僕とウオッカの始まる恋の関係 (あーふぁ)
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僕とウオッカの始まる恋の関係

 11月のはじめ、学校が終わったあとに僕はバスでウマ娘のウオッカに会うためトレセン学園へとやってきた。

 来た理由は、昨日の日曜日に天皇賞(秋)に初めて出走して勝ったのを祝うためだ。

 本当はお祝いの品を買って来たかったけれど、まだ高校1年な僕はお小遣いも少なく、進学校に通っているためにバイトも許されていない。

 座席に置いたバッグを手に持って正門近くのバス停から降りると、制服であるブレザーの上から薄いジャンバーを着た僕の体に肌寒い風をちょっと感じる。

 雲がない空には太陽が傾き、オレンジ色の光が僕を照らしていた。

 道路のカーブミラーには幼さが残る顔の僕が見えていて、首筋まである茶色っぽい黒髪が輝くように光を反射している。

 少しのあいだカーブミラーを見て、寝ぐせや顔に汚れがないのを確認してから歩いていく。

 このトレセン学園は敷地面積が東京ドーム17個分ほどあり、2000人ほどのウマ娘が寮に住んでいると以前にウマ娘のウオッカから自慢げに教えられた。

 その自慢たるトレセン学園は学園というより、ひとつの街とも言える。

 壁と柵に囲まれた学園、西洋式の鉄でできた正門を見ると僕が通っている高校とは違うのだなと実感できる。

 そして、広大な学園の周りを走っているウマ娘を見ながら待ち合わせ場所である、寮の入り口前へと行く。

 その入り口前には3段ほどの小さなコンクリート製の階段がある、その最上段にバッグを置いて座ると、ひんやりとした冬の寒さが体全体に伝わっていく。

 思ってたより、ちょっとだけ寒かったからマフラーか手袋を持ってくればよかったなぁ、と自分の小柄な体を抱きしめるようにしてウオッカを待つ。

 時間の指定は学校が終わったら来いという約束だ。

 今日はレース翌日のあとだから、トレーニングも軽く終わらせてすぐにやってくるだろう。いや、やってこないと僕が風邪をひいてしまう。

 ちょっとずつ冷えていく手で、寮へと帰っていく顔見知りのウマ娘に手を振りながらウオッカとの出会いを思い出す。

 あれは去年の8月の少し前。僕が中学3年生だった時に今の高校へ学校見学をしたついでに近くの商店街で出会った。

 あの時のウオッカはダイワスカーレットというウマ娘と一緒に買い物に来ていて、そのふたりと僕がすれ違ったときだ。

 ウオッカの外見か、または雰囲気。そのどちらかもしれないけど、一目惚れのような、物凄く気になって仕方がない感覚がやってきた。

 僕より身長が高く、スマートで筋肉質な体。

 ウマ娘特有の特徴的な茶色のウマ耳で、左耳の根本にはリング状のアクセサリ。

 茶色の髪色でポニーテールは腰ほどまでの長さあり、他の髪は首筋までの長さ。その髪は全体的に外へとハネていた。

 その茶色の髪の中で、白い一筋の髪が右目のあたりをおおっている。

 薄茶色の瞳をし、高校生っぽい美人な顔立ちで茶色の尻尾があった。

 僕とウオッカはお互いに不思議と視線が離せなくなって見つめあってしまう。それから、どちらともなく自己紹介を始めた。

 それがキッカケでもう1年以上友達付き合いが続いている。ダイワスカーレットことスカーレットとも。

 普段からメールでやりとりをし、時々電話で話をして一緒に遊びに行くのは楽しいことだった。

 彼女たちと一緒にいるのはとても安心する。ウマ娘のレースを見にいき、誰が勝つかと予想しあったり。レース後に口喧嘩をするウオッカとスカーレットを微笑ましく見ていると、レース内容はどっちがよかったかと聞いて困らせてくるのも。

 バカな話も楽しいことも3人で楽しくやってきている。

 そういう少し昔のことを思い出し、自然と笑みが浮かんでしまう。が、風が吹くと寒さのためにすぐ笑みはなくなってしまう。

 ちらちらと学園の正門へと視線を向けるが、ウオッカの姿はまだ見えない。

 時間かかるかなと思ってため息をつくと、突然背中にひんやりとした冷たい感触がやってきた。

 声にならない叫び声をあげて、誰がやったかと後ろを見るとウオッカが僕の背中へと手を入れているのがわかった。

 

「待たせたな、ユニ」

 

 僕の名前の漢字を見て、ユニと呼ぶようになった赤いジャージの上に黒のジャンバーを着たウオッカは僕の隣へ1人分の距離を開けて座り、いたずらがうまくいって楽しそうな顔をしていた。

 ウオッカが来てくれたのは嬉しい反面、この突然のいたずらに思い切り不満な顔を向ける。

 僕にじっと見つめられたウオッカは視線をそむけたあとに僕の頭をぐりぐりと撫でまわしてくる。

 

「許してくれって。無防備な背中を見てたら、つい魔が差して」

「……まぁいいけど。今日の練習は終わったの?」

「おうよ。昨日がレースだったから今日は軽くな」

「いつものレース後より遅かった気がしたけど」

「あー、いや、それはスカーレットの奴とお前の話をしてな」

 

 遅くなった理由を聞くとちょっとだけ頬を赤くしてウマ耳を左右ばらばらに動かし、体もそわそわと落ち着きなく挙動不審になるウオッカ。

 普段は自信があり、いつも僕の前を歩いていく気の強い女の子。あまり見ることがない 不安がっている姿はなんだかかわいい。

 

「あいつのことはどうだっていいんだよ」

「ウオッカがそういうなら。今日はレースに勝ったから、おめでとうって言いに来たんだ。昨日のどっちが勝ったかわからなくてドキドキしたよ」

 

 天皇賞(秋)のレース。最後の直線でウオッカとスカーレットのふたりが競り合い、同着かと思えるゴールだった。

 昨日は手に汗を握り、写真判定で結果が出るまでずっと興奮と緊張感があった。

 

「なかなかかっこよかっただろ?」

「とても。もう、かっこいいって言葉しか出ないよ。うん、昨日のウオッカはものすごくかっこよかった。あぁ、今もこうやって思い出してくると昨日のレースは見れてよかったと本当に思うよ」

 

 言葉の途中から昨日のことを思い出し、段々と興奮していく。

 あの時の興奮はパドックから始まり、馬場に入った時、返しウマの時もずっと見ていたことを伝える。ウオッカはいつもよりかっこよく、スカーレットは凛々しくて美人だと。

 そして走る姿は何よりも好きだということも。

 そのことを熱く言ったからか、僕にたくさん褒められたウオッカは恥ずかしくなったのか、顔を膝の間にうずめてしまう。

 さっきの冷えた手の仕返しとして、さらに恥ずかしくさせたいといたずら心が芽生えた僕は話題を続ける。

 

「ゴール板を通過してからの写真判定の時間。あの13分は心臓に悪かったね。ウオッカとスカーレットはどっちも好きだから、同着でいてくれなんて思っちゃったよ。で、勝ったのがウオッカだとわかったときには、放心したね」

 

 テレビで何度も繰り返されたリプレイ映像はどっちが勝ったかがわからず、見ていただけなのにたくさん緊張した。

 ウオッカが1着、スカーレットが2着だとわかったとき、僕はウオッカに言ったとおりに放心した。

 それからはすごいレースが見れたと嬉しくなり、次の日に1週間も前から珍しく約束をしたウオッカと会ったら褒めてあげようと思った。

 

「昨日のウオッカは最高にかっこよかったよ。……あぁ、僕だけ話をして悪かったね。今日は冷えるから、どこかに食べに行こうか?」

「あー……、その、あぁ! ユニ、腹が減っただろ。減ったよな? なんか食い物持ってくる!」

 

 そう言って僕が腰を上げて立ち上がろうとすると、僕の肩を押さえつけて座らせてくると、そのまま慌てて寮の中へと入っていった。

 いつもなら、コンビニやハンバーガーを食べに行ったりするけど今日に限っては違うらしい。

 お小遣いがないとか、ダイエットをしているということだろうか。もしそうだったのなら、気づくことができなかった自分が情けない。

 ウオッカといると男友達みたいに気楽な感じで接してしまうのに気を付けないと。これがとても女の子らしいスカーレット相手なら深く考えてから行動や発言をするんだけど。

 もう少し気を引き締めなきゃいけないかなぁと考えながら、寮へと戻ってくる顔見知りにウマ娘たちに手を振り、挨拶をしていく。

 4人ほどに挨拶をした頃、その4人目とスレ違いにニンジンスティックとマヨネーズが入ったコップをひとつずつとマフラーを手に持ったウオッカがやってくる。

 ウオッカは他のウマ娘の後ろ姿を見たあと、ムッとした不満そうな表情で俺の隣へ座ってくるとマフラーを手渡してくる。

 

「使っていいの?」

「そうでなきゃ持ってこないだろ。ほら、早く巻け」

 

 ウオッカの心遣いに感謝し、マフラーをぐるぐると首に巻いていく。だけど、それを見ていたウオッカはコップを置くと不満な顔のまま俺からマフラーを外し、おしゃれなやり方で巻いてくれる。

 マフラーをつけて暖かくなるのと同時に巻いてもらうのはなんだか恥ずかしい。

 恥ずかしくてウオッカの顔を見れないでいると、目の前に細長く切られたニンジンスティックとマヨネーズの入ったコップを差し出される。

 

「食え」

「ありがとう」

 

 ニンジンスティックを1本掴み、マヨネーズにつけてからポリポリとかじっていく。

 僕とウオッカは会話もなく、寒空の下で静かに食べていく。でもこの静けさは嫌じゃない。

 ニンジンの良さがわかる濃い味を感じていると、ウオッカとスカーレットに会ってから段々と健康的な食生活になっていく気がする。

 ウマ娘は走ることが仕事だから食事にも気を付けていて、ハンバーガーや牛丼は滅多に食べない。一緒に出掛けた時にはベジタリアン向けのレストランや回転寿司などのヘルシーな食べ物ばかりだ。

 はじめのうちは野菜ばかりなのは好きではなかったけれど、多く食べても胃もたれしづらい、食後が楽などの良いところにも気づけた。

 だからぽりぽりと音をたててニンジンを食べていくのも悪くない。

 

「なぁ、ユニ」

「なに?」

「お前、ウマ娘の友達って多いのか?」

「友達っていうか顔見知りかな。僕がウオッカやスカーレットたちと一緒にいるからか、話しかけてくれる子と挨拶をする程度だよ」

「……その割にはさっきの奴とだって楽しそうにしてたのが見えたんだけど」

 

 そうだったっけ、と首を傾げながら思い出しているとウオッカの表情が寂しそうなものに変わっていた。

 思い出すのをやめてウオッカを見ていると、すねた様子を見せてくるがかわいくてたまらない。

 だからニンジンスティックを食べ終わってから手を制服で拭いたあとに、つい頭を撫でてしまった。

 撫でられたウオッカは目を見開いて驚き、そのまま抵抗もせずに10秒ほど撫でられていたけど、耳をピンと立てながら顔を赤くして僕の手を力強く掴む。

 

「なんで俺の頭を撫でるんだよ」

「構って欲しいのかなって」

 

 そう言うと、ウオッカは僕をにらむと体をちょっとだけ動かして離れた。

 嫌われたかなと思っていると、乱暴に僕の頭を掴んでは僕の体を引っ張り倒して膝の上へと頭を移動せられた。

 僕の頭はウオッカの膝の上。

 膝枕。そう、これは膝枕だ。女の子からの膝枕なんてのは今までしてもらったことはない。ウオッカの柔らかい太ももの上に頭を……いや、柔らかくはなかった。太ももの鍛えられた筋肉は固く、枕にしては感触が悪い。

 けれど、それでも男と違う女の子特有のわずかな柔らかさと匂いを感じて、僕の心臓は全力で走った時と同じぐらいにドキドキと緊張をしている。

 緊張したまま、どうすればいいかわからず、言葉は何も出てこない。

 ウオッカのほうも強引に膝枕をしておきながら、そこから先は言葉や行動が何も続かない。僕たちは動くこともなく、お互いの息遣いを聞くだけだ。

 緊張し続けている時、ふとウオッカが僕の頭を撫でてくる。

 驚いてウオッカの顔を見ると、恥ずかしそうにしながらも優しい顔つきだった。ボクは緊張が少しやわらぎ、ウオッカの尻尾を振る音を聞きながら、されるがままになる。

 その手つきははじめこそ雑に撫でてきたけれど、次第に優しくて気持ちがいいものになってきた。

 僕はウオッカに撫でられ続け、段々と落ち着いてくると同時に眠気がやってくる。

 

「どうだ、嫌じゃないか?」

「ん……」

 

 ウオッカから声をかけられても、もう少しで寝てしまいそうな状態ではうまく反応ができない。

 ぼぅっとウオッカの目を見つめることしかできないでいると、頭から頬へと手の位置を変えて撫でてくる。

 だけど撫でるのもすぐに終わり、ウマ耳をピンと僕の方向に立てると、両手で僕の頭を固定すると目をしっかりと開けたままウオッカの顔が近づいてきた。

 そして頬にやってきた柔らかい唇の感触。

 それは1度、2度と続けて軽いキスが。

 

「あー……ウオッカ?」

「目が覚めただろ」

「それは、もちろん」

 

 言葉では落ち着いているが、頭ではもう大混乱。これは恋愛的な意味なのか、言葉通りに僕を起こすためだけなのか。

 僕の頭を抑えているウオッカの手をさわると、僕の頭を掴んでいた力が弱くなる。その手を掴み、僕の頭から手を離させると起き上がってウオッカの隣に座る。

 混乱しながらもキスされた場所をさわると、そこは少し湿っていて夢でないと確認できた。

 ウオッカに今のはどういう意味? と聞くために振り向くと、そこには鼻血を流し始めたウオッカの姿が。

 僕は慌ててポケットからティッシュを取り出すと、ウオッカの鼻へとティッシュを当てる。

 

「ちょっと、どうしたのさ!?」

「たいしたことない。時々あるんだよ。その……緊張と興奮があると」

 

 恥ずかしいウオッカはかわいくてたまらないが、それよりも鼻血を止めないといけない。僕は片手でウオッカの手を取り、僕の代わりにティッシュで鼻血を止めてもらっているあいだにティッシュで鼻に入れる栓を作る。

 それをふたつ作ると、ウオッカの手をどけて鼻へと素早く差し込んでいく。

 ウオッカの綺麗でかっこいい顔に鼻栓があるのを見ると、さっきまでのドキドキした緊張がなくなっていく。

 ちょっと間抜けな顔を見て、にやにやしていると物凄く不満な顔をしているウオッカが僕の肩をばしばしと叩いていく。

 

「帰れよ。今日はもう帰れよ!」

「わかった、帰るって」

 

 苦笑いを浮かべてバッグを持って立ち上がると、僕の背中をぐいぐいと押して歩かせてくる。

 僕は押されるままに歩き、話しかけても怒ってばっかりのウオッカに苦笑しながら連れてこられた場所は降りてきたバス停だ。

 次のバスが来るまでには5分ほどとすぐにやってくる。

 ウオッカは僕を置いて帰るかと思えば、横に立って一緒にバスが来るのを待ってくれる。

 隣に立つウオッカは僕のすぐ隣にいて、僕から目をそらしながら手の甲を僕の手へとコツンコツンと当ててくる。

 

「どうしたの、ウオッカ」

「……さっきのキスはな、俺からすれば告白ってやつなんだ。恋愛的意味の。……いつもなら一緒にいるだけで嬉しいんだけど、今日学校が終わったあとにスカーレットの奴が『いつになったら、あんたたちは恋人になるのよ』ってからかってきたんだよ。それで……」

「それで僕が襲われたと」

「いや、違……違わないけど、お前は俺のことをどう思ってたんだよ」

「一目惚れした時から、ずっと好きだけど」

 

 ウオッカの手をそっと優しく握り、けれど恥ずかしくて僕はウオッカの方を絶対に見ない。

 告白の返事同然の言葉を言ったあと、ウオッカは静かになって僕の手を力強く握り返してくる。

 胸の鼓動が高まると同時に、胸いっぱいの幸福感がやってきて何かをしたくてたまらない。

 そこでひらめいた。ウオッカに仕返しをするということを。どうやろうかと考えているあいだにバスがやってくるのが見える。

 

「マフラーを返すから手を離して」

 

 そういうと名残惜しそうに手を離してくれ、自由になった両手でマフラーを外す。

 そのマフラーをウオッカの首元にぐるぐると巻いて、今度は巻き方に文句を言わないウオッカに声をかける。

 

「ウオッカ」

「なにか―――」

 

 返事をしようと口を開けたウオッカの唇にキスをした。

 してしまった。

 本当は頬にやる予定だったけど、ウオッカが動いてしまった。

 ウオッカとしたのは唇と唇がふれるだけの軽いキス。

 僕はすぐにウオッカの手を振りほどき、バスがやってくると同時に開いた扉へと急いで駆け込む。

 運転手と僕以外誰もいないバスの中から見たウオッカは口をあんぐりと開けていて、ドアが閉まってから手を振るとようやく動きを見せた。口元を手で押さえながら、もう片方の手で僕を指差している。

 ゆっくりとバスが走りだすとウオッカが走りだしてバスの横に並ぶが、角を曲がるとその足は止まる。

 

「ユニのばかー!!」

 

 と、大声で僕の名前を叫ぶ声が響き渡る。

 ウオッカにいたずらができた喜びができて嬉しくなり、バスが走り続けてウオッカの姿が見えなくなると急に恥ずかしくなる。

 キスをしてしまったということに。

 今まで仲のいい友人だったけれど、これからはどういう顔して会えばいいんだ。

 これは両想い? 恋人関係? 親友以上恋人未満?

 そのどの関係か分からない。でも今の僕はすっきりとした感情だ。

 自分の想いを伝えることができて。



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