メリーさんが帰らない (ジマリス)
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メリーさんが帰らない
『私、メリーさん。いま〇〇駅にいるの』
バイトも終わってくたくたの状態でアパートに帰ってきて、さあ何をするかとスマホを触り、非通知でかけてきた電話に出たのが運の尽き。
ぞくり、と悪寒が走った。
その言葉はあまりにも有名すぎて、俺でも知っている。
『メリーさん』という都市伝説だ。
メリーさんと名乗る人物から、いまどこそこにいるという情報が告げられる。その場所はどんどん自分のいる場所に近づいてきて最後は……
『私、メリーさん。いま〇〇っていうバス停にいるの』
再び非通知でかけてきた電話。さっきのは何かの間違いであってほしいと願ってとったが、これはもう間違いない。
最初は最寄り駅、そして次はすぐそこのバス停。
『私、メリーさん。いま〇〇ハイツにいるの』
人形を捨てたがゆえに、その人形が恨みをもってメリーさんと化して復讐する。それが俺の知っているメリーさんだ。
まずい。これは非常にまずいぞ。
もうアパートまで来てしまった。あとは階段を上がって、ドアを開けられれば距離はなくなる。
『私、メリーさん。いま206号室の前にいるの』
こういうとき、電話に出なかったらいいんじゃないかという輩がいる。
だが実際体験してみて考えてほしい。
出なくても近づいてくるなら? そう考えたら、電話に出るのが普通だろう。相手の場所がわかる。来る前に対処ができる。
本当に対処ができるなら、だけど。
恐怖のあまり、身体がすくむ。手元に武器はない。
ドアを注視する。開けられれば、それでおしまいか。
いや、ここで理不尽に殺されるいわれはない。
しかし対抗できる手段はない。
鍵をしめたはずなのに、がちっと音が鳴って開錠させられる。
ゆっくりとドアが開き、何かが入ってくる。
白いワンピースを着た、長い金髪の女性だ。
そいつはだらりと腕を下げ、一歩、また一歩と近づいてくる。
「私、メリーさん。いまあなたの目のまえう゛っ」
あ、しまった驚いた衝撃で思いっきり顔を殴ってしまった。
ぴくぴくと痙攣しながら倒れ伏す女性を見て、俺は思った。
物理ってすごい。
その後、半泣きで頬をさする女性は、俺を睨んで正座させた。
「いいですか、振り向きざまに驚くのは、まあ私のせいですよ。ええ、むしろそれが目的みたいなとこありますから。けど、女性に対してグーで顔を殴るのは非常識だとは思いませんか」
不法侵入者に常識を問われてるんだけど。
知らない人……いや、メリー……さんだよね。メリーさんでしょ? 電話の声とおんなじだもん。
「ふふふ、そうです。みなさんご存知、『メリーさんの電話』のメリーさんですよ! さあ、恐怖に恐れおののきなさい!」
あー。
あーいたたた。やっべえ人を家に上げてしまった。
確実に二十歳は越えているだろう女性の、こんな言動を生で見たくなかった。
「あっ、信じてませんね? これでどうですか?」
プルルル、と床に転がっていたままのスマホが震えて音を発する。
手に取って画面を見てみると、誰かから電話がかかってきていた。しかし非通知のせいで相手がわからない。
俺は察して、通話ボタンを押す。
「私、メリーさん。いまあなたの正面にいるの」
電話からと、直に届く声。その言葉の通り、その主は目の前にいるメリーさんだ。
「これぞ私の能力、狙った人間の電話に非通知でかけることができるんですよ!」
クソ地味~。
たとえ俺がその能力使えたとしても使わんわ。
非通知でかけるから出ない人も多いだろうし、最近は通話もできるメッセージアプリあるから電話しないし。
もっと時代に即したこと出来ろよ。
「出来ろよって言われましても、私メリーさんですし……」
しょんぼりする姿を見せつけられれば、もう化け物とは思えない。ただの外国人っぽいお姉さんだ。
うーん、と俺は考える。
そもそも、だ。メリーさんの話って、捨てられた人形が復讐に来たとかそんなんじゃなかったっけ?
「一番最初はそうです。で、その話を聞いた人間の恐怖が具現化したのが、私たちなんですよ」
……?
「いえ、だからその、あなたが『メリーさん怖いなぁ』って思いすぎて、その感情のあまり私が生まれたんですよ」
つまり、俺が『メリーさん』という存在を怖がったから、あなたがメリーさんとして生まれたと。
「古くから存在している妖怪もいれば、私たちのように人の感情が生み出す怪異もいます」
ぴっと人差し指を立てつつ、得意げに説明するメリーさん。
『それ』を思うがあまり、いないはずのものをこの世に具現化させてしまっているのか。
「だから、私はあなた専用のメリーさんなんです」
プロポーズかな? という冗談は置いておいて、理解はできた。
だから人形も持っているわけでもない俺のところに来たのか。
「はい。というわけで死んでください」
は?
「感情から生まれた怪異は、ほとんどが縛られているんです。『メリーさんは電話しながら近づいてきて、最後には殺してくる』というのが大体のあらすじですよね? 私はそれができる能力とそれをしたい欲求に駆られるんです」
へえ、電話かけて殺しにいく欲求が凄いってことか。ヤンデレなの?
会いたくて会いたくて震えるの? 震えながら電話かけるの? 電話ジャンキーなの?
「だから死んでください!」
テーブルを飛び越えようとしてきたので、一発殴った。
「うぅ……女性を殴るなんてひどいです……」
またしても床に倒れ伏しながら泣くメリーさん。
いや、先に襲ってきたのはそっちだからね。殺されるのをげんこつ一発で許してるからね、こっちは。
というか弱すぎない? メリーさんってもっと問答無用で殺しにくるんじゃないの。
「実は……私にはメリーさんとしての能力がほとんどないんです」
なんで?
「なんで、ってあなたのせいですよ!」
ぐわっと立ち上がるメリーさん。
「いいですか、さっきの能力と欲求の話ですが、それは怪異を生んだ人間に左右されるんです。あなたが『メリーさんは超常的な怪力を持っている』と思えば私は力持ちになりますし、『スタイルがいい』と思えばナイスバディになるんです! って誰が一反木綿みたいな胸ですか!」
言ってねえよ。
その妖怪からめたジョークみたいなのやめろ。ちょっと上手いこと言ったみたいな顔すんな。
つまり、メリーさんは俺のせいでそんなポンコツになったと。
俺は腕を組んで考えてみる。
そういえば、昔にメリーさんの話を聞いたときにもの凄く怖がった記憶がある。布団に潜るなんてベタなこともしたし、電話が鳴るたびに心臓が跳ね上がった。
だから、俺は怖くならないようなメリーさんのイメージを作り上げたことがあった。
どんなだったか、思い出してみよう。
まず、性別は女。名前はメリー。
みんなが『さん』付けなのは、恐怖の対象だから……いやいや、これじゃ怖いままだ。大人だからということにしよう。
いや、待てよ。メリーさんは、たしか自分のことも『さん』付けしてたはずだ。大人の女性で、自分のことを名前で呼びつつ、『さん』付け。
うん、これは痛い。かなり痛いぞ。コーヒーショップにでも立ち寄って何がいいか訊こうものなら、『メリーさんはねぇ……フラペチーノがいいな?』とか言ってくる女性はかなりの電波的なものを感じる。
敬語のほうがもっとキツいか。『メリーさんはフラペチーノを所望します』。
どっちもキッツいわ。アホ臭が半端ない。
しかし怖くはなくなってきた。いいぞ。性格面はこれでよしとしよう。次は容姿だ。
日本人名ではないから、黒髪はイメージしにくい。ここは金髪だな。しかし人形とあれば、日本人形が思いつく。すらっとした長い髪。
人形だから、顔は整っているはずだろう。
かなり想像が固まってきた。喋れば残念な女性。これだ。
「これだ、じゃないですよ! そのせいで能力も何もない美女になったんですからね! っていうか外国人ってイメージするならボンキュッボンにしてくれてもいいじゃないですかぁ!」
ええ……だってもともと人形じゃん。子供が持ってるような人形ってそんな起伏に富んだ体型じゃないでしょ。
でも、力を失った割には鍵開けるとか出来るんだな。あ、いいです。ポケットから出した針金で全部わかりました。
「本当なら瞬間移動とか、場合によっては念力とかも使えるんですけどね……」
じゃあ、今のメリーさんは本当にただの女性みたいなもんなのか。
「メリーさんを力のない怪異みたいに言うのやめてください! 非通知で電話かけますよ!?」
目の前でかけられてもなんの脅しにもならないからな。
ところで、俺を殺したらメリーさんはどうなるの?
「さっき言ってた能力と欲求から解放されて、普通に暮らせるようになったり、この世から消えることができたりですね。『自分を作り出した人間を殺すこと』がメリーさんの目的なので、だいたいは消えますけど」
それが、もう拳で負けるくらいになっちゃったから縛られたままかぁ。
俺のせいだよな。ちょっとかわいそう。
「その哀れみの目、同期や後輩のメリーさんから幾度となく受けましたよ……」
同期とかいるんだ……。
全員メリーさんとかすごい呼びづらそう。
「ええ、いましたよ。都市伝説ブームの時代でしたから、他の年よりも多くのメリーさんが生まれましたよ! なのに、『あっ、まだそんな姿なんだ。ふーん……』みたいな目で見られる屈辱!」
なんだろうな、この……メリーさんの姿のせいで、『周りの女友達が次々結婚していくのに、自分だけは取り残されているアラサーの愚痴』を聞いている感じは……
「身体や能力に慣れることで数日は必要なのに、その間にあなたが私を弱体化させるから……っ!」
恨み節全開である。
「下手に外国人要素いれたせいで、カナダからスタートしてるんですよ、こっちは! あっちで生活しながら旅費貯めて、ようやく殺せると思ったのに、パスポートの申請通らないわ、頑張って日本に来てもあなた一人暮らしして実家から引っ越してるわで大変だったんですからね!」
ああ、そうか。メリーさんが小学生当時の俺から作られたのなら、実家の住所しか知らなかったのか。
しかし外国からここまでよく来れたもんだな。
うーむ。
かわいそうだし、悪いとは思うが、俺だって殺されるわけにはいかない。
かと言ってやれることもないしなぁ……
「こほん。そんなあなたに償いのチャンスをあげましょう」
悪い宗教勧誘のおばちゃんみたいなこと言いだしたぞ、こいつ。
ああいう輩は、こっちが苦しいって言ってもだいたい『神が与えた試練』しか言ってこないから腹立つ。
『入ってメリットになることしかない』って、こっちの都合も聞かずに話をガンガンしてくるあたりお里が知れますね(笑)。
「私をここに置きなさい」
まあ尊大な態度ですこと。
「いいじゃないですか。ものを食べませんから食費もかからないですし、空き巣対策にもなりますよ。非通知で電話かけられますし」
それメリットにならんて。
それにだな。俺を殺そうとしてるやつと一つ屋根の下ってのは、どうにも気が進まない。
やっぱり追い出すしかないか。
「ここに置かせてください、お願いします。この寒い中で野宿はほんと危険ですので」
わあ、綺麗な土下座。
てか寒さ感じるんかい。
一転して態度を改めたメリーさんのことが、ますます不憫に思えてきた。
カナダから密航かなにか知らないけど、俺を殺すことに精いっぱいで身一つで出てきたみたいだし。
俺はため息をついた。
仕方ない。とりあえず、何かしら解決の糸口が見つかるまでだ。
「本当ですか、ありがとうございます!」
世界広しといえども、メリーさんに礼を言われたのは俺だけではなかろうか。
ともかく、こうして俺とメリーさんの共同生活が始まったのである。
「ふふふ、ここにいれば殺す機会はいくらでも……って、あぁ! 冗談です冗談! やだなぁ、小粋な怪異ジョークですよ! だから玄関に向かって押すのやめてください!」
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