おなかすいた (オーレリア)
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誰も知る事の無くなった誕生の経緯

今投稿している作品のデータがパソコンごとお亡くなりになってモチベーションが下がり、リアルでも嫌なことがあったので鬱憤を晴らすために書いております。

後、本作のオラクル細胞はオリジナル要素が強いものとなっております。


 その子供が産まれ落ちたのは俗に言うスラム街とも呼ばれる治安の悪い地域だった。

 

 悪意を煮詰めたようなこの場所に身を寄せざるを得なかった者達は自らの境遇を嘆き諦め惰性のままに強い者に巻かれて生きる事を選ぶか、それとものしあがろうと足掻こうとして悪意あるものに目をつけられるか、はたまた何も出来ずに何もかも奪い取られるか。どちらにせよろくな最期は迎えられないだろう、そんな場所。

 

 子供は産まれて間も無く母親の下を離れることになった。理由は単純で、母親には子を養う金がなかった。日々の食事すらままならず、とてもではないが赤ん坊を養える様な環境では無かったのである。

 

ーー珍しい『個性』を持った子供を欲しがっている業者がいる。彼等にその子供を売ったらどうか

 

 どうするべきかと途方に暮れていたその赤ん坊の母となった女に話を持ち掛けたのは客の一人であるとある男。

 

 弱肉強食の法則がまかり通るこの場所では、食い詰めた女一人なぞ無力に等しい。何かしら役に立てる『個性』でも有れば話は別だったのだろうが、であればこの町に身を寄せてなどいない。

 必然的に自らの体を使って生きるしかなかった。だが、生きるのに精一杯の女には避妊する金等当然無く、そんな生活を続ける内にいつの日か誰が父親とも知れぬ子を身籠った。そうして産まれたのが今手に抱いている赤ん坊だった。

 

 やがて、悩んだ末に女は子供を手放すことに決めた。お腹を痛めて産まれた自分の子供に何の感慨も無かったかと言われればウソになる。

 が、今の女の現状では近い将来子供共々共倒れになるか、先に子供が命を落とす未来しか見えず。それだけはどうしても避けたかった。

 

(だったら少しでも生き残る可能性に賭けたい。それに・・・)

 

 女は腕に抱いている赤ん坊を覗き込んだ。見つめる先は、赤ん坊の右腕の部分。

 

 その赤ん坊の右腕は肩から指先まで白に染まっていた。月明かりの中で観察しても微かな光を反射しているのか白であるとハッキリ認識でき、最早純白と形容出来る程である。その他の身体的部位には異常は見られず。それが余計に右腕の異常さを物語らせていた。

 

(幸いこの子は既に『個性』が有ることは分かってる。どんな事をされるのかは分からないけど、このまま死んでしまうよりは良い・・・筈・・・。)

 

 ふと、何となくであるが赤ん坊の右腕を壊れ物を扱うかのようにゆっくりと撫でる。寝ている筈であるが、ぴくりと反応した赤ん坊は無意識に手のひらに触れていた女の指を握りしめる。

 

 指先から伝わってくる見た目とは裏腹の力強さ、赤ん坊特有のさらさらとした肌の柔らかな感触、そしてじんわりと感じる高い体温。それら全てが赤ん坊が生きていると強く認識させられ、女の胸中に締め付けられるような痛みが走った。同時に本当にこれで良いのか?という疑問が脳裏を過る。

 

 しかし女はかぶりを振ってその考えを自ら否定する。既に件の業者には話を通し、引き取りに来るのを待つばかりだ。後の祭り、手遅れ、そう自分に何度も言い聞かせ理性で納得しようとする。

 

 抱き締めている赤ん坊の体温を感じながら。

 

 

 

 

 

 次の日、うっすらと空が明るくなった早朝に一台のワンボックスカーが女の居る建物の前に止まった。中からは体格の良い、見るからに荒事慣れしていると分かる男達が数人降りてくる。

 

 男達は車や建物の周囲にバラけ、各々の武器を構えて警戒するように辺りと建物前にいた女を注意深く観察し始めた。罠を警戒しているのだろう。

 その様子に女は思わず気後れするように一歩後ずさる。そんな時車の中からスーツ姿の男が一人現れた。スーツの男は車内にずっと居たにも拘らず、周囲の男達に”敵対する人間はいない”ことを伝え警戒を解かせると女の前に立った。

 

「怯えさせてしまって申し訳ない。彼らは私のボディーガードの様なものですのでお気に為さらず。貴女が依頼人で腕に抱いているのが例のお子さんで間違いないですか?」

 

「え、ええ間違いないです・・・。」

 

「それは良かった。では早速ですが取引を致しましょう。お子さんを一度確認させていただいても?」

 

 スーツの男は赤ん坊を抱き上げて暫く観察し、本当に『個性』があるかの確認と事前に女に伝えていた本人確認のための質問を幾つかははさんだ後、女に金を払い赤ん坊を連れてトラックに乗り、走り去った。

 

 たった数分で行われた取引はあっさりと終了した。まるでそこらの露店で買い物をするかのような手軽さで。

 

 女は手に残されたお金を見る。節制していればしばらくは不自由なく生活できるだろう金額。彼女にとっては大金である。

 

 しかしついさっきまで腕の中にいた、直前まで引き渡すことを心の何処かで惜しんでいたあの赤ん坊がこの程度の価値しか無いのだと突きつけられているようで、凄まじい喪失感が胸中を支配する。

 

 女は朝日が上りきるまで、地面に染みを作りながら踞りその場を動くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

「良いんですかい?今回の取引あんなに簡単にして」

 

 いつもならもう少し入念に確認するはずなのに、とスーツの男に向けてを言葉をこぼしたのは周囲を警戒していた男達の一人だ。この男だけでなく周りの男達も不安げにスーツの男を見ている。

 

 普段彼らが行う取引ではもっとしっかりとした手順で本当に『個性』が有るのかを見極めた上で子供を引き取っている。異形型等の分かりやすい『個性』持ちであれば問題はなかった。それこそ簡単に取引が出来るし楽で良い。

 しかし、今回の赤ん坊は片腕の色が違うだけ。過去にも似たような事をして騙してくるような輩が居た事もあって早計だったのではと考えたのだ。もし、単なる『無個性』の子供を掴まされたとしたら・・・もしそれが”あの方”に知られたら・・・と想像して男は身震いする。その顔は青ざめていて恐怖の表情が張り付いていた。

 

「問題ねえよ。大体そんなことこの俺が考えてねえとでも思ってんのか?あの女が見てねえとこで確り確認は取ってる」

 

 車に乗るや否や直ぐにスーツを着崩しどかりと勢いをつけて座り込んだ男はそう言って嘲るように笑う。続けて運転手役の男にジェスチャーで発車の指示を出した。その口調や態度は先程のやり取りをしていた同一人物とは思えないほどに乱暴なものだ。これがこの男の素なのだろう。

 

「まあ、あの女がこのガキに執着してたのはあるがな。偶に居るんだ。ああいうのは途中で愚図り出すのも居るからさっさと済ませるに限る。今回は分かりやすくて助かったぜ」

 

「分かりやすかったと言うと?」

 

 じゃあ見せてやるよ、とスーツの男は徐に隣に置いていた赤ん坊が入ったバスケットに手を伸ばし、赤ん坊の真っ白な手だけを男達にも見えるように露出させ、手で抑え込む。そしてもう片方の手には手入れの行き届いた切れ味の良さそうなバタフライナイフが握られていた。

 

 まさか、と驚く男達を尻目にスーツの男は勢いよく腕を降り下ろし、その白い手のひらにナイフを突き立てた。

 

 

『おお!』

 

 ナイフはその小さな手の皮膚を容易く食い破り貫き、赤い血が撒き散らされるだろうと男達は想像していたが実際は予想とは反していた。

 

 赤ん坊は突き立てられた際の衝撃で驚いて泣いてはいるが肝心のその小さな手は全くの無傷、ナイフは肌に僅かに沈み込んでいるものの、薄皮すら切る事が出来ず手のひらで止まっていた。

 

「流石に他の部位は普通だろうがこれで分かっただろう?このガキは立派な『異形型』の個性持ちだ。少なくとも防御は中々だな」

 

「それを聞いて安心しやした。これをあの女の前でやったんですかい?もし切り落としちまってたらどうするつもりだったんで?」

 

「こういうのは見えねえようにこっそりゆっくりやるんだよ。発動型やパッと見で分からねえガキは感情の発露で発動することも多い。生まれたてのガキなら尚更よ。この頃なら余程でもなけりゃ『個性』の強さも大したことねえしな」

 

 そう自慢げに笑いながら平然と話すスーツの男を、その生まれて間もない赤ん坊にすら容赦の無い男の異常とも言える精神性に男達は心底恐怖した。同時にだからこそこの裏社会で『運び屋』として何年も生き残ってきたのだろうと畏怖の様なものも沸き上がった。裏社会の住人である彼らにとってはスーツの男は人生の大先輩に見えているのかもしれない。

 

「まあ、ダメだったんならそれはそれでしょうがねえ・・・親子共々俺たちを騙そうとした報いを受けてもらうしかなかったな」

 

 泣いている赤ん坊を尻目に男は笑う。その目の奥には狂気が宿っているようにしか見えないほどに暗く淀んでいた。

 

 手に持っていたナイフの先端が何かで削り取られたかのように、ほんの僅かだが無くなっていることに気付かないまま

 

 

――――――――――

 

 

 目には見えないほどの小さな彼らは目を覚ました。

 

 最初は数個。本来ならば時間を掛けて徐々に目を覚ましていき、彼ら全員が目を覚ますまでは最低でも数年の歳月が必要だった。

 

 突然大きな衝撃が彼らを襲った。彼らにとってその衝撃自体は何ら大したことが無く、眠りを妨げるものでもなかった。強い力で何かが押しつけられ、つい反射的に取り込んでしまったものの『()()』には至らない。

 

 無視できなくなったのは彼らの宿主がその衝撃に対して生存本能を強烈に刺激する程の恐怖を感じたことだった。

 

 宿主から伝わる感情に対して彼らは恐慌状態に陥った。少なくとも眠っていた彼ら全員が一斉に()()()()()()()()()くらいには。

 

 彼ら自身の生物としての本能は非常に希薄。それも本来ならば宿主が成長し自己を確立すると共に支配され、やがて宿主とは別個の生物であると認識する前に宿主の身体の一部と化してしまう程度には希薄なものだった。

 

 だが、今の宿主は自我すら芽生えていない。ただ宿主から送られる強烈な感情に彼等も恐怖した。

 

 ここで宿主から送られる感情は自分達が晒されているものと同義であるとこの時点で刷り込まれた。同時にこれが彼等にとっての初めての『指示』或いは『命令』となり、宿主のことを自分達の上位者『主人』と認識させる切っ掛けとなったのである。

 

 「何とかしなければ」と送られ続ける感情に発破をかけられた彼等は直ぐ様宿主の安全を確保しようと動き出す。しかし、目を覚ましたばかりである彼らには何があって、何が原因か分からない。彼らが必死にお互いに情報を共有しあう事で、辛うじて外部に有るらしい堅く鋭い何かによるものであると突き止められた程度だ。

 

 

ーーあるじ・・・アブない・・・

 

ーーコウゲキ・・・マネ・・・さんぷる・・・タべた

 

ーーカタい・・・トガってる・・・どうやる?

 

ーーワからない

 

ーーワからない

 

ーーモット

 

ーーモットタべたい

 

ーーさんぷる・・・ ドコ?

 

 彼らの思考を文字で表すとこうなるだろうか。小さな彼らはまだ何も知らない。知識がなければ何をすれば良いか、どうなるのかさえ分からない。

 

 不意に、未だにパニックを起こしていた赤ん坊が右手を振り回し自分を包んでいたブランケットや座席のシート等に触れた。その様子を見て苛ついた男達は力尽くで赤ん坊を黙らそうと動こうとしたが、スーツの男は商品を傷つけるだけだ放っておけ、とたしなめる。

 しかし、耳を劈く泣き声に耐えられなくなった男の一人が誰も座っていない後部座席に赤ん坊は置かれ、少しでも声を軽減できるように備え付けられたカーテンで隔てさせた。

 

 誰も赤ん坊のあやし方を知らないが故の放置だった。

 

 

ーーさんぷる・・・タべた・・・ドウスル?・・・ワからない

 

ーードコで・・・タべた?

 

ーーあるじ・・・ウゴく・・・タべれた

 

ーーワレワレ・・・ ウゴく・・・さんぷる・・・タべる

 

 

 赤ん坊に動かされた事で情報を得た彼らは学ぶために外の世界を探るという概念を得た。直ぐ様行動を開始。しかし直ぐに壁にぶち当たった。赤ん坊の手はあまりにも小さく短すぎたのだ。

 

ーーセマい・・・タべれない

 

ーーワレワレ・・・ウゴく・・・あるじ・・・アブない

 

ーーあるじ・・・ウゴく・・・トドいた

 

ーーワレワレダケ・・・ノびる・・・さんぷる・・・タべる

 

 

 「届かないなら今度は自ら動けば良い」と判断した彼等は赤ん坊の右腕を変化させる。小さな手がぐねぐねと動きだし、不規則なアメーバの如く様々な方向に伸び出した。こんなことをすれば男達にバレるものだが、幸いなことに彼等が見えない位置に追いやられたために見られる様なことはない。

 

 

ーーイロイロタべた・・・デモワからない

 

ーーあるじニてるさんぷるたべた・・・ツカえそう

 

ーーアンゼン・・・デキる?

 

ーー・・・ワからない・・・モット・・・モットタべる・・・モットワかる

 

ーーモットトオく・・・モットヒロく

 

ーーワレワレ・・・タりない・・・タべれない

 

ーー・・・さんぷるタべる・・・ワレワレフえる・・・モットトオく・・・モットタべる

 

 

 彼らは貪欲だった。捕食と学習することに掛けては右に出る生物はいない程に貪欲だった。その上宿主の生命の危機に反応し、大幅に加速してしまった。

 

 より広範囲に自らを広げ、捕食することで情報――つまりサンプルを入手するか糧にして仲間を増やす、増えた分だけ範囲が広がりまた捕食して新しいサンプルを求める。少しでも危機から脱却する手段を得るために。

 

 彼らの伸ばした手は赤ん坊を中心にして壁や天井を伝い、より遠く、より深くへと車内に広がっていた。

 

 車内の男達は気付かない、いや気付くことが出来ない。より速く遠くに伸ばすことを優先していたこともあって、目で認識するのが難しい程に細く長く彼らの手は伸びていた。

 

 男達が気付いたのは彼らが車の奥深く。エンジンやブレーキ等の内部の重要な機関にまで彼等が手を伸ばし、何もかも手遅れになってからだった。

 

 

――――――――

 

 

「おい!どうした!?」

 

 もう一、二時間も走れば一つ目の目的地に着くと景気よく車を飛ばしていたはずの運転手の男が突如計器をガチャガチャといじりだし、顔色が悪くなったかと思えば焦りだして突然運転が荒くなった。これには乗っていた男達も座席に必死で捕まりつつも浮き足だつ。

 

「わからねえ!突然ブレーキが利かなくなった!メンテナンスは欠かしてねえのに!!」

 

「だったらエンジンブレーキかけろ!!」

 

「・・・ダメだ。こっちも利かねえ!!それどころか他もろくに作動しねえぞ!?」

 

 男の一人がスーツの男に叫ぶように問いかけた。

 

「敵の『個性』か!?」

 

「・・・いや、周囲に敵意のある反応は無い。誰かの罠って線はねえ」

 

 彼らがスーツの男に頼ったのは一重に彼の『個性』は敵の強襲等に対し非常に有用な個性だったからだ。

 

 スーツの男の個性名は『危機感知』。自分含む数メートルの範囲の中の人、物に対する害意、悪意、殺意などの悪感情を向けられた場合に感知、大まかであるが出所も特定出来るというもの。戦闘能力こそ無いものの、その利便性から組織では重宝され、彼が裏社会で何年も生き残る事が出来た彼自身最も頼りとしている『個性』。

 

 その頼りにしていた個性ですら感知できない。車内の混乱は益々強まるば。

 

「兎に角どっかに軽くぶつけて無理矢理にでも止めろ!!そうすりゃ運が良ければ生き残れる!」

 

「わ、分かりやした・・・。今は林道なんで出来ませんが間もなく峠が見えます。危険ですがそこの壁にすり付けて止めてみます」

 

 まだ運転手の動揺は未だあるがパニックからは抜け出せたようだ。運転は少しずつ落ち着いてきている。男達も慌ただしさは抜け、何時車をぶつけてもいいように一部はもたついているものの、手際よく体を固定し始めている。

 

「ったく、これだから経験の浅いやつは・・・っ、しまった!ガキは・・・・・・!?」

 

 一息付いたスーツの男は、今更ながらにトランク側に押し込んだ赤ん坊に気付いた。あれだけ泣き叫んでいた声が泣き止んでいる。固定していたわけでも無い。まさかさっきの運転で・・・。

 

 想定できうるなかでも最悪のイメージがスーツの男の脳内を過る。いてもたってもいられず最後尾に座っていた男を強引に押し退け、カーテンに顔を突っ込む勢いで後部座席を見渡した。すると――――

 

 

 

「何だ・・・これは・・・?」

 

 赤ん坊は無事だった。泣き疲れたのか眠っており、身体には傷一つ無い。これだけならば安心できただろう――――異形の証である白い右手だったものを除けば。

 

 小さく柔らかかった右手は指先から肩口までの殆どが消失している。さらに消失した肩の断面を中心として、まるで蜘蛛が無差別に吐き散らしたかのような白い糸状の物があちらこちらに伸びていた。

 

 赤ん坊はその白い糸に引っ掛かっているように宙に浮いており、先程の荒い運転による異常な揺れでも反応していなかったのはこの糸がハンモックの役割をして衝撃を吸収していたからだと見てとれる。

 

 しかし、男達にとってそれ以上に問題だったのはその白い糸達が伸びている先。天井や壁、床に至るまで糸が伸びて、幾つかその先を良く見ると小さな穴が空いている。赤ん坊により近い所は更に大きく見るも無惨に穴だらけだ。

 

(まさか―――!?)

 

 改めて自分達が乗っている車内を見渡す。すると間近で目を凝らさなければ見えないほどに細いが、逆になぜ今まで気付かなかったのか疑問に思えるほどの大量の白い糸状の何かに自分達が囲まれている事に気付いた。

 

 そして漸く気付く。この赤ん坊こそがこの異常事態を引き起こしている元凶であることに。

 

 突如、運転していた男が叫ぶように声を張り上げた。

 

「!・・・畜生っこんな時に!!ハンドルまでイカれちまった!?」

 

「何だと!!」

 

 だが気付くのが余りにも遅すぎた。アクセルを踏んでいないため先ほどよりは減速しているものの、未だに飛び降りれば人の命を奪うのには十分な速度を車は保っている。さらに不運なことに現在は丁度林道を抜け、カーブの多い峠に到達したところだった。

 

 そして進行方向には待望の壁では無く、今の車の速度では到底耐えられないだろう頼りないガードレールがあった。その先には壁も地面もなく、眼下に青々とした森林が見えるのみ。

 

 この事態に対処できる個性を持つものは、対人戦に特化した男達には存在しておらず。最早詰み、と言える状況。

 

 彼等に出来たことは、裏社会にいたが故に一度も信じたことがない神に奇跡を祈ることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十数時間後、ガードレールの破壊痕を見つけたとの通報から警察や消防隊、ヒーローが駆けつけた。しかし、車が落ちたらしき事故現場には広範囲に撒き散らされた細かい破片や血痕が見つかったものの、他の残骸や乗員の死体等が全くなかった。それどころか周囲の木々、地面が何かに削り取られたように抉れている。更には小さな何かが這ったかの様な血痕すら無い這いずり跡。

 

 誰がどう見ても事故とは考えられなかった。警察やヒーローが直ぐに生存者の物と思わしき這いずり跡を追ったが、しかし最終的に誰も見つけ出すことは出来なかった。

 

 結局犯人処か証拠足り得る物すらも大して見付からず、やがてこの事件は事故と見なされ御蔵入りとなった。

 

 

 

 

 

 

 

「おナカ…すい…タ」

 

 その後、事故現場から少し離れた町で髪から肌に至るまで全身白一色の小さな子供の姿が見られるようになる。

 




本作のオラクル細胞は、生まれた当初は本能に乏しく宿主に従順な寄生生物です。なので人間の意思で簡単に制御出来る為、そのまま成長していれば単純に原作ゴッドイーターの雨宮リンドウの様になっていました。

今回は完全に主人公の支配下に置かれる前に目覚め、主人公に迫っている危機に対抗しようとしている内にある程度の自己を確立しました。これにより宿主を最優先として時には宿主の意思を無視して行動するようになる。という妄想しております。



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誕生秘話2

一応続きました。


 何十メートルもの高度から落下した車。当然の既決と言うべきか、乗っていた者達は赤ん坊を含め誰一人として無事でいられるような事等無かった。

 

 燃えて煙を上げるワンボックスカー。小さな破片が破片がそこかしこに散らばり、車の中に居る人間は殆どの者が血を流しながら力無く身を投げ出している格好となっている。酷い者は元が人間であったとは思えないほどに潰れ、手足首問わずあらぬ方向に折れ曲がり、飛び出した骨が筋肉を貫き露出してしまっている。

 

 奇跡・・・いやここまで来ると不運と言った方が正しいか、赤ん坊は死に体ではあるものの本当に微かであるが生きていた。白い腕から伸ばしていた糸が仇となってしまったようで殆どの大きな残骸が赤ん坊を中心として集中してしまっている。ただ元は生きていた人間の死体が緩衝材の役割を果たしたお陰か、脳死には至ってはいないものの頭部と胴体の一部、異形の手だったものを残して大半が残骸により潰されてしまっていた。

 

 赤ん坊の体は時折ピク・・・ピク・・・と痙攣するように動いている。しかしそれが収まるのも時間の問題だった。

 

 大事なナニかが薄れていくのを朧気ながら感じとり、赤ん坊は消え行く意識のなかで本能的に願う。

 

 

 『しにたくない』

 

 

弱々しく、しかし切実なその願いは小さな彼等に聞き届いた。

 

 

 

 

 

 

ーーあるじ、アブナイ?

ーーあるじ、しぬ?

ーーだめ

ーーしんジャだめ

 

 

 宿主の微かな灯火が消えつつある中、彼等も大きな混乱の最中にあった。彼等にとって初めて宿主から受けた願いと言うこともあって、どうにか叶えようと模索する。

 

 

 話は変わるが鳥や昆虫等、群れを成す生物に見られる『群知能』というと言うものがある。一つ一つの個体がお互いに簡単なやり取りを通じて、集団として高度な動きを行うことが出来るようになる現象である。乱暴に言えば同じ生物の群れが多く集まれば集まる程、単純な思考しか持たなくとも賢い行動が可能になると言うものだ。

 

 鳥や昆虫の群知能の原理と彼らの行う行動は多少異なるが、彼らも同じことが可能だった。それも億を優に越える全ての細胞が捕食し学習、増殖、他の細胞とのほぼ完璧に近い形で情報を共有する事で凄まじい速度で模倣と最適化を繰り返して、最終的に『進化』と呼べる領域まで到達する。これこそが、異なる世界では他生物が何億年もかけて今の形に進化したのに対して、僅か20年も経たない内に星の支配者に上り詰めた原動力である。

 

 

ーーからだ、なイ。たりなイ・・・どうスル?

ーーわからなイ。なイもの、どウヤル?

ーー!・・・あるじ、にてる、さんぷる、たくさんある

ーーあるじ、からだ、カわり・・・つかエル?

ーーソレ、たくさんたべル。ワレワレ、からだ、かわり、なる。いそぐ

 

 

 気付いたが否や周囲に散らばっていた白い糸達が一斉に動き出す。それらが周囲にある男達の死体に群がり始めた。死体は白い糸に触れた側から削られていくかのように徐々に形を失い、その度に白い糸が太くなり死体が消えていく速度が上がっていく。さらにそれだけでは足りぬとばかりに地面や生えていた木々にも白い糸のは伸び、同じように喰い荒らしていく。その行為は彼らが目覚めたばかりの頃とは違い、淀み無く進んでいった。

 

 そして同時にその白い糸・・・太さを考えると触手と呼べるだろう――は死に体の赤ん坊を欠損が多い場所を中心として体を包み込むように巻き付き始める。

 この時、偶然とはいえ最初に行ったのが最も必要な血の補填だったのは幸いだった。

 

 

ーーあるじ、えきたい、ワカッタ。かわり、なる

ーーほか、マダ、だめ。エキタイ、ダケできル?

ーー・・・・・・あるじ、よくなテル。マダ、だいじょうぶ。モット、えきたい

 

 

 彼らがそう判断して直ぐ、赤ん坊の血色は良くないままだが小さな痙攣はゆっくりとではあるが収まり始めていった。未だ予断を許さない状況だが峠は何とか越えられた。

 

 やがて内蔵や筋肉等の他の部位の学習が終わり、宿主に最適な形で自らの細胞を変化させて体が修復されていく。だが、ある部分を修復しようとした際に必要性が無いのではないか?と悩ませると言った()()()()があった。まあ、彼らにとっては些細な問題ではあったが。

 

 

 そうして紆余曲折があったものの、命の灯火が消える直前だった赤ん坊の体が修復される。・・・が、その姿はもはや赤ん坊とは言い難いものになっていた。

 

 先ず、体の大きさが異なっていた。産まれたばかりで目すら開いていなかった赤ん坊ではなく、凡そ5歳時位の幼児の姿になっている。更に体色や髪色も本来のやや濃いめの褐色の肌と黒髪をしていたのが、今では体のすべての部位が異形の象徴だった片腕同様純白の肌と髪になっていた。木漏れ日をそのキメ細やかな肌が反射して、よりその白さを際立たせていた。

 

 やがて、元が赤ん坊だった白い幼児は気が付いたのか目をゆっくりと開く。その目は磨き抜かれた黄金を思わせる金色の瞳をしており、キラキラと太陽の光を反射していた。

 

 

 

 

 

 意識を取り戻した元赤ん坊―――現白い幼児は当然の事ながら混乱の最中にあった。

 

 当然だろう。先程まで目すら開けることが出来なかった赤ん坊だった者に現状を理解しろと言うのが無茶と言うもの。自我すら芽生えていないのだ。本来であれば触覚や味覚等から徐々に世界を認識していく筈であり、そんな赤ん坊が突然視覚、嗅覚、触覚、聴覚、味覚の五感の全てを強制的にそれも完全な状態で認識させられれば発達途中である脳の認識が追い付く筈がない。しばらくの間、幼児は膨大な情報を処理するために目を見開いたまま全く体を動かすことが出来なかった。

 

 

 そのまま動かないこと1時間、漸く幼児は体を動かし始めた。しかし、体を意識的に動かすなど初めての経験だ。当然その場をパタパタとその短い手足でのたうち回らせることしか出来ていない。

 

 身を守ってくれる者が存在せず、このまま移動が出来なければ幼い生物としてはとても危険な状況だろう。それを本能的に理解しているのかは分からないが、幼児は助けを求める為に泣き叫ぼうと目元に涙を貯め、大きく息を吸い込んだ。しかし、それを脳内で何者かが待ったを掛けたのを幼児は認識し、驚いたこともあって思わず動きを止めた。

 

 

ーーあるじ。まっテ?

ーー『っ!・・・・・・?』

ーーあるじ、いま、じょうほう、わカラナイ?

ーーワレワレ、も、あるじ、の、じょうほう、わカラナイ。ワレワレ、あるじ、おしエル。

 

 

 幼児と彼らのこの『会話?』はあくまでも脳内のイメージである。

 しかし、脳内で行われるこのやり取りは下手な会話よりも遥かに鮮明に意思を伝えることを可能にしていた。

 

 そして、この不思議なやり取りで彼等が把握できたのは、今の宿主には意思疏通をすることすら困難である、と言うことだった。流石に、幾ら鮮明に伝えられたとしても産まれたての幼児に現状を理解しろというのは高度過ぎる要求だったらしい。

 

 

ーーあるじ、カンガエ、わカラナイ。むずカシイ。

ーーデモ、コノママ、あるじ、あぶナイ、かも。

ーードウスル・・・――――?

 

 

 ふと、目の前を胴体のわりに大きな尻尾を持つ小さな動物が走り去る。それは栗鼠と言う動物であったがそうとは知らない幼児は自然とその生物が走り去る様子を目で追った。

 

 そしてその視覚映像を幼児から受け取った彼らは情報を共有、何度も反芻することで分析を始めた。彼等もまだ視覚という概念を認識したばかりではあったが、だからこそずっと情報を集めていた。幼児が目を開けてから行っていた何気ない地団駄で得られた体を動かす感覚に土の感触、臭い、地面を手足が擦れたときに生じた小さな音。幼児の意識が覚醒してから認識できるようになった外の世界を。

 

 そしてそれを今、見つけた。現状を打破できる可能性のある情報を。

 

 

ーーなに・・・?

ーーちいさイ、あんぜん?

ーーそれヨリ、うごキ。

ーーココ、はなれラレル

ーーあるじ、ヨリ、ちいさイ。できナイ

ーーうごキ、ダケ、あるじ、できる?

ーー『?・・・!』

 

 

 早速彼らは幼児に、体を動すことを提案した。伝えるのに難儀したが、宿主が興味を持った御陰で今度は成功した。幼児はうつ伏せから手、足の順で体を持ち上げようとする。しかし、バランスが上手く取れず体勢を崩してしまった。”うぷっ”と小さく呻き声を上げて頭から倒れ込み、小さな土煙が舞う。丈夫になった今の体のお陰で痛みは無かったが、目に涙が浮かび泣きそうになっている。

 

 

ーー『!?・・・!!』

ーーあるじ、うごかせナイ?

ーーナラ、ワレワレ、うごかス

ーー『…?』

 

 

 また手足が動きだし体を持ち上げようとする。今度はさっきとは違い、ゆっくりとしたまるで感覚を確かめるような緩慢な動きだ。幼児は体の持ち主であるはずなのに不思議そうにその様子を見つめている。

 

 指を広げて地面につけることによりバランスを取り、何とか胴体を数センチ地面から浮き上がらせることに成功した。そのまま右手を前方に伸ばし移動しようとする。しかし、右手を浮かせた途端に体がぐらりと揺れた。慌てて右手を地面に着けて倒れ込むのを防ぐ。

 

 

ーー・・・むずかシイ

ーーモット、スル

ーー『・・・♪』

 

 

 それから何度も同じことを繰り返した。手足を何度も地面に立たせ体を浮かせる、その度に少しずつではあるが浮き上がる体の高さは上がっていく。遊んでもらっていると思っているのかその感覚を幼児は楽しんでいた。

 

 だが、何度も体を浮かせてもそこから前に体を進ませようとすると中々上手くいかない、バランスを崩し倒れそうになる。

 

ーーたテル・・・ケド

ーーほか、できナイ

ーー『!・・・♪』

ーー?・・・あるじ?

 

 

 突然宿主が体の主導権を奪い返した。何故、と彼らは疑問に思ったが幼児に理由など無かった。ただズルい、自分もやってみたい!と言う幼い感情の発露からの行動だった。

 

 パタパタと手足を跳ねさせる。時折手足を伸ばしてコロンと仰向けに、と思ったら今度は逆に転がる。彼らにとっては全く意味のない行為と感じるが、幼児にとっては心底楽しいのか鈴が転がる様な高い声を上げて笑っていた。

 

 これ以上は無駄だと判断した彼らが、また体の主導権を貰おうとしたところで幼児は手を前方に伸ばす。そのまま指を地面に食い込ませて腕を引き戻す。するとどうだろう、引きずる形ではあるが体は前方に進んだ。偶然の出来事ではあったが彼らが渇望していた本体の移動が出来たのだ。

 

 

ーー・・・!

ーーあるじ、モウいちど。モウイチど、ヤッテ

ーー『?・・・!』

 

 

 今度の意思疏通は上手く行ったようで幼児は理解したことを行動で示した。片手を伸ばし体を引きずりながら前進する。俗に言う匍匐前進である。肌が地面と接触している為地面を削りながらの行為であるが、その柔らかい肌には傷一つ付かず微かな痛みも感じない。その為躊躇なく続けていった。

 

 何度か繰り返し、十数メートルほど進んだ辺りで少しずつであるが移動する速度が上がっていく。単純に動きが早くなったのではない、動きに辿々しさが消え淀みなく次の動作に入るようになっている。行動が最適化され始めたのである。

 

 幼児の力だけでこのようになったのではない。中々主導権を貸してもらえない彼らが無理矢理介入しようとしていった結果、それが幼児の動きをサポートする形になり少しずつ無駄が無くなってきたのだ。

 

 それだけではない。より速く動こうとしていく毎に体が浮き上がり始め、最初に目標としていた四足歩行が出来るようになってきた。この様な経緯で幼児達は移動手段を得ることが出来たのである。

 

 

 最終的に柔軟且つ強靭な彼らの細胞で構成された肉体と彼等『オラクル細胞』達の緻密な補助のお陰で、移動できる様になった幼児は、日が傾き暗くなりつつある森の奥深くへと姿を消した。




主人公の体内は、脳を除いてほぼ全てをオラクル細胞で構成されています。体が拒否反応を起こさないように一度作り直した結果体を成長させました。但し、脳の一部は本来の体であるので知識、肉体の学習能力はアラガミレベルですが、感情等の学習が難しい部分は成長が著しく遅いです。

 脳にまで及んでいるので人格までオラクル細胞に侵される筈ですが、元々が宿主に依存する寄生生物であるが故に支配しようとはせず寧ろ宿主人格の補助を行おうとします。対話が出来ているのもこれのお陰です。
 無理矢理にも程がありますが、そこはご都合主義と言うことで一つ。

 というか全身オラクル細胞からスタートだと原作のソーマ・シックザールの誕生劇とほぼ同じになる上、その場合人格はアラガミだしシオみたいに人間を捕食対象から外せないしで世界の敵ルート、引いては世紀末一直線です。

 後オラクル細胞相手に15~16年も時間を与えたらヤバイと考えた結果、このような形になりました。



ーー追記 

因みに、主人公がこの時点で死亡していた場合野生化します。


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初めての町

明けましておめでとう御座います。

書き方が安定しないと感じたので、リハビリがてら暫く此方を書こうと思います。

ダイジェスト風になっているかと思います


 白い幼児として生まれ変わった元赤ん坊は現在、とある町と森の中を往復する生活を送っていた。

 

 肉体的には殆ど影響が無かったのだが、精神的に疲れた幼児は途中で眠り、目覚めたらまた目的もなく好奇心の赴くままに移動するを繰り返し森の中を凡そ一週間近くの時間を掛けて走破した。本来ならば、それだけ時間を掛けてしまえば空腹やらで倒れてしまう処だが、幸い()()()()()()()()()()()()()ので問題になる事はなかった。

 

 そうして辿り着いたのは、幼児が産まれた場所とそう大差ない汚れたビルが立ち並ぶ荒れたスラム街だった。

 

 幼児と彼ら細胞達には知り得ないことであるが、赤ん坊だった幼児を運んでいた男達は足が着かないように複数の町を経由してから目的の場所へと送り届けるつもりだった。たどり着いたこの町はその一つであった。

 

 

 

 初めて町に入った時は散々だった。

 

 当然である。裸の5才時相当の幼い子供が四つん這いの状態で治安の悪い町に入ったらどうなるだろうか?それも頭の先から爪先に至るまで全身真っ白な姿をした見目の良い子供だ。

 

 最初は奇異の目で見てくる者が大半だった。産まれて始めて見た生物を幼児は不思議そうに見つめ返していたが、何事かと数が集まるにつれて嫌な『感覚』を感じとるようになった。・・・それも生存本能を刺激される危機感とは違う、まるで体にねっとりと張り付いてくるような怖気が走るナニかだ。

 

 結局その日は耐えられなくなって直ぐに町から逃げ出した。特に「逃がすな!」「捕まえろ!」と叫びながら追いかけてきた生物達が恐ろしかった。追いかけてきた者全員が嫌な『感覚』の主だったのに逃げながら気付いたときには、もっと怖くなって泣いたのを幼児は今でも覚えている。

 

 本当だったら一刻も早くあの町から遠く離れたところに逃げたかった。彼らからも離れた方がいいと言われてもいた。しかし、そうしたくない理由があった。

 

 ()()がしたのだ。それも体の真ん中辺りが痛くなるほどの良い匂いが。

 

 それが何なのかは当初は分からなかった。でもあの森の中では一度も感じたことのない匂いがあの町にあること。それが一体何なのか、どんな意味を持つのかは分からないが。唯自分の体が求めていることだけは本能的に理解していた。

 

 そこから町と森を行き来する生活が始まった。反対していた彼らからも自分が主張したら何故か()()()()()()()()のだが、好都合だったのもあり疑問に思うことは無かった。

 

 

 近づくにあたって、まず幼児は町に入らず隠れて町とそこにいる生物達を観察するところから始めた。

 

 町に近づく度に匂いがして辛かったが、そんなときは町の生物がやっていた様にそこらにに生えている木や草を口の中に入れ、小さくなるまで噛み砕き、呑み込むと完全には収まらないものの少し楽になった。

 

 そして一通り観察すると比較的安全な森の奥深くに戻って、大きめの木にあったウロの中に入って体を丸めて眠るという生活サイクルを取るようになった。

 

 そんな日々を送っていると、町に住む生物達は色々と自分と違う所が多いことを理解し、徐々にではあるが恐怖心以上に興味が湧き始めた。

 

 町にいる生物は後ろの足だけで移動していること。口に当たる部分から音を出して生物同士で何かしらのやり取りをしていること。体に何か薄いものを巻き付けていること。様々だ。

 

 そこから町に住む生物達の行動を真似し始めた。

 

 まず行ったのは木に手を付いて後ろの足だけで歩く練習。最初はフラフラと危なっかしかったが、体の動きを補助をしてくれる彼ら細胞達のお陰で、それほど時間を掛けること無く歩くことが出来るようになった。

 

 口を開け喉を震わせて声を発する練習。これには苦戦した。何せどうやって「あいうえお」以外の音を出すことを可能にしているのか見ただけではよく分からない。口を動かすということは見れば分かるので、ある程度の音は出すことが出来たが一部の音の出し方がどうしても分からなかった。

 

 町の近くにあったぼろぼろの布を何となく体に巻き付けてみる。ちくちくと肌が刺激され動き辛く、邪魔になるばかりであまり良いものではないように感じた。町にいる生物は皆布を纏っているため一応我慢してみるが、これのどこが良いのか幼児にはよく分からなかった。

 

 他にも様々な事を真似した。誰が教えた訳でもない為杜撰な内容ではあるが少しずつ覚え、自分のものにしていく。少しずつ出来る事が増えていく感覚が楽しくてしょうがない。出来なかったことが出来るようになる瞬間の万能感にも似た感覚が快感だった。次第に目的だった『匂い』よりも学ぶことを優先し始めるようになるのに余り時間は掛からなかった。

 

 

 しかし、時々観察に集中し過ぎて町に近づき過ぎている事に気付かず嫌な『感覚』のする生物に見つかり、追いかけられることもある。そんな時は基本的にそのまま逃げたり、隠れたりするなどしてやり過ごしていた。しかし、時には囲まれ追い詰められたりして逃げられなくなることがあった。

 

 その場合はそれはもう必死に抵抗した。日々の観察の中には彼等生物同士の争い等による戦闘も含まれていたのが幸いして、どんな事をしてくるか程度は覚えていたので撃退するのは難しく無かった。ただその時は今にして思えば技術も何もなく身体能力に任せっきりだったのは否めない。

 

 次の戦闘からは細長い何かや先が尖った物、小さなモノを飛ばす何かを手に持って攻撃してきた。だが当たっても体に少し穴が空いたり凹んだりするだけで何ともなく、逆に生物が持っていたものは掴んだだけで簡単に折れたり、曲がったり、潰れたりと酷く脆い。それを見た生物達は何故か散らばる様に逃げ出した。あんなに追い掛けてきたのに態度が急変したのが幼児にとって不思議であった。

 

 また次の戦闘からは数が増えたと共に、見たことの無い攻撃をしてくる相手が前より遥かに増えた。相手は動いてないのに自分だけ吹き飛ばされる、吸うとピリピリする煙を吐き出す、避けたのに何故かこちらに曲がって攻撃が当たる、少しの間動けなくなる、視界が見え辛くなる等相手によっては何度か捕まってしまいそうになった。この頃から反撃すると()()()()()()()()がいた。

 

 それを見る度に自分は同じことをされても平気だったのに…と疑問に思っていた幼児。自分の『死』は感覚的に理解できているが、他人の『死』とはどういうものなのか知らないが故の疑問だった。

 

 以降からは数が減った代わり一体一体が手強くなった。生物達は手に持っている武器と不思議な力・・・『個性』と言っていたそれを上手く使いこなし攻撃してくる。自分もお返しとばかりに出来そうに動きを真似して反撃を試みるが上手く当たらない。それ処か『個性』を使っている訳でもわけでもないのに攻撃が避けられなかったり、投げ飛ばされる等弄ばれる始末。まるで自分の体では無いかのように錯覚するほどだった。 

 

 どうしてなのか、と逃げ帰ったその日に自分の体にいる彼等と悶々と考えを巡らせていると最終的に一つの結論が出た。

 

 ”分からないなら見て覚えよう”

 

 思い立ったが吉日とばかりに次の日から、手強そうな生物達に態と見つかる等してアプローチを仕掛けることにした。相手は此方の姿を見つけ次第襲いかかってくるため戦闘に持ち込むのは簡単だ。戦闘しか出来ないとも言うが。

 

 戦闘が始まると同時に相手の動きを観察しつつ回避に専念する。すると個体毎でバラバラに見えてもある程度の共通する動きがあることに気付き始めた。目線、体重の移動の仕方、それらを合わせて繰り出される攻撃、そのタイミングと状況、動く時に体のどの部分から動かし始めるのか等、時折反応を見るために瓦礫や誰かが落とした武器を投げ付けることもあるがひたすらに見続ける。

 

 一通り見たら今度は先程の相手の動きを真似して反撃に転じる。上手く行けばそのまま動かなくする事が出来るが、大抵は真似した動きに対応されることが多い。対応されたらそれはそれでその動きを見て覚え、また真似をするを繰り返す、何度も、何度でも。殆どの生物は次第に対応仕切れなくなりそのまま動かなくなった。

 

 何体かは不利になると逃げ出す者もいるが、次の戦闘で襲ってきた時には覚えのある動きしかしない為に、簡単に動かなくする事が出来た。

 

 そうして何度も戦っている内に、動かなくした生物には次から襲われなくなると気付いた幼児は、今では襲ってきた生物には積極的に動かなくする様になっていた。

 

 ただ、『動かなくした』又は『動かない』生物を見つけた日に限って、次の日の朝は何故か『満たされている』感覚があると言う本人にとっては奇妙な現象が起こっている。体内にいる彼らに聞いても気にしなくていいと言われるばかり。

 

 気にはなるがそれ以上に『満たされている』感覚は気持ちが良く、何より体がより思い通りに動かせるようになる為、良いことだ。程度にしか幼児は思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 とある日の朝。二人の男が何気なく町の外を見て、何時もなら見掛ける筈の人物が居ないことに違和感を覚えた。

 

「今日はあのガキ居ねぇな」

 

「ん?・・・ああホントだ珍しいな。何時もなら其処らの木の上とかに居んのにな」

 

 幼児が町に現れるようになってから半年の月日が流れた。

 

 ここ最近では幼児を捕まえようと襲う人間が殆ど現れず、今では噂を聞き付け町の外から来た恐れ知らずや、金に困ってどうしようもなくなった者ばかりとなっていた。

 

「もしかして誰かが捕まえたとか?」

 

「あるわけねぇよ。この前何十人もの人数で挑んだ奴等が返り討ちにあったばっかじゃねぇか。それに俺達にも気付かれない程静かに捕まえられるなんてそうそう出来やしねぇ。出来たら俺達は今頃ガキを売り払った金で豪遊してるだろうよ」

 

「だよなぁ。目の前に大金がぶら下がってる様なもんだっつーのに。俺にもっと強い『個性』があったらなぁ・・・」

 

 町に住むゴロツキ達は、すっかり有名になったこの白い幼児を見かけたとしても遠巻きに見るだけでなにもしなくなっていた。

 

 幾度も戦っている幼児の姿を見ていた町の住人は多い。最初は逃げることしか出来ない哀れな子供程度だったのが、今では襲いかかって来た者を討ち取るまで驚異的な身体能力を駆使して執拗に攻撃し続ける凶暴な子供、と言うのが住民達の共通認識となっている。

 

 そんなのが腕に覚えのある人間複数人係りでも何度も返り討ちにする強さを持っているのだ。何もしなければ此方をじっと見てくるだけで害は無いのはこの半年の間で理解出来ているのだから住人達の反応は当然と言えた。

 

「君達。その子供について聞いて良いかい?」

 

この日までは

 

 

 

 

 

「・・・んぅ」

 

 眠っていた幼児の閉じていた瞼を陽光が貫く。光による刺激で目を覚ました幼児は体に纏っている、今では着馴れたボロボロの布が木のささくれに引っ掛から無いように入っていた木のウロから慎重に這い出した。纏ったばかりの頃、寝ぼけて何度か破れてしまったのは記憶に新しい。

 

 数メートルの高さから落ち葉の積もった地面に飛び降り、手足をゆっくりと広げることで伸びをする。空を見上げれば太陽は高い位置にあった。何時もならば太陽が顔を出す頃に目を覚ます筈だったのだが昨日は夜遅くまで町で観察をしていたのもあり、昼近くまで寝ていたようだ。

 

「おあか・・・すいた・・・」

 

 起きてすぐに体が空腹感を訴えた。すると側にあった石や木の枝を徐に掴み取り、口に運ぶ。

 

 ゴリッ・・・メキッ・・・とどう考えても生物が食べているとは思えない咀嚼音を口内から響かせながら、今日は何が見れるかな?と幼児は考える。お世辞にも美味しいとは思わないがもう気にしないくらいには馴れたものだ。

 

 町の中はまだ危険だ、と体にいる彼らから言われている為入らないが、最近は襲ってくる生物も殆どいない。嫌な『感覚』はあっても最初の頃よりもずっと弱くなった。ある程度まで近寄っても問題ないのだから幼児にとっては観察し放題である。

 

 今は町の生物達が話している言葉を覚えるのが最近のマイブームだ。口から出す音・・・声はまだぎこちなさがあるが、簡単な言葉ならば口に出来るまでになっている。発音の仕方も試行錯誤の末、大分上達してきた。先程の幼児の発言もその一つだ。

 

 次はそれらの意味を知ろうとしているが、一部の住人達は気付かれると逃げられてしまう。だからそういった生物には、こっそり近づいて何を言っているのかを頑張って聞き取ろうとしていた。

 

 話している事の内容の大部分はまだ良く分からない。今は町で座り込んでいた生物の「おなかすいた」、襲ってきた生物が不思議な力を使うときに良く叫んでいた「こせい」、「つかまえる」等言動と行動を結びつけやすい単語の意味であれば大まかに理解出来始めている。

 

 食事を終えた幼児は今日も学ぶために町へ駆け出す。森の中まで追ってくる生物から逃れるために森の奥深くで居を構えているせいで、歩いてでは辿り着くまでに時間が掛かり過ぎるからだ。

 

 岩を飛び越え、木の枝が折れないように足場にして飛ぶように走る。その動きには一切の淀みがなく、数ヵ月前まで歩くだけでやっとだったのが今では信じられない程。これも日々の観察と練習の賜物だろう。

 

 

 今日も知的好奇心の赴くままに行動している幼児は想像すらしていなかった。町の様子が何時もと違うことを

 

 今日という日が自身の分岐点となることを

 

 まだ知らない

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーあるじ・・・たべナイ

ーーワレワレ、あるじ・・・ちがウ

 

 彼らは主人である幼児に対してやきもきしていた。自分達細胞は捕食することでも発揮される。それなのに貴重な情報源足るあの生物を食べようとしない。一度食べるよう促してみたが露骨に拒絶された。どうしても嫌がるのであれば仕方ないと以降はその事について言及することはしなかった。それは彼等が望むものではない。

 

ーーあるじ、いやガル。・・・おしエチャ、だめ

ーーあるじ、ねル。ワレワレ、からだ、かリル。アイツら、たベル

 

 だが彼らにとっては貴重な情報源兼エネルギーだ。それを簡単に諦めるようなことは彼らには出来なかった。意識がある間は体を借りることができない。何より抵抗されるだろう、それは彼らの望むものではない。だから主人が寝ている夜に彼らはコッソリ体を借り、町の外周で死んでいるあの生物を捕食するという行動に出た。

 

ーーアイツら、『コセイ』?いテタ。・・・つかエル

ーーあるじ、あんぜん・・・いい

 

 幼児がまだ赤ん坊の時、治療のために死んでいた生物達の体を参考にして再構成した。その際に偶然『他生物の害意を感じとる力』が発現した。単純で肉体的影響が比較的小さく、再現しやすかったのが効をそうしたのだろう。主人の安全の確保がしやすいと彼等は重宝していた。

 

ーーたくさん、たベル。たくさん、わカル。・・・モットたベタイ

ーーあるじ、アンマリ、わカラナイ。ナゼ?

 

 他にも彼等に比べてであるが幼児の学習速度の遅さを気にしていた。本来であれば年齢を考慮しても異常なほどの速度なのだが彼らにとっては不満の残るものらしい。

 

ーーアイツラ、イや。デモ・・・うごキ、わカリタイ。

ーーあるじ、つよクナッタ。モット、つよクスル

 

 彼らにとって忌々しい事ではあるが、襲ってくる生物達の肉体の操作技術等は理に叶っていると判断していた。本来であれば危険を伴うことは避けさせたかったが、主人が積極的になっているのであれば仕方ないとして、動きやパターンを解析して主人に学ばせていた。

 

ーーあるじ、からだ、つよイ、たおセル。デモ、こせい・・・マダ、こわイ

ーーモット、つよク、スル。モット・・・たべル。・・・モット、わカル、スル

 

 また、個人によって大きく異なる効果を持つ個性の存在が目下、最大の脅威だと感じている。いくら学習しても個体差が大きすぎるのでは意味がない。それが少しでも多くの生物を捕食して学習しよう、と彼らを駆り立てたせていた。

 

 

 

 

 体内にて、様々なやり取りが成されていたのだが等の本人は気付いていない。現在の幼児は自分の体をより良くしてくれているとしか認識しておらず、それがどのような意味を持っているのか、まだ知らなかった。

 




主人公が感じ取っていた『感覚』の正体の解説

『ユーバーセンス』

主人公が今の姿になる際に取り込んだ一人が持っていた個性。体を修復した時、取り込んだ人間の細胞等の構造
も真似したため発現した。あくまでも真似ているので効果は少々異なっている。

効果は、相手が自分を物理的に認識した時に発動。感情、思考の中から自分にとっての害意を感じ取り相手を捕捉する、と言うもの。
 捕捉した後、一度完全に意識から自分を逸らされない限りは居場所が分かる。一度捕捉から外れた後はもう一度同じ手順を踏まないと再度捕捉は出来ない。


原作のユーバーセンスに近いものを再現したくて作ってみましたが少し無理があったかもしれません。
 



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遭遇

 数日前、某所とある一室にて

 

 

「強力な個性を持った子供?」

 

「はい。個性の詳細は不明ですが、●●町に半年前に現れてから郊外にある森から毎日のように町に近づいてくる奇妙な子供です。その珍しい容姿から当初は好事家達が手に入れようとゴロツキを幾人か雇っていたようですが、奴等が接触する回数が増えるごとにその子供は尋常ではない速度で力を付けているとのこと」

 

「ほう・・・だがそれだけで僕に話をした訳じゃないんだろう?」

 

「勿論です。ゴロツキだけでは最早捕獲は出来ないとみると今度は我々に依頼が回って来ました。我々としてもそれほどの強力な個性、必ずや()()のお力になるとその子供を捕らえようとしました。・・・しかし、大変御恥ずかしい話ですが…その子供の力を見誤っていたようで、当初は大した強さでは無かったのですが。数回の戦闘で逃して以降我々では手に負えなくなり、今では逆に此方が返り討ちに遭う始末。更に派手な戦闘を繰り返したせいか、最近は奴等『ヒーロー』共にも子供の存在を嗅ぎ付けられたようでして・・・」

 

「それでせめて情報だけでも、と。たった数度君達と戦っただけで互角以上に成長した子供の個性・・・か。ただ強いだけの個性では無いのだろうな。確かに非常に興味が湧く。ならーー」

 

 

 

()が狙っている子供?」

 

「今までは敵が数多くいる為に難航していましたが、この度その町にヒーローを配置するにあたって大規模な摘発を計画しておりました。その事前調査をした際にその子供の存在と」

 

「何やら強力な個性を持っている様で、()に繋がっている幾つかの組織が捕獲しようと幾度も接触していたとのことですが、悉くが失敗。ゴロツキや裏社会の人間に限りますが、襲った者の中には犠牲者も少なからずいるようです。更にその子供は既に相当な力を付けているのか、現在ではどの組織も手を出しあぐねている様子です」

 

「それほどの個性を持つ人間を放っておく程、コレクターである()は殊勝な性格では無いだろう。何れ必ずその子供を狙って現れる、か」

 

「其れ丈でなく、もしその子供が敵側に堕ちてしまった場合、将来的に相当な脅威になることは想像に固くありません。我々も万全のサポートを尽くすつもりですが、『奴』の手に渡る前に早急にその子供の保護をお願いしたいのです。・・・あの男にまともに対抗できるのがあなただけだとはいえ、貴方にばかり負担を強いるのは情けない話ですが・・・」

 

「HAHAHA!期待を背負うのがヒーローの本懐さ!これ以上世界を()の好き勝手にはさせられない。それに今も孤独でいるその子に一刻でも早く伝えなければ。君はもう一人じゃない何故ならーー」

 

 

 

 

 

 

「「僕が出よう/私が来た!!」」

 

 

 

 

 

 

 

「?」

 

 森を跳び跳ねる様に駆け、もうすぐ町に着くという頃妙な違和感に襲われた。

 

 ある程度町に近づけば喧嘩っ早いゴロツキの怒鳴り声が聞こえ始めることが常であるのに今日はそれが聞こえない。それに先程から感じる何かが焼かれているような変な臭い。町があるであろう方向の上空を見てみると何故気付かなかったのか不思議に思うほどに目立つ黒いモヤが複数立ち上っている。

 

 いや、一応声は聞こえていた。だがその声や響いてくる音の質が何時もと気がした。

 

 焦りの混じった怒号、絹を裂く悲鳴のような声や何かが崩れたときに起こる激しく大きな破砕音、それらが断続的に聞こえる。

 

 一体何だ?、と疑問に思いながらも好奇心の赴くまま、速度を緩めることなく走り続け、目的地であるいつも町の中を観察する際に利用していた少し背の高い木の枝に飛び乗った。体重により枝がしなるが上手くバランスを取り、そのまま町の様子を眺めた幼児は目を見開いた。

 

 

 

「・・・・・・っ」

 

 町はもう幼児が知っている風景では無くなっていた。

 

 高く聳えていたコンクリート性の建築物はその多くがビルであったと思えないほどに崩れ、瓦礫の山を築いている。逃げ遅れたのか瓦礫の隙間には誰かの手足が力無く垂れ下がっていた。ビル以外の建物も同じく倒壊しており、あちこちで炎が燃え広がっている。住人達は倒れていくビルや火の手から逃れるべく、まさに蜘蛛の子を散らす様に散り散りになってはいるが、誰もが一心不乱に町の外を目指していた。何人かは道の途中で倒れ、血を流して動かなくなっている。

 

 更に、町の至るところで大きな爆発音が響き、その直後には無事だった建造物は大きな音を立てて崩れている。崩れる瞬間に瓦礫の隙間から人影のようなものが複数、凄まじい速度で移動しているのが見えた。その人影同士がぶつかり合う度に辺りが吹き飛んだりしていることから幼児の浅い知識とは余りにも次元が違いすぎるものの、誰かが戦っている様だということだけは辛うじて理解できた。

 

 あまりの豹変ぶりに混乱しながらも観察を続けると、他にも変な格好をした奇妙な集団が目に入った。

 

 その集団は全員が同じ衣服を身に纏い、一見頼りなさげに見える半透明な平たい板、細長い棒を持っていた。彼らは何人かのチームを組んで逃げ惑う住人たちを瓦礫や炎を庇う様に間に立ち、町の外に逃がしている様だ。それだけでなく町でも見たことがないような奇抜な衣服?に身を包んだ生物も襲ってくるゴロツキと戦いながらその集団を守るように動いている。

 

 

ーーあるじ、ココ、あぶナイ、にげル

ーーアレ、まずイ、あるじ、きけん

ーー『わかった』

 

 

 幼児は脳内から語りかけてくる彼らの進言に同じく脳内で頷いた。

 

 流石にこの状況でのんびりしていられる程幼児は呑気ではない。町で戦っている何名かは今の自分より圧倒的に格上だと動きを見て理解した。この己の実力を把握する感性は、何度も戦い逃げては『彼等』と襲ってきた相手の戦力分析を繰り返した結果身に付けたものである。これのお陰で幼児は無事に今を生きていると言えた。

 

 その経験が語りかけてくるのだ。もし、あそこで戦っている者達が自分に牙を向いたら到底太刀打ち出来ないと。 

 

 

 

 だが、判断を下すのが少し遅かったらしい。

 

 直ぐ様町から離れようと体を森の方に向け、飛び出そうと足に力を入れたその時。

 

 突然、感じたこともない特大の害意(悪意)に晒された。

 

「?!!?」

 

 それが自分に向けられた害意であると理解出来なかったほど、余りにも大きく異質な悪意に体が思わず硬直してしまった。動きたくとも体全体が固定されたかのように微動だにせず、それ所か呼吸すら忘れてしまいそうになった。

 

「やっと来てくれた」

 

 固まった幼児の直ぐ後ろから誰かが声を掛けてきた。”おかしい、今まで近くには誰もいなかった筈”、”ここは高い木の上なのに何故”と一瞬脳内で考えかけたが、近づかれたことにより強まった声の主から発される身の毛もよだつ悪意に無理矢理思考が塗り潰されてしまった。その状態でも後ろにいるこの生物こそが、自分が今こうなってしまった元凶だと本能的に理解させられた。

 

ーーあるじ、にげテ

ーーダメ、あるじ、うごカナイ

 

「――っ」

 

「何時もなら早朝から姿を現すと言うものだから日が上る前から楽しみに待っていたというのに、随分待たせたねぇ。お陰で『オールマイト』とその他有象無象も来て、かなり激しい準備運動をさせられた」

 

ーーにげテ!

 

 ”朝寝坊でもしてしまったのかな?いけない子だ”、と一見柔らかい口調で話しているこの生物。しかし此方に向けられる意識に含まれた害意は今までの比ではない。

 

 これに比べれば、今までの受けてきた害意は寧ろ善意だったのでは無いかと勘違いしてしまいそうな程。それ程に異質で強大だった。

 

「駄目じゃないか。人と話すときは目を合わせなきゃ」

 

 声の主は動けないでいる幼児の前に回り込み、屈みながら顔を覗き込んで来る。

 

 だが目の前にある筈なのに黒い影のようにしか見えない。目が見ることを拒否しているかのように焦点を合わせられない。怖くて目を瞑りたくとも瞬きすら出来なくなっている。『彼等』が必死で呼び掛けているがそれに気付く余裕すらなかった。

 

「おかしいな。彼等が返り討ちに遭うほどの子供がこれしきの恐怖で動けなくなるなんて思えないんだけどね」

「一体どういうこと何だい?」

 

 当然ながら問いかけられている幼児からの返答はない。いや出来ないと言うべきか。言葉をまだ理解していない上に生まれてこのかた会話処か対話すらしたことがない。

 

 そして幼児が過剰なまでに動けなくなっているのには一つ大きな理由があった。

 

 幼児は他生物から発される自分にとっての害意を感じとる()をある理由から得ている。つまり害意に敏感なのだ。これのお陰でゴロツキ達の待ち伏せや罠を回避したこともあり重宝している。だがそれが今仇となってしまったのだ。余りに大きすぎる悪意によって思考が恐怖で塗りつぶされる程に。

 

「まあいい」

 

 返答処か身動きすらしない幼児の様子を見た声の主はどうやら痺れを切らしたようで、がっかりしたように嘆息すると腕を幼児の頭に向かって手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

(こわい・・・やだ・・・コワイ・・・)

 

ーー・・・る・・・

 

 ゆっくりと自分に向かって伸ばされる大きな手。もう顔を手の影で覆う程の近さまで迫っている。何をされるのか全く分からないがあれに触れられたら自分にとって凄く良くないことが起こる、と恐怖で脳裏が一色に染まっていた中でも漠然とではあるが感じる事が出来た。それなのに未だ体は思うように動いてくれない。

 

 

ーーあるじ!!

ーー『・・・・・・!っ』

 

 感情の波が最高潮を越え、一周して逆に冷静になれたのかほんの少しではあるが、やっと『彼等』の呼び掛けに意識を向ける事が出来た。緊急事態であるが故に何時もの冷静さは成りを潜め、滅多にない程に強く主張していた事も幸いした。

 

ーーワレワレ、あるじ、まもル

ーー『で、でも・・・どうやって・・・?』

 

 返答を返したものの、幼児の感情には未だ怯えの色が残っている。それに逃げるにはもう遅い。もう何をやっても逃げ出すには間に合わないと判断できる距離だ。

 

ーーできル。

ーーまえ、ワレワレ、おしエタ、あるじ、あばレタ。おもイだシテ

 

 その言葉に幼児は安定して日々を過ごせるようになった頃、「そろそろお互いに知らない情報を共有しよう」と彼等から話を持ち出され、自分が死にそうになった時どうやって生き延びてきたのかを体内にいる彼等を通して教えてもらっていた事を思い返す。

 

 

 それは自身が本当に体感していると錯覚するほどに鮮明な記憶だった。視覚だけではない。触覚、聴覚などのその時に感じられるありとあらゆる感覚全てが再現されていた。勿論痛覚さえも。

 

 見させられた直後はあまりのショックで半狂乱に陥り周囲を省みず暴れてしまった。木の葉を震わせる程の絶叫を上げて木々をなぎ倒し地面を抉る位には派手に暴れ、気付いた時には辺りにあった木や岩が消えて地面にかでくり貫いた奇妙な跡だけが残っていた。もし、拠点としていた森の奥地以外で見せられていたらどうなっていたことか。それに数日の間はふとしたことで思い出してまともに眠る処かじっとしていることすらできなかった。幼児にとってそれほどにショックな出来事だったのだ

 

 このような反応をされたのに彼等は驚いたが、それ以上に幼児の脳にストレスとして多大な負担が掛かってしまっていた事が彼等にとって深刻だった。以降彼等はよりいっそう幼児の精神状態にも気を配るようになる。

 

 

 過去の出来事に近いこの状況により、再び甦る体の大半を失い死にかけていた時の恐怖。少しずつ薄れ、自分という存在が溶けて消えて無くなっていくあの感覚を。

 

ゆるせない

 

 ここまで来て漸く声の主に対する恐怖心が消えた。同時にふつふつと沸き上がるようにして感情が強まってくる。体が冷たく感じていたのに奥深くからドロドロと熱い何かが沸き上がってくる不思議な感覚。それは目の前にある理不尽に対する強い反抗心に強烈な怒り。戦っていた時ですら一度たりとも抱いたことがない攻撃的な感情。それが幼児と彼等を一つの行動に結びつける。

 

 

 あの時は無意識ではあったが、生きたいと願ったからこそ一度目の偶然を現実のものにした。なら・・・今度は自分自信の意思でもう一度起こそう。

 

 それは彼等の本能にして原点

 

 

 

 

 

(しにたくない)

 

ーーしナセナイ

 

 

 

(しにたくないからーー

 

ーー死なせてしまう前にーー

 

 

 

 

『『喰べてやる!!/喰ってやる(殺してやる)!!』』

 

 『捕喰』である

 

 

 

 

 

 

 

(っ・・・?)

 

 未だ抵抗すら見せない幼児の頭に触れた男『オール・フォー・ワン』は彼だけに許された固有の『個性』を発動させようとした時、一瞬であるが小さな、それも普通の人間では感知不可能な程に小さな違和感を覚え、思わず頭から手を離した。

 

 だが、それで十分だった。

 

 有機物、無機物、エネルギー、ありとあらゆるモノを喰らう単細胞生物群である彼等にとっては

 

 チクリ

 

 そんな擬音が聞こえてくる程の小さな痛みが、幼児に接触した手のひらに走る。気付いたオール・フォー・ワンは手のひらを自身の顔に向け、違和感のある部分を見る。

 

 小さ過ぎることもあり見辛いが、よく見ると毛穴ほどの白い小さな痣らしきものが出来ていた。それがゆっくりと広がっているように見える。

 

「何だこれは・・・?毒物系の個性か?」

 

 明らかな異常にこの現象の下手人と思わしき白い幼児を改めて見やる。ぱっと見たところ特に変わった様子はない。体勢すら動きを止めた時のままだ。

 

 だが、目だけが違う。恐怖で焦点が合わずぶれていた目が今は確りと此方を凝視している。それも()()()()()()()()()()()()で。

 

「!っ・・・」

 

 その眼を見たオール・フォー・ワンは直後、現在使用している個性の一つ『浮遊』を即座に解除、何らかの移動用の個性を使用したのか、いつの間にか幼児がいる木から離れた地面の上にいた。一瞬で数メートルの距離を取ったオール・フォー・ワン。その顔には驚愕の表情が微かに伺える。自分以上に戦闘経験を積んでいる者が居らず、個の強さにおいて自他共に最も頂点に近い人間の一人であると半ば確信してるこの男が、だ。

 

(あの眼は何だ?あんな眼で見てくる人間なんて今まで見たことがない・・・。さっきまで恐怖していた弱者特有の反応じゃない、あれはーー

 

 ()()()()()()()()()()

 

 反抗的、若しくは殺意といった攻撃的な視線は、男が生きてきた間で飽きるほど受けてきた。その類いであれば態々反応するほどでもない。だが、今受けている視線の質は凡そ人間が発するものとは思えない程に根源的で純粋、かつ動物的。男ですら初めて経験するものだった。

 

(・・・惜しいな)

 

 しかし、動揺は直ぐに収まった。幾ら強く睨み付けてきたとしても男から見てみれば幼児のそれは脆弱も良いところである。・・・尤も、国内に名だたる殆どのトップヒーローすらこの男にとってはそう見えるのだが。

 

 だがこの時、手に起きた異常の事を半ば忘れていた。男は毒物系に対抗できる『個性』を幾つも所持していた事に加え、目の前の幼児の『個性』が直接的な戦闘で発揮されるものであると考えていたことも大きい。何せそうでなければあり得ない身体能力を持っていたのだから。

 

(にしても実に面白い『個性』だ。見た目からして恐らく異形型なのだろうが、この僕でさえ見ただけではまるで内容が予想が出来ない。・・・もっと観察したい処だが生憎時間がないな。それにそろそろ()が此方に気付く頃だ。さっさと貰って後で楽しむとしよう)

 

 まるで新しい玩具を手に入れた後を想像する子供のように胸を踊らせつつ、今度こそ自身の目的を果たそうとこの場に最も合う『個性』を発動させようと右手を翳したその時

 

 

 グチュッ!!

 

 

 突如オール・フォーワ・ンの右手首部分までが、不快な粘着質な音を立てて()()()()へと変貌した。

 

「!!」

 

 音が聞こえた瞬間、痛覚が脳に到達するよりも早くオール・フォー・ワンは自らの右手を肩口近くまで一切の躊躇なく切り落とす。それは長い時を生きた彼の膨大とも言える年月に培わされた勘と戦闘経験が遺憾なく活かされた瞬間でもあった。

 

 そして切り落とされた右腕は、男の行動の正しさを証明するかのように地面に落ちる直前には全て白い肉塊に成り果てていた。落ちた肉塊は、グニャグニャと挽き肉でも捏ねるかのような音と共に蠢き、溶けるように地面に白い染みを広がらせつつ沈んでいく。

 

「ぐっ!?・・・これも『個性』・・・か?」

 

(・・・触れたものを自身の体の一部として制御下に置く個性か?地面にも作用する所を見るにそれも生物、非生物問わずか。確かに強力、だが・・・)

 

 ”ならば先に本体をどうにかしてしてしまえばもままいい”、と思考が行き着いたオール・フォー・ワンは幼児に目をやる。腕からは大量の血液が流れ落ちているが気にするほどではない。何より高々出血ごときでは、百年単位で生きるオール・フォー・ワンを死に追いやるには不足に過ぎる。

 

 しかし、視線を向けた先には幼児の姿はなかった。居ない、という理由ではない。幼児の姿を保って居ないという意味ではあるが。

 

「これは・・・繭?」

 

 幼児の体色と同様の大小、太さ、細さ様々な触手というべき物体が、幼児の体を包み込むように幾重にも巻き付いていた。既に姿が確認出来ないほどに包まれ、乗っていた枝はオール・フォー・ワンの右腕のように白く変色し、それが木、地面へと際限無く侵食し始めていた。 

 

 男にはこの現象そのものには見覚えがないが、似たようなものは何度も見てきた。いや、自身でも実験と称し、態と他人に起こさせたりした事もある。複雑且つ強力な『個性』持ち程起きやすいそれ。『個性』が複雑化した現代では凶悪な事故にも繋がりかねない予測不可能なその現象。

 

(成る程、()()()()()か。それも命の危機に反応して意図的に暴走を引き起こしたってところかな?随分とまあ思い切った事をする。・・・!っ)

 

 まじまじと様子を伺っていた男が何やら気づいた直後、背後から突如として何かが着弾したかのような巨大な土煙と遅れて爆音が響き渡った。

 

 爆心地から出てきたのはピッチリとした派手なアメコミヒーローを思わせるスーツに身を包み、鎧のような筋肉がスーツをこれでもかと言うほどに押し上げている。頭部には兎の耳、若しくはVの字をイメージさせる特徴的な髪型をしている筋骨隆々の巨漢が片膝と片腕を地面に付き、着地した体勢でそこにいた。

 

 パラパラと細かい土砂が降り注ぐ中、その人物は立ち上がり、オール・フォー・ワンを睨み付ける。堀の深い顔立ちが目元の殆どを隠しているが、怒りを宿す眼光だけははっきりと見えている。

 

「見つけたぞオール・フォー・ワン!!」

 

「・・・しまったな。折角撒いたというのに、思った以上に時間が経っていたようだ。それもこんな時に」

 

 ”困ったものだ”とまるで困っているようには見えない表情でオール・フォー・ワンは片手を後頭部に手を回し嘯く。その言葉を聞き、巨漢『オールマイト』は漸く己の宿敵の片腕が無いことに気付いた。思わず目が見開かれる程度には驚いているようだ。

 

「・・・その腕とそこの白い球体はどうした?また悪趣味且つ大道芸染みた『個性』の組み合わせでも思い付いたか?」

 

「僕にそう言える人間は君くらいだよオールマイト。そうだ、と言えたら面白そうなのは確かなんだけれどね」

 

 残念ながらそうじゃない。と白い繭状の物体を見やる。宿敵の目の前で隙だらけの様に見える振る舞いだが、この男に限ってはそうならない。事実オールマイトは明確な隙を見つけられず手を出しあぐねていた。

 

「腕はそこで繭になっている子供に喰われたよ」

 

「子供・・・?」

 

「僕と君達が探していた子供さ。尤も今は個性の暴走中だから何が起こるかはその子のみぞ知るって所かな?」

 

「!貴様・・・あの子に何をした!!」

 

 おどけた口調で話すオール・フォー・ワン。対して聞いていたオールマイトの目付きがさらに鋭さを増し、威圧感も跳ね上がる。握っていた拳からはギチギチと音が鳴り、それが何れだけの激情を身に宿しているかが分かろうというもの。

 

 つまり、既にワン・フォー・オールは保護対象であるその子供に『個性』を暴走させる程の何かをしたということの証左に他ならないとオールマイトは判断し、怒りを滲ませているのだ。

 

「ああ、勘違いしているようだから言っておくが、僕はその子にはまだ何もしていない。する前に暴走した、が正しいね」

 

「その言葉を信じるとでも思うか・・・!」

 

「まあ、僕としてはどう受け取ってもらっても構わないけどね。・・・其よりもいいのかい?僕の経験上、あんまり悠長にしてるとその子、君達にとって大変なことになると思うけどなぁ」

 

「何を言ってーー」

 

 オールマイトが続けようとした言葉は途中で中断された。今までゆっくりと地面その他を侵食していた白い繭と地面から、濁流のように白い触手が飛び出してきたからだ。オールマイトは後方へと飛ぶことで回避し、オール・フォー・ワンは身動き一つせずに透明な壁でも作り出したのか触手が勝手に避けた様に見える。

 

 飛び出した触手達が触れた場所からまた侵食されているのか白く染まり出し、染まった部位からまた触手が飛び出すを繰り返している。青々とした森の中が一転して白く染まり、あっという間に彼ら二人の周囲は白い触手に覆われてしまった。

 

「ほう、見えないはずなのに何らかの手段で此方を感知しているのか殆どが僕を狙っている。それに発動した『個性』に対しても効果があるのかな?物理的攻撃に強いこの『防御壁』が喰い破られそうだ。・・・勿体ないことをしてしまったな」

 (本体は既に地面に沈み込む事で反撃から逃れようとしている。一人だったならならどうとでもなるが、オールマイトがいるこの場ではもう捕まえられないな。さっきは暴走とは言ったが、それにしてはやけに行動に知性が感じられる。本当に単純な暴走なのか怪しいものだ)

 

「これが、この子の『個性』・・・」

 

 立ちすくんでいたオールマイトに何本かの触手が向かう。だが、それはオールマイト本人をを狙ったものではなく彼が立っていた場所に向かって伸びてきたため、少し移動するだけでなんなく回避出来た。

 

 反対にオール・フォー・ワンには何百という触手が食らいつかんとばかりに殺到している。正気を失ってしまいそうな光景であるが、それも何かしらの『個性』で防いでいる様だ。しかし、徐々に触手との距離が詰められつつあった。

 

 傍目には切羽詰まっているように見えるこの状況でもオール・フォー・ワンの顔には焦りの色は全くない。冷静に幼児の『個性』を観察する余裕すらある。

 

「・・・そろそろ頃合いか」

 

 暫くこの状況を静観していたオール・フォー・ワンの呟きは小さなものだったがオールマイトの耳には届いていた。同時にオールマイトに背を向け空中に浮かび上がる。逃げようとする敵に対して、それでも触手は諦めてなるものかと高く伸ばすことで追い掛けて攻め立て続けている。

 

「待て、何処に行くつもりだ!」

 

「何って、勿論帰るに決まってるだろう?君と戦うには今の状態はよろしくない。・・・それに、もう僕達の目的は果たせなさそうだ」

 

「これだけの事をしておいて逃がすわけがないだろう・・・!」

 

「その子を放っておいてかい?」

 

 その言葉にオールマイトはぐっ!と呻いた。心情としては片腕を失い、明らかに弱っている怨敵。追い掛けて今度こそ捕まえたい処であった。が、それが出来ない理由がこの場には居た。

 

「ハハハ!守るものが多いのは君にとっては本望だろうがこういう時は難儀だねぇ!」

 

「・・・ハッ!そう言う貴様は子供相手に自分の腕すら守れない様だがな」

 

「・・・そんなこと言って良いのかなぁ?」

 

 オールマイトの意趣返し混じりの挑発にほんの少しピクリと反応したオール・フォー・ワンであるが、直後何か思い付いたのか口角を吊り上げ笑みを作った。

 

 ただの笑みではない、嘲笑が多分に含まれた、見るものを不快にさせるいやらしい笑みだ。嫌な予感がしたオールマイトは冷や汗を流しながらも、男が何をしても対処出来るよう身構えた。

 

 そのままオール・フォー・ワンは空を飛びこの場を離れていく。

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「!っまさか!」

 

 行動の意図に気付いたオールマイトは目を見開いて直ぐ様追い掛けようと飛び出した。

 

 同時にオールマイトが居た場所が白い津波によって飲み込まれる。

 

「貴様っ!この子に・・・この子の『個性』で()()()()()()()()()つもりか!!」

 

「見たところこの子は僕だけを狙っている。だから君はこの場に限り僕を捕まえる事は出来ない!これは僕を感知し続けている限り拡大し、追い掛けてくるだろう。・・・何処までこの子自身が耐えられるのかは知らないがね!」

 

 頑張って町の人達を避難させたまえ、と高笑いを空に響かせながら飛び去っていった。当然、触手も猛烈な勢いで範囲を拡大させながら追い掛ける。オールマイトが初めて見た時は太くても腕位だったのが、この短時間で人間の胴体程に成長している。もし、これが町中に入り込んだらどれだけ凄惨な事になるか想像に固くなかった。

 

「何て事だ・・・!」

(この子の暴走を止められれば最上だが、奴のあの様子とこの状況。恐らく触れるだけでも相当に危険な『個性』!本体である子供が何処に居るのかも分からなくなっている現状では近づくことすら難しい・・・!)

 

 その上、本体と触手が痛覚等も共有していた場合、下手に攻撃するのも危険。矛先が自分だけに向けばまだ良いが最悪両方を標的にされたら町の住人達の救助すらろくに出来なくなってしまうだろう。

 

 業腹だが奴の言う通り先に人々を避難させなければ、と暫しの葛藤の後地面が捲り上がる勢いで走り出した。

 

 子供一人助けられなかった己の無力さ加減に怒りを感じながら。

 

(どうか、この暴走が止まっても無事であってくれ・・・!!)

 

 幼児に対してオールマイトに出来たことは、この事態が終息した後、生命的にも()()()()()()無事である事を願うしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 後に箝口令が敷かれ、表向きには『敵グループによる組織的な大規模テロ』。実際に参加したヒーロー、警察関係者からは■■事件と名付けられたこの事件は、オール・フォー・ワンが態と町を周回するかのようにゆっくりと逃げ回った事で町全体に被害が及んだ。

 

 捕らえたくともその間に迫る触手は生半可な攻撃では止める事は叶わず、より成長を助長させてしまう始末。さらに範囲が拡大する毎により大きく、より速く侵食する白い触手から人々逃がす為にヒーロー達は奔走するしかなかった。一刻も早く立ち去ってくれる事を祈りながら。

 

 やがて満足したのかオール・フォー・ワンが上空から姿を消したのは、町のほぼ全てが白い触手によって呑み込まれた後だった。

 

 最終的に一本一本が小さなビル程の大きさ迄に成長した触手達は追い掛けていたオール・フォー・ワンが姿を消すと、ある一点に向かい収束、縮小していった事で事件は幕を下ろした。

 

 ヒーロー達の活躍もあり、この事件の死傷者及び行方不明者は約■■■名までに抑えられたと記録される。その中には保護対象とされていた白い幼児も()()()()()()()()()()()()。しかし、戸籍等の登録が成されていない人間も多く救助された事から実際の人数はそれ以上ではないかと予想されている。

 

 だが関係者の中でそれを指摘する人間は居ない。

 

 証拠となるものは全て呑み込まれ、町のあった場所は巨大なスプーンでくり貫いたとしか例えようがない巨大なクレーターだけが残されたのだから。

 

 

 

 




??「ムシャムシャしてやった。今は(得た情報を)反芻している」



主人公はユーバーセンス擬きが過剰に働いた事も手伝ってこのような反応になりました。

オールフォーワンが噛ませ犬に近い扱いをしてしまったことに関しては申し訳なく思います。
 
カリスマ性が表現出来ない...


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胎動

文章が安定しないので暫く此方を優先します。

思い付きで書いているので矛盾点が多発しないか不安です。


いつの間にか高評価を頂いていたようで、誠に有り難う御座います。


 様々なコードやモニター、傍目では用途が分からない機器がところ狭しと置かれ、元が広い部屋だったとは思えない少々手狭に感じるとある一室。だが中には数人の白衣を着た人間がモニターの画面に目を凝らし、資料と思わしき紙媒体と見比べていたり、機器を操作したりと忙しそうに動き回っている。

 

 そんな軍事施設か何かを思わせるものものしい部屋の分厚い扉から独特な機械音を響かせ入ってきたのは二人の人物。一人は体に包帯を巻いた巨漢『オールマイト』。もう一人は巨大な注射器を模した杖を付けた、オールマイトとは対照的に小柄な体格をした老婆。

 

「先生、()()()の様子は、どうですか・・・?」

 

 老婆と共にオールマイトは通常のものより遥かに太い点滴スタンドを杖代わりにふらふらと覚束無い足取りで、現在その部屋に居る数人の人間の中から一人の研究者に近寄り声をかけた。

 

「!貴方は・・・あの子は相変わらずです。それよりも御自分の身の心配して下さい。まだリハビリが出来るほど治りきっていないと『リカバリーガール』さんから聞いています」

 

 入ってきた男の以外な正体に気付いて驚きで目を見開き、だが直ぐに冷静さを取り戻した先生と呼ばれた男は、続いて非難を込めた視線を老婆に送る。あなた程の人が何故厳しく止めなかったのですか、とその目は物語っていた。

 

「あたしらも安静にするようにと口を酸っぱくして言ったんだけどねぇ。下手に止めると無理矢理でも此処に来ると言って聞かなかったのさ」

 

 諦らめた様に肩を竦めて言葉を吐いたリカバリーガール。疲れきった声色と表情には、彼女も医師として必死に止めようとしていたのだろうと白衣を着た男にも伝わった

 

 

 事件後、警察やヒーロー達にとっては幸いなことに、逮捕された敵の中にはオール・フォー・ワン子飼いの部下が複数居た。個性も使用した徹底的な尋問によりオール・フォー・ワンの拠点の情報が数多く得られ、そこからこの期を逃してはならぬと判断した警察とヒーロー協会はヒーロー達の中からトップレベルの実力者のみを選出。表向きは敵拠点の摘発として、裏ではオール・フォー・ワンの追跡調査が全国規模で行われた。

 

 しかし、片腕を失い組織的な力を多少落としたとしても長年悪の首魁として君臨した男。拠点を潰しても潰してもそこから新たな拠点の情報が次々と沸いて出てくる。結局、オールマイトがオール・フォー・ワンを追い詰めることができたのは、事件から2ヶ月たった後だった。

 

 ヒーローと敵。二つの勢力で頂点に君臨する者同士の戦いは熾烈を極めた。だが片方は片腕を失い、もう片方は万全の状態。この違いが優劣を分けた結果。オールマイトが勝利し、敗北したオール・フォー・ワンは死亡したとヒーロー・警察側からは判断された。だが、勝ったとはいえオールマイトも無事では無く、重傷を負い病院へと緊急搬送される事になる。

 

 術後、病院のベッドで横になる日々を送っていたオールマイトは、自身の悲願達成の一助になった。しかし、救う事が出来なかった子供の事が気掛かりだった。

 

 オール・フォー・ワンを倒すまでは気が抜けなかった為、罪悪感とともに頭の隅に追いやっていたがベッドの上でじっとしているとどうしても脳裏に浮かんでくる。そこで事情を知る主治医のリカバリーガールに聞いてみると、何と事件から既に数ヵ月も経っているというのに未だに事件当時のままの姿を保ち、何も進展が無いことを知らされ愕然とした。

 

 動けるようにはなったがこれから暫くはリハビリが必要、と診断されていたばかりだった彼は、いてもたってもいられず直ぐに足を引きずりながら、この施設に来ようと動き出した。

 当然周囲はいきなり外に出ようとするオールマイトを必死に止めた。しかし重傷の身であっても元々常識外の膂力を持つこの男を止められる人間はこの国には皆無と言っていい。よってせめてもの妥協案として、この特殊な施設に足を踏み入れることができ、且つ医療知識が豊富で、もしもの時即座に対応できる彼女が付添人に選ばれたのは極自然なことだった。 

 

「こほっ・・・当然です。あの子がこうなってしまったのは私の責任。それにあの子のお陰で奴を仕留められたと言っても、こふっ・・・過言ではありません。私にはあの子を見守る義務がげほっこほっ・・・あります」

 

 苦しそうに咳をしながらも話すことは止めない。未だに立つことすら苦痛を伴うだろう体でこの場所まで来ている事から知ってはいたが、改めてその目に宿る凄まじいまでの正義感と意思の強さに少しの畏怖を覚えて、先生と呼ばれた男はそれを誤魔化すように咳払いを一つ。続いてモニターに視線を戻す。

 

 釣られて二人も部屋に数あるモニターの中で最も大きなモニターを見た。

 

 

 

 映っているのは対象物が見やすいように壁、床、天井に至るまで暗い色で構成された部屋。その中で異彩を放っていたのは、中央に鎮座している白い球体だった。

 

 それは基本的に真っ白で綺麗な球体を維持していた。が、時々脈打つように形が僅かに崩れ、その度に表面にほんの少し別の色のインクを垂らしたような奇妙な模様が浮かび上がっている。

 

 どう見ても生き物の形には見えない。だが一定周期に起こるその動きは呼吸をしている様などこか生物的な印象を与えていた。

 

「・・・この子がこの状態になってから既に3ヶ月。恐らく、蓄えた膨大なエネルギーを生存のために回しているのでしょう。多くの人間の『個性』を診てきましたがこんな事例は初めてです」

 

「今時同じ事例の方が珍しいと言えるけどね。・・・でも、長期間こんな状態になる個性は早々無いのも確かさ」

 

 リカバリーガールは同調するように頷いた。個性柄、医療に関して国内有数である彼女もこの球体について深く関わっている。その彼女ですらこの球体・・・子供には手をこまねいていた。

 

 

 モニターに映っている物体の正体は個性の暴走により、町をまるごと呑み込んだ白い幼児だったものである。

 

 町が触手に呑まれすべて白く染まった後、染まった部位は一点を目指して集まり白い球体を形作った。地面まで深く侵食していたらしく、町があった場所はスプーンでくり貫かれたような半球状のクレーターになり、その中心に球体は転がっていた。

 

 運び込もうにも接触するには危険が伴うのはその場に居合わせた全員が理解している。少数精鋭のため人数は少なかったが、幸いな事に現場には遠隔で対象物を動かすことでの救助を得意とする『個性』持ちのヒーローがいた。彼に運んで貰おうとするのは自然の流れだった。

 

 直ぐに彼は球体を丁寧に浮かせ持ち上げた。あれだけの質量を一点に集めたのだ。最悪質量の関係で持ち上げる事が出来ないのでは、と思われたが不思議と見た目よりも軽い。どうやらそこまでの重量は無いらしい。

 

 後はこの状態を何とかするために医療、若しくは研究機関に運び込むだけ、となったところで事態は難航した。

 何トンもの重量物でも軽々と運び込めるそのヒーローが運ぶことが出来なかったのだ。浮かせることは問題なく出来た。が、動かそうとする途端に彼は目を見開き、球体を凝視する。様子をいぶかしんだオールマイトを含むヒーロー達に声を掛けられても、相当に集中しているのか反応すらしない。表情には冷や汗が流れ、暫くすると落としてしまった。

 

 その後何度も運ぼうと試したが結果は同じだった。唯一多大な集中力を要するが、浮かせた状態で彼ごと移動させることにより運ぶ事が可能だと判明し、最終的に大型のトラックに球体を浮かせた状態の彼を乗せ、この施設に直接運び込まれることとなった。

 

 その後、本人の証言では”やったことはないが、まるで素手で鰻でも掴んでいるような感覚だった。掴んで持ち上げる所まではできても、少しでも動こうとすると途端にすり抜けてしまう。こんなことは初めてだ”とのこと。

 

 

「何せこの子には殆どの検査機器が使えない。機器を接触させると触れた部分から取り込まれる。当然、体組織の採取も出来ない。その上、レントゲンや電波も通さないせいで機械では中の様子は一切わからないときた。出来るのは表面上の観察だけ。ほんと医者泣かせで手がかかる子だよ」

 

「その点に付きましてはこちらの資料があります。リカバリーガール」

 

 よくこの施設まで運び込めたもんだ、と感嘆する様に呟き、職員に勧められるままに備え付けられた机の上にある資料に目を通す。分厚い資料であるがこういったのは慣れているのか、淀みなくパラパラと捲り読み進めていく。後ろではオールマイトが心配そうにその様子を見守っていた。

 

「・・・『サトリ』に『クレボヤンス』・・・成程、機械が使えないなら『個性』による検査か。そうせざるを得ないとは言え、あまりこの件に人を増やしたくはないんだけどねぇ」

 

「我々も本来ならそうしたい所なのですが、この状態では専門とした『個性』持ちの方に頼らざるを得ないのが現状です。現在の多様な個性に対応した様々な機材も、使えなければ無用の長物となってしまうのは此方としても非常に歯痒いのですが・・・」

 

 分厚い資料に含まれていたリスト。その中には戦闘にはあまり向いていないものの、救助者の捜索や諜報活動など事専門分野に至っては第一線を張るヒーロー達の名前が書いてあった。その中にはオールマイトも知る人物も含まれている。

 

「・・・・・・して、リカバリーガール。あの子の様子について何か解ったことは・・・?」     

 

 痺れを切らしたオールマイトが恐る恐るリカバリーガールへ声を掛けた。自分も相当に酷い状態だと言うのにこんな時でも他人の事ばかりなのは相変わらずだね、と思いながらも説明するために口を開く。

 

「結果的に言うとあの子は今、非常に危険な状態にある」

 

 いかな怪我人の救助も行うトップヒーローとは言え、専門的な用語は門外漢な為、素人でもある程度理解しやすいように言葉を噛み砕いた内容だった。

 

「話が変わるけど芋虫が蛹から蝶に成る際、蛹の中でどんな変化が起こっているか、知っているかい?」

 

「・・・確か、一度体を溶かして成虫に成るとテレビで聞いた覚えが――まさか?」

 

 あり得ない。若しくは信じられない。と言う表情を浮かべモニターに視線を移したオールマイトに対して、真剣な顔色の彼女はそのまま話を続けた。

 

「そう、一部の脳神経と臓器を除いてドロドロのコロイドと呼ばれる状態になるまで体が溶ける。知っていたのかは分からないがあんたから聞いたオール・フォー・ワンの繭って言う表現はとても的を射ていたのさ。

 あの球体の中に居るあの子の体は今、脳を除いて何も無かったらしいよ。・・・そんな状態でも生きているのを見たクレボヤンスは、見た瞬間その場で嘔吐してしまったそうさ。無理もないね」

 

 告げられた内容は悲惨の一言に尽きた。

 

 体の一部か全てが液体、気体に成る等不定形な身体機能を持つ個性持ちは珍しいがいない訳ではない。しかし、彼らは得てして生まれた当初から、若しくはそういう個性持ちとして当たり前に生きている。だが、脳以外の全てが不定形と言うのは異常だ。もし、何かの弾みで脳だけが体外に露出、放り出されたとしたらそれだけで死が付き纏うだろう。

 

「個性によって生かされている。と言うことですか。なら、元に戻れる可能性も・・・」

 

 同時に希望も浮かび上がっていた。そういう個性ならば本能的に自ら体を再構成する可能性もある。

 

「無いとは言い切れないよ」

 

 その言葉でオールマイトの顔色が若干良くなったように見える。だが

 

「可能性は確かにある。でもね、それは個性の暴走が無かったらの話さ。考えても見てごらん、町を丸々体内に取り込む程の暴走をしたのは制御訓練もまともに受けていないだろう子供だよ?それほどの大質量、間違いなく影響は大きい筈さ」

 

 ”それこそ人の形に戻れる保証は何処にも無いさね”

 

 続けられた言葉は絶望に叩き落とすのに十分だった。サァ、と血の気が引き、顔が青ざめ体温が一気に低下したとオールマイトは錯覚する。

 

「そんな・・・」

 

 今は生きている。しかし、それが何時まで続くかわからない。人間に戻れるかも分からない。オール・フォー・ワンから助けられなかっただけでなく、人としての人生からも外れてしまうかも知れない。その事実にオールマイトは自身の足元に大穴が開き、落ちていく様な錯覚をした。

 

 今まで救おうとした人の中で取りこぼした人がいなかった訳ではない。それでも『人を救うこと』それに人生を捧げてきたオールマイトにとっては、今まさに救いたい人物を目の前にしながらもどうしようもない状況と言うのは、余りにも辛いものだった。

 

 

 

(全く、トップヒーローになって立派な大人になったと思ったが、こういう一つの事に入れ込みやすい所は相変わらずだね・・・)

 

 落ち込んでいる巨漢を見上げながらもモニターに映る子供をどう助けるべきか考え始めるリカバリーガール。彼にはああは言ったが、戻れる可能性は無いわけではない。そして、幾ら低かろうが可能性を手繰り寄せる為に諦めるつもりなど医師としても、ヒーローとしても毛頭無かった。

 

(さて・・・どうするべきかね?)

 

 長い年月を掛けて溜め込んだ、深く広い知識の海に思考を沈めようとした時、視界の端から誰かが近づいてきたのに気づいた。

 

「――確かに元に戻れる可能性は非常に高いと考えられます。ただ、他にも気になる点が有りまして・・・」

 

 少々強引に話に割って入ったのは研究員の一人だった。この暗い空気に耐えられず話題を変える意味を含めて話しかけたらしい。先生と呼ばれた男もこの空気には思うところがあったのか咎めるようなことはしなかった。

 

「・・・どれだい?」

 

「此方です。ヒーロー『サトリ』さんの検査結果とあの球体の表面を特殊な顕微鏡で拡大して撮った映像なのですが・・・」

 

「これは・・・」

 

 此方をご覧ください、と二つの資料を取り出してリカバリーガールに見比べさせた。片方は心を読むことが出来る個性を持つヒーローサトリの診断結果。もうひとつは球体の拡大した映像だ。ぱっと見ではこの二つは見比べても共通点があるようには見えない。だが、彼女の目にはどんな意味を持つか理解した。神妙な顔つきで資料を眺めている。

 

 サトリの診断結果では心を読むことが出来なかった。まるで、大規模なイベント会場内のごとく『大量のノイズ』が表層部分から聞こえ、まともに読み取ることが出来なかったと言う。

 

 もう一つ。拡大された映像に映っているのは生物の細胞だ。ただし、見た目の特徴からでは今まで確認されたどの生物との細胞とも一致しなかったと報告されている。此方は運び込まれた初期の時点で取られている映像で、機材が取り込まれる瞬間を撮影したものだ。この映像からは各細胞がそれぞれ個別で外部の物質に対して『補食』を行ったことが確認された。

 

「まさか・・・そういうことかい?」

 

「ええ、恐らくは」

 

「確かにそう言うことならば辻褄は合うね。しかし・・・」

 

 真剣な顔で議論を始めたリカバリーガールと研究者達。いつの間にか部屋にいたオールマイトを除いた全員が集まり、資料とにらめっこしながらあーでもないこーでもない等と言い合っている。

 

 落ち込んでいたオールマイトが部屋内の異変に気づいたのは直ぐだった。人だかりを見て、”あれ・・・もしかして私・・・のけ者?”とネガティブに考えてしまったのは、彼がまだ落ち込んでいた名残からだろうか。

 

「あのぅ・・・」

 

「だから・・・!、ああまだ居たのかい。少しは気持ちの整理がついたかい?」

 

「いや、まだ、ですけど。そのぅ、なんのお話をしてるのかな。なんて・・・」

 

「なんだい。煮え切らないねぇ。折角こっちはあの子が助かる可能性が上がるかもしれなーー「本当ですか!!」・・・いってのに急に元気になるんだから現金な子だね」

 

 降って湧いた希望、そうとしか思えない言葉に即座に食い付くオールマイト。ずずいっと近寄った為、身長差も合間って相当な絵面になっている。周りに居た人は一歩引いた。

 

「いや、まだ可能性の段階だよ。・・・・話は変わるけどオールマイト、あの子はああなる前から全身が白かったのは間違いないんだね?」

 

「え、いや。お恥ずかしながら私が発見した時には既にこの状態になっていました。・・・しかし、あの子の情報が出回っていた頃から全身が真っ白であると言う身体的特徴は共通していました。ですので恐らくそうではないかと」

 

「そうかい・・・だとすると、これはもしかするかもしれないね・・・」

 

「リカバリーガール?」

 

「患者でもない人間に希望的観測を言うのは医者としてどうかと思うけど、今のあんたは見てられないからね」

 

 そこからリカバリーガールと研究者達を交えたオールマイトへの説明が行われた。時々専門用語が何度も飛び交い、彼の頭からハテナマークが浮かぶことが何度も有ったが滞りなく進んだ。

 

 彼女等の説明は予々このようなものだった。

 

 

 観察できる表面上のみであるが、あの球体は同一の細胞で構成されている。

 それら全てが有機物、無機物、X線等問わず取り込む器官を持つ。

 機器の出力を幾ら上げても変わら無い事から表面だけに阻まれてるとは考え辛く、もしかしたら内部も同様の細胞で構成されているかもしれない。

 その場合、本人の脳は取り込まれることなく平然としているのが大きな疑問。

 オールマイトの言葉が正しければ、人型の時から似たような状況だった可能性がある。

 意思さえあればどんな生物の心でも読む個性持ちが、大勢の人間の中に居るような感覚を感じとり、表層しか読めなかった。

 そのことから、信じられないが少なくとも表層の細胞の一つ一つに意思、若しくはそれに類似した何かがあるのかもしれない。

 もし、本当に細胞全てに意思が有るのなら、本人だけでなく球体を構成する細胞達が以前の姿を記憶していて、自ら人型へと戻る可能性はありえる。

 

 

 説明を一通り聞いたオールマイトは、叩き込まれた内容をゆっくりと時間を掛けて頭の中で反芻する。正直理解があまりできていなかった部分も勿論あった。しかし、彼にとって今何より欲しいのは結果だ。

 

「・・・・・・つまり?」

 

「以前の人型に戻れるかもしれないってことさ。相当楽観的に見れば、だけどね。やはり、取り込んだ質量が問題。体を再構成するには大量のエネルギーが必要と考えられるけど幾らなんでも過剰なんだ。そこがどうしても取り除けない不安要素さね」

 

「しかし、逆に言えばその取り込んだ分を何かしらの形で放出できればーー」

 

「人に戻れる可能性はぐんと上がるって訳さ」

 

 希望が出てきた。まだか細く頼りないが時間を掛けていけば、手の内様が無い状況からは脱却できそうだった。それを聞いたオールマイトの体に自然と力が入る。冷えていた体に熱が満ち溢れる。

 

(・・・今度こそあの子が救われる!!こうして入られない!)

 

「リカバリーガール!私にも出来ることはーー」

 

「療養だね」

 

 

「・・・・・・え?」

 

 どうやらやる気が空回りしてしまったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

(オールマイト。あんたは気付かないのかい?)

 

 隣で喜び勇んでいるオールマイトを尻目にリカバリーガールは再び資料を眺める。冷静に読み進めるその細い視線は何処か冷たさを帯びていた。

 

(実際の所、コンマ数%にも満たない絶望的な状況てはあるものの、確かにこの子が助かる見込みは出た。でも同時に、またあの町を呑み込んだ、いやそれ以上の規模の暴走が起こる可能性が常に付きまとってるんだよ・・・)

 

 取り込んだ分のエネルギーを生存するために回している。なら、もしそれが足りなくなった場合、どんな行動をこの子供は引き起こすのか。

 

 奇跡的に人型に戻れるなら最善。この子にとっては不運だろうが、人型に戻れず一生を終えたとしても暴走しなければまだマシだろう。最悪なのはこの状態が続いてエネルギーを求め再び暴走を始める事だ。

 

(そうなったらいくらこの施設でも保護し続けることは不可能。上の連中はそれを見越して何処か遠くに隔離して放置する――なんて話もあったけど言わない方が良さそうだね。それと細胞毎に意思が有りそうなことも気掛かり・・・)

 

 本人以外の意思を持つものと体を共有、使役する個性は存在する。だが、ものには限度がある。細胞毎に意思があるのなら億処か兆を越える数の細胞達を今までどうやって制御していた?と言う疑問が残るのだ。

 

(そんな数、本来なら人間に制御できるわけがない。人の形を保つだけでも奇跡ってもんさ)

 

 資料から目を離し、周囲の研究者達の様子を伺う。彼らは真剣にモニターや機器を見ているが何名かは顔色が余り良くない。ここに長く勤めている人間ほどその傾向が強い。彼らは理解しているのだろう。何時襲ってくるのかも分からない災害の目と鼻の先にいることを。

 

(それもこれも今のあの子が寝ているだけなのか、それとも起きていてどうしようもない状況なのか、せめて知れるだけでもある程度解決できるんだけど、脳波測定もできないからねぇ・・・)

 

 前途多難だ。そう心中で一人ごちた。

 

 

 

 その後、オールマイトが病院に戻った際はまた無茶な外出をされたら敵わないと、医師達総出でベッドの上に運び込まれ、常に病室では誰かが監視するという状況が出来上がったが完全な自業自得である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーあるじ・・・マダ、ねテル・・・?

ーーねテル、そと、こわイッテ

 

 球体内部で彼らは主人である子供の周りを取り囲み、次の肉体の再構成を行っていた。とはいっても膨大なエネルギーと情報量のせいで今だきちんとした形には出来ず、今はどの様に作り直した方がより効率が良いのか今まで得られた情報の中から取捨選択している段階だった。

 

ーーあるじ、まもレナカッタ・・・

ーーうごケナカッタ、なぜ?

ーーあるじ、うごケナカッタ、ワレワレ、うごケナカッタ、まもレナカッタ

 

 彼らは危機感に苛まれていた。何もされなくとも本能的に今まで相対した人間がかわいく見えるほどに強大な敵。天敵と出会したかのように動きを止めてしまった自分達の主人。今回は主人の感情を焚き付ける事で逃れることができたが次に出会ったらどうなるか。同じ手を使おうにも今だ眠っていることから主人への負担が大きかった。そう何度も使えないと彼らは判断した。

 

ーーどうスル・・・?

 

 肉体をより強くするだけではまた主が動けなくなったら意味がない。自分達が動かそうとしても肉体の優先権は基本的に主人の物だ。主人自ら委ねられた時か意識がないとき以外は彼らは肉体を操作できなかった。それ事態に不満は一切無い。主人の意識から無理矢理肉体を奪い取るということは、自分達の存在意義を否定すると動議だからだ。

 

 だがこのままでは主人を守れない、それが彼らには耐えられなかった。ならばどうするか。

 

ーーアイツ、にげタ、ワレワレ、はなレタ

ーーワレワレ、はなレル、あるじ、まもル

 

『主人の肉体は使えない。なら自分達が自由に使える肉体を作れば良い』

 

 彼らがその考えに行き着いたのはオール・フォー・ワンに接触され、何かをされそうになった時だ。一部の彼らは自らを主人と切り離し手のひらに付着することで奴の片腕を喰らう事に成功した。本来なら相手の肉体まるごと食いきるつもりだったが。

 

 それ以前に主人を襲う人間達は傷を負うなどで仲間の動きが鈍くなると無事な者が庇うように前に出て戦っていた。あの時は何を無駄なことをしている、と考えていたものだが成程、自分達に置き換えると主人を守るにはこの手以外に無いだろうと彼らの中で結論が出た。

 

ーーはなレタクナイ・・・

ーーあるじ、まもレナイ・・・こんどコソ、まもル

 

 この結論に抵抗を示す細胞達もいた。寧ろそちらの方が多かったかもしれない。彼らにとって主人と一緒にいることは当然の事でそれが本能でもあったからだ。だが主人の肉体を強くするだけでは現状では不足と言うことも理解している。やがて全員が納得するようになった。

 

ーー・・・・・・わカッタ

 

 今のままではまだ足りない。主人自身がただ強いだけでは大きな脅威に対抗するには意味がない事を彼らは学んだ。主人を守るには外からも守れる強いモノが必要だと。

 

ーーあるじ、マモル

ーーまもル

 

 

 

ーー『守る』

 

 球体が大きく脈動した。

 

 この時、外の人間達はその現象を観測したがその理由、意味を知ることが出来た者は誰もいなかった。




オールフォーワンの片腕をもぎ取った結果。現時点のオールマイトは大怪我を負ったものの、原作よりも軽くなりました。



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再誕

チラシの裏に書いているのに高評価、お気に入り登録等して頂けてとても嬉しいです。まだ構想はあるのでゆっくりですが此方を書いていきます。

唯、ストーリーが進むのが遅くて申し訳ないです


 何も見えない、何も聴こえない、その他の感覚も殆ど感じない。何処か懐かしいふわふわとした心地よい浮遊感だけがある世界。何時までもこうしていたいと外界から切り離された静寂の中、幼児は微睡んでいた。

 

世界が怖い

 

 今は感じないだけで、起きたらあの恐ろしい存在が目の前に居るのではないか?

 あれよりもっと恐ろしい存在がこの世界には多くいるのではないか?

 

 意識が浮上しかかっては頭の片隅で想像してしまい、その度に恐怖から起きることを本能的に拒否してきた。

 

他にどんな恐ろしいものがあるのか分からない未知の世界が怖い

 

 あれから彼等は何も語りかけてこない。最初の内は頻繁に何かを伝えようとしていたようだが、しばらくしてからは黙ったままだ。何かをしているらしいということは何となく察したが、どうでもいい。そんなことに意識を割いて目を覚ましてしまう恐怖の方が自分にとっては重要だった。

 

 知らないことだらけの外よりも、自分だけしか居ない安全な世界に今日も浸り続ける。

 

 

 

 

 

 

「ここまで変化が見られないと退屈だな。せめて少しでも内部の様子が見れればやりようが有るんだがなぁ・・・」

 

 モニターをチラリと眺め、別の端末に向かい観察レポートをまとめている研究員の一人が呟いた。言葉通り退屈そうに欠伸を堪えつつ、眠気覚ましに淹れていたコーヒーに口を付ける。作業しながら飲んでいたそれはすっかり冷めきっていた。

 

「仕方ありませんよ。機器での検査は表面上のみの観察に留まっている上、肝心の内部を個性で調べようにも彼等はヒーロー。それも引く手数多な探査に優れた個性持ちですからそう長くここに留める事は出来ません。時折来てくれるだけでも有り難いことです」

 

「特にクレボヤンスなんて吐くほどの精神的ショックを受けたのに今も来てくれるからな。流石はヒーローと言ったところか。俺たちだけではどうしようもなく、誰かに頼りたくとも他の人間には簡単にはこの施設に立ち入らせることが出来ない。彼等には頭が上がらんほど感謝している。だが・・・・」

 

 部屋内をぐるりと見渡す。時刻は深夜、研究所内の人間は昼間よりも多少は少なくなっている。それでも一定数の研究者達が作業をしていた。機器の操作、データの解析に資料の整理と手際よく黙々と仕事をこなしている彼等。だが、どこか間延びした雰囲気が漂っていた。

 

「この状況は良くない。それは私達も重々理解しています。しかしだからこそ気を張らないといけません。何時、どんな変化が起こるか分からないのですから」

 

「・・・そうだったな」

 

 生真面目な後輩の研究員の言葉に彼の緩んでいた雰囲気が少し引き締る。目の前にいる男は、普段は真面目が過ぎて頭が固くなる嫌いがあったがこういう時はその真面目さが気持ち的に頼もしくなるのだな、と密かに感心した。

 

(・・・だが収容されてから容態が変わらないまま。ただ観察してその内容を資料にまとめる。それをもう何ヵ月も繰り返した。態々協力してくれたリカバリーガールが考案した実験も芳しくない。大半の同僚はほぼ諦め、情けないことに俺自身もそうなり掛けている。・・・一体どうすれば良いんだ)

 

 

 彼等が居るこの施設は周囲に被害を及ぼすほどに強力な個性を持ってしまい、社会に溶け込むのが困難だと判断された者が送り込まれる施設。ここに来るものの中には個性の暴走で家族を失うケースも多く、そんな彼等に極秘利に個性の解析と制御訓練を行い、社会に復帰させるのである。復帰する際、暴走以前の事を知られると生活に支障を来す場合もある為、名前や住所の変更も視野に入れられる。

 

 様々な個性が混ざり合い、複雑化、深化していくこの時代。社会に適応出来なくなる者が増え始めている。それをどうにかしようと考えた末に作られたのがこのシステムと施設だ。

 

 秘匿性の高さからヒーローの様に表社会には出ることは無く、知られることも無い為周りからは称賛されないが、ここに勤めている彼等は今まで何人もの人々の人生そのものを救ってきたという自負があった。助けた彼等から受ける感謝の深さはヒーローにも負けないと思っている。

 

 そんな彼等でも今回ばかりは匙を投げたくなるほどに頭を悩ませている。

 

 解決するための目標が定められたところまでは良かった。だが、そこから全く進められなかったのだ。

 

 外的刺激を与えて取り込む以外の反応の仕方を見る事で解決策を導き出そうと試みた。衝撃、光の明暗等の一定の負荷を与える。あえて様々な物質を取り込ませる。果ては個性も使って物理的、科学的な実験を数多く行った。

 

 結果は芳しくなかった。物理的な刺激では何も反応されずびくともしない。与えることを許されたどんな物質も表面の細胞に取り込まれる以外反応されることはなかった。もっと強力な刺激を与えるべきかとの話も上がったが、生命活動に危険が及ぶ刺激は下手をするとまた暴走される可能性もあると判断され取り止めになった。

 

 現在は中々妙案が浮かばず惰性的に観察を続ける日々。見た目、機器から送られるデータも過去のものと比べると僅かであるが変動しているが誤差の範囲と言ってしまえばそれで済んでしまう結果ばかり。

 

 白い球体が収容された日から既に『半年』が経過していた。

 

 

 

 

「・・・ん?」

 

「どうした?」

 

「いや、今画面の端に何かが映ったような・・・モニターずらします。・・・・・・!!」

 

「何だこれは・・・おい!全員こっちに来てくれ!」

 

 最初に気付いたのは球体の表面を拡大しているモニターを観察していた一人の研究員だった。

 

 モニターの端に違和感を感じた。直ぐ様手元の操作盤に手を這わし、モニターを操作して気になった場所が中心になる様カメラを移動させる。違和感のある部位はそれほど大きく無いためそれだけでは不十分だと判断しカメラの倍率を徐々に上げていく。やがて違和感の正体が鮮明に映り混んでいくにつれ、研究員の眠たげだった目が開かれていった。隣にいた研究員が映像に映る異常に気付き、慌てて室内にいた全員を呼び集める。

 

 集まった頃には誰の目にも確認できるほどに拡大された『それ』を見た全員がざわついた。

 

 

 映っているのは全体的に白い表面によく映えている小さな模様。何時もであればゆっくりと浮かんでは消えていくだけのそれが小さく脈動する様に揺れ動いたかと思えば大きく歪み出す。まるで内部で何かが蠢いているように。

 

 同時にポコ・・・ポコ・・・と、形が歪み出す。小さなおできの様ものが表層から突き出しては引っ込んで元に戻る。今まで外的要因以外では全く形を変えることがなかったのに、だ。

 

 現在は一部分だけで起こっているが、急速にその変化はより大きく、拡大を始めている。この調子でいけば数時間もしない内に球体全体に広がることだろうと見ていた研究員達は予測した。

 

 

「全員持ち場に戻れ!この異変の箇所を一時的にA点と呼称する。他の計器でも異変が起こっていないか確認しろ!後、リカバリーガールに急ぎ連絡を」

 

 その台詞を切っ掛けに散り散りに別れ、室内が慌ただしくなった。計器の操作を担当していた者は急いで問題の箇所に焦点を当てて計測。それ以外の者は得られたデータの整理等の補助にまわる。

 

 ここに運び込まれてからほぼ初めて観測された変化らしい変化。だが、喜んでいる暇など無い。この異変を少しでも多く記録し次に備えるのが自分達の仕事だと、今まで蔓延していた空気が嘘のように張り詰めていた。

 

 暫く機材の操作音と怒号に近い報告の声が響く。

 

「・・・表面温度。A点を中心として急速に上昇しています!」

 

「A点、既に表面積の半分近くにまで広がっています。変化、拡大の速度が予想よりも遥かに速い、速すぎる。主任これはまさか・・・!」

 

 モニターを観測していた研究員が何やら焦るようにこの研究室の責任者である男に問いかける。声には他に恐れの色が多分に含まれていた。

 

 問い掛けた内容を聞いていた研究員達の間に先程までにあったものとは別種の緊張が走る。彼はこれが『暴走』の前兆なのなのではないかという意味で言っていた事に気付いたからだ。

 

 有機物、無機物問わず広範囲を喰い尽くす。今まで与えてきたどんな物質も例外にはならなかった。それは『この施設にある全ての構造物』もまた同様だった。唯一床に接触している部位はある程度めり込む程度で済んでいるが、そんなもの今この状況では何の慰めにもならないだろう。

 

 それに、もしこれが本当に暴走なのだとしたら止める術が無い。あの球体がある部屋は彼等が今居るこの施設から離れた場所に隔離されているが以前の暴走の規模を考えると心もとない。

 

「・・・総員避難準備を。仮に暴走だとしてもここに到達するにはそれなりに時間が掛かる距離だ。機器を自動化させて、ギリギリまでデータの移転と観測は続けーー

 

 突如、モニターが全て黒く染まった。彼等がいくら操作してもモニターは沈黙を保つばかり。「故障・・・じゃあないよな?」「まさか・・・」と騒ぎ始める彼等の中、観測していた者達が数名モニターので固まっていた。いや、凍りついていたといった方が正しいか。その中には最初に異変に気付いた研究者も含まれている。

 

 様子からして何かがあったのは明白。「何があった?」と主任が一人に声を掛けた。

 

「一瞬・・・画面一杯が白く染まって画面が暗く・・・間違いありません・・・『暴走』です」

 

 震える声で何とか言葉にした数瞬後、彼等は死に物狂いで外へ続く扉目指して走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

(・・・・・・)

 

 あれからどれ程経ったのだろうか。

 

 なんとなく相当な時間が経過している気がするが、そんなことはどうでも良い。それよりも、また意識が浮上しかかっている。眠り直さなくては。

 

(・・・・・・・・?)

 

 もう何度目かも分からない回数意識を沈めたのだ。最早条件反射の域で再び眠りにつこうとした時、ようやく眠っていた間ずっと起き続けていた自身の異変に初めて気が付いた。

 

(!・・・!?)

 

 体が熱い。痛みを伴うほどに熱い。反射的に身じろぎしようとしたが何かが体の回りを覆っているのか手足を伸ばしてもゴムみたいに伸びて簡単には引き剥がせない。さらに呼吸が上手くできず、息苦しさを感じることに遅ればせながら気が付いた。

 

 眠っていた間感じないことが当たり前すぎて分からなかったが、今まで全く無かった感覚が急に感じ取れるようになって幼児はパニックに陥っていた。

 

(・・・・・!!っ)

 

 だが気付いたなら話は簡単だ。力一杯抵抗して無理矢理にでも引っ剥がしてしまえばいいだけのこと。直ぐ様幼児は手足を無茶苦茶に動かして暴れだした。動かす感覚にまで違和感があったがこの状況では気にして入られない。

 

 二度の抵抗があったが、無事まとわりついていたモノが振りほどけた解放感と何か硬質な物体がひしゃげるような不快な音と共に視界が拓けた。大きな音と眩しい光で身がすくみ、怯えながらも時間を掛け少しずつ目を開いていく。

 

 

 視界に写ったのは今まで見たことがない風景だった。

 

 四方が黒く平らな壁に囲まれた奇妙な場所。何時もであれば上を見上げれば必ず見えた青い天井も今は黒い壁に覆われている。天井の中心には小さな物体が光っていた。

 

 目の前を見てみれば四角、円筒形様々な形をしたこれまた珍妙な物体が山となり、細長い何かが繋がっている。

 

 それらの中心に鎮座しているのは、白く巨大な塊。首の無い大きな胴体、力強さを感じさせる太く長い腕、それしか持たない中途半端な人型をした生物らしきナニカ。それが今現在山となっている物体群を押し潰している事から、どうやら音の原因はコレらしい。

 

「・・・」

 

 のそり、と上半身だけの巨人が身を起こす。胴体の上部にのっぺりとした顔についていた目が此方に向いた。の大きな腕で妙な形をした物体を潰しつつ、こちらへ這い寄ってきた。

 

「・・・」

 

 一歩踏みしめる毎に微かな振動が伝わってくる。本来であれば直ぐにでも逃げ出すところであるが、害意も感じない上に不思議とそんな気持ちにならなかった。寧ろ安心感すらあった。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 やがて巨人は幼児の眼前にまで迫ったところで歩みを止める。しばしお互い無言で見つめ合い、先に痺れを切らした幼児が恐る恐る手を伸ばし、巨人の腕に触れた。

 

ーーあるじ・・・ヤットおキタ

ーーデモ、チョウドよカッタ

 

「!?」

 

 触れた瞬間、覚えのある周囲が遅くなる感覚と共に暫く聞いていなかった同居人達の声が頭に響く。正体に気が付いた幼児は、何故自分の体の外に彼等がいるのか、その体は一体なんなのか、とビックリして思わず後ろへ仰け反った。

 

 トン

 

 今度は背中にナニカがぶつかった。同時に周囲が遅延。先程味わったばかりの感覚をいきなり二連続で体験したことで幼児の混乱は加速する。

 

ーーあるじ、こんどコソ、まもル

ーーダカラ、はなレタラ、だめ

 

「~~~!!」

 

 また声が聞こえて慌てて後ろを振り返る。幼児にとっては目が覚めて直ぐに、訳の分からない場所での想像もしていなかった事態の連続で、頭の中は一杯一杯だ。

 

 後ろにいたのはこれまた自分より大きな巨人。同じくのっぺりとした顔をしているが、先程のとは違いきちんと五体があり、それほど力強さは感じない。どちらかと言えば細長い手足が合間って、柔軟性がありそうなスラリとした細身をしている。それが四つん這いの格好で此方を見つめていた。巨人の後ろの壁は無惨に崩れ、茶色の土が露出している。

 

 二体の巨人はゆっくりと此方にじり寄って来る。正体が判明して何も問題無いのを頭では理解はしていても、どちらも自分と比べて二倍近い巨大さを持つ故に威圧感が大きいせいで思わず尻餅を付いた体勢で後ずさりしてしまう。それを見た二体は動きを止め、此方を見るだけに止まった。

 

 どうやら気持ちが落ち着くまで待ってくれているらしい。その事を理解した幼児は少しの時間を置き、今度は自ら近づき二体同時に手を触れた。

 

 

 

 

 

 刹那に近い時間で情報を彼等から貰い、得た話を要約すると

 

 あの恐ろしい敵を無事に追い出す事は出来た。しかし、仕留めるには至らず、また襲ってくるかもしれない。

 

 その時に備え、自分が眠っている間に体をより強く造り変えていた。

 

 同時に体の中からだけではなく、いざという時のために外からも守れる存在が必要だと判断し、その為に用意したのがこの二体の巨人である。

 

 今まで外側の防御を担当していた細胞達を除き、体を造り変える事に集中していたため、今現在何故ここにいるのか、何処なのかはまるで分からない。

 

 というものだった。

 

 

「・・・」

 

『恐ろしい敵』

 

 ただ近寄られるだけで動けなくなるあの存在の事を今更ながら思い出して体が震える。またあれに襲われると考えるだけでどうしようもない不安に駆られた。自分の体を抱きすくめて踞り、ぎゅっと強く目をつむる。

 

ーーだいじょうぶ

ーーつぎ、アイツ、ワレワレ、しとメル

ーー『・・・ほんと?』

ーーほんとう

ーーあるじ、ぜったい、まもル

 

 二体は幼児を包み込むように抱き締めた。慰める意図等無く、ただ主人を守る意思表示を行動という形で証明しただけなのは幼児にも分かっている。だが、今まで一人だった自分以外に守ってくれる存在がいる。それを実感出来て、幼児は大きな安心感で満たされ胸が暖かくなった。

 

 そのままの体勢で彼等と現状把握の為、しばらく情報のやり取りを再び行った。本当ならば二体がこの場所の確認をするつもりだったのだが、不安で離れてほしくない幼児がいやいやと拒否したので仕方なくこうしていた。

 

ーーあるじ、おキタ。あばレタ、ワレワレふきとンダ

ーーおどろイタ。なんデ?

ーー『ごめんなさい・・・』

 

 起きた時、二体があんな位置に居たのは自分が最初に暴れたせいだったらしい。同じ体を共有する者を攻撃してしまった事実は自分自身を攻撃したことと同義であり、幼児はとても居たたまれない気分になった。生まれて初めて罪悪感を感じた瞬間だった。

 

 

 改めて自分の体を見下ろしてみる。

 

 起きてから今まで座り込んでいたこともあり気が付かなかったが、確かに座っているのにいつもより視線が高い気がする。手足も記憶している限りこんなに長く、大きくはなかった。

 

 だが、見た目ではそのくらいしか判断できなかった。体の色も真っ白のままであるし、特に体の形が変わった様子も見受けられない。皮膚の感触も記憶にあるままで、これで本当に強くなったのかいまいち実感が持てなかった。

 

ーーつよクナッテル

ーーあるじ、まえヨリつよイ

 

 それでも、彼等がそう言うのなら本当に強くなっているのだろう。これから確かめていけばいいだけだと今は納得することにした。

 

 それよりも

 

「おなか、すいた」

 

 安心したら空腹に襲われた。

 

 抱きついている二体の隙間から外の様子を伺う。すると、二体の内の片割れが潰していた瓦礫の山が目に入った。

 

 

 

 

「・・・あれからしばらく経ったが何も起こらず、か」

 

 彼等は数キロ離れた高台にある、あるものを見下ろしていた。鬱蒼と繁った森の中にポツン、と背の高い木の中に隠れてしまいそうな程に目立たない建物。地味な見た目とは裏腹に地下には大病院がすっぽり埋まるという規格外な建築物、そこが彼等が所属している場所である。

 

 正確にはそこから程なく離れた所にある白い球体が安置してあるであろう地下施設なのだが、ここからでは木々が邪魔になって見えない。

 

 

 個性の暴走による大規模な人災が起こると予測され、研究施設を命からがら脱出した研究者一行。モニターが切断された後に二度、建物全域を揺るがすほどに響いた衝撃と衝突音が危機感を煽り、彼等を大いに焦らせた。衝撃は相当なもので、何人かはバランスを崩して転ぶ者さえいた。

 

(施設全体に衝撃が届くとはなんというパワーだ。この施設はあの『タルタロス』同様の構造で造られているんだぞ)

 

 『特殊刑務所タルタロス』

 

 超人社会と呼ばれる現在。個性が無い時代とは違い、犯罪者となったものの多くが生まれ持った個性を使って暴れるケースが殆どである。その為万が一にも脱獄される事が無いよう、収容所には多くの資金と技術が注ぎ込まれていた。

 その中でも『特殊刑務所タルタロス』は凶悪且つ強力な個性持ちが多く収容されることから、それ等に耐えられるよう設計され、その耐久性は他の収容所の比ではない。耐震、対衝撃等はその最たるもので、特に焦点を当てた最新の設計構造と特殊素材を使用している。

 

(それを揺らす程の衝撃だと?オールマイト程のパワーには到底耐えられんが、そこらにいる増強型では衝撃は壁に吸収され、罅どころか微動だにしない筈だ。しかもその元凶が僅か五歳の子供だとは・・・)

 

 未だに信じられん、そう心の中で一人ごちた研究所の主任。幼くともこれ程の個性だ。成長したら何処まで伸びていくのだろうか考えるだけでも恐ろしい。

 

「余りにも静かすぎます。主任、今更ですがあれは本当に暴走だったのでしょうか?」

 

「分からん。もしかしたら暴走ではなかったのかもしれない。だが、この場所の安全が確認できるまでは我々は此処を動けんからな。大人しく協会から派遣されるヒーローの到着を待つ他あるまい」

 

 隣で同じく暗視スコープ越しで同じく観察している部下がこちらに言葉を投げ掛ける。彼の疑問に主任は首を振って返答した。何せ暴走だったのなら報告されていた内容通りに此処等一帯は白一色に染まっていただろうからだ。

 

「間もなくヒーローが到着するとのことです!」

 

 車内で連絡を待っていた研究員の一人が声を上げ、それを聞いた全員から歓声が上がる。助かった、と張り詰めていた緊張感が弛緩した。

 

「やっとか。これでこの恐ろしい状況から解放される・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「保護対象の居る部屋はここで間違いないんですか?オールマイト」

 

「間違いない。ここがあの子が居る部屋だ」

 

 ヒーロー協会に派遣されたヒーロー達は研究員達に話を聞き、直ぐ様現場に赴いた。その中には特徴的な髪型をした巨漢と背丈の低い老婆の姿もあった。

 

「しかし・・・ここに来るまで特にあの子が暴走したらしき痕跡が無かったが、本当に暴走なのだろうか?」

 

「あるとしたら精々、衝撃で出来たであろう亀裂くらいかね。それよりもあんた、まだ本調子じゃないんだから今回はあんまり無茶するんじゃないよ」

 

「分かっています。あくまで目的は保護。そうそう無茶をする場面なんて起こりませんよ。・・・それよりもあの子の容態が心配です」

 

「そうだねぇ・・・」

 

 オールマイトとリカバリーガール、周囲には悟られないように努めてはいるが二人の表情はどこか暗かった。暴走であるにしてもそうでないにしろ子供の身に何かが有ったのは確実。リカバリーガールは何とか人の姿に戻れるよう様々な試みをしてみたがろくな結果を出せず、それ処かその手掛かりすら得られなかったのだ。そんな中でこの事態だ。子供が無事であるととてもではないが楽観視出来るものではなかった。

 

 

 本施設から離れた小さな小屋。見た目に反して何ともものものしい扉から入り、地下を暫く降りた先にある部屋。外にある扉よりも遥かに大きく、ゴツい扉がこの先に居る人物の危険性を訴えている。

 

 その扉が今は中から巨大な物体がぶつかったのか大きく歪んでいた。壊れるまではいっていないのは幸いと行った所か。しかし、そのせいで通常の手段では開けられなくなってしまっている。

 

 だが、この場に居るのは態々協会が選別した選りすぐりのヒーロー達。程なくして扉は開かれた。

 

 

 

「・・・・・・」

 

 見分けやすいよう塗装された黒い壁に囲まれた場所。その部屋の主は簡単に見つけられた。

 

 白い大きな何かに包まれ中心にいる、これまた白い小さな子供。何かの機械類を食べているのか頬を膨らませ、口の端からケーブルらしきものをはみ出した状態で固まり、金色の眼で此方をじっと見ている。

 

「この子が・・・」

 

「聞いていた特徴と一致する。間違いない」

 

「迂闊に接触するなよ。触れたら体が侵食されると報告にある。慎重に保護するんだ」

 

 開いた扉の前でヒーロー達は個性が暴走していた訳では無いと安堵の息を吐いていた。場合によっては命がけの事態になる可能性もあったのだ。

 

「まさかあの状態から無事に人に戻れるとは、人体の神秘はやはり医学ではまだ測れないもんだね・・・」

 

「ええ・・・本当に、良かったです・・・」

 

 周りのヒーロー達と違い、オールマイトとリカバリーガールは人の形をしてここに居る子供に感動で打ち震えていた。オールマイトは涙をこらえてさえいる。

 特にリカバリーガールはなまじ膨大な医療知識を持っていた。だからこそ、あの状態から人として生きられることがどれ程絶望的だったかを誰よりも理解していた。それこそ、覆した目の前の子供に敬意を抱くほどに。

 

 しかし、じっとばかりしてられない。ヒーロー達は警戒させないよう笑顔を浮かべながらこっちにおいでと手招きや声を掛けてみるも、言葉を理解していないのか此方を見ているばかりで反応を示さない。

 この時彼だけが気付いた。オールマイトの目には子供が戸惑っている様にも見えたことを。まるで何をしていいのか分からない、といった風に。

 

 

 誰よりも人を救う事に人生を費やして来た経験によるものか。見た瞬間、彼は自分が取るべき行動を直感で理解した。

 

 

 

 

 事実、子供は困惑していた。

 

 突然現れたことにもだが、それ以上に今まで生きてきた中で悪意、敵意、恐怖以外の感情を向けられたことの無い子供は彼等から向けられる感じたことの無い視線に動揺していた。

 自分を害そうとしていないのは何となく分かる。しかしその視線が、動作がどんな意味を持つのかが全く分からない。何故自分にそれが向けられているのかも理解できない。

 相手からの視線で自分が恐怖しない。それが逆に怖かった。

 

 どうしたらいい?と子供が考えていた所、彼等の中から一人大きな生物が自分に近づいてきた。自然と警戒して自分を包んでいる二体の巨人の中に身を隠そうとする。

 

「怖がらなくても大丈夫。何故かって、私が来た!」

 

 突然大声で叫ばれてビクッ!と震わせた。慌てて巨人達に全身を隠して貰う。

 

「オールマイト、あんた怖がらせてどうするんだい!」

 

「す、すみません、嬉しくてつい・・・。君もどうか怖がらないで・・・」

 

 後ろにいた小さな生物に怒られ、身をすくませた大きな生物は今度は申し訳なさそうに自分を見る。隙間から覗き見ると大きな体が若干萎んだ様に見えた気がした。

 

「先ずは自己紹介からだね。私はオールマイト、ヒーローだ。後、口にあるそれは食べちゃダメだよ」

 

「おー・・・るま・・・いと・・・?ひー・・・ろー?」

 

「!その反応。やはり言葉が・・・」

 

 何故だろうか。自分が声を出したら大きな生物の視線の種類が変わった。目尻とつり上がった口元が少し下がっている。声を出してはいけなかったのだろうか?

 

 すると今度は手を自分に差し出してきた。何かされると思い、反射的に後ろに後退する。同時、二体の内の五体がある巨人が、敵と判断した大きな生物に向かって長い腕を振るった。

 

「がっ!!っ」

 

 そのまま壁まで吹き飛んだ。自分と巨人が同時に後退しながら行った行動だったため威力が弱まり、壁を破壊するまではいかなかった。ビダン!!と水っぽいものを固いものに打ち付けた生々しい音が響く。

 

「オールマイト!!」

 

「あの子供にまとわりついているのは個性の一部か!」

 

 今度は自分を見ていた集団から慣れた視線が混ざり始めた。浴び慣れた視線の一つ、敵意だった。

 

(わからないより、わかるほうがいい)

 

 何をされるのか分からない状態で理解できない視線に晒されるくらいなら、分かりやすいこちらの方が寧ろ都合が良い。何せ相手を動かなくしてしまえばそれで良いのだから。

 

「待て!!」

 

 一触即発、そんな状況になろうとしたところでさっき聞いた声が響いた。今までの敵なら倒せていた一撃なのにまだ動けるのか、と警戒心を露に大きな生物に向き直る。

 

「げほっ、・・・この子に敵意を向けるな!この子は敵じゃない!!」

 

 男は腕をクロスさせた状態で立っていた。口元からは赤い色の液体が流れ出している。あの液体には覚えがある。あれが出ているのであれば同じことを繰り返せば何れ動けなくすることが出来ていたと記憶している。

 

「しかし・・・!」

 

「いいから手を出すな!!私がどうにかする!」

 

 大きな生物が自分に近づきつつ何かを後ろに向かって叫んだ。直後、集団からの自分に対する敵意が弱まった。相変わらず大きな生物からは理解できない視線が向けられている。一連の出来事から後ろにいる者達よりも統率した目の前の生物の方が遥かに驚異だと自分も二体も判断した。

 

「大丈夫。私は敵じゃーー

 

 今度は上半身だけの巨人が吹き飛ばす。壁から蜘蛛の巣状の亀裂が広がった。それでも大きな生物の視線は変わらずまた近づいてくる。

 

「大丈――

 

(なんなの?)

 

 五体がある巨人が吹き飛ばす。壁から破片がバラバラと大きな生物に降りかかる。また近づいてくる。

 

(ちかづいて、なにをする?)

 

「だ――

 

 上半身だけの巨人が吹き飛ばす。大きな生物は近づいてくる。

 

(そのめは、なに?)

 

 五体の巨人が吹き飛ばす。近づいてくる。

 

(やめて)

 

 上半身の巨人が吹き飛ばす。近づいてくる。

 

(わからないの、こわい)

 

 吹き飛ばす。近づいてくる

 

 吹き飛ばす。近づいてくる

 

 吹き飛ばす。近づいてくる

 

 ・・・・・・・

 

 

 

 どれ程時間が経ったのか、分からない。もう何回も吹き飛ばされているのに近づいてくる。それでも、自分を見る眼も顔も何も変わらず理解出来ないもののまま。

 

 大きな生物の体は染まってない場所が無いのではと思うほど赤くなっている。口からは今も止まることなく液体を出しているし、後ろにある壁なんて体と同じくらい真っ赤だ。

 

 二体の巨人はすっかり動きが遅くなっている。そういえばこの集団が来る前に彼等は、何か食べないとあまり動けない、と言っていた。離れて欲しくないからとそのままにしていた自分のせいだ。

 

「大丈夫・・・」

 

 二体に気を取られていたせいか、いつの間にか大きな生物はもう自分の目の前に来ている。二体は間に合わない。辿り着く前に男が何かする方が早いだろう。

 

「・・・・・・ぁ」

 

 手を頭の上に伸ばしてくる。その光景に自分が眠る前に対峙した、あの恐ろしい敵の事を思い出した。感じる気配はまるで違うが、目に見える状況が余りにも似ていた。

 

「ぁ・・・ぁぁああああアアアアア!!!!」

 

「ぐぶっ――!」

 

「オールマイト!!!」

 

 無我夢中だった。どうすればこの理解できないモノを排除出来るか、それしか考えられなかった。いつの間にか自分の体と同じくらいの大きさの鋭い物体が右手から現れ、それを突き刺すように大きな生物の体の中心に向かって飛び出していた。

 

 ぞぶり、と気色の悪い音と共に右手ごと腹を貫通した。

 

 はたはたと口から自分の頭に赤い液体が降り掛かり、右腕からも大量に伝って体を赤く染める。”今度こそ大丈夫だ”、”これでもう動かなくなる”と何となく確信し、頭を上げた。

 

 

 大きな生物は変わらない目で自分を見ていた。

 

 再び頭の上に手を伸ばされる。これ以上はもう手が無い。有ったとしても焦りと混乱の最中では思い浮かばない。

 あの時の様に出来ないのかと思っても、あの何かがカチリと嵌まる感覚が全く無く、頭の中がかき混ぜられた様にぐちゃぐちゃになった気分で、まるで出来る気がしない。

 もう、目を瞑り大きな生物から何かされるのを待つしか無い状態だった。

 

(こわいのもうやだ・・・!)

 

 

 

 ぽんっーー

 

「・・・・・・ぁ?」

 

「怖かっただろう・・・」

 

 自分は今何をされているのだろうか?

 

 大きな生物の手が自分の頭に乗せられ、その手を左右に動かしている。

 

 ただそれだけ、それだけだった。

 

「・・・ぇ?」

 

「大丈夫・・・もう・・・大丈夫だ」

 

 今度は両腕で体を優しく包まれた。高い体温がじんわりと伝わってくる。赤い液体が自分の体に付着するが今は気にならなかった。

 

(あったかい・・・)

 

 何故だろうか。伝わってくる暖かさとは別に、体の奥深くからもよく分からない何かで満たされたように感じる。二体の同居人達に包まれた時とはまた違う暖かさ。改めて大きな生物の顔を見上げてみれば自分に向けられる眼、それが今伝わってくる暖かさと同じであることにやっと気付いた。

 

「何故かって?」

 

(あれ・・・?なんか、くらく・・・)

 

 自分の中で張っていた何かが切れた様に体の感覚が消え、視界が朧気になっていく。敵が目前にいる筈なのに不思議と怖くなかった。

 

「私が――

 

 大きな生物が何か口を動かしていたが、意識が途絶えた事で最後までその台詞を聞くことは無かった。

 

 




主人公が視線でヒーロー達の善意を感じ取ったのは、前回紹介した『ユーバーセンス』擬きが今回の件で少し発展したからです。但し、感じ取れるようになっただけで他に追加効果は有りません。

それと主人公と同じく登場した二体の異形はタグにある通りアルダノーヴァっぽいモノになります。
 今は辛うじて人形だと分かるだけで時が経つにつれ徐々にアルダノーヴァに近づいていく、という設定です。


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仲直り

キャラの口調がこれであってるのか分からないです。
そして良いタイトル名が思い付かない・・・。他の作者様方は良く思い付きますね・・・。


後、前回でアルダノーヴァっぽいのがでましたが、まだシルエットで人型と分かる程度。時間が経つにつれ原作の姿に近づいていく設定です。
 能力も同様なのでまだ浮けませんし、エネルギー弾等も使えないです。経験が足りないので使ったことがないモノはいきなりは使えないと考えました。


「此処は・・・」

 

 目が覚めたらここ最近まで見慣れていた天井が視界に入っていた。独特の薬品の臭いが脳の記憶中枢を刺激し、自身が今病院のベッドの上に居ることを悟る。

 

 だが、寝起きで鈍っている頭では何故ここに居るかが思い出せない。最近退院したばっかりだった筈だ。健康には気を使っていた方だから病気なんてしてないし、ましてや大怪我なんてーー

 

「そうだ!あの子は――ッ~~!!」

 

 自分が此処に居る経緯を思い出し、ベッドから飛び起きようと体に力を入れた瞬間、全身特に腹部から鋭い激痛が走る。声にならない悲鳴を上げ、痛みに悶えていると横から聞き覚えのある声が聞こえた。

  

「気が付いたかい?」

 

「り、リカバリーガール・・・」

 

 身動ぎするだけで激痛が走る為、視線だけ横にずらすと、ここの所御世話になり過ぎて頭が上がらない御仁がいた。呆れたような表情をしている様に見える。

 

「全く・・・無茶するなと言った矢先にこんなことになるなんてね」

 

「め、面目ありません。・・・それで、あの子は――」

 

「喋らなくて良い。今のあんたは重症で、前の傷も開き掛かってたんだ。・・・あの後の話だろう?全部話すからじっとしてな」

 

 そこからはオールマイトが身を呈した努力の末、例の白い子供を保護する事に成功したその後の話を、半ば説教と愚痴混じりに説明された。

 

 今回の立役者であるオールマイトは保護した直後に出血多量によるショックで気絶。即座に病院に搬送された。

 大量出血に骨折、内臓気管損傷等の重症を負ったオールマイト。特に貫かれた腹部の傷が深刻で、長時間にも及ぶ手術の末何とか一命は取り止める事は出来た。しかし、少し前から蝕んでいた個性の使用制限、身体機能の低下等の後遺症がより酷くなったのは避けられなかったという。

 これにはオールマイトは自業自得さ、と苦笑いで答えた。

 

 保護された子供は、あの後暫くは眠ったままだった。その場にいたリカバリーガールが直接診た結果、極度の緊張による精神的な疲労の可能性が高いと診断される。

 

 その他眠っている間調べてみたが、案の定現在の姿でも機器による検査は出来なかった。それでも、接触による物体を取り込む現象が無くなっていたのは幸いだろう。・・・今度は肉体が頑強過ぎて結局検体が得られないままだったが。

 

 

「その時に分かったんだけどね――子供の体には外見上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「・・・は?」

 

「クレボヤンスにも診て貰っても同様。骨格から内臓に至るまで普通の人間と変わらない。でも、そこだけが無かったそうさ。――まるで必要ないからと取っ払ったみたいにね」

 

「それは・・・」

 

 そんな身体構造では生命活動に支障をきたすのではないか?彼女にそう聞いたが、あの子が時間が経った今現在も問題なく生きているということはあれで正常な状態、ということらしい。

 

「私はあの子があの部屋で機械の残骸を食べていたのを見ました。ならば食べたものは一体何処に・・・」

 

 確かに保護される以前からそのような噂はあった。普段あの子供は穴だらけのぼろ布しか纏っていなかったのだから。しかし、それはあくまで噂話、もし本当だとするのならそれは人としてあり得るのか?

 

「さあねぇ。全てが効率良くエネルギーとして取り込まれているのか、はたまた別の何らかの形で排出されているのか。――分かるのは、よりいっそう調べなきゃいけないことが増えたってことさね」

 

 "これ以上の仕事は老体には堪えるさね"そう答えたリカバリーガールの顔は疲れきっており目元には隈が浮いている。恐らくオールマイトの手術による疲れだけのものではない筈だ。限られた状況で調べ尽くしてこの結果なのだろうとオールマイトは理解した。

 

「それとあの子には性別も無い。そう言う事ですか?」

 

「かもしれない。だけど見た目状見えないだけで実は性別がある、なんて可能性も捨て切れない。・・・せめて細胞一つでも採取出来れば染色体や遺伝子情報やらで多少は予測出来るんだがねぇ」

 

 

 その他、子供を守る様に覆い被さっていたオールマイト以上に巨体である二体の生物。あれは現場に居た者全員の証言通り、子供の個性の一部だと推測された。本人が拒否すること無く側に居ることを許しているのだからと、そうとしか考えられなかったからだ。

 

 二体がオールマイトを攻撃する度に動きが鈍くなっていたあの現象。その後の経過を観察するに生まれたばかりでエネルギーが足りず、あの時点でガス欠寸前の状態だったかららしい。

 

「で、ここからが今あの子の状況さ」

 

 子供は目が覚めてからも警戒心は未だ強く残っていた。一応大人しくはしているものの、転がっていた残骸等を食べて回復した二体の巨人を常に側に控えさせ、誰も近寄らせない。

 

 何かを与えようとしても本人は断固として受け取ろうとせず、提供した食事も全てその二体に食べさせてしまう始末。

 

 その上、言葉すら話せない事が発覚してからはコミュニケーションを取る事自体が難航しているという。

 

 

「そう、ですか。そんなことに・・・」

 

「アタシも長いことヒーローをやってたけど、正真正銘本物の野性児を相手するのは生まれて初めてさ。取り付く島が無さすぎてこっちにとしちゃ手詰まり状態だね」

 

 そこで、とリカバリーガールは一呼吸を置く。多くの皺が刻まれた顔には複雑な表情が浮かんでおり、本当は言いたくないんだがね、と前置きを言いつつ言葉を続けた。

 

「あんたはあの子を救いたいと言っていたね?自分に出来ることがあるならどんなことでもして見せると」

 

「・・・ええ、私は一度あの子に背を向けてしまった。その事についての負い目もあるが、同時に私の恩人でもある。ヒーローとしてだけでなく一人の人間としてあの子を助け、報いて上げたい。それが例え一方的なものであったとしても」

 

 片腕を失ったオール・フォー・ワンは分かりやすい程弱体化していた。それでも此方が大怪我を負ったのだ。例え万全の状態でも負けるつもりは毛頭なかったが、相討ちになって自分は今この世に居なかったかもしれない。

 

 代償としてまた重症を負ったのも、あの子に対する贖罪と恩に比べればあまりにも安過ぎる。

 

 体はボロボロで弱りきっているにも拘らず、答えたオールマイトの眼は覚悟の強さを示すが如く、力強かった。そう言うだろうと思っていたよ、とリカバリーガールは胸中で呟きつつ敢えて確認するように問うた。

 

「本当だね?」

 

「無論」

 

「・・・分かった。そこまで言うなら協力してもらうよ」

 

 何を?、とオールマイトの疑問は、真剣そのものの表情でリカバリーガールの言葉に遮られた。

 

 

「あんた、あの子の父親になるつもりはあるかい?」

 

 

 

 

 

 

 

「おーるまいと!」

 

 重厚な防護扉を開けると子供特有の高い声が男の名を呼んだ。正面には最初に会った時と同じく二体の巨人にすっぽりと包まれている真っ白な子供。

 

 子供はオールマイトの姿を目に止めると嬉しそうに眼を輝かせ、こちらに詰め寄ろうとする。しかし、間に件の巨人達が間に入ることでそれを遮った。主である筈の子供が何度か隙間から通り抜けようとする度に優しく抱き上げ、元の位置に戻す。二体のうちのどちらかが必ずこちらを向いて威圧している事から、子供の意思に関係無く今度こそ絶対に近づけさせないという意思が伝わってきた。

 

「ここからは私一人でいい。君達は部屋から出ていてくれ」

 

「分かりました。危険だと判断したら直ぐに呼んで下さい。・・・お気を付けて」

 

 だが、それでは埒が開かない。護衛として付いてきていた二人の職員に退室を促す。少しでも彼等の警戒心を解く為に。

 

 職員は心配そうに此方を見つつも素直に部屋から出て行ってくれた。まだ包帯を外す処か傷が完全には塞がっていないが故の心配なのだろう。当然の反応だ。何せ、あの時からたった二週間しか経っていないのだから。

 

 職員の優しさに心の中で感謝しつつ、後で怒られるのを承知で松葉杖代わりにもなっていた点滴スタンドも外し横に置く。警戒心を解くためにはこれも邪魔だと判断した。

 

 

 この子供は施設に運ばれてから既に半年以上の長期間、一度も人間としての食事をまともに行っていない。

 

 この超常社会では様々な姿形、力を持つ人間が居る。勿論本来なら人間が摂取しない物を摂る必要がある人間も存在するし、ある食物を多く摂らないといけない場合もある。だが、あくまでも人間の括りに入っている限りは逆のケースはそう多くない。いたとしてもそういう事に特化した個性持ちである場合が殆ど。基本的に全ての人間は昔とあまり変わらない食生活を送っている。

 

 影響があってからでは遅い、最悪命にも関わる。見た目の上では問題無さそうに見えても体内ではどんな影響が有るか分からないのだから、一刻も早くどうにかしなければならない。だが現状では警戒心が強すぎて食べさせる処か近付く事すら出来ないと言う状況。本体である子供は不明だが、最初の迎合の際に判明した二体の戦闘能力が思いの外高いのも災いして無理矢理食べさせるのも難しい。

 

  唯一現時点で可能性が有るとすれば、子供の心を開いただろうオールマイトのみというのがリカバリーガールを含めた周囲の見解だ。何せ、時折親を求める子供の様にオールマイトの名を呼んでいたのだから。

 しかしヒーローとはいえ重症を負ったばかりの怪我人にそんな役回りをさせるのは不味い。だが、これ以上は時間を掛けられない・・・。そう悩んだ末に彼に話が持ち掛けられた。

 

 その際リカバリーガールはこうも警告していた。

 

『これ以上あの子があんたになついた時、あんたの事を父親同然に思うだろうね。それも年齢を考慮すると恐らく産まれて初めての信頼できる人間にあんたはなる。・・・その場合のあの子のあんたに対する執着心は、間違い無く並大抵のものじゃないよ。それこそ本当に父親になる気概が必要さ』

 

 自分が父親になる。それがどんなものなのか、子供処か妻も居ない彼にはまだ実感としては良く分からない。だが、この子を本当の意味で救うためならばその位の覚悟は有るつもりだった。

 

(様子を見る限り本人は好意的。対照的に側に居る彼等からは好意を感じず、しかし敵対意識は然程多くないといった所か・・・。つまり本体とは別に独立した意思とある程度の知能があの巨人達には有ると言うこと。・・・説得の鍵は如何に彼等を納得させるかに掛かっている、か)

 

「やぁ、久しぶりだね」

 

 ある程度近づいた処で声を掛けてみる。目測で彼等からの攻撃が届くかどうか微妙な距離だ。身構えて警戒はしている様だが、最初に会った時程攻撃的には感じられない。完全に敵では無いと認識はさせることは出来たようだ。あのファーストコンタクトは失敗では無かった事を知り、胸を撫で下ろす。奥では自分の発言を真似たのか「やあー!」という可愛らしい声が聞こえた。微笑ましい反応に笑みが溢れる。

 

(しかし、改めて見ると・・・)

 

 ”本当に全身が真っ白だ”、と子供を見て思う。肌や髪、爪先から頭の先まで限りなく純色に近い白色。金色の瞳を除いて他の色が混ざり混んでいる様子は無い。小説等ではアルビノの肌に対して新雪のよう、なんて表現があるがそれはあくまで比喩表現。実際は血管等の他体組織が肌を通して透けて見え、あまりそうは見えないことが大半だろう。だがこの子供はその言葉がそっくりそのまま現実のものとして当てはまる。

 幼くとも整っている容姿と合わせて庇護欲を掻き立てられる印象を受けた。こんな子が半年近くも敵と戦い抜き、生き残ってきたと思うと何故もっと早く助けられなかったのかと思わず自責の念に駈られる。

 

 その代わり守っている二体の巨人は真逆で、五体のある方は細身の女性的な、首の無い上半身のみの方はオールマイトの様なガタイの良い男性的な姿。どちらもオールマイトと同等か一回り大きく、揃ってこちらを睨んでると威圧感が凄まじい。

 

「HAHAHA、どちらも元気そうで何よりだ」

 

 だが怯むなんてのはもっての他。愛情深く育てられた子供は成長すると愛情を他者に分け与えるという。逆に敵意ばかり向けられた子供はどうなるか?・・・答えは目の前に居る。

 この子は長い間誰からも善意を向けられたことが無かったからこそ、初めて会ったあの時自分に対してあそこまで狼狽した反応を見せた。無差別に襲い掛からないだけまだ打つ手はある。

 

(今は善意を向けられることを知ったばかり。それをほんの少しでも陰らせては今度こそ己は敵として見られることだろう)

 

 これから自分が教えていかなければならない。他者とは全てが敵なのではないと。味方となってくれる者も大勢居るのだと・・・。

 

 

 その場で数分程、一方的ではあるがジェスチャーを交えて対話を試みた後退室した。彼等はまだ自分が何を伝えようとしているのか理解していないだろう。だが最初はそれでいい。これから少しずつ対話し、自分達が敵では無く味方であると知ってもらうためなのだから。

 

「どうだったかい?」

 

 退室してすぐ、リカバリーガールに出迎えられた。パッと見、自分が無事であることに安堵しているのか部屋に入る前より穏やかな表情だった。

 

「あの子は非常に友好的に見えました。問題はあの二体の巨人ですが、攻撃する意思は無く少なくとも当初よりは大分柔らかい反応でした。今はまだ難しそうですがこれから親交を深めていきたいと思います」

 

「それは良かった。他の人間に対してはこうは行かなかったからね。・・・それであの子の姿、気付いたかい?」

 

 それについてはオールマイトも気になっていた。最初に会った時からもしやと思っていたが、今回改めて対峙したことで確信に変わった。

 

「・・・町で聞いていた容姿と現在の姿に明確なズレがありました。報告では凡そ一般的な人型個性持ちの五歳児程度と聞いてましたが、今はどう見積もってもそれ以上・・・やはりーー」

 

「ーー影響は少なからず出ていたのは確かだね。アタシが見たところ今の見た目上の年齢は大体()()()()。それでもあの二体を除いて特徴が一致しているのが唯一の救いかねぇ・・・」

 

 そう、違いは何もあの二体の異形が生まれた事だけでは無かった。敵やヒーロー達が把握していた以前の姿から身体が大きく成長していたのである。

 

「奴と対峙したことで本能的に自身を守れるよう体を変化させた。という事でしょうか?」

 

「かもしれない。でもーー」

 

 それについては後回し。まずは親交を深めること、全てはそこから。そうリカバリーガールに言われ、この話題は一先ず終了となった。

 彼女の個性で術後の傷をある程度癒すことが出来ても限度がある。直ぐにオールマイトは急ぎ病院に戻され、次の面会に備えて療養に専念した。

 

 

 

 

 

――1ヶ月後

 

「・・・・・・本当ならもっと時間が掛かると踏んでいたんだけどね」

 

「ええ、我々職員誰が相手でも警戒心を剥き出しにしていたのですが・・・。流石、平和の象徴と言われる訳です。こんなに早く彼等が気を許すとは・・・」

 

 子供の部屋に新しく備え付けられたカメラ越しにリカバリーガールと職員達の目に入ったのは。ベッドに腰を下ろしたオールマイトの膝の上に件の子供が座り、用意していた流動食をスプーンを持った彼の手から与えられている様子だった。二体の巨人は二人の左右に陣取っているだけで特に何かをする様子は無い。

 

「!・・・おい、しい!もっと、もっと!」

 

「HAHA!そうかそうか。おっと、あんまり急いじゃ駄目だぞ。ゆっくり食べなさい」

 

 一口含んでは幸せそうに頬を膨らませ、飲み込んだら直ぐに精一杯口を開けて次を待つ。その微笑ましい様は親鳥から餌を待っている雛鳥を彷彿とさせた。

 

 ベッドの側には柄だけが残ったスプーンだったものが複数転がっている。これは最初に食べさせた際、差し出された料理をスプーンごと食べてしまった名残である。オールマイトが何度か注意をし、今はちゃんと加減してスプーンだけを残して食べていた。・・・今使っている相当固い素材のスプーンに噛み後が残っているのはご愛嬌だろう。

 

 

 面会は数日に一度の頻度で行われていた。

 

 二度目以降、オールマイトは子供とどうコミュニケーションを取るべきか職員達と相談しあった。その結果、育児経験のある女性職員から絵本等の児童向けの本を読み上げながら同時進行で言葉を学ばせるべきであると指摘が出た。親交を深め、言葉という概念を知らない子供に絵本で意味と発音を教えることが出来、ある程度離れていても可能と複数の条件を満たせる最適な方法だと推奨されたのである。

 

  事は彼等の予想以上に上手く進んだ。幸いだったのは二体の巨人はオールマイトに対して既にある程度気を許し始めていたこと。子供が異常とも言える程に学習能力が高かったことだった。

 

 決して負の感情を持たず親身になって対応し続けた甲斐があってか少しずつ主を任せて良いのではないかと判断した二体の警戒心も緩み、凡そ5回目の面会で子供と接触することを彼等は許した。その時子供はオールマイトが入ってくると同時にダッシュからの突撃を敢行し、彼は吹き飛ばされ壁に激突。速攻で病院に出戻りするはめになった。

 

 ・・・次回以降からは加減するようになったが。

 

 もう一つ、言葉を教えるのは尋常ではない速度で進んだ。

 

 オールマイト自身、学校や幼稚園で交流するために訪問することがあっても幼い子供に直接教育をすると言うのは初めてだ。それも言葉を教えるなんてもはやどうすれば良いか検討もつかない。

 だから彼は教えている間の殆どを本を見せつつ声を出して読むか、子供が疑問に思っただろう反応をされた時に自分基準ではあるが分かりやすく噛み砕いて説明してみたりした。

 その様子は辿々しく、カメラ越しに見ていた職員達にはとても焦れったく見えていた。

 

 但し、あくまでも教える側は素人。基本的に職員達はコミュニケーションツールとしてこれを推奨していただけで、実際に教えられるとは露にも思ってはいなかった。例え出来たとしても数年掛かりの長丁場になるだろうとも。

 それほど基礎すら無い完全なゼロの状態から言葉を教えるというのは難易度が高い。

 

 だが、その予想は奇しくも裏切られた。

 

 一度教えられ、理解した言葉と発音は忘れること無く次々と覚えていく。一度読んだ本も一言一句違わず暗記する。砂漠に水を注ぐが如く即座に吸収し、しかし決して忘れず得た物を逃さない。その驚異の記憶力と学習能力で、一ヶ月が経った頃には気付けば今目の前で繰り広げられている様に簡単な会話なら出来るまでになっていた。

 

「・・・・・・これも個性の影響なのでしょうか?」

 

「恐らくはな・・・。しかし例え天才だろうがあれだけの言葉を一度に覚えきるのは難しく、完全記憶症候群だったとしても意味を理解するのが早すぎる。そうでなければこの学習速度は説明出来ん」

 

「だとするとこの子の個性は一体・・・」

 

 余りに都合良くトントン拍子に事が進んでいる光景にやや呆然と見守っている職員達。それでも問題が無いわけではなかった。今はまだ通過点に過ぎず、寧ろこれからが本題といっても良い。

 

「それを調べるにしてもこの子には自身の状況を説明できる知識と他人の指示を聞く程の他者に対する信頼関係を築いて貰わなければならない。だが、知識は近いうちに身に付けられたとしても信頼ばかりはどうしようも無いな」

 

「どうにも我々職員が特に警戒されているみたいです。何か要因が有るのでしょうが・・・」

 

「今はオールマイトにのみ気を許しているのも足枷になっていますね。彼の重症度合いが酷いせいで直ぐに対処できるリカバリーガールが付き添いでなければここには来れず、居られる時間も短い。やはり貴女の言う通り――」

 

 優秀な人材が多いこの施設なら教育面では問題ない。個性の研究もここより勝る場所はそう多く無いだろう。だが、現時点ではオールマイトが一緒でなければ何れも機能しない。そのオールマイトもリカバリーガールが居なければこの施設に来れず、リカバリーガールもとある学校の教師としての仕事がある為これ以上頻度を増やせない。

 治るまで待てばいいのかもしれない。が、今度は平和の象徴とまで呼ばれるオールマイトのヒーロー活動の足枷になる。それは社会の混乱に繋がる。彼が居るだけで犯罪率が減るのは誇張ではないのだ。彼がまともにヒーロー活動出来ない今が一番重要な時期、無駄には出来ない。

 

「――ああ、この子に関してはアタシ等に任せなさい。それが将来的に最善手になる」

 

 将来を考えればある場所で過ごすのが一番良い。今までの事を鑑みればあの子にはそれだけの理由と事情がある。

 

 

「アタシ等『雄英高校』に」

 

 

 

 

 

 口の中に入る度に仄かな熱と共に舌が優しく刺激され、感じたことの無い気持ちの良い感覚に満たされる。今まで食べてきたものは一体何だったのかと言いたくなる位だ。

 

(これだ。この匂いだ・・・!)

 

 鼻から空気が通過する度に感じる快感、お腹の中に入った時の満たされる感覚。あの場所で嗅いだ匂いとは全くの別物なのだと分かっていても確信した。これが自分が欲していた匂いの正体なのだと。

 

 オールマイトが言っていた。これが美味しいと言うものだと。これが食事なのだと。

 

 今まで他の人間が自分に渡そうとしていたのがこれだったのなら、いっその事自分が受け取れば良かった。そう思える程に感動していた。

 

(・・・やっぱりいらない)

 

 しかし、きっと自分は他の人間からは受け取ろうとしないだろう。

 

 この場所に来る人間、ほぼ全てから受ける視線には自分に対する恐れが含まれていたからだ。

 この視線が混ざっている人間は場合によっては敵意よりも厄介だ。次の瞬間には行動や態度が一辺して何をしてくるか分からない。以前も襲って来たのに急に逃げ出す、または逆に意図の分からない突撃をしてくるなんて事もあった。

 

 少しでも視線の色にそれが混ざった人間は安心出来ない。それが自分が経験して考えた結果だ。

 

 それ等に比べたらオールマイトは絶対にそんな視線を向けず、変わらず暖かい視線を今も向けている。それが如何に安心できて心地良いか、気を抜いたらまた眠ってしまいそうだ。

 

 変な格好をした人間も大半が暖かい視線を寄越してくるが、どうにもまだ気を許すのが恐い。

 

 左右には彼等がオールマイトを監視している。あれだけ大丈夫だと言ったのに・・・と少し不満。

 

「あー・・・?」

 

 口を開けて待ってるのにごはんが来なくなった。見上げれば困った顔したオールマイトが空の容器を見せて来る。

 

「すまないが今回はこれで終わりだ」

 

「えー・・・」

 

 たった三回のおかわりで終わりなのか。自分はまだまだ食べられるのに・・・。

 

 「おかわり!」と言っても「ダーメ!」で返される。腕をクロスして×までされた。力ずくで○にしようとしても力強い腕は中々動かせない。・・・段々辛そうな顔になったので止めた。

 

「次からは他の大人から貰うん「やだ」だぞ・・・」

 

「ほかのひと、いらない」

 

 それだけは絶対に嫌だ。そうする位ならオールマイトが来るまで何日でも待つつもりだった。

 

「どうしても?」

 

「やだ」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 しばし見つめ合う中、やがて諦めたように大きく息を吸い、細く長いため息を付いたオールマイトは「・・・これは手が掛かりそうだ」と小さく呟いた。言葉の意味が理解できなかった自分は、首を傾げる事で分からなかった旨を表現した。

 

「・・・分かった。じゃあこれから私の言うことを聞いてくれたら、次からも私がご飯を食べさせてあげよう」

 

「ほんと!?」

 

 次に来るまでお預けだと思っていた所での予想外の発言に声が上擦る。ああは言ったが、本当は食べたくてしょうがなかった。

 

「勿論だとも。ある場所なら私も君に毎日ご飯を食べさせて上げることが出来る。一緒にそこに行くのならだが・・・行くかい?」

 

「・・・」

 

 外の世界

 

 信用出来ない人間ばかりのここにいつまでも居たくはない。でも、あの事が有ってから外に出るのが怖かった。あれ以上に恐ろしい敵が居るかもしれないと考えるだけで身体が震える。

 

 いつの間にか俯いていた顔を上げる。

 

「どうかしたかい?」

 

 笑顔で、でも心底心配そうにこちらを見るオールマイトの顔があった。

 

「・・・・・・ぃ・・・」

 

「?何か言ったかな?ごめんよちょっと聞き取れなかった」

 

「・・・いく」

 

「本当かい!」

 

「・・・うん」

 

 確かに怖い、けどこの人と一緒なら大丈夫かもしれない。そう思える何かがオールマイトにはあった。

 

「そうか、そうか・・・ああ!良かった!断られたらどうしようかと思っていたよ!」

 

 そこまで喜ぶ事だろうか?と不思議そうに見詰める自分を余所に、よりいっそう感極まったオールマイトに抱き締められた。ワシャワシャと強く頭を撫でられてこそばゆい。

 

 

 オールマイトと一緒なら安全だ。・・・そう思ってはいても、自分自身がもっと強くならないとこの先生きていくのは難しいだろう、と何となく思った。

 "いずれ自身で身を守らなければいけない時が来る。"経験から来る理屈でもなく感覚的にそうなる予感ががしてならなかった。

 

(もっと、つよくなりたい。『あのこわいてき』よりも、どんなにつよいてきよりも・・・。そう――)

 

 

ーー『――()()()()()()()()()()()()!!』

 

 

 

 

 

 

 その言葉はあくまで自身に向けたものであり、意図したものではない。当然、()()()()()()()()()()()()()()()()()伝えるつもりなど全くなかった。

 しかし、その必死さをも滲ませた強い願いは、本人が気付かない内に彼等にはっきりと明確に伝わった。伝わってしまった。

 

ーー・・・・・・・・・

ーー・・・・・・・・・

 

 "今度こそ自分達の主人を守る"、そうする筈だった。それがどうだ?この短い間で未だまともに守れた試しがない。オールマイトの件は、結果的には良い方向に繋がった。が、もし実は敵だったら?主人はどうなっていた?そもそも主人に尽くす為に生まれたのに守る事すら出来ない自分達に一体何の意味がある?寧ろ邪魔な存在になっていないか?

 

ーー・・・・・・

 

 何も考えない木偶の坊であればこんな考えに至らなかったろう。だが、目覚めてから『主人を生かす為にどうするか』この一点の為に考え続けた結果、彼等の思考は高度なものに至りつつあった。

 そんな彼等は追い詰められていた。幾ら手を施しても主人を守れない無力さに自らの存在意義を疑う程に。

 

 そんな中、先の宣言は正に光明とも言えるものだった。『まだ自分達は必要とされている』そう捉える事が出来たからだ。

 

 

ーー・・・・・・・・・こんどコソ

 

 

 彼等はどの様に主人の言葉を解釈し、受け止めたのか。――それは彼等のみぞ知る。

 





凄い今更ですが主人公性別不明です。1話までは女の子という設定だったのですが2話で下半身も潰れ、周りの死体も男だけだったので再生出来ませんでした。
 その他の器官は治療で切羽詰まっていたのもありますが、生存する上で必要ないと細胞側に判断されました。


読了有り難うございました。


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ある意味入学

大分遅れました。


 高さ数メートルにも及ぶ巨大な門を潜ると眼前に広がる広大な敷地が広がっていた。綺麗に刈り込まれた芝生に同じ形に切り揃えられ等間隔で並ぶ木々。目の前には晴れ渡った青い空を反射して、青く染まったガラスで全面を張り巡らされた『H』の文字に見える建築物。こちらもまた見上げるほどに巨大だった。

 

 初めて乗ったトラックと呼ばれた乗り物に揺られること数時間。『おとうさん』の大きな膝に乗せて貰いながら辿り着いたのはそんな場所だった。

 

「始めまして!ようこそ我が雄英高校へ!僕はここで校長をしている根津と言う者さ!」

 

 「校長とはここで一番偉い人のことさ!」ゲートを潜り抜けた先で話掛けて来たのは、柔らかそうな白い毛に覆われた体と長い尻尾、右目には縦に裂かれた大きな傷跡。傷を除いた外見的特徴から、ネズミが一番近いかもしれないと思える姿をした人(?)物だった。動物的外見であるにも関わらず黒いスーツを見事に着こなし、それが彼が人間若しくは人間社会に生きる者である亊を証明していた。

 

「根津校長お久しぶりです。これから親子共々お世話になります。・・・ほら、『乃羽』。これからお世話になるんだから挨拶はきちんとしないと駄目だぞ」

 

 『おとうさん』の後ろで身を隠しながら、じっとその人物を見ていたら挨拶するよう促された。そう言えば、人に会ったら必ず挨拶をするよう言われていたのを思い出す。『おとうさん』の左腕に着けている腕時計を見せて貰い時間を確認。

 

(えっと、いまはおひるで、はじめてあったから・・・)

 

「こん、にちわ。はじ、めまして。『新神乃羽(あらがみのば)』・・・です」

 

 言い切ってから数拍間を置き、互いの眼を合わせて頭を少し下げた。・・・『おとうさん』の後ろから顔だけ出した状態でだが。

 

「惜しい、惜しいぞ乃羽・・・!すみません校長。この子はまだ人見知りが・・・」

 

「大丈夫!この程度で気を悪くする程狭量じゃないのさ。寧ろこの短い間で会話が成立する処か挨拶まで出来る方が余程凄い!・・・オールマイト、君も父親になったばかりで勝手が分からないのも理解するけど、ちゃんと誉めて上げなよ。それが親になった人間の義務だ」

 

「お、おっしゃる通りです・・・。すまない乃羽、頑張って挨拶したのに怒ってしまって・・・良く出来たな偉いぞ」

 

 少し残念そうにしていた『おとうさん』が根津の言葉で一転して、申し訳なさそうに優しく頭を撫でてくれる。それが少し嬉しくて、手繰り寄せて大きくて固い手のひらに頬を擦り付けた。

 

「うんうん!大分なついているようで何より。それに事情を知っている上でここに招いたのは我々雄英側。いきなり無理はさせなくて良い。徐々に慣れて貰えれば良いのさ。・・・それにしても――」

 

 根津はまじまじと自分を見る。嫌な視線では無いが良いものとも感じない。興味・・・の視線だろうか?もどかしいような何とも言えない微妙な気分になったので、『おとうさん』の後ろに引っ込み完全に身を隠す。

 

「ん?ああ、気分を悪くさせてしまったみたいでごめんよ。ついジロジロと見てしまった。それとオールマイト、君達の後ろにいる彼等が報告にあった――」

 

 今度は自分の後ろに視線を変えた。その行動に釣られて後ろに振り返る。

 

「はい。女性の姿をした方が『アール』、男性の上半身の姿をしたのが『ダール』。共に乃羽の個性により生まれた存在です。その特殊な生まれにより、彼等は一応ではありますが個別ではなく乃羽の身体の一部として扱うことになりました」

 

 すぐ後ろには細身の『アール』と腕だけで立つ変則的な二足歩行をしている『ダール』が居た。

 彼等も自分同様、名前と言う個を識別する特別なものを『おとうさん』から貰った。未だ呼ばれても直ぐに反応できない時があったりするものの、自分はそれをとても大切に思っている。なんと言うか自分と言う曖昧だったものがハッキリと形になった様で、名を呼ばれる度に胸が暖かくなるのだ。

 オールマイトに『おとうさん』と呼ぶのも似たような理由だ。おとうさんは「親子となったなら先ずは形から・・・」とか「本当の名前はオールマイトでは無い」とか、良く分からない亊を言っていた。けど、新神乃羽だけがオールマイトを呼ぶ時に使って良い言葉だそうだ。

 自分だけの『特別』・・・そう思うとちょっと誇らしい気がした。

 

「成る程、了解した。・・・さて、色々と積もる話があるだろうが長時間の移動の後だ。疲れも貯まっていることだろう。今日は我々が用意した家でゆっくり休むと良い」

 

「何から何までありがとうございます。寮の部屋では無く態々家まで・・・」

 

「はは、ここは雄英高校だよ?技術的にも広大な敷地的にも家の一軒建てるくらい訳無いさ!ただちょっと離れている場所にあるから本校舎までの移動は歩きだと大変だけどね」

 

「・・・いえ?」

 

「あー、ちょっと説明が難しいな・・・まあ行けば分かる!」

 

 まだ理解出来ていない単語が多く出る会話の中で、『家』なる単語が強調されていた亊に気付く。『家』とは何だろうか?おとうさんに聞いてもはぐらかされるだけで要領を得ない。疑問を他所に、乗ってきたトラックに再び乗せられて『家』とやらに行く亊になった。

 

 

 

 少しだけバスに揺られた先に有ったのは、この『雄英高校』と呼ばれた場所に着いてから見た巨大な建造物群と比べると大分こじんまりした二階建ての建物だった。

 但しあくまで比べたらであり、乃羽を除いて体格の大きな二人の人間と二体が住む亊を鑑みても、相当に敷地も広く全体的に大きい。外見は洋風、緑の多い雄英高校の景観を損ねないよう茶色と白色を中心としてデザインされていた。ドアや各所の窓が大きいことからどの方向でも室内に光が入りやすく、日中は何時でも明るい環境をイメージしているのだろう。

 

「ちっちゃい」

 

「それはそうさ!他の建物はたくさんの人が使うんだ。人が多い程大きくなるし、少なければ小さくなる。君達四人だけで生活するならこれくらいの大きさがちょうど良いのさ!」

 

 子供らしい単純且つ率直な感想に気を悪くした風もなく朗らかに笑った根津はオールマイトに向き直る。

 

「どうだい?昔から”学生の為の寮が欲しい”との希望が一部の親御さん達から有って、計画だけはしていた学生寮『ハイツアライアンス』、それを元に個人宅として再設計したんだ!生活に必要になりそうなものは全て用意、設置住み。乃羽君達の体格と個性の都合上、最低でも四人以上が住める亊を想定して間取りとか色々広めにしてあるよ!そしてこれがこの家の資料さ」

 

 根津校長はオールマイトに家の間取り、家電の取り扱い説明書や契約書等の紙束を手渡した。各部屋にクローゼット、エアコン、机と椅子、テレビにベッドは当然として、リビングには広いキッチンと大きなソファ、最新式の大型テレビまで完備。更にこの家で発生する費用は何であれ全て雄英側が負担とまさに至れり尽くせりといった内容だった。・・・正直”ここに定住したいな”、何て読んでいたオールマイトは思ったとか。

 真剣に読み込んでいる父の姿を見て、気になった乃羽は何が書いてあるのか見せてほしいとせがん来たので見せて上げた。・・・四角い絵と見たことの無い文字がいっぱいあって良く分からなかったらしく、直ぐに諦めてオールマイトに資料を返したが。

 

 暫くして一通り流し読んだオールマイトは神妙な顔付きで、感嘆した溜め息を吐いて根津に深々と頭を下げた。不思議そうにその様を見ていた乃羽も真似をして頭を下げる。

 

「・・・もう何と言ったらいいのか。感謝の言葉も有りません」

 

「気にしなくていいのさ!乃羽君はこの幼さで相当に苦労してたんだ。ちょっとくらい報われても良いじゃないかと思って快適に過ごして貰えるよう色々手を尽くしてみたのさ。後は何か問題が有ったら言ってくれれば直ぐに対処するよ!」

 

 「ささ、入った入った!」そう根津に促されて家に入った乃羽達は、その日はそのまま家の中で過ごすことになった。

 

 

 広々としたリビングでトラックに積んでいた荷物を解き始めたオールマイトを他所に、乃羽と二体は家の中をキョロキョロと世話しなく見て回る。先にオールマイトから”ここには自分達しかいない”と知らされているからか好奇心の赴くままに動いていた。

 乃羽にとって今まで居た簡素で殺風景な部屋と違い、複雑な構造の間取りと用途の分からない家具や家電に道具等初めて見るものばかり。目に写る全てが新鮮だった。

 初めて見るということなら雄英に到着した直後も同様なのだが、当時は知らない人間が居て安心で出来ない状況。落ち着いて周囲を観察する余裕が無かった。

 

 だからか――

 

「おとうさん、おとうさん。これなに?」

 

「ん?それは冷蔵庫と言ってね。食べ物はここに入れておくと長持ちするんだ」

 

「これは?」

 

「それはコンロだ。食べ物を温めるのに使う。後で見せてあげよう」

 

 気になったら何でもオールマイトに説明を求めた。他の人間なら気にも止めないであろう些細なものでも質問攻めにし、彼に作業する暇を与えなかったほど。中には彼をして困らせる内容もあった。

 

 

「おとうさん、これなーに?」

 

「ん?それは――ソファだね。他の椅子とは違って落ち着いて座りたい時にはこっちに座るんだ。・・・後、危ないし怖いから元の場所に戻してね?ゆっくり床に下ろすんだよ?アール君見てないで手伝って上げて!?」

 

「はーい」

 

 数人が座れる大きなソファを持ち上げ、グラグラと覚束ない足取りでこちらに近寄って来たのをオールマイトは慌てて止めた。力は十分以上あるが、バランスがとれていない乃羽が危なっかしいのと怪我で無理な動きが出来ないオールマイトが危機感を持ったからである。尚、危険は無いと傍観していたアールが元に戻した。

 

 

「おとうさんのうそつき!!ほかのひといた!!」

 

「ンNoooo!!それ鏡ィィィ!!?」

 

 突然ガシャン!!と何かが割れる音が鳴り響き、直後乃羽が大声を上げてオールマイトに飛び付いた。何事かと見に行ってみれば、そこには粉々に砕け散った鏡と拳を突き出しているダールがいた。彼等の全身が映る大きさであることから姿鏡だったと思われる。いきなり結構な額の損害が出たことで彼の胃がキュッと締め付けられた。

 

 

「おとうさん、このちっちゃいおへやなに?へんなのある」

 

「そこはトイレと言ってね。・・・・・・あー、乃羽達は使わないから関係無いかな?」

 

「なんで?」

 

「えー、と・・・・」

(え?これ、この子の場合どう説明すれば良いの?寧ろ情操教育的にこの年齢の子に詳しく教えて良いの?)

 

 指し示されたのは扉に『WC』の文字が書かれた部屋。本来であれば人間である限り避けては通れぬ場所であり説明すら不要なのだが、聞いた当の本人は例外中の例外。それも年齢を考慮すると教えるかどうかも戸惑われる。

 ――最終的に何とかその場凌ぎでうやむやにすることには成功した。・・・次の日の朝、トイレから出てきたオールマイトを乃羽が目撃し何をしていたのか問い詰められることになるのだが、この時の彼にそんなことを考える余裕はなかった。

 

 

 

(つ、疲れた・・・。まさか何も出来ないまま一日を終えるとは。世の親御さん達はこれが当たり前の日常を送っているのか・・・)

 

 結局、その日はひたすら質問攻めに遭い、一向に荷解きが終わらないまま一日を終えた。夕食は料理専門のヒーロー『ランチラッシュ』が態々この家まで持って来てくれたので非常に助かった。きっと料理中もあれは何かと色々と聞いてきただろう。そこまでする余裕は今のオールマイトには無かったのだから。

 

 精神的に疲れきった彼は、ベッドで抱き付いてくる乃羽と添い寝する時になって初めて落ち着く事が出来た。因みにアールとダールは部屋の隅に立ったまま微動だにしない。幾ら勧めても聞かなかったことから眠る気は無いのか、それともあの状態で眠れるのだろうか。

 

(それにしても、私が父親になるなんて1ヶ月前は考えもしなかったな・・・相手も居ないのに)

 

 視線を下げ、硬い胸元に抱き付いてくる乃羽の白い髪をゆっくり透くように撫でる。撫でる度に僅かにすり寄ろうと身動ぎする仕草が面白いような微笑ましい様な奇妙な気持ちになって、疲れきっている筈なのについ何度も繰り返してしまう。

 

(私は、この子に何処まで愛情を与えて上げられるのだろうか?)

 

 彼は自分の子となった乃羽と一緒にいる間は、僅かでも嫌な表情を一切見せなかった。平和の象徴であり続けている間、自分はまず間違いなく立派な父親には成れないと考えていたからである。だから、せめて一緒に居る間だけでも父親らしく振る舞おうと勤めるつもりでいた。

 それともう一つ、彼は父親となる為に必要な心得とも言えるものをリカバリーガール含む周囲の人間から口酸っぱくなる程聞かされていた。

 

 彼はその内容を『育児はプライベートが一切無いヒーロー活動』と捉えた。案外的外れの解釈では無かったらしく。皆同様か限りなく近い例えを育児経験のある者はしていた。

 

 時には構って貰いたくて予想外の行動に出ることもしょっちゅう。親の都合なんて関係無いとばかりに気分の赴くまま動き回る。もし体調を崩したりすれば四六時中看病に明け暮れ、例え睡眠中であっても油断は出来ない。家庭次第では育児に疲れた親達がノイローゼになることもある、と考えればいかに過酷か分かるだろうか。

 しかし、育児の大変さを伝える彼等彼女等の姿は慈愛に満ち溢れていた。一見矛盾している様に見えるが熱心に語る彼等の姿に、過酷さ以上に自分の子供に対する深い愛情を彼は感じ取ったのである。

 

 まさに24時間365日行われる子供への愛の奉仕活動。これを人間、いや生物として当たり前の行動と受け入れているのだから滅私奉公を常とするヒーローであるオールマイトからすれば、世の母親父親達への尊敬の念が湧くと言うもの。

 

(そう言えば、エンデヴァー君はお子さんが何人か居るそうだが・・・スゴいなぁ。奥さんがいるとはいえ、育児しながらヒーロー活動もするなんて・・・今度会ったらこっそり助言でも貰えないかな?)

 

 思い起こされるのは強力な炎の個性を有し、No・2ヒーローに上り詰めている一人の男。自分をライバル視して己こそがNo・1ヒーローになる、と努力を怠らない彼には現在4人の子供が居てその内の一人にはヒーローにするために英才教育までしていると風の噂で聞いた覚えがある。

 親として彼は尊敬すべき先輩になる。ヒーロー業と子育てを見事両立している彼からは是非とも子育てのアドバイスが欲しい処だ。

 

 但し、平和の象徴として敵から様々な恨みを買っているせいで、乃羽を自分の子供と公表してしまえば巻き込まれる危険性が非常に高い。故に公には聞けないのが歯痒いところ。

 

(取り敢えず明日は雄英側と事情説明をし・・・ない・・・と・・・・・・)

 

 今後のことを考えている内に睡魔が襲う。添い寝しながらであっても疲れきっていた彼は直ぐに泥のように深い眠りについた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「おはようございます・・・」

 

「おはようオールマイト!疲れは取れ・・・て無さそうだね。取り敢えずそこの席に座るといい」

 

 雄英高校本校内にある校長室。入って直ぐ目の前には校長である根津が立っていた。促されるままソファに身を沈めたオールマイトの目元にはシワが寄り、表情は疲れきっていた。眠れはしたが眠っただけでは疲れはとれなかったらしい。

 

「流石の平和の象徴も子育ては初日とあって大変だったようだね!」

 

「ええ、想像はしていたのですが実際にやってみると大分勝手が違うようでして・・・」

 

「ははは!それはそうさ。人の一生の中で、育児は一大事業と言っても過言では無いからね!

 ・・・じゃあ、時間も勿体ないことだし早速説明させて貰おうか」

 

 

 

「――何故”我々雄英が新神乃羽君を受け入れたのか”」

 

 オールマイトが着席して早々、根津は神妙な顔をして口を開いた。その内容はオールマイトが今現在最も聞きたかったもの。

 

 何せオールマイトが新神乃羽に受け入れられてから直ぐに雄英に行くことが決まっていた。その場では納得していたが、よくよく考えてみれば話の流れが少々強引過ぎた。その上肝心の雄英側の理由が分からなかったのである。

 

 国立雄英高等学校とは、個性を使うことを国から認可された人間の大半が勤める職業『ヒーロー』を育成する事を目的に開設された公的機関。国立、それも国が直接運営するだけあって最先端の技術、選び抜かれた人材、潤沢な資金が注がれている。一時的に保護する事はあっても、決して孤児を引き取るような慈善事業をする場所では無い。

 

 そんな場所が何故一個人の子供を態々受け入れたのか。

 

「理由はいくつかあってね。知っていると思うけど、一つは君自身の問題だ。これについては良く知っているだろう?」

 

「・・・ええ、恨みを多く買っているヒーローは、敵に弱点となる身内が真っ先に狙われる。ここなら幸い、私が周囲に知られないようにさえ出来れば隠匿性は十分あります」

 

 大概のプロヒーローはプライベートでは防犯等のセキュリティを余程の事情がない限り徹底させている。身内に及ぶ危険から少しでも遠ざけるためだ。

 

 組織である警察や軍であれば恨みは組織という集団そのものに向かい個人へのリスクは分散する。だが個人の力に依存するヒーローに対する恨みは深刻だ。なまじ分かりやすいだけに復讐の矛先が本人だけではなくその家族にも向けられるのだから。

 

「そして、二つ目は個性の危険性だ。詳細は未だ不明ながら暴走時の殺傷力、範囲共に強力で保護以前から個人で複数の敵を打倒している。しかも今は身体が成長して、アール君やダール君の様に数まで増えたことで厄介さに拍車が掛かっていると見て良い。

 二桁にも届かない年齢で、それも誰の手も借りない本当の意味での独力でここまで至っているんだ。――今後も成長する可能性が大いにあるあの子がもし敵側に堕ちてしまったら一体どうなるか・・・考えたことはあるかい?」

 

「それは、そうならないよう私があの子を育てるつもりで・・・」

 

 考えていない訳ではない。その為に自分が父親になると決めたのだ。

 

「だが、あの子が成長しきる前に君は現場に復帰しなければならない。そしてその時間は極めて短い。・・・分かるだろう?君は平和の象徴としてもヒーロー業を疎かには出来ないと。その間一体誰かに乃羽君を守ってもらおうと考えていた筈だ」

 

 誰か。その言葉にオールマイトの脳裏に唯一頼れるだろう老人の影が過った。

 

「・・・ええ、理解しています。貴方方の提案はまさに渡りに船でした。私は、私が動けない間にあの子を他人に対して信用まではいかなくとも、多少は慣れさせる程度まで行けたらと思っておりました。そうして私が居ない間に信用できる誰かにあの子を任せたい・・・と」

 

 根津からの厳しい現実を語られ、気落ちする。考えれば考える程個人でどうにかなる問題では無かったと理解し始めたからだ。

 

 だが、まだ理由としては弱い。そこまで語るならもっと大きな理由がある筈だと、それだけは聞かなければ。うつ向いていた顔を上げ、根津に向き直る。

 

「しかし、余りにも都合が良過ぎたのです。話の流れが急すぎて、まるで私が身元を引き受ける前から決まっていたかの様に感じました。それにその二つの理由だけならば他の場所でも難しくとも問題は無い筈。疑うのは申し訳なく思っておりますが、他にもここでなければならない理由が有るのではないのですか?」

 

「君の疑問は尤も、寧ろここからが本題だ。――後回しにしてすまなかったが、こちらが乃羽君がここに居なければならない本当の理由さ」

 

 訝しげに問われた根津だったが、こうなることは予想していたとばかりにうんうんと頷く。そして徐に懐から何かを取り出し、オールマイトの目の前に差し出されたのは一枚の写真。

 

「これは――保護される以前の乃羽の写真?・・・どういうことですか?あの子の写真は今まで見つからなかったと聞いていたのですが」

 

 写っていたのは白い肌と金色の眼をした小さな子供。背の高い木の上で何を見て驚いているのか口を開け呆けているような表情をしている。今よりも幼げな姿をしているが特徴的すぎるその容姿は見間違えようがない。

 

「これはあの事件の最中に撮られたものさ。障害物の多い場所で行動し、奇襲を常としていたあの子は何の奇跡か今まで記録媒体に写ることは無かったらしいんだけどね。・・・・・・問題はこれが見つかった場所だ」

 

「見つかった・・・?まさか!?」

 

「そう、この写真は最近解体した敵組織アジトを捜査していた時に発見されたものさ」

 

「――!」

 

 オールマイトの脳裏に最悪の展開が予想される。この頃の乃羽は物珍しい容姿や強力な個性故に、懸賞金紛いのものまで懸けられ様々な敵組織に狙われていた。

 多くはオールマイト含むヒーロー達が壊滅させたがまだしぶとく生き残っている組織が有っても可笑しくない。大規模なあの事件があった後だ。中にはオールフォーワンが乃羽の個性に興味を持っていたことを知る人間も居る可能性もある。

 

 悪の首魁オールフォーワンが興味を持ち、自分が介入した影響が有ったとしても、あれほどの大事件を起こしてまで欲した子供。それを知る敵にとってあの子はどれ程の価値を持つだろうか。

 

「表向きは死亡したと発表されてるし、この写真も事件後直ぐに回収され出回る様な事が無かったのが唯一の救いさ。しかし、あの子の特徴が多少裏に出回ってしまったことは避けられなかったみたいなんだ。・・・その状況で見た目の年齢は多少は違えど容姿が変わっていないのは如何ともし難い」

 

「少なくともあの子に親い血縁者であると思われ、再び狙ってくる可能性がある、と・・・」

 

 力一杯叩きつけたい衝動を何とか自分の内に押さえ込む。代わりにギチッ・・・!と音が鳴るほどに強く拳を握り締める。表の世界に出ても一度見つかればまた裏社会から付け狙われる。何も知らない無垢な子供に、何時までも危機が付きまとう世の不条理さに怒りを覚えた。

 同時に合点が行った。何故子供一人にここまでするのかを。

 

「だから防衛能力の高い雄英に住まわせることで安全を確保しようとしたわけですか・・・。もしやと思いますが此処に住むことになったのは校長だけのお考えではありませんね?」

 

「その通り。下手な所に預けたら敵組織に襲撃されるかもと危機感を持ったヒーロー協会や上のお偉いさん方も意見が一致してね。条件を満たせるのがここだったと言うわけさ。だから乃羽君の為にリカバリーガールに無理を言って君の主治医としても派遣したのさ!」

 

「普段ここの保険医でお忙しいリカバリーガールが頻繁に来ていたのはあの子の為だった、ということですか・・・」

 

「事情が事情なだけに今乃羽君を外には出すのは難しい。でもここ雄英高校なら出来うる限り最高の環境の中で安全に伸び伸びと育てられるということなのさ!念のため何年かは外に出られないだろうけど、将来的にはヒーローに成らずとも自分で身を守れるように『個性使用許可証』も取得させたいと思っているよ!」

 

 ”学習能力も意欲も高いと聞いているから、場合によっては飛び級してもらえば早く自由に外を歩けるようになるだろうしね!”朗らかに笑う根津の言葉に、悔しさや怒りで張り詰めていた力が弛緩していく。

 

 今は、新神乃羽にとって外の世界は危険だ。だがここ雄英で学び力を付けていけば、何れ一人でも自由に外の世界を歩き回れる。誰かしらの思惑はあれど、父親として子供の安全を思えば今の状況はこれ以上望むべくもないものだった。

 

「もう何度も言っていますが、ありがとうございます。どうか乃羽をよろしくお願いします・・・。」

 

 故に自然と頭を下げ感謝の言葉を口にしてしまうのは当然の反応だろう。

 

「いいのさ!それよりも君の方が大変なのさ。何せこれから君の傷が癒えるまでの数ヵ月、育児と同時に乃羽君の他人に対する警戒心のハードルを下げなきゃいけない。頑張りたまえよ、我々も全面的に協力するけど人間の価値観を根本から変えるのは並大抵のことじゃないからさ!」

 

「は、はい。誠心誠意頑張る次第です・・・」

 

 今までのはあくまで理想論。乃羽が彼等の想定通りに動いてくれるかは全てはオールマイトの教育次第である。それでもこれ以上ない最良の環境、少しばかりオールマイトの気が楽になったのは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

「あ、それと昨日あの家で色々有りまして、つきましては修繕費のご相談が・・・」

 

「初日からかい!?」

 

 費用大丈夫かな・・・?これからの資金繰りに頭を悩ませるネズミと別の意味で何度も頭を下げる男の姿があったとか。




読了有難う御座います。

漸く主人公の名前が出せました。


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