東方罪妹録 (百合好きなmerrick)
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第1章「罪深く強欲な悪魔」
1話「罪な妹」


はい、作者のrick@吸血鬼好きです。初めましての人は初めまして。そうでない人はご無沙汰しています。
今回のみ三人称となります。それと、私の処女作とは一風変わった話ですが、それでも楽しめたら幸いです。







 罪とは一体何か。それは規範や倫理に反することを指すという。

 

 しかし、本来は宗教的観念であり、ある行為を罪とするには意図的かどうかで変わる。また、罪に対する「後悔ともう二度と犯さないとの決意を表現する」懺悔と「過去に犯した行為への贖い」の代償が必要ともされる。

 

 では、罪を犯したのが悪魔であればどうなるのか?

 

 神に意思表明する懺悔や代償が受け入れられるのだろうか。

 

 

 

 もちろん神には受け入れられない。しかし、それ以外には受け入れられることもあろう。悪魔には悪魔の罪がある。しかし、その罪が人と違うものかと問われれば、そうでもない。人と同様に、いやそれ以上に厳しく代償を求められ、懺悔を迫られる。

 

 

 

 

 

 罪を忌み嫌う時代、ある場所にその悪魔の少女は生まれた。その少女は幼さ故に禁忌を犯し、罪深きことにありとあらゆるものを欲した。存在が許されるはずはなく、赦されるはずもなく。

 

【それでも少女は、罪を犯して生きていく】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Remilia(レミリア) Scarlet(スカーレット)──

 

 これは過去の話。

 

 そこは中世のヨーロッパ。紅い館、名を紅魔館。割と安直な名前なのだが、その名は国をまたいで知れ渡っている。理由は1つ。そこには吸血鬼という悪魔が住むからである。その悪魔は近隣地域を支配し、妖精メイドや眷属を増やしながら勢力を伸ばし続けていた。それに対抗するように周囲の人間達は徒党を組むも、そこは人と人以外の差。数で押そうが関係なしに、人間達は呆気なく散っていく。まるで子どもと大人の争いが何年も何十年も続き、いつしかその悪魔は大陸の半分近くを支配していた。

 

 

 

 その館の主の名はスカーレット。現当主ドラキュラ公。その妻であるマリアンヌ。勢力を拡大している途中に出会い、2人はめでたく結ばれることになる。そして、2人の出会いから数年後、ドラキュラとマリアンヌの間に第一子が生まれる。

 

「マリアンヌ! 赤子の声がした。もう産まれたのか!?」

 

 部屋の前で待つドラキュラ公の声が廊下でこだまする。あまりに大きな声に、近くに居た妖精メイド達は驚き一瞬だけ仕事の手を止める。声の主が分かると、怒られないように再び仕事を再開した。

 

「ええ。もう入ってきてもいいですよ」

「やはり産まれたのか! 男か! それとも女か!?」

 

 声を上げて部屋に入る。するとその声にビックリしたのか、母親の腕の中にいる赤子は負けじと大きな声で泣き叫ぶ。

 

「ええ、ええ。産まれましたから静かにしてください。それと可愛い女の子ですよ。ですから名前はレミリアにします」

「お、女か⋯⋯。できるならば男が良かったのだが⋯⋯」

「レミリアの前でそんなことは言わないでください。可愛い子ですからいいじゃないですか。ね、レミリア」

 

 レミリアと呼ばれた赤子は、母親の言葉を聞いて泣き止む。母親の顔を不思議そうに見た後、笑顔になって母親の手に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Frandre(フランドール) Scarlet(スカーレット)──

 

 レミリアが生まれて5年後。スカーレット家に第二子が産まれる。この時、父親のドラキュラ公は更なる勢力拡大のために不在。出産を手伝った妖精メイド達も家族水入らずの状況を作るために部屋から出ている。その場には母親とレミリア、そして母親が抱いている赤ちゃんしか居なかった。

 

「レミィ。この娘が貴女の妹のフランドール。フランよ」

 

 母親の手の中には小さな赤子がいる。しかし、その悪魔の象徴たる翼は普通のそれではなかった。翼の骨組みに七色に光る宝石のようなものが付いており、キラキラと輝かせている。その赤ちゃんにとっては運の良いことに、母親姉はそれを忌み嫌うような人達ではなかった。

 

「いもーと?」

「ええ。妹よ。可愛いでしょう?」

 

 母親の言葉にレミリアはフランの顔を覗き込む。すると、姉の顔だと分かっているかのように、嬉しそうに微笑んだ。その顔にレミリアもたまらず笑顔になる。

 

「ふふふ、かわくてきれい。フラン、ありがとう。わたしのいもーとになってくれて」

 

 母親は娘2人を微笑ましく思いながら見つめ、静かにこの風景を楽しんだ。レミリアもこの時、妹の笑顔で幸せな気持ちになった。そして、恐らくはこの時に彼女は妹を好きになり、自分にとって大切な存在だと自覚したのだろう。レミリアは跡継ぎの第一候補だというのに、その日は時間さえあれば、終始妹の姿を見ていた。

 

 

 

 しかし、異変が起きたのはそれから数日後のことだった。

 

 父親が帰ってきたその日に、フランの能力が暴走した。最初は小さな物だったのだ。誰も触れていないのに音を出して破裂した。それからというもの、辺りの物を無差別に破壊し続けた。それがフランの能力のせいだと気付くには遅すぎた。

 

「マリアンヌ! 大丈夫か!?」

「ええ、私は何とか⋯⋯」

 

 話を聞きつけ、父親が母親の元に訪れるも時すでに遅し。フランは傍に居た妖精メイドの1人を(破壊)した。妖精メイドの立っていた場所には血溜まりと肉片だけが残り、他の妖精メイド達は恐ろしさのあまり逃げ出してしまったのだ。

 

「まさか、この娘にこんな力があるとは⋯⋯。稀に能力を持つ者が産まれることがあるとは聞いていたが、迷信だとばかり思っていた⋯⋯」

「今、この娘は寝ています。恐らくは力を使い果たしたせいで眠ったのかと⋯⋯」

 

 まだ罪の意識がないフランは、すやすやと気持ち良さそうに寝ている。父親はその顔を見て、安心や恐怖、愛情が入り混じる複雑な思いを抱いていた。

 

「⋯⋯仕方あるまい。俺は君に死んでほしくはない。しかし、この娘を殺すわけにもいかない」

 

 父親は苦渋の決断をする。これ以上は誰も死なせない。母親とフランの顔を交互に見つめ、そう心に誓った。

 

「フランは地下に幽閉する。妖精メイドか眷属に交代でフランを見させる。レミリアには必要以上に心配させるわけにもいかないから、容態が良くないとでも言って、近付けさせないようにしよう」

「え、ええ、分かりました⋯⋯」

「大丈夫だ。フランも能力を自由に扱えるようになれば、自由に外に出ることもできる。それまでの辛抱なのだから」

 

 そうして、フランは地下に幽閉されることになる。母親はフランを地下に連れて行くまで、我が子を苦しそうに、悔しそうに見続けていた。叶わぬ思いを願いながら。

 

【そして、誰もこの時から歯車が狂い始めているとは夢にも思わなかった】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Hamartia(ハマルティア) Scarlet(スカーレット)──

 

 フランの事件からもう5年も経った。小さかったレミリアも今や10歳。紅魔館当主の跡継ぎとして、日々努力を惜しまない。空を自由に飛ぶ訓練に、槍を扱う練習。さらには妖力を扱う訓練も欠かさず、その上達ぶりには周りの大人達も感服していた。最初は女であるというだけで周りからはおこがましく思われていたが、今では跡継ぎはこの娘しかいない、と持て(はや)されている。しかし、魔法だけはあまり上達せず、本人はそれだけが不服なのだとか。

 

 そんな彼女にも心配していることがあった。

 

「お母様。身体はどう? 何もない? 大丈夫?」

 

 それは母親の容態である。現在、母親のお腹の中には3人目の子ども⋯⋯すなわちレミリアの弟か妹がいる。レミリアはフランの一件のことは詳しく知らないが、地下に居るという妹を心配して訓練に身が入っていないらしい。それで元気づけるために加えて、父親が周りの目を気にして男の跡継ぎが欲しいらしく、頑張ったようだ。

 

「まあレミリアったら心配性ね。⋯⋯私は大丈夫よ。それよりも聞いて。今貴女の妹がお腹を蹴ったのよ。ほら、貴女も触ってみて」

「え? ⋯⋯あ、本当だ、私も分かったよ!」

 

 母親のお腹に手を触れ、レミリアは本当にその中に弟か妹がいるのだと実感する。しかし、同時に出産の疲れからか、はたまた元気のない母親を心配した。口では大丈夫と言っても、娘であるレミリアには大丈夫には見えなかった。明らかに無理をしており、倒れそうなほど顔からは疲れが見て取れる。

 

「ふふふ。⋯⋯もうすぐ産まれるのよ。名前は何がいいかしら」

「可愛い名前がいいなぁ。お母様は何か案はないの?」

「そうね⋯⋯。男の子ならアレティ。女の子なら⋯⋯スクリタかしら」

「アレティとスクリタ⋯⋯。素敵な名前! はあ、早く産まれてくれないかなぁ」

 

 レミリアは母親のお腹を見つめ、そう呟く。妹が産まれるのを待ち遠しく思っているようだ。その時はまだ、母親も肯定の意を表すように笑って頷いていた。

 

 

 

 

 

 今日はスカーレット家3人目の子どもが産まれた日。それは同時に、スカーレット家にとって最悪の日でもあった。

 

「急いでくれ! 禁術でも何でもいい! 早くマリアンヌを治すんだ!」

 

 3人目の娘が産まれたその時、レミリア達の母親は死の淵に立たされていた。意識は僅かに残っていたが顔はやつれ、息も絶え絶えになっている。母親の容態に慌てる父親の顔には焦りが見える。産まれたばかりの赤ん坊も母親の容態を知ってか知らずか、大きな声で泣き続けていた。しかし、母親はそんな状況でも赤子を離すことはしなかった。

 

「頼む、急いでマリアンヌを助けてくれ⋯⋯! 何かの病気なら魔法で和らげることも可能だろう⋯⋯?」

 

 威厳をなくした素の口調で、吸血鬼である父親は魔法を使える眷属の1人にそう尋ねる。しかし、返ってくるのは否定の意を表した首を横に振る動作だけだった。

 

「魔法で病気を抑えることは可能です。しかし⋯⋯」

「しかし? どうしたと言うんだ! マリアンヌはもう長くは持たんぞ! 何を渋る必要が⋯⋯」

「マリアンヌ様の容態が悪い原因は病気ではありません。どうやら妖力の枯渇です」

「よ、妖力だと?」

 

 眷属の言葉に改めて母親を見つめ、その言葉が真実であることを確信した。妖力とは即ち、妖怪の力の源。空を飛ぶにも弾幕を使うのにも使い、それは生命の源と同じものである。つまり、それが枯渇しているということは死を意味する。

 

「ど、どうしてそんなことが起きている!? 新手の呪いか? それとも新種の病気とでも言うのか!?」

「⋯⋯⋯⋯」

「教えろ! 何故黙るのだ!?」

 

 眷属は口()もるも、ドラキュラに迫られ、言いづらそうに口を開く。その言葉は父親であるドラキュラにとって、死刑宣告に近い響きを持っていた。

 

「赤子の影響かと思われます。先程確認のために私も触れました。すると、案の定魔力を()われたので間違いありません。どうやら自分の力に変換するようですが、その変換した力の効果時間はかなり短い。それに量はさほど多くはなかったです。しかし、お腹の中に居る時から吸っているとすれば、吸血鬼であるマリアンヌ様でも恐らくかなりの⋯⋯」

「言うでない! ⋯⋯その赤子を無理矢理でもいい。マリアンヌから引き離せ。そうすれば、あるいは⋯⋯」

「⋯⋯アナタ。アナタ、聞いて」

 

 赤子を引き離そうとすると、マリアンヌが口を開いた。その声は今にも消えそうなほど小さく、生気を感じさせない。しかし、眷属達が幾ら引き離そうとも、赤子を離すことはなかった。

 

「マリアンヌ! ダメだ⋯⋯お願いだ⋯⋯。もう喋るんじゃない⋯⋯! その娘を離せ。そうすればまだお前は助か──」

「いいえ。それは違います。この娘を離したところで死から逃れることはできません。良くて遅めるだけ。なら少しでも長く、この娘を抱いていたい⋯⋯。こうなることは、この娘を産むと決めた時から覚悟していました⋯⋯」

 

 引き離そうとする眷属達を物ともせず、マリアンヌは話し続ける。どうせ死ぬなら、最後まで娘を抱き続けたいと思っているようだ。

 

「ドラキュラ⋯⋯この娘をどうか恨まないで。この娘はフランのようにまだ自覚がないだけ。2人とも、能力を制すれば偉大な吸血鬼になるでしょう。しかし、私は能力など持たぬ元人間の吸血鬼。天秤にかけるなら、私よりもこの娘達を選んで」

「嫌だ⋯⋯。まだ死ぬには早過ぎる!」

「吸血鬼ならそうでしょうが、私は充分生きました。これからはこの娘達の世代です」

 

 マリアンヌは最後の力を振り絞り、精一杯の笑顔を見せる。あまりにも爽やかで、あまりにも鮮やかな笑顔。それはこれから死ぬ者とは思えないほど活気のある顔だった。

 

「それと、この娘の名前ですが⋯⋯。そうですね、女の子ですからスクリタ⋯⋯善という意味です。この娘が吸血鬼を善き未来へ引っ張ってくれると信じています」

「だ、ダメだ。逝くな⋯⋯。マリアンヌ、まだ逝かないでくれ⋯⋯」

「⋯⋯ドラキュラ。これからの時代を引っ張っていくのは子ども達であることを⋯⋯忘れないでくださいね」

「そんな⋯⋯嘘だ。まだ私にはお前が必要なのだ⋯⋯! お願いだ! 戻ってきてくれ、マリアンヌ⋯⋯」

 

 ドラキュラ公の言葉が虚しくこだまする。マリアンヌは死んだ。自分の愛する娘の能力によって、彼女は死んだのだった。無意識とはいえ能力を行使した当の本人はまだ泣いていた。何かを求めるように。それは何だったのか。母親が死んだ今となっては、すでに与えられるモノではなかったのかもしれない。

 

「⋯⋯そのムスメを地下に幽閉しておけ。誰も触れるな。誰も関わるな。そして、私の目の前には絶対に出すな」

 

 父親の目付きが変わったのだ。娘を見る目は以前のような愛情の混じったものではない。他人を殺したのと、母親を殺したのでは似て非なる。怒りと憎しみ、負の感情だけがその子には注がれていた。しかし、その娘は気にもせず泣いていた。それが父親の⋯⋯ドラキュラの神経を逆撫でる結果となる。

 

「は、はい。では、恐れながらスクリタ様をお連れいたします」

「そいつは善き娘(スクリタ)ではない。⋯⋯罪人の娘(ハマルティア)だ。これからそいつは、ハマルティアという名前にする。早く連れて行け!」

 

 ドラキュラに怒鳴られ、眷属は大慌てでハマルティアという名の娘を連れて行く。そして、扉の前で赤子を待ち遠しく待っていた姉のレミリアは異変に気付く。妹を連れた眷属とすれ違うように、亡き母親が居る部屋へと入ってきたのだ。

 

「お父様⋯⋯? お母様は? それに、赤ちゃんも⋯⋯」

「母親は死んだ。お前の妹が殺したのだ。あいつはフラン以上に危険な能力を持つ。強欲にも母親の妖力を奪った。今は亡き母親の願いから殺しはしないが、これからは地下に幽閉する。絶対に近付いてはならぬ。お前は私の跡継ぎなのだから」

「え、え? そ、それはどういう⋯⋯っ!」

 

 一度に入る情報が多過ぎて狼狽えるも、安らかに眠る母親を見て話が真実だと確信する。そして、フランや未だ名前も分からぬ妹が、何らかの能力を持っていることも理解した。その2人を地下に幽閉しているという事実もだ。

 

「⋯⋯どうして? どうして嘘をついたの? フランは病気じゃなかったの? それに、私の妹⋯⋯スクリタは──」

「スクリタなどではない!」

 

 ドラキュラは大きな声で怒鳴り、母親が付けた名前も、意味も全てを否定する。そして、その父親の様に、レミリアは僅かな恐怖を感じた。

 

「あいつはハマルティア。罪深き悪魔だ。幼くして親殺しなどという禁忌を犯した。あいつは最早真っ当には生きぬ。次女も能力を制御できず不安定な存在だ。対してお前はスカーレット家の運命を握る完璧な跡継ぎなのだ。だからこそ、近付くのではない。⋯⋯分かったら戻れ。母の葬儀は後日行う」

 

 その時はまだ父親に反抗する力も度胸も持ち合わせていなかったレミリアは、父親の言うがままに立ち去った。そして、その日の朝は母親や妹のことを思い涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、悲劇の日から20年が経った。今も尚、2人の妹の幽閉は続いている。

 

「お腹空いた⋯⋯。もっと欲しい。もっと食べたい」

 

 絶対に月の光が差し込まない地下の世界。そこで夕食を食べ終えた緑髪の少女はそう呟く。背に人ならざるものの証明として翼を持ち、面倒くさがり屋だからか髪も好き放題に伸ばしている。そして、産まれた時からずっと、彼女は何かに飢えていた。

 

「後10人は欲しい。5人じゃ足りない。もっと、もっと⋯⋯欲しい」

 

 大人でも多い量を食べておきながら、彼女は尚食料を欲する。母親を殺したと父親に言われ続けても、母親や父親という意味は何かも知らない少女は悪気なく、まるで求むこと自体が彼女にとっての自然法則であるかのように全てを欲したのだ。

 

 しかし、幾ら望むも望むものは与えられず。少女は名前に従うように生きていく────



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2話「救恤な次女」

一日に一話ずつ投稿すると言ったが、すまん。あれは半分嘘だ。

というわけで(?)2話目の話。ここから一人称視点となります。
幽閉されたスクリタことハマルティア。これは、それからかなり先のお話です。


 ──Hamartia Scarlet──

 

 私はハマルティア・スカーレット。スカーレット家の娘で、緑色の髪と紅い瞳を持つらしい。どうしてか鏡には写らないから、他人の話から判断した結果、こういう容姿になった。髪は切るのも面倒だから、伸ばしたままにしている。爪も切る方法がないけど、ある一定以上からは伸びていないから切る必要はないのだろう。

 そして、私が住んでいる世界のことを、地下という。地下の外にもとても広い世界があるらしいけど、それを見ることはできない。だって私は地下で暮らさないといけないから。お父様にそう言われてるから、きっとそうしないといけないんだと思う。

 

「はあ、もう30年⋯⋯」

 

 今年で私は30歳になる。少し前⋯⋯と言っても日にちで言えば何日か前になるのかな。とにかく少し前に来た人が言っていた。どうして30歳なのかと言えば、産まれてから30年経ったから。なるほど、分かりやすい。でも、30年も退屈な日が続くのはどうしてだろう。遊べるものは何も無く、食べれる物も少ない。たまに来る眷属という人達も私とは遊んでくれない。持ってくるものも退屈な本にべんきょー道具、それと食料だけ。だから退屈。退屈なのとはおさらばしたい。だけどできない。私はここから出ちゃダメだから。誰かに触れることも禁止されている。力を奪ってしまうから。

 

「⋯⋯やっぱり嫌だ。もっと食べたい。もっと遊びたい。何でもいいからもっと何か欲しい」

 

 この世界に居るのは我慢ができない。何もかもが退屈で、窮屈で、つまらない。だから外に出たいけど、お父様が許してくれない。それに嫌そうな目を向けてくるから、やっぱり私は嫌われているのだと思う。これも本で知った言葉だから、好きや嫌いの意味はよく知らないけど。私は好きと嫌いを、食べたいか食べたくないかで置き換えて判断している。私は何でも食べたいけど。で、お父様は食べたくないと同じ意味の目を向けている。理由としては、私が母親という人を殺したから。その母親という人は何か知らないけど、なんだか懐かしい気がする。私の解釈が間違ってるかもしれないけど、聞く相手がいないから仕方ない。どうせ眷属達も相手にしてくれないだろうし、私が殺したからお父様以外は家族というものがいないのだから。

 

「何の音だろう」

 

 最近、外の物音が激しい。最初は眷属かと思ったけど、どうやらそうでもないみたい。あ、でもたまに眷属の叫び声みたいなのはする。多分、誰かと遊んでいるのかな。羨ましい。私は眷属以外誰とも会えないし、誰とも遊べないから。物音の主が私と遊んでくれるような人なら会ってみたい。会って話したり、遊んだり、食べたりしてみたい。きっと私が食べたいと思う人は、優しくて美味しい人だと思う。だけど、触れるのも禁止されているから、やっぱり食べるのは無理かもしれない。

 

「お嬢様! お止めください! ダメです! ご主人様からこちらの部屋に入ってはいけないと⋯⋯!」

「あー、もう! メイドちゃんは黙ってて! どうせ私の前に顔も出さないんだから、父親なんて知るか!」

 

 また声がした。でも⋯⋯なんだろうこの気持ち。初めてのはずなのに、何故か嬉しい。言葉は荒っぽいけど心安らぐ。私の退屈を無くしてくれそう。この声の主が物音の主かな。メイドという人と一緒に居るみたいだけど、どこの部屋に入ろうとしているんだろう。

 

「邪魔するよー」

 

 とか考えていると、急に私の世界の扉が開かれた。大きな音を立てて開いた扉の先には、黄色い髪を持った私と同じくらいの背丈の人がいた。私みたいに翼はあるけど、膜の代わりに宝石みたいにキラキラした物が左右合わせて14つもある。紅いドレスは黒い私のドレスとは少し異なるけど、かなり似ている。髪は横で纏めていて私の長髪とは違うけど、もし鏡があれば私の姿は目の前の人と似ている気がする。本当にどうしてだろう。理由は分からないけど、そんな気がする⋯⋯。

 

「あ、可愛いー! お人形さんみたいな小さくて可愛い娘だね。私はフランドール・スカーレット! フランでいいよ。貴女の名前は? ってか、この部屋何も無くない? 退屈しないのー?」

 

 フランと名乗る人は、元気いっぱいにそう言った。私と違って、楽しそうだから羨ましくて妬ましい。でも⋯⋯会えて嬉しい。それにスカーレット? なら私の血縁者だろうか。可能性は高いと思う。だって、似ている気がするのだから。

 

「私はハマルティア・スカーレット。⋯⋯もしかして、私の家族?」

「え? ⋯⋯えぇっ!? ちょ、ちょっとメイドちゃん! 私に2人目の姉妹がいるとか聞いてないけど!?」

「そ、それは⋯⋯その⋯⋯」

 

 2人目⋯⋯? ならもしかして、この人以外にもいるのかな。私と似ていて、食べたいと思える人。もしそうなら、その人とも会ってみたい。少なくとも、お父様よりは食べたい、という目をしてくれるかもしれない。

 

「はっきり答えて、ね? じゃないとどうなるかは⋯⋯」

「お、お嬢様の妹様ですっ! お嬢様同様に能力が危険と判断され、同じように地下に幽閉されていましたっ!」

「冗談だったのに本当に答えてくれるとは⋯⋯。でも、ふーん。妹かぁ」

 

 フランは私に近付き、まじまじと見つめる。その目は不思議で、食べたいとか食べたくないとは違った意味が込められている気がした。

 

「⋯⋯ふふふ。かわいっ! ハマルティアって言うのね! 私、貴女のお姉さんだよ!」

「え⋯⋯?」

「あ、ああ! お嬢様! 触っては⋯⋯!」

 

 フランは私を食べたいという目で見ると、突然抱擁してきた。温かく、なんだか幸せな気持ちになる。私の退屈が、飢えが、引いていくのを感じる。私が欲しかったのはこの温もりだったんだ。この幸せな気持ちだったんだ⋯⋯。しばらく身を委ねていたいけど、能力があるからそうにもいかない。私は泣く泣く、フランを引き離した。

 

「あ、ごめん。嫌だった?」

「ううん。でも、私に触れないで。力を吸い取ってしまうから。⋯⋯でも、フラン。ありがとう」

「え、力を? ⋯⋯ま、良かった、嫌いじゃないみたいで。こちらこそありがとうね」

 

 こんなに幸せで嬉しい気持ちになったのは初めてだ。抱擁されていた時は渇きも飢えも無くなり、ただされている間だけが何も要らなくなった。今回ばかりは食料とかよりも、さっきの時間が欲しい。フランを食べてみたい。でも言ったら、食べたくないって目で見られそうだから言いたくはない。もう少し、フランと仲良くなってからじゃないと⋯⋯許してはくれなさそう。

 

「あ、呼ぶ時はフランじゃなくてお姉ちゃんだよ? 私がお姉さんなんだから。その代わり、私も貴女のことをティアって呼ぶからおあいこということで。だって名前長いしね」

 

 交換条件になっていない気もするけど、ハマルティアよりは響きがいいから良しとしよう。それに⋯⋯ああ、好きという気持ちが何となく分かった気がする。フランを好き。フランを食べたい。多分同じ意味なんだと思う。やっぱり好きと食べたいは同じだったんだ。

 

「分かったよ。⋯⋯お、お姉ちゃん」

「⋯⋯ふふふ! やっぱり可愛いっ! 好きなだけ呼んでいいからね! 私、貴女のこと好きになったから!」

「え? ⋯⋯嬉しい。ありがとう、お姉ちゃん」

 

 触れないでと言ったからか、さっきみたいに抱擁はしてくれないけど、とてつもなく嬉しいのは伝わる。フラン⋯⋯いや、お姉ちゃんに今にも飛び付かれそうで、それが少し楽しみになっている。

 

「いいのいいの。私は貴女の姉なんだから。好きなだけ甘えていいからね! って、ティア。しっかりご飯食べてる? 見たところ、かなり痩せてるけど」

 

 私の痩せ細ったお腹を見て、お姉ちゃんはそう聞いた。確かに改めて見ると確かにお姉ちゃんよりはかなり痩せている。やっぱり人間5人程度じゃ足りないんだ。もっと食べて、お姉ちゃんみたいになりたい。

 

「メイドちゃん! ティアにご飯は出してないの!?」

「い、いえ! そんなことは⋯⋯! 毎回足りないと言われるので、毎日フラン様の3倍は出しているはずです」

「え、さっ⋯⋯!? じゃ、じゃあさ。ティアって毎日5、6人くらい人間を食べてるの?」

「うん。でも足りない。後10人くらいは欲しい」

 

 想像以上の量だったのか、お姉ちゃんは驚いた顔をやめない。もしかして、普通はそんなに食べないものなのだろうか。だとすれば不思議なものだ。お姉ちゃんよりも食べている私がここまで太らないなんて。

 

「うーん⋯⋯バランス的な問題なのかな? とりあえず、今の状態をキープして、人間以外の何かも食べれたらベストかな。野菜とか果物とか。色々あるしねぇ⋯⋯」

 

 お姉ちゃんは私のために真剣な表情で考えてくれている。やっぱり、姉という存在は優しいものなのだろうか。そう言えば、お姉ちゃんがもう1人の姉妹の存在を言っていたが、その人はどうなのだろう。お姉ちゃんみたいに優しいのかな。

 

「ねぇねぇ、お姉ちゃん。私とお姉ちゃん以外の姉妹はどういう人なの?」

 

 気になったからとりあえず聞いてみる。この精神は意外と大切だと思う。聞かないと一生分からないことも多いから。まあ、今まで聞く相手なんていなかったんだけど。そう考えればお姉ちゃんが初めて聞く相手になるのか。

 

「え? あー⋯⋯。名前はレミリア。私達の姉だよ。そう言えば貴女の歳は知らないけど、35の私の5歳上。だから、今レミリアは40だね」

「40⋯⋯私の10個上。私は今30だよ」

「5歳ずつなんだね、うちの姉妹。話を戻すけど、多分薄情な姉だと思うよ。会いに来てくれないし、昔一度だけ会いに来てもあんまり話してくれなかったし。ま、もしかしたら気まずいから話せないだけかもしれないけど? あいつってこの家の跡継ぎだしね。気まずくなるのも分からなくないけど、もう少し打ち解けてもいいと思うんだよねー」

 

 姉のことに対して複雑な気持ちを持っているのか、早口でそう言い放つ。本当にレミリアという姉は薄情な姉なのだろうか。会ったこともないから分からないけど、お姉ちゃんみたいに優しくて食べたいと思えるような姉であってほしい。じゃないと、お姉ちゃんしか私の飢えと渇きを癒してくれる人がいなくなるから。欲を言えば、お姉ちゃんやレミリア以外にも私の飢えと渇きを癒してくれる人や物が欲しい。じゃないと退屈して、死にたいと思うようになっていただろうから。お姉ちゃんが居てくれて良かった。生きていたら、もっと嬉しくて幸せな気持ちになれる気がしてきた。

 

「って、ティア? 聞いてる?」

「うん。聞いてるよ」

 

 まだ喋り続けていたらしい。半分以上聞いてなかったけど。本当のことを言ったら嫌われるから言わないでおこう。これからもずっとお姉ちゃんと一緒に居たいし。

 

「そ。それなら良かった。もし聞いていなかったら、こちょこちょの刑だからねー?」

「お、お嬢様! ですから触ってはいけないと⋯⋯!」

「もう! 冗談だからメイドちゃんは黙ってて! 記念すべき姉妹の初対面なんだから。監視はしてていいけど、口出しはしないでね。ま、口出しされても聞きはしないけど」

 

 お姉ちゃんは悪びれもせずに宣言する。こういうのは本で見たことがある。反抗期というものだったはず。お姉ちゃんは反抗期なのかな。

 

「ねぇ、ティア。何かして遊ばなーい? 吸血鬼ごっことか、お人形さんとかで!」

「で、ですがお嬢様。もうすぐご主人様が来られるかと⋯⋯」

「えー! またあいつ来るの? ちっ、面倒だなぁ」

 

 お父様が地下に来るんだ。私はお父様に嫌われているし、食べたいとは思えない。だから、私もお父様のことが嫌いなのだと思う。何も教えてくれない人だから、眷属と同じような存在としか思わないけど。

 

「ですが、もしここに来ていることがバレれば──」

「あー、はいはい。分かったよ。⋯⋯ごめんね、ティア。もう少し居たかったんだけど⋯⋯帰らないといけないみたい」

「⋯⋯うん。分かった」

「あっ⋯⋯もちろん明日も来るからね! もし、貴女が良かったらだけど⋯⋯」

 

 お姉ちゃんは照れくさそうに許可を求める。私もそれは願ったり叶ったりだけど⋯⋯大丈夫なのかな。お姉ちゃんもお父様には逆らえないみたいだし⋯⋯。

「もちろんいいよ。でも、大丈夫? ここに来たら、お父様に怒られない?」

「え? ふふん。バレなきゃ大丈夫大丈夫。ね、メイドちゃん?」

「え、は、はい⋯⋯」

 

 私これ知ってる。脅しというものだ。何かと引き換えに、相手の反抗を抑圧する行為。この場合、引き換えの何かはメイドという人の命かな。恐怖になのか、少し震えているように見えるし。

 

「もー。言わなかったら何もしないんだから、そんなに怖がらないでよ! うちのメイドはこんなのばっかりだなぁ。じゃあね、ティア。また明日会おうね!」

「うん!」

 

 お姉ちゃんは手を振って、メイドと一緒に私の世界から出ていった。また寂しくなるけど、昨日までよりはマシだ。飢えも渇きもまた復活したけど、また明日、お姉ちゃんと会えると分かればそれも耐えれる。お姉ちゃんと会えれば飢えも渇きも無くなるのだから。これからは、毎日が楽しみになる予感がする。お姉ちゃんと出会ってようやく生きたいと思える目的を見つけた。飢えも渇きも癒してくれる、そんなお姉ちゃんが居てくれる。なんて幸せなことなのだろう。そして、願わくば⋯⋯お姉ちゃんともっと仲良くなって、()()()()()()()()()()()()

 

 さあ、早く寝よう。お姉ちゃんに少しでも早く会いたいから────




ちなみに読みたい人がいれば、フランと出会うまでの自暴自棄ティアちゃんの番外編出します(


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3話「勤勉な長女」

今回は長女の話。割と説明回っぽい感じです


 ──Remilia Scarlet──

 

 紅魔館。それがこの館の名前だ。そして、私はレミリア・スカーレット。この館の次期主。所謂(いわゆる)跡継ぎというものだ。だからといって、最初は決して恵まれたものでもなかった。私が女だからか、眷属達は私を下目で見ていた。事ある毎に陰湿な嫌がらせを受けたし、もっと酷い時は盲信的な奴に殺されかけたりもした。もちろんそいつらは後でキツいお仕置きをしたが。吸血鬼である私に敵うはずがないのだから、どうして眷属達は挑もうとするのか疑問でしかない。⋯⋯私は、男尊女卑の考えは嫌いだ。女だからといって、吸血鬼を見下し、拒絶する愚かな奴らは本当にどうかしている。命が惜しくないのだろうか。

 

 私自身、女だからといって舐められるわけにはいかないので、日々跡継ぎのために精進はしている。剣術に槍術、魔法に妖力⋯⋯跡継ぎとしての武力。それに歴史や主としての仕事など、跡継ぎとしての知力。お母様が死んでからより厳しく文武両道を目指せと言われ、いつもその通りにしてきた。しかし、完璧にやってもより上を目指せと言われる。昔はそんな人じゃなかったのに。

 

 お母様が死んでから、お父様は変わった。昔よりも厳しくなったし、領地拡大に躍起になっている。その理由はもちろん⋯⋯スクリタのことだろう。いや、今の名前はハマルティアだったか。母親を殺した彼女を、父親は嫌い、恨み、憎んでいるのだろう。それは最もな感情だ。愛する人を産まれて間もない子どもに殺されたのだから。だけど、私はそれがお母様の思いに反していると思っている。だから私はハマルティアを憎んでいないし、むしろ会ってみたいとすら思っている。多分、お母様も姉妹は仲良くしてほしいと思っているだろうから。

 

「レミリア様、流石です。見事な槍術でございますね」

「そう⋯⋯ありがとう。じゃあ、もう終わって──」

「いえ、まだ魔法の鍛錬が残っていますぞ」

 

 しかし、それを許してくれるほどお父様は優しくない。常に執事やメイドなどの監視の目を付け、修業を多くして行く暇すら与えてくれない。私がいつかハマルティアに会いに行くと思っているのだ。──そんなの当たり前に決まっている。逆に妹に会いたくない理由が分からない。生まれて今まで会うこともなかったから、顔も分からないが会ってみたい。どんな危険な能力を持っていても、母親を殺していても、私の妹なのだから。それに⋯⋯お母様もそれを望んでいると思うから。

 

「はぁ⋯⋯。分かったわよ。早く行きましょう」

 

 そう執事に促して、次の場所へと急いだ。

 

 とりあえず今はまだ行けそうにない。どうにかして会いに行きたいけど、起きている時間は監視の目が厳しすぎる。それに40年近く会わなかったハマルティアに会うのも気まずい。もう1人の妹のフランに初めて会った時も気まずい空気が流れていた。結局最後までまともな話はできなかった。それからか。フランにも会いづらくなったのは。もしかしたら、ハマルティアに会ってもそうなるかもしれない。⋯⋯だが、それを言ってるとますます会いづらくなりそうだ。

 

 

 

 

 

「⋯⋯さて。もう寝たかしら」

 

 というわけで、今日会いに行こうと思う。名付けて妹再会作戦。⋯⋯安直だけど名前なんて気にしている暇はない。とりあえず、誰もが寝静まっている朝に地下まで直行するつもりだ。今日お父様は領地拡大で遠出しているはずだし、この時間帯に起きている人は少ないはず。それに⋯⋯どうしてだろうか。会いに行くのは上手くいく気がする。何故なら、会って話している『未来』が見える気がするから。もしかしたら妹達みたいな何かの能力かもしれないが、詳しくはよく分からない。だけど、今はそれを信じるしかない。一筋でも会える道があるのなら、それに賭けてみたいから──。

 

 

 

 

 

 そして、思惑通り誰にも会わずに地下まで来ることができた。まさか本当に来れるとは思わなかったが⋯⋯結果的にここまで来れたのだから良かったとしか言いようがない。地下にも幾つか部屋があるが、ハマルティアの部屋は最も奥の部屋。その前にフランの部屋を通るけど、今回の目的はハマルティアに会うことだからスルーしようと思う。絶対に聞こえてないけど⋯⋯ごめんね、フラン。

 

「⋯⋯これが、スクリタ⋯⋯ハマルティアの部屋かしら」

 

 さて、考えているうちに部屋の前まで来た。元々は牢獄か何かだったらしく扉は外から鍵をかけれるようになっている。しかし、周りの壁はそこまで厚くないから意味はない。吸血鬼なら壁を破壊することくらい容易いからだ。しかし、よく考えればハマルティアは私より10歳も下だ。それに狭い部屋では好きに動けないだろう。なら、運動不足だから力はないか? いや、私の妹なのだからそれなりに強いはずだ。

 

「お邪魔するわよ」

 

 ともかく考えていては時間を無駄にする。それに今は朝。寝ている可能性が高いから、もしかしたら話すこともないかもしれない。そう思い、意を決して扉を開け、中を覗く。

 

「⋯⋯だあれ?」

 

 と、ベッドの上に座っていた少女と目が合った。その娘は緑色の長髪に、吸血鬼特有の紅色の瞳と蝙蝠の翼を持つ。間違いない、ハマルティアだ。しかし、身長は私とあまり変わらないが⋯⋯どうしてだ。何がとは言わないが私よりも大きい。そう言えば大食いという話を聞くから、そのせいだろうか。私よりも大きいのは姉として面目が立たない。⋯⋯私ももう少し頑張って食べないと。

 

「もしかして、レミリア⋯⋯お姉様?」

「え、ええ⋯⋯。初めましてね。スクリタ。いえ、今はハマルティアだったわね」

 

 話しかけられ、咄嗟に我に返った私はそう答えた。どうしてもお母様が言っていた名前を口にしてしまう。ハマルティアは名前に聞き覚えがあるはずもなく、首を傾げていた。⋯⋯仕方ない。あの名前を知っているのは今生きている人だと私とお父様。そして、あの時出産に立ち会ったであろう眷属やメイド達くらいだ。しかし、そのメンバーは全く知らないし、その時にお母様が名前を口にしたか定かではないのだ。

 

「お姉様? 本当にお姉様なの?」

 

 ベッドからゆっくりと立ち上がり、私の方へと近付いてくる。見た目は可愛い妹だが、能力は力を吸い取るもので危険らしい。さて、この場合はどうするべきか。抱き締めてあげることもできるし、拒否することもできる。⋯⋯って、私は何を考えているのだ。妹を拒絶すれば、それこそアイツらと同じではないか。お母様も妹を受け入れることを望んでいるに決まっている。

 

「⋯⋯ええ、レミリア・スカーレット。正真正銘、貴女の姉よ。今まで会えなくてごめんなさい」

「あ⋯⋯っ」

 

 謝りながらも向かってくる妹をできるだけ優しく抱擁する。力を入れれば今にも折れそうなほどその身体は弱々しい。しかし、触れているだけで力を吸われるため、これでもダメらしい。だけど、力を吸われようが関係ない。私はハマルティアを、()を受け入れよう。⋯⋯それにしても、力を吸われている感覚がない。気付かないほど少ない量を取られているのだろうか。

 

「⋯⋯ううん。いいの。会えて嬉しい⋯⋯!」

「そう⋯⋯ありがとうね」

 

 抱擁が終わって真正面から向き合い、とてつもなく嬉しそうな笑顔でそう言われる。若干恥ずかしい気持ちもあるが、嬉しそうで何よりだ。

 

「あ、お姉様。私のことはティアと呼んで! お姉ちゃんが付けてくれたあだ名なの!」

「お姉ちゃん⋯⋯? え、もしかして、フランとはすでに──」

「とっくの昔に会ってるよ。⋯⋯薄情者」

 

 背後から声がした。恐る恐る振り返ると、昔一度だけ見た鮮やかな金色をした髪と、七色に光る宝石の付いた翼を持つ少女がそこに居た。間違いない。スカーレット家の次女、フランドール。ありとあらゆるものを破壊する能力故に幽閉されていた、私の妹だ。その顔には僅かな怒りと、隠しきれない寂しさが表れている。やっぱり、しばらく会っていないことで妹を辛くさせてしまっていたらしい。

 

「フラン⋯⋯」

「お姉ちゃん! 会いたかった⋯⋯!」

「うん。私も。数時間ぶりだね」

 

 私が呟くとほぼ同時にティアはフランへと近付いて行った。しかし、その目線は私へと向けられ、いつの間にか辛そうな目に変わっていた。

 

「今日はもう来ないかと思ってた。どうして今日は2回も来てくれたの?」

「それは⋯⋯別に、懐かしい魔力を感じただけだよ。私に会いに来てくれたのかとばかり思ってた。だけど違ったんだね」

「え。あ、ちょっ、待っ⋯⋯!」

 

 フランは私のことを無視し、ティアに別れを告げてその場から立ち去ろうとする。その淡々とした雰囲気は、明らかに私に対して怒りを抱いている。

 

「いいよ、レミリア。どうせ私のことなんか忘れて──」

「待って! ⋯⋯待って。お願いだから。少しだけでもいい。話をさせて」

「⋯⋯何?」

 

 立ち止まってくれた。鋭い目付きで睨んではいるが、話だけでも聞いてくれそうだ。⋯⋯正直に話そう。下手に嘘をつくより、正直に言った方が無難だ。それに、嘘を言って後からバレた時が怖い。

 

「まず最初に⋯⋯ごめんなさい。分かってはいたけど、とても会いづらくて⋯⋯。だって前に会った時は何も話せなかったし、気まずい感じもしたし⋯⋯。また会おうにも同じことになったらどうしよう、って思ったの。それで嫌われたらどうしよう、って」

 

 正直に話しても、フランは鋭い目付きをやめない。だが、静かに話は聞いてくれている。これは、正直な話でも気まず過ぎてスルーしようと思ったことは伏せておこう。ややこしくなる。

 

「怒ってるのは分かる。それに許したくないのも。でも、今日だけはお願いだから⋯⋯ティアと私と、一緒に居てくれない?」

「⋯⋯はぁ。ティアの名前出すのは卑怯すぎ。⋯⋯今日だけだからね。どうせ誰にも言わずに来たんだろうから、今日くらいしか来れないだろうけど」

「え? お姉様、そうなの? 今日しか来れないの?」

 

 寂しそうな目をしたティアに問いかけられる。ここでイエスと答えるのは簡単だし、恐らくそれが本当になるだろう。⋯⋯だけどまた妹と会いたい。血が繋がっているのに会えないなんて辛過ぎる。それにこんな場所にひとりぼっちで居る妹を放っておけない。

 

「⋯⋯いいえ。きっと来るわよ。無理をしてでも貴女に会いに行くわ。そうしないと、寂しいでしょ?」

「うん。ありがとう、お姉様!」

「むぅ⋯⋯私も寂しかったのに⋯⋯」

「はいはい。フラン、貴女もね」

 

 ふてくされるフランの頭を撫でると、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめる。やっぱり寂しくて怒っていたのだろう。⋯⋯寂しいのは当たり前か。2人とも、今までずっとひとりぼっちだったのだから。まあ、反応を見る限り2人は何度か会っているみたいだが。それにしてもティアといいフランといい、何とも可愛い妹達だ。素直じゃない妹と素直な妹、正反対のようだがどちらも好きになれる。

 

「お姉様。一緒に遊んでくれる? お姉ちゃんも!」

「今から寝ようと思ってたんだけどなぁ。ま、いいよ。レミ⋯⋯お姉様もいいよね?」

「⋯⋯! ええ、いいわよ。1日くらい寝なくても大丈夫だろうし、誰にも気付かれなければ大丈夫だから」

「わぁ⋯⋯! ありがとう!」

 

 ようやくフランが私のことを姉として認めてくれた。いや、元から姉とは思っていただろう。ただ好かれてはいなかっただけで。だが、それも仕方あるまい。会ったのは一度きり、その時もあまり話はしなかった。だから、完全に嫌われていると思っていたが⋯⋯そうでもないようで良かった。

 

「じゃあ、ティアは何して遊びたいの? 私にできることがあれば言ってちょうだい」

「うーん⋯⋯じゃあ──」

「こんなところに居たのか。レミリア」

「え⋯⋯!?」

 

 突然聞こえた予想外の人の声にビックリし、思わず声を上げる。そして、その正体を確認した私は、思わず冷や汗をかいてしまった。そこに居たのは、領地拡大で出かけているはずのお父様だった。その顔は怒りに歪み、下手をすれば今にも爆発しそうだ。

 

「レミリア。お前はオレの跡継ぎなのだ。こんな場所に居てはいけない」

「こんな場所って──」

「こんな場所ってどういうこと? 妹が居る場所を悪いみたいに言わないで」

 

 フランが言い終わる前に、私はお父様へそう言葉を投げかける。初めてお父様に反抗した。だけど、ここで言わないとフランがお父様と敵対することになる。私は怒られてもいい。ただ、フランが敵対するのだけは避けないと⋯⋯誰かが死ぬ気がする。それはお父様かもしれないし、妹かもしれないが詳しくは分からない。だけど家族が死ぬのを見たくはない。

 

「なんだと? 誰に向かって口を聞いている! 父親の言うことが聞けないのか!?」

「妹達は何も悪くないわ! お母様だって言ってたじゃない。この娘達に悪気はない。仕方のないことだった、って!」

「悪気がないからどうした!? 危険な存在であることに変わりはない! 跡継ぎであるお前はここに居るべき者ではないのだ!」

 

 口を開けば、跡継ぎ跡継ぎと⋯⋯。本当に馬鹿馬鹿しい。私が、跡継ぎがいるからフランやティアはどうでもいいと言うか。家族なのに、私さえいれば2人はいらないとでも言うのだろうか。やはり、お父様は⋯⋯父親は変わってしまった。お母様が死んだあの時から。

 

「お姉ちゃん⋯⋯」

「⋯⋯大丈夫。大丈夫だから安心して」

 

 心配そうに私を見るティアの目は、恐怖のような感情に支配されている。それほど怖いのか、はたまた私が傷付くことを恐れているのか。どちらにせよ、これ以上この娘達と父親を一緒には居させれない。

 

「ふん。早く来い、レミリア。そいつと一緒に居るな!」

 

 怒気を込めた声で叫ぶ。その怒りは私というより、ティアに向けられているようだった。お母様が死んだのは仕方のないことだと言っているのに、父親は未だにティアを恨んでいる。フランが幽閉された時はそのような素振りを見せていなかった。⋯⋯父親が変わったのも仕方のないことだが。

 

「⋯⋯はぁ。分かったわよ。すぐに行くから表で待ってて」

「早くしろよ。オレは地下に長居したくないのだ」

 

 父親はそう言ってティアを一瞥すると、それ以外は何も言わずに部屋から出ていった。潔く引き下がったから良かったものの、一歩間違えたらどうなるか分かったものではない。一先ず危険は去ったから、次の策を考えて行動しなければ。妹達をこの薄暗い世界から、意味のない束縛から救うために。

 

「ティア、フラン。⋯⋯ごめんなさい。私にはまだ、貴方達を救えない。もしかしたら次に会えるのも何十年、何百年になるかもしれない。⋯⋯それでも私を信じてくれるなら。それでも私を待っていてくれるなら。無理はしないで。次に会うまで元気に過ごしてちょうだい」

 

 精一杯の笑顔を作って2人に見せる。2人の顔は曇り、黙っていたが、それでも頷いてくれた。それを見届けた後、私は地下を後にし、父親とともに地上へと戻った。それからはより厳しく監視され、より厳しく跡継ぎの修業をしている。しばらくは地下に行くのも不可能だろう。

 

 

 

 やはり私はまだ弱い。強ければ父親に対して何かできただろうが、私は何もしなかった。することができなかった。だから、私はもっと強くなろうと思う。誰にも口出しされないように強く。肉体的にも、精神的にも。そうして、2人を暗い世界から救い出す。

 

 そう心に決めた私は、今日も一生懸命に鍛錬を続ける────




これからの道が長くとも、諦めたりはしないらしい。


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4話「運命的な少女」

今回は2人の視点。フラティア側とレミリア側のお話です


 ──Hamartia Scarlet──

 

 今日はハマルティア・スカーレットこと、ティア()の50歳の誕生日。でも、私の誕生日を祝ってくれる人は1人だけ。フランお姉ちゃんだけしか私の誕生を祝ってくれない。本当ならお姉様も祝ってくれたかもしれないけど、今は祝ってもらうことはできない。もし姉妹3人一緒に暮らせる時が来れば、祝ってくれるのかな。それまではお姉様を信じて我慢しないと。⋯⋯我慢するのは嫌いだけど。

 

「ティアー! お誕生日おめでとう!」

「うん! ありがとう、お姉ちゃん!」

 

 ともかく、今日は1年の中で一番大好きな日。誕生日だからといって特別なことは何もないけど、お姉ちゃんがいつもより長く甘えさしてくれる。それに、誕生日プレゼントと言って、いつも何かをくれる。今まで貰った物は本棚とかの家具や、オモチャなど多種多様だ。お姉ちゃんと会ってからの約20回の誕生日。お姉ちゃんはいつも忘れずにプレゼントをくれた。そのお陰で、今まで何も無かった部屋に彩りが生まれた。だからこそ、飢えも渇きも満たせたし、お姉ちゃんに会えない時間も我慢することができた。

 

「お姉ちゃん、今日のプレゼントはなあに?」

 私はこの時間が楽しみで堪らない。プレゼントを貰えることも楽しみだし、お姉ちゃんが何を持ってきたのか想像するのも楽しみだから。

 

「もー、せっかちだなぁ。ま、気持ちは分かるよ。はい、今日はこれだよ」

 

 お姉ちゃんは懐から幾つかの丸い石と本を取り出し、見えやすいように床に置く。石には何かの模様が刻まれており、本は『Elementary Rune Magic』と題名が彫られた古臭いものだった。

 

「えれめんたりー⋯⋯るーんまじっく?」

「よく読めました。読み書きは苦手だったのに、成長したね」

「えへへー」

 

 褒められて頭を撫でられて、とても嬉しい気持ちだ。⋯⋯って、あれ。お姉ちゃん、私のことを触ってもいいのかな。力を吸い取るから、いつも注意されてたのに⋯⋯今日はメイドちゃんがいないからかな。

 

「不思議な顔をしてるけど、どうしたの?」

「私を触っても平気? 力無くならない?」

「⋯⋯あー。そう言えばそうだった。結構前から分かってたのに言い忘れてたよ」

 

 そう言って、改めて向き合ったと思った瞬間に抱擁される。全く理解が追いつかなかったけど、その温かさに満足感を得る。そして、しばらくの間、私もお姉ちゃんの背中に手を回して抱きしめ合った。

 

「あー、やっぱりあったかーい。この温もり大好き⋯⋯。このまま噛んじゃいたい」

「お、お姉ちゃん? どうして⋯⋯力を吸われないの?」

「うーん、分かんない。でも、どうしてか分からないけど、私は他の人みたいに貴女に力を吸われない。実は最初の時からもしかして、とかは思ってたんだけどね。妖力も魔力も貴女に吸われている感覚は全くしないし、自分の力が減っている気も全くしないから」

 

 お姉ちゃんの言う通りなら、私の言われていた能力は無くなったのかな。でも、無くなるなら無くなるで、何かしらの前兆があると思うけど⋯⋯。それに気が付かなかったのか、それともお姉ちゃんにだけ効かない理由があるとかかな。

 

「あ。お父様に力が無くなったのを言ったらダメだよ。言わば、ティアの能力は抑止力みたいなものだから。下手に言ったら、何されるか分かったものじゃないし。それに⋯⋯本当に無くなったかどうかはまだ分からないから」

「⋯⋯うん、分かった」

「さ、私に効かないと分かっただけでも大きな収穫だし、話を戻そっか。この本、貴女にプレゼントするね。大事にしてよ?」

 

 そう言って手渡された本と模様の描かれた石。お姉ちゃんのことだし、何か面白い仕掛けがありそう。でも、この本と石にどういう関係があって、どう使うのかは想像できない。

 

「ところでティア。魔法って興味ある?」

「魔法⋯⋯? う、うん。でも、眷属に私の魔力は少ないって言われた。だから、魔法を使っても危険性はないと思う」

「⋯⋯ふーん。後でその眷属の名前だけ教えてね。ま、それは置いといて。この石はルーン魔法に使う物なの。魔力が低いのは見ていて分かったし、魔力が低くても比較的扱いやすい魔法道具を用意したの」

 

 お姉ちゃんが魔法を使えるのは何度か聞いたことがあったけど、まさか教えてくれるとは思ってなかった。だって、この地下(世界)で戦う必要はないし、魔法を使う意味もないと思っていたから。

 

「この石には小さな魔力を入れておくことができて、好きな時に込められた魔法を使えるの。その魔法は描かれた模様によって効果が違うよ。模様さえ覚えれば幾つでも作れるし、一度使っても魔力を込めれば再使用可能! 素敵だと思わない? ま、私は魔力そこそこあるし、召喚魔法をよく使うけど」

「む。それなら、召喚魔法を覚えたい。お姉ちゃんと一緒がいい!」

 

 魔力の低い私は今まで魔法なんて使おうとは思わなかったけど、どうせ教えてくれるならお姉ちゃんと同じ魔法がいい。お揃いの方が仲の良い感を出せるし、もっと仲良くなれるだろうし⋯⋯。

 

「まずはルーン魔法を覚えてからね。これを覚えないと、私と同じ魔法は覚えれないよー?」

 

 お姉ちゃんが悪戯っぽく吸血鬼の象徴である牙を見せて笑う。いじわるな言い方だけど、本当にそうしないと覚えれないから言っているのだと思う。多分、半分くらいは冗談も交じっていると思うけど。

 

「分かった。頑張るね!」

「ふふっ。私と同じになれたらいいね。そうなった時は⋯⋯もっと色々教えてあげるよ。魔法以外のこともね」

「楽しみ⋯⋯。お姉ちゃん、そうと決まったら早く魔法を教えて!」

「はいはい。本当にせっかちだねぇ。ま、意欲あることは嬉しいけど。⋯⋯あ、そうだ」

 

 突然、何かを思い付いたらしく声を上げる。そして、こちらを見ると、今までにないほどの笑顔で口を開いた。

 

「私に能力が効かないと分かったことだし、今日は一緒に寝よっか。地下は寒いしね」

「え⋯⋯? う、うん! ありがとう。お姉ちゃん大好き!」

「ふふふ。いいよいいよ。お礼なんてなくても」

 

 生まれて初めて、これほど能力が効かなくて嬉しかったことはない。自覚して能力を使ったことはないから、そもそも効く人はまだ見たことがないのだけど。私がまだ自覚もなかった頃に殺したらしい、お母様は例外として。

 

「さ、言いたいことも言えたし、一緒に魔法を覚えよっか」

「うん!」

 

 お姉ちゃんの言葉に肯定の意を込めて力一杯頷き、ルーン魔法の書かれた本を開く。そして、その日は夢のような時間を過ごすことになった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Remilia Scarlet──

 

 今日はティアが生まれてちょうど50年になる。そう、今日はティアの誕生日だ。しかし、あの一件以来、さらに厳しく監視されている私に彼女と会うことは叶わない。最後に会ったのは確か20年近く前だったか。最後に会った詳しい日は覚えていないが、誕生日だけは忘れたことがない。6月6日、言わずと知れた悪魔の日。何とも吸血鬼に相応しい日に生まれてきたものだ。だからこそ、幽閉されていることが悔やまれる。力を吸い取るという悪魔らしい能力を持っているのに、危険だからといって父親には認められない。同じ悪魔だというのに、それで幽閉されているのだから、何とも生きづらい世の中だ。

 

 そう言えば、初めて会った時も、運動不足なのか弱々しい印象を受けた。地下だから動けないのも仕方ないが。それに、しっかり食べれていないのか、年齢の割に痩せすぎているのも見て取れた。妹のためにも、早く強くならなければ。この世界では強くなければ生きていけない。強くなければ⋯⋯誰も守れはしないのだから。

 

「レミリア。何をボーッとしておる。早く周りの村を制圧してこい。急がねば騎士団が来るぞ」

「⋯⋯分かってるわよ」

 

 父親とは一緒に居たくない。そう思い、逃げるようにその場を立ち去った。

 

 私は今、人間という種族と戦っている。頭数は多いが吸血鬼よりも脆く、個々としての力は弱い。しかし、一度(ひとたび)集まればその力は何倍にも成り得る危険な存在だ。お父様達、大人の吸血鬼は人間を見下しているが、私はそのような傲慢な気持ちにはなれない。もちろん威厳を保つために、人間の前ではそのような態度も見せるが。しかし、決して油断してはいけない存在だとは思っている。

 

「⋯⋯あれね」

 

 私に課せられた命令は、お父様が周辺地域の吸血鬼と協力して城を堕としている最中、周りの村──私はその内の1つ──を制圧すること。援軍や補給を断つことが目的だ。村が1つだけとはいえ、私1人にそのような役目を任されるのは気が重い。しかし、負けるつもりはない。魔術師が居ようと騎士が居ようと、私は吸血鬼だ。負けることは許されない。

 

「あらやだ。やっぱり居るじゃない⋯⋯」

 

 村の入り口は強固な扉で塞がれ、村全体を囲むように壁が形成されている。それはもはや村というよりは砦だ。城を守るために村を改造した砦。そして、中には弓兵を始め、騎士や魔術師らしき者達が居る。本当に私1人に任せるなんて、父親は気が狂っている。

 

「⋯⋯悪いことは言わないわ。抵抗を止めて降伏しなさい。そうすれば死なずに済むわよ?」

「紅い悪魔が来たぞ! 耳を傾けるな! 弓を引け!」

「傾けてよ⋯⋯。はあ、面倒な生き物だわ。聞かなくてもいいけど、これだけは言っておくわ。私に戦いを挑んだ者は殺す。私に攻撃したら殺す。⋯⋯ついでに私の妹を馬鹿にしても殺す。もちろん名前なんて知らないでしょうけど。それを覚えてなさい」

 

 私は唯一使える魔法を使い、紅い槍状のモノを手に取る。名前はグングニル。スピア・ザ・グングニル。純粋な魔力でできているわけではなく、妖力と魔力を併せて創った強固な槍のような何か。便宜上、槍として扱ってはいるが、実際は槍の形をした妖力と魔力の塊である。

 

「暴力は嫌いだわ。⋯⋯中途半端に喧嘩を売った者は、潔く死を選びなさい」

 

 そう言って、私は頑丈な扉に槍を放った。

 

 

 

 

 

 私は人間のことを油断してはいけない存在だとは言った。集団だと強いとも。しかし、だからといって吸血鬼より強いとは言っていない。吸血鬼に勝つとなれば、それは結局、個々の強さが関わってくる。もしそのような強い者がいないとすれば──

 

「⋯⋯どうして人間は、自分の命よりも王が大切なのかしら」

 

 ──結果的にこうなる。村は1時間もかけずに制圧した。私に戦いを挑んだ人間は死に絶え、生き残っているのは戦いを挑まなかった臆病者(命を大切にする者)か、戦いを拒んだ村の人間だけだ。残りの者は宣言通りに全て殺した。戦争に慈悲など必要ない。それに、悪魔に慈悲などあるはずがない。

 

「お母さん⋯⋯! お母さん!」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 村を制圧した後、まだ潜んでいる騎士がいないか探すために村を歩いていた。そして、出会ったのがここでは珍しい紫色の髪を持った10歳前後の1人の少女だ。その娘は瓦礫の下敷きになって死んでいる者の傍で、泣いて叫び声を上げている。私にはその光景が、懐かしいように思ってしまった。

 

「お母さ⋯⋯ん? あ、紅い悪魔⋯⋯!」

 

 視線でも感じたのか、少女は突然振り返って恐怖と怒りの篭った目で私を見つける。少女がそう思うのも仕方ない。恐らく母親が死んだ原因は私なのだから。

 

「よくも⋯⋯よくもお母さんを!」

 

 少女は近場にあったガラスの破片を手に取り、ナイフのように駆使して私へと突進した。もちろん甘んじて受け入れる気もなく、少女の腕を掴み上げ、折れない程度に強く握る。すると、ガラスの破片は少女の手から落ちていった。

 

「あ、っ⋯⋯! お前のせいで⋯⋯お前のせいで⋯⋯!」

 

 涙目になりながらも強く訴えるその姿に、私は多少の同情と哀れみを感じた。母親の死に悲しみはしても、涙すら流せなかった私が、この娘のことをどうしてそう感じているのかは分からない。しかし、私はそう感じざるを得ない。

 

「⋯⋯可哀想にね。運悪く私の槍でも飛んできて下敷きになったのかしら。でもね、ごめんなさい。私はまだ死ねないの」

 

 妹達を助けるまでは誰にも殺されるわけにはいかない。もしそれが終わっても、死ぬつもりは毛頭ないのだが。私も妹達とは一緒に暮らしたい。それが、他人の幸せや自由を踏みにじる結果になったとしても。

 

「その代わりに、私を恨み続けなさい。憎み続けなさい。そして、母親の分まで一生懸命に生き続けなさい。さっき攻撃したことは不問にするわ。だから、私は貴女を殺しはしない。⋯⋯でも、いつか私を殺しに来る時があればそれ相応の覚悟はしなさいよ?」

「う、うぅ⋯⋯」

 

 少女の目には決意が見える。そして、彼女の運命(未来)はすでに過去のそれとは違う、数奇なものに変わっている。

 

 ここでようやく、私は自分の能力を確信することができた。私は未来を見ることができる。もしその未来が気に食わず、不可避のモノでなければ、ある程度は操作することもできる。私はこれを『運命を操る程度の能力』とでも名付けよう。まだ正確に自分の能力を把握しているわけではないが、想像していることは本当にできる気がする。

 

「さ、私を倒せるくらい強くなってみせなさい。今のままでは傷1つ付けれないから。次に会う時を楽しみにしているわ」

 

 そう言って少女を見逃し、村を後にする。もはやこれ以上村を探索する必要はない。それに、そろそろ戻った方が良さそうだ。何故なら、私の能力がそう告げているから。

 

 そうして、私は制圧した村を後にした────




ちなみに、紫髪の子ですが、パチュリーではありません

フラティアのおやすみシーンも要望が多ければ番外編として出すかもです


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5話「狂気な少女」

今回は微グロと狂気注意。また軽度な戦闘シーンもあります


 ──Hamartia Scarlet──

 

 お姉ちゃんに魔法を教えてもらってから3年が経った。ルーン魔法はそれなりに上達して、模様は全部覚えたし、石を作れるようにもなった。今は石以外にも描いて戦えるように練習している。面倒くさがり屋な私が3年も魔法を勉強しているのは、お姉ちゃんに追いつきたいから。お姉ちゃんに追いついて、早く召喚魔法を覚えたい。

 

 召喚魔法で創りたいのは決めてある。もちろんお姉ちゃんと同じ剣と、お姉様と同じ槍。それに、弓も使いたい。ちなみに、これをお姉ちゃんに言ったら「強欲すぎじゃない?」と言われた。確かに魔力が低いから多くは創れないけど、私はまだまだ足りないと思う。だって、3つだけだから。できるなら、もっと沢山創ってみたい。

「お姉ちゃんって、どうして幽閉されているの?」

 

 そうして魔法の練習に励む私は、ふと気になったことをお姉ちゃんに尋ねた。それは純粋な疑問だった。よくよく考えれば私はお姉ちゃんがどうして幽閉されているのか知らない。今まで聞いたこともなかったから。

 

「ん? ⋯⋯そうねぇ。ティアも知ってた方がいいかもしれないね。じゃ、ちょっと見てて」

「ルーンの石?」

「そ。見ててね」

 

 お姉ちゃんは適当にルーン魔法の描かれた石を取ると、遠くの方へと投げた。そして、右手を向けたかと思うと力強く握る。すると、石が大きな音を立てて破裂した。石は粉々に割れてしまい、石というよりは砂になってしまった。

 

「うわぁ⋯⋯凄い! お姉ちゃん、どうやったの!?」

「あれっ、もっと怖がったりすると思ったんだけどなぁ。これが私の能力だよ。ありとあらゆるものを破壊できるの。原理としては物体には最も緊張している部分、『目』があるの。『目』は触れるだけでその物体を破壊できるから、それを手に移動させて握るだけ。握れば勝手に壊れるの。小さい時は自由に使えなかったから幽閉されたんだよ」

 

 お姉ちゃんの言う通りなら、私もその『目』を見つけれれば、簡単に物を破壊できるのかな。そう思って手元にあった石を色々な角度から触ってみるも、壊れる気配はしない。私に『目』を見つけることも触ることもできないらしい。

 

「あはは。やっぱりティアは可愛いね。多分、『目』は表面的なものじゃないと思うよ。物によって場所も形も微妙に違うしね。概念的な何かなんだとは思うけど⋯⋯」

「そっかぁ⋯⋯。ねぇねぇ、お姉ちゃん。私にもその『目』はあるの?」

「あるよ。でも、生き物は複雑。変な形してるし、数が多かったりするし」

 

 私にも『目』はあるんだ。でも、複雑で数が多いということかな。部位ごとに幾つもあるのかな。それとも、お姉ちゃんの言葉そのままの通りに、複雑に絡み合ったりしているとか。どれもお姉ちゃんの視点が分からないから、想像の域を出ない。⋯⋯あ、面白いこと思い付いた。

 

「お姉ちゃん! 感覚共有の魔法とか使えない?」

「突然だねぇ。図書館でも探ればその手の本は見つかるかもしれないけど⋯⋯どうして?」

「お姉ちゃんと五感を共有してみたい」

「うわぉ、どストレート。でも、うーん⋯⋯」

 

 どうしてだろう。お姉ちゃんは頭を抱え込んで悩む仕草を見せた。もしかして、私との感覚共有が嫌だったのかな。それとも、他に何か理由があるとか⋯⋯。

 

「私ね、幽閉されている理由は能力のせいだけじゃないの」

 

 悩んでいたお姉ちゃんが口を開いた時、その表情はいつもより落ち着いていて、静かだった。所謂、真面目モード。たまに見せるそれは、真面目な話の時にしかしない。真面目なんだから当たり前だけど。

 

「10歳くらいには能力を自由に使えるようにはなってた。でもね、私⋯⋯ふとした時に意識が消えるの。で、気付いたら一面血の海。それも自分の血じゃない。多分、眷族とかメイドの血ね。⋯⋯親に言われたわ。狂気に支配されている。やはり外に出すのは危険だ、ってね」

「狂気⋯⋯?」

 

 狂気って、要するに狂うっていうことかな。でも、狂うって結局どういうことだろう。お姉ちゃんの場合は意識がなくなって、気付いたら殺しているから⋯⋯気を失っている時は危なくなるってこと?

 

「そ、狂気。目から光が消えて、妙なことを口走って、とにかくいつもの私じゃないらしいよ。自覚はないから詳しいことは分からないけど。とにかく、もしティアがそんな私を見たら、遠慮せずに攻撃していいからね。どうせ私は記憶なんて残らないし」

「⋯⋯分かった」

「じゃ、魔法に戻ろっか。ルーン石の組み合わせだけど⋯⋯」

 

 とりあえず、いつもの優しいお姉ちゃんじゃなかったら、攻撃して無理矢理抑え付ければいいのかな。あっ⋯⋯記憶が残らないということは、裏を返せば何をしてもいいということになるのでは。もしそうなら、念願の夢が叶いそう。いつもはお姉ちゃんに嫌われたくないから抑えている願い。仲良くなればなるほど言い出せなくなったし、ある意味チャンスなのかもしれない。だからといって狂気に支配されたお姉ちゃんは見たくないけど。やっぱり⋯⋯優しいお姉ちゃんの方が好きだから。

 

 

 

 

 

 お姉ちゃんの能力を教えてもらった次の日。今日もお姉ちゃんが部屋に来て、魔法を教えて⋯⋯ということにはならなかった。今日は珍しく、お姉ちゃんが部屋に来なかったのだ。出会ってだいたい35年。毎日欠かさず来てくれていたお姉ちゃんが、今日初めて私の部屋に来てくれなかった。

 

 心配になった私は、意を決してお姉ちゃんの部屋に遊びに来た。心配になったと言っても、お姉ちゃんの容態を心配したというよりは、私のことを嫌いになってないかを心配している。嫌われるような行動はした覚えがないのだけれど。でも、やっぱりそっちの方が心配になってしまう。またひとりぼっちになるのは嫌だから。

 

「⋯⋯お姉ちゃーん?」

 

 お姉ちゃんの部屋には今まで来たことがなかったけど、部屋の位置はお姉ちゃんに聞いたことがあるから知っている。だけど、その部屋の扉をノックしても名前を呼んでも返事は返ってこない。中から何か小さな音は聞こえるのに。

 

「お姉ちゃん、入るよー?」

 

 部屋を開けると、そこは薄暗く広い真っ赤な世界が広がっていた。床や壁は所々赤くなっているけど、私の部屋よりも殺風景で、ベッドやお洋服入れなど生活するのに必要最低限の物しかない。そのせいか、無駄にスペースが多い。でも、お姉ちゃんは色々な物をプレゼントしてくれた。だから、お姉ちゃんの部屋にも同じような物があってもおかしくないのに、無いのはどうしてだろう。

 

 そう思いながら部屋を見回していると、部屋の奥で横たわる、綺麗な紅い水たまりを作る肉片(食べ物)を見つけた。いつも見る人間みたいだけど、それよりもお姉ちゃんはどこだろう。

 

「お姉ちゃーん? どっこいっるのー?」

 

 何か手がかりはないかと、肉片(食べ物)に近付いたその時、背後で扉の閉まる音が聞こえ、パッと電気が付いた。扉の方へと振り返ると、そこには見慣れた紅い洋服を着たお姉ちゃんが居た。⋯⋯でも、少し様子がおかしい。もしかして、昨日の今日で、なんてことがあったりするのかな。

 

「⋯⋯ティア。遊びに来てくれて嬉しィ。せっかくだからー⋯⋯一緒に遊びましョ?」

「え⋯⋯うん! 何して遊ぶの?」

 

 様子はおかしいけど、優しそうだからいつものお姉ちゃんと変わらないかもしれない。それに、お姉ちゃんからの誘いを断るなんて私にはできない。⋯⋯少し喋り方がおかしかったり、明らかに遊びで使わなさそうな爪を露わにしているのが気になるけど。

 

「そうだネー⋯⋯じャ、吸血鬼ごっこ。先に動けなくなった方が負けネ!」

「えー、うーん⋯⋯やっぱり待──わっ!?」

 

 全くルールを把握していない内に、お姉ちゃんが爪で襲いかかってきた。運良く飛び退いて避けることはできたけど、お姉ちゃんの目は見失うことなく私の方を向いている。

 

「アハハ! 凄いワ! 流石私のティア! もっと避けテ!」

 

 休む暇もなく、お姉ちゃんは妖力の塊を投げ付けてきた。それは小さく広範囲に散らばり、腕で身体を守っても防ぎ切れない。それに痛い。生まれて初めて、こんな痛みを味わった気がする。

 

「っ⋯⋯! お姉ちゃん、痛い⋯⋯」

「大丈夫! 私と同じだかラ、肉片(それ)よりもずっと頑丈! 壊れにくくて大切な私のオモチャ(ティア)!」

 

 肉片を指差し、次に私を見て嬉しそうに笑う。何となくだけど、これが狂気ということは実感できた。なら、早く戻そう。こんなお姉ちゃんも好きだけど、私はもっと優しいお姉ちゃんが食べ⋯⋯好き。あ、でも、この機会に願いは叶えておこう。

 

「⋯⋯お姉ちゃんが負けたら、食べてもいい?」

「いいヨ! でも、ティアが負けたら、ティアは私のモノネ!」

 

 それはそれで有りかもしれない。でも、ごめんなさい、お姉ちゃん。私はお姉ちゃんのことを好きだ(食べたい)から、遠慮はしない。できる限り壊さないように、傷付けないように。お姉ちゃんを痛めつけよう(元に戻そう)

 

加速(ウル)!」

 

 ルーンの石を取り出し、それに魔力を注ぎ込む。注ぎ込んだ時点で身体が軽くなったのを感じた。そのままの勢いでお姉ちゃんへと近付くと、真っ直ぐ向かってくる爪を躱し、懐から2つの石を掴み取り、お姉ちゃんの胸に手を触れる。

 

「ごめんね⋯⋯遅延(ニエド)遅延(イス)。凍って留まって」

「冷タ! 何ヲ⋯⋯ッ!」

 

 お姉ちゃんの身体は鈍くなり、私が触れた部分から僅かに凍り付く。初めて憎しみに近い目をお姉ちゃんに向けられた。でも、構ってはいられない。お姉ちゃんが油断していた今だけがチャンスだ。それに、しばらくは動けるはずがない。

 

「本当にごめんなさい⋯⋯。私を嫌わないでね?」

「え⋯⋯あぁぁッ!」

 

 両手を頭に回し、首筋にガブリと喰らい付く。その瞬間、温かい血が喉を潤す。しばらくこのままでいたい。そう思った矢先、お姉ちゃんを抑えていた左腕の感覚が無くなった。そして、鋭い痛みが走る。

 

「うあ、あぅっ!」

 

 今までにない痛みが頭の中を支配する。恐る恐る左手を見ると、そこにあるはずの左腕(もの)が無くなっていた。私はただ血が流れ落ちていくのを腕を抑えて見ることしかできない。ゆっくりと再生はしているも、痛みは全然収まらない。

 

「⋯⋯キュッとしてドカーン。痛いヨ、ティア。お姉ちゃんの言うこと聞いテ」

 

 私の魔法も破壊して自由になったお姉ちゃんは、いつの間にか私を見下ろしていた。吸血したことで怒らせてしまったようで、静かな姿が逆に怖い。

 

「う、ぁぁぁぁ⋯⋯! はぁ、はぁぁ⋯⋯! 痛、い⋯⋯」

「その程度で死ななイから大丈夫。ティアは私の妹、もっと頑丈だから⋯⋯試してみよっカ?」

 

 とても怖い笑顔。それを視認したと同時に、次は右足の感覚が無くなる。生暖かい液体が肌に飛び散るのが分かった。

 

「アァァァァ!! あぁっ、ぁぁぁぁ⋯⋯! お、お姉、ちゃん⋯⋯!」

「フフフ、可愛い顔⋯⋯。痛イ? 苦しイ? でも、大丈夫。これからもっと楽しいことが起きるヨ? もうずっと⋯⋯アナタを離さなイ⋯⋯」

 

 これは大変だ。まだ思考できているうちに何とかしないと、お姉ちゃんに死ぬまで弄ばれる。でも、何もできない。魔法は効かないし、痛みが激しくて身体は右手と左足以外は動かない。

 

「いや、いや⋯⋯! お姉ちゃん⋯⋯!」

「なあニ? 諦めて、私のモノになロ?」

 

 何とか、本当に何とかしない、と⋯⋯? あれ。アレは何だろう。

 

 そう思って、私はソレに右手を伸ばす。

 

「掴め、る⋯⋯?」

「え⋯⋯? あ、アアアアァァァァァァ!! ⋯⋯あ、ああ⋯⋯」

 

 その何かを握り込んだ瞬間、お姉ちゃんがその場で崩れ落ちた。理由は分からないけど、どうやらお姉ちゃんの中で何か起きたらしい。ピクリとも動かなくなった。でも、息はしているから死んではいないみたいだ。一先ず安心するも、私も傷を治すのに精一杯で動けない。痛みはあるけど、予め吸血していたからか、幾分かマシだ。

 

「⋯⋯あ、れ? 私は⋯⋯て、ティア!? 大丈夫!?」

「あ、お姉ちゃん⋯⋯」

 

 隙あらばじっくりと味わってみようと思ってたのに、お姉ちゃんはすぐに起きちゃった。まだ吸血しかしていないのに⋯⋯せっかくだから食べてみたかった。

 

「ど、どうし⋯⋯も、もしかして! て、ティア⋯⋯ごめんなさい。ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」

 

 自分と私の姿を見て全てを察したらしい。返り血に染まった手で私を抱きしめ、小さな声でそう繰り返す。とても辛そうな表情で、目からは涙がこぼれ落ちている。そんな顔を見るくらいだったら、やっぱり狂ったお姉ちゃんなんて見たくなかった。やっぱり、私はいつもの嬉しそうなお姉ちゃんが一番好きだ。

 

「お願い、泣かないで。傷の治りが遅いだけで、私は大丈夫だから。お姉ちゃんは悪くないよ? それに、傷も何か食べたらすぐに良くなると思うから心配しないで」

「私が悪くないわけ⋯⋯! ⋯⋯そ、そうだ。もしティアが良かったら、私を食べて。回復魔法は使えないから、せめてもの償い。お願い⋯⋯それで、私を許して⋯⋯!」

 

 どうしてだろう。願ってもない状況なのに嬉しくない。あれだけお姉ちゃんのことが好きだ(食べたか)ったのに、不思議な気持ち。食べたくないわけじゃないのにどうしてだろう。お姉ちゃんが泣いているからかな。それとも、お姉ちゃんが嫌いになったのかな。⋯⋯でも、嫌いになっていたら、お姉ちゃんにハグされて嬉しいわけがない。

 なら、もしかして⋯⋯。うん、飢えや渇きは感じない。やっぱり、食べなくても満たされているからみたいだ。食べることだけが、好きということじゃないらしい。

 

「ううん。やっぱり食べなくても大丈夫みたい。その代わり⋯⋯お姉ちゃん。許してあげるから、もう少しこのままでいて。私を抱きしめてて。今はそれだけでいいや⋯⋯」

「わ、分かった! このまま、このままね⋯⋯」

 

 食べることだけが飢えや渇きを満たすわけじゃない。初めてそう気付いた。それでも、いつかはお姉ちゃんを食べてみたい。次は血だけじゃなくてお肉も。好きにはたくさんの種類がある。今のこの状況と食べたいという感情。もしかしたら、もっと他にもあるかもしれない。それをお姉ちゃんから発見したい。できるなら、お姉様からも。

 

「お姉ちゃん。私、お姉ちゃんがお姉ちゃんで良かった。もしもまたお姉ちゃんが狂っても大丈夫。私が何とかする。だから⋯⋯約束して。私を嫌わないで。私を1人にしないで。ずっと、ずっと一緒に居て、ね?」

「⋯⋯うん、もちろんだよ。約束するね」

 

 お姉ちゃんはようやく笑ってくれた。嬉しそうな顔に戻ってくれた。どうしてその表情を見せてくれたのか私には分からないけど、今はただ、抱擁してくれていることだけが嬉しい。

 

 そう言えば⋯⋯昔、お姉ちゃんに聞いたことがある。悪魔の契約(約束)は絶対に破れない。そして、私達吸血鬼は悪魔だ。もしもそれが本当の話だとすれば⋯⋯これで、私とお姉ちゃんは絶対に破れない誓いをしたことになる。

 

 何故か、それが何よりも嬉しかった────




狂気とは誰を指していたのでしょうか。
それはともかく、ティアのルーン魔法集はいずれ行う人物紹介の時にでも行いますね


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6話「憤怒な吸血鬼」

今回は題名通りのお話。
では、暇な時にでも⋯⋯


 ──Remilia Scarlet──

 

 淡い月明かりが差し込むテラスで、私は1人、紅茶を飲んでいた。近くに居たメイドに紅茶を入れさせたはいいものの、美味しいとは言えない。もう少しメイドの育成にも力を入れた方がいいと思うが、そんなことに力を注ぎたいと思う者はこの館にはいないだろう。今の当主は領地拡大に目が眩み、他のことなんか気にしてはいない。私を立派な当主に仕立て上げようとしているのも、権力保持や拡大のためだろう。そんなことをしてもお母様は戻ってこないのに、一体何を目的としているのか。

 

「はあ⋯⋯」

 

 最近、憂鬱だ。人間の街を襲いすぎた結果か人間達は報復に来るし、妹達には未だに会えない。妹達と最後に会ってからもう20年以上経つ。能力の制御もできていい年なのに、2人はまだ幽閉されている。私は今65歳だから、2人は60歳と55歳かしら。20年も経ったから少しは変わっているかもしれないけど、まだ私のことを良く思っていてくれたら嬉しい。もしそうでなくても、私は2人を見捨てたりはしないけど。

 

「れ、レミリア様! ご主人様が遠征から帰ってきました!」

 

 慌ただしくやって来たのは妖精メイド。その程度の報告で、とは思ったが、どうやら様子がおかしい。

 

「⋯⋯あらそう。それで? 何をそんなに慌てているのかしら?」

「そ、それが⋯⋯どうやら人間達に負けたらしく、初めて失敗したと言って機嫌が悪いようです」

「お父様が負けた⋯⋯?」

 

 どんなに嫌いな父親でも、その力だけは本物だ。飛べばどんな乗り物や動物でも追い付けないし、山を砕くほど力は強い。悪魔を多数召喚できる魔力と驚異的な身体能力は──かなり嫌なのだけれど──本当に親なのだと実感できる。唯一の弱点の日光は朝に行動しなければ大丈夫だから、大概の敵は相手にもならないはずだ。⋯⋯まあ、本当はあいつが負けても勝っても、利益と不利益は紙一重だからどっちでもいいのだが。

 

「は、はい。ですので、今は近付かない方が良いかと⋯⋯」

「⋯⋯そう、ありがとう。下がっていいわよ」

「は、はい!」

 

 元気な声で返事をし、妖精メイドは戻っていった。わざわざそれだけを言いに来たメイドはおかしな奴だが、よくよく考えればそうでもない。要は、何か切っ掛けがあるだけで爆発する状態ということだ。メイドにとってもそれだけは避けたいから、何かあった時に一番対応できるであろう私に伝えたのかもしれない。

 

「⋯⋯今夜は嫌な予感がするわ」

 

 私の能力は常に見れるほど有能なものでもない。稀に見れない時もあるし、突拍子もなく見ることもある。その見える未来も時間もバラバラで纏まりはない。だが、近く短い未来なら常に見ることも可能だ。私はその未来を見続け、悪い事態が発生することを操ることで防いでいよう。

 

 そう考えた矢先に、衝撃的な映像が頭の中に過ぎった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Hamartia Scarlet──

 

「ティア。上に行ってみない?」

「⋯⋯え?」

 

 いつも通りお姉ちゃんの魔法レッスンを受けている最中、お姉ちゃんがとんでもないことを口にした。ここで言う『上』というのは、間違いなくこの地下の世界の外、つまり地上のことだと思う。私達は幽閉されているから、基本的に地下以外、自由に行動することは禁じられている。もしも破っているのを見つかったら、ただでは済まない。お姉ちゃんもそれを知っているはずなのに、どうしてそんな提案をしたのだろう。

 

「あ、上って言っても図書館ね。あそこならまだ地下だから、行ってもいいとは思うの」

「としょ⋯⋯かん?」

 

 図書館と言えば、本がいっぱいある場所のことかな。私達が住んでいる館にはそんな場所があったんだ。今までこの地下の世界以外は行ったこともなかったから、知らなかった。もしかしたら、もっと他にも色々なものがあるのかな。

 

「そ。そろそろルーン魔法も次の段階に進みたいの。複合と重複。多様なルーン、同一のルーンを合わせて使う高位の魔法。それさえ終わったら⋯⋯召喚魔法を教えてあげるね」

「本当に!? うわぁーい! ありがとう!」

「わっ」

 

 ようやくお姉ちゃんに認められた。そう思うととても嬉しく、思わずお姉ちゃんに抱きついていた。小さく戸惑うような声が聞こえた気もするけど、拒んではいないから良いよね。

 

「⋯⋯ふふっ、よしよし。良かったね」

 

 私の気持ちでも察してくれたのか、頭を撫でてくれた。やっぱりお姉ちゃんは優しい人。これからもずっと一緒に居たいと思えるし、これからもずっと食べてみたいと思える人なんだな。

 

「うん! 私ね、召喚魔法を使えるようになったら、お姉ちゃんと同じ剣にするの! 私の能力を使った剣だよ。きっとお姉ちゃんも気に入ってくれると思う!」

「私が使うわけじゃないから、ティアが私好みにする必要はないんだけどなぁ」

「そうなの?」

「そうだよ?」

 

 お姉ちゃんが使わないのは百も承知だったけど、お姉ちゃんの好きなように創れば褒めてもらえると思っていた。正確にはまだ創ってはいないけど。まあ、それでもお姉ちゃんの好きそうな剣を作ろう。そっちの方が私としても創りやすいと思うから。

 

「そっか。それよりもお姉ちゃん。お父様は大丈夫なの? 見つかったら怒られそうだよ?」

「昨日、メイドちゃんから聞いた話だとまた他の領地に行ってるらしいよ。だから、今日は帰ってこないと思う」

「なら大丈夫だね!」

 

 また前みたいに怒られるのは嫌だから、居ないで良かった。もちろん、お姉ちゃんもそれを分かってて行くつもりだったのだろうけど。

 

「そういうこと。じゃ、早く行こっか。誰にもバレないうちに⋯⋯ね」

「うん、分かった!」

 

 お姉ちゃんに手を引っ張られ、初めてこの地下の世界から一歩だけ足を踏み出す。図書館も地下だから、本当に、ほんの少しの一歩だけ。でも、いつかもっと大きな一歩を踏み出してみたい。そして⋯⋯叶うことなら、外の世界も見てみたい。その時はもちろん、お姉ちゃんやお姉様と一緒に。

 

 そんな大それたことを考えながら、私達は図書館へと向かった。

 

 

 

 

 

 初めて図書館に足を踏み入れた。お姉ちゃんの部屋や私の部屋よりも何倍も何十倍も広く、地に足をつけている状態だったら、奥まで見渡せない。もちろん、本棚のせいで見えないのもあるけど、それでも地下とは比べ物にならないほど広いのは分かる。本棚の高さもおかしいし、数も半端ない。私の部屋にある本の何万倍⋯⋯いや、そんな量じゃないかな。本当にここの本は数えきれない量だ。

 

「どう? びっくりしちゃって声も出なかったでしょ。私も初めてここに来た時はびっくりしたよ」

「⋯⋯うん。お姉ちゃんは前にもここに来たことがあるの?」

「まぁね。メイドちゃんに頼めないような危険な本とかその他色々を借りる時に来るの。場所はそれとなく聞いてたしね」

 

 流石お姉ちゃん。ずる賢いというか、抜け目ないというか⋯⋯とにかく凄い。でも、メイドちゃんに頼めない危険な本って何だろう。それだけはとても気になる。

 

「さ、ティア。魔法の本を取りに行こっか。確か禁書とか多い場所にあるから、下手に本を触っちゃダメだからね?」

「うん。でも、どこか知ってるなら、メイドちゃんに取らせに行っても良かったと思う」

「あの娘、たまにしか来ないから。それに、下手に行かせて誘惑に負けたら危ないし」

 

 せっかちなお姉ちゃんに手を引っ張られて図書館の奥へと進んでいく。途中に誰にも会うことなく、着いた先はごく普通の棚の前。だけど、その棚から感じる魔力はとても奇妙で、気味が悪い。お姉ちゃんが言っていた禁書はこの棚にある本のことかな。⋯⋯言ったら絶対に止められるから言わないけど、少し気になる。ちょっとだけ見てみたいなぁ。

 

「えーっと、ルーン魔法のは⋯⋯どれだっけ。この棚なのは間違いないんだけどなぁ」

「お姉ちゃん、探してる間、他の本を見ていていい?」

「いいよ。でも、魔力を感じる本は取っちゃダメだからね。危険なものが多いし」

 

 お姉ちゃんから許可をもらったし、とりあえず気になった本から読んでみよう。面白い本もあるかもしれないし。そう思って、お姉ちゃんからあまり離れていない位置の棚に向かった。

 

「ケルト神話、ギリシャ神話⋯⋯日本⋯⋯。微妙な本ばっかり」

 

 神話は物語としては面白いけど、出てくる神様は食べたいとは思えないから好きじゃない。私達悪魔と敵対しているし、自分勝手だし。でも、神様の持つ武器だけは違う。神様じゃなくても面白そうな武器を持っている人は好き。食べたいとはまた別の感情だから、多分興味深いに近い感情だと思う。

 

「⋯⋯弓なら、どの神話がいいだろう」

 

 せっかく見つけた本だし、模範できそうな弓を探してみよう。

 

「ここで何をしている」

 

 そう思った瞬間、背後から嫌な声がした。食べたいとも思えない、一緒に居たいとも思えない、そんな声。でも、お姉ちゃんやお姉様の次に知っている人の声。

 

「⋯⋯お父様?」

 

 振り返ると、顔を真っ赤にしたお父様が居た。私がここに居るのを知って怒っているのかな。それに、嫌な目をしている。狂化していたお姉ちゃんに向けられた憎しみの感情が宿った目の何十倍も嫌な目。お姉ちゃんは狂化していても私を心の底から嫌いにはならなかったけど、お父様はそうじゃないみたい。私のことを、心の底から嫌っているのが分かる。

 

「どうしてここに居る!? 最近妙に魔力が増えているようだが、オレを殺そうとでも画策していたか? そうはさせんぞ! オレは負けん! アイツら人間のように、オレを殺すよりも先にお前を殺してやる!」

「どうして⋯⋯っぐ!?」

 

 首を絞められたまま本棚に叩きつけられる。その衝撃で本は棚から音を立てて崩れ落ちた。足掻こうにもリーチが違う。力も違う。足をばたつかせてもお父様は物ともしない。

 

「は、はははは! そうだ、何故今までこいつを殺さなかったのか! こいつはいつオレを殺そうとしてもおかしくない奴だ。予言通り、罪深き悪魔なのだから! マリアンヌ、ようやく仇を討てる。この罪深き悪魔を地獄に落とせ──ぐわぁぁぁぁ!?」

「あっ──はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯」

 

 大きな破裂音とともに、生暖かい血が私に飛び散る。そして、お父様の手が私から離れた。彼は無くなった右腕を掴みながら、私から目を逸らす。

 

「ふ、フランンンン! 貴様ァァァァ!」

「⋯⋯汚い手でティアに触れるな。ティアに危害を加えるなら、お前を殺すぞ」

 

 そう言ったお姉ちゃんの顔は、今までにないほど怒っていた。ドス黒い殺気を放ち、言葉の端々に怒気を含んでいる。でも、その殺気や怒気は私には一切向けていない。逆に心配した目を向けられ、無傷な私を見てお姉ちゃんは少しずつ落ち着きを取り戻している。

 

「やってみろ! お前の能力なぞ、オレの速さの前では話にならぬ!」

「キュッとして⋯⋯っ!?」

 

 宣言通り、お父様は目にも止まらぬ速さで破壊される前にお姉ちゃんを蹴り飛ばす。お姉ちゃんは本棚に身体をぶつけ、その場で倒れ込んでしまった。当たりどころが悪かったのか全く動かない。

 

「お姉ちゃん⋯⋯!」

「これで邪魔者は居なくなった。フランには後でお仕置きするとして、お前には死んでもらおう。お前は⋯⋯危険な存在だ。いずれはマリアンヌのように、オレや跡継ぎであるレミリアさえ殺そうとする。お前は罪深き悪魔。今その気が無かろうと、いずれはそうなる生き物だ」

「どうして⋯⋯どうしてそうなるの? どうして私は罪深き悪魔なの?」

 

 何を言っているのだろう。私がお姉様を殺す? ただお母様を殺しただけで、どうしてそこまで決め付けられるのだろう。分からない。全く分からない。ただ単に、私が憎いから因果関係を作ろうとしているだけにしか見えない。

 

「何故か分からぬか? 産まれながらにして親殺しという禁忌を犯し、暴食を繰り返して次は強欲にも我が地位を奪おうとした。それだけでも罪深い。それに、これで分かったのだ。過去に出会った魔女の予知は当たっていたのだとな。お前をこのまま生かしていては危険だ」

 

 徐々に近付くお父様の残った方の腕に、薄らと輝く剣が現れる。その剣は禍々しく黒く光り、その切っ先は私へと向けられていた。その剣の周囲の空間は魔力で歪み、見ただけで危ないものと分かる。

 

「この剣は魔力を封じる魔剣。名などないが、お前にくれてやるには勿体無いほどの剣だ。魔法で何をしようと無駄だ。そのまま潔く死ぬがよい」

「あ──ヤァァァァァァッ!!」

 

 避ける暇もなく、剣の切っ先が私の胸を貫く。深々と食い込み、叫び声を上げ続けても痛みは和らぐことはない。頭の中に死という感情が蓄積されていく。

 

【望むなら、死よりも生を】

 

 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い⋯⋯痛い!

 

 どうすれば生きれる? どうすればこの剣から逃れることができる? 考えても考えても思い付かない。剣はすでに刺さっていて抜くことなんか無理だし、魔力を封じられているのは本当みたいだからルーン魔法も使えない。

 

「アァァァァァァッ!」

 

 剣がゆっくりと回され、傷口が徐々に広がり、痛みも広がる。

 

【叶うなら、これより先の未来を】

 

 叫び続けても誰も助けに来てくれない。お姉ちゃんは倒れているし、眷属やメイドはこんな場面を見ても助けてくれるはずはない。今の当主はお父様なのだから、その決定に従うに決まっている。ならどうする?

 

「ぁ、⋯⋯もっと⋯⋯」

 

 そうだ。魔力が使えないなら能力を使えばいい。力を吸おう。力を奪おう。お父様が私のことを強欲と言うのなら、もっと強欲になろう。魔力を封じる剣は能力を封じはしない。

 

「な、何を⋯⋯なぁ!?」

 

 お父様の手から、どんどん剣が消えていく。私の能力は触れていれば、喰らっていれば力を吸い取れる。例外なのはお姉ちゃんだけ。意識すれば、この剣だって容易く貰うことができる。

 

「⋯⋯太陽(シゲル)!」

「ぐぁ!?」

 

 咄嗟にルーン文字を描き、熱の光線を飛ばす。それはお父様の左肩を貫き、壁を貫通して遥か彼方へと飛んでいった。

 

「き、貴様ァァァ! もはや1秒たりとも生かしてはおけぬ! 我が剣で⋯⋯な、なんだ!? どうして剣が出ない!?」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 お父様が困惑した表情になる。どうして魔法を使えないのか理解できていないようだ。私が何の力を吸ったと思っているのだろう。どうしてまだ気付かないのかな。私が吸い取った力はお父様が作った剣の『魔力を封じる』力だ。それをルーン魔法を通してお父様に使った。これで剣を使うのは──

 

「⋯⋯! ふ、ふん。なんだ、使えるではないか。調子が悪かっただけか」

 

 とか思ってたけど、時間切れみたい。まだ魔力を封じる力は持っているけど、ルーン魔法を介しただけでは少ししか持たないみたいだ。まあ、私を刺していた剣を抜いた瞬間に私も使えるようになったから、仕方ないと言えば仕方ない。私の行動はちょっと寿命を延ばしただけ。お父様は臆せず、再び剣を掴み取り、こちらに歩いてくる。

 

「もう終わりだ。フランは倒れ助ける者もいない。先ほどのまぐれも二度は起きない。次は一思いに首をはねてやろう」

 

 ああ。もう終わったかもしれない。首をはねられたら、流石に死ぬと思う。もしかしたら、吸血鬼の再生力で何とかなるかもしれないけど、動けはしないだろうから結局は変わらない。動けない時に確実に殺される。⋯⋯でも、まだ死にたくない。まだお姉ちゃんと一緒に居たい。まだ、私は──

 

「さあ、死ねェ!」

 

 剣が迫り、怖くなって目を瞑る。が、どうしてか剣は首には触れない。

 

 恐る恐る目を開けると──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──お父様は目を見開いて、跡形もなく消え去った自分の左腕を見ていた。両腕を無くしたお父様は、驚きや恐怖に近い目を腕を奪った人に向けていた。

 

「き、貴様もか⋯⋯レミリアァァァァァァッ!」

 

 紅い槍を手に持ち、黒い翼を広げたお姉様がそこには居た。私達を空中から見下ろしていて、いつでも槍を投げれるように構えている。

 

「望めば叶うものね。⋯⋯間に合ったわ。貴方にティアは殺させない。貴方に温情もかけない。私は父か妹、どちらか選べと言われたら、妹を選ぶわ」

「な、何を言っている!? オレに歯向かうのか!?」

「ええ、残念だけど⋯⋯それどころか、命を奪うわ」

 

 その目は本気だ。これで2度目の対面になるけれど、ここまで非情で、怒っていて、辛そうな目をしている人は未だ見たことがない。お姉様の声は穏やかだけど、殺気はお姉ちゃんよりも鋭く重い。やると言ったら、本当にやる人の声だ。

 

「な、何を言う!? オレを⋯⋯本当に殺すつもりか!?」

「そう言ったはずよ。さっきも言ったけど、私は貴方よりも妹を選ぶの。ここで見逃しても貴方は絶対にまたティアを殺そうとするわ。私には⋯⋯その未来が見えるのよ」

「な、何を言って⋯⋯! お前はまだ知らないだろうが、この悪魔はお前をも殺すバケモノだ! そう運命付けられたモノなのだ!」

 

 お父様の鬼気迫る表情に対し、お姉様の口が僅かに歪んだ。どうやら笑っているようだけど、それは嘲笑といった方が正しいような不気味なものだ。あんな顔の人を見るのは初めてだけど、どうしてだろう。可愛いとも思ってしまった。血が流れ過ぎておかしくなったのかもしれない。

 

「いいえ。それは違うわ。そんな未来は見えないし、もしそれが本当だったとしても⋯⋯」

 

 お姉様はチラリとお姉ちゃんと私に目を向ける。今のお姉ちゃんの状態や私の傷を見てか、少しばかり悲しそうな表情になった。心配してくれているということは、やっぱりまだ好きでいてくれているのかもしれない。それは⋯⋯正直にとても嬉しい。

 

「私はそれを受け入れるわ。まあ、そんな未来は見えないし、どうせ嘘なんでしょうけど。さぁ⋯⋯長話もお終い。さようなら、お父様。⋯⋯貴方は本当に変わってしまったわ」

「ま、待つのだ! 待て、待て待て待て待てぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 最後にお姉様は心から残念そうな顔を見せ、お父様の頭に向かって槍を投げ付けた。瞬きする間もなく、目の前に真っ赤な血が広がる。上半身が木っ端微塵に吹き飛び、ただ血を流すだけの肉塊と化したそれは、音を立てて崩れ落ちた。心臓と頭を同時に潰されたのだから、再生の兆しはない。

 

「はぁ⋯⋯。フラン! ティア!」

 

 お姉様は安堵のため息をつくとすぐに、お姉ちゃんの傍に寄って安否を確認する。そして、その場に寝かせると、すぐに私の元へと近付いてきた。

 

「大丈夫!? 傷は⋯⋯これくらいなら何とかなるわね」

「え、う、うん⋯⋯」

 

 胸の真ん中が貫通している気がするんだけど、本当に何とかなるのかな。痛みはあっても傷は癒えてきているみたいだから、本当に大丈夫かもしれないけど。それでも少し心配だ。痛いし、貫通してたし。どうしてお姉ちゃんやお姉様は自分の身体じゃないのに、私の身体を過大評価するんだろう。私はもっともっと強い身体が欲しいのに。

 

「そんなに心配そうな顔しないの。これくらいの傷ならすぐに治るわ。私の妹なんだもの」

「そう言われると、そんな気もしてきた、かな? や、やっぱりそんな気しない⋯⋯」

 

 流れてくる血を見ていると、治る気がしなくなる。狂化したお姉ちゃんと戦った後も、かなりの時間を回復に集中していたし、この傷でそんなに集中力が持つか分からない。⋯⋯あ、でもあの時の方が酷いかも。左腕が無くなってたし。

 

「弱気ねぇ⋯⋯。なら少し我慢しなさい。ちょっとだけ痛いわよ」

「え、あの、お姉さ──うぅッ!?」

 

 突然、とてつもなく熱い槍を胸に押し当てられた。確かに流れていた血は止まったみたいだけど、余計に酷くなっている気がする。

 

「はい、これで大丈夫。止血だけしたわよ」

「ほ、本当にこれで大丈夫なの⋯⋯?」

「大丈夫よ。人間達もやってたわ。確か⋯⋯焼灼止血法? とかいう名前だったかしら。ともかくれっきとした医療処置だから大丈夫大丈夫」

 

 余計に心配になってきた。適当な感じが凄いし、それが本当にれっきとした医療処置なのかも疑わしい。あれ。でも⋯⋯なんだか不思議な感じ。あ、そう言えば、お姉様の様子が前と違う。前はもっとよそよそしくて、気まずい感じだったのに。いつの間にか打ち解けてるし、今のお姉様からはいつもの優しいお姉ちゃんと同じ感じがする。

 

「う。うーん⋯⋯はっ! ティア!? って、お姉様? ⋯⋯あの親父は?」

「⋯⋯私が殺したわ。あ、何も言わなくていいわよ。私自身が決めたことなの。あのまま放っておけば、必ずティアが死んでいたわ。私は父親よりも、妹の方を選んだのよ」

「お、お姉様⋯⋯貴女は良かったの? 貴女が殺したことが分かれば、眷属達とか⋯⋯」

 

 お姉ちゃんの言う通り、お姉様よりもお父様の方を慕っている眷属は多いと聞く。だから、お姉様が殺すのは今思えば悪手だったかもしれない。それでも、お姉様は何故か落ち着いた表情で話を続ける。

 

「いいのよ。文句がある奴なんて放っておけば。何かあっても返り討ちにするわ。私はやっぱり⋯⋯お母様が遺してくれた貴方達が大切だから。貴方達のためなら何だって敵に回すわ」

「⋯⋯そっか。お姉様、ありがとう。お姉ちゃんも、私を守ってくれてありがとう」

「え? ああ、別にいいよ。私も勝手に自分で決めただけだし、そもそも結局は守れなかったし⋯⋯」

 

 悔しそうな顔をしているお姉ちゃんの頭に、お姉様が手を触れて撫でる。お姉ちゃんは成されるがままに、その手を受け入れていた。

 

「終わり良ければすべて良し、って言うでしょ? あまり悲観しないで。貴女のお陰で間に合ったのだから。それと今日は2人ともゆっくり休んでいなさい。私が事後処理をしておくわ」

「⋯⋯分かった。任せてもいいんだね?」

「ええ、任せていいわよ。さあ、ティア。もう動けるでしょ? フランと一緒に部屋に行ってて。⋯⋯私も終わったらすぐに行くから」

 

 素直にお姉様の提案を受け入れ、私達は自分の部屋へと戻った。そして、私達は今日初めて、自由を手に入れた。誰にも制されることなく、邪魔されることもない自由を。そう、私は⋯⋯ようやく手に入れた。長い年が経ったけれど、姉妹一緒に暮らせる、そんな夢のような幸せな時間を。

 

【されど、少女は強欲にも次を求めた】




望むなら、叶うなら、求めるなら──ソレは全てを⋯⋯。


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7話「平和な日々」

今日は投稿時間を一時間だけ早めてみました。

さて、閑話というか、説明兼(私の)欲望回。
それでも良い方は、まあ暇な時にでもどうぞ。


 ──Remilia Scarlet──

 

 お父様が死んで1週間が経った。あれから正式に私が紅魔館の主となり、領地の統治を任されることになる。しかし、お父様が生きていた頃のようなとてつもなく広い領地ではなく、兵を下がらせかなり縮小させている。そうしないとまだまだ未熟な私では治めきれないし、何かあった時に対応が遅れる。自分の力に合わせて領地を狭めるのは致し方ない。というか、そうしないと領地を抑えることも治めることも不可能だろう。いつか反逆者が現れ、革命されるのが関の山だ。現に、私が当主なのを不服に思った眷属達が暴動を起こしたり、暗殺を企てたりしている。もちろんそんな奴らは例外なく殺したが。それにしても、私の能力を知らずに暗殺するのは身の程知らずにも程がある。

 

「お姉様! 見て見て! お姉様と同じ槍の召喚魔法だよ!」

「ええ、上手にできているわ。流石私の妹ね」

 

 私が当主になったことで幾つか変わったことがある。その1つが妹2人の扱いだ。もはや2人を縛るモノは何もなくなり、彼女達は自由を手にした。しかし、自分の身を守るためや、もし私が死んだ場合に備えて戦いの知識だけは教えている。それ以外はかなり自由にさせたい気持ちもある。だが、長年会っていなかったことが、私の中で哀しいという感情で肥大化していたらしい。少し、ほんの少しだけ束縛したい気持ちがある。だから、魔法の練習や妖力の練習⋯⋯つまり戦闘訓練の時間だけは1日のどこかに設けてある。もちろん2人が心配だから、私の見える範囲に置いておきたい、というのもある。

 

「へぇー、初めてティアの槍見た。名前は決めてあるの? というか、いつの間に召喚魔法を覚えたの? 私知らないんだけど」

「私が教えたわよ。暇だったから」

「うわー、私の楽しみをお姉様が邪魔するー。私がじっくり教えるつもりだったのにー」

 

 フランがわざとらしく頬を膨らませる。いつの間にか私のことを姉として認めてくれていたが、ちょっとだけ舐められている気もする。フランがそういう誤解させやすい性格なだけかもしれないが。それに対してティアは素直で分かりやすい。素直すぎたり、食欲が旺盛過ぎるのも悩みものだが。その中でも食欲に関しては数が尋常ではなく、人間(食料)の在庫が毎日減り続けている。お陰で集めるのも一苦労だが、可愛い妹のためだ。仕方あるまい。

 

「この槍の名前は『ルイン』だよ。『貫奪(かんだつ)』のルイン。貫いて相手の全てを奪うの!」

「発想が怖いや、私の妹。っていうか、私と同じ剣は?」

「もちろんあるよ。『裂奪(れつだつ)』のリジル。竜を殺した英雄の剣と同じ剣の名前! 後もう1つだけあるけど、それは戦う時のお楽しみね!」

「やっぱり3つ創ったんだねぇ⋯⋯」

 

 先ほどから『奪う』という字が入っているのはわざとなのか。案外、武器を介して能力を奪うことを前提としたものだろうか。⋯⋯いつか戦闘狂にでもなりそうだ。その時は姉として、しっかりと導いてあげないと。

 

「ねぇ、お姉様。もう終わってもいいんじゃない? 早くお風呂に入って寝ようよー」

「私もお姉ちゃんと同じー。ご飯食べ終わった後に動くとすぐ眠たくなるー」

「わがままな妹達ね。まあ、いいわよ。今日はそろそろ終わりましょうか」

 

 ティアもフランも最初に会った時よりもかなり打ち解けてきた。このまま幸せな生活が続けばいいけど、どうやらこれから先の運命(未来)を見る限りそうもいかないらしい。しかし、今はこの幸せな日々を楽しもう。何かが起きるとすれば、運命の分岐があるとすれば⋯⋯それはこれから10年近くも先、私が75歳の時だろう。それまでに対策を講じ、準備を整えてゆっくり待てばいい。私はすでに父よりも妹を選んだのだから、これからは妹を守るためだけに命を費やそう。

 

 

 

 

 

 練習の終わり、食事を終えた私達はお風呂に入る。最近は3人で一緒に入ることが習慣になっているが、妹2人が元気に遊んだりはしゃいだり、とにかく入っている時はいつも疲れる。それも可愛い2人を見ていたら満足感の方が高くなるからいいのだけど。今はそんな騒ぎが落ち着き、湯船に浸かっていた。

 

「はぁー⋯⋯。落ち着くわぁ⋯⋯」

「貴方達のせいで落ち着けない私がいるんだけど? まあ、いいけど」

「え、なに? ツンデレ?」

「べ、別にそんなんじゃないわよ!? ⋯⋯ねえ、ティア。大丈夫? 熱くない?」

「話逸らしたのかな?」

 

 ツンデレ度合いで言えばフランの方が高かったくせに。⋯⋯ああ、いけない。私は姉なのだから、落ち着かないと。喧嘩するほど仲がいいとは言うけれど、やっぱり喧嘩しない方が世のため人のためだ。別に他人のことなんてどうでもいいけど。

 

「熱くないよー。逆にお姉様は大丈夫?」

「大丈夫よ。⋯⋯って、近いわね。ああ、離れて、って言ってるわけじゃないから安心して」

「うん、分かってるよ」

 

 ティアが徐々に近付いてきて、ついには肌が触れ合うほど近くなる。彼女は何がしたいのか分からないが、そこまで近付いたところで、ふと視線を下に向ける。どうして姉妹でここまで差がつくのだろうか。何がとは言わないが、何故ティアは私の妹なのに微妙に私よりも大きいのか。もちろん成長していることは嬉しいことだ。しかし、何故その部位だけは私よりも勝っているのか。普通は姉である私の方が大きいはずなのに。それでもフランよりは勝ってるからいいのだけど。負けてたら色々と煽られそうだし。

 

「え、何この空気。あとね、お姉様。今凄く失礼な視線を感じたのだけど?」

「え? 気のせいじゃないかしら。別に『ああ、小さくて可哀想ね』とか思ったりしてないから安心して」

「できるか! っていうか確信犯じゃん! それに私の方が大きいから! ギリ勝ってるから!」

 

 必死に否定しようとしていることが、余計に嘘っぽくなる。妹が姉に勝つなんて夢物語、あるはずがないのに。もちろんティアは例外だけど。ティアは素直だからセーフ、ということで。

 

「なんの話をしてるの?」

「ん、ああ。胸の話よ。あ、この際ティアに決めてもらおう。私とお姉様、どっちが大きいと思う?」

「もちろん私よね、ティア?」

「うーん⋯⋯私から見たら、どっちも変わらないかな。⋯⋯え、お姉ちゃん? 何何?」

 

 これが強者の余裕か。ティアにカチンときたのか、フランはティアの両腕を掴んで拘束する。そして、顔を近付けて正しく悪魔のように小さく甘い声で呟いた。もちろんフランも悪魔だから、これはものの例えだが。

 

「ティア? もし私の方が大きいって正直に言ってくれたら、貴女がしてほしいこと何でもしてあげるよ? 遊んでも、新しい魔法を教えても──」

「お姉ちゃんの方が大きい」

「即答したわね⋯⋯。でもまあ、そんな甘言に惑わされた言葉に意味は無いわ。姉である私の絶対的優位は変わらないわね」

「ティアに一回り二回り負けてるんだよなぁ」

「ぐっ⋯⋯」

 

 それを言われると何も言い返せない。本当にここまで差がついた理由は何なのか。この歳だから遺伝とか、そんな根本的な理由な気もするが。お母様はそれなりに大きい方だったから、私達にももちろん希望はある。大きくなるまで待つしかないか。それが後何百年先のことになるのかは分からないが。

 

「お姉様。私は、小さなお姉様でも大好きだよ?」

「ティア、それフォローになってないと思う⋯⋯」

「全くだわ。でも、好きなのは嬉しいわね。それで今までの無礼は許しましょうか」

「おっ、当主っぽいねぇー」

 

 当主っぽいのではなく、当主なのだが。それはまあ、言葉のあやとして許そう。ティアもしっかり私をフォローしようとしてくれた辺り、そして、大好きと言ってくれる辺り本当に可愛い妹だ。素直な娘だから、その言葉は本心から来る疑いようのないものだ。何十年も悪く言えば放ったらかしにしていた私を好きでいてくれる妹なのだから、これからも守り通さなければ。

 

 ふと、もしティアが結婚するとしたら、と思ってしまった。その時は私達よりも伴侶を選ぶのだろうか。⋯⋯いや、きっとその時は()()()()()()のだろう。ティアはそういう娘だ。

 

「⋯⋯のぼせそう。お姉様、お姉ちゃん。私、先に上がるね」

「あ、私達も上がるよ。だから、一緒に行こっか。ね、お姉様」

「ええ、そうね。長話し過ぎちゃったせいか、私ものぼせそうだしね」

 

 とか適当に言ったが、本当は妹を1人にしたくないだけだ。それはフランも同じだから、私に『一緒に行こう』と促したのだろう。もし1人の時に私を嫌う眷属が私の妹を襲うかもと考えたら、いつ何時もティアやフランを1人にはさせれない。そもそも、今まで『独りぼっち』だった2人をまた1人にはさせたくない。

 

 もちろん、ティアばかり過保護になっているが、フランにしてもそうだ。フランは強いからそういった感情は隠しているが、彼女も1人は嫌に決まっている。⋯⋯なんて言って、1番嫌なのは私かもしれない。2人を手離したくない。そんな気持ちが、日に日に増していくのを感じる。もしそれが最高にまで達したら、私はどうなるのか。⋯⋯今はまだ、考える時ではないか。

 

「そうなの? じゃあ、一緒に行こー!」

「あ、ティアー! 走っちゃ危ないよー」

 

 フランは、元気よく走るティアを追いかけ、先に外へと出ていった。さて、私も急いで追いかけよう。今日はもう寝るだけ。最近は地下で寝ることが多いが、妹2人と一緒だから苦ではない。むしろ嬉しいことだ。あれほど夢にまで思い描いていた平和で幸せな日々を暮らすことができているのだから。さあ、これからが忙しくなる。2人を守りながら当主の雑務をこなし、家や領地を守る。大きく分けてたった3つのことだが、それが大変だ。

 

 せめて家を守ってくれるような、信用できる部下が欲しい。眷属達は信用できないし、メイドだと心もとない。だが、それは望んでも叶うわけではない。ただ、祈り待つしかできないだろう。いつか、そんな人が来ることを────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Hamartia Scarlet──

 

 少し前、お姉様に連れられて初めて館の外を見た。外に出るという望みが叶った瞬間だったけど、私はただただその広さに圧倒された。その世界は図書館とは比べ物にならないほど広く、空を飛んで遥か彼方を見つめてもその世界の行き止まりは見えない。そんなに広いという知識は本で知っていたが、改めて自分の居た世界がとてつもなく狭く、小さなものだったと自覚した。

 

 こんなに広い世界なら、もっと色々なモノを求めてもいいかもしれない。そう思ったのも、私には強い吸血鬼の血が流れているから妥当、求めるのも当然だから。逆に今の今まで世界は小さすぎた。別にお父様のように領地拡大とか求めたくないけど、これだけ広いなら少しくらい望んでもいいかもしれない。それに、ただの食料である人間が我が物顔で支配しているのだから、私だって領地を望んでもいいと思う。

 

 でも、そのためにはまず強力な力が必要だ。全てを支配して、お姉様やお姉ちゃんを守れるような強力な力。いつも守られてばっかりな私だけど、お姉ちゃん達は私のものだから、誰にも渡したくない。私の傍にずっと居てほしい。だから、手始めにお姉様よりも強くならないと。動いたりするのは面倒くさいけど、動かないとお姉様よりも強くなれない。私の好きな憧れのお姉様。そんな人を超えるのは大変なことだけど、私の夢のためには超えないといけない。そのためにも図書館で本を漁っているのだけど、いいものはなかなか見つからないものらしい。

 

「ティア。眠れないの?」

 

 真横で寝ていたお姉様が、目を開けていた私を見つけてかそう言った。お姉ちゃんはすでに夢の中で、お姉様とは逆の位置を陣取っている。寝相が悪いのか、私を抱きしめて寝ている。あ、もしかしたら、お姉ちゃんも寂しいとか思っているからかもしれない。それならそれで可愛い。めちゃくちゃ食べたいけど、寝ている時に吸血したら怒られるから我慢しないと。

 

「ティア、眠れないなら⋯⋯眠れるようにしてあげる。私の腕の中で寝なさい⋯⋯」

「あ、んぅ⋯⋯」

 

 お姉様はそう言って、私の首の後ろに手を回して抱きしめてくれた。お姉様の胸の鼓動がとても近く聞こえる。いつもなら絶対にしないから、多分、寝ぼけているんだと思う。お姉様、寝ぼけていると可愛くなって食欲をそそ⋯⋯ああ、ダメだ。あまり深く考えると抑えきれなくなる⋯⋯。

 

 とりあえず、お姉様を強く抱きしめて感情を発散させる。後ろにはお姉ちゃん、前にはお姉様。手は出せないからこんな状況、生き地獄でしかない。もし私に後先考えずに手を出す勇気があったら、どれだけいいものか。私は嫌われたくないから、今は抑えるしかない。

 

「ティアぁ。甘えて、いいからね⋯⋯」

「っ!? ⋯⋯あ、寝言⋯⋯?」

 

 突然お姉様が口を開いてそう言ったから、心でも読まれたのかと焦った。でも、寝言でもそれは本心っぽい。この場合はどうしよう。全て夢オチと思わせてとか⋯⋯ダメかな? ダメか。食べたら布団が汚れるし、痛かったら気付くだろうし。流石に夢オチじゃ限度がある。

 

 それにしても、どうしてここまで私の食欲をそそらせるのかな。もしかして、わざとやってたりする? もしそうなら逆に、食べてもいい、という意味だとは思うけど。それでもやっぱり試すのは怖い。私にとって嫌われたくないというのが1番だしね。あ、でも──。

 

「お姉様、お姉ちゃん。大好き。その首筋にかぶりついて食べたいくらい好き。私は⋯⋯一生離さないよ。だからね、ずっと、ずっと⋯⋯一緒に居てね」

 

 思ったことを口にするくらいはいいかな。そうでもして発散させないと感情が爆発して、自分を抑えれなくなるしね。仕方ないよね。思ったことを口に出せたし、ようやく眠たくなってきた。はあ⋯⋯ようやく眠れる。

 

 運命(ペオース)確実(ダエグ)宿命(ウィルド)。私の⋯⋯私達の運命(未来)が、より良いものでありますように。そして、誰よりも強い力を手に入れれるように。

 

 私はそう思い、願い、望み⋯⋯祈る────




一応、これで1日1話+αと1章はお終い。次回からは2章と番外編となります。

平和な日々を手に入れた次に彼女が望むのは、姉を守り、全てを手に入れれる強大な力。それを手に入れる日は来るのか。そして、レミリアの願い通り、家を任せれるような信用のおける部下は現れるのか。

いやぁ、本当にどうなるんでしょうね(他人事)


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番外編⑴「幼女な末妹」
番外編1「ひとりぼっちな末妹」


自暴自棄にしようとしたら、ただの自分語りになってしまったお話。そして、今回はとても短め。
難しいですね、自暴自棄(

ともかく、いつもの投稿予定時間の9時には番外編です。
ティアちゃんのことをもっと知りたい方はどうぞー


 ──Hamartia Scarlet──

 

 生まれて初めて『私』という存在を認識した時から、私はこの暗い部屋(世界)に居た。そこは生活に必要最低限のものしかなく、私以外は誰もいない。たまに眷属という人が本や食べ物を持ってくる時だけ、自分以外にも人が居ると認識できる。でも、それ以外は本当に誰も居ないし何もない。私はただ生きているだけ。何の目的も得られず、何の理由もなく⋯⋯ただ生きているだけが辛い。

 

 だから、何か欲しい。ありとあらゆるもの全てが欲しい。

 

 そう眷属やお父様にお願いしても、何も貰えない。こんな少ない本じゃ足りない。こんな少ない食べ物だけじゃ足りない。もっと、もっともっともっと! ⋯⋯私は何かを求めている。それが食べ物なのか、他の何かかは分からない。ただ、飢えを感じる。渇きを感じる。私1人の世界というのは、あまりにも退屈で憂鬱だ。飢えを、乾きを⋯⋯ありとあらゆるものを満たせる何かが欲しい。もちろんそれが何かという答えはないから自分で探す必要がある。

 

 でも、探すのは面倒だから嫌だ。私の求めるモノの方からやって来てほしい。

 

「⋯⋯お腹、空いた」

 

 考え事をしているとすぐにお腹が空く。その空腹に耐え切れず、骨だけになった食べ物に齧り付く。

 

 今なら飢えと渇きを癒せるモノなら何だって食べたいけど、食べ物が来るのはいつも遅い。食べ物が来るのは1日にたった3回だけ。やっぱり足りない。量も少ないから、いつも4倍、5倍の数を頼んでいるのに、その量は多いといつも貰えない。どうして貰えないのか、お父様や眷属が独り占めしているのかもしれない。

 

 そう考えると途端に腹立たしくなる。もし本当なら、怒りしか湧いてこない。

 

 もちろんただ無いだけの可能性もあるけど、それなら私を外に出してほしい。もしくは、生きたままでもいいから、食べ物をここに連れてきてほしい。生きたままの食べ物を喰うのも美味しいと思うから。首に噛み付いて、手足をもいで⋯⋯想像するだけでも楽しそう。叫び声を聞きながら生きたまま食べる、というのも面白そうだ。でも、退屈しのぎにしかならなさそう。

 

 人間(食べ物)は私達吸血鬼よりも遥かに劣っている生き物だから、首に噛み付いた時点で死んじゃうかもしれないし。

 

 それでも少しは満足感を得ることができるかもしれない。少しだけ飢えと渇きを癒してくれるかもしれない。そう考えると、試したくなってきた。今度眷属の人に頼んでみよう。無理だったら無理で仕方はない。まあ、生きている食べ物はまだ見たことないから、叶えたい夢ではあるけど。

 

 そう言えば、人間(食べ物)達は他の人を『愛する』という行為があるらしい。私にとっての『食べる』という行為に近い感情だと思っているけど、もしかしたら私も誰かを愛する時が来るかもしれない。そう考えて、その感情を知るためにもその類の本を要求したら、眷属の人に変な目を向けられた。何故かは分からないけど、結局そういう本を貰うことはなかった。今思うと、眷属の人のあの顔は何か勘違いしていたのかもしれない。本を読むことはできなかったが、まだ私は『愛する』という感情を諦めたわけではない。

 

 可能性の話だけど、もし外の世界を見ることが叶うなら、私も誰かを食べて(愛して)みたい。

 

 そして、肉の一片から血まで全てを美味しく頂きたい。もちろん私が誰かを食べてみたいと、本当に思うことがあればの話。私はお父様も眷属の人も食べてみたいとは思わないから、本当に食べたい人ができるかも疑わしいけど。

 

 だから、食べたいと⋯⋯愛したいと思える人がいる人間(食べ物)達が羨ましいし、妬ましい。

 

 私も叶うことなら、誰かを食べてみたいのに、外で自由にしている人が羨ましい。自由に食べ物を食べれる人が羨ましい。飢えも渇きも感じていない人が羨ましい。こんな不公平な世界に閉じ込められているから、私は全てが欲しい。もし誰か他の人が私の欲望を否定したり、邪魔するというなら容赦しないし、その人を私は喰い殺すと思う。

 

 

【これから姉と出会い、自らの過ちに気付くことになろうとも、根底にあるモノは変わらず】

 

 だって、私は飢えも渇きも癒せていない。だから、その全てを癒すまではありとあらゆるモノを求めてもいいと思っている────

 

 

【少女は全てを望み続ける】




今回テーマの罪。意味が分かった人も多いのでは?


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番外編2「仲睦まじな妹達」

ティアフラのおやすみ回。
時系列的には運命的な少女の後ですね。

ではまあ、お暇な時にでも


 ──Hamartia Scarlet──

 

 初めてお姉ちゃんと一緒に寝る。これほど嬉しいことはないけど、少しだけ気まずい。いつかは愛する(食べる)人だけど、それまで仲良くしていたいし、そうじゃなくても嫌われたくない。変なことをしてしまって、嫌われないかが心配だ。

 

「ティア、どうしたの? 早く寝ようよー」

「う、うん⋯⋯」

 

 私の心なんて気付くはずのないお姉ちゃんは、我先にとベッドに潜り込んでいた。すでに毛布を被り、ゆったりとして寝る準備を終えている。

 

 そう言えば、私の部屋のはずだけど、お姉ちゃんはまるで自分の部屋みたいに過ごしている。そう言えば、昔見た本に同棲という言葉があった。愛し合った人が同じ家に住むというあれ。もしかして、すでにお姉ちゃんの方から──あ、違うか。元から同じ家に住んでいて、ずっと一緒に居るから遠慮してないだけか。⋯⋯残念だ。

 

「もぉー、早く寝ようってー」

「あっ⋯⋯」

 

 お姉ちゃんが一向にベッドに入らない私を見かねて、私の手を引っ張って無理矢理ベッドの中に連れ込まれる。積極的なお姉ちゃんにより一層好きになってしまいそうになる。これ以上好きになったら、自分を止めれるかどうか分からないのに。⋯⋯ああ、でも、その時は止めれなくてもいっか。その時は、私をその気にさせたお姉ちゃんのせいということで。それなら、お姉ちゃんも悪いから嫌われないよね。⋯⋯うん、だんだん自分でも何を言ってるか分からなくなってきた。胸の鼓動が激しくなっているのが手を触れなくても分かるくらい緊張してる。今の私は、平常心を保つので精一杯の状態らしい。

 

「ほら、一緒に寝るとあったかいよ。今まで1人で寒かったよね? 寂しかったよね? でも、もう大丈夫。今日から私とずっと一緒だよ」

 

 優しく言葉をかけられ、優しく抱擁され、その心地良さで心が落ち着く。お姉ちゃんは私の扱いをよく知ってるらしい。もしそうじゃなければ、今頃私はお姉ちゃんの首に噛み付いていた。ほんの数秒前までは食欲を我慢するので精一杯だったから。

 

「あ、嫌ならいつでも言ってね。強制はしないから」

「え⋯⋯い、嫌じゃない! ⋯⋯だからね、ずっと一緒に居て? お姉ちゃん⋯⋯」

「ふふっ、素直だね。好きだよ、そういうの。貴女が望む限り、私は貴女と共に居るわ。⋯⋯ただ、道だけは間違わないでね」

「道⋯⋯? タオ?」

 

 一体どういうことだろう。もし道を間違えたら、お姉ちゃんは私のことを嫌いになるのかな。もしそうならその道を間違えたくはない。だからこそ、お姉ちゃんの言う道とは何かを知らないと。

 

「難しい言葉をよく知ってるね。変な本ばっかり読んでるでしょ? ま、間違ってはないよ。貴女が正しいと思う道。それが間違えている時もある。私達は悪魔だから。間違うのが世の通りなんだろうけど。それでも、貴女には間違ってほしくないの。自分を破滅に追い込むような道には進まないで。私が一緒に居るうちは間違わないようにさせるつもりだけど」

「⋯⋯一緒に居ないこともあるの? そんなのいや。お姉ちゃんとずっと一緒がいい」

 

 できることなら、誰にも干渉されず、飢えも渇きもない世界でお姉ちゃんとずっと一緒に居たい。欲を言えばお姉様も一緒に。だから、お姉ちゃんやお姉様と一緒に居れない世界なんて価値がない。存在する意味もない。

 

「私もできるならずっと一緒に居たいよ。でも、何が起きるか分からないのが世の中だから。⋯⋯あ、そうだ。先に言っておくけど、私より先に死んだら一生恨むから。姉より先に死んでいい妹なんていない。少なくても、私よりは長生きしてよね。ティア」

「⋯⋯ううん。それはいや。お姉ちゃんが死ぬなら私も死ぬ。生きてる意味なんてない」

「ネガティブ過ぎない? 生きてる意味なんて必要なくていいよ。それでも、貴女に生きてほしいと願う人がいる。それだけは覚えてて」

 

 そんなの、私にとってのお姉ちゃんと一緒じゃないか。そう言おうとしたけど、頭を撫でられて言う気がなくなってしまった。それに、お姉ちゃんの目が私にそう言わせるのを止めていた。悲しそうだけど、とっても力強い目。これを人間達は『決意の篭った目』とかで言い表すんだろう。私には⋯⋯よく分からない。どうして、そんな目ができるのか。どうして、そんな目を私に向けてくれるのか。

 

「さ、こんな暗い話はお終いにしよっか。もっと楽しい話をしよ? ティアは何の食べ物が好き? って、人間以外ないか。質問間違えた」

「お姉⋯⋯あ。うん、人間が好き。美味しいから」

「やっぱりそうだよねー。うーん、何の話をしよっかなぁ⋯⋯」

「⋯⋯お姉ちゃん、話はいい」

 

 話を遮って、お姉ちゃんの肩を掴み、抑え込むようにして上に乗る。お姉ちゃんの顔の真横に両手を付き、鼻と鼻が触れ合うほど顔を近付ける。自分でも、何故こうしようと思ったのか分からないけど、至近距離でお姉ちゃんの目を見つめていると落ち着く。ただ、安心したかっただけなのかもしれない。お姉ちゃんの話で不安になったから⋯⋯。ああ、やっぱりお姉ちゃんのせいか。じゃあ、責任を取ってもらおう。

 

「あ、あの? ティアさん?」

「⋯⋯お姉ちゃんのせいで不安になっちゃったの。だから、責任取って」

「え、えっ? ティア⋯⋯?」

 

 ここまでしたのはいいけど、さて、どうしようか。食べるのもいいけど、今はただ一緒に居たいだけ。お姉ちゃんが死ぬ話なんてするから。だから、今はただ一緒に居るだけにしよう。その温もりを、その肌を、感じるだけにしよう。

 

「今日はこのまま私の好きにさせて、ね?」

「えぇー⋯⋯ま、いいよ。さ、どうぞ、好きにしてください」

「ふふっ、ありがとう! じゃあ、好きにするね」

 

 お姉ちゃんに許可を貰った。なら、善は急げ。早速好きにしよう。そう思って、私はお姉ちゃんを抱きしめる。この温もりは病み付きになる。いつもの1人でいる寒さはお姉ちゃんの体温で和らげられ、孤独の切なさは肌の感触によって消え失せる。やっぱり、ひとりぼっちは嫌いだ。お姉ちゃんが居てくれて、本当に良かった。生きてて⋯⋯良かった。

 

「⋯⋯抱きしめるだけでいいの?」

「うん、今日はこれだけでいいの。お姉ちゃんが居てくれるだけで、私は嬉しいから」

「⋯⋯ふ、ふふっ。ふふふ。可愛いヤツめー。私もティアが私の妹になってくれてとっても嬉しいよ。ほんと⋯⋯すっごく幸せ」

「私も⋯⋯幸せだよ。お姉ちゃん」

 

 互いに温もりを感じながら、その気持ち良さに身を委ねるようにして目を瞑る。

 

 今日は、本当に幸せな日になった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Frandre Scarlet──

 

「ティア、どうしたの? 早く寝ようよー」

「う、うん⋯⋯」

 

 とても気まずい空気が流れている。一緒に寝ようとは言ったものの、ティアが恥ずかしがって寝ようとしない。いつもはあんなに甘えてくるのに、何を恥ずかしがる必要があるのか。でも、恥ずかしいということは、私のことを好きということの裏返し。ま、それでも一緒に寝ようと言ったからには、一緒に寝てもらうけど。

 

「もぉー、早く寝ようってー」

「あっ⋯⋯」

 

 ティアの手を引っ張って、ベッドの中に連れ込む。そして、一緒に毛布を被り、心理的にも逃げられないようにする。肌が触れ合うほど近い距離感に、私の方も少しだけ緊張している。何故なら、私もティアのことが好きだから。一緒に寝ようと思ったのも能力云々は関係ない。もし私に能力が効いててもこうなることは時間の問題だった。それ程までに、私はティアを愛している。反応を見る限り相思相愛かもしれないけど、そこまで言う勇気はないから何も言えない。

 

「ほら、一緒に寝るとあったかいよ。今まで1人で寒かったよね? 寂しかったよね? でも、もう大丈夫。今日から私とずっと一緒だよ」

 

 緊張して鼓動が高まるのを誤魔化すように、ティアの背中に手を回して抱きしめる。若干ティアの胸が邪魔になるけど、それも含めて好きな妹だから、今は良しとしよう。それにここまでして急に突き放したりするのも気が引ける。

 

「あ、嫌ならいつでも言ってね。強制はしないから」

「え⋯⋯い、嫌じゃない! ⋯⋯だからね、ずっと一緒に居て? お姉ちゃん⋯⋯」

 

 顔をうずめて、聞き取りにくいほど小さな声でティアはそう言う。でも、幸運にも部屋は静かで、吸血鬼だから私の耳はとてもいい。恥ずかしがるその声も、ティアの胸の鼓動が徐々に落ち着いてくる音も聞こえている。良かった、どうやらティアの方も落ち着きを取り戻したらしい。じゃあ、私はお姉ちゃんだから、ティア以上に落ち着いていないとね。

 

「ふふっ、素直だね。好きだよ、そういうの。貴女が望む限り、私は貴女と共に居るわ。⋯⋯ただ、道だけは間違わないでね」

「道⋯⋯? タオ?」

 

 タオ? ああ、ティアが見ていた神話とか宗教の本に載っている言葉かな。確か、人や物が通る道という意味の。詳しいことなんて興味はないから覚えてない。

 

「難しい言葉をよく知ってるね。変な本ばっかり読んでるでしょ? ま、間違ってはないよ。貴女が正しいと思う道。それが間違えている時もある。私達は悪魔だから。間違うのが世の通りなんだろうけど。それでも、貴女には間違ってほしくないの。自分を破滅に追い込むような道には進まないで。私が一緒に居るうちは間違わないようにさせるつもりだけど」

「⋯⋯一緒に居ないこともあるの? そんなのいや。お姉ちゃんとずっと一緒がいい」

 

 凄く寂しそうで哀しそうな目を向けられ、話す言葉を間違えたと実感する。本当は心配とかかけたくなかったけど、過ぎたことは仕方ない。だから、何とかして落ち着かせよう。⋯⋯でも、そうだ。言っておかなきゃいけないことがある。今のティアは、私が考えるに、まだまだ子どもだから。

 

「私もできるならずっと一緒に居たいよ。でも、何が起きるか分からないのが世の中だから。⋯⋯あ、そうだ。先に言っておくけど、私より先に死んだら一生恨むから。姉より先に死んでいい妹なんていない。少なくても、私よりは長生きしてよね。ティア」

「⋯⋯ううん。それはいや。お姉ちゃんが死ぬなら私も死ぬ。生きてる意味なんてない」

 

 案の定⋯⋯というより、思ったよりも深刻だった。そこまで言うか。いや、そこまで言うのも仕方ないのかな。ティアは私と出会うまでずっとひとりぼっちだったし⋯⋯私もその気持ちは分かるから。多分、生きているものはみんな、誰かと一緒にいないと生きていけない。それが知恵あるものなら尚更。

 

「ネガティブ過ぎない? 生きてる意味なんて必要なくていいよ。それでも、貴女に生きてほしいと願う人がいる。それだけは覚えてて。さ、こんな暗い話はお終いにしよっか。もっと楽しい話をしよ? ティアは何の食べ物が好き? って、人間以外ないか。質問間違えた」

「お姉⋯⋯あ。うん、人間が好き。美味しいから」

「やっぱりそうだよねー。うーん、何の話をしよっかなぁ⋯⋯」

 

 想像した以上に暗くなってしまったから、明るくしようとしたけど流石に話題が適当すぎた。ティアの返事も曖昧だし、哀しそうな顔のままだ。さて、何か面白そうな話はないものか⋯⋯。

 

「⋯⋯お姉ちゃん、話はいい」

 

 頭を抱えて考えていると、横に向いていた身体が突然上を向く。あまりに一瞬のことで、理解が追い付かない。

 

「あ、あの? ティアさん?」

 

 思考を巡らせ、今の状況を確認する。何故かティアが私の肩を掴んで馬乗りになっている。顔は物凄く近いし、彼女の胸が当たってめちゃくちゃ窮屈に感じる。それと、見た目に反して意外と重い。

 

「⋯⋯お姉ちゃんのせいで不安になっちゃったの。だから、責任取って」

「え、えっ? ティア⋯⋯?」

 

 ここまで積極的なティアも珍しい。ようやくその気になったみたいだ。それはそれで嬉しいけど、急展開過ぎて付いていけない。心の準備もまだだし、これじゃあ私が攻めたいのに、受け側に回ってしまいそう。それは姉のプライドが許さない。何とかして、ここから挽回を⋯⋯。

 

「今日はこのまま私の好きにさせて、ね?」

 

 ────。⋯⋯やっぱり、別にいっか。たまには受け手に回るのも良さそう。されるがままというのも、ティアが相手なら本望だ。

 

「えぇー⋯⋯ま、いいよ。さ、どうぞ、好きにしてください」

「ふふっ、ありがとう! じゃあ、好きにするね」

 

 そう言ってティアが取った行動は、ただハグをするだけだった。想像していた『間違い』が起きず、少しだけ拍子抜けした。だけど、妹の肌の温もりや、小さくも荒い呼吸、何よりもその心臓の鼓動は愛する人の実感となって身に染みる。

 

「⋯⋯抱きしめるだけでいいの?」

「うん、今日はこれだけでいいの。お姉ちゃんが居てくれるだけで、私は嬉しいから」

 

 その言葉に、私は嬉しさで胸がいっぱいになる。感情が溢れ、思わず笑みがこぼれてきた。

 

「⋯⋯ふ、ふふっ。ふふふ。可愛いヤツめー。私もティアが私の妹になってくれてとっても嬉しいよ。ほんと⋯⋯すっごく幸せ」

「私も⋯⋯幸せだよ。お姉ちゃん」

 

 それを最後に、ティアは私の上で眠りについた。重たくてもティアを動かす気にはなれず、私もそのまま目を瞑る。いつもの孤独感を、ティアを抱きしめることによって紛らわして────




いつか、3人で寝れる日を思って寝る妹達。本編で早速叶っちゃってるわけですが(


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第2章「幸福な悪魔達の日常」
8話「残虐な末妹」☆


題名通りのようで人によってはそうでもないかもしれない、そんな話。
ちなみに前半は説明、後半は多少の戦闘回です。

あ、☆マークには押絵の意味です。今回押絵があるのでご注意ください!()


 ──Hamartia Scarlet──

 

 お父様が死に、私が自由に館を移動できるようになってから1年が経つ。私は56歳になった。1年も居れば館も慣れたもので、今では知らない場所はないほど館を知り尽くしている。けれど、図書館の本は未だに全て読みきれていない。最初は本の多さにビックリしていたけど、もはや多すぎて探すのが面倒、という気持ちが今は大きい。それでも楽しい本が多いから、飽きはしないのだけど。

 

 お姉ちゃん達と一緒に居ることが多い私だけど、たまには1人で本を読んだりする。今日も夕方早くから1人で図書館の本を漁り、強くなるための方法や知識を深めるためにも色々な本を読んでいた時のことだった。

 

「罪⋯⋯『七つの死に至る罪』?」

 

 偶然目に入ったその本を手に取り、ペラペラとページをめくる。そこには私の名前の意味でもある『罪』について書かれていた。自分の名前に興味はない。だけど、お姉様は私の名前を気にしてくれている。もっと名前の意味を知れば、その気にしてくれている理由も分かるかもしれない。そう思い、注意深く読んでみようと最初のページから読み進める。

 

「『七つの大罪や七つの罪源と呼ばれるものは、人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情のことを指すものである。起源は4世紀のエジプトの修道士エヴァグリオス・ポンティコスの⋯⋯』。うぅ、長い⋯⋯」

 

 まだ薄い方だと思う本なのに、文が細かくびっしりと書かれている。名前の意味を知るために読み始めたものだけど、あまり長いのは好きじゃない。そう思って、要点だけを掴めて早く読めるように流し読みを始める。

 

「『罪と悪魔の関係を記した著作』⋯⋯これだ。『七つの大罪は特定の悪魔との関連付けられている。本来は無関係なものだが、通俗的な魔導書においてはそれが引用され』⋯⋯うーん?」

 

 要は勝手に人間が関連付けただけで、別に罪と悪魔は関係ないということかな。私の場合も、親殺しという禁忌を犯したから、お父様が勝手に名付けたってお姉様が言ってたし。まあ、もうティアという名前が気に入ったから今更名前を変えるつもりはないけど。お母様から名前を聞いていて、それを私に教えてくれたお姉様には悪いけどね。

 

「へぇー。今の時代なら、悪魔じゃなくて動物とも関連付けられてるんだ。⋯⋯っていうか、七つの大罪の内容どこ⋯⋯あ、あった。『七つの大罪と呼ばれるものは以下の7つである』」

 

 そうして次のページに進むと、そこには罪の内容が大きく書かれていた。

 

【高ぶって人を見くだす態度の傲慢】

 

【大いに怒る憤怒(ふんど)

 

【羨み妬む嫉妬】

 

【怠けだらける怠惰(たいだ)

 

【欲がとても強い強欲】

 

【無闇やたらに食べる暴食】

 

【色事の欲望の色欲】

 

「はあ、長すぎ⋯⋯。えーっと、『またこれらに反して対応するものとして、美徳なるものがある。傲慢にはへりくだることの謙譲(けんじょう)。憤怒には情け深いことの慈悲。嫉妬には忍び耐えることの忍耐。怠惰には一生懸命励むことの勤勉。強欲には救い恵むことの救恤(きゅうじゅつ)。暴食には適度に慎むことの節制。色欲にはけがれなく清らかなことの純潔』⋯⋯」

 

 読み進めていてようやく気付いたけど、これはあまり面白くなさそう。ただそのままの情報を書いてるだけみたいだし、面白そうな文章はどこにもない。一体誰が書いた本なんだろう。そう思ってその本を裏返し、著者の名前を確認する。やはり知らない名前だった。しかも、この辺りではあまり聞かない変な名前。

 

「『Natera Uroboros Carlest』⋯⋯ナテラ・ウロボロス・カーレストかな。どこの国の人なんだろう。少なくとも、ここではなさ⋯⋯あ、この近くなんだ」

 

 本の最後のページに住所らしき街の名前が書かれていた。その街の名前は以前、お姉様に聞いたことがある。確か領地を縮小した時にギリギリ残ったスカーレット家領地、最南端の街だったはず。⋯⋯書いてるってことは、この本を読んだ人に来てほしいとか思ってるのかな。もしそうなら、会ってみたいかも。本はつまらないけど、わざわざ書いているなんて会いに来いと言ってるみたいで興味深い人だ。

 

「あ、まだある。『この世界では、それぞれに対応する生物が存在し、強欲な狐、憤怒の竜などがいる。これらに会う際は充分に注意されたし』⋯⋯この世界? どういうことだろう」

 

 やっぱり変な人みたい。とりあえず立って読むのも疲れるし、部屋に持って帰って後でゆっくり読もう。この本以外にも面白そうな本はあるだろうし、ここに来た目的は他にもある。だから、次を探そう。楽して強くなれる本とかあればいいな。

 

「ん⋯⋯『不変なる転竜』? あ、またナテラの本だ」

 

 適当に取った本が同じ著者の本だった。お姉ちゃんとお姉様が喧嘩しているのに出くわすくらいの奇妙な縁だけど、とりあえず読んでみよう。名前からして微妙な本だけど。お姉様に言わせればこれも運命だから。

 

「『この世界にも姿形を変えることのない竜は現れる。その竜は転生を行い続け、次なる世界へと旅立ち、様々な世界で生きる。転生によって生と死を繰り返して生き続けるその竜を、人は転竜と名付けた。そして、その竜は凶悪な力を持ち、ある場所ではその力を不変の権能と呼ぶ。その力は普遍的な不変⋯⋯』──!」

「ティアー。何してるのー?」

 

 突然お姉ちゃんに声をかけられ、ビックリして本を閉じる。そして、お姉ちゃんに向き直り、平静を装った。お姉ちゃんは今起きたばかりかのように綺麗な金髪の髪が乱れていて、服も寝巻き姿だ。

 

「お、お姉ちゃん。⋯⋯本を読んでただけだよ」

「ふーん。どんな本を読んでたの? 見せて?」

「うーん⋯⋯いや。それよりも、お姉ちゃんはどうしたの?」

 

 見せたら何を言われるか分からないし、私がもっと強くなりたいと思っているのをバレたくない。それを知られるのはなんだか恥ずかしいし、絶対魔法の練習が厳しくなる。それだけは嫌だ。お姉ちゃんの魔法練習、私の身体を過大評価し過ぎて、今でも充分に厳しいのに⋯⋯。

 

「あ、反抗期? 私に見せられないような本なのかなー? ま、いいよ。それよりもお姉様が呼んでたよ。なんかね、一番南の街で暴動起きてるから経験を積むためにも一緒に来て、だってさ」

「お姉ちゃんは行かないの?」

「私はお留守番。家にいないと、何かあった時にね。多分、お姉様のことだから、経験云々以外にもティアのことが心配なんだと思うよ。それかただ一緒に居たいだけね。あの人、心配性の寂しがり屋だから」

 

 なにそれ可愛い。暴動が起きたこんな時でも、お姉様は私といないとダメなんだね。ああ、凄く食欲をそそるよ。⋯⋯あ、食べたいけど、ここはグッと我慢しないと。今はまだ、その時じゃないと思うし。あと、そう言えば一番南の街って言ってたよね。なら、ちょうどいいや。あの著者に会ってみよう。気に入りそうなら、食べてみようかな。人間だろうし、美味しいと思うから。⋯⋯でも、人間って食べると死んじゃうのかな。

 

「じゃ、ティア。伝えたからね? 早く行った方がいいよ。お姉様を待たせちゃ悪いしね」

「うん。行ってくるね、お姉ちゃん」

「はいよ。行ってらっしゃい。気を付けてね」

 

 お姉ちゃんに手を振って、図書館を後にする。そう言えば、お姉ちゃんが部屋に戻っていくのが見えたけど、また寝ちゃうのかな。帰ったら遊びに行ってみよう。

 

 そうして本を懐にしまい、お姉様の場所へと急いだ。

 

 

 

 

 

 エントランスに着いた時、お姉様が眠たそうにあくびをしていた。しかし、お姉様は私に気付くと慌てて平静を装った。別にそんなことしなくても、お姉様のことを嫌いになんかならないのにどうしてだろう。私みたいに恥ずかしかったのかな。それなら私とお揃いになるから嬉しい。

 

「お待たせ。お姉様」

「私も今来たところだから大丈夫よ。さて、行きましょうか。フランから話は聞いているわよね?」

「うん。街で暴動が起きたと聞いたよ。お姉様、寄りたい場所があるから、終わったら行ってもいい?」

 

 そう言うと、お姉様は少し驚いた顔を見せて呆気に取られ、しばらくの間沈黙が生まれる。気まずい空気が流れた後、お姉様が我に返って口を開いた。

 

「いいけど⋯⋯何処に寄りたいの? 私に教えてくれる?」

「うーん⋯⋯気が向いたらね」

「む。意地悪な娘ねー。もしかして反抗期かしら?」

 

 何故か頬を引っ張られながら、お姉ちゃんにも言われた言葉をお姉様にも言われた。教えない、言わないことが反抗期になるのかな。反抗期という言葉自体、私にはよく分からないから別にどうでもいっか。反抗期でも触ってくれたり、絡んでくるみたいだし。

 

「まあ、いいわ。詮索してほしくないのよね。私にだってそういう時もあるわ。行くのはいいけど、あまり私から離れないでよ。心配になるから」

「うん! お姉様、お姉ちゃんみたいに優しいね。好き」

「あら、ありがとう。私も好きよ。さて、あまりゆっくりもできないから急ぐわよ。そこまで大きな暴動じゃないけどね」

「うん、分かった!」

 

 お姉様に連れられ、私は初めて紅魔館ではない場所へと向かう。初めての体験に心躍らせ、希望に胸を膨らませながら。

 

 

 

 

 

 最南端の街は、紅魔館では見ないような面白い形の建物や話で聞いていただけのお店でいっぱいだった。街の人達はよく言う血気盛んな状態で、近付くのもなんだか怖い。だから、遠目で見ているだけにしていたけど、お姉様に連れられてより大きな騒ぎが起きている場所へと向かった。

 

 そこには、統治者兼見張りとして街に居た眷属と戦う兵士達が居た。初めて見た生きている人間は、みんな恐い顔をしていて、剣を持っていて、『神様のため』と神を敬っていた。その光景は私には珍しいけど、どうやらお姉様はそうでもないらしい。

 

「武装した兵士が7人、魔法使いらしき者が10人⋯⋯余所者みたいね。大方、悪魔に支配されている街で暴れて私達を誘き出したとか、奪還するために眷属を襲っているとか⋯⋯。何れにしても、眷属を全員失うのは後々面倒なことになるわ。ティア、魔法使いは私が相手するから、貴女は兵士をお願い。後、できる限り殺さずに──」

「うん! 止めればいいんだね! 裂奪『リジル』!」

 

 紅い剣を創り出して右手で構え、左手で魔法を展開するためにルーン文字を空に描いていく。生きた人間と戦う(遊ぶ)のは初めてだから、凄く楽しみだな。生きた人間に遠慮なく魔法を試せるなんて、こんなに嬉しいことはない。

 

「行くよ。不可避(ハガル)理解(アンスール)人間(マン)理解(アンスール)移動(ラド)勝利(ティール)遅延(イス)理解(アンスール)!」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「え、人間相手に魔法使い過ぎてない? できる限り殺さないようにしてよ!?」

 

 なんかお姉様が言ってるけど、気にせず人間を食べ⋯⋯止めよう。私特製のルーン魔法も試すチャンスだしね。私の名前を元にしたルーン魔法は母音と子音の組み合わせ、もしくは文字単体で効果を発揮する対人間戦闘用の魔法。最初に用意した魔法から詠唱なし、タイムラグなしで自由に選び取って効果を発揮する。

 

「吸血鬼が来たぞ!」

「構えろ! 決して油断はするな!」

「私と遊ぼ?」

 

 手始めに移動(ラド)で瞬間移動して、人間達の背後を取る。すかさず勝利(ティール)遅延(イス)を使って自身の近接戦闘能力を上げながら、一番近くの人間に遅延の効果を付ける。

 

「じゃあ⋯⋯バイバイ」

 

 動きの止まった人間に剣を振りかざし、武器を持つ手に向かって振り下ろす。と、どうしてなのかな。いとも容易く腕が切れてしまった。お姉ちゃんやお姉様よりも、ましてや私よりもかなり脆い。こんな身体で今まで生きてきたなんて、とても凄い。もしも私がこの身体なら、お姉ちゃんが狂気に染まった時に死んでいたと思う。

 

「うわぁぁぁぁ! お、俺の手がぁぁぁぁ!」

「⋯⋯うるさいなぁ。黙って」

「あっ──」

 

 片腕をなくした人間の首に思いっ切り噛み付いて、遠慮なく喰い殺す。味は人間というだけあって、普通に美味しい。

 

 近くで大声を出されると凄く腹が立つ。腕が無くなった時の痛みは私も分かるけど、人間に情なんて必要ない。私は吸血鬼という捕食者で、人間は食べ物となんら変わりないのだから。

 

「次だね?」

「く、来るなァ!」

「遅いよ? もっと急ご?」

 

 最も近い人間を狙い、次は不可避(ハガル)理解(アンスール)を使って攻撃を確実に当てていく。

 

「や、やめ──」

「あれ⋯⋯? 死んじゃった」

 

 攻撃が確実すぎて、首を切っちゃった。恐い顔のまま人間の頭は転げ落ち、身体はその場で崩れ落ちる。それを見ていた他の人間達は、恐怖や怒りに顔を変えていた。

 

「よくもジョンをっ! お前だけは絶対に⋯⋯っ!」

「⋯⋯まあ、いっか。後5人は生かしてあげる。お姉様の命令だからね」

 

 過ぎたことを後悔しても時間は戻らない。お姉ちゃんに昔そう言われた。あれ、お姉様だったかな。まあ、要は過ぎたことよりも次のことに集中しないといけない。絶対殺す系のルーン2つは使ったし、後残っているのは人間(マン)1つと理解(アンスール)2つ。理解(アンスール)に関しては単体だと戦闘に使えないし、2つとも強化として使おう。そう思って、全てのルーン魔法を()()()()()

 

「あ、あいつ⋯⋯魔法を食いやがった!?」

「うん、悪い? 食べないと、効果が長続きしないの。張り切って他のは全部使っちゃったしね」

 

 私の能力は『力を吸収する』という力。でも、それだけじゃない。普通に吸収するよりも食べた方が効果時間も効力も強くなる。だいたい倍くらいになるらしい。喰った魔法は人間の動きを理解するもの。ただそれだけのルーン魔法だけど、今の相手にはちょうどいい。

 

「⋯⋯おーけー。だいたい分かった。じゃあ、終わろっか」

 

 人間が取るであろう動きの全てを理解した。よし、武器を壊して奪って無力化しよう。

 

「死ねェ!」

「ジョンの仇!」

 

 恨みを持った人間達が一斉に私に襲いかかる。私からしたらとてつもなく遅い太刀筋を見切り、まず1人目の剣を強くリジルを振って切り壊した。次に背後に居た人間を払うように蹴り飛ばし、その勢いのままもう1人の頭に蹴りを当てる。そうして、1人は武器を壊して無力化し、残り2人も気絶させて無力化した。

 

「なっ⋯⋯!? か、構え──」

 

 ただの数秒のうちに3人が無力化された様を見て固まっている2人の元へと地面を蹴って距離を詰める。慌てて剣を振りかざしたのを見て、その人間の足を引っ掛けてバランスを崩す。もう1人の方はただ唖然としていたから、とりあえずもう1人が体勢を立て直しているうちに顎を殴って気絶させた。

 

 そして、体制を立て直した人間の喉元に剣の切っ先を向ける。相手の方が剣を振ろうとしたのは早かったけど、それを見て先に剣を振れないほど私は遅くない。お姉様の訓練がしっかりと力を付けているみたいだ。

 

「おーしーまいっ! さあ、武器を下ろして、降参して? 変な動きを見せたら食べちゃうぞー?」

「ぐっ⋯⋯くぅぅ⋯⋯!」

 

 恐怖に引きつった顔を見せ、悔しそうに武器を下ろした。久しぶりに少し動いたからお腹が空いちゃった。⋯⋯さっき殺した人間でも食べよう。死んじゃったし、どうせ誰も困らない。

 

「え⋯⋯ま、待て! な、何をするつもりだ!?」

「え? お腹空いたの。あ、生きている人間は食べるつもりないから安心して! 死んじゃった人間だけにするから」

「や、やめてくれ! せめて、家族の元に⋯⋯!」

「家族の元に死体を送るの? 変なの。でも、ごめんね。お腹空いたから⋯⋯」

 

 騒ぐ人間達なんてお構い無しに、先ほど全部を喰い損ねた人間の首にかじり付き、血を吸い取る。周りがうるさいけど、そんなこと気にならないほど喉が潤い、疲れも徐々に取れていく。1人だけだとお腹は膨れない。そう思って2人目のところへ行こうとした時だった。

 

「ティア! ストップ!」

「あ、お姉様! 終わったんだね!」

 

 お姉様が飛んできて、目の前に降り立った。お姉様が戦っていた方を見ると、魔法使い達は全員倒れている。数が多かったのに本当に少ししか時間をかけないで倒せるなんて、流石お姉様だ。

 

「ええ。それよりティア、ここで食べないで。私の言いつけを守ってあまり殺さなかったのは嬉しいけど、食べるのはダメよ? 1人はもう手遅れだったみたいだけど⋯⋯」

「えぇー! お腹空いたー!」

「帰ったら幾らでも食べていいから、今は我慢して。お姉ちゃんの言うこと分かった?」

 

 あ、お姉様が初めて自分のことを姉と言ってくれた。それに幾らでもご飯を食べていいって。それが嬉しくて、思わず「うん」と首を縦に振ってしまった。横に振るつもりだったのに⋯⋯。

 

「よしよし。偉いわね。じゃあ、後は私に任せて行きたい場所に行ってもいいわよ。日が明ける前にこの街の入り口で合流しましょう」

「もういいの? 分かった。行ってくるね!」

「ええ、行ってらっしゃい。⋯⋯ああ、ティア」

 

 行こうとしたところをお姉様に引き止められ、その場で立ち止まって後ろを向く。その時のお姉様の顔は一瞬だけ迷った表情が見えたけど、嬉しそうで、優しい⋯⋯そんな気持ちのいい笑顔だった。

 

「頑張ったわ、お疲れ様。やっぱり⋯⋯貴女も成長したのね。私は嬉しいわ」

「うん! 私も嬉しい! 次は一緒に戦おうね!」

 

 そう言い残して、私はその場を後にする。気になる人間の元へと向かうために────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは後でお姉様に聞いた話だけど、この時、人間達に色々な呼び名で呼ばれたらしい。お姉様もスカーレットデビルとかお姉様自身を表す名前があるからと言って、私も何か名乗ればと言われた。人間に呼ばれた名前は様々で、『大罪の悪魔』や『強欲な暴食悪魔』など悪魔という言葉が付く呼び名が多かった。

 

 でも、唯一悪魔と付かず、私のことを褒め称えているような呼び名があった。お姉様曰く、私が使っている魔法がルーン魔法だと知って名付けられた名前らしい。それを聞いて、なんだか嬉しく思い、私はそれを名乗るようにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『北欧の吸血姫(きゅうけつき)』と。




ちなみに呼び名の理由。
北欧はもちろんルーン魔法から。吸血姫は姉に注意されているのを見た人が箱入り娘感を感じ、親しみを込めて吸血姫と呼んだらしいです。

それと服は適当過ぎたので気にしないでください()


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9話「不運な魔女」☆

ただ、どうしても出したかっただけのキャラが出るだけの回。
後半で少しだけティアフラシーンがあります。

あと、押絵があるので苦手な方はご注意ください。


 ──Hamartia Scarlet──

 

 スカーレット家領地の最南端に位置する街。そこでもかなり端の方、人間も少ない静かな通りの奥に、その家はあった。不思議な本の著者『ナテラ・ウロボロス・カーレスト』の家。彼女はどんな人間なのか。そして、何より。より強い力を求めて、私はお姉様のお仕事ついでにここに来た。

 

「ナテラ居るー? 居るなら出てきてー」

 

 ドアをドンドンと叩き、名前を叫ぶ。すると、中から小さな物音がした。よかった、中に誰かは居るらしい。出なかったら無理矢理入ろう。

 

「はぁ⋯⋯今何時だと思ってるのよ。それとドアが壊れるからやめてほしい。どんだけ強く叩くの⋯⋯」

「貴女がナテラ?」

 

 家から出てきたのは私と同じくらいの背丈の少女。ボサボサの紅い髪に、暗く目の奥に光がない黒い瞳。服も私みたいに適当に選んでいるのか、それともただ面倒くさいだけなのか、黒いワンピース1枚だけを着ている。ちなみに胸はお姉様やお姉ちゃん並。俗に言うAngel(エンジェル)。それにしてもどことなく、誰かに似ている気がする。お姉ちゃんとかかな。でも、食べたいという感じはしない。でも、食べたくないわけでもない。むしろ⋯⋯まあ、いっか。気にしすぎるのもダメだしね。

 

「あ、ふーん。⋯⋯そうよ。でも、呼ぶ時は(ウロ)でお願い。ナテラなんて今は性が合わない。で、吸血鬼が何の用? 私は忙しいんだけど」

 

 どうしてひと目で私が吸血鬼だと⋯⋯って、そっか。翼で分かるか。それにお姉様達と同じ吸血鬼特有の真っ赤な瞳もあるしね。でも、どうしてこのナテラという人はあんまり驚いていないんだろう。私が来ることなんて分からないはずだから、ただ単に、吸血鬼の怖さを知らないのかな。

 

「本を見て貴女が気になった」

「もっと具体的に」

「不変の権能について教えてほしい。というか、できれば欲しい」

 

 それを聞いたナテラ⋯⋯じゃなかった。ウロの表情が強ばった。明らかに警戒した様子になったし、周りのことも気にし始めた。周囲を何度か確認したあと、改めて私の方へと向き直る。

 

「そっちの本を見て来たのね。今日はついてないわ。とりあえず入って。立ち話も疲れる。主にわたしが」

「うん、分かった」

 

 ウロに連れられ、家の中へと入っていく。中は作家らしく本がいっぱいあって、それが乱雑に置かれているから足場がない。本棚もあるけど、そこに入り切らないからこうして地面にも置いているんだと思う。それにしても住みにくそうな家だ。

 

「さて、何から話そうかしら。とりあえず、どうして不変の権能が欲しいの?」

「お姉ちゃん達を守れるくらい強くなりたいから。誰にも負けない力が欲しい。そう思っている時に貴女の本を見つけたの。『普遍的な不変⋯⋯すなわち永遠を司る力』。それを手に入れる術はないの?」

「あからさまにわたしの本から引用するね? 手に入れる術なんてないから諦めて。そもそも知ってても知らない人になんか教えないよ」

「あ、忘れてた。私の名前はハマルティア・スカーレット。これで知り合いだね」

 

 その名前を聞いた途端、僅かにウロの表情が変わる。驚きに近いけど、どこか悲しい⋯⋯そんな表情。昔、そんな顔をお姉様で見たことがある。その時がどんな時だったかは忘れちゃったけど。

 

「⋯⋯ああ、なるほど。それでお姉ちゃんね⋯⋯。別に知り合いだったら教えるわけでもないけど」

「えー! むぅ、それなら⋯⋯。教えないと食べちゃうぞー!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「はいはい、可愛い可愛い。全く怖くないから他の手を考えた方がいいよ」

 

 脅しにも全く動じない。私が本当に食べないとでも思っているのかな。本当に食べるつもりはないけど。っていうか、食べたら情報も得られなくなるし⋯⋯。

 

「じゃあ、吸血して私の眷属にして、無理矢理話を⋯⋯」

「ちょっとタイム。突拍子もなく怖い話を思い付いたね。それも真顔で」

「だって、そうでもしないと話さないでしょ?」

 

 少し怒りを感じながらもそう話すと、ウロは呆れ疲れ切った表情で首を縦に振る。

 

「眷属なんてごめんよ。血に飢えた生き物に成り下がるほど、わたしは落ちぶれるつもりはない。わたしの今の職業は魔女よ。原初のルーン魔法や召喚魔法を研究しながら、この世界の真理を知るために勉強中」

「えーっと⋯⋯私が聞きたいのは不変の権能なんだけど⋯⋯」

「黙って聞きなさい。どうせ5、60そこらの年齢でしょ?」

「ど、どうして⋯⋯」

 

 確かに今は56歳だ。だけど、どうして私の年齢なんか知っているんだろう。お姉様ならまだ当主だから知れ渡っててもおかしくないから分かるんだけど。やっぱり、この人はおかしくて興味深い。この人を使えば、本当に不変の権能を手に入れることができるかもしれない。

 

「はい、図星。適当に言っただけよ。それより、わたしの年齢はもうすぐでちょうど100歳。正確な数は数えてないけど。年下なんだから素直に黙って聞くこと。いいね?」

「う、うん⋯⋯」

 

 まさか、年上だったとは。でも、それにしては見た目が成長していない。魔女ということだから、何らかの魔法でそういう見た目にしているだけかもしれないけど。

 

「わたしの目標は死ぬまでに世界の真理を知り、東の国のある場所へ行くこと。それに協力するなら、不変の権能について教えてもいい。約束できる? お姉ちゃんを守りたいんでしょ?」

 

 それを言われると、ほとんど強制的な気がする。でも、これはまたとないチャンスだ。不変の権能⋯⋯永遠の力を手にすれば、私はお姉ちゃん達よりも強くなってお姉ちゃん達を守ることができる。それに、全てを支配できるようになるかもしれない。

 

「⋯⋯分かった。約束する。だから、ウロも約束守ってね」

「うわっ、悪魔との契約になるかこれ。⋯⋯はぁ。約束するよ」

「ふふっ、ありがとう! ついでに、もし破ったら食べさせてね!」

「うわぁ⋯⋯やだなぁ、可愛くねー⋯⋯」

 

 いつもの調子で抱き着いたらそう言われた。何が嫌なんだろう。抱擁は温かくて気持ちいいのに。あ、もしかしてそうじゃないのかな。別の何かが嫌だったとか。⋯⋯なんだろう。食べられること? いや、お姉ちゃんがそれはある意味ご褒美とか言ってたし、違うよね。

 

「さ、話を戻すけど、不変の権能とはある竜が持つとされる力のこと。大きく分けると循環性、永続性、始原性、無限性、完全性の5つに分かれる。どれか1つを取っても普通の人間よりは強くなれるし、不老か不死になれる」

「どっちも欲しい。ちょうだい?」

「あのねぇ⋯⋯。物事には順序があるの。1つずつ説明させて」

 

 呆れた顔で言われたけど、こっちが呆れるよ。全部すっ飛ばして力をくれたらいいのに。あげれるものかどうかなんて知らないけど。

 

「循環性とは永劫回帰。超人的な意思によってある瞬間とまったく同じ瞬間を次々に、永劫的に繰り返すことを確立する力。簡単に言えば、自分の意思で何度もリセットすることができる。願えばある人の死を無かったことにして、死ぬ直前まで戻ることもできるし、自分が死んだ後でも、自分の死を無かったことにできる」

「何それ凄い。欲しいちょうだい」

「だから、気が早いって。⋯⋯そんな可愛い顔してもダメ」

 

 え、今可愛い顔してた?

 

 その疑問を感じ取ったのか、ウロは頷いて肯定する。本当に無意識にでもそうしていたらしい。多分、お姉ちゃんの甘える時の行動でも移ったんだと思う。いつもお姉様に対してやってるし、それでお姉様も許しちゃうし。

 

「さぁ、話を続けるわよ」

 

 ウロの話は続く。

 

 次の永続性は永遠や死と再生を司る力。これさえあれば、永遠の命⋯⋯すなわち不死になることができる。また、破壊と創造も使えるらしく、壊れたモノを元の状態に創り直すこともできるらしい。

 

 始原性は宇宙の根源、始まりを司る力。全ての始まりに返り咲くこと、要は循環性と似たようなことができるらしい。無かったこととは違うけど、もう一度始めからやり直すことができるとか。

 

 無限性は無限と不老不死。魔力や妖力を底無しにできる上に、不老と不死、どちらの力も持つことができる。いわゆるただのチートみたい。これが一番欲しい。

 

 最後は完全性。全知全能にも等しい完全なる形を司る。永遠とは不老。また、永遠とは不変であり、形を崩さないことらしく、身体や精神を永遠のものにする。とにかく再生力が格段に上がるらしい。

 

「とまぁ、こんなところね。聞くより見る方が早いわね。ハマルティア、わたしの腕を切り落としてみて。左手だけね」

「いいの? 切り落としたのは食べてもいい?」

「貴女、ブレないわね⋯⋯。まぁ、いいわよ。好きにしなさい」

「ありがとう! じゃあ、遠慮なく──」

 

 手元にリジルを召喚し、ウロの左手を思い切って斬り落とした。手首はその場に転げ落ち、床には血の海ができて近くにあった本を赤く染まらせる。切り落とされた当の本人は、痛みで顔を歪め、手首を残った方の手で抑えていた。言われた通り切り落としたのはいいけど、本当に大丈夫なのかな。

 

「ああ、しまった。本を退かすのを忘れていた⋯⋯。まぁ⋯⋯いいや」

「傷が治っていく⋯⋯!」

 

 みるみるうちに切り口から腕が再生されていき、ものの数秒で何事もなかったかのように左手は元の状態に戻る。腕が切れた証拠として、その場には血と切り落とされた左手だけが残った。

 

「これが権能。今はまだ力が弱いけど」

「これで弱いの? あ、約束通り左手貰うね」

 

 リジルを手放し、落ちていた左手を手に取る。そして、それを指から噛み砕いていく。一口目で血が口の中に広がり、二口目でその血が喉を潤す。何度か咀嚼して骨ごと肉を食いちぎり、そのまま飲み込んだ。魔女だからか、味が人間と少し違う。かと言ってお姉ちゃんに似ているわけでもなく、とても奇妙な味だ。だけど、不味くはない。むしろ美味しい。切り落としたモノでも食べたから能力は吸収しているだろうけど、どうせ短時間だから意味はない。食べ終わったらウロに能力のことを聞こう。

 

「⋯⋯なんだか自分の手が食べられているなんて、気味が悪いわ。とりあえず、これで証明はできたかしら。不変の権能の力が本当だという」

「うん、それは分かった。でも、どうしてウロがその権能を持っているの? この力は竜しか持ってないんでしょ?」

「⋯⋯え、気付いてなかったの? わたしがその竜よ。今はただの魔女だけど。その竜は転生するって書いたでしょ、わたしの本に。元は竜でも、わたしの場合は転生すれば種族が変わることもある。⋯⋯知っててここに来たと思っていたわ」

 

 その時の私は、驚きで声が出なかった。初めて会ったよく神話に出てくる竜がただの魔女だったし、本当に不変の権能はあるという証明も見た。とにかく、ただの魔女じゃないことが分かったし、不変の権能も現実味を帯びてきた。今ここでウロを全部喰って能力を貰ってもいいけど、それだと永遠の力を手に入れれるか分からない。私の能力だと食べても20分が限界だし、その能力の時間制限を不変の権能で延ばせるかも分からないから。

 

「ウロ、結論から聞くね。その力を私が手にすることはできる?」

「⋯⋯一時的なら可能。でも、永続的には無理。それは今のわたしの権限にはない。今のわたしは魔女だから、竜としての権限を上げるために、さっき言った東の国のある場所に行く必要があるの。そうすれば、わたしの権能の権限は元に戻る」

「なるほど⋯⋯。じゃあ、そこに行くまでは約立たずと⋯⋯」

「誰がだ! いや、確かに権能の力は弱いから約立たずかもしれないけどっ」

 

 やっぱり言った通りじゃないか。でも、これで協力せざるを得ないなぁ。その場所がどこであろうと、私はそこに行くのを手伝わないといけない。私が不変の権能を手に入れるためには。

 

「どうやったらその場所に行けるの? できれば早く行きたい」

「残念だけど、そう早くは行けないよ。貴女が500歳になるくらいには、行けるようになるんじゃないかな」

「長っ⋯⋯! もっと早く力が欲しい!」

 

 500歳なんて、今まで生きた年数の10倍もかかるんだ。それはいくら何でも長すぎる。

 

「わたしの経験上、慌てている時に最も近くなる道は回り道よ。ちなみに、わたしは後900年近くは生きるつもり。完全な力じゃなくてもいいなら、幾つか権能を譲るのもやぶさかでないけど⋯⋯。まずはそうね。原初のルーン魔法を覚えてからにした方がいいよ」

「原初のルーン魔法?」

「そ。神代に使われていた強力なルーン魔法のこと。とりあえず、本だけあげるから今日はもう帰った方がいいよ。全部覚えたらまた来なさいな」

 

 ウロは本棚を漁り、そこから取り出した本を私に投げつける。危うく当たりそうになるも、しっかりとそれを両手で受け取った。

 

「こ、これは?」

「原初のルーン学。わたしが原初のルーン魔法を研究した過程が詳しく書かれた本。原初のルーン魔法は数ある神代の魔法の中では弱くても、神代であることには変わりない。姉を守るためにも、この魔法を覚えなさい。⋯⋯破滅の道には行かないはずよ」

 

 ウロから貰った本からは微力ながらも魔力を感じる。れっきとした魔導書⋯⋯グリモワールらしい。しかも、かなり分厚い。100年も生きた魔女なだけある。⋯⋯私も、いつか100歳とかそれ以上になるのかな。できれば変わらずに生きていたい。お姉ちゃん達との関係も含めて。

 

「さぁ、どうせ1人で来たわけじゃないでしょ? 近くに大きな妖力を持った妖怪も居るみたいだし。レミリアお嬢様かな。とにかく、お姉ちゃんをあまり待たせちゃダメよ。⋯⋯一緒に居れる時間を大切になさい。いつでも相談には乗ってあげるから」

「⋯⋯ウロ、優しいんだね。ツンデレ?」

「だから、誰がだって! もう、早く行った行った。時間は過ぎれど、待ってはくれないよ」

 

 半ば無理矢理外に出され、仕方なくウロの家を後にする。また今度、ここに来て次こそは不変の権能を貰おう。お姉ちゃん達を守るために。ありとあらゆるものを支配し⋯⋯私が、お姉ちゃん達が⋯⋯絶対に傷付くことのない世界を創るため。

 

 改めて決意し、私はお姉様の元へと戻った。

 

 

 

 

 

 お姉様と合流した後、すぐに紅魔館へと戻った。そして、私はいつもと変わらない紅魔館に着いてすぐ、地下にある自分の部屋へと戻って血に濡れた服を着替える。そして、その階にある近くの部屋へと向かった。そこに居るであろう、お姉ちゃんに会うために。

 

 街に行く前に、お姉ちゃんのところに遊びに行こうと予定は決めていた。もちろん、お姉ちゃんには何も言っていないけど。それでも優しく受け入れてくれると思う。だって、私のお姉ちゃんだから。

 

「お姉ちゃーん? あれ⋯⋯寝てる⋯⋯」

 

 部屋に入って呼びかけても返事はない。見えるのは毛布に包まるお姉ちゃんの姿だけ。まさかとは思っていたけど、本当に寝ていた。ゆっくりと近付いて顔を覗き込むと、やっぱり寝ている。静かな寝息を立て、寒そうに身体を丸めて寝ている。実際は寒くはないんだろうけど、そうしていると落ち着くんだと思う。寂しがり屋のお姉様がそうしているのをよく見かけるしね。

 

「失礼しまーす⋯⋯」

 

 お姉ちゃんを起こさないようにベッドに潜り込み、お姉ちゃんの腕の中に無理矢理身体を入れ込む。流石に違和感を感じたのか、その顔は少し怒っているようにも見えた。でも、決して突き放すような動作はしない。それを好機と感じた私は、お姉ちゃんの身体を温め、ついでに私も温まろうと足で足を絡め、手をお姉ちゃんの背中に回した。

 

「ふふん、あったかーい⋯⋯気持ちー」

 

 あまりの温かさに心地良さを感じる。お姉ちゃんには穏やかさというか、安心感がある。ただ抱き締めているだけで眠気を感じ、ゆっくりと重たくなった瞼を閉じた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Frandre Scarlet──

 

 ティアが出かけたのを見届けて、部屋に行ったところまでは覚えている。眠たかったから二度寝したところも覚えている。それが今はどうした。何故か、ティアを抱きしめて寝ていた。当のティアはと言えば、何故か彼女も寝ている。最初はティアのことを思うあまりの幻覚か夢かと思ったけど、どうやらそうでもないらしい。その温もりは感じるし、微妙に胸が邪魔しているけど──その鼓動はしっかりと伝わっている。っていうか、本当に胸デカすぎ。少し分けて欲しいくらい。この歳でこれは遺伝とか関係なしにおかしいと思う。

 

 っと、怒りに我を忘れそうになった。さて、起こすのも1つの手だけど、こんなに気持ち良さそうに寝ている妹を起こすのも悪い気がする。それなら一層のこと、このまま三度寝するのも手か。ティアは気持ち良さそうだし、私も悪い気はしない。それどころか、普通に嬉しい。好きな娘と一緒に寝るというのは、いつものことでも嬉しいことには変わりない。

 

「お姉⋯⋯ちゃん⋯⋯」

「あ、ティア? 起き⋯⋯てはないか」

 

 目を覚ましたのかと思ったけど、目は閉じているから寝言なのだろう。全く以てややこしいことをする妹だ。少しドキッとしてしまった。抱きしめたのは、多分私じゃないとしても、この状況は恥ずかしい。足を絡め取られ、腕を後ろに回されて身動きは取れないし、無理に外そうとしたら起きるからそれもできない。⋯⋯それにしても、どうしてティアを可愛いと私は思うんだろう。お姉様に似ているから? それとも私の唯一の妹だから?

 

 どちらにしても、疑問が晴れることはないだろう。解答を得ることなんて、私には不可能だ。誰かに聞くようなことではないし、何よりも好きだということをティアやお姉様にはバレたくない。他の人なら無理矢理にでも口止めはできるけど、2人だとそうはいかない。力ずくにしても、逆に押し倒されそうで⋯⋯って、私は何を考えてるんだ。頭がおかしくなってる。平常心、いつも通り平常心を保たないと。

 

「好き⋯⋯」

「あ、ちょ、ちょっと⋯⋯もうっ」

 

 ティアの力が強くなる。どうしても私を離したくないらしい。寝言はさっきの続きだろうか。ま、ティアにとっての好きは、恋愛感情とかではないだろうけど。まだ子どもだし。⋯⋯はぁ、大人になっても、好きでいてくれるのかな⋯⋯2人とも。とりあえず、今のこの状況は諦めよう。今はただ、ティアが起きるのを待つことにする。ティアは純粋だろうから、変な誤解は生まれないだろうし。

 

 そう思って、再び目を閉じる。今度は、妹の身体を抱きしめながら────




ちなみにティアの服は私自身、描くのが苦手なので、本来とは異なります。あくまでもイメージとして見てくださいませ。実際はもう少し暖かそうな服を着ています。

前回より薄くなっているのは仕様です(


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10話「色欲な姉妹」

タイトルからしてアウトですが、タイトル通りのR15になる原因が含まれているイチャイチャしすぎ回です。
そして、深夜テンションで書いた感が半端ないので、読む時は注意しましょう。

でも後悔はしていない()


 ──Hamartia Scarlet──

 

 ウロとの出会いから1ヶ月が経った。あれから何度かウロには会うも、『原初のルーン学』を読破しないことには権能を貸す気にもなれない、と権能の譲渡は断られている。ルーン魔法の方は丁寧に教えてくれるから、性格がお姉ちゃんに似ている人なんだろう。お姉ちゃんもお姉様に対しては強く当たったり、優しく接したりとよく分からない。好きなのは間違いないから、何も言わないけど。

 

 最近は知識を深めるため、図書館に入り浸るようになっていた。読んでも読んでも尽きない量の本がある図書館は、私にとっての宝物庫。知識とは力であり財産。昔、お姉ちゃんにそう教えられた。だけど、私からしてみれば財産は形あるものはじゃないと実感が湧かない。

 

「ティア、最近本ばっかり読んでるね。面白いものでも見つけたの?」

「あ、お姉ちゃん」

 

 いつも通り本を読んでいると、お姉ちゃんが声をかけてきた。横から本を見るようにして顔を覗かせている。この時間は基本みんな自由にしているから、暇で話しかけてきたんだと思う。

 

「面白いかどうかは分かんない。でも、気になる言葉は多い。知らない言葉も多い」

「ふーん⋯⋯変なの。知らない言葉は教えてあげよっか? 私が知ってる範囲でだけど」

 

 おお、今日はお姉ちゃんの機嫌がいい日かな。せっかくだし、知らない言葉をどんどん聞いていこう。

 

「じゃあじゃあ、美徳ってなあに?」

「美徳? タオとか難しいの知ってるのに、それは知らないの? 美徳っていうのはそれこそ前に教えた正しい道に適った行いのことだよ。褒められる行いやあり方も言うのかな。七つの美徳とかまさにその正しい行いらしいよ」

「ふーん⋯⋯」

 

 大罪と対をなすものとしてよく見るから聞いてみたけど、良い行動のことを言うんだ。なら、大罪はやっちゃいけないことなのかな。私にはそうは思えないんだけどなぁ。

 

「他には何かある?」

「うーんっとね。じゃあ⋯⋯」

 

 ふと今読んでいた本の中で見慣れない言葉があったのを思い出し、ページをペラペラと戻す。そして、その言葉が書かれているページを見つけると、お姉ちゃんにそれを見せながら聞いてみた。

 

「これは? この『キス』って何?」

「えっ⋯⋯」

 

 さっきまで普通だったお姉ちゃんが、突然口を開けて固まった。まるで蛇に睨まれた蛙のように動きを止めた。それも、どうしてだろう。顔を赤くしている。何か恥ずかしいことでもあるのかな。

 

「うーん⋯⋯どうしよう。これ教えたら教えたで⋯⋯」

「どうしたの?」

「あ、いや。何でもないよ! 私には分からないから、後でお姉様に聞いてみよっか! 他の言葉で気になるのはない?」

「え、うーん⋯⋯」

 

 お姉ちゃんにも分からない言葉ってあるんだ。そう思いながらも、知らない言葉を探しながらページをめくる。

 

「じゃあさ、この『接吻』っていうのは⋯⋯お姉ちゃん?」

 

 聞く前から、何故かお姉ちゃんは頭を抱えている。こんな難しそうな顔をしたお姉ちゃんは初めて見る。それほど難しい言葉なのかな。この『接吻』って。

 

「えーっとねぇ⋯⋯。でもなぁ、まだ教えるには早いしなぁ」

「どうして? どうして早いの?」

「あ、やばっ。⋯⋯心の声漏れてた?」

「うん、ばっちり」

 

 お姉ちゃんの難しい顔の理由が分かった。教えるべきか否かで迷っていたんだ。でも、知識に早いとか遅いなんてあるのかな。私にはよく分からない。

 

「流石に私だけで決めるのもね。後でお姉様に判断を仰ぐから、それまで待ってて。⋯⋯1つ教えたらその次もまた次も教える必要が出てくるしね。だから、きっとお姉様も教えてくれないとは思うなぁ⋯⋯」

 

 

 

 

 

「いいじゃない、それくらい教えてあげたら」

「いいんだ⋯⋯」

 

 食事の時間、その終わり。机にはお肉や血のワインの食べかけが残るも、私の前だけは骨すらも残っていない。三姉妹が揃うその時間にお姉ちゃんがお姉様に聞くと、平気な顔で許可を貰っていた。お姉様はお姉ちゃんほど重大なこととは考えていないらしい。余計に、どうしてお姉ちゃんが頑なに教えるのを拒んでいたのか分からなくなる。

 

「簡単に言えば口付けよ。ただ口を付けるだけでしょ。昔人間が忠義を示すためにしてたわ」

「⋯⋯間違ってはないけど、ティアが言ってるのはそっちじゃないと思うよ。愛情表現の一種で、唇と唇を重ねること。それがキスね」

「⋯⋯え?」

「え? じゃないでしょっ! って、もしかして分かってなかったの!?」

 

 食事の時間だというのに騒がしくなる。それにしても、実際のところ『キス』のことを知ってたのはお姉ちゃんだけだったんだ。どうしてお姉ちゃんだけが知ってたのかな。

 

「長女なのに何も知らないんだね、お姉様って⋯⋯」

「そ、そんな哀れむような目で見ないでくれない!? そ、それに別に知らなかったとかじゃないし」

「へぇー? 知ってたの? 普通は愛情表現の方が先に出てくると思うけどなぁ?」

 

 まぁ、何でもいっか。それよりも、お姉ちゃんはキスを愛情表現と言っていた。いつもお姉ちゃんにする抱擁と同じなのかな。もしそうなら、キスも心地良いのかな、温かくて気持ちいいのかな。確か、唇と唇を重ねると言っていた。唇を重ねることで本当にそうなるとは思えない。

 

「私は普通じゃないのよ。偉大な吸血鬼だから」

「あ、ふーん。そっかー。偉大な吸血鬼だもんねー」

「こらっ。笑いながら言わないの。まるで私が道化みたいじゃない」

「まるで、じゃなくて道化なんだと思うけど」

 

 とりあえず、それを知るには試してみるしかない。なら、試すならどちらにするべきか。⋯⋯知ってる人よりも、知らない人の方が純粋に伝わりそうだ。よし、じゃあお姉様に試してみよう。

 

「言ったわね?」

「言ったけど?」

「⋯⋯遊んでる時にごめんね」

「遊んでな──んぅっ!?」

 

 喧嘩遊びになる前に、感情が高ぶって椅子から立ち上がったお姉様の肩を掴み、力づくで引き寄せて唇を奪う。何か喋ろうとしていたけど、そんなこと気にしていたら試すことができない。お姉ちゃんも驚きのあまり声が出ない、という顔になっていた。

 

「ん⋯⋯んんんっ!」

 

 お姉様は私から逃れようと必死に手足をばたつかせている。だけど、しばらくそのままキスを続けていると、お姉様は騒ぐのもやめて力を抜いた。そうして、されるがままに、私に身を委ねてくれた。

 

「あ──はぁっ! はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯!」

「うんっ、美味しい! これは好きになりそう」

 

 キスを終えると、お姉様は息を切らしながら床に手をつく。力を吸い取られたみたいに疲れているけど、お姉ちゃんと同じようにお姉様にも私の能力は効かないから、ただ疲れただけだと思う。キスしてる時、息しづらいし。

 

「⋯⋯呆気に取られて魅入ってた。ティアティアー! 次は舌を絡めてみよっ? もっと味が分かると思うよー」

「と、とんでもないことを提案するわね!? ティア! つ、次私の許可なくしたら、本気で怒るわよ!?」

 

 顔を真っ赤にしながら言われても説得力はない。やっぱり、お姉様も美味しかったのかな。嬉しかったのかな。私はどっちもだから、きっとお姉様も一緒なんだろうなぁ。⋯⋯とっても嬉しい。それに、キスが心地良いものだと知ることもできた。またやってみよう。次はお姉ちゃんにも。

 

「はいはい。最後の方はお姉様も気持ち良さそうに目を瞑ってたじゃん。後でゆっくり楽しんでいいんだよ?」

「だ、誰が⋯⋯っ!」

「お姉様。そんなに私とするの⋯⋯嫌だった?」

 

 念の為に確認すると、お姉様は恥ずかしそうに顔をうずめ、赤くする。そして、気恥ずかしそうに口を開いた。

 

「っ! そ、それは⋯⋯い、嫌じゃないけど⋯⋯」

「なら良かった! またしようね!」

「うわぉ! 相思相愛だね! お姉様、私もしていい?」

「──貴方達ねぇ⋯⋯!」

 

 からかいすぎた。このお姉様の顔は怒っている時の顔だ。⋯⋯ああ、でも、そんな顔でもやっぱり可愛い。もっと愛したい。お姉ちゃんがさっき言ったみたいに、キスする時に舌を絡めれば、もっと美味しい味がするのかな。もっと、私の愛し(食べ)たいという気持ちが⋯⋯愛が伝わってくれるのかな。

 

「これから1週間は魔法も武器練習も厳しくしようかしら?」

「えぇー! それとこれとは違うじゃん! それにお姉様だって嬉しそうにしてたし」

「あのねぇ⋯⋯。やっていい時と悪い時があるでしょ!? しかも何も言わず唐突に!」

「なら、後でいっぱいやってもいい? お姉様の力を全部吸い取るまで」

「貴女が言うとシャレになんないわよっ」

 

 否定はしない。ということは、裏を返せばやってもいいという──

 

「やっていいとも言ってないからね!?」

「え⋯⋯! お姉様は、心を読めるの?」

 

 絶対に口には出していないはずなのに、お姉様は完璧に私の考えを言い当てた。お姉ちゃんが言ってたことだけど、相思相愛になれば考えていることを口に出さなくても分かるようになれるらしい。どこの情報かは知らないけど。だから、お姉様と私はすでに相思相愛⋯⋯。まぁ、まだ違うだろうけど、勝手にそう思っておこう。

 

「顔に出てたわよ、思いっ切り。そうじゃなくても貴女のことならだいたい分かるわ」

「それ、やっぱり好きだからじゃん。ねぇねぇ、お姉様は私のことも好きなの? それともやっぱり嫌い?」

「何を言ってるのよ。嫌いなわけないじゃない」

「⋯⋯え、マジ? ほ、本当に?」

 

 場の雰囲気が少し変わった。冗談交じりだったお姉ちゃんは、予想外のお姉様の言葉に驚いている。

 

「逆に嫌いだと思っていたのかしら。貴方達は私のただ2人だけの妹。好きに決まっているわ。⋯⋯あ、恋愛的な意味とかじゃなくて⋯⋯!」

「あ、うん。それはそれで必死で言われるのも困るから。でも、ふふっ。なら私もたまには教えてあげよっかな。私も2人のこと大好きだよ! ⋯⋯じゃ、そういうわけで。先にお風呂入っとくからー」

「あ、逃げちゃった」

 

 お姉ちゃんは早足でその場を立ち去り、私はお姉様と2人、残されることになった。

 

「あの娘は本当に自由ね。⋯⋯ティアもティアで自由だけど」

「そう?」

「そうよ。突然キスしたのが何よりの証拠じゃない。ま、あれは喧嘩の仲裁をしてくれた、っていう捉え方もありはするけど」

 

 実際は喧嘩とも思ってなかったんだけど、それは置いておくとしよう。言ったら言ったで怒られることになるだろうしね。今のお姉様を怒らせたいほど、私の好奇心は強くない。

 

「まあ、過ぎたことをあれこれ言うつもりはないわ」

「うん、ありがとう」

「⋯⋯ただね。やられっぱなしも性にあわないのよ」

「え──」

 

 今度はお姉様が突然私の肩と頭を掴み、引き寄せてきた。顔が近付き、身体は密着して、口が触れ合い、さらには舌が絡み合う。歯が当たったのかチクッと痛みもあったけど、そこは心地良さの方が上回った。いや、心地良さとはまた違うのかもしれない。私は今、味わったことのない深く美味しい()()()()を体験しているのかもしれない。それに加えて、ルーン魔法を使って物を破壊した時のような『快感』も得られた。

 

 しばらくの間、静かに抱き合っていると、流石に疲れたのかお姉様の方から私を引き離した。唾液が糸を引きながら、お姉様の顔が離れていく。もう少し続けていたかったから名残惜しいけど、最高の満足感は得られたから良しとしよう。

 

「んぁ⋯⋯お終い?」

「ええ、あまり長くフランを待たせるのも悪いし、ご飯の片付けもまだ終わってないのよ。早く終わらせないとね」

「またしてくれる? 次は、もっと長くしたい⋯⋯」

「わがままねぇ⋯⋯。わがままなのは身体だけにしてほしいわ。でも、そうね」

 

 お姉様は子どもの相手をするように私の頭を撫で、微笑ましい笑顔を見せる。

 

「ダメとは言わないわ。もちろんフランには内緒にしなさいよ? バレたら何を言われるか分かったものじゃないわ」

「うん! 2人だけの秘密だねっ! あ、でも、お姉ちゃんにもいつかするから大丈夫だと思うよ」

「あら、そうなの。⋯⋯ティアは私とフラン、どっちの方が好き?」

「どっちも好き! お姉様も、お姉ちゃんも⋯⋯だぁい好き!」

 

 どうしてだろう。お姉様の表情が少し寂しくなる。私にはどっちか選べと言われても選べないし、何があってもどっちも選ぶつもりだ。そもそも『どちらか』という選択肢が間違ってるとも思っている。どちらかしか選びないなんて、不条理にも程がある。

 

「そっか。ティアは本当に⋯⋯可愛い娘ね。それを聞けて嬉しいわ。さ、フランが待ちくたびれてるでしょうし、急いで片付けましょうか」

「うん、分かった!」

 

 ああ、次はお姉ちゃんのを奪ってみたいな。反応が楽しみだ。お姉様のもとっても美味しかった。次はもっと強く感じてみたい。でも、やっぱり主導権は私が握りたいかな。急に奪った時のあの顔が、堪らないから⋯⋯。

 

 色々と想像しながら、私達はお姉ちゃんの待つお風呂へと向かう────




稀にこんなギリギリの話もありますが、R18にまではいかないです。希望が多ければ最終回後に別作品として出すかもしれませんが、基本的にR18の作品は出さない予定です。

あっと。ちなみにそれからキス以上のことを教えられたかどうかはご想像にお任せします。ティアちゃんはこれからも食べる=愛する発想になります故()


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11話「日常的な団欒」

今回は日常回。
まあ、とりあえずお暇な時にでもどうぞ


 ──Hamartia Scarlet──

 

 今日はとっても珍しい日。いつも通り原初のルーン魔法をしているのだけど、今お姉ちゃんは居ない。代わりにお姉様だけが居て、私のことを見てくれている。お姉ちゃんはというと、私達のために食料を調達しに街や村に行ってる。いつもはお姉様とその眷属が行ってるけど、たまには孝行したいとお姉ちゃんの方から行くと言い出したらしい。私も付いて行きたかったけど、起きた時に言われたことだから、行くことができなかった。多分、お姉ちゃんは過保護だから、ここの方が安全だと考えているんだと思う。確かに安全だろうけど、私もお姉ちゃんと一緒に人間狩りしたかった。

 

「なんだったかしら、それ。ああ、思い出した。原初のルーン。それは普通のと何が違うの?」

 

 新しく覚えようとしている原初のルーン魔法。その練習をしていると、横で見ていたお姉様がそう聞いてきた。お姉様は普通のルーン魔法すらも知らないから、区別がつかないんだと思う。私自身も効果が強い弱いの違いしか知らないんだけど。

 

「えーっとね、確かどこかのページに⋯⋯」

「あ、知らないなら知らないでいいのよ?」

「ううん、大丈夫。⋯⋯あった。私がよく使うルーン魔法は現代の魔術師によって原初のルーンを元に編み出した魔法なんだって。だから、どこまで行っても模範的な効果しか出ない。原初のルーンはそれ自体が1つの大きな魔法の元だから、普遍的に広義的な意味を持つことができて⋯⋯あぁもう! 難しいことばっかり書いてる!」

 

 あの竜っ娘、難しい言葉使いたいだけなんじゃないの? と、思うくらいその本には変な言葉が並んでいる。色んな本を読んできたからなんとなくは分かるけど、深く理解しようとすれば本当に何年かかるか分からない。適当に、浅く読まないとすぐに飽きてしまいそうな魔力でも込められていそうだ。

 

「ふふふ、変な娘ね」

「だって難しいことばっかり書いてるんだもん」

「別にいいわよ、丁寧に説明しなくても。少し気になっただけだから。それよりも、原初のルーン? 見てみたいわね」

「うん、分かった! じゃあ、えーっと⋯⋯」

 

 本に目を通し、魔法のことが書かれているページを開く。そして、そこに描かれている複雑な魔法の線を、魔力を込めた指で宙に描いてみた。

 

 その刹那、描かれた模様は光る文字として形を成し、空中で眩しく発光する。そして、空間に歪みを作り、無から植物のツルのような物を出現させた。ツルは急激な成長を遂げて長く伸び、真っ赤な花を幾つも咲かせた。

 

「⋯⋯へぇー、綺麗ねぇ」

「原初のルーン魔法、植物生成。複数のルーンを使って無からの創造を行使する原初の⋯⋯だって。でも、これ何に使うんだろう」

 

 適当に開いて使った魔法だけど、用途が一切思い付かない。植物なんて食べても美味しくないし、お腹も満たせない。そもそも何の植物か分からないから、食べようとも思わないけど。

 

「うーん⋯⋯。何かには使えるんじゃないかしら。例えば、何かを繋いだり、ロープみたいにしてハシゴ代わりにしたり」

「ハシゴはいらない。飛べるから」

「⋯⋯確かにいらないわね。とにかく覚えておいて損はないわよ、きっとね」

 

 お姉様がそう言うならそうなんだろう。⋯⋯多分、きっと、おそらく。いやね、お姉様の言ったことが当たることなんて少ないから。未来も見ることができる運命を操る能力らしいのに、本当に未来なんて見えているのか怪しいことが多い。もしもお姉様の能力を吸収できたら、その真相も分かるんだろうけど⋯⋯お姉様達から力を借りるのは無理だから諦めるしかない。

 

「ただいまぁ⋯⋯」

「お姉ちゃん!」

「ごめんね、1人で行っちゃって。でも、行かなくて正解だったよ」

 

 話をしているうちにお姉ちゃんが帰ってきてくれた。珍しく手間取ったのか、服はボロボロ。その服の傷も、切られたというよりは燃やされたかのような傷ばかりだ。でも、見たところ怪我はしていないみたいだから良かった。お姉ちゃんには私以外に食べられたり、怪我させられたりしてほしくないし。

 

「何かあったの? あ、おかえりなさい」

「初めて会った人間が竜に乗って炎吹かせてた。あいつのせいであんまり人間を調達できなかった。ただいま、お姉様」

 

 竜? ウロかな。でも、今は竜じゃなくて魔女らしいからやっぱり違うか。というか、もしも敵だったら勝てなさそう。倒せはしそうだけど、永遠に復活するゾンビみたいで面倒くさそう。

 

「なにそれ怖い。とにかく無事で良かったわ。今日はもうゆっくり休みなさい」

「悪いけどそうさせてもらうよ。はぁー、今日はもう疲れたわ。ティア、風呂行こー?」

「うん! 今日は何して遊ぶ?」

「あー⋯⋯。今日は騒ぐのなしでお願い。代わりに明日は好きなことしていいから」

 

 お姉ちゃん、今日は本当に疲れているみたいだ。あまり何か言うのも嫌われるし、今日は早くお風呂に入って、早く寝ることにしよう。

 

「うん、分かった。遊ぶのは明日にするね」

「ありがとう。じゃ、お姉様。行ってくるね」

「え? 私も行くつもりだったんだけど⋯⋯」

 

 私もそのつもりだったけど、お姉ちゃんは「え?」と首をかしげる。でも、この様子だと知っててわざと言ってるみたいだ。お姉ちゃん、いたずらとか人をからかうの大好きだから。

 

「たまには2人きりにさせてよね? 姉妹水入らずということで」

「私は貴方達の姉なんだけどねぇ? まあ、いいわ。好きになさいよ」

 

 お姉様はそれを冗談だと分かってても、何故か話に乗っている。こういう互いに分かってるのに話す意味がちょっと分からない。話すのが楽しいからなのかな。まぁ、仲良さそうだからなんでもいっか。

 

「⋯⋯ふふっ。冗談なのに本気にしちゃって可愛いー」

「ふん、別にいいのよー、誘ってくれなくても」

「もぅー! 冗談だって! 私が悪かったから早く行こうよー!」

「⋯⋯はあ、分かったわよ。全く、仕方のない妹だわ」

 

 話しているうちに元気を取り戻したお姉ちゃんは、お姉様の手を引いて連れて行こうとする。お姉様もやぶさかでない顔して、嬉しさを隠しきれていない。私もあの輪の中に入りたいけど、凄く気まずくて入れそうにない。

 

「⋯⋯? ティア、どうしたの? 貴女も行くんだよ?」

「不思議な顔しちゃって、何かあったのかしら?」

「ううん、なんでもないよ! 早く行こっ!」

 

 2人だけの空気を作っていても、私のことを気にしてくれる。昔みたいにもう1人じゃないんだな、って実感できる。この日常がずっと続けばいいのに。そんなことを考えて、私はお姉ちゃん達と一緒にお風呂に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お姉ちゃんの居ない日。最近、食料調達をお姉様の代わりにお姉ちゃんがしている。仕事を分担して、少しでもお姉様を楽にさせたいらしい。私も何か手伝おうとしてみたけど、お姉様に「一番下の貴女は何もしなくていいのよ。されたら姉の面目がなくなるわ」と断られた。私にも私の面目があるのに、お姉様達は私を子どもとして扱いすぎている。私もいつかは大人になるのに⋯⋯。いつか、大人になったら、お姉様達を見返してみたい。長く生きてたら、きっといつか⋯⋯見返せる時も来ると思う。

 

「⋯⋯今日は帰りが遅くなると言ってたわね。ティア、先に寝てましょうか」

 

 お姉ちゃん、たまに楽しみ過ぎて帰りが遅くなる時がある。私も楽しみたいから付いて行きたいと言ってるのに、どうしても連れて行ってくれない。私を心配してくれてるのは分かるけど、私が弱いからって連れて行ってくれないのは違うと思う。本当に⋯⋯もっと強くなりたい。お姉様達よりももっと、もぉっと⋯⋯。

 

 それはともかく、初めてお姉様と2人っきりで寝ることになる。お姉ちゃんとは地下に居た時からずっと一緒だったけど、お姉様の方は地下に居た時はお父様のせいで一緒に居れなかった。だから、もう60年近く一緒に居るのに今日が初めてだ。あ、いや。生きてるのは60年だけど、会ったのから数えたら15年くらいか。でも、1人よりもお姉様達と一緒に居る方が長く感じる。

 

「ティア? ティアー?」

「あ、うん! 一緒に寝よー」

 

 考えごとに集中していると、お姉様達の話が聞こえてこない時がある。ボーッとしているわけじゃないけど、人間狩りの時とかは気を付けないと。

 

「⋯⋯ティアはフランと寝る時、いつもどんな感じなの?」

「どんな感じって?」

 

 ベッドに潜り込み、毛布を被り、お姉様を抱きしめていると唐突に質問された。私はお姉様の背中側から抱きしめているから、表情が見えず、その意図を読むことはできない。でも、私の手を握ってくれているそのお姉様の手は、とっても温かい。その手から、優しさが伝わってくる。

 

「そうねー⋯⋯あったかいとか、楽しいとか。貴方達のことだから、寝る前にも遊んでるんでしょ?」

「うん。遊ぶ時も多いよ。でも、静かな時がほとんど。静かな部屋で、2人っきり⋯⋯。温かくて、落ち着く世界⋯⋯」

「ふーん⋯⋯? 騒がしい方が好きだと思ってたけど、静かな方も好きなのね。意外だわ」

「知らないのも仕方ないよ。お姉様と会ってから、まだ10年ちょっとしか経ってないから」

 

 それでも、長く生きていたら1人で居る時よりも、みんなで居る時の方が長くなる時が来る。吸血鬼みたいな不老に近い命や、それこそ人間みたいな短命じゃなくて⋯⋯永遠を生きることができれば。

 

「⋯⋯確かにそうね。でも、1人で居る時と私達と居る時⋯⋯今思い出してどっちの方が長く感じるかしら?」

 

 意味も分からずそう言われて、素直に思い返してみる。⋯⋯ああ、そう言えば、1人で居る時はつまんないことが多かった。でも、覚えていることはあんまりない。意味のない、つまらない記憶は単調すぎて、すぐに忘れてしまうから。逆にお姉ちゃんと出会って、お姉様と一緒に暮らすことになってからの記憶は楽しいし、嬉しいし、温かい⋯⋯。そんな複雑で幸せな記憶が多いから、1人で居る時よりも覚えていることが多い。

 

「⋯⋯お姉様達と一緒に居る時の方が長く感じる」

「でしょ? これからもっと長く感じることになるわよ。これからもずっと一緒に暮らすのだから。だからね、これからも私が知らないことを色々と教えてちょうだい」

「⋯⋯例えば? 例えばどんなこと教えてほしいの?」

 

 お姉様ともっと仲良くなるのは私も嬉しい。お姉ちゃんと同じように、お姉様も食べてみたいから。不変の権能や私が強くなりたいというのは、まだ知られたくないけど。まだ絶対にできるという保証もないし。

 

「そうねぇ⋯⋯。ああ、ごめんなさい。そう言われると思い付かないわ。ゆっくりと時間をかけて教えてもらうことにするわね」

「分かった。⋯⋯お姉様、こっち見てくれる?」

「ええ、いいわよ」

 

 お姉様は私の要望を聞き入れ、身体をこちらへと向けてくれた。その表情は穏やかで、優しさに満ち溢れている。きっと、今なら、この時なら⋯⋯どんなお願いでも聞いてくれそうだ。⋯⋯はぁ、それでも言えない。私にそんな勇気はない。お姉様を愛し(食べ)たいことを、告白するなんて⋯⋯今の私にはできない。せめて、不老不死になった辺りがいい。一生、文字通り永遠にお姉様達と一緒に暮らすことができるんだから。そうなった時は、何も隠す必要がなくなるから、気兼ねなく言えるだろうなぁ。

 

「顔を見てる方が落ち着くの?」

「うん。お姉様のこと、好きだから」

「ふふふ、そう。嬉しいわね。⋯⋯はあ、今日も疲れたわね。そろそろ寝ましょうか」

「うん。おやすみ、お姉様⋯⋯」

 

 お姉様の温もりをもっと感じようと、強く抱きしめる。そして、その温もりに眠気に襲われ、私はそっと瞼を閉じた────




日常回、何故か思い付くのが危ないものばかりなので、何か提案があれば個チャか活動報告の方か、Twitterで送ってくれると嬉しいです(


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12話「律儀な魔女っ娘」☆

今回は魔女のお話。
押絵があるので苦手な方はご注意を


 ──Hamartia Scarlet──

 

 太陽が地平線から沈み、代わりに月が、夜が辺りを支配する。これからは私達、吸血鬼の時間。そして、私が唯一外に行ける時間帯。

 

 昨日、原初のルーン学を読み終えたから、今日はウロに会いに行こうと思っている。ウロは私が本を読み終えたら権能を一部譲ってくれると言っていた。だから、早くそれが欲しい。時間は限られているから、南の街に行くのは急がないと。

 

「ティアー? どこ行こうとしてるのー?」

 

 エントランスで外に出る準備をし、いざ外に出ようと扉を開けると、後ろから聞きなれた声がする。いつも聞く優しくていたずら好きな子どもっぽい声⋯⋯お姉ちゃんの声だ。いつもはバレずに行けるのに、よりにもよって一番付いてきそうなお姉ちゃんに会ってしまった。

 

「⋯⋯ううん。どこにも行かないよ? 外の空気を吸いたいな、って」

「ならどうして日傘を手に持ってるのかなぁ?」

 

 うぅ、話しかけられた時に見えないように隠したのに、しっかり見てたんだ⋯⋯。できれば連れて行きたくない。私が力を求めているのも恥ずかしいからバレたくない。それに、お姉ちゃんは自分が守る側だと思っているから、力を手に入れたいとか、支配したいとかは反対されそう。私だってお姉ちゃん達を守りたいのに、いつも、2人とも私を危険な目に合わせないようにしている。⋯⋯私が姉だったら気兼ねなく2人を守れたのに。でも、お姉ちゃん達に甘えれるのも妹だから、っていうのがあるから妹で良かったけど。

 

「ね、私に教えてくれないの? 何を隠してるのかなぁ?」

「⋯⋯お姉ちゃん、ごめんなさい。教えられない。その代わり、帰ったら何でもするから今は何も言わないで、ねっ?」

「だーめっ。教えてくれないと行かせないよ?」

 

 妹だから甘えれて良いとは言ったけど、妹だから下に見られて悪いというのもあった。姉妹という上下関係は絶対に覆らない。要は、お姉ちゃん達を押し倒すことができても言うことを聞かせることはできない。そもそも気まぐれなお姉ちゃんだから、もし私が姉でも聞いてくれそうにないけど。

 

「⋯⋯どうしても、ダメ?」

「どうしてもだよ。貴女1人でどこかに行かせるなんてできないよ」

「分かった。⋯⋯なら、強行手段にでるね?」

 

 私はお姉ちゃんにそう言って、バレないようにポケットからルーンの石を取り出す。そのルーンの石に描かれた魔法は移動(ラド)。長距離から短距離まで、瞬間移動を可能にするルーン魔法。一度行ったことがある場所や見えている範囲ならどこにでも行くことができる。

 

「へぇー? 珍しくティアが強気だね。でも、私を倒して行けるかな?」

「お姉ちゃんは倒したくない。だから、バイバイ。⋯⋯移動(ラド)!」

「あ、その手が──」

 

 途端に破裂音のようなものが響き渡り、目の前にあった景色が全て変わる。お姉ちゃんの言葉だけが最後に聞こえ、私は紅魔館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? 姉に見つかったからテレポした結果、わたしの家の天井を空けちゃった、と?」

 

 移動(ラド)を使って移動した先は、なんとウロの家の真上だった。思わぬところに出てしまったため、空を飛ぶのも間に合わず、見事に綺麗な穴をウロの家の天井に空けてしまった。出てきた直後はかなり心配そうな目を向けてくれていたウロだけど、今は怒った顔になっている。今回は私の方が悪いから、何も言えないけど。

 

「まさか上に出るとは思わなかった。⋯⋯ごめんなさい」

「はぁ、全く⋯⋯。移動(ラド)をただの瞬間移動と勘違いしてるでしょ。あれ、実際には超高速移動だから。話を聞く限り紅魔館の方は扉を開けたから大丈夫だったみたいね。でも、普通は屋内で使うと頭ぶつけるから、気を付けなさいよ。今回はわざとじゃないみたいだから許すけど。次やったら直すの手伝ってもらうから」

 

 そう言いながらも、得意の権能を使って穴が空いた天井を無かったことにしている。より正確に言うと、その部分だけ時間を巻き戻して、元の状態に戻しているみたいだ。あの力が手に入れば、私にもあんな時空魔法みたいなことができるのかな。それにしても、権能で直せるなら、手伝うこともない気がするのは気のせい?

 

「ティア、返事は?」

「あ、はい⋯⋯」

「⋯⋯そんなに怒ってないから、元気出して。そんな顔されるとわたしが悪いみたいでこっちが困るから」

「わ、分かった。いつも通りにしてるね」

 

 ウロは珍しくそう言ってくれたけど、その次の瞬間には「いつも通りでもいいけど騒がないでよ」と諌めてくる。怒ったり優しくしてくれたり、本当にお姉様に対するお姉ちゃんと同じだ。いつもお姉ちゃんの相手をしてるお姉様の気持ちが少しだけ分かった気がする。

 

「⋯⋯で、用事は何かしら?」

「原初のルーン学は読み込んだ。魔法も覚えた。一部でもいいから権能をちょうだい」

「あらそう。分かったわ。はい、手を出して」

「⋯⋯あれ?」

 

 想像していたのと違う。魔法を見せて、とか。どれくらい覚えてるのか実践してみよう、とか。とにかく何かしらの証明くらいは見せる必要があると思っていた。なのに、実際はどうだろう。ただ「分かった」と一言だけ言って「手を出して」なんて⋯⋯。拍子抜けにも程がある。

 

「早く手を出して。要らないの?」

「だ、だって。もう少し何かあるものだと思ってた。私が本当に読んだかどうか疑わないの?」

「なら聞くけど、初めて会ってからもう2年以上経つわよ? 1000ページもないのに、読むのにそれだけかかる方に驚いているくらいよ。それに、貴女⋯⋯悪魔にしては純粋過ぎるわ。いや、悪魔だから純粋か」

 

 少し意味は分からないけど、何となく馬鹿にされた感じはする。それにあの本、内容が小難しいから読むのにそれくらい時間がかかっても仕方ない。それに、一日中本を読んでいるわけでもないんだし。私がただの暇人とでも思っているのかな。実際そうだけど。

 

「とりあえず、嘘じゃないことくらい分かるわよ。これでも今の100年と前世からの記憶があるんだから。今貴女が何を考えているか、とかは知らないけど。ああ、でも。姉が好きなのは分かりやすいから気を付けなさいよ。それを利用されたら大変だから。⋯⋯私の経験則よ」

「⋯⋯ウロもお姉さんがいたの?」

「お姉さんどころか妹も、兄も弟も誰だっていたわよ。それで痛い目見るのはいつだって自分になるのよ。⋯⋯何かあってからじゃなくて、何かある前から守りなさい」

 

 どうしてだろう。今のウロの言葉が凄く重たく、悲しく感じる。理由は分からないし、その言葉の意図も真意も分からない。なのに、どうして⋯⋯同情してしまうんだろう。その気持ちが分かってしまうんだろう。⋯⋯分からない。本当に、全く以て分からない。

 

「さぁ、そんな話は後でいいわ。手を出して。ああ、少し痛いけど我慢なさいよ?」

「痛いのは大丈夫。⋯⋯痛いのが心じゃなければ」

「あら、面白いこと言うわね。安心して。痛いのはその腕だけだから」

 

 ウロの言う通りに右手を前に出すと、ウロはその手を口まで持ち上げ──いとも容易く喰いちぎった。吸血鬼の身体とそれに劣る魔女の身体。そんな違いなどお構い無しに、まるで骨のない肉を食べる時みたいに。血が溢れ、滴り落ちる。喰いちぎった私の肉を飲み込みんだところで、ウロは深呼吸して息を整える。

 

「再生するのは少し待ってよ。これからが、本番だから──ぐぅっ!」

 

 次に、私の手を持っている方とは逆の、ウロ自身の手首に噛み付いた。そして、迷わず喰いちぎり、手から血を流させる。その血を私の血が流れる手首の上から流すと、私の中に何か『異物』が入ってくるのが分かった。それが終わると、ウロは私の手を離し、権能で私とウロ自身の怪我を治してくれた。

 

「はぁ、いったいわぁ⋯⋯。一部の譲渡は、血から血へと受け渡す。普通、血が入るとは思わないんだけど、何故か血が入ってくれるらしいわ。まぁ、別に体液なら何だっていいんだけど、これの方が貴女もいいでしょ? ちなみに、全て渡す時は両者の同意の上で自分の心臓を食べさせればいけるらしいけど⋯⋯わたしは少し違うとか。わたしの権能はわたしの存在と同義。故に、全てを永久的に受け渡すのは不可能。あくまでも一時的だったり、今世だけだったり。少なくとも、他竜と違ってわたしが、わたしの権能が無くなることはない」

 

 まさか、最初に思っていたウロを食べることで権能の受け渡しが可能だったとは。でも、同意が無ければできないなら、意味はない。ただ美味しいかどうか分かるだけかな。⋯⋯それはそれで気にはなるけど。ウロもどっちかと言えば食べたい方だし。

 

「⋯⋯権能、本当に私のものになったの?」

「一部だけね。全てはわたしの目的が達成したらよ。今回渡したのは永続性の一部。完全体ではないわよ。それは今のわたしには無理だから。次の権能を渡すのはそれを使い慣らしてからね」

 

 永続性⋯⋯確か、『永遠や死と再生を司る力』だったかな。不死になれる力。⋯⋯でも、永続性の一部なら、効果は再生力が高くなるくらいかな。それなら、まだまだ充分じゃない。やっぱり、ウロの願いを叶えてあげないと、私の願いも叶わないんだ。

 

「ああ、そうだ。そう言えば、貴女の能力を聞いてなかったわ。もし相性が良ければ能力と権能を組み合わせることも可能なの。わたしも前世よりずっと前の頃、試した時があって、成功したから」

「⋯⋯力を吸収する能力。お父様には力を強奪する能力とも言われた。でも、吸収した力は10分しか使えない。食べれば20分は使えるけど」

「ふーん⋯⋯。なら、一度奪った能力ならいつでも使えるようになるかもしれないわね。永続性、死と再生を⋯⋯すなわち破壊と創造も使えるから。まぁ、完全な永続性なら、一生使えてもおかしくはなさそうだけど」

 

 能力なんてお姉ちゃん達に似てないし、使う機会もなかったけど⋯⋯使い勝手が良くなれば使っていきたいかも。それに、ルーン魔法とか吸収して狩りをしてみたいし。太陽(シゲル)とか吸収したらどうなるんだろう。⋯⋯あ、普通に焼け死んじゃうかな。私、太陽は苦手だから。

 

「一先ず、その再生力に慣れておきなさい。慣れればどうやって戦うかも、退くべき時も分かるようになるから」

「分かった。⋯⋯ウロ、色々とありがとう。私はまだ、何もしてないのに」

「お礼なんていいから。いずれ結果を出せるようになればいいのよ」

 

 ウロはお礼を言われるの、慣れてるのかな。お姉様とかなら、今の言葉を言えば顔を真っ赤にして恥ずかしがるのに。まぁ、お姉様じゃなくても、私だって嬉しくは思う。やっぱり、数えきれないほど生きているおばさんなだけあるなぁ。

 

「今失礼なこと考えてたな?」

「ふぁ!? か、考えてないよ?」

「⋯⋯あっそ。ならいいけど。とりあえず、用が済んだなら帰りなさい。わたしも暇じゃないから」

「いじわる。あ、そう言えば、お姉ちゃんが火を吹く竜を見たと言っていた。何か知ってる?」

 

 それを聞いた途端、ウロの表情が変わる。難しい顔をして、ブツブツと何かを呟いている。

 

「⋯⋯もしかして、ウロじゃない?」

「残念なことにわたしは竜でも火とか吹けないから。代わりに不変の権能があるってだけで」

「代わりの権能が火よりも凄い」

「まぁね。でも、火の方が良かったわ。⋯⋯今となってはこれでもいいけど」

 

 ウロの話を聞く限り、竜は個体によって別々の能力でも持っているのかな。能力と権能の違い、私には分からないから、もしかしたら違うかもしれないけど。

 

「それと思い出した、竜のこと。西にある島、その島の王様に仕える7人の騎士の中に、召喚した竜⋯⋯ワイバーンに乗る竜騎士がいたわ。あいつら、世襲制貴族の一員だからか、魔法使っても特例で許されてるのよね⋯⋯。羨ましいわ。仕えるとか嫌いだけど」

「ふーん⋯⋯そっか。教えてくれてありがとう。⋯⋯あ、それとね」

「何よ、まだあるの?」

「どうせなら一緒に住もっ? 私も移動が大変だし、一緒に住めば楽しいよ? あ、でもね、能力のことは知られたくないから、お姉ちゃん達には私の友達として紹介するね」

 

 その時初めて、ウロの表情が見たこともないほどの驚きに変わった。でも、すぐさま元の表情に戻り、深く考え込む。ウロには数えれるほどしか会ってないけど、あのウロの顔は初めて見た。困惑の中に悲しみがあって、戸惑いというよりは⋯⋯なんていうんだろう。哀愁漂うというか⋯⋯とにかく、凄く⋯⋯理由も分からないのに、ウロの気持ちが分かる。⋯⋯ああ、孤独の寂しさ。その顔には、そんな気持ちが込められているように見える。

 

「⋯⋯ありがたいけど、ごめんなさい。わたし、他の吸血鬼と会いたくない。代わりに移動の方は、わたしの魔法で楽に行き来はできるようにするから」

「わ、分かった。⋯⋯じゃあ、もう帰るね。ありがとう、ウロ」

「気にしなくていいよ。また今度ね」

 

 ウロに別れを告げ、ウロに作ってもらった移動のルーン魔法で家へと帰る。

 

 帰る途中、どうしてもあの時のウロの顔が忘れることができなかった。ウロの気持ちが理解できても、何故か心のどこかで私には救えないということが分かる。⋯⋯孤独の寂しさは知ってるはずなのに、辛さも身に染みて分かっているはずなのに。それなのに、私には救えない。⋯⋯今はまだ。これからはウロとも仲良くなってみよう。そして、その孤独を、いつかきっと癒してみよう。

 

 そして、隙あらば、一度くらいは食べてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティーアー?」

「わっ!?」

 

 家に帰るとすぐ、お姉ちゃんに見つかった。背後から捕まって、逃げられないように拘束される。手足や翼をばたつかせて、拘束を解こうとしても、お姉ちゃんの馬鹿力には敵わない。逆に力が強くなって、より一層逃げられなくなった。

 

「お、お姉ちゃん? 離して、ね?」

「そんな可愛い声しても無理だよー! 今度こそは離さないからっ!」

 

 さっき置いていったのを根に持っているみたいだ。お姉ちゃん、いつもはそんなに根に持つタイプじゃないのに⋯⋯。そんなに嫌だったのかな、私に放っていかれるの。あ、言葉で言ったら確かに嫌だ。でも、お姉ちゃんだっていつも人間狩り行く時私を放って行ってるのに。

 

「むぅ⋯⋯。お姉ちゃん? 離してくれないと、怒るよ?」

「ティアの怒った顔も見てみたいなぁ。ね、見せて? 早く見せてよー」

「う、うぅ⋯⋯」

 

 今のお姉ちゃんには何を言っても離してくれなさそうだ。怒ると言っても、煽ってきて本気にしてくれない。一層のこと、怒って暴れてみようかな。でも、無闇やたらにお姉ちゃんを傷付けるのも⋯⋯。

 

「あ、そうだ。ティア、出ていく時に言ったこと、もちろん覚えてるよね?」

「え? もしかして、何でもするってこと? でも、あれはお姉ちゃんがダメって⋯⋯」

「出ていくのがダメってこと。別に何でもするのはダメじゃないよ? それに⋯⋯」

 

 お姉ちゃんは私を振り向かせ、そこで目と目が合う。透き通るほど綺麗で真っ赤な瞳に、私は吸い込まれそうな魔力を感じる。もちろん比喩だけど、世の中には魔眼なるものがあるから、本来は目を合わせるなんて危険極まりない。それでも、お姉ちゃんなら信頼できる。お姉ちゃんを信用している。もしお姉ちゃんが魔眼とか使ったとしても、それはそれで良いとも思っている。お姉ちゃんのことを好きだから。愛し(食べ)たいから。

 

「私を放って行ったのも事実だし、何でもするってのも貴女が言ったこと。ちゃんと責任取ってよね。ま、今日は一緒に寝るだけで許してあげるけど⋯⋯次はないからね?」

「⋯⋯うん、分かった。一緒に寝るね」

「ふふっ、素直でよろしいっ! さ、そうと決まったら早く行こー」

 

 お姉ちゃんに手を引っ張られ、地下の部屋へと向かう。いつも一緒に寝ているから、責任を取るなんてあってないようなものなのに。⋯⋯本当に、お姉ちゃんは優しいんだなぁ。

 

 心の中でそう思いながら、私はお姉ちゃんに引っ張られるまま、身を委ねる────




今回は魔女な元竜、ウロのイラストです。

【挿絵表示】


背後に薄らと見えるのは、竜の名残りかも?


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13話「狂気な運命」

今回は自分でも引くくらいのR15の残虐な描写があります。なので、苦手な人は最後だけ読むか、頑張ってください()


 ──Hamartia Scarlet──

 

 いつもと同じ1日。日暮れに起きた時、私はそう思っていた。何も変わらず、いつも通りお姉ちゃん達と一緒に暮らせると思っていた。けど、今日だけは違っていた。昔にも一度だけあったその出来事。それが、今日も起きてしまった。

 

 それは、決して悪いことではない。だけど、良いことでもない。私は嬉しくても、お姉ちゃんは喜ばないと知っている。お姉ちゃんには私と同じように、()を傷付けたくないという気持ちがあるから。だけど、それでも⋯⋯私は──

 

 

 

 

 

 その日、いつもと違うと感じたのは起きてから少しした時のこと。いつも元気なお姉ちゃんが珍しく疲れていて、私を先に食堂へと向かわせた。流石にお姉ちゃんの命令に背こうとも思わず、私は1人でお姉様が待つ食堂へと行った。

 

「⋯⋯良かった」

 

 私が食堂に着いたのを確認してか、何故かお姉様は安堵のため息をつき、そう言った。悲しそうで嬉しそうな複雑な表情。稀に見る顔だけど、どうしてかその顔は印象に残りやすい。だから、いつそういう顔をするかはなんとなく知っている。今回の場合は、私やお姉ちゃんが心配な時の顔だ。

 

「どうしたの?」

「いいえ、何でもないわよ。フランは⋯⋯調子が悪いみたいね。下手に関わって怒らせたくないし、そっとしておきましょうか。さあ、ご飯を食べたら一緒に槍の練習よ?」

「⋯⋯うん、分かった」

 

 明らかに何かを隠している顔。でも、私はあまり気にしないで、ご飯を食べ、練習へと向かう。確かにお姉ちゃんは心配だったけど、お姉様の言うことにも一理あったし、お姉ちゃんを怒らせたくはなかった。だから、お姉様の言う通りに、槍を扱う練習に集中したし、いつも通り本を読んだり、新しく手に入れた力を試したりもした。

 

 そうして時間を潰し、今日も1日が終わるという時。お風呂に入る時はどんな時でもお姉ちゃんやお姉様と一緒だったから、当たり前のようにお姉ちゃんを誘いに地下に行こうとした。お姉ちゃんは疲れていてもお風呂には絶対に一緒に入る。それは人間狩りから帰ってきた時も同じだった。だから、疲れていようとお構い無しにお姉ちゃんの居る地下に()()()()()()()

 

「ティア、待って。フランなんだけど、今日はお風呂に入るのも辛そうなの」

 

 だけど、それはお姉様によって止められた。いつも以上に険しく、真面目で、悲しそうな顔。お姉ちゃんと喧嘩した時にも見せないような顔。⋯⋯それこそ、お父様から私達を守ってくれた時のような⋯⋯そんな難しい顔。

 

「そうなの? なら、会いに行くだけにするね」

「あ、ダメ! ⋯⋯行っちゃダメよ」

「お姉様⋯⋯?」

 

 お姉様をすり抜けて地下に行こうとしたら、手を握られ止められる。私をどうしてもお姉ちゃんのところに行かせたくないらしい。悲しそうな顔をやめないで、力強く言葉を発する。

 

「しばらくはダメよ。長い間抑え続けてきた。でも、抑えるだけでは止めることはできない。いつかは発散させないと⋯⋯爆発してしまう。その爆発に貴女が巻き込まれてほしくはないのよ。⋯⋯それに、もし今止めたとしても、すぐにまた同じことが起きるわ」

 

 そこで、私は思い出し、察した。お姉ちゃんが昔言っていたこと。

 

【狂気に支配されている】

 

 狂気に支配されている時、お姉ちゃんは記憶がなくなる。私が誰かは分かっていても、頑丈だからといって、必要以上に攻撃してくる。いつもみたいに優しくはないお姉ちゃん。それが狂化している時のお姉ちゃんだ。

 

「⋯⋯そっか。またなんだ」

「知ってるのね? なら、分かってるわよね? だから、行っちゃ──!? ど、どうして⋯⋯」

「何か見えた? お姉様の能力、未来が見えて、操れるんだよね。今までそれでお姉ちゃんを止めてくれていたの? だから、能力を使ってなかったのかな。⋯⋯お姉様、ありがとう」

 

 無理矢理お姉様の手を解く。力づくっていうわけじゃなくて、私の腕を1回壊して、再生しただけ。ウロから貰った権能は微力だけど、再生力に関しては吸血鬼の元のものもあって、異常なほど高い。さらには自分の身体なら、自由に破壊可能だから使い勝手が良い。

 

「私、お姉ちゃんのことが好き。毎日会いたい。毎日幸せでいてほしい。だから、今止めたい。⋯⋯わがままだよね、私って。でも、ごめんなさい。それくらい、大好きだから。⋯⋯あ、もちろんお姉様のこともね!」

「ティア⋯⋯お願い、行っちゃ⋯⋯」

「あ、もう1つ私のわがままね! 遅延(ソーン)遅延(ニエド)遅延(イス)。お姉様には必要以上に傷付いてほしくないから」

「ちょっ、何を⋯⋯!?」

 

 3種の遅延系ルーン魔法でお姉様を拘束する。この3つは遅延のルーン三人衆とも呼ばれ、3つ合わせればお姉様でもそう簡単に抜けはしない。なんせ、動きが鈍くなって、麻痺して、凍ってしまうから。自分に試したら本当に動きずらくて10分くらいその場で倒れてたし、間違いはない。

 

「そろそろ口も動かせないかな? じゃぁ、行ってきますっ! どうしても、お姉ちゃんを止めたいの」

 

 そう言い残して、その場を後にする。地下で蠢く、危なくて安心できるお姉ちゃんの魔力を辿り、地下へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下の扉を開け、中を覗く。いつか見たお姉ちゃんの姿がそこにはあった。苦しそうに床に敷いてあるカーペットを握り、声を殺して唸っている。辺りでは食べ物なのか自分なのか、とにかく真っ赤な血が水玉を作っていた。私が部屋に入ってもお姉ちゃんは気付いてないようで、ただただ苦しそうにしていた。

 

「⋯⋯お姉ちゃん?」

「てぃ、ティア⋯⋯? わあぁ、ティアァ⋯⋯!」

 

 まるで辛そうな子どもが安心した時のような震えた声。全身に絡みつくような、そんな背筋が凍りそうな感じがその声からはする。嫌な予感を感じるも、私はお姉ちゃんへと近付いて行った。

 

「お姉ちゃん⋯⋯大丈夫?」

「ティア、ありがとうネ。私の元へ来てくれテ。オネエサマは、いっつモ来てくれナイ。⋯⋯だから、ティア。アナタだけは、離さナイ!」

 

 その宣言と同時にお姉ちゃんは紅い剣を召喚する。レーヴァテイン、炎の剣だ。その剣からは妬ましいほどの大きな魔力と、何か魅力的な力を感じる。悪魔らしい、狂ったような力。今のお姉ちゃんからはそれを感じ取ることができる。

 

 それにしても、言動が一致していないのは気のせいかな。「離さない」と言ってるのに、剣を出してるんだけど。やっぱり、物理的に止めるしかないのかな⋯⋯。それなら、仕方ない。お姉様が今止めても無意味なことを言ってたけど、本当はどうなのか。それは私自身の目で見ることにする。

 

「分かった。お姉ちゃん、遊ぼっか。裂奪『血肉奪い斬る剣(リジル)』⋯⋯剣術だとお姉ちゃんには敵わないけど、私⋯⋯頑張るね!」

 

 剣を真っ直ぐと、大好きなお姉ちゃんに向けてそう言い放つ。今のお姉ちゃんには何を言っても無駄らしいけど、私はこれもお姉ちゃんの1つの側面だと思っている。だから、嫌いはしない。でも、やっぱり私は⋯⋯優しいお姉ちゃんの方が大好きだ。

 

「アハハハ! しっかり受けテネ!?」

「くぅっ──!」

 

 お姉ちゃんがレーヴァテインを大きく振りかぶって来るも、それをリジルで受け止める。だけど、力の差が大きいのか受け切ったはずなのに手が痺れた。感覚が一瞬だけ無くなる。

 

「う、うん! 頑張るっ!」

 

 それでも、狂化したお姉ちゃんでも、傷付けたくはないから精一杯に無事を装う。

 

「ワタシを、楽しマせテ!」

「あぅっ⋯⋯っ!」

 

 それを見て大丈夫と受け取ったお姉ちゃんが二度三度と剣を振るも、大雑把だから受けることはできる。でも、受ける度に手が痛み、お姉ちゃんとの本当の力の差に妬みと憧れを隠し切れない。

 

 それからも剣は火花を散らして激突する。騙し討ちと言わんばかりにルーン魔法を混じえて攻撃するも、ルーン魔法は全て見抜かれて使う前に破壊される。それでもめげずにルーン魔法を使い続け、お姉ちゃんの隙を伺い続けた。

 

「あ、はあ、はぁ⋯⋯!」

 

 が、そんな隙を一切見せず、圧倒的な力の差で、ただただ私が追い込まれいく。だけど、始終私の方が劣勢でも、その剣を身体に受けることはなかった。全て受けるか躱すかを繰り返していた。もちろんそれを良しとするお姉ちゃんではなかった。

 

「あハッ! 飽きたから次ね! キュッとして⋯⋯ドカーン!」

「え──わっ!?」

 

 その刹那、私の剣が破裂し、砕け散る。その破片が身体に刺さり、傷が痛む。

 

 でも、何故かお姉ちゃんは自分の剣も消してしまった。私は必死なのに、お姉ちゃんは本当に遊んでいるだけなんだ、と改めて実感する。力の差が開きすぎていることを体感する。姉と妹、たった5歳の違いでもお姉ちゃんは私より何倍も強いと理解する。

 

「ティア、スキッ!」

「え? あ、え?」

 

 突如として押し倒され、いよいよ理解が追いつかない。さっきから言動も一致しないし、行動も理解を超える勢いだから本当に今更なんだけど。それでも押し倒し、抱きしめての拘束をするのはいつものお姉ちゃんと同じだから、その時は本当に狂化しているのか不審に思った。

 

「じャ、気持ちいイことしてアげル!」

 

 ──次の瞬間、腕を引きちぎられるまでは。

 

「あ、あァァァァァ──!! あ、はぁ⋯⋯っはぁ⋯⋯!」

 

 痛みに全身が支配される。前に狂化した時は破壊されたから一瞬だったけど、拗じるようにして引きちぎられた今回の痛みはその比じゃない。脳に直接、痛みという信号が絶えず送られてくる。もがこうとしても、馬乗りになったお姉ちゃんが邪魔して動けない。ただひたすら、私は手を抑えて痛みに震えることしかできなかった。

 

「痛イ? ううん、気持ちイイよネ!」

「いや⋯⋯イヤイヤイヤ! お姉ちゃん⋯⋯助けて⋯⋯!」

「大丈夫⋯⋯。痛みも少しシタら、快楽に変ワるカラ!」

「や、ヤメ⋯⋯アァッ! あ⋯⋯っ」

 

 爪で掻き回すように傷口を抉られ、痛みで頭がおかしくなりそうになる。

 

 でも、その僅かに残った理性を、消えないようにお姉ちゃんは留めてくれた。お姉ちゃんが視線の端で、私の腕を美味しそうに噛み付いていた。嬉しそうに傷を抉りながら、そこから溢れる血を舐めているのを見て、なんだか私も嬉しくなる。多分、知らずにそうしているんだけど、私はそれを見て理性を保つことができていた。

 

「あ、ハハ⋯⋯! ハハハハハ!」

 

 私はあまりの嬉しさに笑いが止まらなくなった。お姉ちゃんが私を美味しそうに食べてくれたから。それは正しく相思相愛であるということ。お姉ちゃんが私のことを、心の底から愛し(食べ)てくれたということ。私はそれが知れて、とてつもなく嬉しくなった。幸せになることができた。

 

「どウ? ティアも気持ちイイでしョ?」

「ううん、嬉しいの! お姉ちゃんが私のことを愛し(食べ)てくれたから!」

「⋯⋯? そっカ、良かっタ!」

「そういうことだから⋯⋯いいよね?」

 

 だから、今度こそ⋯⋯私もお姉ちゃんを愛そ(食べよ)う。

 

「え──ッアァァァ!!」

 

 そう思って、精一杯力を振り絞り、お姉ちゃんの首筋に噛み付いた。そして、喰いちぎり、肉を飲み込む。血が喉を潤し、肉は舌を潤す。思っていた通り、お姉ちゃんの肉は美味しい。柔らかくて、人間よりも旨みがあって、尚且つお姉ちゃんの力も伝わってきた。要は、栄養だけでなく魔力も妖力も筋力も、能力でさえもお姉ちゃんから貰うことができた。

 

 そこで初めて気付いた。私は、お姉ちゃん達の能力を取れないわけではない。心から祈れば力を吸収できるし、食べることによっても貰うことができる。いつもは好きすぎて無意識に能力を控えていただけで、実際は誰からも奪うことができると気付くことができた。それでも、いつも通りなら自然と奪うことはないだろうけど。

 

「てぃ、ティアァァァァ⋯⋯!」

「お姉ちゃん、ごめんね。これが私の愛情表現なの。だから、受け入れて。私のことが愛してくれるなら、私をいっぱい食べて。私もお姉ちゃんのことをいっぱい食べるから」

「え? 愛情、表現⋯⋯?」

 

 お姉ちゃんはまるで知らない言葉を聞いた時のように頭を傾ける。ううん、実際に知らないのかもしれない。今のお姉ちゃんはいつものお姉ちゃんじゃないから、記憶を共有していない可能性は充分に有り得る。だから、恐らくは本当に愛情表現というものを知らないのかもしれない。

 

「そう、愛情表現! 私がお姉ちゃんのことを好きだって示す表現! だからね、愛し(食べ)合おう?」

「食べ、愛し⋯⋯ワタシはティアヲ⋯⋯食べれば、愛し合えル?」

「うん! いつものお姉ちゃんも好きだけど、()()お姉ちゃんも好きだから!」

 

 それを言うと、狂化したお姉ちゃんが珍しく顔を真っ赤にして嬉しそうに微笑んだ。そして、狂気に染まった瞳を爛々と輝かせ、私の首に噛み付いてくれた。肉を貪られ、痛みはお姉ちゃんの言う通り快感へと変わる。血の温もりが首から伝わってくる。そして、首から顔を離し、再びお姉ちゃんは私の肉を飲み込んでくれた。

 

「──ティア! フランドール!」

 

 と、その時、その終わったタイミングを見計らったかのようにお姉様がやって来た。手にはグングニルを持ち、顔は怒りと心配に満ちている。

 

「それ以上はやめなさい。いつものフランが戻れなくなるわよ?」

「──え?」

「邪魔を、しないデっ!」

 

 お姉ちゃんはお姉様の姿を見ると急に飛び上がり、剣を持ってお姉様へと襲いかかる。

 

「⋯⋯ごめんなさい、フランドール」

 

 が、いとも容易く受け流され、お姉ちゃんは剣を弾き飛ばされる。そして、槍の棒の部分で頭を強打され、お姉ちゃんは膝から崩れ落ちる。

 

「あ、はぁ⋯⋯っ。オネエサマ⋯⋯」

「本当に、ごめんなさい。私じゃアナタを救うことはできない。抑えることしかできないの。今は、これで許して」

「⋯⋯えェ?」

 

 お姉様はそう言って、倒れそうになるお姉ちゃんを優しく抱きとめる。お姉ちゃんはその対応が予想外だったのか、驚いた顔をしていた。

 

「だから、今は眠ってちょうだい。そして、フランは起きなさい。みんな心配してるから」

「オネエ、サマぁ⋯⋯」

 

 そして、お姉ちゃんは静かに眠りにつく。先ほどまでとは全く違う、安らかな笑顔で。

 

 お姉様はそのお姉ちゃんをお姫様抱っこして抱え上げ、次に私の方へと目を向ける。

 

「⋯⋯ティア? 私の言いたいことは分かるわね?」

「うっ、はい⋯⋯。ごめんなさい⋯⋯」

「⋯⋯はあ。全く、本当にどうしようもない妹だわ」

 

 お姉ちゃんを抱えたまま、お姉様がこちらへと近付いてくる。怒られると分かっていても、傷が痛んで動けない。血が足りないから動こうとも思えない。徐々に近付く足音に、私は殴られることも覚悟して目を瞑る。

 

「もう、本当に⋯⋯聞き分けのない悪い娘。これ以上怪我するようなことがあれば、次は許さないんだから」

 

 が、頭に優しく手が触れたのを感じた。──そう、お姉様は私のことを撫でてくれたのだ。

 

「⋯⋯怒らないの? 殴らないの?」

「怒ってるわよ! でも、殴るわけないじゃない。どうしてそういう発想になるのかしら?」

「お姉様、ごめんなさい。ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯!」

 

 安心したせいか、どういうわけか涙が溢れ出てくる。辛い思いをしたわけでもないのに、悲しいことがあったわけじゃないのに。それなのに、私はお姉様を見て安心し、泣いてしまった。怒られると思っていたのに許されたことで安堵したのが原因かもしれない。

 

 でも、それよりも⋯⋯今はお姉様を直に感じたい。そう思って、無理に身体を動かし、お姉様へと抱きついた。お姉ちゃんとはまた違った、優しい温もりを感じる。

 

「き、傷は大丈夫なの?」

「ぐすっ⋯⋯うん、大丈夫。すぐに治るから」

 

 痛みを感じながらも、無理矢理再生力へと力を回す。すると、瞬く間に首も腕も再生していき、数秒後には腕が元通りの状態に戻っていた。血だけが服に残るも、怪我をしていたとは思えないほど綺麗な肌に戻っている。

 

「へぇー、早いわね。まあ、詮索はしないわ。何となく分かるから。さあ、とりあえず服だけは着替えきなさい。フランは私に任せていいから」

「⋯⋯うん、分かった。お姉ちゃんをお願いね、お姉様」

 

 それだけ話し終えると、私はその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「意外と早かったわね。もう使いこなしたの?」

 

 次の日。私は用意された魔法を使い、1人でウロの家へと向かった。用事はもちろん、次の権能を譲ってもらうため。永続性の次に貰う権能は昨日決めた。お姉ちゃんの狂気を取り除けるような、狂気から解放できるような権能だ。狂化したお姉ちゃんも好きだけど、やっぱり私は優しいお姉ちゃんの方が好きだ。両想いということも知れたし、これ以上狂化して苦しそうなお姉ちゃんを見たくはない。だから、狂化したお姉ちゃんには悪いけど、狂気を奪い、お姉ちゃんから無くすことに決めた。

 

「うん。⋯⋯循環性が欲しい。循環性は無かったことにする力。それで、お姉ちゃんから狂気を無くしたい」

「あー⋯⋯なるほど。そういうこと⋯⋯」

 

 ウロは小さく呟き、悲しそうな目で何処か遠くの方を見つめている。何か思うことはあるのかな。

 

「いいわよ、手を出しなさい」

「うん⋯⋯」

 

 そうしてウロの血を受け、私は新たな権能を受け取った────




読み飛ばした方向けに。

フランが再び狂化→ティアが止めようとする→ティアはフランと相思相愛だということ、能力が奪えることに気付く→長女によって双方止められ、一応は事態は収束する→後日、ウロから新たな権能を受け取る

次回はもう少しほのぼ⋯⋯の? まぁ、ほとんど戦闘回になりますね。新キャラというか、とりあえずそういう人が出ますので


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14話「武術家な来訪者」

上手とは言えない戦闘回がありますが、まあ、はい。暖かい目で見てください。
今回は察しのいい人なら気付くかな。とりあえず、お暇な時にでも⋯⋯


 ──Remilia Scarlet──

 

 フランが狂ってから半年が過ぎた。私は70歳になり、妹達も一番下で60になった。あの出来事があった後も、ティアとフランは微笑ましいほど仲が良い。あの時何をしていたのかは知らないが、少なくとも2人とも怪我をしていたというのに。私なら、度が過ぎる喧嘩をすればしばらく口をきかない。いや、きかないというよりはきけないか。気まずいから、話すこともできない。だが、2人の場合はそうではないらしい。その出来事が起きた次の日はティアを見かけないと思っていたら、いつの間にかティアはフランと一緒に遊んでいた。それも、その日の前日のことが無かったかのように、幸せそうにじゃれ合い、楽しそうに遊んでいた。

 

 フランの方は記憶が無いからまだ分かる。⋯⋯と言っても、全てを察していたけど。だけど、問題はティアの方だ。後日話を聞くと、まるで気にせず、ティアの方からフランを遊びに誘ったらしい。もちろん断る道理もないフランはそれを受け入れ、結果、私が見た楽しそうな光景になったのだとか。喧嘩しているのも困るが、すぐに仲直りするのも反応に困る。これから2人にどう接したらいいか迷っていた私が、本当に馬鹿みたいだ。⋯⋯まあ、仲直りしてくれたと知った時は嬉しかったし、安心したのだけど。

 

「お、お嬢様! 少しよろしいでしょうか!?」

「ええ、いいわよ。どうかしたの?」

 

 満月が浮かぶ夜。それすら見ることができずに、私は自分の書斎で書類仕事をしていた。その最中に、慌ただしい様子で1人のメイドが部屋へと入ってきた。よく見れば、いつもフランの世話を任せている私達に似た蝙蝠の翼を持つ珍しい妖精メイドだ。今は掃除をしているはずの時間だから、エントランスにでも居るはずなのだが⋯⋯。まあ、見るからに何かあったみたいだけど。

 

「門の前で、お嬢様を呼んでほしいという人が居て⋯⋯」

「用件は聞いてる?」

「何でも、決闘を申し込むとかなんとか⋯⋯」

 

 知名度が高いと、稀にそういう奴がいるから困る。危険だから、万が一のことがあるから妹には相談できないし、メイドや眷属も弱過ぎて任せることはできない。よって、私が行くしかない。いつもは仕事などがあるから行かないのだが⋯⋯今回は行く価値があるらしい。先ほど、突然で一瞬のことだったが、そういう未来(運命)が見えた。行けば、何か良いことが起きる気がする。

 

「⋯⋯ええ、分かったわ。すぐに行くから、門の前で待たせてて」

「は、はい!」

 

 とりあえず、ネグリジェで外に出るのは流石にダメだから着替えるか。決闘というからには戦うことになるだろう。戦っている最中に破れる、なんてことがあれば恥ずかしくて仕方ない。それにネグリジェみたいに楽な服はかなり少ない。⋯⋯今度、ティアやフランを連れて、人間の街にでも買い物に行こう。買い物なんて初めてだから、2人も楽しめるだろうし。

 

「⋯⋯さて、楽しそうな奴に会いに行こうかしら」

 

 服をいつものドレスに着替え、意を決して書斎の扉を開き、外へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エントランスから外に出て、門の前へと急ぐ。そこに居たのは相手を落ち着かせている妖精メイドと、決闘を申し込んだ部外者らしい自分よりも背の高い妖怪だった。服は東洋系で緑色。髪は赤く腰まで伸ばしたストレートヘアー。その頭に被る緑色の帽子に付いた星型のエンブレムには、東洋で使われる文字が描かれている。

 

 その者からは魔力といった力は感じず、妖力もそこそこ高いくらいだ。だが、別の力を感じる。妖力や魔力、私の知っている力とは全く違う何か。それが何かは分からないが、警戒する必要があることは容易に理解できた。

 

「あ、お嬢様。こちらが⋯⋯」

「初めまして。(ホン)美鈴(メイリン)といいます」

 

 妖精メイドに紹介される前に、その紅美鈴という女性は礼儀正しく一礼する。まるで決闘を申し込んだ者とは思えないほど綺麗な姿勢だが、その目は戦気⋯⋯戦う意気込みに満ち溢れている。それはここに決闘を申し込みに来るようなおかしな人間や妖怪によくある目だ。

 

「⋯⋯この館の主であるレミリア・スカーレットよ。よろしくね」

 

 私も礼儀正しく返そうと、スカートを両手で持ち、スカートを少し上げる。そして、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたままおじぎをする。いわゆるカーテシーと呼ばれる挨拶の一種だ。私が知る限りでは、これが最も礼儀正しい挨拶⋯⋯のはずだ。

 

「ご丁寧にありがとうございます。⋯⋯失礼ですが、本当にこの館の主なのでしょうか?」

「本当よ。確かにまだ子どもだけど、今年で70になるわ」

「なるほど、やはり見た目で判断してはいけないと。これは失礼しました。噂を聞く限り、大男だとか、凶暴だとかで、てっきりもっと怖い人なのかと思ってましたから。⋯⋯それが、こんなに可愛げのある少女だったとは」

 

 初めてそんな噂を聞いたが、私を見てどうやってそのような姿を思い付くのか。どこからどう見ても、ただの少女でしかないはずなのに。悪魔の翼や牙は目立つとして、百歩譲って凶暴という噂は良い。良くないけど。だけど、大男というのはどうなのか。噂に尾ビレが付くのは常識だが、ここまでだとは思ってもいなかった。

 

「ありがとう。でも、そんな可愛げのある少女に勝負を挑もうとしているのでしょ? まず初めに、どうして挑むのか聞かせてほしいわね」

「あははは⋯⋯。実は私、祖国を出て修行の旅をしていまして。様々な場所で色々な方に決闘を挑んでいます。そんな時、近くの街でこの館に住む強力な悪魔の話を聞きまして⋯⋯」

「それで自分の力を試したいから、噂を頼りにここに来たと」

 

 近くの街ということは配下の街だろうか。これが終わったら、変な噂を流させないようにしないと。何度も挑戦者なんて来てたら、仕事が進まないし、妹達とも遊べなくなる。特に後者の方は無ければストレスが発散できないから、絶対に欠かせない。

 

「それで、外まで来てくれたということは、もちろん受けてくれますよね?」

 

 美鈴は早く戦いたいのか、それとも長話で心配になったのか、そう確認する。私としては本当は受けたくないのだけど、これも1つの運命的な出会い。私は相手を視認し、未来(運命)を確定できたからそれを知っている。私の能力は相手の姿が見えているほど、その相手に使いやすい。これは誰でも同じだろうが、私の能力はより確実性を増すことができる。

 

「受けてあげるわ。でも、1つだけ条件がある」

「何でしょうか? 条件次第ですが⋯⋯私は戦えるなら何でもいいですよ」

 

 やはり、根っからの戦闘狂か。それとも戦うことを生業とでもしているのか。どちらにしても、私としては都合が良い。条件を飲んでくれて、礼儀正しい人で、尚且つ強いとなれば⋯⋯安心して家を任せることもできる。

 

「私に負けたら、この家の門番になりなさい。貴女、見るからに強そうだし」

「⋯⋯え?」

「私に負けたら私の従者になりなさい」

 

 聞こえていないのかと思い、もう一度そう話す。が、美鈴は口を開いたまま頭を傾けていた。

 

「あ、あのぉ⋯⋯本当にいいんですか? 信頼とか、忠誠心とか⋯⋯そういうのって大丈夫なんですかね。いえ、私が負けた前提で話すのもおかしいですけど⋯⋯」

「心配ないわ。私には未来が見える。⋯⋯貴女が負けて、信頼のおける部下になるのは間違いないわ」

「は、ははは⋯⋯。褒められているのかそうじゃないのか分からないですね⋯⋯。ですが、私は負けませんよ」

 

 美鈴の目は真っ直ぐと私を捉えている。その目は本気だ。戦わないという選択肢はないのだろう。もちろん私も負ける気はない。いや、そもそも負けるはずがない。私は運命を操ることができ、身体能力も高い吸血鬼なのだから。

 

「そう、だといいわね。さて、そろそろ始めましょうか。メイド、貴女は下がってなさい」

「は、はい!」

 

 妖精メイドを下がらせ、美鈴と改めて顔を見合わせる。

 

「優しいんですね」

「それはもちろん、私の大事なメイドの1人だから。さあ、どこからでもかかって来なさい」

「はい、では遠慮なく⋯⋯」

 

 その言葉を最後に、辺りには静寂が訪れる。美鈴はゆっくりとした動きで構え、真剣な眼差しで私を見据える。

 

「──はぁっ!」

 

 と、美鈴はその姿勢のまま一瞬にして間合いを詰め、真っ直ぐと拳を放った。

 

「っ⋯⋯!」

 

 とっさに身構えるも、間に合わずに数mほど後方に飛ばされる。お腹と背中、両方が痛む。特に殴られたお腹の方は一瞬の痛みに留まらず、今も尚、鈍い痛みは続いている。

 

 その痛みを我慢し、相手に悟られないようにできるだけ平気な顔をして立ち上がる。

 

「すいません、少し強過ぎましたかね?」

「ふんっ、このくらいどうってことないわよ」

「そうですか、では──」

 

 美鈴は再び拳を構え、まるでそよ風のように静かに、一瞬に距離を詰める。

 

 ──が、動きは見切った。

 

 美鈴の拳を片手で横に逸らし、もう片方の手で手刀を作って首を狙う。

 

「っと、危ないですね」

 

 まるで読まれていたかのように、美鈴は私の手首を受け止め、すんでのところで攻撃を回避する。

 

「はぁっ!」

 

 防がれたのを見てすぐに蹴りを入れるも、美鈴は殺気でも感じ取ったのか追撃を受けないように後ろへ飛び退いた。それを好機と見て間髪入れずに地面を蹴って近付く。

 

 そして、引っ掻くように手を薙ぎ払うも、美鈴は頭を引いてそれを躱した。爪は美鈴の鼻先を掠めるだけに留まり、浅い傷だけを残した。だが、妖怪だからその程度の傷は意味がない。

 

「あ、危ないですねー」

「やぁっ!」

 

 相手が油断している隙に、勢いよく土を蹴って相手の顎目掛けて蹴り上げる。

 

「っ!?」

 

 しかし、それが決まることはなく、私の蹴りは空を切る。美鈴は慌てて距離を取り、拳を前にして身構えた。

 

「ほ、本当に危なかったんですが⋯⋯」

「あら、吸血鬼との戦いに油断なんかしちゃダメよ?」

 

 とは言ったものの、私の攻撃は全て躱すか受け流されている。渾身の力を込めたはずなのにだ。相手が素手である以上、武器を使うのは卑怯な気もする。なら、どうするべきか。技術面で勝るわけがない。⋯⋯身体能力にかまけた圧倒的な力と手数で押し切るしかないか。

 

 そう考え、再び美鈴との距離を詰める。今度は隙を与えないように、わざと少し逸らして殴り掛かる。当たり前のように軽々といなされるも、手数が多く避けるのに精一杯になった美鈴の動きはある程度予測することができる。そこに、運命操作でさらに制限をかけ、未来を確定させる。

 

 半ば卑怯な方法だが、手っ取り早く勝つためにはこれしかない。

 

「ここっ!」

 

 何度目かの拳を避けた直後に、その避けた方向へと渾身の力を込めた足で蹴り上げた。

 

「え──はぐっ!?」

 

 とっさのことに反応できなかった美鈴は、素早く力強い蹴りに数mほど浮き上がり、その場で倒れ込む。起き上がる前に勝負を決めようと、倒れた美鈴の首元に触れるように爪を押し当てた。

 

「あー⋯⋯これは降参した方がいいですね。まだ年端もいかない吸血鬼に倒されるとは思ってもいませんでした。私の負けです」

 

 意外と呆気なく終わったが、美鈴もそこまで本気ではなかったようだ。最初から倒されたら降参しようとでも思っていたのか。要は、まだまだ本気ではないが、仕えることに異議はない、ということだろう。

 

「さあ、約束は守ってもらうわよ。たとえ本気で戦ったわけじゃなくてもね」

「いえいえ、本気は本気ですよ。ただ、従者になるのも悪くないかなー、って思ってただけで」

 

 大体は予想通りだが、あまりにも潔い。もう少し戦っていれば、私も危なかったかもしれないというのに、どうして簡単に諦めるのだろうか。

 

 そう思って問いただすも、美鈴は首を横に振って私の疑問を否定した。

 

「私は戦うのは好きです。ですが、誰かを殺したいとか、そのような非情にはなり切れません。それに戦いを通じて分かりました。貴女は噂に聞くほど悪い妖怪ではない。だから、仕えてみたいと思ったのです。もちろん悪い妖怪だったりしたら、倒そうとか思ってましたけどね」

 

 美鈴はそう笑ってみせた。それは決して嘘などではなく、本心から話しているのだと分かる。この人は私の従者になる妖怪の中では、最も信用できる人になる気がする。

 

「面白い奴だわ。紅美鈴。今から貴女は私の従者よ。その命が尽きるまで、私の従者として働きなさい。⋯⋯あ、料理とかできる?」

「中華なら一通りは⋯⋯」

「よし、決まりね。明日からは中華料理よ。とりあえず部屋を決めるから、一緒に来て。その後、私の家族を紹介するわ」

 

 ようやく、私の夢は1つ叶った。家を守ってくれるような信用のできる部下。その初めての従者が紅美鈴となった。これでまた運命の歯車は動き出した。備えも充分。以前見えた大きな分岐点、それは残り5年を過ぎた。せめてそれまでは、幸せな日々が続きますように。

 

 誰にも悟られないようにそう願いながら、私は紅魔館の扉を開いた────




戦闘描写、特に近接戦闘とか難しいんじゃあ(

あ、それと評価バーに色がつきました。評価してくださった皆様、ありがとうございます。
それと、今まで読んでくださっている方のお陰で続けてこれています。今後ともよろしくお願いします( *・ ω・)*_ _))ぺこり


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15話「忠実な門番」

今回は前回の続きから。そのせいなのか、少し短め。
邂逅⋯⋯とは少し違うけど、ここから歯車は動くんだとか。

まぁ、お暇な時にでも⋯⋯


 ──Remilia Scarlet──

 

 我が家に新しい従者がやって来た。名前を紅美鈴、種族は自分でも知らないらしいが、東洋にある国に起源のある妖怪だという。美鈴は強力な妖怪でありながらも妖力は少なく、代わりに『気』もしくは『氣』と呼ばれるものを目に見える形として使うことができるらしい。氣とは体内や自然に満ち溢れているエネルギーのことらしく、言ってしまえば魔力との違いは差ほどない。実際にはかなり違うとのことらしいが、そこを気にする私ではない。要は戦える力があるかどうか。重要なのはそこだけだ。そして、氣は戦える力であり、私もそこに文句はない。

 

 美鈴には私直属の従者として働いてもらうつもりだが、普段は家を守る門番になってもらうことになった。その方が美鈴も戦える機会が増えるし、私としても堅苦しくなくて良い。従者に関してだが、料理はもちろん、家事全般もできるから困ることはない。妖精メイドはサボる者も多いから、頼れる従者ができて私は凄く満足している。

 

「さあ、お待ちかねの時間よ。次は地下に行きましょうか」

「はい、行きましょうか」

 

 紅魔館の設備から今の状況など一通りの説明を終え、次はいよいよ妹達と会わせることになった。家族以外とは、誰にも会わせたことがないからどのような反応を示すか予測不可能な妹達と会わせるのは少し心配だ。だが、フランは人懐っこいし、ティアは人間以外なら下手に攻撃したりはしないだろう。現に妖精メイドとは話すところを見たことがある。その時はかなり人見知りを発揮していたが⋯⋯。(私達)と一緒なら危険はない⋯⋯はずだ。確証はないのは仕方ない。誰かに会わせることなんてこれが初めての出来事なのだから。

 

「着いたわね。⋯⋯すぅー、はあ⋯⋯」

「お嬢様? どうかしましたか?」

「いいえ、何でもないわ。さて、入りましょうか」

 

 視認していない状態で未来を確定させることは難しい。だから、緊張を鎮めるために深呼吸する。そして、息を整えてから、ドアノブにそっと手を触れた。

 

「フラン、ティア。居るかしら?」

「あ、お姉様」

「お姉様ー!」

「──おっと。⋯⋯少し遅くなっちゃったかしら。待たせちゃったわね」

 

 2人して声を合わせ、ティアに関しては私へ目掛けて飛んできた。突然のことにもできるだけ平気な顔で対応しようと、転ばないようにしっかりと妹を受け止める。フランは後ろの方で微笑ましそうに見ているだけだったが、それが私の救いだった。2人して飛びつかれると私でも受け止め切れない。もし妹を受け止めるのに失敗すれば、それこそ姉の面目に関わる。少なくても妹の前では、しっかりした姉でいたいから。

 

「お姉様、後ろの人は?」

 

 抱きしめて離れないティアをよそに、フランが美鈴の方を指差してそう問いかける。ティアもフランの言葉にすぐに気が付き、慌ててフランの元へと逃げ込んだ。いつもの積極さは何処へ行ったのか。ティアはフランの後ろに隠れ、警戒した眼差しで美鈴を見ている。

 

 ある意味予想通りと言えば予想通りだが、ティアの行動は思った以上だった。救いなのはフランがティアを撫でて落ち着かせていることか。ともかく説明してみるか。

 

「私の直属の従者よ。新しく入ったの。名前は──」

「紅美鈴と言います。お気軽に美鈴とお呼びください。これから門番兼従者として働くつもりです。妹様方、よろしくお願いします」

「フランドール・スカーレット。フランでいいよ。よろしくね」

「⋯⋯ティア。ハマルティア・スカーレット。ティアでお願い」

 

 笑顔で礼儀正しく挨拶をする美鈴に対して、フランも笑顔で返す。ティアも(フラン)に倣ってか、素っ気なくも一応自己紹介だけは終えた。さて、本当にこれから仲良くできるのだろうか。

 

「フラン様、ティア様。これからよろしくお願いしますね。ところでお腹は空いていませんか?」

「そうだねー、もうご飯の時間だしお腹空いたかな。ティアは?」

「⋯⋯お腹減った。メーリン、何か作れるの?」

 

 ティアは目を輝かせ、美鈴にそう聞き返す。

 

 そうだった。この娘は恐ろしいほどに欲に忠実だった。それも、特に食欲は人一倍強い。何か悪いことがあってもご飯を食べると機嫌が戻っているくらいだ。

 

「ええ、中華料理というものを少し」

「中華料理? どこの地域の料理が得意? 山東? それとも安徽(あんき)とか?」

 

 聞きなれない言葉がちらほら聞こえる。どうやら食にこだわり過ぎて色々と調べていたようだ。てっきり、人間の肉なら何でも美味しいと言う妹だから、食べ物なら何でもいいと思っていた。ただ食欲旺盛なだけだとも。認識を改める必要があるようだ。やはり、美鈴がこの家に来てくれたことは正解だった。妹にちゃんとしたご飯を食べさせてやれるのだから。

 

「色々な場所を旅していましたから、作れないものはありませんよ。八大菜系、なんでもござれ、ですから」

「本当に!? メーリン、色々な料理食べたい! いっぱい作って!」

「はい、お任せください!」

 

 食べ物のこともあってか、ティアはすっかり心を開いてくれた。不安の種も消えて嬉しい限りだ。これで気兼ねなく、美鈴に留守番を任せることもできる。

 

「メーリン、貴女の料理、期待してるね!」

「おぉ、プレッシャーかけていくねぇ。じゃ、私も期待してるから」

「は、ははは⋯⋯。期待を裏切らないように頑張りますねー」

 

 ただ、1つだけ心配事ができたか。美鈴の苦労が大きくならないかだけが心配だ。

 

 そう思いつつも、私は半ば諦めた状態で食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 食堂に着いてすぐ、美鈴は調理室で料理を作り、あまり時間を待たずに食事をとることになった。

 

「メーリン、おかわり!」

「はいっ!」

 

 肝心のティアはというと、 次々に出てくる料理を絶えず食べ続けていた。その量は明らかに1日に摂取するエネルギー量の何倍、十何倍まで膨れ上がっている。あれだけ食べても太らない、それどころか痩せたままのティアが羨ましい。私は吸血鬼の中でも少食だからか、最初の一品目で満腹になった。フランも先ほどまでは食べていたはずだが、いつの間にかティアの食べている光景をただ見ているだけになっている。

 

「いつものことだけど、よく食べるわねぇ。食料の在庫って大丈夫かしら⋯⋯」

「そろそろヤバそうだよね。美鈴ー、次ので一旦休憩でー。このままだと、ティアが全部食い尽くしてしまいそう」

 

 フランの言葉は比喩のように聞こえるが、決して比喩などではない。むしろ言い得て妙、という方が近いだろう。このまま満腹になる前に、食料庫の方が尽きてしまう。ティアは美味しそうに食べたり、美鈴は楽しそうに作っているが、いつかは止めないと後々困ることになるから仕方ない。

 

「お姉ちゃん、まだ食べれるよ?」

「だから、食べれたら困るの。食欲旺盛なのはいいけど、全部なくなると困るでしょ?」

「うーん⋯⋯それもそっか。お姉ちゃん、食べ終わったら遊ぼうね!」

「いいけど⋯⋯そんなに食べてよく動けるねー」

 

 フランも流石に呆れているようだ。元気なのは良いが、本当にあれだけ食べて遊べるのだろうか。動き過ぎて気分が悪くなったりしないかが心配だ。まあ、大事に至ることはないだろうし、本人が遊びたいと言っているから、止めようとは思わないのだが。もし気分が悪くなった時は、それ相応の処置を施すだけだ。

 

「ティア様、最後の料理をお持ちしました」

「ありがとうっ! いただきまーすっ」

 

 苦しそうな素振り1つせず、ティアは笑顔で最後に出てきた麻婆豆腐に食らいつく。ティアは遊びたい一心なのか、勢いよくガツガツと食べていき、たった数十秒足らずで平らげてしまった。流石に早すぎるその食らいつきに、その場に居た誰もが驚いていた。美鈴に至っては喜びと驚愕が混ざっておかしな表情になっている。

 

「早くない? ね、ティアのお腹の中どうなってるの?」

「解体して見てみる? お姉ちゃんにならそうしてもいいよ?」

「ごめん、それは遠慮する。さ、片付けて遊びに行こっか」

「うん! 美鈴、貴女も一緒に行こっ?」

 

 ティアは美鈴へと手を伸ばし、笑顔でそう言った。いつもの人見知りの態度は消え去り、すでに家族として美鈴を捉えているようだ。こんなに短時間で仲良くなるとは思っていなかったが、先の心配がなくなって嬉しい限りだ。それにしても、ティアの食への愛は物凄いものだ。

 

「嬉しいですが、仕事が⋯⋯」

「いいわよ。今日は私と妖精メイドとでやるから。⋯⋯行ってきなさい」

 

 ここで遊べるほど仲良くならないといつなれるか分からない。こういうチャンスは逃すべきではないと思っている。父親に引き離されていた時のいつかの私みたいに、仕事で何年も遊べなくなる、なんてことになることは避けたい。誰であろうと遊べる時に遊べた方が良いに決まっている。

 

「は、はい! では、行きましょうか。妹様方」

「うんっ! お姉ちゃん、どこで遊ぶー?」

「地下か外かでいいんじゃないかな。今の時間は」

「じゃぁ、外で! さぁ、行こっ! あ、お姉様も終わったら来てね!」

「ええ、分かってるわよ」

 

 楽しそうに3人は手を繋ぎ、月が照らす外へと出かけていった。

 

 その後、私が遊びに行くと、疲れ果てていた美鈴が居たのは言うまでもないだろう────




前回に続いてですが、誤字報告や一言付き評価など、ありがとうございます( *・ ω・)*_ _))ぺこり
稀に変な誤字脱字に気付かずに投稿してしまうので、報告してくださるのはとても嬉しいです。本当は自分で確認する時に気付かないといけないんだけどね(

ともかく、おかげさまでモチベが上がっています。⋯⋯せめて20話辺りまでは1、2日おきのペースで書き続けたい。

ちなみに次回は14話辺りで予定していた話だとか


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16話「お買い得な日常」

今回はタイトルが微妙に意味不明な回。まぁ、視点主目線でのタイトルですね。

今日はお買い物に行くらしいです。では、お暇な時にでも⋯⋯


 ──Hamartia Scarlet──

 

 美鈴が家に来てから楽しみが増えた。料理はただの人間(お肉)から美味しい中華料理になったし、夜の間ならいっぱい遊んでもらえる。それとお姉様曰く、安心して外出できるようになったんだとか。だからなのか、今日はお姉様に初めて『買い物』に誘われた。

 

 買い物というのは、本にある言葉でしか見たことがない。お店に並んだ品物を貨幣という物と交換する。気晴らしや娯楽にもなるらしく、お店にある様々な品物を比較したり、迷ったりすることを楽しむんだとか。確かに楽しいかもしれないけど、私としては悩むくらいなら全部買えばいいと思っている。欲しいモノは全て、願うことも全て。手に入れればいいし、叶えればいい。迷う楽しみは、全て手に入れてからでも遅くはないと思うから。

 

「じゃあ美鈴。留守番は任せるわよ」

「はい。行ってらっしゃいませ」

「美鈴ー、お土産期待しててねー」

「ありがとうございます。期待してますね」

 

 美鈴に別れを告げ、満月照らす外へと出かける。

 

 

 

 

 

 今回は買い物をするために商業が盛んな西の街に行くらしい。買う物は少し前に大量に消費した食べ物や、小さくなってしまい着れなくなった服とからしい。食べ物は美味しいから嬉しいし、服も着れないのが多いから選ぶのが楽しみだ。欲しい物がたくさんあればいいけど、無かったらお姉ちゃんのでも借りることにしよう。胸回りが少し小さいけど、着れないことはない。それに、お姉ちゃんの匂いもするから、ずっと一緒に居る気分になれる。

 

「あー、そろそろ見えてきそうかな。お姉様、ティア。人間の街に行くわけだし⋯⋯ちょっと近付いて」

「どうしたの?」

 

 東の街に空を飛んで向かう途中、お姉ちゃんがそう言った。そして、手を掴んで私とお姉様を近くへと引き寄せた。

 

「いいから⋯⋯人間(マン)運命(ウィルド)。はい、これで完了」

 

 お姉ちゃんは宙に2つの光る文字を描き、2つの文字を組み合わせる。そして、その光る文字を私達を中心へと浮かべた。その刹那、一瞬だけ目の前が強く光った。

 

「まぶっ!? ⋯⋯な、何よ、これ?」

「⋯⋯お姉ちゃんのルーン魔法?」

「そ。お姉様、ティア。背中見て?」

「背中? 背中に何が⋯⋯あら?」

 

 お姉ちゃんの指示するままに背中に目を向けると、いつもそこにあるはずの翼が無かった。それどころか、私だけでなく、お姉様やお姉ちゃんの翼も無い。ついでに口にも違和感があるから、どうやら牙も無いらしい。

 

 そこで、お姉ちゃんが何をしたのかすぐに気が付いた。お姉ちゃんが使った魔法は、姿形を人間へと変身させるルーン魔法の人間(マン)と他のルーンを強化する運命(ウィルド)。要は『郷に入れば郷に従え』ということなのかな。人間の街に行くから、それ相応の格好をした方がいいということなのかも。

 

「はい、人間バージョンのお姉様とティア。ついでに私もね」

「私としては領地内だからどっちでも良かったのだけど⋯⋯まあ、たまにはいいかもしれないわね。人間のフリをして買い物するのも」

「そゆこと。さ、改めて行こっか」

 

 人間の姿に化けた私達は再び人間の街に向かって空を飛ぶ。魔法の効果時間は2時間以上もあるらしいから、買って帰るまでには充分な時間だとか。もしバレたとしても、領地内だから何の問題もないんだけど。

 

「そういやさー、お金って大丈夫なの? 人間には人間のお金があるんでしょ?」

「大丈夫よ。私を誰だと思っているのかしら?」

「シスコンな傲慢姉」

「それを貴女には言われたくないんだけど? まあ、とにかく大丈夫よ。人間の街を1つや2つ、買えるくらいには貯め込んであるから。だからって全部は使わないけど」

 

 その真偽はさておき、どうしてだろう。明らかにこっちを見て言われた気がする。もしかして、心の声でも出ていたのかな。それとも、心が読めるとか? お姉様なら有り得そうだから、もしそうなら嬉しいな。

 

「ようやく見えてきたね。さ、ここからは歩いて行こっか。飛んでるのバレたらややこしいし、せっかく人間の姿になったのに意味がなくなっちゃうし」

「そうね。⋯⋯それにしても、翼や牙が無いなんて少し奇妙な感覚ね」

「すぐ慣れるから大丈夫だよ。さ、まずは服から見に行こっか。ティア、おいで」

「うん、分かった」

 

 お姉ちゃんに手を引っ張られ、走って街へと向かう。その途中、後ろから慌てて付いてくるお姉様の声も聞こえた。

 

 

 

 

 

 お姉ちゃんに連れられ、人間の街へと入る。こうして人間の街に誰かと来るのは2回目だ。だけど、前回とは全く用事が違う。前回は暴動を起こした人間を止めるためだったけど、今回は買い物。それもお姉様達と。こんなに嬉しいことはない。それにしても、人間の街はいつも騒がしいのかな。私達が活動する時間なのに、人間が活動する時間じゃないはずなのに、大通りは少し五月蝿いくらいの活気がある。

 

「はあ⋯⋯慌て過ぎよ。気持ちは分かるけど」

「あはっ、ごめんね。ま、それはどうでもいいとして⋯⋯」

「どうでもいいわけないんだけど?」

「はいはい。それは後で聞くから。まずはティアの服から選ぼっか。ティアは何色が好き?」

 

 今居るお店は服屋さん。女性用の服がメインに売られているお店らしく、ドレスや下着など色々売っている。まるでオモチャ箱みたいだから、話に聞いていた通り、選ぶのが楽しいのも分かる気がしてきた。

 

「貴女ねぇ? ⋯⋯まあ、いいわよ。ティアはいつも黒とか赤を着てるし、そういう色が好きだと思っていたけど、実際はどうなの?」

「赤は好き。食べ物みたいだから。黒は普通。あるから着ているだけ。ちなみに赤い服を着ている時はお姉ちゃんの服を借りてる時だよ。お姉ちゃんの匂いがして、一緒に居る気分になれるから。でも、好きな色と言われたら⋯⋯赤以外だと青とか黄色かな」

 

 お姉様の髪の色とお姉ちゃんの髪の色。どっちも好きだから、色もどっちも好き。私の髪の色も、お姉様達の髪の色を混ぜた色だから、好きではある。でも、青や黄色にはやっぱり劣る。赤に関しては、お姉様達の目の色が赤なのも理由。これは私達、姉妹共通だから青や黄色よりも好きな色。

 

「あら、そうなの。今のティアにどっちが合うって言ったら⋯⋯」

「無難に髪色に近く明るい方でいいんじゃない? っていうわけで、黄緑の服はどう?」

「野菜みたいな色だけど⋯⋯まあ、たまにはいいかしら。ティアに合うようなドレスでも探しましょうか」

 

 野菜は嫌いだけど、黄緑色⋯⋯うん。それはいいかもしれない。でも、血で赤に染まったらどうしよう。⋯⋯まぁ、その時は全部真っ赤にしてお姉ちゃんの服みたいにしようかな。もしかしたら、そうした方が綺麗かもしれない。

 

「一応言うけど、同じ子ども用でも特に胸囲は私達と違うから数は少ないと思うよ? 少し大人のサイズの方がいいかも」

「ああ⋯⋯そうね。はあ、本当にどうしてここまで違うのかしら⋯⋯」

「お姉様、羨ましい?」

「⋯⋯まあ、ええ。そうね。フランならともかく、貴女に言われると何も言えないわ。とりあえず服があるか聞いてくるから、ここで大人しく待っててちょうだい」

 

 お姉様はそう言って、がっくりとした様子で、店の奥へと入っていく。そして、少ししてから帰ってくると、お姉様は手を振る素振りを見せて、私達を奥の方へと引き寄せた。お姉様曰く、服はあったので採寸をしてから買うことになるらしい。

 

 そうして採寸を終えた後、お姉様に新しいお洋服を買ってもらった。黄緑色のドレスに加え、お姉ちゃんに似た服や下着を幾つか。お姉様達も服を何着か買ったらしい。中にはお揃いの服も買ったらしく、いつか3人で着てみようということになった。そして、私達は服屋さんを後にした。

 

 

 

 

 

「さて、次は食料を買いましょうか」

 

 服屋さんを出た後、お姉様が最初に言った言葉がそれだった。もちろん食料とは人間のことだと思うけど、どうして買う必要があるのか分からない。周りにいっぱいあるのに。あ、もしかして、人間じゃない方の食べ物なのかな。豚さんとか、牛さんとか。後は⋯⋯野菜とかかな。中華料理として出てくれるなら野菜でも食べていいけど⋯⋯それ以外なら嫌いだな。

 

「あ、お姉様とティア。ちょっとだけ別行動してもいいかな?」

「え? まあ、別にいいけど⋯⋯大丈夫なの?」

「私はいや。お姉ちゃん、離れないで」

「大丈夫。ティア、本当にちょっとだけだから⋯⋯ね? お願い」

「むぅ⋯⋯」

 

 お姉ちゃんとはできる限り、片時も離れたくない。だけど、ずっと嫌がってお姉ちゃんに嫌いになられたくない。こういう時、どうすればいいんだろう。やっぱり、お姉ちゃんの好きなようにした方がいいのかな。お姉ちゃんは私よりも強いから本当に大丈夫だろうし⋯⋯でも⋯⋯。

 

「⋯⋯ああ、ふぅん。ティア、聞いて。フランに悪いことは起きないから大丈夫よ。未来を見たから、絶対にね」

「⋯⋯お姉様の未来を見るって言葉、あんまり信用できない」

「あれ? え? 反抗期?」

「ううん、思ってるのは元からだよ。でも、今回はお姉ちゃんの言う通りにするね。できるだけ早く戻ってきて、ね?」

「うん、もちろんだよ。じゃ、また後で! 集合場所は街の入り口ね!」

 

 お姉ちゃんはそう言い残し、どこかへ走り去っていく。寂しいけど、心配はしていない。それに、お姉様も居るから、何かあったら絶対にお姉ちゃんを助けてくれる。

 

「⋯⋯行っちゃったわね。さあ、私達も行きましょうか。買い物が終わったら、フランと合流ね」

「うん。そう言えば、お姉様。食べ物ってどうするの? 周りにあるモノ狩るの?」

「ダメ。絶対ダメだからね? 人間はここでは狩らないし、あまり大きな声でそんなこと言っちゃダメよ?」

「う、うん、分かった」

 

 お姉様ならこの街に居る人間くらい、相手にならないはずなのに。どうしてそんなに心配する必要があるんだろう。あ、お姉様は人間にも優しいからかな。どこかの本に『食べ物は大切に』なんて言葉があったし、食べる物に対しても優しくするなんて尊敬するな。私は食べれれば食べ物なんてどうでもいいから、お姉様の考え方は少し分からないけど。

 

「今日は肉から野菜まで色々買いたいの。ティアも何か食べたい物があれば言っていいわよ」

「なら、ここにある物全部食べてみたい」

「ごめん、私の言い方が悪かったわ。5つまでなら何でも買っていいわよ」

 

 5つ⋯⋯いくらなんでも減らしすぎじゃないかな。でも、選ぶ楽しみというものを味わってみたいし、たまにはいいかな。本当に『たまには』のつもりだけど。

 

「さあ、急がないと店が閉まる時間になっちゃうから、急ぎましょうか」

「はーい」

 

 

 

 

 

 人間の街には色々な食べ物の専門店がある。お肉に野菜、さらには紅茶の葉まで。様々な食べ物を専門とするお店が並んでいる。お姉様はその全部を回り、両手いっぱいの食べ物を買ってくれた。今後の備蓄分もあるらしいけど、いつか食べれるなら文句はない。

 

 ちなみに何故か食べ物は私に持たしてくれない。姉として、妹に持たせるわけにはいかないんだとか。できればもっと私のことを頼ってほしいけど、頑なに拒むから仕方ない。

 

「あ、お姉様。この赤いのが欲しい」

 

 お姉様の言った欲しい物5つもこれで最後の食べ物となる。今まで苺、りんご、さくらんぼ、唐辛子を買ってもらった。最初の3つはお姉様も食べたいのかたくさん買ってもらえたけど、唐辛子だけは少ない。どうしてなんだろう。お姉様は嫌いなのかな。

 

「赤ワインねぇ⋯⋯。そもそもティアってお酒とか飲んだことあるの?」

「おさ、け? ううん。飲んだことないよ」

 

 本では見たことがある。確か、エタノールが含まれた飲み物の総称で、抑制作用があるため飲むと酩酊(めいてい)を起こすとか。酩酊というのはよく分からないけど、最古から存在する向精神薬というのも聞いたことがある。何にせよ、まだ私には未知の飲み物だ。

 

「うーん⋯⋯この機会に少しくらい、飲んだ方がいいのかしらねぇ」

「飲みたい飲みたい!」

「うわぁ、本当にどうしようかしら⋯⋯」

 

 どうしてこんなに悩むんだろう。ただの飲み物なのに。お姉様が悩むことになる何かがあるのかな。

 

「⋯⋯物は試しね。ティア、家にあるから今度一緒に飲んでみましょう」

「うん!」

 

 買えはしなかったけど、食べれるならそれでいっか。あ、この場合は飲めるなら、かな。

 

「さあ、もういいかしら? 早くフランの場所に行きましょう。そろそろ歩くのも大変になってきたわ」

「うーん⋯⋯まぁ、いいよ。欲しい物は買えたからね。⋯⋯片方持つよ?」

「だから大丈夫⋯⋯なんて強がるのもやめにしましょうか。1人で持ってたら目立つしねぇ」

 

 お姉様から片手に持つ荷物を受け取り、空いた片方の手でお姉様の手を繋ぐ。そして、お姉ちゃんが待つであろう街の入り口へと向かった。

 

 

 

 

 

「お姉様ー、ティアー」

 

 入り口に着くと、笑顔で手を振るお姉ちゃんが待っていた。片手には小さな小包を持ち、余った時間で買ったのかもう片方の手にはコーヒーカップを手に持っている。

 

「良かった、あまりに遅いから忘れられてるんじゃないかと思ったよ。ってか、いっぱい買ったね。ティアの持とうかー?」

「ううん、平気。それよりもどこに行ってたの?」

「それ聞くー? ま、そうだねー⋯⋯」

 

 お姉ちゃんはコーヒーカップにある何かを飲み干すと、それを能力で破壊して空いた片手で小包の中を探った。そして、中からキラキラと光る何かを取り出した。

 

「ネックレス? それを買うために一度別れたのね」

「ムーンストーンのネックレスだよ。はい、ティアとお姉様にプレゼント」

 

 お姉ちゃんは小包から取り出したそれを、私とお姉様の首にかけてくれた。私の首で光るムーンストーンは、月明かりに照らされてより一層輝いて見える。とても綺麗で、吸い込まれそうな魅力を感じる。

 

「へえー、プレゼント⋯⋯。嬉しいわ。ありがとう」

「いいよいいよ。あ、これ3人お揃いのを買ったんだよ。ほら、私のも」

 

 そう言ってお姉ちゃんは小包から最後の1つを取り出して、自分の首にかけた。宝石の形は微妙に違っていて、全く同じわけではないらしい。それでも、お姉ちゃんやお姉様とお揃いということがとっても嬉しい。まるで本で見た婚約指輪のようで、見えない何かで繋がっているような感じもする。

 

「あれ、ティア? 嬉しくなかった?」

 

 ずっと無言だった私を見て、お姉ちゃんは私の顔を覗き込んだ。その目は心配そうに揺らいでいる。

 

「⋯⋯ううん。嬉しい。とっても嬉しい! ありがとう、お姉ちゃん!」

「そっか。それなら良かった。ふふっ、あー、幸せ。喜んでもらえて本当に良かった」

「さあ、感傷に浸るのは帰ってからでも遅くないわよ。そろそろ時間になるし、帰りましょうか」

 

 そうして街から少し離れたところで、ちょうど魔法が解けた。もう外だったので気にすることもなく、私達は空へと飛び立つ。そして、我が家である紅い館へと帰った────




採寸や買い物の下りはすいません、詳しくやろうとしたらかなり長くなったので削っています(
なので、そこはご想像にお任せ致します。

それにしてもあんな小さな身体で両手いっぱいに荷物を持って、って⋯⋯目立たないわけないよね


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17話「狂気な強奪」

今回も題名で察するかもしれませんが、R15と若干の残酷な描写が入ります。

とりあえず読む場合は見えたら中断するか、頑張るか、気を付けてください(


 ──Hamartia Scarlet──

 

 いよいよ今日、待ち遠しかったあの出来事が起きた。そう言えば、お姉様も言っていた。止めたとしても、すぐにまた起きる⋯⋯って。でも、思ったよりも長かった。今私は63歳。最後にそれが起きたのは4年前の私が59歳の時。あの時は失敗してお姉様に助けられたけど、今回は絶対にそうはいかない。今度こそ、私はお姉ちゃんを──

 

 

 

 

 

「⋯⋯ティア、ごめんなさい」

 

 その日、いつも通り朝起きて、お姉ちゃんの部屋に行こうとしたらすぐに部屋の前でお姉様に止められた。今回は全く隠そうとしなかったことに驚いたけど、それが何を意味するかはすぐに分かった。お姉ちゃんがまた狂化した。お姉様が会いに行くのを止めるなんて、それ以外に考えられない。

 

「お姉様、やっぱりお姉ちゃんは狂気に⋯⋯?」

「ええ。だから、行かないで。また傷付くのが目に見えているわ。貴女も、フランもね」

 

 確認も取れたからお姉ちゃんが狂化しているのは確実になった。後は、私の作戦が成功するかどうか。お姉ちゃんはまだ私が行った時の未来を見ていないのか、それとも私が行った先の未来のことを見て話しているのか。どっちを見ているかで大きく変わる。もし前者なら私の願いは叶えれない。だけど、もし後者なら⋯⋯お姉ちゃんを救えて、私の願いも叶う可能性がある。

 

「⋯⋯お姉様、それでも2人だけにさせてとか言ったら怒るかな?」

「怒るわよ」

「じゃあね、お姉ちゃんを助けれるかもしれなかったら? もうお姉ちゃんが狂気に悩まなくてもいいって言ったら?」

「それができても、貴女が怪我したらフランも悲しむのよ?」

 

 頑なに見てくれない⋯⋯。もし私やお姉ちゃんが怪我をしたら、その姿が見えるから、お姉様は見たくないのかな。もしそうなら⋯⋯うん。確かに私も見たくない。でも、成功するかもしれないのに。⋯⋯あ、なら良い手があった。お姉様が見なくても、未来が分かる良い方法が。

 

「うん、分かってる。だから⋯⋯お姉様、ちょっとごめんね」

「と、突然どうし──え?」

 

 お姉様の手を取って、能力を吸収する。これで、私にも未来が見える。私の能力は吸収や強奪と言っても、能力に関してはコピーのようなもの。お姉様から能力を奪ったわけじゃないし、困らないから借りてもいいよね。

 

 お姉様から借りた能力で未来を見てみると、確かに私が殺されたり、大怪我したりとヤバい未来はある。だけど、成功する道は確かにあった。これで私の夢が叶い、お姉ちゃんも救えることが確実になった。

 

「何今の感覚。ティア、何をしたの?」

「お姉様の能力借りただけだよ。ねぇ、お姉様。しっかり私を見て。目を逸らさずに能力で私の未来を見て」

「⋯⋯はあ。分かったわよ。って言っても、もう自分で見た後なんでしょ? なら分かり切ってるわよ。貴女がフランの元に行った未来は、私が安心できるような未来だった。ということよね?」

 

 お姉様の質問に力強く頷いた。未来は見てないみたいだけど、私のことは信じてくれたらしい。自分の能力よりも妹を信用してくれるなんて⋯⋯とっても嬉しい。やっぱりお姉様も大好きだ。

 

「分かったわ。なら、行ってきなさい。何かあったらすぐに大声で言うのよ。危険な目にあっても言わなかったら⋯⋯本当に、怒るから」

「うん⋯⋯大丈夫。私を信じて、ね?」

「はあ、本当に──。⋯⋯まあ、いいわ。今回だけよ? ⋯⋯行ってきなさい」

「うん!」

 

 お姉様に許可を貰った。次はいよいよ実行だ。ウロから受け取った権能──永続性と循環性。まだ扱い慣れていないから、この2つしか持ってないけど、今はこれだけで充分だ。永続性の永遠と、循環性のゼロに戻す力。この2つで、お姉ちゃんを救い⋯⋯ついでに願いを叶える。きっと、これでもう寂しくなることは無い。

 

 思考を巡らせ、自分のすることを再確認する。そして、私はお姉ちゃんの扉を開けた。

 

 

 

 

 

 部屋に入ると、最早見慣れた光景がそこにはあった。血の海の上で呆然とするお姉ちゃん。ストレスを発散させるみたいに、物を破壊してるのかな。物じゃなくて、私を使ってくれてもいいのに。やり過ぎると死んじゃうけど、それはそれで嬉しいし。

 

 ともかく、お姉ちゃんを助けるにはお姉ちゃんが狂気に囚われている時だけがチャンスだ。私の能力はお姉ちゃんに効きにくい。だからなのか、狂気も表に出ている時しか使えない。もしかしたら、狂化しているお姉ちゃんはお姉ちゃんじゃないから、なのかもしれないけど。本当のことは分からない。本当は秘密裏にしたかったけど、チャンスが無かったから仕方ない。バレてもいいから、このチャンスは逃さないようにしないと。

 

「お姉ちゃん! 私だよ、ティアだよ!」

「ティアぁ⋯⋯? ティアァ! また遊びニ来て来れタノ!?」

 

 お姉ちゃんは私の方を振り返って「ニタァ」と笑顔を見せる。どうしてだろう。前に会った時よりもなんか深刻になってる気がする。でも、前みたいに遊ぶことはできない。終わってからにしないと、いつ狂化が解けるか分からないから。

 

「うん! お姉ちゃん、今日はね⋯⋯。アナタを止めに来たの。お姉ちゃんから出て、私のモノになって!」

「⋯⋯えェ? どーイう意味? ワタシは⋯⋯ワタシがフランだヨ?」

「あ、うん。それは知ってるよ。でもね、お姉ちゃんが困ってるの。アナタが好き勝手にするから。お姉ちゃんの言うことを聞かないから。だから⋯⋯誰も困らないようにしよっ?」

「⋯⋯スキにさせてよ。イッツもワタシがワルモノみたイで、お外ニ出しテモラエナイ」

 

 話す言葉を間違えたかな。すっごく怒ってる気がする。やっぱり、最初から強硬手段の方が良かったかな。逆鱗に触れる⋯⋯って言うんだっけ、こういう時は。

 

「もぅ⋯⋯お姉ちゃん。私の言うこと聞いて。絶対お姉ちゃんも幸せになれる方法だから!」

「イヤ。ワタシの自由ニすル! だかラ、いっぱイ遊ボ! 前みたイにサ!」

 

 お姉ちゃんの姿が消える。数秒も経たないうちに、消えたわけじゃないと気付くも、時すでに遅し。

 

「⋯⋯あグッ!」

 

 お姉ちゃんはいつの間にか片手で私の首を掴み、床に叩き付けていた。両手でお姉ちゃんの手首を持ち、必死に外そうとしても手は外せない。

 

 床に当たった衝撃よりも、今首を絞めている手の方が痛い。片手なのに私の両手より力が強いし、何より爪が食い込んで血が流れている。首に血が流れる感覚があるほど出てるって、結構危険な気がする。

 

「さァ⋯⋯また食べ(愛し)合オうッ! 今日ハどっちかガ、オチルマデ!」

「それ、絶対死ぬや──ああぁっ!」

 

 首筋を噛まれ、喰いちぎられる。お姉ちゃんが私のお肉を食べている姿を見るのは嬉しいけど、見ていたら私まで食べたくなってくる。お姉ちゃんを止めないといけないのに。

 

「ふふっ、フフフフ。美味しいヨ、可愛いヨ。だから、もっト食べてあげル。私が食べ終わるマデ、死ナナいでネ?」

「お姉ちゃん──のバカっ!」

「なッ!?」

 

 お姉ちゃんの手首を、爪を露わにして両手で力強く握る。そして、痛みで力が弱くなった瞬間に、逆にお姉ちゃんを押し倒した。

 

遅延(ソーン)遅延(ニエド)遅延(イス)!」

「ア、ティアァァァ!」

 

 ルーン文字を描き、遅延系の魔法を行使する。能力で破壊される可能性もあるから、魔法を唱えた後でも油断できない。そう思い、お姉ちゃんの両手首を握り、更には足を絡まらせて拘束した。魔法を使って身体でも拘束しているはずなのに、今にも力づくで魔法が解かれそうだ。お姉ちゃんの力は凄まじい。

 

「ふ、ふふん! 今度はこっちの番! でも、ゆっくりはできないの。ごめんね?」

「離セ! ワタシが、ティアを食ベル!」

「ダメ! いい加減、私の言うことも聞いてよね! これからはずっと⋯⋯私のモノなんだから!」

「あ──ぐぅ、あっ⋯⋯」

 

 動けないうちに、お姉ちゃんの首筋を噛んで吸血する。そして、吸い過ぎないように注意しながら権能と能力を行使した。

 

 次第にお姉ちゃんは暴れるのを止め、動きが鈍くなる。血をある程度奪った後、安心したせいか一気に大きな疲労感が襲いかかってきた。疲れた私は、魔法も解かずにそのままお姉ちゃんの上に倒れ込む。

 

「あ、あれ⋯⋯てぃ、あ⋯⋯?」

「おはよう、お姉ちゃん。ごめんね、疲れちゃって⋯⋯」

「あっ! ティア、その怪我⋯⋯!」

 

 お姉ちゃんが起きる前に治すつもりだったのに、疲れちゃって忘れてた。今からでも遅くないだろうし、触れているうちに私とお姉ちゃんの傷は治しとこっと。そのままにしておくのも痛いしね。

 

「⋯⋯え? どうしたの?」

「いやいや! 今更治しても遅いからね!? っていうか、血の跡残ってるしっ!」

「あ。う、ううん。何でもないよ?」

「だから⋯⋯! は、ぁ⋯⋯。もう、何となく察してるよ。またやっちゃったんでしょ? 気を使わないで。何があったかくらい、分かるから⋯⋯」

 

 お姉ちゃんは悲しそうな目をしている。そんなに私を傷付けるのが嫌だったのかな。⋯⋯どうしてなんだろう。傷付けるくらい、してくれても良いのに。お姉ちゃんは優しいからなのかな。⋯⋯やっぱり、優しいお姉ちゃんが好きだな。もちろん、お姉様や()()()のことも好きだけど。

 

「ううん、大丈夫。もう、絶対に起きることは無いから⋯⋯。それに、お姉ちゃんは悪くないよ。だから、嫌いになんかならないよ?」

「え、でも、だからって──」

「もぅ⋯⋯お姉ちゃん、大好きだよ」

「あっ! てぃ、あぁぁ⋯⋯」

 

 駄々をこねるお姉ちゃんを無理矢理黙らせるように、お姉ちゃんの唇を奪う。お姉様にしてもらったみたいに、舌を入れ、絡ませて⋯⋯。そうすると、お姉ちゃんは目が虚ろになり、少しの間、私に身を委ねてくれた。

 

「⋯⋯! てぃ、ティア! ストップ。一旦ストップ」

「もぅ、もう少しくらい良いじゃん」

「良くないっ! こ、こういう事は、もっと落ち着いた時とか、静かな時に⋯⋯ね?」

「うんっ! またしようね!」

「うん、そうだね。⋯⋯ほんと、積極的過ぎだって⋯⋯」

 

 そう言えば、初めてお姉ちゃんとキスした。⋯⋯お姉様とはまた違った味がして美味しかった。また今度、お姉ちゃんが言ったみたいな静かな時に、してみたいな。⋯⋯あれ、どうしてだろう。まだ起きたばっかりなのに、もう眠たくなっちゃった。

 

「お姉ちゃん。ちょっと疲れちゃった。だからね、少し、おやすみなさい⋯⋯」

「うん。⋯⋯ゆっくり休んでいいよ。おやすみ、ティア」

 

 お姉ちゃんを抱き締めながら、私はそっと目を閉じる。その温もりを肌に感じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お姉ちゃんの出来事があった日の寝る時間帯。太陽が昇ってくるから、私達吸血鬼の時間が終わる。お姉ちゃんの出来事以外は変わったことは何も起きずに、今日もいつも通りの1日を過ごした。

 

「⋯⋯ふぅ。やっと1人⋯⋯ううん。2人きりになれたね、()()()()()!」

 

 私はお姉様⋯⋯それに、()()()()()お姉ちゃんに別れを告げて、1人で自分の部屋に戻ってきた。あっ、正確にはお姉ちゃん達に内緒で、お姉ちゃんも一緒だけど。⋯⋯うーん、自分で言ってて思ったけど、やっぱり、ややこしいね。

 

『やっと話せル? ワタシの声、他には聞こえなイ?』

 

 お姉ちゃんの狂気を奪った時、お姉ちゃんの中にある狂気を循環性でゼロにした。要は、お姉ちゃんが狂化する事は今後一切有り得ない。でも、全て消して無かったことにするのは勿体無いし、狂気が可哀想だと思った。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。永続性を使って、奪った狂気を私の中に内在させた。永続性を使って私の中で留めることで、私が生きている間は生きることができる⋯⋯はず。少なくとも、永続性の権能が無くならない限りは大丈夫だと思う。完全性やその他の権能を手に入れたら、表に実体として出すこともできるかもしれないから、早く権能を使いこなしたい。

 

「うん、聞こえないよ。アナタは私だけのモノだから。誰にも奪われることもないから、私だけを愛せるよ! あ、もちろんお姉様や優しいお姉ちゃんも好きだよ? 奪うような奴が居たとしても、殺して『ぽい』するから大丈夫!」

『それっテ本当に大丈夫? ま、イイヤ。ティア、ありがとウ。消さないでクレテ。自由じゃなイのは、少し⋯⋯イヤだケド』

「でも、五感は共感してるから、楽しいと思うよ?」

「それは分かってル。⋯⋯嬉しいけど、ヤな感ジ。ワタシよりモ、おかしいと思ウ」

 

 おかしいって、どうしてだろう。変なの。どっちかと言えば、狂化お姉ちゃんの方が⋯⋯。

 

『ティア、聞こえてル。思考も共有してルからネ?』

「むぅー、はーい。⋯⋯でも、ふふっ、嬉しいな。狂化お姉ちゃんだけど、考えていることを共有できるなんて⋯⋯本当に、嬉しい。これで色々できたらもっと良いのになー」

『あ、うわぁ⋯⋯』

 

 どうして引かれてるんだろう。まぁ、いいや。これからは、どんな時でも狂化お姉ちゃんと一緒。渇きも飢えも、感じることは絶対にない。何故なら、これからはずっと⋯⋯独りじゃないから────




ちなみにレミリアのセリフであった「はあ、本当に──。⋯⋯まあ、いいわ」の部分ですが「──」の部分には本当に言おうとした言葉が入ります。ただ、悪気もなく言おうとして、本人が気にしているのでは、と思い言い留まったとか。実際は気にしていないのですがね。まぁ、何を言おうとしたのか。それは皆様のご想像にお任せします。前回もこんなこと言った気がするけど(
ヒントとしてテーマです。

ちなみに、今回の話ですがもう少しグロかったかもしれないとか。内容が内容で、かなりエグかったのでやめにしました()

追記:誤字報告で最初の年齢レミとティアのを間違えていたことに気付き、訂正しました。報告ありがとうございますo(_ _*)o


本当の狂気は────


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18話「永続な狂愛」

今日は短め。前回から一日経った回。閑話のようなもの。
どうやらティアは、1人で部屋に居るみたいですが⋯⋯?


 ──Hamartia Scarlet──

 

 お姉様との魔法練習を終えて、ご飯を食べて、お風呂に入って⋯⋯。いつもの習慣を一通り終えた私は、すぐに部屋へと戻ってきた。たまに1人で寝る時があるけど、隣の部屋はお姉ちゃんだし、何かあったらすぐに来てくれるから怖い事は無い。それに、今は1人じゃないから。

 

 昨日になって初めて、私から孤独という文字は消えた。お姉様やお姉ちゃんと一緒に居ない時でも、私は1人じゃなくなった。今、私の中には狂化お姉ちゃんが居る。狂化お姉ちゃんは常に心の中で生きていて、私に話しかけてくれる。動けない狂化お姉ちゃんの代わりに、私は五感と思考を共有してあげている。だから、困ることは無いと思う。一緒に遊べて、感じて、思考して。あれほど望んでいたお姉ちゃんとの共有が、ようやく叶った。私の願いが、新たに1つ叶ったのだ。本当に嬉しい。今もこの感情を、お姉ちゃんと共に感じることができるなんて⋯⋯なんて幸せなんだろう。

 

『ああ、うん。そうだネ。ティアの思考、複雑過ぎて読ムの疲れル』

「そうなの? ありがと、読んでくれて。お姉ちゃん、もっと共有しようね!」

『なら、ワタシにもカラダ動かさせてヨ。アナタに委ねるのも良イけど、自由過ぎてワタシが不自由』

 

 お姉ちゃんの中に居る時と違い、心と身体を共有していても、身体の所有権は私が握ってる。だから、狂化お姉ちゃんは私の意識が無い時くらいしか身体を自由に動かせないらしい。私としては、どこかに行っちゃう心配や、誰かに奪われる心配が無いから良いと思うんだけど。

 

『もうティアとは食べ(愛し)合った仲だから、他の人の場所に行かないし、奪われないヨ。だから、自由にさせテほしイ』

「だーめ。お姉ちゃんは私だけのモノだよ? いっぱい束縛しちゃうんだから。でも、今束縛する代わりに、後で自由な身体をあげるから、ね? 今は我慢して」

『⋯⋯破ったら、内側から食べ(愛す)るカラ』

 

 権能を全て扱えるようになったら、きっと狂化お姉ちゃんのことも自由にすることができる。本当は離したくないけど、そうしないと温もりが無いから仕方ない。⋯⋯それにしても、言い難い。それにややこしくて不便だな、お姉ちゃんの名前。

 

『フランでいいヨ?』

「それじゃぁ、区別付かないじゃん。もっと分かりやすい⋯⋯あ、スクリタとかどう?」

 

 スクリタは元々私の名前になるはずだった名前だと、昔お姉ちゃんに聞いた。『ティア』の方が呼ばれ慣れているから名前を変えようとは思わなかったけど、今なら名乗っていいかもしれない。今私は、狂化お姉ちゃんと身体を共有して、1人で2人の状態だから。スクリタ・ティア・スカーレット⋯⋯。1人で2人だからこそ、名乗ろうと思える素敵な名前。ハマルティアなんて名前、好きじゃないしね。これを機に変えようかな。でも、勝手に変えたら怒られるかな。今はハマルティアのままでいっか。いつか、2人の名前を名乗ってみたいなぁ⋯⋯。

 

『スクリタ⋯⋯。ふ、ふふっ。良イヨ、その名前デ。気に入ったカラ』

「良かった! じゃぁ、これからよろしくね、スクリタ」

『よろしくネ、ティア。⋯⋯ところで、どうしてソレが見えてるノ?』

「⋯⋯さぁ? スクリタのせいだと思う。スクリタを吸収した時、くっ付いて来たんじゃないかな」

 

 今、私には奇妙なモノが見えている。それは、昔お姉ちゃんに教えてもらった物体⋯⋯『目』だ。物体の最も緊張している部分であり、お姉ちゃんはそれを手の中に移動させて握ることで、破壊することができているらしい。今私にはその目が見えているんだけど、触っても特に何か起きる事は無い。恐らくはモノの目が見えているだけで、破壊とか移動させるとかはお姉ちゃんの専売特許なんだと思う。隠れているモノが見える事もあるらしいし、有って困る事は無い⋯⋯はず。

 

『ワタシのせい? あ、ふーん。イイんだ、そんな事言っテ』

「悪い意味じゃないから良いのー。そう言えば、私の中にちゃんとスクリタの目もあるんだね。⋯⋯頭じゃなくて、心臓辺りに居るんだ。変なの」

『ワタシがどコに居るかなんテ自分でも知らなかっタ。でも、ココロに響くなんテ言葉があるから、そこに居てもおかしくないんじゃナイ?』

 

 よく分からないけど、心という言葉は好きかもしれない。脳じゃなくて、心で⋯⋯。うん。確かにそう言われると、スクリタが心に居てもおかしくないかも。

 

「⋯⋯スクリタ、お姉ちゃんと話してみたいって思う時ある?」

『ナイ。会うのイヤ。フラン、絶対にワタシの事嫌いだから⋯⋯』

「そうかなー? 私は嫌いじゃないと思うけど⋯⋯」

 

 お姉ちゃんなら狂化の原因だったスクリタも受け入れると思うけど⋯⋯。お姉ちゃんは優しいし、お姉様と違って柔軟な対応もできるし。だから、一度くらい会ってみるのも悪くないと思うんだけどな。

 

『思考共有しテるって、分かってテ思ってル? 性格悪イ。⋯⋯カラダを手に入れたら、イヤでも話すことになル。だから、その時に話ス』

「うん、分かった。大丈夫、絶対に仲良くなれるよ。お姉ちゃんは優しいから」

『⋯⋯ティア、今スクリタと違って、って思ったでショ』

 

 やっぱり、思考共有は面倒かもしれない。読まれたくない思考が読まれるし、多分、スクリタも読みたくない思考を読んじゃうっぽいし。⋯⋯あ、でも。それはそれで良いかも。自分の全てを受け入れさせることができるし。

 

「⋯⋯思ってないよ? スクリタの事好きだから。それに私、まだスクリタしか食べてないし。お姉ちゃんも一応はあるけど、意識がスクリタに乗っ取られてたし」

『論点ズラしてル。やっぱり思ってるジャン。しかも、思った以上に酷イ』

「そう? でも、スクリタは受け入れてくれるよね、私の事。あ、受け入れなくても、ずーっと束縛してあげるから、絶対に好きになると思うよ」

『⋯⋯⋯⋯』

 

 あれ、どうして黙っちゃうの? 照れてるのかな。⋯⋯想像したら可愛いな。お姉ちゃんの顔で照れるなんて私得。顔が見れないのが本当に残念。

 

『ティアって、ワタシ以上に狂ってるっテ、言われナイ?』

「ううん、言われないよ。だって、普通だから。あっ、お姉ちゃんがおかしいってわけじゃないからね?」

『ソレは分かってル。ティアの事、好きになれるけど、その狂愛は怖いヤ。愛されたら、絶対に逃げれなイ。そんな気がすル』

「何言ってるの? 逃げたらダメだからね? スクリタはもう、私のモノだよ」

『えェ⋯⋯』

 

 冗談のつもりだったのに、めちゃくちゃ引かれてるような⋯⋯。どうして本気にしちゃうんだろう。逃げないで、って少しでも思っちゃったからかな。逃げて欲しくないのは、誰でも同じだと思うのに。

 

「スクリタ、誤解しないでね? 普通に好きなだけだからっ」

『その普通が怖イ。でも、カラダを持てたら、ワタシはティアから逃げナイヨ。その時は、いっぱい食べ(愛し)合おうネ』

「うんっ! 楽しみだね、前は最後までできなかったし、次はどっちか倒れるまでする?」

『イイヨ。どうせティアが先に倒れると思うけド』

「えーっ! 私の方が食べ慣れてるし、スクリタの方が先だと思うよー」

 

 いつもは部屋で1人だと寂しくて、飢えと渇きがして辛いのに⋯⋯私の中にスクリタが居るから、まるで妹ができたみたいで嬉しい。お姉ちゃんやお姉様と一緒に居るのもいいけど、たまにはこうして、部屋で1人居るのもいいかもしれない。だって、新しいスクリタ()ができたから。

 

『うん、ちょっと待っテ。妹じゃない、お姉ちゃんネ?』

「はいはい。分かってるよ。強がるスクリタも可愛いねっ」

『絶対分かってナイッ!』

 

 あぁ、早くスクリタの身体を作りたいな。ちゃんと温もりがあって、抱き締めると心地良い身体。そんな身体を作りたい。⋯⋯今度、時間ができたらウロ辺りにでも相談してみようかな────




次回は今章最後の日常回。ちなみに次次回から次の章に入る予定。


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19話「穏やかな食事会」

章タイトル影響か日常回多めの今章最後はやっぱり日常回。一応、全部大切っちゃ大切なんだけどね。
では、お暇な時にでも、どうぞ⋯⋯


 ──Hamartia Scarlet──

 

 スクリタが私の中に来てくれてから、約1ヶ月が経った。最初は自分の中に別の人が居るという感覚が奇妙だったけど、今では慣れてしまって、楽しいとさえ思うようになった。ちなみに、まだウロには会ってないから、身体の作り方は知らないまま。だけど、最近スクリタに急かされ、図書館の本を読み漁る毎日になっている。一向に見つかる気配が無いし、スクリタがうるさいから、今日辺りでもウロの家に行くつもりだ。

 

「スクリタ、貴女は何か好きな食べ物ってある?」

『突然どうしたノ』

 

 でも、今日は夜早くからウロの家に行くことはできない。

 

「昨日お姉ちゃんに言われたじゃん。今日は食事会だ、って。前に街で買った物をお姉様が買ってきてくれたらしいから、今日はみんなで食べるんだって。苺とか食べれるから本当に楽しみ。あ、後ね、お姉様がワインも出してくれるんだってさ」

 

 今日はみんなで食事会をするらしい。いつするか知らないから、今は部屋で休んでいる。

 

 前に、街で買った食べ物はすぐに私が全部食べた。お姉様も食べたいからと少し多めに買ったらしいけど、それすらも私が食べちゃった。だから、次こそは1人じゃなくてみんなで食べるためにまた買ったらしい。最近働き詰めだったメーリンも今日は休みを貰ったらしいから、本当に楽しみだ。

 

『だから、ソレがどうして好きナ食べ物に繋がル?』

「食べ物って聞いてふと思っただけ。別にそんな言い方しなくていいじゃん⋯⋯」

『⋯⋯ゴメン。気が回らなかった』

「⋯⋯ふふっ、いいよ」

 

 妹の悪いところも、謝ったらすぐに許してあげる。それが、いつも優しいお姉ちゃんがしてくれた事。スクリタも私の妹だし、同じように優しくしてあげる方が良いと思うから。

 

『やっぱり、今の取り消しデ。ワタシが姉だと認めるまで、謝らないカラ』

「えーっ! いいじゃん、私だって姉になってみたいもん! もちろんお姉ちゃん達の事も好きだよ? でも、姉って今の2人で充分だと思うの。だからね、妹になろっ?」

『イヤ。絶対にイヤ』

 

 スクリタったら、頑なに拒むなぁ。諦めて私の事を姉として受け入れた方が幸せだと思うのに。良い事いっぱいしてあげるのになぁ。

 

『いい加減にしないと、ユメで化けて出るヨ?』

「ごめんなさい、調子に乗っちゃった。てへっ」

『思ってもないことヲ⋯⋯』

 

 私が夢を見ていて、スクリタが起きている時、どういう理屈かスクリタは夢の中に入れるらしい。逆は無理なのに。でも、夢魔という悪魔もいるらしいし、それと似た感じなのかもしれない。

 夢の中だからなのか、スクリタはどんな姿にもなれるんだとか。それで私を驚かせたりするから、本当に心臓に悪い。それでも夢を見ているのは私だから、夢だと気付けば主導権を握って好きなようにできるんだけど。夢だと気付くのは大体が起きた後だったり、気付いても時間が無かったりするから残念だ。

 

『気付いタら、起きるまで束縛するくせニ⋯⋯』

「いいじゃん。最初に悪い事するのはスクリタなんだし」

『だからっテ⋯⋯ッ! ゴメン、おやすミ』

「え? 急にどうし──」

「ティアー、1人で何話してるのー?」

 

 スクリタが黙ったと思った瞬間、お姉ちゃんが後ろから抱きついてきた。私は突然の事に黙り込んでしまった。音も無く部屋に忍び込んで後ろから抱き締めるなんて怖すぎる。本当に、心臓が止まるかと思った⋯⋯。

 

「ううん、何でも無いよ。お姉ちゃん、どうしたの?」

「遅いから来てあげたのよ。お姉様も美鈴も待ってるから、早く行こっ?」

「うん、分かった!」

 

 スクリタの事は本人の許しも無いからまだ言えない。だから、聞かれた時はどうしようかと思ったけど、追求されなくて良かった。あっ⋯⋯もしかして、察してくれたのかな、お姉ちゃんは。それはそれで⋯⋯嬉しいな。

 

「ティア? どうしたの? 早く早くー」

「あ、待ってー」

 

 お姉ちゃんの後を追うように、走って地上へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく来たわね」

「お待たせ。ティア、適当な場所に座っていいからね」

「うん、分かった」

 

 食堂に着くと、そこには既に食べ物を広げて食べているお姉様とメーリンが待っていた。机の上には色々な食べ物が乱雑に置かれている。多分、置いたのはお姉様なんだろうなぁ。

 

 そう思いながら、お姉ちゃんが座った席の隣に座った。

 

「ティア様ー、お久しぶりです。1週間ぶりくらいですかね?」

「久しぶりっ。あれ、そのくらい会ってなかったっけ?」

「そのくらいですよー」

 

 働き詰めなのは知ってたけど、最後に会ってからもうそんなに経つんだ。1日1回くらいは会ってあげないと、やっぱり可哀想かな。メーリンはいっつも家を守ってくれてるわけだし。

 

「みんな集まったわけだし、食べましょうか」

「とか言いながら、先に食べてたよね、お姉様?」

「それは気にしたら負けよ。さあ、気にせずに食べましょう?」

「⋯⋯ま、そうだね。じゃ⋯⋯ティアー、はい。あーんしてー」

「あーん⋯⋯」

 

 お姉ちゃんは近くにあった苺を手に取り、私の口へと近付ける。言われるがままに口を開けると、その苺を食べさせてくれた。なんだろう、この味。普通に食べるよりも、酸味が少なく、甘味が強くて口の中いっぱいに広がって美味しく感じる。それに、とっても嬉しい。

 

「美味しい⋯⋯。ありがとう、お姉ちゃん。じゃぁ、私も⋯⋯はいっ」

「あーん⋯⋯うんっ! 美味しいよ。ありがとうね、ティア」

「ふふっ、うん!」

 

 お返しに私も同じように苺をあげると、お姉ちゃんは嬉しそうな顔で食べてくれた。自分が食べた時よりも、嬉しく感じる。何故か、美味しいと思ってしまう。

 

「仲良いですねー、妹様達」

「⋯⋯え、ええ。そうね」

「お嬢様? もしかして⋯⋯羨ま──」

「お、思ってないから!」

 

 あっちはあっちで楽しそうだ。後でお姉様やメーリンにも食べさせてみよっかな。きっと、さっきみたいに嬉しい気持ちになるんだろうなぁ。それに、お姉様やメーリンはどんな顔をしてくれるんだろう。想像すると本当に楽しみ。

 

「お姉様ー、りんご切ってー」

「どうしてそこで私?」

「美鈴はいつも働いてもらってるから頼みづらい。ティアは妹だからなんか悪い気がする。ってことで、お姉様切って」

「あー、そう。なるほどね? とりあえず貸して。⋯⋯はい、どうぞ」

「さっすがお姉様。優しいねー」

 

 お姉様は受け取ったりんごをナイフ状の魔力で切り裂き、近くにあったお皿に乗せて返した。明らかに嫌味っぽく返してたけど、お姉ちゃんはそれを知ってか知らずか笑顔で受け取り、再び私に食べさせてくれた。新たな火種が生まれた瞬間だったけど、これでも仲は良いから大丈夫⋯⋯のはず。後で喧嘩しないかが心配だけど、その時はメーリンが止めてくれるだろうし、多分大丈夫かな。

 

「あ、ティア。そう言えば、前にワインを飲んでみたいって言ってたわよね。出してあるから、一緒に飲みましょう?」

「うん、飲みたい! 出して出して!」

「あ、ずるっ⋯⋯。ま、いいや」

「ふっ。⋯⋯妖精メイド! 聞いたでしょ、持ってきてちょうだい。もちろん軽めで」

 

 予め手はずを整えていたのか、よくお姉ちゃんの近くに居る妖精メイドが人数分の赤ワインを持ってきた。なんか私の分だけ微妙に量が多い気がするけど⋯⋯お姉様の計らいかな。

 

「じゃぁ、いただきますっ!」

「あぁ、ティア、一気に飲んじゃダメだからね? 幾ら吸血鬼と言っても──あちゃー⋯⋯」

 

 楽しみで仕方がなかったワインを勢いよく飲み干す。すると、喉が焼けるように熱くなり、苦痛で支配される。さらには脳を通じて手足が徐々に痺れを感じ始めた。それを危機と感じた私は、急いで循環性を使って痺れと苦痛をゼロに戻して『無かった事』にする。後はゆっくり永続性と自分の再生力で喉の火傷を回復させた。

 

「あぁ、ゴホッゴホッ! あぁー⋯⋯ううんっ」

「だ、大丈夫? 水いる?」

「うん、いるー⋯⋯」

 

 お姉ちゃんから水を受け取り、次こそはゴクゴクと飲み干した。水がこんなに美味しいと感じたのはこれが初めてだ。

 

「お姉様、やっぱりワインいらない⋯⋯」

「一気飲みするから⋯⋯。ワインはちょっとずつ飲んでいくものよ? ところで酔いとか大丈夫?」

「ヨイ? うん、何か分からないけど大丈夫だよー」

「そう、それならいいけど⋯⋯」

 

 楽しみにしていたけど、お姉様が言う程美味しいとは思わなかった。摂取したエネルギーもほとんどさっきの熱に変わった気がするし、寒い時に飲むくらいしか楽しみ方が分からない。

 

「お姉様ー、次はさくらんぼ食べるー」

「切り替え早いわねぇ。はい、今度は私が食べさせてあげるわ」

「あ、またっ⋯⋯はぁ。じゃ、私は美鈴にでもー」

「あ、いいんですか? では遠慮なく」

 

 そして、それからも長い時間、楽しくて、幸せな食事会が続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事会を終え、時間は既に朝を迎えようとしていた。それでも今日行くと決めた私は、ウロの家へとやって来た。理由はもちろん、スクリタの身体についてと、ついでに新しい権能を貰うために。貰う権能はもう決めてある。私が欲しい権能は断固として無限性。無限と不老不死を司る力というのもあるけど、スクリタのためにこれが欲しい。今のスクリタの状態を保つためには永続性だけじゃ足りない。念のためにも、無限性を手にしたいのだ。

 

「っていうわけで、無限性をくださいな」

「思った以上にヤバい奴だったわね、貴女。狂気を自ら取り込むなんて。わたしでも思い付かないわ、そんな事。で? ⋯⋯スクリタだっけ? わたしの声は聞こえてるの?」

『聞こえてル。でも、アナタに声は聞こえてナイんでしョ?』

「聞こえてるってさ。さぁ、早く教えて」

 

 早くしないと、夜が明ける。帰りはウロのお陰で一瞬だけど、早く帰らないとお姉ちゃん達に心配されると思う。だから、できる限り早く終わらせて早く帰りたい。

 

「聞こえてるなら手間が省けるわね。身体は人形とか依り代にすればいいんじゃないかしら。馴染むのに時間がかかるけど、馴染んだ後は自由に身体を動かせるし、普通となんら変わりない身体になるわよ。もちろん、依り代の中身⋯⋯つまりスクリタの魔力が原動力になるから注意ね。魔力が切れれば活動停止⋯⋯つまり死ぬし、原動力だから動かすだけで魔力を消費するし。まぁ、吸血鬼だからなかなか減る事なんて無いから、大丈夫だと思うけど。それにわたしの権能があるから、まず死なないと思うわ」

「あ、うん⋯⋯」

 

 凄い早口で言われたけど、人形を依り代にすれば良いという事は分かった。でも、人形なんてどうやって用意すればいいんだろう。メーリンなら家事もできるし、人形も作れるかな。

 

「⋯⋯人形なら、わたしが作るわよ? 権能を使った永遠を維持できる特注品。貴女はともかく、貴女の姉妹はまぁ、まだ好きな方だから」

「え⋯⋯本当に? ありがとう! やっぱり、ウロって優しいんだね」

「別に⋯⋯。貴女が協力してくれなかったら、困るのはわたしも同じだから手を貸すだけよ」

『あ、オネーサマと同じ感じがする、この竜っ娘』

 

 何れにせよ、これでスクリタの身体については解決した。後は、権能を貰って今の状態をできる限り維持するだけ。それが今の私にできる事。これから先は、スクリタの身体となる人形を作って、それにスクリタという命を吹き込んでから考えよう。

 

「じゃぁ⋯⋯ウロ。いつもの、お願いね」

「あぁ、はいはい。⋯⋯あれ痛いからあんまり好きじゃないのよねぇ」

 

 過去2回、ウロは権能の譲渡をしてくれた。これで3度目。流石に私も慣れてるから平常通り行う事ができたけど、スクリタはどういう理由か、少し引き気味だった。スクリタとやった時の方が血がいっぱい出てるはずなのに。

 

 そして、譲渡を終えた私達は、日が昇る前に紅魔館へと帰った────




メインの話が半分という微妙な感じ。ちなみに、レミフラはいつも妹の取り合いをしているとか、していないとか。
あ、一応⋯⋯ワイン一気飲みとか本当にやめようね(

次回からはしばらく戦闘回多めになる予定。
運命が変わる分岐点の年。ティアはどうなるのか。次回をお楽しみくださいませ


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番外編⑵「少女な末妹」
番外編3「幸福な聖夜」


今日はクリスマス。スカーレット家はいつも通り、平和みたいです。
今回の時間軸はウロには会っていても、美鈴やスクリタには会っていないです。なのでまぁ、9話以降14話以前の話ですね。まぁ、番外編なので本編に関係あるかと聞かれれば無いとしか言えませんが。
あ、それと微妙なR15要素があります故

では、お暇な時にでもどうぞ


 ──Hamartia Scarlet──

 

「ねえ、ティア。クリスマスって知ってる?」

「むぐっ⋯⋯クリスマス?」

 

 ある日突然、それも夕食の時間に、お姉様にそう聞かれた。私が食べる事好きなのは知ってるはずなのに、それを邪魔するかのように聞いてきた。恐らくはそれほど重要な事なんだろうけど、お姉様がそんな無作法な真似をするなんて珍しい。

 

 でも、クリスマスか⋯⋯。変なお姉様。もちろん、クリスマスの事は知ってる。私達悪魔の敵である救世主の誕生を祝う日。いや、正確には救世主の降誕の日だったかな。実際には誕生日では無いらしいし。⋯⋯まぁ、私にはどっちでも良いけど。そもそも、誕生と降誕の違いなんてあまり分からないし。日付は確か、12月25日。もっと言えば、12月24日の日没から12月25日の日没までだっけ。いや、1月7日にもあるんだったかな。⋯⋯うーん、載ってた本を読んだのはずっと前の話だし、記憶が曖昧だな。あの本、情報が多過ぎて頭が痛くなるし、もう読む事無いだろうなぁ。⋯⋯もしかして、ウロが書いた本だったりするかな。あの人、いや、あの竜の本は、小難しい事ばっか書いてるしね。

 

 それはともかく、どうしてお姉様は敵である救世主に関わりがある日の話なんてしたんだろう。いよいよ気が狂っちゃったのかな、お姉ちゃんみたいに。あ、いや。こんな事思ってたら怒られるや。お姉ちゃん達、私の考えをすぐ読んじゃうから。

 

「そう、クリスマス。人間達の間ではね、クリスマスの日は家で家族と過ごす日らしいのよ。クリスマスのリースやツリーを飾って、家族の絆や一緒に過ごす喜びを確認するらしいわ。それにクリスマス当日はみんなでパーティーのように、色々な料理を食べるんですって」

「色々な⋯⋯料理? 本当に?」

「本当よ。メイド達に素晴らしい料理を作らせるわ! 後、それだけじゃ無いのよ。なんとね、クリスマスの前日、12月24日の夜にはサンタクロース、っていう人が来て、良い子にプレゼントを配るんですって」

 

 サンタクロース? 初めて聞く言葉だ。昔読んだ本には、そんな事一言も書いてなかった気がするけど⋯⋯いや、もしかしたら書いてたかもしれない。私が忘れてるという線もあるし。それにしても、お姉様のこのはしゃぎっぷり。そんなに楽しみなんだね、クリスマスが。私もこの顔が見れてとっても嬉しいや。もう少し眺めてたいけど、今はご飯も食べたいんだよね。そろそろ話終わらないかな。でも、私も料理には興味がある。もっと美味しい食べ物が食べれるんだろうなぁ。ステーキかな、ソテーかな。私は目玉や心臓が好きだし、それが食べたいな。新鮮な生の心臓とか出ないかな。アレって、噛んだ瞬間に口いっぱいに血が広がって美味しいんだよね。また食べてみたいなぁ。

 

「あれ、ティア? もしかして、そんなに興味無い感じ?」

 

 想像に夢中になっていたら、心配そうな顔を浮かべてお姉様がそう聞いた。多分、自分の話がつまらなかったかもしれない、と心配になってるんだろう。お姉様、私達と楽しく話すのが大好きだし。

 

「ううん、そんな事無いよ!」

 

 だから、私はお姉様を心配させないように、笑顔でそう言った。お姉ちゃんよりも騙されやすいお姉様は、私の言葉を信じて疑わない。もしくは、知ってても口に出す事が無いんだと思う。

 

「そう⋯⋯良かった。あ、じゃあ、私はそろそろ明日のクリスマスパーティーの準備をするから、お先に失礼するわね。良い夢を」

「おやすみー」

「⋯⋯ティア、ちょっと良い? 面白い話あるんだけどねー」

 

 お姉様が去ったのを見て、お姉ちゃんがそう話しかけてきた。多分、お姉様に聞かれたくない事なんだと思う。ずっとお姉様の様子を伺ってたし。ずっとお姉様とお姉ちゃんを見ていた私が言うんだから間違い無い。お姉様に秘密で、何かしたい事でもあるのかな。何を話してくれるか、ちょっと楽しみ。

 

「なになに? どんな話?」

「ヤドリギって知ってる?」

「ヤドリギ⋯⋯? 木の?」

 

 私が想像する木で合ってるなら、多分、普通の木の事だと思う。北欧神話で、誰も傷付ける事ができなかった光の神『バルドル』を唯一刺し貫く事ができた矢。それがヤドリギだった。また、ヤドリギの矢で死んだはずのバルドルが蘇った事もあるんだとか。その時、バルドルの母親であるフレイヤ⋯⋯またはフリッグは大喜びをして涙を流したんだとか。

 

 私も死んだはずの人が生き返ったらとっても喜ぶと思う。でも、ヤドリギの矢か⋯⋯。私の弓の名前もヤドリギから来てるんだよね。もしかして無敵貫通したり、蘇らせたり。何か概念的な効果でも付けれるかな。なら、もしかしたらウロの権能を貫く事もできたりして。まぁ、絶対に無いけど。

 

「そそ。めちゃくちゃ良い事教えてほしい?」

「うん、教えてほしい」

「実はね、クリスマスの日は、ヤドリギの木の下で⋯⋯」

 

 誰にも聞かれないようにか、お姉ちゃんは耳元で小さな声で囁いた。

 

「──本当に? 本当の本当に? 絶対に怒られない?」

「大丈夫だよ。人間達だってみんなやってる事だから、ね?」

 

 お姉ちゃん、いつも通りだけど今回は特に甘い言葉だ。これが本当の悪魔の囁きかな。でも、それなら⋯⋯お姉様にしても、お姉ちゃんにしても、絶対に怒られないんだ。こんなに嬉しい事は無い。あぁ、明日が、クリスマスが本当に楽しみだ。っていうか、今更だけど結局25日だったんだね。いや、お姉様が間違えてる可能性もあるけどね。

 

「ねぇねぇ。もちろん、お姉ちゃんにしても良いんだよね?」

「うん、良いよ。好きなだけ、ね。その代わり、お姉様と私がしても妬まないでよ?」

「え? ううん、それは無理。割り込んで2人の奪うから」

「嫉妬深いなー。そんな意地悪言うなら、ティアからお姉様を奪っちゃおうかな?」

 

 お姉ちゃんがイタズラっぽく笑ってみせ、堂々と宣言する。私の目の前でそんな事言うなんて、お姉ちゃんこそ意地悪だ。私の性格を知ってるはずなのに。まぁ、お姉ちゃんが奪うと言うなら、私が奪い返すだけだから良いんだけど。

 

「ふふっ、冗談だよ。それにしても怖い顔ね。ティアってそんなムスッとした顔もできるんだ。もっと可愛い顔しないとダメだよ?」

「⋯⋯お姉ちゃんが意地悪な事言うから。だから、お姉ちゃんが悪い」

「ごめんごめん。今日も一緒に寝るから、許してちょうだい?」

「⋯⋯まぁ、いいよ。じゃ、お風呂に入って寝よっか」

 

 その日、お姉ちゃんと共に一緒に寝る事になった私はお姉ちゃんの部屋へと向かった。そして、いつも通りの、静かな時間を過ごす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、目が覚めると、お姉ちゃんの温かく柔らかい肌とは別に、背中側に柔らかい感触が当たった。

 

「んー⋯⋯お姉様? あ──」

 

 振り向くと、見慣れぬ大きなクマさんのぬいぐるみが、私を抱き締めるようにして置いてあった。

 

 それが何を意味するのかはすぐに分かった。お姉様が言ってたサンタクロース。その話は本当で、私が良い子にしてたからプレゼントを貰ったんだ! そう思うと、とっても嬉しく感じる。やっぱり、私は良い子だったんだ、って再確認もできた。

 

「わぁぁ! お姉ちゃん、見て見て!」

「んぅ、なぁにぃ?」

 

 喜びを分かちあいたくて、隣に居たお姉ちゃんを揺すって起こす。すると、お姉ちゃんは眠そうな目を擦りながらも、身体を起こしてくれた。私はぬいぐるみを抱いて、自慢するようにお姉ちゃんに見せびらかした。

 

「サンタさんからのプレゼント! 良い子にしてたから、プレゼントを貰ったの!」

「んぅー⋯⋯良かったねー⋯⋯。ティアは良い子だから、プレゼント貰えたんだね⋯⋯」

「私、お姉様にも見せてくるね!」

「えぇ?」

 

 お姉ちゃんにそう言い残し、ぬいぐるみを持って、急いでお姉様が居るであろうパーティー会場の食堂へと向かった。

 

「あ、行っちゃった。⋯⋯まだ、ねむぅ⋯⋯」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂に着くと、ちょうど飾り付けが終わったらしいお姉様がそこには居た。昨日の夜からずっと1人で飾り付けをしていたのかな。周りには誰も居ないみたいだし、お姉様はちょっと眠たそうだ。天井には色とりどりの飾りが付けられ、部屋の中央にある机の真横には飾り付けされた大きなヤドリギの木が置いてある。私が来た時、ちょうどお姉様はその木の下に降り立ったところだった。

 

「お姉様! 見てこれ! お姉様の言った通り、プレゼントを貰ったの!」

「そう⋯⋯。良かったわね。まあ、ティアは良い子にしてたから、貰うのは当たり前だけど。サンタもそれは分かってたみたいね」

「うん、そうみたい」

「ねえ、ティア。飾り付けが終わったんだけど⋯⋯どうかしら?」

 

 お姉様はゆっくりと私に近付いて、そう尋ねた。妖精メイド達も手伝ったんだろうけど、恐らくお姉様は1日中頑張ったんだと思う。だから、ここで嘘でも悪いなんて事は言えない。そもそも、お姉様が飾り付けしたんだから悪いわけ無いけど。

 

「とっても綺麗だよ! 飾り付けしてくれてありがとう!」

「そう⋯⋯良かったわ。頑張ったかいがあったわね」

「あ、お姉様。ちょっと来て。私からもプレゼントがあるの」

「え? 何かしら、楽しみね」

 

 お姉様を言いくるめ、ぬいぐるみを机の上に置き、お姉様の手を引っ張ってヤドリギの木の下に誘導した。今なら誰にも邪魔されないし、心置き無くする事ができる。楽しみだけど、緊張して胸の鼓動が激しい。

 

「お姉様⋯⋯私からの、プレゼントっ」

 

 そう言って、お姉様の片手で肩を掴み、もう片方の手をお姉様の背中に回す。そして、顔をゆっくりと近付けた。

 

「え? あ、あの、ティア? どうして肩を掴んでるのかしら? それと、顔が近っ⋯⋯いぃっ」

 

 お姉様の柔らかい唇が触れる。そのまま口付けを交わし、力ずくでお姉様の口の中に舌を入れ込んだ。そうしてしばらくの間、半ば無理矢理に舌を絡め合い、ついでにお姉様に魔力も受け渡す。しばらくして満足した私は、ゆっくりと顔を離した。多分、1分もしてないから、今までの中でも1番短いと思う。

 

「あ、貴女ねえ⋯⋯。やるならやるって、言いなさいよっ⋯⋯」

「ごめんね? でも、美味しかったでしょ? 私の魔力。これで元気になった?」

 

 そう、お姉様に教えられた事は、クリスマスの日なら、ヤドリギの木の下で会った人と口付けを交わしても良いという事。お姉様もそれは知ってたのか、どうやら怒る気配は無い。どうやら、今回ばかりはお姉ちゃんの言う通りにして良かったらしい。

 

「な、なったけど! 急には失礼よ? ちゃんと確認くらい取りなさいよ。今日くらいなら、私も許してたから⋯⋯」

「ふふん、可愛いお姉様。あ、次はお姉ちゃんにもやらないと。連れてくるね!」

「あ、ちょっとストップ! どうせ後で来るんだし⋯⋯しばらくは一緒に居ましょうよ」

「⋯⋯そっか。それもそうだね! じゃ、お姉様。続き⋯⋯する?」

「し、しないからっ!」

 

 お姉様は恥ずかしそうに顔を赤く染め、そっぽを向いた。そして、疲れのためか息をついて近くの椅子に座る。ちょっと怒っちゃったけど、嬉しい気持ちなのは同じだと思う。だからこそ、恥ずかしがってるだけで。やっぱり、お姉様は可愛いや。

 

 それと、今更ながらも思い出した。北欧神話の話の続き。生き返ったバルドルにフレイヤは喜んだ。その後、彼女の涙はヤドリギの実となり、ヤドリギの下を通るすべての者にキスを贈ったらしい。その逸話から、ヤドリギの下を通る者は誰であれ、そこで争いをしてはいけない。代わりに、ただ愛に満ちた口づけを交わすのみ、という掟が定められたのかな。

 

 多分、その話が元で、クリスマスの日にヤドリギを室内に飾って、その下だとキスをしても良い事になったんだと思う。ナイスフレイヤ、今度、お礼に貴女の名前が付いた何かを作ってあげる。

 

 まぁ、そんな話はどうでもいっか。今日は、楽しいクリスマスパーティーになりそうだし。それを楽もう。そう思いながら、お姉様の隣の席に座る。そして、頭をお姉様の肩へと置いて目を瞑る────




ちなみに、ティアの大好物は苺等赤い物です。人体だと物理的ハートや目(ry
フランがプレゼントを貰ったのかどうかは、ご想像にお任せします。どっち側かは⋯⋯まぁ、ね。

それと、正月にも番外編は出す予定ですが、こちらには出ない模様。
というかまぁ、正月要素はあまり無い模様(


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第3章「運命変わる数奇な戦い」
20話「美徳な騎士」


今回から3章に入ります。ついでに言うとほのぼのがしばらく消えて、戦闘回ばっかりになります。ご了承ください( *・ ω・)*_ _))ぺこり

閑話のようなというか、完全な閑話の紹介回。この話は三人称視点となります。主人公組が出ないのでご注意を。


 

【西にある島、その島の王様に仕える7人の騎士】

 

 それは、昔誰かが話した事。そして、西欧に住む人間達の最高戦力である。それぞれが『七元徳』の名を冠し、その名に相応しい行動を取り、皆が王に忠誠を誓っている。七元徳とは即ち、謙譲、慈悲、忍耐、救恤、純潔、節制、勤勉の七つの事。七つの大罪に対応する『七つの美徳』の事である。彼らは人間でありながら、例外的に魔法を使用する事を認められる等、様々な特権を持つ主に世襲制貴族で構成された者達である。

 

「吸血鬼様に報告だ! もうこの街は終わりだ!」

 

 スカーレット家の領土、最北端の街。現在、その吸血鬼の領土は人間達に襲われていた。領土の奪還という、大義名分を得た人間達が。

 

 吸血鬼姉妹の長女が予知した時から、ちょうど10年後。長女が75歳の時。いよいよ、運命の分岐点がやって来た。長女は妹を守るために備え、警戒し、これより先を見据えて行動する。故に、その出来事についても感知していなかったわけじゃない。悪く言えば、そう。彼女は妹のために最北端の街を捨てた。人間が殺される事は無いが、眷属達はその限りではない。悟られないように眷属達にはあえて何も伝えず、人間達の好きにさせた。

 

 何故助けなかったのか。その理由は敵にあった。敵が、その七元徳の騎士達だったのだ。西の島に住む王はスカーレット家を含む吸血鬼達を脅威とし、万全の体制で攻め込む事を決めた。妹を想う長女はもしもの時の事を考え、1人で攻める事をせず、根城で構える事を選んだのだった。

 

「吸血鬼様に栄光あれ! 人間達に死を! ──ぐぁっ!」

 

 支配下に置く街を侵略された眷属達も黙っていたわけではない。しかし、相手が悪かった。眷属は抵抗する間もなく、その者にナイフで首を掻っ切られて膝から崩れ落ちた。

 

「邪魔です。道を開けなさい」

 

 謙譲の騎士。メイドのような格好をした王に仕える名も無き女性。その役職こそが名前だと話す。本来の職業も王に仕えるメイドであり、その白銀の髪と美しくも強かな姿から、人間達の間では人気が有るとか無いとか。彼女の戦う姿を見た者は、あまりの手際の良さにか、彼女が何をしたのか分からなかったと話す。

 

「人間なんぞにやられ──っ!?」

「⋯⋯街の制圧、そろそろ完了しそうですね」

 

 敵を目前にしても落ち着いた様子で対応する白髪赤目のアルビノの少女騎士。名前をグレイシア。先代が失踪した結果、15歳という若さで特攻隊のリーダーを継いだ慈悲の騎士。まるで氷のように表情を変えず、得意の剣と自身の『敵を凍らせる力』を使い、人間離れした力を見せる。相手に苦痛を与えずに殺す事を慈悲と考え、実行しているらしい。

 

「グレイシアさん、後は俺が引き継ぎます。貴女は次の戦闘に向けて、ゆっくり休んでいてください!」

 

 慈悲の騎士を気にかける赤髪の男性。忍耐の騎士。名前をジョンソン・ネヴィル。美徳の騎士の中では、慈悲の騎士に次いで若い騎士であり、他人を気遣う優しさと、敵に屈しない強靭な意思を持つ。さらにはその名に相応しい能力を持っているためか、その若さで忍耐の騎士という称号を受け取った。

 

「⋯⋯大丈夫です。まだ動けますから」

「そ、そうですか⋯⋯」

「若いのは良いですなぁ。しかし、無理は禁物ですぞ。お二人とも」

 

 白い髭が似合う白髪の老騎士。救恤の騎士。名前をウィル・ドラモンド。美徳の騎士一の老騎士であり、年齢は50を超えるという。しかし、騎士であり武術家でもありながら、後方支援に徹するという不思議な男性である。

 

「ここでの戦闘は間もなく終わる。次に備えて、ヨーコ様の元へ戻りなさい。万全を期しましょうぞ」

「いいえ、戻る必要はありません。そろそろ呼ばれるかと思いまして、来ましたよ。さぁ、私の奇跡で傷も心も癒しましょう」

 

 金色の長髪を持つスタイルの良い女性。純潔の騎士。名前をヨーコ・スペンサー。美徳の騎士で唯一回復の奇跡を扱える者である。東の国とのハーフらしいが、その容姿は欧米に相応しいものとなっている。見た目は20代後半の、所謂(いわゆる)大人の女性だが、本当の年齢は誰も知らない。純粋な優しさと妖艶(ようえん)なその容姿は、意図せずとも街の人間達を惑わすらしい。

 

「ヨーコ! こんな場所に居たのか。オレのワイバーンも治してやってくれ!」

 

 飛竜(ワイバーン)に乗ってやって来たのは、金髪の短髪と赤い目を持つ30代前後のガタイの良い男性。節制の騎士。召喚魔法でワイバーンを召喚し、自由自在に操る事ができるらしい。それ故に、竜騎士だけで構成された竜騎兵(ドラグーン)のリーダーも務める。いつも特攻隊以上に特攻するが、仲間思いで危険になる前に適度に行動を慎む事も多い。

 

「慌てない慌てない。さぁ、ワイバーンちゃん。今傷を癒しますからね。⋯⋯そこの貴女も、一緒に治してあげます。それにしても、最近頑張り過ぎですよ。幾ら仇敵が近いとはいえ、それまでに死んでしまっては意味がありませんから」

「⋯⋯いえ、私は大丈夫です。もうすぐ、もうすぐでお母さんの仇を討てるんですから。それまでは、絶対に倒れるわけにはいきません」

 

 最後の美徳の騎士、勤勉の騎士。その称号通り、勤勉の騎士だけは唯一貴族ではなく、努力だけでのし上がれる美徳の騎士だ。故に、貧困層や農民等、貴族では無い者でも例外的に美徳の騎士になる事ができる、唯一の騎士である。そして、彼女もまた、血の滲むような努力でこの称号を得るまで上り詰めた。紫色の長髪を持つ20代の女性騎士。10年をかけて属性魔法を覚え、剣術を磨き、憎悪と復讐したい一心で彼女は今ここに立っていた。美徳とは言えないその心を持ちながらも騎士になれたのは、その勤勉さがあったからに他ならない。今にも爆発しそうなその闇を抱えながら、彼女はただ、復讐だけを望んでいた。

 

 そして、その街での戦闘が終わった後。彼女はただ1人、10年前に母親を殺した吸血鬼の居る館の方角を見つめていた────




オリジナル要素出し過ぎて、もはやこの話だけただのオリジナルだなぁ(

なんか申し訳ないので、今日はもう一つ投稿しておきます○┓


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21話「運命的な起点」

本日二話目は紅魔館サイドのお話。ちょうど、前回の一日後だとか。

ではまぁ、ごゆっくり。


 ──Remilia Scarlet──

 

 私は75歳になり、いよいよ過去に見た運命の大きな分岐点がやって来た。

 

 最初に明確な分岐点の意味を知る事になったのは、突発的な未来予知からだった。何か大きな出来事があると、稀に突発的な未来予知が起きる。それを見たその後すぐに、妖精メイドが北の街からの報せを持ってきた。そこに書かれていた事は、人間達が徒党を組んで最北端の街を制圧した、というものだった。想定以上に早かったのは驚いたが、これもまだ予想の範疇だ。かなり昔から人間達が来る未来は見えていたし、どれだけ強くても私に敵うような人間は居ないだろう。だから、私が恐れているのは人間達ではない。突発的な未来予知で見た、妹達を危険に晒すような『何か』だ。

 

 その何かが出てくる未来は曖昧で見づらいものだった。その未来で確実に見えたものといえば、巨大な何かが怒り狂う姿と、吹き荒れる炎、そして死体の山だ。幾ら私でも紅魔館の近くでそんな事はしないし、唯一それをしそうなフランもティアの前ならするはずが無い。あの娘も、姉としての自覚はあるはずだから。何かに対しては、正直対策の仕様が無い。だから、それが現れてから私が全力で対応するしかないだろう。たとえ、私がそれで死ぬ事になったとしてもだ。妹達を守って死ぬなら、それは本望だ。

 

「お嬢様、どうしましょうか。ただの人間なら私1人でも抑える事はできると思いますが⋯⋯」

「ええ、普通なら貴女に任せるわ。でも、普通じゃ無さそうのよねぇ」

 

 妹達がまだ起きていない夕暮れ時。現在、妹達を除いたメンバーで作戦会議を開いている。妹を除いたメンバーと言っても、主なメンバーは眷属やメイド、美鈴くらいだ。頼りになるのは美鈴だけだから、実質2人での作戦会議となる。しかし、皆がこの館に住む家族。無下にすることもできない。

 

「メイド、人間達が来るまでどれくらいかかるか知らない?」

 

 そう言って、いつもフランの側に仕える赤髪のメイドにそう尋ねる。彼女は自らフランに仕える事を望んだり、妖精には珍しい蝙蝠の翼を持つ変わり者だが、こういう非常事態では協力してくれる、頼り甲斐のあるメイドだ。こういう頼れるメイドというのは少ないから、本当に有り難い。

 

「えっと⋯⋯北の街からの使者の見立てでは、3日以内には着くとの事です。ここに来るまでにある街を無視したとすれば、もう少し早まるかと」

「そう⋯⋯ありがとう。あまり時間は無いわね」

 

 北にある街の数は少ないが、それでも制圧しながら3日で来れるのか。とすれば、人間の数も尋常ではないのだろう。いよいよ吸血鬼狩りに本腰を入れたという事だ。紅魔館全員で挑めば勝てるだろうが、安全策としてルーマニア等に居る吸血鬼達に支援でも頼もうか。⋯⋯いや、父親ならまだしも、私はそことは繋がりが無いから支援は望めないか。

 

「はあ、できれば妹達を巻き込みたくないんだけど⋯⋯そうも言ってられないわね。中の防衛はメイド達にお願いするわ。外は美鈴と眷属、それと私。美鈴と眷属は中に入れないようにしてくれればいいから。迎撃は私がやる」

 

 美鈴や眷属を信用していないわけではないが、もしもの事があるから彼らには守りに徹してもらう。噂によれば、人間達の中には美徳の騎士なる者達が居るらしい。北の街が簡単に制圧されたのも、そいつらが居たからだろう。やはり、人間達は侮れない。しかし、私が見た未来に人間の姿は居なかった。もっと邪悪で、強大な何か。それが現れた時、美鈴や眷属に何かあっては妹達の今後に関わる。私が死んだ時、彼女達を守れるのは美鈴や眷属なのだから。⋯⋯まあ、成長すれば彼女達の方が強くなるだろうけど。

 

「分かりました。命を懸けて家を守ればいいんですね。ですが、お嬢様。1人で大丈夫ですか?」

「私を誰だと思っているのかしら。私は誇り高き吸血鬼、スカーレット家の主よ。人間なんかに足を引っ張られないから、安心しなさい」

「⋯⋯ふふ、そう言えば、そうでしたね。妹様方も待っていますから、絶対に戻ってきてくださいよ。終わったら、中華料理で持て成しますから」

「毎日食べてる気もするけどねぇ。まあ、そうね。楽しみにしているわ。さて、私は妹達に伝える事があるから行ってくるわ。美鈴、眷属はいつも通り外を警戒してちょうだい」

 

 私はそう言い残して部屋を立ち去った。愛する妹達の元へと行くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でね、新しい力を使えば⋯⋯奪った力を今までよりもずっと長く使えるんだよ。凄いと思わない? えっ、知ってる? そっかぁ⋯⋯」

 

 まだ妹達は起きていないと思い最初にティアの部屋に向かったのだが、どうやら末妹は起きていたようだ。大きな声で喋っているわけではないが、吸血鬼である私の聴覚は姉妹の中でも特に優れている。毎日のように聞いている妹の声ともなれば、聞き取れないわけが無い。しかし、誰と話してるのだろうか。ティア以外の声は何も聞こえない。明らかに誰かと話してるような口調だが、その誰かの声が全く聞こえないのだ。寂し過ぎて1人で話すなんて真似をするくらいなら、フランの部屋に行くような娘だし、皆目見当もつかない。

 

 それにしても、新しい力とは何だろうか。たまに私達に内緒でどこかに出かけているようだが、やはり何か企んでいるのだろうか。ティアの愛は本物だと感じてるし、私もティアの事を信用してる。だから、できればいつか自分から話してほしいものだ。そうしてくれれば、もっと仲良くなれると思うから。できれば、フランよりも早くティアと進展──

 

「あ、そうなんだ。その時は起きてたんだね、()()()()。だから、知ってたんだ」

 

 ──今、何と言った? ()()()()? 彼女は一体、何を言ってるんだろう。その名前は、お母様がティアに名付けた本当の名前のはずだ。父親に無理矢理(ハマルティア)という名前を付けられる前は、本来、(スクリタ)という名前になるはずだった。何故、今になってその名前を口にしてるのか。何故、自分にではなく、誰かに対してその名前を使ってるのか。

 

「え? ううん。それは大丈夫。10年近くかかるかもしれないけど、特注品は必ず作ってくれるらしいから。あの人が裏切るなんて事は無いから安心して。だって、約束通り私に3つも権能を譲渡してくれた人なんだから。人? まぁ、いっか」

 

 また新しい人が出てきた。話を聞く限り、ティアがたまに会いに行ってる人と同一人物だろうか。先ほど話してた『新しい力』も、その人物から貰ってると見て良さそうだ。⋯⋯いや、私は一体何をしてるんだろう。妹の事を信用してると口では言っておきながら、隠れて盗み聞きなんて。⋯⋯私は姉として、最後まで妹を信じよう。

 

「⋯⋯ティア、入っていいかしら」

「え!? あ、お姉様? うん、いいよー!」

 

 扉をノックし、扉を開ける。と、すぐにティアが飛び付いてきた。走った音は聞こえなかったから、恐らくは文字通り『飛び』付いたのだろう。結構激しくぶつかったはずなのに、転けなかった自分に驚きだ。慣れてきたのだろうか。

 

「おはよう、ティア。⋯⋯今日はフランと寝てないのね。1人?」

「うん! 1人だよ。お姉様、今日はどうして?」

 

 どうしてここに来たのか聞いてるのだろう。確かに、いつもは待ってるだけで自分からティアの元に行った事は少ないか。それはそうと、やはりティアは1人しか居ないらしい。誰と話していたのかは謎だが、いつか⋯⋯知る事はできるだろう。私の能力がそう囁いてる。もちろん囁くと言っても比喩表現で、実際に声が聞こえてるわけでは無いのだが。

 

「今日はちょっとお話があってね。フランにも話したいから、一緒にフランを起こしに行きましょうか」

「うん、分かった。あ、私がお姉ちゃん起こすね!」

「あ、ちょっ⋯⋯はあ⋯⋯」

 

 私が制止するよりも早く、ティアは1人でフランの部屋へと向かった。すぐ近くだから心配は無いが、少しくらい姉を待ってほしい。そう思いつつ、私もティアの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、お姉様。話って何?」

 

 ティアに起こされたフランが機嫌悪そうにそう尋ねる。寝起きだからというのもあるが、ティアに叩き起されたから機嫌が悪いのも無理は無い。しかし、ティアに怒らず、私に怒るというのはどうなのか。確かにティアを怒りたくない気持ちは分かるのだが。

 

「3日以内に人間達がここを襲うみたいなの。私と美鈴はここを守るために戦うの。だから、安全が確認できるまでは地下に居てちょうだい」

「え? それって私達に──」

「うん、イヤだ」

 

 フランが言い終わる前に、ティアが力強い口調でそう言った。

 

 想像以上に早い返事だ。答えは予想通りだったが。やはり、この娘達を引き止める事はできないか。私が強い事を知ってるはずなのに、この娘達は本当に心配性だ。頑固とも言うべきか。

 

「お姉様が行くなら、私も行く。お姉ちゃんには残ってもらうけど」

「何言ってるの。ティアは姉妹の中で一番弱いから、残るならティアでしょ?」

「えーっ! お姉ちゃんよりは強いよ!」

「んー? 今なんて言ったのかなー?」

「喧嘩はやめてよ? 今ここでどっちが強いか勝負し始めたら、それこそ大変になるから。人間達の襲撃よりも被害が大きくなる気がするわ」

 

 正直な話、狂化した時の結果から見ればティアよりはフランの方が強いだろう。しかし、正気なら⋯⋯なんて考察は今はいいか。とにかく、止めれない事が分かった。なら、どうするべきか。今この娘達を見る限り、この娘達が死ぬ未来は全くと言っていいほど見えない。私自身の未来は不安定なモノだが、この娘達が死なないのならそれで良い。ん⋯⋯なるほど、未来を見る限りではその道も安全か。なら⋯⋯。

 

「⋯⋯仕方ないわね。家の中も侵入されたら安全かどうか分からないし⋯⋯。やっぱり、私の側に居る方が安全ね。戦う前になったら呼ぶから、それまでは地下に居てくれる?」

「約束、破らない? 破ったら⋯⋯」

「大丈夫。悪魔は約束⋯⋯契約を破らないのよ。だから、安心なさい。戦いが来たら⋯⋯絶対に呼ぶから」

「うん、絶対に約束だからね!」

 

 さて、後はどうやって妹を守り切り、自分が死なないように終わらせるかだ。前者は未来を見る限り大丈夫だとして、後者は妹達を悲しませないためにも必要な事だ。もちろん、妹を守って死ねるなら本望だが⋯⋯私としても死にたくはない。まだ私も、妹達の笑顔を、幸福を見続けたいから。それは2人も同じだろうが、姉より先に死んで良い妹なんて居ない。だからこそ、私は妹達を死んでも守りたいのだ。

 

「⋯⋯備えあれば憂いなし。2人とも、今日は沢山魔法と剣術、槍術の練習をしましょうか」

「えっ。い、いやー、それは別にいいんじゃないかなー」

「そうそう、お姉ちゃんの言う通り、3日以内ならゆっくり休んだ方が⋯⋯」

「私の練習ってそんなに嫌なの? 心外だわ。さあ、つべこべ言わずに早く来なさい」

「いやーっ!」

 

 フランとティアの肩を掴み、力ずくで外へと連れて行く。何度か叫び声のような声を出していたが、気にせずに外まで連れ出した。そして、今日は遅くまで練習を続けた────




ちなみに現在の姉妹の強さランキングは長女→次女→末妹となっています。私情を加えなければ基本的にはこの順番。上2人が末妹には甘いので、実際にはかなり変動するんだとか。


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22話「性急な者達」

今回も短め。どうやら、前回から2日経ったらしく⋯⋯?

まぁ、ごゆっくり


 ──Remilia Scarlet──

 

「お嬢様! 人間達が間も無く到着するかもしれないとの事ですっ!」

 

 夜遅くまで戦闘の準備を進め、ようやく寝ようとベッドに入ったその時、急遽事態が急変した。妖精メイドに叩き起された私は、急いで服を着て準備に取り掛かった。

 

 最北端の街が襲われてから2日後。妖精メイドや眷属の見立てよりも早く、人間達がやって来た。人間達が取る行動は全ての街を無視するか、全ての街を制圧しながら来るかの2択だった。だから、最北端の街を制圧後の1日目か3日目に戦闘が起きると予想していたのだが⋯⋯2日目は予想外だ。予想が的中したのは彼らは実際に全ての街を制圧した事くらいだろう。しかし、その侵攻の速度を見誤っていた。彼らは、全ての街を制圧するのにかかった時間が2日という、驚異的な速度でここまで来たのだ。

 

 私達も1日目を乗り切って安心していた。そんな時、侵略の魔の手が近付いてきたとの知らせを受け、私も内心は凄く焦ってる。それに、不幸な事に今は朝。昨日まで外に行って迎撃しようかと考えていたが、考えが甘かった。よく考えれば、人間達が正々堂々、吸血鬼の得意な時間帯で戦うわけが無い。私達を滅ぼすためなら、どんな卑怯な手を使う事も厭わないだろう。それくらい、人間達は吸血鬼等の悪魔を恨んでる。私も何度か父親の侵略に手を貸したし、何も言える事は無い。だが、妹達を守るためにも、一緒に暮らすためにも、今は死ぬわけにはいかない。

 

「到着予想時間は?」

「えーっと⋯⋯1時間以内には着くかと」

 

 たった1時間⋯⋯。不測の事態にも備えて、対策を講じるべきだったか。いや、1日目の時点で戦争の準備は既に終わってるから、今更何を準備するにしても遅いか。それに、全ての街に居る眷属は集め終えたし、眷属達の武器や食料の備蓄も充分。美鈴や私は素手でも問題無い。⋯⋯何か私に準備する必要があるとすれば、それは心構えとか気持ちとか、精神的な部分か。

 

「本当に早いわね。美鈴を起こして、眷属達の指揮を取らせて。多少予定は狂ったけど、予定通り迎撃は私がやるわ」

「え、で、ですが⋯⋯外は晴れてますし、何より太陽が⋯⋯!」

「大丈夫よ。心配しないで」

 

 外に出て戦うには、太陽を防ぐ何かが必要になる。いつもは日傘を使ってるが、持って戦うのは流石の私でもやりたくない。万が一日傘を壊されたら、そこで負けが確定するわけだし。なら、どうするべきか。外で戦う場合は念の為に家にあるフードを被るとしても、あまり外で戦いたくない。しかし、家の中で戦いたくもない。荒らされたくないし、大切な物も沢山あるから。

 

 さて、なら⋯⋯妹のためにも、安全策を取るとしよう。家から出ずに、外を攻撃する。そして、夜になれば人間達を襲う。本当は人間だとしてもあまり殺したくないのだが、妹を危険に晒すような奴らには死がお似合いだ。

 

「さて、そろそろ準備しようかしら。メイド、ティアとフランを呼んできてちょうだい。揃う前に始まっちゃうと思うけど⋯⋯まあ、仕方ないわね」

「は、はい。すぐに呼んできます!」

 

 妹をメイドに任せ、外の様子を見るために日傘を持ってバルコニーへと向かう。妹達が望んだような戦いにはならないだろうが、呼ばないよりは良いだろう。

 

「⋯⋯あー本当に見えるわねぇ」

 

 バルコニーに行って外を見ると、遥か彼方に大勢の人間が見えた。数は100を優に超えるだろう。下手したら大隊(バタリオン)だろうか。たった1つ、吸血鬼の家を襲うためだけに、こんなに来るとは思わなかった。が、街を1日と半日で制圧できたのにも頷ける。あの数を1人で相手するのは苦労するだろう。正直な話、1人だったら勝てる気はしない。美鈴やフラン、ティアが居てくれて良かった。

 

 さて、人間達がここに着くまでに、試し撃ちでもしてみるか。

 

「ティアが面白い物を本で見つけてたのよね。名前はえっと⋯⋯『カノン砲』だったかしら。まあ、砲台の事は知ってても、それ以外の事は詳しく知らないけど。⋯⋯かなり遠いけど、挨拶がわりに1発⋯⋯当たるかしらねぇ」

 

 フードを被り、日傘を放る。そして、宙高く飛んでグングニルを妖力で作り出し、それを力強く握る。

 

「本当に当たったら面白いんだけどねぇ。⋯⋯『スピア・ザ・グングニル』!」

 

 妖力を槍に集中させ、狙いを定めて人間達の居る方向へと勢いよく放った。流石に離れ過ぎている。射程距離が2500kmとかいう何処ぞの大英雄みたいに狙った場所に届きはしないだろうが、これで宣戦布告にはなるだろう。これを見て、恐怖で何人か戦意喪失、もしくは逃げ出してくれればいいのだが。できればここで何人か居なく──

 

「あ⋯⋯あっれぇ?」

 

 想定以上に飛んだみたいだ。人間達の軍団に当たった気がする。⋯⋯多分、目の錯覚だろうけど。人間が直撃すれば跡形も無く消えるし、遺族が可哀想だ。だから、できれば当たってない方が良いが⋯⋯。

 

「んー、やっぱり、当たってるわね、あれ」

 

 まあ、仕方ない。当たって死んだ人間は、自分の運命を呪ってもらおう。私達の家を襲おうとしたのだから、これもれっきとした正当防衛。相手を殺そうとしてるのだから、自分が死ぬ可能性にも目を向けてるだろう。まさか、遥か彼方から飛んできた槍で死ぬとは思ってなかっただろうが。

 

「⋯⋯まあ、いいや。もう1本くらい投げちゃえ」

 

 始めてしまった事は仕方ない。そう思って、追加のグングニルを敵の軍団へと投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Frandre Scarlet──

 

「⋯⋯ン様! フラン様ー!」

 

 寝て間も無く、誰かの声が聞こえた。ティアと一緒に遊んで寝たせいか、それともお姉様の訓練を受けたせいか、まだまだ私は眠たいのに。流石の私も眠たいのに起こされるのは機嫌が悪くなる。が、その声の主が慌ててる様子なので、ゆっくりと目を開けた。

 

「んー⋯⋯なにー? あら、メイドちゃん⋯⋯?」

 

 目を開けると、私を揺らして起こすメイドちゃんの姿があった。悪魔に似た翼のせいで、お姉様やティアかと勘違いしそうだったが、髪が印象的だから見間違いはしなかった。それにしても、この慌てようは⋯⋯何かあったのかな。

 

「どうしたのー?」

「に、人間達が攻めてきました! ⋯⋯あ、ティア様もこちらに居たんですね。では、早く準備して行きましょう! お嬢様が呼んでいます!」

「マジかー、思ったより早いなー。ティア、ティアー?」

「なぁに、お姉ちゃん⋯⋯?」

 

 目をこすりながらも、ティアは私が揺さぶるとすぐに目を覚ました。これも私の事が好きだからなのかな。それなら嬉しいけど、ただ聞き慣れてるだけという方がありそうだ。

 

「敵が来たんだって。お姉様が待ってるから、一緒に行こっ?」

「え? ⋯⋯うん、分かった。行こー」

 

 やっぱり、眠たそうだ。戦闘になって感情が高ぶれば目を覚ますだろうけど⋯⋯それまで大丈夫かが本当に心配だ。それに、寝てすぐ起こされたという事は⋯⋯やっぱり、外は朝なんだろうなぁ。外で自由に戦えないのは面倒だ。できるなら、自由気ままに戦ってみたい。人間と戦うのは初めてだし。

 

「あー、ティア。行く前に水で顔だけ洗おうね。それかコーヒー飲もっか」

「コーヒーは不味いからいや⋯⋯。水で顔洗ってくる⋯⋯」

「はいよー。じゃ、先行ってるよ? メイドちゃん行こっ?」

「あ、フラン様。⋯⋯少しいいですか?」

「ん、どうしたの?」

 

 突然メイドちゃんに服を掴まれ、その場に留まる。メイドちゃんはいつも以上に真剣で、何かを言いたそうな表情だ。一体どうしたのだろう。人間達が襲ってきたこんな時だからこそ、何か言いたい事でもあるのかな。⋯⋯とか考えてるうちに、ティアも消えてる。寝惚けながら1人で先に行ったのかな。ま、この娘は私が小さい時から一緒に居てくれてるメイドだし、まだ信頼できる。だから、心配は⋯⋯んー? あれー?

 

 

 

 身体が動かない気がするぞー?

 

「メイドちゃん? 気のせいかな。身体動かない気がするの」

「⋯⋯すいません。そろそろ演じるのも疲れちゃったので。それに、私に我慢とか似合いませんし」

 

 凄く嫌な予感がする。もしかして、人間側のスパイだったりとか? いや、それにしては悪っぽい雰囲気だ。それに、魔力も妖力も感じる。⋯⋯だけど、もしかしたら、人間に手を貸す妖精なのかもしれない。昔、竜を操る人間に会ったし、そういうのが居てもおかしくない。とりあえず、隙を見て拘束を解きたいけど、何で拘束されてるのか分からない。魔法なら何かしらの『目』が見えるはずなのに、それが見えない。さて、本当にどうしよう。力づくで解けるかな。

 

「んー⋯⋯とりあえず、理由を聞きたいな。どうしてこんな事するのか」

「あ、いえ。こうする事は最初から予定してましたよ。ただ、ティアちゃんが邪魔で手を出せなかっただけで。なので、今日がチャンスなんです。あ、記憶は終わったら改竄するのでご心配なく」

「へぇー、ティアを巻き込まないように気にしてくれてるんだ。ありがとう」

「いえいえ。ティアちゃんに手を出して、嫌われる事が嫌だっただけですよ」

 

 やっぱり、私の嫌な予感は的中する事が多い。話の内容から目的は何となく分かった。でも、ここからどうしよう。ここで壊すのも簡単だけど──

 

「あ、私の『目』を握って破壊しても意味無いですからね。物理的な攻撃は効きませんから。あ、でも、フラン様の能力なら効くかもしれません。⋯⋯自信が無くなってきましたが、私は召喚される度にここに来ます。なので、破壊しても復活の無限ループになります。それに⋯⋯同じ大罪に関係のある悪魔同士、仲良くしましょう?」

「うーん、どうしようかなー」

「いいじゃないですか。──やっと、2人きりになれたんですから」

 

 甘い言葉を囁くように言い放ち、メイドちゃんは私の側へと近付いた────




フランさん、どうなるんでしょうねぇ(他人事)

次回はようやく戦闘回なんだとか。一体誰が誰と戦うんでしょね。
では、また次回にでも会いましょう


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23話「色欲な悪魔」

今回は微量な戦闘回があります。ちなみにR15関連は無いです(

誰と誰かは⋯⋯まぁ、下見えてるかな(
では、どぞ


 ──Hamartia Scarlet──

 

 お姉ちゃんに言われて顔を洗った後、すぐにお姉様の元へと行こうとした。だけど、行かなかった。理由は、ただ嫌な予感がしたから。

 

「やっと、2人きりになれたんですから」

「うわぁーっ。誰かヘルプー」

「ん──」

 

 嫌な予感がしてお姉ちゃんの場所に戻ったら、何故かじっと立ったままのお姉ちゃんと、それに近付くメイドちゃんが居た。明らかに普通の雰囲気じゃなかったし、お姉ちゃんが助けを求めてた。

 

「お姉ちゃんから、離れろっ!」

「え? わっ!?」

 

 だから、部屋に入ってその光景を見た私は、メイドちゃんを蹴り飛ばし、物理的に距離を開けた。

 

「あ、動ける。ありがと、ティア」

「うん、いいよ。⋯⋯お姉ちゃんに何の用?」

 

 爪を露わにして、メイドちゃんを警戒する。メイドちゃんは何事も無かったかのようにゆっくりと起き上がると、真っ直ぐとこっちを見た。

 

「秘密ですよー。特にティア様⋯⋯じゃなかった。もういいよね? ⋯⋯ティアちゃんに話したら殺されちゃうよ」

「なら殺すね。痛くする? 酷くする? どっちか選んで良いよ」

「どっちも嫌ね。逆にどっちか選んでもいいよ? その後にゆっくり、私はフラン様を好きにするから」

「お断り。私以外にお姉ちゃんは奪わせない! 裂奪『リジル』、加えて太陽(シゲル)。手加減はしないから。加速(ウル)勝利(ティール)!」

 

 愛剣を召喚し、そこに太陽(シゲル)の炎を加えてお姉ちゃんの『レーヴァテイン』のように剣に火を灯す。さらには身体能力の強化魔法も使って、ただ真っ直ぐメイドちゃんに剣を向けた。

 

「やっぱ怖いねー、ティアちゃんは。ま、少し気絶してもらうよ。大丈夫、死にはしないから。さ、お楽しみの時間よ。苦痛に泣き叫べ!」

 

 メイドちゃんは隙間が無いように球状に数多の魔力弾を展開し、無差別に撒き散らす。そこから感じる魔力は強力で、一切の加減を持たない。1つでも当たれば、そこから連鎖するように何発も当たるかもしれない。だけど、避けれそうな隙間は無いし、たとえあったとしても避けたら後ろに居るお姉ちゃんに当たる。

 

「あ、これ私の安全とか考えられてないや。ティア、お願い」

「うん──はぁっ!」

 

 だから、私は守るようにしてお姉ちゃんの前に立つ。そして、思いっ切り剣を振って、魔力弾をかき消しながら進んだ。魔力弾の速度よりも剣を振る方が早いから、適当に振りながら進んでも当たる事は無い。

 

 数秒足らずで間合いに入った瞬間、そのままメイドちゃんの首を斬るつもりで、剣を横に薙ぎ払った。

 

「うわぉ。凄い凄い。はい、お終い」

「えっ⋯⋯あ、れ?」

 

 そう言って、メイドちゃんは指を鳴らした。

 

 確かに斬ったはずだった。だけど、その剣はメイドちゃんの首に当たる事無く、残り数cmのところで静止した。何かに当たって止まったわけじゃない。ただ、私が動きを止めたから、剣も止まっただけ。どうしてか、私は動く事ができない。指1本も動かせない。

 

「あ、メイドちゃん、まさか⋯⋯」

「はい、そうですっ。先ほどフラン様にしたみたいに、ティアちゃんの動きも止めちゃいました! あ、動こうと思っても動けませんよ? これでも一流の悪魔。ネタはバラせませんが、今の貴方達みたいにそれほど魔力に差が無い方相手に、破る事はできませんっ」

「くっ、このっ⋯⋯! うぅ⋯⋯!」

 

 幾ら動こうとしても動く気配は無い。いや、むしろ動こうとすればするほど、動けなくなってる気がする。多分、錯覚なんだろうけど。

 

「さぁて。どう調理しようかな。ティアちゃんもフラン様に似て可愛いから、傷付けたくないな。それにフラン様に嫌われたくないし⋯⋯」

「メイドちゃん、ティアに手を出したら⋯⋯」

「悪いようにはしないですよ。ただ──」

 

 妖艶な雰囲気を出しながら、止まってる剣を避けてメイドちゃんが近付いてくる。そして、撫でるようにして私の頬に触れた。

 

「──気持ち良い事してあげるだけだから、ね? 気を楽にして良いよ? 余興として遊んであげる」

「はぁー⋯⋯ウザい。いい加減に、しろっ!」

「え? ⋯⋯あ、あれぇ?」

「さぁ、これで貴女も動けない。大人しく私の拘束を解いて、降伏しよ?」

 

 油断して手を触れたのがメイドちゃんの運の尽き。私を止めている力を奪い、逆にメイドちゃんの動きを止めた。何故か能力を受けてる状態での強奪が無理で、手が触れてる状態でしか奪えなかったから、近付いてくれて嬉しい。だから、お詫びに⋯⋯生かしてあげよう。『死』以外での苦痛を与えよう。お姉ちゃんを私から奪おうとした罪だ。

 

「はははー、降伏したら絶対死ぬじゃないそれー。⋯⋯それに、貴女もまだ動けないよね?」

「ん⋯⋯安心して。動けない事も無い」

「なっ⋯⋯!」

 

 循環性を使い、使われた力の効果をゼロに戻して無力化する。流石に権能の力は効くみたいで、自由に手足を動かせるようになった。剣も問題無く振れるし、これでようやく首を落とせる。あ、ダメだ。生かす事に決めたから、四肢だけにしよう。

 

「さぁ、逝こっか。はぁっ!」

「す、ストップ! ⋯⋯よし」

 

 腕を落とそうと剣を振り上げた瞬間、再び動きを止められた。だが、当たり前のように循環性の権能を使って『無かった事』にする。再び動けるようになった私は、チラリとメイドちゃんの方を見た。

 

「⋯⋯不毛だよ。潔く死なない? あ、違う。切り落とされない?」

「うん、それって同じだねー? っていうか、私の能力使ってるっぽいのに、原理とか分かってないみたいね。子どもで良かった」

「⋯⋯やっぱりウザいから、死ねっ!」

「お断り!」

 

 首を切り落とそうとしても何かの力で止められる。私もただ念じただけで使える力みたいだし、簡単には殺せない。殺そうとしても力で止められる。なら、一層の事、循環性を使って本当の意味で能力を強奪するのも良いかもしれない。というか、実際そうした方が良い気がしてきた。お姉様が呼んでるから、ずっとここでメイドちゃんと戦うわけにもいかないし。

 

「あー⋯⋯ティア、もうやめて良いよ」

「え? ⋯⋯でも、この娘、お姉ちゃんを取ろうとした」

「そもそも私は誰の物でも無いからね? ま、ティアなら別に良いけどさ。とにかく、メイドちゃんを離してあげて。本当に不毛な戦いだし、何より終わらせないとお姉様を待たせちゃうから」

「⋯⋯分かった」

 

 私が奪った能力を『無かった事』にした瞬間、拘束が解かれたメイドちゃんは、糸が切れた人形のようにその場で膝をついた。そこへ何も言わずにお姉ちゃんが近付き、メイドちゃんの胸に手を触れた。

 

「私の質問に正直に答えてね。嘘ついたり、変な事しようとしたら迷わず貴女の心臓を破壊する。もう目は握ってあるから、後は本当に私のさじ加減だよ」

「⋯⋯フラン様、積極的ですねぇ。私、そういうところも好きですよ?」

「あぁ、はいはい」

 

 凄く殺意が湧く発言にも、お姉ちゃんは適当にあしらって質問を続ける。私なら、絶対に首の1つくらいは落としてた。やっぱり、お姉ちゃんは優しい悪魔だ。

 

「で、もしかしなくても、女淫魔(サキュバス)だよね。サキュバスって物理的攻撃が効かないのも存在するらしいし。それに、大罪に関係ある悪魔で今の私達と同格って言ったら、名のある悪魔以外になるよね? それだと色欲代表のサキュバスくらいしか知らないから。ついでに言うと、私の事好きみたいな話ばっかりしてるし」

「⋯⋯隠す意味無いですね。はい、そうですよ。私はサキュバスです。何故この翼を持っててバレなかったのか不思議ですよ」

 

 言われてみれば確かにそうだ。初めて見たのはお姉ちゃんと会った時。という事は、お父様が妖精メイドとして雇ったという事だ。お父様も吸血鬼だから、普通なら気付かないはずが無いのに。メイドちゃんが隠蔽系の魔法を使ってた可能性は大いに有り得るけど。

 

「さて、フラン様の顔に免じて、本当の事も話しましょうか。知っての通り、私は妖精じゃないです。私の本名はコア・ラクスリア。色欲の生物であるサキュバスです。気軽にコアかリアとお呼びください。フラン様に限り、アナタ、とかでも⋯⋯」

「調子に乗らない。どうして私の事が好きになった? いや、本当に好きなのか知らないけど」

「もちろん好きですよ! 見ての通りサキュバスな私ですが、小さい時からフラン様にお仕えして、仕草から口調まで、何から何まで本当に可愛くて、成長したら性的な意味で食べようかと──」

「ストップ! ⋯⋯それ以上話したら、死ぬからね? 物理攻撃効かないと言っても」

 

 お姉ちゃんはこちらをチラリと見てそう言った。私もそろそろ感情のコントロールができなくなってきた。これ以上メイドちゃん⋯⋯いや、コアがお姉ちゃんに関する何かを言えば、爆発しそうだ。

 

「あー、なるほど。凄い殺気ですもんね」

「⋯⋯ん? っていうかさ、どうして紅魔館に来たの? 最初は私目的じゃなかったんでしょ?」

「はい、最初は安全な場所を求めてですよ。今の時代、悪魔には生きづらいですから。より強い悪魔の側で隠れ忍ぶ事は、下級、中級悪魔にとっては1番の安全策なので」

「ふーん、大変なんだね。で、私の動きを止めた力って何?」

「⋯⋯私の事を殺さないと約束するなら話しますよ。ついでに、一生お仕えする権利も貰えれば」

 

 メイドちゃんはチラリと私を見て、再びお姉ちゃんの顔を見つめる。私が怒るとでも思ってるのかな。合ってるけど、そこまで疑われるなんて心外だ。

 

「ま、いいよ。その代わり、ティアに手を出さないでよ? 出したら殺すから」

「ええ、もちろんですよ。フラン様には良いんですよね? それならもう、全然」

「私に手を出そうとして、ティアと喧嘩するとこまで見えた。とりあえずティアにさえ手を出さなかったら何でも良いよ」

「分かりました。では、私の能力の秘密を。⋯⋯これです」

「え? ⋯⋯あ、目?」

 

 メイドちゃんはそう言って、お姉ちゃんに自分の目を見せる。さっきまで気付かなかったけど、確かにその赤い瞳から微力ながらも魔力を感じる。という事は『魔眼』と呼ばれる物なのかな。

 

「はい、そうです。視認した相手の行動を止める魅了の魔眼です。便利な物ですよ。目を合わせなくても、私が一方的に見るだけで止まってくれますから。ただ、魔力差が大きいと弾かれますけど」

「あー、だから、()の貴方達云々って言ってたんだ。納得ー」

「ちなみにサキュバスらしい能力もありますが⋯⋯おや?」

 

 突然上から何か大きな音が聞こえ、話を中断して、みんなが上を見上げる。それに、少し揺れた気がする。いつも聞こえるような音じゃなかったし、明らかに普通じゃない。

 

「今、上から音したよね?」

「⋯⋯あ、お姉ちゃん。人間!」

「あー。やばっ、話長過ぎた! メイ⋯⋯コアちゃん、一時休戦!」

「はいはーい。私としてもここは守りたいので、一緒に戦いますよー。終わったら、楽しい事しましょうね?」

「お断り。さ、部屋の中だからルーン使えないし、もしかしたらお姉様の危機かもしれないから、急いで行くよ!」

 

 そう言われてお姉ちゃんに急かされ、私達は地上へと急いだ────




これが終わったら、裏設定のとランク表増やしとこうかなぁ。

あ、ちなみにしばらくは戦闘回です故。ではまた次回お会いしましょう。


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24話「勤勉な復讐者」

前回に続き戦闘回。
レミリア視点みたいですが、フラン達の一件とは同時刻なんだとか。⋯⋯上はどうなってるんでしょうね。


 ──Remilia Scarlet──

 

 戦争が始まった。妹達をメイドに呼びに行かせてから約10分後。人間達が襲来した。その数は当初の予想通り約500人。恐らくは、歩兵が400人、竜騎兵が100人という編成なのだろう。それっぽく言えば歩兵3個中隊と竜騎兵1個中隊、という感じか。対してこちらの軍勢は妖精メイド約50人と眷属約200人、合わせて250人程。半分くらいしか居ない。しかし、量で負けていても、質では勝ってる。⋯⋯1人で2人くらい倒せれば勝てるのだから、まだまだ楽な戦いだ。

 

 戦いが始まってから数分経つ。妖精メイドと眷属、そして美鈴を前に出させ、私は固定砲台のように館の真上で槍を飛ばし、迎撃しつつ仲間の援護をしていた。

 

「あーあ。ちょっと強くし過ぎたわ。振動がここまで来た⋯⋯」

 

 私は人間だからといって、食べる目的以外では殺したくない。それ故に手加減しながら槍を放ってるのだが、思った以上に敵がしぶとい。だから、少し本気を出して槍を放ったのだが、次は想定以上に強力過ぎた。槍は空を裂き、地面を抉り、しばらくして大きな音と光を出して爆発した。槍が命中した人間は原型を留めずに塵と化し、爆発した衝撃で吹き飛んだ人間は骨を折る等の重傷を負った。

 

 反省はしてるが、後悔はしてない。これも妹を守るため。それに、吸血鬼である私達に挑んだ罰だ。亡くなった人間を弔う等はしないが、可哀想程度には思っておこう。

 

「紅い悪魔ァ!」

 

 突然、声が聞こえたと思えば、私のすぐ横を炎の玉が通った。突然の事で避ける暇が無かったが、炎の玉は私に当たる事無くどこかへと消え去った。

 

「っ! ⋯⋯あら、飛べる人間が居たのね」

 

 声が聞こえた方向へ振り返ると、そこには緑色をした波のような物を纏った20代程の紫髪の女性が宙に浮かんでいた。薄汚れた黒いローブを身に纏い、周りには赤青緑黄の丸い何かを浮かべている。その球からは妖力とはまた違った力⋯⋯魔力を感じるから、魔女か何かなのだろう。それにしても、人間が飛ぶなんて珍しい。人間達は魔法を嫌うから、きっと蔑まれ、虐げられていたに違いない。

 

「吸血鬼、レミリア。今すぐ降伏して死になさい」

「それじゃあ降伏(こうふく)じゃなくて降伏(ごうぶく)になるわ。それにしても、面白い奴ね。人間なんかと一緒に居らず、私達の仲間になれば良いのに」

「誰が⋯⋯! 誰がお前達の! お前の仲間なんかになるものか!」

 

 もしかして、とは思ってたけど、やっぱり私は嫌われてるらしい。憎しみや恨みのような負の感情が私に向けられている。昔の呼び名も知ってるみたいだし、きっと昔どこかで会った事があるのだろう。そこで私は、何か恨まれるような事でもしたのだろうか。⋯⋯記憶に無いが、きっとそうに違いない。じゃないと、ここまで嫌われるはずが無い。

 

「そう、残念」

 

 私は呟くように話した。そして、気持ちを入れ替え、妖力でグングニルを作り出す。その切っ先を人間へと向け、妖力を垂れ流して威圧した。

 

「吸血鬼と人間の力の差は知ってるわよね? それでも挑むと言うのなら、1対1で相手をしてあげるわ。知ってるでしょうけど、私はこの館の主である紅い悪魔。レミリア・スカーレットよ。さあ、貴女の名前は何と言うのかしら?」

「⋯⋯勤勉の騎士、マジョラム・ノーレッジ。お前を殺す者の名前よ。覚えて逝け!」

「死んだら覚えられないわ、ねっ!」

 

 瞬時に間を詰め、槍を突き刺す。が、突然マジョラムの前に現れた土の壁によって防がれる。最初の一突きで壁は即座に破壊されるも、その矛先が相手に触れる事は無かった。

 

 息をつく暇を与えないように、即座にマジョラムを狙って槍を横に薙ぎ払う。しかし、それはマジョラムに後一歩で届くというところで横に逸れてしまった。よく見ると、緑色の波によって阻まれ、槍がそれに流されるように逸らされたようだ。⋯⋯いや、波では無い。逸れた後、まるで槍を押されたかのように別の方向へと弾かれた。

 

「⋯⋯ああ、風の魔法ね」

「正解。パイロ──そのまま爆ぜなさい!」

 

 槍が逸れた正体を探った事による一瞬の静止。その隙に、マジョラムは手を動かし、近くに浮く赤い球を私へと放った。咄嗟に腕を盾にして防ぐも、炎の球は当たった瞬間に爆発する。

 

「あっつ。⋯⋯で、これだけ?」

 

 爆発で火傷はしたものの、重傷とは呼べない。それに、既に自慢の再生力で治した。火傷なら治りが遅いとでも思っていたのだろう。確かに治りが遅くても、それはただの切り傷と比べたらの話。私の再生力は、火傷でも人間のそれとは比べ物にならない程早い。

 

「なわけないでしょ! ペドロ、ハイドロ!」

 

 マジョラムは続けて青い球、緑の球に手を伸ばし、それを合わせるようにしながら、私へと放った。緑の球は目に見える風となり、青い球は流水へと変わる。

 

 確かに流水は弱点だが、当たっても痺れて動きが止まる程度の効果しか無い。一体どういうつもりなのか。⋯⋯どうせ動きが止まったところに最大火力で何かするだけか。敵の術中に嵌るのも面白いが、今はそんな悠長な事は言ってられない。

 

「はぁっ!」

 

 だから、妖力を込めて槍を一振し、その衝撃波で水も風も吹き飛ばした。

 

「なっ⋯⋯!?」

「死になさい」

 

 そして、再び妖力を込めて敵を見据え、ただ真っ直ぐに突き刺した。

 

「ジオ!」

 

 マジョラムは黄色い球へと手を伸ばし、即座に槍へと当てて身を守る。

 

「──なっ⋯⋯!? ぐっ!」

 

 しかし、妖力を込めた槍がそれで止まるはずもなく、槍は黄色い球を破壊しながらマジョラムの肩へと突き刺さった。そのまま殺さないように槍を抜き取り、相手の腹部を蹴って館の屋根に突き落とした。

 

「このまま殺すのも良いけど、私の仲間になるって言うなら⋯⋯」

「誰がなるか! お前みたいな⋯⋯お前みたいな悪魔に!」

 

 マジョラムは血を流す肩を抑え、ふらつきながらも立ち上がる。そして、まだ諦めていないのか、怒りと憎しみに満ちた目で私を睨み付けていた。

 

 どこかで見た光景だ。だが、それを思い出せは⋯⋯いや、まさか。

 

「思い出した。そう言えば、昔⋯⋯そう、10年くらい前だったかしら。私に母親を殺されたって言って泣いてた紫色の髪をした少女。あれ、貴女ね?」

「! ⋯⋯ようやく、ようやく思い出したの? そうよ! 私はお前に母を殺され、孤独に生きてきた! お前が言った言葉だけを頼りにして、お前を憎しみ、恨み続けて今を生きてきたの!」

 

 そう言えば、確かにそう言った記憶がある。だが、あの時私は『母親の分まで生き続けろ』とも『次殺しに来たら覚悟しろ』とも言ったはずだ。もう少し言い方は優しかったが。それなのに、少女は成長して尚も私を殺しに来たのか。私と出会って数奇な運命になったせいだろうか。同情はするが、感心はしない。

 

 だが、以前会った時は傷1つ付けられなかった少女が、たった10年でここまで成長するのか。やはり、人間は興味深い生き物だ。あの時は魔力も何も感じなかった少女だが、今では4つの属性を操る魔法使いになれたのだ。どういう方法でそうなったのか分からないが、もう少し生かしたらどうなるか気になる。本当に私を殺せるくらい強くなったりするのだろうか。

 

「そう、成長したのね。あの時は恐怖心もあった目をしていたのに、今では恐怖が消えている。一体、どんな生き方をすればそうなるのかしら」

「⋯⋯お前には一生分かるはずが無い。奪われる者の気持ちは、奪う側には分からない。自分が奪われる者にならない限り。だから、私は貴女の命を奪うと決めたのよ。もしくは、貴女によく似た黄色と緑色の髪の吸血鬼。どうせ、姉妹か何かなんでしょ?」

「残念だけど、それは無理よ。本気じゃない私に勝てない時点で、あの娘達に勝てるわけが無い。近付く前に破壊されて無駄死によ」

 

 妹達を守るためにはここでこの娘を殺せばベストなのだろう。しかし、人間とはいえ、まだ若いのに命を無駄に散らす必要は無い。

 

「それでも、私はお前を⋯⋯! 命が無くなったとしても、お前を殺す!」

「あのねぇ。殺せないし、それで命が無くなったら本当に無駄死にじゃない。それよりも長生きした方が良いと思うけど? まぁ、私も妹が殺されたら貴女みたいになるでしょうし、気持ちは分かるけど」

「なっ⋯⋯!? き、気持ちが分かると言うなら、どうして⋯⋯どうして私のお母さんを⋯⋯!」

 

 おっと、かける言葉を間違えたか。マジョラムを怒らせてしまったようだ。更には、その目が宿す物は、過去を思い出したのか憎しみから悲しみに変わっていた。

 

 私はグングニルを手から消し去り、ゆっくりと傍へと近付いていく。

 

「⋯⋯マジョラム、無力では誰も救えないのよ。力が無い事が罪。それが今の世の中よ。あれは不可抗力だったけど、力があればそんな事にはならなかった。⋯⋯だから、私も妹を守れなかった時は、相手を恨むよりも先に⋯⋯自分を恨むわ。何よりも無力だった私を。そうならないように、強くなくてはいけないのよ。ここで死ぬよりも、長生きする方が有意義になると思うわよ。誰かを助ける事もできるんだから」

「⋯⋯お前は」

 

 マジョラムは、苦しそうに、辛そうに⋯⋯言葉を絞り出す。そして、目には再び憎しみが込められていた。

 

「お前は、私の今までの生き方を否定するの? お前を憎め恨めと言われ、その言葉通りに生きていた私を、お前自身が否定するの!? 誰かを助ける事ができる? なら、私はお前を殺し、これ以上人間が減る事の無いように命を尽くすわ。ここでお前を仕留め──」

「マジョラム様。その怪我でそれ以上無茶は禁物かと」

「──え!?」

 

 突然、目の前に白銀の髪を持つメイド姿の女性が現れた。その立ち振る舞いは強かで美しい。

 

 それにしても、今、どうやってここへ現れたのか。油断はしてない。警戒もしていた。それなのに、このメイドは一瞬にして視界の中へと入ってきた。いや、より正確に言えば、気付いたらここに居た、という方が正しいか。

 

「⋯⋯謙譲さん、どうしてここに?」

「命の危機かと思いましたので。貴女を連れて、一時撤退します。速くて傷が悪化するかもしれませんが、ここで死ぬよりはマシですので」

「わ、私はここでこいつを──」

「失礼。吸血鬼、いずれまた⋯⋯会いましょう」

 

 メイドは最後にそう言い残すと、マジョラムを抱え上げて、ここに来る時と同じように一瞬で視界から消えてしまった。恐らくは瞬間移動とか移動系の何かなのだろう。しかし、連れ帰ったところで私を倒せるとは思えないのだが。⋯⋯いや、あの時の顔。マジョラムはまだ勝つ気でいた。という事は、まだ何かしらの策があったのだろう。

 

「⋯⋯考えても仕方無いわね。とりあえず、援護に戻りましょうか」

 

 私は考える事をやめ、再び槍を投げ始めた────




まだ奥の手を隠し持ってるらしいマジョラムさん。それが出てくるのは⋯⋯もう少し先かな。
それにしても、マジョラムの設定濃すぎて、番外編作れる気がするなぁ()


ちなみに、しばらくは2、3日に1話ペースになると思います。ご了承ください( *・ ω・)*_ _))ぺこり
⋯⋯あれ、いつの間にか不定期じゃなくて定期になってる気が⋯⋯


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25話「圧倒的な吸血鬼」

今回も戦闘回。逆に戦闘回じゃない方が少ない今章です(


 ──Hamartia Scarlet──

 

 コアと一時休戦し、約束していたお姉様の元へと向かっていた。途中、太陽対策にフードや日傘を取りに行ったりして。いつも感じていたお姉様の魔力を辿り、私達は紅魔館の屋上へとやって来た。

 

「お姉様!」

「⋯⋯あら、ようやく来たのね。遅かったじゃない」

 

 私達が来た時、お姉様は槍を構えたまま、上空に浮かんでいた。しかし、いつも見るお姉様の姿とは違った。左側にある服は焼け焦げた跡があり、他の部分も若干血に染まっている。だけど、見る限りではお姉様に怪我は無い。それを確認してホッと安心し、お姉様の傍へと近寄る。そして、いつものように抱き着いた。

 

「良かった! ごめんね、お姉様。すぐに行けなくて」

「別にいいわよ、気にしなくても。でも、抱擁は終わってからにしてほしいわね。まだ戦いは終わってないの。ティア、フラン。好きなように暴れていいわよ。ああ、後そこのメイドもね。戦いたくないなら、援護にでも回ってくれれば良いから」

 

 お姉様は私とお姉ちゃん、そして、コアに向かってそう言った。どうやら、お姉様は未だにコアが悪魔だと気付いていないらしい。鈍感なお姉様らしいと言えばらしいけど、どうして気付かないのかな。実は、気付いていて、知らないフリをしてるとか? ⋯⋯なわけ無いか。お姉様だし。

 

「分かりました。では、いつも通り、自由気ままに戦わせていただきますね」

「ティア、日傘だと戦いづらいでしょ? フードとかコートとか、邪魔にならない服着よっ?」

「うん、分かった。お姉ちゃんも私とお揃いの服を着てよ? じゃぁ、私は⋯⋯」

 

 日光に当たらないようにコートを着て、フードを深く被り、日傘を捨てて弓を召喚する。弓の名前はミストルティン。弓自体は飛距離を伸ばすためにルーンで強化してるだけで、他には何も細工をしてない。効果があるのは矢の方で、魔力で作り出した矢にルーンで効果を付けている。

 

上空(安全地帯)から射っとくね。人間狩り、楽しみ。あ、お姉様、食べても良いの?」

「できれば食べないでほしいわね。それと、あまり殺さないように。正当防衛なら良いけど」

「お姉様、それ絶対過剰防衛になるやつ。ま、適度に戦闘不能にさせれば良いんでしょ。⋯⋯私はそんな手加減できないけど」

 

 お姉ちゃんも私と似たような服を羽織り、フードを深く被った。見た感じ怪しい魔法使いみたいだけど、顔が見えれば仮装をしている可愛い女の子にしか見えない。流石お姉ちゃん、とでも言うべきかな。可愛過ぎて、食欲が抑え切れない。今にもお姉ちゃんの首をこの場で噛みちぎって喉を潤したい。⋯⋯まぁ、もちろん今は我慢するけど。後で人間でも食べて気を紛らわせよう。

 

「さて、貴方達が行くなら私も出ようかしら。ちょっと強めの騎士が居るから気を付けなさいよ」

「はいはい。コア、貴女も一緒に行くよ。⋯⋯というか、1人にさせるの怖いし」

「はいはーい。1人1人、確実に潰して行きますねー」

「心配だなぁ⋯⋯。ま、いいや。レーヴァテイン。久しぶりに暴れれるから嬉しいな!」

 

 お姉ちゃん達は戦いが繰り広げられる地へと降り立つ。逆に私は上空へと舞い上がり、できるだけ大勢が居る場所を狙って弓を構えた。そして、矢を魔力で形作り、そこにルーン文字を刻む。

 

加速(ウル)灯火(ケン)太陽(シゲル)運命(ウィルド)。燃え盛る矢。さぁ、死んで」

 

 矢を放つ。練習はあんまりしていないから、思った通りには飛ばないけど、それほど狙いはズレていない。

 

 矢は地面に当たると、音を立てて小さな爆発を起こす。そこから大きな炎が吹き溢れ、それは周りに居る人間を飲み込みながら、徐々に広がる。人間を食い荒らすようにも見えるそれは、竜のような大きい生き物にも見えた。多分、ウロが竜になったら、こういう風に一方的な戦いをするんだと思う。

 

「もーえろよもえろーよー、炎よもーえろー」

『ティア、後ロ!』

「ん──やっ!?」

 

 突然、スクリタの声が聞こえたと思ったら、背後から何かに右腕を噛まれた。その痛みで弓を落としてしまうも、とっさに右肩を破壊して、前へと飛び逃げる。正体を確かめようと後ろを見ると、そこに居たのは竜だった。私の2倍くらいの大きさだけど、手が翼と一体化している。私がよく知る竜の姿じゃないけど、ワイバーンとか言う竜なのかな。

 

「ありがと、スクリタ。それにしても⋯⋯あーぁ。腕が無くなっちゃった。それに不意打ちだなんて。酷い事するね。あの竜」

『ティア、よく見て。背中に誰か乗ってル』

「⋯⋯本当だ。貴方はだぁれ? 私はティア。ハマルティア・スカーレット」

 

 竜の背に乗る甲冑を身に纏う人間の男に向かって、そう聞いた。男は竜の手綱を引き、片手に持つ槍を構えながらも、口を開く。兜の隙間から見える赤い目は、怒りか何かに支配されているようにも見える。

 

「オレは節制の騎士、アルバート・アスター。しかし、罪という名を持つ吸血鬼か。名前に相応しいな。貴様らは生きている事が罪。よって、今ここで! オレが! 貴様らに審判を下そう!」

「⋯⋯うるさいなぁ。黙って喰われて。それと、その竜ちょうだい。ウロより美味しいのか、試食してあげる」

「はっ! ここで死ぬ貴様に、その試食は無理だな。さあ、永久に口を閉じてもらおうか!」

 

 竜の手綱を引き、節制の人は真っ直ぐこちらに向かって突進してきた。慌てて横に避け、権能を使って超高速で右腕を再生させる。そして、愛剣のリジルを召喚して手に取り構える。

 

「ほぅ、回復も早いか。しかし、その回復にも限度が──」

「だからさ、うるさいって。太陽(シゲル)

 

 ルーンを描き、熱光線を発射させる。流石に手袋をしてないから太陽から手は防げてないけど、ちょっと熱いくらいだから問題は無い。熱光線は節制の人の肩を貫き、遥か彼方へと飛んでいった。その輝く様は流れる星のようだった。

 

「ぬわぁ!? な、い、今のは!?」

「ルーン魔法、太陽(シゲル)。要はただの熱光線だよ。じゃぁ、死んで? 貴方に興味は無いから。太陽(シゲル)

 

 続けてルーン文字を描き、熱光線を放つも、それが節制の人に当たる事は無かった。とっさに後ろに逃げたのが幸いしたのか、頭の兜を掠めただけで、相手に当たる事無く消え去った。

 

「あ、危ない⋯⋯っ!」

「はぁーぁ。いい加減にしてよ。早く当たって、私に竜をちょうだい」

 

 何も言わずに加速(ウル)太陽(シゲル)のルーン文字を描き、3度目の熱光線を発射する。次こそは必ず当てる。その気持ちを込め、人間の反射神経で避けれないように、今度は速度の加速を付けている。

 

「⋯⋯あ、れ?」

 

 熱光線は敵の頭に向かって進んだ──はずだった。なのに、気付いたら、私がそれを認識した時には、熱光線は()()()()()()()()

 

「あ、がぁ⋯⋯っ」

 

 熱さと痛みでどうにかなりそうだ。よく見れば、ルーン文字を描いた私の右手も人差し指や中指が消えている。傷口は何かに焼かれたような⋯⋯その怪我の原因は間違いなく私の魔法。ただ真っ直ぐ飛ぶなら分かるけど、どうしてなんだろう。その熱光線は、私の額に真っ直ぐ向かい、その直線上にある指を焼いた。それだけじゃなく、額に命中した後、脳内を掻き乱すかのように曲がったらしく、傷が簡単には治らない。

 

 私でも曲げるなんて器用な事できないのに、何故かそれは曲がった。一度じゃなく、何度も。

 

「ま、間に合ったか。やはり、聞いた通り、そのままの効果なのだな」

「⋯⋯何をしたの? 暴発させたとかなら、頭の中で何度も曲がらない。自由に魔法を操作できる? それとも、私から操作権だけ奪ったの?」

「ふん、敵に自らの手の内を晒す者がいるか」

「あっそ。なら、魔法を使わずに殺してあげる。いっぱいいっぱい、斬ってあげる!」

 

 空を蹴り、剣を構えて真っ直ぐに突き進む。それを見た節制の人は、僅かに竜を下がらせ、私に狙いを定めて槍を構えた。

 

「バカめ! バカ正直に真っ直ぐ来る奴がいるか!」

「──そうだね」

 

 ぶつかる寸前、空中にルーン文字を描いた。描いた文字は移動(ラド)

 

「な⋯⋯にっ!」

 

 移動(ラド)の効果は瞬間的な長距離の移動。私はそれを使って竜の背後に回った。そして、続けて遅延(ニエド)のルーン文字を描き、敵を麻痺させて束縛する。動けなくなったところに、私は剣を振り上げた。

 

「今度こそ、死んじゃおっか」

 

 節制の人を狙って、力強く剣を振り下ろす。剣は肩から食い込んで背中を切り裂き、真っ赤な血を噴き出させた。多少服に返り血が付いたけど、竜は無傷だ。乗り手は死んじゃったし、これで気兼ねなく竜を奪える。

 

「あ、ぐっ⋯⋯!」

「あれっ」

 

 殺したと思った節制の人がどうやら生きてたらしい。竜から転げ落ち、地へと真っ逆さまに落ちた。乗り手を失った竜は自分の意思を失ったかのように、翼を動かすのをやめ、乗り手と同じように落ちてしまった。

 

「あーぁ。残念。代わりに今度ウロでも食べよ」

 

 落ちていく乗り手と竜を見ながらそう呟く。間もなく、竜とその乗り手が墜落して血を──

 

「墜落して、死ぬ。とでも思ってたんですかぁ?」

「⋯⋯もう何も驚かないよ。今度は何?」

 

 下に落ちていたはずの節制の人が消えた。竜は地に落ちて綺麗な真っ赤の海に沈んでるというのに。気付いたら、節制の人だけが消えていた。そして、背後で声がする。さっきみたいに、また誰かが飛んでるんだな。そう思って、静かに後ろを振り向いた。

 

「純潔の騎士、ヨーコ。神秘を使う人間、とでも名乗っておきますね〜」

 

 背後には、何の力も感じない、スタイルの良い金髪ロングヘアーの女性が浮いていた。その目は私やお姉様と同じような赤い目だ。だが、似てるだけで、その奥からは全く別の光を放ってた。そして、さっき落ちたはずの節制の人を抱えている。

 

 それにしても、不思議な人間だ。何の力も使わずに飛ぶなんて、明らかに普通じゃない。何か仕掛けはあるんだろうけど、それが何か分からない。それに、直感だけどこの女性は危険な感じがする。直感でも危険な感じがするから⋯⋯今ここで殺さないと。

 

「ふーん。初めまして。⋯⋯移動(ラド)

 

 敵が何か動きを見せる前に、すでに何度も使ってる移動魔法で背後を取り返す。敵は気付いてないのか、振り返らない。だけど、念には念を入れよう。そう思って、ルーン文字を描いて剣を振り上げた。

 

「──遅延(ニエド)。さようなら」

「いえいえ。まだ早いと思いますよぉ?」

「⋯⋯あらま」

 

 ──が、剣が人間達に当たる事は無かった。剣は金属音を立てて人間達に当たる一歩前で空中で静止し、その場で固定されたかのように動かなくなった。どれだけ力を入れても動かせない。諦めた私は、そっと剣から手を離して消し去る。そして、再び剣を召喚した。

 

 見る限り、遅延の魔法も効いてないらしい。やっぱり、何かがおかしい。

 

「ここで戦うのも良いですが、目的のためにも一旦おさらばしますね〜。また、会いましょうね、傲慢の吸血鬼さん」

「逃がすか! 導き(フェオ)、ルイン、敵を貫いて!」

 

 槍にルーン文字を描いて純潔の人に投げつける。お姉様みたいに上手くは投げれないけど、そこはルーンに補助させた。描いた文字は導き(フェオ)。その効果は隠されたモノへの導き。転じて、敵の弱点に導いてくれる。槍に付けたから、何もしなくても敵を貫いてくれるだろう。もしも弱点があればの話だけど。

 

「わっ、危ないですね〜」

「⋯⋯ちっ」

 

 槍は人間達に当たる直前で、見えない何かに弾かれるようにして曲がった。私の攻撃は全て、何かしらの力で通用しないらしい。あと私にできる攻撃手段といえば、近付いて力を強奪するくらいかな。多分、それしか方法が⋯⋯。

 

「さっきも言いましたが、私は逃げに徹しますからねぇ? それに、もう今回の戦争はすでに終わったようなものですし」

「一体何を言って⋯⋯」

『⋯⋯ティア、下見て。人間達が逃げていく』

「え⋯⋯?」

 

 スクリタの声を聞き、地上を見る。確かに、戦闘しながらも人間達は逃げていた。みんな一定の方向に逃げてるから、戦略的撤退、みたいなものだろうか。とか考えてると、地上に居る者達の声が聞こえてきた。

 

「敵の援軍だ! 一時撤退しろ! 態勢を立て直せ!」

「まさか、ルーマニアのアイツが来るとは!」

「串刺し公が援軍に来たぞ! これで我らの勝利は確実!」

 

 敵味方の声が入り交じって聞こえるが、何が起きたのか分かりやすい。どうやら、味方の援軍が来て、態勢を立て直すために一時的に撤退してるらしい。という事は、また来るつもりなのだろう。結構な被害を受けてるはずなのに。人間達とは末恐ろしい。命を無駄にするためだけにここに来るなんて。

 

「気付いたみたいですねぇ。では、またお会いしましょう。ばいば〜い」

「あ、待──っ!?」

 

 私が止める暇も無く、純潔の人はその場で煙のように突然消えた。まるで、東の国に居るとされる『NINJA』みたいだ。もしかして、NINJAの1人だったりするのかな。それだったら、とても強そうだ。

 

「ティアー!」

 

 自分の名前を呼ぶ親しい人の声がする。慌てて声のするほうを見ると、予想通り、やっぱりお姉ちゃんだった。何やら慌ててる様子で、(せわ)しなく翼を上下に揺らしてる。

 

「お姉様から伝言! 1回戻って、だって。一緒に戻ろっか」

「あ、お姉ちゃん! うん、分かった。そうするね」

 

 お姉ちゃんに手を引っ張られ、私は館の中へと戻った────




ちなみに、レミリアで使ってる漢字をティアで使っていない事もありますが(咄嗟とか)、それは仕様です。レミリアよりも子供っぽい感じを出してるだけです故。

ちなみに正月に番外編が三話投稿されます。⋯⋯投稿されるのはこっちじゃないけど(


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26話「予想外な援軍」

ちょっとだけ戦闘から脱線する回。
ではまぁお暇な時にでも⋯⋯


 ──Remilia Scarlet──

 

 紅魔館に再び平和が訪れた。帰ってきた妹達に返り血はあっても目立った怪我はなく、眷属も八割近く残ってる。逆に人間達は半分近く戦闘不能にまで追い込んだから、こちらの勝ちだと言っても過言ではないだろう。だが、それも一時の平和に過ぎない。人間達は再びここに訪れる。それも、数日も経たないうちに。こちらもそれに備え、態勢を立て直す必要がある。

 

 だが、それを心配する必要は無い。こちらに運が回ってきたようだ。援軍として、父親と仲が良かったルーマニアの吸血鬼、ヴラド・串刺し公(ツェペシュ)が来てくれた。恐らくはスカーレット家以上に名高い吸血鬼であり、地元では英雄としても讃えられる珍しい吸血鬼である。それ程の知名度から、最初は支援すら貰えるかどうか疑わしかったが、自ら援軍として500近い軍を率いて来てくれた。人間達が撤退する原因を作った彼には、感謝という言葉しか出ない。

 

 人間達が撤退してから数十分後。私は書斎にヴラド公を招き入れた。ちなみに、館の外はヴラド公の眷属達が防衛してくれるらしいから、美鈴には休みを取らせている。

 

「ヴラド公。改めてお礼を。貴方のお陰で人間達を退ける事ができましたわ」

「いいや、お礼はいい。私は貴嬢の父、ドラキュラ公との約束で貴嬢らを守りに来ただけに過ぎない。お礼なら、今は亡きドラキュラ公に言ってくれたまえ」

 

 父親は表向きには人間達によって殺されたという事にしている。だから、ヴラド公も何の疑いも無く手伝ってくれてるのだろう。もし、私が殺したと知れば、やはり怒るのだろうか。それにしても、父親が私達を守るよう、ヴラド公と約束していたとは。⋯⋯なら、どうして。どうして、妹達を忌み嫌うような真似をしたのか。

 

 フランはまだ分かる。能力が危険だから、自分で操れるようになるまで幽閉する。最終的には狂気に支配されて危険という見解に変わったが、最初の頃は私も仕方無いと思っていた。が、ティアは違う。母親を殺した罪⋯⋯いや、過去があるとはいえ、周りに影響を及ぼさない事もできる能力だ。なのに、父親は許さなかった。赦す事も無かった。母親を殺した事をそんなにも憎み、恨んでいたのだろうか。⋯⋯それでも、自分の娘なら⋯⋯赦す事くらいはしてほしかった。

 

「それに、私にも貴嬢らと同程度の息子と娘がいる。同情と言うには差し出がましいが、その苦労は賞賛に値する。よく今まで耐えきたな、レミリア嬢よ」

「そう、ですか。お褒めの言葉、ありがとうございます」

「気にする必要は無い。それはそうと、戦いの準備は済ませておいた方が良い。敵は明日にでも再びここへやって来るだろう」

「あ、明日?」

 

 半分以上の数を戦闘不能にし、ほぼ壊滅状態に追いやったはずだ。それに、戦力ではこちらが上回った。人間達はそれでもまたここにやって来ると言うのだろうか。そんな自殺行為のような事も、人間達は自ら進んでするのか。奇妙な生き物だ。流石にそれは気持ちが分からない。誰であっても、自分の命は大切にするべきなのではないか。

 

「そうだ。あれはまだ全軍ではない。敵にも増援があると思って良いだろう。それに、敵の中に奇妙な術を使う者も居る。人は神の奇跡と呼び、瞬時にどんな傷や疲労も治すという」

「それは⋯⋯真っ先に始末したいですね。その者の居場所は?」

「残念だが、敵のど真ん中だ。しかし、戦場には来るだろう。金髪の女性だ。人間達の中に女性は少ないから、一際目立つだろう」

 

 金髪の女性か。私は戦場では見なかったかな。後で妹達にでもその女性を見たかどうか聞いてみよう。美鈴は休ませてるから、無理に起こして聞くのも悪いしね。

 

「では、レミリア嬢。私はこれで失礼するとしよう。明日に備え、しっかりと休み、この戦いに勝つのだぞ。これが終わったら、貴嬢らと我が息子達を会わせてみたい気持ちもあるからな」

「それは楽しみ⋯⋯ですね。この戦いが終われば、是非ともお願いします」

 

 家族以外で、更には同年代の吸血鬼とは会った事が無い。会うのは楽しみだが、妹達の反応も気になるところだ。同じ種族で近しい年齢、『友達』に成り得る者と出会った時、2人はどういう反応を示すのか。⋯⋯見てみたいな、あの2人が楽しそうに遊ぶ姿を。だから、私はまだ死ねない。謎の敵という不安はあるが、この戦いに圧勝して、また平和な毎日を過ごしたい。

 

「その時は仲良くしてやってくれ。では、今度こそ失礼する」

「はい。また、明日⋯⋯」

 

 ヴラド公の対応を終えた私は、緊張の糸がぷっつりと切れる。そして、倒れ込むようにして机に突っ伏した。戦いの傷は癒えたけど、体力の消費は大きい。再生にも槍を創造するのにも、妖力とともに体力が少なからず減ってしまう。いや、むしろ体力より精神力の方が減ってるか。今日は色々とあり過ぎた。夜だけとはいえ、癒されるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、それで? 私のところに来たの?」

「ええ、悪い?」

 

 癒すといえば、やっぱり私には妹しか居ない。だから、夜遅くにフランの部屋にお邪魔した。もう寝ようとしていたのか、ベッドの上で寝転ぼうとしていた。運の良い事に、今日はティアが来ていないようだ。癒しを求めてここに来たなんて、私のプライド的にも知られたくない。

 

「悪くないけど⋯⋯そこはティアじゃないの? あっちの方が癒し度高そうだけど」

「姉が寂しいから一緒に居て、とか言えないでしょ。それも一番下の妹によ? プライドが許さないわ」

「無意味な矜恃だなぁ。ってか、私は良いの? なんで?」

「そらまあ⋯⋯妹で、素直になれる相手とか貴女くらいだし」

 

 ティアが私を慕う気持ちは常々身に染みて感じてる。ティアは純粋に私の事が好きらしいし、それは非常に気分が良い。だが、それは──言い方は悪いが──まるで足枷だ。心地良い足枷なんて、聞いた事無いけど。その気持ちの重圧は凄まじい。それも全て、私の姉としてのプライドが強いせいなのだが。

 

 それに対して、フランは少し違う。妹というよりは気軽に話せる友達⋯⋯いや、親友のようなものだ。姉妹と言っても5歳しか違わないし、当たり前の成り行きかもしれない。

 もちろん、フランに対しても少なからず姉としてのプライドは持ってる。が、フランはそれをぶち壊して話してくるのだ。1人の吸血鬼としては有り難いが、姉としては舐められてる気がして複雑な気持ちだ。

 

「素直なお姉様とか珍しい。写真撮って良い?」

「写らないし、そもそも持ってないでしょ」

「写真写らないのってほんと不便だよね。ティアやお姉様の可愛いところいっぱい撮りたいのに」

「それは分かるわ。⋯⋯って、え? 私?」

 

 有り得ない言葉が聞こえた気がして聞き返したが、フランは平然と「うん」と言って頷く。そして、不思議そうな顔を浮かべて口を開けた。

 

「なんでそんな顔してるの? もしかして私の事別に好きじゃないからって、私もお姉様の事好きじゃないとか思ってた?」

「そんな事無いわよ、普通に好きよ? 苦手なだけで。貴女も妹なんだから」

「えー、私の事苦手なのー?」

「私にその態度で話すのって貴女くらいじゃないかしら?」

 

 普段は敬われ、畏れられる立場の私だが、どうしても妹達の前ではそうはならないらしい。それ程、私達姉妹は仲が良いという証拠なのだろうが。畏れなくて良いから、敬うくらいはしてほしい。ティアはともかく、フランは少し私に対しての礼儀を知らないから。

 

「別に良いじゃん。私達姉妹だよ? もっとフレンドリーにしても良いと思うんだ。珍しくティアが居ない。だからさ、この際もっと自分の感情、さらけ出しても良いんだよ?」

「⋯⋯ふんっ、いつも通りが私の素よ?」

「はー、つまんないのー。ティアの前だともっと可愛くなるのに。素直じゃないなー」

 

 フランは話すのに飽きたのか、1人で毛布に包まる。そして、私に背中を向けてそっぽを向いた。見るからに機嫌が悪くなったようだ。ちょっと質問に答えなかっただけで、怒らなくても良いと思うんだけど。本当、短気でわがままな妹だ。でも、このままにするわけにもいかない。

 

「はあ⋯⋯。フラン? 何を怒ってるのよ」

「別に怒ってないよ。明日も早いかもだし、早く自分の部屋で寝たら?」

「うーん、それも良いけど⋯⋯」

 

 フランのベッドに潜り込み、毛布を引っ張って自分も入り込む。私がそんな行動を取っても、それでもフランはそっぽを向いたままだ。これでもダメなら、一層の事⋯⋯。

 

「今日は疲れたから、ここで寝るとするわ。それに、まだ癒されてないのよね、私。⋯⋯せっかくだから、フランが私の事癒しなさいよ」

 

 背後から妹を抱き締める。それには驚いたのか、フランは身体を動かし、呆気にとられた表情でこちらに向き直る。が、すぐさま嬉しそうな笑顔になった。そして、フランは私の背中に手を回して、私と同じように抱き締めた。

 

「⋯⋯何? 珍しく積極的だね。夜這いのつもり?」

「っなわけないからね!? そもそも微妙に意味合い違うからっ」

「何慌ててるの? もしかして、図星だったかな?」

「べ、別に⋯⋯! ⋯⋯ふふっ、なんだか楽しいわね。こういうのも」

 

 怒るのもバカバカしくなり、逆に笑えてくる。腹は立つが、いつもの調子に戻ったみたいで何よりだ。お調子者だが、それもまた可愛い一面である。ティアとは違ったその可愛さが、私をシスコンにさせた原因の1つでもあるだろう。姉としては、もう少し正しい道に進ませた方が良いのだろうが⋯⋯まあ、仕方無い。何もかも、私をシスコンにさせた可愛い妹が悪い。

 

「お姉様、私も(おんな)じ気持ち。戦いが終わったらさ、お姉様もプライドなんか捨てて、ティアも入れてみんなで一緒に寝よっ? あ、時間があれば、美鈴も一緒に入れて良いかもね。楽しいだろうし」

「⋯⋯ええ、そうね。たまには良いかもしれないわね。さあ、明日も早いわよ。一緒に寝ましょう?」

「うん、そうだね。⋯⋯なんだかティアに悪いなー。明日はティアと一緒に寝よっと」

 

 薄暗い部屋の中、妹の温もりを感じながら目を瞑る。

 

 

 

 

 

 ──最後くらい、楽しい夢が見れたら良いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めの朝。夜に寝て、朝に起きるなんて人間みたいだ。だが、今回ばかりはそうも言ってられない。

 

「フラン様! あれ、お嬢様も? と、とにかく急いでください! ヴラド公がお呼びです!」

 

 妖精メイドに起こされ、途中ティアを起こし、ヴラド公が待つらしい書斎へと急いだ。

 

「レミリア嬢。やはり人間達が来た。数はおよそ1000。四方から攻められている。⋯⋯この館の主は貴嬢だ。ここは私も、その眷属も、貴嬢に従おう」

 

 ヴラド公が援軍として来てくれたのは有り難い。もし来なかったら、1000という数を半分にも満たない数で相手をするところだった。私達姉妹や美鈴が幾ら強いとはいえ、流石に数で抑えられる。一度流れ込んだ水はそう簡単には止まらない。負けていた可能性もあったかもしれない。

 

「ありがとうございます、ヴラド公。では、それぞれに強い者を向かわせ、数の利は全てに同じ数の眷属達を置いて抑えましょう。北には館の門番、美鈴を向かわせます。ただの人間相手なら、私達同様抑えれる事でしょう。そして、東にはヴラド公、貴方にお願いします」

「御意。西と南はどうするのだ?」

「西は私が。南は妹2人に任せます。人間相手に後れを取るような鍛え方はしてませんので。⋯⋯いいわよね、2人とも?」

「うん、任せて。ティアは絶対に守るからね」

 

 フランの返しに頷き返し、話へ戻る。もし妹達に何かあったとしても、ヴラド公や私がすぐに行けるような配置にした。美鈴は心配無いだろうが、念の為、妹達と同じように何かあっても、すぐに行けるような位置にした。

 

「では、向かうとしよう。貴嬢らも気を付けるのだぞ」

「ええ、分かりました。ヴラド公も、また後で」

 

 ヴラド公はそう言い残して部屋を後にした。私達もそれに続き、部屋を出て、戦場に向かう。

 

 この選択をしても、妹達には死の未来が見えない。なら、危険な場所は私のところだろうか。それなら良いのだが。⋯⋯死なないとはいえ、妹達にこんな危険な事をさせなければいけない世の中。そんな時代に生まれてきた事を呪うべきか。それとも、これ以上酷い世の中じゃない事に安堵すべきか。それは、これから分かるのだろう。私が死んでも、どうか、妹達だけは⋯⋯。最早私には、それを祈るしかできない────




久しぶりに姉妹百合書けて満足な著者でした(


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27話「栄光な戦場」

こちらでも、明けましておめでとうございます。少し遅いですけどね。

新年初めの罪妹録はレミリア視点から。ちょっとだけ久しぶりの美鈴もあるよ。
では、ごゆるりと


 ──Remilia Scarlet──

 

 憎き太陽の下、愛する紅魔館(我が家)の上。その間に囲まれ、私は宙に浮かぶ。みんなと別れた後、私は眷属を引き連れて、担当する方角の場所へとやって来た。目前には人間達が控え、その到着が戦争の合図となる事を私は知ってる。

 昨日と同等、いや、それ以上の数の人間が眼下に広がる。上空から見下ろすのは、支配する側のようで気分が良い。が、今は悠長に思う暇は無い。もうすぐ、紅魔館を囲むように戦闘が起きるのだ。私も戦いの準備をしなければ。愛する妹達のために。

 

「グングニル。⋯⋯ああ、いよいよ始まるわ」

 

 慣れた武器を作り出し、フードを深く被る。昨日のようにただ槍を投げるだけでも良いが、今回は妹達のためにも急がなければならない。だから、自ら戦場へ向かおう。そして、すぐに安全を確保し、妹達の元へ急ごう。そう思い、人間達が迫る地に降り立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦争が再開した。魔法使いでも居るのか至るところで炎が上がる。幸いにも紅魔館に火の手は上がっていないが、それも時間の問題だろう。幾ら大きな館とはいえ、燃えると後始末が大変だ。やはり、まず狙うべきは面倒な魔法使い達だろうか。

 

「吸血鬼め! 死ねぇ!」

「⋯⋯遅いわ」

「──っぐあ!」

 

 向かってくる人間達を何も言わずに足を払って(あしら)い、倒れたところで背中に槍を突き刺す。倒れずに持ち堪えると面倒なので相手は首を切り飛ばす。妹達の安全と見知らぬ人間の命を天秤にかけて、私が妹達を選ばないはずがない。できる限り殺さないつもりだが、要はそれまでだ。妹のためなら、必要じゃなくても殺す。

 

 私は悪魔なのだから。

 

「⋯⋯来ましたね、レミリア・スカーレット」

 

 人間をなぎ倒して進んでいると、見慣れた顔が目に入った。目の前に現れたのは、昨日出会った紫髪の女性だ。記憶が正しければ、勤勉の騎士であるマジョラムだったか。4つの属性を操る事ができる珍しい魔法使い。是非とも欲しい人材だが、私を恨んでるらしいのでそうはいかないだろう。

 

「あら、誰かと思えば昨日の女の子じゃない。怪我はもう大丈夫なの?」

 

 もしや、ヴラド公の言ってた金髪の女性が居るのだろうか。

 

 が、辺りを見回しても金髪の人は、いや、目の前に居る者以外に女性は居ない。恐らくは、回復だけして別の場所に行ったのだろう。妹達の場所以外なら良いのだが。だからといって、美鈴に任せるのも心配だ。この娘は美徳の騎士らしいし、倒せればここの戦力はガタ落ちするはず。騎士は7人居るという噂だし、ここに居るのも1人では無いと思うが。

 

「ふん、お前に心配される筋合いはない。今度こそ、お前を⋯⋯お母さんの仇を!」

「あらそう。なら、もう1度倒れてもらおうかしら?」

「⋯⋯できればね」

 

 その言葉を合図に、槍を持っていた右手に鋭い痛みが走る。そして、気が付けば私の右手が地面に落ちていた。右手があったはずの部分からは、真っ赤な血を噴き出していた。

 

「な──っ!?」

「昨日ぶりですね、吸血鬼」

 

 目を離した一瞬の隙に、マジョラムの横には昨日出会った女性が立っていた。銀髪でメイド姿の女性。昨日のマジョラムの話から推測するに、恐らくは謙譲の騎士だろう。あの時、確かに「謙譲さん」と言ってたはずだ。なら、ここに居る美徳の騎士はこの2人で全員だろうか。戦力分散のために四方に分かれたなら、1人か2人じゃなければ押し切られてすぐに負けるだろうし。

 

 そんな事を考えながらも、右手に回復を集中して瞬時に治す。そして、再び槍を作り出した。

 

「⋯⋯貴女ね、私の手を切ったのは」

「恐れながらそうでございます。次は首を狙いますので⋯⋯お覚悟を」

 

 丁寧な物言いだが、その目は鋭く私を睨み付け、殺気を含んでいる。昨日の事といい、やはり普通のメイドでは無い。能力も詳しくは知らないが、瞬間移動か、認識できない程の超高速かのどちらかだろう。

 さして違いは無いように思えるが、どちらかによって対策の仕方が変わってくる。例えば前者なら、移動後の到着地点さえ予測すれば簡単にトドメを刺せる。対して後者なら、超高速で思考してない限り、自分の速さに頭が追い付くはずが無い。

 

 ──ここまでが、常人の対策方法だろう。私は違う。どちらにしても過程は変わらず、私が勝つという結果も変わらない。何故なら、私が栄光ある誇り高き吸血鬼だから。

 

「⋯⋯どうやら、覚悟をするのは貴女の方ね。死なない程度に倒してあげるわ。ああ、どうせ倒せないし、今なら腕くらい斬らせてあげるわよ?」

「笑止。まずは首の心配をした方が──」

 

 目の前から視界に収めてたはずのメイドの姿が消えた。だが、一瞬。ほんの一瞬だけ、メイドが移動する瞬間が見えた。なら、やはりこの能力は超高速──

 

「──良いと思いますが?」

 

 背後から聞こえた声に、即座に首を守るようにして槍を構えた。

 

「くっ⋯⋯!」

 

 が、その刹那、痛みを感じたのは首ではなく、左腕だった。首を斬ると宣言しておきながら、メイドはまたもや腕を狙ったのだ。腕からは血が流れだし、右腕と同じように地に落ちていた。再び回復に集中するも、若干治りが遅い。このまま斬られ続ければ、消耗するのはこちらの方だ。早く何とかしなければ。⋯⋯いや、そうじゃないか。待つしかないのか。私が勝つにはその方法しか無い。

 

「先ほどの傲慢な姿が見て呆れますね。マジョラム様。一斉に畳み掛けましょう」

「分かりました。私も出し惜しみはしません。今ここで、この吸血鬼を! ──精霊よ。我が名に紐付けられし力よ。我が名に応え、その力の片鱗を現したまえ。ウンディーネ、シルフ、サラマンダーノーム!」

 

 マジョラムの言葉に反応するように、大地が揺れ、風が吹き、至るところで燃える炎が激しさを増す。まず最初に、地中から小さな妖精が現れた。次にどこからともなく、風に流されるようにして虫の羽のような翼を持つ妖精が現れた。そして、近くで燃える炎からは竜のような尻尾と翼を持つ者も現れた。

 

 皆、姿はどれも女性で、人間では有り得ない程に小さいが、それらが持つ魔力は神代かと思う程に濃い。それぞれの特徴がどこかで聞いた事がある四大精霊の特徴と一致している。そして、マジョラムの魔法は四元素を操るというもの。なら、間違いなくこいつらは精霊で、それも有名な四大精霊という事になるだろう。

 

「⋯⋯あれ。ちょっと、ウンディーネは?」

『ご主人! この辺りの水が少ないが少ないので、出るに出れないらしいです!』

『どうせ私達だけでも終わると思うけど。⋯⋯相手が吸血鬼じゃ、今までの敵みたいにはいかないか』

『グルゥゥゥ⋯⋯。モウ初めてイイカ?』

 

 宙を舞う妖精達は各々が好きな事を言い、統率は取れていないように感じた。だが、主人であるマジョラムが一声かければ、それらは一斉に私を襲うだろう。こいつらが危険な存在なら、妹達にも被害が及ぶ。⋯⋯ここが正念場らしい。

 

「⋯⋯仕方無いね。みんな、謙譲さんを援護しながらあの吸血鬼を殺してちょうだい!」

「はあ。これは大変ね。⋯⋯でも、負けはしない!」

 

 メイドの対策はさっき思い付いた。だけど、多勢に無勢。まずは1人ずつ確実に。⋯⋯メイドから削っておくか。

 

『燃エロ!』

「なんだか狂気のフランを思い出しそうな声ね」

 

 サラマンダーは口から火を吹き攻撃するも、私は咄嗟に後方へと退き逃れる。そして、火を吹き終わったところを狙って槍を突き刺そうとするも、槍は私の意志に反して、あらぬ方向に逸れてしまった。手応え的に、恐らくはシルフの風の力だろう。昨日のマジョラムのように風によって槍の向きを変えられたらしい。

 

「ちっ。なら、術者を⋯⋯っ!?」

 

 マジョラムを狙おうと強く足を踏み込んだその瞬間、身体が動かなくなった。いや、正確には足に何か纏わり付き、動けなくなったのだ。それに気付いて視線を落とすと、思った以上に踏み込んでいたのか、足が地面に埋まっていた。いや、そうじゃないのか。ノームは土の精霊。なら、他の精霊のように土を操って私を拘束したと見る方が妥当だろう。

 

「謙譲さん、トドメを⋯⋯!」

「お任せください!」

 

 メイドがナイフを構えたその時、再び姿が消えた。私ではその速度に反応する事はできない。だが、動けない以上、ここで何かしなければ負けるだろう。なら──

 

「──反撃ね」

「あ、あぁっ⋯⋯!?」

 

 振り向く事無く、背後に現れたメイドの腹部を突き刺した。槍を引き抜くと、間髪入れずに力を込め、マジョラムへと投げつける。

 

「っ!? み、みんな──」

 

 マジョラムの手前に落ちた槍は大きな音と眩い閃光と共に爆発する。慌てて精霊達に守らせるも、間に合わず、防ぐ事もできずに爆発によって妖精共々吹き飛ばされた。ノームを吹き飛ばしたお陰だろうか。埋まっていた足が自由に動かせるようになった。

 

 改めて辺りを見回すと、後ろには腹部から血を流し倒れるメイド。前には悔しそうにしながらも恨みの篭った目を向ける魔女。どちらも死にはしない程度に抑えたが、メイドの方は放っておいたら死んでしまうかもしれない。が、その心配は無いか。周りにはたくさんの人間が居るし、こんな場所で死ぬような奴では無いだろうし。⋯⋯というか、死ぬ運命が見えない。

 

 先ほど私が何も見ずにメイドを刺せたのは、私の能力『運命を操る程度の能力』によって攻撃方法を限定させたからである。限定させた上に、どこに攻撃するか、どうやって攻撃するのかを運命を操って確定させた。その結果がこれだ。私の操作した通りに攻撃し、反撃された。そのついでにマジョラムにも攻撃したら、上手い具合に倒れてくれた。その結果だけが残ったのだ。

 

「さて、どう調理しようかしらねぇ。周りの者は眷属によって足止めされ、手が出せない。だから、誰も助けになんか来ないわよ? ああ、でも殺さない約束だったわね。それは守るから安心してちょうだい」

「⋯⋯まだ、まだよ⋯⋯。まだ動く。まだ妖精達もいる」

「だけど、決定打には欠けるわね。攻撃力が低過ぎる。私としては、このまま続けても⋯⋯!」

 

 突如として、空から太陽が消え、黒い雲に覆われる。そして、身に覚えの無い邪悪で大きな魔力を感じた。慌ててその方角を見るも、ここからでは視認する事はできない。

 

「何? この魔力は一体⋯⋯? れ、レミリア! 何をしたの!?」

「私は何も⋯⋯っ! ま、待って。あの方角は⋯⋯!」

 

 魔力の感じた方角は、愛おしい妹達が居るはずの場所だ。こうしてはいられない。危険な目には遭わないはずだし、今はまだ妹達の死の運命は見えない。だが、妹達の傍に邪悪な何かが居るなら、いつその運命が変わってもおかしくない。早急に、妹達のところに行かなければ。

 

「残念だけど。勝負はお預けね。また会いましょう」

「ま、待って! だ、誰か謙譲さんをお願い! シルフ、私達はあいつの⋯⋯レミリアの向かった場所に!」

『りょうかーい』

 

 空に飛び上がり、魔力も妖力も、ありとあらゆる力を翼に注ぎ、全速力で妹達の居る方角へと向かう────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Hong Meilin──

 

 私は今、劣勢を強いられていた。何の因果か門の前で戦う事になった。最初は苦も無く敵を薙ぎ払い、圧倒していたのだが⋯⋯しばらくして状況が変わった。眷属達が押されるようになり、量で勝ってたはずの私達が、いつの間にか量で押されていた。力の質が変わった影響か、それが量にまで影響し始めたのだ。

 

 その理由は、恐らく私が1対1で挑んでいる相手にある。敵軍の隊長格でもあるその者に私が挑んだ時から、眷属達が押され始めた。私が苦戦してるわけではない。ただ、理由も分からずに、何の前触れもなく圧倒され始めたのだ。

 

「お強いですのぉ⋯⋯」

「⋯⋯そういう貴方こそ強いですね。武術家か何かですか?」

 

 私が戦ってる相手は白い髭が似合う白髪の老騎士。まだ白髭を生やすような歳ではないようにも見えるが、本当のところは分からない。お嬢様が言ってた危険な騎士の1人のようだが、私を抑えてばかりで他に手を出す事はしない。⋯⋯しないのだが、この老騎士の気の流れは他の人達の元に続いてるように見える。それが眷属達が押され始めた理由だろうから、まずはこの老騎士を倒さない事には勝ちの目は見えない。

 

「ほっほっほ。武術の心得があれば、やはり気付きますな。わしは救恤の騎士、ウィル・ドラモンド。確かに武術家ですな。しかし、お前さん以上に強いなどとは思っておりませぬ。しかし、他の皆が勝つまでは、1番強いお前さんをここで引き留めようとは思っておるがのぉ」

「⋯⋯では、早急に勝負を決める必要がありますね」

 

 拳を構え、敵を見据える。

 

「では、行きま──」

 

 ──突然、世界が暗転する。空が黒い雲に覆われ、光の代わりに闇が地上を支配する。それと同時に、この状況は正しく吸血鬼の独壇場だが、こんな作戦があるとは聞いてない。お嬢様の事だからびっくりさせようと黙っていた可能性もあるけど、それにしてもあの雲は禍々し過ぎる。

 

「何が⋯⋯? まさか人間達の⋯⋯」

「な、何事じゃ⋯⋯!?」

 

 そう思って相手を見るも、驚いてるからこの事を知ってた様には見えない。そもそも敵に有利な状況を作り出すはずが無い。なら、一体誰が。もしかして、ヴラド様が協力⋯⋯。だとしても、この雲から感じる気は危険だ。それに、これに似た気が紅魔館を挟んで反対側から感じる。

 

「⋯⋯フラン様! ティア様!」

 

 私が仕えるお嬢様の妹2人の危機を感じ取り、紅魔館を守る門番としてではなく、主に仕える従者として全力疾走で走る。あの邪悪な気が全てを支配する前に。手遅れにならないうちに────




新年初めてだけど6日っていうね。
あ、更新速度は不定期ですが、これからも罪妹録をよろしくお願いします。


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28話「慮外な悪」

何日かぶりの罪妹録。
最近オリジナルやらレミフラやらに手を出し始めちゃったrickです⋯⋯。

それでもこの作品は今年の間に終わらせるつもりですので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。

では、お暇な時にでも続きをどうぞ


 ──Hamartia Scarlet──

 

 お姉様と一緒に戦いたい。そんな希望を真剣なお姉様に言えるはずもなく、お姉ちゃんとコアと一緒に紅魔館の南側へとやって来た。本当の方角は微妙にズレてるから、どう見て南側なのか分からないけど、とにかく南側らしい。多分、門を北と例えてるんだと思う。それで、門の反対側にあるから南になった。

 

 まぁ、そんなのはどうでもいっか。過ぎた事を言っても何も変わらない。今ある事に、今できる事だけに集中しよう。それがお姉様やお姉ちゃんのためになるんだから。でも⋯⋯そのついでに、ちょっとだけ楽しもうかな。

 

「お姉ちゃん! 見て見て! またやったよー!」

「うん、上手! でも、気を付けてよ? まだまだいっぱい居るんだから」

「うん、分かった! リジル⋯⋯さぁ、みんな。遊ぼー!」

「私はフラン様と遊びたいですねー」

 

 お姉ちゃんと一緒に、自由気ままに人間を狩っていた。コアはいつもの調子で、お姉ちゃんの周りをうろちょろしてる。戦わないならどこか別の場所で戦ってほしい。私とお姉ちゃんの仲を邪魔するみたいで嫌だから。

 

 鬱憤を晴らすために、お姉様の戦う姿を想像しながら槍を投げ、お姉ちゃんを見ながら剣を振るう。見様見真似だから上手くできてる気はしない。だけど、それでもお姉ちゃん達のように強くなれた気はするから楽しい。

 

「そこまでだ! 吸血鬼! いや⋯⋯北欧の吸血姫という呼び名らしいな。⋯⋯あの時の金髪の吸血鬼も居るのか」

「んー? だぁれ? ⋯⋯あっ! 昨日の竜さん!」

「私無視られてますねー。妖精ですし仕方ないですけどー」

 

 目の前に現れたのは昨日出会った竜に乗った節制の人こと金髪の騎士だった。昨日は何故か竜も死んじゃったけど、今日こそは捕まえたい。もし乗り手を殺せば竜も死んじゃうなら、その時は諦めてウロを食べる事にする。やっぱり、食べ物は生きてる(新鮮な)方が美味しいから。

 

「⋯⋯ティア、コア。下がって」

「え、ですがフラン様」

「いいから。⋯⋯結構前に会った竜使いか。そういや、昨日も見たかな。妹に手を出してたみたいだけど、死にたいの? なら今ここで殺してあげるよ。前みたいに食べ物に気を使う必要無いしね」

 

 珍しくお姉ちゃんが怒ってる気がする。私を腕で制して下がらせたから、顔は見えなかったけど。でも、周りの空気が溢れ出る魔力で歪んで見えるし、明らかに怒ってるんだろうな。

 

「ふんっ、減らず口を⋯⋯。今回はオレだけではない! 今回は最強の助っ人が付いてるからな! 見よ! 我らが騎士の1人、奇跡を使うヨーコだ!」

「はい、ご紹介にあずかりましたヨーコで〜す。そっちの娘は昨日ぶりですね〜」

「⋯⋯おや、敵が増えましたね。どうしましょうかー」

 

 目の前に現れた金髪の女性は、お姉ちゃん達とは似て非なる凶悪な空気を醸し出してる。とても危険で、やな気配。お姉ちゃん達のためにも──早く殺して、消さないと。

 

「あらら。殺気が溢れ出てますよ〜?」

「リジル、ルーン。敵だから穿ち斬る。それ当たり前だよ?」

 

 剣と槍を作り出して特攻しようと翼を広げたと同時に、お姉ちゃんに手で抑えられた。せっかく攻めようとしたところで邪魔されたから、ちょっとだけムカつく。お姉ちゃんの事は好きだから、それで嫌いになんかならないけど。

 

「ティア、あまり前出ちゃダメだからね? 私が守るってお姉様と約束したんだから」

「イヤー。私も戦えるもん! お姉ちゃんこそ、後ろに居て良いよ?」

「へー、なっまいき。ま、別にいっか。守りながら戦うとか難しいんだよねー」

 

 そんな事を言いながらも、私を止めないお姉ちゃんが好き。お姉ちゃんはいつもの身の丈程の燃える剣を作り、両手で構えた。相手は2人と1匹でこっちは2人。数では負けてるけど、私とお姉ちゃんに敵う敵なんていない。

 

「では、私は回復という名の後方支援担当ですので。戦いは任せましたよ〜。最悪の場合、奥の手も用意してますから〜」

「おう! 覚悟しろよ、吸血姉妹!」

 

 竜は勢いづいて滑空し、まるで1本の矢のように猪突猛進で突進する。

 

「あ、その呼び名は好みかも。お前は嫌いだけどな!」

 

 対するお姉ちゃんはカウンターを狙ってか、その場から動こうとはしない。それどころか、まるで守るようにして私の目の前に浮かんでいた。

 

「お姉ちゃん! 私も──! ⋯⋯お姉ちゃん?」

「ど、どうしたんですか?」

 

 お姉ちゃんは私の声にも反応しない程集中して、剣を真っ直ぐと構えて微動だにしない。それどころか目を瞑って、まるで剣の達人のようだ。剣に関しては半人前と自称してるのに。

 

「ふははは! 諦めたか! 死ねぇ!」

「──ここっ!」

 

 お姉ちゃんは剣を振り下ろした。まだ竜に剣が届くはずの無い距離で。

 

「本当に諦めたらしいな! それともばっ⋯⋯なぁっ!?」

 

 だけど、その剣は竜に届いていたらしい。竜の頭は真っ二つに割れ、まるで焼かれたように僅かに黒い煙が出ている。一瞬だけ見えたのが間違いないなら、お姉ちゃんの剣が伸びたみたいだ。

 

「⋯⋯目を瞑って集中した方が魔力って鮮明に見えるんだよね。私だけかもしれないけど。さ、落ちよっか」

 

 お姉ちゃんが竜に微笑みかけた。羽ばたく事をやめた竜は、真っ逆さまに落ちていく。乗っていた節制の人も驚いた顔で一緒に落ちていった。

 

 が、それも僅か数秒だけの事だった。

 

「も〜。世話が焼けますね〜」

 

 節制の人は空中で金髪の女性に受け止められる。今回は前回みたく意識を失ってないみたいで、お姉ちゃんの方を睨み付けていた。コアもそれに気付いたのか、凄い形相で睨んでいる。⋯⋯それは多分、私も同じかな。

 

「あーあ。今なら楽に死ねたのに」

「⋯⋯ふははは! これで終わった思うな! 吸血鬼め! 今回ばかりは前回のようにはいかん!」

 

 無様にも抱かれながら私達と同じ高さまで戻ってきた。今回も前回みたいに落ちていったくせに、何を言ってるんだろう。放っておいたらお姉ちゃんの事を悪く言うだろうし、一刻も早く消したい。

 

「あらら。もう出しますか? 確かに、並のワイバーン程度では瞬殺されちゃいますけど〜」

「最早考える余地は無い。ワイバーンで勝てないなら、より強力な竜を出すしかない! 国のため、人間のため。オレ達はこいつらを倒す必要がある! ヨーコ、お前の奇跡を貸してくれ! 新たなる竜を、より最強の竜を召喚して敵を倒すために!」

「了解です〜」

 

 節制の人は懐から魔力の篭った魔導書を取り出した。ペラペラとページを捲り、あるページを見て捲るのをやめる。魔力が魔導書に集中し、金髪の女性の何かの力も加わって強大な魔力の渦へと変容していく。

 

「──まさかっ! フラン様! 今のあの本は危険です! 早急に奪うか、殺すかしないと──」

「もう遅い! 竜よ! 我が声に導かれ、その姿を現すのだ!」

「私の奇跡も全て使いますね〜。──魔力変化⋯⋯妖力変容」

 

 突如として、空が黒い雲で覆われた。魔導書に金髪の女性が何らかの力を加えると、闇としか表現できない黒いモノで覆われる。そして、少し離れた位置に大きな雷が落ち、目の前が眩い光で満たされた。

 

「こ、これが奇跡を使って召喚した、今召喚し得る最強の⋯⋯」

「あ、あぁ⋯⋯! 竜です! フラン様、ヤバいですよ!」

「これが本当の⋯⋯竜?」

 

 光が消えた先に見えたのは、大きな赤い竜だった。よく絵本で見る四つ足で、身体以上に大きな翼と長い尻尾を持つ大きな竜。赤い瞳は目が合った者を圧倒する程強く鋭い。竜から感じる魔力や妖力は、私達の比じゃない。その大きさは紅魔館よりは小さくても、私達よりは遥かに大きい。多分、全長70mくらい。翼も合わせればもっと大きいかも。

 

 それを目の前にして、みんなして固まってしまう。動けば死ぬ。そう錯覚する程の圧を感じたのだ。

 

『我を呼び起こしたのは貴様か? 人間⋯⋯と、お前か』

 

 竜が口を開いた。いや、正確に言えば開いてない。口を開いてないのに、その勇ましい声が直接頭の中に響いてる感じだ。俗に言うテレパシーみたいなものかな。

 

「はいは〜い。お久しぶりですね〜」

「ヨーコ? この竜を知ってるのか?」

『⋯⋯憐れだな。何も知らずに我を呼んだか。我が名は憤怒の竜、イラ。お前が呼んだのは気分が悪いな。理にかなってるが』

「そんな事言わないでくださいよ〜。ほら、捧げ物もありますし──」

 

 金髪の女性の口元が笑みで歪む。金髪の女性は何の前触れもなく、抱えてた節制の人を竜へと放り投げた。

 

「──人間も吸血鬼も、関係なく⋯⋯自由に暴れてくださいな」

「よ、ヨーコ!? 何故──っ!!」

 

 節制の人は吸い込まれるようにして竜の口へと入った。入った瞬間に断末魔の叫びが聞こえたと思えば、その声も竜の一噛みで消える。

 

『不味いな。捧げ物にしては不服』

「ええ、ですから⋯⋯この場にいる全ての者を喰らっても良いですよ? この場にいる全ての生きとし生けるものが貴女への捧げ物ですから。安心してくださいね。この場から離れる事は、私の能力によって封じてますので」

「──っ! ティア、コア。逃げるよ!」

 

 お姉ちゃんの声で我に返り、気付くとお姉ちゃんに腕を掴まれていた。それはコアも同じようで、お姉ちゃんは私達を引っ張り、翼を広げて全速力で逃走する。

 

「あれはヤバい。本当にヤバい! あるはずの目が⋯⋯目が全く見えないの!」

「目が⋯⋯!? 本当に⋯⋯?」

 

 お姉ちゃんの言葉が本当なのか見ようと振り返る。スクリタの力を通して見た竜は、確かに目らしきモノが見えない。私やお姉ちゃん、コアの目は見えるから、能力に何か不備があるわけじゃない。あの竜の方に何か──

 

 と、その時、竜と目が合った。身体が硬直して動かなくなり、思考も麻痺してきた。

 

「あ、あぐ⋯⋯っ」

「フラン様! ティアちゃんが! ⋯⋯っ、まさか!」

「何!? どうしたの!?」

 

 咄嗟にコアが私の目を手で覆うと、その硬直も徐々に解け、思考も戻ってきた。

 

「ぐぁ⋯⋯はぁっ、はぁっ⋯⋯! な、何今の?」

「魔眼です。それも、私より高位の。絶対にあの竜と目を合わせてはいけません。もしティアちゃんが人間だったら、多分、死んでました」

「怖っ! と、とにかく逃げるよ! 幸い、狙いは私達だけじゃないみたいだし」

 

 お姉ちゃんの言う通り、竜は私達を狙おうとはせず、近くに居た人間達を喰らおうと前足を伸ばして踏み潰す。潰された人間は声も上げずに、竜の口へと消えていった。

 

「でも、どうやら最後にはみんな殺そうとしてるみたいだし⋯⋯まずはお姉様と合流しよう。それからどうするか考えよう。お姉様ならこの異常事態、何かあったと来てくれるはず⋯⋯」

 

 お姉ちゃんの声には確証というよりも願望が込められていた。来るか分からない。だけど、来てほしい。私も同じ気持ちだけど、お姉ちゃんでも敵わない敵に勝つなんて⋯⋯退かせるだけでも良いけど⋯⋯できるのかな。

 

 心配を胸に、私はお姉ちゃんとともにお姉様が居るであろう方角へと向かった────




前回の見直してたら最後だけ雑な感じがする⋯⋯。なので、いずれ直します。

それとは関係無いですが、前回で年越したのに言ってなかったので⋯⋯。

誤字を報告してくださって、ありがとうございます。
最近は無いですが、感想や評価もありがとうございます。
そして、いつも読んでくださって、ありがとうございます( *・ ω・)*_ _))ぺこり

どれも励ましだったり、泣いて喜ぶくらいの喜びを感じてます。これからも罪妹録をよろしくお願いします。では、また次回お会いしましょう。


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29話「憤怒な竜」

さて、今回は前回の続きから。どうやら、合流したらしく⋯⋯
では、お暇な時にでも


 ──Hamartia Scarlet──

 

 背後では竜が暴れている。竜は人間も眷属も関係無く、尻尾や足が届く範囲なら何もかも破壊し尽くす。まるで意思を持つ災害。あらゆる生き物が、その災害に飲み込まれていく。私達は逃げる事しかできず、お姉様を探し回っていた。

 

 それから数分も経たず、お姉ちゃんやコアと一緒に空を飛んでいると、前方から見慣れたシルエットが現れた。その姿が誰かすぐに分かると、私はその人の名前を叫んだ。

 

「お姉様ぁ!」

 

 一度安心できれば、その気持ちを抑える事ができない。私は溢れる気持ちを我慢できずに、文字通りお姉様へ飛び込んだ。

 

「ティア、フラン! 良かった⋯⋯!」

 

 傷の無い私達を見て安堵したのか、お姉様はホッと胸を撫で下ろす。こんなに安心してるお姉様を見たのは初めてだ。もしかしてだけど、何か悪い未来(運命)でも見たのかな。じゃないと、お姉様がこんなに安心しないだろうし。

 

「お姉様、ティア。楽しそうなところ悪いけど、あの竜を何とかしよう? 馬鹿みたいに強くて大きいの。『目』も見えないし、魔眼持ちらしくて⋯⋯」

「目を合わせれば身体が硬直して、動きが止まっちゃうの。人間なら数秒で死ぬんだって」

「何それ怖い。⋯⋯見る限り弱点らしい部位は無いけど、どうしましょうか。よく絵本で見る話だと、口の中に入って内側からー、ってのがあるけど?」

「お姉様、それを言っても誰がするの⋯⋯」

 

 お姉ちゃんの言う通りだ。少なくとも、私は食べるのは良くても、食べられるのは嫌だ。それもお姉様やお姉ちゃん以外には。それに、口から入っても、噛み砕かれて死ぬか、消化される気がするし。

 

「⋯⋯何か別の作戦ある人って居る? 3人寄れば文殊の知恵、って言うけど」

「4人ですよー。私も居ますのでー」

「ことわざよ。気にしないで。⋯⋯ここで長話するのも時間の無駄ね。行き────」

「レェミィリィアァ!!」

 

 お姉様が来た方向から紫色の髪をした女性が飛んできた。その女性の周りには、小さな4色の人型の生き物が浮いていた。どれも姿形は異なるけど、似たような魔力を感じる。それを詳しく考える前に、殺気を感じたから慌てて剣を作り出し、お姉様の前に出た。殺気を感じたのはお姉ちゃんも同じらしく、私よりも前に出ている。

 

「あー⋯⋯まだ追ってきたの? 2人とも、下がっていいわよ。今は争う時じゃない」

「な、何よあの竜!? レミリア、また貴女何か⋯⋯」

「よく見て。私の眷属も食われてるのよ? 味方なわけないじゃない」

「むしろ、人間の味方だと思ってた。救恤の人が召喚した竜だから」

 

 私がそう話すと、紫髪の女性は有り得ない、という感じの驚いた顔を見せた。しかし、すぐさま疑り深い表情へと変わる。

 

「あんな竜、見た事無いわ。私を騙そうとしてないよね? っていうか、この娘達がレミリアの妹なのね。当たり前だけど、姉よりも小さい⋯⋯」

「手を出したら殺すわよ。そもそも、この娘達に勝てるわけないけど」

「話遮るのごめんね。竜はヨーコという人の力を借りた節制の人が召喚した。ついでに、救恤の人はヨーコに投げられて、竜に喰われた。多分、もう生きてない」

「なっ⋯⋯!?」

 

 畳み掛けるように言葉を発すると、いよいよ紫髪の女性は絶句する。思考が追い付かないのか、1人でブツブツと小さく呟き、自問自答し始めた。周りの魔力を感じる生き物達は、そんな女性を心配してか、何か語りかけている。

 

「さて、あの娘は放っておいても大丈夫でしょう。そもそも、気にしてる余裕は無いわ。ティア、触れれば魔眼の力も奪える?」

「うん、大丈夫だと思う。他の魔眼持ち相手は奪えたから。後、応用で相手の力も消せるよ」

「よし。なら、ティアは最後に動きを止める役割ね。自分の能力だとしても、相手を見ただけで殺せる程強力な能力⋯⋯制止くらいできるはずよ。フラン、最大火力ってどのくらい出せる?」

「ん、最大火力? それなら──」

 

 お姉様に聞かれてすぐ、お姉ちゃんは見せびらかすように巨大なレーヴァテインを作り出す。両手で何とか支えれる程の大きさらしく、自分でも制御し切れてないように見える。

 

「──お姉様以上、かな」

「へえ、言うじゃない。なら、トドメは私とフランに任せてちょうだい。後は、囮役だけど⋯⋯」

「お嬢様ぁぁぁぁ! 無事ですかぁぁぁぁ!」

「⋯⋯適役が居たわね」

 

 お姉様が来た方向とは逆方向から、美鈴が物凄い勢いで走ってきた。美鈴も飛べるはずだし、何故飛ばないのか分からない。もしかしたら、飛ぶよりも走る方が速いのかな、美鈴は。

 

「はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯お嬢様!」

「騒々しいわねぇ。自分の持ち場はどうしたのよ?」

「私は門番である前に従者です。ですから、お嬢様の身を案じ⋯⋯」

「はあ⋯⋯だからって持ち場を離れるのはどうなのよ? でも、そうね⋯⋯」

 

 お姉様の表情が、険しいものから優しいものへと変わる。美鈴がここまで来てくれた事を、内心とても喜んでいるらしい。私も、美鈴が来てくれて⋯⋯家族にまた会えてとても嬉しいな。

 

「家よりも家族を大切に思ってくれてる事が分かって私も嬉しいわ。ありがとう、美鈴」

「い、いえ。有り難きお言葉⋯⋯!」

「別にいいわよ。家なんて、壊れようが、爆発しようが、また作り直せばいいのよ。ところで美鈴。あの竜の注意を引けるかしら」

「え、竜って⋯⋯あれですよね?」

 

 美鈴の指差す方向には、未だ暴れる赤い竜の姿がある。口からは炎を吹き、その尻尾はムチのようにしなやかで、簡単に人を殴り殺している。美鈴の言いたい事は分かる。私でも炎を受ければただの火傷じゃ済まないだろうし、尻尾で叩かれれば死ぬかもしれない。

 

「あれね。でも、大丈夫よ。今は他のに気が取られてるみたいだから。⋯⋯いつそれが私達に向くかどうか分からないし」

「わ、分かりました。⋯⋯集中しないと、ですね」

「あのあの、私はどうしましょうかー?」

「ん、貴女⋯⋯。妖精メイドはできる限り、死なないように妹達の援護をお願い」

 

 少しだけ、お姉様の表情が曇り、目が僅かに紅く光ったように見えた。お姉様の目が光るのは能力を使った時が多い。だから多分、何か見えたんだと思う。

 

「⋯⋯はいはーい。了解でーす」

 

 コアはあまり気にしてないのか、笑顔でそう答えた。でも、いつも以上に爽やかな笑顔に見える。

 

「もう何も無い? さて、善は急げよ。作戦が決まったから──」

「待って! ⋯⋯レミリア。1つ提案がある」

「⋯⋯あったのね。何かしら、マジョラム」

 

 小さい生き物と話してたマジョラムと呼ばれた紫髪の人が、お姉様を呼び止めた。先ほどの殺意は何処へやら。その女性からは落ち着いた雰囲気を感じる。だけど、いつの間にか小さい生き物達は居なくなっていた。小さくて可愛い生き物だったから、もう少し観察したかったのに。

 

「どうやら、ここから出れないらしいの。正確には紅い館を中心として半径3kmくらいの結界が張られているみたい。ちょうど黒い雲の大きさと同じくらいよ。だから、ここから出るには元凶らしいあの竜を倒す他無い。しかし、私達人間だと勝てる程相手も弱くない」

「⋯⋯なるほど。それで? 本題は何かしら」

 

 マジョラムは黙ったままお姉様に近付き、何も言わずに右手を差し出す。

 

「⋯⋯一時休戦。協力しましょう。精霊に他の騎士達へ状況を伝えに行かせた。少しすれば、ここに全戦力が集まるはずよ」

「あら、私を恨んでたんじゃないの? 協力するの?」

「恨んでるわ。だからこそ、お前なんかと一緒に死にたくないの。今は騎士として、より多くの仲間を守り、生き残る事が先決よ」

 

 マジョラムの目には、私から見ても決意が見て取れた。何処と無く、お姉様に似た目。色も形も違うけど、その奥にある光はとても似ている。ああ、なんだか⋯⋯人間の中では珍しく、食べてみたいと思える人。

 

「⋯⋯まあ、いいわよ。たまには人間に協力するのもいいわね」

 

 お姉様は差し出された手を握る。その時のお姉様は、何故か嬉しそうに翼を動かしていた。

 

「交渉成立ね。囮役は多い方が良いでしょう? 私達がサポートするから、あの竜を倒して。あれは間違いなく憤怒の竜よ。ここで倒さないと、その脅威はいずれ人の街にも及ぶわ」

「憤怒の⋯⋯? 何それ。まあ、とにかく。これ以上被害が拡大しないうちに、誰かあの竜の気を引けない?」

 

 お姉様の言葉を聞いた途端、みんなの視線が美鈴へと向いた。それにすぐさま気付いた美鈴は、勢いよく首を振って否定の意を示す。

 

「なんでみんなしてこっちを見るんですか!? 1人は絶対に無理ですからね!?」

「まだ何も言ってないわよ」

「お姉様、私、先行ってもいーい?」

「ダメ。絶対ダメ。貴女は最後よ」

 

 お姉様って、どうしてこんなに過保護なんだろう。私の事をいつまでも子供として見てるのかな。もしそうなら、この戦いが終わった後、もう子供じゃないって事を⋯⋯見せれたらいいな。

 

「⋯⋯コア、適当に撹乱しに行かない? 美鈴は本番の時、動けないと困るし」

「もちろんです! フラン様が行くなら山でも谷でも、どこへだって付いて行きます!」

「⋯⋯山は無いけどねぇ」

「お姉様? どこ見て言ってるのかな?」

「別に? 何でも無いわよ」

 

 お姉様、明らか胸を見てた気がする。お姉様やお姉ちゃん、そんなに胸の事が気になるのかな。些か過剰反応し過ぎじゃないかな、っていつも思う。やっぱり、お姉ちゃん達は小さいからかな。お姉様が大きい方が良いと言ってたし。

 

「ふーん。ま、いいや。じゃ、行ってくるね。コア、行くよー」

「はいはーい。一生付いて行きますねー」

「だから重いって。全く、ティアもそうだけど、私の周りってこんなのばっかなのかな⋯⋯」

 

 凄く聞き捨てならない事が聞こえたけど、詳細を聞く前にお姉ちゃんは赤い竜の居る方向へ飛び立った。コアも後を追いかけるようにして飛んだけど、その時の顔が爽やかな笑顔に見えた。

 

「ねぇ、レミリア。⋯⋯戦う前っていつもこんな感じなの?」

「こんな感じって⋯⋯何が?」

「いやいや。貴方達、気が軽すぎない? 普通、もっと真剣にというか、重いものだと思うけど⋯⋯」

「これくらいがちょうど良いのよ。戦争なんて、いつ何処で誰が死ぬかなんて分からないんだし。いつだって明るく楽しく、ね?」

 

 お姉様はこちらを見て笑顔でそう言った。つられて私も笑顔で頷く。

 

「価値観が違うのかしら。人間と吸血鬼では。⋯⋯あら、来たみたいよ」

「思ったより早かったわね。⋯⋯さあ、ここから反撃開始ね」

 

 遠くから近付く多くの影。それを背に、お姉様はグングニルを作り出し、手に構えた────




気付いたらお気に入り者数が100になってました。これも読者様や評価してくださった皆様のお陰です。
皆様、いつもありがとうございます(*・ω・)*_ _)


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30話「強欲な妖怪」

さて、お久しぶりです。罪妹録もいよいよ30話。予定だと三分の一は既に終了しました。まだティアちゃん65歳児なのにね!(

今回は前回の続きから。では、ごゆるりと⋯⋯


 ──Hamartia Scarlet──

 

 あれから事態を聞きつけた人間達やヴラドが集まり、情報を共有、共闘する事になった。初めて人間と共闘する事になり、眷属達は不満そうだったけど、ヴラドとお姉様がそれを「馬鹿馬鹿しい」と一蹴した。そして現在、ヴラド率いる眷属と忍耐の騎士という人が率いる人間達は協力して竜の足止めをしてくれている。残ったのは囮役の美鈴と美鈴を強化する役の人間達。そして、私とお姉様だけだ。

 

「ティア、作戦通りに行くわよ。美鈴が準備できたら、竜に向かって行くから。途中までは援護するけど、危険だと感じたらすぐに逃げなさいよ?」

「うん、分かった。でも、頑張るね。竜の能力、奪ってみせるから」

「ほっほっほ。良いものですな、吸血鬼とはいえ、家族というものは。さて、私の能力は使い終わりましたぞ」

 

 そう言ったのは『他人を鼓舞する程度の能力』を持つらしい救恤の騎士である白髪のおじさん。美鈴と戦ってたらしいけど、戦局を聞いてすぐさまやって来たんだとか。美鈴に能力を使って鼓舞し、全ての身体能力を上げてくれてる良い人。でも、食べたいとは思わない。

 

『私達も終わったよ! ご主人様!』

 

 マジョラムの小さい生き物達は美鈴の周りを浮かびながら、楽しそうに言葉を発した。よく見るとどれも人の姿に見えるけど、私達のような完全な人ではない。多分、昔本で見た精霊達と姿が酷似してるから、それなのかな。名前は忘れちゃったけど。

 

「という事らしいから、私達のバフもかけ終わった。風、水、火、土。4人の精霊は自然の加護を与えてくれる。レミリア、精霊をその人に付与したから、私には何もできない。だから、後は任せる」

「⋯⋯ええ、分かったわ。ありがとう、マジョラム」

「吸血鬼に⋯⋯しかも貴女にお礼を言われるなんて、なんだかねぇ⋯⋯。私が選んだ事なんだけど」

「悪魔と協力(契約)した時点で貴女の負けよ? もう引き返せないわ」

 

 珍しい。お姉様が私達以外に心からの笑顔を見せるなんて。それ程この人間の事が気に入ったのかな。私も好きになれると思った人だけど、お姉様に好かれるのは許せないな。終わった後、私のお姉様に手を出さないかしっかり見張っておかないと。

 

「あらそう。⋯⋯じゃあ、ここで見てるから。私が死んだら、精霊達も消えちゃうし」

「ええ、分かったわ。⋯⋯美鈴」

「はい! 準備は万端、いつでも行けます!」

「なら、行きましょうか。ティア、貴女も一緒に来なさい」

 

 お姉様に手を引かれ、空へ飛ぶ。温かいお姉様の手。もっとそれを感じたいけど、今はそんな余裕は無い。だから、早く終わらせて、またお姉様やお姉ちゃんと平和な日々を⋯⋯。

 

 それにしても、何故美鈴は走って移動してるんだろう。飛ぶよりも走る方が速い事ってあるのかな。と思ってたけど、私達と同じ速度だから別に気にしなくていっか。

 

「さぁ、ティア。まずはフランを見つけましょうか。ついでに、攻撃できる時に攻撃を! グングニル!」

「うん! リジル、ルイン!」

 

 お姉様に合わせて、両手に剣と槍を生成する。お姉様と違って魔力で作ってる物だから、『同じ』になれないのは残念だ。今はそんな事気にしてる時じゃないんだけど。

 

「フラン! 私が来たわよー!」

「オーケー! 手伝ってー!」

 

 お姉ちゃんの声を聞き取ったお姉様は、竜の背後から槍を投擲する。が、鱗が硬すぎるのか、いとも容易く弾かれる。それどころか、竜は全く意に介さず、お姉ちゃん達の方を見続けていた。

 

「ちっ、流石にただ投げるだけじゃ効かないわね」

 

 問題のお姉ちゃんはどうやら竜と対面してるらしく、竜の大きな身体を挟んで向こう側には大きな火柱が見えた。多分、正確には火柱じゃなくてお姉ちゃんのレーヴァテインかな。とても荒々しく吹き荒れてる。

 

「ティア、先に能力を奪いに行きましょう。フラン達に注意が向いてるうちに」

「分かった。お姉様、付いてきて。剣が刺されば⋯⋯奪えるはずっ!」

 

 剣を突き出した状態で竜の背中に向かって飛びかかった。

 

 ──その瞬間、視界の隅にあの金髪の女性が映った。

 

「っ!? ティア!」

「あ、お姉様──」

 

 その刹那、私を庇おうとしたお姉様が私の前に入ってくる。しっかりと剣は避けてる辺り、流石としか言いようがない。そして、それとほぼ同時に、お姉様の先に黒い渦が見えた。急に止まる事ができなかった私は、お姉様にぶつかり、巻き込んでその渦の中へと入ってしまう。

 

「はい、()()()、ごあんな〜い」

 

 金髪の女性の声が聞こえたと思うと、先ほどまでの景色と一変する。場所は変わって赤い竜の真上。だが、周囲は球型の薄く白い障壁か何かに囲まれている。大きさは半径50mも無さそうだけど、広く感じる。

 

「⋯⋯あ! お姉様、ごめんなさい! 大丈夫!?」

「ええ、大丈夫よ。⋯⋯ティア、そんな悲しそうな顔しないの。傷なんて付いてないから。それより⋯⋯目の前の敵に集中しましょう」

 

 お姉様の睨む先には金髪の女性──ヨーコが浮かんでいた。何が面白いのか私達を見て気味の悪い笑みを浮かべている。鬱陶しいし、私とお姉様だけの空間に割り込んでる気がするから、速攻殺さなければ。それに、いつまでも閉じ込められるわけにはいかないし。

 

「あら〜。もう少しお話してもいいんですよ? 私は見てますので〜」

「貴女の目の前で? 嫌よ、そんなの。どうせ時間稼ぎが目的なんでしょ? 動きを止めれるであろうティアの。それに、私達を化かしてる相手に、これ以上そんな隙を見せると思う?」

「⋯⋯初対面で看破できます? 化け物ですね〜」

「むっ。お姉様に向かって何を──」

 

 飛び出そうとすると、お姉様に手で制された。顔はいつになく険しく、その目はお姉ちゃんと喧嘩する時よりも鋭く怖い。初めて、お姉様に畏怖という感情を抱いたかもしれない。この人を敵に回したら絶対に負ける。敵対してないのに、そんな錯覚をした。

 

「ティア、安っぽい挑発に乗らないの。それより、早く正体を現しなさい。貴女から私と似た妖気を感じるわ。微量だけど。でも、人間じゃないでしょ?」

「⋯⋯やはり、厄介ですね。力量が近い()()な吸血鬼は。いいでしょう。貴女に免じて、姿を見せましょう。まぁ、本当は偽る必要が無いからなんですけどね〜」

 

 金髪の女性の姿が変わる。頭から2つの金色の耳が生え、大きくてモフモフな先だけが白い金色の尻尾が1本、腰から生える。その瞬間、今まで封じてたものを一度に解放したかの如く、一瞬で強力な妖力がその空間に満ちた。そして、金髪の女性は鋭い牙を見せるように、こちらに笑顔を向ける。だが、まるでその顔は何もかも嘲笑って、見下すかのようなものだった。

 

 触れる妖力は冷たく、何も感じない。まるで心が無いかのように。お姉様とはまた違った意味で畏怖を感じる。

 

「⋯⋯聞いた事があるわね。最大9本、尻尾の数によってその力が変わるという東洋の大妖怪。名前から察してはいたけれど⋯⋯天狐、もしくは妖狐と呼ばれる者ね。というか、隠す気無いでしょ?」

「ありませんよ〜。それなのに、私の言葉を素直に信じる人間達ときたら⋯⋯無様で面白くて⋯⋯笑いがこみ上げてくるかと思いました〜。まぁ、笑えませんでしたけどね」

 

 クスクスと嘲笑う口元を手で隠す。いかにも上品そうに笑ってはいるが、それが嫌悪すべきものである事は、私でも分かる。お姉様は相変わらず鋭い殺気を放っているが、相手がそれに押されてるようには見えない。

 

「ティア、こいつは厄介よ。逃げるわよ。いいわね?」

「う、うん⋯⋯!」

「⋯⋯大丈夫そうね。グングニルッ!」

 

 私が返事するとすぐさま槍を構え、誰居ない方向に向かって力強く槍を投げつける。

 

 ──が、周りの球型の障壁は壊れず、お姉様の槍は儚く散った。

 

「なっ⋯⋯!? 今のは全力よ!?」

「⋯⋯クスッ。残念ですね〜。全力でも壊せなくて」

「このっ⋯⋯!」

 

 お姉様の顔が怒りで歪む。妖狐の挑発にかなり怒ってるようだった。でも、お姉様の気持ちも分かる。私だって、お姉様を馬鹿にされてムカついてる。

 

「ティア、やっぱり予定変更。この元凶を殺して、ここから脱出する!」

「お、お姉様! 落ち着いて! 冷静に⋯⋯ね?」

「あら、私はいつだって冷静よ? グングニル、死ねっ!」

 

 容赦ない一撃が妖狐を襲う。が、素早い妖狐を捉えきれず、槍は空を切って障壁に当たって砕けた。それを見た妖狐は、更に酷く見下した笑顔を見せる。

 

「あらあら〜。怒りで狙いがブレてますよ〜?」

「あの女狐⋯⋯!」

 

 煽られて頭に来たのか、お姉様は三度(みたび)槍を作り出して、妖狐に特攻する。

 

「あ、お姉様! 行っちゃ⋯⋯あれ?」

 

 そう言えば、この障壁、前に止められた物と同じじゃないのかな。前の時は透明だったのに、どうして白い色なんだろう。いや、流石に私の武器とお姉様の武器を止めれるような物、幾つもあるわけない。なら、きっと同じはず。それなのに、何故違うのか。⋯⋯もしかして、お姉様を罠に──

 

「っ! お姉様、私が先に行く!」

 

 それに気付いた時、私はお姉様の服を掴んで後ろに突き出し、我先にと妖狐に突っ込んでいた。

 

「え、ちょっ⋯⋯!?」

「⋯⋯おっと?」

 

 そして、ある一定まで近付いた瞬間、前に出していた槍に見えない壁のような感触を感じた。

 

 やっぱり、特攻したお姉様を嵌めようとして、わざと白い障壁を張ってたんだ。目に見えたら、無意識に目に見える物だけに集中する。だから、初めて戦うお姉様相手に策を講じていた。⋯⋯でも、お姉様の話通りなら、妖狐は私を狙ったはず。それなのに、どうしてお姉様の対策なんかできたんだろう。

 

『ティア! その15cm程左、攻撃しテ!』

「──はぁっ!」

 

 突然脳内に聞こえたスクリタの声。我に返った私は訳も分からず、その指示通りに障壁に剣をぶつける。すると、ガラスのような音を立て、障壁はバラバラに崩れ落ちた。

 

「な、何──っ!?」

「⋯⋯ありがと、愛しい妹(スクリタ)

『ティア、妹違ウ。姉』

 

 小さな声で話を交わしながらも、すぐさまお姉様の方を振り向く。

 

「お姉様!」

「ええ──はぁっ!」

 

 お姉様は私の合図に呼応して、すぐさま槍を投擲する。放たれた槍は、今度こそ妖狐に命中した。しかし、慌てながらも避けようとした結果か、致命傷を避けるように、槍は左肩に当たったらしい。そのまま槍は肩を貫き、障壁にぶつかって砕け散る。妖狐の左肩は抉られたが、まだまだ余裕そうではあった。

 

「ちっ⋯⋯。流石にここまでは()()ませんでしたね。私とした事が、失敗失敗」

「⋯⋯()()? まさか、予知でも使えるのかしら?」

「さぁ、どうでしょうね? ともかく、もうしばらく遊んでもらいますよ? どうやってその娘が私の結界を破ったのかは知りませんが、二度も同じ手は喰らいません」

 

 先ほどの嘲笑う顔は何処へやら。一変して真剣な眼差しでこちらを見ている。どうやら、もう油断はしてくれないらしい。周りに満ちる妖力も殺気を感じる程濃く、鋭くなっている。

 

「⋯⋯ここからが本番かしら? でも、妹を傷付ける奴らに手加減無用。こちらも⋯⋯本気で行くわよ」

 

 お姉様は再び槍を召喚し、その矛先を威嚇するかの如く敵へ向ける。妖狐はそれを見ても大きな反応は示さず、ただ偏に私達を見つめていた。いや、観察していたと言った方が正しいかもしれない。実際、妖狐の目は疑り深く探るような目に見えた。

 

「⋯⋯ティア、私が気を引くから、貴女は周りの結界を破って」

「わ、分かった。頑張る⋯⋯」

「ええ、頑張りなさい。じゃあ、任せたわ」

 

 お姉様は目立つように大きく旋回しながら、槍を薙ぎ払うようにして妖狐に放つ。が、妖狐は見切っていたのか、いとも容易く片手で受け止めていた。

 

『ティア、目的に集中しテ。右後ロ。1箇所だけ脆い部分があル。というか、多分アレが目』

「う、うん⋯⋯」

『⋯⋯オネー様なら大丈夫。心配ハ無用。今は目の前の事ニ集中』

「わ、分かった! ⋯⋯ありがとうね、スクリタ」

 

 スクリタのお陰で、迷いなく目的を実行する事ができる。1人だと不安な事も、2人なら安心して実行できそうだ。現に、今もその状態だから。

 

「お礼はいイ。先に、オネー様のために目的を遂行、ネ」

「うん!」

 

 スクリタの言った場所に急いで向かい、詳しい場所を聞いて、見て、発見した脆い部分に剣を振るう。すると一瞬だけ大きな金属音が響き、振動が伝達するようにして障壁を走る。ヒビらしき物は見えないけど、その魔力から、障壁は明らかに不安定な状態だと分かる。

 

「貴女、私の結界に手を──」

「残念! 貴女の相手は私よ!」

「ちっ⋯⋯!」

 

 妖狐が攻撃しようと手を出したみたいだけど、お姉様が止めてくれた。今のうちに結果を出さないと。お姉様が頑張ってくれているのが無駄になる。それだけはダメだ。お姉様が報われないなんて結果は、絶対にしたらいけない。

 

「リジル──砕いて!」

 

 再び剣を振り上げ、結界に突き刺した。今度こそ剣は深々と結界に突き刺さる。それを合図に、結界はガラスの割れる音とともに跡形も無く砕け散った。

 

「お姉様! やったよ!」

「ナイスっ! 残念ね、そろそろお暇させていただくわ」

「この状況で厄介そうな貴方達を──っ!? 次から次へと⋯⋯! いいでしょう。ここは見逃してあげますわ」

 

 妖狐は一言、そう言い放つと、空中に黒い渦を作って入り込み、姿を消した。お姉様も私も深追いしようとはせず、急いで竜と戦いを繰り広げる下へと目を向ける。

 

「な⋯⋯ティア、急ぐわよ! 作戦通りに!」

「う、うん!」

 

 目下の戦場では、信じ難い無残な光景が広がっていた────




次回はこれまでの比じゃない程内容濃いので、すいませんが、もう少し先になるかもしれません。三日以内には書ききりたい⋯⋯(願望)


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31話「致命的な傷」

今回からしばらくほぼシリアスでお送りします。ほのぼの要素があまり無いので、苦手な方はご注意を。

さて、今回はいつもよりちょっとシリアスで長め。最初の時間軸はレミリアとティアが戦ってる時のお話。

心の準備ができた方は、どうぞ


 ──Vlad the Impaler──

 

 親友の娘達とともに挑んだ人間との戦争。それが何を間違えたのか、赤い竜との戦いへと変わった。被害は人間との戦いよりも酷くなり、人間と合わせても戦える者は残り300を切っただろう。

 

 思えば何かと竜と縁がある。これももしや、私が招いた運命かもしれない。竜との縁が濃い私が居た影響で、何らかの間違いが起きた可能性も無きにしも非ず。しかし、今どんな愚痴を言おうとも変わりはしない。私は友との約束を守り、この娘達も守る。それが家の長として、吸血鬼としての役目なのだろう。

 

「ヴラド公! 作戦失敗です! 上空を!」

「何? ⋯⋯なっ!?」

 

 部下の1人が告げた言葉。それを頼りに上空を見やると、誰かと対峙するレミリア嬢とその妹が見えた。作戦通りなら(かなめ)はあの2人。見る限り白い結界か何かに捕えられてるようだった。

 

「がはっ──!」

「な、なんだ⋯⋯っ!?」

 

 突然、隣に紅魔館の門番が飛ばされてきた。どうやら竜の尻尾で飛ばされたらしく、血を吐いて倒れている。加護を付与していたらしい精霊達も力なく近くで倒れていた。慌ててその門番にレミリア嬢の黄色い髪の妹が駆け寄っていた。

 

「美鈴! 大丈夫!?」

 

 心配そうな顔で彼女を介抱している。しかし、私は目の前の事以外を事を考えていた。

 

 確か彼女は囮役だったはずだ。その門番が倒されたという事は──

 

「た、助け──あっ」

『グルァァァァ!』

 

 ──竜が再び、人間も吸血鬼も見境無く襲いかかるという事になる。早速眷属の1人が踏み潰されたところが目に映る。ここで代わりの誰かが出なければ、更に被害が大きくなるかもしれない。

 

「くっ⋯⋯は、早く引き付けなければ⋯⋯ごほっ⋯⋯!」

「美鈴! 無理しないで。これ以上動けば本当に死んじゃう」

「で、ですが、私がどうにかしなければ⋯⋯」

 

 いや、誰かがと期待するなど、吸血鬼の名が廃る。

 

「⋯⋯いや、その役目は私が果たそう。機敏に動けるわけではないが、注意くらいは引けるはずだ」

「ヴ、ヴラドさん⋯⋯」

「⋯⋯大丈夫? 何なら私も手伝うよ」

 

 子供が頑張っているのだから、大人である私も頑張らなければならない。昔の私なら、竜に挑むなど思いもしなかっただろう。しかし、こうして私の目の前で子供が頑張っているのだ。私も負けてられない。

 

「いいや、貴嬢はトドメ役であろう。最後に備えるのだ。私は一撃必殺というものが苦手でな。その役目ができないからこそ、囮役を引き受けるのである」

「⋯⋯分かった。お願いする。コア! 美鈴を安全な場所に連れて行って」

「了解です!」

「⋯⋯さて、行くとしよう」

 

 槍を構え、竜に向ける。竜はチラリと見るも、すぐに興味が失せたように目を背ける。そして、こちらに目もくれず、近くに居る人間や眷属達を襲っていた。本当に見境無い。それなのに誰も手足が出ない程に強い。

 

 しかし、そんな竜も余裕からか飛び立とうとせず、未だに地面から足を離さない。竜とはいえ、その余裕にこそ付け入る隙がある。以前、修行と称して()に試した攻撃。あの時は気付かれて逃げられたが、油断している今はその心配も無い。

 

「相手にする気もないか。それなら⋯⋯!」

 

 走って竜に近付く。そして、攻撃の射程距離内に入ると、歩みを止め、槍を持っていない方の手で地面に触れる。すると、地面に妖力という名の衝撃が走る。

 

「喰らえ! カズィクル・ベイ!」

 

 地面を伝った衝撃が、竜の真下で爆発する。爆発が起きたその刹那、その妖力は数多の杭として竜を襲い、竜の鱗を抉った。流石の竜も慌てて飛び立ち、杭から逃れる。そして、竜は脇目も振らずに私の方を睨み付けた。

 

『グルァァァァ! 貴様か!』

 

 その声は(まさ)しく咆哮。一声だけで聞いた者を圧倒し、大気を振動させる。魔眼の力を使っていないはずが、その場に居る誰もが一瞬だけ動けなくなった。

 

「ようやく見たか! 竜よ!」

 

 それでも必死に手足を、口を動かす。そうして1歩、前に出た時だった。

 

『納得した。⋯⋯竜公(ドラクル)の子か。しかし、血は薄いな』

「──っな!?」

 

 いつの間にか。その言葉が適してるのだろう。ただ瞬きした一瞬のうちに、赤い竜は私の真上に浮いていた。

 

『我を傷付けし者よ。その力を認めよう。しかし、我を傷付けた事を償え!』

 

 竜は怒りを露わにした。空中で回転したかと思えば、次の瞬間、大きな尻尾が自分の身体に触れていた。

 

「ぐぁ!?」

 

 どれだけ飛ばされたのか分からない。ただ、身体が動かない。右半身は何も感じず、目を開ける事さえままならない。

 

『そこで寝ていろ。同族の(よし)みで殺しはせぬ』

 

 屈辱的な言葉を受けながらも、私は何もできず、そのまま目を閉じた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Frandre Scarlet──

 

 美鈴に続き、ヴラドも倒された。本当に数秒の事だった。ヴラドも竜を傷付けるなど倒す貢献はしたけど、それも致命傷じゃない。美鈴も色々な支援を受けてたはずなのに、数分程度で倒された。最初は調子が良かったのに、いつの間にか逆転されていた。たった1匹の生物に。本当に文字通り、為す術が無い程強い。

 

「どうして⋯⋯どうして目が見えないの⋯⋯。見えれば、1発だったのに⋯⋯」

 

 私には力無く叫ぶ事しかできない。今攻撃しに行っても、2人や他のみんなのように軽く(あしら)われるだけだ。

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃんっ!」

 

 何処からともなく、愛する妹の声が聞こえた。

 

「え、ティア──わふっ!?」

「良かったァ!」

 

 その方向を見る前に、身体全体で柔らかい感触を感じる。こんな時でも、いや、こんな時だからこそ。無事な姿を見て安心したのだろう。ティアが抱き着いてきたらしい。

 

「ティア、それは後でにしなさい」

「あ、うん⋯⋯分かった」

 

 続けてお姉様もやって来た。ティアと違い、落ち着いている。

 

「さあ、これ以上被害を広げるわけにはいかないわ。⋯⋯ところで、美鈴はどうしたの?」

「⋯⋯倒された。でも、まだ生きてる。ヴラドも倒されて生死不明。他の人達もどんどん⋯⋯」

「──そ、っか。分かったわ。なら、尚更早く終わらせないとね。フラン、貴女も来てちょうだい。ここでトドメを刺すわ。ティア、援護するわ。だから、お願い」

「うん! 分かってるよ!」

 

 元気な、しかし決意の篭った声を出して、ティアは真っ直ぐと竜の元へと飛んでいく。ティアに続くように飛び立ち、剣を構えて竜の周りを飛ぶ。

 

『やはり、分からぬ。力の差を知り⋯⋯』

 

 脳内に直接、竜の声が響く。気にせず翼を狙って剣を振るうも、鱗には浅い傷しか付けれない。

 

『己の無力さを知り⋯⋯』

「お姉ちゃん! そこ退いて!」

「っ──分かった!」

 

 ティアがヴラドが傷付けた足を狙って特攻する。が、竜はそれを見つけたのか、竜の尻尾がティアの目前にまで迫った。

 

『尚も我に立ち向かうのか』

「させるか!」

 

 しかし、ティアに当たるよりも先に、その尻尾に大きな妖力の塊がぶつかる。その反動で尻尾は半ば強制的に退かされた。竜は憎々しげにその妖力を──槍を放ったレミリア(私の姉)を見ていた。

 

「妹に手は出させないっ!」

「ありがとっ!」

 

 ティアはお姉様の助けもあって、傷付いた後ろ足まで辿り着く。そして、手に剣を召喚し、傷口に力強く差し込んだ。ティアはそれでは飽き足らず、差し込んだ剣を拗じり、引き抜いた。が、肝心の竜は何も反応を示さない。まるで、刺された事すら気付いてないかのように。

 

「奪っ⋯⋯た! じゃあねっ! 移動(ラド)!」

 

 ティアはルーン魔法で即座にお姉様の元へと戻っていた。それを見て成功を確信した私は、レーヴァテインを握る力を強める。更に魔力も妖力も全てを注ぎ込み、特大サイズのレーヴァテインを構築した。

 

「さぁ、こっちを見て、赤い竜(イラ)!」

『我が名を気安く──む?』

 

 ティアが出会った時に一度だけ聞いた名前を叫ぶと、竜は鋭い目でティアを見た。そして、ティアと竜の目が合った。その瞬間、竜は怪訝な声を出して歩みを止める。

 

「お姉様、お姉ちゃん。お願い!」

「任されたっ!」

 

 ティアの声を聞き取り、傷付いた足を狙って突撃する。最接近した瞬間に、動かない竜の足を斬り下ろそうと、剣を振り上げ──

 

『⋯⋯なるほど。つまらぬ』

「──え?」

 

 一瞬の出来事だった。

 

「ティアァ!」

 

 竜は何事も無かったかのように動き出し、手始めにティアを狙って前足を振るった。だが、その一瞬の間に、ティアを守るようにしてお姉様が飛び込んだのが見えた。しかし、それでも視界の端で、血に染まり、首が曲がって落ちていく2人の姿が見えた。

 

 私はそれを見ただけで、全ての力が抜ける感じがした。

 

『次は貴様だな』

「ぁく──っ!?」

 

 竜の死の宣告とも言うべき言葉に我に返る。せめて刺し違えようと慌てて剣を振り下ろすも、力が入らず致命傷とは行かない。それでも、それなりに深い傷を負わせる事ができたが、もう竜の尻尾が目前に控えてた。

 

「⋯⋯⋯⋯はぁ」

 

 終わりを確信した私はその場で動きを止める。力を抜き、羽ばたく事をやめる。

 

 私には何もできない。何をしても意味が無い。姉も妹も、守る事さえできずに何処かに消えた。せめて最後くらい、お姉様とティアと、みんなで一緒の場所に居たかった。でも、最早叶う事は──

 

『これで終わりだな』

「いいえ、まだ⋯⋯まだです!」

 

 誰かに押された。と同時に、目の前で強い風を切る音が聞こえた。何かがぶつかり、潰れたような気味の悪い音も聞こえた。それに、身体に生温かい液体がかかった。

 

「え⋯⋯? あっ⋯⋯!?」

 

 それが何を意味する音なのかは、飛ばされたモノを見てすぐに気付いた。

 

『⋯⋯戦意喪失。そうだ、それが普通だ。手間をかけさせるな。良かったな、小娘。()が落ち着き始めて』

 

 竜が私に興味を無くしたかのように立ち去る。が、竜の声が脳内で木霊(こだま)する。それが今の私には騒音にしか聞こえず、首を振って無理矢理掻き消す。音が消えたと同時に竜に飛ばされたモノに駆け寄った。

 

「なんで⋯⋯? なんで、私を庇ったの? 貴女が死ぬ必要は無いのに⋯⋯! 答えてよ⋯⋯コア!」

 

 目の前でコアは血反吐を出していた。竜の尻尾に殴られた衝撃か、それとも地面に叩き付けられたせいなのか。いつも見るコアの姿とは全く違う。胸は砕け、手足は変な方向に曲がり、見るも無残な姿で横たわっていた。

 

「お、思ったより、効き、ますね⋯⋯。でも⋯⋯良かっ、た。無事で⋯⋯。美鈴は、ご心配なく⋯⋯今は、紅魔館の中、で⋯⋯」

「喋らないで! 今、何とか、何とかするから!」

 

 とは言ったものの、私は回復魔法なんて使えない。いつも壊してばかりだったから。挙句の果てに、能力も破壊する事しかできない。私には、傷付ける事しかできない。私に人は救えない。

 

 ──いや、違う! 私は何を考えているのだろう。どうしてこんなに、ネガティブな事ばかり考えているのだろう。とにかく、コアに魔力を注ぎ込んで、何とか⋯⋯。

 

「ダメ⋯⋯です。私は、もう⋯⋯」

「バカ! 無理かどうかなんて言う前に、生きる努力して! 私が言えた事じゃないけど、もう⋯⋯私の目の前で死なないで⋯⋯!」

「⋯⋯い、え。大丈夫⋯⋯です。フラン様⋯⋯ティア、ちゃん⋯⋯生きて、ますから⋯⋯」

「⋯⋯え?」

 

 頭が真っ白になる。さっきお姉様と一緒に、血だらけで飛ばされていたはず。それどころか、曲がってはいけない方向に首が曲がっていたはずだ。あれで助かるはずなんて無い。

 

「ここから⋯⋯あっちに、真っ直ぐ⋯⋯」

 

 コアは最後の力を振り絞り、ある方向を指差した。

 

「わ、分かったからもう喋んないでよ! ⋯⋯お願いだから、これ以上は⋯⋯喋らないで⋯⋯」

「フラン様⋯⋯私は、嬉しいです⋯⋯。フラン様に、会えた事⋯⋯。お嬢様に、仕えれた事⋯⋯。そして、ティアちゃんとも、本性を現し、た数日だけ、だけど⋯⋯楽しく話せ、た事⋯⋯」

 

 目の前の妖力が消えていく。妖力は妖怪にとって命と同義。それが消えるという事は、同時に命も消えるという事。

 

「⋯⋯やめて。やめてやめてやめて! 消えないで⋯⋯! ずっと、一緒に居てくれたじゃん! 生まれた時も、ティアと初めて会った時も! 今までずっと! なのに、どうして!」

「い、いえ。違い、ますよ⋯⋯? 消える、とは⋯⋯ちょっと⋯⋯違います⋯⋯」

 

 そう言いながらも、コアは辛そうに咳をし、血を吐いた。

 

「フラン様⋯⋯。これは一時の別れ⋯⋯バイバイ⋯⋯」

「コア! コアっ!」

 

 最後にそう言い残し、コアは静かに目を閉じた。

 

「あ、ああぁ⋯⋯っ。なん、で⋯⋯! う、ぐすっ⋯⋯うあぁ⋯⋯」

 

 自然と瞼が熱くなり、涙が零れる。声を、感情を押し殺して目を擦る。

 

 しかし、だかと言って、これ以上何も失うわけにはいかない。

 

「あ、あぁ⋯⋯! てぃ、あ⋯⋯っ!」

 

 立ち上がって、無理矢理足を動かす。最後にコアが示してくれた方向へと急いで飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ⋯⋯ティア!」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 コアが死んだ場所から少し離れたところ。竜の近くに、血の海の中心で静かに横たわる姉と、その目の前で力無く座り込むティアの姿を見つけた。ティアもお姉様と同じように血に濡れ、髪や服、手が真っ赤に染まっていた。顔からはいつもの笑みが消え、初めて出会った時以上に感情の無い目をしていた。

 

 そして、横たわるお姉様はと言うと、生力の無い爽やかな顔で眠っていた。

 

「え、あ⋯⋯。てぃ、ティア、大丈夫? ね、ティア⋯⋯」

 

 私が話しても反応を示さない。何故かは分かる。お姉様が動かないからだ。竜の爪をモロに受けたのか、胸部から腹部にかけて服が裂けていた。服は裂けていても、見たところ傷跡は無い。だが、呼吸をせず、いつもは耳を澄ませば聞こえるはずの心臓の鼓動も聞こえず、ピクリともしない。

 

「⋯⋯おかしいね。私、ウロからいっぱい貰ったのに。不老不死にもなれる力を貰ったのに。お姉様、起きてくれないの」

「うろ⋯⋯? な、何言ってるの?」

 

 ティアは淡々と言葉を発する。その言葉に何も感情は感じず、まるで機械のように、与えられた言葉を発してるだけにも思えた。

 

「⋯⋯私だけなの、起きたの。お姉様に権能を使って、傷を治したはずなのに、どうしてなんだろう。どうして⋯⋯お姉様は起きてくれないんだろ? もう、傷は無いのに。こんな時でも、私を驚かせたいのかな? なら、もう驚いたよ。だから⋯⋯」

「ティア! もう、やめて⋯⋯」

 

 聞いてるだけで辛くなる。もうこれ以上は聞きたくない。そう思って、ティアに近付く。

 

「ティア、聞いて。多分、お姉様は、もう⋯⋯」

「多分? 何言ってるの? お姉ちゃん、大丈夫だよ。心配しないで。⋯⋯すぐに治すから。お姉様を起こしてみせるから」

「違うの。お姉様が治せないんじゃなくて⋯⋯!」

 

 私の言葉が聞こえないのか、ティアはお姉様に頬に触れる。触れている手に何かの力を集中させ、そこからその力を注ぎ込んだ。すると、裂けていた跡すらも消え、姿()()()()元通りに戻った。

 

「お姉様。ねぇ、お姉様⋯⋯。起きて、ね? 起きよ? もう起きる時間だよ?」

「ティア⋯⋯お願い、聞いて! お姉様は、もう⋯⋯死んで──」

「あ⋯⋯うあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 ティアは突然耳を手で塞ぎ、体を丸める。その姿は胎児のようだった。

 

「違う、違ウ違ウ違ウ違ウ違ウ違ウ違ウ──違ウッ! お姉様は死んでなイ! まだ、まだ生キテる! ただ起きナイだけなノ!」

「死んでるよ! お姉様は、死んでるよ⋯⋯。心音もしない、呼吸もしない。ただ形だけがそのままで、中身は空っぽな死体よ! これのどこが死んでないの!? ちゃんと現実を見て! ⋯⋯もう、貴女まで⋯⋯壊れないで⋯⋯!」

 

 これ以上、誰かが死ぬのを、壊れるのも見たくない。初めて奪われる側の気持ちが分かった。今まで私がしてきた事の意味が分かった。なら、これは天罰か。それならもう充分だ。失う事の、喪う事の重大さに気付いた。だから、もう⋯⋯私から妹を⋯⋯。

 

「⋯⋯違うのニ、お姉ちゃん(フラン)って本当にわからず屋。もう、イイ」

「え⋯⋯。ど、何処に行くの? ちょっと待って!」

「⋯⋯付いてこないで。お姉ちゃんはここに居テ。お姉様が目覚める時、邪魔な奴が居ちゃいけナイの。だから、喰い殺す。嫌いな奴ヲ」

「な、何言って──」

 

 私が言い終わる前に、ティアは姿を消した。いや、正確にはルーン魔法で高速を使って移動したらしい。

 

「あ、あの娘っ!」

 

 慌てて竜の方へ目を向けると、血で真っ赤に染まった妹が、竜と対峙していた。

 

『懲りぬな。⋯⋯小娘』

「⋯⋯お姉様が起きるまでに、うるさいのは消さないとダメなの」

『姉⋯⋯? それは貴様を庇って死んだ姉の事を言って──』

「うるさい」

 

 私の声が届く範囲に着く頃には時既に遅し。ティアは真っ向から竜に立ち向かって戦闘態勢に入っていた。しかし、竜は相手にもしてない様子で、ただ鬱陶しい虫を手で払い除けるかのように、前足を振るう。

 

『その小さな身体で何ができる? いい加減、消えろ』

「⋯⋯移動(ラド)

 

 一瞬にして、再びティアの姿が消える。竜は気付いてないようだが、傍から見れば、ティアが何処に行ったのかはすぐに分かった。その場所とは──

 

『ど⋯⋯ぁっ!? な、何を⋯⋯!?』

 

 ──さっき私が傷付けた竜の後ろ足だった。ティアは傷口に顔を突っ込み、肉を噛みちぎって有言実行する。お姉様の死でおかしくなったとしか思えない行動だ。だが、次にティアの姿を見た時、その思考が間違っていた事に気付かされた。

 

『⋯⋯な、なんだ、その姿は⋯⋯まさか』

「グルゥ⋯⋯もう、逃げない。もう、お姉様も、お姉ちゃんも奪われない。不変の権能を受け取った時、血を貰った。それが今でも私の中で、力として流れている。それが切っ掛けだった。あの人は自分の事を魔女と言っていた」

「ティア⋯⋯やめて。お願い、もう戦わないで。帰ってきて⋯⋯」

 

 私の声も虚しく、ティアは()()姿()で、竜の目の前に浮いていた。

 

「だけど、権能は竜の力。全てを引き出すには不十分だったんだ。本人か、それに近い本物の竜の力が必要だったんだ。そして、今⋯⋯イラ。お前の血肉を貪った。私の『力を吸収する程度の能力』は、自分を強化し得る力なら、なんだって吸収できる。それは、力でも──姿()だろうと同じだ」

『貴様も、我と同じ種族()とでも言いたいのか?』

「ううん、ちょっと違うよ。──私はこんな姿でも、吸血鬼だから」

 

 今のティアの姿は、一言で言えば(いびつ)だった。左半身はいつも通りの姿だが、右半身は顔以外が赤い鱗で覆われ、手や足は爪が鋭く伸び、竜そのものだった。頭には2本の白い角が生えてるが、右側だけが立派に真っ直ぐと鋭く伸びていて、左側は右側よりも小さく丸っぽい。翼も右側だけが赤色に変化している。そして、腰に生える白い尻尾は、ティアの身長よりも長く、細くてムチのように空を切る。

 

 まるで複数の竜から力を吸収したかのようで、正しく寄せ集めのような姿だ。しかし、そのティアから感じる魔力は普通ではない。上がったと思えば下がり、下がったと思えばまた上がる。魔力が不自然に何度も反復し、その振れ幅が徐々に広がっている気がした。

 

「お姉様が起きるまでに、全部喰ってやるから覚悟しろ」

『⋯⋯ほう、面白い小竜に成り代わったな』

「ティア⋯⋯」

 

 しかし、そんな姿を見て、私はティアが何処か遠くに行くような気がしてならない。だからこそ、小さく、力強く祈る。声に出そうと語りかけるも、その時既にティアは声が届くような距離には居なかった。

 

「貴女まで──」

 

 ──居なくならないで。

 

 その言葉を口に出すよりも早く、ティアは再び竜に立ち向かった────




話が姉妹中心過ぎて、空気になっていく騎士達悲惨。

ちなみに説明する間がありませんでしたが、ヴラドの杭は吸血鬼が蝙蝠や狼、霧に身体を変換させるのと原理は同じです。そう簡単にできる代物ではないですが。

では、また次回。


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32話「中途半端な吸血竜」

前回に続きシリアスっぽくお届けします。

では、お暇な時にでも⋯⋯


 ──Hamartia Scarlet──

 

『コロセ』

 

 赤い竜を目の前にして、スクリタの言葉が頭から離れない。ただ、何をしたらいいのか分からないから、その声に従うしかない。そうして私は、スクリタの狂気を受け入れていた。彼女に委ねていた。

 

 気付いたらお姉様に庇われていて、気付いたお姉様が血を流して動かなくなっていた。権能を使ってもお姉様が動く事は無かった。人間相手でよく見る光景。こうなったら最後、二度と動く事は無い。何度も見た光景だから、それは確信を持って言える。

 

 だから、本当は分かってる。お姉様が死んだという事も。お姉様に二度と会えないという事も。お姉様の温もりを、二度と味わえないという事も。

 

「グルァァァァ!」

『姿は竜でも、最早獣よな。たった数分で自分の力を制御できぬ状態まで堕ちるか』

 

 だけど、悲しみなんて無い。苦しさも、辛さも、切なさも、狂気も、虚無も、孤独も、喜びも、怒りも、憂いも、哀しさも、感情すらも。何もかも感じない。ただ、衝動的に目の前の竜を喰い殺したい。今の私の目的は、生きる事の原動力はそれだけだった。

 

「グルォォォォ!」

 

 いつもと違う自分の姿には、何故かすぐに慣れた。多分、何も感じてないから、身体の異変を何も思わなかっただけかもしれない。

 

 赤い竜の身体を這いずり回り、迫り来る攻撃を避け、手当り次第に爪で鱗を削る。尻尾で殴り、絡め、自在に操って戦局を有利に変えていく。だが、達成感は無く、心に空いた穴は塞がらない。

 

『すばしっこい小竜め! いい加減捕まれ!』

 

 何度も何度も空を切る音が近くで聞こえる。大きな振動もするし、稀に痛みも感じる。

 

 ──あれ、私は今。何をしているんだろう。何をしていたんだろう。

 

 すぐに解答を見つけた事によって、疑問は解消される。そして、身体の所有権を取り戻す。動き疲れたスクリタが、再び私の中で眠ったらしい。

 

「あ、ああああぁぁぁぁぁぁ!」

『時間切れか。⋯⋯力を使い過ぎて壊れたのか?』

 

 突然、涙が溢れ出てきた。どうしてこんなに涙が流れるのか分からない。どうして悲しいのか分からない。分からない──何もかもが分からない。

 

 あ、いや。分かった。どうしてこんなに悲しいのか分かった。

 

 ──お姉様が死んだからだ。

 

「あ⋯⋯いや、あぁ⋯⋯なんで、お姉様⋯⋯嘘、いや⋯⋯。置いてかないで⋯⋯お姉様!

 お姉様ぁ⋯⋯いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 どうして先に逝っちゃったの。どうして私なんかを庇ったの。どうして一緒に死ねなかったの。私のせいだ。私のせいで、お姉様は死んじゃったんだ。私が居なければお姉様が死ぬ事はなかった。私を庇ったせいで、お姉様は致命傷を負ったのだから。

 

「あ、ああ⋯⋯お姉様、ごめんなさい⋯⋯私の、せいで⋯⋯」

『いよいよ壊れたな、此奴⋯⋯。もう楽になれ』

「させる、かっ!」

 

 何か、温かいモノが私を包み込む。懐かしい気がする何か。涙で視界が霞むも、それには見覚えがあった。私が大好きなもう1人の姉──フラン(お姉ちゃん)だ。

 

「ティ⋯⋯アっ! いい加減、戻ってこい!」

「ぐすっ⋯⋯あ、え? お姉ちゃん⋯⋯?」

『二度も逃げるか!』

「へーん、だ! 逃げるが勝ちだよー!」

 

 どうやらお姉ちゃんに助けられたらしく、私はお姉ちゃんに両手で抱えられて飛んでいた。

 

「ってか、ティア軽過ぎない!? 30無いでしょ、絶対っ! 羨ましっ!」

「うん⋯⋯無いよ。でも、どうして助けてくれるの?」

「は? 助けるのが当たり前でしょ! 妹を守るのが姉の役目よ! もうこれ以上、家族を失うわけにはいかないの! それに、お姉様との約束よ! 絶対⋯⋯絶対絶対! もう貴女を離さない!」

 

 何か、心に来るモノがあった。自分でも訳が分からず、お姉ちゃんの服を握った。そして、ただ一途に、お姉ちゃんへの感謝の気持ちが溢れてきた。

 

ティア(小竜)に引き続き、貴様もすばしっこいな! 先ほどの喪失は何処に行った!? その小竜を置いて何処かに立ち去れ!』

「誰がするか! これでも喰らっとけ! 遅延(ニエド)!」

『軟弱なルーンなど効かぬ!』

「あっそ。⋯⋯無意味か」

 

 お姉ちゃんは私を抱えたまま器用に飛び回り、竜の攻撃を躱している。竜の方もいつの間にか付いた──というか多分、私が無意識に付けた──大きな傷が原因で、思うように体を動かせないらしい。四肢は立ってるのもやっとなくらいの酷い傷で、身体中には細かな抉られた傷が付いている。あれは多分、私が齧った跡なのかな。

 

「お姉ちゃん⋯⋯ぐずっ、うん、ごめんなさい⋯⋯」

「謝るのは後で! 今はそれより、生きて無事に逃げ切る事が大切なのよ! ま、ここから逃げれないようになってるみたいだけどっ!」

 

 お姉ちゃんに言われて初めて気付く。いつの間にか、紅魔館から大分離れた場所に居た。周りを見回しても、生きてる人は見えない。ただその場に居る人達は死んでるか、気絶してるのかのどちらかだけだ。

 

「あー! もう鬱陶しいなー! イラ! 付いてくんな!」

『気安く我の名前を呼ぶでない!』

 

 名前を呼ばれ、怒り狂った竜の前足が飛んでくる。逃げてるお姉ちゃんはチラリと後ろを見て、恐怖で顔が引き攣る。怖いという感情に鈍感な私から見ても、それは恐怖を感じるような、避けようのない大きな攻撃だった。

 

「やばっ! やっぱ、竜からは⋯⋯。ティアだけでも⋯⋯っ!」

「だ、ダメ⋯⋯!」

 

 お姉ちゃんの服を握り締める。二度も私のために誰かが死んでほしくない。だから、離されないように、離さないように、お姉ちゃんの服の裾を力強く握った。服の上からでも分かる柔らかい肌と硬い骨の触感。それには生きている人特有の温もりがあった。

 

「な、なんで⋯⋯!」

「⋯⋯もう、逃げない。離さない」

「ティア⋯⋯」

 

 お姉ちゃんと目を合わす。そして、次の瞬間。大きな音とともに──

 

『⋯⋯何?』

 

 ──竜の足が私達の居る場所スレスレに落とされた。その衝撃で強い風が起き、砂埃が巻き上げられる。

 

『ちっ⋯⋯貴様か。邪魔をするのは』

「──間に合った。フラン様! ティア様! お待たせしましたっ!」

 

 その直後、私達の元に元気な姿の美鈴がやって来た。見たところ怪我は無く、活気に満ちている。今まで何処に居たのか知らないけど、無事で良かった。でも、お姉ちゃんは驚いた顔のまま、ピクリとも動かない

 

「美鈴!? け、怪我は大丈夫なの!?」

「大丈夫です! 偶然出会った通りすがりの魔女に治してもらいました! って、ティア様⋯⋯?」

 

 美鈴は私の姿を見て、疑問と驚愕を隠せないでいた。無理も無いと思う。今の私は半分竜。中途半端なこの姿に驚かない方がおかしい。

 

「何その胡散臭い人⋯⋯。ああ、気にしないであげて。大丈夫だから⋯⋯ね?」

「⋯⋯うん、大丈夫」

 

 お姉ちゃんに笑顔を向けられ、不思議と耳が熱くなる。恥ずかしさを抑えきれず、照れ隠しにお姉ちゃんの服に顔を埋めた。

 

「誰が胡散臭い人だ。わたしはどっかの妖怪みたく胡散臭くないよ」

「⋯⋯え、誰?」

『⋯⋯次から次へと湧いて出てくるな』

 

 声の主が巻き上げられた砂煙の奥から姿を表す。お姉ちゃんには見覚えが無い人物らしく、頭にハテナを浮かべた顔をしていた。私も誰なのか知ろうと、その方向に目を向ける。

 

「あ、私を助けてくれた人ですよ」

「通り道に傷だらけで居たから元に戻しただけ。別に助けたわけじゃないから、お礼はいいよ」

「え? ⋯⋯どうして、居るの? ⋯⋯ウロ」

 

 そこに居たのは、私に権能を譲渡してくれたウロだった。いつもの血に染まったかのような真っ赤な髪に、黒く曇った瞳。肩には見慣れない大きな袋を担いでる。服もいつもと違う魔女とは言い難い格好で、黒っぽいドレスを着ていた。

 

「あ、もしかしてティア? 何その姿、コスプレ? まぁ、いいけど。取りに来るの遅かったからね。自分から来たの。でも、うん⋯⋯」

 

 ウロは竜と私達を交互に観察する。それで何か察すると、ため息を付いた。

 

「何かあったんだ。それなら頼ってくれても良かったのに。⋯⋯それと、初めまして、フラン。ナテラ・ウロボロス・カーレストです。気安くウロとお呼びください」

「え、う、うん⋯⋯」

 

 呆気に取られるお姉ちゃんにお辞儀をして、担いでいた袋を私達の目の前に置いた。ウロは私達を見て何か思ったのか、頭を傾げる。

 

「そう言えば、レミリアは?」

「⋯⋯そう言えば、居ませんね。珍しい。お嬢様って今何処に⋯⋯?」

 

 美鈴は私達の顔を見てすぐに察したらしい。それ以上、何か言う事は無かった。

 

「お、お姉様は⋯⋯⋯⋯」

 

 それでも後で何か語弊が無いように真実を伝えようと口を開くも、それ以上言葉が出てこない。言おうとしても、喉につかえる。言いたくない。認めたくない。そんな気持ちが、まだ私にはあった。

 

「⋯⋯死んだよ。さっきね。誰かは知らないけど、美鈴を助けてくれてありがとう」

「あー⋯⋯なるほど。だから⋯⋯。ねぇ、死体はあるの?」

「う、うん。あるよ。ティアのお陰で、綺麗な姿で⋯⋯」

「そっか。フラン、ティア、頑張ったね。ありがとう。でも、大丈夫。あまり多くは語れないけど、希望を持って、願って。大体の事情は察したから、わたしは──」

 

 ウロの姿が変化していく。「グチュグチュ」という気味の悪い音とともに、ウロの身体は変化していく。数秒経たぬ間に、ウロは全長3m程の白い蛇のような何かと化した。鱗など竜には似てるけど、イラとは似ても似つかない。手足も短いし、翼も無い。何処から尻尾か分からないけど、尻尾に相当する部分の背中側には、鋭い刃のような棘が複数付いている。

 

『──こいつを⋯⋯。ああ、痛いっ。魔女の身体でやるとやっぱり痛いな、これ。あ、待ってくれてありがとうね、竜』

『ふん。最後の談笑くらい、大目に見てや⋯⋯え? ウロ⋯⋯ちゃん?』

『あれ? 何処かで会った事ある? でも、ごめん。それはわたしじゃない』

 

 ウロは突き放すように、冷たく言葉を言い放った。イラが呆然とウロを見ていると、雷のように、瞬く間にイラの真上を取る。

 

『もし別のわたしと友達とかだったりしても、今のわたしとは敵だ。だから、手加減はしない。慢心もしない。ただ一心に、お前を削り倒す』

 

 ウロはイラの上で弧を描いたかと思えば、躊躇無く尻尾を振り下ろした。ムチのように撓るそれは、鱗の硬さや棘もあってか、とんでもない威力になったらしい。イラの顔の左側を直撃し、左目と鱗を負傷させた。

 

 流石にそれには堪えたのか、竜は半歩後ろへ下がる。しかし、竜はそれ以上には下がらず。残った方の目で憎々しげに、そして何故か嬉しそうにウロを睨み付けていた。

 

『ウロ⋯⋯そっちがその気なら、我は手加減しない。⋯⋯後で泣き付くなよ』

『泣く程の感情はもう無い。⋯⋯竜の闘争本能剥き出しだね。そんなに戦うの好きなの? ⋯⋯それとティア、見てて。わたしの戦い方、勉強になるかもしれないから』

「う、うん⋯⋯」

 

 明らかに姿が違うけど、本当に勉強になるのかな。それに、お姉様の事、大丈夫って。ウロはもしかして──

 

「ウロ! ⋯⋯お姉様、治せる⋯⋯?」

 

 自分でも驚く程に乾き、悲しそうで、震えた声。お姉様の事になれば、私はこんな怯えた声も出せるんだ。そう思った直後、ウロは笑顔をこちらに向けた。もちろん竜の姿だから、そう見えたのは錯覚かもしれない。

 

Attendre et espérer(待て、しかして希望せよ)!』

 

 白い竜からその言葉が発せられる。意味も分からず私が頷くと、ウロは安心したのか、イラへと目を向けた────




『』と「」の違いは竜が喋ってるかそれ以外かというだけです。特に深い意味はありません。
ちなみにイラさんは雌竜です。

最後のセリフ、元ネタとは少し違いますが、元にしたのはFateのある方の宝具の名称です。ちなみに、その宝具は珍しく⋯⋯?


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33話「数奇な運命」

主人公でもないオリキャラvsオリキャラって正直自分得にしかならない気がするし、原作キャラ達の影が薄くなるので省略しました(
なおそれでも前回並に長い模様。

さて、戦闘が終わったところから。どっちが勝ったのかな? あ、見えてるかな?()
まぁ、ごゆるりと


 ──Hamartia Scarlet──

 

『グルァァァァ!』

 

 勝利の雄叫び。私にはその竜の咆哮をそう感じた。

 

『⋯⋯はぁ、疲れた。久しぶりに戦ったから、本当に⋯⋯疲れた』

 

 白い竜は息が絶え絶えになりながらも、()に伏せる赤い竜に目を向ける。そう、勝ったのはウロの方だった。しかし、ウロも至る所に傷を負ってる。バランスを崩しそうになりながらも宙に浮くウロは、今にも赤い竜──イラのように地面に落ちそうだ。このまま放っておけば共倒れしてもおかしくないけど、その場に漂うあまりの威圧感に、私達は動けないでいた。ウロも手を貸してとは言わず、何を思ってるのかイラを見つめている。

 

『⋯⋯殺せ。我はもう動かん。一思いに早く殺せ』

 

 イラはウロと戦うよりも前から、私やお姉ちゃんの攻撃で満身創痍だったらしい。お姉ちゃんが残した後ろ足の抉れた傷どころか、私が身体中噛みちぎったのだから無理もない。逆に、それでよく持ち堪えたと褒めるべきかもしれない。褒めたくはないけど。

 

『いや、だから。疲れたって言ったじゃん。もう殺す力も無いよ? ほら、フラフラしてるよ、わたし。フラフラーって』

『グルゥ⋯⋯今にもお前を喰い殺したいな⋯⋯っ!』

 

 煽るように自分の体を揺さぶる。私ならともかく、ウロが何を恨んでいるのか分からない。だけど、明らかにその行動は相手を恨んでるからこそ出るものだと思う。もしかしたら、自分も怪我させられたから、怒ってるだけかもしれない。

 

『うわー、やだやだ。貴女くらいのサイズだと、わたしも一口で食べられそー。あ⋯⋯フラン、ティア。お姉様を連れてきて』

「⋯⋯え?」

『貴方達のお姉様って意味。場所は知ってるんでしょ? ⋯⋯というか、ティアのそれはいつになったら解けるの? もう結構経ってると思うけど』

 

 どういう事かなと疑問を抱いて、自分の体を見回す。自分では気付かなかったけど、未だに竜の身体のままだ。いつもなら効果時間が切れてる頃なのに、一向に戻らない。

 

「⋯⋯はー。ウロ? だよね。ティアをお願い。できれば、ティアを元の姿に戻して。美鈴! お姉様運ぶの手伝って!」

「り、了解です! ティア様、すぐに戻りますからね!」

「う、うん⋯⋯。行ってらっしゃい」

 

 今までずっとお姉ちゃんに抱かれてたけど、お姉様を連れてくるからと地面に降ろされた。少し残念だけど、仕方無いからと諦める。その代わりに次は、お姉様が⋯⋯の時に⋯⋯。

 

『⋯⋯ティア、こんな話知ってる? 竜の血を浴びれば不老不死になるっていう話』

 

 ウロは座り込む私の近付き、そんな話をしてくれた。ウロにとってはただの暇潰しで話してくれたのかな。だけど、私にとっては気が紛れるから嬉しい話だ。

 

「え⋯⋯? そうなの? なら、竜はみんな不老不死?」

『ううん、違うよ。不老不死なんて、ただのおとぎ話だから。それでもね、竜は永遠にも感じる程長く、永い時を生きる。そのお陰でわたしは魔女⋯⋯というか、元はただの人間の体だけど、長い時間を生きれた。⋯⋯イラ、貴女は何歳?』

『⋯⋯我にも聞くのか。呆れたな。敵に情けをかけ、まるで友のように──』

『御託はいいから。はよ』

 

 そう言われてイラも頭にきたのか、怒気の篭った目をウロに向ける。が、その次の瞬間にはため息をついて話し始めた。

 

『十何年か前に千を超えた。それからは数えてない』

『ね、長生きするでしょ? それで話を戻すけど、不老不死とは行かずとも、竜の血で何千も何万も長生きする事ができる。それこそ永遠に感じるかもね』

「⋯⋯あ。もしかして、その血でお姉様を⋯⋯!」

 

 わざわざ私にこの話をしてくれたという事は、お姉様に関係あるかもしれない。希望しろという事は、少なからず可能性があるはずだから。多分⋯⋯きっと。いや、絶対に⋯⋯。

 

『あ、ややこしい話したね。ゴメンだけど違うよ』

「うー⋯⋯。本当にややこしい」

『あはっ、そう怒らないで。心配しないでも、今日のうちならレミリアは大丈夫だから。でね、わたしが不老不死の話をした本当の理由を教えよっか』

 

 その時のウロの目は、不思議とお姉様に似ている目だと感じた。でも、何か違う。違うのも当たり前だけど。お姉様の優しい感じとはひと味違う。目の奥は相変わらず暗い。

 

「なぁに?」

『⋯⋯わたしの夢が叶った時、もうこの身体に用は無い。ティア、貴女が願うなら、不老不死にしてもいい。ティアだけじゃなく、レミリアにフラン、美鈴に⋯⋯後3人くらいなら余裕がある』

「え、えぇっ? どうして急にそんな⋯⋯」

『⋯⋯さぁて。どうしてでしょう? まぁ、今無理に決めなくてもいいよ』

 

 ウロの顔が近付く。ちょっと怖くて下がろうとしたけど、背中に硬い何かが当たって邪魔をする。何かと思って振り向けば、それはウロの白い身体だった。私を中心にとぐろを巻いてたらしい。逃げ場の無い私に、ウロが耳元でボソリと呟く。

 

『今から約400年。長い長い年月だ。それまでに決めればいい。⋯⋯ただ永遠という重圧に負けないかどうか。永い時に苦しまないか。それをしっかり考える事だ。貴女だけじゃなく、姉や、家族も含めて⋯⋯』

「う、ウロ? 怖いよ? どうしたの?」

『⋯⋯ふふん。こうした方が覚えやすいでしょ? それよりもさ、気になったんだけど』

 

 ウロは自分自身の身体から私を解放すると、その小さな腕で私の尻尾を優しく掴む。爪でなぞるように撫でられ、妙にくすぐったい。翼の付け根とかと同じ感覚がする。

 

『これってわたしの? 凄いね。イラの身体にわたしの身体が混ざってるの? 力を幾つも吸収した状態って事かな。ふむ⋯⋯見たところしっかりと感覚はあるんだね。面白い身体。フランには戻せと言われてるし、ちょっと弄っていい?』

「弄るってどういう事? 戻せるよね?」

『何のためにわたしの戦い方見せたと思ってるの? とりあえずわたしに身を委ねて』

 

 言われるがままに、されるがままに目を瞑り、ウロに身を委ねる。するとチクリと尻尾に鋭い痛みが走る。反射的に体を丸めて目を開けると、いつの間にか起きた異変に気が付いた。

 

「⋯⋯あれ? 凄い。本当に戻ってる」

 

 私の身体中に起きていた異変は、跡形もなく消えていた。何が起きたのか、何をしたのか分からないけど、いとも容易く戻った事に驚きを隠せない。

 

『コツだよ。竜化するのも、人化するのもなんら変わらない。慣れればすぐに入れ替えできる。わたしは身体的な問題で慣れないけど』

『ウロ⋯⋯お前が何故その小竜にそこまで肩入れする。何故だ!? 何故、お前が⋯⋯!』

 

 イラを首を持ち上げ、憎々しげにこちらを睨んでいた。思えばこの竜、睨んだり怒ったりしてばっかりだ。でも、魔眼を使ってこないから、本当に戦う気は無いのかな。

 

『ただの協力関係だよ。それに肩入れなんて、それ程じゃないよ。何? 妬ましいとか羨ましいとか思っちゃってるわけ?』

『だ、誰が思うか! 別に小竜に妬ましいとか⋯⋯!』

『はいはい。落ち着いて。⋯⋯イラ、頑張ったね。いきなり知らない世界に連れてこられて辛かったね。もう休んでいいよ』

 

 即座に近付き、短い腕でイラの頭を撫でるウロ。体格的には逆だけど、まるで親と子のような図式だ。イラも落ち着きを取り戻したのか、目を瞑っていた。

 

『それと⋯⋯イラ、殺さないから安心して。その代わり、血を分けて。地に流れた血でいいから、ね? この娘の姉を蘇らせるには、それなりの力がいる。わたしの力は血⋯⋯というかまぁ、体液と直結してる。それに加えて竜である貴女の血もあれば、わたしの力を増幅させる触媒としては完璧。絶対に上手くいくから』

『⋯⋯好きにしろ。敗者は勝者に従うものだ。最早我に決める権限は無い』

「ティア、ただいま! 良かった、元に戻ったんだね。ウロ、お姉様連れてきたよ!」

 

 見計らったかのように、丁度いいタイミングでお姉様を連れたお姉ちゃんと美鈴がやって来た。

 

『おけ。⋯⋯イラ、ちょっとそこ動ける? 貴女の下にある血を使いたい』

『無茶を言う竜だな。⋯⋯少し待て』

 

 イラは潔く立ち上がり、フラフラとした足取りで横に移動する。そして、ある程度の距離を移動すると、崩れ落ちるように地面に倒れ込んだ。

 

『フラン。レミリアをその血の中心に寝かせて。寝かせたらすぐに離れてね』

「分かった。⋯⋯本当に大丈夫なのよね? もう、信じるしかないけど」

『そう、信じるしかない。最早貴方達は祈るしかない。でも、安心して。Attendre et espérer(待て、しかして希望せよ)だよ。再び世に生まれたこの人は、更に強くなって蘇る⋯⋯。いや、強くなるかは知らないけど』

 

 何を言ってるのかあまり分からない。だけど、お姉様を蘇らせてくれるなら、そんな事もどうだっていい。元からどうでもいいけど。だから、お願いだから、どうかお姉様とまた遊べる日が来ますように。

 

『⋯⋯何時でも何処でも、愛されてるね。──さぁ、今回限りの大魔術! 蘇生魔法とか本当に⋯⋯し、1回で成功してよ!』

 

 竜の叫びに呼応するように地に流れた血がより紅く輝く。その中心に居るお姉様に血が自ら集まる。それを見守っていたウロはお姉様を中心にして、とぐろを巻いた。

 

『ティア、大丈夫だから。安心していいからね』

「⋯⋯だってさ。一緒に待ってよっか」

 

 その儀式中、最後に聞こえた言葉はお姉ちゃんの囁くような声と、感じたのは背後から私を包み込むお姉ちゃんの温かい感触だった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Remilia Scarlet──

 

 身体が遠く、深く、暗い闇へと落ちていく。自由に動かす事はできず、自由に思考する事もままならない。ただゆっくりと、じっくりと生き地獄のような世界。何も無く、自分以外には真っ白な世界が広がっている。そろそろ狂いそうだ。ここにずっと居るだけで、精神が削られ、記憶が蝕まれる。

 

「ねえ⋯⋯ま」

 

 そんな世界に私以外の声と姿が見える。

 

「⋯⋯誰?」

 

 聞き返しても返事は無い。ただ一方的に声をかけられている。

 

「お⋯⋯ねえ⋯⋯さま」

「誰なの? 貴方は一体⋯⋯」

 

 その誰かに手を伸ばす。伸ばせないはずの手を。そして、何かに手が触れる。

 

「──()()()()!」

 

 見慣れたようで見慣れないその姿に、私は上へと連れ戻された。

 

 

 

 

 

『グルァッ!』

「ひゃぅっ!?」

 

 大きな声にビックリして飛び起きた。起きたのは白い壁に囲まれる平原らしき場所。地面は血に濡れ、周りに円状の壁があり、それに私は囲まれているらしい。触れても硬く、動きそうな気配は無い。

 

 それはそうと、私はさっきまで何をしていたのだろう。頭を抱えて悩み続け、1つ大事な事を思い出した。

 

「そうだ⋯⋯ティア。ティア? 何処っ──え⋯⋯っ!?」

 

 その時、頭に何かが触れる。目を上に向けると、そこにあったのは白い竜の頭だった。慌てて逃げようとするも逃げ場は無い。しかし、竜は小さな腕を持ち上げ、指を口に当てて、静かに、と動作で示す。

 

『怖がらないで⋯⋯。わたしは貴女の味方だから』

 

 凄く疲れ切った声でそう言われても反応に困る。見たところ、かなりの体力を消費しているようだ。それにしても、何故竜が私を逃がさないように囲って、上から見下ろしてるのか。普通は逆じゃないのか。私は吸血鬼だし。

 

「⋯⋯どうやら本当のようね。ここは何処? ティアって吸血鬼を知らない? 知ってるなら──殺される前に教えなさい」

『おお、怖い怖い。ティアは知ってるけど、ちょっとだけ話を聞いて。記憶は何処まである? 自分の名前とか言える?』

 

 竜にそう言われ、記憶を探る。私の名前はレミリア・スカーレット。フランとティアという2人の妹と門番兼従者の美鈴、それと多くの眷属や妖精メイドとともに紅魔館に住む。確か最後に見た景色はティアが竜に襲われるところ。咄嗟に庇ったはずだけど、それから先の事は覚えてない。

 

 でも、確か。ティアが泣いている姿を見た気がする。確かな記憶は無いけど薄らと印象に残っている。

 

「レミリア・スカーレット。言えるし何もかも覚えてるわ。それより、ティアは?」

『そっか。本当に完璧に成功したのかな。まぁ、何があったかはフランやティア、美鈴の反応を見て分かると思うよ。でね、話はまだ続いてるの。⋯⋯1つだけいい?』

 

 表情は読み取れないけど、何故か凄くオドオドというか、遠慮してるような気がする。

 

「⋯⋯内容次第ね。何かしら」

『もしかしたら、記憶障害が起きる時が来るかもしれない。もしくは、もう起きてるか。どっちか分からないけど、それは代償。戻りはしない。妹に心配させたくないから、とかで言っても言わなくてもいいけど⋯⋯その事だけは覚えてて。忘れたら仕方無いけど』

「重要な事をサラッと話すのね⋯⋯。いいわ、心に留めておく。それで、ティアは?」

『二言目にはティアだよ全く⋯⋯。心配性だなぁ。その反応的に庇ったのかな。なら安心して──』

 

 竜はそう言って体を浮かし、宙に舞う。その刹那、目の前から見慣れた姿が現れ、一目散に抱き着かれた。その力は絞め殺されるかと思うくらいに強く、その娘の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。

 

『待った甲斐があったでしょ? 希望した甲斐があったでしょ? レミリア。貴女は今回こそ妹を守れた。死んだけど、それだけは誇っていいよ』

「お姉様⋯⋯! ごめんなさい⋯⋯ごめんなさいっ!」

 

 そこで私に何が起きたのか理解した。泣きじゃくる妹を抱き締め返して、安心させるようにその頭を撫でる。

 

「いいのよ。もう、大丈夫だから。⋯⋯辛かったわね。こちらこそごめんなさい。これからは絶対に、貴女を1人にはしないわ」

「お嬢様ぁー! 良かったですー!」

 

 ティアとは別に。誰かが抱き着いてきた。声からして美鈴だろう。彼女にも心配をかけたみたいだ。何があったか知らないが、ともかくみんな無事そうで良かった。

 

「こっちもこっちで泣かないでよ。⋯⋯でも、良かったわ。貴女も無事で。⋯⋯あら、フラン。貴女も来ていいのよ?」

 

 1人、遠慮気味に離れる妹に声をかける。フランはティアと違って心も強い方だけど、今はただ強がってるだけにしか見えない。本当は心配してくれただろうし、私も心配をかけたのだから、安心させる義務がある。

 

「ううん、私は大丈夫だよ。⋯⋯お帰り、お姉様」

「⋯⋯ええ、ただいま」

 

 ただ一言だけ会話を介して彼女気持ちが分かった。姉として、ティアの前で無様な姿は見せられない。強い姉で居たいから。そんなところだろうか。だけど、抑え込み過ぎるのも良くない。発散しないといつか爆発する。そう言えば、この戦いが始まる前にフランと約束した覚えがある。ティアやフランと一緒に寝るとか、そんな感じの約束だったはずだ。

 

 何だかんだで助かったわけだし、今日にでも実行しよう。たまにはフランの本音も聞いてみたい。本音を引き出せるか分からないが、今夜はそうした方が良い気がする。

 

『⋯⋯少しいいか? 吸血鬼の娘よ』

 

 声の聞こえた方を振り返ると、そこに居たのは私達を襲った赤い竜だった。しかし、息も絶え絶えで、動く気配は無い。動いたとしても、それは本当に一瞬しか動けないだろう。

 

「あら、何かしら? というか、貴女も居たのね⋯⋯」

『居て悪かったな。⋯⋯我はもう動けん。仇討ち、復讐、好きにしてくれ。そこの白き竜に倒され、生かされた。竜にとっては屈辱でしかない。⋯⋯だから、我が殺めたお前が殺せ』

「えっ、いや⋯⋯。別に殺したいとか思わないし、これ以上妹達の目の前で死ぬところとかみせたくないんだけど。これ以上、戦いを続ける必要も無いわけだし。生かされる事が屈辱なら、ぶっちゃけそっちでいいし⋯⋯」

 

 我ながらなかなかのS発言だが、それ以外にも今は力が出ない。この竜に殺されたというのは記憶とも一致するから本当なのだろう。しかし、復讐は何も生まない。ただ繰り返すだけだ。以前、私がマジョラムという騎士の母親を殺した事で、彼女が復讐をしにここへ来たように。

 

 思えば、それも1つの切っ掛けだったのかもしれない。現に今こうして、復讐相手とともに来た者に殺されたのだ。そうなれば、尚更復讐するのは気が引ける。こいつを殺す事で、それが切っ掛けでこれ以上に凶悪なモノが来ないとも断言できない。

 

『殺さねば殺すぞ』

「凄い理不尽。って、ティア? 落ち着いて? あれ多分本気じゃないの。だから、ストップ!」

 

 かなり軽い気持ちで言ったのだろうけど、ティアには効果抜群だ。凄く怒りに満ちた目で竜に歩いて行こうとしたから服を掴んで無理矢理止めた。気持ちは嬉しいけど、もう少し抑えてほしい。

 

『⋯⋯和やか。レミリアが死んだとは思えない程和やか。もし竜の事が心配なら、二度と襲わない事を契約させる? 悪魔との契約は絶対に破れないと言うし』

「ああ、それでいいじゃない。お願い」

『なっ!? 本当に生き地獄ではないか! や、やめろ! 絶対にお断りだ!』

 

 狼狽える赤い竜に、白い竜は容赦なく言葉を続ける。少し可哀想に思えてきたけど、ティアやフランのためだから仕方無い。

 

『血の誓いとか本当に強固過ぎて解けないらしいよ。ささ、レミリア。その地面の血ってこの竜のなの。自分の血をそこに付けて、契約内容言って。竜がレミリア達に危害を加えれないように、とかの簡単のでいいから。それで両者同意すれば契約完了だから』

『何故教える! 絶対に言わんぞ! 我は竜だ! まるで犬っころのようなその態度を⋯⋯!』

『はいはい、黙ってて。言わないと更に酷い地獄が待ってるよ?』

 

 凄く挑発してるけど、大丈夫なのだろうか。そんな心配をしながらも言われた通りに自分の指を噛んで血を流し、地面に触れる。

 

「私や私の妹、家族達に危害を一切加えない事。それでいいかしら?」

『イラ。勝者の命令。レミリアと契約して、奴隷竜になろうよ』

『グルゥ⋯⋯。奴隷にはならぬ。それよりお前黒いな。前世は悪魔か何かか? いいだろう。もう好きにしてくれ』

 

 契約が完了された証か、血だけがパッと淡く光る。それを辛そうに、憎そうに見ながらも竜は踵を返して重い足取りで歩き出した。

 

『あれ、何処に行くの? 自分で帰れるの?』

『知らん。だが、ここに居たくない』

「⋯⋯お姉様、情なんて湧いちゃダメだからね?」

「大丈夫よ。湧いてないから」

 

 ティアの目には私が情が湧いたようにでも映ったか。心配そうに私に言った。いつも何だかんだ私に心配性心配性とか言ってるけど、ティアだって心配性じゃないか。そんな気持ちを胸に秘めながらも、私はそう返した。

 

『悲しいね。仕方無いけど。でも、イラ。その体で帰られると色々困るの。だから、もう少しだけ待って。これ勝者の命令ね』

『⋯⋯好きにしろ』

「半ば強制的ね。それでも素直だから⋯⋯まあ、うん」

 

 これ以上何か言えばまた怒らせてしまう。言わぬが花だ。

 

『ああ、そうだ。ティア。例の人形、さっきの袋に入ってるから。壊れにくくしてるけど、壊れた時は遠慮無く家に来なよ』

「え? ⋯⋯あ、うんっ!」

 

 人形? 一体何の事だろう。というか、この娘達知り合いだったのか。そう言えば、稀に外に出てるし、その時にでも出会ったのだろうか。何れにせよ、後で暇があれば聞いてみるか。答えてくれなければそれでいいし。

 

『じゃあ、用事も済んだし、帰るね。イラ、行こうか。もしかしたら、元の世界に帰れるかもしれないよ』

『!? ほ、本当か? ⋯⋯分かった。なら行こう』

『⋯⋯チョロゴン』

『誰がだ!』

 

 ついさっきまでの戦争の面影が無い程平和だ。⋯⋯終わり良ければすべて良し、か。その精神も嫌いじゃないかな。やっぱり、平和が何よりも大事だ。それに、こうしてみんな生きてるわけだし。⋯⋯あっ後で眷属やメイドの様子も見に行こう。

 

『じゃあね、みんな。ちなみに竜はどうしたとか聞かれても、殺したとか適当な返しでよろしく。じゃぁ、ティア。また今度。⋯⋯動けなさそうだけど、飛べるの? 人型になれば運ぶけど』

『あんな屈辱的な姿を晒せるか!』

『いやわたし、貴女の姿知らないんだけど⋯⋯。まぁ、いいや。それなら自分で飛びなよ』

 

 赤い竜は『言われずとも』とフラフラしながらも飛び上がり、白い方もそれに続く。私達はそれを見送った後、みんなで一緒に、紅魔館のある方角へと歩いて向かった────




蘇生魔法。その力は強大故に代償は大きく、竜と言えど1人ではその代償を背負い切れないものなんだとか。故に竜は、この世界での──と長女の記憶を代償に。


ちなみにイラの二人称、「お前」と「貴様」の二通りありますが、違いはイラ視点の仲の良さです。お前の方が親しく、貴様に関してはかなり見下しているんだとか。なので⋯⋯?


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34話「静かな幕引き」

今回は前回の続きから。ちなみにこの次で今章は終わりとなります。

さて、今回は前回の少し後から。ようやく平和になりましたね。⋯⋯今だけだけど。

あ、若干のR15描写にご注意を。ただの魔力供給なんだけどね!(


 ──Remilia Scarlet──

 

 赤い竜との戦いが終わり、人間との戦争が終わった。外周に張られていた結界はいつの間にか消えてたらしく、鳥籠のような世界での戦いは幕を閉じる。恐らくは後から入ってきたらしいウロとかいう白い竜のせいだろう。また、その結界を張った本人である妖狐の姿も消えてた。何処に行ったのか分からないが、何か残したわけでもない。結界を外から入ってきたウロにもう少し話を聞くべきだったかもしれない。今になってはどうでも良い事だが。

 

 あの後、人間とは不可侵条約を結ぶ事になった。流石にこれ以上の侵略は無謀、不可能と悟ったらしい。しかし、それだけでは引き下がると思わなかった私は──眷属が少なり統治できなくなった事もあったため──人間達の街だった物を全て返却する事にした。これで人間の国から何か言われる事も少なくなる。

 

 もちろん食料は必要だからと、人間達から寄越す事になった。これ以上被害を拡大したくない人間達も、必要最低限の被害には目を瞑るらしい。それには憤慨していたマジョラムも、その被害の主だった者が罪人だと知ると、渋々ながらも承諾してくれた。

 

「レミリア。私は納得してないから。またいつか、絶対に復讐に来るわ」

「好きになさい。いつでも待ってるわよ。紅茶を入れてね」

 

 それでも同じ種族、納得するわけが無い。マジョラムは最後まで諦め切れずに館を去り、国へと帰った。復讐とか言っておきながら、根は甘い奴らしい。魔女だから長生きすると言うし、またいつか会えるといいな。

 

 ちなみに、マジョラム達サポート役だった人達は竜の被害を受けなかったらしく、倒れた者達の介抱をしてくれたんだとか。その時に生きてたヴラド公やメイド達も一緒に介抱してもらったから、何も文句は言えない。

 

 それと、マジョラム達騎士は、帰った後に何らかの処罰を受けるらしい。任務が失敗したのだから、当たり前だと言う。領土は取り返せたのに欲深い人間だ。とは思ったが、不可侵条約を結んだ以上、私からは何も言えないし、何もできない。それこそ祈るしか無いだろう。彼女達の無事を。

 

 しかしまぁ、幾ら条約を結んだとは言え、私達に反感を抱く人間は必ず現れる。いずれこの条約も忘れられ、何年かすればまた元の関係に戻るだろう。今はそれまでの一時の平和だ。私は家族のために、次に備えなければならない。

 

 

 

 

 

「レミリア嬢、大事な時にお役に立てずすまなかった。だがしかし、次こそは役目を果たせるよう尽力するつもりだ」

「いいえ、貴方様のお陰で限りなく少ない被害に抑えられました。ありがとうございます」

 

 そんな私に、嬉しい提案をしてくれたのがヴラド公だ。ヴラド公はこれからも協力体制を敷いてくれるらしい。所謂同盟というやつだ。なので助けてくれるが、こちらもヴラド公に何かあれば助けに行く必要がある。相手が強い吸血鬼だから、あまり気にする必要も無いが。

 

「いずれまた来る事もあるかもしれない。その時は息子と娘を連れてくるとしよう。少し癖の強い娘だが⋯⋯きっと仲良くはできるであろう」

「私の妹もどちらかと言えば癖は強いですし⋯⋯仲良くなれると思いますよ」

「そうか。では、またいつか会うとしよう」

「ええ、気をつけてお帰りください」

 

 ヴラド公を見送り、私は1人、書斎に取り残された。戦争が終わって、その時になってようやく平穏を取り戻した気がする。椅子から立ち上がって伸びをして緊張を解く。誰も居ない部屋で、深呼吸するように大きなため息をついた。

 

「疲れたぁ⋯⋯。もうしんどい。早くティアフラに癒さ──」

「え? 誰に癒されるって?」

 

 その声にビックリして椅子から転げ落ちそうになった。頼りない姿を曝してしまったかと慌てて声の主を確認し、その人物であった事に安堵する。唯一と言ってもいい。扉の前に立っていたのは、心をさらけ出せる相手というか、そうさせられてるフランだった。ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、ノックもせずに部屋に入るなとあれ程に言ってるのにと、次は怒りが湧いてきた。

 

「ちょ、部屋に入る時くらいノックしなさいよ!」

「別にいいじゃん。姉妹なんだし」

「はぁ⋯⋯。まあ、いいわよ。全く⋯⋯」

 

 ただの一言で何も効果が無いと察した私は再びため息をつく。だが、悪い事ばかりでも無い。今はフランと2人っきり。話を聞くチャンスでもある。

 

「で、どうして来たの?」

「来ちゃ悪い? 私、妹だよ? お姉様が疲れてたら、しっかり面倒見てあげないとダメでしょ? ティアは甘えん坊だし、美鈴は従者だから、素直に頼れる人って私くらいしか居ないんでしょ」

「悪いとか言ってないから。⋯⋯で、面倒見てくれるの? それは嬉しいわね」

 

 たまには本音を言ってもいいだろう。だが、それは相手の本音を聞いたという前提でだ。フランが何も理由が無くて私に会いに来るとは思えない。稀に訳の分からない行動を取る時もあるが。

 

「あれ、珍しく素直じゃん」

「素直じゃない時なんて無いわよ。⋯⋯で、本当は何をしに来たの? 何か聞きたい事でもある?」

「ん⋯⋯なんだ。分かってたんだ。お姉様、コア知らない? 私の専属メイドだった赤髪で悪魔の翼みたいの生やした妖精メイドなんだけど。多分、死んだんだけど⋯⋯()()()()()()()()。食べられたわけでもないだろうし、お姉様なら知らないかなー、って」

 

 コア⋯⋯。名前は聞いた事無いが、その容姿に当てはまるメイドなら知ってる。私が生まれる前から居るメイドで、幸か不幸か、フランのお世話をする事になった妖精メイド。あの人がフランに仕えるまで沢山のメイドや眷属が死んだらしいが、何故かそのメイドだけは無事だったとか。話を聞いた時は、ただの運が良いメイドだと思っていたが、フランにそこまで気に入られてるとは思ってなかった。

 

 それはそうと、妖精メイドは死んでも1日経てば何事も無かったかのように復活するという話だ。だから、心配する必要は無いはずなのだが、どうしてこんなに心配するのだろう。それに、死体は1つの場所に集めさせたはずだ。後で火葬しやすいようにと。

 

「知らないわ。貴女じゃないなら、誰かが死体置き場に置いたとかじゃないの?」

「うーん⋯⋯死体置き場には居なかったけどなー。⋯⋯ま、お姉様が知らないならいいや。じゃ」

「あ、ちょい待ち」

 

 部屋を後にしようとするフランの腕を咄嗟に掴み、その身を引き寄せる。そして、自分でも無意識に、フランの背中に手を回して抱擁していた。対するフランは顔を真っ赤にして金縛りにでもあったかのように動きを止めていた。

 

「お詫びとご褒美。死んだ時に心配させちゃったでしょう? だけど、姉としてティアを見てくれた。そのお詫びとご褒美よ」

「お、お姉様!? は、恥ずかしいし、今誰か来たら絶対勘違いされるんだけど⋯⋯!」

「あら、私はいいわよ? そもそも誰から見たって仲良いのは分かるだろうし、今更ハグしたって何も思われないわよ」

「そ、そういう問題じゃないからっ!」

 

 フランは必死に離れようと踠いてる。それに対抗するように、絶対に離さないように、力を強めた。と、その瞬間、バランスを崩して前に倒れ込む。倒れる前にフランの頭を手を下にして守ったが、それでも私が上になった衝撃が来たらしい。ちょっと痛そうだった。

 

「痛っ!? お、お姉様ぁ⋯⋯?」

「ご、ごめん。悪く思ってるわ⋯⋯」

 

 物凄く怖い、フランの怒りの形相に思わず謝る。そもそも私が抱擁しなければ、こうならなかったわけで。⋯⋯凄く、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

「もぅっ! ⋯⋯ま、いいや。お返し」

「えっ⋯⋯きゃっ!」

 

 突然視界が反転する。どうやら、油断した隙にフランに上を取られたらしい。今度は先ほどとは逆に、フランに主導権を握られた。馬乗り状態で身動き1つ取れない。更には、じたばたしようにも腕を手で押さえ付けられて何もできない。

 

「ふふん。お姉様、降参するなら今のうちだよ」

「誰が降参するって? そんな事、私がすると思って?」

「それならそれでいいよ? 私の好きなようにさせてもらうから。⋯⋯なんちゃって。ふふっ、なんだかバッカみたい」

 

 何を思ったのか手を離し、フランは私の身体に倒れ込んで抱擁する。言動から何も察する事ができずとも、私はフランの身体を抱き締め返していた。

 

「さっきまで飽きる程戦ったのに、今はこんな馬鹿みたいな事して。まるで戦争してたのが⋯⋯お姉様が死んだのが嘘みたい」

 

 私を見るフランの目が涙で潤う。

 

「⋯⋯お姉様、戻ってきてくれてありがとう。ほんとに⋯⋯ありがとう⋯⋯!」

 

 フランは涙を流し、しかし、満面の笑顔で、私を抱き締める力を強めていた。

 

「やっぱり⋯⋯貴女も辛かったのね。でも、もう大丈夫よ。もう二度と死なないと約束するわ。これ以上、貴方達を悲しませたくないから」

「⋯⋯うん。約束だよ。あ、それと──」

「何かし──んぅ!?」

 

 しばらく目を見つめてると思ったら、突然、何の前触れもなく、フランの唇が私の唇に触れた。意味が分からず体の動きが止まる。その一瞬の隙も逃さずに舌を入れられ、絡められ。抵抗する力が抜けていく。されるがままに、それを数十秒程耐え凌ぐ。息が切れ、苦しいと感じた瞬間、フランの顔が離れていった。

 

「ぷはぁ⋯⋯っ。やっぱり、お姉様のも美味しい魔力。あ、さっき言ったお返しね。古典的な魔力供給。美味しいのをありがとっ」

「う、うぅー⋯⋯! フランぅ⋯⋯!」

「ああ⋯⋯お姉様のその顔好きかも。ティアだと見れない可愛い顔。好きだよ、お姉様」

 

 恥ずかしくて耳が熱くなる。顔を覆いたいけど、それをフランが許してくれない。手を押さえ付けられ、まるで私のその顔を堪能するように笑っている。とても屈辱的で、とてもやり返したい気持ちに襲われる。だけど、不思議と殺意は抱かない。いや、虐めたいとか、そういう気持ちは湧いたけど。

 

「あ、思ったんだけどね、姉妹でも結婚とかできるのかな? できるなら、ずっとお姉様やティアと一緒に居たいなー、って」

「⋯⋯さあ、知らないわよ。結婚の定義すら詳しく知らないし、結婚に興味も無いわ」

「あ、ご機嫌ななめだね。そんなに嫌だった? 私とするの」

「べ、別に嫌とかそういうのじゃなくてねぇ⋯⋯!」

 

 自分の気持ちをどう表現したらいいのか分からない。ただ、フランに対する加虐的な欲求が溢れてくる。今めちゃくちゃフランを辱めたい。他の誰かの前でとかじゃなく、私だけに対して。それからは⋯⋯いや、これ以上の事は色々とダメな気がする。それこそ、姉妹の一線を超えてしまいそうだ。⋯⋯超えても別にいいけど。

 

「なら、嬉しかった? 私は嬉しいよ。好きなお姉様とこんな事できるのは」

「⋯⋯嫌いじゃない、とだけ言っておくわ。でもね、次は覚悟しなさいよ。油断しないし、それこそ貴女が落ちるまで──」

「お姉様、お姉ちゃん。何してるの?」

「えぇっ!?」

 

 2人して声を合わせて飛び起きる。いつの間にか、部屋にはティアが入っていた。不思議そうな顔で私達を見ている。

 

「いいなぁ。妬ましいなぁ。私も混ぜてほしかった。ねぇねぇ、お姉様。私ともしよ? もっと楽しい事を、ね?」

「てぃ、ティア? 違うのよ、これは⋯⋯」

「ちょっと転けただけだよ? それをお姉様が受け止めてくれたの。一緒に転んじゃったけどね。だから、何も変な事してないからね?」

 

 ティアはそれを聞いて「そっかぁ」と残念そうに呟いた。後ろめたい気持ちになったけど、ティアを巻き込むのは本当に危険な気がしてならない。冗談でも本気と受け取ってしまうような娘だから。巻き込む時は、本当に覚悟する必要がある。

 

「あ、そうだ。ティア。今日はみんなで一緒に寝ない? 美鈴も呼んで、4人で。きっと楽しいわよ」

「いいの? なら、お願い! お姉様、ありがとっ!」

「そういう事なら、美鈴呼んでくるー」

 

 一先ず、話題を逸らせて一安心だ。美鈴も呼んだら、流石にティアも姉妹の一線を越すような行動はやらないはずだ。それにしても、平和とは本当に嬉しくて楽しい。今度こそは、こんな平和が続けばいいのに。そうすれば、フランが言ってたみたいな事も、いつかは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Hamartia Scarlet──

 

 戦争終わってすぐあと、私は1人、部屋で考え事をしていた。

 

 お姉様の死で1つ、実感した事がある。私は守れてばかりだ。お姉様やお姉ちゃん、それに美鈴やウロに⋯⋯。それだけ大事にされているという考えもあるけど、それ程頼りないという事でもあると思ってる。

 

 だから、次はお姉様やお姉ちゃんを守れるようになるんだ。だから、もっと力が欲しい。落ち着けばウロに残りの権能を貰うつもりだけど、それまで時間がかかるっぽい。お姉ちゃん達に心配をかけるわけにもいかないし、しばらくは外に出る事もあまりできない。

 

 それに、私の権能はまだ不完全。ウロが言ってたけど、不変の権能の力は血と直結するらしいから、完璧に、完全に操るためには竜の血が足りない。私にはもっと濃い竜の血が必要だ。どうにかして竜の血を吸血できればいいんだけど。

 

「どう思う? スクリタ。何か良い案⋯⋯スクリタ? また寝てるんだ」

 

 あの戦争から、多分、竜になってスクリタに身体を任せた時から、私の中でスクリタはよく眠るようになった。しっかり存在してるのは分かるけど、起きてるか寝てるかは私には分からない。

 

「⋯⋯まぁ、いいや」

 

 スクリタが居ない以上、自分で考えるしかない。あ、そうだ。権能以外の力も欲しいな。魔力に妖力、それ以外も色々な力が欲しい。いっぱいいっぱい、それこそ溢れるくらいの大きな力。どうすれば妖力や魔力を強くできるんだろう。吸収した力をどうにかして、永久的に自分の力にしたい。でも、どうすればそんな事ができるのかな。

 

「⋯⋯あ、そうだ」

 

 分からないなら試せばいい。知らないなら調べればいい。実験台なんて沢山居るんだから。余り過ぎる程多いのが。だから、今度、お姉ちゃん達に心配かけないように、まだ日が昇る前に、ひっそりと向かおう。

 

 そして、誰にも気付かれないように、それから力を奪おう。私が強くなるために。そして、お姉ちゃん達を守れるようになるために────




500歳がゴールとして、34話にもなってまだ65歳の主人公が居るらしい。

どうでもいい裏話ですが、小説書く時は大まかな流れを箇条書きして書いています。前回なんて2行だったのにあの長さ。今回は10行近くあるのに前回より短くなったりとよく分かりませんね(


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35話「(元)狂気な妹」

さて、最近まともにティア視点やってなかったですね。
今回はそんなティアちゃん視点です。


 ──Hamartia Scarlet──

 

 人間達との戦争が終わり、1週間くらい経った日の事。戦争の後、色々といざこざがあったらしく、お姉様が忙しそうにしてたけど、それも今では大分落ち着いてきている。まだまだ大変らしいから、心配されるだろうし、無闇に外も行けない。ウロの場所なら文字通り、一瞬で行けるのに、話が長引くだろうからと、それができないから困る。

 

 一先ず、お姉ちゃんだけでも落ち着いたみたいだから、いよいよ予定してた事を実行しようと思う。そのために私は、お風呂上がりにお姉ちゃんに頼み込んで、1人で部屋に居てもらってる。部屋に1人で居る、というのは私の願いでは無い。だけど、私としてもお姉ちゃんが1人の方が都合が良いし、それ以上に他の人に勘違いされそうだから。

 

「緊張する? それとも、怖い?」

「⋯⋯両方。しない方が、おかしイ」

 

 予定してた事とは、スクリタの身体のお披露目会。戦争の時にウロに届けてもらった人形を使ってね。ウロから貰った人形はお姉ちゃんにとてもよく似ている西洋人形。違いは髪の色。こっちの人形はお姉ちゃんとは対照的に銀色。それと、何故か宝石の付いた翼が無い。ウロはお姉ちゃんの容姿を知らないはずなのに、ここまで似た人形を作るなんて、奇跡としか言えない。肌の質感もかなり本物に近く、違いは温度くらいだった。

 

 お姉ちゃんの半身とも呼べる別人格のスクリタを私が取り込んでから、何年くらい経ったんだろう。2、3年かな。何にせよ、スクリタは数年ぶりに、身体を持つ事ができた。だけど、久しぶりなせいか、それとも別の理由か。スクリタは私無しだと歩く事もままならないけど。それはそれで、何だか嬉しい気持ち。

 

「もしモ拒絶されたラ、どうしよウ。その場で壊されるかナ」

「むっ。お姉ちゃんがそんな事するわけないじゃん」

 

 確かにスクリタはお姉ちゃんに色々迷惑をかけたよ。だけど、それでお姉ちゃんが(スクリタ)を嫌いになるわけない。だって、お姉ちゃんは私達姉妹に優しいし、思いやりがあるから。もし、お姉ちゃんがスクリタの事を拒絶するなら、私はスクリタの味方になるつもりだ。もちろん、そんな事にならないように頑張るつもりだけど。

 

「ティアは知らないからそう言える。ワタシが表に出る時、フランを無理矢理内側に押し込めてた。だから、嫌われててもおかしくない。⋯⋯胃が痛イ。やっぱり、会わなくていイ?」

「だーめ。それにまだ身体が馴染んでないから、胃が痛いわけないじゃん。嘘つきは泥棒の始まりだよ?」

「吸血鬼は略奪してナンボ。奪われる方が悪イ」

「それお姉ちゃんに言ったら、怒られると思うから言わないでね」

 

 話す前から仲が悪くなる予感しかないから怖い。お姉ちゃん達、お姉様も含めて、妙に人間っぽい事を言う時がある。だからなのか、思考も人間に似ている部分がある。スクリタがお姉ちゃんの思考と真っ向から対立しようものなら、絶対にろくな事にならない。

 

「言わなイ。まだ壊れたくないカラ」

「ふーん。それならいいよ。さぁ、おんぶしてあげるから、お姉ちゃんの部屋に行こ」

「肩を借りるだけにすル。おんぶなんて、惨めな姿見せたくない」

「惨めかな? 私はお姉ちゃんにおんぶされるの好きだけどなぁ」

 

 感情的な部分を抜きにしても、人に頼る事を私は惨めとは思わない。誰だって1人では生きていけないと思うし、孤独に耐えれる程、私は強くないから。だから、1人で居れない人を惨めとは思えない。

 

「妹に手を借りるだけでモ、かなり屈辱的なノ。だけド、まだ歩くのも難しいかラ、甘えてあげル」

「ふふん、素直じゃないなぁ。いいよ。お姉ちゃんが手伝ってあげるね!」

「だから違ウ。ワタシが姉」

「はいはい。スクリタ、掴まって」

 

 スクリタに肩を貸して、隣のお姉ちゃんの部屋へと向かう。

 

 

 

 

 

 すぐ近くだからあまり歩かないけど、それでも慣れない事をしてるから、着くのに1分くらいかかった。部屋を開けて中を見ると、お姉ちゃんは待つのに飽きた様子で、ベッドに寝転がってた。

 

「え、ノックもせずすぐ開けるノ? 心の準備とカ──」

「お姉ちゃん! お待たせ、見て!」

「んー。ようやく来たの? 何? 見せたい、もの⋯⋯って⋯⋯え?」

 

 どうやら、お姉ちゃんとスクリタの目が合ったらしい。蛇に睨まれた蛙のように動きを止める。無理も無い。お姉ちゃんとスクリタは鏡みたいな瓜二つなんだから。

 

「ごめン⋯⋯」

 

 両者しばらく固まってるかと思えば、先にスクリタの方が動き出した。それも、出口に向かって。でも、1人で無理に歩こうとしてその場で転けそうになっていた。慌てて腕を掴んで難を逃れたみたいだけど、もうこれでスクリタに逃げ道は無い。

 

「えーっと。初めまして。⋯⋯それとも、お久しぶり?」

「え⋯⋯ッ!?」

 

 いつの間にか近付いてたお姉ちゃんはスクリタにそう語りかけた。明らかに察してるような言葉。お姉ちゃん、とても勘が鋭くて怖い。スクリタも予想外の言葉だったのか、目を丸くして驚いてた。

 

「あー、やっぱり、(フラン)なんだ。最近声が聞こえないなー、って思ってたんだよね。外に出れたんだ。⋯⋯どう? 私が居ない世界。楽しい? それとも、悲しい?」

「⋯⋯今は、スクリタと言ウ。フラン、ごめんなさイ。ワタシ、自分の事ばかり考えてタ。もう、アナタを悲しませないシ、関わらなイ」

 

 お姉ちゃんの真剣な眼差しに、スクリタは言葉を間違えれば破壊される、という恐怖に震え、怯えた声で話す。2人の会話を黙って聞いてた私だったけど、いつの間にか。本当に自分でも気付かないうちに、スクリタとお姉ちゃんの間に割って入ってた。

 

「え、ティア? どうしたの?」

「⋯⋯お姉ちゃん。スクリタを虐めないで。スクリタも反省はしてると思うの。だから、壊さないであげて」

「あ、あれ? 何か勘違いしてない?」

「⋯⋯え? そうなの?」

 

 さっきまでとは打って変わって、頭を傾げるお姉ちゃんに、私も同じように頭を傾げていた。

 

「あー、なるほどね。嫌味で言ってるわけじゃないよ。ただ、素直に感想聞いただけだから。スクリタ? も怖がらないで。私は貴女に悲しまされた事は無いし、関わらないでほしいと考えた事も無い」

 

 私を避けてスクリタに至近距離まで近付くお姉ちゃんに、彼女は後ろへ下がろうと後ずさる。が、思うように身体が動かなかったようで、結局はお姉ちゃんに捕まった。そして、何をされるかと思えば、お姉ちゃんはスクリタの頭を撫でた。その居心地が良いのか、スクリタは逃げようとはしなくなった。

 

「私ね、寂しかったんだよ。貴女が居なくなって。そりゃあ、ティアやお姉様を傷付けたと知った時は怒ったよ。でも、本人達が気にせずにまた接してくれたから、私もあまり気にせずに済んだの。それに元はと言えば、貴女を創って辛い思いをさせてしまったのも私だから⋯⋯」

 

 スクリタ誕生の衝撃の事実。スクリタもこの事は初めて知ったようで、声を殺して驚いてた。

 

「あっれ。知らなかった? 私が能力の制御をできずにみんなを殺しちゃって、それで1人になって哀しくて。その時は私も心を病んでたのかな。コアが来るまで、ずーっと1人だった。だから、祈ったの。壊れなくて、ずっと一緒に居てくれる友達が欲しいって、ね。多分、そのお陰で、スクリタが生まれたんだと思うよ。それからだから。狂気云々言われ始めたの」

 

 私が初めてお姉ちゃんと出会ったのは30歳の時。という事は、それよりも前からスクリタは生まれてる事になる。でも、時間的に10年ちょっとで生まれるとは思えない。やっぱり、私が姉という事でいいよね。妹確定したの嬉しいな。

 

「スクリタはスクリタで、外に出れなくて不便だったんだよね。だから、鬱憤を晴らすために暴れて⋯⋯こちらこそごめんね。辛い思いをさせてごめん。これからは、もう私に縛られなくていいからね。もう自由にしていいの。でも、できるなら、もっと私と居てほしいな。今度こそは、もう1人の私としてじゃなく、友達として、家族として。もちろん、嫌なら嫌でいいからね。私に拒む権利は無いから」

「あ⋯⋯うん⋯⋯」

 

 お姉ちゃんの神妙な面持ちに、スクリタはたじろぎ、言葉を濁す。だけど、数秒で気持ちを整理したのか、決心した顔で話し始めた。

 

「フラン、本当にワタシの事嫌いじゃないノ? アナタはワタシよりも姉妹を大切にすル。だから、姉妹を傷付けたワタシの事、本当は嫌いじゃなイ?」

「んー、嫌いじゃないよ。だって、姉妹だもん。仲の良い姉妹でも、喧嘩する時はするよ。それでも仲直りして、また喧嘩して。それが私達じゃん。ティアとはまだ喧嘩した事無いけど、お姉様とはよくするよ。主に意見の不一致でね」

 

 言われてみれば、お姉ちゃんと、ましてやお姉様と喧嘩した事は無い。『喧嘩する程仲が良い』とは言うけど、お姉ちゃん達と喧嘩すれば、今まで以上に仲良くなれるのかな。喧嘩しても、負かされる気しかしないけど。なら、やっぱり、喧嘩したくないな。私の場合、それでも仲良くなる方法を探した方が良い気がする。

 

「⋯⋯分からなイ。どうしてそんなに好きになれル。どうしてそんなに仲が良イ。理由は何? 好きになる理由」

「いやいや。そんなの無いよ」

「えっ? 無いの⋯⋯?」

 

 お姉ちゃんの意外な答えに思わず声が漏れる。ハッと我に返り、話を遮ってしまったと口に手を当て閉じる。

 

「無いよ。妹を、家族を好きになるのに理由なんて要らないよ。親愛なんてそんなもの。家族だから、好きになれる。理由なんてそれだけだよ。逆に理由がある方が不安じゃない? 例えば、賢いから、可愛いから。そんな具体的な理由がある時点で、安心できなくなるよ。それが無くなった時点で嫌う、って言ってるようなものだしね。あ、可愛いから好きって言うのを否定してるわけじゃないからね? 気持ちは分かるし」

 

 なんだか新鮮な気持ち。お姉ちゃんがそう考えてたと初めて知って、嬉しいような悲しいような。私の考えと違うけど、それでも私を好きと言ってくれた事は嬉しい。でも、スクリタの方は違うらしい。納得したような、清々しい顔。

 

「そっカ。分かっタ。なラ、これがワタシの答エ」

 

 スクリタはそう言って、お姉ちゃんの肩を掴んで首に噛み付く。少し驚いた表情を見せたお姉ちゃんだったけど、次の瞬間には気まずい顔で不思議がる。

 

「スクリタ⋯⋯私を受け入れてくれたという事は分かったよ。でも、申し訳ないなんだけど⋯⋯痛くないし、吸血特有の快楽も無い⋯⋯」

「⋯⋯牙が無いシ、フランの皮膚を貫ける程硬い歯も無かったみたイ。それに、慣れない身体のせいか、もう動かなくなっタ。ごめン、続きはまたいつカ。ティア、ワタシを身体の中に戻しテ」

「ほえ? う、うん。分かった!」

 

 微動だにしないスクリタをお姉ちゃんから引き離し、その腕を掴んでスクリタを自分の中へと吸収する。すると、人形は生気を無くし、その場で動きを停止する。ただの人形へと戻ってしまった。

 

『もうしばらく中に居ル。吸血鬼は長生きだから、稀に練習しテ、ゆっくり慣れる事にするネ』

「⋯⋯という事らしいよ」

 

 スクリタが私の中に居る時は、私以外に声が聞こえない。だから、私がスクリタの言葉をお姉ちゃんに伝えた。それを聞いたお姉ちゃんは納得した表情で頷いていた。

 

「そっか、ずっとティアの中に居たんだ。という事は、最後に狂化した時に取り込んだのかな。良い事考えるねー、ティアも。ありがと。貴女のお陰で、またスクリタに会えた。⋯⋯ちなみに、五感とか共有してるの?」

「うん、してるよ。だから、痛い事はあまりできないの」

「ふーん⋯⋯そっか。良い事聞いたなー」

『⋯⋯慣れない身体で疲れたかラ、先寝とク』

 

 その言葉をお姉ちゃんに伝えると、残念そうにお姉ちゃんは項垂れる。気を取り直し、お姉ちゃんと今夜一緒に寝る事で妥協した。その夜、お姉ちゃんはただの人形と化したスクリタの身体を抱き枕代わりにして、私と一緒に寝ていた────




あれ、お気に入りや評価してくださった方が増えすぎじゃあないですか?
⋯⋯はい、すごく嬉しいです。ご期待に添えるよう、これからも頑張ります。
読者の皆様、ありがとうございます!(*・ω・)*_ _)





今回で第3章は終了です。次回はちょっとだけお休みして、今章までのキャラの設定集や裏話を公開しようと思います。実は回収しようにも物語の都合上、回収できなかった伏線とかあるらしい()

では、また次回。お会いしましょう。


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番外編⑶「女児な末妹」
番外編「解説者な妹(設定集)」


今回は題名通り一旦休憩。次にすぐ本編始まるから実質閑話。
キャラも増えてきて、もう出ない人で結局この能力何だったの? (主に騎士達)とかもあるかもしれません。

なので今回だけは、ティアちゃんとついでのウロ(稀に他キャラ)による原作キャラ、オリキャラの解説と裏話となります。前半は活動報告に載せたものとほぼ同じ。それに一言付けてるくらいですね。

まぁ、ぶっちゃけ読まなくても支障は無いです。結構長くなったので、本当に暇な時にでも流し読みしてくださいな。


 

紅魔館組

 

 ハマルティア・スカーレット

 本作の主人公。緑髪の長髪を持つ紅眼で健気な少女(幼女)。長女とは10歳差。次女とは5歳差。ちなみに何がとは言わないけど、Delicious。

 吸血鬼姉妹の末妹。母親の中に居る際に、その親の体力という力を吸収して衰弱死させる。なお、吸収した力は栄養となって結果出産を早めるも、果てなき飢えと渇きにすぐに枯渇してしまった。それで父親に嫌われ、次女とは別の場所に幽閉される。

 

 常に物を欲し、欲深く大食い。面倒くさがりな部分があり、好きな相手はとことん愛する。だが他の人と話しているのを見ると妬むほど嫉妬深い。人間に対しては吸血鬼らしく驕り高ぶり、怒れば静まるまでしばらくかかる。

 

 2人の姉に憧れ、好み、食べたいと望むようになる。姉と居ない時は常に何かに飢えることになるが、最近はずっと一緒に居るので飢えと渇きは癒されている。「愛する」という感情が生まれた時から感じていた「食べたい」に置き換わっているため、好き=食べたいという欲求がある。あまり変わらないとか教えてはいけない(戒め)。

 

 戦闘スタイルは剣や槍、弓などの武器にルーン魔法を同時に使用するというもの。ルーン魔法を食べることで戦闘能力強化、みたいなことも考えている。

 12話からは魔女に貰った権能のお陰で能力に幅が増えたとか。循環性により相手の能力を一時的に消す事ができる。永続性により身体の一部をすぐさま破壊、回復させる事ができる。無限性により能力の効果時間などを増やせる事ができる。

 

 二つ名は『北欧の吸血姫』。読みは『ほくおうのきゅうけつき』。

 

 能力「悪く言えば強奪する程度の能力。良くいえば力を吸収する程度の能力」

 自分を強化し得る力を吸収(強奪)できる能力。どんな力も一度喰らうか触れる必要があり、例えば炎を喰らえばその炎を吸収し、自分を強化できる。生命エネルギーや妖力も吸えるが、時間をかけないと吸いきれない。ただの人間なら1日触れ続けていれば殺せる程度。もちろん喰らったらダメージは残るため油断は禁物。

 

 強化した力は長くても10分程度しか持たず、すぐに枯渇する。扱いにくい能力だが、能力や概念さえも吸収することができるため、中々強力。補助効果も吸収し、持続時間を延ばしたり一定時間のみ重複させたりできる。何故か姉妹から強奪はできない。もし能力を『喰』えば、能力の時間制限も倍になる。なお、すぐに使えなくなるのは手にした能力を使い捨てにしている、つまり消費しているから。なお、潜在的に愛してる人に対しては自分でも気付かずに能力を制限してる。

 

 例:炎→吸収した分の炎を操る。充填する場合はもう一度喰らう必要あり。

 能力で腕を破壊される→破壊という力を手に入れる。同じように腕程度のものを破壊できるようになる。能力の受け方次第で攻撃の方法が変わる。

 

 

 

「私だね! ところで、Deliciousって何? 何が美味しいの?」

「⋯⋯さぁ、知らないなー。ちなみにわたしはAngelらしいよ」

「その答え方、絶対知ってるじゃん。意地悪しないで教えてよー!」

「ささっ、次行くよ。次」

 

 

 

 

 

 レミリア・スカーレット

 吸血鬼姉妹の長女。スカーレット家の跡継ぎ。女性だったことは嘆かれるも、持ち前の強力な身体能力と妖力で有無を言わせず跡継ぎとなる。傲慢だが慈悲深く、純潔で勤勉。あと少食。努力を惜しまない努力家だが、それを人に見られるのは嫌い。

 グングニルの槍術はかなりの腕前。大抵は力押しだが、相手が格上ならしっかりと頭を使って攻める。

 

 幼少期。2人の妹について知ってはいるものの、助けることはまだできないと思っていた。稀に様子を見に地下に行っては、妹に押し負ける。しかし姉妹の中で純粋に心技体を合わせれば一番強い。そして妹を守ることに関してなら、誰にも負けたくないらしい。

 

 少し成長した今でも妹には押され気味。ただ、いつか姉らしいところを見せたいとは思ってるらしいし、これ以上情けない姿を見せたくないとも思ってる。フランとは姉妹の中でも唯一本音を言い合える仲。よく意見の不一致で喧嘩するが、仲が悪いわけではない。ちなみに練習試合での戦績はフラティアともに全勝してるとか。そこだけは姉らしい。ティアに対しては少し遠慮気味。内側の狂気に勘づいてるようだが、詳しくは知らない。だから、ただ嫌われたくないという前提で動いてる。それ故に⋯⋯。

 

 能力「運命を操る程度の能力」

 未来を見ることができる。もしその未来が気に食わず、不可避のモノでなければ、ある程度は操作することもできる。常に見れるほど有能なものでもない。稀に見れない時もあるし、突拍子もなく見ることもある。その見える未来も時間もバラバラで纏まりはない。以前はフランが狂化しないように運命を選び続けてた結果、能力を充分に使えなかった。最近はフル稼働できるが、それでもやっぱり疲れるので多用はしない。ただし、使えても現実的に可能な範疇での操作が可能なだけで、不可能な領域での操作はできない。

 

 

 

「お姉様だね! お姉様はね、カッコよくて可愛くて、とっても強いんだよ!」

「ふーん、そうなんだ。凄いね、レミリアって」

「でしょっ! 私もいつかお姉様みたいになりたいなぁ」

「なれるといいね。じゃぁ、次だよ」

 

 

 

 

 

 フランドール・スカーレット

 吸血鬼姉妹の次女。能力と狂気故に妹とは違う地下深くで幽閉される。性格は強欲だが、救恤で忍耐強い。しかし少し飽き性。なお慈悲はない。謙譲なところが多少ある。姉妹の中で一番力が強い。原作通りの魔法少女だが、恐らく原作よりも魔法が使える。妹にルーン文字の存在を教えた本人。自分はあまり使わないけど。その剣術はぶっきらぼうだが、全てを力で押し切る。妹に対して友達のように接し、良き理解者でありたいと思っている。姉に対してはツンデレ。

 

 最近は常識人と化してきた。ただ、内側には過度な姉妹愛という狂気が宿っている。それは人間からすればかなりのものだが、吸血鬼なので至って普通という感覚らしい。というか、スカーレット姉妹全員が姉妹愛という名の狂愛持ちなので普通に見えるだけ。いや、普通に見えないけど。ちなみに、本で見た結婚というものに興味があり、将来は姉妹と結婚したいと思ってる。

 

 能力「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」

 ほぼ原作通り。物体の最も緊張する部分『目』を視覚化し、自分の手に引き寄せる事ができる能力。使えば、内側から破壊する事ができる。ちなみに、握りしめる強さによって潰され方も違うが、フランは基本的に手加減しないので変わらない。また、握れなければ破壊できないという弱点がある。常に目が見えており、視覚化されたものが消える事は無い。普通の人なら気が狂うレベル。

 

 

 

「お姉ちゃんはね、優しいの。私といつも遊んでくれるんだよ」

「そっか。良かったね。でも、あまり迷惑かけちゃダメだからね?」

「うん、分かった。迷惑かけないように、いっぱい甘えるね!」

「まぁ、うん。それならいっか」

 

 

 

 

 

 ドラキュラ・スカーレット

 吸血鬼姉妹の父親。元々優しい人だったらしいが⋯⋯。フランを幽閉する時も渋々だったが、母が死んでからは性格が一変。子どもにも強く当たるようになる。能力はない。途中で死亡。生前は傲慢で領地拡大にしか目がない。ある魔女の予知の言葉を信じていたような発言を遺す。その魔女については後述。

 

 

 

「私、お父様の事は好きじゃない。お姉ちゃんを傷付けたから」

「それは酷いね。でも、どうして怖くなったんだろうね」

「さぁ、知らない。興味も無い」

「余っ程だねぇ⋯⋯。まぁ、いいや。次行こっか」

 

 

 

 マリアンヌ・スカーレット

 優しき母親。名前の意味は自由。慈悲、節制、純潔、救恤、勤勉、忍耐、謙譲。全ての美徳を併せ持つ⋯⋯らしいが、一話で死んだので見せる機会はなかった。ハマルティアを生んだ直後に衰弱死(?)する。末妹に善という意味のスクリタという名前を遺すも、強引にハマルティアという名前を付けられた。だが、スクリタという名前はティアによってもう1人のフランに名付けられる。それによって救われたかどうかは分からない。まだ不安があるから。能力は恐らく無い。

 

 

 

「私ね、お母様の事全然知らないんだ。生まれた時に死んじゃったから」

「愛を知らない哀しき⋯⋯って、今は哀しくなさそうだね」

「お姉ちゃん達が居るからね!」

「そっか。それは、良かった⋯⋯のかな」

 

 

 

 

 

 紅美鈴

 東洋からやって来た武術家の妖怪。その拳は岩を砕き、その蹴りは木を薙ぎ倒す。そんな美鈴が紅魔館にやって来て、レミリアに挑み、負けた結果、紅魔館の従者兼門番となる。家事は一通りできるらしく、メイドを纏めるメイド長としても活躍してるとか。料理ができる人が少なく、尚且つ料理(主に中華)が得意なため料理長としても見られてる。多忙だが、今はそれが逆に楽しいらしい。レミリアはそんな働き過ぎな美鈴を心配してる。

 

 美鈴が主役の回がまだ少ないから、これから増えるかもしれない。

 

 能力「気を使う程度の能力」

『気』もしくは『氣』と呼ばれる体内のエネルギーやオーラを操る能力。体内エネルギーを操作し、瞬間的に体を硬くしたり、拳の威力を上げる事も可能。ちなみにか〇はめ波(のようなもの)も撃てる。

 

 

 

「美鈴の料理はとっても美味しいの! 今度ウロにも食べさせてあげよっか?」

「流石吸血鬼、上から目線。まぁ、有り難く誘いを受けようかな。待ってるね」

「うん!」

 

 

 

 

 

 コア・ラクスリア

 大罪の1つ、色欲の生物。魔館のメイドに扮した女淫魔ことサキュバス。小さい時から世話をしていたフランに対して一目惚れしたらしく、常に襲う隙を伺っている。が、ティアが居るせいで襲えなかったんだとか。ちなみに、フランに対して一通りの教育をしたのも彼女。それがまともだったのかはフランと彼女しか知らない。夢魔のように夢の中に入り込む事もできる。夢の中なら大抵の人になら勝てるが、正体がバレたら逆に負かされるんだとか。ティアとは仲が悪そうだが、意外と仲が良かったり? 実際のところは不明。

 

 怒竜イラの攻撃からフランを庇い、致命傷を負う。その後、死体は消えていたため、生死不明。生きてるにしてもフランに会わない理由が無いため、死亡したと見るのが妥当かもしれない。しかし⋯⋯。

 

 能力「魅了の魔眼」

 行動を静止させる暗示の一種。威力は低いが、目を合わせなくても一方的に視認するだけで動きを止めれる。物体の運動を止める事はできない。魔力次第では抵抗可能。成長したフランやティアレベルだと簡単に弾けるらしい。

 実は後付け設定だったり。最初出した時は、こうなる事は予想してなかったんだとか。でも、都合上出しやすいし面白かったので。うちの魔眼持ちは分かりやすいようにオッドアイが多いけど、純粋な悪魔だからかオッドアイではない。

 

 

 

「私はコアの事好きじゃない。お姉ちゃんの恋敵だから。でも、もう1回くらいは会いたいなぁ」

「⋯⋯素直なのか違うのか。よくわかんね。にしても、どこかで聞いた名前だなぁ」

「書いた本じゃないの? あの適当な」

「適当言うなし。でも、多分それかな。次ね」

 

 

 

 

 スクリタ・スカーレット

 所謂もう1人のフラン。名付け親はティア。昔、自分に名付けられるはずだった名前を付けた。フランの狂気の原因で、フランが孤独に耐え切れずに創り出した空想の友達(イマジナリーフレンド)とも呼べる別人格。ここら辺が処女作の紅転録の設定と微妙に違うね。生まれてからずっと不自由だったため、耐え切れずに爆発し、その結果が狂気として表に出てきた。なので、一概にスクリタだけ悪いとも言えない。だが、ティアにズレた愛情表現を教えられ、スクリタもズレてしまった。

 

 狂気を抑えるため、また勿体無いという精神からティアの中に移動する。そのため、居なくなったとフランに心配されてた。ティアの中に居る間は五感全てを共有するらしく、思考すらも読み取るらしい。常に狂気じみたティアの思考に汚染されかけてる。が、意外と強くなったかのか、常識人としてティアを抑える役目を果たす。

 

 それでも姉妹(レミリア)が傷付いた時は怒り狂い、表に出てきてまで怒竜イラを殺そうとしてた。今でもイラの事は嫌いらしい。それはティアも同じだが。ちなみに自己愛が強い。そのため、本当はフランの事も⋯⋯? 恋愛的な意味でも他の姉妹の事も好きだとか。

 

 ティアの夢限定なら、夢魔のように入り込む事が可能。寝た後も、浅い夢の時に一緒に遊んでるらしい。主導権はティアが握っており、よくじゃれ合うとか。最近は人形という身体を持ったため、いつか自由に動かし、仲良くなったフランとじゃれ合うのが密かな夢。結局シスコン。

 

 なお、同一人物ではないが、同一存在である人が居るらしいが、今回は関わってこないので割愛。

 

 能力「目を見る程度の能力」

 物体の最も緊張する部分『目』を見る程度の能力。フランから分かれた後、力の残留として下位互換の能力が付いてきた。ティアの中に居る時はこの能力を共有する事が可能。目は常に見えてるわけじゃなく、スクリタが起きてる間だけ見えるらしい。

 

 

 

「スクリタだね。スクリタは可愛いんだよ。まるでお姉ちゃんみたいで」

『オネエチャンみたいじゃなくテ、オネエチャン。っていうカ、別にフランの事好きじゃないシ、許してくれたノ、嬉しかったけド⋯⋯』

「素直になろうよー。あ、次から変わるよ。次はお待ちかね!」

「いや、誰も待ってないと思うし、わたしだから待たなくていいです⋯⋯」

 

 

 

 

 

 

 

『ナテラ・ウロボロス・カーレスト(Natera Uroboros Carlest)』

 赤髪で曇った黒目の魔女。イラストの目はそこまで曇ってなかったけど。現在100歳くらい。『七つの死に至る罪』などの伝承や神話。『原初のルーン学』などの魔導書を書いた魔女。この世の真理を知りたいらしく、今の目的は東の国にある、とある場所に行きたいとか。イギリスでの魔女狩りから逃げてきたという話で、吸血鬼領地なら安全だという判断だとか。どこか朧けで憂鬱。面倒くさがり。

 

 その正体は転生を繰り返すらしい転生する竜。略して転竜。不変の権能という力を一部だけ使うことができる。完全にするためには東の国に行く必要があるとか。転生を繰り返した結果、数えきれないほど生きているとか。喋り方がよく変わるのは長年生きた経過全ての記憶を持っており、それを混同してしまってるかららしい。自分でもどれが本音か分かってないし、そもそもこの世界だと生きてる実感が湧かないらしいので、常に憂鬱なのもそれが原因。

 

 実は、元々西の島国の王国に生まれた魔女貴族の家系。美徳の騎士の1人と血縁関係があった。本当は世襲制によりイギリスで王に仕えることになるも、それが嫌だったので一人暮らしになったとか。

 

 戦闘時、片手を地面に付き、もう片方の手は爪を露わにしてまるで獣のような姿勢を取る。基本的には四つ這いで、爪や牙を使って敵を攻撃する。竜の癖が離れないんだとか。竜形態は俗に言うワーム(龍)。白い鱗を持ち、手足は短い。全長3m程。竜のイメージはジ〇リのハク。背中には鋭い棘状の鱗が付いている。魔女の身体のため、竜化すると身体が痛むらしい。

 

 能力『不変の権能』

 循環性とは永劫回帰。超人的な意思によってある瞬間とまったく同じ瞬間を次々に、永劫的に繰り返すことを確立する力。簡単に言えば、自分の意思で何度もリセットすることができる。願えばある人の死を無かったことにして、死ぬ直前まで戻ることもできるし、自分が死んだ後でも、自分の死を無かったことにできる

 

 竜の血が濃くなればなる程、強くなる事が分かった。しかし、それでも東の国に行かなければ、権能としては完成しない。

 

 永続性は永遠や死と再生を司る力。これさえあれば、永遠の命⋯⋯すなわち不死になることができる。また、破壊と創造も使えるらしく、壊れたモノを創り直すこともできるらしい。

 

 始原性は宇宙の根源、始まりを司る力。全ての始まりに返り咲くこと、要は循環性と似たようなことができるらしい。無かったこととは違うけど、もう一度始めからやり直すことができるらしい。

 

 無限性は無限と不老不死。魔力や妖力を底無しにできる上に、不老と不死、どちらの力も持つことができる。もはやチート。これが一番欲しい。

 

 完全性。全知全能にも等しい永遠の力を司る。永遠とは不老。また、永遠とは不変であり、形を崩さないことらしく、身体や精神を永遠のものにする。とにかく再生力が格段に上がるらしい。

 

 

 

「ウロの情報量多くない? それに、名前がローマ字表記あるし。なんで?」

「さぁね。そこはご想像にお任せするよ」

「えぇー! ケチー」

「いやだって、わたしも詳しく知らないから。気を取り直して次行くよ。次」

 

 

 

 

 

 イラ

 大罪の1つ、憤怒の生物。怒竜イラ。別世界から無理矢理呼ばれ、この世界に存在する竜に対しての、憤怒という性質を付与された怒れる竜。召喚された際、後述するヨーコと知り合いだったが、それはヨーコも同じ世界から来たからなんだとか。自然界とマナを共有できるらしく、外から無尽蔵に汲めるらしい。なお、一度に汲める量にも限界がある。

 

 竜形態は赤く輝く鱗に、目が赤い。全長は約70m、翼の開長は約60~70m。元々は黄金色予定だったが、勘違いで赤色にされた悲しい竜。オリジナル小説に出てくる竜が赤色だったため、そちらと勘違いされたんだとか。反省はしてるし、後悔はしてる。でも公開してるから仕方無い。

 

 実はかなりの純血主義。それが元で他の竜と喧嘩する事も多々。この作品でイラの設定を掘り下げるつもりはあまり無いけど、喧嘩した時に、ある竜に救われたとか。それから、他の竜とも仲良くなっていったらしい。ちなみに、とある自分と同じ赤い竜に憧れてる。

 

 レミリアを1度は殺したため、レミリア以外の姉妹に嫌われている。レミリアは必要以上に殺す事を良しとしなくなったから、恨みで殺そうとはしない。ウロに敗れた後、ウロとともに何処かへ去る。その後は行方不明だが、恐らくは⋯⋯。

 

 能力「静止の魔眼」

 行動だけでなく臓器などの運動も静止させる魅了の魔眼の一種。目を合わせた者に対して発動する。運動を止められた物体は内蔵すらも停止するため、間もなくして死亡する。魔力次第では抵抗できるが、それでも強力なので運動はともかく、行動が止められる可能性が高い。65歳のティア相手だと、10数秒程度で死に至るらしい。人間だと数秒で死ぬ。

 

 

 

「今でも好きになれない。次会ったら、めちゃくちゃにしてやりたい。でも、食べてみたいなぁ。あの時食べたんだけど、凄く美味しかったから。それに、もっと竜の血が濃くなれば強くなれるっぽいしね!」

「要は糧にすると⋯⋯怖いなぁ。スカーレットの末妹って代々怖い人ばっかりなのかなぁ」

「そうなの? お父様、一人っ子だから、末妹が代々そうだとは知らなかった」

「あ⋯⋯うん。次行くかー。次もまた、ジャンル変わるよ」

 

 

 

 

 

 

美徳の騎士

 

 謙譲の騎士

 西にある島国の王族専属の銀髪メイド騎士。代々王家に仕える家系であり、幼い頃から王のために働いてた。生きる意味は王に仕える事しかないと思っているため、それ以外の事に興味は無い。故に名前すらも持たない。美しくも力強い容姿と戦い方に惚れた人は多いとか。しかし、上記の理由により、王の命令以外に聞く事は無い。

 

 能力「自身を加速させる程度の能力」

 自分の動きだけを数倍に加速させる程度の能力。要は速度を上げる能力だが、実際は動きの時間だけを加速させているらしい。ただし、思考までは加速できず、思考が身体に追い付く事は無い。そのため、先にどうやって移動するか決めて、それを実行するという手段を取っている。移動能力。途中で変更はできないため、扱いにくい。が、メイドは使いこなす。

 

 

 

「私知らないなぁ、このメイド」

「そうなんだ。命令に従順って紅魔館のメイドにピッタリじゃない?」

「美鈴居るから遠慮するね」

「あらそう。なら、次行くか」

 

 

 

 

 

 忍耐の騎士

 王直属護衛軍の幹部。名前はジョンソン・ネヴィル。赤髪の緑目。まだまだ若く20歳。性格は熱血だが心優しい。常に周りに気を配れる人らしく、その能力から王様に重宝される人物。吸血鬼達を恨んでるというわけではなく、みんなを苦しめるから止めようと志してる。一応貴族だが、他の騎士達よりも位が低い下級貴族。親の代から耐え忍び、騎士にまで昇格した家系。

 

 後述する慈悲の騎士、グレイシアを気にかけてる。というか、恋心を抱いてる。どうなるかは、最終回後にする騎士達の後日談にて。それにしても、主人公みたいな人だなぁ。

 

 能力「攻撃を受け流す程度の能力」

 受け流せる力には限度がある。70歳フランのレーヴァテインならギリギリ受け流せるらしい。実際は周囲の空間を歪曲させ、自分に当たらないように攻撃をずらす能力。本人はただ単に攻撃を受け流せる力程度にしか思ってない。

 

 

 

「この人も知らない⋯⋯」

「ティアちゃんとこ、あまり来てなかったみたいだしね。というか、本当に出した意味が⋯⋯。まぁ、次行こう」

「そだねー」

 

 

 

 

 救恤の騎士

 本名ウィル・ドラモンド。子持ちだが、強い後継者が出ず、未だに騎士を続けてる人。騎士の大黒柱兼保護者。騎士の中で一番の年寄りで、知識のある老人。能力により後方支援を請け負うが、近接戦闘も得意な武術家。信頼も厚く、王には騎士達の教育や指導を任されている。

 

 能力「他人を鼓舞する程度の能力」

 他人を鼓舞すると、鼓舞された人間は体力や攻撃、防御力がかなり上昇する。ウィルの視界内なら誰でも効果対象であり、ウィルの判断により敵味方が区別される。なので幻覚で騙される可能性もある。能力は自分以外なら誰にでも使用可能。

 

 

 

「この人は知ってるよ。美鈴を応援してくれた人ー」

「正確には鼓舞ね。わたし、見てないけど」

「人間だし、飛ばして行くよー」

「悲し⋯⋯」

 

 

 

 節制の騎士

 本名、アルバート・アスター。30代前半。赤髪。竜騎士ことドラグーンのリーダー。召喚獣であるワイバーンに乗り、槍を手に空を舞う。召喚魔法で竜を召喚し、能力でそれを操り戦う事を得意とする。度々吸血鬼達と戦っているらしく、人間狩りに来たフランとも一度出会い、勝負している。その時は見事撤退に追い込んだとか。

 

 家はかなりの上級貴族らしいが、それ故に問題児が多いとか。なお、死んだので跡継ぎ問題が勃発。どうなったかは不明だが、これ以降、この家系から騎士が出てくる事は無かったとか。

 

 能力「支配する程度の能力」

 支配する対象を目視し、その対象の情報を知ってる事が条件。情報の最低基準が名前とその効果のみ。操れる範囲は、その対象が可能な動き、もしくはその対象を自分が持った時に可能な動き。手から離れてると、操れる時間がかなり短くなる。相手の弾幕でも武器でも操り、自由自在に動かす事ができる。ティアのルーン魔法もこれで操った模様。

 

 

 

「あ、お姉ちゃんと戦った人だー。あの後、イラに食べられちゃったの」

「イラが美味しく頂きました、ってやつか。少し違うか」

「何言ってるの? 次行くよ」

「雑いなぁ。好きじゃないからってかなり雑いなぁ」

 

 

 

 

 

 慈悲の騎士

 本名グレイシア・セシル。白髪のアルビノ少女。年齢は15歳。特攻隊隊長。ある事情とその家系から騎士に昇格するが、それまでは忌避と迫害の日々を過ごす。それ故に心を閉ざすも、忍耐の騎士ジョンソンが常に気にかけ、守られてたとか何とか。そんな最中、騎士の跡継ぎだったはずの叔母が失踪、そして常日頃グレイシアを気にかけていた忍耐の騎士ジョンソンの助力により、繰り上げのような形で騎士になる。

 

 氷のような冷たい女性だと思われてるが、実際は奥手で臆病なだけ。慈悲の騎士らしく、自分のような悲しみを受けないように、殺す時は一瞬で殺す事を慈悲と考えてる。

 

 実は元跡継ぎの叔母とはウロの事。グレイシアに記憶は無いが、面識はある。自分が逃避した事によりどうなったかと気にかけてはいたが、本当に気にかけるだけで何もしなかったとか。そのため、先の戦争では、吸血鬼と衝突するであろうグレイシアの様子を見るためにも来たらしい。結局、無事だったので次に心配だったティアの様子を見に行き、途中で美鈴と出会い、本編に繋がった。

 

 この後救われるかどうかは、本編終了後の番外編にて。

 

「熱を操る程度の程度の能力」

 周囲の低温や高温を極度に操る能力。能力は基本的に低温しか扱わず、まるで冷気を操るように見せ、剣に纏い、剣で攻撃する。本来熱を操れるのに普段は冷気を操るのは、小さな時に負った傷が原因らしい。詳細不明だが、親に火の類で傷付けられたとか。身体には今も尚その傷が残ってる。

 

 

 

「グレイシアは、わたしの姪っ子。あまり関わらなかったけど、会った時はよくわたしに笑ってくれてた。⋯⋯親と対照的にね。逃げる時にグレイシアくらい連れて行けばよかったけど、この娘はわたしみたいに長い事生きられない。それに、今より酷い目に遭う可能性が高かった」

「という言い訳だね。せめて、大切な人くらい、助けようとか思お?」

「⋯⋯そうだね。ごめん、今は後悔してる」

「はい、暗くなったから次行こうね」

 

 

 

 

 

 勤勉の騎士

 本名、マジョラム・ノーレッジ。ちなみにマジョラムの由来はシソ科から。紫髪。唯一貴族ではない騎士。勤勉の騎士のみ、頑張り次第で貴族以外でもなれる王族専属の騎士。小さな時に受けた心の傷を忘れず、今の今まで復讐に心を支配されていた。4話にも出てきた女の子。初登場時は10歳。レミリアに村を滅ぼされ、事故とは言え、結果的にレミリアに母親を殺される。ちなみに父親も村の戦いの時に死亡。

 

 村での戦いの後、レミリアに言われた言葉を頼りに生きてきた。1人で森を彷徨ってると、野垂れ死にする前にある泉に到着。そこで偶然、精霊達と出会い、契約する事になる。精霊達はマジョラムの良き理解者、または相談者として支え、彼女の夢を叶え、命を守り通す事を生き甲斐にする。

 

 それから流れ着いた島国の王国にて迫害を受けながらも魔術などの勉学を励み、精霊と努力で騎士にまで上り詰める。なお、レミリアの言葉を素直に聞いたり、精霊に促されて最終的には命を優先したりとかなり素直な娘。戦争後は幸せな色々(最終回後の番外編)あって幸せな家庭を持ったらしいが⋯⋯?

 

「属性魔法(主に四元素)を扱う程度の能力」

 努力で手に入れた魔術。そして、四元素の精霊の力を借りた力。奥の手である精召喚により、5対1の多対一戦闘にするのが得意。風で空を飛び、炎で攻撃し、土で守り、水で癒す。ちなみにパイロは炎、ハイドロは水、エアロは風、ジオは土。

 

 

 

「私のお姉様と仲良さそうにしてたけど、好きになれそうな珍しい人間。多分、もう魔女に近いけど」

「だね。精霊と契約とか何気に凄い事してるけど⋯⋯って、さりげなく嫉妬心露わにしてない?」

「そう?」

「そうだよ。⋯⋯まぁ、次。次で最後のジャンル。残りは2人かな」

 

 

 

 

 

 

その他

 

 ヨーコ・アヴァリティア

 人間時の偽名、ヨーコ・スペンサー。表向きハーフ、金髪とスタイルの良い身体を持つ。見た目は20代後半。魔法の奇跡で回復する医療班リーダー。東洋から来たらしく、それなのに貴族しかなれない純粋の騎士に選ばれたりと、その出生は謎に包まれる。

 

 というのはもちろん嘘で、正体は七つの大罪の1つ、強欲の狐。天狐とも呼ばれる妖狐。こことは別の世界の異界に住む。予知能力を持ち、遥か昔にドラキュラへティアに関する予言をした人物でもある。ドラキュラを言葉巧みに変えてしまう程の強力な妖怪。当主を狂わせる事で吸血鬼の内部分裂を目論み、尚且つ自分は人間側に吸血鬼へ手引きさせ、同士討ちを狙ってた模様。

 

 しかし、思った以上に強かった吸血鬼に予定を狂わされ、作戦を変更して自分と同じ世界から竜を召喚するも、結界をウロに外から破壊され、それに加えて最終的に竜を倒されるという大誤算。失敗に終わった事を知った妖狐は逃走し、以後行方不明。この後の結末はこれもまた、番外編⋯⋯?

 

 能力「変化、変容させる程度の能力」

 能力は自分の周囲に力を及ぼす。また結界を張ってそれをなぞるように能力を行使する事が可能。力や概念すらも変容させ、バリアを張ったりもできる。時間経過が必要になるも、物体を変化させる力もある。また、応用で対象を回復させる事も可能。

 

 

 

「早めに殺さないと、この人は危険な気がする。次見つけたら、絶対に殺す」

「殺気凄いねぇ。まぁ、程々にね。姉に迷惑かけないでよ?」

「ウロに言われたくない」

「はいはい。じゃぁ、最後だね。次、どぞ」

 

 

 

 

 

 ヴラド・ツェペシュ

 スカーレット家とは別家の吸血鬼。別大陸を支配する。ちなみに見た目のイメージはF〇teのヴラド三世。亡き親友との約束を守るために騎士団と戦う時に手伝ったりする優しいおじさん。自分は割と早く負けるも、結果的にドラキュラと約束した通りに姉妹を守る。父親は竜公と呼ばれた偉大な竜、ドラクルらしい。しかし、ヴラド自身は竜の血が薄く、親よりは力が劣る。親は行方不明。あと刺繍や編物が得意。

 

 息子と娘が1人ずつ居る。息子はかなり礼儀正しいらしく、紳士的。ただ精神的に弱いとか。娘はかなりの破綻者だが、竜の血を濃く引き、強いとか。なお、血を見たり飲んだり、相手や自分を傷付ける事が大好きらしい。後同年代の娘も好きらしい⋯⋯。ちなみに息子はレミリアと同い年。娘の方はティアと同い年。

 

『カジィクル・ベイ』

 能力ではないが、ヴラド公の代名詞とも言える必殺技。自身を霧のように変化させ、何本もの棘、杭を生やし、相手を串刺しにする。慣れればティアとかにもできるらしい。ティアは未だに霧にもなった事無いが。

 

 

 

「最後がこの人っていうのもなんかねぇ」

「優しいおじさんだよ。でも、なかなか会わないね」

「そらまぁ、そんなもんじゃない? 親戚のおじさんみたいな感じだろうし。さて。これで終わりだね。どうだった?」

「別に、どうでも無いよ?」

「面白味無いなぁ。⋯⋯まぁ、いいや。では、これにて終了。また次回ね」

「バイバイ」




罪な妹。それは決して許されぬ者。
されど、赦す者は居るだろう。

⋯⋯己が道から外れない限りは。

少女の行く末は、幸福か、絶望か。


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番外編4「手作りなチョコ」

今回はバレンタインデーという事で、その話。

ちなみにチョコ云々は1970年代に生まれたらしいけど、深い事は気にしないで読んでください(


 ──Hamartia Scarlet──

 

 今日、2月14日はバレンタインデーという日。本で見た話だと元々は269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ヴァレンティヌスに由来する記念日で、その歴史はローマ帝国の時代にまで遡るらしい。それがいつの間にか、世界各地でカップルの愛の誓いの日となってた。そして、ある辺境の地ではチョコを送る風習があるとか。

 

 どうしてそうなったのか詳しく知らないけど、一緒に本を読んでたお姉ちゃんはその事を認知してる。更には「ティアも私にチョコ作ってくれる?」と言われたから、作らないわけにはいかない。多分、冗談半分で言ったんだろうけど、半分は本気だろうし、絶対に作らないとね。お姉ちゃんのを作るなら、ついでにお姉様のも。

 

「っていうわけで、メーリン。チョコの作り方教えて」

 

 そういうわけで、メーリンのところに来た。お姉ちゃん達にはサプライズとしてビックリしてほしいから、誰にも悟られないように今日は早めに起きた。多分、この時間に起きてるのは美鈴だけだと思う。まぁ、早く起きて今もちょっとだけ眠たいんだけど。

 

「え、ええ!? ちょ、チョコですか?」

「うん、チョコ。作れるよね?」

「チョコは⋯⋯作った事がないので⋯⋯。元からできてる板チョコなどを使えば簡単に作れますが、今はカカオ豆しかありませんし⋯⋯」

「あぁ、そっかぁ⋯⋯」

 

 これは予想外すぎる。メーリンならきっとチョコも作れると思ってたのに、まさか作った事がなかったなんて。よくよく考えればチョコは西洋で生まれたものだし、中国の妖怪である美鈴が知らないのも当たり前だけど。

 

「あ、で、ですが、カカオ豆はありますので、時間さえかければ作れますよ!」

「本当に⋯⋯?」

「は、はい! 作り方は知ってますので! ま、まぁ、失敗する可能性は高いですけど⋯⋯」

 

 不安しかない。でも、お姉ちゃんは私のチョコを楽しみにしてるはずだ。なら、作らないという選択肢はない。失敗を恐れたら前には進めないとも言うし、何事も挑戦だ。

 

「ううん。やってみよう。メーリン、手伝って」

「分かりました! すぐに材料と道具を持ってきますね!」

 

 そう言い残して、メーリンは食料庫へと走って向かった。

 

 お姉ちゃん達の事を思っても、まだ一抹の不安は残る。それが消えるのは多分、作り終えた時だろ思う。だからこそ、お姉ちゃん達が喜ぶようなチョコを作らなければ。その使命感を胸に、私は決意を固める────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Remilia Scarlet──

 

 今日も夜早く起きて妹達の寝顔を拝もうと地下に向かうと、ティアだけが居なかった。フランと一緒に寝てるわけでもなく、既に起きて何処かに出かけたのだろう。

 

 そう思いながら、いつも通り書斎へと向かってる時の事だった。

 

「メーリン〜! 失敗したぁ〜!」

「だ、大丈夫ですよ! これでもまだ手はありますから!」

 

 妹の泣き叫ぶ声が調理室から聞こえた。無意識に身体が反応し、気付いた時には槍を持ってその部屋に入ってた。思えば、会話の内容から敵が居るわけではないのに、ティアの危機を感じたのだ。

 

「ティア!? どうしたの!?」

「あ、お姉様ぁ⋯⋯! ごめんなさい⋯⋯! 失敗したぁ⋯⋯」

 

 部屋に入るなり涙目になったティアが抱き着いてきた。何が起きたのか分からず、しばらくただ呆然としていた。が、我に返ると槍を消して妹を優しく抱き締め、その頭を撫でる。

 

「ビックリしたじゃない。どうしたの?」

「あ、あのね⋯⋯」

 

 同じ身長だというのに、何故か涙目と上目遣いで私を見つめてくる。こんな顔をされたら、とても甘やかしたくなる。もし今ここで自我を失えば、姉妹の一線を超えてもおかしくない。それ程の感情の高揚を感じる。

 

「チョコ、失敗しちゃったの。きっと作れるって思ったけど、やっぱり無理だった。メーリンに教えてもらったのに、途中まで成功してたのに、最後の最後で、眠気に負けて、間違ってお湯を入れちゃってぇ⋯⋯」

「えーっと。とりあえず泣き止みなさい。話が読めないわ⋯⋯。どうしてチョコを作ろうと思ったの?」

「今日、バレンタインだから⋯⋯」

 

 バレンタイン⋯⋯聞いた事が無い。だが、そのバレンタインというのがチョコを作るきっかけになったのは分かる。それがきっかけだとしても、ティアは料理に興味を持ってたから、遅かれ早かれ作ってたのは間違い。だから、一度や二度の失敗なんて気にしなくてもいいと思うのだけど。

 

 そこは性格が出てるのだろう。まあ、子供らしくて可愛いと思うが。

 

「バレンタインって何かしら? 私にも教えてちょうだい」

「す⋯⋯好きな人に、チョコを送る日なの。お姉様の事、好きだから⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯え、ええ?」

 

 今一瞬、世界中の時間が止まったような気がした。ティアの言葉は、それだけの衝撃を私に与えたのだ。思わずティアの身体を強く抱き締めて、その耳元で小さな声で囁いた。

 

「⋯⋯ティア、いいのよ。失敗してもいいの。気持ちは伝わったから。貴女の気持ちだけでも充分嬉しいわ」

「ぐすっ⋯⋯本当に?」

 

 まだ泣き止んですぐだからか、泣きじゃくりを繰り返してる。本当に可愛い。このまま愛でて倒したい。もう理性なんて捨てて、この滑らかな首筋に──

 

「ティア!? 大丈夫!?」

「ふぇっ!? ふ、フラン⋯⋯?」

 

 突然聞こえた大きな声と扉の開閉音。その方向を振り返ると、その場に居たのは心配そうな顔をしたフランだった。しかし、私の顔を見ると一転して怒りに満ちた顔を見せる。あまりの形相に多少なりとも警戒する。

 

「ティアの泣く声が聞こえた。⋯⋯お姉様、何かした?」

 

 やはり、と言うべきか。私がティアに何かして泣かせたとでも思ってるのだろう。馬鹿馬鹿しい。私が妹を泣かすわけないのに。だが、これ以上フランとの溝を深めればティアを悲しませるのは間違いない。フランが痺れを切らす前に誤解を解かなければ。

 

「何もしてないわよ。私もさっき来たところなの。で、ティアが泣いてるのを見つけて⋯⋯」

「ティア、美鈴。本当なの?」

「姉を信用しないわねえ⋯⋯」

 

 少しカチンと来たが、ここで怒っては元も子もない。それにフランの気持ちも少し分かる。大切な妹が泣いてるのだから、極度に心配するのも無理はない。

 

「あ、本当ですよ! ちょっと料理に失敗しまして⋯⋯」

「うん。そうなの。それで、ちょっと悲しくなっちゃって」

 

 フランのあまりの気迫に何も言えずに呆然としていた美鈴とティアは2人してフォローしてくれた。フォローとは言え、元々私が原因ではないのだが。

 

「⋯⋯そっか。ごめんね、お姉様。勘違いして」

「いいえ。いいわよ。⋯⋯って、さっきまで寝てたはずよね? どうしてティアは泣いたなんて分かったのよ」

「愛の力。ティアが何処で泣こうと、絶対に気付く自信がある」

 

 さらっと凄い事を言ったな、この娘。地下からここまでどれだけ離れてると思ってるのか。確かにそれで気付けるなら、何処に居てもティアが泣けば飛んできそうだ。何かの契約でそうさせられてるようにしか見えない。

 

「ん⋯⋯? どうしてさっきまで寝てたとか分かるの?」

「⋯⋯愛の力、かしらね」

「あっ、ふーん。あまり聞かないでおくかー」

 

 有り難い。が、後で詰め寄られそうだ。しばらくは2人で居る事を避けようそうしよう。

 

「で、ティアはチョコ失敗しちゃったの? どれ?」

「え? こ、これだよ。あのね、お湯入れちゃって、溶かしてる途中のチョコが固まらなくなっちゃって⋯⋯」

「あ! で、ですが、この状態でもクッキーなどにすれば美味しいですよ!」

「ふーん⋯⋯。ちょっと貰うよ」

 

 フランはそう言うとチョコになるはずだった何かを手に取り、口に放り込んだ。しばらく口をモゴモゴさせた後、無表情のまま頷く。

 

「お姉ちゃん⋯⋯?」

「うん、やっぱり美味しいよ。まだ食べれるし、このままでもいいよ?」

 

 あの顔は明らかに無理をしてる。表情に出さまいと必死に堪えてるようにしか見えない。それでも、フランはティアが傷つかないようにと、強がってるようだ。

 

「⋯⋯お姉ちゃん、ありがとう。でも、メーリンの言う通り、クッキーにした方が美味しいからそうするね。それに、身体に悪いよ。お姉ちゃんにはもっと長生きしてほしいから」

「そっか⋯⋯。ティアは優しいんだね。好きだよ、そういうとこ」

「うん⋯⋯ありがとう」

「あっ! では、私はクッキーを焼く準備をしてきますね!」

 

 場の空気に耐え切れなかったのか、美鈴はその場を立ち去った。稀に美鈴の『気を使う程度の能力』を『空気を読む力』だったかと思ってしまう。度々気を使わせてる気がするし、今度お礼に何かするとしよう。

 

「ねぇ、お姉様。お姉様も一緒にクッキー食べようね。それと、来年は頑張るから、期待して待っててね!」

「ええ、楽しみにしてるわね」

「え? 私は?」

「もちろん、お姉ちゃんもね!」

 

 ティアの甘い答えにフランも「ふふん」と鼻を鳴らして笑った。やはりと言うか、相変わらずと言うべきか。うちは末妹に甘い家族だ。姉も従者も、誰もが溺愛して守ろうとして。何処の家でも、末っ子に甘いものなのだろうか。

 

「ティア様! 準備が完了しました!」

「ありがとう、メーリン! じゃぁ、お姉ちゃん達は食堂で待っててね。すぐに作っちゃうから!」

「ええ、頑張りなさい」

「了解っ。また後でねー」

 

 ティアや美鈴と別れ、フランと一緒に食堂へと向かった。

 

 その後食べたティアのバレンタインクッキーは、フラン曰く先ほどとは打って変わって美味しい物だったらしい。私も食べてみたが、初めての料理とは思えない程美味しく感じた。そして、初めての末妹の手料理に、私は心を癒された────




ちなみにティアは小悪魔属性持ちだったり⋯⋯。


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第4章「平穏な日々、末妹の小さな渇望」
36話「中華な調理長」


今回から新章ですね。今回の章が終わればようやく出会いの春⋯⋯。

さて、今章初めは美鈴の料理についてのお話。
では、ごゆるりと


 ──Hamartia Scarlet──

 

 戦争から1年の月日が流れたけど、未だに周辺地域の事でお姉様が忙しそうにしている。美鈴も仕事があるから、私に構ってくれる人がお姉ちゃんだけになってる。仕方無いとは思うけど、少し寂しい。悲しい事は無いけど、寂しい。違いは自分でもちょっと分からないけど、そう感じてる。

 

 これは、そんな慌ただしいある日の夜。起きたばっかりで眠気に襲われながらご飯を食べていた私の耳に、お姉様の有り得ない言葉が聞こえた。

 

「美鈴、中華料理じゃなくて、たまには他の料理も作ってみない?」

「え⋯⋯?」

 

 出された料理に手も触れず、そんな事を言ってた。メーリンも聞き間違いかと聞き返してる。お姉様の言葉は、暗に中華料理を食べたくないと言ってるのだ。要は美鈴の料理を否定してるわけだし、美鈴の声色からしても傷付いたに違いない。お姉様がデリカシー無いの、今に始まったことじゃないけど。

 

「お口に合いませんでしたか?」

「いいえ、そうじゃないの。ただ、何十年も食べてると、流石にちょっと、なんと言うか⋯⋯。たまには変化も必要だと思うの」

「お姉様⋯⋯それ、美鈴の得意料理否定してるの? 美鈴に失礼じゃない?」

「違うわよ。ただ⋯⋯正直に言えばちょっと飽きちゃった」

 

 その場の空気が重くなる。私も思わず食事の手が止まっちゃった。

 

「言っちゃったよ⋯⋯、こいつ⋯⋯」

「こいつって誰に言ってるのよ?」

「それくらい酷い事言ってるという自覚を持ちなよ。別に美味しいからいいじゃん。ね、ティア」

 

 お姉ちゃんが私に同意を求めてきたので、ただ一言「うん」と頷き返した。私としては、毎日美味しい料理さえ食べれればそれで良い。毎日使われる食料だって微妙に違うし、食の拘りはあるっちゃあるけど、美味しければノー問題。

 

 ついでに言うと、お姉様やお姉ちゃんの血も似たような感じで、何度吸血しても飽きない。でも、最近お姉ちゃん達の血は飲んでない気がする。人間なら食料として出るのに。またあの血を飲みたいな。

 

「いえ⋯⋯。お嬢様の言葉にも一理あります。幾ら種類が豊富とはいえ、1ヶ月くらいでまた同じ食材に戻りますから、飽きてもおかしくないです⋯⋯」

「いやいや。1ヶ月毎に変わるならいいじゃん。充分じゃん。お姉様の提案なんてどうせ思い付きだから、あまり気にしちゃダメだよ?」

「うー⋯⋯。それを言われると、確かにそうだけど⋯⋯」

 

 本当に思い付きで言ったんだ。ともかく、話は終わったみたいだし、早くご飯食べて、暇潰しに魔術の練習でもしよう。お姉様のお陰で目が覚めたしね。

 

 と思いながら、最後に残ったチャーハンを口の中に放り込む。もうご飯は無くなったけど、まだ食べた気がしない。こういう時はお代わりするに限る。

 

「メーリン、おかわりー」

「あっ、丁度いいわね。美鈴、ティアに中華料理以外の料理を出してあげなさい。それで美味しかったら、稀に中華料理以外も出す感じで」

「えっ。わ、私はいいですけど⋯⋯」

「妹を実験台にする気か。⋯⋯ま、ティア次第だよ。もう私は何も言わない」

 

 面白い事を思い付いたと言わんばかりの笑顔になるお姉様とは真逆に、お姉ちゃんは呆れた顔をしていた。私にもそうなる気持ちは分かるけど、ちょっぴりだけ、美鈴の他の料理も食べてみたい気がする。

 

「食べたい。ねぇ、お姉ちゃんも一緒に、ね?」

「⋯⋯もう、姉妹揃って甘いんだから。ティアが良いなら、私も良いよ」

「あら、フランも素直になれば甘いじゃない」

「ち、違うからねっ? というか、お姉様が言うか!」

 

 お姉ちゃんが珍しく、顔を真っ赤にして照れてる。お姉様相手ならそんな顔もできるんだ、と妬ましく感じた。私にも、たまにはそういう顔を向けてほしい。お姉ちゃんだけじゃなく、お姉様も。美鈴が照れるのはなんか違うから、いつも通り笑顔で居てくれればそれで良いかな。

 

「はー、もう⋯⋯。美鈴、よろしくね」

「はい! できる限り頑張ります!」

「やる気に満ちてるわね。期待してるわよ。食料はある物なら何だって使っていいわ」

「分かりました!」

 

 新たな挑戦に胸が踊るのか、美鈴は元気にキッチンへと向かっていった。その後ろ姿を見ていると、理由は分からないけど、なんだか微笑ましくなる。

 

「そういやさ、お姉様。いつ遊べるようになるの?」

「あら、私と一緒に居れなくて寂しいの? 嬉しいわね」

「いや、別にそういうのじゃ無いからっ。ただティアもお姉様居ないとなんか物足りないよね?」

「うん、物足りない」

 

 お姉ちゃんの言いたい事は分かる。要は、お姉様の言う通り寂しいからお姉ちゃんは聞いてるんだと思う。お姉様もお姉ちゃんも、やっぱり素直じゃない。もっと心を曝け出せば良いのに。スクリタみたいに。

 

『イヤ⋯⋯それは五感共有してるせイ。別に曝してなイ』

 

 なんか心の中で聞こえた気がするけど無視しよう。どうせ夢の中で会話できるんだし。

 

『⋯⋯むゥ。後で覚えてテ』

「物足りないって言われてもねぇ。まだもう少しかかりそうなのよね。後始末に掃除に、条約締結とか。特に後者は一向に進まないから、後1年くらいはかかりそうよ」

「そっかー⋯⋯。ま、仕方無いか。終わったらいっぱい遊ぼうね? ティアも美鈴も⋯⋯みんなで」

「ええ、そうね」

 

 多分、お姉ちゃんが溜めた言葉の中には、スクリタの事も入ってるんだろうな。お姉ちゃん、気配りは上手だから。⋯⋯良かったね。心配してもらえて。

 

「⋯⋯にしても、たまには良い事を言うのね、フラン」

「お姉様はいつも一言余計だね?」

「あら、それはお互い様じゃない」

「お姉様、お姉ちゃん。喧嘩は後でして。メーリンの邪魔になる」

 

 お姉ちゃん達が喧嘩してるのは、本人達も半ばじゃれ合い状態だし、見てて楽しいけど、すれば周りが散らかるし、うるさくなる。そうすれば、気になったメーリンがご飯を作るのを中断してしまうかもしれない。ご飯を食べるのが遅れれば、食べる気も失せてしまう。

 

「⋯⋯末っ子の妹に言われたら世話ないわね」

「そうだね。ゆっくり待ってよっか。お姉様、時間大丈夫なの?」

「1時間くらいは大丈夫よ。ちょっと試食したら、仕事に戻るわ」

「なんだ。やっぱりお姉様も食べるんだ。じゃ、美鈴来るまで待とっか」

 

 その後は静かになった2人と一緒に、談笑を続けながら美鈴が戻ってくるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティア様、お待たせしましたー!」

 

 しばらくして、キッチンワゴンに大量の料理を積んだ美鈴が戻ってきた。そこにある料理は見える限りだと、お寿司にカルボナーラ、トムヤムクンと、中華料理以外の様々な国の料理だ。どれも本でしか見た事の無いから、とても食欲をそそる。

 

「少し妖精さん達にも手伝ってもらい、色々作りましたよー」

 

 美鈴は話しながら食卓に料理を並べていく。並べられた料理は本当に色々な国の料理で、見てるだけで絵本の世界にでも居るかのような気分になれる。

 

「メーリン、ありがとっ!」

「いやいや。作り過ぎ。張り切り過ぎ」

「言い出した私が言うのもなんだけど、こんなに作らなくて良かったのよ?」

 

 お姉ちゃん達は作ってもらったのにどうして嬉しそうにしないんだろう。おかしなお姉ちゃん達。それよりも、気になる事がある。準備時間は50分も経ってない。それなのに──妖精メイドに手伝ってもらったとしても──どうしてそれ以上かかりそうな料理があるんだろう。明らかに、調理時間が1時間以上かかりそうな料理あるんだけど⋯⋯。

 

「せっかくですし、色々試したい気持ちがありましたので」

「まあ、それならいいけど⋯⋯。で、これは何? ピザ?」

「それはエスフィーハ。またはラフマジュンとか呼ばれる食べ物だよね? メーリン」

「大当たり! 流石ティア様ですね!」

 

 名前を聞いてもお姉ちゃん達はピンと来ないらしい。お姉様に至っては「ピザと何が違うのよ」と不思議そうに呟いてた。私もそれを聞かれると詳しい説明はできないから、お姉様の疑問には答えられそうにない。トルコ料理版のピザがエスフィーハと言っても過言では無いから。

 

「じゃ、こっちは何? 作った美鈴はともかく、ティアはこれも知ってるのー?」

「うん、知ってるよー。カルボナーラだよー」

「はぇー。流石食いしん坊。何でも知ってるね!」

「うんっ! ⋯⋯うん?」

 

 勢いに騙されたけど、お姉ちゃんの言葉、褒めてない気がする。というか、馬鹿にされてる気すらするんだけど⋯⋯。

 

「別に名前なんて何でもいいんだけど、結局味のところはどうなの? ティア、早く食べてみて」

「時間が無いからって急かさないでよ、もぅ。まぁ、いいよ。いただきまーす!」

 

 手近にあったカルボナーラをフォークで絡め、口に放り込む。と、歯に弾力性のある柔らかい麺が当たる。口の中に広がるソースはとろけるような美味しい味がする。中華料理程じゃないけど、一言で表すなら──

 

「美味しいよー。でも、中華料理の方が好きかな、私は」

「あらま。そうですか⋯⋯。でも、美味しいのなら良かったです。不味い料理を食べさせるわけにはいきませんから」

「美鈴は優しいねー。⋯⋯うん、確かに美味しい。これ、何だっけ?」

 

 お姉ちゃんがお寿司を口に放り込みながらそう言った。私が名前を伝えると「ふーん」と聞いた割には興味無さそうに答える。私と違って、お姉ちゃんはそこまで食べ物が好きじゃないらしい。多分、栄養くらいにしか考えてないのかな。残念。

 

「でもやっぱり、私は中華料理派だなー。美鈴の中華料理に勝る料理は無いねー」

「⋯⋯結論としては、中華料理の方が美味しいって事でいいみたいね」

 

 お姉様もお寿司を手に取りながら口にする。どうやら、お姉ちゃん達は満場一致で中華料理の方が気に入ってるみたい。という事はだ。

 

「美鈴。やっぱり毎日、中華料理でいいわ。下手に変えるよりは同じ方がいいわね」

「とほほ⋯⋯。わ、分かりました」

「私はこの料理も好きだよ? また作ってほしいなぁ」

「そ、そうです? では、お言葉に甘えてまた作りますね!」

 

 メーリンは嬉しそうに笑顔で答える。こんなメーリンを見てたら、料理が楽しい事に見えてくる。私も美味しい料理を作ったら、お姉ちゃん達に褒めてもらえるのかな。今度、ひっそり作ってみよう。幸いにも、料理を作るのに丁度いい日がある。

 

「あら、もう時間だわ。みんな。私は行くわね」

「うん! 今日も頑張ってね!」

「無理はしないでよー」

「ええ、心配無用よ」

 

 お姉様はそう言い残して食堂から立ち去った。私も本当に、切実に、お姉様が無理し過ぎないように祈るばかりだ。

 

「では、私も失礼して。一応、門番の仕事がありますので。ティア様。食器は水に浸けててくださいね」

「うん。美鈴もまた後でねー」

 

 お姉様に続いて、美鈴も部屋を後にした。残ったのは私とお姉ちゃんだけ。そのお姉ちゃんだけど、何をするわけでもなく、私の真向かいの席に座ってる。

 

「⋯⋯ティアはどうするー?」

「私? 私はまだ食べてるよ。お姉ちゃんはどうするの?」

「んー? ティアを見てるよ。ティアの美味しそうに食べる姿、好きだから」

 

 お姉ちゃんの爽やかな笑顔。お姉ちゃんに限らず、いつも色々な顔を見てるけど、私はこの顔が一番好きだ。だって、可愛くて⋯⋯私に向けてくれる事が多いから。これからもずっと永遠に、この顔を他の誰でもない、私にだけ向けてくれると嬉しいな。

 

「⋯⋯そっか。お姉ちゃんも食べる?」

「ううん。全部食べていいよ。私はお腹いっぱいだから。⋯⋯ホント、ティアって沢山食べるよね。それなのに痩せてるし、栄養が胸にだけ行くのは妬ましいけど」

「あ、あははー⋯⋯」

 

 今度は笑顔だけど、怖い笑顔。嫉妬心を隠さないから、下手な言葉を言うと怒られそうだ。笑って誤魔化そう、そうしよう。

 

「⋯⋯ふふん。ま、いいや。私も成長すれば大きくなるしっ。ティア、食べ終わったら今日もスクリタの『慣れ』を手伝おうね」

「うん!」

 

 今日は一日中暇だったし、スクリタの身体を慣れさせる練習くらい手伝おっかな。それにしても、どうしてこんなに食べても強くなれないんだろう。やっぱり、もっと栄養あるの食べないといけないのかな。

 

 なら、お姉様が落ち着いて、ウロから残りの権能を貰ったら、栄養あるの、食べに行こうかな。全てを吸収できるような、美味しい生の血肉⋯⋯楽しみだなぁ────




ちなみにティアちゃん、稀に美鈴呼びとかしますが、基本はメーリン呼びです。

それとレミフラがよく言い合っていますが、別に仲が悪いわけじゃないです。逆に仲は良いです。フランは姉の相談役兼ストッパー役としての自覚があるため、強く当たってますが、本音を言う時はかなり甘えます。要はツン度高めのツンデレです。ティアに対してはデレ度高めのツンデレと、使い分けてる様子。


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37話「憤怒な従者」☆

今回は一旦日常外れて物語。初めてちゃんと面を向かって⋯⋯。
ティアちゃんの好奇心によりR15要素が生まれましたのでご注意を。それとここぞとばかりに仕返しをする超ドSティアちゃんにご注意を。

さて、夜中にでもごゆるりと。


 ──Hamartia Scarlet──

 

 戦争から早2年、日常が徐々に戻りつつあった。お姉様の仕事も段々と落ち着いてきて、昔みたいにお姉様に武器の練習を手伝ってもらえる時間も増えた。戦争で傷付いてたらしい紅魔館の修復作業も終わり、ようやく本当の意味での平穏な日々を送れそうだ。

 

 そういうわけで、私は約束していたウロの家に来た。

 

「ねー、ティア。この家? あの白い竜が居る家って」

 

 何故か、お姉ちゃんと一緒に。

 

 落ち着いてきたとは言え、誰にも心配させないようにウロの家に行こうと思ってた。だけど、食事以外はお姉ちゃんがずっと傍に居て、行く暇が無かった。ようやく隙を見つけたと思って用意された魔法を使うと、行った先にお姉ちゃんが居た。多分、隠れて付いてきたんだと思う。

 

「⋯⋯なんで知ってるかは聞かない。だから、お姉ちゃんも私に何か聞かないで。聞いても何も教えないけど」

「あれ、ご機嫌ななめだね。そんなに付いてきてほしくなかったの? それとも、私の事が嫌いだったとか?」

「ち、違うよ! お姉ちゃんの事は好きだけど、知られてほしくない事があるだけだから!」

「いや、それもどうかと⋯⋯。ま、年頃だもんね。いいよ、聞かない」

 

 お姉ちゃんが目と鼻の先にまで近付いてくる。その目はまるで心を見透かしてるように見えて、目を見てると逸らしたくなる。お姉ちゃんなのに、見透かされるのは怖い気持ちがある。

 

「でも、いつか教えてよ。お姉ちゃんだから、(貴女)の事をもっと知りたいから」

「⋯⋯うん、分かった。もっと大きくなったら、教えてあげるね!」

「何故に上から⋯⋯。いや、元からこういう性格か」

 

 そういうわけで、何も教えないという条件でお姉ちゃんを連れ、ウロの家の扉をノックする。

 

「ウーローさんっ! 居ますかー?」

「何用だ? ⋯⋯げっ」

 

 家から出てきたのはウロではなく、赤い瞳と髪を持つ女の子。私達よりも一回り小さく、ついでに胸もお姉ちゃん並。瞳は鋭く、髪はお姉様と似たウェーブのかかった短髪。服は白黒の⋯⋯多分、メイド服と呼ばれるもの。でも、妖精メイド達みたいな長いスカートじゃなくて、短いスカートを履いてる。

 

 それに、物凄く赤い顔で固まってる。髪の色も合わさって文字通り真っ赤だ。理由は分からないけど、見てると加虐心を煽られる。こんな感情を知らない人に抱いたのは初めてだけど、とにかく物凄く虐めたい。めちゃくちゃにしてやりたい。

 

「どうしたー。客かー? ⋯⋯ああ。なるほど。久しぶり、ティア。それにフランも」

「久しぶり。前はちゃんと自己紹介してなかったよね。フランドール・スカーレット。いつもティアがお世話になってるようだから、ありがとうね」

「いえいえ、こちらこそ助かってますので」

「そうなの? それは良かった。で、こっちの赤いの誰? なんか薄々感づいたけど」

 

 お姉ちゃんは赤い娘を指差しながら、ウロにそう聞いた。お姉ちゃんは知ってるみたいだけど、私はこんな可愛い娘を見た事が無い。いや、赤いに関係する人なら知ってる気がするけど。ウロだって人にも竜にもなれるし、私の加虐心も説明つくような人が1人居るけど。

 

「怒竜イラ。2年前の赤い竜よ。帰る事ができないから、監視ついでにメイドとして雇ってるの。この服もわたしが作ってあげたんだけど、結構似合ってると思わない?」

「あ、うん。やっぱり、あの竜なんだ。尻尾や翼とか、竜っぽいの無いんだね。意外」

「自分の意思で出し入れできるよ。⋯⋯ティア? お触り禁止だからね?」

 

 ウロが横で何か言ってるけど、どうしても気になったのでイラに近付いていく。イラは凄く恥ずかしそうに顔を赤らめ、手で覆っている。お姉様を1度は殺された恨みがあるけど、お姉様が殺さないと決めたからには従うしかない。でも、あの時の仕返しはしたい。だから、加虐心を煽られるんだ。もっともっと辱めて、お姉様を傷付けた事を後悔させたい。

 

 イラは私が1歩近付く度に後退していく。それでも諦めずに近付いていき、最終的に部屋の中に入って、壁へと追い詰めた。

 

「イラ⋯⋯なんだね。凄く可愛いよ? その服自分で選んだの? ねぇ、顔をよく見せてよ。それが前に言ってた屈辱的な姿なの? とっても可愛いのに残念。私より小さくて可愛いよ。すっごく可愛い。だからさ、手を離してよ。もっと顔をよく見せて?」

「だ、だから嫌なのだ! こんな姿を見せるのは! 誰がどう見たって馬鹿にされるではないか! 我は偉大な竜だぞ! それ以上近付くと燃やす! 絶対に燃やすからな!」

 

 涙目になってまで抵抗するイラだけど、それを見てると逆に加虐心が募る。それに私は知ってる。イラが私達姉妹を攻撃できない事を。だから、イラの言葉はハッタリだ。気にせず突き進んで、その涙でめちゃくちゃになった顔を──

 

「あー、ティア。ステイステイ。気持ちは分からなくないけど、割とガチで危ない気がするからやめて。わたしは責任とか取れないし」

「う、ウロぉ!」

 

 ウロに進路を遮られ、イラも半泣きでウロの後ろに隠れちゃった。後もう少しだったのに残念だな。でも、あの時の強くて手も足も出なかった竜が、こんな情けない姿になるなんて⋯⋯素敵。殺さなくても、相手が生きてたらこんな仕返しができるんだ。

 

「泣くな泣くな。偉大な竜なんでしょ? なら泣かないの」

「う、あ、ああ⋯⋯」

「いやー、やっぱり知らない人だったかー。竜と人間でこんなに違うわけ無いもんねー」

「竜になると性格豹変する人って結構いる。何故かは知らないけど、大抵は傲慢になるからお察し」

 

 私は察せないけど、おかしくないよね。普通理由なんて分からないよね。⋯⋯まぁ、いっか。竜になってもならなくても、私は変わらない。変われないから。

 

「で、用事は何? 権能?」

「うん。ちょうだい。⋯⋯お姉ちゃん、見ないでよ? 恥ずかしいから⋯⋯っ」

「おいちょと待て。恥ずかしい事してないわ。なんで顔赤らめてんの? 誤解生んだらわたしフランに殺されそうなんだけど」

「いや、分かってるから気にしないで⋯⋯」

 

 お姉ちゃんは苦笑いと呆れの混ざった複雑な表情をウロに向けている。なんと言うか、よそよそしい感じがする。

 

「じゃぁ、譲渡するよ。今回はどれ?」

「残り2つ。もう、大丈夫だから」

「そっ。なら⋯⋯はぁ、これ痛いんだよなぁ⋯⋯」

「あ! 今回で最後だから、ちょっと待って。お姉ちゃん、後ろ向いて。⋯⋯いいからっ!」

 

 渋々ながらも「はいはい」とお姉ちゃんがこちらに背を向けたのを見計らい、自分の舌を強く噛む。そして、血を流させ、逃げないようにウロの肩を掴んだ。血による権能の譲渡。それなら、腕じゃなくてもいけるはず。もちろん、ただの好奇心だけど、ウロも食べたい人だから、こういう事するのは嫌いじゃない。

 

「い⋯⋯ったぁ。うりょ⋯⋯我慢、してにぇ?」

「えっ。ちょっ、嫌な予感しかしないんだけど。なんで口から血が出てんの? もしかして譲渡を⋯⋯! な、治るからってそういうのはぅっ──あ、ひゃぁ⋯⋯っ!?」

 

 無理矢理ウロの口に舌を入れ、強引に引き出した舌に牙を使って傷を付ける。そして、自分の傷付いた舌をウロの舌に絡め、魔力供給をするかの如く血を吸い出す。

 

 これも吸血鬼の吸血扱いになるのか、ウロの顔に苦痛は見られない。むしろ、快楽が勝ってるように見える。うっとりとして、恍惚とした焦点の定まらない表情。病みつきになりそうな顔だな。

 

「うりょぉ⋯⋯美味しいぃ?」

「ば、かぁっ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うわぉ。ティアも大胆だなー」

「あ、あわわわ⋯⋯! う、ウロ! 何をしておる! 早く離れるのだ!」

 

 イラに引き離され、不完全燃焼に終わる。こんな中途半端に終わらされると、毒にも薬にもならない。それにしても、後ろを向いてもらってたはずのお姉ちゃんの声が聞こえる気がしたんだけど。

 

「あ⋯⋯うろぉ、譲渡は終わった?」

「⋯⋯こ、今世初のキスがぁ⋯⋯。せめてもっと年上の⋯⋯ティアより5歳か10歳くらい上の姉属性持ちが良かったぁ⋯⋯! っていうか、同意前にやるとかどういう神経してるの!? いや別にティアですし? 無神経な妹には慣れてますし? そもそもこれはただの魔力供給です。そう、ただの魔力供給です。な、何も恥ずかしガガガガ⋯⋯やっぱ無理っ!」

「ウロー? あ、舌治ったー! ウロ、譲渡終わった?」

 

 頭を抱えてうずくまり、自問自答するウロを揺さぶって現実へと引き戻す。しばらくは現実に戻ってこなかったけど、唐突に我に返ると、平静を装ってか真顔になる。耳が真っ赤になってるから、意味無いけど。

 

「終わった。ちゃんと引き渡せたから、もうしないで。2回目以降は他の人に奪われたくない」

「そっか。でも、嬉しかった? 顔がそう言ってる」

「ウロが嬉しいわけあるか! 吸血鬼め、馴れ馴れし過ぎるぞ!」

「いや、悪くない、とだけ。にしてもさぁ⋯⋯」

 

 チラリとお姉ちゃんの方を見たかと思うと、再び私に目線を向ける。

 

「姉の前で堂々とするね。わたし、後で殺されないか心配だ。破壊しない? 大丈夫?」

「大丈夫。お姉ちゃんは優しいから。それに、私はみんな好きだからいいの。食べ物みたいに、好きな人がいっぱい居てもいいよね」

「うーん、食べ物扱いは人によって傷付くからやめようね。ウロ、大丈夫だよ、問題無い。流石にティアの友達を殺さないよ。それに、誰よりもティアに好かれてる自信あるしね。勝者の余裕だよ」

 

 ウロには「へー」と適当に流されてた言葉だけど、私からすれば、とても嬉しい言葉。お姉ちゃんの言った言葉はつまり、両思いと言っても過言では無いと思う。長年思い続けてたお姉ちゃん達と『食べ合う』というのも、近い未来に叶いそうな気がする。いや、叶えよう。いつか、絶対に⋯⋯お姉ちゃん達を食べよう。まだまだ恥ずかしい気持ちはいっぱいだけど。

 

「あ、ウロ。まだあるの。権能をもっと上手に扱いたいから、今度私に手取り足取り教えて。ついでに、前になった竜にもなってみたいから、手伝って」

「それってつまりわたしにもっと怪我しろと言ってるのでは? これ名推理じゃない?」

「ウロを傷付けたら、ただでは済まんぞ? あ、いや。住む場所が無くなって困るからな」

 

 イラの言葉に適当に受け答えする、嬉しい気持ち半分、面白い気持ち半分といった感じのウロ。それでも気付かずに慌てて言い訳するイラ。見てて和やかな風景だな。でも、戦争の後だとそれを壊してみたいという気持ちが強いけど。

 

「力は喰らうだけでも奪えるから、私を好きにしていいよ?」

「女の子がそんな事言っちゃいけません。⋯⋯はぁ。吸血でも何でもいいから、あなたから奪って。その代わり、東の国のある場所に行くのに協力してもらうけど」

「へぇー。なるほど。交換条件で⋯⋯。ウロー、私も手伝っ──」

「ダメ。お姉ちゃんはダメなの」

 

 元はお姉ちゃんに強くなろうとしてるのをバレるのが恥ずかしかったから止めてたけど、今は違う。バレたら怒られるような事だってするつもりだし、何よりも私が傷付きそうな事をすれば止められる。それがお姉ちゃんからお姉様に伝われば『確実に』変わってしまう。それは嫌だ。お姉ちゃんだろうと、私の目的を阻まれたくない。

 

「わたしは別に良いと思うけど。減るもんじゃない」

「絶対ダメ。⋯⋯お願いだから、今回だけは⋯⋯」

「⋯⋯いつになく真剣だね。分かった。今回は諦めるよ」

 

 私が必死にお願いすると、お姉ちゃんは食い下がってくれた。そう、それでいいの。

 

 お姉様が死んだ時、私は無力だった。だから、決めた。誰にも負けない強さを手に入れ、全てを支配できるようになる事。そして、永遠に続く命を、好きな人(お姉ちゃん達)に授ける事。それで全てを管理して、私の好きな人が死なない世界を創りたい。誰もが罪を憎んでも人を憎まない、そんな平和な世界。

 

「でも、名前くらい聞いてもいいよね? その東の国の何処かの」

「⋯⋯いいよ。もう知ってなくちゃいけない頃合だろうし。名前は『幻想郷』。忘れられたモノ達が集う、結界に隔離された箱庭。忘れられるか否定されるか⋯⋯もしくは、それ以外の何かによって入れる穏やかな世界。わたしはそこを経由するだけのつもりだけど、もしかしたら、あなた達はずっとそこに暮らす事になるかもしれない世界だよ」

 

 初めて聞くその名前。だけど私は、その名前に凄く親近感や好感が湧いた。そうだ。そうしよう。その箱庭の世界を、私の理想郷に作り変えよう。その時初めて、私は大きくて偉大な夢を持った────




年頃なティアちゃん(現67歳児)。
なお、完全に間違った道に進み始めて何かに目覚めてしまった模様。

それはそうと、PV見ていると押絵の部分だけ他と比べて多めなので、どうせならと新年初めのイラストは罪妹録に変更します。Twitterのアレはもう少し待ってください何でもします(なんでもするとは言ってない)

なので、この回も押絵が追加されるかもしれませんのでご注意を。なお、描くのはオリキャラであるウロの恍惚とした表情です()

2019/02/18 押絵が追加されました。


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38話「狂愛な再開」

次女がやったのに、長女がやらないわけにはいかない。
というわけで、今回は日常閑話。なのでちょっと短め。

今更ですが、オリキャラはよく出てくるのでご注意ください。⋯⋯と言っても、中心は姉妹になりますが。

では、お暇な時にどうぞ


 ──Remilia Scarlet──

 

 ようやく、戦争から3年という年月を経て、紅魔館は平穏な日々へと戻る事ができた。街を捨てたあの日から、戦争や叛逆なんて野蛮な事は起きてない。わざわざ制圧しに行くのも面倒だったから、気が楽で良い。

 

 それはみんなも同じなのか、妹達とは遊ぶ日や美鈴が暇になる時間も増え始めた。最初から、私に『統治』なんて言葉は向いてなかったらしい。確実に守れる範囲だけを守る。それが私の生き方に合ってるようだ。

 

「お姉様、美鈴。ご飯食べた後、時間いいかな?」

 

 1日食べる3度目のご飯の後、突拍子もなくティアに誘われた。美鈴は自らが仕える主の妹だからか、一言目で「分かりました!」と返している。少しくらい、断っても文句は言わないのに。

 

「まあ、どうせ暇だしいいわよ」

 

 私も断る理由が無かったため、そう答えると、了承を得たティアは、嬉しいという気持ちを身体で表すかのように飛び跳ねていた。常々思う事だが、ティアの嬉々とした表情は私達に元気を与えてくれる。それは多分、末っ子という立場故のものだろう。これがフランや美鈴でも、嬉しい気持ちにはなるかもしれないけど。

 

「じゃあさじゃあさ。後で私の部屋に来てね! 会わせたい人が居るから!」

「ええ、分かったわ。⋯⋯走ったら危ないわよ! ⋯⋯もうっ」

「妹様、元気ですねー。慌ただしいですが、見てると元気になれます」

 

 先に部屋へと戻るティアの背を見送りながら、美鈴はそんな事を呟いていた。私も同意見だ。やはり、美鈴は従者というよりは家族と言った方が合ってる。

 

「⋯⋯あれ? そう言えば、フランは?」

「フラン様ならティアよりも先に部屋にお戻りになられましたよ。なんでも、理由はティア様に聞いてくれ、と」

「ふーん、2人で何か企んでるのかしら?」

 

 とは言ったものの、考えても仕方無い。今はひとまず、早くティアの部屋に行く事だけを考えよう。長く待たせるのも悪いから。

 

 そう思いながら、美鈴とともに食器を片付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティア? 来たわ⋯⋯よ?」

「⋯⋯オネエサマ。ようやク、ようやく会えタ⋯⋯!」

「え? ⋯⋯えっ、誰⋯⋯?」

 

 ティアの部屋に入った瞬間、フランに抱き着かれた。珍しい事をするものだと思い、よくよくフランを見ると、その娘がフランでない事に気付いた。フランと真逆な銀色の髪。そして、いつも見る七色の宝石のような何かが付いた翼が無い。

 

 声もフランに似てるせいで、フランかと勘違いしていた。しかし、その仕草や雰囲気、身体に当たる感触など、全てがフランに似てる。目を閉じればフランに抱き締められてると言われても、絶対に気付けないだろう。

 

「あ、メイリン。アナタも来てくれたんダ。ありがとウ」

「いえいえ。ところで、フラン様? 髪の色変えました? その髪も素敵ですね!」

「いや、そこは気付いて美鈴。その娘はフラン()じゃないよ」

 

 扉の方から声が聞こえた。振り返ると、いつも通りの金色の髪と七色に輝く宝石の付いた翼を持つフランが扉にもたれていた。その横ではティアがフランの肩に頭を置き、ゆったりとしている。2人とも、この娘が誰か、何かなのかも理解してるようだった。

 

「あ、え? フラン様が⋯⋯2人? も、もしかして、分身ですか?」

「できるけど違うよ。それに分身ならまんま姿が同じだからね?」

「⋯⋯ごめん。ちょっと待って。理解が追い付かない」

 

 フランは自分によく似た分身を最大3人まで召喚する事ができる。それは多分、魔法か何かだ。私も前に見せてもらった事があるが、確かに姿は瓜二つだった。なら、この髪色が違う娘は誰なのか。

 

 その答えに、1つだけ思い当たる節があった。

 

「⋯⋯スクリタ?」

 

 目の前の銀髪の女の子はその言葉に反応し、ゆっくりと顔を上げ、驚いた目を向けていた。どうやら図星らしい。という事は、ティアが前に話してたスクリタというのはこの娘で間違いないだろう。一体どうやって隠れていたのかは知らないが。

 

「オネーサマ、知ってたノ?」

「いいえ、詳しくは知らないわ。でも、ティアが貴女と話してるのを聞いた事があるから、察しはつくわ。それに、この容姿。フランの狂気が消えた事。何となく理解はできた」

「あのー、すいません。私だけ全く理解が追い付かないのですが⋯⋯」

 

 そう言えば、スクリタの事は美鈴に話してなかった。無理に心配させる必要は無いと思ってたし、地下の部屋に居る理由も聞いてこなかったからだ。だから、理解できないのも無理はない。

 

「詳しい事は後で話すわ。でも、簡略化して言うと、この娘はもう1人のフラン(私の妹)よ。だから、他の2人と同様の対応でお願い」

「わ、分かりました! えーっと、スクリタ様? 既にご存知のようですが、私は紅美鈴。美鈴とお呼びください!」

「うん。ワタシはスクリタ。よろしくネ、メイリン。それト、ありがとウ、オネエサマ」

 

 スクリタの抱き締める力が更に強まる。が、力加減が下手なフランと違い、その強さは大して人間と変わらない。それどころか、抵抗しようものなら腕が引きちぎれてもおかしくない。それ程、その腕は脆く、柔らかいものだった。

 

「す、スクリタ。そろそろ離してくれないかしら? ちょっとキツいわ」

 

 スクリタを壊さないように下手に動かず、姿勢を維持するのも腰にくる。まだ100にも満たない歳だというのに、無茶をし過ぎたせいだろうか。しばらくはゆっくりする事にしよう。

 

「あ、ごめン⋯⋯。でモ、それ程嬉しいという事だかラ⋯⋯ネ?」

「え、ええ。気持ちは伝わってるから大丈夫よ。ところで、どういう経緯で身体を持てたの? 魔法? 妖力? それとも、奇跡?」

「魔法だよ! まず私がお姉ちゃんから自分の身体の中にスクリタを取り込んだの。それでね、ある人に頼んで、ティアの身体代わりの人形を作ってもらったから、それに入ってもらったの!」

 

 凄い、分からない。理屈とか理論とか全く無視してる風に聞こえる。最早魔法という一言で何でも片付く気すらしてきた。まず、ティアは姉妹から力が吸収できなかったはずではないのか。それに、ティアが奪えるものは力だけでは無かったのか。もしかすると、まだティアには私達の知らない条件があるのかもしれない。

 

 姉妹から吸収できない事は克服したとしても、スクリタは人格であって力ではないはずだ。

 

「んー⋯⋯。ティア、吸収はどうしてできるの? 人形にはどうやって入らせたの?」

 

 こういう時は本人に聞くのが手っ取り早い。そう思ってティアに問いかけた。

 

「どういう事?」

「ティアって力しか吸収できないんじゃなかったの? それに人形に人格を持たせて動かすなんて」

「うん。力だけだよ。お姉様は知らなかったっけ? 私は『自分を強化できる力』なら何でも吸収できるんだよ。だから、毒でも炎でも、自分を強化できれば吸収して使えるよ! 吸収してもダメージは残るけどね。スクリタは元々狂化できる存在だったから、吸収できたんだと思うよ。能力もあって強化もされたしね」

 

 若干、心配になるような自己犠牲的な発言が聞こえたが、ともかく理解はできた。要はティアに狂気と呼ばれるような属性があったからこそ、吸収できたという事だろう。それに、ティアの認識では、自分ができない事(イコール)強化できるモノという扱いらしいし。

 

「でね、人形は、肉体として置き換える魔法を使ってるの。なんか眩しそうな名前だったけど、忘れちゃった。人形に人格を移動させてるのも同じ魔法だったはずだよ」

「ふーん。よく分からない魔法ね。置き換えるのに移動させれるなんて」

「話は終わっタ? オネエサマ。ワタシと遊ボ。ずっト、会いたくて会いたくテ⋯⋯」

 

 おっと、嫌な雰囲気を感じる。昔、フランが狂気に飲み込まれてた時みたいな、そんなドス黒い雰囲気。

 

「あの時アナタに止められなかったらラ、フランが消えてたのが今になって分かっタ。だかラ、ありがとウ。アナタのお陰でフランが消えずに済んダ。今はその恩返しがしたイ」

「えーっと、恩返しで何も考え付かなかったから、自分の楽しい事を共有させる事を思い付いたのかしら?」

「流石オネエサマ。そういう事分かるのも好キ」

 

 再び抱き締められ、些か対応に困る。この娘にとっての感謝や愛情表現が抱き締める事なのだろう。ティアのでも移ったのだろうが、分かり易くて良い。

 

「で、何をするの? この後予定はないから、何でもいいわよ」

「みんなでかくれんぼしたイ! オネエサマが鬼デ、捕まった人はお仕置きネ! ナニをするかハ、オネエサマが決めテ!」

「自分から逃げる側に行くのは、自信があるのかしら? まあ、いいわよ。美鈴、貴女も付き合いなさい」

「仕事は⋯⋯あ、いいんですね! 分かりました!」

 

 仕事を休めて遊べると知った時の美鈴の顔はとても嬉しそうだった。それも仕方無い。門番なんて仕事は敵が来なければ暇でしかない。もちろん、来ない方が平和で良いのだが。

 

「フランとティアも一緒ニ! オネエサマ、まだカラダに慣れなくテ、1時間も遊べないノ。だかラ、その1時間、いっぱいいっぱイ、遊ぼうネ!」

「ふーん。なるほどね。ええ、分かったわ」

「早速始めよウ! オネエサマ、1分だけ待っテ! その間に隠れるかラ!」

「あ、もう始めるの? 絶対に見つからないように頑張るから、お姉様も頑張ってね!」

「では、私も行きますねー」

 

 各々が部屋から飛び出し、慌ただしく階段を上る音が聞こえてくる。私はそれを静かに見送り、その場で秒数を数えた。

 

 それにしても、なんだろうか、この胸騒ぎは。スクリタを見てると、何か嫌な予感がする。しかし、彼女が何か私達にとって悪影響を及ぼすとは思えない。むしろ、ティアやフランにとってはその逆だろう。なら、何故そんな予感がするのか。

 

「でも⋯⋯近い運命(未来)に悪い事は起きなさそうね⋯⋯」

 

 悪い運命(未来)は見えないから、今は考えても仕方ない。そう思い、再び数え始めた。

 

 

 

 

 

 この時はまさか、あんな形でこの予感が的中するとは思ってなかった。自分の身に起こった事だとしても、それが妹の身に起こると考えられる程、私は強くなかった────




案じるより団子汁。さりとて、後悔先に立たず。

現在の家族相関図が色々と酷いですねぇ⋯⋯。

レミリア→妹を(親愛的な意味で)全員愛してる。美鈴を他の従者と一線を引き、大切にする。
フラン→姉は家族として、親友的な意味として(些か異常に)愛してる。なお、どれだけ行っても『お遊び』認識。妹は(恋愛的な意味で)溺愛する。スクリタは姉妹として、自己愛もあるので大好き。美鈴を姉の従者として認識。妹の事もあるので有り難く思ってる。
ティア→家族を狂愛してる。
スクリタ→長女を(恋愛的な意味で)愛する。フランは親友以上。ティアは文字通り一心同体。ティアのせいで全員に対して狂愛気味。
美鈴→唯一のまとも枠。お嬢様を慕い、妹様の世話をする。


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39話「大きな成長」

今回からかなり年月が飛びます。そろそろ進まないと、ね。

では、お暇な時にでも


 ──Remilia Scarlet──

 

 私が死んだあの日から、何年もの年月が経った。私はもう160歳になり、大人の一員となった。あれから目立った争いは無く、平和で平穏な日々が続いてる。

 

 家族にも変化は無い。眷属は戦争や父の代から仕えてた者達故に寿命もあってほぼ全滅したが、メイドはいつも通り、この広い紅魔館を掃除などで駆け巡っている。そのメイドの長である美鈴も、時に門番、時に料理長と様々な仕事をこなしてくれている。彼女が何の妖怪かは知らないが、これからもずっと、長い時を私達と一緒に過ごしてくれる。そんな気がする。

 

 それで、私の妹達はというと。

 

「お姉様。この書類何処置けばいい?」

「その机の上に置いてて」

 

 フランは最近、私の事務をよく手伝ってくれている。元から量は少ないが、とても有り難い。恐らく、姉としての自覚が芽生えてきたのだろう。もしくは、最近暇だから、暇潰しに私を手伝ってくれてるのかもしれない。

 

「⋯⋯オネエサマ、フラン。暇。遊びたイ」

 

 スクリタは未だに慣れない身体を慣れさせるためにか、よく館の中を歩き回っている。稀に外にも出歩いてるが、吸血鬼としての属性が現れ出したとかで、陽の下で歩く事はできないとか。ちなみに、スクリタ曰く、最近は寝る時だけティアの身体の中で寝ているらしい。正直に言うと羨ましい。

 

「もう⋯⋯眼鏡かけてるくせに、アウトドア過ぎない?」

「フラン、偏見。それニ、ワタシがメガネかけるのは今みたいに本を読む時だケ」

 

 スクリタは、自分の中での最近の流行りか、読書中は紅い眼鏡をよくかけている。何処から持ってきたのか不明だが、可愛いから良しとした。眼鏡っ娘がここまで可愛いとは、私もこのスクリタを見るまでは思わなかった。

 

 今度、ティアや美鈴にもかけさせたいと密かに思っている。

 

「あっそ。⋯⋯でも、今日は遊べないよ。明日、ティアの誕生日パーティーだし。スクリタも誕生日パーティーの方が楽しみでしょ?」

 

 実を言うと、明日はティアの150歳の誕生日である。私達の家では50歳毎に大きなパーティーを企画しており、今回もそれを実行する事にした。当の本人は修行と言って何処かに行ってるのだが。最近、近くの街で不審に人間が消える噂を耳にするし、1人で出歩くティアが心配だ。

 

 ティアももう子供ではないが、やっぱり姉として心配せざるを得ない。フランやスクリタに対しても、同じような感情を持ってるから、私が姉である限り、その気持ちが変わる事は一生無いだろう。

 

「⋯⋯そっカ。忘れてタ。うン、やっぱり遊ばずにパーティーの手伝いすル」

「ふふん。偉い偉い。流石もう1人の私だね。ティアよりお姉ちゃんになってきたじゃん」

「当たり前。ワタシはティアのようなお子様じゃなイ」

 

 スクリタの反応が丸っきり私に対するフランのそれだ。何故妹というのは、こうまでして比べたがるのか。まあ、そこが可愛らしくて良いのだが。見てるだけでも、聞いてるだけでも心地良い。

 

「対抗心メラメラだねー。相変わらず仲は良いよね。私は、ティアがなかなか帰ってこなくて、ティアと寝る事少なくなったしなぁ。どうせ部屋隣同士だし、壁打ち抜こうかな。そしたら、一緒に寝れる機会も⋯⋯」

「やめなさい。掃除が大変だわ。というか、部屋で待ってたらいいじゃない」

「うーん⋯⋯それもそうだけどさー。どうせなら一緒に寝た、って事を知覚して、共有したいじゃん」

 

 何を言いたのか分からないが、気持ちは何となく理解できる。自分が先に寝てしまうから、申し訳ないとでも思っているのだろう。ティアも寝てるよりは、起きて話す方が楽しいだろうし。

 

「お嬢様、失礼します」

「あら、美鈴じゃない。どうしたの?」

「⋯⋯いえ。スクリタ様に本を頼まれていたので」

 

 パーティーの準備をしてたはずの美鈴が、わざわざ頼まれてここまで持ってくるなんて珍しい。頼まれていた事をさっき思い出して、持ってきたのかもしれない。うっかり屋さんな美鈴の事だし、有り得ない話じゃないか。

 

「⋯⋯あレ? そうだっケ?」

 

 と思ったら、当の本人は身に覚えが無いのか、頭を傾げていた。

 

「頼んでいましたよ。ここに置いときますね。⋯⋯ところで、最近人間の街で起きてる事件を知ってます?」

「ええ、知ってるわよ。人間の行方不明事件でしょ? だから、ティアが1人で何処かに行くのも心配なのよねえ。世の中には私達より強い奴らも沢山いるわけだし⋯⋯」

 

 幼い時から、あれだけ必死に鍛錬をしていた私でさえ、敵わない相手が存在した。まあ、今の私なら分からないが。あれから成長した今のティアでも、負ける相手は山ほどいるだろう。もし何か悪い運命が見えれば、絶対に外に出歩かせないから大丈夫だとは思うが。

 

「妖精メイドから聞いた話なのですが、実はあれ、行方不明だった人が何人か見つかったらしいですよ。毎日のように起きてる事件ですし、1人や2人、見つかってもおかしくないですが、重要なのはそこじゃないのです。なんでも、栄養が全て取られたかのように、干からびた状態で見つかったとか」

「なにそれこわーい。ティア大丈夫かな? 干からびたって事は、太陽とか関係してそうだし」

「蒸発させたとも考えられル。不思議な能力持チ、割と多イ」

 

 美鈴の興味深い話に、フランやスクリタは各々の見解を述べる。しかし、私は彼女達と全く違う考えを思い付いていた。自分でも恐ろしいと、それを考え付いた事があの娘に対して冒涜的だとも感じる、酷い考えを。

 

「⋯⋯わたしはしっかり伝えましたので。どう考え、何を実行するかは任せます。では」

「えェ? 美鈴、もう行ク⋯⋯行っちゃっタ」

「⋯⋯変な美鈴。なんだかいつもと違ってたね。それより本何貰ったのー?」

 

 干からび、栄養が全て()られた死体。つまり、()()()()()()死体とも言える。それをできそうな身内を1人だけ知ってる。紛れもない、末妹のティアだ。

 

 しかし、姉が妹を疑うなんて事があっていいのか。もし犯人がティアだとして、私は今の関係が崩れる事になっても、彼女の行いを止めた方がいいのだろうか。

 

 答えは分からない。だけど、まだ犯人がティアと決まったわけじゃない。

 

「お姉ちゃん、スクリタ。それに、お姉様! ただいまぁ!」

 

 話をすれば何とやら。ティアが扉をノックもせずに部屋に入ってきた。

 

 ティアの身長は相変わらず私達と変わらないが、胸は少しだけ大きくなって更に色っぽくなった。それでも、いつも通りの、好奇心旺盛で、可愛げのある元気な姿だ。私はそれを見ていると、彼女が紛いなりにも不可侵条約を結んだ人間を襲ってるとは思えない。

 

「ティア⋯⋯おかえりなさい」

「おかえりー。明日は貴女の誕生日だし、早く寝なよ」

「うん、分かった! あ、お姉様。おかえりのギュッ、して?」

 

 どうやって確かめようか迷ってると、好都合な事にティアの方から抱擁を求めてきた。これはチャンスだ。人間の生き血を吸ってようが、能力を使って奪ってようが、彼女はいつも1日足らずで帰ってくる。なら、強い血の匂いがするはずだ。事件はほぼ毎日起きてるらしいし、そう思い、抱擁を承諾した。

 

「ありがとっ! お姉様、大好きだよ」

 

 向かってくるティアを両手で受け止め、気付かれないように顔を近付け、匂いを嗅ぐ。

 

 すると、いつもの甘い香り以外、誰かを殺したような血の匂いはしなかった。

 

「じゃぁ、次はお姉ちゃん! お願い!」

「甘えん坊だなー。いいよ。はい、来て」

 

 私から離れるティアの背を見ながら、ホッと胸を撫で下ろす。少なくとも、犯人はティアではないし、最近は人間を殺してるわけでも無さそうだ。どうやら、美鈴の言葉を深読みした私の杞憂だったらしい。

 

 それにしても、美鈴はどうしてあんな言葉を。いや、そもそもあの美鈴──

 

「⋯⋯っ」

「オネエサマ? どうしたノ?」

「⋯⋯え? どうしたって⋯⋯何が?」

 

 特段おかしな事はしていなかったはずだが、何か気になるような事でもしただろうか。

 

「いヤ、頭抑えてたかラ」

「え? 私が? そんな事してたかしら⋯⋯。まあ、覚えてないくらいだし、大丈夫よ」

「そっカ。なら良かっタ」

 

 スクリタは私自身、気付かない些細な事に気付いてくれるから、私の事をよく見てくれているのだろう。元は狂気に染まってた娘も、今では姉に気を配れる心優しい娘となった。人は変われる、成長していくものだと、つくづく思う。

 

「お姉様ぁ! 今日ね、お姉ちゃんと一緒に寝る事にしたんだけど、お姉様もどうかな? あ、スクリタは強制ね」

「いつも一緒だしネ。仕方ないネ」

「いいわよ。妹の頼みだから」

「やったぁ! ありがとっ、お姉様!」

 

 ティアは笑顔で飛び跳ね、嬉しいという気持ちを身体と顔で表現する。和やかで可愛らしい姿に、改めて平和という事を実感する。

 

「あ、そうだった。明日は早いし、早く寝る事にするよ!」

「おけ。それなら先にお風呂入ろっか。お姉様、先入っとくよ」

「ええ。私も終わったら行くわね」

「オネエサマ、ワタシ手伝うヨ」

「いえ、大丈夫よ。スクリタも先に入ってなさい」

 

 私がそう言うと、スクリタはしばらく考えた後黙って頷き、フランとティアの後を追った。

 

 私は1人、それを見送ると事務作業へと戻った────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Hamartia Scarlet──

 

 戦争の後、私はウロに弟子入りした。それからというもの、ウロの家に行き様々な魔法や竜での戦い方を特訓する毎日。家に行くのは面倒だけど、それで強くなれるなら文句は無い。

 

 明日は誕生日という日に、今日も私はウロの家に行った。強くなるためなら、鍛錬を怠ってはいけない。それがお姉様の教えだったし、誕生日という事に、特別な感情を抱いてなかったからだ。

 

「イラー? ウロは何処に行ったの?」

「知らん。聞くな。お前が来る少し前に何処かへ出かけたぞ」

 

 だけど、珍しくウロは居なかった。来る前に寄り道はするけど、いつも同じ時間に来てるはずだから、家に居ないのは珍しい。イラが代わりに居るけど、竜の特訓には付き合ってくれないから意味が無い。

 

「⋯⋯イラぁ、代わりに付き合って?」

「悪魔の囁きには頷かんぞ。それと近寄るな」

「けちぃ⋯⋯。うーん⋯⋯言う事聞いてくれたら、私を好き放題していいからさぁ」

 

 口に人差し指を当て、すがるように胸を押し当てる。人間ならこれでイチコロなんだけど、イラはそれでも首を縦には振らなかった。それどころか、若干引いてるようにも見える。何か悪い事したかな。

 

「面妖な奴だ。それで我が堕ちるとでも思ってるのか? それにお前を傷付ける事ができぬ今、好き放題と言われても好き放題できぬ」

「え? ら、乱暴するつもり⋯⋯?」

「黙れ。口を縫い合わすぞ」

 

 冗談が通じない。お姉ちゃんなら乗ってくれるのに。やっぱり、この娘は好きになれない。でも、お姉ちゃん達みたいに弄り倒したい。どうして矛盾する考えが生まれるんだろう。自分でも気付かないような理由が何かあるのかな。

 

「⋯⋯むぅ。分かった。なら、もう帰る」

「帰れ帰れ。我を1人にさせろ」

「つまんないの。⋯⋯明日ね。私の誕生日なんだ。よかったら来て。あ、いや。人数が多い方が楽しいから、って意味ね。べ、別にイラが来てほしくて呼んでるわけじゃないから!」

「ふん。分かっておる。⋯⋯考えとくとしよう」

 

 それっきり、イラは顔を僅かに逸らしてそっぽを向いた。でも、考えておくという事は、来てくれる可能性はあるのかな。⋯⋯チョロゴンだね、イラも。やっぱり、嫌いだけど食べたい。

 

「じゃぁ、イラ。またね!」

「⋯⋯またな」

 

 イラに別れを告げ、ウロに用意された魔法を使って家へと帰った────




ちなみに後半部分はティアが家に帰るまでの話です。なので若干時間が遡ってます。




疑う事を知らないというのは、相手を信じるという事ではない。

憧れが理解から最も遠い言葉であるように、疑わない事は信じる事から最も遠い感情である。


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40話「盛大な誕生日会」

記念すべき(?)40話目はティアちゃんの誕生日。
まぁ、その誕生日は今日じゃないけどね。

どうやら⋯⋯楽しそうですね。ちなみに短め。
では、時間がある時にでもどぞ


 ──Hamartia Scarlet──

 

 今日、6月6日は私の誕生日。今年でちょうど150歳になる。紅魔館では50歳毎に目出度いからと、誕生日パーティーをしている。要は5年前と10年前にもお姉ちゃん達のパーティーをした。ちなみに、スクリタはお姉ちゃんと同じ誕生日にされたとか何とか。

 

 ともかく、前回や前々回の事を踏まえると、今日は楽しいパーティーになりそうだ。私はお姉ちゃん達とずっと一緒に居られるだけで幸せだから、別にいいんだけど。

 

「ティア! お誕生日おめでとう!」

「ティア様、おめでとうございます!」

 

 図書館を除き、紅魔館で一番広いと言われるパーティーホール。そのホールにお姉ちゃんや美鈴、妖精メイドなど、みんなの声が響き渡る。私を祝ってくれてるというのは気分が悪くない。むしろ、嬉しい気持ちでいっぱいになる。

 

「ありがとうっ!」

 

 そのお礼を感謝の言葉としてみんなに返す。それをどう受け取ったのかは知らないけど、私の言葉を聞いたお姉ちゃん達はとても上機嫌で、嬉しそうな顔をしていた。多分、良い意味という事は伝わったんだと思う。

 

「さあ、パーティーの始まりよ! 余興も前座も後回し。美鈴、誕生日ケーキを持ってきてちょうだい!」

「分かりました! しばしお待ちをっ!」

 

 その10数秒後、美鈴が大きなケーキの乗ったワゴンを運んできた。その後ろからは妖精メイド達が小さなケーキをハイティースタンドに乗せてやって来て、それをテーブルの上に並べていた。

 

 美鈴の持ってきたケーキは大きさは私の身長とほぼ同じ。お姉様やお姉ちゃんの誕生日にも見なかった特大サイズの誕生日ケーキだ。結婚式と勘違いしてるように見えるけど、どうやら私に対してのケーキというのは、これが一般的見解らしい。偏見を感じる。嬉しいけど。

 

「ティア、今日は好きなだけ食べていいわよ。あ、食料庫が尽きない程度に、だけど」

「⋯⋯え? いいの?」

「ええ、いいわよ。今日だけね」

 

 いつもはキリがないからと、ある程度までしか食べるのを許可されてない。昔、あるだけの食べ物を全て食べ尽くした事が原因だと思う。それは反省してるし、食べれないのも仕方ないと思ってた。

 

 だけど、今日だけでもいっぱい食べれるなら、そうしよう。許可されたからには、満たされるまで食べ尽くそう。食べても食べても、飢えも渇きも治まらないけど。

 

「ああ、あと、あのケーキも1人で食べていいわよ。どうせ食べれるんでしょ?」

「うん、まぁね。⋯⋯でも、なんかイヤミっぽい」

「イヤミじゃないわよ。それと、今年の誕生日プレゼント、何がいいかしら?」

 

 また今年も聞いてきた。またどうせ、いつも通りのぬいぐるみで変わらないのに。お姉様は毎年何かしらのぬいぐるみを送ってくれる。まだ私の事を子供とか思ってるのかな。まぁ、甘えれるし、それでもいいんだけど。正直な話、飽き飽きはしてるけど。

 

「お姉様からのプレゼントなら何でもいいよ。キスとかする?」

「嫌よ。こんな大衆の目の前でなんか。どうせなら寝る時ね。2人っきりの時」

「こらこら。本気にしちゃうでしょ? それに、2人にさせないからね? ティア、今年は何か欲しい物はあるー? また家具でもいいの?」

 

 お姉様に対してお姉ちゃんからはいつも色々な物を貰える。最近は主に家具を頼んでるけど、お姉ちゃんの部屋に無い物でも、何処からともなく持ってきて、プレゼントしてくれる。正直、出処が分からないのは怖いけど、お姉ちゃんだからいいかな、と思ってる。

 

「うーん⋯⋯じゃぁ、鏡が欲しい。大きな鏡」

「鏡⋯⋯? 写らないけどいいの?」

「うん、いいの。人間達がよく持ってるし、興味あるんだっ」

「ふーん。変なティア。分かったよ。後で部屋に持っていくね」

「ありがとっ!」

 

 おぉ、無意味だからと断られる事も考えてたけど、意外と聞いてくれるんだ。やっぱり、お姉ちゃんは優しいなぁ。本当に嬉しい。お姉ちゃんの誕生日の時、何かお返ししてあげないと。

 

「⋯⋯スクリタは、何かくれるよね? ねぇ?」

「何かあれバ、オネエチャンが助けてあげル。それでいいよネ?」

「ダーメ。いっつもそれ言って、プレゼントくれないじゃん。それじゃぁ、私もあげれないよ? 後、私がお姉ちゃんだから」

「はいはイ。プレゼントくれなくていいヨ? 代わりに、何かあったラ助け合おうネ」

 

 それを言われると、私は何も言えないや。プレゼントを貰えない事を上手く丸め込まれた気がする。これも一種の契約に入るだろうけど、具体的過ぎて簡単に破れそうだし。結局は何も約束してない事と同じだ。でも、他にプレゼントを貰う方法は何も思い付かないしなぁ。諦めるしかないか。いつか貰える事を信じて。

 

「むぅ⋯⋯分かった。約束だよ?」

「約束。でモ、姉妹だかラ、協力は当たり前だけどネ」

「⋯⋯やっぱり、プレゼント貰うのダメ?」

「遅いヨ。それに用意してないからネ」

 

 凄く騙された気分。⋯⋯後で夢の中で仕返ししよう。姉として、妹にはお仕置きしないとね。夢と気付くまで時間がかかれば、思考を読まれてスクリタに好き放題されちゃうけど。まぁ、その時は後で奪っちゃえばいっか。

 

「あのー、ティア様。実を言うと、私も何がいいか分からず買ってないのですが⋯⋯」

「え? 美鈴はいいよ。いつもご飯作ってくれてるし」

「そうね。わざわざ買う必要も無いわ。それに、美鈴(貴女)の誕生日にプレゼント渡せてないのよ? それなのに貰うのは傲慢過ぎない?」

 

 それでも遠慮がちに話す美鈴に、お姉様は「気にしないで」と諌めていた。私も美鈴にプレゼントを絶対に貰いたいとは思わないし、プレゼントは強要して貰う物でもないと思ってる。それに、本当に欲しい物は文字通り奪い取るから問題無い。

 

「じゃぁ、自由にしていい?」

「ええ、もちろんいいわよ。今日は貴女の好きになさい。ああ、もちろん誰にも迷惑をかけない事前提ね。それと、何か困った事があれば言ってちょうだい」

「うん、分かった!」

 

 お姉様は話し終えると、メイドの1人に呼ばれて何処かに行った。それを横目に、私はありったけの食事に目を向ける。大量にある食べ物は、見てるだけで食欲をそそられる。

 

「もう食べていいんだよね?」

「いいんじゃない?」

「気にしないデ、食べれバ? ワタシは幾ら食べても気にしないかラ」

「そっか。じゃぁ、いただきまーす!」

 

 許可を得た私は、目に付く物から手を伸ばし、たらふく食い漁った────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Remilia Scarlet──

 

 ティアの誕生日会。プレゼントの話を終えた私は、それを待ってたらしいメイドに呼ばれていた。

 

「お嬢様。お客様です。なんでも、誕生日を祝いに来たとか」

「客? 怪しい人じゃないわよね?」

「あ、いえ。1人は知ってる方でしたよ。もう1人居ましたが、息子らしいとか⋯⋯ともかく、応接室にてお待ちいただいてるので、会ってみれば分かります」

「ふーん。分かったわ。持ち場に戻っていいわよ」

 

 誰か言わずに会えば分かるなど、変な事を言うメイドだ。そう思いながらも下がらせ、1人で応接室へと向かった。応接室は入り口に近い場所に設置してある。その名の通り来客に応対する部屋で、テーブルと椅子しかない質素な部屋だ。誰かは知らないが、待たせるのも失礼になる。

 

「あら? 2人、だけど⋯⋯」

 

 目の前から2人の人影が歩いてくるのが見えた。片方は白い短髪で見た事のある顔だ。名前は確か⋯⋯ウラだったか。もう1人の赤い髪の方に見覚えがないが、何処と無く、誰かに似てる気がする。

 

「はろー。こんにちは。レミリア」

「あら、来客って貴方達かしら? 1人は見覚えないし⋯⋯」

「誰にも会わずに入ってきたから違うと思いますよ。あ、ごめんなさい。勝手に入って」

「それは⋯⋯まあ、いいわ。知らない奴だったら追い返してたところよ」

 

 正直片方は知らないし、ウラの方も詳しいわけじゃない。だけど、ティアがお世話になってるようだし、祝いに来たであろう彼女達を追い返すわけにもいかない。勝手に入った事は本来許されない事だが、今日は機嫌が良いから許すとしよう。

 

「今日はお祝いに来たのよね? ティアはこの先のパーティーホールに居るわよ。場所は⋯⋯」

「大丈夫です。分かりますので」

「あらそう。⋯⋯ところで、そっちの娘は誰かしら? 一応、素性は知っておかないと何かあった時にね?」

 

 疑ってるわけじゃないが、流石に素性の分からない人を妹に会わせれない。姉として、当主として、危険は起きる前に排除する必要があるのだ。

 

「やっぱり、人じゃ気付かないのですね。この人はイラ。昔貴女を殺した竜ですよ」

「い、言うか、ここで⋯⋯。イラだ。久しぶりだな、吸血鬼」

 

 私に攻撃できないようにされてる竜だった記憶があるけど、どうしてこんなにも傲慢な態度なのか。竜としての矜恃でもあるのだろうか。無意味としか思えないが。

 

「あら、あの時の⋯⋯。久しぶりね。元気だった?」

「貴様の妹のせいで散々な目に遭ってるが、元気だぞ」

「そうなの? それは大変ね。まあ、ここに来てくれたという事は、それなりに好感が持てるのかしら。ありがとうね、イラ」

「は、はあ!? だ、誰があんな奴⋯⋯!」

 

 顔を赤くして否定されても、説得力に欠ける。やはり、何処かで見た光景だ。それにしても、ティアもお人好しね。想像してたよりは、仲良くしてるらしい。不安の種が1つ消えたが、逆に仲良くし過ぎて私との距離が離れそうで心配な気持ちがある。ティア相手に、大して気にする必要は無いだろうが。

 

「レミリア。あまりイラを弄らないであげて。ティアにいつもされてるから」

「ああ⋯⋯それは本当に大変ね。分かったわ。じゃあ、私は人を待たせてるから行くわね」

「うん。またね」

「⋯⋯またな」

 

 別れを告げ、私は2人が来た方向──エントランス近くにある応接室へと向かった────



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41話「意外な訪問者」

今回は前回の続きから。誕生日編はまだ後数話くらい続くようです。

では、お暇な時にでも


 ──Remilia Scarlet──

 

「これはこれは⋯⋯」

 

 応接室に来た私はそこに居た人物に驚きを隠せなかった。もう何十年も前に約束した事を、今日果たすためにやってきたのだろう。そこに居たのは、父親の友人であったヴラド公。もう1人その場には私より少し背の高い少年が居たが、見た事はない。

 

「お久しぶりですね。ヴラド公」

「久しいな。レミリア嬢よ。立派に成長してるようで何よりだ」

「そういうヴラド公は相変わらず元気そうで何よりです。今日はどのようなご要件で?」

「いやなに。貴嬢から受け取った手紙に妹の誕生日会があると書いてあったのでな。今日はそのついでに、息子と娘の紹介も兼ねて来た」

 

 そう言えば、情報交換のために送った手紙に、そんな事を書いた記憶がある。私はうろ覚えだったけど、ヴラド公は覚えてくれていたのか。

 

 だが、ヴラド公の言葉通りなら1人足りない。多分、娘の方だろうか。今目の前に居る少年が男の娘とかじゃなければ、ヴラド公の娘が居ない。

 

「ああ、貴嬢の疑問も分かる。私の娘は今、家に居る。なんでも、食いしん坊だと伝えたところ、プレゼントに手作りケーキを作りたいと言ってな。恐らく、まだ家で作っているのだろう」

「あら⋯⋯そうですか」

 

 私は色々と教え過ぎじゃないか。まあ、私に味方してくれる良い人ではあるし、構わないのだけど。それにしても、初対面どころかまだ出会ってもいない人のために、ケーキを作るなんて。余っ程のお人好しかしら。

 

「故に息子だけ先に連れてきた。ミフネアだ」

「初めまして。ミフネア・ツェペシュと言います。よろしくお願いしますね」

 

 背には体を包み込む程の大きな蝙蝠の翼、 赤っぽい黒の短髪に紅の瞳を持つ少年。見た目は私より少し年上に見えるが、ヴラド公の話によると同い年らしい。何故同い年で微妙に身長が違うのか分からないが、個人差があるものだから気にする事もないだろう。

 

 裏表の無い爽やかな笑顔。昔のティアと同じような雰囲気を感じる。今のティアはフランのせいで色々覚えちゃって、純粋無垢とは言えなくなったし。そんな純粋無垢だった頃のティアに似てる子だ。でも、確か私と同い年だと記憶してる。

 

 今の時代でもいるのか、こんな子が。という、若干の驚きを覚えた。

 

「レミリアよ。よろしくね」

「ところで、僕も何か妹さんに用意した方が良かったですか? 何も持ってきてなくて⋯⋯」

「気にしなくていいわよ。そもそも、まだ会ってもないのにプレゼントを用意できないのが普通よ。貴方の妹さん、お節介というか、お人好しなの?」

「いえ、えーっと、それは⋯⋯」

 

 何を迷ってるのか、急に言葉を詰まらせた。反応を見る限り、お人好しではないのか。なら、どうしてティアのプレゼントを用意するのだろう。全く以て分からない。

 

「会ってみれば分かる事だが、あいつは少し変わっていてな。悪い奴ではないのだが、常識に欠けるというか、表現が下手というか⋯⋯。竜の血を濃く引くせいか、とにかく過激な奴でな。加虐、被虐を愛する狂愛を持つ。会話も下手で、親としても正直⋯⋯な」

 

 どうやら複雑な家庭環境らしい。って、今聞き捨てならない言葉が聞こえたわね。

 

「竜⋯⋯? どういう事ですか?」

「いやなに、私の父は竜公とも呼ばれた竜でな。その血がどういうわけか、娘の代になって濃く発現したらしいのだ。それ故に他とは変わってるというだけの話ぞ」

「ああ、そういう事ですか⋯⋯」

 

 生まれてからずっと、よく竜という言葉を聞く気がする。何かの因果でもあるのか。殺されたり、救われたり。もう金輪際、関わりたくない種族だ。そんな事を言っても、ティアが繋がってる限りはいつか関わる事があるのだろう。その時はその時。妹のために我慢はしよう。

 

「長話もここまでにして、そろそろ貴嬢の妹に会いに行こうか。あまり長く話していては、娘に先を越されてしまう」

「それは⋯⋯後で大変そうですし、急ぎましょうか」

「ですね。レミリアさん、案内よろしくお願いします」

 

 そうして、先頭を切って元居た部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に着くとすぐにティア達を探した。だが、既にその場にティアは居らず、居たのはフランとスクリタ、2人の妹だけだった。

 

「あ、ヴラドおじさんじゃん。え、どうしたの?」

 

 何故かフランはヴラド公に対して妙に馴れ馴れしい。理由は知らないが、恐らくは戦争の時にでも軽く会話して、その時の口調が取れないのだろう。一度その人に対して使った口調は、なかなか取れないものだ。

 

「貴嬢の妹の誕生日を祝いにな。して、その娘が見当たらないが⋯⋯」

「ティア? ティアならさっき出ていったよ。誰かに呼ばれたんだって」

 

 それを聞いて思い付くのはあの2人、ウラとイラだ。⋯⋯何か違う気もするけど。推測でしかないが、その2人に呼ばれて部屋を出たのだろう。今でも交流する竜があの2人らしいし。

 

「あれ? そっちの子は初めて見るね。私はフラン。こっちはスクリタ。貴方は誰?」

「ヴラド公の息子、ミフネア・ツェペシュです。よろしくお願いしますね」

「そっか、よろしくね!」

 

 ティアもだけど、フランもなかなか外に出ないから人見知りを心配したけど、その心配を跳ね除ける程仲良く会話してる。その会話中、ヴラド公はというと、初めて出会ったスクリタと会話してた。ティアの本好きが幸いしてか、領地問題や伝承など、なかなか難しい話が聞こえてくる。

 

「⋯⋯待つとしましょうか」

 

 話す相手も居ない私は、手近にあったワインを手に取り、口へと流し込んだ。食事で暇を潰しながら、ティアの帰りを待つ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Hamartia Scarlet──

 

 ウロに呼ばれてパーティー会場から少し離れ、話をするために近くにあった空き室を借りた。部屋に着くとウロ以外にも珍しくイラが来てて、内心とても嬉しかった。お姉様を殺した相手なのに、なんか不思議な気持ちだ。

 

「ティア、一昨日ぶりだね」

「ウロ、イラ! 会いに来てくれてありがとうねっ!」

「ひ、引っ付くでない! 燃やすぞ!」

 

 そう言いながらも、抱き着いた私を無理に離そうとせず、顔を赤くして可愛い反応をする。俗に言うツンデレかな。もっといじめたくなるけど、堪えないと。ウロに止められてるしね。

 

「誕生日プレゼントとか用意してないけど、何か欲しい物ある? 聞いてはあげるけど」

「ん。なら、血が欲しいかな。竜の血が欲しい!」

「⋯⋯ウロ、こっちを見るな。絶対にあげぬぞ」

「えー、だって、わたしも嫌だよ? 痛いし、そもそも魔女の身体だから、竜の血は薄いし」

 

 正直、2人のが欲しくて言ったわけじゃないんだけどなぁ。元から貰えるとは思ってなかったし、勝手に勘違いしてるし、ついでに面白そうだから何も言うつもりないけど。

 

「あっ、イラ。痛くない方法で血が採れるんだけど、それやってみない? ここらでティアに恩の1つや2つ、売った方が良いと思うけど」

「⋯⋯う、ウロがそう言うなら、そうするぞ。で、どうやって血を採るのだ?」

「痛覚遮断してからの注射だけど」

「え⋯⋯」

 

 予想通りの予想外だったけど、意外な答えにイラは口を開いて固まっていた。それを了承と捉えたのか、ウロは黙々と魔方陣を描き、準備を進めていく。そして、その数秒後。ウロの腕に紐を巻き付け、どこからともなく注射器を取り出した。

 

「なっ!? ほ、本当にやるのか!?」

「やらないの? ティアに恩を売っとこうよ。どうせ血なんて元に戻るし。それに、たまに採血した方がいいらしいよ」

「知るか! 竜は戦いで血を流すものだ!」

「わがままだなぁ。じっとしててよ。身体の中に針が残るとか、シャレになんないから」

 

 抵抗するイラを無視して、ウロは採血を始めた。イラは痛くないはずなのに目を逸らし、ウロは黙々と血を採っていく。思った以上に多くの血を採った後、私に数本の小瓶を手渡してきた。

 

「計200mlくらいかな。それを5つに分けたのが、その小瓶。権能使ったから、腐ったりはしないけど、一応、1年以内に使い切りなよ。それと、飲めば竜にはなりやすくなると思う。そろそろ竜の戦い方も本格的に教えるつもりだから、それで身体を慣らしてて」

「ふーん⋯⋯うん、分かった。今日はありがとうね!」

「気にしないで。夢のためだから。⋯⋯イラ、帰るよ。いつまでも痛そうにしてないで」

「う、うぅ⋯⋯」

 

 ウロは地面に魔方陣を描き、大きな穴を作り出すと、その穴にうなだれるイラを突き落とした。そして、私の方へと振り返る。

 

「帰る前に1つだけ。竜は鼻が利くから教えてあげる。同族が近くに居るよ。同族嫌悪というか、同気相求。闘争本能のまま、竜に近い貴女を求めてくるかもね。まぁ、竜の血を手に入れるチャンスでもあるけどね?」

「へ? ティア、それもう少し詳しく教え⋯⋯行っちゃった」

 

 私の質問に答えるつもりは無いのか、ウロは言いたい事だけ言い終えると、穴の中へと落ちていった。同族というのも気になるけど、私を求めるってどういう事だろう。闘争本能って戦いたいっていう本能の事だよね。なら、強い相手を求めるとか、そんな単純な理由で求めるって事かな。

 

「まぁ、気にしても仕方ないね。帰ろっと」

 

 そもそも紅魔館に居るのだから、侵入者なんて入ってくるわけないし。⋯⋯あ、でも。そう言えば、今門番の美鈴は──

 

「てぃあ?」

 

 部屋を出た瞬間、廊下の方から私を呼ぶ声が聞こえた。どこか舌足らずで、発音の悪い声。お姉ちゃん達じゃなければ、スクリタでもない。いや、そもそも私が知ってる声じゃない。

 

「てぃあ?」

 

 確認を取るように、再びその声が聞こえた────




最後に出てきた娘のイメージ画は、Twitterでキャラメイクをお借りして明かしていたり⋯⋯


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42話「一途な吸血鬼」

今回も前回の続きから。


 ──Hamartia Scarlet──

 

「てぃあ?」

 

 確認を取るように、再び声がした。

 

「⋯⋯うん、ティアだよ。ハマルティア・スカーレット。貴女はだぁれ?」

「すぃすぃあ」

「シーシーア?」

「違う。すぃすぃあ」

 

 そう名乗ったのは、私と同い年くらいの小さな少女。白いドレスを身に纏い、紅の瞳と背まで届く黒い髪を持つ。ちなみに胸は私より一回り小さい。それ以上に印象的なのは身体を包み込めそうな大きな蝙蝠の翼と、真っ直ぐ伸びた2本の黒い角。そして、身長よりも長そうな黒い尻尾。口から僅かに見える牙。

 

 その姿はまるで竜のような出で立ちだけど、『匂い』は吸血鬼のような。とても不思議な娘だ。でも、可愛いからかな。見てると食欲が湧いてくる。

 

「スィスィア?」

「うん、そう。すぃすぃあ。てぃあ、カワイイ、好き」

「⋯⋯へっ!? と、突然の告白!?」

 

 出会ってすぐに告白されたのは流石に初めてだ。恥じらう姿を見せないけど、冗談で言ってるようにも見えないし、声のトーンから本音のように聞こえてしまう。

 

「カワイイ、だから、てぃあの血、見たい。遊ぼ?」

「⋯⋯へ?」

 

 ついさっきの嬉しい気持ちが無駄になった気がした。可愛いからチを見たいって事だよね。チって⋯⋯あの血だよね。遊ぼうってのも、もしかして激しい方の遊びかな。それはいいんだけど、出会ってすぐ激しい遊びしたいって⋯⋯変わってるなぁ。

 

「遊ぼ! てぃあ、勝つと、いいモノあげる!」

「勝てばいいものくれるの?」

「うん! あげる!」

 

 遊び盛りなだけで、意外と良い娘かもしれない。

 

「じゃぁ、てぃあ。先に、これあげる!」

「えっ!? 積極的──っ!」

 

 そう思った矢先、突然近付いてきて、何をするかと思えばキスをしてきた。それどころか、口移しで何かを無理矢理流し込まれた。いきなりでビックリしたのもあって、吐き出す事もできずに飲み込んでしまう。

 

「ゴホッゴホッ! んぁ⋯⋯い、いきなりする?」

「⋯⋯あれ? おかしい」

 

 何を不思議がってるのか、スィスィアは頭を傾げてた。

 

「吸収性、高い? ⋯⋯残念。血が見れる、思ったのに」

「んー、どゆこと?」

「⋯⋯見て」

 

 そう言って、口を開いて舌を見せる。その舌は自分で噛んだのか、歯形が残り、血が滴り落ちていた。そして、その落ちた血は形を変え、刃物らしき金属になっていた。

 

「アタシの能力。血が変わる。物質でも、エネルギーでも。近くにあれば、変えるの」

「⋯⋯あっ。血を流し込んだの? 私に?」

「うん。血、見たいから」

 

 怖っ。多分、身体が栄養と勝手に判断して吸収したから無事だったけど、そのままだったらお腹の中から刃物が飛び出してたのかな。血が見たいからって、不意打ちみたいな事するんだ。無垢故の危なさを感じる。まるで、昔の自分を見てるようだ。

 

「⋯⋯頼めば見せてあげるのに。悪い子だね?」

「悪い? そうかな?」

「そうだよ。何も言わずに勝手にやるのは悪い子だよ? ちゃんと言おうね」

「ほー。てぃあ、血、ちょうだい」

 

 早速両手を差し出して、強請る仕草を見せた。食べちゃいたいくらいの可愛い笑顔で、見てるとより一層、食欲が湧いてくる。名前しか知らない相手なのに、全てを食べ尽くしたい。

 

「⋯⋯血をあげる代わりに、食べてもいい? 見たところ、竜の血を引いてるよね? そういう悪魔じゃなかったら、の話だけど」

「うん。引いてる。親の親、竜だから。食べてもいい。けど、先に血を、ね?」

「⋯⋯まぁ、仕方ないか。ほら、飲むならどうぞ。遠慮しなくていいよ」

 

 自分の左手首を爪で切り裂き、血を流させる。スィスィアは恍惚の表情を浮かべると、私の腕を掴み上げ、傷口を舐め始めた。再生を意識しなくとも、妙な早さで傷が消え去り、私の腕には血の跡だけが残った。口元を血で汚したスィスィアは、嬉しそうな笑みを浮かべると、私に抱き着いた。

 

「てぃあ、ありがとう。大好き。⋯⋯結婚しよ?」

「そっか、良かっ⋯⋯た? え、ちょっ、今なんて?」

 

 聞き慣れたような聞き慣れない言葉に耳を疑う。会ってまだ数分しか経ってないのに、結婚を申し込まれた気がしたからだ。

 

「結婚しよ? てぃあ、優しい。アタシ、それ好き。今まで、血をくれた人、いなかった。てぃあ、初めて。何もせずに、くれた人!」

「何もせずに⋯⋯ってか、一応、食べるという交換条件受けたからだよ?」

「それでも、嬉しい! てぃあ、ずっと一緒、良い!」

 

 なんだかめんどくさい事になった気がする。やっぱり、簡単に人のお願い事は聞かない方が良いのかな。聞いたら、こうして厄介な事に巻き込まれる事多そうだし。

 

「ごめんね。私、好きな人がいるの。だから、スィスィアとは結婚できない」

「好きな人⋯⋯? だから、何?」

 

 ドスの効いた低い声。その口調からは怒りというより、寂しいという感情を感じる。誰にも相手にされなかったけど、ようやく光を見つけれた。そんな悲しくて、既視感ある気持ちを、スィスィアは今感じてるのかな。⋯⋯気持ちは分かる。

 

「好きな人、関係無い。アタシ、てぃあ、好き! だから、ずっと一緒、良い!」

「⋯⋯そっか。でも、結婚はやっぱりダメだよ。私はお姉ちゃん達が好きだから」

「むぅ⋯⋯」

「代わりに、友達から始めよ? 友達なら、遊んだり、ただ一緒に居る事もできるよ?」

「友達⋯⋯? うん、友達! てぃあ、友達!」

 

 その言葉にスィスィアはとても嬉しそうに飛び跳ねる。見てると昔の自分を思い出す。

 

「元気だね。⋯⋯そろそろ、食べてもいい?」

「うん! ⋯⋯あっ。てぃあ、誕生日プレゼント、持ってきた」

 

 そう言って、スィスィアは自分の指を舐めて、その指で空中に何かの文字を描く。すると、窓のような小さな入り口が現れ、そこから歪な形をしたケーキを取り出した。

 

 というか、どうして私の誕生日知ってるんだろう。⋯⋯もしかして、お客さんだったりしたかな。まぁ、交換条件受けちゃったし、今更食べないという選択肢は無いけど。

 

「誕プレ? って、何今の凄っ」

「仲良くなりたい、思った。だから、持ってきた! 食べて!」

 

 用意周到だね。そこまでして、誰かも分からない私と仲良くしたかったんだ。悲しいな。辛そうだな。本当に昔の私とよく被る。見てると構いたくなって、可愛がりたい気持ちになる。例えるなら、スクリタ()を見てるみたい。

 

「ふふっ、ありがとう。それは後で一緒に食べるとして、先にスィスィアを食べていい? ちょっと焦らされ過ぎてもう我慢できないし」

「いいよ! どこ、食べる?」

「え、うーん⋯⋯」

 

 こうも潔く話が進むと、逆に気乗りしない。いつもは内蔵を要求してるけど、お客さんなら服を汚せないし、本当にどうしよう。でも、我慢できないし、吸血だけしようかな。

 

「⋯⋯首、いい?」

「また遊ぶ、約束するなら」

「友達だし、全然いいよ。じゃぁ、力を抜いて、気を楽にして。すぐ終わるから⋯⋯」

 

 スィスィアの肩を掴んで、動かないように固定する。そして、その首筋に牙を押し込み吸血した。口の中に血の匂いが広がり、潤いを与えてくれる。あまりの心地良さに、血が少し零れていても気にならないくらい夢中になれる。

 

「ぁ、てぃあァ、もっと⋯⋯気持ちいい⋯⋯」

 

 スィスィアも吸血からの快楽からか、うっとりとした表情を浮かべていた。だけど、これ以上続ければ文字通り吸い尽くしてしまう。そう思い、首から口を離した。

 

「ん⋯⋯ごふっ、ごほっ。⋯⋯ぷはぁ、美味しかった。ありがとうね、スィスィア」

「えっ、もっと⋯⋯!」

「ダーメ。これ以上やったら、スィスィアは一緒に居れなくなるよ? 死んじゃうからね。⋯⋯でも、たまにならできるから、これからも家に遊びに来てね。⋯⋯何処に住んでるのか知らないけど」

「ルーマニア! お父さん、ルーマニアの吸血鬼!」

 

 凄い聞き覚えがある気がする。もしかして、というか、確実に知ってる人の娘だ。

 

「お父さんの名前、ヴラド?」

「うん! でも、好き、違う。ふつー」

「ふーん。別に悪い人じゃなさそうなのに、変なの。⋯⋯ん? ってことはさ、ヴラドも来てるの? うわぁ、絶対待たせてそう。スィスィア、行こ? お姉ちゃん達にも会わせてあげる」

「うん! 行こー!」

 

 元気な声を出すスィスィアと一緒に、みんなが待つであろうパーティーホールへと戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて、すぃすぃあ・つぇぺしゅ! おねえちゃん達、よろしく!」

「ええ、レミリアよ。よろしく。先にティアに会ってたのね。もう仲良さそうで良かったわ」

「うん、レミリア、よろしく!」

「ふーん。尻尾あるんだ。へー」

 

 お姉ちゃん達と合流してから、スィスィアは改めて自己紹介を交わした。第一印象は良かったのか、お姉ちゃん達にも笑顔で受け入れられている。お姉ちゃんだけは、何か思うところがあるようだけど。

 

「言葉足らずな部分が些か目立つが、仲良くしてやってくれ。純粋過ぎて、少し困った事をやらかす事もある。⋯⋯フラン嬢には話してなかったか。私は竜の血を引き、娘の代にそれが色濃く反映されたのだ」

「竜⋯⋯。へー、竜の⋯⋯可愛い尻尾だね。触っていい?」

「いいよ!」

 

 なんだか和やかな風景。ウロが意味深な事言ってたけど、あまり気にする必要は無さそうだ。

 

 それと、予想通りヴラドも来てたけど、もう1人知らない子も来てる。見たところスィスィアと似てる気がするし、多分、息子さんかな。とか思ってると、こっちに歩いてきた。緊張してるのか動きが硬い。それに顔もほんのり赤いし、大丈夫なのかな。

 

「あ、あの! ミフネア・ツェペシュです! よろしくお願いします!」

「うん、よろしくね。ハマルティア・スカーレット。ティアって呼んでね」

 

 スィスィアみたいで元気な人。やっぱり兄妹だからかな。凄く似てる。

 

「は、はい! ティア⋯⋯さん」

「ティアでいいよ? さん付け、余所余所しいからねぇ」

 

 ヴラドとか、一部例外はあるけどね。年齢もあんまり変わらなさそうなのに、さん付けはしてほしくないからね。まだまだ若いし。

 

「うん。ちょっと失礼。ミフネア、聞きたい事が1つあるんだけど」

「え? あ、あの。レミリアさん?」

 

 滅多に見ない感情の篭ってない怖い笑顔。怒ってるのを隠そうとしてる時くらいじゃないかな、そんな顔するの。ミフネアもそれを読み取ったのか、凄く怯えた顔してる。

 

「いいから。⋯⋯ティアは作ってもらったケーキを食べてなさい」

「う、うん。お姉様、どうして怒ってるのか知らないけど、ミフネアに怒っちゃダメだよ?」

「怒ってはないわよ。⋯⋯え、そんなに顔に出てた?」

 

 確信犯じゃないか。そう思いながらも頷くと、顎に手を当てしばらく考える仕草を見せるも、すぐに元に戻ってミフネアを離れた場所に連れて行った。

 

「てぃあ、終わった? 一緒に、食べよ?」

「ん、うん。いいよ。⋯⋯お姉ちゃん、スクリタ。それ気持ちいいの?」

 

 何故か、今もずっとスィスィアの尻尾を撫で続けてる。傍から見れば変な行動だけど、まるで小動物を愛でてるようにも見える。

 

「温かいんだよ、この尻尾。結構感触もいいし」

「てぃあ、触る? いいよ?」

「ふーん、いいの? ⋯⋯あ、ホントだ。あったかい。それに、美味しいよ。このケーキ。ありがとうね、スィスィア」

「ありがとう、嬉しい!」

 

 ケーキを頬張りながら、触り心地の良い尻尾を触る。その時改めて、私は至福の時間を感じる事ができた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Remilia Scarlet──

 

「で、どうなの? 私と会った時とは違った反応を見せてたわよね?」

 

 ミフネアを連れ出し、そう質問してみる。ヴラド公を含むみんなは空気を読んでくれてか、私達の近くに寄ろうとする人はいない。ティアとか、一部分かってもいない人もいるが。

 

「え、えっ? そ、そうですか?」

 

 この動揺を見て、私の予想は確信へと変わった。ティアを外の誰にも近付けさせずにいたのは、こうなる事も分かっていたからだ。ミフネアの事を変な奴だとは思わないが、それでもティアを手放したいとは思わない。

 

「⋯⋯ティアの事、どう思ったの? 正直なところ、どう思おうが貴方の自由よ。でも、あの娘はまだまだ子供。もしそういう気持ちがあっても、もう少し大人になるまで待ってちょうだい」

「と、という事は、お姉さんから許可を──」

「誰がお姉さんだ! ⋯⋯もう、やっぱり、そうじゃない」

「⋯⋯あっ」

 

 しまった、という顔をして、黙り込む。最早確信どころではない。やはり、ティアはミフネアに好かれてしまった。ティアの事は子供として見てたから、まさかティアが一目惚れされるとは思わなかった。ある意味では運命か。嫌な運命だ。

 

「ティアももうそういう年頃なのねえ。大人っぽい魅力はあるし、分からないでもないけど。ともかく、何事も急ぎ過ぎないでよ。仲良くなろうとするのは⋯⋯はあ。姉が決める事じゃないわね。貴方の自由になさい」

「ほ、本当ですか!? は、はい! ありがとうございます!」

「⋯⋯妹を傷付けたら、ただじゃおかないわよ? それと、許可するまで絶対に告白なんてしない事。破れば知らないわよ?」

「も、もちろんですっ! 必ず幸せにしてみせます!」

 

 とても複雑な気持ちだ。だが、種族繁栄のために、いつかこうなる事も予想していた。ヴラド公の目的、恐らくはこれも想定していたのだろう。後継者のためにしてる事だろうから分かるが、見た目に反して意外と狡賢いようだ。好きではない。

 

「勝手に息巻いてるところ悪いけど、まだ決まったわけじゃないからね? 仲良くするのはいいってだけだから。まあ⋯⋯それもこれも、結局はティア次第なのだけど」

 

 結論としてはそうなるから、困ったものだ。そう思い、私は頭を抱えた────




ちなみにスィスィアちゃんの句読点多い話し方は今回限りです。読みにくいので⋯⋯(

さて、今回で誕生日会は終了ですね。下準備は終わったので、次回からまた日常です


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43話「懐疑的な次女」

今回からしばらく日常回(なおティアフラ)

どうやら、今度は美鈴と買い物に来たようです。


 ──Frandre Scarlet──

 

 ティアの盛大な誕生日会からもう10数年の年月が経つ。あれからも、毎日のようにティアは何処か──多分、ウロの家──に出かけてるけど、月に数回だけそこには行かない時がある。それは何かの記念日だったり、私やお姉様がお願い事や頼み事をした時だったり。どれもティアと私達の交流がある時だけ。その真意は分からないけど、少なくとも楽しそうだからとても嬉しい。

 

「メイリン早クー」

「す、スクリタ様! お待ちくださいー!」

 

 今日もそんな日で、今回はティアに加えてスクリタや美鈴も一緒に、夜の人間の街へ買い物に来た。お姉様は事務作業で忙しいらしく、その代わりに美鈴はお姉様に護衛と付き添いを言い渡されたんだとか。

 

 心配性にも程があるけど、何気に初めて美鈴と買い物に来れたから素直に嬉しい。

 

「お姉ちゃん。これ持って」

「⋯⋯ん。姉に持たすの? ま、いいけどさ」

「うん、ありがと」

 

 必要な物は既に買い揃え、今は美鈴を中心に自由行動をしている。ちなみに、私達の姿はティアに変えてもらった。置換魔法とかいう初歩的な魔法らしい。教えてもらおうかと思ったら、断られてちょっと悲しい。

 

「あ、お姉ちゃん! あのお店行こっ!」

「急かすな急かすな。私さ、両手に持たされてるんだよ? 美鈴ー、へるぷー」

「あっ、はいはい、どうしましたかー?」

「片方だけ持って」

「了解ですー」

 

 先ほどまでスクリタの相手をしていた美鈴を呼び戻し、片方の荷物を持ってもらい、ティアの後ろを付いて行く。

 

「ところで、何をお買いに?」

「あれ。⋯⋯宝石屋さんだね。ティア、最近光る物ばっかり集めてるみたいだし。性格ってか、性質みたいなものでも変わってきたんじゃないかなー⋯⋯」

 

 昔はそれほど光る物が好きではなかった。なのに、最近はずっと部屋の中に宝石を溜め込んでいる。思い当たる節があるとすれば、竜関連かな。

 

 以前、ティアは竜を喰った。その時、歪な竜の姿を取った。竜はキラキラ光る物に目がないというし、ウロの家に行ってるなら、また竜にでもなってるかもしれない。ともすれば、竜へと性質が変わってきてもおかしくない。ただ単に、ウロとかへのプレゼントかもしれないけど。

 

「えっと、性質⋯⋯?」

「ああ、美鈴には話そうかな。お姉様には秘密ね」

「お姉ちゃん! 早く!」

「急かすなー⋯⋯」

 

 ティアの元へと行くと、綺麗な宝石の並んだ店があった。当たり前だけど、どれも値が張る物ばかりでお世辞にも安い店とは言えない。1つ買うだけでも紅魔館の食料1週間分くらいになりそうだ。

 

 どちらでもティアの出費が大きいというのも驚きだけど。

 

「お姉ちゃん、見て! 綺麗なダイヤモンドだよー。1個だけ買おうかなぁ」

「そだね。⋯⋯ってかさ、お金足りるの? 絶対足りない気がするんだけど⋯⋯」

「気がする、というか、足りないですね。ここへ来る前の財布のおよそ5倍です。結構余裕を持って来たつもりだったんですけどねー」

 

 お姉様から余れば何でも買っていいと言われたものの、使い切れとは言われてない。むしろここで許せばどんどん甘えん坊になるだろうし、姉として、しっかり断っておく場面では断らないと。

 

「ティア、流石にダメだよ。お金も足んないし──」

「ん、大丈夫! 自分のお金で買うから」

「⋯⋯えっ」

 

 たまに自分の妹が怖くなる。何故お金を持ってるのか。何よりもどうして宝石を買う額のお金を用意できるのか。後で問いただすべきか。それともお姉様に相談して慎重に見るべきか。ウロにでも貰ってると言われたら、そこまでなんだけど。

 

「あら、ティアちゃんじゃない。今日も来てくれたのね」

「こんばんは! お姉さん」

 

 不意に知らない女性の声が聞こえて振り返ると、お店の人とティアが仲良さそうに話していた。どうやら今の声はそのお店の人だったらしい。いつもは人間を好んでいる素振りを見せないから、こういった姿を見るのは意外だった。

 

「いつもありがとうね。ところで、その娘は⋯⋯ティアちゃんのお姉ちゃん? それと⋯⋯」

「ティア様の従者です。名は紅美鈴。よろしくお願いします」

「⋯⋯え? な、何? 知り合い?」

「いつもお世話になってるお店なの。家にある宝石、ほとんどここの店なんだよー」

 

 てっきりウロの家ばかり行ってると思ってたけど、ウロの家とは真反対にある街にも来てるとは。毎日のように出かけてるティアの目的がますます分からなくなる。

 

 そう言えば、最近スクリタやお姉様が邪魔してティアと2人っきりになれてないし、今度2人で何処かに行こうかな。ついでに、その時にティアの秘密も全部聞いてみよう。答えてくれるかどうかは知らないけど。

 

「そうなのよ。いつもお世話になってます」

「あ、こちらこそ妹がお世話になってます。⋯⋯ん? あれ、スクリタは?」

 

 いつからなのか、スクリタの姿が見えない。そう言えば、美鈴を呼び戻した時、1人そのままにしちゃった気がする。どうせ気付いてるだろうと話しかけなかったのが失敗だったか。後で怒られるし、何よりも心配だから早く探さなきゃ。

 

「ティアちゃんの妹さんが居ないの? それなら早く探した方がいいわよ。最近、行方不明事件が多発してるそうだから。特に夜中に1人になったところで行方不明になる事が多いらしいし⋯⋯」

「⋯⋯マジか。ティア、スクリタが心配だし、宝石はまた今度にしよう、ね?」

「え? う、うん。分かった」

 

 不本意そうな顔をするティアの気持ちも分かる事には分かる。スクリタも吸血鬼だし、家の方向くらい覚えてるだろうから、大した心配はしてない。だけど、万が一の事もあるし、心配するに越した事はない。

 

 そう思い、早速探そうとしたのを、美鈴が手で制して止めた。

 

「⋯⋯フラン様、ティア様! スクリタ様の気を掴めましたので、先に入り口で待っていてください!」

「え? もう? 早くない? 私の心配が一瞬で無駄になっ⋯⋯行っちゃった⋯⋯」

 

 何かを聞くよりも早く、美鈴は全力疾走で大通りを走っていった。しばらく呆気に取られてたティアも、しばらくすると私の裾を引っ張りながら顔を覗き込んだ。

 

「⋯⋯お姉ちゃん、宝石屋に戻っていい?」

「ん? うーん、そうだなー⋯⋯やっぱダメ。ティア、一緒に歩こ?」

「えぇ⋯⋯」

「露骨に嫌そうな顔しないの。昔はあんなにお姉ちゃんお姉ちゃんって言ってくれたのに、反抗期は辛いなぁ」

 

 本当に、ティアも昔と変わった。昔はずっと一緒に居たのに、最近は寝る時やお風呂に入る時くらいしか一緒に居ない。昔は表裏を感じずに甘えてくれたのに、今ではずっと何かを隠してるみたいだし。

 

 一体いつからこうなったのか。もちろん、私は知ってる。何故こうなったのか。

 

「⋯⋯ティアってさ、今でもお姉様が死んだの、自分のせいとか思ってる?」

「急にどうしたの?」

「いいから黙って聞きなよ。で、どうなの?」

「むぅ⋯⋯⋯⋯」

 

 やっぱり、図星かな。ティアのせいなわけないのに。どうせここまで引きずるんだろう。お姉様も無事だったし、今更振り返ったところで意味が無いのに。お姉様がもしも死んでたら、私もこんな考え浮かばなかっただろうけど。

 

「何も言いたくないなら、それでいいよ。⋯⋯あーあ。残念だなー。お姉ちゃんなのに、妹に信用されてないんだなー」

「えっ。あ、ち、違うよ! 信用してないんじゃなくて⋯⋯」

「はーあ。本当に残念。私って妹からの信頼ゼロなんだなー。辛くて死にそうだわー」

「え、あ、その⋯⋯」

 

 自分でも下手と思うくらいの演技だからお姉様になら「あっそ」と一蹴りされて終わりだろうけど、ティアにはこれが一番効く。現に、今ティアは迷ってる素振りを隠さない。迷いを悟られる事にまで気が回ってないのだ。

 

 後もう一押しすれば、いとも容易く話してくれるに違いない。

 

「⋯⋯本当はどうなの? 教えてくれるなら⋯⋯そうだなー。今度、2人っきりでデートに行ってあげるよ? いつも私を放ってウロのとこ行ってるしさ、たまには独り占めしたいしねー」

「え⋯⋯本当に? 約束する?」

「約束するよ。さっきの質問に答えてくれるならね」

 

 まだ少し迷う仕草を見せるも、すぐに迷いを打ち消したのか、決心した表情になる。そして、面と向かって口を開いた。

 

「思ってる。だから、もう二度とあんな事が起きないように強くなろうとしてる。⋯⋯お姉様には秘密だよ。まだ知られたくない」

「それはどうして?」

「⋯⋯お姉ちゃんの質問には答えたよ。だから、これ以上は答えないもん。でも、約束は守ったし、デートはしてね?」

 

 ティアはそう言って、悪魔のような、もしくは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 

 してやられた。そう思っても、後悔先に立たず。悪魔の契約(約束)は決して破れない。これに関しては、ティアだと思って油断した私の負けだ。

 

「ティアもやるようになったじゃん。そういうの、嫌いじゃないよ?」

「お姉ちゃんが勝手に勘違いしただけじゃない?」

「⋯⋯やっぱ嘘。お姉様に似てきたね? お姉様みたいな傲慢で揚げ足ばっかり取る人を見ると、負かしたくなるんだよねー」

「でも、好きなんでしょ?」

 

 そこまで言って、何かを察したようにハッとして口を閉じる。手遅れなのに、まだ隠し通せるという幼稚な考えは可愛くて好きだ。それでも、ティアはお姉様に似てほしくないけど。

 

「⋯⋯好きだよ。ティアも同じくらいね。だけどさ、帰ったら覚えときなよ?」

「うん、楽しみ!」

「お仕置きだからね? あいや、それでも喜ぶか。ちょっと感性ズレてるなー。ま、いいや」

 

 こういう風になったのも、私の責任が大きいだろうしね。それに、どんな感情でも、感覚でも、私を好きでいてくれるのは間違いない。その気持ちさえあれば、私には何もいらないし、後はどうだっていい。

 

「帰ろっか。美鈴とスクリタも待ってるだろうしね。あ、そうだ。帰ったらさ、洗いっこしよー」

「いいよー。お姉ちゃんの、どれだけ大きくなったか見てあげるね!」

「ん? ⋯⋯ティア、今なんて?」

「⋯⋯ごめんなさい」

 

 威圧したら、すぐさま表情を暗くした。翼でもあれば、もっと分かりやすいんだろうけど。

 

「よろしい。次言ったらガチのお仕置きだからね」

「はい⋯⋯」

「⋯⋯もう。そんな分かりやすく落ち込まないでよ。帰ったらいっぱい甘えていいからさ」

「本当に? ありがとっ!」

 

 訂正。翼無くても結構分かりやすい娘だ。そして、私はそんなティアが好きらしい。それからも談笑を交わしながら、ティアと一緒に街の入り口へと向かった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Hamartia Scarlet──

 

 お姉ちゃんとお風呂に入り、上がった後の事。

 

「ティア、疲れたシ、もう寝るネ」

 

 お風呂で遊び疲れた私は1人で先に部屋に戻り、スクリタを自分の中へと迎え入れた。未だに1日中人形の姿でいる事が辛いらしく、休む時は私の中で寝た方が効率が良いんだとか。私も夢の中でスクリタとあんな事やこんな事ができるし、1人で寝るよりも2人で寝た方が楽しいからね。文句は無い。

 

「うん。じゃぁ、お姉ちゃんが来る前に、済ましちゃおっか。キスする?」

「しないかラ。早くしテ」

「むぅ。つまんないの。寝た後でいっぱい楽しもうね?」

「怖ッ。楽しまないかラ。早く寝させテ」

 

 スクリタは乗り気な時と乗り気じゃない時の差が激しいから困っちゃう。常に乗り気なら私も接しやすいのに。わがままな妹も良いとは思うけど、しっかり言う事聞いてくれる方が私は好きだ。

 

 そんな事を思いながら、スクリタを自分の中へと移動させた。

 

『⋯⋯()()カ。ティア、また記憶を奪っタ? いい加減にしないと、身体乗っ取るヨ』

 

 身体の中に戻った瞬間、()()()()()記憶が元に戻ったのか、怒りの感情が混ざった声で怒られた。いつも人形に人格を移動──というか、置換する度に記憶を奪ってるのだから、怒られるのも無理は無いけど。

 

 それでも、持っていかれると困る記憶があるから仕方無い。身体を共有した時に起きる感覚共有がこういう形で仇になるとは思わなかった。

 

「ふふっ。怖い怖い。でも、私の言う事聞いてくれるんでしょ? 好きだよ、そういうの」

『聞いてるじゃなイ。()()()()()()。⋯⋯そんなにフラン達にバレるのがイヤ?』

「うん、嫌だよ。絶対に怒られるから。特に必要以上の殺しを嫌ったお姉様にはね」

 

 私はお姉ちゃんにも、お姉様にも話せない秘密がある。強くなるためだし、お姉様達のためだけど、きっと分かってくれないから。絶対に止められるけど、今はまだ止められたくない。

 

 準備ができてからじゃないと、絶対に負けるから。

 

『⋯⋯後悔するヨ』

「しないよ。しないために、してるから。全部、必要な犠牲なの」

『⋯⋯私が言えた義理じゃないシ、アナタがいいならそれでもいイ。けド、どうなっても知らないからネ。⋯⋯本当に辛い時、お願いだから頼っテ』

「⋯⋯⋯⋯」

 

 スクリタは感覚を共有してるから、何も言わなくてもバレてしまう。寂しさを紛らわしたいから、敢えて会話してだけど、今回ばかりは何も言いたくない。

 

『⋯⋯バカ。もう寝ル』

「あっ⋯⋯うん。おやすみなさい」

『オヤスミ』

 

 それっきり、スクリタの声は途切れてしまった。それからお姉ちゃんが帰ってくるまで、私は静かに項垂れていた────




とまぁ、しばらくは日常(?)が続きますね。
お風呂で何があったかはご想像にお任せします。

最近マンネリ化を感じたので、ティアフラデートの前にやりたかった事を先に⋯⋯。

それとようやく37話に押絵を追加しました。


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44話「仲良しな喧嘩」

今回も日常。

ですが、少し戦闘も⋯⋯?


 ──Hamartia Scarlet──

 

 私も晴れて190歳になった。相変わらずウロの家に行って、修行をつけてもらう毎日。今日も思いの外ハードな修行を終えた私は、ヘトヘトになって家に帰ってきた。疲れきった私はスクリタでもからかいに行こうと、図書館へ向かった。しかし、思わぬ事に到着したその図書館では──

 

「フラン! 今日という今日は許さないわよ!」

「こっちのセリフよ! 後で泣いても許してあげないんだから!」

 

 ──お姉様とお姉ちゃんが結構ガチめな喧嘩をしてた。目的だったスクリタは素知らぬ顔で本を読み続けていた。急な展開を飲み込めずにいた私は、慌ててスクリタの元へと駆け寄った。

 

「ねぇ、スクリタ。お姉ちゃん達、どうして喧嘩してるの?」

「プリンの取り合イ。フランがオネエサマのを食べたとかデ、ケンカを始めタ。今回はオネエサマも流石にキレて暴れても良いような場所に来たらしイ」

 

 明らかお姉ちゃんの方が悪いのに、許すも何も無い気がする。それはそうとして、安息の地を決闘の場所に選ばれてしまったスクリタがなだか可哀想に思えてきた。他より広いとはいえ、近くの本棚はめちゃくちゃになるし、こんな場所じゃ絶対に落ち着けないと思う。

 

「⋯⋯災難だね。まぁ、私もからかいに来たから何も言えないけど」

「どっちかと言えバ 、それの方がタチ悪イ。ティア、止めに行けバ? 今なら仲裁した体を装ってケンカできるヨ?」

 

 スクリタは私の中に居たから、ある程度の気持ちは理解してるみたいだ。お姉ちゃんと喧嘩したいと言っても、絶交したいとか、そういう気持ちは一切無い。理由はただ1つ。喧嘩するほど仲がいい、という言葉があるから。喧嘩をしてから仲直りすれば、今よりもずっと仲良くなると思ってる。

 

「⋯⋯スクリタも行こっ?」

「行かなイ。歪んだ性癖持ってないかラ」

「ちぇ、後で後悔しても知らないよー」

「フランみたいな事言うネ。ま、早く行ってきなヨ」

 

 スクリタに後押しされる形で、喧嘩する2人の元へと飛んでいく。お姉ちゃん達はまだ私に気付いてないらしく、得意の武器を手に戦ってる。

 

 物凄い速度で弾き合い、打ち合ってるが、入るタイミングなんて必要無い。ただ偏に、傷付いてでも遊べればいいだけだから。

 

「リジル、ルイン」

 

 久しぶりにお気に入りの剣と槍を召喚した。

 

 本当はこういう時は本気でやるのが礼儀なんだろうけど、まだまだあの姿は秘密にしたい。お姉ちゃんは知ってるだろうけど、完全な姿はまだ見せれないし。だから、今回はお姉ちゃん達と条件を合わせて武器だけで戦おう。

 

「ふふっ。ふふふ⋯⋯おねーちゃんっ!」

 

 そう心に誓って、お姉ちゃんを背後から斬りつける。

 

 不意打ちは流石に抵抗があったから、名前を叫んで。

 

「っ!? え、ティア!?」

 

 流石お姉ちゃんと言うべきか。お姉ちゃんは振り返ると、咄嗟に私の腕を掴み上げて攻撃を防いだ。拘束も兼ねてるようで、掴んだ手を離してくれない。もう片方の手に持つ剣はお姉様の槍を受け止めてるし、私は文字通り片手間らしい。ちょっと屈辱的だ。

 

「むぅ。残念⋯⋯」

「今ガチで狙ってきたよね!? あとさ、今お姉様とやってんだけど!?」

「あら、援軍? いいわよ。2人でフランを──」

太陽(シゲル)プラス変化(エオー)。燃えちゃえ」

 

 虚空に2つのルーン文字を描き、それを合わせてただの炎として発射する。運悪くそれはお姉様の服を掠っただけで、壁へと衝突して消えてしまった。お姉様はもちろん、お姉ちゃんすらも理解が追いつかないらしく、口を開けて驚いてる。

 

「なっ!? え、えっ!?」

「お姉ちゃん達だけ喧嘩してズルいよ。だからね、私も入れて?」

「⋯⋯あ、ふーん。バトロワね。分かった分かった」

「理解が早くて助かるよ。流石お姉ちゃんだね。じゃぁ、遊ぼっか」

 

 その言葉を合図に、私は自分の腕を権能を使って破壊し、お姉ちゃんの拘束を解く。そして、距離を置き、改めて武器を構え直した。

 

「お姉様、服燃えてるよ! 灯火(ケン)!」

「変な字描かないでよ! もっと燃やそうとしてるのバレバレよ!?」

「ちっ。消されちゃ意味無いなぁ」

 

 服に残ってた炎も払われて消され、灯火(ケン)の再燃効果も意味を成さなくなった。面と向かった今、お姉様にルーン魔法は通じない。戦闘で使えそうな手札は、武器以外だとルーン魔法か──

 

「ティア──お返し!」

 

 ──お姉様にばかり気を取られてると、背後からお姉ちゃんの殺気を感じた。慌てて後ろに槍を払うも、捉えきれず背中に痛みが走る。権能を使っても治りが遅いから、焼き切られて火傷も負ったみたいだ。

 

「ったぁ⋯⋯。お姉ちゃん、やったなぁ!」

「どうせすぐ治るでしょ? それより早く続きしようよ、ティア! その綺麗な緑髪、真っ赤に染めてあげるからさ!」

「私だってお姉ちゃんを真っ赤にしてあげるね!」

「仲良いのか悪いのか。まあ⋯⋯楽しみましょうか」

 

 最早、最初の趣旨から変わってきたような気もするけど、お姉ちゃん達ともっと仲良くなれそうだから何でもいい。だから、もっと削り合って、血を流し合って⋯⋯傷付いたお姉ちゃん達も好きだから、見てみたい。

 

「お姉様、ティア。ちゃんと避けてね!」

 

 お姉ちゃんはニタァっと面白い事を思い付いたような笑みを浮かべる。そして、手に持つレーヴァテインの炎を両手で持てるギリギリのところまで増幅させ、力いっぱいに薙ぎ払った。

 

「フランもめちゃくちゃするわねえ⋯⋯! 本が燃えたらどうするのよ!」

 

 本棚を背に、お姉様は膨大な妖力を込めたグングニルでレーヴァテインを受け止めた。力ではお姉ちゃんの方が勝るのか、お姉様は微妙に押され気味だけど、それでも本を焼かれまいと空中で踏み止まってる。

 

「あ、そうだったね。お姉様、槍消してよ。私も剣消してあげるからさ」

「お断りよ。ティアが有利になっちゃうじゃない」

「ならティアも消せば問題無いよね。どうせつまんない事で喧嘩し始めたんだし、どうせなら楽しまない?」

「貴女が原因って自分で分かってる?」

「ん? お姉様さ、もう少し寛容になろうよ。子供じゃないんだからさ」

 

 会話をする度にお姉ちゃん達の溝が深まってる気がする。喧嘩はいいけど、仲が悪くなるのは嫌だ。2人の仲を保つために、私が何かしないと。お姉ちゃん達の妹なんだから。

 

「お姉ちゃん、お姉様。⋯⋯私が2人に勝ったら、仲直りしてくれる?」

「んー⋯⋯それなら本気でやるけど、ティアが私に勝てると思ってるの? もし思ってるなら、考えを改めた方がいいよ。妹にだけは負けるつもりないからね」

「癪だけどフランに賛成ね。仲直り云々はともかく、負けるつもりはないわよ?」

 

 なんでお姉ちゃん達、私に負けたくないんだろう⋯⋯。そんなに屈辱的なのかな、私に負けるのって。すっごく複雑な気持ち。でも、これで負けた時のお姉ちゃん達の顔を見たい。もっともっと、敗北感に満ちたお姉ちゃん達の顔を見たい。私だけに、負けて悔しそうな顔を見せてほしい。

 

「あっそ。お姉ちゃん達のいじわる。私も本気でやるから、お姉ちゃん達も手加減しないでよ! あと、さっきの攻撃ありがとうね、お姉ちゃん」

 

 さっきの攻撃で吸収しておいた炎を、自分の剣と槍へ移す。それは傍から見ても、能力的に見ても、お姉ちゃんとお揃いのレーヴァテインだ。

 

「ふーん、かすり傷でも吸収できるんだ。ってか、本を燃やさないでよ。スクリタに怒られるし」

「まずは自分の心配からした方がいいよ! ──あ、お姉様がね!」

 

 お姉ちゃんに突進すると見せかけて、直前で方向転換してお姉様に剣を向ける。しかし、お姉様は驚いた様子を見せず、呆れた顔を見せていた。

 

「単純ねえ。⋯⋯フラン!」

「はいよ。きゅっとして──」

「え⋯⋯本気過ぎ⋯⋯」

 

 そこで全てを察するも、止まれずにお姉様へと突き進む。お姉様の直前でお姉ちゃんの能力により、剣と槍が弾け飛んだ。更には突進した先でお姉様に両手を掴まれ拘束される。踏んだり蹴ったりで、抵抗する気も無くなった。

 

「はい、ドカーンね。ティア、本気でやったらこうなるからね」

「私の運命操作で未来は固定され、自由は効かない。それに地力も差が大きいから、抗う事もできずにこうなる。次からは本気という言葉をよくよく考えて使いなさい」

「むぅ⋯⋯お姉ちゃん達大人気ない。仲良いのはいいけど⋯⋯」

 

 確かに本気でとは言ったけど、ここまで簡単に負けるとは思ってなかった。手を破壊すればまだ続けれるだろうけど、どうせ捕まる未来しか見えない。それに、当初の予定である仲直りはほぼ達成したようなものだし、ここは潔く諦めよう。

 

「別に仲良くないからね? まだ喧嘩の最中だし」

「でも、息合ってたよね。仲直りしてるじゃん。お姉ちゃん達が仲良くて私も嬉しいな。ねぇ、今日はみんなで一緒に寝よっ!」

「切り替え早いわね。⋯⋯まあ、別にいいけど」

「⋯⋯はー。なんだか馬鹿馬鹿しくなってきたし、私もいいや。ティアの好きにしていいよ」

 

 喧嘩の熱も意外と早く冷めたらしい。喧嘩の事なんか掘り返さずに、2人とも武器を収めた。

 

「⋯⋯ね、お姉様、早くティア離してあげて?」

「ん、ああ⋯⋯そうね。もう抵抗する気も無いみたいだし、離してあげるわ」

「ありがと。でもね、なんだかやりきれない気持ちだし、お返し」

「え? ⋯⋯ふふっ。随分と可愛いお返しね?」

 

 そう言ってお姉様を抱き締め、頬ずりをする。負けて悔しいけど、お姉様は抵抗しないどころか、されるがままだったから、そんなマイナスな気持ちもすぐに消えて無くなった。代わりに幸福な気持ちが私の中を支配する。

 

「⋯⋯やっぱり、喧嘩よりもこっちの方が好きかも。大好きだよ、お姉様」

「ええ、私もよ。ティア」

 

 元より喧嘩よりもその後の仲直りの方が楽しみだったから、喧嘩よりも好きなのは当たり前かもしれない。それでも、何か不幸な事があった後に幸せな事があれば、普通よりも幸福に感じるものだ。また今度──次はもう少し御手柔らかに──お姉ちゃん達と喧嘩しよう。1人ずつだったら、善戦するはずだしね。

 

「珍しいね。お姉様が素直なの。どうせなら私にも優しくしてくれていいんだよ?」

「⋯⋯なら、フランも来なさい。何してほしいの? ハグ? それとも頭でも撫でましょうか?」

「え⋯⋯マジでやってくれるの? な、なら、お言葉に甘えて⋯⋯」

「おぉー」

 

 私が離れると同時に、次はお姉ちゃんがお姉様へと抱き着いた。恥じらいがあるのか、お姉ちゃんは顔を赤らめてる。対するお姉様は両手を広げて笑顔で受け入れてる。見ているだけで羨ましくて、妬ましい。あの2人の間に無理矢理入りたい気持ちをぐっと堪え、静かに見守った。

 

「⋯⋯そうね。もう少し素直になってもいいかもしれないわね。フラン、今度──」

「ダメ。2人だけとか絶対ダメ! 2人だけで何かするの、絶対に許さないからね!」

「⋯⋯ティア、今良いとこだったと思うんだけど?」

「お姉ちゃん達のケチ。こんなの見せられて、我慢しろっていうだけでも拷問なのに⋯⋯」

「⋯⋯誰ー。ティアをこんな娘に育てたのー」

 

 小さい時からずっと一緒に居たお姉ちゃんだと思うけど。っていう事は、敢えて言わせようとしてる風にしか見えないから言わないし、言えない。

 

「もう、わがままな妹ね。なら⋯⋯スクリタ! 貴女もこっちに来なさい」

「良かっタ。忘れられてると思っタ」

「忘れるわけないわよ。どうせなら、後で美鈴も呼んでみんなでね。ティアもそれはいいでしょう?」

 

 お姉様の質問に縦に頷いて答える。ハブられるのは嫌だけど、みんなとなら全然構わない。むしろウェルカムだ。だって、みんなの事が大好きだから。

 

「⋯⋯オネエサマ。ワタシも抱き締めテ。毎日ティアだけだと欲求不満になって死ねル」

「私の事好きなくせにー」

「いやいや。凄く意味深過ぎて怖いんだけど⋯⋯」

「ティアっていつもこんな感じじゃん。何を今更。どうせお姉様も姉妹の一線超えてんじゃないの?」

「冗談でもよしなさい。ん? 聞き流したけど、聞き捨てならない言葉が⋯⋯。私の妹怖い⋯⋯」

 

 何を察したか分からないけど、一線って超えちゃいけないのかな。キスとかしてる時点で、ある程度は行ってると思うのに。今更姉妹だなんて、何の拘束力も持たない事はお姉様が一番分かってると思ってたから、ちょっと意外だ。

 

「あっ。お姉ちゃん達、今からお風呂に入るんだけど、一緒にどう?」

「私はさっき入っ⋯⋯いえ。入りましょうか。ティアに服を燃やされちゃったし、少し汗もかいちゃったからね」

「なら私も。スクリタ、貴女も一緒に行こ?」

「⋯⋯ま、いいヨ」

 

 その後、結局美鈴も入れて全員で入る事になった私達は、図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 あぁ、本当に幸せな毎日だ。美鈴が居て、スクリタが居て、お姉様が居て⋯⋯そして、お姉ちゃんが居て。もっと、ずっとこんな日が続いてほしい。それこそ永遠に。だからこそ、何にも脅かされないように、もっと強くならなくちゃ。そして、これからも────




久しぶりにルーン魔法を使った気がする。っていうか、最後に使ったのフランだったような⋯⋯。

未だにレミフラティアの勝率はレミフラが圧倒的ですね。そも、ここのレミリアの運命操作めちゃくちゃ強いから仕方ない気もするけど⋯⋯。


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45話「切望なデート」

寝てたら予想以上に遅れました。
が、気を取り直し⋯⋯。

今回はティアちゃん待望のデート回。
内心楽しみにしてたのはフランも同じらしく⋯⋯。


 ──Frandre Scarlet──

 

「おーねーえーちゃんっ! どう? 私キレイ?」

 

 ティアはいつになく真っ白で清楚なドレスを身に纏う。いつもお姉様が着てる服に似てるが、それよりも主に背中に露出が多い。前も微妙に胸を強調してるのか、胸から上に衣類はない。俗に言うベアバックかな。ティアはその場で回ってスカートを浮かせ、自分の姿を見せびらかし、私に感想を求めてきた。

 

 良からぬ虫が寄ってきそうな可愛さだけど、それよりも私に合わせてくれてるという嬉しさには勝てなかった。

 

「うん、綺麗だよ。⋯⋯このまま食べちゃいたいくらいに」

 

 今日はティアとデートを約束した日。もちろん冗談半分だったから、私はいつも通りの赤いドレスを着てる。まさかティアがここまで本気で挑んでくるとは思わなかったから、正装なんてしてない。それでも不釣り合いだとは思わない。いつも着てる服が一番可愛いと思ってるし、そもそもティアとは姉妹だから、釣り合うなんて言葉は相応しくないとも思ってる。

 

「え、本当に?」

 

 冗談だったのに、本気だと思ってるらしい。相変わらず食に対する感情がズレてるけど、それもティアの可愛いところだ。それに、頭のネジは1本くらい外れてる方が愛嬌が出るというもの。私は外れてなくても愛嬌あると思うけど。

 

「比喩表現ね? 食べるというのは冗談。でも、綺麗というのは本当だよ。流石私の妹ね。これならどこに出しても恥ずかしくないや」

「⋯⋯え? どこにも行かないよ? 私、お姉ちゃん達とずっと一緒に居たいから!」

「うん、そっか。⋯⋯ありがとう」

 

 嬉しい言葉。私もずっと一緒に居たいと思うけど、そんなの叶うわけがない。人の心は移ろいやすく、それは吸血鬼も同じ。この世界に永遠なんて言葉は存在しないから、ティアがずっと私やお姉様だけと一緒に居たいと思うのは、新しい好きな人ができるまでだ。

 

 なんて、夢のない事は妹の前で思わないようにしなくちゃ。暗い気持ちが伝わっちゃうし、何よりもずっと一緒に居たいという気持ちが今あるだけで充分だから。

 

「さ、行こっか。夜の街にね。朝よりは娯楽が多いから、ゆっくり見て回ろうね。お姉様からの許可も貰ってるし、朝までなら自由に行きたい場所に行っていいから」

「うん! じゃぁ、私の『初めて』をよろしくね、お姉ちゃん!」

「言い方。⋯⋯ま、ちゃんとエスコートしてあげる。姉として、好きな人としてね」

 

 ティアの手を掴み、星が輝く夜空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティアの置換魔法とかいうので姿を変え、私達は夜の人間の街へやって来た。大通りは露店で賑わいを見せ、裏路地は人気がなく閑散としている。いつもは気にしないが、今日は魅力的なティアと一緒。それ故に、着いてすぐに周りを気にする。どこに危険があり、危険がないか気になってしまう。

 

 どうやら危険な感じはどこからもしないけど、それよりも気になる事が1つ。

 

「⋯⋯ティア、みんな見てるから。もう少し離れよ?」

「えぇ! やだぁ!」

 

 分かっていた事とはいえ、ティアが近過ぎる。腕に抱き着いてるから歩くのにも邪魔だ。それに、周りの視線が痛い。離してくれる気配はないから、当分はこのままだろう。それでも、大好きで可愛い妹だから悪い気はしないけど。

 

「あらティアちゃんじゃな〜い。今日はお姉ちゃんと一緒なのぉ?」

「んー? あっ!」

 

 声をかけられ、ティアは何かに気付いて私から離れ、声の方へと向かっていった。

 

「本屋のお姉さん! うん、お姉ちゃんだよー!」

「⋯⋯まーた知らない人と友達になってる⋯⋯」

「知ってる人だよ! いつも行ってる本屋さんのお姉さんだから!」

 

 それを言われても正直誰か分からない。そもそも人間の街へ本を買いに行った事もないから、知ってるわけがない。⋯⋯ティアが人間と仲良いのは知ってたけど、どうしてここまで仲が良いんだろう。いつもウロの家に行ってるとばかり思ってたけど、人間の街にも行ってるのかな。

 

 考えれば考えるほど、ますます分からない。人間の街に行く理由も、仲良くなる理由もだ。

 

「今日はどうしたのぉ?」

「お姉さん、デートに丁度いい場所知らない? 今お姉ちゃんとデートしてるの!」

「いや、ちょっ!」

 

 ティアは悪びれも、恥ずかしがりもせずに、笑顔でそう話す。普通に考えて姉と一緒にデートなんて普通じゃないし、絶対に引かれる⋯⋯とか思ったけど、どうやら冗談として受け取ってるのか、相手の女性も笑顔で返していた。

 

「あらあら。それは楽しそうねぇ。それなら丁度いい場所があるわよぉ」

 

 それどころか、場所まで教えてくれる丁寧ぶり。人間には珍しくいい人そうだ。ティアの人付き合いもなかなか上手らしい。この様子なら、どこに出しても大丈夫そうで一安心だ。

 

「え? 本当に? どこー?」

「最近私の本屋の前にオシャレなカフェができたんですよぉ。そのお店、かなり評判なのでオススメですよぉ」

「ふーん⋯⋯そっか。ありがとうね、お姉さん!」

「いつもお世話になってるからお互い様よぉ。それじゃぁ、またねぇ。楽しんできてねぇ」

「はーい! お姉さんもまた会おうねー!」

 

 別れを告げ、手を振って来た方向とは逆の方向へと歩いていく。全く不思議な関係だけど、ま、気にしなくてもいっか。今日はデートと言っても、半分は遊び。ただ楽しめればそれでいいから。

 

「⋯⋯あれ? 妬ましいとか、そんなの思わない感じ?」

「へ? どゆこと?」

「いやいや。私が他の人と話してて、妬ましいとか羨ましいとか思わないのかな、って」

 

 妙な事を気にする妹だ。ただ会話しただけで妬ましいなんて思うわけないのに。私がそれほど嫉妬深い人と思ってるのかな。嫉妬深いところなんて、一度も見せた覚えがないのに。

 

「するわけないじゃん。貴女は私の妹だよ。他の誰よりもずっと一緒に居る自信あるし⋯⋯その気になれば、気が済むまで独占できるよ?」

「⋯⋯ふふっ。お姉ちゃんとずっと一緒に居れるなら、それもいいかな。落ち着いたら、そうしてもらうね!」

「うん、落ち着いたら、ね⋯⋯」

 

 今でも充分なのに、これ以上の平穏をどうして求めるのか。どうせ一時の気の迷いだろうから、ティアの気の済むまでしてくれていいんだけど。

 

「おっ、可愛い子はっけーん! キミ可愛いねぇ!」

「ちっ、次から次へと⋯⋯」

 

 唐突に黒い髪の男に声をかけられた。と同時に、嫌悪感が芽生えた。

 

 思わず口に出ちゃったけど、どうしてデートしてるだけで、歩いてるだけで変な輩に絡まれるのか。いやま、ティアも私も可愛いし、声をかけられるのも分からなくないけど。それでも、こうして引っ付きあってるのに、話しかける勇気があるとは。そこだけは尊敬できるかな。

 

「んー、それ、私に言ってるー? 見ての通りまだ子供だよ?」

「もちろんさぁ! 妹さんと一緒に居て恥ずかしいのは分かるけど──」

「ううん! 妹じゃないよ、私のお姉ちゃん!」

「⋯⋯は、ははっ、そんな小さ──」

 

 考えるよりも先に身体が反射的に動いていた。人間の姿でも構わず、男の首筋に爪を当てていた。男は一瞬の事で動く事もできずに、ただただ呆然としていた。

 

「あ? 次もその言葉を言ってみろ。──殺すぞ」

「ひ、ひぇぇ⋯⋯な、なんだお前は⋯⋯!」

「お、お姉ちゃん! ステイ! こ、こっち⋯⋯!」

 

 が、それ以上何かする前にティアに引っ張られ、路地裏へと連れて行かれた。そうしてしばらく走った後、急に両肩を掴まれ、壁へと押し付けられる。

 

「お姉ちゃん! ⋯⋯気持ちは分かるけど、落ち着いた?」

「⋯⋯うん。ごめん。せっかくのデートなのにね。マジでイラついちゃった。ってか、貧乳はステータスだし? 本当は別に何も思ってなかったけど?」

「う、うん⋯⋯。落ち着いたならいいけど⋯⋯。今度あんな事があっても、怒っちゃダメだよ? せっかくのデートだもん。無駄にしたくないよ⋯⋯」

 

 泣きそうな声。そこで初めて、ティアの気持ちに気付く事ができた。ティアにとって、これは遊びでも、冗談でもなかった。何もかも本気だったんだ。それを思うと、さっきまでの自分がバカバカしく思えてくる。

 

「そっか。そうだよね。ごめんね、ティア。次からはもっと考えて行動するよ。⋯⋯カフェ、行こっか。全部私が奢ってあげるから」

「うん、ありがと⋯⋯。でも、私お金持ってきてないし、奢るのは最初からお姉ちゃんって決まってたよ?」

「⋯⋯ほーん。やっぱ帰ったら、ちょっと話し合おっか。今はデートだから、悪い事は何も言わないけど。さて、ティア。行こっか」

 

 ついさっきの気持ちを返せ。その言葉を飲み込んで、ティアの手を掴んで引っ張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんはさ、私の事、本当はどう思ってるの?」

 

 注文を終え、落ち着いた雰囲気でコーヒーを飲む最中。ふとティアがそんな事を聞いてきた。

 

「どうって、どゆこと?」

 

 突然だったというのもあって、私は意味が分からずに聞き返す。すると、ティアは頬を赤らめて、表情を悟られないようにするためか、その場で顔を伏せた。

 

「んー? どうしたの?」

「⋯⋯バカ。どうして聞くのぉ⋯⋯」

 

 え、なんでこんな初々しい反応してるの。確信犯だろうけど、そんな反応されるとめちゃくちゃ困るんだけど。やっぱり、帰ったら話し合うよりも⋯⋯。いやいや。妹だし、そんな事⋯⋯ってのは今更か。

 

「お、お姉ちゃん! 恋愛対象として、私の事⋯⋯どう思う?」

「へ? えぇ!? こ、こんな場所で聞っ⋯⋯!」

「こんな場所だから、お姉様にもスクリタにも聞かれないんだよ? もう200も超えて、考えてもいい時期だと思うんだよねぇ」

「ま、まだ早いと思うけどなー。⋯⋯一応、改めて聞くけど、本気で聞きたい? 意味深にとか、何か隠してとか、そんなんじゃなしに?」

 

 そう確認すると、ティアは力強く頷いて肯定の反応を示す。ティアがこんな時に冗談や嘘をつかない娘なのは知ってる。だから、ここまで本気なら私も⋯⋯本音の1つや2つ、話した方がいっか。私も、ずっと隠したままにするのは得意でも好きでもないし。

 

「⋯⋯ま、それなら。まず本音から。誰よりもずっと一緒に居る妹だから、最後までずっと一緒に居たい、かな。⋯⋯その意味では恋愛対象になるか分からないけど、前話してた結婚⋯⋯なんてのもいいかな、とは思ってるよ。ティアが好きだから。一線を超えても構わない。そう思ってる」

 

 お姉様にも、スクリタにも話した事ない話。ティアは真剣に、そして何よりも嬉しそうに聞いてくれた。話して変な姉と思われて嫌われる、なんて事も考えたけど、この様子なら大丈夫そうだ。⋯⋯内心、とてもホッとしてる。

 

「でも、今はまだダメだよ? まだまだ、もっとお互いの事知ってからじゃないと⋯⋯ね?」

「⋯⋯うん、そうだね。話してくれてありがとう。私も、お姉ちゃんが大好きだよ!」

 

 話してくれない、か。ま、それも想定内。私が恥ずかしい思いをしただけでこのデートは終わりそうだ。だけど、それでも距離は少し縮まったから良いと考えるか。

 

「⋯⋯いつか、話してよ。洗いざらい全部」

「⋯⋯うん。その時が来たら、教えてあげる。お姉ちゃんと結婚したいから」

「ふふっ。可愛い妹ね?」

「ふふん、お姉ちゃんもね」

 

 今度は顔も赤らめず、珍しく真剣そのものといった表情で答えてくれた。恐らくは、いや確実に本心からかな。

 

 なら、私もそれに応える事ができるくらい、ちゃんとした姉として生きよう。そんな事を考えながら、残ったコーヒーを飲み干した────




デートからの告白。
でも、まだ⋯⋯。

ふと思ったけど、もしティアフラに子供⋯⋯あいや。やっぱりなんでもないです(


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46話「残酷な悪魔の──」

今回は軽度の残酷な描写にご注意を。
それと、久しぶりの三人称視点となります。
久しぶり過ぎて若干下手になってるかもしれません⋯⋯(


 ──???──

 

 悪魔の住む紅の館。そこから随分と離れた、とある人間の街。表通りは露店で賑わうも、その通りから少し外れただけで、別世界のように静寂とした裏路地。その2つの差は貧富や地位などによって分けられる。

 

 しかし、最近その2つに分け隔てなく伝わる噂がある。

 

 夜中。表も裏も関係なく、1人で出歩く者は生きて帰れない。もし出歩けば、強欲な悪魔に骨まで吸い尽くされる。悪魔に遭遇すれば生還はできない。もし夜中、1人になったら⋯⋯神に祈れ──と。

 

 もちろん、噂は噂。誰もが信じたわけでもなく、人によってはただ刺激的で面白そうだから広まった、と考える者もいた。

 

「はぁー⋯⋯。今日も遅くなっちまったなァ⋯⋯」

 

 この黒髪の男もそうだった。噂をただの噂と思い込むどころか、意に介さずこの街を暮らしていた。普通はそれが正しい。正常で、普遍的な価値観による判断。しかし、この世界ではそれが異常だった。

 

 普通とは、大多数による価値観の押し付け。少数に回った時、それは異常となる。

 

「⋯⋯お兄さん、おかしい人だね。こんな夜中に1人だなんて」

 

 黒髪の男性の前に現れたのは、金色の長髪と赤く輝く瞳を持つ小さな少女。高貴なドレスを身に纏い着こなすその姿は、まるで貴族のようだった。否、綺麗で整った容姿故、もしかしたら本当に貴族なのかもしれない。

 

「あァー? なんだお前ェ? 貴族様が貧民街に何のようだァ?」

 

 黒髪の男もそう思ってたようで、嫉妬からか敵対心を滾らせていた。貧富の差が激しい社会、貴族が妬みや恨みを買われるのも無理はない。

 

「へへっ、従者も付けずに1人でいるんだ。何されても文句はないよなァ?」

 

 だから、貴族が1人で、それも夜の貧民街を歩けば襲われるのも周知の事実。幼い子供でもそれは分かってるはずなのに、この少女は何故か1人でいた。月明かりだけが頼りな闇の中、その輝く瞳は真っ直ぐと男を捉えながら。

 

「⋯⋯覚えてるわけないか。違うもんね。まぁ、覚えてても関係ないけど」

「あァ? 何言ってんだお前ェ?」

 

 少女は1歩ずつ、着実に男との距離を詰めていく。男はそれを誘いの肯定と受け取ったのか、自らその少女へと近付いていく。

 

「おぉ、そうだそうだ。早くこっちへ──」

「戦争のせいで、無差別に人を殺すのにも抵抗を覚えてるみたいなの。だからね、今日だけはその代わり。いつもは糧だけど」

「何を訳の分からない事を言ってんだァ? 早く俺と──あェ?」

 

 手が触れ合うほど近付いたその刹那、男の右腕がその場で()()()。男は肘から先が無くなった自分の右腕を見ながら、狼狽え、恐怖し、驚きのあまりその場で尻もちつく。

 

「ひ、ひぇぇぇ!! な、何をするだァーッ!」

「え? 手始めに右腕を破壊しただけだよ。『目』が見えなくても、権能による破壊と再生は慣れてきたからね。触れれば飛ばせるようになったの」

「ま、まさか、悪魔⋯⋯?」

「⋯⋯ふふっ。ふふふふふ!」

 

 その呼び名に、少女はクスクスと笑い始めた。必死に堪えようとするも、その笑い声は漏れ出し、静かな街に響き渡る。

 

「恐怖に引き攣った素敵な笑顔! そうだよ、私は悪魔だよ! で、どうする? 神頼みでもする? ふふっ。でも、残念。神様なんて居ないよ? 貴方は惨めに、ここで虚しく死んじゃうの!」

「や、やめっ⋯⋯! 助け──」

 

 男は腰が抜けたのか、その場で這い蹲って助けを求めた。無様な姿を晒してでも、助かりたいという

 

 

「な、何でもする! だ、だから、命だけは⋯⋯!」

「ふはははっ⋯⋯! 信念も信条も、理念も何もかも! 貴方は自分が無いんだね。ほらほら、最後まで必死に祈れば? 人間だもの。祈るのが好きなんでしょ? だからさ、祈ろっ? 助かりますように、逃げれますように、ってさぁ!」

 

 少女の嬉々とした笑い声が静かな街中に響き渡った。しかし、周りからの反応は一切ない。叫び声と笑い声が上がる奇妙な空間が広がってるというのに、不思議な事にそれに対する干渉が全くなかった。

 

「くっ⋯⋯だ、誰かァ! 助けてくれェ!」

「無駄無駄。意味無いよ? それにさ、どうせあの時私に誘惑されたって事は、いずれお姉ちゃん達にも手を出す可能性あるよね? だから、絶対に助けないよ。本当は眷属という手もあるけど、貴方に選択肢はない」

 

 先ほどまでの嬉々とした表情は消え、少女は一転して冷たく蔑むような顔を男に向けた。その顔は正しく悪魔という言葉が相応しい。

 

「お、お願いだ⋯⋯! お願いだから、命だけは⋯⋯!」

「だからさ、無理だって。⋯⋯ごめんね。恨むなら、お姉ちゃんを馬鹿にして、私のデートの邪魔をした自分を恨んで」

 

 少女はふわりとその場で宙に浮く。右手を上げ、何処からともなく槍を出現させる。

 

「冥土の土産に教えてあげる。私は大罪の1つ、傲慢な吸血鬼。私は吸血鬼だから、人間である貴方の命も自由自在。じゃぁね、バイバイ。──地獄で会おうね」

「やめっ⋯⋯やめてくれ⋯⋯やめろぉぉぉぉ!」

 

 槍は男の上半身を吹き飛ばしたかと思えば、その場で眩い光と大きな音を出して破裂する。男の四肢は跡形もなく消え去り、その場には灰だけが残っていた。

 

「⋯⋯お姉ちゃんを馬鹿にするからだよ。糧にも眷属にもなれない愚かな人間め。⋯⋯これで次は邪魔されないね、お姉ちゃん⋯⋯。あぁ、次が楽しみだなァ」

 

 少女は妄想に耽りながら、1人、夜の街を進む。ついさっき人を殺したとは思えないほど、嬉しそうにスキップしながら。

 

 

 

 

 

 金髪少女の帰り道。彼女は月明かりだけが頼りの夜道で、自分よりも若く、小さな女の子を見つけた。自分と同じ髪色で、手には大事そうに小さな袋を抱えていた。

 

「あれ、お嬢ちゃん、1人でどうしたの?」

「へ? だ、誰ですか⋯⋯?」

「えっ、あー⋯⋯ふ、フランティカリー。ティカとでも呼んでちょうだい」

 

 男に見せた冷たい笑みとは真逆に、少女は幼女に優しく微笑みかける。まるで天使のように。

 

「で、どうしたの? 私で良ければ相談に乗るよ? 女の子が、それもこんな夜中に1人だなんて普通じゃないからね」

「⋯⋯お、お姉ちゃんが、病気なの⋯⋯。だから、薬を買いに⋯⋯!」

「こんな深夜に? ⋯⋯ふふっ、偉いね。でも、今空いてる薬屋さんなんて、貴族御用達の高い場所ばかりだよ? ⋯⋯そうだ。今ちょうどね、人間によく効く薬を持ってるの。お金は要らないから、そのお姉ちゃんのところに案内してくれない? あ、えーっと、名前は?」

「て、ティア⋯⋯てぃーあいえーで、ティア」

 

 その名前を聞いたティカと名乗る金髪の少女は、何を驚いたのか黙り込んだ。が、それは1秒にも満たない短い時間で、幼女が気付いた様子は一切ない。

 

「なるほど、tia(ティア)ちゃんね。素敵な名前。⋯⋯それじゃぁ、案内してくれる? 多分、どんな病であっても治せると思うから」

「ほ、本当に⋯⋯?」

「うん、本当だよ。神に誓ってあげる」

「⋯⋯つ、付いてきて」

 

 幼女は少女の手を掴み、夜の街を駆ける。何も見えない闇の中で仄かな光を見つけたかのように、幼女は必死に、希望を胸に、夜の街を走っていく。

 

 

 

 

 

「ど、どう? 大丈夫そう⋯⋯?」

 

 今、彼女達の目の前にはティアという幼女に似た女の子がベッドに横たわってる。それを心配そうに幼女は見守り、少女は額に手を当てたりと、その娘の容態を見ていた。

 

「⋯⋯うん、これなら安心していいよ。これさえ飲めば、すぐに治ると思う」

「あ、ありがとうございます。⋯⋯ティカさん、これは何?」

 

 手渡された小瓶に入った赤い液体を見ながら、幼女は不思議そうに頭を傾げる。生きてる年代がまだまだ短いとはいえ、幼女の記憶と知識に、赤い液体の薬など全く無かった。そして何より、姉に見ず知らずの物を飲ませるわけにはいかなかった。

 

「どんな病気にも効く万能の薬。名前は⋯⋯シナバル」

「しなばる⋯⋯? 聞いた事ない⋯⋯」

「ん。まぁ、東洋の薬だからね。⋯⋯毒とかじゃないよ? その証拠に⋯⋯」

 

 少女は先ほど渡したばかりの赤い液体を取り上げると、それを開き、少しだけ手のひらに流す。それを幼女に見えるようにして飲み干すと「ね、平気でしょ」と言わんばかりの笑みを浮かべた。

 

「⋯⋯うん、分かった。ティカさんの事信じてみる」

 

 幼女は意を決し、渡された赤い液体を姉の口に流し込んだ。次の瞬間、僅かに幼女の姉の身体が発光する。幼女は有り得ない光景に一瞬目を疑ったが、ものの数秒程度でそれ以上の驚きによって支配される。

 

「あ、れ⋯⋯あたし⋯⋯ティア⋯⋯?」

「お姉ちゃんっ!」

 

 幼女の姉は何事も無かったかのように起き上がる。幼女は嬉しさのあまり、人の目も気にしないで姉に抱き着いた。

 

「良かった⋯⋯良かった⋯⋯っ!」

「ふふっ、いい光景だね。やっぱり、こういうのも好きだなぁ」

「あ、ティカさん、本当に、本当にありがとう! 1人じゃどうしたらいいか分からなかったから⋯⋯本当にありがとう!」

「単調ねぇ。まぁ、それくらい嬉しいって事か。じゃぁ、もう行くね。私も家族を待たせる事になりそうだし。バイバイ、ティアちゃん」

「う、うん! ありがとうございますっ!」

 

 そう言って、少女は笑顔で立ち去る。それを幼女は手を振って見送った。とても嬉しそうな笑みを浮かべながら。

 

「え、ティア、あの人誰?」

「ティカさんっていう⋯⋯あれ、何の人なんだろう? でも、お姉ちゃんに薬をくれた優しい人だよ!」

「⋯⋯なんだろう。あの人見た事ある気がする。その時は金髪じゃなくて緑だった気もするけど⋯⋯。まぁ、いっか。それよりティア、今日も1人で外に出たでしょ? 危険だから次からは私に言ってよ? 病気でも何でも、絶対に付いていくから」

 

 幼女の姉は夜中に悪魔が出るという噂を信じて妹を心配する。だが、当の本人は幸福の余韻からか、あまり話を聞いてる様子はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「ここあなたの家違うからね。わたしの家だから」

 

 金髪の少女が帰った先に居たのは、紅の髪を持つ2人の少女の家。片方は虚ろな目を持つ地味な服装の少女。もう片方は鋭い目を持つメイドという、対照的な2人だった。

 

「なんだ、お前か。⋯⋯髪色が違うな。例の置き換え魔法か?」

「ん、あぁ、戻してなかったね」

 

 そう言う少女の髪色がどんどん変化していく。金色だったその髪は、いつしか鮮やかな緑色へと変わっていた。誰もそれを見て不思議には思わず、普通の事として認識していた。

 

「⋯⋯不変の権能を渡されたくせに、変化を望むか。見事に矛盾した、正しく歪な生き物だ」

「まーたちょっかい出して、弄ってほしいの? いいよ。楽しい事する?」

「誰がするか! こういう時にしかできないからやってるんだ!」

 

 虚しい言葉に、緑髪の少女は堪えきれずに笑い出す。そして、満面の笑みで鋭い目付きの少女へと近付いていく。

 

「ふふっ、なんだか最近、可愛く見えてきたなぁ、イラの事。もう数百年経つし、そろそろ食べ合いたいし、契約破棄してもいいんだけどなぁ」

「なら遠慮なく破棄していいぞ。我も遠慮なく喰ってやるからな」

「お姉ちゃん達の事もあるし、まだダメだよ? ちゃんと行けたら、その時に破棄してあげる」

 

 悪魔らしい笑みを浮かべる少女に対して、鋭い目付きのメイドは舌打ちしながらも、若干後退る。どうやら、口では対抗しながらも、本能的に恐怖を感じてるらしい。

 

「ところで、()()やってたの? あなた目線の良い事や悪い事、人間からすればかなり偏りがあるよ。それでも、まだ続けるつもり?」

「⋯⋯うん。()()()()()だから。力は永遠に私の中で回り続ける。⋯⋯まぁ、だからこそ、選ぶわけなんだけどね」

「おぉ、こわいこわい。作戦に支障が出ないようにバレなきゃいいんだけどさぁ」

 

 虚ろな目の少女は、呆れはしても咎めはしない。まるで興味無さそうに、目的さえ達成すれば後はどうでもいいという考えらしい。

 

「あ、そうだ。病気の娘にシナバル飲ませたんだけど、別にいいよね? また採れるし」

「うん、いいよ。イラのだしね」

「我、それ良くないと思うぞ」

「でも、強いて言えば、可哀想になるって事かな」

「ウロ、聞いてくれ⋯⋯。我の思いを伝わってくれ⋯⋯」

 

 虚ろな目の少女は、不思議と虚ろな目が鋭くなり、表情が悲しそうに強ばる。これからの少女の運命を知ってるかのように。

 

「⋯⋯へ? な、なんで?」

「シナバル⋯⋯まぁ、要は竜の血だね。人間が浴びたり飲めば不老不死になる。病気もかからず、年も取らずに、人間よりも遥かに長生きする。⋯⋯分かってる? 普通じゃなくなるの。周りと違う存在になる。多分、辛い思いするだろうね」

「⋯⋯その娘、妹さんがいるんだよね。うん、それは確かに可哀想。何とかしてあげないとね」

 

 本当にそう思ってるのかと思うほど明るい顔。何も悪く思ってないのか、かなり清々しい笑顔だ。

 

「本当に思ってるのか? 関係無いからと、何も思ってないのではないか?」

 

 メイドもその気持ちを感じ取ったのか、思った事を嫌味を込めて言い放った。

 

「ううん、違うよ。いい事思い付いたんだ。干渉はしないけど、案内はしてあげようと思ってね! 喜ぶだろうなぁ。仲良く2人でずーっと⋯⋯ふふふ」

「⋯⋯はぁ。嫌な予感しかしない。あぁ、そうだ。()()()。追加の血を渡しとくよ。それと、あまり他人の運命を面白半分で変えないでよ。後始末、どうせわたしなんだから」

「はーい。じゃぁ、早速忘れないうちに行ってくるね!」

 

 少女は新たな血の入った小瓶を受け取ると、嬉々とした表情で立ち去った。そして、再び先ほどまで居た街へと飛んでいく。新たな考えを、実行するために────




これから先、直接関わる事がなくとも⋯⋯変わってしまった運命はいずれ⋯⋯。


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47話「曖昧な夢現」

少し前にティアフラの話をしましたので、今回はレミティア回。

曖昧であっても、確実な感覚。
故に、ちょっとR15(


 ──Remilia Scarlet──

 

「ふぁぁぁぁ⋯⋯疲れた⋯⋯」

 

 事務作業も終わり、日が昇り始めた頃。お風呂で疲れを癒した私は、部屋に戻ってきていた。

 

「はぁ⋯⋯今日もたくさん働いたわねえ⋯⋯」

 

 今日は朝遅くまで仕事をしていたせいか、三度目の食事以降、メイド以外の家族の誰とも出会う事なく1日が終わってしまった。もう200年以上も生きてるから、稀にこういう日がある。食事以外誰にも会わず、1日を終えてしまう。そんな悲しい日が。

 

 そんな時は次の日に一緒にお風呂に入ったり、寝たりして癒してもらう。フランや美鈴にも頼むのは恥ずかしいから、そんな事を一切気にしないティアに頼んで。とは言っても、それは明日の話。今日は何もできないから寝るしかない。

 

 そう思って、ベッドに倒れ込む。すると──

 

「あんっ⋯⋯!」

 

 ──ベッドから色っぽい声が聞こえた。

 

「ふぁっ!? な、何今の声⋯⋯って、ティア!?」

 

 毛布をめくると、そこに居たのは愛しくも可愛い私の(ティア)だった。さっきまで寝てたのか目を擦り、着ているネグリジェははだけ──ブラを付けてないせいで──そこから胸が若干見えている。当の本人はそんな事を気にする様子は見せず、呑気に欠伸をしてる。

 

「あ、お姉様⋯⋯。はろー⋯⋯」

「へ、変な声出さないでよ! ビックリしたじゃない! ⋯⋯いや、そもそもなんでここに居るの? ここ私の部屋よ?」

「え⋯⋯? あ、そうだ。お姉様に会いたくて、来たけど誰も居なくて⋯⋯。お姉様のベッド、いい香りがするから枕に顔を埋めてたら、眠たくなって⋯⋯」

 

 それでそのまま寝てしまった、と。なんとも天然な妹だ。そこがフランにない可愛い部分なのだが。

 

「あら、そう言えば、スクリタはどうしたの?」

「スクリタはお姉ちゃんと一緒だよ⋯⋯。今日は、別々で寝てみるんだって。何かあったら、お姉ちゃんがすぐに来てくれるから大丈夫⋯⋯」

「あらそう。⋯⋯眠い? もう部屋に戻れそうにない?」

「うん⋯⋯。眠いし、もう戻りたくない⋯⋯。お姉様と一緒に⋯⋯」

 

 今すぐにでも寝てしまいたい、という事かしら。まさに棚からぼたもち、ベッドからティアだ。思わぬところでティアが出てきてくれたから、内心とても嬉しい。今すぐにでも飛び込んで抱き締めたいけど、姉としての威厳があるからそんな事はできない。もしも私がティアの妹なら、気にせずに飛び込んでいたかもしれないが。

 

「そっか⋯⋯。なら、一緒に寝ましょうか。⋯⋯それとティア。胸見えてるからちゃんと着なさい。だらしないわよ?」

「ふぁーい⋯⋯。お姉様、着せてー⋯⋯」

「本当に夢現ねえ。仕方ないから着させてあげるけど」

 

 ベッドの上に座り込み、寝惚けてるティアの服を整える。

 

「はい、終わったわよ」

「ありがとう⋯⋯。ご褒美あげる⋯⋯」

「え? あ、何しっ⋯⋯もうっ⋯⋯」

 

 そう言って、ティアが前に倒れ込んできた。急な事に何もできず、そのまま受け入れるようにしてティアを抱き締める。自分から倒れてきたから、もちろんティアが私を拒絶するような事はしない。今日は会えないとばかり思ってたが、むしろ幸運な日だったらしい。

 

「お姉様、どう? あったかいでしょ⋯⋯」

「⋯⋯寝惚け過ぎよ。でも、そうね。温かいわ。ティア、このまま寝ましょうか」

「うん⋯⋯っ」

 

 足を使って器用に毛布を掴み取り、私とティアの上に覆い被せる。能天気な妹は気にする素振りも邪魔に思うような素振りも見せず、ただただ私を抱き締めてくれた。

 

「お姉様、大好き⋯⋯。ずーっとこのまま抱き締めてたい⋯⋯。永遠に、お姉様だけを⋯⋯」

「それじゃあご飯も食べれないし、私以外に会えないわよ? 本当にそれでいいの?」

「⋯⋯やっぱり、お姉ちゃんやスクリタも、美鈴も入れて、みんなで⋯⋯。でも、今はお姉様とだけ一緒に寝たい。誰にも邪魔されずに、お姉様とだけ⋯⋯」

 

 昔から独占欲が強い娘だとは思ってたが、ここまでとは。だが、私も同じ気持ちだ。誰にも邪魔されず、この時間を過ごしたい。ティアと2人っきり。今なら例の如くフランに邪魔される事もないだろうし、本当に2人だけの時間。この時間をもっと噛み締めたい。でも、今日は働き過ぎたせいでかなり眠い。

 

「⋯⋯ティア、私もう眠たいの。このままずっと過ごしたいという気持ちもあるけど、寝るのを許してくれるかしら? それとも、私の目が覚めるような事をしてくれる? 私はどちらでもいいわよ。今は私と貴女、2人だけの時間だから」

「んー⋯⋯なら、一緒に寝よっ⋯⋯?」

「あ、あら、そうするの?」

 

 わざわざ誘ったのに、まさか寝る方を選ぶとは。いつものティアならキスとか⋯⋯それ以上の事を要求するはずなのに。わざわざ決意して誘った私が馬鹿みたいだ。この際、私の方から誘って戯れるのも⋯⋯。

 

「うん⋯⋯。お姉様となら、危ない事もしていいけど、眠いなら眠れなくなるような激しい事はできないし⋯⋯」

「ま、待って。⋯⋯私より色々知ってそうで怖いんだけど、誰に教えてもらったのかしら?」

「え? お姉ちゃんだけど⋯⋯」

 

 何故妹に、人間だと成人してるとはいえ、危ない知識を教えたのか。確かに昔、軽いのは教えてもいいと言ったような気もするけど。それでも、妹に性知識を教えるのは良いものか。いや、ほぼ確実に悪い気しかしない。やろうとした私も私だけど。

 

 というか、最早しなくても目が覚めてしまった。先ほどまでは眠かったのに今では目が冴えてる。

 

「あ。もしかしてだけど、既にフランと何か、人に言えない事をしたとかは⋯⋯?」

「ううん⋯⋯人に言えない事はしてないよ⋯⋯」

「そ、そっか⋯⋯」

 

 一先ずは安心だ。妹に、それもフランとティアに先を越されたとなれば、姉としての威厳が全く無い。それどころか、1人だけ疎外感を味わう事になる。長女なのに。妹よりも強くて、頼られる存在でありたいのに。そっち方面で負けているとなれば、その時が来れば妹に頼る事になってしまう。

 

「でも、深いキスとか、触り合ったりとか、あとは⋯⋯」

「ストップ。それ以上は言わないで。本当に虚しくなるから⋯⋯」

 

 ティアが人前で言えるというだけで、全然言えない事をしてたみたいだ。いや、まだ決まったわけじゃないが、これ以上は聞きたくない。妹だけには絶対に負けたくないし、負けたと知りたくもない。

 

「うん、分かった⋯⋯。それはそうとお姉様」

「どうしたの?」

「結婚ってどう思う? 私としたいと、思う⋯⋯? それと、赤ちゃんも。お姉様と私の子なら、絶対に可愛いと思うんだ⋯⋯」

 

 寝惚けてるとはいえ、何を言ってるんだこの娘は。赤ちゃん⋯⋯という事は、私とし、したいと言ってるのだろうか。⋯⋯女同士だという事は置いといて、もしも本気なら、私は全力で受け止めてもいいと思ってる。ティアは父親が死んでからずっと一緒に居る存在。それに、妹として以上に、1人の女性として好きだから。

 

 だが、少しでも冗談が混ざってるなら、将来のためにも断った方がいい。以前出会ったヴラド公の息子ミフネアの事もある。彼はティアに好意を抱いてたわけだし、吸血鬼の繁栄のために私と結婚するより、彼と結婚した方が良いだろう。もちろん、彼と結婚したいかどうかはティア次第だが。

 

「⋯⋯それ、本気で言ってる? 私の目を見て答えて。⋯⋯本気で、私と結婚したい?」

「ん? もちろん本気だよ⋯⋯? 証拠、見せた方がいい⋯⋯?」

 

 朧気な目をして、色っぽい笑みを浮かべる。悪魔らしいと言えばらしいが、いつも見るティアとは少し違う。いつも以上に魅力的で、色っぽくて⋯⋯今ここで間違いを犯しても、仕方が無いと思ってしまう程だ。

 

「⋯⋯証拠とは何かしら? それ次第によるわね」

「ディープなキス⋯⋯。お姉様となら、何分でも、何十分でもできるよ⋯⋯。望むなら、それから先の事も⋯⋯。お姉様、どうする? 私の全て、受け止めてくれる⋯⋯?」

 

 ティアは私に胸を押し付け、誘惑してくる。毛布の中だから逃げ場なんて無い。それに今私はティアと抱き締め合ってる。だから、ティアのするがまま、私はされるがままになるしかない。

 

「⋯⋯はあ。分かったわよ。本気なのは分かったわ。私の負けね。⋯⋯キスはしたいのなら、していいわよ。私からはしないから。まあ、もちろん。されたらやり返すわよ? この際どうせなら、落ちるまでやってもいいわねえ」

「そっか。なら、遠慮なく⋯⋯しよっか⋯⋯?」

 

 突如、ティアの肩を掴む力が増し、力づくで引き寄せられる。私が抵抗せずに受け入れた次の瞬間、舌をねじ込まれた。朧気な目をしてるくせに、本当に眠たいのか疑問を持つ行動だ。だが、このまま押し負けるわけにもいかないので、負けじと舌を入れ返す。

 

 互いの手に入る力も強まり、爪が食い込み傷付け合う。それでも気にせずに舐め合い、絡め合う。

 

「んぁ⋯⋯っ。お姉様ァ⋯⋯。もっとぉっ⋯⋯!」

「このっ⋯⋯。本当に、んっ⋯⋯悪い娘に育ったわねえ⋯⋯っ」

 

 ティアが私を深く侵してくる。ティアが私の中で、私がティアの中で溶け合うような感覚に陥る。そのせいか何も考えられずになり、ただただ本能に従って、ティアだけを求めていた。

 

「もっと、もっとぉ⋯⋯お姉様、好きぃ⋯⋯」

「んぁっ⋯⋯はっ⋯⋯あっ⋯⋯」

 

 声も出ないほど、必死になってティアを貪る。舌が私の上顎や歯茎を刺激したり、稀に私の舌を軽く噛んだりと、ティアも積極的に私を攻めてくる。負ける負けない以上に、ティアを飽きさせないように、ティアの真似をしようと舌を軽く──

 

「おねえ⋯⋯あっ⋯⋯さまぁ⋯⋯いっ!? あぁ⋯⋯」

「え? あっ!!」

 

 ──噛もうとしたが、知性が落ちていた私は、思わず強く噛んでしまった。慌ててティアを引き離して口元を見ると、口からは赤い液体が流れていた。

 

「ご、ごめんなさいっ! だ、大丈夫⋯⋯?」

「うん⋯⋯大丈夫。でも、それよりさ、お姉様、負けちゃったね。自分から引き剥がしたから、お姉様の負けだね?」

「え? そ、それは⋯⋯」

 

 言い訳ができない事は私が一番よく知ってる。ルールを明確に設定してたわけではないが、逃げたという事は、負けを認めたというのと同意。ティアを心配して負けたのは損した気分だが、心配せずに続けるというのは、私の信条に反する。

 

「⋯⋯はあ。分かったわ。私の負けね。でも、落とされたわけじゃないから。気にせずにしてたら、私が勝ってたから。で、どうしてほしいの? 勝った貴女の命令なら、何でも聞いてあげるわ」

「ん、なら⋯⋯この傷付いた舌を、血を舐めて」

 

 ティアはこれみよがしに舌を出して見せ、再び求めてきた。私は命令通りに優しく舌を舐め、口に付いたものも含め、全ての血を飲み干した。それを黙って見ていたティアは、とても嬉しそうな笑顔を見せる。

 

「あぁっ⋯⋯ふふっ。ありがと、お姉様。⋯⋯このまま続けるのもいいけど、明日も仕事あるよね? なら、今日は終わりにして、また今度続きしよっか。今度は、本当に落ちるまで⋯⋯とか面白そうだね」

「ふふふ。ええ、そうね。今度こそは本気で相手してあげるわ。⋯⋯さて、そろそろ寝ないと本当にヤバイわね。⋯⋯ティア、抱き締めてくれる? できれば、さっきよりも強く」

 

 私がそう言うと、ティアは頷き、私の背中に手を回して抱き締めてくれた。毛布の中で2人だから、というのもあるが、抱き締めてくれたお陰でより一層温かい。これでようやく熟睡できる。そう確信できるほどだった。

 

「ティア、おやすみ。良い夢を⋯⋯」

「うん⋯⋯おやすみ、お姉様。きっと、良い夢が見れるよ⋯⋯」

 

 その言葉を最後に、すぐ隣で静かな寝息が聞こえ始めた。ティアが眠ったと確信した私は、ティアを抱き締めながら目を瞑る。そして、幸せを感じながら、深い眠りについた────




なおレミリアのネーミングセンスは以下略

レミティアも徐々に距離が縮まりましたね。だからこそ、それ故に⋯⋯。


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48話「仲良しな吸血竜」

今回はフランを除いてオリキャラオンリーな回。
久しぶりの友人登場に、嬉しそうなティアちゃんです


 ──Hamartia Scarlet──

 

 辺りが闇に支配され、今この時間は私達吸血鬼の時間となった。だけど、今日は何処にも出かけない。人間の街にも、ウロの家にも。だって、今日は約束してるから。とても大切な約束を。とーっても大切な友達としてるから。

 

 約束の時間、私は地下でお姉ちゃんと一緒に待っていた。お姉様や美鈴はいつも通り仕事で忙しくしてて、スクリタはあまり仲良くないし、気まづいからと図書館に篭ってる。だから、今回は私とお姉ちゃんの2人だけで彼女達と会う事になる。

 

「遅いね。⋯⋯忘れちゃったのかな? お姉ちゃん、やっぱり私から会いに──」

「落ち着け落ち着け。心配しなくてもすぐ来てくれるよ。友達なんでしょ? なら、信用しよ? 絶対に来てくれる、ってね。貴女が信用しないと、彼女も信用してくれなくなるよ? それでもいいの?」

「うっ⋯⋯それは嫌。ずっと友達でいたいし⋯⋯うん、分かった。待ってる⋯⋯」

 

 本当は自分から迎えに行ってすぐにでも遊びたいけど、お姉ちゃんがそう言うなら待つしかない。お姉ちゃんの言う事はいつも正しいし、それで間違ったとしてもお姉ちゃんのせいにできるし。聞いておいて損は無いかな。

 

「不服そうな顔だね? お姉ちゃんの言う事、信用できないのかな? ⋯⋯いや、それよりもさ、なんか悪い事企んでない? そんな顔してるけど? 怒らないから言ってみて? 今ならお仕置き1回で許してあげる」

「それ許してない⋯⋯。そ、それにね、何も悪い事企んでないよ? お姉ちゃん相手に悪い事なんか企めないよ」

 

 毎度の事ながら、お姉ちゃんの勘が鋭過ぎて怖い。私自身、分かりやすいというのもあるだろうけど、それでも的確に当ててくるのが怖い。長年一緒に居るからこそできる芸当なのかな。⋯⋯それはそれで嬉しいかも。擬似的な感覚共有みたいなものだし。

 

「⋯⋯誰も私に対してとか言ってないんだけどなー。⋯⋯やっぱり、思ってたんだ。これは帰った後お仕置きだね。お触り禁止で一緒に寝るとか、ティアにとってはかなり苦しいんじゃないかなー」

「え!? い、一緒に寝るのに触れないとかやっ! せめてお姉ちゃんに自由にされるとか⋯⋯」

「ドMか、って。⋯⋯ま、冗談だよ。ゆっくり一緒に寝ようね」

 

 なんだかんだ言って、お姉ちゃんは私に優しくしてくれる。だから、私はお姉ちゃんが好きだ。何をしても許して、赦してくれる優しいお姉ちゃんが⋯⋯。

 

「てぃあ! アタシが来たよ!」

 

 突如扉が開かれ、その声が地下に響き渡る。その見覚えのある尻尾と翼を見た私は、思わずその人影に飛び込んだ。その人は私を優しく受け止めてくれて、その大きな翼で私を包み込んでくれる。

 

 その人とは、ヴラドの娘のスィスィア──私の可愛くて、美味しくて、大事な友達だ。

 

「もぅ、スィスィア! おっそい! ⋯⋯でも、嬉しい。こうしてくれるの。⋯⋯尻尾触らせて?」

「いいよ! どぞ!」

 

 スィスィアは翼を開き、尻尾を私の目の前に出してくれた。それを両手で撫でるように掴み、頬を当てて癒される。

 

「てぃあ、待たせたお詫び。⋯⋯ごめんね?」

「ううん、もういいよ。⋯⋯はぁ、やっぱり貴女の匂いも、感触も、全部好き⋯⋯。もうかなり会ってなかったから、この感覚も久しぶりだなぁ」

 

 スィスィアの尻尾の感触は偉大。竜の鱗なのにスベスベしてて、温もりがあって、弾力があって。良いところを言ったらキリがない。それくらい気持ちいい尻尾。私もこんな尻尾が良かったのに、私のは何故か無駄に硬くて、棘がある攻撃特化の尻尾。大体ウロとイラのせい。

 

「スィスィア、今日はいっぱい遊ぼうね。何して遊ぶ? 食べ合いとか?」

「てぃあ、待って。にぃいる」

「え? ⋯⋯あ、そう言えば、ミフネアは?」

 

 ミフネアとはスィスィアの兄の事。今日はスィスィアのお守りも兼ねて一緒に来るはずだったのに、まだ姿が見えない。と思ってると、地下に続く階段をかけ下りる誰かの音がした。そして、数秒待てばその人は姿を現した。

 

「スィスィア! もう少しペース落としてください! 僕が追い付けないです!」

 

 慌ただしく、赤っぽい黒髪の少年──ミフネアが入ってきた。急いでいたのか息を切らし、とても疲れてるように見える。

 

「ごめんね、にぃ。でも、てぃあのため。待たせるの悪い」

「⋯⋯一応言うけど、私も居るからね? あまりにも仲良くしてて輪に入れなかったけど」

「私は忘れてないよ! お姉ちゃん好きだから!」

 

 あまりにも蚊帳の外だったのを自覚してか、お姉ちゃんが横槍を入れてきた。そんな事しなくても忘れるわけないのに、心配性で可愛いお姉ちゃんだ。心配性なのはお姉様にも当てはまるから、似てる部分を見つけれてなんだか嬉しい。

 

「ミフネア、久しぶり。何年ぶり? もう結構経つよね。貴方も変わらないようで嬉しいっ」

「は、はい! お久しぶりです! ティアさんも変わらないようで⋯⋯その、嬉しいです!」

「素敵、とか言っちゃってもいいんだよ? 私はお姉様みたいに横から口出さないから」

「え!? あ、あの、それは⋯⋯」

「お姉ちゃん、ミフネアをイジめないでよ。一応、私のお客さんなんだから」

 

 流石のお姉ちゃんも私のお客さんだからか「はいはい」と食い下がるも、不服そうに頬を膨らませていた。これは後で構ってあげないと、絶対に機嫌が悪くなってお姉様と喧嘩しちゃうやつだ。お姉ちゃんったら、悪い事が起きれば、いつもお姉様に当たり散らすし。構ってほしいの裏返しなんだろうけど。

 

「じゃぁ、てぃあ、何して遊ぶ? 食べ合いも、いいけど、あれは2人だけ。みんなの遊び、何かある?」

「うーん、人生ゲームとか? あとは⋯⋯あ、思い出した。その前にね、スィスィアに見てほしいものがあるの! ⋯⋯お姉ちゃんとミフネアにはまだ内緒にしたいから、ちょっとだけ席外してもらってもいいかな? 無理強いはしないけど⋯⋯」

「あ、い、いえ! 僕は大丈夫ですよ! フランさんもそれでいいですよね?」

 

 ミフネアがお姉ちゃんに確認を取ると、私をちらりと見た後、これ見よがしにため息をついて見せた。明らかに不満しかない顔だけど、あの姿を見られると察しの良いお姉ちゃんには気付かれそうだから仕方ない。

 

「ミフネアってティア以外だと積極的だね? ⋯⋯ま、いいよ。何するか知らないけど、悪い事じゃなさそうだし。ミフネア、隣に私の部屋あるから、そっち行こっか。ティアは終わったら呼んでよ」

「うん、もちろんっ!」

 

 笑顔で2人を送り出し、聴覚で隣の部屋に行った事を確認すると、念には念を入れてスィスィアを私の翼で包み込み、その身体を抱き締め、口を耳元まで近付けた。

 

「⋯⋯はぁ。ようやく2人っきりになれたね。スィスィア、貴女の血のお陰で、ようやく形を維持できるようになったの」

「本当? じゃぁ、お揃い?」

「うん、お揃い。どこかの怒竜みたいに大きくならないし、転竜みたいに形もそこまで変わらない。今のまま⋯⋯スィスィアみたいな姿になれるの」

 

 スィスィアのお陰で、イラやウロでは足りなかった血を埋め合わせる事ができた。黒と白と赤。バラバラな色は個が強過ぎるせいか、1つになる事はなかった。だけど、バラバラに、同時に存在する事はできた。

 

「スィスィア、しっかり見てね。──私の竜の姿」

 

 そう言って、スィスィアから距離を置く。そして、下着を残して服を脱ぎ捨て、ウロから貰った血を飲んで自分の形を変えた。不変でありながら、変化を求める。矛盾した存在故に、私はその竜へと変わる事ができた。

 

「ふ、ふふっ⋯⋯。この姿になると、どうしてかな。叫びたくなっちゃう。でも、我慢しないとね。あ、服はそのままにしてて。この姿、権能を使って破壊と再生を繰り返してるせいか、服を着てるとボロボロになっちゃうの」

 

 私は吸血鬼の姿から、スィスィアのような竜人の姿へと変わった。全身は顔と髪だけ残して部位によって変わる3色の鱗に包まれた。尾骨付近からは私の身長よりも長く、鞭のように細くてしなやかな白い尻尾が生える。頭にはスィスィアとお揃いの黒い角。翼は黒く変色してるけど、先っぽになるにつれて白く染まってる。それ以外は頬から手足の先までほとんどが赤い鱗。

 

 赤い鱗が多いのは、多分イラの血を一番摂取してるせい。本当はイラは好きじゃないけど、イラの血をおやつのように飲んでたから、自業自得と言われれば言い返せない。

 

「おぉ⋯⋯! てぃあ、お揃い! でも、ちょっと違う、残念」

「ごめんね、スィスィアの血だけじゃ足りないの。でも、見て。スィスィアとお揃いの角だよ」

「うん、嬉しい⋯⋯! コツンって、できる!」

「ふふっ、そうだね」

 

 よく分からないけど、スィスィアはお辞儀するように、角同士をぶつからせて嬉しそうに笑ってる。見てると本当に子供っぽくて可愛い。私も妹がいれば、スィスィアみたいな可愛い娘が欲しい。あと従順で、美味しければ文句ない。

 

「今日呼んだ目的、1つ達成できたね。本当はこの姿で遊びたいけど、お姉ちゃん達にはまだ内緒なの。スィスィアの血を飲んでたり、イラの事もバレそうだしね。特にお姉様は竜に対しては苦手意識持っててもおかしくないし⋯⋯」

 

 スィスィアはまだ人型だし優しいから良いとして、イラの血を飲んでるのがバレれば、流石にお姉様には注意されたり、引かれたり、最悪止められそうだから。

 

「うん、言わない。約束」

「ふふっ、やっぱり、スィスィアは私のスィスィアだね。偉い偉い」

「てぃあ、指。ゆびきりげんまん」

「ん、おけ。はい」

 

 小指を前に出し、私も応じるように小指を差し出して指を引っ掛け合う。

 

「ゆびきりげんまん、うっそついたら針千本のーます」

 

 そして、音に合わせて手を上下に振って、スィスィアと約束した。

 

「人間から見ればただの口約束。でも、悪魔からすれば簡易的な契約。よくできてるよね。これ」

「うん、だね。⋯⋯今のてぃあ、血は赤い? 見せてほしい」

「へ? んー、まぁ、いっか。⋯⋯っ、ほら。どうぞ」

 

 手を前に差し出し、竜になってより残忍に鋭くなった爪で手首の鱗を切り裂く。切った部分からは真っ赤な鮮血が溢れ出し、小さな滝のように地面へ落ちる。

 

「あぁ、そうだ。飲みたいなら、飲んでも──」

「本当っ!? 遠慮なく⋯⋯!」

「わぉっ。ふふっ、お腹空いてたの? 可愛いぃー」

 

 溢れる血に口をつけ、スィスィアは上手に長い舌を使って喉に流し込む。見てるだけでお腹いっぱいになる光景だけど、気持ちを抑えないと間違って食べてしまいそうな危うさを持つ可愛さだ。このまま過ごしていたいけど、お姉ちゃんを待たしてしまうから、いつかは止めないと。

 

「⋯⋯でも、無理かなぁ。スィスィアってば本当に可愛いっ。夢中になって血を飲むなんて、どれだけ好きなの? 私が言えた事じゃないんだけどさぁ」

「ん、んぅ⋯⋯。んはぁ⋯⋯。てぃあの血、凄く美味しい。相性がいい? うん、きっとそう」

「ほえ? そうなの? ⋯⋯嬉しいなぁ。もっとしたいけど⋯⋯そろそろお姉ちゃん呼ぼっか」

「⋯⋯うん、分かった」

 

 竜化を解き、傷を癒し、落ちてた服を拾って着直す。

 

「スィスィア、一緒に呼びに行こっか」

「う、うん!」

 

 そして、スィスィアの手を掴み、隣の部屋へ歩いて向かった。お姉ちゃんの部屋の前に着くと、その扉をノックし、中へと呼びかける。

 

「お姉ちゃん、ミフネア。もういいよ!」

「あ、ティアさん。もういいのですか?」

「うん!」

「意外と早かったね。⋯⋯ん?」

 

 何を思ったのか、部屋の中に出てきたお姉ちゃんは私にかなり接近する。更には私の周りを歩き回り、さっき手首を切った方の服の裾に顔を近付けた。

 

「ね、ティア。なんか私の好みの匂いがするの。⋯⋯何か知らない?」

「うん、知らない。私の匂いじゃないかな? お姉ちゃん好きでしょ?」

「表情1つ変えずにそれを言い切るのは尊敬するわ。⋯⋯ま、いっか」

 

 やっぱりお姉ちゃんは油断ならない。普通、血の匂いとか気付くわけないのに、どうして明らかに気付く素振りを見せるのか。絶対に鼻が良いだけで気付くわけないのに。今度は証拠が残らないように、匂いも吸収しておかないと。

 

「それよりもさ、遊ぼうよ。ミフネアも遊びたいでしょ? というか遊ぼっ!」

「え、あ、はい! もちろんです!」

「くっ、私の味方はゼロだったか⋯⋯。ちっ、ま、いいや」

 

 この場は何とかお姉ちゃんを抑える事ができたけど、お姉ちゃんと一緒に寝る時に何かされそうで楽しみだ(怖い)な。なんて建前はいっか。どんな事があっても、お姉ちゃんと一緒なら怖くないから。

 

「ふふっ。⋯⋯さぁ、部屋に戻ろっか」

 

 思わず笑ってしまうほど、今日という1日が楽しみだ。大好きな友達と遊べて、大好きな姉と一緒に寝れる。そんな今日が。こんな日が毎日⋯⋯いや、ずーっと続けばいいのに────




ちなみにティアスィスィアが2人っきりのこの間、フランはティアの事で尋問してたとか、してなかったとか⋯⋯


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49話「日常的な閑話」

なんだよ、(低浮上気味でも)結構書けんじゃねぇか⋯⋯ふぅっ⋯⋯。

あ、ではまぁ、嵐の前の静けさ、という事でほのぼの日常回。
ただいつも通りの毎日を過ごせる姉妹達ですね


 ──Hamartia Scarlet──

 

 竜の血を飲み、その狭く薄暗い部屋で歪な姿へと変わる。白い尻尾に黒い角。そして、それら全てを覆うようにして全身に纏う真っ赤な鱗。いくつもの色が混ざり合い、重なり合う歪な竜の姿に私はなった。髪はそのまま緑色なのも合わさって、自分でも色とりどりな竜だと思ってる。

 

「ウロ、どう? 歪だけど、強そうでしょ? 実際強いけど」

「はいはい。そうですね」

 

 私は今日も相変わらず、魔女兼竜っ娘であるウロの家に特訓ついでに遊びに来てる。もちろん、いつも通りウロの傍には赤いイラ(メイド)も居て、この家の2階には新たな住人も2人居る。

 

「ところで、その黒い角は何?」

「私の親友のものだよ。可愛いでしょ! この角。お揃いなんだよー」

「⋯⋯まぁ、いっか。この調子なら権能もわたしに近付きつつあるんじゃない? 血を摂取しないとこの姿になれないという事は、常に力を消費してるんだろうけど」

 

 何も言ってなかったのにどうして気付かれるんだろう。確かに、ウロの血以外は定期的に摂取しないとすぐに枯渇してしまう。それどころか、私のこの姿は血を摂取しない限りは長く持たない。それこそ、昔の能力制限みたく10分くらいだ。それは権能を使っても、それ以上無いものだから伸ばす事はできない。よくある時間制限付きのパワーアップ。それでもお釣りが来るほどだけど。

 

「幻想郷に行くまでにもう少し時間を伸ばしときなよ。あなたには注意を引いてもらうつもりだから。その間にあの方に接触して、行けそうなら、合図を送る。それが確認できたら後は自由にしていいよ。もう未練も関係も無くなるから」

「⋯⋯そうなったら、ウロとはもう一生会えない?」

「さぁ。それはどうだろう。また会えると思うよ。いつかはね。それまでに不老不死の件、考えてなさいよ。わたしは⋯⋯どっちでも、いいけど⋯⋯」

 

 声が徐々に小さくなっていった気がしたけど、それが本当に気のせいだったかのように、ウロは平然とした口調で「あぁ、そうだ」と言葉を繋げる。

 

「絶対に人里には手を出さないでよ。絶対死ぬから。今世の人生終わるどころか、来世にも響くから」

「転生するのに響くの? どうして?」

「あの方、見た目に反して執念深いというか、復讐心強いし、意地悪だから。絶対身体も精神も三生くらい弄ばれ続ける⋯⋯」

「何それ楽し⋯⋯酷いね⋯⋯」

「おいおいおい。聞こえとるぞー」

 

 思わず心の声が出ちゃったけど、どんな風に弄ばれるのかとても気になる。そうなった時、私も同伴させてくれないかな。見学とかめちゃくちゃ楽しそう。

 

「まぁ、ともかく。絶対に手を出すな。あとわたしの指示には従え。以上。それ以外は自由にしてどうぞ。わたしは咎めないから。まぁ、ただの協力関係だし、咎める事も──」

「え? そうなの? 私はウロの事、頼れるお姉ちゃんって思ってるよ?」

 

 あれ。何かまずい事言ったかな。ウロの口が止まってしまった。それに、不思議と表情が曇ったようにも見える。そう思ってると、不意にウロの口が動き始めた。

 

「これだけ言っとく。情に流されると、自分だけ先に死んじゃうよ?」

 

 無表情に、冷静に、まるで経験した事かのように、ウロは冷たく言い放つ。もしかしたら、ウロが転生してきた過程の中で、経験した事なのかもしれない。

 

「それでもいいよ? 私はお姉ちゃん達のために死ねるならいいと思ってるから。逆に、お姉ちゃん達が死んじゃう方が辛い⋯⋯」

「⋯⋯はぁ。それはお姉ちゃん達も同じ事思ってるんじゃないかな。あなたは末妹だし、余計にね。だから、そんな事言っちゃダメだよ。──自分だけが悲しいなんて、絶対に思うな、ティア」

「う、うん⋯⋯」

 

 力強い言葉に、押し負けるように頷いた。たまに理由も分からずに真剣になる事があるけど、ウロは情緒不安定なのかな。昔、前世やそれよりずっと前で性格や人格が微妙に違うとか話してたし、性格がコロコロ変わるのも有り得ない話でもない。

 

「じゃぁ、そゆことで。わたしはそろそろ寝る時間だし、あなたが連れてきた()()()の2人の様子も見てくるから、姉に心配かける前にもう帰ってなさい」

「うーん⋯⋯イラ──」

「何がなんでも断るぞ!」

 

 私に対しての風当たりが強くて悲しい。私にもっと優しくて構ってくれるように、いつか調教しないと。ウロに止められそうだけど。

 

「あ、ところでイラ。見て、貴女とお揃いだよ? もちろん嬉しいよね?」

「嬉しくない。見てると血を採る時を⋯⋯うぅっ⋯⋯」

「竜なのに注射怖いの? まだまだお子ちゃまだね」

「誰がだ! あとあれは量がおかしいだろ! 採りすぎだ!」

 

 たったの500ml程度なのに、何を怖がってるんだろう。普通の人間ならその10倍は採るのに。まぁ、採られた人間は死んじゃうんだけど。

 

「ティア。ウロいじめてないで早く帰りなさい。⋯⋯イラ、あなたも構ってないで早く掃除。先輩なんでしょ? なら、いいとこ見せないとね」

「うぅっ⋯⋯わ、分かった。我、掃除する⋯⋯」

「はぁ、つまんないの。じゃぁね、ウロ、イラ。⋯⋯バイバイ」

 

 別れの挨拶を済まし、外へ出る。そして、星が輝く夜空の下、虚空にルーン魔法を描いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スクリター! 私がきたよー⋯⋯って、あれ?」

 

 スクリタにちょっかいを出しに行こうと図書館に来たら、机で本を読むスクリタの横にお姉ちゃんが居た。暇そうにスクリタと一緒に本を読むお姉ちゃんの姿は、見てて癒される。

 

「お姉ちゃんっ! 何してるの? こんなところで」

「ティアが私の相手してくれないから、スクリタの場所に来ただけだよ。それに、スクリタは私の妹だしね。たまには姉として様子見ないと」

「フラン? 妹違ウ。ワタシが姉」

「はいはい。もうっ、可愛いんだからっ」

 

 そう言って、お姉ちゃんは読書するスクリタに横から抱き着く。スクリタは煙たがってるけど羨ましい。今すぐにでも間に割り込みたい。だけど、それは抑えないと嫌われちゃう。

 

「⋯⋯もういイ? そろそろ離れてくれると嬉しイ。とても邪魔」

「えー、残念。⋯⋯でも、嬉しかったでしょ。私なら分かるよ。だって、スクリタは私なんだから」

「あっソ。⋯⋯勝手にすればいイ」

「ふふん。素直じゃないね。⋯⋯そこがいいんだけどさー」

 

 抱き着くのはやめたけど、お姉ちゃん達、凄く仲良さそうに引っ付きあって本を読んでる。いつもは見れないこの光景。癒されるけど、とても妬ましいし、羨ましい。早く引き裂かないと、私の我慢が持たない。

 

「あれ、珍しいですね。この光景は」

 

 そう思って行動に移そうとした瞬間、背後から聞き慣れた声が聞こえてきて、思わず立ち止まる。突然の声に振り返ると、そこに立っていたのは門番の仕事をしてるはずのメーリンだった。

 

「ん。あれ、そっちも珍しいね。休み時間?」

「はい、休憩中です。何もする事がなかったので図書館に遊びに来たのですが⋯⋯珍しい光景が見れて満足しました」

 

 照れくさそうに美鈴は笑ってるけど、私は満足してない。というか、できない。今は必死に自分を抑えてるけど、嫉妬心が膨れ上がってきてそろそろ我慢できそうにない。

 

「ところでティア様。あの輪の中に入らなくて良いのですか?」

「⋯⋯え? な、なんで?」

 

 私はそんなに分かりやすい事でもしていたのか。もしそうなら、お姉ちゃん達に私の嫉妬心は明らかだったのでは、とメーリンの言葉で不安になる。だが、何故私の気持ちが分かったのかはすぐに答えてくれた。

 

「いえ、羨ましそうにお2人を見つめていらっしゃったので。それに、普段の事を考えるとそう思えて仕方ないのです」

「私、普段おかしな事してるかな?」

「いえいえ。何もおかしくはないですよ。ただとても仲睦まじいとは思ってますが」

 

 やっぱりそれはしてるんじゃ。⋯⋯いや、確かにおかしくはないか。だって、普通の事だし、姉と仲良くて誰かが困るわけでもないし。誰にも迷惑をかけないなら、それが異常として見られる事もないだろうし。

 

「あら。みんなで集まってどうしたの? 私に秘密で何か企んでいるのかしら?」

「おや、お嬢さ──」

「お姉様っ!」

「おっと」

 

 気付けば溜まりに溜まっていた欲求を抑えきれなくなり、お姉様へ飛び込んでいた。が、お姉様はまるで予知していたかのように両手を広げて受け止めてくれる。

 

「あらあら。どうしたの? ⋯⋯ああ。妬いちゃったのかしら?」

「違うよ? ただ、こうしたい気分なだけ」

「ふふっ、どういう気分よそれ。⋯⋯フランとスクリタは何してるの?」

 

 私の頭を撫でながらもお姉様はお姉ちゃん達に疑問を投げかける。すると、こちらを見る事もなく素っ気ない声で返事が返ってきた。

 

「本を読んでル。オネエサマも一緒に読ム?」

「本を読んでるスクリタを見てるだけだけど?」

「温度差激しいわね、貴方達⋯⋯。そうね⋯⋯一緒に読もうかしら。ティア、少し離してくれない?」

「うーん⋯⋯ダメ。もう少し」

 

 せっかくお姉様を抱き締めれたのに、もう離すなんて嫌だ。もう少し、後ちょっとだけでいいから、このままで居たい。いや、むしろずーっとこのままでもいい。この身体が朽ちるまで、永遠に⋯⋯。

 

「あらそう。なら、みんなの分の紅茶をいれてくるから、付いてきなさい」

 

 とか私は思ってたのに、お姉様は平然と受け流してくる。流石の私でもそんな事されたら冷めてしまう。やっぱり、状況とかその場の雰囲気とか、お姉様は条件が成立しないと良い流れに持っていけない。

 

「あ、それなら私が⋯⋯」

「いえ、今日はもう仕事はいいから、貴女はゆっくりしてなさい」

 

 自ら取りに行こうとするメーリンを手で制して下がらせる。いつもなら任せっきりだけど、今日は自分でしたい日らしい。

 

「それに、5人分を1人で持ってこさせるのは悪いわ。ねえ、ティア」

 

 私に向けられたお姉様の笑顔と言葉に、笑顔で頷く。お姉様が私だけを見てくれる時間を至福に感じ、じっとお姉様の瞳を見つめていると、お姉ちゃんの方から咳払いをする音が聞こえた。

 

「なんか変な空気流れてるから、お姉様早く紅茶」

「はあ、もう⋯⋯せっかちねえ。ティア、行きましょうか」

「うん!」

「仲良いなー。⋯⋯いいもん。私にはスクリタと美鈴がいるし」

 

 気を引こうとしてるのか、それとも油断させて近付かせようとしてるのか。わざとらしく拗ねるお姉ちゃんも可愛いけど、今はお姉様の方を優先だ。どうせ今日はお姉ちゃんと一緒に寝る日だし、相手はその時にすればいい。なんて思ってる事がバレたら絶対に怒れちゃいそうで怖いなぁ。

 

「お姉ちゃん、すぐ持ってくるから待っててね!」

「はいよ。⋯⋯本当に早くしてよ? 遅くなったら怒るから」

「あ、私は全然ゆっくりでいいですのでー」

「美鈴、それだと私のも遅くなっちゃうからね⋯⋯」

「心配しないでもすぐ帰ってくるわよ。さあ、行きましょう、ティア」

 

 お姉様に連れられ、私はお姉様と一緒に食堂へと向かう────




というか、低浮上気味だったはずなのに、結構書ける事に驚きを隠せない私です。

次回、50話ではとある投票がありますので、読者さんは良ければして行ってくださいな。
まぁ、50話だけじゃなくて、この章に載せるつもりなのですが


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50話「偉大な死」

さて、今回で50話ですね。長かったような、短かったような⋯⋯。まぁ、この台詞どうせ100話でも言うと思うので省略します。

今回から4章各話最後に投票があるので、良ければどうぞ


 ──Remilia Scarlet──

 

 私が300歳になったその年、再び運命を大きく分ける大きな出来事が起こる。思えば、この出来事から徐々に私達の運命が変わっていったのだろう。

 

 その出来事の始まりは、一通の通達からだった。私はヴラド公と定期的に情報を共有するために、使いの眷属を送るのだが、今回、いつもとは違う時間に緊急を表す手紙が届けられた。恐らくは眷属の一部と思われる、かなり弱った1匹の蝙蝠が届けてくれたのだが、その蝙蝠も届けたと同時に朽ちて消えた。

 

 手紙に書かれていた内容は単純明快、分かりやすく短い文だった。

 

『人間の襲撃。和平条約は破られた。私が時間を稼ぐ間に、子供だけでも頼む』

 

 その手紙の意味はすぐに理解できた。ヴラド公だけでは人間に勝つ事ができず、自分の子供達だけを安全な場所──即ち紅魔館へ移してほしいという事だろう。もちろん、自分が死ぬ覚悟の上でだ。

 

「⋯⋯っていう事で、フラン。ティアとスクリタをお願いね」

 

 私は一度、ヴラド公に助けられている。だから、今度は私の番だ。吸血鬼として、紅魔館の主として、受けた恩は返さなければならない。そう思い、館をフランに任せて、今はヴラド公の元へ行くところだった。月の輝く、紅魔館の庭から。

 

「人間が来たら、ティアのために、遠慮なく破壊していいから。私は美鈴と一緒に、ミフネア達を⋯⋯あわよくば、ヴラド公を助けに行くわ」

「⋯⋯うん、分かった。生きて帰って来てよ。そうしないと、ティアもスクリタも悲しんじゃうからね。妹を悲しませないでよ、お姉様」

「あら、それは貴女も含めてかしら?」

「⋯⋯ふふっ、どうだろうね。ともかく、行きは任せて。帰りは私には何もできないけど⋯⋯」

 

 フランはそう言って、地面に大きな文字を描く。ローマ字の『R(アール)』にも似たそれを、フランは『移動(ラド)』と呼んでいた。詳しい事は分からないが、それがルーン文字であり、ルーン魔法の1つだという事は私も知ってる。

 

「超高速長距離移動魔法。行った事がある場所にしか行けないのが弱点だけど、行った事さえあれば何処へでも行ける魔法だよ」

 

 私の思いを汲んでくれたのか、ご丁寧に説明してくれた。しかし、私は使えないが、魔法というものは便利なものだ。行きたい場所へすぐに行ける。私が得意な力技では不可能な行為だから、使える妹達が羨ましい。

 

「ん? 行った事がある場所って貴女、行った事⋯⋯」

「レディに秘密は付き物だよ? じゃ、美鈴。お姉様を頼むね」

「はい! お任せください!」

「ふふっ、いい返事。また後でね。──行けっ、移動(ラド)!」

 

 次の瞬間、強い光に覆われる。否、太陽に照らされていると勘違いするほど強く、地面が発光していた。その光は私と美鈴を包み込み、辺りの風景を阻害する。

 

「絶対生きて帰ってよ、2人とも」

 

 見えなくなった外の世界の中で、その声だけが聞こえた。そして、浮遊感とともに、周りの景色が一変する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着いた先は近くに大きな城が見える広場の中心。どうやら何処かの街の中らしく、城の周りを街が囲っている。俗に言う城下町だろうか。そして、既に戦闘が始まってるのか、至る所で火の手が上がってる。特に城は所々崩れ、炎は燃え盛りと、周囲よりも被害が大きい。

 

 街の中心にある大きな城の名前は知ってる。ヴラド公が根城にする吸血城。吸血鬼が住む城だから吸血城。在り来りな名前だから、ヴァンパイア城とか、吸血鬼キャッスルとかにすればいいのに。

 

「ここは⋯⋯あっ! お嬢様、既に敵兵が⋯⋯!」

「ええ、見えてるわ。急ぎましょうか」

 

 そして、ヴラド公達が居るであろう城へ向かう最中の事。

 

「そこで止まれぇ! 貴様、吸血鬼だな!?」

「あらら。面倒な奴らに出くわしたわね」

 

 人間の兵士らしき部隊と鉢合わせた。彼らは皆、分厚い鎧を身につけ、その手には細長い槍を持つ。どれからも微力ながら何かの力を感じ取る事ができる。恐らくは、魔法か何かだろう。

 

「お嬢様、お下がりください」

「⋯⋯ええ、任せるわね」

 

 私の言葉を受けて、美鈴は微かに笑い、敵兵に1歩ずつ、ゆっくりと近付いていく。

 

「貴様も吸血鬼の味方を──」

「──失礼。はぁっ!」

 

 その時の美鈴の動きは華麗で、鮮やかだった。流れるように敵の甲冑の上から軽く手を合わせたかと思うと、次の瞬間には敵が数mほど吹き飛んでいた。口からは泡を吹いてる。どうやら今の一撃で気絶してるようだ。その勢いのまま、まるで水が流れるように軽やかに次の敵へ方向転換する。と同時に、拳を一発顎に入れ込み、もう1人を気絶させていた。

 

 そうして、美鈴の戦いはものの数秒で終わる。終わった時、彼女の周りに立っている者は私を除いて他に居なかった。

 

「流石ね。発勁、というのかしら?」

「まぁ⋯⋯正確には少し違いますが、そのような技です。では、お嬢様。行きましょうか」

「ええ、そうね。⋯⋯そろそろ、本気で急がないと、ね」

 

 倒れる敵を横目に、既に目と鼻の先にある吸血城へ走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グルァァァァ! アタシに、触れるなァ!」

 

 城に着いた時、最初に聞こえてきたのは咆哮とも呼べる大きな叫び声だった。その叫び声は聞いた事がなかったが、声の主が誰かはすぐに分かった。

 

「スィスィア! 落ち着いてください!」

「にぃ! 後ろ!」

 

 城の扉を開けると、広間らしき大きな部屋で、顔見知りのスィスィアやミフネア、更には数多の眷属達が人間の兵士と戦っていた。スィスィアはまるで狂った時のフランのように、獣のような暴れ方をしている。それとは対照的に、ミフネアは自らの爪で、しっかり相手を見据えながら戦っていた。

 

 また、スィスィアは所々怪我をしてるが、ミフネアに怪我は一切見当たらない。

 

「吸血鬼めぇ! 死ねぇ!」

「へ?」

 

 とまさに安心したのも束の間に、ミフネアの背中に槍が突き刺さる。衝撃的な現場に居合わせ、思わず思考や身体が止まってしまった。すぐに我に返ると、グングニルを手にして投げる構えをとる。

 

「っ!? ミフネア!」

「あれ、レミリアさん!? ⋯⋯っ、いつまでも触れないでくださいっ!」

「ぐぁっ!?」

 

 まさに槍を投げようとしたその刹那、ミフネアの身体がまるで炎のように揺らめいた。彼の身体は揺らぎ、槍をすり抜ける。そして、振り向き際に人間の首を掻っ切った。

 

「え? あ、貴方、傷⋯⋯」

「あ、僕は大丈夫ですよ! 痛みはありますが、攻撃は全て透き通ります。()()が違いますので。それはともかく、どうしてここに⋯⋯」

「ヴラド公からの頼みよ。貴方達息子を助けて、ってね。というわけだから、逃げるわよ」

「そ、それなら、丁度良いところに⋯⋯。今、ティアさんから教わったルーン魔法で逃げようと出口に向かっていまして⋯⋯!」

 

 ティアったら、ナイス判断ね。帰ったら、私も移動用の魔法だけ教えてもらおうかしら。それはそうと、ヴラド公との約束は守れそうね。なら、私が次にするべき事は⋯⋯。

 

「なるほど、本当に良いタイミングだったのね。⋯⋯外は安全よ。先に逃げて、すぐに紅魔館に行きなさい。あそこにはフランが居るから、絶対に安全よ。美鈴は彼らに邪魔が入らないように、護衛をお願い」

「⋯⋯はい、了解しました」

「え、えぇ!? レミリアさんは⋯⋯」

 

 好きな人の姉だからか、本当に心配してくれてる人の目だ。⋯⋯なんて、そんな事を考える私はひねくれ者か。ただ純粋に心配なだけなのだろう。彼はそんな悪い人には見えないし。

 

「ヴラド公には恩がある。返さないわけにはいかないわ」

「そ、それなら! 僕も行きますよ! 移動用のルーン魔法、スィスィアも使えますよね?」

「使える! それより、にぃ! もういい!? ここの敵、任せていい!?」

「あ、はい。大丈夫です! という事で、ご一緒させていただきます! 私の父でもありますし!」

 

 尻尾を器用に使って敵を締めながら会話するその姿は、戦ってる時の妹に何処か通じるものが垣間見える。吸血鬼であの年頃の娘は、みんなこうなのだろうか。狂ってるというか、変わってるというか。可愛いからいいが。

 

「はあ、全く⋯⋯。仕方ないわね⋯⋯。危険になればすぐに逃げるから、そのつもりでいなさいよ。あと、私の命令は絶対ね。もし破ればティアとの結婚は許さないから」

「てぃ、ティアさんの名前がどうしてここで!? そ、それはともかく! スィスィア! 外に出たらすぐに行ってくださいね!」

 

 ミフネアの言葉に、スィスィアは小さく頷いて外へ続く扉を開ける。後に戦いながらも眷属や美鈴が続いたのを見送って、敵の相手をしながら、ミフネアを連れて城の奥へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この先、右に曲がり真っ直ぐ行った場所に玉座があります! 父が居るとすれば、恐らく⋯⋯!」

「了解っ! ⋯⋯あらっ」

 

 ミフネアとともに敵を薙ぎ倒しながら進んでいると、ミフネアがゴールを指し示してくれた。ようやく辿り着いたと思ったら、不意に頭の中に曖昧な映像が流れた。

 

「どうやら、開ける時間さえ惜しいみたい。突き破るわよ!」

「えっ!? あ、はい!」

 

 稀に見る、突発的で不穏な未来。今この瞬間も、それと同じような何か悪い運命が見えた気がした。気のせいで済めばいいのだけど、こういう時の勘は大抵当たるから嫌なものだ。

 

「グン、グニルっ!」

 

 嫌な思いを抱きながらも、扉の前に着いたと同時に槍を投げ、扉を破壊して部屋へ押し入る。

 

「⋯⋯あらあら〜。遅かったですね〜」

 

 玉座の間、中に居たのは金色の長髪を持つ魔女らしき女性。煌びやかな服装とは対照的に、その瞳は黒く澱んでいるように見える。そして、何処かで、いや、確実に昔見た事がある。あの時も、今の状況のような戦いの最中だった。

 

「お父様⋯⋯!」

 

 彼女の他にもう1人、ヴラド公も居た。だが、腹からは血を流し、地に倒れて動く気配は無い。悪い予感が、最悪な形で的中したらしい。

 

「⋯⋯思えば、ただの人間がヴラド公を追い詰めるなんて有り得なかったわね。⋯⋯はあ、なるほどね。お前が人を(たぶら)かし、(そそのか)し、扇動したのね。女狐」

「あらあら。私にはヨーコという名前があるのですからそうお呼びくださいな。まぁ、お前に呼ばれたくはないですけど、ね〜」

 

 鼻につく奴だ。だけど、今回は相手が相手。あいつは奇妙な技を使う。今はヴラド公との約束を優先した方が良さそうだ。本当に最悪な結末にならないように。どうせ、助けに来る事も予想して、罠もありそうだし。

 

「あらら〜、来ないんですか〜?」

「──レミリア嬢! 私に構わず行くのだ!」

 

 その声に誰もが驚く。倒れていたはずのヴラド公が地面に手をついて立ち上がり、いつの間にか右手には棘にも似た槍を握っていた。

 

「ミフネアよ、次はお前が当主だ⋯⋯。スィスィアの事を頼むぞ」

「お、お父様⋯⋯!」

「ふんっ、虫の息で⋯⋯。死に損ないですね。──消えなさい」

 

 文字通り虫を見るような蔑んだ目でヴラド公を見据えながら、彼女の周りにポツポツと小さな光が現れる。その数は数えきれないほどで、すぐにヨーコと一緒に空間まで覆い尽くす。

 

「っ、逃げろォ!」

「──ミフネア! 魔法! 急いで!」

「で、ですが、屋内では──」

 

 その言葉を聞いて、すぐさま槍を天井へ投げる。

 

 槍は音とともに天井を崩し、そこから月明かりが差し込む。

 

「さあ、早くっ!」

「遅いですね〜。──ふっ、死になさい」

 

 次の瞬間、辺りを光線が埋め尽くし、光で視界が遮られた────




さて、もう既に見えててもおかしくないですが、皆さんにはティアを除くオリキャラの生存ルートor死亡ルートを選んでもらおうと思ってます。
死亡ルートではウロのような死ねないキャラでもその時が来れば今後一切物語に関わる事がなくなります。
また、番外編でその後の話はしても、別ルートの話はしないでおこうと思ってます。

なので、見れるのは1つの未来。どちらもハッピーエンドにはなりますが、オリキャラの生死は皆様に委ねるつもりです。

まぁ、どちらでもハッピーエンドなのは変わらないので、難しく考えずどちらが見たいかを気軽に選択してくださいませ。

なお、期限は60話が投稿されるまでとします。今のペースだと、大体1ヶ月くらいなのかな。


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51話「神妙な作戦会議」

さて、こちらはお久しぶりですね。⋯⋯え、もう10日も空けてたの⋯⋯?
おぅ⋯⋯かなりお待たせ致しました⋯⋯。

で、では早速前回の続きから。お暇な時にでも⋯⋯


 ──Remilia Scarlet──

 

「──はっ!? あ、ああ⋯⋯ミフネア、ありがとう。どうやら、間に合ったようね」

 

 ヨーコと対峙した時、光で辺りが見えなくなったが、どうやらミフネアの魔法がギリギリ間に合ったらしい。辺りの景色は見慣れた紅魔館の庭だった。

 

「は、はい⋯⋯」

 

 助かったというのに顔色は優れない。それも無理はない。彼は父親を失ったのだから。私達のようなクズな父親とは違って、良い父親を。私としても、ヴラド公の死は心苦しい。彼は私達に対して良くしてくれたし、ピンチの時は助けてもくれた。それなのに私は、彼を助ける事ができなかった。

 

「⋯⋯ミフネア。辛いのは分かるけど、一先ず家に入りましょう。そこで今後の作戦を立てましょう。⋯⋯貴方の家を、人間達から⋯⋯いえ。あの女狐から奪還するために」

 

 どうせ今回もあの狐が何か悪巧みして攻めてきたに違いない。前回、私達の館に攻めてきた時のように。前回は切り札として竜を出してきたから、今回もあの光のレーザーか何か以外にも何か隠し持ってるだろう。それが何かは分からないが、手を出すなら絶対に女狐が障害となるのは確実。だからこそ、これ以上被害が大きくなる前に作戦を立てなければ。

 

「レミリアさん⋯⋯ありがとうございます。僕は⋯⋯大丈夫です。先に戻ったスィスィア達の事も気になりますし、早く行きましょう⋯⋯」

「ええ⋯⋯そうね」

 

 浮かない顔のミフネアとともに紅魔館へ入る。と、すぐに小さくも大きな影がミフネアを覆い尽くした。

 

「にぃ!」

 

 その正体は大きな翼を持つスィスィアだった。兄が生きていた事への喜びか、嬉しそうに笑みを浮かべてる。思ってた以上に仲は良いようで、見てて微笑ましい。

 

「うわっ!? あ、スィスィア⋯⋯! 良かった、無事なのですね!」

「うん! にぃ! れみりあ! 待ってた!」

 

 スィスィアに飛び付かれたミフネアは一瞬バランスを崩すも、すぐに立て直して生きていた事への喜びか笑顔で妹を抱き締め返す。そんな中、スィスィアがやって来た方向からもう1つの影が現れた。

 

「お嬢様! ご無事で何よりです!」

「美鈴! ⋯⋯貴女も無事そうで良かったわ。見たところ怪我もないみたいだし、本当に上手くやってくれたのね」

 

 多少服は汚れてたり傷があったりするが、肌は綺麗で傷は全くない。恐らくは怪我をしていてもすぐに治ったのもあるだろう。だが、一先ずは大丈夫そうだ。

 

「お嬢様、連れ帰った眷属達は先に休憩させています。メイドには眷属の護衛と館の守護を。それ以外で何かするべき事はありますか?」

「そうねえ⋯⋯貴女は万が一のために館の守護をお願い。メイドだけじゃ心許ないから。それと、ミフネアは私と来なさい。スィスィアは⋯⋯どうしましょう。地下にフランとティア、スクリタが居るから呼んできてもらってもいいかしら? 私は書斎に居るから」

「いいよ! てぃあ呼んでくる!」

「フランとスクリタもね、忘れないでよ⋯⋯」

 

 元気な姿で地下に向かうスィスィアを見送ると、ミフネアは隣で心配そうに「大丈夫ですかね⋯⋯」と声を漏らす。私はミフネアとともに書斎へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「れみりあ! 呼んできたよ!」

 

 元気な声で話すスィスィアの背後に妹達の姿が見えた。フランやスクリタはスィスィアと大差なく普段通り。だが、ティアはスィスィアと対照的にとてつもなく眠たそうだ。今も目を擦り、夢現なのか目を擦ってる。

 

「⋯⋯お姉様、おかえり」

「スィスィアありがとう。⋯⋯フラン、ただいま」

 

 別れる時の約束を思ってか、喜びを隠すような爽やかな笑顔を見せる。私としても、妹との約束は破りたくなかったから、今回は上手くいって良かった。

 

「何? 何があったの⋯⋯?」

「今日、ヴラド公の城が人間達の襲撃を受けたらしいわ。ミフネアやスィスィア、一部の眷属達は救えたけど、ヴラド公を含む大勢がやられた。だから、今から城を取り戻すための作戦会議を開くわ。貴女にも手伝ってもらうつもりだから、頑張って話は聞いてなさい」

「ん⋯⋯スィスィア、こっち来て、尻尾⋯⋯」

「うん? うん!」

 

 断片的な言葉だけで何が通じたのか、ティアは寄ってきたスィスィアにもたれ掛かって、その尻尾を抱き枕のように抱き締める。気持ちいいのか、その顔は至福に満ちていた。

 

「まあ、話を聞いてくれるなら、何でもいいけど⋯⋯」

「⋯⋯眠気覚ましのコーヒー持ってくル。話は後でフランに聞くかラ、話してテ」

「分かったわ。ありがとうね、スクリタ。⋯⋯さて、まずは敵戦力の確認からね」

 

 スクリタが部屋から出ていった後、ミフネアの方に視線を向けて話を伺うと、すぐに察してくれたらしく話を始める。

 

「具体的な数は不明ですが、恐らくは千を超えます。全員爪の通りにくい甲冑を身に纏い、魔法をかけた槍を所持してます。稀に珍しい拳銃を持ち、遠距離攻撃を可能とする者もいます」

「珍しい拳銃? 拳銃というのは分かるけど、何が珍しいの?」

「何でも、最先端技術を使った拳銃だとか。パーカッションロック式という新たな技術を使ってるらしいです。以前は引き金を引いても明らかなラグがあったので回避も容易でしたが、そのラグもかなり抑えられ、それどころか天候も関係なく使用できるとか⋯⋯」

 

 よくは分からないが、要は今までよりも避けにくくなったという事か。そもそも、拳銃を持った人間との戦闘は数も少ないから、今までというのが分からないのだけど。飛び道具ならフランやティアも使うから、避ける事は慣れてるけど。

 

「話を戻しますね。その兵士を率いるのがレミリアさんも見たあの女性です。彼女は突然城内に兵士を出現させ、襲撃してきました。⋯⋯そう言えば、顔見知りのようでしたが、あの人をお知りで⋯⋯?」

「⋯⋯まあね。昔、ちょっとね」

 

 あの時は散々な目に遭った。それこそ初めての『死』を体験したし、それが原因で妹を悲しませてしまった。そう言えば、ミフネアはあの時居なかったか。なら、改めて説明した方がいいかもしれない。

 

「紅魔館が襲撃された時にも居た女よ。恐らく正体は妖狐。それもかなり高位の。奇妙な力で結界を張ったりしていたわね。人間を騙して戦いを扇動してる風にも見えたから、今回もそうして正体を隠してる可能性が高い」

「あの女狐⋯⋯? 私もあいつ嫌い⋯⋯。虫が好かないというか、本能的に気に食わないというか」

 

 夢現で話を聞いていたティアが突然話に割り込み、そんな事を話してくれた。彼女としては赤い竜以上に女狐の方に私の死の原因があると考えているのだろう。だからこそ、本能的に好かない、と。もちろん全部憶測なのだけど。

 

「ティアさんも嫌いな狐⋯⋯なるほど、要注意ですね」

 

 さらっとティアを優先したのが気に食わないけど、要注意人物である事は間違いない。あいつの正体はともかく、能力もまだ謎の部分が多いのだから。

 

「まあ、確かに目的が不明なのもあるから注意はするに越したことはないわね。自分の正体を知るヴラド公の口封じ、とも考えられるけど、先に姿も力も見た私達を殺さないのも分からないし⋯⋯」

 

 前回もだが、今回も情報が少な過ぎる。何故ヴラド公が襲われたのか。どうして前回よりも多い千という数が集まったのか。そして、どうやって城内に兵士を出現させたのか。方法や条件次第では、この館も安全ではないかもしれない。例えば、ティア達の魔法のような力だとすれば、いつの間にか侵入され、数で制圧されてもおかしくない。

 

「⋯⋯ともかく、今日はもう1、2時間ほどで夜が明ける。何か行動するとしても明日ね。この館も安全とは限らないから、油断しないようにね」

「え? ミフネアやスィスィアの家、取り返さないの? すぐ取り返した方がいいと思うけど⋯⋯」

「だからね、今日はもう時間がないのよ。取り返そうにも、既のところで倒し切れずに押し切られるのは目に見えてるわ」

 

 珍しくティアがやる気に満ちてる。でも、簡単に戦いの場に送るわけにはいかない。それはただ戦術的になどではなく、姉としてだ。愛する末妹を戦場へ送り出す事はもうしたくない。ただでさえ、今は戦争が嫌いなのに。

 

「⋯⋯そっか。分かった」

 

 ティアも私の気持ちに気付いてくれたのか、潔く諦めてくれた。それでもかなり不満そうだが。

 

「おまたセ。コーヒー持ってきたヨ」

 

 コーヒーを用意していたスクリタがお盆に乗せた大量のコーヒーを持って帰ってきた。ティアやフランのはミルクを大量に入れてるのか白く、私のはほとんど真っ黒。ミフネアとスィスィアの分は何を入れたらいいのか分からなかったのか、ミルクと砂糖の瓶を隣に置いている。

 

「スクリタ⋯⋯ええ、ありがとう」

「どーも。⋯⋯苦くないよね?」

「ティアのは甘いから安心してテ」

「さっすがぁ。スクリタありがとうね」

 

 ティアはスクリタから受け取ると、入れたての熱々コーヒーを何の躊躇もなく一気飲みする。しかし、むせる様子も、ましてや吐き出す様子もなく、残らず飲み干した。

 

 それを見て不思議に思いカップに口を近付けるも、それだけで触れるのも躊躇するような熱さを感じる。何故一度で飲み干せたのか分からない。

 

「それじゃぁ、今日はもう解散だよね? じゃぁ、おやすみ! あ、そうだ。ミフネアとスィスィア、部屋が無いなら私の部屋においでよ! 私のベッド広いしね!」

「え、えっ!? そ、それって僕が一緒に寝ても大丈夫なのです?」

「スィスィアも一緒なら平気だよ! 友達だしね!」

「そ、そうですねー⋯⋯」

 

 出会って百何年か経ったのに友達から1つも進展しない事に、とても残念そうなミフネアだ。私としては大事な妹だから、このまま進展せずに終わる事を祈るばかりなのだが。もちろん、ティアが彼を恋愛的な意味で好きになれば話は別だが。

 

「にぃ、てぃあ。待って!」

「スィスィア、遅れちゃダメだよー」

「あ、ティアさん!? そんな大胆に手をぁわ!?」

 

 慌ただしく出ていく3人を見送った後、その場に静寂が訪れる。

 

「⋯⋯なんか変だよね。ティア」

 

 その静寂を最初に破ったのはフランだった。

 

「⋯⋯そうかしら?」

「そうだよ。妙に急いでたし、挙動も若干おかしいし⋯⋯」

 

 確かにコーヒーを意味もなく一気飲みしたり、突然友達と一緒に寝ると言い出したり、今日のティアは少しいつもと違う。やはり、大切な友達の親が死に、それどころか家も失ったと聞いて心配になってるのだろうか。

 

「友達の事を思ってでしょ? フラン、スクリタ。貴方達も早く寝なさい。明日のために少しでも長く力を蓄えなさい」

「⋯⋯はーい。それじゃ、スクリタ。行こっか。お姉様も夜更かししないでよ、自分で言ったんだから」

「分かってるわよ」

「オネエサマ、おやすミ」

「ええ⋯⋯おやすみなさい」

 

 その言葉を最後に、私を除いて書斎は誰も居なくなった。フランの心配も分かるが、流石に1人で城に攻め入るような危険な真似はティアもしないはずだ。だから、特に心配する事もない。逆に心配する事と言えば、一緒に攻めた時にティアだけが先走って単独行動する事だろう。

 

「⋯⋯()()()()は見えない。なら、大丈夫⋯⋯。何も心配する事は⋯⋯ない」

 

 詳しい運命は情報が少ないのもあってか見えないが、誰か死ぬといった最悪な結末は確実に見えない。とすれば、今回は上手くいく、という事だろう。なら、私はその運命に身を委ねればいい。妹さえ死ななければ、どんな運命であろうと、私はそれに自分の身を任せよう。

 

 そんな甘い考えは、一夜にして変わる事になる。この時の私は、そんな事になるとは、一切考え付かなかった────




これから先、語られる事もないでしょうので。パーカッションロック式というもの、この世界では若干兵士への導入が早いです。
原因はヨーコさんのせいですね。発明から導入までの流れが早められています。


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52話「勇猛な奪還」

最近リアルが忙しかったりモチベが維持できなかったりで更新が停滞気味ですが、夏までには終わらせるつもりで頑張りたいと思います(

では、続きをば。

あ、後半は三人称視点なのでご注意を。


 ──Remilia Scarlet──

 

 未だ太陽が天を支配する時間。私を含め誰もが寝静まり、数少ない起きてる者も騒ぐ事なく静まり返ってる。しかし、静かであるはずの館に大きな声が響き渡った。何事かと毛布から顔を出し耳を傾けたその瞬間、凄まじい勢いで部屋の扉が開けられる。

 

「お姉様っ!!」

 

 それと同時に愛しい妹の慌てた声も聞こえた。僅かに目を開け見える先で、彼女⋯⋯フランは落ち着きのない様子でベッドで横になる私に近付いてくる。

 

「お姉様! 起きてっ!!」

 

 そして、大きく体を揺さぶられ、完全に起こされる。

 

「んぅ⋯⋯何⋯⋯?」

 

 眠ってからまだ2時間くらいしか寝てないのに起こされ、多少イラつきながらも体を起こす。フランは酷く焦った顔つきで私の肩を掴む。その時の目は焦り以上に悲しそうな感情を抱いてた。

 

「ティアが居ないの!」

「え⋯⋯ティアがっ!?」

 

 そこで初めて事の重大さを知る。ティアが居ないと聞いて飛び起き、気付けば逆にフランの肩を掴んで迫っていた。

 

「ちゃんと探した!? 何処にも居ないの!?」

「ど、何処にも居ないの! 部屋にも、図書館にも、他に彼女が居そうな場所の何処にも!」

 

 ティアが何処にも居ない。彼女は誰よりも甘えん坊だし、こんな時に何処かに遊びに行くような娘でもない。とすれば、自ずと何処に行ったかは想像に容易い。

 

「もうっ、なんで先に⋯⋯!」

 

 どうして私に言ってくれなかったのか。どうして1人で無茶な事をしようとするのか。自分の妹だというのに、ずっと一緒に生きてきたというのに、理由が全く分からない。

 

 でも、私に頼ってくれなかったという怒りに近い感情よりも、1人で大丈夫かという心配の気持ちが勝っていた。

 

「⋯⋯はあ、全く。まずは慌てずに、考えましょう。フラン。いつ、どうしてティアが居ないと気付いたの?」

「わ、私はさっきだよ。部屋にミフネアが来て、起きたらいつの間にかティアが居なくなってた、って。今はミフネアとスィスィア、スクリタが、普段ティアが居そうにない場所を探してくれてる⋯⋯。でも、多分⋯⋯館には居ないと思う」

 

 私よりも長くティアと接してきたフランが言うのだから、

 

「なら、やっぱり⋯⋯城を取り戻すために1人で⋯⋯」

「い、いくらティアでも1人で──しないとも言い切れないからなー⋯⋯」

 

 そこに関してはお互い自信が無いらしい。稀に自己犠牲の精神実行したり、無理な事と分かっててもやろうとするからティアは読めない。いつもは分かりやすいけど、その心の奥底はもしかしたら、フランよりも分かりづらいかもしれない。

 

「れみりあ、ふらん。ちょっといい?」

 

 と、会話してるとカチャリと扉が開き、スィスィアとスクリタが入ってきた。

 

「あら、見つかったの!?」

「ううん、違う。でも、アタシとスクリタ、同じ考えになったから」

「ワタシは共感覚でいつもティアを感じてタ。だかラ、離れててもなんとなく位置が分かル」

「アタシも、てぃあ好き。だから、匂いで遠くでもなんとなく分かる」

 

 匂いや感覚を共有してるだけで居場所が知られるのだから、ティアは相変わらず凄い娘達に好かれてる。改めてそう思えた瞬間だったが、今はそんな事よりもティアの居場所を知る方が先決。

 

「そ、それで? ティアは今何処に⋯⋯!?」

 

 そう思い、2人に迫って話を聞く。2人は答えにくそうにしていたが、先にスィスィアの方が口を開いてくれた。

 

「方向と距離だけ見ればかなり遠くて曖昧だけど⋯⋯多分、アタシのお家」

 

 予想してたからか、不思議と疑問は抱かない。むしろそれが必然であり、当たり前の運命にさえ思えてしまう。それと同時に彼女は表面だけでなく、心の底から誰かのために行動してるのだとも理解できた。

 

「⋯⋯やっぱり。スィスィア、ミフネアを呼んできて。フランとスクリタは美鈴を。今すぐ出撃準備よ」

 

 だけど、これとそれとは話が別。一先ずは、彼女を追いかけよう。そして、叱ろう。もう後悔しないように。愛しい妹が危険な目に遭わないように。私はそう心に誓い、外着を羽織る────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Hamartia Scarlet──

 

 真っ赤に染まった廊下で、尻尾と翼を持つ緑髪の少女は()に倒れる男の兵士に槍を向ける。

 

「あ、悪魔⋯⋯め⋯⋯!」

「ううん。吸血鬼ね。北欧の。⋯⋯あ、もう何も無いなら⋯⋯バイバイ」

 

 緑髪の少女──ティアは剣で男の首を刎ね、その命を絶たせる。男は呻き声1つも上げずに、()()()()と同じように後ろへ投げ捨てられた。彼女の後ろには、人の死体がまるで絨毯のように、踏み場なく埋めつくされてる。稀に山となっては、その欠損部分が崩れ落ちたりもしてる。

 

 その光景はまるで地獄絵図。正しく悪魔の所業だ。

 

「ん、ここかな。お邪魔しまーす」

 

 ティアはある扉の前で立ち止まり、中へ入る。そこは城の主が座るに相応しい玉座を中心とした大きな部屋だった。その玉座には1人の女性が座ってる。金髪の長髪を持つ艶かしい大人の女性が。最早隠す気などないのか、それともそうしないと本気が出せないのか。服は巫女のようものを着用し、その頭には金色の狐の耳が、腰には尻尾からは生えてる。

 

 その者の名はヨーコ。七つの大罪、その1つ『強欲』の悪魔である妖狐である。

 

「おやおやおや⋯⋯貴女でしたか。私の兵を消し回ってた方は⋯⋯。って、なんだか姿が変わりすぎじゃありませんこと?」

 

 その金髪の女性──ヨーコが言うのも無理はない。以前出会った時と違い、ティアの身体は全身が鱗で覆われ、黒い角や白く細長い尻尾が生えてる。それは竜人と言ってもおかしくない姿で、最早、吸血鬼には見えない。

 

「女狐ー、久しぶりー。──かじゃぁ、死ねっ!」

 

 ティアは剣を掲げ、思い切って投擲する。容赦のない攻撃はヨーコの髪を掠め、玉座に突き刺さった。ヨーコはその剣を憎々しげに目で追い、改めてティアの方へと振り向く。

 

「おやおや⋯⋯積極的ですねぇ。そんなに私が憎──」

「口を閉じてなよ、女狐」

「ぐあっ⋯⋯!?」

 

 相手が剣に気を取られてる間にティアは急接近したらしく、その刹那、その細長い尻尾をヨーコの身体に叩き付けていた。意識外の攻撃故に対処できず、ヨーコは玉座に叩き付けられる。それでも簡単にやられたままではなく、必死にその尻尾を掴んで追撃を防いでいた。

 

「あら、本当に、憎く育ちましたね⋯⋯傲慢な⋯⋯っ」

「強欲な貴女に言われたくない。殺すよ?」

「やってみればいいんじゃないですか? もちろん⋯⋯できるなら、ですけど?」

「ん、何言って⋯⋯っ!?」

 

 突然、ティアとヨーコを中心として周りが無数の光の玉で覆い尽くされる。それは形を徐々に変え、球体だったものがある一方の方向だけを棘のように突出させる。その突出部が向く方向は全てティアとヨーコの方だった。

 

「逃がしませんよ? 光に突き刺され、絶命しなさい!」

「⋯⋯いいよ、くれてやる」

「ぅぐっ⋯⋯!?」

 

 ティアはヨーコの喉を左手で掴む。その力は凄まじく、そのまま絞め殺さんばかりの勢いだ。

 

「ただし、お前もね?」

「ふんっ⋯⋯! 私諸共、なんて甘い事は考えない方がよろしいですよ⋯⋯っ!!」

 

 ヨーコはその手を僅かに動かし合図を送る。すると、瞬く間に光がレーザーとなり、ティアとヨーコを突き刺し覆い尽くす。

 

「いっ⋯⋯たぁ⋯⋯!」

「うふふ。そのまま楽になさい⋯⋯?」

 

 が、ヨーコには当たる寸前で留まり、自分の攻撃を受けてる様子も痛みを感じてる様子もない。むしろ拘束が解かれた事で幾分か楽になってるようにも見える。対するティアは痛みに悶絶し、思わず手を離していた。その手はというと、血で真っ赤に染まってる。

 

「あらあら。もう身体を自由に──いえ、何⋯⋯? 貴女、どうして⋯⋯!?」

「ん? こっちは全身痛くて話聞く余裕ないんだけど⋯⋯っ? 攻撃する余裕はあるけど、ねっ!」

 

 その刹那、ヨーコの首から離れたはずのティアの手から、鋭い棘が無数に飛び出す。周りを光で覆い、逃げ場を無くしたヨーコが避けれるはずもなく、それは首へ突き刺さった。

 

「なっ、がはっ⋯⋯!? な、ど、うして⋯⋯!?」

「攻撃が効いてないか? それとも自分の能力じゃないのを使えるか? かな。いいよ。教えてあげる。これね、ご推察通り私の能力じゃないの。借りたの。位置をズラすミフネアの能力と、血を別の物質に変えるスィスィアの能力を、ね」

 

 そうは言われてもヨーコは分かるわけもなく、一心不乱に息をしようと、棘の拘束から逃れようと必死にもがく。しかし、暴れれば暴れるほど傷は深くなる一方で、逃れる事はできない。

 

「ふふっ。もがけ、苦しめ。我は常世の夜に潜むモノ。汝、一切の希望を捨て、我に食われろ⋯⋯なんてねっ。まぁ、食べるんだけど」

「小悪魔、風情がっ! 私を食べるなどと愚かしい事をぅがっ!?」

「大丈夫。生かしはするよ。その代わり、契約はしてもらうけどね⋯⋯? 相互不干渉のね」

「⋯⋯ちっ。私の復讐、勘づいていやがりましたね⋯⋯?」

 

 ヨーコは諦め、自嘲気味に笑ってみせる。ティアもその言葉にニコリと笑う。同じ笑顔でも対照的で、悪巧みが成功した時のような悪魔らしい笑顔だ。

 

「さぁ、どうだろうね。ともかく、()()は先に終わらせないとね。ちょっと痛いだろうけど、私のお姉様を傷付けた時よりは全然痛くないだろうからいいよね⋯⋯?」

「私は誰も傷付けぁっ⋯⋯!」

 

 その牙は押さえ付けられたヨーコの首に深々と突き刺さる。ものの数秒のうちに牙は抜かれて、血がヨーコの服に滴り落ちる。それを怪訝な目で見つめ、次にティアへ悪意に満ちた目を向ける。

 

「ふぅ⋯⋯ありがとうね。贄になってくれて」

「いえいえ。ありがとうございますね、命は奪わないでくれて」

「うん、いいよいいよー」

 

 嫌味を露わにして伝えるも、ティアはその言葉を感謝の意としか受け取っていないようだった。それは正しく純粋故の悪意。ヨーコはすぐさまそれに気が付くと、大きなため息をついた。

 

「で、いつ離してくださいますの? 攻撃するつもりはないですから、今すぐでもいいのですよ?」

「契約してからね。⋯⋯そろそろ誰か来そうだし、手早く済ませちゃおっか。女狐さん」

 

 少女は笑顔で、純粋な気持ちで、悪意を振り撒きヨーコを苛立たせる。それは性なのか、それとも悪魔故の本能からなのか。恐らくは本人にも分かってない────




一旦ヨーコさんはフェードアウト。
次もまた出番があるかもしれないし、ないかもしれない。


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53話「罪障な悪魔」

はい、お久しぶりです。ブランクがあまりにも酷いrickです。

さて、前置きはここまでにして本編どうぞー


 ──Remilia Scarlet──

 

 ティアを探して、今は亡きヴラド公の吸血城へ辿り着いた。まだ夜が明けてすぐだからか、昨日来た時よりも閑静で、制圧された場所だからなのか、人通りはとても少ない。

 

 私達はそれを気にせず、憎き太陽の下で、深くフードを被って門を開ける。私にフランやスクリタ、更にはスィスィアやミフネアも、ここに居る全員吸血鬼。それ故に太陽は苦手なはずなのだが、ミフネアだけはフードどころか傘すら差さずに付いてきてる。彼曰く、少し痛むも急ぐために位置をズラしてる、と訳の分からない事を言ってるが、大丈夫そうなので放っておいてもいいのだろう。

 

「お姉様! ぼーっとしてないで早く行くよ! ティアをいつまでも1人にできないし⋯⋯!」

「⋯⋯え、ええ」

 

 街の違和感にも気付かずに、フランはただ一心不乱に妹を心配していた。私もしてないと言えば嘘になるが、どうしてもこの街の現状が引っかかる。少なくとも、昨日来た時はここまで静かではなかった。もしかしたら、既に制圧されて住民が居ないから、という単純な理由かもしれないが⋯⋯。

 

「ティアさん! 何処に居ま⋯⋯うッ!?」

 

 そんな時、吸血城の扉を開いたミフネアの驚く声が聞こえた。

 

「ミフネア!? 何かあったの!?」

 

 慌ててミフネアの元へ向かうと、驚いた理由が理解できた。吸血城の中は一面、人間の血で真っ赤に染まっていた。それは全て侵入者らしき者達で、人外はただの1人も存在しない。死因はどれも斬殺。何かで一刀両断されたり、突き刺されたりして殺されている。槍か剣か、あるいは両方か。

 

「⋯⋯お姉様、これ見て。1つだけ、干からびた死体があるよ。これって、間違いなくティアの能力だよね? 生命エネルギーか何かを奪って、衰弱死させた、って事だよね?」

「ええ⋯⋯そうみたいね」

 

 似たような能力は探せば幾らでもあるだろうが、剣や槍を使い、相手を衰弱死させるような能力を持つ者なら限られるだろう。そして、ここへ来て人間を殺す理由があるとなれば、最早それはティア以外有り得ない。

 

「てぃあ、この先居る。この先から、てぃあの匂いがする」

「確定ね。ティアはここに居る。理由は⋯⋯検討がつくわね。あの娘、本当に無茶するわ。帰ったらしっかり怒らないと⋯⋯」

 

 もうこれ以上、危険を冒さないように言いつけないと。人間だろうが吸血鬼だろうが、死ぬ時は呆気ないのだから。現に、私がそうだったように。

 

「そうと決まれば急ぐわよ。恐らくは玉座に居るはず。あの女狐と⋯⋯対面してるでしょうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティア!」

「ティアさん!」

 

 扉を思いっきり開いて玉座へ入った私達は(友達)を心配してその名を叫ぶ。

 

「⋯⋯え?」

「ティア? ⋯⋯何やってるの?」

 

 と同時に、その光景に圧巻した。まるで頭から全身に血を被ったような、そう思わせるくらい真っ赤に染まったティアが居た。衣服は所々破けているが、怪我は見たところ全くない。そして、彼女は悠々と玉座に鎮座し、王のような風格を漂わせていた。

 

 そして、その玉座の周りには、死体がないのに血の海が広がっている。妖狐の姿が見えないからこの血は彼女のものだろうけど、あまりにも奇妙な光景に、理解が追い付かない。

 

「ん? あっ、お姉様っ!」

 

 ティアは声で私達に気付いたらしく、私を視認すると脇目も振らずに私に飛び込んできた。衣服に付着した血はまだ温かく、この惨劇がつい先程起きた事を実感させられる。

 

「お姉様、来てくれたんだね。でも、大丈夫だよ? 見ての通り、私は1人でも、無傷で全員倒せるから」

 

 何かがおかしい。

 

「でも、だからって⋯⋯!」

「お姉様、見て? 私の顔見て? ほら、傷も痣も、何もないでしょ? 私は本当に大丈夫だから」

 

 いつものティアじゃないような。いや、そもそも私はティアの何を知ってたのだろう。1人で制圧できるほど強いと、()()()()()()とは今まで知らなかった。ここまで残酷な事ができるとも、知らなかった。

 

「そういう問題じゃないわよ! 今は無傷でも、こんな事続けてたら⋯⋯!」

「んー、でもさぁ⋯⋯私が一番強いんだし、大丈夫だと思うよ?」

 

 嘲笑的な笑顔。全てを分かって、理解してその言葉を口にしてるのだろう。自分がこの中で一番強く、そして、私もそれを知ってると分かってるのだろう。

 

「⋯⋯姉を、心配させないでよ」

 

 私には何も言えない。妹よりも強く、守れるように強くと願って修行していたのに、その妹に追い越された私に、言い返す資格はない。それに、何か言い返して、今の関係が崩れるのが怖い。妹に嫌われるのが恐ろしい。

 

「ううん、全部お姉様達のためだよ? お姉様達を心配させないために、やってるこ──へ?」

 

 突然割り込んできたフランがティアの胸ぐらを掴み、怒りの表情で言い寄った。

 

「ティア! お姉様を困らせるような事しちゃダメでしょ!?」

「えっ、あ、で、でも⋯⋯」

「でもじゃない! 私も心配したんだからね!? 今度私達を困らせるような事したら、本気で怒るから! いいね!?」

 

 フランの凄い剣幕に気圧され、ティアは何も言えずにただただ悲しそうに静まる。珍しく怒られたからか、若干涙目になってるようにも見える。そして、勇気が出ない私にできない事をやってのけるフランが羨ましく思えた。

 

「もう怒って──」

「あ? 何?」

「⋯⋯お姉ちゃん怖い。⋯⋯意地悪っ」

「ふふっ、意地悪でいいよ」

 

 フランはティアを、その小さな身体を、優しく抱擁した。それで安心したのか、ティアは嬉しそうに頬を赤らめていた。

 

「貴女を守れるなら尚更ね」

「⋯⋯やっぱり、これは好きかも。悪い事しても許してくれるんだね、お姉ちゃん」

「悪魔だからね。⋯⋯って、やっぱり悪い事って自覚あるんだー、ふーん⋯⋯」

「あ、いや。それは言葉のあやで⋯⋯あ、その。そんな怒った顔しないで⋯⋯ねっ、ね?」

 

 これはいつもの事だが、フランが怖い。私ができない事を軽々とやるのは凄いけど、その裏には悪魔らしいものが見え隠れする。それはティア以上に読みにくい。

 

「ま、何れにせよ帰ったらお風呂入ろうね。髪までティアのじゃない血がベッタリ付いてるから。ティアのだったら⋯⋯ふふっ。⋯⋯それはそうと、ティアが大丈夫ならもう帰りたいんだけど。本当はまだ眠いし⋯⋯」

「そうね。今も外では日光が照らされてるし⋯⋯久しぶりだわ、こんなに早起きしたの」

 

 早起きは三文の徳なんて言葉が東洋にあるけど、得した気が全くしない。やはりと言うべきか。信じるべきは自分か姉妹、後は従者くらいだ。

 

「起きたの本当に早かったからネ、ティアのせいデ」

「ごめんねー。スクリタにも迷惑かけちゃったね。今度何かお詫びするから」

 

 笑顔で謝るその姿は、反省など微塵もしてないように見える。元々純粋無垢というか、悪いという感情が他の人より薄いから、いつも通りの事ではあるが。

 

「ミフネアとスィスィアもごめん。何も言わなかったから心配かけたね?」

「えっ、あの──」

「ううん! 大丈夫だよ、てぃあ! いつも遊んでくれてるから!」

「⋯⋯そっか。それじゃぁ⋯⋯迷惑をかけたお詫びに、これからも、いっぱい遊ばないとね」

 

 さっきまであれだけの数を殺してたはずなのに、もう遊びの約束とは恐れ入る。本当に、私の知ってる妹じゃないみたいだ。姿形、声や仕草すらよく知ってる妹のはずなのに。あの惨劇を、1人でやったと知った今では。

 

「⋯⋯あっ。そうだわ。ミフネア。貴方はこれからどうするつもりなの?」

「どうするって、何をです?」

 

 色々な事が起きすぎて混乱してる、と言うならいいのだが。まさかまだ自覚がないわけではあるまい。ヴラド公が死んだ今、彼は吸血城の当主。即ちここを管理する責任があるという事を。

 

「ここの管理よ。ティアのお陰で一先ずは取り戻せたけど、このまま野放しにしてたら⋯⋯」

「ああ、その事ですか。もちろん、僕は父を継いでこの城を守りますよ。そのためにも、今日にでも眷属達をここへ戻して復興作業をしなければなりませんね」

「そう⋯⋯良かったら手伝うわよ?」

 

 元を辿れば私達とあの女狐の因縁から始まったようなものだし、彼らとは可能な限り友好関係を築き上げたい。ティアも彼らとは仲の良い友達みたいだし。

 

「いえ、大丈夫です。お姉さんの手を煩わせるには──」

「まだそこまで許してないわよ」

「は、はい⋯⋯」

 

 友達は許しても、まだ恋人は許してないから。これから先も、余程の事がない限りは絶対に許すつもりなんてないけど。ティアがもしその気になれば、話は別だが。

 

 なんて、私がその気にさせるわけないけど。

 

「てぃあ、敵の大将、倒せたの?」

「⋯⋯うん、倒せたよ。だからね、安心していいよ。スィスィア」

「へー、あの狐をねー。ま、私は会った事ないから嫌いそうな奴程度にしか知らないけど」

 

 ティアの話が本当なら、もうあいつにちょかいをかけられる心配も、邪魔される懸念も存在しない。これからは本当に、自由に暮らせるだろう。

 

「そうそう、ティアってさ、玉座になんで座ってたの? お姉様の権力を奪った後のシチュエーションとか?」

 

 フランはさらっと怖い事を口にする。流石にそんな事をティアが考えないとは思うし、うちに玉座なんて存在しない。だが、座る理由も思い付かないからそれは気になる。

 

「ううん、違うよ。お姉様の権力には興味無いしね。ただ、一度座ってみたかったの。座り心地も気になってたしね!」

「純粋かつ最もな理由⋯⋯好奇心だったんだ。あーあ、つまんないの。ティアとお姉様が権力を争ってー、とか思ってたのになー」

「どんな想像してるのよ⋯⋯」

 

 我が妹ながら闘争心が激しいな。ティアも喧嘩に興味を持ったりするし、吸血鬼なら当たり前の感情なのだろうか。私は平和が一番だから、そんな感情はあまり持ち合わせてないけど。

 

「⋯⋯オネエサマ、そろそろ眠いかラ、帰ロ?」

「私はしばらくここに居るわよ。ミフネアの復興のお手伝いをするから。復興はすぐにでも始めた方がいいでしょう?」

「はい、お願いします。おね⋯⋯レミリアさん」

「はあ、もう⋯⋯。というわけだから、先に帰ってなさい。大丈夫、もう危険はないみたいだから。私の能力がそう言ってるわ」

 

 その言葉を聞いて安心したのか、みんなは不満は言わずに家へと帰って行った。それを見届けた私は作業を開始する。

 

 この時、私が大きな過ちを犯したとは、全く気付かずに────




GW中に、もう一話はあげたいですね、これ以上ブランクは⋯⋯ですし


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54話「希薄な幻想」

どんな物も形は変わり、決して永遠など存在せず。


 ──Hamartia Scarlet──

 

 1年経った。スィスィア達の家が人間に襲撃された事件から、もう1年。ミフネアは家の復興とかで最近会わないけど、スィスィアとはよく会うようになった。戦いごっこしたり、竜になってじゃれ合ったりと、毎日のように遊んでいる。稀に激し過ぎてお姉ちゃん達に止められる事もあったり。スィスィアは親が死んだ事で自由に遊べると、ミフネアとは逆に喜んでいた。

 

 逆にお姉様は、ミフネアの復興作業を手伝うとかで前みたいに毎日会うなんて事はなくなった。とても寂しいけど、ミフネアのために行動してる優しいお姉様も好きだから、我慢してる。

 

 お姉様に対してお姉ちゃんやその半身であるスクリタはいつも通り、本当に相変わらず。特に変化はなく、付き合いも進展すらなく、関係すら何も変わらない。それが一番だとは分かってるけど、本音はもっと仲良くなって、親しくしたい。今でも充分だろうけど、どうせなら、このままゴールインするくらいになりたいとは思ってる。

 

「ティア? 集中切れてるよ。何か考え事?」

「んっ、ううん。なんでもないよ」

 

 ウロにそう言われ、私は笑顔で首を振る。

 

 そう言えば、ウロの事を忘れていた。ウロことウロボロス。私の魔法や竜化の指導者であり、友達でもある竜。少しぶっきらぼうで、言い方がキツい時も多々あるけど、根は優しいのか困った時は助けてくれる。最近、ようやく幻想郷へ行くための準備に本腰を入れたのか、昔よりも魔法の修行が過酷になってる。サボりたい。

 

「⋯⋯やっぱり切れてる。嘘、下手になったね。転移はパチュリーに任せていけるけど、わたし達のために気を引けるのはあなたしかいない。分かってる?」

「う、うん⋯⋯」

「⋯⋯分かってるならいいけど。何か考え事? 相談乗ろうか?」

「ううん、大丈夫だよっ!」

 

 今、気配を()()()見せる魔法の練習をしてるんだけど、それが意外と過酷な作業。長時間この状態を持続するだけでも大量の妖力を使うし、大きく見せるための幻惑魔法で魔力も消費するからへとへとになる。正直、もうやめたい。でも、ウロの指示だからやらないわけにはいかない。

 

「⋯⋯でも、凄い汗だね。ティアさん、休憩も必要だと思うよ?」

 

 そう話しかけてきたのは私よりも小さな女の子。お姉様のような金色のウェーブがかかった短髪を持つ、綺麗な青眼の女の子。

 

()()()は甘やかさないで。⋯⋯うん、ややこしいね。()()のティアは吸血鬼を甘やかさないで。⋯⋯うん、これで分かりやすいね」

「私も名前呼んでくれてもいいんだよ? というか、私の方が付き合い長いよね?」

「被害者と加害者の差。責任持つのでしょ? なら諦めて受け入れるが吉」

「うーん⋯⋯うーん?」

 

 この小さな女の子はティア。昔、私が竜の血(シンバル)を飲ませて半永久的な不老不死になった女の子。この娘はこの娘のために故意に飲ませたけど、問題は何も知らずに飲ませちゃったこの娘の姉の⋯⋯。

 

「ティア、また仕事をサボってたの? ⋯⋯悪魔なんかと話してないで、早く終わらせましょう」

 

 ウロの家から出てきたのは、人間のティアと似た金髪青眼の女性。私とあまり変わらないくらいの背丈と髪の長さで、色さえ変えれば私に似てるかもしれない。

 

「もぅ⋯⋯ユースティアは相変わらずだね。いつも怒ったような顔してるけど、もっと笑った方がいいよ?」

「全く、誰のせいでこうなったと思って⋯⋯」

 

 金髪青眼の女性、ユースティア。彼女は人間のティアの姉で、良かれと思ってシンバルを飲ませた哀れな女性。望まぬ形で望まぬ力を手に入れたからか、私を嫌ってるらしい。逆にメイドという仕事を与えてくれたウロの事は好きらしく、扱いは天と地ほども違う。元々貧民層で仕事に就けなかった彼女達に衣食住を提供してるのだから、当たり前ではあるけど。

 

「ティア、さっさと仕事に戻るよ。悪魔はウロさんとの修行で忙しいみたいだからね」

「ユースティアも私を名前で呼んでよー」

「ややこしいから嫌」

「うぅ、ケチ⋯⋯。まぁ、いいよ。嫌いだからとかじゃないだけマシだね」

 

 なんて事を話すと「嫌いだけど」なんて言葉が返ってくる。いつか改善したい仲だけど、これは時間がかかりそうだ。私のお陰で彼女達の時間はまだまだ長いから、そう悩む事もないだろうけど。

 

「⋯⋯ねぇ、ウロ。最近イラ見ないけど、何処で何をしてるの?」

 

 ふと思い出してウロに尋ねる。毎日のように見ていたはずのイラが最近見かけない。私が嫌いと口では言っててもいつも顔を合わせてくれたあの竜娘が。イジれる人がいないのは、つまらないから寂しい。それに、食べたい対象でもあるから、顔を見ないと心配になる。

 

「イラは情報収集。空を飛べて自由にできるの、彼女しかいないから。わたしが行くと、あなたやティア達の面倒を見れない」

「名前同じだし『貴女』の部分もティアに纏めていいんだよ? それと、飛べるって、遠い場所にでも行ってるの?」

「次からそうする。うん、遠いよ。ずっと、ずーっと東にある島国だから。今はまだこの時代のあの地で生まれてないから、どんな場所か知らないし、覚えてないしね」

 

 東にある島国と言えば、前に話していた『幻想郷』のある場所かな。とすれば、本当に、本格的に動き出してるんだ。でも、ウロは昔、私が500歳くらいになるまで行かないとも言ってたし、どうして今なんだろう。まだまだ時間はありそうなのに。私の修行に関しては、早い方がいいからと分かるけど。イラの偵察はその時代にしなきゃ意味なさそうなのに。時代が移り変わるように、その時代によって何もかも変わりそうなものなのに。

 

「って、そんな事気にしなくていいから早く」

「あぁ、はいはい。⋯⋯これ、大変なのになぁ⋯⋯」

「知ってるから慣れるためにも早くしろって言ってるの。吸血鬼なら1週間くらい続けてればすぐ慣れるよ。吸血鬼という個体自体、才能に溢れてるいうなものだし」

 

 厳しいけど甘いというか、優しいというか⋯⋯。ツンデレかな。お姉様に対するお姉ちゃんみたい。お姉ちゃんのは照れ隠しみたいなもので、今のウロとは少し違うだろうけど。

 

「⋯⋯ティア?」

「は、はーい。今すぐやるから急かさないでー」

 

 そうして再び妖力を垂れ流し、魔法で大きく見せる練習に勤しんだ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Remilia Scarlet──

 

「こらっ! サボってないで働きなさい! まだまだ仕事は山ほどあるのよ!! これが終われば、ご褒美の1つや2つ、用意してあるから頑張りなさい!」

 

 眷属に叱咤激励を飛ばし、無理矢理にでも作業を進めさせる。

 

 私は今、ミフネアの復興作業の手伝いに吸血城を訪れている。1年経った今でも手伝いに来てるのには理由があった。というのも、最近になって眷属達の力が落ちてきたのだ。かく言う私も力の衰えを感じていた。昔とはそこまで変わらないのだが、昔よりも伸び代がない気がする。昔はすぐに覚えれた戦闘技術も、今では人間以上ではあってもそれを超える事ができないほど弱まってる気がするのだ。

 

 もちろん本当に気がするだけかもしれない。私の思い過ごしかもしれない。だが、実際眷属達の力は目に見えて衰え、以前ほどの力がない事は明白だ。

 

「レミリアさん、忙しい中ありがとうございます。本当に、助かっています」

 

 現場の監視監督をしていると、そんな男の声が聞こえてきた。中性的ながらもしっかりハッキリ男の声と分かるそれは、この吸血城の現当主、ミフネアの声だ。

 

「いいのよ、これくらい。困った時はお互い様とも言うしね」

「それでも有り難く嬉しい事ですから。⋯⋯ところでティアさんは──」

「居ないわよ。友達の家に行くと言って夕方早くから出て行ったわ。そもそも妹に手伝わせる気はなかったから、フランやスクリタなんかも来てないわよ。残念だったわね」

「い、いえ。別に残念な事は⋯⋯」

 

 とかなんとか言って、声も小さくなって顔も悲しそうな表情になってる。妹並に分かりやすい変化だ。それだけ本当にティアの事を、という事なんだろうけど。もちろんまだ認める気は無いのだが。

 

「復興作業が終わればいつでも来ていいから安心なさい。またすぐ会えるわよ」

「いえ、作業が終わっても当主ですからね。昔みたいに簡単に来れるわけではありませんよ」

「⋯⋯まじめねぇ」

 

 私はずっと昔の頃から当主だけど、仕事とかその他色々よりも妹を優先していた。もちろんすぐに終わらせる必要がある仕事があれば話は別だったが。毎日のように時間を作っては妹達と武器の練習という名目の遊びをしてたから、正直来れないというのはよく分からない。

 

「あっ、そう言えばレミリアさん」

「何かしら? というか、貴方、ここにずっと居てもいいのかしら?」

「いやぁ、多分まずいですね。まぁ、それはそれとして。最近、復興作業が思った以上に進まないんです。それに加えて眷属達の力も弱まってる気がしますし⋯⋯レミリアさんもそう思いません?」

 

 何も言わなかったから知らないと思ってたが、流石にミフネアも気付いていたようだ。そして、それを聞いて疑念が確信へと変わった。私を含めた吸血鬼2人が眷属の力が弱まったと感じてるのだから、間違いない。

 

「ええ、思うわよ。それに加えて、私自身の力も弱まってる気もするわ。こっちは本当に気がするだけだけど」

「そ、そうなんですか? ⋯⋯噂で聞いた話、もしかしたら本当かもしれませんね⋯⋯」

「噂? 何よ、噂って⋯⋯」

 

 何かあるみたいに独り言を呟かれると気になって仕方ない。その気持ちがそのまま口に出たらしく、私はその噂の真相を聞こうと口を挟む。

 

「知りませんか? 幻想が薄れ、それに纏わる者達の力も弱まってるという話」

 

 聞いた事もない噂だ。私は正直に「知らない」と答えると、ミフネアは話を続けてくれた。

 

「原因は神代の時代が終わり、人間達の科学が進歩したせいだとか、ただ単に人間達が幻想という名の私達の存在を忘れてきたからだと言われてます。が、理由は不明です。ただ、幻想が薄れたせいで自然に存在する魔力が失われ、自ずと幻想に纏わる妖怪達の力、即ち妖力も弱まってるという⋯⋯」

「⋯⋯そんな話があるのね。でも、幻想だなんて⋯⋯そう思われてる事自体、苛立たしいわ」

 

 私達は幻なんかじゃない。実際に生きて、呼吸もしてる。人間がどう考えようが自由だが、何故幻想なんかと一緒にするのか。だが、本当にそれが関係あるなら何か手を打たなければならない。これから先、生きていくためにも。そして、妹達を守り続けるためにも。文字通り、どんな手を使ってでも。私は密かにそう決心し、心に誓う────




次回は珍しく、最近出番がないあの方の視点で⋯⋯?(


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55話「気がかりな門番」

久しぶりで申し訳ないのです。
最近はモチベが上がらないのでこのような速度となっている私をお許しください⋯⋯(

さてまぁ、ではこの章最後の話です。今回最後は美鈴さん。


──Hong Meilin──

 

鮮やかな夕焼けが遥か遠くの地平線に沈んでいく。それと共に辺りが暗く、闇に覆われていく。

 

その光景を見る度に、また今日もお嬢様達の時間がやって来たんですね、と実感できる。最近は襲撃もなく静かな夜が続いてるから尚更だ。そして、それは私の門番としての仕事が終わり、新たな仕事の始まりを告げる合図でもあった。日が落ちるのを見届けると、手近な妖精メイドにその場を任せて急いで食堂へと向かう。

 

これはいつものルーティン。日常的な一連の流れ。ただ今日は少し違っていて、食堂へ向かう途中、後ろから足音が聞こえた。そして、振り返ると普段はその時間に見かけないはずの顔を見た。その時のその人は、とても活き活きとして、楽しそうに嬉しそうにスキップしていた。

 

「メーリンっ! おっはよー!」

「はい、おはようございますっ」

 

その人物とはこの館の主であるレミリアお嬢様の妹様、ティア様だった。その自然の色をした髪を優雅に靡かせ、何があったのか声も豊かで嬉々としていた。一体どうして、なんて事を考える前にティア様は口を開く。

 

「メーリン、今日の夕ご飯は何?」

 

食いしん坊なティア様らしい、普段通りの平凡な質問。ただ私には、その質問の意図はいつもとは違うように感じた。まるで気を引き、何かから話を逸らしたいような。もしくは何かに気付かせたくないような。そんな思惑を感じた。長年仕えてきたからこそ感じる妙な違和感だ。

 

「今日はティア様の好きな中華料理一色ですよー。焼き飯に餃子、といつものですね」

 

自分で作ると言ってなんだが、毎日この量を食べてよくもまぁ、太らないなぁ、と常々思う。本人曰く激しく運動してるから太るはずがないとの事だが、それ以外にも色々と訳はありそうだ。もちろん、一介の料理長⋯⋯というかメイドである私が、ティア様本人の口から聞く事はないだろうけど。

 

「おぉー、楽しみだなぁ。メーリンの料理、いつも美味しいしね」

「ふふっ、ありがとうございますっ。⋯⋯ところで、ティア様。どうしてそんな上機嫌なんです? 何か楽しい事とか⋯⋯あっ、いつもみたいにお嬢様かフラン様と何かあったとか?」

「さっすがメーリンっ! よく分かってるね、正解だよー」

 

体全体を使って丸を描き、笑顔で答えていた。見てると微笑ましくなる大変なはしゃぎよう。だけど、やはり私には何かを隠してるような気がした。外見だけでは至って平常運転で何も問題無いように見えるけど。

 

「ん⋯⋯お腹鳴っちゃった。メーリン、お腹空いたから、先に行って待ってるねー!」

「は、はい! すぐお作りしますね!」

 

そのまま食堂に向かって走っていくティア様の後を追うようにして廊下を駆ける。そして、ふと思い出した。

 

ティア様は最初、私の()()からやって来た。そして、声をかけられた。一見すると普通に思えるが、おかしな点が1つある。私が来た方向、つまり出入り口側と地下やお嬢様の部屋に繋がる廊下は真逆なのだ。もしも襲撃された時、何処よりも門に近い部屋なら真っ先に襲われてしまうからだ。だから、お嬢様の部屋や地下室は門から何処よりも遠い場所に置かれているらしい。

 

としたら、お嬢様やフラン様と何かあったとすれば、真正面から走ってくるはず。なのに後ろから走ってきたという事は私に話した言葉は嘘になる。それどころか、真っ昼間から外に出ていた事になってしまう。ティア様は吸血鬼だから、絶対に有り得ない事だけど。⋯⋯いや、移動魔法が玄関に張ってるとか聞いた事があるから、それを使っていたとすれば何も矛盾は⋯⋯ない。

 

でも、どうして私に嘘を⋯⋯。ま、まさか⋯⋯私に言えない何か理由でも? それか⋯⋯面倒臭いと思われて適当にあしらわれたとか⋯⋯。うぅ、有り得る。最近は襲撃がなくて門番としての意義を果たせてないし⋯⋯。そ、それでも料理長としては最低限の仕事はしてるし、いつも料理を食べた後は、とてもよく褒めてくださってるから絶対にない⋯⋯と、信じたい。

 

「うぅ、一体何が⋯⋯」

「⋯⋯メーリン、どうしたの?」

「あっ! な、なんでもありませんよ!」

 

走ってたら、いつの間にかティア様が私の顔を覗き込みながら、後ろ向きで飛んでいた。前を見ないで飛べるのは、長年この館で暮らし、熟知してるからこその芸当だろう。それでも、とても器用な事をする人だ。私もここに暮らしている身だが、とても真似できない。そもそも武術が得意でも、空を飛ぶのは苦手だからという理由があるが。

 

「ふーん、そっか。なら良かったっ!」

 

心安らぐような純粋無垢で、その種族を全く思わせない満面の笑顔。その顔は正しくその幼い外見に違わず、元気いっぱいな人間の女の子にしか見えない。翼と人間には有り得なさそうなその豊満な胸を除いては、の話だけど。稀に本当に姉妹なのか疑問に思う時があるけど、そこ以外はほぼ瓜二つだから姉妹なのは間違いない。というか、こんな事を考えていてはお嬢様達に失礼になるか。これ以上はやめとこう。バレたら後が怖い。

 

「さぁ、メーリン! 早く行こっ! いっぱいお腹も空いたしね!」

「え、えぇ。分かりました! 急ぎましょうか!」

 

ティア様に手を引っ張られ、急かされて、私は食堂へと急いで向かう。いつも通りの、自分の仕事をするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕食後、お嬢様が1人になるのを見計らって後を追い、お嬢様の書斎へやって来た。

 

「──入っていいわよ。扉の前でずっと待たれるのも困るから」

 

と同時に、中から声がする。仕事をサボって来てるわけだから、お嬢様を含め誰にもバレないように来たはずがバレていた。隠れるのが苦手というのもあるけど、それでも気付くなんて「流石お嬢様です」と褒めるしかない。

 

「あ、あはは⋯⋯。気付いてました?」

 

笑って誤魔化そうと部屋に入ると、お嬢様は既に事務作業に取り組んでいた。私に注意を割いてる様子はなく、書類の方に真っ直ぐ集中してる。

 

「下手なのよ、貴女。専門外の事で私を欺けるなんて思わない事ね? で、用事は何かしら? 作業中だけど、しながらでいいなら話を聞くわ」

 

淡々と、まるで書類を処理するのと同じようにお嬢様は話す。常々この作業に飽き飽きしてるからこそ、そのような態度になってしまってるのだろう。

 

「実は相談したい事がありまして⋯⋯。ティア様の事なんですけど⋯⋯」

「ティア? ええ、何かしら?」

 

それでも私の話に聞く耳は持ってくれたらしい。恐らくは妹の名前が出たから、だろうけど⋯⋯。

 

「最近思うんです。ティア様に嫌われてる⋯⋯もしくは、鬱陶しいと思われてるんじゃないかって」

「へ? き、急にどうしたのよ。何かあったの⋯⋯?」

 

予想だにしていなかった話に、お嬢様も思わず手を止め話を聞いてくれた。ただそれが私の話じゃなくてティア様の話だから、というのは少し残念だ。

 

「いえ、今日ティア様に会った時、何か嬉しそうだったので話を聞いたのですが、はぐらかされてしまいまして⋯⋯。それで、実は嫌われてるんじゃないか、って⋯⋯」

「ふーん⋯⋯。なんだ、そんな事か」

「えっ」

 

まさか、お嬢様にまで適当にあしらわれるとは思わなかった。少し心が挫けそうに⋯⋯。いや、しかし。私は一生お嬢様に仕えると約束した身。これくらいの事ではへこたれない⋯⋯!

 

「ああ、勘違いしないで。興味が無いとか、その程度で悩んでるとか、そういう理由じゃないわ。ただ、それなら大丈夫よ。あの娘も年頃の女の子。だから、言いにくい事じゃなく、言いたくない事があるだけよ。そのうち、もう少し成長すればきっと話してくれるはずよ」

 

なんとも言えない楽観的な感じがする。だけど、運命という名の未来が見えるお嬢様がそう言うなら間違いないのだ。もちろん、それには未来を見てるという前提が入るわけだけど。

 

「本当にそう思いますか⋯⋯?」

「ええ、思うわ。貴女は家族なのよ? 私にとっても、ティアにとってもね。そこに何も差はないし、何も違いはないのよ」

「⋯⋯血の繋がった姉妹と、ただの従者でもですか?」

 

何を取り繕うとも、実際は家族ではない。だって、結局はただの従者なんだから。

 

「ええ、それでもよ。だって、ティアにそんな違い分かると思う? あの娘、好きか嫌いかの二択しかないのよ? そんな娘に血の繋がった家族と血の繋がらない家族の違いなんて分からないわよ」

「な、なかなか毒舌ですね、珍しい⋯⋯」

「それほど仲が良いって事よ。本人が居たら何かされそうだから言わないけど。最近フランに似てきてる気がするのよねえ。⋯⋯そういうわけだから、あまり気に病まないで。貴女は家族の一員。それだけでいいじゃない」

 

受け入れてくれるだけでも嬉しいのに、まさか家族の一員とまで言われるとは。あまりの嬉しさに思わず顔に出てしまいそうになる。しかし、それをお嬢様に見られるのも恥ずかしいからと必死に耐える。

 

「っ⋯⋯ええ、分かりました! わざわざお話を聞いてくださりありがとうございますっ! では、仕事の方に戻りますので⋯⋯!」

「ふふっ、ええ、そうなさい」

 

そう言い残して部屋を立ち去る。お嬢様に、私の嬉しいという気持ちを、あまりの嬉しさで零れた笑みを悟らせないために────




これより物語は加速する。

そして、最後があれば最初も────


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第5章「運命的な出会いと幻想的な企て」
56話「運命的な魔女との出会い」


はい、お久しぶりです。

さてさて。ようやく新章ですね。では、ごゆるりと⋯⋯。


 ──Hong Meilin──

 

 現在、私は食料調達のために人間の街に来ていた。紅魔館の住人全員分ともなると、相対的に量も膨大になる。加えて、お嬢様やティア様の趣向や気分次第でよく作る料理が変わるので、その種類も様々だ。あちこち回って買い漁り、買い溜め、買い集め⋯⋯両手いっぱいになるまで、ありとあらゆる店に訪れる。これが週に一度あるから、結構な労力を使い大変なのだ。移動はティア様が用意してくださった魔術を用いたポータルを街の近くに設置してあるので、苦ではないが。

 

 そして、今日。運が悪い事に、いつも付き添いで来ていた妖精メイドも今日は都合が合わず来ていなかった。なんでも大掃除らしいが、お嬢様からはそんな話を聞いてないのでサボりの可能性が大いにある。

 

「メーリン、まだかかル?」

「えーっと⋯⋯いえ、もう最後ですね! 後は野菜だけです、スクリタ様! それと、一緒に付いてきてくださりありがとうございます!」

 

 そんな中、偶然にも都合が合い、ご一緒してくださったのがスクリタ様だった。お嬢様の妹様であるフラン様の半身であり、未だに会話がおぼつかない小さな吸血鬼。見た目は銀髪という事以外、フラン様とほぼ同じだが、その背には翼がないので隠蔽工作をせずとも人間の街に出歩ける。なんとも便利だと言うしかない。

 

「ううン、暇だったかラ。最近ダレも相手してくれなイ。オネエサマは忙しそうだシ、ティアはいつも何処か行ってるシ」

「皆さん大変みたいですからねー。って、あれ? フラン様は⋯⋯?」

 

 スクリタ様だけ来てくださったのは、もしや不仲になってしまったからなのか。そう言えば最近、一緒に居るところは見ても、遊んでいるところは見ていない。何かきっかけがあって、喧嘩でも⋯⋯。なんて心配をしてると、私の不安を読み取ったのか、スクリタ様は首を横に振った。

 

「遊びすぎて飽きただケ。フランはいつも同じような遊びだかラ」

「あ、なるほど⋯⋯」

 

 長く生きた事で、あらゆる遊びを遊び尽くしたからこそ出る言葉。正直、まだまだ色々な遊びはあるだろうけど、スクリタ様は飽き性だから似たような遊びも同じとしてカウントされるのだろう。それ故にフラン様と遊ぶのも飽きてしまったのかもしれない。

 

「おいおい⋯⋯! ありゃあ、王国の騎士じゃあないか⋯⋯?」

「ああ。あいつら、魔女を探してるらしいぞ。なんでも、魔女狩りから逃れた魔女を追ってるっつう話だ。本物かどうかは知らんがな。今時魔女なんて()()()()()()

 

 小さく呟くような声で隣から会話が聞こえてきた。彼らの見る方向に目を向けると、鎧に身を包む騎士が数人。隊列を組んで歩いていた。彼らの言う通り人を探してるのか、その目は周囲をキョロキョロと見回してる。

 

「メイリン。⋯⋯ワタシの事だと思ウ?」

 

 怪しまれないようにか、私や騎士に目を向けずにスクリタ様に話しかけられる。正直分からないが、魔女狩りから逃げた魔女なら違うはず。スクリタ様も魔力は十二分に保持してるため、彼らが魔力を計るような道具でも持っていれば話は変わるが、どうやらそのような道具は持っていない。とすれば、逃げた魔女の顔を分かって捜索してるのだろう。だから、何もしてないスクリタ様が狙われてるはずがない。

 

「いえ、違うと思いますよ。しかし、ここに長居しては危険でしょう。もし正体がバレればもう二度とこの街へは行けないですからね。それは避けたいので、野菜はまた別の機会に買うとして、今日はすぐ帰りましょうか」

 

 それにこれだけ両手いっぱいに荷物を持っていれば、逃げるのにも苦労する。中には卵もあるから、割れたら買い直す羽目になる。同じ物を二度も買うのは時間も労力も無駄になる。それにお嬢様に怒られるからそんな事はしたくない。

 

「分かっタ。裏を通って行こウ。バレないようニ」

「ええ、そうですね。できる限り早く外に出ましょう」

 

 魔女だろうが騎士だろうが、出会えばどちらでも悪い事が起きそうだ。これ以上時間がかかり、更に面倒事に巻き込まれたと知られれば、お嬢様の機嫌を損ねてしまう。

 

 願わくば、何も起きずに家へのポータルに着いてほしい。

 

 

 

 

 

 私は別に起きてほしいなんて思ってフリで言ったわけじゃないし、むしろ起きてほしくないから言ったつもりだった。なのに想像し得る最悪の出来事に今、直面していた。

 

「⋯⋯スクリタ様、どうしましょう」

「ワタシに聞かないデ。どうしようもなイ」

 

 その答えが返ってくる事は予想できていた。ただ聞かずにはいられなかった。どうすればいいのか、私にも分からなかったから。

 

 裏路地を通って街の出口へ向かっていると、1人の少女がそこに倒れていた。お嬢様よりも小さく、お嬢様よりも長い紫色の髪。薄汚れているが、それなりに高そうなドレスを着ている。

 

「見たところ王族かナ? 高そうな服。でも高い魔力を感じル。珍しい人間ダ」

「食べちゃダメですよー? 恐らくは先ほど話していた魔女でしょうけど⋯⋯どうしてこんな服を着ているのでしょう?」

「⋯⋯さァ? 分かんなイ」

 

 もしや騎士が追いかけているのは、魔女狩り以外にも理由があるのか。例えば⋯⋯王族から服を盗んだとか。それなら高貴な服を着ている理由も分かるし、騎士に追われる理由も分かる。ただ、それなら何故この娘が魔法を使えると騎士が知ってるのか、という疑問が残る。魔法を使って窃盗したとしても、バレるような魔法を使うのだろうか⋯⋯。

 

「とにかくこのコをどうするカ。放っておくのハ、フランが知れば怒ると思ウ」

「あはは、それはイヤですねー⋯⋯。では、仕方ないですね。連れて帰りましょうか」

 

 これだから、私はよく苦労する。お嬢様達は自分から厄介事を持ち込んでくるのだ。けど、他のどの組織や団体よりも優しく、心温まるから私はお嬢様達に仕えるのをやめられない。

 

「さて。帰りま──」

「おい! そこで何をしているッ!?」

「⋯⋯最後まで面倒事に巻き込まれるんですね、今日は」

 

 少女を抱え上げたと同時に、騎士と鉢合わせてしまった。今はまだ1人だが、仲間を呼ばれてはお嬢様に迷惑をかけてしまう。なんとかして誤魔化すか。それが無理なら⋯⋯ちょっとだけ痛い目に遭ってもらうしかない。

 

「おっと⋯⋯! そいつから離れてもらおう! そいつは魔女狩りから逃げた魔女、王国に所有権がある! そいつを奪おうものなら──」

「うるさイ」

「──ぁぐっ⋯⋯!?」

 

 一切躊躇がなく、戸惑いがないスクリタ様の手刀が騎士を襲う。圧倒的な速さに騎士は反応はできず、圧倒的な力に為す術もなく地に伏せる。容赦のない一瞬のうちに終わった攻撃に、私はただ唖然としていた。

 

「さァ、今度こそ帰ろウ。邪魔が入る前ニ」

「は、はい⋯⋯っ!」

 

 スクリタ様と一緒なら、物事がすぐに片付く。私1人だと戸惑って、すぐには終わらなかっただろう。一緒に付いてきてくださって本当によかった。これならお嬢様に心配されずにすぐ帰れそうだ。

 

「⋯⋯この魔女、何か覚えがあル」

「え、そうなんですか?」

「うーン⋯⋯気のせいかもしれなイ。正直記憶が曖昧。フランにティア、どちらか一緒に居た時の記憶かモ」

「なるほど⋯⋯?」

「⋯⋯無理に返事しなくていいヨ」

 

 分かっていない事が筒抜けだったらしい。そんなに分かりやすい返事をしてしまったのかな、私。

 

「れ⋯⋯み⋯⋯」

「あら、どうしたんでしょう。何か呟いて⋯⋯」

「メイリン。早ク」

「は、はいっ!」

 

 急かされ、慌てて先を行くスクリタ様の後を追う。⋯⋯少しくらい、荷物を持ってほしいなぁ。少女を抱えながら、心を読まれないよう密かにそう思う────



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57話「旧友な魔女」

はい、お待たせしました。まぁ、ここで長く話すのもあれなのでごゆるりと(


 ──Remilia Scarlet──

 

「お嬢様、少しいいですか?」

 

 いつものように作業と化した書類仕事を進めていると、ノックをする音と共に美鈴の声が部屋の外から聞こえてきた。

 

 私がこの時間、仕事中なのを美鈴は知ってるはずだ。それに普段は買い物が終わって調理の支度をしている時間帯。ならば、急ぎの用事だろう。そう思った私は「いいわよ。入りなさい」と外にいる美鈴に声をかけ、部屋へ入るように促した。

 

「失礼します。⋯⋯あの、お嬢様」

「あらあら。買い物へは1人で行ったとばかり思っていたわ」

「す、すいません⋯⋯。勝手に部外者を館に招き入れた事をお許しください」

 

 部屋へ入った美鈴の腕には茄子のような紫色の髪を持つ少女が抱かれ、その横にはスクリタが立っている。いつも付き添いの妖精メイドはどうしたのか、なんて無粋な質問はやめておこう。どうせサボりだ。今はそれよりも増えた者を注視しよう。

 

 それにしても、この姿。何処かで見た記憶がある。もう400年近く生きてるから、似たような者など幾らでも見た事はあるが。

 

「まあいいわ。で、その娘は何? 人間にしては些か奇妙な力を感じるわ」

「そ、それが魔女らしくて⋯⋯衛兵達に追われているところを偶然出会い、保護しました」

「魔女⋯⋯? そう⋯⋯まだ完全には消えてなかったのね」

 

 魔女が、それも()()の魔女が今も外で生きている事を知ってホッとした。魔女が外にいる。それは神秘がまだ完全には薄らいでない事を意味する。最近、理由は分からないが、神秘が薄らいでいくのを身に染みて感じていた。神秘が薄まれば私達妖怪の力が弱まるため、どのようにしてそれを阻止しようかと試行錯誤していたのだ。

 

 一番手っ取り早い対策としては、人間を襲いその力を誇示する事。しかし、私は先の戦争で無闇矢鱈に人を襲うような野蛮な真似はしたくなくなった。襲えば復讐を呼び、報復しようものなら再び復讐を生む。所謂『負の連鎖』だ。連鎖に絡め取られれば、もう二度と戻れない。それは困るから、別の方法を考えていたところだった。そう簡単に思い付くはずもなく、難航していたのだが。

 

「その娘が本当に魔女なら外の話を聞いてみたいわね」

 

 魔女の話次第では、対策が思い付くかもしれない。思い付かなかったとしても、予想していたよりも時間の猶予が伸びるかもしれない。

 

「美鈴、隣の部屋が空いてるからそこで休ませなさい。もし起きたらすぐ知らせてちょうだい。スクリタも暇なら見てあげてほしいのだけど、大丈夫かしら?」

「大丈夫。どうせ暇してるかラ」

 

 なんだろう、この素っ気ない態度。最近遊んであげれてないから怒ってるのだろうか。もしそうなら可愛いけど、最近構ってあげられず申し訳ない。だからといって仕事を放置する事もできないから、可能な限り時間を作れるよう努力しよう。そうしないと、溜め込み過ぎて爆発するかもしれない。あの時みたいな狂気を再来させるわけにもいかないから、それだけは回避しなければ。

 

「⋯⋯心配そうな顔だネ。大丈夫だヨ。しっかり見てあげるかラ」

「え、ええ。よろしくね」

 

「ああ、美鈴。少し待って」

「は、はい! なんでしょう⋯⋯?」

 

 私に引き留められた美鈴は怒られるとでも思ったのか、少女を抱えながらも身構えて畏まる。今この状況で怒るほど私も厳格ではないというのに、どうしてそこまでするのか。私ってそんなに怖いのかな。

 

「勝手に部屋に連れて行かずにまず私のところへ来たのは褒めてあげるけど、こういった非常事態なら断りなく部屋へ連れて行ってもいいわよ。危険かもしれないからね」

「り、了解です!」

「はあ⋯⋯。そんな畏まらなくていいから。もう行っていいわよ」

 

 いつになく緊張している美鈴をスクリタと一緒に追い返し、足音が遠のき1人になったところで思考を巡らす。

 

「本当に誰だったかしら、あの娘。絶対に知ってる気がするのに⋯⋯」

 

 あの娘を一目見た瞬間から、懐かしいように感じていた。『何が』と聞かれれば答えようがないが。だけど、しっかりとした感覚で、私はその正体を知ってる。長く生きていたが故に、薄れていく記憶の奥深くで。私はその名前を覚えているはずだ。

 

「そうだ⋯⋯。確か、あの時の戦争にいた──」

 

 後もう少しで思い出せそうだったその時、突如として『ドンドン』と大きな音を立てて扉が叩かれる。集中していたからか、ビックリして思わず身体が震えてしまった。そして、その音のせいで何を考えていたか忘れてしまった。後ちょっと、というところで邪魔されるのは流石の私でも腹が立つ。

 

「はあ⋯⋯何か忘れ物でもしたの? めい⋯⋯あら。帰ってたのね、ティア。おかえり」

「うんっ! ただいま、レミリアお姉様!」

 

 想起の邪魔をしたのは従者ではなく、緑髪の少女──最愛の(ティア)だった。何をして遊んでいたのか服は薄汚れ、髪はボサボサに乱れている。身だしなみを気にしなくとも可愛いのは可愛いが、姉としてはもう少し気にしてほしい。外に出てこの姿を誰かに見られるのは恥ずかしい。自分自身じゃない分、より酷く、確実に。

 

「レミリアお姉様! アイツが居たよ! あ、ちょっと姿は違ったから違う人かもしれないか。って事で、訂正するね! アイツに似た奴がいた!」

「はいはい、分かったから落ち着きなさい。話が見えないわ。誰がいたっていうの?」

「あれ、この部屋から出てきたと思ったけど違うのかな。マジョラムだよ、昔戦争の時、レミリアお姉様と仲良さそうに話してたアイツ」

 

 言い方が断言的でその言葉の端々からは嫉妬や憤怒を感じる。まるで自分以外と話す事を許さない、みたいな欲深い感情。私の妹はいつの間に、こんなに独占欲が強くなっていたのだろうか。

 

 それはそうと、ティアのせいで忘れてしまった旧友の名前を、ティアのお陰で思い出せた。名前をマジョラム・ノーレッジ。かつて人間の軍の一員としてやってきて、竜退治でのみ協力関係を築いた小さな復讐者。あの後どうなったかは知らないが、彼女を含む騎士達の噂は一切聞かなくなった。だからこそ、すぐさま処刑されたとばかり思っていたが、もしあの娘が血族ならば、そうではないらしい。

 

「なんでここに居るの? ねぇ、連れ込んだの?」

 

 その目が虚ろに、光が消えたように見えた。そんなにマジョラムの事が嫌いだったのか。というか、ティア自身別にマジョラムとの仲は悪くなかった気がするが。⋯⋯反応を見る限り、気がしてただけか。私の目も頼りない。

 

「ええ、美鈴がね。どうも衛兵に追われてたらしいわ。美鈴もお人好しよねえ。放っておけば朽ちる命を、救って来たんだから⋯⋯」

 

 先ほど対面した時にチラリと見えた少女の運命。一瞬だけでも幾つも枝分かれした運命が見えた。そのほとんどは()()()()、真っ暗な闇が続いている。──即ち『死』。彼女の未来は運が悪ければ途絶えてしまうほど、死と隣り合わせで生きていたようだ。どうしてなのかは、詳しく見ていないから分からないが。

 

「⋯⋯そっかー。よかったっ! ねぇ、アレ本当にマジョラムかな? ちょっと違うかな?」

「さあ、どうでしょうね。でも、ただの人間なら生きてるはずがないわ。だから、例え本人だったとしても、もはや別人でしょうね」

「本人なのに別人? それって矛盾してない?」

 

 ティアは顎に手を当て、首を傾げる。分かりやすい疑問の動作だ。可愛らしくて、しばらく眺めていたい欲求に駆られる。

 

「矛盾してないわ。ティア、覚えてなさい。人間なんてものは不完全で、時間と共に変わるものなのよ。だからこそ、不変を、不死を望んでいる。まあ、確かマジョラムは魔法も使えてたから、ただの人間ではないでしょうけど」

「うーん⋯⋯そうだね」

 

 マジョラムの名前を出すとあからさまに不機嫌な顔になる。そんなにも嫌いだったのか。それとも、敵対してた頃の印象が強いせいなのか。どちらにせよ、これ以上彼女の話をするのはやめた方が良さそうだ。

 

「お嬢様! 起きました! あ、ティア様。おかえりなさいませ」

「うん、ただいまー」

 

 今回は急いで来てくれたのか、ノックも忘れて美鈴が部屋へ入ってきた。突如として現れた美鈴に、ティアはビックリする事もなく反応する。実は分かってたのかもしれない。彼女が部屋に入ってくる事を。なんて、わけないか。

 

「あら、案外早かったわね。隣の部屋よね? 今行くわ」

「⋯⋯私も行くね!」

「いいけど、変な事しないでよ?」

「うん!」

 

 心配しかない。そんな私の思いも虚しく、愛するが故に簡単に諦め、同行を許す事になった。

 

 

 

 

 

 私達が部屋へ入ると、部屋の中にはスクリタと、もう1人。先ほどの紫髪の少女がベッドの上に座っていた。その汚い服とは裏腹に容姿端麗。年齢は若く見えるが、その立ち振る舞いは年齢以上のものを感じる。彼女は私にすぐ気付くも、じっと見つめるだけで何か言おうとはしない。逆に私が何か言おうとした途端、先に美鈴が口を開いた。

 

「こちら、パチュリー・ノーレッジという名前の魔女らしいです。本人もお嬢様と会いたいと申しておりましたので、すぐ伝えに行きました」

「説明ありがとう、美鈴。⋯⋯ふーん」

 

 思い出してみれば、やはりマジョラムと何処と無く⋯⋯いや、かなり似ている。容姿だけじゃなく、中身であるちから──恐らくは魔力すらも。ただ、本人でない事は分かった。なんとなく、といった曖昧な実感と、改めて見て思った事。マジョラムよりも少し小さい気がするから。

 

「貴女はパチュリーっていうのね。私はレミリア・スカーレット。この館の主にして高貴なる吸血鬼で──」

「説明は不要。知ってるよ、私は貴女に会いに来た。生きるためにね」

 

 その顔に冗談の欠片はなく、偏に真面目に。その態度は私に必死さを伝えているようにも思えた。小さいながらも、その必死な様に、彼女にとって重要な事だと私は理解できた────



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58話「淑女な魔女」

 ──Remilia Scarlet──

 

「改めて自己紹介するわ。私はパチュリー・ノーレッジ。若いけどこれでも一流の魔女よ」

 

 若いというか、若すぎるのではないか。見たところ私と背丈が同じくらいだから、人間だと10にも満たない子供だ。いや、魔女だから若く見えるだけなのか。なんて、それはどうでもいい。それより今は⋯⋯。

 

「⋯⋯そう。で、パチュリー⋯⋯だったわよね? 私の事は誰から聞いたのかしら?」

 

 理由はともかく、どうして私の素性を知ってるのか。どこから漏れたのかくらい知っておかないと、後々面倒な事になる可能性もある。場合によっては、私自身が対処しなければならない。

 

「私は母から。母は祖母から。ご先祖さまから話だけは受け継いできたわ。憎み、恨み、共に戦った吸血鬼──レミリア・スカーレット。青紫色の髪を持ち、その佇まいは傲慢な貴族のようで、謙虚な淑女のようでもある。村1つ壊滅させる事ができる力を持ちながら、最近はその力を示さない。それと、ついでに妹がいて可愛がってるとかなんとか。そんな人物像と共に、何か困った事があれば貴女に頼れとも言われたのよ。この館の位置情報と一緒にね」

「⋯⋯ついで?」

 

 その言葉にティアは不満そうに口を膨らませる。私でもオマケみたいに扱われたら怒りたくなるけど、今それをされると話が拗れるから、ティアには咳払いをして静かに注意を促した。怒りを抱きながらも私の思いは届いたらしく、不貞腐れながらもティアは私の後ろに下がった。

 

 私の事をそれほど知ってる者は限られてくる。それも恨みを持ち、共闘した者となれば、やはり昔戦った人間の騎士マジョラムしか思い付かない。子孫の命運を私に委ねるほど信頼されてるとは思えないが、他に誰かいただろうか。それとも、彼女の中で何かが変わった結果、私に委ねてくれたのだろうか。いずれにせよ、本人がいない事には真相は不明か。

 

「1つ聞くけど、そのご先祖さまの名前は分かるかしら? それと流石に生きてないわよね⋯⋯?」

「名前は知らないわ。生死は不明。なんでも、数百年前に突然消えたらしいわ。ただ魔女で王国に仕えてた事だけは知ってる。そのお陰で本来忌み嫌われるはずの魔女()が王国の中でそれなりの待遇を受けてこれた。ただ魔法を研究し、王に役立つ物を作るだけで衣食住、望むものはなんでも欲しいものが手に入った。⋯⋯少し前まではね」

 

 意味深な言葉に「何かあったのね」と聞くと、パチュリーは寂しそうな表情を浮かべて頷いた。そもそも兵士に追われてるというのに、何かないわけがない。

 

「確かに王国お抱えの魔女が王国の騎士から逃げてるなんて、待遇があまりにも変わりすぎね。何かやらかしたのかしら? それとも⋯⋯王国で何か変わったのかしら?」

 

 半ば質問ではあったが、私の問いは正解だったようだ。パチュリーは首を縦に振った。

 

「ご名答。最近、王国では神秘の排斥が進んでいるわ。有りもしない噂を流し、逆に有るはずの噂を流さず。その一環として王国配下の魔女達も消されつつある。つい数年前までは私みたいな小さな子供まで手が回る事はなかったけど、つい先日の事よ。私にまで火の粉が飛んできた。私はそれをいち早く察知した母に助けてもらい、なんとか城から逃げてきた。そして、街で貴女の従者と妹に出会った」

 

 近頃の神秘の薄れはやはり王国の仕業か。私達に勝てないと思い、方向性を変えてきたらしい。しかし、効果的だ。もう戦争を起こす気力はないし、するとしてもそれは本当の最終手段だ。何か別の手段があるなら喜んでそっちを取る。もう二度も妹達を危険な目に遭わしたくない。より安全で、確実な方法が必ずあるはずだ。

 

「そう、大変だったのね。⋯⋯母親はどうなったの?」

 

 吸血鬼である私でも、その質問はまずいと分かっていた。だが、パチュリーには悪いが聞かないわけにはいかない。もし生きてるなら、娘が向かった場所を敵側に漏らす可能性がある。飽くまでも可能性。しかも命を賭してでも助けようとした娘の命を危険に晒す事はないはずだが⋯⋯万が一という事がある。万が一の事があれば、先手を打って攻め込む事はしなくても、防衛を考える必要がある。

 

「死んだわ。私を庇って、致命傷を受けていた。あの傷じゃ助からないわ」

「⋯⋯分かったわ。その、ごめんなさいね」

「気にしなくていいわよ。いつまでも泣いてるわけにはいかないから」

 

 母親が死んだというのに、全く泣かない。泣く素振りすら見せない彼女は強いのだろう。⋯⋯かく言う私も、母親が死んだ時泣いた覚えはないが。それは私が非情なだけで、彼女とはまた違う。私のは、強さでもなんでもない。

 

「⋯⋯それにしても驚いたわ。思ってたよりも小さいのね、貴女。吸血鬼が不老不死なのは知ってたけど、本当に全く成長しないのね」

「あら。余計なお世話よ。不老不死なわけじゃないわ。ただ長寿なだけ。人間よりずっとね。だから不老不死に見えるというだけよ。私も後数千年くらいすれば、ないすばでぃーな大人の女性になるのよ」

「⋯⋯途方もない年月ね。私には理解ができないどころか、認識すらできないでしょうね」

 

 強がってはみたものの、私もまだ400年くらいしか生きてない。だから、本当にそれだけ生きたら『ないすばでぃー』になるのか分からない。⋯⋯なれたらいいな、本当に。私の背中に隠れるティアをチラリと見て心底思う。まず私よりも大きなくせに、なんで後ろに隠れ続けてるのか。可愛い妹だから許すけど。

 

「⋯⋯1つ聞いていい?」

「いいわよ。何かしら」

「私は生きるためにここに来た。王国から私を助けてくれる? お礼も何もないし、ここに置く事で危険が増すかもしれない。それでも、私が助かる道は1つしかない。私のために、私を助けてくれるかしら?」

 

 なんとも強欲で、傲慢な質問だ。だが、面白い。こんなにも吸血鬼に抵抗がなく、恐怖を抱かずにすんなりとそんな質問ができるとは。肝が据わってるというか、命知らずと言うべきか。とても私好みの人間だ。もちろん恋愛的な意味じゃなく、『LIKE(ライク)』の方の意味で。

 

「私はいいわよ。⋯⋯妖精メイドはともかく、今この場に居る人には聞いておこうかしら。貴方達は助けるか見捨てるか、どっちがいいかしら?」

「オネエサマと同じデ。ワタシはどっちでもいいかラ、オネエサマの方針に依存はなイ」

「私は従者ですので、スクリタ様に同じく依存はございません」

 

 いち早くスクリタが、それに続いて美鈴がそう話す。2人とも発言内容は控えめながらもその意思は強い。我ながら、従者や妹に信頼されてるようでとても嬉しい。

 

「⋯⋯あれ、ティア?」

「私は⋯⋯なんか気に入らないから本当は嫌だけど、お姉様がいいなら、私も⋯⋯うん。別に、いいかな、って⋯⋯。その代わり、許可する代わりに、後で一緒に遊んでくれる?」

「ちょっと『代わりに』って部分が分からないけど、いいわよ。仕事が終わったらね」

「ふふっ、ありがとっ!」

 

 この娘は甘えん坊だが、何かズレてるような⋯⋯。まあ、気にする事もないか。それよりも何が気に食わないのか気になるが、なんとなく想像はつくので聞くのはやめておこう。話が拗れる運命が見えた。

 

「⋯⋯姉妹全員がシスコンって話、本当なのね」

「へ? えっ!?」

 

 なんて噂が流れてるんだ。そう思い、反射的に驚いた。もしこの噂が王国に知れ渡っていれば、私の弱みを握られているのも同然ではないか。い、いや。流石にそれを心配する必要はないか? 私までとはいかずとも、この娘達も強いのに変わりないし。人間くらいなら、大丈夫か。

 

「ああ、ごめんなさい。思った事はすぐ口に出しちゃう性格なのよね。悪い意味で言ったわけじゃないから許してちょうだい」

「そ、それはいいけど⋯⋯」

「シスコンの何が悪いの。別にいいじゃん」

「ティア、ステイ。落ち着きなさい」

 

 口を膨らませ怒るティアを戒め、頭を抱える。この2人、犬猿の仲まではいかないが、なかなか相性が悪い。この関係をどうやって解消するべきか。はあ、頭痛がするほど悩ましい。

 

 ──ああ、こんな未来があるのか。ならば、そうしよう。

 

「⋯⋯ティア、私と遊びたいなら、私が仕事をしてる間、パチュリーに紅魔館の案内をお願いできない?」

「えっ⋯⋯えぇー⋯⋯」

 

 案の定、物凄く嫌そうな顔だ。少し荒治療になるが、可能性は高いからこの運命に賭けるしかない。もしダメでも、時間はたっぷりある。なら、他の選択肢に切り替えればいいしね。

 

「あら? 私と遊ぶの嫌なの? 貴女が案内してくれないと、遊ぶ時間を削るしかないのよねえ⋯⋯」

「うー⋯⋯分かった。パチュリー! 案内するから来て!」

「ええ、よろしくね」

 

 怒りっぽいティアとは対照的に落ち着いた態度のパチュリー。心配しかないが、私が見た運命を信じるしかない。善は急げとも言うし、後は運命に任せるとしよう。

 

「⋯⋯オネエサマ、大丈夫なノ?」

「ええ、大丈夫よ。⋯⋯五分五分だけど。ああ、そうだ。美鈴。あの娘の案内が終わったら食べれるように、パチュリーのために夕食を作ってあげて」

「了解です!」

 

 美鈴を見送り、スクリタに別れを告げ、私は1人部屋へ戻る。その後私は、成功を願い⋯⋯ゆっくりと目を閉じた────



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59話「怠惰な案内人」

 ──Hamartia Scarlet──

 

 面倒だ。とてつもなく面倒。どうしてお姉様は、私が嫌いだと知ってるはずなのに、お姉様(自分)に近寄る虫を私に任せるのだろう。暗に私へ「殺せ」と言ってるのかな。なんて、お姉様の事だからそれはないか。無駄に真面目だし、誠実だし。ほんと、私と大違いに綺麗な人。だからこそ、暗殺なんてできやしない。お姉様を傷付ける事に繋がるから。それは嫌だ。それは⋯⋯最終手段だから。

 

「ねえ。名前なんて言ったっけ?」

 

 紅魔館の廊下を歩く最中。後ろを歩くパチュリーが気安く話しかけてきた。そう言えば、自己紹介してない。お姉様に名前を呼ばれた気はするけど、自分から名乗ってない。相手がどれだけ嫌いだろうと自己紹介しないのは失礼だ。

 

「まだ名乗ってない。私はハマルティア・スカーレット。ティアでいいよ」

「よろしくね、ティア。私の事はパチュリーと呼んでちょうだい。⋯⋯あら」

 

 ティアでいいとは言ったけど、気安く呼んでいいとは言ってない。それに会話してあげようとも思ってない。パチュリーを無視して先を急ぐと、パチュリーも無言のまま私の後を追ってくる。

 

「⋯⋯もしかして、私の事嫌い?」

 

 急いで付いてきたかと思えば、ただ一言、パチュリーはそう質問した。私のあからさまな態度からそう察したらしい。

 

「さぁね」

 

 だがそんな事、答えられるわけがない。彼女の先祖がお姉様と仲良くしてたから嫌いだなんて。彼女自身もお姉様と仲良くしそうだから嫌いになりそうだなんて、恥ずかしくて言えない。もし言ったら私は嫉妬心の塊だと露呈する。吸血鬼は誰にも弱みを握らせてはいけない。お姉様達を守るなら、尚更だ。⋯⋯あでも、シスコンってバレてるならいいのかな。いや、やっぱり恥ずかしいから言わないでいっか。

 

「⋯⋯着いた。ここが食堂ね。それで、あの奥の扉が図書館の入り口」

「図書館? 図書館があるの? 家の中に?」

 

 不自然な単語を聞いたからか、パチュリーは目を丸くして驚いていた。私も間違ってるとは思うけど、お姉様達が『大図書館』と呼んでるからそれが正しいのだ。間違いがあるはずがない。

 

「うん。図書室じゃないのは、多分大きいからじゃないかな。詳しくはよく知らない」

「ちょ、ちょっと中覗いてもいい?」

 

 あれ、思ってた反応と違う。素っ気ない態度で「へー」とか「そっか」とか、適当に返されて終わりだと思ってたのに。なんというか、うずうずしてるような、興奮してるような。なんとも言えない雰囲気だ。

 

「いいよ。行こっか」

「ええ⋯⋯!」

 

 そんな奇妙なパチュリーを連れて、私は図書館へ足を踏み入れた。中へ入ると途端にパチュリーは身動き1つせず立ち止まる。まるでイラの魔眼を受けたかのように、静止してしまった。

 

「こ、これが図書館⋯⋯!? なんて広さなの!? 城にあった図書室の10倍⋯⋯いや、もっと⋯⋯それこそ国内にある図書館並の大きさだわ⋯⋯!」

 

 そして、動いたかと思えば静かに騒いだ様子で興奮気味に口を開いてた。

 

「好きなの? 図書館」

「え? ええ、まあね。これだけが唯一の楽しみだったから。と言っても、まだ10年も生きてないけどね」

「ふーん⋯⋯え? ちょ、ちょっと待って。い、今は何歳なの?」

「7歳だけど、どうかしたの?」

「ななっ⋯⋯!?」

 

 思った以上に若い。こんなにも落ち着いて、しっかりしてるのに、10にも満たない幼子だっただなんて。人間⋯⋯というか、魔女は見かけによらないんだ。ウロもそうだけど、やっぱり魔女(彼女)達の事は分からない。

 

「そんなにビックリする事かしら⋯⋯。見た目だって年相応でしょう?」

「いやいや。魔女だから見た目は当てにならないし。そ、それに⋯⋯しっかり、してるし⋯⋯」

 

 吸血鬼()のプライドからか、それを口にする事が阻まれる。それを見て察したのか、パチュリーの口元は微かに笑ってた。

 

「あら、認めてくれたのかしら」

「別に認めてないし。さあ、気が済んだら次行くよ、次。それとも、何か読みたい本でもあるの?」

「そうねえ⋯⋯召喚魔法に関する書物があれば読みたいわね。あるかしら?」

「召喚魔法? ⋯⋯好きなの?」

 

 私との、意外な共通点。召喚魔法にも様々な種類があるから、一概に同じものが好きだとは思わない。だけど、それでも。同じ事が好きな人が増えるのは嬉しい。

 

「まあ⋯⋯好きか嫌いなら好きかしら。さっき話した私のご先祖さまが使い魔として4体の精霊を付けてたらしいから。私も精霊とまではいかなくても、使い魔の1人や2人欲しいのよね」

 

 使い魔と聞いて一番に思い出したのは憤怒の竜イラ。彼女は契約からか、ウロの使い魔みたく彼女に奉仕していた。そして、次に思い出したのが色欲の悪魔コア。今はもういないけど、その姿はお姉ちゃんに献身的で、使い魔と呼ぶに相応しい悪魔だった。⋯⋯どうしてかな。思い出すと、少し寂しい。

 

 ともかく、私が知ってる使い魔の前例から、あまり良い印象はない。前者はわがままでろくに命令を聞いてくれないし、後者は自由気まま過ぎて勝手な事を始めそうだし。簡単に御する事はできないイメージだ。

 

「使い魔ねぇ⋯⋯。武器とか召喚して戦えばいいじゃん」

「武器? ⋯⋯もしかして、武器が好きなの?」

「うん! 中でもミストルティンとか、神話をモチーフにした武器が好きだよ! 神話に近付けようと無理に凝って、概念武装やら概念付与やら、他の魔法も組み合わせちゃうんだけどね。だから、純粋に召喚魔法だけ、ってのは使った事ないかも」

「⋯⋯楽しそうに話すわね」

 

 なんだか哀れみのような嫌味を言われた気がして、後ろを振り返ってパチュリーを睨み付ける。と、パチュリーは物怖じせずに首を横に振った。普段なら見た目が幼い私だろうと、人間は一瞬でも迷いや恐怖を見せてくれる。なのにこの魔女ときたら。私が怖くないのかな。全く驚かないなんて、変わった魔女だ。

 

「ああ、変な意味じゃないわよ。私、病弱で激しい運動できないから、貴女みたいに武器を作って楽しい、という感情がいまいち理解できなくて⋯⋯」

「病弱? 見たところそんな風には見えないよ?」

 

 今も普通に歩いてるし、美鈴や本人の話によると、街で力尽きたとはいえ、そこまで騎士を振り切って逃げていたはずだ。それなのに病弱だなんて、信じられない。けど、逆に嘘をついてるようにも見えない。

 

「今日は調子がいいだけ。悪い時は喘息が酷くて動けないのよ」

「ふーん⋯⋯大変なんだね。でもさ、召喚魔法じゃなくて体調を治す魔法を探したら解決すると思うけど、しないの?」

「治らないのよ。どうやってもね。生まれ持った体質だから、かしら。普通に罹った病気を治すのは簡単なのに、病弱な体質だけは治せないのよね」

 

 つまり『治す』魔法がそれを対象として見ていない、という事だろうか。前に誰かが話していた「壊れてないモノは直せない」理論と同じかな。もしそうなら、私でも治せない。そもそも、治す義理なんてないけど。って、いや。違うか。お姉様のお客さんだし、これから住むらしいから義理はあるか。⋯⋯面倒だけど、仕方ないか。

 

「さあ、こんな暗い話は後でにして、早く本を見つけましょう。どうせここに住むなら、この図書館近くに部屋を借りてゆっくり探してもいいけど」

「なら今はそうしよっか。お姉様に頼まれたのはここの案内だけだしね。それ以外の事は面倒だから、また今度。私が暇な時にでも面倒見てあげる、ね?」

「あら、やっぱり認めてくれたのかしら?」

 

 パチュリーは得意気にほくそ笑む。それは嬉しさから来るものなのか。それとも、優越感からか。

 

「さぁ、どうだろうね。それよりご飯の時間が迫ってるよ。早く終わらせて、食堂に行こっ!」

 

 どちらにせよ、最初出会った時よりは煩わしい気持ちが薄れてるのは事実。彼女が今、どんな気持ちにせよ、紅魔館に住む事くらいは認めてあげよう。私は心の中で、密かにそう決めた────



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60話「神秘的な知識」

 ──Hamartia Scarlet──

 

 数日。パチュリーが家に来てから数日経った。彼女は図書館の近くに部屋を借りると話していたけど、何があったか部屋で見かける事はなく、図書館で眠ってる姿をよく見る。起きている時もまるで司書のように図書館の一角を陣取るなど、居候なのに結構自由に暮らしてる。お姉様はそれを面白そうに見てるから、私も許してあげてる。

 

 それに、稀に本を開いたまま寝てるところや、届かない本に手を伸ばして転けてるところを見ると、なんだか和やかな気持ちになるし。こんな人がいても悪くないかな、と思ってしまう。

 

「ティア。暇ならそこの棚にある本を取ってちょうだい。一番上、右から3番目の」

 

 夜ご飯を食べ終わったすぐ後。ウロの家に行く用事もなく、暇を持て余していた私は図書館に来ていた。そんな私を好都合だと捉えたパチュリーは私にそう命じる。少し面倒だったけど、どうせ暇だったから本へ手を伸ばした。

 

「私は小間使いじゃないんだけどなぁ。はい、どうぞ」

「ありがとう」

 

 パチュリーに本を渡すと、暇を持て余していた私は彼女の横から本を覗き込む。そこには難しい言語がびっしりと書かれ、パチュリーも眉間にシワを寄せていた。

 

「その本、面白い? 私が見る限りギリシャ語⋯⋯それも古典ギリシャ語だから読みにくいと思うよ? 内容は短くて簡素だからまだマシだろうけど⋯⋯」

「あら、ギリシャ語読めるの?」

 

 パチュリーの質問に首を振る。私は生まれて此の方1つの言語しか喋れない。ウロに東洋の難しい言語を覚えさせられた事もあったが、あまりにも難しくて単調な文しか分からない。最終的に「どうせ行ったら分かるようになるし、やっぱり覚えなくていい」と言われた時はさすがの私も少し怒った。謝ってくれたから許してあげたけど。

 

「古典ギリシャ語ね。もちろん、読めないよ。辞書片手に数週間かけてようやく読める程度。だから、読みにくいって言ってるの。すぐ読みたいなら分かる言語で書かれた本を読んだ方がいいよ。魔導書を読みたいのは分かるけど、特にその本は内容が曖昧だし、意味不明な事ばっかり書いてるし。分かる人が読めば分かるんだろうけど」

 

 少なくとも、私が知る限りではこの本を理解できる人を知らない。本を出してるウロに見せた事があるけど、彼女も理解できないようだった。もし理解できる人がいるとすれば、それはとてつもない天才か、その内容を熟知してる──。ともかく、私の周りで理解できる人はまだいなさそうという事だけは分かってる。

 

「じゃあそっちの──この本の隣にあった──本を頼もうかしら。こっちの本はまた今度、言語を覚えてからにするわ」

「あ、読むんだ⋯⋯。頑張るね、貴女。私は途中でつまんなくなるから、絶対続かないや」

「怠惰ねえ」

「そんな酷くないよー? むしろ努力家だよー?」

 

 パチュリーの発言に心でも読まれてるのかと一瞬ビックリした。でも、今はもう家族だからそんな魔法使うわけないし、使われてる気配もないから読んでないか。⋯⋯いよいよ私、顔を見られてなくても感情を読まれるくらい隠すのが下手になっちゃったのかな。

 

 ──それは困るから、後で対策練らないとね。バレたらヤバいしー。

 

「そうかしら? 姉なのに言われてからやってるところしか見た事ないわねえ」

「ん?」

 

 私の悪口を言っていいのは私の姉か家族、そして友人だけ。もし知らない奴なら吸い殺そう。そう思い、誰が言ったのかと背後を振り向けば、そこには愛するレミリア()がいた。図書館を血で汚さずに済んだと胸を撫で下ろし、改めてしっかりと姉に向き直った。

 

 改めて思えばこんな場所まで侵入を許すほど美鈴は弱くもサボり魔でもないから、部外者がここに居るなんて有り得ないんだけど。

 

「なんだ、お姉様か」

「なんだとは何よ」

「ううん。別にー」

 

 決して何も悟らせまいと笑顔を作って誤魔化す。お姉様は気付いてか気付いてないのか、ため息をついて呆れていた。そんな顔も食欲を唆るほど愛おしいから、別に悪いとは思わない。

 

「貴女、悪い笑顔してるわよ? まるで悪戯し終えた後みたいに」

「そうだね。お姉様に似た顔してる」

 

 お姉様にそう言ったのはもう1人の姉のフラン(お姉ちゃん)。お姉様の後ろからひょっこりと顔を出し、後ろに手を組み上半身を突き出して、と可愛らしい姿でそこにいた。

 

「誰が悪戯っ子よ」

「誰もそんな事言ってないけどー?」

「ふーん。私にはそう言ってる風に聞こえたけど?」

「そこまでよ! こんなところで喧嘩なんてしないでよ。今、私、読書中」

 

 パチュリーは慌てた様子もなく、子供に説明するかの如く片言でその場を諌めようとしていた。普通なら逆効果なのに、2人は大人気ないとでも思ったのか渋々怒りを収め、煽りをやめた。それも仕方ない。だってパチュリーと2人は400歳くらい年が離れてるから。そんなに離れてたら、恥ずかしくて怒るに怒れない。

 

「はー⋯⋯。あ、そうだ。パチュリー。改めて自己紹介するよ。私はフランドール・スカーレット。姉レミリアの妹で、ティアや双子のスクリタの姉だよ。よろしくね!」

「お姉ちゃんってパチュリーと会った事なかった?」

「食事とかで会った事はあるけど、ちゃんと話した事はなかったからね」

「そうね。知ってるだろうけどパチュリー・ノーレッジよ。⋯⋯双子の妹、もといスクリタの姿が見えないわね。喧嘩でもしてるのかしら?」

 

 そう言えば、と辺りを見渡す。今──というか最近は──彼女、私の中に帰ってくれないから、私の中にいるわけじゃない。それに昔はともかく今は()に慣れてるし、魔力供給も自己管理がしっかりしてるから、魔力不調で動けないという事もない。

 

「疲れてるからって部屋で休んでるよ。最近、よく疲れるんだってさ。心配だけど、本人は大丈夫だと言ってるし、私から見ても命に関わるような状態じゃないからゆっくり部屋で休ませてるよ」

「ふーん⋯⋯。1人だけ、というのも不思議だけど、神秘が薄れてる影響かしら。あいつらもよく考えつくわねえ⋯⋯」

 

 一体何の話をしてるんだろう。神秘ってなんだろう。昔、ウロが同じような言葉を使ってた気もするけど、なんだったっけ。

 

「ねえ、パチュリー。それってどういう事?」

 

 最初に疑問を口にしたのはお姉様だった。お姉様も『神秘』という単語を知らなかったのかな。と思ってたけど、お姉様の次の言葉で私の考えは否定された。

 

「それって?」

「あいつら、って部分。貴女は神秘が薄れた理由、知ってるの?」

「あれ。ねぇねぇ、話を遮るようで悪いけど、神秘って何? 聞いてる限り文字通りじゃない事は分かるけど⋯⋯」

「ああ、不安にさせないように黙ってようかと思ってたけど、その単語を知ったなら遅かれ早かれ知ってしまう。なら、今ここで話した方がいいわね。⋯⋯ちょっと待っててね」

 

 お姉様は意味深にそう告げた後、フラっと本棚の方へ歩み寄る。そして、一直線にとある本棚の前に行ったかと思えば、何かを探し始めた。どうやら、神秘についての本を探してるらしい。口では大層な事を言いながら、上手く説明できないんだ。そういうところも可愛いから好きだけど。

 

「⋯⋯レミリアが探してるうちに説明するわ。まず初めに、神秘の対義語はなんだと思う?」

「んー? えーっと⋯⋯人知とか?」

「秘密にする、って意味なら周知の方が合ってるんじゃない?」

「ええ、そうね。一般的な対義語は人知とか周知とか、人の知恵や人に知れ渡ってる知識の事を指すわ。でも、ここで言うところの神秘の対義語は『一般常識』よ」

 

 どういう事だろう。確かに人に知れ渡ってる知識という意味なら、それは一般常識と言っても差し支えないかもしれない。だけど、肝心な神秘の意味が分からないから、それが何を意味するのかは分からない。

 

「神秘とはつまり人間が理解できない、どうしてそうあり、そうなるのか分からない。そんな人間の認識、知識では推し量れない事を神秘と指す。それが時代と共に薄れているのよ。人間達の開発、発明、科学と呼ばれるものの進歩によってね」

「で、それが薄れたらどうなるの? お姉様の言葉から察するに、それが薄れたら私達が不安になるような事になるみたいだけど」

 

 お姉ちゃんは未だに本を探すお姉様を横目でチラリと見た後、呆れた顔を浮かべながらもパチュリーの方へ向き直す。

 

「神秘による秘匿性は、この世に満ちるマナや妖怪達の力に繋がる。人間の信仰がこの世界のマナに関係するから、なんて話もあるけど、詳しい説明は私にもできないわ」

 

 私より400歳近く若いのに、そんなに説明できてるんだから充分じゃないの。それとも、今の人間の子供ってこんな話を当たり前に話せるほど、教育が進んでるのかな。⋯⋯疲れそうだし、人間じゃなくてよかった。

 

「ともかく、それが薄れれば⋯⋯後は分かるわね?」

「⋯⋯妖怪の力って事は、私達の力が弱まるんだね」

「ティアの言う通りとは思うけど、それって仕方ないんじゃないの? 時代が進むにつれて人間の科学? が進歩するなんて当たり前。止めようがないじゃん。それがお姉様の疑問──神秘が薄れた理由って事?」

 

 どんどん話に追い付けなくなってきた。つまり、どういう事だろう。えーっと、お姉様は神秘が薄れる理由が気になってた。そして、お姉様が危惧してたその理由は人間の発展⋯⋯って事じゃなさそうだね。今のパチュリーの顔を見る限り。

 

「いいえ。人間の発展によって神秘が薄れるのは遅かれ早かれ決まってた事よ。レミリアが危惧してるのは、最近になってそれが異様に早く進んでるという事。つまり、異様な早さで妖怪の力が衰え、世界に満ちるマナが低下してるのよ」

「⋯⋯科学の発達が異様な早さで進んでるだけじゃないの?」

「それもあるけど、何よりも問題なのが人間達が神秘を否定し始めたからよ。レミリアが話していた神秘が薄れた理由もそこにあるわ」

 

 神秘というものは人間が否定するだけで弱くなるような不安定なものなんだ。それに生かされてる私って⋯⋯。まぁ、それが無くても生きれるようになれば問題ないわけだけど。

 

「ある国は魔女狩りを推進し、ある国は宗教を捨て、またある国では魔法に通じる種族を殲滅しようとしてるとも。まるで打ち合わせていたかのように、最近になって各国で一斉に神秘の否定を推し進めているのよ」

「⋯⋯それは私達を危惧して?」

「その私達の枠組みが吸血鬼ではなく妖怪達、という意味なら正解よ。活性化していた彼らに対抗するため、排除するため。⋯⋯まあ、一斉に、それも世界も至るところでほぼ同時に、なんて何か大きな意志を感じるけど。それは私の知るところじゃないわね」

 

 そう言い終えると、何かを聞くよりも先に、まるでもう話は全て言い終わったと言わんばかりに、パチュリーは本を読み始めた。いや、この様子だと本当に知ってる事は全て話し終えたのかな。

 

「ともかく、今は使い魔の召喚魔法を覚える事に専念するつもりだから、神秘の問題は貴方達に任せるわ。私もそれが終われば協力するから、そこは心配しないでちょうだい」

「⋯⋯そっか。なら、よかった」

 

 居候なのだから、何か危険が迫れば無理にでも協力してもらうつもりだったけど。本人にその意思があるなら尚良い。問題は裏切ったりしないか、という問題だけどそれも心配なさそうだ。さて、次の問題は神秘云々だけど⋯⋯そっちはお姉様が対応してくれそうだけど、今度ウロにも相談しないとね。

 

「ようやく見つけ⋯⋯じゃなかった。説明できるわ。さて、まず神秘とは──」

「あっ。もういいよ。ありがとうね、お姉様」

「え、うん⋯⋯」

 

 お姉様、たまに情けないほどカリスマ力っていうのかな。その力が落ちるから、心配だけど⋯⋯お姉様なら、最後にはなんとかしてくれるよね────




さて、今回で終了したアンケートに関しては後ほど活動報告にて上げさせていただきますね。


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61話「朧気な少女」

 ──Frandre Scarlet──

 

 暇を持て余し、何もする事がなかった今日。私はいつも通りティアの部屋に居た。2人っきりでベッドの上。なのに姉妹だからか、残念ながら何も発展する事はなく、それぞれ気ままに本を読んでいた。ただその距離は近くて、座って読む私の膝に、ティアの頭が乗っていた。私の呼吸と共に頭が浮き沈みし、時々面白いのかクスクスと小刻みに揺れている。

 

 ただ最近、ティアの様子がおかしい。

 

「くるくるくるくる⋯⋯ドア。行き着く先は⋯⋯」

 

 読書中もどこか上の空で鼻歌交じりに何かを口ずさんでるかと思えば⋯⋯。

 

「せっ⋯⋯あれ、違うか。なんだっけ? ⋯⋯まぁ、いっか」

 

 すぐに飽きたようで無言に戻る。普段なら楽しそうに歌い続けるか、私に当たり障りのない適当な話題を振るのに。それで退屈を紛らわしていたのに。最近はそれもない。まるで私に隠し事か何かを悟られないようにするために。

 

「ねー、ティアー」

 

 今日になって我慢できず、また隠し事をしてるのかと思わず妹の名前を口にした。すると、ティアは「んー」とこっちへ首を向けて聞き返す。またその仕草が、赤ちゃんみたいで可愛らしく愛おしい。

 

「⋯⋯最近どうしたの? なんか変だよ? ってか、読みにくくないの?」

「別になんでもないよー。お姉ちゃんと一緒に読んでるだけで、私は充分だから」

「⋯⋯ふーん」

 

 ティアの癖。隠し事をする時、必ず笑顔で誤魔化す。これは私達と話す時の嬉しそうな顔じゃなく、あからさまな満面の笑み。これは嘘だ。特に前半部分。満面の笑みを浮かべてるのに、何もないわけがない。それを隠すという事は、そういう事だ。

 

「ねー」

「なぁに?」

 

 体を動かして無理矢理ティアを起こす。そして、真正面。真向かいに座り込むと、その髪色とは真反対の紅色の瞳を見つめる。ティアも同じように、真っ直ぐと私の目を見つめていた。

 

「私、嘘つきって嫌いなんだよね」

「嘘ついてないよ?」

「誰もティアが嘘ついてる、って言ってないんだけどなー」

「あっ⋯⋯いや、だってそういう風に言ってるじゃん」

 

 生意気にも揚げ足を取るんだ。昔は私に言われる事、否定すらしなかったのに。ほんと、成長したなー、って思う。自分の、自分だけの目標とか感情とか持ってるんだから。それが今では悪い方向に成長してる気もするけどね。って、今目の前にある大きいのも悪い方向の成長なのかな。遺伝とかじゃないよね。私やお姉様は⋯⋯はー、やめよう。妹を妬むなんて自分が悲しくなってくる。

 

「へー。妹のくせに姉に口答えするんだ」

「あっ! お仕置きする?」

「⋯⋯普通さ、お仕置きされる側って嬉しそうにしないと思うんだよね。それご褒美になるし」

「えー!」

「ほら、やっぱり。残念そうな声⋯⋯普通逆じゃない?」

 

 私が言うのもなんだけど、ティアってちょっと変わってると思う。私がやる事、普通嫌がる事も含めて全部嬉しそうにするし、私ですら狂気に感じる事も普通にやっちゃうし。そこが可愛い部分だし、それだけ私の事を好きって事だからいいんだけど。⋯⋯お姉様に負けてないといいな。

 

「ま、いいや。そうだなー⋯⋯。隠してる事喋ってくれたら、やってもいいかなー」

「えーっ! ずるい!」

「やっぱり。その反応、何か隠してるんだね?」

「むぅ⋯⋯ケチ」

 

 ケチで結構。そんな事より、秘密を洗いざらい話してもらう事の方が重要だ。私に今後、秘密を作らないように。隠し事なんて、妹に下に見られてる気もするしね。ま、それ以上に⋯⋯妹に信用されてないのは、嫌だから。

 

「で、どんな秘密を教えてくれるのかなー?」

「⋯⋯じゃぁ、さ」

「うわ、お仕置きだけじゃ飽き足らない? 何要求するつもり?」

「違うよ? 違うからね?」

 

 首を振り、手を振り。体全体を使って否定する。その姿は子供みたいで、微笑ましくなるほど可愛らしい。私達、特にティアは心身ともにまだ子供だけど。

 

「⋯⋯私ね、しばらく紅魔館(ここ)離れるの。数日か、数週間かな。ウロとの約束で、極東の島に行ってくる」

「ウロ⋯⋯? ああ、あの竜娘ね。⋯⋯どうしてそこまで協力するの?」

 

 前々から気になっていた疑問。いつ知り合ったとかじゃなく、なぜ協力するのか。毎日のようにあいつの家に行って、稀に怪我でもしたのか薄汚れて帰ってきて。飽き性なティアが、珍しいなんてものじゃない。何か弱みを握られてるのかと心配だ。もし握られてるとしたら、それを知らなかった私は姉として恥ずかしい。だから、知りたい。ティアの隠してる事を。

 

「お姉様を救ってもらったから、だけじゃないよね? 毎日毎日、飽きもしないで。私の目を見て答えてよ?」

 

 私だけを見るように、そして嘘かどうかを見定めるために、片手でティアの頬に触れる。真っ直ぐと目を見て

 

()()()()()()?」

()()()()()

 

 間髪入れずに返される言葉。感覚的だけど、半分本当で半分嘘かな。弱みを握られてるような心配はしなくて良さそうだけど、隠し事を全て打ち明けてはくれないようだ。とても残念。ティアに秘密がある以上、()()⋯⋯。

 

「はー⋯⋯信じるからね?」

「うんっ!」

 

 だけど、こんなにも明るい笑顔で言われると、本当に大丈夫なんじゃないかと思ってしまう。思わされてしまう。巧みな表情の変化とお姉様よりは上手な話し方。彼女はどこで覚えてしまったんだろう。見本なんてお姉様しかいないと思ってたのに。

 

「⋯⋯で、他に喋っておく秘密はある?」

「ないよー。でも、言っておく事はあるかな。私が居ない間、お姉様とスクリタを頼むね。お姉様には友達と旅行に行くって言っとくから、心配はしないと思うけど」

 

 妙なところで安直な妹だなー。多分嘘だとバレるだろうけど、初めての旅行でお姉様が心配しないわけないと思うんだけど。現にティアが友達と旅行に行くって考えただけで、私も心配になるし。私は大切な人をできる限り近くに置いておきたい人だしね。

 

「ささっ、全部話したから、お仕置きしよっ?」

「えー、どうしよっかなー」

「えー、じゃないよ! ねぇねぇ、約束破るの⋯⋯?」

悪魔(吸血鬼)だから約束は破れないって知ってるでしょ? でも、どうしてかなー。そんな拘束力感じないんだよね、この約束に。普通は破ろうと考えただけでも窮屈感っていうか、拘束力を感じるのに」

 

 つまりは嘘だと確定したわけだけど。

 

「へー、どうしてだろうねっ」

 

 ティアもそれを分かってるはずなのに、笑顔を崩さない。こんな状況でも表情を変えない妹が少し恐ろしい。可愛いのは変わりないけど。

 

「⋯⋯お仕置き、何してほしいの?」

「やっとする気になってくれたんだね! えーっとねぇ⋯⋯やっぱり、うーん⋯⋯」

 

 お仕置きとはやはり建前で、嬉しそうに何をしてもらおうか考えてるようだ。最早言った事と真逆の事をすれば、それがお仕置きになる気がしてきた。というか、お仕置きだしそうしよう。

 

「そうだ! 私の事、食べて! ゆっくりじっくり、丁寧に⋯⋯。あっ、痛くしてもいいからね! お仕置きだから!」

「いやいやいや。冗談も行き過ぎると⋯⋯って、冗談言わないか、こういう時は⋯⋯」

 

 お仕置きだから、と聞いては見たものの、どんな性癖だそれ。我が妹ながら変な娘。食べてほしいなんて、そんな⋯⋯いや、まさか。そ、そんなわけないよね。もしかして、本当にそっちの意味での⋯⋯いやいやいや。ティアはまだ子供だし⋯⋯って、実は私が思ってるより⋯⋯? ないないない。ティアだし、私の妹だし⋯⋯。で、でも、本当にそっちの意味なら、私は⋯⋯。

 

 や、やめよう。変な妄想を働かせるのは。もし違ったら、恥ずかしさで自決する気がする。もう二度と元の関係に戻れなくなる未来が見えるし。

 

「そ、それじゃ、また食事の時にね」

「えっ!? お仕置きは!?」

「貴女の言った逆の事をしようと思ってたから。それにお願いとはいえ、妹を食べるなんてできないからね? ま、吸血くらいならしてもいいけど」

「ならそれでもいいからさぁ」

 

 甘えた声で抱き着かれ、上目遣いで体を揺さぶられる。正直ここまでかと思うほど盛った甘え方だけど、目を合わせれないほど可愛い。このままおねだりでもされたら、為す術もなく聞いてしまうかもしれない。

 

「もぅ⋯⋯仕方ないなー。また今度、家に帰った時してあげるね」

 

 抱き着く妹を引き剥がしながら、ベッドの上に座り込む。おねだりによって、自分を見失うのは姉として恥ずかしい。だから、今はまだおねだりを聞けない。

 

「その代わり、絶対に無事に帰ってきてよ?」

「⋯⋯うん! 絶対だからね!」

 

 ああ、この顔を見れるだけでも充分幸せ。⋯⋯もし帰ってきた時、ティアにまだその気があれば、私も本気でそれに応えようかな。ふふっ、そんな事があれば、お姉様より一歩先に行っちゃうけど別にいいよね。奥手なお姉様が悪いという事で。

 

「⋯⋯じゃ、暇を潰せたし、もう戻るから。また食事の時にね」

「うん! またね! それと、今日一緒にお風呂入ろうねー」

「はいはい。いつも通りね」

 

 妹に別れを告げ、1人立ち上がると部屋を出る。

 

「また後でね」

 

 そして、ひと目妹を見てから扉を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯で、こっちの妹は元気かなー?」

 

 ティアの部屋を出た後、向かった先は隣にある自分の部屋。ベッドで横たわるもう1人の妹、スクリタの様子を見に来た。

 

「元気。いつも通り⋯⋯ネ」

 

 最近、スクリタの調子が優れない。病気というわけでも、生命維持に必要な魔力が足りてないわけでもない。ただ、不調。お姉様の話を聞く限り、恐らくはこの世界に満ちる神秘(マナ)が少ないから。要はどうしようもない。ティアの中に戻りさえすれば、体調も幾らかマシになるとは思うんだけど⋯⋯。スクリタ自身、何故かは分からないけど嫌がってるから強要はできない。ティアに言えない秘密があると知った今は尚更だ。スクリタが嫌がるような何かを、ティアは持ってる。

 

「⋯⋯そっか。食事の時間まで、一緒に居るよ。誰か来たら強がるのも大変でしょ?」

「ふン⋯⋯ありがとウ」

「気にしないで。姉だもん」

「フラン、違ウ。ワタシ、姉⋯⋯」

「ああ、はいはい」

 

 さて、どうやってスクリタの不調を治そうか。ティアに知られたら、無理矢理にでも中に戻されるだろう。相反する2人の妹の意見を汲み取るなんて、私にはできない。だから、ティアにバレないように不調を治す方法を探さないと。それも、ティアに気付かれないように、誰にも知られないような方法で、私とスクリタの2人だけで。

 

「⋯⋯大変だなー」

 

 何か方法を探さないといけないけど、とても大変そうだ。だけど、頑張らないと。最近やって来た魔法使いの手を借りたり、ティアの友人の手を借りたりしてでも。これが悪化しないように、私がなんとかしないと。⋯⋯妹のためにも、ね────



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62話「新たな友達」

仮題をそのまま使っていたのでタイトル変更しました。ご了承ください


 ──Hamartia Scarlet──

 

 誰もが寝静まる夜明けの時間。吸血鬼の私には無縁の時間。だけど、私個人には多少の縁もある時間。お姉様達を邪魔する太陽なんて嫌いだけど、いずれは浴びる恵みの光だから。⋯⋯これから私は旅に出る。誰も知らない場所に。誰も知らない誰かに会いに。それも全てお姉様達、私の家族のために。

 

「着替えは持った。ネックレスもある。武器は⋯⋯ないけどオドは充分。⋯⋯スィスィアとイラの血もあるから竜化は可能。準備よし」

 

 そこは、まだ誰も居ない静かなエントランス。ここまで静かだと、本当にここにみんなが居るのかと不安になる。でも、不安になんてなってられない。きっと大丈夫。門には美鈴が居る。中にはお姉様やお姉ちゃん、少し心配だけどパチュリーやメイドの妖精だって居る。だから、心配ない。⋯⋯心配なんてしてるのがバレたら、お姉ちゃん達に怒られるしね。しっかりしないと。

 

「⋯⋯じゃぁ、いってきまーす」

 

 誰に言うわけでもなく別れを告げて、私は1人、友達の家に向かった。縁を求め、力を求める旅に出るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Remilia Scarlet──

 

 最初にそれに気付いたのは彼女の部屋に行った時だったの。普段は扉を開ければ飛び付いてきてたのに、部屋に入っても何も反応がないと思ったら部屋には誰も居ないし。

 

「ティア? もう行ったんじゃないかな。私はスクリタと遊んどくから、邪魔しないでよー」

 

 フランに聞いても、既に別れの挨拶を済ませたのか、心配なさそうだし⋯⋯。

 

「ティア様ですか? それなら今朝方、出ていかれましたよ。いいですよねー、旅行。私もたまには──」

 

 って、美鈴に聞いたら旅行に行っちゃった事確定しちゃったし⋯⋯。今、私はとても悲しいのよ。 末妹に無言で出ていかれて、次女には適当に流されて、あまつさえ門番には知らされもしないで。

 

「ああ、もう⋯⋯! 私に何も言わないで出ていくなんて⋯⋯!」

 

 もちろん私は怒ったわよ。でも、それ以上に悲しくて辛かった。何も言わずに出ていくなんて、ホント──

 

「──酷いと思わない?」

 

 ティアが「旅行に行く」と言ったのがつい昨日の事。そして、朝起きてみればティアが既に居ないと知ったのがついさっきの事。あまりにも早すぎる行動と実行力に私は驚愕した。ただそれ以上に、日程を教えず挨拶もしない妹に怒りと悲しみを感じた。あれだけ私の事を好きだ好きだと言ってたくせに、こんな時だけ私に何も言わない事に。それに加えてフラン達は遊んでくれないし、美鈴は仕事があるから相手にできないし。

 

「ねえ、パチュリー?」

「ええ、そうね。普通は一言あるわね」

 

 というわけで、唯一暇であろうパチュリーが居る大図書館にお邪魔していた。もちろんこの部屋も私の所有物だから「お邪魔する」という表現はおかしいけど、今は貸し与えてるから、あながち間違いでもないだろう。

 

「最愛の姉に、何も言わずに旅行に行くだなんて。一言か二言、いやもっと言葉があってもおかしくないのに。あの娘⋯⋯ティアは私に、何も言わずに旅行に行っちゃったのよ⋯⋯」

 

 話す内容はどれも愚痴。なのにパチュリーは私の話を聞いてくれた。それも文句を言わずに。肯定も、否定すらもしてくれるから会話が弾む。正直、話した瞬間に会話をする事自体、拒否される覚悟はしてたのだけど。思った以上に優しい性格の持ち主だった。

 

「数週間ほど出かけると言ってたから、しばらく会えないのは分かり切ってる事なのに⋯⋯。いつから出るのか聞かなかった私も悪いけど、ティアったら、私に何も言わないで⋯⋯」

「はいはい。それは分かったから何度も強調しないで。何も言わずに出ていかれて悲しかったのね。私も分かるわ」

「本当に!?」

 

 全く知らないからこそ「話が合わない」とか「気が合わない」と思ってた。それが意外と話してみれば共通点が見つかり、知らないとは怖いものだと考えさせられる。話は合う。それどころか、仲良くなれそうな娘と話もせず、このまま友達にも発展せずに終わるところだった。

 

「ええ。こう見えて私も昔は貴族の端くれ。いえ、箱入り娘の方が正しいわね。ともかく、何も言われず、1人置いていかれるなんて日常茶判事だったから」

「えっ。あ、その⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」

「どうしてそこで謝るのよ。気にしないでいいわよ、自虐だから」

 

 いや、それでもすごい気まずい。知れば知るほど可哀想⋯⋯いや、辛い生活を送ってた事が明るみになる。それでも今は平気な顔してるから、その精神力は人並み以上に強いのかしら。恐らくは、私以上に強いのでしょうね。

 

「⋯⋯パチュリーってまだ若いよね?」

「ええ。まだ10と少し。それがどうしたの?」

「いえ⋯⋯強いなあ、って。そんな若さで1人で決断して逃げてきて、名前しか知らない悪魔の家に住もうだなんて。普通思い付かないわ。いえ、思い付いても実行しないわね」

 

 ただ命の危険を感じたからと言っても、それだけでは説明が付かないほどの行動力。何を思って行動し、ここまで来るほどの力を使ったのか。1つ言えるとすれば、運だけはとてもよかったのだろう。そうでなければ今生きてはいない。

 

「褒め言葉として受け取っておくわ。でも、名前しか知らなかったわけじゃないわよ?」

「あら、そうなの」

「性格や戦い方も聞いてたわね。どういうつもりだったかは知らないけど」

 

 明らかに戦う前提で話されてるようで少し悲しい。あの魔女、私と友達だったはずなのに⋯⋯。あっ、そう言えば、復讐心露わにしてたし違うのかな。最終的に和解した気もするんだけどなあ。

 

「それを知ってても、あまり変わりはしなかったけどね。ここに来る時、私は気絶していたから」

「そうだったわね。でも、知ってるから話しやすいでしょう?」

「微妙。そもそもあまり話さないから分からない、というのもあるけど」

「うーん⋯⋯それを言われちゃねえ。私もこの館の主として、もっと話すべきかしら?」

 

 あまり話さない人に対してこの質問。答えにくい質問だと分かってるけど、どうしても聞きたくなった。私は家族以外からどう見られてるのか。どう見えているのか。その2つに対する知的好奇心が勝ったからだ。それに当主として、風評を聞かないわけにもいかないだろう。

 

「私の事を知りたい。もしくは自分の事を知らしめたいならそうするべきね。私はどちらでも構わないわ」

「吸血鬼に対してその言い草。私を恐れもしないのね、貴女⋯⋯」

 

 今は家族である美鈴ですら、敬意と畏怖が込められた対応で接してくるのに。この娘ったら、まるで友達のように接してくる。上から目線じゃないだけマシだけど、400歳近く歳の離れてた関係だとは思えない。

 

「だって気心知れてるから。でも、そうね。妹から聞いてるかもしれないけど、今私は召喚魔法の研究中よ。それを邪魔しないなら、いつどんな時でも話してくれていいから」

「むう⋯⋯本当に貴族みたいな物言いねえ。まあ、それも気に入ったわ。私を恐れないでここまで平等に話そうとする人なんて、今まで居なかったから。むしろ好きね、そういうタイプ」

 

 妹であるフランを除き、平等に接しようとする人は今まで居なかった。居たとしても、この娘の先祖らしいあの魔女くらいだった。だからこそ、内心少し嬉しい。自分からではなく、相手の方から同じ目線に立とうとしてくれるなんて。まるで、噂に聞いた友達みたいだ。

 

「妹に飽き足らず居候にまで手を出すつもり? やめてよね、私そっちの気はないから」

「ちちち、違うからね!? 手を出した事なんてないわよ!?」

「否定するならそっちよりも後者の方を否定してほしかったわ⋯⋯」

「っ⋯⋯! もうっ、違うから!」

「ふふっ」

 

 あれ、笑った。珍しい⋯⋯ううん。初めて見たかもしれない。ここに来てからずっと、食事の時も図書館に来た時も。常に無表情だった。感情を失ってるように。そもそも感情というものを知らなかったように。それが初めて、笑って微笑んでくれた。

 

「貴女、本当に面白い人ね。ご先祖様が貴女を教えてくれた事の意味、分かった気がするわ」

「あら、それはどうしてかしら?」

「どうして⋯⋯って、感覚的なものよ?」

「それでもいいから教えてほしいわ。気になるもの」

 

 あの魔女が⋯⋯マジョラムが、どういう気持ちで自分の子孫に、私の事を教えたのか。とても興味がある。私が復讐者(彼女)の目にどう映ったのか。彼女の心は、どうなったのか。復讐を諦めた結果、どう変わったのか。それが知りたい。

 

「気を許せる人を見つけろ、と言いたかったのだと思うわ。つまりは⋯⋯」

「えーっと、え? つまりは?」

「はあ⋯⋯友達になれ、って事だと思うわ」

 

 ほう、それは⋯⋯思った以上に、成長してるのかな。もしパチュリーが感じた感覚そのままなら、マジョラムは救われたという事になる。彼女があれからどういう生活を送り、どういう人生を過ごしたのか分からない。ただ、それは恐らく充実したものなのだと、パチュリーの言葉から感じた。

 

「なんて、ね。正直、ここまで年の差がある人と──」

「あら。私は別にいいわよ?」

「へ?」

 

 珍しく顔を傾け驚いた顔をするパチュリー。今日は彼女の珍しい顔を見る日なのだろうか。

 

「⋯⋯予想外の反応ね」

「そうかしら。私、今まで友達と呼べる人はできなかったのよ。同じ吸血鬼もティアやフランばかりと仲良くなって、私は保護者みたいな役回りに⋯⋯ああ、ごめんなさいね。また愚痴言っちゃったわ。ともかく、明確に友達と呼べる存在はいなかったのよ」

 

 それもこれも、多忙な仕事と親愛なる妹に付き合ってるからか。それ以上に外界との接触をあまりしなかった事が影響するのか。意外と引きこもりだからなあ、私。好きで引きこもってるわけじゃないけど。

 

「そうねえ⋯⋯。せっかくだから、友達になりましょうか!」

「そ、そんな簡単に⋯⋯?」

「友達なんてなる時は簡単なものでしょう? 私はほら、当主だからそこまでが難しいだけで」

「⋯⋯まあ、いいわよ。縁を結んでおいて損はないだろうし」

 

 理由が失礼な気がするけど、まあ気にしないでおこう。いちいち気にしてたら、私のプライドに関わる。

 

「これから、改めてよろしくね」

「ええ、よろしく。パチュ⋯⋯友達でも名前が長いと省略したりするのかしら」

「さあ? でも、確かに呼びにくいのも問題ね。じゃあ、私の事はパチェとでも呼んでちょうだい」

 

 おおー。家族以外で初めて愛称というものの許可を得た気がする。それがどれだけ珍しくて喜ばしい事なのかは分からないけど、とても嬉しいのは確かだ。

 

「⋯⋯ふふっ。分かったわ、パチェ。私の事はそうねえ⋯⋯レミィ、とでも呼んでちょうだい。それが一番呼びやすいでしょう?」

「ええ、そうね。レミィ。⋯⋯確かに呼びやすいわね」

「ふふふ。それならよかったわ」

 

 その言葉が嬉しくて嬉しくて、初めてできた友達がとても嬉しくて。実感は少ないけど、この感覚は忘れ難い喜ばしさがある。⋯⋯いつか、パチェ以外にも友達ができたらいいなあ。と、私はそんな事を密かに思った────



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63話「危険な旅行」

 ──Hamartia Scarlet──

 

 楽しい楽しい旅行が始まった。今回同行するのは魔女のウロと竜のイラだけ。ただウロでも魔術でひとっ飛び、というわけにはいかないようで、休憩を挟んでるのもあって移動の時間がとても長い。その間も2人は一緒だから、飽きる事はなかったけど。それでも目的地に着く頃になれば、そっちの方が楽しみになって待ちきれなくなった。

 

「⋯⋯後数時間で極東の国に着く。旅に出てから約1週間。よく我慢できたね、お疲れ様」

「本当? ようやく着くんだね!」

 

 だからこそ、もう少しの辛抱だと知った時はそれなりに嬉しく思った。もう少しで、

 

「極東の国。今の時代はちょうど産業革命とかで、農業から工業中心の国へ変わってる最中、だったかな。わたしもこの時代を生きた事はあったけど、今の私は完全な竜じゃないから記憶は曖昧。まぁ、知ったところで無意味だから忘れてもいい」

 

 後もう少しで着くという最中。イラの背に乗り大空を羽ばたく中、ウロからそんな説明を受けた。もちろんその説明とは今から向かう国の事。ただ今回の目的はズレてるから、気にする事はないらしい。

 

「ただ人間との接触は避けて。現在進行形で認識阻害の魔術を使ってるけど、誰かにバレるのはこの先、計画に支障をきたす可能性がある。絶対に人間とは関わらないようにして。特にティアは」

「はーい。イラも気を付けようねー」

『お前にだけは言われたくないぞ』

 

 どうして私にだけは言われたくないんだろう。やっぱり、私が好きで恥ずかしいからかな。まぁ、イラは俗に言うツンデレだから、仕方ないね。

 

「改めて今回の目的をおさらいするよ。目的は大きく分けて2つ。縁結びと協力の要請。前者はわたしが必要な事だからあなた達は気にしなくていい。ただ後者の方だけど⋯⋯協力を受けれるかどうかは五分五分。大罪の生物だから癖は強そうだし。もし無理そうなら、諦めて力だけでも貸してもらって。もちろん、ティアの能力でね」

「うんっ!」

 

 頼りにされてる。なら、私はそれに応えてあげないと。竜の血が混ざったと言っても、曲がりなりにも私は吸血鬼だから。お姉様のように傲慢に、上の者として応えてあげるんだ。

 

「そろそろ着くよ。⋯⋯この先に見える大きな山。その奥深くに大空洞へと繋がる入り口がある。そこはこの国に幾つかある龍脈の中心地。その中に、そいつが居る」

『大罪の生物は1体とは限らない。ただそれは限らないだけで、1体しかいない生物もいる。今回の目標は、その唯一の生物かもしれない奴らしいぞ』

 

 1人っきりの種族⋯⋯。それを聞くと、なんだか同情してしまう。まるでずっと昔の私みたいだから。お姉ちゃんと出会うまで、私も似たようなものだったから気持ちはよく分かるのだ。

 

「もう少し詳しく言うと、遥か昔にその種族が皆殺しにされた。悪名だけは人間達に語り継がれ、大罪の生物として話されるようになった。ただ皆殺しにされた理由が乱獲とか、神に歯向かったからとか、可哀想な理由ばかり。今回会うのはその生き残りね」

「乱獲? お肉が美味しいとか?」

「ううん。尾から剣が採れる」

「なにそれすごい」

 

 生き物の中で剣って生成できるんだ。いや、この場合は生成される、と言った方が正しいのかな。まぁ、どっちでもいいか。そんな事、気にしたって意味が無い。

 

「もちろん普通は採れない。唯一採られた者は神代に生き、完全に成長を終えた個体らしい。それに、本当は頑丈な骨を加工したものがその剣だった可能性もある」

『要は真偽不明という事だ。その完全に成長を終えた個体も、どこかで生きてるという噂があるくらいだしな。しかし、哀れな種族だ。誤った情報に踊らされた人間に滅ぼされるとは』

「いや、殺したのは神らしいよ。⋯⋯と、そんな話をしてるうちに着いたね。それじゃぁ、わたしはここで別れるから。くれぐれも人間との接触は控える事。いいね?」

「はいはい。大丈夫だよ」

 

 何度も念を押さなくても分かるのに。ウロは心配性だなぁ。というか、もし接触しても後で消しちゃえば問題無さそうなのに。そこまで危惧するような事なのかな。分かんないや。

 

「⋯⋯心配しかないけど、時間は無駄にできない。どんな奴かわたしも詳しく知らないけど、下手に種族が皆殺しにあったとか、昔の事は話しちゃダメだよ。逆鱗に触れても知らないから」

「はーい。任せてねー!」

『我がいる。安心してくれ』

「⋯⋯まぁ、そうだね。じゃぁ、ここでお別れ」

 

 ウロは人の姿のままイラの背から、仰向けに飛び降りる。そのまま宙で静止すると、私達を見据えて一言。

 

「また明日。約束の場所で」

 

 そう言って、遥か彼方へ飛び去ってしまった。特徴的な赤髪を持つのに小柄だから、見えなくなるのは早かった。

 

「ばいばーい。⋯⋯2人っきりだねっ」

『ああ、嫌だな。そして、そうこうしてる間に着いたみたいだ』

 

 イラの見る方向には人が並んで3人は入れそうな大きな洞穴。まるで何かの生き物の口みたいで、少し怖い感じがする。例えるなら、竜の口の中に自ら入ろうとする時みたいな。食べるのはともかく、あんな大きな口で食べられるのはちょっと怖い。

 

『降りろ。この巨体で入り口なぞ入れん』

 

 ただ幾ら広いとはいえ、イラのサイズには敵わなかったようだ。

 

「やっぱり大きいのも不便だねぇ」

『ふんっ。お前に言われるとなんだか嫌味に聞こえるな』

 

 えっ、なんで。そう一瞬思ったけど、よく考えれば人型は私よりも小さいから嫌味に聞こえるのか。身長的にも、バスト的にも。私、今のは純粋な気持ちだったんだけどなぁ。()()()()()()()、というのは勘違いを引き起こして大変だね。利用してる私が言うのもなんだけど。

 

「グルァァァ⋯⋯さァ、行くぞ」

 

 私が降りたと同時に、イラの姿形が小さな身体へと移ろい行く。鱗と同じ赤の髪を持ついつも通りの少女へ変わる。そして、イラはその赤い髪を靡かせて、私を急かすようにそそくさと洞窟の中へ足を踏み入れた。それを見て置いていかれまいと、私も急いで後へ続く。⋯⋯それにしても、若干格好付けてる気がするのは⋯⋯私だからかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とても暗い洞窟。私じゃなきゃ真っ暗で何も見えないんじゃないかと思うほど真っ暗。奥は深く、吸血鬼特有の暗視でも先は見えない。まるで深淵に向かっていくような。先の見えないゴールへ向かってるような。そんな不安が胸を過ぎる。

 

「イラぁ⋯⋯本当にこんな場所に居るのぉ?」

 

 ただその不安も今はイラが一緒だから幾分か抑えられてる。もし1人でこんな場所に来たら、不安でいっぱいになって、絶対にすぐ帰ってる。そもそも1人で居るのは嫌いだし、こんな場所、来ようとも思わないけどね。

 

「龍脈とは別の大きな魔力、それも我やお前と同じ質の魔力をウロが感知してる。情報収集も入念に終えたから、間違いなくここに大罪の生物が居る。恐らくは最深部に」

「それならいいけどさぁ⋯⋯。ここまで来て無駄足とか嫌だからね?」

 

 面倒な事は嫌い。無意味な事はもっと嫌い。せめて何かしらの成果がないと、それまでの努力が報われない。そんなの、やる気が出なくなっちゃう。それだけは本当に嫌だ。

 

「⋯⋯ん? ねぇ、イラ。これ⋯⋯行き止まりじゃない?」

「なに?」

 

 進んでいると壁にぶつかった。岩なのか硬いけど、若干ヒンヤリしてる。岩が冷たいだなんて、かなり地下深くまで来たのかな。それとも雨でも降って冷たくなってるとかかな。

 

「おかしい⋯⋯。この近くに住む者の話によると、大空洞があるという話だったのだが⋯⋯」

「充分深い場所まで進んだし、大空洞っちゃ大空洞だったよ? でも、行き止まりで終わりなんてつまんないなぁ」

「うーむ⋯⋯」

 

 イラはしばらく考え込んでいた。けど、すぐに顔を上げ、壁をじっくりと観察し始めた。何を考えていたのかその数秒後、イラは深く息をする。

 

「おい! 憤怒の竜だ! 居たら返事をしろ!」

 

 大声で叫んだと思えば、彼女はしばらく耳を澄ませていた。なんとも不可思議な行動だけど、何か理由はあるみたい。しばらく経っても何も起きない事を確認すると、諦めた顔でこっちを見た。

 

「⋯⋯仕方ない。ティア。その壁、力いっぱい殴るか刺せ。黙殺など腹立たしい」

「どういう事?」

「いやな、その壁我が思うに⋯⋯」

「あぁ、なるほどね! 可能性はあるね。じゃぁ、少し離れてー」

 

 指に魔力を集中させて小さく文字を描く。

 

太陽(シゲル)宿命(ウィルド)。貫け光線!」

「聞いたからには最後まで聞けっ!」

 

 描いた文字を壁に押し当て光の魔力を放出させた。が、壁は傷1つ付かない。人間1人程度なら貫通させるくらいの威力はあるのに。やっぱり、普通の壁じゃないみたい。

 

「ありゃ、頑丈だねぇ。⋯⋯本気でやって、怒られないかな?」

「むぅ⋯⋯。まぁ、いいのではないか? 話ができぬから帰ったなど、ウロに会わせる顔がない。むしろ命令を聞かす方針に変えた方がいいかもしれぬな」

「そっか。じゃぁ⋯⋯本気でいくね」

 

 ガラスの小瓶を取り出す。親しい友達の血液が入った小瓶。それを()()()()口の中へ放り込む。と、その刹那。身体が瞬く間に変わり行くのを感じる。頭や腰から異物が生えてくるのを感じ、自分が自分じゃない何かに包まれる。

 

「⋯⋯我の血を吸いすぎだ。もうほとんど赤か黒じゃないか」

「んぅ⋯⋯っ。はぁ⋯⋯。そ、そう? ううん、そうだね⋯⋯」

 

 私も歪な竜になってから大分経つから、最初と姿も多少変わってきてる。尻尾は相変わらずウロと同じ細長く棘の付いたもの。けど、ウロと同じ白い部位はそこだけ。角と翼は完全に真っ黒になって、それ以外は全てイラの赤い鱗に覆われている。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫⋯⋯。流石に飲み込むのは大変だね。ただ、これで⋯⋯」

 

 私の力は『私を強化し得る力を吸収する』というもの。ここで言う『力』はエネルギーだったり物質だったり、とにかく私に持ってないものならなんでもいい。

 

「ガラスの剣。うん、作れるね」

 

 手から先ほど吸収したガラスを生成する。文字通り生えてくるのはなんとも言えない触感だけど、気にしてたら次のステップに進めないから気にしない。それに「気にしたら負け」なんて言葉もあるしね。

 

「そんな物、役に立つのか? 脆いぞ? 普通に召喚魔法とかいうので作った方が早いぞ?」

「これは実験だからいいのっ! それに今は使わないからっ!」

「⋯⋯中身はいつまで経っても変わらんな」

 

 これ自体は魔力を持たず何の変哲もないただのガラス。ただできるという事に意味がある。

 

「さて、それじゃぁ⋯⋯」

 

 生成したガラスを右手に集め、棘のように尖らして纏う。さながらそれは針のグローブ。そのガラスに不変の権能である完全性と永続性を重ね、魔力を込めて⋯⋯より強固なガラスへと変質させた。

 

「ヨーグパンっ!」

 

 適当な掛け声と共に精一杯、力を込めて真っ直ぐ右ストレート。無心に放った一撃だからか、威力は思ってた以上に出た。ガラスは砕け、代わりに壁は僅かにひび割れて凹み、そのひびから赤黒い液体が流れた。

 

『アァァァァァァ!!』

 

 そして、壁が動き、甲高い声が辺りに響き渡る。空洞が崩れるのではないかと思ってしまうほどに地面が揺れる。

 

「動いたね。でも、これは⋯⋯」

「ああ、面倒だな」

 

 その壁が動いた先は、竜になったイラが余裕で入れそうなほどの巨大な地下空洞。こんなに広いとは思わなかった。ただそれ以上に驚きなのが、相手の大きさ。

 

(わらわ)の眠りを邪魔するなと、あれほど⋯⋯いや。其方人等(そちとら)、ヒトではないな』

 

 その姿は蛇だった。よく絵本とかで見る緑色の蛇。ただ大蛇と呼んでいいのか迷うほどの大きさ。この地下空洞のほとんどを支配し、その真っ赤な瞳をこちらに向けてる。蛇睨みという言葉があるけど、今まさにその状態みたいだ。睨まれてる私達はピクリとも動けない。

 

『もしや竜か? 面妖な⋯⋯。異国から妾に如何様か』

 

 体長はどれくらいあるんだろう。イラと同程度の大きさに見える。彼女は体長70m。という事は、70mくらいなのかな⋯⋯。どうやって相手をしよう。いや、ほとんどが蛇に埋め尽くされてる空間。イラが竜になれば空洞が崩れるのは確実。私が相手しようにも、こんな巨体に敵うとは思わない。渾身の一撃であるさっきのパンチも少し凹んだだけ。しかも当の蛇は気にしてないみたい。

 

「協力しろ。この国のどこかにある幻想郷。そこへの侵略を」

『幻想郷へ侵略だと⋯⋯? はっ、笑わせるな。あの地は妾の友がいるのじゃ。協力すると思うておるのか?』

「では、力だけでも貸せ」

『断ればどうなるというのじゃ?』

 

 辺りが冷たい空気に覆われる。ピリピリとした感情が伝わる。これは⋯⋯怒りかな。

 

「力で屈服させる」

『竜らしい思考だな。そこの娘。其方の考えを聞いておらぬが? 怖いなら、逃げ出しても良いのじゃぞ? 見たところ、其方は竜と呼ぶには些か歪なようじゃからなぁ』

 

 私に目が向く。私の答え? そんなの決まってる。お姉ちゃん達のために⋯⋯安住の地を。そして、平穏な生活を。最早100年程度で暮らす事ができなくなるこの大地に別れを告げ、平和を勝ち取らなければ。それが奪ったものだとしても。

 

 だから私は、幻想郷という安住の地を奪いたい。

 

「もちろん、イラと同じ。貴方を無理矢理従える。それが嫌なら力だけ借りるね! それなら協力はしても貴方が手を貸した事はならないだろうしっ」

『矛盾しておるぞ。まぁ、よかろう。若い芽を摘みとうないが⋯⋯』

 

 蛇がゆっくりと顔を持ち上げる。鋭い眼光を向けたかと思えば、その右目が淡く光る。

 

『嫉妬の大蛇(だいじゃ)オロチ。友のため、我が力思う存分見せてやろう!』

「──え?」

 

 そして、その目を見ていたはずの視界が右半分ほど黒く塗り潰される。その時、私は気付いた。私の右目が無くなったのだと────



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64話「嫉妬な大蛇」

 ──Hamartia Scarlet──

 

「あっ⋯⋯え?」

「おい! ティア、しっかりしろ!」

 

 右目がない。視界が半分足りない。距離感が掴めず、それだけでも不安になる。

 

『美しいの。其方が見る景色は。全てが新鮮で、初々しく⋯⋯綺麗だ。だからこそ欲しい。そう思うのじゃな? 其方の見る景色からは、妾はそう感じるのじゃ』

「⋯⋯返して」

 

 右手に剣を、左手に槍を。両方に能力で硬化させたガラスを纏う。早く取り戻さないと。私の(もの)だから。私のモノは、誰にも決して奪わせない。

 

「返してっ!」

「待て、ティア! ──ちっ」

 

 イラの抑止も跳ね除けて、蛇の頭に一直線。武器を真っ直ぐ突き出して、無我夢中に突進。これから距離感が掴めなくても関係ない。だって、突き進めばいつかは当たる。

 

『無駄じゃ。()()()()

 

 けど、そんな簡単にはいかない。刹那、目の前が真っ暗になる。

 

「く、はっ⋯⋯!」

 

 気付けば私はその巨大な尾に叩き落とされていた。まるで邪魔な虫を払うかのように、いとも容易く。かなりの衝撃だったのか、思うように身体が動かない。早く回復させないと。と思ったのも束の間。目前までその尻尾が近付いていた。

 

「⋯⋯あっ」

 

 けど、それから私を守るように、イラが立っていた。

 

「だから待てとあれほど⋯⋯! もう、面倒だな、お前は! 」

 

 目の前で、イラの肢体が発火する。焚き火の如く凄まじい炎が彼女の身体で揺らいでる。色からして火竜の類いだとは思ってたけど、人間体でも炎出せるんだ。

 

燃えろ(ケオ)!」

 

 イラが右手を突き出すと、火炎放射のような炎の柱が迫り来る尻尾に向かって直進した。

 

『さっき言ったじゃろ。無駄じゃ、とな』

「っ⋯⋯!」

 

 文字通り、火力が足りない。蛇は意に返さず尻尾を振り下ろし、イラは燃やすのを諦めて両手でそれを支える。踏ん張る足の下では地面がヒビ割れ、僅かに沈んでいた。

 

『潰れはせぬか。なんとも頑丈な生き物だ。竜という種族は。元に戻れば空洞は崩れるが、妾と張る事もできよう。何故せぬ?』

「この深さで竜になろうものなら⋯⋯妹分が生き埋めになりそうだからな⋯⋯! それに竜にならずとも貴様を倒すくらい訳無いわ!」

 

 上から来る脅威をなんとか押し返し、イラは力いっぱいに拳を振るう。流石の巨体でも本物の竜の一撃は効いたのか、跳ね返るようにして後方へ仰け反った。

 

『むっ。ならば巨体にものを言わせよう』

 

 周りを囲う蛇の身体が迫り来る。飛んで逃げようにもあの尻尾があっては邪魔されてしまう。だけど、このままでも絞め殺される。

 

「ティア! もう回復してるだろ! 早く手伝え!」

「う、うんっ!」

 

 手伝えと言われてもどうすればいいんだろう。さっきのイラみたいに手で抑えて抵抗する? いや、絶対に力負けする。歪竜化した状態の私ですら一発で落とされた。そんな力の差が歴然な相手と力比べなんて、結果が目に見えてる。

 

「⋯⋯⋯⋯」

「ティア!? どうした!?」

 

 なら、能力を奪ってみる? いや、相手の能力が目を奪うだけならこの状況を打破できない。一瞬止める事ができても、関係なしに殺される可能性は高い。⋯⋯ああ、そうだ。私はウロから幾つも権能を貰ってるじゃないか。なら、悩む必要はない。私にできない事はないんだから。

 

「⋯⋯大丈夫。こんなの、力で対抗する必要はない。私には権能があるんだから、不可能は有り得ない」

 

 迫り来る蛇の身体にそっと手を触れる。触れた瞬間に理解した。不完全な竜では力で対抗できない。恐らく、今の身体ならイラでも。だけど、私の不変の権能は通じる。だって、ここが西洋と違って龍が神として信仰の厚い地だから。時代が変わり信仰が薄れても、西洋で使うよりは力を発揮できる。

 

『なっ⋯⋯!?』

「⋯⋯なるほど。ウロの力か。お前も慣れたものだな」

 

 迫る蛇の身体は動きを止めない。だが、私達を絞める事はできない。何故なら、そこまで辿()()()()()()から。循環性。それは永劫回帰、繰り返す力。迫るそれはすんでのところで時間が巻き戻る。例えるなら、ウロに見せてもらった『ビデオ』なるものみたいな。幾ら進もうとも私が触れた時点に戻り、そこから進む事は未来永劫ない。まぁ、それは本来なら、なんだけど。

 

『時間の巻き戻し、しかもこれほどの力⋯⋯権能か!? これは読めまい⋯⋯! 何故其方が権能などという大それたものを持つのじゃ!?』

「譲り受けたから。ちなみにね、貴方の身体は支配下だから。幸い顔だけ逃れてるみたいだけど、それだけじゃ何もできないよね? じゃぁ、このまま嬲り殺される? それとも協力してくれる? さっき触れた時についでに能力は奪っておいたから、半分くらいは目標達成したんだけど」

『ほう? ⋯⋯ふんっ、本当のようじゃな⋯⋯』

 

 ああ、よかった。少し諦めてくれたみたい。流石に絞めようとは思わなくなったみたいだ。正直、締め上げを何百回と繰り返されたら私の不完全な循環性だと突破されちゃう。だから、止めてくれてよかった。もし試されてたら、本当に死んじゃってたかもしれない。いや、私は死なないけど。イラがね。

 

『だが、それがどうしたのじゃ?』

「え?」

 

 おっと。凄く嫌な予感がする。まさかまだ何か力を隠し持ってる? 私が意識して奪った力は『視界を奪う能力』だけ。それ以外のものを隠し持ってるとすれば、気付かずに奪ってない可能性もある。どうしよう。目的は達成したし、今のうちに逃げた方が⋯⋯。

 

『──力無き者に一切の救い無し。八衢(やちまた)行く手を阻み。(ふなと)を定めし龍は導く。大いなる力を以て。蛇はその道筋を進み行く。⋯⋯天に剣を』

 

 大地が揺れる。空洞の中で、空中に黄金に光る数多の剣が現れる。それは数え切れないほど多く、全ての切っ先が私達を狙ってる。思い出すのは串刺し。友達のお父さんが呼ばれてたあだ名。それが今、私達で再現されようとしている。

 

「イラ、逃げよう! なんか口上述べ始めた! これ知ってる! 私も高度な魔法使う時必要だからね! 絶対危ないヤツだよアレ!」

「そうは言ってもあいつの身体で出口は塞がれておるぞ!」

『海に矛を』

 

 確認しようと慌てて振り向くと同時に、どこからともなく水が流れ出し、足場を水浸しにした。だけど、それよりも気になった事があった。入り口の空洞とは別に、少し上の方に別の空洞⋯⋯つまり出口があった。だけど、一瞬。気のせいかもしれないけど、そこに人影が見えた気がした。

 

「あれ、人が⋯⋯」

「人だと? そんなもの、ここにいるわけが⋯⋯!」

『地に──っ!?』

 

 私の見た方向を見て蛇の動きが止まり、攻撃を中断した。やっぱり、誰か居たんだ。それも、攻撃を止めてしまうほどの誰かが。見た感じ私と同じくらいの背丈だったような気もするけど、確かじゃない。⋯⋯うーん、気になる。

 

『⋯⋯命拾いしたようじゃな。今すぐここを立ち去れば、命までは取らん』

「うん? 急に気持ちが変わったか? 一体何を企んでおる?」

『其方が決めるのは、立ち去るか否かじゃ。それ以外の事を強欲にも求めるではない』

「もし、立ち去らなかったら?」

 

 その質問をした途端、蛇は私を睨み付けた。どうやら私の質問が気に入らなかったようだ。

 

『殺すか、殺されるか。2つに1つじゃ』

「⋯⋯能力貰ったままだけど、帰っていいの?」

『其方は返せと言われて返すのか?』

「ううん。返さないよ? だって、目を奪うだけじゃないでしょ? この能力」

 

 私の能力はウロのお陰もあって奪えば奪った能力の詳細を知れる。それで分かった事だけど、能力の本質は目を奪う事じゃない。私が欲しかった、先を視る力⋯⋯それも視る側の行動によって変わる、起きる事を限定させる事ができる力。この力1つでも、ここに来た価値があった。だからこそ、もう手放したくない。

 

『⋯⋯ふんっ、まあよい。妾が持とうと最早宝の持ち腐れ。其方が死ぬまで、勝手に預かっておれ。用はそれだけじゃな? では、さっさと立ち去れ!』

「うん。蛇さん、ありがとうございましたっ。さっ、気が変わらないうちに早く行こっ!」

「⋯⋯あ、ああ。そうだな」

 

 何はともあれ、無事に帰れるならそれが一番。蛇も出入口を塞いでいた身体を退けてくれたし、逃げるなら今のうち。不意打ちで襲いかかってくる可能性も捨てきれないから、警戒は怠らずに急いで帰ろう。

 

「でも⋯⋯なんだったんだろう」

 

 結局、あの影の正体は。攻撃を突然やめた理由は。分からない事が多い。

 

「どうしたのだ?」

「ううん、なんでもないよ。早く帰ろっか」

 

 私は力を取り、知る事を捨てたのだから、最早答えは得られない。潔く、諦めて先へ進もう。そう決意して、私はその大空洞を後にした────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──??? ──

 

『⋯⋯これでよいのか? しかし、汝がここに居るとはな。驚きじゃ』

 

 1人残った大空洞の中で、大蛇はそう呟く。

 

「旧友に会いに来て悪いか? 相手が強ければ強いほど面白いだろー?」

 

 暗い洞窟から現れたのはティアよりも幼き少女。真紅の瞳に薄い茶色のロングヘアー。その髪は先っぽで1つに纏められ、大きな赤いリボンを付けている。その大蛇同様にヒトでは非ず。頭の左右からは身長に不釣り合いに長く奇妙に捻れた角が生えている。

 

『⋯⋯汝の要望故逃したが、後で取り替えすのじゃぞ? 妾の能力故な』

「ああ、分かってるよ」

 

 その小さな少女──鬼は不敵に笑みを浮かべ、紫色の瓢箪を口にする。

 

「いやぁ、楽しみだねぇ⋯⋯。退屈も少しは凌げそうじゃないか⋯⋯」

 

 空洞内に、嬉々とした静かな声が響き渡った────




ちなみに大蛇の魔眼、実は別の小説の主人公に使おうとしてた魔眼だったりします。没になったけど勿体無いということでこちらで使いました。


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65話「用意周到な準備」

 ──Remilia Scarlet──

 

 図書館。そこは今ではパチェ(居候)の住処になっている。彼女は背丈が近い私の服を借りパクし、いつの間にか図書館の司書()のようになっていた。メイド達も私の友達と認識してか、彼女の身の回りの世話をするほどに。ほぼほぼ紅魔館の主と変わらない権力を持っていた。だけど彼女はその権力を振るうわけでもなく、1人図書館に引き篭っていた。

 

「ねえ、パチェ。毎日毎日、一体何をしてるの?」

「研究よ、魔法のね。もう少しで完成しそうなのよ⋯⋯」

「⋯⋯はあ」

 

 引き篭ってばかりの彼女を外に出そうと、私は自分でも鬱陶しいと思うほど構っている。なのに彼女ときたら、平然とした様子で返すばかりで、私はそれを見てため息をつくしかなかった。

 

「貴女も毎日ここへ来て仕事はいいの?」

「ちゃんとやってるわよ。って言っても、戦争の傷痕も癒えて、世界はともかくこの場所は安泰へ近付いてるわ。それ故、仕事()やる事もないわよ。だからこそ、妹が1人旅立って心配だし、暇してるのよねえ」

 

 ティアが旅立ってから3週間も経った。知ってる場所ならすぐ飛べる魔法を持ってるはずなのに、とても長い旅。つまり、それだけ長距離で私も知らないような場所を旅してるという事だ。それを分かって心配にならないはずがない。ただ、それ以上に私は妹を信用している。どれだけ心配でも、自分から探しに行くような妹を裏切る真似はしない。⋯⋯もちろん限度はある。だから、もし1ヶ月も経てば探しに行こう。

 

「他の妹は? フランやスクリタも居るじゃない」

「あの娘達はねえ⋯⋯あんまり相手にしてくれないのよねえ。それに最近、スクリタの体調が悪いみたいで、まともに外にすら出てこないし⋯⋯」

 

 幻想の低下。それが私の妹にまで牙を向き始めている。対策を講じるためにこうして図書館に来て調べ物をするのにも限りがある。あまりにも見つからなすぎて、最近は諦めてパチェと会話する方がメインになってしまった。こういう事に慣れてないというのもあるけど、自分が情けなく思う。

 

「ああ、ところで1つだけ聞いていいかしら?」

「ええ、いいわよ。何かしら?」

 

 毎日邪魔しに来てるからこそ思う事。初めての友達だから考えてしまう疑問。

 

「嫌じゃ⋯⋯ないの?」

「何が?」

 

 意図が分からないのか、パチェは首を傾げていた。妙なところで察しがいいくせに、こういう誰でも気付けそうなところで何故気付いてくれないのか。自分じゃ言い難い事なのに、わざわざ言わなければならないのか⋯⋯。

 

「ほら、私研究の邪魔になってないのかな、って。自分で言うのもなんだけど、凄く邪魔じゃない? 私って」

「ええ、邪魔ね。とても」

「ず、ズバリ言うのね、貴女⋯⋯」

 

 そこまで真正直に言われると結構傷付く。フランもティアもそうだけど、私の周りは嘘偽りなく正直に言ってくる人が多い。それは有難いんだけど、優しい嘘すら言ってくれないのがね⋯⋯。私は傷つきやすい心の持ち主なのに。⋯⋯いや、やっぱりそうでもないわね。

 

「でも、住まわせてもらってる身。何も文句は言えないわ。それに、レミィ。貴女にも『神秘への回帰』で手伝ってほしい事があるから」

「えっ!? も、もしかして、対策が見つかったの!?」

「逆に貴女、何も見つけれなかったの? ここへ来てはこっそり本を漁って調べていたくせに?」

「うぐっ⋯⋯」

 

 パチェはあれなのか。私を虐めるのが楽しいのか。もしかして、フランが私にあたり強いのも私がいじめがいがあるからなのか。⋯⋯あれ、それって舐められてない? 長女としてそれは大丈夫なのかしら⋯⋯。いや、大丈夫なわけないわ。もっとしっかりして、舐められないようにしなければ。特にフランに。

 

「見つけたわよ、対策⋯⋯いえ。対策と言うにはあまりにも弱い。ある意味では逃げの手ね」

「⋯⋯? どういう事?」

「今から話す行為はこの場所を捨てる事になる方法よ。それでも聞きたい?」

 

 この場所を捨てる、とはどこまで指してるのか。それによっては、その方法を諦めなければならない。今まで共に生きてきた我が家。そう簡単には捨てられない。可能ならこれからもずっと、この家で暮らしたい。だけど、それでも私は聞かなければならない。みんなの命を預かる、当主として。

 

「ええ、もちろん。聞かせてちょうだい」

 

 私は頷き、そう言った。パチェにも私の気持ちが伝わったのか、ゆっくりとした丁寧な口調で話し始める。私を無闇矢鱈に心配させないためだろう。そんな心配、しなくていいのに。

 

「今のところ、調べた限りでだけど⋯⋯神秘を維持する方法はないわ。もはや神秘が薄れた薄れつつあるこの世界で元の神秘が溢れる世界へ戻すには、世界そのものを変える必要がある」

「⋯⋯無理ね。私でも、世界を変えるなんて事はできない。精々、国1つが限界ね」

「ええ⋯⋯ええ? ま、まあ。だからこそ、この場所で神秘を取り戻す事はできない。つまり、ここに居ては貴女の妹も元気になる事はないわ。絶対に、ね」

 

 そこまで断定的に言われるとは。現実を突き付けられるとは思いもしなかった。我が家を手放したくない。だけど、私はそれ以上に妹の方が大切だ。

 

「要は家を捨てろ、って言ってるわけ? そうすれば彼女が助かると?」

「短絡的ね。話は最後まで聞くものよ。そうしないと、短気だと思われちゃうわよ」

「うっ、うるさいわね」

「⋯⋯まあ、一番手っ取り早いのがそれなんだけど」

 

 結局最初ので合ってるじゃない! ⋯⋯いや、慌てるな私。一番手っ取り早い方法が家を捨てる事であって、この言い方はまだ他に方法があるという事。ここでまた短絡的に話してしまえば、パチェに馬鹿にされるわ。ここは落ち着いて⋯⋯。

 

「で、詳しく話しなさいよ。その神秘に至る方法を」

「⋯⋯幻想郷。そう呼ばれる世界は、今の時代になっても神秘が薄れてない唯一の場所らしいわ。大きな結界に遮られ、隔たれたその地は神代に近い神秘を誇るという」

「確かに、そんな場所に行ければスクリタの調子も戻るかもしれないわ。ただ、問題はその場所ね。一体何処にあるの? ここからどれだけ離れてるのかしら?」

 

 純粋な疑問を口にする。移動するとしても、何処にあるかくらいは把握しておかないと。そこに潜む危険なども調べておく必要があるからだ。

 

「そうねえ⋯⋯。極東の島にあると聞くから、大体8000km⋯⋯いえ、もっと距離があるかしら?」

「⋯⋯想像できないわ。そんなの言われても」

「でしょうね。つまり、途方もない距離って事よ。さっき一番手っ取り早い方法とは言ったけど、この身1つで向かうにしても難しい。そもそも、私が知る情報も文献伝聞の域を出ない。だから、明確な位置も分からないわ」

 

 ここまでの情報を調べてくれただけでも喜ぶべきか。私だけだと恐らく、その名前すら見つけられずに終わっていただろう。⋯⋯パチェが家に来てくれてよかった。

 

「そして、もう1つの問題。2つ結界があるらしいけど、片方はこちらの世界で否定された妖怪や物体が流れ込みやすくなってるらしいわ」

「それの何が問題なの?」

「最近になってできたもう1つの結界があまりにも強力で、通る事が困難らしいわ。貴女が通れたとしても、今の私や弱った貴女の妹じゃ超える事は難しい」

「ダメじゃない⋯⋯」

 

 幻想郷へ行く理由が力を取り戻すため、スクリタの体調を戻すためなのに、肝心の彼女が来れないのでは元も子もない。『幻想郷』へ行くにしても、全員一緒に。それが私の求める大前提だ。

 

「そこで考えたのがある方法。準備に時間はかかるけど、これは確実な方法よ」

「どんな方法よ? 勿体ぶらずに教えなさいよ」

「⋯⋯はあ。さっき話した通り、こちらの世界で否定された物体も流れ着きやすいのよ。幻想郷は」

「だから長いってば。もっと手短に話してよ」

 

 段々と話を聞く集中力も切れ始めてきた。

 

「物体が流れ着きやすい。なら、私達を物体と思わせればいい。物体の中⋯⋯つまりこの館の中に潜んで結界を誤魔化せばいいのよ」

「そ、そんな事できるの!?」

 

 彼女は館ごと結界内部へ転移するつもりなのか。それは願ったりもない話だが、本当にそんな事が可能なのか。もちろん、やるにしてもかなりの手間がかかるのだろうけど⋯⋯難しそうな話だ。

 

「ええ、できるわ。この館全てを囲う転移魔術に、内部を認識させない遮断魔術。これだけ広大な魔術を用意するだけでもかなりの年月が必要になる。それに成功する確率は五分五分ね。あっち側に縁がないから、転移するのも難しい⋯⋯。よくて数十年⋯⋯下手すると数百年もかかる偉業ね」

「長いわね、あまりにも」

 

 それだけの年月が経てば、手遅れになる可能性も捨てきれない。そうなる前になんとか、辿り着きたいものだけど⋯⋯。そう簡単に行きそうでもないね。

 

「まあ、さっき言った通り、準備は貴女にも手伝ってもらうから。素材の用意に魔力の調達。遥か彼方、極東の地へ行くにはこれだけ用意するにしても数十年はかかるでしょうね」

「⋯⋯任せなさい。吸血鬼、スカーレット家の当主レミリア・スカーレット。その名に恥じぬ結果を出してみせましょう」

 

 やるからには全力で。それがこの館の当主である私の当然の義務。できる限り早く、それでいてしっかりと準備しよう。そうすればきっと⋯⋯妹を救える。今度こそ、私が。

 

「ところで、どうしてそんな事を知ってるの?」

「書物、そして城に居た時の伝聞。⋯⋯さて。そろそろね」

「あら、どうしたの?」

 

 パチェは読んでいた本を閉じると、ゆっくりと立ち上がった。何処へ向かうのかと思えば、図書館の奥にある小部屋のようだ。

 

「今の時刻、分かる?」

「え? えっと⋯⋯2時くらいかしら」

「ええ、そうよ。今はちょうど2時。その時間、幻想郷がある場所だと悪魔の力が強まるというわ」

 

 扉を開けば、そこにあったのは部屋を埋め尽くすほど大きな魔法陣。真っ赤な文字で描かれたそれは、多量の魔力を含んでいた。

 

「え、それって⋯⋯!? 幻想郷への⋯⋯?」

「いや、悪魔召喚の魔法陣。幻想郷の話をしたのはそういう話もあるってだけよ」

「ややこしっ!? はあ、なんだ⋯⋯」

 

 勝手に期待したのは私だけど、それでも期待させるような話をされると、ね⋯⋯。

 

「⋯⋯この時間なら大丈夫ね。召喚準備は万端。少し離れてなさい」

「ああ、召喚するのね。⋯⋯悪魔なら私がいるのに」

「⋯⋯⋯⋯」

「はあ⋯⋯全く」

 

 私の愚痴も聞かず、パチェは静かに召喚の詠唱を唱え始める。それと同時に、魔法陣が淡い光を伴い始めた────




あまり物語に関係ありませんが、現時点だとパチュリーはレミリア同程度の背丈しかありません。
なのでロリパチェです(


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66話「奇妙な運命」

 ──Remilia Scarlet──

 

 パチェの詠唱。それと同時に、真っ赤な液体で描かれた文字が淡い輝きを放つ。赤い文字が青白く発光したかと思えば、部屋中に眩しい光が溢れかえった。

 

「っ!? ちょっとパチェ! 何をしようとしてるの!?」

 

 視界が光に遮られながらも、パチェの方へ目を向ける。眩しすぎてほとんど目を開けられないが、彼女の姿だけは薄らとシルエットとして見える。ただ彼女はと言うと、真っ直ぐと魔法陣の方を見つめていた。

 

「⋯⋯召喚よ。準備は終わったから、そろそろ私専属の従者も欲しい、って思ってね。言ってしまえば悪魔の召喚よ。私の今の魔力じゃ、下級の悪魔が限界だけど」

 

 淡々と語ってるが、悪魔の召喚は基本取り引き契約。それも破格なものを要求される場合が多いのだけど、本当に大丈夫なのかしら。下手すれば、悪魔に魂を売りかねない。だからといって、召喚術式が発動し、すでに魔法陣が反応した──悪魔を喚んでしまった今の状況では止めようがない。外部からも、ましてや術者ですらこうなっては止めれないのだ。

 

「大丈夫なの!?」

 

 だからこそ、私はただ一言。パチェにそう聞いた。彼女は聡明な魔女だ。下級とはいえ悪魔の召喚。そのリスクは百も承知だろう。それを知って召喚しようとしてるのだから、私が無理に止めるわけにもいかない。友達なのだから、信じないという選択肢はない。

 

「ええ、大丈夫よ。心配ご無用。術式は完璧。準備も万端だった。⋯⋯確実に成功するわ」

 

 その言葉を裏付けるかのように、光る魔法陣に何かの物体が生成され始めた。その姿は光で朧げながらも、人の形をしてる事くらいは分かる。ただそのシルエットは人間ならざる者。悪魔らしい翼のシルエットが薄ら見える。

 

「あらあらあらあら。私を呼び出したからには男性かと思ってたんですけどー⋯⋯。まさかこんな小さな女の子だとは。珍しいものですねぇ」

「⋯⋯貴女が、悪魔? 思ってたよりも可愛らしい姿をしているのね」

 

 光が消え失せた時、魔法陣の上には1人の女性が立っていた。赤い長髪に、頭に付いた蝙蝠の羽のような触覚。さらに、私達に似た大きな翼。背丈は私よりも大きいが、顔からは幼い印象を受ける。そして何よりも目を引くのが⋯⋯サキュバスなのか、衣類の面積が少ない事。この場の誰よりも際どい服を着ている。と言っても、私もパチェも高価なドレスだったり魔法使い特有のローブだったり、まともな服を着てるから当たり前だけど。

 

「想定よりも上ではあるけど、それでもまだまだ下級の悪魔⋯⋯小悪魔と言ったところかしら」

「褒め言葉として受け取りましょう。ええ、その通り。私は小悪魔です。ではご主人様。貴女のお名前は?」

「名前? それを聞きたいなら、先に自分から名乗りなさい。そして、私に仕えなさい。それで交渉成立。教えてあげるわ」

 

 パチェがいつになく上から目線で偉そうな態度だが、悪魔を相手にする時はこの会話で間違ってない。特に今回のパチェのような主従関係を結ぼうとする時は尚更だ。今のうちにどちらが上かハッキリさせなければ、気付けば主従関係も逆転する。それだけならまだいいが、下手をすれば死んでしまう可能性だってある。悪魔は契約に絶対で、結ぶのは至って簡単。しかし、悪魔との契約は危険なものだ。

 

「なかなかつれないご主人様ですねぇ。お若いのによくやりますわ」

「さあ。私が貴女を呼び出した主よ。契約に従い、私に名前を、そして私に仕える意思も表しなさい」

 

 パチェは大きく手を振りかざし、その指先を魔法陣へ向ける。すると、瞬く間に小悪魔を囲むようにして結界が浮かび上がった。パチェが大丈夫と言ってたのはこれがあるからか。召喚した時に抵抗、反抗されないよう結界を張るのは定石。パチェは魔女としても魔術師としても、まだまだ幼く未熟だと勝手に思って心配してた。しかし、これだけ悪魔の対策を十全に整え、予備知識を持ってるのなら、心配するだけ杞憂というものだ。

 

「ふむ。契約は受けてもいいですが⋯⋯その前に1つ聞いてもいいですか?」

「⋯⋯ええ、それくらいならいいわよ」

 

 何を企んでいるのか、小悪魔は辺りを見回すとそう告げる。一瞬目が合ったような気もした。パチェは警戒してるのか少し考える仕草を見せるも、大丈夫と判断したらしい。すぐさま肯定の意を伝えながら頷いた。

 

「では、貴女に」

「⋯⋯あ、私?」

 

 小悪魔が指さしたのはパチェではなく私。どういう事なんだろうと考えていると、小悪魔は続けて口を開いた。

 

「もしかしなくても、貴女はレミリアお嬢様ですよね?」

「え!? ど、どうして⋯⋯知ってるの?」

 

 悪魔が住む世界──魔界にまで私の名前が広がってるのだろうか。人間ならともかく、悪魔にまで私達の名が知られてるのは嫌だなあ。どうせろくでもない事しかしないんだし、あいつら。この小悪魔が私の昔の知り合いとかだったらその心配も薄れるんだけど。⋯⋯絶対初めて会う悪魔だからなあ。

 

「今絶対初対面の人なのにー、とか思いましたよね!?」

「そんな軽くはないけど⋯⋯って、どうして分かったの?」

「あー、やっぱりー! 初対面じゃないからですよ!」

 

 一体何を言ってるんだろう。昔何処かで会ったことがあるだろうか、と思考を巡らせるが見当もつかない。私はこの小悪魔を一度も見てないはずなんだけど⋯⋯。逆にこっちの娘は違うらしい。会話の内容からしても一方的な出会いではなさそう。よっぽど影の薄い娘だったのだろうか。

 

「絶対失礼な事を考えてる顔ですね、それは! いつもレミリア様方を見ていた私には分かりますよ!」

「うわあ⋯⋯面倒な奴ねえ。その性格、その言い方。確かに私達を見ていた従者か何かでもおかしくないわね。でも、悪魔を従者にした覚えも、従者だった覚えもないわ。この館の悪魔は私と私の姉妹。それ以外居ないわ」

 

 私が知る限り、それは私が産まれる前から変わらないはずだ。そもそも血統主義の吸血鬼は好んで他の悪魔を雇う事はしない。それはどの種族よりも自分達が一番と信じてる事。個体数が少なく裏切りや闇討ちの可能性を考えての事。など、様々な理由があるらしい。しかし、私は単純に今まで他の悪魔と会う事が少なかったのが原因だろう。いくら他の悪魔でも、優秀ならば受け入れて損は無いと考えてるから。

 

「あー⋯⋯そういえば、レミリア様には言ってませんでしたね」

「なにを?」

「私が悪魔だという事です。実は妖精メイドの1人としてここ紅魔館に紛れ込んでいたんですけどねぇ。ちょっと力を使い果たしちゃって、魔界に撤退を余儀なくされたんですよね。本当は帰りたくなかったのに、長い年月も⋯⋯。って、ここまで言ってなんですけど、覚えてますよね? 戦争の事は」

 

 戦争といえば、やっぱりアレだろうか。大量の人間がここまで攻めてきたあの戦争。もう何百年も前の話だが⋯⋯それを知ってるとは。力を使い果たしたという話と合わせると、その戦争に居て力を失ったという事か? そんな昔に居た従者なのだろうか。

 

「もう、忘れっぽいお嬢様ですねー!? フラン様に会わせてください! フラン様なら絶対分かりますので!」

「えっと、でも今フランは⋯⋯」

「えっ?」

 

 最近スクリタが疲労してるのに、こんな騒がしく本当に知り合いかどうかも分からない娘と会わせてもいいのか。でも、これを約束しないで暴れられても困るしなあ。ここはフランに判断を委ねてみるべきか。

 

「⋯⋯話の途中で悪いけど、結局契約は受けるの? それとも断るの?」

「おっと、失礼しましたご主人様。では最後に1つだけ。フラン様は生きてますよね?」

「ええ、生きてるわ。フランは元気ね」

「ふむ⋯⋯そう、ですか」

 

 私の言葉に違和感でも感じたのか、小悪魔は顎に手を当て考える仕草を見せる。私は誤魔化しても嘘はつかない。フランは元気だ。昔から、相も変わらず。ただ、フランの片割れであるスクリタは⋯⋯。

 

「では、契約を受け入れましょう。主は変わっても私の思いは変わらず。後でフラン様に会わせてくれますか?」

「ええ、いいわよ。それくらいはね」

「では、後で私の名前を伝えてくださいね!」

 

 名前か⋯⋯。悪魔のくせに、自分から教えていいのか。いや、本人がいいなら別にいいか。

 

「そう、名前は⋯⋯なんて言うの?」

「──コア。私の名前はコアですっ」



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67話「疲れ気味な少女と」

 ──Remilia Scarlet──

 

 地下へと続く長い長い道を降りていく。そこはかつて牢獄として扱われた妹達の部屋がある場所。隣合った2つの部屋。しかし、彼女達はお互いのことを数十年も知らなかったという。それは分厚い壁のせいなのか。それとも2人とも外への関心が少なかったからなのか。恐らくはそのどちらもなのだろう。

 

 そして辿り着いたフランの部屋。窓が無く光の差さない薄暗い廊下は、まるで悪魔に誘われてるかのようで。実際その先に居る妹も悪魔なわけだが。

 

「フラン。……入ってもいいかしら?」

「お姉様? うん、いいよ。大丈夫」

 

 扉を叩くと、フランの声が聞こえてくる。いつもより元気がなく、抑揚のない声。その理由は想像に難くない。

 

「……スクリタ、大丈夫?」

 

 部屋に入ると、まず目に入ったのはフランのベッドで横になるスクリタ。そして、それを座って見守るフランの姿だった。姿は相変わらず容姿の整った綺麗な少女。だけども、その顔は両者共に疲れが見える。片方は、眠っているから分かりづらいが。

 

「大丈夫……とは言い難いかな。ご飯はちゃんと食べるけど、やっぱり本調子には戻らない。簡単な運動はできるけど、戦闘行為は多分できないくらい、かなぁ。……お姉様。ごめんね、無茶言って」

「いいわよ。妹の無茶くらい、ね。……むしろ嬉しいわ。無茶なんて、信用してる相手にしか言わないでしょう?」

 

 しばらく前の話。私はフランから相談を受けた。スクリタの状態が不安定で、それをティアに知らせたくないというもの。最初は誰にも言わないつもりだったらしいが、不可能と判断したらしく私に話してくれた。当主の私に隠し事をしても、いつかは必ずバレてしまう。下手に隠して拗れるよりは、と素直に話してしまうことを選んだらしい。ただ、どうしてティアに知らせたくないのか、理由は話してくれなかったが。

 

「いや別にそういうわけでもないと思うけど」

「えっ。そ、そうなの?」

「うん。ああ、信用はしてるから、そこは安心してよ? お姉様」

 

 そう言って、冗談っぽく笑顔を見せるフラン。

 

「あら。ありがとう」

 

 ティアと違って、歳が近いせいか軽口を言い合う仲である私とフラン。それでいて信頼して、幼い妹のために一緒に頑張って。そんなフランが何故スクリタをティアから遠ざけたがっているのかは分からない。ただ、何かあるのだろうと察することしかできない。正直なところ何が正解なのかは分からないが……ティアが居ない今は、フランの願いを優先しよう。

 

「……スクリタ、絶対に戻るよね。まだまだ遊び足りないよ、私」

「大丈夫よ。……方法はある。準備も進めている。あとは、それが完成するまで待つだけよ」

 

 パチェから聞かされた幻想郷の話。そして、そこへ行くための方法。準備さえ整えば、いつでも向かうことができる。あとは待つだけだ。……下手すると100年以上かかるかもしれないが。それでも、完成するまで待つ他道はないのだから。

 

「それで? ここに来たのって、スクリタの容態を見に来ただけじゃないよね。お姉様、それだけで来ることないし」

「あら失礼ね? 私だってスクリタの姉なのよ? 妹のためだけに来ることだってあるわよ」

「……その言い方だと今回は違いそうだけど?」

「違うわけじゃないわ。スクリタの容態を見に来たついでにちょっとした用事を、ね」

「どっちがついでなんだか……。で、何の用事だったの?」

 

 呆れた表情を浮かべつつ、フランはそう尋ねる。

 

「『こあ』って名前は知ってる?」

「コア……?」

「パチェが召喚した悪魔なんだけど、彼女が貴女に会わせろってうるさくてね。ああ、容姿は赤い髪に……って、フラン?」

 

 妹の呆れた表情が、いつの間にやら驚いた表情へと変わっていた。まるで、死んだと思ってた人と再開した……。あれ。これ本当にそういう意味の顔かしら。なんだか見覚えがある気がするわ。

 

「……お姉様。今もこの館に居るの? コアって」

「ええ。パチェの召使いとして召喚されたのよ。そして、仕えることを契約した。恐らくは貴女が居ると知ったから、かしらね」

「そ、っか……。ふふ。そっかそっか。ねー、お姉様。そのコアって人、連れて来てもいいよ」

「知ってる悪魔だった? どういう関係なの?」

「ん。うーん……主従関係、かな。昔のね」

 

 コアの言ってることと矛盾はしてない。なら、本当に彼女は昔妖精メイドの中に紛れていた悪魔なのだろう。面倒な性格しているが、フランがいいと言うなら、連れてこよう。約束なのだから。

 

「……騒がしい性格だったけど、スクリタは大丈夫なの?」

「え。えーっと……あー……」

 

 何を思い出したか、大丈夫そうな、不安そうな……なんとも言えない微妙な表情をしている。妹のこんな顔はなかなか見ない。一体、過去に何をやらかしたのか。

 

「……いいヨ。少し騒がしいくらいなラ、我慢すル」

 

 フランじゃない声が聞こえた。と思えば、ベッドの上でスクリタが眠たそうに目を開けていた。

 

「スクリタ……おはよう。調子はどうかしら」

「おはヨ、オネエサマ。普通だヨ。若干気怠い程度」

 

 なんて言ってる割には、声だけでも疲れているのが分かる。下手すると、人並みまで能力が落ちてそうだ。流石に奇襲などはもう無いだろうが、万が一もある。もう少しだけ、防衛を強めるよう言っておくか。

 

「……ま、スクリタがいいなら連れて来ていっか」

「え? 明らかに強がっているけど……」

「強がってなイ」

「本人もこう言ってるし、コアも変わってないなら大丈夫。何かあっても、私が守ってあげるしね」

「…………」

「ふふ」

 

 恥ずかしいのか、顔を赤くしてそっぽを向くスクリタ。そんなスクリタの頭を撫でるフラン。なんとも微笑ましい光景だ。しかし、正直になれないところは姉妹共通らしい。

 

「さて。少し待っててね。フラン、スクリタ。すぐ戻ってくるから」

「うん。いってらー」

「待ってル……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フラン様ー! おっ久しぶりですー!」

 

 部屋に入ると同時に、コアはフランに真っ直ぐ向かって抱き着いた。フランはと言うと、苦笑はするもののどことなく嬉しそうな表情を浮かべている。

 

「あはは……。変わってないというか、前より騒がしくなってるね、ほんと……」

「本当に知り合いなのねぇ。……にしても」

 

 私の妹にベタベタ触り過ぎではないだろうか。もう少し自重してほしいのだが。いや、むしろ今すぐ身体に叩き込んだ方が……。

 

「おっとっと。殺気が痛いのでこのくらいで。……あれ。あれあれ? フラン様、増えちゃいました? 増えましたよね! なんとも可愛らしい顔が2つも! 初めましてー。コアですよー!」

「うるさイ……。ワタシは、スクリタ。よろしク」

 

 険しい顔付きでコアを見つめる妹。話題が尽きず、楽しそうで何よりだ。こんな状態じゃなければ、という前提が付くが。

 

「あらら。嫌われちゃいましたー? そんな怖い顔しないでくださいよー」

「……きゅっ?」

「落ち着いて落ち着いて。コアもあからさまな挑発しないの!」

「おやや。挑発ではなく、本心からの言葉なんですけどねぇ」

 

 なんでこの娘、こんなに胡散臭いというか、あからさまなんだろうか。

 

「しかし……戦争当時よりこっちの世界のマナもかなり下がったとはいえ、ここまで弱まるものなんですね。恐らくはその出生に関わるのでしょうが……」

「お姉様、コアにも話したの? スクリタのこと」

「いえ……」

 

 スクリタの状況は、コアには何も話してないはずだ。なら、どうして分かったのか。

 

「……見ただけで分かるものなの?」

「これでも色欲を司る悪魔ですよー? 本能的な物欲センサーもバッチ来いです!」

「フランとスクリタに手を出さないでよ?」

「あははー」

「笑って誤魔化さないで」

 

 フランはそれなりに信用しているみたいだが、油断をしないに越したことはない。気を許すのが怖いが、親友の従者という手前、何かを制限することは出来ない。

 

「さて、どうやら我が主ほどとは行かなくても身体能力も落ちているようで。……生存に難があるというわけではないみたいですね。戦闘は難しそうですが。……ふむふむ。まぁ軽くなら遊べそうですが、ちょっと怖いですねぇ」

「……診断でもしてくれてるノ?」

「いや絶対違うでしょ。遊ぶって何でよ……」

 

 幾らか心配は残るが、常識は僅かながらもあるらしい。……コアの心配はフランやパチェに任せても大丈夫そうだ。──しかし、スクリタは……。

 

 一抹の不安が胸に残る。──それが杞憂などで終われば、どれほど良かったことか。




2020/05/13追記
矛盾を見つけたため一部改変しました。申し訳ないです(具体的にはレミリアがスクリタを治す方法を知らない、というくだり。いや貴方知ってたやん……())


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68話「久々な再開」

 ──Remilia Scarlet──

 

 ティアが友達──恐らくはあの竜娘──とともに旅行に出てから、どれくらい経っただろう。1ケ月は過ぎただろうか。いや、下手するともうそれ以上か。既に数百年の年月を過ごした私にとって、数日も数ヶ月も誤差に過ぎず、曖昧なものとなっている。これをフランに話したら、流石にそれは無いと否定されたものだが。

 

「……静かねぇ」

 

 日暮れ時の紅魔館。その紅色の廊下を歩きながら、ふとそんなことを思い、呟いてみる。

 

 末妹が居ない紅魔館はどこか静かで、平穏だ。それ故に、大きな変化が無い。いつもと違った非日常を持ち込んでくれるような、トラブルメーカーがいないせいだろう。彼女がいると、大変だけど面白みがある。いつも以上に楽しさが、笑みが溢れる。

 

 なんて、どれだけ寂しがり屋なんだ、私は。しかし、できればフランみたいに私にも……別れの挨拶くらい、してほしかったのだが。まったくもう。いつもティアには振り回さ──

 

「だーれだっ」

「ひゃぅ!?」

 

 そんな声とともに、視界が突然真っ暗になる。突然のことで慌ててしまい、変な声が出てしまった。

 

「な、何し……って、その声は──」

 

 ──ティア? 

 

 私がそう答える暇もなく、視界に光が戻る。咄嗟に振り返った私の目に映ったのは。

 

「ただいま、お姉様っ」

 

 最後に見た時と変わりない、末妹の……ティアの姿だった。

 

 既に身体を洗ってきた後なのか、髪が若干濡れている。長旅の疲労も見えず、活気で満ち溢れている。吸血鬼ということもあるが、怪我なんてどこにもない。私の……私の知ってるティアだ。何も変わりない、ティアなんだ。

 

「ティア! もうっ、どれだけ心配したと思ってるの!」

 

 溢れたのは怒りじゃないのに。どうしてもそんな言葉が出てしまう。ただ私の身体は意識せずとも動いていたらしい。安心からか、彼女を力強く抱擁していた。いつもの柔らかく、温かな肌を感じる。ちゃんと生きているという証拠だ。人間よりは冷たくも、その肌にはしっかりと生きていると実感できるほどの温もりがあった。

 

「えへへ、お姉様あったかーいっ。ごめんね? 言いそびれちゃったの。後で気付いたけど、お姉ちゃんに言ったから、大丈夫かなぁ、って」

「大丈夫なわけないでしょ! もう、どれだけ心配したことか……っ」

 

 というか。どうしてフランには言って私には言ってくれなかったのよ。私ってそんなに信用ないのかしら……。

 

「心配してくれて嬉しいなぁ。お姉様、ありがとうね。今まで待っててくれて」

「……当たり前じゃない。私は貴女の姉よ? 心配するに決まってるわ」

「ふふっ。そっかそっか。……お姉様ぁ。私ね。今飢えてるんだー」

 

 突如として抱きしめるのをやめ、蠱惑的な笑みを浮かべる。いつか見たような、私より知ってて、私をもっと望むかのような。そんな危険に満ち溢れた笑顔。

 

「あらあら。なら美鈴に食事でも作らせましょうか?」

 

 しかし私は、敢えて惚けて答える。私なりの、ほんの少しのお返し。私に何も言わずに出ていったことへの仕返しだ。そこに悪意はないが、少しばかりの悪戯心は存在する。

 

「むぅ……分かってるくせに酷いなぁ。久しぶりにお姉様が食べたいの。ダメ……?」

「だぁめ」

 

 顔を近付けてくるティアの唇を、人差し指で押さえて制する。ティアは無理矢理食べようとしないから、焦らすような仕草をしても安心だ。ただ、こっちに少しでもその気があると分かればガンガン攻めてくるから、油断はできない。

 

「……ふん。いいよー、っだ。じゃあ勝手にするもん」

「あら。私が乗り気じゃないのに食べようとするなんて悪い娘ねえ?」

「お姉様が乗り気じゃないならしないよ! 代わりにお姉ちゃんと遊ぶもんねー」

 

 おっと。そう来るか。いや、これは私の嫉妬心を煽るために言ってるに過ぎないだろう。ここで退けば、負けたことになる。妹にだけは負けてはいけない。戦闘能力で既に劣っている節があるから、尚更他のことで負けるわけにはいかないのだ。それに……何度も妹に負けては面子が立たない。

 

「そんなことしたら、余計に遊ばなくなっちゃうわよ? 貴女と」

「えっ!? ……う、うぅ。それは……やだ」

 

 目じりに僅かな涙を浮かべ、懇願するように私の両肩を掴むティア。嗜虐心が煽られるも、グッと堪えて返すようにそっとティアの両肩を掴む。

 

「……? お姉──」

 

 疑問に首を傾げるティアを引き寄せ、啄むように。軽く、優しく唇を重ねた。

 

 ただの一瞬で感じる、柔らかくも甘い味。一度口にすれば、やみつきになるのは必須。現に私はその味の虜になってしまった。……そんな、禁忌的な味がした。

 

「ぁ……おねえ、さま……」

「……ふふ。いつも通りで安心したわ。本当に、可愛い妹ねえ」

「えへへぇ……」

 

 離れて頭を撫でてやると、嬉しそうに子どもらしい笑みを浮かべるティアがそこにはいた。いつもの悪魔じみた雰囲気はどこもない。純粋な子どもらしい笑顔だ。実際のところ、中身は純粋とは行かないほど邪に染まっているが。それは最初に教えたフランのせい、ということで。

 

「お姉様も、優しくて大好き……」

「私もティアのこと大好きよ。……『も』っていうのがフランのついでみたいで嫌だ──」

「日暮れすぐだというのに、お熱いですねぇ」

「ひゃぁっ!?」

 

 不意に聞こえた声。それに驚き、思わず声を上げる。慌てて振り返った先には、パチェの使い魔であるコアがいた。

 

「私は悪くないですよー! そういう空気を感じ……なんか偶然通りかかったら、お二人を見つけただけですので」

「明らかに知ってて来たわよねえ?」

「あはは。そう怒らないでくださいよー。何も恥ずかしがることじゃないんですからー。……しかし、お久しぶりですねぇ、ティア様?」

「え? ……あっ。え、えっ!?」

 

 コアとティアの目が合う。と、ティアは驚きの表情へと変わる。そして脇目も振らずにコアに抱き着いた。

 

「コア! 死んだかと思ってたぁ……っ。生きてて良かった……!」

「痛い痛い痛いっ!? 相変わらず加減を知らない娘ですねっ!?」

「ふふふー。本物のコアだ!」

 

 感触を確かめるように、抱きしめながら色んな箇所に触れていく。妹にされるなんて、なんとも羨ましい光景だ。……フランにもされてみたい、という欲求もあるから、今度言ってみようかしら。……いえ。それは私のプライドに関わるからできないわね。

 

「ええ、本物のコアですよ。お久しぶりです、妹様。……そろそろ離してくれませんか? 貴女と私では力の差があり過ぎて痛いのですよ」

「あ、ごめんね」

「いえいえ、いいのですよ。──しかし、変わりましたね、ティア様」

「うん?」

 

 そういうコアの目が、鋭くティアを見ている。……ような気がした。私の気のせいだったのか。改めてよく見ても、胡散臭い笑顔しか浮かべていない。

 

「ほら、私とはフラン様を取り合う仲ですよー? そんな私にベタベタ引っ付いていいんですかー?」

「むっ。お姉ちゃんは私のだよ! コアもそれで納得したでしょ!」

「した覚え全くないんですが……。フラン様はいずれ私のものとなるんですよー」

「むぅ……。ふふ。コアは変わらないね。昔のままで安心したっ」

 

 微笑み、嬉しそうな顔になるティア。改めてこれだ、と実感する。私がどうしても見たかった笑顔。久しぶりに見れて、ほっとした。長旅が彼女を変えたわけじゃないと安心……したのか、私は。

 

 心の中で何かが渦巻いている。何かは分からないが、違和感や悪い予感。そういったもの。これも能力によるものだろうか。私は何か見落としてないか。……深く考えても辿り着けない。今は、後回しでいいか。

 

「じゃ、私はお姉ちゃんにも顔見せてくるからっ。お話したいこともあるしね」

「あっ。先に一緒にご飯でも食べましょう? 私もちょうどお腹が空いてたところだし、長旅で疲れたでしょう?」

「んー……うん! じゃあそうするー。コアも一緒に食べるー?」

「いえ。実はですね、私はパチュリー様に召喚されまして。今の主はパチュリー様なのです。図書館司書としての仕事が残ってるので、また機会があれば、ということで」

 

 どうやら私の意図を理解してくれたコアは、そのまま地下室へと続く大図書館の方へと向かってくれた。これで少なくとも心の準備が、フランとスクリタにできるといいのだが。

 

「お姉様、どうしたの? ほらっ、一緒に行こー」

 

 そう言って手を差し出してくるティア。私にはこの娘が、フラン達の思うような危険なことを考えているようには見えない。ただそれでも、家族がみんな、仲良く楽しくいられるように。亀裂なんか、生まれないように。

 

「ええ、行きましょうか」

 

 私はティアの手を握り返す。妹の、いつも通りの柔らかい感触を感じることができる。

 

「ふふっ。お姉様の手、あったかいなぁ」

「ティアも、温かいわよ」

 

 私は末妹と、一緒に歩いて食堂へと向かった────




ティアがいると勝手に物語進むから楽なり。
約半年ぶりのティアですねぇ。相も変わらず大罪っ娘でお送りしたいと思います。


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69話「相愛な姉妹」

百合百合注意


 ──Frandre Scarlet──

 

「フラン様ー。私が来ましたよー」

 

 スクリタとともに夕食を食べていた時にやってきたコア。いつも通り元気な姿で、見ているだけで元気が出てきそうだ。ただ、それはスクリタには当てはまらないようだけど。コアを見て、鬱陶しそうに顔を顰めているし。

 

「コア……どうしたの? 今は夕食中なんだから、襲っちゃダメだよ?」

「今は襲いませんよー。先ほどティア様がお帰りになられたので、ご報告を、と思いましてね」

「そっか。……ようやく帰ってきたのね、あの娘。1ヶ月とちょっとぶりかなー。どう? スクリタ、会えそう?」

 

 隣でソファに座り込み、ご飯を食べるスクリタの頭を撫でて、そう問いかける。そっと手を振り払い、彼女は食器を置いて口を開いた。

 

「無理そウ。短時間ならともかク、ここはワタシ達の部屋。いつまで居るか分からないティアと一緒にここに居れバ、いつかボロが出ル」

「そっか。ならここには居られないね。あの娘と私、約束してることがあるから。多分しばらくここに居るのよね。でも会っておかないと、あの娘怪しんで気付いちゃうよ?」

「図書館で本を読んでル。ワタシとは何も約束してないかラ、会話が長引くことはきっと無イ」

 

 短時間なら大丈夫だと。見立てが甘い気もするけど、そこはスクリタ次第。彼女が下手をしなければ、バレることはないはず。……バレたらバレたで、また一騒動ありそうだけど。

 

「ティアにバレたからって、私にあたらないでよ? あと私に助けを求められても困っちゃうから。……ちょっとくらいは頑張るけど」

「……うン。その時はよろしク。フラン」

「ふふ。素直になってきたよね、スクリタ」

「ふん……」

 

 頭を撫でると、今度は抵抗もせず受け入れてくれた。こう素直だと可愛いんだけど。これはティアで満足できるしね。スクリタは今まで通りツンデレが一番可愛い。

 

「……ごほん。いいところで申し訳ないですが、私はそろそろ行きますよ。スクリタ様もご一緒されますか?」

「うン。ティアが来る前に行っておク」

「そっか。じゃあまた後でね。……ティアがここで寝るとか言い出したらどうするの?」

「その時はティアの部屋に誘導して一緒に寝テ。……無理だったラ、一緒に寝るしかなイ。アナタが誤魔化しテ」

「えー……」

 

 なんて投げヤリな……。でも、信頼されてるってことよね。妹のためにも、その気持ちに応えなきゃならない。どちらの妹の要望にも応えなきゃならない、なんて姉は大変ね。お姉様がそこまで苦労してる様子はないけども。そこは隠してるのかな。もしそうなら凄いや。

 

「うちの妹は2人とも私がいないとダメなんだから。いいわ。その時は私に任せなさい」

「無い胸を張られても困──」

「お姉様よりはあるから! ……まったく。とにかく下手に避けて気付かれないようにね」

「うン。じゃあまた後デ」

 

 そう言って一足先に向かうスクリタ。だけどコアの方は、何か思い出したのかその場で足を止める。

 

「あ、と。フラン様。最後に1つだけ」

「何かな? コア」

「あまり除け者にしちゃダメですからね?」

「……分かってる。また今度、ちゃんと話すよ」

 

 方法は分かったんだ。お姉様達を待ってれば、時間が解決してくれる。問題は短気なあの娘が話を聞いて、スクリタの気持ちを優先してくれるかどうか、かな。スクリタのためを思って強行する可能性だって、大いに有り得る。だから、話す時はしっかり準備しないと。心と、ティアを納得させる内容の。

 

「……タイミング、気を付けないとなぁ」

 

 間違えて喧嘩にでもなったら大変だ。……というか、食器持って行ってもらうんだった。

 

 ため息をつきつつ、私はティアが来る前に、食器を持って上へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん! ただいまっ」

「ん。おかえり、ティア」

 

 夕食を食べてからしばらく待っていると、ティアが勢いよく扉を開けて入ってきた。懐かしい妹の顔で思わず表情が緩みそうになる。

 

「お姉ちゃんは相変わらずで安心したっ。スクリタ、放置してたせいか、あまり話を聞いてくれないんだよねぇ。素っ気ない? 態度ばっかり取ってくるの……」

「ティア、何かしたんじゃない?」

「んー……どれだろ」

「心当たり多いんだ……」

 

 あわよくばスクリタの不安に繋がることを聞き出そうと思ったんだけど。逆にどう反応すればいいのか分からなくなってしまった。

 

「うん。そーれーよーりっ。お姉ちゃん。ね、大丈夫だったでしょ?」

「ふふ、そうだね。貴女が無事でお姉ちゃんも嬉しいなー」

 

 得意気な顔でそう言い放つティア。なんだか負けた気がしなくもないけど、とにかく無事で良かった。──外見は変わりないけど、中身は何か変わってたりするのかな。

 

「でさ、でさ。お姉ちゃんっ。吸血する、って約束してたよねっ」

「うん? あー……」

 

 そういえばそんな約束もしていた。でも正直なところ、別に吸血くらい、いつでもやってあげるんだけどなー。ティアの血、美味しいし。……お姉様の血、飲んだことないね。また今度、頼んで吸ってみようかな。

 

「ということで! おねーちゃんっ」

 

 自ら服をはだけさせ、目と鼻の先まで近付くティア。ベッドに座る私の両膝に、逃げられないようにするためか手を置く。そんなことしなくても、私は逃げないのに。

 

「食べて……?」

 

 5cmという距離で、蠱惑的に囁く。まだ子どもなのに。私より年下なのに。……いつからこんなにも色っぽくなったんだろう。変な知識、与えすぎたかな。私のせいなら、私が責任取らないとなー。

 

「……それはどっちの意味でかな?」

 

 彼女の真意を知るために、敢えてそう聞いてみる。話の流れは吸血だろうけど、もしも彼女にその気があれば……。私は、それに答えるだけの好意と覚悟を持ってるから。

 

「うん? んーっとね。()()()()()()?」

()()()()()。ティアのしたい方でいいよ」

 

 私がそう答えるとは思ってなかったのか、ティアは驚きを露わにして動きを止める。目をぱちくりさせ、不意に嬉しそうな顔になった。でも、緊張してるのか、ぎこちない笑顔だ。

 

「お姉ちゃんから言ってくれるとは思ってなかった。でも、本当にいいの? 私強欲だから、お姉ちゃんにも。お姉ちゃん以外にも。もっともーっと……求めちゃうかも。それでもいいの……?」

「いいよ。ティアのそれは、今に始まったことじゃないしね。それに、ティアが私を嫌いになるわけじゃないんでしょ?」

「うん、それは絶対にならないって言えるけど……う、うーん……」

 

 話してみた限り、どうやらティアの方にまだ心の準備ができてないらしい。準備、よりは何かしらの不安が消えてないのかな。まだその時ではなかったみたいだ。

 

「じゃあこうしよう。貴女に準備と覚悟ができた時、改めて貴女から話してちょうだい。その時は私も、しっかりと応えてあげるから。ただ……本気じゃないと、後悔するからね?」

 

 膝に置いた手を払い、顎を持ち上げて無理矢理視線を合わす。私と同じ紅い瞳を覗き込むと、彼女は静かに見つめ返していた。無言ながらも、長年一緒に居たからか、なんとなく肯定の意を表していることが分かった。

 

「大丈夫そうね」

「……うん。決まったら、ちゃんとお姉ちゃんに言うね。その時は食べられるだけじゃなく、私のことも食べてね?」

「あれ? それは自分に言ってるの?」

「お姉ちゃん、責められると弱いじゃん」

「ふーん……」

 

 そっくりそのまま返したい気持ちを抑え込み、ティアの頭に手を伸ばして頭を撫でてやる。

 

「ん、えへへー」

 

 するともっと撫でろと言わんばかりに、両手を私の背中に回し、頭を膝の上に乗せてきた。頬擦りまでして、完全に懐かれている。……彼女を見ていると、嗜虐心が湧いてくる。この前話していたお仕置き代わりに、ちょっとだけ意地悪しちゃおっかな。

 

 ふとそう思い、撫でるのをやめてみる。

 

「……ふぇ? お姉ちゃん?」

 

 悲しそうに、上目遣いで視線を送ってくるティア。可愛らしい表情が癖になる。悲しそうな顔も、種類によっては好きかもしれない。

 

「どうしたの?」

「えっ。どうしてやめたの……?」

「んー……ティアの可愛い表情が見たかったから、かな」

「うん? 可愛いの? ならもっとする」

「しなくていいよ。時折見せるから可愛く見えるの」

 

 姉である私が、ずっと悲しい表情をしてほしいわけないし。こういう顔はちょっとだけでいい。そういう意味を込めて再びティアの頭を撫でる。安心したのか、顔を埋めて大人しくなった。

 

「ふふ……あー、ティア。そういえば貴女がいない間に決まったことなんだけど……」

「うん?」

「紅魔館、引っ越すらしいよ。もっとマナが多い場所に」

「そうなの? えっ。この館置いてっちゃうの……?」

 

 ああ、そうなっちゃうよね。でも、確か大丈夫なんだよね、その問題は。

 

「ううん。この館ごと引っ越すらしいから安心して。……で、吸血しなくていいの? 食べるのはともかく、吸血くらいならしていいよ?」

「そっか。うん、吸血はしてー。それを楽しみにしてたんだから!」

「ん。そっか。……じゃあ、いい?」

「……うんっ」

 

 そう言ってティアの肩を掴み、グイッと引き寄せる。その白くて綺麗な首筋に牙を突き立てた。汗のせいかちょっとだけしょっぱくて。ぎゅっと目を瞑るティアが可愛くて。

 

 牙が通ると、真っ赤な血が噴き出した。舌に触れると甘く、とろりとした味わいがする。

 

「ぁ……っ」

「っ……うぅん……」

 

 思わず声が出るほどに、その味は背徳的な。それでいて極上の味。妹の血という、禁断の果実を口にした私は止まらない。僅かに残った理性が止めようとするも、止めれない。止めたくない。この味をずっと味わいたい。

 

 どれだけ堕落しようとも、ティアさえいればいい。そう思わせるような禁忌の飲み物。

 

「も、っと……ぁ……」

 

 何度も何度も、ティアの首筋を舐めあげ、血を吸う。牙が動く度に血が湧き出てくる。流石に傷付け過ぎたと思い、今度は傷口に舌を這わせて血を絡め取る。舐める度に、ティアは身体を震わせていた。

 

「っ……あぁっ……」

 

 ティアの嬌声が、私が捕食者ということを実感させてくれる。捕食者でいられることは気分がいい。だけど、ティアの魂を侵している気がして。もしかしたら、ティアが私を吸血する時も同じ気持ちかもしれない。そう思うと、なんだか突然恥ずかしくなってくる。

 

「あはっ、おねえちゃん……だいすき……」

「……ぷはぁ。ん、私も大好きだよ」

 

 荒い息をつき、弱々しく肩を掴んでいる。その服は零れた血液で、僅かに真っ赤に染まっていた。

 

「あらら、汚れちゃったね。……お風呂入ろっか、ティア」

「う、うん……。ふふっ。お姉ちゃんと久しぶりに入るねっ」

「だねー。……楽しみ?」

「うんっ」

 

 そうして、一緒にお風呂場に向かう私とティア。……結局、私の部屋で寝ることになっちゃったけど、スクリタのことはバレずに、一夜を過ごすことはできた────




百合は健全です(真顔)


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70話「盛大な後で」

 ──Remilia Scarlet──

 

 今日は誕生日会が行われた。例年通り、そしてキリのいい年ということで、それは盛大に執り行われ、妹ら家族も私のことを祝ってくれた。毎年のように繰り返し、それを何百年も。飽きないか、と聞かれれば私は『NO』と答えるだろう。私にとって誕生日は、祝われる日であると同時に『平穏の象徴』であるから。なんの問題もなく、家族みんなと一緒に迎えられる誕生日を嬉しく思わないはずがない。

 

 ティアに出会えて。フランに出会えて。美鈴に出会えて。スクリタに出会えて。パチェに、メイド達に……。他にもいっぱい。他の吸血鬼と比べれば少ないだろうが、色々な人に出会えた。楽しみ、苦しみ。愛し、愛され。果ては殺され、蘇り。様々な出来事を再確認し、平穏無事であることを祝う日。それが私にとっての誕生日だ。

 

 そして、その体験をしてきたこの土地とも、もはや100年も共にすることは無いだろう。『幻想郷』と呼ばれる土地。神秘が薄れ、忘れ去られる運命にある私達は、そこへ赴くしか生きる術はない。それ以外に、これからも平穏を自覚する生誕祭を迎える方法は無い。

 

「美鈴。貴女はいいのかしら?」

「えっと、突然どうしました? お嬢様」

 

 そうと知りながらも、私は誕生日会の後片付けをする美鈴に尋ねていた。いや。確認していた、と言った方がいいだろうか。

 

「貴女も聞いてるでしょうけど、いつかこの世界を離れ、遠い地に行くことになるわ。この土地が惜しくなったり、他の土地に行きたいなら今のうちよ? 元より貴女は放浪の身。決闘で引き入れたとはいえ、それも数百年前の話よ。充分仕事をしてくれたし、暇を出しても良くってよ?」

「……お嬢様。私を試しているようであれば、私の未来を見てください。私が貴方様の下を離れる未来がありますでしょうか?」

 

 と言われても、私もそこまで明確な未来が見えるわけじゃない。ただそれでも私は、彼女の言葉を理解した。そして静かに「無い」と一言、断言した。

 

「私が貴方様と出会い今年でちょうど380年。最初に出会った時はここまで長い付き合いになるとは思っても見ませんでした。が、ここまで共に過ごしてきた以上、家族にも似た繋がりができたと思っていたのですが……」

「聞いてみただけよ。もちろん貴女も家族の一員よ。そこに嘘も偽りも無いから安心してちょうだい。……ここまで優秀な貴女が、こんな場所に居ていいのかしら。なんて、ふと思ってね」

 

 美鈴なら、この世界に残っても生きていけるほどの力がある。神秘性なぞ関係ないほどの体術に、積み上げてきたメイド術。充分な力を持ちながら、衰退の道を辿る吸血鬼とともにいる。傍から見れば、それは非合理的に見えるだろう。

 

「私は望んでここにいるのですよ? ここが一番、居心地がいいですからね。お嬢様、逆に私の方から聞かせてください。私は、ここに居てもいいでしょうか?」

「ええ、もちろん。どれだけ居ても構わないわ。貴女の好きなだけ居てちょうだい。……ティアも貴女のご飯、毎日のように楽しみにしてるしねぇ」

「ふふ。はい、ありがとうございます、お嬢様」

 

 丁寧にお辞儀をする美鈴に対して、内心嬉しい気持ちが溢れてくる。頼もしい従者を持ったと。信頼できる家族を手に入れたと。改めて実感した。

 

「……こちらこそ、ありがとうね、美鈴。さて。次はパチェのところでも行こうかしら」

「おや。珍しく妹様方とはお遊びにならないのです?」

「さっき散々妹達に祝われて、遊ばれたのよ。もう遊べる体力残ってないわ……」

「あ、あはは……」

 

 あの娘達と遊ぶとなると、結構な体力を消費する。まだ私も若い方だと思うのだが、あの娘達の底知れない体力には付いていけない。子どもというのは、やはり元気な存在だ。元気すぎるのも考えものなのだが。あの娘達に関してはそれでいいだろう。見ていると私も楽しいし。

 

「ってわけで、行ってくるわね。美鈴、貴女もたまには休暇くらい出していいのよ? いつも精一杯働いてくれてるんだから。誰も文句なんて言わないわ」

「門番仕事なんて結構休めますよ。誰も来ませんしね。だからご安心くださいっ」

「ふふ。ならいいわ。……いえ、仕事怠慢に近い気がするから良くはないけども」

「あ。え、えーっと……」

「いいわよ。別に何も咎めはしないから」

 

 それに、美鈴はやる時はやる女だ。彼女を突破できる侵入者なんてそうそういない。侵入できる者が居たとすれば、それは私が相手すべき者だろう。それほどまでに、彼女には絶対の信頼を持っているのだから。

 

「今度こそ行ってくるわ。いつも通り、門番仕事よろしくね」

「ええ、お任せください!」

 

 手を振り美鈴と別れ、次は図書館へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やってきた大図書館。地下にあるというのもあって、外からの音はなかなか入ってこない静かな場所だ。静かという特徴のせいか、ここを気に入る家族は意外と多い。一部の妖精メイドに加え、パチェやスクリタなんかもここに居るのをよく見る。パチェは純粋に本が好き。スクリタはティアを避けている。という理由がそれぞれあるのだろうが。

 

 しかしフランに任せたが、いつ説明するのだろうか。……なんてことは、任せてしまった私が考えることではないだろうが。黙ってても話しても、またひと騒動ありそうだ。

 

「パチェ、いるかしら?」

「いるわ。何かしら?」

 

 図書館に来てみると、いつも通りパチェは本を読み、ゆったりと座っていた。飽きもせず本を読んでいるのは、単純にここにある大量の本をまだ読み切っていないのだろう。館の主である私でさえ、その総量は把握してないから致し方ない。

 

「移住の件、どうなっているかしら。見立てとかは……」

「全然、ね。ここまで広い館を丸ごと転移、なんて術式はどれだけ探しても存在しなかった。こんなに大量にあるのだからもっと探せば1つくらいはあるかもしれないけど。それを見つけるのも大変ね。もっと小さな、部屋だけの転移なら可能なのだけど。それだとこの館とおさらばすることになるわね。それは嫌でしょう?」

「ええ。それは最後の手段ね」

 

 歳の数だけ暮らしてきた館だ。できることならそのまま、死ぬまで共にするのも悪くないだろう。それに『幻想郷』と呼ばれる場所に、私達が暮らせる場所があるかどうかも定かではないのだから。極論、奪えばいいのだが。

 

「一番の問題は幻想郷との縁が無いことね。極東にあると言われてるから、美鈴なら少ない可能性はあったのだけど。彼女も知らないと言ってたわ。つまり八方塞がり。どうにかして、その土地の物品やら行ったことある人とか、見つけ出さないといけないわね。じゃないと、下手すると転移できない。最悪の場合は……いえ、これは言わない方が気が楽でいいわね」

「ちょっと。それだけ言われると不安になるじゃない」

「それでも聞いて知らなきゃよかった、なんてなるよりはマシじゃないかしら」

 

 それはそうだが……。くっ。そう言われると知りたい気持ちと知りたくない気持ちがどちらとも溢れてくる。いや。どうせ聞いてもはぐらかされたりするだけだ。知らないままでいるしかないか。調べるのも面倒だし。

 

「ああ、それにもう1つ。幻想郷についての資料も少なすぎる。あっちでの不測の事態に対しても、考えうる可能性を出せばキリがないわ」

「ふうむ……。ああ、そういえばパチェ。ノリで一緒に居たけども、このまま貴女も付いてきていいのかしら。知らない場所に行くのは不安じゃない?」

「貴女にとって私はノリで居る存在なのね……。安心なさい。元より付いていくつもりよ。じゃないと手伝わないわ」

 

 それもそうか、と心の中で呟く。付いていくつもりが無いなら、手伝う必要も無いわけで。恩返し、なんてする柄でもないしね。

 

「危険かもしれない場所よ?」

「それでもここに残るよりいいわ。私に居場所なんて、もうここ以外に存在しないのだから」

「ふふふ。そう。後から後悔しても知らないわよ?」

「そうならないよう、貴女が頑張ってちょうだい」

「貴女も頑張りなさいよ」

 

 呆れつつもそう返す。友達とは、こういう仲なのだろうか。ふとそんなことを思い、思わず笑みが溢れてくる。

 

「……気持ち悪い顔してるわよ、貴女」

「ふふ、そうかしら?」

「……はあ」

 

 今まで友達らしい友達が居なかったが、やはりこういう仲も悪くない。パチェの訝しげな目を他所に、私は嬉しく思って。彼女の後ろから、暇潰しにと本を覗き込んでいた。

 

 これから起こることに対する不安から、目を逸らすように────



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71話「急な提案は」

 ──Remilia Scarlet──

 

「お嬢様、追加で確認してほしいものが……」

「はあ……そこに置いてちょうだい。後で目を通すわ」

 

 私がそう言うと、妖精メイドは山のように大量の書類を置いて出て行く。

 

 最近になって、またこういう仕事が増えてきた気がする。領地を縮小したとはいえ、各々の生活に最低限必要な量は確保したままだ。それ故に領地内の産業管理。外部の同族達との交渉。更には食料確保のための実力行使。前者2つは書類上の手続きとはいえ必須なもの。最後のものは俗に言う実力行使。まあ私としては最後が一番楽だが。当主というのは、あまりにも忙しい。

 

「フランみたいな分身が欲しいわ……」

 

 誰も居ないのに、思わずそう呟いてしまうほどに。身体を動かすのは好きだが、頭や手を動かす仕事。特にこういった何の変化も無い単調な仕事は好きじゃない。それでも当主としては放っておけない仕事だから、やめるわけにもいかない。本当は妹達みたく自由気ままに遊びたいんだけど……。

 

「レミリア、居ますか?」

「あら。……何処から入ってきたのかしら?」

 

 不意に呼ばれた名前。声が聞こえた方を見れば、扉の前に1人の少女が立っていた。彼女には見覚えがある。確か名前は『ウラ』だったか。そんな変な名前だったはずだ。しかし、誰かが来たなんて話は聞いてなかったが。いつの間に、どうやって入り込んだのだろうか。

 

「ああ、居た。居なければどうしようと思った。お久しぶりですね。何十年? いやもっとかな?」

「忘れたわ。けど、貴女のことは覚えているわよ。こんな場所に何の用かしら?」

 

 覚えてると言っても、警戒を怠る理由にはならない。そもそも家族以外の誰かを信用するには、それなりの時間が必要。そして、この娘はその時間を共にしてないのだ。

 

「お仕事の話。と言っても、貴女にとっても必要なものです」

「……はあ」

「あれ。どうしました?」

「いえ、なんでもないわ」

 

 仕事中にさらに仕事の話、と。今日はそういう日なのだろうか。今日は疲れそうだし、また今度妹達に癒されるとしよう。

 

「それで? どんな話かしら?」

「幻想郷に行くための縁を結びました。あなたの妹、ティアと共に。よって、必要とされる縁は既に確保済みです。後は転移の準備のみ。それもいずれ、手に入ることでしょう」

「……どうしてそれを知っているのかしら。幻想郷に行く話はティアがしてたかもしれない。けれど、貴女に転移の準備が終わってないとか、縁が必要とか、そんな話したかしら?」

 

 私の記憶に間違いがなければ、それを彼女に話した覚えはない。ティアにさえ、話したのは旅行から帰ってきた後のことだ。そういえば、旅行に行ったのは何十年も前の話。どうして今になってこの話を持ち出したのか。

 

「わたしも魔女の端くれ。そこへ行くために何が必要か。どれくらい大変かくらい把握しています」

「そう。……旅行に行ってから随分と経ってるわよね? ティアと縁を結んだってことはそれのことでしょ。今更それを話したのはどういうこと?」

「準備が必要だったのです。わたしも今は1人で暮らしてるわけじゃない。だから、色々と準備を」

「ふーん……詳しくは話してくれないのね」

「……ごめんなさい」

 

 そう素直に謝られるとこっちが悪い気がしてくるわね。それでも話してはくれないと。それも仕方ないか。彼女とは長い付き合いではあっても、出会った回数は数えれるほどしかない。正確な数なんて覚えてないけれど。

 

「……あ、それと」

「まだ何かあるのね?」

「はい。幻想郷には敵対しうる勢力があります。恐らくは侵略を許さず、争いになる。その可能性を考えてください。妹のためを思うならば、並大抵の戦力だけでは安全を確保できない。そう思った方がいいです」

 

 妹のため、か。私がその言葉に弱いと知ってか知らずか……。どちらにせよ、その言葉を持ち出されては私も話を聞かなければならない。簡単に話を蹴ることができない、と言った方が正しいか。

 

「つまり、紅魔館の戦力だけで行けば死ぬかもしれないと?」

「断言すると、はい。少なくともわたしの見立てでは、倒せはしても数で負け、全滅して終わりです」

「ふぅん。それで? こちらの勢力はともかく、どうして幻想郷の勢力を知っているのかしら?」

「実際に見て、対峙。その結果分かったことです。幻想郷を取り巻く結界は、近付く必要はあるものの、自由に出入りできる者もいます」

 

 どうやら、それが自分だと言いたいらしい。そしてわざわざ私の妹と一緒にそこへ行ったのはこのためか。

 

「そして、1人で行っては追い返されて終わり。……つまり、わたしもそこに行きたいが、1人じゃダメなので協力してほしいです。飽くまでも互いの利益を得るためのビジネスパートナーとして」

「どうやら私のことをよく知ってるようね? 1人ということは、ティアに縁だけ繋がらせて、侵入は自分だけ。万が一に備えてたということかしら?」

「……はい」

 

 うちの妹は旅行と称され、上手いこと利用されたらしい。私を協力させるために。ただ、悪いようにはされてないみたいだ。それならまだ許容できるが……。

 

「まあいいわ。転移魔術の術式は、短くても後数年かかるらしいわ。戦力に関しては協力を仰ぐとして。貴女の目的は何かしら? それを話せない人と行くつもりはないけれど」

「わたしは個人でも転移が可能。だけど、話しておきます。日程も合わせたいですし。わたしは、元いた場所に戻りたい。そのために幻想郷を経由する必要があるだけ。……あなた達の邪魔にはならない。むしろそれまではどんな協力もするつもりです。ですから、幻想郷に行く際は、到着まで一緒に行動を共にしたい、と思ってます」

 

 別に付いて来たければ勝手にしていいと思ってたのだが。まあ協力してくれるならばそれでもいいか。裏切れば殺せばいい。例えティアの友人だろうが、家族に危険が及ぶようならば排除する他ない。もちろん度合いによるが。

 

「ふむ。いいでしょう。付いてくるくらいいいわよ」

「ありがとうございます、レミリア」

「お礼を言われるほどじゃないと思うけど。話は終わりかしら。そろそろ仕事を進めないといけないのだけれど」

「はい。終わりです。……ありがとうございました」

「だからお礼は……って、もう居ないじゃない」

 

 ちょっと目を離した隙に、もう部屋を出ていたようだ。彼女の姿は、跡形もなく消えていた。

 

「……さて、終わらせないと」

 

 これが終わったらミフネア達他の吸血鬼に話を持ち掛けなければ。そんなことを思いながら、再び1人になった部屋で、私は黙々と作業を続ける────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Hamartia Scarlet──

 

「ティア、ここに居たんだ。こんばんは」

「うん? あ、ウロ! 久しぶりー」

 

 お姉様に会おうと廊下を歩いてたら、途中にウロに会った。最後に会ったのは旅行の時だから、もう随分前になる。にしても、相変わらず見ていると血が欲しくなってくるなぁ。

 

「うん。あなたの姉と約束を取り付けた。だから、もうしばらくすれば夢が叶うよ。あなたと、私の夢が」

「おぉー! 本当に!? ありがとう、ウロっ」

 

 ようやく叶うんだ。この力をより完璧にすることができるんだ。私は、お姉ちゃん達の救いになることができるんだ。そう思うと思わず笑みが零れてくる。嬉しいって気持ちが、抑えられなくなってきた。

 

 

「でも、本当にいいの?」

「なにがー?」

「姉に相談してない」

「いいよ。お姉ちゃん達ってね、傲慢なのに時折謙虚になるの。だから、私の願いも拒否してくると思うの」

 

 自分の想像を超えるような力は、きっと拒絶される。だから、問答無用で送ってあげないと。これも全てお姉ちゃん達のためなんだから。時間はかかるけど、きっと受け入れてくれる。いや、受け入れるしかない。

 

「……あなたの一番上の姉も傲慢だったけど、あなたも相当。姉に嫌われるかもよ?」

「うん? どうして?」

「いや。えっ……」

「うーん? まぁ、大丈夫っ。お姉ちゃん達が私を嫌いになるはずなんて無いんだから」

 

 そう、絶対に。私が好きなんだから、私を嫌いになんてなるわけがない。それに、これはお姉ちゃん達のためにやることだからね。そのために私は……。

 

「そっか。……人のためのことならば、とでも思ってるのかな。まぁいいや。頑張って。去った後は関係無い。思う存分やればいい」

「うんっ。応援ありがとう!」

「別に応援してるわけじゃ……。ううん。応援はしてる。けど、今のは違う」

「うん? そうなんだ」

 

 まぁどっちでもいいんだけどね。さて、

 

「じゃあね。わたしは帰るよ」

「遊んでいかないのー?」

「いかない。あまり長居したくないから」

「そっか。バイバイー」

「またね」

 

 そう言ってウロは、出入り口の方へと歩いていく。その背中を見送って、私はお姉様の居る部屋へと向かった────




レミリアに全く名前を呼ばれないウロちゃん……


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72話「物静かな暗殺者」

 ──???──

 

 眼前に控える血の色の館。その門の前には、門番らしき1人の女性が立っている。

 

「…………」

 

 ただ眠っているらしく敵意は見えない。日頃の疲れだろうか。休ませてあげることもできるけど、そんなことをしてる暇は無い。最善は誰にも気付かれずに、対象だけを排除すること。主はわたしにそう命じた。あの吸血鬼だけでも狩れと。その真意は知ってるけど、拒む理由にはならない。

 

 だから何も考えず、無駄を省いて行動しないと。そう思って、いつものように()()()()()門番を素通りして、門を飛び越え──

 

「……んぁっ?」

「っ!?」

「うーん? ……何か気配を感じたと思ったのですが……気のせいですか」

 

 危なかった。時を止めて素通りしたはずの門番が、キョロキョロと辺りを見渡している。咄嗟に能力を使って隠れたけど、なんとか難を逃れたみたいだ。

 

「ふぅ……」

 

 できる限り距離を取り、胸を撫で下ろす。思わずため息までついてしまったけど、バレてはないみたい。にしても、どうして今のに気付けたんだろう。流石吸血鬼の館。門番も恐ろしい相手だ。ただ、わたしの前では関係無い。この力があるわたしには……。

 

 

 

 

 

 時折出会す妖精を避けつつ、真っ暗闇な廊下を歩いていく。外の陽の光が差さないことは予想していたが、ここまで暗いとは。人の目には暗すぎるけど、吸血鬼には関係無いんだろうか。暗闇の中で育ったわたしでさえ、時間をかけてようやく目が慣れてきた。しかし、部屋が多い。対象は何処に居るんだろう。

 

「……見つけた」

 

 なんて思ってると、書斎らしき部屋に青髪の少女を見つけた。背中に生えた身体とは不釣り合いな蝙蝠の翼。間違いなく対象──吸血鬼だ。不用心に扉を開けているが、命を狙われてるなんて思ってもみてないんだろう。

 

 気配を殺し、時を止める。ブラフを片手に、背後に回って銀のナイフに手を伸ばす。

 

「──っ!」

 

 そしてその無防備な首に、ナイフを突き立てた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Remilia Scarlet──

 

「はあ。疲れたぁ……」

 

 すっごい疲れた。徹夜なんてするものじゃないわね。いえ、徹朝かしら。私達の場合は。しかし、なんで長時間もこんなにつまらないことを続けなきゃならないんだ。と、目の前にある書類の山を睨みつける。こんなことをしても意味なんて無いと知りつつも、そうせずにはいられない。

 

「何か面白いこと無いかしらねえ」

 

 ため息をつき、机に身を伏せる。誰か暇な人は居ないかしら。今の時間は……恐らく正午かしら。この時間に起きてそうな人……誰も居ないわね。もしかしたらパチェが、程度かしら。なかなか昼まで起きている人居ないわね。

 

「……ん。あら。お客さんみたいね」

 

 ふと頭の中にとある場景が思い浮かぶ。見知らぬ銀髪の少女が、背後から私を襲う場面。手に持つものは銀製のナイフだろうか。場所は今私が居る部屋。服も今着ているものと変わらない、か。

 

 これが何かは身に染みて理解している。これから先に起こること── 未来(運命)の出来事。私の『運命を操る』程度の能力による副産物。数多あるうち、確定した未来を垣間見る。不定期に起きる現象。いつ起きるかは、故意に操作しなければ明確に知ることは無い。たださっき見た光景からして、件の少女が来るまでそう時間はかからないわね。

 

「美鈴を突破してここまで来るとはね。倒したのか素通りしたのか分からないけど、楽しみじゃない」

 

 最低限の狩りは続けているが、もはや争いや戦争からは退いた身。久しぶりの戦闘で、身体を動かせるかしら。いえ、動かせなければ家族を守れないのだ。もしもの時は、無理にでも動かさないと。

 

 そう思いつつ、能力を行使して未来を探る。運命操作は通常近い未来しか見れないものの、利便性は高い。こうやって未来を探っていると──

 

「──っ!」

「いっ……」

 

 ──突然背後に少女が視えた。咄嗟に左腕を盾にして振り返ると、鋭いナイフが手のひらに突き刺さる。慌てて少女から距離を取り、ナイフを引き抜く。見れば、その刀身には深紅の血が流れ落ちていた。久しぶりに見た、私自身の血だ。

 

「久しぶりに受けたわ。攻撃なんて。貴女、やるじゃない」

「…………」

 

 少女は無言でレッグホルスターから追加のナイフを取り出している。銀色の髪に、幼い顔。その薄汚れた服からは決して貴族など裕福な者では無いことが伺える。片手に懐中時計を。もう片方の手にナイフを持っている。

 

「あら、喋ってくれないなんて悲しいわね?」

「…………」

 

 何も喋らず、明後日の方向をちらりと見る少女。と同時に少女の姿が消え失せる。

 

「あら──っ」

 

 再び運命を視て少女の位置と攻撃方法を確認する。位置は先ほど少女が見ていた先。そして、再びナイフを手に迫る少女を、前に飛んで回避する。お世辞にも広いとは言えない部屋で、飛行による回避は一時しのぎにしかならない。

 

「危ないじゃない。どうして今更になって私を狙うのかしら?」

「ふっ!」

 

 跳躍によって近付き、接近とともに連続的にナイフを振り攻撃する少女。それを持ち前の動体視力で難なく躱し、対話を試みる。できることなら、それで戦闘を回避したい。見るからに幼い少女を傷付ける趣味なんてない。

 

「今なら見逃してあげるわ。痛い目を見る前に早くお家に──」

「わたしに家なんて無い!」

 

 声を荒らげたかと思えば、再びあらぬ方向を見ると同時に消失する。しかし、その手はさっきも見た。二度も同じ手を食らうはずがない。

 

 彼女の見た方向に視線を向け、今度は警戒して能力を行使。それとともに迫り来るナイフを弾こうと手を伸ばす。

 

「っ……!?」

 

 が、アテが外れた。視えた運命は彼女の見ていた先とは違う場所から飛んでくるナイフ。なんとか身体を逸らすも、反応し切れず肩にナイフが突き刺さる。血飛沫が迸り、宙を舞う。が、相手は待ってくれない。

 

 血を無視して突き進む少女。私の死角を攻めるかのように、血の影に隠れ、低い姿勢で突き進んでくる。

 

「よ、っと……」

 

 冷静に能力を行使して奇襲を警戒しつつ後ろへ退く。どうやら『視線の先に転移する能力』と思っていたものは間違いらしい。恐らくブラフ……。なら自由な場所に転移かしら。あからさまな懐中時計はブラフか、それとも本当に必要なのか。もし時計が必須なら、下手すると時止めなんてことも考えられるが……。

 

 流石に無いわね。そんな強力な能力、人間の子どもが持ってるわけないでしょうし。私に万が一、なんて警戒を誘っているのかしら。出方を絞って行動を予測しようとするつもりね。

 

「やるじゃない。……本当に逃げるつもりはないのね?」

「…………」

 

 何も言わずにナイフを構えている。どうやら、話し合いに応じる気は無いらしい。つまり私を殺せる程の自信があるというわけか。それは面白い。

 

 もう少し見ていたいが、あまり長引かせて傷付ける意味も、傷付けられる趣味だって無い。そろそろ決着を付けよう。

 

「貴女の考えは分からないけれど、まずはその力から封じさせてもらうわ!」

「っ……!」

 

 刹那、人間には知覚できないであろう速度で飛び出し、その懐中時計に手を伸ばす。流石に反射神経は私達程度とはいかないらしい。強引に握り締めることに成功し、そのまま力づくで奪い取る。

 

 これで能力を封じられれば……なんて考えるも、気付けば目の前から少女は消えていた。

 

「──そこ!」

「うぐっ……!?」

 

 ただそれも、予想の範囲内。予知した攻撃を避けながらも、私の死角に居た少女の首を掴んで倒す。そのまま馬乗りになり、空いた手で強引にナイフを奪い取った。ナイフを遠くへ投げ捨て、改めて両腕を握り締める。

 

 運命を操作し、選択肢を狭め、相手の行動すらも操作する。そうすることによって確定化させた未来を、私は文字通り掴み取った。

 

「吸血鬼の反応速度を舐めないでほしいわね。そして、私の力も」

「うぐっ……!」

 

 じたばたして暴れようとするも、吸血鬼の力に抗えるはずも無く。上に乗る私の質量は見た目通りで、少女ともあまり変わらないだろうに。少女は力の差で全く動ける様子は無い。

 

「逃げないのね。いえ、逃げられないのかしら?」

 

 自分だけの転移なら逃げられるはずだ。ということは、触れている相手も転移させちゃうのかしら。……いえ。それでもしないのはおかしいわね。太陽の下にでも転移させればいいのに。ここはそこまで広い部屋じゃないし、壁を一枚挟んで外になっている。

 

 ──ああ。ということは、この娘……人間でありながら強力な力を持つのか。このご時世珍しい。こんな娘が1人でここに来たのも、強力過ぎる力のせいか。フランやティアのように、怖がられてしまったのか。

 

「……はぁ。 煮るなり焼くなり好きにすればいい。もう抵抗はしない」

「言ったわね? 言ってしまったことは変えられないわよ?」

「……死に方を選ぶ趣味は無い」

 

 つまり私の好きにしていいと。こんなにも興味深くて、貴重な娘を手放すのは惜しい。むしろ私は……。

 

「ふぅん。貴女、名前は?」

「名前……そんなものは無い。わたしは主君に仕えるメイドだった。……名前なんて不要なものは与えられない」

「いや呼びにくいでしょうに……。そうねえ」

 

 時止めを使えるなら。それ以上の力が使えるなら。もしかしたら、私達吸血鬼にとっての『満月』に成り得るかもしれない。なら、それに準じた名前にしようかしら。

 

「ルーナ……いえ。どうせなら、これから向かう場所由来にしましょうか」

「……? あなたは一体何を……」

「十六夜と書き『いざよい』。昨夜と……いえ。咲き誇るの方がいいかしら。なんかいい意味だったはずよ。そうねえ……ええ、これにしましょうか」

 

 頭を傾げる眼前の少女を他所に名前を考えていく。両腕を離しているというのに、もう抵抗する素振りは見せない。どうやらさっきの言葉に偽りは無いようだ。

 

十六夜(いざよい)咲夜(さくや)。これから貴女はそう名乗りなさい」

「はぁ……?」

 

 目の前の小さな少女を立ち上がらせ、私はそう言い放つ。

 

「咲夜。死を受け入れると言うならば、これから貴女は死ぬまで私の従者となりなさい。──そして貴女の力、私のために使いなさい」




なお少女(7、8歳前後)


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73話「危険な手品師」

 ──Sakuya Izayoi──

 

「咲夜。死を受け入れると言うならば、これから貴女は死ぬまで私の従者となりなさい。──そして貴女の力、私のために使いなさい」

 

 何を言い出すかと思えば、何を言ってるんだろう。この吸血鬼は。たかが口約束にそこまで信用を置けるんだろうか。わたしが嘘を付いてるかもしれない、という可能性を考えないのか。暗殺されるかもしれない、という恐怖心は無いんだろうか。

 

 ううん。そもそも、種族が違うのだ。根本的に思考が違っているんだから、何を考えても意味が無い。わたしにとっての当たり前は、この吸血鬼にとっての非常識かもしれないし、その逆だってあるんだから。

 

「咲夜。返事は?」

「……その前に、1つだけよろしいでしょうか?」

「いいわよ。何かしら?」

「わたしはあなたを殺そうとしました。それなのにいいんですか? 従者として雇っても」

「別にいいわよ。貴女は私を殺そうとしても、私の家族には手を出さなかったようだし。貴女から、全く血の匂いがしないのよねえ」

「そうですか……」

 

 自分は良くて、家族はダメ。これだけ聞けば、わがままなお嬢様なのに。吸血鬼は傲慢というイメージが強かったが、この吸血鬼は若干イメージとズレている。仲間思いな吸血鬼、か。そういう悪魔もいるんだ。

 

「それで、返事は?」

「……分かりました。既にわたしは不要とされた身。あなた様に付き従いましょう」

 

 そこまで言うなら、受け入れてもいいかもしれない。必要最低限の衣食住が得られるだろうし。

 

 ──それにもう、わたしだって居場所は無いんだ。今更何処に居座ろうと、何かが変わることなんて無い。生きる意味を無くしたわたしにとって、ある意味好都合かもしれない。このまま、吸血鬼達とともに人間達に忘れられるんだろうから。

 

「ふふっ。素直に受け取ってくれるのね。約束してしまったからには、もう破れないわよ?」

「はい。元よりそのつもりです。先ほども言った通り、わたしの本来の役目は主君に仕える使用人。その役目が失われている今、わたしとしては次に仕えるべき主君を探すべきだったんでしょう」

「あら? 貴女の主君はもう既にいないのかしら?」

「はい。ここへ来たのもそれが理由の1つです」

 

 元主は、既にこの世にはいない。わたしを守ってくれていたあの人は、もう死んでしまった。新たな主に引き継がれた結果、わたしはただの道具となってしまった。もはや居場所を失ったと同義なわたしの次の主は異種族、というのも酔狂で面白いかもしれない。

 

「ふーん……そうなのね。深くは追及しないわ」

「ありがとうございます」

「ただ、忘れないでよ? 貴女はもう私の従者であり、家族なの。何か困ったことがあれば遠慮なく相談してくれていいし、逆に不満があれば言ってくれていいわ」

「と言われましても、出会ってすぐでまだあなたのことをそれほど知りません」

 

 吸血鬼の殺害命令を受けた時、教えられたのは吸血鬼の数や種族としての弱点。あとはこの館の位置情報など大まかなものばかり。殺す対象の詳細なんて、教えられていない。

 

「ああ、そうだったわね。では改めて自己紹介から始めましょうか。私の名前はレミリア・スカーレット。この館、紅魔館の当主でありスカーレット三姉妹の長女。能力は『運命を操作する』程度のものよ」

「別名、紅い悪魔。妹には北欧の吸血姫含め2人の吸血鬼。簡単なプロフィールは既に把握しています。わたしが詳しく知らないのは、内面の方です」

 

 と言っても、能力の方は初めて知ったけど。吸血鬼……いや、レミリア様にわたしの攻撃が尽く破られた理由はそれなんだろうか。運命操作。それだけ聞けば、かなりチートじみた厄介な能力だ。ただ、運命操作なんて便利なだけの能力でもないだろうけど。

 

「ああ、そういう……。それは一緒にいれば自然と分かるものよ。それより貴女のことも聞かせてほしいわね?」

「そうでしたね。十六夜咲夜。……先ほどあなた様に頂いた名前以外に、呼称はありません。強いて言えばメイド。それがわたしの呼び名でした」

「随分と雑な連中ね。人間って」

「……名前とは言わば個性です。そういったものは、わたしには求められませんでした」

 

 そして、わたし自身も求めていなかった。受け取るはずだった名前を断って、ただの『無銘』として生きていた。『生き方を変える』という点では、この『十六夜咲夜』という名前を貰えたことは喜ぶべきことなのかもしれない。

 

「わたしの能力ですが、時を操作する能力です。代々わたしの血族は『時間』に関係する能力が発現する稀有な血族でしたが、わたしほど強力な能力は初めてとのことです。できることは先の戦闘で見せたような時間停止。物体の時間加速や減速。他にも時間に関係することならば、時を戻すこと以外なら大抵のことはできます」

「改めて聞いてみてやっぱり思うのは、とても強いという感想ねえ。にしても、時止めを使えるなら大量のナイフで囲ってしまえばよかったじゃない」

「人間の手は2本だけです。10本程度ならともかく、囲うほど大量のナイフなんて持てません」

 

 それに誰にもバレずに潜入するつもりだったから、軽装になるのは必然。結果的に気付かれたとはいえ、吸血鬼の鋭い五感を警戒して挑んだのだ。小さな音すら漏らさないために、ナイフなんて必要最低限の本数しか持ってきてない。

 

「そ、そう。それなら時間停止中にナイフを刺したりとかは?」

「時間停止中に物体に干渉できません。物理現象には全て時間が付き纏います。時間がなければ干渉することもできません。ちなみに身の回りの時間だけを操作することはできましたので、ナイフを至近距離に置くことは可能です。ただそれも、レミリア様には肩に当たっただけで終わりましたが」

「……意外と不便なのね、時間停止能力も」

「はい、その通りですね」

 

 全てが上手く、便利に働くなんて全能でもないんだから。メリットとデメリットが常に両立する。能力なんてそんなものだ。何を期待していたのか、レミリア様は呆れた様子でため息をついていた。こうして見れば、同い年くらいに見えてしまう。

 

「……まあいいわ。まずは館のみんなと挨拶。それからしばらくの間は美鈴から館の案内や仕事を教えてもらいつつ、この館での生活に慣れてもらうわね。部屋は適当な空き部屋を使ってもらうとして……何か必要なものはあるかしら」

「必要なもの、ですか……」

 

 そういえば、今まで何かを求めたことは無かった。ただ、今何か欲しいか、と言われても何も思い付かない。強いて何か必要とすれば……。

 

「衣食住。生きていけるだけの衣食住が欲しいです」

「……夢のない娘ねえ。もっとわがままな望みを願ってもいいのよ?」

「では銀製のナイフを大量に。悪魔に対して有効な武器はこれ以上にないですから」

「変わった娘。武器なんて持たなくても望めば守ってあげるわよ?」

「守るのは従者の役目です。あなた様の従者として雇ってもらう以上、そこは譲れません」

 

 従者が主に守られるなど、あってはならないこと。自分の命と引き換えにしてでも主は守れ。そう教えられたんだ。だから、わたしはそうするつもりだ。

 

「あらそう。……それなら、死なないようにしなさいよ。主たる私との約束よ?」

「はい。善処します」

「善処じゃなくて守りなさいな」

「……はい、守ります」

 

 殺されそうになった相手だというのに。徹底的に守るつもりらしい。本当に、変わった吸血鬼だ。……そういう生活も、意外と心地良かったりするんだろうか。

 

「さて、そろそろ紹介しに行きましょうかねえ。まだ昼くらいのはずよね。だからまずは美鈴だけ。残りはまた後日、紹介するわね」

「はい、承知しました」

「今から会うのは門番兼現メイド長の美鈴よ。食事も彼女に任せているから、貴女の上司みたいな妖怪ね」

「それなら入る時に会いましたよ。寝ていたので、素通りしましたが」

「……はあ。それは説教しないといけないわねえ。疲れるのもわかるけど、主としては見逃せないわ」

 

 彼女に悪いことをしてしまったかもしれない。そんな申し訳程度の小さな謝罪を胸に、入り口へと向かうレミリア様の後ろに付いていく────



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74話「完全で瀟洒な従者」

 ──Sakuya Izayoi──

 

 まだここへ来て数日ながらも、意外と充実した生活を送っていた。料理は中華系が多いけど美味しいし、掃除も完璧とは行かずとも細部まで行き届いていた。唯一不満があるとすれば生活環境の逆転だけど、暮らしていればいつか適応しそうな些細なことだけだ。

 

 今居る場所は紅魔館のキッチン。ここにはお城の調理器具と何ら変わらぬ豪華な物から、見慣れないマジックアイテムまで。種類が豊富。お嬢様曰く、マジックアイテムは先代が遺した物やパチュリー様という居候の魔女が生み出した副産物がほとんどとか。用途はその魔女とキッチンに立つ美鈴しか分からないらしく「使い道から使い方まで美鈴に聞いておけ」とお嬢様から命令されて今に至る。

 

「おぉ……。咲夜さん、凄いですね! こんなに小さいのに中華鍋を持ち上げ……おぉ!」

 

 ただ正直なところ、マジックアイテムを使う必要性は感じはしない。まず普通の調理器具で充分。それと無駄に操作手順が多かったり、危ないものが多すぎる。今のところ唯一使えるのは『振動機』かしら。振動によって物を温めるというものらしい。操作手順もワンプッシュだけだからとても便利。

 

「……美鈴さん、煩いです。あと腕力で振ってるわけでもないですからね。美鈴さんなら分かってると思うんですが」

「あ、あはは……。いやー、ほら。褒めれば伸びると言いますし……」

「子ども扱いしないでください。大丈夫ですから」

 

 それに言うほど子どもでもない。確かにまだティーンエイジャーと呼ばれる歳だけど、そこら辺の大人より家事ができる自信がある。それに殺しの技術だって負ける気はしない。お嬢様には見事に返り討ちにされたけど。

 

「そ、そうですか……。で、ですが何かあったら頼ってくださいねっ。従者歴は圧倒的に長いんですから!」

「は、はい。お嬢様にも何かあれば美鈴さんに押し付……頼れと言われています。なのでそうするつもりです」

「今不穏な言葉が聞こえましたよ!? と、ともかく不安な時は頼ってくださいね!」

「はい」

 

 最初は悪魔の館ということや、時間停止によるすり抜けをただ1人勘づいたことから、警戒してたこの妖怪、紅美鈴。ただ会ってみれば気さくというか、明るい人という印象が強くて、強いとか怖い感じは全くしない。嘘に敏感なわけじゃないけど、彼女の心に悪意といったものは感じられない。彼女は、妖怪というものの認識を根本から変えてしまった。

 

「それにしても本当に一通りのことはできるんですね。子ど……若いのに凄いですよ! メイドとして申し分ない力を持っていますし、これで私も門番仕事に専念できそうですねー」

「……え? メイドの仕事はどうするんですか?」

「まだしばらく先ですが、咲夜さんに任せますよ。代わりに私は門番に専念ですねー。あまり感じられませんが、お嬢様も神秘が薄まって以前ほど力は出せないらしいですからね。私は元々武術が得意な者なので、神秘が消えてもそこまで力は割かれないみたいなんですよ」

 

 私と戦った時はそんな素振りは見せなかったけど……あれで弱まってるんだ。それとも神秘と能力とは関係ないんだろうか。

 

「なので、メイド長は咲夜さんに譲ります。あ、とは言ってもしばらくは私も一緒にしますし、妖精メイド達の中にはよく働いてくれる人もいますからね。安心してくださいねっ」

「そうですか……。分かりました。任せられた時には、頑張りたいと思います」

 

 以前の職場と今の職場。与えられた仕事の量なら、今のところ差ほど変わらない。それどころか新規参入ということもあって、少ないほどだったから。能力のフル活用も許可されてるし、以前よりは楽のはず。違うのは、下手すると死ぬかもしれない……なんてこともないか。以前より本当に楽になってそうだ。

 

「咲夜、美鈴。お邪魔するわよ」

「あ、お嬢様。どうしました?」

「こんばんは、お嬢様」

「ええ、こんばんは。美鈴、咲夜を借りるわよ」

 

 そう言ってお嬢様は私の手を掴む。背丈も変わらないのに、相変わらずその力は抵抗できないほど強い。むしろ痛いくらいなんだけど、腕が潰れてないから加減はできる方なんだろうか。

 

「はい、ちょうど調理は終わったので大丈夫ですよ。行ってらっしゃいませー」

「……お嬢様。どういうご用事で?」

 

 お嬢様に手を引っ張られながら紅魔館の廊下を歩く。相変わらず外からの光が差さず、灯りも最小限の廊下は薄暗い。広いのもあって、私の目には突き当たりが見えないくらいだ。

 

「美鈴から聞いているかもしれないけど、貴方に美鈴の仕事を引き継がせるわ。まだしばらく先だけども。というわけで、あの時紹介できなかった妹に会ってもらうわ」

「妹……フランドール様とハマルティア様、それとスクリタ様ですか?」

「フランとティアでいいわよ。パチェに会った時にフランとスクリタには会ったわよね?」

「フラン様とティア様ですね。はい、お二人様には一度」

 

 ご主人様の妹だから、様付けは譲れない。フラン様とスクリタ様は姿はよく似た双子だったけど、性格はそこまで似ていない不思議な吸血鬼達だった。元々は1人だったとも聞くし、よく分からない吸血鬼だ。

 

「だから最後の1人、ティアね。話は聞いてるはずだし、安全だとは思うわ。……命はね」

「命は、とはどういうことでしょう?」

「会ってみないと分からない、ということよ。流石に大丈夫とは思うけどねぇ」

 

 要領を得ない回答。不安を煽って反応を楽しんでいる……というわけでも無さそう。少しだけ不安がある。ただ暮らすからには会っておくべき。と考えての案内かしら。どうせ会うなら、一緒に会った方が確かに危険も少ないけど。いや、気にしなくていいか。そこはその妹様次第。何を考えても、会ってみるまで分からない。

 

「……少し暗いから、離れないようにね」

 

 しばらく歩いていると、地下へと続く階段の前に出る。蝋燭(ろうそく)の灯りだけが頼りで、その奥先どころか足元すら見えづらい。お嬢様に手を繋がれてようやく降りれるレベルだ。

 

「お嬢様達は、こんなに暗くても見えるんです?」

「ええ。これでも夜の帝王と呼ばれる種族よ。ただ一切光が無ければ同じように見えないけどねぇ。このくらいなら、まだ鮮明に見えるわよ」

 

 その言葉が本当だと示すように、お嬢様は私の手を繋ぎながら先導し、迷わずに階段を降りていく。慎重に降りていることもあって、まず転けることはない。

 

「ここがフラン達の部屋。もう少し先にある隣の部屋がティアの部屋ね」

 

 着いた場所も光が届かない地下なだけあって、地上の廊下よりもさらに暗い。目の前にあるのは堅牢な扉。お城でもなかなか見る機会がなかった牢獄のような扉だ。

 

「普段はどっちかの部屋に居るんだけど……音がしないわね」

「音……ですか?」

 

 言われて耳を澄ましても何も聞こえない。分厚い扉だから無理もないけど。吸血鬼なら聞こえるんだろうか。

 

「いつも騒がしいのよ。今の時間なら起きてるはずなんだけどねぇ。何も聞こえないってことは居ないのかしら。フラン、入るわよ」

 

 扉を軽くノックして扉を開けるお嬢様。お嬢様が言ってた通り、中には誰も居ない。物陰に隠れることはできそうだけど、人の気配も無いから本当に居ないみたいだ。

 

「居ないわね。じゃあティアの部屋かしら」

 

 そう言って扉を閉め、隣の部屋に移動する私達。隣の部屋、と言ってもそれなりに距離がある。図書館を除いた何処の部屋よりも広いここは、一体何の用途で作られたんだろう。

 

「ティア、いる?」

「いるよー」

「お邪魔するわよ」

 

 お嬢様が部屋をノックすると返ってきたのは幼い女性の声。お嬢様が扉を開けると、緑色の髪を靡かせた少女がお嬢様に抱き着く。予想していたのか、それとも能力のお陰か。お嬢様は予知していたかのように優しく受け止める。

 

「お姉様っ」

「ふふっ。1人なの? ティア」

「うん。さっきまでずっと寝てたよ。起きたのはさっき」

 

 ティア様はお嬢様と大差ない身長だというのに、ある一部分だけは差が激しい。異常なほど大きい、というわけでないけど、ひと目で分かるくらいだ。同じ姉妹でも、食生活や生活環境が違ったんだろうか。

 

「で、お姉様。この人はだぁれ?」

「話してた新しいメイドよ」

「数日ほど前からこちらで働かせてもらうことになった十六夜咲夜です。よろしくお願いします」

 

 そう言って、頭を下げる。チラりと見えた視界の端で、ティア様は品定めするかのような視線を私に向けていた。

 

「ふぅん……メイドさんなんだ。ここに来るメイドさん、なかなか居ないから新鮮。お姉様のお気に入りなの?」

「あら、どうしてそう思うの?」

「直接連れて来たから。珍しいもん」

「まあそうね。お気に入りかって聞かれると……お気に入りね」

 

 少し嬉しい気もするけど、どうして言い淀むんだろう。妹に対して、そこまで立場が低いのかしら。

 

「そっかぁ……。さくや……だよね。ハマルティア。ティアだよー。よろしくねっ」

「ぅぐっ。あ、えっと……よろしくお願いします」

 

 そう言って突然抱きしめてくるティア様。力強くて身体中が痛い。ぎしぎしと骨が鳴っている気もする。ただ抱擁されることはなかなか無かったから、なんとなく温かくて嬉しい気もする。

 

「ふふっ……うん。なんだか美味しそうな人。食べていーい?」

「ティア、ダメよ?」

「ちぇー。人間の匂いがして美味しそうなのになぁ」

「命を捧げた身ですが、食べられると仕事ができなくなってしまうので……ごめんなさい、ティア様」

 

 どこをどう食べられるかによっても変わるけど、妖怪のように驚異的な再生能力を持つわけじゃないから。食べられるのは流石に困る。

 

「ん。……確かにそっかぁ。動けなくなっちゃったら、代わりに私がしないといけなくなるだろうからなぁ」

「そうね。それでもいいなら、いいと思うわよ?」

「……お姉様って意地悪。まぁいいや。咲夜が暇になった時にするね。ともかくこれからよろしくねっ」

「はい。これからお世話になります」

 

 少し離れて、笑顔を見せて話すティア様。それに対して私も、同じように笑顔を意識して返した────



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75話「安全な準備」

 ──Izayoi Sakuya──

 

 お嬢様に雇用されてからしばらく経つ。美鈴の跡を継いでメイド長と呼ばれるようになったけど、なかなか大変な毎日だ。部下である妖精メイドの数は多いけれど、その質はお世辞にもいいとは言えない。見ていなければサボるなんて当たり前だし、清掃も行き届いていないことが多い。中には優秀な者もいるけれど……数は少なくかなり貴重。

 

 大変なのは他にもあって。その中でも一番大変なことと言えば、この館は広すぎる。住人の数も多いけれど、それ以上にこの屋敷の部屋は多いし広い。それに加えてお嬢様に命じられ、時間操作を応用した空間拡張能力も使っている。お嬢様はそれなりに傲慢というか、見栄を張る傾向があるから、家を広くして見栄を張りたいだけなのかしら。

 

「なんだか少し、不満そうな顔してるわねえ」

「そんなことはありませんよ、お嬢様」

 

 お嬢様の書斎を掃除中、お嬢様はそんなことを口にする。ただ私としては、約束通り衣食住は提供されているし不満はない。さっき思った広すぎることや優秀な人員の不足以外には特に。よく考えればもう少し出てきそうだけども。それでも名前が無い頃に比べれば大分マシだ。

 

「ふうん。それにしても人間の成長は早いわね。もう私の身長、追い越しちゃってるし……」

「お嬢様達が遅すぎるだけです。人間とは常日頃、徐々に成長するものですから」

「へえ。……確かに成長してるわね。安心してメイド長を任せられるくらいだし。ああ、そうだわ」

 

 はっとお嬢様は何かを思い出したかのように顔を上げる。

 

「咲夜、後で図書館に行きなさい。清掃ついでにね。パチェが呼んでいたわ」

「パチュリー様が? 分かりました」

「貴女……『どうして?』とか『何故?』なんて疑問を聞かないわよね」

 

 人間の主人と感性が違うせいだろうか。レミリアお嬢様は不思議なことを尋ねてくる。そんなこと、思っても主に対して聞くことはない。何かあれば了承して受け入れる。それが私の知る従者像だから。そして普通はそうじゃないだろうか。絶対服従を誓った従者が主に対して口答えとも取られるようなことを口にしてはいけないだろう。

 

「ふむ。ではどうしてそのようなことを思うのです?」

「う、うーん……ふと思っただけよ? 特に意味があるわけじゃないわ。ただ……そうねえ。貴女は従者である前に家族の一員なんだから。私に対しても、疑問を持ってもいいのよ」

「そうですか。では心に留めておきます」

「なんか軽いわね? 別にいいけど」

 

 それにしてもお嬢様の部屋は他と違ってある程度整理されている。日頃から自分で簡単に掃除しているのかしら。なんて、考えてる暇があったら図書館に行って、パチュリー様の用事も済ませておきましょうか。

 

「それでは行ってきますね」

「あえ? 掃除は?」

「今終わらせたところです。それでは」

「う、うん。……相変わらず早いわねえ」

 

 時を止め、長い長い廊下を急ぐ。最初来た時よりも一段と幅が広く、奥行きのある廊下。私の使った空間拡張能力の影響だ。無意識に使っていた時間操作。幼い時からあって、先祖も時間に関係する能力を持っていたという。まさか空間にまで手を出せるとは思ってなかったけど、やってみればできるものらしい。

 

「……着いたわね」

 

 ──時止めを駆使していると、いつの間にか図書館の目の前にまで来ていた。体感だとそれほど変わらないけど、懐中時計を見てみるとお嬢様の部屋を出てからそこまで時間は経っていない。

 

「失礼します」

「メイド長? どうしました?」

 

 図書館の扉を開けると、図書館の清掃をしていたらしい小悪魔と目が合った。ティア様によると、目を合わせるだけで魅了できるらしい。ただ本人曰く、目を合わせなくても魅了はできるらしいけれど。ティア様とは仲がいいのか悪いのか、よく分からない悪魔だ。

 

「パチュリー様に呼ばれて。パチュリー様は何処に?」

「ああ、彼女なら奥の机で本を読んでますよ。案内しますね」

 

 小悪魔に誘導されつつ図書館の中を歩く。小悪魔が毎日のように清掃しているとはいえ、広すぎるためか未だにここは埃っぽい。私も1年に1度の大掃除には手伝っているんだけど……それでもなかなか完全に綺麗にはならない。理由は恐らく、常日頃から換気しないせいなんだけれど。

 

「パチュリー様ー。メイド長を連れてきましたー」

「ん? ああ、ありがとう」

 

 パチュリー様は私達の姿を見ると、読んでいた本を閉じる。そしてその眠たそうな眼を私達に向けた。

 

「それじゃあコア。掃除の続きお願いね」

「はいはーい」

「……パチュリー様、如何されましたか?」

 

 小悪魔が下がると、私はパチュリー様にそう尋ねた。わざわざ下がらせるということは、聞かせたくないのかしら。……もしくはただ単に、清掃を早く終わらせてほしいだけかもしれない。

 

「こんばんは。貴女、時間操作以外にも空間拡張を使えるわよね。それも、見ている限りかなり安定したものを」

「はい。時間と空間は密接に関係している。だからその気になれば空間を弄ることも可能じゃないかしら。と、お嬢様に教えられましたので。実際、その気になってみたところ、空間を広げることはできました」

 

 私自身、専門的な知識を有してるわけではないので、仕組みについては理解していない。ただできるからしているだけであって。

 

「その成り行きは知ってるわ。レミィに言ったの私だから。それで、どう? 空間拡張だけど、苦労なく使えてる?」

「時間操作と変わらず普通に使えていますよ。それがどうかしましたか?」

「ふむ……。レミィに聞いているかもしれないけど、近々引っ越すのよ。ここではない場所にね。だけど今まで、転移するための術式は、この館を取り囲むことができなかった。要は私の魔術だけじゃ、紅魔館を丸ごと転移させるのは無理だったの」

 

 確かにお嬢様には引越し先のことや、そのためには準備が必要など聞いていたけれど。今まで空間拡張能力を使わされていた理由がなんとなく分かった。

 

「そういうわけで、貴女にも協力してもらうわ。貴女を見る限り、異常も疲れも見えないしね。問題なく使えることでしょうし。私の術式に、貴女の能力を組み込ませてもらうわ」

「具体的には何を手伝えばいいのでしょう?」

「私の術式を館を囲むくらい大きく広げてほしいの。貴女の能力で、空間を拡張するのと同じ感覚でね。それだけでいいわ。その時はこの館の拡張も止めていいわよ」

 

 ただ広げるだけなら、なんとかなるかしら。私の時間操作は、物体にも影響を及ぼすことができる。その要領で、その術式というものも拡張していけば問題ないはずだ。

 

「分かりました。お任せください、パチュリー様」

「ありがとうね。レミィ的には急ぎたいようだから貴女が来てくれて助かったわ。未だに書物を漁っても、この手の広大な術式は存在しないのよねえ。多分純粋な神性を持つ神なら可能みたいなんだけど……無い物ねだりね」

「メイド長ー。お話終わりました?」

 

 先ほど下がったばかりの小悪魔が、ゆらりふらりと戻ってくる。何か用件がありそうながら、その足取りはかなり軽い。急ぎの用事ではないみたいだ。

 

「ええ、私の話は終わりね」

「だそうなので。小悪魔、どうしました?」

「レミリア様から。客人が来たのでおもてなしを、とのことです」

「……そうですか。パチュリー様、それでは失礼しますね」

「ええ、また来てね。今度は手順を説明するから」

 

 小悪魔が軽いだけで、どうやら急ぎの用事だったようだ。すぐに時を止め、私は応接室へと急いだ────



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76話「親愛な友人」

 ──Remilia Scarlet──

 

「お嬢様。お客様です」

「ありがとう、咲夜。もう下がっていいわよ」

 

 そうして咲夜を下がらせ、残ったのは1人の男性。彼もまた私達と同じ吸血鬼であり、共に幻想郷へと向かう人物。

 

「いらっしゃい。ミフネア・ツェペシュ。親愛なる同盟者様」

「お、おやめください。レミリアさん。様付けなんて……。立場的には同じ領地主ですから」

「ふふふ。からかっただけよ」

「そ、そうですか……」

 

 私の館にやってきたのは、お父様の友人であった吸血鬼の子、ミフネア。彼の父親には生前助けてもらった、その死後も、歳が近いこともあって彼との交流は続いている。ティアに思いを寄せているらしいが、未だに進展があったとは聞いていない。そも、会う機会が無いせいなんだろうけど。

 

「早速本題に入るけど、文書で知らせた通り、転移の準備は終わったわ。もういつでも幻想郷へ行くことができるわ。決行日になったら招集するわね。……そっちはどう? 他の吸血鬼達には協力を得られそうかしら?」

 

 彼を呼んだのは他でもない。他吸血鬼との交流のため。あまり同族と関わらない私と違い、彼は多くの同族と親交を持つ。数は差ほど多くないが、それでも吸血鬼。全員が集まれば、幻想郷にいるという敵対勢力と対抗できるだろう。万が一なんて可能性もあるが、それを考えてはここで暮らし、自滅する未来しかない。

 

「ここに残りたいという吸血鬼も一部いましたが、三桁に近い数を集めることができました。恐らくこの世界にいる同族は、これでほぼ全てだと思われます」

「もうそんな数になってたのね。元々多かったわけでもないけど」

 

 生まれた頃はどれだけ居たか分からない。ただ、少なくともこの館にいる妖精メイドより多くの数は一度に見たことがない。多分、四桁も行かなかったんじゃないかしら。

 

「レミリアさん。同族達は理想郷への道を見つけた貴方を主導者とする声が多いです。ただ、責任を押し付けているだけかもしれませんが……」

「いいわよ。それでも。元よりそのつもりだったわ」

「……よければ僕も」

「1人で充分よ。何かあった時、責任を負うのは、ね」

 

 フラン達は私に何かあっても生きていけるだろう。支え合えるだろうし、今は咲夜もいるから家事の心配もない。問題が起きてもパチェが解決してくれるだろうし、外敵は美鈴が排除してくれる。……悲しんでくれるだろうけど、私は家族が幸せならそれでいい。

 

「そうですか……。なんだかごめんなさい、レミリアさん」

「謝らなくていいのよ。貴方も妹が……あれ。そういえば貴方の妹は?」

「ティアさんと遊ぶと言って地下に向かいました。……ここに来てすぐに」

「貴方も大変ねえ。……今年中には行くから、みんなに伝えておいて。いつでも行けるように準備を終わらせよ、ってね」

「……はい、分かりました」

 

 いよいよ始まる。幻想郷への……侵略戦争。あちらは何も知らないだろう。話し合いで解決できそうならそうするが、私達は吸血鬼。誇りが、矜恃が……それらが胸にあるうちは、こういうやり方しかできないのだろう────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Frandre Scarlet──

 

 今何を見てるんだろ、私。

 

「てぃあ! 久しぶり!」

 

 突然部屋にやって来たティアに似た黒い髪型の女性。私やティアよりも身長は少し高く、吸血鬼特有の翼とは別に、黒い角や尻尾の生えた女性。何度か見たことがある。ティアの友達、スィスィアだ。そのティアの友達が、部屋に入るなりティアを押し倒している。妹のスキンシップが過度なのは知ってるけど、改めて目にするとなんとも言えない気持ちになる。

 

「ん。久しぶりだね、スィスィア。何年ぶり? 大きくなったねっ」

「うん! いっぱいおっきくなった!」

「ふふっ。相変わらずで安心したっ」

「同じ吸血鬼なのに、ティアやスィスィアは私と違って本当大きいよねー」

 

 身長でも、部分的にでも。スィスィアの方は竜の血が混ざってるらしいから身体的な特徴の違いは分かる。だけどティアはどうしてなんだろう。同じ家で、同じ物を食べて、同じように……生活してるのに。私より沢山食べてるからなのかな。

 

「お姉ちゃん、羨ましい?」

「うーん……羨ましいっていうか、ティアが可愛く育ってくれて嬉しいかなー。もちろん妬ましいとかはちょっぴりあるよ?」

「ふむ。そっかぁ」

「てぃあ。遊ぼっ」

「きゃっ。あ、ふぇっ!? く、くすぐったいっ」

 

 スィスィアに馬乗りにされ、くすぐられるティア。じゃれ合って楽しそうな声を上げている。最早私の姿も見えず、2人だけの世界に入ってるみたいだ。ティアと2人きりの時、私もあんな感じなのかな、と思うと少し恥ずかしくなってくる。

 

「あはははははっ! やめっ、やめてって!」

「ぅんっ」

 

 ティアが力づくでスィスィアを押し倒し、立場を逆転させる。少し危なく見えたけど、多少の怪我を承知で楽しんでいるのがこの2人。時には吸血ごっこをしていることもあったし、喧嘩にさえならなければ止めるつもりは無い。吸血ごっこは私もティアとしたことがあるし、止めれば嫉妬してると丸わかりだしね。

 

「ふふ。押し倒されちゃった」

「……ふふっ。可愛いスィスィア」

「てぃあ……」

 

 でも姉の前で一線越えようとするのは頂けないね。ティアったら、友達の前で張り切って、羞恥心すら忘れちゃったのかな。段々と表情が蕩けてきてるし、唇が今にも触れ合いそうになってるし。

 

「ティア、スィスィア。そろそろお姉ちゃん居ること思い出してほしいなー?」

 

 2人に近付きしゃがみこむ。2人の朱色に染まった顔が目に入る。姉の前で、何故危ういところまで行けるのか。私の時は恥ずかしがってたのに。

 

「ず、ずっと忘れてないよ?」

「ふらん、混ざりたい?」

「そういうわけじゃないからねっ?」

 

 本音を言えばティアだけ欲しいけど。妹が友達と遊んでるのを、邪魔するのも悪いから。私だってお姉ちゃんなんだし、少しくらいは我慢できるからね。

 

「じゃあどういうこと?」

「え。えっと……ほら。お姉様と貴方のお兄さん、いつ会談終わるか分かんないし、ね? ちょうどいい時に来られても困るでしょ?」

「ん。……確かに。にぃ止めそう」

「でしょ? だからもっと落ち着いた時に、ね?」

 

 私が居ながらこの状況は、流石に危ないし、お姉様に滅茶苦茶怒られる自信がある。喧嘩したらティアに心配されるし、客人の前だし。できる限り避けないと。

 

「うん……でもてぃあともっと触れ合いたいなァ……」

「じゃあスィスィア。尻尾触らせてっ。スィスィアの尻尾気持ち良くて好きだからっ。お姉ちゃんもそれならいいよね?」

「う、うーん……それなら、まー……いいかな」

「ありがとっ。じゃっ、失礼して……」

 

 そう言ってスィスィアの背後に回るティア。その手をそっと、彼女の黒い尻尾に這わすようにして撫でていく。その手つきは優しく、まるで妹の頭を撫でているかのような。

 

「んっ。あ……ぅ。んぅっ」

 

 対するスィスィアは心地よいのか、小さく嬌声を上げ、抵抗もせずされるがままだ。ただ尻尾を撫でてるだけのはずなのに、どうしてこうも……なんとも言えない光景に見えるんだろう。さっきよりは大分マシだけども。今度また、ティアに翼触らせてみようかな。なんて思ってみたり。たまにしか会えないからスィスィアに構うのは別にいい。だけど、スィスィアにしたことは、ちゃんと私にもしてもらわないと。愛しい姉妹なんだから。

 

「……スィスィア。温かいね。あっちに行っても一緒だよっ」

「うん!」

 

 関係はライバル的なものだけど、見ているだけなら微笑ましい2人組。ティアを奪い合うこともなく、平和ってのを実感できる。

 

「あ、お姉ちゃん。スクリタ、知らない?」

「え? ……スクリタなら図書館で本を読み漁ってると思うけど」

「そっか。ふーん……」

 

 ただ一瞬だけ。その平和が揺るがされそうな気配を感じていた────



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77話「懐疑的な妹と」

 ──Hamartia Scarlet──

 

「スクリター」

「……何? ティア」

 

 一呼吸置いて返ってくるお姉ちゃんと同じ声。お姉ちゃんの部屋に、探している人は居た。

 

「おはよー。寝てた?」

「うン……。何か用事?」

「ん。ちょっと気になることがあって」

 

 スクリタが居たのはお姉ちゃんの部屋。お客さんが来ている間は図書館に居座り、帰ってからは自分の部屋で静かに寝ていた。昔と違って、大人しいスクリタ。やっぱり違和感はそのせいなのかな。私を避けるのも、そこに理由があるのかな。今まで何を考えてても私の目的に支障はないと思ってた。けど、気になったからには知らないと。気付いても何もしないはずだけどね。

 

「最近ずっと避けてるよね。どうして?」

 

 ベッドから静かに起き上がるスクリタに近付く。明らかに警戒してる所作。隙だらけに見えて、反撃する気満々な反抗的な瞳だ。

 

「本を読みたいのニ、いつも邪魔してくるかラ」

「それは遊んでくれないスクリタが悪いよ。私はただ遊びたいだけなのに」

「だからってワタシの自由奪わないデ」

「……むぅ」

 

 私はただ遊びたいだけなのに。自由を奪いたいわけじゃないのに。どうして私の思い通りになってくれないんだろう。

 

「用事が済んだラ、寝ていイ?」

「もうすぐご飯だからすぐ起きることになるよ。それに寝かせないよ? 本当のこと話してくれるまで」

「諦め悪いよネ、ティア」

「正直に言ったら諦める。言わないなら言わせるよ?」

「やってみれバ?」

 

 スクリタは立ち上がり、警戒をしてる。ううん。それどころか、爪を露わにして戦闘態勢だ。そんなに言いたくないんだ、スクリタ。

 

「そっちがその気なら、私も手加減しないよ? あ、安心してね。武器はもちろん使わないから」

「妹が姉に勝てるわけなイ。退かないなら迎撃するだケ」

「言うね。お姉ちゃんが呼びに来るまで喧嘩しよう(遊ぼっ)か。負けたら話してよ?」

「人の気も知らないデ……。本当に勝手な妹だネッ!」

 

 そう言って振りかぶった爪は、私の頬を目掛けて。ただ吸血鬼の目には遅く感じる。

 

「どっちがっ!」

「うぅ……ッ」

 

 難なく腕を掴んで受け止め、その勢いでスクリタを組み伏せる。床に押し付けてる間も抵抗されるけど、あまりにも弱々しい。幾ら身体が元は人形とはいえ、弱過ぎる。普通の人間を相手してるみたい。

 

「……ねぇ、スクリタ、張り合いないんだけど」

「うるさイ……」

 

 私に抑えられたままそっぽを向いてる。なんでこんなに弱いんだろう。私が強くなり過ぎたわけでもないだろうし。能力も何も使ってないから、身体能力に変化は無いはずだし。

 

「あの……もしかしてさ。弱いのと秘密にしてること、何か関係ある?」

「……最近身体動かしてなかったかラ、そう感じるだケ」

「もしかして、力出ない? 最近一緒になってないから?」

「…………」

 

 何も言わない。ってことはそうなんだ。ちょっと私の中に居るだけでいいのに。まだバレたくないから少し操作はするけど、それだけなのに。どうして頑なに言わずに、私を拒むんだろう。

 

「図星なんだ。じゃあ吸収を拒んでるってことだよね。一緒になるの、いや?」

「……イヤ。もう支配されたくなイ。自由でいたイ」

「そんなつもりは無かったんだけどなぁ。……でも嫌だから拒んで死ぬとか馬鹿げてるよ?」

「もう少しの辛抱だかラ」

 

 私と一緒に居ることが自由じゃないみたいに言って。確かにその通りかもしれないけど、だからってスクリタが死ぬのは私が嫌だ。私の中に居れば安全なのに。幻想郷に行くのだって、あと数日かかる。それまでに消えない保証は無いだろうに。なんで。なんで拒むの。

 

「意味わかんない。……スクリタ。もうこのまま私に吸われて。あと数日、私の中に居れば安全だよ」

「……ティアの中に居るだけデ、自分が自分じゃなくなル。中に居るだけで侵食されル。それが怖イ。だからアナタの中に居るのはイヤ」

「だから死ぬってのは私が嫌」

「死にたいわけでモ、死ぬわけでもなイ! ただワタシは……ワタシを大切にしたイ。これ以上自分を失いたくないかラ」

 

 私と一緒に居たら、スクリタがスクリタじゃなくなる? どういうことだろう。そんなに、私と一緒に居るのが嫌なのかな。私が居るとおかしくなっちゃうのかな。

 

「やっぱり……よくわかんないや。私は私。何も変わらない。アナタだって、きっと何も変わらないよ?」

「憶測でワタシは自分を賭けることができなイ。ワタシがアナタの中に居た時と今、全然違ウ。今のワタシは今が大切だかラ。戻るのはイヤ……」

「……はぁ。埒が明かないね。アナタは組み伏せられて抵抗できない。私はこのまま力づくで吸収することができる。有利なのは私って明らかだよね。なんでそれでも抵抗しようとするのかな、スクリタ」

 

 圧倒的な力の前じゃ何もできない。だから私は力が欲しい。スクリタだってわかってるはずなのに。

 

「……まだ負けてないかラ」

「あっそ。ほんと負けず嫌いだよね、うちの家族全員。……じゃあ、おやすみ」

 

 馬乗りになったスクリタの首に手を伸ばす。後は触れて、能力を行使するだけ。それだけで、スクリタを救える。

 

「ティア!」

 

 後ちょっとのところで私の思考を遮る声。何も悪いことはしてないのに、思わずビクッと身体が震えて、止まってしまった。

 

「……お姉ちゃん」

 

 扉の前に居たのはお姉ちゃん。そういえばもうすぐご飯だった。運悪く呼びに来ちゃったらしい。あ、ううん。別に私は悪いことしてないから、怖がる必要ないんだけど。今この状況、傍から見ると勘違いされそうだし。

 

「何してるの? ティア、スクリタ」

「スクリタの力が消えてきてるの。だから吸収しようとしてるんだよ、お姉ちゃん」

「あー……バレたんだ、スクリタ。それで騒動一歩手前になってるんだね。……うん、ごめん。私も残り数日ってなって気が抜けてたかも」

 

 あの言い方。それにこの落ち着いた反応。ああ、お姉ちゃんは知ってたんだ。

 

「お姉ちゃんも知ってたんだ。なんで言ってくれなかったの?」

「ティアだって私に秘密にしてることあるよね? それに私はお姉ちゃんだから。できる限り妹の要望には応えたかったからね。黙っててごめんね、ティア」

「……お姉ちゃんの意地悪。でもいいや。お姉ちゃんに説明する手間が省けたから。ねぇ、このまま吸っちゃっていいよね?」

 

 スクリタの首に手をかけつつ、お姉ちゃんに疑問を投げかける。

 

「ダメ。私が行くまでの数日間必ず持たせると約束する。それまで一緒に居て、本当に危なくなったら吸収してでも遅くないでしょ? それじゃダメ?」

「むぅ……お姉ちゃんは私よりスクリタの方が好きなの?」

「どっちも好きだからこう言ってるの。スクリタが死なず、ティアに吸収されない。どっちの願いも叶うでしょ?」

「…………」

 

 その通りだけど、それだと確実じゃないのに。……でも、お姉ちゃんを敵に回したくない。だって私の願いは……うん。私の『今の願い』はスクリタが死なないこと。なら、それを優先しよう。私の願いのためにも。

 

「分かった……。でもね。毎日妖力だけ渡し続けていい? スクリタが消えないように」

「フランを介してなラ……ううン。やっぱり直接でいいヨ。信用してないみたいで悪い気がすル……シ」

「そっか。なら、いいよ。お姉ちゃんに免じて、妖力を渡すだけにするね」

「うン、約束するヨ」

 

 その言葉を聞いて、スクリタの上から退き、首から手を離す。スクリタの手を引っ張って、彼女を起こした。

 

「……ん。一応仲直り……だよね? ならご飯の時間だし行こっか」

「うん……分かった」

「うン」

 

 一先ずはこれでいい。本当に危険な時はスクリタを吸収しよう。幻想郷に行くまで、ずっと私の中に居れば安全だろうから。ただ、今しばらくは、傍に居てあげないとね──────



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78話「刺激的な移転」☆

 ──Remilia Scarlet──

 

「パチェ、準備は終わった?」

「ええ。終わったわ。私の体調もすこぶるいい。後は貴女の指示次第」

「そう。分かったわ」

 

 紅魔館を囲むように描かれた魔法陣。パチェや咲夜、それに妹達が協力して制作してくれたもの。そして、紅魔館そのものを幻想郷へと転移するためのものだ。咲夜が来てくれたことによって容易となった転移魔術。それの準備が終わり、後は実行するのみとなった今日。ようやく時代に取り残されることがなくなり、私達に合った時代へと向かえる。

 

「確認するわね。転移はお昼……太陽が一番高くなった時間でいいのよね?」

「ええ。もう少し詳しく話すと12時くらいね。転移は即座に開始されるように設定してるから、あっちには日が暮れる少し前頃に着く計算ね。先に言っておくけど、多少の誤差はあるわよ?」

「それは構わないわよ。多少の誤差なら修正が効くでしょうから。あっちが夜なら例え戦争になったとしても動きやすいしね。可能なら話し合いで片付くといいのだけど」

 

 吸血鬼という種族はプライドが強い。これはほとんどの吸血鬼に共通して、厄介なものだ。

 

「以前も戦争したのよね? 貴方達家族は」

「ええ。人間とね。……それを思うと、本当は戦争なんてしないに越したことはないんだけどねえ」

 

 それでも、家族のためだから。万が一の時は、私が……。

 

「お嬢様。ただいま戻りました」

「おかえり」

 

 館内の見回りに行かせた咲夜が帰ってきた。とてつもなく広いこの館を短時間で見て回れるのは、世界広しといえどもこの子くらいだろう。

 

「咲夜。みんな館に居たかしら?」

「はい。妹様は地下のお部屋に。美鈴も休憩を与え、自室にて待機させてます。それとお客様の吸血鬼や魔女も客室に招いています。お嬢様と同様に日が昇っているからか、吸血鬼の皆さん睡眠中みたいですけど」

「あら、私は平気よ? 見ての通りね」

 

 プライドの高い種族である吸血鬼がこんなにも私の館に集まるなんて想像していなかった。もちろんミフネアが集めた吸血鬼全員がここにいるわけじゃなく、一部はミフネアと同様に別ルートからの侵入。結果的に全部で三桁近く集まり、20人くらいが別ルートで潜入する予定だ。それにしても、未だにこれだけの吸血鬼が生きていたのは驚きだ。ここに来て姿を現したのは、それだけみんな今の時代に危機感を覚えているからだろう。

 

「そうでしょうか? しかし、お嬢様が一番若いとばかり思っていましたが、そうでもないのですね」

「ええ。私もティアより幼い吸血鬼が多いとは思ってなかったわ。20は居たわよね?」

「はい。集まったうちの20と数名がティア様より若い吸血鬼でした」

 

 ミフネアが集めた吸血鬼は若い吸血鬼が多い。私を主導者にする理由は当初、責任転嫁だと思っていた。しかし、実際は自分に自信のない若い子が多いだけなのかもしれない。私の父と同世代の有力者は既に息絶えていることが多く、そうでなくても自分の力を捨てて人に混ざることを選んだ者が多かったようだ。それだけ、吸血鬼にとってはこの世界は住み心地が悪いということ。どれだけ力があっても、幻想が薄まった今の時代で生き抜けるほど吸血鬼は人間より強くないらしい。

 

「この若い世代を私がまとめないといけないのよねえ」

「きっとお父様と同年代の吸血鬼も生きてると思うんだけど。流石にその世代が居ても私みたいな若い吸血鬼に手を貸そうとか思うはずないわよねえ……」

「若くてもお嬢様のように力強い者は多いと思いますよ?」

「力だけならフランが一番よ。問題は指導力の方ね。妖精メイドならまだしも、同族をまとめた経験なんて無いわ」

 

 生まれてこの方、吸血鬼は家族以外交流が少なかったから。館の主としてまとめるのと、家族ではない他人をまとめるとでは訳が違う。今回に関しては、他人の命さえ握ることになるかもしれないのだから。

 

「お嬢様なら大丈夫ですよ。それとお嬢様。正午まで10分を切りましたよ」

「あら。もうそんな時間? ならもう出発しないとね。お別れ会はもう済ませたし、心残りは無いわよね?」

「私はございません。お嬢様の居るところが今の私の家ですから」

 

 本来は人間の刺客だった咲夜も、美鈴の手助けもあってしっかりしたメイド長になってくれた。今では妖精達をまとめ上げることができる唯一の人間だ。

 

「無いわ。元々未練なんて無かったから」

「そ、そう」

 

 パチェとの出会いは突然だった。だけど、今では数少ない家族になって、親友となった。半ば居候だけど、妹には言えないようなことも相談できる良き友だ。……たまに辛辣なのはご愛嬌だろうか。

 

「でもそうね」

「うん?」

「ここに居るのは居心地がいいわ。だから付いて行くわよ。何処までもね」

「ふーん……嬉しいこと言うじゃない」

 

 ここに居るのは私の家族。家族のためなら、私はなんだってできる。……もちろん限度はあるけど。ただ、できることなら戦争は避けたい。平和に終われるなら、それに超したことはないから。

 

「さて。パチェ、転移魔術をお願い。『引越し』するわよ」

「ええ。衝撃とかは無いだろうけど、備えなさいよ。あっちに着いたら何が起きるかは、まだ不確定なことが多いのだから」

 

 椅子から立ち上がり、魔導書を片手にパチェが詠唱を始める。と同時に、床から光の泡が(ほとばし)る。触れるとそれは、少しばかりの魔力を感じた。

 

「なんだか綺麗ですね」

「なんなの? これは」

「転移するために館中に溜めていた魔力が溢れているだけよ。害はないわ」

「ふーん……。咲夜。着いたらまずは周囲の安全確認。終わったら同族含めみんなを起こしてちょうだい。まあ、これだけ光が見えれば何人かはおきそうだけどね」

「了解しました」

 

 次第に光の泡は多くなり、それが集まって眩い光となる。それは一瞬だけ、目の前に居る彼女らの顔が見えなくなるほどの強い光となって辺りを包み込んだ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Hamartia Scarlet──

 

 ミフネアが集めた吸血鬼達は84人。そのうちお姉様が家に招いたのは65人。お姉様は数えるのが面倒なのか、三桁近くとしか言わないけど。まぁそれはともかく。こんなにも吸血鬼が集まってくれたのは私も嬉しい。あっちで利用できる駒は多い方がいいからね。いっぱいあった方が替えも効くし、いっぱいあった方が私好みなのも増えていくから。

 

 私は正直なところ、お姉様が好きだ。それにお姉ちゃんも好き。美鈴もパチュリーも。スクリタや咲夜だって。家族が好き。家族だけじゃなくてスィスィアやミフネア、ウロとかイラという友達も。みんな好き。多分……ううん。絶対にそれだけじゃ収まらない。()()()()()()()()()()()()()()。人も物も、他の何かも。私は強欲だから。だから、あっちに行っても好きなものを手に入れるために。そして何よりも、好きなものを守るために。私はなんだってやってみせる。

 

「この娘も優しそうだなぁ」

 

 そして今、私は1人の吸血鬼の前にいる。1人用の客室にあるベッドで眠る名前も知らない吸血鬼の少女。彼女の髪にそっと触れる。肌触りが良くて、それにいい香りもする。なんのシャンプー使ってるのかな。

 

「んぅん……へ……?」

 

 薄らと目を開いた彼女と目が合う。その瞳に反射した私の顔は、いつも通り笑顔に満ちている。

 

「おはよう。私はティア。貴女は?」

「え……? あ、えっと……イレアナ。イレアナ・エグゼンシュです」

「イレアナエグ……噛みそうな名前だねー」

 

 まるで早口言葉みたい。私の名前ってまだ言いやすい方なんだなぁ、って。

 

「貴女は……レミリアさんの妹さん……ですよね? お名前はお伺いしています。こんな朝早くにどうしたんですか? まだ休憩しててもいいと聞きましたが……」

 

 彼女も招かれた吸血鬼の中の1人。大人しそうで、可愛らしい。薄い黄色髪の女の子。この子も私よりも若そう。意外と多いのかな。私よりも若い子って。

 

「うん。私用で来たんだ。それにしても……可愛い眼。珍しい色だね」

「は、はい……」

 

 恥ずかしそうに目を逸らしてる。吸血鬼はみんな紅眼なのに、この子は珍しい青い色。とても綺麗で、吸い込まれそうなほど綺麗な色。これを見てると、なんだか嬉しい気持ちになってくる。

 

「君は何歳? 答えてくれる子って意外と少ないけど、貴女はなんだか答えてくれそうだねっ」

「えっ。えっと……今年で250くらいで……。あの。ティアさんはどういう用事で……?」

「ふふっ。なんだと思うー?」

「ふぇっ!? あ、あの……?」

 

 頭を撫でて様子を見ると、少し恥ずかしそうに視線を外していた。内気なのかな。お姉様やお姉ちゃんとはまた違ったタイプの吸血鬼。ミフネアに近いかな。もう少し内気かな。凄く可愛いなぁ。この子も私のものにしよう。

 

「面白い子だねー。イレアナ、だっけ? 私貴女も好きだなぁ。私のモノにしたい」

「好きぃ!? えっ、あっその……!?」

「可愛いねぇ。……じゃあ、用事を終わらせないとね」

 

 頭に触れたまま能力を行使する。能力は何も無い。珍しくないけど、ちょっとだけ残念。集めた吸血鬼の中で能力を持ってる子は、かなり少ないらしい。

 

「ど、どうしたんです……?」

「ううん、何も。じゃあ、おやすみなさい。イレアナちゃん」

「ほえ──」

 

 意識を奪うと、彼女は糸が切れた人形のように横になる。このまま食べても美味しそうだけど、今は我慢。みんなのために、やるべきことをやらないと。

 

「イレアナちゃん、ごめんね。でも大丈夫。何も怖くないよ。だって、酷い記憶は残らないようにするからねっ」

 

 循環性はゼロに戻す力。永続性は破壊と創造。始原性は始まりを司る。無限性は永遠を。完全性は文字通り。……これだけあれば事足りる。でもね。全部龍のモノだから。私にあるのは北欧の魔術と奪う力だけ。龍の力を権能として機能させるには、幻想郷に行かないと。本領発揮は、そこじゃないとできない。

 

「もう聞こえないと思うけど。貴女の意識を貰って、新しい意識の『種』だけ創造して埋めておいたの。私が幻想郷に行けば開花する種。あっちに行けば私の思うまま動く人形になってもらうよ。……安心してね。全部終わったら元通り。それに……貴女だけじゃないから、心細くもないよっ」

 

 眠った彼女の頭を一撫でしてから、次の部屋に向かう。幻想郷も私のモノにしたいから。そのための人形を増やすために────




長い間お待たせしました。
ようやく戻って参りましたが書き溜めが終わっているのでこのまま最終話まで一直線。
最後までお付き合いくださいませ


イレアナ・エグゼンシュ……モブ吸血鬼代表の娘

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最終章「罪な妹の告白録」
79話「美麗な理想郷」


 ──Remilia Scarlet──

 

「……終わったの?」

 

 光が包まれたのは一瞬の出来事。それが終わると、書斎は普段通り何の変哲も無い部屋に戻った。この部屋には窓が無いから、外の様子は分からない。そもそもこの館自体、吸血鬼の館だから窓は少ないのだけれど。

 

「ええ。……魔力の濃さが段違いだから、転移は無事終わったみたいね」

 

 パチェは何らかの器具を見つつそう話す。恐らくは魔力の計測器か何かだろう。

 

「レミィも感じない? 妖力とかで。私はそっちの方、あまり分からないのだけれど」

「そうねえ……」

 

 言われて感覚を研ぎ澄ませる。なんとなく感じるのは、今までにない新鮮な空気。空気が澄んでいるというより、魔力やら妖力がいつも以上に濃いからだ。そのためか、力が漲ってくる。今ならなんでもできると錯覚するほどに。

 

「さっきと段違い、ね。ここはもう故郷じゃない別の場所なのね」

 

 そう実感すると、なんだか感傷に浸りたくなってきた。けど、まずは当主としてやるべきことがある。

 

「咲夜。外の確認をお願い。ついでに美鈴も起こして見張らせておきなさい。念のためにね。パチェは紅魔館に結界を張っておいて。何があってもいいように」

「はい」

「任せなさい」

 

 咲夜は瞬く間に消え去り、パチェも書物を手に取り準備に入る。咲夜に外の状況を聞いた後は外で待っているであろう吸血鬼と合流して、私も外の様子を見に行こう。向こう側から何かアクションがあるかもしれないけど、待ちに徹するのは万が一の時に遅れを取る。

 

「お姉様」

「あら、フラン。それにスクリタも」

 

 咲夜よりも先に妹2人が部屋に入ってきた。転移前は確かに寝ていたはずだから、移動で目が覚めたのだろう。あの光凄く眩し……あれ、2人? 

 

「ティアは何処? 一緒じゃないの?」

「眩しくて起きた時にはもう居なかっタ。先に行ってると思って来たけド、来てないノ?」

「ええ。見てないわね……」

 

 咲夜によると地下に居たはず。館の中で、しかも転移して10分も経ってない。なら、危険な目に遭うわけない。きっと先に起きて魔女の部屋にでも遊びに行ってるのだろう。後で咲夜に確認してもらえばいいか。

 

「だけど、ティアなら大丈夫よ。あの娘は強いし。にしてもいつになく元気ね、スクリタ」

「うン。この世界凄く満ちてるからネ」

「レミィ。張り終わったわよ。誰か入ってきたらわかるし、異変があればわかる。もう中は安心ね。結界が壊されたりしない限りは」

 

 壊されたりなんて、パチェも不穏なことを言う。敵対勢力が居るかもわからない現状、その不安ももっともだけど。あまり口に出して、妹を不安がらせるわけにもいかない。

 

「うーん……ティアが心配だし、ちょっと探してくる」

 

 なんて思ってると、その不安が伝播したのかフランが熟考の末に話す。

 

「ワタシも付いてく。ここに居ても仕方なイ」

「心配ないと思うけどねえ。途中、お客さんに会ったらいい子にするのよ? 2人とも」

「はいはい。子どもじゃあるまいし大丈夫だよー」

「フランと同じク」

 

 2人は振り返ることもなく急いだ様子で部屋を出ていく。

 

「お嬢様。ただいま戻りました。外は日が沈み、既に真っ暗闇ですね。付近には霧がかってる湖と、視界が悪いですが近くに山や森があることは確認できました」

「そう、ありがとうね。美鈴は?」

「叩き起していつも通り表で見張らせています」

「そ、そう。もうちょっと美鈴に優しく、ね?」

「優しく叩き起こしたので大丈夫ですよ」

 

 それは大丈夫なのだろうか。真顔で話す咲夜にどことなく恐怖を感じる。よくできたメイドだけど、たまに見せる威圧感は私でもちゃんとしないと、って思わせるほどだ。

 

「お嬢様。お客様方はどうされますか? 廊下ではすれ違うことがなかったので、まだ眠っている方が多いと思われますが」

「え? あの光で起きないなんて……」

 

 転移前は日中、それも正午だったから、今もまだ睡魔に勝てないというのはわかる。だけど吸血鬼は夜に生きる生物。あれほど眩い光が館中を覆ったのだ。光を嫌う吸血鬼が1人も反応しないのは不可解だ。

 

「何かあるのかしら。咲夜、適当な吸血鬼が居る部屋を確認してきて。異常があればすぐに知らせて」

「承知しました」

 

 私の指示を受けて、咲夜は瞬時にその姿を消す。

 

「レミィ? どうかしたの?」

「吸血鬼ってね、日光が嫌いなのよ」

「ええ。この窓1つ無い館を見ればわかるけど」

「それは言い過ぎ」

 

 窓は少ないだけであるにはある。私の部屋とか地下とか、吸血鬼である私達がメインで生活する場所に無いだけ。一部の廊下など、カーテンで遮られてる場所もあるしね。

 

「話を戻すとね。光に敏感なのよ。吸血鬼って。それが弱点だから。それなのに光に反応しないなんておかしくないかしら」

「私はそれでも寝るけどね。一瞬眩しくなっただけだから。ただそうね。誰も起きてこないというのは不自然だわ。魔力の違い、妖力の違い。それに眠ってて気付けないほど鈍感な種族じゃないでしょう?」

 

 パチェの言う通り、私がここへ来た時に感じた世界の違いを、他の吸血鬼に知覚できないわけない。もしかして、何か良くないことでも起きてるんじゃ──

 

「お姉様! 大変!」

「フラン?」

 

 突然。フランが勢いよく扉を開ける。その顔は不安に顔を曇らせてる。

 

「ティア、どこにも居ないの! 色んな場所探したけど、ティアが居そうな場所にはどこにも……!」

「……え?」

 

 どうしてティアが? そんな疑問が何故か、泡のように突然現れ、消えた。

 

「今もスクリタがメイドの子と一緒に探してくれてるけど、見つからなくて……」

「あの魔女の部屋は? そこにも居なかったの?」

 

 嫌な予感が現実になりそう。ティアはたまに危ういことをするから。今回もそれと同じなのかもしれない。決まってそういう時は、私達のためになると思ってる時だけど。

 

「う、うん。魔女ってウロのことだよね? そもそも誰も居なかったよ。あの部屋には」

「それって本当に?」

「多分……。寝てるのかなってベッドも確認したけど居なかったし……」

 

 両方一緒に消えたということは、どちらか一方が唆したか。それとも共謀か。どちらにせよ、問題はどのタイミングで消えたか、かしら。咲夜が転移前に確認してたはずだから、恐らくはこっちに来た後。咲夜が見間違えたり騙されるはずはないから、前の世界に置いていかれた可能性は捨てる。きっとこの世界のどこかに居る。転移してからフランらが起きるまでの短時間で、どうやって消えたかはわからないけど。

 

「お姉様! どうすればいいと思う……?」

 

 フランの不安でいっぱいな顔が覗き込む。こんな顔をするのはいつ以来だろう。今まで見ないようにしていたのに。どうしていつも、あの娘は姉を心配させるのか。そろそろ本気で叱ってあげた方がいいのかしらね。

 

「まずは落ち着きなさい。ティアは強くて……それでいて頑固な娘よ? 姉の貴女が不安がってちゃティアに会った時心配させちゃうわ」

「う、うん……」

「それにこっちの世界に居るのは間違いないはずよ」

「……本当にそう言えるの?」

 

 何百年も一緒だったからこそわかることがある。これは憶測でしかない。だけど、確かな実感。ティアは……私達家族を大切にして、愛してる。いつも寝る時は誰かと一緒に居る寂しがり屋が、私達と離れた場所に居るはずがない。きっと、願えばすぐにでも会える場所に居る。

 

「ええ。だって家族だもの。あの娘が私達の居ない世界に行くはずがないでしょう?」

「うん……。それも、そっか」

 

 フランの顔にも安心が戻る。ただちょっと頬が赤い気がするけど、どうして照れてるのだろう、この娘。

 

「お嬢様、ただいま戻りました」

「おかえり。報告お願い」

 

 その場に前触れもなく現れる咲夜に話を求める。この報告次第で、もしかしたら何を企んでいるかわかるかもしれない。

 

「お客様が滞在する部屋を全て確認してきました」

「適当な部屋で、異常があればすぐに知らせてとも言ったはずなのだけど……」

「結論から申しますと、誰一人として居ませんでした。霧のように消えていました」

 

 私のこと華麗にスルーしてる。ただ情報は有り難い。この館にはもう私達以外残っていないようだ。この短時間で、全員消えてしまったというのは驚きだが。

 

「つまりティアを除く私達(家族)以外は跡形もなく消えてしまったのね。……パチェはどう思う?」

 

 親友に意見を伺う。正直なところ、この手の考察は得意分野ではない。だから私よりも知識がある人に話を聞いておきたい。

 

「今回集まったのってプライドが高いけど、今回のような非常時だと流されるまま付いてきた吸血鬼達でしょう?」

「言い方に悪意があるけどそうね。もしかしたら、私達よりも若い世代は吸血鬼特有のプライドが少ないかもしれないけど」

「なら、その吸血鬼がみんなを扇動して……というのは考えにくいわね。それにみんな一斉に消えるなんて、用意周到にも程があるわ。ということは以前から準備していたか、すぐに準備ができるようにしていた。全員が消えた理由…… 元凶が居る。しかしそれはここに来た吸血鬼じゃない」

 

 考えつく先は親友も同じで。そう、これはきっと私達家族の問題。唆されたのか、自分で思い付いたかはわからない。だけど、ティアはきっと自分が正しいと思えばどんなことも平気でやってしまうから。

 

「ならきっと、貴女の妹が黒幕でしょうね。もしかしたらティアの友達の魔女も関わってるかもしれないけど。私達を巻き込んでいないところを見るに、ティアの方が何か企んでやっている可能性は高いわね」

「パチュリー。いくらお姉様の親友だからって──」

「やめなさい。きっと行動を起こしたのはあの娘自身の意思よ。……どうしてか、なんて可能性をあげればキリがないわ。あの娘はなんだってやりかねないから」

「それは……うん。否定はできないけど……」

 

 ティアがそうなった原因は私達にあるのだろうけど。だからというわけじゃない。家族だからこそ、悪いことが起きる前に止めなければ。

 

「……行きましょうか。ティアを探しにね」

「うん! もちろん私も行くからね!」

「ええ。じゃあパチェ、ここの守りを」

「あら。私も行くわよ?」

 

 意外な言葉に口を開けてパチェを見つめる。まさかパチェが自ら率先して行こうとするなんて。

 

「どうして驚かれてるのかしら。そもそも探すって言ったって、アテはあるの?」

「それは……ないわね」

「でしょう? 人探しのための魔法くらい使えるわ。精度は高くないけど、アテがないよりは断然見つかりやすいはずよ。ここの防衛魔法は小悪魔に任せればいいわ。多分できるでしょうし、あの娘なら」

 

 投げやりに聞こえるけど、それだけ信用してるってことかしら。ああ、自分の使い魔だからという前提があるからか。

 

「じゃあフラン、パチェ。一緒に行きましょうか。咲夜、家をお願いね。ここの指揮は貴女に一任するわ。あまり大人数で行くと目立って仕方ないからねえ。スクリタや美鈴にもここを守るように伝えておいて。と言っても美鈴はそのまま仕事を続行するようなものね」

「ついでに小悪魔に私の仕事を引き継ぐようにも話しておいてちょうだい」

「承知しました」

 

 その言葉とともに咲夜の姿がふっと消える。ここは咲夜に任せていれば安心。ただ、ここに居る相手がどんな力を持っているかもわからないし、早く見つけるに越したことはない。

 

「パチェ、あの娘の大体の位置はわかるのかしら?」

「近付けばね。あの娘がもし魔法を使えばより正確にわかると思うわよ」

「そう。充分ね。……早速探しに行くわよ」

 

 ティアや魔女がどこに居るのか。それに吸血鬼が一斉に消えた理由もまだわかってない。それでも今はティアを探さないと、ね────



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80話「果断な分担」

 ──Remilia Scarlet──

 

 数百年生きてきた中で、人間よりは遥か多くの歴史を見てきた。500年近くもダラダラ家で過ごしてたわけじゃない。小さな頃は連れられて。大きくなってからは生きるために。知り合いでもない吸血鬼の領地も訪れたし、人間の街にも行った。……何が言いたいかって言うと、そんな私もこんな場所は初めてということ。

 

 我が家から一歩踏み出した先は、私たちにとってはまさに異界だった。深い霧に包まれた湖。木々が生い茂る大地。全貌が見えないほど大きな山。視界に入る全てが興味深いものばかり。状況が状況だからやらないだけで、時間があれば立ち止まってでも観察していただろう。前を飛ぶパチェに付き従いながらもそう思う。

 

「パチュリー……。ティアの何か、見つかったりしてない?」

 

 周囲をサーチするパチェを真ん中に置いて、その前をフランが。その後ろを私が付いていく。本来は私が前に行くべきなんだろうけど、フランが率先して前に行くからこの形に落ち着いた。

 

「見つかったら言ってるわよ。全然掴めないわね」

 

 紅魔館を出て十数分。未だにティアの影も形も見つからない。というのも歩みが遅いからで。ソナー役のパチェが捜索、飛行、防衛などなど。様々な魔法を並行して行使しているからその分速度が落ちている。代わりに捜索には念入りに力を入れてもらっているから、見逃すことはおそらくない。

 

「にしてもここ広すぎない? これじゃあティア探すのも一苦労だよ。……この世界に端とかあるのかな。暗くて先なんて見えないけど」

 

 山とは真逆の方向を見るフラン。つられて向くと、その先には暗く広大な大地。夜目がきく方だと自負してるけど、それでも端らしきものも、文明の利器らしき明かりも見えない。ここにも何かしらは住んでいるはずだから、どこかに住処はあるはずだけど。きっと周囲にないだけで、山の反対側とかにでもあるのだろう。

 

「どうなんでしょうね。今はそれよりティアね」

 

 ティアか魔女か、どちらかの影響で館に居た吸血鬼たちは消えてしまった。生死は……殺す理由はないだろうし生きてるとして。どうなってるか、どこにいるかは全くの不明。ただ別行動を取っていた吸血鬼が無事である可能性はある。その吸血鬼を見つけて協力を仰ぎ、数に物を言わせて探していくという手も……。

 

「ねー。なんか聞こえない?」

「うん?」

 

 辺りをキョロキョロと見渡すフラン。私も立ち止まって耳を澄ます。

 

「私の耳には何も聞こえないわ」

「そう? お姉様は?」

「…………」

 

 どうだろう。……言われてみれば、どこかから何か聞こえてくる音がする。なんの音かはわからないけど、山の方から聞こえてくることだけはわかる。

 

「聞こえたわ。山の方からね。……パチェ。ティアの気配は?」

「ないわね」

「現地人かしら。行ってみましょうか。何かわかるかもしれないわ」

 

 現地人なら私達を見て警戒するだろうか。でも、このままアテもなく探し続けるよりかはずっといい。現地人だろうと、同族だろうと。何かしらの手がかりは掴めるはずだ。

 

「私が先導するわ。フランはパチェを守りながら付いてきて」

「うん。気を付けてよ、お姉様」

 

 音のする方向へ真っ直ぐ向かう。近付けば明確に聞こえてくる騒がしい音。これが戦闘音だと気付くのに時間はかからなかった。

 

「私にも聞こえてきたわね。この音?」

「うん。……お姉様」

「ええ、わかってる。その辺りで戦っているみたいね」

 

 木が生い茂る森の下で、誰かが争っている。もしやと思い地に降り立ち、(グングニル)を手にして茂みから近付いて行く。

 

「──レミリアさん!?」

「えっ……!? な、何やってるの!?」

 

 そこに居たのは、赤みがかかった黒い髪の美少年──ミフネア。その姿は傷だらけで、防戦一方だったことがわかる。

 

 

 そして、もう1人。ミフネアと対峙しているのは、吸血鬼(同族)の少女だった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Izayoi Sakuya──

 

「ワタシもお姉様と一緒に行きたかったナー……」

「同じく行きたかったですねー」

「お嬢様からはここを守るように言われてますのでダメですよ」

 

 お嬢様達が出発してから2人を呼んで作戦会議。紅魔館を守るにしても、今後の方針を決めなければ。今しなければならないことは結界の維持とお客様の行方の捜索、それに妖精達の統率……かしら。妖精メイドは役立つ気はしないし、そもそも寝てる子が多いからそのまま放置でもいい気がする。

 

「小悪魔。パチュリー様から結界を頼まれています。任せていいですか?」

「はい! 任せてくださいよー。これでもパチュリー様の小間使いですからねー」

「スクリタ様はご一緒に館内の探索を。もしかしたら誰かお客様の1人くらい残っているかもしれませんので」

「ん。わかっタ」

 

 小悪魔と一旦別れ、スクリタ様と行動を共にする。館内の捜索はなにも吸血鬼が残っているかを調べるだけじゃない。ティア様や吸血鬼が消えた理由やどこへ行ったのかわかる何かが残っている可能性がある。それが見つかればお嬢様の役に立つかもしれない。しかし、どうしてティア様は消えてしまったのかしら。今までの生活に不満があったようには見えなかったし……。

 

「それにしても、どうしてティア様は消えてしまったのでしょう。示し合わせたようにお客様も皆さん消えてしまいましたし」

 

 客室を1つずつ確認していきながら、ふと思ったことを口にした。誰か数人が消えるなら示し合わせたというのは納得できる。ただ全員が一斉に消えるというのは少し違和感がある。あんな大人数が数分のうちに、誰にも気付かれることなく消える。一体どうやったのかしら。

 

「思い付いたからじゃないかナ?」

「思い付いた……ですか?」

 

 スクリタ様は何か知っているのかしら。そう思って聞こうとするより先にスクリタ様が口を開く。

 

「ティアはワガママ。ワタシも同じだけド。そして思い付いたらなんだってすぐやろうとする行動力があル。例えばこの世界に来てやることがあったラ、すぐに行動に移すと思ウ」

「つまり居なくなったのはティア様自身の意思、ということでしょうか?」

「少なくともワタシはそう思ウ」

 

 もし本当にそうなら、ティア様の部屋に何か残っていないかしら。いや、以前掃除した時に気になるようなものはなかったわね。そもそも理由がわかる何かがあるとしたら、持って行っている可能性の方が高いかしら。

 

「……ティア様はお嬢様達を大切になされているように見えましたが、ご相談もなく消えるものでしょうか?」

「みんなにとってそれがいいことになるとカ……あとは……」

「あとは……なんです?」

「みんなに気付かれると邪魔されるかラ」

 

 その時のスクリタ様の顔はどことなく、思い当たる節があるように見えた。スクリタ様の情報が真としたら、誰にも気付かれたくないからティア様は自分の意思で消えた、ということになるのかしら。そうすると、吸血鬼が消えたのもティア様が原因なのかしら。

 

「ティアは自分がいつも正しいと思って行動してル。そんな時は誰の意見にも耳を傾けなイ。だからワタシはティアが怖イ」

「え? それってどういう……」

「咲夜さーん! スクリタ様ー!」

 

 小悪魔の慌てた声。もしかしなくても異常事態ね。そのせいでスクリタ様の話を聞きそびれてしまった。またあとで聞くとしましょう。

 

「結界に異常ですー! 正門前、あと裏側にも何か来てます!」

「数と正体はわかりますか?」

「えーっと……前は2人、後ろは3人だと思いますー! 正体は……多分お嬢様方と同じ吸血鬼かと!」

「……吸血鬼ですって?」

 

 失踪した吸血鬼なのかしら。それとも私達とは別ルートで侵入していた吸血鬼? 

 

「……いや、どちらにせよわざわざ二方向から侵入しようとするのはおかしな話ですね。小悪魔はスクリタ様と一緒に裏側の対処を。敵対するならある程度の抵抗もお嬢様ならお許しくださるでしょう。私は──」

 

 正面に2人。裏側に3人。裏側にスクリタ様が向かってくれるならそちらは安心でしょう。小悪魔もパチュリー様とはいかずとも、パチュリー様に任されるくらいには魔法を使えるようですし。としたら、私が向かうべきは1つ。

 

「──正門に向かいます。美鈴が心配ですので」

 

 わざわざ別けて同時に来たということは、何か明確な意志を感じる。もしもの時、美鈴が1人で2人の吸血鬼を抑えれるかと聞かれると、やはり心配しかない。私も並の吸血鬼よりは強いと思うけど。いや本当に。

 

「スクリタ様。小悪魔をよろしくお願いします」

「うン。ワタシ達も行こう」

「はい、行きましょー!」

 

 時を止め、一目散に私は向かう────



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81話「色鮮やかで瀟洒な関係」

 ──Hong Meilin──

 

 紅色の館を背に、辺りを見渡す。近くには霧がかってる湖に、あとは森のみ。視界に動くものはなく、小さな生き物以外に気配も感じない。安全な場所に転移できたんだなあ、ってしみじみ思うのです。

 

 咲夜さん経由でお嬢様に任されてから十数分が経ちましたが、脅威らしきものは何も来ず。背後にはパチュリー様の結界を構えるも、正直なところ私って凄く暇してるようでお嬢様達に申し訳ない気持ちがあります。お嬢様達が頑張っているであろう時に、私は門前で待機。いえ、門番も大切な仕事ということはわかっているのですが──

 

「敵が来てほしいというのは不謹慎ですよねー……」

 

 何よりも一番なのはこのまま脅威が来ることなく終わること。そうすれば、館は安全なままですし、お嬢様達に心配されることもありませんし。ただ敵が来てくれれば「しっかり仕事しましたよー」みたいな顔できるんですけどねー。最近は本当に世界が平和になったのか、前の世界でも目立った侵入者は咲夜さんくらいでしたし。これでは商売上がったりですよ、全く。

 

 このままじゃ廃業しますかね? お嬢様には多大な信頼を寄せていただいている手前、それでは困るんですよね。いや本当に平和なのはいいことだと思いますけどね、ええ。

 

「──とか思ってたんですけどね。こんな夜中に何用?」

 

 近くの茂みが揺れた。まるで巨大な化け物でも来たかのように周囲が静まり返った。そして何よりも、3つの大きな気配を感じた。お嬢様に雇われて数百年。幾度となくお嬢様目当ての外敵を退け、侵略者を止めてきた。長年の戦闘で培われた五感はいつだって全幅の信頼を置いている。

 

「あれ? あなた方は……」

 

 観念して姿を表したのは──吸血鬼。お嬢様と同じ種族の少年少女。見覚えのある顔だから、恐らくは別の手段でここへ来た方達。ただ館に居る人達やお嬢様達と違って、その顔には意志らしきものは感じない。感じるのは……威圧感と敵意。それと、小さな……いや。こっちは気のせいかな。

 

「一体どこへ行ってたんですか? お嬢様達が探していましたよ」

 

 距離を縮めつつも警戒は解かない。殺意はなくとも敵意を感じる。そんな相手に、結界は触れさせない。魔法には疎いしどんなものか聞いてないけど、触れれば即お嬢様らに伝わるだろう。理想はお嬢様らに心配されることなく問題を処理すること。だが相手はお嬢様の招いたお客様。だから、結界に触れるより先に、敵対行動を取った途端に倒す。

 

「ごめんね、めーりん」

「──っ」

 

 思考が遅れた。眼前に迫る腕に既のところで受け流す。力が強いけど、お嬢様ほどではないから受け流すことは容易い。ただそれよりも気になるのは。

 

「声は違いますが、その話し方はティア様ですか!?」

「…………」

 

 返答はない。代わりに返ってくるのは抑えた少年の後ろからやってくる、残り2人からの暴力。

 

「いや3対1って流石にキツいっ!」

 

 咄嗟に受け流すなんてできなくて、慌てて全身に気の渦を巡らせ、放出する。

 

「っ……!」

「ぁ……」

 

 小さな声が漏れる。放出した気を受けて、3人ともある程度距離が離れた。ただ全然効いてる気はしないけど。

 

「これ防御技ですし当たり前ですよね!」

 

 ただ一瞬隙が生まれればいい。一番手近な吸血鬼の身体に拳を置く。そして集中。反撃が来るまでの一瞬の間に、できる限り気を練る。

 

「ぁ……っ!」

「──はァっ!」

 

 襲いかかる爪が、皮膚に触れようとするその刹那。急いで集め練った気を直接相手に流し込む。流し込まれた吸血鬼は眩い閃光を放って吹き飛んだ。ただ反撃は喰らっていたのか、右手から赤い液体が滴り落ちる。

 

 気を直接受けた吸血鬼は……起き上がってこないようだ。なんだか上手い具合に決まったけど、これ意外と吸血鬼相手に特効だったりして。

 

「あぐぁ!?」

 

 とか油断してると、復帰した少女に思いっきり左肩を牙で抉られる。再び気で振り払おうとするももう一方の吸血鬼がさっきの仕返しとばかりに腹部に突き立てられる鋭い爪。そして吹き出す鮮血。

 

「っ……このっ……」

 

 気が乱される。力任せに振り払おうとしても、流石はお嬢様と同じ種族(吸血鬼)。そう簡単に退いてはくれない。

 

「っ……ふう……っ」

 

 腹部に深々と刺さり抉られる爪。執拗に組み付かれ、噛まれる肩。痛みに耐えながら落ち着いて気を練る。多少の出血は顧みない。落ち着き、練って、痛い、けど……守るために。

 

「すぅ……」

 

 波紋のように拡散する、身体中から溢れ出る気の波。波はゆっくりと広がって、徐々に吸血鬼を引き剥がす。

 

「ふぅ……」

「っ」

 

 何重にも広がる波紋は次第に強さを増し、ものの数秒で吸血鬼を完全に引き剥がした。未だその場に波紋は残り続けて吸血鬼を阻むも、集中力が切れればすぐにでも消えてしまう。

 

 不意を打って1人倒せたまではよかったですが……これ、手の打ちようがないのでは。彼らは距離を取っているけど、私の気もいつまでも続くわけじゃないし。……って、そっちは──

 

「待ちなさい!」

 

 吸血鬼は距離を置いたまま、結界へと足を踏み入れようとしていた。

 

 ──絶対に守る。

 

 そんな気持ちが溢れて、手を伸ばしかけたところで相手の思惑に気付く。いや、気付かされた。

 

 1人の吸血鬼が結界に触れる直前で踵を返し、こちらへと手を伸ばす。その指先にあるものはナイフのように鋭くて。

 

「っ……!」

 

 鋭い爪が頬を掠める。流れ落ちるものも気にせず拳を握って、その胸部を力いっぱいに殴打する。

 

「くぅ……しまった……」

 

 先に入っていた1人。それにもう一方の殴った相手も後ろに退いたことで、2人にも結界内の侵入を許してしまった。これはあとでお嬢様に怒られてしまいますね、きっと。

 

 しかし、吸血鬼らは入るだけ入って、再びこちらに向き直って対峙している。まるでこちらの注意を引いているような。いや、このまま私にとどめを刺そうとしているのかも。

 

「……このままやられるつもりはありませんよ」

 

 少し血を流しすぎた。けど、吸血鬼らが結界に触れた今、異常はお嬢様達に伝わったはず。それまでの時間稼ぎくらいはやらせてもらう。

 

「さあ、来なさい!」

 

 地面を強く蹴って構え直す。相手は2人。油断ができない相手。さて、どうやって……。

 

「美鈴、無茶しすぎよ」

「あ──」

 

 唐突に耳元で囁かれた優しい声。時間が止まったかのように思考が停止した。否、実際に止まっていたのだろう。気付けば吸血鬼らの周囲に飛び交う無数の銀の刃。

 

「お客様とはいえ、私の部下に手を出したら半殺しにしますよ?」

「咲夜さん!」

 

 全ての切っ先は吸血鬼らへと向き、身体中に突き立てられていく。数秒も経つことなく、その刃は四肢を貫き、動かないようにか的確に関節にナイフを通していた。まるで糸の切れた人形のように、吸血鬼らは静かにその場に倒れていた。

 

「全く。その様子だと本当に無茶したのね。昔『何かあったら頼れ』と話していた貴女はどこへ行ったの? 頼れと言うのなら、自分も頼りなさい。……今は私がメイド長なんですから」

「あ、あはは……。ありがとうございます、咲夜さん。……ところで大丈夫なんでしょうか。この人たち……」

「前の世界ならともかく。急所は避けてあるし、銀のナイフじゃないから痛いだけで済むわ。でも早く中に運んで治療してあげないと」

 

 倒れた3人の身体から血が流れている。しかし銀だと思ってたけど、違ったんですかこれ。咲夜さんのイメージは銀が強くて、思わず銀だと思ってました。それくらい、容赦のない顔をしていましたし。

 

「まあ……生きているなら良かったです。この人たち、なんだか操られてるようでしたし……」

「うん? というと?」

「見るからに意思なんてない顔でしたし、何も答えてくれませんし。それに……」

「……それに、何?」

 

 意思がないのに結界のことを認識して利用したり、何よりも──僅かながら感じたものは、悲しみに近いもの。ただこれは気のせいかもしれないので、咲夜さんには言えませんが。もし違ったら、混乱させてしまうだけになってしまいますし。

 

「ティア様の喋り方で、私に謝っていましたから」

「ティア様……。そうですか」

 

 意味深に表情が曇る。何を思ってるのか私には推し量ることはできませんが、この顔は何か思い当たることがある様子。

 

 だけど、どうしてティア様のように喋ったのでしょう。謎は深まるばかりで要領を得ない。

 

「……一先ず運ぶわよ。どうやらもう、攻撃する意思もないようだし。美鈴、貴女も一旦中で休みなさい」

「いえ傷はありますが私は妖怪なので──」

「休みなさい」

「……はい」

 

 咲夜さん顔が怖いですよ。なんて言えるはずもなく、気迫に押されて頷いてしまう。正直なところ、お嬢様よりも咲夜さんを怒らせる方がよっぽど怖い、と私は思うのです。

 

「この人たちを中へ運び終わったら私は裏にも来てる吸血鬼の相手をしてくるけど、貴女は休んでおきなさいよ。私が許可を出すまで戦闘は禁じます」

「は、はい。……でもあの。門番は……?」

「お嬢様が帰ってくるまでは妖精メイドに監視をさせるわ。どうせあの娘達寝てるか休んでるかしてるもの。戦わせるわけじゃないし、貴女みたいに結界の外で守るわけでもないから安心なさい」

「お嬢様、どこへ行ったんです?」

「ティア様を探しによ」

 

 なるほど。大切な妹であるティア様を探しに行ったのなら……って。

 

「私その話今初めて聞いたんですけど!?」

「……あ。そういえば言ってなかったわね。お嬢様から命じられたあと、すぐに貴女は仕事していたから伝え損ねていたわ」

「咲夜さん!?」

 

 すっごく大切な情報だと思うんですけど。もしや私ってそんなに信頼が……。

 

「そ、そんなに落ち込まなくても。言ってなかったことは謝るわ。でも、しっかり仕事をしてくれて助かってるのよ。ありがとうね、美鈴」

 

 申し訳なさそうに笑う咲夜さん。……両手には吸血鬼を引き摺っているから、やっぱり怖く見える。

 

「そのお言葉だけで救われます……」

「そんなに思い詰めていたの……?」

「あいえ! そういうわけじゃなくてですね!」

「……?」

 

 頑張ったあとに褒められるというのは、いつになっても嬉しいことです。

 

「いいわ。……これで吸血鬼の方は最後ね。美鈴、早く戻って手当てしなさいよ。あとで様子を見に行くから」

 

 その言葉とともに姿を消す咲夜さん。気付けば吸血鬼らも全員消えている。いつの間にか、運び終わっていたらしい。

 

 このままここに居ても咲夜さんに怒られますよねきっと。……大人しく帰りましょうか────



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82話「傲慢な想い」

 ──Hamartia Scarlet──

 

 生まれた時から感じていた飢えや渇きが、初めて満たされたと感じたのはそう遅いことじゃなかった。確か……もう覚えてないほど小さな時。初めてお姉ちゃんに出会った時。初めて人を好きになった時。初めて……お姉ちゃんが抱きしめてくれた時。温もりを得たことで、私は初めて全てが満たされた。そんな時に、私は物凄く『この人を食べたい』って思った。

 

 そして夢が叶って──満足できなかった。

 

 ううん。その時は満足できたんだと思う。だけど、大きくなるにつれて、もっといっぱい欲しくなった。ずっとお姉ちゃんと一緒に居ても。ずっとお姉様を抱きしめても。ずっと家族と平和に暮らせても。なんだか物足りない。だって、私は知っちゃったから。大きくなる度に、色んな好きになれるモノを知ったから。

 

 そんな私がウロに永遠を貰って。やっぱり我慢なんてできなかった。

 

 ウロから貰った不変の権能は、本当に凄いものだった。それを幻想郷に来てより一層、強く感じていた。幻想郷に来て最初に感じたのは溢れ出る力だった。魔力とも妖力とも違う新しい力。多分……これが神の──いやこの世界における龍の力。脳が痺れるくらい溢れる高揚感と溺れそうになるほどの優越感。

 

『なんだって思うがままにできそう』

 

 だから、その力に対する第一印象はそれだった。今なら誰にもできない(夢を叶える)ことができる。そしてみんなが幸せになれる。

 

 みんな……永劫に、永遠に、永久に。老いないようにして。変わらないようにして。死なないようにして。またお姉様の時みたいな悲しいことが起きないように。

 

 家族が好きな私だけど、きっともっと色んなものを好きになれる。だから、失わないように。亡くさないように。嫌われないように。もっと私が好きなモノが増えるように。もっと私を好きなモノが増えるように。そして何よりも、みんな私のモノにしたいから。

 

 私の欲しいモノが全部私のモノになってほしいから。だから──

 

 

 

 

 

 ──私は私のやりたいことをする。幻想郷を支配して。全部私のモノにして。みんな、永遠に愛し、愛される世界にする。……きっとそれがみんな幸せになれる、正しいことだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティアおそい」

「そお?」

 

 紅魔館を抜け、霧を掻き分け。目指した場所は紅魔館の近くにある山の奥深く。そこに居たのは見慣れた赤髪の魔女ウロ。私を見る朧気な目は、いつになく元気そうに見える。多分、ここへ来て元気になったのは私だけじゃないってことだと思う。

 

「どうせルーン使ってきたなら、直接飛んでくれば良かった。吸血鬼達は飛ばしたのに」

「ルーン魔術で消費するの魔力だから疲れちゃってー」

 

 怪訝な顔で見つめられてる。嘘って思われてるのかな。嘘だけど。ただ探しものしてたらちょっと遅くなっただけ。お姉ちゃん達に気付かれないように探したから、問題なんてないし。

 

「……いいや。吸血鬼は適当に暴れさせて。できる限り大袈裟に。他の妖怪がわたし達の邪魔しないように。でも人間は襲っちゃダメだ。相手が本気になるし、厄介なのが出てくる。あと、減らし過ぎたら龍神への信仰も減って力が弱まるから注意ね」

「はーい。あ、始める前に1人くらい食べちゃダメ?」

「真面目にやれ?」

 

 ただ食べるだけなら時間はかからないのに。あいや。興が乗れば時間かかっちゃうか。それはダメだね。

 

「それは終わってから好きにするといい。……自分でも思うけど何言ってんだろ。好きにやっちゃいけないことなのに」

「そうなの? でも好きならいいと思うよ? 相手も喜ぶし、何より私が楽しいし」

「そのお相手さんは意思ないよな」

「あ。……それもそっかぁ」

 

 それじゃあ終わったらでいっか。やっぱりなんだかんだ言って、相手が嬉しそうにしてる時が一番楽しいしね。

 

「そういえばイラ達は?」

「守るものがあるより自由な方がいいから、あの娘達は龍神見つけるまで隠れてもらってる。イラがいるから心配しないでいい」

「ふーん……」

 

 お別れしてなければ弄ってもないのに、もう別行動なんだ。ちょっと残念。イラのこと、嫌いじゃなかったのに。イラは嫌いだろうけど。

 

「それより早く吸血鬼達を移動させて。……ってかなんか吸血鬼多くない? もしや全員集めたな?」

「えへへー」

「褒めてないよ」

「……うん」

 

 今日はいつになく冗談が通じないや。それだけ思い詰めてるってことなのかな。もっと気楽にやればいいのに。

 

「マーカー付けた時にね。ルーン魔術を使ったんだけどね。……全員同じ印付けちゃって。だからルーン魔術起動したら同じ印……つまり全員呼んじゃったっていう」

「なに大切な時にドジってんの」

 

 ウロの顔は怒ってるというより呆れ顔。わざとらしくため息をついている。どっかで見たことあるなぁ、って思ってたらこれお姉ちゃんがお姉様に呆れてる時と同じ顔だ。

 

「じゃあ10人程度山を先行させて。あとの残り全部適当に暴れさせていいよ」

「わかったぁ。紅魔館にも送っていい?」

「好きにしていい。だけどどうして?」

「きっと私を探しに来ると思うから。足止めしたいなぁ、って」

 

 適当な数行かせればいいよね、紅魔館なら。きっとビックリしていっぱい時間使ってくれるだろうし。ああ、でもあとで怒られるかな。一応謝っておこう。

 

「……あなたは夢を邪魔されると思ってるの?」

「うん? ……きっと、賛同してくれると思ってるけど」

「そう。……まぁいいや」

 

 来る前に撒いた種を経由して、みんなに指示を与えていく。ウロに言われた通りに。そして、残り全員へは『適当な妖怪を殺さない程度に襲え』と。そうすると、一斉に動き出す吸血鬼達。もうみんな見えなくなっちゃった。

 

 どうせ好きになれる妖怪もいるだろうし、あとで餞別したいから殺されるのは困る。それにあの吸血鬼……イレアナちゃんにも約束したしね。酷い記憶は残らないようにするって。殺しちゃったら、酷い記憶だもんね。

 

「ほんと……凄いよ、あなた。まるで元から持ってたみたいに権能を使いこなしてる」

「でもこれでも全部の力を引き出せてないんでしょ? 充分強いけど」

「うん。龍神に会って初めて全てを使えるようになる。……もっと言うと、龍神に会わないと貴女の夢は叶わない。念の為言っておくと、好きな人全員が不老不死なんて簡単じゃないからね」

 

 それはよくわかる。だって昔の私じゃ、1人を不老不死にするのも不可能だっただろうし。この力があって初めて私は私自身を不変のものにすることができたわけだしね。ただ1つ心配なことがある。

 

「でもさ。本当に龍神に会ったら私の夢って叶うの?」

「なるようになる。早く行くよ」

「あ、待ってよー」

 

 スタスタと先を急ぐウロを追いかける。なるようになる、っていうのは文字通り受け取っていいんだよね。

 

「ウロ、龍神の場所知ってるんだっけ?」

「具体的な場所は知らないけど、雲の中に使者が居るのは知ってる。だからまずは山の頂上目指すよ」

「クモの中かぁ。……クモの中? クモってあの雲?」

「あの雲」

 

 雲の中に住む人が居るなんてとても信じられない。使者だから、人じゃないのかな。それでも雲の中で過ごすとか私にはできないや。だって、寒いだろうし、絶対暇だろうし。

 

「……ウロはさ。これが終わったら元いた場所? に帰るんだよね」

「うん。そんなところ。今更感傷に浸ってる?」

「ううん」

「そこは嘘でも肯定しよう」

 

 悲しくなったり、寂しくなったりしてないわけじゃない。全部欲しいから、ウロも居なくなってほしくない。きっかけを作ってくれたし、お姉様の恩があるから全部見逃してあげてるだけ。それだけのこと。それだけのはずだけど、なんだろう。……上手く言葉で説明できないや。

 

「また会えるかな?」

「正直に言うと会えない」

「むぅ。そこは嘘でも会えるって言おうよ」

 

 ウロの言葉を真似して返す。ウロは私と別れるの、辛くないのかな。きっと悲しいけどそれを見せたくないんだね。

 

「……結局のところ、今のわたしは魔女でしかない。長生きするって言っても、あなたほどじゃない。どうせわたしの方が先に逝くんだ。だから、別れが早いか遅いかの違い」

「なんだか冷たい」

「現実だもの。……吸血鬼なんだ。貴女はこれから多くの別れを繰り返す。好きな人はきっと先に逝く。嫌いな人も先に倒れる。どうでもいい人だって貴女の前から消え失せる。その代わり、出会いも同じくらい多いはず。わたし1人相手に、固執することない」

 

 いい話と思って聞いてたら、最後に自虐だなんて。っていうか全員不老不死にするんだから、別れなんてあるはずないのに。……うん? 突き放すことを言って、自虐して。でも私のことを気にかけるような話だった。ってことはつまり。

 

「もしかしてあれ? 実は別れるのとっても寂しいから慰めてほしいとかそういうフリ? かまってちゃん?」

「違うから。柄にもないこと言ったね、って後悔したよ今ので」

「違うんだぁ」

 

 ウロのことはやっぱりよくわかんないや。ただひたすら、山を登っていく彼女の背中を見てそう感じた。

 

「……それにしても珍しいの付けてるね。そういうの、あんまり付けてるイメージないや」

 

 ウロは横目でちらりと私を見て話す。なんだろうって思ったけど、その視線で何を言ってるのかすぐにわかった。

 

「あぁ、これ?」

 

 首にぶら下げたネックレスに手をかける。すっごい昔、大昔。お姉ちゃんから貰ったプレゼント。月の石が付いたネックレス。でも実際には月の石じゃないから不思議だよね。

 

「いいでしょ。三姉妹でお揃いのものなの。でもね。スクリタに悪いから、いつもは部屋で大切に保管してるの。お姉ちゃん達もたまに付けるくらいで普段はどこかに保管してるみたいだしね」

「大切なら家に置いておけばいいのに。どうして?」

「……うーん。どうしてだろう。ただ今回は肌身離さず持っておいた方がいいかなって。お守りみたいな感じ?」

「ふーん……」

 

 わざわざ探して持ってきたものだけど、どうして探して持ってきたのかは自分でもよくわかんない。っていうか、咲夜か美鈴かわからないけど、掃除したら別の場所に置くのやめてほしい。そのせいで探すのに時間かかっちゃったし。

 

「一応言うけどそれ、魔力的なものは何も感じないよ?」

「わかってるもん。お姉ちゃんがくれたものだよ? 変なことしないって」

 

 したら怒られるのわかってるしね。

 

「お姉ちゃんってことはフランだよね。……そっか。よかったね」

「……?」

 

 見えたのは一瞬。だけど赤い髪が風に揺られて隙間から見えた横顔が、夜だというのになんだか輝いて見える。それこそ感傷に浸ってるみたいな。そんな淡い輝き。

 

「ちなみにその石……ムーンストーンだよね。そのムーンストーンの石言葉知ってる?」

「月の石って言うくらいだし月の石?」

「いやその……まぁ違うよ。長寿とか健康。あとは……幸運もあったかな」

 

 そんな意味が篭ってるんだ。この小さな石に。それよりも、やっぱりお姉ちゃんらしいよね。長寿で健康だなんて。私達のこと好きなお姉ちゃんらしいや。

 

「おそらくはわたしと貴女、一緒にする最後の旅になるけど……その石の言葉みたいに、良いことがあればいいね」

「大丈夫! 絶対みんな幸せにするから、良いこといっぱい起きるようになるよっ」

「最後の旅終わったあとだよねそれ。でも……そうだね。そうなるといいね、ティア」

 

 目の前で揺れる赤髪がどこか切なく見える。きっとお別れしちゃうからなのかな。 悲しい気持ちはもちろんある。だけど、やっぱり夢を叶えたいから。私は頑張らないと────



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83話「些細な探索」

 ──Remilia Scarlet──

 

「レミィ、今よ!」

 

 水の魔法だろうか。透明な液体が目の前にいる吸血鬼を包み込んでいた。水の中で足掻く吸血鬼の少女は、目に光がなかった。拘束されながらも目の前の敵に向かって腕を振っているその姿にはまるで意思が感じられない。それは人に動かされる人形のように。……同族というよしみもあることだ。

 

 ──極力苦しまないように。

 

 そう思って、グングニルを持つ手とは逆の拳でその小さな顔を勢いよく引っぱたく。もちろん首が飛ばないくらいに手加減しつつ。

 

「っぁ……」

 

 小さく息が漏れたのか彼女の口元に泡が見える。そして、パチェが無力化したのを確認したからなのか、水の拘束もすぐに解かれた。同時に少女は支えるものが消えたことでその場に崩れ落ちる。

 

「パチェ。回復とかできる?」

「応急手当くらいならね。任せなさい」

「……お姉様がこうして人殴ってるの初めて見たかも」

 

 背後では勘違いさせるような発言をする妹。私だって好きでしてるわけじゃないのにね。

 

「……やっぱり強いですよね、レミリアさん達って」

「そう? 相手が同族で手加減してただけでしょ、貴方は。私はパチェの協力もあったからすぐに終わっただけよ」

 

 状況だけ見ればミフネアが襲われているのは歴然だった。それでパチェも迷いなく相手を拘束できた。

 

「いえ、僕は単純に防戦に徹するのが手一杯で……」

「ふーん……。いいわ。あとでパチェに手当てしてもらいなさい。貴方も怪我してるみたいだし」

「い、いえ。傷は軽いですから大丈夫ですよ!」

「遠慮せずに治されてなさい」

 

 怪我された状態で動かれるのも目障りだ。それが原因で死ぬなんてなったら後味が悪い。そんな私の気持ちを察したのか、ミフネアは渋々首を縦に振る。

 

「それで? どうして同族に襲われていたのかしら。相手は誰かに操られてるようだったけど」

「僕も急に襲われたもので……。ただこの方は僕と同じくレミリアさんとは別ルートでここへ来た吸血鬼です。僕やこの方がここに来たのは少しズレてて昨日だったんです。それで、昨日の段階では特に異変もなかったのですけど……。今日初めて出会った時にはこんなことに……」

 

 いつ操られたのかはわからない。だけど、少なくとも今日のうちというわけね。……私達が来たタイミングと被ってしまうのが残念だわ。

 

「その娘ってティアと会ってたかどうかわかる?」

「ティアさんと……ですか? いえ、それはわかりませんが……スィスィアはこちらへ来る前にティアさんと遊ぶと会いに行きましたよ」

「妹さんが? ……そういえばその妹さんは?」

「それが……」

 

 気恥しそうに視線を落とすミフネア。何か言いづらいことなのかしら。

 

「あの娘に襲われる数分ほど前に、ティアさんの匂いがするとかでどこかに消えちゃいまして……」

「犬かな?」

「大抵の動物は人より優れてるわよ、嗅覚」

「別にそういう能力を持ってるわけじゃないので、人より優れてるだけだと思います。それで、見失っちゃいまして」

 

 よくティアと遊んでる印象がある娘だ。そこで匂いを覚えたとしてもおかしくは……いえおかしいわね。吸血鬼ってそんなに嗅覚優れてる種族じゃないわよね。

 

「それで? 本当にティアを探せると思うの?」

「わかりません。ですが、普段から人一倍匂いに敏感なところはあるので、もしかしたら……」

「ふーん。もっと早く来てれば一緒に行けたのね」

 

 もうこの際どうして匂いだけで辿れるのかはどうでもいい。スィスィアが本当にティアを見つけることができるなら、彼女を見つけることでもティアを探すことができる。手がかりが増えたと喜ぶべきね。

 

「スィスィアはどの方向へ行ったとかわかる?」

「それならわかります。山へ入ったのを追いかけてる最中に襲われましたから。なので山の中には居るかと」

「ちなみにパチェ。ティアの……他の吸血鬼でもいいわ。気配は感じる?」

「山だけに絞ってもここは広すぎて探知できないわ。それこそすれ違うくらいにならないとね」

 

 つまり地道に探す他ないわけね。まだ日も登ってないけど、今日中に探すのはやはり困難かしら。いや、それでも私の妹だ。探さなければ。

 

「ミフネア。せっかくだから貴方もティアを探すのを手伝いなさい」

「へ? ティアさん一緒じゃないんですか? あいえ。確かにティアさん見ないなー、とは思ってましたけど……」

「行方不明よ。家にも帰ってないし、多分吸血鬼達を扇動してどこかで暴れてるわ」

「せ、扇動して……? 僕が言うのもなんですが、ティアさんってそんなことする人でしたっけ?」

 

 ミフネアの言うことも尤もだ。だけど彼女は「思い立ったが吉日」とでも言わんばかりの行動力を持っている。魔女に唆されて思い付いた、というだけでも大きな行動を起こす可能性は大いにある。

 

 しかし、その行動で何が得られるのかしら。それだけが未だにわからない。そして、それがわかったとしたら私は一体どうするのか。それさえもまだわからない。

 

「そうねえ……。貴方のティアに対するイメージって?」

「そ、それは……何にも縛られずに自由で、強くて凄くかわ……カッコよくて」

「ああ、うん。そこまででいいわよ」

 

 これ以上喋らすとそのうち『好きなんです』とか出てきそうだわ。彼が好きなのは知ってるけど、改めて聞くつもりもない。ティアが付き合うとか結婚とか絶対まだ早いもの。

 

「あの娘は自由過ぎるのよ。自由にさせすぎたとも言えるけど。そのせいで、行動を起こす時は早いわ。ほら。以前貴方の家を奪還した時みたいにね」

「あ、あー……。あの時はお世話になりました」

「お礼は昔聞いたから。……ほんと、我が妹ながら、恐ろしいほどに行動力が凄いのよね」

 

 せめて彼女の目的さえわかれば。もしくは目指す場所さえわかれば、先回りすることができるかもしれない。ただこのまま地道に探して、あの娘の目的が達成されればどうなるのかしら。……そうなったらもう、手遅れだったりするのか。

 

「──そう。やはりあの吸血鬼は貴女の妹なのね」

 

 それは妖艶で美しい声。ただそれ以上にどことなく……危険を感じるほど不気味な感じ。

 

 聞き慣れない声に思わず距離を置く。私以外のみんなも、突然のことに驚きを隠せないらしい。それもわかる。だって、今の今まで気配を感じなかった。これだけの妖力をすぐ後ろに近付かれるまで気付かないわけないのに。

 

「何者? 普通の人じゃないよね」

 

 フランもパチェも警戒してか、いつでも攻撃できるようにと準備しているのがわかる。

 

「失礼。驚かせてしまいましたわ」

 

 ただ相手はそんなこともお構い無しに落ち着いた表情で話している。ただその顔は何故か私でも気味が悪くなる。

 

「まず自己紹介を。私の名前は八雲紫。この幻想郷に住む妖怪の1人ですわ」

 

 金色の長い髪を持つ少女は、金色に輝く怪しげな眼で私を見つめる。

 

「貴女の妹のことでお話がありましてね。ここで話すのもなんですから、貴女の館で話しましょう?」

「……ティアを知っているの?」

「ええ。もちろんですわ。あなた方もご存知かもしれませんが、幻想郷では現在吸血鬼達が妖怪を襲うという異変が起きています」

「……えっ? 吸血鬼が?」

 

 まるで「初めて知った」みたいな反応をしてしまったが、ミフネアが襲われてた状況を考えるとその話は嘘ではないだろう。……そうなると、誰がそうさせているのかという話に繋がるけど。

 

「その顔……どうやら思い当たる節はあるようですね。ええ、お察しの通りですわ。貴女の妹──ティアと呼ばれる吸血鬼。此度の異変はその娘が元凶です」

「じゃあ貴女は……」

 

 フランから殺意を感じた。尋常じゃないほどの敵意。ただ1つの言葉で、私の妹はこの妖怪に無理な戦いを挑む。……その時はきっと、私も同じように戦いを挑んでいるけど。

 

「ご安心を。あの娘に危害を加えるつもりはありませんわ」

「それじゃあ一体……」

「この続きは貴女の館で。その時に、そのお話も含めて説明しましょう」

 

 クスリと笑みを浮かべる紫と名乗る少女。その表情に返すように頷くも、私は最後まで不信感を拭えなかった────



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84話「神出鬼没な妖怪」

 ──Izayoi Sakuya──

 

 私が紅魔館の裏側に向かった時には、スクリタ様と小悪魔の勝利で戦闘は終わってた。吸血鬼達は気絶した状態で、既に紅魔館に運び終えている。全員生きた状態だが、未だに目は覚めない。

 

「咲夜さん、そんな丁寧にしなくても……」

「怪我人は黙って手当てされなさい」

 

 吸血鬼はお嬢様が戻ってきた時に相談しよう。そう思って私は美鈴の部屋にいる。約束通り、彼女の様子を見に来たのだった。

 

「それと、元はと言えば怪我をした挙句に雑な処置で済まそうとする貴女が悪いのよ。わざわざ来てやってあげてるんだから感謝しなさい」

「あはは……。ありがとうございます、咲夜さん」

「ええ。このまま大人しくされてなさいよ」

 

 大きな怪我を負ったのに、これだけ喋れるほど回復してるなんて。流石妖怪。私みたいな人間なら死んでもおかしくない。改めて実感する。美鈴は私とは違う生き物なんだ、って。

 

「……成長しましたね、咲夜さん」

「急にどうしたのよ」

 

 物思いにふけてると、突拍子もなく呟く声が聞こえた。成長だなんて。私は昔から何も変わらないと思うけど。

 

「さっき助けられた時も思ったんですけどね。昔はお嬢様くらい小さくて、ちょっと素っ気ない娘だと思ってました」

「はあ。……ちょっと後半失礼じゃない?」

「いえ! 悪い意味じゃないですよ!」

「素っ気ないをいい意味に捉えろと?」

 

 それってかなり無理があるんじゃない? という顔をすると、美鈴は誤魔化すように笑う。

 

「それで……そんな咲夜さんが、今はこうして私の手当てをしてくれてる、って思うとなんだか嬉しくて。『ああ、成長したなぁ』って。私……咲夜さんを後任に推して正解でした」

「……え? 貴女が私を推したの?」

「あれ。言ってませんでしたっけ?」

「ええ。初めて聞いた」

 

 お嬢様が美鈴に1つの仕事に専念できるように配慮した、とばかり思ってた。まさか美鈴から申し出ていたとは。やはり、私が彼女に抱いてたものは、最初から何も違わなかったらしい。

 

「……貴女は本当に変わらないわね、美鈴。出会った時から何も変わってない」

「そ、そんなー! 少しくらい成長してますよー!」

「ふふ。……お願いだから、そのままでいてね、美鈴」

「このまま成長するなってことですかー!?」

「ふふふっ……」

 

 勘違いする美鈴がなんだか面白くて。思わず笑みが溢れる。

 

「ど、どうして笑ってるんですか?」

「いえ。なんでもないわよ」

「そ、そうですか」

 

 初めて出会った時、彼女は私の妖怪への認識を変えてくれた。思えば私がこの館にこうして馴染んでるのも、彼女のお陰である部分が大きい。だから、本来お礼を言うべきなのは私の方。

 

「……ありがとうね、美鈴」

 

 お礼を言うには気恥ずかしくて。聞こえるかどうかの小さな声で呟く。

 

「え? 今──」

「なんでもないわよ。……ほら、これで終わり。このまましばらく休憩してなさいよ?」

「は、はい」

「メイド長! 失礼しますっ。お嬢様達が帰ってきました!」

 

 汗をかくほど急いで来たらしい妖精メイドが勢いよく扉を開ける。時間にして一時間も経ってない。もう見つけたとは思えないから何かあったと考えるべきね。

 

「はい、すぐ行きます。美鈴は安静にしておくこと。いい?」

「わ、わかってますよー」

 

 美鈴の部屋を後にし、私はお嬢様の元へと向かう────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Remilia Scarlet──

 

 帰ってくると真っ先に出迎えてくれたのは妖精メイドだった。普段美鈴が居る場所に彼女達は居て、代わりにいつも居るはずの美鈴が居ない。

 

「お嬢様。お帰りなさいませ」

「ええ、ただいま」

 

 そして館まで入ると、いつも通り咲夜が出迎えてくれた。その佇まいは普段と変わりない。

 

「咲夜。美鈴の姿がないようだけど」

「美鈴は吸血鬼達の襲撃により怪我を負いました。現在休養中でございます」

「美鈴が……。大丈夫なの?」

「はい。命に別状はありません」

 

 特に問題ないようで一安心。怪我は負ったが門は守り切ったということね。流石私の門番だわ。

 

「……それでお嬢様。そちらの方は?」

「こちらは八雲紫。こちらの世界のお客様よ」

「ご紹介に与りました八雲紫ですわ。……よろしくお願いしますね、人間さん」

 

 紫がそう言うと、咲夜は怪訝な目を彼女に向けていた。きっと私と同じように胡散臭いと思ってるんだろう。

 

「さて、ゆっくりお話しましょう。今後の私達の関係のためにも、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道中で見つけた吸血鬼を運び終えた後、私達は食卓に集まった。全員が入ってゆっくり話せる部屋となった時、一番手頃なのがここだった。

 

「それでさっきの続きお願いできるかしら」

「そうですわね……。まずどこからお話すればいいのやら」

 

 紫と先ほど話したメンバーに加え、咲夜とスクリタがこの部屋に同席している。美鈴は怪我を負ったから部屋で休憩中。小悪魔や妖精メイド達は吸血鬼の監視兼結界の維持でここには居ない。

 

「それならどうしてティアが元凶だと思うのか教えてほしいんだけど」

 

 フランが食い気味に話に割って入る。ティアが悪く言われることを快く思ってないことがよくわかるわね。

 

「ええ。私は……言うなればこの世界を守る役目を担ってます。それ故に幻想郷を常に監視してまして。貴女の妹が吸血鬼に命令を出す瞬間を見てます。……まあこんなことを聞かなくても、心当たりはあるのでしょう?」

 

 全てを見透かしてるかのような怪しい瞳が私を一直線に捉える。その瞳を見てると、私の疑問や考えが読み取られてる気がした。

 

「吸血鬼の消えたタイミング。館と一緒に転移した者達とは別で、先に来ていた吸血鬼は貴方達が来るまでは何の変哲もなかった。そして貴方達が来たと同時に消えた吸血鬼と貴女の妹。対してあの娘と関わりがあった貴方達が消えていない。……状況としては、怪しいと感じるはずでしょうが……どうでしょう?」

「……そうねえ」

 

 本当はわかってる。ティアじゃないなら、あの魔女かこっちの妖怪。だけどそれだと私達も消えてる。可能性として残るのはティアだけと。目の前の妖怪が胡散臭いのは拭えないけど、嘘を言ってるようにも見えない。

 

「お嬢様。私からも一言いいでしょうか」

「……いいわよ。何かしら、咲夜」

「これは美鈴から聞いた話ですが……襲撃してきた吸血鬼の中に1人だけ明確に言葉を発した者が居るそうです。それも、ティア様の喋り方だったらしくて……」

 

 もはやティアが確定したと言ってるようなものじゃないかしら、それって。……でも、正直ティアならやりかねないとは思ってる。だけど認めたくないという気持ちが強い。

 

「もしティアが犯人として、貴女はどうするつもりなのかしら。この世界を守る役目があるなら……やっぱり罰を与えるの?」

 

 おそらくこの妖怪がこの世界の守護者……というか、管理者っていう印象が強いわね。それなら、管理外且つ外からの侵略者であるティアを許すわけがない。

 

「いいえ。先ほども話した通り……あの娘に危害を加えるつもりはありませんわ」

「えっ?」

「うン? 今のティア、ここにとって悪いことしてるんじゃないノ?」

「それは見方によって変わります」

 

 他人を操って侵略するってのはどう見ても害じゃないのかしら。そんな疑問を持つと、紫は薄らと微笑んだ。

 

「今回の場合は特にそうです。彼女が操る吸血鬼による人間への被害はゼロ。そして妖怪の死亡者も出ていませんわ」

「それは……どうして?」

「さあ。それは私にもわかりませんね」

 

 ティアは……敵と認識したら容赦のない妹だと思ってる。ただ結構強欲な部分もあるのよね。……いや。やっぱりどうしてかわからないわね。

 

「それと私自身、固定化された幻想郷よりも変化があり、夢のある幻想郷を期待してますの。あの娘が今してることは、良くも悪くもこの世界に棲む妖怪に変化をもたらす。……そう。『今してることは』ですけどね」

「含みのある言い方ね」

 

 どうやら何か思うところがあるらしい。きっとそれは、ティアに関係したこと。

 

「私が貴方達の前に現れた理由は交渉のため。あの娘がしようとしていることは……幻想郷の生物を全て不老不死にすることですわ」

「不老不死……え。不老不死?」

「あの娘、ただの吸血鬼だよ? そんなことできるの?」

 

 フランが不思議そうに問いただす。これまた突拍子もないほど盛大な計画だ。でも、私にはわかる。思い当たる節がある。ティアがそれを目指したきっかけが。

 

「彼女はこの世界の創造神様に会って叶えるつもりでしょう。……ただ、できるできないなんて些細なこと。問題はそれを実行しようとしていること。それは私の理念とは相反するものです。それを仲間である貴方達が止めてくれるなら、今してることは不問にしましょう」

「その言い方……これからしようとしてることは不問にしないのかしら?」

「それは終わればあの娘と決めること。ただご安心ください。死ぬことも、あの娘と会えなくなることもありませんわ」

 

 まだ決まってないのね。終わった後……ティアの気持ち次第というわけかしら。

 

「他にご質問は?」

「じゃあもう1つだけ。もしその交渉を断ればどうなるの?」

「それはご自分でお考えください」

 

 瞬間、その場に垂れ流されるとてつもない量の妖力。突然のことに周囲がザワつく。警戒すら意味をなさないと思えるほどの妖力だ。拒否権はないと言ってるようなものね。

 

「ああ、もちろんこの異変が終わり次第、ここを居住地とすることも構いませんわ。ただ、その見返りとして、この異変が終わったら少しばかり手を貸してもらいますけどね?」

「ふーん……。少し相談していいかしら」

「ええ、もちろんいいですわ。もし条件を飲むなら山の頂上を目指しなさい。その先にあの娘が目指すものがあり、あの娘もそこへ向かってます。少し話したとしても、間に合うでしょうから」

 

 そう言って立ち上がり──空を撫でる。すると何もない虚無から空間の隙間のような何かが現れた。空間の中を覗けば、無数の目が私を見つめてる。ずっと見てると気味が悪い。

 

「……うん? 貴女、返答は聞かないつもり?」

「ええ。そろそろ時間ですので。これから半日ほど用事がありまして。答えはその後……実際に目にしますわ」

 

 そう言って隙間の中へと入り、消える。その場には隙間も紫の姿もない。あんな力を持ってるのを見ると、幻想郷中を監視してるのもあながち嘘ではないと思えてしまう。

 

「お姉様……あんな胡散臭い奴信用するの?」

 

 フランは未だに怪訝な目で私を見つめてる。どれだけティアのことを想ってるかよくわかる。

 

「フランはイヤ? あの妖怪の話に乗るのは」

「だって全部とはいかなくても嘘かもしれないじゃん」

「あの力を見る限り嘘なんて必要ないじゃない。私達はこの世界にとって部外者。わざわざ交渉なんてしなくても、大義名分なんて幾らでもあるのよ」

 

 そしていつでも私達を簡単に倒せる。ティアに好き勝手させてるのも、私達の侵入を許したのも。いつ対処しようが関係ないから。いつだって……私達を排除できるから、なんだろう。

 

「それで? レミィはどうするつもり? あの娘の目的を聞かされてもさほど動じなかったけど。何をするか決めてあるんでしょう?」

「まあ……。ティアの目的が私の思う侵略とは大きくズレてたわ」

 

 力で捩じ伏せるだけの侵略だと思ってた。力で侵略し、支配しようとしているのだと。だけどそれはあの紫という妖怪を見て、不可能に近いことだと思い知った。場合によっては同じことをやろうとしていた私に言えることじゃないけど。

 

「一度死んだ身ながら思うことは、不老不死なんてなりたいと思わないってことね。死なないことが当たり前の世界で生きていても楽しくないわ。……目新しいのは最初だけ。生きてるだけで何も変わらないもの。いずれ後悔するのが目に見えてるわ」

 

 例えティアがそれを願うきっかけが私にあるとしても。妹には後悔する人生を歩ませたくないから。

 

「私はそうなってほしくないから止めるわよ」

「じゃあレミィは止める派ね。私は不老不死に興味がないわけじゃないけど……親友がする方に賭けるわよ」

「ありがと、パチェ」

 

 パチェとはもう長い付き合いになる。かける言葉は少なくても、

 

「咲夜はどう?」

「私もお嬢様に従います。美鈴もきっと同じことを言うでしょう。ああ、あとこれは私事ですが、私は人間で不老不死になりたいとは思いませんので。どうかティア様をお止めください」

「え、ええ」

 

 咲夜……本当に嫌そうな顔で話してる。人間にとって不老不死というものは夢のようなものと記憶してるけど、どうやら咲夜には違うらしい。価値観の違い、というやつかしら。

 

「……ワタシはティアに借りがあル。今自由なのモ、生きてるのモ。みんなティアのお陰でティアの責任。ティアが大切にしてくれるのは有り難いと思うけド……束縛されるのは嫌いだかラ。ワタシは自由が好きだからティアを止めたイ」

「不老不死が束縛ね。人に生き方を決められるって意味だと本当に束縛なのかも?」

「ワタシはそう思ってル。フランはどう思ウ?」

 

 みんなの視線がフランに集まる。フランは少し考えたあと、いつもと違わない表情で口を開いた。

 

「私はね。……ティアを止めるかどうかなんて、正直どうでもいいや」

「えッ?」

「ティアの夢がダメとは思えないから。だってティア、お姉様が目の前で死にかけて……ってか死んで。それで目指したんじゃない? 不老不死を」

「……きっとそうね」

 

 フランもわかってた。当たり前ね。ティアと一緒に居る時間だけで言うと、この中だと一番フランが長い。それに、関係としても……一番深いかもしれないわね。

 

「大切な人を失いたくないから。原動力なんて単純でいいんだよ、あの娘。大切なのは自分がやりたいかどうかだし」

「じゃあフランは止めなイ?」

 

 スクリタの疑問に、フランは小さく横に首を振る。

 

「私さー。いつ死ぬかわかんないから毎日が特別だと思ってるの。いつ失うかわかんないから、一緒に居る時間を大切にしたいって思うんじゃないかな、って。もちろんティアが私の考えと同じじゃないってわかってるよ。それでもさ。ティアにとってこの何気ない日常は楽しいって思わなかったのかな。……そう思うとちょっぴり寂しいよね」

 

 フランはいつもと変わらない。そりゃあそうね。だってフランが一番……『いつも通り』を大切にして、一番好きみたいだから。

 

「だからティアに会いに行くよ。止めるかどうかはともかく。私はティアに言いたいことがあるし。それで例え私がティアと喧嘩しても、きっといつも通り仲直りして終わるけどね」

 

 フランの自信満々な笑み。フランには確信があるらしい。私よりもティアのことを知ってる、みたいな顔で妬ましいわね。

 

「あの」

「……そういえばミフネア居たね。忘れてた」

「え、えぇ……」

 

 フランのトゲのある言葉にたじろぐミフネア。理由はわかる。ティアを奪われたくない、という独占力ね。……ちなみに最初から居たの、私は忘れてないわよ。

 

「えっと。話に割り込むようですいません。僕も行かせてください。妹が彼女の元に向かったならきっと一緒に居ますし、友人としてこれ以上危険な目に遭う前に……ティアさんを止めたいです」

「だって。お姉様どうする?」

「好きになさい。止める権利なんてないわよ、私には」

 

 彼は恋心からティアのことを心配し、止めたいだけ。だから、ティアに害を及ぼすわけじゃない。それを邪魔するつもりはない。恋心については……ティアが了承するまでは認めるつもりもないけどね。フランはどうか知らないけど。

 

「ありがとうございます、レミリアさん!」

「お礼はいいわよ、別に」

 

 考えはそれぞれ違うけど、やっぱり家族への思いは同じ。それを知れたのが今一番嬉しいかもしれない。

 

「よし。決定ね。みんな。山の頂上を目指しましょうか」

「お嬢様。美鈴が負傷したため、私まで離れるとこの館が無防備になってしまいます。なので私はここに留まろうと思いますが、よろしいですか?」

「ええ。じゃあ家をお願いね、咲夜」

 

 美鈴は負傷して、代わりに咲夜が館を守るから2人はお留守番。小悪魔もきっと結界を維持するために残るから……。って、さっきとほとんどメンバー変わらないわね。

 

「……行ってくるわね。咲夜」

「はい。行ってらっしゃいませ、お嬢様。今度こそ、ティア様と一緒にお帰りください」

 

 その言葉を受けて、私は最後の探索に向かう。またいつも通りみんな一緒に笑うため────



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85話「運命的な邂逅」☆

 ──Hamartia Scarlet──

 

「ウロ。まだ着かないの?」

「時間はいっぱいある。無理して急がない」

 

 この山はとても広い。見つかることを恐れて森の陰を移動してるせいもあって、月が見えないから時間の流れもわからない。

 

「……ティア。何か近付いてる」

「うん? ……ほんとだ」

 

 その声に一度立ち止まる。耳を澄ますと聞こえてくる茂みの揺れる音。音を聞く限り、ウロの言った通りこっちに向かって来てるみたい。

 

「ここの人かな?」

「かもね。やり過ごせそうならやり過ごそう。ティア、こっちに来て」

 

 ウロは私の手を引っ張って、近くの茂みに身を潜めた。私が勝手な行動をしないようになのか、隠れたあとも私の手を離さない。子どもじゃないのにね。でも手を握られてるのは大切にされてる、って気がして嬉しいからいいや。

 

「……近い。ティア、静かにね」

 

 音に集中するウロの邪魔をしないように口を塞いで頷く。でも思うんだよね。いちいち注意する必要ないよねって。子どもじゃあるまいし。

 

「──あれ?」

「うん? どうしたの?」

 

 茂みをかき分け、ウロが見てる方に目を向ける。そこに居たのは──

 

「てぃあ!」

「わっ!? えっ、スィスィア!?」

 

 視界いっぱいに広がる黒い髪と、私を包み込む柔らかい感触と、締め上げられるような硬い尻尾の感触。私が反応するよりも早くスィスィアが私を抱きしめてた。

 

「てぃあいたー」

「うん。居るよぉ」

 

 甘えて頬擦りするスィスィアが可愛くて。思わずその黒い髪を撫でて感触を堪能する。

 

「どうやって付けてきたの? というかティア。全員操作してるものと思ってたけど」

「てぃあの匂い辿った!」

「そ、そう。凄い特技だ……」

 

 呆れた様子で返すウロと元気いっぱいなスィスィア。対照的な2人を見てるといつもの風景を見てるようで思わず笑っちゃいそう。

 

「スィスィアは操る前から友達だから。操るなんてしないよ。それにスィスィア()私の夢に賛同してくれるもんねー」

「うん? うん!」

「……なんの夢かわかってないみたいだけど?」

 

 ウロの言葉に反応して、目の前の少女が頬を膨らませる。どうやらその言葉が気に入らなかったみたい。

 

「アタシはてぃあの味方! てぃあの夢なら手伝う!」

「えへへ。嬉しいなぁ」

 

 こうして私を好きでいてくれるスィスィアはとても可愛いと思う。可愛くて、思わずその場で食べちゃいそうになるほど。彼女の血は好きだし、竜の血が流れてるのもあって相性いいからね。

 

「そっか。……いいや。先を急ごう。スィスィアは付いてくるの?」

「てぃあと一緒がいい!」

「じゃあ一緒に行こうー」

 

 ウロと2人旅だと思ってたけど、スィスィアも一緒ならもっと楽しくなる。ウロって移動中は口数少ないから面白くないんだよね。

 

「ところでティア。先行させた吸血鬼はどうなってる?」

「え? うーんと……」

 

 あまりにも数が多いから、集中しないと全体を把握できないんだよね。そんなことを思いつつ探ってると見えてくる吸血鬼達の位置。……あれ思ったより近いや。

 

「この先、数分くらい飛んだ先にいるよ。うん? なんでだろ。止まってるや」

「その吸血鬼の状態まではわからない?」

「うーん……わかんないや」

 

 操作するためのきっかけを創って入れただけだし、そんな難しいことまでは分からないんだよね。もうちょっと凝ればよかったなぁ。

 

「……全員止まってるなら事故が起きて動けなくなったか、みんな倒されたかのどっちかだ。きっと後者だから注意して」

「適当に襲わせてるからそれなりに強い妖怪相手じゃ倒せないんだよねぇ。どんな相手か楽しみ」

「たのしみー」

「わたしは楽しくない」

 

 ウロに言われた通りに周りを警戒しながら進んでいくと、開けた場所に出た。周りは木々に覆われてるけど、もっと高いところから見たら一目瞭然の場所。そんな場所の中心に倒れてる吸血鬼達。見る限り気絶してるだけだし、危険な状態ではなさそう。

 

「ん。仲間しかいない?」

「いや……何かいる気配を感じる」

「んー……ここかな。太陽(シゲル)

 

 宙にルーンを描いて、気配を感じた場所へ光線を飛ばす。すると1つの影がすっと光を避けて広場に出てきた。

 

「あやややや。危ないですね。当たったらどうするつもりですか?」

 

 黒く短い髪の上に小さな赤い帽子。手に持ってるのは扇子かな。形が少し違うけど。出で立ちは人間みたいだけど、耳が微妙に尖ってたり、妖力も感じる。美鈴みたいな人と姿が変わらない妖怪だね。初めて見る妖怪だ。いやそれよりも。私達(吸血鬼)よりも素早い妖怪なんて驚き。かなり手強そうだなぁ。

 

「当てるつもりでやったのに。凄いね、避けるなんて」

「ええ、遅かったもので」

 

 それを言われると腹立つなぁ。別に本気じゃなかったけど、だからと言って遅いわけじゃないもん。ただ相手がそれ以上に速いだけで。これだけ速いと真っ直ぐ襲う相手は相性悪いだろうし、吸血鬼を倒したのはこの人で間違いなさそうだね。

 

「貴女は?」

「ただの天狗ですよ。そう言う貴女は吸血鬼ですね。容姿も一致しますし、間違いなさそうです」

 

 どこからか紙を取り出し、眺める天狗という妖怪。私と見比べてるみたいだけど、どうしてだろう。

 

「まぁ、いいや。邪魔だから退いて?」

 

 適当に怪我させたら退くでしょ。なんて軽い気持ちでルーン文字を綴り、無数の光線を浴びせる。

 

「お隣の2人も吸血鬼……というわけではなさそうですね。片方は人よりですね」

 

 ただお喋りしながら軽やかに避ける天狗。まるで意に介さない姿に苛立ちが募る。

 

「むっ。ぜんっ……ぜん当たんない!」

 

 おかしいな。不可避(ハガル)加速(ウル)のルーンも使って狙ってるのに全く当たんない。もういっその事、全部焼き払うくらいの広範囲火力で押し切った方がいいんじゃないかな。……落ち着いて私。巻き込んじゃうからダメだよ。

 

「ティア。無視して先に行く方が──」

「おっと。させませんよ」

 

 扇子らしきものを掲げる天狗の姿が見えた。そして、それをこっちに向けて振り下ろす。

 

「ちっ……」

「ッ……なに!?」

 

 次の瞬間、裂ける皮膚。血もほとんど出てないし、痛みもない。不思議な斬撃を喰らったみたいだ。何か飛ばしたんだろうけど、何も見えなかった。

 

「ティア、これ鎌鼬。風を使って足止めしようとしてる。面倒な相手だ」

「よくわかりましたね。先に通していいとは言われてないですから。それなりに邪魔はしますよ」

 

 再び扇子を構える天狗。次に振った時には、天狗の方から風が吹き荒れる。

 

「あっ」

「うわっ!? っと、スィスィア、大丈夫!?」

「うん……!」

 

 バランスを崩して危うく飛ばされそうになるスィスィアの腕を掴み、飛ばされないように地面に降り立つ。まるで嵐の中に居るみたい。真っ直ぐ飛ぶのも困難な移動しにくい風。厄介この上ない。

 

「ウロは──」

『大丈夫! 飛びにくいけど、翼なんて邪魔なものないわたしに風は関係ない!』

 

 いつの間にか、白い竜の姿になったウロが宙に浮かんでた。数メートルほどの小さな竜が、流れに逆らって泳ぐ魚のように飛んでる。

 

「なんで竜!?」

「あやややや。これは驚きです! まさか……こんな時に龍を見る機会が来るとは」

 

 突然の変化に相手も驚いてるじゃん。うん? 別のことで驚いてるのかな、あっちは。よくわかんないけど。

 

『ティア! 早いとこ勝負決めないと、天狗の仲間が集まってくる!』

「うん! じゃあ私も……」

「──何か秘策があるのかい?」

『ほら来た!』

 

 いつからそこに居たかわからない。

 

「初めて会うね」

 

 嵐の中、私達の後ろでその人は立ってた。

 

「だけど私はあんたの事をよく知ってるよ、ティア」

 

 薄い茶色のロングヘアーに、動きやすそうな軽快な服装。私と同じ紅色の瞳で、頭から大きく生えた2本の奇妙な角。鎖の付いた変なアクセサリーを身に付けた奇妙なファッション。

 

「心の中では止められるとわかってても騒動を引き起こしたのは、できないことを諦めたいからだね」

 

 私と同程度の身長しかない子どもみたいな娘だけど、不思議と威圧感がある。きっとそれは、その小さな身体に秘めた大きな力のせい。

 

「姉を好きと言いながら、何も言わないのは止められたくないから。本当は全部気付いてるのに。できないことを諦めたいくせに、止められるのを嫌ってるなんておかしな話だね。でも、矛盾を感じててもやめるつもりはないんだろう?」

「てぃあ、アタシに任せて!」

 

 指を噛んで無理矢理血を流すスィスィア。風の中で飛び散った血は風に導かれるように後ろの少女に向かい──血は剥き出しの刃へと変わる。

 

「え……」

「あんたは認めたくないだけだ。姉に自分を否定されること。無理な願いもあるってこと。わざわざ思い出の品を身に付けてるのも、否定されてないって自分に言い聞かせたいだけだね」

 

 刃は少女に当たるも、血が出ることはなかった。ただの拳の一振りで刃は地面に落ち、少女は平然と話を続けてた。

 

「文。ご苦労だったねぇ。あとは私に任せて帰っていいよ。上には私から言っておくさ。どうせこいつらは山に害を及ぼせるわけじゃないし、そのつもりもないんだしねぇ」

「ええ、はい。元々そういうお話でしたからね。私は大人しく帰りますよ。鬼の邪魔をしちゃあとが怖いですし」

 

 風がピタリと止み、文と呼ばれた天狗は闇の中に消えてった。それにしても文天狗っておかしな名前。まぁ、いいや。今は新しく現れたこっちを優先。こっちも面倒な相手っぽいし。

 

「ところでさっきから何か言ってたけど、私は貴女のこと知らないんだけど」

「そうやって目を逸らす。悪いところだね。私は萃香。伊吹萃香。山の四天王の1人。ずっと見てきたよ。貴女がやってることをね」

「つまりストーカーだね」

 

 監視されてたなんて気付かなかった。そんな気配も感じなかった。だけど、私のことは本当に知ってるみたい。何かの能力で気付かなかったのかな。

 

「興味を持ったからね。あんたの力に。ティア、私と勝負しようじゃないか。勝てば通してやるよ。負けたら一生ここで立ち往生だ。ああ、他の2人は好きにしな。興味がなければ山にとって害もない。先に行こうが帰ろうが、どっちでもいいよ」

 

 手を振って「さっさと決めな」みたいな動きをする萃香。いかにも強者の余裕って感じがする。

 

『……ティア、わたしは先に行くよ。時間はあっても、これ以上邪魔が入ると予定が狂う』

「うん。いいよ。すぐ追い付くから」

『ん。頑張って、ティア。相手は鬼。幻想郷の中でも強力な種族の1つ。……本気でやんないと本当に死ぬよ』

 

 その言葉を最後に、ウロは山の頂上を目指す。私には萃香が強いとか関係ない。なんだか腹が立つし絶対倒す。

 

「アタシはてぃあと一緒に戦う!」

「ふふん。ありがとうね、スィスィア。でも無茶はダメだよ」

 

 本気じゃないと死ぬらしいけど、スィスィアには死んでほしくないから。無茶はしてほしくない。私が守ってあげないとね。

 

「じゃあ本気だね、最初から」

 

 久しぶり。でも感覚は忘れてない。

 

「ああ。その姿だよ。私が見たかったものは」

 

 全身に力が漲る。視界の端で白い鱗に覆われた自分の手が見える。……あれ、白い。確か大蛇と戦った時はほとんど赤い鱗だったはずなのに。幻想郷(こっち)に来て、ウロの力が大きくなったせいかな。改めて首を曲げて全身を見てみると、白い鱗が大半を占めてた。

 

「……なんだい? 自分の身体がそうなるのは初めてじゃないだろ?」

「なんかいつもと違ってたから気になっただけ。気にしないで」

 

 色なんてどうでもいいや。力はこっちに来たお陰で以前より遥かに上がってるみたいだし。

 

「じゃあ……勝負しよっか」

「おっと。持ってる力は全部使ってもらわないとね。オロチから奪ったものもあるだろ」

「……よく知ってるね。ってことは、あそこに居たの貴女なんだ」

「そういうことになるね」

 

 ずっと泳がされてた気分。だけど関係ない。一瞬、目の前の世界が赤く染まった。それが消えると同時に、頭の中に突然湧いたイメージ。これは、萃香が見てる景色だ。初めて使うけど、2つの視点を見るというのは気持ち悪い感じがする。

 

「……へぇ。こんな感じになるんだねぇ」

 

 以前私が受けた力に動じる様子は一切ない。あの時の私は普通じゃいられなかったのに。視界が半分消えるとか、普通はもっと慌てると思うだけどね。

 

「降参するなら今だよ。これ、知ってると思うけど未来見えるから」

「驕るなよ。吸血鬼風情が、我ら鬼に適うと思うな」

「そっくりそのまま返す。鬼が私達吸血鬼に勝てると思うな!」

 

 萃香は勢いよく、飛び出した────




スィスィア

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86話「不羈奔放な百鬼夜行」

 ──Hamartia Scarlet──

 

「さぁ始めようか!」

 

 最初に行動を始めたのは萃香だった。真っ直ぐと。ただ避けることもできない速度で。

 

 私に迫り、その拳を向けた。

 

「いったぁ……!」

 

 なんとか受け止めるも手が痛い。思考が追い付かない。見える未来(イメージ)も早すぎるから対策を立てる暇もない。

 

「よく防いだね」

「てぃあに触るな!」

 

 未だ手首から流れる血を使って剥き出しの刃を創り──萃香へ向けるスィスィア。

 

「触れてほしくないなら守ったらどうだい?」

 

 その切っ先が触れることなく、空を切るのが視界の端で見えた。

 

「あんたの事もよく知っているわよ。ここに来てからずっとティアを探してたね。兄が止めても聞かずにさ。独りは怖いのね。自分に共感してくれる相手が居ないと不安なんだね」

「うるさい!」

 

 怒りを露わにして萃香に向かっていくスィスィア。

 

 今の間に。そう思って三本の矢を創り出す。

 

「でもそいつはあんたの事見てないよ。便利な道具としか見てない」

「──うるさい!」

 

 刃を素手で受け止め、力任せに握っただけでそれを折る。その時の彼女の口元は笑みで歪んでた。

 

「あんたは私に全く敵わない」

「きゃっ!」

 

 驚いた隙を付いて、萃香は彼女の首を掴む。暴れても気にしてないみたいで、そのまま徐々に力を強くしてるのが見えた。

 

「ティア、あんたも本気出さないと──」

「グシスナウタル」

 

 創り出した三本の矢は手から離れると萃香に向かって一直線。矢に合わせて私も萃香へと近付く。

 

「ふん。まだ舐めてるのかい?」

 

 スィスィアを投げ飛ばして「かかってこい」と言わんばかりに私を睨みつける。

 

 スィスィアを盾にしないのはきっとプライドが許せないからだね。お陰で気が散らない。

 

「舐めてないけど私のスィスィアをぞんざいに扱わないで」

 

 スィスィアはその場で蹲って咳をしてるけど、特に問題はなさそう。だけど、私のモノ以外が私のモノに手を出されると凄く腹が立つ。

 

「言うねぇ。だけどしてほしくないなら止めないと……ね?」

 

 矢は三方向から囲むように直進したけど、萃香は難なく全てを掴み取る。視界が半減してるのに。

 

 ──まぁ、知ってたけど。

 

「それにこんなもので──わっ!?」

 

 矢が音を立てて破裂する。その瞬間を狙って宙で身体を捻り、自分の尾を彼女へと叩き付けた。

 

「ごほっ。……小細工なんか効かないってわからないのかい?」

 

 私の尻尾を素手で掴む萃香。でもその拳は血で滲んでる。きっと棘の付いた私の尻尾を無理矢理受け止めたから。でもそれよりも……鞭みたいに鋭い一撃でも、その程度しか傷つかないなんて。とても頑丈だね。

 

「小細工相手に血が出てるみたいだけど?」

 

 少し意外だった。だけど不安は見せない。そう思って挑発的に笑って見せる。

 

「こんな程度で喜ぶあんたじゃないだろ? じゃ……ほーらー、よっ!」

「うわっ!?」

 

 ブンブン振り回されて、気付けば私は木にぶつかって倒れてた。傷はすぐ治るけど、頭とか背中とかなんかガンガンするような痛みが……。

 

「あっ」

「休憩してる暇はないよ」

 

 見えた未来のお陰で一瞬早く、迫ってた萃香の蹴りを避ける。

 

「危なっ……いねっ!」

「おっと」

 

 追撃が来る前に避けた勢いで尾を振るも、萃香は余裕の笑みを浮かべて受け止めてた。

 

「使い慣れてる感じがするね。それって元々あんたには付いてないよね?」

「私のモノだからね。私の思うままに動いてくれるの」

「へぇ。だけどこのまま掴まれてちゃ、また投げ飛ばされるんじゃないか?」

「やってみたら?」

 

 その言葉が引き金となった。再び投げ飛ばされたらしく、景色が滅茶苦茶に。

 

「っ……と」

 

 でも言ったらこうなるってわかってた。空中で受け身をとって体勢を立て直す。

 

「ティア! 受けてみな!」

 

 正面に向き直った直後、萃香は地面を思いっ切り殴ってた。そして見えた未来の私。

 

「危なっ!?」

 

 地面がいきなり盛り上がって、槍のような形状となって襲いかかる。未来を見たお陰で危うく当たるところを避けれた。

 

「アハハハハ! 面白いねぇ!」

「むぅ。ルイン!」

 

 咄嗟に槍を創って──それに描くルーン文字。萃香目掛けて力いっぱい投げ付ける。

 

「雲集霧散!」

 

 萃香が手を払うと突然現れる霧の壁。ルインは壁にぶつかって破裂するも、霧に阻まれて萃香には届かない。

 

太陽(シゲル)プラス宿命(ウィルド)!」

 

 続けざまに光線を放って初めて霧が散って跡形もなく消え去った。

 

「はぁっ!」

 

 消えた壁の向こうから、赤い拳を握った萃香。

 

「──っ」

 

 危険を感じて手を前に出した刹那──萃香が放った拳は炎となって私に襲いかかる。

 

 ただ酷い火傷を負ったけど、手を先に出して吸収したこともあって、傷はすぐに治る。

 

「熱っ! ほら、返すよ!」

 

 熱を吸収して萃香がやったように殴って炎を放った。

 

 ただ萃香には効いてないようで、炎をものともせず真っ直ぐ向かってきてる。……ただ視界は一瞬遮れた。

 

「そんなこともできるんだねぇ!」

「お返し!」

「ん?」

 

 萃香の背後から、小さなナイフを手に襲うスィスィア。視界を遮った甲斐あって、ナイフは萃香の腕に刺さるも頑丈な身体に刃は通らない。

 

「スィスィア! 抑えてて!」

「うん!」

 

 私の声を聞いた彼女は萃香に刺したナイフを抜き──萃香に手のひらを向けて、向けた手にナイフを突き立てた。

 

「おぉ! 思い切りがいいね!」

「うるさい! てぃあ、今のうち!」

 

 萃香の浴びた返り血が鎖に変化して、萃香を拘束する。

 

 一瞬しかできないことは百も承知。でもちょっとだけでも時間が稼げるなら。

 

「やぁっ!」

 

 爪が萃香の背中に触れ──すり抜けた。

 

「見えただろ? 効かないのも」

 

 萃香の身体が霧みたいになって、私の腕は彼女の霧の中で留まった。

 

「うん。だけどこれでいいの!」

 

 萃香の霧を吸い取る。全部は無理みたいだけど、触れた部分だけなら吸い取れる。

 

「おっとっと。そういやそんなことできたんだね」

 

 すぐに距離を置かれたけど、ちょっとだけでも奪えたら私のモノ。彼女の能力もわかったし、少量でも今の私ならずっと同じ力を使える。ただ循環性を使うには少なすぎて、相手の能力を完全には奪えてない。

 

「油断してる!」

 

 距離を置いた萃香を追ったスィスィアは血塗れた手で萃香の胸ぐらを掴む。

 

「──スィスィア!」

「きえて!」

「おっと」

()()()()()!」

 

 見えた未来を止める暇もなく──

 

「ぅあ!?」

「っ──!」

 

 ──スィスィアの腕が破裂した。破裂した腕からは純粋なエネルギーの塊が弾け、爆発する。

 

 至近距離に居たスィスィアも萃香も同じように吹き飛ばされた。

 

「スィスィア!」

 

 慌ててスィスィアに駆け寄ると、その半身は焼け爛れたみたいな傷を負ってて。急いで循環性を使って身体を元通りに巻き戻していく,

 

「スィスィアのバカ! なんでやったの!」

「うん……? てぃあの役に……立ちたくて……」

「もう! ……ううん。もう寝てて。あとは私がやるから」

 

 また同じことを繰り返しそうだから。傷だけは治して、スィスィアをそのまま寝かせる。大切な私のモノなんだから、綺麗なままでいてほしい。幾らでも治せるとは言っても、傷付いた姿はあんまり見たくない。

 

「スィスィア、ゆっくり寝ててね」

 

 寝てる彼女に口付けして。立ち上がって、飛ばされた萃香の方に向き直る。

 

「凄いねぇ。広範囲のエネルギー弾かな。確かに霧相手でもそれごと吹き飛ばせば怪我は負うよ。血を物体に変えるだけと思ってたけど、そんなものにも変えれるんだねぇ」

 

 ずっと未来が見えてたから気絶すらしてないのは知ってた。だけど、その姿にはちょっとだけ驚かされる。

 

 萃香は少し怪我をした程度で、スィスィアと違って致命傷じゃない。傷を負ってないも同然の姿をしてる。……服は大ダメージを負ってるけど、まぁ大丈夫……そうだね。ってか気にしてないや。

 

「……スィスィアは体内でも体外でも、体液ならなんでも変えれるから」

「ちょっと見直したね。あんた程じゃないけど、私を驚かせてくれた。この異変が終わったらちょいと褒美でもやろうかね」

「萃香。大蛇と戦ってたのを見てるなら知ってるよね。ちょっと本気で怒ったから、攻撃はもう届かないよ」

 

 大蛇と戦ったのを見てたのが彼女ならきっと知ってる権能──循環性。使えば時間は巻き戻って繰り返される。つまりは攻撃が一生届かない。

 

 権能は使うと集中力が大きく削られるから、龍神に会うまではあまり使いたくはなかったんだけどね。

 

「私に怒るのはお門違いだと思うけどね。やったのはそこの娘だよ」

「知ってる。だからこれは八つ当たり!」

 

 これ以上の小細工は無し。萃香に真っ直ぐ向かう。

 

「いっちょ試してみるかね!」

 

 対する萃香は地面を踏みつけ、周囲に衝撃を走らせる。ただその衝撃が私に向かうことはなくて。

 

 来る寸前で時間が巻き戻って衝撃波はその場に留まる。やがて近付けば、衝撃波は生まれる前に戻って消えた。

 

「これはどうかな!」

 

 続けて手を上に伸ばす。その手の上には周囲の石や土が集まり──1つの大きな岩となる。

 

「喰らいな!」

 

 岩は真っ直ぐ落ちてくるけど、私に当たる直前で萃香の上に戻る。近付けば近付くほど、岩は元通りの石へと戻っていく。

 

「無駄だよ!」

「くっ」

 

 飛んだ勢いを利用して萃香を蹴りつけ、ぶっ飛ばす。尻尾を掴まれて振り回された私のように、萃香は木にぶつかって倒れ込む。

 

「いったいねぇ……おっ」

「これはスィスィアの分!」

 

 暇を与えず、木にもたれ掛かる萃香の顔目掛けて拳を振るう。

 

「ぐっ……! やるじゃないか」

 

 その時初めてまともに血を吐いた。口から流れる血を拭い、私を睨みつける萃香。その姿を見てると……やっぱり可愛く見える。

 

「そのまま眠っちゃってもいいんだよっ!」

 

 間髪入れずに爪を露わにして殴り付ける。このままいっぱい血を流させて──

 

「くっ」

「うぐっ!?」

 

 痛い。何が起きたか一瞬わかんなかった。気付いたら腹部に鈍い痛みがあって。それが萃香の拳を受けたからと気付くのに時間はかからなかった。

 

「見て気付いたよ。それ、自分が攻撃する時は使えないんだろ?」

「へ、へぇ……。よくわかったね?」

 

 距離を取って少しだけ様子を見る。傷は無くても痛みは続いてる。だけど萃香もお腹から出血してるのが見える。狙いが多少ズレたけど、しっかりダメージは入ってる。

 

「でも気付いたところで意味無いよ。私が攻撃するまで、貴女もできないんだから」

「相打ち覚悟ならあんたに攻撃は通るんだろ? それなら充分さ!」

 

 先に行動に移したのは萃香。再び赤くなった拳のまま私に向かってくる。

 

 先に攻撃を使わせれば、私は攻撃を受けずに萃香を傷付けれる。

 

太陽(シゲル)!」

 

 そう思って光線で牽制しつつ、萃香に向かっていく。

 

「効かないねぇ!」

 

 光線は萃香に当たっても弾かれる。怪我をする様子もない。

 

「はぁっ」

 

 地面に手を置き、前に回転すると同時に萃香に向けて尻尾を振り下ろす。

 

「喰らいな!」

 

 萃香はタイミングを合わせて拳を振るい、拳からは炎が吹き荒れる。

 

「おや」

 

 ──萃香の炎は届かない。代わりに私の尻尾も届くことはない。

 

 繰り返す時間の幅を変えながら繰り返すうちに、彼女と私の攻撃の時間に差が生まれ始め、それが段々と大きくなる。

 

「無駄!」

「くっ!?」

 

 やがて炎が届くより早く私の尻尾が萃香の肩に直撃し、炎が見えるよりも早く私は萃香を叩いた勢いを使って距離を離す。

 

「巻き戻す時間も私の思うまま! これで……っ。というかもういい加減倒れてくれないかな!?」

「やだね! あんたが先に倒れるって言うなら考えるけども」

「誰が負けるもんか!」

 

 長時間じゃなくても考えることが多すぎて。どんどん集中力が削られてく。もはや未来を見るのと権能を使うのを並列処理できなくて、大蛇の魔眼はただの視界を奪う能力になってる。

 

「これでも喰らいな!」

 

 萃香が地面を叩いたら、地面から突然出てくる霊魂みたいな弾幕。循環性を使って受けないように巻き戻し続ける。

 

「あとこれも──鬼神燐火術!」

 

 萃香がどこからともなく取り出した紫色の瓢箪を飲んだかと思えば、口から青白い炎を吹き出した。それらは素早く私に向かって飛んでくる。それも、同じように循環性を使って時間を戻していく。

 

 相手の力が強いのもあって、こっちも加減できない。──そろそろヤバい。

 

「さぁ最後だよ!」

 

 私の心配を嗅ぎとったのか、萃香は両手を広げ、周囲の熱を自分の上へと集めていく。できた熱の塊は大きく、ここまで熱を感じるほど。

 

「──太陽(シゲル)プラス宿命(ウィルド)っ!」

 

 集中力とともに循環性が解ける未来が見えて。それならばと周囲の弾幕を循環性で極限まで戻した後──光線を大きな熱の塊へ向けて放った。

 

「うわっ」

 

 光が熱を貫いた瞬間に光が爆発し、そして吹く熱い風。

 

「やっぱり使い慣れてると言っても借り物の力だね」

「──っ!」

 

 反応できず、萃香が私の首を掴み──地面に叩き付けられる。

 

「このまま倒れな!」

 

 私を掴む腕が熱い。そんなことを考えてる間に、身体が宙に浮く。萃香が私を掴んだまま宙に浮いたらしい。

 

「やぁっ!」

「いっ……!」

 

 再び地面へと落とされる。全身を激痛が襲う。しかし萃香はまだ私を掴んだまま。

 

「やば……!」

 

 なんとかしないとヤバい。そう察したのもつかの間。

 

「このまま落ちな!」

 

 萃香は私を持ち上げたまま空高く飛び──急降下していく。

 

「この……っ!」

 

 なんとか抵抗しようと思った。それで目に付いたのが無防備な首筋だったから。

 

「っ……!?」

 

 敢えて抱き着いて距離を縮め──その首筋に噛み付いた。萃香の顔は見えないけど、手に力が入ったのがわかった。

 

「い、今更何しようが……遅いね!」

「うっ……がはぁ……!」

 

 強烈な熱と痛みが身体中を襲った。大きく息を吸うと、萃香から牙が、腕が離れる。傷が即座に治っていくのを感じるけど、痛みも熱も引かない。

 

「っ……はぁ。まさか空中で噛んでくるなんてね。吸血鬼は考えることが恐ろしいんだね」

 

 萃香は憎々しげに私を見つめていた。その首からは血が流れ出て、手で抑えているのが見える。

 

「……吸血鬼だよ。吸血するのは当たり前」

「そうかい。……どうやらそろそろ終わりそうだね」

 

 私が立ち上がると、萃香は抑えるのをやめて構える。鬼も再生するのは早いみたいだけど、体力も血も限りがあるから、そろそろ限界が近いみたい。

 

「そろそろヤバいんじゃないかい?」

「萃香も……立て続けに攻撃して疲れてるんじゃない?」

「そう言うあんたこそ……フラフラじゃないか。能力が解けて視界も元通りになってるみたいだけど?」

「最後だし解いてあげたの!」

 

 いつの間に解けたんだろ。でも、正直見る気は起きない。自分とは別の視点で未来を見るのって意外と疲れるし。どうせもう、私も相手も小細工とかできないから。

 

「じゃ、最後はとっておきだね」

「とっておき、ね。いいよ。受けて立つ」

 

 あとは全力で、自分の全てをぶつけるだけ。権能も能力も全部純粋な力に変えてぶつける。きっと萃香もそれを望んでるから。

 

「四天王奥義」

「えっ」

 

 大きくなった。萃香が突然、私よりも大きくなった。

 

 いや、わかってる。これは萃香の能力。ってかこれどこまで大きく……。

 

「ティア! しっかり受け止めなよ!」

「ぁ──うっ」

 

 それは不意にやってくる。一撃目の拳を受けた私の身体は宙に浮く。

 

 ただの拳が、かなり効いた。萃香も全力を出してるとよくわかる。

 

「二歩目!」

 

 宙に浮いた私の身体を、一撃目より大きくなった萃香が上空へと叩き上げる二撃目。空高く打ち上がった私を、萃香は身体を大きくしながら射程圏内に収める。

 

 なんとなくわかった。さっきと同じように、これは三発目が本命。それならばと。身体が痛むのを無視して、私は自分の中の能力へ集中する。

 

 ──萃香に勝つために。

 

「これが正真正銘の最後の技さ! ── 三歩(さんぽ)壊廃(かいはい)!」

 

 三撃目。二撃目よりもさらに大きくなった萃香が、熱の篭った拳で、上空で避けようのない私に向かって放つ。

 

「──私もこれが最後!」

 

 身体を捻り、萃香へと拳を向ける。

 

「力で私に勝てると思うな!」

()()()()

 

 吸血したのは攻撃のためじゃない。吸血した血を使って、鬼の力を解放する。同時に権能の完全性によって強化した萃香の能力『萃める力』で自分の拳に力を集める。

 

「へぇ! それだけで敵うとでも──」

「彼女の分があれば超える!」

 

 ──そしてスィスィアから借りた『体液を物質やエネルギーに変換する力』を使って。

 

「っ──!?」

 

 私と萃香の拳がぶつかった瞬間。生半可じゃない衝撃が起きた。熱が広がり、エネルギーが弾けて。私も彼女も飛ばされる。

 

 地面に倒れる吸血鬼達がゴロゴロと転がっていくのが。木々が大きく揺れるのが。空気が異常に振動するのが。五感で感じ取れた。

 

 ただそれも全部一瞬の出来事。

 

「……ふぅ」

 

 衝撃が収まったあと、私は空中に浮かんでた。殴った右腕は無くなってたけど、右腕全部の血液を力に変換したんだから仕方ない。ただ権能の力もあってすぐに元通り。……服までは元通りにいかないけど、これはあとで時間巻き戻して戻しておこう。

 

「さて……」

 

 辺りをキョロキョロ見渡して。地面に横たわる萃香を見つけて近付く。

 

 ボロボロなのは見てわかるけど、致命傷になるような傷は負ってない。改めて頑丈な身体だなぁ、って思う。私なんてすぐ怪我するのに。まぁ、すぐ治るんだけどね。

 

「いやぁ……驚いたね。いきなり額に角が生えたかと思うと、右腕が爆発したよね?」

「角は多分萃香の力吸収したから。爆発はさっきスィスィアがやったエネルギーの放出。あれを私の力で使ったの」

「はは……なるほどね。あいつが退場したあの時に吸収してたのか」

「うん」

 

 空を見上げる萃香に戦う意思は感じられない。だけど念の為。

 

「私の勝ちでいい?」

「ああ。今回は譲ってあげるよ」

「そっか。はぁ……」

 

 頷く萃香を見て安心したせいか息が漏れる。久しぶりに本気で戦ったこともあって、結構手こずった。こっちに来て初戦がこれとか、幻想郷のレベルの高さが恐ろしい。

 

「なんだい? まだやりたかったのかい?」

「元気ならね。もう集中力残ってないからまた今度。……ふぅ、スィスィア。ゆっくり休んでね」

 

 横になって眠るスィスィアの髪を撫で、ウロが向かった先に目を向ける。

 

「萃香。スィスィアと、他の吸血鬼のこともよろしく」

「負けたからそれくらいはいいけど……他の吸血鬼ってこいつら以外もかい?」

「できるならお願い。……そういえば私のこと監視してたんだよね。その力使って、他の子ってどうなってるかわかる?」

「できないね。そんな便利なものじゃないよ」

 

 私にバレずに監視し続けるだけでも充分便利だと思うけどね。能力的に、霧になって様子を見てたんだろうけど。

 

「でも、そうだね。最初は勝てても、次第に押され始めると思うよ。鬼は私だけじゃないからねぇ。ただ安心しな。きっと死ぬことはないよ。操られてても、運が良ければ私とあんたみたいになるんじゃないかなぁ」

 

 最後の言葉で安心できた。けど、私的にそれ以上に気になるのは。

 

「他にも居るんだ。萃香みたいな人じゃなければいいなぁ」

「そんなに気に入ってくれたなんて嬉しいね」

「違うから」

 

 やっぱり萃香と話してると調子が狂う。ウロも待たせてるだろうし、早く行こう。

 

「もう行くのかい?」

「うん。ウロが先に行ったから。追い付かないと」

 

 戦いが終わった今、私は先を急がないと。

 

「あんたの夢は叶わないとしても?」

「……どうしてそんなこと言うの?」

 

 疲労が溜まってるせいで、元気を見せる余裕が無い。

 

「本当のことだからさ」

「なに? また喧嘩する?」

「やりたくないんじゃなかったっけ?」

 

 倒れながらも萃香は挑発的な目で私を見てる。気に食わない……けど怒る気にもならない。

 

「……食えないヤツ」

「それを言う相手は間違ってるね」

「美味しそうというか、美味しいのに食べたくない人なんて初めてだよ」

「私もそうやって判断する奴は初めてだね」

 

 こういう相手ほどいつもなら食欲が湧くんだけどね。ただでは食べられてくれなさそうで。でも、今は食欲すら湧かない。歩くのもヘトヘトなくらい、疲れてる。怪我はなくても気力とか精神力とか。そういうのが足りない。

 

「私は負けたからねぇ。もう傍観しておくよ。ただ夢は叶わないとだけは言っておくよ」

「あっそ。じゃあスィスィア達お願いね」

 

 話してると嫌になるから。急ぎ足で私はその場を去ろうとする。今の元気じゃ、早足にもなんないけど。

 

「ティア。この異変が終わったらまた遊ぼうねー。次は決闘以外の遊びでもいいからさぁ」

 

 背後から聞こえる陽気な声に手を振って答え、私は山の上を目指した────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Ouroboros──

 

 雲の上のさらに上。龍の住処があるという。実際に見たことはないし、聞いただけの記憶。

 

 薄れる記憶の断片を頼りに、雲を抜けるも、雲の先には雲が広がるだけ。

 

『もっと上か……』

 

 ティアに話した竜宮の使いにも会えないまま天界も、雲を通り過ぎてしまった。これだけ広いと探す気力も湧かず、結局わたしは龍の世界を目指して飛び続けてた。

 

 龍の姿で向かえば、何かしらの反応は来ると思ってたけど、考えが甘かったらしい。未だに反応どころか、天界を超えてからは誰も見てない。

 

『龍神……どこ居るの』

 

 小さな呟きも空の中では意味を成さず。別の手段を考えた方がいいかな。なんて思った時だった。

 

「ウロボロス。何しに来た?」

 

 目の前に現れた小さな少女。一見するとただの人間なのに、不思議とその存在を確信する。魅入ってしまうほど美しく透き通った銀色の髪は、相手を魅了するためにあるんじゃないか、って思うほど手入れが行き届いてて。一目見て、やっぱりティアには会わせない方がいいな、って思った。

 

 わたしは知らないけど、この少女の記憶はある。繰り返してきた人生の中、彼女は見たことがあった。

 

『初めまして、龍神様。今日はお願いがあって来ました。同族の(よしみ)でお願いしていいですか?』

「馴れ馴れしい。願いは何?」

 

 辛辣に返すも表情の変わらない龍神は、静かに私の願いを聞いた────



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87話「不遜な偽善者」

 ──Ouroboros──

 

「願いは何?」

 

 上下関係をハッキリさせるためか、常にわたしよりも上に飛び続ける姿は威圧的。しかし、わたしのお願いを聞いてくれるくらいには寛容で。ただ朧気な眼でわたしを見つめる姿はどこか興味無さげで鷹揚にも見える。矛盾しそうでしてない立ち振る舞いは、長い年月を生きたことで築き上げたものかもしれない。

 

『とりあえず──』

「待って。その姿は気に食わない。人に戻ろう」

『……はい』

 

 相手は幻想郷の最高神。破壊も創造もお手の物。龍神の言葉は全て『お願い』じゃなくて『命令』。従わなければきっと──すぐに死ぬ。

 

「これでいいですか?」

 

 龍神に会うならこっちの方がいいと思ったんだけど。どうやらお気に召さなかったらしい。仲間意識よりも「真似されて腹立つ」って感情の方が勝ったようだ。

 

「うん。これで同じ」

 

 え。『同じ』? ……よくわからないけど、予想は外れたみたいだ。

 

「あと言葉遣いも気に入らない。変に取り繕ってるように見える。(わたくし)はいつも通りの方が見てて面白い」

「……う、うん」

 

 どうやら自分にとって快か不快かで決めてるらしい。でも相手の顔が全く変化しないから、表情から何も読み取れない。これ言葉間違うとわたし死ぬかな。難しい。今のうちに先に死んだらごめんって謝っておこう。

 

「ところで今回あなた達がやった異変──」

「やったのはティアでわたしじゃないです」

「言葉」

「…………わたしじゃない」

 

 やりづらい。注意されるだけでもヒヤヒヤする。

 

「うん。やっぱり最初からそうするつもりだった?」

「それは……ティアのこと?」

 

 聞かなくてもわかるけど。間違えたら大変だから。

 

「そう。私に会っても夢は叶わないのに唆して、力も全部渡して、混乱を引き起こして。あなただけがここに辿り着くようにした」

「……間違ってない。わたしはわたしが帰れるなら、どうでもよかったから」

 

 あの娘が力を持ってから。わたしが少しでも帰りやすくなるように。

 

「でも不思議。私は他人の心まではわからないから言うけど、それにしては行動がおかしい」

「何が?」

 

 龍神の朧気な眼はじっとわたしを見つめてた。全てを見透かしてそうなのに、心は読めないというのだから驚きだ。

 

「わざわざ混乱を起こす必要はない。あなたは私に会うのが目的なら、ただひたすら真っ直ぐ山を超えればいい」

「天狗がいたから、そう簡単に山を通れなくて」

「問題ない。だって、私にさえ着けば終わりなんだから」

 

 龍神の言う通り、彼女にさえ会えれば終わりだった。だけどあまりにも不確定要素が多かったから。より確実に行きたくて。

 

「叶わないことを唆すなんて、ただの嫌がらせ」

「……ティアも気付いてる。夢が叶わないことくらい。みんなが自分の夢を止めようとするくらい。ただ認めたくないだけで」

 

 最後にティアに会った時確信した。ティアは紅魔館を足止めするなんて言いつつ、夢には賛同してくれるなんて矛盾したことを言ってたから。だからきっと、彼女は気付いてる。自分のことはもちろん。

 

 ──きっと、わたしのことも。

 

「認めたくないのはあなたも同じ?」

 

 グイッと近付く龍神の顔が、手が触れるほどに近くなる。

 

「時折彼女を疎かにしてたのは、どうして? って思ったけど、よく考えると今も同じ状況」

「今は萃香が通せんぼしたから、先に来ただけ」

 

 別に間違ったことは言ってない。

 

「でも雲の中に私の使いがいることしか話してない。きっと彼女はここに来ても雲の中を探して私を見つけれない」

「唆したことがバレたらわたし殺されるし、言うわけないよ」

「殺されると思ってるなら、鬼が邪魔するなんて小さな可能性にかける? 鬼が邪魔しなければ一緒に来てた。ただ、それならあなたはひっそりと上を目指した」

 

 龍神の瞳がわたしの顔を覗き込む。なのにわたしは動くことができず、目を逸らすことしかできない。

 

「その顔は殺されると思ってない。やっぱりただの嫌がらせ。あなたがあの吸血鬼の子に嫌がらせする理由は?」

 

 これは命令。言わなければ殺される。ただ、わたしは──

 

「……ふん。あの吸血鬼に嫉妬してる」

「さっき心はわからないって言ってなかった?」

 

 言い当てられたことで、反射的に言ってしまった。しかし、心を読むなんて。神様は言ったことに責任を持つだろうから、嘘はつかないと思ってたけど。

 

「言った。ただ私は創造神だから」

 

 雑に返された。便利な言葉だ。

 

「ふん。意外と寂しがり屋なんだ。ウロボロスは。だから誰かに会いたくて本なんて書いて。ご丁寧に自分の場所も添えて」

「なんで記憶読んでるの!? ってか、あの時のわたし独りの時間が長くて、どうかしてただけだからやめて」

 

 黒歴史を掘り返されてる気分。顔が熱くて、赤くなってるのが触らなくてもわかる。

 

「素っ気ない態度を取ってたけど、そう。本当に嬉しかったんだ。人に会ったのは何年ぶりだった? 魔女狩りから逃げた? そう。貴族だった。王に? うん、仕えたらまた別の未来があった」

「うるさい」

「ようやく本音」

 

 段々と相手が最高神だとかどうでもよくなってきた。なんでここまで来て過去のことを掘り返されてるんだわたし。

 

「あの子に嫌がらせするのは、吸血鬼の子があなたにとってそれ以上に想う人の血縁だったから。嫉妬心が膨れ上がったと」

「…………」

「どうして自分じゃないか? それは運命。悲しいこと」

 

 淡々と言葉を繋げる龍神。どことなく楽しんでるように見える。この人も独りだったから、話し相手ができて楽しんでるんじゃないだろうか。竜宮の使いとは事務的なことを話すくらいだろうし。

 

「嫉妬しながらも相手にされるのが嬉しくて。ついお願いされたことに応えようとした」

「そういうわけじゃない」

「何よりもあなたにとっては妹みたいな存在だった。ふん、そう」

「……思ってるだけで実際は違う。彼女に言ったことなんてない」

 

 手のかかる妹みたいとは思ってた。別に血縁があるわけじゃない。ただ純粋な頃のわたしを見てるようで。彼女を見てると、レミリアが重なるように見えて。ただわたしには……ティアを超える自信も。ティアを心の底から賞賛する真心も。……全部を話す勇気もなくて。

 

「ティアが嫌いなわけじゃない。……素直になれなかった。ティアはわたしを好きでいてくれたけど、それを返せるほどわたしは素直になれなかった」

「違う」

「むぐっ」

 

 話の途中で手で口を塞がれる。今間違いなく本心を話してるから違うことなんて……。

 

「私に言う意味がない。言う相手は他にいる」

「……うん」

 

 それもそうだ。暴露された流れで言っちゃったけど、これは……この答えは本人に伝えないと。……なんでわたし、心読まれたからって初対面の神様に言っちゃったんだろなぁ。

 

「ウロボロス。あなたの望みは? 結局聞いてない。待たせないで」

「え、えぇ……」

 

 突然の話題転換。それに結構理不尽なことを言われてる。ここまで来たらもう殺される心配はしてないけど。

 

「わたしとわたしの仲間を……元の世界に戻してほしい。それと、今回の異変だけど……」

「ウロボロス、勘違いしてる。妖怪の賢者達は私に永遠の平和を誓った。今それは脅かされてるわけじゃない。児戯の範囲。だから私は関与しない。問題を追求もしない」

 

 意外な返答。でもよく考えると当たり前な話で。龍神は博麗大結界を張った時を最後に姿を消したとか。それはおそらく、姿を見せる必要がなかったから。見せる気もなかったからなんだ。

 

「完全な調和が取れた世界に興味は無い。新しいモノが生まれないから。だからあの子の夢を叶えるつもりはない。変わらない人間は許しても、変化しない世界は要らない。目指すのは勝手。好きに目指して遊んでいい」

「……流石龍神様、と言うべき?」

「要らない」

 

 龍神にとって幻想郷の異変は日常と変わらない『なんの変哲もない一日』なのかもしれない。……創造神の考えることなんてわたしにわかるわけない。考えるだけ無駄か。

 

「あと気になった。あなたとあの子の最初の約束、覚えてる?」

「うん? ……うん、覚えてるけど」

 

 最初と言えば、きっとあの契約(約束)のこと。

 

 

 

『わたしの目標は死ぬまでに世界の真理を知り、東の国のある場所へ行くこと。それに協力するなら、不変の権能について教えてもいい』

 

『分かった。約束する。だから、ウロも約束守ってね』

 

 

 

 忘れるわけがない。ティアと最初に交した約束。だってあれは、悪魔との契約だから。忘れると大変なことになる。

 

「世界の真理、知ることができた?」

 

 意外な質問。わたしにとって、世界の真理を知るなんてついでだった。今まで繰り返し生きてきた意味が知りたかった。どうしてわたしはそんな運命に囚われてるのか知りたかった。それだけの事。答えが見つかるはずがないことも知ってた。答えがあるはずもないことも知ってた。

 

「今回も無理だった」

 

 だからわたしは、そう答えた。

 

「ふん、そう」

 

 龍神の表情からは何も読み取れない。何も変わらない表情だから。

 

「いい。お願いは聞いた。元よりこの世界にとっての不純物も混ざってるし許す。ただし異変が終わればあの子の権能は取り上げる。権能は吸血鬼の身に余るもの。これ以上の行使はバランスを崩す」

「……わかった」

「あなたの仲間は先に送る。あなたは責任を果たしたら送る」

「……うん」

 

 正直なところ──わたしはホッとしてた。あれだけ、嫉妬してたのに。……都合がいいと我ながらよく思う。ああ、そうだ。あれだけ聞いておかないと。

 

「1つだけいいかな」

「いい」

「ここまで聞いてくれたのはどうして?」

 

 単なる疑問。龍神にとってこの行動に意味は無いかもしれない。食事をとるくらいの当たり前な行動かもしれない。だけど、聞いておきたくて。

 

「あなたは同族の好。あの子は変化を与えてくれるから」

 

 返ってきた答えはこれまた不明なもので。これ以上の答えはくれそうにない。

 

「やっぱり龍神様の考えはよくわからないや」

「推し量れろうとするのが間違い。ウロボロス。あの子の異変はもう終わる。あなたが出る必要もなく。存分に見届けたら、またここに来るといい」

「わかった。……また、あとで」

 

 私が言葉を返した時には、目の前に居たはずの龍神は消えてた。何も無くなった雲の上で、わたしは静かに地上へ戻る────



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88話「無垢な罪」

 ──Remilia Scarlet──

 

「お姉様! 早く行こっ。絶対あれティアだから!」

「フラン! 慎重になりなさい!」

 

 それは数分前のこと。山の奥から響いた衝撃音。ティアを見つけるため山を登ってた私達にとってそれは『疑念』が『確信』へ変わる瞬間だった。並の吸血鬼じゃ起こせないような力の表れ。それが並の吸血鬼じゃなくて、自分よりも強いティアだと気付くのは、それを知ってた私やフランだけじゃなくて。

 

「レミィ。あの音がした先。居るわよ、ティア」

 

 魔法で捜索を続けてたパチェが気付き。

 

「うン……。ティアの気配確かにすル」

 

 何かを感じ取ったスクリタが続いて気付き。

 

「ティアさんが、そこに……」

 

 そして、周りの反応を見て確信したミフネアが気付いた。

 

「ほらやっぱりティアだって! 急がないと!」

「フーラーン! オネエサマが言ってるんだから待っテ!」

「スクリタはお姉様お姉様ばっかり!」

「2人とも落ち着きなさい」

 

 喧嘩になりそうに2人を仲裁して。ここまで来ればティアなのは確定しても、遭遇の早さに少し驚いてる。私達が全速力で山を登ったとしても、ティアはそれよりも前に山を登ってるわけだし。例え戦闘が長引いてたとしても、終わったのは数分前。ティアの全速力を私達が追い付けるものだろうか。

 

「パチェ、ティアはどのくらいの速度で先を進んでるの?」

「せいぜい歩くくらいの速度ね。多分さっきの衝撃は誰かと戦ったわけだし、疲れてるんじゃないかしら」

「なるほどね。なら余裕で間に合いそうね」

 

 それと同時に納得と心配。紫が間に合うと言ったのはこういうことだったのね、という納得。そして、ティアが大きな怪我を負ったのではないか、という心配。彼女は強いから死ぬ心配まではしてないけれど、速度が落ちてるのはきっと怪我を負ってその回復に力を使ってるから。

 

「ところであれ……下に誰か居ないかしら」

「ん?」

 

 パチェの言葉でみんなが彼女の指す方向へと目を向ける。

 

「──えっ、スィスィア!?」

 

 兄だからか、彼はすぐさまその正体に気が付いた。

 

 一番最初に気付いたのは兄であるミフネア。止めるより早く一目散にスィスィアの居る地上へと向かってた。

 

「……降りましょうか。倒れてる同族を見捨てることはできないわ」

「わかったわ。どうやら他にも吸血鬼と……あれは誰かしら」

 

 パチェの指差す方向には私達と変わらない程度の小さな少女。ティアと戦った相手なのか、その服はボロボロで。座り込んで、笑顔で私達に手を振っていた。

 

「スィスィア! 大丈夫ですか!?」

「安心しな。その娘は気絶してるだけだよ。傷はティアが治してたからね」

 

 スィスィアに寄るミフネアを、角の生えた少女は気さくに答える。

 

「あんた達は知ってるよ。ティアの仲間だね。それとも家族って言った方がいい?」

 

 周りを見れば激しい戦闘があったとわかる。周囲の木々は折れてるのもあって、開けたここも、所々地面が抉れたり、逆に盛り上がってたり。一体どんな戦い方をしたのやら。

 

「パチェ。他の吸血鬼達は大丈夫そう?」

「ええ。怪我はあるけど……命に関わるほどじゃないわね。ただ早く治してあげないとね……」

 

 あの衝撃だ。怪我を負うくらいは想定してた。けど、よくもまあ無事に生きてるなと思う。ティアが戻したのか、それともただ単に運が良かったのか。

 

 さて、ティアは急げば間に合う。この状況は気になるし、きっと戦った相手ならティアの情報も得られるはず。

 

「貴女は?」

「私の質問は無視かい。私は鬼の萃香。まぁ……この世界の住人だね」

「萃香って言うんだ。ねー、私の妹……知ってるみたいだけど、何があったの?」

 

 フランが割り込んで萃香の前に立つ。両方に殺意は感じないけれど、フランの方はティアを傷付けた可能性があるからか敵意が少々漏れている。

 

 相手に戦う意思は感じれないのだから、あからさまなことはしないでほしいのに。

 

「私は気持ちよく遊んでただけね。いやぁ……楽しかったね。あんなに楽しいのは久方ぶりだったねぇ」

「あの、何があったか、って質問に答えてほしいんだけど……」

 

 どこか遠くを見ながら話す萃香。フランは困惑しながらも話を続ける。

 

「言ったじゃないか。ああ、具体的にね。ティアと戦って負けたから道を譲ったのよ。だから、次の止める役はあんた達だね。安心していいよ。飛べばすぐ追い付くだろうからね」

「ティアは無事なんだね?」

「ああ、そうだね。傷はすぐ治ってたよ。それで勝ったからって、私に吸血鬼の面倒見るように頼んで行っちまったね」

「そっか。……よかった」

 

 小さく息を吐いて安堵するフラン。

 

 萃香もそんな約束を律儀に守るなんて、義理堅い性格なのかしら。いえ、怪我して休んでただけかしら。

 

「レミィ。吸血鬼だけど……命に関わるわけじゃないけど、下手に動かせないし、もうしばらくは治療に専念しないといけないわ。だから、任せていいかしら」

 

 親友の言葉。それは私の同族のために、自分を置いていけ、ということで。正直パチェが居るか居ないかでティアを止めれる確率も、心の余裕もかなり変わる。だけど、同族を放ってもおけない。

 

 ──パチェはきっと、私達を信頼してるからそんなことを言ったわけで。

 

「わかったわ。任せなさい」

「もう行くのかい? じゃあ私も行くとするね」

「あら。ここでこの子達を見てくれるんじゃなかったの?」

「私が任されたのはあんた達以外の吸血鬼だよ。こいつら以外にも居るから見て来ないとね」

 

 ティアと戦ってまだ余力を残してそうな萃香が居るから、パチェを置いていっても安全だと思ったんだけど。

 

「レミィ。私は大丈夫だから早く行きなさい」

 

 そんな心配に気付いたのか、パチェは手を振ってそう話す。パチェがそう言うなら、と思うも心配は拭えない。

 

「心配なら私からこの山の妖怪に言っておくよ。まぁ、大丈夫だとは思うけどねぇ」

 

 紫色の瓢箪に口を付ける萃香。どうやらお酒が入ってるらしく、離れてても強烈な匂いが伝わってくる。

 

 この世界の妖怪である萃香も大丈夫と言うなら、きっとそうなのね。

 

「お酒の匂い凄イ……。オネエサマ。大丈夫って言ってるし早く行コ」

「そうだね。あまりモタモタしてるとどんどん距離開いちゃう」

 

 そして、2人の妹に急かされて。

 

「わかったわ。急ぎましょうか。パチェ、頼んだわよ。……ミフネアも来るならパチェに任せて来なさいよ」

「は、はい! ……パチュリーさん、妹をお願いしますっ」

 

 ミフネアも付いてくることを選んで。……ティアが好かれてるのは、嬉しいような嫌なような。

 

「ええ。任せなさい。早く終わらせて、みんなで帰ってきなさいよ」

 

 仲間の命を親友に託して。私達は先を急いだ。妹のために。私達のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉様、あれ」

 

 フランの声で気付く。山を登って、頂上近くの開けた場所に辿り着いた時。

 

 今にも飛び立ちそうな、白い翼を広げる吸血鬼。白い翼に、白い尻尾。肌が見える部分はほぼ鱗に覆われて、まるでミフネアの妹のような姿。いつもと違う姿。

 

 だけど、私には確信があって──間違えるはずのないその名前を口にする。

 

「ティア」

 

 彼女は声に気付くと翼を閉じて、ゆっくりとこちらへ向き直る。そして、私達と目が合うと。

 

「──どうしたの? お姉様」

 

 いつもと変わらない無垢な笑顔でそう言った。その顔は、同族を操ったり、操った吸血鬼で館を襲ったとは思えない。悪びれた素振りは見せず、普段通りに。

 

「私ね、これからやらなくちゃいけないことがあるの。だからね──邪魔しないで?」

 

 今まで反発したことのない妹が。静かに闘争心を剥き出しにしていた。

 

 どれだけ取り繕うとしても。表面上は敵対心を見せなくても。その心は私達が止めようとしてることを予感してるように感じた。

 

「ティア! ……この世界の妖怪とね、話をつけたのよ。私達はもうここで安全に暮らせるのよ。だから……戻ってきて、ティア」

「そっか。うん、安心して、お姉様。私ね。力を手に入れたんだ」

 

 まるで聞いてない。適当に返して、自分の言いたいことを言う姿はいつも通りだけど。今回に限ってはそれが悲しく思えた。

 

「これからもっと強くなるよ。だからね、大丈夫。──もう誰も死なないよ」

 

 その目は私をじっと捉えて。確信した。彼女の原動力は私がきっかけだと。私が死んだから、夢を願ったと。ただそれもただのきっかけに過ぎなくて。きっと彼女は、私が死んでも死ななくても、最終的にそれを望んで実行してただろうと。全人類の夢を。叶えることができない夢を。

 

「私が全部守ってあげる。もう苦しいことも悲しいことも起きないよ。だって……私が全部管理してあげるから。私が管理すれば、きっと誰も争わない平和な世界が来るよっ。お姉様もそんな世界になるのが夢なんでしょ?」

 

 満面の笑みで告げる。不意に思い出すのは、父親の言葉。

 

 ──罪深き悪魔。

 

「ティア。後悔してほしくないの。だから戻ってきて」

「後悔なんてしないよ。……お姉様には言ってないっけ? 私ね、色んな力を持ってるの。それで不老不死も夢じゃないの。現に私は今、不老不死なんだよ。これをみんなに共有してもらってぇ……あっ。安心してね! 悪い人が不死にならないように、私が全部選んで管理してあげるから! だからね、安心してね? お姉様」

 

 妹は、強欲に傲慢な願いを口にした。自分のことを心の底から信じてる、といった顔で。

 

「あれ。お姉様? どうしたの? どうして返事してくれないの?」

 

 ずっと避けてたこと。ずっと思ってたこと。それを改めて実感する。今の関係が崩れるのが怖くても。妹に嫌われるのが恐ろしくても。私は彼女を……しっかり叱ってあげるべきだった。妹を。禁忌を犯した妹を……叱って、赦してあげることができなかった。だから、今こうなってる。

 

 ティアが罪深いわけじゃない。私がティアを、そうしたんだ。と、私は今のティアを見てそう感じた。

 

「私を好きって言ってくれて。私をいつも信じてくれて。……どうして、今回も肯定してくれないの?」

 

 全部見過ごして。全てを見なかったことにして。だから、ティアは今もいつも通り。悪びれないのも。ティアが自分を信じるのも。……私が今まで、姉らしいことをできなかったから。

 

「お姉様。……レミリアお姉様?」

「──今回ばかりはダメよ。不老不死になって、世界が滅びてもずっと生き続けて。そうなったら『生きてる』ってことしか残らない。ただ生き続けるだけの人形なんて。きっとその結果残るのは虚無や後悔。そんな未来を妹に体験してほしくない。……貴女に後悔してほしくないから、私は貴女を止めるわ。だから、帰ってきなさい。ティア」

「……イヤ。どうしていつもみたいに『わかった』って言ってくれないの。お姉ちゃんは? お姉ちゃんは……」

 

 見るからに不機嫌な顔をして。縋るように、フランへと視線を向ける。

 

「夢のこと? 私はどうでもいいよ。不老不死なんて」

「どうでも……どうでも?」

「うん。どうでも。だから、ティアが不老不死になりたいって思うなら止めないし、私をそうしたいって言うなら、それもいいよ」

「フラン!?」

 

 思わぬ答えに横で声を荒らげるスクリタ。ただフランは気にしてないみたいで。

 

「なら、お姉ちゃん──」

「でもね。ティアは私と一緒に居た日々って楽しくなかったのかな、って思うの」

「え?」

 

 意外な答えが返ってきたティアは、少しだけ戸惑いがちに。

 

「た、楽しかったよ! お姉ちゃんと一緒に居た毎日が楽しいの。嬉しいの。だから、それを永遠にしたくて……」

「私はね。いつ死ぬかわからないから毎日が楽しくて特別になってると思うの。明日死ぬってわかったら、今日は特別な日にしようって意識するでしょ? 明日死ぬから豪勢な食事を取りたいとか。普段通りに生活しようとする人も『明日死ぬならちょっとは贅沢しよう』って思うよ、きっと」

「それは……どう、だろ……」

 

 口籠るティアを気にせず、普段通りにティア()に話しかける口調で、フランは続けていく。

 

「死なないってわかったら、きっと楽しくなくなるよ。だって、その日を大切にしないんだもん。どうせ次の日が永遠にあるんだから。わざわざ『今日』っていう1つを大切にすることなんてないよね? 『これから死ぬってわかってる人』と『これからは死なないってわかってる人』じゃ、『今』に差があるよ」

「…………」

 

 何も返さない。ティアは何を思ってるのか、視線を落としてる。

 

「ティアだって、数が限られてる方が大切にするでしょ? 私がプレゼントした……そのネックレスみたいに」

「これは……っ」

 

 見るからに動揺してるのが見てわかる。ティアの扱い方は、本当にフランの方がよくわかってると思う。……私も姉なんだから、しっかりしなければ。

 

「ティア。ワタシは束縛されるのキライって知ってるよネ? 不老不死とか管理とカ、束縛だと思ってル。だからワタシもこっちに付くヨ」

「スクリタ……」

 

 悲しげな声を出して。それも、仕方ないと思って。今まで否定されることが少なかったティアを否定してるわけだから、悲しく思うのは当然のことで。

 

「ティアさん。僕は正直、難しい話とかよくわかりません」

 

 ミフネアが、静かに口を開いた。

 

「僕は……不老不死が間違ってるとか、そんなことは思ってません。ですが、ティアさんがレミリアさんを喪う悲しみを知って、こんなことをやろうとしてるなら止めたいです。悲しみを……1人で全部背負ってるような……そんなのはあんまりじゃないですかっ」

「ミフネアまで……なんで、そんなこと言うの。私は……誰にも負けない強さを……」

「ティアさんが死ぬのは見たくないです。でも、それ以上に……ティアさんが悲しみを背負って生きる未来は見たくないです!」

 

 珍しく決意の籠った口調で彼は言い放つ。

 

「ミフネアもどうして止めようとするの? ……家族じゃない他人なのに」

「それは……」

 

 鋭い言葉に、一瞬考える仕草を見せるミフネア。そして──

 

「僕は……。僕はっ。ティアさんが……好きです! だから……貴女が苦しまないように、止めたいんです!」

「はあ!? 何どさくさに紛れて告白してんのよ! 貴方! ティアにまだ彼氏とか早いから!」

 

 いつも牽制してたのに。とうとう不意をつかれてしまった。ティアに結婚とかまだ早いから、絶対。まだ500歳も行ってない子どもなんだから。

 

「私も好きだけど、なら余計に止める意味わかんないよ!」

「えっ!? すっ……!?」

「ティア!?」

 

 本当にこの妹は。……やっぱり私、育て方を間違えたんだわ。いつもはティアがいいなら、とか思ってたけど。こうやって目にすると、やっぱりまだティアには早いと思うから。

 

「いや……多分ミフネアやお姉様が思ってる意味じゃないと思うよ」

「そうだネ。だってティアみんな好きって言うシ」

 

 そして妙に落ち着いた妹2人。きっと慣れてるんだろう。こうやって、妹が勘違いするような発言をすることに。

 

「……いいよ、もう」

 

 諦めた感じで……ティアは小さく呟いた。

 

「ティア……わかってくれたの?」

「邪魔しないで、って言ってもどうせ聞かないんでしょ。だから、もういい! 家族だろうが好きな人だろうが、みんなのためだから。今嫌がっても、絶対あとで良いって思えるから!」

 

 彼女の言葉を聞いて、淡い期待が音を立てて崩れ去る。

 

「私が勝ったら言うこと聞いてもらうから。大丈夫だよ。──死なないように死ぬほど痛いで済ませてあげるから!」

「そう。……じゃあ覚悟しなさい。貴女が負けたらちゃんと叱ってあげるわ! それと……姉に勝てる妹は居ないのよ!」

「私より弱いくせに! ──ミストルティン!」

 

 ティアの手に現れた大きな弓。ティアがそれを番えたと同時に──光が拡散して。

 

「っ、お姉様!」

 

 光から庇うようにフランが私の前に飛び出し。

 

「──フラン!」

 

 光が、フランを貫いた────



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89話「最愛な妹へ」

 ──Frandre Scarlet──

 

 ティアとは長い付き合いになる。幼い頃にコアと一緒にティアに会って。でもその時は妹がいるなんて知らなかった私は、ただただティアが珍しくて。刹那的に物事を楽しむ私は一目見たティアを可愛いと思った。それから長い年月をかけて、想いが強くなって。可愛いから好きに。好きから愛してるに。そして、ティアに告白を促して。──未だにしてもらってない。

 

 ああ、ティアって意外と奥手なんだな、って思った。見るもの触るものみんな好きとか言っちゃうし、挙句の果てに食べようとするし。そんな妹が、告白だけは頑なにしてくれない。理由なんて簡単。『恥ずかしいから』。普段の彼女らしくないけど、根は意外と単純で可愛いから。

 

 単純で無垢な妹は、良いことも悪いことも判別せずに、思い付いたことをやろうとするから。正直なところ、いつかこういう日がやって来るんだろうなー、って考えてた。

 

 喧嘩するほど仲が良いって言葉があるのに、私達姉妹は本気で怒って喧嘩とかしたことがなかったから。だから、いつか本気で喧嘩して、思いっきりぶつかって。その時初めて本当に仲が良い姉妹になるんだろうなー、って。もちろん喧嘩しないまま仲が良いのが一番なんだろうけどさ。

 

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 いつもと変わんない? 

 

 毎日同じようなことして生きる? 

 

 私はお姉様と違う。そんなの楽しくないから。そんな理由で、こういうことが起きるのを楽しみにしてた。いつもと変わらない毎日が好きでも、例外は大好きだから。私はティアと本気で喧嘩できる日が来たことを内心喜んでた。それにただ『楽しい』で判断してるわけじゃない。私は知ってる。これが終わったら、ティアともっと分かり合えて、もっと親密になれるって。

 

 どうしてそんなことがわかるか? それはもちろん──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フラン! 大丈夫ッ!?」

「ん……?」

 

 傍らでスクリタが不安そうな顔を見せてて。上ではティアがお姉様やミフネアと戦ってた。

 

 気絶、してたのかな。何が起き……あー、思い出した。お姉様を庇ったんだった。お姉様ったら、妹だからって油断してたからなー。

 

「大丈夫。心配かけてごめん」

 

 確か光の攻撃を受けて倒れたとこまでは覚えてる。目を落として確認したけど、もう血は止まって、傷は治ってる。なら──戦える(止めれる)

 

「スクリタ。止めに行くよ」

「……ッ。無理しないでヨ!」

 

 ティアの姿は白い竜のようで。周りにはルーン文字が浮き上がって。その手にはご自慢の槍(ルイン)が握られて。槍を持ってルーン文字を操り、空を飛んで戦う姿は物語に出てくる戦乙女みたい。

 

「っ!」

 

 激しい金属音が響いた。ティアとお姉様が槍をぶつけた音だ。きっとティアが槍を持ってるのは、お姉様に合わせたから。

 

「はっ!」

 

 お姉様と正面から争うティアの背後から、鋭い爪を向けるミフネア。

 

「──!」

 

 しかし、その切っ先はティアの周りを囲うルーンに阻まれる。

 

「えっ──うわっ!?」

 

 ルーン文字はミフネアが触れた瞬間に光を放って弾け、ミフネアを吹き飛ばす。

 

「オネエサマ! 退いテ!」

 

 息をつく暇もなくスクリタは大きな炎の剣を振り回して。お姉様が声に反応して飛び退いたと同時に勢いよくその剣をティアへ──

 

回避(ソーン)

 

 ──当たる前に彼女の身体は真横に移動した。私も知ってるルーンの魔術。自分の意志に関係なく自動で回避する便利な魔術。

 

「ただそれって一度きりだよね?」

 

 ティアは例の如く『目』が無い。永遠や完全性を司る力を持ってるから、きっと緊張してる部分なんて不完全なものが存在しないだけ。そもそもこれ、格上に通じない時とか多いしあんまり使い勝手良くないんだよね。

 

 でも、ティアの力が万全じゃないからか。それとも完全性とか言いながら完全な力じゃないからなのかは知らないけど。彼女の創るモノ──例えば武器やルーンには『目』が存在する。

 

「きゅっとしてドカーン」

「きゃ!?」

 

 ティアを取り巻くルーンも。ティアが持つ槍も。次々に爆発して破片が飛び散った。大した怪我は負ってないけど、ティアは驚いたらしくて、小さな悲鳴を上げてた。

 

「グン……グニル!」

 

 お姉様はその隙を見逃さず──ありったけの力で槍をティアへと投げつけた。

 

「うっぐぅ……っ」

「ティア……」

 

 槍はティアの腹部を貫通して。大きな穴を開けて遥か彼方へと消え去った。

 

「いったいなァ……もう……」

 

 怪我は瞬く間に消え失せる。回復に集中した素振りもなく、改めてティアが規格外の能力を持ってるとわからせられた気分。

 

「ちょっと!? 傷の治りが早くないかしら!?」

「ミストルティン──!」

 

 お姉様が動揺してる隙に今度はティアの魔法の矢が拡散する。

 

「面倒ね……! フラン!」

「はいはい!」

 

 お姉様は私に呼び掛けるとそのまま直進する。お姉様の意図を汲み取った私は、無数の『目』を自分の拳の中に集めて破壊する。

 

「もう! お姉ちゃんっ!」

「ティア! いい加減諦め……なさい!」

 

 悲痛な叫びはお姉様の声に掻き消された。お姉様は綺麗に散る光を抜けて──器用に三度も、立て続けに妹の身体を爪で掻っ切る。

 

「つぅ……!」

 

 鮮血が宙を舞って。でもティアの身体は何事も無かったかのように傷がすぐに癒える。

 

「邪魔……しないで!」

「くっ……」

 

 ティアはお姉様を突き飛ばして無理矢理距離を離す。

 

「ミフネア! ティア止めテ!」

「一瞬しか持ちませんよっ」

「いイ!」

 

 ティアがお姉様に気を取られたのを見計らって、次はミフネアがティアに背後から飛びかかって動きを止めた。

 

「ミフネア……離さないと貴方──」

「離しませんっ!」

「スターボウブレイク!」

 

 スクリタが色鮮やかな弾幕を放つ。それは見るからに無差別に振り撒く災害みたいなもの。無数の弾幕がティアへ襲う。

 

「──じゃ、私も!」

 

 そして合わせるように、私も炎の剣(レーヴァテイン)を振りかざす。

 

 ミフネアは自分の能力で回避できる。だから、この攻撃はティアだけに通る。

 

「意味無いのに」

 

 そんな甘い考えをティアは嘲笑するように。

 

「──循環性」

「えっ?」

 

 途端にミフネアが飛ばされた。ただ力で飛ばされたわけじゃなく、ミフネアも『気づいたらそこに居た』みたいな顔をしてて。訳が分からない、といった様子。

 

「ミフネア! 弾幕が来るわよ!」

「あっ、はい!」

「って……え?」

 

 全ての弾幕がティアへぶつかる直前に後退して、ティアへと近付けない。私の剣も、スクリタの弾幕も。ティアに近付くことなく、その場で留まりティアへ近付くことはできなかった。

 

「意味無いんだよ。攻撃なんて何もかも」

 

 弾幕はティアに近付くと、まるで初めから何も無かったかのように姿を消す。

 

「ティアさんの能力強過ぎませんか!?」

 

 ミフネアみたいに弾幕をすり抜けて回避したとかじゃない。そもそも攻撃が届かない。ウロから貰った権能だろうけど、あれは初めて見たかも。

 

「だから、みんな……退いて」

「あの……皆さんこれどうしましょう……」

「泣き言言わなイ! 能力なんだからきっと限度があル!」

「権能だよ。そんなのないから」

 

 ティアの冷たい目。彼女のことを真に受けるなら、本当にどうしようもない。

 

 だけど、ここに居るみんなの顔は諦めたようには見えない。特にお姉様は──

 

「ティア。疲れてきたのかしら。言葉に威勢がないわよ」

「……お姉様」

 

 初めてだ。ティアがお姉様を、冗談抜きで睨みつけるなんて。

 

「それとも力に集中してるから、会話するのに力を割けないのかしら。貴女ってそういうの苦手だものねえ」

「お姉様より得意だもん!」

 

 ムカついたから。そんな顔でお姉様へ向かっていき、ティアはお姉様の首を狙って腕を伸ばす。

 

「私の方が得意よ!」

 

 しかし、お姉様は避けようとせずに、同じように掻っ切る仕草を見せて──直前でやめた。

 

「うぅっ……ぁがっ」

 

 首元にティアの爪が食い込む。血が溢れ出し、流れ落ちて。吐血しながらも、お姉様はティアの背中に腕を回して抱擁する。妹の服に血がつくなんてことはお構い無しに。

 

「あ──」

 

 それでティアは何か──多分お姉様が死んだ時のこと──を思い出して、反射的に手を引っこめる。抜いたせいで血が出るとか、そんなことも考えずに。引き抜いたあと、慌てた様子でお姉様の首に手を置いた。

 

 すると傷は跡形もなく消え去り、綺麗な身体に戻るお姉様。

 

「お姉様……! 大丈夫……?」

 

 抱きしめる姉を心配するように顔を覗き込むティア。それは純粋な心配から来るものだった。

 

「ティア…………やっぱり向いてないわねえ」

 

 なのに、少し離れた位置で見守る私の目に、お姉様が悪魔みたいな悪い笑みを浮かべたのが見えた。──悪魔なんだけど。

 

「へ──っ!?」

 

 抱きしめて拘束した状態でティアの首筋に噛みつくお姉様。文字通りの『バンパイアキス』を受けたティアは困惑と驚きで目が丸くなってる。本当に何が起きたのかわからないみたいで、まだ吸血するお姉様を引き剥がそうともしてない。

 

貴女が攻撃すれば(あなはがこうへきふれは)こっちの攻撃も届くわよね(こっひのこうへきもとろくわひょね)?」

「はぁ!?」

 

 何を言ってるか私にはわからなかったけど、ティアには伝わったみたい。あからさまに機嫌が悪くなってる。

 

「お、おねえ、さまぁ……っ!」

 

 そりゃあキレるよね、って。油断誘って攻撃とか容赦ないお姉様に珍しく怒ったティア。なんとか引き離さそうと爪を立ててお姉様の肩を押して。今度は血が出ようが治す気はないらしい。

 

「……フラン。これ手伝った方がいいと思ウ?」

「さあ……どうだろ。まだ見てていいんじゃない?」

 

 真横で呆気に取られたスクリタが私に疑問を投げかける。正直なところ、私もよくわかんない。何やってんだろう、あの姉妹。

 

「この……バカレミリア!」

 

 ようやく引き剥がすことに成功したみたいで、お姉様は肩から血を流しながらティアと対峙していた。牽制するわけでもなく睨み合ってる。もうただの喧嘩にしか見えなくなっちゃった。最初から喧嘩なんだけどさ。

 

「私の心配返して!」

「それはこっちのセリフよ! 貴女が居なくなってどれだけ心配したと思ってるのよ! 同じ気持ちを味わうがいいわ!」

 

 その言葉で私は察した。「珍しくお姉様も怒ってるんだ」って。そして、心配で同情誘って止めるつもりもないんだって。これはティアが心配して始めたことなんだから。同じことを繰り返させないように。

 

 でもだからって、不意打ちはどうかと思うけど。ティアも怒りか呆れかで呼び捨てにしてるし。

 

「……そっ。お姉様だけは痛いじゃ済ませないから!」

「やってみなさい! 私は貴女に守られるほど弱くないわよ!」

 

 挑発に乗ったティアは私達を気にせずお姉様に爪を向ける。

 

「この……っ!」

 

 向かってくるティアに対して、お姉様は妖力で形作った槍を手にして。

 

「──私だって、姉なのよ」

 

 今度は躊躇せずに直進したティアの攻撃がお姉様の肩を捉え。

 

「……っ。いったいなァ……っ」

 

 お姉様の槍はティアの腹部を槍で貫き、槍を伝ってお姉様の手が血で染まる。お互い引かずに目を合わて。なんだか間に入るのも悪い気がする。

 

「妹には負けないわ。貴女の力は攻撃が届かないようにするものみたいだけど。……それだと自分の攻撃も届かないものねえ? それに最初からしないのは『ずっと使えない』って言ってるようなものよ。怒りに任せて力を使わなかったのは、意識しないと使えないものってことかしら?」

「ほんと……今日のお姉様はいっぱい痛めつけたいなァ」

 

 するりとティアの棘が付いた尻尾がお姉様の足に絡み付く。

 

「痛っ。……へ?」

 

 そして、ティアがお姉様の槍を掴むと、槍は粉々に崩れ落ちる。

 

「じゃぁ──痛いの、あげる」

 

 次の瞬間、宙を舞うお姉様。足が掴まれて、ティアの尻尾で容赦なく振り回されてる。

 

「フラァァァァン! 早く助けぇぇぇぇ!!」

「世話が焼けるなー」

 

 お姉様を掴んでるから、さっき言ってた『循環性』は使えないはず。だけど『目』は見えないからまた別の力なのかな。

 

「ま。考えるのも面倒だし」

 

 これはティアと同じ魔術。

 

太陽(シゲル)

 

 ルーン文字を描くとその場から一直線に飛ぶ光の線。

 

「つぅ……っ」

 

 光はお姉様をギリギリ避けてティアを射抜いた。

 

「危なっ!?」

 

 太陽光的な魔術だし、普通は喰らうと遅くなるんだけどね。ティアは関係ないみたいな顔して、傷も既に完治してる。お姉様はというと……ティアが攻撃に怯んで離したお陰で拘束から逃れてた。

 

「ちょっと! 見てないで早く手伝いなさいよ! 1人で相手するの凄く大変なのよ!」

「邪魔しちゃ悪いかな、って。なんかいつもみたいに吸血ごっこしてたから」

「体力も回復できるし攻撃もできるから便利な技なの! 他意はないわっ」

 

 とかなんとか言って、絶対他意あったよ。この姉は全く……。

 

「……ミストルティン」

 

 静かに光り輝く弓を手にする妹。でも、武器なんて私の前じゃ意味無い。またさっきみたいに──あれ? 

 

「『目』が見えない……?」

「完全性。私に常時使ってるのを、これにも使ったの。だから……もう破壊されない。でも……」

 

 ティアは小さく笑って「正直に言うとね」と言葉を続ける。

 

「ウロから貰った権能使うのすっごく疲れるんだ。ここに来る前は全部不完全だったのもあって、ここまで強力なものじゃなかったの。だから私にはまだ簡単に扱えてね。──けど、こっちに来たら力が強すぎて。強力なのはいいんだけど、それで却って扱いにくくなっちゃったんだよねぇ」

「突然どうしたノ? 告白なんかしテ」

「黙って聞いて。お姉様にちゃんと話すの、多分初めてなんだから。それでね。強力すぎて、2つ以上とか並行して使うと集中力すっごい使うの」

 

 ティアは気まぐれなところあるから、唐突な話には驚かないけど。なんだろう。諦めた……という感じには見えない。

 

「権能は大きく分けて5つあって。今はずっと自分に完全性使って身体能力とか底上げしてる。時間巻き戻すのに循環性。怪我したら、永続性ですぐ回復して。始原性は能力奪った時に詳細知る程度にしか使わないんだよね」

「……えっと。まだ1つあるんですよね。聞いてる限りその、権能というのは」

 

 ティアは何をしようとしてるんだろ。こんな話をして。手の内を晒すようなことして。ティアはお喋りだし、話すのに深い意味はないだろうけど。

 

「うん。まだこっちに来て1回も使ってないけどね」

「始原性? というものみたいに戦闘じゃ使えないものなのかしら? 使ってもないってことは」

「逆だよ。戦闘だととっても強いんだよ。だからね?」

 

 ティアが決意した表情とともに、弓を番える。

 

「ちょっとやそっとじゃ倒れてくれないってわかったから。多少痛くしないと、って思ったから!」

 

 彼女の狙う先は私にはじゃなくて、彼女自身の頭上。

 

「無限性は私の夢を叶える不老不死の力。そして、文字通り無限を司る力なの。だから、もうお終い! 死なないように痛くしてあげるからっ! ──ミストルティン! 全てを貫け!」

 

 天高く放たれた1本の矢。それが上空で太陽のような眩しい輝きを放つ。光はその場に留まって、そこから溢れるように地上に降り注ぐ無数の矢。あまりにも広範囲。山を埋め尽くすほどじゃなくても、この広場を支配するくらいには範囲が広い。なのに、真下に居るティアにだけは当たることがない。もちろん近付くことすら難しそうだけど。

 

「──フラン!」

「全部見えないから無理!」

 

 矢を生成してる原因(光源)は疎か、落ちてくる光の矢すらも。緊張してる部分が無い。きっと、その全てにティアの言う『完全性』が付与されてるから。

 

「なら仕方なイ! クランベリートラップッ!」

 

 避けることは困難と判断したスクリタがみんなを守るように拡散させる弾幕。光の矢は複数の弾幕が当たってようやく相殺するほどに頑丈。これじゃジリ貧確定だね。4人でやっても、ずっと落ちてくる矢を捌ききるのは困難だろうし。

 

「そのままお願いします! 僕はっ!」

「ミフネア!? 何を……ああそういうことね!」

 

 ミフネアだけは自分の透過する能力を使って一直線にティアに向かう。

 

「これ、くらい……っ!」

 

 能力の副作用で苦痛に顔を歪める彼は、それでも構わないとティアへ近づいていく。

 

 対するティアはその場から動かずに弓を消し、素手で立ち向かう姿勢を見せる。

 

「ティアさんっ……!」

「ミフネア……邪魔」

 

 矢が雨の如く降り注ぐ中で唯一ティアに触れるほど近づいたミフネア。その手はティアの肩を掴むも、彼に攻撃する意思は感じられない。逆にティアはお構い無しに彼へと手を伸ばす。

 

「僕は……貴女のことが好きですから。貴女の意思を尊重したいと同時に、貴女に悲しんでほしいと思いません……っ」

「……なら」

 

 その爪の切っ先が届く寸前、ミフネアの姿がブレる。ブレたと同時に爪がミフネアをすり抜けるも、ティアの顔には変化がない。

 

「不老不死とかそういう話は僕は拒みませんがっ。でもっ! ティアさん、今だって辛い顔してるじゃないですか! それって、争いを嫌ってるからですよね!? 家族との……! それにほら! お姉さん達と仲違いして手に入れた永遠なんて、家族のためを思う貴女にとっては本末転倒じゃないですか!」

「っ……」

 

 誰だって気づいてる。ティアが無理して笑ってること。ティアが私達を苦しめるのを好き好んでやるわけないってこと。今の今まで信じてたことを否定されても、ティアはそれを信じたいだけ。だって、私達が大切だから。傷つけてでも、守りたいなんて矛盾な感情を抱いてるのも……喪いたくないからで。

 

 ま、それはそうとお義姉さん言うな、とか口に出そうになる。うん、違うってわかってるけどね。まだ私認めたわけじゃないし、認めるつもりもないから。

 

「うるさい……」

「ティアさん! 戦いなんてやめて、話し合いましょうっ。傷つけ合うのは不本意だってみんな──」

「うるさい! 私に勝ってから言って!」

 

 ティアの手に現れる禍々しいオーラを放つ剣。

 

「ティアさ──えっ?」

 

 今度はミフネアの姿がブレることなく、剣をミフネアの腹部へ突き刺す。大量の血が流れ落ち、ミフネアも痛みからかティアを掴むのをやめてしまった。

 

 ──って今……一瞬だけ『目』が見えた? 

 

「つぅ……!? どうして……っ」

「私を掴んだ時に奪った。このまま痛みを味わって? ──大丈夫。死なないから」

 

 地面に落下したミフネアに襲い掛かる無数の矢。矢の雨を避けながらなんて、ここからじゃ間に合わない。

 

「ミフネア! 避けなさい!」

「く……ぅ……」

 

 お姉様の声に反応して身体を捩るも、ティアの真下に向かうこともできないみたいで。彼の目前まで矢が向かってた。

 

「──吸血鬼は世話の焼ける子が多いわね」

 

 ミフネアを守るようにして、地面から生える宝石の壁。それは矢を弾き、更なる追撃からミフネアを守る。

 

「っ……!」

「あの魔法ってもしかして」

「っ! パチェ!?」

「そんな驚くことかしら?」

 

 私達の後ろから、片手には魔導書らしき本を持って悠々と現れたパチュリー。

 

「貴女、どうして……!?」

「どうして? 吸血鬼達の治療が終わって、館に運ぶのも終わったからよ」

 

 こんな短時間で? そんな疑問がお姉様の口から出るより早く、その解答がティアの周りを囲む。

 

「ティア様、失礼致します」

「えっ」

 

 突然私達の前に出てきた咲夜と、ティアの周りに出現した銀のナイフ。矢に負けないほど多いナイフが囲んで、避けようのないほどティアの周囲を埋め尽くしてる。

 

「咲夜っ……!」

 

 ナイフが触れる直前、ティアの姿がブレて、ナイフが彼女をすり抜ける。

 

 もうさっきの『目』が見えた理由はわかった。ティアは複数の能力を同時に使うのが得意じゃない。それは権能だけじゃなくて、他の能力を使う時も一緒。並列処理するのが難しいのか、ティアが苦手なだけなのか。多分どっちもだけど。

 

 ついさっき『目』が見えたのはティアが剣を創造する魔術を使ったから。ただでさえ矢の全てに複数の権能を使ってるから、ちょっとした頭を使う能力や魔術だけでも集中力を欠き、強力な権能を維持できないのかな。

 

「──見えた」

 

 だから、今度も見えると確信してた。ティアが自分以外の能力を使うなら、きっと見えるはずだって。予想通り一瞬だけ見えた矢を放つ光源の『目』。それを自分の掌に移動させ──握り潰す。

 

「あ……っ」

 

 光源は大きく弾けて、矢とともに光となって地面に降り注ぐ。真下に居たティアは能力を行使したままらしくて光をすり抜け、驚きに満ちた顔で私を見てた。

 

「お姉ちゃ──」

「ティア、ごめん」

 

 見えたのはアレだけじゃない。もう片方の手に握ったもう1つの『目』。ティアが力を使ったままだったら効かなかった。だけど、今のティアは予想外のことを目にしたからか無防備だったから。

 

「きゅっとして──ドカーン」

「う、ぁ……っ」

 

 畳み掛けるように、私はソレを握った。ティアの左半身が音を立てて破裂する。赤い液体が宙を舞う。痛いはずなのに大きな声も上げず。ティアはふらりと空中でよろける。

 

「お姉様、ほら」

「ええ」

 

 地面に落ちようとするよりも早く、お姉様がティアを空中で抱きしめ、受け止める。ティアは自分の回復に集中してるのか抵抗もせず。お姉様の腕の中で小さくなってた。

 

「ようやく……ね。捕まえたわ。もう終わりよ」

「……なんで」

 

 降り立った時、ティアの姿形は元に戻ってた。竜の尻尾も鱗も消えて、それに『目』は見えたまま。権能を使ってない本当に無防備な状態だ。

 

「なんで、止めるの……?」

「ティア……」

 

 涙に溢れた目で姉を見つめる妹。身体は綺麗なのに、表情は疲れ切ってる。きっと今日1日で身に余るほど強大な力で萃香とかいう妖怪と戦ったり、私達と戦ったりした影響。でも、それ以上に精神的なダメージが大きそうだ。私達に止められるとわかったまま強行して、実際に止められて。もう戦うのも疲れたんだ、って。家族と戦うの、ティアもきっと嫌だっただろうから。

 

 いつも付けてないネックレスを付けてるのがその証拠。家族との思い出なんか付けて、明らかに思い出に浸ってる。止められるという現実から逃げてる。そうしないと、自分が耐えられないから。

 

「私は……お姉様とずっと一緒に居たかっただけなのに。もう死んでほしくないから……。あんなことを繰り返したくなかったから!」

 

 お姉様の腕の中で、ティアの目から雫が零れ落ちる。怒りというより、哀しさを感じる強い言葉で続けていく。

 

「どうして! なんで止めるの!? お姉様はもっと生きたくないの……?」

 

 必死に訴えるティア。どうしようもないほど顔がぐちゃぐちゃで。涙が溢れて止まらない。

 

「長生きしたくないなんて言えば嘘になるわね」

「なら……!」

「だからって、私に生きることを強制するの? 生き続けることが不幸になっても、貴女は私を生かしたいの? 何それ。自分勝手にも程があるわよ。他人から生殺与奪の権利を奪って、自分の思うがまま管理する? 馬鹿じゃないの?」

「え……?」

 

 思わぬ暴言に目をぱちくりと動かす。私の妹は怒られ慣れてないというのがよくわかる。

 

「傲慢すぎるわよ、ティア。死なないってことは、死ねないってことよ。後悔しても、死を望んでも。死なないから生きるしかない。今度こそちゃんと聞きなさいよ? 例えば住む場所が……この世界が滅んだりしたらどうするつもり?」

「世界が……そんなの、有り得ないし……」

「なんでそう言えるのよ。何億、何兆年と生き続ければ、そういう未来が来る可能性だってあるのよ。その時貴女はどうするの?」

 

 考える素振りを見せるも、口は動かない。何も思い付かないみたいだ。

 

「どう、って……」

「何もできないわよね。貴女は大切な人に永遠に苦痛を味わわせたいの?」

「違う……けど……」

 

 初めて怒られてる姿を見てる。ティアも慣れてないことで、いつもの元気がない。ティアが初めて大好きな人に怒られる瞬間だろうし、仕方ないだろうけど。

 

「ティア。貴女に生殺与奪を決定する権利なんてないわ。生きることを奪う権利も死ぬことを奪う権利もね」

「私は……ただ、もっと遊びたいから。もっと幸せになりたいから……」

「その結果、望まない人に望んでもない不幸を与えることになってもいいのね?」

「ち、ちが……う、けど……」

 

 涙を流すティアに、容赦なく言葉を続けるお姉様。怒り慣れてない感はあるけど、その目は真っ直ぐティアを見据えてる。

 

「ティア。大人になりなさい、なんて卑怯なことは言わない。だけど、そのままでいいなんて甘いことも言わない。……一言だけ言っておくわ」

 

 ティアの頭を優しく撫でる。壊れやすく愛おしいものに触れるみたいに優しく。

 

「え……?」

「前を見なさい。道を振り返ることをやめなくていい。でも、進むべき道を見ることをやめないで。貴女はまだ子どもなの。だから、気に食わないことも、できないこともいっぱいある。幾らでも後悔なさい。道を誤ってやり直すのも、ひたむきに前を見続けるのも。それは子どもの特権だからね。──不老不死を目指した理由くらいわかってるわ。その上で言わせてもらうけどね。私は今が好きよ?」

 

 チラリとこっちを見て、お姉様は話を続ける。

 

「今この状況含めてね。フランも言ってたけどね。永遠じゃないからこそ、大切に思えるものよ。壊れやすいから大切にするみたいにね。ティア。貴女も今を大切にしなさい」

 

 そう言って満足した顔で立ち上がるお姉様。ティアはその場でぽつんと、1人座り込む。

 

「……え? お姉様?」

「どうしたの? まだ何かあるわけ?」

「あ、あの。その……」

「何よ。言ってないことがあるなら早く言いなさい」

 

 ティアはしばらく無言だった。何を考えてるのかわからないけど、その目はじっとお姉様を見つめて。

 

「…………赦してくれるの?」

 

 しばらくの沈黙のあと、深く考えて出した言葉はそれだった。

 

「はあ? ……ああ。ちゃんと謝れるならね?」

 

 お姉様は一瞬だけ「何を当たり前のことを」なんて顔をしたけど。すぐにその意図に気づいたみたいで、言葉を促した。

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい……お姉様」

「私だけじゃないでしょ?」

「みんなも……迷惑かけて、ごめんなさい……」

「私は別にいいよ。そこまで──」

「ごめんなさい……。ごめんなさい……っ」

 

 大粒の涙を流すティアに私の言葉は聞こえてないみたいで。ティアにとってその言葉がどれだけのものかわからない。ティアはとっても単純だから。その言葉を口にした理由も単純なものなのかもしれない。謝りたかった。許されたかった。そんな単純なものなのかも。

 

 ただ私はそれを聞いて「ちゃんと謝れて偉いね」なんて子どもじみた感想が頭に浮かんでた。

 

「貴女のせいで色々大変なのよ。早く戻って、やり直すわよ。やったことに対する反省も罰も、その後でいいわ」

「うん……」

 

 怒られて調子が戻らないティアはお姉様の手を握って立ち上がる。その姿はいつも見る姉妹の姿。

 

「……ティア。手」

「うん……」

 

 もう片方の手を握って、私達は山を降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──私はティアを一番よく知ってる。ティアが誰を好きだろうと、私は一番ティアが好き。だから、ティアのことはなんでもわかる。ティアはちょっとやそっとじゃ反省しない。今回みたいに怒られて初めて反省して。ティアはようやく……叶わない夢を捨てて──前を向いて歩き始めるって、私は知ってる────



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最終話「強欲な回想録」☆

 ──Tia──

 

 あの事件が終わったあと、お姉様に全部話して──私はまた怒られた。操った吸血鬼達によって起きた被害とか、吸血鬼を操ったことそのものとか。あの時言ってなかったことを全部怒られて。また泣いて。そして……お姉様達が事件の後始末を手伝ってくれた。

 

 吸血鬼による被害の方は、怪我をした妖怪がいたらしいけど、そっちは不問になった。怠けて腑抜けてる妖怪が悪い、なんて事件のあと来た胡散臭い人が言ってた。

 

 操ってた吸血鬼の記憶は種を埋め込んだ時に酷いものが残らないように、って最初から消えるように仕組んでたから、正気を取り戻した吸血鬼に何か言われることはなかった。だけど、お姉様に言われて謝って。みんな訳が分からないみたいな顔してたけどね。萃香に吸血鬼のことをお願いしたお陰なのか、大半は萃香が居た地底に移り住むことになった。ミフネアがこれからも吸血鬼達の面倒を見てくれるらしいから「お姉様は仕事が減った」って喜んでたっけ。

 

 地底の生活は意外と快適らしくて、地底に住むスィスィアやイレアナちゃんからよく話を聞いてる。イレアナちゃんだけ記憶を消す前に話したから、私のことは覚えてるみたいだけど。それなのに私のことを責めず、よく遊びに来てくれるからよくわかんない。遊び相手が多いから、私としては嬉しいことなんだけどね。

 

 あとは胡散臭い妖怪が来て変化ありきの世界だからなんとかと……なんだっけ。まぁ、なんか色々言われて。

 

 結果、私は権能を除く奪ったものを全部返して、反省と償いの意味が込められた謹慎中。外には人里とか大切なものがあるからって、外に出て騒ぎを起こさないと判断されるまで、私は館の中で暮らすことになった。敷地内は自由に出歩いてもいいから、大した苦じゃないけど。ただ謹慎が明けたらと萃香が遊びに誘ってきたから、それがちょっと嫌なんだけど。萃香、あれ以来苦手意識あるし。恩もあるけど。

 

「真っ赤だなぁ……」

 

 だから私は、お姉様達が異変を起こしてる最中も館で謹慎してる。少しでも景色を見ようと紅魔館の屋上に来たけど、何処を見ても紅色の霧しか見えないから、大した感想なんて出やしない。館の中なら参加したかったのに、私はまだ『スペルカードルール』っていう遊びの方法を聞いてないから。きっと参加しちゃダメってことなんだと思う。加減はそれなりにできるんだけどね。相手が人間らしいし、難しいだろうけど。

 

「あ、美鈴やってるなぁ……」

 

 眼下で色鮮やかで綺麗な弾幕が広がってる。あれは美鈴のスペルカード。あっちは……なんだろ。魔法使いかな。白と黒しかない。ビームみたいの飛ばして……あれ。もう終わったのかな。魔法使い、館に入ったみたいだけど。……美鈴、怪我はないみたいだけど通しちゃって大丈夫なのかな。

 

 にしても、あれを見てると身体中がうずうずする。遊びたいって気持ち。あとはアレも好きになるんだろうなぁ、っていう期待。って思うと、反省はしたし後悔もしてるけど、やっぱり私は何も変わらないんだね。

 

「食べたいなぁ……」

 

 最近はお姉様達が忙しそうにして遊べてない。未だに感じる飢えや渇きは、子どもだから無い物ねだりしてるなんてお姉様に言われちゃった。多分、お姉様の言う通りなんだろうけど。これが消えるのは、一体どれだけの年月が必要なんだろ。そう思うと気が滅入りそう。

 

「変わらないね、ティア」

 

 久しぶりに聞いた声。振り返ると、血のように真っ赤な髪の彼女がそこに居た。

 

「あっ! ウロ!」

 

 久しぶりに見たからって、思わず抱きしめちゃった。このまま吸血したら怒るかな。きっと怒るね。やめとこ。

 

「人肌恋しいの? ……いや、いつも通りかこれ」

「ウロ。今まで何処に居たの? お姉様探してたよ」

「それ見つけたら殺す勢いで探してるでしょ。わたしはレミリアに怒られるの嫌だから隠れてただけ」

 

 よくわかったなぁ、って。お姉様、ウロのこと聞いてとても怒ってたから。自業自得なんだろうけど。ウロ、私に手伝ってくれたから私は怒ってないんだけどね。

 

「そういえば、あのあとどうだった?」

「会えた。ティアのお陰。で、イラ達は先に帰ったよ。わたしはやり残したことがあったから、まだ残ってる」

 

 その言葉を聞いて察した。

 

「そっか。……うん。権能は返すよ。正直、私には強すぎて扱いづらいしね」

「えっ」

「え?」

 

 胡散臭い人にも言われたけど、奪ったものを全部返すって約束はしてるからね。これだけ例外、なんてわけにもいかない。

 

 とか思ってたけど……あれ、違うの? 

 

「あ、うん。ちょっと素直でビックリしただけ。成長したね、ティア」

「約束だからねぇ……」

「そっか。それで本題なんだけど」

「えっ」

 

 権能返却が本題だと思ってたんだけど。違うんだ。でも私、それ以外のウロの用事が思い付かないんだよね。

 

「どうしたの?」

「ウロ、返してほしいから会いに来たんじゃないの?」

 

 だから、私はそう尋ねた。そしたらウロは私から照れてるのか、お姉様と同じ色の目をちょっとだけ逸らして。

 

「……謝りに来た」

「騙したこと?」

「え。……気づいてたの?」

 

 ウロがどれのことを言ってるのかわからない。でも、全部終わったあと、結局できなかったんだ、って気づいたから。

 

「私が不老不死になれてたのって、あれ私が権能に集中できてたからだよね。だから、私の集中が途切れたら……例えば気を失ったり、途方もない時間で精神が壊れたりしたら、不老不死じゃなくなるよね?」

 

 こっちに来たら完全な不老不死になれると思ってた。でも、そうじゃなかった。集中力が保てる範囲、という制限付きの力。ウロの権能じゃ不老不死なんてなれやしない。そもそもウロがある程度成長してる時点で、不変じゃないしね。

 

「……わたしが不老不死になれる権能を持ってるのに転生するのは、その世代のわたしの集中力が長く続かないから。基本正気を失って、壊れる。完全性とか永続性で正気を保つこともできなかった。当たり前だよね。だって、その正気で力が動くんだから。正気じゃなければ権能は使うのも扱うのもできない。だから、永久機関なんてものは自前じゃ作れなかった」

「待ってウロ。もっと簡単に言お?」

 

 なんだか難しそうな言葉が聞こえたから話を遮る。黙って話を聞いて、これ以上難しくなるのも困るから。

 

「わたしの権能を使って不老不死にするって思ってたよね、ティア。わたしの力が、龍神に会うことで強力になるとか。そうじゃないの。わたしじゃ無理なことを龍神ができるから龍神に会う必要があるって言った。会えとだけ言って、わたしはそれを言わなかった。わたしは帰るために、あなたを利用するつもりだったから」

「うん……そうだよねぇ……」

 

 わかりやすく項垂れてみる。わかってたけど、改めて思う。信じてた人に裏切られるのって、こんな気持ちなんだなぁ、って。そりゃぁ、あれだけお姉様が怒るのも納得だなぁ。

 

「だから、謝りに来た。ごめん、ティア。……正直な話、あなたに嫉妬してた。羨ましいと思ってた。わたしはずっと独りだったから。あなたがわたしのことを好きでいてくれたのに、わたしは素直になれなくて、正しく返すことができなかった」

「……告白?」

「うん。……うん? 待って違う。多分ティアが思ってる告白じゃない!」

 

 でもこれ、好きなことに対する返しって。しかも素直になれなくて、とか。

 

「ウロの言い方、告白みたいなのに?」

「ティアのことは妹と思ってるだけでそんな気持ちないから!」

「ふーん。ウロがお姉ちゃんかぁ……」

 

 友達みたいな感覚だったけど、お姉ちゃんもありかも。そうなったら呼び方どうしよう。……んー、やっぱりウロ姉かなぁ。お姉様もお姉ちゃんも、もういるしね。

 

「私、ウロ姉のことだぁいすきっ」

「……ティア、わざとやってる?」

「うん。からかうの楽しいから。でも好きなのはほんとだよっ。……だからね、気にしなくていいよ。知ってたし、私もウロを利用しようとしてたようなものだしね」

 

 だから、お互い様。今まで通り仲良しの方がいいし、そんな終わったこと気にして関係を無かったことにしたくない。私はウロのことも好きだから。

 

「……それでもごめんね、ティア。あなたの夢、叶えられなくて」

「もう。気にしなくていいのに。終わったことだし、お姉ちゃん達は不老不死嫌いみたいだしねー」

 

 やってお姉ちゃん達に嫌われるのは嫌だから。あともう怒られたくないし。

 

「ウロ。嫌われてたとしても、私は好きだよっ」

「嫌ってないよ。嫉妬してただけ」

「あ、私じゃなくてお姉様に」

「うっ……。そ、そうだね……」

 

 好きな人が好きなものはより好きになれるけどね。でも、私が好きなことに変わりはないから。

 

「……ティア」

「なに? あ、ウロ。もう謝っ──」

「ありがとう」

 

 温かい熱が私を包み込む。ウロが小さな身体で、私を抱きしめていた。

 

「もうお別れするの?」

 

 それでもう会えないんだって気づいた。もう会うことがなくなるから、珍しくウロから行動してくれたんだ。

 

「今日のうちに行く。わたしが会うのはこれで最後になるね」

 

 抱擁が終わったあとも、彼女の顔はとっても近くて。少しして離れたけど、まだドキドキは残ってる。

 

「そっか。……今までありがとうね。色々あったけど、楽しかったよっ」

 

 その気持ちに嘘はない。けど、やっぱりお別れは寂しい気持ちになる。間近で見る彼女の顔をもう見れないと思うと、その気持ちはより強くなる。

 

「ん。わたしも。ティア、これ餞別」

「うん?」

 

 手に握らされた小さな瓶。赤い液体が入って……ってこれ。

 

「ウロの血だよね?」

「うん。大怪我した時にでも使うといい。短時間しか効かないけど、一時的なら多分──」

「なるほど、そっか」

 

 私はその瓶を開けて、液体を喉に注ぎ込む。いつもと変わらない甘い液体。持ち主であるウロはというと、ちょっとだけビックリした表情を見せてくれた。

 

「あらら……。必要なかった?」

「うん。私はもういいや。永遠は欲しいけど、もう少し違う欲しいモノを探してみることにするの。お姉ちゃん達も喜んで私も楽しめる何かをねっ」

 

 不老不死以外で永遠の何か。永遠って言葉は魅力的だから、欲しいモノなのは変わらないんだけどね。でも、お姉様が嫌がらずに欲しいモノを手に入れるのが一番だろうし。

 

「餞別は血しか用意してなかったけど……何か欲しいものはある? 用意できるものなら、最後だからね。貴女にあげるよ」

「欲しいもの? うーん……」

 

 欲しいものと言われても、今すぐは思い付かない。だって、色々ありすぎるから。私はまだ色んなものが欲しいし、知らないものも全部欲しい。どれか1つに絞るなんて……。

 

「あっ」

 

 ふと思い出した。ウロと交わした最初の約束のこと。約束は守って、果たした。だけど、冗談で伝えた破った時のことを、今ならやってくれるかも。なんて、小さな期待が頭の中にぽっと出てきた。

 

「何か思い付いた?」

「うん。先に聞くけど、権能はどうやって返すの? キスして渡す?」

「きっ!? しなくていいから! いつもみたいに血でいいから!」

 

 頬を赤くするウロを見てると心の中で感情が沸き立つ。お姉様と同じ色の目をしてるから? ううん。そうじゃない。答えは簡単で、私はウロも好きだから。

 

「そっか。帰るのは今日遅くでもいいんだよね?」

「いいけど……な、なに? 帰らないでとか無理だからね……?」

「それはわかってるよ?」

 

 ウロの思いは尊重したいからね。無茶なことは言えないよ。うん、無茶なことはね。

 

「ウロ……」

「ちょっ、近いんだけど……」

 

 顔を近づけると、ウロの顔はイチゴみたいに真っ赤になって。

 

「約束。破ってないけど、騙してたよね。なら、破ってたのと同じじゃない?」

「うっ……。それは、そう……かも?」

 

 騙してたのは許したけどね。これから頼むことはそう言った方が通りやすいだろうし。

 

「血は嬉しかったよ。だけどね、私はもっと欲しいのあるの」

「な、何かな……?」

「ねぇ、ウロ姉」

 

 逃げられないように腕を掴んで引き寄せる。目と鼻の先に赤い髪がチラつき、朧気な紅色の眼が泳いでるのがよく見える。

 

「私、ウロ姉が食べたいなァ……」

 

 耳元で蠱惑的に囁く。赤髪の彼女は頬を朱色に染めて私を見ないように視線をずらして。だけど、私が許すわけもなくて。空いたもう片方の手で、ウロの頬に触れて顔をこっちに向けさせる。私から目を逸らさせないように。

 

「うぅ。……確かに、嘘ついたし、騙したよ。け、けどほら。お姉さんとかに見つかるとわたし──」

「今日はお姉ちゃん達異変で忙しいから大丈夫。地下までは来ないよ? それに私にルーンを教えてくれたウロなら、吸血鬼を転移させたルーンの故郷(オセル)使ってバレないように逃げれるよね?」

「くっ……。やだなぁ……。これでも貞操は死守してきたんだけどなぁ……」

「へ?」

 

 食べるってそっち想像してるんだ。まぁ、私はどっちでも構わないけど。でもこれが最後だし、そっちの方がいいかな。

 

「え? あ、もしかして物理的な──」

「じゃぁそっちじゃない方で」

「じゃあって何!? やっぱり物理的に食べられようとしてた!?」

 

 全部食べるわけじゃないのに大袈裟な。でも魔女だから美味しいんだろうなぁ。人間と変わらない味だからね。ウロはこう見えて甘いものをよく食べるから。噛み付けば柔らかい肉の感触が私を満たしてくれて、きっとその味も甘いんだろうなぁ。……なんて想像すると、どんどん我慢できなくなるね。

 

「ほら。うだうだ言ってないで。いいかどうかハッキリしてよ」

 

 無理ならそれでもいい。私だってダメもとで頼んでるから。でも、もし大丈夫なら……。私はきっと我慢できないから。

 

「……はぁ。わかった。いいよ! 好きにしていい! ただし。お姉さん達には言わないで。知られたくないから。2人だけの秘密にしてっ」

「ふふん、さっすがウロ姉っ!」

 

 改めて抱きしめる。ウロの身体はお姉様達みたいに小さくて柔らかくて温かくて。

 

 ああ。『これ』を今から食べるんだと思うとゾクゾクする。楽しみが抑えきれなくていつ爆発してもおかしくないや。

 

「ウロ。ありがとうね。……これが最後だとしても、私はウロのこと忘れないよ、きっとっ」

「嬉しいね。わたしもティアのこと忘れない。きっと来世もね」

 

 その言葉でちょっとだけ1つ気になることが生まれて。

 

「そういえばさ」

「うん」

「貴女はこれで最後でも、ウロボロスに会えることはあるの?」

 

 さっき「わたしが会うのはこれで最後」って言ってた。だけど、転生を繰り返すウロボロスなら。

 

「それはわたしにもわからない。わたしは魔女。ちゃんとしたウロボロスじゃないから。全部の記憶を持ってるわけじゃない」

「そっか……」

 

 ウロでもわからないんだ。そう思って項垂れてると、ウロが私の頭を撫でて。

 

「だから、ティア。『待て、しかして希望せよ』だよ」

「希望……うんっ。そうだね! また会おうねっ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「じゃあそういうわけで……はぁ。本当にやるの……?」

「当たり前。早く行こーっ」

 

 ウロの手を引き、私は彼女を部屋へと誘う。彼女との会話も関係もこれで終わり。だからこそ。最後だからこそ、私と彼女の間に涙なんて必要ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──EXTRA STAGE Sister of Scarlet──

 

 

 

 

 

 

 

 館で放浪する紅白の巫女を見て、また欲しいと感じて。そして、私は思う。

 

 私はこれからも変わらないって。

 

「今日はいつにもまして暑いわね。こんなに攻撃が激しいのは、さっきの女の子がおかしくなっちゃったから?」

「暑い? 快適な温度だけど」

 

 全てを欲しがるほど強欲で。

 

「他にもおかしい奴が居るのね?」

「え? うーん……美味しいかどうかで言うと、美味しいかも?」

「やっぱりおかしな奴ね」

 

 力を持てば人より強いと思うほど傲慢で。

 

「貴女がお姉様の言ってた紅白の巫女?」

「お姉様? レプリカとかいう悪魔のこと?」

「レミリア! レミリアお姉様!」

「妹に見えないわね」

 

 自分が持ってないものを持つ人がいれば嫉妬して。

 

「妹君に言いたいけど、お姉様はよく家の神社にやって来て迷惑なの。何とか言ってやってよ」

「言ってるよ。私が止めても行っちゃうんだから」

「もっと頑張って」

 

 食べ尽くしたいと考えるほどの暴食が存在して。

 

「ところでさ」

「うん?」

「私今暇なの。謹慎中でね」

 

 見るもの全てが愛おしく感じるほど色欲があって。

 

「要注意人物なんだね」

「私と遊ぼ?」

「何して遊ぶ?」

 

 自分を否定されると憤りを覚えるくらいの憤怒を持って。

 

「弾幕ごっこ、流行ってるんだよね。私ともやろ?」

「ああ、パターン作りごっこね。私の得意分野だわ」

 

 好きなもの以外には全くと言っていいほど関心がないくらいには怠惰で。

 

「負けたらもっといっぱい……遊ぼうね!」

「勝ってから言って」

 

 だけどそれでいいよね。お姉様達は()を赦してくれたから。罪を重ねても、お姉ちゃん達が正してくれるってわかったから。私は(間違い)を犯しながら大人になる。怒られて赦されてを繰り返して。そうして成長を重ねて。

 

 私が ()じゃなくなった時に、私は初めて大人になるんだろうなぁ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤い髪……珍しいね」

 

 幾年も経ったある日のこと。

 

「……わたしは嫌いだけど。この髪色。親とも違う突然変異でウンザリしてる」

 

 地底の奥底で彼女と同じ赤い髪の吸血鬼と出会った。

 

「私は好きだよ?」

「……急に出てきて褒められても反応に困るんだけど」

 

 彼女に話しかけた理由は、髪色だけじゃなくて雰囲気も似てたから。でも、最後に会ってから長くなるから確かじゃない。それでもこの胸に秘めた感情は『彼女』だと告げていて。

 

「そっか。ごめんね。若いけど、1人でいるの?」

「親がわたしの髪色見て、不倫相手の子なんじゃないかって喧嘩して。……色々あって今は1人。あなた、あのスカーレット家だよね? こんな地底の中でも奥底になんの用?」

「友達に会いに来た帰りだよ。1人で大丈夫? 家は?」

「地底の妖怪に借りてる。遊ぶことはないけど、みんな優しいから……大丈夫」

 

 この娘と話してると、彼女と初めて出会った時を思い出す。独りが嫌で構ってほしそうな目をしてた彼女のことを。彼女は口に出すことはなかったけど、私は最初から心の底では気付いてて。

 

「よかったらうちに来る?」

「いいよ。邪魔しちゃ悪いし」

「いいんだ。じゃあ行こっか」

「そっちのいいじゃないよ!?」

 

 この娘が彼女の前か後かわからない。そもそも彼女の転生体なのかすらもわからない。

 

 ──それでも私は私自身の直感を信じて。

 

「ふふん。でも、独りは寂しいでしょ? おいで。私の館に案内してあげる」

「…………うん」

 

 少し考えたあと、この娘は静かに頷いて。私はあの時みたいにこの娘の手を引っ張った────




ようやくですね。はい、ようやく最終話。ようやく完結です。

全90話+αで約2年半という投稿期間でしたが、なんとかここまで来ることができました。応援してくださった皆様や読んでくださった皆様のお陰です。

まぁここで長ったらしく話すのもなんですし、完結した感想とかは後日活動報告にでも載させていただきます。疑問とかもまぁ、あればそっちとかTwitterとかで聞くと思います多分。

さて、最後となりましたが。

ここまで付き合ってくれて。さらにはここまで読んでくださって。
ありがとうございました。


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番外編⑷「乙女な末妹」
後日譚「幻想的な記録」


 ──幻想郷縁起──

 

 

 

『北欧の吸血鬼 ハマルティア・スカーレット』

 能力 自分を強化し得る力を吸収する程度の能力

 危険度 極高

 人間友好度 極低

 主な活動場所 紅魔館

 

 ❁

 

 紅魔館には危険な吸血鬼が多く住むが、その中でも一際危険と言われるのが主人であるレミリア・スカーレットの妹である北欧の吸血鬼*1、ハマルティア・スカーレットだ。

 ハマルティアは滅多に紅魔館から出てくる事はなく*2、紅魔館に入った際に高確率で確認する事ができる。

 

 姉と似た翼を持ち、髪は薄い緑色をしていて、背丈や年齢は姉よりも少し高く見える。それでも姉と差程変わらない容姿で、十程度の少女の様な姿をしている。

 

 出会った者に対して興味を抱くと、執拗に追いかけてくる。珍しい物を与えると注意を引くことができるとされ、実際にそれで逃げ切った者もいるとか。行動も性格も子供っぽく、驚異的な身体能力と無尽蔵の好奇心を兼ね備えた、いつ爆発してもおかしくない強欲の悪魔である。

 

 常に紅魔館で行動し、館から外に出ることはない。詳細不明ながら、追われても館の外に出れば追ってこずに、逃げ切れたという報告がある。頑なに館を離れようとしないのは、何かを守ってるからなのかもしれない。

 

 能力の力を吸収する事は、本人が意識することで触れた者の力を吸収する。しかし吸収したことで、能力など本人固有の力は吸収しても吸収された本人に残り、体力や魔力など消費できる物は本人に残らない、と吸収する物によって違いがあるらしい。

 

 吸収する物に限界があるのかは不明で、姉のフランドールの破壊する力と同様に恐ろしい能力である。吸収する物は本人が選べるらしいが、稀に無意識下でも能力を使用する場合があるため、近づかない方が賢明である*3

 

 

 

 ❅ 目撃報告例 ❅

 

 ・紅魔館に堂々と忍び込むとよく会うんだよなぁ。捕まれば死ぬほど疲れるからいつも全力で逃げてるんだけど、折角忍び込んだんだから出てこないで欲しいぜ(霧雨魔理沙)

 

 恐ろしく自分勝手な報告である。

 

 ・怪我をして倒れてたら、紅魔館の人に助けて貰って、何日か泊まった事があったよ。その時妹君が来て、散々話をさせられたんだ。見た目は子供だけど、圧が凄くて下手すれば死ぬんじゃないかって冷や汗かいたよ(匿名)

 

 どうやら外の世界に興味を持っているらしい。

 

 ・紅魔館の野外パーティに参加した時、館の中で騒いでる姿が見えたよ。恐ろしい。だけど、姉は参加してるのに妹は参加しないんだな(匿名)

 

 参加できなくて騒いでたんだろうか。

 

 

 

 ❅ 対策 ❅

 

 滅多に見る事も出会う事も無いだろうから、注意する事はできないが、紅魔館には常に吸血鬼が居ると言う事だけは頭に入れておく必要がある。たとえ姉のレミリアが留守にしている時でも、家の中には確実にまだ吸血鬼が居るので不用意に忍び込んだりしてはいけない。

 

 出会ってしまった場合は大人しく珍しい物を与えるか、全力で館の外まで逃げるしかない。もっとも、人間の身体能力では吸血鬼に適うことはないため、やっぱり珍しい物を差し出す方が賢明である。また彼女は興味を抱かなければその者を追いかけることがないという。気に入られない限り、二度目以降は見逃されるらしい。

 

 彼女の能力は触れ続けるだけで人を簡単に殺してしまう凶悪な能力だ。近づくだけでも危険だが、彼女の方から近づいてくるため厄介である。抵抗しようものなら力を吸収され、自由に動くことができなくなる。それに加えて吸血鬼の持つ超人的な身体能力も当然ながら持っており、間違いなく勝負にならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──The Grimoire of Marisa──

 

 憤怒「イラブレス」

 ・使用者 ハマルティア・スカーレット

 ・備考 紅魔館にて見た、怒りっぽいタイプ

 ・憤怒度 ★★

 

 口から炎を吹くスペルカード。

 何故炎を吹けるのかは謎。だが、炎が届く範囲は広くて大雑把だし、パチュリーみたいに避けやすいようにムラを作ってるわけじゃないから避けにくい。ただもう少し見た目は気にした方がいいな。

 

 

 

 強欲『アワリティアサークル』

 ・使用者 ハマルティア・スカーレット

 ・備考 紅魔館にて見た、物欲しそうなタイプ

 ・強欲度 ★★★★★

 

 魔法使いにとって魔法陣は基本中の基本。しかし、こいつの使う魔法陣は普通じゃない。強制的に中に入れられ、中で使った弾幕はティアに吸われるから、耐久を強いられることになる。弾幕もとち狂ったように全方向に撃ってくるから、勢いでかわすしか方法は無い。

 

 

 

 色欲『ルクスリアヴァンパイア』

 ・使用者 ハマルティア・スカーレット

 ・備考 紅魔館にて見た、仲良しタイプ

 ・色欲度 ★★★★

 

 壁を使ったスペルカード。力任せの反射弾だ。こいつもやっぱり姉妹である。レミリアやフランに似たような弾幕があるが、こいつは大雑把が過ぎる。きっと姉妹で合わせて作ってるんだな。

 

 

 

 嫉妬『インウィディアスカーレット』

 ・使用者 ハマルティア・スカーレット

 ・備考 紅魔館にて見た、羨ましいタイプ

 ・嫉妬度 ★★★★

 

 私が使うスペルカードを自分流にアレンジして使うスペルカード。アレンジするスペルカードはティアの気分次第だから何が出てくるかわからない。ただ私が相手の場合、よくマスタースパークをアレンジした紅い極太レーザーを出してくる。アレンジが思い付かなかったのかもな。

 

 

 

 傲慢『スペルビアシスター』

 ・使用者 ハマルティア・スカーレット

 ・備考 紅魔館にて見た、思い上がるタイプ

 ・傲慢度 ★★★★

 

 槍のように鋭くした弾幕を超高速で投げた後、大きな剣を振り回すスペルカード。どっちも避けるのは簡単だが、武器が通った後に残る弾幕が厄介である。しかも立て続けに投げて来るから、どんどん弾幕が溜まっていって避けにくくなるから大変だ。多分、参考にしてるのは姉のスペルカードだな。

 

 

 

 大罪『ハマルティアエリュトロス』

 周囲に力任せに弾幕を撃ちまくり、ある程度離れると弾幕がティアへ向かって帰ってくる。不可能弾幕かってほど多い。力技。吸収イメージらしい。

 

 ・使用者 ハマルティア・スカーレット

 ・備考 強引な演劇タイプ

 ・参考度 ★

 

 超高密度なスペルカード。周囲に力任せに弾幕を撃ちまくって、一定時間経つと弾幕がティアに向かって帰ってくる。そのうち前からも後ろからも弾幕が来るようになる。ティアはあまり深く考えてないみたいで、弾幕が戻ってくる時間はいつもバラバラ。ちなみにエリュトロスはスカーレットと同じような意味らしい。スペルカードに自分の名前付けてるなんて珍しい奴だぜ。

 

 

 

 

 

「そういや大罪ってあれだよな。七つの大罪だよな」

 

 館で暇を持て余したティアと参考にするため弾幕ごっこで遊んだ。そのあと気になった私は、休憩する彼女に疑問を投げかけた。

 

「うん。強欲、色欲、暴食、怠惰、嫉妬、傲慢、憤怒の7つのことだよ」

 

 昔何かの本で読んだ記憶がある。その記憶と全く同じ7つの言葉。だがティアが使ったスペルカードの中に『怠惰』と『暴食』の文字はない。

 

「お前のスペカ、幾つか足りなくないか?」

 

 もしや作ったけど使わなかったのか。そんな可能性を思い付いて彼女に問いただす。しかし聞いたあとすぐに私はその可能性を頭から消し去った。私は弾幕ごっこを始める前に「全部使ってくれ」と言って、ティアも了承したんだ。悪魔である彼女がそう簡単に約束を反故にするわけないと頭ではわかってる。

 

「まだ会ってないから。会ったことある人のスペルカードしか作ってないの」

「ふーん。会えるのか?」

 

 七つの大罪にはそれぞれに象徴となる悪魔やら動物がいると聞く。きっとそいつらのことなんだな。彼女は悪魔だから、そういった奴らと縁があったとしても驚きやしない。

 

「さぁ。待て、しかして希望せよ。だよっ」

「なんだそれ」

 

 雑にはぐらかされたな。だけど、彼女の目はもう別のものに向いている。こいつはこれ以上何か話す気も、自分から探しに行く気も無いらしい。無理して集める気もないんだろうな。それに気付いた私もそれ以上深入りすることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──文の取材──

 

「昔会ったよね、多分。見覚えあるもん」

 

 日課になった紅魔館の散歩中。偶然その人を廊下で見つけた。

 

「あやややや。まさかティアさんに出会ってしまうとは」

「うん?」

「いえ、なんでもありません。私は毎度お馴染み『文々。新聞』の射命丸文です」

 

 しんぶん……あ、新聞ね。そういえばお姉様がいつも貰ってる新聞と同じ名前。あの新聞、この人のだったんだ。

 

「そっか。文はなんでここに?」

「ちょっと新聞のネタにならないかなと取材に参りました。今日は先日の異変のことでレミリアさんにお話をと」

「お姉様?」

「はい。神社に行っても居なかったもので、直接伺いに」

 

 今日は外に出てないし、多分自分の部屋にでも居るかな。どうせ暇だったし、案内していっか。危険な感じはしないしね。

 

「案内してあげようか?」

「お願いします」

 

 意外とすんなりお願いされて。素直な人なのかな、なんて思ってみたり。前見た時と雰囲気違うんだよね、なんだか。

 

「あ。せっかくですし、ティアさんにも軽く質問していいですか?」

「うん。暇だしいいよ」

 

 お姉様の部屋を目指しつつ答える。どうせ部屋に着くまでだろうし、私は暇が潰せるならなんだっていい。

 

「ティアさんから見たレミリアさんってどういう方ですか?」

「お姉様? うーん、しっかり者? でもお姉様、羽目を外すと見た目通りになるんだよねぇ」

「見た目通りというと?」

「子どもっぽくなる。ここに来てから余計に酷くなったかな」

 

 私が言えたことじゃないけどね。きっと、平和になって警戒心解けちゃってるんだろうね。

 

「私から見ればティアさんも充分子どものように見えますが」

「実際今年で490歳だから子どもだよ」

「そうでしたか。レミリアさんは一体お幾つなのです?」

「500歳だね、ちょうどだよ」

「変わらないじゃないですか」

 

 10歳しか違わないからそういう反応が来るとは思ってたけど。でも、私にとって差ほど変わらなくてもお姉様はお姉様だからね。私よりちょっとだけ大人だと思ってるから。

 

「それではレミリアさんが起こした異変についてどう思われますか?」

「紅霧異変? あれ私参加してなかったからなぁ。太陽が霧で隠れて便利だなぁ、って思ってたくらい」

「やはり吸血鬼は太陽が嫌いなのです?」

「うん。吸血鬼で好きな人はいないと思うよ」

 

 死ぬわけじゃないけど、日光を浴びると大火傷しちゃうからね。それで肌が荒れちゃうから嫌いだ。

 

「なるほど。太陽以外にも他に弱点はあるのです?」

「銀とか治り遅くなっちゃうから弱点かな。あとは……うーん。なんか他にもあった気がするけど、忘れちゃったや。あ、文。着いたよ。そこの部屋」

「おっと。では質問はここまでですね。案内ありがとうございました」

 

 そう言って頭を下げる文。この人、こんな礼儀正しい人だっけ。なんて思ったり。あの時は敵対してたからなのかな。敵なら態度変える、なんて普通のことだしね。

 

「じゃあね、文。また会おうね」

「はい。失礼します」

 

 まぁ、別にいいや。そう思って私はその場を後にする。

*1
由来は北欧の魔術を使う事から。

*2
謹慎中という噂。

*3
うっかり彼女に触れて生命力を奪われなんかしたらたまったもんじゃない。



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後日譚「情愛的な愛情」

 ──Tia──

 

「行ってくるわね。咲夜。後片付けよろしく」

 

 お姉様は食事が終わった直後、そう切り出した。咲夜はいつも通り丁寧に返してお姉様の食器を片付け始める。

 

「今日もまた行くのぉ……?」

 

 私は未だ残ってる山盛りのご飯を横目にお姉様に語りかける。

 

「ごめんね、ティア。謹慎が明けたら連れて行ってあげるから、ね?」

「……そういうことじゃないのに」

 

 我ながら不満ったらしい言葉。だけどお姉様は気づいてないのか私の頭を撫で、笑顔を向けてくれた。

 

「永遠なんてないのよ。だからティアも一緒に行けるようになるわ。その時は是非、一緒に行きましょうね」

「……うん、わかった」

 

 聖母みたいな慈愛たっぷりの笑顔を見せられるとさすがの私も何も言えない。

 

「うん? そういえばお姉様」

 

 考えてふと思い出した。ここまで成長して未だに聞いたことがなかったこと。

 

「あら。まだ何かあるの?」

「ちょっと話が変わるけどね。お母様ってどんな人だった?」

「お母様? ああ、言ってなかったかしら」

 

 お姉様の顔には若干の戸惑いが見えた。が、すぐにそれは消え去って。いつも通り平然とした顔に戻る。

 

「数年しか一緒にいなかったから朧気だけども、それでもいいかしら」

「うん」

「そうねえ……優しい方だったわ。美徳を兼ね揃えた気高い人でもあったわね。でもどうして突然?」

 

 懐かしむように頬に手を当て話すお姉様。お姉ちゃんは会った記憶が無いって言ってたから、この館でお母様を知るのはお姉様のみ。もう500年近くも前だから鮮明に覚えてるわけじゃないだろうけど、それでも聞いてみたかった。

 

 私を産んでくれた人。私に姉を与えてくれた人。私を罪とともに誕生させた人。別に恨みを持ってるわけじゃない。会ったことない人を恨むなんて馬鹿げてる。あぁ、でも私を閉じ込めたお父様は全然会ってないけど恨んでるかも。って考えるとそこまでおかしなことじゃないのかな。

 

「……もう行っていいかしら?」

「あっ。ごめんね」

 

 なかなか返事をしない私に痺れを切らしてちょっと機嫌が悪くなってるように見える。下手に止めて怒らせるのも嫌だね。

 

「唐突に気になってね。じゃぁお姉様。行ってらっしゃいっ」

「え、ええ。行ってくるわね」

 

 急な手のひら返しに驚いてるように見えたけど、お姉様は笑顔で手を振り出かけてしまった。きっと行き先はあの紅白巫女の神社だ。いつも咲夜と一緒だけど、咲夜は片付けが終わってから行くのかな。

 

「……ってもう居ないかぁ」

 

 気づいたら咲夜も消えてて。残ったのは最後までご飯を食べてた私だけ。お姉ちゃんも今日はスクリタと約束があるって話だし、また一日中暇な時間が続きそうだ。

 

「まぁいっか」

 

 残ったご飯を頬張って。今日は何をしようと私は1人物思いにふけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日課となった紅魔館の散歩。適当にぶらぶら歩いて、中の探索が飽きた私は日傘を片手に紅魔館の庭に出ていた。そこで見つけた1つの見慣れた影。

 

「美鈴。いつもご苦労さま」

 

 花壇の傍で屈む美鈴に目線を合わせ、笑顔で挨拶。すると彼女は笑顔でこんにちはと返してくれる。

 

「珍しく昼から起きてるんですね」

「ん。朝からだよ。お姉様とご飯食べてしばらくぶらぶらしてたの」

 

 いつも適当な時間に寝て起きてを繰り返してると、本来の睡眠時間と大きなズレが生まれることがあって。私の生活リズムはぐっちゃぐちゃ。まぁ私は気にしてないんだけど。お姉ちゃんからは「せっかくの綺麗なお肌が台無しになるから気を付けて」と口を酸っぱくして言われてる。

 

「美鈴はいつもの仕事中?」

「ええ。ご覧の通りです」

 

 片手にジョウロを持ってるあたり、どうやら彼女もまた日課であるガーデニングの最中だったらしい。私と違って美鈴のはお姉様から与えられた立派な仕事なんだけどね。

 

「ティア様はお散歩中ですか?」

「だね。お姉様が行っちゃって暇してたから。お姉ちゃん達もなんか用事あるとかで遊べないらしいし。まぁ、今の時間は寝てるだろうしねぇ」

 

 睡眠の邪魔をしてまで遊ぼうとは思わない。お姉ちゃんを誘って暇を潰そうなんて借りを作るようなもの。暇な時間なんてこれから先何日もできるから、たった1日で音を上げてお姉ちゃんに借りを作ると後が大変だ。

 

「ねぇ、美鈴。これなんの花?」

 

 ふと目を落とすと見えた紅魔館にそぐわない青い花。周りを見渡せば紅魔館らしい紅色や黄色い花なんかもあるから、特別にこの色を育ててるわけじゃなさそう。

 

「こちらは竜胆ですね。お嬢様がせっかくだからこの国で見れる花が欲しいと申しまして。それで集めてきたものの1つですよ」

「へぇ。お姉様が……」

 

 紅魔館の外見を気にしてのことかな。今まで集めてた覚えはないけど、どんな心境の変化があったのか。しかし今はそれよりも──目の前にある綺麗な花に見蕩れてしまう。元々キレイなものに目がなかったから、ちょっとした花でも心が揺さぶられるような。そんな気がして。

 

「綺麗な花だねっ」

「ふふ。ええ、そうですね」

 

 私の語彙力じゃこの綺麗なものを表現しきるなんて無理難題。だけど率直な感想しか出せない私に、美鈴は微笑んで返してくれた。

 

「ところでティア様。聞きました?」

「え? なにを?」

「今日お嬢様主催のパーティが開かれるそうですよ」

「ふーん……そうなんだ」

 

 お姉様からは何も聞いてない。まだ帰ってないから美鈴が聞いたのは今日じゃないよね。いつもなら朝一緒にいた時に言いそうなものだけど。ああ、そういえば咲夜は連れて行ってなかったんだ。置いていくの珍しいって思ったけど、用意させるためだったのかな。でもそれだと一緒にいた時に言わなかった理由ってなんだろう。

 

「詳しい話は知らされてませんが、今回は門番ではなく料理の手伝いをしろと咲夜さんに言われてます。なので盛大なパーティだと思いますよ」

「へぇ、盛大な……」

 

 沢山の人が集まる、と。お姉様はなんの前触れもなくそういう催しを開催することがある。今回も特別なものじゃなくてその類いのものだろう。だからより一層謎が深まった。私に教えてくれなかった理由。いや、複雑なことじゃなくて、単に忘れてただけかな。その可能性が一番高そう。ただ……。

 

「楽しみですねっ、ティア様」

「ん。……うん。そうだねっ」

 

 お姉様ならやりかねない最悪な可能性が脳裏に過ぎるも、美鈴の笑顔を見て吹き飛んだ。美鈴の笑顔は今朝見たお姉様を彷彿させるもので慈愛のようなものを感じる。それを見ると悪い考えも消えちゃうわけで。

 

 考え過ぎと今までの思考を切り落とし、私は美鈴と談笑を続けることを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憂鬱になりながらも窓から見える遠くの喧騒を眺める。

 

「はぁ……。絶対あとでもう1回暴れてやる……」

 

 お姉様の帰宅後話を聞いてみると、どうやらパーティは紅魔館近くの湖のほとりがメインらしい。野外パーティというやつだ。つまり謹慎中の私は参加できない。お姉様はその場の勢いでそうと決めたらしく私に謝ってた。美鈴も知らなかったとはいえ期待させてしまったと謝ってくれた。美鈴はいい。だけどお姉様は許さない。言わなかったのは忘れてたとはお姉様の談。だけど実際は気まずくて言えなかっただけに決まってる。

 

 なんで私は憂さ晴らしに暴れて、お姉様に相手してもらえたから気が晴れた。でもやっぱりまだ暴れ足りない。パーティが終わってお姉様が帰ってきたら絶対暴れてやる。そう心に誓った。

 

「寝込みでも襲おうかな……」

「物騒ね。ケンカしたの?」

 

 ふと漏れた小言に反応した声。近づく足音の方へ目を向けると見えたのは紅と白の派手な衣装。何度か会ったことがある巫女だ。

 

「なんだ巫女かぁ」

「なんだとは何よ」

 

 特段今話したいという人でもなかったから、思わず言ってしまった。けど巫女は気にしてない様子で、適当に流してるように見える。

 

「どうして居るの?」

「食べ放題と聞いてたのに出てくるのが遅いから。あんたのとこの姉に聞いたら、自分で取って来いって言いやがるのよ。だから自分で取りに来たってわけ」

「へぇー」

 

 あまりにも興味が無いとわかる返事に巫女は変わった顔をせず、どこか掴みづらい表情のまま。お姉様が仲良くしてる相手だから嫉妬心があったのに、雲みたいに掴めない性格に気がそがれた。

 

「妖精メイドにでも頼めばわざわざここまで来ることなかったのに」

「頼んでも来ないから来たのよ。それで厨房ってどっち? 広すぎてわからないわ」

「このまま真っ直ぐ行けばいいよ。わからないのによくここまで来れたね……」

「勘よ」

 

 さも当たり前のことのように話す。勘だけで迷路みたいなこの館を移動するなんてやっぱり普通の人間じゃない。私も初めて咲夜の能力で広くなった紅魔館を探索した時は迷ったのに。

 

「ああ。そういえば萃香のやつが探してたわよ。じゃあ私はこれで」

 

 巫女は去り際にそう言葉を残した。いつか必ず爆発するとわかってる爆弾を残して去られた気分だ。

 

「萃香は苦手なんだよねぇ……」

 

 初めて出会ったのはここに来た時。第一印象こそ触れれば壊れそうな細い肢体に、控えめな肉体を見て可愛いと思った。食欲をそそられて食べてみたいとも。──あの時食べたけど。でもスィスィアを傷付けたり、心を見透かしたように語ったりして印象は変化した。そして決定的なのが私の心を言い当てたこと。もちろん全部が当たってたわけじゃない。だけど心が疲れ切ってた私にはダメージが大きく、あれ以来強い苦手意識を持ってる。

 

「嫌いなわけじゃないんだけど……」

 

 萃香はどっちかと言えば好きな方だ。友達というわけじゃない腐れ縁みたいなもの。あ、でも縁を切りたいとは思ってないから、腐れ縁ってわけでもないのかな。ただ謹慎中でも外に連れ出そうと遊びに誘ってくるのはやめてほしい。まぁ執拗に誘ってくれるのは嬉しいんだけど……。

 

「うん? 誰が嫌いなんだい?」

「うわっ!?」

 

 さっきまで誰も居なかったはず。そう思って振り返ると霧のように朧気に形を取る萃香の姿があった。次第に形がハッキリとしていき、あの時と同じか細い身体の少女となる。

 

「萃香……」

「なんだい?」

「わざとでしょ」

「ははは! あんたをビックリさせたくてね。思った以上に可愛い反応するじゃないか」

 

 お姉ちゃんみたいな笑みを浮かべてる。萃香の瞳に映った私は怒った顔というより不貞腐れた顔で。それを見た萃香は再び笑みで顔が歪んでいた。

 

「ははっ。その顔が見れただけでやった甲斐があったってもんだよ」

「……もう。今度会ったら私が驚かせるからね」

「ああ。楽しみにしてるよ」

 

 きっと心の底から思ってるんだろう。そう思わせる純粋な笑顔。萃香は私を好んでる。気に入られてるんだ。それなら私は苦手意識を克服しないと。私を好んでくれるこの人に悪いね。

 

「ところでなんの用? 巫女が言ってたけど、私を探してたんだよね」

「先に質問に答えてくれないか?」

「嫌いなんて言ってない。それでなんの用?」

 

 萃香は訝しげに目を向け、1つため息をつく。どうやらこれ以上聞くのを諦めたようだ。

 

「あんたを遊びに誘いに来たんだ。外は楽しそうだよ?」

「謹慎中。外には出れないよ」

「ああ。まだ終わってなかったのかい」

 

 早く終わってほしいとは思うけど、まだまだ解かれる気はしない。正直私自身、外に出て人を襲わない保証ができないからね。あまりにも可愛い子がいれば襲ってしまうかも。それこそお姉ちゃん似とかいたらヤバいって自信がある。

 

「っていうことで家の中でゆったりするの、私はね。萃香は遊んできていいよ」

「だがあんたは家でゆっくりするより遊びたいと思ってる。だろ?」

「……」

 

 あぁ、やっぱりしばらくは苦手意識を克服するなんてできないか。萃香のこういうところが苦手なんだから。私は心を読まれることが苦手だった。今はそれほどじゃないけど、お姉ちゃん達に隠し事してる時はより敏感に反応してしまって。それもそうだ。だって隠したいことがあるのに、それを看破されてしまったのだから。多分あの時のことがトラウマになってる。だから萃香に苦手意識を覚えてるんだ。

 

「うん? 黙ってどうしたんだ?」

「ううん、なんでもないよ。確かに遊びたいとは思ってるけど……遊んでくれるの? 外の方がきっと楽しいよ?」

「私はいいのさ。あんたと遊ぶためにここに来たんだからねぇ」

「……ふふっ。嬉しいなぁ」

 

 萃香の不気味なほど純粋な笑顔に、思わず笑みがこぼれた。苦手意識はあっても、彼女のまるで友達みたいな気安さに助けられている自分がいる。──いや彼女は私のことを友として認識しているのかな。じゃないと私を遊びになんて誘わないよね。もし本当にそうだったとしたら、とても嬉しいや。

 

「わかった。じゃあ遊ぼっか。まだ暴れ足りないしね。ちょっと付き合ってもらうよ?」

 

 だから嬉しさが表面に出た調子のいい自分の声に驚きはなかった。

 

「ああ。いいさ。いつものお遊びだね」

「うん。広いとこ行ってから──派手に暴れようねっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 萃香と遊んで疲れた私は癒しを求めて寝床に戻る。私の目にさえ暗く見える地下に続く階段を抜け、お姉ちゃんの部屋を通り過ぎた先。そこに私の部屋がある。まるで牢獄のような場所にある部屋。私が知らないだけで実際牢獄なのかも。

 

 牢獄のような場所でも私の部屋に変わりない。それに小さな頃から必要なものは全部貰えたから、生活には困らなかった。物足りないとは思ったけど、きっとお姉ちゃんが来なくても私は地下で過ごすことができてたかもしれない。可能性の話だから、試してみないとわからないけどね。楽しいことを知った今の私じゃ無理だろうけど。

 

「にしても疲れたなぁ……」

 

 お風呂に入ってもう寝るだけ。なんて思って緊張が解けてた私は、室内の物音にも気づかずに扉を開けていた。

 

「──てぃあ!」

「えっ?」

 

 部屋に入ると視界いっぱいに彼女が広がる。温かな感触に覆われて、お姉ちゃんとはまた違った柔らかい彼女の身体を肌で感じる。

 

「久しぶりー」

「ふふっ。久しぶりだね。スィスィア」

 

 笑顔で友を受け入れた。するりと黒い尾が蛇のように私の足に巻き付く。

 

「野外パーティは終わったの?」

「まだ騒いでたよ! アタシは真っ直ぐ来たのー」

 

 無邪気に答える彼女が愛らしくて、思わず黒い髪に手を伸ばし撫でた。黒い髪は彼女の性格に似つかず、手入れが行き届いてる。髪に触れれば甘い香りが漂う。ずっとこうして撫でたい。そう思うほど可愛い竜の子。

 

「スィスィアはほんとに可愛いよね。貴女が私の妹だったら良かったのになぁ」

「いもーと……? てぃあは友達だよ!」

「ふふっ。そうだね」

 

 姉は2人いるけど、妹はいなかった。妹が欲しいと願ったことはある。だけど、実際妹ができたとしたらスィスィアみたいな私に甘えてくれる子がいいなぁ。お姉様やお姉ちゃんにじゃなく私だけに甘える純粋な子。願ってもお母様が私を産んですぐ死んだらしいから、無理な話なんだけど。

 

「てぃあは」

「うん?」

「いもーといる?」

 

 彼女は純粋な瞳を私に向けながら尋ねた。どっちの意味とも捉えれる曖昧な発音だが、意図して言ってるようには見えない。

 

「居ないよ。私が末妹だからねぇ」

「アタシもいっしょー!」

 

 そう言って抱きしめる腕に力が入る。どうやら答え方は合ってたらしい。上機嫌な様子を見るに、お揃いという言葉が欲しかっただけなのかもしれない。

 

「スィスィア。今日は泊まり?」

「そうしたい! けど……」

 

 私に巻き付いていた尻尾から力が抜けた。彼女の表情は寂しげでこれから懺悔する人間みたいだ。

 

「にぃが忙しそうだから。戻らないと」

「ミフネアが? まぁそりゃそっか」

 

 スィスィアの兄は地底に降りて一緒に来た吸血鬼達の面倒を見てるとか。そんな話をお姉様に聞いた記憶がある。そこまで多くないけど、まとめたり率いたりするのは私には無理だ。だから凄いことだなぁなんて思ってる。

 

「ごめんね、てぃあ……」

「ううん。いいんだよ。お兄さんのこと、支えてあげてね」

「うん!」

 

 元気いっぱいな彼女を見てると心が落ち着き安らぐ。萃香と遊んで身体と心が疲れ、癒しを求めてた私にはちょうどいい。

 

「帰るまで何かして遊びたいところだけど……今日はちょっと疲れちゃって。このまま私を癒してくれる? スィスィア」

「うん! てぃあを癒してあげる!」

 

 ぎゅっと抱きしめて頬擦りする彼女を見てると、やはり妹を連想する。このまま彼女を妹にさせようなんて悪い考えが出てくるも、頭を振って思考を追い出す。友達と言ってくれた彼女を裏切って幻滅されたくない。今のまま慕ってくれるのが一番なんだから。私を好きでいてくれる今を大切にしないと。

 

「てぃあ、好き!」

「うん。私も大好きだよ」

 

 甘い香りが私を覆う。これが一生続けばいいのに。そう思っても叶わないことだとわかってる。ただ今は萃香と遊んで疲れてるから。癒されたいと思ってそう願ってるだけ。本当にそれだけのこと。

 

「スィスィア。しばらくの間、抱きしめてていい?」

 

 彼女を自分の寝床に誘って、甘えるように両手を広げる。すると彼女が優しく微笑んだのが見えた。

 

「いいよ! てぃあの好きなようにして!」

「ん。ありがとう」

 

 スィスィアに包まれ、彼女の体温に集中したい私は目を閉じる。優しく撫でられ眠気に襲われるも、この温もりを手放したくない私は抗い続けた。いつしか現実と夢の区別が付かなくなった私は、優しい温もりに身を委ねる。きっと春の陽だまりとはこんな暖かさのことを言うんだろう。私はそう感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ハマルティア。

 

 私の名前。罪という意味の名前。でもティアだけなら涙という意味にもなるとお姉様に聞いた。私は綴りが違うじゃないと否定し、お姉様が複雑な表情を見せたのを覚えてる。私は罪あってこその私。もう既に済んだことで、受け入れたこと。だから私は気にしてないのに、お姉様は時々()を気にかける。それが私には……よくわからなかった。

 

「ティア」

 

 また名前を呼ばれた気がした。今感じているのはある種の愛情だろうか。あぁ、違う。温もりだ。スィスィアとは違う愛情(温もり)。名前の呼び方もスィスィアの子どもが友達を呼ぶそれじゃない。慈愛に溢れた……親が子を想うような──

 

「お母様……?」

 

 だからだろうか。私がそう呼んだのは。夢と現実の狭間で、確かに聞こえた私を呼ぶ声。それに反応した私はそう口にしていた。

 

「え? ああ、寝惚けて……。ごめんなさいね、起こしちゃったかしら」

「ほえ? ……お姉様?」

 

 目を開けて飛び込んできたのはお姉様の顔だった。外で見せる館の主じゃない顔。家族と一緒に居る時に見せる──幻想郷へ来る前の顔で、お姉様は私の隣に居た。子どもっぽい笑みじゃなくて、情愛に満ちた微笑みとも捉えれる笑顔。その顔でお姉様は優しく語りかけてくる。

 

「今日は……その。ごめんね。貴女と一緒に過ごせなくて」

「ん……スィスィアは……?」

 

 いつの間にか消えた友達を案じてそう聞いた。いつもなら私に一言言ってから帰るのに。なんて思ったけど、そういえば眠ってたんだっけ。どこまで現実で、どこから夢なのかハッキリしない。今でさえも。

 

「夜が明ける前に帰ったわ。疲れてたと聞いたけど、本当だったのね。ピクリとも動かなくて心配したのよ」

 

 夢心地のまま何を返していいかわからず、じっとお姉様の目を見つめる。暗闇で薄らと見える紅色の瞳。気のせいなのか、ほんのり明るく見える。まるで夜空に浮かぶ赤い星みたいな……。

 

「やっぱり……」

「うん?」

「怒ってるわよね。貴女のことを考えずやってしまったものね。ごめんなさい、ティア」

 

 お姉様が動いて布の擦れる音が聞こえた。ひんやりした腕が私の背中に回って、私を抱擁する。お姉様の身体はひんやり冷たいのに、何故か温かく感じる。

 

「怒っては……ないよ?」

「でも暴れてたじゃない」

「あれは……怒ってた」

 

 でも今は違うと伝えると、目に懐疑的な感情が見えた。本当のことなのに信じてないみたい。気持ちは分かるけど。

 

「萃香と遊んで、スィスィアに慰めてもらったから……。今は大丈夫。もう怒ってないよ」

「それならいいのだけど……。不満があるなら言っていいのよ? 今は2人きりなんだから」

「だからないって……」

 

 強いて言えば今こうして疑われてるのが不満だ。だけどそれ以外のことはもう怒ってない。発散できたし、お姉様には謝ってもらった。どうして不満があると感じるのだろう。

 

「……うーん、なら何かしてほしいことは?」

「してほしいこと……?」

 

 そこまで聞いてようやくわかった。お姉様は罪悪感を感じてるんだ。私に許してほしいわけじゃなくて自分が許せない。何か対価を差し出して自分を許して楽になりたい。それなら、私も甘えよう。お姉様が憎いわけじゃないから、早く自分を許してもらおう。

 

「それなら……このまま一緒にいてほしい」

 

 そう思った私は今の願望を口にする。お姉様は一瞬目を丸くさせるも、すぐに思いやりの篭った優しい目付きになる。

 

「ええ、わかったわ。安心なさい。どこにも行かない。ずっと一緒に居るわ」

「……そう言って、神社に行くくせに」

「それは……う、うん。ごめんね?」

「ふふん。……いいよ、別にね」

 

 お姉様はこの館の主。外との交友関係を保つのは大切なことだ。それを知ってるけど、私はわがままな妹だから。知っててもお姉様に甘えたい。お姉様を独占したい。だってお姉様は私の──

 

「優しいわね、ティアは」

「……私はそう思わないけどなぁ」

 

 真っ直ぐな目をしてたから、言葉に嘘はないとわかった。でもどうしてそう思うのかはわからない。私は私自身優しい性格をしてるとは思わない。異変で反省して、今までの行動を省みてそう結論づけたから。

 

「いいえ。貴女は優しい子よ。反省できるいい子よ」

 

 私の思った言葉を話して、心を読んでるみたいだ。未だ夢を見てるようで曖昧だから、もしかしたら口に出てたのかもしれない。

 

「ティア。いつか一緒に、外にお出かけしましょうね」

「うん……約束だよ」

 

 お姉様は約束よと微笑む。しかし私の謹慎が解かれるのはいつになるんだろう。まだまだ先な気がする。その時、お姉様は覚えてるのかな。

 

「ティア」

「うん? ……ぁ」

 

 私の背中に手を回したまま、抱き寄せるように優しく頭を撫でられた。私の不安なんて見透かしてるみたいな、壊れ物を扱うような優しい手つきで。

 

「大丈夫。悪魔の契約は絶対なのよ?」

 

 どうしてわかるの。そう言いかけて、言葉に詰まる。理由なんてわかってた。お姉様とは長い付き合いになる。考えなんて手に取るようにわかるんだ。だって私はレミリアの妹で。レミリアは私の姉。でも血の繋がりだけじゃない強い絆があるから。

 

「ありがとう……お姉様」

「いいのよ。私は貴女のお姉ちゃんなんだから」

「お姉ちゃん……」

 

 その言葉に些かの齟齬を感じた。間違ってないはずなのに。お姉ちゃんはフランのことだとか、そういう齟齬じゃない。あぁ、そうか。これはきっと……。

 

「どうしたの?」

「ううん。……お姉様って、お姉ちゃんって言うより……母親みたいだなぁ、って」

「え?」

 

 今気づいた思いを姉に打ち明ける。お母様は私に生を与えてくれた人。だけど私を育ててくれた人としては、お姉様こそ母親と感じる。私を見守り、育てて、愛してくれた人。何度も言うようだけど、お母様に恨みはない。ただ見た覚えのない人より、お姉様を母親のようだと感じているだけ。

 

 もしお母様がいればどんな世界になってたんだろう。お姉様はお母様のことを美徳を兼ね揃えた人と話してた。なら私をお姉様と同じように愛してくれたのかな。想像しても、もう居ない人だからわからない。答えが出るはずもない。私が死んだら、お母様に直接聞いてみよう。同じ場所に行けるかは……わからないけどね。

 

「私がお母様ねえ……。そんな歳に見えるかしら」

「見た目……? そうじゃないよ?」

 

 見た目なら同年代にしか見えないと話すと、お姉様はお母様も若く見えたと返す。お姉様が悩むってことは、本当に同年代にしか見えないくらい若かったのかな。

 

「それでどうして私がお母様に?」

「それは……私にとってお母様は産んでくれた人。母親は……私を育ててくれたお姉様だから」

「育てたって言われるほどのことはしてないけどねえ」

「私にとっては……だよ」

 

 ずっと守ってくれたから。そういう意味では私の育ての親はお姉ちゃんもなのかな。でもやっぱり、母親となるとお姉ちゃんよりもお姉様だ。お姉様がお母様に感じた美徳を、私はお姉様に感じてるんだから。

 

「私としては姉と呼ばれる方がいいのだけれど……」

「うん? もちろん……お姉様はお姉様だよ?」

「そういうことじゃなくてね。……まあいいわ。早く寝なさい。起こしちゃったのは私だからあまり強く言えないけど。もう夜が明けてるのよ?」

「ん。……そうだね」

 

 地下に窓がないとはいえ、お姉様はきっとパーティが終わってからここに来たはずだ。だから日が昇ってると聞いても不思議に思わない。

 

「おやすみなさい、ティア」

「うん。おやすみ……」

 

 お姉様の腕の中で私は目を瞑って──余計なことを考えてしまった。

 

 私はこの温もりを手放したくないと考えてる。確かな現実として受け入れたい。もしかしたら、これはそういう願望が見せる夢なのかもしれない。

 

「お姉様」

 

 不安に駆られた私はお姉様を呼ぶ。

 

「うん? どうしたの?」

「……ううん。なんでもないよ」

 

 返ってくる言葉を聞いて。抱きしめて体温を感じて。目を開いて姿を確認して。お姉様の声を聞き取って。嗅ぎ慣れた姉の香りで。

 

 これが夢じゃないと実感して安堵する。

 

「──大丈夫。ずっと一緒よ」

「うん」

 

 まるで母親になだめられるようにして、私は深い眠りにつく。傍で眠るお姉様に包まれながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ……」

 

 誰かに抱かれたまま眠ってたらしい。何か包まれてるような感覚を肌で感じた。目を開けると青っぽい紫色の髪が見えた。そこで思考がハッキリしてきて、昨日のことを思い出す。

 

「お姉様……」

「ん……? ティア……おはよう」

 

 寝惚けた眼で私を見つけ、途端に笑顔になる。釣られて私も頬が緩んだ。

 

「うん。おはよう、お姉様」

 

 お姉様の笑顔を見て私は思う。こんな日が続けばいいのに。願いは口に出さず、胸の中に秘めたまま。結局永遠なんて無いんだから。今見てる世界を大切にしよう。と、私は思うのだった。



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後日譚「真摯な暴食者」

 ──Tia──

 

「ねー、ティア。これから何か用事ある?」

「うん?」

 

 食事が終わって部屋に戻ろうとした際に、お姉ちゃんに呼び止められた。周りを見るともう誰も居ない。最後まで残って食べてたからだ。みんな立ち去ったのを見計らったようなタイミング。そこで私はちょっぴり嫌な予感がして。

 

「知っての通り暇してるよ?」

 

 でもお姉ちゃんに嘘をつくなんてできない。やったら後が怖いもの。

 

「そ。じゃ私の部屋来て。話があるの」

「ほえ? あ、え?」

 

 私の返答を待つことなく、お姉ちゃんはその場を立ち去った。あまりにも素っ気なくて要所しか言ってくれない言葉。それで「私の嫌な予感は当たってるんだ」って思った。こういう時のお姉ちゃんは怒ってる時だから。

 

 でも私何かしたかな。思い当たる節……は探せばいっぱい見つかりそう。でも部屋に呼び出されるほど怒らせた覚えはない。いやあったかも? うーん。わかんないや。

 

「ティア様、また何かやってしまったのですか?」

「うわっ!? なんだ咲夜かぁ。びっくりさせないでよ」

 

 誰も居ないと思って油断してたら背後に突然現れた咲夜。絶対知ってやってるよ。悪戯とか興味無さそうなのに率先してやるし。何より人を驚かせるの好きだもん。

 

「ってか『また』って何!? そんなお姉ちゃん怒らせた、こと……う、うーん。……あったなぁ」

 

 思い返せばここに来てすぐのこと。お姉様もお姉ちゃんもなんだかんだ赦してくれたけど、とっても怒ってた。初めてあんなに怒られてとても怖くて。あれ以来、敷地内から出てないけど。覚えてないだけでまた私何かやっちゃったのかな。

 

「しかしあれは怒ってるというより……ふむ。言葉で表すのが困難ですね」

「今回は心当たりないんだよ?」

 

 お姉ちゃんに悪戯を仕掛けたとか、イタズラしたとか。そんなことやってないし。お姉様には昨日したばっかりだけど。プリン消失マジックっていう悪戯。美味しかったなぁ、あれ。

 

「ティア様はその場の勢いで暴れることがありますから。止める側の身にもなってください」

「だって楽しいんだから仕方ないよぉ」

 

 勢いで暴れるのは楽しい雰囲気だから。今は謹慎中で中で暮らしてるしね。遊びたい気持ちは抑えれないんだ。

 

「それで巻き込まれるのは御免こうむるのですが。現状お嬢様で手一杯です」

「ふふっ。お姉様、ここに来てから毎日楽しそうだもんねぇ」

「……ええ。そうですね。ここへ来る前とは大分違います。神経を削られることがないからでしょうね」

 

 横目でちらりと見えた咲夜の顔はどこか遠くを見ている気がして。しかし幸せそうに感じた。お姉様だけじゃなくて咲夜もきっと変わったんだと思う。ここへ来て無理に警戒をすることがなくなったから。表情もどことなく柔らかいように見えるしね。

 

「ところでいいのですか?」

「なにが?」

「あまり長話していると余計に怒られるのでは? フラン様を待たせてしまっていますが」

「それは……よくないね」

 

 怒ってるなら、これ以上待たせれば悪化させてしまうことになる。お姉ちゃんの機嫌を損ねるとしばらく口聞いてくれないかもしれないしなぁ。

 

「もう行くね。またね、咲夜」

「はい。行ってらっしゃいませ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー。逃げなかったんだ」

 

 部屋に入った瞬間、耳に届いたお姉ちゃんの声。それがあまりにも不穏で。やっぱり何か怒らせるようなことしたんじゃないか、って思ってしまう。心当たりないのが辛い。何に対して怒ってるのかわからないと知られたら、火に油を注ぐみたいにお姉ちゃんの怒りを大きくしてしまいそう。

 

「あの。……ご、ごめんなさい?」

 

 わかってるけど、やっぱり思い出せることはない。つい口に出たのは謝罪の言葉。これじゃ何をしたのか自分でわかってないと告白してるようなものなのに。

 

「へ? なにが?」

「えっ」

 

 しかし返ってきたのはキョトンとした顔。少し迷ったけど、私は謝った理由をそのまま伝えることにした。

 

「お姉ちゃん怒ってるみたいだったから」

「あー。怒ってるのは合ってるかも? 顔に出てたかな」

 

 それってどっち。やっぱり怒ってたの? でも謝るほどじゃなかったってこと? えぇ、わからないのが一番怖いよぉ……。

 

「……ティア。ほら、隣おいで」

 

 ベッドに座ったままお姉ちゃんは隣をぽんぽんと叩く。断れない私は流されて隣に座る。そしたらお姉ちゃんは私の手を握って。

 

「今日はお姉様神社に行ってるらしいの。スクリタはいつもみたいに図書館でゆっくり。コアはパチュリーの手伝いで忙しいみたいだし。半日は誰も来ないだろうねー」

「そっかぁ……」

 

 その会話とともにお姉ちゃんの私の手を握る力が強まる。つまり邪魔が入らないわけだね。お姉ちゃんが何をしようと半日は助けが来ないと。

 

「覚えてる?」

「えっと……なにを?」

 

 解こうとしてもお姉ちゃんの方が力は強いから逃げられない。私は諦めてお姉ちゃんの話を聞くことにした。

 

「告白。あれから長くなるよ? 覚悟も準備も整ったと思うけど? 私の怒った態度が出てたなら、待たせすぎってことかな」

「あー……」

 

 お姉ちゃんの言葉で思い出した。ここへ来るずっと前に約束したこと。

 

『貴女に準備と覚悟ができた時、改めて貴女から話して』

 

 と確かにそう言ってた。その時はお姉ちゃん以外も好きになっちゃうからと断った。ううん。それ以上にお姉ちゃんとの関係が変わるのが怖かった。『永遠』を求めてた私は『変化』することを恐れてた。

 

 だってね。変化って必ずしも良いわけじゃないから。変わるなんて誰だって怖いはず。私は人一倍それが怖い。

 

「お姉ちゃん、準備できてないし、覚悟はまだ決まってないから……ダメ?」

 

 だから私は今回も逃げることを選んだ。変わらなくたって、お姉ちゃんとの関係は良いままなんだ。それならそっちを選ぶ方が正解に決まってる。

 

「そうだなー。……ティアはお姉ちゃんのこと、好きじゃないの?」

 

 握られた手を胸の前まで持ってこられて。お姉ちゃんの心音が響いてくる。数百年一緒に居るお姉ちゃんだからこそ、その音がいつも以上に早くなってると気付いた。お姉ちゃんは緊張してるけど覚悟を決めて話してるんだ。

 

「ティア。どうなの?」

「……お姉ちゃんのことは好きだよ? でも、前に話した時と変わんない。私はお姉様も好き。咲夜や美鈴、スクリタにパチュリー。コアだって。他にもいっぱい好きだから。お姉ちゃんが求めてる返答はできないよ」

 

 色んな人や物が好きだから。何か1つを特別好きになるって感情はわからない。

 

「前も言ったね。それがティアなんだから、それでいいって。全部好きなのは別にいい。私だって貴女だけじゃなくてお姉様達のこと好きだよ。私が聞きたいのはそうじゃない」

 

 お姉ちゃんは真っ直ぐに私の目を見つめてる。恥ずかしさから目を逸らしたくなるのに、その紅色の瞳から目を離すことができない。

 

「改めて言うね。あの時、本気じゃないと後悔するって言ったのは私なんだから。だから今から話すことは全部本当。本気だよ」

「うん」

「私の妹ティア。私は貴女が好きなの。有り体に言うと愛してる。姉妹なのにおかしいと……思わないか、ティアは。貴女が私以外と付き合うのは複雑な気持ちになるし、貴女が吸血だろうと誰かを食べてるのを見るのも聞くのもイヤ」

 

 いつの間にかお姉ちゃんは私の両手を握っていた。痛みとかないけど、力いっぱい握られてるのがわかる。

 

「半日と言わずに一週間くらい誰も来ないなら理性捨てて貴女を襲おうとか。既成事実作って認めさせようとか。もうこの際私だけを見てくれるならそれでいいんじゃない? とかちょっと思い始めてる」

「えっ……?」

 

 なんか今日のお姉ちゃんいつも以上に怖くない? 怒ってる時とはまた別方向の怖さ。さっき言ってた通りなら今言ってる話全部本当だよね。……え? 既成事実って何? 何されるの? 

 

「さすがに後のこと考えるとやらないけどね。後半は」

「後半ってどこまで……?」

「それでティア」

 

 私の質問を華麗にスルーしてお姉ちゃんは続ける。

 

「私はティアのこと愛してる。好きじゃないの。愛してるの。ティアは……どう?」

「私は……」

 

 少し考えよう。お姉ちゃんのことは好き。それに……きっと私もお姉ちゃんが言ってる『愛してる』と同じ感情を抱いてる。でもそれは私にとってよくあること。お姉様にも同じような感情を抱いてる確証がある。お姉ちゃんにどう返すのがベストなんだろ。お姉ちゃんが好き。それは間違いない。お姉ちゃんが言ってたことを私は受け止めることができる。怖い気持ちはあるけど、お姉ちゃんにされるならいいと思ってる。それなら、うーん……。

 

 逃げることを封じられた私は思考をめぐらすことしかできない。なのに最善がわからない。

 

「お姉ちゃんのこと……」

「うん」

 

 ゆっくり考えながら口を開く。お姉ちゃんはそれでも優しく返してくれた。だからじゃないけど、私は覚悟を決めてお姉ちゃんに言葉を返す。

 

「──好きだよ。それに愛してる。恋愛感情的な意味でね」

 

 それだけじゃない。伝えたいのはそれだけじゃないから。私は「でもね」と言葉を続ける。

 

「私は他の人にも同じ感情を抱くと思うの。お姉ちゃんが期待してるのってきっと1人だけ……お姉ちゃんにだけだよね。私はそんなことできないや。もちろんお姉ちゃんのことは一番好きだよ? でも、誰か1人を愛するなんて、私には向いてないというか。……私はみんなに対して同じ感情を抱くよ。だから1人だけを愛するなんてできない、かな」

 

 いつか気が変わるかもしれないけど、今の私はそう考えてる。私にとって誰か特定の人を愛するのは難しいこと。みんなに愛されたいしみんなを愛したい。傲慢なんて言われるかもしれないけど、それが私──ハマルティアだから。

 

「ふふ。そっかー。ティアの思い聞けてよかった」

「……え?」

 

 もしかしたら悲しむとか思ったけど、お姉ちゃんは笑顔で私の頭を撫でていた。

 

「一番は私なんでしょ? それならいいよ」

「あっ。今はそうだけどきっと一番もいっぱい……。というかお姉様も一番好きだし」

「なら前言撤回」

 

 お姉ちゃんは私の足を引っ掛けてベッドに押し倒す。お姉ちゃんの顔が視界を占拠して。もしかして襲われるんじゃ、って身構える。けど今はその気がないのか、ただじっと私を見つめている。

 

「一番って1つだけだから一番なんだよ? ティアって昔私と結婚したいとか言ってたけど、あれは嘘だったの?」

「うっ。それってとっても小さい時じゃん!」

「そうだね。懐かしいよねー」

 

 普段通り気楽に接してくれるけど、いつものお姉ちゃんとちょっと違う。なんとなく怖さがある。

 

「正直に言うとね。貴女から話してほしいなんて言ったけど、待ちきれないんだよね。だってもう数十年は経ってるでしょ? もっとだっけ? ともかくもう待ってられないってわけ。だってティアさ。もし本当にその気になって告白するってなったら百年以上かかりそうだし」

「それは……そうかも」

 

 500年生きて変わってないんだから。きっと同じくらい経っても変わらない。もし同じ年を生きればその時は1000歳かぁ。……想像できないけど、きっと私は私のままなんだろうなぁ。

 

「でしょ? だから待つのはイヤ。だって私はティアが一番好きなんだよ? 眠ってる時も隣にいるし、ご飯を食べてる時だって隣にいる。いつだって隣にいて、抑えるのも大変なほど好きなのに。我慢するのもイヤになるのに。それほど好きなのに、ティアは私のこと一番じゃないの……?」

「……むぅ」

「ん。……どうしたの?」

 

 その言葉で少しイラッときた。だから今度は私がお姉ちゃんを押し倒して立場を逆転させる。

 

「なんかさぁ……話を聞いてると『私の好きっていう感情がお姉ちゃんに負けてる』って言ってるように聞こえるんだけど」

「違うよ。ティアが私を愛するよりも、私の方がティアを愛してるって言ってるの」

「変わんないじゃん!」

 

 私だってお姉ちゃんを我慢できないくらい食べたくなる時あるのに。お姉ちゃんと同じかそれ以上にあるのに。その本人にそう思われてるなんて心外だ。

 

「ならティア。姉妹より先に進む覚悟あるの? 恋人以上の関係に私となる覚悟……あるの?」

「私は姉妹のまま、お姉ちゃんを愛してあげるよ?」

 

 今までだってそうだった。これからも変わらずお姉ちゃんを愛するのは簡単なことだから。

 

「ふん。飽くまでも自分の意見は変えずに私より愛が強いって言うんだ。そのうえで私が一番じゃないって?」

「お姉ちゃんは好きだけど、それが私だから」

 

 この点は絶対に譲らない。お姉ちゃんに負けたくないからって意固地になってるだけな気もするけど。

 

「……でもティアは、今ここで私を襲っていいって言ったら襲うよね。遠慮なく」

「うん。好きだし」

 

 許可が得られたらいっぱい食べるよ。当たり前じゃん。私はお姉ちゃんが好きなんだから。

 

「はー……。姉妹以上の関係になってるのと同じじゃん、それ。なんで否定するかなー」

「それは……お姉ちゃんが私を否定するからっ」

 

 この際、思ったことは全部口に出してしまおう。そうすればお姉ちゃんも私の気持ちを理解してくれるかもしれない。

 

「お姉ちゃんさ……どうして姉妹以上の関係を求めるの? 私にはわかんないよ。姉妹でいいじゃん。姉妹以上になったら今と何が変わるの?」

「少なくともティアは今以上に私を意識してくれるよ。姉としてじゃなく……1人の女性として意識する。そうでしょ?」

「うーん……どうだろ」

「……しないの?」

 

 今日初めて悲しそうな目で私を見つめてる。私と同じ色の瞳。髪色は全然違うのにその瞳だけは瓜二つだから、姉妹であると強く印象づけられる。もっとも、吸血鬼の瞳は大抵が血のように真っ赤らしいけど。

 

「私は1人1人特別だと思ってる……から。お姉ちゃんに代わりなんていないし、要らない。私はお姉ちゃんが……フランがフランだから好きなの。お姉ちゃんは? お姉ちゃんは私以外特別じゃないの?」

「……そういうわけじゃないよ。一番特別なのがティアってこと」

「そっか。……お姉ちゃんはいつから私が好きなの?」

 

 ふと気になった。どうしてここまで私のことを愛してくれるのか。それに応えることはできないけど知りたいと思えた。知ることがお姉ちゃんにとってもいいことだと思ったから。

 

「長く一緒にいると明確にいつからなんてわからない。けど、強いて言うなら……」

「言うなら?」

「貴女をティアと意識した時から」

「う、うん?」

 

 それっていつなんだろう。出会った時ってこと? それとも別の意味があるの? お姉ちゃんの答えを私には理解することができない。

 

「……私を赦してくれた時。初めてティアを傷つけた時、心の底から後悔した。でも貴女はそれを赦してくれた。その時、私を頼りにしてくれる妹から貴女はティアになった。自己満足のための人形じゃなくて、ちゃんと意志を持って私を好きでいてくれる存在。あんなことをしたのに、他の人みたいに私を嫌わないでいてくれたから」

 

 お姉ちゃんに初めて傷つけられた時。それは私も覚えてる。その時私は初めて食べる以外の『好き』を知ったから。そっか。私が好きを知った時、お姉ちゃんは私を好きになったんだ。私より一歩先を進むフランってやっぱりお姉ちゃんなんだなぁ、って思う。

 

「ティアは私のこと、いつから好き……ううん。貴女風に言うならいつから『食べたい』と思ったの?」

「最初から」

「……え?」

「最初からだよ。お姉ちゃんを初めて見た時からずっと」

 

 その言葉が意外だったのか、お姉ちゃんは目をぱちくりさせて驚いた顔を見せる。

 

「じゃ、じゃあ……え? 最初に会った時から食べようとか思ったわけ?」

「うん。だってその時は食べることしか知らなかったから」

「あー。そ、そっか。なるほどー……」

 

 顔を赤くして目も泳いでる。一体何を想像したんだろ。そんなに恥ずかしがることなのかなぁ。

 

「って。それなら余計にわからないんだけど!」

「な、なにが?」

 

 今日のお姉ちゃんはいつも以上に情緒不安定で怖い。何がきっかけで暴走するかわからない。

 

「一番最初に好きになって今も好きなら、どうして私が一番じゃないわけ!?」

「そ、そんなに怒らなくても……」

 

 私の両肩を掴んでお姉ちゃんは猛抗議。お姉ちゃんが下にいるのは相変わらずだから、そこまで怖くないけど……圧がすごい。

 

「いや怒るよ! ティアだって私が貴女より他の人を好きって言えば怒るでしょ!」

「う、ん。怒るかも……」

 

 例えばお姉ちゃんがお姉様を一番好きだとしたら私は絶対嫉妬する。逆も同じように。それで私を嫌いになれば本当に怒ると思う。そんなことないとわかってるけど。

 

「ティアってほんとわがまま……! 自分は一番愛されたいのに一番愛する人はいないなんて!」

「それは……言われてみれば確かに……?」

 

 よく考えるとそうかもしれない。でも私はみんな一番好きだから。一番をいっぱい持つのってダメなことなのかな。

 

「もう……! ティア……やっぱり付き合ってよ。恋人以上になろ?」

「もうこの際付き合うのはいいけど、恋人以上は多分いっぱいできると思う……よ?」

「……それで私以外消せば私が一番になれるね?」

「発想が危ない方向に行ってるよ!?」

 

 さすがに冗談だと思うけど、そんなことされるのは私が嫌だ。好きなモノを好きな人の手で壊されるなんて耐えられない。

 

「お、お姉ちゃん……今日なんだか様子がおかしいよ? いつもよりころころ表情が変わるというか……暴走してる……」

「それは……! はー……うん、確かにそうだね。いつもより感情が制御できてないや。でもティアのせいだよ? 告白したのにちゃんと向き合ってくれないティアのせい」

「ちゃんと向き合ってるもん。お姉ちゃんが暴走して私を否定してるだけ」

 

 鋭い目が私に向いてる。だけど私は負けずに睨み返す。我を押し通すためにも。お姉ちゃんに私の全てを知ってもらうためにも。

 

「……どこまで行っても平行線だね」

「だね」

「私はティアに一番好きになってほしい。ティアは一番がいっぱい欲しいからイヤ。そういうことだよね?」

「うん」

 

 上体を起こしながらお姉ちゃんはそう話す。改めて隣に座り直すも、目は私だけを見ていた。

 

「……ほんとさ。わがままなうえに頑固なんだから。私を一番好きになれば、私のこと自由にできるんだよ?」

「今だって自由にできてるから」

 

 私が望めばお姉ちゃんは抱きしめてくれるし、キスだってしてくれる。それだけでも充分自由だから。

 

「それはそうだけど……今はまだ大分抑えめでしょ? それ以上になるのはイヤ?」

「嫌じゃない。だけどお姉ちゃんは──」

「いい。私の気持ちは考えなくていい。ティアの気持ちは?」

 

 お姉ちゃんが嫌だろうから。そう考えてたのに、そのお姉ちゃんに遮られて私は考える。お姉ちゃんと今以上の関係になりたいか? そんなの決まってる。

 

「……お姉ちゃんがいいなら、お姉ちゃんと付き合いたいよ。でも私はお姉ちゃん以外にも付き合いたいって思うだろうし、お姉ちゃんだけを愛するのも多分無理。だって私はお姉ちゃんだけじゃ満足できないから」

「言い切るんだ」

「うん。私のことは私が一番知ってるもん」

 

 生まれた時から感じる渇望。それを満たしてくれた初めての人。だけどそれでも足りない。私は満タンより多く。もっと沢山欲しい。そう思ってるから。

 

「……私じゃ物足りないってことでいいんだよね?」

「うん。そうなるね」

 

 怒らせることになってもここで嘘はつけない。お姉ちゃんを悲しませる嘘はもうつきたくない。

 

「わかった。いいよ」

「ふぅ……。ようやくわかって──」

「って言うわけないでしょ!」

「わっ」

 

 両肩を抑えられ再び私はベッドに押し倒された。若干潤んだ瞳が見える。

 

「ティアだけ我を通して私のは無理? ふざけないで。私はティアの一番になりたい。させたいの。だから絶対させる。ここは譲らないから……!」

「も、もう! ならどうするの!? ずーっと平行線じゃん! お互いがお互いを好きなのに意見だけが違って! このまま夜が明けるよ!?」

「そ……それもそうだね。……ティア。私のことは好きで、付き合うのはいいんだよね? 一番好きかどうかはともかく、姉妹以上の関係になるのはいい?」

 

 姉妹以上の関係。話を聞いてる限りお姉ちゃんにとってのそれは、私にとっての姉妹と変わらない。それなら別にいいんじゃないか。そう思う気持ちが今は強い。

 

「さっきは意固地になってお姉ちゃんに否定されたから断ったけど……いいよ。ただ私にとって姉妹以上の関係って今とそう変わらないからね?」

「構わないよ。私にとっては今よりすごい関係になるけどね」

 

 今よりすごいなんて想像がつかないけど……お姉ちゃんはどんな夢を描いてるんだろう。それはとても気になる。

 

「じゃ、ティア。今日から1ヶ月の間恋人になろ」

「1ヶ月? って、30日?」

「わざわざ日数に換算しなくても……」

「いやだって。あれだけ喧嘩みたいに言い争って……えっ。1ヶ月でいいの?」

 

 お姉ちゃんのことだからこれから一生恋人という関係になるのかと思ってた。

 

「うん。1ヶ月でいい。1ヶ月経ったら改めてティアから聞くよ。恋人のままでいるか、姉妹に戻るか」

「お試し期間で1ヶ月設けて、私が自分からお姉ちゃんと付き合いたいって言わせたいんだね?」

「そゆこと。もし1ヶ月経っても変わらないなら……ま、それはそれでいいかな。今までの関係が嫌いなわけじゃないし」

 

 今までの態度が嘘みたいにお姉ちゃんはあっけらかんとしている。お姉ちゃんは私が恋人──一番になるって言う自信があるのかな。

 

「ただこの1ヶ月間、私の命令に従うこと。無茶なことは言わないから安心して。恋人という関係がティアにとって素敵なことだ、ってアピールするだけだから」

「例えばどんな命令?」

「期間中は『フラン』って呼ぶとか。他の人を食べないで、とか」

 

 フラン……。今までふざけてフラン呼びしたことは何度かある。それに初めて出会った時もフランって呼んだ。その時はすぐお姉ちゃん呼びに訂正させられたけど。1ヶ月もの間、お姉ちゃんを呼び捨てにするなんて……初めての経験かも。

 

 でもそれより……。

 

「むぅ……」

「1ヶ月だよ? 1年間とかじゃないから平気でしょ?」

 

 私の不満そうな顔に気づいたお姉ちゃん。私は我慢するのが苦手で嫌いなのに。

 

「それに普通はダメなんだよ? 許可なく食べるとか」

「そ、それは知ってるけどさぁ……」

 

 さすがにもう知ってる。ただ抑えれないだけで。それに許可なら貰ってるし。スィスィアとか、お姉様とか。

 

「1ヶ月だけだから。……いい? ティア」

 

 私の頬に手を当てて誘惑してくる悪魔。顔も近くて、吐息が間近に感じられるほど。こんなことされたら、断るなんてできっこない。

 

「い、いいよ……。お姉ちゃんが望むなら……」

「フランって呼んで。ティア、今日からよろしくね」

「うん……よろしく。フラン」

 

 手を差し出され、私はそれを握り返す。なんだか改まって挨拶するのが恥ずかしくて。お姉ちゃんも同じ気持ちなのか頬をいちごみたいに真っ赤に染めてる。

 

「じゃ、早速。約束決めよっか。それと……そうだなー。やっぱりその前にティア、キスしよ?」

「キス? ……うん」

 

 まるで魔女にでも誘われるように。その場の空気に流された私は、お姉ちゃんの唇に──自分の唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして始まった1ヶ月間の恋人契約。お姉ちゃんと始める前に幾つかルールを設けた。

 

 1つ。期間中は『フラン』って呼ぶこと。

 時折間違えて呼ぶことはあるけど、間違えても訂正されるだけで罰則とかはない。

 

 2つ。期間中はフラン以外の人を食べないこと。物理的にも精神的にも。

 精神的に、というのはわからないけど、とりあえず物理的にさえ食べなければ怒られない。それにお姉ちゃんだけは例外だから。渇望が溜まればお姉ちゃんを食べればいいや。なんて思ってたり。

 

 そして最後3つ目。追加したいルールがあったらフランが許可してフランが追加する。

 なかなか自分勝手なルールだけど、今回はお姉ちゃんが私に恋人という関係を教えてくれるということで泣く泣く許容した。本心を言うとお姉ちゃんなら大丈夫という信頼もあったから。

 

「……一週間、かぁ」

 

 そして今日。お姉ちゃんと約束してから一週間経った日。あれから変わったことは少ない。呼び方や関係の名前が変わっただけで、それ以外は普段通り。

 

「どうしたの? ティア」

 

 あぁいや。普段通りじゃなかった。

 

「ううん。なんでも。にしても珍しくない? おね……フランがお姉様みたいに静かに紅茶なんか飲んでさ」

 

 付き合ってから一週間の間、お姉ちゃんから『食べる』のを誘ってくることはなかった。むしろ避けてるようで。いつもなら私が求めれば応えてくれたのに。今は適当な理由をつけて断られる。キスやハグすらも約束を交わした一週間以来してない。

 

「そう? 私も気高い吸血鬼なんだから、こうやって落ち着く時もあるよ」

「ほんとかなぁ……」

 

 今まで落ち着いて食事とかしたことなかったくせに。陽の当たらないテラスでゆっくりお茶だなんて。お姉ちゃんらしくないや。

 

「それに本当はティアとお出かけしたいんだよ? お姉様が話してたんだけど、外の珍しい物が売ってるお店もあるんだって。他にも珍しい場所がいっぱいあるとか。ま、私はそれほど興味はないんだけど。ティアと一緒に行けるならどこでも面白いはずだから」

「それはごめん……」

 

 私も外に出かけたいよ。だけどいつ解かれるかもわかんないからなぁ。全部胡散臭い人次第。でも私も外に出て人を襲わないとか確約できないのがねぇ。

 

「おっと。珍しく人がいると思ったらお前らか」

「あ、魔理沙」

 

 箒に乗った魔理沙がどこからともなくやって来る。姉妹水入らずのお茶会だけど、正直退屈してたからちょうどいい。

 

「また勝手に入ったの? 咲夜に怒られるよ?」

「知ってるか? バレなきゃ犯罪じゃないんだぜ」

「知ってた? 私とティアってこの館の主の妹なんだよ?」

「でもお前らは追い出したりしないだろ?」

「ま、それもそうね」

 

 お姉ちゃんも魔理沙のことはあまり気にしてないらしい。むしろ騒がしい魔理沙が来てくれて喜んでるようにも見える。慣れないことしてお姉ちゃんも退屈に感じてたのかな。

 

「にしても珍しいな。この時間帯にここでお茶してるなんて。私も呼ばれていいか?」

「咲夜に頼めば出してくれると思うよ」

「さっき怒られるって話してたじゃないか。バレるのはごめんだぜ」

 

 魔理沙は笑ってそう返す。バレても差ほど問題ないからこそ、ここまでお気楽なのかな。

 

「じゃあ魔理沙。私のでも飲む?」

「ティア」

「うん?」

「だーめ」

 

 お姉ちゃんは笑みを浮かべて私の提案を拒む。怒ってる時の顔だから私は頷くしかなかった。

 

「な、なんだ? ケンカ中なのか?」

 

 魔理沙もお姉ちゃんの不穏な空気を感じ取ったのか怪訝な顔で私達の顔を交互に見つめていた。

 

「ううん。違うよね、ティア」

「うん。フランとは仲良いもん」

 

 嘘は言ってない。怒った理由はわかんないけど、仲が悪いわけじゃないから。

 

「今日のお前らなんだか不気味だぜ。名前で呼びあってなかっただろ?」

「今は姉妹じゃなくて恋人だから」

「そうなのか」

 

 お姉様達に話した時もそうだったけど、みんな恋人という関係に違和感持たないんだよね。恋人と言いながらいつもと変わらないからなのかな。うーん。しっくりこないし、別の理由なのかなぁ。

 

「それなら邪魔するのも悪いな。私は図書館に行ってくるぜ。またなー」

 

 魔理沙は返事を待たずに紅魔館に入っていく。手を振って去っていく姿はどことなくカッコつけてるような。

 

「……で。フラン。なんで止めたの?」

 

 魔理沙の姿が完全に見えなくなったあと、お姉ちゃんに尋ねてみた。なんで怒ったのか気になるし、魔理沙が居なくなった今なら教えてくれると思ったから。

 

「だって貴女のを渡したら関節キスになるでしょ。それはイヤだから」

「あぁ……。そんな些細なこと気にしなくていいのになぁ」

 

 思った以上に小さなことで少し驚いた。お姉ちゃん、ちょっと前ならそんなこと気にすることなかったのに。

 

「い、今は私の恋人なんだから……! 誰にもしてほしくないから……っ」

「ふふっ、そうだったね。ごめんね」

 

 顔を赤くして初々しい反応を見せるお姉ちゃん。とっても久しぶりに見たその顔に何か……不思議な感情が刺激される。庇護欲って言うんだっけ。なんだかわからない。だけどお姉ちゃんを愛したい気持ちが溢れてくる。

 

「……ねぇ、フラン」

「うん? なに?」

「今日も食べちゃダメ……?」

「……っ」

 

 どうしてもお姉ちゃんを食べたい。そんな気持ちが抑えきれない。だからお姉ちゃんを真似して、上目遣いで彼女に訴えかける。

 

「ごめんね、ティア。今日はダメ。代わりに一緒に寝てあげるから、ね?」

「むぅ……。どうしてもダメなの?」

「うん。私達のためだからねー」

 

 優しい微笑みを浮かべて喋る。それに少しの違和感を感じたけど、お姉ちゃんの温かな表情にすぐにそれは消え去った。

 

「……フランを信じるよ?」

「うん。信じていいよ、ティア」

 

 じっとお姉ちゃんを見つめて大丈夫だと感じた。だから私は観念して「わかった」と伝えた。

 

「さて。お茶も飽きたし次何しよっか」

 

 あぁ、やっぱり慣れないことをしてたんだなぁ、って。私はお姉ちゃんの言葉を聞いてそう感じる。

 

「フランが決めていいよ。私はフランがしたいことをしたいから」

「ふふ。ありがとうね、ティア」

 

 お姉ちゃんの意図はわかんないけど、必ず理由があるはずだから。この1ヶ月間。私に恋人を教えてくれるというお姉ちゃんに任せてみよう。この時の私はまだそうやって甘い考えをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ続いてるの? 恋人ごっこ」

 

 契約から約2週間。打ち合わせしたわけでもなく偶然居合わせたお姉様。そこにお姉ちゃんも加わって3人で談笑してると、不意にそんな言葉がお姉様の口から出た。

 

「ごっこじゃなくてほんとに恋人なの。あー、ごめんね? お姉ちゃん恋人いたことないから嫉妬しちゃってるのかー」

「はあ!? 誰が嫉妬なんてっ!」

「えー? 見ればわかるくらいに嫉妬してるけど?」

「お姉様もフランも落ち着いて、ね……?」

 

 ちょっとしたことですぐケンカに発展しそうになる2人を見て私は肝を冷やす。本気じゃないとわかってるけど、いつ本気になってもおかしくない。

 

「ん。そうね。これくらいで怒るなんてバカらしいわ」

「お姉様煽るの楽しいのになー」

「貴女ねえ……」

「2人とも。ケンカしないで……? フランもお姉様煽ること言わないの」

 

 フランの頭を撫でてなだめる。できることなら2人には仲の良い姉妹でいてほしい。それに今はフランの恋人だから。私には彼女がお姉様を煽るのを止める義務がある。

 

「……うん、ごめんね。ティア。お姉様もごめん」

「や、やけに素直ね。……私もごっことか言って悪かったわ。初めて聞いた時は多少なりとも驚いたけど、本当に恋人なのねえ……」

 

 思ってもみなかったわ、と続けるお姉様。

 

「なにが?」

「2人がそういう関係になることよ。ティアが断るの目に見えてるじゃない」

「実際断ったよ、私。でもフランが譲ってくれなくて……」

「ふふ。本当に強情だったよね、ティアが」

 

 どっちがよ。なんて思うも言い出したらまた言い争いになっちゃう気がして。ここ最近、お姉ちゃんとずっと一緒にいるせいか、いつも以上にお姉ちゃんのことがわかるような気がする。まさに以心伝心、ってやつ? あれはちょっと違うか。

 

「ふーん……ところでティア、最近元気ないように見えるけど大丈夫?」

「ん? 元気?」

 

 そう言われて思い至ることが1つだけある。やっぱりお姉ちゃんが距離を置いてること。距離を置いてるって言っても、あからさまじゃない。今まで平気で抱きついたり触れ合ったりしてたのに、契約してからそういう機会がグッと減ったってだけ。

 

 でもお姉ちゃんに避けられてるわけじゃない。お姉ちゃんは平常運転で私に接してくれる。変わったのは物理的な接触が顕著に減ってるという点くらい。

 

「……フラン。恋人とか言って無茶なこと言ってないでしょうね?」

「無茶なことは言ってないよ。ね、ティア」

「うん。守れることを言ってる……かな」

 

 と言っても、あれからまた細かいルール……いや禁止事項って言った方がいいのかな。それが増えたんだけど。内容はバラバラで多いわけじゃない。その日限りのものだったり、禁欲的なことだったり。

 

「フラン。ティアに無茶させちゃダメよ? まだまだ若いんだから」

「大丈夫。ティアのことは私が一番よく知ってるから」

 

 お姉ちゃんはニッコリと笑顔を見せる。もうそれを見るだけで嬉しい気持ちになってしまう。

 

「そう…………」

「お姉様? どうかしたの?」

 

 一言だけ呟いて目を瞑ってしまった。昨日寝るのが遅かったのかな。なんて心配してるとすぐ「大丈夫よ」と返ってくる。にしては、突然のことで不安になっちゃうんだけど。

 

「……はあ。私も姉妹仲が良い方が好きだから、これ以上何も言わないようにするわ。ろくでもないわねえ、ほんと」

「どうしたのかな、お姉様」

「なんでもないわよ。フランもティアもケンカせず、今以上に仲良くなるのは私としても喜ばしいことよ。ただね」

 

 笑顔で返すお姉ちゃんに、お姉様は何か諦めてるような表情で言葉を続ける。

 

「あんまり妹をいじめちゃダメよ? しっぺ返しが怖いもの」

「それってどういうこと……?」

「ふふ。わかってるよ、そんなこと」

「わかってないみたいだから言ってるんだけどねえ」

 

 置いてけぼりを喰らってる。なのに2人とも何も教えてくれそうにない。

 

「ティアも」

「は、はい?」

 

 意識の外から声をかけられ、思わず丁寧に返してしまう。慣れない返事をしたことも気づかず、お姉様は淡々と続ける。

 

「何事も程々にね?」

「……? うん、わかった」

「まあ姉としては妹2人が仲睦まじいようで嬉しいわ。最近よそよそしい風に見えてたから。恋人だなんだ言いながら変だとは思ってたのよね」

「大丈夫。今も寝る時は一緒だからねー」

「うんっ」

 

 本当に一緒に寝るだけなんだけど。ずっと隣に感じれるのに。温もりは伝わってくるのに。それ以上のことは起きないからなぁ。

 

「一緒に居られなくてごめんなさいね。最近は生活リズムが違うことが多くて」

「いいよ。お姉様はここの主人なんだし、外と交友関係持つの大切なんでしょ?」

「ま、まあそうね……?」

「ティア。多分そういう理由じゃないと思うよ」

 

 言ってることはよくわからないけど、呆れられてるのはわかる。

 

「ともかく喧嘩しない分には何も口を出さないから勝手になさい。1ヶ月だっけ? その後どうするかも含めてね」

「ん。ありがと、お姉様」

「うん? ありがとう?」

「貴女までお礼を言う必要はいなのだけれどね」

 

 お姉様は苦笑いしながら立ち上がり、手を振ってから歩き出す。

 

「じゃあ私はこれから用事があるから。また後でね」

「ん。ばいばい」

「またね、お姉ちゃん」

 

 お姉様は振り返ることなく立ち去る。残されたお姉ちゃんは私を見て微笑み──

 

「……ティアはお姉様と私どっちが好き?」

 

 ──そう質問した。お姉ちゃんが求める言葉はわかってる。お姉ちゃんが望む答えを出すこともできる。私はいつだってお姉ちゃんの願望に応えることができる。

 

「どっちも好きっ」

 

 だけど、嘘をつきたくなかったから。お姉ちゃんの理想の返答。それを言う時は今じゃないし、今はそれを返せない。

 

「ふふ、そっか。……ま、今はまだそれでいっか」

 

 お姉様の小さな呟きが聞こえた。だけど気にせず、私はお姉ちゃんに微笑みかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フラン。静かだね」

 

 お姉様と話した数日後のこと。お姉ちゃんのベッドに横になって、当たり前だけど隣にはお姉ちゃんがいる。暗がりでもよく見えるお姉ちゃんの顔は穏やかな表情をしてて。眠気が襲ってきてるのも相まって、その顔が神秘的なものに見える。

 

「ん。珍しく寝る時間被ってるしねー……」

 

 お姉様とは紅い霧の異変以来、寝る時間がズレることがよくある。なのに今日は珍しく被ったから。ここに来てから騒がしくなった姉が寝てると、いつもより静かに感じる。

 

 お姉様、大抵は同じように昼間に寝てるみたいだけど、気分次第なのか夜中に眠ってることも多々あって。外の世界じゃ常に神経張りつめて大変だったみたいだし、その反動が平和なここに来て一気に爆発したんだろうなぁ、って。

 

「まだ半分くらいだけどさ。こうやって2人でいること多くなったよね」

「うん……」

 

 恋人になってからお姉ちゃんとは普段以上によく一緒にいる。もしかしたらお姉ちゃんのことをいつもより意識してるからであって、気のせいかもしれないけど。

 

「……ティア」

「うん?」

 

 お姉ちゃんの口が私を呼んだ風に見えたから。横になるお姉ちゃんに問いかける。

 

「え? あ、いや。なんでもないよ」

「でも今名前呼ばなかった?」

「私が……? ごめん、無意識に言っちゃってたかも……」

 

 眠気と申し訳なさが半々の顔。多分寝ぼけて言っちゃったのかな。なんて思ってるとお姉ちゃんは私の髪に優しく触れる。

 

「こんなに近いのに。これ以上欲しがるのは罪なのかな……」

 

 思ったことをそのまま口にした独り言なのか、私の返答を待っているわけじゃないみたい。でも私は寝ぼけて言ったその言葉の意味が気になった。

 

「フランは……私をもっと求めてくれないの?」

 

 お姉ちゃんが夢も現実もわからないほどだと知りながら私は問いかける。彼女は曖昧な瞳で私を見つめて、名残惜しそうな悲しい表情になって。

 

「ううん。もっと欲しいよ……」

 

 久しぶりに、お姉ちゃんは私を抱きしめるように肩に手を回し、その顔を近づける。

 

「お姉ちゃん……」

 

 思わず名前で呼ぶのを忘れるほど緊張した。たった2週間なのに。お姉ちゃんが近くに感じれば感じるほど、私は高揚感が抑えきれなくなる。だけど、もうあとちょっと。ほんの少しのところで。

 

「──でも、まだダメ」

 

 お姉ちゃんは踏みとどまった。

 

「まだ、1ヶ月経ってない……から」

 

 代わりにと言わんばかりに引き寄せられて抱擁される。久々に感じるお姉ちゃんの温もり。すぐ目の前に無防備な白い素肌が見えるのに。私はそれから吸血することも叶わない。お姉ちゃんの許可無しじゃ、『食べる』行為も許されていないから。本当は今すぐにでも襲いたいのに。歯がゆい気持ちってこういうことなんだろうね。

 

「……フラン。好きだよ」

 

 叶わないことを望むのは虚しいから。私は代わりに耳元で愛を囁く。

 

「ん…………」

 

 お姉ちゃんはそのまま眠りについたみたいで。聞いてるのかわからない小さな返事をして、それ以降はぴたりとも動かなくなった。

 

「……お姉ちゃん。ほんとズルいなぁ」

 

 お姉ちゃんの真似をするように抱きしめる。感じる温もりは私を深い眠りに誘って。寝顔が愛おしくて、今すぐにでも触れ合いたいのに。このまま睡魔に負けてしまった私は、彼女を腕の中で感じながら眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パチュリー。ちょっといいー?」

 

 不安を覚えた私は1人でパチュリーがいる図書館に来ていた。大抵困ったことがあれば、この館の人はパチュリーに相談しているという噂。まぁ嘘だけど。多分相談してるのは私達姉妹くらいで、他の人達は咲夜に相談しているだろうねぇ。

 

「ええ。面倒事じゃなければね」

「お姉ちゃんとの関係でね。心配なことがあって」

「面倒事じゃない」

 

 呆れた、とため息をつくパチュリー。

 

「家庭の問題ほど面倒なものはないわ。それで、なにかしら?」

 

 それでも私の相談に付き合ってくれるみたい。やっぱりパチュリーって優しいよね。なんて思ってると「早く言いなさいよ」と急かしてくる。

 

「最近……というか付き合ってからね。お姉ちゃんの様子がおかしいの。いつもよりよそよそしいというか、距離を置いてるみたいで」

 

 彼女は私のためと言ってくれるけど。やっぱり答えが得られないと心配になってくる。嫌われてるわけじゃないのはわかるけど、それ以外の何かでお姉ちゃんに気を遣わせてるか。もしくは距離を置かれてるんじゃないか、って。

 

「そうかしら。私から見ればいつもと変わらないように見えるわよ?」

「そっかぁ……」

 

 そういえば2人の時以外は普段となんら変わらないんだった。ならパチュリーに相談してもわかるわけないよね。失念してたや。

 

「……貴女と一緒じゃない時もね、私から見ると普段と変わりないのよ。観察してるわけじゃないから詳しくはないけど。強いて言うなら大人しいくらいね。貴女が心配するほどのことじゃないと思うわよ」

「うぅん……」

 

 なんとか答えを出してくれたみたいだけど、納得できるはずもなく。って、せっかく相談に乗ってもらってるのにそう考えるのはパチュリーに悪いね。

 

「パチュリー様はフラン様のことをわかってないですね〜」

 

 翼をパタパタと羽ばたかせ、図書館の奥からやってきたコア。多分雑用してたのかな。手の上には積み重なった書物がある。

 

「あら。仕事は終わったの?」

「あとはこの本だけですよ〜。ところでフラン様は一緒じゃないんです? ティア様」

「私だって四六時中一緒にいるわけじゃないんだよ?」

「そうですかぁ……。少し残念」

 

 まだスクリタも来てないみたいだし、暇してるんだろうね。本当に残念がってるように見える。

 

「それでこあはわかるのかしら。フランのこと。さっきの口ぶりは知ってそうだったけど」

「もちろんですよ〜。これでも付き合いは長い方ですからね!」

 

 パチュリーは彼女は何を言ってるの、という目で私に訴えてくる。パチュリーは知ってたと思うけど、単純に呆れてるのかな。

 

「フラン様はきっと溜め込んでますよ!」

「……なにを?」

 

 ご最もな返し。私もコアが言ってることはよくわからない。けどコアは自信たっぷりで続けていく。

 

「フラン様、きっとストレスとか色々溜まってますよ〜。顔には出てませんが、時折発散しては満足そうな顔してますし! でも私を弾幕ごっこに付き合わせるのはやめてほしいですけどね!」

 

 発散って弾幕ごっこのことなんだ。そういえば最近お姉ちゃんやスクリタがやってるのよく見るかも。私はたまにしかやらないけど。お姉ちゃんほどスペルカード多くないしね。増やすのも面倒だし。

 

「貴女、最近よくいなくなると思ったらそんなことしてたのね」

「フラン様の頼みは断れませんからっ。ここに戻る前にシャワー浴びて綺麗にはしてるので安心してくださいね!」

「そうね。本が汚れるから汚いまま帰ってこないでよ」

 

 淡々としたやり取りに見てる私もほっこりする。ただの主従関係じゃない2人を見てると、この家族は本当に仲が良いんだなぁ、と思う。

 

「……なに笑ってるのよ?」

「うん? あ、ごめんね」

 

 顔に出てたのかな。気づけばパチュリーが怪訝な目で私を見ていた。コアの方はというと、私の気持ちを察してか同じように笑みを浮かべている。

 

「仲良いなぁ、って」

「それでどうして笑うのよ」

「えっ? それはほら。仲が良い方が私も嬉しいから、かな?」

「……? わからないわね」

 

 自分で言ってなんだけど、違う気がする。もっとこう……なんだろう。言葉で表すのは難しい。だけど好きな人が仲が良い、ってのはなんだか嬉しくなるから。たまに嫉妬心湧いちゃう時はあるけどね。お姉ちゃんとお姉様とか。

 

「ここに集まってるの珍しイ。なにか会議でもしてタ?」

「あっ! スクリタ様〜」

 

 本を片手にやってきたスクリタを見るなり彼女に飛び付くコア。特に気にした様子もなく抱きつかれてる辺り、日常的なことなんだと思う。満更でもない顔に見えるし、もしかして嬉しかったりするのかな。でもなんだかコアが羨ましいや。スクリタがお姉ちゃんと瓜二つだからかな。今は本を読むためかメガネかけてるけど。

 

「デ、何の話?」

「お姉ちゃんが最近様子おかしいよね、って話だよ」

「あー」

 

 何故か納得した様子を見せるもう1人のお姉ちゃん。

 

「まだ恋人期間中だよネ? 終わったら戻ると思うから気にしなくていいヨ」

「本当に? というかスクリタ。もしかして何か知ってるの?」

 

 なんだかそんな気がして。もしかしてお姉ちゃんと会話でもして何か聞いてるんじゃないかと思った。

 

「ううン、何モ。でもワタシはフランを知ってるかラ。様子が変ってわけじゃないと思ウ。ただティア。アナタへの接し方を変えてるだケ」

「接し方?」

「アナタへの思いは変わってないヨ。むしろ強くなってるかモ? 多分恋人になって色々試したいだけなんじゃないかナ。……何か他に企んでたとしても、ティアに対する感情は変わらないだろうから安心していいと思ウ」

「スクリタが言うならそうなのかなぁ……」

 

 スクリタはお姉ちゃんのことをよく知ってるから。お姉ちゃんが私を好きなのは変わらない、というのも本当なんだと思う。スクリタとお姉ちゃん、元々同一人物だしね。性格は大きくなるにつれて変わっていったけど。

 

「不満があるなら言えばいイ。どうしてもダメなことじゃなければ要望は通ると思うヨ」

「……スクリタってお姉ちゃんみたいなものだし食べ──」

「どうしてもダメ。今はフランに怒られるかラ」

 

 そうだよねぇ、って返す。わかってたけど、お姉ちゃんとスクリタはもう完全な別人、別個体。お姉ちゃん以外食べないっていう契約にも触れることにもなるんだろうなぁ。実際のところは試してみないとわかんないけど。双子が同じ存在として扱われる魔法もあるらしいし。

 

「うん。じゃあお姉ちゃんに頼んでみる。ありがと、スクリタ」

「ン。その方がいいヨ、きっとネ」

「あら。解決したみたいね」

「うんっ。パチュリーとコアもありがとうね!」

 

 パチュリーとコアのお陰で悩みがハッキリして。スクリタに背中を押されて。私は改めてお姉ちゃんと真正面から話せるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フラン。ちょっといい?」

 

 2人で話せるタイミングを伺ってると、もうすっかり日が昇りそうな時間になってしまった。お姉ちゃんは眠たそうに顔を上げながらも「いいよ」と返してくれた。

 

「眠たい?」

「ん。ちょっとだけね。大丈夫だよ」

 

 そうは言いつつも欠伸をして、今にも眠りそうな眼をしている。放っておけば数分も経たずに眠ってしまいそうだ。

 

「……起こしてあげる、フラン」

「え?」

 

 お姉ちゃんの頬に手を触れ、顔を近づける。目の前の愛しい人の顔が仄かに頬を紅く染める。

 

「て、ティア……?」

 

 唇が重なりそうなほど接近する。緊張からか顔を赤くしたままお姉ちゃんの瞳はじっと私を捉え、やがて閉じる。真っ白な肌に魅了され、吸い込まれるように近づいていき……。

 

「──なんてね。目が覚めたでしょ?」

 

 私は触れる直前に顔を離して手を退けた。お姉ちゃんは数秒ほど閉じたままだったけど、不自然な間に目をぱちくりとさせる。そして自分がからかわれていると気づいて再び顔を赤くした。

 

「もう、ティア……っ!」

「ふふっ。……ごめんね。でも目が覚めたでしょ?」

 

 軽くふざけたような笑顔を見せると、お姉ちゃんは呆れた顔で「そうだけどさ」と返す。

 

「目が覚めたけど、目覚めが悪いよ、全くもう……」

「眠ってはなかったけどねぇ。それにお姉ちゃんだって同じような悪戯する時あるでしょ?」

「うっ。確かに……そうだね……」

 

 呆れ顔が諦めた表情に変わって。バツが悪そうに黙ってしまった。責めてるわけじゃないのにそんなにショックだったのかな。

 

「って。フランでしょ? ティア」

「あっ……うん、ごめんね。フラン」

 

 間違いを訂正するとお姉ちゃんは嬉しそうな顔をして。名前で呼び合う生活がもう2週間も続いてるのに。2人の時はまだ慣れないのか恥ずかしそうに見える。私の方はずっと名前呼びだったから慣れてるんだけどね。

 

「それでどうしたの? 何か用事があるんだよね」

「うん。まずは……そうだなぁ。……私に何か隠してない?」

「えっ? ……隠してないよ?」

 

 なんとも歯切れが悪い。そこでふとスクリタの言葉を思い出す。

 

 ──何か他に企んでたとしても。

 

 もしスクリタが言う通り何か企んでたとしたら何を計画してるのかな。お姉ちゃんは自分以外に肉体的に接することを禁じて、徐々に私を縛り付けて。……わかんないや。わかんないなら、聞いてみるしかない。

 

「恋人なんだよね。……隠し事はダメだよ?」

 

 ベッドに座るお姉ちゃんを押し倒して威圧する。再び唇が触れ合うほどに近づくも、今度はさっきみたいな甘い雰囲気じゃなくて。真面目な空気が辺りには漂っている。

 

「……隠し事してるわけじゃない。ティアが好きだからだよ? ティアが好きだからこそ言ってないことがあるだけ」

「それって私のため?」

 

 流れる沈黙。そして彼女の目が一瞬細くなるのを私は見逃さなかった。彼女の仕草は私の疑問が間違えてると示すもの。そしたら誰のためか。なんてわかりきってる。

 

「……もしかしてフランのため?」

「そう。……って言ったらどうする? 酷いお姉ちゃんだと思う?」

 

 その笑みは悪魔のようにいたずらじみていて。イタズラがバレた時のお姉ちゃんみたいで。実際それに近いんだと思う。お姉ちゃんは悪びれる様子もなく、小さくため息をついて面白がっていた。

 

「お茶会の時は私達のため、って言ってなかった?」

 

 思い出すのは1週間くらい前のお茶会での会話。私が食べていいか尋ねて、その時のお姉ちゃんはそう言った。それに違和感を感じた記憶はあるけど、その時は深く追求しなかった。違和感の正体はこれだったんだ。って今更気づいた。

 

「うん。私達のためだよ。でも私の割合が9くらい。ティアが残りの1だね。だからほぼ私のためなの。騙すような真似してごめんね?」

 

 お姉ちゃんが嘘をついて騙してた。もしそれが初対面の時なら、姉を嘘つき呼ばわりして嫌ってたかもしれない。でも今はそうじゃない。成長して、私もお姉ちゃんもそれなりに大人になって。彼女とは長い付き合いになる。だからお姉ちゃんの嘘が利己心から来るものじゃないってのもわかる。

 

 ──ならどうして? 

 

 そんなのわかってることじゃん。

 

「フラン──そんなに私のことが好きなの?」

「……うん」

 

 内心を言い当てられたみたいな驚いた顔を見せ、観念したのかゆっくりと口を開く。

 

「気づいてるならもういっか」

 

 諦めたというより、ようやく話せるみたいな。そんな安心も混ざった複雑な声色。

 

「そもそも勝負を持ちかけたのはティアに恋人になってほしいからだけど、私がそんなので満足できるわけないのは知ってるでしょ?」

「妙に簡単に引き下がったと思ったら……諦めてなかったんだ」

「そりゃそうだよ。私は一番になりたいって言ったでしょ。あー、違うや。一番にさせたいの。私を。ティアのね」

 

 確かに言ってたけど。もう恋人にさせるつもりでいたと思ってた。一番は妥協して、今以上の関係になることを選んだって。

 

「正直な話、ティアのことだから1週間で音を上げると思ってたよ。ずーっと食べるのガマンさせてたら、契約とか無視して襲いかかってくるんじゃないかって」

「悪魔だもん。破るなんてできないよ。それに……我慢するのは小さい時に慣れてたから。1ヶ月くらい大丈夫だよ?」

 

 食べたい感じても我慢はできる。ただそうしたら感じるのは渇きと飢え。それを我慢し続けるのは生まれた時に経験した。物足りないと思ってもどうしようもなかった記憶。それを知ってたから、あの時と同じように我慢して、耐え忍ぶことができた。だから1ヶ月くらいどうってことない。多分1年でもやろうと思えばできる。気が狂うかもだけど。

 

「あー……そっか。そうだったんだ。なら1ヶ月と言わずに1年くらいに……いやそれだと断ってたかー」

 

 私の考えなんて知らないお姉ちゃんは1人で悶々と唸ってる。1年だとお姉ちゃんの方こそ耐えれないはずなのに。

 

「お姉ちゃんはね。依存してほしかったの。我慢できずに私に駄々をこねて依存するほど甘えてくれるんじゃないか、って。嫌いならまだしも、好きなら1つ上に行くのは簡単だと考えてたの。だから私以外『食べる』のを禁止にして、禁欲的な制限かけて。私という逃げ道だけを用意した」

 

 説明口調で自分の考えを披露している。そんなにも黙っておくことが嫌だったんだなぁ、ってわかる。私に「早く愛して」と急かしてるみたい。

 

「ふふ。でもこの調子だとダメそうね。お茶会の時以来、食べていいかも聞かないしなー。あの時は早すぎるから平気と思ったのに。調子に乗って制限かけすぎたかなー」

 

 お姉ちゃんは平然を装ってるけど、どことなく悔しそうで悲しそうな。守ってあげたくなるような庇護欲を沸き立たせるような表情。

 

「…………」

 

 私の顔はどうだろう。お姉ちゃんの想いを知って、考えを教えてもらって。私は一体どんな顔をしてるのかな。ここまで思ってくれることを喜んで嬉しいのか。それとも嘘をつかれて怒ってるのか。

 

 顔に触れると、口角が上がってることに気づく。ってことは前者か。きっとお姉ちゃんにここまでされてる人って私だけなんじゃないかな。それで喜んで……ってなんだ。そうなんだ。

 

「……フラン」

 

 そこまで考えて私はようやく理解した。

 

「ん? なぁに。ティア」

 

 ──あぁ、やっぱりフランのことが好きなんだ。

 

 今ならあの時言えなかった言葉を伝えることができる。その確信があった。お姉ちゃんに……フランに伝えるんだ。私の全部を。

 

「私ね。フランだけを見ることはできないかもしれない。目移りするタイプだし、貪欲だしね。なのにここまで愛してくれてるのは嬉しい。姉と妹じゃなくて、1人の女性として愛してくれるのは嬉しい。私を見てくれてるってわかったからこそ、かな」

 

 上手い言葉が思い付かない。だけど1つだけわかることがある。

 

「つまり……その、ね。私──」

 

 今はフランが望むことを。願うことを。彼女に伝えれる。

 

「……フランが好き。お姉様とは違う好き。フランを一番愛してる」

 

 生まれて初めて愛の告白をした。フランは自分が望む言葉なのに、不思議そうに目を丸くしてる。

 

「……え? ほ、ほんとに? 食べたいからって嘘ついてるわけじゃなく?」

「違うよ。フランが好きだから言ってるの」

「……嘘をついて、依存させようとしてまで貴女を手に入れようとしたのに?」

「うん。だって……どれくらい愛してくれてるか実感したから。貴女なら。フランなら私を満足させてくれそうだから」

 

 恋人になる前に断った理由。

 

 ──お姉ちゃんだけじゃ満足できないから。

 

 それが間違いってわかった。思ってた以上にフランは私を満足させてくれそうだ。

 

「まぁ。いつまで続くかは、フラン次第だけどねっ」

「……ふふ。ティアってほんとにワガママだよね。だけどいいや。今は私だけを見てくれるなら」

「ぁ……」

 

 刹那、温もりが私を覆う。フランが私を抱きしめてくれたと理解するのに数秒もかからなかった。

 

「──やっぱり前を向いてくれるんだ。嬉しい」

「え?」

 

 吐息がかかるほど近くで囁かれた声。あまりにも小さな声で聞き取れなかったけど、フランは満足気な顔をしてて。

 

「ティアが私を一番って言ってくれて嬉しいなー、って」

 

 心の底から嬉しそうにそう言った。

 

「フラン。改めてこれからよろしくね」

「ん。ティアもよろしく」

 

 ベッドに座ったまま抱き合い、目を合わせる。そしてどちらが何かを言い出すわけでもなく。

 

「……ん」

 

 私とフランは目を瞑り、吐息が触れ合うほど近づいて。柔らかい感触が唇に触れる。時間にすればものの数秒。なのにその快楽は永遠に感じた気がして。

 

「ふふ。かわいい……」

 

 溺れるほど甘い時間は終わり、目を開けるとフランの熟した林檎のような赤い顔が目の前にあった。きっと私も同じような顔をしてるんだろうなぁ、って目の前の彼女を見てると思う。

 

「フランもかわいい。ねぇ、フラン……」

 

 もう我慢なんてしなくていい。恋人の契約は恋人になるかを決めるものだったから、恋人になった今終わったも同然。

 

「なぁに? ティア」

 

 真正面にいる彼女は期待した瞳を私に向けている。私が次に言う言葉を予想して待ち望んでる。

 

「私の頼み、聞いてくれる?」

「ん。私の頼みを聞いてくれたもん。もちろんいいよ」

 

 ──だけどそれだと私が気に食わない。今まで我慢させられて、縛られて。私だけがそんな気持ち味わうのって不公平だ。だから恋人であるフランにも同じ気持ちを味わってもらおう。

 

「じゃあ……」

 

 あぁ、違う。もっとだ。

 

「この期間が終わったら1ヶ月間私の命令に従ってねっ」

 

 フランは私を依存させようとしてた。だから私もフランに同じことさせよう。フランならどっちに転んでも私を満足させてくれるよね。私の愛する人だもの。

 

「……え?」

「いいよ、って言ったんだからもう断れないよ?」

「ティア……? あはは……目が怖いよ?」

 

 距離を取ろうとするフランの手を取って引き寄せ押し倒す。彼女の胸が当たって、素早い鼓動がよく聞こえる。緊張して警戒して、尚且つ心待ちにしてるような心臓の音。

 

「一番好き、でしょ? 大丈夫っ。1ヶ月フランに私と同じ思いをしてもらうだけだから。あぁ、同じじゃないか。依存させたいって言ってたよね? だから依存させてあげるよ」

「……うー。お姉ちゃんは初めて妹が怖いと思ったよ」

「でも楽しみでしょ?」

 

 フランはまぁねと笑顔を見せる。それを見るのがなんだかくすぐったい。

 

「まだ半月くらい期間残ってるし、それが終わるまではフランの好きにしていいからね? 私を自由にしていいよっ」

「ん。もちろん。ずーっとガマンしてて疲れたでしょ? お姉ちゃんがいっぱい甘やかしてあげる」

 

 私の下になりながらも挑発的な笑みを浮かべる。嗜虐心が湧くような笑みに心がゾワッとするも、ここは大人しくされようと心に誓う。あと2週間は身も心もフランに委ねて、されたことを全部し返そう。と誓った。

 

「……ティア。ずっと一緒に居ようね。もし恋人じゃなくなったとしても、ね?」

「うん。恋人の前に姉妹だもん。離れ離れにはならないよ。大好きな……お姉ちゃんっ」

 

 愛を囁き、私達は再び愛を誓う。そしてその夜は愛に溺れた。

 

 

 

 こうして1ヶ月を待たずして私とフランは姉妹から恋人になった。もちろん1ヶ月経って恋人契約が終わっても変わらず恋人を続けている。恋人契約を終え、攻守交替して私が主導権を握った1ヶ月。そこで何が起きたかはまた別の話。ただ1つ言えること。私達が変わることはなく、2人の関係は幸せなまま続いたということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フラン」

 

 愛しい人の名前を呼ぶ。すると隣で手を繋ぐ純白の服を着た彼女はどうしたのと微笑む。

 

「──愛してる」

 

 私がそう言うと、彼女も同じ言葉を繰り返した。私が小さい頃に思い描いた夢。それが叶った今、ただ幸せを感じてた。



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