カンピオーネ 獣の帝 (ノムリ)
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七人目の魔王

「クソ、最悪だ。なにが神獣だよ、ただ呪いで獣以上神獣以下になっただけの動物じゃねえか」

 黒髪に黒目、グレーのパーカーにカーキ色の長ズボンを来ている少年―――星宮(ほしみや)(とおる)。だが、透には普通の人間とは圧倒的に違う部分が一つだけあった。それは利き腕である右腕だ。

 肩から指の先まで真っ黒に色付き、赤い線が血管の如く走り、人間の頭蓋骨など簡単に握りつぶせる巨大な魔獣の腕を生やしていた。

 

 透は依頼にあった神獣退治とは違い。呪具の効果なのか、はたまた自分達カンピオーネの仇敵のまつろわぬ神の呪いなどで神獣擬きにされた動物の退治をやらされた事にイラつきを感じながら悪態を吐き捨てた。

三橋(みつはし)の奴、変な依頼をもってきやがって、後で問いただしてやるからな」

 

 二分程度の一人言の間に透の周りには先ほど片付けた犬、猫、鹿、鳥、猿など、異常な成長を遂げた神獣擬きに取り囲まれていた。

「流石に残して帰るってわけにもいかないか。受けたからには片付けて帰らないと、っな!」

 ドスン!と拳を握った魔獣の腕を地面に叩きつけ、砂煙を巻き上げながら飛びあがり、目の前にいた鹿の神獣擬きに向かって爪を振り下ろした。

 この攻撃を皮切りに一人のカンピオーネ対神獣擬きの群れとの闘いが始まった。

 

 

 

 

 

 十分も経たずして片付けた神獣擬き。

 周りには気を失って、元の姿に戻った野生の獣達。

「やっぱり、呪具なのかな。にしてはそんな物があるって話は聞いてないし」

 頭を掻きながら、山の頂上がある方向に目を向ける。

 カンピオーネの獣や戦士の本能にはそれらしき気配は引っかからない。それに日本の呪術師を束ねる組織の日本編纂委員会でも知りえない情報もあるのだろう。

 

「終わったみたいですね、透さん」

 木の上から聞こえてきた声の方向に視線を向けると木の枝に立っている少女が居た。

 学校の制服の着用したままの俺の従者として一緒に行動している園原(そのはら)愛理(あいり)、首ほど高さで切りそろえた黒髪に横に御団子を一つつくり今時では珍しく簪で留めている。

 

「問題なくな、相手が神獣って聞いてたけど神獣じゃなかった。愛理は何か聞いてるか?」

「いえ、私も透さんの戦闘の気配が可笑しかったので様子見に来たのですが、確かに……野生の獣がそう簡単に神獣に近い力を得るなんて、そう簡単にはありません」

 やっぱり無いよな。流石に気のせいだったでは済ます事ができない案件だ。

 

「一回、三橋に調べてもらわないといけないな」

 ポケットからスマホを取り出し、数秒ほど画面を見つめると静かにスマホをしまった。

「すいません、透さん。少しばかり用事が入りました。今から向かわないといけませんので先に帰っておいて下さい」

 そう愛理は口にして透の返事を聞くことなく別の木の枝へと飛び移っていった。

 

 

 

@@@

 

 

「随分と不機嫌ですね、透さん」

 運転席でハンドルを握り、車の運転をしている数分前にも何度か名前が上がっていた人物―――三橋卓也(たくや)。正史編纂委員会に所属し、日本国内での透の足や連絡役を担っている。

「愛理がな、何か隠し事してるっぽいんだよな。どうも今回の神獣擬きの件もあるし」

「……神獣擬きですか?」

「ああ、さっき相手にしたのは、野生動物が何等かの理由で神獣に近い状態になっただけの擬きだった。まつろわぬ神じゃないなら、正史編纂委員会の老人共が裏で手を引いてても可笑しくないだろ」

 

 透がカンピオーネとしてロシアやアメリカなど外国を歩き回った際にも、カンピオーネの権力を利用しようとするバカが居た。勿論、そんな奴らにカンピオーネがそこらの呪術師に負けるわけはないが、それが続けば流石にうっとおしくもなる。

「三橋、京都に向かってくれ」

「京都ですか?何か用事でも」

「予感かな、愛理が途中でどっかに向かった。何か隠し事でもしている感じだった」

 

 愛理は元は巫女が本職の副業忍者だったが、あるカンピオーネが起こした儀式のせいで巫女としての力を失い忍者としてのみ活動している。

「愛理さんですか……」

 何か思い当たる節があるのかバックミラー越しに三橋を睨むと目を逸らした。

「三橋、正直に言うことを勧める。あと、今回の依頼についてもな」

 手の甲から黒に赤い線が走る剣のようなものを後部座席から伸ばし、三橋の顔の横に添える。

 三橋はチラッとだけ目を動かすと額から冷や汗を流す。

 

「……愛理さんの仕事については馨さんから軽くだけ聞いています。今回の依頼は神獣じゃなかったのですか?」

 三橋なら何か知っていると思ったけど違うのか、今回あった神獣擬きの一件を詳細に伝えた。

「普通の獣が神獣擬きに……それは普通じゃないですね。その件は遠からず愛理さんの仕事に繋がるかもしれません」

「…どうせ正史編纂委員会のじじい共が何かしようとしているとか、それくらいだろ」

 当たっていたのか、三橋は苦笑いしながらアクセルを踏み、車を加速させた。透の不機嫌が自分に被害を出さないために。

 

 

 



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女神降臨

 日本や海外から観光しに来た観光客でごった返している中で、建物の中は地獄絵図となっていた。

 部屋の壁や畳、天井に飛び散った血液。

 床に転がるズタズタに引き裂かれて死体。

 

 その死体に食らいつく二匹の雌雄の獅子と、二匹の獅子を撫でる女神の一柱が部屋にいた。

 床に散らばっている死体は、正史編纂委員会に所属していた老人。元は、日本に住んでいるカンピオーネの透に神獣擬きをけしかけたのも老人たちだった。だが、術の核としていた石板が暴走―――結果、まつろわぬ神を招来することとなり、自分たちは、まつろわぬ神の従える獅子に食い殺された。

「私を使おうとは万死にあたいするぞ、人間よ。まつろわぬ神として地上に来たならば戦うのも一興……だが、天井にいる娘よ、降りてくるがいい」

 

 新緑色の髪の間から女神は視線だけを天井に向け、天井に息を潜めていた愛理にそう告げた。

 

 

@@@

 

愛理side

 

 あの老害共!透さんに守られておきながら裏切った挙句にまつろわぬ神を招来させるなんて、何を考えているんですか!?

 あぁ、ワタシが所属していた組織は腐りきっているようです。抜けて正解でした。

 守られておきながら鞍替えする程度ならまだしも、自分の地位を守るために、権力を保持するために、神獣擬きをけしかけた。

 あれだけ主を裏切る行為は恥ずべきことだ、と師匠も言っていましたけど、委員会の上がこんな事じゃそのうち、透さんの逆鱗に触れて文字通り八つ裂きにされかねませんね。

 ……こんなの透さんにバレたらなんて言い訳すればいんですか。こんなことなら、依頼を受けるんじゃなかった。

 溜息を吐き出し後悔していると、部屋の中から

 

「私を使おうとは万死にあたいするぞ、人よ。まつろわぬ神として地上に来たならば戦うのも一興……だが、天井にいる娘よ、降りてくるがいい」

 という声が聞こえた。

 天井の隙間から下を覗くと、女神の目は私を見つめていた。

 …バレてる。

 

 天井の板をクナイで外して、畳の上へと着地する。

 頭を伏せることであえて視線を合わせないようにしているものの、いやにでも感じてしまう存在感。

 これがまつろわぬ神。

 

 肌で熱を感じるようにピリピリと感じる強さと人間と神という超える事の不可能な壁。

 女神の機嫌を損ねれば、自分は花が毟られるように刈り取られ。

 女神の機嫌を損なわなくても、気まぐれで殺される。

「いまだ幼いが、少しながら綺麗さが伺える」

 親が子を慈しむように、女神が頬を撫でる。

「私のものとなれ、人の子よ。加護を与え、私に仕えることを許可しよう」

 その手は、とても心地がよく。自分の全てを明け渡してしまいたくなるような心地だ。

 さっきまで心にあった怒りも憎しみも初めから無かったかのように消え。女神に捧げよ、と体が、心が、魂が叫んでいるのを感じる。

 

 

 きっと、委ねれば何も、不安も、恐怖も、感じることなんてなくなる。

 

 ―――でも、ワタシは主を決めているから!

 

 パシッ!

 頬を撫でていた女神の手を払いのけ、女神の目をしっかりと見つめながら叫ぶ。

「それは出来ません。ワタシはもう主を決めております。ワタシが生涯を掛けて使えるのはカンピオーネの星宮透様。ただ一人です」

 

 女神は払われて手を撫でながら、ワタシが拒絶したことも面白いと言わんばかりに笑っていた。

 

「やはりか、お主の心には男の姿が見えた。親にも役立たずと捨てられた自分の手を取った男の姿が……だが、このキュベレーを拒絶した事とは話が別だ!食ってよいぞ」

 

 女神―――キュベレーが許可を出す。床に寝そべっていた雌雄の獅子が体を上げて、ゆっくりと近づいてくる。

 口の隙間から見える牙。

 

 食い殺される事を覚悟を決めた瞬間―――ドゴン!と大きな音をたてて、障子が蹴飛ばされ、そこに立っていたのは『獣帝(じゅうてい)』と呼ばれる日本のカンピオーネ―――星宮透の姿だった。

「おい、女神キュベレー。俺の女に気安く触れてんじゃねえぞ!」

 

 

 

@@@

 

 

透side

 

 京都に向かっている車の中で仮眠を取っている最中、体を電流が流れるような感覚を感じた。

 

「三橋、車を止めろ」

「え、まだ京都まで距離がありますけど」

「まつろわぬ神が出た、車じゃ時間が掛かり過ぎる。自分で走って行くから車を止めろ」

 車を道路の脇に寄せ、途中駐車した。

 

「【滅びの前では正義もなく、悪もない。地上を蠢く小さい生命よ、時は来た。穢れし魂よ。あるべき場所へ戻るがいい。我は滅びを招くもの、我は獣なり】」

 

 俺が最初に倒したまつろわぬ神の名は黙示録の獣。権能の名は『混沌獣(ケイオス・ビースト)』の聖句を唱えて権能を発動する。

 

『混沌獣』は触れた動物や神獣をサンプリング。データとして蓄えて体から任意のタイミングで好きなものを選び出し体に纏うように実体化させる。

 神獣擬きを相手にした時に使っていた魔獣の腕は、虎や獅子や狼など鋭い爪を持つ動物を選び、合成させて実体化させたものだ。攻撃特化に変化させた片腕に対して、今、必要なのは”速度”。

 選び出したのは地上最速の動物チーター。

 脚の付け根から足先までが黒く染まり赤い線が血管の如く走る。足はその形を逆関節型に変え、地面に接する面も足の指先だけとなり速く走るということに特化した形状を生み出した。

 

「俺は行くから、馨に連絡よろしく」

 そう三橋に言って、返事を聞くことなく脚を前に出し一歩を踏み出した。

 

 

 ―――ヒュン!と風を切る音が耳に流れ込んでくる。移動する速度が速すぎるのか景色はボケて上手く視認できない。分かるのは、とにかく早く行かなければいけないと本能が叫んでいることぐらい。

 一歩、一歩と脚を動かす度に、より形状が本物らしく微調節されていく。チーターの四足の体形ではなく、人間の二足ではチーターと同じ速度を出し切れない。だから、人という体形で早く走れるように脚が自動で最善の形へと変化していく。それに伴って、走る速度も増していく。

 

 大切な家族を助けるために、仇敵のまつろわぬ神を倒すために。



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爪の剣

 部屋を閉め切っている障子を蹴破り、部屋の中に押し入る。中には、膝をついた愛理と向かい側に座る女神―――キュベレーとそれに付き従う雌雄の獅子。

 

 雪のように白い肌に身に纏う白いドレス、自然と目がいってしまう大きな胸と肌で感じる母性。それは大地母神としての特性なのかもしれない。

「おい、女神キュベレー。俺の女に気安く触れてんじゃねえぞ!」

 叫びながら素早く走る事に特化した魔獣の脚から”魔獣の腕”へと形を変える。

 

「早い到着だな、神殺しよ」

 フフフ、と待っていたものがやってきたと笑いながら指先を俺に向けると、吹っ飛ばした雌雄の獅子が再び、飛び掛かってきた。二匹の攻撃が直撃しないよう体を逸らし、戦いづらい部屋の中ではなく。戦いやすい野外へと逃げる。

 数時間前に戦った神獣擬きとは違う。キュベレーによって召喚された正真正銘の神獣。

「「ガガァアアア!!」」

「邪魔だ!ライオン風情が!」

 口から覗ける牙と手から伸びる爪を魔獣の腕で防ぎ。素早く殴り返す。

 雌の獅子の顎を殴り砕き、バウンドしていき。雄の獅子はその隙に左腕に噛みついてきた。

「っい!ってぇな!」

 人生で味わった事のない痛い顔を歪め、服に血が滲み黒く染まる。

 腕に噛みついたまま睨んでくる雄の獅子。唸り声を上げながら一層、顎の力を強める。

「痛てぇっつってんだろ!」

 右手で雄の獅子の頭を掴み、無理やり顎を左腕から引き離し。無理やり引きはがした雄の獅子の頭を握る潰す。

 無理やり引きはがした左腕からはボタボタ、と血が地面に垂れるが、流石はカンピオーネの体。数分で血は止まった。

「『混沌獣』で治癒力が底上げされてて助かった。さて、次はアンタが相手かよキュベレー」

 何時の間にか外に出てきているキュベレー。

「神殺し相手に獅子では、やはり足りぬか」

 不敵に笑うキュベレーは流石は女神だ、美しく感じてしまう。が、それよりも倒せ、という本能の呼びかけの方が大きい。

 

「それで、獅子で手札は尽きたのか?」

「そんなわけがないだろうが!」

 キュベレーはつま先で地面をコツン!と蹴る。すると、地面から伸びる緑の物体。

 太さは人間の腕とほぼ同じサイズ。それが六本。

 まるで、意思があるかのようにうねりながら迫りくるそれの正体はツタだ。

 キュベレーは大地母神だ。

 特に大地、谷や山、壁や砦、自然、野生動物、特にライオンを体現している。つまり、俺の立っているこの地、全てがキュベレーにとって武器となる。

 

()け!」

 蛇の如くうねるツタ。

 ステップで躱すと元居た場所はツタによって地面が抉られ、もしも躱さずに居たのなら自分は串刺しになっていたことだろう。

 キュベレーに視線を向けると、申し分ない威力に腹立つレベルのいやらしい笑みを浮かべ。再びツタを動かし始めた。

 

「クソ!再生は早すぎて破壊出来ないのか!」

 迫りくるツタを躱しながら、横を移動するツタを爪で引き裂くもやはり植物。細胞分裂でも行われているのか数秒で元の状態に戻る。

 その間にも、体を掠めていくツタ。直撃こそないが、地面を抉れる威力があるものをまともに食らえばただでは済まない。

 

 何か手はないか、と案を考えながらツタの攻撃を躱していると動こうとした瞬間体が何かに掴まれる感覚に襲われた。

 素早く足元を見ると攻撃を繰り返してきたいてツタとは、別のツタが新たに生み出され俺の足に絡みついていた。

 ニヤリ、と笑うキュベレー。

 六本のツタが一斉に迫りくる。

 

 魔獣の腕じゃ防げない。

 魔獣の脚でも避けれない。

 なら……薙ぎ払うだけだ!

 

 

 ズシャ!ズシャ!ズシャ!

 六本のツタが透を突き刺そうと動く。

「透さん!」

 部屋の影に隠れて見ていた愛理は叫んだ。いくらカンピオーネだろうと、同族とまつろわぬ神相手には命を落としてしまう危険があるからだ。

「終わりか、神殺しよ。所詮は子だな」

 勝利を確信したキュベレーは再び、愛理を眷属にしようと行動を開始したが、キュベレーはあること失念していた―――神殺しが、カンピオーネという存在がどれだけ人間という種族からかけ離れているかという事を。

「殺し合いの最中に、敵から目を離すなんてやっちゃいけないだろ」

「っな!」

 

 ツタが透を攻撃した事で出来た砂煙から飛び出してきた人影はキュベレーの横を通り過ぎると同時に、宙を舞った物がある―――キュベレーの左腕だ。

 

 

「っく!剣いや爪と呼ぶべきか」

 斬り飛ばされた片腕があった箇所を片手で抑え、俺の手の甲から伸びる剣のように一本の()に目を向けてくる。

 大半の生き物には爪がある。ライオンやトラ、鷲など爪を生きる為に武器にする生き物が沢山いる。人間は長い歴史の中でその爪を加工することで武器に転用してきた。砥ぐことで切れ味を上げ、削り形を変えることで一層、刃の通りをよくしてきた。俺がやったのはそれだ。

 より鋭く。

 より固く。

 魔獣の腕は打撃に特化している。

 魔獣の脚は速度に特化している。

 今、作り上げた”魔獣の爪剣は、斬ること。対象を切断することに特化させたものだ。

 

 両手から生えた爪剣を双剣の如く構える。

 対するキュベレーは片腕を切り落とされながらも顔を歪めることすらしない。

「よいな、よいな。これ位はしてくれなくては張り合いがないというものだ」

 キュベレーは裸足の足で地面を叩くと、六本のツタ以外にも地面が盛り上がり人型が形成していった。

「ゴーレムか」

 無骨で人間とは言い難い形が3メートルあるその大きさからなる一撃は。人間など簡単に潰すことだろう。加えて、いくらいくら攻撃しても再生するツタ。

 キュベレーにとっての武器は地面に自由に生やす事ができる植物。俺の所持する『混沌獣』という権能ただ一つのみ、だが、俺が自然と笑いがこみ上げてくる。神殺しをなす人間はズレていると言われるが理解できる。なにせ、いま俺は楽しんでいるからだ、このまつろわぬ神との殺し合いを。

 

 



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