異世界の異世界デート譚 (Kuro Maru)
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1.「プロローグ」

「どうですか?」

 

 試着室の前を横切りながら、若い——同い年くらいだろうか? それとも、もう少し年上だろうか?——店員が、ドアに向かって声をかけた。

 

 こんな風に女の子と一緒に服を選びに来ること自体が初めてだった彼は、用意されている椅子に座ることもなく、試着室のすぐ脇で下を向きながら手持ち無沙汰全開で佇んでいた。

 他の服を選びに行くのは、店内の女性の目が気になってとてもできなかったし、そもそも、そんなファッションセンスも持ち合わせていなかった。

 

 カチャリ。

 

 試着室のドアが開くと、先ほどの店員が、

 

「うぁぁ、かっわいい! すっごい似合ってますよ! ほら、ほら! どうですか? 可愛いですよねぇ~」

 

 と、大きい声で彼に向かって声をかけた。

 

——そんなでかい声出すなよ!

 

「ほんとにかわいい! ものすっごくかわいい!」

 

 営業トークではなく、心からそう思っているのだろう。店員が店にいる全員に、まるで見せびらかすようにそう言った。

 

——だから、そんなでっかい声出すなってば!

 

 慌てて辺りを見回すと、その声に呼応した人たちの視線がこちらに集まっている。ただでさえこんなブティックに来たのが初めての上に、一斉に視線が集まるこの事態。恥ずかしすぎて、脱兎のごとく逃げ出したいこの気分。思わず顔を伏せて、両手の握りこぶしに力を入れる。

 

——限界だ! もう無理! 無理無理無理無理!

 

 その場からUターンしかけたその時、

 

「どうですか? 似合ってますか?」

 

 声がした。

 

 その声の持ち主の方へ、恐る恐る顔を向ける。

 

 体のラインに沿った黒いワンピース。ノースリーブの肩にふわりと羽織っている白い薄手のカーディガン。ワンピースにあしらわれた細いボーダーラインとカーディガンのラインがアクセントになって、形の良い胸の膨らみをより強調している。

 ちょっと短めの裾からスッと伸びた綺麗な白い足。その足元には黒いモカシンのショートブーツ。足首から、白いソックスがかわいらしくのぞいている。

 

 髪の色といつものリボンの見栄えを考えたのだろうか、普段はブリムで飾られているショートボブの頭に、黒いベレー帽がちょこんと乗っている。斜めがけのピンクのポーチが、その雰囲気にマッチしている。

 

 そもそも。顔のつくりは言うまでもなく、細すぎず太すぎず、出るところは程よく出て、引っ込むところはきゅっと締まっている、抜群のスタイル。

 身長はそれほど高くはないが、手足がすらりと長いので、きっとどんな格好をしても、十人中十人が振り返るだろう。実際、先ほどまで道ゆく人、ほぼ全員に返り見をされていた。

 

 普段着ているものと同じ黒と白の組み合わせだが、年齢相応のおしゃれをするとこんなにも違うのか、という感じだ。というより、普段に問題がありすぎるのだ。

 

「お? あー、か、かわいい。可愛いと、思う。いや、その……本当に可愛い」

 

 その言葉に少しだけ頬を染めながら、青い髪の少女はにっこりと微笑んだ。

 




 
 こんにちは。黒丸<Kuro Maru>です。初めましての方は初めまして!

「異世界の異世界デート譚」連載開始します。これはとある物語を書いている最中に並行して書き始めたものです。色々拙い部分もあると思いますが、どうぞ最後までよろしくお願いします。
 あと、一話ごとの文字数に多い少ないのバラつきもありますが、その辺りも大目に見ていただければ嬉しいです。
 基本的に週一でアップしていこうと思っています。そんなに長くならない予定です。


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2.「小さな扉」

 その扉の存在に、最初に気づいたのはラムだった。

 

 ロズワール邸では、筆頭使用人のレム、そして彼女の姉のラムが文字通り屋敷全ての管理を任されていた。と言っても、そのほとんどの作業は妹のレムが行っており、肉体労働が苦手な姉のラムはその『補佐及びご意見番』的な立場だ。

 ラムが得意なのは野菜の皮むきとふかし芋を作ること。あとは彼女が『バルス』と呼ぶ少年を蔑むこと。妹のレムはそんな姉を上手に支えている。

 

 一日の作業の割り振りを終え、スバルは外回りの清掃と植木の剪定、レムは自分の作業以外のことをおこなっていた。ラム自身のその日の仕事は、屋敷に数多くある部屋の状態をチェックすることだった。

 

 西棟の一室ずつを見て回る。それにしても、この屋敷は広くて大きい。作業の割り振りをしているとはいえ——割り振りといっても、実質一人+アルファの作業なのだが——一日で全部屋の掃除とチェックはほぼ不可能。そこで、主棟と東棟、そして西棟に分けて、一日ごとに管理作業を行っているのだ。

 

 ラムのこの日のノルマ、西棟の最後の部屋にようやくたどり着いたのは、お昼の休憩時間を挟み、陽も傾きかけた頃だった。

 いつものことだが、今の所、特に異常は見当たらない。これはもちろんレムの功績なのだが、ラム自身は、自分のチェック能力の賜物でもあると、半分くらいは本気でそう思っていた。

 

——この部屋が今日の最後ね。

 

 四階の一番端の部屋の前に立ったラムは、その部屋に入る前に、廊下の窓から外を見下ろした。下ではスバルが庭の植木の剪定をしているのが見える。使用人見習いとして屋敷で働き始めた頃よりも、いろいろなところが随分マシになってる。それでも、ラムの評価は下の中くらいだ。

 

——あぁ、それじゃあ、せっかくの植木が見るも耐えない状態になってしまう。仕方がない、これが済んだら、バルスのところに行って……。

 

 そう思った時、レムがスバルのところに駆け寄ってきたのが見えた。

 

 とある事件をきっかけにして、レムはスバルにすっかりなついて——夢中になって——しまった。最近ではまるで子犬のように尻尾を振りながら、スバルの後をついて回っている。

 これで仕事が滞っているようなら大問題なのだが、レムは仕事をきっちりとこなした上で、スバルにべったりだった。これではラムも突っ込みようがない。

 

 おそらく今も、大急ぎで今日の分の仕事を早々に終わらせ、颯と外に出てきたに違いない。その様子を窓から眺めながら、ラムはついこの間までのレムのことを考えていた。

 

 自分に自信が持てず、引っ込み思案な傾向にある割には、先走って、一人でなんでも解決しようとしてしまうことの多かった双子の妹、レム。それが今では僅かながらも自分の意見を言いうようになり、常に姉であるラムの顔色を伺っている感じも少なくなった。何より表情が明るくなった。

 これはスバルがこの屋敷に来てからの一つの『成果』といえる。若干不満なのは相手がなんの能力も持たない、平凡で多少目つきの悪い男と言うことだった。

 

——ま、レムがいいなら、それはそれでいいわ。あとは変なことにならないよう、今のうちにバルスを軽く〆ておく必要があるかもしれないわね。

 

 ラムは、二人をしばらく眺めると、意識せずふっとその口元を緩めた。

 

 改めて、西棟四階の一番西側の部屋のドアの前に立つ。チェックするだけとはいえ、これだけの部屋数をチェックすると言うのも、なかなか体力のいる仕事だ。

 

——さっさと終わらせて、夕食準備の前に美味しいお茶を淹れよう。

 

 ドアのノブを回して中に入る。天井が高いその部屋には、メイクされていないベッドと、簡単なデスクセット、そしてやや大ぶりなチェストが設置されていた。豪華だが、無駄のない部屋。その部屋の結晶灯に破損がないか、窓の開け閉めができるか、それぞれを見てまわる。

 当然ながら、今日最後の部屋にも問題は、ない。自分がチェックしているのだから、あるはずがない。ベッドメイクするだけで、いつでも客人を迎入れることができる。

 

 そう思いながら部屋を出ようとした時。何か妙な感じがした。

 

——?

 

 もう一度部屋の中を見渡す。窓に何か付いているかと思ったが、そうでなない。天井も何も変わらない。ベッドも机も変わりはないようだ。チェストは——チェストの扉の部分に何かある気がする。引き出しが引かれているのだろうか? ラムは踵を返して部屋の奥に向かった。影に隠れている部分に、何か、茶色いものが見える。

 

 違和感はこれだった。

 

 正面に回ったラムの目に映ったものは、壁に鎮座した、小さな扉だった。

 



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3.「会議」

「こんな扉、ベティーは知らないのよ」

 

「お前が知らないなら、一体これは何なんだよ? 扉渡りの何かじゃないのかよ」

 

「さぁ? ベティーには全く関係のないことかしら? ロズワールはどこなのよ? あいつに聞いてみるのがいいかしら」

 

「ロズっちは、一昨日どっかに出かけたまま、あと何日か帰ってこないみたいだぜ? なぁ、そうだろ?」

 

「はい、スバルくん。ロズワール様がお戻りになるのは明後日の予定です」

 

「そもそも、だ。これ、いつからここにあるんだ?」

 

「何日か前に、レムがお掃除した時には気づきませんでした……」

 

「愚問ね。さっきも言った通り、ラムが気がついたのは今日の夕方よ、バルス。だからレムが掃除を行なった後から、今日にかけての間に出現したと考えて間違いないわ。そんなこともわからないの? ベアトリス様ならお分かりになるかと思って、バルスに頼んだ時に、もう理解しているものかと思っていたわ。本当に頭も悪ければ、目つきも悪い男ね。一度も二度も同じことを聞かないでちょうだい。時間の無駄だわ」

 

「ぐぅっ。一言言っただけで、こんなに長く辛辣な返事を返されるとはっ」

 

「誰もわからないとしたら、ロズワールに聞くしかないわね。それともドアを開けて入ってみる? スバル」

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず。エミリアたん、得体の知れないものなのに、だ、い、た、ん。そのくせ入るのは何となく俺という、そのフラグ立ち系発言が、EKA(エミリアたんけっこう悪魔)

 

「ふらぐ? いーけーえー? ごめん、ちょっと意味がわからない」

 

「どうしますか? スバルくん。レムが入ってみましょうか?」

 

「い、いや。まずは俺がドアを開けて覗いてみる。ギリギリ入れそうだしな。もし何かあったら、そん時のフォローよろしく!」

 

 件の部屋の件の扉の前での井戸端、いや、ドア前会議はスバルが中をのぞいて確かめるという、誰でもが思いつく簡単な結論を出した。

 

 第一発見者であるラムは、扉に気づいた時、とりあえずかがんでそのドアノブをひねってみたらしい。鍵がかかってるかもしれないと思ったが、そのドアは音もなく手前に開いた。高さ八十センチほどのアーチから見えるその先はすでに薄暗く、森のような場所ということしかわからなかった。

 先日の魔獣騒ぎがあったので、一瞬身構えたが、特にはそのような気配はないようだ。だが、油断はできない。ラムはその扉をそっと閉めると、チェストを動かし、その扉を塞いだ。

 

 その後、庭でレムといちゃついていた——そう言っても決して過言ではない——スバルを一喝、日が暮れる前に仕事を終わらせたあと、ベアトリスを見つけてもらって、今ここだ。

 

「よし! 中に入ってみる……いや、この場合、外になるのか?」

 

 かがんでドアノブに手をかけるスバル。鍵はラムの言う通り掛っていない。そっとドアノブを回して、恐る恐る手前にドアを引く。

 

 暗い。ラムが言っていた森はほとんど見えない。とりあえず飛び出してくるものはないようだった。四つん這いになったスバルは、そっと体半分ほどを扉の中に入れて、注意深く辺りを見回した。

 

 月が出ているのだろうか、もやがかかったような木々が見える。森だとしたら、一体どこの森につながっているのか。よくみると遠くに小さく結晶灯が光っているのが見える。あそこは道なのか。それとも……。遠くから海鳴りのような『ゴー』っという音が聞こえる。

 

 後ずさりしながら、一度みんなのいる部屋に這って戻る、と。

 

「おいおいおい。なぜに皆さん、そんな遠くに……部屋の隅っこに固まっていらっしゃるの? それって、なに? なんかあった時、俺の犠牲でみんなが助かる系? その結果、二階級特進で俺が家主になるとか、そう言う話?」

 

「バルスに何かあって、万が一、その二階級云々が適用されたとして、せいぜい庭師止まりよ。安心なさい」

 

「う……、こ、心が折れる……」

 

 四つん這いのままがっくりとうなだれる、スバル。

 

「レムはここですよ、スバルくん」

  

 すぐ横に、白いストッキングに包まれた綺麗な脚が見えた。

 

「レムだけだよ。なんかあった時に助けようとしてくれてるのは」

 

 誰に言うわけでもなくそうぼやきながら、スバルは力なく立ち上がった。

 

「バルスの尊い犠牲のおかげで、ラムは勿論、エミリア様もベアトリス様も助かるなんて、男冥利に尽きると言うものよ、バルス。さぁ、レムも早くこっちに」

 

「まだ犠牲になってません! お姉様!」

 

「大丈夫です。スバルくんだけを犠牲にはしません!」

 

——じゃららん。

 

 鎖の音とともに、トゲのついた重そうな鉄球が、レムの可愛い足元に出現する。

 

「レム、それ早い! まだ早い! まだ何も出て来てないし、何も起きてない! と言うか、なんで俺が犠牲になるのが前提なの?」

 

 スバルは小さなドアを閉じて、小さくため息を一つ。

 

——さて、これは何だ? どこに繋がっている? 出た先が森には間違いない。ただ、結晶灯が見えたと言うことは未開の森ではなさそうだ。そして海鳴り……。

 

「海が見える森って、誰か知ってるか?」

 

 顔を見合す、女性陣。隣のレムも、首を傾げて少し考えたあと、ゆっくりと横に振った。

 

「スバルくん、そのウミってなんですか?」

 

「あ、そうなの? 海、ないの?」

 

 そう言って、再び小さな扉に目をやる。

 

「海鳴り——その、水の音みたいなのが聞こえたんだ。あと結晶灯の明かりも見えた。けど……」

 

 ロズワール不在の中、また危険な状況になるのは非常にまずい。

 

「暗い状態で調べに行くのは危険だと思う。明日、明るくなってから、もう一度調べてみようと思うんだ。みんなはどう思う?」

 

「確かに、この暗さだと危険すぎますね。さすがはスバルくんです。エミリア様やベアトリス様、姉様のことをいつも考えてくれているんですね」

 

「違うわ、レム。ただ怖いだけよ。そうよね、バルス」

 

「う……。全否定できないのが、く、くやしい……」

 

「まあまあ。私もスバルの意見に賛成。明るくなってからの方がいいと思う」

 

 とりあえず、全員の意見が一致した。

 



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4.「森」

「準備はいいか? レム」

 

 スバルはそう言うと、その存在を確かめるように剣の柄をもう一度握った。何が起こるかわからない状況で、しかも、魔獣に襲われる可能性を否定できないこの現状で、さらに付け加えると、非力な自分のたった一振りのこの剣だけで、全てに対処できるとは到底思えなかった。そして、残念至極なことに、そのことはすでに証明済みだった。

 

 今回も、自分よりはるかに身体能力、戦闘能力の高いレムが同行する。それだけで、百人力だ。だが、レムにまたあの時のような思いだけは、させるわけにいかなかった。だから、最初は自分一人だけで、様子を見に行くつもりだった。

 

——が。

 

「レムを連れて行きなさい。バルス一人で何ができるの? また独りよがりで迷惑をかけるの?」

「レムが一緒に行きます。スバルくん一人じゃ心配です。一緒に行きたいんです、スバルくん!」

 

 と、メイド姉妹にディレイのかかったステレオで言われ、改めて思い直した。

 

——確かに一人じゃ、厳しい。かなり厳しい。レムにはあの時の思いはさせたくないが、ある程度のところですぐ戻ってくれば、それほど危険なことはないのではないか? それに……。

 

 ポケットの中に、ほのかに光り輝く一枚のカードが入っていた。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「ちょっとこっちに来るかしら」

 

 珍しく自分から禁書庫のドアを開けて、ベアトリスが、スバルを呼んだ。初めてのことにちょっと面食らうスバルに、

 

「とっとと、こっちに来るのよ!」

 

「わ、わかった、ベア子」

 

「いい加減、そのベア子っていうのはやめにしてほしいかしら!」

 

 ふくれっ面でそう言いながら、ベアトリスは一枚のカードをスバルに差し出した。

 

「なんだ、これ?」

 

 手にとって、まじまじとみるスバル。ちょうどキャッシュカードほどの大きさで、厚みもそのくらい。何でできているのかはわからないが、うっすらと光る白いカードだった。表面には何やら文字が書かれているが、スバルには全く読めなかった。

 

「何に使えるか、ベティにもわからないのよ」

 

「だから、なに? これ?」

 

「何に使えるか、わからないって言ったかしら。ただ……」

 

 ベアトリスが続ける。

 

「もしかしたら、身代わりになってくれるかもしれないかしら」

 

「ん? 身代わり?」

 

「だから、お前や姉妹の妹を守ってくれるものかもしれないのよ!」

 

「マジックアイテムか? これをかざすと、もしかしてみんなひれ伏すのか? あの印籠か?」

 

「お前が何を言っているのか、全くわからないかしら。ただ、それはお前たちの役に立つかもしれないのよ。それは昔、おか——」

 

 ベアトリスはそう言いかけて、不意に口をつぐんだ。そして今の言葉がなかったかのように、続ける。

 

「な、何に使えるかもわからない。しかも、ベティが知っている限りこの世にはお前が持っているその一枚きりで、使えなくなったら、おしまいかしら」

 

「何かに襲われた時に守ってくれるのか! でもこれって……」

 

「言ったはずなのよ。ベティにも使い方はよくわからないかしら。まぁ、持って行って試してみて、その結果をベティに教えてほしいのよ」

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 改めて、胸ポケットの中にカードが入っているかどうかを確かめる。

 あの水戸方面出身の有名人のように使うのか、それともテーブルに出した途端、無敵の霊的なものが出て来るのだろうか? 使ってみないとわからない、とベアトリスは言っていた。彼女にもわからないとなると、本当にいざという時にしか使ってはいけないもののように感じる。なるべくなら、使わないに越したことはなさそうだ。そもそも、いざという時、というそんな時には来て欲しくなかった。

 

「気をつけてね、スバル」

 

「ちょーっと行って来るよ、エミリアたん! お土産は無理かもだけど……」

 

「バルス、レムを頼んだわよ」

 

「何かあった時は、俺が助けられる可能性の方が高いんだけど……とりあえず、わかった」

 

「よしっ、行くぞ!」

 

 そう言ってスバルは、小さな扉を開くと、昨晩と同様に四つん這いになって、小さな入り口から顔を出した。

 ラムが言っていたように、森が見える。森と言っても、それほど深い森ではなく、散策にちょうど良さそうな、人の手で作られたような森だった。昨日に比べて海鳴りが少し大きい気がする。

 左右を見回し、とりあえずの危険性がないことを確認すると、スバルはそのまま森の中へと這い進んだ。そのすぐ後にレムが続く。

 

「スバルくん、ここは……」

 

 今は鉄球を持っていない右手が、スバルの左手の裾を掴んでいる。

 

「油断するなよ。何が出て来るかわかんないからな」

 

「はい、スバルくん……でも……」

 

「でも?」

 

「いえ、なんだか匂いが」

 

「臭い? 魔女か、魔獣の臭いか?」

 

「いえ、それとは違う……なんだかこう、いい匂いがします」

 

「いい匂い? そうか? とりあえずは油断禁物だ」

 

 レムより鼻が利かないスバルは、いつでも剣が抜けるような体制で、足音を立てないように森の奥へ向かう。

 

「スバルくん、扉がありません!」

 

「え?」

 

 振り返って、くぐり抜けて来た小さな扉を確認する。大きな木の根元に、ロズワール邸で見たのと同じものがついていた。

 

「レム、なに言ってんだ? 木の根元にちゃんとあるぞ?」

 

「スバルくん、レムは、レムには見えません……本当にあるんですか?」

 

「もしかして、俺にしか見えないのか?」

 

 そう言って、扉の感触を確かめる。

 

「大丈夫だ。確かにここにあるよ」

 

 かがまないと向こうを見ることはできないが、絨毯が見えるので、おそらくそのまま、屋敷の客室に繋がっているはずだ。

 

「やっぱりレムには何も見えません。と言う事は、帰りはスバルくんがいないと戻れませんね。でもスバルくんと一緒なら、レムは戻れなくても……」

 

「そんな縁起でもないことは言わない! 絶対にみんなのところに戻るんだ!」

 

 スバルがレムの頭を軽く小突く。レムはスバルの指が触れたおでこの部分を確かめるように触りながら、いたずらっぽく舌を出して笑った。

 

——それにしても。

 

「なんだか、未来から来た猫型ロボットのひみつ道具みたいだな……」

 

 思わず口にするスバル。

 

「ネコガタ、何ですか?」

 

「いいや、なんでもない」

 

 この先が森の奥なのか、それとも結晶灯が見えた方角なのか、全くわからなかった。注意深く進んで行くと、海鳴りの音が大きくなって来た。

 

——海か、もしかしたら川が近いのか? それにしても、この音、何処かで聞いたことがあるような。

 

「スバルくん、あそこ!」

 

「え? なんだ?」

 

「人です! 人の影が見えます!」

 

 指差す方向に目をこらすと、レムのいう通り人影が見える。こんな森に人がいるということは、どうやら、危険性は低いようだ。

 

「よし、行ってみよう!」

 

 ちょっとホッとして、しかし注意は怠らず、人影の方に向かって歩みを早める。

 

 どうやら、二人組のようだった。

「おおい! おおおおい!」

 

 手を振りながら声をかけたスバルは、ふと違和感を感じた。

 何かがおかしい……。あの二人の格好……。

 

 二人組はスバルの方に振り向くと、ちょっとぎょっとした風に、お互いに顔をあわせた。そして、早足で立ち去ろうとした。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 レムの手を引いて、小走りで二人組に近寄ったスバルは、改めて二人組に声をかける。

 

「ここは一体……」

 

 スバルが最後まで言い終わる前に、その二人組は再度顔を見合わせて、

 

——ぷっ

 

 と、吹き出した。

 

「え? な、なに?」

 

 面食らうスバルに、

 

「今日って、この辺でそういうイベント、あった?」

 

「えー、わかんないけど。でもイベントじゃなくても、たまにいるじゃん。駅前にさー」

 

「そっか、そうだね」

 

 そう言って二人をまじまじと見る女性。訳が分からず、口を開けてぽかんとするスバル。振り返るとレムもまた、訳が分からないという表情をしている。

 

「ねえ、みてみて。うしろのメイド服の子、かっわいい!」

 

「ほんとだ! かわいー。その青い髪、超綺麗! カツラじゃないみたい! それ、染めてるんですか?」

 

「えっ……あ、あの……」

 

 突然のことにレムも反応しきれない。

 

「そのメイド服、自分で作ったの? ちょっとエロ可愛いって感じ?」

 

「あ、あの……あのさ、ここって……」

 

 スバルの問いかけに、

 

「ああ! わかった!  体育館で何かのイベントですか? もしかして違う駅で降りちゃいました? 体育館ならその先、歩道橋を渡ったすぐですよ。ちょっと歩いたらわかります!」 

 

「いべんと? た、たいいくかん? いま……い、いま、体育館って言いました?」

 

「それとも駅? 電車なら、このまままっすぐ行けばもう最寄駅。五分もかかりませんよ!」

 

「で、でんしゃ? えき? えきって? 駅ーっ?」

 

——まさか、まさか、まさか!

 

 突然走り出したスバルに、レムも後を追うように走り出す。と、瞬間。立ち止まって、二人に丁寧にお辞儀をすると、

 

「きゃー、様になってる!」

 

「ほんと! コスプレーヤーとは思えなーい!」

 

 二人の女性は、再び顔を見合わせてけらけらと笑った。

 

 

 

 先に走り出したスバルは、森を抜けてひらけた光景に、唖然として立ちすくんでいた。

「どうしたんですか? スバルくん!」

 

 スバルが目にしているものが、否応なしにレムの目にも飛び込んでくる。

 

 渦巻きのような形の灰色の巨大な建物。尖っている屋根が異常に高い。王都でもこんな建築物は見たことがない。その前を見たこともない色とりどりの物体が、ゴーっという音を立てて数多く通り過ぎて行く。

 

「スバルくん、こ、これは一体? ここはどこなんでしょう?」

 

「れ、レム。こ、ここは」

 

 目を丸く見開いたスバルが続ける。

 

「由々木公園だ……」

 

 スバルとレムが森だと思い込んでいたのは、大きな公園だった。

 

 



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5.「困惑」

 スバルは激しく混乱していた。ありえない。ありえないはずだ。

 

 だが、実際目の前にあるもの。それはスバルが生まれ育った場所に、スバルが生まれた時にすでに存在し、スバルもよく知っているものだった。

 

「れ、れむ……」

 

「は、はい、スバルくん……」

 

「こ、ここは……お俺、帰ってきたのか? 戻れたのか?」

 

「戻れた? もしかしてここは、スバルくんの……」

 

「そんなはずは……夢か、もしかして。夢なのか? れむ? レム! レム、お前は本物か?」

 

 戸惑いを隠せないスバルにレムは、

 

「落ち着いてください、スバルくん! レムはここにいます。レムです。スバルくんのレムはここです!」

 

 混乱しているスバルの胸に飛び込んで、体を抱きしめると、顔を見上げてそういった。

 

「れ、レム……」

 

 ちょうどその時。

 

——パシャッ! パシャッ!

 

 レムに突然抱きつかれ、困惑気味のスバルの耳に、聞き慣れた音が飛び込んできた。ついで、

 

「ねえ、あれ! みてみて!」「おお、あれはなんてアニメ?」「女の子、かわいいな!」「男の方、いまいち」「——」「——」「——」

 

 いつの間にか、周りを人が囲んでいる。レムはもちろんいつものメイド服、スバルはといえば、これまたいつもの執事服。どう見ても、使用人とメイドによる、コスプレ色恋沙汰劇場だった。

 

「げげげっ!」

 

 スバルはさっとレムの手を取ると、さっき来た森林——もとい、由々木公園の奥へと走った。

 

「おお、愛の逃避行!」「駆け落ち? 駆け落ち?」

 

 そんな言葉が背中から聞こえてくる。

 

——うるさい! うるさい! も、もうかんべんしてくれ!

 

 しばらく走って、ようやく人影のない場所まで来ると、両手を膝に置き、

 

「と、とりあえず、落ち着こう」

 

 そう言って、呼吸を整えた。

 

 すぐそばに、例の扉が見えている。レムは、全く訳がわからない、という顔をしている。無理もなかった。スバル自身も、この状況が把握できていないのだ。

 

「レム、大丈夫か?」

 

「はい。スバルくん。あの、ここは、もしかして、スバルくんの……」

 

「ああ、そう。そうだと思う。いまいち自信はないけどな」

 

 とりあえず、扉の反対側——正しければ駅とは反対方向——に行ってみよう。

 

 レムと手を繋ぎながら、先ほどとは反対の方角に進んだ。が、百メートルもいかないうちに、

 

「ぶべっ!」

 

 何か固いものに顔をぶつけて、うずくまるスバル。

 

「つぅーっ、なんだ?」

 

「す、スバルくん」

 

 見上げると、レムがパントマイムのようなことをしている。

 

「何やってんだ?」

 

 スバルは立ち上がりながら、レムが手を伸ばしている場所に、自分も手を伸ばした。

 

「!」

 

 壁があった。正確には、透明な、何かがあった。

 

——な、なんだ、これ?

 

 叩いてみても、返ってくるのはその感触だけで、音も何もない。

 

「ドーム? か?」

 

「どーむ? なんですか? スバルくん」

 

「ああ、前に読んだんだ。王様の名前が付いている人が、書いた本。透明なドームって呼ばれるものにすっぽりと覆われて、外から隔離される話」

 

「王様の名前……?」

 

「でも、車も走ってた。人もいた。木も切られていない。これは俺とレムだけに干渉しているのか」

 

「くるま?」 

 

「ああ、後で説明するよ。とにかく、だ」

 

——相変わらず状況が読めないが、こっちにはもう進めなさそうだ。逆側はいったいどこまで? 行って、みるか。ああ、携帯を持って来ればよかったかな。取りに戻るか。でも、

 

「レム。時間がないかもしれないし、ここはひとつ、さっきの方角に戻ろうと思う。どうかな?」

 

「はい、スバルくん。レムはスバルくんが行くところなら、どこまでも!」

 

「さんきゅ。心強いぜ。さて、問題はこのドームが……」

 

——ドーム、んー、ドームねぇ。俺ならそうだな。ああ、そうだ。前にどこかで観た話に、そういう話があった! たしか、あれは——。

 

「ゾーン……。うん。ゾーンだな。ゾーン。そっちの方がしっくりくる。そう命名しよう。このゾーンがどこまであるのかっていうのが、いちばんの問題だ。そして、だ。レム——」

 

 スバルはレムの顔をじっと見つめた。その眼差しに顔を赤らめる、レム。

 

「はい、スバルくん?」

 

 続けて、彼女の肩に両手を置くと、ニカッと笑ってこう言った。

 

「腹、減ってない?」

 



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6.「初体験」

——確か、この先に。

 

「ああ、あったあった。あれだ!」

 

「いい匂いがします! さっきのはこの匂いです! スバルくん!」

 

 まず最初に目指した場所。それは道路沿いに出ている屋台だった。最初にここまで来ていたので、ゾーンが影響していないということは、なんとなくわかっていた。

 

「おおおお! たこ焼き! レム、たこ焼き食おうぜ!」

 

「タコヤキ? ですか? とってもいい匂いが漂ってます!」

 

「そう、たこ焼き。うまいんだ。ソースとマヨネーズがかかっててさ!」

 

「マヨネーズ! タコヤキにもマヨネーズが?」

 

「いやいや、レムさん。マヨネーズなしのたこ焼きは、ありえないから」

 

 人差し指をレムに向けて振りながら、スバルが続ける。

 

「あの、ソースとマヨネーズの見事なハーモニー。そして外はカリカリ、中は熱々ふっくらなあの食感。そしてプリプリのタコ。うう、よだれが! もし村で、いや、王都でマヨネーズ付きのたこ焼き売ったら、ひと財産……」

 

 ここまで言ってから、はた、と重大な問題に気づく、スバル。

 

——お、俺たち、金持ってないじゃん……。

 

「レム。す、すまん。俺たち一文無しだった」

 

「スバルくん、少しならレムが持ち合わせていますよ!」

 

「ああ、ごめん。ここじゃ、そのルグニカの金は使えないんだよ」

 

「そうなんですか……」

 

 しゅんとして、ちょっと悲しそうな顔をするレム。

 

「本当、ごめん」

 

「す、スバルくんのせいじゃありません。それに、もしかしたら、何かが襲ってくるかもしれませんし!」

 

「あー、ありがとう。そのよくわかんない励ましで、少しは前向きになれるよ。まあ、とりあえずは、もう少し先に行ってみるか」

 

「はい!」

 

「あー、腹、減ったなぁ」

 

「スバルくん、お屋敷に戻ったら、レムが美味しいものを作ります!」

 

「さんきゅー」

 

 そんな会話をしているうちに、二人は駅がすぐ見えるところまでたどり着いた。行き交う人々の視線が痛い。

 

——も、もう帰ろっかな。

 

「れ、レム。もう、もどろ……」

 

 言いかけた瞬間。稲妻がスバルの体を駆け抜けた。

 

「あああっ! あれは!」

 

「な、なんですか? どうしましたか? スバルくん」

 

「こ、コーラ……」

 

「甲羅?」

 

 スバルが見つめていたもの。それは赤くて大きな金属製の箱だった。

 

「こぉらぁー」

 

 独りごちて、ふらふらと吸い寄せられるスバル。そんなスバルにレムは困惑気味について行く。

 

「ああ、金! 大金じゃなくていいんだ! 二百円もあれば! いやたった百六十円で!」

 

「す、スバルくん、これ、なんですか?」

 

「これはだ、ここに硬貨を入れる。次にボタンを押す。そしたら、押したボタンのところにある飲み物が下から出てくるという、まあ、魔法器(ミーティア)、みたいなもんかな」

 

「こ、こんな大きな魔法器が……」

 

 そう言いかけたレムは、何か思いついたように、

 

「スバルくん! レムが試してみます!」

 

 メイド服のポケットから小銭入れを取り出すと、金貨を一枚、自動販売機に入れ込んだ。

 

「あ! ばか! そんな、金貨入れるやつが……幾ら何でも……」

 

 言い終える前に、下の返却口に転がり落ちる、初代剣聖。レムは、音がした下の部分から初代剣聖を救い出すと、

 

「下から出てきてしまいましたよ? 不思議ですね」

 

 自分の手に戻ってきた硬貨をしみじみと眺めて、首を傾げた。

 

「レム、考える前に行動を起こすのは、やめような」

 

「ご、ごめんなさい。スバルくん。れ、レムは、レムは……」

 

 急に涙目になるレム。それを見たスバルは慌てて、

 

「いや! いや、その。うれしい! 嬉しいよ! 俺のために! うん」

 

 そう言いながらも、なんとなく諦めきれない、スバル。

 

「あー、ところで。レムさん? 金貨の他に、なんかある?」

 

「は、はい。ぐすっ……。えーと、銀貨、あとは銅貨があります」

 

「うーん。なんとなくだが、銅貨っていうのは感覚的に十円玉って感じがする。ってことは銀貨を二枚入れれば、それは二百円、じゃないか? ちょっと借りていい?」

 

 スバルは、レムの手のひらから賢者の顔が刻まれた銀貨を二枚手に取ると、硬貨挿入口にその銀貨を入れた。が、賢者もその力を発揮することなくあえなく敗北。

 

「ですよねぇー」

 

——やっぱしダメか。銅貨たくさん入れてもおんなじだろうなぁ。ああ、プリペイドカード。この自販機、カードが使えるのかぁ。あったらなぁ、カード……カード!

 

 スバルは、背筋をピンと伸ばし、姿勢をただすと、胸のポケットから、ほのかに光るカードを取り出した。震える手で、センサーにそのカードを近づける。と。全ての商品ボタンが点灯した。

 

「おおおおお!」

 

 拳を突き上げて、勝鬨を上げるスバル。その拳でボタンを押す。ピッという音に続いて、

 

——がたごとん!

 

 恐る恐る取り出し口に手を入れると、確かな手応えを感じる。

 

「す、スバルくん?」

 

「れ、レム。やった。やったぞ! 俺たちついにやったぞ!」

 

 高々と掲げられたその手には、一本のコーラが握られていた。

 

「うぉぉぉぉぉおっ!」

 

「よ、よくわかりませんが、スバルくんが嬉しいことは、レムも嬉しいです!」

 

 なんだなんだと、人が集まって来た。二人の様子を遠巻きに見ている人たちもいたが、スバルは全く気にもしていなかった。

 

 震える手で、スクリューキャップを回す。

 

——プシッ。

 

 小気味いい音とともに、香りが漂ってくる。スバルは腰に手を当てると、ボトルに口を当てて一気に喉に流し込んだ。

 

——ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ!

 

 スバルの喉を黒い液体が潤す。久しぶりの爽快感が、身体中を駆け巡る。

 

——げっふぅぅぅ。

 

「くー、生きててよかった! ベア子、愛してるぜ!」

 

 その様子を不思議そうに見ていたレムに、

 

「ほい、レムも」

 

 ボトルを差し出すスバル。

 

「え?」

 

「ほれ、ぐぐ、ぐいーっと!」

 

 レムは差し出された黒い液体のボトルを手にとって、

 

「これ、飲むんですか?」

 

 戸惑い気味にスバルの顔を見つめた。

 

「そそ。飲んでみな!」

 

 パッと顔を赤くして、

 

「こ、このまま、ですか?」

 

 聞き直すレム。

 

「もちろん。毒じゃないから。美味しいから!」

 

 レムは、何でできているのかわからないそのボトルの飲み口を、じっと見つめたまま顔を赤くした。そんなレムの戸惑いの理由を勘違いしたまま、スバルはほれほれ、とレムを煽っている。

 覚悟を決めたレムは、そのボトルに恐る恐る口をつけると、顔を上げて、一気にその黒い液体を口に流し込んだ。刺すような刺激がレムの口の中にいっぱいに広がって——。

 

 次の瞬間、口の中の液体が、ブワーッと膨れ上がった。

 

「あ!」

 

 気づいた時はいつだって手遅れ。

 

 ボトルを咥えたまま、餌を頬に溜め込むげっ歯類のように両頬をいっぱいに膨らませて、涙目になっているレム。スバルは慌ててボトルに手を伸ばすと、レムの口からコーラをひったくった。

 

「むーっ! むーっ!」

 

「れ、レム! 吐き出せ! 口から吐き出せ!」

 

 レムは涙目のまま、両手を口に当てて、何かもごもご言っている。スバルはポケットからハンカチを出すと、レムの口を隠すようにあてがった。

 

「げほっ! げほっ!」

 

「だ、大丈夫か?」

 

「ううう、げほっ」

 

「そんな一気に。あー、ごめん。俺が一気に口に入れたから……。ご、ごめん」

 

「す、スバルくん、れ、レムは、げほっ、し、死ぬかと思いました、ごほっ」

 

「ごめん、ごめん、ごめん! だ、大丈夫か?」

 

「ごほっ、ごほっ。だ、大丈夫、げほっ」

 

 炭酸のせいだけではない、その涙目に、土下座する勢いで謝るスバル。

 

「ほんっと、ごめん! 俺が悪かったっ!」

 

「も、もう大丈夫です。けほっ。でも、死ぬかと思ったのは本当です」

 

「ああああ、すまなかった! なんでもするから! 許してくれ!」

 

「けほっ。なんでも?」

 

「する、する! なんでもする!」

 

「じゃあ、レムがして欲しい時に……けほ、レムが呼んだらいつでもそばに来て、頭を撫でてくれますか? こほっ」

 

「そんなことでいいなら、お安い御用だ! 本当にごめんな」

 

「じゃあ、許してあげます。約束しましたからね!」

 

「わかった。その約束は守る!」

 

「それにしても……こほ」

 

 レムの視線がスバルの手の中の黒い液体に移動する。

 

「その、甲羅、すごいです。毒薬みたいです。もしかして相性とかあるのでしょうか?」

 

 その言葉にスバルは苦笑いして、

 

「まぁ、たしかに毒みたい、かもしれないな。も一回ためしてみる、か?」

 

「うっ」

 

 一瞬固まって、

 

「す、スバルくんがどうしてもっていうなら……」

 

「じゃ、今度は少しずつ、な。ゆっくりちょっとずつ飲んでみな」

 

 恐る恐る、口をつける。そっとボトルを傾けると、口の中に黒い液体が少しだけ流れ込む。

 

 しゅわーっ。

 

 不思議な刺激が、レムの口を満たしていく。眉間にしわを寄せ、再び涙目になって、

 

「す、スバルくん。これがスバルくんの好きな味ですか?」

 

 なんとも言えない顔で、レムはスバルにそう言った。

 

「そっかぁ、初めて飲んだらこんな感じかぁ。これ、病みつきになるんだよな」

 

 スバルはレムからボトルを受け取ると、再びゴクゴクと喉にコーラを流し込んだ。

 

 「ぷはーっ!」

 

 その横では、レムが真っ赤な顔をしながらスバルのその顔を見つめていた。

 



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7.「まあるいもの」

 はたと気付くと、またしても人だかりが出来つつあった。使用人とメイドの初体験・コーラ篇、絶賛公開中。

 

——うげ!

 

 あわてて自動販売機から離れるスバルとレム。早足で人だかりから遠ざかりながら、ポケットから例のカードを取り出す。

 

「うーん。このカード、魔法のマネーカードか?」

 

「スバルくん、そのカードは……」

 

「ああ、ここに来る前にベアトリスにもらったんだ。ただ、これが何なのか、ベアトリスも知らなかったみたいだ。俺も、まさかこれが電子マネーだったなんて、思いもしなかった……いや、電子マネーじゃないとは思うけど」

 

「それ、光ってますね。何か書いてあるみたいですけど」

 

「レム、読める?」

 

「いえ、レムにも読めません。どこの文字でしょうか? そもそも文字なんでしょうか?」

 

「レムにもわからないんじゃあ、お手上げだな。が、しかーし!」

 

 横を歩きながら、レムがスバルの顔を見上げる。

 

「レム。この機を逃す手はないぜ。せっかくだから」

 

「はい? せっかくですから?」

 

 スバルは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、

 

「たこ焼き、食おうぜ!」

 

 歌うようにそう言った。

 

「えっ!」

 

 レムの顔がパッと明るくなる。

 

「そそ。このカードが使えるたこ焼き屋、絶対あるからさ!」

 

「そ、それはレムも楽しみです! さすが、スバルくんは素敵です!」

 

「いや、この場合、カードをくれたベア子が素敵なんじゃないか、な?」

 

 スバルは、お目当の店を探し当てると、

 

「レム、あったあった! ここなら使えそうだ!」

 

 スバルが鼻歌交じりで、開いた窓の中に声をかける。

 

「すみません、たこ焼き一つ、いや、二つ欲しいんですけど、あの、ここって電子マネー使えますか?」

 

 そんなスバルをよそに、レムは、その小部屋の中で行われている作業に、心を奪われていた。

 

 これは、調理、の一種だとは思う。いくつも穴の開いた大きな鉄板に、液体のようなものが流し込まれていく。じゅーっと音とともに、香ばしい香りが立ち上る。すかさず、何か大きなダイスのようなものが次々と投入されて、最後にスパイスと思しきものが数種類、ぱらぱらと振りかけられる。

 

 すごいのはここからだった。料理人が手にしている、手のひらサイズのレイピアでその穴を抉ると、そこにまあるい物体が次々と姿を現していく。それがいくつもいくつも、面白いように出来上がっていく。くるくる。くるくる。

 

 窓枠に手をかけ、被り付きで見ていると、

 

「レム、子供みたいだな」

 

 笑いながらスバルが言った。

 

「スバルくん、すごいです! こんな調理をレムは見たことがありません!」

 

「たしかに、おもしろいよな、これ。でもな、味はもっとすごいぞ!」

 

 小さなレイピアで、次々とまあるいものを拾い上げ、手際よく皿に乗せていく料理人。ちょうど六個乗ったところで、今度はソースとマヨネーズが絵を描くようにかけられていく。最後は何か、薄っぺらな木のクズのようなものをふわっと乗せると、

 

「おまたせ!」

 

 料理人がそう言って、スバルとレムに、皿を差し出した。

 

「さあ、そこのベンチに座って食べようぜ!」

 

 店の前のベンチに仲良く腰掛けると、スバルはたこ焼きの一つに爪楊枝を刺して口に運んだ。

 

「あふっ! あふっ! ほっ、ほっ」

 

 隣でその様子をじっと見つめる、レム。

 

「おふっ。ろうした? うまいお」

 

 スバルの顔と手元の皿を交互に見ながら、何かを躊躇している。

 

「ん? ああ、ほっか、そっか。大丈夫だ、レム。さっきみたいなことにはならないから。ただ、中が熱々だから、一気に口に入れないで、冷ましながら、ちょっとずつ、な」

 

 スバルの言葉に納得したのか、レムは皿から一つ刺して取り上げると、恐る恐る口に運んだ。

 

「あふ。あふ……」

 

 ふーふーしながら、ちょっとずつ口にするレムの顔が、可愛くて。ついつい見とれてしまう。ようやく一個食べ終わると、

 

「す、スバルくん。レムは今決めました」

 

「え? なにを?」

 

「ロズワール邸の食卓に、タコヤキを導入することを、です!」

 

「おお、そんなに気に入ったか!」

 

「はい! こんな料理を口にするのは、初めてです! レムは、レムは感動しました!」

 

「だろ? さ、冷めないうちに喰っちまおうぜ!」

 

 ふーふーと冷ましながら、たこ焼きを口にする二人。最後の一つを食べ終えると、

 

「ではスバルくん、行ってまいります」

 

「は? どこに?」

 

「こちらの厨房に弟子入りさせていただいて……」

 

「え? あ?」

 

 一体何を言っているのか、理解するのに、ちょっと時間がかかって、

 

「で、弟子入りって! おまえ……。あー、あの、レムさん。道具があれば、俺、作れるから」

 

「えっ? スバルくんはあの技を習得しているのですか?」

 

 真面目に聞かれると、赤面してしまう。

 

「技って。いや、そんなすごくねぇよ。まあ、あのたこ焼き器がなきゃできないけど。あれ、もしどこかで買えたら、買って帰ろう」

 

 レムは、スバルのそんな一言一言にいちいち顔を輝かせて、

 

「はい! スバルくん! さすがスバルくんは素敵です!」

 

「だから! そんなにすごくないんだって!」

 

 だんだん漫才のようなやり取りになって来る。

 

 その二人をじっと見つめる目があった。だが、すっかりたこ焼きに夢中になっていた二人は、それに気づくことができなかった。

 



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8.「強襲」

「さてと、次は」

 

 使い捨ての容器をゴミ箱に捨てながら、レムに話しかける。

 

「レム、さっきの話だけど、たこ焼きの……レム?」

 

 レムは真剣な面持ちで、どこか違う一点を見つめていた。

 

「どした? 何か、何かあるのか?」

 

「スバルくん」

 

 一瞬、スバルに緊張が走る。

 

「うん、なんだ?」

 

「あれは一体なんですか?」

 

「あれ?」

 

 レムの目線を追って、スバルもそこに集中する。が、スバルには何の気配は感じられない。唯一見えているのは——三十一という数字が書いてある看板だった。

 

「ん? もしかして、アイス? アイス食べたいのか?」

 

「あいす? って言うんですか? まあるい、あの」

 

「レム。今、たこ焼き食べたばっかりだよな。まだ食うの?」

 

「あれは、あのまあるいのは、美味しいものですか? スバルくん。も、もしかして、あの技もスバルくんは」

 

「ないない! アイスなんて作れ……るかもしれんが、三十一種類も作れるわけがない! それに、あんまり食うと腹壊すぞ」

 

「で、でも、な、何か新しいお料理のひらめきが……」

 

 よくわからない理由を口にして、アイス屋から目を離さないレム。

 

「ああ、わかった。わかった! じゃあ、後で、一個だけな」

 

「絶対、ですか?」

 

「ああ、絶対。忘れないから」

 

「絶対の絶対ですか?」

 

「絶対の絶対! って、どこかでこのやり取り、しなかった?」

 

 さあ、と、レムの手を引いて、アイス屋の前を通り過ぎる。だが、ケースの中にはたくさんの種類が並んでいて——。

 

「す、スバルくん、こんなたくさん、色とりどりで! どうしましょう? どれにしましょう?」

 

「あとで、な。あとで」

 

「で、でも……」

 

「わかった。わかったよ。どれがいい?」

 

「ひとつだけ、ですよね」

 

「ひとつだけ。それで我慢しとけ」

 

「ど、どれにしましょう」

 

「そうだなぁ。俺がひとつだけ選ぶとしたら、チョコミント! と言いたいが、さっきのコーラのこともあるし。んー、抹茶も捨てがたい……だがここは基本のバニラって考え方も。むむむ」

 

 かなり真剣に悩むスバル。

 

「うん! ここは定番のチョコレート、君に決めた! って感じでどかな?」

 

 早速コーンに乗ったチョコアイスを口にする、レム。にっこりと嬉しそうに微笑む顔が本当にかわいい。スバルの顔が思わず顔が赤くなる。

 

「あー、こ、こほん。レム 、あの、それで最後に——」

 

 スバルが言い終える前に

 

「す、スバルくん! あれはなんですか? あの薄い皮で包んだ……」

 

 質問が飛ぶ。

 

「うん? なに? もしかして、クレープ?」

 

「くれーぷ? あの白いふわふわと果物が巻かれている、あの」

 

「レムさんや」

 

「あれは、美味しいものですか? スバルくん。も、もしかして、あの技もスバルくんは」

 

「ないない! 流石にクレープはできない!」

 

 目にするものすべてに反応するレム。めんどくさくも、それもやっぱり可愛くて。スバルは、アイスを舐めながら歩くレムの質問すべてに、いちいち、丁寧に説明をして歩いた。

 

 ちょうどレムの手のアイスが無くなったタイミングだった。不意に、大きな影が二人の前を塞いだ。

 

「!」

 

 ガタイのいいスーツ姿の男が、二人の前に前に立ちはだかっていた。一瞬身構えるスバル。レムもスバルの手を取って、緊張を走らせた。

 

 大男の部類に入るだろう。スバルよりも頭一つ半は背が高い。見上げると、黒縁のメガネの奥から、黒い瞳がレムを見下ろしている。堅気の商売ではなさそうだ。ヤクザか? それともあるいは——。

 

「あ、あの、そんなに緊張しないでもらえるかな?」

 

「え?」

 

「えーと、あなた。そう、あなた。今、どこか事務所に所属してたりするのかな?」

 

 そのガタイとは裏腹な、柔らかな声が、その口から発せられた。

 

「いやぁ、ずっとあなたを見てまして。ああ、僕はこういうものです」

 

 優しい目でそいういうと、レムにさっと名刺を差し出す。受け取るべきかどうか躊躇するレムにの代わりに、スバルが横から手を伸ばした。

 

「——事務所? え?」

 

「もし、フリーなら、ちょっと話をさせてもらえないかな?」

 

「え? いや、あの」

 

「ああ、君には聞いてないんだ。僕が用があるのは、彼女の方。もし用がなければ、先に帰ってくれるかな?」

 

 途端にその声のトーンをガラリと変えて、男がそう言った。さっきの優しい目が嘘のように冷たくなっている。

 流石にカチンときたスバルは、その男を睨み付けると、

 

「なにを——」

 

 そう言いかけた途端、ばばばっと、五、六人の男が——そして女性も二人ほど——、二人を、いや、レムを取り囲んだ。

 

「まったまった。この子はこちらが先に——」「いや、俺が最初に目を——」「俺が——」「うちの事務所で——」

 

 人数がどんどん増え、レムを囲む輪もどんどん大きくなる。そしてその輪から、スバルだけがはじき出されて——。

 

——やばい! このままじゃ、このままじゃ、

 

 レムに手を伸ばそうとするが、手が届くどころか、その輪にすら入れない。

 

——このままじゃ、こいつらが危ない!

 

 そう思った瞬間だった。

 

「あー、ごめんなさい。うちの子がー。ちょうど衣装チェックとカメラテストの最中でー。もういいですかー? ごめんなさいねー」

 

 声がした。その声の方を見ると、若い女性がレムの腕をとって、輪の中から抜け出してくるところだった。女性はレムを抱えるようにして歩きながら、スバルに近づいた。そしてスバルの耳元に顔を近づけると、

 

「君、彼氏? いくわよ! さあ!」

 

 そう囁いた。

 

 訳が分からず、とりあえずスバルもその後をついて行く。 ——数分後、三人は近くの建物の一室にいた。

 

「ああいううるさい輩は、無視するのが一番なの。少しでも戸惑ったり、迷うそぶりを見せると、どんどん調子に乗ってくるから」

 

 その女性は、そう言って二人を見ると、楽しそうに笑った。

 

「それにしても、ものすごい数だったわね。今時珍しい。あんなの、久しぶりに見たわ」

 

 スバルの頭の中には、疑問と疑惑が渦巻いていた。そんなスバルの表情に気づいたのかレムがそっとスバルの袖をつかんだ。スバルは、レムのその手に自分の手を重ねて、ようやく口を開いた。

 

「レム、大丈夫だったか?」

 

「はい、レムは全く。それよりスバルくんは……」

 

「ああ、俺は大丈夫。まあ、おまえがブチ切……いや、レムが無事だったら、いいんだ」

 

 ちょっとホッとしてレムの顔を見つめる、スバル。

 

「怖い思いを——したかどうかは、ちと疑問だが、とにかく嫌な思いをさせて悪かった」

 

 そこで一旦言葉を切って、

 

「んで」

 

 再び女性の方に向き直ると、

 

「あの、お姉さんは……誰?」

 

 そう聞いた。

 

「え? ああ、ごめん、ごめんね」

 

 私、こういうものです。彼女はそう言いながら、机の上のケースから一枚のカードを取ると、スバルに丁寧に手渡した。

 

「スタイリスト? 三宅真由美、さん。三宅さん?」

 

 スバルは、誰か知っている人だったかな、と思い、

 

「すたいりすと?」

 

 レムは可愛らしく首をかしげる。

 

「ああ、それ。たまたま名字が一緒なだけだから、気にしないで」

 

「は?」

 

 なにを言っているのかわからず、キョトンとしていると、

 

「あー、わからないなら、いいのいいの。私のことは真由美でいいわ。ところで、お二人のお名前を教えてもらえる?」

 

 スバルとレムは思わず顔を見合わせた。

 

「ぼ、お、俺は菜月昴。野菜の菜に月、下は星の昴。こっちはレム。えーと、その」

 

——どう説明したらいい? レムって言ったって……

 

 そのスバルの表情を読んだ真由美は、

 

「君は菜月君。彼女は、れむちゃん? 怜夢ちゃんね。ふうん……苗字は内緒、なのかしら? ううん。いいのいいの。初めまして。よろしく! 菜月君、怜夢ちゃん!」

 

 そう言って手を差し出した。勢いに気取られて、思わずその手を取るスバル。

 

 その横で、丁寧にお辞儀をする、レム。

 

 勢いに押されてつい名乗ってしまったが、とりあえず問題はなさそうだ。レムのことも、勝手に納得しているし、これもクリアってことだろう。名前を脳内で漢字変換されていることは、まったく思いもしていなかった。

 

 そんなスバルを気にも止めずに、真由美はレムに矢継ぎ早に話しかける。

 

「瞳の色も、髪の色も、とても綺麗ね。カラコン、じゃないわよね。怜夢ちゃん、あなた、ハーフ? それにその髪。カラー? マニキュア? どっちにしても、ずいぶん艶があってしなやかね。まるで地毛みたい。どこでやったの? お手入れは?」

 

「え、え?」

 

「えええっ! まさか! 怜夢ちゃん、もしかして、これすっぴん? な、なんてこと! すっぴんでそんな! あなた、幾つ? 十七? そもそも、なんでこんな赤ちゃんみたいな肌なの? こ、これは。怜夢ちゃん、あなた、ある意味女の敵ね……」

 

「あ、あの、マユミ様……?」

 

「これはシルク? ううん、これは、これは何? シルクみたいにツヤがあって滑らかだけど、もっと丈夫な、他の何か、ね。ね、これ、素材は何? 何で出来ているの?」

 

「そ、その……」

 

 レムはスバルの顔を見て、助けを求めた。

 

「あー、おね、真由美さん?」

 

 割って入るスバル。

 

「まず先に、この状況を説明して欲しかったりするんだけど。いや、あの人混みの中から俺たちを助けてくれたのはありがとうございます、なんですけど、その、ここ、どこ?」

 

「あー、ごめんごめん。ここは私の個人オフィス。さっき渡した名刺の通り、私、スタイリストなのよ。あー、まだアシスタントを卒業したばっかり、だけど」

 

 最後の方は若干小さい声で、真由美が続ける。

 

「ずいぶん騒がしいから、何かと思って窓から外を見たの。そしたら妙な人だかりができていて、よく見るとコスプレカップルが困っていらっしゃるじゃない? 私、これでも一応業界人だし、ああいう人たちのあしらい方はよく知ってるし。それに……」

 

 急に、

 

「そ、それに?」

 

 真剣な眼差しで、

 

「教えて欲しいことがあるの——」

 

 真由美が言った。

 

「な、なにを——」

 

——お、教えるって、い、いったいなにが知りたいん……

 

「——そのメイド服、どこで手に入れたの?」

 



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9.「真由美」

 三宅真由美は、切羽詰まっていた。

 

 スタイリスト——肩書きはかっこいいが、業界、そんなに甘くない。ファッショナブルなこの場所に事務所を構えてみたものの、想像以上に厳しい世界を目の当たりにして、彼女は思い悩んでいた。

 そんな折、彼女の元に大きなチャンスが転がってきた。それは、とあるラノベのアニメ化にあたり、そこに登場するキャラクターが着る服のデザインコンペだった。最終的にはラノベ・イラスト、連動アニメだけでなく、担当声優と、コラボアイドルが実際にライブで着用するという、かなり大掛かりなメディアミックス企画。

 だが、そのオーダー内容は難しく、個性的でちょっとエロ可愛い、でも健全でエレガントで、子供から大人まで老若男女、すべての年齢層に受けが良い、そんなオリジナルのメイド服——。

 

「——ってなわけで」

 

 真由美は目を輝かせながら、話を続けた。

 

「ここでウンウン唸っていたところに、怜夢ちゃんと菜月くんが現れた、ってわけ」

 

 スバルはレムの表情を横目でうかがった。そのレムは真剣に真由美の話を聞いていた。

 

「でね、教えて欲しいのよ。そのレムちゃんが着ているメイド服。それ、誰のデザイン? 海外で作ったの?」

 

「こ、これは、ロズワール様が……あ、いえ、最初はグリン——」

 

「あー、あー、 ちょっといいかな? レムさん」

 

「なんですか? スバルくん?」

 

 レムの耳元で小さく囁く、スバル。

 

「ロズッちの名前をここで出すのはまずい。ここは適当にあしらって——」

 

「こほん。菜月君、それ、聞こえてるわよ」

 

 苦笑いで、真由美が言った。

 

「あ、あの、ま、真由美さん」

 

 スバルが焦って真由美の方に向き直ると、スバルの言葉を遮って、

 

「あのね、私はね、あなたたちを困らせるつもりは全くないのよ。そこは安心してくれる?」

 

 一旦言葉を切った真由美は、二人の顔をじっと見つめると、少しの間考えてからこう続けた。

 

「うーんと、もし言いたくなかったら、無理には答えなくてもいいんだけど、良かったら教えてもらえるかしら? あなたたち、どこから来たの? コスプレイベント会場、じゃないわよね? 多分」

 

「え……あ、その……」

 

 一体何と言っていいのか。そんな口ごもるスバルのことは全く気にせず、んー、とか、むむー、とか、真由美は一人で唸っている。しばらくそうして、真由美はようやく口を開いた。

 

「えーとね、正直に言うわ。あのね、私が思うに、その、なんっていうか……二人とも何となくだけど、どこか浮世離れしてる感じがする……のよ。別に幽霊とか別世界のっていうんじゃなくて、ね」

 

——ぎくり。

 

「そもそも、なんで怜夢ちゃんは、菜月君に敬語なの? 彼氏? ボーイフレンド? 二人の関係はそれっぽいのに、普通、そんな敬語なんて使わないと思うのよ」

 

——この人は、この短い時間の中で、よく見ている。 

 

 スバルは内心、冷や汗ダラダラだった。自分自身、驚きの表情を隠そうとしてうまくできていない自覚もある。隣のレムは相変わらずきょとんとした表情で、スバルと真由美の顔を交互に見比べていた。

 

「それに、その衣装。コスプレって一言でいうには、あまりに作りが上質だし、見たことないデザインだし。なんと言っても、あなたたち自身、とても様になってる気がするの。その、なんとかさんっていう人のこともそうだけど、あなたたち二人は、本当は、いいえ、本物のメイドと使用人なんじゃない?」

 

——ぎっくぅぅ。

 

 そこまで言い切ると、もう一度考えて——。

 

「もしかして、どこかの領事館から二人で逃げてきた? 駆け落ち? 愛の逃避行?」

 

 さっきどこかで聞いたようなセリフを、ここで再び聞くとは思わなかった。だが、真由美のその表情は、どこかワクワクしていて。

 

「だったら私が面倒を——」

 

「うわあああ! ちがう! ちがう! 全く違いますって!」

 

 スバルがあわてて否定する。だが、隣のレムはといえば、なんと、うっとりした目つきでスバルのことを見上げていた。

 

——ったく!

 

「えー、あ、あのですね、真由美さん。わかりました。正直に話します。まあ、言えるところだけ、ですけど」

 

「ふん、ふん」

 

「真由美さん、かなりいい線いってます。俺と、このレムは——」

 

「うん、うん」

 

「とある大きな屋敷で働かせてもらってます。見た目通り、俺は使用人(スチュワード)。まあ、まだ見習いですけど。レムはもう何年も屋敷でメイドとして働いてます」

 

「うん! うん!」

 

 満足げに頷く、真由美。

 

「で、今日は、その、普段あんまりこっちに出てこないので、社会見学というか、あー、一般常識の勉強というか」

 

「なるほど」

 

「まあ、そんな感じのところを、あっという間に囲まれちゃって……」

 

 ふうん——。

 

「わかったわ。もうそれ以上は聞かない。いいのいいの。それで充分よ。さて、話を戻しましょうか」

 

 真由美の目がじっとレムに注がれる。

 

「単刀直入に言うわ。怜夢ちゃん、あのね、そのメイド服、私に譲ってくれない?」

 

「え? レムのこの服をですか?」

 

「そう。もちろん、お金は払うわ」

 

「あ、その、お金って言っても、ちょっとその」

 

 慌てて口を挟むスバルに

 

「そうね、うーん、七万、いえ、十万でどう?」

 

 と、真由美が値段を口にする。スバルもレムもどう答えていいのかわからずいると、

 

「うー。今月、結構厳しいのよね。じゃ、じゃあ、それプラス、私が怜夢ちゃんのファッション・コーディネートしてあげる、って線でどう? もちろん洋服はプレゼントで。裸で帰すわけにはいかないし。ね? どう?」

 

「服、ですか」

 

 彼女の着ているものを見て興味が湧いたのか、そう小声で呟いて、スバルの顔を伺うレム。確かに、この真由美という女性の着ている服は、彼女の雰囲気にあっていて、明るく華やかだ。

 

「そう! そのメイド服も素敵だけど、絶対もっと可愛くなると思う! ね? ね?」

 

 この人は、耳がいいな。そう思いながら、 

 

「どうする?」

 

 スバルの袖を掴んだままのレムにそう聞いた。

 

「レムは、あの、少しだけ気になります」

 

 その言葉を聞いた途端。真由美は、ぱぁっと顔を輝かせた。 

 

「じゃ、交渉成立ね! さあ、レムちゃん、こっち! 菜月君は、えーと」

 

 彼女はスバルに顔を向けて、一瞬うーん、と考えると、

 

「ここで待ってて」

 

 そう言って、レムの手を引いて事務所の奥に消えていった。

 

「なんだか、妙なことになったな」

 

 一人ポツンと残された事務所で、スバルは独り言ちた。

 

——あれよあれよと言う間に、ここに連れ込まれ、彼女の言うとおりにしてしまっている。そもそもあのメイド服、値段ってつくものなのか? まあ確かに、何着もあるって言ってたけど。それに、もしかして今、ここで着替えてたりしたら、レムって、その、今は……。

 

「おまたせー」

 

 真由美が戻って来て、スバルの思考を遮った。

 

「じゃじゃーん!」

 

 頭と手足のついていないマネキンのようなものに、さっきまでレムが着ていたメイド服が着せられていた。空いている手に、ブリムと靴を持ち、あろうことか、ガーターベルトとストッキングまでぶら下げている。

 

 その手にぶら下げらたものを目にした瞬間、スバルの顔が赤くなった。真由美がそれに気づかないわけもなく、

 

「怜夢ちゃん、抜群にスタイルがいいのね。あんな綺麗な体つきの子、ざらにはいないわ。菜月君、見たことあるの?」

 

 と、さらりとスバルにそう言った。

 

「な! な、な、なにを……」

 

 スバルは真由美の思わぬ発言に、顔をさらに赤くしてしどろもどろになった。

 

「ふふーん? そういうことね。そうか、そうか」

 

 真由美はトルソーをごとりとデスクの横に置くと、ニヤニヤしながら、スバルの顔を覗き込んだ。

 

「い、いや、あの、真由美さん、そういうことは……」

 

「怜夢ちゃん、これ脱いじゃったから、ねぇ。どう? 気になる?」

 

 白いガーターベルトとストッキングを、スバルの目の前でチラつかせる。

 

「い、いや、気になるって、い、言われても」

 

「怜夢ちゃん、早くこっち来て!」

 

「ええええっ」

 

 あわてて、奥の扉の方を向くスバル。

 

——いや、そっち向いちゃダメだろ。逆向かなきゃ。見ちゃダメだ! レムの、レムの……。

 

 そう頭では考えていても、奥の扉から目が離せない。やばいやばいやばい!

 

 と。ブカブカの灰色のスエット上下を着たレムが、ひょいと奥から顔を出した。それを見てスバルの体からガクッと力が抜ける。ひどい。あまりにもダサすぎる!

 

「あははは! ごめん、ごめん! ちょっと意地悪だった?」

 

「真由美さん……」

 

「怜夢ちゃんが着られそうなのが、今これしかないのよ。超ダサいけど、どうせすぐ着替えるから! さ、準備ができたら行きましょう!」

 

 これまたダサいサンダルをレムに履かせて、

 

「その前にコインロッカーに行ったほうがいいわね」

 

「え? コインロッカー?」

 

「そ。菜月君、それ、ロッカーに入れたほうがいいわ」

 

 スバルの腰にぶらさがっているものを指差しながら、真由美が言った。

 

「見つかったら銃刀法違反で逮捕されるわよ、きっと。だって、それ」

 

 真由美はスバルにウインクしながらこう言った。

 

「本物でしょ?」

 



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10.「ヨウフク」

 真由美とレムが通りで待っている間、スバルは真由美に教えられたコインロッカーに屋敷から持ってきた剣をしまい込んだ。お金は何も言わずに真由美が出した。

 

「一つ聞いていいですか?」

 

「あら、なあに?」

 

「なんで、その、俺のぶら下げていた、その」

 

「ああ。簡単。スタイリストってね、服だけじゃなくて、撮影で使う道具や他の小物も用意したりする時があるのよ。まだアシスタントだった頃、映画の撮影で使うって言って、真剣を借りに行ったことがあるの。だから、ね。重さとか、使い込んだ感じとか、あとはその雰囲気でわかるわ」

 

「ああ、なるほど——だから……。あ、あの」

 

 スバルの言葉を遮って、

 

「ここよ、怜夢ちゃん!」

 

 真由美はそう言いながら、綺麗なブティックの扉を開けた。

 

「いらっしゃいませ! あ、三宅さん、こんにちは!」

 

「あーこんにちは! 翔子ちゃん、店長さんはいらっしゃいますか?」

 

「はい。少々お待ちください」

 

「ここね、私がアシスタントの頃からお世話になってるブティックなの。ユニや男物もあるから、菜月君の分も、ついでにコーディネートしてあげる」

 

「え? お、俺は別に……」

 

「何言ってるの! 怜夢ちゃんとレベルを合わせないと、またさっきみたいなことになるわよ! それに、まあ、それほど気張らなくても大丈夫だから。お姉さんに任せなさい!」

 

 奥から出てきた責任者らしき男性と、レムの方を見ながら談笑を始める真由美。

 

——またここは、俺には超不釣り合いというか、全く縁のない店だな。

 

 だがその隣では、レムがスバルの袖を掴んで、感嘆していた。

 

「スバルくん、ここは——、レムはこんなにたくさんの服があるお店を見たのは初めてです!」

 

 顔を輝かせて、レムが嬉しそうに言った。

 

「姉様と一緒ならどんなに——」

 

「あら、怜夢ちゃん。お姉さんがいるの?」

 

 背後からレムの肩に手をかけ、耳元で真由美が聞いた。

 

「はい、マユミ様。レムには双子の……」

 

「おーっと、話はそこまでだ! 真由美さーん、いつまでレムにそのダサいの着させておくつもりですかー? ちゃっちゃーっと、その手腕を見せてもらいたいですねぇ!」

 

 おどけて誤魔化そうとしたこの口調が、この先、苦楽を共にすることとなる、とある人物のそれにそっくりだったことは、この時のスバルはまだ知らない。

 

「ふふうーん。それはなに? あれ? 私と勝負したいの?」

 

 真由美は胸の下で腕を組むと、スバルの顔をジト目で見ながら不敵な笑みを浮かべた。

 

「あー、い、いや、その、決してそんなつもりじゃ!」

 

「あははは! いいのいいの。菜月君の言うとおりね。さ、怜夢ちゃん、こっちにいらっしゃい」

 

「はい!」

 

 レムが嬉しそうに答える。やっぱりレムも普通の女の子なんだな。レムの表情を見たスバルは、ふとそう思った。

 

「菜月君、ちょっとそこで待っててね。あ、あっちが男物だから、そこ見ていてもいいわよ」

 

「いや、お、俺は……」

 

 そう言うスバルをその場に残して、真由美はレムの手を引いて、あれやこれやと見て回った。スバルはスバルで、所在無さげに、男物を見るともなしに、その辺りをうろうろしていた。

 

「菜月くん、プロの腕前、見せてあげるわ!」

 

 声をかけられて、振り向くと、手に洋服を抱えた真由美が、レムと一緒に試着室へ消えるところだった。

 

「そこ、その椅子にでも座って待ってて!」

 

 バッチリとウインクを決めて、ドアを閉める。

 

 

 そして——。

 

「うぁぁ、かっわいい! すっごい似合ってますよ! ほら、ほら! どうですか? 可愛いですよねぇ~」

 

 真由美に翔子ちゃんと呼ばれていた女の子が、声をあげた。

 

——ば、ばか! そんなでかい声出すなよ!

 

 店員とショップの客の視線が一点に集まるのがわかる。注目されているのが自分ではないのはわかっているが、恥ずかしさのあまり、スバルは顔を上げることができなかった。

 

「ちょ、ちょっと俺、よ、用事が……」

 

 訳のわからないことをつぶやきながら踵を返そうとしたその時、

 

「どうですか? 似合ってますか? スバルくん……」

 

 レムの声がした。続いて、

 

「どう? 菜月君? どうよ!」

 

 真由美も大きな声で、スバルに話しかける。

 

——うううう……。

 

 スバルはようやく覚悟を決めると、ゆっくりと試着室の方へ振り向いた。

 

「あ……」

 

 細いボーダーラインの入った黒のワンピースに、ふんわりと羽織られた白のカーディガン。

 細く綺麗な首と白い手首には、チョーカーとブレスレッド。ワンピースとカーディガンのライン、そして斜めにかけられたピンクの小さなポーチが、レムのその綺麗な胸の形をより強調している。ちょっとだけ短めの裾から覗く真っ白い綺麗な足。その足元は黒のショートブーツ、そして頭には黒のベレー帽。

 

 今、この瞬間。世界で一番可愛いと言っても過言ではない女の子の姿が、そこにあった。年相応のおしゃれをすると、こうなるのだろうか。それともレムが飛びっきりの逸材なのだろうか。

 頬をほんのり染めて、はにかみながら自分を見つめる青い瞳に、スバルは自分の顔が真っ赤になっていくのがわかった。

 

「お? あー、か、かわいい。可愛いと、思う。いや、その……本当に可愛い」

 

 真由美はそんな二人をニコニコしながら、見比べていた。

 

「怜夢ちゃん、どう? 自分で鏡見て」

 

「マユミ様。とっても素敵です。レムはこんなヨウフクを初めて着ました!」

 

「どう? さっきのメイド服もかなりいい線いってるけど、怜夢ちゃんには、こういう格好が似合うと思ったのよ。どう? どう? 菜月君? うれしいでしょう! 可愛い彼女がもっと可愛くなって!」

 

 真由美も素直に可愛いと思っているのだろう。その言葉には嫌味がなく、選んだ彼女自身の嬉しさが、言葉の端々に感じられる。

 

「えー、あー、いや、マジ、か、かわいい……です。さ、さすがです……」

 

 顔を赤くしたままのスバルに、

 

「でしょー! でしょー! もっと褒めてくれても構わないのよ!」

 

 真由美は自分の胸に手を当てて、どこかで聞いたことのある台詞を嬉しそうに口にする。

 

「じゃあ、怜夢ちゃん、ちょっとここに立ってくれる?」

 

 ポケットからスマホを取り出し、写真を撮り始めた真由美を、レムはやや不思議そうな面持ちで見つめた。

 

「スバルくん……あの、さっきも見たのですが、マユミ様の持っているのは……」

 

「これ? 最新機種よ! 綺麗に撮れるのよー」

 

 見当違いの答えを勝手に口にしながら、真由美はレムの写真を撮り続ける。と、そのスマホから、いきなり音楽が流れ始めた。

 

「あ、ごめん。ちょっと待っててね……」

 

 真由美はそう言うと、「もしもし」と話しながら、カウンターの方へ向かった。

 

「す、スバルくん……あれってもしかして……」

 

 小声でスバルに問いかける、レム。スバルもまた小声で、

 

「そう。おそらく最新型の魔法器(ミーティア)……。俺のはちょっと古いやつ……ああ、そっか。さっき事務所でもメイド服着ているところ、撮られたのか」

 

 そこまで言ってはたと気づいて、

 

「ま、まさか、レム。その……メイド服着ているとき、だけだよな? その……」

 

「え? あ……、そ、それは、はい……そうなんでしょうか……けど、あれ、なんですか?」

 

 こそこそ話しているところに、真由美が戻ってきた。

 

「二人とも、ごめん! 私、ちょっと出なきゃならなくなっちゃって……」

 

「え? そ、それは急ですね……」

 

「そそ、例のメイド服の件。善は急げ、って言うじゃない? このチャンス、絶対逃さないわよ!」

 

 スバルにそう言うと、今度はさっきの店員に話しかける。

 

「ごめんねー。菜月君のコーディネートは、翔子ちゃん、任せてもいい? そう、私好みでよろしくね! ああ、そうそう。そんな感じで。ちょびっとリーズナブルで、よろしく! あと、二人の並んだ写真、お願いね!」

 

 真由美はマシンガンのように一人で喋りまくると、くるりとレムに向き直った。

 

「怜夢ちゃん、あなたならトップアイドルになれるわ。いいえ、世界にだって羽ばたけるわー。気が向いたらいつでも連絡してね。ね! 私、専属スタイリストになるから! ううん、マネージャーもやっちゃうから!」

 

 レムにウインクすると、今度はスバルの方に首を振って、

 

「菜月君も、連絡ちょうだいね。ああ、怜夢ちゃんに捨てられたら、すぐに、連絡をちょうだい。怜夢ちゃんのその後の面倒はぜーんぶ私が見るから!」

 

 この人はどこまでが本気でどこまでが冗談なのか。

 

 でも、と真由美が言葉を続ける。

 

「——もう二度と会えない、かもしれない?」

 

「!」

 

 一瞬スバルが固まる。

 

「ほんの少しだけどね、そんな気もするのよ」

 

「真由美さん、あ、あの」

 

 スバルの言葉をまた遮って、真由美が続ける。

 

「だから、今日、あなたたちに会えて、私は本当にラッキーだったわ! 短い時間だったけど色々ありがとう」

 

「ま、真由美さん」

 

 言いかけるスバルに、しーっと唇に人差し指を当てて、

 

「もし、いつかどこかで、そうね、テレビとか雑誌とかで、怜夢ちゃんと同じようなメイド服を着ているキャラクターを見かけたら、私のこと、思い出してね。ぜったい怜夢ちゃんに負けないくらいの可愛い……」

 

 真由美はちらりとレムの方を見ると、額に手を当てて、一瞬ムムム、と唸った。そしてこう言い直した。 

 

「あー、撤回するわ。怜夢ちゃんにはかなわないわね。しかもあのメイド服、私のオリジナルじゃないし……まあそれは、バレなきゃいいかしら。ま、私も頑張るから、二人も頑張ってね!」

 

 うんうん、と、自分で言ったことに、自分で頷く真由美。そして不意にスバルの肩に腕を回して頭を抱え込むと、耳元で囁いた。

 

「菜月君、これからお姉さんが言うことを、よーく聞いて」

 

 突然、真由美に抱え込まれたスバルは、顔を赤くして狼狽した。そんな彼を全く無視して、真由美が続ける。

 

「いい? 怜夢ちゃんの手を絶対、ぜーったいに離しちゃダメよ! あんな女の子、もう二度と目の前に現れないわよ」

 

「な、まゆ……」

 

「彼女は誰かの手を握りたがってる。そしてそれは菜月君、あなたの手だけなのよ。誰が見てもわかるわ。あなたが怜夢ちゃんの気持ちを知っていて、その上で二人の関係が微妙だって言うのも見ていてよーくわかったけど」

 

 一間あって、

 

「ま、覚悟を決めて、やることやって、とっととくっついちゃいなさい! 頑張って! 応援してるわ!」

 

 真由美はスバルの体を離しながら、バーン! と、背中を大きく叩いた。

 

「デート、楽しんでね! じゃ、またね!」

 

 あっけにとられるスバルに、

 

「そうそう、メイド服の代金、カウンターに預けてあるからねー!」

 

 そう言いながら、ブティックの扉を開けた。

 

「や、やることって……」

 

 呆然と見送るスバルの隣で、レムが丁寧にお辞儀をする。真由美は手を振りながら、あっという間に人混みに消えていった。



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11.「お土産」

「すごいですよね、三宅さん」

 

「え? あ、そ、そうですね……」

 

 その言葉が自分にかけられていると気づいて、スバルは慌てて答えた。

 

「なつき君、でしたよね? じゃ、早速ですけど、三宅さんの代わりに私がなつき君のコーディネートさせてもらいますね!」

 

——そういえば、俺もそう言う話になってた!

 

「あ、あの、俺……その、このままじゃダメっすかね?」

 

「ダメですよ! だってれむちゃんだって、あんなに可愛いんだし、そもそも私が三宅さんに直接頼まれたんですから!」

 

 もごもご言うスバルをよそに、彼女はスバルの腕をとって店の奥に連れて行こうとした。

 

「あ、あの……スバルくん」

 

「な、なんだ?」

 

 そんなスバルにレムが、ちょっと言いづらそうにこう口にした。

 

「あの、スバルくんがヨウフクを選んでいる時間、レムはちょっとだけお散歩して来てもいいでしょうか?」

 

「え? あ、だ、大丈夫か? その、一人で」

 

「レムは大丈夫ですよ、スバルくん。いざとなったら……」

 

 レムの小さな手のひらに、何やら力が宿り始めるのが、スバルにも感じられて、

 

「あ! あ! まった! まった! それ、まずいから! 絶対に使っちゃダメなやつだから!」

 

 焦って止めさせた。

 

「わ、わかりました。スバルくんがそこまで言うなら、素手で……」

 

——いや、その素手もかなり危ないんだけど!

 

「いや、そんなことにはならないと思うから……」

 

 その会話をちょっとだけ不思議そうに聞いていた翔子が、そうそう、と言った感じで、

 

「れむちゃん、この二軒隣にカフェがあるから、そこでお茶でも飲んできたらどうかしら? カフェじゃなくても、この辺、いろいろあるし。そんなに長くかかんないと思うけど、そう……三十分くらいかな?」

 

 そう言ってニッコリと笑った。

 

「じゃあ、ショウコ様のおすすめ通り、ちょっとレムは行ってこようと思います」

 

 レムも嬉しそうにそう言うと、くるりと体を回して、ドアに向かう。

 

「れ、レム! ちょ、ちょっと待った、待った! 金! お金! 俺ら、手持ちがないよ!」

 

「あ……そ、そうでした……」

 

 一瞬で、その表情がしゅんとなった。その二人のやりとりを見た翔子は、慌てたように、

 

「あ、あの……三宅さんからお金、預かってますよ」

 

 そう言ってカウンターから戻ると、封筒をスバルに手渡した。

 

「忘れてた……そういえば、そうだった」

 

 スバルが封筒から一番金額の大きいお札を一枚取りだす。

 

「レム、これで何の問題もないはずだ。お釣りは数えなくていいけど、ちゃんともらってな。あ……あと、これも忘れてた……」

 

 さらに胸ポケットから、ベアトリスの魔法のカードを取り出した。

 

「ま、こっちが使えるなら、こっち使ってくれ。ダメならさっきの紙の方で」

 

 スバルが、ほら、と言って紙幣とカードをピンクのポーチに入れる。レムは満面の笑みで、

 

「わ、わかりました! なるべくベアトリス様のカードを使いますね!」

 

 そう答えて、嬉しそうに出て行った。

 

「だ、大丈夫かな……」

 

「なつき君、心配性ですね。まあ、れむちゃん、可愛いから、どっちかって言うとナンパの方が心配なんじゃ……?」

 

 翔子も、さっきまでの真由美と同じようにニコニコしている。

 

「さ、れむちゃんに負けないように、なつき君の服、選んじゃいましょうか!」

 

「は、ハイ……」

 

 彼女が、あーだこーだ言いながら、スバルの服を見繕う。だが、

 

——レム、大丈夫かな……。

 

 スバルの頭の中は、レムのことでいっぱいだった。

 

 

 三十分後——。

 

 

 ちょうどスバルが試着室から出てきたタイミングで、レムもまた戻ってきた。

 

「れむちゃん、お帰りなさい!」

 

「はい! ただいま戻りました!」

 

 嬉しそうに言いながら、スバルを見つけると

 

「わあっ! スバルくん、素敵です! その、かっこいいです! とっても!」

 

「え、そ、そう?」

 

 執事服と例のジャージ姿しか見たことのないレムにとって、今のスバルは特別に映っているのだろう。

 

「れむちゃんもそう思います? なつき君、良かったですね!」

 

「は、はぁ」

 

 素直に嬉しいと言えないところが、何だか恥ずかしい。スバルは顔を少しだけ赤くして、頭を掻いた。

 

「ところで、レム、どこ行ってたんだ?」

 

 突然の質問に、レムは一瞬固まって、その後すぐにこう答えた。

 

「あ、あの、ショウコ様のおすすめのお店で、お茶をいただいて……、あとはその辺をぶらぶらしてきました。色々なお店がたくさんあって、その、楽しかったですよ!」

 

「そっか。危ないこと、なかったか?」

 

「だ、大丈夫です」

 

——まあ、本当に危ないのは、レムにちょっかい出した方か……。

 

「そうそうスバルくん、お金、使いませんでしたよ! あのカードだけで」

 

「ん? カードだけ? なんか買わなかったの?」

 

「あ、い、いえ。その、お茶を一杯だけで、あとは、その、散歩を……」

 

 微妙な表情を浮かべるレム。

 

「あ、そうなの? んーなるほど……」

 

 スバルはちょっとの間、何かを考えて、ところで話は変わるんだけど、と、レムに向かって口を開いた。

 

「あのさ、レム。ここはひとつ、みんなにお土産を買って行ってあげるべきだ、と思うんだ」

 

「はい! そうですね!」

 

 さっきまで複雑な表情だったレムの顔が、パッと明るくなった。

 

「せっかくここでレムと俺の服を見繕ってくれたんだ。ここでお金を使って行くのは筋、ってもんだろ? ですよね? 翔子さん?」

 

 それを聞いていた翔子も、

 

「あ、それはとっても嬉しいです! ありがとうございます! ちょっと予算オーバーでも、お勉強しちゃいますから、いろいろ選んでくださいね!」

 

 嬉しそうに笑った。

 

「じゃ、さっそく……」

 

 そう言いながら、二人が店の中を歩き回る。

 

「エミリアたんには、この、この……これなに?」

 

「ショールです、スバルくん」

 

「この色、ぴったりだろ?」

 

 そう言って、薄い紫色のショールを手にする。だが、その値札を目にした途端、スバルは驚いた。

 

——うえ! こ、こんなに高いのか……。布切れ一枚で? 服って安くないんだな……。

 

「はい! さすがスバルくんです!」

 

「へ、へへへ……」

 

「ベアトリス様には、どうしましょう?」

 

「ああ、ベア子には、服っていうより、どっかでもう少し違うのを」

 

「違うもの、ですか?」

 

「そ。もう思い浮かんでるんだ! それがなんなのかは後でのお楽しみ、だな」

 

 何を思いついているのか、ニヤニヤしているスバルに、レムがおずおずとこう聞いた。

 

「す、スバルくん、あの」

 

「なんだ?」

 

「姉様にも、その、お土産を買ってもいいでしょうか?」

 

「何言ってんの。そんなの当たり前だろ!」

 

 嬉しそうに微笑むレム。その表情を見て、スバルは心が温かくなった。以前の姉様最優先主義とはちがう、普通の姉妹愛をそこに感じたのだった。

 

「さ、ラムのお土産も選ぼうぜ! どんなのがいいと思う?」

 

「そ、それなんですけど……」

 

 そっとスバルの耳元に口を近づけて、恥ずかしそうに提案する。

 

「ああ! それ! それいいぜ! 大賛成だ、レム!」

 

「そ、そうですか? そうだと嬉しいです!」

 

「あ、でも……こんなのはどうだ?」

 

 今度はスバルがレムに囁く。

 

「それ! 素敵です! とっても素敵です! やっぱりスバルくんは……」

 

「いや、そ、それ以上は照れるから、やめて!」

 

 真っ赤になったスバルに、やっぱり頬を赤く染めたレムが微笑む。翔子は、そんな二人のやりとりを微笑みながら見つめていた。

 



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12.「帰還」

「じゃあ、またのご来店をお待ちしてますね!」

 

 そう翔子に送り出された二人が向かったのは、大きなトイ・ショップだった。レムのメイド服を売ったお金は、さっきのブティックでの買い物で、ほぼほぼ消えていた。 そんなわけで、スバルが考えていたベアトリスへの土産は、おそらくこのくらいで買えるだろう、そう踏んで残してあったお金で本当にギリギリ、なんとか買うことができたのだった。

 

「みんなのお土産買って、すっからかん。それに、たこ焼き器、買えんかったな……ま、あのカードが使えるかもだけどな」

 

 ははは、と力なく笑うスバル。

 

「でも、レムは形を覚えてますから、今度、村の鍛冶屋で作ってもらおうと思います。あの小さなレイピアも、武器屋で手に入るでしょうか……」

 

「武器屋じゃなくても、大丈夫じゃね? そんなことより、あ、あったあった!」

 

 例の扉が見えてくる。もしかしたら消滅しているかもしれない。そうなったら二人は……いや、スバル自身は元の世界に戻って来ただけだ。だが、レムはどうなってしまうのか。それを考えると、お土産どころか、たこ焼きがうまいなどと言っている場合ではなかったのだ。だが、扉は来た時のまま、そのままの状態でスバルの目に映っていた。

 

「よかった……」

 

 思わず安堵のため息が漏れる。スバルは、その小さな扉の前に屈んでドアノブに手をかけた。と、その時、

 

「スバルくん、このまま帰ってしまってもいいんですか?」

 

 レムがつぶやくように言った。

 

「え?」

 

「スバルくんは、あの……本当はお屋敷に、帰りたく無いんじゃ……」

 

「な、なんで、そんな……」

 

 レムの真剣な顔に、スバルもちょっとだけ困惑気味になって。

 

「だ、だって……街も綺麗で、皆さん優しくて……それに」

 

「ん? それに?」

 

「美味しいものがたくさんありますし……」

 

 ガクッと、スバルの膝から力が抜ける。

 

「そ、そこかよ!」

 

 でも、とレムが続けた。

 

「スバルくんのご家族だって……も、もしそうなら、レムは……レムはこのままスバルくんと一緒に……その、スバルくんの故郷で……」

 

 小さく震える声で、レムが言った。

 

「あ、いや……レムがそう言ってくれるのは、う、うれしいけどさ……。でも、このままここにいたって、まず、その、か、金がない。それに……」

 

 もちろん、このまま電車で家に帰って、両親の顔を見にいくことも出来る。でも今は、この青い瞳の女の子のそばに、いや、彼女だけじゃない。彼女の双子の姉、小さなお姫様、そして、紫紺の瞳の少女。彼女たちのそばにいたい。彼女たちの笑顔を見ていたい。だから——。

 

 ここでスバルはハッとした。もし、あのゾーンに気づかずに電車に乗ってたら、一体どうなっていたか……。慌ててそうしなかったこと、それよりも、そのことに思いもつかなかったことに密かに感謝し、同時に身震いをする。そして首を左右に振って、スバルはその想像から逃げ出した。

 

「それに、ラムだって、レムの帰りを待ってるぜ! 早くみんなにお土産あげたいしさ!」

 

「そ、そうですね! 変なことを言ってしまって、ごめんなさい……」

 

「いいって! いいって! あ、そうだ。レム。ひとつお願いがあるんだけど」

 

「な、なんでしょう?」

 

「今日見て回ったここが、俺のいたところだってこと、みんなには内緒にしてくれないか」

 

「え? は、はい。スバルくんがそう言うなら……」

 

「サンキュ。みんなに色々気を遣わせたくないし、行ったことがない場所だったってだけ、言っておいてくれ。そもそも、だ。ここが本当にそうかどうかもわかんないんだし」

 

「……わかりました。そうします」

 

 スバルが例の小さな扉のドアを開く。その瞬間、レムにも屋敷のカーペットが目に入った。

 

「その扉は、何でスバルくんにしか見えないんでしょう?」

 

「さああ? なんでかね? 俺にもまったくわからん……」

 

 先にレムを屋敷に帰すと、スバルはもう一度、公園を振り返った。あれからたった数週間しか経っていないのに、こちら側が自分にとっての異世界になってしまった。この先再びここに戻ることはあるのだろうか?

 

——わりぃ、父ちゃん、お母さん……。

 

 スバルはゆっくりとドアに向き直ると、その小さなドアをくぐり抜けて「元の世界」に戻って行った。

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「てな訳で。無事生還しました。みなさま、ただいま!」

 

 そういいながら立ち上がると、スバルは、念のため、そのドアがきちんと閉められているかどうかを確認した。

 

「スバルも! どうしたの? その格好!」

 

 戻ったスバルの姿を見て、エミリアが声をあげた。すでにレムは女性陣に囲まれて、顔を赤くしていた。

 

「ま、いろいろあってさ……。とにかく、無事に帰ってきた。そうそう、お土産、あるぜ!」

 

「まずは、ベア子。ほい!」

 

 スバルは背中に隠していたものを取り出すと、

 

「うれしいだろ! 特大パックだ! ま、ちょっと違うところもあるかもだけど、その辺は大目に見てくれい!」

 

 そう言って、ベアトリスと大きさのほぼ変わらない、()()()()()()()()のぬいぐるみをベアトリスの鼻先に出した。

 

「な、なんなのかしら、これ」

 

 一瞬、見た目年齢相応の表情を浮かべるベアトリス。それから、あ……と小さく言って。

 

「そ、その、どうしてもって言うなら、もらってやってもいいのよ。そ、それよりもその……」

 

「そうそう、例のカード、サンキュ! バッチリ役にたったぜ!」

 

「一体、何の役にたったのかしら? そもそも一体これは何だったのよ?」

 

「ううーん……ま、一言で言えば魔法のカード、ってとこかな。なんだか、金の代わりに使えたぜ? おかげでちょっとだけ食いもんが手に入った。 今度機会があったらまた貸してくれ。まだ使えんだろ? きっと」

 

 ふううん。そんな顔つきでカードをまじまじと見つめるベアトリス。次の瞬間、そのカードがベアトリスの手の中からすっと消えた。

 

「ふん……」

 

 ベアトリスは肩をすくめると、改めて、大きなパック風ヌイグルミを抱きかかえ、

 

「き、今日はこれから、これの使い道を色々考えることに決めたのよ」

 

 誰に言うでもなく、そうつぶやいて、部屋の扉から禁書庫に姿を消した。

 

「まったく素直じゃねーなぁ」

 

 もうそんなことはとっくにわかっている、そんな表情でベアトリスを見送るスバル。

 

「スバル、何でそんなにニコニコしてるの?」

 

 エミリアが不思議そうに口にした。スバルは慌てて首を振ると、

 

「そうそう。次はエミリアたん! エミリアたんには、これ! これ!」

 

 エミリアに高級そうな包みを渡す。

 

「これ、私に? 今開けても、いい?」

 

「もちろんだよー。エミリアたん! これ、レムもおすすめだって! な、レム?」

 

「はい、エミリア様。きっとお似合いかと」

 

 手渡された包みを開けた瞬間、エミリアが声をあげた。

 

「うわあ、ショール? 綺麗! とっても綺麗! これは何でできているの? 不思議な素材ね!」

 

「あ、シルクって、ないの?」

 

「しるく? よくわからないけど、スバル、レム、とーってもありがとう!」

 

 嬉しそうに羽織ると、体をくるっと回転させてポーズをつけるエミリア。そんな様子を鼻の下を伸ばし気味にスバルが見つめている。なぜだかレムも嬉しそうだ。

 黙ってそれを見ていたラムが、ようやく口を開いた。

 

「で、バルス……結局あの森はどこだったの?」

 

 ちょっとだけイライラしている口調。

 

「いや、それなんだけど、あの森の先に、ちょっとだけ大きめの村があってさ……。レムも俺も見たことない感じで。まぁ、そこでいろいろ……」

 

 ごにょごにょ言うスバルを、何か探るように軽く睨みつけるラム。その視線から逃れるように、

 

「そ、そうそう! ラムにもちゃんとお土産、用意してきたぜ!」

 

「そ、そんなことでラムは……」

 

「まあ、まあ。とにかく、ラムの分はレムから……な、レム」

 

「は、はい、スバルくん」

 

 その言葉にラムは、振り上げかけた拳の下ろし処を見失ったまま、レムの方に振り返った。

 

「姉様、これ、スバルくんとレムが選んだんです」

 

 笑顔でラムに紙袋を手渡す、レム。

 

「い、いったい何を……?」

 

 困惑気味にそう言って、大きめの手提げ袋の中をのぞいたラムは、ちょっと驚いた表情を見せた。レムは頬を染めて、そんなラムの顔を見てにっこりと笑っている。

 ラムの口元がわずかに緩むのを見たスバルは、ああ、やっぱりこの姉妹は仲がいいんだな、と、改めてそう思った。

 

「さあて、と。あの扉なんだけど……」

 

 そう言って扉の方に向こうとした瞬間。

 

「あ……」

 

 レムが小さく叫んだ。

 

「ん? どうした?」

 

 レムの視線の先をみて、スバルだけでなく、その場にいた全員が絶句する。

 

「え? な、なんで……」

 

 スバルはゾッとして、言葉を絞り出すように呟いた。

 

「もしかして、これ……ギリギリ戻ってこれたって事、か?」

 

 ドアがあったはずのその場所には、ただのっぺりとした白い壁があるだけだった。

 



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13.「結末」

「バルス! 今すぐ来なさい! どういうことか説明なさい!」

 

 ラムがノックもせずに部屋に飛び込んで来た。今日あった出来事を、頭の中で反芻していたスバルは、突然のことにギョッとして振り向いた。いつものメイド服ではなく、薄いピンク色のネグリジェ姿のラム。そんな彼女の姿を見るのは初めてだったが、それよりも、スバルを睨みつける表情に気づくと、

 

——ごくり……。

 

 スバルは思わず唾を飲み込んだ。ラムは怒り心頭の様子で——まさに鬼の形相でスバルの胸ぐらを掴んだ。

 

「レムに……ラムの妹に一体何をしたの!」

 

「ぐえっ! い、一体何の……」

 

 最後まで言い終わる前に、ドアの外に投げ飛ばされるスバル。ラムがすかさず走り寄り、再度胸ぐらを掴んでスバルを引き起こすと、今度は廊下の壁にその体を叩きつけた。

 

「お、落ち着いて、お姉様。一体何のこと? レムがどうしたんだ?」

 

「どの口が言うの? レムを……レムを……絶対許せない!」

 

「だから、なんの……」

 

「いいわ。自分の目で確かめて、その上で言い訳があるなら、聞いてあげる。そうでなきゃ、殺す」

 

 ラムはそう言って、左手でスバルの襟元を掴むと、三階のレムの部屋へスバルを引きずって行った。

 

 ドアを開けて中に入ると、ベットの上で苦しそうに丸くなっているレムの姿が見えた。

 

「うううっ……」

 

「レ、レム? お、おい、どうしたんだ?」

 

——ぱしっ! 

 

 音とともに、スバルの左ほほに鋭い痛みが走った。

 

「痛ってええ!」

 

「バルス! この通りよ! 何か言うことは? レムに何をしたの?」

 

「な、何もしてないし、何が何だか……」

 

 再び音とともに痛みが走る。怒り狂ったような赤い瞳に涙を浮かべて、ラムがスバルの顔をもう一度ひっぱたいた。

 

「言い訳はもういいわ。絶対許さない!」

 

「い、いや、待った待った。本当にわかんないって! ま、まさか、呪術?」

 

 そう言ってレムの方に顔を向けるスバル。

 

——今日一日、誰と接触したか、全く気にしていなかった。その中に呪術師がいたのか? まさか、あの街で、か?

 

「レ、レム……」

 

「もうそれ以上は、近づかせない!」

 

 右手をかざし、スバルを威嚇するラム。尋常ではないマナの高まりを感じて、スバルが生唾を飲み込んだ瞬間、

 

「す、スバルくん、姉様……」

 

 息も絶え絶えに、苦しそうな声でレムが二人に呼びかけた。

 

「あ、あの……」

 

 レムはそこまで言うと、ガバッと体を起こした。次の瞬間。いきなりベットから飛び降りて、部屋の外に向かって走り出す。

 

 突然のレムの動きに、あっけにとられて、固まる二人。少し間があって、

 

「ま、待ちなさい、どこに行くの? レム!」

「お、おい、ど、どこ行くんだよ! レム!」

 

 二人の声がシンクロした。

 

 レムは廊下の突き当たりにある扉を開けると、

 

「スバルくんは来ちゃダメです! 来ちゃダメですっ!」

 

 と言いながら中に入り込み、バタンとドアを閉めた。

 

「え? あ、あの……」

 

 何が起こったのかわからないスバル。レムの後を追ってドアの前に立ったラムは、閉められたドアの前に立ち、中の様子を伺いつつ、スバルに、

 

「バルスはそこまで。それ以上近づくと殺すわよ」

 

 そう言って、手のひらを向けた。 

 

「い、いや、あの。お姉様。そこって」

 

「黙りなさい。それ以上言うのは許さないわ」

 

「そこって、とい……」

 

 ラムに聞こえないような小さな声で呟くスバル。ラムはドアに耳を当て、中の様子を伺っている。

 

 五分ほど経っただろうか。

 

「……呪いの類ではなかったようね。で、どう言うことなのか説明してもらいましょうか。バルス」

 

 ややホッとした表情で、でも、スバルを睨む目の鋭さは変えずにそう言った。

 

「呪いじゃない? 説明? 一体何のことか……」

 

 そこまで言いかけた時、青い顔をしたレムがドアを静かに開け、

 

「あ、あの……」

 

 と、スバルとラムに消え入りそうな声でそう言った。

 

「レム。大丈夫なの? だいたい事情はわかったわ。バルスのせいね」

 

「えええ? 俺のせい? ってかレム、お前、腹……」

 

「そこまでよ! 悪党! いいえ、バルス! それ以上の辱めは受けないわ!」

 

 わずかに顔を赤くし、下を向くレムを背中でかばうと、両腕を胸の上で組みなおし、スバルにその鋭い眼光を向けた。

 

「いや、辱めって言われても……」

 

「ね、姉様。レムは……レムは……」

 

——ぎゅるぎゅる~

 

 レムのお腹のあたりから音が鳴った。

 

「う、くっ……いやぁぁぁ」

 

 その途端、くるっと踵を返し、再び先ほどの部屋に飛び込んで、バタンとドアを閉めた。かすかに物音が聞こえる。スバル自身も過去に経験したことのある、人には聞かせられない音。

 

「おい、レム……お前、腹下ってんのか?」

 

「ば、ば、バルス! なんてことを! ラムたちのような美人姉妹に! 淑女に向かって言ってはならないことを!」

 

「淑女って、おまえなぁ。んなことより、呪いとかじゃなくて、それって下……」

 

「バ・ル・スぅ」

 

 鬼気迫る迫力に、思わず両手のひらをレムに向かってかざしながら、

 

「い、いや、お姉様。け、決してそう言うつもりでわ。わ、わかった! わかったって!」

 

「その失礼極まりない口を切り落としてあげてもいいのよ」

 

 しばらくそんなやりとりを続けていると、そっとドアが開き、前かがみになってお腹を押さえたレムがそのドアの隙間から、再び顔を出した。

 

「おいレム、大丈夫か?」

 

「は、はい……スバルくん……なんとか……」

 

「レム、バルスに何をされたのか、詳しく言ってちょうだい」

 

 ラムは腕を組んでスバルを睨みつけたまま、レムにそう言った。

 

「あ、あの、ですね、姉様……スバルくん……」

 

「何かに()()()()のか? いやでも、同じものしか食ってないし。向こうでは、たこ焼きとアイスを一個、あとはコーラ。そんなんで腹なんて壊すか? だいたい——ん?」

 

 そこまで言って、ふと思い浮かぶ。

 

「そういえば、レム、お前、あの時、俺の服を選んでもらってる時、外で何してた? お茶を飲んで散歩してただけ、だよな?」

 

「あ、あの……」

 

 モジモジしてなかなか話さない、レム。

 

「お前、まさかとは思うが、まさかのまさか、か?」

 

「え、えーと……」

 

「はっきり言ってちょうだい、レム。ラムはバルスを絶対に……」

 

「ち、違うんです、姉様。実は……」

 

「レム、全部出して……」

 

——ギロリ。

 

「いや、その、全部話してすっきりしろ!」

 

 あの時。スバルが自身の服を選んでいた三十分ほどの間に。

 

「どうしても、味見をしてみたくって。スバルくんにはダメって言われたんですけど……」

 

「で?」

 

「さ、最初に、スロベリのくれーぷ……」

 

「最初って、お前……」

 

「その次に、バニナショコレのくれーぷを……」

 

「で?」

 

「……あの、かきごおりと、あいすくりーむの違う種類、ばにらとマッチャとちょ、ちょこみ——あ! スバルくん、あれは三ついっぺんに重ねてもらえるんですね! レムはとっても嬉しくって……あ……ごめんなさい」

 

「んで?」

 

「あ、あとは……」

 

 レムの声が、どんどん声が小さくなっていく。

 

「まだあるのかよ!」

 

「どおなつと……ぷりんと……」

 

 聞いたことのない単語を連発するレムに、ラムも若干驚いた様子で、

 

「バルス、一体……」

 

 スバルに聞くともなく、口から言葉が出る。

 

「あと、ヤキソバとカラア——」

 

「馬鹿かお前は! ラム、前にも言ったけど、お前の妹はほんっっっとぉおおに、馬鹿だ! そんだけ食えば腹壊すに決まってんだろ! 馬鹿! てか、その細い体で、どんだけ食ってんだよ!」

 

「……ごめんなさぁぁい」

 

 小さくなるレム。そしてすぐに、

 

「あうっ!」

 

 そう小さく叫ぶと、再びドアを閉めてトイレに閉じこもってしまった。

 

 ラムは目を伏せ大きく一つため息をつくと、

 

「そう言うことね。わかったわ。バルス、あの……」

 

 少し言いよどんで続ける。

 

「さっきはラムが悪かった。ひっぱたいたこと、素直に謝るわ……その、ご、ごめんなさい……」

 

 普段あまり耳にしないラムの言葉に、スバルは少しだけ驚いた。

 

「い、いや、まあ、いいよ、それは。レムが心配で仕方なかったって感じだし。そもそも、俺がちゃんと見てなかったせいだし……」

 

「とりあえず、ラムは薬を煎じてくるわ。後、お願い。それと、ちょっとだけ気を使ってあげてちょうだい。これはバルスを疑ってひっぱたいたお詫びよ」

 

「お詫びで命令とは、姉様、何か違くない?」

 

 扉の内側でレムがウンウン唸っている声が聞こえてくる。スバルは扉から——レムのいろいろが聞こえない程度まで——離れて、ピンクのネグリジェの後ろ姿を見送った。

 

——それにしても。

 

「程度があるだろうが。ったく」

 

 そう呟くスバルに、ドアの向こうから消え入りそうな声がかかった

 

「す、スバルくん、そこにいるんですかぁ……」

 

「おう。いるよ」

 

「あ、あの。ごめんなさい。今日のレムはちょっとはしゃぎすぎました……」

 

「もうわかったよ。俺も悪かったし。お前から目を離すんじゃなかったよ」

 

「あの……その……こんな時にこんなお願いするのは気がひけるんですが」

 

「なんだ?」

 

「今日の、その、約束を……その、寝る時に、あの、頭を撫でて欲しいです。それまで、そこにいてもらってもいいですか?」

 

「そんなことなら、いくらでもいてやるけど」

 

「あ! でもでも、少しだけ離れたところで……」

 

「ほんとにめんどくさいな、お前」

 

「うー、ごめんなさい……」

 

 その消え入りそうな声を聞きながら、スバルは頭を掻いて、でも、ちょっとだけ嬉しくも思っていたのだった。

 



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14.「エピローグ」

「じゃ、あとは頼もうかしら」

 

 寝息を立て始めたレムを見つめ、優しく微笑むと、ラムはその視線をスバルに向けた。

 

「な、なんだよ、姉様。そのまなざしの違いは! まったくブレねえな!」

 

 スバルは枕元に椅子を引き寄せて腰を下ろし、そうラムに言いながら、絞ったタオルをレムの額にそっと乗せた。

 

「わかってるよ。絶対変なことはしませんって」

 

「別に何も言っていないわ。それに……」

 

 そう言いかけて、じっとスバルを見る、ラム。そうして不意に、

 

「ふっ」

 

「な、な、なんだよ、その、『ふっ』て、『ふっ』て! いつもと若干違うじゃねえか! なんか怖えよ!」

 

「なんでもないわ。ちょっと思い出しただけ。じゃ、ラムは寝るわ」

 

「はいはい。そうですか! お休みなさいませ、おねえさま!」

 

 ラムはもう一度レムの顔を見てから、ドアを後ろ手に閉めてそっと部屋出て行った。

 

「ったく、なんなんだよ……」

 

 スバルはそう呟くと、すでに寝息をたてているレムに視線を落とした。

 

 レムの可愛い寝顔を眺めていると、今日一日、二人に起こったことが夢だったような気がする。だが、一体どちらが夢で、どちらが現実なのか。

 

——不思議なことだらけだ。あの扉といい、あのカードといい。そしてきわめつけはあのゾーン。あれは一体……。まさか夢オチってことはないだろうな。

 

 「スバル、くん……も、もう食べられません……」

 

 レムの口から、マンガのような寝言が漏れる。

 

——熱まで出して、どんな夢見てんだか。でもまぁ、俺もなんだかんだで、結構楽しかったし、レムとは二回目のデートってことになるのか、な? これは。

 

 嬉しさと、すこしだけ複雑な思いが交差する。スバルはそっとレムの髪に手を伸ばすと、優しくその頭を撫で続けた。

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 隣の部屋では『おみやげ』が、ベッドの上に広げられていた。

 

 もう何年も、メイド服にしか袖を通していなかった。二人にとってそれが当たり前のことだったし、何の疑問も持たなかった。

 だが、今日のレムの姿を見て、素直に可愛いと思ってしまった。妹のその姿が。纏っているその装いが。一体、誰が選んだのかは知らないけれど、ほんの少しだけ、羨ましい、と思ってしまった。

 

 そして——。

 

 黒いラインの入った可愛らしい白のワンピース。黒い薄手のカーディガン。同じく黒いソックスはこの明るいベージュのブーツにぴったりだろう。丸い形の白い帽子。このクロスボディーの青いポーチも、とってもおしゃれだ。そして、お揃いの可愛いアクセサリーたち。

 

 しばらく眺めてから、シワにならないよう、丁寧にハンガーにかけてゆく。小箱に小物をしまって、最後に帽子を棚の上にそっと置いて——。

 

「いつか、近いうちに、レムとお揃いのこの服を着て、どこかに出かけることがあるのかしらね」

 

 優しく微笑む。

 

「もしそんなことがあったとして、できるならバルス抜きでお願いしたいところだわ」

 

——きっとそうはならないだろう。

 

 そうも思う。

 

——でも、それはそれで楽しいかもしれない。その日は一体いつになるだろう。

 

 とっておきの宝物を、秘密の宝箱にしまい込む子供のような表情を浮かべて、彼女はクローゼットの扉をパタンと閉めた。

 

《異世界の異世界デート譚・了》

 



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15.「もう一つのエンディング」

「はい、台本(ほん)は先ほどいただきました。はい。はい! ありがとうございます! 頑張ります! 先生にもどうぞよろしくお伝えください!」

 

 そう言い終えて、画面をタッチする。一間置いて、椅子の背にフーッともたれかかり、大きく伸びをする。そのまま手の中にあるスマートフォンをしばらく眺める。ふふっ、と小さな笑い声を漏らし、体を起こしてデスクに肘をつく。そして、あらためて写真のアイコンをタップする。

 

 画面の中で、綺麗な青い髪の少女が黒のワンピースを着て、はにかみながらこちらを見ていた。自分でいうのも何だが、抜群のセンスだ。そもそも素材がいい。何を着せても、恐ろしいくらいに可愛いだろう。そして、その隣で赤い顔をしている少しだけ目つきの悪い黒髮の少年。

 

「ふふん……ホント、素直じゃないわよねぇ」

 

 彼がその青髪の少女を見る時、自分がどんなに優しい目をしているのか、おそらく自覚がないのだろう。でも、彼女はそれにとっくに気づいている。

 

「ほんと初々しいわー。青春だわー」

 

 知らず知らずに、頬が緩む。

 

——それにしても、二人とも、意外とそそっかしいのね……。

 

 ブティックから電話があったのは、二人がショップを出て行ってすぐだった。唯一自分だけが、彼らの連絡先を知っていると思われていた。

 

 手にしたスマートフォンの写真を、一枚一枚確認しながら、フォルダに振り分けていく。

 

 たくさんの人に囲まれた二人。自分に向けられたスマートフォンを、不思議そうに覗き込む彼女。見たことのないメイド服をまとった彼女。サイズの合わないグレーのスエットを着せられた彼女。ブティックで歳相応の洋服に身を包み、嬉しそうに笑う彼女。

 

 そして——。

 

 白い綺麗な素肌に、下着とガーターベルト、ストッキングという姿で、少しだけ恥ずかしそうにこちらを見て微笑んでいる青い瞳の彼女。

 

「これ、こんなの持っているなんて知られたら、彼に殺されちゃうかしら」

 

 クスッと笑ってデスクチェアから立ち上がると、事務所の冷蔵庫から、とっておきのスパークリングワインを取り出す。ポン、という音とともに、芳醇な香りが彼女の鼻をくすぐる。それを、テーブルに用意してあった三つのグラスに、静かに注ぐ。

 

 一脚は自分へ。そして、あとの二客は、あの素敵なカップルのために。

 

——乾杯! 二人とも元気でね!

 

 

 グラスを掲げた先に、異世界のメイド服と執事服を着せられたトルソーが、二体仲良く寄り添っていた。その一方の腰のあたりで、洋剣の柄に埋め込まれた宝珠がキラリと光輝いていた。

 

《異世界の異世界デート譚・完》




『異世界の異世界デート譚・「あとがき」のようなもの』

 こんにちは、黒丸〈Kuro Maru〉です。初めましての方は初めまして! 「異世界の異世界デート譚」、最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 最初にお伝えしておきますと、この物語はもちろん「Re:ゼロから始める異世界生活」をベースにさせていただいております。もっと言うと、一部の登場人物と一部の設定を、ナイショでお借りしております。スミマセン……。

 この物語を思いついたのは、メイドのコスプレをしている可愛い女の子を、某所で目にしたことでした。その子がもし青髪だったら、そこに目つきの悪い少年もいたら……。そして何と、その場所のすぐそばには、結界が張られていない大きな森(?)まであったのです!

 かつて、その森の近くには、たくさんのコスプレイヤーの方々がいらっしゃったのですが、今ではもうその姿を見ることはほぼありません。まあ、知っている人は知っている場所だと思うのですが、あれ、何ででしょうね?
 あの日、あの場所で一体何があったのか、何かのイベントだったのか、彼女の個人的趣味だったのか、もしかしてもしかしたら本物だったのか……今となってはもうわかりませんが、「だから、あの日、たまたま彼女を見かけたのは、本当にラッキー」でした。

 実はちょうどその頃、とある物語を一つ書いている真っ只中で、途中、ちょっと行き詰まっていたところ、その女の子を見かけ、違うお話でも書いてみたらまたあっちも筆が進むかも、と安直に考えて書き始めたのが、この「異世界の異世界デート譚」です(ちなみに最初につけていた仮タイトルは「S&R、HJへ行くの巻」でした……)。
 その後、しばらくの間、その二つの話を行ったり来たりしながら書いていまして、大まかに書き終わったのが二つほぼ同時、まあ、少しだけこっちが後、って感じでした。そこからちょこちょこ手直しをして、ようやくアップにこぎつけました。ですから、正確には黒丸の二作目ではなく、1.1作目くらいな感覚です。
 
 そんなわけで、相変わらずネタが苦しい……。どことはいいませんが、そことそこ、あとあそことそれから……。ううう。そもそもどうやって「こちら側」に来て、どうやって「あちら側」へ帰すのか、それも二人も。そこらへんも悩みました。で、今の自分のレベルではこれが精一杯でした。とほほ(って今日日、聞かねえな……)。

 今回も変わらず青髪&双子ラブな内容ですが、一応お屋敷の女性陣は全員出ていますので、EMT&BMAの方々、どうかご容赦ください。
 
 「もう一つのエンディング」は、もしかしたらないほうが良かったのかもしれませんが、すごーく悩んだ末、つけたままにしました(せっかく書いたから、読んでもらいたい! と言う欲求に抗えませんでした……)。いらないと思う方は、本篇最後のところでおしまい、ってことにしといてください。

 あと、某所で告知させていただいた通り、R-18ではありません。ですが、オリジナルがR-15なのと、一応予告通りチューはしたので(?)、こちらも同様にR-15させていただきました。

 最後になりましたが、この物語にお付き合いいただいた皆様、お気に入りに入れてくださったり、評価をいただいたり、感想をいただけたり、本当にありがとうございました!

 ではまた!
2019年4月 黒丸〈Kuro Maru〉



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蛇足ですが、「異世界の異世界デート譚」は無断転用を禁止とさせていただきます。



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