最強の目を持つハンター 怒りの頂 (kurutoSP)
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1話

 ハンター1次試験会場に一人の女性が静謐な佇まいで立っていた。

 

 その女性は黒髪をザックバランに肩で揃え、その左目には眼帯がしてあった。しかし、むさ苦しい男どもや見た目が変なものが普通に闊歩しているこの空間において、彼女の姿は普通すぎた。もしくは中二病を患っているようにしか見えない、微笑ましい姿にも見えるかもしれない。その印象は彼女が身につける無骨な5本のサーベルがより助長している。

 

 そんな彼女は物静かに試験開始時間を待っていたのだが、そんな明らかに浮きそうな彼女に注目している者はいなかった。

 

 だからであろう、静かに立っていると思われいた彼女の足が段々と小刻みに震え始め、そのこめかみに力が入り始めたのを気づく者もいなかった。

 

「ジメジメして、むさ苦しい」

 

 彼女は腰に挿すサーベルの柄に片手をあてる。

 

 誰も注目していない彼女から不穏な空気が立上入り始めた頃、会場はざわめき始め、彼女の静謐な空間を壊し、男の絶叫が彼女の鼓膜を震わせる。

 

「うるさい、汚い、邪魔。3つで人生終了だっ!」

 

 いつの間にか彼女の手には抜き身のサーベルが握られていた。

 

 そして刀身につく赤い液体を軽く払い落とし、鞘に納たその時、彼女のそばで両腕を失くして騒いでいた男の体がゆっくりと地面に倒れる。

 

 周囲の人間はさけんでいた男がいきなり黙りこくり、ゆっくりと倒れ伏したことに、何が起きたのかと倒れる男を見ていたのだが、彼らは男が地面に倒れ伏すのと同時にその胴体と頭が離れたのを見て驚愕する。

 

 誰もがこの男に注目していたのに、誰もがこの男がいつ死んだのか気づけなかった。いや、死んだのはおそらく静かになったときだと推測できるが、誰が、どうやって殺したのかがまったくわからなかった。

 

 ハンター試験で人死が出るのは珍しくない。そして、ここにいる人間は皆自一般人ではない。だからこそ、人が死んだことにはそこまで驚かなくても、その方法がわからないことには驚愕を示してしまう。これは、いつでも自分の命が危険にさらされる可能性があるだけに、彼らは必死になって下手人を探す。正義感ではなく、自分の身を守るためにも、どんなやつなのか、味方にできるのか、弱点など、少しでも情報を得て、試験を有利に進めるために探すのだ。

 

 そして、皆が男の死体のそばにいる一人の女性に目を向けるのである。

 

 見た目からは人を殺したようには見えないが、彼女の足元にはサーベルを振るい血を払った後が地面に残っており、更に彼女が男の転がった頭に近づいていたため、彼らは彼女に訝しげに、されど警戒を怠らずに注目する。

 

 その注目する人の中にはある四人組がいた。

 

 その四人は初めてこのハンター試験を受けに来たゴン、クラピカ、レオリオとハンター試験ベテランという怪しすぎるほどいい笑顔で彼らに近づき、助言をくれたトンパがいた。

 

 少しばかり時間が戻るが、この四人は男が腕をなくす現場を見ていた。

 

「ねえ、トンパさん、あの人は?」

 

「44番奇術師ヒソカだな、あいつは去年合格確実と言われながら、気にくわない試験官を半殺しにして失格した奴だ、他にも20人ちかくの受験生を再起不能にしてるやばいやつだ。」

 

「おいおいそんな奴が今年もハンター試験を受けてるのかよ!」

 

「ハンター試験の受験資格はこの会場にたどり着くことだ。指名手配されたという明確な犯罪者出ない限り、誰でもハンター試験は受けられる。諦めろ」

 

「なんでそんなに冷静なんだお前は」

 

「やつは危険だが、近づかなければいい話だ」

 

「そりゃそうだがよ。おい、ゴンも何か言ってやれ。……ゴン?」

 

 クラピカのあまりに冷静な態度にレオリオはゴンに同意を求めようとしたが、そのゴンから返事がなく、ゴンが自分のことをいきなり無視するような少年じゃないことを知っているだけに、彼はゴンの方を見て、その真剣な表情を見て何かあったことを知り、息を潜め、ゴンに近づく。

 

「何があったゴン」

 

「あの男の人がさっき死んだ」

 

「なっ!誰にだ」

 

「レオリオ落ち着け。ゴン、誰がやったか分かるか?」

 

「分からない。でも多分あの人だと思う」

 

 ゴンの指差す方に一人の女性が死体のそばに立っていた。

 

「おい。あいつは誰だ」

 

 レオリオがこのハンター試験に最も詳しいトンパに質問するも、質問されたトンパは戸惑っていた。

 

「すまねえが、あれはおそらく新人だ。どんなやつかは知らねえ」

 

 トンパの戸惑いをレオリオは新人だったからかという理由で片付けたが、当のトンパは彼女が新人なことに戸惑っていたのではない、彼女がいつこの試験会場について、どのくらいの間この試験会場にいたのかが、ずっと会場に目を配らせていたのに分からなかったのだ。

 

 トンパ、レオリオ、ゴン、クラピカはどんな奴なのか知るために、彼女を見る。

 

 一方の多数の視線にさらされた彼女は、その視線の煩わしさにイライラを強く感じており、このイライラという名のストレスをどう発散しようかと考え、足元にちょうどよいボールがあるのに気がつく。

 

 彼女はそれを思いっきり蹴る。そこに躊躇など微塵もなく、頭からメキャという何かが壊れる音が出たと思うとその頭は不自然に人がいなくなった空間を走る。

 

 いきなりの暴挙に皆が驚き、そして飛んだ方向を目でおい、顔をひきつらせる。

 

 ここで、この試験会場がどんな場所かを軽く説明しておく。この試験会場は地下にあり、出入り口はエレベーターの一つのみで閉鎖された空間である。広さはそこそこ広いが、その広さも受験生が400人を超えると、地下の空間はギュウギュウとまでは行かないまでも、歩けば人の動きを意識しなければぶつかってしまう程度の人がおり、誰もいない空間が大きくできるのは不自然な場所なのだ。

 

 では何故、そんな不自然な空間が生まれているのかは、皆の視線がボールを追いかけてたどり着いたひとりの男が原因である。

 

 その男、名をヒソカと言う。

 

 彼女をイラつかせた男の両腕を切り外した、トンパ曰く危険人物である。

 

 もちろんトンパで無くとも彼の危険性を知らないものはこの試験会場にはいない。

 

 そんな男がいる方向に人がいるかと言うといる訳がない。誰もが関わりたくないため、モーゼの如く彼に道を譲り、不自然な空間が出来上がるのだ。

 

 誰もが固唾を呑んで見守る中、その殺人ボールは正確にヒソカの後頭部を狙い、ぶつかる前に何かに阻まれたように静止し、不思議なことに彼が振り返るのと同じくして不自然な軌道を描き彼の右手に収まる。

 

「危ないなぁ♥」

 

 誰もが知る危険人物と、見て分かる危険人物の視線が交じり合う。

 

『どうしてこうなった!』

 

 彼女は世の理不尽を噛みしめながら、怒りに支配されそうな脳を落ち着かせるように自分の行動を振り返る。

 

 

 

 

 

 彼女はカッとなり、目の前の男を斬ったことを後悔した。

 

「ちっ、しまった余計汚れた、クソ」

 

 目の前で怒りに油を注ぐ存在にサーベルを振り下ろしたまでは良かったのだが、彼女はサーベルを振るう対象が余りの雑魚く、そしてストレス解消のためである為、そこまでやる気がなく、少しでもストレス発散が出来れば程度に男の頭を斬ったもんだから、血がドバドバと出たことにより、とっさに避けはしたものの、靴が血塗れになったことに更なる怒りを感じていた。

 

 彼女はため息を吐くと、死体を、特に喚き己を最も不快にした頭部をきっと見つめ、足でリズムを刻む。

 

 彼女は何かを閃いた。

 

「ボールはお友達!」

 

 彼女は記憶に引っかかる言葉を何となく言って、自身が持ってしまった日本人としての感性に従い、迷惑をかけないように誰もいない空間のど真ん中に、最高の蹴りを叩き込む。

 

 鈍い音が気に食わないが、このゴミをしっかりと捨てるという社会人として当然なこと、そしてポイ捨てされたゴミを拾いなおしてゴミ箱に捨てるという道徳的に良いことをしたというあまりにもふざけた行動に達成感を感じた彼女は、とても気持ちいい気分に浸っていた。

 

 ところが、その気分を台無しにするよな強烈なオーラを感じ、視線をねっとりとしたオーラの元に向ける。

 

「あれ?おかしいな」

 

 彼女は原作屈指の危険人物ヒソカに見つめられていることにもの凄く動揺するのであった。

 

 彼女はヒソカがなぜ自分に対して興味を持っているのか微塵も分からなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「危ないなぁ♠︎こんなことをするなんて、教育が必要かな♥」

ヒソカは自身に物が飛んできた方を見た。青い軍服に2本ずつサーベルをクロスさせるように計四本背中に差し、その上更に腰にもサーベルを帯刀する女性がいた。

 

 その女性はヒソカから見てもかなりの()をしており、それに感心した彼は女性の顔を確認する。艶やかな黒髪は肩のあたりで適当に切られ、左目は眼帯に覆われており、切れ長の黒い右眼が彼を強く睨んでおり、全体的に整った顔だが、今は怒りで歪んでおり、そこから狂気も垣間見えた。

 

 好印象だった。

 

 だからこそ、先に手を出すことなく、その手に持つものを指先でくるくると器用に回しつつ少女の出方を窺った。

 

 ヒソカが見守る中、その件の女性、つまり彼女はゆがめた口を開く。

 

「私はいつだって常識人。だから変態に教育をされる必要なんてない」

 

 その場の誰もがヒソカが手に持つものと、彼女の足元の死体を何度も見て、最後に彼女の顔を見る。

 

「それはそれは、でも、こんなプレゼントを貰っても困るんだけど♣︎」

 

 ヒソカは自分の手に持つモノを軽く彼女の方に放る。

 

 しかし、彼女に放られたモノはかなりのスピードを持ち、軽くはなったモノとは思えない威力を孕んでいた。

 

 周りの人間はヒソカの手から生首が消えたように見えた。そして次の瞬間、キンという金属音と共に地面にどちゃと何かが落ちる音が響き、彼らは音の方向を見て、驚く。

 

 左右に真っ二つにされた生首が彼女の後方で地面を汚していたのだ。

 

「何のこと?私はこんな醜悪なプレゼントをするほど悪趣味じゃないんだけど?それとも喧嘩売ってる?」

 

 彼女は自分が切り捨てたものが何であったのか本当に分からずに、持っている原作の知識から、あのヒソカだしという結論を得て、喧嘩を売られたのだと鞘から少しほど刃をのぞかせる。

 

 一方のヒソカは彼女の発言を挑発と受け取り、その顔を愉悦に歪ませる。

 

「へえ♥なら、やろうか♦」

 

 とたん、二人の発する尋常でない気配が膨らみ、周囲の人間に襲い掛かる。

 

 そのプレッシャーは凄まじく。このハンター試験会場にたどり着くことが出来る猛者たちであっても容易に耐えられるものではない。ハンター試験が始まる前に二人目三人目と意識を手放す離脱者が現れることになる。それほどのプレッシャーであるのだ。

 

 それは事の成り行きを見守るゴン達主人公組も例外ではない。

 

 ゴン、クラピカ、レオリオ、トンパはそれそれ症状の重さに違いはあれど、一様に満足に立ってられなくなった。

 

「買った!」

 

 大きな声ではないが、この場の誰もに彼女の声が聞こえ、彼らにかかる圧が最高潮に高まった時、一次試験を開始を示す音が鳴り響く。

 

 彼らは重圧から解放され、隙を晒すことをいとわずに地に尻を着け呆け、そして波乱のハンター試験が開けようとしているのを深く心に刻み込む。

 

 彼らの目には、到底武器とは呼べない、されど死神の鎌の様に濃い死の気配を漂わせるトランプを、そして彼女はサーベルをお互いの首まで15センチの所で止めていた。

 

「絶対に殺す」

 

「楽しみだよ♥」

 

 物語はいきなり暴走し始める。決められたレールを走ることなく、ただ、彼女の怒りのままに、何処までも歪み、戻ることなく、加速するのである。



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2話

 ハンター試験。それは試験と名の付く者の中で最も過酷で危険な試験であるのはこの世界に生きるものなら全てが知っており、それと同時にハンター試験に受かるという事実が、名誉と地位、金、女、凡人が思いつく限りの欲望を叶えるということも知っている。

 

 だからこそ、ハンター試験というハイリスク試験に毎年のようにたくさんの人間が受けるのだ。そのハイリターンを夢見て。

 

 さて、ハンター試験がいかに危険であるかが理解できるであろうが、それと同時にハンター試験の試験官とはどういうモノか。もちろん答えはハンターだ。

 

 ぶっちゃけると、ハンター以外が試験官になっても意味が無いというか、実際ヒソカに試験官が半殺しにされるということがあるように、荒くれどもと言うか下手すると犯罪者が多数受けるような試験において、念も使えない人物を使ってもなぶり殺しに会い、試験そのものが出来ないのだ。

 

 だから、試験官はハンターライセンスを持つハンターである必要があるのだ。

 

 それはこの一次試験を受け持つサトツも同様であり、ハンターであるからには勿論念を習得済みであり、偶然習得したものとは一線を画す強さを持っている。

 

 そんなサトツも、目の前の二人の人物には肝を冷やす。

 

『なるほど、あの44番が昨年トガリさんを半殺しにしたヒソカですか。確かに恐ろしい。だが、それ以上に、あの402番の女性は危険ですね』

 

 彼は今回の試験を受けるにあたって、昨年の要注意人物であるヒソカが受験していることを予め知っていた。なので試験開始時間よりも少し早めに会場近くに潜み、ヒソカを確認していた。

 

 だからこそ、今回の試験は同時に豊作だとも思っていた。

 

 何せ、44番ヒソカは言うまでもなく、301番のギタラクル、そして402番の彼女、この三人は念を使えるだけでなく、戦闘面では既に並大抵のハンターを超えていると理解できてしまう。

 

 しかし、だからこそ彼は301番、402番はヒソカよりも警戒の優先度を下げていた。

 

 二人とも絶をしていたのだから、目立ちたくないと考えたからだ。

 

 だからこそ、彼女のいきなりの蛮行、そして、あと少し試験開始が遅ければ、ヒソカと彼女が殺し合いをしていただろうことは想像に難くないだけに、サトツは彼女への警戒心を大きく上げる。

 

『あの流のよどみなさ、そして人を殺すことに対して何の躊躇も感じてはいないようですし、これは後の試験内容によっては、試験により死ぬ受験者よりも彼らに殺される受験者の方が多そうですね』

 

 戦闘は一瞬だった。だが、その一瞬でおおよその二人の力量が見えてしまう。故に彼は今年の試験は豊作かもしれないが、人死にの数もぴか一になるであろうと嫌な予測を立て、殆ど動くことのない表情筋を僅かに動かす。

 

『私の試験は大きな振るいですから、よっぽど実力が足りていない限り死ぬことは無いはずなのですが、どうなることでしょうか。とは言ってもこれ以上考えてもしょうがないでしょうし、危険人物がしびれを切らす前に試験を始めるとしましょう』

 

 サトツは自分に段々と集中する視線の中に段々と強まる殺意を感じ、考えを一時中断して、説明に移る。

 

 彼の視界の端には柄に手をやり、人差し指でトントンと柄の先端を苛立ちながら叩く彼女の姿があった。

 

 

 

 

 

『遅い!』

 

 彼女はサトツが現れてからたったの1分間彼がなんな行動もせずにじっとしていることに苛立ちを隠せずにいた。

 

『こんなことならヒソカを斬ったけば良かった。時間の無駄無駄無駄無駄ぁぁぁぁぁ!あーもうイラつく。この後走るだけなんだしさっさと始めろ。退屈な試験わざわざ受けてんだからさぁぁぁぁぁ』

 

 無意識にその手はサーベルに向かい、その視線はサトツ、ではなく、その直線上に偶然いた、なんか忍者ぽい男に向けられていた。

 

 彼女は危険人物であるのは間違いない。しかし同時に平和な日本人としての道徳観念も持ち合わせており、サトツに殺意は向かえども、流石に殺すのはまずいと、僅かな良心とハンター試験に落ちるなどという屈辱的な目にはあいたくはないという冷静な判断により、ならばと八つ当たり先をサクッと決めて、その頭部を睨みつける。

 

『後十秒で斬る!文句言われても、絶対に斬る。試験の説明も、開始も宣言してないんだから、その前のヒソカの行為と合わせてゴリ押す』

 

 手はすでにサーベルを握り終え、既に体が傾き始めていた。しかし、サトツの正しい判断により、この場で血の雨が降ることはなかった。

 

 因みに、ヒソカは致命傷を開始前にハンター受験生の男に負わせただけで、トドメは彼女が刺したことを忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

「こほん。開始前に既に脱落者や気絶している者も出ておりますが、ですが所詮その程度では到底ハンター試験を突破することなど叶いません。なので考慮せずに、一次試験の説明に入らせて貰います。宜しいですかな?」

 

 サトツはぐるりと周囲を見回し、そして要注意人物のヒソカと彼女の様子を確認する。

 

 ヒソカはこれからの試験内容に興味を持ってるのか、今のところ大人しい。そして彼女も殺意が消えたまではいかないが、手がサーベルから離され、腕を組み、自分をチラチラ見る受験生にガンを飛ばしていた。

 

 幸いなことに二人の周囲に人はおらず、誰もちょっかいをかける者がいなかったのことだろう。

 

 それでもこの二人に余計な時間を与えるのはどう考えてもよろしくないので彼は手早く説明を済ませる。

 

「では、試験内容の方に移らせて貰います。この一次試験はただ私についてくるだけ。それだけです。では時間も押していますし始めましょう」

 

 サトツは具体的なことを何一つ言わずに歩き始める。

 

 そして他の受験生もそれに続くが、今回初参加の者達は戸惑いを隠せず、スタートが遅れるものがチラホラと現れた。

 

「レオリオ!ぼさっとするな。もう試験は始まってるんだ」

 

 その中にレオリオも含まれており、クラピカの声に、慌てて走り出す。

 

「五月蝿え!それとレオリオさんっだ!どうなってやがるんだハンター試験はよう」

 

 試験開始前から人死にが出たり、あわや殺し合いが始まろうとしたり、トンパは怪しいし、そんな殺伐とした試験会場でただついていくだけの試験などという簡単なものが本当にあるのかと、この会場に来るまでの道中を思い出し、ぼやかずにはいられなかった。

 

 そして、レオリオと同じことを思った受験生が、サトツに質問する。

 

「この試験はいつまであんたについていけばいいんだ!」

 

「第二次試験会場までです。それと申し遅れました。私は第一次試験官のサトツと申します。つまり、次の試験会場まで、皆様のご案内役とでも思いください」

 

 しかし、帰ってきた返答は曖昧なままだった。しかし、察しの良いものはこの試験が何を目的として行われているのかを理解する。

 

 その察しの良い者に含まれないレオリオは具体的な答えのない返答に戸惑いを隠せない。

 

「はあ?それじゃあいつまでは走ればいいのかも分からないし、あいつの気分次第で、試験会場までの道が長くなるってことかよ。やってられねーな、おい」

 

 そんなレオリオに対して、クラピカは呆れたように溜息をつくと、レオリオに対して自分の考えを説明する。

 

「レオリオ」

 

「さんだ」

 

「君はこのハンター試験の会場に来るまでの事を思い出したほうがいい。彼はあの返答で十分だと判断したんだ」

 

「はあ?ふざけてるのか。あんなんで何が分かるって言うんだよ」

 

「推測するに、この試験は、精神力と体力でふるいにかける試験なんだ。体力は言うまでもないから説明しないが、精神力については君が言った通り、分からないという不安と延々と同じ行為を目的地が見えずにすることに対して折れぬ心があるのかを知りたいのだろう」

 

 クラピカが説明しているのをゴンとレオリオの二人はなるほどと理解する。

 

「へぇ、あんた頭いいんだな」

 

 三人が一次試験の理解を深めているところに一人の少年が話しかけてきた。

 

「うん。クラピカはいろんなことを知ってるんだ!頼もしいよね。…えっと、君は…」

 

 ゴンは友達が褒められたことに無邪気に喜んだが、レオリオはそうではなかった。彼にはさっきの少年がお前らは馬鹿じゃね?と言われたように聞こえたからだ。

 

「てめぇはナニモンだ、クソガキ!」

 

 敵意丸出しのレオリオに対して少年はあっさりと無視を決め込め、同い年くらいに見えるゴンに興味感じているのか、ゴンに声を掛ける。

 

「お前何歳?」

 

「11歳だよ」

 

「かぁ~。ハンター試験最年少記録かと思ってたのに、俺と同い年かよ」

 

「へぇ~君も同い年なんだ。俺、ゴン、ゴン・フリークス。君の名前は?」

 

「俺はキルア、よろしく」

 

「キルアだね。此方こそよろしく」

 

 このやり取りの間、レオリオはさんざん文句をキルアに対して言っていたのだが、一切効果は無かった。そして文句を言うという行為は意外と体力を消耗する。当たり前のことだが、人とは呼吸をしなければ生きていけない。そして呼吸とはヒトが活動する上で大切な行動であり、喋るという行為はその呼吸を妨げる行為でもある。つまり何が言いたいのかと言うと、レオリオは息が段々と上がってきたところに大声で喋りまくったため、顔の汗が凄いことになっていた。

 

 疲労困憊のレオリオは、涼しげな顔で喋り合う二人に愕然とする思いを抱えながらも、ふと、何かに気が付き、前を走る二人の足元を見る。

 

「おい、クソガキ!それは反則じゃねーのか!」

 

 いけ好かないガキの弱点を見つけて嬉々として指摘するレオリオに対して、元々彼に対しる好感度がそこまで高くなかったクラピカは呆れる。

 

 そして指摘されて初めてゴンはそのことに気が付き、キルアは嬉しそうなレオリオに対して首を傾げる。

 

「何が?」

 

「何がって、そりゃお前、この試験は持久力と精神力を測る私見だぞ!そんな卑怯が許され…」

 

「レオリオ」

 

「…る訳。何だゴン」

 

「サトツさんは何も言ってなかったと思うよ?」

 

「へっ?」

 

 レオリオは先のクラピカの説明を思い出し、上機嫌に指摘しようとするが、ゴンに遮られ、そしてゴンの指摘に一瞬呆ける。

 

「いやいやいや。言ってないからって」

 

「落ち着くんだレオリオ」

 

「さんだ!」

 

 ゴンの言葉に混乱しつつも、クラピカに丁寧に反応するレオリオ。

 

「先にもいったが、試験官は私に着いてこいとしか説明していない。それ以外の反則事項も説明していない。つまりそう言うことだ」

 

「残念だったね。おじさん」

 

「グヌヌヌ、てっ、オイガキ!俺はまだお前らと同じ十代だこら!」

 

「「「え!」」」

 

 レオリオの発言に皆が驚愕し、レオリオはゴンにすら驚かれたことに大きく傷ついた。

 

 そうしてゴン達一行は、キルアを仲間に加え、ひたすら走っていた頃、サトツを焦らせた元凶たる彼女はというと、一番前をひたすら走っており、サトツにプレッシャーをかけ続けていた。

 

 

 

 

 

 

『どうせこの一次、二次、三次試験は数減らしだし、ここで数を減らしたら試験官も楽だし、私も怒りを感じる要因を排除できるし、これは一石二鳥の名案じゃないかな?』

 

 彼女はサトツにプレッシャーをかけ、時短、時短と思いつつも、何やら物騒なことを考えつき、笑顔を浮かべ、その手を開いたり閉じたりしていた。

 

 そもそもこの試験は数減らし以外にも、様々な適正を確かめる意味を持つ試験である。これは彼女の持つ知識からも分かることなのだが、彼女はあまり深く考えることをしない。これは彼女の育ち方があまりにも物騒すぎるせいもあり、それは彼女が深く考えなくとも生きてこれたということを意味するのだが、ここでも、知識はあれど、それを考察する気などさらっさらに彼女にはない事が問題なのである。

 

 だから、彼女は目の前で少しだけ歩みが早くなったサトツに満足しながら、走るのだが、ハンター試験に来る受験生はその質に大幅に差があれど、その下限は世間一般的に高いものである。故に、前を走るグループは彼女の側からゆっくりと刺激しないように適切な距離を取る。

 

 そうとは知らず彼女は思考を飛ばす。

 

『私より前に出た奴から斬ろう。殺すのはマズイから足の一本でも斬ろうかな。うん。私優しい』

 

 彼女はこの試験会場に来るまでの間に溜まったイライラと、ヒソカせいで眉間に皺が寄っていたが、今の彼女は愚かな玩具が掛からないかと幾分か気分が軽くなり、少しほどトリップしていた。

 

 彼女がトリップしている間、サトツの歩く速度が少しほど緩まった。

 

 

 

 

 

 キルアとゴンが友達となった後、二人はレオリオとクラピカを置いて競争をしていた。子供とは思えぬ二人の高い身体能力は他の受験生を驚かせ、それと同時に憐みの視線と変態の視線が入り混じっていた。

 

「楽勝だな」

 

 キルアは先頭集団の大人たちをあっさりと抜いて前に出れたことに上機嫌で隣を歩くゴンに呟く。

 

「うん。でも、さっきの人たちが先頭集団なら、何でサトツさんの姿が見えないんだろう?」

 

 ゴンが彼らから浴びた視線の意味を分からないながらも、あまりいいものではないと感じ、疑問を口に出した時、前を走っている女性が見えた。

 

「そりゃ。あの女がやばい奴だからだろ?」

 

 キルアは前を走る彼女から漏れ出る殺意を敏感に感じ、眉を顰める。

 

「ねぇ、キルア。あの人って、どんな人なんだろう?」

 

「どんなって。精神異常者じゃね?」

 

 二人は近づく背中を見ながら、彼女の言動を振り返りつつ、キルアは無意識に彼女に警戒し、そのサーベルの間合いから外れるコースをとるが、ゴンはキルアの隣、つまり、彼女の間合いギリギリで、彼女の横を通り過ぎようとする。

 

「………しっ!」

 

 短く、息を吐きだす音がしたかと思うと、暗闇の中、地下を薄っすらと照らすライトに鈍く反射して刃がヌラリと輝く。

 

 ゴンが彼女と並ぼうと、右足が彼女の真横に来ようとした瞬間の出来事だった。彼女は振り返ることなく、ただランニングで腕を振るように、何気なく、振るう。既にゴンの左足は地面を離れ、右足は前の地面を踏みしめようとしていただけに、一瞬の内に高まる害意を感じることしか出来なかった。

 

「あっ」

 

 短く悲鳴を上げ、バランスを崩すゴン。自分の視界で納められようとしているサーベルが自分の足を切り飛ばしたのか、足が熱を持つ。

 

 遠ざかる背中をただ熱くなる右足を無意識に右手で抑え込みしゃがみ込みながら見送る。

 

「大丈夫か、ゴン」

 

 それまで足を押さえ、遠ざかる彼女を見送るだけだったゴンは腕をキルアに引っ張られ、漸く、顔を彼に向ける。

 

「う、うん。ありがとう。キルア」

 

 ゴンは顔を強張らせながらも大丈夫だとキルアに笑顔を見せる。その様子にキルアはホッとすると同時に呆れたようにため息を吐く。

 

「お前、結構無鉄砲なんだな。あんだけ危険だ、精神異常者だって忠告して、俺も間合いから離れて走っていたのに、無警戒にその隣を走り抜けるなんて、勇気あるなー」

 

 キルアは浅く切られた彼の右足を見てそう言う。

 

「キルア、バカにしてる?」

 

 ゴンは斬られたと錯覚した自分の足が確かについているのかを確認するように、その場で数回ジャンプする。そしてキルアは、彼の質問にいい笑顔を返す。

 

「ああ、そうだよ!俺が腕引いてなけりゃ今頃、足を斬り飛ばされて脱落だぞ。分かってんのか」

 

 ゴンの両頬を引っ張り笑顔の下に隠した怒りを露わにする。ゴンも自分の足があの時、腕を引っ張られなければなくなっていたことを理解できるだけに何も言い返せない。

 

 キルアはそのままゴンの頬を引きちぎろうかとも考えていたが、後方から先ほど抜いた先頭集団が近くまで来ているのを足音から感じ、頬から手を離すと、さっさと走り出す。

 

「あっ待ってよキルア」

 

 ゴンも慌てて追いかける様に走り出す。そしてキルアに危険な行為をしたことを謝るのだが、彼は見えなくなった背中をじっと見つめ考えに耽る。

 

 キルアは自分が悪名高き暗殺一家ゾルディックの暗殺者として自身の力に自信を持っているのだが、ゴンに振るわれた一撃は自分の勘に頼り切ったモノだった。彼は勘を馬鹿にはしないが、それを全面的に信じることはしない。自分の技術と身体能力にこそ頼れるものがあると信じるだけに、ゴンの右足に軽傷を負わせた彼女の剣に嫌なモノを感じていた。もし自分の立場なら、避けられていただろうかと?あの時感じた逃げなくてはという思いがゴンを助けたが、自分は次も彼女の攻撃に対して、勘で避けられるのだろうかと?

 

 そう考えると、足がこれ以上前に行くのを拒むように、スピードが出ない。間合いにさえ入らなければ、殺す気ならばどうとでもなるだろうと考えるのだが、その考えとは裏腹に、無理をしなくていいという思考に支配され、ゴンと一緒に走りたいという感情も手助けをし、彼はこれ以上スピードを上げることはしなかった。

 

 彼は自分に埋め込まれた兄の呪縛がゴンを助けた一因になったのと同時に、自分を縛る大きな枷になるとは知らず、ゴンを馬鹿にして嫌な考えを振り払う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお~。光だ!」

 

 彼女は暗く湿気た地下の通路に差し込む出口の光に感動していた。マラソンのゴールテープを一番に駆け抜ける選手の気持ちを勝手に共感していた。スポーツマンシップに則りマラソンをしている選手と同じ気分を味わう彼女だが、道中武器を振るったことは彼女にとっては些事である。

 

「一番!うう~ん」

 

 些か演技臭い仕草で汗1つ掻いていない額に手をやり、雰囲気をつくると、外の空気を吸う。

 

「清々し…い?」

 

 しかし、太陽の光こそ差し込むが、地下以上に湿度の高い空気に、その胡散臭い笑顔に罅が入る。

 

「この不快感!あり得ない」

 

 笑顔を壊し出てきたのはこめかみにできた深い、それは深いしわだった。

 

「ふざけてる」

 

 彼女は思い通りにならぬ現実に怒りを感じていたが、少しでも原作を思い出しさえすれば、此処がヌメーレ湿原、そう、湿原であることなどすぐに分かったモノであろうに、彼女は一瞬で怒りのパラメーターを上げる。

 

 サトツは絶をして息を潜めていたため、彼女は怒りをどこに向ければいいのか分からず、一人、臭い演技をしたことを含め、怒りを溜め、破裂しかけの風船状態になっていた。誰かが刺激すれば今度こそ、試験中に死人が出る。サトツはなるべく彼女の怒りを買わない方法を考えつつも、この場に誰かゴールしてくれと切に願うのであった。



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3話

 ヌメーレ湿原、受験生が地下から出た場所である。別名「詐欺師の塒(ねぐら)」。彼等受験生達は目の前に広がる自然の光景に、延々と続くのではないかと思われた地下からの脱出に気が抜け、更なる危険に突入しようとしていることに気が付いていなかった。

 

 

 

 

「ようやくゴールかよ」

 

 レオリオが疲れ、腰を下ろしていると、

 

「あっ、レオリオ」

 

「はあはあ、っと、ゴンか。何でそんなに元気なんだよ」

 

 ゴンが彼を見つけて、さらに無事なクラピカを見つけ、駆け寄る。

 

 彼らが無事を喜びあうように、他の受験生達も、試験官が此処で止まっているのを確認し、一時の休憩を得る。

 

 そうして、怪しい鳴き声のする湿原の目の前でくつろぐ一行を、サトツはホッとした思いで観察しながらも、懐の懐中時計を取り出してその秒針が頂点を刺すのを見つめつつ、地下の入り口がゆっくりと閉じていくのを確認したら、口を開く。

 

「さて、此処からは目の前に広がるこのヌメーレ湿原を通り、二次試験会場に到着です。ここでも同様に、私についてこれれば一次試験は合格です。ですが、ここに残れなかった方は運がよろしいでしょう」

 

 その言葉に、殆どの受験生は首を傾げる。落ちた方が言いと言う意味が分からないのだ。

 

 そんな彼らの心理を理解しても、彼は自分の言葉から此処からが危険だということに気が付けない者にわざわざ説明する気もなく、ただヒントを与える。

 

「ここは通称、詐欺師の塒。ここに生息する動植物は全て、人を騙し食らいます。騙されぬよう気をつけて私についてきてください」

 

 騙されぬなと忠告されて騙される者がいるかと侮る顔が多いが、ここからは彼らの力量次第である。そう判断し、行きましょうと、言う前に、受験生以外の気配を感じ取り、サトツは口を噤む。

 

「騙されるな!」

 

「うんうん。そう簡単に騙されるわけがって、何者!」

 

 今のところ、忍ばぬシノビ、ハンゾーが突然聞こえてきた声に律義に反応を返す。

 

 皆が、声の方を向くと、ボロボロの男が、地下の出口だった建物の陰から、大きな袋を担いで現れる。

 

「騙されるな!そいつは偽物で、俺が本物の試験官だ!」

 

 何の根拠もない言葉にほとんどの受験生は失笑し、一部の脳筋は既に動揺する。そんな受験生達を無視していきなり現れた男は、背負っていた袋を地面に放り投げる。

 

「この顔は!」

 

 男が放り投げた袋からはサトツそっくりの顔をした猿らしき生物が放り込まれていた。

 

 受験生たちが、その顔とサトツを見比べ、戸惑う。その様子を確認した男は更に言葉を紡ぐ。

 

「こいつは……」

 

「人面猿でしょ!知っていることをわざわざ上から目線で喋るな!畜生の分際で生意気なんだよ」

 

 ここで、人間より劣る生物にさらに時間を割かれることと、そんな下等生物に教えられるという屈辱を看過できなかった彼女は怒りのままに、(彼女にはそう見えた)得意げに喋る(身長差のせいで)此方を見下ろす生物に神速の一刀を叩き込む。

 

 振り上げた一刀は偽試験官の首の動脈を測ったように刃先が通り過ぎ、その速度故、血が刃を汚すのを許さず、刃の先端に付着した血は偽試験官の首から、刃の軌道をなぞるかのように赤い線を描く。

 

「畜生は人を真似ても所詮畜生。地を這いつくばり、泥に濡れ、袋に詰められているのがお似合いだ」

 

 そして、その振りぬかれたサーベルは、その速度を維持したまま、死体のふりをして地に這いつくばる人面猿の首まで血の軌跡が描かれる。

 

 悲鳴は一つも上がらない。上がるのは血飛沫のみ。その血飛沫も、彼女がサーベルを鞘に納め、その場を離れてから、彼女の背景を彩るかのように鮮やかに咲く。

 

「くだらない。児戯に付き合わされる身にもなれってんだ畜生風情が」

 

 彼女は地を踏み込んだ際に靴に付着した泥を見て、顔を顰め、受験生の人混みを割って建物の壁に近づくと、汚れを擦り付ける。

 

 しばしの間目の前の出来事について行けない受験生達は沈黙する。そんな中、その光景をうっとりと眺めていたヒソカは、つい、トランプを出して彼女に投げたくなる。

 

『まさか、気づいたらもうサーベルを振り抜き終わってるなんて❤あぁ、彼女と戦いたい、彼女とならとっても気持ち良くなれるはずだよ♠︎...我慢しなきゃ、流石に今はまだ試験中だし、摘み食いじゃ終わらなくなっちゃう♦︎、...やりあう時が楽しみだよ♣︎だって次は殺し合いなんだもの♥』

 

 ヒソカは滾っていた。そして、目の前の光景を理解できた他の者たちの反応は、彼女から距離をとる、である。

 

 そして、よくその他大勢に含まれるレオリオはその光景にドン引きしつつ、この中で一番まともなクラピカに近寄る。

 

「おいおい何か言いかけていたが、殺して大丈夫なのかよ」

 

「………。問題ないだろう。あれは偽物だ。だが…」

 

 クラピカは冷静に、今まで目の前を汗1つ掻かずに自分たちと同じことをしてのけた試験官と、試験官のくせに、試験の障害物に負けるような試験官をハンター協会が用意するはずもないことからもほぼ突如現れたのが偽物であるのは分かりきっていた。だが、それだけ理解しているクラピカですら、あの場で即座に偽物と割り切るのは難しい。所詮可能性は可能性でしかないのだ。だからこそ、完全な確証もなく偽物を殺した彼女について、何か言おうとして言葉を濁す。

 

「おい、だがの続きはどうしたよ」

 

 レオリオの問いに、少しばかり考え込んでいたクラピカは、自然と下がっていた頭をあげる。

 

「ああ、すまないレオリオ。何でもない。考えすぎていたようだ」

 

 クラピカの額には走ったせいで流れ出た汗とは別物の汗がにじんでいた。その異変に気が付き、心配そうに見るレオリオに対して、額の汗を拭う。

 

「心配するな。それと、単純だから騙されないかと心配していただけだ」

 

 お前なぁ、と怒鳴るレオリオから、逃げながらも、自然にクラピカは彼女との距離を離す。走っている彼の手は握られているが、その手の平には、額と違い拭っていないため、まだ汗で湿っていた。

 

『彼女は危険だ。恐らく、殺すことに躊躇も無ければ、自身の決めたことなら、白でも黒と断定する。もしもの可能性など考えない。だから、彼女がもし、私たちを障害だと考え、排除するのが手早いと考えたなら、躊躇もせず排除してくる』

 

 レオリオとクラピカの喧嘩を道中見てきたゴンが楽しそうについてきて、それに付随する形でキルアもついてくるのを確認して、クラピカは強張る顔を見せないように背後を振り向かない。

 

『彼女がその気になったら…』

 

 彼女が殺した一人と二匹の首が頭から離れない。そうしてクラピカの賢明な判断により、主人公一行は彼女から離れる。

 

 一方、何時もの調子を取り戻したクラピカとレオリオを見たゴンは楽しそうについて行く背後で、キルアもまた、彼女の振るうサーベルを見て愕然としていた。

 

「マジかよ、親父たち並みの奴なんてそう存在しないと思ってたんだけど、バケモンかよ」

 

 無意識のうちにこの場を離れたくなっていたキルアは、ゴンの後について行く。

 

 

 

 

 

 死んだ偽試験官と、彼女の口から出た人面猿と畜生と言う言葉、そして泰然としているサトツを見て、ざわめいていた受験生達も、各々の結論に至り、死体を確認したり、サトツを観察したりと行動するが、誰一人彼女に近づき事の真相を確認しようとしなかった。

 

 その様子を確認し、静まったころ合いを見て、

 

「では、二次試験会場にご案内いたします」

 

サトツは驚きながらも、平静を保ち、一次試験同様歩きだした。

 

 

 

最初の地下通路のランニングを前半戦とするならば、この湿原のランニングは後半戦とでも言うべきものだろうか?彼女にとっては、前半同様ただついて行くだけのごく簡単な試験だ。つまり、退屈であり、前半戦よりも不快度指数が格段に上昇した後半戦は、前半戦とは異なる。

 

 異なる点としては、彼女の所為で興奮した変態が熱いパトスをよりほとばらせていたくらいだろう、もちろんそれにより他人の精神がゴリゴリと削れようと自身に影響しなければ、彼女はどうでもいい問題としてほっておいたであろう。しかし、興奮させたのは彼女、現時点で変態の興味も彼女である。

 

 しかしだ。それも問題だが、それ以上に、彼女にはどうにかしなければならない問題があったのだ。

 それは前を走る男たちの暑苦し声や熱気、そして跳ねる泥、さらに彼女をイラつかせるのは、彼女の前を走るエセ忍者ことハンゾーである。彼が頭を揺らす度に、反射した光が彼女の視界に入ってうざったいことこの上ないのである。そして、レオリオに何かあったのかゴンが叫び声を聞き飛び出した時、同じくして彼女はキレた。

 

「なぜあの変態にイライラされている私がこうして先頭を、一番を譲っている現状に甘んじ、あの変態は自由に暴れられて、明かな偽物を見せられる!………ざっけんな。私が最強だ!それより向こうに立つのは何人も許さん!まずはそのハゲをぶっ飛ばす」

 

 目の前の明らかに忍者の偽物を睨む彼女は、許せなかった。本物になることがいかに難しいのか。そして畜生如きが本物を真似、それに騙される愚かな者たちも、目の前に走る偽物にも、彼女は我慢ならなかった。最強は一人。何人にも侵せぬ領域こそが本物の証明。だから自分の前を走るハンゾーに向け、その手を精一杯開く。

 

「誰だハゲって言ったやつは!これはハゲじゃない、剃ってい、びぶるち!」

 

「どっちでもいいよそんなん。ただその頭がムカつく。だからぶっ飛ばす」

 

 彼女は本心を語らない。言葉にするのは簡単でも、言葉を覆すの困難であり、そして自身が発した言葉が自身の認識であると考える彼女は、本物である自分をわざわざ言葉にして証明をしない。それは自分が偽物だと認めることになるからだ。だから、代わりに心に素直に浮かんだ怒りの原因を、その輝かしい頭に向けて放つのである。

 それでもほんの少しの理性が残っていたおかげか、頭が飛ぶことはなかったが、彼は頭に大きなもみじの跡をつけコースアウトする。それを見て満足したのか、清々しい笑顔で、他の自分の目の前を走る受験生を見つめる。

 

「やっぱりこうすればよかった。さあ〜てと、後は、前の数人に繰り返せばミッションコンプリート」

 

 見つめられた彼らは、ここで道をそれるのは危険だと分かっていた。しかし、人間、確実にくる目の前の災難と不確実な危険なら、後者を選ぶもの。彼らは人間であり、ピンチをチャンスに変えるヒーローではない。だから彼らは霧が渦巻く森の中に飛び込んだ。

 

 彼らは実力がある所為で彼女の前を走っていただけであり、彼らに非はないが、ただ一言いうならとても不幸であったといえよう。というよりも、後門のヒソカ、前門の彼女、はっきり言って詰みでありどうしようもない。彼らではなく、受験生全員が不幸であったとしか言いようのない試験となった。

 しかしそれでも最終的には102人程度の合格者が出たのは、流石というべきだろう。

 

 そんな中、この試験をゴンと途中で別れたキルアは、その身体能力の高さ故、即座に先頭集団に交じったせいで、頭のイカれた女とのご対面となり、ひどい目にあいながらも、流石はゾルディック家の息子とでもいうべきか、無事にゴールでき、途中でレオリオとクラピカを助けに行ったゴンのことを思い出し、彼が此処には来ないだろうと簡単に予想できるだけにガッカリとしつつ、今度はしっかりとイカレ女との距離を取り、一人つまらなそーに地面に座り込んでいた。

 

「あっ!キルアだ」

 

 しかし、ゴンが無事にヒソカの元から戻ってきたことに驚くと同時に喜んぶ。

 

「よく無事だったな、ゴン。てっきり今生の別れになるかと思ったぜ」

 

「こんじょう?あっそうか!根性ならハンターになるって決めた時からもってるよ」

 

「バカ、ちげーよ、てっきり不合格になってるかと思ってたんだよ。しかし、よくあんな霧の中から帰って来たな」

 

「俺、鼻はいいから」

 

「犬かよ」

 

 ゴンと一緒にゴールしたクラピカは、二人の再会による話を邪魔しないように静かにしていたが、流石にそろそろヒソカに連れていかれたレオリオのことを確かめないといけないと考え、

 

「二人とも、再会できて嬉しいのはわかるが、レオリオの無事を確認しないか」

 

「あっ、そうだった」

 

「あれ、そういえば年齢詐称のやついねえじゃん。やっぱ何かあった」

 

「うん、ヒソカと闘って、その時にレオリオがヒソカに運ばれて行ったんだけど」

 

「マジかよ、よく生き残ってたよな。いや?レオリオだっけ?そいつは死んだんじゃね?」

 

 キルアはヒソカの危険性をこの中の誰よりも理解しているだけに、勝手にレオリオを殺していた。

 

「うん、殺されると思ったけど、何か合格って言われて何もせず去っていったんだ。たぶんレオリオも生きていると思うんだけど」

 

「何だそりゃ?」

 

「奴は私達と闘う前に試験官の代わりをすると言っていた。おそらくだが、私達は奴の何らかの基準をクリアしたから合格者とされ、殺さなかったのだろう」

 

「ふーん、大変だったんだな、そっちも」

 

「そっちもって、キルアの方も何かあったの?」

 

 そうゴンがキルアに問いかけると、嫌なことを思い出したというような顔をして、

 

「そっちが変態なら、こっちは狂人に追い回され張り倒されるところだったぜ」

 

「何が起きたらそうなるのだ!」

 

 クラピカはキルアの話を聞きあまりにもあまりな内容だったため、冷静さをかなぐり捨てて突っ込む。

 

「いやさ、あの猿を問答無用で切って捨てた青い軍服らしき服を着込んだ女が、いきなりハゲの忍者はっ倒したかと思うと、近くにいる奴を手当たり次第にぶっ飛ばし始めてさあ、しかもその時のセリフがよぉ、『あはは、いける、私はやれる、このクソどもを潰して、私の証明をしながら、…素晴らしい。…だから、だから君達にお願い…、いいや、お願いなんかする必要なんかない。私がこの場の全てだ!だから……大人しくこうべを垂れて私の怒りを受け止め、死ねやぁあぁぁぁ‼︎』って笑ったり、真顔になったりしながら、こっちに来たんだぜ。ほんっと、冗談抜きに怖かったぜ」

 

「いや、何だそのめちゃくちゃな理論は、そもそも会話というか言語能力は正常なのか彼女は、何というか、見た目からは想像出来ないな事ばかりをする女性だ。…とっ!それも大変なことであるのは分かるが、先にレオリオを見つけないか?」

 

 あまりにもショッキングな内容だったため危うくレオリオのことを忘れそうになったクラピカだが、しっかり者の彼は話を元に戻した。

 

「大丈夫だよ、さっき、ヒソカを見つけたんだ。そしたらヒソカも俺に気づいて、指差したんだ。その方向の木陰で休んでたよ」

 

「そうか、なら合流しよう。それと見つけたなら早目に伝えてくれないか」

 

 クラピカは、変態も精神異常者もお腹いっぱいだという表情をして、ゴンに注意をする。

 

「ごめん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、僕がいない間に随分と楽しんでいたらしいじゃない♦︎」

 

 だいぶ怒りを発散できてスッキリとした気分で二次試験を待っていた彼女の気分は一気に急降下し、彼女が休憩する木陰の木漏れ日が、一瞬強く煌めく。それは座り込む彼女を上から覗き込むヒソカの首にめがけて振るわれたサーベルの反射する光だった。

 

「危ないなぁ♣︎…でも君から誘ってくれるなんて♦、激しくしてあげるよ♠︎」

 

 簡単に振るわれた、されど、人を殺しうる攻撃をのけ反ることで交わしたヒソカは、主張の激しい彼の体の一部を更に強調するのけ反った姿勢のまま会話をしようとする。

 

「なわけない!この変態。近づいたら細切れにするって言っただろ」

 

「うーん、今細切れにされるのは少し困るかなぁ♣︎、じゃあ、試験後に一緒に遊ばない♥」

 

「寝言は寝て言え、死んでも嫌だ」

 

 不快になった彼女は、相手にするのも面倒くさくなり、戦略的撤退をした。

 

「残念♦︎、また、振られちゃった♠︎」

 

 

 

 

 

 次の試験会場に着いた受験生達だが、彼らは戸惑う。何せサトツについて行って何かの建物らしき場所に着いたのは良いものの、そのサトツが何も言わずに消え去ったため、ゴン達や、一部の変態以外、此処で休憩していいのか分からず、二次試験が始まるまで立って待つはめになる。

 

「ようやく終わりましたか」

 

 そのサトツは、彼女のプレッシャーから解放されて、清々しい気分で受験生達を監視しており、プレッシャーから早く解放されがたいがために、幾ばくかの説明を放棄してしまったことを忘れていた。

 

「ふう、落ち着きますね~」

 

 試験中どころか私生活でも殆ど変化のない顔が分かりやすくふやけきっていたのは、仕方のないことなのかもしれない。



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4話

 ハンター、それは怪物・財宝・賞金首・美食・遺跡・幻獣など、稀少な事物を追求することに生涯をかける人々の総称である。つまり、一口にハンターという存在を語るのは難しい。しかし、それでもひとつだけ言える事がある。それはプロハンターとそうでないものの差は簡単に埋まるものではないという事であろう。それは戦闘を主とする賞金首ハンターではない、例えば美食ハンターにも言える事であろう。

 

 

 

 第二次試験を開始する銅鑼の音が鳴り、目の前の建造物の扉がひらく。受験生達は、開いた扉の先に様々な調理台と奥にいる大男とそれに比べると小柄な女性を発見する。

 

「サッサと入りな!落とされたいの」

 

 いきなりの女性の声に受験生達は目の前の二人が試験官であると判断し、そして落とされたくないので慌てて試験官の前に進みでる。

 

「また、随分と多いね。まあ、ここで落とせばいいか。まず一次試験合格おめでとうと言っておくわ。じゃあ二次試験に入るわよ。ブハラ!」

 

 女性は思ったよりも多くの受験生の数にゲンナリしつつも、一次試験を突破した面々におざなりな拍手をすると、その人数に関心しているブハラを睨み、怒鳴りつける。

 

 一喝されたブハラだが、女性との付き合いが長いのか、気にせず説明を始める。

 

「オレはブハラ。美食ハンターで、君たちの二次試験の最初の試験官だ。オレからのお題は豚の丸焼き。この森に住む豚なら何でも構わない。試験はオレの腹が一杯になるまで」

 

 美食ハンターという言葉に数人の受験生は侮りの視線を向け、他の受験生達は美食ハンターなので難しい料理でも作らされるのかと考えていただけに、豚の丸焼きという簡単な料理に余裕の表情を浮かべる。

 

 そんな受験生を不快げにみる女性は、思いっきり自分の近くにある銅鑼を鳴らす。

 

「ほら始まり!チンタラしてたらブハラの腹がいっぱいになるわよ」

 

 突然の開始宣言と、早い者勝ちな試験内容に慌てて走り出す受験生の背を見て笑いを堪える女性にブハラは呆れていた。

 

「メンチ、オレのお腹はたったあれだけの受験生が狩る豚程度じゃあ満腹に何てならないよ」

 

「いいじゃない。試験官も人間よ。それも理解せずに馬鹿にしてくるやつを優遇するわけ無いじゃない。それに意地が悪いのどっちかしら?あの森に住む豚なんてあの一種類しかいないじゃない」

 

 笑いかけるメンチに対してブハラも笑いかえす。

 

「逆に豚の餌にならなければいいけどな」

 

 二人して受験生の苦労を想像して含み笑いをする。

 

「はい。丸焼き一丁」

 

「「へ?」」

 

 二人の前に現れた彼女により、その顔はなんとも間抜けであった。

 

 

 

 

 少し時間は遡り、受験生達が開かれる扉の向こう側を見ていた頃、彼女はというと、既に森の中で、豚と対面していた。

 

「ブキー」

 

 人よりも大きい吠える豚の群れを前にして彼女は不敵にも笑っていた。

 

「これで私が圧倒的な一位。試験官の驚く顔が目に浮かぶ」

 

 彼女は珍しく上機嫌だった。試験内容も知っているからこそ、自分の実力を分かりやすく示す機会であるからだ。

 

 豚達は、自分の縄張りに入る小さな生物に怒り心頭であり、その特徴的な大きく硬い鼻で彼女を圧殺せんと迫る。

 

「今の私は機嫌がいい。戯れてやるよ豚ども」

 

 手に持つのは一本のサーベル。突進してくる巨体には爪楊枝みたいで頼りない。されど、刻一刻と近づく巨体に対して、ただ不敵に笑う。

 

「ほーら、まず1匹2匹」

 

 豚達は、目の前の人が消えて戸惑いつつも、止まらぬ体にブレーキをかけつつ、周囲を見ようとして、止まらぬ仲間に訝しむ。

 

「「「プギー!!!」」」

 

 止まらぬ仲間は、その足をもつれさせ、転がるようにして木にぶつかり、その巨体を制止させる。豚達はその止まった仲間の姿を見て動揺し、叫び出す。その仲間は首から大量の血液を流しつつ死んでいた。

 

 彼らの強みはその巨体による突進。突進時にはその体の正面は硬い鼻という盾に守られ、突進している彼らを狩るのは困難極まりない。だが、止まってしまえば、それはただの大きな豚である。

 

「そら、さらにもう2匹」

 

 声が空から聞こえる。そう思い上を向いた豚だが、彼らの頭上に誰もいない。そうして最後の1匹が視線を戻すと、残ったのは自分一人であるのを死んだ仲間を見て理解せざるを得ない。

 

 豚はようやく恐怖して後ずさる。自分達が餌だと思った生物が、手を出してはならぬ生態系の頂点であることを理解して、後ずさり、逃げようとする。

 

「賢いね。でも残念。気づいた時にはもう遅い」

 

 豚は自分の視界が縦に真っ二つにズレている不思議な光景に疑問を感じ、死んだ。

 

「うん。運ぶのはこいつにしよう。真っ二つの死体なんてカッコいいじゃん」

 

 彼女は真っ二つの豚の足を掴み、鼻歌を歌いながら、その途中で見つけた川で、彼女はついでとばかりに魚を捕獲して会場に戻った。

 

 

 

 

「驚いた!もう狩ってきたなんて」

 

 ブハラは既に目の前に焼かれた豚があることに驚いていたが、それよりも、鼻ごと縦に真っ二つの豚に、そこから測れる彼女の実力により驚いていた。

 

 そんな予想通りのブハラの顔にさらに上機嫌になら彼女の顔は次のメンチの言葉にヒビが入る。

 

「まぁ、すごいけど不合格」

 

「へ?」

 

 惚ける彼女の顔を見ながら、メンチは呆れたように真っ二つにされた焼き豚を指差す。

 

「ブハラのお題は丸焼き。あんたのは豚に一手間加えた焼き豚」

 

「なっ!似たようなもんだろうが!」

 

「料理舐めてんの!料理には決まった調理法がある!つまり調理法が違えばそれは見た目や味が似たようが別物よ!舌確かなの?」

 

 メンチは自分の舌を彼女に見えるように出して、わざわざ舌を指差す。

 

「あん」

 

「やんの」

 

 彼女がサーベルの柄に手をやると、メンチはそれに反応して背中にしまっている包丁に手をやる。

 

 一触即発の場で、ブハラは呑気に彼女の焼き豚を食べていた。

 

 バリボリ

 

「何あんたは呑気に食べてんのよ!」

 

 当然のように、短気なメンチはブハラに対して、そのうるさい食事に文句を言う。

 

『隙ありだ、馬鹿女が!腕の一本くらい覚悟しろ』

 

 彼女は明確な隙を見つけて一歩足を前に進めようとする。殺さなくても、試験官に攻撃する時点で失格になるのだが、メンチに敵意を持ちすぎたため、合格するという目的を忘れかけていた。

 

「うん、美味しい。合格」

 

「ちょ!ブハラ」

 

「……………チッ」

 

 全て食べたブハラが合格を出したことにより、彼女は当初の目的を思い出し、取り敢えず矛を収め、それでも怒りが完全に収まらないので、舌打ちをしてその場を去る。

 

 去って行く彼女を睨みながら、メンチはブハラに文句を言う。

 

「試験問題を守れない輩に合格を言い渡すんじゃないよ」

 

「メンチは厳しすぎるんだよ。別に料理の出来を審査するのが目的ではなく、洞察力と推理力を見たいんだし、その点彼女はあの豚を始末しているんだから合格でいいでしょ。それに、彼女のオーラは洗練されてた。他の受験生ならともかく、あそこで戦闘になるのは避けれるなら避けた方がいいと思ったしね」

 

「あたしが負けるって言いたいわけ」

 

「そうじゃなくて、44番も同じようなことをしでかすかもしれないから」

 

 メンチはこの試験会場にて最もイラつく視線をよこしてきた変態を思い浮かべ、顔をしかめる。

 

「……………そうね。でも、私の試験には口出しさせないわよ!」

 

 少しばかりまずい状態になったメンチに、ブハラは頭に手をやるが、一旦自分の試験に集中することにした。

 

 

 

 

 狩って来た豚を全部完食したブハラに、クラピカはその有り得ない現象にショックを受けている間に、ブハラは豚を持ってきた皆に合格をいいわたし、それを聞いたメンチはようやく自分の番かと、座っていたソファから立ち上がる。

 

「私のお題は握り寿司よ」

 

 メンチはこの場の誰も知らないであろうお題をだす。普通なら理不尽だが、そこはそれ、試験であるため、彼女は自分の目の前には、醤油瓶と小皿、そして薬味を置いていた。

 

『よし、これなら合格貰った』

 

 一方、全く原作と変わらぬ流れにほくそ笑む彼女は、主人公一行に視線を向ける。そうして、特にレオリオに期待して見ていると、期待通り、彼はクラピカの助言を叫んでしまう。

 

「魚!」

 

 全員がそれに反応し、川に魚を取りに走って行った。

 

「あんたは行かなくていいの」

 

 メンチは全員が出てからしばらくしても全く動かない彼女を見て、挑発するように問いかけたが、その問いに答える代わりに不敵な笑みを見せつけ、いつの間にかもっていた魚を空中に投げた。

 

「ちょ、何してんの!」

 

 いきなりの食べ物への蛮行を見て叫んだメンチだったが、次の瞬間、光の線が魚にはしり、皿の上にいつの間にか準備されていたひとにぎりのシャリの上にその身が乗った。

 

「どうぞ、召し上がれ」

 

「食えるわけねえだろアホが」

 

 彼女が、自信をもって出した寿司は一瞬のうちに投げ捨てられた。あまりのメンチの早業に、さすがの彼女も反応出来ずに少しの間、呆然とした。しかし、即座に土にまみれた自身の一品を見てメンチにサーベルを突きつける。

 

「この馬鹿女が!私を馬鹿にしてる?寿司の形は完璧だし、ネタは完璧に切ったから断面も完璧、流石にシャリはそこまでではないなしても、見た目も、ネタの食感も悪くないと思うんだけど、それを捨てるとは、何様のつもりだ!」

 

 試験を合格したいなら普通は試験官の印象をよくしようとするものだが、すっかりそんなことを怒りで遥か彼方へと追いやった彼女は、試験官への罵倒を隠すことすらしない。もちろんそんなことをすれば、短気なメンチは簡単にキレる。

 

「ナチュラルに試験官を罵倒したんじゃないわよ、そんなに落ちたいわけ、というか、そもそもこのネタ、見た目をよくするためにわざと皮を残したのだろうけど、鱗くらい取りなさいバカ、さらにあんたのそのサーベル、綺麗だけど、豚やら人やら斬って来たもんだろうが!普通にばっちいわよ。さらに言えば、骨が残ってる。切る場所間違えてるし、そもそもなんでこの魚なの!あそこの川魚は特殊で、寄生虫が住み着いている魚なんてこれ以外ないのに、それをなんで生でだす!せめて炙ってだせ、このイカレ女。これでも文句ある。文句あるなら買うよ!」

 

メンチは目の前のサーベルを包丁で跳ね上げ、こちらを睨む彼女を睨み返す。

 

 文句の付けようが無いほど彼女は不利であったが、ここまでボロクソに言われてはただでは引き下がれない。彼女は目の前の女を殺す覚悟を決めようとしたところに、横から頭に特徴的なモミジをつけた忍者であるハンゾーがやって来て、料理をメンチに差し出す。

 

「あんたの番は終了だ、次は俺のを頼む」

 

 いきなり邪魔して来た男を当然のように斬ろうとした彼女だが、そのもみじを見て殺意を押し込める。

 

『時間切れか。どうせ合格は最終的に出来るしもういいか』

 

 彼女はこの後の流れを思い出し、一旦引き下がる。そしてメンチも、試験官から斬りかかるわけにもいかず、目の前の料理に集中する。

 

「形はさっきのと同等だけど、鱗や骨が残ってるなんてミスはなさそうね、はむ、もぎゃもぎゅ、...失格、もう一度あんたもやり直し、あの女と然程変わらないわね」

 

「なっ、んなばかな!」

 

 この時ハンゾーは自分以外に握り寿司を知っている人間なんかいないと思っていただけに、自分より先に寿司をもって行かれたのもあり、とても焦っていた。つまり、やらかしてしまったのだ。

 

「飯を一口サイズの長方形に握ってワサビをのせ、その上に魚の切り身を乗せるだけの簡単な料理たろうが、こんなの誰が作っても関係無いだろうが、そこのバカみたいに料理の初歩すらできんやつとは違うんだぶるち」

 

「お前だけにはバカと言われる筋合いは無い!次言ったら殴る」

 

「ちょっとあんた、そいつがバカなのはわかるけど、もう殴った後に言ってもしょうもないし、そもそも地面に顔が埋まってたら聞こえないわよ」

 

 哀れハンゾー。本当に哀れである。確かに彼は愚かだったが、彼がやり直しになった要因の一つは彼女であるには間違いなく。集中しているメンチの舌は職人モードとでもいうべき状態に入りかけていただけに、彼が合格する確率は原作の状態よりも更に低いものとなっていたのだ。なのに、彼女によって地面から生えている状態の彼は本当に哀れである。

 

 

 

 

 この後、結局、美食ハンターとして採点するメンチを満足させるものなど一人も現れるはずもなく、めでたく合格者0人となった。そんなふざけた試験結果は、この自体を予想していたサトツのファインプレーにより、ハンター協会会長のネテロがとりなし、クモワシの卵を取る試験にかわった。

 

「じゃあ、試験の説明をするわ」

 

 場所を移動した彼らは、大きく煮え立つ釜を見ながらも、谷の目の前に立つメンチに意識を向ける。

 

「と言っても説明なんか殆ど無いのだけれど、クモワシは見ての通り、崖の間に蜘蛛の巣の様に糸を張り巡らせて卵を産む習性があるの。だからこの谷から飛び降りて卵を捕ったら、此処に戻ってくるだけよ」

 

「なっ!ふざけてるのか!」

 

 谷を覗き込んだ受験生の一人が、不可能だと文句を言うが、メンチはそれに取り合わずに、崖から飛び降りる。

 

 谷から離れて様子を見ていた受験生達も慌てて崖から落ちていったメンチがどうなったのか見に行く。メンチはクモワシの巣の糸にぶら下がり、片手で卵を取っていた。

 

「どうやって上がってくるつもりだ?もしかして川でも泳ぐのか?」

 

 一人の受験生が、下を流れる激流の川を見て、皮肉たっぷりに言うが、他の受験生もその言葉に同意しているのか、固唾を呑んで見守る。見守られているメンチは目を閉じ、何かを待っていた。

 

「よし」

 

 短く小さく呟くと、糸から手を離し、落下する。受験生の殆どが、この時本当に川を泳いで登るのかと戦慄したが、彼らは下から吹く突風に煽られ、目を開けられなくなる。

 

「こんなもんよ!」

 

 自分たちの上から声が聞こえる。その事実に受験生達は視線を下から上へと上げる。メンチは突風により、自分たちの上空を飛んでいた。

 

「よっと、以上よ。丁寧に解答まで見せてあげたんだから、文句を言うはずないわよね」

 

 確かにメンチの行動通りすれば卵を得られるのだろうが、それを実行できるかどうかはまた別の話であり、メンチの視線に耐えられず、目を逸らす半数以上の受験生達。そしてもう半数はやれば出来ると、飛び込む。メンチは飛び込まない半数以上の受験生に美食ハンター舐めんなよとガンを飛ばしつつ、その中に彼女を見つけ、嬉しそうに近づく。

 

「おや。あれだけ私に対して大口叩いて、喧嘩売ってた割に、この程度で足がすくんで動けないのかしら」

 

 嘲笑われた彼女はメンチに対して、逆に笑って見せた。

 

「くだらない。自分の力だけでこの程度のことがこなせないから、美食ハンターなんて言う最強からほど遠い逃げの役職に拘ってられるんだろうね。全く見下げたプライドだ」

 

「よーし。その喧嘩かってやるわよ!」

 

「落ち着いてメンチ」

 

 包丁を両手に装備し、臨戦態勢のメンチをブハラが抑える。そんなメンチに対して、彼女はもう一度鼻で笑うと、谷まで歩いて行き、そのまま谷に飛び降りた。

 

「そのままシネェェェェ!」

 

「メンチ。会長の前、会長の前だから!もう少し本音を押さえて」

 

 彼女が下りてから少しして、先行していた受験生達が、この谷特有の風に乗り、卵を抱えて戻ってくる。その中に彼女の姿は無い。メンチはそのことに喜ばない。彼女のことは大っ嫌いだが、その実力を見誤るようではハンターなどやっていけない。気になったメンチは谷を覗き込むと、そこには未だにぶら下がっている彼女がいた。

 

「助けてあげようか!」

 

 メンチは何故、あの風で戻ってこなかったのか不思議に思いながらも、彼女を煽る。メンチの声が聞こえたのか、糸にぶら下がっていた彼女は上を向き、不敵に笑う。

 

 彼女は不安定な糸の上でバランスを取り、片手で勢いをつけ、ぶらぶらと前後に揺れると、取っていた卵を上空に放り投げる。

 

「なっ!もったいない」

 

 メンチは思わず、その食べ物を無駄にする行為に対して怒鳴りつけ、その卵の行方を目で追ってしまう。

 

「へ?」

 

 メンチは自分の目が信じられなかった。数秒卵の行方を見ていたため、彼女の行動を見ていなかったが、それでも、あの宙ぶらりんの状態から彼女がどうやって空中に投げ出された卵をキャッチできるのかが理解できなかった。

 

 メンチが呆けている間も、彼女は動き続ける。卵を抱えた彼女はそのまま崖を垂直に駆ける。もう訳が分からない。そうしてメンチが混乱している間にも、彼女はメンチのすぐ横に降り立つ。

 

「楽勝」

 

 気分爽快。誰が見ても、彼女の顔は心の内を余すことなく表現しきっていた。

 

 こうして受験生108名から、66名の脱落者を出し、彼女を含めた42名が合格した。

 

 

 

 

 

 

 こうしてハンター試験一日目は終了し、次の三次試験は翌日、別の場所で行うことを会長の口から直接説明された受験生達は、用意された飛行船に乗る。

 

 会長のネテロは今回の試験で、幾人かの受験生に目を付けていた。その中には、未だ茫然自失としながら、ブハラに支えられ、飛行船に乗り込んでいるメンチが突っかかっていた彼女も含まれている。

 

 ネテロは、皆が飛行船に乗り終わるまでの間、谷を覗き、先ほどの出来事を思い返していた。

 

 ネテロは彼女に興味津々だった。メンチは確かに美食ハンターである為、同じ一つ星でも賞金首ハンターと比べればその戦闘能力は劣る。されどその実力は、協会のハンター全600人の中でも上位に位置するのは確かであり、そんなメンチを弱者だと言い張る彼女の次なる行動が気になっていた。

 

『さてどうする?風を利用せずにこの崖を片手で登るのは至難。そして、片手ではぶら下がることしか出来まい。さあ、どうするかのう』

 

 楽し気に次の行動を待っていたネテロは、卵を放り投げ、片手を自由にした彼女が次にどうするのかを見ていた。

 

 彼女は、前後左右に揺れながら、自由になった片手で腰のサーベルを抜くと自分を支えてくれる糸を斬ったのだ。もちろん、糸を掴む彼女は重力に従い下方に向かうのだが、前後に揺れていたおかげで、弧を描くように彼女は糸を掴んだまま崖の表面に足を着地させると、抜いたサーベルにオーラを纏わせ、やすやすと崖にサーベルを突き立て、姿勢を一旦安定させると、卵の現在地を確認し、崖の僅かなでっぱりに足を掛け、平坦な地面であるかのように卵に向けて駆け、反対の崖にジャンプするついでに卵をキャッチすると、また崖に足をかけて疾走し、息を荒げることもなく、汗1つ掻かずメンチの傍に立ったのだ。

 

 ネテロは驚愕した。彼女が一切発を行わず、足にした凝とサーベルにした周のみで登り切ったのだ。つまり、彼女は特別な能力なしに、素の目の良さで、最適な足場を見つけ、それでも不安定な足場で一切バランスを崩すことなく、落ち続ける卵に意識を割きつつも、その全ての行為を一瞬のうちに行い、あまつさえ、走って見せたのだ。

 

 ネテロは全ての受験生が飛行船に乗り、ビーンズに呼ばれるまでの間、谷間で切れたクモワシの糸が風に流されそよぐ様子を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 飛行船に乗った彼女は、彼女を恐れて誰もいなくなった部屋で一人鏡を見つめていた。鏡を見つめる無表情の彼女は怒りの表情すら宿して居らず、その漆黒の瞳は鏡に映る自分をじっと見ている。

 

 日が暮れ、明かりも付けない部屋は当然の様に暗くなる。彼女は暗くなった部屋で、そっと顔の眼帯を外す。

 

「最強の証。私が持ってる唯一無二の私。貴方のではない強き私の象徴。貴方に壊された私であり、壊れた私があなたを殺して奪ったモノだ。彼の目だろうと今は私の。彼の様に私は怒りを制御できない。でもそれでいい。彼と私は違う。でも、最強でなくてはならない。貴方に全てを捨てられた私は、貴方の全てを捨てる」

 

 そっと、鏡に映るウロボロスの刺青に触れ、その鏡の目を砕く。

 

 凪いでいた彼女の表情は既に憤怒に支配されたいた。



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5話

「あ、あぁぁぁぁぉぁぁ!」

 

 飛行船が順調に目的地まで飛び、次の試験会場であるトリックタワーが目視できる距離まで来たところで、朝食をとっていた受験生たちはいきなり聞こえてきた叫び声に、眠気を飛ばされる。

 

 なんだなんだと声の出所を探す彼らだが、誰が叫んだのかを知ると、そそくさと飯を腹に詰め込み、この場を去ろうとする。

 

「えっと、俺たち何かしたかな?」

 

「ほっとけ。あの女に関わるとろくなことがねぇ」

 

 ゴンは食堂に入った瞬間に叫ばれ、初日のことを思い出すと、隣のキルアの陰に隠れる。一方、盾にされた彼も、昨日の出来事を思い出し嫌そうな顔をすると、食堂から出る受験生をぬって、まだ朝食をとっていたクラピカとレオリオのテーブルまで行く。

 

「何やったんだお前ら」

 

「何もしてねーよ」

 

 彼女の奇行を見ていたレオリオは、奇声と同時に入ってきた彼らにフォークを突きつける。しかし明らかな濡れ衣にキルアはそのフォークの先端を曲げてしまう。

 

「おまっ!これ、飯が食えなくなるだろうが」

 

 一方、クラピカは至って冷静で、目の前の朝食を全て腹に収めたあと、食事を楽しそうに待っているゴンに話しかける。

 

「それで、どうなんだ?」

 

「うーん?何もしてないと思うんだけどなぁ」

 

 困り果てる彼を見て、クラピカも昨日の彼女の言動を思い返す。

 

「彼女の方に何かあったのかもしれないな」

 

「考えているところ悪いけどさ。あんなイカレの考えなんて考えるだけ無駄だぜ」

 

「まあ、俺もそう思うぜ」

 

 彼女について語るキルアの嫌そうな声に、曲がったフォークに悪戦苦闘しながらレオリオが同意する。

 

「それもそうか」

 

 クラピカも苦笑しつつ頷き。次の試験について彼等と語らうことがまだ建設的だと判断し、他の三人に今見えているタワーについて尋ね、他の三人もそれに乗っかり、彼女のことを無視することにしたのだった。

 

 無視された彼女はというと、頭を抱えてテーブルに突っ伏していた。

 

『しまったぁぁぁぁぁ。昨日何で私は寝てしまったんだ。原作通りに進んでいたなら、ネテロが二人と戯れていたはず。それもライセンスをくれるというとってもお得な遊びだったのにィィィ。ああ』

 

 彼女はゴンの顔を見て、こんな面倒な試験を受けなくてもライセンスを取れた可能性に思い至り、逃した魚の大きさに悲鳴をあげたのだ。

 

 しかし、そもそもの話だが、そんな魚など最初からいなかったのは明白なのである。

 

 彼女が言う通り、ネテロの戯れ。ゴンとキルアに対して、ボールを取れたら、ハンターにしてあげるというふざけた提案が原作にて出たのも、彼ら二人が念能力も使えないヒヨッコであり、万が一も存在しないからこそのおふざけ。

 

 つまり、彼が遊べる存在でしかしない提案である。戦闘能力が高く、念をつかえ、発も分からない存在に対して、如何にネテロといえど、そこまで舐めプなどしないであろう。

 

 だが、そこまで考えが至らない彼女は、皮算用をして、この手に入ったかもしれない物の大きさに嘆き、そして何故こんなミスをしたのかと、悲しみを怒りに変える。

 

「腹立ってきた!」

 

 目の前に残っている朝食をガツガツと食べ、皿がカラになると追加注文をする。どうやらやけ食いすることにした彼女は、あと少しで試験が始まるのを忘れているようだった。

 

 

 

 

 

「受験生諸君。3時試験会場、トリックタワーへようこそ。放送ですまないが、このトリックタワーでの試験官を務めるブラックリストハンターのリッポーだ。諸君らの前に私が顔を出すのはこの試験が合格した後になるだろう」

 

 放送が流れたのは、受験生達が飛行船から途轍もなく高いタワーのてっぺんに降りて、飛行船が去って行くのを見送た時のことだった。

 

「私もこのタワーの管理で暇では無いのでさっさと説明をしよう。君たちが今立っているその場所はトリックタワーと呼ばれるハンター協会が所有する建造物だ。そしてルールはこのタワーを降りて一階にたどり着くこと、それだけだ。ただし、制限時間は今から72時間とする。では死なないように頑張ってくれたまえ」

 

 受験生たちは説明が終わると一度はタワーの端に向かい、そこからタワーの側面を見て、地面に垂直な側面を確認し、ただタワーが極めて垂直に立っていることを理解し、元の位置に戻る。

 

 ゴン達も、タワーの端まで向かって下を見る。

 

「うっわー!高いね」

 

 ゴンは下に雲が見えるその光景に、純粋に驚いていたが、同様に見ていたほか三人は、タワーの側面を観察していた。

 

「いけるか?」

 

「そう思うかいレオリオ」

 

「俺は無理な方に一票だな」

 

「いやいや!だがよう。このタワーのてっぺんには入り口が無いんだぜ。なら、ここの側面を降りるしかねえってことじゃねえか。意外とよ」

 

 レオリオはしゃがんで側面の感覚を確かめるように触り、立ち上がると、ゆっくりと片足を側面に降ろそうとする。

 

「このっ!や、やめろ、うわぁぁぁぁぁ!」

 

「「「「……………」」」」

 

 レオリオより先にその考えに至った一人の受験生が複数の巨大な人面鳥に啄まれ、側面から剥がれ落ち、空中でキャッチされると何処かへ連れ去られてしまった。

 

 それを見ていたレオリオは急いで体ごと引き戻し、倒れこむ。

 

「意外と?さすがレオリオ。俺は無理だけど」

 

「ばばば馬鹿言っちゃいけねーぜ。どう考えても死ぬ!」

 

 キルアのツッコミに、地面に突っ伏すレオリオは猛然と首を横に振る。

 

「うーん。でもどうすればいいんだろう?」

 

 見えぬ突破口にゴン達が頭を悩ませている間、同じように下を覗いている彼女もまた、悩んでいた。

 

「腹が重い。はっ吐きそう」

 

 朝のやけ食いで気分を悪くしていた。

 

「ここで試験官が不可能だと思っていた経路を最短で降りるのが最もかっこ良いのに、腹が重くて、今降りたら途中で吐く!」

 

 ならば、さっさと今ここで吐いてしまえばいいのだが、それをしたら自分がこのハンター試験において築いてきた最強の自分という印象が崩れ去ることを懸念して、ただ口を押さえてプルプルと震えるのみ。

 

 もう十分みっともなく、そして皆の印象も最強ではなく、ヒソカと比べても最凶であることから、無駄な抵抗なのだが、彼女はここから1時間以上もその場でうずくまっていた。

 

 

 

 

 静かなトリックタワーの頂上でようやく胃の中を消化し終えた彼女は、周りをくるりと見渡し、膝をつく。

 

「誰もいない。これじゃあ、私の強さが伝わらない。クソ!」

 

 このあと、タワーの側面から降りようと考えていただけに、オーディエンスが誰一人いないこの場で、悪態をつくも、聞いてるのは眼下の森のどこかで不気味に鳴く怪鳥だけである。

 

「仕方がないか」

 

 深呼吸をして、怒りを納めると、躊躇なくその足を前に出す。両足が地面から離れると、身体は自由落下を開始するが、彼女は黙って落ちはしない。

 

「よっ、ほっ、と!」

 

 軽い掛け声とともに、彼女の両足はトリックタワーの僅かな凹凸に足を掛け、階段を降りるかのように、手すら使わずに下へ下へと降りて行く。

 

「「「キシャァァ!」」」

 

 順調に降りていた彼女だが、やはり犠牲になった男の時と同じように、人面鳥が彼女に向けて飛んでくる。それを見て、普通なら地を這う人間は己が飛べぬことを絶望するだろう。しかし、彼女は喜んだ。

 

「困難を捻り潰して進んでこそ最強!」

 

 男を落としたように鳥たちはその鉤爪やくちばし(?)で突こうとするが、男の時はゆっくりとロッククライミングしていたため、簡単に引っ掛蹴られたが、彼女は壁を歩いている。それも下に垂直に降りるのではなく、時たま左右にもずれるため、鳥たちは彼女の動きについてこれない。

 

「ククク。私を止められるものなど、いない!」

 

 鳥たちは餌に向けて直行したはいいもの、中々彼女に攻撃できない。それどころか、その巨体が仇となり、ぶつかり合って、攻撃が不発することの方が多い。彼女はそんな鳥頭を嘲笑い、更に降りるスピードをあげる。

 

「キシャァァ!」

 

 彼女が勝ち誇って入られた時間は短かった。たしかに、彼らは人よりも賢くはないのかもしれない。しかし、厳しい自然を生き抜き、群れをなして狩をする程度に、賢いのもまた事実である。

 

 彼らは群れて攻撃することに意味が無いことを理解したら、今度は軽く距離を置き、1匹ずつ、巨体の利を活かして突進してきた。

 

 もちろん、その程度の攻撃を避けられない彼女ではない。軽く避けて、代わりに壁を食わせてやる。

 

「ふ、ちょろ、へっ!く、この、この野郎!舐めるなぁぁぁぁぁ!」

 

 彼女は無様にも顔面を壁で強打した鳥を笑おうとして、次々と鳥たちが突っ込んでくるのを見て、顔を引きつらせる。しかし、彼女は降りるスピードを下げることなどしない。鳥如きに妥協するようなことはあってはならない。その一心で彼女は吠え、その攻撃を捌き続ける。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁぁぁぁぁ!」

 

 しかし、吠えた彼女の声に反応して、森からどんどんと人面鳥が彼女に向けて飛んできては攻撃をするため、攻撃の密度はどんどんとあがり、それに従い、彼女は回避を優先せざるを得なくなり、降りるスピードがおちていく。

 

 そんな、華麗に捌いて降りる理想と乖離し始めている現実に苛立ちを貯め始め、ついに避けられない攻撃が来た時、彼女は怒りを爆発させる。

 

「無駄だって言ってるだろうがぁぁぁぉぁあ!」

 

 複数羽で飛んでくる人面鳥は、彼女の逃げ場を塞ぐようにそのでかい顔面で範囲攻撃を仕掛けるが、彼女はその両手にいつの間にか握っていた二刀のサーベルで斬り殺す。

 

 斬り殺された鳥は、死してなお、その巨体を持って、慣性の法則という物理法則に従い彼女に迫るが、死んだことにより、鳥たちの軌道が僅かにずれ、攻撃に穴が発生する。その穴に彼女は体をねじ込んで無傷で回避する。

 

「どうだ!私がさい…、あっ!」

 

 彼女は一方的に攻撃されるという事態にフラストレーションを溜め、なぜ自分が今まで回避に専念していたのかを忘れ、その分厚い毛皮を絶ち、その肉を斬るために思いっきりサーベルを振るった。その結果としては、元々留まることが不可能なため、彼女は常に移動して、その体が潰れたトマトにならぬよう、重力に抗っていたのだ。そんな中、両手足を使うのならその場に何とかとどまれる程度の凹凸で、攻撃に移ればどうなるか。それは傾く彼女の体が全てを物語っていた。

 

 答えは攻撃による重心の変化で、壁から体が離れるである。

 

「キシャアア」

 

 鳥たちは遂に自分たちの狩場に落ちた餌の存在に、我先にと飛びつく。

 

「この程度ぉぉ!」

 

 彼女は既に数秒間落下して、十分速度が出ている己の体を止めるべく、サーベルに周をして、壁に突き立てる。

 

 ハサミが紙を割くように、面白い様にサーベルが壁を切り裂き、そして折れる。

 

「もう一丁」

 

 折れたサーベルを即座に捨てて、彼女はもう一本のサーベルを突き立てる。今度も壁を簡単に切り裂き、一本目でだいぶ速度を殺せていたのか、今度は折れることなく止まる。

 

 こうして、地面に赤い液体をぶちまけることを避けた彼女だが、彼女がこの行動をとっている間にも鳥たちは彼女に近づき、攻撃を繰り出している。

 

「ああ~!畜生やってやる。ここで皆殺しだァァァァァァ!」

 

 彼女は片手しか使えない状態で、迫りくる鳥たちと長いこと戦う羽目になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が欲しかった試験官の驚きと一番を獲得したヒソカは、残りの時間を持て余し、トランプタワーを作っては崩しと、一人で遊んでいた。

 

「第三号!402番、所要時間12時間2分」

 

 そこに、自分が今最も興味のある女性が来たことに彼は自分が出た時の様に、壁の凹みを見るが、ぐるりと半円状に配置されたレンガの扉はどこも開いてはいない。しかし、放送を信じるならば、ゴールしているはずと首を傾げるヒソカの背後で扉が開く音がした。

 

「なるほど♦」

 

 外に出る扉が開き、そこから血まみれの彼女が折れた刀身を持って現れたことにより、ヒソカは彼女が何をしたのかを理解する。

 

 一方彼女は、退屈しのぎに遊んでいるヒソカをその目で確認すると、あれだけ苦労したのに、まっとうに攻略したヒソカよりもクリアが遅かったことが信じられず、この理不尽な結果に、ここの試験官の試験内容にケチをつけ始める。

 

「クソ!獣臭い。本当に最悪だ。ヒソカに負けてるし、この試験を作った奴は頭がイカレてるとしか言いようがない」

 

「よっしゃあ~!一番のりだぜ~」

 

「第四号!294番ハンゾー、所要時間12時間3分」

 

 そんな不機嫌な彼女のちょうど真正面のゲートが開き、ハンゾーが出てきて、その彼女の目の前で喜びをあらわにした後、周りを見てガッカリする。

 

「ノォォォ、なんてこった、まさか四番だなんて、というか上で吐き気で悶絶していたアホ女よりも遅いだなんて屈辱だぁぁぁ」

 

「喧嘩売ってんのか禿!いちいち癪にさわるなぁ、そんなに私を怒らせたいか、そうなんだろ!そうだと言えよ。というかそうなんだな!なら遠慮せず、死ね!」

 

「ちょっまっ、ぎゃあぁぁぁぁぁ」

 

 爆弾の前で火遊びをしたらどうなるか子供でも分かるような馬鹿な行為をしたハンゾーは、彼女の飛び蹴りを頭に食らい吹き飛ぶ。その様子は、闇夜に浮かぶ満月のようであり、薄暗い広間ではよく輝いていた。

 

 煩いのが沈黙したおかげで、室内は静寂に包まれる。

 

「そんな目で見つめられるとゾクゾクしちゃう♥」

 

 ヒソカは、静かに自分を睨む彼女の視線に興奮しながらも、トランプを構える。彼女はトランプを構えたヒソカを見て笑う。

 

「暇だし、今お前を殺すことにした。最高にすっきりとしそうだ」

 

 彼女の殺意が高まった時、ヒソカからトランプが飛ぶ。

 

「最高に楽しもうか♠」

 

「望むところだ」

 

 投げられたすべてのトランプをわざと受け取る彼女と彼女が投げた折れた刀身を指で摘まむヒソカ、二人して笑い合うのである。



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