Breath In Me (赤錆はがね)
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第1章・Break①
恐れることは何もない。
君がもう、私が守らずとも良いほどに、遙か高みまで強くなったからだ。
哀しむことは何もない。
願いも、寂寞も、憎悪も、恩讐の果てに灼き尽くされてしまったからだ。
私を止めるものは、もう何もない。
時は満ちた。
あとはすべてを、壊すだけだ。
「昨日の午後9時頃、××市空座町の西端に位置する県営アパート集合地域において、大規模な火災が発生しました。これによりアパートのC棟、D棟、E棟に住んでいた住民およそ160名が死亡、また行方不明になっています。火元はD棟の駐輪場付近と予想されていますが、原因は未だ不明とのことです。
また今回の火災は、かなり大規模なものであったにも関わらず、隣辺のB棟やF棟に全く火の手が回らなかったことや、多くの被害者の遺体が著しく損壊していたことなど、不可解な点も多く、災害研究者達は『風向きを巧妙に利用した殺人放火なのではないか』などと事件性にも言及しています……」
卍
いつもと変わらない朝だった。
陽を翳らせる雲は一つもなく、初夏の突き抜けるような太陽の日差しが、学校へと吸い込まれていく生徒達を容赦なく照らし出し、うだらせている。
「おぉっはよぉ~、いっちごー!!」
教室のドアを開けると、このクソ暑い日にどういう体構造をしているのか、朝っぱらからテンションだだ上がりの啓吾が飛びついてきた。
「おーっす」
それを軽い手さばきで撃沈してやってから、教室に入る。中には年々厳しくなる夏の暑さにも負けず、もう結構な人数の生徒が居揃っていた。
「おっす水色」
「おはよう、一護」
窓際の机に寄りかかっている水色にも挨拶すると、奴はいつもの女ウケする甘い表情で笑い返して見せた。
「おっす一護! 昨日『逃走中』やってたけどさ、見た? あんた」
「おぉ……いや、見てねえ」
啓吾も負けちゃいねえが、いつきもいつきで元気なもんだ。毎度のように井上に抱きつこうとした本匠を、羽交い締めにしつつ質問してくる。
俺はそれに答えながら、身体をひねって教室の出入り口に目をやった。
間もなくドアをぶち破るようにして教室に入ってくるであろう、クラスメイトのことを思い浮かべながら。
「昨日は伊吹が来たからな」
「おぉーっす!!」
そら来た。
威勢の良い声と共に、だぁん、と言うけたたましいドアの音が耳に飛び込んでくる。鬱陶しい暑さをさらに増長させるような音に、深くため息をついた。
ったく、どいつもこいつも朝っぱらからやかましいことだ。
特にコイツは。
「っあーーーっついなぁ、今日も!! お、おっす啓吾、水色!!」
「おおっす、伊吹!」
「おはよう」
そいつはタオルを首に巻き、男のようながさつな仕草で啓吾と水色に手を振りながら、教室に入ってくる。
奴は俺の同級生――白銀伊吹だ。
数年前、私が夢小説にハマった頃から温めていた物語です。
まだ詰めが甘い部分もありますが、頑張って書いていこうと思います。
よろしくお願いします!
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第1章・Break②
黒い髪は直毛でさらさらしていて、小顔で垂れ目で大層な美人だ。体つきもほっそりしていながらなかなかの魅惑的なラインを描いているし、黙って大人しくしていればあっという間に男どもが寄り集まってくるだろう。
深窓の令嬢という言葉がぴったりな淑やかな美貌はしかし、運動部の男子にすら引けを取らない男勝りな性格のせいですべて台無しになっている。おかげで男子人気は思わしくないが、女子人気は凄まじく熱狂的なのだとか。
まあ、悪いヤツではない。友人として付き合うにはそれで十分だ。
「あー、今日マジで暑い死ぬわ。どっちかさぁ、お茶持ってない? 今日忘れちゃったからさ、ちょっと分けて」
自分の席にどっかと座り、スカートの端を掴んでばたばたと風を起こしている様は、やっぱりがさつというほかない。
「あ、俺持ってきてるぜ! ……え、でもちょっと待って、これ伊吹が飲んじゃうと間接キ」
だごん、と鈍い音がしたが、あれは打撲音か。悪ノリする啓吾は正直ウザいし俺も軽くあしらうことはあるが、それにしたって伊吹の応酬は酷い。残酷とすら言える。何せ、こいつは2年生ながら、空座第一高等学校剣道部の最強剣士で、その運動能力はいつきにも引けを取らないのだから。
「なぁにが間接キスだ、ボケ。口つけて飲むわけないだろ。何を期待してんだお前は」
「す、すんませ……」
床に這い蹲りつつ謝る啓吾の声は、痛みをこらえていかにも苦しげだ。
まったく容赦ねえな、と他人事のように思いつつそちらを見やる。汗の滲んだ顔に髪の毛を貼り付かせて笑う様は、まさに華の高校生と言うにふさわしい光景だ。
と、次の瞬間、伊吹の大きな瞳がくるりとこちらを向いて、目が合った。
「お! おっはよう一護!」
「おーっす」
「昨日はありがとな。まぁた夕飯ごちそうになっちゃってさ!」
人なつこい笑みを浮かべた伊吹が、机をがたがたとかき分けて俺の席の方にやってくる。
「ああ、気にすんな気にすんな。お前が来ると遊子も夏梨も喜ぶし」
「そう? じゃあまたお邪魔しちゃおっかな~」
伊吹は両親がおらず、遠い親戚と一緒にアパートに住んでいる。その親戚の主な仕事が、まあいわゆる夜のお仕事だもんで、ご相伴に預かろうとしばしば俺の家に上がり込んでくるというわけだ。オヤジは伊吹のさっぱりした性格を気に入ってるし、遊子も夏梨もよく懐いているので、特に断る理由もない。
「なぁに? 伊吹、また一護ん家で飯くったの?」
と突然、ひょこ、と伊吹の肩から手が伸びてきて、伊吹に寄りかかりながらいつきが顔を出した。
「あっやしいな~。あんたら、もしかして付き合ってんじゃないの?」
「あっはは、まさか! 一護とか私のタイプから外れすぎて、たわしどころかスタジオのセットに名前すら残せないよ」
「……東京フレンドパークかよ」
からからと笑う伊吹に、俺はため息混じりに突っ込みを入れる。心配しなくとも伊吹の好みが俺のような人間じゃないことは知っているし、俺だって伊吹みたいな女はタイプじゃない。……女のタイプとか、あんまり気にしたことはないが。
「ま、そういうことだから心配要らないぞ! 織姫!」
「え!? な、何で私!?」
いつきの傍にいた井上が、いきなり伊吹に肩を叩かれ驚いている。つか、何だよ伊吹のヤツ。思いっきりにやつきやがって・・・まあ、あいつがへらへらしてんのはいつものことだけど。
うざったいほど明るいヤツだが、まあ啓吾に比べりゃマシな方だし、空気が読めないわけでもない。うちに来るのも日常茶飯事で、家族が喜ぶのは本当だし、鬱陶しくも何ともなかったんだが……最近は少々事情が変わった。
それと言うのも――……。
「あ、朽木さん! おっはよ!」
井上が何かに気づいたように俺の背後に目をやり、にこりと笑って手を振った。
「あら皆さん。ご機嫌麗しゅう」
……こいつが俺の押し入れに住み着いているのだと言うことを、知られたらエラいことになるからだ。
ひきつりそうになる表情を無理矢理引き締めて振り返ると、案の定、ピンと特徴的に外側に跳ねた黒い髪の女が、輝かしいばかりの笑顔と寒気がするような猫なで声で井上に挨拶を返してきた。いつの時代の真似事か、両手で恭しくスカートの裾なんぞつまみ上げて。
奴の名は朽木ルキア。
現在、力のほとんどを失ってその役目を果たせずにいる――死神だ。
夢主ちゃん登場です。
破滅的で、皮肉屋で、甘えん坊で、優しい子です。
どうぞ末永く見守っていただければ幸いです。
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第1章・Break③
不運、と言えばそれまでかも知れない。
視える・聴こえる・触れる・喋れる・憑かれる……と、ご丁寧に5拍子揃った超A級霊媒体質のおかげで、虚とかいう化けモンに家族諸共狙われ、この女死神に命を救われた。そして、俺に死神の力を譲渡したせいで元いた世界に帰れなくなったこいつの代わりに、俺が「死神代行」として仕事を手伝ってやっている、と言うわけだ。
まったく、霊を呼び寄せる力はあっても面倒事を呼び寄せる力はなかったはずだが……いや、もう良い。今更どんな文句を垂れたって、起こっていることが変わるわけじゃねえんだ。
それに、だいぶ死神の仕事にも慣れてきた今では、最初は不運としか思えなかったこの境遇に、ちっとばかし感謝してる面もある。
何と言っても、死神の姿なら、霊力の高い俺を狙ってやってくる虚たちから、家族を守ることができるんだから。
「む」
放課後。グラウンドでは、部活の準備をする生徒たちが忙しそうに動き回っている。ほとんど人気のなくなった教室で帰り支度をしていると、傍にいたルキアが唐突に呻いた。
「反応があったぞ、一護。2丁目のあたりだ」
「はいはいーっと」
虚の出現頻度というのは、本当に間断がない。一日中虚の反応がなかった、なんてのはかなり稀で、平均で言うと一日1、2体、多いときには4、5体倒すなんて言うのもザラだ。まあ日本だけでも一日三千人以上が死んでるわけだから、別段おかしくない数だ。魂を導く死神なんていう役職があるのも頷ける。
でも、どういうわけかここ最近、その虚の出現頻度が下がってきているようにも思える。一週間くらい前から三日前までは一日1体、昨日に至っては一度も虚の反応が出ていない。
――気にしすぎか……。
疑問を振り払い、小走りで教室の出入り口に向かう。けれどルキアが付いてきていないことに気づき、ドアに手をかけて立ち止まった。ルキアはまだ俺の机の前に立っている。
軽く握り込んだ手の人差し指を唇に押し当て、目を伏せているーー何かを深く考え込んでいるような重々しい表情だ。
「おい、どうしたよルキア。虚のところに行くんだろ」
「ああ……だが……一護」
手を唇から離し、ルキアは視線は合わさず顔だけこちらに向けた。背中に眩しいほどの夕日を浴び、学校で黒く淀んでいる奴の顔はひどく憔悴しているように見える。
出逢ってから十数日か、それ以上か。ルキアは時折、こうして深海に沈むような暗い面もちで考え込むことがあった。自分の住んでいる尸魂界とやらに帰れないんで、ホームシックにでもなっているんだろうか。いつもは早くしろだののろまだのとさんざん文句を言ってけしかけるくせに。
囁くように名前を呼ばれて、頭をがしがしとひっかき回しながら返事をする。
「何だよ」
「……いや。やはり、何でもない……行こうか」
「おう」
ルキアは自らに言い聞かせるように首を振り、ふっと淡く笑むと、小走りでドアの方に駆けてきた。俺はその姿をちらりと視界の隅で見やってから、教室を出た。
ったく、死神ってのは意外と悠長なもんだな。人の魂を喰らう化け物が出たってのに、のんびりとセンチメンタルな気分に浸る余裕があるとは。
ん? 死神ってセンチメンタルな気分になる事ってあるのか?
外見を華麗に裏切ってかなり長いこと生きてるらしいし、色々と悟ってるだろうから、感傷に浸ることも多い、のか……?
ま、いいか。そんなことより退治だ。虚退治。
――崩れ去るのはいつも唐突だ。げんにルキアがやってきてから、ずっと続いていくはずだった俺の平凡な日常は、かくももろく崩れていったわけで。
だから、思いもしなかったんだ。
あいつの秘密を、あいつがずっと隠していたものを、こんなふうに知ることになるなんて。
「ある事」で思い悩んでいるルキア。
真相はまた近いうちに分かります。
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間章・Not To Remain Children
「まったく、こんなところに空になった肉体を置いていくなんて、不用心だなぁ」
開け放たれた保健室の窓から、グラウンドの乾いた土の匂いをはらんだ風が吹き込んでくる。それに応じて、ばたばたと帆のようにふくらむ白いカーテンは、西日を浴びて目にいたいほど眩しく輝いていた。
そして、その窓の桟に、片膝を立てて腰掛けている者がいる。
太陽に背を向けるようにして座っているので、顔は影になっていてよく分からない。しかし日射しに照らし出されている身体の線の細さや、緩く一つにまとめた銀色の髪の毛から、女だと言うことだけはすぐに分かる。
彼女は、窓際のベッドに呼吸もせずに横たわっている少年の、地毛とは思えないほど派手な色をした髪の毛を愛おしそうに指で梳きながら、再び口を開いた。
「ま、そういうお馬鹿さんなところが、あいつの長所でもあるんだけどな」
「それお前、絶対ほめてねえぞ」
彼女の言葉に口を挟んだのは、包帯や消毒液などが保管された棚に寄りかかっている男だった。彼がほんの少し身じろぎする度に鳴る、チリ、という音は、耳に付いている十字架の形をしたピアスが揺れる音だ。
「失敬な。ほめてるよ、ちゃんと」
「どっちでも良い。ま、不用心なのは確かだけどな。死神始めて間もないっつっても、ちょいと危なっかしすぎやしねえか?」
「うん」
男の言葉に、女の方が頷いた。その間にも彼女の指は、ぴくりともせずにベッドに倒れている少年の髪の毛に、額に、頬に、触れていく。その手つきは優しく、眠っている赤ん坊に母親がしてやるそれとよく似ていた。
彼女は思う。
これで本当に良いのだろうか。私は選択を誤ってはいないだろうか。
けれど、そんな詮無い思いは即座に頭から消し去る。
躊躇いは決断力を鈍らせるだけだ。それに、今さら何を思ったとしても、もう何もかもが遅すぎる。
選択を誤ってはいないか? 我ながら馬鹿な事を言う。
選択なんて、とっくの昔に間違ってしまったじゃないか。間違ったからこんな、こんなところまで流れ着いてしまったんじゃないか。
「……だからだよ」
「……ほんとに良いのか」
「何度も聞くな」
男の暗に窺うような質問に答えた女の声は、頑とした鋼のごとき意志をはらんでいた。
彼女の影になった顔の上で、血のようにどす赤い隻眼が妖しい輝きを放つ。
「私の意志は変わらない。決めたんだから、もう迷うこともない。そう言ったし、あんたはそれを認めてくれたじゃないか」
「……そうだったな」
男は顔を上向け、保健室の天井に声を放った。その声には、諦めのような、哀れみのような、ともかくも酷く悲しげな何かが混在し、それを聞いた女は銀色の睫毛をただただ伏せることしかできなかった。
彼女はその「何か」が何なのかよく分かっていた。
彼が今まで、どれだけ自分に尽くしてくれたか、それを考えると胸を痛めずにはいられない。彼がいなければ自分は今まで生きていくことすらできなかったのだ。それは海よりも深く理解している。
でも、それでも。
私はこの刀を、いつまでも鞘に納めたままではいられない。
かつて多くの血を吸ったこの刀が、数多の犠牲の上に立つこの肉体が、魂が、平和な日常に溺れて錆びついていく。それが私は耐えられない。
「行くよ。桜牙」
「ああ」
男が返事をするのを聞くと、女は名残惜しそうに少年の暖かな色をした髪の毛から指を離した。
「今、行くからな――一護」
そう彼女がつぶやいた次の瞬間――保健室から、二人の姿が忽然と消えた。
風に煽られてばたばたとはためくカーテンの隙間から、学校のグラウンドが見える。そこには数秒前まで室内にいたはずの彼らが、もう豆粒のようにしか見えないほど遠いところを歩いている姿があった。眩いばかりの銀髪を携えた少女が歩いているというのに、グラウンドを忙しなく走ったり横切ったりしている生徒たちは、誰一人として彼女に目をとめない。まるで、最初から彼女の姿がその視界に映っていないかのように。
素通りしていく生徒たちに、彼女もまた、いちいち目をとめるようなことはしない。見つめているのは前だけだ。前だけを見、強い足取りで進んでいく。
彼女は思う。
どうしてこんな事になってしまったんだろう。
私はどうすれば良かったんだろう。
その根元を、始まりの日を思うたび、怨恨の情は萎えることなく胸の底から吹き上がり、この身体を幾度となく燃え上がらせる。
でも、私はどこかで知っている。
この先には何もないのだと。あるのはただ、底のない真っ暗な穴だけだと。
――けれど、それでも、立ち止まることはできないと知っているから。
「暑いね、桜牙」
「……ああ」
彼女は空を見上げた。
夕陽を抱いて、憎々しいほど美しい虹色をした空が、夏のうねるような熱気の中で超然と輝いていた。
果たして、この女と男の正体は……。
色々と考えているネタがあるので、少しずつ見せていけたらなと思います。
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第2章・Reunion①
ドガァン!!
「一護!!」
身体が家屋の塀にぶち当たる強烈な衝撃と共に、ルキアの悲鳴にも似た声が耳に届いた。その声に遠のきかけた意識を無理矢理引き戻し、ヒビが入るほど深くめり込んだ身体を塀から引き剥がす。
「く……っそ」
全身を襲う、頭のくらくらするような激しい鈍痛に思わず悪態をつくと、咥内にうっすら血の味が滲んだ。
ほんと、憎まれ口の一つでも叩かなきゃやってらんねえ。
こちとら最近、虚の出現頻度が減ったもんで、地味に身体が鈍ってるっつうのに。
「何なんだよ、こいつは……!」
今、住宅街を走る一般道路で俺が相対しているのは、まさしく化け物と呼ぶにふさわしい出で立ちをした虚だった。
今まで倒してきた虚は何というか、魚やらトカゲやらの動物の骨格だけを抜き、それを大きくしてちょっとばかし凶暴な感じに仕立て上げた、というような容姿をしていた。けど今回遭遇したこいつは、何と言ってもでかさが半端ない。胴体は何かの塔のように太く、その両脇についている腕もバカみたいに筋骨隆々としていて、思い切り斬りつけても傷をつけることすらままならない。二十分くらい前から戦っているが、形勢は相子どころか徐々に追いつめられつつあるという散々な有様だった。
(突然こんなのが現れるなんて、反則だろ!)
『キヒ……キヒヒ……どうした死神、もう降参か?』
「ヘッ……誰が……」
心の声とは裏腹に強がってはみたが、正直なところ立っているのがやっとだ。さっき吹っ飛ばされたせいで額を切ったらしく、視界の半分が赤く濁っている。いや、それだけじゃない。既に全身の至る所に切り傷や打撲を負っており、その状態で身体を酷使したせいで、手足がぎしぎしと軋んで動くこともままならなくなっていた。
痛い。全身の傷という傷が夏の熱気に晒され、腐り落ちていくような感覚がする。
『ヒヒ、全くもって浅知恵だな死神。お前ごときの力量では私に勝つことなどできないと、少し考えれば分かることだろうに……』
ばかでかい口が糸を引いて開き、おぞましいほどの低い声が流れ出てくる。と不意に、仮面の穴の奥で光りながら虚の目が、ぎょろりと別の方向を向いた。
その視線の先には、険しい表情で左手の中指と人差し指を虚に差し向けたルキア。
「破道の三十一、しゃ……」
おそらくは、虚の関心が俺に向いている間に、死神がよく使うという鬼道とやらを奴にぶりかまそうとしたんだろう。だけど、そのための呪詛を最後まで唱えることはかなわなかった。
バキィッ!!
狭い道路だと言うのにお構いなしに振るわれた虚の右腕が、ルキアの身体を正面から叩き飛ばした。めき、と言う嫌な音と共に、力の抜けたルキアの身体がアスファルトを勢いよく滑走していく。俺はたまらず叫んだ。
「ルキア!!」
『今の話が聞こえなかったのか? 小娘』
虚が問う。しかし、煙が上がるほど激しく地面を滑らされたルキアは、今の一瞬でもう傷だらけだ。息を荒げ地面から少しだけ頭を持ち上げることくらいしかできなかった。
『もう一度言うぞ。お前たちでは私には勝てぬ』
ぶお、と音を立てて振り上げられた丸太のような腕が、横たわったルキアの身体の上に影を作る。
「やめろ!!」
あんな馬鹿でかい物が振り下ろされたら……そう思うとざっと血の気が引き、悲鳴を上げる身体にむち打って駆けだした。ルキアを庇うように正面に立ち、刀を構える。けれど、それは所詮形だけの行為だった。痛みと疲労に腕が震えて、刀を取り落とさないようにするのが精一杯だ。
『まだ刃向かうか? 勇敢を通り越していささか無謀だぞ、死神』
「うるせえ……!」
虚の勝ち誇ったような言葉に、苦し紛れに悪態をつく。けど、正直あんな塔みたいな腕を、この細っこい刀で受け止められる自信なんてほとんどなかった。
けど、そんなことをいちいち気にしてる暇なんてねえ。
自信が何だ。そんなもんなくても、止めるもんは止めるんだ!
『キヒヒヒヒ、仕舞いだ死神! ……安心せい。殺した後はその身体、余さず綺麗に喰ろうてやるわ!!』
虚の腕が周りの空気を轟音と共に巻き込みながら、鋭く振り下ろされる。ルキアのよせ、逃げろ、と言う切羽詰まった声が聞こえた気がしたが、無視した。左足を引き、下半身を安定させて、刀身を両手で支えるようにして前に突き出す。
止めてやる。不安と恐怖を精一杯に押し殺して、そう覚悟していた。
――が、結局、虚の腕が俺の身体を粉微塵にすることも、俺の刀が見事虚の腕を受け止めきることもなかった。
「綻術、鉄の段、二の糸『鉄征』」
あ~ストックが足りないんじゃあ~!!(悲鳴)
それはそれとして、次回から夢主本格的に登場します。
バトルシーンは結構うまく書けたんじゃないかと思う(自画自賛)
次回の更新もお楽しみに!
Reunion 意味:再会
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第2章・Reunion②
突如、唄うように滑らかな女の声が聞こえたかと思うと、眼前が眩しく光って思わず目をつむった。そのすぐ後にごぉん、と言う地響きのような音が重なり、我に返って目を開く。
視界に飛び込んできたのは、手を少し伸ばせば届きなそうなほどの至近距離まで振り切られた虚の腕と、それから俺とルキアを守るようにして円状に張られた、銀色の膜。そしてその膜が、凄まじいスピードで振り下ろされたはずの虚の豪腕をやすやすと受け止めている光景だった。
「な……何だこれは!」
突然現れた邪魔者に、虚がうろたえながら振り下ろした腕を退く。すると、まるで役目は終えたとばかりに、俺たちを守ってくれた膜が宙に溶けて消えていった。
呆然としていた。俺もルキアも。何が起こったのか理解できなくて。
しかし、虚は俺たちが今の膜を出して、自分たちの身を守ったのだと思ったらしい。苛立たしそうに太い腕を振り回しながら毒づいた。
「まだそんな妙な技を隠しておったか! 全く小賢しい――」
「違うよ」
突如、さっき聞こえたのと同じ女の声が、頭上から降ってきた。虚がはっとした様子で、背後にあった電柱を見上げる。
そこには人がいた。高い電柱の上に、器用に両足を乗せて立っている。
目が、勝手に見開かれた。
「あいつは……」
瞬間、とある記憶が瞬間的に脳裏に閃いた。
俺はそいつを知っていた。
白い死覇装に赤い腰帯。
月の光をこぼしたような銀髪。
鮮血をこぼしたような赤い右眼。
夕陽を浴びて眩しいほどに輝く、乳白色の左眼。
そして――胸の中心に無造作にぶら下がった、一連の銀鎖。
(逃げて!! 早く!!)
あの射抜くような眼光と、鈴の音のように凛とした声は忘れようもない。
どうして? なぜあいつがここにいる?
あれは確かに、あの時の――。
「今の技を使ったのはその子たちじゃない。私だよ」
「何だと……いったい何者だ貴様は!!」
虚はもう少しで俺とルキアを捻り潰せるところだったのを、横から邪魔されて憤懣やるかたない様子だ。今にも女に飛びかかっていきそうな勢いで怒鳴りつける。しかし、当の女は余裕綽々とした微笑を少しも揺るがすことなく、代わりに大仰な仕草で肩をすくめてみせた。
「教える義理なんてないね。良いから早くそこからどいてもらおうか」
「何だと!?」
「理解が遅いなぁ。死にたくなきゃ、さっさとその子たちから離れろって言ってんだよ」
脅迫するような口調とは裏腹に、女は笑っていた。愉悦と痛快を含んで歪むように浮かべられた笑顔。俺はその奥に、抑え込まれているのが不思議なほど激しく燃え狂う黒い感情を見た。表情も仕草も、波立たない水面のように落ち着き払っているというのに、それは蛇のように猛然とのたうち回り、すべてを咬み殺さんと粘ついた殺気を放っている。
全身が粟だった。何が分からなくとも、あの女の中に凄まじい怨恨の情があることは明らかだった。
夢主登場……?第1話で出てきた夢主とどう関係があるかは次回以降で。
白髪に白目赤目のオッドアイとか性癖でしかないです。他ジャンルの夢小説の中にも同じような容姿のキャラクターを出していますので、そちらと合わせて見るのも面白いかも。
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第2章・Reunion③
『フヒ……ヒヒヒヒヒヒ! 言葉は選んで話せよ、小娘!! 死にたくなければ、だと? つまりそれは、私を殺せると思うての妄言か!!』
女の挑発的な態度に、虚もまた笑い声混じりに答えた。虚の発する一言一言が地面を振動させるほどの大音量で、頭蓋の中までがんがんと響いてくる。
そして、振り上げた。
先ほどから俺を、そしてルキアを、紙切れのように易々と殴り吹き飛ばしている巨大な腕を。
『良かろう……その哀れなほどの無謀さ、私は買ったぞ。それにどうやら、お前の霊体はなかなか美味そうだ』
虚の顔全体を覆う白い仮面に、穿たれた二つの穴から覗く虚ろな双眸が、ひゅ、と三日月型に反った。そうしている間も女の方はまったく反応する気配がない。まるで家の窓から近隣の何気ない日常風景を、何となく眺めているかのような静かな表情を浮かべている。虚の腕が、周辺の空気を渦巻かせながら、見上げれば視界が覆い尽くされてしまうほど近くで振り上げられているというのに。
『あそこに転がっている死神どもは後回しだ。まずはお前から喰ろうてやろう……その驕りに溺れたまま、私のこの強靱な腕に砕き潰されるが良い!!』
ごお、と唸るほど風をかき乱して、虚が腕を振り下ろす。それでも慌てた様子を見せず、刀を抜くことすらしないで平然と構えている女に、俺はわけが分からなくなって叫んだ。
「やめろ!!」
「! 一護!!」
ルキアの咎めるような声を背中に駆け出す。
間に合うか。いや、熟考するまでもない。無理だ。まだかろうじて虚の腕は振り下ろされ切っていないが、数瞬後には間違いなくその大岩のような拳が、電柱とともに女を砕き潰してしまうだろう。それに、あの高くて細い電柱をどうやって登る? 無理を承知で垂直に登っていくか、それとも抱きついて登るか? 分からない。分からなくてもとにかく走るんだ。無理だろうが何だろうが、人が殺されそうなのを黙って見ていられるほど、俺の精神は強くできちゃいない。
けれどそんな、誰も救えない惨めで独りよがりな考えは、全部杞憂に終わった。
俺が電柱の根本までたどり着いた瞬間、そして同時に虚の腕が女の身体と接触しそうになった刹那、女は、ようやく腰に提げてあった刀の柄に手をかけたのだ。
「――腕だって?」
それは、まさに一瞬のことだった。いや、一瞬という言葉さえその状況には短すぎる表現かも知れない。
抜いた瞬間が、分からなかった。いや、それどころか斬る瞬間すら捉えられなかった。ただ女の胸にぶら下がった鎖の音だろうか、しゃん、と金属の音が聞こえ、気がつくと女は電柱から地面の方へ降りてきて、道路の上に片膝をついて身を丸めていた。それはまるで、ワープとかいう映画やアニメでしか見ないような移動方法を用いたかのように。
つまりは、何が起きたのか、分からなかった。
それはおそらく虚も同じだろう。判断もつかないままに振り下ろしてしまった腕は、轟音とともに電柱のみを打ち砕いて地面に着地した。同時に始まったのは、大規模な地震でも起こったかのような激しい地面の揺れと、粉々になった電柱の瓦礫の落下。頭に当たったら即あの世行きになりそうなほど瓦礫がおびただしい数落ちてくるし、電柱が壊れたせいでちぎれた何本もの電線が、白い糸のような電流を宙に放ちつつ蛇のようにのたうって暴れ始めるしで、ちょうど電柱の根本のところにいた俺はその場から動くことさえままならなくなってしまった。
女は地面に着地した姿勢のまま固まっている。右手に引き抜かれた刀を、身体の左に引き寄せるような状態で握っている。
そしてその刀は、血に濡れていた。滴る血滴が、アスファルトの地面に鮮やかな赤い染みを作っていた。
間が空いちゃってすみません。最新話更新。
中々進展がなくて草(白目)
……文量多いのに展開遅いのはうp主の特性なのでご容赦を。
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第2章・Reunion④
女が口を開く。
「あんたの腕っていうのは、この……」
瞬間、弾けた。
虚の、振り下ろされて、土煙を上げながら地面に突き刺さっていた腕が、文字通り弾けたのだ。その恐ろしいほど肉厚な皮膚に、いつの間にやら刻まれていた無数の刀傷から、面白いように大量の血液が噴き出した。それと同時に傷口が開き、左右からハサミで無茶苦茶に切られた輸血袋のように、血を振りまきながら虚の腕が崩れていく。
「肉の塊のことか?」
すっくと立ち上がった女に降り注ぐのは、にわか雨のような激しい血しぶきと、身の毛もよだつような悲鳴。
『いやああああああぎゃあああああああぁぁぁぁぁ……!!!』
地響きを上げて崩れ落ちていく自らの腕を目の当たりにしながら、虚は激痛と恐怖と屈辱とで断末魔のような叫び声を上げた。無理もない。刀であんな風に細切りにされてしまったら、痛みのあまり悶絶してしまうのは仕方ないことだろう。さっきまで殺されそうになっていたというのに、俺は虚に同情していた。それほど容赦のない、余念のない、残酷なまでに緻密な斬撃だった。
いったい――いったい何なんだ、あの女は。
初めてあいつに会ったときは、あんなに馬鹿みたいに強くなかった。刀の柄に手をかけて。抜いた、と思ったら、もうそこにはいなくて。例えなどではなく、本当に瞬きするかしないかの間に、あいつは虚のあの巨大な腕を斬り刻んでみせたのだ・・・何て規格外の強さだろう。
感嘆。驚愕。恐怖。突如現れた女に対し抱くこの感情は、そのすべてに一致するような気もしたし、またどれも違う気がした。
でも、まさか、それ以上に、懐かしい――なんて。
刀を血ぶるいする手慣れた仕草。白い前髪が垂れて隠れている横顔。紅い血の斑点に汚された白い死覇装。
強烈な既視感で胸の奥が刺されたように痛い。俺はあいつを知っている。頭で思うよりも先に身体が、駆け抜ける痛みが、それを訴えかけてくる。
『おおぉ……お、おのれ、おのれおのれおのれ!! こ、小娘の分際で、よくも、よくも、私の腕をおおおおおぉぉぉぉ!!!』
烈火の如く怒り狂い、残った片方の腕を振り回す虚。しかし女は飄々とした仕草で振り返り、肩をすくめながら言った。
「だから忠告してやったじゃないか。大人しく従ってれば斬らずにいてやったのに。まあ、呪うなら相手の力量を正しくはかれない、自分の浅はかさを呪うんだな」
『黙れぇ!! 死神の分際で粋がりおってええ……!! 今度こそ捻り潰してやる!!』
女の更なる挑発に、怒りを増大させた虚は残った左腕を振り上げた。今度は平手だ。ごお、と大気がうねって、先ほどより何倍も大きな影が女の身体を覆い尽くす。
「……分かんない奴だなぁ」
女は呆れたようにため息混じりに呟くと、再び刀の柄を握った右手に力を込めた。そのまま刀を左肩の上まで振り上げ、スナップを利かせて一気に右下へ振り下ろす。振り慣れているのだろう、びゅっ、と空気を裂く清廉な音が四方に響いた。
それが合図だったんだろうか。
瞬間、今までどことなく骨の抜けた不真面目な雰囲気をしていた双眸に、強い意志の光が灯ったように見えた。
「――薙ぎ裂け、裂破(れっぱ)」
や~っと斬魄刀のお目見えです~!!
最終更新から時間経ちすぎててドン引き(自虐)
この子の斬魄刀の解号や名前はかなり前から決めてました。それこそ何年も前に。
色々事情のある刀で今後の展開に大いに関わってきます。以後お見知りおきを!
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第2章・Reunion⑤
人を刺し貫くような、鋭い声が紡がれる。その瞬間、刀が女に握られている部分から急激に変化し始めたのだ。
簡素な黒っぽい柄とよく研がれた刃で構成されていた刀が、ぞぞぞと毛虫が這うような妙な音を立てて、白銀色で塗り潰されていく。柄には紅い瞳をした龍の装飾が施され、刀身は細くなり、反りも小さくなった。
一瞬にしてがらりと姿を変えたその刀は、先ほどまでの変哲のない刀とはまるで違い、まだうまく霊圧を感知する能力を身につけていない俺にも、はっきりと感じ取れるほど強い霊力を放っていた。
(間違いねえ……この感覚、斬魄刀……!)
「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっ!!!」
「――ふッ」
女がただの刀を斬魄刀に変え終わった瞬間、両者は激突した。虚は渾身の力を込めて平手にした左手を振り下ろし、女は鋭く片足を踏み出して刀を振るう。
勝負は一瞬だった。
ぶしゅぶしゅっ、という、柔らかいものを斬り刻むおぞましい音が響いたかと思うと、今にも振り下ろされようとしていた虚の腕が空中で静止した。女の方はほとんど動いていない。片足を踏み出した方向に1メートルほど移動しただけだ。それもやはり一瞬のことで、動くのを視認することはままならなかったが。
女の刀が血で濡れている。刃先からぼたぼたと滴る赤。虚の血だ。
ぶしゃあ、と噴水が上がるような音が幾つも重なって、虚の身体という身体から大量の血液がしぶいた。虚ろな目すら光をなくし、力なく道路に倒れ伏す虚の姿を背後に、女は何食わぬ顔で再び血ぶるいをする。
「……前が勘違いしてたことが二つある。一つは、自分と相手の力量差。霊圧の高い死神を見つけて気が大きくなってたのか……すぐに霊圧を感知して逃げていれば、命だけは助かったかも知れないのにな。そしてもう一つは――」
ぱき、とプラスチックをおるような音とともに、白銀の刀がもとの姿に戻り始めた。剥がれるようにして散っていく白銀色の光が、夏の夕陽を受けて眩く輝きながら、女の顔のすぐ傍を通り過ぎていった。
「私は死神じゃない」
ぞわあ、と空間から掻き消されるようにして、倒れ伏した虚が消えていく。それに一瞥をくれることさえせず、女は元の黒っぽい刀に戻った得物を鞘に収めた。
そして、おもむろにこちらに向かって歩いてくる。破壊された家屋の塀の傍で、いつの間にやらへたり込んでしまった俺の方に。
「久しぶり……とは言っても、もう覚えてはいないかも知れないね」
そう呟くように言って微笑む女の顔は、ひどく淡くて哀しい色を帯びていた。溢れ零れ出そうな感情をこらえるようにして、腰に提げた刀の柄と鞘を片手でぎゅっと握り込んでいる。
そしてそれは、大きな既視感を持って俺の目を釘付けにするのだ。
……いや、違う。馬鹿だ。これは既視感なんてものじゃない。
俺はこいつのことを見ていた。毎日毎日、欠かさずに。
もしかすると俺は、何となく気づいていたのかも知れない。
いや、間違いなく気づいていた。それがこんな形で突きつけられるとは思っていなかっただけで。
大人びた淑やかな外見を、がらりと裏切る大雑把な性格。違和、とも呼べない違和。今までのことを振り返って、そのときの感覚を呼び起こして、ああ、あれがそうだったのかと、愕然とした思いが広がっていく。目の前に立っているだけのこの女が、その姿一つで、今まで知らずにいた様々のことを俺に思い知らせていく。
「なあ――分かるか? 私のこと」
「お前……」
まさか、とは思う。何より突然だし、その思いは拭い去れない。けれど同時に、見当はもう、嫌気がさすほどはっきりと、ついてしまっていた。
「伊吹……か……?」
答えたその声は、情けないほどか細く震えていた。弱々しく宙に放たれたその答えを、こちらを見下ろしながら聞いた女は、けれど、何故だかまったく嬉しそうではない。違ったのか。いや、そんなはずはない。
伊吹だ。この女は間違いなく、伊吹だ。
驚愕の事実!!(そうでもない
顔も服装も目の色も髪の色も違うのに、一護はなぜ伊吹だと分かったのか?
その辺のことはまた次回以降明らかになると思います~。
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第2章・Reunion⑥
見た目は、普段とはまったく違う。着ているものや髪の色、色違いの瞳はもちろんだが、顔立ちや身長までいつもとは違っている。普段は柔らかく女性らしい線を描く輪郭はやや引き締まり、おおらかな表情を形作る大きな口も、今は少し小さめであまり笑うのが得意そうな感じではない。身長はいつもよりやや低めだ。元々女性としてはかなり高身長だったから、低くなってもまだ高い方ではあるが。
何より、目だ。いつもは垂れ目でおっとりとしている瞳が、肉食獣のように鋭くつり上がって、顔全体に刃のような鋭利で清廉とした印象を与えている。
つまり別人だ。一つ一つの違いは本当に少しずつで、もしいつもの伊吹と今目の前にいる伊吹が並んで立ったら、たぶんかなり似てはいるだろう。
それは、そう、まるで、姉妹のように。
けど同じではない。決定的に違う。それなのに俺は、その女が伊吹だということが分かる。確信している。理由は分からない。分からないがただ、どちらが本物の伊吹かと問われたら、俺は寸分の躊躇もなく今目の前にいるこの女の方だと答えるだろう。あいつのあの、男勝りで大雑把で、変なところで堅気な性格は、普段のいかにも女らしい出で立ちよりも、今のこの少年のような凛とした容姿の方がしっくりきている。
形の合わないピースを無理矢理はめ込んでいたところに、ようやくぴったりくるものが見つかったというような感覚。それはあまりに鮮烈すぎて、俺はやっと出会えた、とすら思い始めている。間違いない。これが伊吹の本当の姿なのだ。
「分かってくれたみたいだね」
女――白銀伊吹は、泣き出してしまいそうな顔で淡く微笑み、ちょっとだけ肩をすくめた。それは伊吹がよく、何かを誤魔化そうとするときにする表情と仕草だった。
「私は今まで、ずっと騙してたんだ。あんたのことも、他の奴のことも」
騙す。
言葉の意味を反芻する。俺は何を偽られてたっていうんだろう。何となく見当がつきそうになっているのが恐ろしくて、こめかみの辺りがぞわぞわとした。
「でもそれも今日で終わり。変化を怖がっていたら何も始まらない。私には、やらなきゃいけないことがあるんだから」
決意を示す言葉。けれどそれを紡ぐ声はひどく哀しげだった。自分を無理矢理に奮い立たせるように、言い聞かせるように。或いは何かを、諦めるように。
女が不意に片手で顔を覆った。すぐにまた離し、その無意味な行動を自嘲するかのように吐息を漏らす。
「……はは。でも、やっぱり、どんな顔したらいいか、分かんないや」
歪めるように浮かべられた、笑みとも呼べないような笑みに、俺は、どういう言葉を返したら良いか分からなかった。
そんな、だって、何で、笑ったことなんて一度もないような、そんな顔で。
何でだよ。
伊吹。
――ここにひとつの事実がある。
子どもの頃、俺は虚に襲われたことがある。
それを助けてくれた奴がいたんだ。
それが今、目の前に立っている女だと言ったら、誰か信じてくれるだろうか。
そう阿呆のように問うた自分を、すぐさま殴りつける。
真実も何も、それもこれも何もかも全部、現実の話だ。くそったれ。
これにて本章はおしまいです~お疲れさまでした!
そしてまた当たり前のように更新サボってしまいすみませんでした……ほんと意志力がない……(絶望
次回更新からは、伊吹と一護の過去話を進めてまいります。
一護が初めて伊吹と出会ったとき、彼女はどんな少女だったのか。
伊吹の過去も少しずつ明らかになっていくと思います。
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第3章・Idiot①
ルキアにはまだ話してねえが、俺が虚と出くわしたのは、ルキアと出逢ったあの夜が初めてではない。あれは確か、おふくろが死ぬ数ヶ月前――まだ肌寒さの残る、3月のはじめのことだったか。
当時9歳だった俺はその日、いつものように家を出て、いつものように空手道場に行って、いつものように稽古をした。ただ一ついつもと違っていたのは、毎回欠かさず道場への送り迎えをしてくれるおふくろがいないことだった。何か用事があったのか、身体の調子を崩していたのか、もうよく覚えてはいない。でもかなり急なことで、道場も家からそんなに離れていなかったし、オヤジに付き添われるのも何だか癪だったから(この頃から俺は反抗期だったのだ。オヤジ限定で)、この日だけ一人で家に帰ることになったのだ。
夕方近くになって冷たくなってきた外気に、稽古終わりの汗ばんだ身体を震わせながら帰路を歩いた。春が近づいてきているとはいえまだ日は短く、外はもう街灯が明かりを灯す程度には暗くなり始めていた。その何とも言えない、背後から誰かにねっとりとした視線で見つめられているような、身体の内がゆっくりと病魔に冒されていくような、気味の悪い感覚を味わいながら、子どもながらにやっぱり変な意地を張らないでオヤジと一緒に道場に行けば良かったかな、なんて思っていた。
暗い闇に沈む前方を見るのが怖くて、何となく自分の靴先を見ながら帰り道を急ぐ。するとふと、その靴先にぬうっと夕闇よりもどす黒い半円状の影が忍び寄ってきた。
(なんだこれ)
俺はその、ずっと前方まで続いているらしい大きな影を目で追った。地面を這うように伸びる影の先には、何かとても大きな白いものが佇んでいる。
やがてそいつの全貌が目に飛び込んできたとき、身体も思考も凍りついたようにびしりと固まってしまった。
あ。
あれは、何?
それは、まだ幼い俺からすればまさしく怪獣だった。当時の俺の4、5倍はある、筋骨隆々とした身体。凶悪な様相の仮面をかぶり、開いた口の部分からは唾液が滴っている。全体的に人型っぽいが、右の腕が異常にでかい。成人男性の頭部すら難なく握りつぶせそうなくらい大きな右手には、誰のものとも知れない大量の血がこびりついていた。
どうやら十字路の左側から出てきたらしいその仮面の化け物は、ゆっくりと首を巡らせ状況を全く理解できずに固まっている俺を視界に捉えた。その虚ろにぼんやりと光る瞳と目があった瞬間、俺の心臓は動き方を思い出したように一気に早鐘を打ち出した。
何だこれ。何だこれ。
駄目だ。早く。早く逃げなきゃ。
頭の中で警鐘ががんがんと鳴り響いた。でも、動けない。完全に身体が硬直してしまって、逃げるどころか一歩踏み出すことさえかなわない。身体中から変な汗が噴き出して手のひらがぬめり、帯紐で縛り肩に吊していた道着が後方へと落ちた。その鈍い落下音すら、ガラスを隔てているようにどこか遠いところで聞こえる。
しかし、そんなろくに抵抗できない状態の俺のことなどお構いなしに、化け物はゆるゆるとこちらに歩を進めてくる。その虚ろな双眸は確かに俺を捉え、美味そうな肉を放られた飢えた野獣のように、奥底からおぞましい野性的な輝きを放っていた。
こわい。こわいこわいこわい!!
恐怖で心臓がつぶれそうだ。それなのに俺の身体は、頭のてっぺんから足の先までの悉くが、金縛りにでもあったように一分も動かないのだ。
化け物は近づいてくる。俺は動けない。両者の距離は刻々と縮められていく。
そしてその化け物がその巨体で俺を覆い隠し、
ぽっかりとした穴のような口を糸を引きながら開き、
空気を震わすようなおぞましい咆哮を上げながら、
巨大な右腕をぐんと振り上げた。
――その時だった。
BLEACH夢かなり放置してしまっててすみません。
今章は過去編になります。伊吹と一護が初めて出会った時の話。
色々捏造入ってますがご容赦ください……。
まー原作読むと一護が昔から霊力高かったのに虚に狙われなかった理由が良く分かるのですが。
それにしたってやっぱり一回くらいはあると思うんですよね危なかった時が!
今回はそういうお話です(?
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