絆の証は契約と共に (伊達 翼)
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プロローグ

一次の新作です。

まだまだ序盤ですが、どうぞお気軽に覗いてください。


 異世界『フィスティリア』。

 

 ここは広大な海が広がり、その上に十字状に五つの大陸が存在する世界。

 中央の温暖大陸『フィアラム』、西の平原大陸『ストライム』、東の山岳大陸『ティエーレン』、北の極寒大陸『リテュア』、南の熱帯大陸『アクアマリナー』という五つの大陸。

 それぞれの大陸にはその大陸を統治する国や組織がある。

 

 フィアラムを統治する『フィアラル王国』。

 

 ストライムを統治する『部族連合』。

 

 ティエーレンを統治する『高天ヶ原(たかまがはら)』。

 

 リテュアを統治する『リデアラント帝国』。

 

 アクアマリナーを統治する『ネオアトランティス王国』。

 

 それぞれの国には特色があって互いに協力体制を築いてはいるが、それは表面的なもので水面下ではそれぞれの思惑が交錯していた。

 

 

 この世界の各地には人の他に魔獣、霊獣、妖怪、龍種といった人に害を成す存在がおり、人々は日々それらに対抗すべく知恵を出し合っていた。

 そんな中、人々は魔獣達との『契約』を行うことで、それらの持つ力を得ることを知った。

 そうした魔獣達は『契約獣』と名を変えて人々との共存の道を歩む。

 

 しかし、その契約獣を自軍の戦力として数えようとする国も少なからず存在している。

 そのため、魔獣達と契約した人を積極的に勧誘したりする動きも秘密裏に行われていたりする。

 力ある魔獣達と契約した人と、その契約獣はそれだけで戦力の中核となりうるからである。

 

 

 この世界には古代文明というものがあり、その古代文明が遺した『古代遺物(アーティファクト)』も存在し、北の大陸を統治する『リデアラント帝国』ではそれらの研究も積極的に行っていた。

 

 

 契約獣から得る力と古代文明の解析で得た技術で、人々の文明は発達していったとも言える。

 それがこの世界・フィスティリアである。

 

 

 この物語は、ティエーレンに存在する都の一つから始まる…。

 

………

……

 

 高天ヶ原に存在する三つの都の内、大地の都と呼ばれる中央の山脈内にある盆地に築き上げられた『須佐之男(スサノオ)』。

 

 その都から少し外れにある一軒の民家。

 

「まったく、困ったものだよ。今更、戻れとは…」

 

 決して大きくはない民家の居間で男性が困ったように声を漏らしていた。

 

「あなた…せめてこの子だけでも…」

 

 そんな男性を心配するように女性が傍らに視線を落とす。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 居間の中央には足の短いテーブルが置いてあり、その横には布団の中で眠る小さな少年がいた。

 

「そうだね。この子には、もっと広い世界を見てもらいたい。それに何より、"あの家"に縛ってほしくはないしね」

 

 男性は女性の言葉に頷いていた。

 

「ですが…今更、私達に子供はいない、という言い訳も難しいでしょうし…」

 

「うん、それなんだけどね。僕に一つ考えがあるんだ」

 

「考え、ですか?」

 

「あぁ。そのために"彼"を呼んだんだ」

 

 女性が首を傾げる中、男性が中庭の方に視線を向けると…

 

「呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃじゃ~ん!(小声)」

 

 子供が起きないように小声で変な言葉を発してどこからともなく青年が現れる。

 

「あぁ、"彼"ですか」

 

 その言動を無視して女性は妙に納得げだった。

 

「おいおい、華麗にスルーすんなよ。何気に傷付くだろ」

 

 そんな女性の反応に青年は苦言を呈するが、そこまで気にしていないのはそれなりの付き合いからわかっていた。

 というよりもこんな程度で傷付くほど神経質でもないのがわかっているからだが…。

 

「それで、"彼"にこの子を?」

 

「あぁ。連れてってもらうことにするよ。この子も外の世界には興味があると言っていたし、可愛い子には旅をさせろ、とも言うしね」

 

 男性は悪戯っぽい笑みを浮かべて女性に言う。

 

「それで"あの人達"が諦めてくれるといいんですけど…」

 

「まぁ、そこは賭けかな? 僕達が戻れば少なくとも目的の一つは達成するのだし…」

 

 男性がそこまで言うと…

 

「でも、この子に会えなくなるのは辛いです…」

 

 女性は悲しそうに訴えかける。

 

「それは僕も同じさ。でも、そうしないとあの閉鎖した空気に染まってしまうかもしれない。僕はこの子に自由に生きてほしいからね」

 

「……えぇ。そうですね」

 

 男性の言葉に女性も頷き、傍らの子供の髪を優しく撫でる。

 

「なんだろうな、この疎外感」

 

 2人で話を進めるものだから青年は縁側に勝手に胡坐を掻いて座って話を聞いていた。

 

「すまないね。急にこんなことを頼むことになって」

 

 男性はすまなさそうに青年に告げる。

 

「いんや、気にすんな。自由を愛する者として、そういうことなら引き受けない訳にもいかないしな」

 

 青年の方も別に気にした様子はなかった。

 

「本当ならお前らも自由にしてやりたいところだが…」

 

「いや、大丈夫だよ。いつか、この子が僕達を"あの家"から解放してくれると信じてるからね」

 

 青年の言葉に男性はそう返していた。

 

「子供に背負わせるにはちと荷が重い気もするがな」

 

「そうだね…」

 

「ま、それまでにそこそこ鍛えてやるよ。俺が出来る範囲でな」

 

 そう言うと青年は、布団から抱き上げた子供を女性から預かる。

 

「頼むよ、親友」

 

「応。任せとけ、親友」

 

 預かった子供を左腕で抱え、右拳を男性の右拳とコツンと合わせる。

 

「その子のこと、よろしくお願いします」

 

「あぁ。絶対に強くしてやるよ。そして、良い出会いもな…」

 

 女性の言葉にも強く頷くと…

 

「じゃあ、またいつかな」

 

 子供を抱えて青年はその場を後にするのだった。

 

「…………………」

 

「心配なのはわかるけどね。さ、僕達も"実家"に戻る準備をしようか」

 

「はい、あなた」

 

 そうして男性と女性は荷造りを始めるのだった。

 

………

……

 

 その後…。

 

「むぅ…?」

 

「よぉ、坊主。起きたか?」

 

「ふぇ…?」

 

 子供の眼が覚め、青年は二カッと笑いかけていた。

 

「ぁ…"ゼロ"おじさん」

 

「おじさんはよせって毎度言ってるだろ」

 

 そう言って青年はコツンと少年の額を小突く。

 

「でも…お父さんとお友達なんだよね?」

 

 それに動じず、少年はそう聞いていた。

 

「応さ。あいつとは親友よ」

 

「だったらおじさんだよ」

 

「…………解せぬ」

 

 少年の言葉に青年は唇を歪めて不満そうだった。

 

「あれ? ここは? それにお父さんとお母さんは…?」

 

 それからやっと現状を把握したのか、少年は周囲の景色をキョロキョロと見回す。

 

「そうだな。坊主はずっと外の世界が見たいって言ってたな?」

 

「うん」

 

「喜べ。俺が外の世界を見せてやる。なに、ちゃんとあいつらの許可は取ってある」

 

 青年の言葉に少年は瞳を輝かせる。

 

「ホント!?」

 

「あぁ、本当だとも。但し、旅は俺とお前の2人きりだ」

 

「えぇ~!? お父さんとお母さんは!?」

 

 それを聞いて少年は不満そうだった。

 

「留守番だ。なに、男は旅の一つでもしないと一人前にはなれないからな。旅してる間は俺がきっちり面倒見てやるからよ。あんま心配すんな」

 

「ぶぅ~」

 

 どうにも納得いかないようで少年は頬を膨らませる。

 

「ちゃんと手紙も出させてやるよ。それと坊主は契約獣にも興味があるだろ?」

 

「っ…ある!」

 

 子供の好奇心は些細なことを流してしまうようだ。

 

「良い返事だ。きっとお前なら良い契約が出来るだろうさ」

 

「ホントに?」

 

「応さ。あいつらや俺の教えをちゃんと守れたらな」

 

 青年がそう言うと…

 

「僕、絶対に守るよ!」

 

 少年は元気よく返事をする。

 

「よしよし、良い子だな。じゃあ、契約するのも大事だが、体作りもしないとな」

 

「体作り?」

 

「そうさ。仮に契約出来たとしてもお前が相棒の足を引っ張っちゃかっこ悪いだろ?」

 

 そんな光景を想像したのか…

 

「うぅ…それは嫌だな…」

 

 少年は嫌そうな顔をする。

 

「なら、頑張るこったな」

 

「うん! 僕、頑張るよ!」

 

 そんな少年の顔を見ながら…

 

「(今はまだ全てを話すべきじゃない。そうだろ、親友?)」

 

 青年は親友である少年の両親のことを考えていた。

 

「(こいつがある程度まで成長したなら話すさ。お前達の、"陥ってしまった状況"ってやつを…)」

 

 そして、今抱えている少年のことも考える。

 

「(その時、こいつがどんな風に考えるか…少し心配ではあるがな……ま、そこは俺の教育次第か。やれやれ…)」

 

 ガラじゃないな、と思いつつ青年は少年を抱えて山道を歩く。

 

 少年の行く道をある程度までは導くために…。




次は用語説明です。


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用語説明

この作品の世界観、並びに用語を説明します。

今後、追加される用語もあるかもしれません。


『異世界・フィスティリア』

この物語の舞台となる異世界。

中央の温暖大陸『フィアラム』、西の平原大陸『ストライム』、東の山岳大陸『ティエーレン』、北の極寒大陸『リテュア』、南の熱帯大陸『アクアマリナー』の五つの大陸から成り、各大陸の周囲は海に囲われた世界である。

各地には魔獣を始め、霊獣や妖怪、龍種といった人に害をもたらす存在が数多く生息しており、人々はそれに抗うために力や技術を求めている。

その一つが本来なら害悪でしかない魔獣達との契約である。

契約を果たした魔獣達は『契約獣』と呼称され、人々との共存するようになってその内包した力を人々に与える。

魔獣達の力と、人間の知恵を合わせることで様々な技術を発展させた世界でもある。

また、五大陸の各地には古の時代に栄えたと言われている古代文明の遺跡が点在している。

 

 

『フィアラム』

この世界に中心に位置する大陸。

この大陸は『フィアラル王国』が統治しているが、各地の細々とした管理は貴族達に任せている。

大陸の中心地には王都『フィアリム』があり、その周辺には平地が広がりつつもその先は森で囲われていて北端は山岳地帯が北からの寒波を防ぎ、南端は砂漠地帯が広がり、東は渓谷地帯が点在し、西は森林地帯が続くといった具合に他の大陸からの影響も少なからず受けた環境状態となっており、そんな各地には大小様々な集落があって人々はその土地に合った生活を送っている。

四季を通して比較的温暖な気候であるため農産業も盛んであり、他にも中心大陸という利点を活かした物流にも力を入れている。

温暖な気候と様々な環境が整っているので、他の大陸よりも魔獣達の種類がかなり豊富であり、主に集団活動するような種が数多く生息しているものの、中には単独行動を好む魔獣や霊獣、龍種などの個体も存在している。

 

『ストライム』

この世界の西に位置する大陸。

この大陸は『部族連合』という多数の部族が各地に縄張りを設け、それぞれの部族がその縄張りの治安を守っている。

特定の都のようなものは無く、移動民族のように月に一度は縄張り内の別の場所に移り住む部族もある。

年に数度、部族の長達が集まって会合を開くことがあるが、場所が不確定な部族も多いので、大陸の中心地点に集まるように決めている。

大陸全土がほぼ平原となっており、各地の所々に丘がいくつかある程度の起伏しかないのも特徴で、そういった環境だからか家畜を放牧している部族も多く、民家は基本的に魔獣の皮を用いたテントのようなものとなっている。

見晴らしが良く広大な草原という立地のため、生息している魔獣は群れで行動する種類が多く、霊獣や妖怪、龍種の存在は少ない傾向にある。

 

『ティエーレン』

この世界の東に位置する大陸。

この大陸は『高天ヶ原(たかまがはら)』と呼ばれる国が統治しており、独自の文化を築いている。

大陸の中心部には円状の山脈があり、その盆地に当たる部分には大地の都『須佐之男(スサノオ)』、山脈北側の山頂には天空の都『天照(アマテラス)』、山脈南側の洞窟内には叡智の都『月詠(ツクヨミ)』の三つの都があり、その他の集落は基本的に山脈の各地にある盆地にあることが多いが、海沿いの地域に集落を開拓する者もいる。

大陸全土の殆どが山岳地帯となっており、各地には大小様々な盆地があって中には湖となっているものもある。

主な産業は独自の農業と漁業を主流としている他、鍛冶屋や鉱山採掘などにも力を入れている。

この大陸に生息している魔獣、霊獣、妖怪、龍種は単独で行動する種類が多く、空を飛べるような魔獣なども多い傾向にあるのが特徴である。

 

『リテュア』

この世界の北に位置する大陸。

この大陸は『リデアラント帝国』が統治している。

大陸の中心地には帝都『リティア』があり、周辺は雪と氷で覆われている極寒の地となっている。

極寒の環境に対応すべく古代文明の技術を研究しており、そこで得た機械技術を用いて発展してきた国でもあり、その技術は他の大陸にもある程度は公開している。

帝都はその機械技術の粋を集めて建造されており、ドーム状の結界の中に都市があるような感じとなっている。

また、帝都地下には古代文明の遺跡があり、まだ未発掘の代物が眠っているとも言われている。

大陸全土が雪と氷で覆われており、何処へ行くにしても防寒対策は必須であるが、帝都以外の集落となると数える程度しかなく、しかもそのどれもが大陸に点在する遺跡を管理しているような集落なので、余所者に対して風当たりが厳しい面もある。

この大陸に生息する魔獣達はいずれも耐寒能力を持つ個体が多く、氷結系の能力を有する個体も存在する。

 

『アクアマリナー』

この世界の南に位置する大陸。

この大陸は『ネオアトランティス王国』が統治している。

大陸の中心地には王都『アトランダム』があり、周辺は南側に密林が生い茂り、北側に砂漠が広がっている。

北側の砂漠地帯にはオアシスもいくつか点在しており、そこに集落を築き上げた人々もいる他、南の密林側にも集落を開拓しようと動きがあるが、魔獣達の生息域でもあるためにあまり手が付けられないというのが現状でもある。

主な産業は北側の砂漠地帯とその先の海辺を利用した観光業であり、宿泊施設や娯楽施設なども数多く点在している『リゾート大国』としても名を馳せている。

この大陸に生息している魔獣達は群れと単独行動の両方の特性を持つ他、海辺に人が集まる都合上、海洋系の魔獣達も陸に上がることが珍しくないのも特徴。

 

 

『魔獣』

魔力を持つ生物の総称。

姿形は様々な獣や鳥類、魚類などと多岐に渡る。

人を襲うのは自らの生きる糧を得るためでもあり、人の血肉を貪り喰らう性質を持つので、人から見た危険度は身近にある分、龍種よりも高い。

他の生物よりも圧倒的に数が多く繁殖もしやすいため、色んな所に生息していてその土地に合った進化を果たしている。

魔力を持つため、知性が発達した個体は魔法を扱うことも出来るようになるが、自然界でその域に達するのは稀であり、魔法を習得出来るのは契約獣になってからの方が圧倒的に多い。

 

『霊獣』

霊力を持つ生物の総称。

姿形は魔獣と同じ多岐に渡るが、扱う力と生態が異なる。

他の生物と異なり、積極的に人を襲うことは無いが、人が害意や敵意を持って接するのであれば自衛のために襲うこともある。

龍種程ではないが寿命もそれなりに長い種的な性質なのか、基本的に単独行動する個体が多い傾向にあり、群れで行動しそうな獣の姿でも単独で行動していることが多い。

魔獣と異なり、知性の発達が高く契約獣になる前から霊術を扱える個体が多いのも特徴。

 

『妖怪』

妖力を持つ生物の総称。

姿形は基本的に人型に近しい存在が多く、中には獣や合成生物などといったモノも存在している。

人を襲うのは人の持つ生気を奪って糧を得るためであるが、魔獣と違って血肉を貪る必要はなく、必要最低限の糧を得られれば解放することもある。

霊獣と同じく知性の発達が高い方なので、自力で妖術を扱える個体や妖力の使い方に秀でた個体もおり、特殊な体質や特異な能力を持つ個体も多い傾向にある。

また、その性質上、住処は人里に近しい場所か、人里に紛れ込んでいることもある。

 

『龍種』

龍気を持つ生物の総称。

姿形は一般的にドラゴンと呼ばれているものを忠実に再現しているが、二足歩行型、四足歩行型、飛行型、飛竜型、東洋型、特殊型といった具合に種類がそれなりにあるのが特徴。

基本的に縄張り意識が高く、自らの縄張りに侵入しない限りは人や他の生物を敵視しない(というよりも興味を持たない)特性を持つ。

種類は多く見えるが、絶対的な個体数は他の生物よりも少ない。

理由はそれぞれ己の力に絶対の自信を持つことと、人や他の生物よりも寿命が長いこと、繁殖行動をあまり積極的に行わないことが要因となっている。

 

 

『契約獣』

人と契約することでその名前を変えた魔獣、霊獣、妖怪、龍種の新たな呼称。

人と『契約』を果たすことで魔獣達は人との共存を考えるようになり、人に対して己の持つ力を貸し与える。

力を得た人は野良の魔獣達に対して有効な対抗策を得ると共に、その力を用いた各種の技術躍進にも繋がっていたりするなど、今の文明には契約獣の存在も大きく貢献していると言える。

また、契約獣を軍事利用する国も当然ながら存在し、各大陸を統治する国は契約獣と共にいる人材を積極的に勧誘したりもしている。

今でこそ契約獣という存在は認知されているが、一昔前(各国の正式な発表前)までは魔獣達を連れた異端の存在として人々から恐れられていて肩身が狭かったという。

しかし、それでも未だ契約獣を危険視する風潮は各地で見られており、中には契約獣とそれを伴っている人を集落へ入ることを拒否する集落も存在している。

 

『契約』

魔獣、霊獣、妖怪、龍種と特定の条件下でのみ魔獣達に対し、人が行える特別な儀式。

その条件というのは未だ解明されておらず、人によって発生する条件が異なるのはもちろん、契約する魔獣達にもその契約を受けるか受けないかを決める意志があるので、条件が揃ったからと言って必ず契約出来るとは限らないのが現状である。

契約の解明が難航している中、最近になって一つだけ判明したことがあり、それは『信頼関係』である。

いずれの契約でも人と魔獣達の信頼関係が示唆されており、実際それは重要な要素となって契約を果たした者達は契約獣のことを信頼している場合が多いことが判明している。

 

『契約紋』

魔獣、霊獣、妖怪、龍種と契約した証。

契約を果たした魔獣達を表す刻印が体のいずこかに現れる。

人によって現れる場所は異なるが、契約した契約獣の強さに応じて刻印は大きくなる傾向にある。

この刻印を通して人は契約獣から力を得られることが出来、それらを用いることで文明の発達にも貢献してきた。

刻印は基本的に消えることは無いが、契約した人物、もしくは契約獣が死亡すればその契約は破棄されたものとして扱われて消えることもある。

また、双方の信頼関係が崩れて心が離れ離れになった時や特別な技法で契約が消える例もあり、その後は契約獣は元の魔獣達の存在へと戻る。

 

 

『魔力』

魔獣が持つ力。

魔力の元となる魔力素は大気中に存在し、魔獣は呼吸でそれを体内に取り込み、『魔臓』と呼ばれる体内器官に魔力を溜め込んでいる。

溜め込んだ魔力は魔獣時代は基本的に生まれ持った属性に変換して牙や爪などに付与させて行使するしか出来ないが、知性が発達した野生の個体や、魔獣と契約した人、契約獣となった個体は魔力を用いて『魔法』を行使することが出来るようになる。

また、魔法を行使するには魔導学問の知識も必要になるので、魔獣と契約したからと言って簡単に習得出来るものでもない。

 

『気』

人が持つ力。

人が元来から持つ生体エネルギーで、命の波動とも言える力。

普通の人は気を知覚することもなく過ごすが、ごく一部の人は生まれ持って知覚することもあるという。

この力を知覚するには何かしらの武術の初歩を習得する必要がある。

主な使い方は身体強化による格闘術であるが、中には武具に気を通してその威力や硬度を上げるといった使い方も存在する。

また、気を整えることで体調管理を行う技法もある。

ちなみに生体エネルギー故に属性という概念は存在しない。

 

『霊力』

霊獣が持つ力。

この力は霊獣の体内で生成される生体エネルギーのようなものである。

最大の特徴は霊的、もしくは非実体的な存在に対して効力を発揮することで、発動した魔法や妖術などを防いだりする防御的な力である。

主な活用法は結界術による防御だが、他にも様々な効力を発揮する『霊術』という分野が存在し、攻守共にバランスの取れた力とも言われている。

また、霊力には浄化の力も秘めており、個体によってその浄化能力は異なるのも特徴である。

霊力も先天属性の影響を受けやすい面もある。

 

『妖力』

妖怪が持つ力。

この力は妖怪の体内で生成される生体エネルギーのようなものである。

最大の特徴は力の変質性であり、妖力を筋力や速力といった運動エネルギーに変換したり、妖力を通した自らの肉体組織を別のモノへと変質させることが出来る。

妖力を得た者は大抵の場合、その力を筋力か速力に変換することが多いが、それは『気』でもある程度出来ることなどで、本来はその変質性を活かした利用法を妖怪から伝授される方が賢い。

また、妖力を魔法のように術変換した『妖術』というのも存在するが、これも魔法と同じように妖術に関する知識が必要となる。

ちなみに『気』と異なり、その変質性によって先天属性も扱えるようになる。

 

『龍気』

龍種が持つ力。

この力は龍種にとっての生体エネルギーであるが、その質は他の力よりも圧倒的に濃い。

他の力のように術変換は出来ないが、その代わりに龍種固有の攻撃法である『ブレス』やその圧倒的な質の龍気を周囲に撒き散らす『威圧』、力を怒りのままに解放する『逆鱗』といった代表的なものがある他、個体によっては龍気の扱い方も異なるのが特徴的である。

龍種と契約した人が龍気を扱うにはかなりの時間を要し、最低でも『気』の扱いを熟知していないと体が龍気の圧倒的な質に耐えられず暴発してしまうこともあり得る。

そのため、龍種との契約は非常に困難とも言われている。

龍気もまた先天属性の影響を受けやすい性質を持っている。

 

 

『先天属性』

魔獣達に備わっている体質や特性の一種。

基本的に魔獣達はその生息環境によって生まれてくる時に属性の才能と耐性を得ることが多く、特にそれが顕著に表れるのが『リテュア』である。

こうした属性に対する才能と耐性は魔獣達一匹に対して原則的に一つというのが通例であるが、中には稀に複数の属性を扱える個体が生まれることもある。

また、人は全ての属性に対しての素質を持っているが、それが開花することは基本的に無い。

何故なら人が元来持つ『気』には属性という概念がないからである。

但し、これには例外があり、契約獣と契約した場合に限り、契約獣の持つ特性が契約紋を通して人に影響を与えるので、本来なら開花しないはずの属性に対する才能や耐性が開花するのである。

ちなみに属性というのは『烈火』、『流水』、『疾風』、『迅雷』、『大地』、『氷結』、『閃光』、『暗闇』の8種が存在している。

 

 

古代遺物(アーティファクト)

古代文明の遺跡で見つかる道具の総称。

今の時代では再現不可能と言われる特殊な道具などを指しており、不思議な力や機能を宿していることが多い。

主に遺跡で発見されることが多いが、盗掘に遭ってはガラクタと一蹴されて裏市場に回ることもしばしば。

そういった価値がわからない者達には無用の長物だが、時折その力を知って自分で使う者もいたりするので、裏市場ではそれなりに高値で売買が行われている。

また、リデアラント帝国はこれらの回収に特殊部隊を用いることもあるという。

 

『エクセンシェダー』

古代文明が造り出したと言われる黄道12星座を模した『古代遺物』の一種。

今の文明では考えられないような高度な技術で造られており、鎧型5機、生物型7機という具合に分類されている。

今の時代、リデアラント帝国の最先端技術でも到底模倣出来ないと言われている古代文明最高峰の技術の塊ともいえる代物である。

その性能は高水準であり、使い方次第では他国への牽制にもなるし、自国を滅ぼす劇薬にもなりうる危険な存在でもある。

現在は各大陸で何機か発見されているが、国のトップシークレットとして厳重な封印を施されていることが多い。

唯一リデアラント帝国は研究対象として色々と解析しようと試みているが、現状ではその技術力の高さをただただ見せつけられているだけで難航、というか出来ないでいる。

また、エクセンシェダーにはそれぞれ意志と呼べるモノがあるらしく、己の使用者を自ら選定することが発見された何機かの証言で判明している。

 




では、第一話の開始です。

後々、登場人物を挟む予定ですが、二話目を投稿した後くらいを予定しております。


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幼少期放浪編
登場人物紹介


ここでは登場人物と契約獣を簡単に説明していきたいと思っています。

まぁ、細かい情報なんかを追記していくと思うので。


名前:紅神(べにがみ) (しのぶ)

 

容姿:肩まで掛かるくらいの黒髪と右は琥珀、左は紫色のオッドアイを持ち、まだあどけなさと幼さが色濃い顔立ちをしている

体格は華奢な方だが、身体を鍛えてる最中なのか所々が引き締まってるように見えなくもない

 

性別:男

 

身長:130cm

 

年齢:9歳→10歳(第九話時点)

 

契約獣:天狼、白雪、焔鷲

 

趣味:パズル、散歩、月を見ること

 

好きなもの(事):絆、友達

 

嫌いなもの(事):命を大事にしないこと

 

性格:基本的におおらかで心優しい性格をしているが、その心の奥底には不安定ながら冷静な部分と激情的な部分を併せ持っており、まだ子供らしく好奇心旺盛なところもある

 

備考:本作の主人公。

出身大陸はティエーレンで、実家は大地の都『須佐之男』にあったが、諸事情によって現在は父親の友人『ゼロ』と共に流浪の旅をしている。

まだまだ遊び盛りで好奇心の旺盛なところもあるが、幼いながらもどこか達観した価値観を持っており、命の尊さをこの歳で理解している。

契約獣にも興味のあるお年頃であり、自分もいつかは魔獣達と契約したいと考えている。

そのためか、ゼロに師事していて今後必要になるだろうと体作りをしている真っ最中であり、その過程で『気』の扱い方も習得しようとしている。

元々才能があったからか、それとも別に要因があったのか、忍は幼いながらにゼロの持つ知識や技術を取り込んでいるが、ゼロの言いつけでそれなりの年齢に達し、体作りがそれなりに完了するまでは封印するように強く言い聞かされており、忍もその言いつけを素直に守っている。

 

第二話にて『天狼』と契約を果たす。

 

第七話にて『白雪』と契約を果たす。

 

第十話にて『焔鷲』と契約を果たす。

 

第十八話にて『真姫』と契約を果たす。

 

 

天狼(てんろう)

盗賊達に追い詰められていた手負いの霊獣。

姿形は黒の混ざった白銀の毛並みが美しい真紅の瞳を持つ狼。

盗賊達の頭に真っ向から立ち向かおうとした勇気ある姿勢を見て自らも諦めかけていた生きることへの意志を取り戻す。

その諦めない意志と忍の秘めたる想いが重なり、契約の儀式が発動した。

最初はそのことに戸惑っていたが、霊獣であるはずの自分をも心配し、その意志を尊重してくれた忍に対して"この人間とならば…"、という思いに駆られて遠吠えするという形で契約を承諾した。

その後すぐに『天狼』という名を貰い、忍と共に戦おうとするも、謎の美女の介入によって危機を脱する。

知性はそれなりに高く、契約前でも結界を張れるくらいは出来たが、契約後は契約紋を通して人語も習得している。

契約紋は忍の顔にあり、右目から頬にかけて狼の頭部から背中までを表したような刻印が浮かび上がった。

 

 

白雪(しらゆき)

同族である妖怪達と意見が食い違ったために相対することになる。

姿形は白銀の髪をアップスタイルに結い、瑠璃色の瞳を持ち、柔和な雰囲気の綺麗な顔立ちをしており、白い着物を着ているので全体的なスタイルがスレンダーのように見えるが、実際にはよくわからないといった感じの美人さん。

忍の真摯なる想いに感銘を受け、契約の儀式が発動する。

忍の子供特有の無鉄砲さやトラブル体質を気にかけ、契約する際もこちらのことを尊重する姿勢に好感を持ち、契約を承諾する。

『ユキ』というのは人間社会に紛れ込むために便宜上、名乗っていた名前で本来は名無し。

契約紋は忍の右手の甲にあり、雪結晶を表したかのような刻印が浮かび上がった。

 

 

焔鷲(えんじゅ)

ゼロと母鳥の戦闘の際に出てきたが、忍と契約したことで巣立つこととなった魔獣。

姿形は3対6枚の翼を持つ紅蓮の羽衣が印象的な火の鳥で、大きさは今の忍が抱き締められるくらい。

ゼロと母鳥の戦闘を止めたいと願う忍に母鳥を想う焔鷲の心が重なり、契約の儀式が発動する。

戦闘を止めたいという忍の純粋な想いに無意識に応えて契約が成立してしまい、戦闘後の母鳥との会話で少し時期が早まったが、巣立つことを決めて忍達についていくことになる。

見た目の通り属性は『烈火』で、母鳥の影響で知性もそれなりに高い部類に入っていたためか、契約して間もなく人語を習得し、魔法の行使も可能とする。

契約紋は忍の左手の甲にあり、3対6枚の翼が広がったような刻印が浮かび上がった。

 

 

真姫(まき)

以前、ティエーレンで忍と天狼を助けた女性。

その正体は『吸血鬼』という妖怪の種族で、先天属性は『流水』を持つ。

姿形は腰まで流れるような銀髪と深紅の瞳を持ち、まるで人形のように整った綺麗な顔立ちをしていて、その均等の取れた体を真紅のドレスで着飾った女性である。

一度は忍の血を狙って仕掛けてきたが、それを返り討ちに遭い、拘束されていた。

しかし、負けた上に忍から血を恵んでもらうのはプライドが許さなかったために、それを拒否した結果、契約の儀式が発動。

最初こそ戸惑ったものの、契約に関しては躊躇なく決断し、忍の4番目の契約獣となる。

契約紋は右太腿にあり、小さな蝙蝠の形をした刻印が浮かび上がっている。

 

 

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名前:ゼロ

 

容姿:背中まで伸ばした金髪と右は赤、左は蒼のオッドアイを持ち、20台前半くらいには見える端正な顔立ちをしている

体格は太くもなく細くもないが、それなりに鍛えているので少し筋肉質になっている

 

性別:男

 

身長:179cm

 

年齢:不詳

 

契約獣:???

 

趣味:世界を見て回ること、昼寝

 

好きなもの(事):自由、友情、宴や祭り

 

嫌いなもの(事):生き方を縛ること、無粋な輩

 

性格:基本的に飄々としていてどこか快楽主義的な部分も見られる不真面目で自由奔放な性格だが、根っこの部分は義理堅く友情や人情味に篤い部分もある

 

備考:忍と共に流浪の旅をしている謎の男。

忍の父親とは旧知の仲らしく、諸事情で忍の面倒を引き受けるくらいにはお人好しである。

普段は飄々としてバカなことも平然と行うほどに自由人だが、それに反して博識で腕っ節も強いので魔獣退治の懸賞金などで路銀を稼いでいる。

忍の面倒を見るついでに、彼を鍛えていて今は体作りをさせており、『気』の扱い方もそれとなく教えているが、忍の習得率や成長率を考慮して制限を設けさせている。

契約獣と契約しているらしいが、忍は一緒に旅をしてから一度も見たことがない。

しかし、契約獣と契約してるのは本当で背中一面や両腕、右足の四ヵ所にそれなりに大きな契約紋があり、さらに五気の扱いも心得ていることから魔獣、霊獣、妖怪、龍種のそれぞれ1体ずつと契約していることが窺える。

出身大陸は不明で、年齢も不詳と明らかに怪しい人物でもあるのだが、その飄々とした態度で煙に巻くことが多い。

 

 

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名前:紅神(べにがみ) 竜也(りゅうや)

 

容姿:うなじが隠れる程度に伸ばした黒髪と琥珀色の瞳を持ち、歳の割に若々しく見える穏やかな雰囲気の端正な顔立ちをしている

体格は細く見えるが、その実かなり鍛えられている

 

性別:男

 

身長:186cm

 

年齢:30歳

 

契約獣:いない

 

趣味:瞑想、散歩

 

好きなもの(事):家族や友人、穏やかな時間

 

嫌いなもの(事):実家とそれに関係した事柄

 

性格:基本的に温厚で穏やかな性格だが、昔は冷酷にも似た冷たい印象を与えるクールな性格だったらしい

 

備考:忍の父親。

ティエーレンが独自に精製した『刀』を用いた刀術の使い手であり、流れるような太刀筋と研ぎ澄まされた太刀筋という二種類の太刀筋による変幻自在の攻守一体となった剣技の冴えから『流転の竜也』という異名を持っていた。

現在は刀を捨てているが、剣客時代の習慣が抜けておらず、暇さえあれば瞑想をしていることもある。

とある事情によって"実家"に呼び戻されることになり、それに息子の忍を巻き込ませるのが嫌だったらしく、旧知の仲で親友の『ゼロ』に忍を託し、自分達は"実家"へと戻る決意をする。

"実家"に戻っても個人的に雇っている隠密『久瀬 瞬弐』を介してゼロとやり取りしており、忍からの手紙や忍宛に書いた手紙を交換させたり、情報交換も行わせている。

 

 

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名前:紅神(べにがみ) 汐乃(しの)

 

容姿:腰まで伸ばした黒髪と紫色の瞳を持ち、歳の割に若々しく綺麗と可愛いの中間辺りの顔立ちをしている

やや慎ましやかな体型

 

性別:女

 

身長:155cm

スリーサイズ:B83/W56/H85

 

年齢:29歳

 

契約獣:いない

 

趣味:料理、編み物

 

好きなもの(事):夫と息子、穏やかな時間

 

嫌いなもの(事):実家とそれに関する事柄

 

性格:気性は穏やかで大和撫子然とした淑やかな性格

 

備考:忍の母親。

竜也と共に"実家"に戻るように言われ、渋々今の生活を手放す決心をする。

忍のことも了承してはいるのだが、元気でやっているか、怖い目に遭っていないかなど(親としては当然だが)心配らしい。

何処か良いとこのお嬢様だったらしいが、詳しくは不明。

しかし、所作の一つ一つを取っても品があり、立ち振る舞いにもそのような感じが出ているらしい。

 

 

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名前:久瀬(くぜ) 瞬弐(しゅんじ)

 

容姿:黒い短髪と黒い瞳を持ち、少しだけ老けて見える精悍な顔立ちをしている

体格は全体的に中太で、かなりの筋肉質となっている

 

性別:男

 

身長:189cm

 

年齢:不明

 

契約獣:いない

 

趣味:特にない

 

好きなもの(事):特にない

 

嫌いなもの(事):特にない

 

性格:基本的に感情を表に出さない生真面目で冷静沈着な性格

 

備考:竜也が個人的に雇っている隠密。

過去に竜也と戦ったことがあり、その時は僅差で敗北を喫している。

その縁で竜也とは個人的な繋がりを持っていて、仕えるべき主家とは別口で隠密を引き受けている。

"実家"に戻った竜也の代わりにゼロと接触し、情報交換などを行っている。

気の扱いに長けた体術の使い手でもあり、小型の武器や小道具なども多数持ち合わせている。

隠密としても優秀で、諜報、潜入、工作、闇討ちなどを単独で行える程の力量を持つ。

 

 

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名前:久瀬(くぜ) 明香音(あかね)

 

容姿:腰まで伸ばした黒髪と緋色の瞳を持ち、まだまだ幼くあどけなさが残る顔立ちをしている

まだまだ幼い体型

髪型は白い布でポニーテールに結っている

 

性別:女

 

身長:129cm

 

年齢:9歳

 

契約獣:いない

 

趣味:修行

 

好きなもの(事):特にない

 

嫌いなもの(事):特にない

 

性格:明るく前向きでいて真面目な性格で、頑張り屋な一面もある

 

備考:隠密見習いである瞬弐の娘。

まだまだ遊び盛りなお年頃だが、父のような隠密になるべく修行を頑張っている真っ最中。

だが、此度のゼロとの接触に同行させており、何らかの役目を持たされているらしい。

 

 

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名前:ユウマ・リースリング

 

容姿:背中まで伸びた金に近い明るめの茶髪とサファイアブルーの瞳を持ち、小動物を思わせるような可愛らしい顔立ちをしている

線が細く華奢で筋肉もまだプニプニしている体型

 

身長:124cm

 

年齢:8歳

 

契約獣:アリア

 

趣味:家事のお手伝い、料理

 

好きなもの(事):可愛いぬいぐるみ

 

嫌いなもの(事):喧嘩や争い事、暴力

 

性格:控えめで大人しくちょっと気弱な印象の性格だが、心根の芯の部分は強く頑固な一面もある

 

備考:忍と明香音がリデアラント帝国の住宅街で出会った子供。

父親が武装型古代遺物の研究者で、母親が専業主婦。

父親は研究に没頭するようなことはなく、お昼には必ず帰宅して昼食を取り、休日には家族サービスをする程である。

母親はどこかほんわかしており、何故か家族から台所に立たせてもらえていないので、最近ではもっぱら子供のはずのユウマが料理を作っている。

父親の伝から『デヒューラ・スイミラン』と『アイリ・ノージェラス』と交友がある。

 

第七話にて『アリア』と契約を果たす。

 

 

 

『アリア』

白雪と行動を共にしていた。

姿形は背中が隠れるくらいの長さの水色の髪とアクアマリンブルーの瞳を持ち、少し幼さが残るような可愛らしい顔立ちをしており、白のワンピ-スを着ていてスタイルは標準的である可愛い系の美人さん。

勇気を奮って啖呵を切ったユウマの姿を見て、自らも奮起したことでユウマとの間に契約の儀式が発動する。

ユウマの優しい心を傍で見守っていきたい、共に生きていきたいと考え、ユウマと契約を結ぶ。

白雪と同様、『シズク』というのは人間社会に紛れ込むために便宜上、名乗っていた名前で本来は名無し。

契約紋はユウマの左側の脇腹にあり、雫を表したかのような刻印が浮かび上がる。

 

 

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名前:デヒューラ・スイミラン

 

容姿:背中まで伸びた亜麻色の髪とエメラルドグリーンの瞳を持ち、幼く愛嬌のある顔立ちをしている

まだまだ幼い体型

 

性別:女

 

身長:125cm

 

年齢:8歳

 

契約獣:いない

 

趣味:剣の稽古、友達と遊ぶこと

 

好きなもの(事):友達、お菓子

 

嫌いなもの(事):お化け、昆虫類

 

性格:明るく社交的でちょっとお堅い性格だが、間違ったことは許せない正義感の強い面もある

 

備考:リデアラント帝国の住宅街でユウマと一緒に遊んでいた女の子。

ユウマの父親が研究してる武装型古代遺物の中の一つ、剣型の古代遺物に対して適性があることがわかり、子供ながらに研究の手伝いをしている。

その伝で歳が同じのユウマと出会い、今では研究の合間を縫っては仲良く遊んだりしている。

ちなみに実家は騎士の家系であり、剣の稽古も行っている。

 

 

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名前:アイリ・ノージェラス

 

容姿:腰まで伸びた銀髪とアメジストパープルの瞳を持ち、幼くも愛らしい顔立ちをしている

肌は色白で、全体的に小さく華奢な体型

 

性別:女

 

身長:97cm

 

年齢:4歳

 

契約獣:いない

 

趣味:お昼寝

 

好きなもの(事):ぬいぐるみ

 

嫌いなもの(事):騒がしい雰囲気

 

性格:人見知り且つ気弱で引っ込み思案な性格で、ドジな部分もある

 

備考:リデアラント帝国の住宅街でユウマと一緒に遊んでいた女の子。

ユウマの父親の同僚の娘であり、歳が比較的近いとしてユウマやデヒューラと一緒に遊んでいることが多いが、基本的にはユウマの背中を追いかけたり、背中に隠れたりしている事の方が多い。

父親がたまに家に仕事の資料を持ち帰ることがあり、その資料を見て古代遺物にちょっとだけ興味を持ったらしい。

 

 

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名前:久遠院(くおんいん) 誠人(まこと)

 

容姿:うなじが隠れる程度に伸ばした黒髪と茶色の瞳を持ち、爽やかな感じの整った顔立ちをしている

体格はわりと細身で少しばかりなよっとした印象を与える

黒のハーフフレームの眼鏡を着用している

 

性別:男

 

身長:174cm

 

年齢:20歳

 

契約獣:いない

 

趣味:武装系古代遺物の研究、コーヒーのブレンドを考えること

 

好きなもの(事):コーヒー、実物の古代遺物を弄ること

 

嫌いなもの(事):古代遺物を雑に扱う人間

 

性格:基本的に人当たりが良く、何事にも気後れしないような性格だが、本質的には心が冷めていて物事を冷静に見ている節がある

 

備考:フィアリム学園区画研究学区に籍を置く新人教師兼研究員。

出身はティエーレンの三大都市の一つ『月詠』で、元々は物作りを生業にしていた一族の出だが、古代遺物のことを知ってからはそっち方面の才能があることがわかり、見聞を広めるためにフィアリム学園区画へと渡り、そこで数多くの知識と技術を修得し、学園区画卒業後も学園区画での職を望んで新人教師兼研究員として籍を置くこととなる。

月詠在住時は緑茶派だったが、フィアリムという都会に来てコーヒーというものを飲む機会があり、そこからコーヒー派になる。

ちなみにブラック派で、今は研究の傍らでコーヒーのブレンドも考えるようになるくらいにはハマっている。

 

 

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名前:コウ・フレイシス

 

容姿:背中まで伸ばした翠色の髪と緋色の瞳を持ち、凛とした雰囲気の端正な顔立ちをしている

体格はそこそこ鍛えているのか、わりと筋肉質である

髪は後ろで一纏めにしている

 

性別:男

 

身長:178cm

 

年齢:20歳

 

契約獣:ラグナ

 

趣味:人間観察、遊び歩き

 

好きなもの(事):小柄で可愛い女の子

 

嫌いなもの(事):面倒事や厄介事

 

性格:常に飄々としていて何事も適当に流すような性格だが、やる時はやるらしい

 

備考:フィアリム学園区画契約学区の歴史を担当する新人教師。

学園区画の卒業生で、両親から騎士団に入るように言われるが、それを回避するべく教師の道を進むと言い張り、実際に教師になってしまった無駄に性能が良い人。

両親はフィアラル王国近衛騎士団所属の騎士であり、剣術や躾にはかなり厳しい家柄なのだが、当の本人は真面目な両親と違って自由に気の向くままに生きてきたつもりなので、自分の道は自分で進むといった感じである。

その人柄故にそれなりの人気を博しているようだが、本人は『小柄で可愛い女の子』が好きだと公言しており、自他共に認める『ロリコン』らしく、普段の飄々とした態度と相俟って生徒からは親近感が湧くとかどうとか…。

 

 

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名前:流星(ながほし) 朝陽(あさひ)

 

容姿:背中まで伸ばした金髪とちょっとつり目気味で鳶色の瞳を持ち、まだあどけなさの残る幼い顔立ちをしている

まだまだ幼さの残る体型

髪型は黒い布でポニーテールに結っている

 

性別:女

 

身長:130cm

 

年齢:10歳

 

契約獣:いない

 

趣味:読書、調べもの

 

好きなもの(事):魚料理、高いところから見る景色

 

嫌いなもの(事):ぐずぐずしてる人、いつまでもいじけてるような人

 

性格:常に強気で負けず嫌いな性格で、正義感が強くて真っ直ぐな一本気の持ち主

 

備考:フィアリム学園基礎学区に所属する少女。

出身はティエーレンの三大都市の一つ『須佐之男』の武家の出で、国家交流の一環で留学している。

幼いながらに腕っ節が強く、男子が相手でも一歩も引くことなく、言いたいことはハッキリと言うので、ちょっとした騒動の種になりやすい。

自分が間違っているなら反省するが、相手の言い分が間違ってたり非があったりするなら絶対に自分を曲げない強い意志を持つ。

武家出身らしく騎士学区を目指して日々研鑽を積んでいるが、得物を刀か剣で迷っているらしい。



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第一話『山籠もり』

 青年と少年の旅が始まって約半年が過ぎようとしていた。

 

 彼らは未だティエーレンにいた。

 

「旅にも先立つモノが必要なんだよな、これが…」

 

 とは、青年の言葉。

 

 中央の三都から離れ、他の大陸に渡ろうと東側の地域に来たまではよかったが、そこで路銀が心許ないことに気付き、しばしの間、路銀稼ぎと少年の修行を行うことにしたのだ。

 

 宿代がもったいないと言って野宿を選んでいるが、山で修行するにもサバイバル技術の向上という面では役立つので基本的に食料も自力で取ることにしていた。

 まぁ、少年の方はまだ戦力外なのと体作りをしている最中なので、主に青年が食料を確保しているのだが…。

 

「一人旅が早くも恋しいぜ」

 

 とは言え、親友との約束を違えるほど腐ってもいないと自負していた。

 

「いいか、"忍"。俺らは日々食料という糧を得ている山や、糧となった命に対して感謝をしなきゃならん。わかるな?」

 

「うん、"ゼロ"おじさん。命を糧にするってことは、その命を奪うことであってその命を無駄にしないようにすること。人も動物も自然も、それに魔獣達も等しく命を持ってるから、それを忘れて感謝を怠っちゃいけない、だからだよね?」

 

「そうだ。命には敬意と感謝を常に持っておけよ。そうでなくなった時、人はその尊厳を失うと俺は考えてるからな」

 

「うん」

 

 少年は青年の言葉に頷く。

 

「あと…」

 

「?」

 

「"おじさん"じゃなくて"師匠"な」

 

 そこだけはどうにも譲れないらしい。

 おじさん呼びがどうにも嫌らしい青年だった。

 

………

……

 

「…………………」

 

 少年の名は『紅神(べにがみ) (しのぶ)』。

 

「すぅ……ふぅ……」

 

 肩に掛かるくらいの黒髪と右は琥珀、左は紫色のオッドアイを持ち、まだあどけなさと幼さが色濃い顔立ちをしており、体格はまだまだ成長途中なのか華奢な部類だが、現在は鍛えてる最中だからか所々引き締まってる…ように見えなくもないが、まだまだプニプニしてる、のかな?

 年齢は9歳なので、まだまだこれからとも言える。

 

 今は人里離れた山奥で、人が元来持っている『気』の扱い方を会得しようとしている。

 

「そうだ。余計な力は抜け。それでいて意識は自分の体内に向けるんだ」

 

 青年の名は『ゼロ』と言い、色々と謎多き人物である。

 

「『気』ってのは俺達が生きてく上で常に体から発せられてる生体エネルギーだ。ま、量は微弱だし、普通の人は知覚することは殆どない。普通に生きる分には知覚する必要がないからな」

 

 背中まで伸ばした金髪と右は赤、左は蒼のオッドアイを持ち、20代前半に見える端正な顔立ちをしており、体格もそれほど特筆した特徴があまりない平凡そうだが、そこそこ鍛えているせいかちょっとだけ筋肉質だったりする。

 何者にも縛られない自由人であり、普段から飄々としていて掴み所のないが、その反面、腕っ節は強く博識で色々な知識を持っている。

 年齢不詳でファミリーネームも不明だが、忍の両親…特に父親とは親友という間柄なのだそうだ。

 ハッキリ言って、とても怪しい人物であるが、忍は父親から紹介されて外の世界の話をよく聞かされていたのでそれなりに懐いており、今は旅を共にしていて師事もしている。

 

「だが、お前は魔獣達と契約したいんだろう? なら、遅かれ早かれ戦いは避けては通れない道だ。だからこそ、今の内に気の扱い方は覚えておいた方がいい。気の基本は身体強化が主流だが、極めれば色々と応用が利き、他の力を得た時の感覚も掴みやすくなるだろう」

 

「…………………」

 

 ゼロの言葉に耳を傾けていながらも体内に流れているだろう『気』を知覚しようと意識を体内に向ける。

 

「(まだ子供のくせに大した集中力だな…)」

 

 忍の集中力にゼロも感心しているが…

 

「(ま、流石にそう簡単には感じられんか。なら、少しだけ手本を見せてやるかな)」

 

 まだまだ幼い忍に手本を見せようと軽い気持ちでいた。

 

 が、それはゼロにとって思いもよらないことに気付かされることとなる。

 

「いいか、忍。これが『気』だ」

 

 ゼロが自らの体内を流れる生体エネルギー『気』を右手に集中させ、それを視覚的に見えるように高密度の圧縮した小さな気の球を忍に見せる。

 

「わぁ…」

 

 それを見た途端、集中していた忍も魅入るようにしてゼロの気の球を見る。

 

「触ってもいい?」

 

「あぁ、いいぞ。但し、注意しろよ? ただでさえお前はまだ『気』を扱えないんだからな」

 

「うん!」

 

 そう言うと、忍はゼロの右手にある気の球をペタペタと触る。

 

「こらこら、あんまそんな風に触んな」

 

 ゼロも忍の触り方を注意しながら、そろそろいいだろう、と気の球を消す。

 

「『気』って温かいんだね」

 

「人の命の波動とも言われてるからな。そう感じるのかもしれんな」

 

「へぇ~」

 

 目をキラキラさせてゼロの話を聞く忍に…

 

「よし。じゃあ、続きだ。気の知覚は一朝一夕じゃ出来んからな。まずは体内に意識を…」

 

 そこまで言った時だった。

 

「ん~…!」

 

 忍が右手に"気を集中させ、小さな…ゼロのよりも小さな気の球を作っていた"。

 

「なに…!?」

 

 その光景にゼロも驚きの表情を見せた。

 

「(嘘だろ!? たった一回、俺の気に触れただけだぞ!?)」

 

 さっきまで集中していたのが嘘のように気の球を作った忍を見ていると…

 

「おじさん! 出来たよ!」

 

 嬉しそうに師であるゼロに報告する無邪気な忍。

 

「あ、あぁ…そう、だな…」

 

 そんな忍に、少し空恐ろしいものを感じるゼロだった。

 

「(おい、親友。お前の息子…なんか、とんでもねぇ天賦の才でも持ってたか?)」

 

 親友の姿を思い出しながら、少し恨めしい気分になったものの…

 

「(いや、こいつにどんな才能があろうと、それを上手く導いてやるのが今の俺の仕事みたいなもんだ)」

 

 すぐさま気持ちを切り替えて、忍の前に屈んで忍の両肩を掴む。

 

「? おじさん?」

 

 少しだけ表情の硬いゼロに忍は首を傾げる。

 

「師匠と呼べ。いいか、忍。お前には間違いなく才能がある。それは俺が保証してやる。だがな…今はその才能を磨く時じゃない」

 

「? どういうこと?」

 

 言ってる意味はわからないが、ゼロの真剣な表情に忍もゼロの眼を見る。

 

「お前の才能はきっと将来役に立つ。それは間違いない。ただ、今のお前はまだまだ成長途中で幼い体のままだ。わかるな? 才能という力を使おうとすると、きっと今のままじゃ体に負荷が掛かり、下手すると完治不能の障害を引き起こす可能性もある。そんなのはお前も嫌だろう?」

 

「う、うん…」

 

 ゼロの真剣な声音に忍もおっかなびっくり気味に頷く。

 

「お前は聡いし、賢い。だからこそ今、釘を刺しておく。俺が許しを出すまでの間、俺や人の真似をするのを禁ずる。ただ、これからも俺はお前に知識や技術を与えていくが、今はまだ使うな。これはお前のためでもあるんだ。だから、約束してくれるな?」

 

 これはゼロが直感的に忍がゼロの気を触ったことで気の扱いを習得したのだろうと考えたからだ。

 だからこそ、自分がそれを許すまで自分や他人の真似をしないように釘を刺していた。

 

 そして、最後の方は優しく忍の頭を撫でて言い聞かせるように言っていた。

 

「よくわからないけど…うん、僕はおじさんを信じる。約束も守るよ」

 

 ゼロの手から伝わる温もりと、その言葉を信じて忍も約束を守ると誓った。

 

「良い子だ。あと、師匠な」

 

 撫でてた手で、ポンと軽く忍の頭を叩いてからゼロも立ち上がる。

 

「さて、思わぬ収穫もあったが、やることは変わらん。気を感じることが出来たのなら体作りの再開だな」

 

「は~い」

 

 元気よく返事をしてゼロの後を付いていく忍だった。

 

「(しかし、こいつと契約するような魔獣達がどんなのになるのか…ちょっと想像がつかんくなったな…)」

 

 ゼロはそのようなことを考えていた。

 

「(ま、契約自体がまだ解明出来てない部分もあるから何とも言えんが……忍も俺と同じ五気使いになるのかもな)」

 

 そんな確信にも似た予感を覚えながらも忍を鍛えるための計画を考えるのだった。

 

………

……

 

 それから数日後のこと。

 

「海を渡るにしても、何処から回るかね…」

 

 深夜、ゼロは忍が眠った頃合いを見計らって考えを纏めていた。

 一人だった頃と違い、今は忍もいるのでどの大陸に渡るか悩んでいたのだ。

 

「近場で言えば、フィアラムが妥当なんだが…リテュアで修行させるのも手なんだよな…もしくはアクアマリナーでもいいか。一番遠いが、ストライムって手もあるか…("奴等"の目を掻い潜るならな…)」

 

 温暖な気候で様々な環境があるフィアラム。

 極寒の環境で厳しめの修行が出来そうなリテュア。

 熱帯の環境で持久力を上げるのに良さそうなアクアマリナー。

 平原ばかりだが、追手のことを考えたら有力候補となるストライム。

 

 ティエーレンでの潜伏もそろそろ厳しいかなと考えてたゼロはそれなりに悩んでいた。

 忍の修行も大切だが、それ以上に忍の身柄を保護することも大切なのだ。

 理由は訳あって忍本人にも秘密にしているが…。

 

「(木を隠すには森の中とも言うが…さてはて、どうするか…)」

 

 そこまで考えると、木々の合間から見える深夜の月を見上げる。

 

「("あいつら"とは別行動中だしな。下手に頼る気もないが…ま、いざとなったら"呼び出す"か)」

 

 そう考えて自らの右腕を見る。

 

「(路銀はそこそこ稼いだし、いつでも動けるが…やっぱ、行き先だよな~)」

 

 忍が山奥で修行してる合間、ゼロは近場の集落に赴いては懸賞金の掛かった魔獣退治を行っていたりする。

 それで得た懸賞金はそのまま路銀として活用するのだが、大陸を渡る船に乗るために必要な硬貨は2人分必要だったので、それなりに掛かってしまった。

 

 というのも近場の集落が少なめで、魔獣退治もそれほど出ていなかったのもあり、雑用なんかも手伝っていた。

 港のある集落に行ってもよかったが、忍もあまり一人にしておくのも危ないと考えて近場でコツコツと集めていたのだ。

 そして、その帰りに食料調達も行わないとならないので、必然的に近場で稼ぐしかなかった。

 そこは一人旅じゃなくなった自由度の低下も要因だが、ゼロは仕方ないと割り切っていた。

 

 さらに忍のことも考えての行き先の選定も最近はこうして深夜に行うことが多かった。

 しかし、それでも堂々巡り…なかなか行き先を決めることが出来なかった。

 いずれの大陸も修行という観点ではティエーレンと並んで別に困らないし、追手を撒ける可能性があるならストライムに行くべきだが、ティエーレンの反対側の大陸故にそれだけ移動に時間が掛かるのも問題だった。

 その間に本来なら気の習得もさせたかったが、先の出来事からそれも断念せざるを得なかった。

 

 が、ゼロには一つの懸念があった。

 

 魔獣退治をする傍らで情報収集もしていたのだが、最近この近辺で傷を負った霊獣らしき生物を目撃したという情報があったのだ。

 霊獣くらいならゼロにとっては大した存在ではないのだが、ゼロがいない時に忍が遭遇しないという保証もない。

 傷を負った獣ほど怖いモノはない、とゼロの経験上は結論付けている。

 

 しかし、間の悪いことに明日は近場の集落に出向かなければならない用事があった。

 それは忍の父親が個人的に雇っている隠密と接触し、忍の書いた手紙と両親からの手紙の交換を行いつつ、色々と情報交換をしないとならないからだ。

 特に次の行き場所についても話さなくてはならないので、ゼロは大いに悩んでいる訳である。

 

「(はぁ~……面倒が起きなきゃいいが…こういう時って確実に面倒事が起きんだよな…)」

 

 ゼロはその経験から面倒事が起きる予感を覚えつつも、"何事もないように"と願わずにはいられなかった。

 

 そして、それは見事に的中することとなるのだった。

 

………

……

 

「じゃあ、ちょっくら行ってくるから、あんまここから離れんなよ?」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

「ん」

 

 忍の声を受け、軽く手を上げることで応えてゼロは出発する。

 

 

 

 ゼロが出発してからしばらくして、忍も日課となりつつある体作りを開始していた。

 

「1、2…1、2…」

 

 入念な準備体操をしてから山道を軽く走り始める。

 

 山道と言っても整備されてる訳ではないので、通れそうな所を走るだけでも色々な筋肉を刺激するにはもってこいなのである。

 それに自然の障害物もあったりするので、咄嗟の判断力を養うには程良い場所とも言える。

 

 そんな山奥の険しい道なき道的なものを走っている時だった。

 

『ウオオオオン!!』

 

 行く先から何やら遠吠えのような声が聞こえてきた。

 

「?」

 

 忍も"なんだろう?"と思って立ち止まってしまう。

 

「…………よし」

 

 恐怖よりも好奇心の方が勝ったのか、声のした方へと歩いていくことにしたらしい。

 それともゼロと一緒にいたためか、危機察知能力が少し鈍感な方になってしまっているのではなかろうか?

 

「(さっきの、遠吠えだったのかな…?)」

 

 そんなことを考えながら進んでいくと、開けた場所が見えてきた。

 

「(ぁ…)」

 

 物陰に身を潜め、目の前の開けた場所を見ると、そこには…

 

『グルルルル…!!』

 

「へへっ、こりゃ上物の霊獣じゃねぇか!」

 

 手傷を負って血で汚れているが、黒の混ざった白銀の毛並みが美しく真紅の瞳を血走らせた狼が、巨漢の男を前に威嚇していた。

 対する巨漢の男は背後に何人かの部下を引き連れて余裕の態度を取っていた。

 

「頭ぁ! こいつ、どうしやしょうか?」

 

「こんな上物、狩らない訳にはいかねぇよなぁ?」

 

『ヒャッハー!』

 

 どうも男達は盗賊の類らしく、狼の霊獣を狩る気でいるようだ。

 

「ま、既に傷物なんだ。多少いたぶっても問題ないだろうよ!」

 

 いくら魔獣達が人に害を成す存在だとしてもそのような非道が許されることはない。

 

「(…………っ)」

 

 男達のやろうとしていることに少なからず怒りを覚える忍だった。

 

 しかし、多勢に無勢。

 狼の劣勢は一目でわかる。

 そこに子供の忍が出て行っても焼け石に水か、下手したらもっと状況が悪くなるかもしれなかった。

 

 そんなことを考えをしていたせいか…

 

ザザッ!

 

「っ!?」

 

 忍は背後から近付いてくる気配に気付くのが遅れた。

 

 

 

 果たして、忍と狼の運命は…!?



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第二話『狼との契約』

 忍が危ない目に遭っていようとしている頃…。

 

 とある集落の酒場前にて…

 

「よぉ、"瞬弐"。元気してっか?」

 

 ゼロが待ち合わせ場所に赴くと、そこには黒装束で身を固めた男が酒場の前に立っていた。

 ちょっと悪目立ちしてる感があるが…。

 

「………………」

 

 そんなこと気にしてないのか…ゼロが『瞬弐(しゅんじ)』と呼んだその男はゼロが来たのを確認し…

 

明香音(あかね)

 

 側にいた忍と同い年くらいの女の子を呼ぶ。

 

「はい、お父さん!」

 

 元気よく返事をする女の子。

 瞬弐と同じく黒装束で身を固めている以外は、普通の女の子と大差ないように見える。

 

「あぁ? 俺が言うのもなんだが…なんで今日は子連れなんだよ? つか、お前に子供がいたこと自体、初耳だわ」

 

 忍を連れてる時はゼロも子連れみたいなもんだから、確かに言えた義理ではない。

 が、ゼロの疑問も尤もで、今日に限って何故瞬弐は子供…しかも自分の娘らしい…を連れてきたのか…?

 

「教える必要性がなかった。しかし、今回は別だ」

 

 その疑問に瞬弐が端的に答える。

 

「今回は別? 俺達が大陸を渡るからか?」

 

 ゼロは今回の情報交換で話題になるだろう議題の一つを提示して確認を取る。

 

「そうだ。俺には俺の事情があり、このティエーレンから出ることは叶わない。あいつとの関係も個人的なところが大きいが、こればかりはどうにも出来ないからな」

 

「まぁ、そりゃそうか……って、もしかして?」

 

 そこまで聞いてゼロは嫌な予感を覚えていた。

 

「明香音をお前達の旅に同行させる」

 

「「えええ!?」」

 

 瞬弐の言葉にゼロと女の子が驚きの声を上げる。

 

「って、なんでこの子まで驚いてんだよ!? お前、ちゃんと説明してなかったのか?!」

 

 自分と同じように驚いた女の子の反応を見てゼロが瞬時に問い詰めると…

 

「説明したら駄々をこねる」

 

 簡潔に答えていた。

 

「そりゃ、普通はそうだろうよ!!」

 

 だったら、ゼロの言葉に素直に聞き入れ、共に旅をしている忍はどうなのだろうか?

 

「これも良い機会だと思った」

 

「何が!?」

 

 瞬弐の表情が読めないのも相俟ってゼロがツッコミを入れる。

 

「主家に仕えるのは俺の代まででいい。娘には自由に生きてもらいたい。それが『百合(ゆり)』の願いでもある」

 

 そんな風に語っていた。

 

「お前、奥さんが…」

 

 野暮なことを聞いたな、と思っていると…

 

「百合は生きている」

 

 そう返していた。

 ※瞬弐の奥さんは普通に生きてます。

 

「おま!? 今の言い方だと勘違いするだろうが!」

 

 勘違いしたのが恥ずかしかったのか、八つ当たり気味に吠える。

 

「そういうものか?」

 

 対する瞬弐は別に変なことは言ってないと言いたげだった。

 

「もうやだ、こいつ…」

 

 どっと疲れた風にゼロがその場にしゃがみ込むと…

 

「えっと…お父さん? もしかして、私って…破門なんですか?」

 

 大人同士の話が途切れたと感じた女の子…『明香音』が父親に声を掛ける。

 

「そうは言わない。が、ある意味ではそうかもしれんな…」

 

 娘の質問に『ふむ、これはなんと説明したらいいのか、少し難しい』とクソ真面目に悩む父親だった。

 

「どっちなの!?」

 

 実の娘からもツッコミが入る始末。

 

「はぁ…どうなるんだろうな、俺の旅…」

 

 ゼロはゼロで前途多難な未来が待ってそうな気がしてならなかった。

 

………

……

 

 一方、その頃…。

 

「あぅ…」

 

 物陰に隠れていた忍だったが、首根っこを掴まれて捕まってしまっていた。

 

「頭ぁ! 近くにこんなガキがいましたぜ!」

 

「あぁん?」

 

 巨漢の男の視線が忍に向けられる。

 

「…………………」

 

 騒がず、ただじっと巨漢の男の眼を見る忍。

 

「ふんっ!」

 

ガスッ!!

 

 その忍の目が気に食わなかったのか、巨漢の男が忍を思いっきり殴り飛ばす。

 

「がっ!?」

 

 思いっきり殴られた勢いで、狼の側まで何度か地面をバウンドして吹き飛んでしまう。

 

『ッ!?』

 

 その光景に手傷を追っていた狼も驚く。

 

「か、頭!?」

「いくらなんでもいきなり過ぎませんか!?」

「ただのガキでしょうに…」

 

 手下の男達がそのようなことを言っていると…

 

「うるせぇ! 気に入らねぇ目をしてやがったから殴り飛ばしただけだ! それにたかが知らねぇガキ相手にガタガタ騒いでんじゃねぇ!!」

 

 巨漢の男は手下の男達を一喝で静める。

 

「うぅ…」

 

 打ち所が悪かったのか、意識が朦朧としていて頭からも少し血が流れていた。

 

「ったく、ムカつくぜ…なんだってガキがこんな場所にいやがる?」

 

「さ、さぁ…?」

 

 忍を見つけた手下の男も何故こんな場所にいたのかはわからなかった。

 

「まぁいい。おい、テメェら。ガキはそのまま始末しちまえ!」

 

「霊獣の方はどうしやす?」

 

「興が醒めた。さっさと毛皮を剥いじまえ!!」

 

『へい!』

 

 手下の男達が返事をすると、霊獣の狼と忍に近寄ろうとする。

 

 が、しかし…

 

『ぐっ!!』

 

 狼を中心に忍がいる範囲までドーム状の結界が発生する。

 

「ちっ…結界か。無駄な足掻きを…」

 

 巨漢の男が舌打ちしつつも狼の状態を冷静に見ながら言葉を漏らす。

 

 実際、狼の霊力がどれだけ保とうが、それほど長い間の展開は無理だろう。

 しかも狼は何故だか忍も結界内に入れている。

 忍を食って回復し、反撃の機会を得ようとしてるのかもしれないが…。

 この大人数を前にそれは賢い選択とは言えない。

 ならば、回復して逃げるつもりなのだろう。

 

「テメェら! 結界を見張ってろ! こんな上物を逃がすなよ!」

 

『へい!』

 

 巨漢の男の命令で手下の男達はドーム状になっている結界をさらに囲むようにして狼の退路を断つ。

 

「これで後はテメェの力が尽きるのを待つだけだな?」

 

『ッ!!』

 

 巨漢の男の言葉に狼もどうするか考える。

 

 側に吹き飛んできた子供(忍)を食えば多少の回復は見込めるが、それだけだ。

 この状況を打開出来るような一手にはならない。

 なら、逃げの一手も考えるが、結界を張った時点でそれは望み薄となってしまった。

 先手を打たれてしまったこともあるが、結界と本来防衛に向いているのであって、こういった時間稼ぎを必要とする状況では悪手になる可能性が高い。

 そして、現に今…結界を張ったことが悪手となってしまっていた。

 

 詰み…。

 

 狼にはもはや打つ手がないと諦めかけていた。

 

 だが…

 

「う、うぅ…」

 

 忍はなんとか立ち上がると…

 

「すぅ……はぁ……」

 

 息を整えていた。

 

『?』

 

 そんな忍の姿を見て狼は首を傾げる。

 

「ぼ、くは…」

 

 ダンッ、と強く足を踏みしめて朦朧としてた意識をしっかりと保つようにして…

 

「僕は…あなた達がやろうとしてることが許せない…!」

 

 子供ながらに感じた感情に任せて吠える。

 

「はぁ? 何を言ってやがる?」

 

 忍の言ってることが理解不能とばかりに巨漢の男が眉を顰める。

 

「霊獣は…こちらから敵意や害意を持たない限り、襲ってはこないはずでしょ……それなのに、そんな欲望にまみれた目で見て…傷まで負ってるのに、大人数で囲んで…」

 

『ッ?!』

 

 その忍の言葉に狼が驚いたように眼を見開く。

 

「はっ! これだからガキはいけ好かねぇんだよ! いいか、ガキ? この世は所詮、弱肉強食! 強い奴が弱い奴等から奪うのが当たり前なんだよ! テメェみたいな綺麗事しか言えないガキに何がわかる?」

 

 忍の言い分を真っ向から否定し、嘲笑う巨漢の男。

 

「そうだとしても…僕は、そんな大人にはなりたくない…!」

 

 そう言い放つ忍の眼には、強い意志が宿っていた。

 

「……気に入らねぇ…」

 

 それを見てか、声のトーンが一段と低くなった巨漢の男は目が据わっており、忍に対して明確な殺意が芽生えていた。

 

「か、頭がキレた!?」

「あのガキ、命知らずな…」

「というか、あの言い方が、な…」

 

 忍の言葉を聞いていた周りの手下達も多かれ少なかれ、その影響を受けて少し殺気立っているようだった。

 

「ガキだと思って軽く見てたが、テメェには生き地獄って"現実"を見せてやらねぇとなぁ…!!」

 

「っ…」

 

 巨漢の男が放つ殺気に忍の足も震えるが、なんとか立ち向かおうと勇気を奮い立たせる。

 

『…………………』

 

 一方で狼の方も忍を見て改めて考えていた。

 

 自分にとってはただの食料以外の何者でもない、ただの子供が…大の大人達を相手に勇気を振り絞って対峙していたのだ。

 しかも霊獣たる自分を庇うかのような言動を取りながら…。

 子供故の純粋さか、それとも他に思惑があるのか…。

 しかし、狼は目の前の子供は前者ではないかと考えていた。

 普通の子供なら泣きじゃくるか、ここから抜け出そうとするに違いない。

 だが、目の前の子供は何かが違う。

 この状況から逃げようともせず、むしろ立ち向かおうとすらしている。

 こんな自分よりも小さな人の子供が…。

 

 そこまで考えると、狼は先程まで考えていた逃げるための一手がバカバカしく思えてきていた。

 こんな非力な人の子供が諦めていないというのに、自分が諦めてしまっては笑われてしまう、と…。

 

『グルルルル…!!』

 

 静かに、だが先程よりも明確な敵意を持って巨漢の男に威嚇を仕掛ける狼。

 

「あぁ?」

 

 息を吹き返したように威嚇してくる霊獣に巨漢の男も少なからず驚く。

 

「ちっ…ガキに触発されたか? だが、その傷でどうやって俺達を追い払う気だ?」

 

 しかし、巨漢の男の余裕は未だ保ったままである。

 数的有利に加え、相手はたかがガキと手負いの狼だけなのだ。

 負ける方がおかしいし、負ける要素は無いに等しい。

 

 そう、奇跡でも起きない限りは…。

 

「僕には…まだまだやりたいことが、たくさんあるんだ。こんなとこで、立ち止まってなんかいられない…!」

 

『グルルルル…!!』

 

 忍の秘めたる想いと狼の生きたいと願う意志が重なる時…

 

カッ!!

 

 それは起きた。

 

「っ!?」

 

『ッ!?』

 

 結界内にいた忍と狼の体を淡く光る白銀のオーラが包み込む。

 

「ッ!! こ、こいつは…まさか!?」

 

 その現象を見て巨漢の男も眼を見開いて驚愕の声を漏らす。

 

「これって…一体…?」

 

『グウゥゥ…』

 

 忍と狼も自分の身に何が起きているのか、把握出来ないでいた。

 

 が、不思議と忍の頭の中にある単語が浮かんできた。

 

「契、約…?」

 

『ッ!!?』

 

 忍の呟きに狼も驚愕の表情をしていた。

 

「そっか……これが…契約なんだ…!」

 

 対して忍の表情は満面の笑みだった。

 

 元々、忍は契約を望んでいたから問題は無いのだが…その相手となった狼はどうするか悩んでいた。

 確かにこの子供のおかげで生きるための足掻きをする決心がついた。

 が、それとこれとはまた別問題である。

 契約するということは少なからずこの子供を認め、自分の相棒として生活を送っていくこととなる。

 果たして、自分にそれが出来るか?

 文字通り、一匹狼として生きてきた自分に…。

 

 そんな不安が伝わったのか…。

 

「ぁ…ごめんね。一人で勝手に喜んじゃって…」

 

 忍が申し訳なさそうに狼に謝る。

 

『?』

 

 何故、謝られたのか、狼はイマイチわからなかった。

 

「そうだよね…僕も君も、まだお互いのことなんて何も知らないよね…。それなのに、契約出来るかもって、喜んでちゃダメだよね。君にも君の意志があるんだから…」

 

『…………………』

 

 忍は狼の意志を尊重するようだ。

 

「でもね。僕は、嬉しいよ。君みたいなカッコいい狼と、契約出来る可能性もあるんだって知って…」

 

 そして、その可能性に喜びも確かに感じていた。

 

「だから、この契約を断ってもいいんだよ?」

 

『ッ!?』

 

 何度目かの驚きである。

 この子供に欲はないのか?と疑うほどに…。

 

 その様子を結界の外から見ていた巨漢の男は…

 

「く、くく…クハハハハハハ!!! お笑い草だぜ!! このガキは契約する機会をみすみす棒に振るんだからよ!!」

 

 大笑いで忍をバカにしていた。

 

「大丈夫。僕は、君の決断を信じるし、根に持ったりなんてしないよ」

 

 そんな巨漢の男の言葉なんて気にしないように忍は狼にそう告げる。

 

『…………………』

 

 狼は忍の表情を見る。

 

「…………………」

 

 忍は微笑んでいたが、その眼はしっかりと狼の眼を見ていた。

 

『…………………』

 

 忍の眼から伝わる確かな覚悟を見た気がした狼は決心した。

 

『ウオオォォォォォン!!!!』

 

 今日一番の遠吠えをしたかと思えば…

 

「ぐっ!?」

 

 その遠吠えを聞いていた忍は急に顔が熱くなる感覚に襲われていた。

 

「あ、ぁあ…!?」

 

 熱く感じる右目辺りを手で押さえてその場に(うずくま)る。

 

 だが、それも数秒で治まったのか、忍が再び立ち上がると、そこには…

 

「……?」

 

 右目辺りから頬にかけて狼の頭部から背中までを表したような刻印が浮かび上がっていた。

 

「『契約紋』、だと…!!?」

 

 この結果には巨漢の男もかなり驚いたようだった。

 

 つまり…契約は成立し、目の前の霊獣は新たな『契約獣』となったことになる。

 

「ありがとう、『天狼(てんろう)』」

 

『礼を言うにはまだ早いぞ。我が主よ』

 

 忍は狼…たった今『天狼』と名付けた…にお礼を言うが、天狼はまだ早いと言ってこの場を切り抜けるために思案する。

 

「そうだったね」

 

 忍もそれに同意しながら考えを纏める。

 

~~~

 

 ここで少し解説を…。

 

 人型が多い妖怪はその必要性から人語を覚えることが多く、霊獣や龍種も長い期間を生きているので人語を介する事が出来る個体も多数いることが明らかになっている。

 しかし、魔獣は基本的に契約して契約獣となり、契約紋を通してから人語を介するケースが多い。

 

 これには諸説あるが、今のところ有力視されているのが、単純に知性の問題である。

 魔獣はその知性が低く、魔法を使えるのもごく一部の知性が発達した個体に限定されるか、契約獣になってからの方が圧倒的に多い。

 他の霊獣、妖怪、龍種の知性は魔獣よりも高く、契約前でも結界や妖術などの類を扱える個体が多い。

 

 しかし、知性が高いとは言え、霊獣や龍種は妖怪のように基本的には人語を必要としない。

 故に魔獣や霊獣、龍種は契約紋を通して人語を理解し、喋れるようになるケースが多い。

 今回、天狼が契約後に喋ったのもそういう理由があったからである。

 

 以上、解説終わり。

 

~~~

 

「(おじさんから禁止されてるけど…この局面だと僕も使わないと、だよね…)」

 

 そう考え、忍も自らの体内に流れる気を感じ始める。

 

「(おじさん…ごめんなさい…!)」

 

 ゼロからの言いつけを破ろうとした、その時…。

 

「そこな肉の塊よ。邪魔じゃ」

 

 巨漢の男の後ろから見知らぬ女性の声がする。

 

「あぁ!?」

 

 いきなり肉の塊だと言われ、巨漢の男も後ろを振り向くと、そこには…

 

「聞こえなかったかえ? 邪魔じゃ、と」

 

 腰まで流れるような銀髪と深紅の瞳を持ち、まるで人形のように整った綺麗な顔立ちをしていて、その均等の取れた体を真紅のドレスで着飾った女性が煩わしげに立っていた。

 

「うほっ、かなりの上玉!」

「頭、そいつは捕まえましょうぜ!」

「げへへ…」

 

 手下達も美女の登場に興奮していたが…

 

「?」

 

 忍は忍でその女性の出現に首を傾げる。

 

『主よ。アレは"人"ではない』

 

「え…?」

 

 忍に耳打ちするような天狼の言葉に忍も改めて美女の方を見る。

 

「ふむ…」

 

 と、その美女と目が合ったような気がした。

 

「まぁよい。さっさと退くがいい」

 

 しかし、すぐに美女も目の前の巨漢の男を無視して通り過ぎようとする。

 

「んだと、このアマぁ…!」

 

 巨漢の男が美女に手を出そうとした瞬間…

 

「ふんっ…」

 

ドガンッ!!

 

 ドレス姿にも関わらず、スッと上げた美脚で巨漢の男の腹を蹴り上げる。

 

「がっ!?!?」

 

 たった一発の蹴りで巨漢の男が近くの大木まで吹き飛ばされる。

 

「身の程を知るがいい、"人間"よ」

 

 侮蔑を込めた視線を巨漢の男に向けた後、優雅にその場から立ち去ろうとする。

 

「…………………」

 

 だが、立ち去る前の一瞬…僅かに忍のことを見た…ような気もする。

 

 その一連の動作があまりに見事過ぎたためか、手下達も忍と天狼も身動きが取れなかったが…

 

『か、頭ぁぁ!?!?』

 

 我に返った手下達が巨漢の男の元へと駆け寄る。

 

「っ! 天狼! 今の内に逃げよう!」

 

『わかった。乗るがいい』

 

「うん!」

 

 包囲が解けたのを好機と見て天狼に跨り、結界を解いてその場から一気に離脱する忍と天狼。

 それに気付いた一部の手下達だったが、手傷を負っているとは言え狼の足に追いつけるはずもなく、追うのを諦めて自分達の頭を手当てするのを優先させた。

 

 

 

 こうして危険から逃れた忍と天狼。

 天狼に指示を出して少し遠回りしてからゼロと共に野宿している場所へと向かったのだった。

 だが、"一難去ってまた一難"という言葉もあるため、ゼロが戻ってくるまでは注意が必要だろう。

 

 それと、あの美女は何者だったのか?

 天狼によれば"人"ではないらしいが…。



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第三話『新たな旅の仲間』

 忍が天狼と契約を果たしたその頃…

 

 近場の集落の酒場では…

 

「酒場に子供を連れ込むとか…この酒場に個室がなきゃ色々とマズいだろ…」

 

 それ以前に子供を酒場に連れてくな。

 

「仕方あるまい。他に個室を借りられる場所がないのだからな」

 

「そりゃまぁ、そうだがよ…」

 

 テーブルに右肘を乗せて手で顔を支えて呆れるゼロを傍目に瞬弐は隣に座るしょんぼりした様子の明香音を見る。

 

「まだ納得がいかんか?」

 

「当たり前です。実質的な破門じゃないですか…」

 

 しょんぼりしながらも恨めしげな眼で実父を睨む。

 

「何度も説明したが、これはお前のためでもあるんだ。別にお前自身は俺のように隠密になる必要はない。お前はお前の道を歩むべきなんだ」

 

「むぅ~」

 

 瞬弐の言葉に頬をぷくっと膨らませて抗議するような表情になる。

 

「お前、相当口下手だな」

 

 その様子を見てたゼロもそんなことを言う。

 

「ふむ…」

 

 無表情ながら悩んでる雰囲気がゼロに伝わってくる。

 

「はぁ…やれやれ…」

 

 そんな瞬弐に呆れながらも…

 

「そろそろ本題に入りたいが、いいか?」

 

 忍のことも考え、早めに本題に移ることにした。

 

「あぁ、わかった」

 

 明香音の視線をものともせず、ゼロの話を聞くことにしたらしい。

 それでいいのか、父親よ?

 

「これが竜也達に渡してほしいあいつの手紙だ」

 

 テーブルに忍の書いた手紙を置いて瞬弐に差し出す。

 

「確かに受け取った。では、こちらからもこれを…」

 

 その手紙と交換するように瞬弐も懐から手紙を出してゼロに手渡す。

 

「ん、確かに受け取った。で、そっちの状況はどうなってる?」

 

 手紙の交換を終えると、今度は情報交換が行われ始める。

 

「あまり良くはない。2人共、ほぼ監禁状態が続いている。幸い、2人は同じ部屋で過ごしているから特に問題はないようだ」

 

「そっか……忍を捜す動きの方は?」

 

 2人の無事が確認出来て少し安堵した表情になるゼロは次の質問に移る。

 

「そちらに関してはこの西地域を中心に捜索する動きが出てきた。北や南も捜索範囲には入っているが、基本はこの西地域になりそうだ」

 

「東って選択肢はなかったのか?」

 

「既に捜索済みだ。上もたかが子供だけだと思っていたが、足取りが思うように掴めないことから第三者の手引きも考えるようになり、今では大陸を渡る可能性も見出してきた」

 

「今頃かよ。対応が遅ぇなぁ…」

 

 ゼロがそんなことを呟くと…

 

「あまり表沙汰にしたくない案件でもあるからな。どうしても後手になりやすいんだ」

 

 瞬弐がすぐさまそう言い返していた。

 

「ま、しばらくはその捜索も出来ないだろうがな」

 

「では、やはり?」

 

「あぁ、俺は忍を連れて大陸を渡る。行き先は…とりあえず、リテュアかな?」

 

「そうか…」

 

 ゼロの言葉に瞬弐も軽く頷く。

 

「それと、竜也と汐乃に伝えておいてくれ。お前らの倅は才能の塊だってな」

 

「? どういうことだ?」

 

「あいつ、俺の気に触れただけで気の扱いを習得しやがった」

 

「なに…?」

 

 その発言に瞬弐も片眉をぴくりと動かす。

 

「時間をかけてじっくり教えるつもりだったんだがな…まったく末恐ろしいガキだよ」

 

 そう言うゼロだが、その表情はなんだか楽しげであった。

 

「……わかった。伝えておこう」

 

「で、大陸を渡った後の連絡手段なんだが…」

 

「先も言ったが、俺が大陸を渡ることは出来ない」

 

「かと言って俺がこっちに戻るとしても時間がかかるし、要領も悪いしな…何よりも旅先で忍一人にするってのが心配だ。変な騒動に巻き込まれないとも限らないし」

 

 ※この時点でもう既に巻き込まれております。

 

「だからこそ明香音を連れて行ってほしい」

 

 そう言って瞬弐は明香音の頭を撫でる。

 

「なんか手段でもあんのか?」

 

「武者修行としてお前の旅に同行させ、定期的に荷物のやり取りを行う。仕送りと土産物の交換だな」

 

 そこまで聞いてゼロも大体のことを察する。

 

「なるほど。それ自体が偽装にもなるか…しかも家族からの荷物ってことならそっちの目も掻い潜れるか」

 

「そういうことだ。それに娘の近況も聞け、さらに情報交換や手紙の交換もしやすくなる」

 

 つまり、武者修行に向かわせた娘の旅先に仕送りと共にこちらの近況や竜也達の手紙も一緒にして送ろうということである。

 そうすることで明香音経由でゼロ達にも情報が渡り、ティエーレンでの状況も把握出来る。

 さらにお返しとして旅先から明香音が実家に荷物を送ることで、今度はゼロ達の近況や情報を瞬弐経由で竜也達にも伝えられる。

 まさか、家族間での荷物を偽装として扱うなどとは夢にも思わないだろう。

 

「ちなみに検品される可能性は?」

 

「無い、とは言い切れないが…疑われる可能性は低いだろう」

 

 大陸を渡った娘と実家を結ぶため、定期的に行われる行為なので疑われる可能性も低いとしている。

 

「わかった。なら、そうするか」

 

 ゼロも瞬弐の案に同意し、その方向で事を進めようと決心する。

 

「明香音。これはお前にしか出来ない任務だ。この者ともう一人と共に大陸を渡り、見聞を広めつつ己の生き方を見つめ直すんだ」

 

 そんな瞬弐の言葉に…

 

「私にしか出来ない…?」

 

 明香音も瞬弐の顔を見上げる。

 

「そうだ。これは主家とは関係ない案件ではあるが、俺にとっては友との約束も守らねばならない。だが、お前は俺のように主家に縛られることなく、己の目と耳で見聞きしたことを糧に己の道を進め。そして、一回りも二回りも成長し、己が信じるに値する主を見極めるんだ」

 

 娘にそのようなことを伝える。

 

「お父さんは…主家に仕えてることを後悔してるの?」

 

 そんな明香音の質問に…

 

「いや、そんなことはない。だが…そうだな。もっと別の選択肢もあったのではないか、と時折考えることもある」

 

 瞬弐はそう答えていた。

 

「…………………」

 

 そんな風に言う瞬弐を初めて見た気がして、明香音は…

 

「……わかった。私、外の世界に出てみる」

 

「そうか…」

 

 その言葉を聞いて瞬弐も少し安堵したような雰囲気を出す。

 

「でも、それはお父さんみたいな隠密になるって夢を諦めた訳じゃないから!」

 

 そんな風に明香音は意気込んでいた。

 

「ま、世界は広いからな…色々と学ぶことも多いだろうぜ?」

 

 その様子を見てゼロもそんな風に言う。

 

「では、明香音のことは頼んだぞ」

 

「あいよ。忍共々面倒見てやるよ」

 

 娘を託してきた瞬弐にゼロもそう答える。

 

「明香音もしっかりと学んで来い」

 

「はい、お父さん!」

 

 父の言葉に元気よく返事をする明香音。

 

 こうしてまたも小さな旅の仲間が増えるゼロ一行でした。

 そして、瞬弐と別れ、明香音はゼロと共に忍の待つ野宿の拠点へと戻るのだった。

 

 忍の身に何があったのかも知らずに…。

 

………

……

 

 ゼロが明香音を連れて山奥の拠点に戻ってくると…

 

「あ、おじさん。お帰りなさい」

 

『………………』

 

 自分と狼の傷の手当てをした後らしい忍と天狼が待っていた。

 しかも忍の顔には契約紋が浮かんでいた。

 

「…………何があった…?」

 

 その光景にゼロは少しの間だけ固まりながらも何があったのかを忍に尋ねる。

 

「………………」

 

 ちなみに明香音は明香音で呆然としていた。

 

「えっと…実は…」

 

 忍がゼロにこの状況の説明をする。

 

 森の中を走っていたら遠吠えが聞こえ、興味本位で見に行ってしまったこと。

 そしたら盗賊の一味と天狼が対峙していて、隠れて様子を見てたが、盗賊の一人に見つかってしまったこと。

 盗賊の頭に殴られ、その勢いで地面に転がって天狼の側まで吹っ飛ばされたこと。

 そんな盗賊に怒りを覚え、自分なりの言葉で立ち向かおうとし、天狼もそれに応えるように立ち上がると契約の儀式が発現したこと。

 それから天狼に自分の気持ちを伝えた後、天狼が遠吠えをしたと思ったら顔が熱くなって契約紋が表れたこと。

 そして、言いつけを破って天狼と共に立ち向かおうとした矢先、突如として謎の美女が現れて盗賊の頭を蹴り飛ばして去っていったこと。

 その隙を突いてここまで逃げてきて、ゼロが来るまでの間に手当てを済まして待ってたこと。

 

 以上の説明をゼロにした忍だった。

 

「よく無事だったな、おい…」

 

 呆れ半分、お怒り半分といった具合の微妙な表情で忍を見下ろす。

 

「ごめんなさい…」

 

 シュンとした様子で忍もゼロに謝る。

 

「しかも知らん内に契約までしちまうとか…お前なぁ…」

 

 だんだんとお怒りよりも呆れの感情が勝ってきていた。

 

「色々とすっ飛ばし過ぎだろうに…」

 

 心底呆れた風に溜息を吐くと…

 

「まぁ、契約しちまったもんは仕方ないけどな。余計な出費がまた増えるなぁ~」

 

 明香音のこともそうだが、"こんな狼まで面倒見んのかよ"、という気分で路銀を確認していた。

 

『…………………』

 

 そんなふざけてるように見えるゼロのことを見て天狼は天狼でゼロのことを警戒していた。

 

「っと、そうだ。それはまた別問題として…忍。今日から旅の仲間がもう一人増えるぞ」

 

 そう言ってさっきから呆然と突っ立ってる明香音に視線を向ける。

 

「ぁ、初めまして。僕の名前は紅神 忍。よろしくね?」

 

「(べにがみ?)」

 

 忍の苗字に少しだけ疑問を抱くが…

 

「ぁ、こちらこそ初めまして。久瀬 明香音と言います」

 

 挨拶されたからには挨拶を返さないと、という感じにお互い自己紹介していた。

 

「えっと…明香音ちゃんって呼んでいい?」

 

「え? えぇ、別にいいけど…」

 

 呼び方なんて特に気にしてなかったから頷く。

 

「明香音ちゃんっていくつ?」

 

「9歳になったばかりよ」

 

「じゃあ、僕と同い年なんだね」

 

 同い年だとわかり、ニコニコする忍はさらに質問をする。

 

「明香音ちゃんはどうして旅を?」

 

「お父さんに世界を見て自分の道を探すように、って言われたから…」

 

「そうなんだ」

 

「あなたはどうなの?」

 

「僕は…外の世界を見たかったら、おじさんと旅してるんだ。それと契約にも興味があったし」

 

「そう…」

 

 とても同い年とは思えない理由に明香音は不思議な感覚を覚えていた。

 

「(さっきのお父さん達の会話からすると…この子が捜索対象? でも、どうして…?)」

 

 ゼロと瞬弐の会話を側で聞いてたこともあり、明香音は目の前の忍が捜索対象だと考えたが、その理由はわからなかった。

 

「(それに、『べにがみ』って…なんか引っ掛かるような…)」

 

 明香音の表情が少しだけ険しくなったのを見て…

 

「? どうかしたの、明香音ちゃん?」

 

 忍が尋ねると…

 

「あ、いえ…なんでもないわ(多分、気のせい…よね…)」

 

 明香音もふるふると首を横に振った。

 

「さて、お前ら…雑談もその辺にしてよく聞け。俺達はこれから北の大陸『リテュア』に向かう」

 

 パンパンと手を叩いて注目を集めるとゼロがそのように言う。

 

「リテュア…確か、寒い大陸なんだっけ?」

 

 忍が目をキラキラさせながらゼロに尋ねる。

 

「あぁ。そのために防寒対策は必須だな。港町で色々と買い込まないとな。三人分の防寒着に長持ちしそうな食料とかな…」

 

「まぁ、念入りな準備は必要ですよね」

 

 ゼロの言葉に明香音も同意する。

 

「特にお前ら2人と、狼は初めて大陸を渡ることになるだろうしな。準備しておいて損はない」

 

 忍と明香音、天狼にとって初めての体験になるだろう。

 

「港町ってことは船で移動するんだよね?」

 

「そういうことになるな」

 

「天狼もちゃんと乗れるよね?」

 

 船旅も楽しみではあるが、天狼が乗れないのではと心配する忍だった。

 

「そこは大丈夫だ。昔はともかく、今はちゃんと契約獣って証明出来るなら船に乗れるからな。まぁ、顔に契約紋が浮かんじまってるお前なら問題は無いだろうさ。それにそこの狼も喋れるようになってるだろ?」

 

「それは…うん」

 

「なら、堂々としてりゃいいんだよ。俺もフォローしてやっから」

 

 そう言って忍の頭をポンポンと撫でてやる。

 

「さて、そうと決まればさっさと移動するか。忍達の遭ったっていう盗賊共と遭遇しても嫌だしな」

 

 そう言って野宿の後始末を始めるゼロと忍、明香音だった。

 

「(やれやれ…勝手気ままの一人旅だったはずなんだが…親友の頼みで二人旅になり、そして今度は三人と一匹の旅とはな…)」

 

 ゼロはこの子連れ+一匹の旅を考えて少し気が滅入った。

 

「(ま、なるようにしかならんか……ついでにこの2人を一緒に鍛えてやるとしますかね)」

 

 相手がいることで共に切磋琢磨していくだろう、という魂胆も少なからずあった。

 

「(しかし、忍が霊力を得たのはいいが…狼の先天属性はどうなんだ?)」

 

 ふと気になってので…

 

「なぁ、狼君よ。君の先天属性はなんだい?」

 

 直接聞いてみることにした。

 

『何故、お主に我が先天属性を教えねばならん?』

 

「だって、俺は忍の師匠よ? 弟子の力を把握するのは当然っしょ?」

 

『むぅ…』

 

 その言葉に天狼は言葉を詰まらせる。

 

「ほら、言っちゃいなよ。どうせ、忍にだって教えないとなんだからよぉ~」

 

『…………………』

 

 ゼロが天狼の頬を指でグリグリして追求していると…

 

『我が先天属性…それは"迅雷"と"疾風"だ』

 

 折れたらしく天狼が自分の先天属性を告げる。

 

「迅雷と疾風か。ふむふむ…」

 

 それを聞いて何度か頷くゼロだったが…

 

「って、お前…"上位個体"じゃねぇか!?」

 

 天狼が『上位個体』であることに驚いていた。

 

~~~

 

 ここで、再び解説を…。

 

 用語説明の先天属性の項目を見て頂いた方はご存じだろうと思うが、この先天属性というものは原則的に魔獣達一体に対して必ず一つは備わっているものである。

 

 が、稀に二つ以上の先天属性を持って生まれる個体も存在する。

 そういった複数の先天属性を持つ個体のことを『上位個体』と呼ぶ。

 

 この『上位個体』は非常に数が少なく、且つ珍しいので上位個体と契約を結べたケースも数える程度しかない。

 しかし、大抵の場合は契約した者がその契約獣が上位個体であることを隠すこともあるので、正確な数はわかってはいないのが実情である。

 

 それだけ上位個体というのは貴重で、一体で複数の属性を得られるのはそれだけで強みとなる。

 上位個体と契約しても一つの属性しか使わなければ、それだけで情報を隠せる。

 大抵の場合、属性は一つしか持てないので、そういった思い込みを突いた戦術を取る者も中にはいる。

 

 総じて珍しく貴重であり、遭遇する確率もそんなに高くなく、それと契約するとなるとさらに確率が低下するような稀少な存在。

 

 以上、解説終わり。

 

~~~

 

「マジかよ…」

 

『ここで嘘を吐く必要性はあるまい』

 

「まぁ、そりゃそうだが…」

 

 すると…

 

『お主こそ"人のことは言えぬ匂い"をしているようだが…?』

 

 天狼がゼロを見てそう言う。

 

「……さて、何のことやら…」

 

 明らかに白を切るゼロに…

 

『我が鼻を舐めるな。お主こそ…』

 

「ストップ。わかった、わかったよ。そこは認めてやる。だから、それ以上は言うな」

 

 天狼が何かを言いかけ、それを制止するようにゼロが言葉を遮る。

 

「ま、俺にも俺の事情があんだよ。今は"あいつら"とも別行動の身だし、あんま詮索しないでくれると助かる」

 

 そう言って天狼の側に座って野宿の後始末してる忍と明香音の様子を見てると…

 

『我が主との関係は…?』

 

「あいつが望む限りは続くさ」

 

『つまり、いずれは…』

 

「さてな…そればかりわからん。未来を見通せる訳でもないしな」

 

 そんな意味深な会話をしていたが、ゼロの方がはぐらかしてるようにも見えた。

 

「ま、もしもそうなった時、あいつになら………」

 

『…………………』

 

 その先は天狼にも聞こえなかった。

 

 そうして野宿の後始末を終えたゼロ達はリテュアへと渡る準備を行うために港町へと向かうのだった。

 

 

 

 天狼とゼロの会話…その意味とは、何か?

 未だ明かされないゼロの素性に関係があるのか?

 

 そんなことなど露知らず、忍はまだ見ぬ地へと想いを馳せるのだった。



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第四話『いざ、航海の旅へ』

 天狼と明香音という新たな旅の仲間を加えてから数日後。

 

 ゼロ達一行は港町へと到着していた。

 

「うわぁ~…」

 

 港町に到着した忍は目をキラキラさせていた。

 

 異国の服を着た旅人や契約獣と思しき獣達。

 異国から流通された珍しい物品の数々。

 活気溢れる町の様子。

 

 そのどれもが忍の興味を抱かせるには十分だった。

 

「興味を抱くのは良いが、今日は午前中に買い出しを終わらせて、夜に出航する船に乗らないとなんだからな?」

 

「はぁ~い…」

 

「まずは防寒着だな。皆の寸法を確かめて買わないとならないからな」

 

 リテュア滞在中は必須になるだろうからな、とゼロは忍達を連れて港町を散策する。

 散策してる間、微妙に視線を集めているが…おそらくは忍の顔に表れた契約紋のせいだろう。

 が、ゼロは特に気にした様子もなく、歩き続けて…

 

「っと、ここがいいかな?」

 

 そう言って立ち止まったのは、ちょっとだけお高めな感じのする仕立て屋だった。

 

「天狼は外で待っててね」

 

『御意』

 

 そう答えて入り口近くの柱の前で寝そべる天狼だった。

 

「いらっしゃい。子連れかい?」

 

 ゼロ達が入ると、恰幅の良い親父さんが出迎えてくれた。

 

「まぁ、見ての通りだ。ちょっとリテュアまで行くんでこいつらの寸法を測ってもらいたいんだよ。あ、別に作ってくれとは言わないぞ? 市販の物でサイズが合えば、それを見繕ってくれれば問題ない」

 

 ゼロが親父さんに注文をしながら自分用の防寒着を探す。

 

「わかりました。ふむふむ、男の子と女の子ですか……それにしてもリテュアとはまた子供に厳しそうな環境の大陸に渡るんですな」

 

 そう言いつつまずは忍の寸法を測り出す親父さん。

 

「ま、色々とあってな。他の大陸にも渡る予定ではあるが、まずはリテュア辺りに行ってみようかなってね」

 

「そうですかい。にしても、なんですか? この子の顔にある模様は?」

 

「契約紋だよ。困ったことに知らん内に契約されててな…」

 

「へぇ~、こんな小さいのに大したもんだ」

 

 忍の顔の模様が契約紋だということに驚きながらも忍の寸法が測り終わると、今度は明香音の寸法を測る。

 

「ちなみにお子さん達はおいくつで?」

 

「どっちも9歳だよ。ま、男の方は早生まれだが…」

 

「え…?」

 

 今のゼロの発言に明香音が忍の方を見る。

 

「なら成長具合も考えて少しだけ大きめにしときましょうかね?」

 

「そうだな……ん~、そうしとくか」

 

 そんな明香音の反応など無視してゼロと親父さんは会話を続ける。

 

「それじゃあ、こちらとこちらで如何でしょう?」

 

 寸法を測った後、忍と明香音に似合いそうな防寒着を親父さんが選んでくれた。

 

「ふむ。青と赤のコート状か…悪くないな」

 

「あとは…」

 

 親父さんが他にも見繕うとしたら…

 

「いや、そのコートだけでいいよ」

 

 ゼロは意外にもそんなことを言う。

 

「は? しかし、リテュアと言えば極寒で有名でしょう? 他にもあった方が都合がいいのでは?」

 

 親父さんの言は正しく、コート類だけでは寒さを凌ぐには厳しいだろう。

 

「大丈夫だって。こう見えて俺ってば、魔法使いなんだぜ? 烈火系の補助魔法を使えばコート一枚でも十分なんだよ」

 

「ははぁ、なるほど。そうでしたか…」

 

 ゼロの言葉を聞き、少し残念そうな表情をする親父さん。

 

「すまんね。良い客になれなくてよ」

 

「まぁ、コート類を買ってもらえるだけでも良しとしましょう」

 

 だが、そこはすぐに切り替えたらしく、買ってもらえただけでも良しとするらしい。

 

「大人用一着に子供用二着だから、銀貨11枚になりますよ」

 

「銀貨11枚ね。あいよ」

 

 親父さんに代金を支払い、コート類三着を受け取る。

 

~~~

 

 ちなみにこの世界の通貨は金貨、銀貨、銅貨の三種となっている。

 金貨一枚で銀貨100枚相当、銀貨一枚で銅貨10枚相当となっている。

 現実世界での日本円換算で言えば、銅貨一枚で100円、銀貨一枚で1000円、金貨一枚で10万円くらいの価値があると考えてくれればいい。

 

~~~

 

「まいどあり~」

 

 その声を背中に受け、ゼロ達は外に出る。

 

「ねぇ…」

 

 明香音が忍に声を掛ける。

 

「なに?」

 

「早生まれなの?」

 

 その問いに…

 

「ん~、そうなるかな?」

 

 あっけらかんと答える。

 

「じゃあ、ちょっとだけ年上じゃないの!」

 

 まぁ、これもある意味では当然の反応だろう。

 

「まぁまぁ、そう気にするな。一年を通してみれば、同じ年ではあるんだからよ」

 

 と、ケラケラと笑うゼロがそんな風に言う。

 

「そんなの屁理屈じゃない!」

 

「ん~…そんなに気にすることかな?」

 

 明香音の言葉に忍は首を傾げる。

 

「私みたいな年下にこんな風に言われて平気なの!?」

 

「僕は気にしないけど…」

 

 器が大きいのか…はたまた天然な発言なのか…少し判断に困るところである。

 

「ともかく、次は食料だ。食料。出来るだけ保存食を中心に買い込むか。船ん中でも食事は出るし…向こうに着いた時のことを考えて買わないとな」

 

 見てても良かったが、夜には出航する船に乗らなければならないので子供の言い合いを中断させて次の目的の場所へと歩き出す。

 

「あ、おじさん、待ってよ」

 

「もぉ~!」

 

『移動か』

 

 そんなゼロを追いかけるように忍、明香音、天狼が続く。

 

………

……

 

 そうこうして保存食を少し多めに買い込み、リテュア行きの船へと乗り込むことになったのだが…。

 

「はぁ…この子が、この狼の契約者…」

 

 乗組員のお兄さんが困ったように忍を見下ろす。

 

 どうも乗船の際に忍が天狼の契約者というのが疑われてるらしい。

 

『貴様…我が主を疑うのか?』

 

「お前もお前で威嚇すな。兄さん、新人かい?」

 

 これじゃあ、忍よりもゼロの方が主人に見えてしまいそうである。

 

「えぇ、最近雇ってもらえて…」

 

「なら仕方ねぇか。契約獣を見るのは初めてじゃねぇんだろ?」

 

「それは、はい。研修の時に先輩が対応してるのを見てましたし、先輩方の中には契約者もいますので」

 

 新人の乗組員がそう言うと…

 

「じゃあ、よく見な。忍の顔にある契約紋は狼の意匠が色濃いだろう?」

 

「はい」

 

 改めて忍の顔を見る新人の乗組員。

 

「他に契約獣もいないし、この中で契約紋を持ってるのは"忍だけ"だ」

 

「?」

 

 ゼロの言葉に忍が不思議そうな反応を見せるが…

 

「そう、ですね」

 

 新人の乗組員もゼロの言葉に頷く。

 

「つまり、そういうことさ。わかったら通してくれないか? こっちもちゃんと料金払ってるしな」

 

 ゼロが隠れて忍の口を片手で塞いでいると…

 

「わかりました。では、船室番号は…」

 

 新人の乗組員もゼロ達が宿泊する船室の番号を伝える。

 

「あんがとな。ほら、お前らも行くぞ」

 

 船室番号を聞くと、ゼロを先頭に忍達も船内へと歩いていく。

 

~~~

 

 大陸間の移動は基本的に船である。

 時間はそれなりに掛かるものの、大陸間での移動には欠かせない移動手段となっている。

 

 運賃は金貨約一枚とそれなりの費用が掛かるが、大陸を渡るのだからそれでも安い方だと思う。

 ちなみに契約獣を連れていると追加で銀貨数枚程度を支払うことになる。

 但し、妖怪に関しては人の姿をしている場合に限り、人間と同じ額の運賃を請求されることもある。

 

 また、海に生息する魔獣達のことも考え、大陸間を渡る船には最低でも契約獣と契約した乗組員が10名ほど詰めているのが一般的である。

 但し、これはあくまでも目安であり、小型は1人か2人、中型は3~5人程度、大型が10人以上という具合になっている。

 大陸間を渡る船は輸出入品などの物資を運ぶこともあるので、基本的には大型のことが多く、専属契約したか国家所属の契約獣と契約者が常駐している規則がある。

 

 余談だが、現在はリデアラント帝国が古代文明の解析から飛行船などの研究もしており、遠くない未来において空の旅も夢ではない、としている。

 が、安全面や空を飛ぶ魔獣達のことなども考えてまだまだ先の未来になるだろうとの見解が強い。

 

~~~

 

 指定された船室に着き、船室内で一息ついていると…

 

「ねぇ、おじさん」

 

「ん~、なんだ?」

 

「"おじさんにも契約紋ってある"よね?」

 

 忍は不思議そうな顔でゼロに尋ねる。

 

「そりゃそうだが、"今は連れてない"しな。余計な混乱を防ぐ処世術ってやつだ。第一、契約紋なんて"俺の体に見えてない"だろ?」

 

 そう言ってゼロが自らの服の袖を捲ると、そこには契約紋がなかった。

 

「あれ?」

 

 一度だけゼロの契約紋を見たことのある忍も首を傾げる。

 

「クク、魔法で隠蔽してんだよ」

 

「へぇ~」

 

 そんな会話の横で…

 

「…………………」

 

『…………………』

 

 明香音と天狼がゼロを冷たい目で見ていた。

 

「なんだよ、お前ら…その冷たい目は?」

 

「いえ…」

 

『別に…』

 

 そう言って明香音と天狼はスッと目を逸らす。

 

「まぁいいさ。船内だとあんま動けねぇしな…目立っても困るし…」

 

 本来なら長い船旅の中で忍に気の扱い方を習得させようとも考えていたゼロだったが、忍の思わぬ才能でそれも出来なくなってしまっていた。

 

「まぁ、他の力ってのは気を扱えるようになれば、似た要領で契約紋を通してわかるもんだしな…(こいつの才能を加味すれば、それも数日中に習得するだろ。となると問題は、制御の仕方かな?)」

 

 ゼロは改めて忍育成の方針を決めていると…

 

「(ついでだし、この娘っこにも気の扱い方を教えておくか……瞬弐辺りからもう教えられてそうな気もするが…)」

 

 ついでとばかりに明香音も鍛えようと画策するのだった。

 

「あ、そうだ。お前ら…船内では必ず三人一緒に行動しろよ? 俺が側にいる時はともかく、お前ら…特に忍と天狼は一緒じゃないと色々と面倒なことになるからな」

 

 すると思い出したようにゼロはそう指示を出していた。

 

「面倒なこと?」

 

「どこぞのバカな輩がちょっかいを掛けてくるかもしんねぇからな。そういうのは無視しろ、無視。明香音もその辺は気を付けて見てやれ」

 

 忍が尋ねると、ゼロは簡潔にそう言い、明香音にも気を付けるように言い含める。

 

「いいか、お前ら…今から言うことをよく覚えておけ。魔獣達と契約したからって言ってそれがイコール偉い、ってのは大間違いだ。わかるな? 俺達は契約獣から力を貸してもらってる身であり、魔獣達もまた契約することで比較的安全に人の世界に溶け込めるようになってるんだ。つまり、互いが互いを補い合ってるようなもんだ。それをどう勘違いしたのか…契約したからって自分の力だと思い上がって好き放題やりたい放題する輩も世界にはいる。これは俺が世界を渡り歩いてきたからこそ言える事実だ。ま、そういう輩には相応の末路があるが…それはお前らが知ることじゃないから捨て置け。で、重要なのは契約をしたからには契約した相手の信頼を裏切らないようにすることだ。どんな相手にでも……まぁ、ほんっとうにどうしようもねぇ奴は除外するが……とにかく相手を蔑ろにするような大人にはなるなってことだ。それは人も魔獣達も変わらない、と俺は考えている」

 

「「…………………」」

 

『…………………』

 

 ゼロの主観が大部分を占めてはいたが、ゼロの語る真面目な話に忍達は真剣な表情で聞いていた。

 それは契約獣となった天狼も例外ではなかった。

 

「この先、また新しい出会いがあるかもしれないし、別れも体験するだろう。大人になっていくってのはそういうことの繰り返しだ。お前達の成長につれて色々な出来事もあるだろう。だがな…その中でも決して忘れてはならないでほしいこともある。それが"絆"だ。誰とでもいい…親兄弟、友人、恋人、契約獣…様々な存在との絆を大事にしてほしいんだよ。それがいつか挫けそうな時、もしくはそうなってしまいそうな時にきっと役立つ。ちゃんと結んだ絆は、嘘をつかないからな。だが…」

 

 ゼロは少しだけ仄暗い表情を見せると…

 

「中にはその絆を踏みにじるような奴とも相対することもあるかもしれない。そういう奴ってのは…大抵、自分とは相容れないものだからな。だが、拳を交わさないとわからないことも確かにあるのも事実なんだよ」

 

 そのように語っていた。

 それはまるで自分の昔話でもするかのように…。

 

「だからこそ、俺はお前らに俺の持てる技術を叩き込む。今の忍には気と霊力の制御の仕方に加えて霊術や結界術に関することを、明香音には気の扱い方をな。お前らがこれからの旅の先々で契約でもしたら、また修行内容を変えないとだがな」

 

 そう言ってゼロはいつもの表情に戻って忍と明香音の頭をワシワシと撫でる。

 

 すると…

 

ボオオォォォ…!!!

 

 いつの間にか時間が経っていたらしく、窓の外は夜になっていて出発の汽笛が鳴り響く。

 

「遂に出発だ。しばらくは故郷に帰れないものと思えよ」

 

 こうしてゼロ達の船旅が始まった。

 

 船旅の最中は主に船室内での力の制御技術の向上に重点を置いていた。

 ゼロの読み通り、忍は数日で霊力の出力の仕方をマスターし、今ではそれらの制御技術を高める方向へとシフトしていた。

 狭い船内での制御の仕方の練習は忍も最初は難航していたが、徐々にコツを掴んでいったのか、今はゼロの補助無しで制御を可能とする程までになっていた。

 その忍の上達振りにゼロはもう驚き疲れた様子だったらしい。

 

 一方の明香音の場合は実家での下準備もあってか、気の扱い方を習得した。

 但し、忍に比べたら船旅も後半のリテュアに入港する直前頃での習得になってしまったが、それでも気を習得する者としては早い方だとゼロは認識している。

 しかも忍と同年代でだから才能もあるのではないかとも考えている。

 本格的な気の訓練はリテュアでの宿が決まってからやるとお達しがあった。

 

 

 

 そして、舞台は…極寒の大陸へと移る。

 そこではどのような出会いが待っているのか…?



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第五話『小さな出会い』

 五大陸の北に位置する極寒の大陸『リテュア』。

 大陸全土が白銀の世界に覆われた地。

 

 その南側に点在する唯一の港町にゼロ達は降り立つ。

 

「流石にやっぱ寒いな」

 

 何度来てもやはり寒いものは寒いんだな、と笑うゼロを他所に…

 

「明香音ちゃん、この時期なのに雪だよ! 雪!」

 

 忍はこの時期に見る雪に興奮していた。

 

「流石は極寒の大陸と言われるだけありますね……くしゅん…」

 

 魔法で防寒コート内を暖かく保っているとは言え、やはり雰囲気的にも寒いらしく明香音は可愛らしいくしゃみをする。

 

「大丈夫?」

 

「え、えぇ…平気です。ちょっと鼻がムズムズしただけですから…」

 

 そんな明香音を心配して顔を覗き込む忍を見て…

 

「ふむ、顔が無防備だったか。俺はあんま気にしたことないからうっかりしたな…」

 

 と言ってゼロは港町を軽く散策することにした。

 こうして忍と明香音には追加で帽子とマフラー、手袋、ブーツを近くの仕立て屋で買って装備させることにしたゼロだった。

 ちなみに費用は銀貨10枚程度くらい掛かったらしい。

 

「これで子供組はいいとして…天狼、お前は平気か?」

 

『流石にこの寒さは堪えるが…結界術を応用すれば外気と触れる面も少なく出来るし、何とでもなる』

 

「流石は元霊獣だな。霊力の扱いを心得てる」

 

『当たり前だ』

 

 当然とばかりに天狼は胸を張る。

 

「さてと…今後の行動についての会議もしたいし、近くの茶店に入るか」

 

 そんなゼロの発案で仕立て屋の側にあった茶店に入る。

 天狼は外で待機だが…。

 

「さて、思わぬ出費もしたし…俺は魔獣討伐でもして稼ぎたいとこだが…残念ながらこのリテュアではそれも難しい」

 

 席に着くとゼロは適当にコーヒーとホットココア二つを注文してから話を切り出す。

 

「そうなの?」

 

「あぁ、この大陸では大抵の場合、耐寒能力を備えている魔獣が多いんだが、こんな寒い中を積極的に動こうって魔獣はそうはいないんだよ。だから"地上"での被害や討伐なんかは比較的少なめなんだよな」

 

 忍の問いにゼロはそう答えていた。

 

「"地上"?」

 

 明香音はゼロの言葉の中で引っ掛かる物言いに疑問符を浮かべる。

 

「あぁ、この大陸では古代文明の遺跡が地下に埋まってるケースが多くてな。そこに魔獣達が住み着いてるってこともよくあることなんだよ。だから魔獣討伐の場所は地下遺跡が多いんだよ」

 

「へぇ~」

 

「……詳しいんですね…」

 

 ゼロの説明に忍は感嘆の声を上げ、明香音はちょっと驚いたような声を上げる。

 

「ま、伊達に一人旅を続けてる訳じゃなかったからな」

 

 今じゃ子連れだしな、とボヤいていたが、それは聞き流された。

 

「お待ちどうさま~」

 

 ウェイトレスの女性が注文していた飲み物を持ってきてくれた。

 

「あんがとさん。ねぇ、お姉さん」

 

 するとゼロがウェイトレスの女性に声を掛ける。

 

「ん~? ナンパなら子供のいない時にしなよ?」

 

「子供いなきゃいいのかい?」

 

「ん~…お兄さんの気持ち次第?」

 

 そんなやり取りの後…

 

「なんだ、そりゃ…ってのは置いといて。"帝都との道は出来たのかい"?」

 

 ゼロは少し真面目な口調で尋ねる。

 

「あら、お客さんはこっちの出身かい? 最近になってようやくこの港町にも"道"が出来てね」

 

「いや、出身ではないが…旅の期間が長くてね。それで何回かこの大陸にも来たことがあるんだよ。それで"道"のことも知ってるんだよ」

 

「そうだったの。大変じゃない?」

 

「まぁな。でも、面白いからやめられないんだよ、これが」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべて答えるゼロに…

 

「変わった人ねぇ」

 

 ウェイトレスの女性は若干呆れたようにその場から去る。

 

「「"道"…?」」

 

 ゼロとウェイトレスの女性の会話に疑問符を浮かべる忍と明香音。

 

「この国が研究してる『古代遺物(アーティファクト)』ってやつの技術を応用して作られた門のことさ。確か、転移系古代遺物の技術を今の世に応用した代物さ」

 

「「???」」

 

 2人にはまだ小難しいことはわからないようだ。

 

「要するにその門を通れば、その門と繋がった別の場所に行けるってことだ」

 

 かなり噛み砕いて説明する。

 

「へぇ~」

 

「そんな移動法があるなんて…」

 

「ま、今んとこはこの大陸限定の移動法だけどな」

 

 感嘆したり驚いてたりする2人にそう言ってゼロがコーヒーを一口飲む。

 

「その門を潜って帝都まで行くの?」

 

「そういうことだ。ただ、通行料があったはずだが…さて、いくら掛かるのやら…」

 

 忍の質問に答えつつゼロは持ち金を確かめる。

 

「ん~…ここでの滞在費を込みに考えて……まぁ、なんとかなるだろ」

 

 真面目に考えていたようだが、最終的には楽観的な物言いになっていた。

 

「あったかいね」

 

「そうですね…」

 

 そんなゼロの言葉など聞いてなかったのか、忍と明香音はホットココアを飲み合っていた。

 

「お子様は気楽でいいね」

 

 そんな2人の様子を横目に見つつゼロもコーヒーを飲むのだった。

 

………

……

 

「ご馳走さん」

 

「は~い、また近くに来たら寄ってね」

 

 代金を支払い、茶店を後にしたゼロ達は…

 

『話は終わったのか?』

 

 茶店の外で待っていた天狼と合流した。

 

「あぁ、門を潜って帝都に行く。それが最短であり、最速でもあるしな」

 

『門…やたら魔力が集まっている所があるようだが…そこか?』

 

「多分そこだな」

 

 天狼もただ待っていた訳ではなく、鼻による索敵を行っていたようだった。

 その地点へと向けて足を運ぶと…

 

「わぁ~」

 

「これは…」

 

 港町の北へと着き、門がその姿を現す。

 柱が二本並び、柱の天辺には淡く光る宝石のような物体が置かれており、その間を何やら魔術的な魔法陣が展開されていて煌々と輝きを放っていた。

 

「ま、一応は徒歩というか、乗り物を借りるルートもあるんだがな」

 

 驚いている忍と明香音の横からゼロが付け足すように柱の左右を見る。

 見れば、柱の外側にも道があった。

 

「今はこんな移動だけで時間をかけてられんからな。それはそれで修練になりそうだが…それはそれ、これはこれ、ってな」

 

 ゼロにはゼロの思惑があるようだった。

 

「さ、お前ら行くぞ」

 

 ゼロを先頭に門の前まで行くと…

 

「止まれ」

 

 防寒鎧を着た騎士風の男に呼び止められる。

 

「はいはい、通行料とかかい?」

 

「やけに物分かりがいいな……そうだ。大人一人に子供二人、そして契約獣が一匹…ん?」

 

 騎士風の男は眉を顰めて天狼を見る。

 

「おい、この契約獣の契約者は貴様か?」

 

 そう言ってゼロに聞くが…

 

「いんや、俺じゃないぜ? てか、全員の顔見りゃ誰が契約者かわかるだろ?」

 

 肩を竦めてそう答えると忍を見る。

 

「?」

 

 首を傾げる忍の顔には契約紋である狼の刻印がくっきりと浮かび上がっている。

 まぁ、今はマフラーをしてるから見えにくいかもしれないが…。

 

「なっ?! まさか、こんな子供が契約者だというのか!?」

 

「そりゃ世の中そういうこともあるっしょ? 第一、俺に契約紋なんて無いですし」

 

 飄々とした態度で言い切るゼロだった。

 ※真っ赤な嘘です。

 

「ぬぅ…ならば仕方ないか…ちゃんと躾けてあるんだろうな?」

 

『(イラッ)』

 

 そう聞いてきた騎士風の男に対して微妙に殺気を出そうとした天狼だったが…

 

「? 天狼は良い子だよ?」

 

『我が主よ…』

 

 忍の言葉に毒気が抜かれた様子になってしまう。

 

「ふんっ…ならいいが……帝都には何をしに行くんだ?」

 

「観光みたいなもんですよ。しばらく滞在して帝都にある古代遺物の博物館にでも繰り出そうかなってね」

 

「ほぉ、随分と詳しいんだな?」

 

 ゼロの受け答えに騎士風の男も少し怪訝な目で見ると…

 

「まぁ、旅が長いんでね」

 

 ゼロはそよ風でも受け流すかのように自然体で流す。

 

「…………いいだろう。大人は金貨1枚、子供2人で銀貨80枚、契約獣が銀貨20枚分だ」

 

「合わせて金貨2枚ね。随分と高いんだな…」

 

「維持費やメンテナンスなどもあるのでな」

 

「そうかい」

 

 そう言ってゼロは金貨を2枚、騎士風の男に手渡す。

 

「帝都へようこそ。異邦の方々よ」

 

 その声を背にゼロ達は魔法陣の中へと入っていく。

 

………

……

 

・帝都『リティア』、港町方面転移門前

 

「わっわっ…景色がもう違うよ!?」

 

「これが…転移門…」

 

「ふむ…俺も転移門での移動は初めての経験だったが…凄いな」

 

『あまり寒くない…?』

 

 四者四様の驚き方をしていると…

 

「はいはい。後がつかえるかもしんないから早く移動してくださいね」

 

 今度は騎士風の女がゼロ達に話し掛けていた。

 

「あぁ、すまんね。ほら、行くぞ」

 

「は~い」

 

「わかりました」

 

『うむ』

 

 その場から移動を開始すると、その街並みが見えてくる。

 

「流石は帝都。結界の維持も並大抵じゃねぇな…」

 

 空を見ながらゼロがそう言うと…

 

『結界だと…?』

 

 天狼が訝しげに尋ねる。

 

「あぁ。帝都はドーム状の結界で覆われててな。それも古代遺物による技術応用なんだが、そのせいか気候はわりと安定してるんだよ」

 

『確かに…魔力での結界のようだが…ここまでの規模のものとは…』

 

 天狼も少なからず驚いていると…

 

「ん~…何年か前に来た時とそれほど変わってないなら…中央に城があって、北に古代遺物の研究機関が密集してて、南が商業区域の、東西が住宅街って構図だったはず」

 

 そんな風に思い出している。

 

「じゃあ、ここは?」

 

 ゼロの右横を歩く忍が尋ねてくる。

 

「ここは…多分、南の商業区域の大通り、かな? ほら、正面に城があんだろ? 確か、この向きだと南だった気がするんだよな。それに周りにも店がいっぱいあんだろ?」

 

 言われて周りを見ると、確かに店が多く賑わってる様子だった。

 

「(さてと…しばらくは滞在するつもりだし、宿も探さねぇとな……ついでに魔獣討伐の依頼なんかも確かめられればいいんだが…門を通る度に通行料払うのも嫌だし、節約もしたいしなぁ~)」

 

 という風にゼロが思い悩んでいた。

 

 実際問題として、ゼロの資金も当然ながら無限ではない。

 しかも今回の船旅(港町での出費も含め)で金貨を既に5枚近く消費している。

 あと、何枚持ってるか知らないが、節約したいのは当然だと思う。

 これからまた別の大陸に渡るための船旅もしなくてはならないので、ここでの無駄遣いは避けたいところなのだ。

 

 しかし、地下遺跡に潜るとしても、このリテュアではリデアラント帝国が古代文明の遺跡を管理しているので、おいそれとは入れないのも事実。

 特に帝都の地下遺跡には学者達も出歩くせいで定期的に帝国騎士団による魔獣狩りも実施されている。

 学者がたまに民間に個人的な依頼を出すこともあるが、それは旅人にとっては貴重な収入源なので、応募も殺到するし、確実に請け負える保証もない。

 

 それだったら金貨2枚を切って他の集落にいる魔獣を狩るか…。

 しかし、それもそれで問題である。

 古代文明の遺跡を管理しているだけあって、余所者に対して風当たりが強いのだ。

 しかも金貨2枚を切ってまで行って戻ったとしても報酬が割に合わない可能性がかなり高い。

 

 さらに言えば、ゼロが留守の間、忍と明香音の身に何かが起きても対応出来ない。

 実際、それで忍は天狼と契約することになったし、その際に危ない目にも遭ってる。

 余計に目が離せないのが実情である。

 

 そんな風に頭の中で状況を整理していたゼロだった。

 

「(困った…ホントに困った)」

 

 これが一人旅だったのなら、なんとでもなったのだが……今や子供二人と狼一匹が増えている。

 

「(とにかく、まずは数ヵ月くらい泊まらせてくれる安めの宿を探すか…)」

 

 まずは寝泊りする場所を探すことにしたらしい。

 

「(最悪、明香音の仕送りで飯代を浮かすこともある程度の視野に入れとくか…)」

 

 仕送りの目的が少し違ってないか?

 ※こちらでの近況や向こうでの状況、手紙や情報の交換が主な目的です(もちろん、明香音への支援も忘れてはいない)。

 

………

……

 

「わぁ~、凄いね。明香音ちゃん」

 

「そうですね…」

 

 忍と明香音が並んで歩き、その後ろを天狼がついてきていた。

 

『何故、我が…』

 

 解せん、と言わんばかりの表情の天狼だが、ちゃんと2人のことを見てる辺り面倒見がいいのかもしれない。

 

 ゼロが宿を探す間、子供らが暇になるだろうと思い、ちょっと天狼にお守を頼んで探検させることにしていた。

 で、現在2人は東の住宅街へと繰り出していた。

 仮に迷ったとしても天狼がゼロの匂いを覚えているので問題ないとのこと。

 

「ねぇ、紅神君」

 

「僕のことは忍でいいよ?」

 

 そう言われ…

 

「じゃあ、忍君。そんなに街の風景が珍しい?」

 

 改めて尋ねてみると…

 

「うん。僕にとってはみんな新鮮に見えるよ! あんまり家の外に出たことなかったし…」

 

 そんな風に忍はあっけらかんと答えていた。

 

「え…?」

 

『………?』

 

 その言葉に明香音は驚き、天狼もきょとんとする。

 

「ん~…お父さんとお母さんからあまり外に出ちゃいけないって言われてて…須佐之男の街外れに家があったから、町への買い出しもあまりついてけなかったかな。でもお父さんやたまに来てくれるゼロおじさんが遊んでくれたからあまり寂しくはなかったかな」

 

 負の感情を微塵も出さない様子の忍の語りに明香音は困惑した。

 

「(どういうこと? 外に出ちゃ何かマズい理由でもあったのかしら…?)」

 

 父親である瞬弐なら何か知ってるかもしれない…とも思ったが、あの父が秘密を語るなどあり得ないと即座に切り捨てた。

 

「(でも、確かに…ちょっと世間ズレしてるところもあるし…そういう環境で育ったなら仕方ない…のかな?)」

 

 あまり釈然としなかったが、明香音はそう思うようにすることにした。

 

『して、主よ。ならば、どうして家の外に出れたのだ?』

 

「う~ん…おじさんが外の世界を見せてくれるって…それにお父さんとお母さんの許可も取ってるみたいだから」

 

『そ、そうか…(あの男に対する信頼はそれなりに高いようだな…それが心配でもあるが…)』

 

 天狼は天狼で自らの主の純粋さを心配していた。

 

 そうこうしていると、一行はちょっと広めの公園へと辿り着く。

 

「外は雪なのに、中はあったかいから不思議だよね~」

 

「まぁ、確かに…」

 

『無駄な霊力を使わずに済むのは確かにありがたい』

 

 子供の感想と一匹の本音が出たところで…

 

「ちょっとここで休憩してこ?」

 

「はい」

 

『わかった』

 

 その公園で休憩することにしたらしい。

 公園へと足を踏み入れると…

 

ぽよん、ぽよん…

 

 一つのボールが弾んで転がってきた。

 

「?」

 

 それを忍がキャッチすると…

 

「ぁ、すみません…その、ボール…」

 

 そのボールを追ってきただろう忍よりも小さな子供が忍を見上げる。

 

「これ? はい、どうぞ」

 

 忍は快くボールを子供に渡す。

 

「ありがとうございます…」

 

「どういたしまして」

 

 お礼を言う子供に忍もそう返していた。

 

「ゆ、ユウ…」

 

「…………………」

 

 さらに子供の後ろから別の子供が少し距離を取ろうとし、その子供の背中にはさらに小さな子供がぬいぐるみを抱きしめてこちらの様子を窺っていた。

 

「天狼が珍しいのかな?」

 

 その様子に忍がそう言うと…

 

「怖いの間違いでは?」

 

 間髪入れずに明香音がそう言う。

 

『失敬な…』

 

 明香音の言葉に反応し、天狼が喋ると…

 

「わっ!?」

 

 ユウと呼ばれたボールを持つ子供が驚く。

 

「しゃ、喋ったってことは…契約獣?」

 

 ボールを持つ子供をユウと呼んでた子供がそんな風に呟く。

 

「僕の契約獣、天狼っていうんだ。驚かせちゃった?」

 

 優しい笑みを浮かべて忍が目の前のユウという子供に尋ねる。

 

「ちょ、ちょっとだけ、ですけど…」

 

「大丈夫だよ。天狼は良い子だから」

 

 そんな風に天狼の弁護をする忍だった。

 

 

 

 東の住宅街にある公園での小さな出会い。

 これが忍や明香音にとってどのような巡り合わせになるのだろうか?



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第六話『出会ってたのはお隣さん?』

 ゼロが宿決めをしてる間、帝都東の住宅街を探検していた忍と明香音、そのお守役の天狼。

 彼らは東の住宅街にある公園で自分らよりも少し幼い子供達に出会っていた。

 

「あ、あの…触っても平気、ですか…?」

 

 どうも天狼に興味を抱いたらしいユウと呼ばれた子供が忍に尋ねる。

 

「うん、いいよ」

 

『あ、主?』

 

 忍の即答にちょっと驚く天狼だが…

 

「じゃ、じゃあ…」

 

わさわさ…

 

 ちょっと及び腰になりながらもユウは天狼に近寄ってその背中を撫でていた。

 

『むぅ…』

 

 釈然としないと感じつつも撫で方が優しいので天狼も大人しくしてしまう。

 

「だ、大丈夫なの? ユウ」

 

「…………………」

 

 その様子を見つつもユウの側に寄る女の子達。

 

「う、うん。大丈夫みたい」

 

わさわさ…

 

『主よ? いつまでこうしてれば良いのですか?』

 

 撫でられながら天狼は忍に尋ねる。

 

「まぁ、その子の気が済むまで?」

 

『むむむ…』

 

 自らの主よりも小さな子をあしらうことも出来ず、天狼は撫で続けられた。

 

『(まぁいい。この程度ならくすぐられてるのと似たようなものか…)』

 

 我慢出来なくもないくすぐったさだったので天狼は主の命に従った。

 

『(願わくば、この小さき者達との出会いが主の糧になればいいのだが…)』

 

 この出会いが忍達にとって良きものとなることを信じつつも天狼は主の師である男を思い出す。

 

 果たして、泊まる場所やら路銀のことは大丈夫なのだろうか…と。

 

………

……

 

 その頃、子供らをほっぽり出したゼロはというと…

 

「う~ん…」

 

 しばしの間、泊まれる格安物件を探していた。

 

「(宿でも別にいいんだが…天狼のことも考えると、空き家の方がいいよな…)」

 

 宿でも問題ないと思われるのだが、その場合は天狼を宿に入れていいのかという問題も出てくるので、ゼロは空き家を借りることを考えていた。

 

「(しかし、空き家っても…あんま豪勢なとこを借りても悪目立ちしそうだしな)」

 

 今のゼロは2人の子連れ状態である。

 そんな状態で悪目立ちしようものなら、あっという間に変な噂が流れるのは明白である。

 

「(質素だ。出来る限り質素に…)」

 

 そう心の中で自分に言い聞かせて物件を探していく。

 

「(でも…地下遺跡に入れなきゃ厳しいのは変わらんからな…そこも何とかしないとか…)」

 

 宿を決めるのもそうだが、目下の問題として収入源の確立が挙げられる。

 

「(ったく、地下遺跡に住む魔獣達のことを考えれば一般公開しないってのもわかるんだが…俺としては商売上がったりなんだよな…)」

 

 そんな愚痴を考えながらも物件探しは続いていく。

 

「(ともかく、あいつらが戻ってくる前に物件を決めとかないとな…)」

 

 ゼロの物件探しはもうしばらく続きそうだった。

 

………

……

 

 一方、忍達はというと…

 

「そっちに行ったよ~」

 

「は~い」

 

 ユウと呼ばれた子達と共にボール遊びに興じていた。

 

『…………………』

 

 その様子を木陰から天狼が見守っていた。

 

『(なんとも平和な時だろうか…)』

 

 子供らが遊ぶ姿を見て天狼は自らの半生を思い出していた。

 

『(我が生まれてからもう何年経つか…忘れるくらいに月日が経ったのか、それとも…忘れたいのか…)』

 

 天狼…契約前は霊力をその身に宿した霊獣と呼ばれる存在の狼。

 その半生は山奥でひっそりと暮らすものであった。

 魔獣、妖怪、そして時には人を喰らって生きてきた。

 その中には同族である霊獣も含まれている。

 自然界の中では弱肉強食が当たり前であり、それを躊躇うということは死を意味する。

 幼い頃は親から糧を貰っていたが、ある程度まで大きくなったら親元を離れて自力で生きるしかない。

 それが自然の常であり、生き抜くために必要なことだ。

 

 そんな日々を過ごしていた。

 

 だが、それもあの時に一変した。

 人の集団…俗に言う盗賊達との遭遇である。

 最初こそ数人を手負いにしたものの、数の暴力には敵わず、頭目らしき巨漢の男の不意打ちもあって負傷してしまう。

 さらにまだ幼い子供が盗賊の一人に捕まり、頭目に目つきが気に入らないという理由だけで殴り飛ばされた。

 子供は天狼の近くに吹き飛んできた。

 最初は霊力回復のための餌だと考えていた。

 しかし、それは過ちだった。

 子供はその小さな体に反して強い意志を見せた。

 だからこそ天狼も立ち上がった。

 しかし、状況は圧倒的に不利だった。

 

 そんな絶体絶命の時にそれは起きた。

 『契約』である。

 子供は最初喜んでいたが、天狼の意志を尊重して断ってもいいと言ってきたのだ。

 それには天狼も驚いた。

 契約を断ってもいい、そんな人間もいるのかと…。

 

 その時だ。

 天狼が子供…忍を主と決めたのは…。

 このような子供でもきちんと自分の意志を持ち、契約相手である天狼をも気遣う心根の優しさ…。

 特に意識したことはなかったが、もしも生涯の相棒を決めるのであれば、子供であろうとこういう人物の方がいいのではないだろうか、と…。

 そして、決心した。

 今はまだ幼い主の牙となり、守ることを…。

 

 そんな風に考えながら他の子供と遊んでいる忍を見る。

 

『(主に出会うまで名無しで過ごしてきたのに、名を授かってから妙な愛着が湧いてしまった。だが、悪い気分ではない。むしろ、誇らしく思う。あのような主に出会えたことを…)』

 

 そのような想いを抱いていた。

 

「よっ、ほっ」

 

 ボールが忍に渡ると、忍はそのボールを軽く蹴り上げてその態勢を維持する。

 

「わぁ、お兄さん、凄いですね」

 

「蹴鞠の要領ね」

 

「ケマリ?」

 

「?」

 

「う~ん…簡単に言うと、ティエーレンでの遊びの一つです」

 

 忍の足技を見てユウが声を上げ、明香音が女の子達に軽い説明をしていた。

 

「てぃえーれん…ひがしのたいりくの?」

 

 この中で一番小さな女の子が尋ねる。

 

「えぇ。私達はティエーレンから来たの」

 

「へぇ~。なんでまた?」

 

「ちょっとした観光よ」

 

 女の子達に明香音はそう答えていた。

 

「あ…」

 

 足技から頭でボールを受けようとした忍だったが、失敗したようでボールが別方向へと飛び跳ねていく。

 

「ごめん。すぐに取ってくるよ」

 

「あ、ぼくも行きます」

 

 忍とユウがボールを拾いに行くと…

 

『主よ』

 

 天狼もそれを追うように駆け出す。

 

ポンッ…

 

「あら?」

 

 と、ボールが誰かの足に当たったらしく、その誰かがボールを拾う。

 声からして女性である。

 

「どうかしましたか?」

 

 連れらしいもう一人の女性がボールを拾った女性に尋ねる。

 その女性は白銀の髪をアップスタイルに結い、瑠璃色の瞳を持ち、柔和な雰囲気の綺麗な顔立ちをしており、白い着物を着ているので全体的なスタイルがスレンダーのように見えるが、実際にはよくわからないといった感じの美人さんである。

 

「いえ、ボールが…」

 

 一方のボールを持った女性は、背中が隠れるくらいの長さの水色の髪とアクアマリンブルーの瞳を持ち、少し幼さが残るような可愛らしい顔立ちをしており、白のワンピ-スを着ていてスタイルは標準的である可愛い系の美人さんだった。

 

「あの子達のでしょうか?」

 

 ボールを追いかけてきた忍とユウを見てもう一人の女性がそう言う。

 

「あ、そうみたいです、ね……」

 

 そう言うが、忍とユウの後方から追い掛けてくる狼を見て少し言葉を失う。

 

「………………」

 

 もう一人の女性も狼に対して少し警戒した様子だった。

 

「すみません。そのボールですけど…」

 

「え? あ、はい、どうぞ」

 

 ボールを持った女性が忍の声に反応してボールを渡す。

 

「ありがとうございます。それとごめんなさい。当たってなかったですか?」

 

 女性に当たったのが見えたのか、忍が謝ると…

 

「あのくらい平気ですよ。それでは、私達はこれで…」

 

 そう言って女性達がそそくさとちょっと急いだような足取りで離れていくと、天狼が忍とユウの元へと駆け寄ってきた。

 

『あの者ら…』

 

「? 天狼、どうかした?」

 

『…………いえ、なんでもありません…』

 

 忍の問いに天狼はそう答えていた。

 

『(あの2人…"妖怪"、か…)』

 

 但し、内心では女性達の正体を見破っていた。

 

………

……

 

 一方で…

 

「あの、"ユキ"さん…あの子達の後ろから駆け寄ってきたのって…」

 

「えぇ…おそらくは霊獣…いえ、もう契約獣かもしれませんね。あの子達の片割れの顔に契約紋がありましたし…」

 

「やっぱり、そうですよね…」

 

 女性達もまた天狼の正体を考察していた。

 

「あの歳で、もう契約しているだなんて…」

 

「"シズク"さん…」

 

「いえ…契約なんていつ発現するかわかりませんもの。あの子はそういう時が巡ってきたんですよね…」

 

「えぇ…私達も、いつかは契約する相手が見つかるかもしれませんしね」

 

「…はい」

 

 妖怪は人間社会に溶け込み、ひっそりと暮らしているケースも多い。

 この2人もそういった部類なのだろう。

 だが、人と妖怪は違う。

 それがバレれば、いつかはその場から去らねばならない。

 契約獣でないなら尚更である。

 悪事を働いていたら当然、討伐される可能性もあるが…。

 

「さ、暗い話はここまでです。今日もお仕事を頑張りましょう?」

 

「はい、ユキさん」

 

 そう言って2人は仕事場へと向かう。

 

………

……

 

 そうして時は経ち、夕暮れ時となる。

 

「あ、もうこんな時間…」

 

 夕暮れ空を見上げ、ユウが言葉を漏らす。

 

「そういえば、おじさんはどうなったのかな?」

 

「さぁ? 連絡の一つもありませんね」

 

 忍が明香音に聞くと、明香音もそういえばという反応をする。

 

『こちらから探す分には問題ありませんが、向こうから探す場合は…難しいのではないかと…(まぁ、あの男に限ってその心配もないかもしれないが…)』

 

 天狼はそう言いつつも内心ではあまり心配していなかった。

 

 ちなみに忍と明香音はゼロに行き先を伝えてないため、ゼロが探すのは非常に困難なのだが、天狼はそんな些事でゼロが忍達…特に忍を捜せないとは思わなかった。

 何かしら裏がありそうではあるが、あの胡散臭い男に限って言えば、恐らくは問題ないだろうと天狼自身は踏んでいる。

 

『(というか、この小娘…あいつとどう連絡を取る気だったのだ?)』

 

 今更ながら明香音の言葉に疑問を抱く。

 流石に聞く気にはならなかったが、何かしら用意があったのだろうかと天狼が首を捻る。

 

「明香音ちゃん、おじさんと連絡なんて出来たっけ?」

 

 天狼の気持ちを代弁するかのように忍が明香音に尋ねる。

 

「………………あ」

 

 言われてその手段がないことに今更ながら気付いたような反応を示す明香音。

 

『(こやつ、うっかり者か?)』

 

 微妙に失礼な視線を明香音に送る天狼だった。

 

「な、なによ?」

 

 その視線に気付いたのか、天狼をジト目で見返す。

 

『……いや、何も…』

 

 敢えて波風立てぬ必要もないと考えた天狼が空気を読んでいた。

 

「うぅ~」

 

 その反応に明香音が恥ずかしそうに唸り声を上げる。

 

「お兄さん達、大丈夫なの?」

 

 そんな明香音の様子を見てか、ユウが忍に尋ねる。

 

「大丈夫だよ。天狼の鼻ならおじさんのとこまで迷わないから」

 

『まぁ、あの男の匂いは独特ですからな。まず迷わないでしょう』

 

「ね?」

 

 そんな何とも能天気な反応に…

 

「(本当に大丈夫なのかな?)」

 

 ユウはそんなことを思ったようだ。

 

「ユウ。そろそろアイリも限界だから、早く帰りましょ」

 

「…………(うつらうつら)」

 

 アイリと呼ばれた小さい子が船を漕ぎ出そうとしているのを見ながらもう一人の子供がユウに言う。

 

「あ、はい。デヒューラちゃん。それではお兄さん、お姉さん、狼さん、今日は遊んでくれてありがとうございました」

 

 もう一人の子供…デヒューラと言うらしい…に答え、ユウは忍達にお礼とお辞儀をする。

 

「うん。じゃあね」

 

 軽く手を振る忍の答えを聞くと、ユウがデヒューラ達の元へと小走りで駆けていく。

 

「じゃあ、僕達もおじさんの所に行こっか」

 

「はい」

 

『御意』

 

 忍達もまた天狼の鼻を頼りにゼロの元へと向かうのだった。

 

………

……

 

 という訳でゼロの元へと向かったはずなのだが…

 

「あれ?」

 

「? どうしてお兄さん達が?」

 

 何故か、そう何故か天狼にゼロの匂いを辿らせたらば…その先でユウ達と再び出会ったのだった。

 

「おう、お前ら。探検どうだった?」

 

「やぁ、ユウマちゃん達もお帰り」

 

 東の住宅街の端の方にあるとある一軒家の前でなんとも人の良さそうな男性と話してたゼロが忍達に気付いて声を掛け、それにつられるように男性もそちらを見ると、ユウ…それとも『ユウマちゃん』?達の方に笑みを浮かべて迎えていた。

 

「なんだ? "お隣さんの子供"ともう知り合いになったのか?」

 

 そんなことを言うゼロに…

 

「お隣さん?」

 

「どういうことです?」

 

 忍と明香音が首を傾げて尋ねると…

 

「よく聞け。当分の間、この空き家を借りることにした」

 

 そう言ってゼロは自身が立っている一軒家…の隣の一軒家を親指で指差し答えていた。

 

「「…………………」」

 

 2人してゼロの説明にポカンとしていると…

 

「で、ご近所付き合いもあるからお隣さんに挨拶に来たわけだ」

 

 そこにゼロの元に戻ってきた忍達と、家に帰ってきたユウマちゃん達という構図らしい。

 

『たった一日でよくもまぁ見繕ったものだな…』

 

「はっはっは、伊達に世渡りはしてねぇのさ」

 

 天狼の言葉にそう返すゼロだった。

 

「おや、大型犬が喋るとは…もしや、契約獣ですかな?」

 

『我は狼だ!』

 

「まぁ、そう怒んなや。子供らもいるんだからさ」

 

「いやはや、これは失礼しました。それで契約者は?」

 

「俺じゃねぇんだな、これが」

 

 そんなやり取りを見せながらゼロは忍を見る。

 

「ほぉ、ユウマちゃんと少ししか離れてなさそうなこの子がですか。いやはや、世界は広いですな」

 

「まったくで」

 

 男性の言葉にやれやれといった具合にゼロは肩を竦める。

 

「そういや、お前ら…ちゃんと挨拶はしたか?」

 

 と、そんなゼロの問いに…

 

「あ…」

 

「遊んでて忘れてました…」

 

 忍と明香音が思い出したように呟く。

 

「おいおい…年上なんだからそこはしっかりしとけ」

 

「は~い」

 

 というわけで今更ながら子供達の自己紹介になった。

 

「僕は忍。紅神 忍っていうんだ。よろしくね」

 

「久瀬 明香音と言います。しばらくの間、よろしくお願いします」

 

「あ、ぼくは『ユウマ・リースリング』です。よろしくお願いします」

 

「あたしは『デヒューラ・スイミラン』よ」

 

「………………」

 

「あ、この子は『アイリ・ノージェラス』って言います」

 

「アイリはちょっと人見知りするタイプなのよね」

 

 そうして子供らの自己紹介は終わり、ユウ改めユウマ達とのご近所付き合いも始めるのだった。



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第七話『二つの契約』

 リテュアに到着し、帝都リティアの東の住宅街にあった空き家を借りてから早数日。

 

 とある昼下がりの頃。

 

「建前の博物館巡りも飽きたな」

 

 リビングで寛いでいたゼロがそう言い放った。

 

「そぉ? 僕は楽しかったけど」

 

「私も意外と楽しめました」

 

 子供達にとっては珍しかったのだろうが…

 

「俺はもう見飽きたんだよ」

 

 世界を巡ってきたゼロにとっては博物館に展示された物はどれも見飽きるほどのものだったらしい。

 

「古代遺物って、そんなに珍しくないの?」

 

 ゼロの様子から忍がそんな疑問を口にすると…

 

「いえ、古代遺物自体は稀少価値が高いと聞きますので、このおじさんの感覚が異常なだけですよ」

 

 その問いには明香音が答えていた。

 

「そっか。やっぱり、おじさんって変なんだねぇ~」

 

 明香音の答えに妙に納得する忍でした。

 

「お前ら…一応は師匠に対してその態度はなんだよ?」

 

「「だっておじさんだし」」

 

「お前らなぁ~」

 

 そんなやり取りをしていると…

 

「さてと…じゃれ合いも程ほどに…俺はちと出掛けてくる。鍵はお前達に預けとくからお前らも夕方までには帰って来いよ?」

 

 真面目な表情でゼロが言うと…

 

「うん、気を付けてね」

 

「犯罪に手を染めないでくださいね」

 

 忍はともかく、明香音はそう言う。

 

「よし、明香音。お前が俺のことをどう見てんのか、帰ったらじっくり聞くわ」

 

 そう言いつつもゼロは借り家から出て行った。

 

「どうしよっか?」

 

 ゼロが出て行った後に忍が明香音に尋ねる。

 

「そうですね…またリースリングさん達とご一緒しますか?」

 

「そうだね。あ、でも今日はスイミランちゃんがいないとか…」

 

「まぁ、大丈夫なのでは?」

 

 そんな話をしつつ玄関から出て鍵を閉め、お隣さん家へと向かう忍と明香音だった。

 それには当然、庭で待機していた天狼も同行していた。

 

『今日もあの娘達と出掛けるのですか?』

 

 後ろに付き従う天狼が尋ねる。

 

「うん、そのつもりだよ」

 

「まぁ、1人いないと思うけどね」

 

『ふむ…』

 

 それを聞き…

 

『ところで、あの男は? 今しがた出て行ったようですが…』

 

 あの男…というのはもちろんゼロである。

 

「おじさんなら、また何処かに出掛けてったよ?」

 

「何か気になることでも?」

 

『いえ…またか、と思っただけです』

 

 2人の言葉に天狼は軽く言葉を濁した。

 

『(この2人は気付いてないようだが…あの男から漂ってくる微かな血の匂い……遺跡とやらか…)』

 

 2人に悟られぬようについていきながら、天狼は思案する。

 

『(あの男の話が本当なら、この大陸での遺跡は帝国とやらが管理しているはずだが…どういうことだ?)』

 

 お隣さんなのですぐにユウマ達を呼びに行った忍達の後を付いている天狼はゼロの行動を考える。

 

『(単なる出稼ぎ…にしては血の匂いが薄く感じたし、その程度の魔獣達を倒しても大した値には………)』

 

 そこまで考え、天狼は人が魔獣討伐に払う金の相場がわからないことに気付く。

 

『(……まぁ、今あれこれ考えても仕方ない。問題は、あいつから感じる微かな血の匂いだ。主達も気付いてないようだからそこまで気にすることもないだろうが……それとも何かを探しているのか?)』

 

 そして、ここがどういった大陸で、どのような国なのかを思い出し…

 

『(古代遺物…か?)』

 

 そんな結論を出す。

 

『(だが、あいつにそのようなものが必要なのか?)』

 

 しかし、そういう疑問を抱く。

 

『(…………わからん…)』

 

 という風に天狼が考えている間に…

 

「毎日付き合ってもらってごめんね、リースリングちゃん」

 

 どうもユウマ達も予定がなかったらしく、忍達に付いてくるようだ。

 

「いえ、お兄さん達とのお散歩も楽しいですし」

 

「…………………」

 

 ユウマの背中に隠れるようにアイリもいた。

 

「今日はデヒューラちゃんがいませんから…アイリちゃんのことはぼくに任せてください」

 

 そんなユウマの言葉に…

 

「私達よりも少しだけ幼いのにしっかりしてますね」

 

 明香音が感心したような声を漏らす。

 

「えへへ」

 

 その言葉が嬉しいのかユウマが照れたような笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ、今日はちょっと南側まで行ってみよう」

 

 帝都の南側…商業区域とも言われている人通りの多く、子供達だけでは少し危なそうにも感じる。

 

「え、ぼく達だけで、ですか?」

 

 何度か親と買い物に出向いているユウマは忍の言葉に少しだけ不安そうな表情になる。

 

「大丈夫だよ。何かあっても僕と天狼が何とかするから」

 

『そもそもそんな問題のある場所に主達を近付けさせませんが…』

 

 胸を張る忍に対して天狼がそう言う。

 

「そういうことなら…ちょっとくらい、いいのかな…?」

 

 天狼という護衛(?)がいるので、ユウマも若干安心したのか頷いてしまう。

 

「じゃあ、出ぱ~つ!」

 

 そして、忍達は南の商業区域へと出発するのだった。

 

………

……

 

 一方で、場所は北の研究区域では…

 

「…………………」

 

 古代遺物の博物館は一般公開されており、場所も比較的中央や東西の住宅街に近い場所にいくつか建っており、研究機関はその奥に密集していて関係者以外は基本的に立ち入り禁止となっている。

 

「この辺かなっと」

 

 そんな中、本来なら関係者以外立ち入り禁止の場所に白昼堂々侵入した者がいた。

 

「てか、警備ザラじゃね?」

 

 誰あろうゼロである。

 

「ん~…ま、気付く方がおかしいか…」

 

 そんなことを言って澄ました顔で堂々と道を歩き出す。

 

「さてはて…お目当てのもんはあるかね?」

 

 と言って進む先には地下へと向かう入り口があった。

 地下…つまり古代の遺跡への入り口である。

 

「出来れば二機分…あとはオプションとかも欲しいな。成長段階に応じてあいつらに与えていけば…」

 

 そんな風に未来プランを考えていると…

 

「今日は訓練目標はどうだ?」

 

「はい。こちらが魔獣達の間引きに関する資料です」

 

 ゼロから見て前方の分かれ道から2人の騎士らしき男達が現れる。

 

「む?」

 

「おろ?」

 

 一瞬、上官らしい騎士がゼロの方を見て、ゼロも意外そうにそれを見ていると…

 

「隊長、どうかしましたか?」

 

「……いや、何でもない」

 

 隊長と呼ばれた騎士が資料に目を落としていた。

 

「へぇ~」

 

 それを見たゼロは少し感心したように隊長と呼ばれた騎士を見る。

 

「にしても、今日は間引きの日だったか。さてはて、何人俺に気付くかな?」

 

 悪戯っぽい表情を浮かべ、ゼロは再び遺跡の中へと歩いていく。

 

 ちなみにゼロは自らの体を薄い魔力と霊力の膜で覆っており、その膜には遮音機能と認識阻害の術が組み込まれているので、誰にも気取られずに行動出来ているのだが…。

 

「(ま、絶対ってわけでもないしな)」

 

 さっきのように気付けそうな人間もいるのだ。

 

「ま、別に問題は無いがな」

 

 そう言い残し、遺跡の中へと侵入する。

 

………

……

 

 そして、子供達はというと…

 

「いい加減にしなさい!」

 

 南の商業区域の大通りを歩いていると、路地裏から何やらそんな声が聞こえてきた。

 

「?」

 

『主。気にせず、行きましょう』

 

 声のした方を見る忍に対し、天狼は冷静に進言する。

 

「でも…」

 

『リースリング達もいるのです。流石に我では守り切れません』

 

 天狼の言葉は尤もだ。

 敢えて危険に飛び込むこともあるまい。

 

 だが…

 

「なんだか…気になるんだ」

 

 忍は路地裏に続く建物と建物の隙間に入っていく。

 

『あ、主!?』

 

「ベニガミさん?」

 

 天狼の声に気付き、前を歩いていたユウマ達も建物の陰に移動してしまう。

 

「(この辺かな?)」

 

 路地裏に積まれた箱を隠れ蓑に声のした方へと近づいていく。

 

「私達は確かに妖怪です。人とは相容れない存在なのは重々承知です。ですが、人と同じ身を持つ者として最低限の秩序を守らねばなりません」

 

「そんなことしたって人間共が俺らを理解するわけがねぇだろうが!!」

 

「それでもです。私達の存在は人々を不安にさせてしまう。だからこそ、表立っての行動を慎む必要が…」

 

「んな説教は聞き飽きた! 俺らに協力しないってんならお前達はもう必要ねぇ!」

 

 何やら言い争う声が木霊し、険悪な雰囲気が漂い始める。

 

「ゆ、ユキさん…」

 

「シズクさんは無理をせずに逃げてください。ここは私が…」

 

「はっ! たかが女一人で俺らを止められると思うのかよ?」

 

「あまり舐めてると痛い目を見ますよ?」

 

 まさに一触即発という空気が流れる中…

 

「天狼!」

 

『くっ…致し方ないか』

 

バッ!

 

 忍の声に応えるべく天狼が路地裏に躍り出て…

 

『ウオオオン!!』

 

 そこにいた女性2人と男達の間に雷撃の柱を檻状にして展開していた。

 

「な、なんだ、こいつ!?」

 

「あなたは!?」

 

 どちらも驚いたような声を上げるが…

 

『話は後だ。主よ!』

 

「こっち!」

 

 天狼が時間を稼いでる間に忍が女性2人の手を引っ張って表の通りに逃げる。

 

「明香音ちゃん、リースリングちゃん達と走って!」

 

「ちょっ!?」

 

「あ、ベニガミさん!?」

 

 アイリを急遽おぶってユウマも忍の後を追う。

 それを見てから明香音も走り出し、最後に天狼が路地裏から駆けてくる。

 

「ちっ! あのガキ共、何処に…」

 

「あっちだ!」

 

 少しして男達も路地裏から出てきて忍達の逃げた方へと走り出す。

 

 

 

 男達は走っていたが…

 

「………………………………」

 

 フードを深く被り、黒装束を身に纏った人物が反対側の路地裏からその様子を見ていたとも知らずに…。

 

「思わぬ形だったが、事態が動き出したか…」

 

 そう一言漏らすと、黒装束の人物は消えるように姿を消す。

 

 

 

 女性2人の手を取って逃げた忍達だったが、土地勘のない忍の先導で逃げたためか…

 

「あれ?」

 

 いつの間にか、南西に位置する倉庫街に迷い込んでしまっていた。

 

「ここって…どこ?」

 

「「え…」」

 

 忍に手を引かれてた女性2人もその言葉に戸惑う。

 

「見た感じ、倉の密集地帯みたいだけど…具体的な場所はちょっと…」

 

 そんな中、明香音が周りを見ながら忍にそう伝える。

 

「僕も無我夢中だったから…どう来たのかわからないや」

 

 忍も困ったように周りを見回す。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ごほっ…」

 

 それに対してユウマは肩で息をしていた。

 鍛えてる忍と明香音はともかく、こんな風に走ったのが初めてかもしれないユウマはアイリをおぶってたこともあり、消耗が激しかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 片方の女性…シズクと呼ばれた方…がユウマの元に近寄ってハンカチで汗を拭ってあげる。

 心なしか、そのハンカチは少し湿っていて今のユウマには心地よかったとか…。

 

「ぁ、はい…ありがとう、ございます…」

 

 ちなみに…

 

「…………………」

 

 アイリはユウマの背にギュッとしがみついて離れようとしない。

 

 それを見てか…

 

「助けていただき感謝はしますが、あんな小さい子まで巻き込むのは感心しませんね」

 

 もう1人の女性、ユキが忍にそう言っていた。

 

「うっ…」

 

 言われて忍も自分の行動が軽率だったことは自覚していたのか…

 

「ごめんね、リースリングちゃん、ノージェラスちゃん……僕のお節介に巻き込んじゃって」

 

 ユウマとアイリの元に行って謝っていた。

 

「…………………」

 

 すぐに行動に移した忍に少し驚いていると…

 

『主はああいうお人だ。どうにも好奇心旺盛で困りものではあるが、純粋なのだ』

 

 ユキの隣に来た天狼がそのように忍を評する。

 

「やはり、契約獣でしたか…」

 

『うむ。我が名は天狼。名は主より賜りしもので、付き合いもまだ一年に満たないが、それでもあの方と共にあることを誓った身だ』

 

「少しだけ、羨ましいですね」

 

 そんな天狼をユキは羨ましいと言った。

 

『まぁ、契約の際、主の方からこの契約を破棄しても構わぬと言われたがな…』

 

「え…?」

 

『話はここまでだ。囲まれているな…』

 

 話を切り上げ、天狼は周囲を警戒する。

 

「っ!」

 

 ユキもそれに気付くと、すぐさま警戒して周りに気を配る。

 

『主よ、どうする?』

 

 警戒しながらも天狼は忍に指示を仰ぐ。

 

「えっと…」

 

 困ったように忍も周りを見て答えを出そうとする。

 

「とりあえず、お話ししよう?」

 

『相手が対話を望んでいればいいのですが…』

 

「流石にそれは楽観が過ぎるでしょう」

 

 忍の言葉に天狼とユキが難色を示す。

 壁際にいるユウマ、アイリ、シズクを守るようにしながら忍と明香音が前、天狼が右側、ユキが左側に陣取っている。

 

「すみません。お話だけでも聞かせてもらえませんか?」

 

 忍が周囲の気配に向かって声を掛ける。

 

「なっ…あなた、状況が分かっていて?!」

 

 忍の声掛けにユキが苦言を呈すると…

 

『まぁ、少し静かに見ていろ』

 

「えぇ…?」

 

 天狼がそれを諫め、ユキは困惑の色を強める。

 

「お願いです。どうかお話を聞かせてください。どうして、こんなことになったのか…」

 

 忍は対話を諦めない。

 相手が何者であろうと、まずは話し合うべきだと直感的に思ったからだ。

 

「話だぁ? そんなもん必要はねぇんだよ!!」

 

 周囲を囲っていた内の1人だろう男が歩み出てそんなことを言い放つ。

 

「ガキが出しゃばりやがって! 余計な手間を取らせんじゃねぇよ!!」

 

 男の怒声が響き渡り…

 

「ひぅ……ふぇぇ…」

 

 ただでさえ怯えてたアイリが泣きそうになるというか、もう泣きそう。

 

「っ!」

 

 背中越しに聞こえたアイリの泣き声に反応してユウマが一歩前に出る。

 

「あ、君!?」

 

 それをシズクが止めようとする。

 

「恥ずかしく、ないんですか…?」

 

「あぁ?」

 

 忍と同じくらい前に出たユウマが言葉を言い、男が怪訝そうな表情をする。

 微かに体が震えているが、ユウマは勇気を持って男に言葉をぶつける。

 

「こんな大勢で、この人達が何をしたと言うんですか? 女性にこんな風に囲んで、恥ずかしくないんですか?」

 

「リースリングちゃん…」

 

 忍もユウマの啖呵に些か驚いていたが…

 

「この子の言う通りだよ。僕よりも大人なんだし…話し合いで解決することは出来ないの?」

 

 忍もまた大人相手に真剣な眼を向けて言っていた。

 だが…

 

「うるせぇ!! ガキが分かった風な口をきいてんじゃねぇよ!!」

 

 男は感情のまま、ユウマを蹴り飛ばそうとする。

 

「リースリングちゃん!」

 

 それを忍が気を用いて防ぐが、大人と子供では体格が違うので簡単に吹き飛び、ユウマも巻き込んでしまう。

 

「くっ…!?」

 

「あぅ!?」

 

 忍はともかくユウマは背中にアイリをおぶっている。

 

『主!』

 

「危ない!」

 

 忍は天狼が体を張って受け止め、ユウマとアイリはシズクが優しく抱き留めていた。

 

「あなたは! 子供相手になんてことを!」

 

 それをユキが非難するように男を睨む。

 

「うっせぇ! そもそもテメェらが俺達に協力しないのが悪いんだろうが!!」

 

「自分達のことを棚に上げて…!」

 

 男の言い分にユキが怒りを覚えていると…

 

「どうして…そんなに人を毛嫌いするの?」

 

 天狼の体から起き上がりながら忍が男に尋ねる。

 

「はっ! これだからガキは何もわかっちゃいない。いいか? 俺達、妖怪にとって人間は食料だ。その精気を俺達に吸われればいいんだよ! 死ぬまでな!!」

 

"ギャハハハ"と品のない笑う男に…

 

「違う…」

 

「あん?」

 

「人も妖怪も…魔獣や霊獣、龍種だって等しく生きているんだ。そこに差なんてない。一方的に搾取するなんて間違ってる。だって…そんなの悲しいだけだから……だから、僕達はあなた達と契約して一緒になるんだよ。共に生きていくために…」

 

 忍が力強い眼差しで男を見て、その言葉を否定する。

 

「ッ…」

 

 忍の眼差しに一瞬怯んだのか、男が一歩だけ後退る。

 

「(子供なのに…こんな風に考えてくれる人間もいるのですね…)」

 

 そんな忍の言葉に心打たれたかのようにユキも忍を見る。

 

「……よし」

 

 シズクも抱き留めていたユウマとアイリをそっと降ろすと、ユキの隣に立つ。

 

「ユキさん、私もあの子達のために頑張ってみます」

 

「シズクさん…」

 

「あんなに小さい子達が頑張っているのに、私が頑張らない訳にはいきませんもんね」

 

「……えぇ、そうね」

 

 ユキもシズクの覚悟を悟ると、周囲を囲う者達との戦いを決意する。

 

 と、その時…

 

カッ!!

 

 忍とユキの体が淡く光る瑠璃色のオーラに、ユウマとシズクの体が淡く光る水色のオーラにそれぞれ包まれていったのは…。

 

「!? な、なんだ!?」

 

「わっ!? なになに!?」

 

「忍君!?」

 

 ユウマや明香音、目の前の男や周囲の気配も動揺する中…

 

「これって、もしかして…」

 

『これは、我の時と同じ…!』

 

 一度経験している忍と天狼が驚く。

 

『契約だ』

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 天狼の言葉にユウマ、明香音、ユキ、シズクも驚く。

 

「お姉さんとぼくが…?」

 

「………………………」

 

 ユウマが同じ光に包まれるシズクを見て、シズクもまたユウマを見る。

 

「これが、契約…」

 

 ユキも驚いたように自分の手と忍を交互に見る。

 

「天狼!」

 

『御意!』

 

 忍が天狼に呼びかけ、結界を張る。

 

『これでしばし時間は稼げる。今の内にこの"契約"をどうするか考えろ!』

 

 天狼の言葉にユキとシズク、ユウマは考える。

 

 そんな中…

 

「僕はもう決めてます。天狼の時にも言いましたけど…僕とお姉さんはまだお互いのことを知りません。だから、この契約を破棄しても構いません。僕はお姉さんの意思を尊重します。根に持ったりしません。だから、自分の決断を信じてください」

 

 忍は微笑みながらユキの眼を見る。

 

「……………………」

 

 その言葉にユキも信じられないような表情で忍を見た。

 

『我が主…あなたという人は…』

 

 自分と契約した時のことを思い出したのか、天狼は苦笑していた。

 

「(この子は、本気なの? 契約とは稀少な現象。それなのに、破棄してもいい? 確かにお互いのことを知らない。会ったのも1、2回程度。ここで破棄したとしても…きっとこの子は本当に根に持たないでしょう。ですが…私はどうなのでしょう? この子の無鉄砲さは放っておける? きっとこの先もこの子は危ないことに首を突っ込む可能性が高い。それをみすみす見逃してもいいの? この子の未来のために、私は…)」

 

 ユキがそのように考えている横では…

 

「お姉さん…ぼく、どうしたらいいのかな?」

 

「私と契約、したくない?」

 

 シズクが座ってユウマの視線まで自分の視線を合わせると、そう尋ねていた。

 

「よくわからない…」

 

「そう…」

 

 やっぱり、この子に契約は早いのか…そう考えた時だ。

 

「でも…」

 

「?」

 

「ぼく、お姉さんが困ることはしたくない…」

 

「……………………」

 

 そんなユウマの言葉を聞き…

 

「(…なんて、優しい子なの。自分のことよりも相手のことを思いやることの出来る子なのね。だったら、私は…)」

 

 シズクは決意した。

 

「大丈夫よ。お姉ちゃんがあなたと一緒にいるから」

 

「え? で、でも…」

 

「迷惑だなんて思わない。私は、これからはあなたと共に生きるわ。だから、私と契約して…ね?」

 

「……………………」

 

 優しい笑みを浮かべてユウマの頬を撫でるシズクを見て…

 

「…………………うん!」

 

 ユウマの方も頷くと…

 

「うっ!?」

 

 ユウマの脇腹に痛みが走り、数秒後には痛みが引く。

 服に隠れて見えないが、ユウマの左側の脇腹には雫のような刻印の契約紋が表れていた。

 

「これからよろしくね。えっと…」

 

「ユウマ。ユウマ・リースリング。こちらこそよろしくね、『アリア』お姉ちゃん」

 

「アリア、か。うん、いい名前をありがとう」

 

 こうしてシズク改め『アリア』とユウマの契約は成立した。

 

「……………………」

 

 その様子を見ていたユキも決心したのか…

 

「あなたのような方と出会えたことに感謝を。私はこの契約を…受けようと思います。我が君…」

 

 そっと忍の手を取り、契約の承諾をしていた。

 

「うん。よろしくね、『白雪(しらゆき)』さん」

 

「はい。我が君」

 

 ユキ改め『白雪』と忍も契約も無事成立し、忍の右手の甲に雪結晶のような刻印の契約紋が表れる。

 忍は一度、契約紋が刻まれる感覚を覚えていたので、特に痛がる様子はなかった。

 

『さて、契約が無事済んだのはいいが…これからどうする?』

 

 という天狼の言葉と共に結界が"バリンッ!!"という音と共に破壊されてしまった。

 

「ふざけやがって! 人間と契約しやがった裏切り者はこのまま始末してやる!!」

 

 男が自らの妖力を迸らせた時だった。

 

「そこまでだ」

 

 突如として、そのような声が響き渡っていた。

 

 その場の全員の意識が声のした方へと向けられると、そこには…

 

「君達は包囲されている。無駄な抵抗はやめることだ」

 

 帝国騎士団所属の騎士達がいた。



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第八話『大人達の思惑』

 帝国騎士達を見て…

 

「なっ!? なんでここに騎士団の連中が!!?」

 

 妖怪の男が驚く。

 

「帝都での不穏な出来事には常に眼を光らせていたからな」

 

「くそっ!!」

 

 妖怪の男が逃げようとするが…

 

「…………………」

 

シュタッ!

 

 突然、空からフードを深く被った黒装束の男が現れたかと思うと…

 

「がっ!?!」

 

 そのまま男を組み伏せていた。

 

「捕らえろ」

 

 隊長格らしい騎士の号令で騎士達も動き出し、周囲にいた者達も次々と確保されていく。

 

「さて…」

 

 隊長騎士の視線が忍達へと向く。

 

『……………………』

 

「「……………………」」

 

 天狼、白雪、アリアが警戒する中…

 

「報告では女性型の妖怪もいたと記憶していたが…」

 

 隊長騎士がそのように言って白雪とアリアを見る。

 

「っ…」

 

『この者達は既に契約を済ましている、契約獣だ』

 

 白雪が怯む中、天狼が前に出てそのように言う。

 

「ほぉ、魔獣…いや、霊獣かな? しかも人語を介してるところから見て契約獣か。主はどこにいる?」

 

『……貴様の目は節穴か? 我が主なら、お前の目の前にいるだろう』

 

 魔獣と間違われて些か気分を害したようだが、隊長騎士にそう言って天狼は後ろの忍を見やる。

 

「ふむ。まさか…こんな子供が契約者とは…」

 

 忍の顔に浮かぶ契約紋を見て隊長騎士が興味深そうに忍を見る。

 

「しかもあなたの言が正しいのならば、さらに新たな契約獣と契約したことになる。複数の契約獣を従える少年か…」

 

 そう言って忍を好奇の目で見る隊長騎士の視界から忍を守るように天狼と白雪が立ち、アリアもユウマとアイリを抱き寄せていた。

 

「この場の妖怪は既に確保はしたものの、あくまで対象は"妖怪"であって、契約獣までは対象外だったな。この場での不穏分子の確保は完了したと言っていいだろう。そこの契約獣が関係者なら事情聴取もしないとだが…主が子供なら保護者にも連絡しないとならない。さて、どうしたものかな…」

 

 という風に悩む素振りを見せながらも隊長騎士の目は忍を見ていた。

 よほど気になる存在なのだろう。

 

 このご時世、契約に対する認識は上がってきたし、契約獣も珍しくない存在になってきた。

 しかし、それでも複数の契約獣を持つ者はそれほど多くはない。

 契約出来たとしても多くても2、3体の場合が多く、4体以上となるとかなり珍しがられる。

 そのため、国としては契約獣とその主は喉から手が出るほど欲しい人材でもある。

 しかも忍はこの歳で既に2体の契約獣と契約しており、今後も増える可能性が高く将来有望だと言える。

 

 そんな子供をここで逃してもいいものか?

 答えは、恐らく"ノー"だろう。

 何かしらの理由を付け、国で保護した方が絶対に将来、国の力となると隊長騎士は考えていた。

 妖怪確保のために人員を多めに用意したので、このまま物量で押し切っても構わない。

 相手は子供数人と契約獣3体のみ。

 しかも場所は人気があまりない倉庫街なのも相俟ってそのような考えがちらつく。

 

 人としては間違っているかもしれない。

 だが、騎士として国のためとなるのなら、一時の(そし)りくらい受けても構わないとも考えた結果…。

 

「君達にも同行を願いたい。一体何があったのか、それを聞かなくてはならないからね」

 

 この場での忍の確保を優先した。

 言葉は柔らかくもっともらしいことを言っているが…。

 

「え、えっと…」

 

 忍が答えに戸惑っていると…

 

「ボソッ(忍君、ここは逃げた方がいいと思う)」

 

「え? でも…」

 

 明香音が忍に耳打ちすると、忍が驚いたように明香音を見る。

 

「相手がこの国の騎士とは言え、素直について行く必要はないわよ。なんだか、嫌な予感がするし…」

 

「う~ん…」

 

 忍と明香音がコソコソと話していると…

 

「親御さんへの連絡もある。さぁ、一緒に行こ…」

 

 隊長騎士が手を差し伸べた時だ。

 

ヒュッ!!

スタッ!!

 

「その保護者が迎えに来たぞい、っと…」

 

 何処からともなく…というか、さっきの黒装束の男のように空から忍達と騎士達の間に着地する者がいた。

 

「「おじさん!?」」

 

 ゼロだ。

 登場の仕方に驚いたわけではなく、"どうしてここがわかったのか?"という意味で忍と明香音は驚きの声を上げた。

 

「まったく、どうしてこう目を離すと、すぐに変なことに巻き込まれるかねぇ?」

 

 そう言って周りを観察してから忍達の方に歩いていくゼロは物凄く自然体なのだが、かえってそれがゼロの不自然さを強調させているような気がしてならない。

 

「てか、この波動…妖力ってことは妖怪と契約したな? しかもお隣のユウマもかよ。どういうこった?」

 

 などと言ってから…

 

ゴツンッ!

 

「あぅ!?」

 

 忍の脳天に拳骨を見舞っていた。

 

「もうちっと周りのことも考えろ。付き合わされた明香音やユウマ達にも後でもう一回ちゃんと謝れ。いいな?」

 

「……はい…」

 

 頭を押さえながら涙目になってゼロに答える忍を見て、一つ頷くと…

 

「さてと、騎士様よ。悪いが、俺達はお暇させてもらうぜ?」

 

「……なに?」

 

 ゼロの登場に驚いていた隊長騎士が、今のゼロの言葉に目を細める。

 

「ちゃんと保護者が迎えに来たんだ。これ以上は子供達の負担になる。こんな場面に出くわして精神的な疲れもあるだろうしな。それとも何かい? そんなの関係なく、"保護"を称して連れて行くのかい?」

 

「ッ……あなたは一体何を言っているのですか? 誰もそのようなことは言っていませんよ」

 

 一瞬、考えを見抜かれたかと思い、背中に冷や汗を掻くが、隊長騎士はそのように答えていた。

 

「じゃあ、帰っても文句ねぇよな?」

 

「(この男は一体…?)……えぇ、そうですね。ですが、このように事態が動いたのもそこの少年がそちらの妖怪の女性2人を連れて逃げたからです。こちらとしては事情を聞きたいところですね」

 

 帰ろうと言うゼロに対し、隊長騎士もなかなか引き下がる様子がない。

 

「ふむ。それも一理あるか」

 

「なら、我等騎士団が駐屯している宿舎に来てもらった方が…」

 

 ゼロが理解を示したと思ってゼロ共々、騎士団の宿舎へと誘導しようとするが…

 

「なら、この場で話せばさっさと済むな」

 

「……………………」

 

 ゼロもゼロで隊長騎士の話を全然取り合わない。

 

「それで、忍。なんだって、そんなことをしたんだ?」

 

 話の矛先を向けられた忍は…

 

「えっと…白雪さんもアリアさんも困ってそうだったから……それに、最初は怒鳴り声が聞こえて…それで気になって見に行ったら…なんだか、空気が怖くて…」

 

 2人の手を取って逃げた状況を思い出しながら言葉にする。

 

「ふむふむ、それで?」

 

「それで…無我夢中で走って…そしたらここで囲まれて…それから、僕は白雪さんと契約して……これから、どうしようか悩んでたら騎士の人達が来たの」

 

 ゼロは忍の話を聞き、うんうんと頷く。

 

「そうかそうか。まぁ、お前はあいつに似てそういうとこは無鉄砲だよな。だが、周りのこともちゃんと考えないとな。振り回される人間は苦労するんだよ。それは今回のことでわかったな?」

 

「うん…」

 

「それがわかれば次に活かすことだ。ま、こんなこと何度も起きないでほしいがな」

 

「全くです」

 

 反省する忍にゼロがそのようなことを言うと、明香音が同意するように頷く。

 

「さて、これで忍の証言も得たな?」

 

「え、えぇ…そうですね」

 

「じゃあ、こいつらは連れて帰るから、お仕事ご苦労さ~ん」

 

「……………………」

 

 そう言って忍達を促して先に行かせた後、ゼロは1人残ると…

 

「あ~、そうそう。それとこれは忠告だ。下手に俺達のことは嗅ぎ回らないことだ。ユウマんとこにもあんま変な探りを入れるなよ? あの家族とはたまたま隣に住んでるだけであいつらの遊び相手にもなってるだけなんだからな。もし、それでも探りを入れようなんて思ったなら…」

 

 顔だけ振り返らせたゼロの眼は…

 

「命を落とす覚悟を持つことだ」

 

 酷く冷たかった。

 殺気も何もないのに、隊長騎士は身に襲い掛かる何かを感じ、頭の中で警鐘を鳴らす。

 

「ッ……………」

 

「沈黙は肯定と捉えるぞ? これ以上、俺達に関わるこたぁない。俺達は、しがない旅人だからな」

 

 そう言って振り返っていた顔を戻すと…

 

「じゃあな」

 

 片手を挙げて今度こそその場を後にした。

 

「はぁ……はぁ………なんなのだ……彼は…?」

 

「隊長、本当に行かせてもよろしかったのですか?」

 

「お前達も彼のあの眼を見ただろう? アレは本気の眼だ。いったい、彼は…」

 

 控えていた騎士の1人がそのように言うが、隊長騎士はそう答えてゼロの正体を考える。

 

「……探りますか?」

 

 そこに黒装束の男がやってきて隊長騎士に尋ねる。

 

「いや、やめておこう。彼を刺激して下手な被害は出せない。名も名乗らなかったから調べようもないしな」

 

「……承知しました」

 

「皆も下手な行動は慎むように。今回は不穏分子の確保が出来ただけでも良しとしよう」

 

『はっ!』

 

 隊長騎士の言葉に他の騎士達も敬礼で応える。

 

「(しかし、本当に彼…いや、この場合は彼等か。いったい、何者なんだろうか?)」

 

 そんな中、隊長騎士はゼロ達が去った方向を見てそのように考えていた。

 

………

……

 

 帰り道のこと。

 

「明香音ちゃん、リースリングちゃん、ノージェラスちゃん、本当にごめんなさい」

 

 ゼロに叱られたのもあって、忍が改めて巻き込んでしまったことへの謝罪を明香音、ユウマ、アイリにしていた。

 

「もういいですよ。過ぎたことですし…これを教訓に同じ失敗をしなければ、ですが…」

 

「ぼくももう気にしてませんから……アイリちゃんも、ね?」

 

「……………………」

 

 ユウマの背にずっとしがみついているアイリだが、チラリと忍の方を見て…

 

「……うぅ…」

 

 再びユウマの首筋の辺りに顔を埋めてしまう。

 どうにもまだ許してもらえなさそうだった。

 

「ま、しゃあないわな」

 

 その様子を見てゼロもやれやれといった感じに肩を竦める。

 ちなみに子供達は先を歩き、ゼロや天狼達は後ろをついていく感じで視界から離れないように子供達を見守っている。

 

「あのぉ~…ところで、こちらの方は?」

 

 少し重苦しい空気を察し、アリアがゼロのことを天狼に尋ねる。

 

『あぁ、こやつはゼロ。一応、主の師だ』

 

「し…?」

 

「一応?」

 

 アリアが"師"という言葉になかなか辿り着けずに首を傾げ、白雪が"一応"の部分に引っ掛かる。

 

「一応とは失敬な。俺はれっきとした忍と明香音の師匠だ。ちゃんとあいつらから忍と明香音を預かるよう頼まれてるしな」

 

「「……………………」」

 

 ゼロの説明にどこか胡散臭そうな目を向ける白雪とアリア。

 さっき見せた大人な対応とは打って変わっておどけているせいだろうか?

 これもまた自業自得と言うべきなのか…。

 

『まぁ、気持ちはわからんでもないがな』

 

「わかるんか~い!」

 

『だが、こやつが師に向いているのは確かだ。言動に眼を瞑れば問題ない』

 

「なに、その評価?! 俺は傷付くぞ!?」

 

『はぁ…』

 

 このやり取りに天狼の方が溜息を吐く。

 

「(本当に大丈夫なんでしょうか?)」

 

 ゼロが忍の師と知り、白雪は一抹の不安を覚えていた。

 

「しっかし、どうすっかな~」

 

「何がです?」

 

 ゼロが困ったような声を出すと、アリアが反応する。

 

「いや、そりゃユウマんとこの両親に謝りに行くのは当然だとして、アンタのことをどう説明するよ?」

 

「……ぁ」

 

 言われて気付いたのか、アリアの顔が見る見るうちに不安の色に染まっていく。

 

「ど、どどど、どうしましょう!?」

 

「いや、落ち着けよ。契約については仕方ないから、俺もユウマの両親に説明してやるけどよ。そっから先…気に入られるかどうかはアンタ次第だろうよ」

 

 慌てだすアリアをゼロが正論で落ち着かせる。

 

「うぅ…そう、ですよね…」

 

「ま、何事も出たとこ勝負だろ。そういや、アンタらが妖怪ってのはわかるんだが、種族的にはなんなんだ?」

 

『そういえば、聞いていなかったな』

 

 落ち込むアリアを見ながら思い出したようにゼロが2人に尋ねる。

 天狼もそこは失念していたようで、ゼロの質問に乗っかる。

 

「……私は"雪女"です」

 

「私は、その…"人魚"、です」

 

 白雪とアリアはゼロの質問にそう答える。

 

~~~

 

 ここで、妖怪についての追加解説を…。

 

 妖怪の多くは人型をベースにしていることが多い傾向にあり、人間社会に溶け込むために人の姿を模した姿を取る必要性があるからである。

 元から人型である場合ももちろんあるが、基本的には人型に近しい姿であることが多い。

 それらを含め、妖怪内では『種族』と呼称している場合もある。

 

 今回判明した白雪の『雪女』とアリアの『人魚』。

 

 『雪女』は読んで字の如く、氷結の先天属性を持つ女性型の妖怪を指し、人型妖怪の中でも比較的知名度が高い部類に入り、環境的にリテュアにしかいないとされている。

 種族的に対となる『雪男』もいるが、折り合いが悪く険悪な関係となっている。

 そのため、種族の繁栄には人間と交わることもあり、人の血を受け継いでいても必ず雪女が生まれるという不思議な現象が起きている。

 この原理については現在も研究者が調べているとか…。

 

 『人魚』は上半身が人型、下半身が魚を模した姿の妖怪を指し、こちらは男性型と女性型が両方いる。

 基本的には水辺付近か、水中を生活圏内にしているが、妖力の変質の力を用いて下半身を人型へと変化させることで陸地での活動も可能にしている。

 雪女と同様、先天属性は流水で固定されている。

 呼吸法も二通りあり、水中では鰓呼吸に近しい呼吸法を取り、陸地では肺呼吸というように使い分けている。

 

 このように『妖怪』と一括りに言われている中にも『種族』という区分があり、それぞれ個性や特性、種族固有の能力を持っていることがわかる。

 

 以上、解説終わり。

 

~~~

 

「ほぉ、雪女に人魚か。また、メジャーな種族じゃねぇの。ただ、種族が特定されれば先天属性が丸わかりになる可能性が高いな。いや、攻撃や防御しただけでもわかりやすい種族だな。ユウマはいいとしても忍の方は一工夫しないとな。とは言え、あいつの潜在的な能力を加味すると、もしかしたら…(ブツブツ)」

 

 2人の種族を聞き、思案顔になるゼロは色々と考えているようだった。

 

「……彼はいつもこのような?」

 

『まぁ、奴には奴の考えがあるんだ。それが主の糧になるなら我は別に構わないと思っている』

 

「そうですか…」

 

 白雪の言葉に天狼が返していると…

 

「ところで、天狼さんの先天属性は? 私達だけわかられても困ります。それに私達の処遇も気になりますし」

 

 ふと気になったのか、白雪が天狼に尋ねるも…

 

『それは仮住まいに着いてからでいいだろう。アリアはともかく、白雪。お前はどうせ、我等と行動を共にすることになるからな』

 

「? それはどういう? それに"仮住まい"?」

 

 その答えに首を傾げる白雪だった。

 

 こうして一行は無事家に着いた。

 その後、ゼロはお隣に赴き、ユウマの両親に事のあらましを大まかに説明し、ユウマの両親に謝罪してからアリアを紹介していた。

 アリアも最初緊張していたが、自己紹介で自分が妖怪であること、その中の人魚であることも打ち明けたが、いきなりのこともあってなかなか受け入れてもらえそうになかったが、家事の手伝いが出来ると言った辺りで父親の方が是非手伝ってもらいたいと申し出て泣いて歓迎していた。

 『どうして、泣くのかしら?』と母親の方が首を傾げていたが、ユウマも内心アリアが来てくれたことに感謝の念を覚えていたとか…。

 

 ゼロは思った。

 

「(この家族、普段どういう生活を送ってんだ?)」

 

 父親とユウマの僅かな安堵の表情に、母親の首を傾げた姿を見てゼロは不躾だと思いながらもそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 そして、その夜…。

 

「そうですか。しず…いえ、アリアさんは大丈夫ですか」

 

「あぁ、あの様子ならすぐに馴染むだろ」

 

 忍と明香音が寝付いた頃にゼロが戻ってきて白雪と話していた。

 ちなみに天狼も今後の話をするために室内に入っている。

 

『それで、ゼロ。次の目的地は考えているのか?』

 

「ん~、それなんだけどな。次は『フィアラム』に行こうかと思ってる」

 

『フィアラム……確か、中央の大陸だったか?』

 

「あぁ、ここリテュアからだとちょうど南に行けばいい。が、中央の北は山脈地帯でな。北からのルートだと山越えする必要があるんだよ」

 

『また面倒な…それなら別の大陸を経由して行くべきではないのか?』

 

「いや、山越えは修行にもなる。帝都だと気候が保たれてるからな。悪環境での順応能力を鍛えられなかったんだ。出来れば、そこをここで解消したい」

 

『なるほど…』

 

 そんな会話を繰り広げるゼロと天狼に…

 

「ちょ、ちょっと待ってください! いったい、何の話をしているんですか?」

 

 白雪が慌てたように口を挟む。

 

「なにって、今後の旅の計画だが?」

 

「た、旅? どういうことです?」

 

『そうだったな。今回からお前も旅に加わるんだから説明せねばなるまい』

 

「はぁ…あいつに契約獣が増える度に説明しないとなのか」

 

『それは仕方あるまい』

 

「仕方ねぇな」

 

 困惑する白雪に天狼の言葉もあってゼロが説明を始める。

 

「そもそもの話。本来なら俺1人の勝手気ままの旅だったんだがな。何の因果か、俺はティエーレンにいる親友の子供…つまり、忍を預かって旅することになった。最初の半年はティエーレンの東地域の山で山籠もりをして忍の体力作りをやっていた」

 

『その頃に我と主は契約した。当時、我は盗賊団に襲われていた。その時に我も傷を負い、生きることを諦めかけていた。が、その時だ。主と出会ったのは…あの時、主は盗賊団に捕まり、首領に殴り飛ばされ、我の元へと飛んできた。当初は食料と考えていたが、子供ながらに大人に立ち向かった主に触発される形で、我も生きるために足掻こうと考えた。その時に契約の儀式が発動した。戸惑っていた我に主は言った。"この契約を断ってもいい"と…だが、我は主と共にあることを選んだ。だが、その時は逃げ切れるかは微妙なところでな。あの女…おそらくは妖怪だ。そいつが首領を蹴り飛ばした隙を突いて逃げ出したのだ』

 

「その時、俺はちょうど仲間に会っててな。そこで明香音を預かった。そうして戻ってきたら忍のやつが契約してたから驚いたもんさ」

 

 わりとざっくりしながらもちゃんと説明したゼロと天狼に…

 

「そんなことが……ということは、皆さんはティエーレンからこちらに?」

 

 白雪はそう尋ねた。

 

「ま、そういうこった。で、今日の件もあるし、国にマークされても面倒だから旅の準備を進めようってな」

 

「なるほど…」

 

 ゼロの説明に白雪もある程度は納得する。

 

「ちなみに資金は基本俺持ちだ。稼ぐのも大変なんだよな。特にこの大陸だと魔獣狩りもままならんし、遺跡にも許可なく入れないからな」

 

「一応、私にも貯えがあるので、明日持ち出してきましょうか?」

 

「そりゃ助かる。だったら、出発は…そうだな。お前さんの身辺整理を考えて一週間後くらいかな?」

 

「ご配慮、痛み入ります。なら、明日から私も行動を開始します」

 

「そうしてくれ。俺達もその間に準備を整えとくさ」

 

 ゼロの言葉に白雪がお礼を言う。

 

『来てもらって早々、慌ただしくてすまんな』

 

「いえ、我が君と契約したからにはこのくらいのことで動揺してもいられませんので…」

 

 天狼も白雪に一言謝意を表すが、白雪も忍と契約したからにはと答える。

 

『強かな女だ』

 

「だな。その調子で忍と明香音の教育も頼むわ」

 

 というゼロの発言に…

 

「はい?」

 

『なに…?』

 

 白雪と天狼が揃ってゼロを見やる。

 

「だって、ほら。俺ってば師匠であって、教師ではない。そういうことはお前等に任せる」

 

 なんという投げやりっぷりだろうか…。

 

『そんな屁理屈を…』

 

「……はぁ…わかりました。我が君と明香音さんへの教育は私も気を付けましょう」

 

『すまんな。我では人の理はよくわからん』

 

「お任せを。この身は妖怪ではありますが、人の世で生活してきましたから多少の心得はあります」

 

 契約獣同士が互いに苦労が絶えなさそうにしていると…

 

「うんうん。これで一安心だな」

 

 ゼロが茶を一口飲んでそのように宣う。

 

『お前が言うな』

「あなたが言わないでください」

 

 というツッコミを契約獣2体がゼロに向かって言い放つ。

 

「ところで、天狼さん。あなたの属性は?」

 

『我は疾風と迅雷を持っている』

 

「っ! 上位個体でしたか…」

 

『あぁ、一応な』

 

 そういった会話を契約獣同士でしていると…

 

「あれ? なんか俺の時よりすんなり話してない?」

 

 対面時にゼロが天狼に属性を聞いた時より、白雪と話してる方がうんなり教えたことにゼロが疑問を持つ。

 

『それはお前が胡散臭かったからだ』

 

「なんとなくわかります」

 

「わかるんか~い! って、酷くね!?」

 

 ゼロがそのように喚くが…

 

『酷くなどない』

「酷くなんてありませんよ」

 

 再び揃って言われたゼロは…

 

「解せぬ…」

 

 一言、そう漏らしていた。

 こういうところが胡散臭さを倍増させているのだが…果たして、ゼロのこれはわざとなのか、素なのか…判断が難しいところではある。

 

『(やはり、喰えん男だ…)』

 

 天狼はそう思いながら次の旅先で何が起こるのか、それが気掛かりであった。



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第九話『初めての魔獣狩り』

 白雪が加入してから一週間が経ち、旅支度を済ませたゼロ達はお隣であるリースリング家に挨拶に赴いていた。

 

「短い間でしたが、お世話になりました」

 

「いえいえ、お気になさらず。忍君達もユウマちゃん達の遊び相手をしてくれましたし」

 

「その延長でまさかお子さんに契約までさせてしまい、申し訳ない…」

 

 改めてゼロが頭を下げると…

 

「いえいえ、それこそ巡り合わせじゃないですか。アリアさんのおかげでこちらも助かっていますし、気にしないでくださいよ」

 

「そう言ってくれるとこちらも助かります」

 

 リースリングさんは気にしていないと言ってくれた。

 その言葉にゼロは感謝の意を伝える。

 

「ゆ…じゃなくて、白雪さん。どうかお元気で」

 

「えぇ、アリアさんも体に気を付けてね」

 

「はいっ!」

 

 白雪とアリアもお互いに別れの挨拶をしていた。

 

「せっかく出来たお友達なのに、もうお別れなんだね」

 

「それは仕方ないでしょう。元々、私達は旅人なんですから…」

 

 少し寂しそうな忍に対し、明香音は少しドライな反応だった。

 

「ベニガミさん…」

 

「……………………」

 

「ふんっ…」

 

 そんな2人の前にはリテュアで出会った初めての友達、ユウマ、アイリ、デヒューラがいた。

 

「大丈夫。きっとまたどこかで会えるよ。その時も友達でいてくれたら僕は嬉しいな」

 

「はい。ぼくもきっと忘れません」

 

 そう言って忍とユウマが握手する。

 

「世界は広いが、世間ってのは狭いもんだ。いずれ再び会うこともあるだろうさ」

 

 そんな忍とユウマに挨拶を終えたゼロがそのように言っていた。

 

「じゃ、行くか」

 

 荷物を背負い、ゼロが出発を促す。

 

「じゃあ、リースリングちゃん。またね!」

 

「はい!」

 

 こうしてリースリング家と小さな友達に別れを告げて、ゼロ達一行は新たな旅へと向かうのだった。

 

………

……

 

 帝都リティアからリテュア南部にある唯一の港町にゲートを通って赴き、そこからフィアラム北部にある港町へと船で移動することとなった。

 

 フィアラムの港町は東西南北の4ヵ所あり、それぞれの大陸にアクセス出来るようになっている。

 が、しかし、同じ港町でも対応する交易先の大陸によってその様相はガラリと変わる。

 

 例えば、南の大陸『アクアマリナー』に対応する南の港町では、アクアマリナーへの観光客が多い傾向にあるためか、宿屋や各種商店が多く立ち並んでおり、町の規模も比較的大きめである。

 それだけ南とは船の行き来が盛んであるという証拠でもある。

 

 西の港町はストライムから家畜を輸入する関係上、牧場が多い傾向にあって規模は森林地帯を一部伐採して土地を広めに取っている。

 

 東の港町はティエーレンから鉱石や織物などを輸入する関係上、鍛冶屋や土産物屋などが多く立ち並ぶ傾向にあり、規模はそこまで大きくないもののそれなりに発展していて活気もある。

 

 それらと比較して北の港町はこじんまりとしており、リテュアとの行き来は基本的に少ない。

 フィアラムの北部は山脈地帯で、北からの寒波を防いでるが、リテュアのように転移門もなくリデアラント帝国側の交易品の種類も少ないため、余程の物好きしか立ち寄らない港町として有名だったりする。

 現在、フィアラル王国とリデアラント帝国との間で北部の港町と王都に繋がる転移門の設置についての協議が行われているらしい。

 この転移門が設置されれば、いちいち山脈地帯を越えなくてもいいようになるだけでなく、物流をスムーズに行えるようにもなる。

 とは言え、転移門を設置したとして、その後のメンテナンスや維持費もあるので研究員の派遣や悪用されないための防衛措置などの諸問題もある。

 

 そういった事情もあってリテュアから北の港町に来る者はごく少数である。

 リテュアからフィアラル王国の王都に向かうなら、山越えが最短距離ではあるものの、時間にしたら結構かかるのでストライム、もしくはティエーレンを経由してから東西どちらかの港町に向かい、そこから馬車で王都まで移動するのが一般的である。

 日数は少しかかるが安全な旅と、日数はそこまで気にしないが危険な旅。

 一般人がどちらかを選ぶとしたら安全だろう。

 

 だが、ゼロ一行に関しては後者である。

 山越えは修行にもってこいなのと、途中で何かしらの魔獣と出くわした時の対処訓練、環境適応能力の向上、サバイバル知識の実地訓練などを行うためだ。

 

 北の港町で装備や食料を十分に用意してから出発していた。

 また、帝都リティアからフィアラムの北部の山脈地帯に着くまでの約2ヶ月の間に年が明けて忍は10歳となっていた。

 

 そして、山脈地帯へと向かった一行はというと…

 

「いいか? いくら魔獣とも契約が可能とは言え、普段は害でしかないことに変わりはない。だからこそ、こうして魔獣を狩っていかないと町や旅人に被害が出る。それはわかるな?」

 

「「は、はい」」

 

「魔獣は他の霊獣や妖怪、龍種と違って数が多いが、かといって狩り過ぎもダメだ。何事にもバランスが大事だからな。自然界のバランスが崩れれば、それだけで何が起こるかわかったもんじゃない」

 

 ゼロが山に住む魔獣を退治した後、素材を剥ぎながら忍と明香音に魔獣についての説明していた。

 

『…………………』

「…………………」

 

 そんな子供が見るには生々しい光景を見せるゼロに天狼も白雪も何も言わなかった。

 

「というわけで、次に魔獣と遭遇したらお前等2人で狩ってみろ」

 

「……え?」

 

「わ、私達だけで…?」

 

「そうだ。これは修行だが、実戦も想定している。いつまでも俺が守れる訳じゃないし、お前等も自分の身は自分で守れるようにならないとな」

 

「「……………………」」

 

 ゼロの言葉に忍と明香音の表情が強張る。

 

「なに、教えたことをちゃんとやれれば問題ねぇよ。力の制御の仕方は教えたろ? それを応用すれば素手だって魔獣は狩れる」

 

 そう言うゼロだが、いくらなんでも素手で魔獣を狩れというのは子供に対して難易度が高過ぎないだろうか?

 

「それは流石に厳し過ぎるのでは? 魔獣を狩るのであれば武器くらい…」

 

 流石に黙っていられなかったのか、白雪が意見するが…

 

「必ずしも武器があるとは限らないだろ? なら、そのための備えはしといた方がいい。それに下手に武器持たせて変な癖を持たれても困るしな」

 

 ゼロは修行内容を変えるつもりはないらしい。

 

「天狼、白雪。お前等は手出しするなよ? じゃなきゃ修行にならんからな」

 

 そして、ゼロは天狼と白雪に釘を刺していた。

 

『わかっている。だが、危険だと判断した場合は介入させてもらうぞ?』

 

「右に同じく。我が君に危険が迫るのなら、私も介入させてもらいます」

 

「わぁってるよ。俺だって親友の倅をそんな危険に晒すようなことはしねぇさ」

 

 天狼と白雪の言葉にゼロもそこは頷く。

 とは言え、次に魔獣が出れば忍と明香音が戦うことに変わりはないのだが…。

 

 

 

 そうして、しばらく山を登っていくと…

 

「おっ? おあつらえ向きの魔獣がいたな」

 

 ゼロがそのように呟いていた。

 

「……………………」

 

「………っ」

 

 緊張で強張った表情の忍と明香音がその声にビクリとする。

 

「じゃあ、ここから先は2人で行きな。俺らはここで狩るのを待ってるからよ」

 

 そう言って近場の岩に座るゼロ。

 

「う、うん…行ってきます」

 

「……………………」

 

 そう言うと忍が先行し、明香音もそれに続く。

 

『我が主よ…』

 

「我が君…」

 

 不承不承といった表情で2人を見送ることしか出来ない天狼と白雪だった。

 

「別に死にゃしねぇよ。ま、相手は殺す気で来るだろうがな…」

 

『ッ!』

 

「っ…」

 

 そんなゼロの言葉に天狼と白雪がキッとゼロを同時に睨む。

 

「おぉ、怖い怖い。でもな、これくらいどうにかしてもらわないと…あいつ自身のためにはならないんだよ」

 

 そう言ってゼロは霊力で簡易結界を作ると、それを布団代わりにして岩の上に寝そべる。

 

「あなた、霊力を…」

 

『いや、白雪。こやつは…"五つ全てを持っている"』

 

 驚きの声を上げる白雪に対し、天狼はそう言っていた。

 

「え…?」

 

 その事実を聞き、目を見開いてゼロを見る白雪だが…

 

「それ以上は踏み込まない方が身のためだぜ?」

 

 ゼロは寝そべっていながらも静かな…それでいて重たいプレッシャーを2体に放っていた。

 

『ぐっ…』

 

「うっ…」

 

 そのプレッシャーに呑まれ、怯んでしまう天狼と白雪。

 

 ゼロとは、何者なのか?

 

 不安が胸中に渦巻く中、天狼は主の匂いを確かめていた。

 いつでも動けるように…したいが、背後からのプレッシャーでそれも難しいかもしれない、と考えながら…。

 

 

 

 ゼロ達がそんなことになっているとは露知らず、2人が気配を消して魔獣の姿が見えるところまでやってくると、そこには…

 

「く、熊…?」

 

「な、なんでこんな時期に…冬眠から目が覚めたっていうの?」

 

 体長3メートルは超えていそうな大型の熊型魔獣がいた。

 

「あれを…僕達だけで?」

 

「やるしか、ないんでしょうね…」

 

「そう、だね…」

 

 2人は震える体のまま、互いに顔を見合わせると…

 

「「(コクリッ)」」

 

 頷き合って熊の魔獣の死角へと回り込む。

 熊の魔獣がこちらに気付かない内に勝負を決めようという腹積もりなのだろう。

 果たして、上手くいくかどうか…。

 

「ボソッ(じゃあ、行くよ?)」

 

「ボソッ(えぇ…)」

 

 出来る限り小声で会話し…

 

「(3、2、1…!)」

 

「(っ!!)」

 

 指でカウントを取ると、2人は一斉に熊の魔獣に飛び掛かった。

 

 が…

 

『グルァアアア!!!』

 

 2人が飛び掛かった瞬間、逆に熊の魔獣が振り返って咆哮をあげながら前足で明香音を狙った。

 

「「っ!?」」

 

 咄嗟のことに忍も明香音も空中で固まってしまい、熊の魔獣の前足攻撃を明香音はもろに受けてしまう。

 

「がっ!?」

 

 前足攻撃を受け、地面を何度もバウンドして吹き飛ぶ明香音。

 幸いなのかどうかはわからないが…飛び掛かった時に発動していた気の身体強化と、攻撃が当たった部分が左肩辺りなのもあって傷自体は大したことないが、熊の膂力によって吹き飛ばされて地面にバウンドしたのが災いして意識が朦朧となっていた。

 

「明香音ちゃん!?」

 

 忍が明香音に注意を向けた瞬間…

 

『グルァアアア!!!』

 

 熊の魔獣はもう片方の前足で今度は忍を狙う。

 

「ッ!?」

 

 着地と同時に忍は右横に転がって熊の魔獣の連撃を回避する。

 

「よくも、明香音ちゃんを!!」

 

 明香音が吹き飛ばされたことに激昂して忍は感情のままに拳を振るう。

 

「やあああ!!」

 

 気で強化した拳で熊の頭部に殴り掛かるが…

 

『グルァアアア!!!』

 

 いくら鍛えてようと子供の腕力では大したダメージにはなっておらず、逆に忍の細腕に噛みつこうとする。

 

「っ!?」

 

 忍もすぐに腕を引っ込めて後ろに下がる。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 たったそれだけのことなのに、忍の体力はどんどん削られていき、呼吸も乱れていく。

 

「(怖い……怖い、怖い怖い…!)」

 

 熊の魔獣に対して抱く恐怖という感情に忍は追い詰められていた。

 

「(に、逃げなきゃ…逃げて、それで、おじさんに…)」

 

 そして、忍はここから逃げることを考え始める。

 

『グルル!!』

 

 そんな忍には目もくれず、熊の魔獣は未だ倒れている明香音の方へと悠然と歩いていく。

 

「(っ!? あ、明香音ちゃん…)」

 

 そこで忍は倒れて意識が朦朧としている明香音を見やる。

 

「……………………」

 

 朦朧とした意識の中で明香音は忍の方を向き、口を動かす。

 『逃、げ、て』と…。

 

「(……………………ダメだ…今、逃げたら、明香音ちゃんが…)」

 

 だが、忍が明香音を見殺しに出来るはずがなかった。

 何故なら…

 

「(い、嫌だ…初めて外に出て、出来た"友達"を……僕は…!!)」

 

 明香音は忍に出来た"初めての友達"だから…。

 熊の魔獣は明香音にトドメを刺そうと前足を振りかぶっている。

 

「うわああああ!!!」

 

 それを自覚した忍は、天狼と白雪から流れてくる力を用いて熊の魔獣に攻撃を仕掛ける。

 

「明香音ちゃんから離れろぉぉ!!」

 

 一気に熊の魔獣との距離を詰めると、そう叫びながら霊力を稲妻に変換して右拳に乗せて今にも振り下ろそうとしていた熊の魔獣の前足を横合いから殴る。

 

『グルァアア!!?』

 

 先程の威嚇するような咆哮とは違い、驚いたような咆哮を上げる。

 殴られた前足に気を取られ、バランスを崩す熊の魔獣はそのまま横向きに倒れるが、このままではすぐに起きるだろう。

 

「うわああああ!!」

 

 忍は気、霊力、妖力の三つの力を両手の中に集め出し…

 

カッ!!

 

 それを目の前の熊の魔獣の頭部目掛けて一気に解放した。

 

『グルァアアア!?!?』

 

 頭部に子供が作った精一杯、力の限り全力の砲撃を受け、断末魔を上げながら熊の魔獣が動かなくなる。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 呼吸が乱れ、身体を小刻みに震わせる忍は自分の手と熊の魔獣を交互に見る。

 別に返り血に染まっているわけでもないが…忍は魔獣とは言え、一つの命を自らの手で終わらせたのだ。

 

「うっ…」

 

 それを実感し、その場で膝を着くと嘔吐してしまう。

 

「うげぇ…げほっ…ごほっ…」

 

 胃の中の物を吐き出し、鬱蒼とした気分ではあったものの、今は明香音が気掛かりだった。

 

「あ、明香音ちゃん…大丈夫?」

 

「し……く、ん…」

 

 バウンドした時のダメージもあるのだろう。

 まだ完全には動けないようだが、少し声は出せるようだ。

 

「お、おじさんを呼ばないと…で、でも…」

 

 いつまた別の魔獣が出てくるかわからない状況で、明香音を置いて助けを呼ぶに行くのはマズいと感じていた。

 

 すると…

 

『主よ!』

 

「我が君、お怪我は!?」

 

 天狼と白雪がやってきた。

 

「あ、天狼…白雪さん…」

 

 天狼と白雪の登場に緊張の糸が切れたのか、その場にへたれ込む忍だった。

 

「僕のことより、明香音ちゃんをお願い…」

 

「っ! 明香音さん!?」

 

 忍に言われ、白雪が倒れる明香音に駆け寄り、手当てを始める。

 

「……………………」

 

『主よ…』

 

 呆然とする忍から少し離れて天狼が周囲の警戒をしていると…

 

「まぁまぁかな」

 

 荷物を持って一番最後にやって来たゼロが熊の魔獣を見てそのように呟く。

 

「で、忍。初めての魔獣狩りの感想は?」

 

『貴様…!!』

 

 空気を読まない言葉に怒りを覚える天狼だが、ゼロは気にすることなく忍に問いかける。

 

「怖かったか? それとも、高揚したか?」

 

「…………怖かった…」

 

 その問いに忍は正直に答える。

 

「…………怖くて、逃げたかった…」

 

「だが、実際は逃げなかった。それはなんでだ?」

 

「……明香音ちゃんを…友達を、見捨てるのが…もっと嫌だったから…だから…」

 

「殺した。命を奪った感想は?」

 

「…………怖いよ……命を奪うのがこんなに辛いだなんて…」

 

「その感情を忘れるな。命を奪うってのは…そういうことだからな。だが、割り切らなければ次に命を落とすのはお前だ。それも忘れちゃならない」

 

「……………………」

 

「それに魔獣だけじゃない。時には霊獣や妖怪、龍種…そして、人間も殺さないとならない時だってある。命は全てにおいて平等だ。それを忘れないようにな?」

 

「…………うん…」

 

 ゼロはそんな忍の様子に満足げに頷いた後…

 

「さてと…じゃあ、こいつの牙…は取れそうにないな。爪でも剥いでおくか」

 

 熊の魔獣の死体を見てゼロは素材を剥ぎ取る作業に入る。

 

「…………ふぅ…」

 

 息を吐いた忍は空を見た。

 山の空は移ろいやすく、今は曇っていた。

 

 それは、今の忍の心情を表しているかのようでもあった。



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第十話『烈火の契約』

 忍が初めて魔獣を狩ってから数日。

 一行は山を越える過程で、襲ってくる魔獣だけを退治しながら進んでいた。

 

 というのも天狼の存在が大きかった。

 いくら魔獣の基礎知能が低いとは言え、元霊獣に喧嘩を売るようなことは基本的に無いからである。

 だが、何事にも例外というものはあり、たとえ霊獣が相手でも襲い掛かってくる魔獣は存在する。

 その場合、大抵は群れていることが多いのだが、稀に魔獣の方が霊獣よりも強いこともあるので、自然界で魔獣と霊獣の争いというのも絶えない。

 

 ただ、今回に限っては元霊獣であり、上位個体でもある天狼の威圧感に気圧されて単独の魔獣はそれほど寄り付かず、群れで行動している魔獣達が襲い掛かってきたのだ。

 しかし、群れと言っても山に住む魔獣なので、数は少数で多くても5、6匹程度である。

 

 ゼロ、天狼、白雪、忍、明香音はそんな魔獣の群れとの戦闘をしながら山頂を目指していた。

 特に忍と明香音は苦戦しながらも魔獣を狩ることで実戦を体験し、色々と学ばされていた。

 

 そんな風に山頂を目指す途中のこと。

 

「お? 洞窟か」

 

 先頭を歩いていたゼロが洞窟を見つける。

 

「ふむ…」

 

「どうしたの? おじさん」

 

 洞窟を見ながら立ち止まるゼロに忍が尋ねる。

 

「いや、ちょっと寄り道してくか」

 

「「寄り道?」」

 

「あぁ、この洞窟にな」

 

 そう言ってゼロは親指で洞窟を指す。

 

「なにかの住処だったらどうする気ですか?」

 

「ま、そん時はそん時さ。こういう狭いとこでの戦いや力加減なんかも覚えてもらわんとな」

 

 白雪の懸念をゼロはそのように言っていた。

 

「じゃ、行くぞ~」

 

 そして、洞窟内へと歩いていく。

 

「あっ、おじさん、待ってよ!」

 

「不安しかないんですが…」

 

「えぇ、本当に…」

 

『だが、行くしかあるまい』

 

 忍がゼロを追いかけるのを、明香音、白雪、天狼の順で追う。

 

「『ライト』」

 

 先頭を歩くゼロが閃光属性の魔法で光源を作って洞窟内を照らす。

 

『(こやつ…やはり、全属性を…)』

 

 ゼロの魔法を見て天狼は自分の考えが間違ってなかったと改めて思ったとか…。

 

「さてはて、何が出てくるかな~♪」

 

 なんとも楽しげに言うゼロに背後より冷たい視線が三つ注がれる。

 

「何か出てくること前提ですか…」

 

「この人、本当に大丈夫なんでしょうか?」

 

『わからぬ…』

 

 明香音、白雪、天狼が苦言を呈する中…

 

「でも、おじさんって何でも出来るよね?」

 

「"何でも"は出来んぞ? ま、大抵のことなら出来る自負はあるが」

 

「それって、"何でも"じゃないの?」

 

「まぁ、そうとも言うかもな。だが、俺にだって絶対に出来ないこともある」

 

「それは?」

 

「死者を蘇らせることだ」

 

 忍の質問にゼロはそう答えていた。

 

「人の寿命は霊獣や妖怪、龍種に比べて短い。だからこそ、人々は限りある命の期間に生き足掻く。それは決して無様なんかじゃない。儚く弱い存在でも、人は強く生きていけるんだ。命は限りあるからこそ輝ける。それが人間の美点であり、弱点でもある。俺はそんな風に考えてるんだよ。だからこそ、死した命を蘇らせることなんて出来やしない。それはどんな理由であっても犯してはならない命への冒涜だからな」

 

 洞窟内で話してるためか、やけに反響したゼロの声が後ろから続く明香音達の耳にも届く。

 

「……………………」

 

 尋ねた忍も今のゼロの言葉に押し黙ってしまう。

 

「「……………………」」

 

『……………………』

 

 それを後ろで聞いてた明香音達もゼロの言葉に神妙な表情をしていた。

 

「たまには俺も良いこと言うだろ?」

 

 その一言がなければ、なおよかったというに…。

 

 

 

 そうして、しばらく洞窟内を歩いていると…

 

「しっかし、なんか妙に暑くなってきてないか?」

 

 どことなく気温が上がっているような気がしてならなかったゼロがそのように後ろの忍達に振り返りながら尋ねるが…

 

「うぅ~…」

 

「暑い…」

 

「……………………」

 

『ぬぅ…』

 

 滝のような汗を流す忍、明香音、白雪がおり、天狼も苦しそうだった。

 特に白雪なんてグロッキー状態だ。

 

「ありゃ?」

 

 それに今更ながら気づいたゼロは…

 

「こりゃ、この洞窟の地下にマグマでも流れてたか?」

 

 そんな風に冷静に状況を分析していたが、今気にすべきはそこじゃない。

 

「(マグマが流れてるなら、どこかに出口か、マグマが溜まってるポイントがあるはず。となると、この洞窟は火山に繋がってたか。ま、こういう環境にも適応してもらうにはちょうどいいか)」

 

 ゼロはこの状況をも利用するらしい。

 ちなみに北からの寒波対策で着ていた防寒具も今では完全に逆効果でしかないが…。

 

「さ、前進してみるか。何かあるかもだしな。ついでだから、忍は属性と結界を応用してみな」

 

「属性と、結界…?」

 

「あぁ、今のお前にはどんな属性が扱えるか? それと結界術を併用すれば、問題はない。但し、あんまり本気は出すなよ? 何事も"適度"が一番いいんだ」

 

「僕の扱える属性…」

 

 ゼロの言葉に忍はしばし考えてから…

 

「えっと…氷結、結界…?」

 

 忍が自分と明香音、白雪、天狼を覆う結界を張ると、その中にひんやりとした空気が流れる。

 

「こんな感じでいいの?」

 

「……何故、俺をハブったか知らんが…まぁいいだろう。結界にもそういう使い方もあるわけだ。ちゃんと覚えておけよ?」

 

「うん!」

 

 何気なくゼロをハブったのはゼロが平気そうだったからであって、決して故意にやった訳ではない。

 

「みんな、大丈夫?」

 

「え、えぇ…なんとか…」

 

「……申し訳ありません、我が君」

 

『助かりました、我が主よ』

 

 忍の結界のおかげで多少は回復したらしい明香音達はそのように言う。

 

「ほら、とっとと行くぞ?」

 

 ゼロが再び先導して洞窟内を闊歩していく。

 

「あ、おじさん、待ってよ!」

 

 結界を維持しながら忍達もゼロを追う。

 

 

 

 さらに奥へと進むと、洞窟から抜け、開けた場所へと出ていた。

 

「やはり、火山だったか…」

 

 流石のゼロも汗をダラダラと流しながら目の前の光景を見る。

 その光景とは、マグマの溜まり場となっている場所で、周囲にはマグマの滝もいくつかあるようで、天井にも穴が開いていて空も見えていた。

 

「忍、結界を維持してろよ? この熱気はお前等には流石に危ないからな」

 

「う、うん」

 

 じゃあ、ゼロは大丈夫なのか?

 という疑問もあったが、ゼロは汗を掻いてるものの、呼吸が乱れたりはしていなかった。

 

「そして、こういう場所には…」

 

 ゼロが天井を見ると…

 

『キュオオォォォン!!』

 

 何かの鳴き声が轟いていた。

 

「十中八九、何かいるわな!」

 

 天井を見上げたゼロは楽しげにそう言っていた。

 

「な、なに!?」

 

 忍達も驚いて天井の方を見ると、そこには…

 

『キュオオォォォン!!』

 

 3対6枚の翼を持つ巨大な火の鳥が空中に佇んでいた。

 

「この波動は…魔獣か。しかもそこそこ強い部類と見た!」

 

 そう言うと、ゼロは嬉々として前に出る。

 

『キュオオォォォン!!』

 

 そのゼロに対し、火の鳥は威嚇している。

 

「お前等、よく見とけ。俺、本来の戦い方の一端をな!」

 

 言うが早いか、ゼロは一足飛びに跳躍すると一気に火の鳥と同じ高さまで上昇し、そこで"制止"した。

 

「「え?」」

 

「まさか、あれは…!」

 

『浮遊魔法か…!』

 

 突然のゼロの動きに子供2人は目を丸くするが、白雪と天狼はそれにすぐ気づいた。

 

「浮遊魔法?」

 

『我も詳しくはないが…確か、魔法の中でも疾風と暗闇を組み合わせた複合系の魔法だったはずだ』

 

「えぇ…私も帝国で生活していた時に聞いたことが僅かにあるくらいで、詳しくはわかりませんが…確か、契約者でも上級の者にしか扱えないとか…」

 

「そんな魔法をあんな簡単に使うってことは…」

 

 天狼と白雪の言葉に明香音が何かを悟ると…

 

『うむ。あやつ…ゼロは全属性、及び五気を体得しているのだろうな。しかも極めて上位の者…』

 

 天狼が兼ねてから確信を得ていた情報を開示した。

 

「そんな人間…世界に何人もいませんよ。いったい、何体と契約しているというのですか?」

 

 白雪がまるで畏怖したような目をゼロに向けながら、そんな疑問を口にすると…意外なところから答えが返ってきた。

 

「おじさんは…確か、4体としか契約してないよ?」

 

 忍である。

 昔から忍の両親と親交のあったゼロだ。

 当然、忍もゼロが契約していることは知っているし、それがどのような契約紋なのかも見たことがあった。

 但し、忍は実際にゼロの契約獣とは会ったことがないが…。

 

「え!?」

 

『その4体全てが上位個体とでも言うのか?! しかも魔獣、霊獣、妖怪、龍種の!?』

 

 白雪と天狼の目がいよいよもって危険なものを見るような険しい目付きになり、ゼロを見上げていた。

 

「おいおい。人をまるで化け物みたいな言い方は勘弁してくれ。これはちゃんと研鑽を積んできた結果だぞ?」

 

 火の鳥と対峙していたゼロが下で騒いでいる天狼と白雪にそう言っている。

 

『キュオオォォォン!!』

 

 バサリ、バサリと翼を羽ばたかせ、火の鳥の周りに四つの魔法陣が展開される。

 

「ハッ! やっぱ、魔法も使えたか!」

 

 ゼロが楽しげに口の端を上げると、両手を広げて火の鳥と同様に四つの魔法陣を展開する。

 

『キュオオォォォン!!』

 

 火の鳥が鳴き声を上げると、上二つの魔法陣から焔の砲撃がゼロに向けて放たれる。

 

「ハッ! 火力が足りねぇぞ!!」

 

 ゼロもまた上二つの魔法陣から小規模の竜巻を発生させると、焔の砲撃と拮抗させる。

 

『キュオオォォォン!!』

 

 すると火の鳥は下二つの魔法陣から焔の弾丸を無数に忍達に向けて放っていた。

 

「しゃらくせぇ!!」

 

 それを察知していたゼロも下二つの魔法陣から水の散弾を放って迎撃していた。

 

ジュワァァ!!

 

 焔と水が互いに打ち消し合い、水蒸気が発生する。

 その水蒸気を竜巻が吸い、焔の砲撃を押し出していた。

 

「そらそら、それでもうネタ切れか!?」

 

 完全にゼロ優位の状況だ。

 

『キュウウゥゥゥッ!!』

 

 火の鳥は苦しそうに魔法陣を維持しているが、砲撃は明らかに先程までの威力がない。

 

「骨のありそうな魔獣かと思えば、これで詰みか。なんとも呆気な……ん?」

 

 ゼロがそのように呟くと同時に火の鳥は翼を畳むと、ゼロの放つ竜巻の僅かな隙間を縫って突撃を仕掛けてきた。

 

『キュオオォォォン!!』

 

「特攻か?」

 

 ゼロの言うように火の鳥は自らの体に焔を宿し、翼を再び広げることで竜巻を吹き飛ばしながらゼロに特攻を仕掛けていた。

 

「だが、まぁ…俺には効かねぇよ」

 

 言うが早いか、ゼロが右腕に焔を宿して手刀を作ると、それを特攻してくる火の鳥に向けて突き出そうとする。

 

『ッ!!?』

 

 それを見て瞬間的に翼を羽ばたかせて軌道を修正し、火の鳥はゼロの突きを紙一重で回避するが…

 

ズシャッ!!

 

 咄嗟の回避だったため、翼の1枚がゼロの突きで裂かれてしまっていた。

 

「ほぉ? あの一瞬で回避しやがったか。ま、傷一つで済んでよかったな?」

 

『キュオオォォ…』

 

 傷付いた翼を畳み、残った5枚の翼で空中に佇む火の鳥の声は弱々しくなっていた。

 

 

 

 ちなみにゼロの戦い方を見ていた下では…

 

「完全に弱いもの虐めですね」

 

『力量はわかったが…ここまで魔獣に哀れみを感じたことはない』

 

 白雪と天狼がそのように言葉を零し…

 

「忍君。どうしますか?」

 

「う~ん…」

 

 子供達も最初はゼロの戦闘技能に感心していたようだったが、今は魔獣の方を心配していた。

 すると…

 

「?」

 

「どうかしましたか?」

 

「何だか、小さな鳴き声が聞こえてくるような…?」

 

「鳴き声?」

 

「うん」

 

 忍が耳を澄ませて周囲の音を聞いていると…

 

『キュイ、キュイ!』

 

 そんな鳴き声と共にゼロと対峙してる火の鳥を縮小したような小さな火の鳥が飛んできた。

 

「魔獣の、子供…?」

 

「あの鳥の…?」

 

 すると、忍は何を思ったのか…

 

「天狼、結界をお願い。白雪さんも明香音ちゃんをよろしくね」

 

 魔獣の子供の方へと駆け出していた。

 

『主!?』

 

「我が君?!」

 

「忍君!?」

 

 咄嗟のことに天狼は結界を張るに留まり、白雪も結界内の温度の管理で動けず、明香音も流石に危険を感じて動かなったが、忍は自身の周りのみに結界を張って温度調整をしているので単独で動ける。

 

「君、危ないよ!」

 

『キュイ!?』

 

 目の前に突然現れた忍に魔獣の子供は驚く。

 

「これ以上はダメだよ。おじさんの邪魔になる。それに君まで…」

 

『キュイ! キュキュイ!!』

 

 まるで『お前の方こそ邪魔だ!』とでも言うかのように魔獣の子供が忍を威嚇する。

 

『キュキュイ!!』

 

 それでも押し通ろうとする魔獣の子供に…

 

「ダメだったら!」

 

 忍は魔獣の子供に抱き着くようにして捕まえる。

 

『キュイ!!』

 

「熱っ!?」

 

 子供であっても魔力の扱いは心得ているのか、自らの体を発熱させて忍の拘束から逃れようとする。

 

「(あ、熱い…で、でも、ここで放したら、きっと…この子も…)」

 

『キュイィィ!!』

 

 忍の腕の中で暴れる魔獣の子供を強く抱き締めながら…

 

「ダメ。絶対に…いくら強い魔獣だからって…あの魔獣だって、ここでおじさんに討伐なんかさせない…」

 

 忍はそのように呟いていた。

 

『キュイ…?』

 

 魔獣の子供は忍が何を言ってるのかわからなかったが…

 

「おじさん! もうそれ以上はいいよ! おじさんの力は分かったから、もう…!!」

 

『……………………』

 

 忍がこの無益な戦いを止めようとするのだけは、何となくわかった。

 

 

 

 その叫びが聞こえたのか…

 

「あ? ったく、これからって時なのに…興が削がれるぜ」

 

『キュオオォォォン!!』

 

 しかし、火の鳥は目の前の脅威を排除せずにはいられないのだろう。

 再度、自らの体に焔を宿していた。

 

「が、向けられた殺意には殺意で応戦しないとな…!」

 

 ゼロの方も両腕両足に焔を灯していた。

 

 

 

 その光景を見て…

 

「ダメェェェ!!」

 

『キュイィィィ!!』

 

 忍と子供が同時に叫ぶと…

 

カッ!!

 

 紅蓮の輝きが忍と魔獣の子供を包み込んでいた。

 

 

 

 忍と魔獣の子供に起きた現象を感じたのか…

 

「なに!?」

 

『キュオ!?』

 

 ゼロと火の鳥も動きを止めてそちらを見る。

 

「契約…!(この短期間にまた…こいつ、いったい何体とする気だ? いや、それよりも、もしこれが成立したら…魔・気・霊・妖・龍の内、龍以外が全て揃うことになるぞ!? こんなガキの頃でか?!)」

 

 ゼロは忍の異常な契約率に戦慄を覚えていた。

 

 ゼロとしては段階を踏んでいきながら力の使い方や心構えなどの教えをする予定だった。

 しかし、契約とは何時如何な時に起こるかわからない不確定要素だ。

 その時その時に応じて教えていこうという腹積もりでいた。

 

 だが、今の状況…忍は第三の契約の儀式を発現させていた。

 そのキーが何だったのか…おそらくは自分と火の鳥の戦いを止めようとした純粋な想いと魔獣の子供の何かが反応したのではないか…?

 ゼロはそのように考えていた。

 

「(ホント…親友。お前の倅はどういう星の元に生まれたんだよ?)」

 

 ゼロはティエーレンにいる竜也にそのような言葉を心の中で漏らしていた。

 

 

 

 一方、契約の儀式を発現させた忍と魔獣の子供は…

 

『キュ、キュイ!?』

 

 自身の変化に戸惑う魔獣の子供に対し…

 

「………………………」

 

 忍もまさかこんな状況で契約の儀式が発動するとは思わなかったようで、少し呆然としていた。

 

『主よ!』

 

「…はっ!?」

 

 天狼の叫び声で我に返った忍は抱き締めていた力を少し緩めると…

 

「落ち着いて…これは僕と君の契約だよ。でもね…僕達は出会って間もない。なのに、契約が発動した。僕はこの契約を受け入れたいけど、君はどうかな? 受け入れたくないなら断ってもいいよ」

 

『キュイ?』

 

 忍の言葉に首を傾げる魔獣の子供だった。

 

「さ、君はどうしたい?」

 

 優しげな笑みを浮かべて忍が魔獣の子供を解放すると…

 

『キュイィィ!!』

 

 魔獣の子供はそんな鳴き声を上げてゼロと相対している火の鳥の元へと向かい、契約は失敗かと思われると…

 

「っ!」

 

 忍が左手の甲を右手で押さえ、その表情が僅かに歪む。

 

「『焔鷲(えんじゅ)』!」

 

 そして、魔獣の子供に向けてそのように叫んでいた。

 

『母よ! 僕達なら大丈夫です! だから矛を収めてください!』

 

 魔獣の子供…忍が『焔鷲』と呼んだ個体は火の鳥の元へと飛びながら、"人間の言葉"を発していた。

 

『キュオ!?』

 

「マジ、かよ…」

 

 焔鷲が会話したということは契約が成立したことを意味し、よく見ると忍の左手の甲に6枚の翼を広げたような刻印が浮かび上がっていた。

 

「(ただの洞窟探検で契約するとか…どうなのよ?)」

 

 ゼロはただただ目の前の現実に溜息を吐くばかりであった。

 

 こうして忍は第三の契約獣との契約を果たしてしまった。

 この状況にゼロは微妙に胃が痛くなったとかどうとか…。



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第十一話『守る力、意志、覚悟』

 ゼロと火の鳥の戦闘は半ば強制的に中断された。

 理由は言わずもがな、忍と魔獣の子供こと『焔鷲』の契約である。

 

「いや、なんかすまんな…」

 

『キュオ…』

 

 ついさっきまで殺し合いをしてたはずのゼロと火の鳥は何とも言えない空気の中、ゼロの方が謝罪していた。

 その謝罪に火の鳥も何か言いたそうだったが、短く返答したのみだった。

 ちなみに互いに空中から地面に着地している。

 

『申し訳ありません、母よ』

 

「ごめんなさい…」

 

 そんな両者の間に挟まれる形で忍と焔鷲が縮こまる。

 

「まぁ、謝ったところで契約の解除なんか出来ないんだがな…(まぁ、生きてても契約を破棄する方法がないって訳じゃないが…)」

 

 ゼロはそんなことを考えながらもどうしたもんかと言葉を漏らす。

 

『キュオ、キュオ』

 

『はい、はい…わかりました、母よ。僕も巣立つ時がきたということですね。弟妹のことは心配ですが、僕も外の世界で頑張ります』

 

『キュオ…』

 

 その間にも火の鳥と焔鷲は何やら会話しており、火の鳥が焔鷲に顔を近付け、焔鷲の顔を一撫でしていた。

 

「なんか、向こうは別れを済ませた感があるんだが…」

 

「巣立ちって言ってたね?」

 

「はぁ…まぁ、しゃあないか…」

 

 ゼロと忍がそんな会話をしていると…

 

『では、母よ。僕は巣立ちます。どうか母や弟妹達も健やかに…』

 

『キュオ…』

 

 火の鳥に別れの言葉を告げた焔鷲は忍の元へと飛んできた。

 

「ごめんね、こんな形で巣立ちさせちゃって…」

 

『いえ、いいのです。僕もいずれは巣立ち、自分の縄張りなりなんなりを見つけないといけませんでしたし、時期が些か早まったと思えば問題ありません』

 

 忍がそう謝ると、忍の右腕に留まった焔鷲はそのように返していた。

 

「よく出来た奴だ」

 

 ゼロが感心したように呟くと…

 

『どこかの誰かとは大違いだな』

 

「えぇ、本当に」

 

 天狼と白雪がゼロを見ながらそう言う。

 

「なんだよ?」

 

 その視線に気づき、ゼロがそちらを向くと…

 

「いえ…」

 

『何でもない』

 

 天狼と白雪がスッと目を逸らす。

 

「ふんっ…まぁいいさ。そろそろ出るか」

 

「うん」

 

 こうして洞窟探検は終わりを告げ、忍は新たな契約獣と契約を果たし、一行は山越えの続きをするのであった。

 

………

……

 

 それから数週間、一行は北の山を越えて『フィアラル王国』の王都『フィアリム』へと向かっていた。

 

 その道中のこと。

 

「う~ん…」

 

 忍は今、ゼロからの課題に頭を悩ませていた。

 

 現在、忍には魔・気・霊・妖・龍の内、龍以外の力が扱えるようになってしまっていた。

 そのため、ゼロは今の内から忍に自分オリジナルの使い方を模索するように課題を出していた。

 自分で考えることで自由な発想を持ち、想像力を豊かにするといった思惑もある。

 

 この想像力が肝であり、何事にもイメージを明確にさせることで術式の発動速度を迅速にさせる効果があるという。

 これはリデアラント帝国の五気研究チームからも公開されている情報であり、各大陸にも広く知れ渡っている事実である。

 どのような事態に陥ったとしてもどのような行動を取るべきか、というのを考えられるようになり、臨機応変な対応も可能となる。

 そして、常に最悪の展開を考えることで、どうすればその被害を最小限に、且つ最大限の戦果を挙げられるのか、ということにも繋がるとゼロは考えている。

 

 口には出さないが、ゼロも忍のトラブル体質のことを不安に思い、常に自分がいる訳ではないことも加味して自力で脱するようになってほしいとも考えていたりする。

 教えることは山ほどあるが、忍の場合はオリジナルの技を一つ考えさせ、それを軸にした戦法を研磨させた方がいいかもしれないとも考えていた。

 それだけ忍の技能吸収能力は常軌を逸していた。

 

 そして、今…忍は魔・気・霊・妖の力でどんなオリジナルの技を編み出すかを考えている。

 

「なかなか思いつきませんか?」

 

 そんな忍の元に明香音がやってくる。

 場所は街道から少し外れた平原で、忍と明香音を視界に収めれる場所にゼロ達も休憩を取っていた。

 

「うん…自分なりにって言われても、どんな風にすればいいのかわからなくて…」

 

「自分なりに…」

 

 明香音も父親である瞬弐に『自分なりの道を進め』というニュアンスのことを言われているので、あまり他人事とは思えなかった。

 

「不思議だよね。やりたかったことを夢見てたのに、いざそれが叶うと今まで考えてたことが上手く考えられなくなっちゃうんだね」

 

「…やりたかったことって?」

 

「契約までは考えてたけど…それ以外だと契約しても友達になりたいとか、そういうのだったから…」

 

「力のことまでは考えてなかったんだ」

 

「うん…」

 

 忍は契約することを夢見て、それに伴う力の使い方を考えてはいなかったようだ。

 しかし、今は力を持つ者としての教育をゼロを始め、天狼や白雪に教わり、明香音や焔鷲と共に学びつつある。

 

 それが今後どのようになっていくかはまだわからない。

 忍は未来の自分にどのような像を描いているのか…それもまだ定かではないのだ。

 

「明香音ちゃん、僕ね。守りたいんだ」

 

「守りたい?」

 

「うん。僕は、目の前で助けられる命があるなら、それを全力で守りたいんだ。前におじさんにも似たことを言ったら笑われたし、ちょっと怒られたけど…それでも、僕は目の前で苦しんでる人や契約獣やそうでない存在を見捨てたくないんだ…」

 

 空を見上げながら忍はそう呟く。

 忍の脳裏には天狼と出会った時の盗賊団や白雪と出会った時の妖怪達のことが思い出されていた。

 

「それは…険しい道なのでは?」

 

「うん。おじさんにも言われた」

 

 明香音の言葉に忍も苦笑いを浮かべてその時のことを思い出す。

 

『いいか、忍。全てを守りたいなんてのは傲慢で独善的、そして幻想だ。例えばの話、極悪人をお前が助けたとしても、そいつは生き方を変えられると思うか? 変えられるなんてのは楽観的過ぎる。この場合、答えはほぼノーだ。万が一改心したとしてもそれはほんの一握りの者だけだ。第一、その極悪人がまた悪さしたら被害が広がるだけだろう? だったら最初から助けない方がいい。冷たいと思うか? そう思う内はお前もまだまだ甘ちゃんだ。だが、そうだな。全てを助けるんじゃなく、お前の目の前にいる命を助けるってのはどうだ? その方がお前の守りたいって夢を叶えられるかもしれないぞ? だけどな、それはそれで険しい道だ。それを為すためにはそれ相応の力と意志が必要となる。お前に、その覚悟はあるか?』

 

 ゼロはそのように言って忍の願いを全て否定するのではなく、ゼロなりに考えて忍を良き方向へと導こうとしていた。

 

「守るための力、意志、覚悟…」

 

 そして、思い出すのは初めて魔獣を狩った時のこと。

 それを考えて明香音の方を見る。

 

「忍君?」

 

「……………………」

 

 危うく明香音を見捨てそうになったことと、初めて出来た友達を守るために振るった力。

 初めて生きるために魔獣を狩った時の感覚と恐怖。

 

 それらを思い出しながら忍は明香音のことを見て決心した。

 

「……うん。僕、もっと強くなりたい。強くなって明香音ちゃんや皆を守れるようになりたいな」

 

「え?」

 

 忍の言葉に明香音もきょとんと首を傾げる。

 

「お話、聞いてくれてありがとね。明香音ちゃん」

 

「い、いえ…私は聞いてただけですし…」

 

「それでもだよ。ありがとう」

 

 ハニカミながら言う忍に明香音は少し居心地が悪そうに顔を逸らす。

 

「お~い、お前等。そろそろ行くぞ! あと、忍はフィアリムに着くまでに技を考えとけよ!」

 

 そんな2人をゼロが呼ぶ。

 

「行こ、明香音ちゃん」

 

 忍は立ち上がると、明香音に手を差し伸べる。

 

「…はい」

 

 その手を握り、明香音も立ち上がると揃ってゼロ達の元へと走っていく。

 

………

……

 

 それからさらに数日後。

 フィアリムまで一歩手前の村に到着した一行は、そこで休息を取っていた。

 ちなみにこの村の近くには森があり、魔獣被害も出ているらしい情報もあった。

 

「守る、守る…なら、やっぱり結界をベースにして…」

 

 そんな森の中で忍が1人、オリジナル技を開発していた。

 

「えっと…結界で体を包み込んで…それで結界を出来るだけ薄く硬くして…」

 

 眼を瞑り、頭の中で具体的なイメージを形にしていき、そこに…

 

「気で体の中を補強しつつ、魔と妖と一緒に結界へと取り込んでいき…」

 

 霊で作られた結界に魔、気、妖の力を取り込ませていく。

 

「こうすれば、万遍なく力を使えるように…」

 

 と考えていた忍だったが、この試みは思わぬ方向に発展を遂げる。

 

ボンッ!

 

 何やら音を立てて忍の体を覆っていた結界の力が急激に膨れ上がって爆発していた。

 

「っ!?」

 

 何が起きたのかわからず、爆発の中心で呆然とする忍は目を開けて周りの状況を見る。

 見れば、忍を中心に爆発の余波で木々が多少揺れていた。

 

「な、なにが…?」

 

 疑問の尽きない忍だったが…

 

「失敗、したのかな?」

 

 それだけはわかったようだ。

 

「つ、次は失敗しないように…力を結界で閉じ込めて…」

 

 さっきのイメージに上乗せするかのように結界をもう一枚追加し、結界と結界の間で力を循環させるようなイメージを作る。

 

 すると…

 

ドンッ!!

 

「うわわ!?」

 

 上着が吹き飛び、濃密なオーラのようなものが忍の体を包み込んでいた。

 

「え、えっと…なんだかイメージしてたのと違うけど…これなら…」

 

 そう呟いて軽く体を動かしてみると…

 

「わっ!?」

 

 思った以上に体の言うことが利かず、空回りしていた。

 

「うぅ…こんなはずじゃ…」

 

 というよりも出力が大き過ぎて今の忍では持て余しているようにも見えた。

 

「でも、これが僕なりに考えた…力の使い方だし…」

 

 そう、忍は力を"一つ一つ別々に使う"のではなく、"一纏めにしたら使い勝手が良くなるのでは?"と考えていた。

 子供ながらの発想だが、その着眼点は悪くないと言える。

 

 そもそもの話。

 五気全てを扱えるものなど、世界には数える程度しかいない。

 ゼロもその1人だが、基本的にその事実を隠しており、公にはしていない。

 本人曰く『色々と面倒だから』とのこと。

 

 忍のような子供が五気の内、龍気以外を扱えているというのもある種、例外中の例外とも言えた。

 それ故に忍は力を一纏めにする方法を考えていた。

 

 一見、無謀にも思える方法だが、実は五気使いの多くは力を一纏めにして使っていることが多い。

 やり方に多少の差異はあれど、概ね五気使いは力を集約する術を身に付けている。

 

 だったら何故、その技術が公になっていないのか?

 五つの力が纏まるということは二つでも三つでも一纏めに出来るということにも繋がる。

 それがどういう訳か広まっていない。

 理由は単純とも言えるし、複雑とも言える。

 それはこの技術を使っているのが、"五気使いだけ"という事実である。

 五気使いは数が少なく、自らの手札を公開することがないからだ。

 さらに現在確認されている五気使いの多くは国家に所属しておらず、それぞれが自由気ままな生活を送っている。

 五気使いとは、その強大な力を持つが故に国家に所属することを嫌う節があり、独自の発言権を有している場合もある。

 ゼロの場合は…よくわからない部分もあるが…。

 

 そして、今回偶然とはいえ、忍は四つの力を集約してその身に纏うということを為し得てしまった。

 

「あ、そうだ。この技に名前も付けなくちゃ…」

 

 そんな重大なことにも気付かず、呑気に忍は技名を考え始める。

 

「う~ん…理想は瞬きの間に動けて、煌めく力を振るう。だから…『瞬煌(しゅんこう)』、かな?」

 

 そんな風に技名も考えたところで…

 

「それがお前の答えか…?」

 

 いつから見ていたのか、唐突に現れたゼロが忍に声を掛ける。

 

「あ、おじさん」

 

「(四つの力を束ねたか…こいつの習得能力なら時間の問題だと思っていたが、こうも速いと末恐ろしくなる。もし、これで龍気も身に付けたら…どれほどの逸材になるか…)」

 

 忍の状態を見ながらゼロはそのように考えていた。

 

「(だが、それも基礎が出来てこそだ。これを主体にするとなると、周囲の目が気になるとこだが…)」

 

 五気使いの1人として、この事態を看過すべきかどうか…ゼロは少し悩んでいた。

 

「(幸い、まだ完全にはコントロールは出来てないようだし…)忍。まずは霊力だけで体を覆ってみてはどうだ?」

 

「霊力だけで?」

 

「そうだ。別に一回で成功させる必要なんてないんだ。まずは慣れることから始めてもいいだろ?」

 

「慣れることから…」

 

「あぁ、そうだ…(悪いな、忍。だが、これもお前のためだ)」

 

 今後のためにもゼロは忍の力を力を秘匿することを選んでいた。

 

 その後、忍は瞬煌を一時的に封印し、霊力の結界のみにランクダウンさせた『霊鎧装(れいがいそう)』という技で瞬煌を使うための慣らしを行っていくこととなった。

 

 そうして明香音達の元へと戻ると、ついでとばかりに明香音と焔鷲と一緒に魔導学問についての教授をゼロから受けていた。

 明香音の場合は今後契約することがあれば役に立つだろうが、現状では知識として得るだけだ。

 

 そして、一行はフィアラムを統治するフィアラル王国の王都『フィアリム』へと向かうのだった。



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第十二話『"紅神"の秘密』

 王都『フィアリム』。

 真上から見て円状の外壁に囲われた中央大陸随一の大都市。

 円状の外壁の中にはさらに二重の城壁が築かれており、中心地の区画から王城、学園、市街地という風に三つの区画に分かれている。

 

 中心区画である王城には王族の住まいがあり、その東側に王国騎士団の本部や宿舎、西側に宮廷契約者の本部と宿舎、北には古代遺物研究機関、南には訓練場がそれぞれ置かれている。

 

 中間区画は近年になって増設された区画で、通称『学園区画』と呼ばれている。

 この学園区画は東の騎士学区、北の研究学区、西の契約学区、南の基礎学区の四つの学区に分かれており、6歳から12歳までは基礎学区で各種基礎知識や道徳、運動などを学び、その6年の間の生活過程に応じて他の三学区へと進むことになる。

 騎士学区や研究学区はそれぞれ騎士や学者になりたい者が進む学区であるが、残る契約学区は契約獣との契約が必須事項で、通常の座学の他にも契約した契約獣との連携や実戦訓練などを行ったりする。

 ちなみにこの学園区画は基本的に全寮制になっている。

 

 外周区画は市街地で、北東から北西にかけての北側は貴族街、残りの半分以上は平民街や市場となっている。

 この外周区画の外側に外壁があり、東西南北、北東、北西、南東、南西の計八つの地点に都市に入るための門が設置されている。

 

 

 

 その内の一つ、北西の門にゼロ一行の姿があった。

 

「しかしなぁ…」

 

 ゼロが後ろを軽く見ると…

 

「うぅ…腕が疲れるよ、焔鷲」

 

『申し訳ありません、主よ』

 

『我に乗られても困るが、いつまでも主の腕というのも問題だな』

 

「私とは相性がよくありませんしね」

 

「私が変わる?」

 

 焔鷲の留まる位置についてどうするか考えていた。

 

「緊張感なさすぎだろ…」

 

 そんな忍達の様子に頭を少し抱えながらゼロは王都へと入るための順番を待つ。

 そんなゼロの心配をよそに、ついにゼロ達の番となる。

 

「止まれ」

 

 門の検兵がゼロ達を呼び止める。

 

「(さてと…こっからが問題だな)」

 

 ゼロはここで厄介事を起こすと後々面倒になると考え、穏便に事を済ませようと頭を使っている。

 

「大人と子供の男女が一名ずつ、それと大型犬と鳥か?」

 

『誰が犬か! 我は狼だ!』

 

 が、そのゼロの苦労も天狼の一言で瓦解する。

 どうにも狼としての誇りを傷つけたとし、天狼が『グルルルル…!』と検兵を威嚇している。

 ゼロが「あちゃ~」と言わんばかりに額に手を当てて空を仰ぎ見る。

 

「あわわ、天狼。落ち着いて!」

 

 明香音に焔鷲を任せ、忍が天狼を宥めに入る。

 

『主よ。しかし…!』

 

「ここで問題を起こしたら中に入れないかもでしょ? 怒る気持ちはわからなくもないけど、今は抑えて。ね?」

 

『…………御意』

 

 忍の説得に不承不承といった具合ながらも威嚇をやめる天狼だった。

 

「ふむ、契約獣だったか。だが、お前が契約者ではないのか?」

 

 検兵がゼロに尋ねる。

 

「(しゃあないか…)生憎と、俺に契約紋なんてないっしょ?」

 

「ふむ…」

 

 ゼロの言葉に検兵の目に魔法陣が浮かび、ゼロの体を上から下まで観察する。

 

「(こいつも契約者か。が、俺の隠蔽能力を舐めんなよ?)」

 

 そんな考えを抱きながらしばらく検兵の視線に晒されるゼロは自然体で待った。

 

「……いいだろう。では、そちらの子供がその契約獣の契約者か?」

 

 検兵がゼロから視線を外し、忍を見ながらそのように尋ねると…

 

「あぁ、そうだ」

 

 ゼロも素直に答える。

 

「契約獣はその一匹だけか?」

 

「それは…」

 

 ゼロが検兵の質問に答えようとすると…

 

「私も我が君の契約獣です」

 

『僕もです』

 

 後ろに控えていた白雪と、明香音の腕に留まっていた焔鷲が発言していた。

 

「私は人間です」

 

 一応、明香音がそのように発言する。

 

「なに…? どういうことだ?」

 

「(馬鹿正直に答えんなよな…)あぁ、契約獣は全部で3体。全部、こいつが契約してる」

 

 仕方ないとばかりにゼロが忍を親指で指差し、そのように答える。

 

「なっ!? こんな子供が3体もの契約獣の契約者だと!?」

 

「忍はもう10歳だ。そのくらい珍しい、っちゃ珍しいが、契約に歳は関係ないだろ?」

 

「むぅ…それはそうだが…」

 

 検兵が忍にその目を向けると…

 

「…………信じられん…龍気以外を保持しているというのか?」

 

 忍から僅かに流れる魔、霊、妖の力を見て信じられないといった表情で呟く。

 

「ま、成り行き上ね」

 

 そう言って肩を竦めるゼロに対し…

 

「仕方あるまい。しばし、詰所で待たれよ」

 

 検兵はそのように通達する。

 

「(詰所か…何言われるんだか…)わかりましたよ」

 

 状況的に仕方ないとは言え、ゼロは事を荒立てないようにするため、素直に別の検兵の案内で忍達と共に詰所へと向かう。

 

「では、こちらで待っていただきます」

 

「はいはい、お仕事お疲れ様です」

 

 詰所の待機室に通されたゼロ達はそのままそこで寛ぐことにする。

 

「お前等、馬鹿正直にも程があるだろ?」

 

 詰所の椅子に座りながらゼロが天狼や白雪に苦言を呈する。

 

『貴様の契約獣などと思われたくなかった』

 

「右に同じく。というより、門前で偽りの証言など許されません」

 

「お前等なぁ~」

 

 天狼と白雪の言葉にゼロもやれやれと頭を抱える。

 

 

 

 それから詰所で待つこと約一時間程度。

 

「お待たせしました」

 

 詰所に2人の男性が入ってくる。

 

「初めまして。フィアリム学園区画から派遣された『久遠院(くおんいん) 誠人(まこと)』です」

 

 1人はうなじが隠れる程度に伸ばした黒髪と茶色の瞳を持ち、爽やかな感じの整った顔立ちに体格はわりと細身で少しばかりなよっとした印象を与える黒のハーフフレームの眼鏡を着用した男性…名は『久遠院 誠人』という…と…

 

「同じく『コウ・フレイシス』だよ。よろしくね」

 

 もう1人は背中まで伸ばした翠色の髪を後ろで一纏めにして緋色の瞳を持ち、凛とした雰囲気の端正な顔立ちに体格はそこそこ鍛えているのか、わりと筋肉質である男性…名は『コウ・フレイシス』という…だった。

 

「(学園区画…この都市の中間にある教育機関か。ま、3体も契約獣を連れてりゃなぁ…)」

 

 現段階での忍の特異性を考えれば当然の対応とも思えたゼロは、内心でやれやれと呟く。

 

「(ともかく、ここは…)どうも、初めまして。こいつらの保護者をしてる『ゼロ』ってもんだ」

 

「僕は『紅神 忍』です」

 

「『久瀬 明香音』です」

 

『我は"天狼"』

 

「私は『白雪』と申します」

 

『僕は"焔鷲"です』

 

 ゼロが挨拶を返すと、忍達も続くように挨拶をしていた。

 

「これはご丁寧にどうも」

 

「名前の感じからしてティエーレン出身かい?」

 

 誠人が頭を下げると、コウが名前のニュアンスを聞いて尋ねてくる。

 

「(さて、どこまで話していいものかな?)」

 

 ゼロは目の前にいる2人にどこまで話していいものかと一瞬考える。

 

「ティエーレンにいる友人の頼みで子供達に世界を見せる旅の途中なんだ。忍と明香音はティエーレン出身でね。その途中で契約するから驚いたもんだよ」

 

 しかし、すぐさま嘘ではないが、本当でもないような内容の話をする。

 

「ふむふむ。旅の途中であると…なら、この国への滞在期間などは?」

 

「特に決めてはないかな。とりあえず、契約獣同伴でもいいって宿屋を探してしばらく間借りさせてもらう予定だ」

 

 その話を受け、誠人の質問にゼロはそう答える。

 

「契約獣が3体ともなると探すのも結構大変だと思うけどな~」

 

「そこなんだよな…」

 

 コウのもっともな言葉にゼロも悩ましいといった感じで唸る。

 

「では、我が学園区画に入っていただくのはどうでしょうか?」

 

 すると、誠人がそのように提案する。

 

「(ま、契約獣3体と契約してて、しかも子供。そりゃあ、学園に入れた方が色々と手っ取り早いのは確かだ。が、まだ"時期"じゃない。それに忍はティエーレンの出身というだけで、特に何処かの国に所属してる訳ではないし、各国の上層部は引き抜きにかかる可能性も否定は出来ん。だからこそ、今はまだ俺の手元で修行させなきゃならん。それに下手に学園区画に入ってティエーレン…特に天照の連中に勘付かれても厄介だしな…)」

 

 ゼロもいずれは学園区画へと入れることは考えていたが、今はまだ"時期"ではないのと、色々な事情があって避けるべきだと判断していた。

 

「せっかくの申し出ですが、旅の途中ということもあるので断らせていただきますよ。それに俺はあくまでも保護者代理。旅が終われば、こいつらも親の元へとちゃんと届けないとなんで。まぁ、その時になってこいつらが学園区画に入りたいと願うなら口添えはしますがね」

 

 そのゼロの言葉に…

 

「……そうですか。わかりました」

 

「勿体ないねぇ~。でもま、仕方ないか」

 

 誠人もコウもそれなら仕方ないと了承する。

 

「じゃあ、俺達はそろそろ行っても?」

 

 荷物を背負い、ゼロが詰所から出ようとする。

 

「えぇ、問題ありません。よい旅を…」

 

「この辺は貴族街だから気を付けてね~」

 

「ご忠告どうも。ほら、行くぞ」

 

「は~い」

 

「わかりました」

 

『……………………』

 

「失礼します」

 

『では…』

 

 誠人とコウに頭を下げてから詰所を出るゼロ一行。

 

 

 

 その背を見送った誠人とコウは…

 

「よかったのかい? 見送っちゃって」

 

「何か珍しい古代遺物を持っているならともかく、契約獣には興味ないな」

 

「そうかい。だけど、惜しいのは確かなんだよね…あの歳で3体と契約。もしかしたら逸材かもね?」

 

「知らん」

 

 さっきとは打って変わって興味なさげにしている誠人にコウが話し掛けている。

 

「まぁ、マークした方がいいとは思うけど…なんか嫌な予感がするのよな。特にあっちの保護者代理って人がな」

 

「……………………」

 

「胡散臭さもあったけど、それよりも得体が知れないっていうのかな。ヤバい気配がしたんだよな」

 

「………………戻るぞ」

 

「あ、誠人っちってば、人の話くらい聞いてくれよ~」

 

 いい加減面倒になったのか、誠人がさっさと移動を開始するのをコウが追いかける。

 

「("べにがみ"……思い違いであればいいが、あの響きからすると……いや、気のせいか。仮にそうだとしても本来なら"有り得ない"しな)」

 

 ただ、誠人は誠人で思うところがったらしいが、気のせいだと割り切っていた。

 

 

 

 そして、詰所を後にしたゼロ一行は…

 

「(さてと…ひとまずは王都に入ることには成功したが…どうすっかな…)」

 

 貴族街の道を南下しながらもゼロは今後の予定を考えていた。

 

「(忍のことだし、ここでも一波乱ありそうな予感はあるにはある。が、それを言っちゃ身も蓋もない。とは言え、ここは王都。ここの騎士団とはあまり関わり合いたくねぇしなぁ…)」

 

 大陸毎に事情が変わる理由でもあるのか、ゼロはフィアラル王国の騎士団とは関わりたくなさそうである。

 

「(まぁいい。もしもの時はもしもの時だ。いざとなれば雲隠れすりゃいいしな)」

 

 自分で自分に言い聞かせるように内心で考えつつ、前を歩く忍達を見る。

 

「(さてはて、どうなるのかね?)」

 

………

……

 

 その日の夕刻。

 

「いやぁ、やっと寝床を確保出来たな」

 

 王都南西地区の宿屋の一室でゼロがベッドに腰掛けながら呟いていた。

 

『まさか、ここまで宿探しが難航するとは…』

 

『僕達の存在がそんなに主達の負担になるなんて…』

 

「致し方ありません。いくら契約獣の存在が公になったとは言え、未だ人間達の中には私達に対する恐怖などの感情があるのでしょう」

 

 窓際に陣取っている契約獣達がそのような会話をしている。

 

「で、お子様達は?」

 

 ここにいない忍と明香音に関してゼロが首を傾げていると…

 

「隣の部屋で休んでいただいています。長旅でしたので、疲れが溜まっていたのでしょう。ここに着いた後は寝てます」

 

 白雪がそのように答えていた。

 

「二部屋確保出来ただけでも幸いか…」

 

 ゼロがそのように呟く。

 

 この宿は外周区画の南西地区の裏路地にあった少し寂れた宿だが、格安で寝泊りができ、女将さんと旦那さんと娘さんの3人で切り盛りしている。契約獣に対しては特に偏見は持っていないようなので、契約獣連れだろうが何だろうが客は客として受け入れるスタイルらしい。ちなみにこの宿屋の一階は食事処もあり、裏手には水浴び用の井戸もあるのなど、わりと優良物件である。

 

『それで? 我等を呼び出した用向きはなんだ?』

 

 天狼がゼロに尋ねる。忍と明香音を寝かせたまま3体を呼び出した理由だ。 

 

「なに、別に大したことじゃない。忍と明香音をいずれはこの国の学園区画に編入させようと思ってな。で、お前達にはその時のために、忍についてちと話をしておこうってな」

 

『? ですが、その申し出は断ったはずでは?』

 

 ゼロの言葉に詰所での出来事を思い返して焔鷲が首を傾げる。

 

「今は"時期"じゃないんだ。忍の身のためにもな」

 

『どういうことだ?』

 

 ゼロの言わんとしていることが察せられず、天狼も警戒するような目でゼロを見る。

 

「知っての通り、忍は俺が預かってる身だ。当然ながらあいつにも両親がいる」

 

「当たり前のことですね」

 

『そうだな』

 

『はい』

 

 何を当然なことを、と言いたげな表情でゼロを見る3体。

 

「そんな呆れ顔を向けるな。話を続けるが、問題はその"血統"だ」

 

『"血統"、だと?』

 

「あぁ。話は少し逸れるが…ティエーレンにおいて"神"の字を持つことが許されるのは天照にいる皇族のみ。その意味が、分かるか?」

 

『「!?」』

 

『?』

 

 ゼロの発言に天狼と白雪は何かに気付いたようだが、焔鷲は首を傾げたままだ。

 

『待て! 主の名は確か…』

 

「べに、がみ…」

 

「そう。紅の神と書いて、『紅神』。本来なら有り得ない名だ」

 

 天狼と白雪の言葉にゼロは軽く頷く。

 

「有り得ない?」

 

「この『紅神』ってのは忍の父親であり、俺の親友、竜也が勝手に名乗った名だ。当然、ティエーレンの皇族達は容認しちゃいない。が、竜也はそう名乗る資格がある」

 

『資格がある、とは?』

 

 焔鷲の疑問に…

 

「そこがまた厄介な問題でな。忍の母親である汐乃。これがティエーレンの皇族の中でも発言力の高い『神崎』家ってとこの令嬢でな。さらに竜也の家…『紅』家は神崎を守る役割を持った剣の一族でもある。家系図を遡れば、恐らく大元は同じ家に辿り着くだろう。つまり、同じ祖先を持った家同士の婚姻関係、とも取れるんだが…あの2人、関係を家に猛反対されたんで駆け落ちしててな。勘当同然の扱いだったんだよ」

 

 ゼロはそう答えていた。

 

『待て、"だった"とはなんだ? では、今は?』

 

「さてな。お家事情で何かあったんだろ。勘当同然だった奴等を戻すくらいだしな」

 

「それなら喜ばしいことなのでは?」

 

「普通ならな。だが、そこは皇族だぞ? 裏で何を企んでるのか知れたもんじゃねぇよ。だからこそ、竜也は忍を俺に預けたんだろうな」

 

『何故です?』

 

「そりゃお前…自由に生きてほしいからだ。あいつらは忍に自由に生きてほしかったんだ。皇族としての使命なんかよりも自由に伸び伸びと育ってほしい、ってな」

 

『「『……………………』」』

 

 ゼロの言葉に天狼も、白雪も、焔鷲も言葉が続かなかった。

 

「ま、そういうわけで…現状ではティエーレンの皇族連中に知られるわけもいかないから学園区画への編入は見送った訳だ。せめて忍が15歳以上になってからじゃねぇとこれらの事情は話したくはないな」

 

 そう言ってゼロはベッドに寝転ぶ。

 

「お前達もそのつもりでいてくれ。忍のことは他言無用だ。明香音にもな…」

 

『……いいだろう。それが主のためならば今は追及はせぬ。だが、いずれは…』

 

「えぇ、我が君に話してください。あなたの言葉で…」

 

 天狼と白雪がゼロにそう言って厳しい視線を向ける。

 

「あぁ、そのつもりさ…(その時になって…俺がまだ傍にいれば、な…)」

 

 ゼロもそう答えるが、内心では何やら不穏な考えを抱いていた。

 

『焔鷲。お前もいいな?』

 

『は、はい。でも、僕はどうしたら…?』

 

「我が君にはいつも通りに接してください。それが一番いいでしょうから」

 

『わかりました』

 

 生まれた年数が違うだけあって焔鷲は天狼と白雪の言うことを素直に聞くのだった。

 

 そうしてゼロと忍の契約獣達の密談は終わった。白雪は話が終わると、すぐに隣の部屋へと戻っていった。2人のことが心配だったのだろう。幸い、2人は眠ったままだったので、密談を聞かれた様子はなかったが…果たして、いつまでこのことを黙っていればいいのか…。白雪はそれが不安だったそうだ。

 

 その後、一行は忍と明香音が起きるのを待って遅めの夕食を1階で取ると、ゼロとゼロ以外とで部屋に戻り、一夜を明かすのだった。



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第十三話『"災害"と、再会?』

 ゼロ一行がフィアリムに滞在し、早2日が経とうとしていた。

 

 この2日間は別段異常もなく、ごくごく普通に過ごしたとも言える。初日にゼロが忍のことについて契約獣達に話した後、ゼロや天狼、白雪は自然体だったが、焔鷲は少しぎこちなさを残していたようにも見えたが、忍は気にする様子はなかった。ただ、明香音は"何かあったのでは?"と少し勘繰っていたが、彼女自身そのことについて踏み込みはしなかった。何かを感じたのか、その辺は明香音にしかわからないことだ。

 

 ともあれ、忍の事情を知った契約獣達はいつも通りに過ごすことにしていた。

 

 フィアリムに入って2日経った今日は、ゼロも同行しての町の散策となった。

 

「(また知らない内に契約とかなったら困るしな…)」

 

 というゼロの愚痴にも等しい思いを知ってか知らずか、忍達は町を散策する。

 

「(というか、この時点で既に3体と契約してるからな。しかも属性も力もバラバラときたもんだ。俺の場合は参考にならんが、それでも忍のこの縁の繋ぎ方は面白い。流石にこの歳で龍気はまだ扱えんだろうが、他の力に関しては習得率が高い。そのままだと本当に龍気まで扱えちまうかもな)」

 

 明香音と一緒にキョロキョロと周囲を見て回る忍を見ながらゼロはそんな思考を巡らせる。

 

「(だが、その場合…果たして、俺が教えることはあるんだろうか? 基礎は教えてる。だが、応用はこいつ自身のセンスによるところが大きい。まぁ、竜也譲りで末恐ろしいもんがあるだろうが…)」

 

 天狼と白雪がそんな2人の左右に位置し、フォローしているのを後ろから見てゼロは思う。

 

「(次に契約するとなると、普通なら力の底上げと同じ属性による研磨だが、こいつの場合は俺と似て他の属性を手にすることになるかもしれないな。まぁ、契約がそんな頻繁に起こってたまるか、とも思うんだが…)」

 

 目の前を歩く忍を見てゼロは軽い溜息を漏らす。

 

「(何事にも例外ってあるからな。俺みたいに…)」

 

 自身の過去を思い返し、ゼロは少し遠い目をする。

 

「(あれから…もう、何年経ったんだかな…)」

 

………

……

 

 ゼロが生まれたのはどこかの大陸の田舎だった。今はもう地図上には存在しない小さな田舎の村。そこで生を受けたゼロは、どこにでもいるような赤子だった。

 

 "ある事実"を除いては…。

 

 それはゼロの生まれた村が魔獣の群れに襲われて壊滅した。そして、赤子だったゼロや他の赤子達や子供達が魔獣に連れ去られた。魔獣の食料になるために…。

 

 当時はまだ魔獣の対策も不十分な時世で、特に田舎までその対応策が行き渡っていない頃だったせいもあり、そういった被害が頻発していた。それ故に国も対応に四苦八苦していた。

 

 そんな被害者の中にゼロもいたのだ。

 

 だが、どういう運命の悪戯か…ゼロは、縄張りを持たず、自由気ままに、それこそ気分次第で国をも滅ぼせる力を持った"とある龍種"に助けられた。その龍種が何を思ってゼロを助けたのかはわからない。本当にただの気まぐれだったのかもしれない。しかし、結果として魔獣の群れはその龍種によって壊滅し、最後の食料として残ったゼロは、今度は龍種に連れ去られた。

 

 それから月日が経ち、龍種とゼロは自由に各大陸を時に渡り、時に住み着き、時に悪さをし、時に人助けなんかもしたりと好き勝手に生きていた。ちなみにその頃には既にゼロの背中一面を満たすかのような大きな刻印が刻まれており、龍種特有の龍気を扱えるようになっていた。

 

 当然、そんな危険な存在を各国が放置する訳もなく、お尋ね者のようにして扱われた。しかし、そんなことなど龍種とゼロは知ったことかと、己の自由を貫いた。

 

 そうしてこの1人と1体が一種の災害として扱われていた頃に、当時のフィアラル王国がこの災害を捕縛しようと動き出していた。

 

 このフィアラル王国の行動は、結果として災害の捕縛には成功したが、その過程で多くの犠牲が出てしまうこととなり、災害を断罪すべきという声も多かった。しかし、その反面、人間が龍気を使っていたことに注目した一部の学者達が研究のための被検体として身柄を欲しがった。

 

 結局のところ、拘束された災害はその一部の学者達の元に送られることとなった。そうして『被検体番号0番』と『観察対象龍種・危険度レベルEX』は、何よりも愛していた自由を奪われることとなった。だが、その代わりにこの災害を研究することで『契約』と『契約獣』という新たな概念が生まれることとなる。

 

 『災害』と呼ばれた存在が人々に新たな道を示す。

 

 その研究が一区切りし、世間に契約獣と契約についての詳細が公にされた頃、その最初の契約者と契約獣である『災害』は、自由を求めて研究機関を脱走する。だが、災害は別々の場所にいながらも同じタイミングで脱走したという。何かしらの方法があったのか…今でこそ契約紋を用いた会話もあるとわかっているが…当時はそれすらもわからなかった。それだけ契約に関する研究は、まだまだ初期段階だったということだろうか。

 

 その後、1人と1体は合流したのか、別々に行動していたのか、『災害』が揃った姿を見た者はいなかったという。

 

 それからさらに時が流れ、『被検体番号0番』は己のことを『ゼロ』と名乗り、己の素性を隠しながら今の時世を渡り歩いていた。その過程で、龍種以外の魔獣、霊獣、妖怪の上位個体とも契約を果たし、全ての力と属性を手に入れたゼロは自らの素性を隠したまま"最初の五気使い"を称し、そういう存在もいずれは出てくるのだと世界に示した。

 

 世界に示した後、ゼロは再び姿を消した。新たに契約した3体の契約獣達に自由を許し、バラバラとなった彼等が集まったことは、実は一度たりともない。もしも、彼等が集まる日があるとしたら…それは一体何を意味するのか?

 

 そして、ゼロは単身、再び表舞台へと舞い降りた。旅の小さな同行者達の保護者代理として…心からの友となった者達の願いを叶えるために…。

 

………

……

 

「(柄じゃねぇよな…だが、こいつらが自立出来るくらいに成長するまでは見守ってやるか)」

 

 そんな想いを抱きながら前方にいる忍と明香音を見る。

 

「(時間だけは、無駄にあるしな…)」

 

 そんな考えを巡らせたゼロだったが…

 

「あ…」

 

 不意に忍が声を上げた。

 

「ん?」

 

 ゼロが忍の視線の先を見ると…

 

「……………………」

 

 噴水広場なのか、噴水を中心に整備された広場がある。その噴水の縁で足を組んで座る1人の美女がいた。腰まで流れるような銀髪と深紅の瞳を持ち、まるで人形のように整った綺麗な顔立ちをしていて、その均等の取れた体を真紅のドレスで着飾った女性だ。

 

「(凄ぇな…場違い感が…)」

 

 ちなみに言っておくが、昼間の噴水広場で、子供達も多くが遊んでいる中で、そんな貴族っぽいような格好をしているためか、場違い感が半端じゃない。ゼロも遊びに来た子供達の親御さん達も皆そう思っていても不思議ではない。

 

『あやつ…あの時の…』

 

 そんな中、天狼が美女を警戒しているような目で見ている。

 

「お知り合い、ですか…?」

 

 白雪が天狼に問い掛けると…

 

『いや、面識はない。が、会ったことなら一度ある。まぁ、互いに目が合った程度だろうが…』

 

 天狼はそう答えながら忍の方をチラッと見た。

 

「……………………」

 

 当の美女の方は少し気怠そうな雰囲気で噴水の縁に座っているだけだ。

 

「(この波動…おそらくは…)」

 

 ゼロも美女から感じる力を察知し、その正体を推測していた。

 

「あ、あの…」

 

 そんな警戒中の天狼や若干興味深そうなゼロを尻目に忍が怖いもの知らずを発揮し、美女に近付いて声を掛けていた。

 

「?」

 

 声を掛けられた美女は、首を傾げながらも視線を下げて忍を見下ろす。

 

「む…」

 

 主を見下ろされて気分が悪いのか、白雪が少し不機嫌な声を漏らす。

 

「えっと、あの時は助けてくれてありがとうございました」

 

「あの時? 助けた?」

 

 忍が美女にお礼を言うが、言われた本人は身に覚えがないのか、美女は首を傾げたままだ。

 

『ティエーレンの山奥で、道の邪魔だと巨漢の野盗をお主が蹴った時だ』

 

 仕方ないとばかりに天狼が忍に歩み寄り、当時のことを苦々しそうな表情で思い出しながら呟く。

 

「……………………あぁ、あの肉だるまを蹴った時の…」

 

 天狼の言葉で、やや間はあったものの、美女の方も思い出したようだ。

 

「はい。あの時はありがとうございました」

 

 再度、忍が美女にお礼を言うが…

 

「別に。坊や達を助けた訳じゃないわ。アレが私の進む方向にいて邪魔だっただけよ」

 

 美女は自分のためにやっただけだと突っぱねる。

 

「それでも、結果的には助けてもらったので、お礼を言いたくて…」

 

「ふぅん」

 

 なんとも律儀な忍に美女は適当な返事をする。

 

「っ…」

 

「?」 

 

 珍しく白雪がズンズンと足を踏みしめて美女の前へと向かう様にゼロが首が傾げていると…

 

「あなた…」

 

「?」

 

 新たに声を掛けられ、美女の方もチラリと白雪の方を見る。

 

「我が君の感謝のお言葉をそんな気のない返事で返すなんて、失礼だと思わないのですか?」

 

 静かだが、どこか少しだけ熱の籠った声で美女に問いかける。

 

「別に。あなたには関係ないでしょう? どんなお礼を言おうが坊やの勝手だし、それにどう対応するのかも私の勝手なのだし」

 

「それでも、最低限の礼儀というものがあるでしょう?」

 

「口うるさい女は嫌われるわよ?」

 

「あなたのように礼節を重んじない人よりはマシなつもりです」

 

 そんな白雪と美女の言い合いに忍は困ったように両者を見ており…

 

「(どっちもどっちだろ…)」

 

 傍観していたゼロはそのような微妙な感想を抱く。

 

「……………………」

 

「……ふん」

 

 美女を睨む白雪と、そんな白雪の睨みなど意に介さない美女の間に微妙に火花が散ったようにも見えなくもない。

 

「あ、あの…」

 

「手出し無用。こういうのは放っておくのが一番だってお母さんが言ってた」

 

 2人を仲裁しようとした忍を明香音が近寄って手を引っ張り遠ざける。

 

『バカバカしい…』

 

『白雪さんって…』

 

「それ以上は言わなくてもいいぞ」

 

 天狼は呆れて首を横に振り、焔鷲も何か言おうとしたが、ゼロに止められる。

 

「……ともかく、これ以上、こんな礼儀知らずを我が君と関わらせる訳にはいきません」

 

「はぁ? 我が君?」

 

「あなたには関係のないことです」

 

「……それもそうね」

 

「「ふんっ」」

 

 互いにそっぽを向くと、美女はそのまま噴水の縁に居座り、白雪は忍達の元へと戻ってくる。

 

「白雪さん。喧嘩は良くないよ?」

 

 戻ってきた白雪に忍の第一声が届く。

 

「も、申し訳ありません。我が君。ですが…私はどうにもああいうのが許せなくて…」

 

 忍の言葉にちょっと動揺してしまい、あわあわとする。

 

「正義感が強いというか、礼節にうるさいというか…」

 

「何か言いまして?」

 

「いんや、何にも?」

 

 ゼロが何やら言っていたが、即座に復活した白雪の一睨みで黙らせる。

 

『主よ。あなたももう少し慎重に行動してください』

 

 天狼は天狼で忍に注意していた。

 

「でも、お礼は言っておかないと…」

 

『それでも、です。主の直感に頼った行動は我等をも翻弄してしまうのです。その点はお気をつけて頂きたい』

 

 それを聞き…

 

「…僕、そんなに無鉄砲かな?」

 

 忍は周りに聞いてみると…

 

「そうだな」

 

「あ~、確かに無鉄砲のきらいはありそう」

 

『えぇ』

 

「それは…その、はい」

 

『付き合いが短いので何とも言えませんが…僕の時もそんな感じでしたね』

 

 その場にいた全員から『無鉄砲』という烙印が押されてしまった。

 

「うぅ~」

 

 その事実に忍は唸ってしまう。

 

 

 

 そんなやり取りをしながら噴水広場を去っていく忍達。その様子を噴水の縁に座りながらも美女は見ていたが…

 

「……………………」

 

 何を思ったのか、その場から立ち上がると、忍達とは反対側の道を優雅に歩き始めた。

 

 ゼロは何かを察していたようだが、この美女の正体は一体…?



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第十四話『露呈する名』

 噴水広場での一件の後、忍達は武器や防具などを取り扱う通りを歩いていた。

 

「流石、王都。色々と品揃えが良いな」

 

「物流の中心地ですからね。地理的にも中央は各大陸との接点も多いと聞きますし」

 

「まぁな。ま、子供は目移りしそうだが…いい機会だ。こういうのにも触れさせてやらんとな」

 

「ふぅ…あまりこういうものとは関わってほしくないと思いますが、旅をしている以上、仕方ないと割り切ります」

 

 適当な武器屋へと入った一行は武器を見繕っており、店内でゼロと白雪がそのような会話をしている傍らでは…

 

「やっぱり、小太刀の方がしっくりくる気がする」

 

 明香音がティエーレンから流通されたと思われる小太刀の感触を確かめていた。やはり、隠密の一族らしく目の付け所が普通とは若干違っているようにも思える。

 

「う~ん…僕はよくわからないや」

 

 対して忍は頭を悩ませていた。当然ながら武器を扱ったことのない忍には少しハードルが高かったのだろう。

 

『僕もよくわかりません…』

 

『焔鷲よ。これらの危険性だけは覚えておくがいい。人間は、なにも主のような人間ばかりではないからな』

 

『はい、天狼さん』

 

 天狼と焔鷲の方は、天狼が武器を使う人間に対しての危険度を焔鷲に教えていた。

 

「契約獣はともかく、子供連れでこんな場所に来るとは物好きな奴等だ」

 

 店主らしきガタイのいいおっさんがゼロと白雪に声を掛ける。

 

「ま、社会勉強みたいなもんさ」

 

 ゼロがそのように答えると…

 

「って旦那が言ってるが、嫁さんとしてはどうなんだ?」

 

「はい?」

 

 店主の言葉に白雪から冷気が漏れ出す。

 

「ありゃ、違うのかい?」

 

「ち・が・い・ま・す! 誰がこんな男の嫁ですか! 考えただけで背筋が粟立ちます!」

 

 店主に詰め寄り、白雪が怒声を上げる。ついでに店内の気温が急激に低下していく。

 

「うぉ?! アンタも契約者だったか!?」

 

 人の姿をしているせいか、初見だと契約者に間違われることが多いのが、人型妖怪だったりする。だからこそ、人間社会に溶け込め易いとも言えるが…。

 

「違います! 私は妖怪で、契約者はそちらの我が君です!」

 

 そう言って白雪が忍の方に手を向けて叫ぶ。

 

「ふぇ?」

 

 いきなりのことに忍がそんな声を漏らす。

 

「こっちのガキが契約者だってのか!?」

 

「そうです! 何か文句がありまして!?」

 

 驚いた店主になおも詰め寄る白雪。さっきの美女とのやり取りでフラストレーションでも溜まっていたのだろうか?

 

「あ、いや、別にそういうわけじゃ……なんか、すんません」

 

 店主もしどろもどろになって白雪に頭を下げる。

 

「わかればいいんです。わかれば」

 

 やっと落ち着いてきたのか、店内の気温が正常になりつつある。

 

「(やれやれ…)」

 

 その一幕を見てゼロが肩を竦めている。

 

「じゃあ、そっちの2匹は兄さんの契約獣かい?」

 

「いんや。ここにいる契約獣は全員契約者が同じでな」

 

「ってことは…そのガキンチョが契約者だって!?」

 

 この場にいる3体の契約獣が忍と契約していることに店主は目が点になって仰天する。

 

「あぁ。ちなみに今年10歳になってな」

 

「はぁ~…その歳でもう契約たぁ、恐れ入る」

 

「ま、旅をしてたら自然とな。どうにもトラブル体質らしくて毎回毎回こっちも驚きさ」

 

 そんな風にゼロと店主が話をしていると…

 

カランカラン♪

 

 どうやら他のお客が来たようだ。

 

「いらっしゃい。お? また来たのかい、嬢ちゃん」

 

 ゼロと話していた店主がその客を見ると、そのように言葉を発していた。

 

「なに? 来ちゃ悪いっての?」

 

 そう声を発して返答するのは、忍と同じくらいの背丈で背中まで伸ばした金髪を黒い布でポニーテールに結い、ちょっとつり目気味で鳶色の瞳を持ち、まだあどけなさの残る幼い顔立ちをしている女の子だった。ただ、服装は白を基調に赤の刺繍をあしらったセーラー服を思わせる制服姿だ。

 

「(この制服…確か、学園区画の…)」

 

 その女の子の登場に、ゼロが若干眉を顰める。

 

「いやいや、未来のお得意様になるかもしれない嬢ちゃんだからな。で、今日もかい?」

 

「えぇ、お願い」

 

「あいよ。じゃあ、兄さん。また後で」

 

 そんな受け答えの後、店主が店の奥へと引っ込む。

 

「(忍と同じくらいか? それにあの制服の刺繍の色は、確か…)」

 

 嫌な予感を覚えつつも、ついジロジロとした視線を送ってしまったのか…

 

「なによ、おっさん?」

 

 その視線に気づいたのか、女の子がつり目気味の目をさらにつり上げてゼロを見上げる。

 

「(なんで、みんな…俺をおじさんとかおっさんとか言うかな…)」

 

 女の子の言葉を聞き、少し遠い目をしたゼロに…

 

「用がないなら見ないでくれる?」

 

 女の子は追撃を加えてきた。

 

「お~、怖い怖い。見たところ、学園区画の生徒らしいが…」

 

「だったら何よ? おっさんには関係ないじゃない」

 

 大人相手にも物動じしない女の子である。

 

「まぁ、俺はな。ただ、こいつらはちょいと別でな」

 

「こいつら?」

 

「忍、明香音。ちょっとこっち来い」

 

 ゼロが忍と明香音を手招きして呼び出す。

 

「なに、おじさん?」

 

「なんですか?」

 

 女の子と同世代っぽい忍と明香音の登場に女の子も訝しげになる。

 

「しのぶ? あかね?」

 

「どっちもティエーレン出身でな。今は俺の旅に同行させてる。親の承諾もちゃんと取ってあるから誘拐したとか言うなよ?」

 

「ふ~ん?」

 

 ゼロの紹介にまるで値踏みでもするかのような視線を忍と明香音に向ける。

 

「……………………」

 

「?」

 

 明香音の方も女の子を訝しげに見るが、忍は不思議そうに首を傾げている。

 

「「……………………」」

 

 明香音と女の子の微妙な沈黙を無視して…

 

「僕は紅神 忍。君は?」

 

 忍が女の子に名乗る。

 

「(べにがみ…?)……『流星(ながほし) 朝陽(あさひ)』。須佐之男が武家出身よ」

 

 忍の苗字に違和感を覚えつつも、名乗られたからには名乗り返すのがティエーレン流なのか、女の子こと『朝陽』は自ら名乗る。

 

「久瀬 明香音よ」

 

 そんな子供達の名乗り合いを聞いたゼロはというと…

 

「(げっ…マジか。制服の刺繍の色が色だったから気になったが……こんなとこでティエーレンの武家の娘と遭遇とか…最悪なんだが…)」

 

 朝陽の出身を聞いて内心で冷や汗を流す。

 

「(ホント、嫌な予感ばかり当たるな…)」

 

 ゼロの内心はともかく、子供達の方は…

 

「へぇ、ティエーレンからリテュア経由でこのフィアリムに、ね」

 

「うん。色々と大変だったけど、明香音ちゃんも一緒だったから」

 

「まぁ、足手纏いになったりもしたけど、忍君もいたし…」

 

 朝陽にこれまでの旅の話を簡潔にだがしている様子だった。

 

「ふ~ん…仲良いのね」

 

「べ、別にそういう訳じゃ…」

 

 明香音の方は朝陽の言葉に少し照れてるようにも見える。

 

「それに、一緒に旅してるのは僕達だけじゃないしね」

 

「まだいるの?」

 

「うん。天狼に、白雪さん、焔鷲も一緒に旅をしてるんだよ」

 

「そいつらもティエーレン出身なの?」

 

 名前のニュアンス的に朝陽はそう問うが…

 

「ううん。天狼はティエーレンで出会ったけど、白雪さんはリテュアで、焔鷲とはフィアラムの北の山脈のところで出会たんだ」

 

 忍は朗らかな笑みを浮かべて答える。

 

「? どういうこと?」

 

「まぁ、見た方が早いかもね」

 

 朝陽が首を傾げる中、明香音が苦笑していると…

 

『主よ。どうかしたか?』

 

『呼びましたか?』

 

「何か御用でしょうか、我が君」

 

 そこへ忍の声を聞いたらしく天狼、白雪、焔鷲の3体がやってくる。

 

「……は?」

 

 黒の混ざった白銀の毛並みを持つ狼、3対6枚の翼と紅蓮の羽衣を持つ鳥、白い着物を身に纏った美人さんが同い年くらいの忍を"主"なり、"我が君"などと言って近寄ってきては、どんな人でも固まるというものだ。

 

「……………………」

 

 今更ながらフィアリムに入る前に隠蔽に関する技術をゼロから教わっており、忍は契約紋を隠している。まぁ、天狼との契約紋は顔にあるせいか、目立ち過ぎるというのもあるので、必然的に隠す必要があるのだ。両手の甲にある白雪と焔鷲の契約紋は比較的隠しやすいから、あまり問題はないが…。

 

「? 朝陽ちゃん、どうかしたの?」

 

 固まる朝陽に忍が声を掛ける。

 

「アンタ、何者よ?」

 

「? 僕は僕だけど?」

 

 朝陽の問いに忍は首を傾げながらそう答える。

 

「そういう意味じゃなくて…」

 

 求めていた答えと違うので、少し頭を抱える朝陽。

 

「?」

 

「はぁ…もういいわよ」

 

 そんな風に会話が一区切りついたところで…

 

「待たせたな、嬢ちゃん」

 

 店主が店の奥から戻ってきた。その手には子供用なのか、少し小さめに造られている一本の鞘に収まった剣と一振りの鞘に収まった刀があった。

 

「で、今日は"どっち"だい?」

 

「ん」

 

 差し出された剣と刀の内、朝陽から見て左側の剣を指差す。

 

「こっちかい。じゃあ、裏庭で試しをしてきな」

 

「いつも悪いわね」

 

「別にいいってことよ」

 

 朝陽は剣を受け取ると、店の奥へと向かう。

 

「朝陽ちゃんは何をするの?」

 

 朝陽のことが気になったのか、忍が店主に尋ねる。

 

「ちょっとした試し斬りってやつだな。あの嬢ちゃん、ティエーレン出身だろ? だから出身地で馴染みの刀を使うか、騎士が使うような剣を使うかで迷ってるんだと」

 

「ほぉ、そいつはまた珍しいな」

 

 店主の答えにゼロが興味深げに声を漏らす。

 

「そんなに珍しいの?」

 

 忍が不思議そうに首を傾げると…

 

「あぁ、各大陸での癖や特性、体質ってのはなかなか抜けないもんだからな。それなのに、刀か剣で迷うとは…」

 

「なんとなくわかるかも。私も小太刀とかの方がしっくりくるし…逆に短剣を持つのは…なんだか、変な感覚になるから」

 

 ゼロの簡潔な説明に明香音が同意している。

 

「へぇ~」

 

ペシッ

 

「他人事みたいに言ってるが、お前もちったぁ気にしろ」

 

 感心する忍の頭を優しくチョップしながらゼロが呆れる。

 

「ねぇねぇ、おじさん。朝陽ちゃんの様子を見に行ってもいい?」

 

「邪魔にならない程度にな。試し斬りだからそこまで気を張ってる訳でもないだろうが…ま、気ぃつけていってこい。オヤジさん、いいかい?」

 

「あぁ、別にいいぜ」

 

「だそうだ。くれぐれも変なことすんなよ?」

 

「うん!」

 

 元気よく頷くと忍も店の奥へと消えていく。

 

「(何事もなきゃいいが…)」

 

 店の奥へと消えた忍を見送った後、ゼロはそんな不安を覚えながらも店主との世間話を再開する。

 

………

……

 

 店の裏手にある小さな庭で、朝陽は左手に鞘を持ちながら剣の柄に右手を添えていた。

 

「……………………」

 

 そして…

 

「ふっ! しゃっ!」

 

 抜刀術のように剣を振るうが、何か違和感を覚えるのか…

 

「…………………」

 

 すぐに手を止めてしまう。

 

パチパチ

 

「?!」

 

 小さな拍手がしたので、朝陽も驚いて背後を見ると…

 

「凄いね! 朝陽ちゃん!」

 

 そこには拍手を送った人物、忍がいた。

 

「アンタ…なんで…?」

 

「ちょっと気になったから。邪魔しちゃった?」

 

「別に…」

 

 剣を鞘に収めるのを見てから忍が朝陽へと近寄る。

 

「いつも、あんな風に剣を使ってるの?」

 

「大したことじゃないわよ。騎士学区志望なら、このくらいの訓練は必要だし…」

 

「へぇ、凄いんだね!」

 

「別に凄くなんかないわよ。騎士学区の先輩の方があたしなんかより何倍も凄いって聞くし」

 

 プイっとそっぽを向きながら朝陽はそのように言葉を漏らす。

 

「でも、朝陽ちゃんだって凄いよ。僕はあんまり武器とか持ったことないから…」

 

「ふ~ん?」

 

「僕もおじさんから色々な基礎を教わってる最中なんだけど、おじさんも武器は持ってないからその辺りは全然教えてくれなくて……あ、でもでも、お父さんからはちょっとだけ刀の扱い方を教えてもらったことがあったんだ」

 

「刀を…じゃあ、アンタも武家の人間なの?」

 

 武家の人間として朝陽は感じたことをそのまま口にしたが…

 

「え? う~ん…どうなんだろう?」

 

 忍は首を傾げてしまった。

 

「自分の家のことなのにわからないの?」

 

「お父さんもお母さんも特に何も言ってなかったから…それにあんまり僕は家から出たことないし…」

 

「家から出たことがない…?(どういうこと? 何か秘密でもあるのかしら?)」

 

「うん。それで去年くらいだったかな? おじさんと一緒に家の外の世界を見ることになったんだ」

 

「(なんか、妙に浮世離れしたような答えね…)」

 

 忍の受け答えに朝陽はそんな印象を覚える。

 

「ちなみに、さ。アンタ、苗字が"べにがみ"って言ってたけど…どういう風に書くの?」

 

「えっとね」

 

 朝陽の問いに、忍はその場にしゃがみ込むと、地面に指を当てて苗字を書き始める。

 

 『紅』と『神』の二文字を…。

 

「-------」

 

 それを見た瞬間、朝陽の雰囲気がガラリと変わる。それは…殺気立つ、とも言えるような感じだが…。

 

「朝陽ちゃん?」

 

 忍は妙に殺気立った朝陽を見て首を傾げる。

 

 気付いていない。もしくは、"本当に知らない"のか。いずれにせよ、忍はここで大きな過ちを犯した。ゼロに言い含められていなかったのもあるだろう。他の大陸の人間なら誤魔化しも出来ただろう。だが…忍の苗字は、"同じ大陸出身の者に決して見られてはいけなかった"のだ。

 

「アンタ…あたしに喧嘩売ってんの?」

 

 シュッと抜いた剣の切っ先を忍の顔へと突きつける。



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第十五話『偽りの事情と模擬戦』

 忍が地面に書いた苗字を見た朝陽は手に持っていた剣を鞘から引き抜くと、忍の顔へとその切っ先を向けていた。

 

「朝陽、ちゃん…?」

 

「気安く呼ばないで」

 

 困惑する忍に朝陽は冷たく鋭い視線を送る。

 

「アンタ、わかってるの? その名がどういう意味を持つのか…」

 

「???」

 

「(本当にわかってないの? ティエーレン出身なら普通に気付きそうなのに、あの明香音ってやつもグル? いや、それだったらもっと気を遣ってそうだから、あいつも知らない? でも一緒に旅してるって言ってたから知らないはずが…)」

 

 忍の不自然な反応に朝陽が色々と憶測を巡らせていると、ふと一緒にいた胡散臭い男の存在を思い出す。

 

「(あのおっさんが何か隠してる? それにさっきのこいつの話だと、家から出たことがない。つまり、一般常識に疎い? なら、知らないのも頷けるけど…この情報を隠して何の意味があるの? 第一、『紅神』なんて苗字は聞いたことがない)」

 

 朝陽は武家の人間。それ故に、主家に連なる苗字や主要な人物、家族構成、次期当主候補などの情報を覚えなければならない。その中には当然『紅神』という苗字はないし、それに関する情報もない。

 

「(『神』の字を使えるのは皇族のみ。まさか…? いや、流石に有り得ないか……でも、だったらなんで『紅神』なんて苗字を躊躇いなく使える? いくらこいつが無知だからと言っても、あたしみたいに違和感を持つ奴だっているはずなのに…)」

 

 朝陽が思考の海を彷徨ってる合間も剣を突きつけられている忍は動こうとはせず、逆に朝陽をジッと見つめていた。

 

「(あ~もう、ホントに訳わかんない! とりあえず…)」

 

 ジッと見つめてくる忍の眼を見て…

 

「「……………………」」

 

 互いに沈黙したまま、しばらくすると…

 

「お~い、忍。いつまで嬢ちゃんと戯れてんだ?」

 

 ゼロの声が聞こえてくる。

 

「っ!」

 

ザッ!

 

 その声を聞き、朝陽が反射的に地面に書かれた『紅神』の字を足で消す。その直後、ゼロを筆頭に明香音、天狼、白雪、焔鷲が裏庭へとやってくる。

 

「って、おいおい…随分と穏やかじゃねぇな」

 

 当然、朝陽が忍に剣を突きつけてる姿が目に映るわけであって…

 

『貴様…!』

 

 即座に天狼が動こうとするが…

 

「天狼。大丈夫だから手出ししないで」

 

 忍が天狼に向けて制止するように伝える。

 

『し、しかし…!』

 

「いいから。白雪さんと焔鷲も、ね?」

 

「……かしこまりました」

 

『……御意です』

 

 次いで動こうとしてた白雪と焔鷲にも釘を刺すと…

 

「ちょうどいいわ。おっさんに聞きたいことがあるんだけど?」

 

「はて、俺に聞きたいこと?」

 

 朝陽はそのままの状態で、ゼロにさっき浮かんだ疑問を投げつけることにした。

 

「えぇ…こいつの"苗字"についてよ」

 

「ふむ? あぁ、ってことは、忍は字を書いちまった訳か。そういや、書くなって言うの忘れてたわ。こりゃ、失敗失敗」

 

 状況を把握したゼロが今更なことに気付いてケラケラと笑い出す。

 

「(『べにがみ』の字…そういえば、今まで見たことなかったっけ…)」

 

 一緒に旅をしてきた明香音も、違和感は覚えていたものの、それを聞いてはもう何か引き返せないという直感があったために特に追求はしなかったが…。

 

「(でも、こんな状況だし…"あの事"も考えると……どう考えても嫌な予感しかしない…)」

 

 以前、明香音はゼロと瞬弐の会話を直に聞いているのだ。それを覚えていて、しかもこの状況…嫌な予感しか思い浮かばないといった表情で、明香音はゼロを見上げる。

 

「まぁ、これは俺の落ち度でもあるからな。いいだろう。但し、結界は張らせてもらうぞ?」

 

「好きにしたら?」

 

「じゃあ、遠慮なく」

 

 ゼロを中心に裏庭全体を覆う直方体型の白い結界が張られる。

 

「遮音と侵入防止、気配遮断、ついでに外から見えないようにもした。まぁ、裏庭に沿って結界を張ったから基本的に見えないだろ」

 

「(結界って…確か、霊力を用いた障壁の類だっけ? このおっさんも何者よ?)」

 

 一瞬で結界を張るゼロに対して警戒するような眼で見る朝陽。

 

「さて…忍の苗字についてだったか。最終確認だが、本当に知りたいのか? これを聞いたら後戻りは許されないぞ?」

 

「もったいぶらずにさっさと言いなさいよ」

 

「怖いもの知らずだね。と、あっちには忠告したが…明香音も聞くか?」

 

 朝陽の態度に肩を竦めながら明香音にも確認を取る。

 

「ここまで来て私だけ聞かないなんて…流石に無理ですよ。私も正直、気になってたから…」

 

「そうかい。なら、ぶっちゃけるが…」

 

「「「……………………」」」

 

 子供3人がゼロの言葉を静かに待つ。契約獣達の方は既にゼロから説明を受けているので問題ないが、ゼロが忍の事情をどこまで話すのか気になっていた。

 

「忍の苗字…"紅"の"神様"と書いて"紅神"」

 

「っ!?」

 

 その言葉を聞き、明香音が驚きのあまりゼロと忍を交互に見る。

 

「ティエーレンにおいて"神"の字を持つことが許されるのは皇族のみ。しかし、"紅神"なんて苗字の皇族なんていない」

 

「えぇ、その通りよ」

 

「うん。こればかりは聞いたことがないよ」

 

「そうなんだ…」

 

 ゼロの説明に朝陽と明香音は頷くが、忍は初めて知ったかのように呟く。

 

「が、何事にも例外ってのはある。歴史の中で闇に葬られた皇族の家系なんてごまんといる。その中にたまたま"紅神"なんて苗字があって、その子孫が影ながら細々と生き長らえていることだってあるんだよ」

 

「それが、こいつだっての?」

 

「あぁ。少なくとも"べにがみ"、なんて聞くだけなら"紅"に"上"とも聞こえるからな。字さえ見せなきゃ生きてけるってもんさ」

 

「まぁ、確かに…私も聞くまで知らなかったし…」

 

「なんか釈然としないわね…」

 

 ゼロの説明に明香音と朝陽が訝しげにしていると…

 

「だから、僕は家から出してもらえなかったの?」

 

「まぁ、お前のことだから騒動の種になりかねんしな。そこはもうちょっと教育してからだったんだろうが…その前に旅に同行して見聞を広めるよう頼まれたんでな」

 

「そうだったんだ…」

 

 忍の素直な反応に…

 

「(そう考えると…納得出来るような、出来ないような?)」

 

「(胡散臭いけど…おおよその筋は通ってる、か?)」

 

 明香音と朝陽も微妙に納得し始めてしまう。それを後ろで見ていた契約獣達は…

 

『(よくもまぁ、こんな嘘がペラペラと出てくるものだ…)』

 

「(もはや詐欺師ですね…)」

 

『(う~ん…)』

 

 誰も表情には出さなかったが、3体とも微妙な反応を内心で示していた。

 

「という訳で、忍。これから苗字を書くような機会があったら、とりあえず"神"を"上"と書いておきなさい。無用な騒動を引き起こさないためにもな」

 

「うん。わかったよ、おじさん」

 

 いい具合にまとめた感を出しながらゼロは朝陽を見ると一言。

 

「で、だ。一応、薄いとは言え、皇族の血筋様なんだから、そろそろその剣を引っ込めてくれないか?」

 

「っ……そうね。悪かったわ…」

 

 ゼロの言葉に朝陽は忍に突きつけていた剣を引っ込めると、そのまま鞘へと戻して謝罪もしていた。

 

「ま、このことは他言無用で頼むよ。余計な騒動の種は武家の人間としても望むことじゃないだろ?」

 

「……そうね。今日のことは誰にも言わないわ」

 

「そうかい。そいつぁ、よかった」

 

 朝陽の答えにゼロも満足そうに頷いていると…

 

「でも、朝陽ちゃんとこれっきりなのは、なんだか寂しいな…」

 

 忍が何やら呟いていた。

 

「ふむ…」

 

 その言葉を聞き…

 

「じゃあよ。お互い、せっかくなんだから組み手でもしないか?」

 

 ゼロがそんな提案をしてきた。

 

「……は?」

 

「いつも訓練相手が俺か明香音じゃ味気ないしな。たまには他の奴とも組み手をやってもいいかと思ってな。それに相手は武家の娘だ。相手にとって不足なしってもんだろ?」

 

「いや、なにを勝手に…」

 

 ゼロの提案に否定気味な朝陽だったが…

 

「組み手相手くらい、別にいいだろ? それに、意外と得られるモノも多いと思うが?」

 

「どういう意味よ?」

 

「ま、それは自分で確かめたらいいんじゃないか?」

 

「………」

 

 その一言で少しばかり考える素振りを見せる。

 

「どうだ? 悪い話じゃないはずだが?」

 

「……いいわ。そいつがどれだけ出来るか知らないけど、怪我しても文句は言わないでよ?」

 

「交渉成立だな」

 

 ニヤリと笑ったゼロの立ち会いの下、忍と朝陽による組み手…というよりも模擬戦が行われようとしていた。

 

「結界はこのまま維持しといてやるから、2人共存分に暴れるといい」

 

 向かい合う忍と朝陽に向けてゼロがそのように言う。

 

「よろしくお願いします」

 

「……よろしく」

 

 丁寧に頭を下げる忍に対し、朝陽は一言返すだけで既に臨戦態勢だ。

 

「じゃあ、始めろ」

 

「っ!」

 

 ゼロの一言を聞いた瞬間、先手必勝とばかりに朝陽が抜刀の要領で剣を振るって忍に斬りかかる。

 

「わっ!?」

 

 その斬り込みを忍はバク転の要領で回避すると…

 

「霊鎧装!」

 

 後方に着地すると同時に霊力の膜を全身に覆い、忍も臨戦態勢に移行する。

 

「(今のを避けるか…なら!)」

 

 左手に鞘、右手に剣を持ったまま、即座に忍を追撃する朝陽。

 

「(動きがおじさんとも明香音ちゃんとも違う…!)」

 

 剣による斬撃を霊鎧装で受け流しながら、ゼロとも明香音とも違う動きをする朝陽に忍は驚いていた。相手をする人が違えば、その動きも異なるのは当然のことなのだが、初めて見る剣を持った相手をすることに、少なからず歓喜を覚えているようだ。

 

「(凄い…! これが剣を持った人の動き…!)」

 

「(何なの、こいつ!? 人と戦ってるっていうのに、嬉しそうに笑ってる!?)」

 

 忍としては新しく切磋琢磨出来る人と出会えて嬉しいのだろうが、朝陽からしたら戦闘中に笑ってるのだから少し気味が悪かったらしい。

 

「(温度差が凄ぇな…)」

 

 ゼロはゼロで2人の様子を見て何となくそれぞれの心情を察していた。

 

「行くよ、朝陽ちゃん!」

 

「ちっ!」

 

 確かに温度差を感じる。

 

「『獣牙(じゅうが)』!」

 

 忍は両手部分の霊鎧装の上から魔力を固定化させ、爪状の武器を生成する。

 

「なっ!?」

 

ギィンッ!!

 

 朝陽の繰り出す剣の突きを忍は爪で逸らす。

 

「このっ!」

 

 すると、朝陽は即座に剣を引き戻し、忍の腹を蹴ってバク宙するように後退すると同時に左手に持った鞘を忍に投げ放つ。

 

「ふっ!」

 

 投げ放たれた鞘を忍は右の爪で弾く。だが、朝陽は着地と同時に既に動いており、円を描くように忍の右側へと回り込んでいた。

 

「(もらった…!)」

 

 そして、そこからさらに加速して下から斬り上げるように剣を振るう。

 

「っ!」

 

 忍は反射的に伸ばしていた右腕をそのまま振り続け、上体を捻るようにして跳び上がる。そうすることで空中で逆さまになりつつ横回転しながら両腕を交差することで朝陽の斬撃を防ぐ。

 

「ちっ!」

 

 剣と霊鎧装から生じた火花が散る中、舌打ちした朝陽はそのまま腕を振り上げた勢いを殺さず、身体を捻って忍と同じく跳び上がると、忍に向かって左足で後ろ向きの飛び蹴りをかまそうとする。

 

「ほぉ、思い切りが良いな」

 

 2人の戦闘を観察していたゼロが感嘆の声を上げる。

 

「はっ!」

 

 交差していた腕を広げるようにして朝陽の飛び蹴りを右腕で受け止める。

 

ドォンッ!!

 

 互いの打撃が相殺され、それぞれが少し距離を取るようにして地面に着地する。

 

「(五気の内、四つの力を持つ忍とここまで互角に渡り合うたぁ、大したもんだ。しかも剣と体術でそれを為してるんだから恐れ入る。おそらくは気も使ってるんだろうが…如何せん、力の密度が違うからな。そこを技術と野生の勘的なもんで補ってるのか? こりゃ将来が面白そうな逸材じゃねぇか)」

 

 思いの外、ゼロの朝陽に対する評価が高いように思える。

 

「(こりゃあ、忍と明香音が学生入りした時が楽しみだぜ…)」

 

 人によって邪悪とも取れる笑みを浮かべながら、ゼロは未だ続く2人の戦闘を見ていた。

 

『(こやつ…悪い顔をしておる…)』

 

「(はぁ…心配です…)」

 

『(主も相手の方も凄い…)』

 

 天狼と白雪はゼロの表情を見て嫌なものを見た的な表情をしていたが、焔鷲の方は純粋に忍と朝陽の戦闘を目をキラキラさせて見ていた。

 

「……………………」

 

 ちなみに明香音は物凄く複雑そうな表情で戦闘を見ていた。

 

「(私だってあれくらい出来るし………でも…今度、もうちょっと頑張ってみよう…)」

 

 秘めてる力の密度が異なろうと、朝陽はそれを感じさせない戦いぶりを見せた。それに触発されるように明香音もまたそんなこと気にならないくらい強くなろうと考えていた。

 

 朝陽との出会いは良い意味で、忍と明香音の世界を広げてくれた。

 

 

 

 その後、朝陽は門限ギリギリまで忍と戦ってしまい…

 

「これで勝ったとか思わないでよね! あたしの本気はまだまだあんなもんじゃないんだから!」

 

 と言い放って武器屋を慌てて出て行ったのだった。どうも学園区画の門限近くまで時間を忘れてぶっ通しで忍と戦っていたらしい。

 

 ちなみに当の忍はというと…

 

「うん、またね~」

 

 呑気な声で朝陽を見送っていた。

 

「オヤジさん。また、裏庭を借りるかもだが…」

 

「まぁいいってことよ。あんな楽しそうな嬢ちゃんも初めて見たしな」

 

「そうかい。助かるよ」

 

 ゼロと武器屋の店主もそんな会話をしていた。フィアリムでの滞在期間中にやることが一つ増えたようだ。約束こそしなかったが、武器屋に通う理由が出来たかもしれないのだった。



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第十六話『緊急時につき、王都を出ることにした』

 朝陽という少女との邂逅から数日。一行は武器屋へと通い続けていた。特に買い物をするわけでもないが、朝陽との組み手という名の模擬戦を行っていたからだ。武器屋のオヤジは微妙な顔をしていたが…。

 

 その過程で、忍にもちょっとした変化が起きていた。それは、刀を使い始めたのだ。

 いつまでも素手だけというわけにもいかず、ゼロが武器の使用を解禁したのだ。それで使い始めたのが、刀というわけだ。

 

 父親から多少教わっていたとは言え、素人に毛が生えた程度の腕だったが、持ち前の吸収力でみるみる内に上達していく。

 ただ、やはりと言うべきか…忍は剣の扱いよりも刀の扱いの方が馴染んだようだった。

 

「(流石は流転の息子…刀の扱いが様になってきたな…)」

 

 今日も今日とてゼロの監督下で忍と明香音、朝陽の模擬戦が行われていた。今は刀を使い出した忍と剣を使っている朝陽の模擬戦である。

 

「ふっ…!」

 

「シャッ!」

 

ガキンッ!

 

 忍の刀と朝陽の剣が交差し、甲高い音を立てる。忍も刃物を扱うにあたり、当初の新しい稽古相手に嬉しそうな表情は出さないようにゼロに釘を刺されていた。相手が不気味がるし、相手に失礼だと教えたためだ。それを言われた忍も素直に頷き、今の真剣な表情で稽古に取り組むようになった。

 まぁ、ゼロとしても忍の両親から息子を預かっている以上、下手な癖や振る舞いをさせるわけにはいかない、と頭の片隅では考えているので問題ない(と思いたい)。

 

「(しかし、あいつ…器用というか、そっちの方が性に合ってるのか?)」

 

 ゼロは忍の手元を見ながら少し首を傾げる。

 

 忍の手元…刀を右手で持ちながら、鞘を左手に逆手で持っており、あたかも二刀流のように扱っているのだ。

 

「(特に教えた訳じゃないんだがな…)」

 

 忍のこの疑似二刀流の戦い方はゼロから模倣した訳ではなく、忍自身がこの方がいいと考えて導き出された戦法であり、忍が好んだ戦法であるとも言える。

 

「(まぁ、それを言ったら向こうの嬢ちゃんもかなりの才覚がある訳だが…)」

 

 逆に朝陽の方は鞘を捨てて剣一本で疑似二刀流の忍と互角に渡り合っている。

 

「(天賦の才、ってのは惹かれ合うのかね?)」

 

 そんなどうでもいい考えをゼロがしている合間にも2人の近接戦闘は続いているが…

 

「狼影斬!」

 

「ちっ…!」

 

 忍は魔力を刀の刀身に纏わせて振るい、魔力斬撃を朝陽に向けて放つ。それを舌打ちしながらもバックステップやバク宙を駆使して回避してみせる朝陽。

 

 こういうところで忍と朝陽の差が出てしまう。片や3体の異なる契約獣を従える忍、片や気以外には野生の勘と見事な体捌きでそのハンデをものとしない朝陽。

 どちらが凄いかと言われると…正直、どちらも異常と言えよう。

 

 忍の方は年齢と契約している契約獣の数と質が異常。龍がないにせよ、魔・気・霊・妖の4つの力をこの年齢で使えているのがそもそも常識から外れている。現状、属性もバラバラであるからバランスもかなり良いと言える。訓練だから属性攻撃はしていないものの、いくつか考えているらしい。それらも踏まえるとこの年齢では異常としか称せないだろう。

 

 朝陽の方は契約獣と契約してる訳でもないのに、気と体捌き、剣技、そして何より野生の勘とも言える直感で忍の攻撃を受け流したり、回避したりと忍と同年代にしては動ける体にずば抜けた反射神経を見せている。何より思い切りも良い。邪魔だと判断したのか鞘は早々に捨てているし、状況に応じて剣を器用に左右の手で入れ替えて使っている辺り、その才は同じ騎士学区希望の生徒の中でも群を抜いて高いのかもしれない。

 

「(どっちも末恐ろしいもんだ…これからの成長を見るのがおっかなくなるぜ)」

 

 ゼロの内心はともかく、実際問題として確かに今後の成長を見るのはちょっと怖い2人である。

 

『そこまで! 両者、刃を引け!』

 

 するとゼロに代わり、天狼が忍と朝陽の模擬戦の幕を引く。

 

「ぁ、もう時間か…」

 

「ちっ…今日も決着つかずか…」

 

 天狼の声に忍と朝陽はそれぞれ戦闘態勢を解き、忍は鞘に刀を収め、朝陽も開始早々捨てた鞘を拾って剣を収める。

 

「お疲れさん。しっかし、門限ってのがあると学生ってのは大変だ~ね」

 

 ゼロがそのように呟きながら2人の元へと歩いていく。

 そう、この幕引きは朝陽が学生寮の門限を守るために設けられたものであり、最初の時はギリギリだったが故に今は余裕を持って学生寮へと帰している。

 

「うっさい。基礎学区の門限はこのくらいなのよ。基礎学区から上がれば、もう少し門限も増えるはずだけど…」

 

 制服に付着した土埃を払いながら朝陽がそのように返す。

 

「ま、仕方ないだろ。学園がどんなとこか具体的には知らんが、預かってる子供をそんな遅くまで放っておくわけにもいかねぇだろうしな」

 

「なにを当たり前のことを…」

 

 ゼロの言葉に白雪が呆れたように溜息を吐く。

 

「次こそ決着つけてやるんだから、覚悟しときなさいよ!」

 

 朝陽はそう言い残すと、その場を後にしたのだった。

 

「やれやれ。せわしない奴だ」

 

 朝陽のそんな態度にゼロは肩を竦める。

 

「またね~、朝陽ちゃん」

 

 忍は無邪気にも手を振って別れを告げていたが…。

 

 だが、お互い知る由もない。これがしばしの別れの言葉になるとは…。

 

………

……

 

 朝陽に続き、一行が武器屋から出てしばらく…

 

「……………………」

 

 いつかの噴水広場で再び"彼女"と出会う。銀髪紅眼の美女だ。

 

「……………………」

 

 表情には出さないが、明らかに白雪の機嫌が悪くなる。

 

 夕方となり、人通りが少なくなってきたとは言え、まだ人はいる。そんな中、銀髪紅眼の美女は、ジッと忍を見る。

 

「?」

 

 見られている忍はその視線を受けながらも首を傾げる。

 

「……………………」

 

 美女は右手で噴水の水を自然な動作で一掬いすると、その水を弄ぶように掌で遊ばせる。不思議と水は掌からは零れず、まるで柔らかい粘土でも捏ねているようにも見える。

 

「(何かしらの力が働いてる?)」

 

「(妖力を持ってて、水を操れる…普通なら人魚を想像するとこだが…)」

 

 明香音とゼロが美女の動作を見てそれぞれ考えている。

 

「今夜は良い月が見れそうね」

 

 不意に美女からそのような言葉が呟かれる。

 

「月?」

 

「(やっぱ、こいつ…)」

 

 忍が首を傾げたまま呟く隣でゼロが美女の正体を察する。

 

「坊やの血は美味しいのかしら?」

 

ポチャン…

 

 美女の言葉と共に右手で掬っていた水が噴水へと還される。

 

「え…?」

 

 美女の言ってる意味がわからず、忍も間抜けな声を漏らす中…

 

「また厄介なのに目を付けられたな…」

 

 ゼロが溜息を吐きながら美女の出方を窺う。

 

「安心なさい。こんな人通りの多いところで騒ぎなんて起こさないわ」

 

 ゼロの行動を見て美女は水を掬っていた右手をヒラヒラさせてみせる。

 

「つまり、人通りが少なきゃ仕掛けてくるってことだろ? 安心出来ねぇな」

 

 そう言いつつ、ゼロは元来た道を戻るように忍達に目配せする。

 

「「……?」」

 

 何故元来た道を戻るのか、子供達は少し理解していないようだった。

 

「ちょっとした物入りだ」

 

 そう言うゼロは最後尾で「さぁ、行った行った」と言わんばかりに忍と明香音の背を押す。

 

「その内、再び会いましょう。坊や」

 

 美女は噴水の縁に座ったまま、忍へと向けて言葉を投げかけた。

 

………

……

 

「ん? どうした、兄ちゃん達、忘れもんか?」

 

 本当に武器屋まで戻ってきた一行。武器屋の入り口にはそろそろ店仕舞いでもしようかと店主のオヤジが出てきていた。

 

「まぁ、忘れもんっちゃ忘れもんだな」

 

 ゼロはそう一言告げると…

 

「こいつらが使ってた刀と剣。引き取らせてくれ」

 

 金貨2枚を見せて店主のオヤジに忍と朝陽が使ってた刀と剣を引き取ると言う。

 

「また、急だな。どんな心境の変化か聞かせてくれねぇか?」

 

 店主のオヤジは驚きながらも訳を聞く。

 

「なに、剣の方は置き土産だ。あの嬢ちゃんが来たら譲ってやってくれ」

 

「その言い方。こんな時間に王都を出ようってか?」

 

「あぁ。ちょいと面倒事に巻き込まれそうでな。街中で騒ぎを起こすのも嫌だしな。それで忍の護身用に刀を貰ってこうかな、ってな」

 

「……………………」

 

「釣りはいらねぇからさ…頼むわ」

 

 ゼロの眼を見た店主のオヤジは…

 

「わかったよ。ちょっと待ってな」

 

「悪ぃな」

 

 キン、とゼロが金貨を指で弾くと、店主のオヤジがそれを受け取り、店の中へと入っていく。

 

「もう行くの?」

 

 2人の会話を聞いてた忍が少し悲しそうに尋ねる。

 

「あぁ、あんなのが相手となると、王都を出ないとならないからな。どうするにしてもそれからだ」

 

「朝陽ちゃんにお別れも言えないんだね」

 

「旅をしてれば、こういうこともある。だが、お前等ならいずれまた会えるさ」

 

「本当?」

 

「あぁ。だが、今はあの女の対処が先だ。嬢ちゃんには悪いが、ここで一時のお別れさ」

 

「……うん…」

 

 忍とゼロが話し終えたタイミングで店主のオヤジが戻ってきた。

 

「ほらよ。こいつでいいな?」

 

 店主のオヤジの手には忍がここ最近使っていた刀が握られていた。

 

「ありがとよ。ほら、忍。受け取れ」

 

「うん。武器屋のおじさん、今までありがとう!」

 

 そう言いながら忍は店主のオヤジから刀を受け取る。

 

「よせやい。本当に感謝してるなら、次は坊主が大きくなった時にでも利用してくれよ」

 

「うん!」

 

 店主のオヤジの言葉に忍は大きく頷いてみせる。

 

「世話になったな。じゃあな」

 

「おう。元気でな」

 

 こうして武器屋を後にした一行は、荷物を取りに一度宿屋へと戻り、世話になった宿屋の家族にも軽く挨拶してから南西にある門へと向かうのだった。

 

………

……

 

 夕方から夜の帳へと変わる中、一行は王都を後にし、南へと進路を取る。

 

『それで、次の行き先は?』

 

「南国の大陸、『アクアマリナー』だな」

 

 天狼の問いにゼロは簡潔に答える。

 

「私としては、あまり行きたくない場所ですが…」

 

 次の目的地を聞いて白雪はあまり気乗りしてなさそうだ。彼女は種族的に暑い場所は苦手なのだ。

 

『南国? どういうところなんですか?』

 

 忍の右肩に留まっていた焔鷲が首を傾げる。

 

「そうだな。お前さんのいた火口とはまた違った暑さの場所だな」

 

『ザックリし過ぎだろう。まぁ、我もよくはわからんが…』

 

『違った暑さ、ですか?』

 

「ま、行けばわかるさ」

 

 というような具合にゼロ達が話をしている合間…

 

「……………………」

 

 忍はチラチラと背後の王都を見ていた。

 

「あの嬢ちゃんのことか?」

 

「ちゃんとお別れ、出来なかったから…」

 

「ま、今回は緊急だったからこうして王都を離れちまったが…俺等は旅人だ。出会いと別れは唐突に、ってな。あんま気にすんなよ。あの嬢ちゃんだってわかってくれるさ…(多分な)」

 

 ゼロの言葉に忍も「うん…」と頷くのみだった。

 

「とは言え、あの女が追いかけてくる可能性もある訳だから油断は出来ねぇが…」

 

 ゼロや天狼が警戒しながら道を南下していく。

 

「結局、あの人って何なの? 見た目からして人間離れしてるから多分、妖怪っぽかったけど…」

 

 道を進む中、明香音が疑問の声を上げる。

 

「なかなか良い読みだ。あの女の種族は妖怪で間違ってねぇ。あいつから感じたのは、妖力だったしな。同じ妖力を持つ身としてはそこはわかるな?」

 

「そこは否定したいのですが…えぇ、間違いなく彼女は妖怪です」

 

 ゼロから向けられた言葉に白雪は不承不承と言いたげに肯定する。

 

「人型の妖怪…白雪さんみたいな雪女?」

 

「水を操ってたし、アリアさんみたいな人魚?」

 

 忍と明香音がそのように推測する中…

 

「いや、あいつはおそらく…『吸血鬼』だな」

 

 ゼロが美女の正体についての答えを出す。

 

『「「吸血鬼?」」』

 

 あまり聞いたことのない種族名に忍と明香音、さらに焔鷲が首を傾げる。

 

『吸血鬼。確か、人魚に並び各大陸に存在するという人型か。夜の住人と聞き及んでいるが…』

 

「そうだ。属性で言えば、暗闇と流水のどちらかを持つ場合が多い妖怪でな。基本的には夜行性だが、稀に昼間からでも行動出来る個体がいると聞く。多分、あの女はその稀な例だろうな。そして、保有属性は流水。上位個体でないことを祈るばかりだが…稀に稀が重なるようなことはそうそうないだろう、と思いたい」

 

『確かにな』

 

 天狼の簡単な説明にゼロの詳しい説明が加わり、その説明を聞いて天狼も頷く。

 

「で、吸血鬼の特性の一つに血を吸う。つまり、吸血行動がある。これは人間の血を吸うと同時にその人間の生気を吸うのと同義でな。よほどのことがない限り、吸い尽くすなんて事例は聞かないが…まぁ、あいつらにとっては食事と同じだから、好みもあるんだろう。あと、力…妖力を用いて腕力とか脚力とかを強化する術を持ってる。妖術の類はあまり聞かないが…多分、何かしらの術式を持ってるんだろうと踏んでる」

 

『なるほどな。ならば、あの馬鹿力も納得できる』

 

 ティエーレンで起きた出来事を思い出し、天狼も納得する。

 

 すると…

 

「勝手に納得されても困るのだけれど?」

 

 空から聞こえる女の声。

 

「あちゃ~…他にも能力があったか…」

 

 ゼロも自分の情報不足にやれやれと肩を竦めて空を見上げる。

 

「ぁ…」

 

「また会ったわね。坊や」

 

 登り出た月を背に銀髪紅眼の美女が背中から蝙蝠の羽を出現させ、一行を見下ろしていた。



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第十七話『この場合、どうするよ?』

 月を背に一行を見下ろす銀髪紅眼の美女。

 ゼロの考察が正しければ、『吸血鬼』という種族の妖怪であるらしい。

 

「わ…妾に血を捧げよ」

 

「(なんだ、今の微妙な間は?)」

 

 美女の言葉にゼロが一瞬訝しげな視線を送っていると…

 

『我が主の血を求めるか。吸血鬼…』

 

 天狼を筆頭に白雪と焔鷲が臨戦態勢を取っていた。

 

「契約獣に成り下がった者達が、妾の邪魔だてをするのかえ?」

 

「?(この人、こんな口調だったかしら?)」

 

 直に言葉を交わした白雪がそんな違和感を覚えている中…

 

「やれやれ、血の気の多い奴等だな。数の優位がこっちにある以上、向こうも下手な手は打てねぇよ。まぁ、何かしら策があると踏むべきだろうが…」

 

 ゼロが冷静に今の状況を口に出していた。

 

 確かにゼロの言う通り、自分を含めて忍、明香音、天狼、白雪、焔鷲と一行は計6名のメンバーとなっている。対して吸血鬼はたったの1人。数の優位が一行側にある以上、彼女はこれからどうするつもりなのだろうか?

 

「こうするのよ」

 

 言うが早いか、吸血鬼は赤い液体の入った小瓶を取り出すと、それを天狼達契約獣3体に向けて投げる。

 

「っ、お任せを!」

 

 即座に白雪が対応し、大気中の水分を圧縮・凝固した氷柱で迎撃する。

 

バキンッ!

 

 小瓶が砕け、中身の赤い液体が霧散する。

 

「降り注げ、血の雨。そして、檻と化せ。『ブラッディ・プリズン』!」

 

 吸血鬼の詠唱と共に、赤い液体が雨となって降り注ぎ、天狼達の周りで固まると、まるで鳥籠のような檻状へと変化する。

 

『あぁ!?』

 

『この程度で!』

 

 天狼が迅雷の力をその身に纏い、血の檻を突破しようとする。

 

「くっ!?」

 

『あぅ!?』

 

 が、その迅雷の力が白雪と焔鷲の身を少しだけ焦がす。

 

「下手に動かぬ事よ。仲間の身を案じるのであればな」

 

『ッ!』

 

 吸血鬼の言葉に天狼もこの狭い檻の仕様を理解し、迅雷の力を解除する。

 

「すみません…私が迎撃したばかりに…」

 

『今言っても詮無いことだ』

 

 謝罪する白雪に天狼はそう返していた。

 

『(奴に頼るのは癪だが…背に腹は代えられんか…)』

 

 天狼がゼロに助力を頼もうとした時…

 

「よし、俺は手出ししない」

 

 戦況を見ていたゼロがこの状況に介入しないと宣言した。

 

『「な!?」』

 

 その言葉に天狼と白雪が驚きの声を上げる。

 

「これも一つの試練だ。俺の力ばかりに頼ってても仕方ないだろ?」

 

 至極当然のようにゼロはその場に座り、傍観を決め込むという体勢を取る。

 

「つ~わけで、忍、明香音。お前達でこの場を切り抜けてみせろ」

 

 その言葉に…

 

「は~い」

 

「えぇ~…」

 

 忍は呑気に答え、明香音はダメな大人を見るような視線でゼロを見ていた。

 

「ふむ? そやつは介入しないと?」

 

 見下ろしていた吸血鬼もゼロの戦闘不参加を訝しげに見ていたが、人数が減ったのならと特に意に介した様子はなかった。なにせ、相手は子供2人になったのだし、血を吸う相手は忍と見定めている。吸血鬼にとってやりやすくなったと言えるかもしれない。

 

「まぁよい。邪魔が入らないのであれば、妾の勝利は揺るぎなかろう」

 

ストンッ

 

 吸血鬼は夜空から地上に降りると、静かに忍に向けて歩を進める。

 

「…………」

 

 その吸血鬼を見つめながら、忍は静かに刀の柄に手を掛ける。その手は若干震えてるようにも見える。

 

 対人戦闘は朝陽との模擬戦で散々やってきたことだが、それはあくまでも模擬戦であって実戦ではない。実戦形式ではあったが、何も本気で殺しにかかるようなことはなかった。しかし、外に出る以上、こういう事態も起こりえる。

 

「(助けてもらったけど…それとこれとは、別問題…)」

 

 頭ではそう考えていても、忍の心は助けてくれた時のことを思い出していた。それが単なる偶然だったとしても、助けてくれた相手に刀を向けていいのか、と考えていた。

 

 すると…

 

「無理しなくていいよ」

 

 明香音が忍の前に出て、腰裏に備えていた2本の短刀を両手で抜き放ち、逆手で構える。

 

「忍くんって、変なところで義理堅いよね」

 

「明香音ちゃん…」

 

「でもさ。割り切るところは割り切らないと…周りにも迷惑になっちゃうからさ」

 

 明香音は目の前の吸血鬼に何の義理もない。ただ、忍に牙を剥く敵であるという認識だけで十分だと思っていた。

 

「今度は、私が忍くんを守るから…」

 

 おそらくは最初に魔獣を狩った時のことを言っているのだろう。あの時は忍に助けてもらい、自分の修行不足にも嘆いたが、今は違う。短い間だが、朝陽という近い年齢の少女との邂逅で明香音も変わったと思っている。その朝陽との訓練で培った自分の戦闘技能を発揮する良い機会だと思っていた。

 

「すぅ…ふぅ…」

 

 深呼吸を一つして明香音は吸血鬼を見据える。

 

「そんな小娘が妾の相手かえ?」

 

 一方の吸血鬼は明香音のことを侮っているようにも見えた。

 

 彼女は忍のように契約獣と契約しているわけではない。むしろ、朝陽に近しくも遠い戦闘スタイルの持ち主だ。気と暗器という手札を用いて相手を翻弄し、一瞬の隙を突く。その一瞬の隙を作るために様々な手を用意する。

 

「…ッ!」

 

 まぁ、今回に限っては相手が侮ってるのもあり、明香音は気を用いた歩法で吸血鬼との距離を一気に詰め、その首に向けて刃を振るう。

 

「は…?」

 

 明香音のあまりにも思い切った動作に間の抜けた声を漏らす吸血鬼。

 

ザシュッ!!

 

 振るわれた刃が吸血鬼の首を斬り裂き、血が噴き出す。

 

ベチャッ!

 

 生々しくも生温かな液体が顔に付着する感触を感じ、明香音は…

 

「(あぁ…私、妖怪って言っても人を初めて斬ったんだ…どんな顔してるんだろ? 忍くんに、幻滅されてないかな…?)」

 

 そんなことを思いながら吸血鬼の背後に着地する。刃に付いた血を振り払うと同時に短刀を腰裏へと戻そうとした時…

 

「小娘如きが…妾の首を斬るとはな…」

 

 吸血鬼の方から声がした。

 

「!?」

 

 その一言に明香音もバッと後ろを振り向くと、そこには…

 

「妖力の無駄使いをさせおってからに…」

 

 首と胴が完全には離れていないが、それなりに深く傷ついた首に左手を添えて妖力らしき力で回復する吸血鬼の姿があった。

 

「なっ…!?」

 

 その姿に明香音も絶句する。

 

「(不死身って訳じゃないだろうが…おそらく致命傷でも妖力を用いて瞬間的に回復する術か。厄介なもんだな)」

 

 静観してたゼロも吸血鬼の行動を分析していた。

 

「もう終わりかえ? なら…」

 

 明香音が絶句して無防備な状態のところへ、回し蹴りの要領で蹴りを入れる。

 

「ッ?!」

 

「早々に退場せよ」

 

 防御する間もなく、明香音は吸血鬼によって蹴り飛ばされる。

 

「がはっ!?」

 

 その威力は凄まじく街道部分に何度もバウンドしながら転がっていく。

 

「明香音ちゃん!?」

 

 それを見ていた忍も声を上げる。

 

「流石にありゃマズいか…」

 

 不参加を表明してたゼロも今の一撃はヤバいと判断し、明香音の元へと走る。

 

「おじさん!?」

 

「お前はそいつをどうにかしろ。出来なきゃ…この先には連れていけんな」

 

 そう一言残し、ゼロはそのまま明香音の元へ、残された忍は…

 

「僕は…」

 

 初めて魔獣を狩った時のことを思い出す。そして、その後に言われたゼロの言葉も…。

 

「っ…!!」

 

 忍が刀を抜き、朝陽との模擬戦で確立させた二刀流で吸血鬼と対峙する。

 

「ただでは血は寄越さぬ。そう捉えていいのだな?」

 

「…あなたには恩がありますが、それとこれとは別です」

 

 忍の行動をそう捉えた吸血鬼が問い掛けると、忍はそう答える。

 

「そうかえ。なら、妾の流儀に反するが、力づくといこうかの」

 

 そう言って左手を首から離すと、明香音が付けた傷が綺麗さっぱりなくなっていた。

 

「…………」

 

 忍も覚悟を決め、刀と鞘を握る手に力を少し込める。

 

「ッ!!」

 

 瞬時に霊鎧装を展開すると、気を全身に巡らせて身体能力を強化し、明香音と同じように一気に距離を詰める。

 

「その手はもう見た!」

 

 だが、吸血鬼も同じ手が通用する程に甘くはなく、即座に右足での蹴り上げを放って迎撃する。しかし、明香音と忍の違いは明香音は跳んだのに対し、忍は駆けて近寄ったことにある。これによって忍は鞘で吸血鬼の蹴りを受け流しながらバク転して一旦後ろへと下がる。

 

「ほぉ?」

 

「(あの人の一撃は受けちゃダメだ…)」

 

 受け流したにも関わらず、微妙にヒリヒリする左手を気にしながら忍は思考する。

 

「(今のところ、蹴り以外は放ってこないけど…いつ手なり拳なりが来てもおかしくはないよね…)」

 

 忍は相手を観察しながら間合いを測るように円を描くような横移動をすり足で行う。

 

「狼影斬…!」

 

 牽制のつもりで忍が横一閃に魔力斬撃を放つ。

 

「小賢しい…!」

 

 しかし、吸血鬼はそれを妖力を纏った左足での回し蹴りで、文字通り粉砕してみせた。

 

「(ここで仕掛けてみよう)」

 

 気で強化した脚力で一気に回し蹴りでクルリと回っている吸血鬼まで駆け寄る。

 

「甘い!」

 

 吸血鬼はさらにクルリと回転して回し蹴りを放ってくる。

 

「ッ!!」

 

 それを忍は屈んで回避すると、その反動を利用して跳び上がるにして鞘の方で吸血鬼の腹を思いっきり殴りつける。

 

「ぐっ…!」

 

 子供が殴りつけたとは言え、駆け寄ってから屈んでその反動を利用し、それなりに力が篭っているから吸血鬼の表情も苦悶に満ちたものとなる。

 

 ただ、不思議なことにここまで接近されているというのに、吸血鬼は手を使う素振りすら見せなかった。

 

「(あそこまで接近されているにも関わらず手を使わない? 何か意図でもあるのか?)」

 

 明香音の治療をしながら戦いを見ていたゼロが吸血鬼の行動に少し眉を顰めていた。

 

「ごめんなさい!」

 

 忍なりの気遣いなんだろうか、そう言って忍は左手に持った鞘を軸にして反回転を行い、右手に持った刀の柄頭で思いっきり吸血鬼の側頭部を殴りつけた。

 

ゴッ!!

 

 鈍くも重たそうな音がその場に響くと…

 

「ぐっ…がっ…!!?」

 

 吸血鬼が意識を手放してしまったかのように前のめりに倒れる。それに合わせて天狼達を囲んでいた鳥籠状の檻も霧散していく。

 

「はぁ…はぁ…」

 

 忍が大きく息を漏らしている姿を見たゼロは…

 

「(明香音の方がよっぽど肝が据わってるか。まぁ、こればかりは旅に出る前の環境もあるんだろうが…少しずつでも割り切らせねぇとな。でなきゃ、あいつは自分で自分の身を滅ぼすことになりかねん)」

 

 そのような感想を抱きつつも今後のことも視野に入れて考えていた。

 

「(ま、無力化したのは事実だから、それはいいんだが…さて、これからどうするか…)」

 

 悩みの種が増えたとも感じるゼロだった。

 

………

……

 

 その後、吸血鬼の手首を後ろ手に、両足も足首の所をそれぞれ縄で縛り、天狼が嫌々ながらに背負う形で夜の道を進む一行。

 

「(これ、絶対誤解されるやつだな…)」

 

 ……夜だから擦れ違う人も今のところいないが、これを見たら人攫いと勘違いされても仕方がないと思う。

 

「(仕方ないとは言え、連れてっても何のメリットもねぇんだよな…)」

 

 ゼロがどうしたもんかと頭を悩ませていると…

 

「っ…う、ここは…?」

 

「目が覚めましたか?」

 

「あ、アンタは…!」

 

 吸血鬼が起きたらしく、それを見ていた白雪が話し掛けたところ、少し身を捩っていた。

 

『えぇい、暴れるな! 落ちるぞ』

 

 不承不承で背に乗せている天狼としては一向に構わないといった感じだが、主に頼まれた手前、そういう訳にもいかずに声を上げる。

 

「ふぎゅ!?」

 

 が、しかし、その心配も虚しく地面に落ちてしまう。

 

「大丈夫ですか?」

 

 そこに忍がしゃがみ込んで声を掛ける。ちなみに吸血鬼の一撃で吹き飛ばされてゼロの治療を受け、そのまま気絶してる明香音は忍が背負っている。

 

「くっ…私をどうするつもりよ?

 

「その口調が素だとすると…お前、キャラ作りでもしてたのか?」

 

 吸血鬼の口調に違和感を覚えていたゼロがそう質問すると…

 

「そうよ! 何か文句でもあるの!?」

 

「いや、別に…若いくせにどうしてあんな古めかしい口調にしてるのか、ちょっと疑問だっただけだ」

 

 キッとゼロを睨む吸血鬼だが…

 

「きゃらづくり?」

 

 忍が小首を傾げて不思議そうな表情をする。

 

「我が君は気にしなくても良いことですよ」

 

 忍の疑問に白雪が笑顔で答える。

 

「くっ…この縄を解きなさいよ!」

 

「襲い掛かってきそうな奴の縄を解くほどなぁ」

 

 吸血鬼に対し、ゼロはそのように言葉を漏らす。

 

「でも、おじさん。このままだと可哀想だよ」

 

「お前なぁ…一応、狙われた身だろうに、甘いこった」

 

 忍の言い分にゼロは頭が痛そうにしている。

 

「ふんっ…」

 

「う~ん…」

 

 そっぽを向く吸血鬼と困ったような表情で吸血鬼を見る忍。

 

 

 

 果たして、この吸血鬼の処遇はどうなるのか?



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第十八話『水と氷…その相性は…』

 急遽予定を繰り上げ、王都を出たゼロ一行。王都を出てからしばらくし、吸血鬼の襲来から捕縛までを行った夜が明ける。

 

「……………………」

 

 縄で両手足を縛られた吸血鬼は天狼の背に担がされて移動していた。ちなみに表情はムスッとしている。

 

『まったく…これでは人攫いに見間違えられても文句は言えんな』

 

 不承不承といった様子で吸血鬼を担いでいる天狼はそのように言う。

 

「そう言うな。放置したところで、また襲い掛かってきても面倒だしな。だったら、このまま連れてくさ」

 

「何故、このような者を連れていくのですか?」

 

「言ったろ? 下手に放置するよりかは近場に置いておくのが一番監視しやすいんだよ」

 

「それはそうですが…」

 

 白雪も今回の措置には疑問を抱いているようだった。

 

「つか、逃げるならとっくにそうしてるだろうしな」

 

 ゼロが視線を吸血鬼に向ける。

 

「ふんっ…」

 

 吸血鬼はゼロの言い方が気に入らなかったのか、そっぽを向く。

 

「あの怪力だ。そんな何の付与もしてねぇ縄なんて簡単に引きちぎれるだろうに」

 

「言われてみれば…」

 

『確かに…』

 

 ゼロに指摘され、天狼と白雪も不思議そうな表情で吸血鬼を見る。

 

「……………………」

 

 吸血鬼はそっぽを向いたまま黙っている。

 

「まぁいいさ。今はとにかく南へ向かうぞ。次の大陸に向かう準備もあるしな」

 

『南か…』

 

「暑い場所は苦手なのですが…」

 

 ゼロの言葉に天狼と白雪は少しげんなりしていた。天狼はふかふかの毛並み的に、白雪は種族的に、だが…。

 

「ま、アクアマリナーは熱帯の大陸だからな。対策もしっかりしとかないとな」

 

 そう言いながらゼロは前方を歩いている明香音を背負った忍と、その上で旋回しながら周りを警戒している焔鷲を見る。

 

「そこでも良い出会いがあればいいんだがな…」

 

『それは人か? それとも契約獣か?』

 

「どっちもさ」

 

 天狼の問いにゼロはそう答えていた。

 

………

……

 

 一方、王都では…

 

「なによ、それ…」

 

 いつものように朝陽が武器屋に顔を出すと、オヤジから朝陽に預かり物だといつも使ってた剣を手渡され、忍達が旅の続きに王都を出て行ったことを伝えていた。

 

「風来坊なんてそんなもんだ。いつか会えるかもだが、それがいつになるかまでは、な…」

 

「あたしとの決着がまだじゃない…それなのに…」

 

 武器屋のオヤジの言葉を聞きながらも朝陽はどこか悔しそうに両手で拳を作って強く握り締めていた。

 

「……………………」

 

 朝陽は顔を下に向けてプルプルと震えていた。

 

「(短い付き合いとは言え、急にいなくなったんだからな…)」

 

 という風に武器屋のオヤジは捉えていたが…

 

「………ぃ……」

 

「ん?」

 

「上等じゃない…あいつがいなくたって、あたしはもっと強くなってやるんだから!!」

 

「お、おう?」

 

 朝陽のいきなりの咆哮に武器屋のオヤジも驚く。

 

「見てなさいよ! 次に会った時はこてんぱんにしてやるんだから!!」

 

 悲しむことよりもむしろ闘争心に火が点いたらしく、朝陽は剣を手に大きく宣言していた。

 

「(バカ…)」

 

 それでも心の中では忍や明香音がいなくなった寂しさもあったのだろう。

 

………

……

 

 そんな王都でのことなど露知らないはずの忍はというと…

 

「?」

 

 不意に振り返って王都の方を見ていた。

 

「どうした?」

 

 それをゼロが尋ねるが…

 

「ううん、なんでもない」

 

 忍もなんで振り返ったのかわからずといった感じで答える。

 

「そうか。また、しばらくは道なりに進むが…こいつをどうにかしないとな。この国の騎士団に通報されても困るし」

 

 忍の反応を軽くスルーしながら吸血鬼の処遇をどうするか、本格的に考える。

 

「手っ取り早いのが、放置なんだが…」

 

「また狙ってくる可能性がある以上、捨て置けません」

 

『うむ』

 

 ゼロの言葉に白雪が反論し、天狼も白雪に同調する。

 

「じゃあ、もう一つの選択肢だ。こいつを仲間に引き込む」

 

「あり得ません」

 

『ふむ…』

 

 ゼロのもう一つの提案に白雪は反対したが、天狼は考え込む。

 

「天狼さん?」

 

『下手に野に放つよりは手元に置いた方が管理しやすい、といったところだろう。まぁ、手としてはありだろう。問題は御せるか、だ』

 

「ま、そこなんだよな…」

 

 天狼はゼロの考えをそう捉えていたし、ゼロの方もそこが一番の問題だと考えていた。

 

『我が主の器を疑う訳ではないが、それとこれとはまた別問題だ』

 

 天狼の言ってることももっともだが…

 

「随分と好き勝手言ってくれてるけど…私が本気で仲間になると思ってんの?」

 

 一番の問題は吸血鬼の心情である。この吸血鬼はどこか気位が高く、生粋の武人というわけでもないから一度敗北したからと言って素直に言うことを聞くとは限らない。言動も些か、上流階級か、それに準じた者のそれに見えなくもない。

 

「それは、お前さん次第としか言えん…が、多分なるだろ」

 

「どういう意味よ?」

 

「ウチには人誑し且つ人外誑しがいるからな~」

 

 そう言ってゼロはニヤニヤとした笑みを浮かべながら前を歩く忍を見る。

 

「はぁ?」

 

 吸血鬼は意味がわからないようだったが…

 

『そういうことか…』

 

「はぁ…」

 

 天狼と白雪は忍と契約した時のことを思い出して溜息を吐くのだった。

 

………

……

 

 吸血鬼を捕えた。言葉にするとなんてことは…あるかもしれないが、ともかくゼロ一行はそうしてしまったのだから仕方ない。

 ただ、捕まえた吸血鬼は女性であり、それを縄で縛って狼の背に乗せて運んでいる。

 

 こんなの事情を知らない者からしたら誘拐と同じである。というかどう見ても誘拐にしか見えない。まぁ、一行に襲い掛かってきた吸血鬼も悪いっちゃ悪いのだが…。

 

 だからなのか、ゼロ一行は街道を真っ直ぐ進むことなく、道から外れた森を歩いていた。

 

 王都周辺の地域は草原と森が混じったような環境をしているのだが、南下していくことで徐々に荒野や砂漠地帯といった環境に変化していく傾向にある。

 ちなみに中心である王都からある一定の距離まで離れると、北地域は寒さを防波する山岳地帯、西地域は森林地帯が続き、東地域は渓谷地帯になっていくようになる。

 

 森を歩いている一行だが、南下する程に乾いた風が混じっているのを肌で感じ始めていた。

 

「街道を歩ければ楽だったんだが…まぁ、今更言っても仕方ないわな…」

 

 そんな愚痴を呟くゼロだった。

 

 街道から外れて進むこと4日。そろそろ砂漠地帯の境界線が迫ってきたのだ。その前に出来れば、吸血鬼には忍と契約してもらいたいと思っていたゼロはわざと迂回するようなルートを歩いていた。

 

『空気がだいぶ乾いてきたな。お前の言う荒野や砂漠が近いということか?』

 

「そうだな。このまま素直に行けば、って言葉は付くがな」

 

『厄介なことだ』

 

 ちなみにこの森を進んで3日目辺りで吸血鬼の足の縄を解いて白雪と焔鷲が監視しながらも忍達と一緒にいる。いつまでも天狼が背負っているのも天狼が疲れてしまうので、いっそ一緒に歩かせようというゼロの発案だ。白雪は猛反対したが、明香音に全部任せる訳にもいかず、白雪が監視を担当することになった。

 そして、天狼はゼロの横に付きながらゼロと話している、というのが現状だ。

 

「それで? あいつの様子は?」

 

『大人しいと言えば、大人しい。が、白雪との口喧嘩が絶えん』

 

「女は3人寄ると姦しいって言うしな」

 

『久瀬は参加してないだろう…』

 

「そこは気分の問題だ」

 

 などとゼロと天狼が会話している後ろでは…

 

「血が飲みたいわ」

 

「まだ言いますか。あなたにそんな権利はありません」

 

「別にアンタには聞いてないわよ。私は坊やに言ってるんだから」

 

「我が君の血を狙っておいて、よくもそんな図々しいことが言えますね?」

 

「喉が渇いたのだから仕方ないじゃない」

 

「そんなの水でいいでしょうに。血である必要はありません」

 

「堅苦しい女」

 

「なんとでも…あなたのようなだらしない女ではないので」

 

「あぁ?」

 

「なにか?」

 

 このような感じで吸血鬼と白雪が他愛もない口喧嘩を繰り広げていた。

 

「毎日毎日、飽きないよな…」

 

『よくあの程度のことで言い合えるものだな…』

 

 その光景を改めて見てゼロと天狼は嘆息する。

 

「全部は困るけど、ちょっとくらいならいいんじゃないの?」

 

 2人の口喧嘩を前の方で聞いていた忍がゼロに尋ねると…

 

「契約獣になった後なら別にいいが、今のあいつは野良の妖怪だ。そんなホイホイやっていいもんじゃねぇよ。第一、味を覚えられて付き纏われても困るだろうに…」

 

 ゼロはそのように答えていた。

 

「そうなんだ…」

 

「それでも可哀想に思うなら、とっとと契約してやるこった」

 

「でも、契約ってそんなすぐに出来るものなの?」

 

「さてな…こればかりはそうなることを祈るばかりさ」

 

 そんな風にゼロと忍が話している横では…

 

「はぁ…」

 

 溜息を吐く明香音の姿があった。

 

「(契約は時を待つが、今はこっちの問題だろうな)」

 

 その明香音の姿を横目で見てゼロがやれやれと肩を竦める。

 

「(首を狙ったまではいいが、そこから再生するとは思わず、逆襲されて戦闘不能。最初の魔獣狩りの時と合わせて自分の無力さを知って気落ちしてるって感じかね?)」

 

 4日前の吸血鬼との戦闘で、明香音は吸血鬼の首を狙ったが、吸血鬼の尋常じゃない再生力の前に逆襲されて吹き飛び、地面に何度もバウンドして意識を失ってしまった。流石にマズいと感じたゼロが即座に治療して事なきを得たが、最初の魔獣狩りの時にも似たようなことがあったので、それを引き摺っていた。

 まぁ、明香音の場合、それだけではないのだが…。

 

「(忍君にどう思われてるんだろ…)」

 

 これに尽きる。あの最初の一撃で勝負を決めにいった明香音は忍からどう見られるかを気にしていた。仮にあれで勝負が決まったとして、その後に忍とどんな風に接すればいいのか、ずっと悩んでいただろう。

 それは今も同じで早々に首を狙い、妖怪であっても人殺しを実行しようとした。それに対し、忍はどんな反応をするのか、聞くのも怖かったし、それで拒絶されるのももっと嫌だったのだ。だから、目覚めてからあまり、というかろくに忍と話していないから余計に悶々としている状態にある。

 

「…よし」

 

 すると、何を思ったのか、忍は未だ白雪と口喧嘩している吸血鬼の元へと行く。

 

「ねぇねぇ、吸血鬼さん」

 

「何かしら? 坊や」

 

「我が君?」

 

 流石に口喧嘩はやめたようだが、忍の投下した爆弾に周りが驚くことになる。

 

「ちょっとだけなら僕の血を飲んでもいいよ?」

 

「なっ!?」

 

「おいおい、さっきの話聞いてたか?」

 

『我が主よ!?』

 

『本気ですか!?』

 

「我が君! どうか、ご自愛ください!」

 

「………………」

 

 忍の言葉に吸血鬼も困惑から黙り、他のメンバーも忍を驚いたりしていた。

 

「大丈夫だよ。吸血鬼さんが悪い人じゃないのは、この4日間でわかったし。いつまでも意地悪してたらダメだと思うんだ」

 

「意地悪って、お前なぁ」

 

 忍の言い方にゼロが呆れたような感じになる。

 

「一舐めくらい大丈夫だよ」

 

「吸血鬼に血なんて与えたら力を与えるようなもんなんだがな…」

 

「それでその人がまた襲い掛かってきたらどうするの!?」

 

 流石に明香音もこの忍の意見には反対のようだ。ゼロはその反応からしてなんか微妙な感じがするが…。

 

「僕は吸血鬼さんを信じるよ」

 

「…………とんだお人好しね」

 

 その言葉に吸血鬼も毒気が抜かれたような言葉を漏らす。

 

「我が君、どうか考え直してください!」

 

 白雪も忍を説得しようとするが…

 

「大丈夫だよ」

 

 そう言って腰に差してた刀を鞘から少し抜き、その刀身で自分の右手の人差し指の先を少し斬ると、そこから血の球が滲みだす。

 

「っ…はい、どうぞ」

 

 身長差があるため、忍が少し背伸びして吸血鬼を見上げながら右手の人差し指を差し出す。

 

「……………………」

 

 目の前に出された人差し指の先から滴る血を見て吸血鬼は…

 

「…いらないわ」

 

 顔を背けて拒否した。

 吸血鬼にもプライドがあったのだろう。今の状態で本気で施しを受ける気はないのだと、そういう意図で断ったのだろう。

 

 だが、その瞬間…

 

カッ!

 

 忍と吸血鬼が深紅の輝きに包まれた。

 

「ほぇ?」

 

「!?」

 

 これはつまり、契約の儀式が発動したということだろう。

 

「マジか…」

 

『なんと!?』

 

「そんな…!?」

 

『えっ!?』

 

「嘘…!?」

 

 これにはゼロ達も驚くほかなかった。

 

「契約…?」

 

「これが…?」

 

 当の本人である忍と吸血鬼も驚いていたが…

 

「……いいわ、この契約。受けてあげましょう」

 

 意外にも先に吸血鬼の方が契約を受け入れていた。

 

「え? いいの?」

 

 その即断に忍の方も驚いたように吸血鬼を見る。

 

「アンタみたいなお人好しの坊やは放っておけないしね。そこの雪女に先輩面されるのは癪だけど、そこは私が寛容な心で見逃してあげるわ」

 

「なんです…!?」

 

「ちょっと黙ってような?」

 

 吸血鬼の言葉に白雪が激怒するもゼロに後ろから口を塞がれてしまう。

 

「それで? 坊やの方はどうなの? 私と契約、する?」

 

 そう聞かれても忍の答えは決まっていた。

 

「これからよろしくね、『真姫(まき)』さん」

 

 忍がそう言うと忍の右腿太腿に小さな蝙蝠の契約紋が浮かび上がるのだった。ちなみにもう契約紋の痛みに慣れたのか、忍は特に痛がる様子はなかった。

 

「真姫、ね。これからはよろしくしてあげましょう。マスター」

 

 こうして吸血鬼こと『真姫』との契約を果たした忍。これから本格的に南を目指すことが出来るだろう。

 

 

 

 ただ…

 

「私がいつ先輩風を吹かせるというのですか?!」

 

「小さいことに拘るわね。先輩?」

 

「誰が先輩ですか!?」

 

「マスターと契約したのはそっちが先でしょ?」

 

「それはそうですが…なら、こちらに敬意を払いなさい!」

 

「嫌よ。なんで私がアンタなんかに敬意を払わなきゃならないのよ?」

 

「この…小娘が!」

 

「うるさいわね、この年増!」

 

「なんですって!?」

 

「そっちこそなによ!?」

 

 白雪と真姫の相性はすこぶる悪かった。



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第十九話『船旅再び』

 吸血鬼…『真姫』との契約を経て忍は新たな属性を得るに至った。

 

 『流水』。『閃光』と並び、治癒系の能力を秘めている属性である。また、それとは別に『液体』に関する事柄に干渉する能力も秘めているという。

 吸血鬼もその特性を熟知している妖怪の種族であり、血液を用いた妖術を使えるのもこの先天属性が由来とも言える。

 

 一つ補足すると、ゼロが以前言ったように吸血鬼には先天属性が暗闇か流水の2種のいずれかに固定されている。理由は定かではないが、ここで一つ面白い特徴がある。それは吸血鬼が夜の種族と言われる所以でもあるのだが、暗闇の属性を持った吸血鬼は基本的に夜でしか行動しない。暗闇の属性はその名の通り、闇に由来する属性であり、夜との親和性が高い。昼間でも動けないことはないが、その場合、力が著しく低下してしまうのだ。故に暗闇を持つ吸血鬼は夜にしか活動しないようになったと言われている。逆に流水を持つ吸血鬼は昼間でも問題なく活動出来るし、能力も下がることはない。

 暗闇と流水の比率は8:2、もしくは7:3くらいと言われており、暗闇を持つ場合が多く周りに合わせる必要から流水を持つ吸血鬼も夜に活動することが多いらしい。だからなのか、吸血鬼は夜の種族と呼ばれるようになったとか。

 

………

……

 

 そのような吸血鬼事情を真姫から簡単に聞いた一行は何をしているかというと…

 

「良い天気だなぁ」

 

 船旅の真っ最中だった。

 

「ねぇ、おじさん。暇だよ」

 

「まぁ、海の上じゃやることが限られるからな。そら、仕方ない」

 

「む~」

 

 甲板で寛いでるゼロに忍が言い募るが、相手にされないので少しむくれてその場を離れる。

 

 一行が乗船しているのは南の大陸『アクアマリナー』へと向かう定期便の大型船である。大型船というだけあり、常駐している契約者の数も10人は超えている。中央を介して東西、たまに北からも輸入品を仕入れるためと、観光客を連れてくるためにもこの大型船は一種の豪華客船の様相を呈している。

 

 そんな大型船の甲板で海を眺めていたゼロに忍がくっついて来たのだが、些か暇そうなのでさっきのやり取りになったのだ。

 ちなみに客室だが、二部屋取っている。流石に今回は男女で分けている。白雪加入時の船旅は全員一緒で家族連れみたいな感じで家族用の客室を取ったのだが、焔鷲と真姫が加入した現在、真姫がそれに文句を言い、ゼロ、忍、天狼、焔鷲の男性組と、明香音、白雪、真姫の女性組で一部屋ずつ使うことになった。

 まぁ、当然と言えば当然の措置なのだが、ちょっと費用も掛かったとのことで、ゼロが若干遠い目をしたとか…。

 

「今回の旅は出費が多いぜ…」

 

 甲板から海を眺めながら一言、そう呟いていた。そして、心なしか哀愁が漂っているような気もしないでもない…。

 

『貴様は何をしているのだ…』

 

 と、そこへ天狼がゼロに寄ってくる。

 

「たまの船旅だ。こうして海の様子を眺めてるんだよ」

 

『海の様子?』

 

「ま、今んとこそんな異常はないだろうが、見といて損はないしな」

 

『ふむ…?』

 

 ゼロの隣で海を眺める天狼だが…

 

『……よくわからん…』

 

 山育ちなためかは知らないが、海の様子が同じに見えてしまうらしい。

 

「ま、こういうのも経験だからな」

 

 などと言ってゼロは水平線を眺めるのを再開する。

 

『何を警戒している?』

 

「ん~…アクアマリナーってのは水棲系の魔物や霊獣、妖怪、龍種が多くてな。他のとこにもいるが、船を襲うって点ではアクアマリナー近海が実は一番多いんだ。どこもそうだが、航海する時は国が雇った専属の契約者護衛が必要になるんだよ。この船にも12、3人はいるはずだ」

 

『水中からの刺客か。我等は客だ。荒事は専門の者に任せるべきではないのか?』

 

「ま、そうなんだけどな。どうにも確認しとかないと、もしも、って時もあるからな」

 

『別に貴様が戦う訳でもあるまいに…マメな男だ』

 

 ゼロの説明に天狼がやれやれと首を振った後、忍の元へと向かうためにゼロから離れる。

 

「世の中、絶対なんてないからな。それをどう捉えるかは、そいつら自身の問題か」

 

 チラリと水平線を見ながらゼロはそんなことを独り言ちる。

 

………

……

 

 その夜。

 

ビー! ビー! ビー!

 

 突如として響き渡るサイレンに観光客や乗員達が叩き起こされる。

 

『な、なに!?』

 

『これが警報というやつか? 何かあったのか?』

 

 男部屋で焔鷲が跳ね起きて混乱し、天狼も忍の寝てたベッドの横で身を起こすと警戒し始める。

 

「おじさん!」

 

「狼狽えんな。国が雇ってる契約者や契約獣もいるんだ。滅多なことは起きねぇよ」

 

 こんな事態は慣れっこなのか、ゼロが冷静に忍達に言葉を投げかける。

 

「(ま、相手によるがな)」

 

 内心でそう呟きながら…。

 

ドンドンドン!!

 

 男部屋のドアを叩く音がしたので、ゼロが開け放つと…

 

「我が君! ご無事ですか!?」

 

「マスター! 無事!?」

 

「忍君!」

 

 女部屋にいた3人が寝間着姿のまま入ってきた。

 

「あはは、やったな忍。モテモテじゃねぇか」

 

『そんな呑気なことを言ってる場合か!』

 

 状況がわからないので、天狼がゼロに吠えていると…。

 

『本船は現在、水棲魔獣らしき群れの襲撃を受けており、契約者と契約獣が対処しております。お客様は部屋から出ないでいただきたく、ご理解のほどよろしくお願いします』

 

 部屋に設置されたスピーカーから船員のものらしい声が響いてくる。

 

「大丈夫かな?」

 

 珍しく子供っぽく不安な発言をする忍に…

 

「まぁ、平気だろ。常駐してる連中だってそれなりのプロだぞ?」

 

 ゼロが特に動じた様子もなく返していた。

 

「だいたい、こういう航路は基本国が管理してるし、出来るだけ上手くそれぞれの縄張りから外れたものを選んでるんだよ。縄張り意識が強い龍種は絶対に避けるとしても、他の魔獣や霊獣、妖怪辺りなら対処のしようもあるからな。こんなのにいちいち反応してたら海なんて渡れねぇよ」

 

「そうなんだ」

 

「それに海の縄張りなんて目に見えてわかるもんでもないしな。ある程度の危険は付きものなんだよ」

 

「「へぇ~」」

 

 ゼロの説明を受け、忍と明香音が納得していると…

 

『だが、こんな時間帯に襲ってくるものなのか?』

 

「夜行性って場合もあるからな」

 

 それを言われると、天狼としてもそれ以上は口を開けなかった。

 

「ま、なんにせよ…その内、収まるだろ」

 

 そう言ってゼロはベッドに身を預ける。

 

「こいつ、いつもこんななの?」

 

 真姫が呆れたようにゼロを見ながら他の契約獣メンバーに聞く。

 

「そうですね。遺憾ながら…」

 

『知識や技量だけは確かなのも事実だからな。不本意だが…』

 

『僕の母を一方的に退治しようとしたくらいですからね』

 

 白雪、天狼、焔鷲の順番に真姫に答えていた。

 

「こいつの身内からの評価が何となくわかったわ…」

 

 その答えを聞き、本当に呆れたような表情でゼロの身内からの評価を察する真姫だった。

 

「マスターもなんでこんな奴に師事してるんだか…」

 

『言ったであろう。知識と技量だけは確かだと…アレで割と的確な指導なのだ』

 

「……なんか納得出来ないわ…」

 

「その気持ちだけは理解出来ます」

 

 忍の契約獣間でのゼロの評価は低くはないが、高くもなさそう、という微妙なものだったが、指導の仕方や忍への対応からそこそこの信頼を得ていたりする。

 

「そういう評価は人が寝てからやってくれ」

 

 ベッドに身を預けていただけでまだ寝てなかったゼロが一言漏らす。

 

『なんだ、起きていたか』

 

「流石にこの状況で寝るほど馬鹿じゃねぇよ。しっかり安全が確認出来るまでは寝ねぇよ。ま、お子様達には厳しい時間だろうから別にいいんだが…」

 

 見れば、隣のベッドで忍と明香音が船を漕いでいた。

 

『正直、僕も眠たいです…』

 

 契約獣の中では焔鷲が恐らく一番下な感じだからか、頑張って起きてるが、流石に本能的に睡眠を欲しているようだった。

 

「焔鷲くらいなら、まぁいいだろ」

 

『そうだな。焔鷲、主と共にしばし休んでいろ』

 

『え、いいんですか?』

 

 焔鷲がゼロと天狼を見る。

 

「魔獣にだって育ち盛りな時期はあるからな。今は寝とけ。ま、状況によっては忍達と一緒に叩き起こすから、そのつもりでな」

 

『じゃあ、お言葉に甘えて…』

 

 ゼロの説明を受け、焔鷲も忍のベッドに移動すると、横になりだした忍と明香音の頭の方へと向かい、そこでしばし寝ることになった。

 

『で、我等はいつまで警戒していればいいのだ?』

 

「さてな。群れの規模にもよるし、護衛連中の練度にもよるだろうからな」

 

「護衛の練度?」

 

 天狼の問いにゼロが答えると、ゼロの答えに真姫が首を傾げる。

 

「こういう護衛職ってのは大抵の場合、耐えてればいいって思われがちだが、そうじゃない。護衛対象を守ることは大事だが、相手を撃退する攻撃力も必要になってくる。地に足を付けてれば、とも思うが、もしも相手が地中からやってきたら? 特に船なんて海に浮いて動いてるからな。水中から襲われれば、それだけで転覆の可能性もある。だからこそ、護衛職は上や下にも目を光らせたり、そこに対応出来るような人選も含まれてる。あと、連携だな。守る専門がいれば、攻める専門もいる。それらを上手く組み合わせないと護衛とは言えない」

 

「……………………」

 

 ゼロの言葉に真姫が唖然とした表情をしていると…

 

『こやつのこういうところだけは優れているから腹が立つのだ』

 

「本当に…何故、普段から真面目にやらないのでしょうか?」

 

 短い、と言っても真姫と比べたらちょっとは長い付き合いなので、天狼と白雪は残念なモノを見るかのようにゼロに視線を送る。

 

「あとは…この規模の船舶なら守りに5人、残りを攻めに回せば上手く回ると思うんだが…結界担当と撃退担当だな。撃退担当が敵を蹴散らしてる間に結界担当が守りをしっかりと備えておく。不測の事態に備えることは基本だからな。2、3人は海に潜れるとさらに良い。水棲系は基本的に海の中にいることが多いからな。そこへ対処出来れば船の安全度は跳ね上がるし、護衛の評価も上がる。まぁ、それを鼻にかけるような奴がいたらダメだが…それでも経験にはなるからな。ただ…」

 

『「「ただ?」」』

 

 未だ解説を続けるゼロだが、懸念が一つあった。

 

「これが龍種の縄張りに入ってたら…船舶側の責任だし、護衛も逃げ出すだろうな。逃げたところで縄張りにいることには違いないから海の藻屑になるんだが…」

 

『「「……………………」」』

 

 冗談に聞こえないから起きてる天狼達も黙ってしまう。

 

「たまにいるんだよ。ちゃんと国からの航路を往けばいいものを、近道だからって龍種の縄張りにちょびっと入っちまうバカが…そのちょびっとでも龍種は怒るのになぁ」

 

 ゼロの言ってることは間違いではない。そういった事例が過去にあるのも確かで、そういった船舶は龍種の怒りを買い、確実に沈んでいる。

 

 ただ、龍種の縄張りは数十年単位で変わることはない。よほどのことがない限りは拡大も縮小もしない。

 そもそも龍種は縄張り意識が強く、繁殖行為もそう頻繁に行われることがない長命種である。中には当然何百年と生きてきた個体もいるし、そういう個体に限って縄張り意識が殊更高い傾向にある。爪先がちょっと入っただけで激怒した個体がいるという逸話まであるほどだ。

 それ故に龍種の縄張りは徹底的な調査が行われており、それぞれの国に報告されている。さらに一般人にも注意を喚起するために最新情報を常に更新して公開している。

 

「この船の船長か、航海士がそんなバカじゃないと切に願うね」

 

 そういった事情も知ってるためか、ゼロがそんなことを口にする。

 

 

 

 結論から言うと、ゼロの懸念は杞憂に終わった。船舶は無事にアクアマリナーの窓口である北の港町に到着した。

 

「いやぁ、無事に着いてよかった、よかった」

 

 船舶から港に降り立ったゼロはカラカラと笑っていた。

 

「なんだか暑いね」

 

 同じく港に降り立った忍も手で顔を扇いでいた。

 

「アクアマリナーは熱帯大陸だからな。暑くて当然だ」

 

 ゼロがそう答える合間に他のメンバーも次々と下船していくが…

 

「……………………」

 

 もう既に暑さにやられている人がいた。白雪だ。雪女である彼女にとって暑さは天敵なのだ。

 

「大丈夫ですか? 白雪さん」

 

 そんな状態の白雪に明香音が声を掛けるが…

 

「え、えぇ…大丈夫です…」

 

 覇気なく答える白雪は全然大丈夫に見えなかった。

 

「(さてはて、この大陸ではどんな出会いが待ってるのやら…)」

 

 白雪を介抱してる忍達をチラッと見た後、ゼロは港町の先にある砂漠へと目を向けた。

 

「(出来れば、今の連中と属性の異なる魔獣と霊獣をもう1体ずつと契約してくれるとバランスが良いし、もしかしたら龍種への道も開けると思うんだがな…)」

 

 忍の才能を見越し、魔獣と霊獣を1体ずつと契約してもらいたいと考えるゼロだった。



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