主人公転生 (超高校級の切望)
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救えぬ村
主人公に憑依した男
最近は転生物が流行だとか。
まあありきたりな現代社会より法則も神話も自由自在な異世界の方が弄りやすいから仕方ないと言えば仕方ない気もするがもはや何番煎じと言ったところか。
さて、異世界転生には大きく分けると二つ。死んだ後肉体そのまま異世界に行くのと赤ん坊からの再スタートの二種類だ。転生前には神に会うパターンと会わないパターンもあるな。
んで、転移後の世界も様々だ。単純に主人公にとっても何も知らない世界だったりするもの、ゲームや漫画の世界に転生するもの。これは二次創作に使われるな。
この知ってる世界に転生だとやはり2パターン。憑依と非憑依。ゲームや漫画の原作に登場する存在に憑依するのと原作には登場しない存在になるのだ。
あ、後人間以外に転生するのもあるな。動物モンスターはもちろん無機物になるのもあるな。
因みに転生者は基本的にチートだ。狡いって意味じゃないぞ?いや、狡いとも言えるが。ようするに強いってことだ。まあ強い奴らがチートと呼ばれる時代だから最早強すぎる奴を指す言葉だけどな。
因みに強さの要因は神様にあってチートスキルと呼ばれる強すぎる力を与えられるか、赤子から鍛えてるから強くなりやすい、だ。そのままの場合はチートスキル貰わなくても現代知識で罠とか作ると経験値扱いになってレベルが上がる。
さて、何でこんな長ったらしく話しているかというと、転生しました。いや、マジで。
神様に会わず、赤ん坊から、原作ありの、憑依系。
転生した世界の名は『World end breaker』。直訳すると世界の終わりを破壊する、でいいのかね?何とも痛々しいタイトルだ。しかも主人公ですよ。
このゲームは所謂ファンタジー世界で戦うドラ○エみたいなもんだ。恋愛もある。ハーレムENDだって存在する。やったね!
──────まぁ、んなわけないがな。そりゃ前世じゃ彼女も居ないし童貞だったけど、家族は居たんだ。友達だって居たし、好きな人も。
数年も経てば落ち着いてきたが、幼い頃は前世を思い出し、幼い体は勝手に泣いた。おかげでよく泣く子と認識され村の大人達が皆過保護だ。
人は慣れるもので、今はだいぶ落ち着いた。新しい家族達も、決して嫌いではない。優しいひとたちだ、好きな部類にはいる。しかしやはり考えてしまうのだ、本当は、俺はここにいる資格なんて無いと。だから一線引いてしまう。それでも、きちんと愛してくれる両親には頭が上がらない。
────
『World End Breaker』……通称
学園編では主人公『 』を含めた
この世界には
俺は
身体的特徴は角や翼があったりと魔人族と似ているが肌の色が青だったり紫だったりして、魔物、つまりモンスターを操る能力を持つ。一応そういう魔法もあるが、魔族は規模が異なる。
魔物は人類の天敵だ。獣は襲わないが魔獣や11種族をやたらと狙う。因みに魔獣というのは魔物の同じく魔力を内包する動物で、しかし飼い慣らすことが出来るのを指す。中には神獣と呼ばれる知性を持つ魔獣もいる。
まあとにかく、魔獣を家畜として魔物を狩る獲物として、11種族は平穏に暮らしていた。大戦時代、多くの命を失い争うのは無意味だと判断したからだ。
しかし二千年前、大戦の名残で人類生存領域外となった暗黒領域と呼ばれるところから魔族を名乗る種族が種族関係なく滅ぼしに現れた。当時11種族の最強達、11英雄と呼ばれる者達が軍を率いて何とか退けたのが千年前。以来、硬直状態が続いている。
そして主人公が六歳のある日、再び攻めてきた。暗黒領域と人間界を遮る結界を破壊して、辺境の村々を滅ぼして。
人間界を囲む結界は全部で四つ。二つ目は破壊できずに引き下がったが、主人公の村は第一結界と第二結界の間。軍が到着し保護される間に、主人公の村は主人公の妹と男幼馴染み2人と女幼馴染み2人しか残らなかった。主人公達は二度と自分達のような境遇が生まれぬように魔族を滅ぼすことを誓ったわけだ。
とはいえ魔族が攻めてくるのを解って何もしないわけがない。村の周囲に猟師達から学んだ罠を出来るだけ強力にして設置し、近くの森で隠れられそうな場所に目星をつけておき子供達と隠れん坊しながら場所を教える。
そして────
「──よっと」
「きゅい!?」
鉈で角の生えた兎の頭をかち割る。低級とは言え魔物だけあり生命力が高く、未だビクビク動いている。
この世界にはレベルと言う概念がある。戦闘経験を積めば自然とあがる。積まなくても日常的に過ごしていても、少しずつ上がっていく。だけど当然だが、戦闘経験を積んだ方がいいに決まっている。俺はこうして魔物を狩っている。
「……んー、最近延びしろがいまいちだな」
暗黒領域に近いのだから強い魔物が多いと思うかもしれないが、そんなことはない。むしろ資源となるダンジョン──王道だな──がある各国の首都や商業都市の方が強い魔物が多い。ダンジョンから溢れた魔物やダンジョンの魔力を求めて強い魔物が集まったりするからだ。
もちろん暗黒領域の奥にもダンジョンがあって、強い魔物が居るのかもしれないがこんな人間界の近くにはいない。魔物とは魔力が集まり生まれるのだから。
「お、ドロップアイテム多めだな………」
故に死ねば消えるのだが核となる魔石と体の一部が残ったりする。今回は毛皮と肉。別段珍しくもない。角兎10匹狩れば九匹とれる、そんなレベルだが平均より量が多い。発生から時が経ち世界にそれなりに固定化されたのだろう。
完全に固定化されれば死体そのものが残る。その場合かなり強くなるから、そうなる前に討伐されるわけだが。
「いちいち解体しなくていいのは楽だけど魔獣や普通の獣を狩った時忘れちゃいそうだなぁ………」
まあ村で家畜の切り分けしてるから大丈夫か。あれのおかげで生き物を殺すのにだいぶ忌避感も消えた。生きるためなら、まあ殺せる。人型や、しばらく世話していた年老いた家畜とかはやっぱりつらいけど。
「と、そうだ。お金お金………5ルピか……」
魔物は体内で魔石以外に結晶体を作る。魔物の魔力、つまり強さが高いほど良質な。
平べったい円形の銅色が五枚。この世界の硬貨だ。魔物を狩るメリットは経験値、素材、そして金。金はそのまま使うことも出来るし魔力を帯びた金属、魔金と呼ばれる物質なので加工して武器にすれば通常の武器よりよほど良質な武器になる。
「そろそろザフエロ商会が来る頃か………魔族の襲撃も、解ればいいんだけどな」
そりゃ俺だって何度も忠告した。けど、誰も子供の言うことなんか信じやしない。魔族は壁の外にいて、俺達は安全。それが常識で、人は常識が崩れるのを崩れるその瞬間まで信じ続ける。俺だってここが何も知らない世界だったら皆と同じように。
「傭兵とかを雇いたいところだけど、金がなぁ」
今の俺は六歳。つまり一年以内に襲撃があるという事。そんな長い期間傭兵を雇える金は俺にはない。傭兵だって辺境の村を一年間護衛してくれなんて依頼うけるはずもない。罠になる材料を買って仕掛けていた方がよほど現実的だ。
そもそも正規軍が居ないわけでもない第一領域を通り第二結界まで迫ったということはその間の軍は敗走、全滅したという事。無駄に死なせるだけだろう。
「…………死ぬ、か」
隠れ家はいくつか用意した。けど、だから何だ?それで生き残れるとは限らない。ほんの少し確率が上がっただけだろう。半数以上が、絶対に死ぬ。だからと言ってやはり俺に出来る事なんてありはしない。俺の強さは村の衛士や狩人達には大きく劣る。強くなるために昔から鍛えているのだ。当然といえば当然だが。
ザフエロ商会の護衛達にいる魔導師から魔法を学びはしているが、戦闘に使えるかと言われれば微妙なところだ。いや、過大評価はよそう。俺の魔法は役に立たない。雑魚魔物ならともかく魔族には絶対通じないだろう。
「……主人公なら色々チートで救うんだがなぁ」
そもそも原作でどうやって六人も生き残ったんだっけ?何分数年前の記憶だからなぁ……軍に保護された後ザフエロ商会の預かりになり、そこで鍛えたという設定があるのは覚えている。
まあ村の生き残りはあくまで六人であって、第一領域の生き残りはそれこそ数万といる。偶然、その一言に限るだろう。少なくとも、俺では全員を救えない。主人公の肉体を持っていても、所詮は子供で、元々ただの一般人。
開拓村とか見てたから穴窯で土器や炭の作り方は知っているがそんなもん第三領域でもやってる。精々ここより金のある第二領域で売れる程度だ。
まあこの村の近くの森でしか生えない木の実は貴重だけどな。中央領域まで行き来できるザフエロ商会がわざわざ他の商会に売らない、という契約を持ちかけてくるぐらいだ。他の商会も黙らせられるらしいし………。
「ザフエロ商会に頼むか?でも、理由がなぁ」
中央領域というのは全ての結界内の領域、各種族の王達が各の国を治める広大で裕福な場所だ。もちろん、広すぎる故にうちの村と大差ない村だってある。そもそも国が複数存在できる時点でその広さは伺い知れない。未だ未開の地もあると聞く。
改めて思うが海まで範囲内のこの結界は相当デカい。それでも大陸の一角で、暗黒領域の方が広いというのだから驚きだ。この世界、この星、地球より遙かに大きい。前世のゲーム画面でみたマップによるとゲームステージは人間界と暗黒領域の一部でしかないが、その外はどんなところなのか……。
「ま、んなこと俺には関係ないか」
雑魚魔物ならともかく魔族と戦うなんてまっぴらごめんだ。普通に怖い。そういうのは幼馴染組に任せる。
原作でも魔王を倒したんだ、一人居なくても大丈夫だろう。後は妹のノエルが闇落ちしないように俺が見てればいい。それだけでもだいぶ違うはずだ。
「…………………」
前世にも居たっけ、妹。ノエルみたいに素直な奴じゃなかったけど………会いたいな。
「………帰りたい………けど、皆とも別れたくない。はぁ、ホームシック先が二つあるとつらいわぁ」
まあ精々村人Aとしての人生を過ごそう。どうせ俺には何のチートもなかったんだから。あ、原作じゃ『 』は『救世の勇者』とかいうスキルに目覚めてたっけ、学園編の頃に。俺は、どうなるのかね?
「ま、主人公なんて目指す気さらさらないけどな」
主人公の体だが俺自身はただの一般人。主人公は誰か別の奴に譲るよ。
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村へ帰還
「おかえりルーク、今日も穫れたか?」
「罠はあっちこっち仕掛けてんだ。下手な弓矢も数打ちゃ当たる、何も穫れない日なんてないよ」
門番件衛士のアルクに挨拶して袋の中から今日の成果を取り出し見せる。ザフエロ商会との交渉で買ったマジックアイテムで、見た目に反して抱えるサイズの箱並みに物が収入出来る。高い出費ではあったが一日に穫れる量が増えたので十分もとは取れた。
「ははは。頼もしいな、泣き虫だったルークがこんなに立派になるなんてなぁ。子供の頃に一生分泣いたからか?」
「フリックさんに比べたらまだまだですよ」
「そりゃあ、村の猟師に代々受け継がれる道具袋と長年の経験があるからだ。お前さんの年の頃は彼奴は鼻くそ食べてるガキだったぞ」
「俺はほら、精神の成長が早いから」
「泣き虫がよく言う。あまり無理をするなよ?」
アルクは少年、ルークの頭をグシグシと乱暴になでる。乱暴に見えて、しかしそこまで痛くない。彼には子もいるし孫もいる。子供の扱いには馴れているのだ。まあ両方とも男の子だったが。女の子にこんな撫で方すれば年頃に嫌われることだろう。
「解ってるよ。この辺りは弱い魔物しかでないから大丈夫」
「そうだな。魔族なんて攻めてこないから安心だ。そりゃ、御伽噺で散々聞かされているがもう千年もせめてこれないのだろう?心配しすぎだ」
「………………」
「なぁに、魔族が来たとしても俺が命にかけてもお前等を守ってやる。俺は老人、お前等は子供。未来ある子供に託すのは当然だろう?」
「命は、かけて欲しくないな」
「おいおいそんな悲しそうな顔をするな。解った解った。時間を稼いだら、お前の作った隠れ家に隠れるよ。全く、子供の隠れん坊で何であんなに隠れ家を作るんだか……」
命を懸ける、という言葉に悲しそうな顔で苦笑するルークに肩をすくめるアルク。彼が村の子供達と隠れん坊で作った大の大人も数人は隠れられる木の皮を使うことで外からは解らなくする木のウロや小さな崖の洞窟などに隠れるというと安心したような顔をする。
昔はよく泣く子だった。父や母がそこにいるのに、会いたいと泣く。落ち着くと人が変わったように子供とは思えぬ聡明さを見せ商人に交渉し始める。アラビア数字と言う自分で作った数字を商品として交渉する様などとても子供には見えなかった。そんな聡明な彼は、何故か魔族が攻めてくることを異様に恐れていた。いや、村の住人が死ぬことが、だろう。その辺りを理解しているアルクは立ち去る小さな背中を見て「腰痛が日常化するまでは現役を務めてやる!」と気合いを入れ直した。
「ルーク、遊ぼうぜ!」
「ヤンク、ルークだって疲れてんだよ?」
アルクさんと別れた後家に向かっていると同い年の少年が二人やってきた。主人公の幼馴染みにしてゲームでストーリーにだいたい登場するキャラ達だ。俺に話しかけてきた活発そうなのはヤンク、もう一人の真面目そうなのがアレン。この世界はゲームらしくキャラが美形なので当然この二人も美形だ。子供だからどんな年でも可愛く見えるか……。
「明日は狩りをせず罠の確認だけだから、明日な」
「何だよつまんねーな。まだ日は暮れてねーし遊ぼうぜ」
「ルークは朝早いんだよ?罠の確認して、畑仕事も手伝って……遊んでばかりの僕らとは違うんだ」
「良いよ、アレン。解った解った、少しの間だけだぞ」
「そうこなくっちゃな」
「はぁ……ごめん、ルーク」
「気にするな。悪いのは遊びたがりのヤンクとガキのくせに仕事の真似ごとしている俺だ」
にししし、と悪びれる様子もないヤンクに呆れた視線を送り俺にすまなそうに謝るアレン。苦労してるな……。
と、そこへ新たに二つの影が現れる。今度は女の子二人だ。
「ルーク、帰ってたの。その様子じゃ、早速バカに捕まったみたいね」
「ア、アンちゃん。失礼だよぉ……」
強気な女がアン、おどおどして前髪で目元を隠しているのがニーナ。ゲームの幼馴染みキャラ二人だ。そこまで大きくない村で、年が同じ子供が五人というのは珍しい。アンが村長の娘と言うこともあって基本的には子供達が遊ぶことには寛容だ。必然的に仲良くなる。
「おうちょうど良い。一緒に遊ぼうぜ」
「はぁ、仕方ないわね。でも、今日は動きにくい服だから追いかけっこはなしよ?」
「あ、あの……騎士ごっこは?あれなら、私達あんまり動かないし……」
「ニーナったらまたヒロイン役やりたいのね。じゃあ、騎士役は誰がする?」
「俺は盗賊役で良いよ。何なら、二人で騎士団ってのはどうだ?」
二人揃ってかかってこいと言外に言ってやる。この時ニヤリと笑ってやると短気なヤンクはもちろん意外と負けず嫌いなアレンも突っかかってくる。
「上等だ!本気できやがれ!」
「まあそれでも勝てる気はしないけど、今日こそ一発は入れてみせるよ」
俺は怖いから魔導騎士育成学園なんかにゃ行く気はねーが、此奴等は行くかもしれない。原作と異なり何人か助けられたらどうなるか解らないが、同じ思いをさせたくないという理由だからきっと向かう。此奴等は、強くて優しいからな。
まあニーナは微妙なところか。ニーナルートによると流されただけで本当は怖いと主人公に縋りつくCGあるし、俺が行きたくないと言えば多分行かないだろう。
「ほら、持ってきたぞ」
と、ヤンクが布を何重にも巻かれた棒を渡してくる。チャンバラ用の棒だ。これなら大した怪我もしない。
「お、そうだ。アンはどうする?」
「じゃ、私は女騎士役ね……」
ふふん、と棒を持ち得意気に笑うアン。実を言うとアンはヤンクやアレンより強い。ゲームじゃ身体強化魔法や付与魔法、武技を主に使う近接主体の魔導騎士だったからなぁ。この頃から才能に目覚めかけていたのだろう。
「んじゃ、森に行くか」
ここで暴れるのも迷惑だしな。特に文句がでることもなく森の開けた場所に移動する俺達。
目的の場所に着くなりアンが叫ぶ。
「ここまでよ盗賊!大人しく捕まりなさい!」
恐らく森まで逃げてきた盗賊、というのが今回の設定なのだろう。俺は突然演技が始まり混乱するニーナを捕まえて棒を首もとに当てる。
「おおっと、動くな。動くとこの女を殺すぞ」
「ふぇ?あ、え……えっと……た、助けて騎士様ー」
ニーナが慌てて演技をする。ヤンクとアレンも慌てて悔しそうな顔を作る。
「くっ、卑怯だぞ。レベルが上のくせに人質まで!」
「ふん。この女は連れて帰って俺の女にしてやるのさ」
「ふへ!?あ、よ、よろ……よろしく、お願いします……?」
あ、ヤンクが滅茶苦茶ムカムカしてる。此奴、ニーナルートだとニーナ取り合って殴り合うイベントがあるからな。ニーナが好きなんだろう。因みにセルティエールという学園編で知り合う先輩のルートではアレンと戦う。ハーレムルートだと、この二人を含めた5人と戦うイベントがある。もちろん、ヒロイン達の親とも。
「───っと」
考え事をしていると氷が飛んでくる。棒を振るいた叩き落とすと、背後からヤンクが接近しており俺の顔を狙って棒を振るってくる。ニーナに回していた手を放し後ろに飛び退く。すぐさまアンが殴りかかって来たので棒で円を書くように回し攻撃を受け流し腹に手を当てると強く押す。
「──くっ!」
「もらったぁ!」
バランスを崩しながらも転ぶことはなかったアン。ほんの少し前なら確実に転んでいたのに、成長したなと感心しているとヤンクが迫る。対応しようとすると砂埃が目を襲う。とっさに風魔法を発動しそらすがヤンクの追撃は間に合わない。距離をとる。
今のはアレンの魔法だ。俺と同じく魔法の練習をしているのだ。俺と違いレベリングしてないのに魔法の威力は俺に僅かに劣る程度。
アレンは後衛魔法騎士、ヤンクは中距離戦魔法騎士だったからなぁ、やはり才能がある。此奴等なら、きっと世界を救えるだろう。
「よし、来い!」
「言われなくても、やってやるわよ!」
アンが向きになり迫る。ヤンクも背後に回り隙を伺う。布で巻いているとはいえカンコンとかなり音が鳴るがレベル差で俺の腕はあまり痺れないが、アンは少しずつではあるが顔をしかめていく。その隙を見逃すつもりなく、棒を弾こうとすると背後からヤンクが身を低くして接近する。
回転しながら棒を振るおうとすると地面が泥になり滑る。アレンの援護か。
「あめぇ!」
片手を地面につきながら転んだ勢いを利用してバク転。そのままヤンクの棒を蹴る。
クルクルと宙を舞う棒を呆然とみるヤンク。ヤンクの腕をつかみアレンに投げつける。怪我しないように空気のクッションを魔法で作ってから。
「うわ!?」
慌てて受け止めようとすれば見えない柔らかい何かに弾かれるアレン。尻餅をつきヤンクも風のクッションが消え地面に落ちて慌てて立ち上がる。
ルールでは尻餅や膝をついた時点でゲームオーバー。二人は死亡扱い。残るはアン。
「ふっ!」
弾き飛ばしたヤンクの棒を空中でキャッチして迫る。二刀流か……。
アンにも剣の型なんてない。ただ振り回すだけ。だが、その速さと手数は十分武器になる。防いでも弾いてももう一本が迫る。
「と、く………ふっ!」
だがただ振り回すだけなら俺には通じない。振り下ろされる棒に合わせるように突きを放ち弾く。動揺するもすぐさまもう一本を振るってくるが足で押さえつける。そしてアンの肩に棒をおいて強く押す。力は俺の方が遙かに上。そのまま押さえつけ膝を付かせる。
「ふははは!俺の勝ちだな、あの女は嫁としてもらっていくぞ!」
「ふ、ふつつか者ですがよろしくお願いします……」
「…………いや、逃げろよ」
全く流されやすすぎるだろニーナ。俺が盗賊役って事忘れてないか?
「何で悪役が勝ってるのよ、手加減しなさいよ!」
「お前は盗賊に悪なんだから負けてくれって頼むのか?」
「むぅ……」
「悔しかったら俺に習ってレベリングするんだな。なぁに、同じレベルになりゃ、俺なんてすぐに追い抜けるさ」
ぷくぅ、と頬を膨らませむくれるアンにケラケラ笑いながらそういう。実際、前線で戦うのが怖い俺と前線で戦うであろう此奴等ならきっと此奴等の方が強くなるに決まっている。
「早く強くなって俺に楽させてくれよ?」
「………あんたって本当、現役から退ける前の老人みたいな事言うわよね」
手を差し出すとその手に掴まりながら立ち上がるアン。俺の発言に呆れたように肩をすくめる。
老人って……確かに前線に行く気はないし現役から退こうとしてるって意味では正しいのかもしれないが前世の記憶合わせても俺の精神年齢は24才だぞ。前世が18だから。まぁ、それでも──
「老人結構。お前等の少し先輩になれるだけでも俺にとっては誇りだよ」
さてと、そろそろ家に帰らないとな。あんまり待たせるとノエルに叱られちまう。
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転生後の家族
ニーナを正気に戻しヤンクとアレン、アンに再戦の約束をされ家に帰る。
六年。
この家の子供になり、六年が経った。
「…………ただいま」
ノブもない、取っ手がついた木の板という原始的なドアを押す。すぐに開き、野菜や香辛料の臭いがする。
「ルーク、お帰りなさい」
「帰ったか。今日も怪我してないだろうな?」
ふくよかなおばさんといった見た目のこの世界での俺の母親であるニルナと畑仕事で土を何度も掘り返して筋肉をつけたこの世界での俺の父親ガルス。俺を見て、笑みを浮かべ出迎える。
「……………」
前世の俺の親父は、平凡な会社員。だけどホワイト企業だから定時に上がって家に帰るとご飯を作ってくれた。母さんは同じ会社社員だけど優秀だから帰りが遅いのもザラで、たまに早く帰れた日には食卓にダークマターが生成される。
六年経っても色あせない俺の記憶。
「おにーちゃん!」
「───ッ!」
と、腰にひっついてきたノエルにハッと気がつく。ニコニコ笑顔でこちらを見てくるノエルの頭を撫でると嬉しそうな顔をする。
前世の妹は素直じゃなかったからなぁ、ノエルも何時かああなるんだろうか?
友達にお兄さんかっこいいね、紹介してよと言われるたんびに「は?兄貴がかっこいい訳ないじゃん。他にいい男探しなよ」とか言うんだろうか?
昔は一緒に手作りしたバレンタインチョコも作りすぎただけだから、とか言って渡してきたっけ………あれ、あいつ俺のこと好きすぎない?ノエルも何時かツンデレになるんだろうか?いや、原作じゃお兄ちゃんっ娘だけど。
「………ルーク、ご飯はまだよ。体洗ってきなさい?」
「あ、はい……」
因みにこんな辺境に湯船なんてあるわけもなく、沸かしたお湯で体を拭くだけだ。今日の成果である肉を母さんに渡しお湯を受け取り体洗い専用の部屋にはいる。
窓一つない部屋だから冬はそこまで寒くならない。代わりに夏はとても暑いけどな。
体の汚れを落とし髪をお湯で洗う。タオルで水気を払うと新しい服を着る。
時間にして数分だが、テーブルに料理が並べられていた。
「ほらルーク、座って」
「ご飯ご飯~」
「ルークが昨日穫ってきた兎の肉入りだぞ?」
兎肉って前世じゃ食ったことないけどうまいんだよね、意外と。鶏肉みたいな食感。肉なんてこの村で毎日食えるのはアンの家とうちの家ぐらいだろうなぁ。
「おにいちゃん大人になったらりょーしになるの?」
「俺は………いや、どうだろ」
このまま魔族が襲ってこなければ良いと思うが、そうなった場合俺は何をすることになるのだろうか?
ガルスの仕事を継いで畑?いや、畑の手伝いなんて殆どしてないぞ俺。となるとやっぱり狩人?一応村には3人いるけど受け継がれている袋が一つなのに、自分で買ったとはいえ子供の俺が道具袋持ってることから解るように今人材不足だし。
前世は何になりたかったんだっけ?夢とかなく、適当に生きてたからな。
「…………ルークのしたいようにしろ」
「ザフエロ商会からもお誘い受けてるものね、なんなら中央領域に行くのも良い」
ザフエロ商会、か。あんまり活躍できる気がしないな。確かに俺はアラビア数字を売りはしたが、あれを買った理由はぶっちゃけると
第四、第三領域にはないが第二以降からチラホラ、中央には一般教養として伝わる数字。発案者は
異世界転生での知識チートであるはずのボードゲームも既に第三領域辺りにすら販売されている。中央領域の都会には冷蔵庫とかもあるらしい。流石に魔力式だけど。
そんな世界の中央領域の都会に本拠を構えるザフエロ商会に入っても俺ができる事なんて何もなさそうだけどな。
「おにいちゃんミアナおねえちゃんのところに行くの?」
ザフエロ商会の会長エドモンズ・ザフエロの一人娘ミアナ・ザフエロ。二歳年上のヒロインの一人だ。ザフエロ商会が俺達を保護した理由でもある。
「行くのかね………俺が活躍できるとは思えないが」
国の所属ですらない第四領域の辺境の出でありながら発想力を買っていると言われたが、発想力なんか俺にはない。記憶があるだけだ、十分に発展した中央領域で何かできるとは思えない。
「何なら冒険者になるなんてどうだ?人間界は結界内だけとは言え、未だ未開の地もあるほど広いからな……」
「何時か暗黒領域に行くかもしれないんでしょう?魔族は怖いけれど、外の世界には見たこともない景色が広がっているんでしょうね」
「おいおいニルナ、暗黒領域は人が住めんのだぞ?」
「でも人が住まなくなったのは何千年も前の話でしょう?どこか人の住めるようになった領域もあるかもしれないでしょう?」
冒険者、か。大戦時代の遺物は今でも時折見つかる。何千年と続いた戦争は各種族に衰退も生んだ。その過去の遺物の中には現代の技術では再現不可能な代物も存在する。
「………………」
でも、仮に帰ったとしてどうなる?今の俺は前世の姿とは似ても似つかない。髪の色は黒から茶色に、目は青に………。顔立ちだって日本人のそれではない。でも、俺がこの世界に来た理由を知ることなら或いは出来るかもしれない。
「……冒険者もありかもな」
それが不可能だとしても、せめてあの世界を一目だけでも………。
「やっぱやめとくか」
仮に他の世界を見る
世界を越えるなんて規格外の
「…………おにいちゃん?」
顔に出ていたのかノエルが心配そうな顔でのぞき込んできた。
「……俺は冒険者にはならないよ。この村で暮らす……」
ノエルも、
余計な期待などせず、この村で、平穏に過ごせばいい。そのためには魔族襲撃の際、なんとかこの三人だけでも生き残らせないとな!
…………非情かもしれないが、やっぱり勝ち目なんてないし全員は絶対無理だろうからな。一人でも多く、それでもこの三人だけは……。
「ん、どうしたルーク」
「何か考え事?」
「………いや、俺皆のこと好きだなぁって」
少し照れくさいけど、本心だ。
この三人は俺が前世の記憶を持ってると知ったらどうなるんだろうか?受け入れてくれるのか、本当なら此処には何の記憶もない無垢な子供を育てていたはずなのに。
感想待ってます
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ミアナ・ザフエロ
今日はザフエロ商会が村に来る日だ。俺は、少しだけ安堵していた。
エドモンズ会長の一人娘ミアナは自然が好きで、元々この村の近くに別荘を建てたことから繋がりが生まれたのだが、彼女は魔族襲撃の際村にいなかった。
ミアナルートかハーレムルートで主人公が大怪我を負い暫く帰ってこれなかった時にお姉さん風を吹かせていた彼女が涙を流し「あの時みたいに、聞いてあげることしか出来ないのは辛いの……」と言ってるシーンが有ることからそれは確実だ。
「ルーク、嬉しそうだな」
「そう見える?」
村の門で待っているとアルクさんがニヤニヤ笑いながらからかってくる。まあ、少なくとも彼女が留まっている期間は安心だろうから顔も無意識に緩んだのだろう。
「そういやルークはミアナちゃんに気に入られてたもんな。大きくなったら出てっちまうのか?折角優秀な跡取りが出来たんだがな………」
フリックさんも肩をすくめながらそんなことを言う。弟子の俺の恋愛事情に興味津々なのだ。
「俺とミアナ姉さんはそんな関係じゃないですって」
因みに対外的には姉さんを付けて呼んでいる。妹や弟がいないからと俺達子供組はこの呼び方を強要されているのだ。
しかし遅いな。手紙には今日の昼頃につくと書かれていたが街道に影も形も見えない。と、その時だった。バサリと羽音が聞こえ俺とフリックさんが同時に弓を構える。アルクさんも剣に手をかけていた。
羽音から大きさを確認する。かなりでかい、この辺りじゃまずみない飛行種。
「────ッ」
まさか、このタイミングか?
背中をいやな汗が伝う。空を覆う半透明の結界が破られた様子は見受けられない。単なる魔物の大移動か?
警戒する俺達は音の発生している方向を見る。よく集中して聞けば音は一つじゃない、8………9。
「ルーク、村の皆に──」
「解った」
アルクさんの言葉に村の皆に逃げるように伝えようとした時だった───
「おーい!アルクさ~ん、フリックさ~ん、ルークく~ん!」
「あれ、ミアナちゃん?」
「……………」
立ち止まり振り返る。羽音と同じ方向から聞こえた声。目を凝らすとやはり9匹の羽を持った魔物……いや、魔獣の姿が見えた。三匹ずつで一つの籠を運んでいる。その箱の一つから人影が見える。
この声は声を大きくする魔導具を使って、こちらの姿は遠見の魔導具でも使って確認したのだろう。俺達が警戒してるのを見てほくそ笑み、俺達が慌てたのを見て漸く危険がないと伝えたのだろう。
「どう、お父さんに買ってもらったの。竜籠っていうのよ」
村の開けた場所に降りたミアナは竜籠を見せふふん、と得意げな顔をする。
竜種数匹に吊されながら空を移動する乗り物のようだ。空を移動する魔導具もあるが個人として所有できるのはまだ存在しない。だからある意味では原始的な方法を取ったのだろう。
9匹の竜種達は赤茶色の鱗を持ち、前足が翼と融合している、所謂ワイバーンだった。レッドワイバーンと言うらしい。
「よお坊主、乗ってみるか?」
と、ミアナの乗っていた竜籠の先頭のワイバーンに乗っていたマルグスさんが話しかけてきた。
アルクさんよりも強い、俺の師匠の一人だ。弟子に自分の馬術ならぬ竜術でも見せたいのだろう。わかりやすい。
「これすげーんだぜ?第三結界の関所から此処まで半日でついちまった」
「それは、凄いですね………」
だろう、と得意げなマルグスさん。主の気分を察したのかレッドワイバーンも首を擡げまるで胸を張っているように見える。
「そうよ、凄いでしょ」
「早く届けられるという事は傷みやすい食材を運ぶ際の保存魔法を節約できるし、そもそも上空は地上より寒いから使わないという手も?」
「あら、よく上が寒いなんて知ってるわね。そうよ、人が乗る竜籠には暖結界を張っとかないと。後、空気も薄くなるのよ、知ってた?」
「知ってる」
「つまんない………」
あれ、そういえば上空が寒くて空気が薄いって法則が元の世界と同じならマルグスさんは何で平気なのだろうか?鎧に竜籠と同様の機能でもあるのか?
「ん?ああ、俺防御力も高いしHPもかなりの量あるからな」
「………………」
改めて、ゲームみたいな世界だな。あ、いやゲームの世界だけども。
レベルが上がればステータスも上がり、それによっては裸で雪山だって登れるようになるしマグマだって泳げるようになるらしい。
まあそんな機会、普通に生きてて来るはずがねぇが。
「ああ、そうなると坊主はあんま高く、速く飛べねーな。今レベルは?」
「6です」
「6か……6歳の平均は3だから、二倍。それでも足りねーな」
「この辺り強い魔物いませんからね」
「あー、最大3、たまにでる主とかが5だったか?お前、それでよくそこまで強くなったもんだよ」
「中央領域だとどうなんですか?」
「ダンジョンから溢れてくるからなぁ。特に金持ちなんて若い頃から護衛に守られながら安全に鍛えられる……ま、6歳の時点でレベル6はいねーが」
なる程護衛がいても強くなれるのか。パーティー全体の経験値として手にはいるのだろうか?やはりゲームだ。
「まあだから貴族どもには調子に乗って平民見下す奴らが多いんだよなぁ。ケッ、スタートが速くてもレベルが上がり続けりゃ頭打ちだろうによ」
「………何かいやなことでも?」
「お嬢を嫁にしたがったガキがいてな。そいつかおもっくそ見下して来やがるんだよ。『僕はその男の半分の年で、貴方を守れる最強の戦士になります』ってよ」
「……ムカつくのは解りますけど良い人では?」
「その台詞、前に街娘口説くのに使ってたってそいつの従者が………どうも目に付いた女は基本的に手を出してるらしい」
この世界じゃ重婚なんて珍しくもない。特に権力者ともなれば。が、マルグスさんはエドモンズ会長の娘であるミアナをその他大勢の一人として扱われるのは我慢ならないのだろう。
「二人して早速お話?仲が良いのね、それよりルーク。あれは?」
「ああ、はい」
その言葉に道具袋から白い林檎を取りだし投げ渡す。キャッチしたミアナは隣に立っていたメイドが果物ナイフを取りだし受け取ろうとするのを無視してシャクリと噛みつく。あんまり品がいいとはいえない行動だが此処にくれば毎回なのでメイドさんは肩をすくめるだけだ。
「ん、おいしい。やっぱりこれ食べないと此処にした気がしないのよね~」
この白い林檎こそうちの特産品。避暑地に別荘を建てるだけの予定だったザフエロ商会がこの村と交易を行う理由になった果実だ。雪のように白い林檎だから俺は『スノーホワイト』と名付けた。
ジューシーで甘く、しかしくどくない。
「ね、ね、アイリ、これで林檎パイ作って食べましょう」
「はい。お嬢様は本当に林檎パイが大好きですね」
「スノーホワイトもアイリの料理も美味しいもの。でも、食べ過ぎだと思ったら止めてよ?私、太りたくないから」
確かにアイリさんの料理うまいからな、ついつい食い過ぎちまう。女子はその辺り気にしているのだろう、太りたくないから。そんなに太りたくないなら太らない薬でも買えばいいのに。
「あ、ドラゴンだ!」
「ドラゴンじゃないよ、ワイバーンだ」
「あんた達ねぇ……先にミアナ姉さんに挨拶でしょ」
「はわわ……お、おっきい……」
と、漸く他の村人達もやってきた。ヤンクがワイバーンを見てテンションをあげアレンがワイバーンを観察しアンが呆れたように肩をすくめニーナがアンの後ろに隠れながらワイバーンを震えながら見る。
「ヤンク君、アレン君、ニーナちゃん、アンちゃん。久し振り、元気にしてた?」
「はい。ミアナ姉さんもおかわりないようで」
「ミアナ姉ちゃん久し振り!」
「久し振りです姉さん」
「ひ、久し振りです」
ミアナの挨拶に慌てて挨拶を返すヤンク達。その姿を見て微笑ましそうにうんうんと頷くミアナ。
「ふふ。じゃ、皆で久し振りに遊びましょう!」
「俺はアイリさんに魔法教わるんでパス」
「アイリ、後にしなさい」
「はいお嬢様。ごめんねルーク君、別荘に荷物置いたりしなきゃいけないの」
「定期的な掃除は俺がやってますし、荷ほどきなら手伝えますよ」
荷物をどの部屋に入れればいいとかも解る。が、やんわり断られた。お嬢様と遊んでやれって事ね、解った解った。まあミアナも友達だし、良いか。そんなに急に強くなれるわけがないしな。
「で、何やんの?」
「隠れん坊はルーク君強すぎてつまんない。鬼ごっこも…………ボードゲームも結局最後には私とルーク君の対決になるだろうし………あれ?」
「あれ、俺いらない子?」
「わ、私はルーク君と遊びたい、です………」
「…………………」
考えてみればミアナならともかく他の4人じゃレベル差じゃなぁ……ミアナはエドモンズ会長が過保護なせいで鍛えられてるからな。アイリさんもマルグスさんミアナの護衛や世話役であると同時に指南役でもあるわけだし。そういう意味ではミアナは俺の姉弟子か。レベルは5だから俺の方が上だけど。
でもステータスはミアナの方が上何だよな。ま、ここらの森は俺の庭だから追いつかれることはないが。
「私だって仲間外れにしたいわけじゃないわよ。ま、そもそも外で遊ぶなら一度着替える必要あるし、おままごとでもする?」
此処には女が三人、男が二人。しかし男の一人は女の一人が好き。ならどちらになるかなど問われるまでもないだろう。おままごとになった。
裏切り者は女の子の味方をしたという事でお父さん役を賜り惚れてる相手と念願の夫婦(仮)になれて嬉しそうだ。
俺?俺は妻の愛人役でした。子供になにやらせてんだミアナ。因みに俺の妻はアンだった。2人に睨まれるし本当、胃に優しくないおままごとだった。
「こんなおままごとするなんて、ミアナ……姉さんの家庭事情どうなってんの?」
「え、私の両親じゃないわよ?あの2人バカップルだもん。これはうちの会員……因みに、全員よ…」
「………よくお互いにバレないなそいつら」
「因みにミアナ姉さん、僕の役って………」
「いや、ごめんなさい。悪いと思ってるけど、その………あいてなくて」
アレンは犬役だった。ミアナはあくまで台本担当と言い張り何の役もやってない。
「さ、それよりアイリが林檎パイ作ってるはずだから食べに行きましょう。あ、ノエルちゃんも誘ってね」
その後子供組と商会の人達とアイリさん特製の林檎パイを食った。とても美味かった。
さて、ミアナ達は三日の滞在、その間は安全なはずだから、明日は罠の見回りしてから、マルグスさんとアイリさんのところに行くか。
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2人の師匠
マルグスさんは俺に向かって剣を振り下ろす。
手加減した速度、重さとはいえ、俺にとっては十分な脅威。防戦一方になり攻められない。
「───ぐッ!」
「おらおらどうした!?鈍っちまったかぁ!」
「誰が!」
「お?」
振り下ろされた木剣と打ち合うふりをして膝を曲げながら左に移動し俺の木剣をマルグスさんの木剣を起点に梃子の要領で傾ける。下がりながらじゃないと持ち上げることも出来ないからだ。
左に流れた木剣を即座に踏みつけるとそのまま喉に向かって膝を放つ。が、その前に顎で挟まれ止められた。どういう首の筋力してるんだ。
「──っぅ」
ギリギリと鎖骨と顎の骨に挟まれた膝に力が加わる。このまま折れるんじゃないかと思うほどの力……いや、この人ならその気になれば出来るな。
だが固定されているなら好都合と木剣を上段に構えてから振り下ろす。踏ん張れないから腕だけの力だが、マルグスさんは顎から力を抜き距離を取る。
慌てて着地しようとするも関節を押さえられていたせいでうまく開けず不格好な形で地面に落ち、マルグスさんが迫ってくる。今度は横からすくい上げるような形。とっさに地面の土をマルグスさんの顔面に向かって投げる。
此処でもやはりステータス補正が働き目潰しにはならないが目に物が向かえば反射的に固まる。その間に距離を取る。
「ふっ、は、と」
気の抜けるような掛け声と共に木剣が迫る。マルグスさんからしたら本気でもないから当然だがやる気の失せそうな掛け声だ。そんな事になったら速効で吹っ飛ばされるだろうが!
「つぅ、あぶね!」
「気を抜くからだ!」
カアァァンッ!!と軽い音を立て木剣がぶつかり合い、吹き飛ばされる。とっさに防げたが、腕がビリビリ痺れる。腕をブンブン振り回したくなるがマルグスさんが待つはずもない。
が、地の利は俺に味方した。後ろにあった木を蹴りマルグスさんの背後に跳ぶ。マルグスさんの木剣が木をへし折り、俺は背後から木剣を叩きつける。が、敵わない。マルグスさんはへし折った木を掴むと振り回して来た。肺の中の空気をカハッ、と吐き出す。
「ぐぅ……あづ!」
地面を転がり息を慌てて吸う。
追撃してきたマルグスさんに向かって木剣を投げつける。驚いた顔で木剣を上に弾くマルグスさん。一時的とはいえ、確かに固まった。剣を振り上げた状態で。
「───!」
「うお!?」
膝、肩と足場にして上に跳び木剣を掴むと回転しながら遠心力と全体重をかけ頭を叩く。ガァァン!と鈍い音が響く。
「いよっし!」
一撃入れた!
「────!」
「───あ」
ニィ、と楽しそうに笑ったマルグスさんを見てやらかした、と頬がひきつる。好戦的なマルグスさんのスイッチが入ったっぽい───。
ドゴォォォ!
「ぐえっへぇ!?」
木剣が粉々に吹っ飛び腹に衝撃が走る。景色が真っ白になり浮遊感が襲う。地面を転がっているらしいのが何となく解るが痛みを感じる暇もなく意識が暗闇に沈んだ。
「─────あ」
マルグスは10数メートル吹き飛んだルークを見てマルグスはしまったと固まる。
手加減しているとはいえ自分の頭に一撃を入れた6歳に興奮して、加減を間違えた。無意識下でも殺さぬように手加減はしたが、アレは確実に意識も飛んでいる。
「やっべ、おい!大丈夫か!?」
回復薬を持って慌てて駆け寄る。どうやら気絶しているだけのようだ。目立った外傷はない。
「流石俺、咄嗟でも最低限の加減は出来てたみたいだな!ならば謝れば良し」
「んなわけあるかぁ!」
「ルーク君!」
ドゴォ!と後頭部に衝撃が走る。痛くはないが、振り向くと怒り心頭の様子のミアナと横を通り過ぎ目を回しているルークに駆け寄るニーナの姿が。
2人して修行を覗いていたのだろう。
「あんたバカァ!?ルーク君まだ6歳よ、やりすぎでしょう!」
「す、すまねぇお嬢……」
「謝るのは私にじゃないでしょうが!」
ミアナの言うとおり、少なくとも子供に向かって放つ一撃ではなかったと自覚はしているので頭を下げるマルグス。
「ル、ルーク君!ルーク君しっかり!」
「あ~、ニーナの嬢ちゃん、とりあえず揺するのを止めろ。今薬飲ませる」
「は、はい!」
ルークに呼び掛けるニーナをどかし回復薬を飲ませる。取り敢えずこれで大丈夫だろう。
「で、何であんな事したの?」
「思いの外強くて血が騒いだ。お嬢の方がステータスは上だが、実力なら坊主が上だな」
「この環境下って条件なしで?」
「そりゃステータス上のお嬢なら開けた場所でなら追いかけっこで勝てるだろうよ。けど、戦いになったら別だ。坊主が勝つ」
「何でよ」
「技術……それと駆け引きだな。お嬢は心のどっかでこう行けばこうこうなるって確実と思いこむ。坊主は、臆病ともいえるが防がれる、避けられる、その前提で動く。技の切り替えが早いんだよ」
だから強い、そう言ってルークを担ぐマルグスはそのまま別荘に向かって歩き出す。可愛い弟弟子を気絶させられ、その弟弟子より弱いと言われ不満げなミアナはしかし弟弟子が心配なので後を追う。もちろん、そもそも模擬戦が始まる前から心配していたニーナも。
「あのクソやろう!」
掛け布団を乱暴に投げ捨て起きあがる。
クソ、あの野郎!木剣で木を叩き折るようなステータスで突き放つか普通!?あぶねーだろ!下手したら俺の身体に穴空いてたぞ!
…………まあ、ギリギリで速度が落ちていくのは見えたが。
その後ミアナに土下座させられるマルグスさんの姿を見て、溜飲は下がったが
「魔法四大元素は覚えてますね?」
「『火』『風』『土』『水』……理由は人間の生活に馴染み深くイメージしやすいから」
「はい、正解です」
アイリさんはよしよしと俺の頭を撫でる。剣の修行の後は魔法の修行だ。今は魔法の基礎知識の復習。
魔法って言うのは本人のイメージを現実に上書きする行為のこと。故に食材を焼き、暖をとる『火』に、常に肌を撫で、温もりや寒波を運ぶ『風』に、自分達の足下にあり、作物を育てる『土』、喉を潤し身体を清める『水』と言った常に身の回りにある、親しみ深くイメージしやすい現象が魔法四大元素と呼ばれている。
雪国では『土』の代わりに『氷』だったりするが。因みに海に住む
「そして火の派生に『熱』、風の派生に『雷』、土の派生に『鉱石』、水の派生に『氷』。まあ、あくまで連想しやすいからその系統を得意とする者が覚えやすい、ってだけですけど。後どの派生でもない属性には『無』と『光』と『影』、でしたっけ?」
「その通りです。そして『概念魔法』と呼ばれる『空間』、『時間』、『重力』、『魂』、『精神』、『生命』。『根源魔法』と呼ばれる『聖』と『闇』があります……」
概念魔法は魔力消費が属性魔法に比べて多く、扱いづらいらしい。
根源魔法はイメージを形にする魔法の根底とも呼ばれていて属性という概念はない。魔法を扱うのに必要なイメージ力を生む精神の根本的な部分、本人の意思によってそのあり方を変える魔法だ。聖は誰かを守りたいとか、助けたいとか正の感情で形作られ闇は憎しみや怒り、悲しみなど負の感情で形作られる。
「魔法とは本人のイメージの他に相性も存在します。これは遺伝しやすいですが、ルーク君のご両親は魔法を使えませんでしたね。ルーク君自身、どの系統が得意、などは見つかりましたか?」
「基本的に全部可もなく不可もなくですね」
苦手な系統こそないが、得意な系統もない。アイリさん曰わくステータスから考えれば平均的なのだとか。
「まあ、苦手系統がないのは凄いことですが」
「因みにアイリさんは?」
「私は全属性特化です。同じ魔力のステータスをした平均的な魔法使いの方々と同じ量の魔力で同じ魔法を使うと私の方が威力が上です」
「………………」
この人何で商会のお嬢様の護衛なんてやってるんだろう?
「私可愛い子供が好きなんです。男の子でも女の子でも……」
うっとりと頬を染めるアイリさん。よしよしと俺の頭を撫でてくる。
「私子供が欲しかったんです……それに宮廷魔術師は………」
「アイリさんまだ若いんだから相手なんて幾らでも探せるでしょうに……」
「それにメイド服着てみたかったんです。似合うでしょう?私、美人だから」
クルリと回転するアイリさん。ロングスカートがふわりと広がり金色の髪がサラサラ流れる。首を傾げながら微笑むアイリさんは自分が一番可愛く見える角度を理解しているようだ。
「鏡を見て毎日練習してます」
見た目はクールビューティーなメイドなのにな。本性知った時はかなりポカンと固まっていたな、俺。
「ねえねえどんな気持ち?ひょっとしたら初恋になったかもしれない綺麗なお姉さんがこんな性格だったのどんな気持ち?」
「…………初恋?」
「そこで首を傾げられるとお姉さん傷つく」
少なくとも俺のタイプじゃないな。俺のタイプは母性の主張がしっかりしてて明るい性格で髪はショートかアップ。
「巨乳など所詮脂肪」
「心読むな残念メイド」
「お姉さん傷付いた………ま、良いですけど。時にルーク君は詠唱魔法を覚えてますか?」
「多くの人間の意識に刷り込ませて集合的無意識に登録された詠唱を唱えて魔力操作の補助、ですよね?」
「はい。正解です……この補助を必要とせず己のイメージで補填できるようになると無詠唱魔法が使えるわけですね」
因みに俺は無詠唱魔法が使える。アニメや漫画の記憶でイメージ力はバッチリだからな。
「………せっかく教えたのに……ならそろそろ創造魔法でもやってみますか?」
「創造魔法?」
「創造魔法。簡単に言えば自分で想像し創造する、オリジナル魔法です」
「…………」
「簡単ですよ、無詠唱が出来るんですから。ただ、現存する魔法に対して集合的無意識の補助が完全に途絶えるので自分のイメージのみで補填しなくてはなりません。だからイメージ力の固定のためにまた詠唱を唱える人も多いですね」
「自分のイメージ、か………」
バックアップ無しとなると、俺はどの程度出来るんだろうか?
「今回も楽しかったわ。また来るわね」
最終日になり、迎えに集まった村人達。ミアナはスノーホワイトを竜籠の一つに積ませ満足そうだ。
「……ところでルーク、少し早いけど、うちに来ない?アイリもマルグスも、今のうちから修行させたいって言ってたわよ?」
と、ミアナが提案してくる。レベルは俺より下なのにステータスは上。それはアイリさんやマルグスさんの修行が俺が行っている狩りや自主練よりよほど効率的だからだろう。そこで学べば、俺もかなり強くなれるかもしれない。だが………
「………やめとく。俺は、この村で暮らすから」
「………そ、勧誘は失敗みたいね。お父さんにも伝えておくわ」
「ありがと、ミアナ姉さん」
仕方ない、というように肩をすくめるミアナ。ポン、と俺の頭に手を置く。
「やりたいことが見つかった?それなら、何よりなんだけど………まあ、見つける気にはなったみたいね」
「…………意外と人を見てる?」
「意外は余計。私は商人よ?相手がどんな奴か見抜くのも、商人には必要な才能。じゃ、次回からは勧誘しないから、普通に遊びましょうね」
ミアナはそう言うと竜籠に乗り込む。ワイバーン達が翼を動かし浮き上がると、空へと消えていく。
やりたいこと、か……取り敢えず今日は、罠の見回りだな。7歳になってから、改めて本気で探せばいい。
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森の異変
「グルオォォッ!!」
「ぐっ、くそ、ついてねぇ!」
一角兎を狩っていたら血の臭いに誘われたのか、トライアイウルフの群に遭遇してしまい、戦闘になっていた。
トライアイウルフは名前の通り三つ目の狼。狼らしく群で行動する。しかし本来ならもっと暗黒領域よりの森に住んでる筈。稀に群から追い出されたはぐれに出会うことはあるが、どう見ても群の本隊。
ボスと思われる狼は推定レベルは7はあるだろう。
「バウ!」
「と──ッ!」
ゴゥ!と炎の固まりが背後から迫り慌てて跳び木の上に着地する。すぐさま炎弾が迫ってきたので別の木に跳び移る。
「『水よ、我に敵意を向ける者達を封じる檻となれ』『アクアケージ』!」
詠唱による集合的無意識のバックアップに加え先程から固めていたイメージを合わせ巨大な水球を生み出す。魔力が半分以上持ってかれたが何とか全てのトライアイウルフを水の中に閉じこめることが出来た。
突如水に沈められジタバタ暴れるトライアイウルフ。維持に魔力が削られていく。
少しきついが水の檻を維持したまま反対の手で雷の槍を作る。イメージが崩れかけ、魔力で無理矢理水球の形を保────ッ!?
ドバァァァァァンッ!!
ボストライアイウルフと目があった瞬間、嫌な予感がして慌てて距離を取る。次の瞬間アクアケージが内側から弾け飛んだ。
「グウルルルルル」
「マジか」
炎を吐くだけでなく纏うことも出来るらしい。今のは、恐らく水蒸気爆発。全ての水ってわけじゃないんだろう、そうだったらもっと威力が高いはず。お湯も降ってくるし、全てが蒸気になったわけではないのだろう。
「チッ───大して減ってねぇな」
元々10匹だったが今動いているのは7匹。3匹の内1匹を俺がさっき殺して、2匹は今の水蒸気爆発で死んだ。
「グワゥ!」
「────ッ!!」
ボス狼の咆哮に一斉に動き出す部下達。囲まれるとただでさえ少ない勝ち目が完全に消える。木の幹を蹴り枝を掴み回転して遠心力で飛ぶ。後ろで爆音が響く、炎弾が撃たれたのだろう。
「グルル!」
「グオウ!」
「バウバウ!」
鳴き声が聞こえるが此処は俺の庭。走り慣れていない森の中では木々が邪魔をして全速力で走れまい。
「グルアァァ!」
「──うぉ!」
と、背後から迫る炎弾の一つが進行方向を変えてきた。即座に風で吹き飛ばす。
あのボス狼、炎弾を操ることも出来るのか!
地面に降りナイフを構える。若い一匹が飛びかかってくるが、その顎の下を掴み巴投げのように放り投げる。
「ギャウン!?」
着地しようとしたトライアイウルフはしかし地面に沈み悲鳴を上げ出て来なかった。トライアイウルフ達に動揺が走る。
「残念だが、此処はもう俺の縄張りだ」
懐に忍ばせていた小さな刃物を投げつける。木の上から土の詰まった麻袋が落ちてきて一匹潰す。もちろんすぐに這い出るが物が落ちてきたことに同様に慌てた様子で駆け出し、足に縄を引っかける。次の瞬間先端が銅の棘になった杭が何本も生えた罠に貫かれる。これで残り5匹。
この辺りは俺が仕掛けた罠が設置されてる場所だ。
罠は罠作成スキルを持ってない限りステータスによっては何の意味もなさない。俺は持ってない。が、杭の先端にしているのは魔物から手に入れた銅貨を鍛冶屋で加工してもらった
これで優位に戦える────筈はねぇな。罠気にしなきゃならねぇし向こうは遠距離攻撃持ち。むしろ不利だ。だが、これで良い。
「ほらよ……今日の取り分だ、全部やる」
道具袋から今日の成果の肉を全てトライアイウルフ達に向かって投げる。
「
最初に見つかった時点で肉をやった。それでも追ってきたのは、逃げる俺を弱い獲物と判断したからだろう。それでも1匹どころか半分殺されてもまだ逃げないのは妙だ。俺が大型の魔物なら、まあギリギリ解らなくもないが、小柄な人間のガキだぞ、どう考えても割に合わない。
本来ならこの辺りには生息しない魔獣。この辺りに来たのは、餌を求めてか縄張りから追い出されたか。10匹しかいなかったことを考えると追い出されたな。
だが、この辺り小柄な魔物をチラホラ見かけるだけ。10匹でも餌が足りるとは思えない。俺を襲ったのは最初こそ偶然だろうが、戦いを見て仲間を殺させようと思ったのだろう。
「……………………グウゥ」
ボス狼が唸ると部下達は困惑したように俺と肉を交互に見る。部下は基本的にボスに従う考えなしなのだろうか?
とはいえ、魔獣だ。無益な戦いはしないはず。事実トライアイウルフ達は肉を咥えると去っていく。最後に残ったボス狼は俺を一瞥して、残った肉を咥えて去っていった。
「…………はぁ………ふぅ」
あー、死ぬかと思った。
罠を3つ駄目にしたが、まあ命あっての物種と前向きに考えるか。
「今日の肉は狼肉か………筋っぽいが、まあ母さんなら美味く料理してくれる、よな?」
いや、問題はそこじゃないだろ。トライアイウルフが追い出されたとなると、主でも現れたか?
トライアイウルフも何時までこの辺りを彷徨くか解らない。取り敢えず報告しねーと。
ルークの持ち帰った毛皮を見てフリックは残りの狩人、アルンとヨハンを集めて地図を広げていた。
「トライアイウルフの本来の生息地はこの辺だ……間に村がねーし、正体解るまで救援要請は出せそうにねーな」
「トライアイウルフ自体は本来ならそこまで危険じゃねーからな。ルークのおかげで暫くは大人しいだろうし」
「どうせならもっと凶悪な魔物なら要請も出来たんだがな」
「そしたらルークが食われてたろ、滅多なこと言うな」
「取り敢えずは様子見で良いの?」
まあ確かに、一度どんな魔物か見て、勝てそうなら自分達で対処し無理そうなら情報を持って他の村に……しかしこの辺りの村となると……。
と、そこで1人多いことに気づく3人。見れば何時の間にかルークが混じっていた。
「ル、ルーク!?おま、まさか付いてくる気か!?」
「危険だ!」
トライアイウルフは群で生息する。レベルもこの辺りでは高い部類。魔獣故にそれほど危険視はされていないが彼等が追い出されるとなると現れた可能性のある主候補は相当な強さを持つと言うことになる。
「レベルが頭打ちなんだ、俺は。もちろん足手纏いと思ったら討伐には参加しない。でも、斥候で俺ほど優秀な奴、いないでしょ?」
「……………」
単純なステータスならルークはこの場の誰よりも弱い。この中どころか野菜や肉を食えば少しずつ経験値が入るから40近くの村人にも劣るだろう。ただ、逃げ足は本当に早い。特に森の中だと。
軽い体重を遺憾なく発揮し枝から枝に飛び移る彼に森で追いつける者はまずいない。今回だってトライアイウルフの群から逃げていたらしいし。
この辺りで発生する主はレベル5、トライアイウルフ達の生息地ではもっと上だろう。しかし主というのは基本的に人より大きい。森の中では木々が邪魔して全速力は出せないだろう。
「………ルーク、一つ聞かせろ。それは、焦りか?」
「………ううん。違うよ……もう、焦ってない。レベリングは建前。本音は、村で畑耕すか狩人になるか決めるため。ほら、俺ってば俺より弱い魔物か、状況次第で何とかなる魔獣としか戦った経験ないからさ、いざ狩人になって村の近くで強力な魔物が発生して、戦えないって事にはなりたくないから」
「………そうか」
狩人は村の近くで強力な魔物を発見した際討伐の義務がある。それは他の村の狩人にも言えることだ。しかしこんな辺境じゃそもそも村も少ないし、今のところ狩人候補はルーク1人。将来1人で討伐する事になるかもしれない。ルークが候補でなくなると跡取りが居なくなるが、子供の未来を縛りたくはない。
「……解った。ただし、戦闘への参加は強さに関係なく無しだ。相対するだけでも、挑みたくなるかどうかは解るだろ?」
「うん」
「よし」
フリックがルークの頭を撫でるとアルンとヨハンも順番に撫でる。ルークは照れ臭そうにその手を払うと部屋から出ていった。
同行は何とか許してもらえたな。戦闘には参加できないが、まあ仕方ないか。俺子供だし。
とはいえいずれ大人になる。そうなれば、この村で役割を果たさなくてはならない。将来の候補は今のところ親父を継ぐか狩人を継ぐか。
まあ、どちらにしろ村に残るつもりなのは変わらない。魔族の進撃の後、他の村と合併することになるかもしれないが………。きっともう、俺が物語に関わることはないだろう。だから、言っておきたいことがある。
「親父、母さん………今、良いか?」
「ルーク?」
今更ながら、漸く決意できた。この先ずっと彼らと暮らすならば、言わなくてはならないことを……。
「……何だ、そんな顔をして。まるで捨てられるのを恐れる子犬みたいだぞ」
「………近い、かもな。こんな話、頭が可笑しくなったと思われたり、信じてくれてもその結果捨てられてもおかしくないから」
「…………話してみろ」
「─────」
ああ、喉が渇く。言葉が上手く出て来ない。逃げ出したい、冗談だったと済ませたい。だけど、水を飲んで改めて2人に向き直る。不安そうな母さんの顔、子が親を捨てるなんて、子に言われ不機嫌そうな親父の顔。2人が俺を思ってくれるのは知ってるくせに、言葉を出そうとするほど責められているように感じる。
「………俺は、本当なら2人の子じゃなかった」
「………何?」
「俺には、前世の記憶がある………」
この世界にも転生という概念はある。過去偉業を成し遂げた英雄の魂は神々に認められ、二度目の人生を与えられると言うもの。余りに不幸な人生を歩んだ者にも二度目が与えられるとされている。
「前世の………記憶がある者なんて居ないから、あくまで伝説だと思っていたが」
「本当なら、もっと子供らしくて、手間がかかって、それでも成長していく姿を見るのが嬉しい、そんな子供を授かるはずだったのに、俺が邪魔をした………」
「泣き虫じゃなくなったと思ったら妙に成熟していると思っていたが、なるほど」
「……貴方、信じるの?」
「むしろ6歳でこれだ。前世云々抜きにしても、普通ではないのは確かだろう」
思ったよりあっさり受け入れられた。いや、それだけ俺が普通じゃなかったって事だろう。
「その口振り、前世では親だったのか?」
「兄だよ。妹が成長していく姿は、自分のことのように幸せだった」
だからこそ、俺はそれを奪った俺自身が許せない。
「だが、たとえ前世の記憶を持ってたとしてもこうして生まれた以上は───」
「違う、違うんだよ親父………俺は、この身体の……あんたらの本当の息子の人生を客観的に見ていた。だから知ってる、本当ならもっと親子らしい会話が出来たはずだ。前世の記憶なんか持たなかったはずだ……そんな、普通の子供の人生を、俺は奪ったんだよ!」
「ルーク?客観的って、お前……何をいって」
「本当なら、此奴は、村に残るなんて選ばなかった、選べなかった!自分のような思いをする奴が生まれないために、剣を取れた。俺は、違う……知っていながら、剣を取ろうなんて思えなかった。村に残って、誰かが命を懸けている間1人だけ平穏に生きようとしていた!」
どうして俺なんだ、何度もそう思った。俺じゃなくて、もっと勇気がある奴がこの身体に入っていれば世界を救おうとしたのだろう。
どうして此奴なんだ。何時もそう思っていた。物語に何の関係もないただの村人にでも転生していたら、こんな思いはしなくて良かったのに。
それでも俺は、村に残ることを選んだ。どうせ俺には無理だからと、この先本物が救うはずの者達から目を背けて。
将来狩人になれるか確かめるため?馬鹿を言うな、本当は何か役に立っていると思いたいだけだ。せめて普通より上の貢献がしたいだけだ。
「ルーク………」
「お前──」
「───ッ!!」
気が付くと2人はポカンと俺を見ていた。
最悪だ、溜め込んでいたものを、こんな形で2人にぶつけるなんて………!
「ごめん、頭冷やしてくる………」
「ルーク!」
「んぅ……皆どうしたの?おにいちゃん……?」
席を立ち外に出ようとするとノエルが眠そうに目をこすりながら現れた。起こしてしまったらしい。
「………………」
「………おにいちゃん?」
『おにいちゃん!』
姿が重なる。幼い頃の、前世の妹と。そっとその頭に触れようとして、目の前の相手がノエルと気づき手を止める。
「………ルーク、お前が俺達を………そう、例えるなら俺達を通して誰かを見てるのは、気付いてた。でも、その目が親を見る目だってのも……ずっと不思議だったが、そういうことだったんだな……俺達を、家族としてみれないのか?」
「皆は、好きだよ………でも………ごめん、上手く言えない」
そういって、俺は逃げ出すように家から飛び出した。いや、逃げたのだろう。
大きな木のウロと根を利用して作った隠れ家の一つにやってきた俺は常備していた水袋から水を飲み、頭から被る。少し落ち着いた。
「………何やってんだ、俺」
感情的になり2人に当たって、本当、何をしてんだか………。
「………けど、言えた………」
まああの場で2人にこんな俺をどう思うと聞いても、意味がないだろう。2人にもきちんと考える時間が必要なはずだ。その場合、どうなるだろう。実は子供が、自分の子供じゃない何かを宿しているなんて………
「───!?」
と、不意に足音が聞こえ慌てて立ち上がる。父さん達か?いや、足音が軽い。人間の大人じゃない……。
警戒しながら顔を出すと、キョロキョロ辺りを見回すニーナが居た。何やら毛布を抱えているようだが………。
「あ、ル、ルーク君!」
と、俺に気が付くと嬉しそうに駆け寄ってきて隠れ家に入ってくる。
「ニーナ、どうして此処に?」
「眠れなくて、窓の外見てたらルーク君が走ってるの見えて………ど、どうしたの?喧嘩したの?」
「喧嘩……とは違うな。ただ、ちょっと帰りにくくてな」
「……………」
その言葉を聞いたニーナは俺の横に座り、毛布をかけてくる。自分ごと───
「じゃ、じゃあ……その……い、一緒にいて良い?」
「…………なあ、ニーナ……」
「なぁに?」
「例えばお前は……友達だと思っていた奴が、実は友達じゃなかったらどうする?そいつが本当は、誰も知らない遠い所から来た奴で……そいつと友達で居られるか?」
「うん」
即答だった。思わずニーナを固まる俺に、ニーナは少し頬を染め顔を逸らす。
「だって、ずっと一緒にいたんでしょ?なら、友達だよ。友達じゃないなんて、ない……」
「でも、そいつは……隠してたんだぞ?嘘を付いている………それなのに……」
「わ、私だって、隠し事あるよ………ルーク君、頭良いから……か、考えすぎなんじゃないかな」
だけど、この隠し事は単純なものじゃない。ニーナの隠してることに比べたら、そう思っているとニーナは俺の考えていることが解ったのかムッと頬を膨らませる。
「ルーク君、私……ルーク君の友達はや、やだよ」
「…………」
「本当は………こ、恋人になりたい。それが私の隠し事……」
「…………気付いてた」
「ふぇ!?」
唐突な告白にあっさり返すとニーナは赤くなった顔をさらに赤くする。その光景を見て、だいぶ落ち着く。
ニーナは原作ゲームのヒロインの1人だが、攻略はゲームが始まる学園編から始まる。つまり好きになるとしたらそれ以降の筈。この時点で俺が好きだというのは、つまり
「でも、こ、この気持ちは………一緒に過ごしてたルーク君に向けたものだよ……」
「………聞いてたのか」
「………うん。本当は、家に帰るルーク君を見て、辛そうだったから、気になって………で、でもね。今の言葉は、本心だからね!」
真っ直ぐ見つめてくるニーナの目を見て、嘘はないと判断する。そもそも6歳のガキに嘘なんてつけるものか。
けど、彼女の言葉に従って言うなら、親父も母さんも、知りもしない生まれてくるはずだった子供ではなく、俺を子供としてみてくれているって事になる。
「……………」
「ルーク君?」
毛布から出て歩き出す俺にニーナが不思議そうな顔を向けてくる。
「………帰る。帰って、話してみる……」
「…………そっか」
隠れ家から出て、ニーナの手を引き彼女も出す。少しだけ気が楽になった。俺の身体は6歳で、脳だってまだ発達中で少し精神が引かれている。だから同い年の女の子に告白され、少し興奮しているのもあるかもしれない。断じてロリコンではない、身体に引っ張られているだけだ。
「夜に、男女2人きり、か………こう言う時は月が綺麗とでも言えば────ん?」
「どうしたの?ルーク君……」
月を、星を、何かが隠す。雲、ではない。受動的とはとても言えない、能動的な────ッ!?
「あれ、全部………魔物、か?」
確かにミアナ達が帰った後だ。だがまだ一日だぞ!?よりによって、何で今!
パリィィィィンッ!!
甲高い音とともに結界が砕ける。割れたガラスの破片のように輝く結界の破片は地面に落ちる前に光の粒子になって消えていく。
「な、何?何なの!?」
「…………魔族の襲撃だ」
見渡す限りの空に動く影が確認できた。
暗黒領域から離れているから、時間を稼げると思っていた。だが、違った。魔族達は、恐らく第四領域各地に同時に攻め入った。
結界がなくなり地上に降下してくる飛竜に怪鳥。その背に乗った種別問わない魔物達。
「────ッ!!」
「ルーク君!?」
「村の皆に呼びかけてくる!お前は、穴に戻れ!」
恐らく村は混乱状態。誰かが避難するように叫ばなければ動くのに数秒時を有するはず。それが命取りになる!
急げ、少しでも多く、救うために!
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平和の終幕
人間界を守る超巨大かつ強大な結界が砕け、空から無数の影が落ちてくる。
ルークの予想通り混乱が起きて避難に移れる者は居ない。
「皆、何でこんなところに!?」
誰もが呆然と空を見上げる中幼い声が響く。ルークのものだ。焦った様子のその声に大人達が平静を取り戻す。
ここは森の中。村の中ではない。だというのに何故こんな場所にとルークが焦ったように叫ぶ。
「ガルス達からお前が飛び出したって聞いて、心配してみんなで……」
「ニーナちゃんも居なくなってるって聞いたけど、お前と一緒か?」
「─────ッ!!」
ルークはその言葉に目を見開くと辛そうな顔をして俯く。が、直ぐに顔を上げた。こんな事をしてる場合ではないと判断したのだろう。
「他の皆に避難呼びかけてくる!この状況に、混乱している人がもっと居るかもしれない!」
「お、おい!」
ルークは静止も聞かずに駆け出す。森の中でルークに追いつける者はこの村にいない。ある意味では、彼に任せるべきなのかもしれないが………
「……と、とにかく俺たちも避難する───!?」
そういって駆け出そうとした瞬間、彼等の目の前に人影が現れる。
月明かりに照らされた異様なまでに青白い肌。ねじ曲がった角に、蝙蝠のような翼。
「失礼、この辺りで、年齢は6歳程の年に対して成熟した精神を持つ者に心当たりはありませんか?」
くそくそくそ!最悪だ、よりによって散らばっているなんて!
しかも、俺を捜して?俺の軽率な行動のせいじゃねーか!とにかくパニックになってる村人達に避難するように言わなくては。言葉にされれば混乱したままでも行動に移れるはず!
いや、それより村だ。子供達は流石に残っている筈!
「アン!ヤンク!アレン!ノエル!」
案の定残っていた数人の大人と慌てて外に出て取り敢えず集められた子供達を見つける。集められたは良いがどうするかはやはり混乱中。魔族は結界の外にしかいない、そういった固定概念が崩され行動に移せないのだろう。
「皆は今すぐ避難を!ノエル、父さん達は?」
「あ、あっち……」
「あっちか。解った!」
「あ、ま、まって───!」
ノエルの声が聞こえる。しかしそんな暇はない。魔物が空から攻めてきた以上、暗黒領域と距離があるなど何の気休めにもならない。少しでも早く避難させなくちゃならない!
地面を蹴り砕かんばかりに力を込め、全力で駆け出す。森に入れば枝に飛び乗りしなりをバネに地上より速く移動する。
「親父ぃ!母さん!どこだ!?」
俺等の所に来た大人達や村に残っていた大人達の数からして、こっち来た大人達で隠れ場所を一つ一つ探してもまだそう奥へとは行っていないはず。
「────は?」
それが俺の声だと理解するのに数秒要した。それを理解したくなくて、理解するのにさらに数秒。
「母、さん………」
倒れる大人達と、その中央に立つ大きな影。その手には口から血を流し体が有り得ない方向に回った母さんが居た───
「───────!!」
獣のような絶叫に人型の魔物、トロルは振り返る。小さな人間の幼体が迫ってきた。払おうとすると炎が視界を覆う。そして、眼球に鋭いナイフが迫る。しかし───
「!?」
刺さらない。
ステータスが邪魔をする。トロルは目に砂が入ったように目元を押さえようと腕を動かす。当然、顔の近くにいた人間の幼体───ルークは吹き飛ばされる。
「ガハ───ッ!ゲホ、ゴハ!」
背中から気に激突して胃の中の物を吐き出す。背骨はギリギリ折れていないが、下半身がしびれて動かない。
「んぶ、ぶぇ!?」
トロルに叩かれた際に胃が潰れゴボリと喉の奥から血が流れる。
「ハ───!ハァ……あ──」
血に染まった手を見て、しかし声が出せない。ヒューヒューと空気が漏れるだけ。
トロルはそんなルークの様子など気にせず次の獲物である少年に向かって歩く。
「あ………ひぃ!」
歩み寄ってくるトロルにルークは顔を青ざめさせて逃げようと這う。
ルークのその姿を誰が情けないと罵れようか。ルークは今まで死を覚悟したことがない。マルグスが評価したように、ルークは戦闘時において、失敗する可能性を常に想定している。だが、常に何とか勝てる、逃げきれる、そう考えてしまっている。
死が遠い平和な日本で生活していた記憶があるのもあるし、そもそも人は無意識に死というものから意識を遠ざける。無意識に、死を自分には関係ないものだと考える。魔物が攻めてくるのを知りながら、どこかで助けられると軽く考えていた。だが、改めてトロルを前にし、攻撃が通じず攻撃を受け知った。どうあっても勝てない存在を前にする恐怖を………。
「は……は、ひ………」
ズシンズシンと地を揺らしながら近付いてくるトロルは、視線を向けるまでもなく近付いてくるのが解る。
「ウウゥ……」
トロルはルークを見ながら考える。今回各地に襲撃した魔物には魔族からある命令が与えられていた。6歳の子供を殺す前にその地区の担当の魔族に見せるように命じられていた。果たしてこの子供は6歳なのだろうか?
魔族の領域で生きていたトロルは子供を知らない。ただ、子供というのは解る。死んでないし持って行こう。と、手を伸ばした瞬間その腕に人間の大人が飛びついてくる。
「グオォォ!」
邪魔だと腕を振るうが腕にしがみつき離れない。苛立ったように木に叩きつけるがそれでも離れない。
「ぐ、が……!ガルスぅ!ルーク君連れて、逃げろぉ!」
「────!!」
引き剥がそうと更に暴れようとするが他の手足にもしがみついてくる。殺し損ねた人間の雄や雌だ。その内一匹が目当てのルークを抱えて走る。
「ゴオオォォォ!!」
死にかけの分際でしつこい人間達の頭を握りつぶし踏み砕く。しかしその間に子供を抱えた人間──ルークを抱えたガルスは森の奥へと消えていく。
「オオオオオ!!」
苛立ちを死体に当たるトロル。ドンドンと死体を何度も踏みつけビチャビチャと飛び散る血に身体を汚しながらブフゥと息を吐き漸く落ち着いたのか闇の奥を睨みつける。夜目が利くトロルだが、木々が密集して奥が見えない。大きな体では通るのも一苦労だろう。もう一度だけ死体を踏みつけガルスが去った方向へと歩き出した。
子供の顔だった。前世の記憶があろうと、あの時ルークが見せた顔は叱られるのを恐れる子供の顔だった。
何を叱られると思ったのだろうか?決まっている。子供の身体を奪ったことだ。少なくともルーク本人はそう思っている。
彼の言っていたことの後半は良く解らないが、恐らく過去に予知能力のようなものを持ち来世、ルークとしての人生を、普通の子供として育てられている自分を見たのだろう。だが前世の記憶を保持したまま転生してしまい、本来の光景を知るが故に奪ったと解釈してしまったのだろう。前世云々に関しては今更疑う気はない。前世で予知能力を持っていたというなら信じよう。
前世に関してはは普段のルークを知るなら大抵の者が納得するだろう。未来を知るに関しては、信じる者も少ないだろう。だがガルスは、ニルナは、信じることにした。他でもない、息子の言葉なのだから。
そうなれば彼が幼少期の頃言っていた魔族の襲撃も───そんなことを考える前に2人はルークを探しに行った。彼に伝えたいことがあるから。
ルークが本気で隠れたら隠れ家だらけの村周辺で2人だけで見つけるのは難しい。村人達に頼み、狩人のフリックに先導されながら森の中に進む。
「居たか?」
「居ない。こっちじゃなかったか………他に隠れられる場所はあったか?」
「あっちにもあったな。けど、あそこは使わないんじゃないか?隠れ場所とは思ってなかったし……」
ここから少し離れた位置に動物が掘ったのか木の根が腐ったのか、大人1人なら入る縦穴がある。子供が落ちると危ないので大人達が岩で塞いで居たのだ。あそこはルークが作ったのでも見つけたのでも無いし、ルーク自信あまり気にしていなかった。所詮隠れられるのは1人だけ、ルークがわざわざ隠れるとも思えない。
「もう少し奥を探すぞ……」
そう言って森の奥へと移動しようとした時、上空から何かが割れるような音が響く。慌てて空を見上げれば砕け散った結界と、各地に散らばる無数の影が見えた。そのうち一つから何が此方に落ちてくる。
「「「────!?」」」
ズウゥゥン!と地を揺らし砂埃が舞い上がる。その衝撃にニルナは思わず尻餅をつく。
結界が破られ、空には無数の飛行型の魔物が飛び交い、それから何かが落ちくる。立て続けに起こった出来事に誰もが唖然とする中真っ先に正気を取り戻したのはガルスで、次にニルナもハッと気が付く。
過去我が子が大人達に何度も訴えていた出来事を、魔族を知らぬから、世界を知らぬから心配しすぎていると思っていた、彼の訴えを思い出す。
「逃げろ!今すぐ避難しろ!」
「え、ど、どうしたんだよガル───」
グシャリ。
土煙の中から現れた巨大な掌が好奇心で近付いてしまった男の頭を握りつぶす。
「───え」
「ッ!逃げろぉ!」
さっきまで当たり前のように話していた相手が死ぬ。その非日常にやはりかたまり、ガルスが叫ぶ。土煙が晴れると現れたのは大きな鼻を持った醜い顔の魔物、トロル。魔物の故に、人を襲うのは必然。この中に
「グブゥ………ブフ」
「ひ!?」
トロルの視線がニルナに向く。ニタァ、と嫌らしい笑みを浮かべたトロルに誰もが嫌悪感を覚える。
別に、人を犯したりはしない。そんな事をしても繁殖できない。する必要がないのだ。では何故笑みを浮かべたか、簡単だ。人の雌の肉は雄の肉より軟らかい。どうせ食うなら子供の骨をパキポキ噛み砕きたいし雌の肉をクチャクチャ噛み潰したい。人間の子供並の知能がなまじ存在する分、餌をえり好みする。
トロルの意図に気づいたガルス達は当然守ろうとしたが、あっさりやられる。当然だ。トロルに勝てるステータスを持つ者など、この村には1人だっていない。
「あ、が……」
ボギリ
「ニ、ニル…………ナ………」
妻が握りつぶされるのを見ながら動けないガルスは必死に身体に力を込めようとする。トロルにとって、ガルス達は食事の邪魔をする虫でしかない。だから軽く小突き、ガルス達は生き残れた。だが、動けない。痛みと、ダメージと、何より恐怖で。
「───────!!」
だが、大人達が動けない中トロルに迫る影があった。他でもない、自分の息子だ。あっさり叩かれ、年相応の子供のように怯える。トロルは何かを思い出したようにニルナの死体を放り捨てるとルークに向かって歩み寄る。
「────っ!!」
ガルスは全身の血が沸騰しそうな怒りを覚えた。
トロルに、何より妻を守れず、死んでしまった妻を前に立ち上がることが出来ない自分に。
息子に近づき、妻の死体をゴミのように放り捨てるトロルと、未だ動けない自分に。
「ぐう、お………おぉぉ!!」
痛む体を無理矢理動かし、震える足を黙らせる。子供は村の宝だ、もう奪わせてなるものかとフリック達も動く。必死にトロルにしがみつく。
彼等はきっと死んでしまうだろう。だが、彼等もガルスも思いは一緒。
振り返ることはしない。そんな事をして足を遅らせ、追い付かれてしまっては彼等に合わせる顔が無いから。
ガルスは先程ルークが隠れているかもしれない場所の候補にあげていた縦穴にくる。穴を塞ぐ岩の隙間に棒を指し、梃子の原理で岩を動かす。
「ルーク、ここに隠れろ……!」
そう言ってルークを縦穴に下ろす。少し下ろしにくい。暫く抱かぬ間に、こんなに重くなっていたのかと感心する反面、まだまだ軽いと嬉しくなる。彼はまだまだこれからなのだ。
「…お、親父………親父も、はやく………」
「こんな時ぐらい、自分の心配しろ馬鹿やろう。ああ、本当に馬鹿だよお前は……お前が前世あるとか、本当なら前世の記憶がない子供を俺等が育ててたはずだからとか、くだらねぇ………良いか?良く聞け───!!」
ガルスが慌てて振り向く。ズシンズシンと地が揺れる。トロルが近付いてきているのだろう。
「………ルーク、絶対に、声を上げるな。絶対にだ……」
「ま、待て親───」
「声を出すな!親の言うことを聞け!」
こんな台詞初めて言った。言う必要がないいい子だったし、親になったら言わないと決めていた言葉だからだ。こんな時に使いたくはなかった。
固まり、声に詰まるルークから視線を外しトロルを見る。鼻の良いトロルだが今は怒りで自分しか見えていないようだ。人間に出し抜かれたことがよほど腹に来たらしい。その程度の知能があるな、十分。鼻で笑ってやる。
「!!グオアアァァァァッ!!」
トロルはガルスを叩き潰さんと拳を握る。これで良い。自分を殺し、溜飲が下がればきっとトロルはまたルークを探す。だが自分が今この場所で潰されれば、自分の死体の臭いがきっとルークを隠してくれる。
「ルーク……すまない、嫌な思いをさせる。だけど、どうか……叫ばず、泣かず、耐えてくれ」
ああ、本当は伝えたいことが、伝えなくてはならないことがあったのだが、無理らしい。
トロルの拳が迫る。グシャリと、トロルによって新たな死体が作られた。
「──────ッ!!」
血と肉と臓物がビチャビチャと音を立て降り注ぐ。骨の欠片が身体にコツンと当たる。父だった肉塊の一部を全身に浴びながらルークは必死に声を押さえる。
黙っていろと言われた。それは父が自分をトロルから隠そうとしたから。ここで自分からトロルに見つかるようなことをすれば、父が死んだ意味がなくなるから。
足音が遠ざかっていく。父の敵が離れていく。追うことなんてとても出来ない。何も出来ない。
死にたての血肉の温もりに包まれたまま、夜が更けていく。ルークはただ、涙を流し朝になるのを待つしかできなかった。
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崩壊の後に
まだ軟らかい血肉を掻き分け乾いた血で身体を汚したルークが縦穴から這い出る。こんな時にでも、日は昇るようだ。それは魔族襲撃という非日常から一転して日常的な光景。その光景を見た生き延びた者達は安堵しているかもしれない。まあ、第三結界の方は大騒ぎだろう。まだ魔物に群がられているに違いない。
「……………」
ルークは虚ろな瞳でフラフラと歩く。村に向かって、未だ炎がくすぶる民家を見て駆け出す。
「────!!」
風魔法や水魔法で炎を消し未だ熱を持った瓦礫を押し退ける。見つかった腕を引けば二の腕から先が炭化しておりボロリと欠片が崩れる。
それでも必死に叫び、瓦礫を退かしていく。誰か生き残りは居ないのか必死に探す。
父が死んだ。母が死んだ。狩りの師が死んだ。村の大人達が死んだ。トロルに殺された。自分を捜しに来たせいで。母以外は、自分を助けるために。
自分のせいじゃないと心のどこかで必死に言い訳をする。決まっていたことだ、仕方ないことだと、言い聞かせようとする。だから生き残りを捜すのだろう。自分のやったことが無駄じゃないと言いたくて。
「───あ」
だからそれを見つけて、固まる。子供の死体があった。本来なら生き残る筈の、子供達の死体。バラバラで原形もとどめていない肉片の中に子供の手が複数落ちていた。
「あ、あぁ……」
原形を保っていたアレンの死体の手をそっと取る。冷たく、脈がない確実に死んでいる。
──原因は何だ?
胸を大きく切り裂かれ、心臓まで傷が達している。これが致命傷だろう。
──何が原作と異なった?
問われるまでもなく、自分だ。自分の存在だけだ。
「ああ……──カハ、ヒュ───ハ──ッ!」
裂けんばかりに口を開き慟哭に胸を焼くのかと思いきや、喉の奥から出た音は何とも頼り無いことか。ヒューヒューと喉に詰め物でも詰まったかのように過呼吸を繰り返す。
「──ん!──くん!」
胸を押さえうずくまるルーク。その肩を、誰かが揺する。
「ルーク君!息をして!」
「!?──ハッ───ハァ──ニー……ナ?」
耳元で叫ばれ、その顔を間近で見て漸く正気を取り戻す。泥だらけのニーナが目尻に涙を蓄えルークを見つめていた。
「ルーク君、これ……皆、誰か生き残りは───」
「─────」
「ルーク君……?」
自分の身体にすがりつくように抱きついてきたルークに困惑するニーナ。こんな状況で喜べるほど図太い神経はしていないニーナは普段と違い弱々しいルークの態度に、違和感を覚えしかし震える彼をそっと抱きしめた。
「俺の……俺のせいだ……本当は、まだ生き残るはずだったのに……知ってたのに、備えてたのに、俺は……何も出来なくて……」
「……………」
「何で俺が、生き残って………俺なんかじゃなくて、ヤンク達が生き残れば……ごめん、ごめん……」
「……何で、ルーク君が謝るの?守らないのは悪いことかもしれないけど、守れないことは……し、仕方なくですませられないかもしれないけど、悪いことじゃないはずだよ?」
ルークは村が滅びてしまったことを自分のせいだと責めている。それが何故か、ニーナには解らない。だから、慰め方も解らない。だけど、何も出来ないのは嫌だ。何とか慰めようと言葉を探す。
「ルーク君……取り敢えず、移動しよ?何時、魔物が戻ってくるかも解らないよ……」
弱々しいルークを見て、守らなければと思ったニーナは何とか冷静さを取り戻しルークを起こす。ここに来るまで、死体を幾つも見た。その中にルークの死体がないことに安堵してしまったことに、自分を捜しに来てくれていたのだろう、獣に食われたかのような両親の死体に動揺するより先にルークを探しに行った自分に嫌悪感を覚えながらもルークが生きていたことが嬉しくて、だから死なせたくなくて隠れ家に運ぶ。
「………………?」
ルークは森の光景を見て違和感を覚える。死体の死に方がガルスやフリック達と異なるのは、別の魔物に襲われたのだろうと納得できる。だが、隠れ家の内幾つかが死体が中に誰かが居るわけでもないのに壊されていた。
「ル、ルーク君……待ってて……ご、ごはん取ってくる………」
「ま、待て……今、外に出ると……」
「大丈夫。魔物の気配感じたら、逃げるから……あ、危なくなったら叫ぶから」
服の端を掴むルークの手をそっと離す。さっきはああ言ったが、魔物だって直ぐには戻ってこないはずだ。だから、きっと大丈夫。
「……………」
何も出来なかった。何をしているんだ俺は。
結局村を救えなかった。それどころか、ヤンク達まで死なせてしまった。ニーナは、生きていてくれた。それだけは、救われた。そうだ、ニーナを守らなくては。
そのために、とにかく頭を冷やせ。自分を責めるのは後だ。取り敢えずニーナと一緒に保護されなくては………。
「………問題は、期間か」
保護されたことは知っているがそれが直ぐなのかは解らない。まあ、第四結界が破られて直ぐに保護に迎えるとは思えない。恐らくは数日。
食料は確かに必要だ。他の隠れ家から持ってくるべきだろう。
「ニーナを手伝うか────ッ!!」
外に出て、村人の死体を見つける。胸の内からくすぶる黒い感情を何とか押さえ、ニーナを追うために、その場から逃げるように走り出す。様変わりしてしまったが森が俺の庭であることには変わらない。踏みつけられた草や乾き脆くなり、その上で砕けている木の葉を手掛かりにニーナの向かった方向を見る。
きっとこの時、俺はニーナに依存しようとしていたのだろう、原作と異なり、死なせてしまった子供達の中で生き残ったニーナに、唯一失わずに済んだニーナに。
それはきっと罪なのだろう。彼女の両親が死ぬことを知りながら救うことも出来ず、本来なら生き残る筈だった彼女の友人を死なせ、それでも彼女に縋ろうとした。
それは罪だ
ああ、だけど──
罪には罰が
これは、流石に無いだろ?俺は失ったばかりだぞ。
「お、おい……何も殺さなくたって……」
「うるせぇ!何時助けが来るか解らねーんだぞ、少しでも多く……」
「そ、そうだな……俺も運ぶの手伝う」
他の隠れ家に隠していたであろう保存食を両腕に抱える男達。その足下に転がった、血を流し倒れるニーナ。
「お、おい……彼処……!」
「ほっとけ、ただのガキだ」
「…………死ね」
突如襲ってきた魔族の軍勢。しかし何名か逃げ切れた者達も居た。
所謂自分達のみを優先していち早く逃げた者達だ。そう言った者達は徒党を組む。本能的に理解しているのだ、この先群を作らなければならないと。
助けが来るまで、滅んだ村から食料を探す。持ち主がいても奪う。自然から見つけるよりよほど楽だ。
だから当然、場所を知っている村の一つに向かう途中、食料を抱えている幼い少女を見つけた彼等は迷わず襲った。抵抗されて、殺したが自分達が生き残るためだ。何も間違っていない。そう己に言い聞かせた。
まあ、罪悪感はあるのだろう。少女と同い年の少年が呆然と此方を見ているのを見て、逃げ出そうとしたのは間違いなく負い目からだ。と、最後尾を歩いていた男が不意に倒れる。何してる馬鹿と叫ぼうとすれば、最後尾の男の首に少年が持ったナイフを突き立てられている光景が目に映った。
「………は?」
仲間が殺された。それも、明らかな弱者である子供に。呆然とする中、1人の男が眼孔から脳を貫かれ、別の男が鎖骨の隙間から心臓を貫かれる。
何とか正気を取り戻した1人が殴りかかるが、蹴りを喰らい手の骨が砕ける。
彼等はレベルが低い。狩人でもなければ衛兵でもない。ただ畑を耕すだけが日課。ほぼ毎日狩りをしている少年に、ルークにステータスで劣る以上、勝てる確率はほぼゼロだ。
「ひ、ひぃ!人殺しぃ!」
「────!!」
男の1人が自分達の行動を棚に上げ情けなく叫べばルークの動きが止まる。ルークは男達と違い、敵でも、食料を奪う簒奪者相手でも人を殺す嫌悪感を拭いきれなかった。その隙をつき男の仲間が後ろから太い棒でルークを殴りつける。
「ぐあ、が!」
トロルにやられた場所に偶然あたりステータスの差など関係ないレベルの痛みを味わう。
「カ───!」
脇腹を押さえてうずくまるルークを憎々しげに睨みつける男達。ルークが彼等と違い、人殺しに嫌悪感があるように、彼等はルークと違い人を殺すのに抵抗は少ない。ルークが仲間を殺したのだから、それを理由に殺せる。先にルークの仲間を殺したのは彼等で彼等だってそれを知っているはずだがそんな事は気にしない。要するに自分は悪くないという理由さえあればいいのだ。
「このクソガキが!よくも仲間を!」
「このイカレ野郎が!!」
ルークが動けないと気付けば恐怖もなくなりドカドカ蹴ってくる。ギロリと睨みつけられ後ずさるが妙なプライドでも持っていたのか顔を赤くして棒を振り上げ───
「嗚呼、良かった。見つけられた。これで我等の母に顔向け出来る」
切り刻まれる。
文字通り崩れ落ちる男達の代わりにその場にたつのは1人の男。藍色の髪をかき分け伸びるねじ曲がった角は前方へと向けられ、蝙蝠のような翼を折り畳み出来るだけ身体を小さく見せようと跪く男の肌は、有り得ないほど青白い。
蒼白な顔だとか、不健康そうだとか、そういった類ではない。
文字通り青が混じった異様な肌。瞳は金色で、眼球は墨汁でも塗りたかったかのように黒い。
「………魔族」
「はい。魔族のアリストアと申します。御身がこの近くに住んでいるのを知りながら、迎えが遅れたことをお詫び申し上げます。我等の母がお待ちです。共に行きましょう」
「───ッ!?ふざ、ける───つぐぅ!!」
村を滅ぼしておいて、何をと叫ぼうとするが身体に走る劇痛で押し黙る。アリストアと名乗った魔族は魔法でルークの身体を浮かせる。
バサリと羽音を響かせ竜型の魔物が現れるとその背に乗り、ルークも乗せる。
「迷い人に、巻き込んでしまった者達に幸福を、それが我等の母の願いなのです」
そう言って微笑むアリストア。その目からは優しさなど感じれない。かといって、蔑みも………表情こそ変わるが、その目は一定。感情の映さぬ瞳を向けてくる。ルークはその目に、恐怖を覚えた。
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次回いよいよヒロイン登場!までいけたらいいなぁ
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滅びの元凶
身体が動かせない。ルークはただ魔族の男を睨みつけている。
「そう睨まないでください。私に敵意はありません」
「俺には、ある……全部、壊しやがって!お前等のせいで、俺の家族が──!」
降り注いだ父だった肉塊の感触に、踏み殺され、焼き殺され、切り裂かれ、食われ殺された村人達の姿が頭を過ぎる。人間に殺されたニーナの姿が頭に過ぎる。
殺されるかもしれない。だが、叫ばずには居られない。
「それは、申し訳ありません。しかし───」
《………喜ばしいことです》
「─────ッ!!」
ルークの叫びにアリストアが返そうとした瞬間、唐突に虚空から女の声が響く。アリストアが竜の上で跪いたことから、彼より地位のある魔族か何かだろう。
《村が滅ぼされ、その原因である私達にこうも敵意を向ける。ああ、貴方は彼等を愛していたのですね。彼等との生活が、心から幸福だったのですね。喜ばしい……貴方がこの世界の命を愛してくれて、私は嬉しい》
「──────」
嫌な汗が流れる。聞こえてきた美しい声に、ルークは全身を這う悪寒を拭えずに居た。
何だこれは?凄く怖い。いや、怖いとかそういう次元じゃない………。トロルに叩かれ、近づく気配に死を覚悟した時ですらこれほどの恐怖は感じなかった。
眼前に惑星でも現れたかのような威圧感に、喉が渇く。呼吸を忘れたかのように息に詰まる。時間よ止まれと願うように、自分自身を固めてしまう。
《1人は力を、1人は愛を求めました。だけど貴方は、既に満たされていたのですね。それを知らず、奪ってしまったことを謝罪します》
本来ならふざけるな!と、知ったような口を利くな!と、そう叫ぶべきだろう。そう言うべきだろう。だが、言えない。口が動いてくれない。
《ああ、ですが安心してください。こうして見つけた以上、貴方は、必ず幸せにします。他の方々と違い、既に幸福を得た貴方に、それを奪った私達が何を、と思うかもしれませんが、必ず。ああ、運命に感謝を……探して直ぐ、見つけられるなんて》
「───は?」
圧迫感も忘れ、その声が漏れた。此奴、今何て言った?
いや、本当はアリストアの台詞で気付いていた、しかし気付きたくなかった言葉。
「───探していた?俺を?」
「はい。言ったでしょう?迎えに来た、と──」
《貴方達は迷い人。異世界を知るための目となる存在、観測点……しかし世界に穴をあける行為には無理がありました。貴方達の魂は、此方に迷い込んでしまった。故に迷い人……貴方達の世界を見ました。彼処まで発展している世界に干渉しようとは思いませんが、平和な国でしたね》
「しかしこの世界は何かと危険が多い。そんな世界に、迷い込ませてしまったことに我等が母は責任を感じておりました」
《とはいえ、結界の中へと浸入は容易くとも大ざっぱな位置しか解らぬ現状。今回の予定に組み込んだのです。結界の一つが破られた時なら、第四領域では堂々と行動できますし他の領域の方達も混乱して周りを気にする余裕が減るでしょうからね》
「貴方だけは第四領域に居りました。故に、迎えに………」
「じゃあ、何か………?」
アリストアと声だけの女の言葉に、ルークは震える唇で、引きつった笑みを浮かべながら彼等に問いかける。とっくに出ている答えを、確認するために。
「俺の村に直接魔族であるお前が来たのも、トロル以外に別の魔物が居たのも、隠れ家を見つけ次第破壊されていたのも、子供を殺したのも、全部俺を見つけるため、か?」
「はい。あの辺りの村には多めの魔物を派遣しましたし、隠れ場を見つけた時に、良く探して破壊するように言い含めていました。まあ、全てを発見できたわけではないでしょうが。子供達に関しては、貴方自身関係は特に………いえ知能の低い魔物には迷い人様と純粋なこの世界の子供を区別できませんから、それを防ぐという意味がありますか」
《友人だったのですね。恋人も居たのでしょうか?ええ、怒りはもっともです……ですが私は───》
「───────」
何かを言っているが、聞こえない。目が飛び出るんではないかと思うほど見開き、虚空を見つめるルークは不意にキヒャ、と声を漏らす。
「は、はは───何だ、それ……何だそれ?やっぱり、俺のせいじゃないか……俺の……皆、俺が居たから───はは、ははは!」
救いたかった。備えてるつもりだった。だが、どうだ?そもそも魔族が自分を捜しに来ていたせいで、本来の歴史以上に死んだ。自分を残して、原因だけが残って村は滅びた。
「とんだ道化だな俺は!何が守りたかっただ!救いたかっただ!俺さえ生まれなければ、奪った人生で、浅ましく生き続けていなければ、本来死なずに済んだはずの命は、ちゃんと助かったのに!」
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。体の自由が利かない今、それしか感情を表現する方法がないから。
「………殺せ」
「……は?」
「俺を幸福にしたいんだろ?なら、殺せ………殺してくれ。俺を終わらせろ……」
《生きていなくては、幸福になれません。今は辛くとも───》
「生きていて幸福になれるわけでもないだろう!いや、なっちゃいけない。他人の身体で、そいつの人生を自分のもののように扱って………愛していただと?愛していたとも!それを、全部、俺のせいで失って、幸せを享受出来る筈が───!」
だが、その叫びもアリストアが眼前に手をやると止まる。瞳から光が失せ、瞼がゆっくりと閉じられる。
《………アリストア》
「出過ぎた真似を。しかし、話にならなかったでしょうから」
《そう、ですね。悲しみも怒りも、今の私には理解できない。貴方には、そもそも感情という機能がない………彼と解り合うのは難しいでしょう》
「ですが貴方は、この者を幸福にしたいのでしょう?結界を失った第四領域では、それも難しいでしょう」
《そうですね。魔族と11種族が争う………我が子が多く死ぬというのに、余所の世界の子供にかまける私を薄情だと思いますか?》
「いいえ。では、私は迷い人様をお送りいたします」
《ええ、任せましたよ》
ルークが感じていた威圧感が消える。アリストアは姿勢を戻しワイバーンを操る。向かうは暗黒領域に存在する魔族の領域。そこで保護を───
「ねえ、それ……私に頂戴?」
「────!?」
ゾワリとアリストアの全身を悪寒が這う。振り返った瞬間、アリストアの上半身とワイバーンの首半分から頭が消し飛んだ。
森の中の廃村、1人の少女が空を見上げる。その顔はとても不機嫌そうだ。
「魔族共が動いたか。相も変わらず行動原理の読めん不気味な連中だ………」
2000年前、突如として現れ人の世に攻め入った魔族。その後1000年も戦い続け撤退したが、その理由が解らない。暗黒領域は人の住めぬ不毛の地と思われているが、そうでもない。まだ人の住める領域は残っているし、開拓の余地は十分ある。故に魔族の目的が生存領域の強奪とは思えない。割に合わない。
それほど11種族が憎いのか、あるいは魔族以外不要という考えなのかと思えば、彼らの目からは憎しみだの、自分達以外の種族を認めないというような傲慢さも持っているようには見えない。
「まあ、私には関係ないか」
魔族達は敵対しなければ襲ってこない。少なくとも少女はそうだ。何せ、少女と戦うなど非生産的な事はない。11種族と戦うのもある意味非生産的だがあちらは11種族から死者という成果が出る。
「……む?」
だから彼女の家には基本的に誰も来ない。が、その日は気配を感じた。明らかに此方に向かってくる。警戒し、杖を握る。少女の幼い身体には不釣り合いな、少女の身長より長い杖を……。
「まってまって………私、敵対する気はないよお」
ガサガサと茂みをかき分け現れたのは黒髪の少女。肩に担がれた茶髪の少年はどうやら気絶しているらしい。
「………何者だ?」
「私は名無し。あのさー、その家にこの子寝かさせてくれない?」
スッと白魚のような指で差したのは少女の背後に建つ一軒家。少女1人しか住んでいないから部屋は余っているが、身元の知らぬ者を寝泊まりさせるほど心優しいわけではない。
「断る。ほかの家にしろ」
「やだよ。ボロボロじゃん」
「私の知ったことか」
この場で唯一まともな家は少女の後ろの家だけ。名無しと名乗った少女は周囲の虫食いや風化だらけの家を見てから、改めて少女の家をみる。
「そこのベッドなら虫もたかってなさそうだし、ねぇ、お願ぁい?」
「殺して奪え。それが世の掟だ」
「野蛮だなぁ……まあ、お姉さんがお金とか薬とか必要だとは思えないし、殺して奪えなんて意地悪言うし………はぁ、仕方ない。ごめんねルーク、私が抱きしめて温めるよ」
「─────待て」
去ろうとした名無しの言葉に少女はピクリと反応した。呼び止められた名無しはん?と振り返る。
「その子供の名は、ルークなのか?」
「そうだよ?」
「……………」
──子供の名前は、ルークにしよう。君と僕の名前から、一文字ずつ──
暫く黙り込んでいた少女は昔の記憶を思い出し頭をガリガリとかく。
「ベッドを貸してやる。奥の小部屋でな」
「………良いの?」
「構わん。その小僧の育て親に感謝しろ。その名でなければ、知ったことではなかったのだがな………」
そういって歩き出す少女の後を追い家に入る名無し。
「そういえば、貴方の名前何?」
「ルセリアだ」
目を覚ますと知らない天井が見えた。ここは、どこだ?どうして俺はここにいる。駄目だ、頭がぼーっとして思い出せない。
寝台から降りてドアに向かう。途中、鏡に映った俺の顔が見えた。前世とは、やはり異なる容姿。
──お前が居なければ──
「………え?」
不意に、鏡から声が聞こえた。幻聴?
──全部お前のせいだ。人の人生を奪って、自分だけ生き残って、何様のつもりだ?─
「───ッ!?ヒッ!」
ああ、そうだ。思い出した。村が滅んで、皆死んで……全部、俺の……!
──ああそうだ。俺が、ちゃんと生まれていたら、アレン達は!──
「う、うあああ!黙れ、黙れぇ!」
その声から逃げるように鏡を割る。窓を割る。俺を映す全ての物を破壊しようと暴れ回る。
だけど、これは俺の本心なのだ。俺は、俺が居なければ良かったと思っている。
「…う、あ………ごめん、なさい………ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
許してください。こんな事になるなんて思わなかった。転生した自分が狙われるなんて………でも、狙われた事実は変わらない。ここは魔族の領域か?彼奴等は、俺を幸福にすると言っていた。
幸福に?俺が?俺のせいなのに、皆を殺した魔族の所で?ふざけるな!
砕けた鏡の欠片を拾う。覗き込めば、母さんの面影を残した子供が死ねと呟く。
「─────!」
「まったまった…………ふぅ、危ないなぁ」
ヒタリと白い掌が視界を覆う。鏡の欠片を持つ方の手首に冷たい指が蛇のように絡みつき、少しも動かせなくなる。
「死のうなんて考えちゃ駄目だよお、死んだら、魂が輪廻に帰っちゃう。精神も………まあ君なら意志を残したアンデッドになるかもだけどそういうのははいずれ消えちゃうからねえ」
「何だ、お前……!?離せ!」
「死んだって何にもならないよ?死者が蘇る訳でもないのに……」
「お前に、何が解る!」
「解るよお?君の苦しみ、悲しみ、怒り、自責…………ぜぇんぶ……だからほら、落ち着いて?良い子良い子」
「やめ────あ?」
振り払おうとするも、俺を後ろから抱きしめている奴が頭を撫でてくるとスゥ、と胸の奥を焦がす不快感が消え、頭が冷静になっていく。鏡の欠片を見ても、ただ俺の姿が映っているだけ。スルリと腕が離れ、腕の主は俺の前に移動してニッコリと微笑む。
「落ち着いた?」
この辺りではまず見ない黒髪黒目の目を見張る美少女。俺は、此奴を知っている。直接会ったことはないが、知識として知っている。
「………名無し?」
「あれ、ルークってば私のこと知ってるの?」
キョトンと首を傾げるその女は、原作においてノエルを闇落ちさせた存在であり、魔女と同じくゲーム内でおいて殺したという描写が存在しないキャラクター。
俺が冷静になったのも、此奴が俺の後悔や自責、悲しみや憎悪を食ったのだろう。
「?」
名無しは俺がじっと見ていると首を傾げたまま微笑んだ。
ヒロイン登場!
名無しちゃんは今の所名前無し。
感想お待ちしております
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魔女との出会い
名無し。文字通り名前を持たず、自身をそう称する少女はニコニコと微笑み俺を見てくる。
敵意は、抱けない。そういった感情も食われているのだろう。
「辛かったね、苦しかったね。でも大丈夫だよ。私がもう二度とそんな思いはさせないから」
首の後ろに腕を回しスリスリと頬ずりしてくる馴れ馴れしい名無し。俺の不快感でも食いたいのだろう。それを感じているはずなのに、感じることができない。
だからこそ、原作でノエルは此奴に依存した。原作では親父も母さんも、ノエルを庇おうとして魔物の攻撃を喰らい、俺や他の子供達と隠れている間に、目の前で死んだ。その罪悪感と無力感から逃げるために、名無しに食わせていた。
嗚呼、だが解る。俺もあの苦しみから逃れるためなら、此奴に魂を差し出して良いと思ってしまっている。親父と母さん、村の皆を死なせてしまった苦しみを忘れられるなら……。
「なんだ起きたのか。しかし、起きて早々抱き合うとは仲の良いことだ」
「あ、ルセリア」
と、扉を開け入ってきた女に名無しが親しげに手を振る。年は12程、水色の髪をした美少女だ。
ジッと俺を見つめてくる。
「飯は用意した。起きたなら食え」
「………あ、貴方は?」
「ルセリア。ただのしがない魔女だ」
「………魔女…?魔女!?」
魔女だと!?
ゲームでは暗黒領域に向かう前に、阻んでくる敵キャラ達の名称。その全てが、HPをある程度削ると魔女が逃げるという流れ。ファンの間では実は魔王より強いなんて言われている。
俺が思わず警戒するとルセリアと名乗った少女はふん、と鼻を鳴らす。
「怯えるな、鬱陶しい。別にとって食おうとは思わん」
「……お前が、魔族の言ってた母か?」
しゃべり方は違うが、思わず訪ねる。今でこそ恐怖心を名無しが食っているからか特に恐ろしいとは思わないが、この大質量の恒星が目の前に現れたかのような戦う気すら起きない圧迫感はあの声に通じるものがある。するとルセリア……さんはますます不機嫌そうな顔になった。
「あんな行動理由も解らん連中の母だと?冗談も休み休み言え……」
「す、すまない………」
嘘を、ついているように見えない。冷静な分しっかり観察している。まあ前世併せて20年と少ししか生きてない俺が顔だけで嘘を見抜けるかと言われたら微妙だが。
「ふん。それより飯だ。はやくしないと冷めるぞ……」
そういって部屋から出ていくルセリアさんに、俺は大人しく付いていこうとして背中に引っ付いてきてきた名無しを肩越しに睨む。「?」と笑顔で首を傾げてきた。
「俺の警戒心を食うな」
「え~?人を警戒するのは、人を信じられない証だよ?そんなのつまんないじゃん」
「良いから、やめろ」
「…………は~い。ま、君はもっと美味しいもの持ってるしね」
何が可笑しいのかケラケラ笑う。いや、確かゲームで『あれ、ここって笑うところじゃなかった?』なんて台詞があった。設定にも、人の喜びや思いやりが理解できないという設定があった。可笑しいというわけではないのだろう。
…………設定?
「ッ!そ、そうだ!あんた、魔女なんだろ!?な、なら蘇生魔法使えないか!?」
「蘇生魔法?」
確か、ゲームでは主人公が使えたはずだ!パーティーメンバーだと主人公しか使えないから主人公がHP0になった時点で仲間が何人残っていようとゲームオーバーになっていた。
魔女は名の通り強力な魔法を数多く使う。なら、もしかしたら──
「そんな魔法は存在しない」
「……………へ?」
「死者を蘇らせる魔法があるなら、私が使いたい。まあ、死者の魔女たる私ならば死体の記憶を使って生前と変わらぬように操ることはできるが、魂がない以上肉体も精神も成長しない。そんな人形と遊んだところで、虚しいだけだぞ」
「よ、蘇らせる魔法が無いって………だって、ゲームで……」
「ゲーム?」
「ルークは異世界から転生したみたい何だよねぇ………この世界の未来が、ゲームで知れる」
俺の代わりに答えたのは名無し。俺の自分に対する悪感情を食ったから俺の記憶を知っているんだろう。記憶を読まれたのは不快だが、直ぐにその感情も消える。名無しを睨むと矢張り微笑んできた。
「ゲームの………成る程。観測点か……」
「観測点?」
あの声だけの女も言っていた………何だそれは?俺が疑問に思っているとルセリアは自分の片目を指さす。
「観測点というのは別世界から世界を覗く目のことだ。この世界の物語の一割は観測点と波長が合った者が観測した異世界の物語だと言われている。事実、異世界に移動した連中の中には本の世界に入ったという奴も居る」
「い、異世界ってそんな簡単にいける者なのか?」
あの声の女は無理があると言っていた気がするが………。
「簡単ではない。大概異世界に行った者が居た村が吹き飛んだり、帰ってきた瞬間山が枯れたなど聞く……お前のように魂が落ちてきたなどというのは聞かぬが、肉体ではないからお前の周りも恐らく無事だ。質量を持った肉体を送るよりは影響も少ないだろうからな」
「ま、待て!じゃあ俺は、俺達は観測点である主人公を通して、この世界の歴史を見ていたのか?そ、そこまでは良い……!」
この世界の親父も、母さんも、アレン達やアルクさんやフリックさん達をゲームの住人と、人に設定を決められた存在だと思ったことはないはずだ。それが正しかったのは寧ろ嬉しい。だけど、納得できないことがある──
「あの声は俺を観測点だと行った。俺を使い俺の世界を観測したから、俺がこの世界に転生したと言っていた……けど、観測するだけなら問題ないんじゃないのか?」
「恐らくは、波長が合わぬのに覗こうとしたのだろう。その結果だ………まああくまで予測だがな……」
つまり、あの声の主が余所の波長が合う者が居ないのに異世界を覗こうと無茶をした結果、観測点である俺がこの世界に迷い込んだ?
「どうしてそこまで余所の世界を?下手したら、村や山が滅びる結果になったのに」
「当事者でもない私が知るか。移住できる世界でも探していたか、或いは異種族が争わぬ世界でも観測して学ぼうとしていたのかもしれぬな……」
「……………」
そんな理由で、とは言えない。この世界は命の価値が低い。良く知らぬが暗黒領域はもっと低いかもしれない。そんな世界で、過去の戦争で排他される魔族が生きたいと願うのを否定する権利は俺にはない。
「ん~。ルークったらそんな美味しそうな臭い出しちゃって♡後から後から溢れてくる。本当に良い拾いものしたなぁ」
「………………」
納得、できているのだろうか?此奴が居る以上俺の感情がどんな状態なのか自分でも解らない。
「………拾った?同郷のものではないのか?」
「違う………そういえば、俺は魔族に攫われていたはずだよな?お前が?」
「うん。私がブチ殺したよ♪」
「……………そうか、ありがとう」
「ふむ。妙な気配を放っているとは思ったが………結局お前は何なんだ?」
「私は名無しだってば~」
「種族を聞いているのだ」
「闇精霊だよ♪」
俺から離れると両手の人差し指で自分を指さす名無し。ルセリアさんははぁ?と訝しむ。
「闇精霊だと?馬鹿を言うな、闇精霊など
「?精霊っていうのは全属性で存在するんじゃないのか?」
「全属性ではない。『聖』と『闇』、この二つは存在しない。絶対にだ」
「ええ~、じゃあこれ影なの?私ったら勘違いしてたのかなぁ?」
ゾワリと名無しの全身から黒い煙のようなものが溢れ掌に集まり野球ボール程の球体になる。それを見てルセリアさんは目を見開く。
「闇属性の魔力……?そんな陽気なお前が?ありえん……いや、しかし実際……お、おいこれはどんな力が?」
「身体強化でしょ。それと魔物、魔族に対して呪いじみた効果を発揮するよ……ただこれ、ルークに取っても毒だね」
「俺にも?」
「だってルーク自分嫌いでしょ?これ、ルークの心から溢れた闇だしね」
「属性の大本となる感情を喰らい、本人以上に使う。この辺りは精霊同様か………意思によって変質するというのも闇属性と同じ………どうやって生まれた、お前」
ルセリアさんの言葉にん~?と首を傾げる名無し。満面の笑みで、さぁと応えた。
「まあ、良い……飯が冷める。さっさと居間に来い……」
「…………………」
「落ち着いてる自分に困惑しているのか?なら、取り合えずはその名無しとやらに食わせ続けていろ。発狂した状態じゃ話もできん」
俺が叫んでいたのは聞こえていたのだろう。確かにルセリアさんの言うとおりだ。あの状態だと、俺はただ死のうとするだけだろう。
「何を突っ立っている。早く来い」
「ごっ飯~、ごっ飯~♪」
「お前飯は食うんだな」
「人間だって味付けなんて必要ないのにご飯に味付けるでしょ?必要なくても、したりはするよ」
居間に移動するとルセリアが鍋で暖められたスープを椀によそい、机に並べる。野菜のスープにベーコン、それにパン。
「ほれ、さっさと食え」
「い、いただきます……」
パンをスープに浸し軟らかくして食う。野菜の甘みと、塩の僅かなしょっぱさが口に広がる。ベーコンを噛み千切る。美味い……。何というか、優しい味だ。母さんの料理を思い出す。
「お、おい……どうした?」
「……え?」
ルセリアさんが心配そうに俺を見てきて、何事かと思えば気付かぬ内に涙を流していたらしい。
「口に合わなかったか?」
「あれ、涙止まらないね。悲しいって気持ちは食べたのに……あれ、何で悲しいの?これ、ルークのお母さん?」
「………母さんの料理を、思い出して……昨日食ったのに、懐かしくて……悲しい、のは……名無しが食ったけど、でも、なんか……まだ、生きてるって実感できて」
「…………そうか」
ルセリアさんの目は、どこか母さんに似ていた。そういえば、一つ気になることがある。
「……どうして俺を助けたんだ?」
どうも名無しとは知り合いでも無いらしい。ゲームではこの世の理に背こうとして世を乱し、暗黒領域のような死の大地にこそ安寧を求めるなんて依頼者が言っていた。それに暗黒領域に向かおうとする主人公達と戦っていたし、魔族の味方と思っていた。軍も壊滅に追いやられかけたし………その事を説明し尋ねるとルセリアさんは顎に手を当てる。
「ふむ……まあ、普通子供が暗黒領域に向かえば止めるし、子供を先頭に危険地帯に向かう軍が居たら半壊させて追い返そうとする奴もいるだろう。人の良い奴が多いからな」
私は違うがな、と付け足すルセリアさん。見ず知らずの俺を助ける辺り人が良いと思うのだが………。そんな俺の疑問を察したのかルセリアさんはふん、と鼻を鳴らす。
「私は見ず知らずのガキなど知ったことではない。ガキを前線に立たせる大人連中は確かに気に入らんが、そのガキとて覚悟を決め戦場に立つ以上他人である私達が口を出すことでもあるまいよ」
「俺を助けたのは、何でだ?」
「かつて私が愛した男との間に生まれたらつけるつもりだった名前と、同じ名をしていた。それだけだ」
「ぷぷー!愛した男との間って、魔女が?人の子も生めないその体で!?」
ルセリアさんの言葉に名無しがケラケラと笑う。その言葉に俺が不快感を抱き、ルセリアさんも明らかに不快そうな顔をするとあれ?と首を傾げる。
「あれ、ここって笑うところじゃなかった?」
「まあ、そうだが……闇精霊だというならその辺りの気遣いは出来なくても仕方ない、か。ルークが己を保つにはお前が必要だしな、大目に見てやる」
「………俺に対して、甘いな」
「なにぶん2000年は独り身でな。年に一度は、知己に会うのだが、まあ一日だけだ。その上で、未練がましくクリスとの子を夢見ていたのだ。名前だけとは言え、興味を持ち拾い、触れ合い多少思い入れは出来た……それに、その茶色の髪や青い目は勿論お前の容姿はあの馬鹿に何処か似てる。双子の弟が居たらしいし、その子孫かもな」
「………ルセリアさんって……あ、いや。悪い…」
何歳?と尋ねようとして、やめた。女性にそれを尋ねるのは失礼だろう。
「8000程だ…」
「……そうですか」
「取り敢えず、腹は膨れたな?食器は彼処に置いておけ、後で洗う。この辺りには何もないが少し離れると魔物が出る。私の縄張りには滅多に侵入しないから村の範囲なら好きに見て回ると良い。どうせ、何もないからな」
廃村を適当に回る。人の気配が全くない。
大きな家具や小さな家具が残っている割に、人の死体は見つからず墓も一つだけ。恐らくルセリアさんの夫であろうクリスさんの墓。
しかし妙だな、墓は手入れしてるとしても、廃村は手入れされてるようにはとても見えない。が、2000年前のものにもとても見えない。
「暗黒領域ってね、結界の外じゃなくて更にそこを囲う崖や山脈、大河、死の大地に切り離された向こう側なんだ。だから、結界が張られてなかったこの辺りでも人は住めるし、現代でも第四領域以降に住んでたよ?ま、結界について知れない距離は、だけど」
「ここは何で滅んだんだ?」
「んー、この辺りの霊達はみーんなルセリア嫌いみたいだね………あーん……ふむふむ。どうもルセリアの加護を得ようと勝手に村を作って、飢饉が流行ればルセリアのせい。疫病が流行ればルセリアのせい……でも守られてるから耐えて、とうとう我慢の限界がきてルセリアを殺そうとして、逆に殺されましたとさ。ちゃんちゃん♪」
まあ、何千年も生きてしかも魔物を寄せ付けない強さを持っていたら、何でもできそうではあるが。
災害なんかどうにもならないものが起きたら、誰かのせいにしたがるのだろう。誰かのせいにすれば、自分達でどうにか出きると思うから。
「村の殆どはその時に逃げたみたいだね。残った死体も、ルセリアがどっかに捨てて獣に食わせたんでしょ。ルセリア自身は、その時まで無視してたみたい。どーでも良かったんだろうね」
「…………今俺の感情を食ってるのか?」
「うん。人殺し、嫌いなんだね。でも悪いのは村人達だよ?それに、ルセリアが居なければ野垂れ死ぬのに敵対は駄目だよ~。私の大切なご飯なんだから死に急がないで」
「お前は俺を守ろうとはしないのか?」
「守ってほしいの?守ってあげても良いけど………魔女と殺し合うのはねぇ」
まあ8000年も生きていればその分多くの経験が積める。レベルもかなり高くなっていることだろう。それこそ気配だけで魔物が寄ってこないほどに。
「………何か、実感が沸かなくなってきた。転生したことも、村のことも……全部、後悔も自己嫌悪も恐怖も喰われてるから」
「?返そうか?少しだけ……」
「………止めておく。怖いからな」
「私がその怖いって気持ちも食べてあげるよ?」
ニコニコ笑って尋ねてくる名無し。此奴がいれば、俺はあの時の苦しみも日頃勝手に感じていた疎外感も、他者の人生を奪った罪悪感も感じずに済む。此奴はそれで腹を満たせる。まあ、共生と言えなくはないのではないだろうか。
「………取り敢えず、これからよろしくな名無し」
「?うんよろしくルーク!」
感想お待ちしております
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王達の会合
中央領域。
四つの結界に囲まれた暗黒領域からの災害に対してもっとも安全な領域の更に中央に存在する共同都市『エレベン』、そのまた中央の会議室で顔を合わせる11人。
「さて、本日緊急収集を行った理由は……まあ、説明するまでもないか」
そう言ったのは後ろ向きに伸びた角と鱗を持った緑髪の男。彼の名はオウリュウ・ケン。
「魔族共が動いたか。1000年前……妾はまだ、前線にも立てぬ童であったが……」
と、昔を懐かしむのは白に近い金髪を持った女性、
「それはここにいる誰でも同じであろうよ」
肩を竦め呟いたのは長い耳を持つ黄金の髪を持った青年、ダリウス・リュースアールブ。
「ちなみにだが、結界を復活させる方法を知る者はいるか?」
小柄な褐色肌の女性が手を挙げ周囲を見回す。彼女は
『不可能です。11英雄の遺した
機械的な声を返すその少女は、事実機械の種族、
「無い物を強請っても仕方あるまい。今は早急に軍を派遣すべきだ」
「リカルド殿の言うとおりだな。我が国も人材を派遣する」
「陸は任せるね~。私達は海の民を守るからね」
そう答えるのは
「俺と旦那は直ぐに送ったけどな」
「数は多いからな、俺達は……」
「向こうの数は不明。私達からも後援を送ります」
「しかし、何故今更になって……」
前に向かって伸びた角を持つ男、
彼らが話しているのは魔族の襲撃。しかも、結界の一つが破壊された。一つが破壊できて二つが破壊できない道理はない。
「事情が解った所でまず黙らせる必要がある。ならば、考えるのを後回しにして今は対応するべきだろう」
「そうだな……1000年前の公約だが……」
ケンの言葉にルドガーが言葉に詰まり、頭をかく。チラリと周囲を見るその目は同意を求めるようにも見えた。
「まあ、ウチは特に難しいであろうな。他でもない、貴様等の民の行いで」
「虐めてくれるなロイド殿。我等とて良しとしているわけではないのだが……しかし、代が変わりにくい我等は価値観も変わりにくい」
「短命な俺等や
彼等が言っているのは、
「まあ、同盟を締結させるのに一番の問題はそこじゃ無いがな」
「『種至上主義』共だな……どの国にもいる。全く、嘆かわしい」
リコリスが忌々しそうに呟く。種至上主義とは文字通り己の種族こそが最高の種族で、他の種族は自分達に従うべきと言い張る者達だ。若者、一部の貴族にこの傾向が多い。他の種族をとらえ奴隷にするなども平然と行う者達まで居る。
そういう輩は対処できるのだが明確な犯罪行為を起こさず、しかし影響力を持つ貴族などはやりにくい。
「900年ほど前までなら、思うところはあれどここまで明確な形にはならなかったのだがな」
「平穏が続けば心に余裕ができる。余裕ができると、それは自分のおかげだと考える。だから、自分は何をしても良いと勘違いする。とにかく、この馬鹿どもをどうにかしねーと同盟組むより先に魔族が攻めてくるかもしれねーぞ」
「一番手っ取り早いのは勇者が
勇者とは『救世の勇者』というスキルを持ち、その体に特別な紋様が刻まれた者の事だ。その力は例え初めは弱くともかなりの速度で成長するとされている。また、この世の理すら斬り伏せるとも。
名の通り世が乱れる時に現れるとされている。
「とは言え、1000年続いた戦争にも現れなかったがな」
「魔族大戦前の、11種族の大戦には確認されたと聞く。その結果が終戦だともな……」
勇者のもっとも注目される点は、仲間にも同様の成長を促せること………ではない。その強さを子にある程度引き継がせることが出来る事だ。勿論強い者から生まれた子が強くなりやすいのは当たり前だが、勇者のそれは格が違う。かの11英雄も勇者の子、或いは勇者の眷属の子や子孫とされている。
そして何故、
つまり
「まあ所詮は皮算用。どうせだ、この機会を利用して若者の意識を変えるぞ」
「魔族共が攻めてこなけりゃ領域内で争う事になってたな。そういう意味では、感謝すべきか?」
根付いた意識を変えるのは難しいが、根付く前なら話は別だ。前々から計画していた、しかし実行に移すには『種至上主義』が邪魔で出来なかった計画。それを行うことにした。現状、またとない正当性を示す理由があるのだ。
「エレベンに全種族が通う魔導騎士育成学園を設立する」
「どうせなら今の貴族共もいれかえたいな……学園内で貴族権の行使は禁止にするか」
「それと、成績次第で爵位も渡すか」
「貴族至上も多いから、その辺りの平民は種族問わず仲良くできるかも知れねーな。その辺りの奴等も無償で入学させるか?」
「その場合、ある程度才能がある者に限られますね」
と、11人の王達が話し合う。が、まずは………
「第三結界に迫る魔族共だな。今回の兵に、働き次第で爵位を与える。下地作りは早いうちにやる方がいい」
「同感ですね。では、行きましょうか」
と、各々剣や槍、杖や斧などを持って、立ち上がる。
「行くか」
「ああ」
「魔物との戦いは経験しましたが、魔族となると全員初ですね。頑張りましょう」
「ねえルーク。ルークはこれからどうするの?」
瓦礫に座りただボーッと空を眺めていると勝手に人の膝を枕にしていた名無しが訪ねてくる。どうする、か。
「何でそんな事を尋ねる」
「人ってね、憎み続けるのって案外疲れるんだよ。代わりを見つければ、憎しみはやがて消えていく。けど動き出すと燃料にするために憎しみを忘れない……私としては魔族を殺し尽くす、ってなるのが理想なんだよね」
「復讐心を食っといて良く言う」
「後から後から溢れるから良いじゃん。何なら、返そうか?」
「──────」
俺が押し黙るとニヤリと笑う名無し。俺がまだ、その感情を思い出すのを恐れているのに気付いているのだろう。恐れているという事は、その感情を見逃されているという事なのだから。
「この恐怖は食わないんだな………」
「経験則だよ。私は知ってるんだ……『もう大丈夫よ』、『俺はもう、前に進める』なーんて台詞を吐いて、返した途端発狂して壊れる人達を。壊れたら、食べれない……だから私は、その恐怖を乗り越える程度の強さを持つ心を持ってない人には返さないと決めてるんだ」
つまり俺が、返せと言えたら返す。しかしそれは、下手したら食事を失うのではないだろうか?
「ん?だって、この感情は本人のモノだしね。苦しみから逃れたい人なんて探せば案外見つかるものだし。今はルークに憑いてるだけで、ルークがやめてほしいならやめるよ」
偉い?偉いでしょ?と頭を少しだけ持ち上げてくる名無し。これは、つまり撫でろと言うことだろうか?
撫でてやると嬉しそうに目を細めた。しかし、やめてほしいという感情すら食うだろうに何を言っているのか。
「私ね、人が足掻くの、大好き。それは人が進もうとしてる証拠だからね」
「その結果お前の大好きな感情を出さなくなるかもしれないのに、か?」
「うーん………だから、私も自分で不思議なんだよねえ。折角のご飯がご飯じゃ無くなるのに、何でだろ?確かに足掻いて、結局無理で余計絶望することはあるけどね……わざわざご飯を減らす理由としては薄いし………うーん………」
まあどーでもいっか、と細かいことをすぐさま忘れる名無し。
「足掻くなら応援するよ。何なら私の中で増幅した闇魔法を使わせてあげる……けどまあ、強くなりたいならルセリアにでも頼みなよ。何せ私より6000歳近く年上の魔女だし、きっと色々知ってるよ」
「………お前2000歳なのか」
「11種族と魔族が争い始める少し前に生まれたって言うのは覚えてる。詳しい年齢は、自分でもわかんない………あ」
「?」
「女性に年齢の話ししちゃ駄目なんだよ?」
気にもしてないくせに何言ってんだろうか此奴は。俺のそんな視線を受け、クスクス笑う。
「俺が、後悔や自責を返せといったら返すのか?」
「恐怖を乗り越えて本人が向き合えるならね」
「俺は、向き合えてないのか?」
「向き合おうとするのは怖いでしょ?そして、行動に移せない。それが全てだよ。本当、可愛いなぁ」
体を起こしぎゅーっと抱き締めてくる名無し。そのまま頭を撫でてくる。
返す言葉もない。俺は、俺が今感じているであろう感情に向き合えずにいる。向き合ったら、きっとまた死のうとする。贖罪のため?違う、罪悪感に耐えられないからだ。
あの時の精神状態ならきっと贖罪の為だなどと言い訳をした事だろう。冷静になり、名無しの話を聞いたから、客観的に自分を見直せた。お礼に此方も抱き締め頭を撫でてやると、名無しはヘニャリと笑った。
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魔女と闇精霊の夜
ルセリアはルークが寝たのを確認すると居間に移動する。
そこではルセリアから出された果実を食べる名無しが居た。
「さて、取り敢えずお前には色々と聞きたいことがあるが」
「なーに?この林檎の分だけ答えてあげるよ?」
ニコニコと御満悦な様子の名無しを見てルセリアは眉根を押さえはぁ、とため息を吐く。
「お前は闇精霊と言ったな?では、どうやって生まれた。そもそもどうして存在できる」
「だから解んないんだって。疑り深いなぁ」
「なら、私から猜疑心でも食ったらどうだ?」
「んー………君から心の闇を食おうとすると、喧嘩になりそうだからやだ」
勿論猜疑心だけなら喧嘩にはならないだろうが、名無しは目の前の魔女の心の一端に触れて、その奥に存在する孤独感や、子を望んだという相手を失った喪失感に手を伸ばさない自信はない。きっと喰らおうとする。だが、それに手を伸ばせば喰らう前に目の前の魔女は反応するだろう。だから、味わうことはしない。
「ふん。そうか……食い意地の張った奴だ」
それを察したルセリアは忌々しそうに名無しを睨む。名無しは相変わらず気にせずニコニコとしている。ルセリアははぁ、とため息を吐いた。
「睨んだところで無意味、か……次の質問だが、お前は精霊がどういうものか知っているのか?」
「人の感情の残滓でしょ?だから、精霊は人の心を食うんだ」
「そうだな……」
精霊。自然現象が意志持った存在で、
「まあ、お前は受肉してないから、何かの肉体に憑依したわけでもないのだろうが……」
人の姿をした精霊は基本的に最上級の精霊王と呼ばれる。人型の精霊といえば後は人化の術を手にした一部の精霊獣ぐらいか………。
名無しは非実体化できる。受肉していないのに人の姿をしていることから、その類なのだろうが……。
「うん。目覚める以前の記憶も無いしね」
精霊獣は肉体を得る。当然といえば当然だが、脳も……。
多くの記憶を保存していた脳を得た精霊獣は、その記憶を取り込む。飼っていた愛玩動物の記憶を得て、精霊獣となっても主人に懐いていたと言う例もある。
「そうなると貴様は精霊王の類になるのだが………この際闇精霊が生まれるのは良しとしても王クラスとなると……」
精霊は神聖視されていた時代もあるが、そもそも精霊とは人が生んだ存在だ。
温もりが欲しいと、敵を焼き殺したいと火の魔法を使う。飲み水が欲しい、清潔にしたいと水魔法を使う。
イメージを現実に反映させる魔法をそのような思いで使うと、その思いが世界に刻まれ、意志を持つ現象、精霊となるのだ。
が、負の感情だの正の感情だのと曖昧なもので精霊は生まれない。そもそも敵を焼きたいと魔法を放てば火の精霊になるし、傷を癒したいと魔法を使えば光の精霊になる。
勿論、聖魔法や闇魔法は存在するが、あれは現象という枠組みを越えている。故に、闇精霊は有り得ない存在なのだ。
「そもそも怒りや悲しみの具象化が闇魔法だ。その有り様も千差万別、人の意志の集合体である精霊になどなれるものか」
「私に文句言わないでよ。じゃあ、あれだ………すっごい力を持った奴が怒りとかぽーいって捨てて、強すぎる力の欠片は精霊になった。これでいこう」
「適当にも程があるわこの阿呆」
精霊を人工的に作る研究はされていたことがある。精霊に必要なのは現象、そして意志。これだけだ。現象を書き換える魔法と、それに定着するだけの強い意志で作ることは理論上可能だが、殆ど世界に定着できず直ぐに消える。ここでもやはり闇魔法や聖魔法という現象に当てはまらない魔法は刹那の定着すら不可能だ。
それ以外なら、確かに強力な力を持つ者なら強い意志で魔法を使うことで可能かもしれないが、それでも王は不可能だろう。
ましてや闇精霊だ。現実にない現象、それを反映させるとなるといったいどれだけの力が必要になるか………現実的ではない。
「そもそも先の発言から考えるに、お前は取り込んだ心の闇によって魔法の性質を変えられるのだろ?ますます解らん」
これが同じような闇魔法を使う者のみならまだ解る。しかし、憎悪や自己嫌悪のみならず自分に向けられる敵意や不快感すら見境なく食らい、わざわざ確認していたことからルークの闇魔法も知らなかった。つまり違うと言うこと。
「適当に言ったけどさ、案外当たってる気がしてきたよ私」
「………否定できんな。悲しみ、怒り、憎悪、恐怖、それらを全部引っ剥がして造ったと言われても、納得できそうだ」
だから全ての負の感情から生じる闇魔法を扱える。なるほど確かにその可能性が高くなった。そうなると、彼女を生み出した存在はよほど世界に絶望して、かつ強大な力を持っていたことになる。
可能性としては魔女の誰かだが、少なくとも知人ではない。魔女集会には顔を出さぬ魔女だろうか?
「考えるだけ、無駄か……」
「まさしくその通り………無駄なことはやめよー!」
「………お前が人の心の闇を食らい理解する闇精霊なら、その陽気な性格は何だ?」
「んー……私ってね、人の負の感情を食らうけど、実はそれ良く理解してないんだよね。だって、私は楽しいと思ったことがないから、失意を知らない。大切な人を失ったことがないから、悲しみを知らない。裏切られたことがないから、怒りを知らない。家族を殺されたことがないから、憎悪を知らない」
ルセリアの言葉に名無しは一転して無表情になる。
「けど私には嫉妬がある。欲がある。眩しい彼等を羨み、妬み、それを欲する………私はね、心が欲しい。精霊は、誰だって人の心が欲しい。けど、己を形作る要素しか食べれない」
例えば温かい心を好むと言われる火精霊は、所謂熱血漢に憑く。やる気だの怒りだのを食らい、とり憑かれた人間は精霊の強さと本人の強さに差があれば冷静な人間が出来あがる。しかし火精霊はその相手が持つ慈しみなどは理解できない。
名無しはルークの悲しみや自己嫌悪を食らうことはできても、家族と居た時に感じていた記憶を覗けても、ルークが幸せだと解ってもその幸せを理解できない。
「けど、怒りは愛する誰かを傷つけられて、悲しみは愛する誰かを失って、憎悪は愛する誰かを殺されて……それを取り込んでいけば、何時かは知れる。そう思ったんだ」
再びニコニコ笑みを浮かべ出す名無し。ルセリアは何も言えず、頭をかいた。
「……次の質問だが………何故ルーク何だ?いや、離れろと言うわけではない。だが、気になるだけだ……」
「んー……まあ人間界に向かう途中で、真っ先に出会ったのもあるけど………優しいんだよね、ルークって」
「優しい?優しさなど、お前がもっとも嫌いそうなモノだがな……」
「何で?優しいから怒るんだよ?優しいから悲しむんだよ?優しいから憎むんだよ?優しいから、愛しているから……人は悪感情を持ってしまう………自分を立てたい悪意より、私はそっちの方が好き」
そっちの方が、それらを知る良い経験にもなりそうだしね、と笑う名無し。自分のために生まれた悪感情は、ギトギトしてあまり美味しくないのだ。だから名無しは誰かを喪った者に憑く。
「それこそ山のようにいるだろ?絶好の餌場より、ルークを選んだ理由は?」
「量より質。それに、複数からだと味がごちゃごちゃする」
確かに第四領域では魔族に対する怒りや憎悪、家族を失った悲しみ、そのほかの領域でも怒りや不安が渦巻いていることだろう。だが、名無しは大量の悪感情を吸うより一人から絞った方が好きなのだ。
「ルークは
この世界には魔物が居る。そして、殺せば強くなれる世界。故にこの世界の命の価値は、案外低い。勿論殺人は重罪だが、身を守るために殺してもそれが嘘でない限り過剰防衛に問われることは決してない。王族貴族は別だが……。
だから、案外仕方ない、で済ませられるのだ。勿論憎しみも抱くことはあるだろう。だが、本来の歴史において主人公達が平然と恋愛できた時点で察して欲しい。
「まあルークの優しさは異常だとは思うけどね。他人の人生奪ってしまった、なんて悔いているけど、その歴史を知ってるから何?って多くの人が思うと思う。そりゃ私はルークみたいに他人を思いやることが出来る訳じゃないけどさ………あれ、そもそも何で未来を?」
「世界を越えるんだ。時間を超えても可笑しくはないだろ……それに、ルート?とやらで歴史が変わるのだろう?」
「大まかには変わらないけどね」
「だが細かい部分は変わる。恐らく一度みた歴史を遡り、僅かな変化をした世界を見ていたんではないか?」
「そーなるとさ、この世界だって未来の知識を持つ者が偶々憑依した世界、でしかない。そもそも生まれてくる前に宿っておいて人生を奪ったも何もないよね?」
だがルークは気にする。気に病み、責任感を常々感じていた。
「絵本の中に入ってさ、物語通り人が死んで、死ぬのを知ってて止めれませんでしたなんて、言う?」
「私なら言わないな」
「ルークは言うよ。だから好き………優しくて、そのくせ自分の優しさに耐えられないほど弱い。だからさ、せめて体だけ強くしてあげてよ。心は私が守るからさ」
折角見つけた極上の餌だ。どうせなら長い期間味わいたい。そのためには心が壊れぬように闇を食い、戦いで死なぬように強くなってもらわなくてはならない。
「戦いに身を投じるとは思えんが」
「投じるよ、絶対。ルークはね、許しが欲しいんだ。赦しではなく、許し。生きて良いって、許可が欲しい」
「許可だと?生きることにか?」
「ごーまんだよね~。人に、命の生き死にを決める権利があると思うなんてさ……」
ケラケラと可笑しそうに笑う。
ルークを誰よりも理解しているのは彼女なのだ。ルーク以上にルークの事を知っているに違いない。
「しかしお前は、その感情を食うのではないのか?」
「食べないよ。足掻けなくなるじゃん」
「足掻くのが好き、だったか?」
「えっち。聞いてたの?ま、そうだよ……」
「ルークに言ったように、人が乗り越える様を見たい、と?」
「それもあるけど………」
ルークに言ったのはそこまで。ここからは本心。
「足掻いて足掻いて、結局終わった人間の絶望。美味しいんだよね、アレ………」
「………………」
今までの無邪気な笑みとは異なる妖艶な笑み。赤い舌で唇を舐めるその仕草は幼い見た目ながらも本人の美貌も合わさり多くの者を魅了することだろう。
「そんな怖い顔しないでよ。私は、ルークを見守るし力だって貸す。人が足掻いて、成長するのを見たいって言うのは本当だよ?見たことないだけで、見てみたい。毎回毎回期待してる。最後の最後で皆勝手に死んじゃうだけ」
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レベルアップの法則
夢を見た。現実に、日本に居る夢を。
黒髪に、茶色の目をした中肉中背の男。顔立ちは、まあ整っている方だろう。事実、多少は女子から人気があった。
剣道部に入っているから、そこそこ鍛えられた肉体をしていた。
俺はそれを、後ろから見ていた。
前世の自分を後ろから見るのは、何とも妙な気分になる。
話しかけても、触ろうとしても反応はない。何も出来ず、黙って前世の俺の行動を見る。ゲームをしていた。
ファンタジー世界で冒険と恋愛するゲーム。カチカチとボタンを押す音とゲームの音が響く。
パーティーメンバーが死んだ。が、直ぐに蘇生魔法を使い蘇らせる。
「「『蘇生術』………」」
俺と前世の俺の言葉が重なる。ゲームならば、簡単に蘇る。だが──
「あの世界では蘇らないんだってな」
前世の俺が振り返る。テレビの画面には、何時の間にか燃える村が写っていた。見覚えがある、俺の村だ。
「画面の向こうで、人が死のうと、俺は気にしない。憐れみも、嘆きも、怒りもしない。けど───」
「俺は画面の向こうにいた──」
「だけど何も出来なかった。出来る筈がない、お前の行動は、全部言い訳だ。そうだろ?」
「………そうだな。生まれてくる命を奪ってごめんなさい、家族のふりをしてごめんなさい。せめて村人が少しでも生き残れるように頑張るから、許してください、生きて良いと言ってください。俺はそんな心境で、行動していた」
「そのくせ傲慢にも愛してくださいと来たもんだ。はっ!何様だお前は」
「……ああ、俺は……皆、大好きだったからな。愛されたかった……でも、俺のせいだ」
「そうだ。お前が居なければ、アレンも、ヤンクも、アンも、ニーナも、ノエルも、死なずに済んだ。あの子達だけは、生き残れた。お前さえ、居なければ!」
「………」
「それだけじゃない。お前は、見捨てようとしていた」
何を、とは聞かない。世界の事だ。この世界の主人公が救ったはずの者達のことだ。
俺は、見て見ぬふりをした。俺がいく必要はないと、戦うのが怖いから逃げ出した。アレン達がいれば大丈夫と、言い訳して。
「……ああ、だから、責任はとるさ。罪は、必ず償う」
「どうやって……」
「世界を救う………違うな、救わせる。俺は弱い、村一つ守れぬ俺が世界を救えるはずないからな」
だから見つける。世界を救える者を。
俺に勇者の証は現れなかった。なら、本来主人公が得るはずだったそれを他の誰かが得ているはずだ。
「相応しい相手ならこの命に代えても、世界を救うまで守ってみせる。俺なりのやり方で、世界を救う……それが俺の償いだ」
「────あ、起きたぁ?んふふ、どんな夢を見てたのやら。とぉっても美味しかったよお?」
目を覚ますと名無しと目が合う。どうやらベッドに忍び込み、俺を抱き枕にしていたらしい。
「………助かる。アレと向き合えたのは、お前のおかげだ」
「どーいたしまして♪」
アレは間違いなく悪夢と言われる類だ。それでも俺が発狂しなかったのは、冷静にあの、昔の俺………の姿をした罪悪感と話せたのは、此奴がある程度食っていたからだろう。
「それで、どーするか決まったの?あんな悪感情を出してたんだ。村の夢を見たんでしょ?君は立ち止まるの?歩くの?」
「………歩くよ。俺は………でも、俺は一人じゃ歩けない。苦しくて、怖くて、辛くて、歩けない。だから、食ってくれ」
「いいよ。解った、私が食べてあげる……だからさ、頑張ってね。乗り越えるにしろ、折れるにしろ、ね……」
そう言って、俺が足掻くのを選んだのが嬉しいのかスリスリと胸に頬ずりしてくる名無し。乗り越えるにしろ、折れるにしろ、か。別にどちらでも良いのだろう。足掻き続けて心の闇を抱え続けるのも良い、折れて、最後に特濃な闇を放つでもいい。
「まあ、どうでも良いか」
此奴がいれば、俺は戦える。今はそれで、それだけで良い。
「戦い方を教えて欲しい、だと?」
俺の懇願に対し、ルセリアさんはまず俺の背中にひっついた名無しをギロリと睨みつける。名無しは相変わらず笑顔だ。
「私が導いた訳じゃないよ。ただ、罪悪感を少しだけ残して食べただけ。でも、恐怖も悲しみも自己嫌悪も全部発狂しない量、同じ量だけ食べた。だから、これは、紛れもないルークの本心だよ」
ルセリアさんはそうか、と呟くと目を閉じる。暫く考え込み、はぁぁ、と大きなため息を吐く。
「それが世界を救おうとする者の目か………なる程お前は人間だよ。何処にでもいる……ただ少し優しすぎて、弱すぎる、な……」
「………………」
優しい?それは解らないが、弱いというのは解る。だって、この動機は……これは言い訳だ。
俺のせいで村が滅んだから、俺のせいで皆が死んだんだから………世界を救おうとするから、どうか許してください。そう言いたいだけなのだ、俺は。
名無しのおかげでその辺りは冷静に気付けた。
「お前、まさか契約はしてないよな?」
「「契約?」」
「何故お前まで首を傾げる………まあ、してないならしてないで良いが」
名無しが俺同様に首を傾げると呆れたようにがくりとうなだれるルセリアさん。話から察するに、それは力を得る行為なのだろう。だが、デメリットもあるのだろう。
力を欲している俺が食いつきそうで、しかしルセリアさん的にはさせたくない。つまりそう言うことだ。
「まあ良いさ。それでお前が納得するなら、許そう。鍛えてやるとも。で、どの程度の厳しさがお好みだ?」
「死にかける程度以上」
「ふん。そうか……なら容赦はしない。とは言え、まずは知識を得てからだ………その前に、飯を食え。腹を膨らませなければ修行も勉強も出来ん」
「そもそもお前はステータスをどういうものだと思っている」
青空の下、椅子を持ってきて座る俺の背中に抱きついた名無しが暇そうに欠伸をする中ルセリアさんが黒板の前に立ち尋ねてきた。
「えっと、それが高ければ高いほど強くなる、的な………」
「逆だ。強いほど、数字が多く記載される」
「………?」
「昔はステータス封印なんかの研究もされていたのだ。ステータスが上がれば強くなるなら、下げれば勝てる。なんて言って非人道的な実験が繰り返された。大戦時代の、一万年以上前の研究だがな……」
当時は敵を倒すことにより、世界に功績を認められ力を与えられるのだと考えられており、それならば世界との繋がりを立つ方法を見つければ、と研究者たちが考えた。しかし実際はレベルアップは世界の恩恵ではなかった。本人の進化、それをある程度封印する術は生まれても切り離す術など作れるはずもなかった。
「そもそも魔女になってから知ったことだが、ステータスとは『全智の魔女』が己の目を世界に配った結果だ」
「………目?」
「ああ。全てを見通す目……良く解らんが、この世全ての情報が詰まっているとされている『ラフルの書庫』という概念に接続する術を見つけてしまい、魔女になってしまった奴だ……つまり私やお前、そこらの草木に至るまで全て知っている。そして個人の力を分かり易く数値化してくれたのがステータスだ」
なんか魔女関連に関して、言い方に違和感が……?
まあ、それは良い。取り敢えず解ったことは、良く転生もののラノベに出てくるレベル封じで技量勝負を強制的にする奴はこの世界には居ない、ということだろう。一応居るのか?一時的な封印は出来るみたいだし。
でも、この世界の強さはこの世界の法則によるブーストではないらしい。
「レベルアップは?」
「アレは簡単だ。殺すか、相手に負けを認めさせると強くなる。相手が強いほどにその幅も大きい」
「どういう法則なんだ?」
「この世界の殆どの生命を構築するのは三要素。物理世界に干渉する肉体。肉体の脳を受信機に肉体を動かし、現象に干渉する精神体。それらを繋げる存在とされ、世界から分離したエネルギー、闇魔法や聖魔法を起こす概念体……主に魂と呼ばれるものだ」
ルセリアさんは説明しながら黒板に二足歩行の熊っぽいのを三重に描く。
世界から?良く解らないのだけど………。
「魂というのは世界から切り離されたエネルギーの塊だ。そして、生きている者全てに宿る。植物は大地から星の力を吸い、草食獣が植物を喰らい、草食獣を肉食獣が喰らう。その際僅かに概念体を取り込む」
ただ食うだけでもある程度強くなれるのはつまりそう言うことだったのか。そして、殺せば強くなると言うことは……。
「その通り。お前の想像しているとおりだ」
そう言って動物らしきものを数種類描いて、それと同じ形をしたモノを描いてそれを熊っぽいのの絵に取り込ませるように伸ばす。
「殺すと相手の概念体の一部を吸収するのさ。食う食わない関係なく、な」
「じゃあ、魔物に殺された親父達は………」
「安心しろ。一部と言ったろ?何も全てではない。本来生命は生まれた時に十分な概念体を持っていて、生きているうちに食物や殺した相手から吸収し不必要な量になる。その不必要な分を吸収するのさ」
だから強い奴ほど強いエネルギー───経験値が手にはいると言うことか。その辺、ゲームの法則が適用されるのが謎だったが、なる程、魂を………。
「故にお前の親父の魂は星に還元…………まあ、その話は良いか………話の続きだ。そして吸収した概念体はやがて肉体と精神体の容量を超える。だから、器を作り替える。これがレベルアップだ」
「器を……」
「その際、器は最適化しようとする。良く走る者なら俊敏さが上がり重い物を運ぶ者なら力が上がり魔力を多く扱うものなら魔力があがる。解りやすいだろ?」
「ああ……」
足が一昔前のギャグマンガのようにグルグルしている熊っぽいのと力瘤らしきものを持った熊っぽいのと魔女帽子をかぶった熊っぽい絵を新たに描く。解りやすいんだが、ぶっちゃけそのファンシーな絵は何なのだろうか?気が抜け───
「…………名無し。少し食う量を減らせ」
「ええ~………まあ、良いけど」
「─────ッ!!」
不快感が戻ってくる。平穏に浸ろうとした脳裏に滅びた村が移る。やる気が、戻ってきた。
折角のご飯の量が減ったのが不満なのか名無しはぶー、と頬を膨らませていた。
「故に強くなりたいなら簡単だ。多くの経験を積み、多くの概念体の吸収………つまりは命を奪う。これの効率的な方法は、相手をいたぶることだ」
「………いたぶる?」
「そうだ。相手に、強く自分を思わせる。その意志が魂の残滓に混じり、より多く経験値を得る。強者を1対1で倒した時強くなるのは戦えば戦うほど強く意識するから。憎しみや敬意であれな。だから、敗北を認めさせても強くなるんだ。殺すよりは僅かだが、漏れた力を吸収できる」
そう言えばこんな昔話を聞かされた記憶がある。実力が自分より上の貴族に決闘を申し込まれ、死を覚悟した男がいた。決闘の理由は男の妻の美しさに貴族が惚れたから。妻は夫が死ぬのを拒み、また貴族の妻になることを嫌い命を絶った。すると男に力が宿った。
これは要するに、夫を思う妻の魂が夫に与えられレベルアップしたと言うことなのだろう。
「後は魂の残滓が染み付いた新鮮な食材を食らう事だな。焼いたり時間が立つとだいぶ離れるから」
「……………」
魂の、残滓………より強い敵をいたぶり、食らう。強者になるには、何とも嫌な道を歩かなくてはならないようだ………。
「取り敢えずは基礎づくりだ。これから飯は、お前が狩ってきた魔物をメインにしよう。ようは、戦ってこい」
「………この辺りには魔物は居ないんじゃ」
「奴らとて私が村から出ぬのを知っている。少し離れれば居る」
「……それは、勝てるのか?」
「勝て」
それは、あまりにもあっさりとした命令だった。スパルタとか言う次元じゃない。
「安心しろ、死拒魔法をかけておいてやる。一度死んだら戻ってこい」
「!?そ、蘇生魔法はないんじゃ………!」
「蘇生ではない。いや、似たようなモノか。だが、根本的に違う……蘇生魔法は死者を生き返らせる魔法。伝説上にのみ存在した魔法だ。死拒魔法は、その名の通り死を拒む魔法。肉体の損傷と概念体の剥離を防ぐ、要するに死んだばかりの相手にしか使えん………良くて10分。それ以降は確率……お前の村は、間違いなく無理だ。お前はここにきた時点で半日以上は眠っていたのだから」
「……………そう、か……」
なら、村は無理だ。俺はあの穴の中に一晩隠れていた。唯一の可能性があったとしたらニーナだけだったが、魔族が死体を運ぶとは思えないし、俺が魔族に攫われ無くてもルセリアさんの居場所も知らないし知ってたとしてもここが暗黒領域である以上村から半日でたどり着ける訳がない。
「………あぁ、そうだ………一度、村に戻って良いか?」
「何?」
「皆の、墓を造ってあげたいんだ………」
「あー、私が少し食べる量減らしたから、そう言う感情も出て来たんだ。どーするのルセリア」
「………大切な者の墓だ。気持ちも分からんでもない。が、お前は魔族に狙われているのだろう?」
「…………護衛を創ってやる。それからだ」
「…………ありがとう、ルセリアさん」
本当にありがたい。そもそも保護してくれるだけでもありがたいのに、本当に優しい人だ。
「ルークは君を優しい人だと思ってるよ。良かったね」
準備をすると森の奥に入ったルセリアに名無しがついて来る。ルセリアは不満げに名無しを睨む。
「ルークから離れて良いのか?」
「大丈夫だよ。この距離でも、食べれるし」
クスクス笑う名無しにルセリアは杖を振るう。ヒラリとかわす。
「私に何のようだ」
「契約って何?」
「……………」
チッ、と舌打ちしたルセリアは、その苛立ちをぶつけるように空に向かって光を放つ。グギャァ!という叫びが聞こえ、枝を折りながらワイバーンが降ってきた。
杖でトン、と叩くと明らかに心臓を貫かれ落下の衝撃で骨が折れたワイバーンが立ち上がる。
「知る必要はない」
「………意地悪」
拗ねたように飛びながら枝の上に立つ名無し。しかしニコッと微笑みルセリアを見る。
「随分ルークを気に入ってるね?愛した男に似てるのや、子に付けようとしていた名前と同じって言うのも……案外、寂しがりやなんだね。本当は、村の人達とも仲良くしたかった?怯えられなければ、仲良くしてた?」
「……知ったような口を利くな、小娘が」
「うん。知らない……寂しいという感覚は知ってても、誰も愛したことがない私は、君の気持ちを知れない。怒らせる気はなかったんだよ。ごめんね?」
そう言って謝る名無しに、ルセリアは再び舌打ちをした。
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憎悪を抱いて
バサリと翼が空気をかき分ける。
現在俺が乗っているのは死体のワイバーン。ルセリアさんの死霊術で操られたアンデッドワイバーンだ。
「死霊術って、魔法とは違うのか?」
「私に聞く?そんなの知らないよ」
名無しはペタペタワイバーンに触りながら言う。
死霊術とはアンデッドを生み出す術らしい。アンデッド、動く死体という認識だったが、ルセリアさん曰わく強い未練、精神体で概念体の残滓を留めた存在らしい。その強い未練は概念体を縛り付けるという特性を得て、それ故にアンデッドの近くでアンデッドが発生する。
死霊術は己の概念体の一部を植え込み動かす方法と魔力で死体を操る二つの方法があるらしい。前者は倒せば経験値が入るが後者はほんの僅かにしか得られない。
これは後者。強いくせに経験値を殆ど得られないという質の悪いアンデッド。まあ普通はアンデッドなど作れるはずないらしいが。
「ここだ、降ろしてくれ」
アンデッドワイバーンはグルァ、と一声鳴くと地面に向かって降下を始める。念の為近くの森に降りた俺達はそのまま村へと歩き出す。
「────ッ!……ハァ──名無し」
「食べてるよお?後から後から溢れてるだけ………まあ、食べる量を増やせばいいんだけどね」
村に近づく程重くなる足。しかし俺から溢れた黒いオーラが名無しに吸い込まれると少し軽くなる。
感情を生み出すのは記憶だ。記憶と感情は深く密接している。故に名無しに幾ら食わせても、記憶が消えぬ限り後悔も罪悪感も憎悪も溢れてくる。
「着いた?」
「………ああ」
燃えた村にたどり着く。獣に食われたか、死体の欠損が前見た時より広がっている。蛆もわいている。
「お墓作るの?何人分?」
「一つだ。欠損が酷い、人数分作ろうとしても、どうせ混ざる。なら、余すことなく一つに纏めて埋める。名無し、場所は解るか?」
「んふふ。まーね♪殺された死体には、断末魔と怨嗟が宿りやすい。それらは土地を汚す……けど、私なら全部食べれるよ。発生源も解る。ま、今私が食べるのはルークだけだからね。過去を知るためにあの時は食べたけど、私は本当は一途なんだよ~?」
そう言えば此奴、何かを食う動作をしたらルセリアさんの村の過去を語り始めたな。あれはあの村に残ったルセリアさんに対する憎悪を食らったからだったのか………。
「そうか、案内しろ。肉片一つ残さず、埋葬する」
「良いよ~。存分に頼りなさいな」
ヘラヘラと笑みを浮かべるルセリア。本当に此奴は、色々出来る。助けられる。まずは村の死体を埋める。そのために、魔法で村の中央に穴を空けた。
「ねぇねぇ、何処行くの~?そっちにはもう何にも無いよ~」
名無しはルークをグイグイ引っ張りながら文句を言う。この森にあった死体は全て穴に入れたはずだ。少なくとも名無しの感知できる範囲に未練の気配はない。
「あるよ。ここで俺の親父は、俺の目の前で殺された。間違いない」
そう言ってルークが進んだ先には血の跡があった。大きく凹み、ひび割れた大木。こべり付いた血は根本にある縦穴に飲まれるように垂れ、周りに蛆の沸いた肉片や骨の欠片。
「………?」
その光景に、名無しは首を傾げる。死体はある。その痕跡と、ルークの言葉、そして彼から伝わってくる負の感情からしてここで彼の父親が死んだのは確かだ。なのに、名無しは
殺された相手は、殺した相手に憎悪を抱いたり、残した者に何らかの感情を抱く。
何より、何も、だ……。概念体の気配もない。概念体全てが誰かに取り憑きでもしたか?
「うーん……?」
しかしそれほどの憎悪ならやはり名無しの嗅覚に反応するはず……。
「ルークのお父さんって何なの?」
「……?」
この辺りから未練を放つ死体を殆ど穴に入れた。入れなかった一部はこの村の死体ではない、ルークに取っての敵の死体。
その近くに転がっていた少女の死体を抱えるルークから伝わってくる負の感情を食べご満悦な様子の名無し。
土を被せ、大きめの石を置くルーク。
目を閉じ、手を合わせる。これはこの世界でも似たような風習があった。
「ふふ。ルークから伝わってくるよ?悲しいね、苦しいね、許せないね、大丈夫だよ。私が全部食べてあげるからさ」
「…………………」
人は墓の前で何を思うのだろう。死んだ相手に何を思ってやれるのだろう。
時が経てばそれは見守ってくれとか、向こうでも幸せにだとか思うのだろう。でも、死んだばかりの相手に対して、殺された相手に対して何を思う?
「…………♪」
その心象はルークに抱き付き頭に頬ずりする名無しを見れば誰もが解ることだろう。
「……………」
と、不意にルークが顔を上げ振り返る。そこにはトライアイウルフの群がいた。
嘗てルークが逃げおおせた獣。警戒し、ナイフを抜く。
敵意を感じない。だからここまで接近を許した。しかし嘗ては襲われた肉食獣。警戒しない理由はない。
と、群の長が吠える。すると何匹かが前に出る。魔物の肉や果物を加えており、地面に置くとルークから距離を取る。
「………この前の礼のつもりか?そんな余裕…………いや」
つい先日口減らしをしてまで群を生かそうとしていた。ルークから奪った食料など一時しのぎに過ぎない。だというのにルークに食料を渡すなど、とそこまで考え彼等の姿を見る。
「………この村の死体食ったの──お前等か?」
「「「────ッ!!」」」
殺意が圧となって周囲に飛ぶ。トライアイウルフ達は毛を逆立て牙をむき出しにして唸る。
トライアイウルフ達は混乱していた。群の長に、餌を届けるように言われ、何故その相手に殺意を向けられているのか解らなかった。逆に長は落ち着いて居た。唸ることもなく、ルークを見据えていた。殺意がふっと消えトライアイウルフ達は長を見る。どうするべきか、そう尋ねたいのだろう。
「お前達は生きる為に死体を食った。それだけだ、生きる為に命を奪ったわけでもない」
「グルァ」
当然だ、とでも言うように唸る長。彼等知っている、11種族が持つ群の価値観を。余所の群が襲われたところで、その群の生き残りが己の群に取り込まれたところで、警戒はするが殺しには行かない。しかし11種族は討ちに行く。
臆病さ故に、或いは同族意識で。故に、人を襲うのは本来なら避けたいことなのだ。森の中で子供一人ならともかく村を襲うことはまずしない。
「感謝する。そして、この村の死体は埋めた。決して掘り起こすな……彼方に纏めておいた男達の死体なら好きなだけ食え」
「…………」
長が鼻を鳴らしルークが指さした方向を見る。そして、駆けていった。ルークはその姿を見送ると肉と果物を拾う。その中には白い林檎、スノーホワイトがあった。
「……………名無し、憎悪を返せ」
「?」
「泣いてる暇はない。死にたがっている時間も……」
「それは好きに食べて良いんだよね?でも、何でいきなり?」
憎悪も好きだがそれ以外の感情を食って良いというなら大歓迎だ。しかし何故突然?
「村に来たから、突然でもないと思うが………」
血を見た。肉親を、狩りや罠の師を、友を、良くしてくれた者達の死体を埋めた。
何も思わぬ筈がない。それは名無しとて理解している。
死体を見て悲しみ、滅びた村を見て自責の念を感じていたのを名無しが誰よりも解っている。
「俺はこれまで、心の何処かで死なない前提で強くなろうとしていた。死ぬのは、とても怖い」
「そうだね。それは全ての生物にとって必要なことだ」
「死ぬかもしれないことに挑むには強い意志がいる。例え、死に対する恐怖が無くてもだ。だから、憎悪を返せ……代わりに死に対する恐怖も、命を奪う忌避も好きなだけ食え」
「………♡」
好きなだけ、その言葉に名無しは微笑む。これまで憑いた相手は人間性を失うのを恐れた。人を殺す行為に対する忌避感や死に対する恐怖は絶対に与えてこない。
理由は知ってる。彼等は自分を嫌っていた、そんな自分の力で戦えるようになりたくなくて、そうすることで自分はまともだと言いたいからだ。
「私は嬉しいよルーク。でもさ、良いの?」
「ああ」
大切な存在が死んでも悲しむことも無く、無力な自分を嘆くことも無い。それは最早人とは言えない。人の形をした、憎んだ相手を殺すだけの装置だ。
「家族が死んだのに、君は悲しまないんだよ?自分を追ってきた奴が友達を殺しても、君は何も思わない。それで良いの?それが良いの?」
「ああ」
「………解った。じゃ、遠慮なく……いっただきま~す♪」
ズルリと黒いオーラがルークの体から溢れ、名無しが吸い込んでいく。
「ねえ、どんな気分なの今。こんな状況だもん、嬉しいとかそんな感情沸くはずも無いし、純粋に憎い!って気持ちだけだと思うんだけど、過去悲しみや怒り、自責を完全に失わせようとした人居ないんだよね。嫉妬とかならともかく、皆自分が悲しまなくなったり怒らなくなったりするのが嫌みたいでさ……」
名無しに取って、それは単純な好奇心。相手の気遣いなど知識としてしか知らず、真似しかできない彼女は負の感情に支配された人間にどんな気持ちかと尋ねる。
「………最悪だ。胸の奥が、焼け付く程熱くて、吐きたいのに粘つくような感覚」
最悪だがこの気持ちから逃げようとは思わない。その感情を名無しに食わせているから。
「これからどうするの?」
「魔族を滅ぼす。彼奴等が俺の村にしたように、徹底的に、大人も子供も関係なく殺して殺して殺し尽くす。一人残らず滅ぼし尽くす」
「~~~~♪」
ゾクゾクと名無しは頬を染める。はぁ、と熱い息を漏らし、娼婦のように、毒婦のようにルークに白い腕を絡める。
「殺す?滅ぼす?それはとても辛くて、苦しいことだよ?ルークみたいに
「必要ない」
「……………」
「
ああ、やはり彼は極上の餌だ。立ち止まるために自分を使ったこれまでの餌とは違う。前に進むために自分を使う。きっと進んだ道で彼は苦悩する、命を奪う行為に、例えそれが敵でも割り切れない優しい性格だと自覚している。
けどそれ全部食べて良いそうだ。人の形をした者の命を奪うことに苦悩を覚えるほど甘く、命を奪う事を忌避とするほど優しい。彼の心を食っていれば、何時か自分も優しさを、思いやりを得られるかもしれない。だって、自分が吸収するそれ等の本質は間違いなく
「いいよ。君はこれから先、殺せばいい。滅ぼせばいい。その強い怒りを、他の感情が邪魔するな、私が食べてあげる。でもね、手は貸すけど、命までは救わない」
これほど強い怒りなら、志半ばで死んだ時もかなりの闇が溢れるに違いない。人は死ぬ時、満足する者は殆ど居ない。闇を放つ。
それは無力な自分に対する懺悔か、殺した者に対する憎悪か……。
(………懺悔、だと良いなぁ)
殺せなくてごめん、敵を討てなくてごめん、そんな懺悔だと良い。それはきっと、村の皆が大好きだったからこそ溢れる無力感。誰かを好きにならなくては生まれぬ感情なのだから。
別に死んで欲しいわけではない。ただ、ルークが生き続けて与えてくれる感情や死の間際に放つであろう絶望、その二つを天秤に掛けて、どちらにも傾かなかっただけだ。
「好きにしろ。途中で死ぬなら、それまでだったってだけだ」
「ふふ。話が早くて助かるよ♪」
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不死者
「────ッ!!」
一メートル近くあるオコジョが森の中を必死にかける。呼吸も荒く、後ろを気にする姿からして逃げているように見える。事実彼は逃げていた。
「──!?」
ガサリと落ち葉の敷かれた地面から聞こえた音に反射的に振り返り、無数の氷柱を飛ばす。次の瞬間木々を蹴り音が聞こえた反対から影が降りてくる。
「ギャウ!?」
「チィ!」
とっさに氷柱の壁を作る。
ガガッ!と氷柱の一部を削り、しかしオコジョを傷つけることは無かった。オコジョを追っていた相手、人間の幼い雄……少年は舌打ちして距離を取る。次の氷柱の壁から剣山のように新たな氷柱が生えた。
「…………」
少年……ルークは脇腹に刺さった氷柱を抜く。内蔵には達していない。
「エンチャント・フレイム」
ゴゥ!とルークが持つナイフが炎に包まれる。
「ギャオ!」
「燃えろ」
オコジョ──アイスアーミンが氷柱の散弾を放つと同時にルークがナイフを振るい、その軌跡に漂う炎が球となりぶつかり合う。勿論氷を一瞬で蒸発させたり融解させる程の温度は出せない。だが──
ドドドドンッ!!
炎が爆ぜ、中の氷を砕き、或いは吹き飛ばす。アイスアーミンが苦手な炎が辺りを包み、その炎を突き破り、足が迫る。
毛皮が焼かれ、しかし反撃にその右足に噛みつく。炎が口の中を焼くが牙が食い込む痛みでルークの思考が乱れ炎が消える。
「グルルル!」
「っのやろ!」
「ギャン!」
そのまま足を食い千切ろうと力を込めれば反対の足で喉を蹴りつけられる。ザザ!と地面を滑りながら転ばぬように踏ん張るアイスアーミン。ギロリと少年を睨みつける。
少年はアイスアーミンのように氷を操り傷口を止血した。
「ギィィィィ───ギャアアアアッ!!」
「!?」
アイスアーミンが吠えると無数の氷柱が地面から生える。足の踏み場もないほどの量がアイスアーミンから波紋が広がるように生え続け、少年は木の上に跳ぶ。が、その木も一瞬で貫かれへし折れる。
「ぐっ!」
「ギュアアアッ!!」
倒れる木が向かうは氷柱の剣山。ルークは掌に拳大の石を生み出すと地面に向かって発射する。
放たれた石は氷を砕き地面を剥き出しにする。
安全な地面に着地すると同時に足に力を込め地を蹴り推進力を生み出そうとした瞬間、周囲にキラキラと光る氷にパチリと電が走る。
「────!?」
「ギィアアァ!」
氷の欠片は空中で無数の氷柱に変わりルークを貫く。とっさに回避して内臓など重要器官は避けたが右足がその場に固定される。その隙を逃さずアイスアーミンが食らいついてくる。
「がっ!」
狙うは喉。獣の本能として弱点は分かる。先の戦闘から相手と自分にそこまで開いた差はない。寧ろスペック的に見れば、自分の方が上だと自覚がある。
ルークは迫ってくる牙を見て、氷柱を右足ごと燃やす。先程のようなエンチャントではない。事前にイメージしていたならともかくこの痛みの中、咄嗟に使えるほど熟練した魔法使いではないのだ。
「しぃ!」
「ギッ──!?」
炎の魔力で氷の魔力を焼き払い、溶け始め脆くなった氷柱をへし折りながら体を傾け牙を回避し、ナイフを振るう。毛皮を突き抜けブチブチと肉を着る感触がナイフから伝わり、アイスアーミンの右足付け根に深い傷を付ける。
ルークは火傷を負った足を氷でコーティングすると左足で地を蹴り、氷の義足にスパイクを生やし踏みつける。
「ギャン!」
氷に貫かれるという本来なら自分が行うべき攻撃方法を食らったアイスアーミン。ルークはそのままアイスアーミンの片足を掴み傷口からナイフを体内に浸入させる。
ゴリ、と関節が外れる生々しい感触が伝わった瞬間、全力で振り回す。ブチブチと肉が千切れ体が吹っ飛ぶ。
「キャウン!」
背中から木に激突したアイスアーミン。地面に落ち、ギロリと自分の足を持つルークを見つめる。ルークもまた
鉄臭い血の味が口に広がる。生物そのものの形を保った肉を食うことも相まって普通の人間なら忌避する行為。
「ッ!!グルルルル!!」
目の前で自分の足を食われる、ここまで戦っておきながら餌としてしか見られていないと言うような行為にアイスアーミンは激怒し、ルークを真似て氷の義足を生み出す。
「ガァ!」
「───ッ!!」
が、ルークは氷の義足の中に酷い火傷を負っているとは言え肉体の伴う足を持つ。間接が動く。対してアイスアーミンは足の形をした氷を生み出しただけ。上手く動かせるはずもなく、その場で転ぶ。
即座に接近したルークがナイフを振るうも生えてきた氷柱に防がれる。
「っ!」
その氷柱から枝分かれするように生えた氷柱を体を回転させ避ける。頬の肉が僅かに抉れ、ルークは回転した勢いそのまま炎を纏い氷の蹴りを放つ。氷柱が砕け散り、目を見開くアイスアーミン。次の行動を取らせぬようさらに回転して、勢いを乗せ首を掻き斬る。
「────!!」
そのまま首の傷を広げ、剥き出しになった気道を噛み千切る。ゴボリと血を吐いたアイスアーミンの身体を蹴り飛ばす。
吹き飛ばされたアイスアーミンは憎々しげにルークを睨み、しかしその場に倒れる。肉体が魔力に分解され、ルークの口の中に残っていた肉片も消える。代わりガリ、と堅い感触。吐き出せば銅貨。
アイスアーミンの死体も毛皮と牙、僅かな肉と銅貨を残して消えた。
「─────」
何かが流れ込んでくる感覚。レベルが低かった頃は何度も感じて、上がると薄く、最近はトライアイウルフ以来感じてなかった感覚。恐らくこの感覚が概念体を吸収しているという事なのだろう。
少しドロリと感じるのは自らの足を食らったルークに対する恨みだろうか?
「お疲れ様ぁ」
ユラリと影から溢れた闇が集まり名無しが現れる。先程まで実体化を解いてルークを見守っていた。ルークが血の臭いが滴る肉を食らえたのは彼女が忌避感を食べていたからだ。
「私役に立ってる?」
「ああ」
「~~♪」
ルークの肯定に笑みを深めルークに抱き付く。それも感情がある者の真似か、或いは依存や執着といった負の感情かはルークには判断が付かないし、興味もない。
「じゃ、ルセリアの所に戻ろっか?」
「ああ」
名無しはルークの手を引きフワフワ浮かびながら先導する。ルークは手を振り払うことなく歩き出した。
「手酷くやられたな。まあ、一度も死ななかっただけマシか」
氷でコーティングした足や抉れた頬、その他の傷を見てルセリアがそう評価する。予め死拒魔法を何重かかけておいたがそのどれか一つでも発動した様子もない。
「白いオコジョを殺した」
「アイスアーミンか……肉はあるか?飯にしよう」
「ああ」
ルークが肉を渡す。ルセリアはルークの肩に触れると光が包み込み氷のコーティングが砕けると無事な足が出てくる。装備までもと通りだだ。
「………時間魔法?」
「ああ。傷つく前の状態に戻した」
傷一つ無くなった身体を見回すルークはふと疑問を覚える。ルセリアは夫が死んだらしい。家の裏に墓もあった。
時間魔法を使え死拒魔法が使える彼女なら、永遠にともに居ることも出来たのではないだろうか?何故今は一人で居るのだろうか?
「………今お前が何を考えているかは顔を見れば解る。答は簡単だ。輪廻の和に返った魂は呼び戻せないのさ。異世界から来たという死者を蘇らせるとほざく奴も、無理だった。まあアレが本当かは知らんがな」
「そう言えばこの世界異世界から来た奴も居るんだっけ」
「当時私は、彼奴を……クリスを私と共に居られる存在にしようと異世界の連中を捜していた。奴は突如枯れた山におり、まあ嘘ではなかったのだろうが」
「異世界人ってそんな頻繁に現れるのか?」
「大戦時代は何処の種族も戦力を欲していたからな。まあ大戦が終わった2000年では直接会ったのはその一人。魔女集会で聞いた話を含めて三人か」
「……………」
「それでも、方法を必死に探して、戻ってくれば死んでいた。情けない話だ、長い時の中私は人の寿命の短さを忘れていた………」
8000年も生きていれば
「私は愚かだ。愛してくれると言ってくれた彼奴を、永遠に共にいようと誓った彼奴を、長い時を一人にしてしまった。なのに、彼奴が残した遺書には愛している、そう書かれていた……」
「………死のうとは、思わなかったのか?」
「……魔女は死なない。死ねない……魔女になったその時から、私達は世界の枝。いずれ大木となる……世界を消しされる力がなければ死ねぬ」
「………不死?」
「その通り。不死身の女達、それが私達魔女だ……」
それは、果たしてどんな気分なのだろう。8000年も一人で生きて、途中愛した相手を失いまだ生き続けるのは……。チラリと名無しを見る。彼女が好みそうな絶望だが……。
「魔女はやだよ。強いもん………」
「………そう言えば、魂魄魔法や時間魔法で不死にはなれないのか?」
「なれん。この世界はその辺りに厳しくてな………不死に近い存在にはなれる。だが死ぬ。傷を癒し魂魄……概念体を維持し続ける魔力がなくなれば死ぬ。常に魔力を使い続ければ死ぬ……時間魔法とて、その昔一日が過ぎる毎に一日自分の時間を巻き戻すという方法を取っていた奴がある日突然魔法を受け付けなくなりあっという間に老いて死んだ例もある」
その結果真に不死身になりたいのなら魔女になるしかないと世界は思い知った。しかし魔女とは簡単になれるものでもないし、なったら最後、永遠に死ぬことは叶わない。
それでも人は永遠に憧れる。
「大戦時代など特に酷いものだ……いや、死が近しいから当たり前ではあったのだろうな。誰もが不死の法を求めた。力を持って金を得て、金を持って力を得て、その二つを持って英雄となる。誰もが英雄にならんとして、英雄となり憧れ、それを失うことを恐れた。名利がただの歴史に、下手したら歴史すら記されぬ事を恐れた」
何せ大戦時代英雄など幾らでも生まれて、国を興し、そして滅びる。歴史を残す者も居るがそれ事吹き飛ぶなんて珍しくもない。だから永遠が欲しくなる。
しかし叶わず、持つ者に対して嫉妬した。殺そうと躍起になり、返り討ちにあい、憎み、やがて彼女達を魔女と蔑んだ。
「まあ私の過去などどうでも良い。飯だ飯……」
ルセリアは余りその時の事を思い出したくないのかさっさとキッチンに向かう。ルークも傷も癒えたことだしと料理を手伝った。腹を壊さぬように焼く以上、少しでも早く料理して食って腹に納めたい。その方が経験値になる。実は生で、相手が生きてる間にも食ってますなど素直に言おうものなら絶対に怒られるな、と思いながら肉を手頃なサイズに切っていった。
食後、早速ステータスを確認することにする。ヒョッコリと肩越しに除く名無しが鬱陶しい。
何気にステータスの確認は久し振りな気がする。しかしこのステータス、『全智の魔女』とやらが分かり易く数値化したんだよな?『ラフルの書庫』……恐らく俺らの世界で言うアカシックレコード的な概念に干渉して……。
そうなるとこの数字はその魔女の感覚で数値化されているはず。1が生まれた赤子のステータス。けど他の種族は最初っからステータスが
或いは単に最弱種族に会わせただけか……まあその辺りはどうでも良いか……。
「ステータスオープン」
『名前:ルーク Lv.8
種族:
状態:仮契約(NO NAME) 精神浸食
称号:狩人見習い 復讐者
HP152/152
MP207/207
SP300/300
膂力:162
耐久:134
魔耐:156
器用:205
敏捷:248
魔力:182
特化魔法:無し 契約属性:闇
《
とはいえ俺の村の周りには属性攻撃を持つ魔物なんて居ないから耐性技能は数が少ない。アイリさんから敢えて食らっておくんだった。
しかしこれ、特化魔法……無しのくせに闇?
チラリと名無しを見ると笑顔のままコテンと首を傾げてきた。恐らくこの仮契約(NO NAME)は名無しの事だろう。闇だし。
しかし、契約?
「お前等、契約してたのか!?」
「「?」」
と、名無しとは反対の肩から顔を覗かせたルセリアさんが叫ぶ。俺も名無しも首を傾げた。
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精霊契約の説明
契約。それが何なのかは不明だが闇精霊と人間種……いや、本来は闇精霊など存在しないはずだから精霊と人間種の間で行える行為なのだろう。
しかしルセリアはルークと名無しが行うことを快く思っていなかった。
まあ契約とは双方合意を持って行われる行為。片方だけが得するとは考えにくい。ルセリアはつまりルークが得する代わりに名無しが得する何かを嫌っているのだろう。
「仮契約……契約とは意識せずに行ったか………」
「その契約ってのは結局なんだ?」
「私も知りた~い。こうして仮にとは言え契約してるんだよ?いっそ全部話した方がいいんじゃないかな」
契約がまだ仮であることに安堵するルセリアに対して契約は自分にとって益があると判断しているルークと名無しはむしろ聞きたがっている。それに対してルセリアは苦々しい顔をする。
契約に対する危険は、契約内容次第で軽減できる。だがルークは絶対に契約内容を重くする。力が欲しいから、自分の身などどうでも良いから。
生きたいという感情は普通の生物なら持つ本能だ。しかしルークはそれが薄い。本来なら死にたがるほどせめている者から自責を消したところで生きると前向きになるのではなく自分の命に対する関心が消えるだけなのだろう。マイナスから0になっただけ。だから命の危険も省みず力が手に入ると言われたら手を伸ばす。
それに力は確かに手に入るし、契約したら死ぬかと問われれば違うとしか言えない。
復讐は続けられるし力も手に入る。ならルークが断る理由もない。
「…………教えるのに条件を付ける」
「何?」
「契約は直ぐにするな。契約内容は良く考えろ」
それがせめてもの条件だ、そう言うとルークと名無しは顔を見合わせしばらく見つめ合う。答えが出たのかルセリアに視線を向けてきた。
「解った。直ぐにはしない……で、何時まで?」
8000年も生きている魔女からすれば50年も100年も直ぐの部類にはいるだろう。そう言う言葉遊びをさせぬ為に具体的な期間を聞くルーク。別に破ってもいいのかもしれないがルセリアには恩を感じている。それに、生き残るにはルセリアが必要だ。その辺りに自惚れはない。現状、自分はこの辺りの森ではほぼ最弱だ。彼女の保護なしでは三日ともてば良い方だろう。
「………次にお前の前に魔族が現れる時だ……魔族はお前を狙っているのだろう?それに魔族の母とやらはお前が生まれた場所を知っていた。あの辺りからお前を運んでいた魔族の死んだ場所の周囲を探しているはずだ。数週間か数ヶ月……少なくとも数年はしないはずだ」
「………………」
魔族、そう言った瞬間周囲の空気が重くなったのは気のせいではないだろう。名無しが嬉しそうな顔でルークに抱きついている。怒りや悲しみ、後悔……そんな感情が渦巻いていることだろう。だが、飛び出して殺しには行かない。今のルークは魔族を滅ぼしたいのであって殺したいわけではない。冷静に、己の力の無さを理解して飛び出さない。殺意も名無しが食べているのだろう。
だからこそ魔族を殺すために力を欲するわけだが……。
「……はぁ、滅ぼすために殺したいだけで、殺意がないとは………憎悪だけ残した人間の思考は理解できんな」
「当然だろ。少なくとも感情を抑制するのではなく削るなんて芸当してる時点で、それは人の心の形とは言えない。理解できるものか」
「憎悪だけじゃないよ?私楽しいとか嬉しいとか食べれないもん」
人の心の形とは異なる心になっているらしい復讐者の少年と感情の負の側面のみを切り離されたような闇精霊の少女の、此方の気苦労も理解しないマイペースな対応に長いため息を吐く。
「契約について教える。黒板をもってくるから待ってろ」
一般的に精霊の契約と言えば
そして彼等が行う契約は契約としては初歩の初歩。魔力を対価に精霊に現象を起こしてもらうのだ。
「ここまでで何か質問は?」
「は~い!何でルセリアの絵って微妙に下手くそな人間なんだか動物なんだか解らない絵なの?」
「精霊は何で魔力を求めるんだ?こいつ見る限り魔力が絶対必要ってわけでもないだろう?」
「良い質問だなルーク。それと名無し、黙れ……」
ギロリと名無しを睨むルセリア。黒板には名無しの言うとおり二足歩行の動物が下手くそと言い切るには微妙なラインで描かれていた。兎っぽいのには『
「確かに精霊は人が現象を操る、魔法を使う度に放たれる意志と魔力が世界と混じり生まれる。生まれた後は世界に満ちる魔力を吸って生きる。だが、それでもそいつは人に干渉しているだろ?」
と、ルセリアは何気に上手いルセリアとルークの絵を描いて見せびらかしてくる名無しを見る。その絵は破り捨てられた。
「簡単に言えば嗜好品だ。酒や煙草と同じ、無くても困らぬが味わうだろ?魔力は必ず感情が宿る。それを精霊達は食らうのさ………『焼きたい』なんて単純なものでも良い」
そう言う意味では名無しは精霊の中でも大食いの部類に含まれるのだろう。何せルークの悲しみや怒り、殺意に自責の念を感じさせぬほど食い続けているのだから。
「精霊はいわば増幅器だ。火の精霊は簡単に言うなら特化魔法:火を持っていると考えてくれ」
「ああ、少ない魔力でも特化魔法で効果が上がる………つまり貰った魔力の分を特化魔法持ちにやってくれるわけか……でも精霊との相性が良いと効果上がるって読んだ事あったな……精霊は意志を持つから、付け足してくれるとか?」
「その通りだ。ま、この辺りが世間一般の契約だな………」
「………大戦時代の?」
だとしたら余りにお粗末な研究ではないかと首を傾げる。確かに精霊魔法は普通の魔法より強力だが、それだけだ。ルセリアが恐れる深い契約とやらの研究もされそうなものだが。
「
「……………」
「それでも偶に現れる………そう言う場合は本人に接触し諫めるのだが………まあ、精霊と契約するほどの感情の持ち主だ。基本殺そうとしてくる……中には革命を手伝った魔女も居たな」
私は使う奴が居ようと居まいと構わんがな、と付け足すルセリア。彼女は人の文明をどうこうするつもりはない。興味がない。どうせ死なぬのだから。まあそれは他の魔女も同じだがもう一度大戦が起きないように動く魔女も少なくはないのだ。
「魔女が歴史に干渉してたのぉ?なんか、ずる~い」
「はん。力を持つ者が勝のは世の道理だろうが。魔女だって各個性がある、何をしようと構わんだろう」
「あ~……まあ、別に神様でもないし、そうかも?」
「そんな事より契約についてだ。要するに、魔力以外の対価を差し出すことも出来るんだろ?」
「…………まあ、色々な。例えば右腕や目、肺に心臓などなど己の一部。感情を完全に食わせるなんてのもある」
感情とは記憶から溢れるもの。故に記憶がある限り感情は消えない。本来ならそうだ、しかし精神に対価として差し出せば記憶は単なる記録に変わる。どれだけ愛し合った恋人との蜜月があろうと、そこに喜びを感じなくなる。どれだけ国に忠誠を誓おうと、どうでも良くなる。
「文字通りその感情が消える。これは精神体のより深い、概念体に近い精神の根幹に精霊の一部が寄生し余すことなく永遠に食い続けているからだと言われている」
「精神体までならともかく精神の根幹に寄生?そんな事出来るんだ」
「出来ないのか?」
「私に出来るのは表面に溢れそうになる感情を食べるぐらいだよ。概念体と重なる境界なんて、無理無理」
それを可能にするのが契約なのだろう。なら直ぐに今食わせている感情を与えるべきか?いや、今はあくまで表に、本人が認識できる範囲に出て来ないだけで無意識下には強い怒りと悲しみなどが溢れている。その中で憎悪だけを知覚できる状態にしてはいるが、その感情が根本から消えれば憎悪がどうなるかは解らない。止めておこう。
そう考えているルークを見てほっと一息つくルセリア。
「そうだ、やめておけ。妻を愛すると詠い、それ以外の親愛、友愛などを食わせた男が何も、妻すらも求めなくなったり、名誉を取り戻すなどとほざいて楽しいという感情を食わせた女が発狂したなんて話もある。人の感情は複雑怪奇、何が何にどう影響するかなど誰にも解らん」
それこそがルセリアの恐れていたことだ。沸き続ける感情を食わせるのはまだ良い。だが、精神の根幹まで手を伸ばされたらどうなるか解らない。故に警戒していたのだろう。
「………でも肉体でも大丈夫何だよな?」
「重要な器官程な………それで戦えるのか?」
「……………」
例えば肺は重要な器官だろう。それでも二つある。しかし、だ。元々二つあるものが一つになった場合戦えるのだろうか?それに、重要な器官ほど深い契約なら例えば脳や心臓を与えた方が強い契約になると言うこと。それは果たして感情を食わせるより上なのだろうか?
「てか精霊が肉体なんて貰ってどうするんだ?」
「精霊は常に肉体に憧れる。集めて肉体を得たいのさ……精霊獣なんて、波長の合う器を探さねばならないし合っても意志が体の所有者のままなんてザラ。だから契約を通して貰い受ける……まあ一部を持ってたところで直ぐ腐りやり直し。氷の精霊だとしても細胞同士が拒絶反応を起こして激痛に苛まれる器しかできない、この二通りしかないがな」
それでも精霊が知性らしい知性を得れるのは上級精霊。良くてその手前の中級精霊からだ。大戦時代はそれでも数多くの精霊が契約していたが……。
「まあ肉体に関しては死後受け取れるからそう言う契約も出来るがな。まあ右腕を差し出す契約をして右腕を失えば契約も切れるが」
「………なる程」
とはいえ、名無しが体を欲しがるようには見えない。つまりは精神面。これまで通りの関係が一番のだろう。
「契約の方法は単純だ。精霊に差し出すものを決め、精霊はそれに対して順当な力を貸す。ああ、契約内容によっては精霊が本人の魔法を別の場所で使うなんて言うのもある。炎の精霊が雷放ったりな。奇襲で良く使われていた……それと上級精霊クラスだと霊装が使える」
「「霊装?」」
「精霊装備、略して霊装だ……」
と、ルセリアは黒板に新たな絵を描く。アレは、たぶん剣だろうとルークと名無しは予想する。
「精霊が増幅した力を圧縮し生み出せる装備。その威力は桁違いだ。大戦時代、名の知れた戦士の3分の1はこれを持っていた」
とはいえ誰でも使えるわけではない。何せ霊装の核は精霊核と呼ばれる精霊の命の源を差し出すのだ。武器である以上破壊される可能性もある。余程の絆が無ければ行えない。
「………霊装、か」
「…………それをするには絆はもちろん相応の契約が必要だ。そこを忘れるな」
ルセリアはそう言うと黒板を消す。話はここで終わりという事だろう。
「お前達はお互い意識せず口約束で契約、それも名無しだけが得をする契約をしているからあくまで仮契約なんだ。契約するなら名無し、お前もルークに何か奉仕しろ」
「ルークのいや~な感情食べてあげてるもん」
「だがそれはルークからお前に差し出しているだけで、お前は何も与えていないだろうが」
「……………おお、言われてみれば」
ポン、手を叩き納得する名無し。確かにルークからすれば助けられてるが、名無しに取っては助けているのでなく食事をしているだけ。一方的な契約だ。
庭に出たルークは芽に手を翳す。掌から溢れた光が芽に降り注ぎ、少しずつ成長する。蝸牛の速度だが植物としては異常な成長。もちろん魔法だ。
魔力操作の練習。ルセリアから課された修行の一つだ。土魔法で土に栄養を与えながら生命魔法で植物を育てる。二つの魔法を同時に使うのは中々集中力がいる。それでもルークはこの木を育てたいと思っている。これはスノーホワイトの苗だ。
あの村の唯一の特産品。木は折れていたが、あの村のあった証を残したかったのだ。
「………………」
ルークは徐に成長の妨げにならないように枝を斬る。そこに触れ、魔力を流す。パキパキ音を立て枝が再生していく。斬った位置が変わったかのような枝。それを見ながらルークは腰を落とす。
珠のようにかいた汗を拭う。やはり概念魔法は消費魔力が多い。
「ねえねえルーク。私ってルークに何してあげられるのかな~?」
と、ルークの集中が切れたのを見計らい背中に飛びついてくる名無し。
「本契約したくなったか?」
「そうすればルークをもっと知れるかもしれないんでしょ?ルークは私が会った中で、取り憑いた中で一番優しい。私、ルークをもっと知りたいわ」
「…………お前俺の魔法使うことは出来るのか?」
「ルークの魔力を使ってなら。ほら、私ルークの精神体の一部に干渉してるから」
「…………回復。魔力を考えて、動けなくならない程度の回復だな」
「うん、解った。とはいえルセリアの目があるし、まだ仮契約にしておこうね。でも練習として回復はしてあげるよ」
「ああ、これで貸し借りは無しだ。まあ、俺はお前に借りを作ってばかりだと思ってはいたが」
何せルークからすれば名無しは居てくれるだけでありがたいのだ。ルセリアは名無しのみが得をしていると言っていたが、ルークからすれば冷静でいられるだけで十分なのだ。えへへ、とすり寄ってくる名無しの頭を撫で、スノーホワイトの苗を見る。
これを取ってこようとして外に出て、殺されたニーナの顔が頭に過ぎり、ニーナを殺した男達の顔を思い出す。
「………………」
そんなルークから溢れる感情に、名無しは嬉しそうに目を細めた。
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選択する責任
虎のような模様を持った山羊が木々をへし折る。その木から跳ねた影を広い視界で捉え地を蹴り跳ねる。
「チィ!」
その反応速度に舌打ちしつつルークは剣で防ぐ。腕が痺れる。近くの木の幹に掴むが浮き上がった勢いが思いの外強く関節がミシリと鳴る。顔をしかめながら回転して隣の木に移動した瞬間背後で木がへし折れる音が聞こえた。
「凍れ」
「───!?」
木の枝を両足で踏み込みしなりを利用して跳ねたルークは回転しながら天地逆転した視界に映る山羊の足元を凍り付かせる。踏み込もうとした地面の硬さが変わりバランスを崩す。
着地したルークはその隙を逃さず地面を跳ね腹を狙う。が、振り下ろされた蹄を見て慌てて回避する。頭に衝撃が走り遅れて痛みがやってくる。
「……………」
ドロリと血が流れ視界の半分を塞ぐ。が、ゆらりと黒い光が包むと血が止まる。残った血を拭い突進態勢に入った山羊を睨みつける。
「ベエェェ!」
「───!!」
ドン!と地面が爆ぜ、角の先端がルークの腹に突き刺さる。そのまま頭を持ち上げ地面に叩きつけようとする山羊。が、ルークがその目に剣を突き刺す。
「エンチャント………スパーク」
「ベ───!!」
体が強ばる。全身に走る痛みにしかし暴れることも出来ない。更に再度雷が剣を通して放たれる。二度、三度、四度目にして漸く山羊は意識を失った。
「─────」
地面に倒れた山羊の角が衝撃で抜け、ドクドクと先程とは比べられないほどの量の血が流れる。残った魔力では塞ぐのは不可能。そう判断するやいなやルークは己の喉をかっきる。直ぐにルセリアが施した死拒魔法が発動し生命活動に支障がない程度に傷が癒された状態で復活する。
体を起こすと肉体の消滅が始まった山羊の概念体を少しでも得るために死体にかぶりつく。もっとも、直ぐに口の中で消えてしまったが。まあそれでも多少は得ているはずだ。
戦闘中に食えなかったことを後悔しつつ残った角の片方と肉、毛皮、金を拾うと立ち上がり歩き出した。
「死拒魔法が発動したな。まあ、随分持っていた方だとは思うが……」
戻ってくるなりルセリアがそう言った。彼女が施していた魔法なのだから当然彼女には発動した瞬間が解っていた。まあ、一度だけで残りが発動する気配がなかったから助けには行かなかったが。
「流石に奥地に行けば死なぬのが難しくなってきたか?なら、死なない領域で鍛え直すんだな」
「あっはっは!それがさ、聞いてよルセリア。ルークったら魔物に殺されたわけじゃないんだよ?」
「何?だとすると、まさか腹が減ってその辺の毒入り果実でも食ったか?」
「ん、それは最初から食べてたよ。毒耐性得るためにね……その状態で戦ってたのもあるんだろうけどお腹に穴があいちゃってさ~。そしたらルーク、どうしたと思う?治すだけの魔力がないから一度死んだんだよ。そしたら生きるのに申し分ない回復できるじゃん?」
「………………」
名無しの言葉にルセリアがギロッとルークを睨みつける。ルークは自分の話をされている自覚がないのか平然と飯を食っていた。早い内に食べて概念体の残滓を喰らいたいのだろう。
「お前、幾ら死んでも直ぐ生き返るからって………死拒魔法の残数が切れれば本当に死ぬんだぞ?概念体が、魂が輪廻に返ってしまえば、私が間に合わなければ、もう二度と生き返らない……」
「その辺りは心得ているつもりだ。だから戻ってきた」
「………いや、そもそも何故死ねる?」
もちろん死ぬ瞬間に感じる五感が遠ざかり意識が闇に沈むなどはともかく、概念体が肉体から離れる感覚は生き返らせる際に記憶から消す。そうでなければ発狂する。死にかけるとか、仮死とか、そんなのと比べるまでもない本物の死を味わって正気を保てる者など居ないからだ。それでも人は死を恐れる。
本能的に、絶対的に………。命を惜しまぬと自爆テロを起こす者だって死の感覚の一端にでも触れれば二度とそのようなことを起こさない。実際、昔殺しに来た奴の中に命を持って貴様を~などと吼える輩も自爆した後生き返らせてやれば二度と命を懸けるなんて事は言わなかった。
「………………死の恐怖が食われている、か」
ルセリアがギロリと名無しを見れば名無しはニコニコ笑顔のままコテリと首を傾げた。
「何かな何かな。ひょっとして私を責めるの?何で?私責められるようなことしてないよ」
名無しは死への恐怖は食えても生きたいと思う感情は食えない。だからルークが死ねるのは生きたいと思っていないからだ。それでも本能で死が怖い、そう思う。それを食べられてるから死ねるだけ。
「それにルークは死にたい訳じゃないよ?ルークの夢はね、魔族を滅ぼして、悪人を殺し尽くして、自分も誰とも知れぬ場所で死ぬこと。こんなところで死ぬ気はない。だから残数が一つ減っただけで、自分を殺せるクラスの魔物の領域に入っただけで戻ってきた」
とはいえ暫くが生態調査になるだけで、また直ぐに挑みにいくだろう。今回は1対1で他の魔物の追撃もなかったがそれが偶然なのかそれともあのレベルが縄張りを持って一定の間隔で居るのか。前者なら囲まれ殺され続けるのを恐れて控えるだろうが後者や群があったとしてもあの強さなら残数を考えて五匹程度なら挑みに行くに違いない。
「でもそれは私のせいじゃない。死の恐怖がなくなったって、死にたくなるわけじゃないし、生きたいって気持ちがなくなるわけでもない。選択肢が増えるだけ……そして『一度死ぬ』っていう選択肢が増えた責任は私だけじゃなくてルセリアにもあるよ?」
「……ぬ」
確かに目的が魔族の殲滅のルークは魔族や悪人に挑んでならともかく修行中に魔物に殺されるのを良しとはしないだろう。だが遅延型の死拒魔法をかけられたからこそ一度死ぬという選択肢が増えた。
「だがそれと俺の行為に対する責任は別だ」
と、ルークが口を挟む。一応此方の話は聞いていたらしい。
「選択肢を増やそうと選択肢を選ぶ権利は俺にしかない。そして、俺が選んだ。誰に言われるでもなくな」
「………ま、確かにね。道を示しただけで責められてもたまったもんじゃないよ」
「………それは、そうなんだろうが……」
「嫌なら俺に死拒魔法をかけなければいい。そうすれば俺は死ぬことが出来ないからもう少し考えて行動する」
「………いや、そうだな。お前は本心から、生き返れるなら死んでも構わんのだな………なら、彼処も使えるか………」
もとより死んでも構わないと修行を頼み込んできたのだ。それが生き返る前提だとしても、だからこそ残数が続く限り彼は本当に死んでも強くなろうとする。なら、この辺りでも危険な場所も、と思わず口に出すとルークは反応してルセリアを見つめる。場所を教えて欲しいのだろう。
「………まだ早い。ステータスの成長速度を見る限り、最低でもレベル20………いや、15になってからだ。その上で死拒魔法100重にかけさせる」
「残機100、か……そんなに危険なのか?」
「危険だ。というかレベル20でも生きて出るなど不可能。が、彼処は感覚を掴むのにちょうど良い。そして、感覚は命がけの方が短期間で覚える」
「さっきまで命を大切にとか言ってた人の台詞?ルセリアったらスパルタん」
「私は残数を使い切ることを恐れただけだ。使い切らないことを弁えているのなら、何度死のうが知ったことか。それで狂うわけでもないのだろう?」
「私のおかげだよ!」
えっへんと胸を張る名無し。チラチラルークを見てくるので意味を察したルークが頭を撫でてやる。
「お前、本当にこれ好きだな」
「うん。好き、なのかな?私が観察してきた人間達はね、子供達に向ける怒りが収まったり、子供が誉められるような事をするといっつもこうしてたんだ……これってあれでしょ?大好きって意思表示……良いなぁ、どんな気持ちなんだろう」
なら彼女が頭を撫でられ目を細める姿が、見た目よりも幼く見えるのはその子供達の真似をしているからか、と言う感想を抱くルーク。名無しは確かに子供のような顔を浮かべていた。
その後ルークは毎日のように森の奥へと進んだ。1日に死ぬ回数が明らかに増えて。それでもキチンと生きて帰ってくるのだからルセリアは文句を言えない。
三週間程経った今日も今日とて森の奥。
「キシャアアァァァッ!!」
「────ぐっ!」
ガギィィン!と火花が散る。ルークと相対するのは前足が鋭い鎌のようになった6メートル級の蜘蛛、アサシン・タラント。俊敏性が高く、蟲系統の魔物特有、硬い外殻を持つ魔物だ。
しかも気配を消すのがとても上手い。何より厄介なのは───
「キィ!」
「っうお!?」
アサシン・タラントが一本の足で近場の石を蹴る。それがルークの背後に落ちた瞬間網がルークを捕らえようと迫る。
これがアサシン・タラントの厄介な所。『罠作成』。
スキルとして存在する生成系の技能には作った物にステータスの一部が帯びる。鉄を砕く豪腕の持ち主も、『鍛冶師』スキルを持つ者が造った剣をおるのには一苦労だ。まあステータス差によるが。
「ぐっ───!」
ギリギリと締め付けてくる糸に顔をしかめるルーク。蜘蛛や蜂などの魔物が持つ『陣地作成』とは異なる『罠作成』はレベルによっては属性も付与できる。
「『毒』か……」
「キシィ……」
ルークが罠にはまった途端に距離を取り近付いてこなくなったアサシン・タラント。恐らく獲物を毒で殺して、安全な状態で喰らうのだろう。アサシン・タラントの糸は力で千切るのには相当な膂力を必要とする。同レベルではまず無理だ。力なら………。
「毒耐性手に入れて正解だったな………」
「────!?」
ルークが体を縛り付ける糸をパキパキ砕くと目を見開くアサシン・タラント。何て事はない、凍らせて砕いただけ。力で無理なら他にやりようはあるのだ。
「キシャアアァァァッ!!」
「麻痺も効かねー………よッ!」
目を光らせ牙から毒液を放ちなが迫るアサシン・タラントに、タイミングを合わせ剣を眉間に突き刺す。アサシン・タラントの奥の手、『麻痺眼』。アサシン・タラントの持つスキルの中で『罠作成』以上に魔力を消費するスキルだ。故にめったに使わない。
が、ルークは
アサシン・タラントの相手は初めてではない。二回ぐらい死んだが……。
「ギィィィ!ギギャギャギャギャ!」
とはいえ相手は蟲系統の、それも魔物。植物系に次ぐ高い生命力でなお存命し暴れ回る。ルークを振り落とす気なのだろう。
目に魔力を溜、『麻痺眼』を発動しようとする。が、ルークがその目を踏み潰す。
「ギ、ギイィィ!?」
そのまま残りの目も破壊していく。『麻痺眼』を発動させぬように。全ての目を潰し終えると額を蹴りつけ剣を抜きながら距離を取る。とはいえ、アサシン・タラントは全身に生えた短い毛で空気の流れを読み獲物を見つけることが出来る。ルークが上に跳ぶと背後の岩がアサシン・タラントの鎌に切り刻まれる。だが、ルークは無事だ。背に降り立ち頭と体の節目に剣を突き刺す。
「フリーズ!」
「!?ギイィィィッ!!」
体液を媒介に無数の氷柱が産み出される。ガタガタと外殻が揺れるのはルークの力では完全に突き破れないから。時折先端が僅かに外殻を破るだけ。関節からは氷柱が飛び出しみるみる解体していく。
やがて外殻もブチブチと音を立て筋肉から剥がされていく。途中、幾つかが溶けるように消えた。魔力に分解したのだ。
足場がなくなり地面に落ちたルーク。ゲホゴホと咳き込み血を吐き出す。
毒耐性があるからと言って毒が全く効かないというわけではないのだ。幸いこの辺りには多くの毒果実、毒茸などもありスキルの鍛錬には事欠かなかったが。
「お疲れ様~。ほら治れ治れ~♪」
と、ルークの影からズルリと這い出てきた名無しが回復魔法を使う。独特の魔力光は黒くどちらかというと呪いでも受けているかのようだが実際傷は癒えていく。
「あの敵は耐久高いからね。ルークは魔法なしじゃ倒せない。だから私は魔法使わず見ていたよぉ。間違ってない?」
「ああ、助かる。良い判断だ」
「えへへ。じゃあ契約しよう契約。もっと役に立つよ~」
「ルセリアが認めないから駄目だ」
「……そっか」
ショボンと落ち込む名無し。失望他のその他の感情はあるからこの辺が演技なのかは解らない。
「ん?あれ、ルーク器が育ったね。レベルアップだ」
「何?」
その言葉にルークはすぐさま己のステータスを開く。
『名前:ルーク Lv.15
種族:
状態:仮契約(NO NAME) 精神浸食 毒(微)
称号:狩人 復讐者 悪食 命知らず
HP179/458
MP104/518
SP554/800
膂力:452
耐久:540
魔耐:583
器用:618
敏捷:621
魔力:542
特化魔法:無し 契約属性:闇
《
「悪食だぁ?」
「命知らずだって~」
何時の間にか増えていた称号。悪食は毒耐性を得るために毒の茸や木の実をほぼ毎日大量に食らったからだろう。命知らずは本来なら格上に何度も挑んで生き残ったら得られる称号だ。ルークの場合何度か死んでるが……。
「………あらゆるものを食える、ねぇ」
その場に残った蜘蛛の外殻と鎌を見つめるルーク。外殻の一部に噛みつく。バキリと噛み砕けた。
「……ツンとした味……意外と食える」
思いの外うまい。別に漫画のように食った相手のスキルは得られないが、残留概念体を余さず食えるのは良いことだ。寄生生物にも気を使わなくて良いようだし。
「うぇ~、そんなの食べるのぉ?」
「そこそこうまい。じゃ、これ食ってから帰るぞ」
蜘蛛の外殻、糸、鎌などを平らげルセリアの元に戻り食事をすませた後、レベルが15になった事を報告するとステータスの確認をされる。それを見てふぅ、とため息を吐いた。
「また妙なスキルを………まあ良い。このステータスなら彼処に行っても戻ってこれるだろう。90回程死ぬだろうが」
ぼそりと付け足し今日はもう休めと言う。ルークは大人しく従った。
翌日、ルセリアの案内の下森の奥へと進む。森の中を駆け回るルークは当然として、普段引きこもっているルセリアも息一つ乱れておらずスイスイ進む。
「着いたぞ」
「崖?」
「真っ暗」
木々が無くなり、開けた視界に崖が映る。ルセリアが指したそれをのぞき込めばそこの見えぬ深い闇が見えた。
「この森は嘗て魔女の森と呼ばれていてな。4000年前なんて毎日のように人が来たものだ。大戦中だと言うのに暇な連中だ」
「?それがどうかしたのか?」
「そいつ等の死体、全部この下に捨てた」
「あー、だからなんか下から怨念が漂ってくるのか~」
と、名無しが言う。彼女が言うならなるほど、この崖は死体の遺棄場なのだろう。
「ああ。だからほら、行ってこい」
「…………へ?」
どが、と蹴られた。バランスを崩したルークは真っ逆様に落ちていく。
「遅延型死拒魔法は既にかけてある。安心して一度死ね」
「ルーク!」
慌てて追ってくる名無し。近くを浮遊する辺り助ける気はないらしい。
小さくなっていく光を見ながら、ルークは修行内容を説明しろよと不満を抱いた。直ぐに名無しに食われてどうでも良くなったが。
「…………さて、『魔覚』と『魔力闘法』を無事覚えてくれると良いんだがな」
『ふふふ。随分と乱暴な教え方ですね?』
「……………」
崖を見ながら呟いたルセリアに、何処からともなく声がかけられる。ルセリアがギロリと木を睨みつけるとそこには黒いカラスが居た。
「……『全智の魔女』か」
『魔女名で呼ぶのは苛立っている証ですね?何を苛立っているのです?私があの子に真実を伝えてしまうかもしれないから?』
クスクスと笑う女の声がカラスの口から響き、ルセリアが眉根を寄せる。
『それは嘘を付いた貴方が悪いんですよ?そんなに一人は寂しかったのですか?だから言ったのですよ、人と繋がりを持ってはいけない。もう一度その温もりを思い出したら、私達はまた数千年、求めてしまう。どうせ長命種でも千年程度しか生きられぬのに』
「それで、魔女集会へのお誘いか?」
『ああ、はい。そうですね……ふふ。何時以来でしょうか?100年?200年?』
「182年ぶりだ」
『そうそうそうでした。流石です。ルセリアさんは魔女集会以外だと魔女同士の繋がり、いっさいありませんもんね。最後に誰かと話したのが何年前か覚えるのも得意になりますか』
「殺すぞ」
『あ、懐かしいですね魔女ーク』
マイペースなカラスの主にルセリアははぁ、とため息を吐く。カラスはからかいすぎたかな?とでも言うように首を傾げる。いや、普通に毛繕い始めただけだった。
『ああ、それとあの子、血筋的にはクリスさんの血脈でしたよ。クリスさんが貴方と出会う前に付き合っていた方の子孫です』
「何?聞いてないぞそんなこと!」
『そりゃまあ、昔付き合ってた女が居たなんていちいち言うことでもありませんし……でもほら、クリスさんの子孫だとより守ってやりたくなりません?』
「チッ……で、魔女集会の日時は?」
『舌打ち。クスン……2ヶ月後にエリークの森で………あ、ルーク君連れてきてもらえます?』
「はぁ?」
『ルセリアさんだけ狡いですよ、かわいい子供育てて。私だって育ててみたいのに』
「……………」
『他の魔女にもリークしたところ『あのルセリアが心を許すなんてどんなかわいい子供なんだ!?』と興味津々。まあ実際見た目こそかわいいですが目つきの悪いいかれたクソガキでしたけど………あら、怖い目つき』
勝手にルークの情報を魔女にばらまいた事実にカラスを今にも殺さんと殺気を放ち睨み付けるルセリア。周囲の空間が歪み、
全智の魔女である此奴が知るのは仕方ないことだ。しかし他の魔女にあえて教えたとなると怒りも枠。
『別に皆取って食べよう何てしませんよ。それに、タルトさんやメイ・インちゃんみたいに技術を教える人を雇えるかもしれませんよ?貴方だけでは限界があるでしょう?』
「…………解った。本人に意思確認してからな」
『……あの子ちゃんと生きて帰ってこれます?』
「残数が10になったら様子を見に行く」
『あら優しい』
「………で?彼奴の目的を当然知っているんだろ?なら、教えろ。彼奴に魔族共を滅ぼすのは可能なのか?それで彼奴が救われるのか?」
『私は、何でもは知りませんよ。過去と、現在だけ……未来なんて知る術を持ちません。明日明後日の事や災害みたいな世界規模なら解るんですけどね』
使えん奴だ、と毒を吐くルセリア。『全智の魔女』はシクシクわざとらしく無く。
『さて……ルセリアさんからかうのもこの辺りで切り上げて、私は他の魔女も召集しますね。では、魔女集会で会いましょう、『
そう言うとカラスはバサバサと羽ばたきその場から去っていった。
感想お待ちしております。
小説家になろうの方もお願いします(切実)
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死者の谷
轟々と風が頬を撫でる。
一体何時になれば底に付くのか、少なくとも数分は落ちている気がするが、それは単に時間の感覚が狂っているだけかもしれない。これでふとした瞬間地面に激突しそうだ。
「何も見えねーな」
そもそもこの暴風と闇の中じゃ音や視界で周囲の地形を把握するなど不可能。精々時折迫る壁を蹴りさらに崖の中央に向かうのが唯一出来ることだ。と──
「ごが!?」
グシャリと全身が潰れた。が、傷一つ無い状態で復活する。死拒魔法ではない。新たなスキルの『即死無効(Lv.1)』だ。
ゴキゴキと体と鳴らしながら立ち上がるルーク。周囲を見渡しても何も見えない。炎の魔法で明かりをつける。
「わっ!」
「…………」
「あれ、少しも驚かない」
灯りが付いた途端名無しが叫ぶがルークが何の反応も示さないのを見てつまらなそうにぶーたれる。ルークから感じる負の感情に恐怖が一切無かった。恐怖を喰らえると思ったのに。
まあこの果ての見えぬ闇の中、ルークとて不安を感じないわけではない。今はその不安を食って満足しよう。
「真っ暗だねぇ」
「ああ、足下には骨だらけだ」
壁は、まあ登れないこともないだろう。地を蹴り壁の凹凸に手をかけ足をかけ登っていく。無ければ土魔法で形を変える。100メートルほど登ると壁に大きな穴をあけその中に入る。
「これが修行?」
明らかに簡単すぎる。てっきり闇の中を蠢く魔物でもいるのかと思ったが、そんな事はない。ルークが首を傾げていると名無しがあっ、と何かを思い出したように手をポンと叩く。
「えっとね、ルセリアから預かってたものがあったんだ。ルークに付けさせろって」
「これは、ミサンガ?」
名無しが平坦な胸と服の隙間をゴソゴソ弄っていると、水色の糸で編まれた輪が出て来る。触った感触はとても艶やかで、火炎級の灯りに照らされ輝いているようにも見える。
とりあえず手首に着ける。と、ミサンガの表面に幾何学的な文様が浮かび、次の瞬間パキンと砕ける。
「…………!?ぐ、ご………!」
「ルーク?」
と、不意に苦しみだしたルークを見て首を傾げる名無し。次の瞬間ルークの身体から血が吹き出す。
「………ん?」
後ろから斬られたような傷。直ぐにルークから魔力を吸い癒やしキョロキョロ周りを見回す。
「……周囲の怨念が、強くなった」
「怨念?」
「うん。来るよ、気をつけてね」
名無しの言葉にルークは全神経を集中させる。最初に反応した五感は、痛覚。視覚でも聴覚で嗅覚も触覚でもなく、痛覚。
肉の中を鋭い何かが通過する感覚。慌てて飛び退き腕を見る。傷はない。無かった……だが出来た。
──……シ…──
──…い──
聴覚……ではない。脳裏に響く何者かの声。
「───!!」
「おお、今のを避けるんだ。ルーク、此奴等知覚してないよね?」
肌の触覚か反応した瞬間跳ぶ。頬に僅かな裂傷が走る。
「あ、でもそっちは───」
足下の感触が消える。浮遊感に襲われしかし直ぐに地面の感触。慌てて体を転がし衝撃を流す。火は背中を切られた際に消してしまった。周りに存在するのは静寂の闇ばかり。静寂、の筈だ。空気は震えていない。だが声は聞こえる───
──憎イ憎イ憎イ── ──恨メシイ──
──魔女魔女魔女!!──
──殺ス!殺スゥ!── ──滅ビロ!──
──忌々シイ死者ノ魔女メ!──
「……名無し」
「なぁにぃ?」
ルークが名を呼ぶとスルリと足が首に巻き付いてくる。そのままルークの頭に腕を置く名無し。この闇の中ではどうやっても見えないが相も変わらず笑みを浮かべていることだろう。
「何が起きてやがる」
「
「
「いるよぉ……概念体の残滓と精神体のみのアンデット。光とか透過するから姿も見えない……まあ魔力が高いと光が歪んで姿が見えることもあるけどねぇ」
「お前は見えるの───ッ!!」
肩から細い何かを押し付けるような痛み。即座にその場から離れる。
剣が空を切る音も空振りした剣が地面を砕く音も聞こえない。だが、背中が僅かに斬られた。
「見えるよ~。そして感じる。ほら、私ってば怨念とか解るし?」
ケラケラ笑う名無し。手伝えと言った所で手を貸すことはないだろう。ルークが死ぬ所で名無しは損しないし……。
それが解っているからこそルークが苛立ち名無しを喜ばせる。
「チッ………」
どの道ルセリアから課せられた修行である以上独りで切り抜ける。胸に痛みが走る瞬間剣を振るう。しかし何かを斬る感触はなく心臓が貫かれる。即座に死拒魔法が発動する。
──殺ス!殺ス!殺ス!殺ス!──
──死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ!──
脳内に直接響く声。その場から離れると炎が襲いかかる。炎が飛んできた方向に仕返しとばかりに雷を放つ。光魔法に次ぐ高速の魔法。光魔法より魔力消費は少ない。
──オオォォォォォッ!!──
「───!?」
頭が割れそうなほど喧しい叫び声。その場から離れると炎や氷柱、雷に岩に鉄、光。そして影から突き出してくる槍。その光景にルークの意識が持って行かれた瞬間顔が口と鼻の間から切り裂かれる。
二度目の死。復活と同時に魔法を放つ。
──キャアアアァァァァッ!!──
再び脳裏を揺さぶる喧しい断末魔。先程は男の声だが、次は女、それも甲高さから恐らく子供。
妹の姿が脳裏に過ぎり、苛立ったように周囲に炎の結界を張る。
「────ふぅ」
「おー、良く解ったね~。そうだよそうだよ、彼奴等は魔力で攻撃できるんだぁ」
名無しがルークの考えを肯定する。剣を振っても何の感触もない。しかし魔法には断末魔が聞こえた。要するに魔法なら干渉できる。
「……彼奴等が言ってた魔女ってルセリアさんの事だよな?」
「そりゃあ、ルセリアに殺された奴らの霊だしね~。みーんな同じ怨念を抱いて、混ざって味が混沌としてそう」
「食うなよ」
「食べないよ。私はルークのだけ食べるの」
むぅ、と拗ねたように言う名無し。
と、炎の壁を突き破り氷柱が迫る。ルークが放ったものより遥かにでかい。
「───!!」
氷柱の上を駆け上る。右腕に痛みが走ると同時に右に向かって炎を放つ。
「エンチャント・フレイム!」
「ぐ、ごぶ!」
別に炎を纏ったところで防御できるわけではないらしい。炎が揺らめくから事前に察することができたが脇腹に衝撃が走る。感覚的に、突起の生えた鈍器。掴むような動作をすると、何かを押す感触が手に着く。柔らかいがそれは彼の周りを包む炎の感触だろう。
「───が、ぐげぇ!」
が、目に見えぬ相手はルークごと振り回す。壁に激突し、ガリガリと壁を削りながら吹っ飛ばされる。瓦礫を押しのけ立ち上がると足に激痛が走る。見れば子供の口程の噛み痕が複数。しかも未だギリギリと圧力が増して行く。
「凍れ!」
己の足を巻き添えに凍り付かせる。
内側から突き破るように割れた。恐らく逃げられた。
「らぁ!」
恐らくこの辺りだろうと当たりをつけ剣を凍り付かせ振るう。
──アアアァァァァァァッ!!──
何かを斬ったような感触と同時に子供の叫び声。次の瞬間腕が切り落とされる。即座に拾い、名無しがノータイムで回復魔法を使う。同時に炎をつけ剣を見つけると直ぐに拾い構える。
「────?」
が、攻撃がやんだ。待てども待てども追撃はない。
「ルークルーク、ミサンガは?」
「あん?………あ」
その言葉に腕を見ればミサンガが消えていた。攻撃が始まった瞬間と止んだ瞬間から考えるに、この谷の
「……………」
ルークはその場に腰を落とす。相も変わらず暗闇に目が慣れることはない。何も見えぬ中でミサンガを探すのは大変そうだ。灯りをつける。見つける。
「…………いや」
拾い付けようとして止まる。壁に穴を空けそこに置くと目印になるように土魔法で大きな像を作る。簡単に作れる埴輪だ。
自然にはまず生まれないので間違えることもない。もう一度腰を落とす。魔力消費を押さえるために火を消す。
「ねぇルーク、どうするの?ルークじゃあれ、みれないんでしょ?ルークは
「その言い方だと
「え、ご飯持ってきてたの?」
「いいや。だが、俺はあらゆる物を喰える」
ルークは石を拾い噛み砕く。草木が生えぬ闇の中。土や石しか食えぬ物はないがスキルの恩恵か不味くは感じない。
ゴクリと飲み込むと名無しはうぇ~と嫌そうな顔をする。
「良くそんなもの食べるね~……ああそっか。食べれるスキルだもんね」
「そう言うことだ。襲われないならちょうど良い。寝る……」
「地面は固いよ?私が膝枕してあげるね~」
周りが見えぬルークの為に名無しが手を引き頭を膝の上に乗せる。そのまま頭を撫でてくる。
「まあ仕方ないよ。見えないんだからね~……」
「だがルセリアさんからの修行である以上、打開策はあるはず。少なくとも攻撃方法は解った……明日は最低でも五体倒す」
「………………そっか……そっかそっか~。うへへへ~」
「…………」
「やる気だね~。これもそれも全部復讐のため………感じるよ。ルークの悲しみ、怒り、絶望。とっても美味しい……力を貸すよ。傷を治すのは私がやってあげる。ルークの魔力でだけどね」
「それで良い」
闇の中での生活。まず一日が過ぎた。残機残り97。
二日目、闇の中でも
その日は14回死んだ。残機83。
推定三日目、四日目、五日目、戦闘はせずに
「やっぱ炎の量を少なく、温度を低めにすれば魔力消費を抑えられる……いっそ魔力そのものを……ん、思ったより難しいな」
推定五日目、魔力にバラつきがあるものの無事修得。六日に11回攻撃を当てる感触。残機78。
推定10日経過。体を覆う魔力の膜の硬質化による防御力、攻撃力の増加に成功。残機54。
「やっぱ硬質化すると魔力の消費が前と変わらなくなる。攻撃の瞬間にのみ行えればいいんだが……」
「じゃあそうすれば良いじゃん」
「出来たらしている」
「見えてるんじゃないの?避ける回数増えてるじゃん」
と、名無しが不思議そうに首を傾げる。確かにルークは避けられる回数が増えているがそれは見ているからではなく魔力膜に触れた瞬間に察知し動いているだけ。
「じゃあその感覚を広げれば?」
「広げる………」
推定15日経過。魔力膜を薄く広げる。範囲内に漂う魔力の流れ、
推定20日経過。魔力を広げるまでもなく魔力を感知することに成功。魔力の流れに干渉して相手の魔法を妨害する術を発見。ただし通じるのは魔法技術が拙い者に限る。残機28。
「この魔力を感じる感覚手にしてから、周囲の状況が良く解る」
「そりゃ魔力なんてあっちこっちに漏れてるからねぇ。それを知覚できるのなら周囲の地形なんて簡単に解るよ~」
何当たり前のこと言ってんの?とでも言うようにケラケラ笑う名無し。しかしこの、360度の視界を持ったような感覚は馴れない。早いところ馴れたいので常に広げているが。
「彼奴等もこんな視界を有してるのか?その割には背後を取られる個体も居たが」
「んー?光を透過する以上目で見てるわけでもないしね~。そもそも戦闘中、もう灯りなんて必要ないからここに光なんて無いし」
「そもそもお前もだ、どうやって普段見ている。夜目というわけでもねーだろ?」
「ん?やだなぁ、私は精神体と概念体の塊だよ?『魔覚』なんて普通に持ってるし『霊視』だってちゃんと持ってるよ」
「………『霊視』?」
「よーするに概念体、魂そのものが見えるんだよね。流石に干渉できないけど………だって肉体や精神体から離れた概念体って本来なら星の領分だし。あ、しかもねしかもね、なんかこれ妙な見え方するんだよね」
「………魂そのものを見る。それって感覚的には?」
ルークの言葉に名無しはんー、と首を傾げる。そもそも彼女からすれば使えて当たり前。普通の人間が盲目の人間に視界に移る景色を感覚的に伝えてくれと言ったところで無理な話だ。それでもうむむ、と唸りながら言葉を探す名無しは闇精霊という種族に似合わずいい子だ。ルークが苦しむ姿を見たがっているが。
「なんか、こう……魂を見る目が有る感じなんだよね。一方向しか見れないし………えとね、私のこの瞳は普通の瞳としての機能もあるの。これを閉じて、閉じたまま開けるというか………うぅー!教えようがないよ!だってルーク肉体有るし」
「………肉体がある、か」
ルークは灯りを消し目を閉ざす。
思い起こすのはこの世界に新たな生を受けた、その瞬間………より、
魂がこの器に宿っていたのは、生まれる前。その前に過ごした記憶がルークにはある。だが、果たしてどうやって?
あの時、また水掻きもある胎児の未成熟な脳で、どうやって考えここほどではないにしろ闇の中で水掻きがある事をどうやって認識していた。
その時の感覚をもう一度───
「ルーク?」
ルークの気配が変わったのを見て名無しがゆさゆさと揺する。反応はない。
「………?」
と、不意に辺りを見回す。視線を感じた。しかし
まず最初に光が見えた。少女の形をした眩い光。目を凝らせばそれは此方をペタペタと触ってくる名無し。そして、頬をつつかれている
もっと見える。視界が広がる。世界を───
「おや珍しい。一端とはいえ、ここにこんなに幼い子供が来るなんて。あれ?しかも貴方普通に目が見えますね?」
「────?」
不意にかけられた声に振り返ると見知らぬ女性がその場にいた。白をベースに緑や金の刺繍が入ったローブ。顔を隠すようにフードを被りその隙間から金色の髪が覗く。
「あら、貴方は……ルセリアさんの所の………想像以上の成長ですね。いえ、魂の状態で、記憶を持っていた期間があるのだから当然かしら?」
「………ルセリアさんの知り合い?」
「ええ。本当はちゃん付けしても良いほど年上なのにさん付けを強要されてる可哀想なお姉さんです」
ルセリアの年上ならかなりの婆な気がするのだが、それは触れない方がいいのだろう。きっと……
「はい。口に出されると思われるより傷つきます………と、それより早く戻りなさい。戻る感覚が解らない内に長時間ここにいてはいけませんよ。見るだけにしなさい」
と、女性はグイグイ背を押してくる。そして蹴られた。ルセリアと言い、年上の女は何だってこう───
「あ、起きた。おーい、大丈夫?って、見えないか」
目の前でパタパタ手を振る名無しが
その視界で概念体と精神が重なる
「………行くか」
推定25日経過。谷の底に眠る
周りを気にする必要が無くなったルークは早速崖を上っていく。残滓といえども概念体を持ち、ルセリアの一部を持つルークに強い恨みをぶつけてきた相手。器はかなり上がったと思う。
ヒョイヒョイと始まりの日より遙かに素早く上っていくルーク。やがて光が見えてきた。速度を上げ飛び出す。
「………まさか『魔覚』や『魔力闘法』のみならず『霊視』まで身につけるとは……一重才能もあるのだろうが、どれだけ自分を追い込んだのやら」
「崖の下だけで90回近く死ぬまで」
「そういう意味で言ったのでは………まあ良い。帰るぞ」
ルセリアがそう言って前を歩き出す。呆れたような彼女の態度に、改めて戻ってきたという実感が沸く。ルークは暫く立ち止まった後直ぐに彼女についていこうとして───
「ぐっ!?」
飛来した氷の剣がルセリアを貫く。傷口から凍っていき、ルセリアが氷の中に閉じこめられた。驚愕と同時に剣を構えられる当たり数ヶ月の経験は無駄ではない証拠。そして、警戒するルークの視界の奥からそれは現れる。
角を生やした
「───魔族」
「お迎えに上がりました、ルーク様」
次の瞬間ルークは地を蹴り魔族の男に切りかかった。
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ネロ
大きな落石に当たっても平然としている者がいる。しかしステータスが高い者に殴られダメージを負う。何故か?
簡単だ、手に持った武器もステータスの恩恵が宿る。元より鋭い剣は膂力により、より強靭な剣へ。盾や鎧は耐久により、より堅牢な防具へ。
『霊視』という概念体、魂で世界を知覚する技術を得たルークには己の身や服、剣を包むそれらが見えていた。魔力とは異なる黒ずんだオーラ。それを剣に出来るだけ多く移すと、攻撃力が増した。魔力を纏わさせずに
これがルセリアがルークのステータスとレベルを気にしていた理由。ある程度昇華した概念体を持つ者、つまりレベルが高い者は『魔力闘法』を覚える必要もなく
とはいえルークは『霊視』で見た概念体、そのエネルギーを確かに操る。知覚することができたのだから、自分の物だからと十全に操る。
体から溢れていたエネルギーは全て剣に込めた。耐久が昇華した肉体分になる。ステータスに表示されるよりずっと低くなる。防御を捨てた、完全なる全力全開の一撃。
魔族の男は片手で止めた。
眩い日の光でも遮るかのように突き出された手は、頭をかち割ろうと振り下ろされたルークの剣を弾く。
「────失礼」
「───!!」
男が拳を握りしめるのを見てルークは目を見開く。
まずい
男は勘違いしている。ルークの力を。
男が今から放つ拳はルークが放った攻撃の強さからルークの今の強さを大体予想して放つ拳。現在、昇華した肉体故に元の世界の人間より頑丈な体をしているとはいえ耐久も俊敏も身体能力全てが下がった状態。死ぬ。
死は怖くない。殺される覚悟だって出来ている。だが、魔族に殺されるのだけはごめんだ。魔族を滅ぼしたいのであって、殺し合いがしたいわけではない。
もちろん滅ぼそうとする以上、殺されるとは思っているがならここで死ねと言われても断る。死ぬならせめて最後の魔族と相打ちが良い。
それ以前に殺す気も無い奴に殺されるなど我慢できない。だが時間は進む。防御は、間に合わない。肋が折れ内臓が破裂する。魔族の男は予想以上に脆すぎる感覚に首を傾げ、ルークの身体は吹っ飛んだ。
「───がば!げぇ!」
木々をへし折りながらも何とか手を使い地面に這うように着地したルーク。即死かと思ったが、生命力の消費はともかく生きている。
「死拒魔法か?残数幾つだったか……」
「12だったよ!」
なら残り11か。さて、どうするか……。チラリと崖の方向を見る。あの闇の中なら『霊視』を持つ自分が有利………もちろんそんなわけがない。まず攻撃が通じない。こんな事なら
「うーん、彼処までの強さだと普通に触れそうだね」
「そうかよ」
「で、どうするの?逃げる?」
「……………逃げ………ねぇ」
「……へぇ?」
名無しはすぅ、と目を細めて笑う。逃げる事は恥ではない。だって、どう考えても勝てないのだから。
ここで逃げれば、きっとこの先逃げ出してしまうとか格好いいこと考えているのだろうか?あり得ない。ルークは自分を誰よりも認めていない。一度の敗走如きで無くす自信など無い。
ならば何故か?決まっている。それ程憎いのだ。怒りは冷え、悲しみは胸の内に。全て名無しに食わせ、憎悪のみ。憎くて憎くて仕方なく、殺すために冷静に考えなければならないのにそれが出来ないほど殺したくて……。
殺気を食らう。これは怒り故の殺気。大切なモノを壊され、その上で自分を幸せにするなどとほざく魔族への怒り。
味わって食らう。そうすれば、ルークのように大切な何かのために怒れるかもしれない。何かを大切に思えるかもしれない。
食っているはずなのに、食われているはずなのになお身体を突き動かすルークを見て名無しの笑みが深まる。慈愛に満ちた母のような、淫欲にふける娼婦のような、御伽噺を聞かされる子供のような、王子様に憧れる乙女のような『女』というモノを詰め込んだ笑み。
「ルーク、死なないでね?……私なんだか、君ともっと一緒にいたいみたい」
「でも、手は貸さねーと?」
「貸すよ。だって、そういう約束じゃないか」
「………?ああ」
その言葉に、思い出す。そう言えばそういう約束だ。次魔族とあったら、していいと………。
契約を。と、ガサガサ茂みをかき分け魔族が現れた。
「?ああ、あの魔女の死拒魔法ですか。良かった……」
「………チッ」
「そう邪険にしないでください。我等が母は、心より貴方の幸せを願っているのです。一度我等の下へいらしてください。まずは話し合いましょう」
「…………幸せだぁ?お前等が奪ったんだろ」
ルークの言葉に魔族は困ったような顔をする。それが、とてつもなく気持ち悪い。目の前にいるのは確かに人の形をしている。なのに、人とは思えない。気味が悪く、怖気が走る。が、名無しが喰ってくれたので取り敢えず落ち着く。地面に手を当て、警戒したまま魔族を睨みつける。
ジワジワと
そんなルークをして、魔族は威嚇してくる小動物程度にしか感じていないだろう。むしろ、目の前より後ろを気にしている。
要するにルセリアなら確実にこの魔族を殺せるのだろう。もしくは、単に死なぬ魔女と殺し合うなんて無駄を取りたくないか。
ジワジワと
確認がすんだのか、急いでいるのか、ルークに向かって歩を進める魔族。
と、この時漸く名無しの存在に気づき首を傾げ、目を見開く。
「あ、貴方は!?」
「………?私のこと知ってるの?」
「いや、違う?いった──
ジワジワと
「落ちろ」
「!?」
魔族の足下の地面が、消えた。
魔族と名無しの会話など興味の欠片もない。名無しが自分に力を貸すならそれで良い。魔族が這い出てくる前に、かける。
「おお!何したの何したの?」
名無しも自分について何か知ってる風だった魔族に最早微塵も興味を持たずルークの後を追いながら大きく抉れた地面を見る。
「
『悪食』の効果の一つ、浸食。魔力や概念体、生命力とも異なる『悪食』のエネルギーを浸透させ、浸透させた物質を食らう。食らった質量はそのまま生命力と魔力に変換して取り込む。本来なら飛び道具などに付与して、どうせ殆ど防がれるがたださすより大きく傷を作る、そういう使い方をする能力だ。
ルーク如きの飛び道具で魔族を傷つけられるわけはなく、仮に出来たとしても魔力や概念体の濃度で浸食は進まないだろう。だから地面を直接食らった。
取り込みすぎて吐き気がする。しかし実際胃の中に何かが入ったわけではない。
と、木々が消える。目の前に躊躇いもなく谷底めがけて跳んだ。小さくなっていく光に一瞬影が見えた。追ってきているのだろう。しかし直ぐに闇に包まれる。
「それじゃあルーク、どんな契約する?」
『霊視』を発動し周囲を見渡すルーク。火の玉を創り出す魔族が見えた。名無しが抱きつきながら魔族から距離を取るように飛んでくれる。そのまま地上に戻る。下を覗けば灯りが小さくなっている。このまま崖を崩したくなってきた。とはいえルークが出来る範囲で崩せる量など高が知れている───と、崖が
後ろから来た魔力の流れが崖の向こう側に触れた瞬間一瞬で広がり地面を操った。振り返ればルセリアの姿がそこにあった。
「クソガキが………やってくれる。まさか時間毎凍らせてくるとは」
苛立ったように言うルセリア。地形を操ったらしい。なんたる魔力。が、魔族も大したもの。地面を突き破って出て来る。
「邪魔をするな魔女よ。その方をどうする気だ」
「育てる。どうなるかは、此奴次第だ。私は別に、真っ当に生きろ何て言うつもりはない」
「………育てる?子も産めぬその体で、笑わせる」
「殺すぞ、ガキ」
「─────!!」
ビリビリと空気が震える。圧倒的な気配。そこにあるだけで、死を連想する。だが──
「───ル……ルセリア、さん」
恐怖は名無しが食う。だから後は体を押さえつけるような魔力の奔流に耐え口を開くだけ。
ルークの言葉にルセリアは魔力を押さえルークを見る。
「戦わせてくれ」
「………正気か?まず勝てんぞ、お前では。例え契約してもな」
「せめて一太刀。腕一本でも斬ってやらねーと、どうにも収まりそうにない」
「…………契約する気か?」
「ああ」
「…………そうか」
魔族は黙ってルークの様子を見ている。その瞳にはやはり何の感情も浮かばない。機械的に、ルークを連れて行くという任務を果たそうとしている。
「名無し……契約する前に質問だ。お前は何が欲しい」
「感情………でも、それは食べて学ぶよ。だから………うん。名前………名前が欲しいかな」
と、玩具を強請る子供のような視線を向けてくる名無し。ルークはその頭を撫でる。
「…………ネロ」
「ネロ?」
「お前、黒いからな。だからネロ……イタリア語だったか?」
「ネロ………ネロ………ネロ!じゃあ、今日から私はネロだ!」
嬉しそうに、飛び回る名無し───改めネロ。それがふりかどうかは解らないが、2000年も生きている老女の言動にはとても見えない。
「でも駄目だよ。名前なんて一時のものじゃ、ネロは力を貸してあげない。だからさ、頂戴?何でも良いから。ルークはネロに何をくれる?」
「全てだ」
「…………全て?」
ネロはコテンと首を傾げる。ルセリアは目を見開く。
「俺の心も、肉体も、魂も、全てくれてやる。
「肉体はいらないな。魂は欲しい……契約なら、たぶん手に出来る。でも良いの?心半ばに散ったら、未来永劫苦しむことになるかもよ?ネロにご飯を捧げるために、ネロは苦しみを放置する」
「好きにしろ」
「お、おい待て!お前、それは───!」
「無理なのか?」
「い、いや……精霊との契約なら、概念体を渡すことも可能だろうが……」
「なら問題ない。受け取るか?ネロ」
「うん。もらう」
ニッコリ笑みを浮かべるネロ。二人を包むように黒いオーラが溢れる。それは鎖となり二人の首に首輪を填め、しかし直ぐに消える。触ってみても感触はない。だけど、確かに繋がったと自覚できる。
「これでルークはネロのものだ。これでネロはルークのものだ。じゃあ、もう死拒魔法いらないよね?ネロのモノになるならあれは邪魔だもん」
「ああ」
体から何かを弾くように黒いオーラが噴き出る。
「その代わり、お前が俺を癒せ。使うのは俺の魔力で良い。時間魔法でも、回復魔法でも、俺の魔力続く限り俺を死なせるな」
「解った」
再びオーラが現れ鎖が2人の首輪に更にはまる。
「ねえルーク、あの魔族、嫌い?」
「大嫌いだ」
「じゃあ、ネロも大嫌い」
ユラリとネロの体が黒い煙に変わる。否、それは闇。その闇に躊躇いもなく手を突っ込む。
闇から手を引き抜くと、まず現れたのは柄。そして鍔。やがて刀身が現れる。
漆黒の劔。どこか禍々しく装飾された鍔は生物的にも機械的にも見える。柄に至っては手を守るためかもう一本生えている。
闇はそれでも消えない。ルークの体に纏わりつき、黒衣を形成する。ベルトや錠前が幾つも付いた、拘束衣のような黒衣。
《ルークったら本当に自分が嫌いなんだねぇ……鍵締められたら動きにくそう》
頭の中でネロの声が響く。楽しそうに笑っている。
「なんだこの姿、つーかどこ行った」
《他の精霊達も馬鹿だよねぇ。精霊核を壊されるかもしれないから、相当な絆が必要って……壊されたくないなら、全力を注げば良いのに。こうやって……そうすれば余った力で服だって造れる》
「………それは、霊装……なのか?」
と、ルセリアが尋ねる。当然だろう。装備と服装が両立した霊装など、少なくとも彼女の生きた8000年を持ってしても聞いたことすらない。
『もちろん霊装だよ。ネロがルークの心を読んで造った、増幅器』
と、ネロの声が剣から響く。ルセリアに聞こえるように配慮したのだろう。
『さしずめ霊装『闇黒剣リベリオン』と『哭衣リフューザル』かな……どうかなルーク?ネロのネーミングセンスは』
「どうでも良い。待たせたな魔族………俺を幸せにしたいんだったか?なら死ね」
空に浮かぶ魔族の男に剣を向け、そう命じる。それに対して魔族は………
「いいえ。それは確かに一時の満足を得るでしょう。ですが、我等が母なら命尽きるまで貴方を幸福にするでしょう。再度手荒になりますが、大人しく付いてきて貰います」
「何度も言わせるな、死ね」
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闇精霊の霊装
霊装。
本来なら精霊の核と所有者の魔力を使って形作られる力。しかしルークが纏うそれは、ネロという闇精霊を形成していた全て。完全なる人の姿を取れる精霊は『王』クラスと称される。その力は強大。故にネロはルークを潰さないように力を押さえる。あくまで、ルークの力の増幅器に身を堕とす。
ああ、これはこれで良いな。矮小な人間、脆弱な人間。そのくせ身の程知らずに一つの種族を滅ぼすと宣う。
許せないんだね。愛が深いなぁ。
だから教えて?いくらでも力を貸すから。
「………名無──ネロ、俺の中の自己嫌悪を返せ」
《?良いの?》
「ああ」
《そう……死なないでよ?》
ネロはルークの言葉に大人しく従う。
途端、胸の内からドス黒い感情の一つが溢れてくる。
村の中で、生き残るはずだった子供達は自分を捜しに来た魔族に殺された。父は自分を守ろうとして殺された。ニーナは自分のために食物を探し、それを奪うために殺された。
自分が居なければ、子供達だけでも生き残れたはずだ。
死にたい。今すぐにでも、己の喉を掻き斬りたい。
「………ああ、死にたくなってきた」
ありふれた言葉だ。ルセリアが目を見開き、魔族は相も変わらず無表情。ネロは何も答えない。
疲れきった者が良く吐く台詞。しかし其処に込められた深い深い絶望は、その言葉が心からの言葉だと伝える。
死にたいのだ、彼は。その言葉に嘘偽りは一切無い。きっと彼を救えるのは、彼の心に傷を負わせた死者達だけ。彼に、彼等に会いに行く術は存在しない。
「死んではなりません。貴方には幸福になる権利がある。我等が母に、身を委ねてください」
「……………」
さて、死んだとして、それで何が起こる?
何も起こらないに決まっている。魔族の母とやらは自分を幸福にしたいらしいが、それはこの世界に巻き込んでしまったから。それだけ。
自分が死んだ後も、魔族は原作同様人を襲うのだろう。命を、奪い続けるのだろう。
「さあ、参りましょう………」
「………ざけるな」
「………?」
「ふざけるなよ………」
村が焼かれ、親が殺される子が出るのだろう。魔族は関係ないがニーナみたいに人に殺される者も出るだろう。
自分には何の関係もない。見ず知らずの人間が死んだところで、可哀想だとは思っても憤慨するほど傲慢ではない。だが、魔族が、賊徒がのうのうと生きていくのが我慢できない。
「俺をこの世界に連れてきて、手違い?だから幸せにする?俺を家族から引き離し!俺の故郷を焼き!俺の家族を、友を、全て奪っていったお前等が、俺を幸せにするだと?俺の家族の
その上、魔族は自分達の下で幸せになれなどと言う。家族を殺した存在に、故郷を滅ぼした存在に、自分達が人類を殺している間に笑っていろなどと言われる。
「……………くは」
《……ルーク?》
ドス黒い感情が溢れる中、ルークは笑う。
ああ、安心した。
「は、はは……そうだよな。俺が死んだところで、お前等が生きている」
死にたいのは変わりない。だが、死んだところで何も変わらないのは解っている。だからな、死ねない。
優先順位を間違えるな。
魔族の敵が一人減るだけだ。
やるべき事を間違えるな。
だから生きる。生きて、殺す。自分を殺すのはその後だ。
《………大丈夫そうだね。じゃあルーク、やろうか?》
「ああ」
「………そうですか」
リベリオンを構えるルークに魔族は仕方ないとでも言うように、首を振る。一々苛つく。残念だなどと思っていないくせに。
その目が雄弁に語ってくれる。お前に心なんて上等なもの、無いだろう。
「宣言通り、手荒に行きます」
「やってみろ」
ルークが地面を蹴る。大地が爆ぜ、一瞬で魔族に肉薄する。が、反応する。振るったリベリオンは魔族が何処からともなく取り出した剣に弾かれる。
腕がビリビリと痺れる。魔族の男が鉈のような剣を振り下ろす。咄嗟に腕で防ぐが、リフューザルを切り裂くことはなかったが腕がボキンとあっさり折れ地面に叩きつけられる。
「───がは!」
内臓が揺さぶられ、肺の中の空気を吐き出し、胃の中の物をぶちまける。傷は癒えるが、内臓が揺れた気持ち悪さは拭えない。
《駄目だよルーク。戦い方が違う。そんなんじゃ、元々勝てない戦いも勝てないよ?ネロの言うことを良く聞いて──》
と、ネロが話しかけてくる。服越しに──違う。服の中から肩を撫でる冷たく柔らかい手の感触。ネロが肩を撫で、肩の力が抜ける。降りてきた魔族から距離を取るとふぅーと息を吐く。
「どうすれば良い?」
《ネロは増幅器だよ。でも、ルークを壊すほど強い。だから抑えてる……でもねでもね。本質は其処じゃない。ネロは闇精霊だもん。だから、闇魔法を使えばいい》
「どうやって?」
《簡単だよ。ルーク、君の戦う理由は何?》
問われるまでもない。
魔族を滅ぼす。
ユラリと全身から闇が吹き出る。気絶させようと拳を引き絞り迫ってくる魔族を見る。
「────ッ!!」
ルセリアが魔力を錬る。助けようとしてくれているのだろう。本当に、優しい人だ。母親みたいだ。
母親………母親を殺したのは、何だ?魔族だ───
「────滅びろ」
「───!?」
魔族は目を見開く。先程までとは比べものにならない速度。慌てて鉈を構える。ギィィィン!と音が鳴り響き鉈が砕かれ、肩が切り裂かれる。骨までは達していないが右腕は動かない。
一応避けようとはしていた。体を回転させて。その勢いを殺さず膝蹴りを放つ。
「───!!」
ゴッ!と鈍い音が響きルークの体が吹っ飛ぶが、空中でぴたりと制止する。
「───闇魔法」
魔族は己の傷口を見て呟く。
あの独特なオーラは間違いなく闇魔法だろう。効果は、強化?だとしてもさっきまでの状態から自分を傷つけるなんて強化の幅が可笑しい。いや、闇魔法や聖魔法に常識を問う方が可笑しいのだが。
「──────」
「───ッ!?」
目が合う。ゾクリと、背筋を何かが張ったような感覚が走る。
何だこれは?
知らない
何だあれは?
解らない
感情などないから、何一つ解らない。全身の細胞が何を伝えたいのか解らない。
いや、と、自分でも解らないそれを振り払うように首を振る。
「っぐ、あ───かぁ───」
ルークはルークで、叫ぶことも出来ぬ激痛に悶えていた。
──身体強化でしょ。それと魔物、魔族に対して呪いじみた効果を発揮するよ……ただこれ、ルークに取っても毒だね
確か、ルークが自分自身嫌いだから、だったか?なる程解りやすい。
生命力は減っていない。だが全身熱した釘でも指したかのような幻痛が走る。叫びたい。
楽になりたい。
今すぐに解除すれば、きっとこの痛みも失せるだろう。
《どうするルーク、止める?》
アホ抜かせ。
《ふふ。でもね、これでも勝てないよ。世の中そんな、甘くない。だけどネロはルークのモノで、ルークはネロのモノ。だからルークが嫌いなあいつはネロも大嫌い。殺し方を教えてあげる》
勿体ぶらずさっさと教えろ。
《もっと力を得れば良いんだよ…………壊れるほど、注いであげる───》
次の瞬間、ルークから溢れる闇が増える。自分の力、だけではない。ネロが増幅した、器に合わぬ力。全身を蝕む幻痛が強くなる。
「あああアアアアアアAAAAAAAAAAaaaaaaa──!!」
血管が破裂する。
皮膚が裂ける。
筋肉が千切れる。
骨がひび割れる。
内臓が潰れる。
故に放てるのは一発だけ。放てば動けない。
空気の壁を突き破り接近する。最初に切りかかった時同様、全てを剣に込め振り下ろす。
魔族は落ちていく己の腕とルークを見る。自分は、何をしようとしていた?何故、逃げようとしていた?
咄嗟に背を向けようと体を回し、腕が切り落とされた。
ルークが切りかかるのが少しでも早ければ正面から、遅ければ背中から斬られていたことだろう。
だが、落ちていくのはルーク。未だ飛んでいるのは自分。
早くルークを殺さなくては。
殺す?待て、何を考えている。
危険。排除せよ──
違う。あの方は幸せになるべきだ。母が責任を感じている。
危険。敵。あれは外敵
彼は被害者だ。母の失敗の。望んできたわけではない。だから母が救う
否、母の下に届けてはならない。あれは危険。
危険危険
危険危険危険
危険危険危険危険
危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険
「何だ、今更命が惜しくなったか?」
「───!!」
唐突にかけられた声にビクリと震える。先程までの機械的な反応が嘘のように。その様子を見てルセリアはふん、と鼻を鳴らす。
「私は何もしないさ。する必要もない───」
「何を───!?」
ボロリ、と──切り裂かれた腕とルークを蹴った膝が崩れる。同時に、其処から何かが流れ込んでくる。
「あ?ああ──があ、あああ────!!」
「痛みと、恐怖か……それと破壊」
ジワジワと崩壊は進む。最早飛行も出来ず落下する魔族。ルセリアは地上に向かって飛ぶとルークを抱える。魔族だけが落ちた。
魔族の手足が折れていた。内臓も傷ついたのか血を吐く。どうやら弱体化させられているようだ。
まあ、ルークの様子を見る限り通常攻撃ではないのだろう。
ふわりと着地するとのたうつ魔族を見据える。
「………ルークを殺したいだろう?逃げ出したいだろ?それが恐怖だ………まあ、それを感じ死ぬがい……ん?………ルークめ、爪が甘い」
「あはは、仕方ないよ初めてなんだもん。あー、気持ちよかったな~」
ルセリアが抱えるルークの霊装が解けネロが伸びをする。チラリと魔族に視線を向ければ崩壊が止まっていた。血はどくどくと溢れているが……。
「───!!」
慌てて飛び立とうとする魔族に、ルセリアが片手を向ける。虚空から現れた腕が魔族を捕らえた。
「!?な、何だ、これは!?」
「まあ、冥府への誘いだな」
「冥府だと!?何を馬鹿な、そんなもの存在するはずがない!」
「ああ。だから創ったんだよ。何もかも、遅すぎたが──」
自嘲するように笑うルセリア。今し方恐怖という感情を覚えた魔族は、目を見開き恐る恐るルセリアを指さす。
「────ま、まさか貴様………貴方は──既に、か──」
「一度恐怖を覚えれば、何とも小物臭くなるな………余計な口出しはするな。沈め──」
「────!!」
ドプン、と空間に沈む。波紋のように景色が揺らめき。しかし何も残らない。
ルセリアははぁ、とため息を吐く。
「名無し、代われ。ルークを運んで帰るぞ」
「今はネロだよ」
「………帰るぞ、ネロ。ルークを運べ」
「あいあーい」
その間に傷を癒しておく。苦しそうな顔はだいぶ楽になった。
「………お前、ルークを殺す気だったのか?」
「まさか。ルークはここで死ぬ器じゃないよ。だって魔族を滅ぼすんだ。ネロはそれを誰よりも近くで見る。そりゃ、その間に死ぬかもしれないけど少なくとも今日じゃない」
「………死んでも構わんというのは否定しないか」
「死んでもルークはネロのモノだからね」
「……………」
目を細めるルセリアにネロはクスクスと笑う。何を言っても無駄のようだ。と───
──彼をどうする気ですか、魔女よ
「「───!?」」
ネロとルセリアが同時に肌を粟立たせ振り返る。何も居ない。だが、空間を支配する気配を感じる。
「………強くするさ。此奴が望んだことだ」
──戦地に身を投じると解っていながら、諫めぬと?育てるなどと良くもまあ言えたものですね
「それほどの恨みを持たせたお前がほざくな」
──私では彼を幸福に出来ぬ、と?
「出来るはずがないだろう」
──…………いえ………いいえ。してみせます。必ず。だって、可哀想ではないですか。この世に憎しみを持って生き続けるなんて。きっと悲しいことです。復讐を果たしたって、虚しいだけなのに
「………お前、何だ……?妙な………そう、妙な奴だ」
と、ルセリアは吐き捨てる。何か、話していて違和感を覚える。それが何かは解らないが、喉に小骨が引っかかったような違和感が消えない。
人に近い容姿をして、人とは完全に異なる機械的思考を持っていた魔族よりもなお異端に感じる。
──彼を渡しなさい。戦地に送り、彼を幸せに出来るはずがありません
「でもルークは、
と、ネロが口を開く。その声色には軽蔑が、その表情には敵意が浮かんでいた。
「何だろう、お前………ムカつく。すっげー、ムカつく」
──貴方は……そう、そうですか。ええ、貴方がそばにいるなら、その子も幸福にはなれずとも、寂しさも恐怖も感じることはないでしょう。私は、その間その子を幸福にする方法を探しましょう
「話の分からない奴だな。お前がいる限り、無理なんだって」
──私を殺すことだって無理な話です。現実的ではない
「───そうか、お前魔女だな?」
と、ルセリアが呟く。
女で、死なない。一種族を作るほど強大な力の持ち主。ならばそれは魔女しか思い付かない。
──ええ。まあ、だいぶ古くから居ますが……
「魔族を生み出し、人類に仇なし、何が目的だ。何がしたい」
──平穏なる世界を………そのためなら私は、人類を絶望に落とします。魔女よ、他の魔女にも伝えてください。邪魔をするなと
「平穏なる世界と来たか。過去8000年、それをほざいて平和を実現した者はいないがな」
──ええ、だって。恨まれるもの。仕方有りません。でも、私はいくら恨まれても大丈夫。殺しに来たって構いません。だって死なないんだから
「死なないから殺しにくる者も居ないとでも?」
──いいえ。きっと挑んでくるでしょう。この身を滅ばさんとするでしょう。私はその思いを、受け入れるだけです。ただ、今はしてあげられない
「……………」
──では、これで。その子が起きたら伝えてください。いずれ、迎えに行くと。それと、どうか邪魔をしないで………世界のために、貴方を殺すという選択肢を取らざるを得なくなる
それだけ言い残すと、場を支配していた気配が消えた。ルセリアは忌々しそうに舌打ちしてネロはルークを強く抱きしめる。
「…………帰るぞ」
「うん」
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闇精霊
UA一万越えました。応援ありがとうございます
気づけば其処にいて、話す相手は誰もいない。だからそれは自分が何者なのか知らなかった。
ただ、質量化するほどの膨大な魔力と概念体だけを持っている自分はどうも
扱う力から考えると、自分は闇精霊という種族らしい。
精霊というのは基本的に気ままに存在するものだ。何処にでも居て、特に人が行る場所を好む。知能が出来てくると精霊を纏めてお山の大将になったり或いは人と関わったりなど色々だ。
彼女は人の嗜みを観察していた。何て事はない、他の精霊達の真似事。
ある日、川に溺れた我が子を助けようと冬の川に飛び込み肺炎になり死んだ女を見つけた。子は己を責めた。
何故だろう?
解らないが、あれは食えると本能で理解した。次の日から少年は立ち直り、母の仕事を引き継いだ。村の者達はそんな少年を褒め称えた。
少年の笑顔を見て、思う。あの顔にはどんな意味があるのだろうか?自分が食べた感情に何の関係が?気になり、食べるのを止めた。翌日少年は首を吊っていた。
仕方ないので別のサンプルを探すことにした。
笑顔で話し合う子供達を見つけた。孤児院だ。暫く観察することにする。
子供が独り立ちすると、残された者は悲しいという感情を流す。良い餌場だ。笑って見送る子供達に出て行く子供達も安心しているので、これは所謂共生という奴なのだろう。
ある日強盗が入ってきた。院長を殺した。強盗が流す感情も、食べれるのは解るのだがあまり食べる気にはなれない。何が違うのか解らないがとりあえずその強盗を殺して、また隠れて様子を伺う。
孤児院の子供達が悲しみや怒りを放つ。きっと院長の為だ。みんなあの人が大好きだったもんね………。だから、悲しみや怒りを食べてあげた。
院長の為に泣いて、怒る彼らの感情を。周囲の者達は健気に孤児院を守り続ける子供達を支援していた。
でも彼女は不満。あの涙は、院長が大好きだからだろう。皆そう言っていた。そしてそれが自分には解らない感情のはずだ。
だから院長が死んだ時に彼等が感じた思いを食べれば、自分も知れるはずだと思ったのに………。
世代が変わり院長を誰も覚えていなくなったので孤児院から去った。途中森で美味しそうな臭いがしたので言ってみると、見覚えのある男の死体が獣に食われていた。
100年、200年と繰り返し解ったことは、自分が好む感情は誰かが誰かを思うからこそ、溢れる負の感情。
綺麗だと思った。
無辜の民を思い、悲しむ聖人の
我が子を思い振るった剣が撒き散らす
友を思い盗みを働く愚者の
たった二人の家族、妻子のために戦場に赴き死んだ
残された者が奪った者に向ける
彼女からすれば綺麗に映った。
大切だったんだね。大好きだったんだね。知ってるよ、君達がそれを感じる前は、とても幸せそうだった。そっちは、もっと綺麗だった。
良いなぁ。欲しいなぁ。
そんな負の感情ばかりが沸いてくる自分が、酷く汚れて、醜く思えてきた。
だから余計欲した。でも、解らない。だからそれに通じるはずの感情を食べた。ある時は直接交渉して。
ありがとうと言われたことがある。
精霊様、精霊様ありがとう。そんな事を言われた。
彼等は自分をそういう存在として見ていた。辛い気持ちを食ってくれる存在だと。
そして立ち直ってみせると言う彼等を見ると、背を押したくなる。
志半ばで死ぬと、濃密な負の感情が溢れる。復讐だったら、家族への申し訳なさ。
それはとても美味しく感じた。
とてもとても美味しくて、だけども復讐の理由である愛も意志を継ぐ要因である愛も知ることは出来ない。
中には返してほしいと言う者も居た。だから返した。死んだ。
俺は、娘が死んだ世界でヘラヘラと笑っていたくなかった!そう自分を呪い喉を掻き斬った男がいた。
私如きがあの方の意志を継ごうだなんて!そう喚いて崖から飛び降りた聖人と呼ばれる男がいた。
今から会いに行くからね?そう笑って首を吊る女がいた。
違うのだ、自分が見たいのはそうじゃない。笑ってくれ。自分には出来ないそれを教えてくれ……。
そんな事を思いながらも、しかし彼女は負の感情の集まり。失望や絶望はあっても希望……期待して望み続けるなんて無理だ。
だからせめて演じた。彼等が振りまく笑顔を真似た。何時か、本物を手にしたくて────
「…………今のは」
妙な夢を見た。少なくとも自分の記憶にはない夢だ。と、腕に何かが引っ付いているのに気付く。さらさらすべすべの何か。視線を向けると素っ裸のネロが抱きついていた。
「………………ネロ」
「……んふふ……ルークは、ネロのモノ~……いっぱい、教えてねぇ」
頬をムニ、と押すとパクリと食われる。引っこ抜くと起きあがる。
「…………」
起き上がることに支障はない。傷は癒えているようだ。あの幻痛のせいで実際どれだけ体が傷ついていたのか解らないが恐らく残りの魔力で治る程度ではなかったはずだ。ルセリアのお陰だろう。
ふと鏡が目に入る。自分の顔が映っていた。
──お前はどうして生きている。死なずにすんだ奴らを、死なせておいて
「……………」
──生きる権利があると思っているのか。彼等を死なせておいて、何も出来なかったお前が
「……権利?死にたいだけだろ。権利を言い訳にするな」
──何のためにお前は生にしがみつく?
「魔族を滅ぼす。奴らの文明も、歴史も、血筋も、全て消し去る。彼奴等の存在を、俺は認めない」
「だからお前は黙っていろ。俺は、死んでる暇なんざねぇんだよ」
一度目を閉じて、開く。鏡には何の変哲もない自分の顔が映っていた。
死にたいという気持ちは確かにある。自分が許せないと、お前がもっとしっかりしてればと、お前さえ居なければと鏡を見て沸き立つ感情は存在する。
しかし自分を殺したところで世界は何も変わらない。だから生きる。生きて殺す。
「それに俺は主人公という立場を奪った。この先起きる不幸が、主人公不在と言うだけでどれだけ大きくなるか…………いや」
そこまで大きくなりはしないか。どうせ起こるのは犯罪だ。国が動く。誰かがやる。主人公が偶々早く遭遇して、結果的に少し多く救うだけ。そう、救うのだ。でも、村を救えなかった自分が?
無理だと思っている。だが、何もしない?
「……出来ることはするさ。しなきゃならない」
「何がぁ?」
スルリと白い腕が後ろから伸びてきて胸の前で絡みつく。ヒヤリとした体温が伝ってくる。
鏡を見ればネロと目があった。
「………服を着ろ」
「はぁい」
ネロがクルリと回ると溢れた闇が纏わりつき服を形成する。今までのノースリーブの黒いドレスとは異なる革で出来た拘束衣のような背徳的で何処か妖艶な格好。剥き出しの背中の肩甲骨の上に回った際広がった髪が掛かる。
「どうどう?ルークとネロの霊装をイメージしたんだけど」
確かにルークとネロの霊装、名前は確かネロが『
「む、起きたか………なんだその姿は」
と、様子を見に来たルセリアがネロの格好を見て呟く。美少女とは言え見た目はルークに合わせているのか6歳程。犯罪臭が半端ない。
「えへへ。ルークとお揃い」
「ルークと?ああ、霊装がそんな感じだったな。村を魔族に襲われ、魔族に自分が狙われて……それで自分が許せない、そんなとこか?」
「………まあ、な」
「誰もお前を責めぬと思うが、そうは言っても納得はしないのだろう?」
「俺には死者の声を聞く力なんてないからな。きっと、一生自分を許せない」
「……………」
「………?」
死者の声と言う単語にルセリアは目を細める。『死者の魔女』である彼女にも、何か思うところがあるのかもしれない。そんなルセリアが何らかの負の感情を抱いたのか、ルセリアはじっと見て首を傾げた。
「せめて
「………概念体が星に返った死者は、蘇らせられんさ。どうしても甦らせたくば、それこそ新たな法則を、概念を、理を創るほか無い」
「……………」
「まあ、それを彼奴が死ぬ前に出来ていれば私も彼奴と共に居たんだろうがな」
恐らくクリスという夫の事を思い出しているのだろう。彼女が永遠に共に居ようとした男を……。
死を否定する力を持つ彼女の事だ。方法があるならきっと彼女は今頃行っている。
「しかし
と、ルセリアはルークを見て目を細める。
「お前は『霊視』を覚えて居たな?何処まで見える。自分自身はどう写っている?」
「靄が覆ってる。概念体のオーラだろ?」
「ふむ……それだけか?」
「………………」
「いや、まあ良い」
ルセリアは首を振ると踵を返す。
「飯にするぞ。三日は寝てたが……飯は食えるか」
「─────」
──大丈夫ルーク、ご飯食べられる?
──熱も引いたわね。お粥作ったの。食べる?
顔だけ向けてくるルセリアに、二人の女性の姿が重なる。
前世の母と、今世の母。どちらも魔族共の母とやらのせいで失った。
「……………」
頭が燃えるように熱く感じる。なのに思考は氷のように冷え切る。溢れ出る怒りや悲しみを察知したネロがニコニコ笑みを浮かべルークに抱きついてくる。
「ルーク、悲しいの?悔しいの?安心して、ネロが食べてあげる。ネロはルークが大好きだからね」
「……大好き?お前にそんな感情など有るのか?」
「む。ルセリアったら酷いんだから。ネロは好きが何なのか知ってるよ?欲することでしょ?気に入ることでしょ?相手のためになりたいと思うことでしょ?ネロはルークのモノだし、ルークはネロのモノ。ネロはルークが美味しい感情くれるから気に入ってる。ネロはルークの為に力を貸す。ほら、好きでしょ?」
「……………」
ネロの言葉に目を細めるルセリア。成る程確かに好きという条件はそろっている。
それに、と付け足すネロ。
「ネロはルークと永遠を過ごす契約をした。夫婦だって、死ねば別れるのに。だからネロとルークは世界で一番愛し合った相思相愛の恋人。恋人は大好きな人となるものでしょ?」
だからネロはルークが大好きなんだよ、と付け足すネロ。
「そうか……まあ良い。で、私を見て悲しみや怒りを感じるとはどういう了見だ?」
「………母さん達を、思い出した」
「…………鈍るか?」
「まさか……ただ、そうだな………ネロの言うところの、優しい気持ちにはなれるんだろう」
母は大好きだ。マザコンというわけではない。父も妹も大好きだ。友達だって、恩師だって好きといえる。もちろん人間だ、嫌いという相手もいる。村には居なかったが前世にはまあ居た。
そんな大好きな母と、家族と二度別れた。村を滅ぼされた。好きだったからこそ、悲しみや怒りも沸く。ネロに言わせれば優しいからこそ。
「だから、ああ………だから」
大好きな皆の顔を思い出すから、二度と会えないことを自覚するから──
「──ずっと憎悪に浸っていられる」
ズキズキと体中に痛みが走る。見ればゆらりと闇が溢れていた。知らず知らず闇魔法を使ってしまっていたらしい。
ネロの強化がなくとも、全身を鑢で削るような痛み。痛みに対する恐怖は食われているとはいえいい気分ではない。脂汗が出て膝を突きそうになり壁に手を突き支える。
「憎悪、か………それでお前は、魔族を滅ぼさんとするのか?出来ると、本気でそう思っているのか?」
「出来なくとも、やる。一匹でも多く殺すために」
「………そうか」
ルセリアはリビングに向かって歩き出す。ルークもそれに続いて歩き出した。
暗黒領域に存在する深い深い森。嘗ては禁忌の森と呼ばれ、大戦時代ですら近づくことを恐れられていた森。森の奥へ進めば進むほど強力な魔物が多くなり、しかし有る場所から再び弱くなる。その有る場所の中央には滅びた村が存在する。
その村から、一人の少年が森に向かって駆け出す。
自分より弱い獲物を殺して、自分より強い獲物を見つけると挑む。腕が折れようと腹に穴が空こうと回復魔法を使うと直ぐに敵を殺すために挑む。相手は魔物だ。負ければ殺される。だから勝つ。勝って喰らう。
それは英雄と讃えるには余りに血生臭い光景。
事実彼は英雄などになる気はない。これは、彼が復讐を果たすための物語なのだから。
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キャラクタープロフィール(第一章時点)
ルーク 6歳(前世加算26歳)
本作の主人公。
本作の舞台である『World end breaker』の世界の主人公の立ち位置で転生した少年。前世の部活は剣道。それなりにモテていた。ブラコン気味の妹が居た。
現在の容姿は茶髪青目の美少年。ただし最近毛の根本が白くなってきている。目つきが悪い。
前世の家族と会えなくなったことを自覚した幼少期は体が勝手に泣きまくって村人達から泣き虫と思われやや過保護な扱いを受けていた。3歳辺りでもう諦めも付いた。
基本的に意味なく人を嫌う性格はしていないので今世の家族もキチンと好きだった。が、原作を知る身として他人の家族に入り込んでいる罪悪感と疎外感を感じ何処か壁を作ってしまっていた。
魔族の襲撃を知っていたので忠告したが子供故に発言力がなく、一人でも多く生き残らせるために強くなろうとかなり早い段階で狩りを始めレベリングを行った。師匠は狩人、剣、魔法と三通り。
前世は観測点と呼ばれる世界を覗く穴。本来波長の合わない『魔族の母』が『戦争をしない国』の観察のために無理矢理つなげたため魂(正確には精神体)が異世界に迷い込みその世界の観測点と混じった。死んで転生したわけではない。
『魔族の母』が戦乱に巻き込んでしまったことに責任を感じ幸福にしようと探していた。
村が原作と違い完全に滅んだ原因は自分にあると考え自己嫌悪に苛まれている。魔族と『魔族の母』に対して強い憎悪を抱いている。
その怒りや悲しみを求めて寄ってきた闇精霊の名無しに目を付けられた。
名無しと契約してネロという名を与え、食わせていた自己嫌悪を返してもらう。死ぬよりもまず魔族を滅ぼすことを優先している。
修行方法はルセリアにかけてもらった死拒魔法を利用した格上殺しだったがネロとの契約により死拒魔法が使えなくなったので死にかけるが死なないように挑める相手が弱くなった。それでも格上相手に挑むのは止めない。何度も死にかける。
好きなもの
家族 友人 甘味
嫌いなもの
魔族 悪人
霊装:本来なら圧縮した精霊の力を上乗せする霊装だがルークとネロでは強さに大きな差があるのでネロがルークに耐えられるレベルで出力を抑えている。
『
ルークの敵意や殺意を形にした柄が二つ付いた黒い大剣。攻撃力はルークの膂力に依存するが防御力はネロのステータスに依存される。
『
ルークの自己嫌悪などを形にした黒い拘束衣。黒い服でベルトや錠が付いている。錠は先端が尖っており見た目は中二。防御力はルークに依存する。服の丈夫さ自体はネロに依存する。
Lv.28
種族:
状態:契約(ネロ) 精神浸食
称号:狩人 復讐者 悪食 命知らず
HP705
MP845
SP1200
膂力:842
耐久:942
魔耐:1021
器用:1150
敏捷:1208
魔力:1504
特化魔法:無し 契約属性:闇
《
名無し/ネロ 約2000歳
本作のメインヒロイン。
本来なら存在するはずのない闇精霊を自称している。
黒髪黒目の美少女。ネロという名はルークから貰った。名の由来はイタリア語の黒(ネーロ)。以来一人称がネロに変わった。
人の悪感情を食えるが本当にほしいのは誰かを好きになるとかそういった感情。怒りや悲しみを食っているが大切な誰かを失ったことも傷つけられたこともないので本質を理解できない。が、憧れ笑顔を真似する。
優しい人間にほど憑きたがる。
契約により名を貰い、さらにルークの死後魂(概念体)や精神体、残っていれば肉体も手に入れる事を約束した。
2000年程前から自己を認識した。それ以前があるのか本人も知らない。魔族は何か知っているようだが興味ない。
2000年間の観察の結果好きというのが『相手を欲する事』『ずっと共にいようとする事』『相手を知りたがる事』『相手に力を貸す事』などという事と判断。それらを総なめしているルークを好きと断定。死が二人を別つ夫婦と違い死後も共にいる為世界一の相思相愛を自称している。
元々はノースリーブの黒いドレスを着ていたがルークの霊装に合わせてベルトを組み合わせた拘束衣に服装を買えた。ネーミングセンスは中二的。
好きなもの
人間 善人
大好きなもの
ルーク
嫌いなもの
自分のためにしか怒れない奴 悪人 ルークが嫌いな奴
Lv.???
種族:???
状態:契約(ルーク)
称号:
HP???
MP???
SP???
膂力:???
耐久:???
魔耐:???
器用:???
敏捷:???
魔力:???
特化魔法:闇
《
unknown
ルセリア 約8000歳
ルークの新しい保護者。
魔女と呼ばれる不死身の存在。
元々人付き合いは嫌いだが実は寂しがり屋らしい。ルークを保護した理由は1500年程前に死別した夫と子が産まれたら付けようと決めていた名だから。実はその夫の前妻との子がルークの祖先。ルークは彼に似ているらしい。
『魔女』の中では中堅に位置する年齢。修行方法は相手が死ぬのが怖くないなら一度ぶっ殺すようなスパルタ。死拒魔法という死を拒絶する魔法を使える。死んでから10分までなら蘇生可能。ルークに隠し事をしているらしい。
ルークには『死者の魔女』と名乗り死体を操る死霊術を使うと説明しているが古い知人である『全智の魔女』からは『冥府の魔女』と呼ばれている。詳細不明の『冥府』を創ったらしい。
Lv.ーーー
種族:ーーー(魔女)
状態:不死
称号:発芽者 開花者
HPーーー
MPーーー
SPーーー
膂力:ーーー
耐久:ーーー
魔耐:ーーー
器用:ーーー
敏捷:ーーー
魔力:ーーー
特化魔法:魂 時 火 氷
《
unknown
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赤怨の皇女
アイシア
──私達は
「…はい先生」
──私達はこの世で最も多く繁栄した
「……はい姉様」
──ほかの種族と僕たちは子を残せる。きっと彼らは僕らの出来損ない。きちんと管理してあげるのが優しさだ。いいね?
「………はい兄様」
──最近は
「…………はい母様」
──我が国でも亜人奴隷が権利を求めてきた。全く馬鹿げた事だ。ほら、鞭を持ちなさい。解らせてやりなさい
「……………はい、父様」
それが先生の教えだもの、私達は凡人族ではないのでしょう。
優しい姉様が言っていたもの、私達は繁栄しているのでしょう。
賢い兄様の言葉だもの、他の10種族は私達の出来損ないなのでしょう。
温厚な母様が怒っていたのだもの。トルウスの王は間違っているのだろう。
偉大な父様が仰っていたのだもの。対等に立とうとする
────本当に?
「…………」
目の前で震える
狼系の
けど、泣きそうな顔をしている。いや、泣いている。涙を流して、怖がっている。
痛いのは嫌だ。私だってそうです。だって、痛いのは辛くて苦しい。
彼女達
「あの、お父様。この奴隷は、愛玩用ですよね?その、傷物にするのは───」
──………駄目だ。まず上下関係を解らせなさい。其奴は、人間のなり損ないの分際で権利だ何だと吼える。大丈夫、『奴隷の枷』でどうせ逆らえない。さあ……
「…………」
──サーカスの猛獣使いも、あれだけ仲良く見えてもまず痛みを覚えさせる。さあ……
喧騒が響く。
何処かで誰かの命が振るわれた剣に奪われ、魔法で焼かれ、凍り付かされ、落ちてきた瓦礫に潰される。
怨嗟の声が、怒号が、悲鳴が、帝都中から聞こえる。
『
差別というのは、自分を大きくする。10種族を奴隷として扱い、ただ当然で働かせる。そうなれば金が貯まる。とはいえ奴隷をそう何人も買えるのは貴族や大きな商会の商人ぐらいだ。
そうして貧富の差が開く。
金を手に入れた者は、今度は力を求める。優秀な兵士を金で雇い、自分より地位がある者に金を差しだし権力を得て、その味を占めると力のために金を求める。そこで誰から奪うかというと、当然弱いもの。権力に逆らえず逆らったとしても兵力で言うことを聞かせられる、地位が下の存在。
下の者がどんどん飢え、上の者は肥えていく。
異世界の者が見たら
奴隷当然の扱いを受けていた
そもそも
そもそも彼らからすれば何時でも潰せた。数が違う。それでも奴隷という人質が居るから、また帝国の広大な領地を前に11種族の王達はともかく貴族達が領地を求めて争いを起こさぬか警戒しなくてはならないから見逃されていた。
しかし魔族が襲撃して、11種族が手を組んだ以上、主義国家は必要ない。魔族大戦以降の初の合同殲滅戦がよりによって結界の中で、とは皮肉な話だ。
とはいえ11の王達もこんなに早く行動に移るとは思っていなかった。支援は、あくまで後少し手を貸せば何時でも革命を起こせる、程度だったはずだが……。
故に、一時的にとはいえノーランスの民達だけの革命劇が起きた。支援した金や武器は自分達のものだったが、今の彼等は権力にあらがった自分達に酔っている。それを盾に強請ることは不可能だろう。
誰だか知らないが余計なことを、というのが11の王達の心境だろう。とはいえ、交渉次第では奴隷制を廃止できるかもしれない。交渉の余地が出来たことは儲けものだ。
当然、皇族や貴族の保護など受け付けない。
逃げ場がない彼等はしかし生き延びようと隠し通路や私兵を使い必死に逃げる。そんな隠し通路の一つ、地下水路で、16程の白髪の
「ハク、私はもう良いわ。置いていって」
「出来ません」
「第二皇女である私の首を差し出せば、まだ向こうに受け入れられるから」
「出来ません!」
彼女達の関係は奴隷の主人。しかも主人は本来なら奴隷達に恨まれている皇族。分家ではなく、本家の血筋の、だ……。
奴隷の名はハク。主人の名はアイシア・ノーランス。
「ハク、私は良いの。私達は、それだけのことをあなた達に……お願い、これは命令よ」
「出来ないって言ってるでしょ!───ぐぅ!?」
『命令』に逆らったことにより、奴隷の枷がハクに痛みを与える。顔を歪めうずくまりそうになるが必死に耐える。
「だって、アイシアは、違うじゃない……優しいもの。絶対、彼奴等と同じ扱いを受けるのは間違ってる」
「でも、私は……」
「アイシアは、優しいよ!」
ハクにとって、アイシアは友達だ。失いたくないのだ。奴隷として捕まり、皇族のペットとして売られ、怯えることしか出来なかった自分に優しくしてくれた。初めて出会った日、彼女がしてくれた手当を、忘れない。
と、地下通路をかける中狼系の
皇族派の者ではないだろう。そんな楽観視は出来ない。速い。追い付かれる。
此方が気づいた以上、向こうだって気づいている可能性は高い。というかこの迷いのない足音は闇雲ではなく此方に気付いているからだろう。
ならば、とハクはアイシアを抱き寄せる。
「アイシア、息止めて」
「……へ?あ、うん」
なるべく大声を出さずに囁く。そして、水路に入る。水音を立てぬようにそっと入ると直ぐに潜り水中を泳ぐ。角を曲がったところで水上に灯りが見えた。なるべく早くその場から離れようとする。出来るだけ深く潜って………。と、その時
「────!?」
水面から見える光が強くなる。急いで水底を蹴るが周りの水が邪魔してうまく動けない。次の瞬間、全身が針でも刺されたかのような激痛が走りゴボリと空気を吐き出す。
力なく浮かんだハクとアイシア。ハクはすぐさま岸に上がろうとするが、もう一度体が痺れる。
「皇女を捕らえろ」
岸にいたのは複数の男達。その中の一人が呟くと他の男達が気絶したアイシアを拾い縄で縛る。
「アイ、シアに………触るなぁぁぁぁ!」
それを良しとしないのはハクだ。起き上がり爪で引き裂こうと男達に迫る。
が、男達に命令していた男がハクの爪に触れぬよう手首で防ぎ拳をハクの腹にたたき込む。
「が───!!」
「見上げた忠誠心だな、犬っころ」
「ぐ、う……ぐるるるる!」
歯を剥き出しに唸るハク。首を押さえられ壁に押しつけられ、暴れるがビクともしない。
「ハ、ハク………」
と、弱々しくアイシアが呟き、男とハクの視線がそちらに移る。
「『我が契約を以て隷属を天に返す。此よりその身は世界のもの』」
「─────!」
パキンと枷が外れる。それに目を見開くハク。男はほう、と感嘆にしたように吐息を漏らす。
「逃げて、ハク──」
「い、嫌だ!」
『奴隷の枷』が外れた以上、ハクは自由だ。少女のために命を懸ける必要はない。
が、ハクは奴隷だからではなく友人として、アイシアを見捨てたくなかった。
「意外だな。てっきり、殺せとでも命じるのかと思っていた。まあ、それでも殺されてやる気はないが」
「───ッ!アイシアは、他の奴等と違うの!もう解ったでしょ、見逃してよ!」
なるほど確かに捕まるまで………捕まっても地位がどうだの高等な我等を下等な貴様等がなど喚き散らしていた皇族、貴族とは違うのだろう。だが──
「それがどうした?他の奴等と違うから、罪がないとでも?このガキが暖かい飯にありついている間、どれだけの子供が飢え、死んだと思っている。このガキが暖をとっている間、どれだけの子供が凍えて死んだと思っている。それだけで、このガキに罰を与えるには十分な罪だ」
「─────ッ!!」
ギリッ、とハクが歯を鳴らす。自身の首を押さえる男の手首を握り、力を込める。
「ふざ、けるな……富める者は飢える者に、奉仕しろっての?権力者の子供に生まれただけで、政治に全く関われない子供も責任もって死ねって言うの?平等を謳っておいて、お前等の方がよっぽど差別的じゃない!」
「…………………」
ハクの言葉に男は目を細め、ハクを地面に向かって叩きつける。床がひび割れ水路の水が大きく波立つほどの衝撃。ハクは白目をむいて気絶した。
─────────────────────
月に一度の墓参り。ルークは墓の前で数分間は目を閉じ立ち尽くす。
ネロは暇なのか廃村の近くに縄張りを移し、ルークが来ると様子を見に来るトライアイウルフ達と戯れていた。何気に墓守をしていたのでその報酬としてルークが狩った魔物の肉を与えられたトライアイウルフ達は栄養もしっかりとり、新しい命を繋いだ。
その子狼のお腹をワシャワシャ撫でる。
「ね~ね~聞いてよワンチャン」
「クゥン?」
「普通ね、墓参りってさ、死んだ人に近況報告したりするのが主なのにルークったら彼処で突っ立って憎悪しかはなってないんだよぉ?」
死者の声など届かない。ルークは、村人達が生き残った自分に何を望むのか解らない。少なくとも、復讐など望んではいないだろう。平穏に生きてくれ、幸せになってくれ、そんな事を願う人達だ。それは間違いなく
だからルークがここに来るのは、彼等に会いたいからでも話したいからでもない。忘れないためだ、憎悪を。
元より忘れるつもりはないが、一度目を失った後、二度目を受け入れようとしていた。三度目がないとは限らない。だから、こうして忘れぬよう月に一度、村に来る。
「………悪いな。待たせた」
「あ、終わった~?撫でる?」
「いや、良い」
戻ってきたルークに撫でていた子狼を抱えて差し出してくるネル。ルークが興味なさげに言うとそう、と呟いて下ろす。子狼はルークの足下にすり寄り、他のトライアイウルフ達も寄ってくる。撫でで欲しいのだろう。ボス狼の顎下を撫でてやる。
「………此奴等、何かでかくなったな」
「んー?まあ、ルークのお土産食べてるからじゃない?」
強い魔物はそれだけ概念体、魂が大きい。当然新鮮な肉の残される残滓の量も多い。ルークの持ってくる肉はこの辺りの魔物を狩るよりよほど成長できる。
「魔物や魔獣は器が一定以上成長すると進化するからねぇ……この子達はまだだけど。進化も近いんじゃないかな?」
「そういうものか……」
撫でるのを止め歩き出すルーク。ネロは子狼達を撫で回していた。
「行くぞ、早く来い」
「は~い♪」
─────────────────────
「ああ、戻ったか」
アンデッドワイバーンに乗り戻ってきたルークとネロを見て、ルセリアは読んでいた本を閉じる。
「……………」
「?何だ……?」
と、ルセリアが不意にジッとルークを見つめる。その視線に気づき首を傾げるとルセリアは一枚の封筒を取り出す。
「……魔女集会の誘いだ。お前を連れてこいとある……来るか?」
「魔女集会?」
感想お待ちしております
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魔女集会の始まり
魔女。それについてルークが知っていることは少ない。
取り敢えず前の世界では真のボス扱いされたり美女美少女だらけで薄い本の作者の味方だったり、この世界で知ったことも不死身且つネロも相手したがらないという事ぐらいだろう。
「ウス・異本?なんだそれは」
「まあ簡単に言うなら……エロ本」
「……向こうからしたら、私達は所詮空想だものな。悪意はないのだろうが………お前も読んだのか?」
「いや、俺前世16だから。あの手の本は18に成らないと買えないしな。それとルセリアは原作に出てねーから題材にはなってないと思うぞ」
「そうか……」
魔女についてどれだけ知ってる?そう尋ねただけなのに凄く疲れた。
「だが、まあ……そのゲームには魔女が現れたのだろう?どんな奴等だ?」
「桧の棒で空間ごと斬ってくる女騎士風の魔女と仮面付けたシスター服の魔女。後は炎で龍とか狼とか作る魔女。それにフィールドを一瞬で凍らせる魔女。
「『剣の魔女』に『薬草』、『炎』、『氷』に、『憤怒』か……まあ、彼奴等なら納得だな」
ルセリアは心当たりがある魔女達をあげていく。どいつもこいつも一癖二癖ある奴等ばかりだ。と、ルークが不思議そうに首を傾げているのを見る。
「他のはともかく、最後の………『憤怒』?確かに怒ってたが、憤怒と呼ばれる程か?」
「彼奴は元
「偉業?それが魔女になる条件なのか?」
「優秀な女。偉業を成したり、例えば剣の道を極めたりした女が魔女になるのさ。そいつの場合は感情を手にしただけだ。ただ、魔女になったきっかけが怒りだったから私達がそう名付けただけ」
「何でまた」
「さてな、私も是非知りたい」
「……………」
誤魔化した。ルセリアは偉業を成した者が魔女になる理由を間違いなく知っている。彼女は嘘を付く時、罪悪感からか目を閉ざす。此方を見ないように……。最近気づいた癖だ。たぶん、烏滸がましいかもしれないが自分が彼女の中でそこそこ大きな存在になったから……。証拠にネロに嘘をつく時は目を閉じていない。
とはいえ、別段魔女になる理由など興味はない。不死には憧れる。それさえあれば何時か目的は果たせるだろうから……。しかし女が条件である以上自分には無理だろう。だからどうでもいい。
「………時に、その狼は何だ?」
「トライアイウルフの元ボスだ。新しいボスが成長して、群にとどまる理由がなくなったらしくてな」
「どうせなら一緒に来ないってネロが誘ったんだよ」
ねー、とトライアイウルフに抱きつきモフモフするネロ。まあ女の子共は毛がふさふさな生き物を可愛がることが多いから、それらしいことをしているだけだろう。後はまあ、ルークの役に立つと判断したのだろうか?魔獣故に進化すれば爆発的に強くなる。
知能も、まあ個体や種族によって異なるが魔物と違って言うことを聞かせられやすいし、別段止める要因はない。
それに魔物なら
「ペットか……まあ良い……世話はお前等でしろ」
「まあ育てて使えるならな」
「お世話?するする~。ルークの役に立つ気だしねぇ」
ルークはあくまで利益を考え、ネロはルークの利益を考えトライアイウルフを受け入れたようだ。実際使い魔というのは存外役に立つ。人より優れた五感を持つし、戦力にもなる。まあこの森では最初は役立たずだろうが……。
「名前はどうするか………」
「はいはーい!ネロに考えさせて!」
「…………そうか」
ルークはそれだけ呟くと部屋に戻った。ネロは投げやりな態度に疑問符を浮かべ首を傾げていた。
「……ああ、全く……幸せになっちまいそうだなぁ」
ネロのお調子者な態度も、母親のようなルセリアの態度も、どちらも平穏で、唾棄すべき幸福だ。
幸せになる権利などない。やるべきことを忘れるな。怒りを鈍らせるな。鏡を見て、そう自分に言い聞かせる。光が灯っていた瞳が再び暗く濁る。
「……憎しみを忘れるな。幸せになろうなどとするな。お前が生まれたせいで、死ぬ命が増えたことを、これから増えるかもしれないことを忘れるな……」
言い聞かせ終えると、部屋から出る。廊下で待っていたネロと目があった。
「………」
「……!」
ニコッ!と笑みを浮かべるネロはそのまま抱きついて背中に回る。
「ルーク、悩んでたね?苦しんでたね?自分だけが、あの村で自分だけが幸せになるのがそんなに許せない?」
「………嬉しそうだな」
「うん!ネロはルークが迷って悩んで苦しむ姿がだーい好きだよ♡」
にぱぁ、と無邪気な……漫画ならさぞトーンや花がたくさんあてがわれるであろう笑みを浮かべるネロ。ルークに合わせ少女どころか幼女な見た目でも、やはりその顔は可愛らしく百年の恋にうつつを抜かす者でもあっさり靡くだろう。台詞は特殊性癖でもない限り千年の恋も冷めそうだが。
ルークと言えば、そもそも欲情するだけの余裕はないし、仮にしてもそう言った女をものにしたいなどという欲望はネロが食う。
ジト目でネロを睨んだ後、ため息をはいて頭を撫でてやる。満足したのか去っていった。どうせまた会うだろうが。何せ同じ家の住人なのだから。
ネロが壁をすり抜け外に出て行くと、ルークは己の首を撫でる。何にも触れず何も見えない。だが『霊視』を使えば首に填められた枷と其処から伸びる鎖。ネロの首にも同じ枷があり、鎖は繋がっている。これは契約の証。此が繋がっている限り、ネロは自分を裏切ることはないだろう。同時に自分もネロから逃げることは出来ないが。
「……俺が苦しむ姿が好き、ね………はっ。今の俺にとっちゃ、最高の女だな」
「ふんふ~ん、ふふふ~ん、人の不幸は蜜の味~♪」
翌朝。流石に服を着て寝ることを覚えたネロと共に朝食に向かう。ネロの歌に辟易しながらも朝食を済ませる。と、食器を片づけたルセリアが服を持ってきた。
「それは?」
「礼服だ。魔女共はお前を一目見ようとしている。私を含め老人ばかりとは言え女に会うのにその服装はな……」
確かに今のルークの格好は、村で見つけた着れそうな子供服。あんな村だ、質素な服しかない。しかもボロボロ。血や土などの汚れは魔法で落としたが見てくれが良いとはとても言えない。
「まあ彼奴等がガキ一人、わざわざ害するとは思えんが一応防護術式をかけている」
「……術式?」
「防御特化の魔術式だ。ん、いや……大戦時代はともかく今は研究されてるのか?」
「少なくとも俺は知らない。師匠がまだ教えなかったのか、知らなかったのかは解らないが……」
と、メイド服姿の師匠を思い出す。彼女なら案外知っているような気もするが……。
「メイド?それがお前の魔法の師匠か」
「ああ………」
「好きなのか、メイド?」
「いや別に……師匠がメイドだっただけで、メイドだから師匠になってもらったわけではないんだが」
「そうか……いや、な……クリスの奴が私によくメイド服を着せていたから………」
「…………仲の良いご夫婦で」
「私のことは良い。それより、早く着ろ」
「サイズが合わねーよ…………ネロ」
「はいはーい♪」
ルセリアが持ってきた服はルークには明らかに大きい。袖を切って整えた形跡はあるが、不格好には違いない。
本来の目的が身の安全のためならもっとましなのがあるとルークはネロを呼ぶ。察したネロは己を構成するエネルギーをルークに分ける。
光を飲み込む闇が蠢き、ルークの体に絡み付く。黒い革で出来たような見た目の黒衣。ベルトが各所に付いており錠で繋がる。中には錠が外れているのもあるがどう見ても拘束衣だ。
「…………霊装か」
「ああ。これなら血に汚れることも破れることもないしな。それに、別に害を加えてくるわけでもねーんだろ?」
「それはまあ、そうだが………」
ルセリアは眉間を揉み、はぁとため息を吐く。自分が作ったこの服と霊装の防御能力なら、器に合わせて出力を落としている霊装が下だ。だがいざ力を解放すれば精霊王クラスの霊装であるリフューザルの方が上なのは確か。
下手に自分の加護下にある故に興味を引かせるより精霊王クラスの相手しなければならないと思わせた方が手を出されないか?いや、どちらにしろ興味を持つか。なら、精霊王クラスと自分が相手になると思わせればあるいは……。
「………まあ、少しは要望をかなえてやらなくてはならないのも居るが、それはルークが決めることか」
「?」
「私は天才だ。基本的には何でもこなせる」
「何だいきなり」
「剣も魔法も、初めてやれば教育係のプライドがへし折れる程度には優秀だった私だが、勝る者はいる。そも私は極める気はない。極める気で、才能まであり、極致に到達した者には及ばない」
「…………極致……?ひょっとして、魔女のことか?」
「ああ。お前は剣を使うからまずは『剣の魔女』タルト。それに武器が手元にない時のために『武の魔女』メイ・イン………参加するか知らんが魔術を生み出した『式の魔女』イリア……取り敢えずこの3人にお前の修行を頼んでみる」
理由は未だ不明だが魔女になる条件に偉業を成すか極めると有る以上、その3人は剣や武、それに式とやらを極め、かつ悠久の鍛錬をしているのだろう。そんな存在から師事を受けられるのは、なるほど確かに死なない程度の条件なら、どんな条件でも飲める気がする。
「タルトやイリアは、まあ良いんだ……ただ、メイ・インは………その、所謂
「魔女なんて全員
「いや、確かに私とクリスは6000以上の差があったが………その、恋に年齢は関係ないだろ?好きになったのがたまたま年下なだけで……彼奴は、本当に小さな子供が好きなんだ。自分も小さいくせに」
「……まあ、俺も、この主人公の体の容姿が整っている自覚はあるが」
「ああ。それで6歳だ………格好の獲物だろう。彼奴は、16まで守備範囲だからなぁ」
「………………」
まあ最近魔物ばかり狩って技術の訓練はしていない。師事を受けられるなら受けておきたい。
「それに、俺なんかで良ければ幾らでも差し出してやるさ。それで魔族共を殺せる術が学べるなら安いものだ」
「え?差し出すとか何言ってるんだい。ルークはネロのものなんだよ?勝手に差し出すとか許す訳ないじゃん」
「で、お前は俺のものだろ?なら、俺の命令に従え」
「……うん、解ったぁ」
ネロには独占欲がある。嫉妬がある。その大本となる好意こそ知らぬが、自分のもの認定したルークを他人が好き勝手するというのはどうも気に食わないようだ。
「さて、それでは行くぞ」
と、ルセリアが杖で地面を叩く。地面を流れた魔力が周囲の土に干渉し、石となり門のように地面から飛び出す。端から見ると景色の絵が描かれた石の額縁。絵ではなく向こうの景色が見え、ゆらりと波紋が広がると暗い森が映る。
ルセリアが歩きだし、門を通り抜ける際に景色がトプンという音とともに波立つ。ルークもそれに続いた。ネロはルークと共に向かう。と、通る前に振り返る。
「グルゥ………」
「………来るか?」
お座りのポーズで待機していたトライアイウルフに声をかける。と、立ち上がり付いてきた。鼻の頭を撫でてやる。
「行くぞ」
「うん」
「グルァ……」
ネロとトライアイウルフを連れ門を通るルーク。一瞬水の中にいるかのような感触が全身を襲ったが、直ぐに消える。前を歩くルセリアの後を慌てて追う。と───
「
「─────!?」
後ろから伸びてきた手が両頬をムニムニと弄ってくる。
こんな薄気味悪い森だ、意識こそルセリアに向けていても、周囲の警戒は怠って居なかったはず。なのに何時の間にか背後に立たれた。
「しま──ッ!ルーク!」
と、ルセリアが慌てて叫んだ瞬間後ろの女性がルークを抱きしめる。
「ンー♡可愛イ可愛イ!小さイ!髪の毛サラサラ!良い匂──あ、これ血の匂いネ」
どこか訛のある共通語。嘗ては統一されていなかった言葉は共通語になってから、各国で名残、訛を残した……後ろの人物もその類なのだろう。必死にもがくが拘束は全く緩まない。
「その子から離れろ変質者が!」
「おっと……」
ルセリアが叫びながら蹴りを放つとルークを抱き締めていた人物はムッと顔をしかめ片手を突き出す。ルセリアの蹴りの衝撃は空気を揺らすことなく、その全てがルセリアに戻ったかのようにルセリアが弾かれる。
「ルセリア!」
「ん、え……?ル、ルセリア!?ちょ、無し無し今の無しヨ!」
自分が弾き飛ばしたのがルセリアだと解りギョッとする変質者。拘束が解かれ、振り返ると顔を青くした
「何々どうしたの?」
「メイ・インったらルセリアを怒らせたの?」
「子供連れてくるって言ってたしね。手を出したんだ」
「死にましたね、あの子」
「いや魔女死なないから」
「あ、でもあの子可愛い~」
「そうか?目つきが悪いし、血の臭いがするが……」
「ていうか何あの服。黒い拘束衣?ルセリアさんの趣味かな?」
「隣の子すごい格好………」
「──────」
囲まれている。騒ぎを聞きつけてきたのだろう。木の影から、枝の上から、空に浮かび、様々な場所にいる少女、女性達が興味深そうにルークを見ている。
息が詰まる。一人一人、自分より遙かに強い。あの森の魔物より、魔族より、ずっと……。
「はいはい皆さん。その辺に、怯えてしまうでしょう?」
と、パンパン手を叩きながら女性が現れる。
白をベースに緑や金の刺繍が入ったローブ。顔を隠すようにフードを被りその隙間から金色の髪が覗く。
「…………?」
何処かで見た気がする。思い出せず首を傾げているとルークに顔を向けクスリと微笑む。
「初めまして。私は『全智の魔女』アルクメレア。メレアと、気安く呼んでくださって結構ですよ」
そういうと踵を返し歩き出す。ルセリアがギロリとメイ・インというらしい女を睨む。ビクリと震えるメイ・イン。
が、何も言わず歩き出す。他の魔女達も続き、ルークとネロもルセリアに続く。トライアイウルフを見れば縮こまっていた。どうりで大人しかったわけだ。
「行くぞ。早くしろ」
「クゥ……」
ルークが歩き出すと尾をふせたまま付いて来る。暫く進むと開けた場所に出て、皆思い思いの場所に座る。ルークはルセリアが腰をかけた倒れた木に座る。アルクメレアは周囲を見回し、両手を広げる。
「さて、それでは久し振りに、魔女集会を始めましょう」
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魔女集会
不死の魔女達の会合、魔女集会。そこに紛れる脆弱な人間一人と魔獣一匹。
人間の契約者である闇精霊は国一つ二つ簡単に落とせる魔女達の集まりを物珍しげに見ていた。
「凄いねルーク。ここにいる戦力だけで銀河の一つや二つは簡単に消し飛ばせるよ」
「魔女ってのはそこまで強いのか」
「不死身って言うのは、それだけ膨大なエネルギーを持ってるってことだからね」
「……………」
まあ言われてみればルークも契約で魔力を引き替えにネロに回復させているからそう簡単に死なないだろう。逆に言えば魔力が尽きれば死ぬが……。
そうなると完全なる不死というのは無限のエネルギーを持っているということになるのだろうか?そんな事を思いながらルセリアを見る。
「?なんだ……」
「いや、魔女ってどれぐらい強いんだろうなって」
「まあ、今の人類種の平均的な強さから考えて、戦闘に特化した奴なら一ヶ月もあれば人類種を殺し尽くせるだろうな。他の魔女の邪魔さえなければ」
「……………」
ルセリアの言葉に何とも言えない顔をするルーク。この世界、実はかなりインフレだったらしい。魔女をうまく引き込めれば魔族なんて簡単に滅ぼせるのでは?いや、魔族達の母とやらも魔女らしいが……。
「……ん?」
そもそも魔女って子を残せないのではなかったか?ネロとルセリアから気絶した後の話は聞いていたが、今更ながら疑問に思うルーク。
まあその当たりは今回の話で知れるかもしれない。このタイミングでの集会だ、目的は間違いなく魔族の事だろうから。
「それでは皆さん。まず、今回の集会の目的は解りますね?」
恐らく今回の進行役であろうアルクメレアが切り出す。
「ルセリアの養子を見に来たんじゃないの?」
「あれ、精霊?契約者?珍しいね……」
「だから養子にした?」
「いえ、クリスさんに似ていませんか?」
「つまり燕?」
「血の臭いが濃いけど、そういう激しいプレイ?」
「え、どんなプレイですか?」
「これ魔物の血の臭い……」
「じゃあ森番として雇ったの?」
「いやクリスに似てるんでしょ?危険なことはさせないよ」
「でも血の臭いが染み着いてるわ。子供なのに、レベルも……大戦時代の子供みたい」
「そう?弱いわよ?」
「貴方の知る大戦時代はそうなのでしょうね」
最初の一言に、魔女達の視線がルークに集まる。蛇に睨まれた蛙どころか竜に睨まれた蠅にでもなった気分だ。蛙なら或いは逃げきれそうだが蠅如きでは千里逃げようと火で焼かれて消えることだろう。そんな感想を抱くほどの、圧倒的威圧感。
「………興味を引かれるのは仕方ないが、少しは気配を抑えろ。それと、私の操はクリスにのみ捧げている。此奴はあくまで養子だ。ふざけたこと抜かすとぶち殺すぞ」
「「「─────」」」
ピタリと魔女達の声が止んだ。殺すと言われても死なない筈だがそれでも黙るのは権力か、或いはルセリアが余程恐れられているかのどちらかだろう。
顔を青くして震える者も居るし、そもそも不死の魔女に地位など無意味そうだし恐らく後者だ。
「もう、皆さんあのルセリアさんが男の子を育ててると聞いて、邪推しすぎですよ。あのルセリアさんに限って、それはないですよ」
「私がルークを拾ったのをバラしたのは貴様だろうが」
何を他人事のように、とアルクメレアを睨み付けるルセリア。アルクメレアは我関せずとニコニコしている。そんな態度になれているのかチッ、と舌打ちするがそれ以上は何も言わないルセリア。
「………まあ良い。本題に入れ」
「はい。皆さんも知っていると思いますが、魔族がまた動きました。その上で、
「不参加。死なない私達が殺しただけで死ぬ者の争いに参加するのは、道理が合わないだろう」
そう言ったのは騎士風の魔女。見覚えがある。ゲームにも出てきた、『剣の魔女』タルトだろう。スチルと良く似ている。
ゲームの説明文だが剣の一振りで軍を凪ぎ払った強者だ。
「まあ、未だ戦地に立つべきでもない幼い子を御輿にしていたら流石に思うところはあるが……」
「『勇者』でも現れればともかく、幼子を御輿にする者はいないでしょう」
「あ、『勇者』なら現れましたよ」
「─────」
ピクリとルークが反応する。『勇者』が現れた。それはつまり『救世の勇者』というスキルを持つ者が現れたということ。そして、それは自分ではない。
まあ、当然か。所詮自分は『主人公』の体に生まれ人生を乗っ取った紛い物。戦う動機だって不幸な者を生み出さぬ為ではなく純粋に己の怒りに流されるまま。『勇者』などに選ばれるはずもない。
「ルーク君と同じくらいの子ですね。
あははは、と笑うアルクメレア。
要約すると愛し合っていたが身分故に結ばれることが出来ず逢瀬を繰り返していた女に子が宿り、王に迷惑をかけぬ為に城を出て女手一つで子を育て続け、その子供が勇者となり再び王家に返り咲く、と……。何とも庶子受けしそうな話だ。
娼婦に身を堕としたとなればそれはそれでやっかみもあるだろうが、それは子の活躍でどうとでもなる。何なら、一気に有名人になってしまいしかも
「母親は勇者の母と言うことで一気に有名人。でも、貴族御用達の妓楼ならともかく
「本人から?」
やけに早熟なガキだ。『救世の勇者』の影響だろうか?それとも元々聡明な子なのか………或いは──
──1人は力を、1人は愛を求めました
「……………」
最低でも、
子に聞かせる寝物語のような一文だったが、要するに自分同様この世界に産まれてきてしまった者達がいて、そのうち一人が力、一人が愛とやらを願ったのだろう。力…………『勇者』、同年齢。聡明。何とも崇め奉られそうな動機……。
偶然か?
だがそうなると………。いや、難しく考えても意味はないか。
「まだ6だというのに………王も王だ。御旗が必要とは言え、そのような子供に……」
「本人が選んだ以上本人の自由だろうが」
「何?」
ルークが不機嫌そうに呟くとタルトの瞳がルークに向く。ルセリアが責めるように睨んできたが無視する。
「本人の覚悟を確かめるとでもいって試す気か?お前のその余計な行為で魔族共を滅ぼすのが遅れたらどうする気だ」
「………君は、魔族に挑む気か?その程度で?」
「鍛えるさ」
「頭打ちになるかもしれないが?志半ばで死ぬかもしれない。君はその時後悔しないと言い切れるのか?」
「後悔?まあ、するだろうな」
「私は、それが許せないんだ。いや、君の場合君の責任だが、勇者の場合、周りに流されたというのも否定できないだろう?」
「勘違いするな。俺が後悔するのは、もっと鍛えておけば、だ………魔族を滅ぼせないことを悔やみこそすれ、復讐を選んだことを後悔する気はない」
「…………人の心は本人も解らぬものだよ」
それはそうだろう。いざ死ぬ時に、こんなことをしなければ、そう思う者は少なくないはずだ。と、ルークはネロを抱き寄せる。
「そのための此奴だ。恐怖を食わせる。後悔も………俺はただ、この憎悪に任せて魔族を滅ぼす」
「………君の意思は尊重しよう。だが、勇者は別だ。私はね、子供が、こんな血筋に生まれなければ、あの時剣を執らなければ、そう後悔して死んでいく様を、見たくないのだよ」
「………………」
きっと沢山見たのだろう。沢山看取ったのだろう。その言葉には、重みがあった。思い返せば彼女は魔女に至るまで剣技を極め、永い時を生きていたのだ。その思いを、二十そこらのガキが計れるものではない。
「………悪かった。アンタの言葉、胸に刻もう」
「私も、ムキになりすぎた……君は、死ぬ存在だ。そういった存在と話すのは、久しくてね………それと……」
チラリとネロを見る。抱き寄せられ、そのまま抱きつきスリスリと己の物に臭いをつける動物のような行為をするネロは視線に気づき、しかしどうでも良さそうにルークに臭いをすり付ける。そんなネロに何とも言えぬ目を向けるタルト。
言いたいことは解る。恐怖がない者は早死にするとでも言いたいのだろう。しかしルークは恐怖を乗り越えて戦えると豪語するほど、己の評価を高くしていない。ネロが居なければ、命を懸けることも出来ずそんな自分に自己嫌悪が増し首でも括るだろう。
興味を持たないネロの代わりに見返すと、伝わったのかため息を吐く。
「難儀なものだ………しかし、ふむ………ルセリア、その子を私に育てさせてはくれまいか」
「む?」
「こうして会ったのも何かの縁だ。もちろん保護者である貴方や本人の意思を尊重するつもりではあるが……」
「私としては願ったりだ」
「俺も頼みたい。ステータスだけあがっても、技術が伴わないなら意味がない」
「ああ。承った」
と、タルトが笑みを浮かべる。次の瞬間──
「ずるイ!私も修行つけるヨ!」
「あ、じゃあ私も~!」
「え、いいの?なら私も薬学について教えるわ!」
「私、人形繰を……」
「獣について」
メイ・インを筆頭に魔女達が次々声を上げる。
「魔女は恐れられるのが常だ。己を魔女と明かしたまま弟子などとれない」
「つまり魔女と知りながら態度を変えない俺を鍛えたいと」
面倒くさい。薬学など戦いに役立ちそうにない事などは抜かしたいのだが………。とはいえ下手に断ることも出来そうにない。
助けを求めるようにルセリアを見る。
「………私としては受けるべきだと思うぞ?魔女の師事など受けたくても受けられるものではない」
「………了解」
「うーむ、しかし、言い出しっぺとはいえここまで魔女が関わるのはどうなのだろうか。いや、彼は殺せば死ぬのだが……」
と、魔女達が一個人に関与しすぎるのを良しとしないタルト。
「今更だろ。そもそも魔族だって魔女が産んだ種族だぞ」
「何?」
「え、てことは……ルセリアやネネ以外に発芽者が!?」
「………………」
一人の魔女の言葉にルークは何故ルセリアが?と視線を向ける。ルセリアはチッ、と舌打ちした。
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殺す理由
魔族を生み出した魔女はネネというらしい魔女やルセリアと同じ発芽者らしい。
話の流れからして魔族を………いや、生命を生み出す力を持った魔女を指すのだろう。つまりルセリアは生命を生み出せる?その割には彼女の周りには魔物か魔獣しか居なかったが……。
しかし生み出すと来たか………魔女故に殺せないとは思っていたが、子を残せぬなら魔族だけでもせめて殺し尽くそうと思っていたのだが……。
国母のような存在がそのまま魔女化したのではなく不死になってから魔族を産んだらしい。魔女について未だに知らないことだらけだが、もう産めないと決めつける気はない。そうなるとどうにかして魔女を殺す術を見つけなくては………。
「………むしろありがたいか」
殺せない相手にどうしたって殺さなくちゃならない理由が出来た。それだけだ。やる気が増した。
問題は、はたして殺す方法が存在するかだ………。
チラリとネロを見る。イメージを、強い思いを現実に反映させる『闇魔法』の増幅器たる闇精霊。
闇魔法の発動自体は出来る。後は、ネロによる増幅で………やれるだろうか?たかだかガキ一人の心の闇で殺せるなら、ルセリアやタルトはとっくに自殺してそうなものだが……。
まあ、やれないこととやらないことはイコールではない。殺せないなら、自分が死ぬまでは殺し続けてみるか。
「………聞かないのか?発芽者に付いて……」
「聞けば殺せる方法が解るのか?なら聞くが……」
「………いや、魔女を殺す方法は解っていない。解ってたら、ここの連中はとっくに死んでる」
だろうな、と呟くルーク。始めから期待などしていない。期待などしても、期待が外れた時にショックが大きくなるだけなのだから。
「…………それで、魔女が関わっているわけだが我々はどうするべきだと思う?」
そんなルークの反応を見てルセリアはため息を吐き、周りの魔女達に目を向ける。不死であり強大な力を持つ彼女達は世間に干渉しないと己達でルールを作った。魔女集会とはいわば互いの監視だ。彼女達が戦争している国どちらかに味方しようとすれば、それだけで勝利は決まったようなものなのだから。
魔女には主に二通りある。ルセリアやタルトのような世捨て人や、『薬草の魔女』や今回は来ていないが『式の魔女』のように人との繋がりを求め人の世にとけ込む魔女。
後者にはルールが存在する。一つの所に止まるのは50年までということと、決して本気を出さないこと。前者はそのレベルなら長命種、またはそのハーフと誤魔化せるから。後者は、魔女が本気を出せば出来ることがありすぎるから。例えば『薬草の魔女』ならルセリアの使う死拒魔法の劣化効果を持つ蘇生薬を産み出しているが、それは売らない。そういう決まりだ。
「魔女本人が出張るならともかく、今のところ動いているのは魔族だけよねぇ……ネネちゃんはどう思う?」
「………生まれたなら、好きにさせるべき。でも、魔女の命令で動いているなら私達も止めるべきだと思う」
一人の魔女の言葉に褐色白髪猫耳娘と言う属性てんこ盛りの魔女が呟く。彼女の周りには大量の魔物………いや、魔獣がいた。ルークは自分が連れている魔獣であるトライアイウルフを見るとトライアイウルフも彼女に親愛の瞳を向けていた。
「………アンタは、魔獣を産んだのか?」
「へう?」
ルークの言葉にビクリと震えるネネ。ワタワタと慌てだし魔獣の後ろに隠れる。魔獣達は低く唸りルークを睨みつけてくる。
「………あぁ?」
「……み、皆……駄目」
「やめろネロ」
そんな魔獣達の反応にネロが殺気を放ち、毛を逆立てる魔獣達。ルークが互いの首に繋がる不可視非実体の鎖を具象化して引き寄せ頭を撫で、ネネが魔獣達を撫で落ち着かせる。
「そ、そう……魔獣は私が創った………元々、動物や魔物と仲良くしようとしてたから、改造してる内に、魔女になって……」
「ネネは元『獣の魔女』……魔獣を創造してからは『魔獣の魔女』なんて呼ばれてる」
「魔獣を………アンタ何歳?」
「12万3千ぐらい……」
ルセリアより遙かに年上だった。ひょっとしてルセリアは魔女の中でも新参者なのだろうか、8千年も生きていて……。
「ん?でも魔獣も魔物も繁殖はするが発生型もいるよな?」
「私は、魔物という現象に、新しく魔獣を加えただけ、だから……ルセリアさんには、負ける……後、たぶん『魔族の魔女』にも……」
「………?」
「魔物というのは元来地震や噴火、津波や嵐といった局所的に発生する災害だ。人類を追い込むためのな………それを無くそうとした結果が魔獣というわけだ」
「は、はい……ルセリアさんの、言うとおり……でも、魔物は人類が繁栄しすぎず種族として進化するための星の恩恵……だ、だから……全ての魔物を魔獣には出来なくて」
良く魔王を倒して世界から魔物が消えましたなんて物語があるが、どうやらこの世界では魔物を消すには世界をどうにかしなくちゃならないらしい。というかどうにかした結果が魔獣なのだろう。
というか人類の進化って。
「まあ、星の恩恵などといっても星の外にも普通に居るがな。あえて言うなら宇宙の恩恵か」
「知的生命体はこの星以外も居るのか?」
「いませんよ。宇宙に住む魔物はこの星の住人がこの星の魔物を相手取れるほど進化し、宇宙に行くまで発展した時のための魔物ですから知恵なんて必要ありません………だからこの星から離れれば離れるほど強力な魔物が増えます」
「なんだそりゃ、まるでこの星がこの宇宙の中心みたいだな」
「そうですよ。貴方の居た世界がどんな所かは知りませんが、少なくともこの世界はこの星の住人を進化させるために存在しています」
「………………」
なんだこの世界。
「まあそれはどうでも良いか。んで、質問なんだが……あんたは未だ魔獣を産めるのか?」
「わ、私の産み方は少し特殊だから………『魔族の魔女』が子を延々と増やせるのか解らない……です。ごめんなさい」
「いや、良い。魔族を滅ぼすのに殺す必要が出たってだけだ」
「魔女は殺せないよ?」
「それでも殺す」
「「「─────」」」
ユラリと闇が溢れる。ネロは嬉しそうに回した腕の力を強めトライアイウルフは僅かに距離を取る。
ネロは霊装を出してやっているだけ。あの闇は、ルークの心の闇がそのまま具象化した闇魔法。直接殺意を向けられたわけでもない地面が、木々が、草が触れただけで崩れていく。
「………へぇ、じゃあさ……魔女殺す方法が見つかったら私殺してくれル?」
と、メイ・インが笑顔で言う。他の魔女達も互いに顔を見合わせた後ルークを見る。
「私も殺してほしいなー」
「私も!」
「アタシも」
「僕も」
「わ、私も……出来れば痛くしないでください」
そうして次々に立候補する魔女達。目を見る限り、本気で期待しているわけではなさそうだ。ただ、死ねるなら死にたいと、藁にでも縋る思いなのだろう。
「そのためには『魔族の魔女』を殺せるだけの力が居る………だから、俺が魔女を殺せるほど強くなれるように、俺を強くしてください」
そして、藁に縋る思いはルークとて同じだ。自分は弱い。魔族一人殺すためにネロの力を体がぶっ壊れるほど借りても腕一本落とすのがやっとだったらしい。
強くなければ魔族を殺せない。魔族を殺せなければ、ルークにとって生きる意味はない。どんな手を使っても、強くなる。魔族を殺し尽くすために。
「あ、私は死ぬ気はまだないのですがルーク君の持つ未知の異世界知識に興味あるので教えてください」
そんな中アルクメレアは空気を読まずに挙手してそんな事を呟くのだった。
「教えてくれたらお礼に魔族の介入で歴史が動いた帝国について教えますよ………あ、でも向かいたいのなら私ではなく保護者のルセリアさんに聞いてくださいね」
感想お待ちしております
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魔女集会の閉会
ゾワリと空気が変わる。
魔族により歴史が動いた国があると聞いた瞬間闇がさらに溢れる。アルクメレアはおお、と興味深そうにルークを見つめるがその瞳はフードに隠れ伺いしれない。
「今すぐ教えろ」
「駄目です。教えたら、直ぐに向かうでしょう?この森はルセリアさんの森よりずっと強い魔物が彷徨いているのに、死ぬ気ですか?」
「死ぬ気はない。だが、その国に連れて行ってほしい」
「………ルーク、今のレベルは?」
「32」
現代なら冒険者家業を始めて一年の冒険者達などに匹敵するレベルだろう。ネロの霊装を纏ったとして、魔族には………まあ勝てないだろう。ルセリアとしては送るつもりなどないがルークはそれでは絶対に納得しないだろう。
厄介な奴だ、クリスが子育ては大変らしいよ、と良く言っていたことを思い出す。
「………アルクメレア、その魔族は最低でもどれだけその国にいる?」
「そうですね………3ヶ月ぐらいでしょうか」
最後の皇族が処刑されるのがそれぐらい何ですよね、と付け足すアルクメレア。皇族を殺すとなるとその国で革命でも起きたのだろう。魔族が革命の教唆?何のために……国を乗っ取る……は、違うだろう。国を乗っ取れるなら襲撃日にルークへ接触してきた意味が分からない。もっと早く出来たはずだ。つまり紛れ込んだのは襲撃の後の混乱中、正体がばれる可能性も考えて長居する気はないのだろう。魔族を直接見た感想として、魔族が人類の社会に長期間完全にとけ込むなど不可能だろうし……。
「二ヶ月半だ……それで鍛えろ。タルト、メイ・イン、その間はお前等に独占させてやる………それと、そいつは『魔族の魔女』に狙われている。魔族との戦闘が起きた場合手を貸せとは言わないが魔女に備えて護衛をしてやってほしい」
「私は構わんが………自分で守らないのか?」
「人の多いところで、私が自分を抑えられなくなったらどうする?お前、私に国一つ滅ぼせと言うのか?」
「アー、確かにルセリア怒ったラ国一ツ消えるネ……私達魔女の中でも攻撃地味だシ」
「…………彼は己の道に後悔しないと言った。魔族との戦闘なら、私は手を貸さんぞ」
タルトは目を伏せそう言った。
「だが、鍛えるだけなら良いだろう。それは彼の努力の結果だ」
「二ヶ月半、しっかり鍛えてあげるネ!」
「え、あの……その間私達は?」
「順番は先延ばしにする。そもそもの目的は強くなることだ、その他は我慢しろ」
「ぶーぶー、横暴だー」
「そーだそーだ」
「あぁん?」
「「「何でもありません」」」
ルセリアがギロリと睨みつけ殺気を放つと大人しくなる魔女達。10万越えのネネですら大人しくなるのを見るに、序列は年齢ではないのだろう。
「まあ良い。それより霊装に関しての話し合いもあるのだろ?戦争が始まるんだ、使用者が現れた時の対応もかえねばならん」
ルセリアの言うように、ルークという前例も現れた。この先、力を求める者も増え、精霊契約者とて増えるだろう。精霊との相性、精霊の力など細かい条件は必要とは言え戦時中に力を求める者などごまんと居るのだ、内何名かは相性も合い、契約者になれるだろう。邪魔しなければ。
「そういえばルーク君も霊装持ってるわね」
「………ああ」
ルークが己が着ているリフューザルを見ながら肯定する。霊装持ちは大戦時代に何名か現れた。その誰もが前線で活躍して………今の時代大戦時代より劣るレベルだらけ。人命の数的な被害はともかく環境に対する被害は前回に比べれば少なく住むだろう。今のレベルのままならだが……。
「戦時中に自然がどうこう言うほど、私達は世界思いでもないだろう………待て、ルーク」
「?」
魔女達が霊装持ちを監視していたのは戦争が煩わしいからで世界がどうのは興味ない。
ルセリアが環境云々言っている魔女達にそういうと不意に振り返りルークの額に手を当てる。
「………魔女達の魔力に当てられたか………お前等、ガキの殺意ごときで魔力を隠すのを怠るな」
「いえ、多分ルセリアの魔力に当てられたのかと」
「む………まあ良い、ルーク、気分はどうだ?」
「ああ、そういえば……何か、熱い」
と、どこかボーッとした様子のルーク。熱で思考能力が低下してるらしい。はぁ、とため息を吐いたルセリアがゲートを開く。
「先に帰って休んでいろ。こう言うのは原因と離れて休んでいれば治る。ネロ、連れて行け」
「はーい。ガルム、行こ」
「グルゥ?」
「君の名前」
「グルル」
ネロがガルムと名付けたトライアイウルフの背にルークをのせ、ゲートを潜る。ルセリアはその背を見送っていた。
「しかし……随分とまぁ、過保護だな」
「何だと?」
「確かにルセリアの夫と良く似ている。子供が産まれたらこのような、と想像するのも解る。それでも、人間嫌いの君がやけに固執する……」
タルトの言葉にルセリアの周りの空間が歪む。ビリビリと空気が震え近くの魔女達が慌てて距離を取り、ネネの周りの魔獣達が毛を逆立てた。
「聞けば彼は家族を失っているそうだが……元々は確かにその子供を、貴方と夫の子に重ねていたのだろう……その見た目と悪い目つきを見れば二人の子と言われても違和感はない……」
「黙れ……」
言外にルークとルセリアの目つきが悪いと言うタルト。ルセリアの周りの空間の歪みが強くなるが、ルセリアが不機嫌になった理由は其方ではないだろう。
「子に重ねて、か……もしや罪悪感か?帰したくなくて──」
「黙れと言っている」
「────ッ!!」
波紋が広がった瞬間タルトが剣を振るう。空間の歪みが切り裂かれた、消える。
「ムキになるな。私とて敵対する気はない……この中で、貴方に勝てる魔女などいないからな」
「……………」
「………解った解った。あの子には黙っていよう」
睨みつけてくるルセリアに肩を竦めるタルト。ルセリアから圧が消え魔女や魔獣達がホッとする。
「私としては素直に話すべきだと思うが……きっと許してくれるさ」
「それで、自ら死ぬのを見てろと?勘違いするなよ、彼奴は弱い……弱いから、ネロに縋った。憎しみという感情で己を支えた……少しでも緩めば、彼奴は命を捨てる。冥府へと落ちる」
「別にそれで本人が良いなら、良いんじゃねーの?ルセリアだってずっと居られるじゃねーか」
と、魔女の一人が呟くとギロリと睨みつけられ慌てて座っていた岩の後ろに隠れる。
「言っただろ。彼奴は弱い、今度は魔族が生きてることを、仇もとらず、無意味に死んだことを永遠と後悔し続ける」
「難儀な性格だな………一人で生きられないほど弱いくせに、一人でやろうとして、何もせず死ぬことを許せないとは……」
タルトが呆れたように言う。
「とはいえそれも、貴方が彼を手放せば済む話ですけどね」
アルクメレアの言葉にルセリアの眉間に皺がよる。
「彼奴は死後、その魂も心も全て契約している精霊にくれてやるそうだ。私が関与しなくなったところで、何かが変わるわけでもない」
「相変わらず貴方は、寂しがり屋だね。そして優しい………半年すら経ってない相手にそこまで思い入れをしてしまうのか」
「私が優しい?まあ、ネロに気に入られてるようだし否定はしないがな……」
熱のせいで頭がぼーっとする。
ぼやけた視界の中でそこがルセリアから与えられた部屋だと思い出し、しかし体は動かない。
「あ、起きた♡」
「起きたか」
視線を動かせば人影が見える。その内片方が手を伸ばしてきて頬をツンツンつついてきた。
「軟弱だなぁルークは……魔女の気配に当てられて体調を崩すなんて。まあ、そんな所も可愛いけどね」
「私の気配は死、そのものだ……普段は押さえているが、耐性のない者なら体調を崩すさ」
額の上の温い感触が消えひんやりと湿った感触に変わる。何だっけ、前にもこんな事があった気がする。
頬を冷たい手が撫でる。無意識に手を動かそうとして、しかし動かず名残惜しさを感じる。
「今は眠れ。直ぐに良くなる………」
この人は、誰だっけ?温かい人、優しい人………
「………母、さん」
「………私はお前の母親にはなれない。済まないな」
頭を撫でられる。それが心地よくて、ルークを目を閉じそのまま眠りについた。
「ねえねえ何でお母さんになれないって言ったの?ルセリアは、ルークのお母さんになりたかったんじゃないの?」
クリスの墓の前で遠慮なくズケズケと問いただすネロをルセリアが睨みつける。
「母になりたいわけではない。クリスとの間に子が産まれていたら、そんな妄想に浸れればそれで良い」
「ふーん?」
「すまん。嘘だ……確かに子の妄想に浸りたいが、出来れば本当に母親のように思ってほしい」
「出会って二ヶ月程度なのに何言ってんの?」
「愛も知らないお前には解らんさ。人の温もりは一度味わってしまえば、数百数千の時では消えてなくならない。それなのに、忘れてしまうのが怖い。だから、代わりを捜す。いずれ失うと解っていながら」
「………だから魔女は半分以上が人里から離れるんだね。失う苦しみを味わいたくないから」
「ああ……得られる温もりをずっと感じていたいと人の世に紛れる者も居るがな」
「ふーん……わっかんないなぁ」
ネロは何かを大切に思えない。知識としてルークは自分に取って大切な存在だとは解るが、感情としては全く理解していない。
「解んないけどさ、ルセリアはそれが間違いじゃないって言える?ネロはルセリアじゃないからね、ルセリアが何に後悔するかは知らないよ」
「……後悔、か……どうだろうな。私は何時だって、遅すぎたんだ。両親の時も、クリスの時も……今過去に戻れれば、私は3人を救えるんだろうな………」
そういって寂しそうな顔をするルセリアを、やはりネロは理解できない。ただ、それは己にルセリアの様に誰かを思う心がないからだというのだけは解る。
「………?」
「嫉妬してるのか?お前にない感情を持つ私に」
「たぶん、ね………良いもん、ルークに慰めてもらうから」
ネロはそういうとルークの部屋に向かった。
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タルトとの修行
魔女集会の翌日、体調も回復したルークは森の中の開けた場所でタルトと対峙する。
「鍛えると言った手前悪いが、実は私は弟子をとるのは初めてでな」
「なら、どうやって鍛える気だ?」
「取り敢えず私が剣を振るうから、避けたり受けたりしながら動きを見てくれ。大丈夫、手加減はするから」
「………それで強くなれるのか?経験値かせ──概念体を吸収してた方が強くなれそうだが」
「ステータス上は確かに強くなれるだろうな。けど、強者を食らうには技術が要る………君の目的を考えるにレベルはもちろん技術は得ていた方がいい。なに、レベリングもするさ。私、メイ・インとの修行、そしてレベリングの順番で。今日は私だ………構えろ」
取り敢えず木刀を構える。マルグスから習った構え。一通りの基礎は出来ているつもりだ。タルトはほぉ、と少し感心した様子で笑う。
「基礎は出来ているな。なら、ふむ………取り敢えず当てられるように頑張れ」
その言葉と同時にルークは駆け出す。視線を喉に向け突きを放つ────フリをして伏せ足を狙う。身長差のある幼い体ではまともに打ち合うことなど出来ない。ならば搦め手を使う。
「うん。正しい。私も昔はそうしたからな」
「───!!」
が、防がれる。タルトが地面に突き刺した木刀を叩き付けた瞬間、弾かれる。地面に深く刺さった鉄でも殴ったような感触。驚愕する中何時の間にかタルトが剣を掲げ、振り下ろしてくる光景が目に映る。
目の前に迫る木刀に対してルークは体を回転させ、木刀に巻き込む形で剃らそうとする。が、押し切られる。肩に木刀が触れた瞬間大岩でも乗ったのでないかという程の重圧がかかり地面に押さえつけられた。少し埋まる。
「とはいえ遅いし力も弱い。君のステータスは見れば解るが、今の私はそれでも何とか勝てる程度には手加減しているはずだが?」
「本当か?」
「本当さ。君には才能がある……私か保証してやろう。ただ、転生だったか?イメージと実際の体が完全に釣り合っていない。まあ、前世の方が長く生きていたのだから仕方ないか」
タルトは微笑みながらルークを掘り起こす。肩を思い切り叩かれたはずなのに骨は折れておらず、外れてすらいない。本当に手加減されている。
「そう不服そうな顔をされるのは心外だな。私は魔女にいたるほど剣を振るい続けた女だぞ?それに、何万という時を生き剣を振り続けたんだ。実力差があるのは当然だろう」
「………それは、そうだが」
「何、これは私の持論だが、百回の戦闘は百年の素振りに勝る。相手が格上となればなおさら……直ぐに追いつくさ」
「………それで、アンタは何万回の戦闘を経験したんだ?」
「………そうか、この持論で行けば定命の君が何億と戦闘を繰り返した私に追いつくなど無理な話か…………いや、でも才能があるのは本当だ。きっと追いつける」
「因みに聞くが、アンタ目立った傷痕がないけど魔女化して消えたのか?」
「私は戦場で痕が残る程の怪我をしたことはないな……」
「…………………」
「あ、いや……ほら、大戦時代は回復魔法も今よりずっと高性能だったし」
ジト目で睨んでくるルークに慌てて言い訳をするタルト。
流石魔女に至る才覚持ち、初めて戦場にたったその日から規格外だったらしい。
「ああ、うん……確かに私は才能があった。というか、魔女全員一つは才能があるな」
「努力家完全否定だな」
「そんな事は無い。私だって傷痕が残らなかっただけで怪我はしていたし、何の努力もなく世界に認められるものか」
「認められる?」
「………まあ、そこは良いだろう。要するに才能があって努力した者が強くなれる。才能にあぐらを掻けるのは単なるバカだ。私は家が特殊だったから、基本的に才能を持った子が産まれやすい血筋なんだ。つまり才能があり、それを鍛えられた」
「そういう家系なら幼少から剣の腕を鍛えるんだろ?才能も何もねーと思うが」
「私は私が殺してきた相手の中にいた年上や同世代が私より怠けていたなどと言うつもりはない。その上で勝ったのだから、私には才能があるのだろうさ」
それはまあ、そうだろう。漫画や小説では神から才能を貰った奴や、最近では努力してそいつ等を倒すなんて言うのが多いが、その努力家だって才能があるはずだ。そうでなければ、そのキャラ以上に長生きしているはずの者達が何の努力もしていないことになる。そんな事あるはずないのに。
「幸運なことに君には才能があり、さらに幸運なことに君にはあぐらをかかせないだけの師がいる。まあ、復讐が生きる意味の君が、強くなろうとしないなんて初めからあり得ないことではあるけど……さぁ、来るが良い」
「───!」
再び足を狙い駆ける───と、見せかけ土を掴み顔に向かって投げつける。卑怯などと言うまい、相手は遙か格上で、そもそも殺す気で行ってもまず勝てない化け物なのだ。死なないし。
別に目潰しが出来るとは思わない。ただ、ほんの一瞬だけ──
「────!?」
僅かな隙を付くつもりが何の躊躇もなく木刀が振るわれる。視線はこちらに向いていないどころか、目を閉じているのに木刀はルークを狙う。が、せめて一撃と無視して突っ込む。
「それは悪手だ」
「げが!?」
下からすくい上げるように振るわれた木刀が胸を打ち付けた瞬間肺の中の空気を吐き出し激痛に悶える。
「食らう前提で突っ込むのは悪手だ。痛みを伴い覚えておけ───いや、そういえば君は死の恐怖も痛みへの忌避もその子に食わせてるんだったな」
技術向上のための修行には霊装を使わないのですることもなく暇そうなネロを見るタルト。視線に気付いたネロは石で岩に絵を描く手を止め振り返るとルークに向かって手を振る。
「死ぬことには恐怖はしないが、忌避はあるつもりだ。死ねば魔族を殺せないからな」
「そうか、じゃあ殺す気で行こう」
「は?───ぐっ!!」
ヒュン、と空気を切り裂く木刀。手加減はしているのだろう。反応できる速度。それでもかなり早いだろうが、所詮木刀。ルークのステータスなら耐えられそうだが、全身の細胞が警告を発しルークはその警告に従い慌てて近くの木の上に飛び移る。
その木が近くの岩ごと切り裂かれた。
「………………」
「木刀で止めようとする分には、弾き飛ばすだけで勘弁しよう。ただし、その体に触れればその部分を切り落とす」
「………木刀だよな?」
「人を斬るのに鉄の剣など不要だ。何なら、無手で斬ってやろうか?」
ブンと木刀を持つ手とは反対の手を剣を持つような形して振るうと見渡す限りの木々が切り裂かれる。枝同士が絡み合い倒れることがないのは救いか……。
「………ところで、君は『生命魔法』は得意か?」
「基本的に苦手な魔法はないが……」
「森の木々を治してやってくれ……」
「無駄に魔力は使いたくないが………まあ、此方は教わる身だしな」
魔法の練習になると割り切り木々に触れる。切れ目から覗く木目が蠢き斬られた箇所と繋がり歪な形であるがくっ付く。残りは、と視線を向ければ、終わりが見え無いことだけは解った。思わずタルトを睨みつけると流石に気まずいのか視線を逸らされた。
「剣を振るう時、常に己の体の状態を意識しろ。体重移動はもちろん、次の動作に移る際に行う動きで意味のないところを見つけ、効率的に動かせる方法を見つけ、その上で動け。出来なければ死ぬと思え」
「…………」
森の木々を全て治し終えると再び相対する。効率的に動けと言われても、いきなりは不可能だろう。だから、取り敢えず己の動きを意識しながら避けに徹する。
「…………」
体重がどちらに傾くと、どこに意識が向き、それに対してタルトの攻撃が何処から来るかを必死に記憶する。タルト曰わく今のルークのステータスに合わせて手加減しているらしい。技術以外は、だが……
その技術だってルークを殺せる程度に手加減している。
「─────ふぅ」
「………ふむ」
全身切り傷だらけ。森の再生のせいで魔力を殆ど使ってしまったので治す必要のある傷だけ治し、細かい傷は放置。血が乾き、しかし流石に流しすぎた。生命魔法で血を生み出すが魔力もそろそろ底をつく。
「魔力が尽き掛けてるのは私のせいだからな、次どちらが攻撃を受けたら終わりにしよう」
と、言いつつも初めから最後まで攻撃を受けているのはルークだけ。
「……………」
魔族との戦い、死者の谷で得た戦闘方法を思い出す。霊視を発動し己の概念体を認識、操作……。足に移動させ、地面を蹴る。
「ほぉ……」
ステータスを超えた爆発的な加速。しかし反応され、振り下ろされる木刀。右に重心を傾けると追うように木刀の向かう先が変わる。ルークは次の瞬間左に飛んだ。
傾けていた状態から無理矢理右足を伸ばし地面を蹴り、股関節がビキリと鳴る。しかし無視して左足で空を蹴りつける。
これも概念体を集中して行った蹴り。音速を超えた蹴りは空気を踏み込み衝撃波を発生させ、勢いそのままタルトに向かって木刀を振り───
「惜しかったね」
タルトの微笑み
「─────」
目を開くとネロに膝枕されていた。ルークが起きたことに気づいたネロが顔をのぞき込んでくる。
「やられちゃったね?悔しい?悔しいよね……」
ルークから悪感情を吸おうとしているのかケラケラ煽ってくるネロ。特に何も感じないがネロに食われているだけかもしれない。
「悲観することはないぞ。手加減しているとは言え殺す気でやったんだ。生き残ったことをまず誇ると良い」
と、ネロの隣に座っていたタルトが頭を撫でてくる。ネロも真似して撫でてくる。
「ひとまずこの強さで君と戦おう。一撃でも入れられたら少し強く、また一撃入れるまでその強さ。これを繰り返そう……もちろん殺す気でな」
「……………」
今日とて攻撃を当てるより避けることのみを考えてこれだというのに、これをずっと続けるらしい。明日はメイ・インとの修行………。
「メイ・インは、うん……ボコボコにされたあとペロペロされるかもしれないが、まあ……頑張れ」
「早く二ヶ月半経たねえかな」
「あれはあくまで君が強くなること前提の条件だ。時間をとばしても意味はない……それに、気づかなかったか?今日一日の時間の流れが遅い。この辺り、時間の流れが操られている…ルセリアの仕業だろうな。二ヶ月半という期間から考えてルセリアもある程度君の才能を信じているが、やはり不安のようだ。まるで本当に母のようだな」
「………母親、か……」
最初の、前世の母親とは世界を分かち、二度目の、この世界の母親は死んだ。二度だ、二度も大切な家族を失った。失うのは、とても怖い。とても辛い。二度会ったのだ、三度目は?ルセリアは不死だ、死別することはない。でも、自分は違う。簡単に死ぬし、この世界に来たみたいにまた別の世界に行くかもしれない。
その時に、大切な者が一人もいなかったら?もう二度と、会えなかったら?
「家族はいらない。仲間も……俺にとって死んでも良い奴だけ集める」
「拗らせているな……血の繋がりは無いはずだが、君とルセリアは良く似ているよ。本当は別れが怖い寂しがり屋なんだな」
「………かもな」
「訂正しよう。君はルセリアよりずっと素直だ」
感想お待ちしております
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メイ・インの修行
傷はルセリアに癒してもらい泥のように眠った翌日。メイ・インとの無手での戦闘訓練。
剣すら使わないのでいよいよ無関係なネロは観戦にすら来ずにタルトとどっか行った。本人曰く剣の形状を取るので剣について詳しく聞くそうだ。今のままでは単なる堅い剣の形をした物体だとか言ってた。
木刀で森を切り裂くような奴に剣の知識があるのかは知らないが……。
「あるヨ。だから『鍛冶の魔女』エルゼとは仲良いネ」
「そうか」
「案外今ハそっちに向かったかもネ」
「因みにその魔女は?」
「人里に住んでるヨ。まあ、彼女ハ剣を造って売って旅立つさすらいの鍛冶師だけどネ」
「………そもそも魔女同士で国を造ったりはしねーのか?お互い不死だろ」
人との繋がりが欲しく人に関わる魔女も、その繋がりを失う恐怖に耐えられず人に関わらない魔女もどちらも不死者だ。ならば彼女達同士で国でも造ればいい。不死かつ強力な力を持つ魔女の国に攻め込む者など居ないだろうし、居たとしても返り討ちにすればいい。
強大な力を持つ故に人の世の戦争に関わらないようにしていると言っても向こうから向かってくるならその限りではないだろうし。
「………魔女同士は長い間同じ場所に留まれないヨ。世界が歪んで何が起きるか解らないネ」
「そういうもんなのか?」
「そーいうもん。今はルセリアいるシ、3人だけデ期間も短いカラ平気ヨ」
ここでルセリアの名が出てくる辺り、やはり魔女の中でも特別な存在なのだろう。話の流れから察するに世界の歪みとやらを押さえているのだろうか?
「マ、それより修行修行……タルトから聞いたヨ。才能はあるテ」
「才能」
「才能ある、素晴らしいことヨ。才能もなく英雄になった奴居る訳ないネ」
この魔女も名前からして完全に武闘派なのに目立った傷はない。大戦時代は回復魔法も発展していたと聞いたがそれでもタルトの台詞を思い出すに彼女もまた才能に恵まれていたのだろう。魔女になるほどの……
「オ前概念体、魂の操作できるんだって?」
「ああ……てか、改めて魂魄魔法ってなんだって思ってきた」
「魂魄魔法は精神魔法の上位ヨ。確かに概念体に干渉出来るケド、別の肉体に定着させたリするぐらい」
「それって、生きてる間にやらなきゃ駄目なのか?しかし、魂の定着………ゴーレムの核とかに定着させれば……」
「止めといた方が良いヨ。本来の肉体じゃないと効率化……レベルアップが難しくなル」
なら止めておこう。魔族殺せなくなるし、とあっさり止めたルークに呆れた目を向けるメイ・イン。どんだけ魔族殺したいんだろうか………。
「まあ、復讐者の気持チも解らなくないネ………魔女の中にはそう言っタ経緯で特技を伸ばして至った者、少なくないヨ」
「復讐は莫迦らしいと思うか?」
「思ウ……何百人殺したところで、殺されタ奴戻って来ないヨ」
「……………」
「でも、人それぞれだけどスッキリするヨ。私もそだった………だから、否定ハしない」
「そうか……」
「…………」
どこか安心したようなルークを見てメイ・インは頭をポリポリかく。ルセリアと似ているとは良く言ったものだ、実はかなりの寂しがり屋だな此奴。
自分が進む道を肯定して欲しかったのだろう。一人でも肯定してくれる者が居なくては不安だったのだろう。まあ、あの闇精霊とかいうネロなら肯定するだろうが彼女の場合それはルークの心の闇を食らうためだしかなり胡散臭い。だからこうして復讐の話題が出て話を振ったのだろう。
「面倒な性格ネ」
「自覚はしている。もう大丈夫だ、元々何言われようと止める気はなかったが、その言葉さえあればこの先他の奴の言葉なんて無視できる」
「そ……なら修行始めるヨ………概念体の操作に付いて、お前どう見えル?」
「靄みたいなのが身体から溢れる感じ」
「ん、じゃ私も見てみるヨ」
その言葉に霊視を発動しメイ・インを見る。自分の倍近くはある量のオーラが溢れていた。と、そこで違和感を覚える。倍近く?おかしくないか?
概念体は本来の量に加え他生物を食らうか殺すかをして吸収出来る。そしてある程度溜まると概念体の量に耐えられるように器を更新する。これがレベルアップだ。自分の今のレベルは32。大戦時代以降から生きていて魔女へと至った程のメイ・インの概念体が倍近くしか無いのはどう考えても可笑しい。
「ん、正しく見えてるみたいネ……じゃ、注目」
「……………!!」
ブワ、とオーラの……概念体の量が増えた。自分の意志で増やせるもんなのか?だとしたらレベルなんて簡単にあげられそうだが………。
「お前考えること、多分勘違い。これ、増えた訳じゃない。元々中にあったヨ」
「?」
「概念体大きくなっても器も丈夫になれば容量も増えるネ。これは中に入ってた概念体を解放したヨ……で、これを……」
「…………」
ルークの視界の中で揺らめいていたメイ・インのオーラから揺らぎが消え、ゆっくりと体に引き寄せられていく。最後には体を僅かに覆う程度になる。
「減った………いや、圧縮?」
「ソウ……概念体の圧縮………これ硬気巧呼ばれてた技ネ…移動させて他の部分の防御力減らすよりよっぽど実用的ヨ」
「………やり方は?」
「まずは器に詰まった概念体を外に出すヨ。どんな生物も普段器の中に圧縮してるかラ圧縮なんて簡単簡単……」
と、メイ・インがルークの肩に触れる。途端、内側に何かが入ってくる感覚。そして───
「─────」
内側から力が溢れ、抜けていく………霊視を発動したままの視界には大量の概念体が溢れだしていた。
「これ、を……どうやって……圧縮する?」
「……さあ?私初めてやて出来たヨ」
「………………」
取りあえず自分で放出できるようになるためにこの感覚だけは覚えておこう。
「……?」
いっこうに圧縮しようとしないルークを見て首を傾げるメイ・イン。才能があるとは言われたが、魔女に至るような天才に比べられても困る。
「んー……じゃあ今日は放出の練習だけで良いよ」
魔物を狩る。
魔獣を狩る。
敢えて攻撃を受け、敢えて毒を食らい、敢えて焼かれ、敢えて凍らされ、敢えて雷を落とされ、そんな事を繰り返して殺して喰らう。
「……んぐ……ぷは……」
元のレベルは低いがこの世に完全に定着し死体をそのまま残した魔物。その肉を食らい血を啜っていたルークは息継ぎのために口を離す。
「二ヶ月半、あっと言う間だったねぇ………ルークは強くなれたかな?」
「付け焼き刃だ。実践には殆ど役に立たない……剣術修行は精々反射神経と胴体視力が上がっただけだしメイ・インとの修行は基礎を始めたばかり。漸く圧縮が出来始めたがムラだらけだ」
「大丈夫大丈夫。ネロも手伝うから、ね?」
「……そういうお前はどうなんだ?」
「うん。剣について大分学んできたよ。前より切れ味も丈夫さも上がったはずさ」
「そうか、頼りにしてる」
ノーランス。
革命戦争が起き、未だ倒壊した建物の修復も行われていない国の一角で冒険者風の男達が暇そうに話しあっていた。彼等の後ろにあるのは収監所。中には今回の革命で捕まった私腹を肥やす元貴族や皇族、その配下達が捕らえられている。
「見張りとかマジ面倒くせぇ………奴隷どもにやらせりゃ良いのによぉ」
「馬鹿、言葉を選べ!ライアス殿に聞かれたらどうする気だ!」
「あー、あの人平等主義者だからな、亜人に対しても……」
「亜人も人権が~だっけ?奴隷制度無くそうとしてるんだよな」
「まあ、俺も革命戦争で命救われたけどよ」
「俺も……てかあの人がいちいち言うってことは預言者のお告げじゃねーの?」
「ああ、じゃあ逆らわねー方が良いな……それに俺ユウナちゃんと美味い酒飲みたかったし」
「それ水商売の奴隷だろ?お前仕事の一環で相手されてただけだろ」
「………う」
などと下らないことを話し合えるのは、彼等の中ではこの国が平和になったからだろう。
「でもなぁ、やっぱり亜人と同列なんて反対派も出るだろ」
「まぁな、どんな奴でも亜人の扱いに比べればマシって思えてる奴多いからなぁ……亜人つえば知ってるか?第二皇女のペット、逃げたらしいぜ」
「ああ?その日の見張り何してたんだよ……逃げたって何処に」
「地上は目が多いし、ダンジョンに逃げてたりするかもな。ほら、負けたわけだし強くなりたくて」
「ははは。だとしてもライアス殿に勝てるわけ………ん?」
と、男の片方が不意に声を止める。短髪の女が此方に向かって歩いてきていた。狼人系の
「おい女、ここに何のようだ。関係者以外立ち入り禁止だぞ」
「…………」
「………お?」
男がシッシッと手を払うと女はニコリと微笑む。美しい女の笑顔に思わずドキリとする男達。片方は俺にはユウナちゃんが、と首を振る。と、今度は女はゆっくりした動作で胸のボタンを外す。男達の視界が女に釘付けになり、女は今度はスルリとスカートを捲っていく。
「お兄さん達、革命軍ですよね?私を抱きませんか?タダで良いですから」
屈んで胸元を見せるようにし、片腕で胸を強調して上目遣いで見つめてくる女。ゴクリと喉が鳴る。
「……ど、どうするよ?」
「まあ俺達ヒーローだし?良い思いするべきだろうしなぁ……?」
「見張りはどうすんだよ……」
「今まで何もなかったろ?少しぐらい良いだろ……ほら、来いよ。宿直室があるから……」
と、男の片方が扉を開け女を案内する。片方だけずるいと思ったのか、もう一人もしょうがねぇなぁと口では言いながらにやけてついて行く。
そして宿直室に付いた瞬間、案内していた男が女に股間を蹴り上げられた。
「ッ!!……か、あぺ……」
「な、テメッ!何を───が!?」
後ろから付いてきた男も慌てて剣を抜こうとするがその前に頭を捕まれ壁に叩きつけられる。そこそこレベルが高いのか石壁に罅が入る。それでもかなりの痛みに固まり、喉を爪で切り裂かれる。
女は叫ぼうとしてヒュウヒュウ喉から息を漏らす男を放り捨て股間を押さえうずくまる男の首根っこを掴む。
「殺されたくなかったら答えろ。第二皇女の閉じ込められている部屋と、鍵は何処だ……」
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