欠けたることも (稲井 水帆)
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気泡

「望月、今回の作戦なんだけど……。」

 

意味も無いし理由も無い絶望。

そんな得体の知れない波に呑まれる事、あるよな。

どうしようもない虚無と焦燥。

ちょっと気を抜くと、直ぐにコレだ。

 

「……そして、このエリアは特に警戒を……。」

 

そんな時、あたしはいつも一日前の事を思い出すようにしている。

怠惰を手に、無為な時間に埋もれる自分。死んだも同然な日々を無様に生き延びる自分。

大丈夫。あたしは死なない。死ぬわけがない。

だって、死人がこれ以上死ぬ事は無いから。

 

 

 

「……望月、ちゃんと聞いてる……?」

 

意識が現世に戻る。考えていると周りの事を気にしなくなってしまうのは悪い癖だ。反省。

 

「はいはい、弥生姉。ちゃんと聞いてるよ。要するに『ちゃんと敵艦に注意しとけ』っつー話だろ?」

 

なんとなく耳に入っていた言葉を繋げて、その場を誤魔化そうとする。

 

「……ちゃんと聞いていなかったでしょ。」

 

「あっはは、バレたか。悪い悪い。」

 

「ちゃんと真面目に聞いて……。望月に何かあったら、私……。」

 

別にいいだろう、あたしが沈んだところで。

 

「あー。ごめんな、ちゃんと聞かなくて。」

 

裏表。心と口は別々の生命体だな。

 

「もう……。もう一回説明するから、今度は聞いてね……。」

 

 

 

「……と、いうことだ。では、今回の作戦、頑張ってくれ。」

 

司令官はそう言って締めくくると、執務室をそそくさと出ていった。

弥生姉から二度、司令官から一度。聞いてなかったのが悪いとはいえ、流石に同じ説明を三回もされては飽きるもの。

それでも最後まで説明を聞いたのは、聞かねば殺されるから。

司令官が“司令官”であり、あたしたちが“艦娘”だからだ。

“司令官”。艦娘を、その命を、道具として意のままに操る人間。巷では「捨て艦戦法反対」などと綺麗事を宣う若い提督もいるようだ。しかし、この戦いはそこまで甘くない。そんな戯言に耳を傾ける暇などない。

 

 

痛いほど鮮烈な黄金色の髪が、あたしの横でなびいている。

 

「この作戦海域、敵が強いって聞いたの……。怖いっぽい……。」

 

嘘だね、夕立。お前はいつも戦闘になると、一切の躊躇も無く敵艦を貪欲に殺すじゃないか。そうやって不安げな顔を演じて、周りの同情を誘うのはさぞ楽しいことだろうね。

いいか?艦娘が不安を感じることはあってはならないんだ。戦場に出ずに平和を貪る司令官が不安を感じないのに、どうして司令官の手足である私たちが不安を感じられようか。

そういうものなのだ。死を厭わない。厭う事は許されない。それが“艦娘”。道具としてのあたしたち。

 

斯く言うあたしも嘘つきだ。

一つ小さな深呼吸。心を落ち着かせる。仮面を被る。

 

言わなければならない嘘を言う。

 

「大丈夫だよ、なんとかなるって。」



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明滅

果たして「望月」とは何だろうか?

眼鏡の駆逐艦?だらだらしている?……うん。確かに、それこそが「望月」だ。

では、質問の言い方を改めたらどうだろう。

果たして「あたし」とは何だろうか?

 

 

 

司令官の前で首を縦に振り続けていたのも、あたし。

 

『死にたくないから?死を厭う事は許されない筈でしょう?』

 

夕立の前で偽善者ぶって無根拠な励ましをしたのも、あたし。

 

『それがいい結果をもたらすと本気で思っているの?』

 

あたし、あたし、あたし。

 

『お前、お前、お前。』

 

認めたくない事実ばかりが目の前を塗り潰していく。

 

『認めなければいけない事実を眼前に叩きつける。』

 

 

 

……駄目だ。頭が、痛い。酷く痛い。何者かがあたしの頭を叩き割ろうとしている。

誰だか知らないけど、やめてくれ。

あたしは立たねばならないんだ、立っていなければならないんだ!

艦娘として、ひとりの人間として、「あたし」として……!

視界が酷く揺れる。ゆれて、しろく。

 

「もっちー?……もっちー!!大丈夫!?誰か!医務班を呼ぶっぽい!!」

 

大丈夫だ、大丈夫。あたしは此処に居る。まだ此処に。

 

 

 

気付くと、あたしは自室の布団で寝ていた。

……あぁ、倒れたのか。倒れたところを夕立か誰かが運んでくれたんだな。即座に状況を理解しようとする思考回路は、もはや職業病と言ってもいい。自嘲気味に笑う。

横には司令官。あたしと目を合わせると、わずかに笑みを浮かべた。

 

「……目が、覚めたみたいだね。」

 

「何も覚めちゃいないさ。」

 

「……少し、休むといい。次の任務、望月の代わりを卯月に務めてもらう。」

 

「……。」

 

寝返りをうち、司令官に背を向ける。大嫌いだ。司令官、あたし、世界、あらゆるものから目を背けたかった。

不甲斐ない。自分の無力さに打ちひしがれる。こんなの「死ぬのが怖いから逃げた」と言われてもおかしくないじゃないか。

……まぁ、あたしが出撃せずに卯月姉が代わるんだったら、艦隊は大丈夫だろう。あたしがいるよりも数段マシだ。卯月姉よりあたしの方が劣っている事くらい、自分で自覚している。

 

 

畜生。

 

 

「……望月?」

 

「うるさい。あたしはもう少し寝る。卯月姉に『望月がお礼とお詫びを伝えたがっていた』って言っといて。」

 

「分かった。とにもかくにも、今はゆっくり休むこと。いいね?」

 

「わーってるよ。あたしに命令すんな……。」

 

餓鬼みたいだな、あたし。何にも出来ないクセして、口だけは一丁前だ。

 

 

 

卯月姉が任務から帰ってきたら、どんな顔して会えばいいんだろう。布団に潜りこんだあたしの頭は、そればかりをぼんやりと取り留めなく考えていた。

 



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鳴動

見えるのは無数の手。その全てが、あたしを指さしている。

聞こえるのは笑い声。憎しみも入り混じった、嘲笑の音。

感じるのは暗闇の冷やかさ。凍てつく空気が突き刺すようだ。

 

「お前さえいなければよかった」

「お前さえいなければ」

「あの時お前が」

「お前が」

「お前が」

「お前が」

 

「……ッ!」

飛び起きた。夢を、見ていた。

熟睡していたようだ。その割に、体は重りを付けられたかのように怠い。

眠い目をこすりながら、時計の時刻を見る。午前零時。

なぜこんな時間に起きてしまった……?

そこで初めて、辺りが騒がしい事に気が付く。

寝間着さえそのままに、あたしは自室を出た。灯りが強い方へ向かえば、騒乱の中心に行けるような気がした。

 

「……司令官?」

着いたのは母港だった。そこに見つけたのは、さっきあたしの部屋に居た顔。そして、帰投した艦娘たちの姿。

「望月……っ!」

「んあ、司令官?……どうしたのさ、そんなに慌てて……。」

 

刹那、状況を把握する。

出撃したのは四人。神通さんを旗艦として、夕立、弥生姉、それに卯月姉。

今この場に居るのも、あたしを除いて四人。司令官、神通さん、夕立、弥生姉。

 

あれ?

「卯月姉は何処に?」

 

「望月!」

司令官からの怒号。

……あぁ、そうか。心の何処かで理解していたが、やはりそうか。

 

「もしかして……。」

 

辺りを静寂が包んだ。

 

沈んだ、のか。

そっか、強い敵艦がいるって言っていたもんな。

 

突如あたしの中に、恐怖が巻き上がった。

敵艦に対する恐怖ではない。卯月姉が沈んだことに対する恐怖でもない。

 

「……望月?」

 

「あぁそっか、分かったよ。ごめんね、野暮な事聞いて。あたしは部屋に戻るよ。」

 

あたしが恐怖したのは、他でもないあたし自身だった。

卯月姉が沈んだのに涙一つ流すことが出来ないでいる、あたし自身への恐怖だった。

悲しいかと言われれば、確かに悲しい。だが、それ以上に「仕方のない事だ」「艦娘が沈むなんて当たり前だ」という思考が、悲しみの邪魔をする。

 

あたしが出撃していればよかったのかな。

そうしたら、自分と向き合わずに済んだのかな。

頭が痛いなんて言い訳を無視して、あたしが身代になっていればよかったのかな。

 

弥生姉に失望されたくないし、明日は泣いてみせよう。嘘泣きは得意なんだ。

 

大きく息を吸って、吐いた。

 

あたしは、どうして生かされているのかな。

あたしは。

あたしは。

あたしは?

 

「お前がいなければよかった」

「お前さえいなければ」

「あの時お前が」

「お前が」

「お前が」

「お前が」

 

夢を、見ていた。

 



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