『最強』の称号を継ぐ者 (GanJin)
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『最強』の称号を継ぐ者

 『最強』

 

 たった二文字で表されているその言葉は戦いに身をゆだねる者の多くが渇望する称号でもある。

 特にこの社会、《伐刀者(ブレイザー)》と呼ばれる存在がいる現代では意識する者が多い。

 己の魂を武装し、魔力を用いて戦う異能者である彼らは、もはや武道や兵器では太刀打ち出来ない。

 だからこそ、その称号を欲する者は己を磨き、より高い頂へとたどり着こうと努力する。

 それは破軍学園にいる黒鉄一輝もそうだった。

 だが、彼はこの学園で少々厄介な立ち位置に置かれていた。

 彼は伐刀者としての能力値が低すぎて周囲の人間からは落第騎士(ワーストワン)と呼ばれ、迫害されていた。

 彼は名門である黒鉄家の生まれでありながら、その劣った才能故にまるで存在しないかのように扱われる幼少期を過ごしてきた。

 それだけでなく、破軍学園に入学するも黒鉄家からの圧力で設置された能力値選抜制により授業を受けることすら認められなかった。

 しかし、彼は自身を強くする為にひたすら独学で己を磨き続けた。

 そんなある日のことだ。

 

「今ココでボクと決闘しようじゃないか」

 

 当時、学年首席である桐原静矢が、唐突に決闘を挑んできた。

 それは別に騎士としての誇りを掛けた戦いという崇高な目的ではない。

 要はただの弱い者いじめだった。

 しかも教師が黙認しており、誰も助けてくれないという最悪のパターンだ。

 当然、一輝はそれを断った。

 間違いなくこれに乗ってしまえば、あらゆる手段を使って教師達は一輝を学校から排除しようとするだろう。

 それでは自身の夢を叶えることさえできなくなってしまう。だからこそ、一輝は一方的な桐原の固有霊装である《朧月》の攻撃を耐え続けた。避けることすらせず、ただひたすらに彼の攻撃が止むのを待ち続けた。

 このまま意識が飛ぶまで続くのだろうと思っていると、唐突に桐原の攻撃が止んだ。

 それとほぼ同時に、硬いものでぶたれる音と男のくぐもった声が聞こえてきた。

 

「なんだ? ここは戦う気がねぇ奴を一方的に嬲る奴しかいねぇのか?」 

 

 突如として現れた第三者の声に、一輝は驚いた。

 今、桐原に盾突くことがどれほど愚かな行為なのか分かっているのかと困惑する。

 体中に痛みがあるが、彼を止めなければという思いで立ち上がろうとする。

 

「いけませんよ。そんな体で無理に動かそうとするのは」

 

 そんな一輝の目の前に一人の女性が現れた。

 気配も感じさせずに目の前に現れた女性に一輝は驚きを隠せなかった。

 

「かなりの攻撃を受けていたようですが、よく耐えましたね」

 

 女性は驚きというよりも呆れに近い口調だった。

 すると一輝の視覚が真っ暗になった。

 桐原の攻撃を何度も受け続けて、目が開けられなかったが、まったく光を感じないわけではない為、自身の目に彼女の手が当たっていることだけは分かった。

 するとどうだろうか、今まで耐えていた痛みが一瞬にしてなくなったのである。

 間違いなく彼女の治癒であることは理解したが、これほどレベルの高い治癒が出来る人物は限られている。

 

「おい! 本当にこんなつまらねぇ所に強い奴がいるのか! 卯ノ花ぁぁっ!!」

 

 突如現れた男は、一輝の前にいる女性に向かって叫んだ。

 一輝はその名前を聞いて、驚きを隠せなかった。

 まだ回復したばかりの目をゆっくりと開けて、目の前の女性を目にした。

 

「あ、あなたは……っ!?」

 

 彼女を見て一輝は驚きを隠せなかった。

 長い髪を前で結ぶという特徴的な髪形と、若い見た目とは裏腹に彼女から発せられる実力者としての風格を持っている目の前の女性の名は卯ノ花烈。

 彼女は神宮寺黒乃や西京寧音、南郷寅次郎など世界でも有数の実力者達に並ぶ伐刀者の一人である。

 

「ええ、ここにいらっしゃいますよ。七星剣武祭ベスト4ですが」

 

「話がちげぇじゃねぇか! 俺は七星剣王と戦いに来たんだぞ!!」

 

 そして、一輝は先程から卯ノ花に話しかける男に目を向けた。

 そこにいたのは制服ではなく、袴を着た少年だった。

 髪は短く、右目には眼帯を着けており、腰には鞘のない刃毀れした刀が一振りぶら下がっている。

 少年は見たところ一輝と同じくらいの年であると伺えた。

 だが、そんな情報はどうでもいいかのように、彼を目にして一輝は心の中で何かが弾けるような感覚を味わった。

 一輝は本能で理解した。

 彼は『強い』と。

 剣を交えずとも分かってしまうほどに、彼から溢れ出る圧倒的なオーラとも呼べる魔力がそれを物語っていた。

 

「……帰る」

 

 すると彼は遊びに飽きた子供のように、興味を失ったのか、この場から去ろうとする。

 

「ちょっと待てよ!」

 

 そんな彼を桐原は呼び止めた。

 よく見ると、彼の顔は赤く腫れあがっていた。

 恐らく、桐原は突如現れた彼に顔面を殴られたのだろう。

 

「ボクにこんなことをしてタダで済むと思ってるのか!」

 

「ああ? 何だぁ、お前?」

 

 激昂する桐原に対し、彼は気だるげな顔をする。

 まるで興味がないと言いたげな彼の態度を見て、桐原は歯ぎしりする。

 

「学年首席のボクにここまで恥をかかせやがって!!」

 

 学年主席というプライドがある彼にとって、ここまで適当にあしらわれて我慢するという選択肢はなかった。

 加えて、見ると彼が使っているのは刀一本。すなわち、自分と相性が悪い伐刀者であり勝敗は決まっていると思い込んでいた。

 

「へぇ、学年首席か……。なら、少しは楽しませてくれるんだよな?」

 

 学年首席という言葉を耳にすると、彼は嬉しそうな顔になった。まるで新しい玩具を見つけた子供のように無邪気な笑顔だった。

 

「なら、来いよ。理由はよく分からねぇが、戦いたいっていうなら相手してやるぜ」

 

 桐原を煽る彼を見て一輝は止めようとするが、そんな彼を卯ノ花が制止した。何故と一輝は彼女に問いかけるが、卯ノ花は安らかな笑顔を浮かべるだけで多くを語ろうとしなかった。

 

「後悔するなよっ!」

 

 桐原は朧月による攻撃を彼に向けて放った。しかも、一輝に向けて放ったお遊びのような攻撃ではなく、本気の攻撃だった。

 だが、結果はここにいる桐原を知る者達にとって予想外のものとなった。

 

「う、そ……だろ……?」

 

 その結果に桐原は初めて狼狽した。

 攻撃は間違いなく彼に当たった。彼は桐原の攻撃を避けもせず、防御もせず、真正面から食らったのだ。

 だというのに、彼は掠り傷一つ受けていなかった。いや、そもそも攻撃が当たったのかと疑いたくなるほど彼はピンピンしていた。

 

「おい、もう終わりか?」

 

 彼に目を向けられると、桐原は冷汗が止まらなかった。

 一体、目の前で何が起きたというのだろうか。桐原は理解が追い付かなかった。

 

「う、嘘だ……」

 

 半ば錯乱した状態で桐原は再び矢を放つ。

 だが、結果は先程と同じで、彼には傷一つ与えることすらなかった。

 

「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 刀すら使わずに自分の攻撃を防いでいる事実に目を向けられず、桐原は何度も何度も彼に矢を放った。

 その光景には生徒だけでなく、教師さえも息を呑んだ。

 七星剣武祭に出場するほどの実力を持っている桐原が突如現れた伐刀者を相手にこうも一方的にあしらわれている姿など誰が想像できただろうか。

 やがて、桐原の心が折れたのか、攻撃することすらやめてしまう。

 

「なんだ、この程度かよ。学年首席っていうから期待したっていうのにガッカリだぜ」

 

 先程まで一方的に攻撃を受けていたはずの彼は、退屈だと言わんばかりに溜息をついた。

 すると、放心状態になっている桐原へと近づいた。

 

「な、なんなんだ……お前」

 

「あ? 何言ってやがんだお前。まだ戦いは終わってねぇだろ?」

 

「へ?」

 

 桐原は彼が何を言っているのか理解できなかった。

 すると、彼が腰にある刀を握ると真横に振った。

 身の危険を感じた桐原はとっさに下がろうとしたが、足がもつれてしりもちをついた。幸いにも、その結果、彼の攻撃が桐原に当たることはなかった。

 

「何だ。まだ動けるじゃねぇか」

 

 再び嬉しそうな獰猛な笑みを浮かべる彼は桐原に切っ先を向ける。

 

「ほら立てよ。もっとやりあおうぜ」

 

「ひっ……」

 

 それを見た桐原は情けない声を上げて、手足をジタバタさせて後ろへと下がっていった。

 桐原は悟ったのだ。彼には絶対に勝てないと。

 桐原のスタイルはステルス迷彩を駆使して、遠距離から相手をじわりじわりと痛めつけるものであった。

 だが、彼にはステルス迷彩以前に矢が通用しておらず、桐原のスタイルで戦ってもまったく効果がないのは明白だった。

 さらに言えば、彼が近くに来たことで桐原もようやく気付いたのだ。

 彼から放たれる絶対的な強者の気迫に。

 そんな彼にどうやって戦えば良いというのだ。 

 

「あぁ?」

 

 逃げようとする桐原に、彼は怪訝な顔を浮かべる。

 もう一度、切っ先を向けようとするが、刀を動かしただけで桐原は完全に逃げ腰状態であった。

 

「おいおい、冗談じゃねぇぞ。まさか、『斬られる覚悟』がねぇのか?」

 

 ガクガクと震えている桐原を見て彼はそれを確信した。

 すると、彼は戦う気も失せたのか、刀を納めた。

 

「ちっ、もっと骨がある奴かと思ったぜ。そんな奴、斬る価値もねぇ」

 

 そう言い捨てると、彼は桐原に背を向けて立ち去った。

 そして、桐原から十数歩離れると……。

 

「あああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 桐原は最後の悪あがきと言うべき行動をとった。桐原は背を向け、十分に距離を取ったところで最大火力の矢を放ったのである。

 完全なる不意打ち、これなら勝てると桐原は内心ほくそ笑んだ。

 

「何だ、やれば出来るじゃねぇか」

 

 まるで待っていたかのように、彼は再び獰猛な笑みを浮かべて刀を抜く。そして、そのまま桐原の矢を叩き斬った。

 桐原の矢はたった一太刀で、綺麗に真っ二つに裂け、彼に傷を負わせることはできなかった。

 そして、その強烈な一太刀による剣圧によって桐原は吹き飛ばされた。そのまま建物の壁へと強打して意識を失った。

 

「……すごい」

 

 それを一部始終見ていた一輝は彼に魅せられていた。

 他の追随を許さないと言わんばかりの圧倒的な強さに惹かれていたのである。

 一体、どれだけの研鑽を積んだのだろうかと、彼に対する興味は尽きなかった。 

 そんなことを考えていると、彼は一輝の方へと近づいてきた。彼は卯ノ花の関係者なのだと一輝は推測した。

 

「おい、本当にここに入れば、強い奴と戦えるんだろうな?」

 

「ええ、戦えますよ。彼より強い生徒ならまだまだたくさんいますし、それに私との約束を反故にするおつもりですか?」

 

 どこか陰りのある笑みを浮かべる卯ノ花に、彼は忌々しく舌打ちする。

 

「……ちっ、分かったよ」

 

「それでは行きましょうか。少々、理事長にもお聞きしたいことがありますから」

 

 ちらりと一輝を見てから、卯ノ花はここにいる教師達に向けて微笑んだ。

 その微笑みに誰もが戦慄し、あまりの恐怖に動くことすらできなかった。

 ここから立ち去ろうとすると、卯ノ花は何かを思い出したかのように足を止めて、一輝に顔を向けた。

 

「応急処置はしておきましたが、今日のところは部屋に戻ってゆっくりと休むことをお勧めしますよ。では」

 

 軽く会釈をして、卯ノ花は一輝の前から立ち去って行った。彼も彼女の後を追うように歩き始める。

 

「あ、あの……。君っ!」 

 

 立ち去ろうとする彼に一輝は思わず声をかけてしまった。

 

「あぁ?」

 

 突然、呼び止められて彼は一輝を睨みつけた。

 その気迫に一輝は圧倒されかけるが、どうにか踏ん張って耐えてみせる。

 自身の気迫に耐えきった一輝を見た彼は少々感心した顔を見せた。

 

「君、この学園に入るんだよね」

 

「ああ、そうみたいだな」

 

「僕は黒鉄一輝。もし良ければ、君の名前を教えてくれないかい?」

 

「はぁ?」

 

 名前を教えてくれと言われた彼は怪訝な顔を浮かべる。

 

「あ、いや。ごめん。ただ、君みたいな強い人に興味を持ちやすいというか、なんというか」

 

 一輝も突然、名前を教えてほしいという馬鹿げた質問をしていたことを理解して彼に謝る。

 

(なんだぁ、こいつは?)

 

 この時、彼は一輝について見定めることが出来なかった。

 弱い奴、とは一概に言えなかった。何か秘めたる物を持っている、そんな気がしてならなかったのである。

 だが、彼にとって一輝に興味を持つにはそれだけで十分だった。

 

剣八(けんぱち)だ」

 

「えっ……?」

 

 一輝は目をぱちくりさせて、呆けた顔をする。

 

更木剣八(ざらきけんぱち)だ」

 

「剣八……」

 

「いつか斬り合おうぜ。テメェとなら楽しい戦いになりそうだ」

 

 獰猛な笑みを浮かべてそう言い残すと、剣八は先に進んでいる卯ノ花の後を追った。

 それから、ここにいた生徒や教師達はそそくさとここから離れていき、一輝はその場で一人となった。

 

「剣八……。そうか彼が新しい『剣八』なんだ」

 

 彼、更木剣八の名を知り、一輝は口元を綻ばせていた。

 自分がまだ知らない強者と出会えたことに彼は歓喜していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 『剣八』、それは日本にいる伐刀者にとって特別な名である。

 『何度斬られても倒れない』という畏怖も込められているが、それ以上に『剣八』には日本の伐刀者においてとてつもなく影響力のある名前であった。

 『剣八』の名を継ぐ者は決まって、高位の伐刀者であり、強さの頂に最も近い存在なのである。

 その歴史は長く、歴代の『剣八』も当時の強者共と肩を並ばせ、時には絶対的な強者として君臨してきた。

 そして、今では『剣八』は『最強』の伐刀者に与えられる称号となっていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 これは『落第騎士』と呼ばれた男が一人の少女に出会う前に『最強』の称号を継いだ男に出会った物語だ。



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