やはり歳上との青春ラブコメは…… (ゆ☆)
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やはり歳上との青春ラブコメは……

 

 

 十二月の師走。

 年末はどこもかしこも忙しく、忙しない。その空気がいつしか街中に広がる季節。営業マンは彼方此方と東奔西走するし、なんなら環状線を走り抜けたりもする。知らんけど。

 総武高校も例外ではなく、いつからか忙しい雰囲気を醸し出してくる。確かに終業式も近いしそろそろ冬休みだしな。いや、休むことしか考えてねーな俺。やっぱ働くのってクソだわ。

 冬の教室というのは独特の雰囲気がある。

 ストーブ前には我がクラスのカーストトップである三浦達が陣取っていて、俺みたいなその他大勢はその暖かい空気の恩恵をほんのりとしか受けれない。今八幡嘘ついた。その他大勢の中でも孤立してるわ。

 孤立も孤高って言い方をすればかっこよく見える不思議。なのにぼっちっていうと途端にかっこ悪い。いや別にぼっちはぼっちでかっこ悪くはない、ぼっち is ベストなのだ。ここテストに出るから。出ない。

 放課後、暖房と雪ノ下の淹れてくれる紅茶で暖まりながら俺と雪ノ下は本を読んで、由比ヶ浜は忙しなくスマホを弄っている。無言で、それなのに暖かい空間。

 慢性的に寝不足でやる気のない俺はつい微睡みそうになる。起きてるんだか寝てるんだかわからない目とも評されたことのある目をウトウトさせながら、静かに時間は過ぎていった。

 

「今日はもう外も暗いし、終わりましょう」

「そうだね、ゆきのーん一緒に帰ろー」

「んじゃ、俺帰るわ」

「ええ、また明日」

「ばいばいヒッキー!」

 

 二人と別れて家路につく。

 最近はもう夕方五時にもなればもう夜の帳が下りて、辺りは暗い。

 マフラーを巻き直して白い息を吐きながら自転車に乗る。

 そういえば今日小町も遅くなるんだっけなぁ。駅前のミスドでも行こうかな。疲れてる時は糖分。疲れてなくても糖分。ミスドのカフェオレも侮れない。

 そうと決まればと、自転車で家に向かっているこの道を急遽変更した。

 

 今日は何を食べようかなーとウキウキで店内に入店してからどれくらい経っただろうか。絶賛帰りたいです。

 

「お姉さんと同伴は不満?」

「雪ノ下さんだから不満というわけでもなく、誰と居ても大体不満を漏らしますよ俺は」

「結局不満なんじゃない。本当いい性格してるね君」

「あー、良い人だけど……。とはよく言われるんで」

「それ告白断る時の常套句だから」

 

 店内に入店、座ってからすぐに俺の右側の席にニコニコと座ってきた陽乃さん。いや、なんでいんの……。

 微妙に近いとちょっと色々意識しちゃうからやめてくれないかなぁ。

 ミスド特有の甘い匂いとは別の甘い匂いがしてきてどうも、どきマギしてしまう。どきマギのまどマギ感は異常。

 雪ノ下陽乃という人物を俺は決して嫌いではない。少し苦手ではあるけど。

 だが、その性格の悪さは不思議と嫌いにはなれなかった。

 ふらっと現れては臓腑の奥底に重いものを残して去るのは確かだが、物事に対してフラットに物を言う。言い方が半端じゃなく悪いしちょっと捻れてるけど。

 人は雪ノ下陽乃の外見だけを見たら容姿端麗と言い。

 人は雪ノ下陽乃の中身を知ると才色兼備という。

 敢えて俺が言うならば、面の皮が厚いと言おう。多分口に出したら死ぬ。

 

「何か面白いこと話して」

「雪ノ下さんを満足出来るような話を持ってたら今頃俺はクラスの人気者ですよ」

「あら、学校中の人気者だったじゃない」

「別の意味すぎるんだよなぁ」

 

 文化祭の一件で注目を浴びたのは確かに事実だけど、それはもう今は昔。今じゃもう視線に晒されることも少ない。なんなら多分クラスメイトに認識されてるかも定かではない。

 

「それで?雪乃ちゃんを救った感想は?」

「俺が救ったなんて厚かましすぎますよ。勝手に雪ノ下が救われたんです」

「ふーん……」

 

 雪ノ下雪乃が抱えていたものは簡単には解決できるものではなかった。だけど解消なら出来た。

 俺自身のおかげで成し得たなんてことは全くない。それでも、雪ノ下からの依頼を達成したのは、少しは裏でこの人が関わっていたんじゃないかと睨んでいる。

 本心をひた隠しにする雪ノ下陽乃という人物は実は本心しか口にしてないのかもしれない。そしたら、本当にただの妹が好きな姉ということになる。めちゃくちゃ性格悪いけど。

 

「比企谷くんは誰でも助けるんだね」

「別に誰でもってわけでも……。というか助けられてるかも定かではないですし」

「……もし、わたしが助けを求めたら?」

「状況によりますよそんなの。第一、貴方が俺の手を借りるなんて状況を作るとは思えない」

「まっ、そうなんだけどね〜。でも君のそのすぐ手を出したがる癖やめなさい。お姉さんからの忠告よ」

 

 別に自分から手を出してる気はないんだけどなぁ。そういう部活だし、そういう仕事だからな。

 いや、自分の行動の責任を誰かに押し付けるのはやめよう。これは俺のだ。

 時刻はもう間も無く19時半を迎えようとしていた。またも、マフラーを巻いて今度こそちゃんと家路についた。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 その日、せっかくの休日だというのに千葉には雨が降った。

 寒い日の雨は寒気を持ってきて室内との寒暖差のせいか家の窓も曇るしでどこか薄暗い。

 家の中は物音さえあまりしなくて、まるで世界に一人取り残されたように感じる。

 特段意識しているつもりはないが、ふと頭の中に過ぎったのは先日の陽乃さんとの突然の会合だった。……やだ、もしかしてこれは恋?嘘、それはない。

 自分の性分と暇のせいで頭のリソースがそっちに結構な割合を持ってかれている。

 それ以前にだ、俺は雪ノ下陽乃という人物をどれほど知っているのだろうか。

 同級生の姉、性格が悪い、口も悪い時がある、爆弾を落としてくる……と、少し考えたら悪口しか出なかったのでこの思考をすぐさま放棄した。

 あの人が意外と料理上手かったり家事炊事が得意だったりしてな。いやいやいやキャラじゃないわ。まぁ料理は雪ノ下の姉だし普通に上手そうだけど。キッチン立って洗い物する陽乃さんとか似合わなすぎでしょ。こわ。

 その点、我が妹は家事炊事洗濯、果ては俺の面倒まで見てくれるパーフェクト妹。あっぶねー、妹がいなければ負けてたところだった。人生というゲームに。

 そんなことを思考の片隅でダラダラとしていた時に階段をドタバタ、部屋の扉をバーン!した小町。ちょっと小町ちゃん?ノックくらいしようね?

 

「お、お兄ちゃん何したの!?」

「ふっ、ついにバレたか……。んで何が?」

「家の前に、は、は、は、陽乃さんと高級車が来てるの!」

「まずは落ち着け小町。ひっひっふーだぞ、んで何で?」

「ひっひっふー……。とりあえずお兄ちゃんは行ってくる!」

 

 部屋の出口の方をビシッと指差し、ささっと対応してこいと言わんばかりの小町のために行きますか……。

 うーん、陽乃さんが訪ねてくる理由がさっぱりわからん。怖い。

 深呼吸して覚悟を決め、家の扉を開けた。

 

「ひゃっはろー比企谷くん、今暇?」

「暇じゃないですそれじゃ」

「比企谷くんが今から暇になるようなこと言っていい?」

「嫌です」

「うちの母が君と話したいって」

「あーよかった、ちょうど暇だったんですよね!!……えっ、なにそれ」

 

 いやほんとなんでなの……。ぶっちゃけ雪ノ下の件のせいであまり良い印象ないんだけど。まぁ筋が通った人だとは思うけどさぁ……。

 つーかこの人、色々手を出すなみたいなことこの前言ってなかった?ほらみろ、強制じゃねーか。これがシュタインズゲートの選択か。フハハハハ!全く面白くない!!

 そんなこんなでめちゃくちゃ憂鬱にテキパキと支度を済ませ現在黒塗りの高級車の車内なう。インスタ映え凄そう。主にDQNに。

 

「詳しく話聞かせてもらいます?」

「いやー前々から興味はあったみたいでさ、まぁ別にそんな堅い話じゃないよ。ただ家に招待したいみたいな。えらい気に入ってるんだから君のこと。なにしたの?」

「特になにもしてないんですけど」

「わたしはただ呼んできてほしいって言われたから来ただけでなんでもいいんだけどさ」

 

 ふぇぇ怖いよぉぉ……。今からビビっても仕方ないけど、雪ノ下母が普通に帰してくれるかな……。

 頭の中で何を聞かれてもいいようにとデモンストレーションを重ねる。けれど、雪ノ下母にはあまり意味もない気がしてきたわ……。

 

「仕方ない、今日は君の味方でいてあげるよ」

「えっ、それも怖い」

「最近ちょっと言うようになったよね比企谷くんって……」

「いやでも本当頼みますよ。頼りにしてるんで」

 

 頭の中で某RPGの仲間が増えるBGMを流しながら雪ノ下陽乃という大きな存在が味方してくれる事実を噛み締める。

 そして、雪ノ下母が待つ雪ノ下家に着く頃には昨晩から降り続いていた雨は止んでいた。

 曇天の切れ目から漏れる日の光は陽乃さんを照らし、強烈に目を惹きつけられた。

 

「さぁ行こうか。そしてようこそ、わたしの家へ」

 

 

 つ づ く

 

 






 俺ガイル13巻は良い八陽でしたね(大嘘)
 僕のssは平和がモットー☆


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やはり歳上との青春ラブコメはまちがって……

 

 

 拝啓、小町へ。俺は今千葉県議会委員、雪ノ下建設社長と錚々たる名称がつく正真正銘のお金持ちの家に来ています。敬具。

 いやもう緊張。デカさはまぁ一般家庭の二倍まではいかないくらいかな。

 でもこの辺のエリア、千葉のくせに金持ちばっか住んでるだけあって土地がめちゃくちゃ高いから致し方ないといえば致し方ない。それでも俺の家より遥かに大きいことは確かで……。

 下手に家の調度品に傷でもつけようなら……。と考えて自然と歩く速度が遅まる。

 

「ほら、早く」

「ちょ、ちょっと心の準備がですね……」

「そんなの今することじゃないでしょ」

「いやこの家入った瞬間から既に緊張が始まってるんですけど」

 

 玄関を上がって、まっすぐと伸びている廊下とその両脇にちらほらと部屋と思われる扉の数々。まるで、ホテルの中みたいで少しテンションがあがる。家の廊下がフローリングじゃなくてカーペットってそんなんありですか?

 しかし、その家の雰囲気は俺が初めて来た家ということを差し引いても余所者を迎えるためだけに建てられた家みたいで暖かみに欠けていた。

 事実、他人が出入りすることも多いのであろう。

 二階が住居スペースというか普段生活しているところらしいから仕方ないかもしれないけど。つーかそんなじろじろと余所見してる暇と場合じゃなさすぎる。

 少し、陽乃さんの部屋が気になった。

 

「お母さんったらもう応接室にいるんだって。どんだけ楽しみなのよ本当」

「楽しみにされても楽しませられるか……」

「まぁいいんじゃない?少し会話に付き合ってあげれば満足すると思うよ」

 

 適当に会話が出来るくらいなら昔から友達の一人や二人に苦労することはなかったんですがそれは……。

 ヒンヤリとした廊下の右奥の部屋、そこに雪ノ下の母がいる。

 案内役の陽乃さんが部屋をノックし、返事が返ってきたところで扉を開ける。面接かよ……。

 

「し、失礼します」

「比企谷さん、わざわざ御足労おかけしてごめんなさいね」

「いえ、とんでもないです。迎えまで用意して頂いたので」

「うちの都築がどうしても行かせてくれって言ってきたのよ?」

「あーなるほど。それは気を使わせてしまって……」

 

 まぁまぁまずは当たり障りのない会話が出来たことが一安心……。

 八幡、ぼっちだけどコミュ障ではないからね。本当だよ?

 白い革張りの高そうなソファに案内されて座る。見た目の革張りに対して、思ったよりも身体が沈むことにびっくりしながらも、身を落ち着かせた。今更ながら雪ノ下家というのは白を基調にしているらしく、家の内観は本当に何処かのホテルみたいだった。

 

「比企谷さんは、どちらの大学へ?」

「とりあえず◯◯大学志望ですね」

「あれ?比企谷くんわたしの後輩になるの?」

「他意はないですけどね」

「それでは陽乃、気を遣ってあげなさいね」

 

 文系全振りマンの俺だが、たまたま陽乃さんの通う◯◯大学の受験科目がこれまた文系全振りだったことから志望出来た。勿論だが、陽乃さんとは違う学部だけど。

 違う学部で全然いいんだけどね。なんかほら、陽乃さんって絶対有名人だしそんな人と関わってたら俺のぼっちキャンパスライフが壊れそう。

 というかまだ受験は来年なんだけどね……。

 そりゃあ受験は早めに意識しておいて損はないだろうけど。今の苦労が大人になって楽をするための先行投資みたいなもんだし。

 

「比企谷さんは将来どんな職に就くのかしらね」

「出来れば専業主夫にでもなりたいくらいなんですけどね」

「貴方程の面白い人材は就職先に困らないと思うわ。機転、如何にトラブルを処理出来るかというので仕事が出来る人なのか決まると言っても過言ではない。その点貴方は……」

「買い被りすぎですよ。まだまだ高校生のクソガキですから」

 

 事実大人の、成熟した人から見たら俺はまだクソガキも良いところなんだろう。青臭いと言われるかもしれない、まだ考えが幼いと言われるかもしれない。でも、今しか出せない答えだってきっとある。

 しかしなぁ……。トラブル処理能力を買ってもらうくらいトラブルと出会ってしまってると考えると少し複雑かもしれない。

 解決ではなく解消。とりあえず一旦問題を置いておける状態にする。大体の物事は置いておくうちになんとかなったりする。時間が解決してくれる。しかし、そう時間ばかりに頼っていてはいけないことも多々あるからなぁ。

 

「ところで比企谷さん、うちの陽乃が欲しいって聞いたけれど?」

「お母さん冗談はやめて」

「心臓に悪いんで冗談はやめてくださいよ……」

「あら、では雪乃狙いかしら」

「とんでもない」

 

 雪ノ下姉妹の母親だけあって、冗談の言い方が二人に少し似ている気がするけど、とんでもない爆弾を落とすなこの人……。

 なんの脈絡もなく、そう言われると身に覚えがなさすぎて逆に本当っぽい。

 陽乃さんは陽乃さんで呆れてるのか無表情だし、雪ノ下母は薄っすら笑みを浮かべてる奇妙な空間。えっなにこれ?

 

「いいじゃない陽乃、貴女比企谷くんにもらわれなさい」

「いい加減にして」

「わかってるの?雪ノ下家では二十五歳までに進路、今後の指針を決めなければいけないのよ」

「……わかってる」

 

 苦虫を噛み潰したような表情をする陽乃さんを見るのは初めてかもしれない。そして、雪ノ下家のルールというのを知った。

 陽乃さんの選択肢はいくつあって、どれを選ぶのだろう。陽乃さんに残された選択の時間は残り数年。

 この人達が見てる未来の姿は共有出来てはいない気がする。

 完全に部外者の俺でさえ息がつまる。いや、部外者だからだろうか。

 時計を見ると意外に時間は進んでいて、緊張感からか時間の進みが早いのだろう。

 全く、なんて日だ……。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 あれから少し経った後、雪ノ下母との会合も恙無く終わり今は陽乃さんの部屋へと案内された。

 陽乃さんの部屋へと案内された。

 大事なことなので(ry

 陽乃さんの部屋は予想通りというべきか、スッキリとしていた。

 よく片付けられていて、でもベッドや座椅子からはそこはかとなく高価そうな雰囲気がある。陽乃さんの物っていう認識があるからだろうか。

 そして何より匂いである。

 いつも陽乃さんから漂ってくる柑橘系だけど甘い匂い。それが部屋の中に充満していてクラクラしてしまいそう。

 後は俺の部屋に勝るとも劣らない蔵書の数。ジャンルは様々、ハウツー本も少々。こういうの読むのかと言うのも多々あって、陽乃さんの意外な嗜好を知った。

 

「雪乃ちゃんの家と行き来してるから結構荷物少なくてスッキリしてるでしょ?」

「いや、陽乃さんって散らかすイメージ全然ないんで」

「家事は一通り出来るからね」

「散らかすのは主に俺の周りだけですね」

 

 少しキョトンとした顔をした後に笑みを浮かべてるあたり自覚はあるんですねそうですね。

 しかし確かに俺の今まで記憶の彼方此方に陽乃さんが居るのは事実だしな。

 今気付くと机の上にはやたらと重厚な表紙の本が一冊。日記だろうか。

 

「雪ノ下さんって日記とか付けるんですね」

「想いの丈を書き殴る日記帳兼メモ帳みたいなものよ。見る?」

「見たら末代まで祟られそうなんでやめときます」

「なによ、人を悪魔とか魔王みたいな扱いしちゃって」

 

 少し拗ねたように言う様は悪魔や魔王どころか、その逆ですらあった。

 その顔を見てから今の状況を再確認すると急に陽乃さんを女性として意識してしまって妙に気恥ずかしくなってきた。そういえば女性の部屋に入るの初めてかも……。

 

「今日はごめんね?」

「あー、驚きはしましたがなんとか大丈夫です」

「意外に冗談ばかり言うのよあの母」

「ちょっと考えると意外でもないですけどね」

「そう?」

「雪ノ下や、雪ノ下さんの母親なんで」

 

 ちょっとそれどういう意味?とは聞かれずにただ笑っているということは自覚はあるんだな。

 しかし雪ノ下母といえば、先程言っていた発言が妙に引っかかって仕方なかった。

 

「そういえば二十五歳までにってあれ……」

「あれ、昔から言われてるのよね。それまでに結婚、やりたいことを見つけろって」

「大変そうですね」

「やりたいことはいっぱいあった筈なのに、気付いたらもうこんな歳だしね。結婚なんて相手は居ないし、どんどん自分で自分の自由を狭めて行っちゃってるなぁ……」

 

 やりたいことは沢山あった。それを物語るのは沢山の本の中に紛れているハウツー本等が示している。

 自由が欲しい。それは沢山の物語を読むことで沢山の可能性を想像するのだろう。もしわたしがこうなったら…と。

 陽乃さんの言ってる意味はこの部屋の本達が本当だと告げてくる。

 いつもは冗談ばかり言って、俺をからかったりしてくるその意地の悪そうな顔が、俺にはなんだか……。

 

「まだ大丈夫です。何かあるはずですよ」

「なにを言って……。比企谷くんが出る幕じゃないよ。もうそんな次元じゃない」

「そんなこと関係ないです。俺が雪ノ下さんに、陽乃さんに好きなことをしてもらいたい。それだけなんです」

「なんだって急にそんな……」

 

「だって、だって俺にはさっきの雪ノ下さんの顔が、泣いてるように見えたから」

 

 

 そしてここから俺と陽乃さんの物語は動き出す。

 雪ノ下陽乃を自由にするために。

 雪ノ下陽乃に自由でいてもらうために。

 

 雪ノ下陽乃に、笑ってもらうために……。

 

 つ づ く



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やはり歳上との青春ラブコメはまちがっていない。

 

 暗闇の中で一人考える。

 俺に取れる選択肢を。

 浮かんでは消える、まとまりのない思考。

 別に急ぎで考えることではないはずだけど、それが余計に俺を駆り立てる。一刻でも早く、と。

 あれじゃない、これじゃないと考えているうちに、俺はいつしか眠ってしまっていた。

 

 次の日の朝、目を覚ますといつもよりも眠気が取れにくかった。俺はそれ程までに夜中まで起きていたのだろうか。いつしか時計を見ることさえ忘れていて何時に寝たのかさえわからない。

 外は雨は降っていないながらも生憎の曇天模様。この頃、こういう天気が多いな……。まぁ冬らしいといえば冬らしいけど。

 あまり考えすぎても良い考えは浮かばないかもしれないな。でも、今の俺には雪ノ下と由比ヶ浜が居る。

 自然とあの二人に相談をしてみようと思うあたり、俺も変わってしまったのかな。変わらないことをよしとした昔と違う今のこの考えは成長と言えるのだろうか。

 でも、俺が求め続けていた形のない本物の切れ端を、掴み続けている気がした。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 放課後の部室。

 授業が終わり、部活の時間が来る頃には日が沈み始めているため薄暗い。

 夏には十九時近くまで明るいのに冬は十七時にはもうすでに暗い。その移り変わりを感じ、あー冬だなぁとなる。

 しかし、高校二年の冬はやけに時間が経つのが遅く感じる。具体的に言うと二年生を二年くらい過ごしてる感じがする。あとプラス一年かもしれない。

 奉仕部の部室は暖かく、温かいから余計にそう感じるのかもな。うそ、普通に物理的に長い。俺が卒業するのはまだですか?

 卒業をして、無事に受験が終わったら大学に上がる。あの雪ノ下陽乃と同じ大学に。

 

「なぁ、ちょっと相談いいか」

「あー!やっと言ったし!」

「は?」

「なんかあったみたいな顔ずっとしてたもん。ねーゆきのん!」

「そうね。いつ言ってくれるのかと思ったわ」

 

 俺の表情まで読み取って、俺が言い出すまで待ってくれる。

 今までこう言う感情を持ったことがない俺にはこの感情を上手く言語化出来ないけれど、ただひたすらに感謝という気持ちが生まれる。

 陽乃さんにもこう言う人達は居るのだろうか。もし、もしいないならそれはどれだけ寂しいのだろう。

 昔の自分には居なかっただけに、今振り返ってみるとそれはきっと寂しいと言えると思う。

 自分では自覚できないだろうけど、周りから見たらすぐわかるそれを少しでも埋めたら何か変わるんだろうか。

 否、変わる。だって俺がそうだから。

 

「雪ノ下の姉ちゃんのことなんだが……」

 

 こうして、つい先日あったことを雪ノ下と由比ヶ浜に伝える。

 俺はこれからどうするべきだろうかと、どうすれば間違えないで済むのだろうかと。

 答えはないかもしれないけれど、この二人はきっと導いてくれる。

 

「ヒッキーの考えはどんな感じ?」

「現状、手詰まりなんだよな」

「姉さんの場合、人にあれこれ言われたりするよりも自分で最適解を出してしまうから難しい問題ね……」

「なら、その最適解よりも良い解を出すしかねーな」

「姉さん、雪ノ下陽乃より良い答えを見つけるのね」

「3人集まれば真珠の知恵って言うし!」

「文殊な文殊」

 

 三人だけのブレインストーミングが始まる。

 ブレインストーミングは相手の意見を否定しないんだ。だから由比ヶ浜、お前のその意見は却下。

 所々、こうやってふざけながらも意見を交わす。

 しかし、これといった答えは出なかった。

 

「きっと、このままでは堂々巡りになってしまうわ」

「やっぱ、詰むよな」

「姉さんもある種の理性の塊と言えるのだから、それを崩すには感情論で行くしかないんじゃないかしら」

「ヒッキーの言葉ってやけに響くもん!まずはヒッキーがどうしたいか考えてみて?きっとそれが本物だよ」

「……ちょっと、帰りながら考えてみるわ。まぁ、なんつーの?さんきゅ」

 

 畏まってお礼を言うのはまだちょっと照れ臭くって、面と向かってではなく明後日の方向を向きながら軽いお礼を言う。

 そんな俺の姿を温かい目で見てくる二人は、笑っていた。

 暖かかった部屋を出て寒く冷たい廊下を歩いて外へと出る。

 ここからは自分への自問自答だ。

 ぼっちは元来、自問自答が得意。ソースは俺。

 下手すれば誰とも会話しないで終わることがあるかもしれない日々を、自分の中で自分に問いかけたりね!えっ普通だよね……?

 考えるのはもちろん雪ノ下陽乃について、雪ノ下陽乃はどうすれば自由になるのか。そして……、自分の感情について。

 自分の感情を自分で気付くには冷静になる時間が必要だ。

 これまで幾度となく自分の感情を抑え、考え、律してきた俺ならきっとわかる。

 ブツブツと呟く怪しい人物に変身しながら帰路に着く。

 不思議と朝から続いていた眠気は消えていて、視界は朝より晴れやかだった。まさに光明が差すというやつだな。

 

 その日の帰り道はいつもと同じ猫背なのに、猫のように足取りが軽く感じた。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 後日、土曜の昼間に本を買いに行くために外へ出る。

 気を紛らわそうかと少し遠めのいつもはあまり行かない、けれど品揃えは良い駅前の書店。

 どんどん街中の書店は減ってると聞いたことがある。でも、今から行く書店は大型ショッピングモールの中に入ってるだけあって余程のことがない限りは無くならないと思われるからそこは安心出来る。

 あそこにあった駄菓子屋も今はなく、あそこにあったコンビニは駐車場に。いつかそこにあったという事実も人の記憶から消えて忘れられてしまうのだろう。

 いつのまにか幼い頃とは変わってしまった街並みを眺めながら目的地へと歩いて行った。

 

 書店に着き、一般文芸作品をそこそこにライトノベルコーナーへ向かう。

 某文庫会社の青い背表紙を手に取る。最近のイチオシのこれは是非とも発売日に欲しくて、それが手に入ったことに安堵とワクワクが募る。

 書店を後にしてプラプラとショッピングモール内を歩いてると、一階の隅の方にカフェを見つけた。

 少しばかり気になって中を覗くと、見覚えのあるショートカットヘアーとロングスカートの美人が居た。

 珈琲を嗜みながら本を読んでいる姿は少し雪ノ下に似ている。どちらも甲乙つけがたいが、どちらも絵になる。

 外からは長く眺めても居られないし、冷やかそうと中に入る決意を固めた。

 カフェオレを注文してさりげなくその人物の横へとそろりそろりと近づいてみることにする。

 

「やあ比企谷くん、買い物?」

「……そんなところです」

 

 俺のステルスヒッキーさえ看破して先に声をかけて来る陽乃さん。

 ですよね、わかってたよね……。だって陽乃さんだもん……。

 

「こんなところで会うなんて奇遇だね」

「何処にでも居ますね雪ノ下さん」

「比企谷くん居るところにわたし有り!だよ」

「ちょっと心当たりが多いので勘弁してください……」

 

 割とその辺でよく会うから信憑性がありすぎて怖い。

 なんなの?大学生って暇なの?

 しかも今のタイミングで会うとか神様茶目っ気出しすぎじゃない?

 

「なんか楽しそうっすね」

「誰かさんがこの前トキメクようなこと言ってたからね」

「ぐぬぬ……。雪ノ下さんがトキメクことなんてあるんですかねぇ」

「もちろん。わたしだって今をトキメク女子大生だもの」

「ワーソレハヨカッタ」

 

 照れが大いに混じった俺と、それをからかうような陽乃さんの会話は少しだけ白々しく、だけどきっと本当のことしか話していない。

 雪ノ下陽乃は物語の中から出てきたような人と思いがちだけど、ちゃんとした地に足が着いた女性なのだ。

 そう思うと、急激に女性として意識してしまうからやめてほしい。

 ただでさえ美人のお姉さんなんて言うスペックを持っているんだ、その充分すぎる武器が俺に牙を剥いてきそう。

 この何にも囚われなく、捉えづらい性格こそが陽乃さんらしい。やっぱりこの人はこのままで居て欲しい。

 それは俺の単なる身勝手かもしれない。本当はそんなこと望んでないのかもしれない。ハッキリ言ってしまえば俺のエゴだ。

 昔から人に迷惑をかけるなと教えられてきた。けれど、人に自分のエゴをぶつけることこそが本当の関係になれるのではないだろうか。嫌なら拒否すればいい。それだけの話。

 だから俺は仕事したくないです。上司がエゴぶつけてくるのとか絶対耐えられないわ。で、これなんの話?

 

「君ってもしかしていつもあんなこと言ってるんじゃないでしょうね?」

「まさか」

「そうよね、それだったら彼女の一人や二人今まで出来てるよね」

「何故今まで居ないって決めつけるんですかねこの人は……」

「居たの?」

「居ないですけど」

 

 過去のアレコレが一気にフラッシュバックして辛くなったのはきっと気のせいじゃない。なんで俺が連絡先聞くとみんな携帯の電池ないの?

 そういう陽乃さんだって今まで居なそう。めちゃくちゃモテるだろうけどそれとは別。だってこの人絶対人の嫌なところ最初に見るでしょ。知らんけど。

 

「雪ノ下さんの好きなタイプとかってあるんですか?」

「うーん、面白い人かな。飽きさせないで居てくれる人」

「ちょっとだけ納得しました」

「比企谷くんは、わたしを飽きさせないでね」

「それはどういう……」

 

 聞き返すと陽乃さんは少しだけ笑って言葉には出さなかった。

 はぁ、こういう風に男を弄ぶようなことばっかりしてるんだろうなこの人……。

 そう考えるなんだかちょっと、良い気はしない。

 でも良い評価っぽいからね!もう!男って本当単純!

 

「さて、そろそろ行こうかな」

「じゃあまた」

「何言ってるのよ、比企谷くんも一緒によ」

「雪ノ下さんこと何言ってるんですかね……」

「ほら、わたしって今暇じゃない?だからお姉さんとデートしよっか」

 

 デートという言葉の魔力に思わず頷きそうになる。もはや、気付いたら頷いてた。流石魔王。魔力が尋常じゃない。

 まぁ、暇だから良いけど。新刊は帰ってからゆっくりと……。

 

 土曜日の午後、俺と陽乃さんのデート(仮)は突然幕をあげた。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 夕方、陽乃さんと別れて家に戻る。

 意外。というべきなのだろうか、陽乃さんは思ったよりエネルギーがあって圧倒されてしまっていた。

 服屋に入っては一瞥して違う店に。気に入りそうな服がありそうなところだけ吟味。効率的ではあるが、なんとまぁ多くの店を回った。

 ショッピングモール内にある太鼓のゲームも二人で叩いたり、クレーンゲームにも興じてみたりも……。

 子供みたいにそれはそれはハシャギながら。

 何時も見せる顔とは違っていた気がするのは気のせいなのかそれとも……。

 雪ノ下陽乃、完璧超人、笑顔を振りまき、為すべきことを為す。そんな人だったのに今日はくしゃくしゃの笑顔を俺に向けていた。

 あれまで装っていた顔というのであれば、それはとても恐ろしいことだが違うと願いたい。

 何故、俺は違うと思いたいのだろう。

 ずっと燻っていた答えがそこにありそうなのに、その答えに未だ俺はたどり着けない。

 前に、平塚先生に言われたことがある。計算して計算して、計算出来ずに残った答え、それが人の気持ちだと。

 俺はどこで計算を間違えたのだろう、どうやっても計算が合わない。

 

 なら、計算が合うまで計算するしかないだろうが……。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 週が明け、夕方から夜にかけて雨予報が出ているために歩いて学校へと向かった。

 そしてまた放課後、雪ノ下と由比ヶ浜と話し合う。

 俺は今どう思っているのか、どう感じているのかを。

 

「どうだ?」

「ヒッキーそれ……」

「比企谷くん……」

「どうかしたか?」

「それは大事な大事な今のヒッキーの気持ちなんだよね?」

「……そうだ」

「答えはもう出ていたのね。後は貴方と姉さんの問題だわ」

 

 俺の言葉から何かを察したらしい二人は俺がたどり着けなかった答えを導き出した。

 今一つ俺には理解し難い反応を見せる俺に対し、二人は穏やかな顔をしていた。

 まるで、我が子の成長を見守るような慈母のような表情で。

 なんだよ、その妙に暖かい顔やめて。やめてください。

 

「ヒッキーが今思ってること陽乃さんに全部言った?」

「いや、なんも」

「じゃあ全部言ってきなさい。後は姉さん次第よ」

「いや、ちょ、待てよ」

 

「いいから!頑張れヒッキー!」

「頑張って比企谷くん」

 

 半ば無理矢理部室を締め出され、場所のアテもないままに俺は歩き出す。

 どうしたもんかと考えながらも足だけを進めて正門前にたどり着くと……。

 

「やぁ比企谷、ちょっといいか?」

「……葉山」

 

 葉山隼人がそこには立っていた。

 部活の最中だったのだろうか、練習着であるユニフォーム姿のままだが妙に決まっているのがまた腹立つな……。

 葉山の後についていくと俺が昼飯を食べる場所、俺のベストプレイスに着いた。

 なんでこいつここ知ってんだよ……。

 

「陽乃さんを探してるんだって?」

「なんでお前が……って由比ヶ浜か」

「結衣が比企谷の力になってくれって頼んで来たんだ」

「お前の力を借りるのはいけ好かないが、正直困ってる。力を貸してくれ」

 

 背に腹はかえられぬ。俺がどれだけコイツとウマが合わなくても、どれだけ嫌いでも、由比ヶ浜が頼んでくれた顔を潰すわけにはいかない。

 葉山なら、葉山隼人ならきっとなんとかする。コイツはそういうやつだ。

 

「驚いた、君がそこまでするのか」

「俺だけの事情じゃないんでな。やれることは全てやる。お前に頼むのなんて屁でもない」

「それはそれでちょっとはこっちのことも考えてくれ」

 

 苦笑いをする葉山。別に時間が決まっているわけでもないのに今か今かと、俺の中で焦燥感が生まれる。

 居ても立っても居られないこの状況はなんなのだろう。

 

「俺が陽乃さんを呼ぶよ」

「出来るのか?」

「言ったろ、これでも一応幼馴染なんだよあの姉妹とは」

「うっせ、んじゃ早くしろ」

「君はもう少し気を使うことを覚えろ」

 

 そう言った後に離れた場所で葉山が電話をかけ始めた。

 全然どうなるかわからないこの状況で何をすべきなのか今更になって考えてしまう。

 何が最善手で何が間違いなのか、それさえもわからない。

 

「……とりあえずは、来てくれるらしい」

「そうか、よかった」

「ただ、時間はあまり取れないそうだから急げよ。場所は……」

「……くそっ、ちょっと遠いな。だが、助かった。借りはそのうち返す」

 

 時間はあまりない。それがどれほどなのかわかってはいないけど、早く着くにこした事はない。……走るか。

 軽い準備運動をして走る準備を整えているところに葉山から声がかかった。

 

「比企谷、お前が何をしようとしているのか、状況を俺は何も知らない。けどお前なら出来るよ。俺と反対で、俺が嫌いなお前ならきっと。やってやれ比企谷」

「……うっせ、恥ずかしいことばっか言うなつーの。けどまぁ、さんきゅな」

 

 それだけ言うと、俺は走り出した。

 

 雪ノ下陽乃の元へと。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 走る。走る。走る。

 呼吸は既に乱れている。顎は既に上がりきっている。

 どんなに不器用な形でも目的地へと足だけは進める。

 体は既に満身創痍なのに、思考だけはやけにハッキリとしていた。

 何故俺が陽乃さんにここまで執着するのか、陽乃さんが何故この前俺とデートしたのか、今ならその答えにたどりつけそうだ。

 雪ノ下と由比ヶ浜に勇気をもらった。

 葉山隼人にキッカケをもらった。

 もらってばかりの俺は自分では何一つ出来ていないのかもしれない。

 けれど、確かなものが一つ俺の心の中にある。それを伝えに行く。

 それだけのために、俺は走り続けた。

 

 雪ノ下家の近くにある小さな公園のベンチ。

 そこに陽乃さんは座っていた。

 居てくれた安堵感が俺を包むと同時に、俺は膝から崩れ落ちた。

 

「え?ちょ、ちょっと比企谷くん?」

「……どうも、お待たせしました」

「流石のお姉さんでも状況把握出来ないからとりあえず座ろ。歩ける?」

「……ちょっと待って貰えると助かるかなーって」

「仕方ない、肩貸してあげる」

 

 陽乃さんに肩を借り、よろけながらベンチに倒れこむように座る。

 こんな状況だけど、陽乃さんの肩は細く、柔らかかったです(小並感)

 少し頬を赤くして、困ったような顔をした陽乃さん。ちょっとしくじったかな……。

 

「それで、どうしたって言うの?隼人は?」

「葉山は来ません。俺が呼んでもらったんで」

「んー?どういうこと?」

「雪ノ下さんと、話をしようと思いまして」

 

 ここから始まるのは俺の感情の放流だ。

 最近ずっと溜めて、燻っていた俺の感情を陽乃さんにぶつける時が来た。

 上手く言葉になるだろうか、上手く伝わるだろうか、理性の塊とも言われた俺が感情を露わにすることは少なかった。だけど、もう止められない。

 

「雪ノ下陽乃さん、好きです」

 

 ここに来るまでにたどり着いた答え。

 この答えはいつから俺の中にあったかなんてわからない。でも確かに俺の中にあったのだ。

 いつしか葉山に言われた、人を本気で好きになったことがない。その通りだ。だからこの感情に、この答えにたどり着くまでに時間がかかってしまった。

 

「ごめんなさい」

 

 けれど、返ってきた返事は拒絶。

 もうこれ以上踏み込んで来るなと明確に示してくる。

 でも、もう陽乃さんどうこうじゃなくこれは俺の問題になってしまっている。

 

「……俺じゃダメですか?」

「君だからダメなんだよ」

「俺が貴方の隣に居てはダメなんですか?」

「……ダメ」

 

 あの日、デートをした日、陽乃さんはずっと試していた。俺が雪ノ下陽乃の隣に立つとどうなるのかと。

 答えはあの日にもう出ている。

 

「楽しかった。楽だった。でもそれでいっぱいになっちゃダメなのよ。わたしは、雪ノ下陽乃だから」

「それじゃ雪ノ下さんの、陽乃さんの気持ちはどうなるんですか?」

「君が人の気持ちを語るの?君はわたしと同類。人の気持ちも計算して答えをだしてしまう人間だよ」

「それは俺と雪ノ下さんが不器用すぎるんです。普通の人は何の計算もなく、人と接する。俺たちはそれが苦手だから計算して補うんです何も悪いことじゃない」

 

 俺と雪ノ下さんは同類。そうであってそうじゃない。

 だって、雪ノ下陽乃は意外にも普通の女の子だってもう知っているから。

 雪ノ下陽乃は魅力に溢れた人だと知っているから。

 人の気持ちは計算出来ない。それはもう知ってるはずだ俺も陽乃さんも。不器用な俺たちは少しずつ進んでお互いを補うしかないと俺はもう心に決めている。

 

「わたし、めんどくさいよ?」

「俺もめんどくさいんで同じですね」

「全部わたしが一番じゃなきゃ満足出来ないかも」

「力ずくで一番にしてくるくせに」

「わたし、自由が好きなの」

「俺も自由な雪ノ下さんが好きです」

「飽きたら比企谷くんのこと捨てるかもよ?」

「雪ノ下さんの愛が重たいことはずっと前から知ってるんできっと大丈夫です」

「君が思ってるよりずっとずっと君のことが好きなわたしでも良い?」

「望むところです」

「結婚、してくれる?」

「もちろん」

 

 雪ノ下陽乃が自由で居るために俺が、比企谷八幡が剣になって盾になる。

 一先ず、結婚相手を見つけるという雪ノ下家のルールを守れば陽乃さんは自由になれる。

 俺の感情を守って、雪ノ下家のルールを守って、陽乃さんの自由も守れる。これが最善手だ。

 

 きっとあの日、雪ノ下さんの夢を聞いた時に俺は落ちたのだろう。

 だって、泣いてるように見えたその顔は凄く儚くて、綺麗だったから。

 

 朝から続く曇天、雨予想とされていた天気を覆し、雪が降ってきた。

 雪の下で二人、頬を赤く染めて陽乃さんの手を握った。どんなにこれからの道が険しくても手を離さないようにと。

 

 十二月二十四日、クリスマス。

 雪が降る中で全てが終わり、始まった。

 エピローグは終わり、次の物語が始まる。

 

 そして俺と歳上との青春ラブコメが今、始まる。

 

 

 了

 





 そのうちafterも上げますが一先ず完結です。
 感想などもらえたら幸いです。


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after

 

 夜には雨が降るという天気の予想なだけあってか、朝から曇天模様の空が広がっていた。

 街行く人達は一様に白い息を吐き、少しでも寒さを和らげようとマフラーに顔を埋めている。

 駅はビル風が強く、日陰に入ると寒さが一段と際立つ。駅ビルに背中を向け、寒さに身を縮こませながら待ち人を待つ。

 俺の待ち人、雪ノ下陽乃は遠目から見てもその顔立ちや立ち振る舞いから人の目を引く。少し離れた場所に見える陽乃さんは威風堂々と、怖いものなんてまるで何もないみたいに一歩一歩俺の方へと向かってきた。

 

「おはよ〜」

「……おっそ」

「比企谷くんはいつも早いね。えらいえらい」

「俺が遅いとめちゃくちゃ文句言ってくる人がいるんで」

「そんな人いるんだ、びっくり」

 

 あいも変わらずのやりとりをしながらも二人で足並みを揃えて歩いていく。

 俺と陽乃さんが恋人という関係になってから数年の時間が流れている。

 俺は陽乃さんの大学に進学し、卒業して新卒の社会人一年生、陽乃さんは実家の方を手伝ってるとかなんとか。

 今日は数年前に想いが通じあった日、まぁ所謂記念日というやつだから現在恋人関係である俺達はささやかなお祝いをしようとしている。

 少しその辺をぶらつきながら、夜は背伸びをしない程度のディナー。

 ありきたりで平凡だけれど、いつからか毎年の恒例行事になっていた。

 意外と言ったら失礼だが、陽乃さんの金銭感覚は普通で庶民の俺としては助かっている。

 ただ、家では割とお酒飲む人だしお酒にはお金に糸目をつけないところもたまに……。

 本気で酔ってはいないんだろうけど、酒を飲んでるからと酔って甘えてくるときも……。可愛いけど。

 いかんせん甘え方が強烈というか、膝枕を強請られることもしばしば。まるで実家にいるカマクラみたいにふらっと、たまに甘えてくるその姿は本当に猫みたいである。

 頭の中でそんなことを考えながら、たわいもない談笑をしつつ駅から程近い大型ショピングモールを冷やかす。

 特に買う物も必要な物もなく、ただただ目的もなく歩くだけ。

 俺の服はいつからか陽乃さんに仕立てられ、隣を歩いても遜色ない格好をいつもさせられている。

 普段歩くときは猫背極まる俺だが、隣の陽乃さんはそれをよしとしない。

 これまで一緒に居た長い時間をかけ、俺が陽乃さん色に染まっていった感じがする。

 逆に陽乃さんは俺色へと染まってないけど。つーか俺色ってなんだよ。なんか濁ってそうだなその色。

 

「プリクラ撮ってく?」

「冗談でしょ」

「まぁね。写真で充分だし」

「その写真も数えるくらいしか撮ったことない気がしますけどね」

「それがわたしのスマホのデータフォルダはいっぱいなのだよワトソン君」

「意外ですね」

「なんでだと思う?」

 

 そう尋ねられ、少しばかり思考のリソースを傾ける。

 まさか陽乃さんが猫画像を……?いやそれはないか。だとすると、SNS映えする写真?と思ったがこの人SNS一切やってないんだよな。

 一番有力だと思うのは風景画だけどこの人無駄に意識高そうに、風景は心のシャッターで撮って心に取っておくとか言いそう。知らんけど。

 つまるところ、その答えは俺にはわからなかった。

 

「降参です」

「じゃあそこのアイス奢りね」

「横暴だ……。んで、答えは?」

「比企谷くんの隠し撮り集」

「嘘だ。と一概に言えないのが怖いですよね陽乃さんは」

 

 つーか隠し撮りって……。普通に撮れよ。

 知らぬ間に寝顔とか撮られてるんだろうか。寝る場所は別なのに寝顔撮られてたら怖すぎるだろ。

 まぁ、俺も陽乃さんの写真何枚か隠れて持ってるんだけど。

 

 本当にアイスを奢らされ、しばらく経つとスマホにセットしておいたアラームが鳴った。

 少し早めにディナーする店に行くためにセットしておいたアラーム。そうか、もうそんな時間か。

 陽乃さんに時間を告げ、少しまばらになってきた人混みの中を歩いて外に出る。

 曇っていた空はさらに深みを増し、夜の帳が下りてきて空は闇色に染まっている。ショッピングモールに入った時より幾分かさらに寒くなっていた。

 外に出て数分だというのに陽乃さんの鼻の頭は既に少し赤い。

 ここから歩いて目的地に行くまでにはお互い凍えてしまいそうになる。阿吽の呼吸で一言も言葉を交わさずともお互い歩き出し、目的地をタクシー乗り場へと変更した。

 

「言わなくても伝わるなんて面白いね」

「いや、これはもう選択肢一つでしょ」

「これが比企谷くんが言う本物?」

「無理矢理、黒歴史掘り起こしてくるのやめてもらっていいですかね……」

 

 結局俺が高校時代に求めた本物はなんだったのか、少しばかり大人になった俺にもわからない。けれど確かにそれは存在していたはずで、高校時代の俺が今の俺を見たら羨ましむのかもしれない。

 昔と比べ確かに色々と変化はしていると思うが、目に見えないそれらは変わってしまったという自覚がないまま変わる。時間が経って初めて気付くものなのだ、きっと。

 

「君、今日なにかわたしに言う気だよね」

「よくわかりますね」

「どれだけ顔合わせてると思ってるの?」

「ですよね」

 

 やはりこの人に隠し事は中々出来ないよなぁ。

 逆に俺は未だ陽乃さんのことは知らないことの方が多い。

 でもそれでいいんだと思う。それでこそ魅力があるんだこの人は。

 他の誰がなんと言おうと、俺にとって誰よりも魅力に溢れている。

 

 都内ほどではないがそれなりに大きいビルの最上階にあるレストラン。

 別にドレスコードなどはないけれどそれなりに畏まった雰囲気を求められるこの店に初めてきたのは何年前だっただろうか。

 外を見渡せば綺麗な夜景に彩られ、店内にはピアノの音が響き渡る。

 本来なら高級感溢れるはずなのにそれを感じさせない雰囲気は見事と言える。どこか、陽乃さんと似ているかもしれない。

 一見すると高嶺の花、近寄り難いと思われがちだが実にフランクな人だし。

 今日は俺達の記念日、ということは世の中の日付は十二月の二十四、クリスマスイブである。

 日にちのせいかここは毎年それなりに混む。けれど、毎年の恒例行事になりつつあるため毎年早め早めに予約を取るのが通例になっていた。

 席に通され、陽乃さんの正面に座る。

 凛とした顔、涼しげな雰囲気、この感じの陽乃さんは少しお義母さんに似ていると思う。言うと怒られるから言わないけど。

 

 コース料理の前菜が終わり、メインに入る前に少しだけ二人でワインを嗜む。メインとワインってなんだかシャレっぽくなってしまったけど、今日飲むワインはなんだか雰囲気に当てられて酔ってしまいそうだった。

 けれど、この料理を終えた後のことを考えて必死に自我を保つ努力をする。

 言いづらいけれど、言わなくては、伝えなくてはならない言葉が今俺の中にはある。

 

 メインの料理を食べ終えて、ひと段落。

 陽乃さんは、ぼーっと外を見て、俺はその陽乃さんを見ていた。

 もう何年も見ている筈なのに、ずっと見飽きなくて、ずっと綺麗なまま。

 一緒にいない時は冷凍でもされているのかもしれない。

 くだらないことを考えて言わなきゃいけないことを先延ばしてしまう自分のこの癖は嫌いじゃないけど、それでも、もう時間は待ってはくれない。

 

「さて陽乃さん、話があります」

「聞きたくない」

「聞いてください」

「……わたしが何を言っても言うつもりでしょ」

「知ってますか? 俺って意外と頑固なんですよ」

「知ってるよ」

 

 いつからか店内に響いていたピアノの旋律が聴こえなくなったのは俺と陽乃さんだけの空間が出来ているからなのかな。

 喧騒も鳴りを潜め、俺と陽乃さんの間には静寂が訪れている。

 これから言う言葉は、きっと良い顔をさせないだろう。そして、その顔をしている時に隣に俺はいない。

 

「俺達、別れましょうか」

「理由、聞かせてもらえるんでしょ?」

「陽乃さんは高嶺の花なんですよ。掴もうと思っても掴めない、そんな自由気ままな花。そんな自由な陽乃さんを俺の手で掴もうなんてまちがっている」

「比企谷くんが自由にしてくれたんじゃないの?」

「キッカケを与えただけです。最近陽乃さんが居ない間にずっと考えていたんです、こんな"普通"になってしまっていいのかと。そんなの、俺が許せない」

 

 陽乃さんは特別な存在だ。それも俺だけの特別ではないと思う。

 陽乃さんは人の上に立つ人間で、それに相応しい。それを俺なんかの為に棒に振らせることなんて出来ない。

 陽乃さんがもし俺と結婚すれば雪ノ下家の会社は雪ノ下雪乃が継ぐのだろう。それも良いと思う。けれど、他でもない俺自身が人の上に立つ陽乃さんを見たい。どんな社会を、どんな世界を創り上げるのかを。

 

「正直に言うと、そんな予感はしてたよ」

「そんな素振りを出した覚えないんですけどね」

「言ったでしょ? どんだけ顔合わせてると思ってるの」

「……そうでしたね」

 

 俺のことくらいお見通しでなければ俺が困る。

 他の誰でもない、陽乃さんになら俺は幾らでも自分を曝け出す。まぁ、そんなに曝け出すものないんだけど。

 会話はそれっきりで、俺達の間はまた静寂に包まれる。

 さっきと変わらず、陽乃さんはまた窓の外を見て、俺は陽乃さんを見ていた。

 きっと、こんなに近くでじっと見れるのは最後だから。

 

「……それじゃ俺、行きますね」

「………」

「陽乃さんのこれからを応援してます」

 

 俺は今笑えただろうか。笑って最後を迎えることが出来たのだろうか。

 哀しい顔を見せずに出来ただろうか。

 会計を済ませて二人で乗ったエレベーターを一人で降りる。

 俺は陽乃さんを見ていて気付かなかったが、気付けば外は雪が降っていた。

 雨予報を覆しての雪。俺と陽乃さんが付き合った日もこんな天気だった。

 タクシーも使わず、陽乃さんとの思い出を振り返ってポツリポツリと歩きだした。

 二人で旅行に行ったこと。

 二人で料理を作ったこと。

 二人でお酒を飲みながら一晩中語り明かしたこと。

 一歩踏み出す度に思い出が蘇る。

 あんなことを話しながら、この道は二人で通ったっけ。

 そんな些細なことまで鮮明に思い出せてしまう。

 

 雪が降っていてよかった。

 この涙や鼻水、赤くなった目元や鼻の頭も全て寒さと雪のせいに出来るから。

 

 自分から告げた別れなのに勝手だと自分でも思う。

 俺は今日初めて知った、涙が流れるのは理屈なんかではないことを。

 ふらふらと、歩いて辿り着いたのは実家だった。

 帰巣本能なのか、今一番安心出来る場所はここなのかもしれない。

 幸いにも、俺の部屋はそのまま残してある。

 今日だけは小町にも両親にも会わずに、そっと眠りにつこう。

 

 そして俺は今夜、夢を見ない夜を過ごした。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 眠りに就いた時間も正確に把握出来ず、家の中の物音で目を覚ます。

 ついでにぶるりと身体を一震わせ。

 あれから雪はすぐに止んだのを俺は家の窓から確認していた。

 濡れていた身体を風呂で暖めてから寝たのに身体は怠くて、風邪をひいてしまったのかもしれない。いや、ただ寝不足なだけなのも可能性としては高い。

 重い身体を引き摺るように階段を降りてリビングに行く。

 珍しく、両親の声がドアの外に漏れている。

 あの二人、こんな年末に休みなんかあったんだな。

 そんなことを考えてリビングに繋がるドアを開けた。

 

「……なんで」

「来ちゃった♡」

 

 リビングの椅子に腰掛けている両親の正面には、昨日確かに別れを告げたはずの陽乃さんが座っていた。ついでに言うと、陽乃さんの隣に小町もいる。

 ちょっとまって理解が追いつかない。もはや意味がわからない。

 

「八幡、結婚するならちゃんと言いなさい」

「母ちゃん、それは誤解だ」

「誤解なんて失礼な、陽乃さんは結婚のご挨拶だ〜って来て頂いてるのよ?」

「イマナンテイッタ?」

「あんた、結婚するんでしょ?」

 

 誰が誰と?俺と陽乃さんは確かに昨日別れたはずで……。

 まず状況を整理しよう。比企谷家のリビングに居るのは……

 信じられない顔をしている親父、大変そうな母ちゃん、ニコニコしている小町、そして陽乃さん。ついでにムスッとしているカマクラ。

 おかしすぎるだろ!

 

「陽乃さんなんでいんの……」

「改めて考えてみたんだけどね? わたしはわたしのやりたいようにやろうかなって」

「昨日俺が言ったこと覚えてます?」

「うん。だから自由にしてみた」

 

 茶目っ気たっぷりにウインクを添えて悪びれもなく俺にそう言ってきた陽乃さん。

 意味不明で、奇想天外で、それでいて魅惑的すぎる。

 でもそれじゃ、それじゃあ意味がない。

 

「ちょっと、一回二人で話しませんか?」

 

 それだけ言って、陽乃さんの手を取り俺の部屋へと連れて行く。

 陽乃さんの手を取って初めて気付いた、陽乃さんの手は汗をかいていて少しだけ震えていることに。

 陽乃さんだってこんなことがすんなりと通るとは思っていないのだろう、だから勇気を出した。

 俺がさせたかったのはこんなことではないのに。

 だからこそ、今話さなきゃいけない。

 

 陽乃さんは俺のベッドに腰掛け、俺は乱雑に散らかっている机の相方の椅子に座り、挨拶がわりの沈黙。

 お互い声をかけようとしていることは陽乃さんからも見て取れる。

 俺が、俺から始まらなきゃな……。

 

「何がどうなってこうなったんですか」

「昨日確かに別れを告げてきたけどさ、考えてみたらわたし何にも返事してないんだよね」

「……たしかに」

「だから、とりあえず籍入れちゃえって思って」

「まって」

 

 言葉の前後が全く繋がってないんですけど?もしかしてこの人学生時代国語の成績悪かったのでは?

 なんて戯けながらも、陽乃さんの考えは少し理解した。

 要するに、めんどくさくなったからとりあえず全部乗り越えてしまえ作戦だな。なんなの?姉妹揃って脳筋なの?

 

「確かにさ、比企谷くんはわたしのこと考えてるなーって思った」

「それじゃ……」

「でも、わたしがどれだけ君のことを好きかを君は考えてない」

「……っ」

 

 人の気持ちは、時に考えを凌駕する。

 そんなこと、とっくの昔にわかっていたはずなのに。

 俺はまた間違ってしまったのだろうか。

 でも、こんな時だと言うのに、陽乃さんの言葉が嬉しくて仕方ないのは間違いなんかではなかった。

 

「わたしのことはわたしが決める。そこは、例え君でも介入は許さない」

「……そういえば、そんな人でしたね陽乃さんは」

「普通は許さないって言ったよね? わたしに取って君と居る時間は普通なんかじゃない。いい加減自分を低く見るのはやめなさい。不快よ」

「……俺の負けです」

 

 負けた。勝ち負けなんかありもしないけれど、自然とその言葉が出た。

 陽乃さんを甘くみていた。

 陽乃さんは芯がある。それは決してブレないし、他人の介入を許さない。

 そのことを俺は忘れていた。

 結局、俺は陽乃さんの尻に敷かれくらいがちょうどいいのだろうな。

 

 雲から漏れ出し始めた光は部屋の中を照らす。

 少し明るくなった部屋に二人だけ。

 少しムッとした顔の陽乃さんと、少しニヤついてる俺。

 まだまだ朝なのに、今日の夜はよく眠れそうだと思った。

 

「それじゃ、ご両親に君を貰う許可をもらいに行かなきゃね」

「え〜それもう、陽乃さん一人で行ってくれません? 照れ臭いんですけど」

「ダメに決まってるでしょ」

 

 自然と話すうちに俺達の顔も明るくなっていて、やっぱりこうでなきゃという気持ちになる。

 付き合う時に陽乃さんのお母さんには貰う約束をしているから、後は俺の両親だけ。

 まっ、あの両親だから早く貰われろなんて言いかねないけど。

 部屋を出る前に陽乃さんが後ろで手を組んで俺にこう告げた。

 

「うちの母がね、孫はまだか? って言ったよ」

「うげっ、勘弁してくださいよ……」

 

 それだけ言うと、ははは!と陽乃さんは階段を降りて行った。

 

 まちがった昨日を越えて正しい今日がきた。

 きっとこれからも俺は間違うことがあるだろう。しかし陽乃さんはそれを許し、正してくれる。

 何はともあれ、俺と陽乃さんのこれからはまだ続くらしい。

 もう青春とは言い難い歳になってしまったけれど、青春を謳歌していたあの頃の気持ちは今も色褪せていない。

 

 やはり、歳上との青春ラブコメはまちがっていなかった。

 

 

 了




 気が向いたらさらにafterを書くかもしれませんがひとまずこれで完結です。


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