オーゼンの拾いモノ (ぽぽりんご)
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第1話_寝ているだけでも腹は減る

 

 

■一日目

 

私は、目を覚ました。

 

周囲は真っ暗だ。何も見えない。

手探りで状況を確認しようとするが、どうにも手が動かなかった。

耳をすましてみるが、何も聞こえてこない。

 

 

はて、これはどういう状況だろうか。

記憶を辿ろうとしてみるが、なにも思い出せない。

 

頭の中に霧が掛かったような感覚。

意識は不明瞭、記憶は不鮮明。

 

 

というか、なんだ。

非常に眠い。

 

とりあえず寝よう。

 

 

 

 

■二日目?

 

いくら寝ても眠いのだが、これはどうしたことか。

 

 

 

 

■三日目ぐらい

 

どうやら私は、記憶喪失というやつらしい。

 

 

 

 

■四日目だと思う

 

喪失したのは、記憶だけではない気がしてきた。

これ、周囲が真っ暗なんじゃなくて、もしかして目が見えていないのでは。

耳も聞こえないし、手足も、首も、口すら動かせない。

なんだこれ。

 

 

 

 

■五日目なんじゃないかな

 

お腹が空いてきた気がする。

あるのか知らないけれど。お腹。

 

 

 

 

■仮に十日目だとしよう

 

暇だ。

 

 

 

 

■十五日目と定義する

 

腹減った。

 

 

 

 

■私が二十回寝た後の日

 

体を動かす事はできないが、体内(?)を流れる血液的な何かを操作できることに気づいた。

やっと見つけた暇つぶしなので色々試してみたのだが、めっちゃ疲れる。

というか、やりすぎて気を失ってしまった。

 

 

 

 

■二十三という数字、私は嫌いじゃない

 

暇を持て余した私は、ひたすら血液操作をして遊んでいた。

それぐらいしかやる事がないのだ。

悲しくなどない。

 

 

 

 

■一ヶ月って、なんで月によって日数が異なるんだろう

 

もはや、我が血液操作術は神の領域に達した。

どうやら私は、天才と呼ばれる類の存在であるらしい。

他の人と比べた事なんて無いが、たぶんきっとそう。

信じる者は救われる。

 

 

 

 

■日付? 忘れた

 

今日、なにかに体を触られた気がした。

いや、なんとなくそう思っただけなのだが。

 

気にしすぎだろうか。どうだろう。

仮に気のせいでないとしたら、同意も無しに私の体に触れたということになる。

とんだセクハラヤローだ。

 

 

 

 

■日付? そんなことを気にしている場合ではない

 

これ、気のせいじゃないのでは。

明らかに触られている。

 

集中してみると、触れられる感覚だけでなく、空気の振動まで感じ取ることが出来た。

 

これは、音だ。

耳で感じ取っているというより、体全体で感じ取っているかのような感覚。

おそらくだが、音波が私の血液(?)に干渉し、血流の乱れを私が感知しているのではないだろうか。

 

おお、日々の血液操作が、こんな所で役に立つとは!

人生、何があるかわからないものである。

 

いや、どっちにしろ聞こえないけど。音。

 

 

 

 

■火を付けたい。ファイヤー!

 

目と耳が欲しい。

 

状況がわからないのが、非常に強いストレスとなっている。

平たく言うと、イライラする。

ムカ着火ファイヤーという奴だ。

 

 

目はともかく、耳はどうにかなりそうな気がするのだが。

空気の振動は感じ取れているのだ。あとは、それを音に変換できればいい。

 

たしか耳の構造は、鼓膜で拾った空気の振動を中耳で増幅し、内耳にある液を揺らし、その振動を電気信号に変換して脳に伝えるという流れだったかと思う。

細かい部分は知らないが、要はこの振動を増幅し、いい感じに変換できればいいのだ。

頑張れ、マイボディ。伝われ、この振動!

 

 

強くそう願うと、体がカッと熱くなってきた。

循環していた血液が、周囲の肉と共にうごめくのを感じる。

やがて、ザリザリ、ザリザリと耳障りな音が聞こえてきた。

それはひどくうるさかったが、目覚めて初めて味わう感覚に、私はすがりついた。

自覚はなかったが、外界からの刺激に飢えていたのかもしれない。

 

 

……あれ、なんだこれ。

めっちゃ眠い。眠い。ねむ……

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「──だ。そんな──不可能──」

「──卿に頼めば──」

 

 声。

 人の声だ。

 

 起きたばかりで酷い頭痛がするし、ノイズも酷い。

 だが、私は意識を集中させた。

 今頑張らないと、全部無駄になってしまう気がしたから。

 

 数分ほど、そうしていただろうか。

 邪魔な音は徐々に消えて、耳が聞こえるようになってきた。

 

「──が良い。時間を掛けてでも、回収すべきだろう。結局どんな効果があるかはわからなかったが、状況を考えると貴重な遺物である可能性が高いしな。なにせ、この飛行船は深界六層から流されてきたんだ。一級以上だとしても驚かないね」

 

 いえぃ、やったぜ。耳が聞こえるようになった!

 すごいぞマイボディ。よくわからんが、いい感じに振動を拾えるようになったらしい。

 こんな奇跡を引き起こせるなんて、私はもしかすると、神にも匹敵する偉大な存在なのかもしれない。崇め奉ってくれてよいぞ!

 

 疲れて思考がお馬鹿になってきた気がするが、ようやくイライラが解消できたのだ。

 少しぐらい感情的になっても、許されるだろう。

 

 

「本当に六層から上がってきたのか? 奇跡もいい所だぞ」

「そう考えざるを得ないだろう。五層(うみ)の下まで落ちたことは確認されているんだ」

「六層には火山があるという。上昇気流に押し戻された可能性は、ゼロではない」

「二年も経って、か? しかも戻ってきたのは船と、この白い箱だけ。ゴミすら無いとは……不気味すぎるぜ」

「奈落の探窟家が、何を言うとる。今に始まった事か?」

「違いない」

 

 彼らは熱心に議論しているようで、状況を把握したいこちらとしては都合がいい。

 とはいえ、熱意が過剰に表れているのか、みんな早口だ。

 次から次へと新しい情報が出てくるため、整理が追いつかない。

 ひとまず重要そうな部分だけ抜き出してみる。

 

 

 飛行船。

 深界六層から戻ってきた。

 遺物。

 白い箱。

 クルーは居ない。

 彼らは、奈落の探窟家だ。

 

 

 うむ、わからん!

 聴覚情報だけでは不足だ。

 

 が、白い箱というのは、なんとなく私の事な気がする。

 どうやら私は、人間ではなかったらしい。

 その辺りの事をもっと喋ってほしいが、彼らの話題は次に移ってしまった。

 都合よく彼らが私の欲している情報を口にするなど、待っていてもしょうがないだろう。

 

 体の中には、まだ熱い感触が残っている。

 この感覚をうまくコントロールしてやれば、目も見えるし喋れるようにもなる。

 なぜだか、その確信があった。

 

 さて、次に必要なものは何だ?

 彼らに話しかけて、情報を頂くことか?

 しかし、彼らが友好的に正しい情報を話してくれるとは限らない。

 

 と、なると。

 次に必要なのは、目か。

 状況を把握するために、視覚情報が必要だ。

 

 

 だから、目が欲しい。

 

 

 

 目が熱くなる。

 先程よりも、熱さが激しい。

 体に襲い掛かる疲労感は、耐えがたい程だ。

 

 たっぷり五分ほどは我慢していたであろうか。

 熱が引いたのを感じた私は、緊張しつつ、まぶたを開くようなイメージで体を動かしてみる。

 すると、ぼんやりと周囲の状況が見えてきた。

 どうにも焦点が合わないが、ひとまずはこれで十分だ。

 

 

 まず目に映ったのは、四人の人間。

 やけに体つきがガッチリしている。先程の会話の通り、彼らは「探窟家」と呼ばれるような職業に就いているらしいし、名前の雰囲気からして肉体労働の従事者なのであろう。

 彼らは、汚れの目立つ分厚い布の服を着ていた。

 

 

 ──探窟家が好んで着る、作業服だ。

 あの服は機能的ではあるが非常に重く、おまけに洗い辛くて臭くなるので私は大嫌いだった……

 

 

 記憶が乱れた。

 私は、あの服の事なんて知らない。

 

 

 頭痛がする。目を開けていられない。

 どうにかして状況を知りたいが、耐えられそうにない。

 眠いのも収まらないし、今日は眠ることにしよう。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ガリガリ、ガリガリと引っ掻かれる感触で目を覚ました。

 イライラしつつ目を開けると、でっかいハリネズミみたいな奴が、私の真っ白い直方系ボディを引っ掻き回している。

 

 ……何だこいつ。何がしたいの。

 もしかして、私を食べようとしているのだろうか。

 

 いや、違う。

 凶悪な見た目をしているが、こいつは確か草食性だった。

 

 

 タマウガチ。

 三メートルを超える巨体。

 全身から針を生やした獅子のような姿。

 針には猛毒。危険度、理不尽。深界四層の覇者。

 こいつと遭遇した場合、戦闘の回避を絶対方針とする。

 

 ナワバリに踏み込むと問答無用で襲ってくる狂暴さを持つが、逆に言えば、ナワバリから離れれば襲ってこない。

 ナワバリの範囲が分からない場合、四層に広がる巨大植物、ダイラカズラから離れればいい。ダイラカズラ以外の足場……化石や水晶は食糧にならないため、タマウガチがナワバリにすることは無い。

 

 タマウガチを避けたければ、ダイラカズラを避けろ。

 それが、探窟家の常識──

 

 

 記憶が乱れた。

 私は、探窟家ではない。

 私は、あんなクソに群がるウジ虫のような職業ではない。

 

 

 

 ガリガリ、ガリガリと、タマウガチは猛毒の針で私の体を引っ掻き回し続ける。

 

 特に脅威とも感じなかったので、私は周辺に目を移した。

 荒れ果てた室内。中央には、操舵輪が設置されている。高度計や気圧計まである所を見るに、ここは飛行船の操舵室か。

 

 船体は、まるで巨大なドラゴンにでも襲われたかのように滅茶苦茶だ。

 壁が引き裂かれ、隙間から外の様子を伺えるほど。

 外は、青白い光で満たされている。白いモヤのようなものは、水蒸気か。

 モヤのせいで遠くまで見渡せないが、どうやらこの船はダイラカズラの端っこに引っかかっているらしい。船首の方が下を向くような形で傾いているが、前方に地面が見えない──ダイラカズラの一般的な大きさを考えると、落ちれば千メートル単位で真っ逆さまなのは間違いない。

 

 これ、けっこう危険な状態なのでは?

 そう思うが、身動きがとれない以上はどうしようもない。

 

 

 ガリガリ、ガリガリ。

 タマウガチは、飽きもせず私の体をひっかいている。

 

 

 

 一時間経過。

 

 

 

 二時間経過。

 

 

 

 三時間経過。

 

 

 

 ……何なのこいつ。暇なの?

 私は動けないので何もできないが、こうも執拗に体をいじくり回されると不快だ。安眠妨害である。私の安らかな時間を返せ。

 

 事情はよくわからんが、興味本位にしては妙だ。

 やはり、食べようとしているのでは。

 動かないので、植物と認識されている可能性がある。

 なんだ、私はレアなオヤツかこのヤロー。

 

 ……駄目だ、食べ物について考えてしまった。

 考えないようにしていたのに、なんてこと。

 私は腹が減ったぞ。前に食事したのがいつかすら思い出せないほど、私は飯を食っていないのだ。

 や。食事の記憶どころか、過去の事なんて何も思い出せないのだけれど。

 

 

 食べ物といえば。

 タマウガチの肉は、意外と美味しいと聞いたことがある。

 危険だし、毒針を除去する必要があるし、あえて食料として狙う旨みはないと探掘家の間で結論を下していた。

 が、私は動けないのだ。食料を探しにいけない以上、私が食べられるのなんて、目の前のこいつぐらいの物だ。

 やるしかないのでは?

 

 

 血の流れに意識を向ける。

 体の形を、頭に思い描く。

 自分がなんなのかは不明だが、なんとなく自分ができることについてはわかってきた気がする。

 

 必要なのは、腕だ。

 毒針が刺さらないぐらい硬くて、タマウガチを潰せるぐらい巨大な腕。

 作ろうと思えば、きっと作れる。私なら。

 

 

 重量感。

 重い物を持ち上げるような感覚と共に、ゆっくりと形が出来上がっていく。

 タマウガチの体に、影が落ちた。私の腕だ。

 鋼よりも硬い腕。タマウガチをも上回る大質量。

 気づいたタマウガチが、慌てて逃げようとする。

 が、遅い。私が腕を振り下ろす方が早い。

 

 ブチュ、と。

 なんだか間抜けな音を立てて、タマウガチは地面と同化した。

 

 

 うは、ミンチより酷ぇや。

 毒針を除去するどころか、毒針まで一緒に潰してしまった。

 これは食えない。やり過ぎだ。

 

 

 むう、辛い。

 眠いし、腹が減った。

 なまじ「食えるかも」と期待してしまったことで、より空腹が際立つ。

 

 というか、何だ。

 考えてみれば、私には口も無いし、消化する内臓器官すらないのでは。

 つまり、こいつを食う手段などなかったのだ。

 先にそちらをなんとかすべきだった。

 空腹で頭が働いていなかったらしい。

 や、あるかどうか知らないけど。頭。

 

 

 

 ううむ。このままだと、本当に飢え死にしてしまいそうだ。

 一刻も早く、なんとかしなければならない。

 

 私は心を落ち着かせて、必要なものを列挙しはじめる。

 一つでも欠けてはいけない。()()の体というものは、繊細なのだ。

 

 移動するための、足が必要だ。

 食料を調達するための、腕が必要だ。

 咀嚼(そしゃく)するための口が必要だ。消化・吸収するための内臓が必要だ。体に異物を取り入れる以上、毒素を排出する仕組みも必要だろう。また、体を動かす為には、筋組織に酸素を運ばなければならない。そのため肺組織と心臓は必須だ。排熱するための仕組みも必要だ。獲物を探すため、危険から逃れるための五感が必要だ。そして、考えるための脳が必要だ。

 それらを、効率的に組み合わせると……

 

 

 ──ああ、そうか。

 

 

 私は、人の形をとればいいのか。

 

 

 

 体中が痛む。

 目や耳を作った時の比ではない。

 文字通り、身が引き裂かれるほどの苦痛。

 無理やり骨格を造り、そこに力づくで肉を被せて、形を作る。

 そうして、私は()を作った。

 

 腕を動かす。

 酷く重い。

 

 頭を回す。

 めまいがする。

 

 脚を動かし、立ち上がろうとする。

 まともに立ち上がる事さえできない。

 

 

 腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。

 

 ここには、光が届かない。

 力場の光を、浴びれない。

 ここは駄目だ。移動しないと。

 

 

 私は四肢を動かし、這うようにして進む。

 

 木製の床。

 所々が破損し、ささくれ立っている。体に刺さって少々痛い。

 

 目の前にある障害物──操舵輪を避けて進む。

 操舵輪とは、なんだったか──どうでもいい。操舵輪があるという事は、ここは飛行船の──飛行船? よくわからないが、構造は分かるのでどうでもいい。窓際まで進めばいい。

 

 汗が噴き出す程の疲労があったが、私はようやく窓際まで進むことが出来た。

 

 遠くに光が見える。

 天地を繋ぐような、星の息吹。星屑の糸とも呼ばれる、奈落の神秘。

 アビスの力場だ。

 

 

 光に当たると、呼吸が楽になった。

 動かし方が分からなかった手足も、徐々に動くようになってくる。

 頭の中に、色んなものが流れ込んでくるような感覚。

 不思議と、不快ではない。むしろ、安心できるような気がする。

 空腹感も、ずいぶんとマシになった。

 

 

 ──ああ、眠い。

 本当に、眠い。

 

 今日はここまで。

 眠るとしよう。

 

 

 おやすみなさい。

 

 



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第2話_思い出も、よくよく考えてみるとそんなに大事ではない

 

 

 何かの気配を感じて、目を覚ました。

 視界に映るは、黒い影。歪な形。自分より、かなり大きな体。

 そいつは、ズタズタに引き裂かれた船体の隙間から、部屋の中に入り込もうとしていた。

 狭い隙間だ。その巨体では入らない……と思ったが、そいつはあっさりと。当然のように壁をむしり取って穴を広げ、侵入してきた。

 恐るべき怪力。おそらく強い。

 

 だが、関係ない。

 私の意識は、すべて食欲に塗り潰されていた。

 動いている以上は生き物であり、生物である以上は食える可能性が高い。

 私は腹が減っている。耐えがたい程の空腹だ。

 だから、食う。

 

 

 体を起こす……と、転んでしまった。

 体がうまく動かない。まるで錆び付いた鍵穴を回すように、ぎこちない動き。

 これでは、獲物をしとめる事なんて出来やしない。

 

 しかし、もう限界なのだ。次の機会を待つ猶予は無い。

 腹が減った、腹が減った、腹が減った。

 もしこの空腹を満たす事ができるなら、腕の一本や二本は惜しくない。命には代えられない。

 

 だが、どうする?

 動かない体。この状態で敵を仕留めなければならない。

 死んだふりでもして、不意打ちで仕留めるか? いや、相手は既にこちらを認識している。警戒されている状況で、不意打ちは不可能だ。

 私にできることといったら、体を作り変えることぐらい。

 いくら作り変えた所で、まともに動けないのであれば意味が無い。

 

 

 いや。

 動けないこともなかった。別に手足を動かす事だけが、動く手段ではない。

 考え方を変えよう。私にできること。手足の大きさを変える事ぐらいは造作もない。なら、出来る事があるはずだ。

 

 そうだ、こうすればいい。

 手足の一本や二本ぐらい、惜しくないのだ。

 だから。

 

 私は、足首から先を一気に肥大化させた。

 爆発的な膨張。風船が一気に膨れ上がるイメージ。それがもたらす結果など、語るまでも無い。

 

 

 そう。

 肥大化した私の脚は、勢いよく()()()()

 

 急な加速により、体が軋む。

 耳鳴りがするのは、急激な気圧の変化によるものか。

 首が取れそうだ。足を失った痛みで気が遠くなる。

 が、構わない。すぐ終わるから。

 

 相手が身構えた。

 近づくと、体格差がはっきりと見て取れる。

 二メートル以上もある体。細い四肢に、小さな頭。

 形が歪に見えたのは、どうやら頭に乗せた大きな傘のせいらしい。

 ゴテゴテした装備を身に纏っているだけで、敵は人型だ。

 なら、大して強くは無い。

 頭を潰せば終わる。

 

 腕を振り上げた。

 もちろん、このまま振り下ろすわけではない。

 そんなもの、大してダメージにならないだろう。

 だから、腕を大きくする。相手よりも大きく、重く、硬く。

 たとえ岩だろうと粉砕できるほどの破壊力を。

 

 激突。

 振り下ろした腕から、衝撃が広がる。

 強くぶつけすぎたせいで、腕が半分潰れてしまった。血が飛び散り、視界を塞ぐ。

 

 終わりだ。

 人間が、これを喰らって生きているはずが無い。

 腕と足を一本ずつ犠牲にしてしまったが、問題は無い。

 すぐに喰って、腕と足を治して、それでおしまい。

 簡単な仕事だった。

 

 

 血が落ち、視界がひらける。

 その向こうに、頭の潰れた人間──は、いなかった。

 

「腕が痺れた。見た目のわりに、ずいぶんと重いじゃないか」

 

 私の一撃は、そいつの腕に止められていた。

 無傷。ありえない。人に止められる一撃ではなかった。きっと、こいつは人間ではない。私は夢でも見ているのか。

 

「しかし、ひどい動きだねぇ。その足は、まだ動くのかい? そんなナリで、どうやって生き残るつもりなのか」

 

 敵は、笑っていた。

 三日月のように吊り上がった口が、ひどく不気味だった。

 

 敵が動く。

 ゆっくりと、腕を後ろに。

 風の音……いや、呼吸音か。大きく息を吸っている。

 理由は言うまでもない。

 

 攻撃が、来る。

 

 

 全力で体を捻じる。

 暴風が、私の体を掠めて通り過ぎた。

 直撃してれば、即死。

 危険だ。目の前のこいつは、私より強い。

 距離を取らないと。

 

 だが、遅かった。

 敵が、私の脚を掴んでいる。

 既に片方しかない脚だ。犠牲にはしたくないが、やむをえない。離脱するために破裂させるしか──?

 

「なるほど、こうすると膨張も止まるのか」

 

 圧迫感。次いで、鈍い痛み。

 私の脚が、握りつぶされようとしている。

 膨張が止まったのは、あまりに強い力で血流を止められたからだ。

 私が体を破裂させるためには、血を溜めなければならない。つまりは、時間が掛かる。

 この状態では、血を溜めるよりも相手に体を押さえられる方が早い。

 

「さて。人の形をしているが、君は本当に人間なのかなァ。体を潰したら、別の生き物が出てきたりはしないかい?」

 

 問いかけというよりは、独り言なのだろうか。

 私に言葉を伝えようという雰囲気は、微塵も感じられなかった。

 

 体を持ち上げられる。

 さっき私がしたような動き。重いものを叩きつける前準備だ。

 このまま振り下ろされたなら、私は死ぬだろう。潰れたミンチのようになって。

 

「試してみよう」

 

 加速感が、私の体を襲う。

 抗いがたい力で、私は地面に叩きつけられた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 目を覚ますと、でっかい影に体をまさぐられていた。

 頭がボーっとする。今まで何をしていたのか、まったく思い出せない。

 これは、どういう状況だ?

 

「……なにごと」

「おや、起きたかい?」

 

 私の呟きに応答したあたり、でっかい影は、どうやら人間らしい。

 影に見えたのは、全身黒の服装で統一していたためか。

 

「悪いねぇ、気になったら止まらない性質(たち)なのさ。ふむ、やはり性別は無いのか」

「……悪いと思っているなら、手を止めてほしい」

 

 私の抗議を受けて、ようやく黒い人が手を離し立ち上がった。

 

 大きい。声からして女性のようだが、二メートルはあるのではなかろうか。

 傘に隠れてよく見えないが、髪の色は黒。ただし所々が白という、奇天烈な頭をしている。

 頭がおかしい事を外見で示しているのだろう。親切なことだ。

 なにごとか考えながらブツブツと呟くその姿は、まさしく変人と呼ぶにふさわしい。

 いや。人の寝こみを襲う性質を考えると、変態の方が適切か?

 万死に値する。

 

 

 と、ズキリという頭痛と共に、とある言葉が頭の中に浮かび上がってきた。

 変態から連想して出て来た言葉であるし、ろくな言葉ではあるまい。おそらくきっと、たぶん。

 

「……不動卿。動かざるオーゼン?」

「私の名を知っているのかい? その知識は、いったいどこから来たのかなァ」

 

 この人の名前だった。

 どうやら、ろくな人間ではないようだ。

 そんな人間に寝込みを襲われた私は、実は大ピンチなのではなかろうか。

 へるぷみー。

 

 そんなことを心の中で叫んでみるも、助けが来る様子はない。

 そもそも、誰が私を助けに来ると言うのだ。

 この場所に、他に誰かいるか?

 

 私は、左右を見渡した。

 荒れ果てた室内。床も壁も、天上すらもぐちゃぐちゃだ。あちこちに裂け目が出来て、外に出なくても外の風景が一望できるというデンジャラスな構造をしている。荷物の類はほとんどなく、目立つものといったら、謎の存在感を放つ百五十センチメートル四方程度の白い直方体(家具?)、無数の計器が取り付けられた壁、あとは操舵輪のようなもの。

 

 

 あと、なんか化け物っぽい奴の死体。

 

 

「……なんぞこれ」

「タマウガチ。この辺りでは、無敵に近い存在と言われているね」

 

 無敵とな。

 見た感じ、圧倒的な力に蹂躙なされたような雰囲気を感じるが。

 潰れた体の半分ほどが無くなっている。これって捕食されたのでは? こんな凶悪な見た目の生き物を食べるなんて、そいつはとんでもない化け物に違いない。

 

 ところで、不思議な事に胃もたれが酷い。

 げっぷが出そうだ。

 食いすぎでは?

 加減という物を知れ。

 

 私は、満腹感を通り越して気持ち悪さしかない腹を押さえつつ、目線を正面のオーゼンに戻した。

 

「無敵に近い存在だというのなら、なぜ死んでいる?」

「君が殺したのさ。びっくりしたよ、急に腕が生えてきてさァ」

 

 私の疑問の声に、オーゼンが謎の回答をよこしてきた。

 腕? こいつは何を言っているんだ。

 腕が急に生えてくるわけないだろ、幻覚でも見たのか。お薬でもキメておられるのだろうか。

 

 不思議そうに……正確には、頭がハイになった人種を見るような目でオーゼンを見つめていると、彼女は考え込むような仕草でブツブツと呟き始めた。

 

「覚えていないのか? その後の事も? 衝撃で記憶が飛んだか……あるいは、空腹で馬鹿になっていたか。まぁ、なんでも良いけどねぇ」

 

 覚えていない?

 はっはっは、何をおっしゃる。頭脳明晰、才色兼備たる私が物忘れなどありえない。

 私は当然、全ての事を記憶している。

 

 そう、私は……

 

 

「大変だオーゼン。どうやら私は、記憶喪失らしい。大ピンチだ」

「そうかい。そりゃ大変だ」

「全然大変そうに聞こえない。言葉で事態を伝えると言うのは、かくも難しきものか」

 

 とりあえず、自分の体を確認してみる。

 なぜか全裸である。オーゼンが脱がせたのだろうか。なんて奴だ、万死に値する。

 体の方は、小さく華奢。まだ、子供だ。おそらく十歳前後。

 

 鏡が無いので顔は見れないが、顔はきっと整っているに違いない。絶対。たぶん。希望的観測として。

 視界の端に映る髪色は、随分と薄い。白? それとも青か? 青白い光に包まれているため判別不能だが、白っぽいのは間違いない。肌の色も薄いし、なんだか不健康そうに感じる。

 手足の破損が酷いのは……なぜだ? 普通の怪我ではないような気がするのだが。

 

 

 駄目だ、何も思い出せない。

 なんたること。

 

 

「まぁいいや」

 

 思い出せないのなら仕方がない。

 私は気持ちを切り替えた。

 

 私の言葉を聞いたオーゼンが「いいのか……」と呟いたような気がしたが、ボソボソしていてよく聞こえない。

 ツッコミたいのなら、もっと大きな声ですると良いぞ。

 

 

 記憶の方は、ひとまず置いておこう。

 今すぐ対処しなければならない問題が二つあることに気づいてしまった。

 謎の変人が目の前にいる事を含めればもっと多いのだが、どうやら彼女は私に危害を加えるつもりは無いようなので、スルーすることに決める。

 

 

 まず一つ目の問題。

 体が痛い。血を垂れ流している。

 なんで手足が破裂したみたいになってるの。全然意味わかんない。

 あと、床の状態を見るに、這い回ってたりしない? 血の跡がこびりついているのだが。

 誰だ、こんな凹凸の激しいデンジャーな床を這いまわった奴は。正気か。馬鹿か。歩け。何のために足があると思っているのだ。

 

 私は体を撫でまわしながら、肉体を操作した。

 時間を巻き戻すように、体の適切な位置に適切な部品が来るように。

 手足から肉がボコボコ生えてくるのには少々不快感があったが、やむをえまい。

 私は、ものの十秒ほどで怪我を修復する。傷痕すら残さない。怪我の痕跡など、床に残った血痕ぐらいのものだ。さすがに、流れ出た血液まではどうにもできなかった。

 

「よし、完璧」

 

 私の体を見たオーゼンが何事か言おうとしているように見受けられたが、口には出してこない。

 でかい体をしていながら、案外シャイなのかもしれない。

 

 

「一つ目の問題は根絶された。ゆえに、二つ目の問題を解決せねばならない」

 

 私は、オーゼンを見ながら言葉を続けた。

 もう我慢できない。傷を治して気が抜けたのだろうか、急激に重量を増加させる瞼に、たまらず目を閉じてしまう。体がいうことを聞かない。まるで、どろどろの沼の中に落ちてしまったかのよう。

 

「……眠い。寝る」

 

 それだけ言って、私はぶっ倒れた。

 

 

 

「……なんだいこの子は。結局また寝るのか。寝てばかりいるなァ」

 

 まどろみの中、オーゼンの声が聞こえてくる。

 なんだか人を不安にさせる謎の声色を持つオーゼンだが、今の私にとっては子守歌にも等しい。

 

変化する鈴(メイナスタ・アレイ)。肉体を操作する遺物。あのろくでなしが探していた奴か。これは、下手に広めないほうがいいか……隊と合流は、できないね」

 

 そして、オーゼンは考え込むように声を潜めた。

 

「どうせ死ぬだろうし、放っておくつもりだったけれど。流血を止められるとしたら、登れなくもない、か?」

 

 おい、オーゼン。聞こえているぞ。

 登るの意味はわからんが、死ぬだの流血だの、人が不安になるような事を堂々と言うんじゃない。

 大人として、あるべき立ち振る舞いというものを知らんのか。

 

「あの白い箱の事もあるし……六層からの生還者か。案外、拾いモノかもしれないねぇ」

 

 そこまで聞いて。

 私の意識は、闇へと落ちた。

 

 

 



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第3話_空を見たい

■誰かの夢

 

 

 子供は嫌いだ。

 いくら脅しつけても、言う事を聞きやしない。

 そして、やたらめったら走り回るのだ。

 自分の意思に反して動かされるのは、大嫌いだった。

 

「子供を、作ろうかと思うんだ」

 

 ライザの一言に、オーゼンは手にしたスプーンを取り落とす。

 そして、彫像にでもなったかのように体の動きを止めた。

 

「あっははは、オーゼン! また面白い顔になっているぞ」

「好きでこんな顔をしているわけじゃないよ、まったく」

 

 スプーンを拾い、汚れも気にせず食事を再開する。

 動揺は、まだ収まっていなかったが。

 

 オーゼンは、ライザの言葉を反芻(はんすう)する。

 結婚した以上、いずれそういう事もあるだろうとは思っていた。

 が、どうだろう。ライザが母親になるなど、想像もできない。

 オーゼンにしてみれば、ライザはある意味『子供』の象徴のような存在だ。

 

 いつのまにか、成長していたのだろうか。

 そう思いライザのつま先から頭のてっぺんまでじっくり視線を這わせてみるが、ライザはライザだった。目の光が強い。我が強い。我慢ができない。この子が子育てをする? どんな冗談だ、それは。

 

「で、どうしてそんな事を思ったんだい? お前の口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかった」

「私の口に、出せない言葉は無いつもりだが……まぁいい。聞きたいなら教えてやろう」

 

 ふんぞり返って、無駄に尊大な態度をとるライザ。

 「お前が喋りたいだけだろうに」という言葉は、喉の手前で止まった。

 変に溜め込まれると、後々面倒な事になる。

 ライザは、調子に乗っているぐらいがちょうどいい。

 

「これも冒険さ。私は、知りたいと思った事を知らずにはいられないんだ。自分の子供を産み、育てる。これって、最高に未知の世界じゃないか?」

「どうかねぇ。この世の多く……いや、生存している全ての人間が経験している事とも言える。育てられる側も含めれば、だけれど」

「私の子供だ。人類史上、最高にコントロールのきかない子になる。絶対だ」

「それは確かに、間違いないかもしれないがね」

 

 こうして会話は続けているが、オーゼンの胸の奥には、もやもやしたものが残った。

 なんだか自分が置いて行かれたような気がして、嫌だった。

 大人げないと言われようが、嫌なものは嫌なのだ。

 

 自分は、奪う事しかできない人間だ。与える事のできない人間だ。

 未知への探求といえば聞こえはいいが、要は墓荒らしのようなもの。

 ずっと、死肉をあさって生きてきた。

 

 ライザも、自分と同じ道を歩んでいると思ったのに。

 そんな生き方こそ素晴らしいと、思っていたのに。

 自分より先に、新しい道を見つけてしまった。

 

 

 全ての道を踏破しようとするライザと、その道しか見えないから歩き続けている自分。

 その道筋が交わり続ける事など、有りないとは理解していた。

 ただ、奈落の未知があまりに大きかったため、ずっと同じ道を歩いているような気がしてただけだ。

 

 

 ただ、こうしてライザの話を聞いていると、そういう道もいいかもしれないと思えてくる。

 応援したっていいではないかと、思えてくる。

 自分には選べない。が、ライザの選んだ道なのであれば、きっと輝かしい未来がまっているのだろう。

 その結末を見届けるのは、悪い事ではない。

 

 

 ガキは好きじゃない。

 けれども。少しだけ、心境に変化はあったのかもしれない。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「おや、起きたかい」

「……デジャヴ。前回の目覚めと同様の状況。私は、この一日を繰り返している? 可能性として考慮にいれておくべき」

「時間を操作する遺物かい? もし存在すれば、間違いなく特級遺物に指定されるだろうねぇ。残念ながら、そんな物はまだ見つかっていないよ」

 

 身を起こす。

 力場からの光が、周囲を薄く照らしている。

 水蒸気が多い。息を吸うと、咳き込みそうになった。

 

 息を吐く。

 体の緊張が緩まった気がする。

 とはいえ、寝心地の悪い板張りの床の上で寝ていたのだ。体の節々が痛い。

 

 

 腕を回して筋肉をほぐしていると、オーゼンが服と肉(?)を差し出してきた。

 おいおい、その二つを同時に差し出すのか?

 私にどうして欲しいのだ、こいつは。

 

 私は、無言で服を羽織った。

 着方は、なんとなくわかる。

 

「重い。汚い。かっこ悪い。あと、サイズが合わない」

「我慢しな。それしかないんだ」

 

 無いと言うのなら、仕方があるまい。甘んじて受け入れてやろうではないか。

 しかし、ポケットが多すぎるのではないかこの服は。まるで、土木作業員のようだ。邪魔なので、切り裂いてもよいだろうか。

 いや、その前に。

 

「オーゼン、なぜこんなサイズの服を持ち歩いている? 私にとっては大きすぎるが、貴方にとっては小さすぎる。明らかに、貴方の服ではない。他人の服を持ち歩くなんて、通常では考え難い状況。私の推測によると、オーゼンの性癖は……痛い」

「うるさいよ」

 

 デコピンを喰らってしまった。

 痛いと軽く言ったが、頭がお星さまになってしまうのではないかと思えるほどの強烈な威力だ。

 こいつ、私の頭を吹っ飛ばしたいのだろうか。猟奇的すぎる。

 

 

 痛む額を抑えながら、私は再びオーゼンの方に手を伸ばした。

 先ほど差し出された肉を受け取ったのだ。

 

 小さくカットした肉を串に通し、火であぶっただけの簡単な物。

 味付けは……塩だけのようだが。しかし、意外と美味しい。

 

「うみゃいぞ、もっと寄こすがいい。もぐもぐ」

「食べながら喋るんじゃない、落とすよ。貴重な食料だ、大切にしな」

 

 そう言われたので、私は無言でひたすら肉を食べ続ける。

 

 

 もぐもぐ。

 

 もぐもぐ。

 

 もぐもぐ。

 

 

「……」

 

 なんだか、もの言いたげな目でこちらを見てくるオーゼン。

 なんだ、言いたい事があるなら言えばいい。言わなきゃ伝わらないぞ、オーゼン。

 正直に言うと伝わっているが、こちらの都合によりスルーするぞ、オーゼン。今は喋るより、ご飯の気分なのだ。

 

 

 やがて諦めたのか、オーゼンも肉を食べ始めた。

 片手で肉を食い、もう一方の手で日誌のようなものを開いて読み進めている。行儀が悪いぞ、オーゼン。

 

 あと気になったのだが、木の床の上で思いっきり火を起こしているが、大丈夫なのだろうか。

 こんな所で盛大なキャンプファイヤーを開く事になったりしないだろうか。

 見た感じ、何かの皮を敷いた上で火を起こしているようなので、大丈夫なのかもしれない。

 

 

 まぁいい。周囲が炎に包まれるまでは、気にしないでおこう。

 今は、ひたすら食べるのみだ。

 

 ……というか、多いな。肉。

 焚火のそばには、火にかける前の生肉が大量に置いてある。

 元々持っていた……わけ、無いよなぁ。

 保存のきかない生肉を、大量に持ち運ぶはずが無い。

 

 

 私は、後ろを振り返った。

 ぺちゃんこになったタマウガチの死体。

 元々半分ほどになっていたその体積だが、さらに減っているような気がする。

 

「毒は取り除いたよ。もしかすると多少は混じっているかもしれないが、まぁ君なら平気だろう」

「言動が不穏すぎる」

 

 タマウガチの毒は、血液に反応する類の毒だ。

 口や胃に傷さえなければ、食べても平気ではあるが。そんな危険なチャレンジを何も知らせずに実施するなんて、人としてどうなのだろうと思う。あと、私はなんで毒の仕組みなんて知ってるんだっけ?

 まぁいい。そんな事、この肉の美味しさに比べれば些末な事だ。タマウガチおいしい。もぐもぐ。

 

 

 

 ゆうに、十キロ程も食べただろうか。

 ようやく満腹になった私は、オーゼンに水をせびってグビグビと飲み干し、ようやく一息ついた。

 

 タマウガチの肉は、大変美味であった。

 あっさりとした味で、油も少ない。が、だからこそシンプルな塩味が体に染みる。

 なんか変な夢を見たような気もするのだが、全てが肉に上書きされてしまった。

 夢とかどうでもいい。

 オーゼンの夢とか、本当にどうでもいい。

 

 

「さて」

 

 オーゼンが、極端な猫背でこちらを覗き込んできた。

 雰囲気が、先ほどまでと違う。

 真面目な話をしようというのだろうが、見た目が怖いぞオーゼン。自重しろ。

 

「君は、これからどうしたい?」

「ええー」

 

 いきなりその質問か。おもわず間抜けな声を漏らしてしまった。

 口下手か、オーゼン。唐突すぎる。もうちょっと、こう、何かあるのではないか?

 記憶を失った子供に対する心遣いとか、状況の説明とか、自己紹介とかさぁ。

 いや、私はオーゼンのことなんて、これっぽっちも興味がないのでどうでもいいのだが。

 

 

 しばし思案する。

 どうするか、と言われても。

 選択肢など、一つしかないのでは?

 

 記憶も無く、ここがどこかすらわからない。

 なら、ひとまずオーゼンに付いて行くしか無いと思うのだが。

 さっき食べた化け物っぽい奴が住んでる場所なんて、危険な地域に違いない。一人でいたら死ぬ。せめて、安全な場所まで行きたい。

 

 

 ……いや、そういう事を聞きたいわけでは無いのか?

 わからん。こいつが何を考えているかなんて知らん。

 もう、適当に答えてしまおう。

 

「空を見たい」

「空?」

 

 なんでもいいとばかりに、適当に口を開いてみる。

 意識して発言したわけではない。町に行きたいとか、おいしいご飯を食べたいとか。きっとそんな事を言うと思っていたのだが、出てきた言葉は意外なものだった。空? そんなもん見て腹が膨れるの? 危機感が足りないのでは?

 そう思ったが、いざ口に出してみると、なんだか無性に空が見たくなってきたような気がする。

 すらりと出てきた辺り、私は本当に空が大好きな人間だったのかもしれない。知らんけど。

 

「うん、空。無性に恋しい」

「空ねぇ」

 

 オーゼンが上を見上げる。

 つられて、私も顔を上げた。

 

 ズタズタになった部屋の隙間から、空が見える……いや、これは空ではない。そうでなければ、空を見たいなんて言わない。

 私が求めているのとは、なんか違う。青い光が上空を包んでいるが、これは違うのだ。説明はできないが。

 

「ここからでは、見えないなァ」

「やはり? なにか違うとは思っていた」

「ここは、地の底だからね」

 

 は? こんな広い所が地の底なわけないだろ、いい加減にしろ。

 人が記憶を失っているからといって、変な嘘は教えないで欲しい。

 

 ……いや、待て。

 やっぱり地の底な気がしてきた。

 あれだ。奈落だか何だか呼ばれている、でっかい穴。あそこが確か、こんな感じの場所だったのでは?

 確か、深界四層──

 

「巨人の盃? 奈落の深度七千から一万二千メートル付近に広がる、化石と巨大植物で構成された場所。平たく言うと、地獄」

「これより下に比べたら、ここは天国みたいなものさ。地獄の入口、といった方が正確かなァ」

 

 なに言ってんだこいつ。

 天国なのか地獄なのか、はっきりして欲しい。

 

「まぁ、天国も地獄も同じようなもの? とにかく、私は空が見たい。オーゼン、なんとかして」

「となると、地上に出る必要があるが」

「連れて行って欲しい」

「気楽に言ってくれるね」

 

 だが、とオーゼンは続ける。

 なんだか、連れて行ってくれるような雰囲気だぞ?

 何でも言ってみるものである。

 

「いいさ。空が見たいと言うのなら、連れて行ってやろうじゃないか。地獄の階段を登りながらね。ここから先で吐き出すのは、弱音じゃなく血反吐だよ」

「いい。それぐらいで済むなら、さっさと行こう」

 

 私の返答を聞いたオーゼンは、ニタァと笑った。

 そして、冗談かと思うほどの猫背をやめ、背筋を伸ばす。

 ゴキリ、と。なんだか不吉な音が聞こえた。

 

 なんだそれ。こいつの体、どうなってんの。

 やはり怪物……そして、笑顔が怖すぎる。

 鏡で笑顔を反射してやりたい。

 

「笑うなオーゼン。顔が怖い……あいたっ!?」

「話が早いのは好きだよ。いいだろう、これから四層で生きていくために必要な知識を教える。既に知っている事もあるかもしれないが、行動を共にするのであれば、認識合わせは大事だからねぇ」

「それはいいのだけれど。今、ナチュラルに殴らなかった?」

「さて、まずこの場所についてだが」

「話を聞いてほしい」

 

 

 しばし、オーゼンの話を聞く。

 奈落のこと。力場のこと。上昇負荷のこと。そして、探窟家のこと。

 不思議と、聞き覚えのない言葉はなかった。

 聞けば思い出す、という言い方が適切だろうか。何か切っ掛けさえあれば、連想して次々と思い出せる。

 自分に関すること以外であれば。

 

 

「次は、危険な生物と遭遇を避ける、あるいは遭遇してしまった時の対処法だ。すべて覚える必要はないが、正しい行動をとれなければ死ぬ確率が上がるよ」

「それは、すべて覚えろと言っているのと同義では」

「覚えていたとしても、適切に使えなければ意味がない。下手な知識を沢山増やすより、腹に抱えた槍を突き出す事しか知らない奴が生き残る事だって多いさ。学ぶために使える時間は少ない。君はもう、ここに来てしまったのだから」

「要は、自分の脳味噌と相談して決めろという事? オーゼン、あなたは口下手が過ぎる……あいたっ!?」

「まずはタマウガチだ」

「呼吸をするがごとく自然に殴るのはやめろ」

 

 

 こうして、私の探窟家としての生活が始まった。

 

 

 



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第4話_私は出来る奴だぞオーゼン!

 

 

■深界四層 一日目

 

オーゼンから、いろいろレクチャーを受けた。

天才的な頭脳を誇る私なので、当然その全てを記憶することに成功した。

その日の最後に再確認したときには半分ぐらい覚えていなかったが、きっと不要な知識だとして、わが聡明なる頭脳が削除してしまったのだろう。

最適化というやつである。

まったく、性能が良すぎるというのも考え物だ。

我ながら、自分の頭脳が恐ろしい。

 

 

 

 

■深界四層 二日目

 

血反吐を吐いた。

坂道を上っただけでこれである。

なにこれ、上昇負荷って何なのどうなってるの?

危うく死ぬところであった。

 

ちなみに、死にかけた理由は窒息である。

色々な場所から流血しており傷口が特定できなかったため「これ、もう体中の穴をふさいだ方が早いんじゃね?」と思い、実践してみたのだ。

そうしたら、目は見えないわ耳も聞こえないわ、呼吸すらできないわと散々であった。

下の穴も塞いでなかったら、きっと漏らしていたに違いないな、がはは!

 

 

 

 

■深界四層 三日目

 

上昇負荷についてだが、一度症状が出た後は、登り続けている限りそこまで重篤な状態にはならないらしい。

とは言っても、ペース配分を考えないと危険な事に変わりは無いし、登り続けるということ自体も非常に難しいのだが。

どんなにルートを最適化したとしても、どうしたって下らざるを得ない場所はある。

 

つまり何が言いたいかと言うと、とても辛いということだ。

 

 

 

 

■深界四層 四日目

 

天才である私は、あっさりと傷口を塞ぐコツを掴むことに成功した。

もとより、血の流れを感じることはできていたのだ。血が外に漏れないようにする程度のことは、朝飯前である。

 

朝飯といえば、そろそろタマウガチの肉が痛み始めてきた気がする。

……いや、まだいけるか? 

 

 

 

 

■深界四層 五日目

 

腹を壊した。

オーゼンは平気そうなのに、なぜだ。

オーゼンは、やはり怪物なのでは。

 

 

 

 

■深界四層 六日目

 

腹減った。

 

 

 

 

■深界四層 七日目

 

空腹でぼーっとしていたら、いつのまにかオーゼンにぶちのめされていた。

理由はよくわからないが、口の中に広がる血の味と関連があるのやもしれぬ。

 

 

 

 

■深界四層 八日目

 

やめろオーゼン。私のライフはもうゼロだ。

 

 

 

 

■深界四層 九日目

 

なんか変な生き物に襲われたが、オーゼンの無慈悲なパンチにより撃滅された。

食糧ゲットだぜ!

 

 

 

 

■深界四層 十日目

 

とても不味い。

どれだけ下処理をしても、肉が臭い。

タマウガチを見習うとよいぞ。

 

 

 

 

■深界四層 十一日目

 

タマウガチに遭遇したが、こちらを見るなり逃げていった。

貴重な食糧が! 肉、おいてけぇ!

 

それもこれも、オーゼンの顔が怖すぎるのがいけない。

オーゼンの笑顔なんて目にした日には、逃げ出してしまうのも当然であろう。

 

 

 

 

■深界四層 十二日目

 

オーゼンの仲間にメッセージを残した。

ここが連絡用に使っているポイントらしい。昔から使用しているのか、あちこちに穴を掘った形跡が見られる。

きっと、色々と埋めてあるのだろう。

 

 

 

 

■深界四層 十三日目

 

上空に穴が見えた。

あれが深界三層・大断層らしい。

 

でかくね? このペースだと、到着まであと二日かかるとか。

おかしい。縮尺の感覚が狂う。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「その喋り方は、なんとかしたほうがいい」

 

 道中。

 地上に出たらあんなことがしたい、こんなことがしたいと(まく)し立てていたら、不意にオーゼンがそんな事を口走った。

 なんだ。何が問題だ。

 私に悪いところなど、一片たりとも無いはずだが。

 きっと。たぶん。希望的観測として。

 

「子供らしくないよ。人間味が感じられない」

 

 その言葉を聞き、私は思わず「ああ」と口にした。

 なるほどなるほど、そーいう事ね。完璧に理解した。

 

「知ってる。それ、冗談。突っ込み待ち。お前が言うなって言えばいい? ……あいたっ」

「冗談は嫌いだよ」

「私がつっこまれるのは不可解。理解に苦しむ」

 

 そもそも、人間味のある喋り方とはなんだ。

 記憶喪失の私が参考にできる者など、目の前のオーゼンぐらいのものだが。オーゼンを参考にしたら、阿鼻叫喚の地獄絵図になるのは目に見えている。頭の中でオーゼンが二人いる光景を想像してみたが、こいつらずっと無言だぞ。怖い。

 それ以外に参考になる奴など……

 

 ……あ、いた。

 夢でオーゼンと話していた、金髪でキラキラした目をしていた奴。

 あの人なら参考にしても良さそうだ。なんだか少しバカっぽかったが、それぐらいの方が愛嬌があっていいだろう。

 なにしろ私はきっと天才の類なので、あふれ出る知性をそのままにしておいたら、周囲の嫉妬を買ってしまう。たぶん。めいびー。

 

 

 私は頭に手を当て、みょんみょんみょんと思考する。

 少し夢で見た程度。そう思ってみたが、思い出そうとしてみると、次々と新しい記憶が出てきた。

 はて、そんなに長く夢を見ていただろうか。

 

 まぁいい。

 たくさんサンプルデータがあるほうが、参考になる。

 

 どうやら彼女は度し難い性格をしているようだが、嫌悪感を抱く類の者ではない。

 むしろ、好感が持てる。

 オーゼンと比べたら、月とスッポン。

 ライザが月で、オーゼンがスッポン。そして私が太陽だ。間違いない。

 

 私は頬を叩き、気合を入れた。

 

「よし分かったオーゼン! これでいこうオーゼン! 私は出来る奴だぞオーゼン!」

「……確かに、言葉に感情が乗るようにはなったけれど。なんだか、急にバカっぽくなったね」

「それは仕方のない事だぞオーゼン。なにしろ参考にできる奴がいないからなオーゼン。自分を(かえり)みた方がいいんじゃないかオーゼ……あいたっ!?」

「うるさいよ」

「理不尽極まりない。この程度で腹を立てるなんて、大人げないと言われないかオーゼン」

「いいや? そんなことを言われるのは、はじめてだね」

「ははは、冗談がうまいなオーゼ……あいたっ」

「私にそんな口を利けるやつなんて、そうはいないさ」

「言論が統制されている……」

 

 少し抑えよう。殴られると痛いからな。

 私は学習できる奴なのだ、ふはは……あいたっ!?

 

 

 

 そんなこんなで、私は人類のゴミ溜めがごとき存在である探窟家として、奈落を歩く。

 世が世なら、神と崇め奉られてもおかしくない私が穴倉の底を這いまわるなど、本来あってはならないことだ。

 だが許そう。私は許そう。

 私が偉大な存在となり、足跡(そくせき)が聖書としてまとめられた時「ええっ、あの偉大なるお方が、こんな過酷な旅を!?」となるようなエピソードがあった方がいい。

 

 そう。私はただの探窟家。

 いずれは偉大な存在になることが確定しているとはいっても、今はまだ、名も無き探窟家……名も無き……名も無き?

 

 

 あれ、ちょっと待って。

 もしかして。そんな馬鹿な。

 あれぇー?

 

「オーゼン。私は大変な事実に気づいてしまったぞ」

「……なんだい一体」

 

 言外に「またバカなことを言い出した」という意図の込められた言葉が返ってきた。

 が、スルーする。私は、自分に都合の悪い事を積極的にスルーできる偉大な存在なのだ。

 グレートな存在である私は、衝撃的な言葉を口にした。

 

「もしかして、私、名前が無いのでは?」

 

 何を今さら、とでも言わんばかりの溜息が聞こえてくる。

 

 ええ、おいおい。気づいていたなら言ってくれたまえよオーゼン君。

 自分じゃ気づかないんだから。偉大なる存在である私は、「偉大なる」という修飾語を用いる事で、それすなわち私のことを指す言葉であると定義付けられてしまうのだ。

 まぁそれは言い過ぎだが、ここには私とオーゼンしかいない。ゆえに、名前なんて無くても個体識別ができてしまう。こいつぁ盲点だった!

 

 

「オーゼン、オーゼン」

 

 私は、オーゼンの袖をくいっと引っ張る。

 この身長差では、袖を引っ張るだけでも一苦労だ。

 苦労してまで注意を引く必要はないような気もするが、おねだりするのであればこうすべきだと、私の中の何かが囁いていた。

 

「名前が欲しい」

 

 可愛く言ってみたが、反応が無い。聞こえなかったのだろうか。

 私の渾身のおねだりが、スルーされてしまったのだろうか。

 そんな馬鹿な。

 

「オーゼン、やはり耳が悪い? 老化に伴い五感が鈍くなるとは理解している。オーゼンの年齢は……あいたっ」

「聞こえてるよ。急に気味の悪い声色を出すんじゃない」

 

 私の渾身のおねだりを、気味が悪いとな。

 オーゼン、君の感性は残念な性能をしているらしい。

 仕方が無いので、言い直そう。

 

「もう一度言う。名前を付けてくれ。私に相応しい、威風堂々とした名前を」

「嫌だね。ガキで十分さ」

「ええ……冷たいじゃないかオーゼン。もしかして、自分のネーミングセンスに自信がないのかオーゼン。私は気にしないぞ、気に入らなかったらプークスクスって笑ってスルーしてやるからなオーゼン。遠慮なく言ってみろオーゼ……あいたっ!?」

「私は君の親じゃあないし、君の人生にも責任が持てない。どうしてもというなら、自分でつけな」

 

 突き離されてしまった。酷い奴だ。

 しかし、自分で考えろというのも、もっともな話ではある。

 ふむ、私の名前……私に相応しい名前か。

 こいつぁ難問だ。

 

 

 しばし考えた私は、小さく呟いた。

 

「シュトルテハイム・ラインバッハ三世」

 

 そして、横目でオーゼンの方をちらりと見上げる。

 

 冷たい目をしている……暗い暗い、洞のような目だ……

 この名前はやめておこう。

 

 

 



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第5話_鳥になりたい

 

■誰かの夢

 

 脚を前に出す。

 彼女は、ただそれだけを考えながら歩いていた。

 

 四層まで降りてきたのを、後悔しているわけではない。

 それに相応しい実力はあると自負しているし、入念な準備もしてきた。

 事実、幾度となく深層の探窟を成功させてきたのだ。

 

 ただ、焦り過ぎた。未発掘の遺物を探すために、踏み入れてはならない場所に踏み込んでしまった。

 黒笛などと煽てられて、自身の実力を過剰に見積もっていたのだろう。

 

 人間など、アビス深層の生き物に比べたら、脆弱も良いところだ。

 ゆえに、弱者として振る舞わなければならない。

 弱者として相応しい行動をとらなければ、死ぬ。

 

 出会ってはならない。

 敵対してはならない。

 存在を認識される事、それ自体が致命的だ。

 

 なのに、敵を排除するという行動をとってしまった。

 まるで強者のように、振る舞ってしまった。

 ほんの少しの油断。たった一度の判断ミス。

 その結果が、これだ。

 

「……生き残ったのは、私だけか」

 

 探窟隊の壊滅。

 珍しくも無い。ここは、人の生きていける環境ではないのだ。

 いつ死んでもおかしくは無い。それが奈落の探窟家。

 なのに。

 

「いつの間にか、死を恐れなくなっていた……か。感覚が麻痺していたのかな」

 

 麻痺した感覚で探窟など行えば、失敗して当然だ。

 慣れとは恐ろしい。

 できれば、もう少し早く自覚できているとよかったのだが。

 

 

 彼女は、自身の右脚を見た。

 千切れた筋肉と血管。膝から下は、もはや骨で繋がっているだけと言っていい。もう、まともに動かす事はできないだろう。

 探窟家としてのキャリアは、これで終わりだ。

 

「命があるだけ、感謝すべきかな。それも、いつまで持つか分からないが」

 

 血を失いすぎた。

 おまけに、四層の上昇負荷は「全身からの出血」だ。

 目や耳からの出血は慣れっこだが、脚からの出血に耐えられるとは思えなかった。

 紐で縛って止血する程度では、出血を防ぐことはできまい。

 

「いっそのこと、このまま行けるところまで、降りてみるのもいいかもしれないな……」

 

 それは、生きることを諦めるということだ。

 すべてを捨てて、後ろを振り返らずに、命を散らす。

 

「馬鹿げた話だ」

 

 妄想を頭から振り払う。

 この状態では、五層に辿り着く事すら不可能。

 諦めず、二層のシーカーキャンプを目指すべきだ。

 そこまでいかずとも、移動可能なルートの少ない三層まで行けば、誰かに見つけてもらえるかもしれない。

 そこまでたどり着くためには……

 

「焼くか。そうだな。それがいい」

 

 傷口を焼き、出血を防ぎ、血を補充し。

 体力を回復させながら、ゆっくりと登る。

 彼女が地上に戻るには、それしかなかった。

 

 

 何度も気を失いそうになりながらも、傷口を焼く。

 血の匂いに惹かれたのか、途中で蛇が近づいてきた。

 貴重な食料だ。彼女は蛇を捕まえ、皮を剥ぎ、血を呑み、その肉を喰らった。

 砂を食べているような感触だったが、何も食べないよりはましだろう。

 

 一息つき、上空を見上げる。

 視界が悪い。水蒸気が邪魔をして、現在地の把握すら難しい。

 だが、登れば確実に目的地まで近づく。

 体力を温存し、回復と消耗を繰り返しながら、少しずつ登る。

 毎日毎日、それを繰り返す。

 そうすれば、いつかは帰れる。

 

 気が遠くなる話だ。心が折れそうになる──いや。彼女自身は、折れてもいいとさえ思っていた。

 彼女は横になって、息を吐く。そうして、これまでの事に思いを馳せる。

 

 自分は、穴蔵の底でゴミあさりをするしか能のない人間だ。

 生まれてからずっと、それだけをして生きてきた。

 ほかの仲間のように、夢とか希望だとか、そんなものを持ち合わせてはいなかった。

 惰性で生きるだけ。昨日やったように、今日も。そして明日も、地獄の釜の底でゴミを漁るだけ。

 こんな自分だけが生き残るなんて、なんて皮肉な話だろう。

 

「もし、無事に帰れたら」

 

 思い出されるのは、仲間の言葉。

 夢を継いで欲しいという、その一言。

 

「そうだな……それも、いいかもしれないな」

 

 仲間の夢を継ぐ。

 自分には似合わなすぎて笑ってしまうほどだが、今まで人生の全てだった穴蔵を捨てるのだ。それぐらい新しい生活の方が、刺激があっていいかもしれない。

 惰性で生きてきたと自負しているが、それでも奈落には沢山の未知があった。退屈しない程度には、刺激で溢れていた。

 これからも生きるのであれば、新しい世界に飛び込むぐらいでないと、退屈で死んでしまう。

 退屈とは、ある意味で奈落よりも恐ろしい。

 

 

 彼女は、首にかけている笛を外した。

 今までの自分の人生、その象徴。

 この黒笛を得るために、何度奈落に潜ったことか。

 

 だが、もういらない。

 

「埋めちまおう。お前はここで死んだ」

 

 穴を掘り、笛を埋める。

 もう、誰にも見つからないだろう。

 自分の人生は、ここで終わったのだ。

 

 そうして、鞄から別の笛を取り出す。

 亡き仲間の笛。自分と共に、長い時を過ごした友の形見。

 それを、首に掛けた。

 

 

「今日から私は、ベルチェロだ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 目を覚ます。

 頭が重い。起き上がると、ひどい眩暈がした。

 

 右膝の感触を確かめる。

 夢の中では骨しか残っていなかったが、手に感じるのは柔らかい感触。

 私のぱーふぇくとぼでぃには、傷一つ無い。

 

「おや、起きたかい。なら、出発の準備をしな」

 

 デジャヴ。

 こいつ、いつも同じようなセリフばっかり言ってんな。

 

「おはようオーゼン。いい朝だなオーゼン。ところでオーゼン、言葉のボキャブラリが貧困ではないか? 生きるためには、常に新たな刺激を追い求めなければならないと、夢の中の人も言っていた。つまり、変化の無い者は死にゆく老人……あいたっ!?」

「早くしな」

 

 暴君が怒り心頭・怒髪天を突いているため、おとなしく準備をする。

 といっても、寝袋をリュックに押し込むだけではあるが。

 

 まず、寝袋を二つに折り、付着した土を払い、空気を抜きながらもう一度折って……

 

「おや」

 

 よく見ると、地面の一部だけ色が少し違っている。

 過去に掘り返された事があるのだろうか?

 

 ふへへ、掘り返してやろう。

 もしかすると、お宝が埋まっているかもしれない。

 若干硬いが、私の手にかかればこの程度の土を掘り返す事など容易い。

 なぜなら私は、自分の体を作り変えられるのだ。指先を、石より硬くすることも可能!

 

 

 掘ること三十秒ほど。

 意外とあっさり底まで掘れた。

 埋められていたのは……

 

「……笛?」

 

 黒い笛。

 うっすらと、何かを刻んだ痕跡が残っている。名前か何かだろうか。

 さっき夢の中で見た奴に似ているような。

 

 と、息を呑むような声が聞こえた。

 私が手にした笛を見たオーゼンが、茫然と佇んでいる。

 

「そいつは……」

「知っているのかオーゼン!」

 

 切れのいい問いかけをしてやったが、オーゼンからの応答は無い。

 オーゼンは、茫然自失といった面持ちだ。

 いや、いつも茫然としているか?

 むしろ、普段通りの表情か?

 わからん。私には、オーゼンとハニワの区別すらつかない。

 

 まぁいい。オーゼンが根暗で自分語りが大嫌いな人間だということは、すでにわかっている。

 なにか事情があるようだし、私の言葉をスルーしてしまうのも、許してやろうじゃないか。

 私は大人なのだ。褒めてくれて良いぞ、がはは。

 

 

 やがて再起動を果たしたオーゼンが、私から笛を取り上げる。

 しばし笛を見つめて、カリカリと感触を確かめて……

 

 

 その場に穴を掘って、笛を埋め直した。

 

 

「え、埋めるのか」

「まだ、この笛を還らせるわけにはいかないんだ。色々とあるのさァ」

「そうか。色々か。なら仕方ないな」

 

 何の説明もないが、納得してやろうじゃないか。

 私は大人だからな! 大人げないオーゼンと違って!

 オーゼンに対して「大人げない」と言うのは、もはや私の口癖になっている感がある。

 

 

 上から土をかぶせ、その上からオーゼンが渾身の力で踏み固める。

 おいおいオーゼン、力を籠めすぎではないか? オーゼンの馬鹿力で踏みしめたら、もう二度と掘り起こせなくなってしまうのでは。

 まぁ、掘り起こす気がないのなら、気にする必要など無いのかもしれないが。

 

 やがて満足したのか、オーゼンは地面を踏みつけるのを止めて私に問いかけてきた。

 

「……君は、なぜコイツが埋まっているとわかったんだい?」

「ん? んんー」

 

 しばし悩む。

 偶然といえば偶然だが、そこに何か埋まっているような気がして目を向けたような気もする。

 

 つまりは。

 

「なんとなく……いや待て本当だ。安易に人に噛みつくのは止めろ。大人げないぞオーゼン」

「なんだい、私は狂犬か何かかい。安心したまえ、君のように人間に噛みついたりはしない。ただ殴るだけさ」

 

 殴るのも駄目ではとか、人間以外には噛みついたりするのかとか。それより何より、私は人に噛みついたりしないぞ、とか。色々突っ込みたいところはあったが、スルーする。

 オーゼンは狂犬並みにタチが悪いので、そんな突っ込みを入れたら狂気のデコピンが飛んでくるのは間違いない。

 あれは痛いのだ。

 

 や、オーゼンを犬と同列に扱うなど、犬が可哀そうか?

 オーゼンにはプリティさの欠片も無い。あるのはホラー要素だけである。

 可愛らしい犬に例えるとしたら、私のようにプリティな人であるべきだ。

 そういえば、地面を掘ったら笛を掘り当てたのなんて、凄く犬っぽいのでは?

 

「あれ、これは結構重要なことではないか? 検証の必要があるのでは? 私が掘ったら、何かお宝が出てくるのかもしれない。ほら、そういう童話があっただろう? ここ掘れワンワン的な」

「知らないねぇ」

「そうか……知らないか……」

 

 オーゼンに童話なんて聞いた私が馬鹿だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「でかい」

 

 そんなこんなで、第三層である。

 空にぽっかりと空いた穴は、直径千メートルほどもあるだろうか。

 思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 

 深界三層、大断層。

 穴の中を見上げるが、先は見通せない。

 確か、四千メートル以上も続く縦穴だったか。

 

 

 力場に目を向け、目を細める。

 水蒸気で和らいでいるとはいえ、直視できないほどの明るさ。四層の薄暗い光とは大違いだ。

 

 続いて、穴の淵を見る。

 四層に近いところは、緑や白っぽいトゲトゲした物体で溢れているが、登るにつれて岩肌が目立つようになっていた。

 おそらく、水がないからだろう。植物の生育には向かない。

 そういえば、四層より呼吸が楽だ。

 四層の空気は湿っぽくていけない。たまに咳き込んでしまうほどの水蒸気なのだ。

 まぁ、代わりに三層では、水の確保が大変なのだろうが。

 水が無いということは、食料の確保も四層より難しいのではなかろうか。

 

 

 食料以外に気になるのは、三層に生息する捕食生物か。

 ここからでは見えないが、いるはずだ。

 

 もう一度、上空を見上げる。

 力場の光が邪魔をして見通せないが、光の中を動き回る()()の影が見えたような気がした。

 

 三層は、空を飛ぶ(すべ)を持たぬ生き物にとって、踏み入ることのできない領域だ。

 空を飛べない人間は、まっとうな手段で生きていくことはできない。

 

「弱者は、弱者なりのやり方ってものがあるのさァ。壁に張り巡らされた穴蔵に潜って、モグラのように進む……とはいえ、どうしたって淵に顔を出さざるをえない場面は出てくる。空飛ぶ化け物に掻っ攫われないよう、注意するんだね。君はたぶん、彼らにとって特上の御馳走だろうから」

「気を付ける」

 

 気を付けはするが、基本的にはオーゼンを盾にするつもりだ。

 浚われそうになったらオーゼンの陰に隠れ、それでも駄目だったらオーゼンにコアラのように抱きつこう。時間さえ稼げば、オーゼンの無慈悲なパンチが敵を撃滅するに違いない。

 私も、何度か撃滅されかかったからな!

 

「君にとって最も注意すべきは、上昇負荷だろうねぇ。三層の上昇負荷は平衡感覚の喪失、幻覚と幻聴だよ。惑わされて落下したり、化け物に襲われたと勘違いして力を暴走させたりしないように」

 

 私は、ふんふんと頷きながらオーゼンの話を聞いた。

 なにしろ、命が掛かっている。何か起こってから考えても遅いのだ。何かが起きたら、どう行動するか。あらかじめイメージしておかなければならない。誰かに教わったような気がする。誰に教わったかは、全然思い出せないけれど。

 

「それと、ここにいる生き物についてはさっき説明した通り。なにしろ見晴らしがいいからねぇ。ここの層には未知の生物は少ないし、他の階層から紛れ込んでくる奴もほとんどいない。化け物が現れたら、まずは幻覚である事を疑いな……何をしている?」

「いや、目の前のとんでも生物が幻覚かどうかを調べている……あいたっ!?」

「傷つくなァ。こんなに親切な私を、化け物だなんて」

「化け物とは言っていないぞ、オーゼン」

 

 思ってはいるが。

 

 

 

 オーゼンのなぜなにレクチャーを受け終えた私は、三層との境目にある洞穴にこもってキャンプをした。

 食事をし(ネリタンタンおいしい)、オーゼンから貰った小さなカバンに緊急時の食糧等を詰め込んで明日の準備をする。

 

 オーゼンと荷物のチェックをして、準備完了したことを確認。

 問題ないと思っていたが、私の荷物を見たオーゼンがリュックから道具を取り出し、私の目の前に差し出した。

 どうやら三層では、四層で使わない道具が必要らしい。はよ言え。

 

「三層で使う道具だ。使い方はわかるかい?」

 

 微妙に探られている感があるのが気になるが(私の何を探ろうというのだ)、とりあえず頭の中をこねこねしてみる。

 微妙に透明感のある石。宝石の原石にも見えなくはないが、この色艶は確か……

 

「石灯。水と反応し、溶ける際に光を発する性質を持つ。電気が使えない際の明かりとしてよく用いられる。注意点として、酸性の液体と接触させないようにすること。一瞬で溶けてしまい、とてももったいない」

「知っているのか。なら、これは?」

「……通称、太陽玉。力場の光を溜め込む性質を持つ。ショックを与えると、溜め込んだ光を放出する。加工して石灯の代わりにする事もあるけれど、労力に見合わないので特殊な場面以外では使われない。おもな使用用途としては、囮。奈落の生物は、なぜか力場の光や遺物に引き寄せられるから」

「上出来だ。やはり、探窟家としての知識は持っているようだね」

 

 そう言いながら、オーゼンは石灯と太陽玉、その他諸々のアイテムを私に手渡した。

 しかし、カバンはすでに一杯なのだが、どうするか。

 ネリタンタンの皮を繋ぎ合わせて、リュックを作るか。脆そうだけれども。

 だが、無いよりはマシだ。

 うん、そうしよう。

 睡眠時間が減るのは嫌でたまらないが、やむをえまい。

 

 

 

 オーゼンの寝息をBGMに、皮を繋ぎ合わせること、しばし。

 やはりネリタンタンの皮を使ったのは間違いでは、と思えてきた。

 小さすぎるので、縫合が必要な箇所が多くて手間が掛かる。

 これは、完成までに時間がかかりそうだ。

 

 面倒になった私は、溜息をついて外を見上げた。

 青白い、力場の光。ゆらゆらと水面のように揺れる空。

 

 やはり、上空を飛び交う影が見える。

 鳥だろうか? それにしては大きいが、奈落なのだから、でっかい鳥がいても不思議ではない。

 

 

 鳥は良い。

 自由に空を飛び回れる所なんかが最高だ。

 あと、逃げ足が早いのも私的にポイントが高い。

 

「鳥になりたい……」

 

 呟く。

 ()()大空の果てまで飛んでいくのは、私の夢だった。

 嬉しい事も、悲しい事も。全部置き去りにして、新しい世界に羽ばたく。

 それができたら、どれだけ気持ちが良い事だろう?

 

「身体の形を大きく変えるのはお勧めしないよ。人は、外見に心が引っ張られるものさ。人以外の姿を取った者は、いずれ化け物に成れ果てる」

「……」

 

 いや。

 そんな真面目な話をしているつもりは、なかったのだが。

 

「というか、起きていたのかオーゼン。起きているぐらいなら、私の睡眠時間を増やすというのはどうだろうオーゼン」

「寝ていたさァ。寝ていたって、周囲の音ぐらいは拾える。それぐらい出来なきゃ、生きてはいけない」

 

 まじか。

 それ、寝てるって言えるのか?

 生きるの基準も間違っていないか?

 そもそも、本当に人間なのかオーゼン。

 疑わしさが天元突破しているぞ、オーゼン。

 あと、顔が怖いぞオーゼ……あいたっ!

 

 

 



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第6話_人間性を喪失している

 

 

■深界三層 一日目

 

イカの卵が大量に採れたので、今日のご飯は卵パーティだった。

とても生臭い。

二度と食わない。

 

 

 

 

■深界三層 二日目

 

あれは、オーゼンの下処理の仕方が悪いことが発覚した。

万死に値する。

 

 

 

 

■深界三層 三日目

 

火を通す前に、黄身(?)の部分だけ取り出しておかねばならぬのだ。

正確に言うと、殻の内側についているヌメりを取ればいい……のだが、白身との区別が付かない。

面倒なので、私は黄身だけを食べる。

それが最高に頭のいい食べ方だ。間違いない。

 

 

 

 

■深界三層 四日目

 

腐ってやがる。

(食べるのが)遅すぎたんだ……

たかが三日で腐るとか、軟弱すぎるのでは?

 

 

 

 

■深界三層 五日目

 

ネリタンタン、おいしい。

イカの卵とか、もうどうでもいい。

 

 

 

 

■深界三層 六日目

 

ネリタンタンは、とても可愛らしい。

しかも穴を掘ってくれるし、食べても美味しいのだ。

完璧超人か。

 

 

 

 

■深界三層 七日目

 

でっかい鳥に食われかけた。

あいつら、まじやべー。

怖い。万死に値する。

 

 

 

 

■深界三層 八日目

 

鳥に食われかけたと思っていたのだが、どうやらあれは幻覚だったらしい。

ずっと登り続けているからか、夢と現実の区別がつかなくなっている気がする。

 

 

 

 

■深界三層 九日目

 

目が覚めると、右腕が無かった。

はて。だれかに食われたのだろうか。

 

まぁいい。

腕ぐらい、新しく生やせば良いことである。

 

 

 

 

■深界三層 十日目

 

目が覚めると、右腕が二本に増えていた。

どういうことなの。

 

 

 

 

■深界三層 十一日目

 

オーゼンが三人いる。

 

 

 

 

■深界三層 十二日目

 

そのうちの一人は私だ。

 

 

 

 

■深界三層 十三日目

 

あとの一人は誰だ?

 

まぁいい。いつのまにか三人の旅になっていたが、料理がうまいので気にしないでおこう。

なんだか懐かしい味で、とても心が安らぐ。

 

 

 

 

■深界三層 十四日目

 

どうやら、右腕の封印が弱まりつつあるようだ。

我が腕に封印されている魔王。それが解放されてしまえば、世界は滅んでしまうことだろう。

くっ、静まれ我が右腕よ!

 

 

 

 

■深界三層 十五日目

 

今日は一日、休息に当てる事にした。

上昇負荷を受けていないので、幻覚も消え去る。

私の右腕がとんでもない事になっていたような記憶があるが、どうやら気のせいだったようだぜ。

 

 

 

 

■深界三層 十六日目

 

なんで魔王を右腕に封印するのだろうか。

いらないものに封印して、奈落の底にでも捨てた方がいいのでは。

私としては、使い古した便座カバーにでも封印して、アビスの底に放り投げる事を提案する。

 

 

 

 

■深界三層 十七日目

 

三層の上昇負荷にも慣れてきた。

もう、幻覚と日常会話すらできるレベルだ。

順調に頭がおかしくなっている。

 

 

 

 

■深界三層 十八日目

 

夢と幻覚の区別がつかない。

私の目の前にいるのは、あの金髪キラキラしたやつ。

たしか、ライザだったか?

 

せっかくなので、オーゼンに対しての愚痴をこぼしてみる。

ライザは、笑いながら聞いてくれた。

オーゼンの意味不明な行動を語るたびに、「わかるわかる!」と私の背中をバンバン叩きながら大爆笑である。

おい。おい。背中が痛いのだが。

 

しばらくオーゼンをこき下ろし留飲を下げた後、ついでとばかりに相談を持ち掛けてみた。

内容は、私に相応しい名前について。

ライザはしばらく考えた後、結構よさげな名前を提案してくれた。

やはりオーゼンより人としての格が上らしい。

 

提案してくれた名前は「レグ」だ。

ふむ、なかなかいい名前ではないか?

シンプルな中に、かっこよさが垣間見える。

 

「うちで飼ってる犬の名前なんだ。なんともお馬鹿で、可愛らしい名前だろう?」

「馬鹿はお前だ」

 

私は、ライザの背中をどついた。

 

 

 

 

■深界三層 十八日目 そのに

 

オーゼンの悪い所ばかり挙げていたからだろうか。

私の愚痴を聞いていたライザが、オーゼンの擁護を始めた。

正気か、ライザ。私のように冷静になると良いぞ。

そう言ってみるも、ライザは目を覚まさなかった

 

「オーゼンは……うん。まぁ、良い奴だぞ? ただ、性質(タチ)が悪いだけで」

 

それが致命的なんだよなぁ。

 

 

 

 

■深界三層 十九日目

 

いくら登っても、穴の形が変わらない。

力場を中心に、円柱形の穴がずっと続いている。

どう考えても力場のせいでできた穴だと思うのだが、そうするとつまり、力場には堅い岩盤をも削り取る力があるということだろうか。

力場に触れると、どうなるのだろう。

 

 

 

 

■深界三層 二十日目

 

オーゼンに聞いてみた。

すると「落ちる」との回答。

 

なにそれ。どういう意味なの。

説明が下手すぎるのではないか、オーゼン。

 

 

 

 

■深界三層 二十一日目

 

休憩中。

力場の周囲を飛び回る鳥をぼーっと眺めていると、面白いものが見えた。

鳥が力場に触れた瞬間、あり得ない加速で下の方に落ちていったのだ。

 

ええ……どういうことなの。

 

 

 

 

■深界三層 二十二日目

 

ベニクチナワを下から見上げていると、顎になんか顔っぽいものがついているのに気づいた。

なにあれ。あいつ、顔が二つあるのか。生物として、どうかしているのでは。

 

よく見ると、穴が三つ空いているので顔に見えていただけで、実際に顔がついているわけでは無いのかも。

なんなの。なんで顎に穴を空けてるの。ぜんぜん意味わかんない。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ベニクチナワは、なぜこんな場所を住み家にしている?」

 

 洞穴に籠っての休憩中。

 外を漂っているベニクチナワの巨体を見て、ふと疑問に思った。

 顎についている顔とか、どうでもいい。オーゼンの過去ぐらいどうでもいい。

 それより奈落の食糧事情を気にする方が、いくらか建設的だ。

 私のお腹に直結するしな!

 

 ここは捕食者ばかりで、食料が豊富とは言い難い。

 食料の豊富さは、基本的に植物の生育に影響される。

 水があるから微生物や苔が繁殖し、土の栄養と太陽の光があるから植物が生い茂り、それらを食べる虫や小動物、草食性の生き物、そしてそれらを捕食する肉食獣が繁殖するのだ。

 

 ここには、水も植物も、大地の養分も少ない。

 なにしろ、あたり一面が岩肌の崖だ。

 水は溜まらないし、角度のせいで光も当たりにくい。

 だから、こんな所に豊富な食料があるはずがない。

 

 そんな場所に、あの巨体である。

 おまけに、空を飛ぶのだ。滑空がメインとはいえ、たまにフワリと浮き上がり、三層の上の方まで飛んでいく。

 いくら力場から養分を得られるといっても、ベニクチナワが満足できる程の食料をここで得るのは、難しいのではないだろうか。

 

「こんな食料の少ない場所など捨ててアビスの外に出れば、ベニクチナワは楽に生きられるのでは? あの巨体に勝てる奴なんて、そうは居ないはず。悠々と空を飛び回って、獲物を探せばいい」

 

 そう思ったのだが、オーゼンはあっさりと答えを返してきた。

 

「あいつはね。アビスの外じゃあ、飛べないのさァ」

「……え?」

 

 どういうことだろう。

 ここでは、ああやって滑空しているではないか。

 言われてみると、たしかにどうやって飛んでいるのかは謎だが。

 三層は上層気流が強いが、それでもあんな皮膜を広げた程度で飛べるはずが無い。

 アビスの中でしか使えない手段? そんなものがあるのか?

 

「どういうカラクリかは知らないけどねぇ、そういう奴は多いよ。奈落に適応した者は、奈落の外では生きられない。良くも悪くも、ここに特化した進化を遂げないと、生き残れやしないからね。だから、ここで生きてきた奴は、外では生きていけない」

「なるほど。たしかにそうでもないと、地上は今頃アビスの生物に支配されている」

 

 目を凝らすと、ベニクチナワが乗っかっている何かがうっすらと見えるような……いや、すまん。気のせいだったわ。

 

「以前、とある探掘家(ろくでなし)が深層の生物を外に連れ出したことがあってね。結果は、散々な物だったそうだよ。上昇負荷にすら耐える強靱な生物達だが、外に連れ出すと、あっという間に衰弱していった」

「ほへぇ」

 

 オーゼンの言葉に、私は間の抜けた返事を返す。

 飛ぶどころか、衰弱するのかよ。

 あれか。重度の引きこもりを外に連れ出すと、日光で溶けてしまうみたいな感じだろうか。

 人は、引きこもりが過ぎるとヴァンパイアにクラスチェンジしてしまうのだ。アビスの生き物だって、引きこもりが高じて変態してしまったのかもしれない。

 

 

「さて、休憩は終わりだ。じゃあ、移動するよ」

 

 そう言って、オーゼンは顎をくいっと穴の外に向けた。

 穴の外には杭が撃ち込まれており、そこにロープが張られている。

 身を乗り出してロープの先を見ると、十メートルほど先……私達が入っているのと同じような穴、その淵に撃ち込まれた杭に繋がっていた。

 過去に探窟家が撃ち込んだ杭だ。そこにロープを引っ掻け、隣の穴まで移動するとの事。

 

 つまり。

 私はこれから、綱渡りをしなければならない。

 地面は数千メートル下。覗き込むのも嫌になる距離だ。

 

 馬鹿か。常軌を逸している。

 

「本当にやるのか。正気かオーゼン。頭がおかしいんじゃないか」

「正気さァ。君みたいに、幻覚で錯乱したわけじゃない」

「本当か。本当にそうか? 実は第六層あたりから戻ってきた所だったりしないかオーゼン」

「……? どういう意味だい」

「人間性を喪失している……あいたっ」

 

 私に強烈なデコピンを喰らわせたオーゼンは、ロープの固定具合を確かめてニィっと笑った。怖い。

 この人でなしめ。万死に値する。

 

 ちなみに、行くのは私一人だ。

 もちろんオーゼンに猛然と抗議したが、理路整然とした反論を受けると、たしかに私が一人でいくのが一番いい方法に思えてくる。

 

 オーゼンと一緒に行って落下したとして、オーゼンはともかく私は耐えられない。平たく言うと、死ぬ。

 オーゼンが一人で行って落下した場合、必然的に私とオーゼンは離れ離れになる。つまりは死ぬ。

 一方、私が一人で行った場合、鳥に襲われてもオーゼンが石を投げて対処できるし、仮に落ちても命綱が切れない限り、オーゼンが引き上げてくれる。

 無事に到着したら、杭を補強してオーゼンが確実に渡れる状態にしてやればいい。

 

 なんてことだ。これが最善の選択だというのか。

 それもこれも、オーゼンが重いのがいけない。

 オーゼンが私に引き上げられる程度の体重しかなければ、こんな事にはならないのだ。

 

「私はか弱い存在なのに、扱いが酷いのでは」

「大丈夫さ。君は、なりふり構っていられない状況になれば、とても強い」

「本当にそうか? そんな記憶は無いのだが」

「さぁ、いくよ。命を掛けた綱渡りだ、集中しな。きっと腹をすかせた鳥共が、喜び勇んでやってくる」

 

 オーゼンは、歯に衣を着せるという言葉を知らないのだろうか。

 言の刃(ことのは)が鋭すぎるぞ、オーゼン。人をエサみたいに言うんじゃない。あと、私のセリフをスルーしすぎでは?

 

 ううむ、行くしかないのか。

 周囲を飛び回る鳥達が、みんな私を見ている気がする。

 あいつら、私ばっかり狙うのだ。弱い者いじめである。

 どうせならオーゼンを狙え、オーゼンを。

 オーゼンよりプリティな私を狙いたい気持ちはわかるが、私が死んでしまったら、世界の損失ではないか?

 

「もしかして、私もオーゼンのような姿をすれば、狙われない?」

「うん? どうしてそう思うんだい?」

「なんか不味そう……あいたっ!?」

 

 またもやデコピンだ。

 私の頭がトマトだったとしたら、百回は破裂している。

 私の頭が頑丈で、本当に良かった。

 

「むやみやたらに、体を大きくするのはお勧めしないよ。強さを伴わないのなら、ただ的を大きくするだけさ。一部の奴はお前を避けるようになるかもしれないが、今度はより大きな捕食者に狙われるだけだろうねぇ」

「そうか。なるほど」

「分相応。()()君には、小さな体が合っている」

「わかった。たしかに私には、今の可愛らしい姿が似合っている」

 

 若干、変なテンションになってきた。

 怖すぎる。ひぃ。

 神に祈りたい気分だ。

 

 おお、神よ。

 どこにいるのか知らないが、神よ。

 我が声が聞こえる所までやってきて、我が願いを聞き届けたまえ。

 

 

 私は命綱を体にくくりつけ、移動を開始した。

 神様? きっと仕事をほっぽり出して、焼肉でも食べに行ってるんじゃないかな。

 私ならそうする。なぜ、他人の願いなど聞き届けてやらねばならんのだ。

 

 私が穴から身を乗り出すと、下から吹き付けてくる強烈な上昇気流に晒された。思わず目を閉じてしまう。

 恐る恐る目を開け、下を覗く。もう、四層の光すら見えない。眩暈がするほどの高さ。

 

 当然だ。私達は三層に入ってから、二千メートル以上登っている。穴倉の中をずっと進んでいたので、高いところにいる実感は無かったけれど。

 

 私は頬を叩き、ロープに足を掛けて進み始めた。

 こういうのは、最初の一歩が肝心。一歩だけでいい、適当でもいい。思い切って進んでみることが大事なのだ。

 や、気負いすぎると、足がすくんでしまいそうというのもあるが。

 

 二歩目を進む。

 ロープの伸びる角度は、真横に近い。やや登りか。本当は手で掴んでゆっくり移動したいが、悠長にしていたら凶暴な鳥さんに襲われてしまう。だから岩肌に手を添えてバランスを取り、綱渡りのようにして移動するしかない。

 

「……あっ、オーゼン、何か来たぞ。危ないから戻る……あっ」

 

 鳥が近づいてきたが、オーゼンは石を投げて撃退した。撃退してしまった!

 

「ナイスコントロール、オーゼン。これで私は先に進むことが出来るな。地獄に落ちろオーゼン」

「……うん、休憩が不十分だったか? 上昇負荷は出ていないのに錯乱しているようだが」

「錯乱ぐらいする。普通の人間は、こんな高さで綱渡りなんてできないぞ」

「君は、普通の人間じゃなかろうに」

 

 なんか、失礼なことを言われた気がする。

 が、まぁいい。次の一歩だ。次の一歩を進む。

 

 体重をかけると、ロープが少したわんだ。

 怖い。死ぬ。

 

「ひっひっふぅー、ひっひっふぅー」

 

 特殊な呼吸法で、精神を落ち着けさせる。

 特殊な呼吸をしている時点で精神が錯乱しているような気もするが、もう何が何やらわからない。

 

 次の一歩を踏み出した。

 ロープを二本平行に張っているため、姿勢は安定している。

 意外と大丈夫そうだ。

 たかが十メートル程度なのだ。慎重に、小幅で進んでも四十歩。二分とかからず渡りきれるはず。

 

 それ、いーち、にーい、さーん……

 

 

 

 

 よし、到着だ。

 長い道のりだった。

 途中で下をチラっと見てしまい、小便を漏らしてしまうところだった。危ない。

 しかしもう大丈夫だ。あとは杭を補強し、穴の中に隠れてオーゼンを待つだけ……

 

 あれ、なんかおかしい。

 この穴の中、思ったより広いぞ。

 というか、岩の影になって気づかなかったけれど、この小さな穴とは別に、大きな入口があいてるような。

 

 穴の中にあるのは──

 

 

 目が合った。

 でっかい目だ。目玉だけで、私の体と同じぐらいの大きさがあるのではないだろうか。

 

 蛇を平べったくしたような姿に、牛や馬ですら一飲みにしてしまえるほど大きな口。

 上半分はテカテカ光を放ち、下半分は白い毛に覆われている。

 目玉が一つ。顎の下には、タマウガチと同じような三つの穴。

 

 そいつが、大きな穴の中で、ふよふよと漂っていた。

 

「ベニクチナワだ」

 

 呟く。

 あまりの巨体。物理的な圧力。

 まるで、徐々に近づいてきているような錯覚を覚える。

 

 

 ……あれ。これ、錯覚じゃないのでは?

 

 私は、ベニクチナワが口を開くのを茫然と見つめていた。

 行動が、やけに遅く感じる。ゆっくりと、大きな影が私に覆いかぶさってくる。

 しかし、私の体は動かない。ゆっくりとは動かせるが、ベニクチナワの半分の速度も出ない。

 

 そうして、私は──

 

 

「あ、食われた」

 

 オーゼンの声が、妙に鮮明に届いた。

 

 

 



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第7話_喰われました

 

 

 どうも、私です。名前はまだ無い。

 ベニクチナワの口の中からお届けしております。

 ただいま、絶賛大ピンチ中というやつです。

 

 

 現実逃避を試みてみるが、差し迫った現実とやらは、いっこうに私を離してくれそうにない。

 暗い、汚い、ぬめぬめしていて気持ち悪い。

 喉を動かして私を腹に収めようとしているようだが、そうはいかぬ。私の体には、ロープが括りつけられているのだ。そして、そのロープが繋がった先。そこには、最終兵器オーゼンが待ち構えている。オーゼンに掛かれば、ベニクチナワなどパンチ一発である。

 

「まるで釣りだねぇ」

 

 私の超人的な聴覚が、オーゼンの呟きを捕らえた。

 なんだこいつ。のんきなものではないか。

 はよ助けるがよいぞ。私は待っている。

 

「お」

 

 私の体に括り付けられたロープが、強く引っ張られた。思わず声が出てしまう。

 同時に、強いGが体を襲う。どちらが上で、どちらが下かも分からない。

 おそらく、ベニクチナワが振り回されているのだろう。

 体を強化しておいてよかった……でなければ、私の体はロープに絞殺されていた。

 

 衝撃。

 オーゼンの野郎、ベニクチナワを私ごと壁に叩きつけやがった。

 ひどくない?

 これは、ストライキを敢行しても許されるのでは?

 

 

 ベニクチナワが、オーゼンから逃げようと暴れ出した。

 暴れるということは、筋肉を動かすという事で。筋肉を動かすということは、体内にいる私がとんでもない目に合うという事だ。

 おまけに、オーゼンも私の命綱を思いっきり引っ張ってくるのだ。ぐええ、これは死ぬ!

 

 と、私の体を締め付ける力が、急に弱くなった。

 

「おや、しまった」

 

 不吉な声が聞こえてくる。

 次いで、浮遊感。まるで、ベニクチナワを無理やり押さえつけていた物が無くなってしまったかのような……

 

 あ、ロープ切れてますやん。

 私の体をギチギチ締め上げていたロープが、ゆるゆるになっている。

 オーゼン、力いれすぎでは? 馬鹿なの? 死ぬの? 万死に値しちゃうの?

 

 しかしそうすると、どうだろう。

 ロープが切れてしまったら、ベニクチナワはどうするのだろう。

 

 

 今度は、体が押し付けられるような重圧。

 おそらく、上方向に加速している。

 オーゼンから逃げるためだろう。

 それはそうだ。あんなのに襲われたら、誰だってそうする。私だってそうする。

 

 

 うそやん。

 これ、マジでヤバイのでは?

 自分でどうにかすべきであろうか。

 

 しかし、今この瞬間にベニクチナワがお亡くなりになったら?

 当然、私ごと四層に向かって真っ逆さまだ。

 少なくとも、飛んでいる間はベニクチナワを始末するのは避けたほうがいい。

 だが、このまま飲み込まれてしまうのも困る。

 胃酸程度ならどうとでもなるが、胃の中って空気ないのでは?

 窒息して死ぬ。

 

「とりあえず、これ以上奥に入らないようにだけするか……えい」

 

 私は懐からナイフを取り出して、ベニクチナワの喉へと突き刺した。

 うおおお、めっちゃ暴れ始めた! いや当たり前だけど!

 

 だが、耐えられる範囲である。

 オーゼンのデコピンの方が痛い。

 ふへへ、私の耐久力を甘く見るでないぞ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 待つこと、しばし。

 上昇感がなくなった。

 私を飲み込んだベニクチナワは無事、安全地帯に逃げ込めたようである。

 

 上昇負荷がなかったのは少し気になるが、いま優先すべきはそんな事ではないだろう。

 動きを止めたのなら、行動を開始しなければならないが。

 

「さて、どうしよう」

 

 このまま喉をよじ登って、外に出れるであろうか。

 喉にナイフを突き刺しながら徐々に登っていけば……さすがに暴れられるか。

 それに、外に出た所で、怒ったベニクチナワにまた食べられる気がする。

 

 ふむ、平穏無事に済ます方法は無さそうだ。

 となると、平穏無事でない手段を取らねばならんのだが。

 しかし、不用意に使うな、とオーゼンに言われてもいる。

 

 ……や、さすがにこれは非常事態なのでOKか。

 何かの拍子に飲み込まれでもしたら窒息してしまうし、思い切ってこいつのケツの穴まで突っ切れば助かるかもしれんが、私は嫌だ。

 ならば、仕方がない。

 

 

 心を研ぎ澄ませる。

 意識を向けるのは、血の流れ。

 

 オーゼンによると、私の体には遺物が埋め込まれているらしい。

 "変化する鈴(メイナスタ・アレイ)"、だったか?

 まぁ名前はどうでもいいが、重要なのは、私は自由に体を造り変えられるという事だ。

 

 腕を硬く、鋭く、刃のように。

 イメージの具現化。思い描いた、この場に最適な姿。

 生物が進化の過程で得てきたものを、一足飛びに獲得できる。

 それどころか、生物を超えた物にすら成れる。

 

 イメージするのは、タマウガチの針。

 生物を構成する物質というのは、別の生き物だろうが正直そんな大差ない。

 私の体からだって、タマちゃんの針を生み出す事は可能だ。

 

 ついでに、手にしたナイフも取り込んでみた。

 さすがにナイフの形を変える事はできないが、先端に取り付けて即席の槍にすることぐらいはできる。

 いくら硬くしたところで、強い衝撃を与えれば痛い事に変わり無い。だから、ナイフを付けた方がいい。

 

 さて、完成だ。

 ベニクチナワよ、私の作ったタマちゃんウエポンとお前の体、どっちが強いか試してみようではないか。

 

「ていっ」

 

 無造作に、腕を突き出した。

 私の腕は、拍子抜けするほどあっさりと、ベニクチナワの喉を突き抜ける。

 

 次いで、腕を再構成する。

 先端のナイフを放り出し、腕を四分割。

 上下左右に喉を切り裂き、穴を広げるように。

 

 ベニクチナワが物凄い暴れ始めたが、最後のあがきである。

 諦めろ、お前はもう死んでいる。

 さらばだ。次はもっと食うものを選ぶと良いぞ。

 

 

 私は、ベニクチナワの喉から飛び出した。

 浮遊感。ベニクチナワの死体を除き、周囲に障害物なし。上下左右、すべてにおいてだ。私の体は、空高くに放り出された。

 とはいえ、心配ない。体を変化させて良いなら、滑空するぐらいの事は朝飯前である。

 

 私は余裕をもって、周囲を見下ろした。

 薄暗い。視界に映るのは、まるで絵本から飛び出してきたかのような、毒々しい森。

 私はその森へと落ちてい……落ち……

 

「あれ」

 

 森がどんどん遠ざかっていく。

 はて、まるで私の体が空高く飛び上がっていっているようようだが。

 

 これは、あれか。

 ピンチに陥った私が覚醒し、新たな力を得てしまったという奴だろうか。

 ふへへ、やはり私は天才のようだ。まさか、体を変化させなくとも空を飛べるとは。

 このまま地上に上がってしまっても、かまわんのだろう?

 

 

 私は振り返り、上空を見上げた。

 目に映るのは、天井……いや、地面。

 地面が、ものすごい勢いで迫ってきている。

 

「どおおおお!?」

 

 私は腕を細く伸ばし、地面に突き刺した。

 地上までは約三十メートル。

 強い衝撃に腕がへし折れそうだったが、落下に合わせて腕を短くしていくことで、なんとか落下の勢いを殺していく。

 

 べちゃり、と地面に激突した。

 顔面からの激突である。痛い。死ぬ。お星さまが見えた。

 心臓がばっくんばっくん鼓動している。ちょっと涙目になってしまった。

 が、なんとか生きているようである。

 

 

 私は口の中に入った砂を吐き出しながら寝転がり、上を向いた。

 遥か高くにうっすら見えるのは、暗い雰囲気の森。それを見ていると、このまま空に落下していってしまうような不安感に襲われる。

 なぜなら、天井から逆さまに木々が生えているからだ。

 

「逆さ森だ」

 

 空を覆う、不気味な森。

 薄暗い、紫色の光。

 

 体を起こして周囲を見渡すと、岩と砂利の大地が広がっていた。

 その中に、ぽっかりと大きな穴が開いている。深界三層、大断層だ。

 上昇気流が激しいのか、穴の淵からは水や霧が遥か上空まで巻き上げられ、逆さ森に雨のように降り注いでいる。

 周辺にぽつぽつと見える影は、何かの植物か? 形は植物だが、なんだか砂で作ったオブジェのようにも見える。おそらく、水が上空に巻き上げられているため、ほとんど水分が無いのであろう。

 

 広い大地。周囲の光景。逆さまになった森。

 明らかに、三層の風景ではない。

 

 つまり、ここは。

 

 

「二層じゃん」

 

 

 深界二層の最下層、天上瀑布。

 私は、その場で茫然と佇んでいた。

 

 

 



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第8話_アビスぶらり一人旅

 

■深界二層 一日目

 

よくよく考えてみると、ベニクチナワをあっさり始末するなんて、もしかして私って強いのではないのだろうか。やはり天才なのでは?

いや、確信を持って言える。間違いなく天才だ。

 

勝てる! 相手がどんなヤツであろうとも、負けるはずが無い!

私はいま、究極のパワーを手に入れた!

ふへへ、イメージするのは、常に最強の自分なのだ!

もう何も怖くない。

敗北を知りたい。

 

 

 

 

■深界二層 二日目

 

あかん、腹減った。

 

 

 

 

■深界二層 三日目

 

敗北を知った。

ただの一度の勝利もない。

空腹には、誰も勝てない。

お前こそがナンバーワンだ。

 

 

 

 

■深界二層 三日目 そのに

 

ふっと意識が遠くなったかと思ったら、次の瞬間、周囲の環境が一変していた。

何か鋭利な物で、ズタズタに引き裂かれている。

なんぞこれ。

 

あと、口の中がじゃりじゃりする。

この辺に生えてる植物……ほとんど砂の塊のアレを口にしたのだろうか。

とてもまずい。

 

 

 

 

■深界二層 四日目

 

そもそも、こんな所で食料調達するのが無理筋なのでは?

ここは三層との境目。ほとんど水も無く、ゆえに食料も手に入るはずがなかった。私は馬鹿か。

 

たしか、二層にはシーカーキャンプなるものがあったはず。そこなら食料が手に入る。はぐれた時用にピックアップしていた合流地点としても、オーゼンと話をしていた。

如何にゴリラーマンオーゼンと言えども、数日で大断層を登ってくるなど不可能。

階層の境目もピックアップポイントとして挙げていたので、伝言を残す事はできる。

以上を踏まえると、シーカーキャンプに行くと書いた紙をポイントに埋めるだけして、さっさと向かうが吉であろう。

 

 

 

 

■深界二層 五日目

 

でっかい鳥……ナキカバネが襲いかかってきたので、返り討ちにしてやった。

やった、食料とったどー!

肉っ! 食わずにはいられない!

今夜は丼カツだ!

 

 

 

 

■深界二層 六日目

 

でっかい蜘蛛が襲いかかってきた。

切り裂こうとしたら意外と堅くて焦ったが、衝撃には弱かったようで、ぶちゅっと潰したらミンチになった。

えぐい。こいつは、流石の私も食えない。

 

 

 

 

■深界二層 七日目

 

また鳥が襲いかかってきた。

おいおい、瞬殺だよ。食糧ゲットだぜ!

まじめに相手をするのも疲れるので、今回からは、体の一部を網状に変化させて捕まえる事にした。

鉄と炭素を使えばかなりの強度になるので、鳥が相手であればこれで十分であろう。

ふへへ、敗北を知りたい。

 

 

 

 

■深界二層 七日目 そのに

 

お肉はなぜ、こんなのに美味しいのか。

神が使わしたもうた、天の恵みなのだろうか。

それとも、天よりも偉大な存在である私に、神々が貢物をしているのかもしれない。

 

おお、神よ。

どこにいるのか知らないが、神よ。

今夜は焼肉です。

 

 

 

 

■深界二層 八日目

 

この辺りは鳥が多いようだ。

おまけに私を狙って来るので、簡単に返り討ちにできる。

入れ食いなのでは?

 

おっ、また鳥が私を見ている。

飛んで火にいる夏の虫とはこのことか。

私が美味しく頂いてやる。

 

ふへへ……だ、駄目だ。まだ笑うな……堪えるんだ……し、しかし……

 

 

……あっ、逃げられた。

 

 

 

 

■深界二層 八日目 そのに

 

やばい、塩がなくなりそう。

節約せねば。

しかし節約すると、食事がまずい。

塩とは、究極の調味料じゃったか。

 

 

 

 

■深界二層 八日目 そのさん

 

塩がなければ、作り出せばいいじゃない!

我が力を持ってすれば、体を変化させて塩を抽出することも容易!

 

……いや待て、それはどうなのだ? 自分の体を食べているようなものでは?

よくよく考えてみると、自分の体を食うなんて狂気の沙汰である。

たとえ絶海の孤島で遭難しようとも、自分の体を食う奴などおらぬであろう。

 

 

 

 

■深界二層 九日目

 

ひゃっはー、水だぁ!

魚までいやがる。

私が美味しく食べてやるからな、ふへへ。

 

 

 

 

■深界二層 九日目 そのに

 

魚を食べたら、体がめっちゃかゆくなった。やばい、毒か。

さすがにしんどかったので、大量に水を飲んでから体の水分をしぼりとって、毒気をぬいてみる。

やだ、私の体、雑巾みたい……!

 

 

 

 

■深界二層 九日目 そのさん

 

ナキカバネに変な言葉を覚えさせた奴は誰だぁ!

 

 

 

 

■深界二層 十日目

 

なんか、猿の集団がじっとこっちを見てくる。

しかも、ついてきやがる。

なんだこいつら。

 

 

 

 

■深界二層 十日目 そのに

 

猿ども、ウンコ投げつけてきやがった!

万死に値する。

 

 

 

 

■深界二層 十日目 そのさん

 

こっちもウンコを投げつけてやった。

 

 

 

 

■深界二層 十日目 そのよん

 

こんどは集団でウンコを投げつけてきやがった!

 

ふ……ふふ。まったく、人をイライラさせるのが上手い奴らだ。

 

 

 

 

■深界二層 十日目 そのご

 

絶対に許さんぞ、猿ども!

じわじわとなぶり殺しにしてくれる!

 

 

 

 

■深界二層 十一日目

 

逆さ森に入ったところで、とうとう寝込みを襲ってきやがった。

一匹血祭りにあげたら、あっさり逃げていったけど。

 

しかし猿ども、いまだ遠巻きにこっちの様子を伺ってくる。

邪魔くさいので、奴らの足場としていた木の枝を切り落としてみることにした。

ふはは、体を細く伸ばせば数十メートル程度の距離、私にとって無いも同然よ。

足場を失った奴らは、はるか下まで落ちていった。

もう会うこともないだろう。アディオス!

 

 

 

 

■深界二層 十二日目

 

湖があったので、水浴びができた。

とても素晴らしい。

なんかカバみたいなのに襲われたけれど、当然わたしが美味しく頂きました。げっぷ。

 

 

 

 

■深界二層 十三日目

 

シーカーキャンプに到着した。

こんなに時間が掛ったのは、きっと遠かったからであろう。

断じて、道に迷ったわけでは無い。

 

しかし、どうだろう。このまま入ってもいいのだろうか。

子供が一人で訪ねて来るなんて、ホラー以外の何者でもないのでは?

 

 

 

 

■深界二層 十三日目 そのに

 

どうするか悩んだ私は、姿を変えることにした。

オーゼンの夢に出てきた金髪の馬鹿っぽい奴……なぜか名前を思い出せないが、あいつの姿だ。

これなら怪しまれずにシーカーキャンプに入れるに違いない。

声はまぁ、適当な調整だが。うん。なんとかなるだろう。

 

 

 

 

■深界二層 十三日目 そのさん

 

なんで服のサイズがピッタリなの?

まぁいい。突撃あるのみ。

 

 

 

 

■深界二層 十四日目

 

思いっきり怪しまれた。

が、なぜ四層に向かったはずの白笛(ライザという名前らしい)が一人で戻ってきているのか、また何かやらかしたのでは、という怪しまれ方のようだ。

まさか、別人だとは思うまい。ふふ。ふはは。

 

しかし「また何かやらかした」とは穏やかではない。

ライザはトラブルメーカーなのだろうか。

緻密な計算の上で行動し、すべてを計画通りに完遂する私を見習うと良いぞ、ライザよ。

いや、凡人に天才の真似をしろというのは酷だったかな。はっはっは!

 

 

 

 

■深界二層 十五日目

 

キャンプにいる連中からの、尊敬の目が心地よい。

物理的な尊敬の念(お菓子とか)までくれる。

きちんと調理された食事とは、ここまで美味しいものか。

オーゼンお前……料理、下手だったんだな。

 

 

 

 

■深界二層 十六日目

 

たのしい!

 

 

 

 

■深界二層 十七日目

 

おいしい!

 

 

 

 

■深界二層 十八日目

 

私、ここに住む。

オーゼン? ああ、いたね。そんなやつも。

 

 

 

 

■深界二層 十九日目

 

オーゼン登場。

ドアを開けたら、いきなり目の前にいたのである。

おもわず叫んでしまった。どんなホラーでも、この恐怖を上回ることなど出来やしない。

するとオーゼンは「うるさいよ」の声と共に、わたしを

 

 

 

 

■深界二層 二十日目

 

どうやら私は、丸一日も寝ていたらしい。

なぜそんな事になったのか。理由はまったく分からないのだが、妙に頭がズキズキするのと関わりがあるやもしれぬ。

 

あとオーゼンの野郎、私の擬態を一目で見抜きやがった。

偉大なる私のこと、隠しても隠しきれない威厳のようなものが出てしまっていたのだろう。気をつけなければなるまい。

 

 

 

 

■深界二層 二十日目 そのに

 

オーゼンは、私の姿に興味津々だった。

ここまで人の姿を模擬できることに驚いたらしい。

あと、ライザの姿を知っている事に疑問を抱かれたが「夢で見た」と回答すると、意味ありげな笑みを浮かべた。

 

なんだその笑顔は。怖いぞオーゼン。鏡を見て、自分を見つめ直した方が良いんじゃないかオーゼン。

石化しても、責任は持てないが。

 

 

 

 

■深界二層 二十日目 そのさん

 

オーゼンの「なぜなにレクチャー」を受けた。

ベニクチナワと出会ってしまったシーンだが、あそこは太陽玉を投げると良かったらしい。

 

や、正解と言われても。太陽玉ってなにさ。

いかに完璧超人の私でも、知らないものを活用はできない。

 

太陽玉を知らないと言ったら、不思議な顔をされた。

その後は質問責めである。なぜ。

質問内容は、これまであった出来事を覚えているかどうか、という物だった。

ふ、オーゼンも無駄なことをするものだ……頭脳明晰たる私は、あらゆる事を記憶している。

私のパーフェクトな回答を得たオーゼンは、「ああ、なるほど」と勝手に納得して質問を打ち切った。

 

なんやねん。

勝手に一人で納得するんじゃない。

 

 

 

 

■深界二層 二十一日目

 

明日には出発しなければならないらしい。

なんでも、後続の探窟隊が来るので、変にライザの姿を見せたくないのだとか。

 

とても名残惜しい。

とても、名残惜しい!

 

しかし、地上が私を待っているのだ。

地上のおいしいご飯、そして広大な空が私を待っているのだ。

旅立たねば。

 

 

 

 

■深界二層 二十二日目

 

さらばだ、シーカーキャンプよ!

 

 

 

 

 



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第9話_なんかヤベー奴に遭遇した

 

■だれかの夢 

 

 

「やはり奈落は、非常に興味深い」

 

 黒い外套に黒い仮面という、イカレた恰好をした野郎が呟く。

 自分は護衛という名目で同行させられたが、こいつに護衛の必要があるかは疑問だ。この男は、底が知れない。

 

 科学者、ボンドルド。

 アビスを訪れてたった二ヶ月で月笛を取得し、早くも三層に足を掛けようとしている男。

 色々と黒い噂の絶えない奴だ。頻繁に危険な連中と衝突しているはずだが、まるでそんな事なかったかのように、こいつの周囲はひっそりとしている。それが何より恐ろしい。消えた連中がどうなったかなど、考えたくも無い。

 

「研究熱心なのはいいが、仕事のほうもちゃんとやってくれよ? 頼まれているのは、生態系の調査だろう」

「奈落の環境について知ることは、生態系の調査にも繋がると、私は考えておりますが」

「そうなのか? ずいぶんと遠回りしている気がするんだが、説明してくれるか?」

 

 自分の言葉に、ボンドルドは少し考え込んだ。どう説明するか、迷っているのか。

 説明してくれと言い出したのは自分だが、本当に話を聞きたかったというわけではない。ただ、何か喋らずにはいられないのだ。

 こいつに黙って隣に立たれると、冷や汗が出てくる。ベラベラとどうでもいい事について語ってくれた方が、気が楽だった。

 

「そうですね……奈落の生物は、奈落以外では生きられない。つまり、奈落にしかない()()に適応した結果そうなった、と考えられます。その正体を掴むことができれば、奈落の生態系の謎も解けるでしょう」

「奈落にしかない何か、ねぇ」

 

 ふむ、と一声漏らし、ボンドルドは前方を指さした。

 自分も、そちらの方に目を向ける。

 

「あれを見てください。滝が、上に向かって流れています」

「……たしかに、地上じゃ見られない風景かもしれないが。慣れちまえば、面白味もない。逆立ちして普通の滝を見るのと、何が違う?」

 

 深界二層の逆さ森。

 ここで逆さまになっているのは、何も森だけではない。

 滝も、空に向かって流れている。

 

「滝が上に向かって流れる……そうなる原因が、必ずあるはずです。地上には無い、奈落特有の現象が」

「単に、上昇気流のせいじゃねぇのか?」

「上昇気流も滝と同じで、結果でしかありません。私が思うに」

 

 徐々に、その声色に熱が籠ってくる。

 わかりにくいが、興奮しているのか。先ほどまでより、やや早口だ。

 

「力場の周囲は、重力に乱れがあるのではないでしょうか? その結果として気圧差が発生し、周囲の空気が流れ込むことで、強い上昇気流を引き起こしている……これは簡単に実証できますね。風の影響を除外すればいいだけですから。密閉した容器の中で、物が落下する時間を測ればいい」

「重力が乱れているなんてのは、突拍子もない話だと思うが」

「そうでもありません。むしろ、諸々の事象を考えると、最初に実験しなければならない事柄です」

 

 ボンドルドの指が、横にスライドする。

 逆さまの滝から、アビスの中央へ。直視できないほどの、まばゆい光。

 奴が指を向けた先にあるのは、奈落の象徴。アビスの力場だ。

 地上から差し込む光を、奈落へと導いている。

 

「見ての通り、力場は光を歪めています。水蒸気等で光が屈折することもありますが、この現象はその範疇を逸脱している」

 

 指を下ろす。

 いや、今度は下を指さしているのか。

 

「次に、時間です。深層の時の流れは、緩やかに過ぎ去ります。原理は解明できずとも、過去の白笛達の証言から、これはおそらく事実なのでしょう……最近では、正確で長時間稼働する時計も作られ始めました。深層を往復しなければならないため時間は掛かりますが、こちらも客観的事実確認は可能です」

 

 その話は、自分も聞いたことがある。

 深界五層。その最深部で数週間滞在したはずが、地上に戻ってくると、数か月の時が流れていたというのだ。

 極限状態に陥り、時間の感覚が狂っただけだろうと皆は言っていたが。

 

「さて、光と時間を歪める……この現象が発生している例ですが、奈落以外にも一つあります」

 

 話が大詰めに入ったのか、声のトーンがやや落ちる。

 そして奴は、両手を広げてこちらに語り掛けてきた。

 

「ブラックホールです。強い重力は、光や時間にも影響を及ぼします。現段階では推測の域を出ませんが、大質量による重力が空間を歪ませた結果、光や時間にも影響が出たと考えられています。つまり、光と時間、重力。これらは空間を経由することで、相互干渉しうる関係性を持っており……ふむ。つまり空間も歪んでいる可能性が? アビスの深度は二万メートル以上ということですが……穴そのものは、案外そこまで深くは無いのかもしれません」

 

 自分には、正直理解の及ばない話だ。どうでもいい。

 が、ボンドルドの興味が自分以外に向いたのは確実のようなので、その点で言えば実りのある会話だった。

 

 

「おっと、申し訳ありません。話が逸れました。奈落にしかない何か……様々な不思議を作り出すもの。現段階では、何もわかっていないに等しい。わからないからこそ、我々の目には不思議として映るという話です。謎の解明さえできれば、奈落の生態系についての説明もつくでしょう」

「言いたいことは分かった。やりすぎな気はするがな。何でもかんでも手を伸ばしていたら、体がいくつあっても足りん」

 

 自分の言葉を聞いた奴は、再び考え込み始めた。

 相変わらず、頭の中が忙しい野郎だ。

 

「面白いことを言いますね……体がいくつあっても、ですか。なるほど、素晴らしい発想です」

 

 話は終わったのか。

 ボンドルドは、歩き始めた。

 自分もその後ろをついていく。

 ひとまずは、こいつについていくことが自分の仕事だ。

 護衛? 知らん。護衛しろと上から言われたが、今になって思うと、監視しておけという意味だったのではないか。

 

 

 

 その後の三日間。

 自分は、ボンドルドの後をついて回った。

 それで分かった事は、やはりこいつに護衛なんて必要ないという事。

 あと、こいつの頭のネジは、何本もぶっ飛んでいやがるという事ぐらいだった。

 

「まだまだ、謎はいくらでもあります。その謎を解明する道は、まだ整備されてはいませんが、たしかに存在している」

 

 まだ何事かブツブツと呟いているのは、独り言か。

 そのほとんどは聞き取れないし、聞き取れた所で意味は分からない。

 

「次なる二千年への手掛かりを残してくれた、偉大なる先人たちに。感謝の言葉を贈りたい」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 相変わらず、よくわからない夢を見る。

 あまり面白い話でもないし、さっさと起きよう。

 

 意識を浮上させる。

 視界がぼやける。夢の中の男性、そこから私の意識が分離し、夢の世界から現実の世界へと。私の意識が──

 

 

 

 と。

 仮面の男と、目が合った。

 

 

 思わず、ビクリと体を震わせる。

 仮面の先には、私の意識。夢の中から、私を見ている。

 

「おやおや。精神隷属機(ゾアホリック)に干渉できるとは、もしや貴方もご同類で?」

 

 男が、こちらに歩いてくる。

 私は体を強張らせて、ただそれを見つめることしかできなかった。

 

「大変興味深い。今日という出会いの日に感謝を……少し、お話をしませんか?」

「いえ、結構です」

 

 私は男の言葉を無視して、目を覚まそうとする。

 ゾワリとした感触。これが、鳥肌が立つという奴か。初めての経験だ。

 

 駄目だ、理由は説明できないが怖い。なんだあいつは。さっさと立ち去る事にしよう。

 大丈夫。あと数秒もすれば、目が覚め──

 

 

「いけません」

 

 後ろから、肩をつかまれた。

 触れられた場所が、まるで氷漬けになったかのように動かなくなる。

 いつのまに後ろに回ったのか、まったくわからなかった。

 

「強引な意識の覚醒は、頭痛を引き起こします。健康に悪いですよ」

 

 ああ、こいつはヤバい奴だ。

 体が動かない。

 心臓の鼓動が激しい。

 汗が噴き出る。にもかかわらず、体が冷え切っている。震えが止まらないのは、血の流れが悪いからか。

 

 

 仮面の男が私の正面に回る。そして、私の顔をじっと見つめている。私は動けない。

 先程と同様、まったく動きがつかめなかった。気が付いたら、そこにいるのだ。

 

 仮面の男が、私の頭に手を伸ばしてきた。

 なぜだか、触れられてはいけない気がした。

 私は必死に後ろへと下がる。が、遅い。まるで水の中にいるように、緩慢な動き。

 相手の手が伸びる方が早い。

 

「なるほど、あなたの事がわかってきました。自己と他者の境界が曖昧なのですね。他者の過去を読み取り、自身へ取り込む……私は他者を支配することはできますが、いまだ過去を暴くには至っていません。自己の保存に問題があるのです。他者の記憶、それを保持し続けた場合の侵食が止められない。あなたは、どのようにして自我を確立しているのでしょう? 興味が尽きません」

 

 頭がぼーっとする。何を言われているのか、まったく入ってこない。

 私は、ただ男の手を眺め続けた。

 ゆっくりと迫ってくる。

 そして、私の頭の中に、仮面の男の手が──

 

 

 

「おや、邪魔が入りましたね。今回はここまでですか。残念です」

 

 男の腕は、私の頭をすり抜けていた。

 触れられている感触は無い。夢から覚めるのだろう。

 

「ぜひとも、また会いたいですね……そちらから来て頂くばかりでは失礼ですし」

 

 先ほどまで恐怖を覚えていたのが、急に苛立ちに変わる。

 なんだこいつ。私に恐怖を感じさせるとは、神をも恐れぬ不遜な行為ではないか?

 万死に値する。

 私は、男に対して罵詈雑言を浴びせた。心の中で。

 

 やがて、男の姿が掻き消える。

 夢の世界との繋がりは断たれた。もう安心だ。

 あとは、瞼を開けるだけ……

 

「次は、私の方から会いに行きますので」

 

 目が覚めた瞬間。

 耳元で、そんな声が聞こえた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「おや、起きたかい?」

「……オーゼン。私に何かした?」

「なに。寝坊が酷いから、デコピンを喰らわせてやっただけさ。感謝してもらってもいい」

「ああ、感謝する。本当に」

「……?」

 

 オーゼンに変な顔をされてしまった。

 や、オーゼンの顔が変なのはいつものことか。

 

 体を起こす。

 体に風が当たると、ひどく冷たい感触がした。汗がびっしょりだ。

 私は深呼吸をして、心を落ち着けさせた。

 

 あれが、悪夢というやつだろうか?

 初めて見たが、意外と怖いものだな。

 やはり、寝ている時は脳が正常に働いていないのだろう。

 冷静になれば、なにも怖い事なんて無かったはずだ。

 だって。あんなヤベー奴、実在するはずないだろう?

 

 

 しかし、本当に怖かった。

 いまだに鳥肌が立っている。

 あいつに触れられた箇所が、まるで呪われてしまったかのように重い。

 

「呪い……呪いか」

 

 そういえば、聞いたことがある。

 どこで聞いたかはまったく思い出せないが、とある部族が災いを避けるために作った呪い返し。

 そいつを試してみようか?

 

 気休めにもならないかもしれないが、やらないよりはマシだ。

 ほら、何事も試してみないと。もしかしたら、効果があるかもしれないし。

 何もしないと、不安でたまらないし。

 よし、レッツチャレンジ。

 

 

 私は物陰に隠れ、不思議な踊りを踊った。

 両手をかぎ爪のような形で構え、上下左右に振り回しながらグルグルと回る。

 ぐーるぐーる、ぐーるぐーる。

 

 なるほど、これはいいかもしれない。

 踊っているだけで、不安感が無くなっていくような気がする。

 呪いも、こんな踊りを踊っている奴に付き纏いたくはないだろう。

 効果はばつぐんだ!

 

 

「……」

「あっ」

 

 ふと視線を感じてそちらに目をやると、オーゼンがじっとこちらを見つめていた。

 見られていたらしい。

 なんたること。

 

「これはこれは、お恥ずかしい所を見せてしまったな。これには深い事情が……おい待てオーゼン、なぜ目を逸らす? 人と話す時は、相手の目を見ろと教わらなかったかオーゼン。こっちを見ろオーゼン。おい、オーゼン。こっちを見ろって。見ろ」

「何も話す事はないよ」

 

 ドン引きされてしまった。

 解せぬ。

 

 

 



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第10話_私って、誰だっけ

 

 

「うおお……明るい」

 

 深界一層。

 始まりの階層、奈落の縁。

 そこは、太陽の光であふれていた。

 二層はとても薄暗かったため、余計に眩しく感じる。

 

 光だけではない。緑が溢れている。水も、生命も。いままでの階層とは大違いだ。

 ここまでくれば、地上とそう変わらないはず。

 

「一応は穴の中なのに、なぜこんなに明るい……?」

「まぁ、色々とあるのさァ」

 

 ぞんざいな返答だけして、オーゼンが歩き出す。

 おい待て、まだ私の観光が終わっていない。

 まだ見たいものが沢山……

 

「むっ」

 

 違和感を探知!

 無駄口を叩いてオーゼンにどつかれる遊びをやめて、そちらに向かう。

 私の背丈より成長した草(万死に値する)をかき分けると、それはあっさりと見つかった。電報船だ。手にとって調べてみると、ガス袋に穴が開いている。鳥にでも襲われて、ガスが抜け墜落してしまったのだろう。

 

「待て……今、どうやってそいつを見つけた?」

「んー、何となく? ノリで?」

 

 私を追いかけてきたオーゼンの問いに、適当に返答する。

 うまく説明できないが、ビビビと来るのだ。

 なんとなく、もやっとした感覚。そうとしか表現できない。

 

 腑に落ちないといった表情のオーゼンだが、諦めたのか追及を止め、電報船に乗せられていた紙を手に取って広げる。

 

「中身は、二層のスケッチか? ついでだ。こいつも持って行こう」

「まぁ待てオーゼン、気が早い。せっかく電報船がここまで運んできてくれたんだ。最後まで役割をまっとうさせてやろうじゃないか」

 

 スケッチを鞄に入れようとするオーゼンを抑え、私は腕まくりをした。

 見た感じ、簡単に直せそうなのだ。チャレンジしてみたくある。

 

 ふへへ、なんだかワクワクしてきたぞ。

 電報船の損傷個所を確認。近くにあった水たまりにガス袋を沈めてみるが、穴の開いた箇所以外からのガス漏れは無し。柔らかい草の上に落ちたからだろう、損傷は軽微だ。

 開いた穴からガス種を放り込み、手早く補修。糸で縫った上から、温めた樹脂を塗りたくる。これで、ガスが漏れないはずだ。あとは軽く火にあぶってやるだけで完了。樹脂部分を熱してしまうと再び溶け出してしまうので、そこに注意しつつしばらく待つ。一度濡らしたため時間はかかったが、中に入れた種が熱で破裂。ガスを発生させて──

 

「ほら、浮いた」

「へぇ……」

 

 ものの十分程度で完璧な補修をこなした私に対し、オーゼンは驚きの表情だ。

 オーゼンが驚くなんて、これはレアなのでは?

 

「裁縫道具に、補修用の樹脂。シーカーキャンプにあったものか。いつの間にくすねて来たんだろうねぇ」

「や、有効活用しているのだから良いのでは」

 

 適当にごまかしつつ手を離すと、電報船がゆっくりと上へと登っていく。

 樹脂を塗った面を下にしたので、いい感じでバランスも取れている。これなら、地上まで上がってくれることだろう。

 

「害獣除けは、塗らなくてよかったのかい?」

「焦げ臭さ満点の電報船を襲うような鳥は居ないのでは? 三十分ぐらいなら持つはず。それだけあれば、地上まで届く」

「まぁ、そうだね」

 

 電報船は、どんどん高度を増していく。

 ものの数分で、その姿は見えなくなった。

 

 

 満足した私は、移動を再開……おい待てオーゼン、置いていくな。

 走ってオーゼンを追いかけつつ、ちらりと上空を見上げる。電報船が落ちてくる気配は無い。久しぶりに弄ったが、どうやら腕は衰えては──久しぶり? いや、電報船を弄るのは初めてだ。

 初めてでこんな完璧な仕事をこなすなんて。

 やはり、私は天才なのでは?

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 そんなこんなで、寄り道をしながら色々拾い集めつつ、私たちは地上を目指した。

 今までと比べると、格段に楽な道のりだ。なにせ、観光ができるぐらいである。

 

 鳥の鳴き声が聞こえる。

 近い。捕まえて、食ってしまうのもいいかもしれない。

 連中、私が姿を見せるとすかさず襲い掛かってくるのだ。鳥というものは、子供を見たら襲う習性があるらしい。私の常識と乖離があるが、襲われるのは事実なので、私の常識が間違っているのであろう。

 

 

 今日のご飯を確保したあと。

 明るい日差しに照らされながら、深界一層を登る。登る。登る。

 もっと上までいけば、頻繁に人とすれ違う程だという。

 

 上昇負荷も、気持ち悪くなって吐きそうになる程度……オロロロロ。

 

「汚いねぇ」

 

 おいこらオーゼン、吐いている人間に追い打ちをかけるんじゃない。

 お前には、人の心がないのか。

 あと、なんでオーゼンは平気そうなの。

 

「オロロロロ……お、あれはなんだオーゼン。風車か?」

「切り替えが早い」

 

 謎の建造物を見た私は、瞬時に体力を回復させた。

 ふーむ、風車とは。たしかにここは風が強い……が、あと少し下ならもっと強いのだ。なぜこんな中途半端な所に。

 

「そもそも、あれは何のための風車? こんな所で風車を回す必要性を感じない」

「今は使われていないが、昔はあれで水を汲み上げていたみたいだねぇ。おそらく、その辺で畑でも耕してんだろう」

「まじか。すげぇな昔の人」

 

 こんな所で日常を過ごす? 上昇負荷はどうした。

 昔の人は、みんなオーゼンのような人だったのかもしれない。

 なにそれ怖い。そんな世界は滅んでしまえ。

 

 ふむ? そういえば、六層にも都と呼ばれている場所があったような。

 そんな所に都を作るなんて、大昔の人は、常軌を逸しているとしか思えない。ここで農業を営むのとは、わけが違う。

 そも、住みやすい所に人が集まるからこそ、町ができるのだ。

 住みにくい所にわざわざ町を作るとか、ぜんぜん意味わかんない。

 

 それとも、あれか。

 昔の六層は、町を作るのにいい場所だったとでも言うのだろうか。

 

「ありえないか。地上より奈落のほうが住みやすい、なんて状況は」

「どうかねぇ。何にだって、例外はツキモノさ」

「オーゼン、常識で考えた方がいい。オーゼンはどちらかというとゴリラ寄りの存在だから、人としての常識に疎いのは理解している。しかし人類というものは……あいたっ! この程度で怒るとは、大人げないぞオーゼン」

 

 無駄口を叩き、気分を紛らわせながらも足を前に出す。

 このペースなら、明日には地上に着きそうだ。

 今までとは段違いのスピード。上昇負荷が弱いと、こんなにもペースが変わるものか。

 

 

 

「もうすぐ、深度六百メートルだ。そこにエレベータがあるけど……君と一緒なら、裏口から登った方がいいかなァ」

「裏口とな」

「スラムの住人が、盗掘する時によく使う場所さ。君は探掘家ではないから、正規のルートが使えない。盗掘者扱いされたくないなら、こっそりと登るしかないよ」

「盗掘者扱いされないために、盗掘者と同じルートを登るとは皮肉が効いているな……お、空が見えてきた」

 

 空。始めて見る景色。

 青い。綺麗だ。

 まるで、吸い込まれるかのよう。

 

 なにもかもが雁字搦めで縛りつけられる地上とは違い、空は自由だ。誰にも辿り着けないがゆえに、誰にも邪魔されない。

 空の彼方まで飛んでいけば、どこまでも自由になれる気がした。

 だから、私は旅立ったのだ。

 

 そう。空は私の原点だった──

 

 

「……あれ」

 

 

 そこまで考えて、思考にノイズが入った。

 ザリザリと、耳障りな音。頭がぼーっとする。回路が焼き切れてしまったように、思考が繋がらない。

 

 えーっと、何だっけ。

 私は今まで、何を考えていたんだっけ。

 空を見上げて、何かに思いを馳せていたような気がするのだけれど、思い出せない。

 

 私は、何をしようとしていたのか。

 なぜ、空を見上げているのか。

 なんでこんな所にいるのか。

 

 

 

 というか、そもそもの疑問として。 

 

 

 

「私って、誰だっけ」

 

 

 



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第11話_憧れは止まらない

 

 

■誰かの夢

 

 

「要は、風の影響が怖いんだろう? なら、こういうのはどうだ」

 

 そう言って、私は手にした飛行船──の、模型に風を送る。

 すると、模型はくるくると回り始めた。

 要は、垂直軸型の風車と同じ原理である。

 

「同じ側に風を受け続けるから、致命的に傾くんだ。なら、回してやれば安定する」

「……お前は、こんな船に乗りたいのか?」

「ぜったいに嫌だ」

 

 当たり前だ。誰がこんな船に乗ると言うのか。

 これを考えた奴は馬鹿ではないか?

 まぁ私の事だが。

 

 

 図面と模型、試作品の散乱した部屋。

 数日前に片付けたばかりだと言うのに、もう床が見えなくなっている。

 どうして、こうなってしまうのだろう。

 もしかすると、夜な夜な妖精さんが散らかして回っているのかもしれない。

 でなければ、説明のつかないペースだ。

 

 ちなみに、妖精さんも私の事である。

 

「なら、これは? 筒の中に、木のブロックと水を入れてある。木は当然水に浮くから、船が傾くと、傾いたのとは逆方向に木が移動。壁をノックする勢いで、傾きを正そうという考えだ。模型で試したら、なぜか余計にバランスを崩す結果になったけれど」

「当たり前だろう……そもそも、装甲板なんてつけた上に、さらに重りをつけるなど論外だ。重りをつけていいのなら、とっくにつけている。仮に乗せるとしたら、単純に船の最下部にバラストを配置した方がいい」

「そうかー、だめかー」

 

 私は、後ろに倒れこんだ。

 この部屋で唯一の安息場所、マイクッションが私の体を受け止める。

 

 

 

「お前は技術者ではない。なぜこんなことを考えている?」

 

 技術者の彼が、私に問いかけてきた。

 言外に、無駄な事をするなと言われている気がする。

 しかし、無駄などありえない。私は天才の類なので、きっと誰も考え付かないような画期的な発明をしてしまうはずなのだ。いつか。きっと。

 

「一応、上からの指示だろう? 乱気流の中でも飛べる船を作れってのは」

「どこを飛ぶつもりなのかは知らんが、わざわざ危険を犯して飛ぶ必要はないと思うがね」

 

 それは確かにそうだが、いつでも安全な場所に着陸できるとは限らない。万一の事を考えるのは、悪い事ではないと思うのだが。

 

「連中は、使うために作ろうとしている。目的もある程度、察しはつく。そんな船は作らない方がいい」

「夢がないなあぁ、君は。どんな場所でも自由に飛び回れる船が欲しいと思わないのか?」

 

 夢ばかり追い求める私とは正反対だ。

 だからこそ一緒に居られるのかもしれないが、少々寂しく感じる事だってある……一緒に馬鹿な事をやってみたいとか、そういう感情もあるのだ。

 

「夢に殺されたくないだけだ。僕は臆病だからね」

 

 起き上がって、彼の目を見る。

 臆病には程遠い。彼も私と同じく、飛行船馬鹿だ。寝る間も惜しんで、飛行船の事ばかり考えている。

 そんな彼が「夢に殺されたくない」なんて、らしくない。

 だから、私は彼に聞いてみた。

 

「お前は、乗らないだろう?」

「君が乗るだろう。臆病にもなるさ」

 

 その返答をうけて、私はきょとんとしてしまった。

 頭の中に言葉が浸透していくにつれて、自然と笑みが零れてしまう。

 

「なんだその笑みは。気持ち悪いぞ」

「いやいや、精一杯の嬉しさの表現だよこれは。私のことを心配してくれているのか。うんうん、結構結構」

 

 彼の背中をばんばんと叩く。

 彼は嫌そうな表情をするが、されるがままになっていた。

 

 

 そんな馬鹿な話ばっかりしながら、今日も一日が過ぎていく。

 空を飛ぶために、毎日を過ごしていく。

 これが私の日常だ。

 

 

 

 

 私が空に憧れたきっかけは、一冊の本だった。

 小さな頃に読んだ、ありふれた物語。

 空を飛び回り、世界中の財宝を漁る冒険譚。 

 

 初めて読んだ日は、眠れなかった。

 胸の中に灯った火が、煌々と燃えさかっていたのだ。

 その炎は、ついぞ消えることがなかった。

 ずっと燻り続けて、残り続けて、ついにはまた燃え始める。

 憧れは、止まらないのだ。

 心に蓋をしたところで消えはせず、その身を焼き続ける。

 

 

「お前は、またよくわからないものを作って」

 

 憧れを胸に抱いてから、数年後。

 電報船──どこかの国で使われているという、小型のガス気球を作っていると、両親からそう言われた。

 彼らは、私の憧れを快く思っていないらしい。

 なんでも、女らしくないそうだ。

 

 や、それはどうだろう。

 ガスが漏れないための縫合。風に負けず、まっすぐ上に向わせるための繊細なバランス。鳥類に襲われないための獣除け、その調合の創意工夫。全ての技術が、私の村では女性らしい物と呼ばれているはずなのだが。

 

 そう反論してみるも、両親は納得しなかった。

 私は悟った。彼らは、私の憧れを理解する気などないのだ。

 自分たちの考える生き方以外を、認めていない。

 

 

 非難する気にはなれなかった。

 私たちの住んでいるのは、吹けば飛ぶような寒村だ。

 選べる選択肢は、そう多くない。

 生きるというのは、難しいことなのだ。

 だから、彼らの態度は、正しいものなのだろう。

 

 でも、落胆はした。

 私の気持ちに同調してくれる人がいない。

 それは、とても寂しいことだ。

 まるで、私が世界に一人、取り残されてしまったかのような。

 

 

 一年もすれば、考え方が変わった。

 世界なんぞ知らん。

 世界において行かれる? 違うね。私が世界を置き去りにするのだ。

 私の向かう先には、新しい世界がある。

 もし、仮に無かったとしたら。それは、自分で新しい世界を作れるということだ。むしろ、そちらの方が素晴らしいことのように思えた。

 誰も見たことのない、誰も知らなかった世界。

 それを、私が見つけるのだ。

 

「そうさ──そんなもので、憧れは止まらない」

 

 

 

 初めて空を飛んだときのことは、よく覚えている。

 まるで心が爆発してしまったかのような衝撃。

 あんなに気持ちが暴走してしまうとは、想像以上だった。

 長年求め続けたものを、手に入れたのだ。

 乾いた大地に水を撒いたように、炎に燃料をくべたかのように、私の心は潤い、燃えさかり、激しさを増す。

 

 ああ、これなのだ、と。

 私は納得した。私は、このために生きてきたのだ。

 ずっとずっと求め続けてきたのは、やはりこれだったのだ。

 

 気球からぶら下げられた籠の中、不安定な足場に立った私は、強引に直立する。そして、近づいた空に向けて手を伸ばした。冷たい風が、火照った体に当たって気持ちいい。情熱というぐらいだ、この感情は、私の体を熱くして止まらない。

 もっと速く、もっと高く。そうしなければ、もどかしさでこの体が燃え尽きてしまうかもしれない。

 

「見たか! 私は、新しい世界を見つけたぞ!」

 

 叫ぶ。

 

 これは、誓いだ。

 口に出さねば、叶わない。

 恐れを知らぬ子供のように、恋いこがれる乙女のように、私は感情のままに叫び散らした。

 

 

「次はもっとお前に近づくからな! 覚悟して待っていろ!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「復ッ活ッ!!」

 

 私は気合を入れつつ起き上がった。

 なんだか体調が優れなかったが、少し休んだら大丈夫だったようだぜ。

 

「寒い!」

 

 なんだこれめっちゃ寒い。

 周囲は真っ暗。夜だ。

 地上に近いこの場所では、昼夜の概念が存在する。

 日が昇るまでは、寝袋にくるまっているべきな気がした。

 私は凍死などしたくない。

 や、凍死するほどの寒さではないのだろうが。しかし、寒いものは寒い。

 

 私は暖かい羽毛にくるまり、温もりを堪能した。

 ちらりと周囲を見回すと、オーゼンが寝ているのが見える。

 たぶんさっきの声で起きたと思うが、私の事などスルーしてもう一度眠ったらしい。

 この辺は基本的に安全なので、見張りを立てなくても大丈夫なのだとか。

 「基本的に」をどういう意図で付け加えたのかは、少し気になったけれど。

 

 

 

 しばしの沈黙。

 落ち着いてから、色々と考えを巡らせる。

 

 さっきは突然体調を崩したが、安全な場所まで来て気が抜けてしまったのだろうか?

 四層からここまで登ってくるのは、かなりの苦労があった。シーカーキャンプで少し休んだぐらいで、それ以外は常に気を張っていなければならなかったのだ。疲れが溜まってもおかしくはない。

 そういうことにしておこう。

 

 

「あと、また変な夢をみたような」

 

 誰かの夢。

 さすがの私も、こう何度も繰り返されれば、さすがに気づく。

 私は、他者の記憶を夢という形で覗き見ている。

 自分が出会っていない(ライザ)の事を詳しく知っていたりするのは、そういう事だろう。

 

 以前見た夢で、黒ずくめのヤベー奴が言っていたのを思い出す。

 確か、「他者の過去を読み取り、自身へ取り込む」だったか?

 その言葉は、確信を突いているように思えた。

 

 

 ただ、今回の夢は、今までと毛色が違うような気がする。

 

 オーゼンの夢は、オーゼンがすぐ傍にいたから見たのだろう。

 探掘家の夢は、彼女の笛が枕元に埋まっていたから見たのだろう。

 黒い変態が出てきた夢も、私が寝ていたのと同じ場所で起きた出来事だ。

 何かしらの繋がりがあった。

 

 しかし。今回は、見たこともない場所が舞台であり。

 登場した人たちも、見覚えのない人たちばかりだった。

 そこが、今までと明確に違う。

 

 

「……自分の夢、か?」

 

 本当の意味での、ただの夢。

 どうだろう。理由は説明できないが、違う気がした。

 頭の中で作り上げたにしては細かい所まで練られているし、自身の過去の思い出という線も無さそうだ。

 記憶なんて無いけれど、たぶん私はあんな長い年月を生きてはいない。

 

 

 とすると、他にどんなことが考えられるだろうか?

 先程の夢は、今までの夢より鮮明だった。夢の主が子供だった時から大人に成長するまで、余す所なく見てしまったのだ。今までの比ではないほど、強い結びつきがあるはず。

 

 私と繋がりが強い人。

 そんな人が、いたのだろうか?

 

 

「──ああ、そうか」

 

 思わず呟く。

 ふとした思いつきだが、これが正解だと思う。

 私が出会った事のある人物で、私と強い結びつきのある者。

 私自身が覚えていなくとも、出会わない事などありえない。

 媒体というなら、これほど強い物もないだろう。私の体は、全て彼女が造ったと言える。

 だからきっと、そういう事なのだろう。

 

「私の母親の夢、か」

 

 あまり、考えないようにしていた事だ。

 なぜ私は、あんな所に一人でいたのか。

 なぜ、記憶が無いのか。変な遺物を体に埋め込まれている理由は?

 そして、私はいつ、どうやって生まれたのか?

 

 先程の夢の続きを見れば、わかるのかもしれない。

 しかし、恐怖を感じる。

 漠然とした不安だ。

 果たして、夢の続きを見ていいのか。

 

 

 

 頭を振って、余計な考えを頭から追い払う。

 別に、今すぐ解決しなければならない問題ではない。

 奈落から出て、安全な場所でゆっくり考えればいいことだ。

 

 私は気を紛らわすために、奈落の外へと目を向ける。

 上空を見ても、見えるのは暗闇ばかり。

 今は夜だ。太陽の光がなければ、奈落の底を見下ろしているのと変わらない。

 

 

「空、ねぇ」

 

 しばらく見つめ続けるが、変化は無い。

 ただ、黒一色が広がるのみ。

 あと数時間もすれば、日が出て色味も変わってくるのだろう。

 それを眺めているのも、いいかもしれない。

 

 夢の中の自分が、あれほど渇望した光景。

 なら、きっと素晴らしい物のはずだ。

 だから、私が見ても感動するのかもしれない。

 そんな期待感も、無いわけではない。

 

 

 だが。

 

 

「そんなに、見たいものなのか?」

 

 

 そう思ってしまう。

 

 目をつむる。視界は黒一色。

 目を開けていても閉じていても、見えるものは大して変わらない。ただの、黒。

 明るくなれば、また色とりどりの風景が見れるはず。それを待とう。

 

 私は、じっと光が差してくるのを待つ。

 耳をすませば、虫の声が聞こえてきた。

 単調な音が繰り返されるのは、やや眠気を誘う。

 

「夜の一層は、なんだか寂しいな」

 

 

 空はまだ、見えなかった。

 

 



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第12話_飯を食えれば幸せだ

 

「地上だ!」

 

 空を見上げる。

 暗い! 夜明け前な上に、周囲から立ち上る煙だか水蒸気に阻まれて、ろくに星も見えない。

 

 

「町だ!」

 

 周りを見渡す。

 人影すらなく、見えるのはゴミの山ばかり。腐敗臭が酷い。

 薄暗く、汚い町並み。無秩序に増設された建物は、日当たりの事などこれっぽっちも考えていない。仮に昼であったとしても、暗く閉ざされているのであろう。

 ああ、もう。活気の欠片もねぇな!

 

「オーゼン。爆上がりした私の期待値が、滝に落ちる勢いで急落中なのだが」

「スラムだからねぇ。今日を生きるのに必死な連中さ。期待するようなものではないだろう」

 

 そう言って、オーゼンは歩き出した。

 こそこそと夜明けを狙って地上に出たにしては、堂々とした歩みだ。いくらこの時間とはいえ、道のど真ん中をこんな怪しい奴が歩いていたら、注目の的であろう。

 目立たず行くのではなかったのか?

 や、オーゼンに目立つなというほうが無理なのはわかっているのだが。

 というか、夜明け前に移動をはじめるなら言っといてくれよ。

 

「これから、一休みできる所に向かう。今までよりはマシな食事が用意できるだろうさ」

「そうか? しかし、オーゼンの料理は期待できないからな……や、待て。デコピンは止めろ。大人げないぞオーゼン」

「安心していい。便利に使える奴を預かっていてね、作るのはそいつさ。器用だし、頑丈だしでなかなか気に入っているんだ」

 

 なぜだか、まだ見ぬそいつに親近感を覚えた。

 不思議な事もあるものである。

 

 

 

 そんなこんなで、オーゼンの隠れ家に到着。

 道中の記憶? 忘れた。私の興味は、食事に百パーセント集中している。

 

 オーゼンの隠れ家は、一言で言えばすさまじい有様だった。なんでもかんでも、籠に突っ込めばいいと思っているのではなかろうか。家具を使え、家具を。籠は万能の収納具ではない。

 そう思い問いかけてみるも、頻繁に拠点を移すので面倒とのことだった。

 

 や、後から物を整理する方が面倒だと思うのだが。

 それとも、一度しまいこんだものは二度と使わないとでも言う気だろうか。なら、捨てろ。

 

「さて、私は出かけてくる。君は飯でも食っているといい」

「なんだ、落ち着きがないなオーゼン。飯ぐらい食ってから行けばいいのに」

「色々と、しがらみって物があるのさァ。地上に出た以上は、顔ぐらい出さないとね……代わりにこいつを置いていく。聞きたい事があれば、こいつに聞くといい」

 

 オーゼンに紹介されたのは、灰色の髪の子供だった。

 年は……八歳程度だろうか? 私と同程度の背丈だ。私には及ばないが、なかなか凛々しい顔つきをしている。名前は、ジルオというらしい。

 

 オーゼンの下僕ことジルオは、オーゼンの言う通り確かに器用であった。

 彼の作る料理は繊細で、オーゼンの図太さ溢れる調理法とは隔絶された何かを感じる。

 彼とは仲良くできそうだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 しばらくして。

 素晴らしい朝食を堪能した私は、この町の地図を広げた。

 この町の、面白そうな所を見て回るためだ。

 まだ朝日は出ていないが、空が若干明るくなりはじめている。もうすぐ朝だ。

 なら、外に出ない手は無いだろう。

 

 

 事前にオーゼンに色々聞いてはいたが、オーゼンは糞の役にも立たなかった。

 町を見て回りたいのならば、まだ子供であるジルオに聞いた方がマシだ。

 オーゼン、ほんと、ダメ人間。

 

「む、展望台か。ここも要チェックだな……ジルオ、ここには行った事ある?」

「ないな。かなり寂れている場所のはずだぞ? この町の人間は、上ではなく下ばかり見ているから」

「そういわれると、ここが駄目人間の吹き溜まりに聞こえてくる」

「間違った解釈ではないな」

 

 自分の町に対して、酷い言いようである。

 あまり踏み入った事を聞くつもりはないのでスルーするが、どうもジルオはこの町があまり好きではないらしい。

 それどころか、自分自身すら嫌悪している節がある。

 オーゼンと一緒に居てもその辺のフォローなんて期待できないし、オーゼンなんかと一緒に居る羽目になっているしで、きっとジルオはクソのような人生を歩んできたのであろう。

 オーゼン、ほんと、ダメ人間。

 

「さっきから気になっていたんだが、回る場所が多すぎないか?」

「心配はご無用。ジルオよ、私はこう見えて体力には自信がある。なにしろ、オーゼンと行動を共にしていたぐらいだ」

 

 ジルオは、私と一緒に来てくれるらしい。

 本来、ジルオはオーゼンと一緒に行動させられるはずだったらしいのだが、オーゼンに何か言われそうになった瞬間「や、俺はこの子に町を案内するんで」と発言したのだ。オーゼンに発言を許さない、すばらしい判断速度である。こいつ、慣れてやがるな。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、オースの町である。

 朝日が出るころには、町が活動を始めていた。朝早いな、お前ら!

 

「さすがに、夜明け前に比べると活気があるな!」

 

 通りに出ると、せわしなく人が行き交う姿が目に入る。

 手荷物を見る限り、店の準備でもしているのだろう。まだ日が出たばかりだというのに、ご苦労な事だ。

 

 頭上に広がるのは、青い空。

 ほとんど雲はなく、晴天と言っていい。

 やや白みがかった、透き通るような空だ。

 じっと見ていると、なんだか魂が吸い取られていくような……

 

「どうした、大丈夫か?」

「うん?」

 

 ジルオに肩を掴まれた。

 気づけば、体がかなり傾いている。

 ジルオに支えられなければ、倒れていた事だろう。

 

「すまん、空に魂を吸い取られそうになった。やはりアビスよりも明るいな。太陽が出ているから……うおっ、まぶしっ」

「君は馬鹿なのか」

 

 太陽を直接目にしてしまった。

 目がチカチカする。網膜に焼き付いた黒い影は、数分は取れないだろう。

 おのれ。私を拒絶するとは、いい度胸だ太陽よ。

 

「空をじっくり見るのは最後にしよう。まず、やるべきことは──食事だな。間違いない」

「さっき食べたのでは?」

「あれは、お腹の準備運動だ」

「そうか。準備運動なら仕方ないな……」

 

 わかって頂けたようで、なによりである。

 しかし、心なしかジルオ君からは疲れが見えるような。

 まだ出発したばかりだぞ。疲れる要素などないであろうに。

 

 

 朝も早くから開き始めた勤勉な店を巡り、飯を食う

 奈落で調味料といったら、人体に必須の塩、それと食材を腐らせない目的で使う香辛料がメインであった。

 しかし、地上ではその縛りがない。

 つまり、奈落にはない味が楽しめるということである。

 こんなに嬉しいことはない。

 

「ジルオ、ジルオ。私は、色んなものを食べてみたい。ゆえに、私と君で半分ずつ食べるのが良いと思うのだが、どうか」

「別に構わないが、そんな焦る必要はないんじゃないか? 今日食べきれなかったものは、明日食べればいい」

「や、早めに食べとかないとダメっぽい気がする。なんとなく」

「はぁ」

 

 やや嫌そうな顔、あと苦しげな表情、まるで深界一層の上昇負荷を受けたかのような雰囲気をかもし出すジルオ君の口に、残り物の食事を詰め込み私は行く。

 ふはは、私を止めてみろ。

 

 

 

「お、坊主。なんだ、今日はデートか?」

 

 屋台を巡って本日五回目の食事をとっている私たちに対し、おっさんが声を掛けて来た。

 大きな体だ。フォルム的には、人類というより熊といったほうが近い。

 

「内緒で新しいウィンチを買ったこと、奥さんに言いつけますよハボルグさん」

「お前さん、どんどんふてぶてしくなっていくな……」

 

 どうやらジルオの知り合いらしい。

 彼は熊のような外見をしているが、話をしてみると、見た目に似合わず常識的な人間であった。

 今まで私が遭遇してきた人類の中で、もっともまともな人間と言っていい。

 

 思い返してみると、私が出会ったのはオーゼン(変人)、幻覚のライザ(度し難い)、シーカーキャンプを住み家にしている探窟家達(変態)、ジルオ(生意気な子供)と変な奴らばかりだ。

 私の運勢は、もしかして地に落ちる勢いで最悪なのではなかろうか。

 あらゆる領域において天才的な才能を見せる私に対し、神がバランスを取るため運勢を最悪値に設定したのかもしれない。

 恨むぞ、神よ。

 

 

「っと、お使いの途中なんだった。坊主、嬢ちゃん。またな!」

 

 二十分ほど、ハボルグのノロケ話を聞いていただろうか。

 鐘の音が聞こえたかと思うと、ハボルグは慌てて去っていった。

 今のは、昼の鐘か? 昼食の買い出しに出ていたとすると、とんだ遅刻である。

 ハボルグは奥さんの尻に敷かれているようだし、小言は避けられないだろう。南無。

 

「ショウロウの鐘が鳴ってよかった。あれがなければ、延々とハボルグさんの家庭について聞かされる羽目になっていた」

「あの人、そんなに話好きなのか」

「奥さんの事になるとな。人が変わってしまうんだ」

 

 常識人に見えていたが、私の目は節穴だったのか。

 よくよく考えてみると、こんな町で常識人が育つはずがなかった。

 なんてこと。こんなに沢山の人がいるのに、常識人が私ただ一人だけしか存在しないとは。

 

 

「……ところで、気になっていた事があるのだが」

 

 ハボルグに手を振りながら、ジルオが恐る恐るといった面持ちで話しかけてくる。

 なんだ、あらたまって。気軽に言うと良いぞ。

 

「君は、女の子なのか?」

「それは、答えにくい質問だな」

「そうなのか。すまない、軽率な事を言った」

 

 や。

 自分でも分からんし、どうでもいいので気にしていなかったというのが正しいのだが。

 自分で体を造り変えられるので、私はどちらにだってなれる。

 今の所、性差が如実に現れる部分は造っていないが……自分では、どちらかといえば女性っぽいと思っている。

 ジルオも「女の子か?」と聞いてきたし、ハボルグは私の事を「嬢ちゃん」呼びだった。

 客観的に見ても、女性に近いのではなかろうか。

 

 

 まぁいい。

 性別など、どうでもいい。

 それよりはご飯だ。

 

 その後も、雑貨屋を冷やかしたり、路地裏で絡んできたチンピラに対しておケツ百叩きの刑を処したりしながら、私達は町を周った。

 ふむふむ、なかなか良い町ではないか?

 広大なスラムがある部分が少し気になるが、町の特色を考えると、やむをえないのかもしれない。

 奈落に挑む者が多い関係上、ここには親を亡くした子供が多い。

 そして、ここはゴミ拾いをしているだけでも最低限の収入は得られるので、子供でもある程度は生き長らえられる。

 そうして生き残った子供達が大人になっていった結果が、あのスラムなのだろう。

 

 大通りの方は、活気に溢れている。

 昼を過ぎたと言うのに、人の流れは衰えない。屋台の数は、朝の数倍にまで膨れ上がっていた。歩くのも辛いほどの人口密度だ。子供の姿では、周囲の状況がまったく見えずに苦労する。これでは、美味しそうな料理を出すお店があっても分からないではないか。人間は、視覚情報がなければ何もできない無力な存在だ。

 

「待てジルオ。鼻腔をくすぐる、この香ばしい匂いは何だ? 非常に興味深い。おそらく、魚介系の何かを煮詰めて作ったソースのようなもの。確かめる必要があるのでは」

「君は、言い方がいちいち回りくどいな。食べたいのならそう言えばいい」

「食べたい」

「そうか。なら買ってこよう。君一人分でいいな?」

 

 強い口調でそう宣言するジルオ。

 買ってくれるというのでお言葉に甘え、私はベンチに座ってジルオを待つことにした。

 できれば屋台まで行って直接選び、気になる料理があったらついでに買っておきたかったが、この人込みではしょうがない。私は、人込みの中を歩くのに慣れていないのだ。

 

 しばらく待ち、人込みの中をやっと抜け出たジルオからご飯を受け取って貪り食う。

 うむ、美味しい。

 貝を煮詰めて作ったクリームソースをたっぷり掛けたお肉。口に入れた瞬間、クリームの甘みと貝の風味が口一杯に広がる。おまけに、肉の中にはチーズが詰め込まれていた。とろけたチーズが肉汁に絡まり、得も言われぬ幸福感を運んできてくれる。率直に言って、最高では?

 

 

 

「──ん、飛行船?」

 

 食事を終えた私が幸せを噛みしめていると、顔に影が差した。

 見上げると、飛行船が町に接近してきているのが見える。

 やけに仰々しい船だ。巨大な船体に多数描かれた文様は、この町では見ない類の物。文化圏が違う国の船だ。

 無遠慮に突き進むその船からは、少々不穏な空気を感じた。

 

「また来たのか」

 

 飛行船を見たジルオが、かなり疲れた表情で溜息をもらした。

 

「また、とは?」

「カンナカムイという国の調査隊だ。以前、奈落に飛行船で挑んだ連中がいてな。案の定、失敗したわけだが……色々と、門外不出の品まで持ち込んでいたんだろう。ああして、遺品の回収に躍起になっている」

 

 他の探窟家とトラブルになる事が多いので、勘弁してほしいと愚痴をこぼすジルオ。

 妙に実感のこもった感想だが、ジルオはこの年でそんなトラブルに首を突っ込んでいるのだろうか。

 子供らしくないのでは?

 

「ふーん」

 

 私は、デザートとして買った芋の揚げ物を口に頬張りながら、気のない返答をした。

 

 もう一度飛行船を見る。

 構造に特徴がある。メインの浮袋とは別に、複数の補助浮力を搭載。万が一の場合にも安全に着陸できる──なんて(うた)っているが、実は真っ赤な嘘だ。あれは、密輸用。メインの浮袋を弄るわけにはいかないので、実質意味のない浮袋を用意して、そこに荷物を隠しているわけである。

 船体に書かれたマークには、暗号が仕込まれている。どれも同じに見えるが、それぞれ微妙に違う。これは特殊作戦群の所属を表しており、各国に潜んだスパイは暗号を見て接触の有無を判断する手筈となっている。

 

「赤笛たちを、退避させておいたほうがいいだろうか」

「うん、そうした方がよさそう」

 

 私は、ジルオの言葉に同意を返した。

 見覚えのある文様の配置。ねっとりとした、嫌な空気。

 母の記憶の通りなら、大変危険な連中である。

 関わらない方がいいのは、間違いない。

 

「……殲滅班か。そんな連中を派遣するなんて、戦争でもするつもりかな」

 

 汚れた指をペロリと舐めつつ、小さく呟く。

 連中が動いた以上、何もしないで帰るというのは滅多にない。何かあったのだろう。

 が、物騒度合でいえば、この町の探窟家達も相当なものだ。貴重な戦力を損耗させたくはないだろうし、正面衝突という事態も考え辛い。小競り合いだけで済めばいいのだが。

 

 

 ま、何にしろ私には関係ない話だ。

 気にするだけ無駄というもの。

 あまり、近寄らないようにだけしておこう。

 

 

 



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第13話_おなかすいたよ

 

 

 その日の最後は、展望台で締めくくることにした。

 展望台は、オースの町を覆う山の上にある。登るのは流石の私も疲れたが、登った価値はあった。

 島の内側を見ると、日が落ちてきて、夕日に照らされたオースの町を一望できる。時間と共に影が伸び、徐々に闇へと覆われていく。島の外側を見れば、見渡す限りの海、海、海。奈落はまさに、絶海の孤島というのが相応しい場所にある。

 そんな絶景を同時に臨めるというのに、ここは随分と寂れている。少し勿体ないのでは?

 

 視線を上げると、水平線に沈みつつある太陽が目に入った。

 海の上で、陽炎のようにゆらめく光。あと数分で見えなくなってしまうのは、少々名残惜しい。

 海の上には、ぽつぽつと船が見える。町の規模と比べると、奈落を訪れる者は多すぎるため、ああいった宿や補給源が必要となるのだ。たしか、そう教わった……はず。

 

 

 日が沈むにつれて、空の色に変化が見えた。

 青から赤へ。太陽と逆方向の空に目を向けると、青と黒のグラデーションが広がっている。

 そして、一つ、また一つと明かりが灯り始める。

 星だ。もうすぐ、この空は星で満たされる事だろう。

 

 視線を下げると、オースの町並みが様変わりしていた。

 まるで、眼下にも星空が現れたかのようだ。

 星に見えるのは、家々が付けた明かりだ。

 この町は山に覆われているため、すでに暗闇に包まれている。だから、空が星で覆われるより、地上が光で満たされる方が早い。

 

 風が冷たい。

 太陽が姿を消すと、とたんに肌寒くなる。

 すこし体を丸めて耐えつつ、私は風景の移り変わりを楽しんだ。

 

 空には、満天の星。

 眼下に広がるは、町の灯火。

 そんな中、唯一奈落だけが、ぽっかり暗闇になっている。

 

 

「……ん? ジルオ、寝てるのか?」

 

 やけに静かだと思ったら、壁を背に座り込み、眠ってしまっている。

 まぁ、あれだけ連れ回したら疲れもするか? 普通の子供なら、この展望台に来るだけで一苦労だろう。一日中歩き回ったあとで山登りは、さすがに酷だったか。

 

「むしろ、よくついてきたというべき? 私の基準は、自分とオーゼンだし」

 

 私はともかく、オーゼンを基準に置くのはおかしいことぐらいは分かる。

 ここまでついてこれたジルオって、なにげに凄いのでは。この年で赤笛らしいし、将来的にオーゼン並のゴリラ系霊長類に至る存在なのかもしれない。

 

 私は、ジルオの寝顔をじっと見つめた。

 灰色の髪が目立つ、イケメンである。よくよく見ると、細い体の割に筋肉量は多い。二の腕をつまんでみると、ガチガチである。子供っぽくない。ぱっと見は普通なのに。

 次に、ほっぺたを両側からひっぱってみた。

 

「馬鹿な……めっちゃ伸びる! この触り心地は神秘だ」

 

 顎は鍛えていないのだろうか。こんなんじゃ、深層の生き物を補食するのは難しい。なんでも食えないと、オーゼンのようなゴリラにはなれまい。

 や、なる必要ないけど。

 

 けっこう強く引っ張っているが、目を覚ます気配はない。熟睡していらっしゃる。そこまで疲れたのか。悪いことをしたな。

 

 

「……ん? なんだろ」

 

 ジルオで遊んでいると、視界がぐにゃりと歪んだ。

 

 目が回る。

 

 気持ち悪い。

 

 ジルオから手を離して、少し離れる。特に問題は無い。めまいは一瞬だけ。

 地上に上がってからたまに起きるが、なんだ。上昇負荷だろうか。この展望台、けっこう高い位置にあるし。

 

 

 考えてもわからん。こんな時は、おいしいご飯を食べるに限るな!

 懐から携帯食を取り出す。

 昼のあいだに買っていたのだ。私にぬかりはない。

 平べったいアレを干して作る……アレって何だっけ。名前はどうでもいいが、これは美味しいのだ。たしか、そうだったはず。

 

 口に入れて、噛む。

 

 

 

 痛い。

 手を噛んでしまった。

 落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちてるよ

 はて?

 私は、何をしようとしていたんだっけ。

 なぜ、自分の手を噛まねばならんのだ。

上を見て上を見て上を見て上を見て上を見て 上を見て上を見て上を見て上を見て上を見て 上を見て上を見て上を見て上を見て上を見て 上を見て上を見て上を見て上を見て上を見て上を見て上を見て $/ピョ#

 ああ、そuだった。

 腹が減ったから、飯を食お%としていたのだった。

 腹が減り過ぎて、人の真似をしている余裕がない。つらい。

 さっき∃で手に#&か持っていたはずな否だが、見てない。落と数しまった戸のではと思う?

帰ってきた帰ってきた帰ってきた帰ってきた帰ってきた帰ってきた帰ってきた帰ってきた帰ってきた帰ってきた帰ってきた帰ってきた帰ってきた帰ってきた帰ってきたもう一度

 まぁいい。もう一つ取りだそう。懐にまだあったはず……うん、どこにあるのだったか? たぶんこの、&Gいパサパサした手の触る……ああ、そうだ。この中に食べ物を入れておいたのだった。どうやって開けるんだったっけ? この丸いものをどうにかしたら開いたような……む、丸いのが取れてしまった。なんだこれ。ボタン? ボタンって何? 押せばいイイ? よくわからないが、開いたので良しトししシよう。

後ろにいる後ろにいる後ろにいる後ろにいる後ろにいる後ろにいる後ろにいるよ ←

 中に人のものを頬張る。不味い。固い。なだんこれ。かみ潰していてみたが、これは口にたるべ食でわないきすがる。

 吐きしだて、べつの口のを中にいれる。こ%どはもんだイなすうだ。いいイたくないし、眩しくもないし。

 つぎに無くしたものは、おしいかった。あじすがる。こいうのうは、なんいとうだのったか。あまい? それとも、あいつだっけ。どっちもでいいや。

 

 

「……お?」

 

 気づくと、視界が光る点々で埋め尽くされていた。

 なにこれ。なんで光ってるの。意味わかんない。お星さまっていうんだっけ。

 手を伸ばしてみるが、星には届かない。どうすれば届くだろうか。

 

 どうにもならなそうなので、諦めた私は力を抜いた。降ろした手が、固くて平べったいものに触れる。冷たい。手だけではなく、背中全体にひんやりとした感触。前方に手を伸ばしても何もないが、後ろは逆にごつごつとした何かがあるので、手を伸ばせない。地面? じゃまでは? こんなもの、なくていいのに。

 

 首を回して周囲に目をやると、すぐちかくに何かいた。

 たちあがって、そばまで行ってみる。

 しろっぽい頭。ほそいからだ。みじかい手足。ふれてみるが、動かない。うごきそうな見た目をしているが、これはうごかないのだろうか。

 手でふれてみる。うごかない。ひっぱってみる。うごかない。だめっぽい。

 うーん。なんだっけこれ。知ってるような気がするんだけど。こう、手でふれてみょんみょんみょんしているとおもいだせるような。

 

 

 ……ああ、そうだ。思い出した。この子はジルオ。私と一緒に、ここにきた子だ。

 

 

「あれ」

 

 

 周囲を見回すと、見覚えのない場所に私はいた。

 なんでそんな状況になってるんだっけ。覚えていない。どこだ、ここ。

 

 たしか、国のお偉いさんに命令されて嫌々飛行船に乗り、穴の中に突撃していって、どかーんとなって登っていって、ゴリラの化身であるオーゼンと一緒にひたすら不思議空間を歩き回っていたはずでは。

 

 うーん、頭が働かない。働きたくないでござる。眠い。四角く丸まって眠ってしまいたい。今の私は、四角くないけれど。

 

 

 しばらく悶々と考えていたが、やはり答えは出ない。

 開き直るべきか? 覚えていないものは、どうしようもないのでは。

 私は、そう結論づけた。

 

 だから。

 

 

「寝よう。それが一番賢い選択肢だ」

 

 

 それだけ言って。

 私は、その場に倒れた。

 

 

 



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第14話_わたしのゆめ

 

 

 奇跡なんてものは、偶然にすぎない。

 たまたま助かった者達が、それを口にしているだけ。

 死人に口なし。死者は、奇跡を語ることすらできない。

 

 だから私は、奇跡なんかにすがりつきたくはないと思っていた。

 そんなものにすがった所で、振り落とされるだけ。

 

 

 でも、すがるものが無ければ、やはり掴もうとしてしまうものらしい。

 

 

 

 私は、周囲を見回した。

 狭い船内は、悲鳴と怒号が行きかうばかり。

 隣にいた人が、異形へと変わった。

 その向こうにいた人が飛行船の外に身を投げ出し、一足先に奈落の底へと旅立つ。

 

 

 奇跡だと、誰かが言った。昨日の出来事だ。

 二層の乱気流に襲われ、絶体絶命だったところを持ち直した。

 確かに、奇跡的と言っていいだろう。

 

 ありえないと、誰かが言った。つい数時間前の出来事だ。

 たしかに、想定外の事態ではある。

 だが、繋がっている事は確かなのだ。風に翻弄されてただ落ちていった私たちが、そこに辿り着く可能性は、ゼロでは無かったのだろう。

 

 どうしてこんな事にと、誰かが嘆いた。つい数分前の出来事だ。

 奇跡は、誰も望まぬ悲劇へと変わった。

 それは確かに奇跡的で、ありえない事で、誰も望んでいない結末だった。

 ぼろぼろになり、制御を失い流された結果とはいえ、この船は到達してしまったのだ。

 

 深界六層。

 帰還不能の、極限点。

 無謀な挑戦の結末は、探窟隊の全滅という悲劇を生んだ。

 

 

 落下を続けた飛行船は、六層の地熱が生み出す上昇気流に巻き込まれ、進路を上方へと転じる。

 その結果が、この地獄だ。

 別に上昇せずとも、全滅という結果は変わらなかったろう。が、なにもすぐに殺しにかかることなどないだろうに。

 世界は理不尽に満ちている。いつだって自由を奪いに来るし、嘆く時間すら満足には与えてくれない。

 

 

「支え水が見える。五層だ! やった、戻れる。戻ってきたぞ。これで助かるんだっ」

 

 操舵輪にしがみついていた船長が、口から手を生やしながら叫んだ。

 直後、次々と生えてきた手に頭を引き裂かれ、赤い花へと変貌する。

 

 深界六層の上昇負荷だ。

 死。あるいは、人間性の喪失。

 つまるところ、人としての死を迎えることに変わりは無い。

 もうすぐ自分も、ああなってしまうのだろう。

 

 

 ──ああ、なんてこと。

 苦しみぬいて必死に生きて来たというのに、この終わりはあんまりじゃないか?

 

 国の言う事なんて、聞くべきではなかった。

 私はただ、空を目指したかっただけだ。そのために組織に所属し、昇進し、力を得たにすぎない。

 力そのものが、欲しかったわけではない。

 だから、力ある物の責務だなどと踊らされるべきではなかった。

 逃げてしまえばよかったのだ。この状況で、私の力などが何の役に立つ?

 

 遺物(変化する鈴)を使えようが使えまいが、何も変わらない。

 人の身で、暴れる飛行船をどうにかできるわけでもないし。

 上昇負荷に至っては、人間であるからこそどうにもならない。

 

 

 必死に祈ってはいるが、祈り方など知らない。祈る先の宛てもない。

 ただ、思いつく限りの言葉を、たまたま手に持っていた日誌につづるだけ。何かせずにはいられない。ぐちゃぐちゃになった感情を、私の願いを、ただひたすらに書き殴る。自分でもなにを書いているのかわからない。ただ、神への祈りでないことは確かだ。小さいころから教会に通わされてはいたが、神に祈ったことなどなかった。

 

 人は生まれながらに平等、などと抜かす国教の連中が嫌いだ。

 人の生き方を縛ろうとする連中が嫌いだ。

 猛威を振るう自然が嫌いだ。人より強い獣が嫌いだ。

 自由に生きる力を持てない、自分が嫌いだ。

 

 人は、生まれで将来を決められるし。

 そこから逃げ出そうとしたら、生き延びるための力を得るため、無茶をするしかないのだ。

 生き延びて、生き延びて、生き延びて。

 空を目指して、でも届かなくて。諦めて。諦めても、生きるためには上の命令を聞くしか無くて。

 

 なんだ、私の人生は?

 これで終わりなのか?

 こんな結末のために、私は血反吐を吐いてきたというのか?

 

 

「──もう少しで、生まれたのに」

 

 自然と、言葉が漏れる。

 子供。子供だ。

 私の、唯一の心残り。

 あと半年ほどで生まれたはずなのだ。

 

 私にただ一つだけ許されたはずの、人としての生き方。

 この世界は、それすら許してはくれないのか。

 

 

 今までの自分であれば、ただ死を受け入れるだけだっただろう。

 でも私は、この数か月で随分と変わってしまった。

 

 ふとした拍子に、カレンダーを見るようになった。

 将来の事を考えるのが、楽しくなった。

 空を諦めた私に、新たな目標が生まれた。

 その日を迎えるのが、不安になった。

 生きるということの意味を思い出す事ができた。

 私の人生が、再び始まったのだ。 

 

 

 お腹に手を当てる。

 まだ、ふくらみがわかるようになった程度。

 とうとう生まれてくることはなかった赤子。

 

 祈った所で、何も変わらない。

 けれども、祈らずにはいられない。

 

 自分に与えられるものなら、なんでも与えよう。

 代償が必要であれば、たとえどんなものでも捧げよう。

 この肉体も、命も、魂も、全て。全てだ。

 

 

 私は、変化する鈴(メイナスタ・アレイ)を起動させた。

 少々体を造り替え、補強できる程度の弱い効果しか持たない遺物。

 だが、それは自身の安全を保障するのであれば、という但し書きが付く。

 

 

「もう、元に戻らなくたっていい」

 

 私はここで終わりなのだから。

 

「化け物になったっていい」

 

 人としての私は、もう死んでしまったのだから。

 

「私の全てを、捧げたっていい」

 

 それより大切なものを守るためなのだから。

 

「奇跡にすがりついたっていい」

 

 奇跡でも起きない限り、願いは叶わないのだから。

 

「だから、どうか」

 

 どうかこの子に、祝福を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇。

 何もない。

 何も感じない。

 何もわからない。

 

 私は、泣こうとした。

 でも、泣き方がわからない。

 

 私は、暴れまわろうとした。

 けれど、私には体が無い。

 

 ずっと誰かに抱かれていた気がするのだけれど、今は感じない。

 何をすればいいのかもわからないので、私はずっとその場に留まり続けた。

 不快感のようなものを感じるが、これが何なのかはわからない。なにかをしないと、いずれ死んでしまうような気がするのだけれど。しかし、死というものもわからない。継ぎはぎだらけの、断片的な情報しかない。

 

 

 と、懐かしい感触を感じて私はそちらに注意を向けた。

 これは、ずっと私と一緒に居た何かだ。随分と弱々しくなっているので気づかなかった。

 私を抱いてはくれなくなったが、まだ一緒に居てくれるらしい。

 

 私は、その温もりに体を預ける。体がどこにあるかはわからないが、どうすればいいのかはわかった。

 私は目を覚ますたび、ずっとこの行為を繰り返してきた気がする。

 

 隣接した温もりから、私の方へと魂が流れてくる。

 私を侵食しようとしているのではない。弱々しい私の魂を、支えてくれようとしているのだ。

 

 体を襲っていた不快感の正体。その原因を理解した。

 きっと、この暖かい人が教えてくれたのだろう。これは、空腹というらしい。何かを食べないと、満たされない。

 

 しかし、困った。

 食べるものなんて、どこにもないのだ。

 耐えがたい空腹感。でもどうにもならず、私はたひたすらに、睡眠と覚醒を繰り返す。

 

 

 

 十度ほど、覚醒を繰り返しただろうか。

 たまに現れる暖かい何かは、随分と弱々しくなっていた。

 私の魂を補強するたび、どんどん力を失っているのだと思う。

 だから、私は「もうやめてくれ」と頼んだ。でも、断られた。今の自分にできるのはこれしかないのだと、そう言われた。

 

 そうして更に、その何かは私に力をくれて。

 すっかり力を失った彼女は、私に「自分を食べてくれ」と頼み込んだ。

 

 私は断った。

 私は泣いた。

 だって、私には彼女しかいないのだ。

 だから、その彼女がいなくなってしまうなんて、とても耐えられなかった。

 嬉しいという感情も、悲しいと言う感情も。すべてを教えてくれたのは、彼女だ。

 その彼女が、私を絶望に叩きこもうというのか。

 

 しばらく、私はふてくされていた。

 が、その間にも彼女はどんどん弱々しくなっていく。

 このままでは消えてしまうから、その前に食べてくれと頼まれた。

 消えるぐらいなら、あなたに取り込まれたっていいじゃないかと説得された。

 

 そうして、幾度も説得されて。

 ついに彼女が消えてしまうという、その瞬間。

 

 私は彼女を、食べた。

 

 

 どうにもならなかったというのは、言い訳だろうか。

 もしかすると、私は彼女を独占したかったのかもしれない。

 もう、わからない。何もわからない。

 

 わからないが、彼女を食べてしまった以上、私は行動しなければならない。

 このままでは、私も彼女と同様、消えてしまうだろう。私が消えていないのは、彼女が私を支えてくれたからにすぎない。彼女に生かしてもらった私が、このまま消えるなど、あってはならない。

 

 

 だから私は、周囲に意識を向けた。

 周りに何があるかはわからない。が、何かの力が満ちているのは感じる。

 これをどうにかして、取り込めないだろうか?

 

 

 

 初めは、どうにもならなかった。

 もう駄目なのかと思った。

 なんども自分の魂をこねくり回し、構造を変えて、周囲から力を取り込めるようにする。

 

 努力は、無駄ではなかったようだ。

 ずっと他者から魂をすすって生きてきた自分だ。周囲に漏れ出た魂を浚う方法は、誰よりも熟知している。

 ゆっくりとだが、力場の周囲を漂う──力場? 何のことかはわからないが、自意識を失った弱い魂の一部を吸収することに成功した。

 彼女のおかげだ。彼女は、自分という存在を造り変える力を持っていた。彼女を完全に吸収したことで、私もその力を使えるようになったのだ。だから、自分の魂を最適な形に作り変える事ができた。衰弱していくだけの生物から、捕食者としての私へと。

 

 得た力を使い、力場との接続をより強固にしていく。

 元々が微弱な繋がりだ。それはすぐ漏れてしまうが、そのたびに弱い箇所を補強していけば、やがて安定して力を受けられるようになった。

 そうして私は、もう大丈夫だと安心した。

  

 

 だが、私は気づかなかった。

 他者の魂を吸収して生きるなんてのが、まっとうな生き方のはずがない。

 

 意識の混濁。吸えば吸うほど、意識が不鮮明になる。混ざり合って、消えてしまいそうになる。

 だが、吸わないわけにもいかない。それを止めれば、死んでしまう。

 

 私は、どうすればいいか考えた。

 方針としては、吸わずに済むようにするか、吸っても大丈夫なようにするかのニ択しかない。取り得る手段なんて、ほとんどなかった。前者に至っては、とっかかりすら無い。他に糧を得る方法があるのなら、とっくに実行している。

 

 

 

 悩んだ結果、唯一できることは「強い自我を持つこと」ではないかと思えた。他者の意識に左右されてしまうような、弱い自分しか持たないのがいけないのだ。

 

 強い自分。

 はたして、どうすれば強くなれるのか。

 正直言って、私はポンコツに弱いという自覚がある。

 比較対照は、私が食べてしまった彼女しかいない。が、私が彼女より圧倒的に弱いのは間違いない。

 彼女に比べれば、私など──?

 

 

 と、私の脳裏に引っかかるものがあった。

 指先にわずかに掛かる程度のもの。しかし、これは重要な閃きであると思えた。

 私は、必死になって自分の考えをまとめていく。

 

 

 ──彼女の方が、強い?

 私よりも、強い。

 間違いなく強い。

 で、あるならば。

 

 

 私は、意識を切り替えた。

 もとより、自分がどんな存在かなんて意識していなかったし、意識したところで大した存在でもないのは明白だ。

 なら、強い存在に成り変わればいいのでは?

 

 模擬。

 模倣。

 人格の擬態。

 

 私が弱いのは仕方がない。

 でも、私が強いと思える存在。

 彼女ならば、自意識のない魂などいくら吸った所で、意識を汚染されたりしない。

 そう、信じることができた。

 

 

 だから。

 私は、彼女になる。

 

 

 そう意識した瞬間、世界の色が変わった。

 ぼんやりとした薄暗いものから、白と黒の二色へと。

 

 今までの自分が、急速に失われていく感覚。

 今までの自分は、黒いイメージだった。それが、白に塗りつぶされていく。

 消えてしまったわけではない。だが、今までの私は、上から塗りつぶした白が消えない限り、二度と出てこないのだろう。もう、記憶もおぼろげだ。覚えているのは、彼女(わたし)のことだけ。

 

 でも、それでいい。

 少しの間だけでいい。

 どうか私に、あなたの強さを貸して欲しい。

 

 

 

 体に熱が入る。

 暴風のように吹き荒れていた力場だが、今となってはそよ風程度にしか感じない。翻弄される小枝のようだった私は、大地に根ざした巨木のごとく強靱な彼女(わたし)となる。

 

 これだ。

 やはり、彼女は私よりも強かった。

 上から(彼女)で塗りつぶした私であれば、他の色に侵食されたりはしない。

 

 

 いつまで持つかは分からない。

 いずれ磨耗し、劣化し、腐り落ちるのかもしれない。

 だが、間違いなく私は強くなった。

 いつか来る破滅に恐怖するより、今日を生き抜く事を考えるべきだ。

 いずれ崩壊の日が来るとしても、それまでは生きていられるのだから。

 

 

 

 こうして私は、この世に生を受けた。

 

 

 

 



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第15話_本来のわたし

 

 

 なんだか懐かしい夢を見た気がする。

 でも、思い出したらいけない気もするのだ。

 記憶に蓋をしていないと、全部こぼれて無くなってしまうような。

 本当はもう全部思い出していて、箱の中身はすっかり腐り落ちているのかもしれないけれど。

 でも、もう少しだけ。夢の続きを見たって、いいじゃないか?

 

 

 目を開ける。

 暗い。まだ夜か?

 背中の感触は柔らかい。地面ではなく、ベッドの上だ。

 

 はて、展望台の上でぶっ倒れた気がするのだが?

 寂れた展望台。椅子と望遠鏡ぐらいしかない場所。周辺に建物などなかった。とすると、結構な距離を移動したことになる。

 ジルオが一人で私を運んだとは考え辛いので、きっとオーゼンが運んでくれたのだろう。

 たぶん、どこかから私の事を監視してたのだろうし。私は、人の視線には敏感なのだ。

 

 

 とても静かだ。町の喧騒も聞こえない。

 落ち着くような、寂しいような。

 一人には慣れていると思っていたけれど、どうやらそんな事も無かったようだぜ。

 

 体がだるい。

 歩き回るのも面倒だ、寝たまま状況確認させてもらおう。

 

 

 私が寝ていたのは、ごちゃごちゃした部屋。ベッドを除き、足の踏み場もない程に遺物が散乱している。いくつかある籠の中にも、山盛りで遺物が突っ込まれていた。このスタイルは、オーゼンの拠点で間違いない。散らかり具合だけで誰の家か分かるなんて、オーゼンは自分を省みた方がいいのでは。

 

 周囲は真っ暗であるため、本来なら人の目で部屋を見渡すなんて出来やしない。が、目の見え方を調整できる私にとっては、明るさなど大した障害にはならない。やろうと思えば昼間のように見通す事も可能だ。さすがに色までは分からないが、輪郭を捉えるぐらいは朝飯前。

 同様に、聴覚をワンコレベルにまで強化する事だってできる。

 

 

「──だろう。君はどう見る?」

「どうもこうも、あなたと同じ見解ですよ」

 

 声が聞こえてきた。

 声の主は、オーゼンとジルオ。別の部屋で会話している。

 なんとなく、私の事について話をしているよう気もしたので聞くのもどうかと思ったが、聞こえるのだから仕方がない。

 聞こえるように調節しているのは私だが、まぁそれを言うのは野暮というものだ。

 

「原因不明の衰弱。奈落の生物を地上に出した時と同じ症状だ。あの子は何ですか。どこで拾って来たんです?」

「なに。巨人の盃で、ちょっとね」

「深界四層? 冗談ですか?」

「本気さァ。私が嘘を言うとでも?」

 

 衰弱?

 よくわからんが、私は弱っているらしい。

 や、それぐらいわかるけど。わかってたけど、見て見ぬふりをしていたというか。

 ううむ、倒れてしまうレベルなら、流石にそろそろ直視せねばならぬやもしれぬ。

 飯を食っていれば平気かと思っていたが、どうやら飯を食うだけでは駄目らしい。

 

 

 

 話題は、やがて別のことに移っていった。

 とはいえ、私に関するものには変わりない。

 私の体のことから、私の記憶のことへ。

 

「衰弱だけじゃないさ。記憶の方も、徐々に失われているらしい。どうやってかは知らないが、あの子は他者から知識を吸収している……が、余所から持ってきた知識は保持しきれないんだろう。穴の開いたバケツに、無理やり水を注ぎ続けているようなものさ」

「……知識が抜け落ちるだけなら、あの子自身の記憶は失われないのでは?」

「いいや、失われる。ふむ、どう説明したものか」

 

 しばしの沈黙。

 少し考えた所でオーゼンの口下手が治るはずも無く、下手な考え休むに似たりな結果になるとしか思えないが、真面目に考えているらしい。なんと無謀な。

 

「そうさね。あそこに、トコシエコウの鉢植えがあるだろう? 間違いなく、君は見た……ここで問題だ。十秒後の君は、果たしてそれを覚えていられるかな?」

「十秒ぐらいなら、覚えていられると思うが」

「なら、目を閉じな。さて……トコシエコウだが、花はいくつ咲いていた?」

「それは」

 

 ジルオは答えられない。

 当然だ、いちいち花の数まで数えるような真似はしないだろう。

 

「正解は、八つだよ。君が覚えていたのは、『トコシエコウを見た』という……言語にすれば、たかが十文字足らずの情報に過ぎない。だから、そこに含まれていない情報なんて、実はまったく覚えていないのさ」

 

 オーゼンが、子供相手になんだかよくわからない事を説いている。

 や、言いたい事はわからんでもないが。つまり、人間の記憶力なんて、意外と大したことがないと言いたいのだろう。たぶん。

 

 

「自身の知っている概念を使い、物事を簡略化して記憶する。人間は言語を操り、様々な概念を簡略化できるからこそ、他の動物より記憶力がいい──ように、見える」

 

 目で見た光景。それ自体を覚えていられるやつなんて、そうはいない。

 短期記憶としては覚えていられる人もいるが、持ってせいぜい数分。たしか、そうだったはず。

 人の脳は、目で見たものをそのまま覚えられるような仕組みをしていない。目で見たものなんて、覚えていないのだ。

 

「さて、次の問題だ。もし君がトコシエコウの事を忘れてしまったとしたら『トコシエコウを見た』という記憶は、果たしてどうなってしまうと思う?」

「……! そうか、トコシエコウ自体を知らなければ、それを覚えていたとしても意味が無い」

 

 ふむ、なるほど。オーゼンの言わんとしている事がわかってきた。

 人は、自身の持つ知識を前提として、物事を記憶しようとする。

 それ故に、その大前提部分が崩れてしまえば、どうしようもないということか。

 

 まぁ、うん。私の記憶力に問題があることなど、わかっていたさ。大天才の私が、気付かないはずが無いだろう? ただ、目を逸らしていただけである。聡明な私であるからこそ、どうにもならんのでガン無視していたのだ。ふへへ、褒めてくれて良いぞ!

 オーゼンのやつ、あんなハニワみたいな顔をしておきながら、私自身よりも私の状態について理解していたらしい。ちょっと悔しい。

 

 なんて、ふざけてみたが。そろそろガチでヤバそうだ。

 頭が重い。衰弱しているからか。それとも、頭がオーバーヒートでもしているのか。

 色々と思い出そうとしてみるが、記憶の欠損が激しい。どうでもいい知識は思い浮かぶのに。

 

 ……あ。たぶんこれ、オーゼンの知識だ。

 オーゼンの野郎、どうでもいい知識ばっかり溜め込みやがって。

 万死に値する。

 

 

 

 

「ちょっと出てくるよ。四番倉庫に、売り物にならない遺物が山のように保管されていただろう? あれを持ってこよう。力場の力を溜め込んだものが傍にあれば、少しは楽になる。あとは、まぁ……早く手続きが進むよう、ケツでも叩いてくるかね」

 

 ドアが開く音。オーゼンが出ていったようだ。

 私が頭を冷却している間に、話は終わっていたらしい。

 どれほどの時間がたったかはわからない。

 今の私は、起きているのか寝ているのかすら曖昧な状態だ。

 

 

 オーゼンが去ると同時に、足音が近づいてくる。

 これは、ジルオか。恐る恐るという足取りで部屋に入ってきたジルオは、物音をできるだけ立てない様にしてこちらの様子を伺っている。

 だが、私が目を覚ましているのに気づいたのか。今度は普通に歩いてきて、ベッドに寝そべる私の横に腰をかけた。

 

 

「すまない、起こしてしまったか。何か食べるか? 水でも飲むか?」

 

 感情を押し殺したような声。

 ジルオの雰囲気は、さきほどオーゼンと話していた時とずいぶん違う。

 平静を保とうとしているのか。気を使わせてしまったか。

 

「……水、を。喉が渇いた」

「わかった。慌てずゆっくり飲むといい」

 

 なんと声を掛けたらいいか分からなかったので、別段欲しくも無かったが水を貰うことにする。

 いつもはすぐお腹が減るのに、今は何を食べても消化できる気がしない。

 もしかすると、水を飲むだけでも辛いかもしれない。

 

 ジルオが水差しを口元に差し出してくれる。

 喉に冷たい感触。やや急ぎ過ぎたのか、少し咳きこんでしまった。やべぇ、本格的に衰弱しているっぽい。

 

 

 喉の具合が落ち着いてから。

 気を紛らわせるために、ジルオと話をすることにした。

 せっかくだし、最後になるかもしれないし、思い出せる限りの事を話しておく。いままでのこと。奈落を登ってきた旅路。誰にも知られないままというのは、少し勿体ない気がしたのだ。ジルオぐらいには、覚えていてもらいたい。

 オーゼン? や、オーゼンに覚えられてもなぁ……あいつ絶対、人に話さないだろうし。

 

「聞くだけで、過酷な旅だな……その体で四層を登るとは。それに、あの人と一緒だと別の意味で大変だっただろう」

「いや、とても楽しかった。オーゼンは言い方がキツく大人げなかったが、それでも優しかったと思う」

「正気か?」

 

 おい。おい。

 ガチで正気を疑われたのだが。

 オーゼン、おまえはこの子にどんな態度で接しているのだ?

 や、気持ちはわかるけど。私だって、オーゼンの人間性を褒める奴が現れたとしたら、同じ対応をしてしまうかも。

 デジャヴを感じるので、むしろ既にやってしまった後かもしれない。全然覚えていないけれど。

 

「あ、いや。たしかに、言い得て妙とも言える品評ではあるが……」

「あなたも、オーゼンと一緒に穴に潜ったことがあるの?」

「ああ。といっても、一回だけ。一層を少し周っただけだ。それでも、不動卿に付いて行くのは厳しかった。あの人は、人を限界まで酷使しようとするから」

「確かに」

 

 そういって笑う。

 オーゼンあの野郎、こっちの限界を見極めて、限界ギリギリまで攻めて来やがるからな。

 あのドSが。

 

「俺はまず最初に、砂モグラの巣穴に放り込まれた。お前は体が小さいんだから行けるだろう、とさ。探索せずに戻ろうとするともう一度穴に放り込まれるから、モグラに全身を噛まれながら、必死に巣穴を掘り返したよ。おかげで、狭いところは未だに苦手だ」

「ああ、私もされた。狭いところにいるネリタンタンをとってこいって放り投げられた」

「君もか? やはりあの人は度し難い」

 

 ジルオが眉間に皺を寄せながら、溜息をついた。

 それを見て、私は笑った。会話の弾み方がオーゼンとは段違いである。ジルオとオーゼンを比較するなんて、ジルオに失礼だろうか。

 ふへへ、楽しい。楽しいけれど、少し悲しくて。そして怖い。

 この記憶が、消えてなくなってしまうのが怖い。

 

 

「ま、待て。泣いているのか? どこか痛むか? もしかして俺が、なにか酷いことを言ったのか?」

「ちが、う。酷いことなんて、言ってない」

 

 むしろ、逆だ。

 こうして笑っていることが、とても楽しくて嬉しいから。

 だから、怖い。

 

「苦しいなら、薬を飲むといい。眠れば、少しはマシになる」

「……や」

 

 拒絶。

 寝るのが、怖い。

 起きたら、何もかも忘れているのではないかと。

 また誰もいなくなって、一人だけ取り残されてしまうのではないかと。

 そう考えると、怖くて仕方がない。 

 

 

 体が震える。

 いつもみたいに、ふざけてなんかいられない。

 強い自分になったはずなのに。継ぎはぎだらけになってしまった結果、本来の自分が顔を見せてしまっている。

 私は、とても弱いから。だからずっと、強い自分(彼女)を演じて来たのだ。

 

 寒いのかと問われて、違うと返す。

 怖いのかと問われて 無言を返す。

 

 沈黙する私の手を、ジルオが握った。

 新鮮な感覚。考えてみれば、直接人に手を握られるのなんて初めてかもしれない。

 奈落では、ずっと手袋を付けていたし。

 

「安心しろ、ここは安全だ。何も怖いことはない。俺が見ていてやる」

 

 握った手の平が暖かい。体温が伝わってくる。

 ジルオの野郎、なかなかカッコいい事を言うではないか。不安がちょっぴりマシになった。本来の弱い私が、顔を引っ込めてしまいそう。

 だが、足りない。足りないぞジルオよ。私の不安と緊張、もっと取り除いてみるがよい。私の心を解きほぐすのだ。そうすれば、寝てやらんこともない。

 

「……ああ、そうだ。不動卿が戻ってきたら、少し怖いかもしれないが。それは仕方ないことだよな?」

 

 私が固まっているのを見たジルオは、思い出したかのように付け加えた。

 それを聞いた私は、思わず笑ってしまう。

 強張った体が、ほぐれていく。

 うむ、笑うというのはいいものだ。無駄な力を入れることで、無駄な緊張が溶けていくとは哲学的である。

 

「ああ、仕方がない。オーゼンだし」

 

 

 

 その後もジルオは、色々と面白い話をしてくれた。

 基本的にジルオが酷い目に合っているのが少し気になったが、大体はオーゼンのせいである。オーゼンあの野郎。

 

 しばらく話をすると、体の震えが止まっているのに気づいた。

 ジルオは、子供の相手をするのが得意なのかもしれない。

 将来、ハチャメチャな子供達の相手を押し付けられて苦労しそうな気がする。

 天才である私の未来予知だ。きっと当たるであろう。

 

 

 呼吸が落ちついてきた。

 血が、体を淀みなく流れている。

 今なら気分良く眠れそうだ。

 時間が経つと、また不安に襲われそうだし。正直なところ、目も開けていられないほどの疲労感に襲われてもいるし。だから、このまま大人しく寝てやってもいい。

 そう、思えた。

 

「……少し眠る。ありがとう、ジルオ。ずいぶんと迷惑をかけてしまった」

 

 感謝の言葉。

 私は、それだけ言って。

 

 笑いながら、眠りについた。

 

 

 



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第16話_おやすみなさい

 

 

 体が上下するのを感じる。

 ぼんやりと目を開けると、白と黒の頭が見えた。

 どうやら、オーゼンに背負われているらしい。

 

「おや、目が覚めたかい?」

「……オーゼンか。相変わらず、同じようなセリフばかり吐く奴だ」

「悪いね。雄弁にものを語るのに、価値を感じないタイプなのさ」

「そうか? 面倒がっているだけでは」

 

 周囲を見渡す。

 力場が見えたので、ここは奈落の中か。

 明るく草木が豊富なことを考えると、深界一層?

 なぜ、奈落に潜っているのだろうか。眠る前は、たしか……例によって、眠りこけてしまったのだったか?

 

「すまんな、オーゼン。突然気を失ったり眠ってしまったりと、まるで物語のヒロインのような事をしてしまった。ヒロインムーブというやつだ。可愛い私だから、許されるだろう? 許せ」

「そうすると、その物語の主人公は私ということになるのかい?」

「えっ、それは……自意識が過剰なんじゃないか、オーゼン」

「話を合わせてやったのに、ハシゴを外されるとは」

 

 腕を回してみる。

 動きにくい状態というのを差し引いても、動きが鈍い。

 自力で歩くのは、難しそうだ。

 

「身体は動くかい?」

「あー、いや。無理だな。動けん」

 

 指の感覚を確かめつつ答える。

 まるで夢の中にいるかのように、感覚が鈍い。

 

「まぁ、そうだろうね。奈落の生物は、地上に出ると衰弱していくから」

「衰弱ねぇ……あれ。これってもしかして、私の知識が欠けていくのとは別件? おいおい、知っていたなら教えてくれたまえよオーゼン君。私は、そういった知識が全然ないんだから。あと奈落の生物って、もしかして私ってば人間ではない?」

「人間さァ。私と同じく、極々平凡な人間だよ」

「嘘臭すぎて涙が出てくるな」

 

 オーゼンが平凡な人間だというのなら、私は人間でなくていい。 

 あと、自分の知識が抜け落ちていく件について話をしたのだが、軽くスルーされてしまった。

 私が現状を把握していることぐらい、お見通しというわけか。

 

 もっとこう、気まずい感じとか、口に出しにくい雰囲気を醸し出したほうがいいのではないかオーゼン。

 や、オーゼンにそんな雰囲気を出されたら、気持ち悪くて仕方がないかもしれないが。

 しかし、私が若干気まずさを感じているのだ。オーゼンの方も感じてくれないと、不公平ではないか?

 

 

 しばしの沈黙。

 オーゼンと二人っきりだ。無言で歩くのなんて珍しくも無いが、気まずい感覚が抜けない。

 これは、私の心の在り様の問題だろうけど。色々と話したい事があるのに、口をつぐんでいるから気まずく感じるのだ。

 今までの私なら、ズバっと切り込んでいたはず。

 うむ、そうだ。ゆけ、ゆくのだ私。

 

「オーゼンは」

 

 重苦しく、口を開く。

 少なくとも、これだけは聞いておかねばなるまい。

 たぶん、これが最後になるから。

 

「どうして私を拾ったんだ? 面倒事は避けるタイプに思えるのだが」

「頼まれたからねぇ」

「頼まれた? 誰に?」

「君の母親にさ」

 

 そういって、オーゼンは懐から一冊の本を取り出した。

 なんだか見覚えがあるような気がする。

 これは……日誌か。そういえば、たまに読んでいたな、オーゼン。

 ふむ。よく覚えていないが、私の母が必死に書きなぐっているのを夢で見た気がする。

 なるほど、あれには私のことが書いてあったのか。

 

「泣き言が沢山書いてあったよ。自分の全てを捧げてでも、子供を生かしたいんだと。まさか、文字通りそれを成し遂げるとは思っていなかったが……奇跡を引き起こしたんだ。少しぐらい手助けしてやってもいいか、と思った」

「そうか。意外と優しいんだな、オーゼンは」

「そうさ。私は優しいんだ」

「ナイスジョーク……おい待て。病人だぞ私は」

「別に、殴ろうだなんてしていないだろうに」

「いや、条件反射的にな? 日頃の行いを反省しろ」

 

 崖を滑り降りる。

 子供とはいえ、人ひとりを背負ってのアクロバティックな動き。

 オーゼン、お前。私の事を荷物かなにかと思っていないか。

 ま、抗議なんてしても無駄だろうから、言わないけど。

 というか。

 

「これって、どこに向かってるんだ?」

「シーカーキャンプだよ。奈落で生活できる場所なんて、あそこぐらいさ」

「なるほど。あそこなら私も、悠々自適に生活できそうだ」

「言っておくが、君はお客さんではなく管理する側の人間だよ。そう申請しておいた。無駄飯喰らいを置いとく余裕なんてないからね」

「まじか。働くのか、私は」

 

 働きたくないでござる。

 ぜったいに、働きたくないでござる!

 

「おい待て。私って、これから記憶が無くなるのでは? 記憶喪失の可哀そうな子供を働かせるというのか、オーゼンは」

「そうだよ。当然だろう? 働かざるもの食うべからず、さ」

 

 即答かよ。血も涙もない。

 オーゼンに情というものを期待した私が馬鹿だった。

 

 

 

 

 その後も、私はオーゼンと他愛無い話を続けた。

 話していないと、眠ってしまいそうなのだ。

 断片的とはいえ、それなりには記憶が残っている。強く印象に残っていることであれば、なおさらだ。

 だから、話のネタぐらいはある。

 

「今日は、ずいぶんと口数が多いね」

「多くもなるさ。これが、オーゼンとの最後の会話になるかもしれないしな」

「記憶を失ったって、君は君だろうに」

「そうか? 気休めで適当なこと言っていないか、オーゼン」

「それで気が休まるのなら、適当だろうが問題なかろ」

「オーゼンは、もう少し言葉を着飾った方がいいと思うぞ」

「面倒だね」

「この野郎が」

 

 

 

「ああ、背負われてるだけで良いなんて、とても楽ちんだ……もっと早くこうしていれば、楽に登れただろうに」

「言ってくれれば、別に背負うぐらいはしたけどねぇ」

「まじか。もっと図々しく要望するべきだったか」

「君を背負って移動したら、半分の時間で地上まで上がれたよ」

「残念……あれ? それって上昇負荷も二倍きついってことでは? 死ぬのでは?」

「そうだろうね」

「この野郎が」

 

 

 

「オーゼン、オーゼン。地上で食べた魚介スープなんだが、最高に旨かったぞ? 名前は忘れたが、熊みたいな人の家付近にある屋台だ。面倒くさがらずに、お前も食べてみるといい」

「気が向いたらね」

「おう。気が向いたら、ついでに私の所まで届けてくれ」

「流石に冷めるだろう」

「なら、オーゼンが作って……いや、やっぱりいい」

「どうした? 遠慮する必要はない。作ってやろうじゃないか」

「お前、ぜったい失敗するだろう」

「間違いないね」

「この野郎が」

 

 

 

「……眠ってしまったか?」

「や、起きてるよ。少し疲れただけだ」

「この程度で疲れるなんて、鍛え方が足りないね。まったく、手間が掛かる」

「すまんな。だが、子供は手が掛かるものだろう?」

「ふてぶてしい答えだ」

 

 

 

「オーゼン」

「なんだい」

「短い間だったが、楽しかったよ。すまないな、世話を焼かせてしまって」

「まったくだ。私にこんな苦労を掛けさせるなんて」

「まぁ、これからもいろいろ迷惑をかけると思うが。どうか私のことを、よろしく頼む」

「面倒は嫌いだよ……だが、まぁ。一人で生きていけるようになるぐらいまでなら、手助けしてやるさ」

「面倒見がいいことで」

「そんなこと言われたのは、初めてだねぇ」

「それは、ほかの連中の目が節穴なだけだろう。こんなお節介焼きなのに」

 

 

 

「オーゼン……」

「なんだい」

「……」

「おや、寝言か」

 

 

 

「……忘れてしまうのだって、悪い事ばかりじゃないさ。こんな世の中だ、良い事より嫌な事ばかり起こる」

「だけど、その記憶が君にとって、本当に必要なものなのだとしたら」

「きっと、どこかに残っている。いずれ思い出すかもしれない」

「だって、人は貪欲だからねぇ。自分が欲しい物には、命を掛けてでも手を伸ばすものだ」

「きっと、また思い出せるさ。だから」

「今は、ゆっくりと眠りな」

 

 

 

 



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第17話_名前をあげる

 

 

 大ポルタの木をくり貫いて作った、シーカーキャンプ。

 こじんまりとした住居だ。それも仕方がないだろう、ここは奈落の二層。人の領域ではないため、大規模な工事など望むべくもない。日々成長する木々を削り取るだけで精一杯だ。

 

 とはいえ、その状況も今日までだ。

 不動卿オーゼン。文字通り、単独で千人力を誇る彼女ならば、硬い大ポルタの木を堀り進める程度は造作もない。オーゼンからその提案をすると、探窟家組合は諸手を上げて歓迎した。ろくな精査もないまま、防人(さきもり)赴任の承認が通った程である。奈落の防人をやりたがるのなんて、一部の変人しかいない。元々いた防人達も、後任が決まれば大歓迎だった。

 オーゼンの城は、たった二日で外堀まで埋まったのだ。

 

「流石に狭いねぇ。荷物も足りないし、おまけにウチの探窟隊はまだ四層にいるときたもんだ。急ぎすぎたか?」

 

 申請すれば人手ぐらいは寄こしてくれるだろうが、わざわざ地上まで登るのは面倒だ。それに、どうやら他国の探掘隊とろくでなし(ボンドルド)の衝突があったらしく、地上では大きな騒ぎが起きている。

 更に付け加えると、いまだ眠り姫を決め込んでいるあの子の子守も必要なのだ。

 ゆえに、しばらくは現状のままやり過ごすしかない。

 

 

 オーゼンは、ベッドで眠る子供に目を向けた。

 薄い青色の髪。華奢な体。しかし、その体躯からは信じられないほどの膂力(りょりょく)を誇る。その力は、受けたオーゼンの腕を痺れさせるほど。単純な戦闘能力においては、並みの黒笛を上回る。

 とはいえ、経験が浅すぎる。彼女が黒笛や五層より先の化け物と戦ったなら、罠にはまってあっさりとやられるであろう。なんともバランスが悪い。

 頻繁に眠ってしまうのは、おそらく能力のコントロールができていないからか。無駄な力を消耗するから、疲労ですぐ眠ってしまうのだ。

 

 鍛えるとしたら、まずは能力を抑える修行からになる。

 この子は間違いなく、無意識に能力を発動している。この子が過去に語った話から考えると、おそらくは他者の夢を読み取る能力。ベルチェロの笛を掘り起こした時も、確か寝起きだった。

 そんな能力など、成長過程においては邪魔でしかない。それで知った事は、すぐ忘れてしまうのだ。文字通り、夢の泡沫である。そんな能力を使わず、自力で知識を得ていった方がいい。

 

 それ以外に遺物(変化する鈴)の力もあるが、意識しなければ発動しない力だ。そちらは後回しでいいだろう。ある程度コントロールできるようになったら、年齢に合わせた姿を取らせてもいいが……しかし、本来は自由に外見を変えられるような遺物ではなかったはず。生まれた時から遺物と一体化していたせいだろうか? 使用には、若干の不安が残る。

 

「ン……よくない思考だ。優先順位がずれている」

 

 首をゴキリと鳴らして、目を覚ます。

 能力の運用など、どうでもいい。いまだ不明点の多い力。実際に使ってみながら詳細を把握し、見通しを立てていけばいいだけの話だ。だから、今考えるべきことではない。

 

 今考えるべきは、今後の生活のこと。

 衣食住をどうするか。

 とくに一番重要なのは食であろう。

 

「そういえば、この子は大喰らいだったね。カバでも狩れば、しばらくは持つか?」

 

 オーゼンと同じく、人を大きく超えた怪力を誇るこの子は燃費が悪かった。こんなナリで、体重は二百キロを越える。そして、体重にふさわしい量の食事を必要とする。

 そんな量の食事を深界二層で調達するのは、骨だった。

 

「やはり、一人だけでも呼び戻すか……む」

 

 耳に届く呼吸のリズムが変わった。

 次いで、身じろぎする気配。

 あの子が目を覚ますのだろう。

 

 

 ベッドの脇まで移動する。

 まだ眠っている。が、時間の問題だ。

 オーゼンがしばらく寝顔を眺めていると、その子の目がゆっくりと開いていく。ぼんやりと空中を見つめるその瞳に、徐々に意識が宿っていくのが見えた。

 

「おや、目が覚めたかい」

 

 いつものように、声を掛ける。

 いつもと違って、返答は返ってこなかったけれど。

 

 

「何か、覚えていることはあるかい?」

 

 数秒の沈黙を挟み、オーゼンは言葉を続けた。 

 だが、その子はまた無言を貫く。

 何も覚えていないのか。それとも、言葉が通じていないのか。

 

 もう一度問いかけると、今度は首を横に振って応答した。

 どうやら、言葉は通じているらしい。

 

「……だ、れ?」

 

 今度は、その子からの問いかけだ。

 舌足らずな声。

 体の動かし方すら忘れてしまったのか。

 予想していた事ではあるが、これを育てるのは難儀しそうだと、オーゼンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「オーゼンだよ。君との関係性は……ふむ。師匠と弟子、ということになるかなァ」

「……オー、じぇん?」

 

 オーゼンとしては、親になるつもりは無い。

 であれば、弟子という関係が相応しいかと思った。

 どうせ、奈落の外では生きていけない体だ。生きるためには、探窟家になるほかない。

 

「そうだ、師匠だ。だから師匠と呼びな。お師匠様でもいい」

「おち、ちょーさま……おし、ちょー」

 

 そうして、舌足らずな口で師匠と声に出す。

 だが、何度繰り返しても"しょう"と発音できないらしい。

 

「おち、し、しゃま……おし、さ、ま」

 

 やがて発音を諦め、言葉を短縮し始める。

 何度かその言葉を繰り返した後、納得したのだろう。その子はオーゼンの顔を見て、自慢げにこう言った。

 

「おしさま!」

 

 その後、何度もその言葉を繰り返す。

 言葉を覚えたのが嬉しいのか、言葉を言えたのが嬉しいのか。

 それはわからないのが面倒だが、ライザよりは聞き分けがよさそうだとオーゼンは安堵した。

 

 

 と、急に静かになった。

 見ると、その子は目を閉じて安らかな寝息を立てている。

 完全に、眠ってしまっているようだ。

 

「あれほど騒いでいたのに、一瞬で眠るのか。相変わらず、よく寝る子だね」

 

 とはいえ、下手に起きていられるよりは、寝ていてもらった方が楽だ。少なくとも、生活の準備が整うまでは。

 ここで過ごすのに必要なのは、水と食糧。地上と連絡を取るための電報船の補充。子供用の服も必要であろう。ここには、そんなもの置いていない。あと、考えられるのは……

 

「そういえば、名前が欲しいと言っていたね」

 

 出会って間もない頃。四層でそんな事を言っていたはずだ。

 あの時は地上に放り出して終わりにするつもりだったが、弟子にする以上は、名前ぐらい無いと困る。

 

 オーゼンは考え込んだ。

 彼女は、名前をつけるのが苦手だった。

 発掘者には遺物の命名権があるが、彼女はその権利を行使したことなど無い。

 名前など、分かりやすければ何でもいいではないか?

 使う奴が、勝手に決めればいいというのが彼女の信条だ。

 

 となると今回の場合、一番名前を呼ぶ羽目になるであろうオーゼンが命名すべき、となる。

 面倒だが、しょうがない。

 

 まず、どんな類のものから名前を取るかを考える。

 たしか、この子は空が好きだった。

 二層で夜空についてのウンチクを聞いた時、淀みなく星の名前を読み上げていたし、星も好きなのだろう。

 ならば、その関係の名前がよさそうだ。地上に出られない子に空の名前を付けるなんて皮肉を感じなくもないが、奈落にちなんだ名前を付けるよりはマシだろう。

 

 この子の特徴。それと一致する、空や星の名前。

 怪力。腹ペコ。ふてぶてしい。すぐ眠る。

 

「……すぐ眠る、か」

 

 顎に手をやり、考える。

 思考に引っかかるものがあった。

 そんな呼ばれ方をしていた星があったと記憶している。

 夜明けと夕暮れ、その一瞬しか見ることのできない星。

 滅多に姿を現さない上に、光ったと思ったらすぐ消えてしまう。そんな星の名前。

 たしか──

 

 

「マルルク」

 

 

 明けの明星。夜明けの星。

 数年に一度、日の出前と日没後にしか見ることのできない、黎明の星の名だ。

 宵の明星の名前でもあるし、本来はもっと長ったらしい名前だったような気がするが、まぁどうでもいい。ようは、それっぽい名前を付けられたらいいのだ。

 

 

 もう一度、ベッドに目を向ける。

 健やかな寝顔に少しイラっとするが、まぁ子供はそんなものだろう。そんなことを思いながら、オーゼンはマルルクの頬を引っ張った。タマウガチの針すら噛み砕くくせに、よく伸びる頬だ。ジルオ並によく伸びる。オーゼンがこうして頬を引っ張っても、起きる気配は無い。

 

 引っ張るのも飽きたので手を離し、もう一度顔を見る。

 負の感情が見えぬその顔は、どことなくライザに似ているような気がした。

 

 ライザは今も四層だ。

 いまいましい、芋みたいな顔をしたあいつと一緒に。

 ライザを取られてしまったようで不快ではあったが、彼女が選んだ道も、理解できないわけではない。

 

「……何かを残したいという気持ちは、私にもわかるよ。そうだろう、ライザ?」

 

 オーゼンは呟く。

 誰に聞かせたいわけでもない。ただ、喋りたいだけだ。

 しいて言うならライザ(あのバカ)に聞かせたいが、流石のオーゼンも、四層まで届くほどの大声は出せない。

 だから、いまだ眠るマルルクに対し、オーゼンは語り掛ける。

 

「二千年の揺り籠。終わりは見えている。脆弱な人間に出来る事なんて、ただ祈る事ぐらいのものだろうさ」

 

 祈りなんて、ろくなもんじゃない。自分に期待できないから、他者に請う。オーゼンには、そう思えてならなかった。だが、こうして奇跡を引き当てた事例を見るに、まったくの無駄というわけでもないらしい。

 ならば、少しぐらいは祈ってみるのもいいかもしれない。そう、オーゼンは思った。

 

 強い呪いを引き受けた分だけ、誰かに祝福を与えることができる。古い言い伝えだ。

 オーゼンの解釈では、食われた奴の不幸の分だけ、食った奴に幸福を与えることができる程度の意味合いでしかなかった。夢も希望もない。が、存外この世界には、夢も希望もあるのかもしれない。

 

 オーゼンは、強い呪いを受け続けてきた。存命する白笛の中では一番だろう。

 であるならば。誰かに祝福を与えることだって、できるのかもしれない。

 

「似合わない。似合わないねぇ」

 

 かぶりを振って、余計な考えを頭から追い出す。

 やはり自分にその生き方はできない。

 余計なことをして失敗するのは、もう御免だ。

 だから、見守ってやる程度に留めるのが、一番良い。

 

「見守るぐらいなら、まぁ、やってやるのもいいさ」

 

 どうせ、やることも無い。

 ライザは自分の手から離れつつあるし。この子の行く末に、興味が無いわけでもない。

 この時代の人間なんて、きっと良くない結末を迎えるに違いないが。

 それでもきっと。何かを得ることだって、できるだろうから。

 

「──滅びの決まったこの世界で。君はいったい、何を手にするのかなァ」

 

 願わくば。

 いつか、酒でも飲み交わしながら昔話に興じられるような、そんな時間ぐらいは残しておいて欲しいと。

 オーゼンは、そう思った。

 

 

 

 



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エピローグ

 

 

 今日は天気がいいようです。

 穴の中なのに天気と呼ぶのも妙な気はしますが、わざわざ別の言葉に置き換えるのも面倒なので、いい天気と言わせて頂きます。

 上昇気流が弱いため、巻き上げられる水蒸気や塵が少なく、力場からの光が普段より強く届いています。いつもは湿っている地面(というより、逆さ森の木々)ですが、今日は乾いているため滑りにくく、普段より軽快に進むことができました。

 

「あまり急ぎすぎると転ぶぜ、マルルクちゃん。濡れている場所もあるだろうからな」

「はい、気をつけます」

 

 お散歩についてきてくれた、イェルメさんが注意してくれました。

 彼はお師さまの探掘隊の一員で、シーカーキャンプにいる人たちの中では一番年齢が近いので、よく話をします。

 一緒に散歩に行くのも、一番多いでしょうか?

 大人版の僕を見れるのは散歩の時ぐらいなので、せっかくだから一緒に行きたいんだそうです。

 別に、そこまで珍しいものでもないと思うのですが。

 

 ボクは、人に見られる可能性がある場所に出るときは、姿を変えています。

 二層を出歩いている子供なんて、ホラー以外の何者でもありません。幽霊の噂が立ってしまいます。腕を伸ばしたりなんかするのも、当然御法度です。普通の探掘家のふりをします。普通と探掘家を結びつけるなんて神への冒涜かもしれませんが、とにかくやるのです。

 

 散歩以外でも、月に一度は探掘隊がキャンプを訪れるので、その人たちが滞在している間も大人になっています。

 そう考えると、四分の一ぐらいは大人の姿をしているのではないでしょうか?

 

 面倒なので、大人の姿のままでいいのではとお師さまに提案しましたが「子供は、子供の姿を取るべきだ」と却下されてしまいました。

 なんでも、外見に心が引っ張られるとかなんとか。

 

 なら、お師さまの言動が根暗極まりないのも、その外見に引っ張られているからなのでしょうか。

 だとしたら、説得力が抜群です。

 でも、お師さまが正論を語るとかヘソが茶を沸かすので、なんだか同意しづらいです。

 

「今日は、電報船が見あたらないな」

「そうですね。穏やかな気候なので、墜落していないのかもしれません。無事、一層の上層まで登ってくれるといいんですけど」

 

 ボクたちは、散歩のついでに電報船を拾って飛ばし直しています。

 直接手で持っていった方が確実なのですが、ここから地上に戻る人たちは遺物を山ほど持っているので、運ぶ余裕がないのです。

 確実ではないと言っても、ここから飛ばせば赤笛達の捜索範囲までは届くので、あとは見習いの赤笛達に拾ってもらう運用になっています。

 電報船を拾うと、協会からお金が出ます。

 なんでも、下手な遺物を拾うよりもいい小遣い稼ぎになるのだとか。

 

「にしても、静かすぎねぇか? 鳥の声すら聞こえないぜ」

「言われてみれば、そうですね。なにかあったのでしょうか?」

 

 イェルメさんの言葉に同意します。

 気になるので、調べてみることにしました。

 この辺りを縄張りにしている鳥……ツチバシの巣が近くにあったので、少しだけ意識を同調させます。

 記憶が混線するといけないので、目で見たことを少し覗く程度しかできません。が、それで十分です。

 ツチバシは臆病なわりに野次馬根性が座っていやがるので、なにか変わったことがあったら、ぜったい目視で確認していると思うのです。

 

「ベニクチナワ……?」

 

 やはり、目視していました。

 視界に映ったのは、ベニクチナワです。ヘビのような巨体をくねらせながら、上層まで飛び上がっているようです。どう見ても何かから逃げているようにしか見えないのですが、ベニクチナワが逃げ回る相手なんてどこにも……

 

「……子供、でしょうか?」

 

 よく見ると、ベニクチナワの背中に子供のような人影が見えました。

 しかもその人影は、腕を伸ばしてベニクチナワの体に巻き付け、体を固定しています。

 

 腕が伸びるとは、面妖な。

 妖怪の類でしょうか。

 常識的に考えて、ありえません。

 

 更には、ベニクチナワの尻を叩いて、上に飛ぶよう誘導しているようにも見えます。

 もしかして、ベニクチナワに乗って上層までショートカットしようというのでしょうか?

 とんでもないことをする子供も居たものです。

 アビスで一番の常識人を自称するボクには、考えられない暴挙です。

 きっとボクとは正反対の、粗野で乱暴な性格をした子供だと思います。

 

 

 ボクが見た光景をイェルメさんに語ると、なんだか微妙な表情をされました。

 幽霊でも見たんじゃないの、なんて言い出しそうな雰囲気です。

 失礼な。ボクの、なんだかよくわからない力が信用できないとでも言うのでしょうか。

 

「少なくとも、ベニクチナワが暴れ回っていたのは事実ですよ。そのせいで、この辺りの生き物が隠れてしまったんだと思います」

「なる。静かな理由はそれか……しかし、その子供ってのは何者だ? 滅茶苦茶なことしやがるな」

「ですよねぇ」

 

 異常事態ではあるので、お師さまに報告が必要でしょうか。

 今から知らせても間に合うとは思えませんが、警告はするべきでしょう。

 もしベニクチナワが一層で暴れ回ったらと思うと、ぞっとしません。

 ベニクチナワに乗っていた子供が、きっちり始末を付けてくれることを期待したいです。

 

 

 

 

 散歩から帰ってお師さまに報告を終えると、大事な話があるから後で部屋に来いと言われてしました。

 なんでしょうか。不安です。不吉です。

 ボク、何も悪いことはしていないと思うのですが。

 裸吊りとか、勘弁してほしいです。

 あれ、何の意味があるのでしょう。

 お師さまへの嫌がらせとして、裸吊りされている間はお師さまの姿になるようにしましょうか……いえ、駄目です。絵面がひどすぎます。万死に値しちゃいます。却下です、却下。

 

 

 そんなことを考えていると、時間はあっという間に過ぎてしまいます。

 時間を置いた理由は、地上へ電報船を飛ばすためでしょうから、たいして時間はかかりません。ベニクチナワが一層に上がったと手紙を出すだけです。

 ゆえに、お師さまの部屋にいかねば。

 

 気を紛らわせるために、髪をいじりながらゆっくり歩きます。

 イェルメさんの希望で髪を長くしてみたのですが、けっこう邪魔です。酔っぱらった時のお師さまぐらいうっとおしいです。短い方がいいのでは? イェルメさんの言うことはよくわかりません。明日は短くしようと思います。

 

 

 そんなこんなで、お師さまの部屋に到着しました。

 扉から、謎の重圧感を感じます。

 気分は、さながら魔王の部屋に到着した勇者といった所でしょうか。

 

 扉を開けます。

 そこには魔王がいました。

 魔王は勇者(ボク)の姿を見ると、壁に掛けられていた物をこちらに放って寄越します。

 とっさにキャッチし、恐る恐る目の前にかざしてみました。危険物だと困りますが、どうやら危ない物ではないようです。それは見慣れた物。ここに来る探掘家たちが、身につけているやつです。

 

「……青笛? お師さま、これは?」

「君のだよ。大人の姿ではなく、本来の姿の君の笛だ。十五歳以上という制限はあったけど、私の直弟子ということで、特別に許可がおりたのさ。人前に出る時、いちいち大人の姿を取るのは面倒かろ」

「確かにそうですね。頻繁に姿を変えると、とても疲れます……ずっと、この姿でいいということですか?」

「そうなるね」

「では、お師さまの姿で、代わりに人前に出る仕事も終わりですか?」

「いや、そいつは引き続きやってもらう。私は人前に出るのが嫌いなんだ」

 

 ええ……前言撤回していませんか、これ。

 や、わかっていましたけど。

 

 お師さまは、人前に出るのが大嫌いなのです。

 お師さまの人嫌いは常軌を逸しています。存在自体が常識から逸脱しているので、何をしたって常軌を逸してしまうのは仕方のないことですが、それでも勘弁してほしいというのが正直なところです。

 お師さまの代わりに話をしていた時、油断して流暢に会話してしまい、とても気味悪がられたことがあります。

 普通に会話しただけで、戦々恐々とされるなんて。お師さまは、もう少し自分を省みたほうがいいのではないかと思いました。

 

 

 しかし、青笛ですか。

 青笛と言えば、一人前の探掘家、その代名詞です。

 つまり。

 

「お師さま。お師さまは、ボクが一人前になるまで育ててくれると言っていました。青笛を得たということは、これでボクも一人前なのでしょうか?」

 

 ボクの言葉を聞いたお師さまは、ハッと鼻で笑いました。笑顔が怖いです。お師さまですから。

 

「十年速い。私の弟子なら、黒笛ぐらいはとってみせな。君の素の実力なら、簡単さ」

「そうでしょうか」

 

 黒笛の方々は、皆さんとてもスゴいです。

 あと、とても変わっていらっしゃいます。

 ぼくがその中に入るなんて、想像できません。

 なにしろ、アビス随一の常識人を自称しておりますので。

 

「黒笛になったら、酒を振る舞ってやろう。望むなら、昔の君……あるいは、君の両親について話してやってもいい」

 

 お師さまは、そうおっしゃいました。

 お師さまが昔のことを口にするなんて、滅多にありません。

 だから、結構真剣に話をしているんだろうな、と思います。

 

「……」

 

 お師さまの言葉に、ボクは言葉が出ませんでした。

 

 そんなことを言われると、本当のことが言い辛いです。

 「記憶、とっくに戻ってますけどー」なんて、口が裂けても言えません。

 

 なにしろ、自分自身の体に残った記憶です。読み取るぐらい、わけないです。というか、油断すると勝手に夢に見てしまいます。

 お師さまに拾われてからもう十二年になりますが、三年目には記憶が戻っていました。

 

 ですが、なんだか言いにくいので、いまだに言えていません。

 これは、お師さまのフレンドリーさが足りないことが原因であると思います。

 

 

 なので、これはボクの胸の内に仕舞っておくことにします。

 お酒の力を借りると口が軽くなるという話なので、ボクがお酒を飲めるようになったら、お師さまの恥ずかしいセリフなんかと共に暴露して困らせてやろうかと思います。

 そうしてすっきりしたら、前みたいに自由気ままに話すのもいいかもしれません。自由なのは、少しだけ憧れます。

 

 

 だから、それまでは。

 もう少しだけ、今のままの関係でいようと思いました。

 

 

 

 



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