ハリー・ポッター 転生者や成り代わりたちの乱舞 (詠月)
しおりを挟む

第0章 プロローグ 生き残った女の子

pixivやハーメルンで色々なハリポタ二次創作を読んで、自分でも書きたくなりました。
時間を見つけて投稿したいと思います。


第0章 プロローグ

 生き残った女の子

 

 1981年イギリス、真夜中のプリベット通り。

街灯が消え暗闇に沈む街の中で、三人の「おかしな人たち」が声を潜め話し合っていた。三人が三人プリベット通り――――いや、「普通」ならあり得ない格好をしている。

 三人のうちの一人は背が高く、長い白髪と白い髭の相当なお年寄りだ。長いローブと地面に引きずるほどの紫色のマントを羽織り、半月型の眼鏡の奥では、淡い青の瞳がいたずらっぽく輝いている。

 

――――名をアルバス・ダンブルドアという。

 ダンブルドアは、毛布に包まれた赤ん坊を抱いている。

 そのそばにいる女性も不思議な格好をしている。四角い眼鏡にやはりマント、それもエメラルド色のものを羽織っている。頭には、魔法使いが被るような黒いとんがり帽子を被っていた。

 目に涙をため顔をくしゃくしゃにした男はさらに不思議だ。背丈は普通の二倍、横幅は五倍もあり、黒い髪と髭が顔中を覆っている。手も、足も尋常でないほど大きい。

 そんな二人をさしおいて、ダンブルドアは庭の生垣をまたぎ、とあるマグルの家の玄関へと歩いて行った。

赤ん坊をそっと置き、マントから出した手紙を赤ん坊を包んでいる毛布に挟みこんだ。

「幸運を祈る――ハリー・ポッター……」

 そうつぶやき、二人の元に戻ってきたダンブルドアの目は心なしか沈んだ色を宿していた。

三人は、そこにたたずんで、その小さな毛布の包みを見つめていた。

 

 「アルバス…あなたにもう一つ、聞きたいことがあるのです」

毛布の包みから目をそらすと、女性――マクゴナガル先生が、これだけは何としても聞いておかねば、と言わんばかりの射るような眼差しをしている。

 

 「なんじゃね?」

 ダンブルドアも、赤ん坊から目を離し、マクゴナガル先生と目を合わせる。

マクゴナガル先生の質問に予想がついていたからなのか、どこか沈んだ口調であった。

 

「ハリーの噂に比べると、こちらはあまり知れ渡っていないのですが…ヴォルデモートがゴドリックの谷にポッター夫妻を殺しに訪れたとき、それに鉢合わせた者がいると……エリンが……殺された……と」

その声はとても震えていた。

 

 「残念じゃが、本当じゃ……」

ダンブルドアのうなだれた様子に、マクゴナガル先生は顔を歪め目を逸らす。大男――ハグリッドは、「そんな、ダンブルドア先生!エリンまで、あのリリーの一番の親友だった?そんな……」そう言いながらダンブルドアに目を向けた。

 マクゴナガル先生はレースのハンカチを取り出し、眼鏡の下に押し当てた。

遠い昔を見るような眼差しで、マクゴナガル先生の肩に手を添える。

 

「エリンはとても優秀じゃった。リリーの良き友人で、薬草学は特にずば抜けて優秀じゃった。」

「そんなこと、寮監の私はずっと知っていますよ!」

声を震わせマクゴナガル先生がピシャリと言う。

ダンブルドアは、沈痛な声で囁いた。

 

 「そうとも、じゃからハリーも、……エリンの娘レイナも素晴らしい魔法使いになるじゃろう」

その言葉を聞き、マクゴナガル先生はハンカチから目を離した。

ハグリッドは、まだ鼻をグスグスと鳴らしていた。

 

「それで、エリンの娘は今どこにいるのです?それに夫のダイスケも」

「そうだ先生、二人はどうなったんです。……まさか……」

「残念じゃがダイスケは…エリンと一緒にのぅ。じゃが、レイナは生きておる。今は聖マンゴにおるよ。二人が、エリンが殺される時まで、その背におったのじゃ。」

「エリンに背負われていたのですか、レイナは。まったく、そんな状態でエリンはヴォルデモートに立ち向かったんですね。なぜ……」

「ヴォルデモートに出くわすと思っておらんかったんじゃろう。……ダイスケが持っていたのであろうカバンの中に、菓子とハロウィーンモチーフのベビー服が2着入っておったのじゃ。」

「つまり、二人はリリーたちとハロウィーンを祝うために、ゴドリックの谷に向かっていた。その道中で、ヴォルデモートと鉢合わせて殺されたというわけですね」

「そういうことじゃろうな」

 すると、ようやくはっきりした口調でハグリッドが言った。

 

「ダンブルドア先生、どうしてレイナは聖マンゴなんかにおるんですか?……まさか、怪我でもしちまったんですか?」

「今は、他に連れて行くところがなかったのじゃ。じゃから、預けた。幸い、大きな怪我は見られなかったようじゃが……そこのところはエリンもダイスケもしっかりしていたようじゃ」

「それはよかったでさあ。でも、奇妙じゃありませんですか?」

「なにがじゃ?」

「奴はエリンとダイスケは殺したのに、なんで、レイナは殺さなかったんです?そしてハリーも、奴に殺されずに生き残った。おかしくねえですか?」

「そうじゃのう。レイナも殺そうとしたはずじゃが、なぜ殺さなかったのかはわからぬ。これも想像するしかないのじゃよ」

 ハグリッドとダンブルドアの会話に、マクゴナガル先生も怒ったように鼻を鳴らした。

「アルバス、私も奇妙だと思います。ハリーたちのように元々命を狙われていなかったとしても、自分を阻もうとした奴の子どもですよ? すぐそばに命があるのに殺さないなんて。今まで何人もの魔法使いや魔女を殺めてきたことか……」

「わしは物知り博士ではないのじゃよ、二人とも。落ち着くのじゃ」

 ダンブルドアは懐からレモン・キャンディーを取り出し、わりと落ち着いた様子で食べた。

「マクゴナガル先生、一つ頼まれてもらえるかのぅ。早いところ、レイナを日本へ連れて行ってあげないといけないのじゃ」

そう言いながら、優しい眼差しでマクゴナガル先生を見た。

 

「私に頼まれてほしいと? レイナのことを?」

「そうなれば、こんなに幸いなことはない。君はエリンと親しかったじゃろう? どうかな?」

「そんなら先生! また俺に行かせてくだせえ! エリンとダイスケの娘が、遠い日本に行っちまうのなら俺が……!」

 マクゴナガル先生が答える前に、ハグリットが弾かれたように叫んだ。

「しかしハグリッド、君は日本に行ったことはなかったじゃろうが」

「そりゃ、そうですが……」

 力なく、マクゴナガル先生がため息をついた。

 

「ええ、確かに私は交換留学の手続きや、留学生との顔合わせで何回か日本へ行ったことがあります。でもアルバス、あの子をなぜ遠い日本へ連れていくのですか? そりゃあ、ダイスケは日本出身ですが……エリンはイギリス出身なんですよ」

わざわざ日本に連れて行かなくても……という目をしたマクゴナガル先生にダンブルドアはこう答えた。

 

「ダイスケの側にしか親戚がいないのじゃよ。ハリーと同じく、マグルと暮らすことになるのじゃが……」

 ダンブルドアの答えに納得がいかなそうな、不機嫌そうな顔でマクゴナガル先生は頷いた。

 

「……分かりました。後日、私がレイナを連れて日本へ行きます」

 ハグリッドが、またぐずるように目に涙を溜めている。

 

「ハリーがマグルたちと暮らすってだけで我慢できねえのに、レイナまで、おまけに遠い日本へなんて! せめて、俺もマクゴナガル先生と一緒に、レイナを病院に迎えに行きますだ」

「時が来れば、二人とも帰ってくるのじゃよ」

 そう静かに囁くと、ダンブルドアはハグリッドの肩に手を置いた。

 

 

 翌朝、聖マンゴ魔法疾患傷害病院の受付で、ハグリッドとダンブルドアが、レイナを抱えて出てくるであろうマクゴナガル先生を待っていた。

受付にいる案内担当の案内魔女は、患者や見舞客の整理にあたっていて忙しそうだ。

 

「マクゴナガル先生は、まだなんでしょうかね」

 待ちきれないと言わんばかりに、うずうずしてハグリッドが言った。

 

「そう急いでも急ぐだけ無駄じゃよ。ハグリッド、レモン・キャンディーはいるかね?」

「ああ……もらいますだ。ありがとうございます」

「少し待たせましたね。」

 ダンブルドアがレモン・キャンディーを取り出そうとした時、ようやくマクゴナガル先生が現れた。厳格そうな表情の中に、どこか疲れたような気配が漂っている。腕には、空色の毛布に包まれた赤ん坊を抱いている。

 

「戦いの最中にもこの子はずっとエリンと一緒だったためか、いくつか呪文のかすり傷があったようですが、それも日が経つにつれてすぐによくなるようです。傷痕も残らないそうなので、安心しました。」

「そうか、それはよかったのぅ」

 ダンブルドアとハグリッドは、毛布の包みの中を覗き込んだ。小さな女の子の赤ん坊が見えた。紅茶のような赤茶色の髪で、柔らかな頬をかすかに上下させてぐっすり眠っている。

 

「ハリーの場合は髪だけでジェームズそっくりだと分かっちまいましたが、レイナの場合はぱっと見分かりませんですね。エリンは金茶色でダイスケも黒髪だったですから」

 ハグリッドが、これからの別れを考えてすでに涙ぐんでいる。

 ダンブルドアはマントから手紙を取り出すと、マクゴナガル先生に渡した。

 

「わしからの手紙じゃ。ハリーの時のようにレイナと一緒に置いておいてくれるかのぅ」

「また手紙なんですか? マグルが手紙で一切を理解するなんて、出来ないと思いますよ?」

「そのとおり。じゃが君もわかっておるじゃろう? 先生」

 マクゴナガル先生は口を開きかけたが、思いなおして言葉を飲み込んだ。確かにマグルたちを驚かせず用件を伝えるためには、これが一番いいのだとわかっている。それも、海外に住むマグルとなれば、手紙で伝える方がもっとも理解してもらえるはずだ。

 

「……そうですね。おっしゃるとおりです。しかしダンブルドア先生、今回はどうやってレイナを日本へ連れて行くのが賢明なんでしょう? 私一人の場合はいつも姿くらましで通用しますが、赤ん坊のこの子を姿あらわしに付き添わせるなんて、私には出来ませんよ」

 毛布に包まれたレイナを厳格な目つきでちらりと見やると、マクゴナガル先生はきっぱりと言った。

 

「フォークスを使うといいじゃろう。屋敷しもべ妖精と同じでな、フォークスは魔法使いと違った魔法が使えるのじゃ。フォークスの力で姿くらましすれば、負担も少ないじゃろう」

「ええ、ではお言葉に甘えて。帰りは私一人で戻りますから、フォークスは必要ないので、先にアルバスの元へ帰しますよ」

 ダンブルドアが「何か用事でもあるのか?」と聞くと、マクゴナガル先生はいらいらした口調で宣言した。

 

「何かですって?ハリーの住む家のマグルがあんなにも最低な連中だったのですよ。レイナが住む家のマグルたちも、私がこの目で見ておかないと気がすみません」

「そうでさあ、ダンブルドア先生! ダドリーやダーズリーのような奴らが、マグルにはうじゃうじゃいるかもしれねえですぞ!」

 マクゴナガル先生の言葉に、ハグリッドも鼻を鳴らして怒鳴った。あまりに声が大きかったので、受付にいる魔法使い、患者や見舞客たちがハグリッドをちらりと見やる。ハグリッドはバツが悪そうにコホンと咳をすると、「失礼」と呟いた。

 

「日本はいい国じゃよ。わしも行ったことはあまりないのじゃが、何よりも食べ物がうまいのじゃ」

 穏やかにダンブルドアが言った。

 

「さて、そろそろおいとましようかのう。いつまでもここにいても仕方がなかろう」

 ダンブルドアがそう言うと、ハグリッドは頷き、マクゴナガル先生は返事の変わりに不機嫌な顔で鼻をすすった。

 そうして、ハグリッドとマクゴナガル先生が重い足取りで病院を出ようとしたところで、ダンブルドアが小さく呟いた。淡い青の瞳で、レイナを見つめながら。

 

「忘れてはいかんよ。世に知れ渡っていないとはいえ、レイナも生き残った子なのじゃ。――生き残った女の子なのじゃ」

 

 

 

 その日の正午過ぎ。マクゴナガル先生はダンブルドアの部屋からフォークスの尾につかまりながら、その腕にいるレイナもろとも姿くらましをした。時差のこともすべて考え済みだったので、日本へ姿あらわしした頃には、ちょうど真夜中だった。

マクゴナガル先生は庭の低い生垣をまたいで玄関へ向かった。そうして、レイナを包んだ毛布をそっと戸口へ置き、ダンブルドアから預かった手紙を毛布の中へ入れた。

空がよく澄み渡り、星がきらめいている。

 レイナを置いた戸口からそっと離れると、マクゴナガル先生は目をしばたかせた。

「幸運を祈りますよ――レイナ・ウォーカー・織部」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリキャラを主人公にして書くのって、難しいですね…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章 賢者の石 第1話 東雲家

第1話です。思ったより早く続きを投稿できました!


第1話 東雲家

 

 

 マクゴナガル先生が小さな女の子を預けた家には、東雲夫妻とその娘が住んでいた。

夫の東雲太一は市役所に勤める公務員で、妻の東雲明穂はいつも笑顔で夫を支え、子どもを育てる良妻賢母である。

東雲夫妻の間に生まれた娘の名前は美雪。最初の子ということもあって両親が少し甘やかしたせいか、少し我儘な子に育っていた。

 

 そんな絵にかいたように幸せな東雲一家、特に夫太一はあることが大嫌いであった。

それは「非科学的なこと」である。

 真面目一直線で、規律や上下関係に難く、地道に堅実に生きることを好む太一。彼にとって非科学的なものは自分の理解が及ばないことであり、自身や妻の父親を連想するものであった。

 魔法や超能力、幽霊やUFOも駄目である。そのテのテレビ番組を妻にも、まだ赤ん坊である娘にも絶対に見せない。文学として認められているファンタジー小説や童話ははかろうじて黙認しているが、「どこがおもしろいんだ、そんなもの」という表情を隠さない。だからなのか、妻明穂は娘への絵本の読み聞かせでその類の絵本は一切読まなかった。

 

 そして夫妻にとって何よりも問題なのは、「織部一家」のことだった。妻である明穂の弟である大輔は、イギリス人の女性と結婚したのだ。

現在は妻子と共に日本に住んでいる。

 

 問題はそれではない。

織部一家やその周囲の人間が、他の家庭と大きく違った面を持っていることを、東雲夫妻は知っていた。だからこそ、夫妻は、織部一家と自分たちに関わりがあるということを、他人に知られたくないのだ。

あんな奴らと関わりがあるということが周囲に知られれば、珍しいものを見るかのように扱われるだろう。それどころか、気味悪がられるかもしれない。自分たちが得てきたものを、何もかも失うかもしれない。

それが何よりも、恐ろしかった。

 

 おまけに、織部夫妻にも美雪と同じ年頃の幼い娘がいるのだ。娘に悪い影響を受けさせたくない夫妻はなおのこと、奴らとは関わりたくなかった。

 

 夫妻が玄関の戸口にいた赤ん坊を引き取ってから長い年月が経っていた。

あれから約十年。夫妻の子どもは美雪を含めて三人となり、居間には三人の子どもたちの写真が飾られていた。

 美雪は、もう小さな赤ん坊ではなく、年頃の女の子へと成長していた。壁に飾られている写真には、小学校五年生になった現在の美雪が写っている。長い黒髪を腰まで垂らし、一つ下の弟と三つ下の妹と一緒に写っている写真ばかりだった。

 

 しかし、この家に、東雲夫妻と美雪たち三人の子どもたち以外にもう一人住んでいる気配は、ほとんどないに等しかった。他人がもし家にあがってきたら、周囲に置いてあるものを見て、「五人家族」だと思うに違いない。

それほどまでに、東雲夫妻は「織部一家」を毛嫌いしていたので、その娘である澪菜・エリン・ウォーカー・織部――ここでは織部澪菜(おりべれいな)と呼ばれている――に愛情を注ぐはずがなかった。

 

 

 のでは無かった。確かに引き取った当初は虐待スレスレのことを行っていたが、彼女が幼稚園の頃に交通事故で大怪我を負ったのを切っ掛けに、彼女への態度は軟化していき、小学生になるころには普通の伯父伯母と姪の関係に落ち着いていた。

写真がないのは彼女が東雲夫妻の元を離れ独り暮らしを始めた際に部屋に飾るために写真をすべて持って行ってしまったからだ。

 




澪菜の交通事故や、独り暮らしをすることになった理由の話は、同時執筆中の
「私とおじいちゃんと魔法の屋敷」で詳しく書きます。
なので、気になる方はもうしばらくお待ちください。

追記:澪菜のミドルネームを書き足しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 伸びるリボン(前編)

第2話前半です。
澪菜が無意識に魔法を使った話が出てきます。


 今、澪菜は夢の中にいる。もうすぐ、伯母が従姉妹の美雪を起こす声で起こされると知らずに。

東雲夫妻の奥さん――明穂(あきほ)伯母さんがドアをたたきながら大きな声を出している。

 「美雪!起きなさい、今日は大会でしょ!澪菜ちゃんもそろそろ起きて!」

朝に弱い美雪は、耳をふさぎながら寝返りを打つ。澪菜は伯母の声に驚いてベッドから転げ落ちた。

 

 「起きなさい!」

部屋のドアを叩かれ、ようやく美雪は飛び起きた。そっと耳を済ませると、伯母さんは美雪と澪菜の部屋がある二階から階段を下り、一階へ行ったようだった。

 

 「美雪、おはよう」

と澪菜が声をかけると美雪は

 「澪菜、おはよう…何しているの?」

澪菜の…頭が床についており、右足がベッドの淵に引っ掛かっている状態、ベッドから転げ落ちたときの体勢でいるのを指摘すると

 「伯母さんの声に驚いて落っこちたの。美雪、起こしてよ」

澪菜がそう言うと、美雪に「ごめんねぇ、あたしが朝弱くて」と言われながらベッドに起こしてもらった。

 

「そう言えば、今日だったね。美雪の新体操の大会」

澪菜がそう言うと、美雪は、素早く所属している新体操クラブのジャージに着替えながらうなづいた。

「頑張って来るね!」

そう言いながら美雪は部屋を出ていった。伯母さんに髪をシニヨンに結ってもらうのだ。

のろのろとパジャマを脱ぎ、義手義足を装着しながら、澪菜はため息をつく。

 伯母さんの声が響くその寸前まで、夢に浸っていたのに。童話の世界のような魔女が出てきて、本が空を飛んでいたのに。何なのか知らないが、最近はよくそういったおとぎ話のような夢を見る。

 普段からファンタジーに囲まれているからなのかな、と澪菜はそう思った。

 

 シンプルなセーラーカラーのワンピースに着替えると、澪菜はクシを手に取った。そうして、肩甲骨くらいまである紅茶色の髪を、手早くとかしていく。毛先がハネた髪はひどく絡まっていたが、お構いなしにぐいぐいとかした。

 ポニーテールにまとめ、結び目にシュシュを付けるなり、「よし!」と一声かけると、部屋を出て階段を下りていく。

 

リビングへ出てくると、伯母さんと太一(たいち)伯父さんが、美雪や美雪の弟妹と話をしているところだった。

 

 こげ茶色の髪を持ち、すらりと痩せた伯母さんと違い、おじさんはがっしりした体格をしている。市役所に勤めていて、デスクワークがメインなのに、何とか肥満にならずにすんでいるのは、伯母さんのカロリー計算と、水泳をやっている東雲夫妻の長男で、澪菜の一つ下の従弟和之に付き合ってよく泳いでいるおかげなのかもしれない。

 和之と、三つ下のもう一人の従妹一華に挨拶している澪菜の姿をみとめると、伯母さんは

「澪菜ちゃん、朝ご飯は台所に用意してあるわよ」

「はい、伯母さん」

 伯母さんの声に、澪菜は台所に向かう。その途中で、先に大会の会場であるスポーツセンターに向かう美雪に「行ってらっしゃい」と言った。

 

 伯母さんの弟であるお父さん似だからなのか、澪菜は痩せた体型をしていた。お菓子を食べるのは好きだが、身長が伸びるだけで、どうしても太ることが出来ない(ちなみにこの体質は美雪にとても羨ましがられた)。着ている服はだいたいいつもシンプルなものが多いから、かわいい服を着ている美雪と並ぶと悪目立ちした。

 体型や顔立ちはお父さん似だが、髪と目、肌の色はイギリス人であるお母さん似だ。すっきりとした輪郭をしていて、肌は雪のようにとまでいかないが十分白い。紅茶のような赤茶色の髪に、蜂蜜を思わせる金色の瞳を持った顔は、華やかさに乏しいが十人が十人かわいらしいと評価するだろう、そんな不思議な雰囲気だ。

 

 とはいえ、ただでさえ手足の長さや色の白さ、そして服の地味さなどで「気味悪い」と、今まで同じクラスになったことのない女子軍団に陰口を叩かれているのに、日本人離れの色をしているからもっと最悪だった。「日本語しゃべれる?」などのからかいの言葉は、もう慣れっこというほど聞き飽きている。

 

 女子軍団がが何かしら機会を見つけては周りにに澪菜の悪口を言っているので、学校でも親友と元、もしくは現クラスメイト以外とではほぼ孤立しているに等しい。澪菜自身、自分の容姿は嫌だと思ったことはないが、うっとおしいな、とは思う。 

 けれど、この瞳の色だけは、ひそかなお気に入りだった。日本人離れした、この金色の瞳……琥珀色とも言う。これを見ると、自分に東雲夫妻ではない両親がいたことを、いつも思い出す。

 

 イギリスでの澪菜の名前――「澪菜・ウォーカー・織部」という名前も気に入っていた。だが、澪菜にとっては日本人離れした色であろうと自分は日本人だという思いがあった。

 

 

澪菜には、両親がいなかった。物心ついた時から、この家に住んでいたのだ。

 

 澪菜自身、両親がいないというのに、自分をこの家においてもらっていることで、伯父さんたちに感謝はしているつもりだ。美雪と同じ、現在小学校五年生である澪菜を、ただでさえ義手や義足のことでお金がかかるのに、今まで学校へ通わせてくれたのも伯父さんたち――何も、不満など持ってはいけないはず、と思っている。

 

 とはいえ、自分のことや親のことを伯母さんに聞くと、伯母さんは沈痛な表情で、早口に答えた。

「あんたの誕生日は1980年5月31日よ。母親はイギリス人。父親は私の弟。二人はあんたを連れて友人のいるイギリスで……これ以上はまだ教えられないわ。」

 

 …伯父さん伯母さんはまだ私の両親の死を受け止め切れてないのだ。澪菜はそう思い、それ以降、両親のことを聞いたことはない。

 

朝食からしばらくして、伯母さんと和之たちが先に車に乗り込んだ。

 車に乗ると、和之と一華が近寄ってきて、耳元でこっそり言った。

 

「今日は、何も変なこと起こらないといいね」

「……いつも、大人しくしているのに」

「でも、澪姉ちゃんの周りよく変なことが起きるじゃん」

 もはや、外出する時のお決まりのやりとりだ。澪菜が、いくら「普通にしている」と言っても、まともに聞いてくれたことすらない。

自分でもまったくわからないけれど、澪菜の周りでは、よく不思議なことが起こるのだ。

 

 小学二年生のある時のこと。

伯母が通う華道教室に持っていくための花を、澪菜と美雪がお使いで買いにに出かけたことがあった。

 二人で腕いっぱいに花を持ち、家へ帰る最中。ばったりと同じように花を持ったいじめっ子に出くわした。

いじめっ子は、澪菜から花をひったくる。そうして、花を振り回してスキップしていたため、そのいじめっ子自身が近くの池に花を落としてしまった。

見た目と違い実は汚れることをためらわない美雪が、わざわざ池に入って泥だらけの花を持ってきたが、その後は伯母さんにこっぴどくお説教された。いじめっ子に「澪菜が落としたの」と濡れ衣を着させられたのだ。

そして、その子がとうとう癇癪を起こし、泣き出した。

 そのわざとらしい様子に、澪菜は腹を立てずにはいられなかった。

 ――どうせ、わざとに決まってる。

澪菜が、その子に対していらだちを抑えていたとき。

 

 泥だらけで放られていた花が、急に別の種の花へと変わった。

伯母さんたちは、たちまちパニックになってしまったが、ふっと溶けるように変化した花を、澪菜は興味津々に見つめる。

 

 だがその様子を、ちょうど仕事から帰ってきた伯父さんに見られたのは、まずかった。と今でもそう思っている。

 

また、こんなこともあった。小学三年生のプール授業の時だ。

 その年は澪菜のいるクラスに教育実習生が訪れていた。だが、この実習生は少し訳ありの問題児だった。正義感()が強く思い込みが激しい、はっきり言って教師に向いてない人だ。

 その人は初日から何故か澪菜を目の敵にしていた。澪菜がプールに入らないのを仮病だと、その理由である左腕と左脚のことを嘘だと決めつけ、プールの授業のたびにプールに入らせようとした。

そのたびに担任が間に入り、事なきを得ていたが、教育実習の最終日担任が少し目を離した隙に澪菜を更衣室に連れ込み、水着に着替えさせようとしたのだ。抵抗するも腕を押さえつけられ、身動きをとれなくされてしまう。

 

服に手が伸ばされそうになり、大声で叫ぼうとした次の瞬間、気付いたらよく見慣れた場所に立っていた。自分の部屋の中に。

 

 こうした不思議なことが起こるたび、伯父さんたちは澪菜が原因だ、というように、見てくる。

澪菜自身は、やったという自覚さえなく、そう思ったこともない。

(いつも私の周りが変なだけなのにな……)

 自分が周りと違うのは、両親がいないこと。そして、ハーフなこと。それだけで、十分なのに。

 

 今日は美雪の大会だ。澪菜としても、今日だけは何も起こしたくないし、起こってほしくない、と願うばかりだった。

 

 

 

 

 




 第2話が書いているうちに長くなったので前後編に分けました。
 本文で澪菜が無意識に使った魔法は、
前者が変身術、後者が姿くらましのつもりです。
 ちなみに、前話で澪菜が独り暮らししていると書いたのに、この話で東雲家にいるのは、独り暮らしの条件の一つである「月に1回東雲家に1泊する」が理由です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 伸びるリボン(後編)

 後半できました。


 新体操の大会は、規模が大きいだけあって、観客も数多く訪れている。しかし、澪菜の髪や目が日本人らしくないことは、どこにいても目立ってしまう。誰かとすれ違うたびにジロジロと見られるのは肩の狭い思いをするが、「あえて」澪菜は堂々と歩いてやった。

 

 競技開始は十一時からなので、まだ時間がある。それまでに何をしていようかと悩んでいると、美雪がやってきて、ウォーミングアップの通し演技を観ないかと言ってきた。美雪たちが使うのがアリーナ入り口近くなのだそうだ。伯母さんに下で美雪の通し演技を観てくると言い、和之たちと一緒にアリーナ入り口まで下りて行った。

 

 最初にボール、次にフープ、最後にリボン。どの演技も前回の大会に比べて格段に良くなっている。特にリボンは、美雪が一番好きな種目だからか、技のキレが今までと違っており、もしかしたら上位入賞できるかもしれないと思ったほどだ。特別緊張している様子もないし、和之たちにそろそろ戻ろうと言おうとしたその時

 

 「ちょっとぉ~、次はあたしの番でしょぉ~、さっさと移動しなさいよぉ~」

甘ったるい声が聞こえ、澪菜は嫌な予感がしつつも振り返ると

(よりにもよって一番関わりたくない奴が来たよ…)そう思った。

 

 その子は美雪と同じ新体操クラブに所属しており、澪菜と美雪の隣のクラスの六条 八重子だ。細長い目、細長い顔。まるでお面のようだと陰で言われている。普段はツインテールにしている長い黒髪は大会のためか、頭の上で一本に縛られている。レオタードは桃色で赤いバラの模様とスパンコールの派手なものだ、彼女の親は「まるで天使だ」と褒め称えるけれど、澪菜には意地の悪いいじめっ子にしか見えなかった。実際今までにもお使いで買った花をだめにされた(しかも花をだめにしたことの濡れ衣を着せられた)などの嫌がらせを受けているのであまり間違っていない。

 ちなみに、彼女に対して澪菜はひそかに「白い大根」とあだ名をつけている。由来は細長い顔と澪菜以上に色白な肌からだ。

 

 「あんたって相変わらずおこちゃま演技よねぇ~」

 「コーチは何でこんなのを大会に出すのかしらぁ~」

 「あんたみたいなのと同じクラブ所属だって知られるのが恥ずかしいわぁ~」

八重子は、美雪に対して文句を言っておきながらダラダラと準備している。こっちが黙っているからか、言いたい放題だ。美雪は平気そうな振りをしているが、さすがにあいつに一言文句を言うべきかと思っていたら、丁度こちらにやってきたコーチに注意されていたのでいったん矛を収めることにした。観客席に戻るときに美雪には「あいつのいうこと気にしちゃだめだよ。私たちは美雪の演技好きだよ」と言っておいた。緊張が和らぐといいんだが。

 

 

 観客席に戻ってすぐ大会が始まった。この大会は、ボール、フープ、リボンを使った演技を行い、審査員からの総合得点で順位を決める。今は、一番最後のリボンの演技だ。

 『31番 東雲美雪さん ふたば新体操クラブ』

アナウンスが美雪の名前を言った。それと同時に音楽が流れ、美雪の演技が始まった。緊張は和らいでいるようで練習通りの演技をしている。このまま何もなければいいが…

 

 そう思ったその時、八重子がわざと待機中の選手が座る椅子を倒した。美雪はその音に驚いてバランスを崩してしまう。すぐに持ち直したが、リボンの勢いがなくなり床に垂れてしまったことが大きな減点となってしまい、7位となった。

八重子は、7位になった美雪を見て馬鹿にしたように笑いながら競技エリアに向かっていった。澪菜はそれを見て激しい怒りを感じた。あれさえなければ、美雪の演技は高得点をとれたのに!

澪菜は、この大会に向けて必死に練習してきた美雪を見ていたからこそ、それを邪魔した八重子を余計に許せなかった。演技に失敗すればいいのに、とイライラした目を今まさに演技をしようとしている子に向けた。

 

 すると、八重子のリボンが伸びたように見えた。見間違いかと思ったが、演技をしている八重子の焦った顔と彼女が持つリボンを見て見間違いではなかったと思った。なぜなら、八重子のリボンは八重子がどれだけ腕を大きく上げてもそのほとんどが床についたままだった。しかも、八重子が演技のために振り上げたり、らせんを作ろうとするとその分だけ長くなっている。思わず、両隣で一緒に観戦していた和之と一華と顔を見合わせていると、伯父さんと目が合った。

 

 伯父さんの目は、澪菜がやったのかと問いかけてきたが、首を横に振った。確かに八重子が演技で少し失敗すればいいのにと思ったが、さすがにこんなのは望んでいない。八重子のリボンは演技終了と同時に伸びるのは止まったが、他の演技での得点を合計しても、八重子の順位は最下位に決まったのだった。こうして、美雪の大会は終わったのだった。

 

 別荘地「木霊の森・花咲」その先の花咲山のふもとの、和洋入り乱れたヘンテコなおんぼろ屋敷。

今の澪菜の家であるちぐはぐ屋敷の自分の部屋。澪菜はスポーツセンターから帰ってくると、伯母が持たせてくれた夕飯も食べず、そのままベッドの上で大の字になり、ため息をついた。

 

両親がいないことに寂しさを感じることはあるが、人前では決して弱音は吐きたくない。それでも、両親のことを思うと、時々どうしようもない虚しさに襲われることがあった。この家や伯母たちの家のどこにも両親の写真はないし、澪菜自身、思い出そうとしても両親のことは何も思い出せなかったのだ。

 

 

 伯父さん、伯母さんには隣町に住んでいるイギリス人の友人が二人いる。澪菜たちが小さい頃から、よく家に遊びに来てくれているおかげで、澪菜も美雪たちも、影響を受けて英語が話せようになっていた。

日本人離れしている澪菜の髪や目の色は、イギリス人たちにとってお気に入りらしい。美雪たちには内緒でこっそりお小遣いをもらったことが何度かあった。

 夏になると、イギリス人たちは、このちぐはぐ屋敷がある別荘地で少し過ごした後、毎年イギリスへ戻る。そのたびに、澪菜は自分の母の祖国であるイギリスはどんな所だろうと思い馳せる。いつかイギリスに行ってみたいと思うが、以前伯母さんたちの前で、冗談交じりに言ってみたときの反応を見ると、それが実現するには成人後まで待たねばならないようだ。

 

 澪菜はもう一度、やれやれとため息をついたのだった。

 




 第3話こと第2話後半なんとか出来ました~。
まさか、別荘地の名前が「私とおじいちゃんと魔法の屋敷」よりも先に出てくるとは思いませんでした(;^_^A。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 始まりの手紙と変身術の先生

第4話です。ようやっと原作キャラを出せました。


夏休みになった。

 

 ジリジリと暑い日差しは大地を照りつけ、木々が鮮やかな緑色の葉を揺らしている。町のどこにいても、むせ返るような夏の匂いが漂っていた。蝉の鳴き声が、大地に染み渡るように響いている。

 この日、澪菜は、図書館に訪れていた。夏休みの宿題の一つである、読書感想文用の本を借りに来たのと、調べ物のためだ。本を選び、借りる手続きをすると、澪菜は早速調べ物を始めた。

 

 澪菜が調べようとしているのは、最近自分の夢に出てくる魔女や不思議な建物についてだ。

 その夢は、ある時は、動物に変身する魔女と、額に変わった形の傷がある魔法使いが出てきた。またある時は、数え切れないほどの蝋燭が空中に浮かび、天井が星空の大きな広間が。真っ赤な機関車が出てきたこともある。

「この本も違うか―」

 澪菜がよく読むのは、ファンタジーが題材の本だ。現実ではありえないファンタジーな話を読んでいると、嫌なことをその時だけ忘れられるような気がするのだ。

「てっきり、今まで読んだ本の内容からなのかなって思ったけど、それらしいのが出てくる本一冊も無いや」

 まあ、もしかしたら今貸出中の巻かもしれないし、また来ようっと。

 そう思った澪菜は、借りた本を入れたバッグを持ち、図書館を出た。

 

 図書館を出ると、むわっとした熱気が襲い掛かる。冷房が効いた室内にいたから、流れる汗が少しうっとおしい。花壇で暑さにめげずに咲いている百日紅や鳳仙花をを見ながら家路につく。

(今日のお昼ご飯何にしようかなあ。暑いからからそうめん茹でて…。おかずは何にしよう。朝獲れた野菜は茄子とオクラだから……)

 

 昼のおかずが茄子の山椒焼きと鮎の塩焼きに決まった頃、澪菜は家に到着した。郵便受けに手紙が挟まっていたので、ついでに取り出す。ほとんどが塾や通信教育のDMだが、ふと、目に留まる手紙があった。

「なんだろう、こんな古そうな手紙」

 手紙は、分厚い黄色みがかった羊皮紙の封筒に入っていた。宛名はエメラルド色のインクで、しかも英語で書かれている。切手は貼っていない。

 

 

 

   ――――――――――――――

 

   東京都  香月市 

   条南町 花咲山麓 ちぐはぐ屋敷    

   澪菜・ウォーカー・織部様

 

   ――――――――――――――

 

 

 

「え?」

 

 驚いて封筒を裏返してみると、紋章入りの紫色の蝋で封印がしてあった。中心に大きく「H」と書かれ、その周囲をライオン、鷲、穴熊、ヘビが取り囲んでいる。

なぜ、差出人は、自分のイギリス名を知っているのだろうか。

 イギリス名を知っているのは、自分と、伯母さんたち、そして伯父さんのイギリス人の友人だけだ。もしかしたら、イギリスの友人たちが澪菜宛に手紙を書いたのかもしれないが、遊びに来ればすぐに直接会えるというのに、わざわざ手紙をよこすはずがない。

 

「おまけに、ご丁寧にちぐはぐ屋敷なんて書いてあるし……」

 封筒の裏側の不思議な紋章に目が止まった。

 

 一体、どこからの手紙なのだろう? 

 英語なのだから、海外であることは間違いないだろうけど……。

 ……押売りか何かかな?

 

 澪菜は不思議に思ったが、空腹には勝てず、手紙を持って家に入ると台所に直行した。そうめんを茹でて、茄子と鮎を焼いている内にその不思議な手紙のことはすっかり頭の中から消え去っていた。

 

 次の日、家庭菜園から玄関に戻った澪菜が見たものは、昨日お昼ご飯を作っているうちにすっかり忘れていた手紙と同じものが、三通も郵便受けに入っている光景だった。流石にこれは少しおかしい、そう思った澪菜は、電話で伯父さんと伯母さんに、変な手紙が送られてきたのだが何か知りませんか、と尋ねた。

 伯父さんと伯母さんは物凄く狼狽えていたが、

「その手紙は、澪菜の両親と関わりがある所からの手紙だ。今夜、そのことで話したいことがあるから家に来てくれ」そう言うと、すぐに電話と切ってしまった。伯父さんが慌てていることを不思議に思ったが、今まで碌に聞いたことが無かった両親の話を聞けると思うと澪菜は、嬉しくなったのだった。

 

 

一方、東雲家では

「あなた……あの手紙……やっぱり来たわね」

「ああ、澪菜は十一歳だ。そろそろ来るだろうとは思っていたが」

「でも、あのことをどう説明するんです。私たちは魔法界のことを詳しく知らないんですよ」

「だからこそ、あの先生に説明をしてほしいとお願いした。私たちが知らない魔法界のこともあの子に教えてほしいと」

「そう……なら一応大丈夫でしょうね」

 

 

 

 東雲家に来た澪菜は、家族と夕食を食べ終えると、昼間に図書館から借りてきた本を読んでいた。美雪たちは夕食の時伯母さんに、お客さんとの大事なお話があるから下へ降りてこないように言われている。

 

 ピンポーン

玄関のチャイムが鳴った。伯父さんと伯母さんが言っていたお客さんだろう。本を閉じて、お客さんと出迎えに行った伯母さんを待つ。

ドアが開き、ゆっくりと不思議な人物が入ってきた。

 澪菜は驚いて、放心状態になった。

 

 ドアから入ってきたのは、まるで仮装大賞にでも出るような、不思議な格好をした女性だった。厳格そうな目つきをしているわりには、緑のマントを羽織り、とんがり帽子をかぶっていたりと、どこかおかしい。鼻がとても高く、冷静な緑色の瞳をしている所から見ると、どうやら外国人のようだ。

 

 マチルダおばさんとミカエルおじさんの知り合い? 

 何かの仮装パーティの帰り? 

 ハロウィーンじゃあるまいし……。

 しかし、それにしては醸し出している雰囲気が厳格すぎて、格好とマッチしない。

 

 でもこの人は、澪菜に用があって、ここを訪れたのだろう。

 澪菜は心を決めると、立ち上がり、緊張で引きつった顔で女の人を見上げた。

 

「は、初めまして、私が、澪菜・エリン・ウォーカー・織部です……」

緊張で舌が回らなかったが、なるべく聞き取りやすい英語で話したつもりだ。澪菜の姿を見ると、女の人はホッと表情を和らげる。

 

「最後に見たのは赤ん坊の時でしたが、顔立ちはお父さんそっくりですね。でも、その髪の具合と目の色はお母さんそっくりです」

澪菜は黙って女の人を見つめる。

 髪の具合までよく見てるなんて、この人は自分の両親を知っているのだろうか。

「Msマクゴナガル、まずは座りましょう。そうしないとゆっくり話せませんよ」伯母さんにそう言われ、マクゴナガルさんは、椅子に座る。

 

「きいても……いいですか?」

「ええ、構いませんよ」

「あなたは……誰、ですか?」

 

 女の人はほんの少し口元で笑うと、誇らしげに答えた。

「丁寧な挨拶をありがとうございます。私はミネルバ・マグゴナガル。ホグワーツの副校長で変身術を担当しています」

 

 ホグワー……? ヘンシンジュツ?

 

この瞬間、澪菜は

 

――――『ハリー、お前さんは魔法使いだ』

――――『あら、びっくり!あなたハリー・ポッターね!私はハーマイオニー・グレンジャー。・・・あなたの、名前は?』

   『ロン・ウィーズリー』

   『よろしく。2人共ローブに着替えたら?もうすぐ着くはずだから』

――――『グリフィンドール!』

――――『僕を・・・見て・・・くれ・・・』

 

………ホグワーツ!?

 つまり、私は……

(ハリー・ポッターの世界に転生したってことー!?)

自分の前世の記憶を思い出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 澪菜は以前、日本で暮らす一般人だった。なぜ?と戸惑っているうちに記憶が流れ込んでくる。私は日本人、ハリーポッターファンだった。本も読んだし映画も観た。

 よく分からないが、前世の世界で読んだネット小説でよく出てくる転生とかいうやつだろうか?澪菜は必死に記憶を探るが死んだ記憶はなかった。死んだ記憶どころか、ハリーポッターの事しか思い出せなかった。

 

 

 




 というわけで、澪菜は前世の記憶(ただし、ハリポタ知識のみ)を思い出しました。
とはいっても、澪菜・エリン・ウォーカー・織部として生きてきた記憶にハリポタ知識が足されただけなので、人格などに影響が出ることはありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 変身術の先生と昔の話

第5話です。


「どうしたのですか、澪菜?」

気付いたらマクゴナガル先生がいぶかしげに私の顔を覗き込んでいる。

 

 イケナイイケナイ、平常心平常心。

「いえ…伯父さんと伯母さんに両親の話を聞いたことが無かったので……」

お父さんとお母さんに似ていると言われて嬉しいです。

そう答えると、マクゴナガル先生は

「そうですか……」

と言った。

 

「……まさか私の口から言うことになるとは…落ち着いて聞きなさい」

「はっ、はい」

何を言われるんだろうか。私が魔女だって言われたりするのかな。まさかねー。そう思っていたら

「よろしいですか、澪菜――あなたは魔女です」

「――はっ?」

 

 ほんとに私、魔女だった―!?

 

「えーと、今なんて……」

 そんな澪菜の狼狽した様子に、マクゴナガル先生は不思議そうに顔を傾けた。

 

「魔女というのはいきなりすぎましたか? では、あなたには魔女の才能があります、と言った方がよろしいですか?」

 どっちも大して意味変わりませんよ、と澪菜は心の中で叫んだ。

 

 澪菜は前世でハリー・ポッターシリーズを完結編まで読んでいる。だからこの、厳格そうな人が、自分に冗談を言っているとは思えない。

 前世であれほど夢見ていたファンタジーの世界が、目の前にある。いざ目にしてみると、湧き上がる興奮とともに、どこか面食らう気持ちがあった。

 

「ま、魔法が……本当に存在するの?」

「ええ、もちろん。手品なんかじゃないですよ。……怖いですか?」

 澪菜は、軽く息を吸い込んだ。

 怖いなんて思わない。

 むしろ、怖がっているように思われているのが、悔しかった。

 

 澪菜は、きっと表情を引き締め、背筋を伸ばした。

 

「怖くなんてありません! ただ……その……びっくりで」 

 すぐにもごもごと口ごもってしまう。

 澪菜が困惑して目を泳がせているのを見ると、マクゴナガル先生がやんわりと言った。

 

「あなたには、魔女の才能があるのですよ。それも、ホグワーツできちんとした教育の元、訓練を受ければ、並みの魔法使いたちよりも優秀になれるでしょう。あなたの母親も、そうだったのですから……」

 

 そうして緑色のマントの中から例の手紙を取り出すと、澪菜に手渡した。

 澪菜は黄色味がかった封筒を、そっと丁重に受け取る。

 ハリー・ポッターの本を読んだ時から、ずっと受け取ってみたかった手紙を受け取り、胸がどきどきと高鳴っていた。

 

 ――――――――――――――

 

   東京都 香月市 

   条南町九番地 東雲家

   リビング

   澪菜・ウォーカー・織部様

 

   ――――――――――――――

 

 

 エメラルド色の宛名を読むと、澪菜は冷えた手で中から手紙を取り出した。

 

 

   ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

    ホグワーツ魔法魔術学校

    校長 アルバス・ダンブルドア

 

    親愛なる織部殿

    このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、

   心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。

    新学期は9月1日に始まります。7月31日必着でふくろう便にての

   お返事をお待ちしております。                  敬具

 

                        副校長ミネルバ・マクゴナガル

 

   ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「え、あの、これ、どういう意味ですか? ふくろうとか、教科書とか……あばばば……アルバス・ダンブル……」

「ふくろう便、ですよ。少し落ち着いた方がいいですね、あなたは」

 マクゴナガル先生はきっちりと訂正すると、何故かマントの中からボロボロになった白い紙を取り出した。再び杖を取り出すと、紙に向かって振ってみせる。すると、白い紙がみるみるうちに小さなふくろうへと変化した。ふくろうは窮屈そうに白い翼を広げてばたつかせたが、飛びはしなかった。

 

「今のが『変身術』ですよ」

「変身術……」

 

(確か、主人公の父親の杖ってこれにピッタリな杖だったよね)

 澪菜は、きらりと瞳を輝かせた。

 

 私のその様子をちらりと見ると、マクゴナガル先生は羊皮紙の巻紙を取り出し、羽ペンでサラサラと走り書きした。

内容が気になったが、覗き込んであえて内容を読むようなことはしなかった。

 マクゴナガル先生は、手紙を素早く丸めてふくろうの嘴にくわえさせ、再び杖をふる。

すると、ブンという音とともにふくろうが消えた。

 

「えっ?」

 澪菜はぽかーんと口を開けた。

しかし、一体何を書いたのだか気になって仕方がない。

 

「あの……何を……」

 澪菜の眼差しを感じ、マクゴナガル先生は口元で笑ってみせた。

 

「ここからイギリスまでふくろうを飛ばすのはあまりにも酷なので、イギリスへ飛ばしてやったのですよ。ふくろうは、ホグワーツのダンブルドア校長のところまで手紙を届けてくれるでしょう。手紙には、あなたに入学許可証を渡しましたということを記しました」

 当たり前のように言ってのけたので、澪菜は話を聞き取るので精一杯だった。

 今置かれている状況を整理した後、「自分が魔女」ということが、水底から湧き上がるように、ゆっくりと思い出される。

 

「それで……私が魔女だとか言うのは……」

「さきほど言ったとおりですよ。まだ、信じられませんか?」

 澪菜は、ごくりと喉を鳴らした。

 すうっと息を吸うと、

 

「え、いや、そんな……私は……」

今の生活が楽しいからこそ、マクゴナガル先生に言われた事を素直に認めることが出来なかった。自分が異質なものになってしまったようで。そんな自分を忌々しく思いながらも、澪菜は苦笑いしてみせる。

 

「な、なにかの間違えじゃないですか……? 私と同姓同名の誰かと間違えていて……それで……」

「……それではお尋ねしますが、あなたが怒った時や怖かった時、何か起こりませんでしたか?」

 マクゴナガル先生の言葉には、どこか澪菜を面白がっている響きがあった。

 

 考えてみれば、八重子のリボンが伸びたことも、花が急に別の種類に変わったのも、すべて澪菜が怒った時だ。気がついたら自分の部屋に立っていたのも、怖かった時……。

 

 あれは澪菜の周りで不思議なことが起こったのではなく、澪菜自身が無意識に起こしたことだったのだ。

 

「じゃあ、全部、私が起こしたことだったんですね」

 澪菜はマクゴナガル先生を見つめた。

 

 そうなると、「澪菜がいつも何かやらかす」と言っていた和之たちの考えは、あながち間違えではなかったということだ。

 つまり……私に、澪菜に魔女の素質があるということを――知っていた?

 

 澪菜は、怪訝そうにおじさんを見つめた。

「あの、伯父さん。私に魔女の素質があるってこと、知っていたの?」

「ああ、お前の両親は魔法使いと魔女だったからな。」

 伯父さんが、押し殺したような声で答える。

 

「知っていたのなら、何で、今まで教えてくれなかったんですか。私は、伯父さんたちが話してくれるのをずっと待っていたのに」

「それは……」

「それには理由があるのですよ、Miss織部」

 

 マクゴナガル先生が言い、すかさず尋ねる。

 

「その理由って何なんですか?」

「今から説明しますよ」

とはいっても私もあまり詳しくは知らないのですがね。そう前置きしながらマクゴナガル先生は、澪菜に自分が魔女であること、両親のことを教えてくれなかった理由を話してくれた。

 

「つまり……今の話をまとめると」

 

・澪菜の両親は魔法使いと魔女で、母親はホグワーツ、父親は日本の魔法学校マホウトコロの卒業生である。

・純血名家の一人娘であるお母さんは、周りからどこかの純血名家の子息と結婚すると思われていた。

・だけどマグル…非魔法族から生まれた魔法使いであるお父さんと結婚したことで、闇の魔法使いたちに命を狙われることになる。

・そのためイギリスを離れ日本で暮らしていた。

・十年前のハロウィーンの日、同じ闇の魔法使いに狙われているある一家とハロウィーンを祝うためにその一家が住んでいる村を訪れていた。

・その時、その一家を殺しにやってきた闇の魔法使いと鉢合わせてしまい、両親は殺されてしまった。

・伯父さんたちが話してくれなかったのは、私が預けられた時に持っていた手紙に詳しいことが書かれていなかったのと、魔法界に詳しくなかったから。

 

「イギリス人のお母さんの方の親戚が全員亡くなっていたので、日本の、お父さんの姉である伯母さんのもとに私を預けたんですね」

「ええ、実は私は最初、あなたをマグルに預けるのは反対でした。」

「そうだったんですか?」

「魔法族の子供をマグルが育てるというのは、実はとても危険なことなのです。おまけに、あなたの伯父や伯母は非科学的なものを信じようとしない人でしたし、その娘は身体がとても弱かった。まともに育ててもらえるか不安だったのです」

へー、魔法族の子供をマグルが育てるのって危険なことなんだ。そう思っていると、マクゴナガル先生は、伯父さんたちに向き直り、頭を下げた。

 

「何でしょう?」

「今まで、澪菜を育ててくれたことへの礼ですよ。正直言って私は、あなた方がすぐにこの子を児童養護施設に預けるだろうと思っていました。」

「私たちをそんなふうに思っていたんですか!」

伯母さんが少しヒステリック気味に答える。

 

「昔の非科学的なものを認めないという態度を見れば誰でもそう考えますよ、Ms東雲。それにあの時のあなたの娘さんの身体の弱さを考えると、子供を二人も育てる余裕はなかったでしょう。」

だから私は、あなたの旦那さんMr東雲が児童福祉に関わる部署に勤めていると知り、澪菜を育てられないと思った時は、職場の伝手を使って澪菜を施設に預けるだろうと考えていたのです。

 

 マクゴナガル先生のその言葉を聞いて、澪菜は伯母さんたちには悪いが納得してしまった。あの頃の美雪の身体の弱さ、普通の子よりも手がかかることを考えると、自分を施設に預けてもおかしくない。

そう思っていると、伯父さんが口を開いた。

「確かに最初は施設に預けようと思った。だが、あいつに、大輔にそっくりなお前を見て、自分たちで育てたいと思ったんだ」

子育ては大変だったがな。そう言うと、伯父さんはマクゴナガル先生の方を向き、頭を下げた。

 

「むしろお礼を言いたいのはこちらの方です。あなたが、ミカエルたちを紹介してくれたおかげで私たちは、澪菜を今まで育てることができたのです。」

「えっ、ミカエルおじさんとマチルダおばさん、魔法使いなの!?」

思わず声が出てしまった。

「ええ、正確にはスクイブですが、あの二人もあなた方からみれば魔法使いになりますね」

 あなたの子育てに関してアドバイスしてやってほしい、と私があの二人に頼んだのです。何せアルバスは、あなたを手紙ひとつだけで東雲夫妻に預けようとしたので心配で。

 マクゴナガル先生の言葉に、澪菜は思わず

「手紙ひとつだけって……しかもある意味重要な部分がスカスカなもの……」

もう少しマシな方法なかったのかな?そう呟くと、

 

「私って沢山の人たちに見守られながら育ったんですね」

「伯父さん、叔母さん、私を今まで育ててくれてありがとうございます」

そう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あ、ホグワーツの事まだ何も教えてもらってないや」

「そう言えば、そうでしたね」

それじゃ今度は、ホグワーツのことについて説明しましょう。




原作第4章真ん中あたり?まで来ました。次話でホグワーツ・マホウトコロについて説明します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 学校説明

第6話 学校説明の回です。


「ホグワーツは最初に申しました通り魔法魔術学校です。期間は11歳から魔法界の成人である17歳までの7年間です。寮生活をしながらその間に魔法使いに必要な様々な事を学んでいきます。またホグワーツにおいては将来魔法界での活動に必要な試験や資格と言った物もカリキュラムに入れており、卒業後の事も考えて授業を行なっております」

「成る程…素晴らしい学校の様ですね」

「ええ」

「Ms.マクゴナガル」

話を聞いていた伯父さんが口を開く。

 

「幾点か質問しても?」

「はい」

「まずそのホグワーツなのですが必ず入学しないとならないのですか?…澪菜はこの子は今まで此方の、貴方方の言うマグルの世界で暮らして来ました。この子にマグルの学校に通う資格は無いのですか?」

「それは…なんとも言えないのが現状です。何せ前例がないですしそう言った規則は無いと記憶しています。…ただ、Miss織部は両親が魔法使いと魔女なので間違いなく、魔力を有しています。その為将来的に魔力が何らかの形で爆発すると言う可能性もありますし、そうなった場合魔法界の政府組織である魔法省が介入してきます」

「確かにそれは…色々と面倒ですね」

「はい。ですのでその入学案内を送られた生徒は今の所全員がホグワーツに入学しています」

「…分かりました。では次にですが、仮にそのホグワーツに入学し卒業したとします。その場合此方の世界で…例えば働くなり此方の勉強をし直して高校や大学に行く、と言う選択肢はあるのですか?」

「それはあります。数は少ないですが何人かの前例がありますし、現に今現在でもホグワーツを卒業してマグルの世界に戻り職に就いているもの何人か居ます。そのための通信教育もあるので少しハードになりますが、両立することもできますよ」

 良かった!卒業後は絶対高校行きたかったから通信で勉強できるのはありがたいや。

 

「そうですか…次にですが、なぜ日本の魔法学校…マホウトコロではなくイギリスのホグワーツに入学なのですか?この子は今までずっと日本で育ったんですよ。普通父親が通った魔法学校から手紙が来る方が当たり前でしょう?」

「それは私も聞いていて気になっていたんです。私は日本で十年は育っているのに、何でマホウトコロ?から入学許可証が来なかったんだろうって。」

 これは絶対に聞きたかった。私は日本人なのに、日本にも魔法学校があるのに、なぜ日本の魔法学校から手紙が来なかったのだろうか。

 

「それに関しては、彼女が生まれた国がイギリスだからなのですよ。魔法学校の入学名簿は自国及びその周辺国の血を引く、かつ魔力を有する者が生まれると自動的に名前が書きこまれる仕組みになっているのです。澪菜は日本で育ちましたが、生まれたのはイギリスの病院。ホグワーツの入学名簿のほうに名前が登録されたので、マホウトコロの入学名簿から名前が弾かれたのです」

 え、そうなんだ、知らなかった。まあ、原作ではハーフの登場人物いなかったはずだから、必要無かったんだろうな。

 

「成る程…では最後に。ホグワーツは安全なのですか?」

「それには心配には及びません。ホグワーツは魔法界において世界一安全な場所と言われております。加えて、現在のホグワーツの校長でありますアルバス・ダンブルドアは今世紀最大の魔法使いと言われております。ですので安全に関しては私の名にかけて安全だと保証致します」

「…分かりました」

 伯母さんはマクゴナガル先生の話に頷き、伯父さんと目を合わせる。

伯父さんは伯母さんの意図を汲み取ったのか頷いている。

 

「澪菜ちゃん」

「はい」

「…貴女が決めなさい」

「…え?」

「私達は今の所必要な情報は大方聞かせてもらいました。聞いた上で、進んでホグワーツに行ってもいいとは正直言えません。まだまだ分からない事が多いですし、不安要素はまだまだあります。けれど…これはあなたの人生です。

あなたが進みたいと思う道を進みなさい。そもそも去年私達の反対を押し切って独り暮らしをしているのですから私たちは見守るくらいしかできないんですもの。」

「私たちは君の意思を尊重するよ。…勿論、非行に走ろうと思っているのなら別だが」

「そ、そんな事思っていませんよ!!」

「なら…自分で決めなさい。自分がやりたい方へ」

 そう言った伯父さんの眼は真っ直ぐで私はやはり伯父さんは強く、そして優しい人物だと再確認させられる。

視線を伯母さんに移すと伯母さんも本当は自分の目の届かない所へ姪をやるのが不安だろうに、伯父さんと同じ気持ちだと言う様に私の目を見て頷く。

 

…私は幸せ者だな。まだちょっと色々アレなところはあるけどこの様な伯母夫婦に育てて貰って、沢山の人に見守られて。

 そう思いながら、マクゴナガル先生が来てから決まっていた心は伯母夫婦の言葉によりより堅固な意志となる。

 私は視線をマクゴナガル先生に移し、真っ直ぐと見つめて口を開く。

 

「…行きます、ホグワーツに」

 

「分かりました。では、早速学用品を買いに…と行きたいのですが、もう子供はとっくに寝ている時間。なので、明日の夜十時にまた伺います。」

「夜の十時…頑張って起きていますね。」

 

 

 

 

「長居をして申し訳ありませんでした」

「いえいえ、これと言ったお構いも出来ずすみません」

 玄関先で私達はマクゴナガル先生の見送りに来ていた。

 

「それでは、Miss織部。明日の夜十時にお会いしましょう。」

 失礼いたします。

 そう言って優雅に一礼し、歩いて行き…

 バチン!!

 そんな音と共に姿を消した。

 

 

 

「さて、明日は忙しくなるし、もう遅い時間だから今日は泊まっていきなさい。」

「はい。明日起きていられるように寝だめしないといけないのでお言葉に甘えて」

そう言いながら私と伯母夫婦は家の中に戻ったのだった。

 




ようやっとオリジナル設定出せました!
次は澪菜がダイアゴン横丁でお買い物です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 漏れ鍋

第7話、ダイアゴン横丁に行く前の漏れ鍋でのお話です。


 翌日の夜十時、支度を整え玄関で待っていると、マクゴナガル先生が昨日帰ったときのように、バチンという音を鳴らして現れた。

 先生の後ろについて伯母夫婦の家の外へ出ると、夏のむわっとした空気が肌をなでた。暗闇の中で、静かな風がそよぎ、虫たちの鳴き声が、えんえんと響いていた。

 

 澪菜は、マクゴナガル先生の背中から空へと目を移した。周りの家の明かりのせいか、星はあまりよく見えない。

「しかし、ここはむしむししていますね……」

 独り言のように、マクゴナガル先生がぽつりと声を洩らす。

 軽々しく話しかけていいのかわからず、澪菜はじっと黙っていた。

 くるりと振り向いて澪菜を見やり、先生は言った。

 

「澪菜、眠らずにいて平気ですか?」

「えっ?」

 澪菜はきょとんと目を丸くした。

 先生は、じっと澪菜を見つめている。

 

「ロンドンは今頃お昼の十二時を回った頃でしょう。時差ボケが……」

 そこまで聞くと、澪菜は弾かれたように顔をあげた。

「そっか! 私がいつも寝ている時間に向こうへ行くから……。でも、今日はしっかり昼寝をしておいたので平気です。」

 マクゴナガル先生がおかしそうに目を逸らしたのを見て、澪菜はそわそわした。

 何か変なことを言ってしまったのだろうか。

 

 この聡明そうなホグワーツの先生に、軽々しく口を聞くのは失礼なのかもしれない。小学校の先生ではない。遠い海外の、魔法界の先生なのだ。

 とはいえ、自分の知らない世界が目の前にあると思うと、じっとしていることなど、出来そうになかった。

 先生はふっと一息つくと、澪菜の方に向き直る。

 

「……では、行きますか。怖かったら、目を瞑っていなさい」

 澪菜はその言葉の意味を考え、顔をしかめた。そういえば、姿現しは目を開けたままやると乗り物酔いみたいになるんだった。

「つまり、瞑っていた方がいいってことですか?」

「……ええ、その方が身のためですね」

 その言葉を聞き、澪菜はおとなしく目を瞑った。

 「私の腕に……」と言いかけ、先生は口を閉じる。澪菜は無意識に、マクゴナガル先生の腕をつかんでいた。

 

 ピィーというような、軽やかな鳥の鳴き声が、だんだんと迫ってきた。

 とたん、瞼の裏に炎のような明るい光がほとばしった。水の中にいるような息苦しさとともに、体が浮き上がったような心地さえする。

 足が吸い寄せられるように地面についた、と思えば、遠くでがやがやと賑わっているような声が聞こえた。夜の闇ではない明るさに、そうっと目を開けてみると……。

 

「……!」

 森の中ではない、どこか見知らぬところに立っていた。それも、場所だけではない。時間さえ、夜から昼に変わってしまっている。

 その眩しさに目を細め、澪菜は辺りを見回した。

 どこかの店の裏にいるらしく、店の正面の表通りからは、人々が行き交う音が聞こえていた。

 澪菜は目をしばたくと、確かめるようにマクゴナガル先生を見上げる。先生のすぐそばで、炎のように赤いものがすうっと消えたところだった。

 

 口を開けてぽかん、としていると、見かねたように先生が言った。

「ここは、ロンドンですよ」

「……は……?」

 言われてみれば、同じ夏とはいえ、日本のような湿度がない。体にまとわり付くようなじめじめした暑さはなく、からっとしている。

 

「ま、まさか……」

 本当に日本から、遠く離れたイギリスまで来てしまったのだ! それも、一瞬で!

 今まで外国など、童話や物語の世界と同じくらい、別世界のような気がしていた。ファンタジーとばかり思っていた魔法が存在するのだから、海外へ行くことなど、さほど驚くことでもないのかもしれない。それでも、動揺と胸の高鳴りは抑えられなかった。

 

「えっ、えっ、本当に? まさか? 私が瞬間移動……したの!?」

「……〝私たちが〟ですね。そのまさかですよ」

 マクゴナガル先生は、きっちり訂正する。

 今の魔法がなんなのか、澪菜がきいてくるかと思えば、落ち着きなさげに辺りをきょろきょろしているばかりだ。

 

「澪菜、手紙はありますか?」

 マクゴナガル先生に声をかけられ、ようやく澪菜は我に返った。多少しわくちゃになってしまった羊皮紙の封筒をショルダーバッグから取り出し、マクゴナガル先生に見せる。

 先生は封筒の皺を見て、一瞬呆れたように息を吐いた。

「そこに必要なもののリストがありますので、確認しておいた方がいいでしょう」

 

 家では、気が動転していて気づかなかった、二枚目の手紙だ。澪菜は、ぶつぶつと口で音読しながら、懸命に読む。

 

 

   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

    ホグワーツ魔法魔術学校

   

    制服

    一年生は次の物が必要です。

      一、普段着のローブ 三着(黒)

      二、普段着の三角帽(黒) 一個 昼用

      三、安全手袋(ドラゴンの革またはそれに類するもの) 一組

      四、冬用マント 一着(黒 銀ボタン)

 

    衣類にはすべて名前をつけておくこと。

 

    教科書

    全生徒は次の本を各一冊準備すること。

     「基本呪文集(一学年用)」 ミランダ・ゴズホーク著

     「魔法史」         バチルダ・バグショット著

     「魔法論」         アドルバート・ワフリング著

     「変身術入門」       エメリック・スィッチ著

     「薬草ときのこ千種」    フィリダ・スポア著  

     「薬草調合法」       アージニウス・ジカー著  

     「幻の動物とその生息地」  ニュート・スキャマンダー著

     「闇の力――護身術入門」  クエンティン・トリンブル著  

 

    その他学用品

      杖(一)

      大鍋(錫製、標準二型)(一)

      ガラス製またはクリスタル製の薬瓶(一個)

      望遠鏡(一)

      真鍮製秤(一組)

 

    ふくろう、または猫、またはヒキガエルを持ってきてもよい。

 

    一年生は個人用箒の持参は許されていないことを、保護者はご確認ください。

 

   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――   

 

 

 澪菜は、もし原作と違う所があったら大変だと思い、手紙の内容を口に出しながら、いちいちマクゴナガル先生に質問した。

 

「ローブってことは……制服があるんですか?」

「ええ、もちろんです」

 三角帽子を被り、黒いローブを羽織った自分を想像してみる。中学生になってからのセーラー服は憧れだったが、三角帽子に黒いローブというのも面白そうだ。

 

「魔法学校にも、セーラー服のように制服があるなんて」

「セーラー……?」

「日本では中学校…こっちでいうミドルスクール?で着る制服の一種です。」

 先生が気難しい顔をするのにも構わず、澪菜は読み進めていく。

 

「まほう……史? 魔法の歴史を学ぶんですか?」

「ええ、魔法にも古くからの歴史がありますから」

「……まさか……年代とか、人物の暗記……?」

「そのとおりです」

やっぱり魔法関係無く歴史という教科は暗記するものが多いよなー。歴史が割と得意でよかった。でも原作読んで何度も思ったけど……

 

「……普通の科目は一切やらないんですね?」

「……普通の科目……とはなんでしょう?」

 マクゴナガル先生に言われ、澪菜は目を泳がせた。

 

「国語とか、算数とか、社会とか……」

「ホグワーツでマグルが習う科目を習っても、あまり意味がないんですよ。卒業生のほとんどが魔法界で就職しますからね」

それに卒業までに学ぶべきことが沢山あるのでこれ以上授業を増やせないのです。

「あー、はい、そうですけど……そっか、学校でやらないから通信教育を使わないと学べないのか……」

 確かに原作でも月曜から金曜までビッシリ授業が入っている描写があったような。魔法史が歴史とすると、薬草調合法の本の内容は魔法界の理科なのかもしれない。中学に入れば、それは化学に値するのだろう。しかし、どの科目も「魔法関係」であることに変わりはない。

 読む進めていくうちに、心がどんどん弾んでいくのが、自分でも手に取るようにわかった。

「杖! やっぱり魔法使いは杖で魔法を使うんですね!」

「……木の枝でも使うと思いましたか?」

「指パッチン…フィンガースナップをするのかと思っていました」

 実際漫画やアニメに出てくる魔法使いって杖や魔法少女が使うステッキ以外だと指パッチンのイメージが強いんだよね。

「しませんよ! するわけないでしょう」

 マクゴナガル先生は、目を細めて言う。

 

「さあ、リストを確認したら行きましょう。これから忙しいですよ」

澪菜が頷き、手紙をしまうのを見ると、マクゴナガル先生は悠々と歩み出した。その後ろを、ちょこまかとした足取りで、澪菜が必死についていく。

 店の裏を出ると、いくつもの店が建ち並ぶ賑やかな表通りへと出た。

 その町並みに、澪菜はきょろきょろと辺りを見回しながら歩いていく。日本と違い、石造りで、色の控えめな建物が多く建ち並んだ町並み。店の看板表記もお洒落なものが多く、すでに魔法の世界へ来てしまったかのような気さえする。

 

 道行く人々も、澪菜と同じ、色の白い人ばかり。澪菜はなんだか嬉しくなった。

 マクゴナガル先生は道行く人々の中を颯爽と歩いていくが、人々は先生の格好をちらちらと見ては通り過ぎていく。先生は何も気にしていない様子だが、澪菜はときたま周りを盗み見した。

 本屋や楽器店、ハンバーガー店に映画館を過ぎ……原作を知っている澪菜からしてみれば、この町並みの中に魔法の店などいくらでもありそうに見えるが、ここの人たちにとっては、いたって普通の通りだ。

 

 いったいどこに、魔法界の入り口であるパブが、漏れ鍋があるのだろうか。

 辺りを見回すのをやめ、澪菜がそう思った時、先生の足が止まった。

 俯いて考えていた澪菜は先生の背中にぶつかりそうになり、慌てて顔をあげる。

 

「ここですよ。――『漏れ鍋』です。有名なところですよ」

「ここが…」

 ほーっと口を開け、澪菜は「漏れ鍋」というパブを見やった。

 建物と建物の間にひっそりとある、薄汚れたちっぽけなパブ。マクゴナガル先生に言われなければ、そのまま気づかずに通り過ぎてしまっただろう。道行く人々も、「漏れ鍋」には目もくれずに、足早に歩いている。原作に書かれていた通り、全く存在感が無いな。

 

「なんか……有名っていうわりには、存在感が無いような……」

 言った後に、また余計なことを言ってしまった……と、後悔した。澪菜は、恐る恐るマクゴナガル先生の顔色を伺う。

 先生は気分を悪くするどころか、むしろ感心したようだった。

「そのとおりです。魔法で、マグルに気づかれにくいようにしているのですよ」

「へぇー! なるほど!」

 澪菜が素直そうに声をあげると、マクゴナガル先生は口元で笑った。

 

「ちょっと早く歩きすぎましたか? マグルの人ごみは疲れるものですからね、ええ」

 先生、人ごみが嫌だから、あんなに早足だったのか。

 澪菜は、先生の後に続いてパブの中へ入った。

 てっきり人々がくつろいでいるのかと思ったが、中はざわざわと騒々しかった。席についているものは一人もいなく、皆飲みかけのグラスをほったらかしてまで話している。

なんかこの騒々しさ原作や映画で観たような…まさかハリーが学用品を買いに来ているのか、それとも来ていたのかな。

 そう考えていると、暗くてみすぼらしいパブの中を見やり、先生は言った。

 

「なにやら騒がしいですね」

 すると、シルクハットを被った人と話していたバーテンのおじさんが、マクゴナガル先生の方を振り向いた。

「ああ、先生! ご無沙汰しております」

「ええ、トム。久しぶりですね」

 バーテンは愛想よくにっこりと笑い、澪菜に目を向けた。

 澪菜はぎくりとして、両手を握り締める。

 

「おや、そちらの可愛いお嬢ちゃんはホグワーツの新入生ですかい?」

「ええ」

 マクゴナガル先生は答え、澪菜の頭をぽんぽんと叩いた。

 落ち着かなくなり、澪菜は口をぎゅっと閉じる。

 マクゴナガル先生は再び辺りに目を向け、早口に尋ねた。

 

「しかし、なにやら騒がしいですね」

「そりゃあそうでしょうとも! さきほどハグリットがここに来たんですがね、あのハリー・ポッターをつれていたんですよ!」

「ハリーを?」

 舞い上がったようなバーテンの言葉に、マクゴナガル先生はほっと表情を緩める。そうして、にこやかに澪菜に笑いかける。

「ハリーに先を越されましたね、澪菜」

 やっぱり今日はハリーが学用品を買いに来ていたのか。

 なんと言っていいのかわからず、澪菜ははにかむように笑うしかなかった。

 先生はバーテンと短い言葉を交わした後、再びパブの奥へと進んでいく。が、急に立ち止まったので、澪菜はまたしても先生の背中に突進しそうになってしまった。

 

「あら、クィレル先生!」

 マクゴナガル先生の言葉に、はっと顔をあげる。

 先生の前には、青白い顔をした若い男の人が立っていた。男の人は、頭にターバンを巻いている。

「マクゴ、ナガル先生。こんなところで会うとは、ゆ、夢にも思わず……」

 なんだか、おどおどとした話し方をする人だ。

 マクゴナガル先生は微笑し、澪菜の頭に手を乗せた。

 

「ええ、今日は澪菜・ウォーカー・織部を連れてきたんですよ。澪菜、クィレル先生です。ホグワーツの教授で、闇の魔術に対する防衛術を教えているのですよ」

 原作第一巻で自分の後頭部に例のあの人を寄生していたクィレル先生だ。最後はハリーに掛けられている愛情という名の魔法によって死ぬ運命にある人である。

 しかし、一応この人は先生、これからお世話になる人に代わりは無い。ここは一つ、挨拶をしておこう……。

 

「あー、はじめまして。澪菜・ウォーカー・織部です……」

 愛想よく挨拶をするはずが、もごもごとした言葉しか出てこなかった。

 澪菜は、遠慮しがちにゆっくりと手を差し出した。クィレル先生は同じように手を差し出し、それから握手を躊躇したようにすっと引っ込めてしまった。

「き、君みたいな女の子と握手するには、わ、私の手は、お、恐ろしい闇の魔術に、染まり、きっているね」

 そうして、神経質そうに笑った。

 

「そう、澪菜・ウォーカー・織部……さん。さきほど、ハリーに、あ、会いましたよ。あ、あなたと同じ、あの夜に、生き残った……」

「はっ? い、生き残った……!?」

 思わず、澪菜はすっとんきょうな声をあげた。

 

 私が? 生き残った?

 まさか、ハリーと同じように、過去に例のあの人に殺されかけた経験でもあるのか?

 

 わけのわからないことが多すぎる。

 澪菜は、困惑した。

 澪菜のその様子を見、マクゴナガル先生の顔がわずかに曇った。先生は澪菜の肩に手を置き、先をうながすようにぐっと押した。

 

「では先生、これからこの子の学用品の買い出しへ行くので、失礼しますよ」

「え、ええ……お、お気をつけて」

 肩を押されているくすぐったさに耐えつつ、澪菜はクィレル先生に軽く頭を下げた。

 




 セーラー服っていいですよね…
私は中学はブレザー、高校は私服の学校だったのでセーラー服に憧れてました。

なんとか今年中にはダイアゴン横丁でのお話を終わらせられるように頑張りたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 ダイアゴン横丁

第8話です。


マクゴナガル先生は慣れたように雑踏の中を進んでいき、レンガの壁に囲まれた中庭に、澪菜を連れ込んだ。雑草が二、三本生えているだけの、ちっぽけな庭だ。

 澪菜は、辺りを見回し、マクゴナガル先生を仰ぎ見た。さっきから澪菜の頭の中では疑問が渦巻いていた。

 

「あの、先生。ハリーって誰なんですか? クレル……先生が……」

「クィレル、先生ですよ」

 話している途中で先生に訂正され、澪菜はつっかえつつも早口に話した。

「クィ、クィー、クィレル先生が私のことを生き残ったとか言っていたことは、なんなんですか? それに、あの夜っていったい……」

「それは、この先の買出しが終わったら話しましょう」

 マクゴナガル先生は言い、少し間をおいてから、静かに杖を取り出した。

 杖を見てどきりとする澪菜をさしおき、先生はレンガの壁に杖を向ける。

 先生は、レンガを数えつつ、真ん中付近から三つ上がって横に二つ目のレンガに、とん、と杖を当てた。そうして、まるでレンガを諭すように、杖の先で三回叩く。

 すると、叩いたレンガが小刻みに震え、くねくねと動き出した。

 

「……!?」

「下がっていなさい、澪菜」

 先生の叩いたレンガから波が伝わったように、他のレンガもくねくねと動き出していく。壁の真ん中に穴が開いたと思いきや、そこを境にレンガが左右によけ始め、穴がどんどん広がっていった。

 レンガの動きが止まった時、目の前にはアーチ型の入り口が出来ていた。

 首を伸ばしてその向こうを覗いてみれば、曲がりくねった石畳の通りが、道の果てまでえんえんと続いている。

 ぽかんとしている澪菜に、マクゴナガル先生が満足げに息を吐いた。

 

「やっと来ましたよ。さあ、澪菜。ダイアゴン横丁です」

「魔法使いの……通り?」

 澪菜は言いながら、両脇によけたレンガをじっくりと触っている。

「ええ、そうです。ここには魔法に無知なマグルは一人もいません」

 先生はいいながら、先をうながすように澪菜に目を向けた。

 澪菜は慌てて頷き、先生とともにアーチ型の門を潜り抜けた。後ろを振り返ると、アーチ型の門はみるみる縮み、元のレンガの壁へと戻っていっている。

 背筋を伸ばして辺りを見回している先生は眩しそうに目を細めているが、ロンドンにいた時と違い、どこかリラックスしているように見えた。

 マクゴナガル先生の真似をするように、澪菜もじっと通りの奥に目を凝らす。

 

 朱色や茶色のレンガで出来た店たちが、陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。鍋の形をかたどった看板のある店内をのぞいて見れば、中では鍋がうず高く積まれている。

 丸一日時間があってもすべての店をのぞききれそうにないほど、途方もない店の数だ。

 子どもたちが周囲に集まっている店は、どうやら箒屋らしく、中には何本もの箒が飾ってあった。最も手前に飾ってある、シュッとした箒を見やり、ガラス越しに男の子が声をあげた。

「ニンバス2000の最新型だぜ! これがあれば勝利確定だね!」

 

 おー、と澪菜は首を伸ばして、雑踏の隙間から箒を見た。

 もしも魔法があればまずやってみたかったことは、第一に「空を飛ぶこと」だった。これからホグワーツに入学すれば、それが実現するのだ。

 胸をときめかせている澪菜をさしおき、マクゴナガル先生がため息をついた。箒の店に集まっている子どもたちをちらりと見やり、ぼそぼそと呟いている。

「いくら箒が優秀でも、腕がなければ勝利することは出来ません。ええ、本当に……」

 いつになく落ち込んだ様子の先生に、澪菜は目をふせる。

 そうして、余所見をしつつ、さり気無く囁いた。

 

「でも先生、才能があっても性格が悪かったら、何にもならないですよ」

 澪菜は、八重子のことを思い浮かべて言ったのだが、先生は急に瞳を輝かせた。

「そう、本当にそうです! 我がグリフィンドールの選手は皆誠実です。それに比べてスリザリンの選手は……」

 先生のクィディッチうんちくが始まりそうだったので、澪菜はふんふんと頷きつつ、通りの店たちに目を戻す。

 呪文の本が積まれている店もあれば、ふくろうの鳴き声が響いている店、うなぎの目玉まで売っている店さえもある。コウモリの脾臓が売ってある店を見た時、澪菜はウゲッと顔をしかめた。

「あの……先生、まずはどこへ行くんですか?」

 マクゴナガル先生が落ち着いたのを見計らい、澪菜は遠慮がちに声をかけた。

「……ええ、まずは銀行へ行きましょう」

 

 その言葉を聞き、澪菜は冷や汗が噴き出してくるのを感じた。

 いくら魔法の世界とはいえ、お金は必要なのだ。

 買い物をすると聞いた時、なぜ第一にお金のことが思い浮かばなかったのか……。「魔法」ときいて、現実的なことはすっかり頭から飛んでしまっていた。

 澪菜は慌てて、はマクゴナガル先生を見上げた。

 

「ど、どうしよう……私、お金なんて持ってません……」

 ましてや、外国のお金なんて……。

 そんな澪菜に、マクゴナガル先生は、すました表情を向けた。

「ええ。ですから、これから銀行へ行くのです」

「いや、でも、銀行へ行ってもお金はないですよ」

「お金のない銀行なんて、ありませんよ」

 話のかみ合わなさに、澪菜は歯がゆさを覚えた。

「そうじゃなくて、〝私の〟お金はどこの銀行にもありませんよ……! 私、この世界のどこにも、外国のお金なんて持ってません」

 急に声をあげた澪菜に目を丸くしつつ、先生はすんなりと言う。

「ええ、マグルの世界の銀行ではそうでしょうね。でも、ここはマグルの世界ではないのですよ」

「はぁ……」

 どういうことなのだろうか。まるで意味がさっぱりわからない。

澪菜は、とたんに辺りの店には目もくれなくなった。お金のことで頭をいっぱいになり、不安な面持ちのまま、マクゴナガル先生と歩いていく。

 

 すると、小さな店が並ぶ通りの中で、ひときわ高くそびえる真っ白な建物が見えてきた。白い階段を上った先に、ブロンズの観音開きの扉が待ち構えている。

 建物を端から端まで見つめながら、澪菜はほーっと声をあげた。

「これが銀行なんですか…まるでお城みたいですね……!」

 その発言を聞いて、マクゴナガル先生は小さく笑った。

「グリンゴッツ魔法銀行です。これほど安全な所はないのですよ。まあ、ホグワーツの次ですけどね」

 鼻を高くして言う先生に、澪菜は苦笑いする。

銀行よりも学校が安全とは、魔法の世界にマグルの世界の常識が通用しないとはいえ、おかしな話だ。

 いつの間にか、不安な気持ちなどどこかへ吹き飛んでしまった。

 興味シンシンに銀行を眺めながら、観音開きの扉の両脇に立っている生き物に目を留める。

 

「先生、あの小人みたいな人たちはなんですか?」

「ゴブリンです。賢い生き物ですが、冷徹な所があるのが欠点ですね」

 マクゴナガル先生は、声を潜めてささやいた。

 グリンゴッツへ向かって白い階段を上りながら、澪菜はまじまじとゴブリンを見つめる。

 ゴブリンは、真紅と金色の制服を着て、ぴんと背筋を伸ばして立っていた。澪菜よりも背が頭一つ分小さく、浅黒い賢そうな顔つきに、先の尖った顎からは髭を生やしている。目に白目はほとんどなく、耳がぴんと長かった。

 

 二人が入り口に進むと、二人のゴブリンが同時にお辞儀をした。

 観音開きの扉の中には銀色の二番目の扉があり、何か言葉が刻まれていた。

 口に出して読まねばまだ内容が頭に入りにくい澪菜は、ゴブリンの目を気にしつつ、ぶつぶつと音読する。

 

 

    見知らぬ者よ 入るがよい

    欲のむくいを 知るがよい

    奪うばかりで 稼がぬものは

    やがてはつけを 払うべし

    おのれのものに あらざる宝

    わが床下に 求める者よ

    盗人よ 気をつけよ

    宝のほかに 潜むものあり

 

 

「分かっているつもりだったけど……魔法界って現実的……」

 ぽつりと呟き、本当にそうだと思った。

 当たり前のことだが、ようやくこの魔法の世界が空想ではなく、現実なのだと改めて思い知らされた。

 

「でも、こうして扉に警告文を書いていても、わざわざ盗みに来る人がいるんですね」

「まあ、この文自体、飾りみたいなものですからね」

 マクゴナガル先生の一言に、一人のゴブリンが片方の眉を上げた。

 そうして、銀色の扉を通る二人に、左右のゴブリンが再び同時にお辞儀をする。扉の中にまた扉でもあるのだろうかという澪菜の考えは、見事に外れた。

 銀色の扉の先は、広々とした大理石のホールだったのだ。

 中にいるゴブリンは、百人を超えているだろう。カウンターの向こうで足高の丸椅子に座り、帳簿に書き込みをしている者もいれば、コインの重さを計ったり、宝石を吟味している者もいる。

 ホールに通じる扉は無数にあるらしく、無数のゴブリンが中に出入りする人を案内していた。

 マクゴナガル先生は、その中を何の気後れもせず通り抜けると、カウンターに近づいた。

 一回咳払いをするなり、ゴブリンに堂々と声をかける。

 

「澪菜・ウォーカー・織部さんの金庫を開けていただきたいのですが」

 ゴブリンはゆっくりと顔を上げ、澪菜を覗き込んだ。

「鍵はお持ちで? 織部さん」

「えっ……いや、その……」

 私は鍵を持っていない。どうすれば……。

 じっと見つめられ、頭が真っ白になった澪菜は手を握り締める。

 何か言わなければ、と口を開こうとしている間に、マクゴナガル先生がゴブリンにすんなりと鍵を渡していた。

 

 なんだ、先生が持っていたのか。

 拍子抜けしている澪菜をさておき、先生はヒソヒソと言う。

「さきほど、ホグワーツのハグリッドとハリー・ポッターが来ましたか?」

「ええ、確かに」

 その言葉を聞き、先生はホッとしたようだった。

 ゴブリンは眉をひそめると、ハキハキと言った。

「金庫へ案内させるのは……先ほどハリー・ポッターさんたちを案内させたグリップフックでどうでしょう?」

 ゴブリンがグリップフックの名を呼ぶと、同じゴブリンであるグリップフックがスタスタとやってきた。

「ご案内します」

 二人はグリップフックに続き、ホールの外に続く無数の扉の一つへと向かう。

 グリップフックが扉を開けると、そこは松明に照らされた細い石造りの通路だった。ジェットコースターのような急な傾斜が下へ下へと続き、床に線路がついている。

 グリップフックが口笛を吹くと、トロッコがこちらに向かってあがってきて、三人はそれに乗り込んだ。

 まるで迷路のようにクネクネした道を、トロッコはスピードを緩めることなく突き進んだ。

 

「到着です」

 グリップフックの声に、澪菜は頭を上げた。

 トロッコは、小さな扉の前で止まったようだった。いつの間にかグリップフックはトロッコを降り、扉の前に立っている。

 先生に続き、澪菜がトロッコを降りると、グリップフックがじっとこちらを見つめていた。

「……あなたはポッターさんと対照的です」

「ポッターさんって……ハリー・ポッター?」

「はい、もちろんでございます……」

 先ほどからよく名前を聞く……ハリー・ポッターという名前。

 マクゴナガル先生に目を向けると、先生は気難しそうな顔をしている。

 澪菜が再び口を開こうとした時には、ゴブリンは扉に向き直り、扉を開けていたところだった。

 

 扉がゆっくりを開き、あふれ出る煙の先にあったものは……ちらちらと輝く、金貨や銀貨だった。山積みとまでは行かないものの、学費で困ることはないと断言できるほどの量はある。

 ぽかんと口を開け、澪菜は先生の顔を見た。

「あなたがホグワーツに入学した時、学費に困らないだけのお金を、あなたのご両親は残していきました」

 静かなその言葉を聞き、澪菜は胸がいっぱいになった。

 何も心配することがないよう、お父さんとお母さんはお金を残してくれたのだ。それも、ホグワーツに入学することを考え済みで……。

 何も言えずにいる澪菜に、マクゴナガル先生は小さな袋を取り出した。

「一年生のうちに学費で使う分を詰めましょう」

 学費一年分に必要な量がわからなかったので、澪菜は先生に言われるがままに詰め込んだ。

「……〝学費〟の分のお金ですからね。くれぐれも、無駄遣いしないように!」

 先生は「学費」という言葉に力を込める。

 澪菜は、はい、と頷いた。

 お金を詰め終えると、マクゴナガル先生はグリップフックに向き直った。

「さて、戻りましょう。また案内をお願いしますよ」

 

グリンゴッツから外へ出ると、陽の光の眩しさに目が痛かった。マクゴナガル先生でさえ、顔をしかめて目を細めている。

 ぼんやりとして、澪菜は目をこすった。

 

 

「……まずは制服を買いましょうか」

 温かい陽の光にぼーっとしていると、不意にマクゴナガル先生の声が聞こえた。

 澪菜ははっとして、お金を入れた袋が入ったバッグを持ち直す。

 入学のための買出しが、いよいよ始まるのだ。

「いきなり制服なんですね……!」

「ええ。あの店がいいでしょう」

 マクゴナガル先生の目線の先には、「マダムマルキンの洋装店――普段着から式服まで」と書かれた看板があった。

 澪菜は頷きながら、先生の言葉に耳を傾ける。

「あなたのその様子じゃ、魔法使いと話すことに慣れたほうがいいでしょう。私は店の外にいますから、一人で行ってきなさい」

 

 諭すように言われ、澪菜はごくりと喉を鳴らした。

 もしかしたらハリー・ポッターやドラコ・マルフォイと顔を合わせることになるかもしれない……。

 逃げ腰気味で店の中に入ると、愛想の良さそうなずんぐりとした魔女が出迎えてくれた。これでもかと言うほどの、藤色ずくめの服を着ている。マダム・マルキンだ。

「お嬢ちゃんもホグワーツ?」

 おおらかな声で言われ、澪菜は緊張しながら口を開いた。

「あー、はい。その……制服、もらえますか?」

「ええ、もちろん。全部ここでそろうんですよ。ほら、あそこにいる子もホグワーツです」

 見ると、丸顔の男の子…ネビルが踏み台の上に立っていて、もう一人の魔女にローブをピンで留められていたところだった。

 

 マダム・マルキンは澪菜をその隣の踏み台に立たせるなり、ローブの裾をあわせてピンで留め始めた。くすぐったくてモゾモゾと体をひねる澪菜を、マダム・マルキンはがっちりと抑えている。

「お嬢ちゃんは華奢ですねぇ」

 言いながら、マダム・マルキンは慣れた手つきで採寸をしていく。

 華奢とはいえ、澪菜はネビルと背丈がそれほど変わらないようだった。

 澪菜が体をよじらせてネビルを見ると、ネビルが遠慮がちにこちらを眺めている。

 ここは自分から話しかけるべきだろうか。とはいえ、恥ずかしくて、そんなこと出来そうもない。

 おどおどしていると、ネビルの方から声をかけてきてくれた。

「……やあ。僕、ネビル・ロングボトムって言うんだ。君もホグワーツ?」

 

 話しかけられた……!

 興奮で頬をうっすら染めると、澪菜はなるべく聞き取りやすいように、ゆっくり話し出した。

「あー、うん。私は澪菜・ウォーカー・織部。……よろしくね」

 小さめの声になってしまったが、ネビルは聞き取れたらしく、ブツブツと呟いている。

「レイナ……ウォーカー?オリベ? うーん、なんだか聞いたことがあるような……」

 きょとんとして、澪菜は目をしばたたかせた。

「そ、そうなの? 私、今日ここに来るのさえ初めてなのに」

「じゃあ、僕の勘違いかな? 僕も今日はばあちゃんに連れられて来たんだ。ばあちゃんは今、教科書を見ているところなんだけど」

 ネビルは、親しみやすい雰囲気の男の子だ。ハリー・ポッターやドラコ・マルフォイを相手にするよりも、ずっと気持ちが落ち着く気がした。

 緊張が解けたからか、くすぐったさからか、澪菜は顔をほころばせた。

 

「おばあさんは魔女なの?」

「うん。でも、僕の家族はずーっと僕のことをマグルだと思ってたみたい。八歳になるまで、何にも起こらなかったもんだから。でも、八歳になって二階の窓から落ちた時に、ようやく力を発揮したんだ」

「どんな風に力を発揮したの?」

「うんとね……庭から道路まで、鞠みたいに弾んだんだ」

 その様子を想像し、澪菜は思わず吹き出してしまった。

 ネビルは照れたようにはにかみ、頭をかいた。

「君はどんな風だったの?」

「私は……花の種類がいきなり変わっていたり、急に知らない場所に移動していたり……。あ、あと、新体操っていうスポーツで使うリボンを際限なく伸ばしちゃったこともあったかなー!」

「へえー、僕よりもぜんぜんすごいや! 君ならすごい寮に入れそう。僕は駄目だなぁ。でも、ハッフルパフでもいいんだ。あそこは優しい人が多いって聞くし、居心地がよさそうだもの」

 ハッフルパフの事や、ついでに寮の事について質問をしようとすると、ちょうどネビルの採寸が終わったようだった。

 ネビルは踏み台から降りると、思い出したように澪菜をくるりと振り返る。

 

「じゃあね、レイナ。またホグワーツで!」

「えっと……うん。ホグワーツで会おうね!」

 澪菜が手を振ると、ネビルはバタバタと店から出て行った。

「ホグワーツかー……」

 話し相手がいなくなり、急にくすぐったさが復活してきた。

 マダム・マルキンの手を握り、無意識に振り払おうとしながら、澪菜はぼんやりと「魔法族」のことを考える。

 マクゴナガル先生も、あのネビルも、魔法族の人たちは、澪菜がまだわからないことを口にする。

 今まで知らなかったとはいえ、澪菜も「魔女」の一人なのだ。早く皆に追いつきたい。

 そう思うと、ますますホグワーツへの思いが募るのだった。

 そうして、ようやく採寸を終えて澪菜が店の外へ出る。 マクゴナガル先生はコホンと咳払いすると、再びスタスタと歩き出した。歩きながら、ふと思い出したように澪菜を見る。

 

「先ほどの店では、男子生徒と話してましたね」

「ネビル・ロングボトムって言っていました。おばあさんと来た、って」

 心を躍らせて澪菜が答えると、先生もなぜか瞳を輝かせた。

「ロングボトム……! 彼女と会うのは久しぶりです」

「あの、先生。ネビルは男子でしたけど」

「ネビルのことではありません。彼の祖母のことです」

 ああ、そっちか、と澪菜は胸を撫で下ろした。

 ホグワーツへ行けば、ネビルだけでなく、他にも色々な子に出会えるだろう。

 そのことを考えると、胸が高鳴って仕方がないのだった。

 

次に、教科書を買うために「フローリシュ・アンド・ブロッツ書店」を訪れた。ダイアゴン横丁の店はどこの薄暗く、魔法界らしい雰囲気を醸し出していたが、この店はそれに加えて埃っぽい。天井高く積み上げられた本の中から必要な教科書を探すのは大変だと思ったが、マクゴナガル先生は慣れた手つきで本を探し出していっている。

 澪菜は首が痛くなるまで本を見てまわり、気になった本を見て回った。本の中には大きな革製本や切手くらいの大きさの本もあり、何も書いていない本もあったりと、よりどりみどりだ。

「……『お菓子をつくる楽しい呪文』『動物もどきの見分け方』……」

 先生がいることさえ忘れ、澪菜は夢中で本を読みふけっていたが、先生はさっさと本を買いそろえ、澪菜を店から連れ出してしまった。

 次に、魔法薬の授業に必要な大鍋や秤を買いに行った。澪菜は錫の鍋を購入したが、中には純金の大鍋さえあり、開いた口がふさがらなかった。こんな鍋を授業で使うなんて、もったいない……!

 薬問屋では、小さな瓶がずらりと棚に並べられており、壁には干した薬草がぶら下がっていた。

「……くっさい……」

 澪菜は、思わず鼻をつまみたくなった。

 美しいユニコーンの角や色彩々の瓶を眺めるのは面白かったが、それよりもすぐそばの目玉の臭いの酷さといったら……。材料を注文している時は、鼻の頭に皺が寄っていただろう。

 マクゴナガル先生は平然としているが、澪菜は始終鼻で息をせず、口で息をしていた。

 薬問屋から出ると、澪菜は胸いっぱいに外の空気を吸い込んだ。

 そうして、再び教材リストを広げ、マクゴナガル先生を見上げる。

 

「先生、あとは杖だけです」

「それと、ペットもね。杖を買ってもまだ、お金が余るでしょう」

 ペットと聞いて、澪菜は先生に言おうとしていたことを思い出した。

「すみません、先生。私、ペットは飼いません」

「しかし、澪菜。ふくろうを飼えば手紙のやり取りが便利になりますよ。それにヒキガエルはともかく、猫であれば日本でも違和感なく受け入れられますし」

「……私、通信教育でマグルの学校で本来学ぶはずだった勉強もしたいんです。課題と両立しながらだと世話するのも難しいでしょうし、日本に帰るときに生き物がいると大変なので」

「そうですか…まあ、余裕ができたらまた考えて見なさい」

 

 

「杖はオリバンダーの店に限ります。――この店です」

 

 先生が足を止めた先の店を見て、澪菜は、ようやく魔女となる時がきたように思った。

 いよいよ、私だけの杖を持つ時が、やってきたのだ。

 扉には、剥がれかかった金色の文字で「オリバンダーの店――紀元前三八二年創業 高級杖メーカー」と書かれている。

 マクゴナガル先生はきょろきょろと辺りを見回した。

「オリバンダーなら、あなたにぴったりの杖を探し出してくれます。私は少し用事がありますから、一人で行ってきてください」

 また一人で大人の魔法使いを相手にするのか……。

 澪菜は頷き、どもりながら答えた。

「わっ……分かりました……」

 澪菜の返事を聞くと、マクゴナガル先生はいそいそとどこかへ行ってしまった。

 緊張するけれど、自分の杖を手に入れるためだ。慎重に、前向きに行こう。

 

 

 




 買い物編その一です。澪菜の遭遇原作キャラ(同世代)第1号はネビルでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 杖とハリー・ポッター

第9話です。とうとう澪菜がハリーと出会います。今年最後の投稿です。


意気込んで店の中に入ると、ハリー・ポッターが自分の杖…柊と不死鳥の尾羽根の杖を振り下ろしている瞬間だった。赤と金色の火花が杖から流れ出し、光の玉が壁に反射する様に、澪菜は見惚れ、声を出すのをためらう。そこからのやりとりは、原作と全く同じものだった。

 

 ヴォルデモートの杖と、兄弟の杖。

 

 呪文逆戻し効果をほのめかすソレを、澪菜は右から左へと聞き流す。

怖気ついてる場合じゃない、自分は杖を買いに来たのだから。そう思い、一度深呼吸して彼らに向かって声をかけようとした。だが、大男もといハグリッドが正直に言って邪魔で、よく見えない。

「すみませんそこ通らせてもらってよろしいですか?」

「す、すまねえ、邪魔みたいだったな……!?」

 澪菜がそう声をかけ、ハグリッドが振り返ると彼は驚いた表情をして澪菜に話しかけようとする。

 しかし、澪菜はそれに気づかないフリをしてハリーの近くにいる店主らしき老人に向かって話しかけた。

「ごめんくださーい……杖を買いに来ましたー……」

 すると突然、自分の目の前に老人が現れた。じっとこちらを見下ろしている。

 突然近くに寄ってこられたので、澪菜は思わず声をあげそうになった。

「あっ、こんにちは!」

 驚いた反動で大声で挨拶してしまったものの、オリバンダー老人は微笑みながら話しかけてきた。

 

「ハリー・ポッターにお目にかかれただけでなく、あなたとも会えるとは。澪菜・ウォーカー・織部さん」

「あれ? 私、自己紹介しました……っけ?」

「あなたのことは、知る人なら皆知っておる。お母様のことも、お父様のことも」

 お母さん、お父さんと聞いて、澪菜はどきりとした。

「私のお母さんとお父さんのこと、知ってるんですか? どうして?」

 オリバンダーは、澪菜の瞳を覗き込んだ。

「そりゃあ、あなたのお母様もわしの店に杖を買いに来たからじゃ。ああ、彼女がここに杖を買いに来られたことを思い出しますぞ。わしゃあ、売った杖はすべて覚えておる。あなたのお母様は、二十センチの楓の杖じゃった。あの杖は、本当に順応性に富んでおっての」

 オリバンダー老人は話しながら、棚の間から箱を次々に取り出している。

「……杖に種類があるんですか?」

「もちろん。同じものなど一つもありません。芯に使っているユニコーンのたてがみも、不死鳥の尾羽根も、ドラゴンの心臓の琴線も、 皆それぞれに違う。つまりな、織部さん。自分に合った杖を使ってこそ、自分の本当の魔法の力が発揮されるのじゃ」

 この店の何千本の杖の中に、私だけの杖が、私だけが使いこなせる杖が、あるのだろうか。

 

「さてさて、どちらが杖腕かな?」

「私、右利きです」

 澪菜を、老人はお構いなしに巻尺で寸法を測っていく。肩から指先、手首から肘……。

 採寸を終えると、オリバンダー老人は先ほど取り出していた箱の山から、一つ箱を持ってきた。

「まずはこれ。銀木犀の木にユニコーンのたてがみ。十九センチ、軽くてしなやか」

 杖を受け取り、振ってみると、突然そばにあった花瓶が割れてしまった。

 

 澪菜は驚き、わなわなと慌てた。

「わっ、い、今のは私のせいですよね!? 弁償ですか!」

「そう慌てず。杖が合わないと、こういうことが起こるのじゃ」

 オリバンダー老人はなぜか楽しそうに言うと、次々と杖を差し出してきた。ポプラの木とドラゴンの心臓の琴線、藤の木に不死鳥の尾羽根……。しかしどれも澪菜には合わないようで、老人は振るか振らないかのうちに杖をひったくってしまった。サンザシとユニコーンの尻尾の毛の杖の時は、振り下ろすまでは相性がよさそうに見えたのに振り下ろした瞬間、それまでに試した杖が入っていた箱を吹き飛ばしてしまったのだった。

「難しい……難しい……」

 老人は愉快そうにぶつぶつと言っていたが、ふと思い出したように澪菜を見た。

「ハリー・ポッターの杖があれだったのなら……もしや……」

 神妙な表情で棚の奥へ行き、数秒が立った。戻ってくると、オリバンダー老人はそっと杖を差し出した。

 

「――桜の木に不死鳥の尾羽根、二十七センチ、しなやかで馴染みやすい」

 雰囲気に背中を押され、澪菜は杖を恐る恐る手に取る。

 すると、杖の先から桜色の光が溢れ、花びらのように舞った。その美しい光景にハリーとハグリッドは見とれている。

 緊張で浅く呼吸していた澪菜が深く息を吸うと、ふっと光が収まった。

 杖をオリバンダー老人に返すと、澪菜は胸を押さえた。心臓がどきどきと高鳴っている。

「すばらしい……実にすばらしい……。不思議じゃと思ってたが、これではっきりした。ポッターさんの杖も、あなたの杖も、偶然などではない。すべては必然じゃ」

 澪菜の杖を箱に戻し、茶色の紙で包みながら、老人は言う。

 ここの大人たちは皆、自分とハリー・ポッターを比べるように話す。

 それはいったい、なぜなのか。

 

 まだ高鳴る胸を押さえ、澪菜は俯いた。

「オリバンダーさん……ハリー・ポッターって、どういう人なんですか?何でここの大人たちは、私と彼を比べるように話すんですか?」

 オリバンダー老人はぴたりを手を止めると、淡い色の瞳で、澪菜の金の瞳を覗き込んだ。

「わしが言えるのは、彼の杖のことだけじゃ。彼の杖は、柊と不死鳥の尾羽根。彼の杖に入っている尾羽根を提供した不死鳥は、あなたの杖に入っている尾羽根を提供した不死鳥の子供鳥じゃ」

 老人は一瞬、間を空けた。

「不死鳥についての生態は、我々魔法族もはっきりとは解明していない。じゃがの、ある一羽の子供鳥……それが、ハリー・ポッターと、もう一人の彼に尾羽根を提供した……」

 

 ――もう一人の彼。

 うなじの毛がぞくりと逆立った。

「もう一人の彼……」

「そうじゃ。イチイの木で出来た、強力な杖の持ち主……『名前を言ってはいけないあの人』じゃよ。彼とハリー・ポッターの杖は、兄弟羽で出来ておる。悲しいことに、彼の杖が、兄弟杖の持ち主であるハリー・ポッターを、恐ろしく有名にした。そして、今は無名のあなたも……」

「私……?」

 澪菜は息を呑んだ。

 

「ハリー・ポッターとあなたの杖は、親子羽で出来ている……親子杖じゃ。それと同時に、あの人とあなたの杖も親子杖じゃ」

「兄弟杖に、親子杖……」

「さよう。これは偶然ではない。必然じゃ。杖が持ち主を選ぶとはこのこと。あなたは選ばれたのじゃよ。彼らの親子杖に」

張り詰めた空気に、息が詰まる。

 これは何か話を割り込まないと、まだこの重い話を続ける気だ。オリバンダーさん。

「あのぉ……つまりまとめると、〝うちの店の杖はすごいんです〟っていう宣伝ですか?」

「とんでもない。わしは自分の店の宣伝などいたしませんぞ」

「だってさんざん強力な杖とか言ってたじゃないですか」

「なるほど。随分とお母様に似たようで」

 オリバンダー老人はふむふむと頷いた。

 

「一つ聞いてよろしいですかな。このダイアゴン横丁まで、どなたと来られたのですか?」

 いざ聞かれると、常に「先生」と呼んでいるせいか、名前がすぐに出てこなかった。

「ホグワーツの先生です。えーっと、マクゴナガル、先生です」

「ほー、ハリー・ポッターよりか実にまともじゃ」

「何がまともなんですか?」

「ハリー・ポッターは、わしの杖を折られたこの馬鹿もんと一緒に来たもんで」

 老人は、ハグリッドを見ながらやれやれと頭に手を当てた。

 

 杖の代金を払ってハリー達と一緒に店の外に出ると、ちょうどマクゴナガル先生がこちらに歩いてくる所だった。

 マクゴナガル先生は、さっきよりも上機嫌になっていた。

「マクゴナガル先生!」

「澪菜、しっかり自分の杖を買えましたか?」

「はい! 杖が私を選んでくれたんだそうです」

 澪菜も、先生に合わせて朗らかに答えた。

「そう、それならよかった。……ロングボトムと合うのは久々でした。つい話し込んでしまいましたよ。ですから、あなたが杖を買い終えて店の外で待っているんじゃないかと急いできたんです」

 オリバンダー老人も、随分と話が長かったし、お互い様だ。

 年寄りの話は長いとは、まさにこのこと。

 

「オリバンダーさんも話が長かったので、平気です」

「そうですか。ああ、ロングボトムは、あなたの話もしてましたよ。少し見かけたけれど、可愛い子だったね、とのことでした」

 人から褒められたことなんて、めったにない……。

 顔から耳まで火照ってくるのを感じ、澪菜はたじろいだ。

「えっと……その……」

「まるで七変化の能力みたいですね。…買出しが終わったので、話す時ですね。あなたのこと、ハリー・ポッターのことを」

 

 その言葉を聞き、澪菜も真顔になった。

 先生は澪菜の顔色を見やると、顔をあげて辺りを見回した。

「どこか、喫茶店にでも行きましょうか。そこで話しましょう」

先生がそう言うとハグリッドが口を開いた。

「マクゴナガル先生、ハリーにも話を聞かせてやってくれねぇでしょうか。俺もレイナが日本でどんな風に暮らしていたのか聞きたいんです」

「ハグリッド…分かりました。ハリーにも話しておきましょう」

 

マクゴナガル先生は、ダイアゴン横丁で数ある喫茶店の中から、薄汚れて人気の少ない喫茶店を選んだ。若いお客は少なく、年老いた魔法使いや魔女が静かに話しこんでいる。

 

 澪菜とハリーは先生とハグリッドと向き合って座ったものの、天井からあの虫が降ってこないか心配だった。

 落ち着かない澪菜達とは正反対に、マクゴナガル先生は沈んだ表情をしている。

 

「あのー、その前にそちらの人達を紹介してくれませんか」

澪菜がそうマクゴナガル先生に声をかけると、

「そう言えばまだ自己紹介も何にもしていなかったもんね。僕はハリー・ポッター、ホグワーツの新入生だよ。君は?」

ハリーの方から自己紹介してきた。

「私は澪菜・ウォーカー・織部。日英ハーフであなたと同じくホグワーツの新入生」

「レイナって呼んでもいいかな?よろしくね!」

 私が自己紹介すると、ハリーが名前で呼んでいいか聞いてきた。少し戸惑うが外国じゃあ名前呼びが多いから、郷に入れば郷に従えの気持ちで了解する。

「澪菜、こちらの彼はルビウス・ハグリッド。ホグワーツで森番を任されています」

「よろしくな、それにしてもレイナ、お前さんを最後に見たのは赤ん坊の時だったなあ。父さんそっくりだ。でも目は母さん似だな」

ハリーもレイナも二人とも大きくなったなあ。そう言うとハグリッドは涙ぐんだ。

 

「お父さんのことを知っているの?お父さんは日本のマホウトコロに通っていたのに」

 澪菜がハグリッドに疑問をぶつけると、マクゴナガル先生が答えてくれた。

「あなたの父親ダイスケは、マホウトコロからホグワーツに二年間留学していたのですよ」

「そうなんですか!?」

驚いた。そんな制度がホグワーツにあったなんて。

「ええ、ホグワーツでは三年生からの選択授業で東洋魔術を選択すると、四年生から六年生までの間に最短半年、最長で三年間マホウトコロに留学ができるのです」

 マホウトコロでも西洋魔術を選択すると同じようにホグワーツに留学できる制度があるのです。あなたの父親はその制度を利用してホグワーツでも魔法を学び、あなたの母親であるエリンと出会ったのですよ。

 そんな風に澪菜やハリーの両親の昔話、澪菜が日本でどんな風に暮らしていたのかを話し込み、いろいろと衝撃的なことを知ったのだった。その途中でハリーとハグリッドは、電車の時間が迫っているからと、名残惜しそうだったが、帰っていった。

 ホグワーツで会おうね、と言った時のハリーの表情と彼が呟いていることが少し気になったが、マクゴナガル先生の話を聞くために意識を切り替える。

「……さて、何から話せばいいのでしょう……」

 マクゴナガル先生がそう言うと、澪菜は迷わず、ハリー・ポッターの名をあげた。

 

「ハリー・ポッター! ハリーのことが一番知りたいです」

「彼のことを話すにしても……何から話してよいか」

 もしかしたら、いろいろなことが糸でほつれあっているのかな……。

 澪菜は考え、ふとオリバンダー老人の話を思い出した。

「先生……オリバンダーさんが、『名前を言ってはいけないあの人』って言ってたんですけど……。その人がハリー・ポッターを有名にしたって。そして、私も」

 マクゴナガル先生は、ゆっくりと目を見開いた。

 

「そうです。ことの始まりは彼なのです。『例のあの人』……」

「どうして名前を言わないんですか?」

「それだけ恐れられているということです。けれど、あなたは彼の名を知らない……」

 マクゴナガル先生は、目を閉じた。

「……あなたの前で彼の名を言わないのは、失礼に値しますね。 ――彼の名は……ヴォルデモート」

「ヴォル……?」

「この魔法界では、彼の名は安易に口に出さない方がいいでしょう」

 マクゴナガル先生は、小さく身震いしたかのように見えた。

 

「魔法使いにも、よい魔法使い、悪い魔法使いがいることはわかりますね? もう二十年も前になります。彼は、闇の魔術の道に走った一人の魔法使いでした。……今思い出しても、恐ろしいほどの暗黒の力です。彼はその強大な力で、自分の仲間を集めていきました。……手下をね」

 澪菜は、ごくりと喉を鳴らした。

「誰を信じていいのかわからない。見ず知らずの魔法使いと付き合うなど恐ろしくてできないほど、彼の力は私たちのすぐそばまで及んでいたのです。立ち向かうものは皆命を奪われ……彼が私たちの世界を支配していくようになりました。魔法省さえも」

「どこにも安全な場所は……なかったんですか?」

「残された数少ない安全な場所、そのうちの一つがホグワーツでした。ホグワーツの校長であるアルバス・ダンブルドアは、彼も危害を加えようとは思わないほど、すばらしい力の持ち主ですから」

 あまり実感がわかないのに、その時の魔法界の恐怖や混乱が、骨まで染み渡るようだった。

「あなたが知りたがっているハリー・ポッターのご両親は、ダンブルドアと親しい魔女と魔法使いでした。その二人を、彼は片付けようと思ったのか……何を思ったのかわかりませんが……十年前のハロウィーンの夜、ポッター夫妻の家に彼が現れたのです」

「まさか……それで……」

「……彼は……二人の命を奪いました。そして、ここからが謎なのです。彼はハリー・ポッターも殺そうとしたはずなのですが、失敗に終わりました。当時有力だった魔法使いたちが、何人も彼に立ち向かい、殺されていったというのに。ハリーは額に傷を受けただけで、命を奪われることはありませんでした」

「だから、生き残った男の子なんですね」

 澪菜は言い、ダイアゴン横丁の様子を思い出しながら口を開いた。

 

「でも、今はもう、魔法界は恐ろしい所に見えませんけれど……」

「ええ。ハリーの命を奪うことに失敗した後、彼は行方不明になっているのです。死んでしまったのではないか、という者もいますが……とんでもない話だとダンブルドアは言います。彼は弱っているだけだと。わかっていることは、ハリー・ポッターの何かが、彼を追い払ったということだけ。だから、魔法界でハリー・ポッターの名を知らぬ者はいないのです」

「ハリー……ポッター……」

 澪菜が呟くと、マクゴナガル先生はじっと澪菜を見つめた。

「……生き残った子というのは、彼だけではないのですよ」

 不意に、クィレル先生の言葉が、脳裏に蘇ってきた。

 

 ――「そう、澪菜・ウォーカー・織部……さん。さきほど、ハリーに、あ、会いましたよ。あ、あなたと同じ、あの夜に、生き残った……」

 

 唇が、震えた。

「それって……もしかして……」

「あなたのご両親は、ハリーのご両親と親しかったのです。ポッター一家とハロウィーンを祝うためにあなたを連れて、二人は、ダイスケとエリンは、ポッター夫妻の住む村を訪れ……彼に……」

 声をくぐもらせ、マクゴナガル先生は黙り込む。

 胸に熱いものが込み上げてきて、澪菜は何度も瞬きをした。

「……それで……?」

「彼は……二人の命を奪いました。ポッター夫妻を襲う前に。ですが、エリンはその時、あなたを――澪菜を自分の背に連れていたのです」

「私もその瞬間、ヴォル……と対面していたということですか?」

「そう。でも、彼はあなたの命は奪いませんでした。これまで何人もの魔法使いたちの命を殺めてきたというのに、あなたは彼の手を逃れたのです」

 思っていた話と違い、澪菜は目を白黒させた。

「でっ、でも、私……なんにも、ひとっつも覚えていなくて……」

「当たり前でしょう。あなたは一歳だったのですから。ハリー・ポッターも、そんなことは一つも覚えていないと思いますよ。ハリーもあなたと同じ、つい最近までこの世界のことを知らなかったのですから」

 マクゴナガル先生はそう言い、その瞳に一瞬敬意の光を浮かべた。

 

「世間では、あの人を倒したといわれるハリー・ポッターが有名です。生き残った男の子ですからね。でも、知る人なら皆、生き残った子が一人ではないことを知っています。澪菜・ウォーカー・織部……あなたも生き残った女の子だということを」

 

 澪菜は詰めていた息を吐き出し、両手で顔を覆った。

 とてもじゃないけれど、自分のこととは思えない。

 ようやく「魔法」に実感が湧いてきたというのに、魔法界の歴史については、まだまだ伝説を聞かされている気分だ。

 ……少し前まで自分の隣に座っていた彼は、大変だろう。

 私と同じ、つい最近まで魔法界の存在など知らなかったのに、いきなり有名人扱いで。

 魔法は実在のものだ。当然、良い部分も悪い部分も存在する。マグルが考えているより、ずっと深く、恐ろしい部分が多くある世界なのかもしれない。

 それでも、魔法に胸をときめかせずにはいられないのも事実だ。楽しいことがあるなら、今はそれでいいのかもしれない。「あの人」は、今はいないのだから。

 

 ……数年後、ハリーがヴォルデモートと対峙することが分かっていても

 

 澪菜は顔から手を離し、マクゴナガル先生を見つめ返した。

「話してくれて、ありがとうございました」

 先生は頷き、口元でかすかに微笑した。

「あなたのことだから、もっとパニックになるんじゃないかと思っていましたが……ダイスケの血もついでいるのですね」

「お父さん……?」

「あなたのお母さんは騒がしい人でしたが、お父さんは冷静でした。大事なときはね」

 おじさんたちから両親の話など滅多にきかされなかったから、こういう話を聞くのは、とても温かい心地になる。

 澪菜は肩をすくめ、小さく微笑んだ。

 

喫茶店の外に出ると、ようやく陽が傾きかけてきた所だった。ダイアゴン横丁の店の屋根が、夕日を浴びて赤く輝いている。ゆったりとした空の流れとは対照的に、通りは魔法使いたちで今だ賑わっていた。

 

 長いようで、短い一日だった。

 今日一日で、いくつ魔法界について学んだだろう。マグルよりもずっと知識をつけたはずだけれど、まだまだ学び足りない。まだもう少し、魔法界にいたいと思う。

 帰りたくないのに、帰らなければならない時間になったことが、空気を通して伝わってきた。

 ふいに帰ることを思うと不安に思い、澪菜は言った。

 

「あのー、先生、どうやって瞬間移動で帰ればいいんですか?」

「あなた一人で帰すわけないでしょう。送っていきますよ」

 マクゴナガル先生は言い、思いだしたように付け加えた。

「始業式は9月1日ですけれど、あなたはイギリスに行く手段がありますか?」

 そうか。私は日本に住んでいるのだ。ホグワーツはイギリスにあるというのに、国境線を越えて学校へ通わなければいけない。

 澪菜は考えをめぐらせ、ふとマチルダおばさんとミカエルおじさんのことが思い浮かんだ。毎年八月に一週間、イギリスへ帰る二人に頼めば、その時に連れて行ってもらえるかもしれない。ただ、二人はすでに今年の予定は決めてしまっているはずだから、この案は実現するとしても来年からだろう。

 顔をあげて、澪菜はマクゴナガル先生を見上げた。

 

「来年からなら……たぶん、自分でイギリスに行けると思います。でも、今年はちょっと……」

 口を濁らせてごまかすように笑うと、先生は予想通りといった反応をした。

「そんなことだろうと思いました。9月1日に、またあなたを案内しなければなりませんね。その時に切符も渡しましょう」

「切符って……もしかして汽車で行くんですか?」

「まったく、あなたは……。駅からどうやってホグワーツに行くのです?」

 心底呆れたというようにため息をつき、きっぱりと説明する。

「ホグワーツには、汽車で向かいます。そこで友達も出来るでしょう」

「ど……どうかなぁ。私、初対面の人とはあまり……」

「慣れれば素が出るでしょうね。半日前に会ったばかりの私にも、あなたはまったく……」

 マクゴナガル先生は、緑色の瞳をおかしそうに輝かせた。

 澪菜もはにかんで笑うと、先生は急に姿勢を正す。

 

「とにかく。9月1日になるまでには、まだ時間があります。それまでに、今日買った教科書を読んでおくことです。あなたは魔法についての知識がゼロに等しいのですから、しっかり予習しておくこと」

 

 いかにも「教授」らしくなったので、澪菜は背筋を伸ばした。

 魔法族にとっては、そこら辺にある魔法は当たり前のものなのだろう。澪菜が算数を勉強するくらい、普通のことなのかもしれない。

 しかし、澪菜にとっては違う。教科書といえど、ごく普通に読書をする気分で読めるだろう。

「大丈夫です。予習はともかく復習はよくやっているので!」

「そういう生徒が一番心配なんです、毎年」

 先生は頭に手を当てると、息を吐いた。

 

「汽車は9月1日の十一時発ですから、三十分前には駅についていなければなりませんね。ロンドンには九時すぎには着いていた方が無難ですし、時差のことを考えると……日本には2日、夜中の一時に迎えに行くことになりますが……」

「いちっ、いちじ!?」

 いつも、宿題が終わらない時以外は、遅くても夜の十時過ぎには寝てしまう。夜中の一時なんて、伯父さんたちはもう寝ている時間じゃないか。

 いや、でもホグワーツに行くためだ。

 なんとかして、イギリスの時間に合わせてみよう。

 澪菜は一人で気合を入れると、頷いた。

 

「今日みたいに昼寝で寝だめしておきます!」

「頼もしい話ですね、ええ」

 マクゴナガル先生は、棒読みで答えた。

 

 

 

 再びマクゴナガル先生とともに東雲家に戻ってくると、どうやら朝のようだった。

 どっさりと荷物を抱え、澪菜はあたりを見回してみる。

 辺りは朝霧に覆われ、涼やかな空気に鳥たちの鳴き声が響いていた。生垣を見ると、木槿の花があちこちに咲いている。いつの間に花を咲かせていたのだろう。

 ダイアゴン横丁に比べると、朝とはいえ、本当に静かだ。

 姿くらましの間、今度こそ目を開けていようと思ったのに、気がついたら反射的に目を閉じてしまっていた。結局、またしても赤い何かが目の端を通っただけだ。

 朝霧の湿気に、マクゴナガル先生は顔をしかめた。

 

「いいですか。2日の夜一時ですからね。また不審者扱いされるのはごめんですから、澪菜が外に出て待っていてください」

「わかりました」

 夜中、外で待っていると、暗がりの中からいきなり魔女が現れるなんて、まるでどっきりのようだ。

 笑いそうになったのもつかの間、不意に寂しさが込み上げてきた。あと何分もしないうちに、先生とも別れなければならないのだ。一度考えると、じわりじわりとその思いが広がり、澪菜は手を握り締めた。

 

「よ……予習、ちゃんとします。特にあの、変身術と魔法薬学が面白そうなので」

 マクゴナガル先生は澪菜を見つめる。

「頑張りなさい」

 澪菜は努めて笑うと、名残惜しげにマクゴナガル先生を見やった。今日一日、マグル同然の自分の面倒を見てくれた先生を。そうして、ぺこりと頭を下げると、澪菜は扉へと向かう。

 扉を開ける寸前、空気が弾かれたような音にぱっと振り返ると、マクゴナガル先生の姿は消えていた。

 私もいつか、あんな風に瞬間移動ができるようになったらいいな。

 八重子の前に突然現れて、腰を抜かさせてやりたい。

 

 一人苦笑いし、澪菜は東雲家のドアノブに手をかけた。

 




 買い物編終わりました。

 澪菜の杖はハリーとヴォルデモートと親子杖。澪菜の杖の不死鳥の子供がハリーとヴォルデモートの杖の不死鳥です。つまり、澪菜の杖からみるとあの二人の杖は子供杖、あの二人の杖からみると澪菜の杖はお母さん杖になります。

 次は番外編でハリーsideの話を書きたいと思います。
 それでは皆さん、よいお年を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編第1話 AKYハリー・ポッター①

 明けましておめでとうございます。
 番外編です。ちなみにタイトルのAKYはあえて・空気・読まない、の略称です。
 このお話ではあまりその要素がありませんが、どうぞお楽しみください。


 今の僕の名前はハリー。苗字はポッターと言う。

そう、僕はあの世界中で有名な児童文学の主人公ハリー・ポッターに成り代わったってことだね。

 

 でも、知識があっても、意識があっても両親……ジェームズとリリーを救うことはできず、二人は死んでしまった。原作通り、僕はダーズリー家に預けられることになった。

 だけど僕は、原作ハリーのように虐げられる生活を送るつもりは一切無い。そして、ホグワーツに行くつもりも無い。確かに魔法は魅力的だけど、毎年毎年トラブルに巻き込まれるのは絶対嫌だ。便利なマグル製品を使えないところに行くことに納得いかないというものもあるけど。

 だから今自分の手の中にある手紙の返事に、こう書いて、手紙を運んできたフクロウに持たせた。

 

「僕は魔法使いになるつもりはありません。なのでホグワーツに入学しません。」と

 

 結果はどうなったか?惨敗だったよ。

 ダンブルドアがダーズリー家に直接来て、伯父さんたちから了承の返事をもぎ取っていったよ!

 あのクソ髭腹黒爺!こうなったらお前の思い通りに動いてやるもんか!自分の好きなように行動してやる!

 十一歳の誕生日の僕はそう決意した。

 

 

 次の日、僕はホグワーツから来たハグリッドと一緒に、ダイアゴン横丁で入学用品の買い出しに行った。

 漏れ鍋についた時、ハグリッドがうっかり口を滑らしたせいで、魔女や魔法使いに囲まれて少し面倒だった。ハグリッドには後で文句と一緒に足に蹴りを入れておいた。

 まず、グリンゴッツに向かった。学用品を買うにしてもまずお金が必要だ。

 

「――グリンゴッツのトロッコには参った」

「―――本当だね。トロッコよりエレベーターにならないかな」

 グリンゴッツのトロッコのスピードは予想していたものよりも速く、僕とハグリッドはすっかりフラフラになった。どうやら三半規管の強さはハリー・ポッターのようにならなかったようだ。

 お金をおろしたが足がガクガクなので僕とハグリッドはアイスクリーム屋のテラス席でアイスを食べながら少し休憩することにした。

 そのあとはマダムマルキンの店で制服作って(ドラコと遭遇したが、アイス屋で休憩した分ドラコの方が早く終わった。)、鍋や教科書などリストに書かれているものを買っていった。

 

 後買うものは杖…と確認し、ペットはどうしようかな、ハリーは白いフクロウだったよな。と考えていると、突然何かが頭の上に乗っかってきた。

「あっ、こら! お客様の頭に留まるなんて何を考えているの」

「あの……」

「ああ、すみません。すぐに取りますから」

「いえ、この子下さい。僕に懐いているみたいなんで」

 姿が見えないので何の動物か分からない、が嫌われているよりはいいだろう。それにしてもどんな姿をしてるんだろう。そう思いながら、ショーウィンドウに映る姿を見た。

「……白い」

 撲の頭に留まっているフクロウは雪のように真っ白なフクロウだった。

「今から言う名前で、君がいいと思う名前の時に鳴いてくれ」

「ホー」

「ホワイト、シロ、ユキ、スノウ、リリー、ジェームズ……」

 とりあえず名前と言われて思いつく限りを言っていくが、なかなか鳴いてくれない。それと、さっきから避けている名前が一つある。

「…………ヘドウィグ」

「ホー」

(くそっ……。分かっていたかのように鳴くなんて、嫌味なのか?……いや、寧ろ素晴らしきハリポタ・ワールドの住民というべきか……)

「とりあえず、お前の名前はヘドウィグだな。意味は全く分からないけど、気に入ったのなら良かったよ」

「そのフクロウの代金は俺に払わせてくれ、ハリー。十一歳の誕生祝だ」

 こうして白いフクロウことヘドウィグをハグリッドに誕生祝として買ってもらった。

 少しでもハリーとは違うところがあれば未来が変わると思ってたんだけどなあ、三半規管強くないのは一見だと分かりづらいし。などと思いながら買い物の続きをした。

 

 それから僕たちはオリバンダーの店に向かった。そして、僕を選んだのは他ならぬ、あの帝王の兄弟杖だった。

 その説明を右から左に流していると

「ごめんくださーい……杖を買いに来ましたー……」

 原作では無かったことが起こった。女の子が杖を買いに来た。ハグリッドを見ると何故か驚いた表情で彼女に話しかけようとしていた。

 あの女の子は一体……そう考えているとその子の杖選びが始まった。せっかくだから見させてもらおう。

 その子の杖選びは僕やハリー並みに難航した。試した杖が小山を作れるくらいの数になった時、オリバンダー老人が「ハリー・ポッターの杖があれだったのなら……もしや……」と言いながら棚の奥に行き、戻ってくると杖をその子に差し出した。

 

「――桜の木に不死鳥の尾羽根、二十七センチ、しなやかで馴染みやすい」

 

 その杖をその子が手にすると、杖の先から桜色の光が溢れ、花びらのように舞う。その美しい光景に思わずハグリッドと共に見とれてしまった。

 その余韻に浸っていると、オリバンダー老人と女の子の会話が聞こえて、その内容に僕は驚いた。

 それはその子が「生き残った男の子」と比べられていることではなく(それにも驚いたが)、

 

 ―――その子の杖が僕とヴォルデモートの杖と親子杖であるということ

 

 まさかのそれに僕はあることを考えた。原作では無かった展開に設定、もしかすると…

(……この女の子は転生者というものではないだろうか)

 それだったら、この展開にも一応納得ができる。

 とはいえ、これ以上長居するのも良くない。僕たちは杖の代金を払うと店を出た。

 

 オリバンダーの店を出ると、マクゴナガル先生がこちらに向かって歩いてきた。どうやらハグリッドのように、女の子の買い出しの付き添いできたらしい。

 二人が話しているのを聞いていると、どうやらこれから僕や彼女自身のことをマクゴナガル先生が話すようだ。なんとかして聞きたいと思っていたら、ハグリッドが女の子に用があるらしく、ついでに一緒に話を聞かせてもらえることになった。

 

 

マクゴナガル先生は、ダイアゴン横丁で数ある喫茶店の中から、薄汚れて人気の少ない喫茶店を選んだ。若いお客は少なく、年老いた魔法使いや魔女が静かに話しこんでいる。

 

 僕と女の子はマクゴナガル先生とハグリッドと向き合って座ったものの、天井からあの虫が降ってこないか心配だった。

 僕達とは正反対に、マクゴナガル先生は沈んだ表情をしている。

 

「あのー、その前にそちらの人達を紹介してくれませんか」

女の子がそうマクゴナガル先生に声をかけると、

「そう言えばまだ自己紹介も何にもしていなかったもんね。僕はハリー・ポッター、ホグワーツの新入生だよ。君は?」

 僕の方から自己紹介をすると、女の子は少し緊張が和らいだのか同じように自己紹介してくれた。

「私は澪菜・ウォーカー・織部。日英ハーフであなたと同じくホグワーツの新入生」

「レイナって呼んでもいいかな?よろしくね!」

 女の子の名前はレイナといい、日本人とイギリス人のハーフのようだ。名前で呼んでもいいか聞くとレイナは了解してくれた。

「澪菜、こちらの彼はルビウス・ハグリッド。ホグワーツで森番を任されています」

「よろしくな、それにしてもレイナ、お前さんを最後に見たのは赤ん坊の時だったなあ。父さんそっくりだ。でも目は母さん似だな」

ハリーもレイナも二人とも大きくなったなあ。そう言うとハグリッドは涙ぐんだ。

 

「お父さんのことを知っているの?お父さんは日本のマホウトコロに通っていたのに」

 レイナがハグリッドに疑問をぶつけると、マクゴナガル先生が答えていた。レイナのお父さんは日本人で、しかもマホウトコロの卒業生だった。

「あなたの父親ダイスケは、マホウトコロからホグワーツに二年間留学していたのですよ」

「そうなんですか!?」

 これには驚いた。そんな制度ホグワーツには無かったはずだ。これもレイナがいることで起こっている影響なのだろうか。

「ええ、ホグワーツでは三年生からの選択授業で東洋魔術を選択すると、四年生から六年生までの間に最短半年、最長で三年間マホウトコロに留学ができるのです」

 でもこの制度は良いな。ホグワーツは全寮制だからどうしても閉鎖的になりがちだ。時々他の学校から生徒を迎えることで風通しを良くしているのだろう。

 三年生からの選択授業の候補に入れようと考えているとマクゴナガル先生からとんでもない爆弾がもたらされた。

「二人が並んでいるところを見ると、ジェームズとエリンが入学したばかりのことが思い浮かびますわね。そういえばあの二人は従兄妹同士だったからハリーと澪菜は再従姉弟関係になるんですよね」

「ああ、そういやそうなりますなあ!」

「「え!?」」

 今日一番驚いた自身がある。まさかレイナが僕の再従姉弟とは…反応を見て見ると彼女も知らなかったようだ。

 その後も、リリーとレイナの母エリンが親友だったとか、ピーター・ペティグリューが悪戯仕掛人よりもエリンやダイスケと親しかったなど驚きの事実を知ることになった。

 それ以外でも、レイナの左腕と左脚が義手と義足なことにも驚いた。なんでも、小さい頃の交通事故によるものだそうだ。彼女の寮がどこになるか分からないが、グリフィンドールだったらそれとなく手助けしてやろう。

 

 できればもう少し話を聞きたかったが、電車の時間が迫っているとハグリッドに言われ、時計を見ると確かにそろそろ出ないといけない時間だった。

「……それにしても、こうも違うとは…やっぱり最初に考えたように彼女が転生者だからこそここまで変わったのか?……いや、もしかして、」

 そう呟きながら席を立つと、彼女が僕のことを不思議そうに見ていた。まさか聞こえてた?

「それじゃ、レイナ。ホグワーツで会おうね」

 そう言って僕はハグリッドと喫茶店を後にし、ロンドンに戻った。

 

 

 ダーズリー家に戻ってすぐ、自分の部屋で今日の話の内容をノートに書きだしまとめていく。

 そして僕が出した結論は、レイナはまだ候補だがそれを含めて複数人の転生者がいる可能性アリ、という考えだ。親世代の時点でここまで違うとなると、親世代にも転生者がいてそいつらがいろいろと歴史を変えたことによる影響で大本は原作通りだが、それ以外が変わったのだろう。つまり、下手をすれば僕の原作知識は当てにならない可能性があるのだ。

 でも、いろいろな所が変わっているといったって、僕はあの腹黒髭爺の思い通りにするつもりは全く無い。レイナのことは今は要観察扱いにして、様子見の結果次第ではこちら側に引き入れるか。

 ペチュニア伯母さんの声が聞こえてきた。しばらくの方針が固まったのもあり、ハリーは下のリビングに向かうために部屋のドアノブに手をかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――だが、この時ハリーは一つの可能性を見逃していた。

 ―――――ハリーポッターに成り代わった自分がいる、そのことこそが歴史に影響を及ぼしたという可能性を。




 初の番外編、ハリー成り代わり君sideでした。
 これからもある程度話が進んだらハリー成り代わりsideの話(通称AKYハリーシリーズ)を書いていきたいと思います。
 後、前話に組み込めなかったオリジナル設定が書かれているので、前話と読み比べて楽しんでいただければいいな、と思っております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 ホグワーツ特急

第10話です。いよいよ澪菜がホグワーツに行きます。


「第七章の呪文は……えーっと……アローホモーラ……?効果は、扉にかかっている鍵を開けることができる……?」

 

 再び日本に戻ってきた澪菜は、ほぼ一日中ベッドの上で教科書を読みふける毎日を過ごしていた。魔法界の教科書は、学校の授業に使うものだとは思えないほど面白い。ただ一つ面倒くさいのは、わけのわからない単語があると、英和辞典を使わなければならないことだ。

 

 東雲家での出来事を思い出しながら、澪菜はベッドの上で寝返りを打つ。

「ホグワーツかー。校舎は確かお城だったよね」

リアルだとどんな風になっているんだろうか、そう思いながら再び基本呪文集に目を戻した。

 

「第八章……。ウィ、ウィ……ウィンガー、ディム、レビオサ?……」

 

 いよいよ9月1日の夜が来た。

澪菜は、前もって用意をしておいたトランクを開け、中身を確認する。学校に行く準備はいつも一週間前には終えており、中身をわざわざ確認しないが、ホグワーツだけは特別だ。

 

 9月からイギリスの学校へ進学することをミカエルおじさんたちに話すと、おじさんたちは盛大に喜び、澪菜にお駄賃を山ほどくれた。そのお金で買ったお菓子や新しい寝巻き、私服や小物に加え、シャーペンやルーズリーフなどの文具は、トランクの中にぎっしりと詰まっている。

 

 約束の時間の5分前になり、澪菜は荷物を持って家の外で待つことにした。荷物を入れたトランクを椅子にして座り込むと、眠くなってきた。

 こくりと顔が傾きかけたとき、こつんと頭を突付かれた。

 はじかれたように、澪菜は顔を上げる。

 

「あ、はい!」

「……自分の荷物をイスにして居眠りですか、まったく」

 

 一ヶ月ぶりに、英語を聞いた。ずっと、待ち望んでいた声。

 顔を上げ、その声が誰のものだか気づくと、澪菜は立ち上がった。

 

「マクゴナガル先生……!」

「威勢がいい返事でしたけど、日本語の返事はそうなのですか?」

「あー……あれはちょっと驚いただけなので……」

そんな澪菜をさておき、マクゴナガル先生は腕を差し出した。

 

「さ、頭は大丈夫ですか?」

「えっ?」

「眠たくなった頭は大丈夫か、と聞いているんです」

「……今のですっかり冷めました」

 澪菜は微笑み、マクゴナガル先生の腕へつかまった。

 今度こそ、目を開けていよう。

 澪菜は、異常なほど目を開いて、あたりを凝視した。

 

 ピィーという軽やかな鳥の歌声が聞こえる。歌声とともに近づいてきたのは、暗闇を照らすかのように赤々と燃える、鳥の形をした炎……。まさか不死鳥!?

「せ……!」

 澪菜が声をあげようとした時、鳥がマクゴナガル先生の肩にとまった。とたん、息苦しさを感じたと思えば、今度は瞼にまばゆい光を感じる。あまりのまぶしさに、反射的に目を閉じてしまった。

 

「ま、まぶし……!」

 白い光に、目を開けているのがつらかった。

 前にロンドンを訪れた時も夜から昼への変化だったが、今回はさらにきつく感じる。眠たいからだろう、と澪菜は思った。

 

ようやく、澪菜は瞬きを繰り返しながら目を開けた。

 相変わらず、どこかの路地の裏に出てきたようだ。通り側からは、にぎやかな声が聞こえる。

 周りを見て先生がそばにいることを確認し、同時にトランクがそばにあったことに驚いた。

 

「先生……さっきの鳥は……炎みたいな鳥は」

「ようやくきちんと見たのですね。……それを聞く前に、その服を着替えなおしなさい」

 きょとんとして自分のTシャツを見ると、前と後ろが逆のようだった。

 緊張していて全然気づかなかった。

 恥ずかしさに俯きつつ着替えている澪菜を見やり、先生は静かに口を開いた。

 

「あれは、フォークスという不死鳥です。あの鳥の力を借りて、今まで私たちは移動してきました。私一人でもあなたを連れて移動することができますが、それは幼いあなたには刺激が強すぎると判断し、ダンブルドアがフォークスをよこしてくれたのです」

「……あの鳴き声は、とっても……優しい声でした」

 澪菜は、ゆっくりと瞬きをする。

 マクゴナガル先生は、肩をすくめて口元に笑みを浮かべた。

 

「赤ん坊の頃から聴いている声ですからね」

「えっ?」

 弾かれたようにマクゴナガル先生を見上げたが、先生はすでに顔を引き締めていた。

「もし気になるなら、学校で調べてみるといいでしょう」

 マクゴナガル先生は早口に言い、そのまますたすたと歩き出す。

 不意をつかれ、澪菜は慌てて鳥かごごとトランクを持ってついていった。

 

 汽車は11時発だと行っていたような……。

 マクゴナガル先生は、駅へ行く前にまだどこかに寄るのだろうか?

 大またで歩くマクゴナガル先生についていくだけで、本当に一苦労だ。

 ようやくキングス・クロス駅が見えてきた時、先生は近くに置かれていたカートのうちの一つを、澪菜に手渡した。

 

「そのトランクを、これに積んでください」

 わけがわからず、言われるがままに澪菜はカートに荷物を放り込んだ。

 それを見届けると、マクゴナガル先生は時計を見やり、声をあげる。

「もうこんな時間です。心配ですが……この先は一人で行けますか?」

「えっ? あ、ま、まあ……多分……」

 

 行けないといったって、どうせ一人で行くことになるだろうに。

 澪菜はただただ、首をぶんぶん縦に振った。

 マクゴナガル先生の……というより、魔法使いのペースについていけてない気がする。それとも、ただたんに今は自分が眠いだけか……。

 マクゴナガル先生はまじまじと澪菜を見やり、すっと何かを手渡した。

 目をこすり、澪菜はそうっとそれを受け取る。そうして、じっくりと見つめた。どうやら、ホグワーツ行きの切符のようだ。

 

 澪菜は、マクゴナガル先生を見上げた。

「先生はどうするんですか?」

「私は一足先にホグワーツに戻ります。あなたたち新入生の準備のためにね」

「……」

 周りはイギリス人ばかりで、自分には友達もいない。

 一人で駅へ行き、一人で汽車を見つけ、ホグワーツへ向かうのが不安だった。

 唯一の知り合いであるネビル・ロングボトムに会えれば、心強いけれど……。

 澪菜は努めて笑顔で頷くと、「頑張ります」とつぶやく。

 先生は小さく頷き、切符を指差した。

 

「九と四分の三番線ですからね。切符をなくさないように」

 ふんふんと頷いた後、澪菜はもう一度切符を見つめた。

 確かに、「九と四分の三」と書いてある。まさか寝ぼけて字まで読み間違えたのか、と二度見したが、何度見ても同じだった。

「……心配は必要ありません」

 声とともに空気が弾かれた音が聞こえ、澪菜は首をかしげた。

 

「四分の三? そんな算数みたいなホームがイギリスにはあ……?」

 ぶつくさ言いながら隣を見れば、先生の姿は忽然と消えている。

「……うそーぉ……」

 魔法使いはなんてせっかちなのだろう。質問くらいさせてほしい!

 はぁーとため息をつき、澪菜は仕方がなしにカートを押して歩き出した。

 

 自分のペースで歩いていると、周りのものがさきほどよりよく見える気がした。とりわけ、キングス・クロス駅は日本のものとは比べ物にならないほど、壮大だった。高い時計塔を中心に広がる、赤い宮殿のような建物は、どこから見ても駅には見えない。

 カートに乗せた荷物を人々にジロジロ見られるのが嫌で、澪菜はなんだかんだ言いつつ足早に駅内を歩いていく。迷子にならないかと心配していたが、なんとなく進んでいくうちに、プラットホームの前まで来てしまった。

 せわしなく行き来する人々の合間を、ミーシャは肩身の狭い思いで歩いていく。「9」と書かれた札や「10」と書かれた札はあっても、「九と四分の三」なんてどこにもないじゃないか。

 そばに太った駅員がいたが、澪菜は用件を尋ねようとしてためらった。

 頭のおかしい女の子だと思われても困る。

 

「九と四分の三……」

 澪菜は途方にくれ、柱のそばで前のめりにカートに寄りかかった。

「……どうしよう……」

 もう一度切符を眺めてみる。

「九と四分の三なんか、どーこにもないのにー」

 カートに寄りかかっていると、なんだか眠たくなってくる。

 

「……ねえ、ちょっと君……」

 誰かの声が、遠くから聞こえた気がした。

 

「ねえ、レイナ……」

「んー」

 低い声で不機嫌に答え、半開きの目でくるりと振り返る。

 

 ハリーが、こちらを覗き込んでいた。めがねの奥の緑色の瞳は、興味しんしんにこちらを見つめている。それに、自分と同じようなカートを押し、白いふくろうの入った鳥かごまで持っていた。

 

 もしかして……もしかして……!

 

 澪菜は、目をぱちくりした。

「今、私のことを呼んだのって……ハリー?」

「う、うん。九と四分の三って言ってたのが聞こえて。もしかして、僕と同じように場所が分からないのかな?」

 それを聞いて、澪菜は瞳を輝かせた。

 

「そ、そう! どこにあるのかさっぱりで……」

 気持ちとは裏腹に、口からはしどろもどろな言葉しか出てこない。

「僕もそうなんだ。駅の人に聞いてみたけど、頭のおかしい男の子扱いされちゃって…ん?ちょっと黙って」

 澪菜はさておき、ハリーはきょろきょろと首を動かし、澪菜たちのすぐそばを通り過ぎた一団を見た。ふくよかなおばさんが、赤毛の子供たちの集団の先頭を歩いている。子供たちは、全員澪菜たちと同じようなカートを押し、フクロウも一羽連れていた。間違いない、ウィーズリー一家だ。

 

 その様子に、澪菜は釘付けになった。

 眠気などすっかり吹き飛び、澪菜は高鳴る胸を押さえる。

「あの人たち……なんかおかしいような……!」

「僕らと同じだよ! ついていこう」

 ハリーは高い声で言うなり、カートを押していく。

 

 成り行きに任せていれば、なんとかなるかも。

 

 澪菜はハリーとともに、集団の後ろをついていった。

 集団はプラットホームの「9」と「10」の前で立ち止まる。

 とたん、一番年上らしい男の子が、壁に向かってカートを押しながら走っていった。

「へっ? 何してるのあの人!」

 澪菜は、何が起こるのか分かっていても動揺し、口を大きく開けた。

 ぶつかる! そう思ったのもつかの間、男の子は壁に吸い込まれていった。

 思わず、隣にいるハリーを見れば、澪菜と同じようにあんぐりと口を開けている。

 澪菜はぶんぶんと頭を振り、食い入るように壁を見つめた。

 

 次に、フレッド、ジョージとおばさんに呼ばれた双子の男の子が、壁に突き進んでいく。またしても、壁にぶち当たる寸前で、吸い込まれるように消えてしまった。

 澪菜は思わず、ハリーを見た。

 ハリーははにかみながら、おばさんの方と澪菜を交互に見る。

 澪菜が苦笑いすると、ハリーは意を決したようにおばさんの方へ進み出た。

 

「……すみません。僕たち……」

 その声を聞き、おばさんは驚いたようにこちらを振り返った。しかし、すぐに状況を把握すると、微笑んで澪菜たちを交互に眺める。

「あら、まあ。坊やにお嬢ちゃん。あなたたちも初めて? ロンもそうなのよ」

 おばさんのいう「ロン」という子は、最後に残った男の子のようだった。背が高く、ひょろりとしているところが澪菜に似ている。そばかすだらけの顔は、ぽかんとして澪菜たちの方を向いていた。

 澪菜はおばさんの笑顔を見て、少し気持ちが落ち着いた気がした。

 とはいえ、話し出せば口が言うことをきいてくれない。

「あの、さっき……壁に吸い込まれていたのは……何かの呪文とか使って……」

 

 目を泳がせながら言う澪菜を見やり、おばさんは柔らかく笑った。

「呪文なんか使っちゃいないのよー。九番と十番の間に、ただ走っていけばいいだけ。途中で立ち止まったりしないことがコツね。怖かったら、小走りでいけばいいのよ」

 そんなぁ、と、澪菜は壁を見つめる。

 この先にホームが続いていると分かっていても、怖い。ぶつかったら、さぞかし痛そうだ……。

 おばさんが、強く澪菜の肩を叩いた。

 

「さっ! ホグワーツへの最初の門よ! 行きなさい!」

「私から!?」

 澪菜がすっとんきょうな声をあげた。

 おばさんは、何の疑問もないというように目を丸くしている。

 

「レディーファーストでしょ? 坊やもオーケーよね?」

 

 ハリーが、棒立ちでふんふんと頷いた。

 …私が走っていくのを見て、お手本にするつもりだな。

 

 澪菜は、ハリーを少しばかり睨んだ。

 「頑張って」と、おばさんのそばにいる、赤毛の女の子…ジニーが声をかけてくれている。

 ふんっと息を吐き、澪菜は強くカートを握り締めた。

 仕方がない。やってやろうじゃないか。

 壁を睨みながら、最初から思いっきり駆けていく。壁が近づくにつれ、さらに足が早まったが、そのうち自分でもカートの制御が出来なくなり、慌てた。

 

 このままだと、ぶつかるより先に、カートごと前に転んでしまう――!

 

 澪菜は固く目を閉じ、前のめりに突き進んだ。

ふわっと何かが肌に触れた感触を通り越し、一瞬だけホームの騒がしさが消えた。

 

「うわっ」

 

 つんのめりそうになって目を開けると、すぐ目の前を男の人が通り過ぎた。

「危ないなぁ。嬢ちゃん、いつまで走ってるんだい?」

「え? ああ、すみません」

 

 ぽかーんとして、澪菜は足を止める。

 燃えるような紅色の機関車が、シューッと音を立てて白い煙を上げている。ぐるりと見回して見えるホームの上には、『ホグワーツ行特急11時発』と書いてあり、澪菜は目を丸くした。確かに、「9 3/4」と書かれた札があるのだ。

 おかしな格好をした人たちがせわしなくあたりを行きかい、その間を色とりどりの猫がするすると駆けていく。

 ハリーや、赤毛の子たちはどうしたのだろう。

 人にまぎれて、さっぱりわからない。

 

 空いている席は……と探してみても、どこもかしこも生徒たちでいっぱいだ。皆、窓から顔を出して家族たちと話し込んでいる。仕方がなしに荷物だけでも乗せようと思い、真ん中らへんの車両へと向かった。

 列車の戸口の階段から荷物を押し上げようとするが、澪菜の力ではすべて上に上がりきらない。

「何これ? 魔法を使えってわけ?」

 キュロットとはいえ、スカートをはいているというのに、膝さえも上げて、膝で荷物を支えつつ無理に持ち上げようとする。

 すると、背後からケラケラと笑い声が聞こえた。

 

「おーい。君、女の子だろ? 足上げるなって」

 呆れたような言い方だったが、澪菜は振り返りもせず、声を絞り出した。

「ちょっと……今、お取り込み中なのでっ……話しかけられても!」

「そんな細い腕じゃ持ち上がんないよ。おい、フレッド!」

 ようやく澪菜が振り返ると、背の高い赤毛の男の子が、もう一人、自分とそっくりな子を連れてきたところだった。ここに来る前の駅で見た、双子の人。ウィーズリーの双子だ。

 

「なんだよ、ジョージ。おっ? さては女の子をいじめてるのか?」

「レディーに優しい俺がそんなことするかよ。手伝ってやるのさ!」

 二人は澪菜から荷物を受け取ると、ひょいと戸口に上げてしまった。

「あ……ありがとうございます」

 俯いて言うと、双子の一人が澪菜をまじまじと見つめた。

「ほー、かわいこちゃん! 君、目がゴールドじゃないか!」

「……それがどうかしたんですか?」

 驚き、怯えたように言う澪菜に、もう一人の双子が笑った。

 

「お前のお顔が怖いだとよ、フレッド! あんまり見てあげるなよ」

「バカだな、ジョージ。金の目の女の子って、あれかもしれねえぞ」

 フレッドと呼ばれた方は、澪菜に向き直る。

「君、殺されかけたことある?」

「殺されっ? なな、なんでそんなこと聞くんですか?」

 すっかり気が動転して、澪菜はあたふたと慌てる。

 

 あれは殺されかけたのだろうか? 両親は殺されたし、澪菜自身も狙われたことに変わりはないけれど……。殺されかけたけど、生きてます! なんて、自慢するようなことでもなんでもない。第一、自分自身が覚えてもいないというのに。

 

 一人であわあわと取り乱す澪菜に、フレッドは大きく笑った。

「あー、いいやいいや! あわてんぼちゃん。多分、その様子じゃ違うな。紫だけど!」

「もっと強気な子がそうだろうよ。それよりもハリー・ポッターの方が気になるだろ!」

 双子は、同時に澪菜の頭を叩いた。

「痛っ」

「おいジョージ。お前の力が強すぎて痛いってさ」

「やかましいぞフレッド。ところで君、一年生?」

 澪菜は顔をしかめつつ、頷いた。

 早く汽車の中に乗り込みたいのに……!

 

 フレッドという方が、パチンと指を弾いた。

「グリフィンドォォォォォォォォル!」

「はい?」

「って、言われるといいね!」

 もう片方のジョージが、フレッドのセリフに付け加えるように言う。

「もしそう言われたら、俺たちが記念にトイレを吹っ飛ばしてやるよ」

「いいねぇー、ジョージ! まーたママが爆発すること間違いなし!」

 

 二人はいたづらっぽく笑いながらぐりぐりと澪菜の髪をくしゃくしゃにした後、人ごみにまぎれて消えてしまった。

 

 




 お久しぶりです!大変長らくお待たせしました。
とうとう澪菜がホグワーツに出発するところまで来ました!
 続きをなるべく早く投稿できるよう頑張ります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 出発

 第11話です。原作キャラが一人性転換しています。(だけど、まだ澪菜はそれに気づいていません)


 澪菜は二人が去っていった方向を見つめながら、乱れてしまった髪の毛に手をやる。

 

 正直に言うと、トイレを吹っ飛ばすという魔法が気になって仕方が無い。そういった魔法を覚えて、一度でいいから六条にかけてみたいな。

 とりあえず、列車に乗り込むと、先ほど双子に持ち上げてもらった荷物のそばにつく。次は空いているコンパートメント探しだ。どこもかしこも生徒が出入りしていて、無人のコンパートメントはなさそうに見える。

 

 どうしようもない状況ならともかく、自分から友達になってくれと頼みに行くのは怖かった。同じ魔法使いの友達はほしいけれど、先ほどの双子のように、自分が知らない単語を連発されても困る。もし友達ができるのなら、自分のような、つい最近までこの世界のことを知らなかった子がいい……。

 そういえば、今の私と一番状況が近いのは、ハリーじゃないか。ハリーも、つい最近までこの世界のことを知らなかったという。だとすると、魔法界についての知識は私と同じくらい……?

 考え込み、途方に暮れていると、背後から自分の名が聞こえた。

「もしかして君、レイナ?」

 

 ビクッとして、澪菜は思わず声を上げた。

 こんな外国で私の名前を知っているのは誰だ!?

 恐る恐る振り返ると、見覚えのある少年だった。

「うわっ、ネビル君!」

 マダム・マルキンの店で知り合った、ネビル・ロングボトムだ。

 ネビルは澪菜の反応に、反対にぎょっとしたようだ。

「ちょっとー。“うわっ”って、まるでお化けを見たみたいじゃないか。僕だよ。ネビル・ロングボトム。忘れちゃった?」

 相変わらず、緊張を解いてくれるような、のんびりとした雰囲気だ。

 澪菜は、申し訳なさそうに苦笑いした。

 

「忘れてたら、名前も忘れてるよ。覚えてるよ、もちろんね!」

「よかったぁ。僕、そんなに影が薄いのかと思っちゃったよ」

 ネビルは言い、両手を澪菜の前に突き出した。

 何かと思って見てみると、茶色いヒキガエルがネビルの手のひらに乗っていた。今にも逃げ出したくてたまらないというように、ヒキガエルは、手足をばたつかせている。

「これ、僕のペットのヒキガエル。トレバーって言うんだ」

「……一瞬、あの虫に見えたんですけど……」

「あの虫?」

「ううん。なんでもない」

 

「おーいネビル!! そんな所で何してるんだよ! 早く来いって!」

 不意に、向こうのコンパートメントから大声が聞こえた。

 あちゃー、とネビルが苦笑を浮かべる。

 言われてみれば、通行の邪魔になるところで会話をしていたものだ。

「あー、ごめんね。僕もう行かなきゃ」

「うん。話せてよかった。ホグワーツで会おうね!」

 澪菜がにっこりと笑うと、ネビルも頷き、走り去っていった。

 やはり、一度知り合った子に出会うと、少なくとも一人は知り合いがいるのだと、安心することができる。これから、まったく未知の世界へ行くのだから。先ほどまでの不安な気持ちが、ネビルのおかげで和らいだ気がした。

 

「って……しまった!!」

 とたん、澪菜は今の自分の状況を思い出した。

 今、自分は、空いているコンパートメントを探さなければならないのだ。

 せっかくネビルに会えたというのに、どうして一緒にコンパートメントに座ってほしいと言わなかったのだろう! たった一人の知り合いに!

 知り合いといえば、先ほど九と四分の三番線を一緒に探したハリーも顔と名前は知っているが、ネビルほどではない。荷物を持ち上げるのを協力してくれた双子の男の子たちは、自分が魔法界のノリについていけないせいか、なんとなく怖いし……。

 

 車掌の合図の笛がピーッと鳴った。

 駅のホームで家族と別れの挨拶をしていた生徒たちが、笛の音を合図に、次々と汽車に乗り込んでくる。そのほとんどが手ぶらなところを見ると、すでにコンパートメントの場所取りは済んでおり、荷物も積まれているに違いない。

 

 こうなったら、すぐにでもコンパートメントを探さなければ。

 

 トランクを持って歩き出すと、大きく汽笛が鳴り響いた。直後、汽車が動き出して列車が大きく揺れ、澪菜は危うく転びそうになる。

 コンパートメントを探して少しずつ歩きながら、列車の中の生徒たちも、ホームに残った家族たちも、互いに別れを惜しんでいる光景ばかりが見て取れた。

 そうか……大切な家族がいれば、次に会えるのが一年後となれば、悲しいに決まっているのだろう。見送りしてくれる家族がいることが少しだけ羨ましい気持ちを、飲み込んで抑える。

 それよりも澪菜の場合、これから送るホグワーツでの日々への期待の方が大きかった。まったく予想もつかない生活だが、夢にまで見た魔法がある世界だ。きっと楽しいに決まっている。

 

 それにしても、どこもかしこもコンパートメントは生徒で埋まっている。空っぽのところなど、一つもなかった。

 こうなったら! と、澪菜は自分を奮い立たせた。空っぽのところがないのなら、一人でいる子のところにお邪魔するしかない。できれば女の子。それでもダメなら、ネビルだ。

 いよいよ汽車は速度を上げ始めている。早いところ座らなければ。

 的を絞ってコンパートメントを探していると、あの双子の兄弟と思しき赤毛の子が、自分と同じように荷物をもってこちらに向かって歩いてきた。どうやら自分と同じように空いているコンパートメントを探していたようだ。自分から話しかけるのは緊張したが、割とすぐに打ち解け、一緒にお邪魔できそうなコンパートメントを探すことになった。

 一緒に探していると、すぐにお目当てのコンパートメントが見つかった。女の子が一人で座っている。

 

 ――よし。

 

 澪菜は深呼吸をして、そっとコンパートメントを覗いた。

 中にいる栗色の髪をふさふささせた女の子は、なにやら独り言をつぶやきながら本に夢中になっているようだった。あの本は、教科書だろうか。もうホグワーツのローブに着替えているが、ローブが新品に見えるから、おそらく、自分たちと同じ一年生だろう。

 

 ――よし。……よし!

 

 心の中で自分に掛け声を掛けたが、言葉が出てこない。

 戸に手をかけ、なんと言おうか、口をもごもごさせていると、女の子の方が顔を上げてこちらを見た。

「何か用かしら?」

 

 澪菜はぎくりとした。何も言わずにコンパートメントを覗き見していたのだから、おかしな子だと思われたに違いない。

 澪菜たちが弁解をする前に、女の子は澪菜たちをしげしげと見つめるなり、口を開く。

「さっきからなんとなく視線を感じていたのよね。私に用があるなら、ちゃんと口に出して言ってもらわないとわからないわ。申し訳ないけど、私はまだ、自分の口を使わずに相手に気持ちを伝える魔法なんかは知らないし」

「相手に気持ちを伝える魔法? そんな魔法があるの?」

「そんな魔法、あたし魔法界で生まれ育ったけど聞いたこと無いよ」

 

 威張っているかのような話し方に最初は押されていた澪菜たちだったが、「相手に気持ちを伝える魔法」という部分だけはしっかりと聞き逃さなかった。そんな魔法があるのなら、使ってみたい! 

 澪菜の質問に、女の子はつんとして澪菜たちから目をそらした。

「……知らないわ。この世界にならありそうって思ったのよ。まだ……魔法について詳しく知らないから、想像だけど」

 

 自分に知らないことがあるということを、恥らっているかのように、女の子は声を低くする。

 もしかして、この子も私と同じ、つい最近まで魔法を知らなかったんじゃ……。

 ――だとすれば、きっと仲良くなれる。

 

 澪菜が話を切り出そうとすると、女の子が言った。 

「あなたたちの方が、そういうことについては詳しそうだわ。でも私だって勉強し……」

「詳しくない詳しくない」

 とんでもない誤解をされると思い、澪菜はとっさに口を挟む。隣にいた彼女も、澪菜と同じ思いだったからか、うんうんと頷いている。

「あたし、勉強苦手だからそんなに魔法のこと知らないよ。それに、魔法界で生まれ育っても大半の子はそんなもんだよ」

「だって私、魔法があるって知ったのだって最近だし」

 女の子は、はっとして顔を上げると、澪菜を見つめた。

 

「じゃあ、あなたもマグル生まれなの?」

「マグル生まれ?」

 マグル…魔法族じゃない人のことを指す魔法界用語だったよね。そうなるとマグル生まれは魔法族じゃない人から生まれた魔法使いや魔女を意味するんだっけ?

 

 女の子は、呆れたようにため息をついた。

「マグルって言葉はもう知ってるわよね? マグル生まれっていうのは、つまり、身内の中に誰も魔法族がいない人のことよ。ホグワーツからの手紙をもらわなければ、この世に魔法があるなんて知らずに、そのままマグルの生活を送るはずの人」

 

 ……だとすれば、自分はマグル生まれではない。

 魔法のことなんてまったく知らなかったが、マクゴナガル先生の話だと、両親は魔法使いだったそうだし……とはいえ、つい最近まで魔法について何も知らなかったのだから、結局はマグル生まれと同じようなものだ。

 

 澪菜は、荷物を抱えなおした。

「両親は魔法使いだから、私はマグル生まれじゃないけど……でも、つい最近まで魔法が存在するなんて知らなかった。魔法は空想の世界のものだと思っていたから、実際はマグル生まれと似たようなものかも」

「両親が魔法使いなら、あなたも魔法族の一員じゃん。何で魔法について知らなかったの?」

「うーん……私は、マグルの伯父さん伯母さんと一緒に暮らしていたから。両親は、私が小さい頃に死んじゃったんだ」

「あ、ごめんなさい」

「ごめん、聞いちゃいけないことだったよね」

 女の子と彼女は、申し訳なさそうに目を落とした。

 

「でもあなた、なんとなく魔法をいっぱい知ってそうな雰囲気よ」

 

 澪菜はきょとんとした。

 だから、さっきも誤解されそうだったのだ。

 いったいどこをどう見ればそう見えるのだろう? マクゴナガル先生について回っていたおかげで、先生の空気が染み付きでもしたのだろうか。

 

 女の子はもう一度じっと澪菜を眺め、口を開く。

「お互い魔法のことを知らなかったわけだし、良いお話ができそうだわ。よかったらちょっと話さない?」

「ほんと? じゃあ、そこに座ってもいい?」

「ええ、いいわよ」

 澪菜たちはほっとして、女の子の向かいの席に腰を下ろした。

 「座ってもいい?」ときけるまで、随分と時間がかかったものだ。

 澪菜は、ほっと一息つき、苦笑いをする。

 

「実は他にコンパートメントが空いてなくて、一緒に座ってもいいか、聞こうとと思ってたんだ」

「じゃあ、そのために最初、こっちを見ていたってことなのね?」

「そう。だけどあたしたち、あなたにどう話しかければいいのか分からなくて…」

 女の子はまたもや澪菜たちに呆れたようだったが、最初よりもとげとげしい雰囲気は醸し出さなかった。澪菜たちも同じ、つい最近まで魔法について知らなかったと聞いて、安心したのかもしれない。

 

 ちらりと窓の外に目をやると、家々はとうに通り過ぎ、辺りには牛や羊のいる牧場が広がっていた。鮮やかな緑色の野原の間を、汽車が走り抜けている。どんどん速度をあげているようだ。

 女の子は手に持ちっぱなしだった本を、ぱたんと閉じた。

「まだ名前を言ってなかったわね。私はハーマイオニー・グレンジャー」

「あたしは、ロナルダ・ウィーズリー。家族からロンって呼ばれてる」

「それじゃ私もロンって呼んでもいいかな?あ、私は澪菜・ウォーカー・織部。よろしくね」

 澪菜がはにかみながら言うと、ハーマイオニーとロンは首をかしげた。

 

「……私、あなたの名前、知ってるわ。何かの本で読んだのよ。同じ名前が載っていたわ、レイナ・ウォーカー・オリベって」

「あ、あたしも。なーんかどっかで聞いたんだよね」

 それを聞いて、澪菜はどきりとした。

 マクゴナガル先生の話を完全に理解したわけではないけれど、自分がなぜか一部の人には名前を知られていることはわかった。自分自身は、まったく知らない、過去の出来事で。

 ハーマイオニーは顔をしかめ、しきりに思い出そうとしている。

 

「確か……ダイアゴン横丁の古本屋だったわ。もう廃刊になってしまった本に……たったの三行……あ、四行だったかしら? “レイナ・ウォーカー・オリベ”っていう人について、書いてあったのよ。なんて書いてあったか……」

 なんとなく、今はこの話題は避けたかった。どちらにしても、私は覚えていないし、質問されても何も答えようがない。それよりも、もっとホグワーツや魔法についての話がしたかった。

 澪菜は、遠慮がちに笑った。

 

「たった三行ってことは、大したことなさそう」

「そう言われると、確かにそうかも」

「ええ……うーん、思い出せないわ」

「それよりもさ、ハーマイオニー。ホグワーツからの手紙って、誰か先生が持ってきた?」

「ええ、ホグワーツの先生が持ってきてくれたわ。マクゴナガル先生という方だったわよ」

「やっぱり? 私のところにもマクゴナガル先生が来たんだ!」

 

 先生の様子を思い出し、澪菜は瞳を輝かせた。

 そんな澪菜を見て、ハーマイオニーは小首をかしげる。

 

「マグルの家には、この手紙が本当だってことを証明するために、ホグワーツの教授が直々に訪問してるってきいたのだけど……魔法族の家には、郵便で手紙が行くだけだって。あなたの場合、おじさま方がマグルだったからかしら?」

「多分、そうだと思う。今は違うけど、伯父さん伯母さん昔は魔法とか非科学的なものが大嫌いだったから。それで私に何の説明もできないからって、マクゴナガル先生に説明役を手紙で頼んだらしいよ」

「そうなの?なら、あなたのおじさま方はどうやってマクゴナガル先生に手紙を出したのかしら」

「最初に手紙を運んできたフクロウに手紙を持たせたんじゃない?魔法界だと手紙が送られてくるとすぐに返信する家が多いから、手紙を持ってきたフクロウは一定時間家の近くに待機するよう訓練されるって聞いたことあるよ」

「後で先生に聞いてみようかな、それともおじさんたちに手紙で聞こうかな?」

 だんだん打ち解けてきたのか、澪菜たちは楽しげに話を続ける。

 

「家に先生が来た時、あんな格好をしていたから、仮装パーティか何かかと思っちゃった」

「私もよ。うちの両親なんて、最初は警察を呼ぶ勢いだったわ」

 ハーマイオニーもその日のことを思い出し、笑った。

 

「先生が魔法でティーカップを浮かせて、魔法が本当にあるって証明した時は、本当にびっくりしたわ。でも、嬉しかった。自分が特別だってわかったから」

「私は、いきなり“あなたは魔女です”って言われたよ」

「随分ストレートに言うのね。私の時は、すっごく丁寧に両親に説明してたわ」

 ハーマイオニーの話をきき、澪菜はその様子を想像した。

 あの格好でマグルの家に入ったら、誰だって最初は疑うに違いない。かといって、マクゴナガル先生がマグルの着るような普通の格好をしていたら……。

 

 澪菜が想像して笑いかけたところで、コンパートメントの戸が開いた。

 えくぼの目立つおばさんが、お菓子が詰まれたカートを押している。

「はーい、車内販売はいかが?」

 澪菜は、カートの中身を見ようとして勢いよく立ち上がった。

 そんな澪菜にちらりと目を遣り、ハーマイオニーはまたしてもため息をつく。そうして、「私は結構よ」と断った。ロンもママのサンドイッチがあるから、と辞退した。

 

 そんなハーマイオニーには気づかず、澪菜はカートの中のお菓子を見つめた。

「これはなんですか?」

「バーティー・ボッツの百味ビーンズよ。本当に色々な味があるの」

「これは?」

「ドルーブルの風船ガム。それと、杖形甘草あめ」

「それじゃあ、これは?」

「蛙チョコレートね。有名な魔法使いのカードがおまけで入ってるわ」

 

 どれも見たことのないもので興味をそそられたが、マクゴナガル先生に、無駄遣いしないようにと念を押されている。ここでお菓子を無駄に買うわけにはいかない。

 

(ミカエルおじさんたちから貰ったお小遣いも無駄遣いできないから……)

 

 ひとまず澪菜は、「おまけ」が付いてくるお菓子を選んだ。

「じゃあ、蛙チョコレートを三つください」

 三つ買ったのは、カードがまとめて三枚手に入るから得だと思ったのと、せっかくだからロンとハーマイオニーと一緒に食べたかったからだ。

 おばさんから蛙チョコレートを三つ受け取り、代金を払うと、澪菜は意気揚々と席に座り込んだ。

 

 澪菜が蛙チョコレートを二人に差し出すと、ハーマイオニーはかすかに不満げな表情を浮かべた。

「私、いらないって言ったのに」

「でも、お互い魔法界の食べ物は食べたことないし、せっかくだからと思って。カードは私にちょうだい」

「レイナ、ありがとう。貰うだけじゃ悪いから、あたしのサンドイッチと交換しよ」

 

 ロンがそう言ってサンドイッチと交換でチョコレートを受け取ったのを見て、ハーマイオニーは一息つき、蛙チョコレートをすっと受け取る。

 内心胸を撫で下ろし、ロンからもらったサンドイッチを食べる。思っていたよりおいしかった。食べ終わると、膝に置いていたチョコレートをじっくり見つめた。五角形の包みは、青と金色で塗装されている。

 

「本当は百味ビーンズも欲しかったんだけどなぁ」

 澪菜がぼそりと言うと、ハーマイオニーとロンが首を振った。

「やめておいて正解よ。だって百味よ。どんな味があるか、想像つく?」

「えー? そりゃあ、世の中の色々な食べ物の味がいっぱいなんじゃないの? 魔法界っぽい珍しいものなら、水の味とか風の味とか……」

「ハーマイオニーの言うとおりだよ。あれ、当たりは美味しいけどハズレはとことん不味いんだよ。食べ物じゃないものだって普通にあるよ。例えば、ゲロ味とか耳くそ味とか」

 

 その味を想像し、澪菜は無意識のうちにうえっと声を出した。

「買わなくてよかった……。ロン、この蛙チョコレートは普通だよね?」

 そう言いつつ、説明も待たずに中身を空けると、中から何かが飛び出した。

 ……チョコレートの蛙だ!

 蛙はゲコゲコと喉を鳴らしながら、澪菜の膝の上で飛び跳ねている。

 自分の膝の上で動く蛙を見て、澪菜は叫んだ。

 

「本物の蛙!?」

「違うよ、チョコレートだよ。魔法で蛙みたいに動くの。ほら、捕まえないと!」

「ああああ、逃げる!」

 チョコレートの蛙が膝から窓に飛び移った瞬間、澪菜は自分も窓に張り付く勢いで蛙を掴んだ。手に掴んだ蛙は確かにチョコレートに触った感触だったが、掴んでもなお手足を動かしているので、本物のように思えて仕方がない。

 片手で蛙を掴んだまま、二人を見やり、澪菜は苦笑いする。

 

「食べてもいい?」

「うん」

「ええ、どうぞ」

 ロンはそう頷き、ハーマイオニーは涼しい顔で言った。

 ごくりと喉を鳴らし、おそるおそる蛙を口元に運んでみる。すると、口に入れる直前、蛙は突然、「ただの蛙型のチョコレート」になった。食べてみれば、堅さもまろやかさも、ごく普通のチョコレートと何も変わらない。むしろ、澪菜が今までに食べたチョコレートの中で、一番甘く、まろやかだったかもしれない。

 

 甘いものが好きな澪菜は、数口で蛙チョコレートを平らげてしまった。

 ハーマイオニーはというと、チョコレートは取り出さず、カードだけを取り出している。

 澪菜も、空になった包みの中から、カードを引っ張り出した。

 五角形のカードには、金色のフレームで縁取られた窓があり、その窓の中にふくよかな女性の写真がある。黄色の服をまとい、温かな笑顔を浮かべたその顔は、温厚で優しげな雰囲気で溢れていた。名前は? と探すと、ちょうど写真の下に「ヘルガ・ハッフルパフ」と書かれてあった。

 

「ヘルガ・ハッフルパフ……」

 名前を口に出し、澪菜はカードをめくってみる。

 裏面には、ヘルガ・ハッフルパフについての説明が記されていた。

 

 

 ヘルガ・ハッフルパフ

 ホグワーツ魔法魔術学校創設者の一人。ウェールズからホグワーツの地にやってきたとされる。心優しく温厚な魔女であり、差別なく全ての者に教えを与えた。特に料理に関する魔法に長けており、ホグワーツで出される食事は、すべて彼女のレシピによるものである。所持品としては、アナグマの印が彫られた金色のカップが有名。

 

 

 やはりまだ、よくわからない部分は口の中で音読してしまう。

 ハッフルパフという言葉は……ネビルから聞いたんだったっけ……。

 澪菜は顔を上げて、ハーマイオニーとロンのカードを覗き込んだ。

「そっちはなんていう魔法使いだった?」

「ロウェナ・レイブンクローよ」

「あたしのは、ゴドリックグリフィンドール」

「……グリフィンドール?」

 

 またしても、グリフィンドールという単語を聞いた。

 よくきくこの言葉は、有名な魔法使いの名前だったのか。

 ロンとカードを交換して見ると、ゴドリック・グリフィンドールは燃えるような赤毛と金色の瞳を持った男性だった。相手を射るような鋭い眼差しに、写真といえど、目を見ることをためらってしまう。優しげなヘルガ・ハッフルパフと比べようとすると、ヘルガ・ハッフルパフが柔らかに微笑んだ……ように見えた。不思議に思って食い入るように見つめると、今度は微笑むどころか、こちらに向かって手を振ってきた。

 

「この人動いているよ!?」

 澪菜がハーマイオニーにカードを見せると、ハーマイオニーは大して驚きもせず、カードに眼を向けた。

 

「魔法界って、絵も写真も、中の生き物が動くらしいわよ。本に書いてあったわ」

「じゃあ、もしも今私とハーマイオニーとロンが一緒に写真を撮ったら、その写真の私たちは動くってこと?」

「そういうことじゃないかしら」

「でも、その写真の中の私の意識はどうなってるんだろう。私はどんどん成長していっちゃうわけだけど、その写真の中の私はずっと11歳のままでしょ? 11歳の私のまま、動いてるの? それとも写真の中の私も一緒に成長していくのかな? ああでも、そうすると、写真の意味がなくなっちゃうし……」

「あなたがどう映るかは知らないけど。魔法界の新聞なんかは、その時の現場の動きが、写真にそのまま映るみたいよ」

「新聞ー? 魔法界にも新聞があるの?」

「あるよー。『日刊預言者新聞』とかね」

 

 ハーマイオニーは、いい加減うんざりしたように首を振った。 

「あなた、もっと自分で魔法界について調べればよかったじゃない。最初にあなたのことを、“魔法をいっぱい知ってそう”って言ったことは取り消すわ。私もあなたもお互い魔法について何も知識がなかったのに、どうして私の方が魔法族みたいになってるのよ。私なんて、最初に学用品を買い出ししてからも、何度もダイアゴン横丁に足を運んだわ」

 

 そう言われると澪菜は口をつぐみ、目をカードに落とした。

 少しだけ落ち込んだのは、なんとなくばれたくなかった。

「……だって、ロンドンに行く手段がなかったから」

 なんだか言い訳しているようで後ろめたかったが、教科書は読むだけ読んだし、行きたくても行けなかったのは事実だ。

 ハーマイオニーは、眉をひそめた。

 

「なぜ手段がなかったの?」

「うーんとね……おじさんとおばさん、日本人なんだ」

「日本? じゃあ、あなた、日本育ちなの?」

「お母さんがイギリス人で、お父さんは日本人だから、私はハーフ。育ちは日本だけど、頻繁にイギリス人の知り合いと会っていたから、英語も話せるの。読み書きは全然だけど」

「そっか。マグルの世界では、ダイアゴン横丁にはロンドンからじゃないとは入れないもんね。それじゃ仕方ないよ」

 

 澪菜はへへっと小さく笑う。

 ハーマイオニーは、澪菜の顔をじっと見つめた。もう呆れてはいないようだ。

「だけど、お顔立ちはお母様譲り……よね。その金色の瞳は綺麗だと思うわ」

「ハーマイオニーもそう思ったんだね。あたしもレイナの瞳綺麗だなぁって、最初に見たとき同じこと思ったもん」

 誇りに思っていた瞳の色を褒められて、澪菜は嬉しかった。

 恥ずかしさ頬を少し染めて、もごもごと言う。

 

「あ、ありがとう。やっぱり珍しい色なのかな?」

「ええ。私も初めて見たわ。金の瞳って。宝石が詰まっているようだもの」

 澪菜は、自分の瞳に手を添えた。

 光の加減によって宝石のような濃い金にも、淡い金にもなる。

 ハーマイオニーやロンは、と見ると、茶色い鳶色と青色の瞳だった。

 

「それにしても、英語がとても上手よね」

「うーん……でも、緊張すると突然日本語が出てきちゃうし、それに発音が難しいものだっていっぱいあったよ。教科書だって、うまく発音できない単語がいくつかあったし。読み書きはさっきも言ったけど全然ダメだよ」

 マクゴナガル先生に初めて会った時も、緊張してカタコトの英語になってしまった。これから呪文を使う上でも、カタコトの発音で魔法がきちんと発動するのかと思うと、心配で仕方が無い。

 

 澪菜の言葉をきいてハーマイオニーは一瞬黙り、思いついたように言った。

「教えてあげましょうか?」

 思いもよらなかった言葉に、澪菜はきょとんとした。

「……え、いいの?」

「構わないわよ。その代わり……何か日本語が書かれたもの、持ってきてたりする?」

「うん。お菓子とか本とか、少し持ってきたよ」

「じゃあ、私には日本語を教えてちょうだい」

「えぇ? なんでまた?」

「私、本が好きなのよ。いつか日本の本だって読んでみたいの。今はホグワーツでの勉強もあるから、とりあえずはあなたが持ってきた物に書かれている日本語だけでも読めるようになりたいわ」

「あ、あたしにも教えて。レイナが育った国のこと、もっとよく知りたいんだ!」

 

 ハーマイオニーはまた新たに学ぶことが増えたことに、ロンは澪菜が育った国のことが知りたくて、わくわくしているようだ。

 澪菜も胸をときめかせた。一緒に学びあえる友達ができたことが、本当に嬉しくて仕方が無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。