻き起こることを意味している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――神次元プラネテューヌ教会。

ここでは今日も今日とて各国の女神が集まっていた。

 

 

「はい、松に鶴。 これで三光よ。 こいこい、っと」

 

「ぐ、ぬぬ……! 俺が逆転するに花見で一杯やるしかないのか……!」

 

 

現在、白斗とブランの白熱した試合が続いていた。

と言っても今回はテレビゲームではなく、ブランの国ではポピュラーなカードゲームでもある花札で遊んでいた。

ルール自体は白斗の世界にもあったそれと同じだったためすんなり遊べているのだが、状況は御覧の通り白斗劣勢。

因みに白斗の言う「花見で一杯」とは絵札の桜と菊に杯を組み合わせた役である。

 

 

「酒さえ……! 酒さえあれば……ッ!!」

 

「白斗、お酒だよりになるからそうなっちゃうんだよ? これに懲りたらお酒なんてやめようね」

 

「え~? 白くん、お酒飲んでるの~?」

 

「そうなんです。 お兄ちゃんってば……」

 

「へぇ、意外。 しっかり者の白斗にも欠点があるだなんてね」

 

「白斗君、お酒は成人してからですわよ?」

 

 

当然それを傍らで見守るのはネプテューヌを初めとしたこの世界の女神達、そしてネプギア。

これほどの美少女に見守られるのは正直悪い気はしない―――のだが、白斗の数少ない趣味である飲酒に関しては苦い顔をしている。

特に白斗の健康面を気遣いたいネプテューヌは、不真面目な彼女にしては珍しくこの手の話題で白斗に説教する立場である。

因みにこの神次元に来てからというもの、白斗はピーシェらに考慮して一切酒を口にしていないとのことだ。

 

 

「ええい! 外野、シャラップ! 見てろ、こっから俺が怒涛の逆転劇をだなぁ……って外したぁっ!?」

 

「それじゃ私ね。 菊に杯で月見で一杯が成立……あ、捲れて桜。 これで花見で一杯ね」

 

「あーお客様、お酒飲み過ぎです! あーお客様、当店に桜は持ち込まないでください! あーお客様、月が綺麗ですねぇ!?」

 

「おおう、怒涛のオーバーキル。 白斗、15年地下施設行き」

 

「ヤメロー! シニタクナーイ!! シニタクナーイ!!!」

 

 

これ以上ないくらい最悪の役が作られ、白斗に逆転の目は無くなった。

カックリと項垂れる少年に対し、完勝したブランはブイ、と珍しくドヤ顔。

この世界のブランは和服を着こんでいるだけあって、和をテーマとしたゲームでは無類の強さを誇っていた。

 

 

「フッ、圧倒的勝利の後では何もかもが虚しい……」

 

「おのれブラン……調子に乗りおって……! 見てろ、俺の仇はノワールが討ってくれる!」

 

「そこは私任せなの!? まぁいいわ、正直面白そうだったし相手してあげる」

 

「望むところよ。 ……今日こそ決着を付けてやる……!」

 

 

白斗からバトンを託されたノワールが座布団に座る。

黒と白の女神の間で散らされる火花が、勝負の緊張感をより高める。

ファーストコンタクトから事あるごとに競い合う二人だったが、こんな平和な勝負なら止める必要は無いとネプテューヌ達もまったり観戦ムードである。

 

 

「わ~! ノワールちゃんとブランちゃんの対決だ~!」

 

「盛り上がる対戦カードですなー! 白斗、この勝負どう見る?」

 

「どう見るって言っても、花札って結構運に左右されるからな。 ただブランは当然慣れてるし、場を読む力は誰よりも上だな。 ベールさんの見解は?」

 

「そうですわね……後はこいこいのタイミングとかでしょうか。 ノワールがどんな駆け引きを見せてくれるか、そこによると思いますわ」

 

 

今では純粋に観戦を楽しんでいるネプテューヌ達。

ここ最近は七賢人やジョーカーからのアクションがなく、なんてことのない平和な日々。

女神達がこうして気兼ねなくゲームを楽しめることこそが、何者にも代えがたい平穏―――だが、それはノワールの着メロが破壊することになる。

 

 

「あ、ごめんなさい。 もしもし、ユニ? どうしたの……ってハァ!? ハッキングによる通信障害!?」

 

 

どうやらラステイションの教会で待機しているユニからの連絡らしい。

すぐさま出てみれば、何やらのっぴきならない様子だ。これには対戦していたブランも含め、全員が何事かと目を瞬かせている。

 

 

「ノワール? どったの?」

 

「何でもウチの通信システムにハッキングが仕掛けられて、そのせいでラステイションのネットワークが大混乱っていうのよ!」

 

「ラステイションの通信システムにハッキングだと……!?」

 

 

白斗もその報告を聞いた途端、驚きで目が点になる。

前々からノワールが自国のシステムについて自慢していたお蔭でその高度なセキュリティを知っていたからだ。

 

 

「信じられない……! あれは我が国の技術の結晶、最高峰のセキュリティで誰にも破られたことのない鉄壁のシステムなのよ!?」

 

「最高だとか鉄壁って付くと大体破られるフラグ」

 

「お姉ちゃん、またメタな……。 でも実際問題、ラステイションのネットワークにハッキングが仕掛けられたってことはその人は相当なハッカーってことですよね……」

 

「そう言うことよ! とにかく急いで戻らなきゃ! それじゃね!!」

 

 

かなり大慌てしながらノワールは教会を飛び出し、女神化して飛んでいってしまった。

あれほど焦った彼女は見たことが―――いや、実際あるのだが。それでもラステイションを思うが故の焦りであることは誰から見ても明らかだった。

 

 

「大変ね、ノワールも」

 

「ブランは余裕そうだねー」

 

「まぁ、私ほど長く女神をやっていれば泰然自若としていられるわ」

 

(その割には前、七賢人にいいようにされてたー……なんて言うと泣き出すからやめとこ)

 

 

広げた花札を片付けながらブランは余裕の表情だ。

そんな彼女も孤独だったが故に大変な目に遭ってきたはずだが、それを指摘するとどうなるか……友達思いのネプテューヌとしてはさすがに茶化す気にはなれなかった。

のだが、そんな最中にイストワールが慌てて飛んできた。

 

 

「た、大変ですブランさんっ!!(; ・`д・´)」

 

「いーすん~? そんなに慌ててどうしたの~?」

 

「今、ルウィーの方から緊急連絡がありまして! 何でも七賢人と名乗るロボットが大暴れして破壊活動を行っているとか!!(; >д<)」

 

「な、何だとっ!?」

 

「あー、やっぱ余裕ぶってると自分にも降りかかるってフラグだね」

 

「……ここの女神様はみんなフラグ回収するのがお好きなのか」

 

 

どうやらルウィーでも問題発生らしい。

内容から察するに七賢人と名乗るロボット―――恐らくコピリーエースが性懲りもなく暴れているのだろう。

ここまで綺麗なフラグ回収にネプテューヌは勿論、白斗も呆れ気味だった。

 

 

「今すぐ戻って欲しいとのことですっ!!(; ・`д・´)」

 

「言われるまでもねぇ!! すぐに戻ってそいつをブチのめさねーと!!!」

 

 

大慌てでブランもその場から去っていった。

あの一件を経てブランは尚更愛国心が強まっている。故に国の危機とあれば見過ごすわけにはいかない。

 

 

「ブランちゃんまで行っちゃった~……」

 

「これで残るはベールだけかー……。 チラッ」

 

「な、何ですのその意味ありげかつワザとらしいチラ見は……」

 

「いやー、ここまで来たらベールの国でもトラブル発生して欲しいなーって」

 

「嫌ですわネプテューヌったら。 最も優雅な女神であるこの私が――……」

 

 

ピピー、ピピー、ピピー。

緊張感あるコール音が、ベールの端末から聞こえてきた。明らかに緊急性のある着信音である。

瞬間、ベールは凍り付いた。

 

 

「………………」

 

「出なさいな、受け止めなさいな、己の業を」

 

「言わないでくださいまし! も、もしもし……?」

 

 

正直ブッチしたい衝動に駆られたがそうも言っていられない。

白斗に促されるまま、ベールは渋々端末を手に取り通話する。

 

 

「……えっ!? ワケの分からないモンスターが暴れている……!? 分かりましたわ、貴方達はすぐさま包囲網を敷いて! 決して国民には手出しさせぬよう! いいですわね!」

 

 

しかしそこはリーンボックスの女神。

一度スイッチが入れば、女神の名に恥じぬ的確かつ鋭い指示が飛ぶ。

通話を終えるなり彼女もまた、ノワールやブランとさして変わらない焦燥ぶりで立ち上がった。

 

 

「申し訳ありませんわ! 私にも急用が出来てしまっての出これで失礼いたします!」

 

「じゃーねー! ……あー、何だか急に静かになっちゃったなー」

 

「呑気してる場合か。 この流れ、俺達んトコにも何かしら来るぞ? お前らの国なら尚更」

 

「「それどういう意味~!?」」

 

 

ここまで来ると一周回って白斗は冷静だった。

三ヶ国に来てプラネテューヌにも事件が発生しない道理があろうか。

特にトラブルメーカーとも名高い女神が治める国ならば尚の事だ。だが、意外にも空中でふわふわと浮いているイストワールが可愛らしくかぶりを振ってみせた。

 

 

「いえ、それが今のところプラネテューヌ内で目立ったトラブルはありません( ・ω・)」

 

「おっ! さっすが平和を司る女神たる私の加護!」

 

「ネプちゃんすご~い!」

 

「テキトーこくなっての。 ……けど、なんでプラネテューヌだけ……? いや、時間差で何かしらあるかもしれないが……」

 

 

安堵どころか益々不安が募る一方の白斗。

そんな彼に対し、ネプギアは可愛らしく首を傾げてみる。

 

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 

「さっき、七賢人が暴れてるって話があったろ? そしてこれだけ狙いすましたかのように各国でトラブル……残り二カ国でのトラブルも明らかに七賢人の仕業だとしか思えない。 にも関わらずプラネテューヌにだけ何もしてこないなんておかしいんだよな……」

 

「あ、確かに」

 

 

ルウィーで暴れているのは七賢人、そして同時期に他の国でもトラブルが発生したともなれば十中八九七賢人の手によるものと見るべきである。

だからこそプラネテューヌに何かしらのアクションをしてもいいはずなのに、未だに音沙汰無しというのは解せなかった。

 

 

「でもでも、私達の手が空いてるならみんなの手助けをしないと!」

 

「……だな、そこはネプテューヌの言う通りだ」

 

「じゃぁ、みんなのお手伝いだね~。 でも~、どこから行くの~?」

 

 

しかし、白斗達がフリーになっているのも事実。となれば、他の女神達の手助けをした方がまだ有意義だ。

一方でプルルートの言う通り、どこから手助けするかは悩みどころである。

しばし頤に手を当てた後、白斗は決断した。

 

 

「……個人的にはルウィーから行くことを提案したい」

 

「どうしてルウィーから?」

 

「ラステイションのトラブルはハッキング……正直、俺らが行ったところで手伝えることはない」

 

「そうだね、私はソフト面には疎いし……」

 

 

ラステイションのトラブルは特殊な部類である。

サイバー専門家は生憎このメンバーにはいない。ネプギアもメカ弄りこそ趣味ではあるがプログラミングはそこまで得意では無かった。

となれば、今ラステイションに言ったところで時間の無駄である。

 

 

「そしてベールさんの所はまだ軍を動かせるだけの余裕はあるようだった。 ピンチだとすればあの鉄クズが暴れてるルウィーの方が危ないだろう」

 

「て、鉄クズって……でも確かに、ブランの所が一番苦しそうだね」

 

「それじゃ~、あの鉄クズさんにお仕置きだ~! わ~い!!」

 

「ぷ、プルルートさん!? 最近Sッ気隠そうともしてませんよね!?」

 

 

元より悪人なので七賢人に対する同情はないものの、プルルートの暴走が目に見えて顕著である。

一度お仕置きを受けた身としてはどうしても戦慄せざるを得ないネプギアである。

 

 

「いーすん、私達出てくるね~!」

 

「けどもしプラネテューヌで何かしらトラブルが発生したらすぐ連絡を。 陽動の可能性もありますので」

 

「分かりました。 プルルートさん達が留守の間はアイエフさん達と協力しますのでお任せください! 白斗さん達もお気を付けてっ!!(`・ω・´)ゞ」

 

 

こうして白斗達は各国の女神に助力するため、プラネテューヌ教会を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ルウィー、鉱山地帯。

ここはこの雪国が誇る鉱山資源の採掘所である。寒冷地であるルウィーにおいて、ここから採掘される石炭や宝石などはゲーム産業に次ぐ国の大事な資金源。

そんな大事な場所で、七賢人の一人が暴れているという情報が入りネプテューヌ達はそこにやってきた。

 

 

「まさか来てくれるなんて……その、みんな……ありがとう……」

 

「いいっていいって! 困った時はお互い様!」

 

「そうそう~。 遠慮なんかしないでね~」

 

 

少し照れ臭そうに、けれでも申し訳なさそうにブランが頭を下げる。

ネプテューヌ達との交流を経て大分素直になってきたらしく、白斗もうんうんと頷いてしまう。

 

 

「ロムちゃんとラムちゃんは……お留守番ですか?」

 

「ええ。 こんな状況にあの子達を連れ出すわけにはいかないわ」

 

「賢明な判断だな。 それでブラン、被害状況は?」

 

「表で暴れた結果、怪我人が数名出てるわ。 今はこの奥にいるらしいの」

 

「危険ですね……。 この坑道、かなり掘り進められてるみたいですしここで暴れられると崩落の危険性も出ちゃいます」

 

 

ネプギアが不安そうに辺りを見回す。

彼女の言う通り、ここから先は坑道、即ち洞窟内。あのコピリーエースが適当に暴れてしまえばいつ崩落してもおかしくない。

 

 

「そうなんだけど……ちょっと困った事態になっててね……」

 

「ねぷ? まだ何かあるの?」

 

「百聞は一見に如かず。 ついてきて」

 

 

だが、何やらニュアンスが違うような言い回しをしてくるブラン。

全員が首をもたげつつもブランに案内されるまま坑道の奥へと歩を進める。

―――そこにあったのは、信じがたい光景であった。

 

 

「フンフンフフーン♪ こんな感じでどうだ?」

 

「おお! さっすがコピリーさん! あの岩盤がこんなにもアッサリと!」

 

「まぁな! 破壊活動なら俺様に任せて置け! ハッハッハ!!」

 

((((なんか採掘作業してあげてる―――――っっっ!?))))

 

 

ブランを除く全員が衝撃の余り、あんぐりと口を開けてしまった。

それもそのはず、数々の怪我人を出したコピリーエースが人助けをしており、更には周りの作業員が挙って感謝しては打ち解けていたのだから。

 

 

「どうしてこうなった……」

 

「私が問いたい気分よ……。 一度話を付けに行ったんだけど、周りの作業員があいつを庇っちゃってね……」

 

「なるほど、それは出づらいわな。 でも……」

 

 

だからと言って見逃すのは間違っている。

何せ彼は七賢人として数々の犯罪行為をしてきた。しかも今日に至っては怪我人まで出しているのだ。

おまけにおだてられて採掘作業に力が入り過ぎている。このままでは崩落の危険も―――。

 

 

「……しゃーない、か。 俺が出る。 みんなは一切出ないでくれ」

 

「え!? は、白斗!?」

 

「お兄ちゃん!? 危険だよ!?」

 

 

思わずネプ姉妹が悲鳴を上げる。

無理もない、白斗はこと戦闘に関してはこの中の誰よりも弱いのだ。

あくまでモンスターと戦えているのも体が出来ていることと相手の隙を突くような、まさに「暗殺」に近いことをやっていたから。正面戦闘ともなれば、一気に戦えなくなってしまう。

 

 

「だとしても男にはやらなきゃいけない時がある。 今回、女神様が出張るとマズそうだしな」

 

「白くん~……」

 

「大丈夫だよプルルート、勝つ算段はちゃんと考えてるって」

 

「……私は大反対。 例え算段があったとしても、貴方を危険に晒すのは……」

 

「ブランも心配してくれてありがとな。 でも、今回ばかりは俺がやる」

 

 

プルルートとブランはそれでも白斗を心配するあまり、死にそうな顔になっていた。

女神様にそんな顔をさせてしまうのは男として情けないがそれでも今回ばかりは白斗だけでやらなければならない理由がある。

決して引かない姿勢を見ると、女神達は全員目に涙を浮かべて。

 

 

「……デート三回」

 

「私は一日中メカの調整」

 

「あたしとい~っぱいお昼寝して、い~っぱい遊んだりしてね~……?」

 

「……オススメの本10冊」

 

「委細承知」

 

 

心配を掛けさせたお詫びを約束させる。白斗はそれを快く承諾した。

 

 

「おっと、その前に……ネプテューヌにブラン。 貸して欲しいものがあるんだ」

 

「ねぷ?」

 

「貸して欲しい……もの?」

 

 

そしてそれを実現させるためにも。

最後の一準備を終え、いよいよ白斗は物陰から飛び出した。

 

 

「さぁて!! 一気にフルスロットル!! こんな岩盤など、俺様のタックルで……」

 

「おおっと、そこまでだコピリーエース」

 

「んん!? その声は……」

 

 

コピリーエースにとっては忘れられない声が聞こえた。

他の作業員たちもなんだなんだと声の下方向に振り返る。

そこに立っていたのはやはり、鋼鉄の男からすれば屈辱にして因縁の相手。

 

 

「お前か!! あの時の少年……確か白斗と言ったな!!」

 

「少年って……ホントにお前、無駄に爽やか熱血キャラになっちまったな」

 

「まぁ色々あったのさ! それより、お前が来たということは……」

 

 

聞かれるまでもない。

白斗から漂う剣呑な空気にコピリーエースのみならず、周りの作業員までもが狼狽える。

 

 

「ま、待て小僧!! まさかお前もコピリーさんを捕えようってクチか!?」

 

「まさかもまさか。 女神様とは別口だけど、な」

 

 

実際は女神と共にコピリーエースを拘束する側である。

だが、敢えて白斗は女神とは無関係だと言い放つ。

そのおかげで“狙い通り”、作業員たちのヘイトが一気に白斗に向いた。

 

 

「ふざけんなよ!? この人が何やったっていうんだ!!」

 

「いやいや、各国で破壊活動やってきたし、直前で大暴れして怪我人出したそうじゃないか」

 

「そ、それは……」

 

「それにこれ以上ここで暴れたらマジで崩落の危険がある。 とっととお縄に着いてもらおうか?」

 

 

正論をぶつければ、それこそ白斗に掴みに掛かろうとしていた男達の足も止まってしまう。

何にせよ目の前のロボットを逃がすわけにはいかないのだ。

一縷の望みに掛けて、これ以上の抵抗をしないように勧告する。

 

 

「……それは出来ん。 お前達を見かけたら倒せと言付かっているからな……」

 

「こ、コピリーさん……?」

 

「俺様は七賢人の一員、コピリーエース!! 仲間の優しい心で蘇らせてもらった義理も恩もある以上、俺様はあいつらを裏切ることは出来ん!!」

 

「やっぱそうくるか……なら、仕方ない。 今までのケジメをとってもらおうか……この場で」

 

 

だが、返事は予想通り拒否だった。

ならば白斗としては仕方がない、腹を括るだけ。―――この場で、“白斗だけの力で”コピリーエースを倒すしかないのだ。

 

 

「出来るのかな……? お前自身、前回を忘れているわけじゃぁないだろう?」

 

「ああ、卑怯の限りを尽くしたな。 確かに俺はあんなことをしないとお前に勝てない無力で情けない、最低の人間だよ」

 

「まぁ、あれもお前の実力で俺様の未熟さでもある。 今の俺様は咎めるつもりはない」

 

「寛大なお心遣いどうも。 でも、今回はマジで俺単騎でやらないとダメなんでな」

 

 

自嘲しながら、白斗は己の過去を鑑みる。

前回のコピリーエースとの戦いではあれ以上の被害を出さないために卑怯の限りを尽くして彼を無力化し、そのまま撃破という性格が悪いと言われても仕方ないことをした。

それ以前に白斗は“人殺し”だ。最低な人間だという認識は今でも変わっていない。

だが、それを決して“言い訳”にしない。それが「黒原白斗」という男でもあった。

 

 

「……正真正銘、一対一の決闘だ。 女神様にも手出しはさせない」

 

「……どうやら、今回は本当にマジのようだな。 受けて立とう!!!」

 

 

これでもコピリーエースは七賢人きっての武闘派だ。

白斗の覚悟を感じ取ることは出来る。改めて、白斗からの決闘を受けて立った。

 

 

「こ、コピリーさん……!!」

 

「おい小僧!! マジでやめろ!! コピリーさんはな、今の俺達にとって大切な……」

 

「だからってケジメつけなくていい道理なんてねぇ!!! コイツの所為で俺の大切な人がどれだけ迷惑被ったか……いつまでも逃がしていいワケがないんだよ!!!」

 

 

これ以上コピリーエースを庇い続ければ物理的にも、法律的にも作業員たちが巻き込まれる可能性がある。

白斗は敢えて彼らを乱暴に突き放した。

 

 

「……まぁ、それは俺にも言えることなんだけど。 俺にもいつか報いが来るんだろうさ」

 

「? 何か言ったか? ものを言う時は腹の底から大声を出すべきだぞ!!」

 

「あー、何でもねぇ。 ただの“弱音”だよ」

 

(白斗……そんなこと無いって、言ってるのに……)

 

 

ただ、それは白斗自身にも突き刺さる盛大なブーメラン。

また自嘲しながらも、白斗は決して逃げることなくこれから戦うべき相手を睨みつける。

過去の罪に身を焦がす白斗を、ネプテューヌ達はそれでも「違う」と断じて、白斗を見守っていた。

今すぐ彼に駆け寄って抱きしめたい衝動を何とか抑えながら。

 

 

「ハッハッハ、弱音とは情けない!! それで本当に勝てるのか!?」

 

「情けないのは事実だが……勝つつもりしかねぇよ!! オーバーロード・ハート!!!」

 

 

だが、白斗の全ては女神達のためにある。

彼女達のためにも勝つしかない。だから彼は最初からフルスロットルで―――機械の心臓を過剰稼働させ、一気に身体能力を引き上げた。

 

 

「ぜやあああああああああああッ!!!」

 

「がッ!!?」

 

 

更にその手に太刀をコールさせ、一気に肉迫する。

相手を侮っていたコピリーエースはその動きを捉えることが出来ず、白斗の力任せの一線を受けてしまった。

 

 

(は、速い……!! それにあの太刀は確か、プラネテューヌの女神の武器……!!)

 

 

普段白斗が使う武器はナイフや銃。だがそれではこのロボットには大したダメージにはならない。

だからこそ白斗は今回は攻撃力重視の装備で挑むことにした。

ネプテューヌの愛刀は、まさに打って付けである。

 

 

「ふ、フハハハハハ!! やるじゃぁないか、これは評価を改めないとなぁ!!!」

 

「どーも……と言いたいが固すぎだろそのボディ……!!」

 

「これが俺様の持ち味だからな!! 今度はこっちの番だあああああああああ!!!」

 

 

大声を上げながらコピリーエースはアクセル全開。

下半身のタイヤが地面を砕きながら、白斗へと突撃する。

この速度―――避けることは出来ない。受け止めるしかなかった。

 

 

「グッ!! オオオオオオオオオオオォォォォッ!!!」

 

「おおぉぉっ!! まさか真っ向から受け止めるとは!! ハハハ、本当はお前もかなりの男気があったんだな!!!」

 

「ぐッ、オオオオォォ……!! いや、俺とて……ホントはお前のこと、悪く言えるほど……真っ当な人間じゃ、ねぇよ……!!!」

 

 

衝撃で全身が押しつぶされるような激痛が走り、口から血が漏れた。

思わず女神達が悲鳴を上げ、腰を浮かそうとする。

それでも白斗は背中で語り掛けた。「出てくるな」と。

そんな最中でも、やはり白斗は己の所業を自覚している。自覚しているからこそ。

 

 

「でもな……ッ! 俺がどんだけクズ、だったとしてもッ……!! ネプテューヌ達のためならッ……!! なんだって受け入れてやるさっっっ!!!」

 

(白斗……!)

 

(……なるほど、前回のあの立ち振る舞いもあくまで女神達のことを考えて、か)

 

 

ようやくコピリーエースも黒原白斗という男を理解する。

確かに彼は卑怯な男かもしれない。だが非情では無かった。

彼にとって何よりも大切な女神達のために、どんなことでもしてみる覚悟を持った戦士だったのだと。

 

 

「いいじゃないか!! ハハハ、お前の事を見直したよ!! 決めた、もう俺様にとってお前は立派な漢だ!!! 他の誰にもお前のことを悪く言わせはしない!!!」

 

 

誰かのためならばどんな悪名だろうと、どんな痛みだろうと受け止めて見せる。

そんな白斗の姿にコピリーエースは感激していた。

 

 

「だからこそ!! お前を全力で倒すッ!!! そぉらっ!!!」

 

「ぶッ!!?」

 

 

しかし、遂に取っ組み合いも均衡が崩れた。

コピリーエースが拳を振り上げ、白斗の横っ面を豪快に殴りつけたのだ。

何せ鉄の塊を思い切り受けてしまったようなものだから、白斗はすさまじく後方へと滑らされ、頭から血が川の様に流れ出る。

ネプテューヌ達は最早いつ飛び出すかも分からないほどに震えていた。

 

 

「げほっ、ぐッ……!! あー……首の骨折れるかと思った……」

 

「ハッハッハ、お前こそ中々頑丈だな!! だがそんな頑丈な体でも、オーバーロード・ハートだったか? それに長時間耐えられまい!!!」

 

 

何とか気合で持ちこたえた白斗だったが、このままでは負ける。

今、何とか食らいつけているのは機械の心臓を過剰作動させているお蔭だがそれ故に体の負担が凄まじいのだ。所謂ドーピングにも近い。

白斗もいつ倒れてもおかしくないほどの激痛が体を駆け巡っていた。

 

 

「だからこそ!! 今、楽にしてやる!!!」

 

「……来いよ」

 

 

また必殺の突進を繰り出すつもりだ。

だが白斗は逃げる素振りを見せず、またもや受け止める姿勢を見せた。

 

 

「喰らええええええええええええええええええええええええッ!!!」

 

 

渾身のタックル、あらゆるものを砕くコピリーエースの必殺技。

それを白斗は受け止めることが出来ず空中へと弾き飛ばされた。

 

 

「ガハァッ!!!」

 

「は……白斗ぉおおおおおおおおおおおおッ!!?」

 

 

口から盛大に血を撒き散らし、体は錐揉みしながら坑道の天井近くへと打ち上げられる。

今度こそ女神達も悲鳴を押さえられず、白斗を救おうと飛び出―――

 

 

 

「待ってたぜ……この瞬間をよォ!!!」

 

「何ッ!!?」

 

 

 

―――それこそ、白斗が待っていた必殺の瞬間でもあった。

コピリーエースのタックルによって白斗は“狙い通り”天井へと打ち上げられる。

そして天井に足を付け、「オーバーロード・ハート」の脚力で天井を蹴った。まるでミサイルの如き勢いで、コピリーエースの頭上へと迫る。

 

 

「コール!! ハンマー!!」

 

「んなぁッ!!?」

 

 

だがそれだけではない。今度はその手に、ブラン愛用のハンマーを取り出したのだ。

これこそが彼女から借りていたもの。重く、隙も大きいが一撃一撃の破壊力はまさに必殺級。

そう、コピリーエースの鋼鉄の装甲だろうと叩き壊せるほどの重量。

オーバーロード・ハートによって高められた腕力、更には空中からの重力落下に加えて天井を蹴った勢い。

それら全てを乗せた、白斗の必殺の一撃が何の縛りも受けない空中から―――。

 

 

 

「ぜぇえええええええええええええええええええい!!!」

 

「グガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?」

 

 

 

コピリーエースの脳天に、叩き込まれた。

凄まじい衝撃波が彼の頭を突き抜け、数秒もしない内に亀裂が走る。

当然、ロボだろうが人だろうが急所である。こんな時でも、白斗は最大の持ち味である「急所を突く」ことを発揮したのだ。

 

 

「ガ、ァ…………ッ!! ……見事……だ……」

 

「ハァッ、ハァッ……ったく、これだからメカ野郎は苦手なんだよな……ゲホッ!!」

 

 

頭部が潰され、爆発する寸前のコピリーエース。だが、今度は素直に白斗を褒め称えた。

しかし、今回勝てたのはネプテューヌ達から武器を借り、人造機械という邪道な手段を用い、周りの地形や相手の攻撃を120%利用したからだ。

どれか一つ欠けても勝利を掴めなかった辺り、まだまだ黒原白斗と言う人間の弱さを思い知る。

 

 

「それでも……お前は、勝った……完敗、だよ……。 今度……俺様が、生まれ……変わったら、その時は……友、と……して…………ごばらばぐっしゃぁっ!!!」

 

 

コピリーエースはそれでも白斗という漢を認め、そして爆散した。

辺りに彼の残骸が飛び散り、白斗もやっと脱力して腰を下ろした―――瞬間。彼に詰め寄る影が複数。

 

 

「てめぇ!! よくも、よくもコピリーさんをぉぉぉッ!!」

 

「あんなになるまでやる必要無かったじゃねぇか!! このクソ野郎ォ!!!」

 

「ケジメつけろやクソガキィ!!!」

 

(はー……まー、こうなるわな。 ネプテューヌ達を出張らせなくて正解だったわ)

 

 

それは戦いを見守っていた作業員たちだった。

先程まで親しくしていたコピリーエースは彼らにとってまさに友。その友を爆散させた白斗は、仇以外の何者でもなかった。

もしネプテューヌ達が彼を倒していたらこの憎悪は女神達に向けられていたはずだ。だからこそ白斗は彼女達を下がらせ、汚名を被る覚悟で戦いを挑んだのである。

はたして、狙い通り彼らのヘイトは白斗ただ一人に向けられていた。

 

 

「待ちなさい、貴方達!!」

 

(ブラン!? 皆も……おいおい、出張るの早過ぎだって!?)

 

 

その瞬間、ついに我慢できなくなったブラン達が飛び出してきた。

自分達に代わって死闘を戦ってくれた白斗が暴言に晒される―――心優しき少女達がそんな理不尽に耐えられるはずもなく、白斗を気遣ったのだ。

今の段階ではまだ作業員たちのヘイトが女神に向く可能性があることを白斗は懸念するが。

 

 

「……不幸中の幸いか、そこのロボットの残骸は大き目だわ。 全て回収すれば修復できるかもしれない」

 

「め、女神様……! ホント、ですかい……?」

 

「手は尽くすわ。 その上であのロボットには罪を償わせる。 だから彼を……白斗を責めることは許さない! 彼はやるべきことをやっただけ……彼を責めるのは筋違いよ」

 

 

本当は全力で白斗を守りたかったが、それをすると余計に白斗への悪感情が向くかもしれない。

だからこそブランは必死に言葉を選んだ。

これまでを通じて学んだ知識や経験が実を結んだのか、作業員たちの雰囲気がみるみる萎んでいく。

 

 

「……割り切ってやる。 だが……納得はしてねぇからな」

 

「ああ、それで……いい……。 お、ぉっと……?」

 

「白斗っ!!」

 

 

ようやく剣呑な空気が収まったことで緊張の糸が切れたのか、白斗が崩れ落ちる。

咄嗟にネプテューヌ達が白斗を抱きかかえ、優しく地面に下ろした。

 

 

「白くん~!? 大丈夫~!?」

 

「お、おぉ……だいじょうぶよ……」

 

「そんな死にそうな声と顔で言っても説得力無いよお兄ちゃん! 私も最近ヒール覚えたから、今治してあげるね!」

 

「あたしも~!! 白くん、元気になって~!!」

 

「……ありがとな」

 

 

すぐさまネプギアとプルルートが優しい光で白斗を照らしてくれる。

徐々にではあるが傷口が塞がり、痛みも和らいできた。

骨の罅までは即座にとはいかないが、ある程度受け身を取ったおかげで骨折は無い。二人の回復魔法と合わせて完治するはず。

恋次元にてノワールと特訓した日々が活かされていると、白斗は彼女に絶えず感謝した。

 

 

「もぉ~!! こんなにボロボロになっちゃってぇ……!!」

 

「全くだ!! こっちがどれだけ寿命を削ったか……とりあえずこの後はウチの教会で絶対安静にしてもらうから覚悟しとけ!!!」

 

「ネプテューヌにブランも大袈裟……あ、すいません。 マジで安静にするので涙ぐまないで」

 

 

凄い剣幕で捲し立てられたと思いきや目に涙をいっぱい浮かべる女神達。

女の涙に何よりも弱い白斗としては素直に白旗を上げるしかなかった。

直後、凄まじい疲労と鈍痛により意識が落ちてしまい、白斗はしばらく眠ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あー、暇だ。 暇だ暇だ暇だぁ」

 

 

白斗は布団にくるまれながら、独り言ちていた。

目覚めたら木造の天井。左右を剥けば襖や畳が広がる部屋。

そう、ここは神次元のルウィー教会の一室である。あの後気絶した白斗をネプテューヌ達はここまで連れてきたらしい。

眠っている間に粗方の治療は終わり、大事を取って安静……ということらしかった。

 

 

「なぁロムちゃん、ラムちゃん。 お兄ちゃん暇だから外出てきていい?」

 

「ダメー! お兄ちゃんを見張れってお姉ちゃんがから言われてるんだからー!」

 

「お兄ちゃん、無理しないで……(うるうる)」

 

「……はい、すんません」

 

 

しかし、存外堪え性が無いのか外に出たがる白斗。

そんな彼を引き留めているのはロムとラムであった。今回待機を命じられた二人だが、白斗を出させまいと懸命に叱りつけている。

幼女に叱られるとは何とも情けない……と、白斗は肩を落とす。

 

 

(はぁー、ネプテューヌ達どうしてんのかなぁ……。 ベールさんの手伝いに行ってるってことらしいけど、大丈夫なんだろうか……)

 

 

現在ネプテューヌ達はここにはいない。

白斗が安静にしている間、リーンボックスのトラブルに救援に駆けつけているとのことだ。

リーンボックスでは何でも「不気味なモンスターが暴れており手が付けられない」とのことらしいので、白斗も手伝いたかったのだが。

 

 

「えぇっと、今リーンボックスではどうなってんのかな……ポチっと」

 

 

さすがにそのままでは退屈死しかねないので、リモコンを操作してテレビを点ける。

やがて画面に映されているのは、今最も知りたいリーンボックスのニュースである。

 

 

『では次のニュースです。 先程までリーンボックス郊外で暴れていたモンスター群ですが、ベール様らの活躍により撃退されたとの報告がありました』

 

「お、撃退できたのか。 良かった良かった」

 

 

どうやら事件は無事解決を迎えたらしい。

ニュースには今回の事件の顛末を伝えるベール達の姿も確認できた。特に大きな怪我も負っていないらしい。

ならば連絡しても問題ないだろうと白斗は端末を用いてネプテューヌに連絡を取る。

数秒もしない内にネプテューヌ達が画面いっぱいに映し出された。

 

 

『白斗! もう大丈夫なの?』

 

「おう、元気有り余って退屈なんだよ。 それよりもそっちでの事件は解決したみたいだな。 お疲れ様」

 

『まーね! まぁ今回のモンスター、強くは無かったんだけど……』

 

「けど?」

 

『固すぎで中々倒れないし、見た目すごく気持ち悪いし、しかもあのアクダイジーンのおじさんが邪魔して結局逃げられちゃったんだよねー』

 

「アクダイジーン……やっぱ七賢人の仕業か」

 

 

白斗の予想は当たっていた。

ルウィー、リーンボックスの事件も七賢人の仕業ならば残るラステイションのハッキング騒動も七賢人が引き起こしたものと見て間違いないだろう。

そこへベールが通信に割り込んできた。どうやら白斗と話をしたかったらしい。

 

 

『しかもその男、やたらそのモンスターを可愛がっているみたいなのですわ』

 

「可愛がって……? また妙な話だな」

 

『ええ。 娘、とも呼んでおりましたわ』

 

「……娘?」

 

 

何か引っかかりを覚えた。

普通なら常人には理解できない性癖の持ち主で片づけてしまうところだろう。

丁度テレビの画面に映し出されたモンスターこと「ひよこ虫」なる、確かに身の毛がよだつような風貌のそれを可愛がるなど到底ありえないのだが。

 

 

(……何だ? 何だか妙な胸騒ぎがする……)

 

 

何故か白斗はこの件を切り捨てられないでいた。

直接相対していないため、その胸騒ぎの答えは見つけられずにいる。だが、このまま放っておいてはいけない。

長年積み重ねられてきた彼の直感が、警鐘を小さく、しかし絶え間なく鳴らし続ける。

 

 

『それより白斗! 事後処理終わったらすぐに戻るから!』

 

『あんせーにしててね~』

 

『ロムちゃん、ラムちゃん! お兄ちゃんのこと、頼んだからね!』

 

「「らじゃー!」」

 

「信用ねぇなぁ、俺ェ……」

 

 

なんて言いつつも、双子の隙あらば飛び出したい衝動に駆られる、とことん困った男である。

この場にノワールがいてくれたらきっと白斗の援護に……否、彼女もなんだかんだで白斗を心配してネプテューヌ達の側に回っただろう。

と、そんな事を考えていたからだろうか。

 

 

「……そういやラステイションの方はどうなってんだろうな」

 

『実はさっきから電話してるんだけど、一向に繋がらないの』

 

「やっぱりまだハッキング騒動は続いてるのか」

 

 

ネプギアが明らかに困ったような顔色と声色で告げてくる。

繋がらない、ということは件のハッキング騒ぎによるネットワーク障害がまだ終わっていないということだろう。

新興国であるラステイションにとって長時間騒動が収まらないというのは信用を落としかねない一大事。ノワールも恐らく今頃頭を抱えているだろう。

 

 

『ラステイションの情報はあれから一向ni入 ※k なイn#■ド――――』

 

「ん? ネプギア? みんな、聞こえるか!?」

 

 

しかし、ネプギアとの通信中。急に彼女の声にノイズが掛かりだしたのだ。

声だけではない。映像も揺らぎ、途切れ、そしてノイズが走り始める。

これではまともな通信が出来ない。既に音声だけでは何を言っているのかも分からない状況だ。

 

 

(まさか、件のハッキングの影響か!? だとしたらどんだけなんだよ、今回のハッカーって奴は!? とにかく、もう声じゃ何を言っているかも分からねぇ!! なら―――)

 

 

一刻も早くこの騒動を解決する必要がある。そのためにはラステイションへ行かなければ。

だが声ではもう意思疎通が出来ない。一方、映像では画像に乱れがあるものの、まだ何とか相手の顔や表情は辛うじて読み取れるレベルだ。

ならばと白斗は近くのメモと筆記用具を取り、急いで書き殴る。

 

 

『ラステイションで落ち合おう』

 

 

メモの内容は何とか伝わったらしい、ネプテューヌ達が頷く姿が辛うじて確認できた。

直後、映像が途切れる。どうやら通信そのものが遮断されてしまったらしい。

とは言え、これで最低限の連絡と指針は伝えられただろう。

 

 

「あわわ……大変……!(あわあわ)」

 

「な、何がどーなってるの!?」

 

「こりゃラステイションの騒動を解決しないとダメっぽいな。 そういうワケだから行ってくるね」

 

「え? あ、はーい」

 

 

あまりにも自然な動きで白斗が立ち上がり、スタスタと歩いていってしまう。

トラブルに次ぐトラブルで、幼き双子の処理が追い付いていなかった。

だから、つい見逃してしまったのだ。

 

 

「……ら、ラムちゃん? お兄ちゃん、行っちゃったけど……(おろおろ)」

 

「…………あーっ!? やっちゃったーっ!?」

 

 

大慌てで白斗を探しに出るも時すでに遅し。

フットワークの軽い白斗の姿があるはずもなく、茫然自失となってしまうロムとラムであった。

襖を開けた向こうに残された一枚の書置きだけがある。そこには「帰ってきたらお土産あげるからね」というしょうもない一文だけだったという―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーもーっ!! 誰よ私の国をメチャクチャにしてる奴はっ!!」

 

「お、お姉ちゃん落ち着いて……」

 

 

その頃、ラステイション教会の執務室でノワールが怒りのままに机を叩いていた。

衝撃で机の上に乗っていたペン立てやらの小物や書類の束、のみならず傍に控えていたユニの華奢な体までもが震え上がる。

ラステイションに帰還してからというもの、ずっとこの調子なのでユニもほとほと困っていた。

 

 

「はぁ、どうしたらいいのよコレぇ……」

 

 

実際のところ、八方塞がりだった。

ラステイションは新興国、その支えとなっていたのが最先端技術の導入である。

即ち高性能なパソコンやネットワークの普及で国を発展させていたのだが、問題は敵側が人間業とは思えないハッキング能力で完全にネットワークシステムを掌握されてしまっていることだ。

お蔭でこちら側はパソコンを使った対策が打てず、人海戦術だけではどうにも時間が掛かってしまうのである。

 

 

「落ち着けよユニ、そう言う時のために俺らがいるんだ」

 

「え? 白兄ぃ!?」

 

 

するとユニの背後から温かい男性の声が。

思わず嬉しそうに振り返れば、想い人にして頼れる兄貴分こと黒原白斗が立っていた。

 

 

「なーにカッコつけちゃってんの! この重傷人がー!」

 

「お姉ちゃんの言う通りです! 私達、ぷんすこなんですよ!」

 

「白くん~! あたしだって激おこなんだからね~!」

 

「え、ええと……ネプギアにみんな?」

 

 

それだけではなく、ネプテューヌ達プラネテューヌ勢までもが来ていた。

皆、絶対安静と言われた白斗が抜け出してきたことにご立腹の様子であったが。

 

 

「わ、悪かったって! お蔭で犯人の手掛かり掴んだんだからお相子にしてくれよ、な?」

 

「犯人の手掛かりですってぇぇぇッ!?」

 

「ぬおわッ!? ノワール、噛みつくな!!」

 

 

ぬっ、とノワールが白斗に噛みつかんばかりの勢いで迫りくる。

その眼は血走っていた。どうやらストレスが限界に来ているらしい。

彼女のためにも、犯人の元へ導かなくてはと白斗は咳払い一つして姿勢を正した。

 

 

「大体手掛かりって、どうやって掴んだの?」

 

「何、単純にネットワークの混乱が起きていない場所を探しただけだ」

 

 

白斗が自分のスマホがら画像を表示する。

そこに映し出されたのは、このラステイションにおける地図だった。

なのだが、至るところにビッシリと赤い×による消込がされている。

 

 

「まずハッキング騒動だが、他国では発生していない上に新興国ラステイションは他国とのネットワーク回線をそこまで繋げていない。 つまり他国からのハッキングとは考えにくい」

 

「ハッキング犯はラステイション内にいる、ってことだよね」

 

「そう。 んで、俺達でハッキングの被害が出ている地域を虱潰しに探してみたってワケ」

 

 

どうやらこの赤い×印は被害があった地域を表しているらしい。

ラステイションのほぼ全域だけに地図が赤一色に染まっている。

―――ただ一ヵ所の例外を除いて。

 

 

「更にこの辺りの地域で既に企業などが入っているビルなどを除いた、怪しい建物が……この一軒ってワケだ。 聞けばここは無人だが、電気メーターなども動いているみたいだ」

 

 

更にスマホに浮かび上がった画像、そこに映し出された怪しげな雰囲気の建物。

立地も悪くなく、ハッキング用の機材を設置するには十分なスペースもあるといった点が信憑性を高めていた。

 

 

「どうだノワール? 素人の推理だが……ここでくすぶっているよりは賭けてみる価値はあると思うが」

 

「ええ、ナイスよ白斗……。 やっと、やっと……フ、フフフ……」

 

 

目を血走らせたノワールは不気味な笑い声を浮かべながら愛用の片手剣を研ぎ始めた。

完全に犯人を血祭に上げるつもりらしい。正直、周りの誰もがドン引きしていた。

 

 

「ノワールちゃん、怖いよぉ~……」

 

「やれやれ、これはお目付け役が必要かな」

 

「白くん~……?」

 

「ぷ、プルルート睨まないでくれって。 あくまで後方支援、戦闘にはもう加わらないから」

 

 

ここに来てまだ白斗も作戦に加わるつもりらしい。

プルルートのみならず、周りの少女達も白斗に冷たい視線を送り続けた。

実際、この面々は抜けているネプテューヌにプルルート、そして殺意の波動に目覚めたノワールと凡ミスをしかねない。

何かしらのフォローは必要だと白斗は譲らなかった。

 

 

「それに、恐らく七賢人の最後の一人が絡んでいるはず。 ここまで来たら俺もツラくらいは拝んでおきたいんだよ」

 

 

何より、今回の騒動は全て七賢人が絡んでいる。

そして今までのメンバーにハッキングが得意な者がいなかった。となるとまだ見ぬメンバーの仕業のはず。

今後のためにも顔くらいは把握しておきたかったのだ。

 

 

「はぁ~……こうなった白斗は聞かん坊だからなぁ~」

 

「迷惑かけるな、ネプテューヌ」

 

「そう思うんならやめて欲しいんだけど!? もういい、こうなったら白斗は私が守るから!」

 

「男女逆じゃね!? 」

 

 

断固たる決意を固めたネプテューヌ。

彼女の騎士として、男として、本来なら白斗が彼女を守るべきなのに。

しかしくどいようだが、事実正面戦闘では白斗は驚くほど役に立たない。いざとなれば足を引っ張る可能性も否めなかった。

 

 

「お姉ちゃん、大丈夫だよ。 お兄ちゃんは私が守ります!」

 

「ネプギアじゃ役不足よ! 白兄ぃはアタシに任せなさい!」

 

「妹達まで参戦しちゃったよ!? 後ユニ、役不足は意味が違うからな!?」

 

「白くん~! あたしも守ってあげるからね~」

 

「プルルートまで……ああもう、頼りにさせてもらいますよ」

 

 

ネプテューヌにだけいい格好はさせないとネプギア達も名乗り出てくる。

いい加減疲れてきた白斗は、いっそ彼女達に任せようかと投げやりながらも護衛を任せることにした。

―――無論、有事には自分が率先して動くつもりだが。

 

 

 

「漫才はそこまで!! さぁ、とっととこのバカ騒ぎを終わらせに行くわよぉ!!!」

 

 

 

そんな和気藹々の一時は、怒りに満ちたノワールの一喝で途切れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白斗の案内の元、辿り着いた建物。

テナント募集中の建物で無人であるはずなのに今でもメーターが凄い勢いで回っている。

恐らく、ハッキングのための機材に使っている電力が馬鹿にならないのだろう。

 

 

「間違いないわね。 人の気配もある」

 

「出入口もこの扉一つだけだ。 ……みんな、準備は良いな?」

 

「「「「お~!!」」」」

 

 

唯一の出入り口となる扉の前で白斗達は固まっていた。

既に各々が自らの得物を手にしている。接近戦のスペシャリストに狙撃のスペシャリストが勢揃いしており、更にはこの建物を取り囲むように白斗がブービートラップを始めとした罠を各種設置している。

七賢人最後の一人、絶対に逃がすわけにはいかないという固い決意の表れだ。

 

 

「行くわよ。 3、2、1……突入!!」

 

 

ノワールの合図に合わせて一斉に扉へ突進を仕掛ける。

如何に華奢と言えど女神五人分と男一人のタックルを受け切れるはずもなく、扉は無残にも破壊された。

その先に広がっているのは薄暗い部屋の中、計器類の光が怪しげな星のように光る光景。

そしてそれに向き合う、ロボットのような人影。

 

 

「貴方ね、ラステイションを混乱させたハッキング犯は!? もう逃がさないわよ!! 大人しく手を上げなさい!!」

 

「つーかまたロボットかよ。 コピリーといい、七賢人はメカ好きか?」

 

 

計六人分の殺気を叩きつけられて、ロボット姿の人物はゆっくりを手を上げる。

やがて椅子を回転させてくるり、と女神達に向き合った。

無機質さしか漂ってこないその風貌に誰しもが息を飲んだ。

 

 

「あら失礼ねぇ。 これは高性能スーツ、アタシはれっきとした人間よぉ?」

 

「ねぷぅっ!? 実は人間だった上にその声、オカマさん!?」

 

「益々失礼ねぇ。 アタシの心はれっきとしたオトメよぉ?」

 

「オカマであることは否定しないのな……」

 

 

しかし、そのスーツの下から飛び出してきたのは甲高い男の声。

オカマとしての言動に思わずネプテューヌはずっこけてしまった。

白斗とて七賢人への怒りも一瞬だけ忘れて呆気に取られてしまう程である。

 

 

「初めましてになるわね。 アタシが七賢人最後の一人にして裏方担当、スーパーハッカ―のアノネデスちゃんよぉ!!」

 

 

七賢人最後の一人の名に恥じない、中々強烈な個性の持ち主が出てきたものだと、誰もが顔を引きつらせている。

確かにハッキングが得意そうな見た目ではあるが、それ以上のインパクトがあった。

 

 

「そ、そんなことより!! ハッカーってことはやっぱり私の国をメチャクチャにしたのはアンタの仕業だったのね!!」

 

「酷いわノワールちゃん、そんな人を犯罪者みたいに呼ばないで頂戴」

 

「犯罪じゃないの!! 大体なんでラステイションを狙ったのよ!? ネットワークって意味ならプラネテューヌやリーンボックスだってあったでしょ!!」

 

「お、お姉ちゃん……それって他の国が標的だったら良かったって意味……?」

 

 

ハッキングを仕掛けたアノネデスへの怒りの余り、とんでもないことを言いだしているノワール。

彼女の言は兎も角、確かにわざわざ新興国であるラステイションを狙ったことに意味があるのだろうか。

 

 

「それじゃダメなのよ。 アタシ、ノワールちゃんの大ファンなんだから」

 

「だ、大ファン……?」

 

「そうよぉ!! 美しく、可愛く、努力家で才能溢れるノワールちゃんのファンになっちゃったのよアタシ!! その証拠にホラ、アタシのとぉっておきのコレクション大公開~!!!」

 

 

指を鳴らしたアノネデス。

それに合わせて、空中に幾つもの画面が投影された。

だが目を惹いたのはその技術力ではない。その画面に映された―――ノワールがコスプレをしている姿の写真、その数々である。

 

 

「のっ、のっ、のっ……のわあああああああああぁぁぁぁぁ~~~~~~!!?」

 

「あーあーあー……コスプレ写真大流出だよコレ……」

 

 

折角隠し通してきたのにとノワールは涙目で必死に画面を隠そうとする。

だがあれは光が生み出した虚像、触れられるはずもなくノワールの必死な手は虚空を切るばかり。

これには白斗も同情を禁じ得なかった。

 

 

「あ、ユニちゃんとノワールさんが仲良くしてる写真まで!」

 

「ええ! 異世界からの妹って聞いたけど、姉妹同士のカラミも中々オツじゃない? まぁ、アタシはノワールちゃんがいればいいから、ユニちゃんなんてアウトオブ眼中だけど」

 

「な、なんですってぇ!!?」

 

 

そして写真の中にはノワールとユニの姉妹の画像まであった。

だがアノネデスの目的はあくまでノワール、ユニは特に興味がないようだ。

ぞんざいな扱いをされたとあってはユニも怒り心頭になってしまう。

 

 

「うっふふん、気に入ってくれたかしらぁ?」

 

「こ、こ……このぉッ……!!」

 

 

ノワールは既に血管という血管を浮き上がらせている。

あれがいつブチ切れるかわからない。そうなれば、ノワールは大爆発してしまうだろう。

その烈火の如き怒りは恐らく、アイリスハートの比ではない。

確かにアノネデスはやり手だ。おまけにレスバトルも強いと来た。

それだけにこの男―――黒原白斗にはどうしても違和感が拭えなかった。

 

 

「それだけか、アノネデス」

 

「あらぁ? 白さん……だったかしら、どういう意味?」

 

「そのままの意味だ。 ノワールにアピールするためだけに各国で騒ぎを起こし、挙句ノワールを引っ張り出してきたワケじゃねぇだろ」

 

 

白斗はこれまでの観察結果から、このアノネデスという人物がエキセントリックながらもかなりの知能犯だと確信している。

だからこそ、このオカマが何の意味もなく仕掛けたとは思っていない。

 

 

「……さっすが、アタシの盗聴を悉く防いできただけあるわね」

 

「盗聴……って度々ウチに仕掛けられてた盗聴器、あれはお前の仕業か!」

 

「そうよぉ、でももういいわ。 だって、“貴方達がここに来た時点でアタシの勝ち”なんだから」

 

 

プラネテューヌでは度々盗聴器などが仕掛けられることがあった。

それらは白斗が持ち前の危機察知能力や経験則から即座に発見、処分してきたのだが、全てこのアノネデスによるものだった。

全ての点と点が繋がり、一つの綺麗な線となる。

 

 

「……まさか、プラネテューヌで騒ぎを起こしたのは俺達を引っ張り出すためか!?」

 

「正確には白さんよぉ。 貴方がいるとロクに調べ物が出来ないんだもの。 でもそれももうオシマイ、欲しい情報は手に入れたしぃ。 あ、今のところ誰かに直接手を出してるワケじゃないからそこは安心して頂戴」

 

 

そして今回の騒ぎの目的、それは白斗をプラネテューヌから離れさせることだった。

白斗がいなければ情報収集は捗る。事実、アノネデスは目的を果たしてしまったらしい。

やはり油断ならない知能犯だと、白斗はナイフと銃を握る手に力を更に込める。

 

 

「やぁねぇ、皆してそんな殺気を漲らせないで頂戴よぉ。 アタシは裏方担当、戦闘は専門外なんだからぁ」

 

「その割にはお前、やる気じゃねぇか」

 

「だぁってぇ。 やる気を出さないと……逃げられないじゃな―――い!!!」

 

 

アノネデスが腕を広げるや否や、ノワールの画像を映し出していたディスプレイが一斉に襲い掛かってきた。

一つ一つが物理的攻撃力を持っているらしく、しかもその殆どが白斗目掛けて飛んでくる。

 

 

「白斗っ!!」

 

「危ないっ!!」

 

 

避けようにも数が多く、更には白斗の体は未だ本調子ではない。

すぐさま女神化したネプテューヌとプルルートが刃を振るって飛んでくる画面の数々を叩き落とした。

 

 

「率先して白斗を狙うなんて……! でも、私達がいる限り白斗には指一本触れさせない!」

 

「正直、オカマさんは全ッ然好みじゃないんだけどぉ……白くんを狙った報いは受けてもらわなきゃねぇ!?」

 

「ネプテューヌ……プルルート……!!」

 

 

これまでどちらかと言えば呑気にしていたプラネテューヌの女神二人だが、白斗に攻撃の矛先が向いたことですっかり剣呑な雰囲気となっている。

刃の切っ先を倒すべきアノネデスへと向けるが、当の本人は楽しそうに笑うばかり。

 

 

「アッハハハ!! 乙女ねぇ、アタシそういうのすっごく大好き!! もっともっと見せて頂戴、乙女は恋バナで盛り上がるんだからぁ!!!」

 

「調子に乗ってんじゃないわよぉ!! トルネードソード!!!」

 

 

尚も嵐のように襲い掛かるディスプレイ。

それらをノワールの斬撃が吹き飛ばした。剣の一振りで嵐のような風圧が巻き起こる。

 

 

「私達だって!!」

 

「忘れてもらっちゃ困るわよ!!」

 

「俺だって守られたままってのは性に合わねぇよ!!」

 

 

次いで女神化したネプギアの刃、ユニの弾丸も炸裂し、ディスプレイを一つ一つ破壊していく。

白斗も負けじとナイフと銃を手に、迫りくるディスプレイを撃破していった。

だが如何せん数が多い。壊せども壊せども一向に数が減る気がしない。

 

 

「あらあら……さすがに数の暴力ねぇ。 まぁいいわ、ここは大人しく負けを認めましょ。 女神化して戦うノワールちゃんの写真も頂いたしぃ? エクスクルージング!!」

 

「待ちやが……グッ!? クソッ、何が戦闘は専門外だ!!」

 

 

だが決め手に欠けているのはアノネデス側も同じらしく、逃走を宣言した。

ここで逃がすわけにはいかないと彼の元へ向かおうとしてもディスプレイが的確に襲い掛かってくる。

これだけの物量かつ精密な攻撃、戦闘が苦手な人物には到底できない芸当である。

 

 

「逃げられると思ってんの!? 外は既に……」

 

「白さんの罠で固めてるって? そんなの想定内に決まってるじゃなーい」

 

 

余裕を一切崩さないアノネデスが指を鳴らす。

すると床がまるでハッチのように開いた。その下には階段が続いている。

 

 

「んな!? 隠し通路!?」

 

「これくらいの改造は朝飯前よぉ。 それじゃぁね、ノワールちゃん達ぃ。 もうすぐ、アタシ達がこのゲイムギョウ界に最高にアメージングなショーを見せてア・ゲ・ル♪ バイバ~イ♪」

 

 

まさか建物を無断拝借した挙句無断改造するとまでは思っていなかった。

当然隠し通路なんて把握しているわけがないので、その先に罠なども設置できるはずもなく。

大量のディスプレイに阻まれている間に、アノネデスは悠々と地下通路へと潜っていってしまった。

直後、ハッチは固く閉ざされる。

 

 

「あ、アイツううううぅぅぅぅッ!! 逃げやがったああああああああああッ!!!」

 

「の、ノワールさん落ち着いてください! こうなればハッキング及びこのディスプレイ生産機の元を断ちましょう!」

 

「元……となると、あのバカでかい機械ね!」

 

 

ネプギアとネプテューヌの視線が一つに注がれる。

それは先程までアノネデスが操作していた大型のコンピューターだ。

自動操縦になっているらしく、本人が不在の今でもハッキングは尚続けられ、それを守ろうとディスプレイが生み出される。

確かにあのコンピューターを破壊しなければ進展はしない。

 

 

「ああもう、しつこいわねぇ……!! あたし、ムシャクシャしてるしぃ……纏めて薙ぎ払ってあげるわぁ!!」

 

「プルルートの言う通りね!! 大技で一気に切り伏せるッ!!」

 

「それしかないな!! ユニ、トリは任せたっ!!!」

 

「っ!! ラジャー!!」

 

 

こうなればやることは一つ。高威力、広範囲の大技の連発で一気に敵を薙ぎ払うのみ。

そして白斗がトドメに任命したのが、この中で精密射撃が可能で、尚且つ高出力の銃撃が出来るユニことブラックシスターだ。

白斗に大役を任されたとあっては、ユニも張り切るしかない。

 

 

「焼き尽くしてアゲル……!! サンダーブレードキック!!!」

 

 

アイリスハートが放つ、無数の落雷と強烈な蹴りによる爆風が当たりを焦がし、吹き飛ばす。

これだけでもディスプレイは相当数減ったが、それでもまだ数がある。

 

 

「粉微塵になっちゃいなさい!! インフィニットスラッシュ!!」

 

 

そこに迸る、ブラックハートによる無数の剣閃。

彼女の視界に入るもの全てが細切れにされた。それでもディスプレイは際限なく生み出されていく。

 

 

「決めるわ!! ネプテューンブレイクッ!!!」

 

 

しかし、ネプテューヌの高速斬撃が嵐のように閃いた。

それはディスプレイの生産速度を上回り、遂にはその数を徐々に減らしていく。

 

 

「ユニちゃんに道を!! ―――M・P・B・L(マルチプルビームランチャー)!!!」

 

 

次いでネプギアが、剣先から極太の光線を放った。

全身全霊の光線は真っ直ぐにコンピューターへと飛んでいく。ディスプレイ達は自らを縦にして光線を受け止めた。

だが、遂にそれが決定的な隙となる。

 

 

「ユニ、今だっ!!!」

 

「はいっ!! いっけえええええええええええええッ!!!」

 

 

ユニを狙おうとするディスプレイは白斗がナイフやワイヤー、銃を用いて叩き落す。

何人たりとも女神に触れさせない。

皆が作り出してくれた一瞬の道筋を得て、ユニが手にしたブラスターから全力の弾丸を放つ。

弾丸はディスプレイ達の僅かな隙間を縫ってコンピューターへと突き刺さり―――数瞬遅れて炸裂し、大爆発を引き起こした。

 

 

「やったぁ!! やったわ、白兄ぃ!!」

 

「お見事だ。 こりゃ、とっくに俺なんざ超えちまってる。 さすがは女神ブラックシスターだよ」

 

「ふふん、当然よ! でも、まだまだ白兄ぃからは教わりたいことがあるんだからね!」

 

「へいへい。 お付き合いしますよ」

 

 

元々女神としての素質や彼女の努力が実を結び、ユニの狙撃能力が開花した一幕であった。

尤もユニとしては白斗との一時を失いたくないので、まだまだ特訓に付き合わせるつもりでいるようだが。

そんな和気藹々とした場面を眺めていると、ノワールの通信端末に連絡が入った。

 

 

「……そう、分かったわ」

 

「あら、ノワールちゃん。 通信が回復したってことは……」

 

「ええ。 今、ハッキングが解除されて全てのネットワークが元に戻ったそうよ」

 

「ならこれで一件落着……にはならないわね」

 

「そうだね。 肝心のアノネデスさんが逃走したままだから……」

 

 

一先ずハッキングは収まったようだ。

しかし、肝心のハッカーことアノネデスは以前逃亡したまま。またハッキングを仕掛けられる恐れがある。

一応追跡はさせているらしいが、何かと逃げ足の速い七賢人のことだ。また逃げられてしまうのがオチだろう。

 

 

 

「……しかしアイツ、プラネテューヌで一体何を調べてたんだ? 何を狙っている? 何だ……この胸のざわつきは……?」

 

 

 

だが、白斗はそれとは別にアノネデスが一体何を調べていたのか、何をしでかすつもりなのか。

ただ、漠然とした不安を覚えるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――某国某所。

ここは七賢人の会議室。いつもは何だかんだで騒がしいこの会議室も、二人の人物しかいない。

先程帰還したばかりのアノネデスと、この七賢人の一応リーダーことキセイジョウ・レイである。

 

 

「うっふふふ! レイちゃん、どうして黙ってたのかしらぁ?」

 

「い、いえ! その、黙ってたとかそういうことではなくて……えと、その……!!」

 

 

アノネデスが、いつも通りの口調とテンションながらレイを詰問していた。

ただ、このオカマは楽しそうであり怒りや失望と言った負の感情は微塵も感じさせない。

―――代わりに、甘美な毒のような、じんわりとした悪意が滲み出ている。

 

 

「ああ、勘違いさせちゃったらゴメンなさぁい。 アタシ、別に怒ってるわけじゃないの。 一応理由を聞いておかないと、皆が納得しないでしょ?」

 

「そ、それは……」

 

「一応七賢人は貴女が発足した組織よぉ。 なのに貴女が隠し事して皆に迷惑かけましたー、ごめんなさ~い、で済むワケがないでしょ?」

 

 

レイの不安を煽らず、しかし的確な言葉をぶつけていく。

狙い通り、レイは涙目になりながらも反論することが出来ないでいる。

 

 

「アタシが適当な言い訳を考えてあげる。 だから、改めて聞かせて頂戴。 プラネテューヌにいる“あの子”が……女神なのね?」

 

 

マスクで覆われているが、恐らくその下は口を三日月のように歪ませて微笑んでいることだろう。

確信を得られてしまった以上、レイは観念したかのように口を薄く開き始めた。

 

 

「……はい。 数ヵ月前、マジェコンヌさんが適当な子供を連れだした際にあの子がいて、それを私が預かったんですけど……」

 

「偶然持ってた女神メモリーを、あの子が食べちゃったってワケね」

 

「はい……。 その後、その子が空間に空いた変な穴に吸い込まれて……それで私、怖くなっちゃって……」

 

「言うに言えなくなっちゃった、ってワケね。 了解したわぁ、これでスッキリ!」

 

 

やっと裏が取れたことで晴々としたような声を出すアノネデス。

レイが一体何を隠していたのか、これまで独自に調べてきたこともあって大体は推理通りだった。

ただ一点、その子供が消えたという部分を覗いて。

 

 

 

(にしても空間に穴、ねぇ? 普通に考えればその子が女神の力を使ったと考えるべきなんでしょうけど……どうにも腑に落ちないのよねぇ。 でもレイちゃんは嘘をついている様子が無いし、多分その子の力じゃない……第三者の介入かしら? まぁ、いいけど)

 

 

 

第三者の事は念頭に置きつつも、今後の方針は決まった。

自分達が探し求めてきた存在が見つかった以上、もう止まりはしない。

 

 

「さぁ、兎に角真実が明るみになった以上はやるべきことは一つよ、分かってるわよね?」

 

「そ、それは……その……」

 

「レイちゃん、これも貴女の理想のためよ。 確かに怖いでしょうけど、ここで勇気を出さなくちゃ。 大丈夫、アタシ達も協力するわ。 そのために七賢人になったんだから」

 

 

アノネデスは決してレイを責めることなく、寧ろ彼女を肯定するような甘い言葉を囁く。

それはまさに毒。レイの耳には心地よく響き、心を軽くしていく。

しかし、じわりじわりと彼女を沈めていく。もう二度と後戻りできないところまで体と心を蝕んでいく。本人が自覚せぬまま―――それが毒の、甘言の恐ろしい所である。

レイは葛藤の末、遂に決断を下した。

 

 

 

 

「……はい……。 アノネデスさん、お願いします……」

 

「オッケーよぉ!! さぁ……宣言通り、始めましょ。 アメージングなショーの開演よぉ!!」

 

 

 

 

自称参謀にして、事実上の七賢人のリーダーが宣言を下す。

既に頭の中で、悪魔とも取れるような計画が描かれていた。後はそれを実行に移すだけ。

アノネデスの心は、まさにフィーバーの如く踊っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――おやおや、やっと動き出してくれますか。 さて、楽しみにしてますよぉ。 神次元の物語……起承転結に当たる『転』の盛り上がりを」

 

 

 

しかし。その扉の向こう。

比較的勘のいいアノネデスですら気付くことは出来なかった。

廊下の影で一人ほくそ笑むこの男―――ジョーカーの存在に。そして語り部は一頻り笑い、影の中へと消えていく。

 

 

 

 

物語は加速する。もう誰にも止められない―――。

 

 

 

 

 

続く




サブタイの元ネタ「To LOVEる」


大変長らくお待たして申し訳ありませんでした。
ですがまだしぶとく生き残っています、カスケードです。というワケで久々になりますが、恋次元更新!楽しんでいただけたら幸いです。
今回は一気に物語を動かしました。そしてようやくアノネデス本格登場。実は七賢人の中では割と動かしやすくて気に入っているキャラです。
こういう色物だけと切れ者って実は好きだったりするのです。さすがアニメでも登場しただけはある。
そんなアノネデスが遂に次回、大騒動を巻き起こす。どうかお楽しみに!
……とその前に、次回はまた番外編が一本挟まる予定です。
長らく神次元でのお話をやっているので恋次元の描写も欲しいなーということで恋次元でのお話になります。
年末年始の投稿を予定していますのでお楽しみに!


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番外編5 ネイティブ発音で人類皆ホスト

皆様、大変お待たせして申し訳ありませんでしたッ!!!
色々大変だったリアルを乗り越えて再び投稿再開です!
まずはお口直しの番外編をどうぞ!
因みに時間軸も本編から外れ、白斗たちが恋次元にいる状態でのお話です。


―――恋次元の日付を跨いだばかりの時間帯。

若者の街、プラネテューヌもこの時間帯は人を酔わせる怪しげな色合いのネオンで彩られる。

そしてこの世界で生きることになった少年、黒原白斗もそんな妖艶さに引き寄せられ、バーにて酒を煽る一人だった(十八歳未成年)。

これは、そんなある日の事―――。

 

 

「ホストクラブぅ~?」

 

 

琥珀色のグラスを傾けていた白斗が、あからさまに嫌そうな声を響かせた。

彼の隣に座っているのは、必死な形相で頭を下げる顔立ちのいい男である。

 

 

「そうなんだよ白さん! ウチの稼ぎ頭がトラブっちまって働けなくなっちまったんだ! だから、二日間でいいからアンタにヘルプに入って欲しいんだよ!」

 

「そうは言うがねキリューちゃん、白斗さんまだ未成年だぞ?」

 

「いや未成年がバーにいる時点でおかしいから! それでいて何堂々と酒飲んでんの!?」

 

 

などとツッコミを続けるこの男はキリュー。

白斗とは所謂飲み友達と言った関係であり、時たまバーで顔を合わせては互いに情報交換をしたり、他愛もない話をしている。

聞けばホストクラブを経営しているとのことだが、今回は切羽詰まっているらしく頭数をそろえるために白斗に必死に声掛けしているらしい。

 

 

「頼むよマジで! 二日間だけでいいから! 特に明日! 明日はウチの常連さんが来るから外すとウチの信用ガタ落ちしちまう!!」

 

「大体トラブったって怪我でもしたのか? 労災ちゃんと下ろしてあげてる?」

 

「いや、そいつが浮気した女に刺されちまってな。 入院した挙句示談しているとか」

 

「ハイ出たトラブルの巣窟。 女難の相が出ている白斗さんをそんな場所に放り込んでみろ。 次の日には包丁刺されまくってハリネズミになってるわ」

 

 

酒が入っている影響か、白斗のツッコミはいつもよりドライである。

しかし、それでも諦めまいとキリューは尚更縋ってきた。

 

 

「そんなアンタだからこそだよ! 毎日女をとっかえひっかえしても未だに顕在、しかも女神様やハイレベルな女子達、噂によるとトップアイドルとも懇意にしてる! そんなアンタだったら間違いなく乗り切れるって! 報酬も払うし、死んでも生命保険出すから!」

 

「死ぬ前提かよ!? 誰が行くかっつーの! 後、人を女遊びしてるように言うな!!」

 

「事実だろうが! それとも何か!? アンタがこうして酒飲んでることやあることないこと女神様に吹き込もうか!? 女神様とイチャイチャしてることを国民に知らせたろか!?」

 

「何その脅迫!?」

 

 

実際、それをされたら白斗は全国民を敵に回すようなもの。

バレた日には嫉妬に狂ったこのゲイムギョウ界に生きる人間たちの手で無残な最期を迎えることだろう。

この男、なんと恐ろしいことを考えるのだろうか。

 

 

「マジで切羽詰まってるんだって!! 頼むよ、報酬は弾む!! 指名取れたら上乗せもする! アンタだって女神様達と遊ぶのに金が入り用だろ!?」

 

「うぐ! そ、そう言われたらそうだが……」

 

 

白斗も日々女神達と過ごす毎日。当然遊びに出掛けることも多々ある。が、何事にも金が要るこのご時世。

何人もの女の子達と遊びに出掛けていれば、当然金の減り具合は半端なものではない。

現実問題として白斗は金に少々困っていた。

 

 

「受けてやったらどうだい? 脅迫は兎も角、悪い話じゃねぇだろ?」

 

「「ま、マスター!?」」

 

 

そこに意外な助け船が。

白斗が入り浸っているこのバーのマスターである。

今日もダンディズムに溢れ、貫禄たっぷりな雰囲気を醸し出しながらコップを拭いている。

 

 

「何事も経験さ。 お前さんは金が貰える上にタダ酒だって飲める。 それに折角の飲み友達だ、借りくらい作っておいて損はないはずだろ?」

 

「む、むむむ~…………」

 

 

諭すような物言いに、白斗も唸ってしまう。

酒が入っていることもあって理性が多少緩んでいたのだろうか―――やがて嘆息する。

 

 

「…………二日だけでいいんだな?」

 

「う、受けてくれるのか!?」

 

「今回だけだ。 さすがにこれがネプテューヌ達にバレたらマジでヤバいからな」

 

「恩に着るよ白さん!!」

 

 

結局、引き受けることにしてしまった。正直受けてしまってよかったのか、今更になって後悔するが、折角の飲み友達を見捨てたくなかったのも事実。

報酬に釣られてしまったという部分も否定できない。白斗としては覚悟を決めるしかなかった。

 

 

「つってもズブのド素人なんだから指名取れなくても文句は言わないでくれよ。 引き受けるからには俺なりに全力は尽くさせてもらうが」

 

「ああ、それで構わない! マジで感謝だよ、HAKU!!」

 

「何そのネイティブ発音。 ホスト名のつもりか」

 

 

こうして白斗は二日間の間、キリューが経営するホストクラブにヘルプとして入ることになった。

尤も不安しか感じていなかったので、非常に気を重くしていたのだが―――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――次の日。

少し薄暗く、怪しさとムーディーな雰囲気を醸し出す部屋の中。

二人の男女が酒の入ったグラスを片手に談笑を楽しんでいた。

 

 

「……と、言うやり方もあるわけですよ、お嬢さん。 どうか貴女のお力になれれば幸いです」

 

「あらヤダ! もぉ、HAKUってば凄いわねぇ!! 長年抱えてた悩みも吹き飛んじゃったわ!」

 

 

白いスーツを着込み、女性を惑わせるような色気のある喋り方をするのは黒原白斗ことホスト名「HAKU」。

彼は仕事のストレスを発散するために訪れた女性客の相談に乗り、持ち前のトークスキルで彼女の悩みを聞き、解決案を出して見せた。

 

 

「ははは、それは良かった。 そんな晴々とした貴女の心に、カンパイ」

 

「きゃーっ♪ すみません、ドンペリもう一本~~~~!!!」

 

(天才ホストキタ―――――――――ッッッ!!!)

 

 

若く、頼りになる男からの甘い言葉に乗せられ、女性は気分が良くなってグラスを煽ろうとする。

しかし既に空になっていたのでまた酒を注文した。

この様子をモニタリングしていた店長ことキリューは白斗の素質の高さに驚愕し、喜びに震えていた。

やがて女性は一頻り飲み終え、上機嫌のまま店を後にする。

 

 

「ふぅ、キリューちゃん。 こんな感じで大丈夫だったか?」

 

「ああ、もう最ッ高だよHAKU!! 常連さんばかりか更に二人も指名取っちまうとは! 冗談抜きでウチのNo.1張れるよ!!」

 

「嬉しくねぇ……。 はぁ、ネプテューヌ達に知られたらどうなることやら……」

 

 

白斗はホストとしてはズブのド素人である。

一応キリューからは「好きにやっていい」と言質を取ったので、自身が通うバーのマスターのように女性のストレス発散をさせるようなトークを持ち掛けてみた。

するとこれが大好評。女性は的確かつ合理的、それでいてこちらを気遣う白斗の心に触れ、気分が良くなって酒を煽るといったスパイラルが形成されることになった。

女性を弄ぶような行為に自己嫌悪に陥りつつある白斗だが、それでも引き受けたからには全力で臨み、また同じように女性客を虜にする……無限ループって怖いね。

 

 

「よーし、閉店だ! HAKU……いや白さん、今日はマジで助かったよ!! 明日だけといわずマジでウチに永久就職しないか!?」

 

「どうせ三十路過ぎたらお役御免になるだろ。 それに明日までって約束だ。 これ以上はマジでネプテューヌ達に申し訳が立たない」

 

「はは、操はしっかり立ててるのな。 ……いや、あれだけ女の子との付き合いがあって操が立ってるって言えるのか?」

 

「それを言われたら何も言い返せねぇよ畜生!!」

 

 

後ろめたいところがあるのは自覚しているらしく、痛む胃を押さえた白斗だった。

こんな思いを明日もしなければならないのかと顔をひきつらせたが、それでも約束は約束だ。

仕事内容としては好評だったので、明日もこの調子でやれば乗り切れるだろう。

 

 

「とにかく、ウチはいつでもアンタを迎え入れる体制は整えとくぜ。 んじゃコレ、今日の報酬な。 指名三人もとったから報酬も上乗せしてあるぜ」

 

「どーも」

 

「んじゃ俺は後片付けとか帳簿とかしてるから、白さんはもう帰ってくれていい。 また明日も頼むぜ~」

 

 

上機嫌なまま、キリューは奥へと引っ込んでいってしまった。

掃除も別のスタッフが担当するみたいで、白斗の仕事はもうない。ならばお言葉に甘えて帰らせてもらうのみ。

と、その前に受け取った封筒の中身を確認しなくては。

 

 

「やれやれ、とりま報酬だけ確認しますか。 しかし水商売、どうせたかが知れて………え? 嘘やろ? 何この札束……え? ホストってこんなに貰えるの?」

 

 

出てきたのは札束であった。

下手なクエストの倍以上の報酬に白斗も思わず頭が色んな意味でクラッと来てしまう。

女遊び目当てではないが、報酬目当てでまた仕事を受けてもいいかも……そんな気さえちらりと思い起こさせてしまう程に。

 

 

「…………ま、まぁとりあえず明日だな! 最後だし張り切っちゃおうかなー!!」

 

 

これもネプテューヌ達と楽しく遊ぶため。

白斗も上機嫌に鼻歌を歌いながら帰路へと着くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇぇぇぇぷぅぅぅぅぅ~~~…………!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、油断していたことに加え、酒が入っていた影響だろうか。

白斗は遂に気付くことが出来なかった。深夜に働きに出るという予定を聞かされた故に心配して身に来たこの女神様の存在に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日の夜。

適当な理由を付けて教会を抜け出し、昨日と同じく清潔な白いスーツを身に纏う。

堅苦しい格好を嫌う白斗にとっては息苦しくて仕方がないのだが、これが仕事着なのだから仕方がない。

兎にも角にも今日で終わりだ。意を決してホストクラブへ足を踏み入れる―――のだが。

 

 

「おはようございまー……ん? 何だか慌ただしいな?」

 

 

白斗の担当は接客のみ、つまり開店準備などは他のスタッフに任せることになっていた。

よって彼は開店一時間前に店を訪れたのだが、何やら従業員達が嘗てない大騒ぎに見舞われていた。

店内の装飾も一段と豪華になり、酒類の品質チェックや清掃などもいつもより気合が入っている。

陣頭指揮を執るキリューも凄まじく熱がこもっている様子だ。

 

 

「キリューちゃん、どうなってんだコレ?」

 

「おお、白さん……いやHAKU!! 緊急事態……いや、Emergencyなんだ!!」

 

「一々ネイティブ発音するな鬱陶しい。 マジで何があった?」

 

 

ホストと言えば優雅なイメージが付き纏っている。

だが開店一時間前という土壇場であるにもかかわらず、従業員達は汗を流しながら各種作業に取り組んでいた。

あの様子ではシャワーを浴びる時間もなく、汗臭さを残したまま客の前に出てしまうことになる。

さすがにそれはまずいのでは、と白斗が続けようとした時だ。

 

 

「実は今夜、お偉いさんが来てウチを貸し切りにするんだよ!」

 

「貸し切り……また思い切った真似を」

 

「それだけじゃねぇ!! しかもアンタだけを指名してるんだよ!!」

 

「は!? 俺ェ!? なんで!!?」

 

 

貸し切り、しかも白斗のみのご指名だという。

まだホストを初めて二日目というズブのド素人なのに、と白斗も冷静さをかなぐり捨てて狼狽えていた。

 

 

「ってか誰だよ俺指名したの!? 昨日の客か!?」

 

「いや、そうじゃなくて……まぁ俺が言うのは野暮ってモンだな」

 

「いやいや!? 野暮とかそういう問題じゃなくて!!」

 

「そういう問題なの。 大丈夫、お前ならやれる……寧ろお前だからヤれる」

 

「励ましになってねーんだよ!! 後イントネーションがおかしい!!」

 

 

どうやら相当その客は白斗を気に入っているらしい。

確かに昨日の客には相当喜んでもらえたが……何やら微妙に話がかみ合っていない。

白斗はそこはかとない不安を覚えていた。というか、不安しかなかった。

 

 

「まぁまぁ。 それとこの客だが……多分ホストモードで攻めるよりも、普段通りのアンタのまま接する方がいいと見た」

 

「はぁ? 益々要領を得ないんだが」

 

「とにかくだ! しっかりもてなしてやってくれよ、HAKU!! いざとなればインカムで通信を繋いでくれたらアドバイスないしヘルプに入るから!」

 

「ちょ!? ったく、相変わらず勝手なんだから……」

 

 

などと文句こそ零せど、これも仕事だ。

100%の成果に近づけるように持てる力を尽くして任務に当たるのみ。

他のスタッフと連携をしながら酒類やおつまみと言った軽食の確認や手配をしながら業務をこなしていると、あっという間に開店時間を迎える。

それと同時に扉が開かれた。扉の向こうから現れたのは。

 

 

 

 

「では、どうぞごゆっくりお寛ぎください。 ―――女神パープルハート様」

 

 

 

 

紫色の、露出の高い華やかなドレスを身に纏った美しい女神。

ネプテューヌが女神化した姿こと、パープルハートがそこにいた。

階段を下りる度にハイヒールの靴音が響き渡る。

 

 

「ふふ、素敵な殿方ね。 さぁ、今宵は楽しみましょ――――」

 

「じゃねぇだろオオオオオオオオオ!!? 何やってんだこの駄女神イイイイイイ!!!」

 

 

思わず仕事のことも頭から吹き飛んでネプテューヌに詰め寄った。

だが、この反応自体は正しいものだろう。

 

 

「失礼ね、今夜の私はお客様よ?」

 

「尚更問題だろうがァ!!! お前、この国の女神ともあろう者が夜中にホストで豪遊とか大スキャンダルだぞ!!?」

 

「大丈夫よ、いーすんに頼んで各種隠蔽工作してもらってるから」

 

「隠蔽工作って時点でアウトだろうがあああああああああ!!!」

 

 

今回ネプテューヌはあらゆる手を尽くしてここに来たらしい。

普段は仕事嫌いの女神様も、自分のしたいことに関しては抜け目ないことでも有名だ。

彼女が断言しているからには、今回の訪問に関する対策は完璧なのだろう。

 

 

「それを言い出したら白斗こそ何よ? 連日こんな夜まで女の子連れ込んではお酒飲ませて酔わせて金を巻き上げての女遊びしちゃって」

 

「間違っていないけど言い方!! でも間違ってないから言い返せねぇよ畜生!!」

 

 

指摘されてしまっては白斗もダメージを受けるしかない。

痛む胸を押さえて蹲りそうになり、奥底に封印していた罪悪感が火山の如く噴火する。

冷や汗を滝のように流していると、白斗のスマホにメールが届いた。

モニタリングしているキリューから……ではなく、イストワールからのメールだった。開いてみると。

 

 

 

『キサマヲコロス』

 

 

 

―――呪詛の言葉が書き込まれていた。

普段の彼女なら絶対に言わないであろうその一文、間違いなく今回の件にご立腹である。

白斗の震えが尚更大きくなった。

 

 

「……ネプテューヌ、俺……今夜は帰りたくないなぁ……」

 

「ふぇっ!? も、もう白斗ってば! いきなりそんなドキッとすること言わないで……」

 

 

片や恐怖で、片や歓喜で。震える二人の温度差は激しかった。

何はともあれ、彼女が客として店に来てしまった以上は追い返すことも出来ず。

白斗としても覚悟を決めるしかなかった。……例え、明日の太陽を拝めなくなっても。

 

 

「美しき女神様、ようこそお出でくださいました。 さぁお手を。 ご案内いたします」

 

「……はい」

 

 

いつもとは違う、男としての色気を漂わせる白斗の姿にネプテューヌは目をとろんと蕩けさせる。

既に夢見心地になっているようで、酔ったかのように顔を赤らめながら差し出された白斗の手を取る。

今、この世界には白斗とネプテューヌの二人しかいない。まるでアダムとイヴのような神秘的で、どこか背徳的な雰囲気を味わいながら二人は豪華な部屋へと進んでいく。

 

 

「それにしても女神化した姿で過ごすってのも新鮮な気分だな」

 

「正直、この姿だと疲れちゃうんだけど普段の姿だと受け付けてもらえないのよ」

 

「なら、今日は目一杯楽しんでくれ。 シャンメリーでいい?」

 

「それじゃ女神化した意味ないじゃない。 お酒で大丈夫よ」

 

「……前の大暴走、忘れたわけじゃないよな?」

 

「ふふ、どうかしら? ……確かめてみる?」

 

「おいおい、ここはホストが女を惑わせる場所だぜ? 女がホストを口説いてどうするんだっての。 ……ほら」

 

 

場所が場所だけに白斗は口調だけでも余裕を崩さない。

しかし、その実心臓が破れそうなほど胎動している。汗を押さえるのも限界だ。

もし、汗が一筋でも流れてそれがネプテューヌに知られればどうなるか―――きっとたちまち主導権を握られてしまうことだろう。

知られないようにと願いながら、彼女のグラスに美しい色合いの酒をなみなみと注ぐ。

 

 

「「乾杯」」

 

 

カチン、とグラス同士が透き通った音を鳴らす。

美しい音を合図に二人がグラスに口を付けた。甘く優しい味が喉を通じて体を溶かし、解きほぐしていく。

 

 

「……ふぅ、結構甘いのね。 それに飲みやすい」

 

「ここは会話を楽しむところだかなら。 お酒で早々に酔いつぶすわけにもいかないんだ」

 

「あら、ホストがそんなこと言っちゃっていいのかしら?」

 

「お前相手だから、ついつい口が軽くなっちゃうんだよ」

 

「ふふっ! 本当に白斗ってば!!」

 

 

さすがに女神化すればすぐに酔うということは無さそうだ。

それでもあまり強くは無いのか、目を更に蕩けさせてくる。

まるで誘っているかのような雰囲気に流されないように、けれども美しき女神との会話を楽しむことを忘れず、白斗はネプテューヌと言葉を重ね続けるのだった。

 

 

 

「……いやぁ、さすが白さんだ。 女神様相手でも己を保ち続け、相手を楽しませ、しかしホストとしての一線を忘れてねぇ……本当に欲しくなる人材だ」

 

 

 

一方、別室でモニタリングしているキリューは嘗てない大物こと女神の来訪とそんな彼女とも対等に会話する白斗に震えていた。

ここにいるスタッフでは恐らくネプテューヌ相手に上手く立ち回れなかっただろう。

まさに白斗だからこそ出来た芸当という他ない。

 

 

「正直貸し切りってだけでも相当な利益だし、過度に酒や軽食を勧める必要もないだろう。 後はネプテューヌ様のご要望に合わせていく形に……」

 

「キリュー店長! 大変ですっ!!」

 

 

既に一日の目標売上には達している。

白斗も露骨に酒を売り込まないように気を使ってはいるが、かと言って店の利益を忘れないように立ち回ってくれている。

あれならば女神の顰蹙を買うこともない。白斗の思うままにさせるのが一番だと納得しかけたその時、慌ただしくスタッフが駆け込んできた。

 

 

「どうした?」

 

「それが……つい先程、とんでもない連絡が来て!!」

 

「???」

 

 

首を傾げるキリュー。だが、スタッフからの報告を聞いた途端―――同じように慌てだしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな喧騒を露知らず、白斗とネプテューヌは。

 

 

「―――で、あのゲームはそういう経緯で完成したらしい」

 

「そうなの!? 知らなかったわ……」

 

 

酒を片手に尚も会話を弾ましていた。

今はゲームに関するトークだ。この状態でもやはりゲーマーな女神様だ。たまたま知ったゲームに関する会話は食いつきが良い。

 

 

「背景のロケ地とかもあそこだってさ。 今度二人で聖地巡礼とかしてみるか?」

 

「え……ふ、ふふっ。 白斗からデートのお誘いしてくれるなんて思ってもみなかったわ。 しかも聖地巡礼だなんて、以前の白斗からしたら考えられない」

 

「ま、まぁ俺だって少しは興味あったりするんだよ。 それに、ネプテューヌと一緒だから……ってのは、正直あるしな」

 

 

以前までの白斗ならばドライ、とまではいかないが自分から旅行を計画して誰かを誘うなんてことはしなかった。

それを自分からするようになったのは―――それだけ、ネプテューヌに喜んで欲しいから。そして自分がそれを望んでいるから。

赤くなった頬を掻きながら、白斗も素直に自分の変化を認める。

 

 

「も、もう! ホントにお上手なんだからぁ! って、もうお酒ないわね。 すみませーん、ドンペリもう一本ー!」

 

「お、おいネプテューヌ? さすがにそろそろ危ない…………うおっ!?」

 

 

またネプテューヌが喉を潤そうと酒を注文している。

女神化してある程度耐性を得ているとは言え、彼女は元来強くはない。これ以上のませてはならないと白斗が気遣うのだが、そんな彼の膝にネプテューヌが倒れ込む。

蕩けに蕩け、潤んだ視線を白斗に向けてきた。

 

 

「はぁ……。 誰がこんな風にしたと思ってるの……?」

 

「う、それは……」

 

「でも……私、凄く楽しくて幸せだわ。 このままあなたに何もかも委ねてしまいたい……」

 

 

うっとりと、まるで夢見心地になっているかのように。

もしここがホストクラブでなければ、白斗とてどうなっていたか分からない。

ごくりと生唾が音を立てて喉を通り越した―――その時。

 

 

『おいHAKU!! Emergencyだ!!』

 

「おわ!? なんだよ急に? 後そのネイティブ発音やめろ、腹立つ」

 

 

切羽詰まったキリューの声が、白斗の耳につけてある通信機から聞こえてきた。

折角の甘いムードをぶち壊されてネプテューヌは勿論、白斗とて怒り心頭である。

しかし、ただならぬ様子なのでネプテューヌに謝りながらも少しだけ席を外し、通信に専念する。

 

 

『冗談言ってる場合じゃねぇ!! 超大物がウチに来るんだよ!!』

 

「はぁ? またかよ……ってか既にネプテューヌが貸し切りにしてるんだろ、断りゃいいじゃんか」

 

『それがそうも言っていられない相手で……とにかくもうすぐ来ちまう! このお方もアンタをご指名しているから対応よろしくな!!』

 

「ちょ、待てや!! さすがにそれは身勝手通り越してヤバイだろ!?」

 

 

なんとネプテューヌが貸し切りしているにも関わらず、来客を迎えようというのだ。

どれだけ非常識かは聞くまでもない。だが、相手はその無理無茶も押し通せる存在らしい。

となれば―――白斗は嫌な予感が抑えきれず、やがて二人きりの部屋が空けられる。

 

 

「それではごゆるりとお過ごしください。 ―――ブラックハート様」

 

「ノワールぅうううううううううううううううううううううッ!!?」

 

 

なんと現れたのは、こんなホストクラブからは最も程遠い女神であるはずのノワールだった。

例によって女神化しており、今日はブラックハートとしての姿である。

黒色のドレスが大人っぽさを醸し出しており、怪しい色気を漂わせる。

 

 

「あ、あらぁ~……白斗、偶然じゃない」

 

「何が偶然だ!? 俺ご指名って聞いたぞ、明らかに狙ってきてんだろ!? ってかお前も何やってんの!?」

 

「何よぉ、ネプテューヌは良くて私はダメだっていうのぉ~?」

 

「な、何言って……ってお前既に酒入れてるだろ!? 微妙に呂律が回ってねぇ!!」

 

 

見て見るとノワールの顔は少し赤かった。

どうやら思い切りを良くするために予め酒を飲んで理性を緩ませているらしい。

ここまで来ると、凄い徹底ぶりと言わざるを得ない。

 

 

「ノワールぅ……? 今日は私が貸し切ってるのよぉ? 出て行って頂戴ー!」

 

「そうはいかないわよぉ!! 自分だけ白斗独占しようだなんて、そうはイカの金時計ー!!」

 

「ダメー!! 今日は私が白斗を独占してるのよ~!!」

 

 

当然抗議の声を上げるネプテューヌ。それもそのはず、先約は彼女なのだから。

だがここで彼女に好きにさせてしまえば白斗と行きつくところまで行ってしまうかもしれない―――それに危機感を覚えたからこそ、ノワールはここにいる。

最早互いに、微妙に呂律が回っていないながらもいがみ合っていた。その間、白斗は通信機でキリューに連絡を取る。

 

 

「おいコラ、キリューちゃん!? 貸し切りに無理矢理割り込ませるって信用問題だろ!?」

 

『いやぁ、でもブラックハート様が物凄い声色と金を出すもんで怖くなっちまって……』

 

「アイツ何やってんねん!?」

 

 

確かに国家元首たる女神から直接の申し出ともなれば委縮してしまうのも無理はないのかもしれない。

問題はそれを、真面目が服を着て歩いているようなノワールがやったことであるが。

それでも下手をすればもう二度と営業が出来ないほど信用問題に関わるような反則行為までやってのけてしまうなど、普通では考えられない。

 

 

『正直に告白すると俺も女に刺されそうになってな。 示談金が必要なんだ』

 

「そのままハリネズミになっちまえ」

 

『嫌だ嫌だ嫌だァ!! 俺は人生を謳歌するんだァ!! とにかく、今日一日乗り切ってくれよ、報酬はメチャクチャ弾むから!!』

 

 

みっともない、おっさんの泣き声が通信機を通じて耳いっぱいに響き渡る。

いい加減耳障りになってきたので、後で血祭り確定として、今は話を進めることに。

 

 

「……それで、ノワールで終わりなのか? このパターン、他の女神様達も来ると思うんだが」

 

『てへぺろ☆』

 

「お前を殺す、絶対にだ」

 

 

どうやら他にも女神達からも同じような依頼を受けたらしい。

何処までもいい加減な男に白斗は抹殺を誓うのだった。

と、そこに伸びる美しい女神の手。

 

 

「白斗ぉ~……何こそこそしてるのよぉ?」

 

「女神を放っておいて通信だなんて薄情ねぇ、白斗だけに」

 

「上手くねぇんだよ! ってか二人とも引っ付くなっ!!」

 

「もうこんなもの没収! ポイッ!」

 

「ああっ、通信機がーっ!?」

 

 

白斗の耳に付けられた通信機をノワールが取り外し、放り投げる。

通信機は華麗に宙を舞い、グラスの中へホールインワン。

バチッ、と鋭い音が響いた後、通信機は完全に沈黙してしまった。

 

 

(な、なんてこった……!! ネプテューヌはもとよりノワールも出来上がっちまってる……更には他の女神達も来るかもしれないって状況なのに、通信でキリューちゃんにヘルプも呼べねぇ……!!)

 

 

まさに孤立無援、一方的は強大かつ無尽蔵。

部屋に備え付けられている注文用の電話はあるため、最悪あれで助けを呼べないこともないが、会話内容が筒抜けになってしまうためネプテューヌ達に未然に阻止される。

白斗は、この絶望の中女神達に立ち向かわなくてはならないのだ。

 

 

「そ、そうだな! 二人とも悪かった。 折角の夜だ、もっと二人とお喋りしなきゃな」

 

「私とだけでいいのよぉ~……。 それなのにノワールがぁ……」

 

「ふふーんだ、何だかんだで貴女が抜け駆けするんだからお返しー!! すみませーん、麦しゅわもう一本~~~!!!」

 

(ぐ……女神化している分、酒の耐性も少しついているか……!!)

 

 

ノワールは嬉々として酒を煽る。

彼女も女神化の影響か、多少だが酒への耐性が出来ており、不幸なことにすぐに酔い潰れそうには無かった。

ただ理性は緩んでいるらしく、ノワールらしからぬふんわりとした声である。

 

 

「わはー♪ それじゃ私は白斗の肩いただき~☆」

 

「ちょっとノワールぅ!? そこ私の席よー!? なら反対側の肩を貰うわねー」

 

(ぬおっ!? ご、極上の柔らかさが……これが、女神……!!)

 

 

ノワールとネプテューヌがそれぞれ白斗の両肩に頭を乗せ、腕に抱き着く。

当然、二人の立派なものが白斗の腕に押し当てられる訳で、その極上の感触に白斗の貴重な体力がごっそり削られる。

 

 

「……っと、ノワール。 また無理してんな? 疲れが見えるぞ?」

 

「そんなことないわよー。 このくらい……」

 

「一人で何でもかんでも熟そうとしたら何れガタが来るって言ってるだろ? そういう時こそ周りや俺を頼って欲しいんだ」

 

 

と、そんな時。白斗は顔色からノワールの体調が良くないことを見破った。

これでもノワールは女神として日々美容にも気を使っている。他人には決して見破れないほどの些細な違いだ。

気付けるとしたら、妹であるユニや長く彼女に仕えている教祖のケイ、そしてこの男くらいのものである。

 

 

「……んもー。 この時間作るのに苦労したんだからー」

 

「悪かった……じゃないな。 ありがとう、ノワール。 なら、目一杯労わないとな」

 

「そーよー。 ふふふー、カンパーイ☆」

 

 

あの真面目で厳格なブラックハート様からは想像できないほど緩く、しかし幸せそうな声と顔。

そんな彼女が可愛くて、白斗は彼女のグラスに酒を注ぎ、グラス同士をかち合わせて透き通った音を鳴らす。

甘く、理性を蕩かせるような味が口の中に広がり、喉を通っていく。

 

 

「はぁ……いい味ね、コレ。 それに色も綺麗~……」

 

「良かった。 ノワール好みのものを選んだつもりだったからな」

 

「さっすがぁ、私のこと分かってるぅ~」

 

 

心を許した相手にだけ見せる甘え。

そんな女神様を労わるように、白斗はその頭を撫でていく。すると益々幸せそうに破顔するのだ。

 

 

「白斗ぉ、今は私の時間でしょぉ? ノワールだけ撫でないで頂戴よ~……」

 

「ご、ゴメンゴメン。 ネプテューヌはこの味が好みだろ?」

 

「ふふっ、大正解」

 

 

しかし、ノワールばかりに構っていられない。

反対側からはネプテューヌが抱き着いているのだから。彼女の機嫌を損ねないように適度に酒を勧めて話し相手になる。

 

 

「白斗ぉ~、聞いてよぉ~。 ケイったら最近ね~……」

 

「ノワールのは大分マシじゃない~。 それを言ったらいーすんだって……」

 

(おいおい、これ最早ホストじゃなくて飲んだくれの愚痴を聞く居酒屋じゃねーか!?)

 

 

やがて酒で大分理性が緩んだのもあって教祖に対する愚痴が始まってしまった。

しかし、ここで声を荒げないのが白斗。

こういう時に必要なのは無言の肯定者。相手の話を聞き、相槌を打ち、的確な言葉を返してあげることだ。

 

 

「……って、ケイさんやイストワールさんが二人を褒めてたよ。 何だかんだ二人ともこの上なく信頼されてて羨ましいくらいだ」

 

「もぉ~、ケイったら……そう言うことは直接言わないと伝わらないのに~」

 

「いーすんもいーすんよ~……。 でも、下手に愚痴れなくなっちゃったわね……」

 

 

抱えていた不満がすっかり解消され、ネプテューヌもノワールもすっかり落ち着いたようだ。

これにより酒が回り始め、徐々に瞳がとろんと蕩けてきた。

少し声音も緩い。このままいけば、自然と泥酔してくれそう――

 

 

「コルァ!! そこまでだぁ!!!」

 

「貴女達の時間はもうお終い、ここからは私の時間ですわ!!」

 

「ブランにベール姉さん!? セットで来たのかよ!? とんだハッピーセットだなオイ!? いやハッキョーセットだよコレ!!?」

 

 

と、言うところで更に蹴破られる扉。

その先にいたのは可憐な青白いドレスを身に纏ったブランことホワイトハート、そして緑色の妖艶なドレスを着こんだベールことグリーンハートだった。

 

 

「全く、白ちゃんってばとうとうこんな危なげなバイトにまで手を出すなんて……。 夜のお相手でしたら、私が幾らでも務めて差し上げますのに」

 

「女に飢えてるワケじゃねぇの!! 仕方なくなの!!!」

 

「その割にはノリノリだったと聞いておりますが?」

 

「お仕事だから全力で当たっただけですー! 他意は……他意は、無い! ハズ!!」

 

「そこで言い切れない辺り満更でも無さそうですわね」

 

 

ベールからのジト目にぐらつく白斗であった。

実際、先程まで女神達との会話を楽しんでいたのだから不満があったかと言えばNOになる。

結局のところ、白斗も下衆の一人でしかなかったということか。

 

 

「というかブラン、お前よく入れたな……」

 

「あァ? そりゃどういう意味だコラ? 事と次第によっちゃ、ここでドタマをブチ抜いてもいいんだぞコラ」

 

「いやぁ、こういう店って普通足踏みするんじゃないかなーって意味ッスよ!? 他意はないっスよ!? あはははー!!!」

 

 

危うく、彼女のタブーである幼女の部分に触れてしまうところだった。

何とか勢いで誤魔化したが、実際問題よく彼女の入店を許可したものである。

まぁ、ここまで来たら金と権力で黙らせたと思う他ないのだが。

 

 

「なぁによぉ~、またわたしと白斗のひとときをジャマする気ぃ~?」

 

「いまはわたしたちの時間なんらから~! 麦しゅわもういっぱ~~~い!!!」

 

「はいはい、酔っ払いは寝てなさいな。 後ノワールは麦しゅわ禁止!!」

 

 

更なる恋敵出現に当然我慢ならないのは先程まで楽しくお話していたネプテューヌとノワール。

最早女神化していると思えないほど、べろんべろんになってしまっている。

……この姿を各国の教祖に見られたからには、白斗は明日の朝日を拝めそうにないだろう。

 

 

「オラ、来たからには私達ももてなしやがれ」

 

「ふふ、白ちゃんのお手並み拝見ですわ」

 

「……仕方ない。 覚悟を決めますか……」

 

 

こんなカオスな状況に持ち込んだキリューは後で半殺しにしておくとして、それでも今日の白斗はホスト。

ならばお客様である女神様を、全力でもてなすだけだった。

 

 

「そういや二人とも、今日のドレスは以前見たのとちょっと違うな? どっちも綺麗だ」

 

「あ、ああ。 気付いてくれたか。 その……新しい奴だ」

 

「ええ。 さすがに毎度同じ服では味気ないですもの」

 

 

以前見た、というのは友好条約を結ぶための式典に参加した際の礼服のことである。

実際には条約そのものは結ばれなかったわけであるが、それでも白斗はあの時の女神の美しき姿を今でも脳裏に焼き付かせている。

だから、二人の服の違いにもすぐに気づけたのだ。

 

 

「ブランのフォーマルな格好って中々お目に掛かれないし、凄く新鮮だな」

 

「まぁ、その……私はあんまり格式ばったトコ行かねぇしな」

 

 

ブランはどちらかと言えばアットホームな雰囲気を好み、そもそもあまり外に出たがらないインドア派だ。

故に堅苦しい格好を強要させられるような場所にはあまり出歩かない。故にドレスのような格好を目にすること自体が稀なのだ。

だから白斗は、そんな彼女とも色んな思い出を作りたいと思った。

 

 

「たまにはそういうところ行ってみるか? 案外悪くないかもよ」

 

「うぇっ!? そう、だな。 白斗となら……いい」

 

「ああ、一緒に行こうぜ。 そう言った場所も新鮮だし、何より色んな思い出を作りたいしな」

 

「……へへっ、だな。 なら、エスコートは任せる。 ドジったら承知しねぇぞ?」

 

「仰せのままに」

 

 

着慣れない格好に来慣れない場所。

さすがのブランも聊か緊張気味だったが、白斗の柔らかく、それでいて軽い声音が緊張を適度に解してくれる。

さり気なくデートの約束を取り付けたことでブランは頬を赤らめながらも上機嫌になってくれた。

 

 

「姉さんのフォーマルな服は良く見るけど、普段のと方向性が違うね」

 

「ええ、お洒落自体には気を使いますもの。 出来る女、ですから♪」

 

 

一方のベールは慣れたものと言わんばかりの優雅さを惜しみもなく醸し出している。

普段こそゲーム三昧で引きこもりがちな彼女だが、四女神の中では最も大人な雰囲気を持つ者として礼服などの着こなしは完璧だった。

 

 

「そ・れ・と。 ブランだけお誘いなんてズルイですわ」

 

「ゴメンゴメン。 だけど、姉さんとは堅苦しい場だけじゃなくて色んなところ行ってみたいな。 ゲーセンとか、何の変哲もない公園とか」

 

「……そうですわね。 思えばそう言った普通の場所にこそ縁がありませんでしたわ」

 

「そりゃ姉さんが引きこもってゲームばっかりしてるからっしょ」

 

「あ、あはは……。 そこは、まぁ……善処しますわ」

 

(善処しねぇパターンだなコレ。 俺が引っ張り出さないと……)

 

 

やれやれ、と肩を竦めつつもそんな姉の要望を応えるのも男の器量かと白斗は己を納得させた。

この大らかで、優雅で、大人びているけれどもどこか子供っぽい、美しくも可愛らしい女神様とどんな一日を過ごそうかと頭の中で計画を立てていると。

 

 

「はぁ~くぅとぉ~~~。 私達を無視しないで~~~」

 

「そーよそーよ! ほんろらったらぁ、わたひがかしきりだったんだからねぇ~?」

 

「ノワールぅ~、先客は私なんだからぁ~!」

 

 

そこにネプテューヌとノワールも絡んできた。

特にネプテューヌの不満は尋常ではない。何せ、彼女が本来最初に貸し切りの予約を取っていたのに、キリューのいい加減な判断の所為でこんな状況が出来上がってしまったのだから。

 

 

「……仕方ない。 ほら、二人とも」

 

「ナニコレ……ジェンガぁ~?」

 

 

もうすっかり出来上がっている二人の目には、白斗が何を取り出したのか一瞬わからなかった。

ようやく視界が定まった時、それがくみ上げられたジェンガだと認識できる。

 

 

「勝った方には特別に俺からの奢りでお酌してあげる。 頑張ってくれ」

 

「受けて立つわ!! ノワール、捻り潰してあげる!」

 

「こちらの台詞よぉ!! 覚悟なさぁ~い!!!」

 

(よーし、これで二人はしばらくジェンガに夢中になる。 後はブランとベール姉さんの相手に専念し、何とか無力化するのみ……!)

 

 

苦肉の策にもほどがある、と白斗は自分で自分を情けなく思う。

だが、時間は稼げた。

こうなれば早い所ブランとベールの二人を酔い潰し、無力化させれば後はタイムアップを待つのみ。

 

 

「二人にはこれ、果実酒。 まろやかだけど飲みやすいんだ」

 

「オイ白斗、ワザと度が低い奴勧めてねぇか? 私が弱いって思ってんのか?」

 

「前の大暴走見て強いとはまず思えないんですけど……。 それに大事なのは酒の強さじゃなくて味、だろ?」

 

 

白斗が二人に注いだのは、ワインでもドンペリでも麦しゅわでもなく、果実酒である。

柔らかな色合いの液体はいかにも甘そうである。

一瞬見惚れていたホワイトハートだが、すぐに不満を露にしたが、白斗に諭され、騙されたと思って口にしてみる。

 

 

「まぁ、そうだが……ん! 何だこれ、甘いけどほんのり苦みがあって……美味しいけど大人、って感じさせてくれる……」

 

「ブラン、それ自分から子供って認めてますわよ」

 

「う、うっせぇな!! そういうベールはどうなんだよ!?」

 

「わたくしはワインも嗜む方ですけれど、これくらいの方が好みですわね。 ふふ、いい香りですし何杯でも飲んでしまいそうです……」

 

 

白斗に勧められるまま、果実酒を煽る白と緑の女神。

二人とも、顔が艶やかに蕩けてきた。少々瞼も重くなりつつある。

 

 

(計 画 通 り! 確かにそれは甘く飲みやすい。 だがその実、度が高ェことでも有名な果実酒! ハマっちまったが最後、泥酔コース確定だぜ!!)

 

 

悪人面でそっとほくそ笑む白斗。

果実酒にも度が高いものは存在する。こんなこともあろうかと白斗はそれを引っ張り出し、二人に飲ませることに成功した。

飲みやすく、しかし酔いやすい酒を次々に体に入れる内に二人の動きも大分鈍くなってきた。

 

 

「ふぁぁ……にゃんだかいいきぶん~……」

 

「でしゅわぁ~……。 はぁ、ふわふわしますわぁ~……」

 

「さて、お酒も入ったところでこっちで話そうか。 このソファふかふかだぞ」

 

 

が、いつまでも酒を飲ませて体を壊させるわけにもいかない。

二人の酔い具合を確認しつつ、白斗が高級感溢れるソファへと案内する。

日々の激務で疲れ切った体に酒が入り、更には雲の上如き柔らかさを誇るソファが二人の体を更に解し―――眠気を誘う。

 

 

「んにゅ……はくとぉ……」

 

「大丈夫、そのまま身を委ねてくれればいいから。 姉さんも」

 

「はぅ~……」

 

 

二人を両脇に置き、寝かせながら頭を優しく撫でる。

どこかの女の子曰く、俺のなでなでは緊張を緩める効果がるとかないとか。

加えて酒が回り始めた二人の瞼が大分重くなってきたようだ。よし、もうすぐ眠って―――

 

 

「こりゃぁー!! 白斗ってば何私を放っておいてイチャイチャしてるのよぉ~~~!!!」

 

「ぐお!? の、ノワール!?」

 

「白斗ぉ! 今日は私が貸し切りなんだから、私を甘やかしなさ~~~い!!!」

 

「ネプテューヌまで!? ええい、お前ら勝負はどうした!?」

 

「「白斗が大事!!」」

 

「だあああもおおおお!!! 嬉しいこと言ってくれるなよおおおおおッ!!!」

 

 

なんとノワールとネプテューヌが引っ付いてきた。

それもそのはず、真剣勝負していた時にふと目をやれば想い人が別の女とイチャイチャしているように映っているのだ。

勝負などやっていられないと、ジェンガも投げ出してきたらしい。

 

 

「……んぉ!? い、いけねぇ……寝ちまうところだった」

 

「ふぁっ? ……いけませんわ、徹夜なんてゲーマーの基本ですのに」

 

(クソッ! 二人も起きやがった!!)

 

 

あまりの騒がしさに白斗の傍で眠りかけていた白と緑の女神も目を覚ましてしまったようだ。

ただ、まだ多少寝ぼけているのか白斗を抱き枕代わりにぎゅーっと抱きしめていたが。

 

 

「あーっ! 二人ともズルイ! 私も白斗にぎゅーっ!!」

 

「ネプテューヌぅ、寄り過ぎよぉ。 私も引っ付けないじゃない~! ぎゅーっ!」

 

「あばばばばばばばば!!?」

 

 

白斗の頭を、柔らかな双丘が包み込む。女神化したネプテューヌとノワールの胸である。

男なら誰もが一度は憧れる状況、しかし常人とは言えない生活を送ってきた白斗にとってそれは全く想像すらしていなかったこと。

故に免疫が低く、一気に彼の頭がオーバーヒートを起こしてしまう。

 

 

「そっちこそ何やってんだ!! 白斗は私の相手をするんだよ!!」

 

「いーえ! 今宵のお相手はわたくしですわー!!」

 

「んふぉっ!?」

 

 

すると彼女達に対抗するようにブランが白斗の顔の真正面、ベールが後頭部を包み込む用意抱き着いてきた。

極上の柔らかさ―――と言えば聞こえはいいが、実際のところ口も鼻も覆われて息が出来ない状態なわけで。

けれどもこの上ない極上の柔らかさなのも事実なワケで。

 

 

(誰か……ヘルプ…………ヘルプミィィィィィイイイイ!!)

 

 

白斗は声にならない叫びを上げた。

とりあえずなんとか呼吸だけでも確保しようと辺りのものをまさぐる。しかし、周りには女神しかおらず、しかも白斗に抱き着くべく姿勢を低くしている。

結果、彼が触れたものと言えば女神、それもきわどい所である。

 

 

「ひゃんっ!? ち、ちょっと白斗!?」

 

「にゃぁっ!? て、てめっ! 何触ってんだ!? まぁ、お前なら別にいいけどよ……」

 

「んーっ!! ンンン~~~~~~~ッ!!!」

 

 

違う、そうじゃねぇ! と言わんばかりにポンポンと触る力を少し強める。

こんな状況下でも決して女神達に傷つけないように配慮している辺り、この男の業の深さが見て取れた。

 

 

「ん~……? あ! 白斗が酸欠になっちゃう!」

 

「は、白ちゃんごめんなさい!」

 

「ぷはぁッ!!! て、天国が見えかけた……」

 

 

ここでノワールとベールが気付いてくれた。

抱き着きを緩めてくれたので、なんとか首の向きを変えて呼吸を確保できた。

 

 

(もたねぇ……こりゃ死んじまうって!! な、なんとか無力化せねば!!!)

 

 

このままでは女神の暴走に巻き込まれて命を落としてしまう――そう悟った白斗は、いよいよ女神の無力化を真剣に狙わなければならなかった。

だは、相手は女神化したことで身体能力が上がり、尚且つ酒が入ったことで理性が狂っている神。

人間――否、羽虫風情がどうやって神に勝てるというのか。

 

 

(否! 羽虫でも毒は仕込める! ……いや、皆を毒殺するわけじゃないけど)

 

 

しかし、羽虫には羽虫なりの戦い方がある。

白斗は覚悟を決め、作戦を実行に移すことに。

 

 

「と、とりあえず皆! さすがに暑くなったろ? 何かジュースでも飲もうぜ」

 

「え~? ジュースぅ~? 麦しゅわがいい~」

 

「これ以上酔われたら情緒もないしな。 後、ノワールは麦しゅわ禁止!」

 

 

余程気に入っているらしい、麦しゅわをノワールから取り上げて白斗は壁の屋内電話からスタッフへ注文を入れる。

一体何を頼んだのか、怪訝そうな、興味深そうな、そんな視線が白斗に注がれた。

 

 

「けど、折角来てくれたのにただジュースを飲むだけも味気ない。 そこでだ……」

 

 

やがてスタッフが、ワゴンを運んできた。

その上に乗せられていたものは、数本の瓶。そして、美しく透き通ったグラスのタワー。

ホストクラブに通う者なら誰もが一度は憧れる光景、それが―――。

 

 

「シャンパンタワー!! ……ならぬシャンメリータワー!!!」

 

「「「「おおおお~~~~!!!」」」」

 

 

天頂のグラスに綺麗な色合いの液体が惜しげもなく注ぎ込まれ、それが溢れ出し、滝のように流れ落ちては次のグラスを満たしていく……この美しさと豪勢さこそがシャンパンタワーの魅力である。

尤も、女神たちに考慮して注がれたのはシャンパンでは無かった。しかし、注いだのは言葉通りのシャンメリーでもなかった。

 

 

 

(……小熊が罠にかかった! 悪いな皆、そいつはシャンメリーによく似た色合いの……テキーラだ!!)

 

 

 

白斗は悪党のような悪い顔を浮かべる。

そう、これこそが白斗の起死回生にして必勝の策。

シャンメリーと偽って油断させたところで女神たちを酔い潰し、朝を平穏に迎えようという浅ましい悪巧みである。

 

 

「「「「「カンパーイ!!!」」」」」

 

 

少年と女神たちがグラスを手に取り、互いに鳴らしあった。透き通るような美しい音が響き渡る。

まず白斗は、これがテキーラだと悟らせないため一気に飲み干した。

酒好きとは言え、体はまだまだ未成年。蒸留酒の中でも度数の高いテキーラを何も割らずに飲んで無事でいられるはずもなく。

 

 

(っぐ!? ごほッ、がぁッ!? さ、さっすがテキーラ……効くわぁ……ァァァ……!!)

 

 

一気に体の内から熱が沸き上がり、脳内を、体全体を揺らしてくる。

それでも飲み切って思考を保つ辺り、白斗も男の意地を見せている。

 

 

(く、くくく……! 勝った! 俺ですらグラつくこの度数! 皆に耐えきれるはずが―――)

 

 

酒好きの白斗ですら揺らぐこのテキーラのキツさ。

女神たちに耐えきれるはずがない―――しかし、彼はこのゲイムギョウ界に生きて随分経つというのに、すっかり忘れていることがあった。

 

 

「なぁにコレ~? パッとしなぁ~い」

 

「こんなのより麦しゅわの方がいい~! 樽一杯分持ってきて~!」

 

「コラァ白斗ォ! こんなの水同然だろうがァ!!」

 

「あはは~! 最高の気分ですわぁ~!!」

 

(全然効いてねェエエエエエエエエエエエ!!?)

 

 

―――フラグを立てることの愚かさを。この世界ではフラグがそれこそゲームのように成立してしまうのだと。

やはりというべきか、女神達は狂ったようにテキーラのグラスを飲み干していった。

否、実際はアルコールが回っているはずなのだが気分が最高にハイになっているためか気にすることなく飲み続けていた。恐ろしい。

 

 

「あらぁ? 白斗ってば酔いが回っちゃったのかしらぁ?」

 

「なんだなんだぁ? 普段は大酒飲みの癖に真っ先にダウンたぁ情けねぇ」

 

 

寧ろグロッキーになっているのは白斗の方。

からかえるチャンスに恵まれたと言わんばかりにネプテューヌとブランが煽ってくる。

 

 

「……言ったなコラ……! 上等だ、こちとら修羅場潜り抜けてきた男! 女神だろうがなんだろうが酒の味もまともに知らねぇ小娘に負けてたまるかぁ!!!」

 

 

白斗にも男の意地がある。

酒が回っていることもあって普段より冷静さを欠きやすくなっていることもあり、あっさりと挑発に乗ってしまった。

こうなれば何が何でも彼女達を酔い潰してやろうと―――。

 

 

 

「あ~ら、面白いことを言うわねぇ。 それならアタシも混ざってもいいわよねぇ……白くぅん?」

 

 

 

―――艶めかしくも威圧感のある女性の声。

知る人ぞ知る、心臓を鷲掴みにするような蠱惑的な言葉遣い。何より、少年を「白くん」と呼ぶこの女性……否、女神は。

 

 

「ぷっ、ぷっ、プルルート!? おまっ、なんでここに……!?」

 

「はぁい、白くん~」

 

 

神次元のプラネテューヌを守護する女神、プルルートが変身した姿であるアイリスハートがそこにいた。

いつもの露出度の高いボンテージ風プロセッサユニットではなく、あやめ色のドレスである。

それでもスリットの開き具合を大きくしたり、背中を大きくはだけさせているなど露出度の高さはさすがの一言。正直、白斗も一瞬だけ釘付けになった。

 

 

「久々にねぷちゃんのところに遊びに行ったら白くんを追いかけてるって言うじゃない。 しかも肝心の白くんの行き先がホストクラブ……じゃあアタシも混ざろうってだけ」

 

 

なんて軽く言うが、彼女の不満は見て取れた。

何を隠そう、女神化しているということはフラストレーションが溜まっていることの証である。

プルルートは普段はおっとりぽやぽやしている、柔らかい雰囲気の可愛らしい女の子だがストレスが溜まると一転、アイリスハートになって苛烈になってしまうお人なのだ。

なので彼女の登場に、ネプテューヌ達も動きを止めて様子を窺っている。

 

 

「良いわよねぇ? 散々女の子に酒飲ませて酔わせて甘い言葉吐きまくって女遊びに現を抜かしていた騎士様ぁ?」

 

「ぷ、プルルート様……怒ってます?」

 

「イヤねぇ、どうして怒らなきゃいけないのかしらぁ? アタシを放っておいてこんなにも美少女たちに囲まれてイチャイチャしていることに……ねぇ……!?」

 

(怒っていらっしゃるうううううううううッ!!?)

 

 

そのストレスの原因は紛れもなく白斗であった。

ネプテューヌ達と同じ。想い人が自分をほったらかしにして女遊びに精を出しているともなれば、怒らぬ乙女がいようか。

何せよ、白斗からすれば更なる増援の襲来にいよいよ打つ手が無くなりそうになる。

 

 

「皆! 聞きなさぁい! 『私のために争わないで!』という言葉があるわ! それの対義語が何か知ってる?」

 

 

突然プルルートがそんな問いかけをネプテューヌ達に投げかけた。

なんのこっちゃ、と言わんばかりに白斗も含め、皆が首を傾げる。

 

 

「答えはねぇ……『争え、勝った者だけを愛してやる』よぉ」

 

「「「「Let's Party!! Yeaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!!!!!」」」」

 

「やめてぇー!? 俺のために争わないでぇ――――――!!?」

 

 

プルルートの一言が起爆剤になり、女神達がそれぞれの得物を持ち出した。

悲しきかな、このゲイムギョウ界がつい最近まで女神達が武力行使による争いを繰り広げたこともある。

その守護女神戦争がまた幕を開けようとしていた。

ただ一つの違いは、その原因がシェアではなく白斗と言う一人の男を巡っての骨肉の争いである。

愛はオンリーワンなのだ。

 

 

「ホント単純よねぇ、皆。 勝者に白くんを上げるなんて一言も言ってないのに」

 

「……プルルート、お前ホントに強かだよな。 さっすが仕事をさせれば有能なお方」

 

「白くんから学んだのよぉ? だぁってぇ……」

 

 

するとプルルートが白斗の肩を掴み、凄い勢いで押し倒す。

押し倒した先は柔らかなソファだったので白斗に痛みは襲い掛かって来ない。

白斗の目の前には、アイリスハートが実らせた双丘がメロンのようにぶら下がっている。

しかし、それ以上の白斗の視線を引き付けたもの。それは―――。

 

 

 

「だって……これくらいしないと、貴方と二人きりになれないもの」

 

 

 

いつもは強く、気高く、優雅で余裕たっぷりなアイリスハートの―――寂しそうな顔だった。

彼女にとって白斗と触れ合えないことがどれほど苦しいことだったのか。

それを思い知らされては、白斗としては応えないわけにはいかない。

 

 

「……ごめんな、寂しい思いさせて」

 

「だったら、今夜くらいは甘やかして頂戴」

 

「俺、割とプルルートは甘やかしてる方だと思ったんだけどなぁ」

 

「ダメ。 全然足りないわ」

 

 

普段は恐れられている女神アイリスハート。だがどうしたことか、白斗の前では毒気が抜かれてしまう。

白斗の方も(相当苛烈にならない限りは)アイリスハートともごく普通に、誰との差を感じることもなく接することが出来る。彼からしてみれば、彼女もまた女の子だ。

そんな二人の相性はこれ以上なく気安い関係である。

 

 

「つーか、お前こそ酒大丈夫なのか? ブラックコーヒー飲めないお子ちゃまが」

 

「言ってくれるわねぇ。 なんなら、ここで大暴走してもいいのよぉ?」

 

「すみません、この口が悪うございました」

 

 

なんて軽口を叩けば、女神の綺麗な指先が白斗の頬をつねる。

しかしながらそんな他愛もない会話が楽しい。不思議な距離感、関係性の二人である。

ただ、いい加減この姿勢になって白斗はいよいよ見逃せないことが一つある。

 

 

「と、ところでプルルート。 そろそろこの体勢はその、色々マズイと思うんですが?」

 

 

そう、プルルートの表情が楽しそうになったことで再浮上してきた問題。

今、女神化したプルルートは白斗に覆いかぶさるようにしている。

つまりそれは、白斗の目の前にぷるるんと実った女神の巨乳が目の前にぶら下がっているわけで。

 

 

「あらぁ? 白くんってば照れてるのぉ? 女神化したねぷちゃん達に抱き枕にされていたくせにぃ?」

 

「それとこれとは別なの! ってか触れてない分こっちの方が色々ヤベェんだわ!!」

 

 

なんなら鼻先を掠めそうなくらいに胸が揺れているのだ。

白斗は確信した。プルルートはわざとやっていると。

そしてこんなにも女の武器を押し出してくる辺り、やはり酒が回っているようだ。

 

 

「ふふふ、アタシ相手でも臆さない白くんが照れてくれてるのねぇ! だったらぁ……こうしてア・ゲ・ル」

 

「むぎゅっ!?」

 

 

なんとプルルートはそのまま白斗の上に圧し掛かってきた。

当然、白斗の目の前でぶら下がっていた二つの双丘も白斗の顔にむにゅっと圧し掛かり、白斗は極上の柔らかさに埋まった。

 

 

「ふふふ、どぉ? アタシからの大サービスよぉ」

 

「~~~~ッ!!」

 

 

口元や鼻を塞がれているわけでない。呼吸は出来た。

しかし、鼻腔を通じてアイリスハートの酔わせてくるような甘い匂いが伝わってくる。酒以上に白斗の脳内が揺らされた。

何より、目の前にはアイリスハートの豊満な胸が広がっている。未成年の脳が破壊されそうになるほどの極上の感触だった。

 

 

「ちょっとぷるるん!? 何してるの、それこそ戦争よっ!!」

 

「あ~らぁ? そういうねぷちゃんこそいつも白くん独占してるんだから、これくらいお目こぼしして頂戴よぉ」

 

 

と、ここでプルルートの行動を嗅ぎつけたネプテューヌがひったくるようにして白斗を抱きしめる。

それを目の前でされては今まで上機嫌だったプルルートもむすっと頬を膨らませてしまう。

 

 

「お目なんか零さない! 白斗は私のなのっ!!」

 

「勝手なこと言わないで~!! 白斗は将来ラステイションで私と……」

 

「いい加減にしろよテメェらぁ!! たまには私に持たせろォ!!」

 

「いい加減にするのは貴方の方ですわ! 隙あらば白ちゃんに引っ付く癖に! わたくしだって、白ちゃんとずーっとゲーム三昧していたいのに~!!」

 

 

ネプテューヌだけではない、残る三女神も集まってきた。

しかも各々が武器を取り出して、殺気まで漲らせている。

さしもの白斗も、いよいよヤバイと判断せざるを得なかった。

 

 

「「「「「Let's Party!! Yeaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」」」」」

 

「やめてぇー!!? 俺のために争わなボガハッ!!?」

 

 

止めようと飛び出した矢先、衝撃の余波で白斗は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

そうして彼の意識は刈り取られてしまった。

 

 

 

(……やっぱり、ホストなんてやるんじゃなかった…………グフッ)

 

 

 

今更当たり前の後悔をしながら、白斗の意識は闇に落ちていくのだった―――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――後日の話。

女神五人が大暴れをしたため、ホストクラブはあわや物理的に崩壊しそうになる。

が、寸での所で全員に酔いが回り、そのまま白斗を抱き枕にして全員が眠りこけてしまった。

壊れかけたホストクラブについては各国協会から弁償という形を取り、また教祖たちが隠蔽工作に八方手を尽くしたため表沙汰にならずに済んだそうだ。

因みに諸悪の根源ことキリューは後々白斗から制裁を加えられたそうな。死んでいないけど。

 

 

……そして残る女神たちはと言えば。

 

 

「き、きぼぢわるい~~……」

 

「もー、麦しゅわなんてこりごりよぉ~……」

 

「……お酒ネタ、二次創作において扱いやすい反面、諸刃の剣……うぷっ」

 

「頭痛いですわぁ~……。 でも、各種デイリーとミッションをこなさないと……ぉうっ」

 

「くーすかぴー……うっぷ」

 

 

散々二日酔いに悩まされた挙句、教祖たちや女神候補生、恋敵でもある少女たちからお説教を頂いたとのこと。

そんな彼女たちが最後に思う事は。

 

 

「「「「「もーお酒なんてコリゴリ~~~~~!!!」」」」」

 

 

……皆さんも、安易なお酒はやめましょう。

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――で、終わりだと思いませんよね? 諸悪の根源よ」

 

「イストワールさぁぁぁぁぁん!? すみませんでしたァ!! だからっ、だからこの十字架から解放してええええええええええええええええええ!!!!!」

 

 

その頃、白斗はどこかの薄暗い部屋にして拘束されていた。

立てられた十字架に縛り付けられた挙句、その下には薪がくべられている。

周りには各国の教祖が何やら怪しいローブを纏って白斗を取り囲んでいた。しかも、ミナに至っては松明を手にしている。

 

 

「幾ら言っても聞かない白斗さんのために、スペシャルなオシオキを用意しました」

 

「ミナさぁん!? 俺は信じてますっ! 貴女が!! 貴女がそんな残虐な行いを好まない、それこそ女神に相応しい心優しきお方であると―――」

 

「ファイア」

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 

ごうっ、とそのまま白斗は炎に包まれるのであった。

……しっかりとウェルダンされた後、解放されたらしいがこの一件は白斗にとって間違いなくトラウマとなるのであった。

やがて黒焦げになった白斗の上にイストワールが座り込み、ふんわりと微笑む。

 

 

 

「画面の前の皆さんも安易なお酒はやめましょう。 さもなくば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……この愚か者と、同じ運命を辿っちゃいますよ?」

 

 

 

 

―――本当に続く




サブタイの元ネタ「銀魂」のエピソード「アルファベット表記で人類皆ホスト」より

ということで皆さま、改めてお待たせして申し訳ありませんでした。
色々あって倒れていました。その間に忍ネプまで発売されているし……。もちろんプレイ済みです(オイ
それらを乗り越えて投稿再開! ですが本編はシリアスモードに突入する予定ですのでいきなりの再開がそれではと思い、ギャグ満載の番外編でお送りしました。
またまた白斗くんの酒ネタです。こやつ、結局凝りておりませんでした。こういうところはガキだとしか言いようがない。
ですがこれもまた、女神との触れ合いにより年相応になってきたことの証ということで……年相応が未成年飲酒ってどういうこっちゃ(

けれども改めてネプ二次創作やリハビリがてらネプシリーズのゲームをしたり、他社様のネプ作品に触れてみると、やっぱりネプテューヌ達が可愛いのなんの。
本当にこの子たちが好きで好きでたまらない。この気持ちは永久に不滅だなぁと感じております。
さて、次回ですが改めて本編の方を進めたいと思います。亀更新になってしまうかもしれませんが、どうか長い目で見守っていただけましたら幸いです。
それでは、またお会いしましょう!感想ご意見、お待ちしております!


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