聖女の盾となりて (マスターBT)
しおりを挟む



妄想が止まらなくなったから形にしたもの。
続くことはない……と思う。


「みなさん、恐れずに戦ってください。フランスを守るべく、その力を私に預けてください。

さすれば、この旗の元に勝利は確約されます!さぁ、行きましょう皆さん!」

 

白馬に跨る長い金髪の旗持ちの指揮官、ジャンヌ・ダルク。

その言葉に奮い立たされた兵士達は、ジャンヌが旗を掲げると同時に、雄叫びを上げる。

その声は、空気を震わせ、彼らの中にあった恐れを打ち消す。

数々の戦場に勝利をもたらした聖女。その力を信じきっているのだ。彼女が味方である限り、敗北はないと。

 

「(まぁ、女性だって分かってるのは俺も含めてごくごく少数だが)」

 

身の丈に合わない盾を持ちながら、心の中でそう思う。

男として、戦場に立つ。そう言った彼女に対して、ずっと反対をしてきたがこうと決めたら梃子でも動かないのがジャンヌ・ダルクだ。

よく知ってるとも。幼馴染として、初めからずっと戦場を共にしているのだから。

 

「レーヴ?何をぼーっとしてるのです?ほら、行きますよ」

 

「…あぁ、分かった」

 

レーヴ・ガルディアン。

のちに、聖女の守護者と呼ばれる事を俺は知る由もなかった。

なぜならその名で呼ばれる頃には、死んでいるのだから。

 

 

 

 

これは、聖女ジャンヌ・ダルクと共に百年戦争を駆け抜けた、本来の歴史には存在しない男の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1412年、ドンレミ

 

聖女ジャンヌが生まれた年。

そして、その守護者が生まれた年である。共に、元気な鳴き声を上げる赤ん坊。

 

「おぎゃー、おぎゃー!」

 

「おー、おー、よしよし。お父さんだぞー、分かるかー?」

 

女の子。ジャンヌを抱いて、嬉しそうな顔をしているのは、ジャック・ダルク、ジャンヌの父親である。

普段は、ドンレミを取り締まる自警団の長として、厳格な顔をしているが、娘の誕生に完全にデレデレした表情だ。

 

「オギャー、オギャー!」

 

「お前さんも元気だなぁ…」

 

そして、ダルク家と関わりの深い、ガルディアン家も場所を借り出産していた。

ジャックより、冷静な態度の男、名はアムールと言い、自警団のNo2だ。

生まれた場所も時間も、両親の関係でさえ、そっくりであったジャンヌとレーヴが、成長し仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

 

1418年。

二人の誕生から、6年の歳月が流れた。

 

「ほら、レーヴ。こっちですよ!」

 

「待ってくれよ、ジャンヌ」

 

成長したジャンヌとレーヴは、小麦が実った金色の畑の道を縫うように追いかけっこをしていた。

身体能力の差はほとんどない二人だが、ジャンヌは頭も要領も良かった。対して、レーヴは馬鹿と言えば言い方は悪いが、そういう方面には疎い。

結果的に、レーヴはジャンヌに置いていかれる。

 

「はぁ、はぁ、またこれか!」

 

だが、レーヴとて学習する。

ジャンヌがお約束のように、この道を抜けた先にある丘に向かう癖があると。

だから、その丘へ迷う事なく、レーヴは突き進む。途中で、遠慮なしに泥に突っ込むから汚れるがそれすら無視しする。

 

「ゼェゼェ…」

 

「泥だらけですよ。そんなに急がなくても良いのに」

 

太陽の日差しを背にして、微笑むジャンヌ。レーヴは、いつも思う。

幼いながらに、この時のジャンヌは可愛いと。

 

「いつも簡単に置いてかれてるからな。男のプライド?が俺を止めなかった」

 

本当は、微笑むジャンヌが見たいだけだが、覚えたての言葉を使って誤魔化す。

 

「私に追いつきたいなら、もっと考えて動く事ですよ」

 

「簡単な算術も出来ない奴に言われるなんて…」

 

「そ、それは言いっこなしです!」

 

一通り、何時もの会話を終わらせて、レーヴとジャンヌは丘の上に蓄えて置いた干し草の山へダイブする。

この季節、まだ干し草が大量にある訳ではないが、必死に二人で村中からかき集めた。

全ては追いかけっこの終わりに横になるため。

 

「……ふわぁぁ……眠くなるなぁ」

 

「ふふっ、いつもすぐ寝てしまいますよね。レーヴは」

 

「そりゃその為に一緒にかき集めた干し草だしなぁ……少し休んだら戻らないとなぁ」

 

戻らないとと言うレーヴの顔は、かなり眠そうだ。

ジャンヌはそれに気づいて、レーヴの頭を撫でながら笑う。

 

「眠いなら寝てしまいましょう。怒られたら、私も一緒に謝りますから」

 

「そう?……なら、寝ようか。ジャンヌ…」

 

一切の抵抗もなしに眠りにつくレーヴ。

その寝顔を見ながら、ゆっくりとジャンヌも眠りにつくのだった。この後、二人を探しに来たアムールに揃って怒られるのだが、そんな事はつゆ知らず陽射しは優しく彼らを照らすのだった。

 

 

1427年。

ジャンヌの運命が動き出す一年前。

15歳になったレーヴは、父、アムールから剣術の指南を受けていた。

 

「……やっぱり、お前に剣の才能は無いな」

 

「うっせ。よく分かってるわ」

 

だが、レーヴには剣の才能はなかった。一般人以下の腕前しかなく、弓や槍も同様だった。

生来の気質なのかなんなのか。武器を扱う事に関しては、下手だった。

 

「その身体つきの良さがもったいない」

 

アムールがそうボヤくのも仕方ない。

なにせ、15歳にしてレーヴの身体は、父であるアムールより大きく、身長は190cmあり、腕はまるで丸太のように太い。

それでいて、素早く動けるのだから兵士としてはかなり完成された身体だ。

 

「主はなんで俺にこんな身体を寄越したのか、全くもって分からん」

 

首にかけた十字架のネックレスを手に取りながら、ボヤく。

 

「レーヴ、調子はどうですか?」

 

「おぉ、ジャンヌ殿、今日も愚息の所に来てくれてありがとう」

 

「愚息は余計じゃないですかね。父さん」

 

同じく、15歳になったジャンヌが差し入れを手に、ガルディアン家を訪れた。

アムールの様子とレーヴの手元に落ちている剣を見て、状況を理解するジャンヌ。

 

「今日も剣術の訓練をしていたのですね」

 

「はい。私の跡を継がせたいのですが、どうにも才能が無く困ってる所ですよ」

 

「アムールさん、アレはどうです?レーヴに向いてると思うんですけど」

 

そう言ってジャンヌが指を指したのは、盾だ。

それも少し大きめの調整が成された金属製の盾。

 

「ジャンヌ殿?盾は攻撃に用いるのでは無く、身も守るためにあるものでして」

 

戦を理解していない子供の言葉と訂正しようとするアムール。

だが、それより早くジャンヌが口を開く。

 

「レーヴの反射神経なら盾でも十分戦えると思いますよ?

それに、盾なら身を守ることも相手を怯ませることだって。実際に戦場に出たなら、一人だけで戦うって事は中々、ないでしょうし。

ね?どうですか、アムールさん」

 

ジャンヌの言葉に口を閉ざすアムール。

その顔は、ジャンヌの言葉を吟味している様子だ。

そして納得がいったという表情を浮かべて、盾を取りレーヴに渡す。

 

「ものは試しだ。それで戦ってみろ」

 

「……マジか。どうやって戦えばいいんだ?」

 

アムールがジャンヌの言葉に同意した事に驚きつつ、盾を受け取り立ち上がるレーヴ。

割と重い盾だが、レーヴにはなんの問題もなく持てるものだった。

チラッと、レーヴがジャンヌの方を見る。

 

「頑張ってくださいね。レーヴ」

 

視線に気づいたジャンヌが笑い、応援してくる。

それが恥ずかしいのか、頬を掻きながら、頷くレーヴ。正面には剣を構えたアムールがいる。

 

「行くぞ、レーヴ」

 

「良いぜ」

 

アムールが上段振り下ろしの形で、剣を振るう。中々に早いが、レーヴの反射神経はすでにそのコースに盾を動かしていた。

防がれる!そう判断したアムールは、力の流れを変え、斜めから斬り下ろす形にコースを変える。

そして響き渡る金属音。

 

「…ほぅ」

 

アムールは笑った。

今までなら、ここで為すすべもなく終わっていたと。だが、此度は違った。

自分の剣をしっかりと受け止める形で、レーヴの盾は動かされていた。

正面からのぶつかり合いなら、力で勝るレーヴが優位に立てる。

 

「うぉぉ!」

 

ガリガリと火花を散らしながら、盾を構えて突撃してくるレーヴ。

突進。今でも言うなら、シールドバッシュに驚くように距離を空けるアムール。そこからは、似たような展開の繰り返しだった。

アムールの剣はレーヴの盾で全て弾かれ、レーヴの攻撃は直線的すぎてアムールに避けられる。

単調な戦いだが、アムールもレーヴも楽しそうに戦った。

 

「ぐぅぅ…」

 

そして、限界がきたのはアムールの方だった。

盾に何度も剣をぶつけ、その度に息子の怪力が押し寄せていたアムールの手は痺れていた。

 

「ゼェ、ゼェ、初めて父さんに勝った?」

 

実感なく、盾を下ろすレーヴ。アムールが笑顔なのが彼の印象に強く残る。

そして、夢心地なふわふわした気分は、横から訪れた衝撃で解除される。

 

「やりましたね!レーヴ」

 

「うわっ、ジャンヌ!?」

 

飛びついてくるジャンヌに驚くレーヴ。

成長した幼馴染の胸部装甲に圧倒される。

 

「は、離れて!?い、今ほら汗臭いから」

 

「そうですか?私は別に嫌いじゃないですよ」

 

天然全開。

ジャンヌのその言葉にさらに顔を赤くしつつ、持ち前の怪力で脳がショートする前にジャンヌを離す。

 

「ジャンヌのお陰で、俺は俺の才能に気づけた。ありがとう」

 

「それはレーヴの才能です。私が言わなくてもいずれ、気づけたと思いますよ」

 

「それでも、だ。俺はありがたいと思ってる。だから、礼をする、これに何の間違いもないだろう?」

 

「ふふっ、そうですね。はい、そのお礼、謹んでお受け取りします」

 

「なんだそれ」

 

「「ふふっ、あははは」」

 

互いに笑う。

月日は流れても、この二人の関係はまるで変わっていない。童心の様に互いが互いを思い合い、尊重している。

素の状態で会話できる数少ない人物同士なのだから。

 

そして、1428年。

ジャンヌと、レーヴの運命が動き出す日である。

その日、レーヴはジャンヌによって見出された盾での戦い方をより、極める為に外で盾を振り回していた。

 

「あ、レーヴ…」

 

「ん?ジャンヌか。どうした?」

 

だから、少し悲しい顔をしているジャンヌに出会うことができた。

 

「何か思い詰めた顔をしているが……」

 

「実はレーヴに隠してたことがあります……」

 

そうして、ジャンヌがレーヴに語ったのは、12歳の時に啓示を受けていたと言うこと。

そして、親戚の伝手で王宮へ入る許可を貰いに行くと言うこと。

 

「そうか……」

 

レーヴはジャンヌの話を聞いて、己が理解しきるスケールを超えていると悟る。

それでも、目の前の幼馴染で未だ言えぬ初恋の人物が、困っていると言うのにただ見てるなんて事を選択するわけにはいかない。

 

「なぁ、ジャンヌ。俺もお前に付いて行って良いか?」

 

「え?」

 

「俺は父さんの様に誰かを指揮する事は出来ない。俺に出来るのは、ただ盾を振るう事だけだ。

その道をお前は照らしてくれた。俺は、お前を守る為にこの力を使いたい。だから、頼む」

 

レーヴは頭を下げてジャンヌに頼む。

ジャンヌは熱心な信者だ。啓示を授かったのなら、それを現実の物にする為に戦いに身を投じるだろう。

そんな予感がレーヴにはあった。その時に、ジャンヌを守れない。

そんなのは嫌だ。自分がジャンヌより先に死ぬのはまだ良い。ジャンヌに先に死なれたらレーヴは……狂ってしまうと思えた。

 

「……レーヴ。ドンレミに二度と戻れなくなっても良いのですか?」

 

「構わない。後悔がないと言えば嘘になる。

親不孝者だとも思う。だが、それでも俺はお前と共にありたい」

 

沈黙が場を支配する。

レーヴの心の中で、断られるという予感が身を支配する。

 

「…良いですよ。私と一緒で貴方も一度決めたら曲げませんものね」

 

顔を上げたレーヴの視界に、嬉しいそうに悲しそうに、涙を流しながら笑うジャンヌの顔が移る。

こんな顔をさせたかったわけではない。でも、きっと彼女ならこんな顔をするだろうと奥底で思っていたレーヴ。

受け入れてくれたという嬉しさと、ここの奥底に走る痛みを味わいながら、レーヴはジャンヌと道を共にする。

 

その道が荊である事を理解しながら。

 

こうして、彼らの人生における平和な時間というものは消滅した。

ジャンヌとレーヴは、まずオルレアンでの作戦でその頭角を現した。

 

「我が旗に集いなさい!」

 

ジャンヌが旗を振るい、馬で敵陣に突撃すれば、兵士たちも否応なしに続く。

当然、敵に囲まれるジャンヌには多数の攻撃が集中するが。

 

「うぉぉお!!」

 

レーヴがその体格と盾を生かし、正面と右側から押し寄せる敵を全て吹き飛ばす。

吹き飛ばすだけで相手を殺すことのないレーヴの攻撃手段だが、体勢が崩れた敵を味方の部隊が飲み込んで行く。

ジャンヌは勇猛に、敵陣で旗を振るい、兵士たちを鼓舞する。

そのジャンヌに傷を付けされる訳には、行かないレーヴは敵陣で大暴れする。

結果、士気が上がった兵士たちが、統率の取れない敵兵士を飲み込んで行くのにそう時間はかからなかった。

 

サン・ルー要塞、サン・ジャン・ル・ブラン要塞、サン・オーギュスタン要塞

 

三つの要塞を瞬く間に陥落させ、占領したジャンヌの指揮能力は高く評価された。

そして、オルレアン周辺の要塞が陥落した事で、オルレアンの守りは手薄となる。

オルレアンが解放されるのは、明らかだった。

 

「…ふぅ、これでオルレアンは開放できましたね」

 

鎧に泥と、僅かな返り血を浴びたジャンヌ。

その近くで、大きな盾を下ろすレーヴ。

 

「脳筋戦術だよなぁ。敵陣に指揮官が突っ込むってどんだけだよ」

 

「レーヴだって、賛成してたじゃありませんか!」

 

「そりゃ、幼い時から戦術面はジャンヌに勝ったことがないからな。お前に任せるさ」

 

「なら、文句を言わないでくださいよ」

 

「実際にやるのと、聞いてるのじゃ全然違うんだよ。まぁ、何より勝ちは勝ちだ」

 

レーヴがジャンヌの背中を叩く。

少し、力が強すぎた様で咽せているが、笑いながら放置する。

 

「ジャンヌ!ご無事でしたか!!」

 

目が飛び出しそうな男が近づいてくる。

 

「ジル。私は大丈夫ですよ」

 

「おぉ。それはなりよりです」

 

「おいこら、ジルさんや。俺は無視かね?ん?」

 

「え?いやいや、そんな事はありませんとも。レーヴ殿」

 

ジルに肩を組みながら、名前を省かれたことに関して突っ込むレーヴ。

ジル・ド・レェ。

ジャンヌに結構、初期の段階から厚い信頼を向ける男。信頼が厚すぎて、近くにいるレーヴが見えてない事が多い。

その度に、こうした光景は繰り返し起きる。

 

ジャンヌ、レーヴ、ジル。

この三人が戦場を共にする事は多かった。レーヴは当然だが、ジルもほとんどジャンヌが出た戦に参加している。

オルレアンで功績を挙げたジャンヌは、その後も戦績を積み重ねて、遂には貴族の仲間入りを果たすほどだった。

もちろん、簡単になれたわけではない。一番、危なかったのはパリ包囲戦の時だろう。

レーヴが僅かに離れていたために、ジャンヌは足に弓矢を受け、動きが不自由になった。

それでも、指揮を取り続けたのがジャンヌの凄いところだ。

だが、それはレーヴがジャンヌに降りかかる全ての攻撃を防いでいたからだ。

 

「どこのどいつだぁ!!ジャンヌに弓矢を放った野郎は!!」

 

「お、落ち着いてレーヴ。私の傷はそこまで酷くありませんから」

 

怒号を上げながら、器用にジャンヌに向かう攻撃を全て防ぐレーヴの姿に敵兵は皆、恐怖したという。

 

そして、今は1430年、5月22日。

本来の歴史なら、ジャンヌが敵に捕縛される日の1日前。

今現在、ジャンヌ達一行は、援軍に向かう途中野営をしている時だった。

 

「よ、ジャンヌ」

 

「レーヴ。どうかしました?」

 

焚き火で当たりながら休んでいたジャンヌの元にレーヴが訪れる。

相次ぐ戦闘で、レーヴの身体には傷が目立つが本人はそれを勲章としてむしろ誇っている。

 

「なに、珍しくジルがいないからな。ゆっくり話そうと思って」

 

「ジルに失礼ですよ?」

 

「いつも俺の存在を忘れるからな。これぐらい良いだろう」

 

ジャンヌの横に腰を下ろすレーヴ。

すぐに口を開く事はせず、焚き火をじっと見つめる。

 

「なぁ、ジャンヌ」

 

火を見つめたまま、口を開くレーヴ。

その声は優しい声だった。

 

「なんですか?」

 

久しぶりに、ドンレミにいた時の様な声を聞いたジャンヌは同じように優しい声で返す。

 

「夢はあるか?」

 

「夢……ですか?」

 

「そうだ。この戦争が終わった後にお前はなにがしたい?」

 

「ふふっ、それ、ジルにも聞かれましたよ」

 

「まじか」

 

気の抜ける声で驚いた様な風に言うレーヴ。

 

「私は……そうですね。いつか、海が見たいです。出来ることなら貴方と二人で」

 

片足を膝を立て、それを抱える様にして、レーヴを見るジャンヌ。

焚き火の明かりかのせいか、それとも別の何かなのかレーヴには分からないが、ジャンヌの頬は僅かに赤い様に見える。

 

「……それが夢か。任せろ、その夢は俺が叶えてやる」

 

「本当ですか?」

 

「あぁ。勿論だとも」

 

胸に勢いよく手を叩きつけ、自信満々に言うレーヴ。

ずっと、ジャンヌを守ってきたんだ。これからもそう行けるはずだ。そう、根拠のない自信がレーヴにはあった。

 

「そう言う、レーヴには夢があるんですか?」

 

「俺か?俺は……ジャンヌが平和に過ごせるならそれで良いかな」

 

心の底からの願い。

レーヴは、徹頭徹尾ジャンヌを想っている。未だ告白はしていないが、それでもこの想いに揺らぎはない。

 

「ほんと、そればっかりですね。貴方は」

 

ふふっ、とジャンヌが笑う。

レーヴはその顔に見惚れる。久しぶりに、ジャンヌがここの底から笑った。

レーヴの大好きな、笑顔だ。

 

「当たり前だ。なんたって、俺だからな!」

 

「変なレーヴ」

 

「「あははは!!」」

 

ドンレミにいた時みたいに、互いに軽口を言い合い笑う。

そんな当たり前だったものすら、とうの昔に感じるほど二人は戦場に身を置いていたのだ。

二人は、見回りの兵士が来るまで語り合った。

聖女でもなく、兵士としてでもなく、ただのジャンヌとレーヴとして。

 

そして、翌日。

援軍にとして戦っているジャンヌとレーヴの耳に驚きの知らせが入る。

 

「敵に援軍!数は6000ほど!」

 

「なんですって!……こちらの数はそこまで多くない。このままじゃ、質量で押しつぶされる……」

 

敵方の援軍にジャンヌは頭を回す。

だが、どう考えても勝てる未来は見えない。そして、そんなジャンヌの様子をいち早く察する事ができる男がすぐ近くにいた。

 

「ジャンヌ。撤退しろ、ここは俺が殿を務める」

 

レーヴだ。

身の丈に合わない盾を構え、敵を吹き飛ばしながらジャンヌに言う。

その目にはしっかりとした覚悟が浮かんでいる。

 

「ですが!」

 

「俺とお前じゃ、フランスにとっての価値が違う!

逃げろ、ジャンヌ・ダルク!!」

 

ジャンヌの言葉を遮り、声を上げる。

よく見ればその背は僅かに震えている。ジャンヌには、レーヴの顔が見えないが、その背中がなによりも語っていた。

 

『逃げろ。俺は死ぬかもしれない。だが、お前は生きろ』と。

 

「レーヴ……全軍撤退。城塞まで引き返しなさい!」

 

レーヴの意思を尊重し、ジャンヌは引き始める。

 

「ジャンヌ!!」

 

ジャンヌに背を向けたまま、レーヴは声を出す。

 

「…心配すんな。必ず生きて戻る、だからお前の夢を諦めるなよ」

 

そう言って、レーヴは駆け出す。

その先には迫りつつある軍勢。一対多数。結果は、明らかだ。

だが、それでもジャンヌは信じ、撤退する。

 

「ウォォォォ!!」

 

こうして、レーヴ・ガルディアンは死んだ。

そして、歴史に大差はなく、ジャンヌもレーヴが稼いだ時間。その先を読んでいた敵軍に包囲され、捕まった。

 

レーヴは、その場で矢だるまの様になりながらも、盾を地面に突き刺し、死亡。

 

ジャンヌも、1431年5月30日に火刑に処された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…この風はオルレアンか。英霊となってもここに呼ばるとは」

 

「レーヴ?」

 

「……そうだよな。俺が呼ばれてお前が呼ばれないわけないよな」

 

とある時代のとある特異点。

人理の旅で、再び再開する日が訪れる……かもしれない。

 

 




レーヴ・ガルディアン

名前はフランス語で、夢の守護者にしました。
サーヴァントとして、呼ばれたらシールダーか、バーサーカー。
でも、どっちも主武装は盾です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小ネタ、マイルームでの会話

どうも。思いついてしまったので、FGOにおけるマイルームでの会話を書いてみました。
前半はレーヴの。後半はレーヴに対するサーヴァント達の言葉です。
ストーリーではないので、興味があったら目を通してみてください。


召喚

「シールダー召喚に応じて参上した。この身が矢ダルマになろうとマスターを守ってやる。

一つ聞くが、此処に聖女……いや、ジャンヌ・ダルクはいるか?」

 

会話1

「どうした?マスター、戦いに行かないのか?

いや、俺は戦いに行けとか言わないが……俺と話しててもつまらんだろう」

 

会話2

「サーヴァントねぇ……不思議なものだな。自分が生きた時代ではないのに存在出来るってのは。

まぁ、俺みたいなただの盾使いすら駆り出される案件って事なんだろうけど」

 

会話3

「マシュ・キリエライトか。俺と同じシールダーのサーヴァント。そういう意味で興味は惹かれるが…

マスター。彼女の手はしっかりと握っていろ、あの目をしてる奴は放って置いたら誰かの為に自分の命を平気で投げ出せる。

自分なら止められたかもしれない…そんな後悔はしたくないだろ?」

 

会話4

「よぉ、ジル。相変わらず、バカみたいな真面目顔だな。どうだ、この後一杯……この堅物め」

 

会話5

「ッッ…あれがジル・ド・レェだと?冗談だろ……いやでもそうかそうだよな。

お前はそう成り果てるまで絶望したのか。先に死んじまった俺にはどうしようもない事だったんだよな」

 

会話6

「ジークねぇ……ほーん、あいつが……彼女をただの少女に戻せた事には賞賛を送る。

だが!彼女を一番よく知ってるのはこの俺だ。それだけは譲らん。……って何言ってんだ子供か俺は」

 

会話7

「ジャンヌ!いやぁ、こうしてまた会えるとはな。

おいおい、暗い顔は無しだ。俺は俺のやるべき事を成しただけだ。そこにお前が責任を感じる必要はない。

と言ってもお前の事だ気にするんだろうな……全く、本当に不器用だなジャンヌは」

 

好きなこと

「好きなもの?そうだなぁ…あいつの笑顔と干し草の山で寝ることだな。気持ちいいぞ、機会があったらやってみるといい」

 

嫌いなこと

「嫌いなことだと?守れない事だ。大切な奴が傷つく事ほど、嫌なものはない」

 

聖杯について

「聖杯か。……願うなら彼女の幸福を。

俺はそれを成す事は出来なかった。夢を叶えてやると豪語しておきながらな」

 

絆Lv1

「俺の後ろから顔を出すなよ。そうしたら、無事に帰れる」

 

絆Lv2

「俺の心配をする必要はないぞ。兵士より指揮官が死ぬ方が被害が大きい。だから、俺はお前を守る」

 

絆Lv3

「だから!俺の後ろにいろっての。なに?後ろにいるだけじゃ支援出来ないだと?

馬鹿かマスター。お前は指揮官で俺は兵士だと…心配だから?はっ、そういう心配は俺に必要ない」

 

絆Lv4

「はぁぁ…分かったよ。そんなに俺を支援したいなら勝手にしてくれ。

その代わり、俺もある程度好きなように動かせて貰うからな。支援したいんだろ?なら、俺に合わせて動け」

 

絆Lv5

「いつかは根を上げると思ってたんだがな、まさかここまでやるとは。

俺の負けだマスター。お前は俺が背を預けるに足る人物だ。こうなったら何としても、お前を守ってやる。

なに、心配するな。殿を務める訳じゃない。お前という旗の為に守るんだ。旗を守る為なら、俺はどんな大軍でも相手してやる」

 

ジル(剣)

「おぉ、レーヴ殿。貴方も呼ばれていましたか。貴方がいればマスターの身は心配する必要ありませんな」

 

ジル(術)

「おぉぉぉぉ!!なぜ、なぜ貴方が此処にいるのです!?

聖処女の失落の始まりである貴方が。……あの場に居ながら聖処女を救えなかった背徳者が!」

 

ジーク君

「なぁ、マスター。あの先日召喚された盾使い。凄い視線で見てくるのだが……俺は彼に何か気に触る事でもしてしまったのだろうか?」

 

ジャンヌ

「レーヴ・ガルディアン。彼は私が最も信頼する盾であり、最愛の友です。

彼と共に過ごした時間は私の中で掛け替えのない宝物です。え?恋愛の情はないのかですって?そうですね……ただの少女であった私にはそういった感情を抱いていたと思いますが、戦いに出るようになってからは考える余裕がありませんでしたね…って、レーヴいつからそこに!?わ、忘れなさい今の聞いたことは忘れなさーい!!」

 




サーヴァント達がどんな表情をしてるかなどは、皆さんの想像におまかせします。
では、また機会がありましたらお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邪竜百年戦争オルレアン

ぶっちゃけ最後が書きたかった。
はい。盾inオルレアンを楽しんで頂けると幸いです。


 懐かしい風の中に混じる血の香りがとても不快に感じられた。帰る事が出来なかった故郷に呼ばれたと思ったら、記憶の中とは全く違う景色に苛立ちが生まれる。辺り一面に広がる夥しいまでの死。自分を呼んだのは人理の最後の叫びだと理解しても尚、腹が立つ。何故、もっと早くこうなる前に呼んでくれなかったのかと。

 

「……いや、こんな事考えてる場合じゃないな。俺が呼ばれてるならアイツも居るはずだ。当面は合流を考えよう」

 

 村に背を向けて歩き出す。生者の気配が全く感じられない故郷、ドンレミを後にする。向かう先など決めていないが、オルレアンでも目指せば良いだろう。此処が俺の生きた地であり百年戦争の最中ならあそこに何かあるだろう。

 

「しかし、フランスの空をワイバーンが飛んでるってのも違和感が凄いな」

 

 俺に気がついていないのか悠々と空を飛んでいる緑や赤の鱗を持つワイバーン達。当たり前だが生前のフランスでは一度も見かけなかった幻想種だ。俺の様なただの盾使いに相手出来るものなのかねアイツらは。

 

「ん?戦闘音がするな、あっちか」

 

 目的地であるオルレアンから少し逸れるが、近くの森から僅かだが戦闘音が聞こえた。別に無視しても良いのだが、なんとなく本当になんとなくだがあそこに呼ばれている気がするのだ。

 

「……ジャンヌ。お前はそこにいるのか?」

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁ!」

 

「踏み込みが甘い!」

 

 黒いジャンヌから逃れ、休息していたカルデア一行。そこに敵側のサーヴァントであるバーサーク・ライダーこと壊れた聖女マルタが現れ、戦闘を開始していた。彼女の宝具である大鉄甲竜タラスク、そして今しがた盾で殴りかかったマシュをその盾ごと拳の一つで弾き飛ばすマルタの戦闘力の高さによりカルデア一行は押されていた。

 

「どうしたのですか、この程度では到底竜の魔女に勝てませんよ!」

 

 マルタはカルデア一行を試していた。自分を倒し、竜の魔女を倒せるほどの力を持っているのか。故に全力で戦ってはいるが本気は出していない。タラスクは現在、マリー・アントワネットとモーツァルトによってギリギリ押さえ込めている。本気でタラスクが暴れれば、サーヴァントになっているとは言え、生前戦士でもない王妃と音楽家など簡単に破れる。

 

「(よく抗うわね……でも、まだ足りない。もっと、その力を見せてみなさい)……タラスク!」

 

 時間をかければ自分を踏破出来ると分かるが、それでは足りない。ならば、更に追い込みその底力を引き出す。なに、潰れてしまうのならそこまで。遅かれ早かれ敗北するだろう。死が早まっただけだ。狂化によって狂った思考は聖女とは言え、耐えきれるものではなかった。

 主の呼び声にタラスクは応える。その場で回転し、マリーとモーツァルトを弾き飛ばし、マルタの目の前に立つマシュとジャンヌに襲いかかる。

 

「竜種の突撃、来ます!ジャンヌさん、私の背後に」

 

「分かりました!」

 

 盾を構えたマシュの後ろへジャンヌは移動する。盾持ちである彼女がタラスクの突撃を防ぎ、ジャンヌがその背を守る形だ。

 

「はぁぁ!」

 

 タラスクの突進を見事防いで見せるマシュ。だがそれはマルタの狙い通りであった。

 何かに祈りを捧げる様に手を組むマルタ。それと同時に高まり圧を発生させる彼女の魔力。その場の全員が気がついたーー宝具がくると。阻止しようと動き出しても既に遅い。何故なら、彼女の宝具は放たれている。

 

『ガァァァァ!!』

 

「きゃあ!?」

 

 その場で回転し、主から供給された魔力でマシュを弾き飛ばすタラスク。その勢いで、上空へと跳ね上がり巨大な隕石の様にマシュの背後にいたジャンヌへと襲いかかる。

 

『ガァァァァ!!(良いんですね、姉御!!)』

 

「やりなさいタラスク!!」

 

 マリーも、モーツァルトも、マシュも。その場の英霊全てが間に合わない。マシュに背を向けていたがゆえに反応が遅れるジャンヌ・ダルク。気がついた時には彼女では回避出来ないほどタラスクは迫っていた。ルーラーとしての耐久力を信じ目を閉じるジャンヌ。

 

「させねぇよ。宝具ーー『聖女に安らぎを(ジャンヌ・ポア・ラ・ペ)』」

 

 ジャンヌの危機にこの男が間に合わない筈がなかった。

 

「あな、たは…!」

 

 男が振り下ろした盾を中心に、夜だというのに辺り一面を照らすほどの輝きを持った黄金の光を放つ結界が生成される。やがてそれは人の形を取る。守られているジャンヌには見えないがそれは祈りを捧げ、微笑むジャンヌに酷似していた。彼は死ぬまでジャンヌと共にあり続け、ジャンヌと離れた時彼は死に、そしてジャンヌも死んだ。この宝具はその逸話が昇華されたもの。

 

 彼が聖人・聖女と認めた者を守る時のみ使える宝具。己の人生、全てを捧げ聖女を護った男の盾は聖人・聖女に降り注ぐあらゆる厄災を退ける盾となる。

 

 男が盾を大きく突き出せば、呼応する様に光が強くなりタラスクを吹き飛ばす。

 

「すまない遅くなったジャンヌ。今度はお前を護り通してみせる」

 

 その男、百年戦争で大きな盾を振り回しジャンヌ・ダルクを護ったという。

 その男、数千の軍勢にただ一人で挑み命果てても屈する事なく、ジャンヌ・ダルクが逃げる時間を稼いだという。

 ジャンヌ・ダルクの守護者にして、盾使い。見上げるほど大きなその身体の持ち主はただ一人。

 

「レーヴ…!」

 

「おう!レーヴ・ガルディアン、我が聖女の為に参上!ってな」

 

 万人を救える英雄ではない。天災を退ける英雄ではない。幻想種を踏破し輝かしい伝説を残した英雄ではない。

 

 だが、ジャンヌ・ダルクを護る為なら男は竜種の突撃すら防ぎ、聖女を安心させる為笑う。

 

 その姿は正しく、聖女の為の英雄だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと落ち着いたところで色々と話を聞いても良いか?」

 

 壊れた聖女マルタは敗れた。龍殺しの情報を残してその霊基は還っていった。一度落ち着いたところで情報共有でもしようとレーヴから持ちかけたのだ。

 

「あ、はい。その、先程はありがとうございます。お陰で助かりました」

 

 赤髪の少女、人理を託された最後のマスター藤丸立香がお礼をする。その言葉にこそばゆそうに頬を掻きながら、レーヴはその礼を受け取る。実はこの男、基本的にジャンヌを護ってるだけなので彼女以外からのお礼を受けた経験が乏しいのだ。つまりどう返せば良いのかよく分かっていない。

 

「レーヴ、私からも。貴方が来てくれなかったら危なかった」

 

「ジャンヌを護るのが俺だからな。しかし、俺の様なただの盾使いすら呼ばれるぐらいだから余程だとは思ったが、なんなんだこのフランスは?一体全体何がどうなっている?」

 

 ジャンヌからのお礼にはしっかりと返答する。この森に来る道中に見かけたワイバーンや空に浮かぶ光輪、そして滅びた村々。それら全てがレーヴが理解できないものだった。

 

『僕から説明するよ』

 

「うおっ、なんだとてつもなくビビりの癖に戦場に立って震えてそうな男の声は」 

 

 通信機越しに聞こえてきた声にあんまりな評価をするレーヴ。ロマニから現在、人類が置かれている状況が説明される。話が進んで行くうちにどんどん真面目な顔になり最後には、上を向きため息を吐くレーヴ。ロマニが話し終わると立香に視線を合わせジッと見つめたあと口を開く。

 

「世界ってのはどうして少女に重みを背負わせるんだか……自己紹介がまだだったな人類最後のマスター。

 俺はレーヴ・ガルディアン。クラスは見ての通りシールダーで現界した。護ることに関しては自信あるが立派な伝説など持たないただの盾使いだ。よろしく頼む」

 

 此処に本来は存在しない、盾の英霊が加わった。しかし、彼は聖女を護ることしか出来ない。

 

「……A……アー……サー……」

 

「アーサーじゃねぇよ。ジャンヌだ」

 

 贖罪を求め狂う騎士には最期の祈りをさせることはない。

 

「……殿は俺の仕事だが、王妃様。貴女が残ると言うのですか」

 

「えぇ!だって、貴方はジャンヌと離れてしまったから死んでしまったのでしょ?なら、貴方を残す訳にはいきませんもの。

 それに私はフランスの王妃。貴方が聖女を護る方なら私は市民を護る者、同じ護る者なら分かってくださるでしょう?」

 

「ぐっ……分かりました。ジャンヌ、聖人ゲオルギウス此処は引くぞ。王妃の覚悟を無駄には出来ない」

 

「待って!マリー!私は……もう誰かを!!」

 

「良いのです。きっと私はこの為に呼ばれたのですから」

 

 邪竜から街を、市民を護るために残る王妃を助ける術はない。

 

 彼は、レーヴ・ガルディアンという男は絶望をひっくり返すほどの力はない。だから、彼が加わっても本筋は変わらない。一騎当千の英雄ではなく、さりとて名も無き英雄として歴史に消える英霊ではない。だが、それでもそれでもこの男だからこそ、救える者がいた。

 

「答えろジル。何故、竜の魔女なんて願った…!何故、俺たちがついて行きたいと心の底から思ったアイツを、唯の幼馴染だからとついてきた俺より聖女としてのジャンヌに何より憧れていたお前が!!よりにもよって、ジャンヌを魔女だと言うのか!!」

 

「黙りなさい!!盾と言いながらジャンヌを守れなかった背信者が!!確かにジャンヌであるならば、この国を憎まないでしょう……ですが、私は、この国を、憎んだのだ……!我が聖処女を!我が友を!全てを裏切ったこの国を滅ぼすと誓ったのだ!!」

 

「お前の憎しみは理解しよう……道半ばで死んだ俺には抱けない物だ。だけどな、ジル・ド・レェ!お前はその願いを聖杯に祈った時点で、何よりお前自身が俺を…ジャンヌを……俺たちが駆け抜けた時間を裏切ったんだよ!!」

 

「黙れぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 盾を投げ捨て、本を投げ捨てあろう事かこの二騎は素手での殴り合いを始めた。レーヴは我慢出来なかった、友が道を踏み外すのが。申し訳なかった、何も出来なかった自分が。ジルは憎んだ、憧れの聖処女に信頼されていたのに守りきらなかった友を。そして、申し訳なかった、友の死後聖処女を守れなかったのが。

 

「ジル!!」

 

「レーヴ!!」

 

 憎しみも後悔も、慈愛も友情も全てがぐちゃぐちゃになりながら目の前の男を殴り続ける。彼らが喧嘩をする事は生前、一度も無かった。戦場を共に駆け抜け、笑い合ったがこうして正面から殴り合う事は無かった。

 

「なぁ、ジル!お前は世界なんて恨む必要なかったんだ。守れなかった俺を恨んで、ジャンヌが作った平和を享受すべきだったんだ……俺たちが夢見た平和を楽しめば良かったんだ」

 

「出来るわけがないでしょう!!貴方が、ジャンヌを守れないなんて思いも考えもしなかった。何食わぬ顔で戻ってくると思いたかった。そして、可能なら平和な世界で聖女でも盾でも兵士でもない。私達でくだらない、なんて事のない平和を生きたかった!」

 

「……馬鹿だなぁ……だからお前は堅物なんだよ」

 

「貴方の様に生きられたら……どれだけ良かったのでしょうね……」

 

 同時に倒れ伏す。口を大きく開け息を乱しながらスッキリとした顔で天井を見上げる二騎。

 

「……貴方が此処に召喚された時点で……私は負けていたのですね……聖杯を持ってしてもこのザマですか。こんなんじゃ、世界なんて壊せませんな……」

 

 ジルがゆっくりと立ち上がる。ふらふらとした足取りで投げ捨てた本を拾い、カルデアへジャンヌへの向き直る。

 

「…ジル」

 

「ジャンヌ……私は私がしでかした事の責任を取る必要があります…そこの馬鹿に存分に殴られたお陰で自死する気力も無いのです。どうか、私を地獄に堕としてくれますかな?」

 

「貴方がそれを望むのなら……ジル、大丈夫ですよ。私は最後の最後まで決して後悔しません。何故なら貴方達が共に居てくれたから。さぁ、戻りましょう在るべき時代へ」

 

 ジャンヌが旗を振るい、ジルにトドメを刺す。この特異点を生み出すほど、世界を憎んでいた彼は消えゆく最後まで笑みを浮かべていた。

 彼から出てきた聖杯をカルデアが回収すると特異点の修復が始まる。最期の言葉を交わしながら力を貸してくれた英霊達が消えていく。

 

「藤丸立香。きっとお前の旅はこんなもんじゃない苦難が待ち受けている筈だ。だが、決して絶望する必要はない。

 本当は、代わってやりたい。だが、世界はお前を選んだ。お前にしか成し遂げられない理由があるんだ。だから、苦しくても辛くてもそれ以上に楽しめ!お前が笑っていれば英霊達は力を貸してくれる。勿論、俺もな」

 

「ーーはい!レーヴさん、ジャンヌ、またね!」

 

 こうして世界の命運を背負う少女はフランスから戻って行った。次なる戦いがいつかはレーヴには分からない。だが、その旅に幸あれと祈りを捧げる。

 

「レーヴ」

 

 ゆっくりと頭が持ち上げられ、次には柔らかい感覚が後頭部に広がる。

 

「ただいまジャンヌ」

 

「お帰りなさいレーヴ」

 

 会話はそれ以上続く事は無かった。しかし、二人は漸く帰って来れた。迎える事が出来た。

 あの日、失ったものを。言いたかった言葉を。もう一度、彼/彼女と共に過ごせたのだ。特異点を修復した報酬としては余りにも小さい報酬を受け取って此度の戦いは終わった。




感想・批判お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

想いは隠して

バレンタインデー編!急遽思いついたので突貫で書き上げました!


 2月14日。この日、カルデアはいつもより浮かれそして甘い空気が流れていた。白紙化された人類史を取り戻す戦いのほんの僅かな一休みの一幕。オルレアンの戦いの後、ジャンヌと共にカルデアに召喚された男、レーヴは食堂で職員やサーヴァント達のやり取りを眺めながらエミヤの淹れてくれた紅茶を飲んでいた。

 

「バレンタインデーか。良い日だな、エミヤ」

 

「乙女にとっては想いを伝える良い日だろうな。マスターも忙しそうにしていたよ」

 

「全員に配りそうだもんなあのマスターは。それでエミヤ?これは、バレンタインデーって事で良いのか?」

 

 紅茶と共に置かれたチョコレートケーキを指さすレーヴ。無名の英霊同士惹かれるところがあるのか、ジャンヌ達を除けばレーヴが最も関わっている男エミヤ。真名をさらりと呼ぶ辺り良好な関係を築けているだろう。

 

「無論だとも。別に男同士で渡し合ってはいけない訳ではない。友チョコなんて言葉があるぐらいだからな。君には日頃世話になっているからそのお礼だ。受け取りたまえ」

 

 食器を拭きながらサラッと言うあたりこの男のタラシっぷりがよく分かる。当人にとっては言葉通りの意味なのだからタチが悪い。多分、生前では女性で苦労しただろうなと思うレーヴ。何も言わず、当たり前の様に一緒に出されていたチョコレートケーキ、レーヴが指摘しなければこの男は何も言わなかっただろう。そして、この推測は合っている。

 

「んじゃ頂くか。エミヤの料理は美味いからな。っと、エミヤ!」

 

「何かねっと……チョコレートか」

 

「仕事しすぎのど阿呆には、糖分を与えないとな。まっ、俺は料理なんてしないから購買で買った市販品だけど」

 

 投げつけたチョコレートの説明をしながらエミヤお手製のチョコレートケーキを頬張る。しっとりした柔らかさに程よい濃さのチョコレートの甘さが紅茶と合う。ストレートで淹れられた紅茶はこのケーキと合わせて飲む様に淹れられたのだろう。紅茶とチョコレートケーキ、交互に食べる手が止まらない。

 

「しっかり休んでいるのだがね。まぁ、折角用意してくれた物だ、有り難く受け取っておこう」

 

「マスターが忙しそうにしてたって知ってるお前の事だ。どうせ、手伝ったんだろう?洗い物が多いぞ」

 

「さてな。私には君が何を言っているか分からない」

 

「逃げ方雑だな。っと、ご馳走さん。美味かったぜケーキ」

 

「食べてる様子を見れば分かるとも。喜んで貰えた様で何よりだ」

 

 ケーキのお礼を言えば流れる様に皿を回収され、紅茶のおかわりが用意される。ほんと、このアーチャーは執事みたいだ。常に相手が何をして欲しいか察して動いている。騎士王や、女神様達が何故かこの男に絡む理由を見た気がする。

 

「あ、いたいた。レーヴさん!」

 

「うん?おう、マスターか。どうした?」

 

 さっきまで食堂にいるサーヴァント達にチョコを配っていたマスター。藤丸立香がレーヴの元にやってくる。少し中身の減った大きな袋を持っている事からまだまだ配る相手は多そうだ。

 

「はい。ハッピーバレンタイン!」

 

 丁寧に包まれた可愛らしいチョコレートを受け取る。結構な数作る必要があるというのに手抜きを一切感じられないこのチョコレート。これが自分用の特別だとレーヴは思わない。目の前の少女は与えられた幸福を当たり前の様に周囲に返す事が出来る優しい人物だと知っているから。大きな袋の中身全てがこのチョコレートなのだろう。まぁ、マスター大好き勢にはちょっと残酷な優しさかもしれないが彼らもこういうマスターだから好きになった。だからきっと良いのだろう。

 

「おぉ、ありがとう。しっかし、丁寧だな、こんな盾を振るしか出来ない俺みたいなサーヴァントには手を抜いても良かったんだぞ?無理してお前が倒れたらハッピーなんて言えないからな」

 

 そう分かっててもついついお節介を言ってしまうのはジャンヌを思い出すからか。

 

「うっ……確かに量が多いから大変だったのは認めるけどエミヤやブーディカ達に計画立てて貰ったから無理はしてないよ!ね、エミヤ?」

 

「あぁ。何、少々時間を忘れて何回か日付を大きく越えたぐらいさ」

 

「ちょ!?それは言わないで!!」

 

 エミヤに隠していたことをバラされ慌てふためく立香。こうしている間は、本当にただの少女だ。人類を背負っているマスターには見えない。いっそ、ずっとマスターとしての顔しか知らなければどんなに楽だっただろうか。そんな事を考えて馬鹿な考えだと一蹴するレーヴ。そんなマスターならこんなに数多のサーヴァントが力を貸すことはなかったし、自分も力を貸す気にはならなかっただろう。

 

「たくっ、マスター。手を出してくれ」

 

「ん?」

 

 差し出された手にそっとなんの変哲もない髪留めを置く。マスター用にレーヴが用意していた物だ。魔術的な加護がある訳でもなく、レーヴに縁がある物でもない。本当になんでもないただの髪留め。似合うだろうと思って買ってきたが同じ物など購買に行けば幾らでも並んでいる。ただ、そんな当たり前の品を当たり前を送れなくなってしまった彼女にレーヴはあげたかった。

 

「女の子はお洒落したいだろう?それには何一つ加護とか特殊な素材で作られてるとかないから。お前が、ただの藤丸立香でいた時の様に付けて大丈夫だ。あ、俺のセンスで選んだから気に食わなきゃ捨ててくれ」

 

 髪留めを受け取った立香はしばらくまじまじとそれを見つめていたが、やがてレーヴを見て笑顔を浮かべ、お礼を告げた。それに笑顔で応じ他に待ってるサーヴァント達のところへと送り出す。

 そんなレーヴと立香のやり取りをエミヤは優しく見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……いざ渡すとなると緊張しますね。マスターに渡せたから同じようにいけるかと思っていたけど……」

 

 レーヴに与えられた部屋の前で私はウロウロと不審者の様に動いていた。バレンタインデー、今日くらいは聖女ジャンヌではなく、ただのジャンヌとしてレーヴと会おうと思っていたけど中々決心がつかない。これなら、オルレアンに軍を率いて突撃した時の方がまだ落ち着いていたと思えてきた。視線を落とせば飾り気のないチョコレートが目に入る。何か飾ろうかと思ったけれど、結局何も思い付かず、シンプルなデザインのままになってしまった。いけませんね、どうにも私は普通の女の子の様に振る舞えない。 

 

「思えば……レーヴが召喚されて嬉しいのにそれを表に出した事がありませんでした」

 

 同じ村で育って私が巻き込んでしまって百年戦争に参加したレーヴ。彼に救われた事は数えきれないほどある。けど、私は彼に何かしてあげられたのだろうか?最期まで彼は私を守るために戦ってくれた。ずっと隣に居てくれた彼にただ私は甘えていただけなんじゃないだろうか。

 

「ジャンヌ?何してるんだ?」

 

「ひゃわ!?」

 

 いけない方向に考えが回り始めたときに声をかけられる。変な声を出してしまった……

 

「レ、レーヴ。外に出ていたんですね」

 

「星が見たくてな。それで、どうした?」

 

 ゆっくりと近づいてくる彼の足音に合わせて心臓がどんどんうるさくなる。用件を告げなければと、口を動かすが上手く動かない。どうやら緊張で強張ってしまってる様だ。ああもう!情けない。

 

「ンンッ!」

 

「うおっ!?」

 

 大きく咳払いをして覚悟を決める。明らかに変な私の様子に心配しているレーヴをまっすぐ見つめながら手に持っていたチョコレートを差し出す。

 

「ハ、ハッピーバレンタイン!です。レーヴ、私はカルデアでこうして貴方と共に居られるのをとても喜ばしいと思っています。

 共にマスターを守る身ではありますが、共に支え合い戦っていきましょう」

 

 結局、ちょっとばかり聖女としての私になってしまいましたが仕方ありません。差し出したチョコレートに彼が触れ、私の手から離れていくのが分かる。直後、私は彼に抱きしめられていた。

 

「レ、レーヴ!?!?」

 

 彼の逞しい腕が私の腰に回され、強く強く私という存在を確かめる様に抱きしめられる。

 

「ジャンヌ……ありがとう。俺も君とこうして居られるのがとても嬉しい。君と触れ合える日が来るなんて思っていなかったから。

 チョコレート、ありがとう。シンプルなデザインが凄く君らしいよ」

 

 耳元で感謝されるのはなんともこそばゆい。でも、彼がとても喜んでくれている様で私も嬉しくなる。私じゃ彼を包んであげるには小さすぎるけど精一杯手を伸ばし抱きしめ返す。私も彼を感じたかった。

 

「レーヴ……私は貴方にずっと助けられてきました」

 

「俺もそうだ。あの戦争を戦えたのは君が居てくれたからだ」

 

「でも、私が居なければ参加しなかったんじゃありませんか?」

 

「あぁ。だが、それはレーヴ・ガルディアンにはあり得ない話だ」

 

「……どうして、ですか?」

 

「ジャンヌが居なければ俺は世界に名を残す英雄にはなっていないからだ。もし、信託を受け取った君を見送っていたとすれば、その俺はもう俺じゃないんだ。君を守りたい。君の助けになりたい。君の笑顔が見たい。君の夢が叶うところを見たい。そう思ったからこそ俺はこうして存在している」

 

「本当に貴方は……私ばっかりですね。少しは他の人を見ても良いんですよ?」

 

「嫌だ。君が居るのに君以外を見る理由がない」

 

 ぎゅっと再び強くなる抱擁。流石に少し苦しいけれど、彼が望んでいるのならこのままでいよう。だって今はただのジャンヌなのだから。しばらく彼が満足するまで抱きしめられた私。やがて、冷静になったのか彼の方から離れる。少しばかり寒いと思ってしまったのはわがままだろうか。

 

「……お礼を用意してある。ジャンヌが良ければだけど、部屋来るか?」

 

「えぇ。お邪魔しますね」

 

 鍵を開け私を伴って部屋に入る。椅子に座って待ってくれば、紅茶の香りが流れてくる。どうやら、紅茶を用意してくれた様だ。しかし、彼のお返しとはなんだろうか。別に3月14でも構わないけどカルデアでは、よくその場でマスターにお返しをしている。きっと、彼もそれに習ったのだろう。そんな事を考えていれば、彼が紅茶とお菓子を持ってくる。

 

「エミヤから貰った茶葉で淹れた紅茶だから美味しいと思う。それと、これは少々不恰好だが、俺が作ったマカロンだ」

 

 バレンタインにおけるマカロンの意味。この時の私は知らなかったが、それは──『あなたは特別な存在』

 




感想・批判お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。