原初の御伽噺は神話へ至る (黒樹)
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拾いもの

fairy tailの知識が不足しているので変なところがあるかもしれません。ご了承ください。


 

 

ある日、こんな噂を耳にした。

 

『人の皮を被った悪魔がいる』と。

 

高難度クエストを完了しギルドへ帰ろうという時だ。通りがかった村の教会の前に大勢の人だかりができているのを見つけた。それも村総出で囲んでいるのかと思われる数、俺は何の気まぐれかその輪の中へ割って入った。

村長の話によると、悪魔の腕を晒した娘が中にいるらしい。どうやら何処からか流れてきた流浪の旅の者であったが、腕が異形に変形し人間のそれではないのだとか。早くも村から立ち去るようにこうして囲むに至っているというわけだ。

 

関わった手前、一目その娘を拝んでやろうと思った。

村長に魔導師ギルドの者だと紋章を見せると村長は快く全てを任せてくれた。

輪は散り散りになり、やがて一人になる。

俺は野次馬が去ったことを知り、教会の中へ足を踏み入れた。

 

「……っ」

 

そこにいたのは黒いボロローブを被った人影。時折見えるローブの下から、銀髪が揺れている。隣には年端もない小さな少年少女二人。

 

すくりと立ち上がったのはローブの人影だった。

まだ幼い少女の声で、威嚇するように二人の前に出る。

 

「……言われなくても出ていく。だから、放っておいてくれ」

 

そう懇願して黒いフードが揺れた。

相変わらず顔が見えないが、少女が気に掛けているのはその幼子達らしい。

 

「俺は魔導師ギルドの者だ」

「……っ。ダメ、ミラ姉を連れて行かないで!」

 

素性を明かすと何を思ったのか、守られていた銀髪短髪少女が前に出る。その小さな体を大きく広げて精一杯フードの少女を守ろうとしているようだった。

 

「……はぁ。何を勘違いしているのか知らないが俺は別に依頼を受けて此処に来たわけじゃない」

 

スタスタと少女達の方へ歩く。距離を詰めて、手を伸ばせば触れられる位置へと。そこに着いた頃には、小さな少女の腰は引けていて、そしてまた守るように黒ローブの少女が前に出た。

ローブに隠れた右腕を掴む。–––その瞬間、少年少女が腰にタックルをかましてきた。

 

「ミラ姉を連れて行かないで!」

「ね、姉ちゃん、逃げて!」

 

……人の話を聞かないお子様達だ。俺が黒ローブを連れ去るとか考えたのだろうか。子供の短絡的思考ならそれくらいだろう。思い浮かぶ最悪の選択肢は、傷つけられるか奪われるか、どちらかしかない。

必死に腰を押して倒そうとしているようだが、いかんせん子供の力では俺を倒すことは叶わない。

 

「やめろっ」

 

面倒なので黒ローブから手を離して二人の頭に手を置いてくしゃくしゃに撫でてやろうと思ったら、黒ローブから鉄拳が飛んでくる。その右拳は頰に突き刺さった。それは幾多もの目玉が着いた、異形の腕だ。

 

「ったく。早とちりもいいところだ」

「–––っ!」

 

一歩も引かず、怯まず、少女の拳を受け止めた。

まさか当たるとも思っていなかったのだろう、動けずにいた少女の腕を掴む。

俺はそのまま腕を伝い、手に手を添えて、拳を開かせた。

頰に手を添えさせる形で、彼女の手に手を重ねる。

 

「……それは〈接収〉と呼ばれる魔法だ。まだ魔法の使い方が未熟なんだろう。だから、このような形で発動したまま元に戻せず苦心しているといったところか」

「……テイク、オーバー?」

「魔法の一つだ。もっとも原初の名は……だったが。知らずに発動したのか」

 

少女は反芻する。己が発動した魔法の名前を。そして名前を覚えたところで、確認するように聞いてきた。

 

「……じゃあ、私は悪魔に取り憑かれたわけじゃない?」

「正確には悪魔を魔法で取り込んだんだ。我が身の力とするために」

 

その言葉を聞いた瞬間、がくりと膝をつく。

ふわりとフードが舞い、そして–––。

 

「……よかった」

 

彼女の素顔が明らかとなった。美しい銀髪をポニーテールにした、自分より年下の少女の幼くも綺麗な顔が、涙で滲んでいるのを俺はただ眺めていた。

 

 

 

泣きじゃくる少女が漸く涙を収めたところでぐぅと可愛い音が鳴った。その音が聞こえてきたのは、先程まで泣きじゃくっていたローブの少女である。続けて隣の少年少女からもお腹の音が鳴る。どうやらお腹を空かせているようだ。

英国風のスーツケースを開きパンを取り出すと少女達は食べ物を凝視する。右に動かせば視線も右へ、左に動かせば視線も左へ、ほらよと投げ渡すと三人はパンを分け合う前に、一番年上であろう少女がおずおずと問いかけてくる。

 

「……いいのか?貰っても」

「あぁ、その前に名前聞いてもいいか?」

「……私は、ミラジェーン・ストラウス。で、こっちの弟がエルフマン。そんで、妹がリサーナ」

 

それぞれ自己紹介してくれるが、話半分にミラの右手を取る。

 

「悪い。ミラ、先に謝っとく」

「は?何言って……って、なぁっ!?」

 

ミラの手の甲に口付けをした。そう、キスだ。彼女は大慌てであとずさるとキスされた右手を左手で隠す。

 

「な、なな、いきなり何すんだよっ!?か、体を許した覚えはないからなっ」

「あっ、ミラ姉、手!」

「手ェ?あっ……」

 

リサーナに言われて気づいたのだろう。ミラの右手は普通の人間の腕に戻っていた。

 

「応急処置だ。その腕では何かと不便だろう。本来なら自分で制御する以外に方法はないのだが……まぁ、どう説明してもおまえらにはできないだろうから説明するのも手間だ、不可能とだけ覚えておけ」

 

釈然としない面持ちながらもパンを齧る。ミラという少女は一つ以外の残りのパンを全部妹弟に与えていた。

 

「っ、どこ行くんだよ」

 

立ち上がると不安そうにミラが見上げる。まるで捨てられた子犬のような目で俺を見上げて、涙は……まぁさっきので枯れていて、上目遣い涙目という心臓に悪いコンボを喰らうことはなかったが。俺はその様子に重くため息を吐いて聞いた。

 

「親は?」

「……もう、とっくの前に死んだよ」

「そうか。ついてくるか?」

「……な、何が目的だよ?」

「俺の気が変わらないうちに決めるんだな」

 

己が身を抱いて警戒しているのでそう伝えてやると、未だ警戒しながらも考え込んでいるようで数秒俺を睨むように見ているので、立ち去ろうとするとミラは慌てて立ち上がった。

 

「ついてく。ついてくから待てって!」

 

リサーナとエルフマンを急かせばパンを口に詰め込む。

そんな必死な様子に俺は多少口元を緩めながら、自分の気まぐれに呆れれて声も出ない。

「まったくなんでこんな拾い物をしたんだか」と。

口に出さないまでも、そう思わずにはいられないのだ。

 

 

 

 

 

 

何日かの旅を終えて、ギルド『フェアリーテイル』の門をくぐれば、騒めいていたギルド内が一気に水を打ったように静かになった。元々一人であるのが常日頃な俺の後ろをちょこちょことついてくる三人の子供が珍しいのだろう。遠巻きに眺めて絶句している面々を他所にバーカウンターの前に座る老人の前へ俺は真っ直ぐ進んだ。

 

「マスター、仕事は終わった」

「ほう、ご苦労じゃったの。毎度毎度、おまえさんは物を壊さんくて助かるわい。少しは他の面子にも見習ってほしいものじゃ」

 

子供よりも身長は低いのではないのだろうか、髭をなで付ける老人マスターマカロフはしかしなぁと俺の背後にいる三人の子供達を見やる。

 

「……しかし、そのガキどもはどうしたんじゃ?」

「拾った」

「まさか一人でいるのを好むおまえさんがのぉ」

 

簡潔に述べると興味深げにマカロフは子供達と俺を見比べた。そして、すぐさま俺に視線を戻した。

 

「恋人も作らず先に子供たぁ恐れ入ったわい」

「別に気まぐれだっての」

「おまえさんのことだから途中でほっぽり出すような心配はしてないが、これからそいつらはどうするんじゃ?ギルドに入れるのか?」

「それはこいつらが決めることだ。別にギルドに入ろうが入るまいが面倒は見るつもりだ。だから、まぁ、体験ってことでこいつらがギルドに出入りするのを許可して欲しい」

「うむ。宿は決まっておるのか?」

「ギルドの者でない限り寮は使えない。そうでなくとも少しの間は俺の家で十分だろ。あとは勝手に決めればいい」

「自由に選ばせる、か……」

 

子供達に視線を戻すマカロフ。

 

「こやつはこう見えて案外優しいやつじゃ。言い方は少し誤解を招くようじゃが、邪険にしとるつもりはないし多少不器用なだけでの。甘えられるだけ甘えたらええ」

「……マスター、余計なことは言うな」

「ほれ、照れとるだけじゃわい」

 

頰を掻いてそっぽを向く。ミラとリサーナ、エルフマンのいない方に視線を向けたが別の人間と視線が合ってしまって即座にマカロフへと視線を戻した。

 

「今日はもう帰る」

「ま、色々あるじゃろ。親の心というものを学ぶいい機会じゃ」

「……親になった覚えはない」

「そんなつもりはなくとも、なるようになる。……まぁ、親の心を知ってほしいのはあいつらになんじゃがな」

 

マカロフの逸らした視線の先ではどんちゃん騒ぎが再開されていた。あいも変わらず騒がしいギルドだ。

 

 

 

ギルドを出てマグノリアの街並みを歩き、森の一角にある一軒家。数日帰っていない我が家へ入って三人はキョロキョロと周りを見渡していた。簡素にテーブルや椅子にソファーが置いてあるだけの必要以上にものを置かない家だ。素っ気なく見えるのだろう。しかし、至る所に本が積まれていたり、ぎっしりと詰まった蔵書の本棚があり、それほど殺風景ではないはずだ。

とてとてと走って行って、手近な本を手に取り開けるリサーナ。それに驚いたミラが声をあげた。

 

「おい、リサーナ!」

「別にいい。本は大切に扱え。それだけだ」

 

連日甘いものやらご飯やらと面倒を見ているとリサーナだけは懐いてくれて、徐々にだが心を開いてくれている。もっともそれがミラには居心地が悪いようだが。リサーナ以外遠慮がちで馴染めていないのが現状だ。

 

「ついてこい」

 

二階に上がって部屋を与えた。空き部屋の一つだ。それぞれにひとつずつ。自由に過ごしやすいようにと計らいのつもりで与えてみたが、やはり少し遠慮の抜けない対応に困った反応をする。

必要資金としてこの国の金銭を渡せば追い討ちになってしまったようだが、渋々受け取るミラもお金がないことは痛感しているのだろう。だから「悪魔退治」なんてしていたわけだし。

 

「–––ってこれ、いくらなんでも多過ぎるだろ!」

 

今回の仕事の報酬を全額渡したら、流石に貰えないと半分突き返してくる。

 

「気にするな。あっても使わない。宝の持ち腐れだ」

 

地下に金庫があり、そこには山ほどの金貨や紙幣や宝石がある。仕事を適当に請け負っているうちに溜まったものだ。もっともそれは見せてはいないが、全財産か何かと思っているのだろう。子供には手にしたことのない金額だったらしい。

 

「服や食事や他にもいるだろう。……特にミラは生理用品とか」

「へ、変なこと言うなバカァ!」

「ミラ姉、せいりってなーに?」

「……お、大きくなったらリサーナにもわかる」

 

妹に聞かれてはぐらかすように答えるミラ。同じくわからないエルフマンは聞くべきか聞かないでおくべきか迷ったように困った顔でその場に佇んでいた。

 

 

 

 

 

そう。ただの気まぐれだった。別に理由などなかったのだ。ミラとリサーナ、エルフマンを拾ったのは。

同情でもなく、哀れみでもなく、親切でもなく。

俺の心から抜け落ちた何かを埋めるためでもない。

失ったものは二度と取り戻せないように、一度空いた穴を別の何かで埋めることなど到底出来はしないのだから。

 

 

 



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テイクオーバーの使い方

 

 

 

突然の出来事だった。両親が死んで、この世界に弟妹と三人残されて、露頭に迷うことになった。家はあったけどお金はなくて一番年上だった私が働いて日銭を稼ぐしか道がなく、また私もリサーナとエルフマンを捨てて一人逃げ出すなんて以ての外だ。だから、三人分の日銭を稼ぐために悪魔退治をした時、運が悪いことにしくじってしまった私は腕が悪魔に侵されたとそう思った。

異形の腕になってしまった私はリサーナとエルフマン共々村を追い出され、仕方なく身一つで流浪の旅に出て、色々な村を周りその日をどうにか教会の屋根の下で過ごすしか雨風を凌ぐ方法は知らなくて。また異形の腕のせいで追い出されて、流浪の旅を何度か繰り返した教会の中で疲れ果て眠っていた時だった。扉が開いたのと、光が差し込んだのは。

 

–––私の前にあいつが現れた。

 

癖のある黒髪、翡翠の瞳、その裏にある何処か悲しそうな雰囲気の人。

 

 

その人は露頭に迷い、困っていた私に手を差し出した。

食べ物をくれた。–––それもあんなにおなかいっぱい食べたのは久しぶりだった。

服をくれた。–––何日も旅をしていたから、清潔な服は久しぶりだった。

住むところを与えてくれた。–––暖かいベッドで眠ったのは久しぶりだった。

 

その日は、何でもなかったはずの日常がこんなにも幸福なものだったんだと今更ながらに実感したわけで、三人一緒になってわんわん泣いたのは恥ずかしながら姉失格だと思う。

 

そりゃこんなところで捨てられても困るし、旅の途中の宿で私達とあの人で部屋を分けられそうになった日には不安で無理やり同じ部屋を取らせもした。私とリサーナがお風呂に入る時、いきなりいなくなられても困るからエルフマンにあの人を見張らせたのは少しやりすぎだったようにも思う。

 

彼の家に着いても大変だった。

部屋をくれたり。大金をくれたり。大凡、私達が生きる為に必要最低限以上のものはなんでも与えてくれて、至れり尽くせりというか申し訳ないというか……信用してないわけではないけど、後が怖い。

私達はこのまま幸せになっていいのか不安になった。

ギルドのメンバーも紹介された。–––といっても、あの人が面倒そうに席を外している間、勝手にギルドの奴らが私達に話しかけてきただけで私としては別によろしくしたいわけでもなかったけど。

今更になってあの人の名前を知らないことに気づいた。

 

そんなこんなで養われて一月程。

 

「……あれ、私達って負んぶに抱っこで完全に役立たずなんじゃ……?」

 

私はダメ人間に近づいている気がした。

 

 

 

 

 

 

『ローゼン・フラメル』18歳。男性。

癖のある黒髪、翡翠の瞳、身長もそこそこ高く今の私は見上げないと無理。S級魔道士で魔法を使うのを殆ど誰もが見たことないらしく、使用魔法は不明。それ以外は戦斧を振り回して戦うスタイルで近接戦闘だけでも強いらしい。月に何度か仕事を請け負いギルドを離れることもしばしばある。……と、私も一ヶ月間何もしてなかったわけではなく、そこそこ彼のことは調べている。

 

彼の名はローゼン。彼がギルドにいない時、暇な私はそれとなくギルドの人達に色々と聞いて回ってみたが案外情報が少なくて知れることなど多くはなかった。何が好きだとか、嫌いだとか、そんな情報すらないのだ。それ以前に誤情報。ローゼンは二日に一回しか帰ってこない。

 

お金は置いて行ってくれるから衣食住は完璧なものの、いくら私でも気づくことはある。ローゼンは私達を避けている。仕事に行かない日は普段家にいると聞いているのに、全然いない。私達が気を遣うどころかむしろ気を遣われている。

 

……それともあれか?女か?女の家に泊まっているのか?

 

その根拠がこれだ。

 

「ローゼン、今日も手合わせ願えないか?」

「……いいぞ」

 

毎日、赤毛の……名前はなんと言ったか。エルザ。そう、エルザだ。

私とそう変わらないくらいの歳の女の子の誘いに乗って、剣の修行に付き合ってやっているらしい。

ローゼンが帰ってくるたびに剣の手合わせを願ってやがる。

あいつ、隙あらばいつもローゼンと仲良くしてやがる。……なんか羨ましい。

 

「おっ、また始めんのか」

「今日こそはローゼンに魔法使わせられるか」

「無理だろー。まともに魔法使わせられたの、ギルダーツくらいだろ」

「何戦何敗だっけ?」

「今やってるのがちょうど百戦目で九十九敗だ」

 

そうこうしている間に二人は手合わせを始めてしまった。ローゼンは巨大な戦斧、エルザは様々な武器を魔法によって換装して戦うシンプルながらもとても強い魔法で。

時に素早さで翻弄したり、パワーで撃ち合ったり、手数で押したり、エルザは武器の数ほどの戦法を駆使するがそれを戦斧とフィジカルだけで上回るのだから、根本的な強さの違いがわかるというもの。呆気なくローゼンの勝利で終わった。

 

「……っ、強くなったつもりなのだがこれでもダメか……」

 

「ありがとう」というエルザの言葉を聞くまでもなくローゼンは隅の席に移動してしまった。エルザには構ってるのにこっちには構ってくれなくて、私は席を移動してローゼンの隣に座る。彼は本を読んでいた。

 

「なぁ、ローゼン」

 

反応はないが話は聞いてくれている。ここ数日でわかったことだが、これがデフォルトってやつらしい。

 

「……その、私に魔法を教えてくれないか?」

 

私がエルザのように構ってもらえるとしたらそんなことくらいしかない。それにもうお世話になりっぱなしは嫌なのだ。だから、魔道士として働けて、正式にギルドの一員になれるように頑張ろうと思った。この魔法が少なからず嫌いだけど、そうするしか選択肢はあまり残されていないだろう。

本をパタリと閉じて、数秒目を瞑りローゼンは何処かを見据える。

ダメだったか……と、邪魔した謝罪をしようとした時、不意に彼がぼそりと何かを呟いた。

 

「–––これが一部だけを変化させる〈接収〉だ。まず基礎の基礎だな。これが制御できて第一段階だ」

 

そう呟いたローゼンの頭には白い狐の耳。腰辺りには、白い尻尾が生えていた。

 

「……え、なんか可愛い」

 

思わず本音を漏らせばローゼンは無言で固まった。フリーズだ。

少しきゅんときてしまったが、それはしょうがないだろ。あのローゼンが狐耳に尻尾だ。

 

「なぁ、触っていいか?」

「……断る」

「触ってみないとよくわからない」

「…………好きにしろ」

 

なんとか触る許可を貰って耳と尻尾に触れてみる。もふもふしていて手触りが良くて、思わず何度も何度も撫で回してしまうのは不可抗力だと思う。ローゼンはとても気難しい顔で座っているが、私に触られて嫌ではないらしい。尻尾に抱きついたりしても怒る様子はまったくないので、満足するまで頬擦りしてから離した。

 

「なんていうか、本物みたいだな」

「テイクオーバーはただのコピーではないからな」

「コピーじゃない?」

「本物を吸収して使役するんだ。元となった動物は宿主と生命を共にする。分離する方法もあるがな」

「げっ、てことはあのキモイ目玉の腕も生きたやつ使ってんのかよ」

 

思い出すだけで身震いしてきた。その点、ローゼンの接収は可愛いのでいいな羨ましい。

 

「そして、部分的接収の先–––」

 

ローゼンの身体を光が包む。

 

「–––これが全身接収だ」

 

光が収束して、姿を現したのは。

椅子に礼儀正しく座る、白い狐だった。

 

人間のサイズではない。普通の動物サイズ。もふもふした毛並みは艶やかで品のある上質そのもの。翡翠の瞳は彼の証だろうか、人間の時の名残がむしろ愛らしい。

 

「っ、可愛い!」

 

そう叫んだのは誰だったのか。私ではない。いつのまにか隣にいたリサーナだ。

 

「いっしょにあそぼっ」

「キュッ!?」

 

白狐姿のローゼンを拉致して走り出す。両腕で抱いてエルフマンやエルザに見せに行く。

羨まし……じゃなくて、早く追いかけないと。

私も抱っこしたいと言う前に、取り返さなくてはならない。

 

「リサーナ!」

 

私は慌ててローゼンを奪還しに行った。

 

 

 

結果を言えば、ローゼンを取り返す事に成功した。危うく子供達の玩具にされそうだったがそこは熟練の魔道士がなせる技か全然捕まらず壁際に逃げてエルザの手に堕ちようという時、割って入った私の肩に飛び乗るとマフラーのように巻き付いてきた。あの残念そうなエルザの顔は少し気分が良かった。

少しで良いから抱かせてくれ、と頼んでくるあいつ割と動物好きなんだなぁと思ったが貸すわけにはいかない。それは何より私が面白くない。

 

「……ほんと災難だよな」

 

思わぬ利益で抱っこできたので得をした気分で椅子に座る。あとでリサーナは褒めてやろう。

名残惜しいが白狐は椅子に飛び移るとローゼンの姿に戻った。

 

「やろうと思えば質量のコントロールさえ可能なのがこの魔法の特徴だ。変幻自在、故にどんなものだろうとなれる。だが、それをやると騒ぎになるのでやめておこう」

 

彼はまだ何か魔法を隠しているらしかった。

私も追求したいわけではないので、しつこく聞くことはやめた。

 

「……さて、ここまで講義をして今発動しろと言って接収を発動できるか?」

「んー。……無理、全然わからん」

 

試しに接収を発動させてみようとすれば何かもやっとしたものが蠢くだけ。魔法そのものは発動しない、それに抽象的に説明されたって魔法の発動自体わからないのにどうしろってんだ。

 

「ならわかりやすく教えてやる。手を出せ」

「えっ……」

 

手を出せと言われて思い出したのは、初めて会った時にされた手の甲へのキスである。顔を真っ赤にして身を引いてしまうのは仕方のないことだと思う。

ローゼンは強引に私の手を掴むと繫ぎ合わせようとした。が、もたもたと何かを躊躇しているようで、焦れったいだかなんだか私から指と指を絡めてやった。

 

「ふふっ。……ローゼン女の子と手を握ったこともないの?可愛い」

「ある。煩いマセガキ」

 

–––それはエルザか?

 

思わず拗ねて手を離そうとした不機嫌な私の手を強く握り逃さなかったローゼンの男らしい力強さに少しドキッとして、慌てて言い返す。

 

「私もう13だからガキじゃねー」

「ガキだな、自分一人で生活できないような奴は」

「ちょっ、人が気にしてることを!」

「一生養ってやろうか?」

「私をいつまでもガキ扱いすんな。今に見てろ」

 

15歳が成人扱いなので正直に言うと彼からしたらまだ子供なのだろうが、私はなんとなく納得がいかない。

 

「まずそのためには魔法を使うために魔力の存在を知るところからだな」

 

手を握り合い至近距離で見つめ合ってしまうような形でいるものだから、冷静になって考えてみれば少し恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。

 

「……なにすんだよ」

「まず魔力を知覚しなければいけないんだが、手っ取り早く注ぎ込む事にした」

「……は?」

「取り敢えず、感じろ」

 

いやちょっと待っ–––。

 

「–––ひゃん!」

 

繋いだ手から膨大な量の液体のような何かが流れ込んできた。

思わず嬌声を漏らしてしまった私は身悶えてプルプルと震えていた。

魔力注入を一旦停止させられたのがわかったが……。

いきなり身体の中に流れ込んできた慣れない感覚に未だ動けない。

ギルドのみんなはこっち見てるし。おっさん連中はニヤニヤしてやがる。

 

「すまん。加減を間違えた」

「絶対わざとだ」

「ほんの一滴のつもりだったんだがな」

「……あれで一滴?」

「それは置いておけ。で、どう感じた?」

「……そりゃ、まぁ、水みたいな」

「イメージとしてはそれでいい。空気中にも元となるものがあるが……まぁ、今は必要ない」

 

つーかいきなりなんだもん。びっくりしてあんな声が出るのも必然。今度は「もう一度だ、感じろ」と言われたので魔力が注がれるのを待った。暫くして、森の葉から一滴の雫が落ちたように身体中を魔力が波紋していくのがわかった。

 

「……これがローゼンの魔力?」

 

何故だろう。とても冷たくて、哀しくて、暗い色をしている。

目の端から流れ出る温かい水滴は最近も流したものだ。手で拭うと思った通り、魔力ではなく涙だった。

なんで泣いてんだろ……。

ぐしぐしと目元を拭うと彼は淡々と言う。

 

「なら、次は自分の魔力を探せ。流れる先を辿ればわかる」

 

言われた通り探せば、自分の魔力が自分の体を巡っているのを感じることができた。

 

「……そこまでできたならあとは簡単だ。腕に魔力を集中させろ」

「そう言われても、これが、なかなか、うまく…?」

 

やっぱりダメで匙を投げかけるとローゼンは仕方ないと言うように握った手とは違う手で私の手の甲に指を添えた。

 

「こればかりは感覚で掴むしかないからな」

「いや、なにやって……ひゃ、くすぐった…!」

 

またいきなり。繋いだ手とは反対の手で手の甲から手首、腕となぞる。しかも手はしっかりと繋いだままだから逃げようにも逃げられない。

 

「ちょっ、さっき可愛いって言ったのは謝るから……!」

 

これが〈接収〉を会得するまで延々と続いた。

 



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ランクS

 

 

ミラジェーン・ストラウスが魔道士になって半年。徐々に確実に強くなっていく彼女の成長は子供故の吸収力というやつだろう。依頼を幾つも成功させ自信に満ち溢れているそういう時期だ。

月に二度大きな仕事をして他の時間を別の事に費やすのが生活サイクルの一部となっている俺がその大きな仕事を終えてギルドへと帰って来た時、真っ先に出迎えるのがミラだ。

 

「おかえり、ローゼン」

「……あぁ、ミラか」

 

長年「ただいま」と言えてないので苦手になってしまった言葉を黙殺し駆け寄って来てくれたミラに生半可な返事をして、マスターへと仕事の達成を伝えに行く。背後にはちょこちょことミラが付いて来た。

 

「まだ話は終わってないぞミラ!」

「あぁ?もういいよそんな話」

 

さっきまでエルザと喧嘩をしていたようだが、ミラの興味は他へと移っていた。不完全燃焼で釈然としないながらもエルザは引き下がっていく。彼女の中の熱も冷めたのだろう。「あぁ、またか……」と諦めた表情をしていた。

 

「今回もご苦労じゃったの」

「然程難しい依頼はしていない」

 

マスターの前へと辿り着き、社交辞令的な労いの言葉をかけられる。

これは会話の切り口に過ぎない。

 

「他の奴らは簡単な仕事でも物を壊したり問題を起こして帰ってくるから胃が痛いわい。特におまえさんに引っ付いてる娘とかな」

「ちょっ、マスター!」

「建物の倒壊六件、器物損壊三件、そりゃ魔道士になって一年も経っていないから仕方ない事だと思うが……おまえさんと仕事に行く時だけじゃからなぁ。いい娘でいるのは」

 

親の仇みたいな目でマスターを睨み付けるミラに視線を移すとなんとも言えない表情になり、彼女はゆっくりと俺から視線を逸らした。頰は薄っすらと赤い。マスターはそんな態度ですらも微笑みで受け流している。

 

「ミラ」

「……脆い建物が悪い」

 

そっぽを向いて拗ねた子供のように言い訳を述べる。チラチラと此方を確認するところが、まるで親に叱られるのを気にしている娘のようだ。

 

「やってしまったものは仕方がない」

「じゃあ、一緒に依頼受けてくれるって話は!」

 

ほぼ毎日のように一緒に依頼に行きたがるので『良い子にしていたら』と約束してある。喧嘩等は仕方ないとして、彼女の懸念は全力でそこに注がれていたようだ。

マスターには「甘い」と言われたが別に甘くしているつもりはない。

子供のように喜びはしゃぐミラの様子を見て、頰は確かに緩んでいるが。それはマスターとて同じだろう。……いや、語弊か、ニヤニヤしてるのが無性に腹がたつ。なんだその温かい目は。我が子を見守るような……。

 

「じゃあこれ、明日ギルドに朝早く集合で!」

 

依頼書を片手に早口に伝えると上機嫌でギルドを出て行く。一緒に住んでいるのだからわざわざ待ち合わせする必要はないというのに、何故待ち合わせる必要があるのか。

 

–––ミラジェーンが未熟だと言われる所以は、俺と一緒にいつまでも依頼をしたがるところにあると思う。

 

 

 

 

 

 

そして、ミラが魔道士になって二年程。

 

「なぁなぁローゼン、一緒にこの依頼受けよーぜ」

 

まだミラは一緒に依頼を受けたがっていた。他の魔道士はチームを組まない限りは一人で仕事をするのが常だというのに、いったいこの娘は何時になったら独り立ちするのやら。椅子に座って魔導書籍の解析をしている俺の背中に凭れ掛かり、首に腕を回し、挙句には胸を押し付けるような恥じらいの一欠片も持ち合わせない行動。顔の横に顔を出して耳元に甘える子猫のような声で囁くものだから、妙な背徳感が背筋を撫でた。

 

–––だいぶ大きくなったな。……ではなく。

 

「ミラ、前にも言ったがそれはやめろ」

「悪い気はしてないだろ」

「……依頼に行ってやるから、離れろ」

「えー、やだ」

 

甘やかし過ぎたのかミラは度々不満を漏らすようになった。昔は素直で良い子であり言うことはなんでも聞いたが、今や遠慮というものを知らない駄々っ子だ。

 

「……」

 

黙って魔導書の解析を進める。

 

「……」

 

ミラも黙って魔導書の解析を眺める。

そしてその光景を遠巻きに眺めるギルドメンバー達。

 

「……っ」

 

落ち着かない。魔導書の解析も進まない。

前に無理矢理引き剥がしたら悲しそうな顔をしたからこのままにしているが、もう限界だ。

特にギルドの者達の顔色が若干気持ち悪いことになっている。

そんな中、俺とミラにトテトテと歩いてくる青い猫が一匹。そいつは口元を抑えてニタニタと笑いながらこう言った。

 

「ドゥエキテルゥゥゥ〜〜〜」

 

新手の呪文か妙な発音だ。猫特有のものだろうか。ハッピーはクププと笑っているが、ミラはその呪文の意味がわかったのか顔を真っ赤にして猫を追い払った。一目散に逃げる猫。

 

「……俺は帰る」

 

ギルドの居心地が妙に悪いので立ち上がる。ミラはそれでも首に引っ付いたままだ。

二階への階段を横切って出口へと向かっている時、ふと視線を上に向けた。二階にはS級魔導士しか受けられない依頼書が置いてある。その依頼書は高難度なものの報酬は破格。その中でも報酬の中には貴重な魔導書などがある。古の遺産だったり、中身は様々だが。そう言えば最近確認していないな、と思い出した。

階段へ足を掛けるとミラは首から離れた。さすがのミラもマスターの『S級魔導士以外が二階に行ってはならない』という言い付けだけは守るらしい。その調子で纏わりつくのも勘弁して欲しいがそこだけは何故か妥協しないのだ。

 

二階で貼り出されている依頼書を確認する。

珍しい事に、かなり貴重そうな魔導書が報酬として提示された依頼があった。

それにS級の依頼書の中では比較的簡単な方の仕事。

クエストボードから依頼書を引き剥がすとそれを持ってミラの所に戻る。

 

「……また一人で仕事?」

「……来るか?」

「えっ!?」

 

ミラは大きく驚いた。これまで高難度の依頼書の仕事を引き受けた時、ミラを連れて行ったことはないからだろう。それにS級でない魔導士の同行はS級魔導士の許可が必要である。

 

「S級の依頼に連れて行ってくれるのか?」

「おまえにもできそうな依頼だからな。……少しはより高い所を見てみるのも、いいかもしれないと思っただけだ」

「嘘じゃないよな!」

 

何故疑う。と、此方が疑問に思った頃、ミラは子供のようにはしゃいで他の面子に自慢しに行った。

 

「ずりぃぞオレも連れてけー!」

「ナツが行くなら俺だって!」

 

……そうなればナツとグレイの氷炎コンビが喧しくなるのも当たり前である。

 

「ちょっ、連れて行ってもらうのは私だけだぞ!」

「ミラだけずりーだろ!」

「ローゼン俺も連れて行ってくれよ」

「断る。面倒だ」

 

暴走するのが目に見えている上、勝手な事をされても困るので絶対に連れて行きたくない。ミラだけならまだ言う事を聞いてくれるので問題はないだけで。

そのミラといえばさっきまでの上機嫌が天元突破して余裕の表情で二人を軽くあしらっている。

 

「おまえらまだガキだからダメだって」

「ガキじゃねぇ。バカにすんな!つーかそれならミラだってまだガキだろ!」

「私はこの前15になったからガキじゃないですー」

「……そういうわけだ、諦めろ。ギルダーツにでも連れて行ってもらえ」

「諦めろ、ナツ。邪魔すんのも野暮だしな」

 

最近、妙にギルドメンバーから話しかけられるのはきっとミラが原因に違いない。

 

「あい。そうだよナツ、邪魔しちゃ悪いよ」

「でもよー、ハッピー」

「ナツがS級になる方が早いよ」

「それもそうか」

「ハッ、おまえより俺が先だ!」

「なんだとグレイ!」

 

また喧嘩を始める氷炎コンビ。……その背後には、鬼がいた。

 

「その辺にしておけ馬鹿ども。ローゼンの手を煩わせるな」

「「「あい……」」」

 

エルザに引き摺られて二人と一匹は元の場所へ戻っていく。彼女とはよく話す事もあってかギルド内では割と仲が良い方で、対照的にミラとは仲が悪い。

 

「それでローゼン。S級の依頼ってなんなんだ?」

「あぁ、これだ」

 

渡された依頼書の内容をミラが読み上げる。

 

「えっと……闇オークション会場への潜入?」

「何をするのかはっきりと書かれてはいないが、S級にはS級なりの理由がある。おそらく、いや……もしかしなくても闇ギルドと事を構える可能性は十分にあるというわけだ」

「……怪しくねーか、この依頼書」

「よくわかったな。ミラ」

「いや待てって、なんでそんな怪しげな依頼にしたんだよ。詳細は直接会って話すって……」

「しかしそこも罠、という可能性は極めて低いだろう。依頼をしてまで闇オークションの所在を明確にする理由がない」

「まぁ、確かに……私そういう頭使うのは苦手なんだけど」

「少しは使え。……生き残る為にはそういう事も必要だ」

 

討伐系の依頼ばかりこなしているミラはそういう腕っ節が必要な依頼を好み、他の仕事には目も当てようとしない。もっともそれは彼女らしい生き方というものだ。口を挟むつもりもない。

やがて読み進めていくミラがある一行に目をつける。少し頰を赤くして、上目遣いに俺を見上げた。

 

「その…男女ペアの方がいいって…」

 

依頼書にはこう書かれていた。

『異性と組み仕事を受けるべし』と。

 

「…その、それは…私が良かったってことか?」

「……おまえ以上に信頼できるやつなど、そうはいないからな」

 

求めていた答えだったのかはわからないがミラは満足げに頷いていた。

 

 

 

 

 

 

依頼主の名は『ベルトルト・ガードナー』この時代における金持ち貴族というやつだった。貴族らしくギルドホームよりも大きいのではないかと思われる豪邸に住む、その街近隣の盟主らしい。依頼を受ける前に噂を聴き込んだところ、家族構成は三人、妻と娘と暮らしているらしく、そして近隣の住民達に慕われる人物だという情報が入り、依頼主として怪しいところはなかった。

そのガードナー家に足を運んだ俺とミラは応接間へと通され、夫妻に話を聞いていた。

 

「……娘を取り返して欲しいのです。拐われた娘を、どうか……!」

 

話を要約するとこうらしい。娘が数日前に誘拐され、なんとかして足取りを掴むもそこは危険極まりない闇オークションが行われる市場で、容易には足を踏み込めないのだとか。娘を助ける為に情報なら何でも揃えたが、生憎と埃を叩いて出てくるのは状況が一方的に悪くなる報せのみで、自力で頑張ろうとしたが断念したらしい。

そこで魔導士ギルドに依頼が飛んできたわけだ。

闇ギルドが多く集う闇オークションでは、人身売買や闇の書、禁呪指定魔道具、その他危険物資の取引が行われているらしく、闇ギルドの規模が強大過ぎるのだとか。

厄介なことに、娘を誘拐するよう命じたのは同じく貴族の者で、ガードナー家を疎んでいる者の仕業だと。最近、結婚を迫ったのを断固拒否すればそれから数日のうちに拐われたので、拐った賊に多額の金を積めば、その手のものが依頼者だと情報だけはくれたらしい。……もっとも娘は帰ってこなかったが。

 

「今現在の安否の保証はできないが、取り返してくると約束しよう」

「そ、そうか。頼まれてくれるか!」

 

危険度の高い依頼だったため、ギルドから魔導士が駆け付けても半信半疑だったガードナー卿の目に絶大な信頼の灯火が点火。

 

「私も助力は惜しまない。隣の部屋に正装を用意したから、一着貰って行ってくれ。敵の目を誤魔化すにはちょうどいいだろう」

 

隣の部屋に通されれば、上品なスーツやドレスが所狭しと並べられており、メイド達も手伝って全員が変装に全力を注いでいた。本当に協力を惜しまないつもりだった。その上、ガードナー家の名でオークション会場に侵入する手筈も整っているという。

 

「……さすがに複数の闇ギルドを相手に事を構えるのは不可能と判断したか」

 

何も無理矢理取り返してくれ、とは頼んでいない。娘が帰ってくればそれでいい。そう判断したか。だが、あと一歩がどうしてもどうにもできずに困っていたらしく、魔導士ギルドに頼まざるを得なかったか。……少なくとも、彼らの話に嘘はない。準備が良過ぎるとは思ったが、それも確認済みだ。

 

「旦那様、奥様の支度が整いました」

 

着せられるまま高級なスーツに身を包むと『夫婦』という設定なのかミラが別の部屋から現れる。振り向いたその時、俺は不覚にも不意を突かれてしまった。

 

「…ど、どうかな、ローゼン」

 

そこには、真紅のドレスを纏ったミラがいた。

 

「……」

 

いつもの露出高めのラフな格好とは違い、膝が露出しない程度の丈のスカート、胸元の薔薇のように咲いたフリル、それも袖がなく肩紐の類も存在しない鎖骨が完全に露出していて……辛うじて胸元だけは隠れている状態だ。こういうドレスを何と言ったか?とにかく、その色合いも含めてミラの魅力を全面的に引き出していた。

 

「や、やっぱ似合わないよな…」

「……そんなことはない。綺麗だと思うぞ」

「絶対嘘だ。さっきの間は何だよ」

 

突然、怒り出すミラ。と、思えばスカートの裾を引っ張って少し頰を赤くして、文句を言い始めた。

 

「それにこれ……足元がスースーするし、なんか落ち着かねぇし」

 

いつものミラじゃない。恥じらう姿がとても可憐な花のように感じられた。

 

「……」

 

こんなミラも可愛いなとは思っても絶対に口には出さないと、危うく出かけた言葉を呑み込んだのだった。

 



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魔神を冠する娘

書いたはいいがサブタイトル迷走してしまった。


 

 

 

早速、問題が一つ。慣れないドレスとヒールを履いたミラは早々に転びそうになり、闇オークションを内包するパーティーの時間まで即席の練習をすることになった。娘の命が懸かっていることもあってか夫人はミラにヒールの歩き方やダンスの仕方などを猛特訓させ、それなりに上品な振る舞いというものを習得した。

そして、刻限が迫り夜の帳が落ちる頃、慣れないヒールに戸惑いながら歩くミラに腕を貸しながら、会場となる豪華客船に乗り込む。船内には既に数多くのパーティー客が乗船しており、闇ギルドらしき粗暴な者から品の良さそうな貴族までが点在していた。見渡せば人集りばかりで大きな問題を起こして逃走を図るには困難極まりなく、あの夫妻が来たならば確実に逃げ延びるなど困難なことが予想出来た。

 

「……思ってたより人多いな。それに乗船もスムーズだったし、よく私達が正規ギルドだってバレなかったよな」

 

本来、闇ギルドの者ならそのシンボルであるギルドの紋章を提示する。それが入場の条件だ。だが、貴族として潜入したミラと俺はギルドの証を提示しなくてもよく、ギルドの紋章さえ見せなければ身バレすることは少ない。

そのギルドの白い紋章がミラのは左ももにある。完全にスカートに隠れており、少し捲り上げれば危険な位置だ。

 

「不用意なことは言うな。誰が聞いてるかわからん」

「そ、そうだよな……ごめん」

 

何処に耳があるかわからない状況で不用意な発言を控えるように叱咤され、ミラは俯いてしまった。

 

そこにじーっと俺の顔を覗き込む、女がいた。

 

「あー、ローゼンだ。会いたかったゾ!」

 

天使のような格好……と言えばいいのだろうか。一見して、胸開きの素肌全開のはしたない格好をした女性が、俺ににっこりと笑いかけて全面的に好意を示してくる。

 

「……誰だよ、その女」

「誰だよその女、はこっちのセリフだゾ」

 

明らかに不機嫌になったミラと睨み合う女。年頃としてはミラとほぼ変わらないだろうか。説明を求める、と俺に二人の視線が集中するのもそれは必然。だが、俺は脳内の記憶の詰まった書庫をひっくり返し膨大な記憶を引っ掻き回しても誰だか思い出せないでいた。検索範囲を広めよう、この女を少し幼くしてみるのだ。随分昔に会ったのかもしれん。

 

「…………ソラノか?」

 

検索結果。もっとも似ている人物から名前を出してみた。

 

「覚えてなかったらお仕置きしてるところだったゾ♪」

 

そのお仕置きが俺に効くかどうかは不明だが、及第点はクリアしたようだ。

 

「でも、まさかこんなところで会えるなんて思っても見なかったゾ」

 

その言葉の意味は言葉通りでありながら、もっと深い所にある。

 

「……まさか、正規ギルド『フェアリーテイル』のローゼンがいるなんて」

「!?」

 

この言葉に動揺したのはミラだった。即時、警戒態勢になり魔法を発動しようと魔力を熾す。しかし、それはミラの頭をポンと撫でるだけで霧散する。

 

「それで、なんでソラノがここにいる?」

「ローゼンはお仕事だよね?私は闇ギルド『六魔将軍』の一人だからだゾ」

 

「闇ギルド」という言葉に過剰反応するミラ、しかし俺がもう一度頭を撫でると警戒した目をソラノに向けるだけで若干の不満はあるものの引き下がる。

 

「そんなに警戒されても別に私は何もしないゾ」

「し、信じられるかよ……そんなこと……」

「ローゼンは私にとって恩人であり、魔法を教えてくれた師でもあるからね。それと、今はエンジェルってコードネームだから控えてほしいゾ」

 

–––と、言いつつ鍵を取り出すソラノ。

魔法の触媒かとミラが身構える中、タクトを振るように鍵は振るわれ軌跡を描く。

 

「開け、双児宮の扉–––ジェミニ」

 

一瞬、光が満ちた。輝き船内を照らす光が晴れた後、宙に浮かぶのは人形のような星霊。

 

「ジェミニ、コピー」

 

ポンっと音を立てて、煙が上がる。

ジェミニと呼ばれた星霊が消え、そこには–––。

 

「……え、ローゼンが二人!?」

 

俺と瓜二つの人間。格好も、何もかも、同一の俺にミラは隣にいる俺と目の前にいるジェミニを見比べた。

 

「ふふっ、コピー完了。もうコピーは一生変えないゾ」

 

ご満悦なソラノは星霊門を閉じ、ジェミニを星霊界に帰した。

 

「さてと、これは口止め料って事で」

「随分安いな」

「むしろ私が払い足りないくらいだゾ。どうせ目的がなんであれ、ローゼンの邪魔をしてもこんな連中、相手にすらならないだろうし」

「賢明な判断だな」

「私もローゼンに恩を仇で返すような事はしたくないゾ」

 

交渉は成立した。元々、あってないような交渉だが、少なくとも彼女は協力的らしい。

 

「オークションで出品される少女について何か知らないか?」

「うーん。……少なくとも、まだ仕入れはないなぁ。危険な禁呪指定の魔道具なら厳重に管理されてるけど」

「そうか。取り敢えず、探ってみるか」

「あー、あまり警備が敷かれてる場所に近付き過ぎると警戒されるから気をつけるんだゾ」

 

 

 

 

 

 

それから数時間、船内を捜索した。しかし、探し人は見つからず。やはり警戒した闇ギルドの連中にマークされながら澄ました顔で一度用意された部屋に立ち寄り躱し、ただの乗客を装い、会場に二人で戻れば立食形式の料理に舌鼓を打っているミラと隣り合いながら乗客達へと視線を移していく。ワインの入ったグラスにさっきから尾行してくる闇ギルドの連中が映っていた。

 

「ふむ。やはり警戒されたか」

「……私はもうエンジェルってやつと会った時点で詰んだと思ったけどな」

「もしそうなら、闇ギルドの連中を全員捩じ伏せた上でゆっくり捜索するつもりだったがな」

「……そんな自信ねぇよ」

「安心しろ、おまえにできなくても守ってやる」

 

連れてきたのは俺だからな。と、責任に対して普通に対処したつもりなのだが、ミラはそんな言葉聞いてないという風に皿の上のパスタを胃の中に収めた。

 

「パーティーも中盤、焦っても仕方がない。目的のオークションまであと何曲か。踊ろうか」

「……え、あ、あぁ」

 

手をミラに差し出す。差し出された手に戸惑いつつも手を取ると流れるようにダンスしている客達の中へ紛れ込んだ。一瞬、腰を抱いて体を近付けた時に強張りがあったがゆっくりと深呼吸することで対応する。頰を赤くしたり、きゃっと小さく悲鳴をあげたり、しかし踊り始めると流麗なステップで優雅に踊る彼女は割と物覚えが良いのかもしれない。

 

「……さっきから様子が変だな」

「変って?私にはわかんないけど」

「違う。ミラ、おまえだ。体調が悪いなら、俺一人で片付けるぞ」

「別にそういうんじゃなくて……ローゼンは、その、なんとも思わないのかよ?」

「何がだ?」

「……その、私とこんな密着していて」

 

改めて自分達の置かれた状況を俯瞰してみる。手を繋ぎ、お互いの腰に手を添えて、時々体の一部が触れ合ったりしている。なるほど、年頃の娘としてはそういうのを気にする歳頃か。

 

「嫌なら、ダンスを止めるが」

「いや、そうじゃなくて……」

 

何か言いたそうに俯く。その顔を見て、表情について考察しようとした時、不意に照明が消えた。

 

「レディースェーンドジェントルメーン! 紳士淑女の皆様、ようこそお越しくださいました」

 

照らされる、ステージの方。そこには一人の道化。一身にスポットライトが当たる男はマイクを片手に陽気に礼儀正しく戯けた感じでお辞儀をしてみせた。

 

「今宵、皆様お待ちかねのオークションには世にも珍しい珍品がずらり!貴方がお探しの商品もあるでしょう!おっと、紳士の皆様ご期待の麗しい玩具も取り揃えております」

 

道化の声に会場全体が一斉に拍手を送る。

それに気を良くした道化はもう一度頭を下げた。

 

「長話も退屈でしょう。では、早速張り切っていきましょう!」

 

ステージ横から檻が運ばれてくる。その中には、首輪と足枷を嵌められた金髪の少女が一人。前座だろう。その少女は依頼内容として聞いていた通り、写真で確認済みの顔と一致した。

 

「まさか最初から出るとはな。待つ手間が省けた」

「でも、この状況で連れ出すなんて……」

「確かに出港してだいぶ時間が経つ。だが、これ以上依頼主に心配させるのもあれだ」

 

ステージの上へ一足飛びに降り立つ。一瞬にしてステージ上に現れた俺に客は目を白黒とさせた。その間にも知った事かと戦斧で檻を斬り払う。首輪と足枷を破壊し、少女を抱え上げた。

 

「あ、あの……お客様?」

「気にするな。それとも、船ごと仲良く評議員に出頭するか?」

 

仕事の邪魔だと道化を睨む。もう既に危険な魔道具のリストは評議員に送ってあるので、今頃は逮捕のために大勢の兵が岸へと押し寄せている事だろう。もちろん、エンジェルの姿はない。逃げたか、利口な判断だ。闇ギルドもそれくらい聞き分けが良ければいいのだが、そうは問屋が卸さないのが現実らしい。

 

「楯突くか?それもいいだろう。ミラ、暴れていいぞ」

 

この日、闇ギルドが2桁壊滅。

押収品は100に登ったらしい。

しかし、恐ろしい事に何処までやれるか見守るつもりで任せていたら、八割は一人で壊滅させてしまったのである。

俺はこの日、ミラは極力怒らせない事に決めた。

 

 

 

 

 

 

依頼達成報酬を依頼主から受け取り、少女を帰した後、ギルドには寄らず家へ直行。依頼報酬の魔導書の解析を進めたいがため自室に篭ろうとしたら、リビングにはまだリサーナとエルフマンの姿があった。

 

「ミラ姉、ロー兄お帰り」

「姉ちゃん、兄ちゃん、お帰り」

 

長い年月の間に二人は俺を兄と慕う様になった。二人共立派な魔導士になり半年程が経つが、基本はミラと一緒に依頼に行くため今回は留守番をしていたようだ。

 

「それで姉ちゃん、S級の依頼どうだった?」

 

男としてS級は憧れなのか目を輝かせて内容を聞くエルフマン。しかし、ミラ本人は少し疲れた様子でぐでっと机に突っ伏していた。

 

「んー。……もうダメ、無理。寝る」

 

それもそのはず、魔力が空になるまで大暴れしたミラは体力的にも魔力的にも限界だった。流石にギブアップというところで俺が最後の後片付けに割って入ったのだ。それまではミラに闇ギルドの軍勢を相手に何処までやれるか手を抜いて加勢していたので、疲弊しきっているのである。

 

「あらら、本当に寝ちゃった。ミラ姉ー、そんなとこで眠らないで部屋に行きなよ」

 

くーくーと可愛い寝息を立てて眠るミラ。

リサーナが揺り起こそうとしても、起きる気配がない。

 

「仕方ないなぁ。そうだ、ロー兄シチュー食べる?」

「……いただこう」

「じゃあ、ミラ姉を部屋に運んであげて。温めておくから」

「いいや、リサーナ。ここは漢の俺が。兄ちゃんだって疲れてるだろうし」

「エルフ兄はダメ」

「……いや、ダメとかじゃなくてだな」

 

誰がミラを運ぶか喧嘩し始める二人。しかしそれくらいの労力、拒む理由もない。

 

「俺が行こう」

「だ、だけど兄ちゃん……」

「もう、エルフ兄は黙ってて!」

 

ついに妹に押し切られてしまうエルフマン。姉を運ぶか、妹の言う事を聞くか、天秤に掛けた結果どちらの言い分も尊重すべきものとして認識しているらしく、結局押し黙って椅子に座った。

椅子に座ってテーブルに腕を重ね器用に寝入るミラを横抱きにして、ミラを部屋へと運ぶ。ベッドに寝かせると布団を掛けて、戻ろうとしたところで袖に違和感を感じた。振り返るとミラが袖を掴んでいたのだ。しかも寝ながら、という奇妙な状況に優しく解き腕を布団の中に戻しておく。

今度こそ、リサーナとエルフマンのところへ戻った。

 

「……ねぇ、ロー兄」

「なんだ?」

「ミラ姉と何かあった?」

 

いきなり妙な質問をされて、返答に困る。

逡巡し今回の依頼中の出来事を思い出してみたが、特別な事など何もない。

 

「どうしたんだ急に」

「だって、ミラ姉いつもより機嫌が良かったから」

 

姉妹間でしかわからない変化なのだろう。俺にはミラがいつも通りに見えて、リサーナの言い分に首を傾げた。

 

「……今回の依頼報酬は魔導書だったんだが、そういえばミラには報酬を渡してないな」

 

流石に魔導書を半分にするわけにもいかず、報酬を渡してないから怒っているのかとも思ったが、リサーナは苦笑いで此方を見ていた。

 

「確かにミラ姉怒る時、たまに怖ーい笑顔になるけどさ、今日はそういうんじゃなくて」

「うぅ、姉ちゃんが笑顔の時ってマジで怖えんだよなぁ」

 

何を思い出したのかエルフマンがガクブルと震え始めた。

 

「それに報酬なんて要らないと思うんだよね。もしそれで納得できないんだったら、ミラ姉と今度デートでもしてあげてよ」

「……デート?」

「本当はロー兄だって気づいてるんでしょ。ミラ姉の気持ち」

 

直球を偶にぶん投げてくるリサーナの言葉を無視して、俺は目の前に置かれたシチューにスプーンを突っ込み、具材を弄び出て来た芋を口に運んだ。だが、放っておいてくれないのがリサーナだ。

 

「ねぇー、無視ー?」

「……一緒に出掛けることが報酬とは到底思えないが」

「そんなこと言って本当はわかってるんでしょ」

「大体、依頼に付き合って外に出ているのにそれではダメなのか?」

「……本気で言ってる?わけないよねー」

「それに俺は恋だの愛だのを理解するつもりはない」

「ねぇねぇ、私、恋愛感情をミラ姉が抱いてるなんて一言も言ってないよ」

「俺もミラが恋愛感情を抱いてるとは思ってない。お前達のような歳頃が話題にしそうなことを予想しただけだ」

「私もロー兄と出掛けることをデートって言うよ。別に恋愛じゃなくても、そうであっても、私はロー兄とデートするし。何よりデートって言ったらミラ姉が面白い反応するし」

「…………」

 

リサーナ相手に口論をするのがそもそも間違いだった。昔から誰かと会話するのは苦手なのだ、それにリサーナはお喋り過ぎて言葉遊びが過ぎる。

 

「……もう寝る」

「うん。ちゃんと考えておいてね」

 

言いたいことだけ言ってリサーナは話を切り上げた。俺が話を全て聞いている前提だ。まったくもってその通りなので反論できもしないし、反論したらちゃんと話を聞いていた肯定になるが。

自室に逃げるように帰り、魔導書の解析に没頭する。今、眠りにつけば、余計な夢を見そうだった。

 

「……恋愛感情か。もう二度と、関わる気もなかったんだがな……」

 

いったい何から逃げているのかも、俺はわからないままだった。

 




途中で何書いてんだ?と思ったら魔神ミラジェーン伝説製造してた件。サブタイトルはその結果。


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伏兵と強敵と理解者と

どうしてもエルフマンが空気になってしまう。


 

 

 

やっと届いた。夢にまで見た彼と同じ舞台。S級魔道士。

昇格したのは去年の秋頃。

リサーナもエルフマンも自分の事のように喜んでくれた。

相変わらず、ローゼンは「そうか」と呟くだけで多くを語ることはなかったけど。でも、それはある意味、私がS級魔道士になることを疑っていなかったようでそれはそれで嬉しい言葉だった。

本当は一言くらい褒めて欲しいけれど、これがローゼンと私の正しい形だと思う。

 

それでも悔しかった私はローゼンにいつものように抱き着いた。

 

「それだけかよ〜」

 

背後から首筋に抱き着きうりうりとほっぺを弄る。最近はリサーナとエルフマンと組むことが多くてあまり相手にしてもらっていなかったから、少し寂しいというか……。

 

「……ほら」

 

鬱陶しいとあしらわれても仕方ないはずなのに、ローゼンは本を閉じると私の鼻先に何かを突きつけた。

花束だと気づいたのは鼻腔を花特有の匂いが満たしてから。思わずいつものローゼンの態度ではないな、と虚を突かれ驚愕したのは私が悪いわけではないと思う。

差し出された花束を受け取って、私は少し恥ずかしげに礼を述べる。

 

「……ありがと」

 

でもまさかローゼンが花束とか。いや、そこまで驚くほどでもないな。実際、庭には花壇があり花が育てられてるし、それこそ大陸中に咲く見たことない花達が図鑑のように並べられているのだ。この花束も彩り豊かな花達の集合体で、庭で見た花がいくつも使われている。

 

「……漢らしくない贈り物だ」

「私はあんなことされたら嬉しいと思うけどなー」

「そ、そうか……?」

「エルフ兄はわかってないなぁ」

 

と、外野からなにやら話し声が聞こえてくるが私は気にする余裕さえもなかった。

 

「へ、部屋に飾ってくる!」

 

私は逃げるようにその場を後にした。

結局のところ、リサーナがお祝いのために作ってくれた夕食を食べないといけないわけで、逃げた意味などほとんどないに等しいのだが。

でも、少しだけ。

今はこんな顔見せられないなぁ、と隠れたくなってしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

ローゼンの花壇に秋の枯葉が舞い散る季節、私はエルフマンとリサーナ……それにナツを連れてS級クエストに行くことになった。最近は弟妹を連れて三人で組むことが多く、ローゼンとはあまり一緒に依頼を受けられなくてフラストレーションが溜まっているのも事実、彼を誘ったが全然相手にしてくれやしない。

 

「いいや、姉ちゃん達を守るのは俺一人で十分だ!」

「ずりぃぞエルフマン!」

 

それはともかく、目の前では喧騒が繰り広げられていた。

どうやらエルフマンはナツの動向が気に食わないようだ。姉ちゃん達は俺が守るの一点張り、昔からわかっていたことだがシスコン気味だから初のS級は三人で行きたいのだろう。それと、ナツに対して男としてのライバル意識ってやつだ。未だにS級じゃない二人だが、経験としてはナツより先に積みたいらしい。私もエルザ相手に対抗意識を持っていたのは事実、気持ちがわからなくもないのでどう止めたものかと考えているが、結局のところ私は身内に甘かった。

 

「……悪いナツ。次、連れてってやるからさ」

「……あーくそ、しょうがねぇか。今回は諦めてやる」

 

渋々と引き下がる理由は次が確約したからだろう。確かに約束してしまったわけで、反故にしたのは悪いが頼んで来た立場というのを少し弁えてはいるらしい。ナツは「次は絶対だからな!」とビシッと指を突き付けて帰って行く。

 

「ナツには悪りぃことしたかな」

「いいんじゃない。次、連れて行ってあげるんでしょ」

 

この中で最もナツと関わり合っているのは歳も近いだろうリサーナだ。フォローされているのは私なのかナツなのか、少し複雑な気持ちながらも手荷物を担ぎ直す。

 

「じゃ、行くか」

「おう」

「うん」

 

 

 

 

 

目的地までは馬車で丸一日。ガタガタと揺れる荷台でいつものように家族団欒会話、内容は拾われた頃に始まり今まで受けた依頼の内容とかギルドでの事とか、思い返せば思い返すほど溢れ出てくる。まるで泉から水が溢れ出るように。その流れで唐突にリサーナがぶち込んで来たのは核心を突く言葉。

 

「で、ミラ姉はいつロー兄に告白するの?」

「な、なんだよ急に!?」

 

本当に突然のことだったから私の顔は真っ赤。不意打ちにもほどがあるだろ、と文句を言っても仕方ないが私としてもそんなことできるわけもなく……。

 

「……そんなこと言われても、そんな予定ねぇよ」

「いいの?ロー兄ってカッコイイからそのうち誰かに盗られちゃうかもよ」

「確かに。俺は漢として兄ちゃんのこと尊敬してるからな」

 

エルフマンまで……。私をからかっているわけではない。エルフマンは本当にローゼンを尊敬しているのだ。魔道士としても、人としても、漢としても、エルフマンが目指すのはローゼンのような強い魔道士。実際、接収の使い方もローゼンに教わっていて私とリサーナとエルフマンはある意味で弟子とも取れなくもない。

そんな憧れの的のようなローゼンに思うところがあるのか、エルフマンは真剣な顔になって言う。

 

「……兄ちゃんなら、姉ちゃんを嫁にしても……いいと思う」

「バッ、お前はいきなり何言ってんだよ!」

 

恋人すっ飛ばして結婚だなんて!

いや、そういう問題じゃないんだけど。

つーかなんでエルフマンの許可がいるのか。

いつになったら姉妹と離れてくれるのやら。

急激に上がった体温を冷ますように手で煽りながら私は無視を決め込もうとしたが、リサーナだけは私を逃してくれなかったようで顎に指を当てて虚空を見つめる。

 

「じゃあ、私がロー兄を貰っちゃおうかな」

「「!?」」

 

衝撃発言をして、こちらの様子を窺うようにチラチラと見てきやがった。思わずエルフマンと顔を見合わせる。采配は全て託すと言わんばかりに肘で弟を探りに出す。

 

「……その、なんだ……が、頑張れ。姉ちゃんは強敵だぞ」

 

そうしたらいつになくヘタレた様子でしどろもどろになるエルフマンに私とリサーナは呆れた。

 

「おまえ、どっちの味方なんだよ」

「そーだよエルフ兄、どっちがロー兄と結婚したらいいと思う?」

「え、えーっと、その……ど、どっちでもいいんじゃないか?どっちが兄ちゃんと結婚しても、うん、俺は悪くないと思うぞ」

 

でも、実際、私としては私なんかより全然女の子っぽいリサーナの方が相応しいと思うわけで、エルフマンのシスコンが姉妹両方に向いているからこうなるのもわかっていた。

 

「まぁこんなエルフ兄は放っておいて」

 

蚊帳の外にエルフマンを追い出して、リサーナは言った。

 

「本当にミラ姉がいらないんなら私が貰うよ」

 

そう宣言する瞳を見る。マジか。マジなのか?からかっているのか、そうでないのか、私には判断がつかず、真意を知ることなんて弟妹のことを何でも知っているつもりの私でも到底不可能だった。

もしも……。そんな予感がして、私は目を逸らしながらリサーナに対抗する。

 

「……わかったよ。告白するよ、この仕事が終わったら」

「ミラ姉、それ何回目?」

「こ、今度こそ本当だっての!」

 

過去に何度も煽られては告白すると宣言しているが、自信とか何もない私はいつも肝心なところで怖気付いて未だに告白できないままでいた。ついでにこの会話も何回目か。頭ではわかってるんだけど、行動できない私がいる。そして追い詰めるようにリサーナは前回の事を口にするのだ。

 

「前は15歳になったら告白するんだ、って言ってたよね」

「……まぁ。そうだけど」

「でも、そうなってやっぱりS級魔道士になってから、って」

「……そ、それは今考えてたとこで」

「で、S級魔道士になったけど、計画性のないミラ姉は今更……というか昔から怖気付いちゃってるわけだ」

 

うぅ。言い返せない。

 

「S級魔道士になったのも同じ場所に立ちたかったからでしょ。言い換えればそこに行かなきゃ自信がないから、自分が誇れるものが欲しかったから、って先延ばしにして、まだ足りないの?」

 

今日はやけにグイグイくる。

 

「……だって、私女の子らしくないし」

「ミラ姉、料理上手でしょ」

「……私は別にリサーナみたいに可愛くもないし」

「そうかなぁ。ミラ姉可愛いと思うけど」

「……私はリサーナみたいにお淑やかでもない…」

「そう?ミラ姉は優しいから私は好きだけど」

「そ、そうだよ姉ちゃん。他にも姉ちゃんにはいいところがいっぱいあるって」

 

ようやく復帰したエルフマンが私を持て囃す。中身のない言葉に「例えば?」と聞いてみると、一瞬考え込むように黙った後、焦ったように大声を上げた。

 

「ね、姉ちゃんはかっこいいし漢前なところがいいんだよ!」

「……ぐすっ」

「わー、ミラ姉泣かないで、エルフ兄が馬鹿なだけだから!物差しがあれなんだよきっと。ちょっと残念なの、エルフ兄の基準とかアテにならないんだから!」

 

よりにもよってあの泣き虫だったエルフマンに泣かされるなんて。一番末の妹に抱き締められて慰められるなんて姉失格だ。

 

「大丈夫だよきっと。ロー兄はちゃんとミラ姉のことを女の子として見てるって。それにミラ姉が不安なのは、私もちゃんと理由はわかってるつもりだよ。ロー兄に拾われたから、でしょ」

「!」

 

私があいつに告白できないもう一つの理由。

自分に女としての自信がないのと、私達の関係性にある。

だから相応しくなるために、同じS級魔道士を目指した。

少しでも子供扱いされないために。果ては一人の女として見られたいがために。

拾われた私は、どうも恩というものが纏わり付いて素直な気持ちを吐き出さずにいるのだ。

まるで親子みたいな関係。それに近い、特別な絆。

私が告白できない最大の要因は、妹にはバレバレだったみたいだ。隠し通せていると思ったのに。

 

「そんなの気にしないほうがいいよ。ロー兄だってもう私達のこと、子供だなんて思ってないよ。まぁ少し過保護なところもあるけどね」

 

うん。知ってる。あいつは無愛想で無関心に見えて、意外と気を割いてくれるのだ。そういうところも好きになった理由だけど。

 

「本当にミラ姉がいらないんだったら私が奪っちゃうからね」

「……わかった。もう逃げないって。そういうの理由に逃げるのはもうやめた」

 

この感情が燻ったのはいつの日からか。

 

「じゃあ、ミラ姉指切りしよ」

「あぁ……って、何を誓えばいいんだよ」

 

リサーナが差し出した小指に自分の小指を絡めて、ふと疑問を持った。

 

「うーん。取り敢えず、逃げることかな。今のミラ姉、楽しそうなのに時折辛そうなんだよね。そういうの妹としては見過ごせないというか、ミラ姉には幸せになって欲しいし」

「なんだよそれ。……でも、まぁ、妹に心配されるような姉じゃあダメだよな」

 

その日、私は夢にも思わなかった。

これがリサーナとまともに話した最後の会話になるなんて。



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雨が降っていた

 

 

 

天から落ちた、雫。曇天よりポツポツと降り注ぐそれは静寂に包まれた部屋に反響し、大自然の旋律を奏でる。アスファルトに跳ね返り、地面に溜まった水に波紋を描き、木の葉を跳ね、屋根を叩き、たった一つで様々な音を鳴らした。

灯りのない部屋の窓際で魔導書の解析を続け、無意識に淹れた紅茶に手を伸ばし口につけると生温く意識が魔導書から引き戻された。随分と前に淹れたからか、冷めている。

 

「むっ。……淹れ直すか」

 

残っていたカップの中の紅茶を飲み干し、火を起こす魔法陣の上に置いたフラスコで湯を沸かす。いつもならちゃんとキッチンでやるのは、ミラがいる時だけ。フラスコの中の水が沸騰したら、ポットに湯を注ぎ数分待って、カップに出来立ての紅茶を注ぐ。一口飲んで、いい出来だと薄く笑みを浮かべた瞬間だった。

 

ギィッと音がして扉が開いた。視線を向けるとミラとエルフマンが濡れ鼠になって立っていた。幽鬼のようにゆっくりと歩き、部屋に入ってくる。「ただいま」といつもは言うのに、何処か元気がなく意気消沈とした姿に違和感を覚える。

 

「……湯を沸かしてやる。少し待て」

 

だが、その違和感が何かを考える前に、タオルを三人分取り出し、目前にいたミラへと渡し風呂場へ行こうとした時、不意に失意の声で彼女は雨音よりも小さな声で呟いた。

 

「……もう、いらないんだ」

「?」

 

振り返り、ミラを見る。

そういえば、リサーナはどうしたのだろうか。

四人でクエストに行くと言って、ナツは当日帰って来ていたが。

ならば、三人は一緒のはずだとナツには聞いている。

この雨の中、ギルドにでも行ったのか。或いは……。

 

「……タオルも、部屋も、何もかも、三人分はいらない」

「……どういうことだ?」

 

察しが悪い俺には分からず終い。きっと想像もしたくないのだ。想像もできないのだ。それでも、俺は痛む頭で無理やり察することにしてリサーナの帰って来ない事実を、受け止め切れはしないが、理解することにした。

 

「……そうか。取り敢えず、ミラ。お前から風呂に入って来い」

 

魔法で風呂を沸かせばすぐ用意はできた。しかし、戻ってみるとミラは風呂に入る用意をしていない。仕方なくミラの部屋に入り替えの服を準備する。エルフマンの服も一応、準備をしておく。

ミラの着替えを持って脱衣所へと押し込むように送り出し、それでも動く気配がないので冗談半分にこう言った。

 

「脱げないなら脱がせてやろうか」

 

後になって思えば、自分が絶対に口にしない言葉。それでもミラは虚ろな瞳をこちらに向けてくるだけで、大丈夫そうじゃないことがわかりきっているがどう対処しようものかわからない。ここはもう無理やり服を脱がせて風呂に突っ込むべきか。それくらいしないと動きそうにもない。体調を崩しでもしたら……。

取り敢えず、脱衣所を出て十分ほど家の中をせわしなく歩き回ってみる。それから戻ってみるとまだミラは脱衣所で立ち尽くしたままだった。

 

「……後で文句言っても聞かないからな」

 

がりがりと頭を掻き、ミラの肌にぴったり張り付いた服に手を伸ばす。水を吸っていて重く、張り付くそれを優しく剥がすようにまずは上から脱がそうとしてみる。抵抗する気配がないのでそのまま脱がした。次に下。服を籠に入れて、あられもない姿になっても動く気配のないミラを押し込むように風呂場へ。

蛇口を捻り、シャワーを浴びさせる。頭頂部から浴びせた湯は滑らかにミラの体を流れていく。上から下へ。重力に流れる。そうしてあったまったところで浴槽に突っ込もうと近づいたところ、あちらからぎゅっと抱き着いてきた。まさか動くと思ってなかったので俺はぎこちなく受け止めるしかなかった。

 

「……ひっく…ぐすっ…私のせいで、リサーナが…!」

 

甘えるように胸元へ顔を埋めるミラが嗚咽を漏らす。シャワーの跳ねる音に重ねて、嗚咽が混じり、泣き噦る子供のような声に俺は胸が締め付けられるようだった。エルフマンの前では素直に泣くこともできなかったのだろう。こんなにも弱り切った彼女を見るのは初めてだった。

 

「……そうか」

 

何を語るべきか、どう慰めるべきか、掛けるべき言葉を模索しても浮かばず、ただ抱きしめてやることしか出来ない俺は、今にも壊れそうなミラを抱きしめるしか出来ることなどなかった。

 

 

 

 

 

泣き疲れて眠ってしまったミラの体を拭き、服を着せ、エルフマンに風呂場を明け渡す。どうやらエルフマンの方はミラほど重症ではないようで、俺の腕の中で眠るミラを……というより、俺を見るなり俯いたまま懺悔の言葉を口にする。

 

「……兄ちゃん。今更、兄ちゃんの毎日のように言っていた言葉の意味がわかったよ。『己の力に溺れるな、過信するな、慢心するな、魔法は誰かを傷つけるために存在するものじゃない』って。俺は未熟だった。それはわかってた。なのに、俺が二人を守るって……無理な話だったんだ。姉ちゃんより弱いのに、何言ってんだって自分でもわかってたつもりなんだけどな」

「……そうか」

「兄ちゃん、姉ちゃんのそばにいてやってくれねぇか。俺は大丈夫だからさ」

「……わかった」

「何も聞かないのか、兄ちゃんは」

 

実際、どうしたものかと悩んでいたのだが本人達が話さないものを無理やり聞くというのは憚られ、時が来るに任せようとしたのだがミラの塞ぎ込みようが気になる。が、話していないことがあるといえば、俺も同じだ。

 

「……人には話せないことの一つや二つある。だから、無理には聞かない」

「そっか。……俺が失敗したんだ。姉ちゃんのせいじゃない。俺が全部悪いんだ」

 

まるで譫言のように呟くエルフマンは後悔の色を瞳に宿していた。そして、語るのは魔法に失敗して暴走してしまったということ、自らの手でリサーナを殺してしまったこと、それだけ告げると風呂場へとゆらゆら歩いていく。

掛けるべき言葉はやはり持ち合わせておらず、ミラを部屋に運びベッドへ寝かせる。布団を掛けて退散しようとしたところで、袖口が不意に引っ張られ振り向いた。

重い瞼を開けて腕を布団の中から伸ばし、ミラは俺を引き止めようとしていた。

 

「……もう少しだけ、隣に…」

 

夢現の中、必死に伸ばした手は誰を思ってのものなのか。非常に弱々しい姿を見ていられず、だが逸らすことなかれ、傍にあった椅子を引き寄せ座り頭を撫でた。

 

「いつまでもいてやる。だから、今は眠れ」

 

そう約束をするとミラは「ごめん」と謝罪の言葉を口にした。それは彼女が眠りに着くまで延々と続き、その言葉が聞こえなくなったのは夜も深くなってきた頃だった。

 

 

 

 

 

 

「……ゼン」

 

声が聴こえた。優しく誰かを呼ぶ声が。意識も覚醒しきらない頭で誰の声か、誰を呼ぶ声か、深い海の中で揺蕩う意識を引き戻し俺はその声の主を見上げた。

 

「ローゼ…」

 

誰かが俺を見下ろしていた。

 

「ローゼン」

 

再度呼ばれて、視界がクリアになる。

 

「……すまない。いつのまにか眠っていたようだ」

 

ベッドの毛布に半分身を入れたままのミラが俺を呼んでいた。酷く懐かしい声に呼ばれた気がしたが、どうやら半分眠っていたせいでそう感じてしまっていたらしい。ここがミラの部屋だと気づくのも遅れて、何故ここで眠ってしまったのかを思い出し、ようやく現状が理解できたところだ。

 

「……なぁ、ローゼン」

「なんだ?」

「ど、どうして私の部屋で寝てんのか…気になって…」

 

……まさか昨日のことを忘れたのだろうか。ミラはいろんな感情が飽和したような顔で問いかけてくる。戸惑い、迷い、悲しみ、痛み、それはもう本当に色々なものを混ぜたような顔で、俺はベッドに俯せにしていた上半身を起こして答えた。

 

「どうしてってミラが言ったんだろ。傍にいてほしいって」

「た、確かに言ったけど……」

「いつまでいればいいのかわからないから、起きるまではいようと思ったんだが」

「べ、別に眠かったなら部屋に戻ってくれても良かったのに……」

「それは先に言え」

「いや、その…わかるだろ…そりゃ、ずっといてくれたのは嬉しいけど…」

 

欠伸を噛み殺し、少しだけ元気を取り戻したらしいミラを薄目で見つめる。彼女は気の抜けた表情で、思い出したようにがばっと顔を上げた。

 

「そ、それと、昨日のことは忘れてほしい」

「昨日?」

 

と、言われて思い浮かぶ忘れてほしいこと。

 

「引き止めたことか?」

「そ、それもだけど……私の、裸、とか…」

 

顔を赤くして毛布で必死に隠しながら詳細を語る。確かに見たが……下心とかそういうものをあそこで起こす余裕などなく、実際殆どこちらも覚えていない。思い出そうとしても湯煙に細部が隠れてしまう記憶。その代わりに心ボロボロで悲痛に顔を歪ませる彼女の顔が浮かび上がった。

 

「安心しろ、殆ど見てない」

「私が泣いたのも、忘れてほしいんだけど……」

「それは無理だ」

 

ミラの要求を突っぱねる。対してミラは困ったような顔をした。

 

「……大切な誰かを喪って泣くのは当然のことだ。その涙を忘れるな。たとえどんな事情があろうと、その涙を消してはならない。自分の気持ちに嘘をつくことになってまで、それは誰の記憶から消していいものでもない」

「ローゼン……」

「いくら悔やんでもいい。泣いてもいい。停滞したっていい。最後に歩き出せたのなら、それでいいんだよ」

「…………」

 

それがたとえミラの心に届かなくても、俺は何度だって口にしたろう。慰めるためでもなく、叱るわけでもなく、偉そうに助言するわけでもなく、願うような言葉を贈る。きっと君には前を向いて生きてほしいから、押し付けるわけでもなく、ただ願う。長居時間を賭けてでも歩き出すことを。俺は少し道を違えてしまったから。だから、ミラには光溢れる道を歩いて欲しいと。

 

「そろそろ食事にしようか」

 

黙り込んでしまったミラを連れて、階下へと降りて行った。

 

 

 

食卓の用意はいつも通りだった。いつも通りに四人分作り、四人分の食器を並べ、そこでようやく気づく。一人分多いことに。二人が何かを言う前に俺は慌てて片付けようとした。その手を横から掴まれる。

 

「姉ちゃん……」

 

俯きながら懇願してくるミラの意思を汲み取り、そのままにしておくことにした。三人がいつも通りの席に座る。ミラが俺の隣で、その対面にエルフマン。俺の前は空席の状態。いつもリサーナが座る席が空いている。

 

合掌し各々の食事に手をつけ始める。ミラもエルフマンもいつもは口を開くが今回ばかりは無言で黙々と食事を続けた。俺は当然のことながら、普段から寡黙を貫いているので普段とは違う行動を取るということもできない。こういう時、慰めの言葉はあまり意味をなさないからだが、何か言葉を掛けるべきかと頭の中はいっぱいになった。

 

静寂の中でカチャカチャと銀製の食器の音が鳴る中、静寂を破ったのは意外にもエルフマンだった。

 

「兄ちゃん、姉ちゃん」

「……」

「なんだ、エルフマン」

 

ミラがエルフマンの言葉に口を開かず、視線を向けるだけなので俺が代わりに聞いてみた。普段はミラとは逆の立場であるが、今この場でそれを指摘するものはいなかった。

エルフマンは持っていたスプーンを置き、真面目さと何処とない暗さ、そして迷いの果てに辿り着いたであろう男の顔をした。

 

「俺、ギルドの寮に入って一人暮らしを始めてみようと思う」

 

それは、今までのエルフマンからは考えられない発言だった。

 

「……ど、どうしたんだよ急に?」

 

ミラが此処で初めて口を開いた。少し俯き加減だった顔を上げて、エルフマンの顔を見据える。

 

「色々考えたんだ。俺はこれからどうしたらいいんだろうって」

「どうしたらって……」

 

まだ、ミラでさえ迷宮の中で迷子の最中で、突然の弟の言葉に返す言葉を失う。消え入るように言葉が続かなかったミラはそのまま黙り込んでしまった。

そこでエルフマンはキッと顔を上げる。

 

「どうしたらいいんだって考えて、答えなんて出なかった。兄ちゃんが昔言ってくれた言葉がなけりゃ、俺一人でなんて答えの一つも出せなかったと思う。そんで思ったんだ。今度はもう後悔しないように、強くなりたいって。誰かを本当に守れるように強くなりたいって。だけど強くなるためにはどうしたらいいかわからないから、取り敢えず、一人で生きられるように一人暮らしを始めてみようって思ったんだ。そこからスタートにしようって思ったんだ」

 

そこにあるのはミラの弟という存在の顔ではなく、少し不安や後悔に苦笑混じりなものの、瞳は小さくも強い決意を表していた。

 

「そ、そんな、別に一人暮らし始めることなんて……」

「姉ちゃんを一人にするのが不安だ、なんて言い訳でしかないんだよな。俺自身が姉ちゃんから離れられない言い訳にしてんだ。だって兄ちゃんがいれば、姉ちゃんのことは安心だから。姉ちゃんの傍に兄ちゃんはいてくれるだろ」

 

きっとそれは心の何処かでいつも燻っていた思いなのだろう。エルフマンなりに、そろそろ姉から離れることを考えていたのかもしれない。

 

「兄ちゃんにはまだ魔法で頼る事もあるだろうけどさ。俺は俺なりに強くなりたいんだ。だから、兄ちゃんには強くなる方法を教えて欲しい。これは俺のわがままなんだけどさ」

「……そうか。教えはするが、強くなれるかはお前次第だぞ」

「わかってる。ありがとう、兄ちゃん」

 

そもそも、力というのは一朝一夕で手に入るものではない。それはエルフマンとて今回のことでわかっているのだろう。そして、この日エルフマンはこの家を去って行った。

 

 

 



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失踪

 

 

 

それはいつしか当たり前の光景になっていた。仕事から帰れば家に明かりが点いている。外からでもわかるくらい賑やかな声。家が見える位置に来ると、それだけで少し暖かい気持ちになった。しかしそれも随分と前の話、今では夜暗くなっても部屋に明かりをつけず、ベッドの上に座ってミラは独り何処かを見ている。そんな日が続いた。

 

だから、今日も家に明かりが点いていないのはいつも通りのことなのだ。

 

最近は依頼どころかギルドに顔も出していない。ミラに合わせて俺の生活習慣も少しだけ違っていたりする。だが、いつまでも付き添っていては逆に変に思われるだろうと日帰りの依頼を受けた。それを終えて、帰って来た時だ。

 

家に入ると人の気配がしない。あれから今までミラは外を出たことはなかった。だから、家にいないはずはないのだが……自分が思った以上に疲れているのかと自分の感覚を疑った。

 

「ミラ」

 

特に意味や用などはないのだが、部屋を訪ねてみる。ノックに返事がないのはいつものこと。部屋の扉を開くとそこは月明かりで照らされた幻想的な空間で、ミラの姿はなかった。

 

「……いない、のか?」

 

元エルフマンの部屋、自分の部屋、風呂、トイレ、あの日からずっとそのままにしてあるリサーナの部屋、家中を探したが何処にも姿は見当たらなかった。色々と探し終えてから、思案する。エルフマンのところに行ったか、ギルドか、それとも……大聖堂隣の墓地か。こんな時にこそ役立つ魔法、いや役立てなければもはや無意味とさえ言っていいだろう、遠く離れた地を俯瞰することができる魔法を使用し、墓地とギルド、ギルドの寮を見てみた。が、姿は見当たらない。

 

魔法では情報を取りづらいので足を運んでみることにした。ギルドの方にも顔を出してみた。

 

「誰かミラを見ていないか!」

 

一人一人聞くなんて面倒だ。と、声を出してみたがギルド内は酷い喧騒に満ちていて耳を傾けるものなどいない。急用だったので冷静に頭を働かせて注意を引いてみることにした。魔法でドパンと破裂音を響かせる。それも鼓膜が破れるレベルの荒技、これくらいしないとこいつらは人の話を聞きやしない、と経験則が雄弁に語っている。

 

「むぉ〜。ローゼン、おぬしまで非常識極まりない行動を……いったいどうしたというのじゃ」

 

入り口付近にいる俺に気づいたマスターが耳を抑えながら床や机とキスを交わしている喧騒の原因達を見て、場合によっては叱責するべきかと視線が語っていた。蹲っている奴の中にはエルフマンもいる。

 

「誰かミラを知らないか!」

 

もう一度、全員に聞こえるように大きく問い掛けた。それぞれの顔を見るに知らないと語っているのはよくわかった。次いでエルフマンに視線を向けてみる。

 

「姉ちゃんの姿は最近見てないよ。そ、それで、兄ちゃん、急にどうしたんだよ?」

「ふむ。見ていないといえば見ていないな」

 

それぞれが同じように口を開けばそんなことを口にする。実際、ミラはギルドに一度も顔を出していないし、それよりと興味深そうにマスターやギルドの者達が口にする。

 

「珍しいね、ローゼンが声を荒げるなんて」

「つーか、珍しいんじゃなくて初めて聞いたわ。ローゼンが声を荒げるの」

 

他の者達の反応に僅かながらも親しきエルザとエルフマンが痛む頭を抑えながら、

 

「そこのところどうなのだ、エルフマン?」

「いや、怒っても兄ちゃんって声を荒げないから。つーか、怒ったとこもみたことねぇ」

 

と、顔を見合わせる。

 

「エルフマン、何か知らないか?」

「……え、姉ちゃんがいなくなったのか?」

 

肯定すると、エルフマンの顔がみるみるうちに青褪めていく。

 

「ど、どうしよ!」

「いやしかし、それほど焦る必要もないだろう?」

 

焦るエルフマンに対して、落ち着いたエルザの声が響いた。皆一様に「あのミラだぜ?」と言ってのける。

 

「そう簡単な話でもないんだ。今のミラは何をするかわからない。……本当は目を離したくなかったのだが、いつまでも傍にいるのもどうかと思って離れたんだが……すまない、エルフマン。ここに来る前に行きそうな場所は探したのだがな」

「いや、でも、兄ちゃんはこの一ヶ月ずっと姉ちゃんについててくれたろ。姉ちゃんがいなくなったのは仕方ねえよ。誰のせいでもねぇ」

 

謝れば謝り返され、もう心当たりを聞こうにも頼みの綱はエルフマンしかいない。その彼も心当たりはないと言う。二人でああでもないこうでもないと議論を交わしていると、マスターがカウンターの方から歩いて来た。

 

「落ち着け。ローゼン、エルフマン」

「俺は落ち着いている」

「どこがじゃバカタレ。魔法を爆発させた挙句、ワシもあんな大声は初めて聞いたわ」

「……」

「おまえさんがそんなんでミラを探し出せると思うとるのか?」

「俺は…いつも通りだ…」

「そこまで心配せんでもよいじゃろう?」

「心配などしていない。ただ、放っておくのも気が引ける……」

「動揺しとるのぅ。何故、ミラを探す必要がある?自分から出て行ったと考えるのが妥当とは思わんか?いつものおまえさんなら去る者追わずじゃろうて」

 

ギルド内の者達が揃って頭を縦に振った。その時、俺の心はまるで一人きりで何処かにポツリと立たされたようだった。そんな俺の心にマスターの声が響く。

 

「ローゼン、おぬしにとってミラがそれほど大切になっておったんじゃの」

「それは、違っ…」

 

「違う」と否定しようとして、最後まで言い切ることはできなかった。いつもの無関心はどこ行った。放っておけばいいじゃないか。今まで通り普通にしていればいい。結局は赤の他人だ。関わること自体無意味だ。切り捨てろ。今まで通りをもう一度やり直せ。もう一度、もう一度……。

 

–––自分を再定義する。

 

もうこの世界に期待など抱いてはいないはずだった。自分の生を無作為に棄てた。生きる屍であれと、自分は自分を呪い誰とも関わらないつもりだった。ミラを拾ったのだって気紛れだ。哀れだなんて思ってない。何とも思っていなかった。慈悲でもなければ正義感でもない。だから大切になんてなりはしないのだ。

リサーナが死んだのだって俺は……。そこに悲しみを抱いてはないはず。誰かを失うのは当然のこと。だというのに、この心臓を刺すような痛みと彼女に対して浮かんだ、この感情は……。

 

「……なぁ、マスター」

「落ち着いたようじゃな」

「……俺にとってミラは、リサーナは、何だったんだ?」

「それを知るのはおぬしだけじゃ」

「……俺は自分がわからない。だが、やることはわかってるんだ。探さなきゃ。俺は絶対に後悔すると何故か思うんだ」

「ローゼン、運がいいことに此処には数だけはある。探すのに手を貸さない者は一人とて居らんじゃろう。だから、お前さんはもう少し冷静になって手掛かりの一つくらい探してみればよいじゃろう。案外、見落としているかもしれんからのう。流石にエルフマンやローゼンに言伝もなしに居なくなるなど、考えはせん」

「……」

 

諭され、俺はまた無言になった。そこに思い出したようにエルフマンが声を上げる。

 

「そういえば、姉ちゃんもリサーナも日記書いてたから、もしかしたら手掛かりになるかも……」

「そうか。探してみよう」

 

踵を返し、ギルドを足早に出る。

モヤモヤと燻る感情に不思議と不快感はなかった。

 

 

 

 

 

それは俺の部屋で見つかった。見慣れない便箋が机の上にあった。その中身はやはり手紙で、筆跡も何もかもがミラのものだとわかる。慎重に開けると中身に目を通した。宛先は俺とエルフマン、たった一言『探さないでください』と簡潔に書かれた手紙を見て何とも拍子抜けした気持ちになってしまう。

 

「……これで別れのつもりか。まったく、適当にも程があるだろう」

 

探さないでと言われれば探すわけにもいかない。俺は探さないことに理由を付けた。何故か納得いかないが、この時は少し様子を見てみることにした。

 

 

 

–––それも、一週間が過ぎて。

 

 

 

「ミラを探しに行こうと思う」

「……兄ちゃん、探す必要はないとかなんとか言ってなかったか?」

 

ついに、ミラの置き手紙も無視して俺はこんなことを言い出した。マグノリア近辺を捜索したが手掛かりの一つすら見つからず、ギルドメンバー達は仕事の合間に探してくれることになっている。

 

「それに兄ちゃん、働き過ぎだよ。こんなんじゃ姉ちゃん見つける前に兄ちゃんが倒れる。無理し過ぎだ」

「俺はいつも通りだ」

「……いや、いつも通りって毎日依頼を何個も受けて碌に家に帰ってないだろ」

「ミラを探してるのもついでだ」

 

俺も依頼の合間にミラの姿を探していた。なんというかあいつには一言何か言わないと気が済まないのだ。だから、必死になんてなってないし、見つかればいいな、くらいにしか考えてない。

 

「それにしてもギルドの皆が方々に散って、兄ちゃんでも見つけられないなんて……」

「ついでだからな、簡単に見つかるなら苦労はしない」

 

遠方を俯瞰する魔法はあれど、人を探す魔法は持っていない。故に探そうと言って簡単に見つけ出せるわけもない。しかし、あまりこの手は使いたくはなかったのだが……。懐から一冊の本を取り出す。鍵付きの本。ピンク色の冊子のかなり可愛らしい品だ。

 

「それは……姉ちゃんの」

「他人の手記を読むのは気が進まないんだが……」

 

そうも言ってられない上に置いて行ったのはあいつだ。もうこの際どう思われようが構わない、優先順位はミラを見つけ出すことなのだ。鍵がないので鍵は氷の造形魔法で代用する。冷気を放つ透き通った氷の鍵が手に現れたのをエルフマンは瞠目した。

 

「グレイの氷の造形魔法!」

「……言っておくが、俺をあの裸族と一緒にするなよ。脱がないからな」

 

氷の鍵を鍵穴に差し込み解錠する。そうすれば意外にもあっさりミラの秘密の日記が開いた。

 

「さて、と……」

 

パラパラと捲ってみる。最初の記録はミラが魔導士になった日、そこからこの手記は始まっている。

 

『私は魔導士になった。初めての依頼はローゼンと一緒に魔物退治だ。初めて魔導士としての報酬を貰って、何を買うか迷ったけど私はこの日を書き記す為に、これからのことを書き記したいから、日記にしてみようと思った。これから何かあった日には、日記をつけていこうと思う』

 

最初の日付はミラと出会ってそう経っていない。そこから頁を捲り、読み進める。意外にもミラはほぼ毎日日記を書いているようだった。それも他愛のない話。誰かと喧嘩したこと、誰かと何かをしたこと、気に入らなかったこと、楽しかったこと、嬉しかったこと、感情を書き殴るようなもの、それはまるでミラの感情を秘密裏に解き放った玩具箱のようだった。どんなことだって感情が左右されれば書き記している。喜怒哀楽余すことなく触れていた。

 

しかし、なんだ……俺に関してのことが多いように思う。八割程日記の内容には俺が絡んでいるのだ。

 

次々と読み進めていくうちにあの日の頁へ。しかし、白紙になっていて記録はつけられていない。前の頁へと戻れば、それはリサーナを失う前日。そこから先は何度捲っても書かれてはいなかった。

 

「……なんというか、客観的に俺を見ているようだな」

「で、兄ちゃん、何か手掛かりはあったのか?」

「いや、まったくだ。俺の事以外に書くことはなかったのか?」

「……あとで怒られねぇかなぁ。姉ちゃん、ごめん」

 

急に顔を伏せて謝罪を述べるエルフマン。認めたくはないが、俺はエルフマン以上に必死になってミラを探している。それもこれもあんな状態で去って行ったあいつが悪いのだ。心配するなという方が無理だ。

 

「……まったく世話の焼けるやつだ」

 

ミラの日記帳を閉じ、誰にも聞こえない声で呟いた。



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旅人

 

 

 

幾度の夜を越えたのだろう。太陽が沈み、月が昇って、また太陽が昇る。繰り返す月日、時間の流れは私を待ってくれない。マグノリアの街を出て何度、月が欠け、満ちたのか。

 

–––私はこんなところで何をしてるんだろう?

 

自問自答は答えが生まれず、水泡のように消えてゆく。考えたくないから、私は浮かび上がった疑問に見て見ぬ振りを続ける。

 

此処はマグノリアから遠く離れた湖畔の街。

片田舎のこの街で私は酒場に住み込みで働いていた。

理由は特にない。

逃げた先がこの街で、私のことを気に掛けた老夫婦が拾ってくれて、酒場のマスターだったというだけだ。

行く宛もなく、彷徨っていた私は此処で立ち止まった。停滞し、次はどうしようか、なんて考えることもできなかった。

ただ住ませてもらうのも気が引けるので、酒場で働いていたら看板娘になった。老夫婦の家族には気に入られていて、娘夫婦のそのまた息子に至るまで私は良くしてもらっていた。

 

家族って、親って、きっとこんなものなのだろう。

あたたかい夢に私は浸っていたかったのかもしれない。

素性の知れない私を受け入れてくれた、この場所は居心地が良かった。

だからなのかも。私はここに来て、とても長い夢を見ていたような気もする。

 

 

 

「ミラちゃんが此処に来てもう一年くらいか……」

 

老夫婦のその孫、ロナルドさんが唐突に呟いた。開店準備にテーブルを拭いたり、椅子を並べたり、朝の忙しい時間、老夫婦やそのまた娘夫婦が買い付けに行っている時間だ。残された私とロナルドさんは残された業務に身を投じていた。感慨深げに浸りながら、下拵えされた食材の準備を進めていた彼がこう話し始めると大抵は決まっている。

 

「もう、そんなに経ったんですね」

 

私も気のない返事をして自分の仕事に精を出していた。スープを煮込んだり、野菜を切ったり、肉に下味をつけたり、元々得意だった料理を任されるほどには信頼されているのだ。

 

だけど、この人の信頼はちょっと違うというか……。

 

「ミラちゃん綺麗になったよね」

「いえ、そんなことないですよ」

 

気に入られている、というのも少し違う。時々こうして口説いてくるし、私も意図には気づいているのだけど、あまりそういう気にならないのも事実。「綺麗」だと口説かれる度に私の脳裏には大切な人の姿が浮かんだ。

 

老夫婦や娘夫婦も私に浮いた話がなかったり、それなら彼ならどうだろうかと勧めたりするけど、私は愛想笑いでどうにか切り抜けることを繰り返した。あの人達は、孫の、息子の、幸せを願っているだけだというのはわかってる。私が色好い返事をしないのが分かると仕方ないと諦めるあたり、押し付けないいい人達なのだ。

 

けどまぁ、ロナルドさんはこうして何度も忘れた頃に口説いてくる。

 

「……ねぇ、今度、街に遊びに行かない?」

「すみません。今度の休日はやることがあるので」

 

特に酒場で口説かれることの多い私はもうひらりひらりと躱す術を身につけていた。この人が口説きに来るのも、大体私目当てのお客さんが私に声をかけた次の日あたり。お陰で私は前日にどう躱すか考えながら眠る毎日だ。彼の老夫婦からは恩もあってあまり無碍にしづらいから余計に困っているのだけど、その度に私の中で、失くしてしまったあの子が引き止めてくれていた。

 

–––ミラ姉、本当にいいの?

 

後悔はないのか。このままでいいのか。頭の中で何度も問い掛けた。まるで自問自答するようなそれに、私の心は確かに激しく動揺していたのだ。

 

「……僕は本気だよ、ミラちゃん」

 

いつになく真剣な表情のロナルドさんに私は笑みを返す。愛想笑いか、苦笑いか、取り敢えず上手くは笑えていないんだろうなと自分でもわかっていた。

なら、もういっそ話してしまおうか。この人も私に好きな人がいれば諦めるかもしれないと思い、脳裏に思い描くあの人の背中、今でも鮮明に思い出せる彼の顔を浮かべ、そして同時に愛しさが浮かぶ。

 

「……私、好きな人がいるの」

「えっ!?」

「だから、ごめんなさい」

「えっ、嘘だろ!?」

 

今までそんな素振り見せなかったから仕方ないのかもしれない。私自身前いたところに好きな人がいたとかそんな話はしていない。彼らもまた私から詳しい話を聞こうとはしなかったから。ロナルドさんは取り乱したように問い詰めてくる。

 

「酒屋のニック?肉屋のジャック?いやそれとも魚屋のアバン?いや大本命は最近出来た高級レストランのジェフか?」

「……いいえ、この街の人じゃないわ」

 

全てをNOで否定する。すると、ロナルドさんは何かを察したようにハッとした表情。

 

「……もしかして、前住んでいた街に?」

 

コクリと頷くと、ロナルドさんは何を思ったのか頭をぐしゃぐしゃと掻き乱した。

 

「……いや、でも、随分と前の話だろう。それでも、まだ……」

「ええ。あの人は、私の初恋の人だから……」

「だけど、でも……!こんなに時が経つのに探しにも来ない人のことがなんで今更!」

「……そうね。あの人はきっと私のことなんて探さないわ。優しいけど、昔から無関心で、無愛想で、切り株のような人なんだもの」

「だったら尚更!」

「それでも私、夢を見てるのかしら。それとも私自身、約束を果たすのも、踏み込むのもきっと怖いんでしょうね」

 

私の表情はどうなっているだろうか。

ただ、目の前のこの人が口籠るくらいには酷い顔をしていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

開店。営業。閉店。翌日の準備。毎日がその繰り返し、夕刻を過ぎた頃だった。此処には柄の悪いお客様も来店する。闇ギルドの魔導士、盗賊のような風貌の者、客は迷惑でなければ相手を選ばないのが酒場だけど、もっとも選べないというのもあるのだろう。見るからに柄の悪い席には近寄り難く、私が代わりに対処していることもある。その私も今や魔法は使えないのだけど。

 

「ミラちゃん凄いわね」

「いえ、慣れてますから」

 

荒くれ問題児だらけのギルドで活躍していた私は、もっとも昔はやんちゃしていたのもあって柄の悪い客と意気投合するのも簡単だった。それを素直に褒めた老夫婦の娘メリーさんにそう笑顔を返す。

 

そんな時、フラフラと新規のお客様が来店するのを目の端で確認した。此処では珍しい旅装束のマントを着た、フードを深く被った男の人。顔が見えないが私にはその人がかなりの手練れに見えた。

珍しいので私は注文を取りに行くついでにその人に近寄ってみる。何かマグノリアの情報を持っていないかと少し期待していたのかもしれない。此処では「またフェアリーテイルが問題を起こした」くらいの情報しか入ってこないのだ。勿論、ローゼンは問題を起こさないから話題に上がるのは畏怖を込めた噂のみなれど、私の弟が問題を起こした噂を聞くと姉として恥ずかしくもなってくる。

 

此処はある意味で私にとって都合のいい場所だった。

酒場はそういった情報が手に入りやすいから。

 

「御注文はお決まりですか?」

 

その旅人に私はいつもの仕事通り接した。水の入ったコップを置き、空になった木の盆を胸に抱く。それから数秒して遅れて聞こえた声に私は全身が震えるのを感じた。

 

「……あぁ、何かオススメはあるか?」

 

何気ない一言。だけど、その声を私は知っている。

思わず、私の中の細胞という細胞が反応してしまうほどに、待ち焦がれていた声だった。

最初の第一声がそれというのがとても残念だけど。

そんなことを気にする余裕もないほど、私は歓喜していた。

盆を落とした。木製の盆らしい鈍くて優しい音が鳴る。しかしそれに動じず、硬直してしまった私の方を見ると、旅人は私の代わりに盆を拾い上げた。

 

「大丈夫か?」

「あ、えぇ、はい。大丈夫です」

 

今度は目が合った。間違いなく彼–––ローゼンだった。

しかし、彼は気づいていないのか憂鬱そうに視線を水の入ったグラスに戻す。

 

「……そ、そうですね。今はミードとジェノサイドキングサーモンの塩焼き、それと……シチューがオススメですよ」

「なら、それを頼もう」

「お酒は大丈夫ですか?」

「問題ない」

 

つい、ローゼンが飲酒をしたことがほとんどない事に気付いて聞いてしまう。飲酒をしたのだって、潜入した船上パーティー以来ではないだろうか。しかしなんとなく気づかれていないことが悔しくなって意地になってシチューだなんて言ってしまった。昔、彼のためによく作っただけのその料理を。でも、作り置きもあるのは確かなのだ。前に作ったシチューがお客さんに好評で常時メニューとして取り置かれているのだから。

 

厨房に戻ってメニューを伝え、ミードだけを準備して席に戻る。彼は何故か水の入ったグラスの縁を指でなぞっていた。そこからリィンと音が響き渡る。とても綺麗な音色だった。

 

「何処から来たんですか?」

「……さぁな。前の街の名前など覚えていない」

 

てっきりマグノリアが答えかと思ったが、どうやら違うようだ。ローゼンはグラスの縁をなぞるのも飽きたようでミードを口に運ぶと一口飲む。

 

「この街には何が目的で?」

「少し、探し物をな……」

 

また、一口飲む。「探し物」という言葉に少しだけ、私は期待を抱いた。

 

「探し物ですか。それっていったい……?」

「……だが、中々見つからなくてな。もう一年近く探しているんだが……探し物は得意じゃないんだ。大事なものを……よく失くす」

 

何か言い澱み答えづらそうにしていたが、お酒も入っているせいか素直に答えてくれた。しかしそれ以上を聞いても答えてくれない。また一口飲むとグラスの中は空になっている。割と強めなお酒を入れたがあまり効果がなく、おかわりはいるかと聞いたところ頼まれたので悪戯心で私はもっと高い度数のミードを用意した。彼はまた一口飲んだ。

 

「……それって大事な人だったりするんですか?」

 

あまりに口を割らないのでこちらから質問してみる。すると、彼は何処か遠くを見る眼差しでこう答えたのだ。

 

「……あくまで客観的に見ればだが。俺はどうやらそいつのことが大切だったらしい。こうして探すくらいにはな」

 

まるで他人事のように言う彼にちょっとムッとする。普段は絶対にローゼンは認めたりしないだろうが、意地でも私は彼に色々と話させてみたいことがあった。彼が本心を吐露することなんて滅多にないのだ。

 

「そんな曖昧じゃ、見つけられても相手は困っちゃいますよ。世の中そんなに甘くないですから」

「…………」

 

思わず説教地味た事を言ってしまい、ローゼンは視線を私の方へと向けてきた。あぁちょっと言い過ぎたかな、なんて思っていると彼は再度グラスに手を伸ばす。

 

「……こんな事を話すのはなんだが。自分でもわかっているんだ。大切なものだと認めたくないから、こうしてくだらない戯言を口にしているだけだと」

「他の人の意見とかじゃなくて、あなたにとってその人はどういう人だったんですか?」

「……」

「ほ、ほら、私に喋っても本人が聞いてないならいいじゃないですか。酒場ってそういう愚痴漏らしたりするところですよ」

「……まぁ、それなら話してもいいか……」

 

酒が入ってるせいだろうか。やけに素直だ。しかも、どさくさに紛れて確認したところ私のこと本気で気付いてない様子だった。それはそれでなんだか心に来るものがあるというか、ほっとしたのと少し残念な気持ちになる。

 

「言葉というのは曖昧なものだが……大切だったのは確かだ」

「……そう、なんですね」

 

「大切」だと言われて、嬉しくないはずがない。今、私の頰は赤く染まり、表情は可笑しくなっていることだろう。料理を取ってくると言ってどうにか誤魔化して一時撤退したものの、新鮮なローゼンと話したい私がいる。料理を揃えて戻ると相変わらずの無表情でお酒を口に運んでいた。そういえばローゼンが完全に酔ったのを見たことがない。それもあまり酒を口にしないからだけど。

しかし、同じ席に長いするわけにもいかず、私は酒場の中を馳け廻る。注文を取ったり、酒が足りないだの対応したり、そんな中で柄も悪く酒癖も悪いお客さんがいるわけで。

 

「姉ちゃん、ちょっと此処に座って話そうや」

「すみません。業務中ですので」

「そんなのいいだろう?それとも嫌なのか?おぉ?」

「は、離してください」

 

その席から離れようとすれば腕を掴まれる。その席は運の悪いことにとっても柄の悪いお客さん達。本来の私ならこんな人達相手にすらならないのに、今の私は魔法を使うことはできない。それに彼の前で魔法を使うのも、何故か躊躇われた。

 

「すみませんがお客様。此処は酒場ですのでそういった行動はお控え願えますかな」

 

そこに酒場のマスターであるお爺さんが割って入った。

 

「あぁ?なんだジジイ」

「私の身内も困っております。ですので、そういった行為はお控えいただけないでしょうか」

「テメェにゃ関係ないだろうがよぉ!」

「ぐぅ!」

 

荒くれた男性客の鉄拳がお爺さんに突き刺さる。お爺さんは他のお客が着いていたテーブルに突っ込み、テーブルが破壊され、床へと呻きながら

倒れ伏した。

 

「ゲイツさん!」

「じいちゃん!」

 

私を拾ってくれたお爺さんの名前を叫ぶ。駆け寄り身体を起こすと、ゲイツさんの意識は辛うじて残っている程度でかなりのダメージが窺えた。

 

「お、お前らこんなことしていいと思ってるのか!」

「なんだやるのか?いいぜ、相手になってやるよ」

 

今の私でもわかるくらい熾る魔力の波動。男から吹き上がる魔力は完全に攻撃の意思を示していた。そして、その肩にはギルドの紋章。確かあれは正規ギルドではない。闇ギルドのものだ。同じテーブルを囲う三人の男。おそらく彼ら全てが魔法に通ずる者なのだろう。ロナルドさんは立ち向かおうとしたものの萎縮してしまっている。

 

「……っ」

 

静寂が酒場を包んだ。他の客達も事の成り行きを見守るように傍観に徹している。そんな中で銀製のスプーンが音を鳴らし、ガタリと私の背後で席を立つ音が聞こえた。ゆっくりと歩いてくるその足音、私はそれがとても聞き慣れたもので、店内にいた彼の事を久しく思い出した。

 

「やれやれ。煩くてまともに食事もできやしない」

「テメェ、俺達が誰だかわかってんのか?」

「さぁ、見たことも聞いたこともないな。そんなギルドの紋章にも覚えはない」

「俺たちは六魔将軍傘下の闇ギルドだ。手を出したらどうなるかわかってんだろうな!」

「……生憎知らん」

 

ローゼンは何処からともなく杖を取り出しゲイツさんに翳す。淡く漏れた光がその身体を包み、癒していくのを見て私は驚愕してしまう。まさか、回復系統の魔法まで持っているとは知らなかったからだ。

 

「テメェ、舐めやがって!」

「俺の炎で消し炭にしてやる!」

「よし、三属性合体魔法で……!」

 

男達の魔力が高まったその瞬間、それを掻き消すように膨大な魔力の波紋が波打った。ローゼンは涼しげな顔で杖をドンと突き、それと同時にさっきまで攻撃の意思を見せていた三人が床へと突っ伏した。テーブルに額を突き刺し、床に穴を開け、椅子に座り直しその上で椅子を破壊して床に突き刺さる。それぞれ苦悶の声を上げて、床へと伏した。

 

「コイツらはこのまま評議員に送りつけてやろう」

「あ、はい」

 

そしてそのまま、ローゼンが杖を一振りするだけで三人組の姿が消える。忽然と姿を消したのに同じくゲイツさんに駆け寄っていたロナルドさんは目を白黒させていた。ついでとばかりにもう一振りし、壊れた机や椅子、店内は元通りになった。

 

「邪魔したな」

 

それだけ言って一袋の金貨を落として去って行く。当然のように酒場を去ろうとしたあの人へ、私は手を伸ばしかけ引っ込めるとこんな事を口にしていた。

 

「……あの、また来てくれますか?」

 

ローゼンは一度立ち止まると振り返る事なく、返事もなしにまた歩き出し去って行った。

 



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