「綾香お前が好きだ。付き合ってくれ」
男、
相手は小さい時からずっと一緒だった幼馴染の
彼らは共に大学生の18歳で、2人とも家が近いこともあり一緒に帰る約束をしていた。
夕日は小さい頃から綾香のことがずっと好きで、いつもと変わらぬ、いつもと同じ様子で夕日を待っていた綾香に、遂に告白を仕掛けたのだった。
「っ!? えっ、えっと⋯」
綾香はいきなりの告白に動揺し、あたふたした。
顔が赤くなる綾香と同じように、夕日の顔もまた赤くなる。
そんな綾香は落ち着きを取り戻す為、大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
そして、綾香は心が落ち着いたのを確認し夕日へと返事を返した。
「⋯うん。こちらこそよろしくね」
その返事は肯定を示すものだった。
本来告白を受け入れてくれたことに対し狂喜乱舞しそうだが、逆に夕日は固まり、自身の予想とは全く違う返事に夕日は耳を疑っていた。
「⋯えっ、今なんて?」
「これからよろしくねって」
「それって、つまり⋯俺と付き合うってこと?」
「うん。そうだよ。さっきから言ってるじゃん」
未だ現実感が乏しい夕日はまだ信じきれていなかった。
「夢じゃ、ない、よな?」
「ほら、夢じゃないでしょ」
綾香はこれが夢ではなく現実だと気づかせるため、夕日の頬に手を当てた。
「冷たい」
今の季節かなり冷え込むため、手袋をしていない綾香の手はかなり冷たかった。
だが、夕日にはその冷たさが、逆に温かく感じられた。
これで晴れて二人は恋人。
綾香と恋人という事実に気分が高鳴るなか、夕日はふと疑問に思うことがあった。
(即答だったけど、普通はじっくり考えるものじゃないのかな? ⋯いや、嬉しいんだけどさ)
なぜ即答だったのか答えは1つしかないのだが、今まで綾香はそういう素振りを見せたことがなかった。
だから夕日が疑問に思ってしまうことも当然と言えるだろう。
「いきなりだったのに即答だったな」
「なんで? だって私も好きだし。夕日のこと」
「ほ、本当に? いつから?」
「小さい頃からずーっとだよ」
(小さい頃からって本当かよ。そんな昔から両想いだったなんて)
フラれる覚悟で抑えきれなくなった想いを打ち明けた夕日だったがその覚悟はあまり意味をなさなかった。
そもそも二人は昔から両想いだったのだから、フラレるわけがなかった。
その事実に夕日はもっと早く告白すればよかったと強く後悔し、告白が成功して嬉しいはずなのに苦笑いをするしかなかった。
「でも、よかった。ずっと俺の片想いだと思ってたからさ。綾香からそんな素振り全然見れなかったし」
「それは夕日もだよ!!夕日からそんな素振り全然見れなかった」
「だってそれは、綾香が俺のこと好きじゃないと思ってたから、あんまり好き好きやるのも、ね」
「え、夕日も?夕日は私のこと好きじゃないと思ってたから。それにフラれるのが⋯怖かった」
うつむき加減に話していた綾香は視線を夕日に向ける。
自然と互いの視線が重なっていき、そして、二人の間を静寂が支配した。
だが、その静寂は2人の笑い声によりかき消された。
「ぷっ!! なんだよそれ」
「くすっ!! 本当、なんだよそれ、だね」
互いの事を思った結果こんなにも遠回りになってしまった。
そのことに夕日も綾香も笑わずにいられなかった。
「こんなことならもっと早くに言うんだった」
「本当そうだね」
夕日はより一層早く告白すべきだったと後悔していた。
それは夕日と同じ年月、いやそれ以上の想いを今の今まで打ち明けてこなかった綾香は、より強く後悔しているに違いない。
「あ、でも私、夕日に言わなくちゃいけないことが」
笑った後の緊張感の取れた緩い空間の中、綾香が何かを思い出す。
その何かは綾香の張り詰めた表情からとても重要な何かだということが見て取れた。
「きゃー」
「来るなー」
だが、綾香の言葉の続きはどこからともなく聞こえる悲鳴によって遮られた。
「なんだ!?」
夕日は悲鳴の聞こえる方向に視線を向ける。
「なんだ⋯あれ」
夕日の視線の先には見たこともない巨大な物体。
突然の異常事態に夕日はここにいるのは危険だと綾香の手を取りその場から離れようとした。
だが、夕日の手は綾香の手を掴むことはなかった。
「綾香?」
空を切る手をおかしく思い綾香へと振り返る夕日。
当然振り返るとそこには綾香はいた。
「綾香、早く逃げるぞ!!」
そう綾香を急かし再び腕を掴みにかかる夕日。
夕日が綾香の腕を掴む。
その前に、綾香の腕は夕日の手を交わし夕日の胸へと伸びていた。
「えっ!? ⋯な、んだよこれ。どう、してだよ」
突然のことに驚きの声を上げる夕日。
夕日の胸にはナイフが刺さっていた。
それは幾何学模様の入ったナイフ。
そのナイフは一人の人間の手に握られていた。
「あ、やか」
夕日の心臓にナイフを刺していたのは綾香だった。
夕日が刺された場所は心臓。
夕日は確かに刺された。
だが、不思議と血は1滴たりとも出てくることは無い。
「ごめんね。夕日」
ナイフを刺した張本人の震えた声。
その声を聞き、夕日は闇へと誘われていく。
そして、夕日の意識は闇に溶けていった。
お読み下さりありがとうございます。
プロローグから衝撃的でしたね。
果たして夕日は死んでしまったのか?
綾香は一体何者なのか。
真実は神のみぞ知る
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第一章 異世界転生は突然に
第1話 全ての始まり
夕日は闇の中にいた。
辺りは暗く、ここがどこなのかもわからない。
そんな闇の中、突然声が聞こえてきた。
「おーい」
聞こえた声は低く、老人のような声をしている。
(俺は死んだん、だよな? 何で声が聞こえるんだ?)
その声が何の声なのか夕日には全くわからなかった。
「おーい」
再び闇から聞こえてくる声。
(やっぱり聞こえる。⋯ああ、そういうことか。この声は死んだ俺を天国から呼ぶ声か)
夕日は死んだ。
であればこの声は天国からの声なのだと解釈した。
「おーい」
またしても夕日を呼ぶ声が聞こえてきた。
(まだ聞こえる)
急かす声に夕日は返事を返した。
「わかったから。今そっちに行くよ」
夕日は闇に向け声を発する。
だが、返事はなく、夕日を呼ぶ声が聞こえるばかり。
(もうすぐで天国かな)
次第に夕日を呼ぶ声が近くなっていることから天国はもうすぐだと予想する夕日。
途端、夕日の顔に何かが触れた。
触れられた場所は頬。
場所を特定できるほどはっきりとした感触があった。
(俺は死んでるんだよな? どういうことだ?)
死んでるのに感触はある。
そのことを夕日はおかしく思った。
「起きろ」
さっきまで夕日を呼んでいた声が急に口調を変えた。
「⋯さっさと起きんか!!」
口調はさらに尖った口調へと変わり、夕日は闇の中から抜け出すことに成功した。
「なんだ、ここ?」
闇を脱出した先には、天国、ではなく一面星のように光り輝く点が視界一面を埋めていた。
夕日は一瞬、宇宙の中かと思ったがすぐにそうではないと気づいた。
(床があるし宇宙というわけではないか。息もできるし)
だったらここはどこなのか確認するためキョロキョロと見回していると再び声が聞こえてきた。
「ようやく起きたか」
その声はさっき夕日を呼んでいたものと同じ声だった。
声のした方に目を向けると髭を生やした70歳位のおじいさんがいた。
そのおじいさん以外に誰もいない。
(誰だ?)
「ああ、わしか? わしは神じゃよ。といっても力はほとんど無くなってしまったがな」
何も喋っていないはず、なのにおじいさんは自分のことを神といい、思考を読み取ったかのように返事を返してきた。
(何で俺の考えている事が⋯。それに神って⋯)
「なぜかって?それは、ここがお前さんの意識の中じゃからじゃよ」
(え?俺の意識の中?)
そう。ここは、夕日の意識の中。
夕日たちは意識の中に作られた部屋にいた。
(宇宙じゃないとは思ったけど、俺の意識の中だなんて)
「そうじゃ。だからお前さんの考えている事は全て筒抜けじゃよ」
(俺の考えてることは全て筒抜け。そんなこと⋯神だったら出来る、のかもしれない)
人の考えていることを完全に理解するという芸当は神にしかできないだろう。
「じゃあ、俺の聞きたいこと分かりますよね?」
「ああ、分かるとも。全てな。それじゃあ最初に、なんで生きているのかについてじゃが、それはお前さんの魂をその体に入れたからじゃ」
(は? 今、何て言った? 俺の魂をこの体に入れた?)
神の口から出た言葉は夕日の理解を絶するものだった。
「じゃから、わしが作った体にお前さんの魂を入れこんだんじゃよ。その体はわしが作った体じゃ。お前さんの体は今も地球にある。地球に危機が迫った時、お前さんの心臓にわしが作ったナイフを刺し、こちらの体に魂を転移させるようあやつに言っておいたんじゃがな」
(何を、言ってるんだ?)
またしても意味のわからない話。
夕日はただ聞いていることしかできない。
「何を言ってるもなにも、あのナイフはわしが作った特別製でな、魂を転移させることができるんじゃよ。それに、その体はお前さんの魂にしか合わないんじゃ。まあ、他にも色々理由はあるんじゃが」
(この体が俺にしか合わない?)
夕日は体を確かめるように手を握ったり開いたりしている。
夕日は今、自身の体を離れ、神が作った体に入れられている。
(俺の魂がこの体にしか合わない⋯それだけの理由で俺は死んだのか)
「何を言っておる。お前さんはあの生物に食われて魂もろとも消えるのが良かったのか?」
(良くないけど。というかあの生物はなんなんだ?)
「あの生物は地球ではないもう一つの世界の生物。天球からきた魔物じゃよ。生き物というのは体が死んでも魂は生きている。だから体はさほど重要ではない。だが、あの魔物は違う。食った者の魂まで食ってしまう」
その事実に夕日は安堵した。だが、すぐに夕日は焦りを覚える。
「てことは、こんなことしてる間にも地球が」
「それには心配及ばんよ。何せここは意識の中、こんなに喋っておっても時間が進むことはない」
(良かった。地球は無事か)
ホッと息をつく夕日だが、遂に考えないようにしていたある出来事を思い出す。
「ああ、その事か。あやつが抵抗するもんじゃからわしが操りお前さんを刺した」
夕日が考えないようにしていた出来事とは綾香に刺されたということ。つまり神の言うあやつとは綾香のこと。
(どういうことだ?綾香は神のことを知っている?)
綾香は夕日の彼女。
今さっき恋人になったとはいえ、綾香は夕日の彼女だ。
その綾香のことを神は知っている。そのことに夕日は困惑していた。
「それと地球と天球では、時間の感覚が違い、地球での一秒は天球での一年に相当するんじゃ。先程天球の神が地球に干渉してきて、沢山の魔物が送られてきた。が、しかし今はわしの力で地球、いや地球の存在する世界そのものの時間を止めておる。じゃがわしの力はほぼ失われてて地球を三秒しか止めれないんじゃ。天球の神と地球の神とじゃ、まさしく天と地ほどの力の差があるんじゃよ。それでも何とか耐えているんじゃ、誉めてほしいくらいじゃよ」
(なんでそんな事を俺に言うんだ?)
夕日の魂はその体にしか受け付けない。
それは夕日も理解した。
だが、そもそもその体を作る理由はないはず。地球に危機が迫っているから何なのだ。
その体を作って夕日に何をさせるのか。夕日は頭の片隅にある答えが浮かんでいた。
ただ、その答えはあくまで憶測にすぎない。なのにその答えは100%あっている自信があった。
「元々天球と地球は1つの世界だったんじゃよ。その世界の神が今の天球の神だったんじゃが、突如その世界が2つに割れ、今の天球と地球が生まれた。そして、わしは地球の神になったんじゃ。それから何事もなかったんじゃが今、あやつが地球を取り戻そうとしてきておるんじゃ」
神の話は夕日の思っている答えに少しずつ近づいている。
「じゃから、お前さんにはその体を使って天球の神を止めにいってほしいんじゃよ。三秒で神を倒してこい」
「三秒って、そんなのどうやって」
三秒で神を倒せという夕日の想像を超えた発言に、しばらく傍観に徹していた夕日だったが、それには黙っていられなかった。
「まあ、そう言ってもわしが止めれることのできるその三秒は、あっちの世界では3年分になるがの」
夕日の思っていることを見透かした表情で神はそう付け加えた。
「それと、その体には地球には存在しない『魔力』というものがある。天球で生きるためには必須じゃ。それにその体にはお前さんだけのスキルがあっての、そのスキルはお前さんの感情によって使える魔法が変わるというやつじゃよ。まあ、どっちみち行かせる予定だったんだ、それが早まっただけのことじゃ。とりあえず、わしが説明するより実際に見た方が早いじゃろ。それじゃーのー」
「お、おい、ちょっ、待って、まだ⋯」
神は別れの挨拶と共にその場からいなくなる。
神がいなくなった瞬間、意識の中にある部屋が消えた。
「話は終わってな、い。⋯⋯な、んだ⋯ここは!?」
部屋がなくなるや否や、夕日は見知らぬ大地に置き去りにされていた。
「なん、なんだよ!!!!!!!」
夕日は怒りに我を忘れ、叫び続ける。
夕日は確かに見た。
綾香が泣きながらそして、苦しそうに夕日の心臓にナイフを刺しているのを。
夕日は綾香にあんな顔をさせた神に対し激しい怒りを覚えていた。
自分の置かれた状況よりも綾香のために。
辺りは夕日の怒りに呼応するように燃え、どんどん強さを増していく。
草木は一瞬で灰に変わり天球にある全ての物を焼き付くしてしまうのではないかと思われた。
だが、夕日は急な脱力感に襲われ、全身に力が入らなくなっていく
「なん、だ、これ」
夕日の意識が朦朧としていくなか
「大変。人が⋯」
誰かの声がする。
(なんだよこれ。こっち来た途端に俺、死ぬのかよ)
自分の置かれた状況に苦笑いを浮かべ、目が閉じていく。
夕日の意識はそこで途絶えた
異世界へと転生させられた夕日。このあと夕日は一体どうなってしまうのか
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第2話 希望
夕日は目が覚めるとベットに寝ていた。
真っ先に目に入ってきたのは見知らぬ天井。
(ここはどこだ?)
体に力が入らず体を動かそうとするがびくともしない。動くのは口と目だけで、首が動かせず周りの状況を確認しようにもできない。
声を出そうとするが声は出ず、口をパクパクとさせるだけ。
「ん?目が覚めたか」
(誰だ!?)
なんとか声を出そうと口をパクパクする。
だが、やはり声は出ない。
「全然起きないから、もうダメかと思ったよ」
その声から女性のものだと理解することができた。
「なにせ7日も寝てるんだからな」
女性の発言に夕日は驚かされた。
(7日⋯俺はそんなに寝ていたのか)
夕日は天井しか見ることができない。
だが、得られる情報は何も視覚からだけじゃない。
(近づいてくる)
コツン、コツンと足音が聞こえてくる。
その音は徐々に近づいていた。
やがて女性の足音は止まり、ヒョイと夕日の顔を覗いてきた。
夕日の視界に入ったのは、短い黒髪、黒色の瞳、そして美しい顔。
その女性の表情からとても心配そうにしていることが理解できる。
「どうした?何か喋らないか」
女性にそう言われ、喋ろうとするがやはり声は出ない。
「どうした口をパクパクさせて⋯もしかして声が出ないのか?」
肯定の意を込め頷こうとするが首は動かない。
女性は夕日のその態度を不審に思ったのか少し考える素振りを見せる。
「もしかして体も、なのか?」
問われる夕日。
だが、体も動かなければ声も出ない。
それを女性は肯定と取った。
「そうか。ちょっと待て」
女性はそう言うと夕日に手を向ける。
「『回復(ヒール)』」
彼女が言葉を発した瞬間、見たこともない模様が空中に浮かび上がる。
すると、夕日の体を突然、温かい光が包み込んだ。
「よし、これで大丈夫だ。動いてみろ」
(何をしたかわからないけどそんなことで)
動くわけがない。そう思いつつ軽く手を動かす。
「!?」
手はしっかり動いた。
「声も出るはずだ」
「あー、あー、⁉︎」
(嘘だろ!? 動かなかった体が動く。それに声も出るし⋯いったいなんなんだよ。それにここはどこだ?)
自分のいる場所、ましてやなぜここにいるのか理由すらもわからない。
だから夕日はその女性に聞いてみることにした。
「ここはどこなんだ?」
「ああ、ここか?ここは都市クリストのエンデステリアという小さな村だ」
「都市クリストのエンデステリア村、か」
(都市クリストのエンデステリア村⋯どこだそれ?)
地球にはもちろんそんな名前の都市もなく夕日は頭にはてなを浮かべていた。
(⋯あ、そういえば俺、異世界にいるんだっけ?)
だが夕日はここが地球ではないことにすぐに気がついた。
夕日はこの世界に転生させられてすぐに気を失った。
だからなぜ自分がここにいるのかすらも夕日はわからなかった。
夕日が都市名を聞いてもあまりピンときていないことに少し引っかかるシャルネア。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
夕日の態度を不思議に思ったシャルネアは夕日に聞くが夕日は誤魔化した。
シャルネアは夕日の返答を素直に受け取り、話を始めた。
「そういえば自己紹介がまだだったな。私はシャルネア・タース。この小さな村で農業を営んでいる。あなたは?」
「俺は龍崎(りゅうざき)夕日(ゆうひ)」
「リュウザキユウヒ⋯珍しい名前だな。出身は?」
「出身か」
夕日は天球のことについて一切知らない。
だから出身を聞かれ夕日は言いよどんでいた。
(ここで、異世界から来ましたと言っていいものか、どっかの村から来たとか、そんなことを言えばいいのか?)
素直に異世界から来たと言っていいものか夕日は迷った。
それに信じてくれる人などそういない。
だから夕日は話を反らすことにした。
「ま、まあ、そんなことよりさっきのはなんだ『回復(ヒール)』って」
結局、夕日は良い言い訳を思いつかず、話題を反らすことに切り替えた。
だが、その話題を反らすために出した話題が良くなかった。
シャルネアからため息が漏れる。
「まさかとは思ったがやっぱり知らなかったか。さっき魔法を使ったときものすごく驚いてたからな。普通、魔法は皆知っている。だから龍崎みたいなのは初めてだ」
「そ、そうなのか」
「ああ、どんなところから来たのか知らないが、さっき使った『回復(ヒール)』というのは魔法の一種だ」
先程シャルネアが使ったものは魔法だった。
(魔法。そういえば神が言っていたな)
夕日は神との会話を思い出していた。
「魔法とは、魔力を触媒にしてあらゆる事象を改変することだ。まあ、簡単に言えば魔力を使い、普段出来ないことが出来るようになるということだ。そして、その魔法の中の基本魔法『回復(ヒール)』は、かけた者の自然治癒力を向上させる魔法。基本魔法っていうのは、まあ、誰でも使える魔法ってこと。誰でも使えるからこそ効果は薄く、『回復(ヒール)』をかけると自然治癒力を無理やり向上させることにより、付与者の体力がごっそりなくなる」
シャルネアはとりあえず魔法の説明を優先した。
夕日が魔法を知らないことは魔法の説明をした後で聞けばいいだろう。
そう考えたからだ。
(魔法の説明はまあ、なんとなくわかった。シャルネアが言ったように普段出来ないことが出来るということなのだろう)
1つの疑問が解決し、夕日の頭の中には新しい疑問が浮かび上がった。
その新たな疑問の答えは夕日がここにいる理由にもなる。
夕日はその疑問をシャルネアに聞いてみることにした。
「なあシャルネアさん」
「シャルネアでいい。さんなんて呼ばれる性格(たち)でもないからな」
「そうか。わかった。そういうことなら俺の事も夕日でいい」
「ああ、了解した」
「⋯それで、シャルネア。なんで俺は7日も寝ていたんだ?」
「それは、魔力の枯渇だ」
「魔力の枯渇?」
「魔力はみんな、少なからず持っているもの。そして、自分の体内にある魔力が尽きると最悪死に至る。夕日は何らかの形で魔力が外に飛び出し、体内の魔力が少なくなり気を失った。魔法は、魔力を触媒にして事象を改変することが出来る。だから魔力そのものが体外に出ることは本来ありえない。魔力は魔法を使う際に変換され外の出てくるものだからな。」
シャルネアはそう言うと夕日を黒色の澄んだ瞳で見る。
その瞳は夕日に何があったのか話せと言っているようだった。
(そんなに見られても何も出てこないのだが)
「すまないが、それはわからない。あの時頭に血がのぼって、そしたら辺り一面火の海に⋯というか大丈夫だったのか?」
「大丈夫、とは?」
「あの火の中から一体どうやって」
夕日の言葉の続きはシャルネアもわかっていた。
「なに。私は少々特殊でな。あの火くらいは軽く防げる」
「そう、か。ならよかった」
「⋯話を戻すぞ。それで、結局わからないということでいいのか?」
「ああ。あの時、猛烈にいらついてて、そしたら気を失ってた」
「なるほど。いらついていたというのは何か怒っていたということか?」
「あ、ああ」
夕日は神のことについて思い出す。
あの無責任な神を今すぐにでも殴りたい。
あわよくば⋯。
加速する夕日の思考。
行き過ぎた衝動をギリギリところで留め、その続きを考えることをやめた。
(危ない。また、繰り返してしまうところだった)
助けて貰った恩人の家を燃やすことを夕日はしたくなかった。
「怒ったら魔力が溢れ出た、か」
顎に手をあて、考える素振りをし、数秒して顎から手を外した。
「⋯もしかしたら、スキルが関係しているんじゃないか?」
「スキル?」
「普通ではできない力を持っていることがある。それがスキルだ」
スキルについては神も話していた。
また神との会話を思い出し、夕日は自身の特殊スキルについて話し始める。
「確か、『感情によって使える魔法が変わる』っていうスキルを持っているはずだ」
途端、シャルネアの口は顎が地面につきそうなほど大きく開かれる。
それほどまでに驚いているのだろう
「夕日、お前は何者だ? スキルを所持しているだけでも凄いのに、その規格外な特殊スキル。だが、そういう特殊スキルなら魔力が溢れ出るなんてことも説明つく」
まだ何かあるのだろうとシャルネアが夕日の心を透かしたような目で見てくる。
(正直信じてくれるかわからない。でも、俺はシャルネア助けられた。あのとき助けられなければ死んでいた可能性だって十分あり得る。命の恩人に隠し事はしたくない)
最初言わないつもりだったが遂に夕日は覚悟を決めた。
「わかった。理由を話すよ」
シャルネアは今までにない真剣な眼差しで夕日が話すのを待っている。
「だけど、今からする話は俺たちだけの秘密。誰にも言わないでください」
首を縦に振り肯定の意を示した。
それを確認し、夕日は口を開いた。それから話は3分ほど続いた。たかが3分の話。
だが、その3分は濃いものであり、シャルネアを黙らせるのには十分だった。
「⋯」
話を聞き終えたシャルネアはじっと口を閉ざしている。
(話したところでこんな事信じてもらえるとは思えないが)
「いろいろ⋯あったんだな。これが私だったらと思うと正気を保っていられるかわからないな」
「信じるのか? 俺が嘘を言ってる可能性も⋯」
「私には夕日が嘘を言っているようには見えない。それにあの惨状を見たら誰でも信じるだろう」
夕日はこっちの世界に来たときの事を思い出す。
怒りに我を忘れ天災を起こした事を。
「夕日の話から察するに感情が『怒り』 の状態になったのが気絶した原因だと思う。感情が『怒り』の状態になり、魔力が漏れ、天災が起き、ものすごい速さで魔力を消費し、魔力障害が起きて気絶したというわけだ」
「⋯」
「だとするとこれから怒るのは止めといたほうがいいな。貴重な一週間を棒に振るうことになるからな」
期限である3年のうち1週間、つまり1095日ある内の7日を無駄にした事になる。
その事実を夕日の無言がものがたっていた。
だが、夕日が無言になっていたのは決して何も言えなかったからではない。
次にどう動くべきかを考えていたからだ。
(俺はこれからどうすればいいんだ?やはり仲間を集め、鍛錬に勤しむのが先決か⋯取り敢えずなにか行動を起こさなければ)
「シャルネア。助けてもらって悪いけど、俺はもう行かないと」
夕日がこの世界にいるのは神を倒すため。
だから、こんなところにずっといるわけにはいかない。
ましてや神の倒し方、そもそも神がどこにいるのかすら知らない。
そこから調べなければならない。
そうなると時間はいくらあっても足りない。
そう考え夕日はシャルネアに早い別れの挨拶を告げる。
「凄いな夕日は」
シャルネアが返したのは夕日に対しての賛辞だった。
今にも消え入りそうな声は夕日にしっかりと聞こえていた。
「え?」
だが、なぜシャルネアがそう言ったのか理解ができていなかった。
(どうしたんだ?)
「夕日、私の弟子になる気はないか?」
「で、弟子? 何の? まさか、農業? 悪いけど俺にそんな時間は」
シャルネアは頭(かぶり)を振る。
そしてシャルネアは鋭い瞳で夕日の目を真っ直ぐに見る。
「武術のだ。タース家は名の知れた魔法の名家でね、産まれてくつ子供もまた強いだろう。そう期待されていた。そうして産まれたのは私と一つ年上の姉。姉は魔法の素質が高く、教えられた魔法はすぐにものにしていった。だが、私は違った。私には魔法の素質はなかった」
「えっ!?」
「家ではいないものにされ、私は家を窮屈に感じ遂には家を出た。そうして外を彷徨っていたら一つの道場を見つけたんだ。そこはなかなり腕の立つ男性。まあ私の師匠なのだが、それからそこに厄介になり、今ここにいるというわけだ」
「⋯」
夕日はシャルネアの話を聞き、終始驚いていた。
まず、シャルネアが魔法の名家ということ。
家ではいない者にされてたり。
夕日は幼い頃の記憶を掘り起こし確認する。
記憶にはしっかりと家族からは愛されていたと言える記憶が次々と見つかった。
だから、夕日には親から居ないものとして扱われるなんて経験はないし想像すらしたくもない。
「それで、そっからどう弟子にすることに繋がるんだ?」
「私が教わった道場では、魔力を纏う鬼(き)魔(ま)纏(てん)流(りゅう)という流派の武術の道場だった。魔力を纏う。それは普通はできることではない。だが、鬼(き)魔(ま)纏(てん)流(りゅう)は魔力を纏うことができる。魔力を纏うことがどれほどの力になるか、夕日ならわかるだろう?」
「ああ。痛いほどな」
夕日は気を失う前のことを思い出す。
辺り一面焼け野原になっていたことを。
(俺を弟子にしたいんだっけ? 魔力を纏う。それはとてつもなく強いに違いない。できれば会得したいが、普通できないことをできるようにする、というのはかなり修行なり何なり時間をかけて努力をしていかないと無理じゃないのか?俺には三年しか残っていない。その三年で神を倒さなければならない。こんなところで時間を使うくらいならさっさと神を倒すための旅にでも出たほうが良さそうだ)
そう考えた夕日はシャルネアに断りの返事をしようした。
「シャルネア。その、非常に申し訳ないんだが、俺には三年しか残ってなくてだな⋯」
シャルネアが何かを思い出したかのように、はっとしたような顔をする。
「そうだった。三年しかないんだったな。普通に修行をしてたんじゃ間に合わないか。⋯手っ取り早い方法があるといえばあるのだが」
「本当か!?」
「ああ、命を削って鬼麻纒流の最終奥義を体得する方法があるんだよ」
「命を⋯削って?」
「そう、命を削ずるんだ。正確には寿命を縮めるということになるな」
「寿命を、縮める」
「安心しろ。痛みは全くない⋯多分」
「多分ってなんだよ。めちゃくちゃ不安になってきたわ!!」
「実はそれやったことないんだ。でも、大丈夫だ。死ぬことはない」
必死に言うシャルネアを見て夕日はシャルネアを信じてみることにした。
(とりあえずシャルネアを信じてみるか。力が簡単に手に入るんだ。やる価値はある)
「寿命を消費すればいいんだな?」
シャルネアは夕日に手の平を向ける。
手から光が発せられ夕日の体を包んだ。
「ふむ。夕日の寿命はあと、78年あるな。寿命を70年削って体得することができるが、やるか?」
(寿命⋯わかっちゃうんだな)
寿命を知ることができる。
そんなことができるのは魔法しかない。だが、シャルネアがその魔法を使えていることから、基本魔法なのだろうか。
それとも鬼魔纏流の技なのか。
(いや、でも寿命を知ることができるのが基本魔法の訳ないよな。⋯まあ、魔法についてはよく知らないからなんとも言えないな。とりあえず寿命については3年分残ってればいいから75年もいらないよな。⋯それなら大丈夫か)
「シャルネア。よろしくたの⋯」
同意の返事をしようとしている途中コンコンと、家のドアが叩かれる音が響いた。
「誰だ? ここに来るやつは余り居ないのだが」
「たす、けて」
「ちょっと待て。今、開ける」
ゆっくり歩いていたシャルネアだが、ノックと同時に聞こえてきた「助けて」という声に焦りを覚え、駆け足でドアに向かっていく。
「ガチャ、キー」っとドアと家を繋ぎ止めている鉄製の蝶番が音を立てる。
そうして訪問者を視野に収めたシャルネアだが、目に入ってきた光景は悲惨なものだった。
目の前には血だらけで、右腕が無い女性がいた。
「ど、どうした?大丈夫か?⋯これは酷いな。いったい何が⋯ん?その服にある紋章はもしかして」
シャルネアが見たものは、国家の最高戦力を誇る魔法部隊『マルグリア』の紋章。
それが女性の服に刺繍されていた。
「何があった?」
「ここより少し離れた森に魔物が⋯。今仲間が足止めをしているのですが、早くしないと」
「どういうことだ?人間界に現れる魔物くらいなら倒せる力はあるだろう?」
「それが、魔法が一切効かないんです」
「なんだと?」
「私達は魔物を倒すことができない、助けを呼ばなければ、そう判断してここに来たんです。この村に住み、武術の達人であるシャルネア・タースに」
ゴホッ、ゴホッと咳き込む女性。
その際に傷が疼くのか女性は苦痛に顔を歪める。その苦しむ様子を見ているだけで魔物の強さがわかるような気がした。
幸い傷の手当てはしているようで流血はしていなかった。
これで流血で死ぬ、ということはないだろう。
「すまないキツイところを。⋯よし、わかった。その場所を教えてくれ」
これで魔物を倒すことができる。
女性はそう思い、苦痛で歪んでいた顔がパアッと明るくなった。
「ありがとう。ありがとうございます!!」
「それじゃあ、早速行こう」
そう言うとシャルネアは、女性に向けられていた視線を夕日の方へと移した。
「夕日も行くぞ」
「え、でも」
「魔力を纏うということがどういうことかよく見ておけ」
途端、シャルネアから近寄りがたいオーラが発せられた。
(なんだ、これ。体がビリビリする)
シャルネアの表情は夕日の知っているものとは全く違っていた。
どこか生気のない生きる意味を失ったようなシャルネアの目には確かに火が灯っていた。
『農家』のシャルネアはもう、そこにはいない。
そこにいるのは『武術の達人』のシャルネアだけだ。
どうやらこっちが本当のシャルネアらしい。
「よし、行くぞ」
(魔法が効かない魔物相手にどうやって戦うのだろう?武術というくらいだしやっぱ素手だよな⋯本当に勝てるか?)
一抹の不安を抱え、夕日はシャルネアの後に続き魔物退治に向かっていった。
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第3話 涙
あの後、夕日たちはすぐさま家を出発し、魔物のところへ行くため荒野をかけていた。
「シャルネア」
「なんだ夕日」
「ものすごく恥ずかしいんだが」
「仕方ないだろ、夕日のスピードに合わせていたら着くものも着かないからな」
「それはわかる、けど⋯さすがにお姫様抱っこは」
シャルネアは夕日は抱えながら荒野をかけていた。
さながら王子様がお姫様を抱っこするように。
この場合、王子様がシャルネアでお姫様が夕日なのだが、周りには魔法部隊の隊員がいるだけで、他の人にその光景を見られることはない。
とはいえ、女性にお姫様抱っこをされるというのは男としてとても恥ずかしかった。
そうは言っても、なぜこのような状況になっているのかと言うと、シャルネアと隊員の移動速度が速すぎるのが原因だった。
シャルネアは魔力を纏い脚力を強化し、隊員は魔法を使い移動速度を上げていた。
夕日は魔法を使うことも魔力を纏うこともできず、二人についていくことがままならない。
夕日は魔法が使えず、ましてや魔法の使い方すら知らないのだ。
だから、夕日は自分の足で走るしかない。
しかし、そうなると目的地に着くのに時間がかかってしまい、魔物を自由にさせてしまう。
それは何とか避けたい。
そういう理由から夕日はシャルネアに抱えられていた。
だが、やはり仕方ないといっても恥ずかしいものは恥ずかしい。
そのため、夕日は恥ずかしさに顔を隠していた。
「あ、すいません。名前を名乗っていませんでしたね。私の名前はセルフィス・オッドガルド。御存じの通り国家の最高戦力である魔法部隊マルグリアの隊員です。私たちマルグリアは、魔物が街から人をさらい、森に帰って行ったと王都に報告がありました。それで、その森は一定の強さを持っていないと入ることができないようになっていて、それで、その森に入れる強き者である私たちがここまで来たというわけです。そして強き者しか入れない森に入れる魔物もまた強き者。その強き者を倒せるのは同じ強き者だけ。⋯でも、結局はあの魔物のほうが強く、私は仲間を置いて助けを呼びに来たというわけです」
夕日は聞こえてきた声に反応して隠していた顔を上げる。
その声の主、セルフィスは応急処置を施しているとはいえ満足には動けないはず。
だが、シャルネアと走る速度は変わっていない。
ここら辺は流石、国家の最高戦力だ。
そうやって事の経緯を説明したセルフィスだったが表情は暗い。
「セルフィスか。私は、言うまでもないがシャルネア・タースだ。そして私が抱えているこいつは龍崎夕日。とある事情で今、私の家に泊めているんだ」
ものすごい速さで走りながら、会話をする2人。
走りながらの会話というのは相当キツイはず。
だが、二人とも全く呼吸が乱れていなかった。
(⋯この速さで走りながら会話するってなかなかにきついと思うんだけど。⋯なんで二人とも息あがってないんだ?)
それだけでシャルネアとセルフィスがどのくらい強いのか分かるような気がした。
「ところでセルフィス。その魔物の詳細を教えてくれるか?」
「はい。体長は約3メートルほどの人型の魔物で、力が強く、スピードが速くて、そして何より魔法が一切効きません」
現在、人が出せるとは思えない速さで走っているセルフィスが、速いと言ってしまうほどの魔物とは一体。
それに、力も強く、更には魔法が効かない。
夕日はどうやれば勝てるのか考えてみたが、答えは出なかった。
(全く勝てる想像が出来ない。戦うのは俺じゃなくてシャルネアだけど、誰が戦っても勝てないんじゃないか?)
夕日はネガティブな思考になっていた。
だが、そうなるのも納得の強さを魔物は秘めている。
「まあ、久しぶりの相手としては申し分ないんじゃないか」
シャルネアの履いたセリフによって夕日のネガティブな思考は見事に霧散していった。
(正気か⋯シャルネア。いくらなんでも勝てないだろ。⋯でも、あの自信。もしかしたら本当に⋯)
絶望の中に産まれた希望。
その希望であるシャルネアを夕日は信じてみたくなった。
「本当に勝てるのか?」
「う~ん。わからん。でも、まあ、大丈夫だろ。戦えばわかる」
「⋯」
だが、信じてみるにしても魔物の事を聞く限りはやはり勝機が見当たらない。
何か策があるのかと思い聞いてみるが、返ってきた答えはなんとも曖昧なものだった。
(結局勝てるかわからないのかよ。戦えばわかるってそりゃ戦えばわかるでしょ。⋯本当にこんなんで勝てるのか?)
「もうすぐで着きます」
「わかった」
セルフィスは自分の発した言葉により自身の表情を固くさせた。
仲間がどうなっているのかそれは魔物の強さを直で知っているセルフィスはわかっているのかもしれない。
セルフィスの表情が固くなるのも仕方がないことだろう。
「⋯それで、俺は森に入れるのか?」
「あっ!!そうですね、それは⋯どうでしょうか」
セルフィスはシャルネアが強いと言うのを噂ながら聞いていた。そして今シャルネアが纏っている覇気と魔力。
それはセルフィスも認める強きものであった。
だが夕日は違う。
夕日が強き者なのかは誰も知らない。
だから夕日は心配になり聞いてみたのだが、どうやらセルフィスにもわからない様子。
だが、シャルネアは違っていた。
「多分大丈夫なんじゃないか?」
「⋯え?」
夕日がシャルネアにあきれていると、目の前に樹々が見えてきた。
森は目前まで迫っていた。
「ここから森に入ります。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って俺、どうなるの?」
シャルネアの言ったことはあてにせず、シャルネアの腕の中でバタバタと慌てる夕日。
だが、夕日は樹々の中に入ることができた。
森に入る際、体を何かがスゥーっと通り抜けていく感じがした。
「あ⋯入れた」
森に入れたことに驚く俺と、ドヤ顔をするシャルネアの光景がそこにはあった。
(俺って強きもの、ってことなのか? まあ、今はそんなこと考えてる場合じゃないな)
思考を切り替え目の前のことに意識を向ける。
「目的地である湖までもうすぐです。もう見えてくると思うんですが⋯」
セルフィスがそう言うと目的地周辺から謎の声が聞こえてきた。
『グアァーーーーーーーー!!』
「な、なんだ?」
急いで目的地に向かうと目の前には、目的地である湖があった。
ただ、その湖は血で赤く染まっており、湖に何かが浮かんでいた。
それは白鳥、ではなくところどころもげた屍。
何人死んだのだろうか。
その湖の中に佇む人影。
ただ、それは人ではなく人型の何かであった。
見慣れない大量の血と死体を目にし、夕日は吐き気を催す。
「お、おぇー」
吐き気に耐え切れず、吐こうとするが何も出てこなかった。
7日間も寝ていたため胃の中には何も入っていないからだろう。
「あれが、敵か?」
「そうです。魔法が効かない魔物です。」
『グアァーーーーーーーー』
夕日たちに気づき人型をした何か、否魔物は雄叫びをあげながら夕日たち目掛けてものすごい速さで迫ってくる。
「うわぁっ!!」
(やばいやばいやばい!!)
夕日は焦っているのも束の間、敵は目前まで迫っていた。
突然時間が止まっているように感じた。
(ああ、死ぬ前って本当に時間がゆっくりに感じるんだな。終わった)
夕日はそう思った。
(流石にこれは無理だ)
時間がゆっくりになった世界で死を覚悟し目を瞑ると横を突如、突風が吹き荒れる。
「!?」
突風が収まったと思ったら、魔物の首が飛んでいた。
その魔物の首は文字通りシャルネアの手により切断されていた。
と、突如魔物は虚空に消えていった。
(シャルネアは夕俺の隣に居たから、さっきの突風はシャルネアが動いたために起こった突風?⋯いや、どんだけ速いんだよ)
「まあ、こんなもんか」
シャルネアがちょっと残念そうに呟く。
(シャルネア強すぎないか?国家の最高戦力でも、全くかなわなかったのに。なんだよ、余裕じゃないか)
「何を言っているんだ。動くのが0.1秒遅れてしまった。体が鈍ってるな」
耳を疑うようなシャルネアのセリフ。
はぁーっとシャルネアが溜息を漏らし足や腕をペタペタと触っている。
(鈍っててそれって頭おかしいだろ)
夕日はシャルネアのその態度で先程まで死を覚悟していた自分が恥ずかしくなってきた。
セルフィスはというと目前に広がるその光景を信じられないというような目で見ていた。
そして、バラバラになった仲間を見て呟く。
「みんな⋯」
ドスンと音をたてセルフィスはその場に座り込み、涙を流していた。
「セルフィス⋯」
夕日は涙を流しているセルフィスを見て、気の利いた声をかけてやることができずにいた。
夕日は、15の頃両親を亡くしている。
夕日には12歳の妹がいた。
ただ、妹は3000万人に1人といわれる難病を患っており、親戚たちは厄介事を避けるかのように夕日たちを引き取ることをしなかった。
二人きりになった夕日は妹と生きていくことを決め、妹の治療費を稼ぐためバイトに日々明け暮れていた。
夕日も両親を亡くしているからセルフィスの今の気持ちが少しはわかっている。
ここで「少し」といったのは完全に相手の気持ちがわかるほどの心を持っていないし、完全にわかられてもセルフィスにとっては嫌だと思ったからだ。
似たような経験をしているからこそ何と言葉をかけたらいいのかわからない。
安い言葉では逆に相手を傷つけるだけだ、言葉選びは慎重に。
そう考えていた夕日だったがシャルネアがセルフィスに声をかけるのが先だった。
「仲間のことは残念だったな。でも、セルフィス泣いているのを仲間たちはいい気分でいられるか? 仲間の最後くらい笑って送ってあげよう、な」
「は、、、い、、、」
セルフィスはシャルネアに優しい口調でそう言われたことにより、いっそう涙を流していた。
セルフィスはもう大丈夫。
そう判断してシャルネアは今やるべきことを考えていた。
「とりあえず⋯遺品を回収しよう」
「わかった。けど、遺体はどうするんだ?」
「これじゃあ誰が誰だかわからんからな。普通なら王都に送ってやるのが普通かもしれんがこの状態じゃ可哀想だ、早く土に埋めてあげた方がいいだろう」
二人で会話をしていたシャルネアだが、さっきまで涙を流していたセルフィスが涙を拭き、立ち上がるのを見てシャルネアは少し驚いていた。
「すみません。⋯もう、大丈夫です」
(驚いた。もう立ち直るなんて)
シャルネア同様、夕日も驚いていた。
だが、夕日のほうがシャルネアの何倍も驚いていたようだった。
夕日は親をなくしている。
親がなくなった当初、現実を受け入れることができなかった。
だから、立ち直るのにも時間がかかった。
そして同じような境遇のセルフィスもそうだろうと思っていたのだ。
だが、セルフィスは夕日の想像の何倍も強かった。
「それじゃあ、遺品の回収からしましょう」
「「お、おう」」
セルフィスはもう吹っ切れたようだった。
(でも、なんか引っかかるな)
吹っ切れた様子のセルフィスだったが無理やりテンションをあげているように見えるのは気のせいだろうか。
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