Lofty Dream (Eliasieta)
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プロローグ

Tips:星晶獣
島々が空に浮かぶ世界の覇権を賭けた争いに用いられた兵器。星の民と呼ばれる人々の手により、主に空の世界の生物、事象、概念等をベースにして作られた。
その形態や能力は元になった存在により様々で、人とそう変わらない姿のものから、名状しがたき異形のものまで存在する。
星晶獣は何らかの要因で力を失うなどすると、星晶と呼ばれる結晶状の姿に変化し休眠する。星晶獣と呼ばれる所以である。


 見渡す限り下層植生の繁茂した広葉樹林の真っただ中、陽は既に沈みかけ、ただ何ともつかない影と、虫の声ばかりが目立っている。

 

 そんな夜を待つざわめきに満ちた森を、落ち葉を踏みしめるか細い音がかき分けた。

 

「うう……おとーさん、おかーさん……どこー……?」

 

 女の子が一人、とぼとぼと歩いていた。

 

 小さな麦わら帽子。

 キャラクターのプリントがされたリュック。

 

 そんな装備の彼女はおおよそ日暮れ時の森を行くのに相応しい存在ではなく――有り体に言えば、迷子だった。

 

 家族とはぐれてから、それなりに長い時間が経ったのだろう。薄手の服は土で汚れ、露出した肌にはいくつもの擦り傷がついている。

 

 迷子の不安に耐え切れず、早々に泣きながらうずくまりでもしていたら、女の子の運命はまた違っていたかもしれない。だが、幸か不幸か、彼女は幼いながらも努力家だった。

 

 刻々と夜の迫る森に本能的な恐怖を抱きつつも、女の子は両親の姿を求めて必死に彷徨った。ぬかるみに足をとられ、張り出した木の根に躓いても、彼女は決して挫けなかった。

 

 

 けれど、やがて陽が地平の陰に姿を消し、瞬く星々が顔を出し始めた頃。行く先を微かに照らしていた光も届かなくなり、長い時間悪路を歩き続きた疲労と相まって、とうとう女の子は一歩も動けなくなってしまった。

 

 歩くのを止めた途端、今まで抑えつけていた不安が一気に押し寄せてくる。今にも泣きそうな顔をした女の子は、僅かな明るさを求めて天を仰いだ。

 

 

 

 深い藍色に染まる空に、黄金色の光球が忽然と現れたのは、まさにその時のことだった。

 

 

 

 夜空の星よりずっと明るい光球が、ゆっくりと夕闇に沈む森へと降りていく。

 

 その様子は、まるでおとぎ話の妖精が舞い降りるかのようで。女の子は現実を忘れて眼前の不思議な光景に見入ってしまう。

 

 

 気が付けば、光球は女の子のいる場所のすぐ近くまでやって来ていた。

 

 暗く不気味だった森は、光球の放つ暖かな光に照らし出され、今や幻想の世界へと様変わりしていた。

 

 女の子が一歩足を踏み出す度に光の粒子が無数に舞い上がり、彼女を鼓舞するかのように煌く。いつしか彼女の心に巣食っていた不安は消え去り、言い知れぬ高揚感で満たされるようになっていた。

 

 そしてついに、光球は女の子の目の前でふわりと地に降り立った。彼女はその輝きの中心に向かって、殆ど無意識のうちに手を伸ばし、

 

 

 

 

 

 ――――たすけて――――

 

 

 

 

 

 囁くような声がして、黄金色の光が弾けた。

 

 

 光球から洪水のような激しい光の奔流が溢れ、女の子を飲み込んでいく。

 

 何もかもが白く染め上げられる世界で、ひとしずく。

 

 零れ落ちた星の子の涙が、彼女の頬を優しく打った。

 

 

 

『……次のニュースです。昨日、××県●●市で、家族とハイキングに来て、行方のわからなくなっていた小学生の女の子が、無事保護されました。警察によりますと、保護されたのは、東京都に住む小学生の浪野栄子ちゃん6歳で、昨日正午過ぎ頃、ハイキングの途中で家族とはぐれ、そのまま行方がわからなくなっていましたが、今朝9時頃、コースから南東に3キロメートルほど離れた地点で、木陰で眠っていた栄子ちゃんを捜索隊が発見し、無事保護しました……』

 



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八年越しの出会いと

Tips:アイドル
①偶像
②人々を魅了し熱狂させる存在。彼女たち(あるいは彼ら)は、その生来の魅力と日々の
 努力により培ったパフォーマンスを以て、観る者に幸福を届ける。


 

 

 ≪346 PRODUCTION≫

 

 

 前方の大型ディスプレイに、お城をモチーフにしたロゴが映し出された。

 

 舞踏会の始まりを思わせる荘厳な楽曲。

 

 今にも破裂しそうな熱気を孕んだ、奇妙な沈黙。

 

 点灯するレーザーライト。暗闇に浮かぶ幾何学模様。

 

 手にした蒼のサイリウムを握りしめ、その瞬間を今か今かと待つ。

 

 楽曲の盛り上がりが最高潮を迎え、訪れる一瞬の静寂。そして、

 

 スポットライトが『彼女たち』の姿を照らし出し、

 

 瞬間、世界が虹色に包まれた。

 

 

 

 

 アイドルって、何だろう。

 

 華やかな衣装を纏い、歌とダンスで笑顔を届ける存在。

 

 無二の個性や強烈な魅力を以て、人々を虜にする存在。

 

 キラキラした世界を夢見る子なら、誰もが憧れる存在。

 

 そう、一口にアイドルと言っても、十人十色。ほんわかキュートで守ってあげたくなっちゃう系アイドルもいれば、スーパークールで思わずキュンってなっちゃう系アイドルも、パッションパワーでテンション爆上がり系アイドルもいる。百人いれば百通り、千差万別のアイドル像がある。

 

 その中であえて、共通点を挙げるとすれば……

 

 

「みんなーっ、今日は私たちのステージに来てくれてありがとーっ!!」

 

 

 アイドルはみんな、とっても輝いていて、とってもステキだってこと!

 

 

 

 

 

 

 ライブ、最高でした。

 

 キラキラの過剰摂取で危うく昇天するところでした。

 

 いや、もうね、あの346プロの春フェスだよ? CGにCPにPKだよ? ね、感動しないわけないじゃん?

 

 

「はぁ……346フェス、エモ過ぎて浄化されそう……楓さんマジ楓さん……」

 

「あのサビのアレンジと演出凄かったよね! 今までになく神々しかったっていうか!」

 

「うん、めっちゃ尊かった……てか、栄子の推しのニュージェネも超ヤバくない?」

 

「そうそれ! だってさ、突然のサプライズ新曲だよ!? ああー、もうホント、生きてて良かったぁ……あ、あとあと、しきにゃんのさ――」

 

 

 あのライブならではの興奮と一体感……お小遣い制のひもじい中学二年生、重ねに重ねた貯金を解放したのは、決して間違ってなかったよ……!

 

 そんな感じでフェスの感想を友達の千沙と語りつつ、最寄り駅からの帰り道を歩いていると、ふと千沙が悩ましげなため息を一つ。

 

 

「ほんとさ、アイドルって凄いよね……憧れちゃうなぁ……」

 

 

 憧れ。

 

 あたしたちがアイドルに熱中する理由の一つで、一番星のように輝くもの。

 

 

「それね……推しの凛ちゃんとか、あたしたちとほとんど同い年のはずなのに」

 

「どうしてあんなにキラキラしてるんだろうね……」

 

「別世界の人、って感じだよね」

 

 

 あたしと千沙と、揃ってため息をまた一つ。

 

 アイドルはあたしたち一般人から見れば、まるで雲の上の存在なわけで。……まぁ、だからこそこうやって熱中できるんだけど。

 

 でも、やっぱり……同じ女の子として、ちょっぴり、ね。ほんのちょっぴりだけど――

 

 

「あ、栄子またその石いじってる」

 

「え?」

 

 

 千沙に言われて手元を見れば、虹色に輝く透き通った石が、掌に転がっていた。

 

 

「ホントだ……うーん、最近考え事してると触っちゃってるんだよね。癖になってるのかなぁ」

 

「それ綺麗だよねー。小学生の時に拾ったんだっけ?」

 

「そうそう、そんな感じ」

 

 

 正直に言えば、あたしもよく覚えてない。

 

 小学生の時に行ったハイキングで迷子になって……お父さんとお母さんが言うには、あたしが見つかった時に握っていたものらしい。

 

 で、その迷子事件以来、あたしはお守り石って呼んで持ち歩いてるんだよね。綺麗だし、ご利益ありそうだし。

 

 石を首に提げたお守りにしまうと、ちょうど分かれ道に差し掛かったところだった。

 

 

「じゃあ栄子、また明後日学校でねー」

 

「うん、またね!」

 

 

 千沙と別れ、一人で歩く帰り道。

 

 人口の多い都内とはいえ、夜中の住宅街は結構静かだ。話し相手がいなくなると、途端に夜道が寂しく思えてきて――

 

 

 

『――えーこ』

 

 

 

 ……今、誰かに話しかけられたような? え、でも、千沙とはさっき別れたし……

 

 ……周りには誰もいないし。

 

 き、きっと、空耳だよね! 空み『えーこ』み゛っ!?

 

「う゛わ゛あああはは早く帰ってグッズの整理をしなきゃーっ!!」

 

 栄子選手全速前進ダーッシュ!!

 そのまま自宅へジャンピングゴォールッ!!

 ドア良しカギ良しチェーン良しッ! ハイ深呼吸っ、わん! つー! すりー!

 

 …………ふぅ。これで何とか一安心。

 

 でも、一体何だったんだろ。幽霊? ……まっさかー、心霊アイドル小梅ちゃんじゃあるまいし。あたし見えない人だからね?

 

 まぁ、何はともあれ。

 

「無事に帰れて良かったぁぁぁ!!」

 

「こぉら栄子っ! こんな時間に何騒いでるのっ!」

 

「げぇっ、お母さん!」

 

「親に向かってげぇとは何よげぇとは!」

 

 

 こつんと頭を軽く小突かれて、柚ちゃんチックにテヘペロ☆

 

 

「えへへ……ただいま」

 

「お帰り。ご飯は食べてきたの?」

 

「うん、友達と一緒に。会場近くのフライドチキンのお店で!」

 

「フライドチキン? もう、夜中にまたそんな脂っこいもの食べて、ニキビになるよ?」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ、そんなにたくさん食べてないし! 疲れたからお風呂入って寝ちゃうねー」

 

「はいはい。じゃあ着替え置いとくからね」

 

 

 時計を見れば、もう結構な真夜中。本当はグッズの整理とかしたかったけど、寝不足はうら若き乙女の天敵。早く寝てーゆっくり起きてー、明日のんびりやろーっと!

 

 手早くお風呂を済ませて、自分の部屋のベッドにダイブ! ああ~やわらか~いきもちい~ぃ眠くなるぅ~……

 

 フェス、超楽しかったけど超疲れたしなぁ……うん、心地良い疲労感ってやつ……今日は、いい夢、見れそう………

 

 

 

 

 

 

 森の中にいた。

 

 どこまでも続く、深い深い森の中。

 

 木々の隙間から、星の光がちらついている。

 

 あたし以外に人の姿はない。けれど、不思議と怖くはなかった。

 

 

 あてもなく歩くうちに、辺りがぼうっと明るくなってきた。

 

 一歩進むごとに、あたしの行く手を蛍のような光の粒が照らし出す。

 

 その光景に微かなデジャビュを覚えながら、森の奥へ奥へと歩き続ける。

 

 

 やがて、開けた場所についた。

 

 満点の星明かりに照らされた、心地良い風の吹く草原。

 

 その中心に、誰かがいる。

 

 

 

 

 女の子だった。

 

 あたしより少し年下くらいの女の子が、楽しそうに踊っていた。

 

 彼女がくるりと回ると、銀色のツインテールがふわりと舞って。

 

 彼女がそっと星空に手を伸ばせば、その指先は憂いに染まる。

 

 子供らしくはつらつとした様子の、それでいて、ガラスのような繊細さをも感じさせる彼女のダンスに、状況を忘れてつい見入ってしまう。

 

 やがて女の子はあたしに気が付くと、嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

 

「えーこ!」

 

 

 ふわりと抱き留めた彼女の身体は、まるで羽のように軽かった。

 

 驚くあたしを見上げる女の子の瞳が、まるで親を見つけた子供のように、キラキラと輝いて。

 

 

「えーこ、えーこ! フィー、やっと会えるよ!」

 

 

 あたしの名前を知っているらしいこの女の子のことを、あたしは知らなかった。

 

 あなたは誰? と訊こう思った。けれど、何故かそうするのは彼女に失礼な気がして。

 

 だから、かわりに。

 

 

「えっと、よろしく」

 

「……うん、うん! これからよろしくね、えーこ!」

 

 

 それはきっと、すこぶる気の利かない挨拶だったけれど。

 

 女の子はとても喜んでいるようだし、まぁ、これで良かったんだろう。

 

 

 そんな風にぼんやりと思っていて、ふと、気が付いた。

 

 

 

 この無駄に気取ったような、意味ありげだけど逆に意味不明なシチュエーション。

 

 

 ひょっとしなくてもさ、これ、夢じゃん?

 

 

 

 

 

 

「……変な夢だったなぁ」

 

 ベッドの中でぱちりと目を覚まして早々、思わずぽつりと独り言。

 

 変な森の中を一人で歩いてたと思ったら、いきなり女の子が踊ってて。かと思えば、その女の子はあたしのことを知ってるみたいで、とりあえず当たり障りのない挨拶をして終了。……うーん、今思い返してもよくわからない。

 

 あ、でも女の子は可愛かったし、ダンスも凄かったなぁ。きっと昨日フェスに行ったからそんな夢を見たんだろうけど……

 

 

「どうせなら自分がステージに立つ夢とかだったらもっと良かったのになー」

 

「ステージ?」

 

「そうそう。どうせ夢なんだしさー、凛ちゃんと一緒のステージでライブする夢とかだったら超楽しかったのにー……ぃ?」

 

 

 ん? 布団の中にナニか、っていうか誰かいる? え?

 

 

「おはようえーこ!」

 

 

 あら~美少女が布団の中からこんにちは、時間帯的にはおはようかなーHAHAHA!

 

 

 …………う、

 

 

「う゛わ゛ああああああああああっ!?!?」

 

 えっえっ、ちょっと待って、わけがわからない。何で知らない女の子があたしのベッドにいるわけ? なに、え、ヤダ、新手の犯罪か何か?

 

 

「えーこ?」

 

「あああああなたはだれでいったいななななにがもくてきでこんな……あ」

 

 

 ……あれ、よく見たら……この女の子のこと、あたし知ってる気がする。

 

 年齢は、きっとあたしより少し下くらい。

 

 シルバーブロンドのツインテール。

 

 あたしのこと知ってて、「えーこ」って呼ぶ。

 

 ああ、ついさっき夢で逢った子じゃん。なーんだ、なら一安心! びっくりして損しちゃったよーあははー…………………うん。

 

 

「……うん、何この状況」

 

「えーこ、だいじょうぶ?」

 

「だいじょばない。主にあなたのことで」

 

「フィーのことで?」

 

 

 そういえば、この女の子は夢の中でもフィーって名乗ってたっけ。可愛いし、とりあえず危険な子では無さそうだけど……。

 

 

「ええっと、フィー、っていうの? あなたは一体誰? どうやってあたしの部屋に入ったの?」

 

「フィーはね、ずっとえーこのことを見てたんだよ!」

 

 

 いきなりストーカー宣言です。やっぱり危険じゃないかなこの子。

 

 

「えーこが助けてくれた時から、ずっとずっとそばで見てたよ! えーこが×で○○したときも、△△△で□□□□なときも、ずーっと!」

 

「うわちょっとやめて待って何でそれ知ってるの!?」

 

 

 It’s my黒歴史!! 世界中であたししか知らないはずなのにっ!?

 

 

「だってフィー、ずっとえーこのそばにいたもん」

 

 

 ちらりとフィーが目を向ける先にあったのは、空っぽのお守り。

 

 あれ、おかしいな。寝る前にお守り石を袋から出した覚えなんてないのに。

 

 空っぽのお守りに、ずっとあたしのそばにいた……ってことはさ、フィーの正体って、もしかしなくても……

 

 

「まさか、お守り石、なの?」

 

「そうだよ! フィー、お守り石なの!」

 

 

 ビバ、超常現象! 肌身離さず持ち歩いていたら、石が女の子になっちゃった!

 

 ……まさか、身近でそんな摩訶不思議なことが起こるなんて。いや、まだ全然信じられないんだけど……でも。

 

 

「信じるしか、ないよね……」

 

「?」

 

 

 だって目の前に証拠がいるし。黒歴史までバッチリみたいだし……はぁ。

 

 でも、両親になんて言おう。お守りが女の子になっちゃいましたなんて、普通に説明したら頭のおかしい子扱いされそうだし――

 

 

「栄子ー? 何かさっきからぎゃーぎゃー言ってるけど、どうかした、の……」

 

 

 って早速お母さん来ちゃった!? どどど、どうしようどうしよう!?

 

 

「……え、その女の子は」

 

「えっと! ええっとね、その、お母さん、この子はね、その、あたしの友達でっ! その、しばらくうちにホームステイする、っていうか、その、あの」

 

 

 あああ、我ながら無理な言い訳過ぎるぅぅ! こんなの絶対に信じてもらえるわけ……

 

 

「――――」

 

「……お母さん?」

 

「――ああ。そういえば、そうだったわね」

 

 

 …………はっ?

 

 

「ごめんなさいねぇ、最近忘れっぽくなっちゃったみたいで。ええっと……」

 

「フィーはフィーだよ」

 

「そう、フィーちゃん。栄子と同じ部屋で申し訳ないけれど、どうかゆっくりしてね」

 

「うん! ありがとう、えーこのおかーさん!」

 

「えっ、あのっ」

 

「栄子、フィーちゃんに迷惑かけちゃ駄目だからね。いい?」

 

「あっ、はい」

 

 

 こうして、にこにこフィーに見送られて、お母さんは去っていきましたとさ。

 ええっと、何とか誤魔化せた……っていうの、これ? 違うよね? サイキック不思議パワームムムムーン! で認識改変とかそういう系の雰囲気だったよね、今の?

 

 

「……何だか、朝からめっちゃ疲れた気がする」

 

「えーこ、つかれたの? どうして?」

 

「……どうしてかなー」

 

 

 もう、色々あり過ぎて頭が沸騰しそう。

 

 うん、とりあえず、二度寝しよう。ひょっとしたら、今のこれも全部夢で、寝て起きたらまたいつも通りの朝、なんてこともあるかもしれないし……

 

 

「えーこ、まだ眠いの? じゃあ、フィーが子守歌を歌ってあげる!」

 

「……あー、ハイ、ありがとねー……」

 

 

 フィーの透き通った声をBGMに、頭から布団を被って二度寝に励む。

 願わくば、これが夢でありますように、と。そう祈りながら――

 

 

 

「こら栄子、日曜だからってだらだらしない! こんなに天気がいいんだから、とっととご飯食べて、フィーちゃんと散歩にでも行ってきなさい!」

 

「うええっ!?」

 

「お散歩! フィー、お散歩行ってみたい!」

 

 

 ま、そんな都合のいい話はないんだけどね!

 

 

 

 

 

 

「で、フィーって何者なの?」

 

 

 お母さんに叩きだされるようにして家を出たあたしとフィー。

 

 これといった目的もないし、とりあえずフィーに気になることをぶつけながら、適当にぶらつくことに。

 

 

「フィーはフィーだよ?」

 

「いや、そうじゃなくって。そもそも石が女の子になるなんて普通じゃ考えられないし、めっちゃファンタジーなカッコしてたし、でもお父さんもお母さんも完全スルーで馴染んじゃってるし……」

 

 

 ちなみに朝食の席はこの上なく和気あいあいとしたものだった。あたし以外は。

 

 だってさ、フィーのさ、美術の教科書に出てくる天使みたいな服を見て「汚したら大変だし早く着替えちゃいましょ」「栄子の使ってたお古で良ければ着てみるかい?」とかって言うんだよ!? いや、そうじゃないでしょ! 和やかに日常会話してるけど違うでしょ! って突っ込みたかったよ! しなかったけど!

 

 と、今朝からの出来事をリフレインして思わず頭を抱えそうになる。フィーはそんなあたしを見て、ポンと手を打って頷くと、

 

 

「フィーはね、せいしょうじゅうなの!」

 

 

 へぇ、フィーってせいしょうじゅうなのね。……うん、まずせいしょうじゅうって何? あれかな、とりあえずフィーみたいに石から女の子に変身できる不思議生物の総称ってことでいいのかな?

 

 

「それでね、えーこはフィーを助けてくれたの!」

 

「あたしがフィーを助けた?」

 

「うん! フィーがとっても苦しい時にね、えーこが来てくれたの! えーこがずっと一緒にいてくれたから、フィーは元気になれたの!」

 

 

 つまり、あたしがお守り石を拾ったから、フィーは助かったってこと?

 

 

「だからえーこ、本当にありがとう!」

 

「はぁ、あんましよくわかんないけど、どういたしまして?」

 

「うん! えへへ、えーこ大好き!」

 

 

 すっごくいい笑顔で抱き着いてくるフィー。

 

 あはは、小さい子に懐かれてるみたいで悪い気はしないけど……うん、やっぱり道行く人の注目の的になってる! あたしはともかくフィーは妖精みたいにカワイイから、余計に目立ってるし!

 

 

「わかった、わかったから。とりあえず離れて!」

 

「えー」

 

 

 不満げなフィーを引きはがして、そそくさとその場を後にする。

 

 さてさて、これからどこに行こう……って、そうだ。昨日のフェスで気になってた曲、今日チェックしとこうって思ってたんだよね。色々あって忘れてたけど。

 

 折角思い出したんだし、また忘れちゃう前にCDショップへレッツゴー!

 

 

 

 

 

 

「えーこ、ここは?」

 

「CDショップ。ちょっと気になる曲をチェックしたくて」

「しーでぃー?」

 

 

 可愛く首を傾げてみせるフィー。

 そっか、フィーはせいしょうじゅうなる謎生物だから、CDって言ってもわかんないのね。

 

 

「ええーっと、まぁ、簡単に言えば音楽を売るお店って感じ?」

 

「音楽! フィー、歌うの好きだよ!」

 

 

 目をキラキラさせて店内を見回すフィー。

 

 よしよし、フィーも楽しそうで何より。さーて、あたしの探し物をっと……

 

 

「お、あったあった! これ! これが聴きたかったの!」

 

 

 早速お目当ての物を発見!

 

 しきにゃんこと一ノ瀬志希ちゃんの「PROUST EFFECT」! 今までノーマークだったけど、予想以上にあたし好みだったんだよね。

 

 早速購入、といきたいところだけど、生憎昨日のフェスであたしのサイフはほとんど空っぽになっちゃったんだよね……。仕方ない、試聴だけして我慢しよ。それポチっとな。

 

 

 

 ――はぁ、まず何と言ってもこのイントロ、想像を良い意味で裏切るクール感! Aメロに入ればしきにゃん’sキュートボイスが鼓膜を撫でるっ! そして跳ね&溜めのBメロからのサビの伸びやかなメロディがキュートさとクールさを見事に融合させてもう(以下略)

 

 

 

 ……ってな具合にたっぷりラストまで聞いて、ごちそうさまでした。

 

 

「はふぅ……昨日のライブでも思ったけど、やっぱいいよね……」

 

 

 来月のお小遣いが入ったらそっこーで買いに来よう。そうしよう。

 

 

「えーこ、えーこ」

 

「んー、どうしたの」

 

「それ、なあに?」

 

 

 あ、やっぱりフィーも気になっちゃう?

 

 

「これはねー、イヤホンって音楽を聴くための道具だよ。ちょっと使ってみる?」

 

「わぁ……! フィー、やってみたい!!」

 

 

 それなら、とフィーに試聴用イヤホンをつけてあげる。

 

 不思議そうにイヤホンを触るフィーを横目に、試聴機器のスイッチをオン!

 

 選曲はあたしの推し、渋谷凛ちゃんの「Never say never」。これであわよくばフィーも凛ちゃんのファンにしてくれる……!

 

 初めてイヤホンを使ったフィーは、最初は驚いていたようだったけれど、段々と笑顔になっていった。リズムに合わせて体を揺らし始めたあたりで、名残惜しくも試聴終了。

 

 さてさて、フィーのご感想やいかに?

 

 

「どうだった?」

 

「うん、すっごくステキだった!」

 

 

 ふっふっふ、そうでしょステキだったでしょ? さすが、あたしと八年間一緒にいただけあって趣味が合いますなぁ。

 

 

「その曲ね、渋谷凛ちゃんってアイドルの歌なの」

 

「アイドル……」

 

「アイドルっていうのはね、すっごく可愛くて、すっごくキラキラしてて……女の子の憧れ、みたいな存在なんだ」

 

「……フィー、知ってるよ、アイドル」

 

「あれ、そうなの?」

 

 

 CDもイヤホンも知らなかったのに?

 

 

 

「だってえーこ、ずっとアイドルになりたいって、キラキラしたいって」

 

 

「……え」

 

 

 

 心臓が跳ねた気がした。

 

 

 

「えーこの想い、ちゃんとフィーにも伝わってたよ」

 

 

 

 い、いやいやいや、あたし、アイドルは好きだし、憧れてるけど、自分がアイドルになろうなんて、そんなことあるわけ……っていうか、ただの一般人Aのあたしがアイドルなんて、まず無理だし、なろうって思って、なれるもんでもないし……そんな叶いっこない夢なんて、夢の中で十分だって、あたしは……

 

 

「えーこ」

 

 

 フィーが、まっすぐな目であたしを見る。

 

 

 ……ははっ、ほんとにフィーってずっとあたしと一緒にいたんだ。ほんと、あたしのことよくわかってる。

 

 初めてアイドルを見た日。あたしとそう変わらない歳のはずなのに、こんなにキラキラ輝けるんだって、特別な世界に立って、みんなを夢中にさせられるんだって、感動したもん。

 

 ……あたしだって同じ場所に立ってみたいって、キラキラ輝いてみたいって、思わないわけ、ないじゃん。

 

 

「えーこ。フィーはね、えーこにしあわせって思ってほしいの」

 

「……フィー?」

 

「えーこはフィーを助けてくれた。だからね、今度はフィーがえーこを助けるの!」

 

「へぁ?」

 

 

 えっと、この子は何を言って――――

 

 

 

 

「えーこ! なろうよ、アイドルに! ――――≪フィードリス・フォーゼ≫」

 

 

 

 

 フィーの身体が「あの日」のように光り輝いて。

 

 

 

 気が付けば、あたしはフィーとひとつになっていた。

 

 

 

 まるで世界があたしを中心に回っているかのような全能感が、急速に身体中を満たしていくのがわかる。

 

 

 

 今のあたしならきっと、何でもできる。……アイドルだって、何だって!

 

 

 

 深く息を吸って、心の赴くままに、あたしは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――はっ!?」

 

 

 ……あれ、あたし、どうしたんだっけ。確か、フィーがアイドルになろうとかトンデモなことを言って、それから……

 

 

「「おお~~~~~っ!!」」

 

 

 っ!? なんか周りに人だかりが出来てるっ!? っていうか、何、何であたしに拍手なんてしてんの? え、もしかしてドッキリ!?

 

 

「ヤバ、何あの子の歌超エモい!」

 

「ダンスもすごく引き込まれる……!」

 

「あれだ、きっとテレビの企画だよ。『変装したアイドルが町に~』とかそういうの!」

 

 

 は、え、何で、こんな、えっ?

 

 

「ね? えーこ、アイドルになれたでしょ?」

 

「っ、フィー! あたし、一体何を……!?」

 

「えへへ~」

 

 

 すっごくいい笑顔のフィー。

 

 ちょっと待って、何となく思い出してきた……フィーが光った後、あたし、何だか急に何でもできる気がして、それから……

 

 

 

 ……それから、歌って、踊った。凛ちゃんの「Never say never」。

 

 

 

 …………………

 

 

 

「っ~~~~~~!!!!!」

 

 

 ぎゃああああああああこんなお店の真ん中で何やってんのあたしぃぃぃっ!?

 素早くフィーの手をひっつかんで、ダッシュ&アウェイっ!!

 ああぁぁぁぁぁっ、ヤダヤダヤダ恥ずかしすぎて死んじゃうぅぅぅぅぅっ!!

 

 

 

 

 

 

「あははっ! えーこ、お顔が真っ赤!」

 

「誰のせいだと思ってんの……」

 

 

 人気のない公園にて。あたしはベンチで項垂れていました。

 

 ……なんかね、もうアレ。穴があったら入りたい。そのまま永遠に埋まっていたい。

 

 いやだって恥ずかしすぎるでしょあんなの。あたしもうあのお店行けないよ……近くて便利だったのに。くすん。

 

 

「……フィー。あれって、フィーの力なの……?」

 

「うん! フィーのせいしょうじゅうの力だよ!」

 

 

 そっかぁ……せいしょうじゅうってすごいんだね……はは……

 

 

「ねぇ、フィー。お願いだから、もう外であんなことしないでね……」

 

「どうして?」

 

「あたし、恥ずかしくて生きていけなくなっちゃうから」

 

「……えーこ、アイドル、うれしくなかった?」

 

 

 笑顔から一転、目に見えてしょんぼりしてしまうフィー。

 

 

「えっと、そうじゃなくって。フィーの気持ちは嬉しいけど、TPOを弁えてっていうか」

 

「てぃーぴーおー?」

 

「時と場所と場合。たとえば、あんなお店の中とかじゃなくて、それこそアイドルのオーディションとか、ライブのステージとかなら、存分にやっちゃっていいんだけど」

 

 

 ……正直、さっきは羞恥心の方が勝っちゃったけど、みんなから褒められるのは、そう悪い気はしなかったし。

 

 きっとあれがステージの上だったなら、とっても気持ちよかったんだろうな……なーんて。

 

 

「……わかった! フィー、これからは気を付ける!」

 

「わかればよろしい。……さ、もうそろそろいい時間だし、お昼食べに帰ろっか」

 

「うん!」

 

 

 と、ベンチを立ち上がった時のこと。

 

 

 

「あの、そこのあなた!」

 

 

 スーツ姿の男の人が駆け寄ってくる。

 

 あたしに用があるみたいだけど……ひょっとして落とし物でもしたかな?

 

 

「あなた、さっきYOROZUYAってCDショップにいた子、ですよね?」

 

「う゛っ、それは、まぁ……あの、はい……そうですけど……」

 

 

 出来ればそれはあんまし触れてほしくないんですけど。

 

 

「良かった! ちょっと、お話を聞いてもらってもいいですか?」

 

「はぁ……?」

 

「あっと失礼、私、こういうもので」

 

 

 あ、名刺貰っちゃった。

 えーっと、株式会社346プロダクションプロデューサー……

 ……はっ? 346プロのP?

 

 

 

「単刀直入に聞きます。あなた、アイドルに興味はありませんか?」

 

 

 

 

 




「……?」
「? 凛ちゃん、どうかしましたか?」
「……ううん、何でもない。気のせいだと思う」
「そうですか? ならいいんですけど……」
「ちょっと過敏になってたみたい。昨日の夜、結構たくさんいたから」
「昨日の夜って……ライブの後ですか? もしかして凛ちゃん、一人で?」
「……うん、まぁ」
「もう、一人は危ないですよ! 連絡してくれれば、私もお手伝いに行ったのに」
「心配してくれてありがとう、卯月。本当に危ないときは、ちゃんと頼るから」
「うう、無理しないでくださいね?」
「わかってる。……そろそろ行こうか。未央が待ちくたびれちゃう」
「あっ、待ってください~」





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非日常は唐突に

Tips:魔物
空の世界では一般的な存在。各地に現住する凶暴な動植物から、魔法やそれに類する力により生まれる精霊の類まで、十把一絡げに魔物扱いされる。
星晶獣が魔物を生み出し使役することもある。


 

 

「単刀直入に聞きます。あなた、アイドルに興味はありませんか?」

 

 

 

「あの、えっと……それ、あたしに言ってます?」

 

 

 しばらく口をパクパクさせた後、なんとか絞り出した言葉がそれだった。

 

 

「はい、あなたに」

 

「こっちの子じゃなくて?」

 

「はい、あなたです」

 

「アイドルに興味って、ファンとしてとかではなく?」

 

「はい、アイドルとしてデビューすることに、という趣旨です」

 

 

 アイドルとして、デビューするってことは……つまり、あたしがアイドルになる? それも、あの346プロの? 何かの間違いじゃなくて?

 

 

「それはまた、どうして」

 

「あのお店での振る舞いから、あなたに光るものを感じました」

 

「はぁ」

 

 

 至極真剣な様子の男性の言葉に、気の抜けたような返事しか返せない。

 

 それでも彼は何か手ごたえを掴んだのか、

 

 

「今すぐに返事を、とは申しません。もし興味がおありでしたら、ぜひその名刺の連絡先までご連絡をいただければ」

 

「はぁ、わかりました」

 

「お時間を取らせてしまいすみません。では、失礼します」

 

 

 最後に柔和な笑みを見せて、346のプロデューサーは一礼して去っていった。

 

 

「……どうしよう」

 

「えーこ、どうしたの?」

 

「あたし、アイドルにスカウトされちゃった」

 

 

 スカウトって、都市伝説じゃなかったんだ。

 

 

「アイドル? えーこ、うれしくないの?」

 

「ううん、そうじゃないの。そうじゃなくってね……」

 

 

 ずっと憧れてたアイドルに、それもあの凛ちゃんたちと同じ346プロの所属になれるかもって、ホントは凄く嬉しいはずなんだけど、なんだか現実に気持ちが追いついてないっていうか、実感湧かないっていうか……

 

 ……その、本当にあたしが、こんな地味で取り柄もないあたしなんかが、アイドルになってもいいのかなって――

 

 

「だいじょうぶだよ、えーこ。だって、フィーがいるもん!」

 

「フィー……」

 

「だからね、こわくないよ。ちゃんとアイドル、できるよ! えーこなら!」

 

 

 ぎゅっとあたしの手を握って、励ましてくれるフィー。

 

 ……なんだか、あたしの気持ちが分かってるみたい。ううん、ひょっとしたら、本当に伝わってるのかも。だって、八年も一緒にいたんだもんね。

 

 

「……ありがと、フィー」

 

「うん! フィー、えーこのこと、大好きだから!」

 

 

 そう言ってはにかむフィーを見てると、こっちまで頬が緩んじゃう。

 

 ともかく、フィーのおかげで少し心がすっきりした気がする。後は、スカウトのことをお父さんとお母さんに話して……

 

 

 ぐぅぅ

 

 

「あっ、えーこのお腹、今ぐーって鳴ったよ! ぐーって!」

 

「ちょ、そういうこと実況しなくていいから!」

 

 

 ……その前に、ご飯食べなきゃね!

 

 

 

 

 

 

「へぇ~、栄子がアイドルにねぇ……勉強と両立できるんなら、悪くないんじゃない?」

 

「すごいじゃないか、栄子。あのしまむー……コホン、えー、島村卯月ちゃんだっけ、あの最近有名なアイドル。そんな子と同じ事務所なんだろう?」

 

「え、反対しないのかって? 栄子が嫌っていうんなら別だけど、嫌じゃないんでしょ? 人生、何事も経験よ、け・い・け・ん」

 

「そうそう。娘があの346プロのアイドルだなんて、親としては鼻が高いぞ~。ただ……そうだな、栄子がちゃんとやれてるか、時々様子を見学しに行ったりはしてみたいな、うん」

 

 

 

 と、いうわけで。

 

 両親にスカウトの件をお話ししたところ、すんなりOKをいただきまして。

 

 ……うん、もうちょっと反対とかされるのかなーって思ってたから、実はちょっと拍子抜けしてたり。

 

 とりあえずプロデューサーさんへの連絡は明日することにして、昨日のフェスの戦利品を整理していたら、気が付けばもうすっかり夜になっていた。

 

 

「よかったね、えーこ! えーこのお母さんもお父さんも、えーこがアイドルするの、うれしいって!」

 

 

 あたしの横で、上機嫌そうにくるくる回るフィー。

 

 まさか、自分がアイドルになれるなんて……昨日のあたしに言ったって、絶対信じないよね。今だって、電話してみたら「ドッキリでした~」みたいなオチじゃないかって、少し疑ってるくらいだもん。

 

 

 ………………

 

 

「……ドッキリじゃないよね?」

 

「どっきり? えーこ、びっくりしたの?」

 

 

 良かった、このフィーの反応は天然だ。もし今朝フィーが出てきたとこからドッキリだったりしたら、きっともう何も信じられなくなってたと思う。

 

 

「ううん、なんでもない。気にしないで」

 

 

 ……でも、そっか。考えてみたら、あたしが初めてフィーに会ったのって夢の中なんだよね。ってことは、フィーがドッキリの仕掛け人じゃなくて「せいしょうじゅう」なる正真正銘の不思議生物なのは間違いないわけで。

 未知との遭遇&アイドルにスカウト。うん、あたしの一日、濃密過ぎじゃないかな?

 

 

「えーこ、えーこ。明日はアイドル、するの?」

 

「明日? うーん、プロデューサーさんの予定を聞いてないし、明日すぐは難しいんじゃないかなぁ。あたしも学校だし……あっ」

 

 

 そうだ、学校!

 

 あたしが学校に行ってる間、フィーをどうするか決めなくちゃ。

 

 フィーの見た目って小学生くらいだし、転校生っていうには無理があるし、不思議パワーで誤魔化すにも限度があるだろうし……やっぱり、このままだと連れてけないよね。

 

 ……あ、待てよ。フィーって「せいしょうじゅう」、石から女の子の姿になれる生き物なんだよね? だったら……!

 

 

「ねぇフィー、フィーって元の石の姿に戻ったりはしないの?」

 

 

 お守り石に変身すれば一緒に連れてけるじゃん! フフーン、あたしって天才!

 

 そんな考えから、フィーに確認するつもりで訊いてみたんだけど。

 

 

「…………え」

 

 

 ……あれ、フィー、何だか泣きそうになってる?

 

 

「……えーこ、フィーのこと、イヤだった?」

 

「ほあっ!?」

 

 

 どうしてそうなるの!? え、何かあたしマズいこと言った!?

 

 

「……う、うう……!」

 

「待って待って、泣くの待って! ストップ! 嫌じゃない、全然嫌じゃないから!」

 

「……ほんとう?」

 

「ホントだって! よーしよしよしよし、フィーは可愛いなぁ~!」

 

 

 ぎゅーっと抱きしめて全力で撫でる、撫でる、撫でまくる!

 

 

「……えへへ、えーこ、あったかい」

 

 

 よしっ、ナデナデ大作戦成功!

 

 

「ね、わかったでしょ? あたしは別に、フィーのことが嫌になったわけじゃないって」

 

「うん。……ごめんね、えーこ」

 

「ううん、あたしこそ変なこと訊いちゃってごめんね」

 

 

 理由はよく分からないけど「石に戻って」みたいな台詞はフィーにとって地雷ワード。よし、覚えとこう。

 お守り石大作戦は使えず、となると……うーん、明日の学校、どうしよっかなぁ。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、フィー」

 

「なぁに?」

 

「あたしはね、フィーのことが好きだよ」

 

「フィーもえーこのこと、大好きだよ!」

 

「ありがとう。だからね、それを前提にして聞いてほしいんだけど」

 

「?」

「今日はね、あたし、学校なんだ」

 

「学校? ……学校! フィーも行ってみたい!」

 

「うんうん、行ってみたいよね。あたしも一緒に行けたらいいなって思うんだけど」

 

「えーこ?」

 

「フィーが学校に来るとね、あたし、とっても困っちゃうんだ」

 

「……そうなの?」

 

「そうなの。だからごめんね、フィー。あたしが学校に行ってる間、いい子でお留守番、できる?」

 

「……わかった。えーこのためだもん。フィー、お留守番するね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 好意を利用して言うことを聞かせる。

 

 実際はフィーにお留守番するようにお願いしただけなのに、こう聞くととっても卑劣な行為な気がしてくるから不思議だよね!

 

 ……うん、帰りに何かフィーの喜びそうなものでも買っていこう。あの寂しそうな笑顔は良心に刺さったし。

 

 

 ということで、あたしの良心の呵責と引き換えに、とりあえず無事学校に来ることは出来たわけだけど……

 

 

『じゃあこの問題、浪野さん、答えられますか?』

『…………』

『……浪野さん?』

『っ、あっ、ひゃっ、はい! えっと……――』

 

 

『じゃあ次の段落を読んでもらうのは……浪野さんにお願いしようかな』

『…………』

『……おーい、浪野さん?』

『っ、ごめんなさい、ええっとぉ……――』

 

 

 てな具合で、正直、授業に全く集中出来てなかったと思う。

 

 いやね、だってしょうがないじゃん? 今日はあたしの人生が変わる連絡をする日だし。どんな風にすれば失礼がないかなーとか、アイドルになったらまず何をするんだろうなーとか、そんなことばっかり考えちゃって。

 

 

「栄子、今日どしたのー?」

 

「あ、千沙。どしたのって、何が?」

 

「いや、何だかボーっとしてるなーって。……ひょっとして、こないだのライブのことでも考えてた?」

 

 

 ……うん。まぁ、当たらずとも遠からず、みたいな?

 まぁ、そうだよね。まさか一緒にライブを観に行った友達が、そのライブを主催した超大手芸能事務所にスカウトされてましたー、なんて、普通は思わないよね。

 

 

「ううん、ちょっと考え事」

 

「悩み事?」

 

「……ちょっとしたね」

 

 

 まさか正直に伝えるわけにはいかなくて、適当にぼかして答える。

 

 同じアイドルファンのよしみだし、千沙になら話してもいいかなーってちょっぴり思ったけど、下手に話して噂になっても嫌だしね。

 

 

「ふーん。ま、何かあれば相談には乗れるからね」

 

「ありがと。でも今のところは平気だから」

 

「なら良し。6限は体育だから、ボーっとして転んだりしないようにねー」

 

 

 深く詮索しないで、千沙は教室を出ていった。

 

 気遣いのできる千沙に感謝しつつ、あたしも体操服を準備する。

 

 

『ほんとさ、アイドルって凄いよね……憧れちゃうなぁ……』

 

 

『どうしてあんなにキラキラしてるんだろうね……』

 

『別世界の人、って感じだよね』

 

 

 千沙とそんな話をしたのが、もう随分前のことみたいに感じる。

 

 別世界の人、かぁ。……あたしがアイドルになるって知ったら、千沙もあたしのことをそんな風に思ったりするのかな。

 

 

 

 

 

 

「栄子、今日えみちゃんたちとカラオケ行くんだけど、一緒しない?」

「えっ、行きたい! ……けど、今日はちょっと用事があるから、また今度で!」

「そう? じゃ、また明日―」

「また明日ね!」

 

 

 ホームルームが終わるなり、学校を飛び出すあたし。

 

 放課後のあたしに課せられたミッションは二つ。

 

 

 まず、お留守番してくれたフィーにお土産を買って帰る!

 

 それからいよいよ、プロデューサーさんに連絡!

 

 カラオケのお誘いはとっても魅力的だったけど、今日ばっかりはこっちを優先しなきゃね!

 

 

 

 

 

 ということで、まずはお土産入手のために渋谷のショッピングモールにやって来ました。

 

 まぁ、お土産と言っても、ライブで散々散財した後だから、大したものは買えないんだけどね。

 

 

「うーん、どんなのがいいかなぁ」

 

 

 ヘアアクセサリーとかの小物を中心に、フィーに似合いそうなものを物色する。

 

 フィーって目がぱっちりしててよく笑うし、ストレートに可愛い系が似合うかな? けど、将来美人さんになりそうな感じだし、あえてクール系にしてみても映えるかも。うう~、迷うなぁ……

 

 

「……お」

 

 

 あ、これなんか良いかも。瑠璃色の星のヘアピン。ちょこっと前髪を上げて纏めたりしたら可愛いんじゃない?

 

 アクセを付けたフィーを想像して……うん、可愛い。決めた、これ買っちゃおう。お値段も良心的だし。

 

 ええっと、レジは……あれ、誰もいない。

 

 

「すみませーん」

 

 

 店員さんに呼びかけてみるも、返事がない。

 周りを見回してみても、姿がない。

 

 

 それどころか、辺りには「誰もいなかった」。店員さんだけじゃなく、他のお客さんすらも。

 

 

 

「…………えっ」

 

 

 

 思わず口から出た呟きが、やけに大きく響いた気がした。

 

 お店に流れていたBGMもいつの間にか聞こえなくなっていて、ショッピングモール全体が水を打ったかのように静かになっていた。

 

 

 

 

 

 まるであたし一人だけが、この異常な空間に取り残されてしまったみたいで。

 

 

 

 

 

 ……いや、いやいやいや、ちょっと待って、やめてよこんなホラー映画みたいな展開。あたし泣くよ? 泣いちゃうよ? マジな心霊現象はマジで勘弁なんだからね?

 

 

「――――」

 

 

 あっ、今人影が見えたっ! 良かった、あたしの他にも人がいたっ!

 

 早速声をかけ、て……み、て……?

 

 

「――――」

 

 

 人じゃ、なかった。

 

 

「――――」

 

 

 全身真っ黒な、まるで影が実体を得て地面から浮き上がってきたような、人型の何か。

 

 顔のないはずのそれは、あたしを「見て」、ゆっくりと、こっちに歩いて来た。

 

 

「う、あ」

 

 

 あれは、危険。本能がそう訴えるけれど、脚が震えて、腰がへたって動けない。助けを呼ぼうにも、喉が張り付いたように、まともに声が出せない。

 

 

「――――」

 

 

 「それ」はもう、あたしのすぐ傍まで迫っていて。

 

 その、どす黒い闇のような手の、鋭い爪までが、はっきりと、見えて。

 

 伸ばされる、黒い指。

 

 のっぺらぼうが、笑う。

 

 そして、

 

 

 

「蒼き炎よ、滅ぼせ」

 

 

 蒼い炎が「それ」を包み込んで。

 

 「それ」はあたしに触れることなく、溶けて消えた。

 

 

 …………えっと、あたし、助かった、の?

 

 

「そこのあなた、大丈夫?」

 

 

 後ろから声がかけられる。ハッとして振り向けば、そこには長い黒髪の女の子の姿があった。

 

 

「立てる? 怪我、してない?」

 

 

 綺麗で整った顔立ちのその女の子は、あたしが良く見知った人で。

 

 毎日のように顔を見ている。声を聴いている。

 

 けれどその女の子は、きっとあたしのことを知らない。

 

 蒼の衣装を身に纏って、一振りの剣を携えた彼女の名前は、

 

 

「渋谷凛、ちゃん……?」

 

 

 あたしの、憧れ。

 

 今をときめく346プロダクションの現役アイドル。

 

 

 

 渋谷凛その人だった。

 

 

 

 



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