FFX スピラを旅する異世界人 (カムパネルラ321)
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現代~海の遺跡(修正済)

のんびり行きます。
どうぞお付き合いくださいな。

注)方言を修正しているところです。随時修正が入ります


「ああああぁあああ!! また死んだ!!!」

 

はやてはPS4のコントローラーを投げ出し、そう叫んだ。

 

「なんだこの鬼畜ゲーム…玄人向けすぎだろ……」

 

そう呟いてしょんぼりしたはやては、PS4からゲームディスクを取り出し、【 Bloodborne 】

と書かれたパッケージに収めた。

 

「はあ、狩人さんまじきちばっかか…救いは人形だけ…つらみ……」

はやてはパッケージをゲーム棚にもどし、今度は別のゲームをしようと手ごろなものを物色し始める。

 

「なーんか、こうみたら、いろいろやってるなあ…バイオ、モンハン、Division、ワンピース…あ、鉄拳がある。これ達也に返さないと。うっわ、侍道3と4だ懐かしい。新作まだかこれ」

 

はやてはゲーム好きである。家庭の事情で海外を転々とすることが多かったはやての遊び相手といえば、たいてい姉弟たちであり、更に国によっては気軽外出できないこともあって、幼少期は家の中で姉弟たちとゲームをしていることが多かった。

ゲーム好きの父親を持っていたこともあり、ゲームの種類には事欠かない。父親が適当に買ってきたゲームを、ときに対戦、ときに協力プレイで、わいわい騒ぎながら姉弟みんなと遊んできた。

 

「いろいろあるな…まあでも、自分的には一番はこれかな。FFシリーズ!特に7から12と飛んで15! 14は別枠だがまあ好きである」

 

色々なタイプのゲームが好きだが、はやてのお気に入りはRPGであり、中でもファイナルファンタジーは彼の一番のお気に入りだった。ナンバリングされているものも、タクティクスやクリスタルクロニクルのように別枠のものも、キングダムハーツのように要素だけ取り込んだようなものでも、なんでも大好きだった。

 

「音楽がいいのよ、音楽が。あとキャラとかストーリーとか…あ、全部か」

 

何百時間とかけて、ゲームをやりこむことはない。精々隠しダンジョンを見つけたり、最強アイテムをいくつかそろえたりする程度だが、それでも多種多様なゲームの中でも「ファイナルファンタジー」に関わってきた時間は幼少期のそれと合わせると長いものである。

 

「‥‥懐かしいな、FFXか」

 

はやては数あるゲームの中からFFXを取り出した。たしか、妹がバイト先の友人にもらったものの、シューティングゲーム好きな自分にはあわないからと置いていったものだ。なんだかいらないものを押し付けられたような気分のはやてだったが、しかし彼にとってこのゲームは思い出深いものだったので、なんだかんだで大切に保管していた。

 

FFXははやてが初めて最後までクリアしたRPGであり、最も楽しんだゲームの一つである。

姉弟たちとああでもない、こうでもないと騒ぎながらボスを倒したり、頭をそろえてうんうん言いながら寺院の仕掛けを解いたりもした。ともすれば郷愁にかられる一品である。

 

個性的なキャラクターと音楽、また美しいストーリーには子供ながら強く惹かれたものだった。しかし、クリアした当時は中学生に上がったばかり。今はあれから10年ほど経つ。設定やストーリーはぼんやりと覚えているものの、正直なところ、うろ覚えであることは否めない。音楽であれば、イントロの1秒で題名を当てることもできるが、ゲームの中身にはあまり関係なかった。

登場人物の名前は挙げられるが、細かい設定などは忘れてしまった。

 

「主人公がティーダという青年で、ヒロインはユウナで、アーロンはしぶかっこよくて、キマリは戦力外で、ルールーも戦力外で、ワッカは遊撃担当、リュックはぽんこつかわいい。大体そんな感じ」

 

はやては、FFXに登場するキャラクターにそのような印象を抱いていた。あっているかどうかわからないし、思い出せるのはぼんやりとした見た目とボイスくらい。

 

「ザナルカンドから1000年後の世界に行って、シンを倒すためにユウナのボディガードをしながら旅をする…そんな流れだったかな」

 

FFXは神ゲー。間違いなく大好きなゲームのひとつだ。だけど、熱心なファンか、と問われれば案外そうでもないのだろうとはやては思う。自分はゲームそのものよりも、そのゲームを通して過ごした時間が大切だったのかもしれない。

 

「……ひさしぶりにやってみるか」

 

Final Fantasy X と書かれたパッケージを抜き取り、ディスクを取り出してPS4にセットする。

まもなくゲームのタイトルが表示されて、自動的にディスクが読み取られる。はやてはおもむろに立ち上がり、スナック菓子を取りにキッチンへ向かった。

コーラとぽてちを手にとるとソファーへと戻った。

 

【NEW GAME】 ←

 

【CONTINUE】

 

【OPTION】

 

【EXIT】

 

「……うん?」

 

テレビを見ると、黒地に白い文字で選択肢が表示されていた。背景画は一切なく、さらに選択肢が無音で表示されているだけで、妙なおどろおどろしさを醸し出していた。

 

「まあ、20年ほど昔のゲームはこんなもんかな。しかし、妙なレトロ感があるというか」

 

ゆうても昔のゲーム。

 

はやてはあまり深く考えず、【NEW GAME】を選択する。

しかし、歪な機械音が鳴るだけで特になにも始まらなかった。

 

「んー…なんだこれ」

 

カーソルは自由に動くようなのでフリーズしているわけではないようだ。

他の選択肢も選んでみるが、何も変わらない。すわ、バグだろうかと思い、はやてはPS4を再起動しようとするが、

 

「…ふわぁ。あふ、だめだ眠い」

 

昨夜の徹夜が響いているのだろうか、まだ寝るにはいささか早い時間だが、はやてはあくびを抑えられなかった。

 

まあ明日でいいか、どうせ明日も休み。

 

そう結論を出したはやては、コントローラーを適当に放り投げ、ソファーに横になる。

 

目が覚めたらFFXをやろう。せっかくだし、きちんとストーリーを理解しつつ、やりこみ要素もやってみて…

そんなことを思いながら、はやては睡魔に身を任せた。

これが、最後の安息になるとは思わずに…

 

 

 

ちゃぷ、ちゃぷり

水の音が聞こえる。耳に心地よい。

くくくるるるるるる

変わった音が聞こえる。動物の鳴き声だろうか。

 

まどろみのまま、大きく息を吸うと、磯の香りがした。

 

(‥‥‥‥ぅん?)

 

磯の香り? 鳴き声? 水の音?

 

小さな違和感がぼんやりした頭を覚醒に導く。

はやては自室にいたはずだ。それにしては、まるで船の上にいるような浮遊感を感じる。

 

「……ぅ」

 

はやては体を起こす。

 

「………っはぁえ?」

 

そうして、目に入ってきた光景に、頭の処理が追い付かなかった。

 

はやては、小さな小舟に乗っていた。湖でカップルがよく乗るアレである。

古いものなのか、ところどころ苔が生えている。よく見ると、船のふちに穴が開いていたりもする。

今にも沈没しそうな小舟に、はやてはどういうわけか、乗っていたのだ。

 

ぎこ、ぎぃ、ぎこ

 

船体をきしませながら、小舟は進んでいる。

帆を張っていないどころか、オールで漕いですらいない(そもそもオールがない)のに、不思議なことに小舟は進み続けている。

 

 

「いや、え、はあ?」

 

しかし、はやては小舟のことまで頭が回っていなかった。

自分はなぜここにいるのか、ここはどこなのか、なぜ船の上なのか、何が起きているのか…

 

周りを見渡してみると、がれきのようなものが水面から顔を覗かしていた。

がれきをよく見ると、何かの建築物だったことを思わせる形状をしていることに気が付く。

遠目には、ボロボロだが、遺跡のようなものも見えた。

 

「なんだこれ、なにごと」

 

空を仰げば、薄暗い雲しか見えない。おかげで時間感覚もおかしい気がする。

はやては自身が乗っている小舟が進んでいることに気が付いた。

薄気味悪さを感じて、小舟を揺らしたり手をオール代わりにして流れに抵抗したりしたが、一向に止まる気配がない。

 

早くもあきらめて、時間を要しつつも混乱を少しずつ収めたはやては、ひとまず、自身の置かれた状況を整理した。

 

「たしか、ゲームしようとして、眠い思って寝た…。たしか。寝室まで戻って寝たとこまでは覚えている・・・寝ているうちに、誰かが? いや、誰もしないだろこんなこと…… テレビ?いや、仮にどっきりだったとしても程度を超えてるし…」

 

はやては周りに目を配りつつ、思案した。

ふと、先日寝る前に見ていたアニメを思い出す。主人公は通り魔に刺されて死亡し、異世界に転生するといった内容だった。もしかして自分も死んでしまって、更に異世界に転生したのではないか...

突拍子もなくそんなことを考えて、いや二次元じゃないのだからと否定し、しかし完全に否定することもできず、思考は堂々巡りになっていった。

 

そうしていくらかの時間を思考に費やしていると、ボートが音を立てて止まった。

ふと顔を上げると、いつのまにか座礁していたらしいことに気が付く。

 

「…なんだ、ここ」

 

ひとまず小舟から降りたはやてはあたりを見渡す。

どうやら遺跡のようだった。規模はそれなりに大きく、ぼろぼろではあったが、かつて旅行先でみた海の町、また遠くの建造物はコロッセオを彷彿とさせた。

 

ぼうっとしていてもしょうがないと考えたはやては、遺跡に上がり、散策してみることにした。

なにか情報でもあればいいのだが。期待半分あきらめ半分の気持ちで遺跡を進む。

形容し難い不安を感じ、その歩みは遅い。足を動かすたびに足元からぱらぱらと音がして、いつ崩れて海に落ちるのではないかと気が気ではなかった。

「あああぁ、崩れんなよ…ほんまやめえよほんま…って、なんだあれ?」

 

引け腰気味に進むと、目の端に水色の球体が見えた。

近寄ってみてみると、どういう仕組みなのか、台座の上に水色の土星みたいものが浮いている。

ゆるゆると回転しながら佇むそれは神秘的で、はやては何と無しに手をかざしてみた。

あるいは、触れようとしたのかもしれない。

その瞬間、はやてが感じていた疲労が一気に吹き飛び、そして自分の「何か」がそこに残された感覚がした。

 

「———っ?!」

 

感じたことのない感覚にはやてはひどく驚き、一歩後ずさったかと思えばバランスを崩してしりもちをついてしまう。

 

「なんだ?!今のは?!!」

 

冷や汗が出る。

一体なんだと言うのだ、この得体のしれない置物は。

自分の「何か」がそこに残されてしまった感覚があったが、それは大丈夫なのだろうか。

 

「———いや、これはどっかで…」

 

驚きはしたが、しかし、不思議なことに嫌悪感は抱かなかった。一瞬、パニックになっただけだ。

残された「何か」も、なんとなく、大丈夫だと感じた。

それよりも、問題はその謎の置物の見た目である。はやては似たようなものをどこかで見かけたことがあったのだ。

 

どこだ、どこで見たのだろうか。

そうだ、あれは危ないモノじゃない。むしろ心のよりどころになるような、救いになるもののはずで…

 

はやてはおもむろに立ち上がり、今度は心の準備をしてから再度置物に手をかざした。

すると、先ほどと同じ疲労感が飛ぶような感覚のあとに、自身の「何か」が残されるのを感じた。

 

「なんだこれ、いやどこでこれを…」

 

妙な既視感とのどまで出かかっている答えにやきもきしていると、はやては下の水面から何かの鳴き声を聞いた。置物の先から聞こえてくるようだった。

 

きぃっ!きっっきぃい!

 

鳴き声はまだ聞こえてくる。置物の先に進むと、先の足元が崩れており、行き止まりになってしまっていた。はやては崩れた先で下をのぞき込む。高さは5,6mほどだろうか。意外と澄んでいる水面には海底から伸びているであろう海藻や崩れ落ちた遺跡の一部が確認できる。

 

鳴き声はどこから聞こえてくるのだろうか。

 

そう思って更にのぞきこもうとした瞬間、足元が大きな音を立てて崩れ落ちてしまった。

 

「おわあっ!!!!」

 

はやては重力に従って海まで真っ逆さまに落ちてしまう。

 

「がばごぼがばごぼぼぼぼっ!!」

 

ごつっ!

 

「がばぁ?!」

 

落水して驚いたのもつかの間、先ほどの足場が更に崩れたのだろうか、こぶし大の石がはやての頭にぶつかってしまった。あまりの痛さに浮き上がることも忘れて水中でひたすら頭をさする。

どうやら血は流れていないようだ。たんこぶは間違いなくできたが、大きなけがはない。

 

水中であたまをさすっているとかえって落ち着いたのか、ひとまず浮上して水中の様子を見てみようと冷静に判断する。ゴーグルがなければ水中で目を開けたところで何も見えないからだ。

 

「ぶはっ! げほっげほっ! くそっ! 踏んだり蹴ったりだなほんとに今日は! くそったれ!」

 

八つ当たりに水面をたたき、呼吸を整えてあたりを見回す。見た限りでは上に戻るのは難しくなさそうだ。しかし、ああも簡単に足場が崩れてしまうなら上がったところでまた水中に戻る羽目になるだろう。

そう判断したはやては、

 

「とりあえず泳いで遺跡を見て回るか。中に入れたらいいんだけど」

 

服を着たままにも関わらず、すいすいと平泳ぎで進み始めた。

小学生のころスイミングスクールに通わせてくれた両親と、一時期住んでいた常夏の国に感謝である。

 

「目が覚めたらボートの上、気が付いたら遺跡にたどり着き、訳の分からん置物を見つけたと思ったら海に落っこちて、その上頭に石が振ってきた」

 

そして今気が付いたのだが、水温が結構低い。というよりも、気温が低めなのだろう。

 

「このままじゃ寒すぎて死ぬ。シャレにならない。一先ず屋根のあるところで体を休めないと」

 

最悪の未来を想像したはやては、泳ぎながら周囲を見回す。一先ず体を冷やさないようにしなければ。着火器具は持ってきていないが服を脱いでおけば多少マシのはずだ。そのためにも屋根のある場所へ…

 

考えながら泳いでいると、はやては水中に建物への入り口らしきものを見つけた。泳ぎをやめてよく見てみると、周りにもいくつか入り口のようなものが見えた。この辺りは遺跡の玄関に当たる部分なのだろうか。それにしては水没しているように見えるがどういうわけなのだろう。

 

はやては疑問に思ったが、遺跡が崩れたのだろうと思考を切り上げ、水に潜って入り口のようなところへ向かう。ドアはなく、ただ遺跡内部への通路があるようだ。通路の向こうまで行ってみたいが、内部がどうなっているか予想がつかない。はやての潜水可能時間は2分弱。ダイビングスクールで鍛えた肺活量にはちょっとした自信があるが、単純計算で一分以内に遺跡内部へたどり着けなければ侵入できない経路となる。さらにゴーグルがないため視界は不良好だ。とてもではないが、無理はできない。

 

安全第一で進んでみよう。無理そうなら引き返して別の入り口を試すべきだ。

 

そう結論を出したはやてはいったん浮上し、呼吸を整え、肺に空気を取り込む。

大きく深呼吸をした後は、静かに潜水し、入口へと向かった。

 




主人公は広島弁をしゃべる設定でしたが現在修正中です。


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海の遺跡①(修正済)

おっと気が付いたら数カ月たっていた...


水中に潜ったはやては1分をカウントしながら入り口先へと進む。視界はぼんやりとしているが、それでも何となく通路に当たる部分の構造が把握できた。泳ぎ進んでいて分かったことだが、やはり、この遺跡全体はだいぶ脆くなっているようだった。そこかしこに岩——おそらく壁が崩れたもの——が散乱しているし、壁にはこぶし大の穴がボコボコ開いていた。思いきり壁を殴る、蹴るなどすれば簡単に崩すことができるだろう。

 

この遺跡には数百年どころか千年以上の歴史があるのかもしれない。足場が崩れて海に落ちてしまったはやてだが、そこはかとない罪悪感を覚えた。世界遺産的な扱いを受ける建造物だったらどうしよう。修理費なんてまず出せないぞと考えたはやては、あの崩れてしまった足場のことは秘密にしておこうと心に決めた。

 

(……先が見えないなあ)

 

泳ぎ続けてそろそろ1分。建物へ進入できそうな場所は見当たらなかったが、ここらで引き返さないと息がもたない。口惜しいが引き返すことに決めたはやては進むのをやめて元の入口へと戻る。

 

(他の入り口を行ってみるか。全部ダメだったときはしょうがない。とりあえず水から上がって体を乾かそう)

 

水温も気温も低い。体の体温は奪われていく一方だ。あの不思議な水色の置物のおかげで多少体力には余裕がある。しかしこのままでは色々と長くはないことは想像に難くない。はやては焦燥感に駆られ、急いで戻ろうと泳ぐスピードを上げた。

 

 

————その瞬間、ふとももに激痛が走った。

 

「ごぽっ?!」

 

刺された、いや噛まれたのか!

水中でひっくり返って見てみると魚が一匹、はやての右太ももに食らいついていた。かみちぎろうとしているのか派手に暴れまわっている。血が流れ始め、足周辺が赤く染まる。

 

(ぐっ!! 僕を食べようとしているのか!!!)

 

無理に引きはがせば噛みちぎられるかもしれない。はやては食らいついている魚をこぶしで殴打する。すると、あっさりと魚は離れた。

 

(———っ!)

 

はやてはぞっとした。魚は離れこそしたものの、距離を保ったままこちらを見ていたのだ。まるで、隙を見て捕食しようとする「ピラニア」のようだ。

 

(くそくそくそ! こんな奴がいるなんて!)

 

今は一匹だが、もう2,3匹集まってきたらどうしようもない。あるいはもっとたくさんいるのかもしれない。魚はせいぜい鯛ぐらいの大きさだが、それが逆に数の多さを物語っているようだった。

 

はやては底に沈んでいるこぶし大の石を拾い上げ、武器代わりにしようと試みた。しかしその隙を狙って魚がはやてに突進する。魚の動きを目でとらえたはやては急いで石を拾い上げ、カウンター気味に魚を殴打した。すると当たり所が良かったのか、魚は一瞬ブルっと震えると、そのまま静かに沈んでいった。

 

すると、魚の体から不思議な色の光が漏れだした。光の玉が尾を引くように流れ出たのだ。

光の玉は大きく螺旋を描き、あっという間に水中に溶け込むかのように消えてしまった。

幻想的な光景だったが、はやては光の玉を目撃することなく急いで出口に向かっていた。魚に噛まれた時、とっさのことで息を吐いてしまったのだ。それに魚相手に数十秒取られてしまった。今が息を止めてからどれくらいなのかはわからないが、とにかく急がなけれな溺死してしまうことだけは確かだった。

 

はやてはとにかく入口へと急ぐ。行きは気持ちゆっくり進んでいた。それほど距離はないはずだから急げば間に合うはずだ。

 

(いける!大丈夫!そう僕ならこの程度のピンチ!!)

 

自分で自分を「はげます」と不思議な事に力がわいてきた。これが火事場の馬鹿力というやつか。これならいける! 

 

先へと目を向けたはやては、なにか、遠くにうごめくものを見つけた。先ほどの魚ではない。緑と黄の何かだ。それが遠くの方でうごめいていた。

 

(……な、なんだありゃ?!!)

 

かなり大きい。人のサイズほどあるだろうか。間違いない、緑と黄のそれは驚くほどのスピードでこちらへと向かってきていた。

ふと、耳が音を拾う。

 

————————きぃいいいい!!

 

(っ?!?!?!?!?!)

 

生き物だ。間違いない。あれは鳴き声だ。

それが1体、こちらへ向かっている。先ほどの魚を相手に暴れたのを感知されたのだろうか。水の中で、はやての声か何かが伝わったのかもしれない。

 

そう理解したはやては急旋回、入口に背を向けて通路の先へと逃げるように泳いでいく。

 

(やばい! やばい!! あれは絶対人間を食らうタイプのやつだ! 何なんださっきから! 滅茶苦茶だな! いい加減にしてくれ!!!)

 

あのまま入口に進んでいたら得体の知れない生き物とぶつかる。それだけは何としても避けなければとはやては考えたが、しかし、通路の先に遺跡内部への進入経路があるかどうかは分からなかった。なにより、もう息が苦しい。このまま自分はここで果てるのだろうか。

 

(あああああ! 頼むから何か!何かあってくれ!! 息が続かない!)

 

ひたすら泳ぎ続けながら、何かに「祈る」よう必死にこの状況から抜け出せる何かを探す。

 

(……ん? あれ? 急に苦しくなくなった?)

 

唐突に、どういうわけなのか、先ほどの息苦しさが嘘のように消えてしまった。まるで呼吸を整えて、さらに深呼吸までしたような楽さがあった。いよいよ限界を超えて頭がおかしくなったのかと思ったが、少しずつまた苦しくなり始めたのを感じて、今はとにかく逃げなければと思いなおした。

きぃいいいい!!!

 

それに謎の生き物はすぐそこまで来ている。とにかく逃げなければ。

 

(お前たちに食われてたまるか! 「とんずら」させてもらう!!)

 

そこから不思議なことが連続して起きた。

息が苦しくなって神やら仏やらに「祈る」たびに呼吸が楽になったり、いよいよ追いつかれたと思ったら「とんずら」するたびに大きく距離を開けられたり、追いついてきた生き物につかまれた際、やけくそ気味に、

 

「ごばがばごがばごぼぁ!!(おらぁぁあ!! 道を開けろぉ! 刺身にして食べてやろうか!!!)」

 

と「脅し」てみたら生き物はびくりと震えて動きを止めたのでその隙に逃げ出したり。偶然や運がいいというだけでは説明がつかない現象が続いたのだ。逃げることに必死だったはやては気が付くことに遅れたが、何度目かの「とんずら」でできた隙にこの現象について自覚し始めた。

 

(偶然じゃない。不思議な力が働いているのは間違いない。でなければ、こんなに大暴れしておいて、何分も息を止められるはずがない)

 

今は追いつかれそうになるたび「とんずら」して、逃げることに専念している。同時に神やら仏やらに「祈り」ながら水中から上がれる場所を探していた。

 

(理由は分からないけど、ともかく、おぼれ死ぬことも食われることもない。さっさと出口を見つけて逃げないと。あるいは……ん?)

 

最悪後ろのやつをどうにかして倒す必要があるかもしれないと考えた矢先、ぼやけた視界の先に階段のようなものと「水面」、そして光が見えた!

 

「がばごがば!!!(出口!!)」

 

はやては出口にむかって全力で泳ぎ始めた。はやてを追いかける生き物も、はやてが水中から上がると考えたのか、スピードを上げて追いかけてくる。

 

(うおおおおあああああ!!)

 

再度「祈り」をささげて力を取り戻したはやては己を「はげまし」、すべての力を振り絞って泳ぎ切った。

 

「っぶはあ!!!」

 

はたして、はやてが階段に足をかけて一息に水中から上がると同時に、謎の生物がはやての服に食らいついた。あまりの重さに水中へ引き戻されそうになったが、水中での借りを返してやろうと背負い投げの要領で謎の生物を地面にたたきつける。

 

「そおおおおおおいいいいやああああああああ!!!」

 

大きな音と鳴き声を上げて生き物は地面に転がる。生き物は立ち上がろうとしたが、それよりも早く、はやては足元に転がっている人間の頭大の石で、その頭を何度もたたきつけた。はやてが落ち着きを取り戻し、ふと我に返った時にはどす黒い血にまみれた謎の生き物が一匹、死んでいた。

 

「はあっ、はあっ、はあぁ、はああぁ…、くそ、なんだこいつ」

 

はやては生き物が完全に死んだことを確認するように乱暴に足で死体をつつく。

さらにひっくり返してよく眺めてみる。見た目は半魚人のようである。ヒレというより足と表現した方がしっくりくるものがついている。手に当たる部分も同様だ。

 

その形相に、はやては強い既視感を覚えた。

 

「見たことがある。間違いない。例の置物もそうだ。僕は、この辺りを知っているのか……?」

 

ほぼ、思い出せている気がする。自然と眉間にしわが寄る。

あとはきっかけが必要なのか、あるいはピースが足りないのか。いずれにしても、最後の一手が足りないような、そんなむずがゆさを覚えた。

はやてはもう一度念入りに半魚人の死亡を確認しようと目を向けると、死体は魂のような光をいくつも出しながら、スウっと薄くなり、最後には完全に消えてしまった。

 

死体は消えたものの、光は未だ螺旋を描きながら空へと昇る。

その様子をぼうっと眺めていたはやては、突然、雷に打たれたかのような衝撃をおぼえた。

 

 

 

この現象を知っている。いや、見たことがあった。

 

 

 

魂のような光が幻想的に舞い上がるその光景を。

 

命の儚さを、儚さゆえの美しさを表すようなその光を。

 

理不尽さと切なさを想起させるように発光する、その虫(・・・)を。

 

悲しみを癒すように、祈るように、幻想的に舞い踊る巫女の姿を。

 

 

 

 

はやては、思い出した。

 

 

 

 

「………は、冗談」

 

あまりにも想定外すぎて驚くことすらできない。まさか、と思うが、しかし先ほどの常識外れの現象や水中での不思議な出来事を鑑みると、やはり、と思ってしまう。

 

「ああ、そうか、あの置物は、そういうことか…」

 

ここに来る前に見かけた水色の土星のような置物。あれもつまり、そういうことなのだろう。

であれば、疲れが吹き飛んだことにも妙な安心感を抱いたことにも納得である。

アレの周りでくるくる回りながら鍛えていたことを思い出し、なぜか笑いがこみ上げた。

 

「何であそこで気が付かんかったんだ…いやまあ、無理か。何年も前のことだ」

 

自虐的になりつつも、はやては気味が悪いくらい冷静に今の状況を受け止めていた。

 

「つまりあれか、FFXの世界に転移した的な、そういうことか」

 

はやてのつぶやきを肯定するかのように、どこかで雫の落ちる音がした。

 



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海の遺跡② ~内部~(修正済)

はやては自身がFFXの世界に転移したことを認識した。

状況が多少理解できたところで、なぜ転移したのかと考え始めたが、いくら考えてもわかることではないと悟り、まずは現状に対する対処を行うことに決めた。

 

「てことは、ここはティーダがザナルカンドから飛ばされて一番最初にいるあの謎遺跡か」

 

今は消えてしまった半魚人、あれははやてがゲームでよく見かけたあの魔物だったのだ。

水の中から飛び出てきたときは軽いパニック状態に陥っていたから足元の石で何度も殴打してしまったが、よくあれで倒せたなとはやては思う。本来であれば剣なり魔法なりでようやく倒せる魔物だったはずである。

 

「最初のステージに現れる敵だから弱いのかもしれない…… 油断せずに対処していこう」

 

はやては何と無しに自分の手のひらを見つめた。

水中で例の魔物から逃げる際の不思議な現象、あれは魔法の力によるものだったのではないかと思ったのだ。詠唱をしたわけでもないし、特定の魔法を使おうとしたわけでもない。しかし、ここがFFXの世界である以上自身の身の回りに起きる現象はすべて魔法によるものか、あるいはそれに準ずる何かであると捉えたほうがいいだろう。

アルベドの機械があるが、あれも、はやてがいた世界の技術レベルと比較すると、もはや魔法みたいなものである。

 

不思議な現象に気を取られ、とっさに反応できないことが一番まずいとはやては気を引き締めた。

 

「あの現象、僕が引き起こしたものなら、今何ができるか確認しておいた方がよさそうだ」

 

周囲を確認する。魔物はおろか、生き物の気配一つない。今なら何か大きな音が起きても問題ないだろう。

そう考えたはやては、自分が魔法を使えるのか試したくなり、うずうずし始めた。

大きな音が起きても問題がないとは言い切れないのだが、しかしFFXの世界で魔法が使えるかもしれないという焦燥感にも似た期待がはやての判断を鈍らせていた。調子に乗り始めていたとも言える。

 

とりあえず片手片足を前に出して、いかにも今から魔法を打ち出すような構えを見せるはやて。その動作は魔法の存在しない世界から来た者のものとは思えないほど、なめらかなものであった。20を超えて何年か経つが、未だに「ある病」を抱えているのかもしれない。

 

「FFの魔法と言えば、まあまずは…ファイア!」

 

はやての正面10mほどの空間に大雑把に狙いを定めて「ファイア」を放つ。

すると、子どもであれば簡単に包めるほどの炎が空間に現出した。ボゥ!と音を立てて現れたその炎は、確かに攻撃性のある魔法であると見て取れた。

 

「お、おおおお!!! すごい! ファイアだ!」

 

生まれて初めて魔法を行使したはやては初めておもちゃを与えられた子供のように、無邪気にあちこちにファイアを連発する。何も考えずファイアを放ったわけではない。初めの数回だけである。はやてはファイアの飛距離や威力のばらつきを検証した。

 

飛距離についてはちょっとしたコンサートホールくらいありそうなこの円形の遺跡内部であれば、視認できる範囲において、どこでもファイアを現出させられた。こちらは予想通りだった。

離れた魔物や敵に対して有効な攻撃手段を持っていたルールーが、遠く離れたシンの一部に魔法を放つシーンをはやては覚えていたのだ。最大距離は分からないが、少なくとも百メートル以内は確実に魔法の有効射程内だろうとあたりをつけた。

 

次に威力であるが、こちらは見た目や炎の燃える音から推測して、何となく、どのファイアも威力は大体同じくらいだと感じた。FFのどの作品においても、魔法の攻撃力には同じ魔法でもある程度のばらつきがあった。おそらく、こちらもゲームのシステムに準拠しているのだろう。

 

それからはやてはどんな魔法が使えるのかを検証した。先ほど放ったファイアの派生である、「ファイラ」、「ファイガ」を陰に隠れて遠くに放ってみたり、ピラニアらしき魚に咬まれた箇所を「ケアル」で癒してみたりした。

その過程で、FF作品によっては同じ「ファイア」でも威力が異なるのではと思い、最近プレイしたFFXVを思い出しながら「ファイア」を唱えてみた。FFXVではフィールドにあるエレメントストーンから基本属性の3種類『炎・冷気・雷のエレメント』を吸収し、魔法精製という過程を踏んで初めて魔法を放つことができる。エレメント魔法と呼ばれるFFXVの魔法は放たれたときの様子がとても派手だったので印象に残っていた。

 

魔法精製という過程を踏まなくともFFXVのエレメント魔法が使えるのではないか?という仮定の下に検証が行われたが、こちらも問題なく発動された。また、特に何も考えず「ファイア」を放つとFFXに準拠したファイアが放たれた。

 

FFXVとFFXのファイア、どちらの方が威力があるのかはっきりしたことは分からない。見た目はFFXVの方が派手だったが、案外威力は同じようなのかもしれないと考えると、どちらがより便利であるかについて追々検証していこうと思い、ひとまず次に進んだ。

 

「どちらのファイアが良いのかよりも、他のナンバリング作品の魔法が使えることが分かったことが大きい」

 

使用できる魔法の種類についても調べる必要があるだろうが、それは落ち着いた環境に身を置いてから追々調べるほうがいいだろうとはやては考える。今はむしろとっさに魔法が使える方が大切だと思ったのだ。とりあえず、はやてが使おうと決めた魔法は以下のものである。

 

 

 

黒魔法:

ファイア、サンダー、ブリザドの三種類を基本にする。魔物に応じて、その派生を使用。水中ではブリザド一択である。怖くてサンダーは使えない。

 

白魔法:

回復用にケアルとエスナ。命を優先するために、積極的にこの二つは使うことにした。体への影響が分からないため、ヘイストは使用しない。また、過剰な回復も同じ理由で極力控える。なお、戦闘不能になると自動的に蘇生するようになるリレイズ、物理防御を上げるプロテス、魔法防御を上げるシェルだけはその効果の有用性を鑑みて、ケアルでピラニアによる傷をいやした後に自身に施していた。

 

なお、戦闘は極力控えることに決めた。たとえどんな魔法が使えたとしても、魔物の動きに反応できず一撃で殺されてしまう可能性があるからだ。また、ゲームではMP表示があったためどんな魔法があと何回放てるか計算できたが、今はMPの残量を把握する術がない。戦闘中にMPが切れてしまったらくそ雑魚ナメクジ待ったなしである。

MPの残量については実感がまるでない。何も感じないのである。「体の中で何かが減った」という感覚があれば、ネットによくある「異世界もの」のように感覚でMP管理ができるだろうが、全くなんの変化も感じなければコントロールも何もない。

 

検証用に魔法を連発したこともあり、燃料が少ないかもしれない上にガソリンメーターのない車に乗った気分のはやてだった。ただ、何が起きるか分からないこの状況に対して対抗策があるというだけでも、大きな安心感を得ていることは間違いない。

 

「贅沢は言えない……いや、すでに贅沢かな。要は腹をくくれって話なんだろう」

 

覚悟を決めるかのように、はやては重たいため息をついた。

ふと、自身の息が白いことに気が付く。気温が低いことにも気が付き、更に濡れた服が体温を奪う。興奮から覚めて、一度気が付いてしまうと、はやてはどうにも我慢できなくなり、パパっと服を脱いでしまう。今更ながら、ああ、部屋着で来てたのかと、そんなことにも気が付いていなかった自分自身に失笑した。靴下は履いてても、靴を履いていない状況にもなんとなく合点がいった。

 

下着一枚と靴下だけになったはやては更に焚火で温まろうと思うが、可燃物が見当たらない。どうやら遺跡内部を探索する必要があるようだ。寒さによるものか、不安によるものか、はやては震える身体を抱きしめる。

 

「ゲームと似たような展開だな…… 偶然か、それとも」

 

考えても仕方がないとはわかっている。しかし、自身がなぜFFXの世界に来たのか。なぜ小舟ははやてをこの遺跡に連れてきたのか、なぜ魔法が使えるようになっているのか…

 

 

作為的なものを感じる。

 

 

「何はともあれ、体を温めないと。後でゆっくり考えるか」

まずは暖まろう。状況的に仕方ないとはいえ、やや変態的な装いのまま、はやてはぺたぺた歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

今のはやての状況と1000年前のザナルカンドから連れてこられたティーダが置かれた状況は確かに似ている。しかし、その決定的な違いの一つは、海の遺跡に来た時点で「魔法」が使えるかどうかだ。はやての場合、火をつけるために火打石は必要としないので適当な可燃物を見つけるだけで済んだ。枯れた花束に加え、木製の家具や、乾いた布なども回収できた。最初にいた広間と可燃物のあった小部屋の間を何度か往復することになったが、ちょっとした規模の焚火が完成した。ファイアが使えることの便利さとありがたさを噛み締めつつ、焚火に背を向けて背中を暖めるはやてはぼんやりしていた。

 

たしかゲームでは火を焚いたティーダは眠っていたが、自分はどうしたって眠れそうになかった。今自分が置かれている状況がゲームの流れと似通っているのであれば、この後の展開にも備えていなければいけない。それがいつ現れるのか分からないため、はやては適度に休息しつつも目を覚ましていた。

 

「体感的には1時間くらいか。服もとっくに乾いてる。正直眠いけど、やっぱり起きておいたほうがよさそうだな」

 

しかしゲームと同じ展開を望むのであれば、逆に寝たほうが良い気もする。フラグが立っていないという可能性もあるわけで。はやては大きなあくびを一つ、軽く伸びをしてから目をこすった。

 

「そういえば靴がないなあ。靴下は履いてるけど、もう少しどうにかした方がよさそうだ」

 

そう思い立ったはやてはのそりと立ち上がり、追加の燃料として側に置いていた何かの布切れを手に取る。カーテンのように、布に厚みがある。適当に破って布を足に巻きつけて保護した。

 

「まさかここでも役立つとはね。なんでも勉強してみるもんだ」

 

子供のころ海外に住んでいたことがあるはやてと彼の姉弟たちは「万が一」を想定したサバイバル術を父から学んでいた。比較的治安のよくない街に住んだり、自然災害が多い国に住んだりしたため、こういったことは皆得意であり、また、実践することも時々あった。とはいっても災害時のサバイバルに毛が生えたようなものであり、素人よりまあ動ける程度なので、サバイバルマニアや軍人のそれとは比べ物にならないだろう。しかし、それらの経験は、緊急事態においても冷静に思考する訓練となり、異世界に転移したという状況下においてもある程度の精神的余裕をはやてにもたらしていた。

 

「姉弟の為にと率先して学んだ甲斐があったな、ほんと。親父に感謝だ」

 

足を保護する重要性もよく理解している。布の巻き付き具合を確認し、跳ねたり歩いたりして問題がないか確認したはやては、また焚火に背を向けて座り込もうとした。

 

その瞬間、派手な爆音が広間を響かせた。

 

「うおっ!!?」

 

はやてが身構える前に、広間の壁の一部が吹き飛んで黄色いガスマスクや水中用ゴーグルを身に着けた何者かが数名飛び込んできた。その手には銃剣のついたライフルらしき銃を携えていた。統制の取れた動きではやてと対面する。いつだか動画投稿サイトで見た軍の小隊のようだった。

 

「ガエア ダ ミウボ!」

「ヨンハソヨノ シ シンデン ダ ミウコオアモ!」

「ガダ イサレマ シンデン ギャメネアモ! ゴフヌウ?!」

 

侵入者たちははやてに銃先を向けながら何事かを叫ぶ。どうやらはやてを警戒しているようだった。銃の引き金に指をかけている。

 

「アニキ ム モンベヨミ!」

 

「こっちが先か、くそ!!」

 

先に魔物とのバトルがあると想定していたはやては、完全に虚を突かれた形となる。

 

(アルベド族!この遺跡から脱出するには彼らを頼らないといけない! 敵対は厳禁だ!!)

 

ゲーム通りであれば襲撃してきたであろう魔物との戦いで、はやてはアルベド族と共闘し、ここからの脱出に際して力を貸してもらう予定だった。ゲームと同じ展開になるとは限らないためアルベド族がやってくることは希望的観測に過ぎなかったが、それでもはやてにとってアルベド族の襲撃は絶対に逃せないチャンスであった。

 

はやてはゆっくりと両手を上げ、膝をつき、戦意がないことを示す。そしてできるだけ冷静に声をかけた。

 

「僕は敵じゃない。どうか、助けてくれないか」

 

銃口を向けるアルベド族たちは戸惑った。

本格的な探索の前に事前調査で海の遺跡へやってきたら、遺跡の広間には大きな焚火が焚かれていて、体を暖めているナニカがいた。一見すると人間だが、服装がおかしく、魔物である可能性もあるため、いつでも攻撃できるようにしていたのだが様子がおかしい。

 

ナニカは自分たちの銃を認識したとたんに両手を上げて膝をつき、投降の意を示した。

 

まず、この時点でおかしかった。あの者は、銃とその特性を知っていて、銃口を向けられたことの意味を正確に理解していた。距離が空いていても、攻撃が届く範囲であると知っているのだ。さらに、銃を向けられた時の正しい対処を知っていた。アルベド族以外で、あのように振る舞える者がどれだけいるだろうか。

 

あいつは、銃を理解している(・・・・・・・・)。アルベド族を嫌悪する様子もない。

 

ゆえに戸惑っていた。

 

「チラヤ、ハシコオガ」

 

一人のアルベド族が何事かを発する。

はやては何を言われているのか理解できていない。しかし、こういう時は大抵誰何するものだとは知っていた。返答が間違っているかもしれないと思いつつ、はやては名を名乗ることにした。

 

「はやて。柊木はやてという」

 

投降した姿勢は崩さない。

むやみに刺激せず、相手に恭順の意を示さなければならない。

 

「ハヤテ?トヤネオハヤネア?トエサヒオヨソザダカアウオア?」

 

別の男が問いかけてきた。

 

「すまない、何を言っているのかわからないんだ」

 

言葉は通じていないだろうと予想したはやては、首を横に振って自分の意を伝える。言葉が伝わらないことなど自分の世界ではざらにある。だからこそ、ボディランゲージでどうにかコミュニケーションをとるのだ。ボディランゲージは国によってその意味が変わってくるが、FFXは日本製のゲームであるため、大体のニュアンスは同じであるはずだ。少なくとも、はい、いいえくらいは日本式ボディランゲージで伝わるに違いない、というかそうであってくれと、はやては願う。

 

奇跡的なことに、はやてとアルベド族たちのコミュニケーションはぎりぎりのところで成り立っているようだった。まさにエボンのたまものである。

 

「ゴフタナアルベドゾマ マヘハミモフガハ」

 

一人の男がいう。

 

「チテンマ ハミモフガボ」

 

それに対して少しのんきそうに返答する他のアルベド族。銃口は逸らさないが、引き金から指を離していた。明確な敵意は多少薄れたようだった。

 

「リソヤブアニキムヤソフ。キギムワトヅンガ」

 

どうやらはやてを攻撃するつもりはないようだった。

もしかしたらこの男はアルベド族となにか関係があるかもしれない。一連のはやての所作からそう判断した男たちはその場で待機することに決めた。

 

はやても、相手の敵意が薄れたことを察し、ひとまず安心した。たしかゲームではティーダに対してかなり攻撃的だったような気がするが、少し拍子抜けするほど、アルベド族達は冷静だった。多少乱暴されることも覚悟していたはやてである。

 

もしかしてアルベド族って結構理知的で友好的なのでは?と淡い期待を抱く。

 

「ハンガ!ゴフキサトヤネナ!ヤコオア!?」

 

金髪モヒカンで胸のあたりに青い刺青を彫った男が入ってきた。同時に、部屋にいたアルベド族全員が「アニキ!」と叫ぶ。リーダー格の男のようだった。

 

そして、はやても「アニキ!」と叫びたい気分だった。

その強烈なインパクトを与えてくる見た目、奇妙な動きに、はやては見覚えがあった。皆にアニキと呼ばれ続けて、いつしか自身の本名を忘れてしまったその男は、投降の意を示している謎の男に目を向けた。

 

謎の男はなぜかうれしそうな笑みを浮かべている。

アニキは少し意味が分からなかった。

 

「ハンガ、ヨミユマ?」

 

アニキが何事か発する。

 

「カアニヤヘン。トエナダヨヨシソユシュフキサソチ、ワホヨオサチヂベワササヤッセミヤキサ」

 

一人のアルベド族が状況を説明した。アニキはチラとはやてに目を向ける。

相変わらず嬉しそうにしている。他の遺跡を探索中に迷子の仲間を見つけたときがあるが、そいつと全く同じ表情をしていた。

意味が分からなかった。

 

「サズンベヌテゴ、トエナシヒアミタユギャハミアソ」

 

別の男がアニキに言う。アニキは怪訝そうな目を向けた。

 

「ハシ?ゴフミフヨソガ?」

 

「ギュフムツテサソチ、ワミユ、ヌヅシソフヨフキサンベヌ。ギュフムキッセミウッセヨソギャハミベヌア?」

 

男は、はやてが銃を向けられた時、正しい形で投降したことを説明した。アニキはそれを聞いて、確かに、あいつは銃を理解をしているのだろうと思った。銃を向けられた時の正しい投降の仕方なんて、我々アルベド族ぐらいしか知らないはずだと思ったからだ。アルベド族以外は機械を嫌う。銃も同じで、そもそも見たことあるやつの方が少ないくらいだ。

 

機械を知っている。更にアルベド族に対して嫌悪感を抱いていない謎の男。

なるほど、仲間がオレを呼んだのはこれが原因か。

 

「アニキ」

 

さて、どうすべきかと悩んでいると、アニキを呼ぶ声がした。

鈴の音のような声。

 

「ゴフキサオラ?」

 

赤いスイミングスーツに身を包む妹、リュックがアニキの後ろからヒョイと現れた。

 

「リュック」

 

リュックと呼ばれた小柄な女の子はアニキの横に立ち、ゴーグルを外すと、広間の中心で膝をつき、両手を上げて投降している男に目を向けた。

 

「ワエ? ガエワエ?」

 

リュックがはやてを指さしながら何かをアニキに問いかける。アニキは首を横に振りながら、分からない、とでもいうかのようなセリフをはいた。

 

「クフン。ワ!ホーガ!ワサキダマハキセイモッア?」

 

リュックが何か思いついたように自分を指さし、アニキに問う。アニキは難色を示していたが、ほかの仲間も話を聞いたほうが良いというので、リュックに対してうなずいた。

 

リュックがはやてに歩み寄る。話しかけようとしたのだが、リュックは「へ?」と一瞬戸惑ってしまった。

はやてが呆然とした表情でリュックを見つめていたのだ。

それもそのはず。はやてが知っている「FFXのリュック」と目の前のリュックの見た目が全然違っていたのだ。顔は、ゲームのそれと確かに瓜二つだ。というかリアルで見ると、結構日本人っぽい顔立ちだし、美少女と呼んでも差し支えないぐらいにはかわいいなと思ったぐらいである。

 

しかし、それでも目の前の女の子が、はやての知っている「リュック」であると思いにくかった。

 

「おにーさん、ヒト語話せる?魔物じゃないよね?」

 

ひざまずくはやてを見下ろすように、リュックが問いかける。はやては呆然としたまま、無意識にのうちに言葉をこぼした。

 

「ち、」

 

「ち?」

 

「ちんまい……?」

 

リュックは、はやてのセリフに疑問符を浮かべていたが、その「意味」を理解したとたん、何故か胸をおさえて、顔を真っ赤に染めながら、

 

「今から成長するんだから~!!」

 

「んごぅうふっ!!」

 

「「「「「 リ、リュックーーー??!!! 」」」」」

 

跪くはやての無防備な顔に、腰の入ったキックをかました。

思いのほか強い衝撃に、はやては後ろに倒れながら、

 

(おいおいおいおい、この世界、今原作から何年離れてるんだ……)

 

薄れゆく意識の中、自身の異世界転移は面倒ごとが多くなりそうだと感じた。

奇しくも、FFⅩの主人公と同じように気絶させられたことに気が付いたのは、リュック達が乗り込むサルベージ船上で目が覚めてからだった。

 




結局水中での不思議な現象は何だったのか…
はやてくん、魔法を前にして興奮したから頭から飛んじゃった

現時点のリュックちゃんは13歳♡こっちでは中1になったばかりですね


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サルベージ船①(修正済)

はわわわわ1万字を超えてしまった


「……ぅ、いてぇ」

 

肌寒さをおぼえたはやては目を覚ます。あおむけに倒れていたようだ。目を刺すようなまぶしい光源がいくつか見えて、下方に向かって何かを探すように動き回っている。ステージ上のスポットライトのようだとはやては思った。

今は夜なのだろうか、と思いながら流れる雲と空を眺める。背中に感じる金属の感触、海上を進んでいるかのような浮遊感、さらに頭を動かしてみると、はやては海の上にいることを確信し、おおよそ原作と同じ流れで、アルベド族の船に乗れたことを理解した。

 

気絶するはやてを監視していた2人のアルベド族が銃を装備したまま話しかける。銃口は向けられていない。はやてはゆっくりとした動作で上体を起こす。

 

「トチサオア」

 

「トエ、ワシチム モンベルウボ」

 

「モノキル」

 

男たちは二言三言言葉を交わすと、片方は船の中に戻っていった。はやてが目を覚ましたことを中の者に伝えに行ったのだろう。おそらく、アニキとリュックがやってくるはずだ。

 

「たしかそんな感じだったか……、うっすらとしか覚えてないぞ」

 

あぐらをかいて、ため息をはくはやて。

 

「トミ、トヤネ」

 

はやてのそばに残った男が話しかける。

 

「ん?」

 

「トヤネ、トエサヒオ ヨソザダ カアウオア」

 

「あー…ごめん、アルベド語は分からないんだ」

 

首を横に振る。

 

「ヤワ、カアナンモハ……」

 

アルベド族の男ははやてがアルベド語が話せないことを理解したのか、残念そうに首を振る。それからは会話しようとしても無駄だと考えたのか、はやてに話しかけることはなかった。はやても、余計なトラブルを招くことがないよう静かに待機していようと黙ってしまった。

 

「早くリュックこないかな」

 

思わずつぶやいてしまう。そして遺跡で出会った時のリュックを思い出した。あの時は呆然としてしまって、なにを言ってしまったのか覚えていない。ただ、はやての言葉がリュックの癇に障ったことは間違いないだろう。怒りに顔を染めて蹴りをかましてくる彼女は記憶に新しい。何を言ってしまったのかまるで覚えていないはやてだったが、きちんと謝罪しようと思った。

 

しかし、それにしても。

 

リュックが自分の知っている彼女よりも幾分幼いということが何を意味するのか。はやてはこのことについて、あくまで推測に過ぎないが、おそらく原作よりも何年か前にこちらに来てしまったのではないかと考えた。原作のように表現するならば、1000年後ではなく997年後とか、そんな感じになるだろう。ずいぶんと中途半端というか、なんとも惜しい数字である。

 

正確な年数は後程確認するとして、はやては原作よりも早くこちらに来ていることを喜んだ。もし、原作と同じタイミングでこの世界に来ていたら、元居た世界とこちらの世界の違いに圧倒され、さらに飲み込む時間がないまま「物語」が進行していたかもしれない。ユウナのガードとして原作に突入するかどうかは一先ず置いておき、どのタイミングで「物語」が始まるのかきちんと把握し備えておくことは、はやて自身の生存率を高めるためにも必要となってくることだろう。原作が始まるまでに、必要な知識と経験を得ていこうと決めたはやてであった。

 

はやてがこの先の計画を立てようとしたとき、船の中へ向かったアルベド族が予想通りアニキとリュックを連れて戻ってきた。はやては、よし、と思って立ち上がり、二人と対面するが、どうも様子がおかしい。

 

アニキは何とも言えない表情で、なんというべきか言葉を選んでいるように見え、リュックは頬を膨らませて顔を背けている。ぷんすか!という擬音語が目に見えて浮かんでくるようだった。

 

「あ、あ~…、ええっと」

 

はやては大いに焦った。リュックが間違いなく怒っているからである。やはり、自分は彼女に対して失言をしてしまったのだと理解した。リュックがいなければ、アルベド族とスムーズなコミュニケーションが行えない。アルベド語を通訳してもらわなければ、はやてはこの船でやっていけないのだ。可及的速やかに、謝罪しなければ。

 

そこからはやての行動は実に迅速でなめらかなものだった。まず始めに床にひざまずき、おしりをかかとの上に載せ、足を伸ばし、おしりの下にかかとがくるようにする。手は控え目にひざの上におき、背中をまっすぐ伸ばし、やや首を垂れる。

 

見事なまでの、正座である。

 

一度や二度ではない。生まれてきて早20数年、数えきれないほどこの一連の動作を繰り返してきたはやては、いつしか、無意識下で完璧な、誰にとっても見本となれる美しい正座を習得していた。さながら、切腹前の武士のような潔さと気高さがあった。流れる水のごとくなめらかに、きれいな姿勢で首を差し出すあまりの潔さに、男どもは皆見惚れてしまったほどである。

 

唯一リュックだけはやや冷めた目で見ていた。

はやてに正座のイロハをたたき込んだ姉と妹と、全く同じ目をしていた。

 

「ごめんなさい」

 

「……変態」

 

ジト目でつぶやくリュック。

はやてはなにを言ってしまったのか。自分で自分を問いただしたい気持ちになった。

 

「申し訳ありません」

 

しかし、はやてにできることは真摯に謝罪することだけである。釈明が何一つ意味をなさないことは自身の経験において大変よく理解していた。

 

「ふつう、初めて会った女の子に小さいとか言わないよね?」

 

「いいません」

 

「馬鹿にしてる?」

 

「してません」

 

「……いまから大きくなるもん」

 

「おっしゃるとおりで」

 

「うるさい!!」

 

「すみません」

 

それからはやてはリュックの気が済むまで正座させられ、お説教されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、お説教で気が済んだのか、はやての「小さい」が身長を指すことだと理解したのか、リュックははやてを解放し、はやても無事アルベド族が所有するサルベージ船に雇われることとなった。原作のティーダがよく「シンの毒にやられて頭ぐるぐる」とごまかしていたことを思い出したはやては、それを踏襲してそれらしいストーリーを作り上げ、海の遺跡にいたことの釈明とした。

 

はやては説明した。自分には記憶がないこと、唯一思い出せることは、妹と海で魚釣りをしていたら、海中から山と見間違うほど大きな魔物が現れ、妹を庇った自分は海に落ちてしまったこと、目が覚めたらあの遺跡にいて、途方に暮れていたこと。

 

アルベド族について、機械について知っているかと聞かれた際は、

 

「よくわからない、でも、金髪で緑の瞳の妹を思い出す。どこか、懐かしいと思った」

 

などと悲壮感たっぷりにのたまった。はやての髪色は黒である。アルベドの種族的特徴をもった「妹」がなぜいるのか。アルベド族の子供が保護されたのかと考えたが、ヒト族はアルベド族を嫌うし、アルベド族の子供が行方不明になったという情報は入っていなかった。アニキたちははやての話に疑問に思ったが、何をきっかけにしたのか、もしや我々アルベド族に拾われたヒト族…?!と誤解し始め、最後にははやての過去は都合よく解釈された。

 

はやてははやてで、これ以上設定を細かくしてしまうと後々齟齬が生じるかもしれないと考え、後の質問にはよく分からないと答えることにした。

 

アニキたちははやての境遇(笑)を聞いてあっさりと信じ込み、おいおいと泣きながらはやてを抱きしめ、あれだけ怒っていたリュックも「かわいそ~」と涙を流し、なぜかはやての頭を撫でた。妹がいること以外嘘をついているはやては罪悪感を感じたが、仕方ないことだと飲み込み、あえて気丈に振る舞う様子を見せる。そんなはやてに余計憐憫の情を抱いたアニキたちは、しばらく自分たちと行動を共にして、ゆっくりと思い出していけばいいと、はやてをサルベージ船の一員として迎えたのだった。

 

憶測が憶測を呼ぶ形となり、アニキたちが想像するはやての過去はとんでもないことになっていたが、好意的に捉えてもらえるのであればそれに越したことはないと、はやてはそれ以上考えるのをやめた。

「アルベド族か。原作でも、たしか召喚士を保護するために活動してたっけか。基本的に良い人たちなんだろうな」

 

仕事は明日からだから、今日のところはゆっくり休めとアニキに言われたはやては、あてがわれた部屋でのんびりしていた。他の者たちは2か所ある広い寝室に固まって、それぞれハンモックをひっかけて寝ていたのだが、はやてにはどういうわけか個室が与えられた。簡易ベッドと、小さいながらも机まで用意してくれた。

 

アニキには皆と同じようにハンモックをもらえればいいと辞退しようとしたのだが、この個室、どうやら物置としてすら使われていないらしく、完全に船のデッドスペースになっていたらしい。リュックに話を聞いてみると、この個室には幻光虫が出るという。はやては、虫なら退治すればいいと言ったのだが、少しかわいそうな者を見る目を向けられた後、幻光虫は虫でも生き物でもなく、生命エネルギーの塊の様なもので、人間も含めた万物に宿ると言われる、いわば人の魂のようなものであるとリュックは説明した。水中にも幻光虫が含まれていて、そのおかげで訓練すれば水中で長く息を止められるようになるのだそうだ。

 

では何が問題なのかと聞くと、この部屋に限って幻光虫が現れることが不気味らしく、害はないと分かっていても、なんとなく、嫌なのだとか。理屈ではない、という事なのだろう。調査も行ったらしいが未だ原因不明で、機械に多く触れるアルベド族の多くは「不気味」を嫌うため、今ではだれもこの部屋に近寄ろうとしないらしい。リュックもそのうちの一人らしく、幻光虫自体少し苦手だと恥ずかしそうに教えてくれた。

アニキが机やベッドを用意したのは、そんな部屋にはやてを押し込んでしまうことの罪悪感からだったのかもしれない。

 

そんなわけで与えられた個室だが、確かに先ほどから、ちらちら幻光虫が現れては消えている。部屋に揺蕩う幻光虫を眺めていると、ふと、部屋の隅に例の置物がある事に気がついた。海の遺跡で見た置物、水色の土星のようなそれが、いつのまにかポツンと存在していたのだ。少し驚いたはやてだが、それよりも気になることがあった。どうも置物全体が薄いというか、ぼやけて見えるのだ。

 

おそるおそる近づき、手をかざしてみる。すると、海の遺跡の時と同じように、疲れが吹き飛び、はやては自分の「何か」がそこに残された感覚を覚えた。

 

「セーブポイント、かな。やっぱり」

 

何故か薄ぼんやりしているが、機能としては問題ないらしい。自分の何がセーブされているのか分からないが、こちらの世界でも世話になりそうだと笑うはやてだった。

 

「ハヤテん、いる? 紙とペン持ってきたよ~」

 

ノックと同時にリュックの声がドアの向こうから聞こえてきた。部屋の案内役を務めてくれたリュックに、申し訳ないとお願いして書くものを持ってきてもらったのだ。

 

「いるよ。入って、どうぞ」

 

「おじゃましまーす」

 

「悔いあら……いやマズイかいろいろ」

 

「ぅん? 何が? ていうか、部屋の隅で何やってんのさ~?」

 

入室早々妙な事をのたまうはやてに首を傾げたリュック。()()()()()()()()()()()()()()()()彼を目にする。当のはやては部屋の隅とリュックの間を視線で何度か往復し、「うん、まあ」と言葉を濁してベッドに腰掛けた。

 

はい、と言ってお目当ての物を渡すと、はやては指で擦ったり弾いたりして観察したあと、なるほどねと呟いた。

 

「ありがとね、リュック。助かりました」

 

「ふふ、いいよー。そのかわり、面白いことしてくれる約束だよね」

 

「面白いというか、まあ便利になるのかな? これで意思疎通が少しでもマシになればいいんだけどねえ」

 

「いしそつ? どゆこと?」

 

興味津々ですと言わんばかりに目を輝かせるリュックをなだめ、はやては机に向かう。リュックには理解できない何かの記号を規則正しくたくさん羅列した後、今度はリュックに紙とペンを渡してきた。

 

「もうひとつ、お願いしていいかな。リュックって名前、アルベド語で紙の裏に書いて教えてくれない?」

 

「えっ!い、いいケドさ~、あたし、字ぃきたないよ?」

 

アニキや仲間達に読み書きは教えて貰ったけど、普段文字を書くことが少ないリュックはエヘヘと苦笑いして難色を示した。

 

「大丈夫大丈夫。さ、気楽に書いてくれたらいいから」

 

それでもはやては紙とペンをやんわり押し付けた。未だ渋るリュックだったが、リュックにしか頼めないんだと言われてしまうと、しょうがないなぁという気持ちになってしまう。

 

出来るだけ綺麗に書こうと意識して、それでもやっぱり自信なさそうに、紙の隅に小さく「リュック」と書いた。その文字をしげしげと見つめるはやて。なんだか細かくチェックされているようで落ち着かないリュックである。

 

「ど、どうかな…?」

 

躊躇いがちに、はやてを見上げる。

 

「…うん?あぁ、女の子らしい文字で可愛いと思うよ」

 

「えッ?! そ、そう?」

 

「うん」

 

「そ、そっか。それなら、うん。大丈夫かな? ……えへ」

 

はやてはリュックにひとつ頷いて、また紙に目を向けた。

 

「ところでさ、これって他の文字でも「リュック」って書ける?」

 

「えへへ……、あ、いや、うん。か、書けるよ!でも人の名前のときは、そうやって書くんだ。無理やり書くなら……はい!こんな感じ!」

 

そう言って、リュック今度は少し大きく「ニュッル」と書いた。

 

「なるほどね。ニュッルか。ニュッル」

 

「にゅるにゅるいうな~」

 

リュックにとって、そっちの読み方は語感が可愛くないからあまり好きではなかった。

からかわれているのかと思ったリュックは両こぶしを揚げて断固抗議しようとしたが、はやての真面目そうな顔を見て、挙げたこぶしをさ迷わせる。

 

はやてはひとつ頷いて、また妙な事を言い出した。

 

「リュック、最後にもう一度だけお願いしたいことがあるんだけど」

 

「ん? なになに?」

 

「僕が今から言う言葉を、アルベド語で復唱してほしいんだ」

 

「アルベド語に言い直せばいいの?」

 

「うん、そういうこと。お願いできるかな」

 

「いいよ!まっかせなさ~い」

 

リュックはドンと胸を叩いて了承した。

 

「ありがとう。それじゃあ、いくよ。あ、い、う、え、お」

 

「ワ、ミ、フ、ネ、ト!」

 

はやての言葉をリュックがアルベド語で復唱する。はやては毎度、紙に何かを書き込みながら、言葉を変えて何度か繰り返した。そうして何かを書きあげたらしいはやては、うん、とひとつ頷いて、紙を片手にリュックと向き合う。

 

「? どうかしたの?」

 

「えー、こほんこほん。『リュック、ヌチハ サゼコオマ ハンベヌア?』」

 

「わ!? しゃ、しゃべった!」

 

リュックがはやてのわざとらしい咳にクスクス笑っていると、突然、はやてがアルベド語を話し始めてしまったものだから、大きく驚いてしまう。はやては少し得意げな顔をしていた。

 

「ドルマ トヌキ ダ ヌチベヌ」

 

「すごいすごい!!『ワサキマ ニンゾ ダ ヌチ! 』トヌキってなーに?」

 

「あ、ごめん、これ受け答えはできないんだよね。トヌキは、おすしってやつだね。出来そうなら今度作ってあげる」

 

そう説明しながらはやては紙をリュックに渡した。見ると、初めにはやてが羅列した謎の記号の横にアルベド語が一文字ずつ書かれていた。

 

「これ、どういうこと?」

 

「まあつまり、辞書みたいなものを作ったのさ。あいや、早見表かな」

 

「この記号は?」

 

「あー、それは…えっと、ひらがなって言う僕の地元の文字かな。見たことある?」

 

「ううん、はじめて」

 

「ん、そっか」

 

このスピラにはいろいろな言語があることはリュックも知っていた。アルベド語やスピラ語、召喚士や寺院の人が好んで使う文字など、いろいろと見かけたことがある。けれど、はやてのいう文字はまるで見たことがなかった。

 

「その早見表は、僕が見ながら話したり、書いたりする分には多少役立つけどね、即興的な言葉の応酬には向かないんだ」

 

「……?」

 

「アルベド語で楽しくおしゃべりするには、僕が頑張って勉強しないといけないってことさ」

 

そういって、はやてはからりと笑う。その明るい笑顔を見て、リュックは手元の紙に再度目を落とす。はやては、アルベド語を覚えようとしているらしい。それも、自分たちと楽しくおしゃべりするためだという。

 

「たの、しく?」

 

「そう、楽しく。時間はかかるかもだけどね。いや、音声が一致して、しかも文字自体はカタカナ。なれれば案外早いかも—――」

 

「どうして?」

 

「しれな……ん?」

 

「どうして、アルベド語を覚えようとするの?」

 

「……リュック?」

 

「だ、だめだよ、アルベド族はみんなにきら、きらわれてるんだよ?」

 

リュックは思い出していた。これまでヒト族に投げかけられた数々の暴言を。心無い言葉の暴力を。周りの仲間たちはスピラ語をあまり理解していないから、さほど気にならないらしい。だけど、リュックはある女の子のためにスピラ語も学んでいた。彼らの言葉を理解できてしまっていた。

 

髪を馬鹿にされた。目を馬鹿にされた。服を馬鹿にされた。機械を馬鹿にされた。仲間を馬鹿にされた。

 

 

生き方を、アルベド族の誇りを馬鹿にされた。

 

 

アニキたちは「なんだか馬鹿にされてるな」程度にしか理解していない。でも、実際はそうじゃないのだ。言葉というものはこれほどまでに汚くなるのかと、人の心を傷つけられるのかと、数えきれないほど思い知らされた。

 

アニキたちが自分たちに投げかけられている言葉の真意を理解したら、間違いなく怒り狂うだろう。二度とヒト族と分かり合おうとしなくなるに違いない。怒りに身を任せ、機械に命じて大変なことをしてしまうことは想像に難くない。

 

だから、リュックは飲み込み続けた。ヒト族の悪意に晒され、心が傷ついても、仲間を想って我慢し続けた。時々どうしても我慢できなくなって泣いてしまったり、アニキに当たったりしたこともあったけど、そんなときは反省し、できるだけ明るく振る舞おうと心掛けた。

 

仲間の為に、そして、()()()の為に頑張ってきたのだ。

 

けれども、外でヒト族に会うたびに、リュックは傷つけられる。

自分一人だけ、深い傷を負う。

 

とても苦しい。とても悲しい。とても辛い、とても孤独、とても、とても、とても。

 

「みんな、アルベドが大っ嫌いなんだよ……」

 

今はもう、ヒト族に会うことが怖かった。外で会えば、いつも傷つけられる。

だから、リュックは海が好きだった。泳ぐことが大好きだった。

 

水中では、言葉が伝わらないから。

 

「…………」

 

はやては何も発しない。ただ、深い、深い、海の底のような黒い瞳で、リュックを見つめる。

 

「アルベド語なんかしゃべったら、はやてまで嫌われちゃうんだよ!!」

 

ぐしゃり。はやての作った早見表がリュックの手によって歪められる。

 

思えば、はやては最初からおかしかった。

海の遺跡を仲間と一緒に探索していたら、仲間の一人がヒト族がいるとアニキを呼んだ。

 

(ヒト族……)

 

リュックは立ち止まり、歩き出したくなくなってしまった。けれど、アニキがヒト族の下へ向かうというからリュックも覚悟を決めて付いていった。

 

本当は嫌だった。また、傷つけられるんだ、馬鹿にされるんだと思った。

 

けれど、そこで目にしたのは、アニキを嬉しそうに見つめる青年。後ろの方で聞いていたが、どうやらアルベド族に対する反応が他とは違うらしい。彼は、まるで見知った友人に出会えたかのような、親しみのある表情を向けていたのだ。

 

 

あの子とあの子のお父さん以外で生まれて初めて出会った、悪意を向けてこないヒト族だった。

一見してアルベド族だと分かる集団に、銃口を向けられてなお、アニキに、アルベド族に友好的だったのだ。

だから、リュックは話してみたいと思った。

この人と、お話したいと、思った。

 

 

結局いろいろあって、リュックははやてを気絶させてしまったが、アニキたちに頼んでサルベージ船に運んでもらった。目を覚ましたはやては何も言わず謝ってくれたし、話を聞いて、彼がかわいそうな境遇にあると知ったリュックは彼をなんだか放っておけないと思って彼の頭をなでてしまった。不思議そうにしていたけれど、はやてはその手を払わなかった。

 

 

最後には、アニキの鶴の一声で自分たちの仲間になった。

 

彼はきっといいヒトなのだろう。アニキは、彼はアルベド族に拾われた孤児かもしれないと仲間たちに言っていた。だから、アルベド族に友好的なのだと、機械に抵抗感を抱かないのだと言っていた。そうかもしれないけど、リュックはそれでも不安だった。彼はシンの毒気にやられている。記憶がないのだ。アルベド族との思い出を無くしている。心の中ではアルベドを嫌っているのではないか、いい顔をしているだけなのではないか、そんな不安を取り払えなかった。

 

だから見極めてやろうと思っていた。

仲間の為に、あの子の為に、

 

 

 

 

 

 

自分の為に、見極めたいと思っていたのだ。

 

 

 

 

 

「…リュック」

 

「ぐすっ、うぅ、おぼ、おぼえないほうがいいよぉ、ぐすっ、みんな、みんなアルベドが大嫌いなんだよぉ」

 

「リュック」

 

「ハヤテがヒト族に嫌われたら、ハヤテまでアルベド族が、きらいになっちゃうじゃん!」

 

「リュック!」

 

「ハヤテがみんなの悪口いうところなんて、()()()()()()()()()()()()()()()()()、見たくない!もう悲しいのはやだ!苦しいのはやだ!やだ!やだぁぁああああ!!!!!!」

 

「リュック!!!」

 

はやては狂乱状態に陥ったように泣き叫ぶリュックの顔を両手でパン!と挟んだ。

痛くはなかったが、急に顔を勢いよく包まれたリュックは一瞬我に返る。その一瞬で、はやてはリュックを優しく抱きしめた。

 

「…リュック、」

 

「………」

 

はやては、リュックを抱きしめたまま、優しく背中をなでた。

そして、とても優しい声色でささやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つらかったね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っ!!!」

 

はやてはリュックの体がこわばるのを感じた。しかし、構わず背中をなでる。

 

 

 

「くるしかったね、かなしかったね、こわかったね」

 

 

 

いつの間にか、リュックの手がはやての服をつかんでいた。あまりにも弱々しくつかむその手を、はやてはとても危ういと感じた。

 

リュックははやてのお腹に顔を押し付ける。

 

 

 

「僕は、リュックが、どんな言葉をかけられたのか、よく知らない」

 

 

 

「僕は、リュックが、どれだけ傷ついているのか、よく知らない」

 

 

 

「僕は、リュックが、どれほど仲間が好きか、よく知らない」

 

 

 

「僕は、何も知らないね。あぁ、でも。これだけは分かることがある」

 

 

 

はやての服をつかむ手が震えていた。お腹がじんわりと暖かい。

リュックに応えるように、はやてはリュックを強く抱きしめる。

 

 

 

 

「リュック……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく、がんばったなあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

う、ふぐっ、ぐ、

 

 

 

必死に嗚咽をおさえる声が響く。

 

 

 

うぐぅ、う、う、うぇ、

 

 

 

リュックの背中を、優しく、ゆっくりと、なでる手があった。

はやての服をつかむ小さな手は、はやての背中まで周り、必死に握っているせいか、真っ白に染まっている。

 

 

 

 

 

この幼い女の子を放ってはおけない。独りぼっちの子供だ。

 

 

悪意に晒され、傷つき、それでも仲間の為に、心を砕き続けるなんて。

 

 

救わなくては。子供を救うのは、いつだって大人の義務である。

 

 

この子が陥っている()()を、断ち切らなくては。

 

 

 

 

 

「リュック」

 

撫でながら、はやては努めて優しく呼びかける。

リュックは動かない。しかし、それでいいと、はやては言葉を紡ぐ。

 

 

 

「リュックが、みんなを守ったんだ。みんなを、いろんな悪いモノから、一生懸命守ったんだ」

 

 

 

「すごいなあ、リュックは」

 

 

 

 

嗚咽はいつしか泣き声に変わる。

 

 

 

 

「リュックが皆を悪いモノから守ったから、僕はあそこで殺されなかったんだよ。僕は怪しかっただろう? 殺されてても不思議じゃあなかった」

 

 

 

「だけどリュック、リュックが皆を優しいままにしてくれてたんだ。だから、僕はみんなに助けられた」

 

 

 

「わかるかい、リュック。君は、僕を助けてくれたんだ」

 

 

 

「君のやさしさが、頑張りが、明るさが、想いが、ぜんぶ、ぜんぶ」

 

 

 

「僕を、救ってくれた」

 

 

 

リュックは、自分の内側から湧き出る感情を留めることができなかった。留めようともしなかった。

 

 

 

「だから、リュック」

 

 

 

 

 

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

 

 

「優しいままでいてくれて、ありがとう」

 

 

 

「みんなを守ってくれて、ありがとう」

 

 

 

 

 

リュックはスピラ語をとても流暢に話す。会話をしていて、その言葉に全く違和感を感じないのだ。周りの仲間たちがアルベド語を話す環境下で、スピラ語を母語とする者と全く同じように話せるようになるなど、並大抵の努力ではなし得ない。しかし、その努力は報われるどころか、悪い方向へ作用した。ヒト語を学べば学ぶほど、アルベド族への差別を強く感じるのだ。暴言の内容が内容だ。アニキや仲間には相談できない。でもスピラ語を学ぶことは止められない。止めたくないのだ。

 

はやくにお父さんを亡くし、お母さんを亡くし、悲しむ間もなく従召喚士として訓練を始めた女の子。

ヒト族とアルベド族のハーフとして生まれ、きっとこれからとても辛い人生を送ることになる大切な従姉妹の力になるために、リュックはスピラ語を学び続けた。

 

リュックが心に受けた傷は、はじめは浅かったのかもしれない。しかし、繰り返し傷つけられるにつれて、傷の数は増えていき、深くなり、気が付けば、リュックの心はズタボロになってしまっていた。

 

それを隠すためにリュックは笑った。とにかく明るく振る舞った。ニギヤカ担当を自称し、皆を支えようと必死になって。

 

 

 

 

そうしていつのまにか、リュックは底なしの崖に足をかけていた。

 

 

 

 

リュックは泣いた。

 

機械の暴走事故で母を亡くして以来たまりにたまりつづけた心の負担が、堰を切るように涙となってあふれ出るようだった。

 

自分の進んできた道は、間違いではなかったのだと知り、その証拠がここにある。

 

はやては「ありがとう」と言ってくれた。今までのリュックがあったから、仲間たちが救われていたと言ってくれた。これまでの行いが、巡り巡ってはやてを助けたのだと言ってくれた。

 

初めて理解してくれた。共感してくれた。深い、深い深海を、どこへ向かうかもわからぬまま、ただ一人螺旋を描きながら沈み続けてさまよう自分を、はやては見つけてくれた。螺旋を断ち切り、明かりの下まで引き上げてくれて、よくがんばったと、ほめてくれた。

 

リュックはいろんな感情が絡まり合って、自分でも何が何だか分からなくなっていた。

ただ、そこにいるはやてにしがみつき、あふれる想いにただただ流されることしかできなかった。

 

 

「大丈夫、もう大丈夫だ」

 

 

自分で自分がコントロールできない。

こんなことは初めてだった。

だけど、リュックはそれを少しも嫌だと思わなかった。

 

全てを受け止めてくれるような安心感に包まれていれば、何も怖いモノなんてないって。

そう思えたのだった。

 

 

 

 

涙を流し続けるリュックと、支えるようにリュックを抱きしめるはやての周りを、ふゆりふゆりと幻光虫が漂っていた。

 



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サルベージ船②(修正済)

サルベージ船の船員になって、ひと月が過ぎた。

 

はやてはサルベージ船に乗り込む仲間たちの仕事を手伝っている。はやての役割は主に3つ。船内およびデッキの清掃、食卓番、そして海に沈んだ遺跡や古代機械の探索補助である。探索補助はリュックの助言によるものだ。

あの時、小さくないストレスを抱えていたリュックはひとしきりはやての部屋で泣いた後、泣き疲れてしまったのかそのまま寝いってしまった。はやてとしてもリュックを起こすのははばかれたため、抱え上げてベッドの上に寝かせてあげた。疲れが取れるようにとこっそりケアルをかけ、それからアニキのもとへ事情を説明しにアニキの部屋を訪れたはやては、つたないながらもアルベド語でリュックは自分の部屋で寝ていることを伝える。

 

アニキははやてがアルベド語を話し始めたことにたいそう驚いたが、リュックが精神的に疲れているのだと知ると色々と思い当たる節があったのか、部屋まで案内してほしいと言った。目元を赤くはらしているが、しばらくみなかったほど、幸せそうに眠るリュックを見つけると、アニキは兄として妹の苦しみに気づいてやれなかったことを悔やんだ。しかし、はやてに兄ならこれからかっこいいところを見せてやればいいのだと発破をかけられると、纏っていた暗い雰囲気を一掃せんとばかりに気合を入れ、同時にはやてに感謝した。

 

翌朝リュックは目を覚ましたらしいが、弱り切って子供のように泣き喚いた自分を思い出して恥ずかしかったのか、その日ははやての部屋に引きこもってしまった。はやては他の船員同様ハンモックをかけて共用寝室で眠ることになったが、さらに翌日、遺跡探索をするからいい加減出て来いとアニキに言われたリュックは、顔を真っ赤にしながらも部屋から出てきて、はやてにぽしょぽしょと感謝と謝罪を述べた後、部屋を明け渡したのだった。

 

大したことではないと、リュックの頭を撫でたはやてはデッキ清掃のための掃除道具を取りに行くためその場を離れようとすると、リュックがその腕をつかんで引き留めた。リュックによると、はやては幻光虫を知らないほどスピラの常識を忘れているから思い出すためにも探索についてきた方がいいという。

 

確かに、はやては未だ魔法を使ったまともな戦闘も経験していなかったし、道中色々な話が聞けるなら渡りに船だと思ったのだが、しかしいきなりはやてのような素人が探索チームに混ざったら、場を乱してしまいかねないのではと問うた。

それについて、リュックは「ついてきてくれないの…?」と言わんばかりに、はやての服を控えめに引っ張りながら、不安そうな目をはやてに向ける。これにはうっ、と罪悪感を抱いてしまったはやて。アニキに判断を仰ごうと目を向けた。

 

 

とても面白そうなものをみたと言わんばかりの顔をするアニキがそこにいた。

大変にやにやしている。愉悦、と顔に書いてあった。

 

 

アニキがぽそっとアルベド語で何かを言う。するとリュックは更に顔を真っ赤にして、はやてをおいて兄妹で取っ組み合いを始めてしまった。更に騒ぎを聞きつけてやってきた仲間が兄妹喧嘩をみて、やんややんやと囃し立てた。リュックは何事か叫びながらアニキにとびかかり、アニキはリュックを煽るように言葉をつなぐ。

 

アニキの煽りスキルが高いのか、火に油を注いだような勢いでリュックは暴れる。周りの仲間ははやし立てるばかりで、まるで止めようとしない。

せまい部屋で何をやってるんだか、と呆れるはやてだったが、仲間も、アニキも、リュックも、晴れ晴れとした顔をしていたものだから、何も言えなくなってしまった。

 

結局、「リュックの指揮する班で遊撃員として探索の補助を行え」との指示がアニキからなされた。

遺跡の探索にはこれまでに3度向かっている。初回はなれない動きで皆の足を引っ張ってしまった。やはり、魔物に直面していざ戦闘が始まるとどのように動くべきか戸惑ってしまった。

 

皆には攻撃魔法と回復魔法が使えると説明していたが、攻撃する場合はどのタイミングで何を対象に何の魔法を放てばよいのか迷い、どういったサポートが求められているのか把握できていなかった。

最終的に、初回はファイアを数発とプロテスの班全体への付与、また怪我をした班員をケアルで癒すことしかできなかった。

 

それでも十分ありがたいよ~と言ってくれるリュックだが、命がかかっている以上できるだけ力を尽くしたいとはやては考えていた。また、自分が使用できる魔法とその効果の実験もしたかった。そのため、二回目の探索までに使用する魔法の種類を細分化し、紙に纏めて一覧にした。FFシリーズの各魔法を覚えている限り数字ごとに仕分けし、効果も思い出して記載。二回目の遺跡探索では整理した使用可能とみられる魔法と効果を戦闘の中で積極的に確認し、適切な魔法を適宜使用することで探索に貢献した。

 

昨日の海底遺跡では、これまでの反省を踏まえつつ、班の足並みに合わせて、ひたすら全体の補助に回ったおかげか、リュックは今までの探索の中で一番楽だったとのお墨付きを与えた。仲間の皆も手放しにはやてを褒めて、なかには戦いのセンスがあると激励した者もいた。はやても、今では実戦でも使える魔導士として重宝されていると自覚している。

 

 

リュック班長を筆頭とする班にとって、はやては異彩の魔導士だった。多くの場合、魔導士は攻撃型の黒魔導士か回復型の白魔導士のいずれかに分類されるが、はやてはその両方の仕事を担うことができる。攻撃においては火・氷・雷・水といった4大魔法はもちろんのこと、かまいたちのような風を生み出したり、魔物を小さくしたり、カエルにしたり、石柱を発生させてぶつけたり、魔物の時を止め行動不能にしたりした。

 

回復するときは、大抵ケアル系かエスナの二種類だけを使っているようだった。そもそもリュックの班で大けがをするものが少ないためだ。その代わり、補助系はありとあらゆるものを試しているようで、見たことも聞いたこともないものがほとんどだった。体力が二倍になったような感覚を覚えたり、一定時間魔物の物理攻撃を無効にしつつ、魔法攻撃も吸収するという魔法をかけてもらったりした。班全体の姿を消し、さらに体をわずかに浮かせて班の足音を完全になくした時は、驚くほど簡単に敵の不意をつけるようになり、魔法の恐ろしさを再確認することとなった。

 

はやてによるとまだまだできることはあるらしいが、()()()()()使()()()()()を選択している段階とのことだった。普段の戦闘では銃や大型機械、道具を使うことが多いアルベド族にとって、はやてとの探索は魔法の恐ろしさを再確認する機会となった。また、そんな魔法を際限なく、こともなげにポンポンと打ちまくるはやてに一抹の恐怖を抱くこともあった。

 

 

ただ、この恐怖はすぐに霧散することとなる。

 

 

ある時、水中に大量のピラニアがいて地上から潜ることができないという状況に直面したはやては、水中のピラニアどもを一掃しようとサンダラを放った。バリバリバリと音を上げて現出した雷は、はやての目論見通り水中のピラニアをまとめて感電死させたのだが、はやてはすぐそばにいたリュックに厳重注意を受けてしまった。

 

アニキとリュックを昔からよく知る仲間たちには周知の事実だが、リュックにとってサンダー系魔法はものすごいトラウマなのである。できる限り使わないか、使う前にはせめて一言伝えてほしいと抗議されたはやて、リュック班長に内股気味に震えながら涙目でにらまれては、イェス、マムと従うほかなく、また班員達は、幼い少女にぺこぺこと頭を下げるはやてを見て、同情の念を抱くとともに、いつしか恐怖心を抱かなくなったのだった。

 

将来は尻に敷かれるタイプになるかもしれないと思われる有様だった。

 

 

 

 

 

 

「ハヤテーん、新しい遺跡が見つかったってさ~」

 

サルベージ船のデッキをブラシで擦っていたはやての下に、資料をもったリュックがやってきた。はやてはちょろちょろと継続的に放っていたウォーターの魔法を止め、ファイアーで軽く炙ることでデッキ上の水気を蒸発させた後、リュックに向き合った。

 

「お、新しい遺跡かあ。よかった、整理した魔法のチェックができる」

 

「ちがうぞ~、お宝を探すんだよ~!」

 

「あ、そうだったそうだった。つい、ね」

 

クスクスと笑うリュック。

 

「ハヤテって変な魔法使うよね。どこで覚えたんだろね?」

 

「さあ…案外魔物から教えてもらってたりしてね」

 

「あはは! ハヤテならありそ~!」

 

「いやいや、冗談で……そういえば青魔法とかもあったな」

 

「青? 黒とか白とかじゃなくて?」

 

リュックは聞いたことがない魔法に首をかしげる。はやては時々「そういえば」と言って新たな魔法を思い出すことがある。大抵変わった魔法なので、どんな魔法が見られるのかわくわくした。

 

「ま、そのうち見せる機会があるさ」

そういってはやては資料に目を通す。どうやら、とある無人島の遺跡に古代機械があるかもしれないとのことだった。すでに調査用機械を飛ばしているようで、大体の地形はマップとして確認できた。

 

「結構広い無人島だね。リュックの班以外に、どれくらい投入される感じ?」

 

「空飛ぶ古代機械を見つけるための機械があるみたいだから、できるだけたくさんの人を調査に回すんだってさ~」

 

 

「空飛ぶ古代機械…飛空艇だとしたら、()()か」

 

「うん?どうかした?」

 

「いいや、なんでもないよ」

 

はやてはFFXに登場する飛空艇を思い出した。確かあれは海底に沈んでいたはずである。

物語の中盤以降で手に入れていたような気がするが、それに関するものだろうかと推測する。

そうであるならば、この調査は何としても成功させる必要があるだろう。

 

 

手元の資料が、すこし重たく感じた。

 

 

「ま! まずは調査に行った機械の情報を待たないとね~! 数日後くらいだと思うから、のんびり待とーよ」

いっしっし、とリュックが笑う。そうだなあと生返事をしたはやては、デッキに転がしていた大きな魚とり網を手にする。

 

「じゃ、今は晩御飯用のお魚を捕ることに集中しますか」

 

はやてが海に手を向ける。そのポーズ自体に意味はない。はやての様子を見たリュックは「げげっ」と女の子らしからぬ声を上げ、スススと距離をとる。

 

「そ、その魚の取り方心臓に悪いんだよう… どうにかならない?」

 

はやては以前、雷魔法を海に放って魚を捕まえていたことがある。それを思い出すリュックだったが、はやては雷魔法は使わないよと言った。

 

 

「あれ、あまりよくないんだ。生態系を壊しかねない。魚以外のサンゴとか、水中の虫とかもまとめて殺しちゃうからね。だから今日は別の魔法を使ってみる予定」

 

雷魔法じゃないと聞いてほっとしたリュック。雷でないなら何だろうと興味がわいて、見学しようとはやての隣に立った。

 

「じゃ、まずは船をいったん止めてもらおうか。ブリザラ」

 

舟の進行方向とは少しずれた位置に、氷柱を発生させる。船の操縦席から見えるはずだ。これは、「魚を捕まえたいからいったん止まってくれ」という合図になる。

 

少しして、サルベージ船のエンジンが止まった。

 

「なんというか、普通の使い方じゃないよね。魔法力の無駄づかいだ~」

 

リュックが少し呆れ気味にいう。

 

「合理的な使い方だよ、僕の場合はね」

 

はやては自身の最大MP量を調べてみようと、空に向かってファイガを打ち続けたことがある。結果、飽きるまで打ち続けても一向にMPが切れるような現象は起きなかった。リュックのいうところの「MPが減る感覚」が全くないのである。最大量は分からなかったが、少なくともファイガを何百と連発してもなくならない程度にはあるのだろうというのがはやての暫定的な結論であった。放たれたファイガの数を数えていたリュックが、100を超えたあたりから口をあんぐりさせてびっくりしていた。

からなかったが、少なくともファイガを何百と連発してもなくならない程度にはあるのだろうというのがはやての暫定的な結論であった。放たれたファイガの数を数えていたリュックが、100を超えたあたりから口をあんぐりさせてびっくりしてい

た。

 

「それはともかく。うまくいくかな? 《七式:トルネド》 」

 

はやてが詠唱のようなものをつぶやくと、50mほど離れた海上にあたり一面のものを巻き上げようとする白い竜巻が発生した。竜巻自体は小さく、精々10mに届くかといった規模だが、巻き上げられる海水の量はかなりのものだった。かなり下の方の海水まで巻き上げているらしい。巻き込まれれば、まず無事ではいられないだろう。

の方の海水まで巻き上げているらしい。巻き込まれれば、まず無事ではいられないだろう。

 

目を凝らしてみると巻き上げられている海水に交じって、魚も巻き上げられていることが確認できた。

 

「よし、ブリザガ」

 

巻き上げられている海水に氷魔法を放つ。すると、巻き上げられた海水の一部が凍り付き、氷の塊となって落下し海上にぷかりと浮かんだ。

 

「おお~、すごいすごい」

 

リュックは無邪気に拍手する。

 

「さて、どうかな。魚も一緒に凍ってるといいんだけど。《九式:レビテト》」

 

はやてはふわりと浮いて、サルベージ船から海面へと降り立つ。

 

「あ! ずるい! いいなー!あたしもいく~!」

 

氷柱を回収しようとした途端、リュックの声が降ってきた。

 

「すぐ戻ってくるから。そこで待ってて」

 

「え~! ずるいよハヤテ~! あ、そうだ! 班長命令だぞ~!」

 

「えええぇ、なんでまた」

 

はやては呆れた表情でリュックを見上げる。

 

好奇心旺盛な子だなあと逆に感心していると、

 

「はやて~、キャッチしてねー!」

 

「は? え、ちょ」

 

リュックはいったんデッキに引っ込んだかと思ったら、えい、とはやて目がけて飛びおりてきた。

 

「こらこらこらこらこら、ちょ、うおっと!」

 

「えっへへ、ないすきゃっち~」

 

咄嗟にリュックを受け止めるはやて。

 

目論見通りに事が運んでご満悦なのか、リュックは嬉しそうに笑っていた。

 

「……しょうがないなあ」

 

ハヤテはリュックを横抱きに抱えなおして、そのまま氷柱に向かう。

 

「らくちんらくちん~」

 

「お転婆にもほどがあるんじゃない? リュック班長?」

 

「こういうのってさ、自分で見て判断したり、考えてみたりしないとなーんかおちつかないんだよね」

 

「さいで」

 

海面に浮かぶ氷の塊にたどり着く。予想通り、10匹以上の魚が塊の中で凍っていた。

 

「ほえ~、すっごいなあ…」

 

感心した様子でのぞき込もうとするリュック。こら、おちると声をかけ、はやては抱え直し、リュックが落ちないよう少しばかり強く抱きしめた。

 

「———っ」

 

急に借りてきた猫のようにおとなしくなったリュックだが、好都合だと言わんばかりにはやては作業を進める。

 

「とりあえず持って帰ろうか」

 

両手を使いたいから降りてくれとリュックにレビテトをかけるはやて。無言の抵抗を受けたが、どうにかリュックを海面におろし、大きな氷の塊を二人で押したり引いたりしながらサルベージ船に持って帰った。

 

船の横につけるとクレーンで引き上げられ、チェンソーのような機械で氷の中から魚が切り出された。この魚は後に調理場に運ばれ、下ごしらえが行われる事になる。

 

一段落ついたはやては、デッキの手すりにもたれかかる。リュックは兄貴に頼まれた用事があるとのことで、船内に戻っていった。

 

(魔法の使用にはだいぶ慣れたな。僕も部屋に帰ってセーブスフィアに触れておこう)

 

便宜的にセーブスフィアと名付けられた謎の置物は、今もはやての部屋に鎮座している。相変わらず薄ぼんやりとしているそれは、他の人には見えない仕様になっているらしい。

 

何となく毎日触れているはやてだが、疲れが吹き飛ぶ以外の具体的な効果は未だ不明のままである。原作ではセーブポイントであったし、自分の何かが残される感覚はあるため、恐らく「セーブ」が行われているのだろうと思うはやてだが、まさか

試しに死んで確認するわけにもいかない。

 

要研究事項だが、一先ず保留されていた。

 

〈 ハヤテ。ごはん、てつだえ 〉

 

クレーンを操作していたひとりのアルベド族がはやてに話しかけた。魚が解凍されるまで別の食材の下ごしらえをするらしい。日没までまだあるが、特にやることも無いはやては快く応じる。

 

〈 わかった。先、部屋、もごる 〉

 

〈 もどる、だ。ゆっくり こい 〉

 

サルベージ船の仲間たちは平易なアルベド語で話しかけてくれる。はやても毎日練習し、頻出単語の暗記も行っているおかげで、シンプルなコミュニケーションなら成り立つようになった。長い文章になったり、早い口調で話しかけられたりすると

分からなくなるが、仲間たちは言葉を選んでゆっくり話してくれるため、はやても積極的に話しかけようとしている。

 

ちなみにはやてが最初に覚えたアルベド語単語は〈 ゾレンハラミ 〉。「ごめんなさい」と言う意味で、主にリュックに対して使われる。

 

はやてのアルベド語を覚えようと努力する姿勢は好意的に捉えられており、女性達には【はやてん訛り】と呼ばれてしばしば話題に上がって盛り上がっている。はやては時々幼い子供のような言い間違いをするが、それが可愛い、母性本能がくすぐ

られるとウケているのだ。俗に言うギャップ萌えであった。

 

さらに【はやてん訛り】を話題にきゃっきゃっと食堂で盛りあがる女性達を不思議そうに見つめるはやてと、頬をふくらませて拗ねる様子を見せるリュックの両名を生暖かい目で見守るもの達もいる。

 

通称【リュックちゃんの初恋を見守り隊】と呼ばれる集団である。鈍感そうなはやてと自身の心に無自覚なリュックのやり取りに萌える者達の集まりで、ここ最近【リュックちゃんの初恋を実らせ隊-遥か尊き年齢差-】との熾烈な戦いが静かに繰り

広げられているという。いずれの隊も、構成員の多くが女性である。

 

男衆には機械にロマンを感じられる盟友として積極的にはやてに話しかける者が多い。驚くほど機械に通じているはやてと話をしていると、新しい機械の改造アイディアが生まれると話題になっている。

先日、はやてのアイディアと監督のもと機械を改造し、【カラオケ】なる機械が発明された。現在はどんな音楽を取り入れるか検討段階にあるらしい。

 

はやてがアルベド語を学ぶという事を通して、仲間たちの中に新しい風が吹き込まれている。アニキは仲間内の結束が強くなっているのを感じた。ヒト族の言葉を学んでみようかと考え始めた者もいるらしい。実にいい流れである。

 

オヤジを筆頭にアルベド族が計画する【とある計画】がより強固になると、アニキは決意を新たにしていた。

 

着替えるために部屋に戻ったはやてはセーブスフィアに手をかざす。いつも通りの感覚を覚え、手早く着替えて下ごしらえの手伝いに向かおうと上着を脱いだ。

 

下も脱ごうとベルトに手をかけた時、急にセーブスフィアが発光した。

 

「な、なんだ!」

 

目が眩んだはやてはエスナを自身にかける。視力が戻ったはやてが見たのは、海の遺跡で見かけた、元の色をしたセーブスフィアだった。

 

「…元に、戻ったのか?」

 

手をかざしてみると、先程と同じ感覚を覚えるだけだった。

 

「…………まあ、いいか。後でリュックにコレが見えるかどうか確認してもらおう」

 

急にはっきりと見え始めたセーブスフィアだったが、それだけである。

 

大したことはないと判断してさっさと着替えたはやては調理場に向かおうとドアに手をかけた。

 

その瞬間、サルベージ船が大きく揺れる。

 

「ぐっ……!」

 

荒れた天気で揺れた時とはまるで違う。船を飲み込まんとする大きな波に攫われそうになったようだった。

 

「何が起きてるんだ!」

 

はやての部屋のベッドがスライドする。椅子などはひっくり返ってしまった。

 

まともに立ち上がることができない。

 

「くそったれ!《十二式:レビテガ》!!」

 

他の船員達も同じ状況のはずだと考えたはやては、船員全体に浮遊魔法をかける。これで全員立ち上がって移動することができるはずだ。揺れる船体に四苦八苦しながらも、どうにか船のデッキに飛び出るはやて。

 

 

 

 

 

 

 

海面から突き出る小山がそこにあった。

 

一人のアルベド族が船体から身を乗り出して叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

「シ、シーーーーーーーンっっ!!!!!!」

 



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サルベージ船③(修正済)

評価がついてる!

皆さんありがとうございます。
自己満小説ですが、よければお付き合いくださいな


はやてが持つFFX原作の記憶は、朧気なものである。大まかな内容や所々の設定、名シーン、名台詞、多少の寺院の仕掛けを覚えているくらいだ。

 

例えばリュックがアルベド族であり、ユウナの従兄妹であり、ユウナの2つか3つ年下であることくらいは覚えている。

しかし、ハッキリとした物語の展開や細かい設定、正確な人間関係は覚えていない。ティーダがスピードアタッカーだったり、ユウナがヒーラーだったりすることは覚えているものの、キマリが具体的にどういうロールを担っていたのかはさっぱりである。原作知識に関して穴だらけのはやてだが、それでもあの「物語」の中心に位置するソレについてはよく覚えていた。

その理不尽な存在は、限られた召喚士のみによって行われる究極召喚でなければ倒すことができない。仮に倒したところで数カ月から数年にも満たない非常に短いスパンで復活を遂げる。

 

数百年おきに倒され続けるその存在は、この世界に生きる人々にとって概念的なものになり果てていた。

 

それは「罪」である。

この世界に生きる人々が抱える「原罪」である。

 

スピラの人々は自分たちにそう言い聞かせ、祈りを捧げ、理不尽を乗り越えてきている。

 

しかし、はやては知っている。

 

水面からその体の一部を露出させる、山のような存在の正体を。

暴虐の限りを尽くして死をもたらす魔物と成り果てた彼と、死してなお友の約束を果たさんとする赤布に身を包んだ剣士、そして種族を超えて広く信仰されているエボン教の中でも「葬り去られ隠匿され続ける歴史」を知るごく一部の者だけが、知っている。

 

 

 

未だ、スピラに救いは存在せず。

この世界は『シン』によって死の螺旋を描き続けていることを。

 

 

 

「シ、『シン』ダ ベサボ!」

「フイシ トヒサタユ マ ミハミア!?」

 

デッキ上でアルベド族達が対応に追われている。海に落ちた者は『シン』が生み出す強烈な海流にあっという間に巻き込まれてしまう。落ちた者を急いで海中から引き上げることが何よりも優先されるべきことであるのは、各船員がその身でよく理解していた。

サルベージ船の周りを目を凝らして見る船員達だったが、すぐに安堵の息を吐いた。何人もの仲間達が海に落ちていたが、不思議なことに彼らは水面にふわふわと浮いていたのだ。

 

よく分からんが、はやての魔法だな。

 

全く異色の魔導士であるはやてに感謝しつつ、すぐに頭を切り替えた船員たちは、海に落ちた仲間を引き上げたり、船がひっくり返らないようあちこちにバラけて船体を操作したりしている。機械を動かそうとする者もいた。

慌ただしくも驚くほどの連携を見せてどうにかこの場から離れようとする船員たち。はやては彼らの補助に回っていた。

 

「ヘイスガ」

「リジェネリジェネリジェネ」

「リジェネリジェネリジェネ」

「リジェネリジェネリジェネ」

 

反応速度が上がるヘイストをデッキ上の船員全体にかけつつ、体力回復を見込んで個々にリジェネをかけていく。ここでは白魔法を全体にかけることができない。FFXの続編ではできたハズだが、今は『シン』への対処が一番だと考えてなるべく早くリジェネを放たんと奮戦するはやて。

 

アニキは船内から指揮を執っているのだろうか、デッキに出てくる様子はない。しかし、リーダーがいなくともやるべき事は分かりきっているのか、実に落ち着いた対応をみせる船員たちだった。

しばらくすると海流の流れを把握できたのか、サルベージ船が安定して走りだす。『シン』の進行方向とは逆に向かって逃げ出しているようだ。『シン』も体の一部がほんの少し海上から出ているだけで、特に攻撃してくる気配はない。

最も、攻撃されてしまえばひとたまりもないのでアルベド族たちは誰も気を緩めてなどいない。完全に視界から消えるまで、ほんの一秒すら油断はできないのだ。

 

「…………」

 

はやては徐々に離れていく『シン』の一部を眺めながら、何もできない自分自身を悔しく思った。『シン』を斃す事自体は、おそらく可能だろう。実験はできていないものの、はやての知るFFシリーズには「試しに放ってみようかな」などとは決して思えないほどエゲツない魔法がいくつもある。唯一の最強魔法が決められないほどの多様さはしばしば「最強の魔法は何だ」という論争を引き起こすほどである。

 

例えば各シリーズでよく見かける「メテオ」は最強魔法の候補としてよく挙げられる。最強クラスの黒魔法である(ことが多い)「メテオ」は、多くの場合、物語終盤で覚えられる攻撃魔法として登場する。FFシリーズのプレイヤーなら皆知っている魔法だ。FFXでもベヒーモスが使う敵のわざとして登場しており、一度はこのメテオで全滅したことのあるプレイヤーは一定数いるだろう。

 

シリーズを通して強力な攻撃魔法である「メテオ」だが、「どのくらいすごいのか」という点は詠唱・発動された時の演出の違いに依存する。

単に岩石がいくつも降り注ぐ場合もあれば、ちょっとした市であれば壊滅的な被害を被ってしまいそうな隕石が降る時もある。FFⅦに至っては、星そのものを滅ぼしてしまう究極の破壊魔法として扱われている。エンディングでちらと登場するが、その絶望感たるや、前作までの「メテオ」とは一線を画すものである。

 

もちろんバトルでは敵に与えられたダメージを数値で確認できるため、純粋な威力は比較できるかもしれない。しかし、今はやてがいる世界では敵の魔物にどの程度のダメージを与えられているのか正確な数値で知ることはできない。威力はその派手さ、つまりはやてがイメージしている魔法に応じて変化していると数回の遺跡探索で理解したはやてだが、同時に彼は、自分が正確な威力や規模を想像したり、把握できなければ、うっかりで世界を滅ぼしかねないとも理解していた。そのため、はやては魔法を放つ時、自身がイメージがより正確になものになるよう口に出して詠唱したり、「~式」といった風に区別したりしているのである。

 

「メテオ」のように『シン』を倒せるだけの規模を持つ魔法は、敵のわざも含めれば、いくつも候補に挙げられる。しかし、『シン』ごと世界を滅ぼしてしまえば元も子もない。何より、元の世界に帰るための手がかりを探すことを考えれば、今ここで『シン』を倒してしまうことで生じる原作との乖離は極力生み出さない方がいいと考えたはやてだった。勿論、下手に刺激することもしないほうがいい。船員が逃げの一手に回った時、同時にはやては絶対に攻撃しまいと誓った。

 

 

最善の手だろう。しかし、はやては己の感情が荒立っていることを感じた。

 

 

斃せるのに、斃さない。

救えるのに、救わない。

 

ただ、強く奥歯を噛み締めた。

 

〈ハヤテ! へや! もどれ!〉

 

『シン』を見つめるはやての表情を見て、彼が思い詰めているように感じた一人の船員が声をかける。気を使ったのだろう、それもそのはずで、彼らははやてが『シン』によって記憶喪失になっていると誤解しているのだ。声に振り返ったはやては、そのアルベド族が張り上げた声とは逆にとても優しい顔をしていることに気がつき、目を背けるように、また『シン』へと目を向けた。

 

(…ここの皆を、裏切ってるな)

 

仕方ないとは言え、心苦しく思うはやて。何かしらの形で、きちんと恩に報いなければ。せめて、ここの人たちが道半ばで倒れることが無いよう、力を尽くそうと決意を新たにする。

 

〈 ここで! たいミ! 〉

 

〈 おい! ハヤテ! 〉

 

〈 たいミ! させてほしい! 〉

 

〈 ………ちっ。たいき、だ。すきに しろ 〉

 

短いアルベド語だがはっきりと断言したはやての背に、ふ、と笑みを浮かべたアルベド族の男はアニキに報告に行こうとふわふわ歩きながら船内に戻っていく。男が自動ドアの前に立ったところで、リュックがドックへ飛び出した。慌てた様子で男とぶつかり、一言謝ったリュックははやての下へ駆けつけた。

 

「ハヤテ! 大丈夫だった?!」

 

「あ、ああ、うん。だいじょう……」

 

リュックの声が聞こえたとき、ヘイストがかかっていた自分の時間を戻すためにスロウをかける。先ほどの男とは同じ体感速度だったため問題なかったが、ヘイストがかかっていない者と話すときはスロウで体感速度を戻さなければコミュニケーションが成立しにくい。

 

自分の時間を戻し、振り返ったはやてが見たのは、船内で額を強く打ったのか、赤というよりも青黒く染まったそこを氷を包んだ布で冷やしながら息を切らすリュックだった。よく見ると、頭の後ろにもガーゼのようなものを当てている。

 

「っはあ、はあ、はあ、は、ハヤテ?」

 

息を整えながらきょとんとするリュックに、言葉を失うはやて。

 

「……リュック、それは」

 

「あ、これ? 最初にぶわわ~~って船がゆれたときさ、後ろにこけちゃったんだ。しかも本棚から本とか箱とか落ちてきて、おでこも打っちゃって! こけたときに気絶してたみたいで、目が覚めてから気づいたんだ…えへへ」

 

まるでドジを踏んでしまったと言わんばかりに恥ずかしそうに笑うリュック。実際、彼女の中ではちょっとした出来事に過ぎないのだろう。

 

「あでも! 目が覚めたらふわふわ浮いててびっくりしたよ! これ、ハヤテがやってくれてるんでしょ! さすが———」

 

「ケアルラ」

 

リュックの言葉を遮って、はやては回復魔法をかける。咄嗟にケアルガをかけようとしたが、過剰回復がどのような効果をもたらすか分からなかったため、ケアルラをかけた。それでもみるみる怪我が治っていく。

 

「わ、わ、わ。びっくりした~。でもありがと……ってひゃああああ」

 

「ほかにどこか痛む?リュック」

 

見た感じでは、リュックの外傷はきれいに治っている。あざになったところも元のきれいな肌色に戻った。しかし、見た目では分からないこともあるだろうと、はやてはリュックの額に手を当てたり、顔を包んで優しくさすったり、後頭部を優しく撫でたりして他にたんこぶやあざができていないか確認する。

 

「ひゃあ、ああ、あ、は、は、あ、んむ、」

 

リュックの首から上を撫でてさすって包みこむはやて。リュックはやられ放題である。時々はやての指が唇を掠めたり、耳に触れたりする。くすぐったさを感じながら「あ、ハヤテの指やわらかい」と感想を抱いてしまうほど混乱する少女がそこにいた。

急に硬直したリュックをみて、やはりどこかまだ痛むのかとケアルをかけるはやて。

どういうことか、肌の赤みが引かない。少し熱もあるようだ。

 

「リュック? リュック!」

 

「んむゅ、ふぁ、ふゃに?」

 

両手で顔を包まれて、少し強引に目を合わせられるリュック。

はやてのきれいな黒い瞳が目に入った。

 

「どこも痛まない? 頭痛は?」

 

「ふぁ、ふぁいふぉうふ」

 

「そっか、よかった」

 

安心したはやてはリュックを開放する。

ぁ、と名残惜しそうな声には気が付かない。

 

「頭を打って、気絶したんだろう。結構深刻だから様子を見よう」

 

「こ、これくらい大丈夫だよ~。まったく心配しょーなんだか……」

 

 

 

「今日は僕のそばにいて」

 

 

 

「………‥はぃ」

 

 

「うん」

 

はやてにはめずらしい、リュックの言葉に被せた少しだけ強い命令口調。

はやての手の感触が残る耳に触れながら、でも嫌いじゃないと思ったリュックだった。

 

急におとなしくなって、もじもじするリュックに首をひねるはやてだが、自然と目線を切って、また『シン』に目を向けようと振り返ったとき、

 

「……は?」

 

 

『シン』がいなかった。

 

 

そして、激しく擦れるような金属音がけたたましく響き、何かが大量に降り注ぐ。船が上下に浮き沈みした。少なくない海水がデッキを覆い、また海へと流れ落ちる。幸いにも海に落ちたものはいなかった。しかし、全員が体制を崩してしまう。

 

きいいぃいぃぃぃいぃぃぃいいぃいぃいぃぃ‼‼‼‼

 

海水が引いたデッキ上にいたのは、金切り声を上げる大量の魔物だった。蝶の卵のような形でデッキ上に刺さったそれは、間を置かずに動き出し、羽を広げて立ち上がる。

蠅のような見た目の魔物だ。

 

「コケラくずだ!」

 

リュックが叫ぶ。

 

「す、すぐに倒さないと! 『シン』がよってきちゃうよ~!」

 

30匹以上はいるだろう。一匹ずつ数えていられないほど、多くのコケラくずが船体を覆っている。

 

「ファイガ!」

 

コケラくずが密集しているところのやや上の空間を狙い、ファイガを放つはやて。中心にいたコケラくずはあっという間に幻光虫へと変わり、また周囲のコケラくずも巻き込まれる形で燃え尽きた。魔法が放たれた場所の魔物が死んだことで、コケラくずの群れにぽっかり穴が開いたような空間ができる。

 

コケラくず自体は案外脆いようで、はやての魔法の前に成すすべもなく死んでいく。同じ要領で何度かファイガが繰り出され、すでに体勢を立て直して武器を構えた船員たちははやての作ったスペースを活用してコケラくずたちへと対面していた。

 

「すっごい数! 早く倒さないとだ!」

 

リュックも身近なコケラくずを相手にする。腰から抜いた短剣を振り回し、流れるように攻撃をかわしながら、次から次へとコケラくずに猛攻を加える。

 

「ちょいちょい~ってね」

 

あっという間に一体倒してしまった。

 

「さすが班長。蝶のように舞い、蜂のように刺すってやつだ」

 

はやての言葉にえへへ~と笑みを返し、気を入れなおした。

 

「さささ~と倒しちゃおう!」

 

「うん。あ、そういえばだけど」

 

はやてはファイアを連発してコケラくずをどんどん葬りながら、リュックに問いかけた。

 

「コケラくずを放置してたら『シン』がやってくるんだっけ?どうしてかな」

 

「はっ! やぁ! …ふう、ええとね、あたしもよくわかんないんだけど、『シン』の体の一部がはがれると、魔物になって襲い掛かってくるんだよ。それは『シン』のこけらって呼ばれてるんだけど」

 

船員たちも慣れたもので、銃を巧みに使いこなし、コケラくずをせん滅していく。気が付けば、残り10体前後といったところだろうか。

ハヤテとリュックの周りのコケラくずは、全てせん滅されている。

 

「その『シン』のコケラの、もっと小さいのがこいつら!」

 

「なるほどね。ん? 羽が光りだしたぞ? ファイアファイア」

 

少し離れたところにいた船員を狙って、背後のコケラくずが攻撃を加えようと羽を光らせていた。すぐにファイアで倒すと、魔物が背後にいたことに気が付いたのか、船員がはやてに向かって親指を立てた。

 

「ないす! それで、『シン』はこけらとか、コケラくずを回収しようとするんだ。いろんなものを壊しながらね……」

 

残りのコケラくずは他の船員が対応している。残り5体を切ったところで、リュックも終わりを確信して力を抜く。

 

「だから、見かけたらすぐに倒さないといけないんだって。『シン』のこけらも、コケラくずも。あまり見ることはないんだけどね」

 

「……そっか、まあ見ないに越したことはないね」

 

「そーいうこと! あ、最後の一匹が倒れた」

 

「よし、じゃあみんなにケアルを…」

 

デッキ上からコケラくずがいなくなり、全員が一息ついたタイミングで、またサルベージ船が大きく揺れる。体制を崩すがどうにか立ち上がると、海中に光る蛇のようなものが見えた。

 

「なんだろ、あれ…?」

 

リュックが身を乗り出して確認しようとすると、急に海中から触手のようなものが何本も現れ、リュックに襲い掛かった。

 




ちょっと短め


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サルベージ船④(修正済)

見ている人がいると思うと慎重になるなあ...
気楽に読んでくださいね


「きゃぁあああ!」

 

あっという間にリュックに巻き付いた触手は、リュックを海中へと引きずり込んでしまう。

 

「リュック!!!」

 

はやてはすぐにゴーグルをつけてリュックを追いかけて海に飛び込む。生ぬるい海水が肌にまとわりつき、気味の悪い感覚を覚えるが気にせずリュックをさらった触手を探すと、ソレはサルベージ船の船底に隠れていた。

 

優に10mを超える大きなクラゲのような姿の魔物だった。4本ある長い触手の一つをリュックに巻き付けている。リュックは触手から逃れようともがくが、さらわれた際に落としてしまった短剣を手にしておらず、悪戦苦闘しており、更に触手の強い締め付けのせいで一人で抜け出せそうになかった。

 

大きなクラゲ型の魔物の周りにウロコのような魔物が数匹集まる。デッキ上に降ってきたコケラくずが動き出す前の姿に似ていた。

 

(リュック! すぐ助ける!)

 

はやてがリュックを巻き込まず、さらに海中でも放てるような魔法がないか必死に頭を回転させていると、他の触手がはやてに向かって攻撃を仕掛けてきた。咄嗟にかわそうとするはやてだが、動きが大幅に制限される海中ではまともな回避などできるはずもなく、まともに攻撃を受けてしまう。反射的に腕をガードに回したが、あまりの激しい殴打に、一瞬腕が折れてしまったのではないかと錯覚する。さらに、体力が急激に低下したような倦怠感が体を襲った。

 

すぐにケアルラを自身にかけ、続けて物理に対する防御を上げるためのプロテスと保険としてのリレイズをかけるはやて。

 

また、リュックに対して同じ魔法を放つ。リュックをつかむ魔物にも支援魔法が付与されないかと危惧したはやてだったが、先にかけたプロテスがリュックだけにかかったところを見て、一安心する。

 

(ただの攻撃じゃあない、あれは。ケアルラで回復したってことはポイズン系の攻撃じゃない。なんじゃ、あの感覚は)

 

突進してくるウロコ型の魔物をどうにかよけながら考えていると、再度触手を伸ばして殴打してきた大きなクラゲ。はやては攻撃を受けつつ触手を掴んで一気にそばまで近寄ろうとした。ゼロ距離で手元にファイガでも放てば多少のダメージは負うだろうと考えての行動だったが、触手を手に掴んだ瞬間、ずおっ!と体力が吸われたように感じた。すぐに手を離したはやてだが、体には先ほどと同じく、倦怠感があった。

 

(吸われた! こいつ、僕の体力を吸ってるのか!)

 

プロテスをかけていたからか、1度目よりも感じる倦怠感は少ない。すぐさまケアルで回復したはやては体勢を整えて「先ほどの攻撃で思い出した魔法」を放とうとする。しかし、魔物がはやての逆向きに体を倒し、リュックを含む4本の触手を回し始めたと思ったら、非常に強い渦巻きの海流を生み出してはやてに放ってしまう。巻き込まれたはやては前後不覚になり、魔物から距離を離された。さらに、追い打ちをかけるようにウロコ型の魔物が突進を仕掛ける。

 

(が、があああああ!! いい加減にしろ! ドレイン!!!!)

 

突進してきたウロコ型に、はやてが先ほど思い出した魔法である「ドレイン」を放つ。あっという間に幻光虫へと姿を変えた魔物を無視し、自身にヘイストをかけたはやては襲ってくるウロコ型にドレインを連発しながらクラゲ型の下へ戻る。

 

見ると、リュックが意識を失ったようにぐったりとしていた。先ほどスクリューのように振り回されたせいだろう。リレイズも効果を発揮していないようだった。

咄嗟にアレイズをかけたはやてだが、反応がないリュックを見て、強い憤りと胸を締め付けるような焦りを覚える。

 

(くそ! クラゲ風情が!! すぐに幻光虫に変えてやる!)

 

そこからはやてのしたことは単純なものだった。ドレインを3回放ち続けただけである。ガ系の魔法はもちろんのこと、()()()()()()()()()()()()も連発してやろうと思ったが、万が一にでもリュックを巻き込んでしまうことを避け、回復と攻撃の両方を担えるドレインで魔物を倒そうと考えたのだ。

 

このドレイン、はやての予想していたよりも威力があったようで、一度目のドレインで魔物は目に見えて勢いがなくなり、二度目のドレインではほぼ虫の息といったようで、リュックを掴む力も失くしたのかリュックを開放し、とどめの3発目には大きな幻光虫へとすがたを変えて()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

思いのほかあっけない終わりを迎えた戦いであったが、余韻に浸ることもなく、はやてはすぐにリュックを救出し、海面へと戻る。水中から顔を出すと、離れたところでサルベージ船が止まっていた。リュックとはやてが海に落ちたことをデッキにいた船員がアニキに伝えたのだ。デッキからいろいろな機械を投入し、はやてとリュックを必死に捜索しているようだった。

はやては居場所を伝えるために、上に向かってファイガを放つ。すると、すぐに気が付いたのかデッキ上の船員たちがこちらを指さし、少しすると船が迎えに来ようと動き出した。

 

「ひとまず、か。リュック! リュック!!」

 

気絶するリュックを起こそうとはやてはリュックの顔を叩いてみたり、再度アレイズとケアルラをかけてみたりするが、目を覚ます様子がない。口元に耳を寄せると呼吸が確認できなかった。急いで首に手を当てて脈を診ると、ひどく弱々しい脈拍だけが感じられた。

 

「九式:ストップ!!」

 

クラゲ型の魔物に激しい力で振り回されたリュックは、そのすさまじいGで気絶してしまっていたのだ。意識があれば、水中で長時間呼吸を止めていられるリュックだったが、気絶してしまうとそうもいかない。本来であれば、アレイズやケアルで大抵の気絶からは回復し、おぼれた場合でも水を吐き出すのだが、ひどく消耗していて水を吐き出す力すらないのか、ケアルやアレイズで回復できない状態にあるのか、リュックは目を覚まそうとしない。

 

自分では対処しきれないと考えたはやてはリュックの時を止め、アニキたちの指示を仰ごうと船に向かう。数分と置かず回収されたはやては仲間がかけてくる労いの言葉に返事をすることもなく、すぐに医療班を呼んでくるよう頼んだ。気絶するリュックをデッキ上に横たえ、事情を察したアニキは怒鳴るように何事か叫び、船内への入り口近くにいた男と女が気絶するリュックの下に飛び込んでくる。はやてがリュックのストップを解くと、すぐさま脈拍や目の動きを確認し、一言二言かわした後、女がハヤテに向き直る。

 

「ハヤテ、エスナ かけろ」

 

「わかった。エスナ!」

 

言われるがままにリュックにエスナをかけると、リュックが胸をおさえて急に苦しみだす。

 

「レイズ かけろ!」

 

「レイズ!」

 

医療班の指示通りレイズをかけると、

 

「ごふっ! げほっ! げほっげほっ」

 

「リュック!!! ケアルガ!」

 

リュックが水を吐き出した途端、はやては反射的にケアルガをかける。しばらくせき込んでいたリュックだったが、呼吸を荒げながらも、体を起こし、周囲を確認することができるくらいには回復した。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ、あ、あれ? シンのコケラは?」

 

「リューーーーック!!」

 

「わっ!ちょ、アニキ?! なにすんのさ~!」

 

感極まったようにリュックに抱き着くアニキ。医療班の二人と周りの船員たちもホッとして、いつの間にか入っていた体の力を抜く。

 

「も、も~。暑苦しいって~!」

 

ぺたりと座り込みながらぐいぐいとアニキを押し離そうとするリュック。しかしアニキはおいおいと泣くばかりで一向に離れようとしない。見かねたのか、医療班の一人がアニキに言葉をかけると、アニキはハッと我に返り、船員に一言二言指示を飛ばすと操縦室へと急いで戻っていた。シンのこけらが襲ってきていた以上、近くに『シン』がいることは間違いない。であれば、今すぐここから離れる必要があると考えたのだ。

 

慌ただしく船内に戻ったアニキを合図に、それぞれの船員たちはリュックに声をかけて自身の仕事に戻っていく。医療班の女がリュックによくよく安静にするよう念を押し、更に誰かと一緒に行動して様子を見てもらうようにと言い含めた。

 

はやてにチラと目配せをし、その意味を正確に理解したリュックは顔を赤く染めて俯く。「そ、そうだよね。みんなに迷惑かけちゃいけないし、しょうがないよね」なんて言い訳がましくつぶやくリュックに微笑みかけた女は、はやてに様子を見てあげるよう伝えて船内に戻っていった。

 

「リュック」

 

「な、な、なに?」

 

座ったままのリュックに目線を合わせるようしゃがみ込み、リュックの頭に手を置くはやて。間近に迫るはやての顔と頭の上の温かい手に、沸騰しかけたリュックだが、とても辛そうな顔のはやてにハッとした。

 

「ごめん。きちんと、助けてあげられなかった」

 

「え、そんなこと! はやては助けてくれたじゃん! あの『シン』のこけらも倒したんでしょ!」

 

思いもよらなかったはやての言葉に狼狽するリュック。どういう状況なのか、いまいち正確にわかっていないリュックだが、それでも『シン』のこけらに攫われたとき、すぐに飛び込んで助けに来てくれたことはきちんと覚えている。目を覚ました時、デッキ上でアニキに抱き着かれながら「ああ、はやてがなんとかしてくれたんだ」と直感したが、実際その通りじゃないかとリュックは考えている。

 

だというのに、彼は謝ってくるのだ。

 

「僕が、すぐにあの魔物を倒すことができていたら…リュックが気絶するようなことにならなかったはずだ」

 

「いや、それはでもしょうがないとおも…」

 

 

 

 

 

 

「しょうがないで、リュックを殺してしまうところだったんだ」

 

 

 

 

 

 

リュックは言葉を失くしてしまう。あまりに悲壮な表情を浮かべるはやてが何を思っているのかリュックには測りきれなかった。

 

「僕は、すべてのケースに備えて魔法を用意しておくべきだった。準備が足りなかった」

 

「リュック、君がアレイズで目を覚まさなかった時、僕は僕の無力さを痛感したよ」

 

「僕のうぬぼれが、君をいらない危機に晒してしまった」

 

「だから、ごめん」

 

そう言い切って頭を下げるはやて。リュックは何も言えなかった。

ハヤテの行動は、リュックにとっては最善だったように思えたからだ。

 

だって、自分は助かっている。

助けてもらったのだ。

 

水中に引きずり込まれた時、引きずり込んだ魔物を見た時、リュックは言葉にできない恐れと孤独感を感じた。深い深い海の底に引きずり込まれそうな、たった独り誰にも気づかれず死んでいくような気がしたのだ。

 

あまりの恐怖に、身がすくみ、体が全く動かなかったのだ。

 

けれど、すぐにはやての姿が目に入った。自分を追いかけて飛び込んできてくれた。

そう理解したとたんに、体中に力がみなぎり、『シン』のこけらも何のその、バタバタともがいて見せたのだ。

 

結局ものすごい勢いで振り回されて気絶してしまったけれど、誰かに抱えられた感触は覚えていた。必死に声をかけて、励ましてくれる声を聞いた。だから、船の上で目が覚めたとき、アニキに抱き着かれながら、彼の姿を探してしまったのだ。

 

 

ハヤテが、助けてくれたんだと確信していたから。

 

 

けれど、はやてはなぜか辛そうな顔をしている。リュックが助かったことには喜んでくれていた。はやての、あそこまで安堵した顔は見たことなかったからだ。

けれど、それはすぐに曇ってしまった。そして、リュックの目の前で、頭を下げて謝罪までしている。

 

リュックは、頭を下げ続けるはやてを、危なっかしいと思った。

彼は、他者の「死」を恐れすぎているとも感じた。

 

それはとても危ないことだ。

人にはできないことがある。だから、自分たちは時に諦め、時に受け入れて、前に進んでいくのだ。そうしてリュックは母の死を受け入れ、乗り越えてきた。次からは機械の暴走なんて起きることがなくなるよう、一生懸命機械の扱い方や調整を学んできたし、いろんなアイテムの調合を試してみんなの力になろうとしてきた。覚悟を決めてきた。

 

全ては、このスピラで生きていくために。

 

けれど、はやては違う。

 

まるで、()()()()()()()()()()()()()()だとばかりに、いろんなことに責任を持とうとする。さっき、ハヤテは「君を殺してしまうところだった」と言ったが、それは本来正しくない。正確には、「死なせてしまうところだった」と言うべきなのだ。

 

だけどハヤテは、リュックの死に責任を持とうとしているように思えた。それが当然であると自分に言い聞かせて、感情に蓋をして、理想の為に最善を尽くそうとする。

 

決めた覚悟が、全く異質。

 

彼には力がある。不思議な力だ。

彼はあまり気にしていないようだけど、彼の魔法のいくつかはこの世界でも類を見ないもので、アルベド族が知り得る全ての魔法に属さない、全く新しい魔法なのだ。彼自身の魔力量も計り知れない。

きっとそれは、彼にとっても特別な力。

 

だから、諦められないのだろうか。

背負えるだけ、背負ってしまおうとするのだろうか。

 

自身の力を惜しげもなく、隠す素振りもなく披露し、リュックたちに協力する彼は。

リュックの知らない「ナニカ」のために必死になっているハヤテは、一体、どんな世界に生きているのだろうか。

 

 

 

 

急に、彼は幻なのではないかと思った。

 

急に、彼が消えてしまわないかと不安になった。

 

 

 

 

そばにいてほしい。いなくならないでほしい。いつも笑っていてほしい。

 

 

 

 

湧き上がって、荒れ狂う感情がリュックの脳を震わせる。落ち着こうとハヤテを見た。

 

 

 

消え入るような笑みで安堵し、その裏で身を削るような痛みに耐えて苦しむ彼を幻想した。

 

 

 

 

 

 

 

ちがう。そうじゃない。

ほしいのではない。

 

 

 

 

 

 

そばにいてあげたい。いつでも近くにいてあげたい。いつも笑いかけてあげたい。

 

いつも独りの彼に、寄り添ってあげたい。

 

 

 

「リュック?」

 

 

 

気が付けば、リュックは涙を流しながらはやての頭を抱きしめていた。はやては戸惑っている。なすがままで、どうすべきか悩んでいたようだが、何を思ったかリュックを抱きしめ返し、優しく微笑みながら頭を撫でたのだ。

 

 

「やっぱり、怖かったな。ごめん、ごめんな。怖がらせて。怖かったな」

 

 

怖かったのはハヤテの方ではないか。

怖がらせてしまったのは自分の方ではないか。

謝るべきは、自分じゃないだろうか。

 

リュックは言葉にできない。なんといえばいいのか分からない。

 

 

 

だけど、これだけははっきり伝えなくては。

 

 

 

「ハヤテ」

 

 

「うん」

 

 

「あたしが、いるからね」

 

 

「…………うん?」

 

 

 

ハヤテにはいつも助けてもらってばかりだ。

だから、自分がハヤテを救ってあげるんだ。

守ってあげるんだ。笑いかけてあげるんだ。

 

 

 

 

自分だけが、はやてを———

 

 

 

 

「…リュック?」

 

「………」

 

「リュック? 大丈夫?」

 

「…よしよし~」

 

「…あの、なんで僕が撫でられてるのかな」

 

「も~。しょうがない、しょうがないなあハヤテはさ~」

 

「え? あれ? リュックさん…?」

 

何故かはやての頭をしきりに撫でるリュック。

思っていたのと違う反応を見せるリュックに混乱するはやて。

 

「しょうがないから、あたしがついててあげる!」

 

「いやついててあげないといけないのは僕のほうなんだけどね…?」

 

「えへへへへ」

 

「リュックさん? ねえリュックちゃん?」

 

「えへへへへへへへ」

 

「………………エスナ」

 

小声でリュックにエスナをかけるはやて。「混乱」しているようではなかった。

 

「……、まあ一先ずは」

 

「きゃっ」

 

はやてはやんわりと離れると、きれいな涙を浮かべるリュックを横抱きに抱える。

 

「部屋に戻ろうか。一日に二回も気絶したんだ。今日は一日そばにいるから、安静にしていて」

 

「……うん。そばにいてあげる」

 

「……?」

 

首を傾げながらリュックを抱えて船内に戻るはやて。リュックは片手で、はやての服を強く握りしめていた。

 

 

一部始終を眺めていた船員たちは、とんでもないものを見てしまったと言わんばかりに顔を見合わせ、やがて何も見なかったことにしようと頷き、作業に集中し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえずリュックの個室に運ぼうとしたはやてだったが、リュックがはやての部屋が良いと聞かないのでベッドで静かにしていることを条件に好きにさせた。先にシャワーを浴びて来ると言ってシャワー室へと向かったリュックを横目に、操縦室へ向かいながら一連のことを思い出す。

 

 

リュックが助かって本当に良かった。

少し支離滅裂なことを言っているが、恐怖や緊張から解放されたからだろう。

 

 

それよりも、リュックが言っていた『シン』のこけらと急に姿を消した『シン』の行方について調べる必要があった。『シン』が姿を消したタイミングでコケラくずや『シン』のコケラが現れたことは無関係じゃない考えたはやては、操縦室にいるアニキに『シン』の居場所とサルベージ船周囲に『シン』のこけら達がいないかどうか確認したほうがいいと思ったのだ。

 

この船に乗っている人は死なせてはならない。

この船も、決して失くしてはならない。

 

はやてはこの船と船員たちを守るためなら何でもする覚悟でいた。

 

はたして、それは仲間たちを想うが故の気持ちなのか。

それとも、()()()()()()()()()という打算的なものか。

 

リュックを助けていた時は、純粋に彼女の為に力を尽くした。目の前で攫われたリュックを見て、勝手に体が動いたのだ。

 

けれど、彼女が「もしかしたら死ぬかもしれない」という状況に陥ったとき、はやてが心配したことはリュックのことだけではなかった。

 

 

こんなところで死なれては困る。

物語が成り立たなくなる。

 

 

リュックを助けてくれてありがとうと感謝を伝えてくるアニキの顔を見れなかった。

船員たちと喜び合うことができなかった。

 

自身のエゴに気が付いてから、はやては自分がしてきたことすべてが偽善であるように感じられた。誰かを助けるために力をふるっているのではないのだと、自覚したからだ。

 

純粋な気持ちで、彼らを、アルベド族を失くしたくないと思っていたのではない。はやては自身のために、アルベド族を利用しているに過ぎないのだと気が付いた。

それも、リュックが死ぬかもしれないとなって、いまさら。

 

 

「……帰っても、皆に顔向けできん」

 

今の自分を弟と妹が見たら失望するだろうか。

姉が見たら、叱責するだろうか。

親が見たら、悲しむだろうか。

 

元の世界に帰ることを優先して誰かを見捨ててしまうかもしれない。

何故なら、この世界のことよりも元の世界の方が大切で、他人の命よりも自分の命よりも大切な者たちがいるからだ。

 

「……は、物語の主人公にはなれんなあ」

 

ティーダはどうしてユウナや困っている人たちの為に命を懸けることができたのだろうか。

はやてと同じような境遇でありつつ、いやむしろはやて以上に苦しい運命を背負っていたのにも関わらず、ティーダは何故あそこまで「主人公」でいられたのか。

 

はやてには、分からなかった。

やはり、自身が偽善者だからだろう。

 

あぁそれでも、と思う。

たとえどんな選択肢を迫られたとしても、蔑まれたとしても、はやては、元の世界に帰ることを絶対の基準にしていこうと心に決めている。

 

元の世界に帰りたい。

それだけは決して偽りのない自分の心の叫びだったから。

 

だからまずはこの船の安全を確保しなくては。

 

操縦室の扉の前に立ち止まり、再度覚悟を決めたはやて。昏さをたたえた目のまま入室する。

 

「アニキ」

 

操縦室では屋根から吊るされた大きなモニターを皆が静かに見つめていた。

誰一人としてはやての呼びかけに反応せず、ただ、モニターを見つめている。

異様な雰囲気だった。

 

「……?」

 

近づいてモニターを眺めてみるはやて。すぐに気が付いた。

 

「————っ?!!」

 

モニターが示すのは、サルベージ船の真下、深海深くの超巨大な生物反応だった。

誰ともなく呟いた『シン』の二文字が重たく部屋に響いた。

 




おや?リュックちゃんの様子が…

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サルベージ船⑤(修正済)

仕事でバタバタしていましたがようやく落ち着いたので投稿...
楽しみにしていてくださった方、お待たせしました。


「死」そのものが海底深くに潜んでいる。誰もがサルベージ船の下で餌を待ち構えて大口を開けている魔物を幻覚した。息をひそめ、意味がないと知りつつも、無意識に音を立てないようにしてしまう。

 

アニキがモニターを見つめながら、静かな、しかしはっきりとした声で船を進めるように指示を飛ばす。『シン』は町や都を破壊こそすれ、海上の船一つ一つをわざわざ攻撃することはあまりない。『シン』によって沈められる船の多くは、『シン』から離れた『シン』のこけらやこけらクズに襲われたり、『シン』が生み出した大波によってひっくり返されたりすることが原因である。

 

総じて「『シン』に襲われた」という表現をするが、その状況は千差万別である。サルベージ船とアルベド族を率いるアニキは『シン』と接敵するいかなる状況においても冷静に対処できる胆力と正確な判断力を兼ね備えていた。

 

操縦士に普段の半分程度の速度で進むよう指示し、アニキは皆に向き直る。そして静かに語りかけた。

 

曰く、余計な混乱を避けるため、操縦室にいる者は『シン』が船の真下に潜んでいることを誰にも伝えないこと。他の船員には「『シン』は去ったが、念のために船を出してこの場から離れ、最寄りの陸上へ向かう」といった伝達をすること。冷静かつ合理的に行動すること。

 

アニキは緘口令を敷き、操縦室の者たちに何事もないように振る舞うよう命令を出した。操縦室に集まっていた者の多くは幹部やリーダーといった肩書を持つ者たちだったため、それを当然のこととして了承し、部屋を出て部下や仲間たちの下へと戻っていった。

 

操縦桿を握る何人かの操縦士たちはこれまでになく慎重な顔つきで、様々なメーターと表示されている海図を見比べながら船を進める。一先ずは指示通り、陸上を目指して船を進めるようだった。

 

気が付けば、はやてはアニキと対面していた。アニキは何も発しない。ただ、眉間にしわを寄せて何か思い悩んでいるように見えた。

 

〈……ハヤテ〉

 

〈…どうした〉

 

〈 リュックを、頼む 〉

 

〈 ……‥‥ 〉

 

〈 俺は良い。だが、いざとなればアイツを優先してほしい 〉

 

〈 アニキ、あの子は…… 〉

 

〈 お願いだ 〉

 

そういってはやての手を取り、握りしめる。アニキのリュックを想う心が手を通して直接伝わってくるような気がしたはやてだった。ふと、アニキの目を見る。

 

家族の為に、覚悟を決めた目だった。

はやてにとって、なじみのある目である。

 

〈 ……わかった。そばにいる時は、必ず助ける〉

 

〈 そ、そうか!よかった!ありがとう!! 〉

 

悲壮な顔から一転、元の明るい顔へと戻るアニキ。そこ抜けた明るさというか、少しお調子者のような一面はリュックのそれに大変良く似ていた。やはり家族なんだと再確認したはやてだった。

 

〈 けれど、 〉

 

繋がれたままの手を、今度ははやてが強く握りしめる。

 

〈 ? どうしたはやて?〉

 

〈 アニキも守るさ 〉

 

家族は、一緒にいるべきだ。

はやては言葉にこそ出さなかったが、アニキとリュックには一緒にいてほしいと思った。彼らは家族なのだ。リュックを守るのであれば、アニキも守らなければ嘘だろう。

 

それに、なによりアニキは、いや、()()()()

 

〈 ……ハヤテ? 〉

 

はやては何も言わない。ただ、強い意志をその目に宿しているだけだった。

はやての黒い瞳には何が写っているのか。アニキは分からなかった。

 

 

〈 ハヤテ、お前… 〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二 人 と も 何 や っ て ん の さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妙に冷たい声が操縦室に響いた。

 

ぱっと出入り口のドアに目を向けるはやてとアニキ。お風呂上がりだからか、珍しく髪を流したままのリュックが立っていた。いつものスイミングスーツではなく、ショートパンツにT-シャツというラフな格好だ。

 

「リュ、リュック!? トヤネ ハンベヨヨシ?! ラッチオマハキ チミセサオア?!」

 

リュックをよろしく云々のことを聞かれていたのかと思い、顔を赤くするアニキ。

 

「何でって、ハヤテがいつの間にかいなくなってたから探しに来たんだよ。っていうか、いつまでてーにぎってんのさ~~!」

 

つかつかと操縦室に入ってくるリュックは握られたままのアニキとはやての手にチョップを入れる。しかし思いのほか強く握られていたため、一度のチョップでは離れない。「えぃ!ふん!」と連続チョップをおみまいしてようやく二人は手を離したのだった。

 

「ハシミッセンガ?! アルベドゾム マハヘモ!」

 

「うるさ~~い! ハヤテ! ほら行こうよ! 今日は一日そばにいるって言ったでしょ! ハヤテの部屋でゆっくりするって言ったじゃんか~!」

 

そういってはやての後ろにまわり、退出させんとぐいぐいとはやての背中を押すリュック。

 

「ちょっと、リュック、押さな、ちょ、わかったわかった戻るから押さないで?!」

 

「もう! みさかいないのかな~! 男はダメだよもう!」

 

「何の話…」

 

ハッとなって思い出す。

そういえばさっきの状況って、はたから見れば見つめ合って手を取り合ってるように見えなくもないと気が付いたはやて。冷や汗が出る。

 

「なんか盛大な誤解してませんかねリュックちゃん?!」

 

「お話は部屋で聞きま~す!」

 

リュックとはやての二人はわいわい騒ぎながら操縦室を後にした。

ぽつんと取り残されたアニキは嵐のようにやってきては、はやてをさらっていったリュックに呆然としていたが、すぐに優しそうな顔に戻った。

 

「リュックム、 サオンガボ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わって、はやての部屋。

今、はやては床に正座して、ベッドに座るリュックに必死に弁明していた。船が大きく傾いたせいで少し散らかったため、簡単に整理整頓をしていたが、終わるや否や正座するよう言いつけられたのだった。

 

「そう、つまりアニキは魔法を使ってみんなの助けになってくれって頼んできてたわけなんだよ」

 

「ふ~ん」

 

「いいリーダーじゃないか。皆のためを想ってどこの馬の骨とも知れない僕に頭をさげ…」

 

「馬の骨じゃないもん!」

 

「は、もうしわけございません」

 

「も~、わかってないなぁ、も~~~!」

 

「あんまりもぅもぅ言ってたら牛になっちゃうぞ」

 

「茶化すなあ~~~!」

 

うがぁーっ!と分かりやすく憤慨するリュック。

 

「だいたい、何で操縦室なんかにいたのさ~。部屋にいないから心配したんだよ」

 

「ごめんごめん、リュックの様子を見るってアニキに伝えとこうと思ったんだよ」

 

「え~ どうだか~」

 

「たのむよ… 僕は女の子が好きだって。ね?」

 

はやてはなかなか機嫌を直してくれないリュックにどうすべきかあれこれ思案するが、これといった解決策はなにも思いつかない。ちょっとしたことでリュックに怒られることは、アルベド族に引き取られて二週間前後経った今までで何度もあった。結局自然と怒りが収まるのを待つしかないのだ。

 

以前、魔物との戦いの中である女アルベド族を攻撃から庇ったことがある。とっさのことだったので押し倒す形になったのだが、間一髪攻撃を避けることができた。ただ、本当に咄嗟のことだったので、右手が彼女の胸に当たっていたのだ。もちろんすぐに手をどけて、魔法を放って魔物を倒した。

 

不慮の事故である。はやてはすぐに謝罪し、意外なことに全然気にしなくていいと快く許しを得ることができた。これからは気を付けようと意識を切り替えようとするはやてだったがそうは問屋が卸さなかった。きっちり事の顛末を見ていたリュックから有難いお説教をいただいたのだ。

 

はやては懸命に説明したが、結局リュックの機嫌が直ったのは翌々日のことだった。

 

そんなこともあり、これは長引くかもしれないと未来の自分に同情していると、リュックは腰掛けていたベッドからおもむろに立ち上がり、きっと口を結んだ。

 

「ど、どうされましたかね・・・?」

 

恐る恐るリュックに声をかけるが、リュックは何も返答することなく、室内をうろうろと歩き出した。何か悩んでいるようにも見える。はやては立ち上がり——まだ立っていいって言ってない!と言われないよう慎重に——、リュックの手を掴む。本人が大丈夫だと言うので横になれとは言わないが、それでも無意味に歩き回ったり立ち上がったりしないよう、せめてベッドか椅子に座らせようと思ったのだ。

 

手をにぎられて一瞬体がこわばったリュックだが、すぐに力を抜いてはやてを見上げた。

かと思えば、すぐにうつむいてしまう。

 

はやてはあまり気にせず、リュックをベッドまで誘導して座らせる。するとリュックはベッドに上がってぺたりと座り込み、はやての枕を抱え、顔をうずめて沈黙してしまった。

 

沈黙が部屋を埋め尽くす。

ゴウンゴウンという船のエンジンの響きが伝わってきた。

 

「…………」

 

「…………あの、リュック?」

 

「……じゃ、じゃぁ、じゃあさ、か、確認なんだけどさ~?」

 

枕に顔をうずめたまま、もごもごと話し始めるリュック。枕のシーツは昨日取り替えたばかりだから匂わないはずと少し焦り気味のはやては極力それを顔に出すまいと続きを促す。

 

「はいはい、確認ね。はい。どぞどぞ。あ、よければ枕はこちらに」

 

「か、確認なんだからね?! 確認!」

 

「ええはい存じ上げておりますともはいご確認ですね」

 

それとなく枕を引っ張ってみるはやてだが、びくともしなかった。

 

「あ、あのね? そのぉ~」

 

「うん?」

 

枕からちらりと顔を上げてリュックは問いかけた。

 

「ど、どんな女の子がす、すく、すき、なのかな~なんて……」

 

「ん? タイプの女の子ってこと?」

 

「え? まあ? まぁそんな感じかな?! もちろん確認だよハヤテが嘘ついてるかもだし! あはは!?」

 

「ついてませんて…」

 

がばりと顔を上げてごまかすように笑うリュック。やはりお年頃なのか、確認とは言えど男の人にタイプを聞くのは恥ずかしいのかもしれない。

 

「だったらほら! 説明してごらんよ~!」

 

「えええぇ… まあいいけど。タイプ、タイプねえ」

 

「ど、どきどき…」

 

女の子のタイプ。

はやては、この手の質問が少し苦手だった。

 

「そうだなあ、あんまりそういうことにはこだわらないタイプだからなぁ僕自身」

 

「つ、つまり…?」

 

「フィーリングが合えばだれでもいいかな」

 

「ふ、ふぃーりんぐ…?」

 

「うん」

 

「………これ、喜んでいいのかな?」

 

「うん? なんて?」

 

「う、ううん! 何でもない! というかそれじゃあ女の子が好きかどうか分からないじゃんか~! もっとこう、何かないの~?」

 

「えええ…、見た目の話?」

 

「性格とかも!」

 

なかなか難しい質問である。

 

「んー、そうさな…」

 

「さな?」

 

「……そうだなぁ、あれかな? 明るい性格が好きかな?」

 

女の子がよく言う「優しい人が好き」みたいな事をいうはやて。

別に希望も何もないため、それっぽいことを言ってお茶を濁す気満々である。

 

「っ!! そ、そうそう! そういうの! えへへ! ほかにはほかには?!」

 

急に身を乗り出してくるリュック。

実は恋愛話がしたいだけなのかもしれない。

 

「ん~、あとは、そうだな…あれかな?いつもはふわふわしてても、きちんと締めるときには締めることができるとか」

 

「うん! 皆のリーダーとかできてたらいいよね~!は、班長とか!」

 

「うん、たしかに。皆を引っ張れる人ってのはポイント高いかもなあ」

 

「そ、そうかなあ~? えへへへ」

 

何故か照れ臭そうにしているリュック。

何と無しにリュックを見つめるはやて。

 

「………………あとはそうだな、金髪とか憧れるかもなあ」

 

「…えっ??!!」

 

「ほら、僕って黒髪だろう? 金髪って純粋に綺麗だなあって思うよ」

 

「えっ、えっ、えっと、」

 

「それから家族を大切にできること。特に兄妹かな」

 

「わ、わ、わわわ…ど、どうしよう、ぜんぶあてはまってるよ~…」

 

目に見えてわたわたしだすリュック。

にんまりしながらリュックをみつめるはやて。

 

「機械の扱いが得意だったら教えてもらえるよね。きっといいだろうなあ」

 

「お、教えてあげられる…はわ、はわわわわ、これって、これってもしかして」

 

愉快に混乱モードへ陥っているリュックへ微笑みかけるはやて。

 

「は、はやて……」

 

目を潤ませ始めた。ここいらが潮時だろう。

 

「あとは、そうだな、力持ちだったらいいなあ」

 

「…え? 力持ち?」

 

「うん。個性的な見た目にも惹かれるね」

 

「‥‥‥‥あれ?」

 

「うん? どうかしたかな?」

 

リュックははやての好みを整理してみる。

 

つまり、はやてのタイプは明るくて、リーダーシップがあって、金髪で、機械に詳しくて、家族を大切にできて、力持ちで、個性的な見た目……

 

 

 

力持ちで、個性的な見た目…?

 

 

 

つい、とはやての顔を見上げた。

 

 

 

 

とってもにんまりしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「  ア ニ キ じ ゃ ん か  ‼‼‼ 」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっはっはっはっは!!!!」

 

 

見たことないぐらいに大笑いするはやて。目に涙を浮かべ、我慢できないとばかりにベッドへ倒れ込んで笑っている。

 

ここに至ってようやくリュックは揶揄われていると自覚した。

 

 

 

リュック は いかり に みちた !

 

 

 

「ひどいひどいひどい~~~~!!!! ばかにして~~~!!!!」

 

「あっはっはっは!! ごめんごめん! いやだってあんまり素直に反応してるから、つい!」

 

「つい! じゃないよも~~~!!!」

 

「あははははははは!」

 

リュックは恥ずかしさやら悔しさやらを己のこぶしに込めてはやてにとびかかった。

 

「も~!も~~~!!! はやては! もうっ!!」

 

「あはははははははは!!!!!」

 

「わらうな~~っ!」

 

はやてに乗り上がってぽかぽかと叩くが、まるで効いていない。いつもなら腰に力を入れて殴れるが、羞恥心やらなにやらのせいで全く力が入らなかった。

 

それでも悔しいからとりあえず叩いてやる。

 

「あははは!あ、いたっ!痛いって!ちょ、ごめ、ごめんって!ごめんごめん!」

 

あおむけに倒れているはやてに馬乗りになって顔をぺちぺち叩いていたらさすがに聞いたようで、素直に謝るはやて。しかし、その口元が彼がまるで反省していないことを物語っていた。

 

「なにわらってんのさ~!もぅ!えい!えい!」

 

「うぇっ?! おうっ?! ちょ、腹の上で跳ねないで! ごめんってば!」

 

「えーい! この! いじわるハヤテなんかこうだ~!」

 

リュック自身も楽しくなり始めたのか、楽しそうに笑いながらはやてのお腹をトランポリンにする。引き締まってこそいるが、さすがに少女の重さをカバーしきれないのか衝撃がダイレクトに内臓へ伝わる。

 

「ぐぇ! うぅえっ! ゆ、ゆるして! ほぉう?!」

 

マウントを取られている以上何もできない。さすがはリュックといったところで、的確にはやての重心をおさえてくる。肉弾戦はからっきしのはやてに、なすすべはなかった。

 

「えい! え~い! はあ、はあ、ん、まいったか~! はぅ、ふぅ、あふ」

 

「がふっ! おふぅう! はっ、はあっ、ゆ、許してください…」

 

さすがに何度も跳ねていると息も切れてくるのか、リュックの息は荒々しい。はやてもはやてで、大笑いしていたせいで呼吸は乱れ、さらに肺から空気を押し出されるものだから荒い呼吸になってしまっていた。

 

リュックの額から汗が伝い、きれいなあご先で雫となって、はやての服にぽたり、と落ちた。

蒸し暑いのか耳までほんのりと紅潮していた。

 

「んふふ~、だ~め、んっ、はあ、まだまだ、おしおきする、んだから」

 

はやての胸を上からおさえるように手をついて、微笑むリュック。

お風呂上がりだからか、運動による汗によるものか。はらりと顔にかかるしっとりとした髪を耳にかけて、リュックははやてを追撃せんと腰を上げた。

 

 

 

がたっ!!ガタガタ!!!

 

ばんっ!

 

 

音を立ててドアが開き、何者かがはやての部屋になだれ込んできた。

一人二人なんてものではない。10はくだらない人数のアルベド族たちが、一斉に倒れ込んで入室した。

 

リュックは物音に驚いてビタッと動きを止める。見ると、いつもはやてにどうアプローチすればいいかアドバイスしてくれるお姉さんたちだった。

 

両者、静まり返る。

 

ただ、リュックとはやての荒い呼吸音がこだましていた。

リュックは力が抜けて、ぼすっとはやてのお腹に腰を落としてしまう。

 

「ぐっ!も、もう限界だ。いろいろ出そうだからいったん離れて、リュック…」

 

必死に吐き気をおさえていたはやては乱入者の存在に気が付いていない。

ゆえにとんでもない爆弾を投下してしまった。

 

 

 

 

 

きゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!

 

 

 

 

 

姦しい叫びが船内に響きわたる。

 

 

 

リュックヒャンダ トソハオアミガンム オドッセウフーーーーーーーー!!!

 

フネモ! リュックヒャンダフネハオモーー!

 

ミオヒオチチシ ミノンハコオダサアヤッサシ ヒダミハミカ! ヘミモルソア!

 

ミノッピミ リュックヒャン ヅフアカーーーーーーーー!!!

 

 

アルベド語で何事か叫び、蜘蛛の子を散らしたように退散する乱入者ども。

 

リュックはぽかんとしていたが、自分とはやての間を何度か視線で往復し、今の現状を再確認し、さっきのお姉さん達のセリフを反芻すると、

 

 

 

「ヤッセーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 

疾風のごとくはやての部屋を飛び出していった。

今すぐ弁明しなければ、取り返しのつかないことになる。それくらいは、初心なリュックにも容易に想像できた。しかし、ほうほうに散ったお姉さんたちを集めることは困難を極め、結局噂は尾ひれ羽ひれをつけて瞬く間に広まってしまう。決して消えない黒歴史の爆誕の瞬間だった。

 

 

後の伝説、「リュックちゃんご(淫)乱心」である。

 

 

女たちの叫び声とリュックの必死な弁明は操縦室まで届いていた。

操縦桿をにぎる操縦士たちは苦笑している。

 

〈 おまえら、『シン』が足元にいんだぞ…?〉

口令を敷いているとは言え、のんきな船員たちに小さくため息をこぼすアニキ。

自然と体の力が抜けてしまう。部屋に残った者たちもやれやれと頭を振っていた。

 

 

気が付けば、先ほどまで部屋に満ちていた張りつめた緊張感と死への恐怖は霧散していた。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐふっ…」

 

一方、初速の為に容赦なくお腹を踏みつけられたはやては、苦悶の表情で気絶していたのだった。

 

 

 

 

 

 




サルベージ船は⑩までを予定してます。
のんびりとお付き合いくださいな


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サルベージ船⑥(修正済)

落ち着いたのでこっそり投稿。
あの子が出てきます。


「お前は、何のために、死ねる?」

 

とある一軒家。広くも狭くもないリビングのソファーに二人の男が座っていた。両者とも、横に長いソファーの端にそれぞれ座り、ひじ掛けに肘をついて、足を組んでいる。

 

深夜であるにもかかわらず、部屋に電気はついていない。

 

男が発した質問に対して、はやては口を開いた。

 

「はあ? 何を言い出すのさ」

 

「言葉通り、さ」

 

くっくっくっと喉をひくつかせて笑い、泥水のように黒く濁ったコーヒーをすする男。黒を基調とするくたびれたスーツを纏うこの男ははやての父である。

 

「大学生にする質問じゃないだろ。中2の僕に聞いてくれない?」

 

そう言い捨て、はやても手にしていたコーヒーをすする。値段の割に薫り高く、酸味も苦みも抑えられていると評判のコーヒーだ。はやての母が先日買ってきたもので、家族全員気に入っていた。

アイスコーヒーにしてもきっと飲みやすいだろう。

 

「お前は、俺に、よく似ている」

 

「そうかな。僕はまだそんな人生の酸いばかりを味わってきたみたいな風貌はしてないつもりだけど」

 

「中身の、はなしだ。それに、甘いものも、味わって、いる。少量ではあるがね」

 

「……へえ」

 

「お前の、母さ 「 や め て く れ 」 ……そう、か」

 

はやては父の言葉を遮った。この男、事あるごとに母について惚気るのだ。それもなぜかはやての前でだけ。両親の仲がいいのは大変結構なのだが、長男としてどのように反応すればいいのか、はやてには分からない。そもそもこの男は何が言いたいのか。

 

「愛を、知れと、言いたいのだよ、俺は」

 

そして、またか。とはやては思う。

 

はやては自身の父を少し苦手に感じている。気恥ずかしいとか、反抗心とか、そういったことではない。

 

「人の心を読まんでくれない?」

 

「顔に、でているのだよ、お前は」

 

「真っ暗ですけど、ここ」

 

「では、気配に、でている」

 

「漫画じゃないんだからさ…」

 

カップに口をつけ、はあ、と息を吐き出すはやて。

肺の熱が吐き出されるように感じられた。

 

 

はやては父が苦手だ。

物語の中でしか見ないような、人の範疇を超えた技を時たま魅せる父は、はやてに薄気味悪さを抱かせている。最も、苦手というだけで嫌いではない。父として尊敬できる男なのだ。要は、相性の問題である。

 

 

「存外、簡単な、ものなのだよ」

 

「さいで」

 

人の心を読んだうえで会話を進めようとするこの男には友達などいない。

長年の経験から、はやてはそう確信しているし、実際に見たことも聞いたこともない。皆はやてのように男を不気味がるのだ。息子であるはやてですら苦手意識を持つのだ。他人にとってこの男は気味悪さそのものに見えるかもしれない。

 

なお、はやての弟は父の読心術を「人間離れシリーズ③」と呼んでいた。勿論、1と2があり、3以降も存在する。

 

「ふむ、何の、はなしを、していたか」

 

「………」

 

「そう、あきれる、ものじゃない。ああ、そうだ、そうだった、お前の、死について、だったな」

 

「なに、真面目に返さんといけないの? この質問」

 

呆れ声を隠す様子もないはやて。

 

「当然」

 

言われて、少しだけ考える。

 

「………あ~、きょうだいとか?」

 

「それらは、お前を含め、俺の、ものである。他、には?」

 

少し意外な答えだった。はやては咄嗟に言葉が継げず、詰まってしまう。

 

「ふむ、時間、切れ、である。そして、不正解、である」

 

「不正解? 正解があるとでも?」

 

そもそも「答え」などあるのだろうか。

この手の質問はいかに自分が納得できるかであるとはやては考えている。それゆえ、自身が最も納得いく答えを出したつもりだったが、男によるとはやての答えは間違いだったらしい。

 

「当然、ある。お前だけの、唯一の、答えがね」

 

「というと?」

 

「お前の死なぞ、何者のためにも、ならない、ということである」

 

はやては少し眉をひそめた。それでは質問が成り立たないではないか。

 

「言ってくれるじゃないか。命がけで何を成すとも、そこに意味などないと?」

 

「馬鹿が。俺の、言葉を、はき違えるな。お前の、悪い、癖である」

 

そう窘められ、少し困惑を見せたはやてだった。

この男は何が言いたいのだろうか。

 

「お前の、死は、()()()()()()

 

「お前が、死ねば、お前に、近しい、者たちは、()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう」

 

「この怨みは、さらなる、「死」を、招きかねない」

 

「お前の、「死」は、「死」を、招きかねないのである」

 

「さて、はやてよ」

 

気が付けば、男ははやての正面に立ち、真っ黒な顔ではやてを見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——————っづぁあ?!?!」

 

はやては飛びおきた。呼吸は荒く、首元は汗でぐっしょりと濡れていた。

 

見渡すと、自室の床に寝転がっていたことに気が付いた。少し重たい頭を振り、呼吸を整えて記憶を遡る。

 

「……あぁ、寝てたのか。リュックの相手して疲れたのかね。完全におっさんじゃないか……」

 

正しくは気絶していたのだが、些細な勘違いである。

 

「四捨五入すればまだ二十。若い。僕はまだ若い…」

 

よっこらせ、と言いながら立ち上がり、すぐにベッドへ腰かけた。

まだ頭がぼーっとしている。しばらくぼんやりしていたが、ふと、部屋の隅のセーブスフィアが目に入った。

 

いつの間にか、色がまた薄くなっている。

 

「………」

 

やおら立ちあがり、セーブスフィアに手をかざす。いつも通りの感覚を覚え、寝ぼけた頭もすっきりした。

 

「……死、」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

はやてはセーブスフィアを撫でるように、何度も手をかざしては離す動作を繰り返す。その動作に意味はない。物思いにふける際、ペンをくるくる回すように、手持ち無沙汰に行っている。

 

「僕は死んだらココに戻ってくるのか」

 

本来のセーブスフィアと同じように動作するのであれば、おそらく、はやてはたとえ死んでもこのセーブスフィアで復活するのだろう。ゲームのように時間も巻き戻るのか、体だけセーブスフィアに戻ってくるのか。

 

「確かめる術はない。死んだらそこでお仕舞いかもしれない……」

 

誰かを実験体にするわけにもいかない。そもそも、ここに来る者たちはこのセーブスフィアに気が付いていない様子である。下手なことを言って混乱させるわけにもいかない、というのがはやての考えだった。

 

なぜ、はやてのみセーブスフィアを認識できるのか。

間違いなく、自身の「存在」に関係していると確信を抱く。

 

はやては繰り返しかざした手を引っ込め、しゃがみ込み、セーブスフィアをしげしげと見つめた。

 

「…何せよ、君を頼らないようにしないとなあ」

 

何かに言い聞かせるよう呟いていると、はやての部屋のドアがノックされた。操縦室にいた操縦士の一人がはやてを呼びに来たのだ。

 

呼ばれるままに操縦室に向かうと、アニキが難しい顔をしてレーダーを見つめていた。アニキがはやてに気が付くと、コイコイとはやてを呼び寄せ、レーダーを指さす。

 

見ると、サルベージ船のレーダーから『シン』が消えていた。

 

一先ず安堵するはやてだったが、アニキによると、しばらく前に『シン』は突然移動を始め、驚く速度でレーダーから消えたらしい。移動した際の進行方向が船の進む方向とは真逆だったため、広範囲型エコーも移動した『シン』をとらえることができず、今は完全に見失った状態であるという。

 

〈次の任務に進むぞ〉

 

アニキがそうはやてに伝えた。当初は近くの大陸に一時的に上陸するという話だったが、『シン』が完全に検知可能のレンジから出たこと、目指していた直近の港の近くに探査に向かおうとしていた遺跡があること、今回の探査は重要任務であり、遺跡が荒らされる前に速やかに探査を進めたいことなどの説明を受けた。

 

補給の為にいったん港に寄った後、すぐに遺跡に向かうとのことだった。

 

〈了解。何をすればいい?〉

 

わざわざ呼びつけるという事は何か別に仕事があるのだろうかと考えたはやてはアニキに話の先をうながす。アニキはその通りだと言うように一つうなずいた。

 

〈ハヤテ、お前にアミガキを頼む〉

 

〈アミガキ? えぇと、え~… かい…だし、あ、「買い出し」か!〉

 

〈ひとまず、食料、機械用素材、くすり、とかだな〉

 

なるほど、アミガキは買い出しか...と納得しているはやてに、アニキは買い物用のリストを手渡した。はやては目を通してみるが、当然ながら何が書いてあるのか全く理解できない。音声間の意思疎通ならどうにかなるものの、文字を使ったコミュニケーションになると途端に会話できなくなる。要練習事項であった。

 

〈アルベド族は嫌われている。大事な任務前だし、面倒は避けたい〉

 

なるほど、とはやては理解した。どうやら事は急を要するようで、できるだけ波風立てず買い物をするならはやてが適任である。黒髪で黒目、さらに共有語であるヒト語であれば流暢に話せるはやてであれば、何の問題もないだろう。

 

アルベド族が嫌われ者、というところに思う所がないわけではないはやてだったが、いちいち気にしていては話が進まないし、何よりアルベド族のアニキがまるで気にしていない様子なら妙な気を回すべきではないと考え、承諾した。

 

〈了解。だが、時間かかるぞ〉

 

問題はリストを先に解読しなければ読めないという点だ。子供の初めてのお使いよろしく、リストそのものを店の者に手渡せばいいのだろうが変に思われないだろうかと心配になる。

 

〈リュックと一緒に行ってもいい。だが、ヤワ、大丈夫だろ〉

 

そういってアニキはギルが入った袋を渡してきた。結構な重さである。

 

〈…()()、で?〉

 

はやては自身に寄せられている信頼の大きさに驚いた。確かに、ここしばらくは共に生活しているが、それでも一時的に所属している部外者に過ぎないというのがはやての認識だった。

 

袋の中は恐らく相当な金額である。持ち逃げされることを考えていないのだろうかと逆に心配するはやてだったが、どうやらそうではないらしい。

 

〈お前は、仲間さ〉

 

はやての疑問を理解したうえで、アニキはニッと笑ってみせた。

 

 

 

 

 

「信頼には応えないとなあ」

 

はやてはデッキで、以前作った日本語とアルベド語の対訳表を見ながら、アニキに渡されたリストを翻訳していた。更にリストに載っている物以外に欲しいものがないか、皆に聞いて回っている。意外と「個人的に欲しい物」というのはあるようで、誰に聞いても何かしら一つは追加で買ってきてほしい物を挙げられた。

 

翻訳しながら追加された物をざっと見てみる。よく知らない魔物の部位であったり、よく知らない食べ物(果物らしい)だったり、よく知らない特産品だったり。

 

はやては固有名称を何一つ理解できなかった。

 

「こういう所はゲームと違うな。モルモルってなんだよ……く、果物?!」

 

モルボルみたいな見た目じゃなかろうかと戦々恐々するはやて。

 

「そういえば……、〈なあ、リュックはどこにいる?〉」

 

ふと、リュックを見かけないと気がついたはやては、そばでゴムボートの点検をしていた船員にリュックの所在を聞く。1日一緒に居る約束だったが、任務が入ったのではやての部屋でおとなしくするよう伝えるつもりだったが、どうやら船内を駆け回った後にお姉さま方の部屋に連れ込まれて軟禁されているらしかった。

 

どうしてそんなことになったのか、と尋ねると、アルベド族の男は気まずそうに眼をそらし、何も言わずはやての肩をたたいて船内に戻っていった。

 

「? ま、いいか」

 

軟禁でも何でも、誰かの目の届くところでゆっくりしているならそれでいいかとはやては納得し、引き続き、他の船員たちに買ってきてほしい物がないか聞いて回り、軟禁されているリュックと女アルベド族数人を除いた全員の希望を聞いたところで、船を止めてもらうようデッキから海面に向かって魔法を放つ。

 

まもなく、船は止まり、デッキにいた船員たちに手伝ってもらいながらゴムボートを海に落として乗り込み、ボートのエンジンを始動させた。

 

サルベージ船を上陸させる予定だったが、『シン』が出現した影響か、遠目にも港には多くの船が集まっているように見えた。多くが帆船だったため、アルベド族の船が港に近づいては混乱を招きかねないと判断し、サルベージ船は上陸せずに、はやてのみゴムボートで買い出しに行くことにしたのだった。

 

問題なくエンジンが作動していることを確認したはやては、エンジンスロットルを回し、ボートで海面を走り出した。エンジンは改造されているらしく、思いのほかスピードが出るのでひっくり返らないよう、港に向けて慎重に操縦する。

 

「日本のものと操縦が変わらなくて助かった。パワーがあるから、10分もしないうちに着くかな」

 

はやては気持ちよく流れる潮風を肌に感じていた。海は沖縄のビーチのように透き通っている。海中は色とりどりの海藻やサンゴ、魚たちであふれており、スキューバダイビングをしたら、さぞ綺麗で楽しいだろうと想像した。もちろん、海にも魔物が発生するため、丸腰でダイビングをした暁には海の藻屑となるに違いないが、もし安全が確保されたビーチがあれば、ぜひ遊んでみたいと思うはやてだった。

 

つらつらと考えていると港が近づいてきた。はやてはボートが目立たないよう、港の隅にボートを泊め、岩陰に隠し、何食わぬ顔で港に歩を進めた。

 

「お、おおぉ、人がたくさんいるゾ……」

 

石畳で綺麗に整えられた港は多くの人でごった返していた。この世界にきてから、はやては初めて人の大群を目にし、謎の感動を感じていた。普段サルベージ船には40人前後しかおらず、その数倍は優に超える人数を目にしたはやては、圧倒され、しばらく立ち呆けてしまっていた。しかし、すぐに我に返る。

 

「うーん、やっぱアルベド族らしき金髪は見かけないなあ。金髪自体は普通にいそうなんだけど……意外といないものなのかな」

 

サルベージ船で上陸しなかったのは正解だったとぼやきながら、はやては市場らしき場所がないか探しはじめる。アニキの話だと、港には大抵、大荷物を抱えた商人らしき人や出店が集まっているところがあるという。まずはそれを見つけなければならないのだが、しかしなかなか見つからない。

 

はやては道行く人にそれらしい所がないか聞きながら歩き、ようやく市場らしき場所を見つけた。円形の大きな広場である。港もそれなりに人があふれていたが、ここ、市場になっている広場はまさに人の密集地帯になっていた。

 

「ま、まじか。こんなに人がいるのか。結構な大金持ってるし、スリには気を付けないといけないな」

 

ほとんどが出店で、どんな商品を売っているのか一目瞭然で分かりやすい。しかし、はやては買う物の名称が分かっていても、それがどんな見た目をしているのかよく理解していない。一応リストは食べ物、部品、素材などに分類して書き分けたはやてだったが、あまり効率的に買い物できそうにないなと独り言ちた。

 

「しょ、しょうがない、1つずつまわって聞いてみるしかないか」

 

はやては、やっぱり最初くらいは誰かについてきてもらうべきだったかと後悔していると、自身と同じように大群を見つめておろおろしている少女を見つけた。少女は背伸びしながら人の大群を見渡そうとしている。誰かを探しているのか、はやてと同じようにお店を探しているのか、いずれにせよ、後ろ姿からでも「私困っています」という様子がありありと見受けられた。

 

周囲の人々は自分の買い物で忙しいのか、少女を気に留めない。たまに、ちらと少女に目を向ける者がいるだけで、ほとんどは少女に構うことなく自分の用事を片付けようとしている。

 

何となく少女を眺めていたはやてだったが、少女が背伸びをやめてしょんぼりし始めたところで、なんだかいたたまれなくなり、少女に話しかけることにした。

 

「あー、もし、お嬢さん。何かおこ…ま……り?」

 

話しかけてすぐに、もう少しまともな話しかけ方があるんじゃないかと反省したはやてだが、振り返った少女に思考が吹き飛ばされてしまった。

 

「え? あ、いえ! 大丈夫です!」

 

ふり返った少女は、着物を連想させる服装をしていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()である。着物ではないが「和装」ではあるような。変わった服装だが、不思議と調和のとれたデザインの服を身にまとった少女は、困ったような笑みを浮かべてはやてに向き直る。

 

「えっと。仲間……というか姉……達家族と一緒に買い物に来たんです。でも、はぐれてしまって……」

 

結構目立つのですぐに見つかると思うんですが…ときょろきょろする少女に、はやては何も反応できなかった。まさか、と音無き言葉が口から漏れ出す。

 

「ま、迷子になっちゃった…怒られちゃうかな」

 

不安なのか、なんとなく帯を整えたりスカートを払ったりしている。固まっているはやてには気が付いていない。

 

なぜここにいるのか、ここは「あの島」のそばなのか、今関わるべきなのか、介入すべきではないのではないか。色々なことがはやての頭を巡る。あまりに唐突すぎて、混乱の極みに陥っているはやてだった。

 

「……? あの、大丈夫…ですか?」

 

石化したように固まったはやてを不思議に思ったのか、少女ははやてに近づき、見上げた。

 

無防備に距離を詰めてくる、無垢な少女。

蒼青(そうせい)色と翠緑(すいりょく)色の瞳が、はやての目を捉えていた。

 

「………………」

 

「………?」

 

「……えしゅな」

 

はやては自身にエスナをかけた。混乱も石化もしていない。

それでも、気持ちスッキリした気がしないでもない。

 

「きゃっ! あぁ、びっくりしたあ。ごめんなさい、驚いちゃって」

 

「いや、ああ、うん。いやあ、大丈夫大丈夫。僕の方こそ急にごめんね」

 

「いえ、大丈夫です。白魔導お使いになるんですね。白魔導士の方ですか?」

 

「あぁ、まあ、そんな感じ、かな?」

 

「やっぱり!先ほどの白魔導って【エスナ】ですよね? あの、体調が悪かったのですか?」

 

「いやいや、うん、大丈夫大丈夫。あはは」

 

「あまり、無理なさらないでくださいね」

 

「うん、そうだね。もう大丈夫だ。ありがとうね」

 

「いえ」

 

少女はふふ、と笑う。とても綺麗で、どこか儚さも感じられる笑みだった。

 

「ええと、そうか、迷子なんだっけ? 一緒に探してあげるよ。僕の方が背が高いし、早く見つけられると思うよ」

 

「え?! いえ、大丈夫です! この広場にいると思いますし、すぐに見つかりますから!」

 

 

少女は遠慮するが、はやては何も言わず密集する群集を指さす。

 

 

 

とても、すぐには誰かを見つけることなどできそうになかった。

 

 

 

「……え、と」

 

さすがに一人で人を探すのは難しそうだと気が付いた少女。

 

「まあ、その代わりと言っては何だけどさ」

 

はやてはポケットからリストを取り出して少女に手渡した。何の疑問も抱くことなくリストを受け取った少女は、リストに目を通してみる。よく見る果物や魔物素材が書かれていた。

 

「そのリストにあるもの、僕見たことないんだよね…買い出しに来たはいいけど、何がどれなのか全然わからなくて困ってたんだ」

 

「…え? でもこれは…」

 

たしかに、少し珍しい物もリストにはあるが、基本的には誰にとってもなじみ深いものである。それを分からないという事など、あるのだろうかと少女は思った。

 

「うん。まあよくある物らしいけど、僕記憶を失くしててね」

 

「記憶…ですか?」

 

リストに落としていた目線をあげる少女。はやての綺麗な黒い瞳が、そこにあった。

 

「そう。『シン』の毒気ってやつでね」

 

「——っ!ご、ごめんなさい! そうとも知らず…!」

 

少女はすぐに頭を下げるが、はやてはいいからいいからと頭を上げさせた。

 

「まあそれはどうでもいいんだけどね。それより、買い物が不便でねぇ…」

 

少女から見て、はやては自身が記憶喪失であることに何の苦も感じていないようだった。いや、買い物に不便を感じてこそいるが、記憶がないことそのものに不安を感じてはいない。

 

 

そんな人も、いるのだろうか?

 

少女には分からなかった。

 

 

「で、だね。僕が一緒に君の連れを探してあげるからさ。一緒に買い物してくれないかな?もちろん、途中で見つけたら、そこまでで大丈夫だからさ」

 

「そ、そういうことでしたら…。はい! 任せてください! あ、でもちゃんと買い物にも最後まで付き合いますから」

 

よくわからないが、少女ははやてが困っている様子だったので、力を貸すことにした。

自分の姉を一緒に探してくれるというので、どちらにとってもありがたい話だろうと少女は考えた。

 

「うん、じゃあよろしくね。僕ははやて。柊木はやてといいます」

 

はやてはよしっ!と意気込む少女に自己紹介をした。

少しだけ落ち着かせるように少女の頭に手を載せて。

 

「あ、……す、すみません、えっと、私はユウナといいます。よろしくお願いします!」

 

 

 

 

「………ですよねぇ(震え)」

 

 

 

 

「え?」

 

「いやいや、なんでもないよ。じゃあ、行こうか。人探ししながら買い物だ」

 

はやてはごまかすように笑い、人ごみに向かって歩き出す。

 

「あ、はい!はやてさん!」

 

はやての下まで走り、少し後ろをついて歩くユウナ。

はやては振り返り、ユウナとの距離を確認した。三歩ほど、距離が空いている。

 

「ユウナちゃん、そのお姉さんと一緒の時もこの距離で歩いてた?」

 

「え? あ、はい。そうですね」

 

「それじゃまたはぐれちゃうよ。こっちおいで」

 

はやてはユウナの手をつかみ、少し自分に引き寄せた。

 

「あ、」

 

「そうだなあ、この辺掴んでて?」

 

そういってはやては自分の服のすそをユウナに握らせる。

 

「…っ! あの、ふ、服にしわが……」

 

「いいからいいから。またはぐれるよりマシだしね。それとも手つなぐ?」

 

「えっ?! あの、えと、えと」

 

男の人の手をにぎるなんて、どうしよう、どうしよう、でもはぐれちゃだめだし…

あ、でもさっき……

 

そんな風に頭がいっぱいいっぱいになってしまったユウナだが、くくっ、と小気味良く笑う声が聞こえて顔を上げる。

 

 

はやてがとてもいい笑顔を浮かべてた。

 

 

「——~~~~っ!!!」

 

ユウナは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「あっはっは!ごめんごめん、あんまりかわいくテンパってるから、つい」

 

「か、かわっ?!」

 

かわいいなんて、言われたことがない。

また、からかっているのだろうか。

顔が熱い。赤くなっていないだろうか。

ああ、恥ずかしい…

 

ユウナは何といえば良いのか分からなくなってしまい、黙り込んでしまう。

 

「まあ子供扱いするのもあれだしね。しわなんて気にしなくていいから、掴んでて」

 

はやてはユウナの頭をひと撫ですると、ゆっくりと歩き出した。

 

ユウナは未だ混乱していたが、服に引っ張られるまま、はやての後ろをついていく。

 

(……あ、)

 

少し落ち着いたユウナは、はやてがゆっくりと、人を分けるように歩いていることに気が付いた。

店の前に行くのであれば、人の間を縫うように歩く方が早いのだが、わざわざ人垣を分けて進んでいる。すみませんね、どーもどーも、といいながら歩みを進めるはやて。たぶん、いや、間違いなく自分のために、歩きやすいように、はやては進んでくれているのだとユウナは理解した。

 

困っていた自分に声をかけてくれたこともあり、ユウナははやてに「優しい人」という印象を抱く。

 

あの父の娘ということで気を使われたことは何度もあった。

そのたびに申し訳なく思い、気まずく思うことも多々あった。

 

しかし、はやての言動は純粋な親切心によるものだった。

大召喚士ブラスカの娘としてではない、ただの「ユウナ」を気遣う優しさだった。それは兄や姉と慕う彼らのような、暖かい気持ちにさせてくれるもの。

 

 

 

そうだ、はやてさんは「優しい人」なんだ。

 

 

ユウナは、はやての服を握り直した。

 

 

 

 

「あれ? ユウナちゃんお耳真っ赤ね?」

 

 

 

 

でも女の人みたいな喋り方でからかってくるから、きっと「いじわるな人」でもあるんだろう。

 

ユウナは空いた片方の手で片耳を隠しながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか、「独り」だった不安は消えていた。

 




ユウナちゃん、ふらいんぐ登場


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サルベージ船⑦(修正済)

はやてにからかわれた事もあり、始めは黙ってはやての後ろについていくだけのユウナだったが、あれこれと買い物を進めていくうちにはやての人柄に慣れ、気がつけば買い物に夢中になっていた。何の変哲も無い果物や工芸品に驚いたり感心したりするはやてを眺めているうちに、緊張がほぐれたのだろう。

 

今は、はやてが持っていたリストを手に屋台の商品とにらめっこしていた。

 

「ユウナちゃん、そんなに真剣に選ばなくても大丈夫だよ。というか僕には違いがわからない」

 

屋台のカゴには謎の果実らしきものが山のように積まれていた。明るい緑色をしているソレは長い毛のようなものに覆われている。食べ物なのだろうが、はやてはその見た目で食欲は湧きそうに無いと感じた。

 

「いいえ、はやてさん!これはよくよく注意して選ばないと、とってもすっぱいものを買ってしまうこともあるんです! とっても、すっぱいんですよ!」

 

はやてに向き直りもせず、ひたすら謎の果実を睨みつけるユウナ。とても真剣に選んでいるその様子に、はやては肩を上げてみせ、自身は市場の人ごみに目を向けた。

 

「そっか。じゃあ、それはユウナちゃんに任せようかな。僕はユウナちゃんのお姉さんを探してみるよ」

 

目の前の屋台に来るまでは、ユウナとはやては「ユウナのお姉さん」について話をしていた。

 

曰く、とても博識で冷静な女性。

曰く、黒魔道士で、様々な魔法が使える。

曰く、綺麗な黒髪で、妖艶な雰囲気を纏う。

曰く、怒るととっても怖いけど、普段は優しいお姉さん。

 

ユウナが「姉」と慕う存在などいただろうか、はやては記憶を掘り起こしていたが、特徴を聞いてみればすぐにその人物に思い至った。おそらく、FFXのプレイアブルキャラクターの1人である【ルールー】のことを指すのだろうと、はやては予想した。というよりも、ほぼ確信している。

 

ユウナが言うには結構目立つ服装をしているらしいが、さもありなん、ルールーの服装はFFXのキャラクターの中でも一際目立つもので、1度目にすればしばらくは忘れられないものだとはやては記憶していた。

 

モニターを通してルールーの下半身を覆う大量のベルトを見たとき、この人は普段どうやって衣服の着脱をしているのだろうと色々と想いふけり、また姉弟たちと「ルールートイレどうしてるの論議」が白熱したのは今となってはいい思い出である。

 

ちなみに長い議論の末の結論は「ルールーはトイレをしない」というものだった。

ファンタジーである。

 

「あ、はい! お願いします! すぐに分かると思いますから」

 

「りょうかい」

 

「私はしっかり選んでおきますね! このモルモル!」

 

「待ってそれがモルモル?! 見た目と名前がリンクしすぎじゃない?!!」

 

「 ? 」

 

はやての衝撃などそっちのけに、ユウナはまた謎の果実、もといモルモルに向き直り、にらめっこを始めてしまった。少し呆然としていたはやてだったが、何かを吐き出すようにため息をつくと、改めて人ごみに目を向けてルールーを探し始めた。

 

はやての記憶にあるような装いをルールーがしているなら、ユウナの言う通りすぐに見つけられるはずだが、これが意外と見つからない。人が多いこともあるが、おそらくこの辺りにはいないのだろうとあたりをつける。

 

おそらくルールーもユウナを探し回っているのだろう。こういう時は、一ヶ所に待機している方が良い場合が多いため、買い物が終われば2人でどこか落ち着けるところで待機しておこうとはやては考えた。

 

ひとしきりルールーを探した後、ユウナに声をかけると、ちょうど最良のモルモルを選び終わったところだったらしく、いつのまにか屋台の店主にお金を渡していた。

「ユウナちゃん、お金は預かっているからユウナちゃんが払わなくても大丈夫だよ」

 

はやては店主にお金を手渡そうとするユウナの手を掴み、代わりに自身が支払いを終える。ついでに山の中からモルモルを一つ適当に選んで支払いをし、ユウナに手渡した。

 

「はい、こっちはお礼ね。ありがとう。僕の仲間もきっと喜んでくれる」

 

ユウナはハッとして、モルモルを受け取るとぺこりと頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい、選ぶのに夢中で…」

 

「いいよいいよ、それだけ真剣に選んでくれたってことだろうし。オススメの一品でしょ?」

 

「はい! これが一番熟れてて美味しいと思います!!」

 

目を輝かせてそういうユウナには、ゲームでは見られなかったような子供らしさが垣間見えた。いや、ゲームと比較してリュックが小さくなっていることを鑑みると、ユウナもいくらか幼いのだろう。

 

 

 

ああ、そうだ。

 

 

 

はやてはあることを思いつき、ユウナに尋ねてみることにした。

 

「ユウナちゃん、ユウナちゃんって今何歳なのかな」

 

「年齢ですか? ええっと、今年にはいって15になりました」

 

「15…ということは、そうか、2()()()()()()()()

 

「2年前、ですか?」

 

「ん。いや、なんでもないよ」

 

ゲームではユウナの年齢は言及されていなかったように思うはやてだったが、 設定上のユウナの年齢は覚えていた。中学生の頃にFFXをプレイしていた時、隣で見ていた姉が「ユウナと同い年?!! そんなバカな!!」と騒いでいたことがあったのだ。当時の姉は高校2年生で、何かにつけて17歳をアピールしていたから間違いない。

 

目の前のユウナは、ゲームのユウナより2歳若い。

この世界はゲーム本編開始から2年前であるという証拠だった。

 

思いがけない時に知れた事実。

はやてにとって、決して軽視できない情報だ。

 

「…? あ、ところではやてさん、買い物はこれで全部でしたっけ」

 

急に考え込んだはやてを不思議そうに首を傾げて眺めていたユウナだったが、手元のメモに目を落とし、さっきの買い物がリストの最後だったことに気がつくとはやてに次のことを尋ねた。

 

「あ、うん。そうだね。これで全部だ。ありがとう、本当に助かったよ」

 

そう言って笑顔をみせて、手にしていた袋をユウナに見せるはやて。そこにはアニキや仲間のアルベド族に頼まれて購入したものがしっかりと入っていた。

 

「ふふ、お手伝いできてよかったです」

 

まるで自分のように嬉しそうに笑うユウナをみると、はやてはふと、ゲームの中のユウナを思い出した。

 

どこのシーンだったか、とても綺麗な夕日が差していた。

主人公のティーダと共に、海岸沿いの崖に座り、何かを語っていた。

 

詳しい内容は覚えていない。

だけど、決して楽しい話や甘酸っぱい話ではなかった。

 

 

 

どこか、悲しい覚悟を感じられたのだ。

 

 

今思えば、おそらく今の時点で既にユウナは「覚悟」を決めているのかも知れない。

一朝一夕にできる覚悟ではない。長い時間をかけて、自分を説得しながら、あるいは騙しながら、来たる旅立ちの日に備えているのだろう。

 

困った人を見かけると放っておけない性格をしているユウナは、今、はやての前で明るく笑っている。しかし、ふとしたときに感じる重圧に、ユウナはどんな顔で耐えているのだろうか。

 

「あの、はやて…さん? って、あの、あああの、あのあの、」

 

しかし、はやては不思議と安心していた。

そう、この子はゲームのメインヒロインなのだ。

必ず救済される。

 

()()()()()()()()()()()

太陽のように明るい少年が、彼女の螺旋を断ち切るようになっている。

 

だから、はやては安心していた。

 

「あの、えっと、えっと、えっと」

 

だけど、彼女の幸せを願わずにはいられなかった。

 

きっと大丈夫。

いつか報われる。

幸せになれるはず。

 

言葉にはできない。すべきではない。

 

だから、ただ、はやてはユウナの幸せを願って優しく頭を撫でた。

 

「ユウナちゃん」

 

「えっとえっとえっとえっ、あっ、は、はい?!」

 

「………お姉さん、探そっか」

 

「え? あ、はい!」

はやてに頭を撫でられながら、ユウナはコクリと頷いた。

 

 

 

 

----

 

 

 

ルールーもユウナを探していることを考えると、目立つところで待機している方がかえって早く合流できるはずというはやてのアドバイスにしたがって、ユウナは少し市場から離れた小広場のベンチに座っていた。はやては飲み物を買ってくると言って、ユウナに荷物を預けてまた人ごみの中に戻っていった。

 

はー、と息を吐いたユウナは先程までのことを思い出していた。

 

最初は、からかわれたこともあり、恥ずかしいと思いながらはやてについていっていた。けれど、気がつけば色とりどりの屋台や商品に夢中になり、更にはやてが一つ一つ質問をして、素直に驚いたり関心してくれるものだから、気がつけばルールー探しもそっちのけで買い物を楽しんでしまった。

 

「反省しないと、だね」

 

それに、はやてが突然頭を撫でてくるものだから、混乱してしまい、いっぱいいっぱいになってしまった。

ルールーやワッカが余計な虫がつかないようユウナを守っていたことで男性に対して免疫があまりないユウナは他人の男性に触れられたことなどほとんどなかった。

 

そのせいで、色々と慌ててしまった。

落ち着きがない子だと思われなかっただろうか。

少し、心配になった。

 

「ユウナ」

 

ユウナが1人悶々としていると、聞き慣れた優しい女性の声が聞こえた。

声の方に振り向くと、探していたルールーがどこか安心したような顔でユウナを見つめていた。

 

「ルールー!」

 

ユウナは立ち上がり、ルールーのそばまで駆け寄る。

ルールーはふわりとユウナの肩を抱きしめた。

 

「ダメじゃない、勝手にどこかに行っちゃ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

怒られるかも、少し身構えたユウナだったが、意外なことにルールーはユウナの顔を撫でて、優しく微笑むだけだった。

 

「…いいえ、私も悪かったわ。ごめんなさいね、置いてけぼりにしてしまって」

 

「う、ううん! ルールーは悪くないの! 私が、きちんとついていけなかったから」

 

「ふふ、じゃあおあいこね」

 

「…うん!」

 

事情を知らない者からすれば、互いの無事を喜ぶユウナとルールーは本当の姉妹のように見えるだろう。ルールーも、ユウナも、互いに心を開いている。

ユウナが幼い頃から面倒を見てあげているルールーは、姉でありながら母のようでもあり、ユウナにとってかけがえのない家族なのだ。

 

2人の間には、ただ血が繋がっているだけの姉妹よりも強い絆が結ばれている。

 

ようやく合流できたことを喜ぶユウナだったが、ふとルールーの表情が変わったことに気がついた。

 

「あら、でもよく考えてみたら、もう一つあなたに謝ることがあったわ」

 

「え? どういうこと?」

 

不思議そうにするユウナだったが、ルールーは何か含んだような顔を見せ、いたずらするように言葉を続けた。

 

「実は、あなたが彼といっしょに市場を周り始めたくらいから、離れたところで見ていたのよ」

 

「え? そ、そうなの?」

 

「ええ。 可愛くぴょんぴょんしていたからすぐに見つけられたわ」

 

「え、ええ!? どうして声をかけてくれなかったの?! 探してたのに!」

 

ルールーの言葉に抗議するユウナだったが、ルールーは微笑みながら首を横に振るだけだった。

 

「何言ってるの。あなた、屋台に夢中だったじゃない」

 

「……あ」

 

「あの人ごみをかき分けるのも大変そうだったし、それに…」

 

「それに?」

 

 

 

 

「男の人とのデートを邪魔するほど、野暮じゃないわ」

 

 

 

 

「………………え?」

 

 

 

 

「心配だったし、最初はすぐに声をかけるつもりだったのよ。最悪力づくであなたを彼から離すことも考えてた」

 

「……え? え? る、ルールー?」

 

そこでルールーは言葉を区切り、やれやれと言わんばかりに溜息を吐き、意味ありげにユウナへと視線を流した。

 

 

「でも、すごくいい雰囲気だったから話しかけづらくって」

 

ユウナはルールーが何を言っているのかすぐには理解できなかった。

 

「——っ、な、る、ち、ちがっ」

 

「あらあら、顔を真っ赤にしちゃって。妬けるわね」

 

くすくすと笑うルールーは本当に楽しそうに笑っている。

ユウナはルールーが重大な勘違いをしていると理解し、誤解を解こうと口を開いた。

 

 

「あ、ユウナちゃん。よかったね、合流できたんだ」

 

「——————っ?!!!!」

 

「あ、あれ…?」

 

はやての声が聞こえた瞬間、ユウナはびくっと大きく体を震わせて、反射的にルールーの背の後ろに隠れてしまった。

 

はやてが両手に飲み物を持って、戻ってきていたのだ。

 

「…もう、しょうがない子ね。ごめんなさいね、うちの……妹が。迷惑をかけたでしょう」

 

「ああ、いや、全然全然。むしろ買い物を手伝ってくれて助かったんだよ。ユウナちゃん、よかったね合流出来て。はいこれ、ジュース」

 

ルールーの背に隠れるユウナにジュースを手渡そうとするはやてだったが、ユウナはルールーの背中から出てこない。

 

「こら、ユウナ! ちゃんと受け取りなさい、ほら!」

 

「きゃっ! あっ、は、ひゃやてしゃん」

 

「ひゃやて」

 

「あっ、ちっちがっ!」

 

「ユウナしゃん、これあげる。モルモルのジュースだってさ。まったく味が想像できなくてつい買っちゃったけど大丈夫かな」

 

「あ、は、は、はいいぃぃ…」

 

顔を俯けながら、それでもちゃんと両手でジュースを受け取るユウナ。

 

「もう、ほんとにこの子ったら…。しっかりしなさい」

 

「だ、だってルールーが変なこと言うから…」

 

「変なこと?」

 

はやては何のことか分からないと聞き返すが、ユウナは顔を真っ赤にして俯くばかりで返事をしない。耳を澄ますとぽそぽそ何かを言っているように聞こえるが、肝心の内容は全く聞き取れなかった。

 

「気にしないであげて。それよりあなた、はやてといったかしら。ありがとう、この子の面倒を見てくれて」

 

そういってルールーは柔らかく笑った。

 

はやてにとって、それはとても意外だった。ゲームの中のルールーは、どこか冷たいイメージがあったのだ。まさしく「魔女」といったような雰囲気で、言葉も少しきつかったような印象だった。クールビューティといえば聞こえはいいかもしれないが、排他的な性格だと言えるような言動をルールーはとっていたように思える。

 

少なくとも、ルールーが今のように、見る人すべてを魅了するような、優しさに包まれるような笑みを浮かべているシーンなど、はやては全く覚えていない。

 

なるほど、ユウナも懐くはずだと思った。

 

「いいや、気にしなくていいよ。結局僕はユウナちゃんに助けてもらっただけで全然力なれなかったけどね」

 

「そんなことはないわ。少なくとも、変な虫は追っ払ってくれてたじゃない」

 

「……さすが、黒魔導士ってところかな。分かりやすかった?」

 

「魔力の流れが、ね?」

 

「勉強になります」

 

やっぱり分かる人には分かるのだろう。

ユウナに近づく輩はたまにいたが、そのたびに適当な魔法で追っ払っていた。黒魔導士としてのルールーにはそれが知覚できるのだろう。

 

機械に囲まれているサルベージ船内では気が付けないことだった。

 

「でも、それを見てたってことは割と早い段階で僕らを見つけてたんじゃないかな?」

 

「ええそうね、そのとおり」

 

「声をかけてあげればよかったのに」

 

「ふふ、なんというか、憚られたのよ」

 

「…ああ、そういうことか。あ、だからユウナちゃん」

 

「そういうことよ」

 

ルールーはユウナの頭をなでる。

いじわる、という小さい声が聞こえた。

くすくすと笑うルールー。

 

(イメージが違うな。下手すりゃキャラ設定が改ざんされたレベルだ。それとも僕の勘違いだろうか? ゲームでもこんな感じだったのかもしれない)

 

はやてはルールーの振る舞いに少し違和感を感じたが、ゲームとリアルの微々たる差異だと思いなおし、気にしないことにした。

 

「まあ、ちゃんと合流できたわけだし、いいんだけどね。じゃあ、僕は行こうかな」

 

はやてはユウナが座っていたベンチに近寄り、買い物袋を抱えて二人に向き直った。

 

「じゃあ、今日はありがとうねユウナちゃん。また、どこかで会えるといいね」

 

「ちょっと、ほら、彼が行くわよ。あいさつしなさいな」

 

「…え? あ、こっ、こちらこそ! 今日は本当にありがとうございました!」

 

 

ルールーに促されて我に返ったユウナは、いつの間にか帰る支度をしていたはやてに気が付いた。はやては何か可笑しそうに笑っていたが、うん、と一つ頷くと、踵を返して港の方まで歩いて行ったのだった。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「引き留めなくてよかったの?」

 

「もう! ルールーのいじわる! 早く帰ろう!」

 

拗ねてしまったかわいい妹に、ルールーは心が温かくなりつつも、意外とあっさり去ってしまった男の事を思い出していた。

 

ルールーは、少しだけはやてに感謝していた。

最近のユウナは、時々、思いつめたような顔をしていることがあったのだ。それとなくユウナに声をかけることもあるが、そういう時のユウナは決まって、ごまかすような笑みを浮かべるのだ。

 

彼女の背負う使命とその重圧を考えると、何も言えなくなり、また召喚士として成就するためには避けては通れない道であることは重々承知していたため、ルールーはただユウナを信じてあげることしかできなかったのだ。

 

それがとてももどかしく、ルールーとワッカの最近の悩みの種だった。

今回の買い物も、わざわざ少し遠出したのはユウナの気分が少しでも晴れることを期待してのものだった。そしてそれは、とても良い結果で終わったのだった。

 

本当に楽しそうに笑ったユウナを見るのは何カ月ぶりの事だろうか。

 

知らない男にトコトコとついていくユウナを見たときは、ひどく焦り、あとで強く叱らないとと思いながら黒魔法の詠唱を始めたルールーだったが、その男がまたしても人ごみに攫われそうになったユウナを助けてあげたり、ユウナの為に歩きやすいようわざわざ人をかき分けたりする様子を見ると、少しだけ様子を見ようという気分になり、そしてユウナを気遣って屋台の果物や商品に一々大げさに驚いて見せ、楽しそうに屋台を巡るユウナを見守る姿を見てしまうと、何故だか、今だけは任せてしまおうという気分になってしまったのだ。

 

楽しそうに屋台を巡るユウナが、年相応に、幼く見えたのだ。

 

ただ、それでもルールーは気を抜くことができなかった。

はやてを取り巻く魔力の流れ、そして引き起こされる現象が異常だったからだ。

 

はやてがスリや暴漢に対し、ユウナに気づかれないよう魔法を行使していたことには気が付いていた。そのさりげなさと魔法行使の姿勢には関心したものだったが、しかし、はやてがどんな魔法を使ったのか、それがルールーには全く分からなかった。

 

ルールーにとって、いや、この世界の魔導士にとって、魔法を使うという事は空気中に解けている魔力の素を体内の魔力と練り合わせ、必要な手順の詠唱を踏んで、決まった現象を引き起こすというものである。

 

その熟練度によって行使できる魔法は変わるわけだが、どんな魔法を唱えるにしろ、その基本的な手順は変わらない。また、上級とされる魔法を唱えることはできなくとも、その手順を見て取ることは可能であるため、既存の魔法の存在とその効果の情報は、ほぼ全て開示されている。優秀な黒魔導士であるルールーにとって、今は技量不足で上級魔法を詠唱できなくとも、発現された魔法の種類と効果を見て取るくらい簡単なことだった。

 

しかし、はやての魔法の行使については、何一つ理解できなかった。

本来であれば外と内の魔力を練り上げて魔法は放たれるのだが、はやてが魔法を使った時、その周辺の魔力は全く変化していなかった。

 

これは魔導士にとって理解できないことだった。水面を叩けば波紋ができるように、魔法を行使すれば、必ず周囲の魔力も影響を受ける。

 

にもかかわらず、はやての周りには何の変化もなかったのだ。

 

しかし、魔法は間違いなく行使されていた。

ルールーも気が付いていたスリや悪漢は、急に歩けなくなったり、行動できなくなったりしたのだ。地面に縫い付けられたように、あるいは()()()()()()()()()()()されているように、スリや悪漢はとても不自然な形で動きを止めていた。

 

 

決まって、はやてが目を向け、指を向けたときに。

 

 

間違いなく、魔法は行使されている。

しかし、世の理から外れている。

 

 

そう気が付いたとき、ちょうどはやてがユウナをベンチに座らせてユウナから離れたため、ルールーは合流したのだ。

 

正体不明の男からユウナを取り返すために。

 

 

「ルールー? どうしたの?」

 

 

ユウナがルールーの顔をのぞきこんでいた。

ルールーは自分が考えにふけっていたらしいと気が付き、頭を振る。

 

「なんでもないわ。さあ、帰りましょう」

 

「うん!」

 

ユウナが嬉しそうに笑う。

 

(きっと、悪い人ではないのでしょうね)

 

ユウナを明るくしてくれたのだから。

ルールーのよく知るユウナが戻ってきたのだから。

 

(けれど………)

 

また会いたいとは、とても思えなかった。

 



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サルベージ船⑧(修正済)

サルベージ船に戻ってきたはやては、頼まれていた物資や雑貨をアニキたちに手渡した後、船内を歩き回っていた。はやてが戻ってきてすぐに船は出港したため、船内は少し慌ただしい状況にある。アニキに物資を渡した際に、はやてはこの船が次の目的地となる遺跡に急行していることを聞いた。アニキの話によると、その遺跡にある物は今後の探索に必要不可欠な「あるもの」を探すための通信機のようなものらしく、さらに、他のトレジャーハンターたちがすでに遺跡に乗り込んでいるとのことで、通信機が他の者に取られないよう、サルベージ舟は急いで向かっているのだった。

 

そのようなこともあり、はやては買い物を頼んできた仲間たちに雑貨をすぐに受け取れない者は自分の部屋の机の上に置いておくから落ち着き次第取りに来てほしい旨を伝え、自身も何か手伝おうと仕事を探して歩き回っていた。

 

しかし、船員としての専門知識などないはやてにできることなどほとんどなく、精々あちこちに移動しながら疲れた様子の者にケアルをかけたり、必要な人にはヘイストをかけて作業効率を上げたりすることしかできなかった。

 

はやては力不足を感じていたが、船員たちにとって、上陸後に遺跡を探索することを考えると「疲れない」ことは大変ありがたいことだったため、船員たちは皆はやてに感謝していた。

 

「あ! ハヤテン!」

 

船内を歩き回るはやてをリュックが見つけて声をかけた。

 

「リュック! 何か僕にできることはあるかい?」

 

はやてがサルベージ船に戻ってくる少し前まで、お姉さんたちと「大切なお話」をしていたリュックだったが、アニキから遺跡への急行命令が下されてからは、人一倍船内を駆け回って他の船員をサポートしたり指示を飛ばしたりしていた。

 

「えーっと実はもう上陸体勢に入るところだから、今は大丈夫かな? 遺跡に入ってから、ガンガン頑張ってもらうんだからね~!」

 

「そっか、うん、了解。魔法くらいだったら、いくらでもかけられるからすぐに教えてね」

 

そういってはやてはリュックにケアルをかけた。

 

「わっ! あ、なんだか疲れがとれたかも! ありがとね!」

 

えへへ~! と笑顔を咲かせたリュックははやてに抱きついた。

 

「じゃあ! デッキの人たちがたぶん疲れてるかも~だから、回復して…あげ……」

 

「ああ、そっか、デッキはすっかり忘れてた…って、リュック?」

 

抱き着いてはやてを見上げていたリュックだったが、急に押し黙ったかと思ったら、抱き着きなおし、今度ははやてのお腹に顔をうずめ、また静かになった。

 

「リュック? どうかした?」

 

「…………なんか、においがする」

 

匂い? と首を傾げたはやては問いかけた。

 

「そう? 僕は分かんないな…」

 

「するよ。なんか、香草みたいな、甘いみたいですっきりするにおい」

 

「え、するかなあ……? 僕の服からだよね?」

 

「そうだよ、ハヤテの服からしかしないもん」

 

香草というからには、臭くはないのだろう。ひとまず自身の体臭ではないようだとこっそり安堵するはやて。

 

「うーん。なんでだろう。あれかな、さっき市場の人ごみがすごかったから、どこかで誰かの香りが移ったのかもしれないね」

 

「……………ま、いっか! なんかモルモルっぽいにおいもするしね!」

 

「おぉ! やっぱり分かるのかな、モルモルジュースを飲んだよ。いやいや、見た目と名前の割には美味しかったなあ。りんごとマンゴーを足して薄めたみたいな味で…」

 

モルモルの味を思い出しているはやての顔を眺めていたリュックだが、はやての表情に納得したのか、一つうなづき、再度はやてに抱き着いて顔をはやてのお腹にこすりつける。

 

「んみゅむむむぬむむぬ」

 

「ちょ、な、なにしてるのかなリュックちゃん」

 

すこしくすぐったく感じたはやてだが、リュックはすぐに離れて、満足そうな顔をした後、装備を整えてくると言ってはやての下から離れていった。

 

リュックの言動に置いてけぼりにされたはやてだったが、ひとまずはリュックの言う通りデッキに向かって船員たちにケアルをかけてくることにした。

 

 

デッキに出て、皆にケアルとヘイストをかけたはやては、船の進行方向を眺めていた。遠くに、小さい島が見える。デッキにいた仲間に聞いたところ、その島が今回探索をする遺跡らしく、もうあと1時間もしないうちに到着するらしい。

 

はやてが船に乗り込んでから数時間しかたっていない。はやては思っていた以上に遺跡と先ほどの港が近いことに驚く。

 

「いや、この船が早いんか。なんというか高速船並みに出とるもんなあ、スピード」

 

それだけ急いでいるという事なのだろう。今回の探索に向けたアニキたちの強い想いが伝わってくるようだった。

 

「準備しとくか。せめてプロテクターくらいは装備せんとなあ」

 

はやては装備を整えるために自室に戻る。

 

重たい装備服を着ることに慣れないはやては、軽装で動くことを好む。しかし、アルベド族たちとは違って、身のこなしが軽いわけない。安全面から、リュックたちはたびたび重たい装備服を着るようはやてに勧めるが、慣れない装備を着て本来の力が出せなければ本末転倒であり、そもそも自分は魔法使いであるため軽装で十分だとはやてに逆に説得されては、リュックたちも何も言えなかった。

 

ならばせめてプロテクターを付けろと、アニキ直々に忠告されてははやても無下にもできず、遺跡探索に出る時は動きやすい服装の下にプロテクターをつけるという軽装備が、はやての常だった。

部屋で装備を整えていると船内放送で上陸までまもなくというアナウンスが流れた。はやては今一度装備と戦闘用メモを確認し、デッキに向かう。

 

デッキに出ると、遺跡がすぐそばまで見えていた。はやては首にぶら下げている双眼鏡で陸地を見る。

 

建物らしきものの残骸と、大きな洞窟らしき入り口が見えた。

洞窟内は本来暗いようだが、サルベージ船から射出された自立式投光機のおかげで、ある程度の明るさは確保されている。入り組んでいるようで、さすがに奥の方までは見えないが、各班に2台ずつ投光機がつくので、明かりの心配は必要なさそうだった。

 

ここから陸地まで、泳いでいこうと思ったら行けるなあとぼんやり考えながら、はやてはデッキ中央にあつまるリュックの班に合流した。

 

「あ! ハヤテ! おそ~い!」

 

「え、あれ? ごめん、遅れてた?」

 

「遅れてないけど、あたしたちは最初に乗り込むんだから、早く来ないとなんだぞ~!」

 

ぷんぷん! と怒って見せるリュック。

しかし班員含めた周囲はほわりとした笑顔だった。

 

「そうだっけ。ごめん、ごめん、気を付けるよ」

 

「そうしなさ~い」

 

そういってふんぞり返るリュックをくすくすと笑う周囲の仲間たち。手を振り回しながらハシ カナッセンオラ~!と抗議するリュックだが、どうも締まらない雰囲気だった。

 

そうこうしているうちに、サルベージ船はゆっくり停止し、船員たちはデッキから陸上に直接飛び移り始める。リュック班も飛び移ると、一度集合し、今回のミッション概要を共有する。リュックによると、自分たちの班は今回、めあての物の発見と遺跡内部の情報を持ち帰ることが最優先任務であり、魔物の生態調査やマッピングを機械で大まかに行いつつ、可能であればめあての物の捜索を行えれば十分とのことだった。

 

リュック班の後続は、持ち帰られた情報やマップを基に、より深い探索を行うらしい。

 

「つまり僕らの仕事は斥候のようなものかな」

 

「そうで~す! 今回は特に、戦闘にも時間を使わない方向でいくよ~」

 

詳細よりも素早さが最優先されるため、魔物との戦闘は極力避けるか、積極的に消耗品を用いて短期に戦闘を終わらせることが求められるとのことだった。

 

ブリーフィング中、はやては班員たちに、今回は最低限の会話ですませることを伝えた。素早さが求められるこの任務中はもたもたと話をするべきではないと考えたのだ。班員たちも二つ返事で了承し、基本的には単語単位の意思疎通か、リュックとの会話のみを行うことで合意した。

 

「ギャ、ミッセイモ~!」

 

3人2列を組み、遺跡へと進入するリュック班。入るとすぐに冷えた空気を肌身に感じた。寒いというほどではないが、外気温との差が大きい。水には濡れるべきではないなと思いながら、はやては班員と足並みをそろえた。

 

 

 

遺跡内ははやてが想像している以上に入り組んでいた。まさしくダンジョンというべきか、マッピング用機械がなければとっくに迷っているとはやては確信している。少なくともはやてはどのルートを通れば出口に戻ることができるのかよくわかっていない。万が一にも仲間とはぐれないように気を付けながら進む。そして、すぐに洞窟内の複雑さよりも厄介な問題が浮上した。

 

「くっ!ヨオクァール、ユモミボ!」

 

「ヤロフコ アハニ チョフニョル モ! ラテセ!」

 

遺跡内に生息している魔物たちが、予想以上に強かったのである。

 

リュック班は、はやての汎用性の高い魔法のおかげでほとんど魔物と戦闘することはなかった。しかし、通路上に立ちふさがっている魔物や、魔法で姿や足音を消してもなぜか感知して襲い掛かってくる魔物との戦闘は避けられず、リュックたちはやむなく戦うことになったのだが、その魔物たちが強力な攻撃を仕掛けてくるのだ。一度でもまともに食らえば、退却は免れない。

 

幸い、大きなけがをした班員はまだいないが、リュックたちの武器では歯が立たないことがほとんどで、攻撃ははやてに頼りきりという状態だった。魔物一体に対して班全体で対処する場合はともかく、複数の魔物に囲まれると、はやても仲間を巻き込まないように配慮しつつ的確に魔法を当てる必要がある。魔力に問題は無いのだが、戦闘回数が10回を超えると、はやても判断ミスをしてしまうようになった。

 

目測がずれて誤って魔物を回復したり、仲間を攻撃に巻き込みそうになったりするのだ。

 

班員が怪我をした場合、はやての魔法で治癒が可能だが、もしはやてが魔物の攻撃を受けて気絶などした場合、リュック班は一気に瓦解することになる。

 

リュック班の班員は皆戦闘能力が高いため、普段の探索では全滅を心配することなどまずない。精鋭の集まりといっても過言ではないこの班は、その能力とチームワークの高さから船内でも一目置かれているのだ。

 

しかし、それでもこの遺跡内ではリュックたちには少しの余裕もなかったのだ。

 

「ぅぐっ?!」

 

「——っ?! ケアルラ!」

 

「きゃああぁっ!!?」

 

「なに?! もう一体いたのか!」

 

「もっといる! ハヤテン! 囲まれてるよ!!」

 

「ちっ! ずいぶん賢く動きやがる!」

 

クァールに突撃された班員の一人が大きなうめき声をあげた。

はやてはすぐに回復させるも、今度は陰に隠れていた別のクァールの魔法によって、また別の班員が攻撃を受けた。魔法を直接受けてしまい、さらには威力も高かったのか、その場に倒れるように気絶してしまった仲間を、リュックは庇いながらクァールを牽制している。

 

リュック班は複数のクァールに囲まれてしまった。場所が視認できればはやての魔法で攻撃できるのだが、カエルへと変えられたクァールを見てた他のクァールたちは岩陰に隠れて移動したり、陰に潜むことで魔法から逃れようとしている。その上で遠距離から魔法を撃ってくるのだ。

 

はやては魔物の知性の高さに驚きつつ、クァールを牽制しながら気絶した仲間にアレイズをかける。仲間は目を覚ましたが、その動きは少しおぼつかない。

 

遺跡の深度は未知数。魔物の危険度は今までにないくらいに高い。回復はいくらでも可能だが、一撃でも食らえば戦闘不能に陥り、最悪の場合はやてを残して全滅ということも十分考えられる。

 

班員の一人がリュックに問うた。

 

「リュック、ゴフヌウ」

 

「……セッサミ。インハシ ユサネハミソ」

 

「セッサミ、ニョフアミ」

 

「セッサミ、ニョフアミ」

 

「セッサミ、ニョフアミ」

 

「セッサミ、ニョフアミ」

 

リュックは撤退の判断を下した。予想をはるかに超えて魔物が強靭だった。ここまで探索できたのははやての魔法があったからこそ。本来であれば、リュック班ですら進めなかったのだ。

 

このままではリュックたちの後に続く班が壊滅的な被害を受けてしまう。

ここまでの進度と魔物の情報を早急に持ち帰り、新たに作戦を考える必要がある。

 

「…ガダ ゴフキサコオア」

 

誰ともなく呟いた。

どこにいるのか分からないクァールに狙われている現状、背中を見せて撤退しようものなら間違いなく攻撃を仕掛けてくる。攻撃をいなしながらどうにか撤退したとしても、道中で別の魔物に遭遇してしまう可能性も十分すぎるほどある。

 

撤退するにしても、進むにしても、

この状況を打破しなければならないのだ。

 

「リュック、撤退するんだね」

 

はやてが闇を見つめながら命令を再確認した。

 

「うん、魔物が強すぎる。あたしたちははやてのおかげでここまで来れたけど…」

 

「他の班はそうもいかない、ってことか」

 

「うん、でも一回帰るにしても、こんなにクァールがいたら……」

 

「リュック」

 

「うん? なに?」

 

 

「撤退したとして、再攻略できる?」

 

 

「え、え~っと…」

 

 

はやては、リュック班からの情報を基に、サルベージ船のアルベド族たちが装備を整え、対策を講じたとしても、この遺跡を踏破できるとは考えにくかった。

 

今回の探索で最もネックになっているのは、魔物たちの強さそのものである。

戦闘を避けるにははやての魔法が最も効果的だという事はこれまでの探索で分かったことだ。はやての魔法以上に隠密性を持たせることができる方法などあるのだろうか。

 

なにより、はやてのステルス性を見破るほどの感知力と精鋭を一撃で倒してしまうほどの攻撃力を持つ魔物たちを退けながら、どこにあるとも分からない「めあてのもの」を探しまわることなど、とてもではないが想像できなかった。

 

はやては、班員たちに目を向ける。

 

誰もみな、心が折れていなかった。

任務のために、命を懸ける覚悟が感じられた。

 

「…その、できるかどうかは、わかんないけどさ。でも、きっとだいじょーぶ!」

 

リュックはぱっと明るい笑顔を見せた。

 

 

 

「あたしたちは、いつだって一緒に頑張ってきたんだから~!」

 

 

 

その言葉の中の記憶を、はやては知らない。

だが、リュックの笑顔の源になっているのなら、守りたいとは思った。

 

 

 

はやては深呼吸をする。

覚悟を決めた。

 

 

 

「と、とにかく、帰らないと! クァールたち、見逃してくれたりは……」

 

 

 

「リュック、めあてのものって、どんな形?」

 

「……え?」

 

「僕らが捜してるものだよ。通信機で、片手サイズの長方形ってのは聞いたけど、ほかにも詳しいことを知ってたら教えてくれる?」

 

「え? え、えと、通信機? えーっと、えっと、あ、たしかスフィアが埋め込まれてるはずってアニキが……」

 

「なるほど、了解」

 

はやては妙に落ち着いている。

 

「…で、で、で、でも、まずは帰らないと」

 

「大丈夫。すぐに帰れる魔法があるんだよ」

 

はやてはそう言って、さらに他の班員たちにも説明し、リュックを中心に小さく固まるように促した。

 

「リュック。たぶん大丈夫だけど、一応それぞれの服とか掴むように言っといてね」

 

「え、う、うん…」

 

「インハ リュック キッアニ ユアンベ」

 

「……ハヤテ、トヤネマ ゴフヌウユコニガ」

 

班員の中でもそれなりに年を重ねた者が、はやてはどうするつもりなのかと問う。

これまでに何度も感じてきた雰囲気をはやてから感じ取ったのだ。

 

それは「覚悟」を決めた者が纏う雰囲気。

 

「サンラル ユグテウ」

 

「だっ! だめだよそんなの!! なんで?!!」

 

はやては1人で探索を続ける。

そう理解した瞬間、リュックが考えるよりも前に、その口から勝手に引き留める言葉が飛び出した。班員たちは反射的にリュックを押さえた。

 

「だめ、絶対ダメ!! あぶないよ! みんなでかえろうよ! アニキと相談したら、きっっと…!」

 

「いや、リュック、勘違いしないで。何も別に対策が無いわけじゃないよ」

 

「ふぇ?」

 

リュックの必死の呼び止めに、はやてはあっけからんと答えた。

 

「うん、実は一人だったら、この状況も対処できるし、遺跡探索も安全かつ迅速にできそうなんだよね」

 

「え、ど、どういう…」

 

「詳しい説明は省くけど、そういう魔法があってね。ただ、全員分…というか同時に複数人へ魔法をかけ続ける管理が難しくて」

 

ようはバフ管理ってのが下手なんだよねえ、とのほほんとするはやて。

 

「まあ見せたほうが……いや、そう悠長なことも言えないか。とにかく、一人なら、攻撃を食らわないでこっそり移動しつつ探索できるんだ」

 

「え、で、でも、でも」

 

「このままだと後続の班が続く。リュックはそれを止めて、アニキに状況を説明してほしい」

 

クァールたちが少しずつ間合いを詰めてくる気配を感じる。あまりのんびり話はしない方がいいだろう。

 

「戻り次第、僕のトランシーバーにつないでくれる? リュックには船内から指示を出してくれるとありがたい」

 

はやてはなにも無謀なことをしようとしているのではない。

それに船に戻ってからも、リュックには、はやての為にできることがあるようだった。

 

「……‥ぜったい、けが、しないで帰ってこれる?」

 

「だーいじょうぶ。リュックも船に帰ったら通信よろしくね」

 

「……うん!」

 

まだ不安そうな顔をしている。

それでもはやてを信じることにしたのだろう。

自分の服のすそを悔しそうに握りながら、リュックは努めて笑顔を見せた。

 

「じゃあ、すぐ送るよ。クァールたちが今にも飛び込もうとしてるしね。えーっと………、エー…、あ、六式:テレポ」

 

光がリュックたちを包み、体が少し浮いた。

班員たちは不思議な力に戸惑っているが、リュックは気にせず口を開こうとする。

 

「ぜったい、かえってき…」

 

最後に何かを言いかけたが、言い切る前に、遺跡外へと転移した。

 

「……さて、と」

 

周囲に静けさが染み渡る。

聞こえてくるのはどこかで滴る水滴の音。

 

そして、獣のうなり声。

 

「僕の戦闘経験が足りないのか、もともと一人の方が都合がいいのか。万能そうに見えて、意外とそうでもないんだな、僕の能力は」

 

突然人間が消えたことにクァールたちは驚いて警戒していたものの、弱そうな人間一人が残ったことを認識すると、何匹かが岩陰からのそりと出てきた。

 

はやてをみて、隠れる必要がないと判断したのだろう。

 

「圧倒的に戦闘経験が不足してることにしよ。精神衛生的にその方が良さそうだ」

 

顎に手を当ててぶつぶつとつぶやくはやてに、危険性はまるで感じられない。そのうち、陰に隠れていたクァールが一匹飛び出した。豹のような見た目を裏切らないスピードで、あっという間にはやてへ飛び掛かる。

 

他のクァールたちは距離を開けて遠距離から魔法を撃ちこむ算段らしく、バチバチと辺りに放電しながらひげを持ち上げている。

 

飛び掛かろうとするクァールの爪が、はやてに届くその瞬間。

 

 

「七式:シールド」

 

 

ギャァン!?!

 

 

飛び掛かったクァールは、その爪がはやてに届いた瞬間、強く弾き飛ばされた。すぐに立ち上がろうとするが、もがくばかりで一向に立ち上がれていない。前足があらぬ方向に折れ曲がっていた。

 

「よしよし、物理はちゃんと反射されてるな」

 

はやてが納得していると割れんばかりの轟音と共に、はやての頭上に雷の塊が現れた。

しかし、すぐに雷ははやての身に溶け込む形で消えてしまう。

 

「で、魔法は吸収……してるのかこれ。特に変化は感じないけど」

 

何となくこぶしを作ったり開いたりしているが、何か変わった実感はない。

 

「究極の防御魔法は何か……ね。ま、確かにアイツの意見も分かる」

 

はやてが使った魔法は【シールド】と呼ばれる防御魔法である。FFⅦでのみ登場するその魔法の効果は絶大で、物理攻撃は受けなくなるし、魔法攻撃はすべて吸収してしまう。はやての弟はこの魔法をしばしば究極の防御魔法として話題に挙げていた。

 

「が、ゲームでこの魔法を入手できるのは最後の最後だし、鬼のようにMP消費するし、無属性で死ぬし……もっと良いのがあるのですよ」

 

はやては究極の防御魔法魔法として別の魔法を支持しているが、今はそれどころではないと考えなおし、クァールたちに向き直る。

 

「じゃ、試してみるか。七式:ファイア」

 

地面に倒れ込んだクァールに向けてファイアを放つ。1mほどの炎の塊が現れ、クァールの体を強く焼いた。クァールは辛そうな声を上げるが、それほど強い威力でもないようだ。

 

「七式:ファイア」

 

はやては再度ファイアを唱え、クァールを焼く。しかし今度は目を閉じて、その場でクルクル回りながら唱えた。

 

「…おー、目を閉じてもあたるのか。なるほどなあ。対象を空間にせんで魔物そのものに意識を向けたら魔法は当たるのか。便利だな」

 

トードでクァールの一匹をカエルにしてから、はやてが撃つ魔法はしばしば避けられた。リュックたちと遺跡を進みながら、その原因についてはやては考えていた。

 

(魔法が効かないことはよくある。けど、魔法が避けられることなんかあるのか?)

 

少なくともFFのゲームでは魔法そのものが外れることはなかったはずだった。

 

(………いや、ある。魔法が避けられることがあった。FFTがそうだ)

 

FF Tでは魔法を唱える際、その対象を2種類選択できる。

キャラそのもののを対象にする「ユニット」か、その場を対象にする「エリア」かだ。

魔法が避けられるのは、対象をエリアにした時だ。魔法が発動するまでにいくらか猶予があるFF Tでは、予測を見誤ってしまうと誰もいないエリアに魔法を発動したり、発動までに魔法の攻撃範囲からユニットが移動してしまうことがある。

 

こうしてFF Tでは魔法は発動しなかったり、避けられたりするのだ。

 

はやてはトードが避けられた原因はそこにあると考えていたのだ。

この世界に来て、初めて魔法を使った時は「空間」を対象として練習していた。それから攻撃魔法を発動させるときは無意識的に空間を対象にしていたが、実際はユニット、つまり魔物そのものを対象にする方が確実なのではないかと気が付き、目の前のクァールで確認してみたのだった。

 

「ふんふん、回復魔法もいけそうだ。早く気づけばよかったのに」

 

FFXで魔法が外れなかったのは魔物そのものを対象にしていたからだろうか。それともゲームの世界だからだろうか。いずれにせよ、これで魔法が外れることはなくなったわけである。

 

「じゃ、ぱぱっとやるか。ブリザガ」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「よし、ひとまず落ち着いたかな」

 

 

魔法が的確に当たるようになってからは早かった。攻撃はすべてシールドによって無効化されるため、はやては固定砲台のようにひたすら魔法を放ちまくり、クァールを殲滅した。時々、クァールの鳴き声に誘われて他の魔物がやってくることもあったが、はやてはひたすら魔法を放ち、気が付けば周囲は氷の塊であふれていた。

 

リアルじゃ消えんのかと文句を言いながらファイラで氷を溶かしていると、トランシーバーに通信が入った。

 

「…もしもし、こちら、はや…」

 

『ハヤテッッ‼‼ 大丈夫⁈ 聞こえる!!?』

 

「んぅおあ⁉」

 

トランシーバーをONにした瞬間、リュックの叫び声があたりに響いた。耳のあたりに近づけていたため、リュックの声が右耳から左耳に突き抜けたように感じたはやてだった。

 

『ハヤテ! ハヤテ聞こえる?!!』

 

「ちょ、リュック、大丈夫大丈夫聞こえてるよ。ああ、びっくりした」

 

『けがはない?! 魔物は?!!』

 

「落ち着いて、リュック。クァールなら全部倒したよ。けがもなし」

 

『ほんと?!』

 

「ほんと」

 

『ほんとにほんと?!』

 

「ほんとにほんと。大丈夫だよ、リュック。傷一つない」

 

努めて安心させるように言うはやて。

 

『………』

 

「あれ? リュック聞こえる?」

 

『……………………』

 

「あれ? 通信状況悪いのかな… おーい」

 

『…………くすん』

 

すすり泣くようなリュックの声がかすかに聞こえた。

はやては大いに焦る。

 

( お、おかしい……。リュックの泣き声が聞こえる…… )

 

「ちょ、あの、リュックさん? あれ? 大丈夫? 何かあった?」

 

トランシーバーを手にあたりをフラフラと歩き回るはやて。

 

『………もう! 心配したんだからね~!』

 

すこし声が遠ざかっていたが、すぐに元の明るい声が聞こえてきた。

はやては心底ほっとして、トランシーバーを腰に括り付ける。

 

「言ったでしょ。一人の方が安全だってさ」

 

『そうはいっても心配は心配なんだよ~』

 

「まあまあ。でも、ありがとうね」

 

『いいよ! ハヤテも怪我がないなら! あたしだけじゃなく、みーんな心配してたんだからね!』

 

ホフガボー、という声が聞こえる。どうやら本当に皆に心配かけてしまったようだとはやては自覚した。嬉しいような、申し訳ないような、不思議な気持ちだった。

 

「そっか。みんなにありがとうって伝えておいてね」

 

『スピーカーに繋いでるから全員聞いてるよ』

 

「ワニダソフ インハ ワミキセウ」

 

『ちょ、な、なに、なにいってんのさ~!』

 

トランシーバーの向こうで野太い歓声と共に トエナコ ワミキセウゲネ~~!! というラブコールが響いている。悲しいかな、女性の声は聞こえてこない。ばたり、ばたりと何かが倒れる音がするだけである。

 

『カ、カアッセウッセーオ! ゼユシ ワアルハミ! ワアルハミッサナ~!』

 

「あれ? 遠くて聞こえませんよー? もしもーし?」

 

『キッソハンア キセハ~~~ミ!』

 

今度はきゃあきゃあと囃し立てる声とドタバタした音が聞こえる。

 

はやてが聞こえてくる喧噪に困惑していると、アニキが通信に出た。

 

〈 ハヤテ、事情は把握してるぞ。負担をかけて、すまん 〉

 

〈 アニキ。いや、問題ない 〉

 

〈 助かる。スムーズな通信の為にリュックを通すぞ 〉

 

〈 了解 〉

 

ある程度アルベド語が分かるようになったはやてだが、今はまだ共通語の方が誤解が少ない。早めにマスターして、皆と雑談に興じることが最近のはやての目標だった。

 

 

『はあ、はあ、はあ、ん、もう!』

 

 

「……リュック、大丈夫?」

 

『だ、だいじょ~ぶだいじょ~ぶ。えっと、通信手はあたしが担当するね!アニキからの指示をハヤテに伝えるから!』

 

「うん、了解。よろしくね」

 

『まっかせなさ~い!今はどういう状況?』

 

はやては簡単に状況を説明した後、遺跡をさらに進む旨を伝えた。はやての周囲に浮かんでいるマッピング用機械がリアルタイムで周囲の地形情報をサルベージ船に送信しているため、はやての位置も把握できているという。

 

はやてはリュックの指示に従って、遺跡を進み始めた。

 

『それにしても驚いたよ~。あたしたち、かなり深いところまで潜ってたみたい』

 

「ほー。まあ極力戦闘は避けてたしね。皆ヘイストかかってたし」

 

『うんうん。ただね、アニキが変だなあって』

 

「変? 遺跡が?」

 

「いや、あたしたちさ、ほかのトレジャーハンターを見てないじゃん?」

 

言われてみれば、確かに見ていない。

 

『外には結構いるんだ。でね、皆口をそろえて「帰ってこない」って言ってる』

 

「それって……」

 

魔物が強いこともある。

もしかしたら、そういうことなのかもしれない。

 

『たぶん。でも、かなりの人たちがいなくなってるのに、あたしたちは()()()()()()んだよ。班のメンバーに確認してみたけど、やっぱり誰も何も見てないって』

 

どういうことなのだろうか。

魔物に襲われたとしても、武器や防具などは落ちているはずだ。

人の痕跡は遺跡探索でも重要な手掛かりになるため、見落とすことが無いよう班員は皆目を光らせていたらしい。しかし、かなり深いところまで進んだリュック班が何も見つけることが無かった、というのは何を意味しているのだろうか。

 

『ハヤテ、気を付けてね。何か、いやな感じがする』

 

「ん、了解。会敵、プリン赤、8体。攻撃を開始する。ブリザガブリザガブリザガブリザガブリザガ…」

 

『れ、連発してる……』

 

深いところまで潜っているから誰とも会わないのか、それとも別の要因が働いているのか。いざというときはテレポで逃げられるよう、はやては改めて気を引き締めた。

 

「敵、全滅確認。探索を開始するよ」

 

『きをつけてね』

 

「りょうか……、うん?」

 

はやてが探索を続けようと歩みを進めようとしたその時、強烈な腐敗臭を感じ取った。

 

『どうかした?』

 

「いや、変な臭いがしたんだ」

 

『変なにおい?』

 

「何だろう、腐った肉と果実を混ぜ合わせたような」

 

『————っ?!! ハヤテ! 逃げて!』

 

切羽詰まったリュックの声と、うじゅる、と何かを引きずる音が同時に聞こえた。

はやてが正面に投光器を向けると、そこには…

 

『モルボルが近くにいる!!』

 

FFシリーズでも指折りの有名モンスター、モルボルがそこにいた。

 

彼我の距離は30mにも満たない。はやてが投光器を向けたことで、こちらにも気が付いたようだ。道をふさぐようにして立っている。しかも複数。

 

「…………会敵。モルボル、4」

 

原作で見た通り、数メートルを超える巨体で、上半身は大きな口、下半身は見るのもおぞましい触手になっている。FFシリーズファンが想像するモルボルそのもの。

 

だが、はやての記憶にあるモルボルとは少し見た目が異なっていた。

 

「えー…、なんか、()()()()

 

はやてがそうつぶやいた瞬間、モルボルたちが一斉に詰め寄り、【くさい息】を吐いた。

 



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サルベージ船⑨(修正済)

オヒサシブリデス。
仕事の方がバタバタしておりましたが落ち着いたのでこっそり投稿…
また定期的に更新しますのでのんびりとお付き合いください。


「うげええええええ!!」

 

はやてはモルボルグレートたちの「くさい息」を受けた途端、激しい嘔吐感を感じ、我慢する間もなく胃の中の物を全て吐き出してしまった。目が焼けるように痛み、開いているにも関わらず、視界は闇に包まれている。涙が止まらない。体が内側から破壊される感覚を覚え、胃腸が溶けるようだった。咄嗟にエスナをかけようとするが、なぜか魔法が発動しない。

 

「は、がっ、ぐぇ!」

 

何が起きているのか、何をすべきか、何故ここにいるのか。

意識ははっきりしているのに思考がまともにまとまらない。

 

モルボルグレートたちははやてに攻撃を加えているが、シールドがまだ効いているのか、物理的な攻撃はすべて反射されている。モルボルグレートたちははやてを警戒して距離を開けて様子を窺っている。逃す気はないようだ。

 

『ハヤテ!! 万能薬を飲んで!!!!!』

 

はやての嘔吐が聞こえたのか、トランシーバーからリュックの焦ったような声が響いた。音が脳内で重たく反響したように聞こえ、耳障りだと感じたが、万能薬という単語を拾えたはやては震える手で腰のポーチへと手を伸ばす。

 

どうにか万能薬を口に入れるが、すぐに吐き出してしまう。

胃液に交じって万能薬が地面に転がる。吐しゃ物に赤い液体が混ざっていた。

 

『ハヤテ! しっかり!! 万能薬を飲んだらこっちに帰ってきて!! ハヤテ!』

 

あぁ、うるさい。うるさい。うるさい。

 

足に力が入らず、膝から倒れ込んでしまう。

獲物が弱ったと感じたのか、モルボルグレートの一体がはやてに近づき、触手を大きく振りかぶって打ち据えた。

 

「ぶっ!!!!!」

 

シールドが何度か攻撃を反射していたが、ついに効果が切れたのか、はやては強烈な横なぎを受けて吹き飛ばされる。あちこちの岩に体をぶつけながら、遺跡の壁にぶつかるまで転がり続けた。

 

(がああぁぁ!! 痛ったい!!!!)

 

体のあちこちの骨が折れていることが分かった。攻撃されたことで頭が冴えたはやては、とにかく立ち上がろうと足に力を入れようとするが筋肉や関節が激しく痛んで倒れ込んでしまう。何も見えない。ただ、ぐずりぐずりとはやてにむかってモルボルグレートたちが寄る音が聞こえた。

はやては今までにないほど、命の危険を感じていた。

 

『ハヤテ! 死なないで! 逃げてハヤテ!!』

 

(エスナ、エスナ、エスナ…くそっ! 発動せん!!)

 

体中の痛みに耐えるため歯を食いしばるが、腹に力を入れると吐血してしまう。背中に感じる岩肌を頼りにどうにか立ち上がろうとするはやてだが、モルボルグレート達は追い打ちをかけるように「くさい息」と「消化液」を見舞う。

 

「げ、おぇぇ!!」

 

消化液がかかった肌が焼けるように痛む。鼻を突き抜けるような鋭い刺激臭がしたと思ったら、全身の皮膚に強いやすりで削られているような激痛が走った。皮膚が溶けているのか、炭酸水のガスが抜けるような、シューという音がする

 

吐血が止まらない。また頭がぼやけ、思考も不安定だ。三半規管がイカれたのか、脳が物理的に回転しているようだった。

 

 

 

モルボルグレートの一体が更に「くさい息」を吐いた。

 

モルボルグレートの一体が更に「消化液」を吐いた。

 

モルボルグレートの一体が更にはやてを打ち据えた。

 

モルボルグレートの一体が倒れ伏すはやてをつかみ、その口へと運んだ。

 

 

 

「ご、……こぽっ」

 

何も見えない。

まほうがでない。

 

全身があまりにも痛み、かえってどこが痛いのか分からなかった。。

 

両手両足は本来曲がらない方向へと曲がってしまっている。

目はうつろで、片方は潰れてしまっていた。ぶつぶつとうわ言のように何かを口にしているが、赤く染まった泡が口元に溢れて音が濁り、言葉になっていない。

 

『だめ! だめぇええ!!! ハヤテ!!! ハヤテを離せ!!』

 

通信機が割れんばかりにリュックは叫ぶが、リュックの声はモルボルグレートたちが暴れる音にかき消された。

 

はやてを触手でつかんだモルボルグレートは、ぐぱあ、と大きな口を開いてはやてを飲み込もうとしていた。

 

すると、別のモルボルグレートがその触手をつかみ、はやてを奪い取ろうとし始めた。

はやてを飲みこもうとしていたモルボルグレートはせっかくのエサを奪われまいとモーニングスターを振るように、はやてと触手を振るって、はやてを奪おうとするモルボルグレートを打つと、消化液で反撃される。反撃の余波を受けた別のモルボルグレートが驚き、反射的に関係のないモルボルグレートを攻撃してしまう。

 

いつの間にか、モルボルグレート同士での戦いが始まっていた。

同族間でわざわざ敵対こそしないものの、本来は群れる生物ではないのだ。

 

ハヤテを掴んでいたモルボルグレートに、2匹のモルボルグレートが噛みついた。あまりの痛さに、噛まれたモルボルグレートは必死に暴れて抵抗し、消化液をまき散らしながら触手を振り回す。はやてを掴んでいることも忘れて暴れまわったことで、はやてはその身を何度もモルボルグレートや地面に打ち付けられた。いつの間にか外れていたトランシーバーは、もみ合いになっているモルボルグレートたちに踏みつけられ、粉々になってしまった。

 

(あぁ……、死ぬ。何も見えない。痛みを感じない。死ぬ、死ぬ、死ぬ)

 

振り回されるはやては、すでに痛覚を感じなくなっていた。死に対する恐怖を感じる間もなく瀕死に追いやられ、魔法の使用を禁じられ、いま、はやては絶体絶命の危機に瀕していた。

 

(そう……か、「沈黙」か。く、そが、魔法し、か、使えない、と、こうなるのか)

 

はやてを掴んでいた触手が噛み切られた。はやては地面に投げ出され、ごろごろと転がり、壁にぶつかって止まる。モルボルグレートたちは互いに攻撃し合って、はやてに気が付いていない。

 

(……なにも、み、えないのは、「暗闇」のせい、か。…‥あぁ、思い出した、モルボルだ、「くさい息」だった、のか)

 

轢きつぶされたカエルのように、ぼろぼろの身になったはやては、今更ながら原作での「色違いのモルボル」との戦いを思い出していた。たしか、『シン』の体内で遭遇したことがあった。出合頭に「くさい息」を吐かれ、混乱したアルテマウェポン持ちのティーダによる同士討ちが原因で全滅したのだ。

 

(…………何も、できず、ずっとモルボル、のターンで、ただただ、自滅する、ティーダ達を、眺める、ことしか、できなかった、なあ)

 

『シン』の体内で見かけたはずで、本来のストーリー上ではほとんど見ることが無かった「モルボルグレート」。遺跡などで見たことなどなかったはずだが……と振り返るはやてだったが、すぐにこの世界はゲームのそれとは大きく違うのだと思いなおす。

 

この世界では強い敵などそこらに存在する。

 

当たり前のことだった。

 

(魔法は……だめだ。発動しない。沈黙は、自然回復、しないのか)

 

はやてにとって魔法は唯一の攻撃・回復手段だった。魔法を自由に使えるはやては、比類なき魔導士だった。それがたった一つのバッドステータスで、一般人以下になるのだ。

 

(使い、こなせないと、意味がない……。宝の、持ち腐れ)

 

もはや体に力が入らない。

挽回できる手段は思いつかない。

 

( ……………… )

 

これまでか。

 

いつだって詰めが甘いと反省し、地面の振動を感じながら。

はやては襲い来る、冷たくて仄暗い不気味な感覚に身を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走馬灯だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、

 

 

 

 

弟との思い出が頭によぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「けけけ、俺の白魔ちゃんは物理もいけるのだよ」

 

 

「お、PSPだ。なんのゲームして……いや、白魔導士の周りに敵の死体がたくさん転がってるけど、なにごと」

 

 

「引き出す」

 

 

「まさかの白魔侍」

 

 

「沈黙対策ね」

 

 

「【リボン】はどうした?????? 装備してないのか? 持ってただろ」

 

 

「そんなものは付けておらんでござる。こやつ、侍であるからして斯様なハイカラもんには興味ないのでござる。か弱くも美しい白魔少女と思わせといての切り捨て御免‼ 相手は死ぬ」

 

 

「いやいやいや、魔導士なんだから黒魔とか時魔とかあるでしょ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「けけけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄ちゃんさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体いつから─────()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

( …………………どや顔するなよ )

 

 

 

 

まったく、ふざけた自慢の弟である。

 

 

 

( ………T式:基本技【手当て】 )

 

 

はやての体から沈黙、毒、暗闇が消えた。

 

「七式:フルケア・レジスト・シールド」

 

完全回復し、状態異常の予防と完全物理・魔法防御を行う。

手足はビデオの巻き戻しのように元に戻った。はやては体の調子を確認するようにゆっくりと立ち上がる。多少ふらつくが、問題ない。

 

「T式:聖魔法【マバリア】」

 

リレイズ、プロテス、シェル、リジェネ、ヘイストがかかる。

立ち上がったはやてにモルボルグレートたちは気が付かず、仲間同士で攻撃し合っている。

いや、もともと仲間同士というわけではないのかもしれない。だが、モルボルグレートの生態などはやてにはどうでもよかった。

 

今はただ、殲滅するのみである。

 

「よくもやってくれたな、腐れ植物どもが」

 

絡み合うモルボルグレートたちに歩み寄るはやて。暴れまわっていたモルボルグレートの内の一匹がようやくはやてに気が付き、触手を伸ばすが巻き付く寸前で弾かれた。

 

異変に気が付いた他のモルボルグレートも、一斉にはやてに向き直る。

 

「ずたぼろにしてくれて。熨斗つけて返すとしよう」

 

ゆっくりと歩み寄るはやてに対してモルボルグレートたちは「くさい息」と「消化液」を撒き散らすが、まるで効いていないようだった。

 

 

 

「視野の狭さに対する反省として、それから自慢の弟への敬意を表し、」

 

 

 

濃密な殺気がはやてからあふれ出す。

 

 

 

「この世界にない【技】でぶち殺す」

 

 

 

モルボルグレートたちははやてに得体のしれない恐怖を感じた。

本能が逃走の一手をちらつかせる。だが、目の前にいる人間は先ほどまで死にかけていた獲物だ。生半可な知能が本能を蔑ろにしてしまい、はやてなど大したことはないと侮ってその場に留まってしまった。

 

はやては10mほど距離を開けてモルボルグレートたちと対面し、まるで話しかけるように話し始めた。

 

「FFのナンバリングタイトルは面白い」

 

「中でもこの世界は特に思い出がある。僕ら姉弟全員肩寄せ合ってクリアを目指した。僕らはFFXを神ゲー認定している」

 

 

話をしながら、はやては片手を上げていく。

モルボルグレートたちは一匹として退かず、ありとあらゆる攻撃を試みるが、はやてを守護するシールドとレジストが全てを反射し、無効化してしまう。いつしか、モルボルグレートたちには焦りが生まれていた。

 

 

「が、個人的に大好きな作品となると、別でね」

 

 

場の雰囲気に似つかわしくない、柔らかい笑みを浮かべる。

 

 

「実はFinal Fantasy Tacticsが一等好きでね? ラムザをオニオンナイトにするくらいにはハマってた」

 

 

「鬼のように時間をかけたわけだけど、理由があった」

 

 

はやての周囲を高密度の魔素が取り巻く。

濃密な魔素は圧縮に圧縮を重ねた結果、目に見えてはじける

 

 

「物語終盤で仲間になった【あるキャラ】を初めて戦闘に出したとき、少なくない時間をかけて育成したラムザより遥かに使いやすくてさ。なんか、時間を無駄にしたような、みじめな気分になってね……まあ、そのなんだ」

 

「超えてやりたいって思った。あの公式チートを。あの、バランスブレイカーを」

 

魔素がはやての挙げた手に集約し、音を立てて発光しはじめる。

 

 

 

「食らってみろ、神とも称された男の一撃を。理不尽な正義の力を! T式:聖剣技【無双稲妻突き】!!!」

 

 

 

はやてが手を振り下ろすと同時に、紫電がモルボルグレートの一体を襲う。割れるような轟音を立てて、モルボルグレートの全身を焼き尽くすと同時に、足元から突き上げる巨大な剣先が現れ、串刺しにした。モルボルグレートは叫び声をあげる間もなく絶命し、幻光虫と化して空気に溶けていった。

 

さらに倒されたモルボルグレートのそばにいた、他のモルボルグレートたちにも連鎖的に紫電が襲い、同じように足元から突き出た剣先が次々とモルボルグレートたちを葬り去っていく。

 

ひとしきり遺跡内に音が鳴り響き、いつしか静けさが戻ったころ。

はやては眉間に深いしわを寄せて、空中に揺蕩う幻光虫を眺めていた。

モルボルグレートなど、初めからいなかった。そう勘違いしてしまうほど、何事もなかったかのように、静まり返った空気と幻光虫だけがはやての周りに存在していた。

 

 

(永遠に続くかと思った地獄のような時間も、絶体絶命の状況も、これほどあっさり覆される。強い魔法を使えようが、「偶然」が戦況をあっという間にひっくり返し、あっけない決着を迎えることがざらにある)

 

静かな空間とは裏腹に、はやては心中煮えたぎるようだった。

 

(訓練が足りなかった。油断していた。大きな力に胡坐をかき! 中途半端な研究と訓練だけで満足した結果がさっきまでの僕だ!!! 生きて帰ることを少しでも諦めかけた、無様な僕だ!!!!)

 

「くそったれがあぁぁ!!!」

 

はやては激流のような怒りを抱く。当然、自分自身の情けなさに対してである。八つ当たり気味に壁を叩くが、ただ爪が割れただけだった。はやては手の傷に気が付いていない。

 

それほどまでに、怒りで我を失いそうだった。

 

(何をしても、何を犠牲にしても! 僕は元の世界に帰らないといけない!! この世界に来た時のまま、帰るんだ!)

 

二度と油断することがあってはいけない。

 

ただの意地かもしれない。

 

だが、はやては自分と姉弟たちに誓った。

絶対に元の世界に帰ることを。

 

 

あるがままの「はやて」として、姉の弟であるため、そして弟と妹の兄であるために。

 

 

 

二度と、諦めないと。

 

 

 

はやては深呼吸をして燃え上がる炎のような感情を抑え込んだ。

まずは、この遺跡の探索を終えなければ。

 

モルボルグレートたちが塞いでいた道の先へと目を向ける。先ほどの戦いで通信機を兼ねていたマッピング用機械が壊れてしまったため、サルベージ船との連絡が取れない。リュックから指示を飛ばしてもらわなければ、何かと手間がかかるだろう。一度帰還すべきかと考えるはやてだが、すでに遺跡深部まで潜っていること、この先はどうやら一本道であることなどを鑑みて、ひとまず足を進めて切りのいいところまで探索しようと決めた。

 

幸い投光器は生きている。光源さえあれば、それほど苦労しないだろうとはやては考えた。

 

「直接的な戦闘はできるだけ避ける方法でいこう。TA式:狙撃【潜伏】」

 

はやての姿が掻き消える。魔法ではなく、あえて「技」とされるアビリティを使った。魔法以外にも有効的な攻撃手段があることを自覚するためだ。

 

「FFT,FFTAのアビリティなら大体頭に入ってる。積極的に使おう」

 

 

 

はやては気を引き締めて、歩みを進めた。

 



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サルベージ船⑩(修正済)

サルベージ船編はここまでです。




〈 はなして!! いかせてよ!!! 〉

 

〈 リュック! 落ち着け! 今行っても危険なだけだ!! 〉

 

はやての悲鳴と、聞きなれてしまった体の壊れる音が操縦室に響き渡り、最後にブツリと通信が切れたと同時に、リュックは操縦室から一目散に飛び出そうとした。悲壮というには生ぬるい、絶望という絶望を顔一面に貼り付けてリュックははやての救出に向かおうとする。

しかし、そんなリュックをすぐそばの仲間が組み付いて引き留めた。

リュックは無意識に仲間を殴打して抜け出そうとするが、体格の差と関節を極められたせいで上手くいかない。

 

それでもがむしゃらに暴れまわるリュックの力は思いのほか強く、1人では押さえられないと判断した仲間たちは皆でリュックを押さえ付けた。身体が壊れることをいとわず暴れまわるリュック自身を守るためでもある。

 

〈 離して! 離してよ! ハヤテが!! ハヤテが魔物に襲われてる!! 助けないといけないじゃん! なんで邪魔するのさっ!!!!〉

 

喚き散らすリュックにアニキが一喝する。

 

〈 ダメだっ! 危険だと分かり切っている場所にお前を送ることなどできない!! 〉

 

〈 だ、だったらアニキが助けに行ってよ! 他の人でもいい!! 〉

 

〈 今の戦力では遺跡の奥まで探索しきれないと報告しに戻ってきたのはお前だろうが! ダメだ!!〉

 

〈 じゃあ皆で助けにいこうよ!! 銃を持ってさ! 機械もたくさん持って行って!!!! 〉

 

なおも叫んで懇願するリュックにしびれを切らしたアニキは、強く床を踏み鳴らした。

 

〈 いい加減にしろっ!!! リュック!!!!! 仲間全員を危険にさらすつもりかっ!!〉

 

〈 —————っ!! 〉

 

アニキの言葉に一瞬頭が冷えたのか、動きを止めたリュック。その様子を見たアニキは、感情を抑え、努めて冷静に諭すように言葉をつないだ。

 

〈 遺跡深部の魔物が異常に強いことを鑑みると、今の装備ではやてを救出することはできない。用意もなしに遺跡に飛び込めば、最悪全滅する可能性も決して低くない。一族のまとめ役として、それは絶対に許可できない。 〉

 

〈 じゃあアニキは見捨てろっていうの?! あれだけ皆のために頑張ってたハヤテを! 〉

 

〈 見捨てることなどしない。だが、誰かが犠牲になると分かっている場所に無策で突っ込むことを許可しないと言っているんだ。 〉

 

〈 じゃあどうすればいいっていうのさ! 〉

 

〈 …………先日寄った港に、資材等の調達の向かう。装備を十分に整え、必要になる機械を組み立てた後に万全の状態で遺跡に望む。急ピッチで進めれば……二日後にも遺跡に戻ってこれるだろう。 〉

 

二日後。リュックはアニキの言っていることが理解できなかった。

二日間もはやてを放っておくというのか。今でさえ絶体絶命の危機に陥っているのに、のんびりと二日間も準備するというのか。

 

〈 そんなんじゃ間に合わないよ! 間に合うはずがない!! 見捨てるんだ! アニキはハヤテを見捨てるつもりなんだ!!! 助けられるのに! 今なら間に合うのに! 〉

 

〈 みんなもそうだ! 誰もハヤテを助けようとしない!! みんな、みんな、ハヤテのことなんてホントはどうでも———!! 〉

 

〈 ―――それ以上、一族を侮辱することは許さないぞ。 〉

 

殺気にも似たアニキの怒気に、リュックはのどを締め付けられた気がした。

 

〈 周りを見てみろ、リュック。俺たちが、俺たちアルベド族がアイツを見捨てようとしていると、本気で思っているのか!!! 〉

 

はた、と周りを見渡すと、誰もがつらそうな顔をしていた。涙を流し、嗚咽する者もいた。唇をかみしめ、血を流す者もいた。感情を押し殺そうと、息を整える者もいた。

 

誰も、はやてを見捨てようとなどしていなかった。

 

ただ、己の無力を悔やんだいるだけだった。

 

〈 ハヤテの救出は必ず行う。だが、まずは準備だ。助けに行った者が命を失うなんてことは、決してあってはならない。俺は、それを絶対に許さない。 〉

 

アニキは最善を尽くそうとしていた。一度たりともハヤテを見捨てようとなどせず、ただ最適解を取り続けようとしていた。

全てを理解したリュックは、暴れることをやめて大人しくなった。アニキの意思は固い。仲間の命を背負っている以上、無茶をすることは絶対にないのだと悟った。

大人しくなったリュックを見て、リュックを組み伏せていた仲間たちが開放する。リュックは静かに立ち上がり、ただうなだれた。

 

〈 ………わかってくれ、リュック。お前ら! 出港だ! ハヤテの救出に向かうぞ! 目的地は物資補給に向かった例の島だ! 機械(マキナ)科は全機械の点検! 食料科は長期遺跡探索のための食糧確保! 戦闘・探索科は情報共有と作戦会議だ! 一秒たりとも無駄にするな! 寝る暇すら惜しんでキリキリ動け!! 〉

 

〈〈〈〈〈 おおおおおおぉぉぉ!!!!! 〉〉〉〉〉

 

アニキの号令にすべての乗組員たちが呼応し、動き始めた。すでに錨の引き上げが始まり、船のエンジンが唸りをあげる。仲間たちが己の仕事に戻る中、リュックだけは操縦室で未だに俯いていた。アニキはリュックの様子に、無理もないと理解を示す。あれだけハヤテのことが気に入っていたリュックだ。自分の班に入れておきながら、ハヤテ一人を置いていったことも気にしているのかもしれない。

 

しかし、今は優しい言葉をかけ、慰めている場合ではない。

 

〈 俺たちにできることは信じることだ。ハヤテの無事を信じて、助けに向かうしかない。お前もハヤテの救出のために戦闘・探索科の会議に………? 〉

 

突然、リュックは顔を上げた。それは覚悟を決めた顔だった。

そして。

 

〈 ‥‥‥‥? ————っ?! ま、まてリュック!! どこへ行く!!!〉

 

踵を返し、操縦室を飛び出す。

リュックはデッキへ向かう。

 

ただ、ハヤテの下へ向かうために。

ハヤテを助けるために。

 

小さな体を目いっぱい動かして、全力で船内を駆ける。途中、仲間たちが驚いた様子で何か言葉を発するが、リュックの耳には届かなかった。

 

理屈ではない。心がリュックを動かしていた。

 

デッキに飛び出たリュックを仲間たちは驚いた目で見る。リュックはそれに気付くことなく、デッキの手すりまで一気に駆ける。仲間たち全員がハヤテの救出に向かおうと急いでいるのだろう。すでに船は島を離れ始めていた。全力でデッキから飛び出しても陸地まで届かないかもしれない。それでもリュックは駆けだした。

 

ただ、ハヤテの救出に向かうために。仲間の制止の声は聞こえない。リュックはただがむしゃらだった。

 

だから、リュックは簡単にタックルを受けてしまった。

 

その瞬間、リュックは強烈な睡魔に襲われる。身体を操る糸が切れてしまったかのように力が抜け、意識が飛ぶ。なんで、どうして、と思って間もなく、リュックはいとも簡単に意識を失った。

ただ、呟くようにハヤテの名前を呼びながら。

 

 

 

 

 

 

〈 リューーーーック!!! 〉

 

リュックを追いかけたアニキはすぐにデッキへと転がり出てきた。顔やら膝やらを打ってしまったが関係ない。おそらく船を飛び出そうとしているリュックを追いかけなければならない。すぐに立ち上がったアニキはデッキへと顔を向け、仲間の女性に抱きかかえられて眠るリュックを見つけた。

 

〈 リ、リュック! 〉

 

アニキはリュックの下に駆け寄る。先ほどまでの頼れるアニキ像はどこへやら、心配そうにリュックの顔を覗き込む。

 

〈 ごめんなさい、この子、眠らせちゃった。 〉

 

〈 い、いや。助かった。まさか、急に飛び出すとは…… 〉

 

アニキは額の汗をぬぐう。話しを理解してくれたようにみえたリュックなら、すぐに戦闘・探索科との作戦会議に参加すると考えていたが、リュックは予想外の行動に出たのだ。アニキは完全に不意を突かれた。

 

〈 なーに言ってるの。完全に予想できた流れでしょ。だから私たちはここで待機してたの 〉

 

〈 な、なに?! 〉

 

見てみると、他にも多くの女アルベド族たちがデッキの端に待機していた。

まずはここにくるべきだ、当然だ、と言わんばかりの表情でアニキを見ている。どこか呆れたような表情でもあった。

 

〈 もう、理屈じゃないのよ。恋はね。 〉

 

〈 は? コイ? 〉

 

リュックを抱きかかえる仲間は、先ほどまで悲しみと悔しさに歪んでいたとはまるで思えない綺麗な寝顔を見せるリュックの顔を愛おしそうに撫でながら言った。

 

〈 感情が体を動かすの。頭じゃなくて、心がね。それは何にも勝る力になる。時に美しく優雅に、時に燃えるように暴力的に。 〉

 

〈 は、はあ… 〉

 

ぽかんとしているアニキにリュックを抱きなおした女アルベド族、【リュックちゃんの初恋を見守り隊】隊長は、ふふっと微笑んで見せた。

 

〈 言うでしょ、恋はブラインバスターって♡ 〉

 

 

聞いたことありません、と喉まで出かかったアニキだった。

 

 

 

 

 

そのころ、はやては遺跡の深部を探索していた。時々魔物を見かけるものの、その数は少ない。探索中に背後から襲われないために、なるべく駆逐しようと考えたはやては、【アサシン】の技を駆使して戦闘を即座に終わらせていた。

 

「あのモルボルどもが実質ボスだったのか。それともあいつらが魔物を食ってたのか。もうほとんど魔物はいないみたいだ。時々見かけても単体だし、こっちに気付くこともない。単体なら戦闘にはならないから楽だな。気分は【アサシン】だ」

 

【アサシン】とは主にFinal Fantasy Tactics(FFT), Tactics Advance(FFTA)などで登場するジョブの一つだ。即死物理攻撃や石化攻撃などの技を持ち、攻撃力と素早さに特化した最強クラスのジョブである。即戦力になることから、FFTAのプレイヤーであれば必ず一人は仲間にいる言っても過言ではない。

 

「しかしこれ、初見殺しと言われるだけあって強力だな。無双……にしちゃ地味だけど。あの二人組には何度殺されたことやら……あいつらホントに規格外」

 

FFTAでは敵を即死させる【アサシン】の技の一つに【息根止(いきのねどめ)】というものがあるが、これは半々の確立で成功する。他の技と組み合わせたら8割以上の確率で成功するようになるが、それでもたまに失敗することがある。無論、8割以上の成功率を誇る即死攻撃でも十分心強いのだが、FFTでは勝手が違う。

 

FFTでの【アサシン】は敵固有のジョブとして登場し、この敵も【息根止】を使用してくるのだが、なんと、この技の成功率は驚きの100%。つまり、食らったら死ぬ。慈悲はない。文字通り息の根を止めてくるのだ。さらに、こちらが即死攻撃無効の装備をしていなければ間違いなく【息根止】を使ってくる。

 

手加減無用、ただ殺すことに特化した技。

それがFFTにおける【息根止】である。

 

このジョブについている敵キャラはバトルフィールドの高低差をほぼ無視した移動が可能で、気が付いたら背後を取られて死亡なんてことがざらにあった。そのくせ、様々な状態異常防御の装備を付けていることもあり、こちらの即死攻撃を含んだ状態異常攻撃をことごとく無効にする。

さらにふざけたことにこの敵キャラ。二人一組のペアで登場するのだ。勿論、どちらも【息根止】を使う。たまったものではない。

 

この死の権化ともいえる敵キャラへの対処法としては、即死攻撃無効の装備をして臨むことが一般的だが、即死対策をしても今度は別の状態異常をかけてくるため、結局は距離を離して遠距離で攻撃することが手っ取り早い。

無論、初見ではそれが分からないことが多いので、大抵一度は全滅する。

バトルフィールドの端まで追い込まれた挙句、じわりじわりと襲ってくる二人組は恐怖でしかない。

 

今回、はやては隠密性と確実性を取るために、FFT式:仕手【息根止】を使用している。魔物に直接触れる必要があるが、それを除いても大変強力で便利な技だ。触れさえすればまず間違いなく魔物は死ぬのだから。

 

この世界では【デス】で死なない魔物も、【息根止】であれば死ぬ。即死攻撃の対策を魔物がしているはずもないので、今のところ、はやての近距離最強の技となっていた。

 

しかし、かつて幾度となく【息根止】によって全滅させられ、リトライを余儀なくされた苦い経験を持つはやては、決していい気分でこの技を使えなかった。この技の危険性も正しく理解しなければならない。

無双といっても、あまりいい気分じゃないと独り言ちるはやてであった。

 

「まあ今はともかくだ。さっさと探索し終えて帰ろ……ん?」

 

周囲に魔物がいないことを確認しながら探索を続けていると、はやては行き止まりに扉を見つけた。ドアノブはついていないが、押せば開くように見て取れる。

 

「………いかにも、だな。ま、何にせよ行き止まり。開けてみるか」

 

いつでも攻撃できるように注意を払いつつ、はやては扉を開こうとした。

 

「…‥ん? これ、固っ——っ!! ふんぐっ!!!」

 

始めは恐る恐る押してみたのだが、びくともしない。今度は力いっぱい押してみるが、力が足りないのかまるで動く気配がなかった。

 

「んがぁぁぁ! こんなろ!!!」

 

ついには扉を蹴り始めると、扉が少しずつ動き始めた。とどめとばかりに扉を勢いよく蹴り開けると、そこにはカクテルテーブルのような台と、その上に置かれた物体しかなかった。部屋自体もかなり狭く、部屋というよりスペースと表現したほうが正しいかもしれない。精々が倉庫か、貯蔵庫だろう。はやては台の上に鎮座する物体を手に取ってみた。包んである薄い布を取っ払ってみると、それは、片手大の機械であった。

 

「おおおお! たぶんこれだな!! ……ぱっと見デカいトランスシーバーだな、これ」

 

ダイヤルのようなものやボタンらしきものが色々ついているが、下手に触って誤作動を起こしてはたまらない。はやてはその機械を布で包みなおして腰にぶら下げた。

 

「さて、ゲームじゃこの後決まってボスが出てくるところだけど……。特に魔物が出てくる気配もないか。よし、さっさと帰ろ」

 

やはりあの色違いのモルボルたちがボスだったのかと納得しながら、はやては【テレポ】を唱えた。

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

そして今。はやては砂浜でぼんやりしていた。

途方に暮れていると言ってもいいだろう。

 

テレポで遺跡から脱出してすぐに、はやてはサルベージ船がないことに気が付いた。はじめはテレポ先がずれていたのかと考えたはやてだったが、遺跡の入り口は入ってきた時と全く同じである。

 

急に現れたはやてに、他の探索者らしき人々が驚いていたので、誤魔化すついでにサルベージ船について聞くと、どうやら数十分前に出港したとのことだった。

かなり慌ただしく出港したらしく、まるで何かから逃げるようにも見えたとは探索者たちの言だが、はやてはアニキたちがはやてを置いて逃げ出すような者たちではないことは、この数週間の間でよく理解していたので、何か特別な事情でもあったのだろうとあたりを付けた。

 

はやてを置いて逃げたわけではないだろうが、しかしそれ以外で出港した理由が分からない。どこかに急行せざるを得ない事態が発生したのだろうか、とはやては考える。しかし、何だとしても根拠がないため深く考えるだけ無駄かと思い、とりあえずどうしようかと砂浜でぼんやり海辺を眺めて、現状に至る。

 

しばらくさざなみに耳を傾けながら、海辺に家を建てて暮らすのもありだなあと益体もないことを考えていると、軽鎧に身を包んだ青年がはやてに話しかけてきた。短い赤茶色の髪に青色のヘッドバンドを巻いている。腰には大きな本をひっかけていた。

 

「あのー、すんません」

 

「うん? はい、なんでしょう」

 

「おたく、この遺跡の探索者すか?」

 

青年は軽い口調ではやてに問いかけてきた。特に嘘をつく理由もないので、はやては素直に聴取に応じる。

 

「ええと、探索者と名乗っているわけではありませんが、遺跡の探索はしていましたよ」

 

「そう……、すか」

 

青年は少し考える素ぶりを見せると、重ねてはやてに問うた。

 

「あー、実はこの遺跡に探索に入った方が行方不明になっているという情報が入ったんす」

 

「はあ」

 

「それで、もし何かご存知でしたら教えていただきたくて……」

 

「何か、ですか? ええと……あっ」

 

何かと言われてもなあ……と考えたところで、遺跡深部の魔物たちについて思い出した。

 

「なんか知ってることがあるんすか?!」

 

「えっ、あ、ちょっと?!!」

 

何かを思い出した風に声を出したはやてに青年は強く反応し、はやてに詰め寄った。急に詰め寄られたはやては後ろにのけぞるが、青年はぐいぐいとはやてに迫る。

 

「あのっ! 何でもいいんす! 行方不明者について何か知ってたら!!!」

 

「近い近い近い近い近いですって!!」

 

「え? おっと! す、すんません……」

 

はやての指摘に我に返った青年は申し訳なさそうに身を引いた。

 

「お、驚いた。ええとですね、あの遺跡ですが」

 

「う、うす!!」

 

青年はハヤテが話し始めると同時に大きな本を開いた。ちょっとした百科事典くらいの厚みがあるが、それでメモを取るつもりなのかとはやては不思議に思いつつ話しを続ける。

 

「探索したところ、奥に行けば行くほど魔物が強くなっていくんです。それも、尋常じゃない強さで」

 

「尋常じゃない……すか?」

 

「ええ、もちろん主観的にはなりますが、戦闘に慣れている部隊が撤退を余儀なくされていましたから」

 

それがアルベド族であること、また自分がその部隊の一員であることは黙っておこうと、詳しいことは説明しなかった。青年ははやての説明に頷きながらメモを取っている。

 

「僕は隠れて見ていたのですが、モルボルもいましたよ。それも四体」

 

「も、モルボル?! そんな魔物があの遺跡にすか?!!」

 

「ええ。部隊の人たちが倒していました。その人たちはその後すぐに帰っていましたが、おそらく強力な魔物たちが原因なのでは?」

 

はやてとしては、あのモルボルたちに食べられたのではないかと考えていたが、そもそも遺跡深部に行くまでの魔物たちもかなり強力だった。

 

モルボルにしろ、他の魔物にしろ、人的原因ではないだろう。

 

「なるほど……。普通では考えられない魔物の出現に、強さ。この手の場合、遠いところで『シン』と関わっている可能性があるそうなんす」

 

「『シン』? あの遺跡が、ですか?」

 

一通りメモし終えたのか、ぱたりと本を閉じると青年ははやてに向き直る。

 

「うす、直接的な関係ではないかもしれないすけど、俺たち討伐隊が調査に乗り込む必要があるかもしれません」

 

「……討伐隊、ですか?」

 

「うす。……って、す、すんませんっ!自己紹介してなかった!!」

 

慌てたように青年は左手を水平に張って自分の胸を叩く敬礼を見せた。

 

 

「ビサイド島支部ビサイド村所属討伐隊、チャップと言います。正確には討伐隊見習い……お手伝い?てところなんすけど」

 

 

 

そう言ってチャップと名乗った青年は頭を掻いて誤魔化すように笑った。

 

 




次回からはビサイド村編です。


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ビサイド村①(修正済)

ちょっとした公式設定とよもやま話:
・アルベド族は機械を発掘して使えるようにするが、0から新たな機械を生み出すことはまだできていないらしい。(FFX-2より)

はやて考案のカラオケ機械はあくまでも改造ベース。でも機能はしっかりカラオケのそれ。はやてが動作チェックでしっとりした恋愛ソング(歌いやすいから)を歌ってみたら何故かふくれたリュックちゃんが背中に張り付いたという。


「討伐隊のチャップさん……ですか。僕は柊木はやてといいます。はやてと呼んでください」

 

「うす、はやてさん。まあ俺は()()()()()なんで、勝手にそう名乗ってるだけなんすけど」

 

敬礼を解いて恥ずかしそうに言うチャップを見ながら、はやては討伐隊という単語について思い出していた。確か、FFXにおいて『シン』と戦う民兵……だったと思う。

 

「あの、実は僕『シン』の毒気にやられてしまって、討伐隊についてよく覚えていないんです」

 

「えっ?! そ、そうなんすか。じゃあ説明しちゃいましょうか?」

 

「ぜひ」

 

じゃあ、と言ってチャップは討伐隊について説明をはじめた。

 

「討伐隊ってのは、簡単に言うと『シン』の被害から人々を守るために結成された民間組織っす。一応エボン寺院の下で動いてるんで公的な組織として認められてるんすけど……まあ、最近は俺らのやり方がエボンの教えに反するなんて言われて、隊員は結構破門されてたりするっす」

 

入隊前なんで俺はまだ破門されてないすけど……そろそろかも。

少し寂しそうにそう言うチャップ。

 

「でも、討伐って言葉があるくらいだし、僕たち、ひいてはスピラのために『シン』を倒そうとしているのでしょう、とてもありがたいと思いますよ」

 

「そ、そっすかね? いやあ、なんだかうれしいなあ。といっても、俺らにできることと言えば『シン』の進行先を変えるくらいすけど」

 

「十分じゃないですか。ありがとうございます」

 

はやてがそういうと、チャップは「これからっすよ。これから!」と笑って照れた。

 

「でも、そうですね。僕としても討伐隊の皆さんの為にお力になれるのでしたらもう少し詳しい話もできるかと思いますが」

 

「ま、まじっすか?! で、でしたら、ぜひうちの村に寄ってってほしいっす! ルッツ先輩に直接説明してもらえたら!」

 

チャップははやての両肩を掴んで頼み込む。しかし、はやてはこの島にアニキたちが戻ってくる可能性があることを考えると、おいそれと応じるわけいかない。

 

「ええと、それはちょっと……。仲間が帰ってくるかもしれないですし」

 

「仲間っすか? 遺跡に潜ってるんすか?」

 

「いえ、船でここから離れたみたいで。たぶん戻ってくると思うんですけど、いつ帰ってくるか分からないんですよ。だからここで待機しておこうかと」

 

そう説明するとチャップは不思議そうにして続ける。

 

「船で離れたってことは、たぶんすけど、数日帰ってこないと思うっすよ。近場の港に向かったとしたら、早いタイプの船でも4、5日かかるし」

 

「え?」

 

「それにここ、無人島す。魔物はいるんすけど狩れる生き物はかなり少ないすよ。海にも大きな魔物がいるんで魚も少ないし」

 

「え、ええぇ……」

 

「外じゃキャンプできないんで、ここに遺跡がなけりゃまず誰も訪れない島っすよ。ここ」

 

というか危険な島として本当は一般開放されてないんすけどね。そう言って周りを見渡すチャップ。探索者たちは皆引き上げの用意をしていたし、キャンプを張ろうとしている者は誰ひとりとしていなかった。

 

予想以上に過酷な島であることに驚くはやて。数日キャンプでもしながら仲間を待つ予定だったが、食べ物もなければろくに眠ることもできそうないと知ると、ここから一旦脱出する必要があるかもしれないと考え始めた。

 

「お仲間も、たぶんはやてさんがここに何日もいるとは考えてないと思うっすよ。普通は他の船に乗船させてもらって近場の島で待機するんで」

 

「うーん、そうですか。確かにここで数日待機するのは難しいかもしれないですね。けど万が一仲間が戻ってきたときが心配なんですよ。渡さないといけない物もあるし……」

 

どうしよーかなあ、とはやてが頭を悩ませていると、チャップは周りに誰もいないことを確認した後はやてに近づいて小さな声で驚くことをいった。

 

「………あの、もしかしてなんすけど。お仲間って、アルベド族だったり?」

 

「……なんのことですか?」

 

できるだけ自然に聞き返したはやてだが、チャップがはやての腰にひっかけられている投光器(待機モード)を指さすと、あ、と声を漏らしてしまう。

 

「あ、いえ、これは、その……」

 

どうにかしてごまかそうとするはやてだったが、言い訳が思いつかない。糾弾されるか。面倒なことになるかも……と身構えるが、その心配は杞憂だった。

 

「ああ、俺は大丈夫すよ。機械は見慣れてるんで」

 

「え? そ、そうなんですか?」

 

「うす。最近、討伐隊はアルベドの機械を『シン』討伐のため積極的に使おうとしてるんす。投光器すよね、それ。宙に浮くタイプの。以前見かけたことがあるっす」

 

「え、ええ。そうです。いや、すっかり失念してました……」

 

自分のうっかりにため息をついていたはやてだが、チャップは気にした様子もなく続ける。

 

「アルベド族と一緒に行動してるんなら、なおさら一緒に来てもらった方がいいと思うすよ。ルッツ先輩なら、アルベド族と会うこともできるんじゃないすかね」

 

「なるほど。こっちから連絡を取って、指定の場所に迎えに来てもらう、または合流するってことか」

 

「うす。アルベドすから目立つところで合流もできないんじゃ」

 

言われてみれば、そのほうが良いかもしれない。

この島で待機することが難しい以上、別の場所に移動してこちらから連絡を取った方が良いかもしれない。アルベド族の結束は強い。移動先で出会ったアルベド族に説明して、アニキに連絡を取ってもらう方が確実だろうとはやては考えた。

 

チャップの先輩らしき人物であればアルベド族と連絡が取れるということだし、むしろこれはチャンスではないかと考え直したはやてはチャップに同行することに決めた。

 

「そうですね。事情を察してくださる方に協力していただけるなら、これほど心強いこともありません。ぜひ、同行させてください」

 

「うっす! 任せるっす! 詳しい話は向こうの帆船で説明させてもらうっすよ」

 

「よろしくお願いします」

 

敬礼を見せるチャップに、はやては頭を下げる。チャップは乗船客が増えたことを説明するために先に帆船に小走りで向かった。

 

はやては、せめて「移動した」というメッセージを残そうと何かできないかと考える。石を使って砂浜に文字を残そうと、手ごろな石を集めていると、チャップの焦ったような呼び声が響いた。

 

「は、はやてさーーーーん!! もう移動するみたいっす! この風に乗らないといけないみたいでーー!! すぐに乗船してくださーーーい!!!」

 

見ると、チャップが帆船のすぐ横で大きく腕を振っていた。船員も出港するために錨を上げて、帆の向きを調節していた。

 

「えっ?!! ちょ、待ってください!!! すぐ行きますからーーー!!」

 

はやては抱えていた石を投げ捨て、急いでチャップの下に走り出した。

 

 

 

帆船に飛び乗ったはやてとチャップはデッキの上で流れる風を感じていた。

サルベージ船とは違い、ゆっくり流れている。普通はこんなもんかな、とはやてがつぶやくと、チャップは興味深そうに質問する。

 

「やっぱ、アルベドの船ってのは早いのか?」

 

「まあね。船内のエンジンって機械が船の推進力を生み出してるんだよ。風が吹いてなくても一定の速度で継続的に進むことができる」

 

「はー。やっぱ機械の力ってのは違うな」

 

「この船も風力以外にチョコボ動力とやらで動いてるじゃないか。動力室見たときは本当にびっくりしたよ」

 

「はははは! あの顔は傑作だった!」

 

「仕方ないだろ、あれはさ。一歩間違えたら虐待じゃないか」

 

ハムスターのように回し車を回し、ひたすら走り続けるチョコボを見たときの衝撃は、FFファンであり、実はチョコボとの対面を楽しみにしていたはやての気持ちを置き去りにした。

 

「我に返った途端にチョコボに夢中になるし、なんつーか、どこぞの田舎もんって感じだったな」

 

田舎出身の俺が言う話でもないか! と快活に笑って見せるチャップ。

 

どうも敬語を苦手そうにしていたチャップにいつも通りに話してほしいと頼んでから、この青年は取り繕うのうやめたらしい。気安い会話ははやてにもありがたいため、それについて文句があるわけじゃないのだが、それにしても変わりすぎだと思うはやて。

 

「田舎者で結構。実際記憶がない僕は田舎者よりもたちが悪いだろうけどね」

 

「お、おいおい。そこまで言ってないって!」

 

チャップは慌てたように言うが、はやては口端を上げてみせた。

 

「からかうにしても人は選んだほうがいいよ、青年」

 

「……け~~~!! どうせ俺とあんま年変わんないくせに大人ぶりやがって!」

 

「さてね」

 

はやては船の行く先を見つめた。この船はビサイド島に向かっている。島までは数日かかるようで、到着まではのんびりと過ごしてほしいと言われた二人は暇を持て余していた。それならばと、はやては事情の説明もかねてこれまでの経緯をチャップに話していた。

 

アルベド族はかなりひどい差別を受けているとはやては知っていたので、アルベド族と1カ月ほど共に過ごしていた話をした際のチャップの反応が気になったが、チャップからはアルベド族への侮蔑的・差別的言動は見受けられず、むしろとても興味深そうにしていた。ならばと、この際アルベド族の良さを知ってもらおうと考えたはやては保護されていた時の様子を伝えることにしたのだ。

 

やはりというか、機械の話をすると食いつきが良い。

 

「けど、チャップがアルベド族に対して差別意識を持ってないのは、正直驚きだよ。てっきりほとんどの人がそうなのかと思ってたから」

 

そういうとチャップは少し気まずそうにする。

 

「んまあ、その認識で大体あってるな。アルベド族はやっぱり機械を使うから嫌われやすいんだ。特にビサイド村みたいに寺院があるような町や村だと皆信心深いからなあ。俺みたいなのは、やっぱり少ないぞ」

 

「けどゼロじゃないってのは嬉しいもんだよ。僕はアルベド族じゃないけど彼らのいいところはたくさん見てきたし。それにアルベド族もその「教え」を全否定してるわけじゃないんだよ」

 

「え? そ、そうなのか?」

 

「うん。否定してるんじゃなくて、無視してたり、嫌がってたり、気にしてなかったりしてるだけだよ」

 

「そ……それは何か違うのか?」

 

「全く違うね。ようは価値観が違うって話だよ」

 

「うーん。俺にはなんだか難しいな」

 

チャップが腕を組んで頭を悩ませる。

全てを否定するという事は、拒絶するという事である。そして、人は何かを拒絶する時、往々にして力でもって排斥しようと試みるものだ。

 

はやてはヒトラーの話を例に出そうと考えたが、わざわざ気分を害する必要もないかと思い直し、やめた。

 

「まあ彼らはヒト語を話せないからね。誤解を解くことができなかったし、彼らと関わろうとする人も少なかったからこれまで偏見が放置されてたんだろう。これからチャップみたいな人たちが増えてくれるといいけれど」

 

はやてとしてはアルベド族が受けている差別や偏見がなくなればいいと、せめて少なくなってほしいと考えている。もちろんアルベド族がエボンの教えに反する行動を取り続ける限り差別を撲滅することはできないだろう。ただ、彼らも人であり、自分たちと同じように泣いたり笑ったりするのだということは知ってほしいと思う。

 

アルベド族は教えに背くから、ではなく、教えに背く()()、というように意識が変われば誰にとっても住みやすい世界になるのではないだろうか。

 

(……まあ、世界を変える(差別を失くす)気は無いんだけど)

 

「……? なーに落ち込んでんだよ!」

 

様子の変わったはやてを疑問に思いつつチャップが励まそうとしていると、足元に凹凸の付いた水色のボールが転がってきた。

 

「おっ! ブリッツボール! 俺も島に帰ったら練習しないとなあ!」

 

ブリッツボールという単語に反応したはやてはチャップが拾い上げたブリッツボールに目を向ける。

 

「そ、それが噂のブリッツボールか……!」

 

「噂って、おいおい……」

 

はやては目を輝かせる。大きさはちょうどサッカーボールくらいだろうか。チャップからボールを受け取るとはやては大きな感動に身を震わせた。

 

FFXではストーリー上でブリッツの試合をすることになる。試合に勝っても負けてもストーリーは進むものの、どうせなら勝ちたいと思うのがプレイヤーの性。しかし、ストーリー上のブリッツの試合で勝つことは容易ではなく、何も考えずに試合を進めたら、まず間違いなく敗北する。前半にしっかりと作戦を立ててキャラを動かし、後半は時間を気にしながら積極的にシュートを狙わなければならない。FFX屈指の難易度を誇ると言われるこの試合には、はやても何度もリトライしながら取り組んだ。

 

その「ブリッツ」が、ゲームの世界のものが、今手元にある。

はやては興奮を抑えきれず、ブリッツボールを触って感触を確かめてはデッキでバウンドさせてみたり手元で軽く投げてみたりした。

 

「意外と軽い。それにスーパーボールみたいによく跳ねる! それになんだろうこの手触り……固いけど柔らかい。バレーボールみたいな……?」

 

「おいおいおい! 夢中になってるじゃないか! まあ無理もないがな! スピラ全体が熱中するスポーツだ!」

 

「そうか、そうだよ! この世界はブリッツがあるんだよ! あー! 一度生で見てみたいな!」

 

「せ、せかい? まあ練習してる所なら村でいくらでも見せてやれるさ! なんたって俺、選手だし!」

 

万年初戦敗退チームだけど、という言葉は飲み込んだ。

 

「そうか! チャップはブリッツの選手かあ! これはぜひとも見学させてもらおうかな! 絶対見に行くからその時は声かけてくれ!!」

 

「ああ! 約束だぜ!」

 

よっしゃ! と少年のように喜ぶはやてを見ると、チャップはなんだか自分まで嬉しい気持ちになった。はやては冷静な大人という印象だったが、ブリッツのことになると途端に子供っぽくなってしまった。

 

(ああでもそうだ、俺はブリッツで皆を楽しませることができるんだ! はやてがワクワクしているように、人々を夢中にさせてきたんだ!)

 

忘れていた想いを思い出したチャップは無性にブリッツの練習がしたくなってきた。ビサイド村近くの海岸まで走り、海に飛び込み、ブリッツボールを蹴りたくなった。

 

仲間と、ビサイド・オーラカと、砂と水にまみれたくなった。

 

最近は討伐隊入隊のための雑務や訓練に時間を割いていて練習に参加できていない。ビサイド村にいる【恋人】を守るためだと思えば苦ではなかったものの、やはり選手として活動していなくても、ブリッツの事はいつも頭の片隅に残っていたのだ。

 

「やっぱ、好きだなあブリッツは」

 

胸にこみあげる熱い思いが勝手に言葉となって吐き出された。

 

「チャップ! 選手ってことはボールの扱いなんてお手の物だろう? この場でできる練習とか見せてくれないかな?!」

 

そういうと、はやてはホイッとボールを投げ渡す。チャップは咄嗟に胸で受け止め、足元にトラップした。

 

「えっ?! ちょっ、ここでか?!!」

 

「まさかボールコントロールが苦手ってことはないだろう? 選手なんだし、ほらほら、格好いい所見せてほしいなあ!」

 

はやてはくくくと小気味良く笑い、チャップを煽るように大きな声でそう言うと、デッキにいた子どもやその親たち、他の乗船客たちがなんだなんだと集まりだした。

 

 

兄ちゃん選手なの?! ボール使ってみてよー!

 

お、なんだ選手がいるのか?

 

何かパフォーマンスするみたい。見てみる?

 

みたーいみたーい!

 

おぉ! いっちょ見せてくれ!!!

 

 

あっという間にチャップは乗船客に囲まれてしまった。

こうなっては何かパフォーマンスの一つや二つ披露しなければ収拾がつかないだろう。

 

「………ったく! しかたねーな、求められちゃあな!」

 

チャップはにかっと笑い、そう叫ぶと、器用に足首をひねってボールを垂直に高く蹴り上げる。ボールはあっという間にマストのてっぺんにたどり着いた。はたから見ると、足首をほんの少し動かしたようにしか見えなかったのに、ボールは遥か上にある。はやてが両手で全力で上げても届かないかもしれないと思うほどだ。

 

きゃーー!!

おおぉっ!!!!

すっげぇえええ!!

 

 

「そんで、ほいっ! ほい! いよっと!」

 

自由落下するボールを音もなく首で受け止めたチャップは、今度は全身をアクロバティックに動かしながら体全体にボールを転がしてみせる。全く落ちる様子がなく、コロコロとチャップの腕や脚を転がり回るボールは完全にチャップのコントロール下にある。決して素人にはまねできない、洗礼されたその動作は、彼が確かな技量を持つ選手であることを証明し、見る者すべてに魅せつけた。

 

 

おどってるみたいだよママ!

そうねぇ、カッコいいわね!

 

おいおい、選手ってのはこんなにすげえのかよ!

 

ブリッツはちったあかじってたつもりだったが、いやあ、本物はちげえや。

 

 

観客の歓声はどんどん大きくなり、子供たちは興奮して飛び跳ね始める。

チャップは歓声の大きさに比例するようにパフォーマンスを複雑にし、披露していく。

 

誰もがブリッツを楽しんでいた。

誰もがブリッツを愛していた。

 

ティーダがスピラに飛ばされて、初めて『ザナルカンド』との繋がりを見つけたと吐露した時もブリッツだった。『シン』が破滅をもたらす世界で、1000年もの間、ブリッツは変わらず存在し続けていた。

 

その意味の一端を、はやては理解できた気がした。

そして、チャップをたたえる歓声に交じりながら、いつかブリッツがアルベド族と皆をつなげる架け橋となることを願ったのだった。

 



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ビサイド村②(修正済)

ビサイド島行の帆船に乗って5日が過ぎた。

 

船の中でできることはほとんどなく、はやてはアルベド語を復習したりチャップと世間話をしたりしながら暇をつぶしていたが、いよいよやることが無くなってしまい、今はデッキでブリッツボールを使ってストレッチをしている。船の後方ではチャップが大きな本を持ちながら乗客相手に近辺の魔物について解説している。はやては既に聞いた話だったので、邪魔をしないように離れていた。

 

部屋で寝転んでいてもいいのだが、あえてデッキで暇そうにしている。すると同じように暇そうにしている子どもたちが寄ってきて、はやてを遊びに誘ってくれるのだ。今日も子どもたちと暇をつぶすつもりだった。

 

しかし、今日はチャップの話に興味があるようで、はやての下には誰も来ない。

どうやら目論見は失敗したらしい。

 

しょうがないかとつぶやき、はやてはデッキに寝そべって、ブリッツボールを枕に目を閉じる。すると海を割って進む音、帆がはためく音、カモメのような鳥が鳴く声、色々な音が耳に入ってきた。

 

全てが新鮮だが、なかでも帆船が軋む音がはやては好きだった。

ぎぎぎぃいいい、ぎぃぃ、と間延びする音は不思議と耳に心地よく、元の世界ではあまり聞いたことのない音だったこともあり、いつまでも聞いていられた。

鼻をくすぐる潮の香りとあわせて、自分は旅人のようだとはやては感じた。

 

しばらく緩やかに浮き沈みする船の動きを体全身で感じていると、くすくすと可笑しそうに笑う女の子の声が聞こえた。

 

目を開けると、両手で口を押えながらかわいらしく笑う女の子がはやての顔を覗き込んでいた。いつもはやてと遊ぶ子どもたちのうちの一人だ。

 

「おや、変な顔して寝てたかな?」

 

「ううん、ちがうよ! はやてって、時々ぐうたらしてておもしろいなあって」

 

「だって、やることがなくてね。暇なんだよ。ちょっと眠いし」

 

「おやすみの日のお父さんみたい!」

 

「うっ……、お兄さんはまだ若いんだぞ」

 

大げさにリアクションを取りながらそう言うと、女の子はまたおかしそうに笑った。

 

ころころと笑う姿は、見ているこちらが元気になりそうだ。

よいしょ、という掛け声で立ち上がると、はやては大きく伸びをする。

女の子もはやての真似をして伸びをする。それから2人で何となく笑いあう。

 

「君はみんなと一緒にチャップの話を聞かないの?」

 

「んーん。まものの話、あんまりきょうみない」

 

「そっか」

 

「まものの話はいっつもおとうさんがしてくれるの。あぶないんだって。でも、ききあきた!」

 

「あっはっは! 聞き飽きたならしょうがないね!」

 

「うん! ねえねえ、はやて! はやても何かお話して! みんなしらない、おもしろいのが良い!」

 

「くくく、いいよいいよ。じゃあそうだなあ……。まん丸の赤いほっぺから、サンダーを出す黄色いネズミの話をしようか」

 

身近な木箱に腰掛けるはやて。

すると女の子は正面にぺたりと座り込んだ。

本があれば、読み聞かせしているように見えるかもしれない。

 

「なあにそれ? まもの?」

 

「いいや、僕らの友だちさ。ある国ではね、子供は10歳になったら……」

 

女の子は夢中になって聞き始める。

 

とても穏やかな時間だった。遺跡で経験した地獄が嘘のようで、あれは白昼夢だったのではと思うほど。だがあの苦痛は決して幻などではないと、はやては実感している。

 

ここ数日、はやては満足に眠れていない。体感で2,3時間ほどは眠れているものの、目を閉じていると、モルボルたちによって失明状態にされた時を思い出し、どうにも目を開けてしまう。肉と果実をとことん腐敗させて混ぜ合わせたような匂いが、部屋の隅から漂ってくる気がして、そのたびに潮の香りでごまかそうとデッキに飛び出している。

 

体の調子は悪くないが、少しばかり精神的に参っていることをはやては自覚していた。

 

日中、チャップや子どもたちと過ごしている間は気にしなくて済む。意識が外に向いているからだろう。しかし一人になると遺跡での出来事を思い出してしまう。島に残っていたらどうだっただろうか。毎日遺跡の出入り口に目を向けてひやひやしていたかもしれない。船上のほうが何倍もマシであることは間違いない。

 

寝不足ではある。しかし結果的に、はやてはチャップに助けられていると言えるだろう。チャップのためなら最大限力を貸そうと心に決めたのだった。

 

 

しばらくして話を終えたチャップがはやての下にやってきた。

 

「よっ。なんだお前ら、またはやての邪魔してるのか?」

 

邪魔じゃないやい、お話聞いてたの!、チャップー俺もたびに出れるかなー?

 

やいのやいのとチャップに言い返す子どもたち。

はやてはいつの間にか子どもたちに囲まれて、もっともっとと話をせがまれていた。

赤ぼうしをかぶった少年がネズミの名前を呼びながら橋から飛び降りたシーンで「今日はここまで」と話を打ち切ったはやては、そんなー!と叫ぶ子どもたちをやんわりとあしらう。

 

自然と子ども同士で集まり、はやて達から離れてトレーナーごっこをし始めたところで、チャップははやてに伝えた。

 

「あと少しすればビサイド島につくぞ。荷造りはすんでるか?」

 

「昨日話を聞いた段階で終わらせてたよ。もともと身軽だったから、いつでも大丈夫」

 

「そうか。……子どもの相手をしてて疲れたのか? なーんか、すすけた背中してるじゃねーか」

 

「や、帆船ってのに乗り慣れてないからかな。なかなか寝付けなくてねえ」

 

「おいおい、言ってくれれば揺れの少ない部屋くらい用意したぞ」

 

「ありがとう、それほど深刻じゃないから大丈夫さ。それにもう上陸するなら問題ないし」

 

愛しの陸上よ……、とうそぶくはやてを少し呆れた様子で見ていたチャップは船の前方に見える島を指さす。

 

「ほら、あれがビサイド島だ。初めてだろ?」

 

「おお! あれが! あれがビサイド島!!!」

 

はやては船から身を乗り出して眺める。

 

「小さな田舎の島だが、まあこれが悪くない! 貿易は盛んだし、召喚士様や従召喚士様がよく訪れることもあってまあまあ発展してる」

 

ビサイド村は田舎そのものだがなと笑うチャップだが、その顔はビサイド島を愛してやまないと言っているようだった。

 

「うん、楽しみだよ。一度来れたら来てみたかったんだ」

 

「そりゃまた、物好きだなあ。ま、悪い気はしないけどよ!」

 

「ブリッツ、見せてくれよ」

 

「もちろんだ! だがその前に、討伐隊宿舎に寄ってくれ。例の行方不明者とかモルボルのことをルッツ先輩に説明してほしい。それに、ビサイド村で過ごすなら宿舎に寝泊まりしてもらうことになるから、確認しておいてもらいたい」

 

「わかった。一先ずチャップについてくよ」

 

「わるいな」

 

その後はとりとめのない話をしていたが、乗組員たちが帆を下ろし始め、上陸体勢に入り始めると、乗客全員が客室に戻っていった。はやてとチャップも一度部屋に戻って身支度を整えることにした。

 

ビサイド島に上陸する客と、そうでない客がいるらしい。それぞれの親に呼ばれて解散した子どもたちもどことなく寂しそうにしていたが、それでも「また会おう」と再会を誓う姿がはやてには眩しく見えて、強く印象に残った。

 

 

 

上陸のアナウンスがあってすぐに、帆船は港に到着した。別れを惜しまれながら下船すると、はやては思わず周囲に心を奪われる。

 

目に入るすべての自然が美しい。

日本では決して見られないであろう自然のありのままの美しさが、そこには広がっていた。

エメラルドグリーンという言葉すら陳腐に聞こえるほどに透き通った海に、色とりどりの草花が調和し合って島全体を彩っている。

 

砂浜は不純物が一切ない、上品な薄クリーム色で、足跡一つ残すことがはばかれた。なじみのない美しい景色にも関わらず、その胸は郷愁に駆られる。

「ふるさと」が持つ優しさや落ち着きが、この島にあふれているようだった。

 

いつだってそばに(Beside)あるふるさとの安心感に触れ、我を忘れて(Beside)浸ってしまいそうになる。

 

「どうだ、最高のお出迎えスポットだろ」

 

惚けているはやての肩を叩いて、嬉しそうにチャップが言う。

 

「最高だね。ああ、これ以上を僕は知らない」

 

「………俺はさ、はやて。この島と、仲間や家族、この島に生きる俺の大切な人を、守りたいんだ」

 

「…………」

 

「そのためなら、俺は無茶も無理も押し通せる。規則があろうが、掟があろうが、関係ない。守り通すため、俺は俺自身を犠牲にできる」

 

「…………そうか」

 

「……笑わないんだな」

 

これまでいろいろと言われてきたのだろうか、少し不思議そうにはやてをみるチャップだったが、はやては誠意を込めてチャップに続ける。

 

「君の誇り高い覚悟を汚すつもりはないよ。チャップ、僕は君に出会えて本当に良かった」

 

選手生命を絶ってでも守りたいもの。決めた覚悟。

それは決して他人が横から口出ししていいものではない。

はやてはただ称賛する。

 

『シン』は不滅の存在だ。召喚士でもない人間が『シン』のために自分を犠牲にする必要はないと考える者も少なくない。チャップも周囲の仲間からは引きとめられ、とりわけ恋人や家族には何度も考えなおすように言われていた。今は渋々認めてはいるが、内心では肯定しかねているのだろう。

 

そういった事もあり、手放しで称賛されるとは思ってもみなかったチャップははやての顔を呆然と見つめていたが、照れ臭そうに頭をガシガシと掻くと空気を入れかえるように歩き出す。

 

「まあ。その、なんだ! 俺としてはここもいいが、やっぱ村を見てほしい! 歩いていけるぞ、さあ行こうぜ!」

 

「お。じゃあ、行こうか。皆! また会おうね!」

 

はやては最後に船の上から一生懸命手を振る子供たちに大きな声で応えてから、チャップの背を追う。

 

「途中魔物が出るぜ。遺跡に潜ってたなら、戦闘はイケるんだろ?」

 

「まあ多少は。ただ、ちょっと癖があるから、ひとまず僕に任せてもらってもいい?」

 

2人は歩みを進めつつ、道中の戦闘について話しながらビサイド村に向かう。

 

「たしか、魔導士だったか? アルベドの所にいたんだろ、機械は使わないのか?」

 

「うーん、機械は使わない……というより使えないかな。あれは使う前にしっかり練習しないといけないし、僕はアルベド族のみんなといる時も終始コレだったから。ブリザラ!」

 

そう言って草むらから現れた、やせたハイエナのような魔物(ディンゴ)に魔法を放って見せる。ディンゴは抵抗する間もなく幻光虫へと姿を変えた。

 

「げっ……一発でしとめやがった」

 

「基本的な攻撃は魔法だね。でも、時々君の知らない魔法を使うから注意してほしい。七式:トード」

 

頭上を飛んでいた鳥型魔物(コンドル)がカエルとなって降ってきた。

ゲコゲコと鳴くそれは、とても鳥類だったようには見えない。

 

「……は? え? どういう理屈だ、それ?」

 

「魔法だよ。ちょっと変わってるけどね」

 

「は、はぇ~~。……ルーには逆らわないようにしよう」

 

「道中の戦闘は任せてもらおうかな。誤射したらまずいし。道案内よろしくね。プロテス、シェル」

 

「お、おぉ。白魔法もいけるのか。討伐隊の形無しじゃねーか……」

 

はやてはカエルをファイアで焼き尽くすと、チャップに先を促した。

チャップは魔導士についてそれになりに理解していたつもりだったが、どうやら世界は広いらしい。見たことも聞いたこともない魔法もあるんだと、また一つ勉強になったと感心した。

 

「強いに越したことはないか。よし、じゃあ俺についてきてくれ! この調子ならすぐに村に着くだろ」

 

「あ、景色を楽しんでるからゆっくりでもいいよ」

 

「意外とのんきだな、おまえ……」

 

ビサイド島の魔物が比較的弱いこともあり、道中を最短時間で進むことができる。

チャップはかなり早く村に着くと感じていた。はやてはもう少し自然を堪能したかったようだったが、村に滞在してもらえればいくらでも時間はとれるので先を急ぐことにした。

 

 

 

 

「うし、ここが俺たちの村、ビサイド村だ。ようこそ、はやて!」

 

「お、おおー。ここがあのビサイド村か……。なるほど、たしかにこんな感じだった気が」

 

「うん? お前、ここに来たことなかったんだろ?」

 

「え? あ、あー、うん。話には聞いてたからさ」

 

「……? ま、いいか。それよりおい、さすがにお祈りの仕方は知ってんだろ? ここにはビサイド寺院があって、村人も敬虔な信者がほとんどだ。一応おさらいしとくか?」

 

「えーと、たしかこんな感じだっけ」

 

はやてはゲーム内のお祈りの仕方を思い出していた。

それほど難しい動作ではない。

 

「よっしゃ。そんじゃまずは討伐隊の宿舎に行こう。基本的にはそこで寝泊まりしてもらうことになる」

 

「了解」

 

はやてとチャップは村に入る。はやては、目の前に広がる景色に見覚えがあった。村の奥にあるのは、話に合ったビサイド寺院だろう。イメージしていたよりも大きな寺院で、中に入らずとも特別な建物であることがうかがえる。

 

村の中心には円形の広場があって、それを囲うように大きなテントがいくつか建てられている。大きさといい、形といい、モンゴル遊牧民の移動式住居「ゲル」のような住居だ。現代の日本によくみられるような建築物は寺院だけだ。

 

はやてが村の入り口でビサイド村を眺めていると、足元で何かが動く気配がした。見てみると小さな犬がはやての靴にちょっかいを出そうとしている。

 

「おいおい、わんこ。大事な靴なんだよーやめてくれー」

 

はやては子犬を抱えてる。いたって普通の犬だ。元の世界の犬と全く同じように見える。

ひっくり返すように抱えてお腹をさすってやると、嬉しそうに身じろぎする。

子犬を抱えてあやしていると、村人たちがはやてを珍しそうに見やる。村に訪れる者が珍しいのか、よそ者が気になるのか。犬を抱えながら会釈すると、村人たちも挨拶を返した。ひとまず友好的だと感じたはやては小さく安堵の息を吐いた。

 

チャップに気が付いた村人たちが声をかける。

 

「あら、チャップ君。おかえりなさい。結構長かったね」

 

「お! チャップ戻ったのか! 怪我ねえようでなによりだ!」

 

「チャップ兄ちゃんおかえり!」

 

「チャップさーん! 練習に参加してくださいよー! ただでさえ人数少ないんですからーー!」

 

 

「みんな、ただいま! ちょっと宿舎に寄らせてもらうな! 客人がいるんだ」

 

 

チャップがそう言ってはやてを指す。

 

「はじめまして。少しの間、お世話になります」

 

無難に挨拶をすると村人たちからも挨拶が返された。見慣れない姿格好のはやては村人にとって少し警戒心を抱かせる人物だったが、チャップの客人であるということや物腰の低い丁寧なあいさつで「ちょっと変わった格好をした客人」と認識を改めた。

 

「じゃ、行くか」

 

「ちょっと待って、チャップ。あの皆さんすみません、この子、どこの子でしょうか?」

 

はやては手の中でまどろみ始めた子犬を見せる。手元の子犬を飼い主の下に返さないと宿舎でゆっくり話ができないだろう。子犬を見た中年の村人が答えた。

 

「あ~、兄ちゃん、その子犬はいつの間にかこの村にいたヤツでな。飼い主はいねぇんだ。一応村のみんなで面倒見てるけどよ」

 

「あ、そうなんですか。すみません、これから討伐隊の皆さんとお話させていただくんですけど、どなたかこの子を預かってもらえませんか?」

 

「あ! じゃあ俺があずかっててあげるよ!」

 

はやての呼びかけに少年が応じた。いつの間にか眠りこけた犬を起こさないようにゆっくり手渡したはやてはありがとう、と少年の頭を撫でる。

 

「その子を頼むよ」

 

「へへっ! まかせろ!」

 

寺院に向かって走り去る少年を見送ったはやては再度村人たちに会釈し、宿舎に向かう。入り口ではチャップが待っていた。

 

「なんていうか、もう馴染んだんじゃないか?」

 

からかうように言うチャップ。はやてはそれを不思議と心地よく感じた。

 

「だといいんだけどね。子犬に救われたな」

 

「ちがいない。さあ、中でルッツ先輩と会ってくれ」

 

「わかった」

 

カーテンのような入口をくぐると、すぐそばに置いてあった木箱に座る、赤毛の青年がいた。髪を短く切りそろえ、オールバックのように後ろに流している。地図のようなものを広げて眺めて、小さくうなっていた。

 

「ルッツ先輩」

 

「ん? おお、チャップ! 帰ったか!」

 

ルッツと呼ばれた青年が立ち上がると、チャップは敬礼をし、ルッツもそれに返した。

 

「うす。討伐隊見習いチャップ。帰還しました」

 

「ご苦労だったな、まあ座ってくれ。話を聞かせてほしい。それと、そちらの方は? 見ない顔だが」

 

「うす。実はちょっと聞いてほしい話があるんす。彼ははやてといって、例の遺跡の探索者の1人っす。詳しい話をしてもらうために来てもらいました」

 

「初めまして、ルッツさん。柊木はやてといいます。はやてと呼んでください」

 

「そうか。討伐隊ビサイド村支部所属のルッツだ。よろしく頼む、はやて。遠路はるばるすまないな。早速なんだが、ぜひ詳しい話を聞かせてくれ」

 

「ええ、知る限りのことをお話ししましょう」

 

3人はテーブルにつき、はやてはチャップの説明に補足する形で事情を説明した。

 

 

 

 

 

「アルベド族、遺跡に潜るほど強くなる魔物、行方不明者の持ち物が一切落ちていない、そして青色のモルボルが4体……か」

 

一通り話し終わると、ルッツは話を整理して思考する。ルッツにとっても理解しがたい状況だ。どのように判断すべきか分からなかった。

 

「行方不明者はおそらく、モルボルに飲まれたのだろうな。最奥にいたという話だが、道中の魔物にやられたのであれば装備品の一つくらい落ちているだろう。はやてが潜るまでは遺跡中を徘徊していたんじゃないか?」

 

「かもしれないすね。俺、モルボルは人間を一飲みにするって聞いたことあるっす」

 

「かなり危険な遺跡だ。すぐに上とかけあって指定立ち入り禁止遺跡にしてもらおう」

 

「うす」

 

「アルベド族と行動を共にしていたとのことだが……、そうだな、最近はアルベドと協力しながらある作戦の準備に取り掛かっていることが多い。会えそうな時は声をかけさせてもらう。元のところに戻れるまで、しばらくこの村でゆっくりしていくといい。寝泊まりはここでしてくれたらいいから」

 

ルッツは宿舎の奥を指す。ベッドがいくつか置いてあり、そこで自由に寝ていいとのことだった。仕切りがないためプライベート空間については諦めるしかないが、風雨を凌げてベッドまで用意してくれるのであれば文句など言うべきではない。はやてはシェルターの大切さを、かつてのサバイバル訓練で嫌というほど学んでいる。

 

ただ隅のベッドは確保しようと思うはやてだった。

 

「感謝します、ルッツさん」

 

「いいさ、こちらも貴重な話が聞けたんだ。ただ……、はやて、失礼なのは承知だが、『シン』の毒気による記憶の混濁はどの程度だ?」

 

「構いませんよ。そうですね……、アルベド族のみんなと過ごしているときに「常識」についてはある程度は思い出してます。ただ細かいところまでは」

 

この世界の細かい設定までは覚えていない。

 

「そうか。ならアルベドの事はしばらく秘密にしておけ。あいつらが悪い存在って訳じゃないのはオレも知ってるが、やっぱり……な」

 

「ええ、それも把握しています。お気遣いありがとうございます」

 

「………わりぃな」

 

「あなたが謝ることではありませんよ、ルッツさん。僕としてはアルベド族の方と会わせていただけるだけでも大変助かっています」

 

「そうか。そうだな。うし、じゃあ遺跡についてオレは連絡をするとしよう。チャップ、詳しいことは明日やる。今日はもういいからワッカとルールーに会ってやれ。心配してたぞ」

 

「うす! そうだ。はやて、俺の兄ちゃんとルールーを紹介するぞ! ついてきてくれ!」

 

「ああいや、待て。はやてにはもう少し個人的に聞きたいことがある。アルベドと会うためにな。あとで合流すればいい。チャップ、先に会いにいってやれ。大切な家族と恋人なんだ。ついでにはやてについても説明すればいいさ」

 

「……? うす。 じゃあはやて、ここで待っててくれな。2人を連れてくるから」

 

そういうとチャップは宿舎を飛び出していった。本人も会いたがっていたのだろう。

ルッツはチャップを見送ると、すこし緊張した面持ちではやてに向き直る。

 

「はやて、お前に聞きたいことがいくつか……? おい、はやて、大丈夫か?

 

「…………」

 

「おい、はやて。おい!」

 

「———っ! あ、あぁ。すみません、何ですか?」

 

「おい、お前大丈夫か? 顔色悪いぞ?」

 

「……いえ、なんでも。一息つけそうな場所なので、少し気が抜けたのかもしれません」

 

「……? そうか」

 

「それより聞きたいこととは?」

 

すこし様子がおかしいはやてだったが、ルッツは気になる点をはやてに問うた。

 

「遺跡で見たのは青色のモルボルって言ったか。それも4体。おそらくそれはただのモルボルじゃない。討伐隊の本部にモルボルの希少種の記録があったはずだ。『シン』のそばで稀に見られるらしい。一般的な個体とは比較にならないほど強力で、出会ったが最後、精鋭部隊ですら何もできずに全滅してしまうらしい」

 

「……ええ、とても強力そうでした」

 

「オレの知る限り、退治記録はない。歩兵小隊、つまり40人前後でたった一体の撃退が精いっぱいだったはず」

 

「……………何が言いたいのです?」

 

「お前の話では()()()()()()()4()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。とてもじゃないが信じられない。だが、お前がここに来てまでわざわざうそをつく理由が分からないし、オレが持つ情報と照らし合わせても話のつじつまは合っている。だから分からないんだ」

 

「………」

 

「はやて、何が目的だ?」

 

ルッツは初め、遺跡を独占する意図の下、探索者から遠ざけるために強い魔物がでるという噂を流布したいのだろうかと考えた。しかし指定立ち入り禁止遺跡にされた場合、討伐隊による調査が行われるだろう。討伐隊に報告する以上、占有はできなくなる上、自分すら遺跡に潜ることができなくなる。

 

討伐隊に対して恨みがあってモルボルと戦わせたいというのなら、わざわざ魔物の情報を提供する必要はなく、むしろ積極的に調査に向かってもらうよう『シン』の情報でも流すはずだ。

 

単に遺跡の危険性を伝えにきたにしては、何かを隠しているようにも見て取れる。

はやては何者で、何をしたいのだろうか。

 

ルッツははやてを見据える。

嘘の一つも見逃さないつもりだろう。

 

はやてはしばらく口を開かなかったが、ルッツに譲る気がないと見えると観念したのか、しゃべりだした。

 

「目的は変わりませんよ。アルベド族のみんなと合流する。それだけです。モルボルについてですが、実際のところは私が倒したんです。ただ黙ってた方がいいと思いまして」

 

「……なぜだ?」

 

「信じられないでしょう、そもそも」

 

「………」

 

それほどまでに強い魔物だったとは思いませんでしたけど、と笑うはやて。

 

「私としても証明する手立てがありません。ですがモルボルがいたことは間違いありませんし、亡くなった方のことを考えると適当なことも言えない。だから中途半端なごまかしになってしまったんですよ。私自身置いてけぼりをくらって少し混乱していたので、まあルッツさんが思う通り「怪しい情報」になってしまいました。何者が倒したかなど、どうでもいいかと思いまして」

 

故意的なものではありません、とはやては謝罪した。

 

「………仮に、はやて。お前が一人で倒したのなら……」

 

「そうですね、実力を証明することもできます」

 

「そう、か」

 

「ええ、そうです」

 

ルッツは考え込んだ。何を考えているのか、はやてには容易に想像できた。

 

主に2つだろう。1つは危険人物ではないかという事。そしてもう1つは……。

 

「はやて、お前討伐隊に入らないか?」

 

優秀な戦闘要員として勧誘するという事だった。

 

「オレたちは今、非常に大切な作戦を遂行するための準備に入っている。かつてないほどの大作戦だ。アルベドと手を組んでいるのも、その一環でな。正直、戦闘に長けている者は誰でもいいからウチに欲しい。多少の怪しさはあるが、なりふり構まっていられない状況なんだ」

 

はやてはモルボルグレート4体を一人で倒したといった。淡々と、事実を述べるように。

その事実を隠そうとするのは、大きな力を持つが故の行動ではないだろうか。周りに振り回されず、必要な時に必要なことを確実に成し遂げるための、いっそ冷酷ともいえる判断。

 

他者に安易に頼られ、行動が制限されることを避けているのではないか。ルッツはそう考えた。

 

「もしモルボル希少種を単騎で4体も退けられるのなら、それはこの上ない戦力だ。その力があれば、多くの人間の命を救うことができる。オレでは守れない命を守ることができる」

 

 

 

 

「はやて、討伐隊に入ってくれないか?」

 

 

 

 

ルッツは懇願する。

正直傍目にははやてが実力者であるようには見えない。戦闘に特化した体つきをしているわけではないし、高価な武器もない。魔導士という話だが、それにしても身に付けている装備は一般的なものだ。

 

 

だが、どういうわけか。

淡々とモルボル希少種を倒したと口にしたはやての顔が頭から離れない。

 

 

はやては目を閉じて熟考していた。討伐隊に参加するリスクとメリットを考えているのだろうかとルッツは思う。実際はやてにとってメリットの少ない話であった。皆を守るためとは言え、小さくない危険にわざわざ身をさらし、見返りは微々たるもの。アルベド族への接触も、わざわざルッツを頼らずともルカのような都市に行けば何人かは見つけられるだろう。

 

金銭に困っているなら魔法で魔物狩りの依頼でもこなせばいい。ビサイド島でもその手の依頼は山ほどある。

 

考えれば考えるほど、はやてには利がない話だ。

 

 

「申し訳ありませんが、辞退させていただきます」

 

「………そうか」

 

無理もない。

 

「私にはやらなくてはならないことがあります。そして、やってはならないこともある」

 

「そのために、この身はある程度自由が利く状態でなければなりません。今すぐにでも、この村を出発できる身軽さが、私には必要なのです」

 

「なので、大変心苦しいのですが、辞退させていただきます」

 

申し訳なさそうに、しかしきっぱりと、はやては拒絶の意を示した。

はやてにとっても譲れない点なのだろう。

 

「そうか。いや、妙なことを言って済まない。勿論アルベドとの接触の機会はきちんと設けるつもりだ。そこは安心してくれていい。元々この話とは関係ない。宿舎も自由に使ってくれ。すまなかった」

 

 

 

「ですが、一個人として」

 

 

 

はやてはルッツを遮るように続ける。

 

 

「友の為に協力することはできます。チャップは、私の友人であり、恩もある」

 

 

「多少の無理も聞きましょう。友のためですから。この力、役立てられるなら惜しみなくふるってお手伝いたします。いかがでしょうか」

 

そういって笑顔で片手を差し出すはやて。ルッツはその手に飛びついて握手を固く交わす。

 

「あ、ああ! それでいい! すまない! 恩に着るぞはやて!」

 

「いえ、こちらもお世話になりますから。ただ、あまり期待しないでください。少なくとも、まだあなたの前で力を証明していないのですし」

 

「いや、分かるさ。直観だけどな、これでも少なくない修羅場をくぐっている。オレの直観が言うんだ。絶対はやてを味方に付けろとな」

 

「ご期待に沿えるよう尽力しますよ」

 

そう言ってはやても固い握手にしかりと応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼がワッカの弟なら、僕は見届ける必要がありますからね」

 




誤字報告ありがとうございます!


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ビサイド村③

長らくお待たせしました。
PCの不調とモチベの低下が原因です...
また時間を見つけながらこっそり投稿していきますので、よければお付き合いください。


それとしばらく広島弁は封印してみます。
個人的にもどうかなぁと悩んでいるところですので、もしかしたら全章で修正が入るかもしれません。

あと後半グロ注意です。


「こっちだこっち!」

 

「お、おい。そんな急ぐなよ。オレはトレーニング上がりだっつぅの」

 

「戻ってきたと思ったら慌ただしいわね」

 

チャップはワッカとルールーに戻ってきたことを伝えると、旅の土産話もそこそこに二人を討伐隊宿舎に連れて行った。その相変わらずの様子にやれやれと息をつく二人。特にルールーは数週間ぶりに帰ってきた恋人の様子に少し釈然としない思いだった。

 

こちとらたまにはさみしく思っていたというのにこの男と言ったら。

後でしっかり二人の時間を取ろうと心に決めるルールーだが、ひとまず急かすチャップを追いかけて宿舎の入り口をくぐる。

 

「………あなた」

 

そこにいたのは、つい先日迷子になったユウナを助けてくれた得体のしれない男。

名前を何と言ったか……

 

「二人に紹介するな。調査先の遺跡で出会った探索者のはやてだ。行方不明者の情報提供をしてくれたんだ」

 

ああ、そうだ。

はやて、といったか。

 

はやてはワッカとルールーを見て、少し驚いたような笑みを浮かべながら軽く頭を下げる。

 

「仲間とはぐれてみたいでな、合流するまでこの村に滞在することになった。もし困っていたら力を貸してあげてほしい。はやて、こっちはワッカとルールーだ」

 

「どうも、柊木はやてと言います。はやてと呼んでください」

 

少しの間を世話になりますとワッカと握手をする彼は、傍から見れば好青年のように見える。しゃべり方といい、佇まいといい、どことなく気品が感じられる。しかし、ルールーにとって、彼は「無」から「有」を生み出す存在であり、理解の外にある男。決して悪い人間でないのはユウナの件で理解しているが、苦手意識を覚えてしまう。

 

「はやてか! オレはワッカだ。こいつの兄貴で、まあビサイド・オーラカのキャプテンをやってる。な~んもねぇ村だが、まあゆっくりしてけな」

 

「ありがとうございます、ワッカさん。それから……ルールーさんでしたね。先日はどうも」

 

「え、ええ。あの時はありがとう。ユウナも私も、助かったわ」

 

「いえ、僕も助けられた身ですので。それにしてもまたお会いするとは、不思議な縁ですね」

 

「そうね。エボンのたまものかしら」

 

当たり障りない会話を続けているとチャップがルールーの言葉に反応した。

 

「ん? はやて、もしかして俺と会う前からルーの事を知ってたのか?」

 

「ルールーさんとはあの遺跡に行く前の港町で偶然会ったんだよ。迷子になってたユウナちゃんとも知り合いだよ」

 

「ぅえ?! そ、そうだったのか。言ってくれりゃあ……って無理な話か」

 

「あはは、まあこうしてまた知り合えたんだし、改めてよろしくお願いしますね、ルールーさん」

 

「敬語も敬称もいらないわ。彼がお世話になったみたいだし、楽に名前を呼んでくれたらいいから」

 

「そう? わかったよ。ユウナちゃんは元気かな」

 

「ええ、今は従召喚士としてお勤め中だから明日まで寺院から出てこないけど、そのうち会って話してあげて。あの子も喜ぶわ」

 

「じゃあ顔を見たら挨拶させてもらおっかな」

 

「つーか、おいおい、ルー。お前がいたのにユウナを迷子にしちまったのか?」

 

「色々あったのよ。また後で話すわ」

 

ワッカは当然の疑問をルールーに投げかけるがさらりと流されてしまう。

どうやら訳があるみたいだ。

 

「お、おう。いやでもキマリもいたんだろ? ルーが目を離してても、アイツはいつもそばにいるじゃねえか」

 

ルールーは頭に手を当て、首を振りながらため息をついて見せる。その動作と同時にワッカとチャップは身構える。

 

「だから。あとで話すって言ったでしょう」

 

「う、うす」

 

「うっす」

 

「何でチャップまで反応してるんですかね」

 

呆れた様子でチャップを見やるはやて。

 

「あっ、いや、まあ……。ははは」

 

……なるほど、尻に敷かれるタイプなのか。

はやての考えていることを感じ取ったチャップはごまかすように笑った。

 

「そ、そーだ! チャップ! お前、この村を案内してやれ! これからしばらくいるんだろ? 寺院にも一回顔出しとけ! な?」

 

「お、おう! そうだな兄ちゃん! さすがキャプテン言うことが違う! じゃあはやて早速……」

 

「あっ、ちょ、ちょっと、まちなさ……」

 

ワッカの言葉にこれ幸いと、はやてを連れて宿舎から飛び出そうとするチャップだったが、はやてが待ったをかける。

 

「あ、ごめんなんだけど、できれば少し体を休ませてほしいかな。戦闘疲れもあるみたいで少し体がだるいんだ」

 

そう言って宿舎奥のベッドを指さし、ふと宿舎の奥に目を向けて、すぐにまたチャップに視線を戻した。

 

「色々と整理したいこともあるしさ、いいかな?」

 

「あ、ああ。そういうことなら、俺は全然構わないぞ」

 

わくわくした面持ちでビサイド村を眺めていたはやてのこと、すぐにでも村を案内して欲しがると思ったチャップだったが、存外気疲れしていたのかと思い直す。

 

「……はやて、疲れてるなら近くの砂浜に行くか? 俺のハンモックがあるし、あぁ、どうせ寝るなら俺らの家でも…」

 

「チャップ、はやては疲れてるのよ。休ませるために連れまわしたら本末転倒じゃない。行くわよ、また後で夕方にでもご飯に誘いなさい」

 

ルールーはチャップの腕を取って、やや急かすように宿舎から出ようとする。

 

「え? お、おぉ。はやて、それでいいか?」

 

「うん。お気遣いありがとう」

 

「……こちらこそ、かしら」

 

若干引きずられるように宿舎を後にするチャップを笑顔で見送るはやて。

2人がテントから出る時に、ルールーが小さく礼を述べた。

 

「……ちょっと露骨だったかな」

 

「か~! 余計なこと言っちまった。わりぃなはやて、2人の為にきいつかわせて。全く、どんだけあいつはお前が好きなんだっての」

 

「何も嘘をついたわけではないさ。実際、少し船酔いもあって……うぅ。まさか上陸してからぶり返してくるとは……ヨソウガイデス」

 

「ま、のんびりしてってくれ。昼寝でもしてろ、疲れてるんだろ?」

 

「うん、そうさせてもらおうかな」

 

はやては宿舎の奥に並べられたベッドの一つに腰掛け、装備を解く。

 

「夜飯時になったらチャップをよこす。オレも寝たいんだが、チームのやつらと会議があるんでな」

 

「ありがとう」

 

じゃあな、と一言ワッカは宿舎を後にする。

はやてはしばらくの間装備を緩めたり、持ち物の確認をしたりしていたが、一息ついたところで宿舎奥のセーブスフィアに近寄った。

 

屈んで手をかがすと、体の疲れが吹き飛び爽快感が体を突き抜ける。さらに自分の「何か」が残されたように感じる。いつも通りだ。

 

セーブスフィアは今のところ半透明で、存在感を消して人の目から隠れているようだった。サルベージ船のセーブスフィアでもそうだったが、やはりはやて以外には認識されない。原作のゲームでは、このセーブスフィアから飛行船にテレポートすることもあったため、てっきり認知されている物体だと考えていたはやてだったが、今のところセーブスフィアを使用する者ははやてだけである。

 

セーブスフィアで何ができるのか、サルベージ船にいる時に色々と試行錯誤してみたものの、体の疲れを飛ばしてくれる以外の効果は確認できていない。実験的に、けがを残した状態でスフィアに触れた所あっという間に完治したため、その回復能力はかなりのものだという点は分かっているが、逆にそれ以外の効果については何もわかっていない。何故半透明になったり色濃く顕現したりするのかについても謎のままだ。

 

この村にいる間にもう少し何か解明できればいいのだが……

 

少なくとも今できることはないため、後日、時間を取って検証することを決めたはやて。

 

ふと、サルベージ船の事を思い出す。

 

「皆、僕の事探してるかな……いや、探してるだろうなあ」

 

とても仲間想いのアニキたちが行方不明になったはやてを探そうとすることは、はやてにとって想像に難くない。ただ、通信が途切れるまでの経緯を振り返ると、かなりぶっとんだ通信だったというか、はやて自身の叫び声や破壊音が通信機を通して皆が聞いていたと考えると、はやてであれば「生存は絶望的」だと判断を下すだろう。ホラー映画であれば間違いなく死んでいる流れだ。

 

合理的な考え方を良しとするアルベド族、しかし仲間意識がとても強いため、可能な範囲で捜索を続けるに違いない。そうなるとアニキたちの貴重な物資を多く消費させてしまい、はやてが市場で購入した追加物資も意味がなくなる。

 

はやてはアニキたちを安心させる意味でも、資源の無駄遣いをさせない意味でも、可及的速やかに連絡を取る必要があると再認識する。

 

合流できなくとも、せめて、自分が無事であることだけでも伝えられたらいいのだが。

 

そう思いながら一先ずはやてはベッドに腰掛け、何をすべきかについての優先順位を付けることにした。

 

1.死なないこと

これは説明するまでもない。己の命と安全が最優先である。

 

2.生活基盤の確立

アルベド族との合流がいつになるか分からない以上、ビサイド村での生活も長期化すると見たほうが現実的だろう。チャップからは討伐隊名義で情報提供料をいくらかもらっている。少なくはないが、長くに滞在することを前提にすると十分とは言えない。ルッツに討伐隊へ誘われたはやてだが、立場的には協力者であって、正式に加入したわけではない。強制力がない代わりに安定した実入りは望めない。ただ、ルッツからフリーの冒険者として村民からの依頼に応えていく形がいいとアドバイスを受けたため、目下、はやてはそれに従おうと決めた。冒険者という単語に惹かれたことは秘密である。

 

3.ビサイド村の村民と親睦を深めること

これはチャップやワッカ、ルールー、ユウナたちと親交を深めることも含まれる。原作の開始に影響を与える可能性もあるが、怪しい言動を取っていると判断されると最悪の場合村から追い出されることも考えられる。そうなるとアルベド族とコンタクトを取ることが難しくなるかもしれない。建設的な人間関係の構築はマストだ。また、先に挙げた原作の主要登場人物と友好的にすることで、物語が始まった時に多少なりともはやてにとって良い影響があるだろう。できるだけ、村民達の手助けになれるよう行動しようと決めたところで、はやては自身の考えがひどく打算的だということに気が付く。

 

まったくもって自分らしい。偽善とはまさにこの事である。

情けは人の為ならずというが、果たして、このことわざは言い訳に使ってもいいのだろうか。

 

4.アルベド族とコンタクトを取ること

手段は直接的あるいは間接的なもののいずれか。はやて自ら安否を知らせることが最も望ましいが、ルッツの案内の下「作戦」とやらに参加しているアルベド族とコンタクトを取ること……、つまり後者が現状最も確実な流れである。時間こそかかれど、まずはルッツからの指示を待つことに決める。優先順位を決めると、意外と後ろの方に回るのかと驚いたはやてだが、1.から3.は前提であるため、実質この4.が目先の目標になる。

 

5.新たな攻撃・防御手段の研究

モルボルたちには、まさに地獄を見るような目にあわされたはやてだったが、おかげで自身の能力について認識を改めることができた。はやては、自身の能力は「FFシリーズの魔法を無尽蔵につかえること」だと捉えていたが、それはあくまでもはやての能力の一側面に過ぎなかった。今では魔法以外のシステムも使用可能であり、物理的な攻撃や事象への介入も行えることが分かっている。今一度「できること」と「できないこと」の見直しが必要だ。今後の戦闘において、これまでとは全く異なる行動を取ることになるだろう。

戦闘に限った話ではないかもしれないが。

 

一本ずつ指を立てながら優先順位をつけ終わったはやては忘れないよう内容を反芻する。日本語で書けばいいが、それでも決してメモには落とせない内容であるため、きちんと記憶する必要があるのだ。

 

「スマホがあればなあ……世界観的にもぎりぎりセーフだろうし。充電さえできればネットに繋がってなくても……無理か」

 

ベッドに背中から倒れると、低い天井が目に入る。

大きく深呼吸するように息を吐く。

 

すると、嗅いだことが無くとも心休まる花の香りが鼻をくすぐり、耳をすませば鳥の鳴き声や村民たちの話声、子どもの駆け回る音などが聞こえた。

 

自然と体から力が抜ける。そうして、ああ、緊張していたのかと今更になって気が付いた。セーブスフィアに触れたおかげで疲労感は感じられない。しかし、どうにも動き回る気になれないはやてだった。

 

「……本当に寝てしまおうか」

 

そう言うとはやては靴を脱いで、枕に頭をのせるよう体勢を整え、目を閉じる。手のひらを組んで、みぞおち辺りに乗せると、あっという間にまどろみ始めた。

疲れていなくても、人は眠れるのか。それとも精神的な疲れは回復されないのか。

 

ぼんやりそんなことを考えていたはやてだが、1分も経たないうちに眠りに落ちてしまった。

 

 

 

はやてがビサイド村で眠りこけている一方、サルベージ船のアルベド族たちは遺跡深部の調査を行っていた。はやてからの通信が途絶えた後、補給を行うために急ピッチで港へ戻り、一転遺跡に飛んで帰ったアニキ一行だったが、かなり無理をしているにも関わらず誰ひとりとして弱音を吐かなかった。はやてはかけがえのないない仲間であり、同志である。自分たちの為に一人残って遺跡の調査を行っていたというのに、どうして彼を見捨てられようか。

 

多少の危険など省みず、誰しもがはやて捜索の為に全力を尽くすつもりだった。

 

そして、仲間の中でも人一倍、はやて捜索の為に行動を起こしている少女がいた。

 

〈 リュック、これまでに出現した魔物の行動パターンと各ポイントに配置した機械についてだが…… 〉

 

〈 リュック、遺跡最深部のマッピングが終わったみたい。ほとんど一本道みたいだから予測経路の計算もすぐ終わるわ 〉

 

リュックは仲間からの報告に逐一目を通し、魔物との戦闘に参加し、調査結果の分析も必ず行う。

ハヤテに関する手がかりがあれば飛んで行き、たとえ見当ちがいなものだったとしても決して手を止めることなく調査を続けた。

 

〈 ねえ、リュック。あなた、働きすぎよ。少しは休んで…… 〉

 

〈 だいじょーぶ。それより、さっき見つけた遺跡の破壊跡と魔物がほとんど見当たらないことだけど……〉

 

仲間は休むようしきりに声をかけているが、リュックは意に介さず、ひたすら調査に打ち込む。疲れが抜けきっていないにも関わらず体を酷使し続けるため、目の下には真っ黒な隈が残り、どこかやつれたようにも見える。動けなくなると調査できないため、栄養補給は欠かさないようにしているものの、食事中ですら調査結果と機械と向き合う様子は、まさに鬼気迫るものだった。

 

気絶するように眠るか、捜索活動を行うか。二つに一つの行動だった。

 

〈 リュック………。そうね、私も頑張らなくちゃ 〉

 

そんなリュックをあえて止めないのは、アニキからリュックの好きにさせるよう厳命されているからだった。リュックは、自分の目で見て、自分の頭で考えなければ気が済まない性質である。頑固と言ってしまえば早い。

 

結局、リュック自身が納得しなければ引き留めても意味がない。

 

いよいよ物理的に動けなくなったら一時帰還させようと仲間の一人が心に決めていると、仲間の一人が焦ったようにしてリュックたちの前に飛び出した。

 

〈 リュ、リュック! コイツをみろ、おそらくハヤテの服の一部だ!! 〉

 

〈 ―――――っ!! 見せてっ!!!!〉

 

半ば奪い取るようにして見たそれは、間違いなくはやてが着ていた服の一部だ。大きく裂けたのだろう、布面積が大きい。重装を嫌ったはやての服だ。よく覚えている。しかしそれはリュックの知る色をしていなかった。

 

〈 リュック!! それ、ハヤテの服なの?! すぐに機械で解析をかけ———っ?!〉

 

その布は、人の血で染まっていた。血がにじんだ程度ではない。まるで、血液で布が染められたような。生半可な出血量ではない。それこそ、命に関わるほど。

 

〈 そ、そんな……… 〉

 

〈 この先に大規模な戦闘跡がある。そいつは岩の隙間の血だまりに沈んでたんだ〉

 

鉄の匂いと腐敗臭が鼻腔を突き刺す。

仲間がはやての服の一部に絶望している一方で、リュックは努めて冷静に言う。

 

〈 ……ハヤテは、白魔法を、なんかいも使えるんだよ。100回でも、200回でも。魔物の体液かもしれない。ねえ、これがあったところまで案内して。調査を続けるから〉

 

〈 あ、ああ。すぐに案内する。こっちだ、ついてきてくれ〉

 

リュックは赤く染まった布の切れ端を仲間に託し、案内の下、先ほどの手がかりが見つかった場所まで急いで向かう。道中の魔物たちはほとんどはやてが仕留めたのだろう、驚くほど静かで、魔物の気配もなければ生物の気配もしない。ところどころで舞うように浮遊する幻光虫を手で払いながらたどり着いた先で、リュックは息を飲んだ。

 

〈 この辺りだ。あちこちで魔力残滓も検知されている。データ化できないものもあるが、少なくともハヤテがここで例のモルボルと思しき魔物たちと戦っていたのは間違いない〉

 

光源が設置されていないためかなり薄暗いが、それでも眼前に広がって見えたのは目を見張るような、凄惨な戦いの後だった。岩壁や地面はえぐれており、硬いものが何度も叩き付けられた跡もあった。リュックが呆然と周囲を見回していると、ある物に目がとまった。駆け寄り、拾い上げてみると、それは叩き潰され、使い物にならなくなった機械で———

 

 

赤黒い何かに染まり、人のものと思しき体の組織の一部がこびりついていた。

どうしようもなく、死を知覚させるものだった。

 

〈————ひぅ〉

 

喉が勝手に震えた。みぞおちが急激に冷えていくような感覚を覚える。

目を背け続けていた一つの事実を、強烈なまでに見せつけられたような気がした。

 

リュックの足から力が抜け、その場にへたり込んでしまう。機械を抱えてうずくまるリュックに駆け寄る仲間が言葉をかけるがまるで耳に入らない。言葉を失って呼びかけに答えないリュックを心配し、意識をはっきりさせようと小型の投光器を出し、周囲が照らされた瞬間。

 

おびただしいほどの血痕が地面から天井まで、ホースで撒き散らしたかのように付着していた。ほとんどは黒く変色していたが、渇き切っていないものは光を反射して光沢を放ち、えぐれてくぼんだ所には血だまりができていた。魔物との戦闘に慣れない者でも致死量だと断言できるほどの、人の血だった。

 

ただ攻撃を食らったのではこうもいかないだろう。振り回され、たたきつけられ、穴を開けられ……ありとあらゆる方法でいたぶられたのだと分かる。

 

魔物との戦闘に慣れたリュックには、それが分かってしまった。

 

 

 

 

 

いやだ。

 

 

 

 

 

いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、アルベド族は遺跡の最深部へとたどり着く。しかし、はやての姿はなく、また探していた通信機も発見することはできなかった。やむなくアニキは撤収の号令をかけ、全ての機械が回収され次第、アルベド族たちは遺跡を後にした。

 

 

数日後、はやての捜索ミッションは打ち切られることとなる。

 




い    や  だ


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ビサイド村④

2話連続投稿なのです


 

ビサイド村にある討伐隊宿舎の奥に設置されたベッドに横たわるはやてを眺める者がいた。一見して子どもだと分かる背丈で、体つきは幼い少女。すこし赤みのある黒髪を頭の両サイドで纏めた髪型で、布を巻いただけの古めかしさを感じさせる服装は金のリングで装飾されており、ビサイド村の子どもたちの恰好とは趣が異なる。質素でありながら、神聖さを兼ね備えていた。

 

幼い少女はのんきにあおむけで眠りこけるはやての顔を覗き込む。そして何を思ったのか静かに寝息を立てるはやての顔、鼻の中心を手のひらでぺちりと覆い、呼吸の出入り口をふさいでしまった。徐々に苦しそうな顔をするはやてが無意識に少女の手をどけ、これ以上はかなわないと寝返りを打って少女に背を向けたが、少女はいつの間にか寝返りを打った先に立っていた。

 

今度は頭を触り始める。撫でているのではなく無造作に髪をかき乱す触り方で、やはりこちらも不愉快なのか、はやての顔が嫌そうに歪む。そんなはやての様子に気を良くしたのか少女はくすくすと笑い、はやての体を元の仰向けに戻したかと思えば、突然ふわりと宙に浮かびあがり、はやての腹にうつ伏せに乗りかかった。

 

不思議と目覚めないはやての顔に、少女の顔が近づく。

互いのまつげか触れ合うほどに覗き込んだところで、少女はおもむろに口を開いたのだった。

 

 

 

 

「…………お兄ちゃん、どこからきたの?」

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

最高のまどろみに身を任せていたのに、はやてはどういうわけか目を覚ました。

いや、起こされたというほうが感覚的に正しいかもしれない。このような目覚め方をするときは、決まっていたずらされていると思い出す。昔、弟や妹のいたずらに驚いて目を覚ました時の感覚によく似ていたのだ。

 

子どものいたずらかと思うはやてだが、体を起こして見回しても、宿舎には受付の隊員しかいない。子どもたちの気配はなく、隊員の「あ、おきたんですね」という言葉に返事をしながら、ひとまずはやては宿舎の外に出ることにする。外はすでに夕暮れ時で、1時間もしないうちに夜が始まるだろう。村の広場では村民の数名がキャンプファイヤーのように木を組み始めていた。

 

グッと体を伸ばし、あくびを一つすると木を組んでいた村民の一人と目が合った。よく見ると、村に来た時に会釈をしたうちの一人で、村人ははやてと目が合うとニカッと快活に笑って見せる。4~50代で体つきがかなりいい。自然と鍛えられているのが分かる。

 

「おう、兄ちゃん、起きたか」

 

「ええ、先ほどはどうも。初めてこの村に来たんですが、居心地がよくてあっという間に眠ってしまいましたよ」

 

「お! 嬉しいこと言ってくれるねえ。どうだ、引っ越してくるか? お前の家くらいパパっと組んでやるぜ?」

 

「用事が済んだら、そうですね。それもいいかもしれませんね」

 

「だろ? 若もんはいつでも大歓迎だ! 魔物退治とか、若もんじゃねえと捌けねえ仕事があんだよなぁ」

 

小規模の集落では若手が重宝されるのはどこの世界でも変わりないらしい。

 

「しばらく滞在することになりますから魔物の討伐で依頼があれば引き受けますよ。その際はぜひお知らせください」

 

「なんだ、金とるのかあ?」

 

期待外れと言わんばかりの村人の表情にはやては肩をすくめて見せる。

 

「残念ながら素寒貧でして。その代わり、仕事の質は保証しますよ」

 

「仕事の質ねえ。まあ俺たちの安全にかかわることだから妥協はできねえよな。ルールーはいるが、最近忙しくなってきたユウナちゃんの世話で忙しそうだしなあ。うし、じゃあ何かあれば頼むとしよう」

 

「ええ、ごひいきに。こちらはサービスです」

 

はやては村人にケアルをかける。小規模の魔力が揺らぎ、体を癒す魔法が発動する。

 

「おわっ?! そりゃ白魔法か?! おいおい、兄ちゃん人が悪いぜ。まさか白魔導士とはな」

 

気さくに話していた村人だったが、どこか畏怖感を覚えた顔つきになった。魔導士とは多かれ少なかれ、一般人に恐れられているのだろうか。はやてはすぐさま否定に入る。

 

「いえ、ちょっと魔法が使えるだけで、僕はただの旅人ですよ」

 

「………まあ、そうだろうな。兄ちゃんからは魔導士らしい雰囲気がねえし」

 

「魔導士らしい雰囲気ですか……」

 

「インテリって感じで、いかにもかしこそうだろ?体動かすより頭使う方が好きそうじゃねえか?」

 

「学者気質なのかもしれませんね。僕はむしろ……よいしょ、こういう力仕事の方が好きですね。計算なんかは苦手な方です」

 

「はっはっは! 俺もだ!」

 

はやては足元に転がっていた太い木の枝——焚火用だろう——を担ぎ、焚火の下へ行く。その様子をみた村人は正しい配置に組むよう、焚火の側で指示を出し、はやてもそれに従った。それからしばらく焚火の組み上げを手伝っていると、いつのまにかオレンジ色に染まっていた空も深い黒へと変わり始めていた。

 

「ふう、結構な労働ですね。毎日してるんですか、これ?」

 

「まあな。明かりと魔物除けの両方を兼ねてる。村の警備は討伐隊の奴らが引き受けてくれちゃあいるが、腕の立つ奴は皆「作戦」とやらの準備に島を離れてるからな。用心するにこしたこたあないだろう」

 

「それもそうですね。火付けは僕がやりましょうか? 黒魔法も多少使えますので」

 

「だな、つけちまうか。いつもはルールーがしてくれんだ」

 

「へえ、そうなんですね」

 

「ええ、だからそれは私が引き受けるわ」

 

「うん? あ、ルールー」

 

村民との会話に割り込む女性の声がはやての背後から聞こえた。振り返ると肘を抱えるように腕を組んだルールーが立っていた。

 

「これをすると一日が終わったって感じがするのよ。いいかしら」

 

「もちろん。ルーティンワークは大切だからね」

 

「悪いわね」

 

ルールーは焚火の下に近づき手をかざすと、小さな火が灯る。何を燃焼しているのかは不明だが、小さいながらも継続して燃える火はあっという間に枝を炎へと変えた。

 

「あら、少し強すぎたかしら」

 

「いんや、ちょうどいい。ちょいと前に雨が降ったろ。枝がしけっててな。ルールー、ありがとな。はやて、依頼の件で話がしたい。また明日話せるか」

 

「ええ、もちろん。ではまた明日」

 

「おう。じゃあな」

 

一仕事終えた様子で村人は寺院へと向かっていった。敬虔な信徒なのだろう、迷いなく進むその足取りは彼が日ごろから仕事を終えた後に寺院へ赴いていることを物語っていた。

 

「村の手伝いをしてたのね。依頼ってなんのことかしら」

 

村民の話が気になったルールーがはやてに問いかける。

 

「ああ、しばらくこの村に滞在することになったからね。魔物退治を中心とした依頼を受けようと思ってるんだ。彼にはその話をしたところ」

 

「チャップからは聞いてたけど、あなたやっぱり戦えるのね」

 

「多少は覚えがあるくらいかな。ごく最近魔物の不意打ちで死にかけたから、逆立ちしても自信があるとは言えないけど」

 

「そう……」

 

ルールーの顔が曇る。それはわずかな間だったが、はやての目には印象的に映った。

揺らめく炎に照らされた濡羽色の長髪と、対照的に青白い肌が艶めかしさを醸し出し、物憂げな表情は男性の気を惹いてやまないだろう。どうしたの、何かあったの、よければ話を聞くけど……そんな言葉をかけずにはいられない。

 

「拾った命、大事になさい。こんな世界じゃ、いつ誰が死ぬか分からない。理不尽な終わりを迎えることもあること、肝に銘じておくといいわ」

 

「それはもう、物理的にしっかり銘じられたよ。二度とあんな思いはしたくないなぁ……」

 

「ぶ、物理的にってあなた……」

 

とんでもないことを口にしているはやてだが、しみじみと語る様子にルールーは、何故だか聞いてみたくなった。

 

「あなた、旅人って聞いたわ。……怪我してから旅、やめようと思わなかったの?」

 

「うん? いや、全然」

 

はやてはあっけからんと答えた。

さも、当然のように。

 

「……何故?」

 

「何故、か。うーん。そうだなぁ…」

 

はやては、言葉を選ぶために頭をひねる。

自分の出自を説明せず、分かりやすく答えるなら———

 

「旅を続けること、それが僕の目的を叶える唯一の手段だからかな」

 

「目的?」

 

「そう」

 

はやては自分の回答に満足していないのか、天を見上げながら顎をこする。

付け足すように、はやては続けた。

 

「必ず果たさないといけない目的がある。たとえこの命を懸けることになっても。だから、旅を続けるのさ。それだけだよ」

 

今度は納得いったのか、はやては視線を下ろして微笑みながらそう言い切った。

 

「こんな世界だ。きっとこの先、立ち止まることも……いや、立ち止まらざるを得ないこともあると思う。だけど、目的がある以上、それを達成するため僕は旅を続けるさ。続けないといけないんだ」

 

信念と覚悟。ルールーははやての言葉にその二つを感じた。固く、そして強い。

 

「ルールーにはあるかい? 絶対に達成したい目的が。夢では終わらせたくない君だけの望みが」

 

「私の目的…望み……」

 

数カ月前まで、ルールーはガードとして召喚士と旅に出ていた。ガードとしての旅はそれが初めてで、いつも緊張していたことを思い出す。とにもかくにも一生懸命で、黒魔導士になりたてだったルールーは最低限の黒魔法と知識しか持っていなかったけれど、自分なりに召喚士を護っていた。

 

初めは気負いすぎたり難しく考えすぎたりしたけど、そのうち心にゆとりができ、ナギ平原に差し掛かる前には、召喚士と笑いあいながら旅ができていた。その旅は決して楽なものではなかったけれど、充実感は確かにあったのだ。

 

しかし、ルールーが護っていた召喚士は魔物の不意打ちを受けてあっさり死んでしまった。ルールーは最も護るべき存在を、護り切れなかった。

失意の中ビサイド村に帰ってきたルールーを迎えたのは、変わらない故郷と人々。温かで、のどかな世界。命がけの旅をしてきたルールーにとって、よく知るはずのビサイド村は、とても眩しく映った。ビサイド村の村民たちは、ガードとしての役割を全うできなかったルールーを責めることはせず、ただ慰め、励ました。かわいい妹分は自分の代わりに泣いてくれ、愛しい恋人は自分の荒れ狂う感情を静かに受け止めてくれた。

 

数週間はふさぎ込んでいたが、今は支えてくれた人々のおかげで再び立ち上がることができている。今は自然と笑うことができ、恋人との時間も楽しむことができる。黒魔導士としての使命もわかっている。

 

しかし、ルールーは足を止めたままだった。

 

旅の経験があり、博学で冷静沈着なルールーは召喚士のガードとしてうってつけであり、寺院からは再度ガードとして召喚士と旅してほしいと打診を受けているが、ルールーは首を縦に振らなかった。ユウナの事や、村の警護を担当する討伐隊員が新たな『作戦』の準備の為に、村に常駐していないことなどを理由に今日まで断り続けている。

 

寺院としても大召喚士ブラスカの娘や祈り子が安置されている寺院の警護をやめろとは言えず、頼まなくとも従召喚士のユウナを積極的に指導をしているのなら、ひとまずはそちらを優先してもらおうとしつこく声をかける事はしなかった。

 

だがルールーはいつも考えていたのだ。

これは逃げではないのか。旅での失敗を恐れ、実力不足と己の心の弱さから目をそらしているのではないか。自責の念と漠然とした焦燥感が、ルールーの頭の片隅にいつも残っていた。

 

旅、という言葉を聞くと無意識に体を固めてしまう。たった1歩を先延ばしにしてしまう。

 

ユウナの為に、いずれまたこの力を振るわなければいけないはずなのに、自身も修行を積み重ねていかなければならないのに。

 

「わたしは………」

 

言葉が続かないルールーの声が、枝のパチパチとはじける音にかき消され、残ったのは重苦しい沈黙のみ。ルールーは思考の坩堝にはまっているらしく、はやてが目を向けても気づかず地面を見つめていた。

 

「………そうだなあ」

 

はやては足元の太い枝を両手で抱え、焚火の中に放り込む。

火の粉が舞い散り、燃え盛る枝が折れたのかゴトゴトと大きな音を立てて崩れるとルールーはハッと顔をあげた。

 

いけない、考え込んでしまった。はやての事を無視していたかもしれない。そう焦ったルールーだが、はやては焚火を眺めながら、ゆったりとした口調で言葉をつなげた。

 

「目的も手段も明確なら、後は進むだけ。でも実はこれが一番難しいと僕は思う。その人の心が関わってくるからね」

 

「何を……」

 

「感情論は何かと悪者扱いされるけど、僕はそうは思わない。人を人たらしめるものの一つは感情だろう? 感情的な言葉はある意味本質的なんだ。もちろん振り回されるのは良くない。でも僕らは人だから、心の動きを大切にすべきだ」

 

「心の動き…?」

 

「感情は、その人の心の動きだ。心の動きを知ることで、その人の本当の言葉を知ることができる。だから、心の動きを蔑ろにすることは人を蔑ろにすることと同じだ。そんなことをしていると他人どころか自分まで思いやることができなくなる。いつしか、目的の為に手段を講じるだけの存在になってしまう。そんな存在はもはや…‥‥」

 

 

———人でなしさ。

 

 

揺らめく炎がはやての顔を照らす。

はやては、笑っていた。

 

 

「進むことを心が拒絶しているなら、まずはそれを認めることから始めてみよう。自分で自分の心に寄り添うんだ。もちろん、誰かと一緒に寄り添いあってもいい」

 

心の拒絶は自覚していた。だからこそ自分の弱さを見せつけられているような気がして目を逸らし続けているのだ。

 

「大切な事は、いつかは進もうと思う『意思』を持ち続ける事」

 

進もうと思う意思………あるだろうか。

ルールーは少し考えたが、すぐに気が付いた。

 

「……いつも悩み続けてるもの。私も、進みたいって思ってる。思い続けてるわ」

 

そうだ、一歩を踏み出せないことに悩んでいるのだ。少なくとも、自分は進みたいって思っているじゃないか。その気持ちは失っていないじゃないか。

 

何かに気が付いた様子のルールーをはやてが見つめている。視線を受けてルールーが恥ずかしそうに赤面し、顔を背けて見せた。その仕草がおかしかったのか、少しぽかんとしていたはやてだったが、そのうちくっくっくと笑いだした。

 

「あ、あなた、なにを笑って……っ」

 

人が悩んでいたというのに笑いだすとは何事か。誤魔化すように、はやてをにらみつけるルールー。だが、目が合った時、はやてはとても柔らかな笑みを浮かべたまま、ルールーを見つめ返し、頷いて見せた。

 

 

 

「悩んでいるのなら、大丈夫さ。いつか必ず、自分の心が奮い立つ時が来る。ルールーはきっと進むことができるよ」

 

 

恥ずかしげもなく言い切って見せたはやてから、ルールーは目が離せなかった。

この青年はとても不思議で、同時にとても恐ろしいとルールーは感じた。彼を取り巻く魔力の流れは魔導士であるルールーにとって気味が悪く、今でも少しだけ、言葉にできない忌避感を抱いてしまう。にもかかわらず、はやてがとても魅力的な人間に見えるのだ。それは決して恋心などではない。その気持ちは「彼」だけに向けられていて、今でも全く揺らぐことはない。

 

けれど、もし。もし、幼い頃からはやてに出会っていたなら。

チャップと会う前なら、きっとテントに灯る小さな明かりにフラフラと惹き寄せられる羽虫のように、彼にまとわりついていただろう。そして、盲目的なまでに依存していたかもしれない。彼の優しさが、静かに佇む雰囲気が、ルールーを蝕み、強さを奪っていたかもしれない。

 

それは退廃的で、病的。

綺麗なものではないかもしれない。

 

はやてはまた、空を仰ぎ見ていた。空に浮かぶ満月を眺めているようだ。ルールーも月を眺める。

 

とても綺麗な満月だった。あまりの美しさにルールーの吐息が漏れる。

そして月と、小さく瞬く星々にも目が向いた。最後には夜空全体を仰ぎ見ていた。

ビサイド村から見上げる夜空はこれほど美しいものだっただろうか。

あの月は、いつも浮かんでいたのだろうか。

 

月は静かに佇み、柔らかな光で暗闇を照らしてくれる。ともすれば頼りない光に見えるかもしれないけれど、ただ優しくあり続ける。

 

「あなたはまるで……そう、月。柔らかく輝いて、夜に迷った者を導く……。美しくも、どこか狂気をはらんだ光、時に人を狂わす光ね」

 

「……? ごめん、何か言ったかな」

 

「何でもないわよ」

 

「?」

 

自分は惹き寄せられることはない。何故なら、太陽のように明るい彼がいるからだ。彼の光ははやての灯りをかき消してくれる。晴天の空の下にいるような、清々しさを与えてくれる。時々明るすぎて目がくらむけど、かえって自分にはちょうどいい。

そこが好きなのだ。

 

「まあ、自分の心と向き合う良いきっかけにはなったかしら。ありがとう、興味深い話だったわ」

 

「聞き流してくれていいよ。僕の個人的な考えだからね」

 

「そうね。特に、悩んでたり落ち込んでたりする時はあなたの側に近寄らないようにしないと」

 

「え、ええぇ……? 急に辛辣ぅ……」

 

飲み込まれそうだもの、とは口にしなかった。

 

その後、他愛のない話しをしていると、テントの一つからチャップが現れはやてに声をかけた。

 

「はやて!なんだ、起きてたのか!言ってくれよ…って、ルーもいるのか」

 

「ここの人の手伝いをしてたんだ。ルールーとも少し話してたよ」

 

「そうか。どうだルー、はやては面白い奴だろ?」

 

「そうね、甘い毒って感じかしら」

 

「あ、甘い……?」

 

「はじめて言われましたそんなこと」

 

「……褒めてるのかけなしてるのか分からない評価だが、ルーの表情を見る限り悪い意味ではなさそうだな」

 

「それならいいんだけど」

 

「悪い意味よ」

 

「彼氏さんあなたの彼女さっきから妙にあたりがきっついんですけど。心が折れそうなんですけど」

 

「お、おい……ルー。その辺で………ルー、もしかして笑ってないか?」

 

「笑ってる? ねえ笑ってる? その心、笑ってるね???」

 

「——っ、ぅふ」

 

「ルーが吹きだした!? 珍しいこともあるもんって熱い?!! おいルー! ファイアはやめろシャレにならないぞ?!?!」

 

口をへの字に曲げてルールーの顔を追いかけるはやてと小刻みに震えながら顔を逸らし続けるルールー。背中の炎を消そうと地面にのたうち回るチャップ。先ほどの固い雰囲気はどこへやら、遠巻きに見守る村人たちも呆れ半分驚き半分に眺めていた。

 

チャップは背中の炎を消しながら、ルールーが抱えていた固い雰囲気が薄れていると知る。さっきまで、何か思い悩んでいるように溜息を吐いたり考えに耽っていたりしていたが、どうやら気持ちを切り替えることができたらしい。

 

たぶん、この不思議な青年が何かしてくれたのだろう。

根拠はないが、チャップはそう確信した。頼れる友人は、いつも誰かの力になろうとしてくれている。きっと悩んだ表情のルールーに何かアドバイスでもしたのかもしれない。

 

「借りができたな……」

 

どうやって借りを返そうかと考えるチャップだったが、ねえねえねえと繰り返しながら上半身で円を描く奇怪な動きを始めたはやてに、いよいよ笑いがこらえ切れなくなりつつあるルールーをまずは救出しようと立ち上がる。

 

それからはやての後ろについて一緒に円を描き始め、はやてはチューチューと言いながら手首を回し始めた。

 

 

 

ルールーの爆笑が村中に鳴り響いたのは後にも先にも、この時だけだった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

ルールーの笑い声が響き渡った日の翌日。

 

はやては魔物の件で話がしたいと言っていた村人の下へと訪れていた。顔に赤いモミジを咲かせたチャップが説明するには、昨日の村人はビサイド村の副村長で、村の周囲の安全は彼が常にチェックしているらしい。

 

その副村長の話では村の討伐隊は最近注目されている『作戦』の準備に忙しくしており、魔物の討伐数が普段より少なくなっているという。そしてそれ以上に気になる点があると言って、副村長はテーブルにビサイド島全体の地図を開く。

 

「ここがビサイド村だ。そんで、ここがお前さんが最初にいた乗船場。この道はお前さんが通ってきた道だ。いつもはこことここ、ここらと、この辺で魔物を討伐してもらっちゃあいるんだが、今は人手不足でなあ。この二か所しかパトロールできてねえ」

 

そう言って副村長が指したのは村の入り口に近い道と、そこから少しそれた先の林だった。

 

「できる範囲で構わねぇ、お前さんは他の箇所を周って、魔物がいれば討伐してくれ。ついでに魔物の種類と数も記録してほしい」

 

「わかりました」

 

「普通は最低二人で事に当たってもらうんだが……人手が足りなくてな。チャップからの推薦もある。わりいが、基本的には1人でやってもらうことになる」

 

「構いませんよ。実力的にこの島の魔物なら複数を相手取ることもできそうです」

 

「頼もしいな! だが無理はしないでくれ」

 

「はい」

 

さっそく見回りに行こうとはやてがテントを出ると、ビサイド寺院の入り口付近に村人たちが数名が集まっていることに気が付いた。立ち止まって見るが、今は魔物の討伐に専念しようと背を向け宿舎に戻る途中、人だかりの中から「あっ!」という声が聞こえ、パタパタとはやてに走り寄る足音がした。自分に近づく足音にはやてが振り返ると、そこにはいつぞやの迷子ちゃんが変わらない服装で立っており、さらに白を基調とした杖を胸に抱えていた。

 

「はあ、はあ、は、はやてさん! どうしてここに?!」

 

「や、ユウナちゃん。この間ぶり。チャップと出会ってね、色々あってしばらくここに滞在することになったんだ」

 

「そ、そうなんですか! すごい偶然! エボンのたまものですね!」

 

そう言って微笑むユウナに、はやても笑みを返す。幾日ぶりのユウナには純粋さと神聖さが空気となって取り巻いているようで、なるほど村人たちにも人気なのだろうとはやては察する。人を思いやることができる優しい性格も相まって、老若男女の支持を得ている。それは1つのカリスマ性なのだろう。ユウナの未来が楽しみだ、と思いながらはやては続けた。

 

「本当は昨日着いたんだけど、ユウナちゃんは忙しくしてると聞いてね。邪魔するのも悪いかと思って、挨拶に行かなかったんだ」

 

「あ、いえ、ごめんなさい。気を使わせてしまって……」

 

「いやいや、何も謝ることはないよ。ユウナちゃんがしていることは村の皆にとって、ひいてはスピラの皆にとって大切な事なんだろう? ユウナちゃんの仕事を優先してね」

 

「は、はいっ!」

 

「いつまでいるか分からないけど、改めてよろしくユウナちゃん」

 

「あ、はい! よろしくお願いします!!」

 

大きな声でお辞儀をしながら返事をするユウナ。腰までぺこりと頭を下げるユウナと、頭を下げられているはやての姿に村人たちが目を丸くして見ている。村の重要人物が海の向こうからやってきた旅人に親し気に駆け寄り、頭を下げているのだ。驚くのも無理はない。余計な混乱を招かないよう後でチャップから説明してもらおうと決め、それからユウナに顔を上げてもらうよう頼む。ユウナもすぐに姿勢を正した。

 

「ご丁寧にありがとう。それじゃ、僕はちょっと仕事の準備に行ってくるよ」

 

そう伝えると、ユウナは小首をかしげる。

杖を抱えてキョトンとするユウナはとても愛らしかった。

 

「お仕事……ですか? 何をされるのでしょう?」

 

「ちょいちょいーと、魔物退治。村の周りをパトロールするのさ」

 

「そうですか! ご苦労様です。どうかよろしくお願い……」

 

またユウナが頭を下げようとしたところで、ぴたりと動きが止まる。はやてが不思議に思っていると、ユウナは恐る恐るといった様子で問いかけた。

 

「あの……、討伐隊の皆さんは今日出払ってるって聞きましたが……」

 

それは副村長から聞いていた。今日は『作戦』にむけて全体会議があるため、最低限の警備要員を残し、残りは本部に出向しているらしい。

 

「みたいだね。お昼過ぎには何人か帰ってくるとは聞いてるけど」

 

「あの……はやてさん、白魔導士ですよね? そ、その、大丈夫……ですか? 護衛の方とか」

 

上目づかいで、心配そうに言う。

白魔導士? とユウナの言葉を反芻するはやては、そういえば彼女の前で攻撃魔法を見せていなかったと気が付く。実際は影で行使していたのだが、知覚できていたのはルールーだけだったので、ユウナは知らないのだろうとはやては納得する。

 

「ああ、実は僕、黒魔法も使えるんだ。というか、黒魔法の方がよく使うんだ」

 

「え?」

 

「他にも色々とね。戦闘経験もあるし、まあビサイド島の魔物なら一人でも大丈夫かな」

 

「あ、そ、そうですか。ごめんなさい、わたしてっきり……」

 

ユウナは俯き、声も尻すぼみになっていく。余計な心配をしてしまって申し訳ないと感じているようだ。先ほどからコロコロと喜怒哀楽が変化するユウナを見ていると、この少女にもまだ少しばかり幼さが残っているのだと実感する。これから2年の間に、17歳とは思えない落ち着きと強さを身に付けていくのだろう。

 

目の前には俯くユウナの頭がある。はやてはいつかのように、優しく撫でた。

なでり、なでり。

 

「心配してくれてありがとう。嬉しいよ」

 

「あっ、え、ええっと、その、あの」

 

なでりなでり、なでりこ。

 

「あのあのあのあのあの」

 

突然頭を撫でられて困惑するユウナを見て、はやての顔には自然と笑みが浮かんだ。笑われたと勘違いしたのか、ユウナは羞恥心で顔から耳まで赤く染める。

 

「じゃあ、僕は準備に行くよ。また後でね」

 

どどどどうすれば、とユウナがパニックになっていると、はやてはあっさりユウナの頭から手をどけて討伐隊の宿舎に戻っていった。

 

ユウナはぽかんとしていたが、我に返り、撫でられた頭を両手で押さえようとして、握っていた杖を手放しそうになった。慌てて掴みなおし、ホッとしたところで、頭の撫でられた感触がまだ残っているような気がして、片手で頭に触れてみた。

 

「すごく……やさしかったな……この前も……」

 

ワッカやチャップのように元気を分け与えられるような撫で方でも、ルールーのように慈しむ撫で方でもない。ユウナ自身を思いやる、守られていると感じる撫で方だった。

 

ユウナはその感触を思い出し、自分で自分を撫でてみる。しかし、全く違う感触だったのですぐに頭から手を放してしまった。

 

はやてがくぐっていった討伐隊宿舎の入り口を眺める。普段はここにいるようだ。

滞在するという事だし、時間がある時にでも訪れて村や島の事を教えてあげよう。そう思いながら討伐隊宿舎の入り口を眺めていたユウナだったが、ふと、村が静寂に包まれ、それから自分がその場にポツンと取り残されていると知る。

 

ハッと周りを見渡すと、村中の村人たちが一連の流れを見ていたことに気が付いた。

 

寺院の入り口で挨拶してくれていた村人たちと視線が合う。村人たちはスっと目を逸らした。何も見てませんよと言わんばかりに目を逸らし、さて仕事を……などとのたまってその場から離れようとする。

 

あちこちのテントの隙間からは何者かの顔が見え、ユウナと目が合うとさっと隠れてしまった。先ほどまでテントの内側からこちらの様子を窺っていたのだろう。村のほぼすべてのテントで同じことがあった。加えて、こそこそとした声も聞こえてくる。

 

 

 

 

しっ、だめだ、見守るんだ

 

ゆうなさまが~、

 

いいから邪魔しなくていいから、

 

 

 

 

一部始終を見られていた。

村民の大多数に、ユウナが子どものようにはやてに駆け寄り、慌てふためき、頭を撫でられ、感触を惜しむように自ら頭を撫でていたところを見られていた。

 

別にやましいことも変なこともしていないが、何故か途轍もない羞恥心に駆られたユウナはリンゴのように赤く染まった顔を下げてルールーのいるテントへと駆け込むのだった。

 



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ビサイド村⑤

方言の修正が終わり、主人公が常に標準語で話すようになりました。
機会があればどこかでまた方言がちらっとでてくるかも


「基本的にはオオカミ型のディンゴ、鳥型のコンドル、プリン型のウォータープリンの3つが多いみたいだ」

 

村を出たはやては地図を基にビサイド島全体の見回りをしている。連絡船から村に向かう途中も多少戦闘していたので魔物の強さはざっくりと把握していたが、この島の魔物たちはこれまでの戦闘経験から鑑みて、かなり弱い部類だろうとはやては結論付けた。時々、悠然と空を飛ぶ鳥型の大型魔物ガルダを発見することもあるが、見つけ次第ガ系の魔法一つで退治できるため、実のところ脅威ではない。はやてにとっては突然草陰から飛び出してくるディンゴの方が何倍も危険だろう。

 

「お、ウォータープリンだ。他には……いないな。よし、九式:ストップ」

 

ウォータープリンを発見したはやては「ストップ」をかけてその動きを封じる。きちんと魔法がかかっていることを確認すると、何を思ったのか、動きを止められたウォータープリンに近づき、しげしげと観察し始めた。

 

「一般的なファンタジーならスライム枠か。ドラクエのスライムと比べたら1万倍は凶悪だけど……。お腹の部分は脳みそ、というよりは消化器官かな? なかなかグロテスクだ」

 

手袋をはめた手でつついてみる。見た目と違ってかなり弾力があり、生半可な武器ではろくな攻撃を通しそうにない。物理よりも魔法で退治する方が合理的だろう。そう考えたところで、そういえば原作でもそういったチュートリアル戦があったことをはやては思い出す。

 

()()じゃあ体で覚えるしかないからなあ。こっちの攻撃を待ってくれるわけでもないし」

 

習うより慣れよ、の精神でなければやっていけない。幸い、アルベド族たちと行動を共にしていた時に対峙した魔物の方が幾倍もすばしっこく、攻撃も鋭かった。油断さえしなければやられることはないだろう。そのため、こうしてゆっくり観察することもできている。

 

「ゲームじゃわからなかった、魔物としての特性も勉強しないと———っ?!」

 

観察する手を止め、ファイラで退治した瞬間頭上から何かが飛び降りてくる音がした。はやてが咄嗟に飛びのくと、はやてがいた位置に槍のような武器が突き刺さる。同時に、青い毛に身を包んだ襲撃者が無手ではやてに襲い掛かった。

 

「ぐっ—! プロテス! ファイア!」

 

はやてが牽制の魔法を放つと、襲撃者は地面から槍を引き抜き、大きく跳躍して彼我の距離を開け、いつでも攻撃に移れるよう槍を構えなおした。

 

「———あんた、キマリか」

 

はやてもすぐさま体勢を立て直し、襲撃者を見据える。

その正体には見覚えがあった。襲撃者は原作における主要登場人物の1人で、キマリだった。はやてにとってキマリは特別印象深いキャラではなかった。ただ守護者のようにユウナの側に控え、彼女を護っていたことは覚えている。

 

「僕は敵じゃない。ユウナちゃんの知り合いで、チャップやその兄のワッカ、ルールーとも知り合いだ。僕は、敵じゃない」

 

原作のティーダも襲撃を受けていたなと思い出しながら、自分の素性を明かす。少しでも警戒を解いてくれることを願ったが、キマリは唸り声をあげて、一度大きく吠えると地面を強く蹴ってはやてに肉薄し、槍を振るう。

 

「あぁ、クソ! 敵じゃないってのに! T式:【武器を頂く】!!」

 

「——っ?!」

 

キマリが振り下ろした武器ははやてを確かに捉えるはずだったが、キマリの手からは槍が消え、代わりにはやてがその武器を手にしていた。

 

「悪いけど! 攻撃を当てないと効果が無くてね!! TA式:【足を狙う】!!」

 

キマリが混乱している隙に、奪った槍の腹でキマリを打ちながら「ドンムブ」の効果を与える。強くはない衝撃にキマリは頭を切り替え、再び無手による肉弾戦を仕掛けようとしたところで、自身の足が全く動かないことに気づく。バランスを崩し、地面に倒れ込むも「竜剣」で攻撃を仕掛けようとするキマリだったが、一手早くはやてが追撃する。

 

「TA式:【腕を狙う】!」

 

再度はやてが攻撃を加えると、「竜剣」は発動せずに、キマリは地面に縫い付けられた。足も腕も動かない。いや、腕を動かすことはできるようだが、攻撃を加えようと考えた瞬間に力が抜けてしまう。「ドンアク」が発動したのだ。

 

キマリは、なすすべもなく地面に転がることになった。

 

「ふう……、敵無力化の練習をしておいてよかった。それにしても心臓に悪い」

 

はやては槍を地面に突き刺し、倒れ伏すキマリに近づく。キマリは顔を上げ、はやてに対して威嚇するように唸ってみせる。

 

「僕は敵じゃないって。チャップの紹介でビサイド村に滞在する旅人だよ。僕の身分は彼と討伐隊が保証してくれている」

 

はやては自分の素性を説明するが、キマリはそれに返答することなく、はやてに対して威嚇を続ける。

 

「……まいったな、相手の精神に作用する【特技】は使いたくないんだ」

 

せめてキマリが落ち着くまで待つべきだと考えたはやては、キマリの動きを封じるために装備していた縄を取り出し、手足を縛る。今のところ「ドンムブ」と「ドンアク」の効果で、キマリの移動と攻撃行動は封じられているが、ゲームでは数ターンしか効果がなかったために念のための処置である。

 

キマリが話しやすいよう、上体を起こして側の岩に体を預けさせ、はやては落ち着いて話ができるよう周囲の魔物を一掃してからキマリの正面に座り込む。

 

「僕は柊木はやて。はやて、でいいよ。君はキマリで間違いないかな」

 

はやてが落ち着いた口調で問いかける。キマリは言葉を返さないが、唸ることを止めていた。しかし、その眼光は未だするどい。

 

「ルールーから君の名前を聞いたんだ。ユウナのことを守っているとも。僕の事は何も聞いてないかな?」

 

キマリはだんまりを決め込んでいる。はやてがそういえば原作でも物静かなキャラクターだったようなと思い出しながら、どうすればいいかと悩んでいるとキマリがウームと発した。何か話し始めるかと目を向けるが、何も話さない。こうなれば根気勝負だと腹をくくったはやては、キマリが口を開くまで正面に座り込むことにした。

 

しばらく見つめ合っていた両者だが、キマリがまたウーム、と発すると、今度は口を開いた。

 

「おまえは何者だ」

 

「ようやくしゃべってくれた。繰り返すけど、僕は柊木はやて。ユウナちゃんやチャップの知り合いで、旅人だよ。昨日ビサイド村に着いたばかりで———」

 

「そうではない。キマリは、おまえの正体を聞いている」

 

キマリの言葉に、冷水を浴びせられたような気がした。

 

「どういう、ことかな?」

 

 

 

 

「おまえの力は、人の力ではない。この世界の理を超えたものだ。召喚獣に近い力。しかし、召喚獣ではない。魔物でもない。魔物にも、召喚獣にもない力をおまえは持っている」

 

 

 

「キマリはユウナのために問う。おまえは何者だ」

 

 

 

今度ははやてがだんまりを決め込む番だった。キマリが自分に対して不自然さを感じ取っていることの驚きと、自分の正体をこの世界の人間にどう説明すればいいのか分からないからだ。転移者といえば分かりやすいが、そうするとさらに説明しなければならないことがあるし、キマリのような主要登場人物にはやての本当の出自を伝えることで今後の「物語」に影響を与えることは極力避けたい。

 

しかし、中途半端なごまかしでは目の前のキマリは納得しないだろう。キマリもビサイド村にいる以上彼の信用を得て友好関係を結ぶことは今後の活動における絶対の条件だ。

 

 

 

どう答えるべきか、どう説明するべきか。

 

 

 

はやては悩んだ末に、1つの手札を切る。

 

 

 

「僕は…………、この世界の人間じゃない」

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「どういう意味だ。キマリを誤魔化すつもりか」

 

 

キマリの目が一層鋭くなる。当然の事である。怪しいと睨んでいた人物が「この世界の人間じゃない」と言い放ったのだ。意味が分からない。嘘をついていると思うのが当たり前だ。

 

しかし、はやては静かに続ける。

 

「僕は、この世界の人間じゃないんだ。別世界の人間で、原因不明の事故でこのスピラにたどり着いた」

 

「キマリは信じない」

 

「君が感じた違和感、それは僕が操る魔法に起因するのだろう? それもそのはず、この世界の魔法じゃないからだよ。異世界の……いや、異次元の魔法ってことさ」

 

「異世界とはなんだ。異次元とはなんだ」

 

「異次元っていうのは……ちょうどいい、あそこのディンゴを異次元空間に送ってみせようか。七式:デジョン」

 

はやて達から離れた位置にいるディンゴに「デジョン」が放たれる。ディンゴの足元に円形の暗闇が広がり始め、水色の光柱が立ち上がった。ディンゴの足が暗闇に飲み込まれると、そのまま暗闇に引きずり込まれるように消えていき、やがて暗闇も閉じていった。

 

「……幻光虫がでてこない。存在が感じられない。あそこには、何も無くなった。どこへ送った」

 

「この世界ではない、別のどこか。暗闇が見えただろう? その先が異次元空間になっているんだ」

 

キマリは目の前で起きたことが理解できなかった。ロンゾ族のキマリは魔物の気配を感じ取ることができ、空間に溶け込む魔力も知覚することが可能だ。ロンゾ族が得意とする「竜剣」は魔物や生き物の気配、魔力を吸収することで自分の力とするもの。気配や魔力の知覚感度はスピラに存在する種族の中でも1,2を争う。

 

キマリは、暗闇の先に広がっていた気配がこの世界のものとは根本的に違うことを確かに知覚していた。先ほどの魔物の足元に広がった暗闇が、魔物とその周辺のありとあらゆるものを吸い込み、どこかへと送り去ったことを理解したのだ。

 

「あの先が異次元だ。異なる世界、つまり異世界が広がっている」

 

「……なら、その魔法で帰ればいい」

 

「あの先は僕にとっても異世界なんだ。僕の帰るべきところじゃない。でも、僕が異なる世界から来たことは理解してくれたかな」

 

この世界ではない、別の世界がある。

それはキマリにとって信じられないことだったが、暗闇の先に見たもの、感じたものは確かに存在してた。自らの感覚を信じるなら、あれは間違いなく「異次元」、「異世界」なのだ。

 

 

 

 

「僕の目的は、元の世界に帰る事。それが僕の全てで、そのために旅をしている。どうすれば帰れるのか、今は皆目見当もつかない。けれど、僕は必ず帰って見せる。どれだけかかっても、絶対に」

 

 

 

 

はやては嘘偽りなく、そう述べた。

その言葉には覚悟が込められていた。それは、あの赤衣の男と同じ「覚悟」だった。

死にゆく男に託された想いや交わした約束とは違う。だが、命を懸けているという点では同じだった。

 

はやてはキマリの縄を切り、エスナをかけた。キマリは自分の手足が機能を取り戻したことを自覚し、静かに立ち上がる。はやては槍を地面から引き抜いて手渡し、キマリはそれを受け取った。すでに戦いの雰囲気はない。

 

「……ユウナちゃんに危害を加えるつもりは毛頭ないよ。勿論、ビサイド村のみんなにも。そんなことをしたら、家族に向ける顔がない。僕は、帰る手段を探しているだけなんだ。そのうち村も出る。だから、今だけはビサイド村に滞在することを許してくれないかな」

 

はやては片手を差し出す。キマリはその手をただ眺め、握ることはしなかった。

はやては手を下げ、困ったように頭を掻く。

 

「今もビサイド村のために魔物を退治していたところだよ。……信用してくれると嬉しい」

 

「…………」

 

目を交わす二人。

 

次に口を開いたのは、キマリだった。

 

「今のユウナは、静かでおとなしい子だ。昔はもっと明るかった」

 

「……そう?」

 

「だがユウナは明るく振る舞おうとする。周りに気を使っていつも笑う。キマリは、その笑顔があまり好きじゃない。無理をした笑いはすぐ分かる。ユウナに親しい者は、皆気づいていた」

 

キマリの表情は変わらない。だがどこか、愁いを帯びている声色だった。

 

「だが、ユウナは明るくなった。自然に笑うようになった。市場でおまえに会ってからだ」

 

「キマリもいたのか」

 

「あの時、おまえに動きを止められていた。キマリは動けなかった」

 

「あー……、後ろを付ける者は片っ端から「ストップ」とかかけたからなあ。ごめん」

 

「いい。ユウナは無事だった。おまえはユウナを守っていた。おまえといるユウナは、とても楽しそうだった。ユウナが無理せず笑っていた。キマリはユウナを笑わせることができない」

 

端的に、キマリにとって大切な事を伝える。

 

あの時、キマリはユウナの迷子にすぐに気づいていた。ユウナを守るため、常に視界の中に収めているのだ。しかし、その体格ゆえに上手く人ごみを避けることができず、余計な混乱を招かないようルールーに厳命されていたキマリは人ごみに無理に割り込むこともできない。そのうち、ルールーがユウナを見つけたので、ユウナとルールーに合流しやすいよう目立つところで待機しようとしていたら、ルールーよりも先にはやてがユウナに話しかけていたのだ。

 

得体のしれない男にユウナを任せるわけにはいかなかったため、キマリが追跡を始めると間もなく全身が謎の力で動かなくなってしまった。その力の発生源がはやてであることはすぐに見抜いた。咆哮をあげて危険を知らせようとしたが、瞬き一つ動かすことができず、キマリは手をこまねいて見る事しかできなかった。

 

そうして、己の無力に苛まれながら目にしたものが、ユウナの本当の笑顔だった。あの柔らかで楽しそうな笑みはいつぶりだろうか。キマリは幼い頃のユウナを思い出していた。おてんば娘だったユウナはキマリの体をよじ登ったり、シパーフに拾い上げてもらうために何度も幻光河に飛び込んだりしていたが、その時に浮かべていた本物の表情を、感情を、あの男が引き出していたのだ。

 

無防備なユウナを無法者から警護している様子もあった。ユウナの楽しみを台無しにしないよう見守る姿は、ビサイド村の人々の姿と重なった。

 

結局、はやてがユウナをルールーに引き渡して事なきを得た。ユウナは終始楽しそうで、はやてはユウナを無事に導いた。それからユウナは明るく過ごせていた。

 

実のところ、キマリははやての事を敵視していなかったのだ。ただ、村に滞在する理由とその力の不気味さ、はやての真の狙いを見極めるため、攻撃を仕掛けたに過ぎなかった。まさか手も足も出ないくらいはやてが戦闘に長けていて、異世界から来たとは思いもよらなかったが。

 

「キマリはおまえを信じる。ユウナのためだ」

 

「……ありがとう」

 

キマリは槍を背に、村へと歩き出す。はやてはキマリを見送る。すれ違い、少し歩いたところでキマリは振り向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その力で『シン』を倒すことはできるのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「できない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キマリはウームと唸り、少し考える素振りを見せたかと思えば、また歩き出したのだった。



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ビサイド村⑥

お待たせしました。
引っ越しなどでバタバタして、気が付けばこんなに遅れて……

暇を見て書いていた3話分(ビサイド村⑥〜⑧)連続投稿です。


 キマリが去った後、はやては引き続きパトロールポイントを周り続け、ビサイド村に帰ってきた時には燃えるような夕日が水平線に沈み始めていた。村の焚火にはすでに火が上がっている。はやては報告の為に副村長のテントに向かった。

 

「副村長、はやてです。入っても大丈夫ですか?」

 

 テントの入り口に立って呼びかけるが返事がない。どうやら留守にしているようだ。

 副村長がいないのであれば、装備の解除に宿舎に戻ろうかと考えるはやてに、腰の曲がった老女が話しかけた。

 

「おやお前さん。もしかして副村長を探しているのかい? 彼ならついさっき寺院に向かったよ」

 

「そうですか。ありがとうございます。うーん、魔物討伐の報告に来たのですが……お祈りの邪魔をするのも悪いですね」

 

「いんやあ。気にしなくてええんでないかい? あれでも副村長だ、村の安全を優先するだろうよ。報告しに行っといで。ご苦労さん」

 

「分かりました。では、そうさせてもらいますね。寺院への挨拶もまだでしたし」

 

 会釈し、老女と別れたはやては早速寺院に向かった。老女に話していたが、はやては寺院への挨拶がまだだった。寺院とビサイド村の関係を考えると村に滞在を決めた日のうちに行くべきだが、いわゆる「信仰心」とは無縁だったこともありつい後回しにしていた。

 

 はやてにとって宗教とは、人が心の安らぎを得るための哲学のようなものだ。宗教を重んじる人々が形成していった価値観や生活様式は尊重されるべきと考えているものの、昨今の日本人らしく、「神」や「天罰」といったものを信じて生活しているわけではなかった。そんなはやてだから、優先順位をつけ間違えてしまったのだろう。

 

「自分の生活様式や価値観がみんなのものと大きく違っていたらまずいな。せめて宗教的なタブーくらいはきちんと理解しておかないと」

 

 その辺りの解説は誰かにお願いすると決め、はやては寺院の入り口を進んだ。

 

 寺院には、入り口付近に佇み、ちらとはやてに目を向ける僧官と、祈りをささげる教徒たちが数名いた。教徒たちは祈りをささげることに一生懸命で、はやてに気付いた様子はない。

 

 寺院に入ったはやての目に飛び込んできたのは正面に向かいあう1対の巨大な石像だった。造形を見るに、女性と男性を模している。寺院の奥へと続くのぼり階段を挟むように、乗り出すような形でそびえ立っていた。その足元には4体の石像が並べてある。先の二体に比べると幾分小さく感じるが、それでも全て3mは優に超えているだろう。

 のぼり階段のわきに置かれた2つの石灯篭のようなものからは垂直に火が吹きだしていて、それらが寺院内の灯りになっている。他の光源は屋根の隙間から差すわずかな日光だけで、寺院内はかなり薄暗い。しかし、それがかえって寺院に静謐と荘厳さを生み出していた。

 

 寺院の内部構造は全体的に円形で、中心部の床の石レンガには幾何学模様が描かれている。チベット仏教でみるようなモチーフだ。床に描かれているが宗教的に踏んでも問題ないのか、とはやては思ったが、教徒たちが特に気にした様子もなくその上を歩いていたので気にしなくても良さそうだと安心する。

 

 また、中心部のモチーフを取り囲むようにして客席のような石段があり、それぞれの段には何かの石像がいくつも配置されていた。こちらのサイズは人間のものと同じなので、教徒たちにとって、より身近な存在なのかもしれない。実際に、4つの石像以外にこちらの石像に祈りをささげている村人も多い。あるいはすべての石像に祈りをささげるというルーティンがあるのかもしれない。

 

 寺院内をきょろきょろと見渡すはやてがビサイド村の寺院に初めて立ち入る観光客に見えたのか、入り口付近に佇んでいた僧官が声をかけた。

 

「こんにちは。お祈りですか」

 

「あ、これはどうも。寺院を訪れたのは初めてでして、少し驚いていました」

 

「初めて?」

 

 僧官は言っていることが分からないといった風に首を傾げる。

 

(あ、しまった。つい反射的に)

 

「……エボン教の教えに何か思う所でも?」

 

「ああ、いえ、そういうことではなく」

 

 もしや異教徒の類かと、僅かばかり疑いの目を向ける僧官だが、はやては気にした風もなく、()()困ったように首をさすりながら、()()()小さな声で事情を説明する。

 

「その、あまり大きな声では言えないのですが……、少し前に『シン』に近づいてしまって、その毒気で記憶が」

 

「———っ! こ、これは、大変な失礼を」

 

 邪推してしまったと考えた僧官は慌てて頭を下げるが、はやては笑って頭を上げるようにいう。

 

「いえ、気にしないで下さい。記憶はまだ戻りませんが、少しずつ折り合いをつけていますので」

 

 そう言って微笑むと、僧官は気の毒そうな表情を浮かべて、はやてのために祈りをささげた。

 

「祈りましょう。きっと、よくなります。何かお力になれることがあればいつでもお声がけください」

 

「ご配慮痛み入ります。ぜひ、エボン教について教えていただければ。また後日お伺いしますね」

 

「いつでもどうぞ。それで、今日は見学のみということでしょうか?」

 

「あ、いえ。僕は副村長を探しにこちらへ。魔物討伐の依頼を受けておりましたので、その報告をと思いまして」

 

「そうでしたか。副村長でしたらお祈りの後に、奥の部屋でユウナ様とルールー様にお会いになられてますよ。ご案内いたしましょうか?」

 

「お願いします」

 

 はやてがそう頼むと、僧官は「こちらへ」とはやてを促し、副村長たちの部屋まで案内する。扉の横には先ほど相対したキマリが腕を組んで立っていた。まるで門番だ。はやてが「やあ」と声をかけるが、キマリは顔を向けるだけで返事を返さない。しかし普段の様に威圧するような雰囲気は無く、僧官は珍しいこともあるのだと少し驚いた。

 

 扉が開かれると、そこには僧官の話通り副村長とユウナ、ルールーがいた。ただ、どこか空気が重たい。何かあったようだ。その空気を感じているのかいないのか、僧官は気にした様子もなく口を開く。

 

「失礼します、皆さま。討伐依頼の件で副村長にお会いしたいという方がいらっしゃったのでお連れしました」

 

「お? はやてじゃねえか。ご苦労さん」

 

「どうも。ユウナちゃんとルールー、こんばんは」

 

「こ、こんばんは……」

 

「……ええ。討伐、お疲れさま」

 

 はやてがユウナとルールーに挨拶をする。ユウナはどこか落ち込んだ様子で、ルールーは考え込んでいるようだ。僧官が一礼をしてその場を去ると、3者の視線がはやてに向けられる。空気を変えてほしい、そんなメッセージをひしひしと感じ取っていた。

 

「えー、とですね。副村長、ひとまずポイントの巡回が終わりました。会敵した魔物と討伐数がこちらのメモに書かれていますのでご確認ください」

 

「おう。すまねーな、1人じゃきつかったろ」

 

「戦闘自体はそうでもないですね。ただ移動が……足が棒のようです」

 

「なんでぇ、だらしねえな。近場だろ? そんなに距離もないだろうに」

 

「いやいや、ビサイド島すべてのポイントを巡回してきましたよ。ほぼ1日中歩いたのでさすがに疲れました」

 

「んだと?!」

 

「「えっ?!」」

 

 はやてがそういうと、副村長だけでなくユウナとルールーも驚いた。

 

「戦闘しながらこの島をぐるっと1周するってなると、どうしたって1日じゃ終わんねえぞおい」

 

「そうよ、とてもじゃないけど信じられないわ」

 

「戦闘なら多少の覚えがあるんだ。副村長、お渡しした討伐メモを確認してください。各ポイントごとにも討伐した魔物と数をまとめてありますから」

 

「お、おう……、ってお前字ぃ下手だなおい。ユウナちゃんの方がよっぽど綺麗じゃねえか」

 

「えっ、わ、わたし?」

 

 急に話題に上がったユウナは焦った。ルールーが副村長からメモを受け取ったのでユウナもルールーに近づいてはやてのメモを確認する。そこには、たしかにミミズのようにのたくった線が書かれていて、ユウナはこれが文字だと言われなければ認識できないかもしれないと思った。

 

「どれどれ……、あら本当ね。筆を初めて持った子どもの字みたい」

 

「………………あれだよ、『シン』の毒気だよ」

 

 苦し紛れに言い訳をするはやてだが、ルールーは呆れたように溜息をついて頭を振った。

 

「数字はきれいじゃない。単に字を書くのが下手なのよ。毒気を言い訳にしないで練習しなさい」

 

「あ、はい。いや、というか僕の字はどうでもいいんですよ。ちゃんと確認してください。場合によっては明日以降の討伐数増やしますから。あとユウナちゃんさすがに驚きすぎだから。そうだよそれ僕の字だよ。インクのにじみ? 何言ってるんだいちゃんと、ほら、ディ、ン、ゴ、って書いてあるじゃないか。ねえどうしてそんな驚いた顔して僕の顔を見るんだい」

 

「お、おいおいおい。こりゃ冗談だろう?」

 

 副村長が深刻そうな声色でつぶやく。

 

「え? そんなにひどすぎます? 分かりましたよ、明日から練習するからもう許してくださ……」

 

「そうじゃない!」

 

 副村長が叫ぶ。

 

「おれぁこの数字のことを言ってんだ!! はやて! お前本当にこの数さばいてきたのか?! 偽装してねえだろうな!!!」

 

「してませんよ! 何ですか、もう少し討伐した方が良かったですか?」

 

「ちげぇ!! ()()()()()()()()()()()()()()()()! 俺ら全員でやる時の数倍は討伐してんじゃねえか! 何人分の働きだよ!!!」

 

 副村長が目にしたのは、討伐数が300匹を超えているというありえない討伐数だった。この数字が討伐隊員と村の戦闘経験者全員が参加した場合のものなら「全員危険を顧みずかなり頑張った」という評価が下されるだろう。それでもあまり現実的ではないが、はやてはそれを一人でやってのけたという。とてもではないが、副村長には信じられない。

 

 ルールーが問いかける。

 

「あなた、どうやってこれだけの魔物を倒したの。きちんと説明して」

 

「おいおいおい、ガルダの討伐数34匹ってどういうことだよ……」

 

 ルールーは険しい表情だが、一方のはやてはあれ? ととぼけたような顔で副村長に渡したメモを見直し、そして頷いた。

 

「あー、目につく魔物を片っ端から魔法で倒したんですよ。飛ぶ魔物も走る魔物も這いずり回る魔物も、基本的にはサーチアンドデストロイです。ルールー、僕は黒魔法を中心とした攻撃魔法が扱えるって、チャップは言ってなかった?」

 

 そう言いながら、はやては小規模の魔法をいくつも展開して見せた。見たことの無い魔法がポンポンと連続して発現している様子にユウナが目を輝かせているがルールーと副村長は開いた口がふさがらない。

 

「い、言ってはいたけど……」

 

「さっきも説明したけど、僕は多少戦闘の経験があるんだ。この島の魔物なら、奇襲を受けたり群れで襲われたりしない限りそれほど苦労はしないよ」

 

 ルールーは、チャップと会えなかった寂しさを埋めているときに彼がそのような話をしていた事を思い出した。蛙がどうとか、爆発がなんだとか……。そんな話より「二人の時間」に集中して欲しかったため、聞き流していたが、まさか本当の事だったとは。

 

「副村長、心配でしたら明日討伐に行く前に簡単に攻撃のデモンストレーションを行いましょうか。そのほうが安心するのであれば僕は構いませんよ」

 

「い、いや、そこまで言うんなら信じるがよ。いやしっかしすんげえな。お前、本格的に移住してこねぇか」

 

「考えておきます。ただ、字を書く練習に忙しくなるので移住する暇がないかもしれませんねー」

 

「いや拗ねんなよ……」

 

 拗ねてませんけど、嘘つけ眉間にしわ寄ってんじゃねえか、寄ってませんけど、としょうもない小競り合いを始めたはやてと副村長はさておいて、ルールーははやての持つ力の強大さに戦慄していた。単純な話、はやて一人で、討伐隊と戦闘経験者の集団と同等の力を持っているというのだ。そのような力を持つ者など、そういない。熟練の召喚士などはその部類だが、召喚士というより召喚獣が強力なのだ。そのため、かつてルールーが守り切れなかった召喚士のように、召喚獣を呼んでいない召喚士は戦闘に特化しているとは言い難い。早い話、召喚獣が召喚される前に打ち倒すことさえできれば、召喚士の無力化はたやすくなる。

 だが、目の前の男はそうではないらしい。

 

 彼は指先一つで、召喚獣並の破壊をもたらすことができてしまうのだ。

 

 幸い彼は子供を保護したり、率先して村の警備に当たってくれたりする程度には善人だ。昨日話した感じでは、力におぼれた様子もない。チャップもはやての人間性については太鼓判を押しているので、「とても心強い味方」と捉えても問題ないだろうとルールーは結論付ける。

 

「は、はやてさんってすごい人なんだね……」

 

 副村長とはやてのメンチの切り合いを眺めながらユウナは感心したように言う。

 

「彼みたいになろうとしちゃダメよ」

 

「え?」

 

「彼は普通じゃないの。あれを基準にしちゃダメ。わかった?」

 

「う、うん……」

 

 驚くほどに冷たいルールーに驚くユウナ。はやてが嫌いなのかと思ったが、表情を見るにそういうわけではないらしい。

 

「……ねえユウナ、さっきの話だけど」

 

 ルールーは僧官とはやてが入室したところで途切れた話題を持ち出す。

 

「あ、うん。えっと……」

 

「私は……やっぱり、考え直すべきだと思うわ。召喚士としての旅は本当につらい。召喚士になる以外にも、いろんな方法で貢献することができる。あなたは白魔導士としての適性があるのだから、召喚士や召喚士を支える人々を癒すことでもスピラの平和に貢献できるじゃない」

 

「…………」

 

「それでも、召喚士になりたいの?」

 

 

 

 

「はい」

 

 

 

 

 何度目になるか分からない問答。しかし、いつだって彼女の答えは変わらない。ユウナの目に宿る覚悟は、まったく揺るがない。

 

「……そう」

 

「あ、あのね! ルールー……わたし」

 

 ユウナが申し訳なさそうな顔で口を開こうとするが、先にルールーが指先で封じる。

 

「わかってる。いいの。わかったわ」

 

 ルールーは指先をユウナの額まで移動させ、優しく弾いてみせた。

 

「あぅ」

 

「しょうがないわね……私も、頑張るとするわ」

 

「ルールー! じゃ、じゃあ!」

 

「修行、引き続き頑張りなさい。私もガードとしての腕を上げる。あなたを守れるように」

 

「わ、私も修行がんばる! きっと、お父さんみたいな召喚士になるから!」

 

「……そうね、頑張りましょう。それと」

 

 ルールーははやてを見る。正体不明の男だ。まるで底の見えない海のよう。

 

「召喚士になるなら、人を見極められるよう「目」を鍛えなさい。あなたが命を預けられると思える人が、あなたのガードになるのよ」

 

「うん。でも、「目」かあ……。どうやって身に付けたらいいのかな」

 

「いろんな人と関わりなさい。善良な人の、不良とされる人の、価値観や正義を知りなさい。そうね、一先ずはやてと関わってみたらどうかしら」

 

「はやてさん? そっか、旅人のはやてさんなら色々な話を知ってるよね」

 

 よしっ、と意気込んでいるユウナとは逆に、ルールーのはやてを見る目は少しばかり厳しい。

 冷たくはない、だが僅かな警戒心が見える。ルールーははやてを完全に信頼したわけではない。はやてを信頼するチャップを信じているに過ぎないのだ。はやての善良さには触れているが、不気味で強大な力を持っていると知った以上、本当の意味で背中を任せられると現時点では判断できない。

 

 しかし、ユウナに危害を加える人間ではないのは分かる。ゆえに、はやての人となりをユウナに判断させるのだ。はやてという「未知」に関わることは、過酷な道の召喚士になる上でユウナに大きな影響を与えるだろうとルールーは考えた。

 

 どういった経緯があったのか副村長と腕相撲を始めるはやてに、果敢に話しかけに行くユウナを見ながら、今後のユウナの成長に大きな期待を寄せるルールーだった。

 



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ビサイド村⑦

連続投稿2話目です。


「どうだい、うちの娘は。料理と織物が得意で、親のひいき目抜きにも器量よしだ!」

 

「ちょっと、あんたんとこの子まだ9歳じゃない。ねーえ、はやて君。うちの子なんかどーお? あたしとしては、そろそろ身を固めてほしくってさ。ほら、こっちおいで!」

 

「ちょ、ちょっとお母さん?! は、はやてさんすみません、お母さんが……」

 

「あら、こうやって並んでみると夫婦みたいじゃない!」

 

「お母さん!! …………もー、困っちゃいますね? えへ」

 

 

 

 

「はやてはやてはやてはやて!!! アレしてアレ! なんか浮くやつ!!」

「ねえねえ、この間のお話のつづきして。ボクね、光の4戦士のやつまたききたい」

「はやて兄ちゃんはらへったああああああああ」

「ねえみてみて! きゃはははは! へんな虫みつけたの! はやてにあげるねー! きもーい! きゃは──!」

「はやて! わんちゃんなでてあげて! …………あとわたしも!」

「くすんくすん、怖い夢見たの……」

 

 

 

「おーい! こっちだ! こっちの縄を引っ張ってくれー!」

 

「おう、お疲れさん。結構魚が捕れたぜ。この籠のやつ全部捌いといてくれ」

 

「あいたた! こ、腰がぐきって……お? 治った? おぉ! ありがとなはやて!」

 

「すまーん、はやているかー? ちょっと手伝ってほしいことがあるんだがー!」

 

 

 

 

 はやてがビサイド村に滞在してから1週間以上が経過した。はじめの数日はどこか遠慮がちな態度ではやてと関わっていた村民たちだったが、チャップやルッツの知人であり、迷子のユウナを助けたという話が広まると、あっという間に打ち解けられるようになり、はやてが村の警備をしていると知ってからは村民たちははやてを何かと頼るようになった。また、『シン』の毒気のせいで記憶を失って苦労しているのに、ビサイド村の為に尽力する姿は——記憶喪失が事実かどうかはさておき——村民たちの心を打ったようで、はやてのことを何かと気にかけるようになった。

 

 特に子どもたちには人気で、村にいる時は大抵はやての周りに子どもたちがいる。日が昇る前にはやてが泊まっている宿舎に突撃してはやてを叩き起こす子どももいるくらいだ。嫌な顔一つせず、面白い話を聞かせたり不思議な魔法で楽しませたりするはやては子どもたちにとって最高の遊び相手であり、好奇心がくすぐられる存在。また、子どものお守りをしてもらっている親からの評判も良く、それらが相まってはやての信頼度はうなぎのぼりだ。

 

 さらにユウナの存在は、はやてがビサイド村に溶け込む上でとても大きな影響を与えた。初めての魔物討伐以来、ユウナは時間が空いたらはやての下へと赴き、話を聞いていた。はやてのくだらない与太話でコロコロ笑うこともあれば、哲学的な話を聞いて自分自身と向き合うこともあった。はやてとの会話は少し内気なユウナにとって新鮮で、つい夢中になって時間を忘れることもしばしばあるほど。2,3日前からはユウナのちょっとした愚痴を聞いたり、悩み相談を受けることも増えた。

 

 逆に、ユウナがはやての為に動くこともあった。『シン』の毒気のせいで多くの一般常識を失ってしまっているはやては、日々の生活の些細なところでつまづくことが多い。例えば食事前の祈りを忘れているし、『シン』と召喚士の歴史、スピラに生きる者達の『罪』やその贖罪を忘れている。生きる上で絶対に必要な知識がないというわけではないが、一般常識を忘れているため、たまに村民たちの会話についていけてないときがある。そういう時のはやては曖昧な笑みを浮かべて相づちを打っているが、ユウナはそのどこか困ったような笑みを見るのがあまり好きではなかった。

 

 だから、そういう時は決まってユウナが知識の補完をしたり分かりやすく言い換えたりしてサポートするのだ。ユウナが会話のサポートをしたとき、はやては決まってユウナの頭を撫で、小さな声で「ありがとう、すごく助かるよ」と伝えた。ユウナには、それがとても嬉しかった。市場で迷子になった自分を助けてくれた恩人に、恩返しができたような気がした。色々なことを知っていて、ビサイド村の人たちに頼られるはやてが自分を頼ってくれると、今の自分でも誰かの役に立てるのだと自覚できた。はやてに頼られる自分が少しだけ誇らしかった。

 

 それがユウナの自己肯定感や自己効力感を高める一因になったのだろう。ユウナはより一層修行に励むようになるが、一方で笑う事も増えた。従召喚士として修業を始めてからあまり笑わなくなったユウナに、自然な笑顔が戻りつつあったのだ。

 

 小さい頃のユウナを知る村人ははやてに感謝し、はやてを慕うユウナを見た者は、はやての事を「何か凄い人なんだろう」と思うようになり、今ではほとんどの村民がはやての滞在を歓迎するようになった。はやての人の好さもあるが、何よりもそれだけユウナがビサイド村の村民に愛され、慕われているという証である。

 

 村人たちにとって惜しむらくは、はやての滞在が一時的なものであるということ。

 

 村の警備を一手に引き受けるほど戦闘に優れた魔導士で、立ち振る舞いに品があるが親しみやすく、子供たちの世話が上手で、ユウナが慕う人格者。見た目に反した落ち着きもある。加えて多少の料理スキルがあることも判明した。そして単身者だという。これほどの人材を逃す手があるだろうか、というのが中年層の村人たちの総意である。特に若い娘がいる家庭ははやてがビサイド村に残ってくれるよう積極的にはやてとコミュニケーションを取ろうとするし、何かと自分の娘と会わせたがる。娘たちも、まんざらでもない様子だ。

 

 

 

「よい、しょっと。ふう、今日も一日よく働いたなあ」

 

「おう、お疲れ」

 

「あ、チャップ。お疲れ」

 

 

 

 村の手伝いと警備巡回が終わった後、装備を外すため討伐隊の宿舎に戻ったはやては、装備品を身にまとったチャップと顔を合わせた。どうやらチャップはこれから出かけるようだ。

 

「もう夕方だけど、どこかに行くのかい?」

 

「おう、本部に報告と打ち合わせに行くんだ。明後日の夕方……より少し前に帰ると思う。全員じゃないが、結構な数の隊員が出払うことになる。いつも以上に警備が手薄だ。まあお前が毎日ものすごい数の魔物を討伐してくれてるからあまり心配はしてないが、念のために警戒よろしくな」

 

「了解。じゃあ、この近辺だけでももう一回りしてこようかな」

 

「なんつーか、この島の魔物が全滅しそうな勢いで狩るよなあ」

 

「魔物を倒してもただ消えるだけだから、儲けもないんだよね。……本来は()()()()()()()()()()()()()()なんだけどその辺はどうなってんのかね」

 

「ドロップアイテム? なんだそりゃ」

 

「ああ、いや。なんでもないよ。もう本当に全滅させてやろうか」

 

「できそうなのがこわいよな」

 

 それから少しばかり言葉を交わしてチャップは宿舎を出ていく。それから入れ替わるようにルッツが入ってきた。

 

「よう、はやて。お疲れさん」

 

「こんばんは、ルッツさん。これから本部に行くそうですね」

 

「チャップから聞いたのか。そうだ、ビサイド島での活動報告にな。ここの警備は任せたぞ」

 

「ええ、これからもう一度見回りに行くところです」

 

「体を壊すなよ。ああ、それとな」

 

 ルッツは隊服のズボンを探ると、折りたたまれた一枚のメモを取り出しはやてに手渡した。4つ折りのメモを広げるとA4くらいのサイズになり、そこにはいくつもの名前と所属が記載されていた。ざっと50人はいるだろうか。

 

「こちらは?」

 

 メモの真意を問おうとルッツに目を向けるはやて。ルッツは声を潜めて説明する。

 

「今、俺ら討伐隊を中心とした『シン』討伐作戦の準備が進められている。これは今回の作戦に協力してくれるアルベド族の一覧表だ」

 

「———っ?!」

 

「はやて、そこに知り合いはいるか?」

 

 はやては急いでメモに記載されている名前を確認する。

 

「…………いませんね。おそらく別のアルベド族集団か、各地からやってきたアルベド族達なのでしょう」

 

「そうか……」

 

「ですが、これほどのアルベド族が参加されるのなら……」

 

「ああ、お前の仲間と連絡が取れるやつもいるだろう。……どうする、一緒に来るか」

 

 もちろん、という言葉をはやてはどうにか飲み込んだ。

 

「………………いえ、この村の警備がありますから。さすがにビサイド村を危険に晒してまでアルベド族の仲間と合流する気はありません」

 

「あ、いや、そうだな。す、すまん。考えが足りなかった」

 

「いえ、ありがとうございます。可能であれば、このアルベド族の方たちに、はやてという人間がアルベド族と合流したがっていると伝えていただけませんか。「アニキ」か「リュック」の……そうですね、〈キニワミ〉と説明していただければ」

 

「きにわ……? なんだ、どういう意味だ?」

 

「〈キニワミ〉、アルベド語で知り合いって意味です。「アニキ」か「リュック」の知り合いってことですね」

 

「わ、分かった。「アニキ」と「リュック」の〈キニワミ〉だな。頑張ってみるさ。だが……仲間、じゃだめなのか?」

 

「〈ハアヤ〉……ですね。正直、信じてもらえるかどうか分かりません。アルベド族が迫害されていることを鑑みると、むしろアルベド族に取り入ろうとしているのではと疑われる可能性があります。なので、今は【「アニキ」か「リュック」と連絡を取りたがっている、はやてと名乗る〈キニワミ〉がいる】という事が伝わればよしとします」

 

「あー、そうだな。こちらが信用しても、相手も同じように信用してくれるとは限らないか」

 

「ええ。討伐隊の皆さんが帰ってきた後にでも、こちらから伺いたいですね。直接お会いできるほうが早いと思いますから」

 

「わかった。今回共闘するアルベドの宿舎があったはずだ。本部で少し情報を集めてくるとしよう」

 

「とても助かります。どうかお気をつけて」

 

「ああ。お前もな。じゃあ……」

 

「すみません、最後に一つ」

 

 踵を返して宿舎を出ようとするルッツの背を止める。振り返ったルッツははやての表情を見てたじろいだ。

 

 普段のはやてからは想像もつかないほど、ひどく、無表情だったのだ。

 

「その『シン』討伐作戦ですが、いつ頃決行されますか?」

 

「作戦の決行日か? まだ準備段階だからな、はっきりとしたことはいえないが……」

 

「構いません、大体でいいので教えてください」

 

 ルッツははやてが『シン』に対して並々ならぬ恨みを持っているからだろうと察しを付ける。感情を溢れさせないようにしているからこその無表情なのだろう。『シン』と相対したことのある者達は、えてして、『シン』の事になると感情を爆発させる。

 

「正式な日程はまだだ。ようやく本格的な準備が始まったばかりだからな。だが、オレ個人の見解だと…………おそらく、年が明けてすぐになるはずだ。9ヶ月後ぐらいだと俺はみている」

 

 

 年が明けて……、つまり原作開始の1年前。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ジョゼ海岸防衛作戦。アルベド族と協力する、過去最大級の作戦だ。機械兵器も、魔法も、ありとあらゆる手段を講じることになる。エボン教という枠組みを超えて、皆が協力し合って『シン』討伐を目指す。オレは、この作戦がうまくいくと確信している。持てる全てを出し切るつもりさ」

 

「……そうですか。ですが、お気をつけて。ルッツさんがいないと、この村の警備が手薄になりますよ?」

 

「そこはほら、はやてがこの村に住んでくれたらだな」

 

「できませんってば……」

 

 

 まあ、そうだなと笑った後、ルッツは村の警備について再度はやてに頼んで急いで宿舎から出ていった。時間がかなり押しているらしく、港に急ぐ必要があるという事だった。慌ただしく出ていったルッツを見送ったはやてはベッドに座り込み、しばらく目を閉じて息をつく。

 

 それから村の警備に行こうと装備を付けなおし、ほどいていた靴ひもを結びなおしながら、さきほどのルッツの言葉を思い出していた。

 

( ジョゼ海岸防衛作戦。そうだ、そんな名前の作戦だった……原作開始の1年前に討伐隊はジョゼ海岸防衛作戦を敢行する。討伐隊員として作戦に参加するチャップは、ここで命を落としたはずだ)

 

 原作においてチャップの存在はそれほど大きく取り上げられない。少なくともはやては名前だけで「ワッカの弟」を思い出すことはできなかった。しかし、チャップの死はルールーとワッカの心境の変化に多大な影響を与えている。原作におけるワッカとルールーは、チャップの死の上に成り立っているのだ。原作通りに事を進めるのなら、チャップの死は必要になる。

 

 つまり、分かった上で静観していなければならない。

 

「………………」

 

 どうするか。

 

 どうすべきか。

 

 何をするべきか。

 

「……何をするべきか、ね。そんなのものは決まっている。帰るんだよ、あの家に。自分の居た世界に。それが、それだけが……」

 

 靴ひもを縛る手に力が入る。

 

 

 

「は、はやて──っ!! いるか────っ?!」

 

 

 

「うわびっくりしたっ!!」

 

 突然、宿舎に飛び込んできた者がいた。ひどく慌てた様子で、息が激しく荒れている。

 

「お、おぉ! はやて!! いてくれたか!!!」

 

「副村長?! ど、どうしたんです、そんなに慌てて」

 

 飛び込んできたのは副村長だった。ひどく青ざめ、汗は滝のように流れている。ひどく興奮状態にあるせいで目が充血していた。はやてをみつけた副村長は飛び掛からん勢いではやての肩を掴む。

 

「あだだだだだだ!! ちょ、落ち着いてください! 肩が……」

 

 

 

 

 

「子どもが一人、帰ってこねえんだ!!」

 

 

 

 

 

 



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ビサイド村⑧

連続投稿最後の3話目です。
おや、ユウナちゃんの様子が……?


 村の中心、焚火が焚かれているところには多くの村民たちが集まっていた。村の警備に残っていた討伐隊員数名と、ルールーとワッカもいる。村民たちは一つの長テーブルに地図を広げてああでもないこうでもないと言い合っていた。

 

「それで、出払っちまった討伐隊の連中は戻ってこれねえのか?!」

 

 ワッカが問いかけるが討伐隊の1人が、すでに支部へ向かう船は出港済であることを伝える。ビサイド村には片手の指の数ほどしか隊員は残っていない。

 

「迷子になった子がどこにいったのか、誰か見当が付く人はいない?」

 

 ルールーが迷子の子どもがいそうなポイントを絞ろうとする。しかし、こちらにも有力な情報はないようだ。ルールーが村民たちを見渡していると、少し離れたテントの側で、迷子になった子どもと仲のいいグループが小さくなって震えていた。ルールーは静かに近寄ると腰をかがめて、目線を子どもたちに合わせる。

 

「この中で、迷子になった子がどこに行きそうか分かる子はいないかしら?」

 

 ルールーは子どもたちに問う。しかし子どもたちは怖がっているようで震えるだけだ。

 

「困ったわね……。この時間帯だから闇雲に探し回るわけにもいかないし、人員も限られてる。ミイラ取りがミイラになっては意味がないし……」

 

 ビサイド村で最も人探しに長けているのはキマリだ。魔物との戦闘はもちろんの事、ヒトよりも嗅覚に優れたその鼻で微妙な空気やにおいの違いをかぎ分けることができる。キマリは既にユウナからのお願いを受けてビサイド島全体を捜索しており、迷子が見つかり次第合図をするように伝えているが、今の所それらしい合図は上がっていない。

 

「このままじゃ友だちがいなくなってしまうのよ。なんでもいい、何か知らないの?」

 

 焦燥感がルールーの口調をとげとげしいものにしてしまう。子どもは大人の感情に敏感だ。子どもたちは余計小さく固まってうつむいてしまった。これでは子どもたちをいたずらに怖がらせるだけだと判断したルールーは立ち上がり、村民たちの下へと戻ろうとしたその時、副村長とはやてが討伐隊宿舎から出てきた。副村長は目に見えて慌てながらはやてに何か話している。迷子についての説明を受けているのだろう。

 

 はやては副村長の言葉にうなづいたり口を開いたりしていたが、ルールーとそばの子どもたちを見つけると副村長に一言声をかけて村民たちの下に向かわせ、はやてはルールーたちの下へと足を運んだ。

 

「ルールー、話は聞いてるよ。迷子が出たらしいね。僕もすぐに捜索に回る」

 

「ありがとう、とても助かるわ。こんな時間に外を出まわれるのは私やワッカ、討伐隊の数人を除いてあなたしかいないの。力を貸してくれるかしら」

 

 はやては当然とばかりに頷く。

 その目には強い力が宿っているようだった。

 

「…………はやてぇ」

 

 子どもたちから、縋り付くような声が聞こえた。はやてはすぐに子どもたちと向き合う。

 

「いつのまにかいなかったの……」

「おれ、こいつと遊んでて気が付かなかったんだ」

「うん」

「ちゃんと帰ってくるよね……」

「ふ、ふぇぇん……」

 

 子どもたちはひどく怯えていた。日頃から親や年配の村民たちに一人で村の外に出かけないよう強く言われていて、魔物の怖さも叩き込まれているのだから無理もない。大人たちの非常にピリピリした空気を感じることも少なかったのだろう、だから村の隅で小さく震えていたのだ。

 

 1人の子どもが泣き出すと、伝染するように他の子どもたちの目にも涙がたまり始める。軽度のパニック状態だ。様子を見ていたルールーが、これはいけないと声をかけようとした瞬間、はやての纏う空気が変わったことを感じた。

 

 

「は──っはっはっはっは! だーいじょうぶ! 僕にかかれば、どんな子でも! どんなところでも! あっという間に見つけてみせるさ!」

 

 

 はやては大きな声でそう言い切って、にかっと快活に笑って見せた。

 

「僕の魔法は不思議な魔法! できないことはまるで無し! 無敵の大魔法使い、柊木はやてがどんな問題も解決さ!!」

 

 胸にこぶしを当て、わざとらしく胸をはる。まるで演劇の登場人物のように振る舞うはやてに、子どもたちの注意が引かれ、泣いていた子は涙が引っ込んだ。

 

「皆! 知っていること、考えていること、何でも教えてくれ! 僕に力を貸してくれ! そうすれば、あっという間に問題解決だ!」

 

 手を広げてそう言うと、初めは沈黙していた子どもたちだったが、1人がぽつりと話し始めると、他の子どもたちもあれやこれやとしゃべりだした。

 

「くすんくすん……虫を探すって言ってたの。きもちわるい虫って」

「なんかさあ、風が強かった!」

「虫ってたべれるんだってえ」

「わんちゃんについた虫をとってくれたの。にがすっていってた」

「海の虫だって言ってたよ」

 

 

 大半がその日の出来事を羅列しただけのものだったが、中にはいくつかに気になる話があった。

 

「よーし! 分かった! じゃあ僕は皆の話を思い出しながら探すとしよう! いいかい、他にも何か思い出したり知っていたりしたら、ルールーかワッカに伝えてくれ。二人にだけ教えた秘密の魔法があるんだ! どこにいても僕にメッセージを送れるのさ!」

 

 

「「「「「 そうなの?! 」」」」」

 

 子どもたちはキラキラした目でルールーを見る。

 

「……………………え、ええ、そうよ」

 

 ルールーの中で小さな葛藤があったようだが、すぐにはやての話に合わせた。あとで抗議してやろうと思いつつ。

 

「よし! じゃあ皆は他に思い出せることが無いか今日一日の事を思い出しててくれ!」

 

「「「「「 わかった! 」」」」」

 

 はやては子どもたちを明るい所に誘導するとルールーの下に戻る。

 

「驚いた。子どもの扱いが上手じゃない。私のほうがあの子たちを長く知ってるのに」

 

 そこはかとなく棘のある言い方だ。だがはやてはにこりと笑って受け流す。

 

「子どもたちの前で先生のまねごとをしたことがあるんだ。コツは仮面を被って道化(ピエロ)になることだよ」

 

「……そう、私にはできそうにないわね」

 

 あれほどまでに自分の周りの空気を変えられるとは思えない。子どもたちの不安を吹き飛ばそうと「全く異なる何者か」を演じるはやては、まさしく道化のそれだ。そして恐ろしいまでに自然な振る舞いに見えた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まあこんなものは慣れだよ慣れ。それよりも……」

 

「ええ、子どもたちの情報をもとに捜索範囲を絞りましょう。今キマリが山の方を探してくれてる。あなたは海沿いで探してくれるかしら」

 

「うん、了解。何か見つけ次第空に魔法を撃って合図を送るよ」

 

「……無事だといいけど」

 

「きっと無事さ。虫好きな女の子なんだ、なかなかたくましい子だよ」

 

「そうね。きっとそう」

 

 はやてとルールーは焚火の下へと急ぎ、村民達と情報共有を行う。山の方は危険が多いが、海側であれば比較的安全に捜索が行えるという事から、多少腕に覚えのある者を連れて、はやては海岸に向かうことになった。

 

 さっそく移動を開始しようとするはやて達の前に小さな影が転がり込む。

 見ると、息を切らしたユウナが立ちふさがっていた。

 

「はあ、はあ、ま、待ってください! あの! 私も連れて行ってください!」

 

 ユウナの手には白魔導士用のスタッフが握られていた。居ても立っても居られない、といった様子だ。村民達はユウナを止めようとしているが、ユウナの表情は固い。決意に満ちた顔をしている。

 

「村の子どもが危険に晒されているかもしれない時に、何もしないのは嫌なんです! 私も一緒に探させてください!」

 

「だ、だがなあユウナちゃん、ユウナちゃんに何かあっちゃあ……」

「そ、そうそう。ここは俺たちに任せてだな」

「ほら、村の子どもの世話をしていてくれたら」

 

 

 

 

「いずれ召喚士として旅に出る私が、ここで何もしないわけにはいかないんです!! どうか、連れて行ってください!!!」

 

 

 

「…………はやて、連れてってやっちゃあくれねえか」

 

 叫ぶユウナに村民達がたじろいでいるとワッカがユウナの背中を押す。

 

「この子の覚悟を無駄にしちゃあいかんだろ? なあ?」

 

「ワッカさん……」

 

 ユウナは驚いた顔でワッカを見る。ユウナにとって、彼はどちらかというと過保護な人なのだ。ユウナの安全を常に考えており、ユウナが外出する際はキマリを始めとした警護を数人つけるほど。今回も、キマリを捜索に行かせ、ユウナは村に残っているようルールーに進言していた。そんな普段であればまず賛同しないはずのワッカが、どういうわけかユウナの肩を持っている。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。なら、オレらがすべきことはその道をふさぐことじゃねえ。その道を信じることだろ。ビサイド村の俺たちがユウナを信じねえでどーするよ」

 

 ワッカの言葉に、村民達は口をつぐんだ。そうだ、もう守られるだけの少女じゃないのだ。

 村民達はユウナの目を見る。その決意に満ちた表情に、彼らはいつかの大召喚士ブラスカの面影を見た。

 

「はやて、私からもお願い。私は連絡要員としてここに残るわ。ワッカを連れて行っていいから、この子をお願いしてもいいかしら」

 

 ルールーがユウナに寄り添い、優しく頭をなでる。

 

「……もう、なにを言ったって行くんでしょ?」

 

「うん。やっぱり、ほっておけないよ」

 

「そうね、召喚士を目指すんだから、これくらいはやってみせないと、ね?」

 

「うん!」

 

「なら、ちゃんとワッカとはやての言うことを聞くこと。この二人は、今この時、あなたのガードをしてくれる。この人達から遠く離れちゃだめよ。約束できる?」

 

「はい、約束します」

 

「いい子ね」

 

 どうやら話はついたようだ。はやてとしても、周りが止めないのであれば問題は無い。元々海岸までのルートと海岸周辺は人通りが多いこともあって特に念入りに魔物を討伐している。ユウナ一人に行かせるというのであれば話が変わってくるが、今ははやてとワッカを先頭に多くの戦闘経験者もいる。危険が少ない今ならば、ユウナの想いを尊重してあげることがユウナの為にもなるだろうとはやては考えた。

 

 ふと、ユウナが握る杖に目が向いた。かすかに震えている。

 

(……強い子だよ、本当。怖くないんじゃない、怖くても誰かを守るために立ち上がる。まさに物語のヒーロー……いや、ヒロインといったところか)

 

 ユウナは、はやてに無い輝きを持っていた。

 偽善的ではない、本当に誰かを想って行動できるその精神性の美しさと気高さは、嘘にまみれたはやてには輝いて見えた。

 

 

 自分も昔は誰かの為に行動していた。

 兄として見本となれるよう、善を成そうとしていた。

 助けるふりをするだけの大人を悪く思っていた。

 

 

 いつからだろうか。

 

 

 打算を覚え、

 善が偽善に変わり、

 それを良しとするようになったのは。

 

 自分は大人になったのだ。

 そう(うそぶ)くようになったのは。

 

 はやてはユウナの側に寄り、ぽふりと頭を撫でた。ユウナは自然とはやてを見上げる形になる。

 ユウナを見やるその目は、光を吸い込むような黒色で、

 だけど優しい色を帯びていて、

 けれど冷たい何かを感じる。

 

 見つめていたら、引き込まれてしまいそうだった。

 

「ユウナちゃん、一緒に頑張ろうね」

 

「……あ、はい! はやてさん、よろしくお願いします!」

 

「うん」

 

 ぼーっとしていた自分を奮い立たせるように、むんっと意気込むユウナだが、その頭をなでる手は止まらない。

 

 

 

 なで、なで。

 

 

 なでりこ。

 

 

 

「あの、はやてさん……?」

 

 

 

 なでりなでり。

 

 

 

 そしてユウナの頭をなでていた手は、

 

 

 

 滑るようにユウナの頬に触れ——

 

 

 

 

 

 

 

「僕が絶対に守る。傷一つさえ、付けさせない」

 

 

 

 

 

 

 

 蠱惑的な光をたたえる三日月の下、

 はやては綺麗な宝物を愛でるように、ユウナを見つめてそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———きゅうっ、とユウナの胸が悲鳴を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喉の奥がひくつき、ひどく熱い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はやての瞳に吸い寄せられて、

 

 

 

 

 

 

 

 

目が、離れない――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとはやて、いつまでそうしてるの」

 

 

 

 ルールーの嫌に明瞭な声がユウナの意識を引き戻す。

 はっ、と我に返ったユウナは弾けるようにはやてから離れ、胸に手を当てて俯く。

 

「あ、ごめんごめん。あんまりユウナちゃんが健気だったもんで、つい……、どうしたんだいワッカ、変な顔して」

 

「お、おう、いや、なんか、いや、な?」

 

「うん?」

 

「ああいや、何でもないんだが……、あんまりユウナをいじめるなよ……?」

 

「え、ええ……? なにを言って……?」

 

 ガードとしてユウナを絶対に守ろうと意気込んだだけで、ユウナをいじめる気などこれっぽちもないのだが……とはやては困惑する。村民たちもどこか微妙な視線を送ってくる。

 

 ルールーは、俯いて何かに困惑しながら浅く息を吐くユウナに近づくが、目の前にルールーが立っていることに気づいていないユウナの様子に「しまった……」と小さく呟いてため息をつき、頭を振る。

 

「ほら、シャンっとなさい! 何ぼーっとしてるの?!」

 

 ユウナの顔の前でパチンと両手を叩いて見せると、ユウナはひゃあっと声を上げ、ようやくルールーに気が付き、見上げる。あ……、と声にならない声を上げると、何かを振り払うようにプルプルと頭を振る。

 

「す、すみません! ぼーっとして! 捜索に行きましょう!!」

 

 大きく声を張り上げたユウナははやて達を待たずにずんずんと先に行ってしまう。

 

「おいおいユウナ! オレ達を置いてっちゃだめだろー?!」

 

 ワッカたちは慌ててユウナを追いかける。どこか逃げる様子のユウナだが、おそらく急いでいるのだろう。残されたはやてが自分も追いかけようとしたところで、ルールーに引き留められた。

 

「はやて、あんまりあの子をからかわないで。……いえ、からかったつもりじゃないのは何となくわかるけど、あの子、あまり刺激に強くないのよ。自重してくれるかしら」

 

 ルールーの言葉に一瞬きょとんとしたはやてだったが、何か思い当たったのか、あー……、と気まずそうに頭を掻く。

 

「いや、全然そんなつもりは……。ごめん、ユウナちゃんがあんまりいい子で眩しかったから……。というかセクハラだよね。何やってんだか。ごめん、以後気を付けるよ」

 

「ええ、そうしてちょうだい。あなたを燃やさないで済むならそれに越したことはないもの」

 

「いや仰る通りで」

 

 他にも小言をいくつか伝え、ひとしきり謝ったはやてはワッカたちを追いかけて走り出していった。はやてを見送ると、ルールーはまたしてもため息をついてしまう。

 今日だけで一体何回ため息をついただろうか。

 

 ルールーはユウナの表情を思い出す。

 胸中にあふれ出した「何か」に狼狽え、驚き、困惑していたかわいい妹。

 ぱちりと正気に返らせた時に見えた、熟れたりんごよりも赤い顔。首どころか鎖骨辺りまで朱に染まってしまっていた。

 

 ユウナの、見たことの無い反応。

 だが、ルールーはその反応をよ~~く知っていた(覚えていた)

 

 嫌な予感がする。

 ああ、本当に嫌な予感が……。

 

 迷子になった子どもが二人に増えたような気がして、ルールーは肩がどっと重たくなったように感じた。

 

 




教師は五者たれ、なんて言葉があります。
五者とは、学者、役者、易者、芸者、医者を意味し、教師はその五者であることが大切だという意味ですね。はやて君は無理だろと思いつつも、五者を理想としています。


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ビサイド村⑨

大変お待たせしました。
また引き続き時間を見ながら執筆していきます。


 

「うし、捜索する前に打ち合わせすっか」

 

ワッカははやてとユウナ、村民たちを集める。

 

「山の上や崖はキマリと討伐隊の奴らで探してくれてる。オレらはここ、海岸を中心に探す。海の方はビサイドオーラカのメンツで担当してっから、海岸沿いに捜索の手を広げてくれ!」

 

うっす、と村人たちが答え、いくつかの確認を行った後すぐに捜索を始めた。

 

「ユウナはオレとはやての三人で動いてくれ。ただ、オレは全体の指揮のためにちょくちょく抜ける。そんときはユウナ、絶対にはやてのそばから離れんなよ。はやてのおかげで魔物の数こそ少ねーけどよ、まだ召喚士になる前に怪我でもしちゃあ大変だろ?」

 

「はい!」

 

ユウナはワッカの言葉にしっかりと頷いてみせる。

 

「はやて、お前さんの戦闘力についてはチャップからよーく聞いてる。普段の魔物討伐についてもな。オレより全然つえーんだろ。ユウナのこと、頼むぜ」

 

「もちろん。絶対に傷つけさせないよ」

 

はやても緩く微笑んで肯定して見せる。ユウナがちらちらとはやての顔を見ているがワッカは気づかないフリをした。それよりも、気になることがあった。

 

「あー……、で、よぉ。ユウナ、そいつは一体なんだ……?」

 

ワッカはユウナが両手に抱える謎の生き物を指差す。

ユウナは見たことのない生き物を抱えていた。4足歩行のソレは小型犬ほどの大きさで、長い耳はザナルカンド付近で確認されている「サル」のよう。だがワッカが知るサルとは違い、ユウナが抱えているものはエメラルド色で、淡く発光しながらキラキラと輝いている。額には真紅色の模様がついていて、魔物のような攻撃性は無く、むしろ愛くるしさが前面に押し出されている。されるがままにユウナに抱かれているソレについて、ユウナではなく、はやてが気まずそうに説明した。

 

「あー……、僕が呼んだ()()()のようなものだね。カーバンクルっていう生き物だよ。この子にも手伝ってもらえるかと思って呼んだんだけど」

 

そう言ってユウナが抱えるカーバンクルを撫でようとするが、カーバンクルははやてが伸ばす手に、顔を逸らす。どうやら拒否されているようだった。

 

「なーんでか、嫌われてるみたいでね……。僕の言うことを聞いてくれないし、帰そうと思ったんだけど、捕まえようとすると逃げるから困ってて」

 

あはは、と気まずそうに笑うはやてに、ワッカが呆れてみせた。

 

「おいおい、手なずけられてねーのか。こんな時だしよ、邪魔になるんじゃねーか?」

 

カーバンクルがきゅう!と鳴いた。ワッカの言葉に「そんなことない!」と返答しているようだ。

 

「いっその事強制的に帰そうと思ったんだけどね……」

 

「だ、ダメです! この子を帰したら、この子、消えてしまいます!」

 

ユウナが声を上げ、庇うようにカーバンクルを抱き込む。カーバンクルはユウナの袖に顔をうずめ、耳もペタリと閉じる。目に見えて震えあがり、怖がっているカーバンクルは強制的に帰還させられたくないようだ。

 

「消えるって、その子がそう言ってたの? 僕がその子を呼んだように、単純に帰すだけなんだけど……?」

 

「そ、その、何となく……なんですけど。この子の考えていることが伝わってきて。帰るのではなく、消えてしまうみたいです」

 

ユウナの言葉に、そんなはずはないと首をかしげる。

はやてが呼び出したのはFF14に登場する「カーバンクル」だ。FF14の巴術士というクラスが召喚できる「ペット」であり、ゲームでは主人公の側で戦闘に参加する。はやては巴術士のクラスで遊んだことはないが、他のプレイヤーやゲームのキャラクターに使役されているシーンを見たことがあった。そこでの「カーバンクル」達は主人たちに従順で、素直に攻撃に参加したり帰還したりしていたのだが、何故かはやてが呼び出したカーバンクルは言うことを聞かず、帰還をひどく嫌がる。

 

もしかしてFF14の巴術士たちはカーバンクルを召喚するたびに帰還という形で消滅させていたのかと思ったはやてだが、そういえばと、FF14の物語で登場するとあるキャラクターを思い出した。彼女は仲間の力になるため巴術士となり、カーバンクルを使役しようと奮闘するのだが、適性がないという理由でカーバンクルを上手く手懐けられていなかった。召喚してもどこかへ行ってしまうし、戦いの場においては逃げ出してしまってまるで役に立たない。

 

とあるイベント戦では、戦いの最中にカーバンクルが逃げ出したせいで丸腰になったそのキャラクターがボスに狙われ、助けを求めて主人公の下に駆け寄ろうとする時がある。しかしこのキャラクターに降り注ごうとしている攻撃は主人公のHPを一気に0にする威力を持っている——主人公の「クラス」によって何とか耐えきることもできるが、大抵は死ぬ羽目になる——ため、主人公はこのキャラクターから必死に逃げなければならない。「どうして逃げるのでっす?!」などと喚きながら主人公に近づき、運悪く攻撃に巻き込まれて床を舐めた(死んでしまった)ヒカセン(プレイヤー)は少なくない。

 

はやては、カーバンクルがはやての言う事を聞かないのも、自身に巴術士としての適性や資質がないからかもしれないと予想する。少なくともFF14では巴術士のクラスについていなかった。FF14の生き物を召喚した以上、多少はFF14の制約を受けるのかもしれないと考えた。

 

そういうことであれば、おそらくユウナには巴術士としての適性があるのでは、とはやては推測する。現在のユウナは寺院に認められた召喚士ではないものの、その卵とされる従召喚士である。また、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

つまり、巴術士も召喚士の卵なのだ。

 

実際カーバンクルにとって、はやてよりもユウナの方が何倍も、何十倍も魅力的に見えた。召喚獣たる自分を、本来踏むべき手順や法則のなにもかもを無視して異世界に強制召喚したかと思えば、極めて軽い気持ちで完全消滅しようとしてくる輩より、ユウナの側にいる方がよっぽど心休まるというもの。むしろユウナが主人であってほしかったと切に願うほどだった。

 

(原作のユウナは最終的にすべての召喚獣を召喚できる熟練の召喚士になることを鑑みると、カーバンクルが僕ではなくユウナに懐くのも無理はないかもしれないな。伊達にヒロインをしているわけじゃなさそうだ。……さすが、というべきかな)

 

感心したように一つ頷いたはやては、続けて口を開いた。

 

「うーん、まあユウナちゃんのいう事をきちんと聞くなら良いか。あくまでもペットだし。カーバンクル、彼女のいう事をよく聞いて、彼女をしっかり守れる?」

 

はやてがカーバンクルに問うと、カーバンクルはユウナの腕から飛び降り、地面に着地すると、顔を上げて力強く「きゅい!」とひと鳴きして見せ、耳を大きく振る。そのつぶらな瞳には強い意志が見て取れた。

 

「よし。じゃあユウナちゃん、悪いんだけどこの子を君の側に置いてもらってもいいかな? きっとユウナちゃんの力になると思う。この子もすごく乗り気みたいだし、どうだろう?」

 

「……え? で、でも」

 

ユウナは驚いてカーバンクルを見た。

ちょこんと地面にお座りしているカーバンクル。どこか期待しているような表情だ。

自分の下に来てくれる、という事は素直に嬉しいと思うユウナ。抱えていると不思議と力が湧いてくるし、何よりとても可愛らしい。嫌という事は全くないが……本当に良いのだろうか? という思いがユウナを迷わせた。

 

きゅいきゅいとカーバンクルが鳴く。

仲間にして! 力になるよ!

ユウナには、カーバンクルの想いが手に取るように分かった。

 

それでもユウナが迷っていると、カーバンクルがユウナの胸に飛び込む。わぁっ、とユウナが反射的に抱えてしまうと、カーバンクルは心底嬉しそうにユウナの顔にすりついてみせた。

 

(か、かわいい……っ!)

 

ユウナが指で頭をなでると、気持ちよさそうに目を細めた。

 

「まあ、無理にとは言わないよ。ユウナちゃんの見てないところで帰せばいいだけだし……」

 

とんでもない台詞がはやての口から飛び出す。カーバンクルはきゅいっ?!とたまらず悲鳴を上げ、ユウナはカーバンクルを背に隠す。

 

「だ、ダメですっ! 分かりました! 私と一緒に来てもらいますから!」

 

きゅいぃ~、とカーバンクルが感動したような声を上げ、よしよし、大丈夫だからねと勇気づけるユウナ。してやったりと言わんばかりの顔で一人と一匹を見つめるはやてに、ワッカが心配そうに話しかける。

 

「お、おい。マジで大丈夫か? 危険はねぇんだろうけどよ」

 

「ユウナを主人と認めた以上、少なくともカーバンクルがユウナを傷つけることは絶対ないよ。人の言葉を理解するくらいには知能は高いし、元々主人には忠実なんだ。むしろ普通の小動物の方が危険性は高いくらいだよ」

 

「そうか。まあ、ユウナが良いならいいけどよ」

 

「それに何か問題を起こそうとするなら僕が強制的に帰すからね。カーバンクルがそれだけは嫌だという以上、僕自身が一つの抑止力にもなると思う」

 

僕、ペットのしつけはしっかりする方なんだ。

そうにっこり笑うはやてにワッカは「お、おう」と返すしかできなかった。はやての言葉を拾ったのか視界の端で震えるカーバンクルが心なしか涙目になっている。

 

「はやてさん! カー君をいじめちゃダメです!」

 

「カー君? その子の名前?」

 

「かぁばんくる? という生き物とおっしゃってたので、カー君です。変、でしょうか? この子は喜んでくれたんですけど……」

 

「……いや、いい名前だと思うよ。むしろ、()()()()()()()()()()()()。いい名前をもらったじゃないか、カー君。しっかり頑張ってくれよ」

 

すこし怯えているようだが、きゅい~と健気に返事をして見せた。ユウナも頑張ろうね!と声をかけている。意気投合しているコンビを見たワッカも、これなら大丈夫そうだと安心し、早速捜索を始めることにした。

 

「うっし、じゃあすぐに捜索を始めっか。ユウナ達、ぶっつけ本番になるが、迷子捜索の為にしっかり協力し合ってくれ!」

 

「はい!」

「きゅっ!」

 

ユウナとカーバンクルのカー君。

1人と1匹のコンビネーションが今、試される。

 

 

 

 

 

 

 

先の打ち合わせ通り、はやてとユウナは迷子の捜索を行っていた。現在ワッカは海の方で捜索を続けているビサイドオーラカのチームメイトのところに向かっている。

 

はやてが先を歩き、4,5歩遅れた位置でユウナが追従し、カーバンクルはユウナの側をトコトコとついてきている。

 

「なんでもいい、もし何かに気が付いたら僕に教えてね」

 

「はい」

 

「捜索活動では僕ら人間には無い感覚で探すことも大切になってくる。カー君、お前にかかってるぞ。頼りにしてる」

 

「きゅい!きゅいきゅい!」

 

はやてがカーバンクルに声をかけると、カーバンクルも張り切っているのかあちこちに視線を飛ばしたり鼻をひくひくと動かして何か嗅ぎ分けようとしている。ユウナは迷子の名前を呼び、はやては何か痕跡がないか周囲に注意を巡らせながら、捜索に使えそうなスキルや魔法がないか必死に思い出していた。

 

(僕が把握している魔法やスキルの大半は攻撃系だ。捜索・探索に向いてるものはなかったかな)

 

ユウナ達の安全の確保に関しては問題ないが、はやてが使える魔法やスキルのほとんどは戦闘系に分類されるため、今回のように戦闘以外の用途で魔法・スキルを用いる際は「攻撃・防御・回復魔法を工夫した使い方」が前提になる。

 

解決策を考えつつ、些細な痕跡を見逃さないよう周囲に目を配らせることも忘れない。

迷子の捜索は思っていた以上に難しいと、はやては感じていた。

 

(だからこそ召喚獣に活躍してもらいたかったんだけど、安易な召喚魔法は怖いな。今回はよかったけれど、もし大型で気性の荒い召喚獣が僕の言うことを聞かなかったらただでは済まない。良くも悪くも、今回のカーバンクル召喚で召喚獣にも自由意志があることが把握できた。召喚魔法はできるだけ避ける方向にしよう)

 

ため息を吐きそうになり、なんとか抑える。

子どもの前では弱気なところを見せないようにする。大人であることを自覚する、はやての小さな意地だった。

 

 

 

「……きゅ?」

 

 

 

浜辺に沿って捜索していたはやて達は小さな桟橋に気が付いた。同時に、カーバンクルが何かを見つけたかのように耳を立てて立ち上がり、鼻をひくひくさせると、小走りで桟橋に向かう。

 

「あ、カー君! どこ行くの?」

 

辺りは暗いが淡く発光しているカーバンクルを追いかけることは容易い。ユウナはカーバンクルを追いかけ、桟橋の先で追いつくと、カーバンクルは落ちていた魚に興味を持ったのか、前足でつついていた。桟橋に落ちてしばらく経っているようで、小さな虫がたかっている。

 

「もうっ! ダメだよカー君! 今は迷子の子を探そうね!」

 

ユウナがカーバンクルを抱え上げると、桟橋の一部が欠落していることに気が付いた。いくつかの木片が波に揺れている。

 

「?」

 

そういえば、と見渡してみると、あるはずの漁船が見当たらない。ユウナ達がいる桟橋には一つだけ漁船が泊まっていたはずだ。別のところに収めたのだろうか? とユウナは考えたが、もともとこの桟橋が1つの漁船を泊めるために急ごしらえに作られたところを見ていたので、それは無いだろうと思いなおした。

 

「どう? なにか手がかりはあったかな?」

 

後からはやてが合流する。落ちていた魚と群がる虫にちらと目を向けるが、すぐにユウナに視線を戻した。

 

「え、ええと」

 

ユウナは先ほど気が付いたことをはやてに伝えるべきか迷った。余計なことを言って捜索の輪を乱したくない。だが、何かに繋がるかもしれない。

 

「きゅう!」

 

迷うユウナの背を押すように、胸の中でカーバンクルが鳴いた。カーバンクルからは大丈夫!と励ますような暖かい気持ちが流れ込んでくる。

 

(そっか。そうだよね。あの子を助けるためなら、迷ってる場合じゃないんだよね)

 

ユウナは、ありがとうというように優しく抱きしめ、それから先ほど気づいたことをはやてに伝えた。

 

ユウナから話を聞いたはやては少し考え込み、波に揺れていた木材を取り上げて確認する。明らかに腐っているようで、ほんの少し力を入れるだけでボロボロと崩れ落ちてしまった。

 

腰を下げて桟橋をよく観察すると、建築材として使われている木材の一部からアリのような虫が這い出て、落ちていた魚に向かって列をなしているのを発見する。桟橋の一部が虫食いや虫の住処になっているせいでかなり脆くなっていたのだ。はやては魚を砂浜に蹴り飛ばし、ファイアで燃やし尽くすとユウナに問い掛けた。

 

「……漁師の皆は船を出してないよね?」

 

「はい、こういうときですし、今夜は漁に出ないと言っていました」

 

「僕の記憶が正しかったら、漁師たちが海に出たのって今日の明朝で、お昼過ぎには帰ってきてたけどあってるかな?」

 

「はい。そうだと思います。漁で怪我をされた方の治療にあたっていたので」

 

ユウナがそう答えた瞬間、はやてはワッカたちが泳いでいる辺りの上空にファイラを放つ。

 

「えっ?! はやてさん?!」

 

上空に鳴り響いた小さな爆発音にワッカたちも驚いた様子だったが、はやてが自分の真上にもファイラを放つと、全員が慌てたように桟橋に向かってきた。

 

「皆に伝えたほうがいいことがあるみたいだ。ユウナ、カー君、もしかしたら迷子の行方に見当が付けられそうだよ」

 

お手柄じゃないか、そういってユウナとカーバンクルの頭を撫でるはやては心底嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「いいコンビだね。ユウナちゃん、その調子でカー君と仲良くなってね。カー君、君はユウナちゃんをしっかり支えるんだ。それは、きっと君にとっても必要な事だと思う」

 

はやてはそう言うと、間もなく合流してくるワッカたちに向き直った。

 

はやての背中で、すましたような顔でそっぽを向くカーバンクルだが、褒められたことはまんざらでもないのか、その尻尾は誇らしそうにふりふりと揺れている。

 

ユウナはカーバンクルを今一度ぎゅっと抱きしめ、カーバンクルもそれに応えるように小さく鳴く。ユウナの胸に広がるのは、はやての力になれた安堵感。

 

そして、胸を焼くような多幸感だった。

 

以前から、はやての力になれることはユウナにとって嬉しいことだった。一人の人間として、誰かの役に立てている。そう実感できるからだ。

 

だけど、今ユウナが感じている、いっそ苦しいようなこの溢れる幸福感は感じたことが無かった。

もっと褒めてほしい。もっと撫でてほしい。もっと認めてほしい。

そんな風にわがままに、はやてに求めてしまいそうになるこの気持ちを、持ったことが無かった。

 

はやての背中が目の前にある。無防備な背中だ。

ぼう、とはやての背中を見つめる主人を不思議そうに見つめるカーバンクルだったが、何を思ったのかユウナの胸から飛び降り、少し離れると、極限まで威力を抑えた【吹き飛ばし】を発動する。ユウナの背中でぽんっと空気がはじけ、小さな衝撃がその背中を襲い、ユウナは前に押し出されてしまった。

 

「きゃっ!」

 

「うん?……って、おっとっと。あれ、ユウナちゃんどしたの? 大丈夫?」

 

音に反応して振り返ったはやてに、ユウナは飛び込んでしまう。はやては咄嗟に受け止めようと、ユウナを正面から抱きしめた。

 

「~~~っ⁉⁉」

 

突然の出来事に頭がフリーズするユウナ。そこに、さらにはやてが追い打ちをかける。

 

「どうしたの? 何かあった?」

 

はやての目にはユウナが自分に飛び込んできた、あるいは倒れ込んできたように見えた。咄嗟に抱きとめ、声をかけるもユウナに反応がない。少し疲れたのだろうかと心配したはやては、ユウナの額に手を当てる。少し体温が高いと感じた。もしや風邪では、と考えたはやては、ユウナの脈拍を取ろうと首下に指を添える。

 

 

「————ぁ」

 

 

甘い痺れがユウナの体に走る。ふる、とわずかに体を震わし、無意識に小さな息が漏れた。

 

 

脈拍を取る間のわずかな沈黙の中で、はやての少し心配したような顔が近づいた。

綺麗な漆黒の瞳だ。また、惹き寄せられる。

 

はやての唇が動いた。目が離せない。

 

 

 

「ユウナちゃん?」

 

 

 

 

 

ユウナは、

 

 

 

 

 

 

「おーーい! はやて! どうした! 何か見つかっ………何やってんだオマエら」

 

駆けつけてきたワッカが唖然とした様子で二人に声を開ける。ワッカについてきた者たちも驚いたような目で、抱き合うはやてとユウナを見ている。

 

「うん、ユウナちゃんの体調が悪いかもしれない。急に倒れたから支えたんだ。ちょっと熱もあるみたい」

 

「んな?! おいユウナ! 風邪ひいてんのか?! それなら無理せずルーと一緒にいろ!」

 

はやての真面目な声色と、抱きとめられたように見えるユウナの様子に慌てるワッカ。

思い返せば、今日のユウナはお勤めに修行、漁師たちへの治療と何かと忙しい1日だった。体調を悪くしていても不思議ではない。ユウナの下に駆け寄るワッカだが、ユウナは俊敏な動きではやてから離れたかと思うと、

 

「ご、ご、ご、ごめんなさいっ!!」

 

慌てて頭を下げ、ユウナの後ろでお座りしていたカーバンクルを抱え上げると、その背に顔をうずめて沈黙してしまった。

 

「ユ、ユウナ……?」

 

カーバンクルで顔を隠しているらしい。微動だにしない。

 

「お、お~い」とワッカが恐る恐る声をかけるが反応がない。

 

やがて、はやてが諭すように声をかけた。

 

「ユウナちゃん、体調が悪いならあとはルールーの下に行こう。何もするなとは言わないけど、無理に動いて体調を悪化させたらいけないよ。ねえ、ワッカ」

 

「お、おぉ。はやての言うとーりだ。頼むから無理すんな」

 

他の皆も賛同するように言う。

言葉は聞こえているようで、ユウナは弾かれるように顔をあげた。

 

「だ、大丈夫です! ごめんなさい! そ、その、ちょっと躓いただけです! 体調は悪くありませんから、ご一緒させてください!!」

 

そう言い切ると、自分にたくさんの目が向いていることに気が付き、またカーバンクルに顔をうずめてしまう。ユウナはそのまま、もごもごとしゃべり始めた。

 

「ふぉの、こふぉもみふぁいに、ふぉふぇたのふぇ……」

 

子どもみたいにこけたことが恥ずかしいらしい。

なんだ、そういうことかと安心するはやてとワッカたち。「無理だけはするなよ」と釘を刺したところで、はやてはワッカたちにユウナ達が見つけたことと、自身の考えを述べ始めた。

 

 

 

 

 

「もう、なにするの……」

「きゅきゅきゅきゅ!」

「嬉しそうにしてないもん……いじわる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈 リュックの様子はどうだ? 〉

 

〈 いつも通り、部屋に籠ってるわ 〉

 

〈 そうか…… 〉

 

アニキのチームはビーカネル島に存在するアルベド族のホームに滞在し、アニキは1人、医務室でリュックのカウンセラーと話をしていた。

本来であれば今もサルベージ船で調査を進めている所だが、探索した遺跡の詳細データの報告と共有を命じられ、また、多くのアルベド族たちが参加するジョゼ海岸防衛作戦についての詳細を聞くために帰還していた。

 

そして何よりも、少しの休養のためだった。

 

はやてが死んだという結論が下されてから、リュックは部屋に引きこもるようになった。最初の数日は食事もろくに取らず、眠ってばかりいた。

 

ねてるときははやてと会えるから。

 

リュックはカウンセラーにぽつりと溢したらしい。

わずかに回復しつつある現在も、義務的に食事をとるかベッドで眠るかの生活を送っている。

 

< ……リュック >

 

リュックは、はやてが使っていた毛布に包まるようにして眠る。

それは1秒たりともはやての事を忘れないよう、はやての事だけを考えていられるよう、足掻いているようにアニキには見えた。

 

< 眠ることは悪いことじゃないの。精神的な負荷があまりに強い時は、薬を飲んででも眠るほうが良い。そういう意味ではリュックちゃんの今の状態は回復に向かっていると言ってもいいと思うわ。ただ、チームに復帰して戦闘に参加するのは……もうあきらめたほうが良いわね。少なくとも5年以上は日常生活を送れるようにするために努力する必要がある。今のままだと、ナイフを渡した瞬間に自傷してしまうかもしれないもの >

 

< そうか…… >

 

< まずは生活を送れるようにすること。それまでは無理はさせないで。特に今はかなり繊細な状況よ。絶対に刺激しないで。 >

 

< 分かった。ありがとう。引き続き、リュックの事を頼む。 >

 

< ええ、あなたも無理はしないで。しばらく寝れてないんでしょう? >

 

< ハヤテの事だけじゃない。例の防衛作戦に参加するというやつらが多くてな。俺のチームは引き続きあの船の探索を行うが、防衛作戦に参加したがっている仲間たちは大陸中にいる。オヤジも協力するつもりらしいし、今はあちこちに散らばっている仲間たちを集めてるところだ。 >

 

アニキとリュックの父親、シドはアルベド族からは「オヤジ」と呼ばれて親しまれている。シドは全アルベド族たちの実質的なボスで、アニキたちが進める探索調査も、エボン教との共同戦線を張るジョゼ海岸防衛作戦も、ほぼすべての活動の管轄をしている。

 

無論リュックの現状も把握しており、アニキたちに報告命令と称してホームに帰還させたのもシドだった。

 

< 俺たちはしばらくここに滞在する。物資の補給が完了し、防衛作戦関連の仕事が終わればまた探索調査に戻る予定だ。……それまでにリュックは、>

 

< 無理だと思った方がいいわ。いつまでホームにいられるのかは分からないけど、1年単位ではないでしょう? あの子は今、自分で自分をコントロールできないの。突発的に船から飛び降りたら? 無理やり戦闘に参加して大けがを負ったら? そういうレベルなのよ、あの子は。身の安全を考えるとここのホームで隔離している方が絶対に良い。 >

 

< ………そう、だな。そうだ。そのほうが良い。リュックが回復してくれることが、1番だ。 >

 

アニキは胸に渦巻く様々な感情を飲みこんだ。わがままを言えば、一緒に探索調査をしてほしい。サルベージ船にいるだけでいいから、船の中で元気にしていてほしい。

小さい頃からいつも一緒だったのだ。こんな形でリュックを1人置いていくのはあまりにも心苦しい。

 

だが、アニキはリーダーだった。

アニキは全アルベド族のため行動する必要がある。ここで足を止めることはできないのだ。

 

< あの子が歩き出すまでは待つしかない。それは今じゃないというだけよ。今はまだ、歩けないの >

 

 

そう、ハヤテが生き返りでもしないかぎりはね。

カウンセラーがつぶやいた言葉は、医務室に寂しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アニキは膝に力を入れて立ち上がる。無理やりにでも足を動かすといった様子だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

< 今から向こうの討伐隊と現地の仲間がミーティングを開くらしい。通信機を持った仲間がいるからな。聞くだけになるが、会議に参加してくる >

 



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ビサイド村⑩

ごめんなさいいいいいいい!
急病で入院しておりました。。。
傷病手当金を片手に書き上げました、
楽しみに待っててくださった方、大変失礼いたしました。



はやてがワッカたちに尋ねたのは、桟橋に泊めていた漁船の行方だった。ワッカがビサイドオーラカの一員に指示を飛ばして村の漁師を呼び寄せ、話を聞いたところ、今日の昼過ぎに漁から帰ってきた時は確かにあの桟橋に船を泊めたという。船と桟橋をつなぐ麻縄はかなり頑丈に作られているため、それ自身がちぎれてしまう事はないと漁師は断言した。

 

話し合った結果、桟橋付近にも麻縄やその一部が落ちていなかったことから、漁船を繋いでいた桟橋の一部が腐敗して崩れ落ち、それによって船は波に流されたとの結論に至った。桟橋の木板の隙間からは大量の虫たちが這い出ていて、落ちている魚に群がったり、腐りかけた木板をかじったりしていた。ワッカのようにガタイのいい成人男性なら、踏み抜いてしまう危険性もあるだろう。

 

遠目で見るかぎりしっかりしている桟橋だったが、その実いつ崩壊してもおかしくない状態だったのだ。

 

はやては子どもたちの話を思い出す。子どもたちは迷子の子が虫を探しに海に向かったと言っていた。海で虫を探すのならば、海岸沿いの岩陰か付近の林を探すだろう。しかし、子どもはいつだって好奇心旺盛だ。普段見ないところに虫がたくさんいれば、そちらに注目してしまうことは想像に難くない。

 

「くそ、子供のいたずら防止にオールは外してある。潮の流れは沖の方に向かってっから、そこまで流されているかもしれねえ!!」

 

漁師が焦った声色で捲し立てた。

迷子の子は少し向こう見ずで、熱中すると周りが見えなくなるという一面があった。冒険心が彼女の心をくすぐったのなら、遊びか何かで漁船に乗り込み、捕まえた虫に夢中になって船が緩やかに沖に流されていることに気づかなかった可能性が十分にある。

 

ワッカが落ち着かせるように漁師の肩を叩く。

 

「ばか、慌てんじゃねえ。ユウナが見てんだろ。すぐに漁に出た奴らを呼んで、それから海図を持ってきてくれ。オレらビサイドオーラカと漁師は海での捜索に向かう!」

 

そう指示を出すと漁師は弾かれたように村に走っていった。

 

「ワッカ、単純な疑問なんだけど。ビサイド村の子どもたちは皆驚くほど泳ぎが上手いだろう? 船が流されたのなら、自分で泳いでここまで戻ってこれるんじゃないかな?」

 

はやてがそういうと、ワッカは一瞬「こいつは何を言っているんだ」というようにぽかんとしたが、何か納得したかのような顔をしたかと思うと、はやてに説明し出した。

 

「そうか、お前はこの辺りについてよく知らないんだったな。ビサイド島の海は他の島と比べてかなり穏やかだ。だからこそ、この村の幼い子どもたちは「海の怖さ」ってもんを知らねえ。ここの海岸はビサイド島の中で、唯一、強い離岸流があるとこだ。ビサイド村の子どもたちは泳げるようになったら、まずここで「海の怖さ」を体験させることにしてる。あいつらはいくら言葉で言っても無駄だからな、潮に流される恐怖を心に刻む場所がここっつーわけだ」

 

そういうとビサイドオーラカのメンバーはうなずき合う。ガキの頃はここが怖くて近づかなかったぜ、なんていう者もいた。ビサイド村出身の者にとって一種の通過儀礼のようなものなのだろう。

 

「もちろん、潮に流された時の対処法も教え込んだ」

 

「対処法、というと?」

 

「離岸流に逆らうな。それだけは絶対に守らせるようにしてんだ。真横に泳ぐやり方もあるっちゃあるんだが、子どもの体でそれは難しい。だから流されるだけ流されて、潮の流れが緩やかになったところで、今度は海岸に向かう向岸流に乗って泳いで帰るんだが……」

 

ワッカはユウナに一瞬目を配り、言葉にすべきかどうか悩んだが、首を振って続けた。

 

「子どもじゃパニックになって、向岸流に乗らず、村のある方向に泳ごうとするかもしれねえ。そうなると潮の流れに翻弄されて、最悪……体力がつきて溺れちまう」

 

「そ、そんな!」

 

ワッカの話を静かに聞いていたユウナは、たまらず声をあげた。カーバンクルを強く抱き締めてしまったせいでカーバンクルが「ぎゅえっ?!」と悲鳴を上げるが気づいた様子もない。はやては迷子の子の性格を改めて思い出す。

 

「……あの子は、冷静な判断を下して行動するタイプじゃない。離岸流が弱まったら」

 

「ああ、一目散に海に飛び込んで村に向かうだろーよ」

 

「た、助けにいかないと! どうしよう、どうしよう?!」

 

事態は思っていたよりも深刻だった。仮にその子が海上にいるとすれば、救助は一刻を争う。夜も深まり、周囲は松明がなければ見渡せないほど暗闇に包まれている。今夜の月は三日月で、空の光源は頼りない。更に言えば、海中に潜む魔物も脅威になる。ビサイド村を中心として、島に出没する魔物ははやてがあらかた討伐したが、海の中までは手が及んでいない。魔法はもとより、水中戦のイロハも知らない人間の子供は絶好の獲物になるだろう。ユウナが慌てふためくのも無理はない。しかし、そんなユウナをはやてが穏やかにたしなめた。

 

「ユウナちゃん、深呼吸深呼吸。こういう時に落ち着いている人がいると、周りも冷静になれるんだよ」

 

はやての言葉にユウナはハッとすると、言われた通り深呼吸をする。少し落ち着いたが、不安や心配までは消せていないようでカーバンクルを抱きしめる腕の力は抜けない。カーバンクルはユウナの内心を汲み取っているのか、健気にも暴れるようなことはせず、きゅいきゅいとユウナを元気付けていた。声はかなり苦しそうだったが。

 

「……はやてさんも、ワッカさんもすごいなぁ。こんな時でも冷静だもん」

 

呟くように漏らすユウナだったが、はやては笑って否定する。

 

「別に本当に冷静ってわけではないよ。大人ってのは、いい格好しいだからね。内心は慌てふためいてることもある。でも、」

 

「……?」

 

「僕らは慌ててばかりいると大切な時に失敗するって知っている(経験してる)からね。そして、今がその「大切な時」だ。失敗は、決して許されない」

 

ユウナは息を飲む。

 

「はやての言うとーりだな。ブリッツの試合の時もそうだ。ここぞって時ほど、頭は冷たくなきゃいけねえ。ユウナ、わかるな?」

 

今度こそ、ユウナは落ち着きを取り戻す。手の震えもおさまっていた。不安に囚われ、行動できないことこそ、真に恐るべきことなのだ。ワッカも、はやても、いくつもの失敗をしてきたのだろうか。後悔があったのだろうか。ユウナに想像はできない。

 

なぜ冷静にならなければならないのか、ユウナは確かに理解することができた。

 

「うっし! いい顔になったな。あの子は絶対に見つける。そんでもって、ガツンと叱ってやれ!」

 

「は、はい!」

 

迷子を見つけるために改めて意気込むユウナを見守りつつ、はやてはワッカに提案する。

 

「海にいるとも限らないから、引き続き島で捜索するグループと海で捜索するグループに分かれたほうがよさそうだね。一度ルールーに状況報告したほうがいいだろうし、一先ず村に戻らない?」

 

はやての提案に二人とも賛同したので、ビサイドオーラカのメンバーに桟橋周辺の捜索を頼んで3人は村に帰還した。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「……そういうこと。そうね、私も二手に分かれて捜索すべきだと思うわ」

 

ワッカがルールーに一通りの事情を説明したところ、島と海に分かれて捜索することになった。戦闘の心得があるものは島に残り、漁師など海上での活動に慣れているものは海に出ることとなった。捜索に当たる人員の適正を正確に見極めて、即座に指示を与え続けるルールーはこの上なく頼もしく、村人たちもルールーの指示に素直に従っていた。

 

海図とにらみ合う副村長、漁師長、警備責任者たちの会議にルールーが混じっているのは、彼女がビサイド村のブレーンとして村人たちに頼られている証拠だった。

 

「それで、はやては島での探索に当たってもらうほうがいいかしら? ごめんなさい、彼のことを詳しく知ってるわけじゃないから判断がつかないのよ」

 

ルールーを悩ませているのは、はやての存在だ。どのように動いてもらうのが最も効果的か、いまいちピンと来ていない様子だった。するとワッカがルールーに進言する。

 

「あ、あーー、ルー、はやてだが、あいつは海での活動にまわってもらったほうがいい」

 

「はい? どういうこと?」

 

「そ、それはだなぁ。えー、なんつって説明すりゃいーんだ。と、とにかくあいつは海で捜索してもらった方がいいと思うんだオレは」

 

「……ちょっと、あまり適当なことは言わないでくれる? 今はそういう状況じゃないでしょう? そもそもユウナと彼はどこにいるの?」

 

要領を得ないワッカにいら立ちを見せ始めるルールー。ワッカの話が真実なら、一刻を争う事態だ。いったい何をまごついているというのか? ルールーの周囲の気温が下がったように感じたワッカは慌てて説明を続けた。

 

「いや、ちょ、ちょっと待ってくれ! 仕方ねえ、ルー、ついてこい! 見たらわかる!」

 

「きゃあ?! ちょ、ちょっと何するの!」

 

ワッカはルールーの手を取り、村はずれの砂浜に走り出す。

ワッカに急かされるように手を引かれてたどり着いた先では、ルールーにとって目を疑うような光景が広がっていた。

 

「———っ、ユウナ! 今すぐその魔物から離れなさい!!!」

 

ユウナが、ビサイド島では最も驚異的な魔物であるガルダ2匹に挟まれていたのだ。ユウナの足元には謎の光る生物もいる。

 

「こうなったら! ファイア!」

 

「ちょっ?! ルー、お前?!」

 

ルールーはとっさにファイアを放つ。ガルダ1匹、ルールー単独での討伐は厳しいかもしれない。だが、ユウナから注意を逸らせるならそれでよかった。ルールーはすぐさま次の手を、さらに次の次の手まで考える。

 

放たれたファイアがガルダ達のそばで発動されるその瞬間、

 

「バファイ」

 

火魔法を打ち消す白魔法がガルダ2匹を包んだ。ファイアは発動したが、2匹は全くの無傷のようで、きょとんとした顔でルールーを見つめている。ルールーの呼びかけに反応したユウナも、驚いた表情をしていた。

 

「なっ?! ファイアが打ち消された?!! だったら、別の黒魔法で——っ」

 

 

「ストップストップ! ルールー、このガルダたちは僕が手懐けたから敵対してないよ!!」

 

 

ガルダの影から飛び出したのは、ルールーにとって要注意人物のはやてだった。

 

「ガルダ達を使って、空から海上を探索するつもりだったんだ!」

 

「手懐ける?! そんなこと、できるわけないじゃない!! ふざけたことを言わないで! ユウナを解放しなさい! さもないと……」

 

「ちょっ、ワッカ?! きちんと説明するって言ったじゃないか!!」

 

「い、いや、なんて説明すりゃいいんだよこれ……。それに、ルーも怒ってたしよぉ……」

 

「説明なしに連れてきたの?!?! 嘘だろワッカ?! 一番最悪なパターンじゃないか!! これならルールーの目の前で手懐けりゃよかった!」

 

「ごちゃごちゃと……っ! ワッカ!! あんた、ユウナのガードになるんじゃなかったの?! どうしてあなたがこの子を危険な目に合わせてるのよ! 絶対に許さない!!」

 

「ちょ、待ってくれルー! オ、オレはただ……」

 

 

 

 

 

「もう! いい加減にして!!」

 

 

 

 

ユウナの叫び声があたりに響く。普段のユウナからは想像できない声量だった。ユウナが叫ぶところなど、誰も見たことがなかったため、バタバタと暴れていた大人組は黙らざるを得なかった。

 

「ワッカさん! はやてさんから何て頼まれたか忘れたの?!」

 

「ぉ、おお、さすがに村には入れられないし、余計な心配をかけるからルーを連れてこいって……」

 

「ちがうでしょ! はやてさんが頼んだのは「ルールーにきちんと全部説明して、安全だと理解してもらったうえで連れてきて」だったでしょ!」

 

「———そ、そうだったな! そうだ! すまん!!」

 

「ルールーも! 私のことをいつも守ってくれるワッカさんが、私をわざと危ない目に合わせるはずないのに!!」

 

「そ、そうね。そうだったわね」

 

「はやてさん……、さっき私に落ち着きなさいって言ってくれたのに」

 

「……あっはっは」

 

「笑ってごまかさないでください! ごめんねカー君、驚かせて。大丈夫、ルールーは私の家族だよ」

 

「きゅいいいぃぃ」

 

 

ルールーに対して威嚇する小さな生き物をなだめつつ、ぷりぷりと怒るユウナに毒気を抜かれた一同は顔を見合わせ、それから気まずそうに顔を逸らした。ガルダ達は我関せずといったように、のんきにあくびをかますのだった。

 

 

「まあ、そういうわけで。村に帰る途中に2体とも上空を飛んでたから利用しよ……協力してもらおうと思ってテイムしたんだ。」

 

「……それは魔法かしら?」

 

「うーん、広義的にはそうかな。ガルダ達の【ハートを盗む】ことで、敵対心をなくし、支配下においたんだ。強い攻撃を食らうと元に戻っちゃうから、今から防御魔法をガルダ達にかけるところだったんだよ」

 

ルールーはガルダたちに目を向ける。ガルダはビサイド島で最も恐れるべき魔物といえるだろう。ルールーはガルダを直接目にしたことが何度もある。非常に凶悪な相貌で、その性質も実に攻撃的で狂暴だ。ビサイド島に生息するガルダは村から離れたところに出没することが多い。ビサイド島で立ち入り禁止になってるところのほとんどがガルダの生息地である事実から、先ほどのように取り乱すのも無理はなかった。正直今でもユウナをガルダ達のそばに置きたくはない。

 

だがはやての支配下にあるガルダをよく見ると、とても純粋な瞳をしているように思えた。浅瀬の水面で乱反射する太陽の光のよう、妙にキラキラしていると表現すればいいだろうか、とルールーは思う。いつか見た、深海を連想させる感情のない冷たいまなざしとは大違いである。

 

きれいなガルダ、とはやては形容していた。

 

「理解はできるわ、でも正直落ち着かないわね」

 

「まあそれも当然だよ。村へは連れ込まないから安心して」

 

「絶対にそうして頂戴。それからあの……」

 

ルールーはガルダから目を逸らし、今度はユウナの足元で発光している謎の生き物を指さした。ガルダと比べて攻撃性は感じられない。むしろとても愛くるしい見た目をしており、ユウナのそばで彼女を守るように凛とすましている様子は正直とてもたまらなかった。

 

ルールーは実のところ可愛い物が大好きである。自身のベッドにはいくつか人形が並んでいるし、可愛らしい装いをみると心が大きく揺さぶられる。かわいい服装に身を包みたいという気持ちもないではないが、そうした暁には間違いなく『シン』の毒気を疑われるだろう。だから代わりにかわいい人形を買ったり服を着せたりしているのである。

 

そして小動物も好きだった。なぜなら可愛いから。

 

「あれはペットのカーバンクルっていう生き物だよ。僕が召喚したけど還せなくなっちゃったからユウナちゃんが引き取ってくれたんだ。今はカー君って名前をもらって、ユウナちゃんのそばで彼女を守っているよ」

 

「そうなの。……利発そうね」

 

「普通の小動物よりは賢いよ。少なくともこっちの言葉はある程度理解してるし、ユウナちゃんとは互いに意思疎通も取れてるみたい」

 

「そう……。その、もう一匹呼べたりはしないかしら?」

 

「うーん、ちょっと召喚魔法には思うところがあってね。今は控えてるんだ」

 

自分のことが話されていると感じたのか、カーバンクルがはやてたちに振り返る。そしてルールーに対して小さく唸って威嚇してみせる。完全に警戒されてしまったルールーはとても残念そうだった。

 

「まあ、それに関してはまた今度話を聞かせて。今はこのガルダたちね。このガルダに乗って、上空から流された船を探すのかしら? 本当に可能なの?」

 

「できるよ。確認してみたところ一匹あたり一人なら乗れるし、僕らが落下しないように飛行しろと厳命してる」

 

「そう。二匹いるということは、あなた以外にも誰か乗るんでしょう?」

 

「あー……、うん。まさにそこなんだけど」

 

「ん? オレじゃあだめなのか? はやては潮の流れでどのあたりに船が流されてんのか分かんねえだろ?」

 

ワッカが任せろ言わんばかりに胸を叩く。しかしルールーは異議を唱えた。

 

「……いいえ、ワッカにはここで指揮を取ってもらうわ。代わりに私が彼と一緒に探しに行く」

 

「ええ?! な、なんでだ?!」

 

ルールーの言葉に驚くワッカだが、ルールーは残念な者を見るような目でワッカを一瞥し、ため息を吐いてから説明した。

 

「あなたね、今はもう夜なのよ。光源もなしに、どうやって空から探すのよ」

 

「……そ、そりゃあ、まあ、なんだ。どうにか……すんのよ。はやてが」

 

困ったワッカははやてに話を振るが、はやては肩をすくめて見せるだけだ。

 

「実は光源になるような魔法が思いつかなくて……。ルールーに相談しようと思ってたんだ」

 

「そんなことだと思った。じゃなければ、私がここまで足を運ぶ理由が思いつかないもの。……案外、万能って訳でもないのね。ある意味安心したわ」

 

「お恥ずかしいことに僕の魔法は戦闘特化なんだよ。最悪ファイガを打ちまくりながら飛ぼうと思ってたけど」

 

「最大級の火魔法を無差別に振りまきながら空を飛ぶ魔物が接近してきたらあなたはどう感じる?」

 

「…………身の危険を感じるね」

 

「私なら光源にできる魔法も扱える。もう一匹には私が乗るわ」

 

「助かるよ、ありがとう」

 

はやてはお礼を述べるとルールーに防御魔法をかける。

プロテスやバ系の白魔法とは異なる、不思議な感覚に知的好奇心がくすぐられるルールーだったが、気持ちを切り替えてワッカに向き直る。

 

「ワッカ、現場の指揮については副村長たちと話を詰めてちょうだい」

 

「おう、わかった。こっちは任せてくれ」

 

「それから……ユウナ」

 

声をかけると、俯いていたユウナはどことなく申し訳なさそうな面持ちで顔をあげた。

 

「顔をあげなさい。……はやての役に立てないとでも思ってるのかしら?」

 

「えっ、ど、どうして……」

 

内心をピタリと当てられたユウナは動揺するが、そんなユウナの頭をルールーは優しく小突く。

 

「適材適所よ。あなたはあなたにできることをしなさい。村には夜の探索で怪我をした人もいるわ。あなたが治してあげて」

 

「––––っ! う、うん!」

 

そういうと、ユウナは村まで駆け出し、ワッカは慌ててユウナを追いかける。

海岸から離れる前に一度ちらりとはやてに目を向けるユウナだったが、はやてはガルダを前にルールーと真剣に話し合っていてユウナの視線に気がつかない。

 

両者とも、ユウナにとってとても頼りになる存在だ。

ビサイド村をまとめ、皆から信頼されるルールー。いつも冷静で、様々な魔法を駆使するはやて。

 

ユウナにとって理想的な大人の姿だった。

大人である二人が理解し合える世界があり、自分はまだその世界とは切り離されていると実感した。

 

無理もない。

経験も知識も浅く、自他ともに認める「子ども」に過ぎないのだ、自分は。

 

当然だ。

 

 

「…………何だろう、なんか」

 

 

だけど、何となく、「子ども」という言葉に心がモヤッとするユウナだった。



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ビサイド村⑪

「そろそろ離岸流がゆるやかになる地点よ」

 

生ぬるい潮風を浴びながら、ガルダに乗って離岸流が終わる地点に向かう二人。ルールーは辺りをよく見渡せるよう光源となる魔法を海面すれすれに追従させ、はやてはガルダに命令して緩やかに飛行させる。

 

「ビサイド島の離岸流は勢いと距離があるけど、その幅は狭いの。この高さからなら全て目視できるはず。ここから慎重に探していきましょう」

 

「了解。二手に分かれようか? 君の命令を聞くよう言い聞かせることもできるけど」

 

はやての提案に少し考える素振りをみせるが、すぐに首を横に振った。

 

「いいえ、光源はあってもかなり暗いことには変わりないし、同じ範囲をより注意しながら同時に探しましょう。捜索範囲は限られてるわ」

 

「わかったよ、じゃあ端から行こうか。ルールーが先導してくれ」

 

「ええ」

 

ルールー達は離岸流が切れる辺りをしらみつぶしに捜索を始めた。はやてはその意図をくみ取って、ルールーに並んで海面を見渡す。海面には等間隔に配置された光の玉が海を照らしている。ルールーはさらに光源となる魔法を海面にちりばめ、光量は三日月が昇る夜中でもはっきりと見渡すことができるくらいになった。

 

二人は最大限の注意を払いながら、迷子を捜す。時に声を張り、時に危険を承知で魔法を打上げて迷子に気づいてもらえるよう手を尽くしていたが、しかし、迷子は一向に見つからない。大きく弧を描くように捜索範囲を何周もしたが、まったくと言っていいほど手掛かりは見つからなかった。

 

暗闇の中、時間ばかりが過ぎていき、ルールー達は少しずつ焦り始めていた。

 

実際のところ、海での遭難者を見つけることは極めて難しい。高度な機械・科学文明を誇った地球ですら、GPSのない遭難者を見つけるためには少なくない費用と人員を割かなければならない。それは、最も過酷なサバイバル環境と呼ばれる「海」では長い時間をかけて遭難者を捜してしまっては、その生存率は著しく低くなってしまうからだ。休む暇なく、効率的に、そして的確に捜索に当たらなければならない。ルールー達が置かれている現状は、この上なく厳しいものだった。

 

二人は現状を正確に理解しているからこそ、もし迷子が海に飛び込んでいたら、もし迷子が乗っているであろう船が転覆したら、そう考えてしまい、心の余裕をなくしてしまう。

 

また、ルールーの魔力の残量も少なくなってきた。光源となる魔法はそれほど魔力を必要としないが、海面全体を照らすよういくつもの光源を継続して発動していると、魔力の消費も馬鹿にならなかった。

 

一度引き返すべきかしら、ルールーがそうこぼしたそばで、はやては自身がルールーのように汎用性の高い魔法を使えないことを悔やんだ。厳密には、暗闇を照らすという効果だけを持った魔法を思いつくことができなかったのである。これははやての持つ力の意外な盲点であり、はやてはそれが自身の弱点となり得るかもしれないと気が付いた。

 

後先考えず、魔物の殲滅に重きを置くならば、はやては100人力どころか1000人、あるいはそれ以上の働きを見せるだろう。しかし、戦闘に関わらない魔法の使用となると、はやてはそこらの魔導士見習いよりも劣る。ルールーが行っている照明用魔法は、本来の魔法の発動段階をあえて異なる順に踏む、または一部改変することで発動している。照明用魔法はルールーが発案した魔法というわけではないが、彼女には魔法を1からくみ上げて作り上げるという感覚と理論を理解していた。だからこそ、彼女の魔法は汎用性が高い。

 

一方ではやての魔法は一般的な魔導士が踏むべき段階をすべて飛ばし、ただ最終的な結果のみを発現させている。数学の問題に対して、途中式を飛ばして解答のみを導いているようなものであり、魔法の発動段階で工夫を凝らして魔法を変容させることはできないのだ。

 

それゆえ、はやては「魔法の使い方」を工夫しなければならなかった。常識的な魔法の使い方をしないことで、この世界の魔導士たちに並び立つ必要がある。それは、リュックたちと共に戦闘を行う中で、つらつらと考え、はやてが導き出した自分なりの戦闘スタイルだった。

 

(本来なら、光源になる魔法が「思いつかない」ことがあってはいけない……ただ魔法を使うだけではだめだ、今まで以上に使いこなすことを考えよう)

 

自身の力不足を、少しでも埋めるように必死になって海上を探すはやて。

 

「いや、そうじゃない。この力を使いこなすことをしないと……。ガルダ、この辺りに人間がいないか探せ。人間を、お前の魔物としての感覚で探すんだ」

 

「ギュアァァアアア!!」

 

はやては自身を乗せているガルダに命令を下し、ガルダはその命令に答えた。ルールーと並走していただけのガルダは急降下し、主体的に迷子を捜し始める。少し離れたところでルールーを乗せて滑空していたガルダもはやてに追従するよう動き始めた。急な動きに体の態勢を崩されたルールーはガルダにしがみつき、はやてに文句を投げかける。

 

「ちょっと! ガルダがおかしな動きを始めたわ!! 一体何を命令したの?!」

 

「人の感覚だけではもはや足りない! こいつたちにも迷子を捜させよう! ルールーは引き続き光源になる魔法を!」

 

「なっ?! ……ああ、もう! 仕方ないわね!」

 

はやての言わんとすることを理解したルールーは魔力の残量を気にすることなく、光源をたくさん散りばめた。人間を襲う魔物の察知能力は侮れない。それが魔物が生息する地域なら、たとえ岩陰に隠れていたとしても魔物たちは人間を見つけ出し、襲うのだ。

 

はやてがリュックの班に交じって洞窟遺跡を探索していた時も、隠ぺい魔法をかけていたのにも関わらず、魔物たちははやてたちを察知し、襲い掛かっていた。魔物としての感覚で人間を捜すのは、現代の地球にあふれた機械類を用いるのに勝るとも劣らない。

 

ルールーにできることは、せめて周囲を明るく照らし、自分たちが少しでも迷子を発見しやすくすること。発見する可能性をわずかでも上げることができればそれでよかった。

 

2匹のガルダは徐々に飛行速度を上げ、海面に一気に近づいたと思うと、今度は上昇気流に乗って急上昇してみせる。はやてとルールーは必死にガルダに掴まりながら、海上を見下ろす。気が付けば、二人と二匹は三日月を背負うかのように夜空を滑空していた。

 

高度は500メートルを超えていようかという程度で、はやてにとってはそれほど驚く高度ではないものの、ルールーにとってはまるでなじみのない高度だ。魔導士としてのプライドか、騒ぐことこそしないものの、ガルダをつかむ手はかなり強い。ちょっと痛いところを掴まれているのか、ルールーを乗せたガルダは控えめに抗議するように小さく鳴いてみせるが、残念ながら誰に気づかれずに潮風に溶けて消えた。

 

さすがにこの高さでは何も目視できないと、はやてはもう少し高度を下げるよう二匹に命令しようとしたところで、はやてを乗せたガルダは大きく鳴いて見せた。夜空に響き渡るガルダの鳴き声に顔をしかめたはやてとルールーだったが、次の瞬間、はやてはガルダが全身に力を込めたことを感じ取った。

 

「ルールー!!!! しがみつけぇぇえええぁぁああああああ!!!!!!」

 

「きゃ、きゃぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!」

 

頭を90度、下に向けると同時にガルダは自由落下を始めた。はやては手足を必死にガルダに絡め、絶対に落ちることがないよう強くしがみつく。人間を乗せていることを忘れているのではないかと思うほど、重力に任せたフリーフォールをかますガルダを後で燃やしつくとはやてが心に決めていると、ガルダが向かう先に、波に揺られ、海流に乗って沖合に向かう小さな木船が目に入った。

 

それは、はやてが血眼になって探す小さなボートだった。

 

「あれはっ!!! ガルダ! 近づけ!!!」

 

「ギャァウ!」

 

ガルダは急接近し、ボートを掴んで止めて見せる。ボートは大きく揺れ、波しぶきを上げた。

急いでボートを覗き込むはやてだったが、

 

「……くそっ、いない!!」

 

ボートには誰も乗っていなかった。失意か焦燥か、はやては八つ当たりにボートを叩く。

 

「は、はやて! その船は!!」

 

「いや、いない!! くそっ、船は見つかったのに!」

 

少し遅れてやってきたルールーははやてが乗り込んだボートを覗き込むが、はやての言う通り、そこに迷子はいなかった。

 

「……どこかで飛び降りたのか、それとも元々船だけが流されていたのかしら」

 

「見当がつかない。どちらもあり得る。僕としては後者であることを切に願うばかりだよ」

 

そう言ったはやてはボートに足をかけて海に降り立つ。てっきり海に飛び込むと思ったルールーは、あっ、と声を漏らしたが、海面に立ってみせるはやてにルールーはため息一つついた。

 

「器用なことね。かなり繊細な魔力操作がいるはずだけど」

 

「うん? ああ、いや、これはそういう魔法なんだよ。ルールーにもかけたから、降りて大丈夫だよ」

 

そういわれてしまうと、海面に降りてみたくなる。ルールーはガルダに降ろしてもらい、おっかなびっくり海面に降り立ち、少しの間、驚きに動きを止めていたが、すぐに切り替えてはやてに向き直った。

 

「それよりルールー、さっきの光源、まだ出せるかな。さっきばらまいてくれたから多少は明るいけど、できればもっと明るくしたい」

 

はやての要求にルールーは首を振って見せた。

 

「そうしたいのはやまやまだけど、もうできてもあと一つや二つだけよ。ワッカの馬鹿にいきなり連れてこられたからエーテルもないし」

 

申し訳なさそうにそう答えたルールーだが、ふむ、と考えこんだはやては驚くようなことを口にする。

 

「じゃあ今から僕の魔力をいくらか譲渡するから、それでこの周辺をできるだけ明るく照らしてほしい」

 

「え? ど、どういうこと?」

 

「うまくいくかな、十四式:マナシフト」

 

はやてが聞きなれない詠唱をしたとたん、ルールーは自身に膨大な魔力が流れ込み、枯渇しかけていた魔力が一瞬で最大まで回復したことに気づいた。それどころか流し込まれた魔力を受け止めきれず、周囲にあふれて霧散している。

 

「—————っ?!?! ったく、どこまで常識外なの!!」

 

自身の中で奔流する膨大な魔力、そのすべてを使いこなすことは無理でも、ルールーはどうにかそれらをくみ取り、光源を大量に生み出して見せる。

 

( 違うわ、汲み取るのじゃない。この流れ、激しい川のような魔力の流れをそのまま魔法の発動に組み込む! )

 

「くっ、こ、この!! ぁぁあああああ!!!!」

 

「あ、あれ? ルールー、大丈……って、でかぁぁあああい?!?!? 目、目があああ!!!」

 

マシンガンのように光源を生み出し、海上にちりばめていたルールーだったが、途中から、頭上に巨大な光球を生み出していた。目に見えてどんどん巨大化していき、気が付けば、いつか見たアドバルーンのように、巨大な光の玉がルールーの頭上に浮かんでいた。ガルダたちは何かやばい空気を感じ取ったのか、早々に飛び去っている。

 

「なにこれまぶしい!! 目を閉じてもまぶしい!!」

 

「え?! なに?! はやて、どうなっているの?! どうしてこんなに明るいの?!?」

 

「ちょ、ルールー! 捨てて! それ捨てて!! なんかわかんないけど多分やばいやつそれ!!!」

 

「す、捨てるって言ったってどこに……」

 

「どこでも!!! 空でも海でもどこでもいいから早く捨ててええぇぇ!!」

 

はやての言葉に急かされるように、ルールーは自身の頭上に展開されているであろう魔法を海に向けて発射した。巨大な光球は海に沈みゆき、しかし強い光は少しも光量を落とすことなく、ビサイド島の海中を明るく照らした。海中から強烈な光が辺り一面の海を照らしたことで、海中の透明度が飛躍的に上がる。

 

それはまるで無色透明の海。ボートは空中に浮いているようで、色とりどりのサンゴや魚たちがきらびやかに海中を彩るその光景は、まさに幻想そのものであった。そのあまりの美しさに、ルールーは息を飲んで眼下に広がる幻想風景にとらわれてしまった。

 

海底まで難なく見通せるほどに透明度を増した海上で、はやては自分の目にエスナをかけながら辺りを見渡す。

 

「こ、ここまで明るくしなくてもよかったけど、まあ結果オーライだね。これで少しはあの子を捜しやすくなったと思うけど……」

 

小舟に手掛かりが残されていないか調べるため、呆けているルールーを呼ぼうと近寄ろうとしたその時、少し離れたところではやてたちのガルダが大きな鳴き声を上げた。敵意に満ちた鳴き声で、目を向けると、そこでは三匹のガルダが空中戦を繰り広げていた。うち二匹ははやてとルールーを乗せていたガルダ。

 

もう一匹は、()()()()()()()()()()()()()()()二匹の猛攻を必死に躱して逃げ惑っていた。

 

「————————ルールー!!!」

 

「向かいましょう!!」

 

 

二人が走り、ガルダたちの下にたどり着くと同時に、ガルダ二匹に噛みつかれた野生のガルダは激痛に掴んでいたものを離してしまった。

 

「ガルダ! その子をこっちまで連れてこい!」

 

はやての命令に、ルールーを乗せていたガルダが野生のガルダに噛みつく口を離して、自由落下していたものを掴み、はやてたちの下へと連れていく。はやての手にぽとりと落とされたそれは気を失っていた。だが確かに、それはビサイド村が総力を挙げて捜索に当たっていた迷子だった。

 

「あ、ああぁ、よかった、見つけられて、本当に、よかった……」

 

はやてに抱えられた子どもの顔を確認し、見間違いないと確信したところでルールーは安心したように大きく息を吐いた。

 

「見たところ、大きな怪我はないけど念のためにケアルガをかけておこう。ルールー、この子をさらったガルダを始末するから、この子を抱えてもらっててもいいかな」

 

迷子を回復し、ルールーに向き直るはやて。

はやての要望に対し、ルールーは首を横に振り、冷たさの宿ったまなざしではやてを見やる。

 

「いいえ。アレは私にやらせてちょうだい。おしおきよ、私が終わらせる(殺す)

 

「……あ、おっけーです。じゃあ、僕はもう一匹のガルダを退避させて……」

 

「はやて、お願いしたいことがあるのだけれど」

 

「うす」

 

「さっきの……マナシフト、だったかしら。あれ、もう一度私にかけられる?」

 

「え、でもさっきなんか暴走しかけて……」

 

「かけられる?」

 

「はいできますです。十四式:マナシフト」

 

ルールーに頼まれ、再度はやての魔力をルールーに移譲する。

 

「———— 集 中 」

 

ルールーはつぶやき、先ほどと同じ膨大な魔力の奔流を自身の内に感じ取る。

 

「発動は……まだ。体内の魔力は練り合わせ、他の魔力の呼び水とする。体内の魔力に引き寄せられた余剰分は抱えるのではなく、体外に纏う……。奔流、それそのものを一つの流れとして……さながら魔力のドレスを身に着けるように」

 

両手を掲げ、溢れる魔力を支配下に置く。一度目の時に感覚は掴んでいた。仮組だが、魔法理論も構成している。

つまるところ、最小の力で最大の力を受け流し続ければいい。受け流す際に外から内へ帰ってくるようにすれば、ルールーが抱えきれない魔力も霧散させずに、自身の周囲で待機させておくことができる。

 

今、ルールーははやてから移譲された莫大な魔力を1MPたりとも零すことなく、自分のものにしているのだ。吸収できた魔力は発動する魔法の中心部におき、吸収しきれない魔力は渦を巻くようにして中心部へと引き寄せられている。

 

「………これが、黒魔導士か」

 

まさに、黒魔導士。

魔法の理屈や理論はわからない。しかし、はやては確かに、ルールーが黒魔導士として最高の専門家であることを実感する。

 

魔法の極致、その一片を見せてもらっているのだ。

 

やがて、ルールーの頭上に小さな炎が灯る。

 

ともすれば風にかき消されてしまうような、淡い炎。だがやがてそれは回転とともに大きくなり、秒針が一周するだけの僅かな時間のうちに、先ほどルールーが生み出した光球よりもはるかに大きい、炎の球へと変貌した。

 

それは、いうなれば小さな恒星。

 

超高密度に練りこまれた膨大な魔力が炎という「形」に圧縮され、その解放を今か今かと待ち望んでいる。すべての力が炎球の中心に向かっているからか、不思議と暑さは微塵も感じない。

 

むしろ、はやてとその足元のガルダの背筋はどうしようもなく冷えていた。

 

はやての支配下にあったガルダは、野生のガルダに組み付き、噛みついていたが、ふとルールーが放たんとする魔法を目にした瞬間、すべての攻撃行動を止めて、はやての下へと急ぎ避難した。野生のガルダ? 攻撃? 心底どうでもいい。今はあのバケモノ(ルールー)の攻撃から逃げることが最優先事項であった。ガルダなどという小物の魔物の相手をしている場合でない。あんな頭のおかしい魔法、千個の命があっても受けきれるものではない。魔物としての直感と濃密な恐怖がガルダの心を支配した。魔物生における最高速度ではやての下にたどり着き、その背に隠れる。先にいたガルダはすでに怯えきり、小さく震えながら防御の姿勢に入っている。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、はやてにそれがばれたが最後、躊躇なく処分されることはガルダたちの足りない頭でも正しく理解していたため、監視の目が切れた瞬間に逃げるまでは、おとなしく従うふりをするつもりだったが、まさかもう一方の人間まで化物だったとは思いもよらなかった。

 

念のため、とバファイをかけてくれる主人に一緒についていこうと心に決めるガルダたちだった。

 

野生のガルダも自身に向けられている、強大という表現すら生ぬるい、馬鹿みたいな規模の魔法に黒い眼をかっぴらいていた。どれほどの殺意を濃縮すれば、あのような魔法ができるのだろうか。野生のガルダはとにかく逃げようと羽を広げて羽ばたこうとした。

 

「……T式:【ドンムブ】」

 

哀れ、ガルダ。空中に縫い付けられたかのように動けなくなってしまった。

羽を動かそうとしてもピクリともしない。されど、落下するでもない。ただその場で停止している。

 

逃げることを許さず、反抗することも許さない。

意識がはっきりしている状態で現実逃避することも許されない。

ガルダはそのうち、考えることをやめた。

 

 

 

「———恐怖のうちに死になさい。ファイア」

 

 

その日、ビサイド島の沖合に第二の太陽が生まれた。

轟音と共に爆発した太陽は、ビサイド島周辺の気温を数度上げたという。

沖合に調査に向かった漁師たちは、海の中に太陽が落ちていたと証言し、のちに「落ちた太陽」はビサイド島の伝説となるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビサイド島に二つ目の太陽が生まれたと大騒ぎになった日の翌日、ビサイド村所属討伐隊のルッツは本部で開催されるジョゼ海岸防衛作戦の全体会議に参加していた。全体会議といっても、ビサイド村の討伐隊員にできることはたかが知れている。特別戦闘に優れた集団というわけでもないので、本部に近い部隊や本作戦の実行委員から与えられる指示を下の隊員達に通達、実行、監督することがルッツの主な仕事になる。

 

だがやはり、本作戦はアルベド族と協力する、過去最大級の『シン』討伐作戦であるため、会議出席者の顔触れは錚々たるものだった。所属隊員数最大の討伐隊総隊長や、過激派として知られる討伐隊の隊長、権力者と密な関係にありと噂される討伐隊副隊長などなど。

 

ビサイド島支部の討伐隊はほぼ有志の集まりに過ぎず、隊員のほとんどが本職を持つ村民なので、目立ったことはできない。まあ大方伝令係などの裏方に回るだろうと考えたところで、会議室の隅に陣取る金髪の集団が目に入る。

 

 

(アルベド族か。さすがに会議に参加して議論するってのは難しいみたいだな。基本的には技術・人員提供が主たる動きになるんだろうな)

 

そう考えたところで、ルッツははやてから彼らに言伝を頼まれていたことを思い出す。

はやてはビサイド村に滞在しているが、それはあくまで一時的なものであり、はやて自身はアルベド族たちの下に帰還するとしている。はやてはビサイド村にとって大変貴重な人材であり、討伐隊員としても、一個人としても、彼にはビサイド村に留まってほしいと願っているが、彼にそれを強制することもできない。

 

せめて有事の際に手を貸してくれるだけの信頼関係を築かなくては、と考えたところで会議が終了した。あとは個々の隊員ごとに交流を深めたり、動きを確認しあったりするだけなので、ルッツはアルベド族の集団の下を訪ねようとした。

 

しかし、アルベド族たちは用は済んだとばかりに踵を返してさっさと会議室から退出しようとしている。ここで彼らを逃しては、はやてへの義理を果たせないと思い、ルッツはどうにか部屋にあふれる隊員たちをかき分けて、アルベド族たちの下に向かった。

 

「ああ、くそ! あいつら帰るの早すぎだろう!」

 

もはや意地でもアルベド族たちの下に行く。そう意気込んで、どうにか全体会議も建物から退出すると、海岸に停泊された機械の船に乗り込む集団が目に見えた。走れば間に合いそうだと考えたルッツは声を上げて手を振りながらアルベド族たちに駆け寄るろうとする。

 

 

 

「おーーーい! 待ってくれえぇ!!!」

 

 

 

「ン? ハンア ガエアシ モザエセ ハミア?」

 

「ザア、トエサヒ ギャメネガノ。ワミユナダ トエナム モヂソレウアモ」

 

声をかけられたかと思ったアルベド族の一人が一度振り返るが、もう一人の仲間がそんなはずはないと一蹴する。

 

「ヤ、ホニャホフガハ。マブアキミ アンヒダミム ヌウソヨノ ガッサゲ」

 

「トヤネ ヨオヤネ ホームオ ギョキシ ヤヒダネセ ワミラユアネキセサ コンハ。トレネ ギャメネモ ザアレ」

 

「ネ?! イセサオ?!! フホガノ キシサミ!!」

 

「ハンア ギョキサヒオ カナミザハキシ ハッセサゲ。トヤネ ギャメネモ ッセハ」

 

「ペネン」

 

雑談しながら船に乗り込む二人、さあホームに帰るぞというところで、先ほどの男が自分たちの船に走って向かってきていることに気づく。

 

「トン? トエナッピミハ。ハンオモフガ? トヤネ ハンア トコミワサウア?」

 

「ワー? キウアモ。ラッチオ ラルヘンアミジオ ヨソギャメネア?」

 

「ガソキサナ トエナギャ マハキシ ハナメネソ トコフテゴ」

 

作戦会議の内容ではないかと思い当たり、とりあえずルッツを待つことになった。少しして息を荒げたルッツが二人の下に到着し、荒れた息を整えながら口を開いた。

 

「はあっ、はあっ、す、すまんな。呼び止めて。気づいてくれてよかったよ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「あ、ああ、ええとだな、えーと……。は、はやてってわかるか?」

 

「…………?」

 

「…………?」

 

「あ、っと。あー、はやて、はやてだよ。知らないか? はやて」

 

ルッツは身振り手振りを駆使するが、呼び止められたアルベド族二人はきょとんとしている。

 

「ま、まいったな。ええと、あ、何だったか。えーと……、えー……」

 

そういえばと、はやてが教えてくれたアルベド語があったのだと思い出し、服のポケットを探る。奇怪な目で見守られながらメモを捜すこと数十秒、小さく折りたたまれたメモを内ポケットから取り出した。

 

「あった、あった。えーと……、〈ハヤテ〉〈キニワミ〉〈アニキ〉〈リュック〉」

 

「———!」

 

「ト、トミ、ヨミユミヤ アルベドゾム マハラハアッサア? ハヤテ、キニワミ、アニキ、リュックッセ ミッサモハ?」

 

「ワ、ワワ。ガダ ハヤテッセ ガエガ? トヤネ キッセウア?」

 

「ミ、ミタキナメネ。ネ、ゴフヌウ? ワカヘノッセ ヨソギャハミア?」

 

ルッツは自分の言葉にアルベド族たちが反応したことに手ごたえを感じた。

 

「そ、そう! はやて!〈ハヤテ〉〈キニワミ〉〈アニキ〉〈リュック〉だ!」

 

「ネ、ゴフヌウヨエ? ソニワネブ クメシ ソトヌア?」

 

「フーン、ホフガハ。クユフハナ ガレガダ、アミジオヨソ アコキエハミキハ。ソミフカテベ、トヤネ ミッキョシ チハ」

 

アルベド族たちはなにやら話しあって頷きあうと、ルッツに乗船するよう指さした。

 

「……え? お、お前らの船に乗り込めってことか?」

 

ルッツが混乱していると船が大きな音でがなり始めた。アルベド族たちはまずいといったような表情で、ルッツを無理やり乗船させる。

 

「え、ちょ、ええ? お、おい! 待てって! おい!」

 

「ヒョ、イョフシ セミヨフ ヌンハ ヨミユ! トヤネダ チサンガノ!」

 

「ワ、トエ クメガラハミモフ ホフガキユシ ミッセルウカ。ホミユ モノキル」

 

「ヒョ、フホガノ?! チヤブミッセ! トミ!!」

 

そうして、ルッツは半ば強制的にアルベド族の船に乗り込むことになるのだった。

 

 

 

 

 

〈 通信機越しに会議は聞いていたからな。内容はこっちでまた翻訳して把握するさ。 お前たちはこれからどうするんだ? 〉

 

〈 そうですね、いったんホームに戻るつもりです。何か所か港を経由するので明日明後日ではありませんが 〉

 

〈 おう、わかった。悪いな、本当ならすぐにこっちで翻訳して全体に共有すべきなんだが、ちょっとリュックの調子が優れなくてな 〉

 

〈 まあ大丈夫ですよ。それよりリュックちゃん、部屋に引きこもってるって聞きましたけど……大丈夫なんですか? 〉

 

〈 うーん、身体は大丈夫なんだが、ちょっと気疲れしててな。ま、ゆっくり休んでるとこだ 〉

 

〈 そうですか、道中なにかお土産をもっていきますね 〉

 

〈 お、すまんな 〉

 

操舵室には隊長や船長などが通信機越しにアニキとやり取りしていた。会議の内容について、本来リュックが同時通訳を担当する予定だったが、はやての一件以来、なにも手付かずになってしまっている。当人を責めることは決してないものの、意思疎通ができないというのは非常に困った問題となっていた。

 

(……うちの船員の何人かが向こうの言葉を勉強してたな。なんとかかんとか見守り隊って連中だったが。あいつらと話してたら疲れるんだよなぁ……)

 

〈 じゃ、細かい打ち合わせはまた後日だな。お疲れさん 〉

 

〈 はい、おつかれさまで…… 〉

 

 

 

〈 あ、すみませーん。ちょっと緊急なんですけど、いいですか 〉

 

 

 

通信が切られようとしたその時、操舵室の扉が開いて一人の男が入ってきた。

ルッツを乗船させた二人組の片割れである。船長が男に尋ねた。

 

〈 うん? どうした? なんか用か? 〉

 

〈 あ、船長、ちょっと出航待ってもらえませんか? 〉

 

〈 は? なんでだ? 〉

 

〈 いや、なんか大陸のやつが言いたいことがあるとかなんとかで、今乗船してるんすよ。 〉

 

〈 は?! お前なんで乗せてんの?! 馬鹿かお前?! 〉

 

船長は驚いて、男を叱責する。無理もない、今でこそ例の作戦下、協力関係にあるが、だからといってこちらの手の内をすべて見せるつもりはない。そこまでアルベド族は腑抜けていないし、危機感がないわけではなかった。

 

少なくとも目の前の男以外はそうであるはずだ。

船長は自分にそう言い聞かせる。

 

〈 いや、もちろん普通だったら俺も乗せないんすけど、なんか妙なことを口走ってて…… 〉

 

〈 だったらなおのこと、乗せてんじゃねえよ馬鹿かお前 〉

 

〈 いやだって、船が動き出しましたし…… 〉

 

〈 ………はぁ、それで? なんだよ妙なことって〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈 いや、なんかアルベド語で、ハヤテ、知り合い、アニキ、リュックって言うんすよ 〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈 今すぐそいつと話をさせろ 〉

 

 

 

 

 

操舵室に、アニキの硬い声が響いた。

 

 



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連絡船リキ号①

大変、大変お待たせしました…
楽しみに待っていてくださった皆さん、ありがとうございます。
仕事が変わり、なかなか執筆時間が取れませんでしたが、また今日から細々と書いていきたいと思います。(1000回目)


〈 ………… 〉

 

「 ………… 」

 

かち、こち、と秒針が進む音が部屋に響く。時間が止まっているのではないかと錯覚するほど重たい空気だが、秒針の音が否定してくれる。だがルッツにとって、それは何の助けにもならず、むしろ嫌でも時間を意識せざるを得ない状況を生み出されているとルッツは感じていた。

 

無機質な長方形のテーブル上の、妙な機械と対面しているこの現状、ルッツはどのように解釈すればいいのか分からなかった。

 

はやてから教えてもらった拙いアルベド語を放ったその瞬間は、別に今ほど緊張した雰囲気は無かった。逆に、「なにを言ってるんだコイツ?」と怪訝な目で見られ、その時は気恥しさと共に、もしかして間違ったアルベド語を教えられたのではと心配になり、はやてを少し恨んだものだった。

 

だが、伝令役らしき一人の男が部屋から抜け、鉄板で囲まれた室内をぼーっと眺めながら次のアクションを待っていると、非常に慌ただしいいくつもの足跡が聞こえ、反射的に立ち上がって構えたところで現在対面している謎の機械を片手に、先ほどの男が幾人かの仲間を連れて乱暴に扉を開いた。

 

機械がテーブルに置かれたとたん、機械越しに別の男の声が部屋中に響き渡った。それが通信機らしいことは理解できたルッツだが、怒鳴るようにアルベド語でまくし立てる男の言葉は理解できない。通信機を持ってきた男がなだめると、落ち着きを取り戻すように深呼吸をする声が聞こえた後、着席する音が聞こえたと同時に、立ち上がって構えていたルッツは着席を促されたのだった。

 

そして、冒頭の沈黙に戻るのである。

 

通信機越しの男が、この集団にとってリーダー格であることは、その取り巻きとのやり取りで察することができる。つまり、うかつなことは口にできない。万が一、ルッツたちが参加しているジョゼ海岸防衛作戦の要となる人物だとしたら、ルッツの言葉一つで本作戦に不必要な影響を及ぼしかねない。

 

故にルッツは軽率に口を開けなかった。

 

一方で、相手も何かを考えているのか、あー、だか、えー、だかの意味のない言葉を何度か繰り返した後、小さく唸ったかと思うと、黙り込んでしまった。

テーブルの向こう側には多くの――20人やそこら——アルベド族の仲間たちが険しい表情で事の行く末を見守っている。

 

 

重い。非常に重い空気である。

 

 

( はやてお前、何やったんだよ...... )

 

 

こんな状況に身を置く羽目になった原因のはやてを恨むルッツだが、このままでは埒が明かないと、とりあえずはやてに教わったフレーズを繰り返してみることにした。

 

「…………あー、ハヤテ、アニキ、リュック、キニワミ………っ」

 

ルッツが言葉を発すると、ギンっ!という音が聞こえそうなほど鋭い目つきでにらみつけてくるアルベド族たち。通信機の向こうも同じような感じだろう。それなりの修羅場をくぐってきた自分でなければ、討伐隊員でなければ、恐れをなして逃げ出していたかもしれない。

 

それから、自分の言葉が相手に伝わっているのかどうか分からない現状、アルベド語を話している自分が妙に恥ずかしい。アルベド語を話すことが恥ずかしいのではない、正しい発音になっているのかどうか分からず、間違って全然違う言葉を言っていたらと思うと、なんとも言い難い羞恥心に見舞われるのだ。

 

あれ、キミワニだったか、いや、キイマミだったような。

いや、まて、しかし、いやいや……

 

ルッツが言語習得の壁にぶつかっていると、通信機がノイズ交じりの言葉を発する。

 

「………トヤネ、ハヤテオキニワミハオア?」

 

「——っ! ハヤテ! キニワミ! アニキ! リュック!」

 

何を言っているのかは分からなかったが、キニワミという言葉で間違いなかったらしい。あわせて「ハヤテ」が聞こえてきたので、安堵感と共にルッツは頷きながら、机に少し乗り出し通信機に頭を寄せて、はやてから教わった言葉を必死に繰り返す。

 

(いやぁ、よかったよかった。〈キニワミ〉で合ってたんだな)

 

力が抜けて、椅子に深く腰掛けるルッツ。深呼吸をするように大きく息を吐いたところで、くすり、と微笑む声が聞こえたので目を向けると、部屋にいるアルベド族たちで女性と思しき者がルッツを見て微笑んでいた。彼女はそばにいた別の女性アルベド族に何か耳打ちすると、そのアルベド族もルッツをちらっと見たかと思うと、くすっと笑いをこぼした。

 

(だあああああああああっ!!!! なんだ! なんで笑ってるんだ!!! 俺が必死にアルベド語を話しているのがそんなに面白いのか?!)

 

ルッツの内心は荒れに荒れていた。無性に机に頭を叩きつけたい気分だった。

だがそれでもルッツはビサイド島所属の討伐隊、そう簡単に心の動揺を顔に出すわけにはいかない。特に、今はアルベド族たちに囲まれている。協力関係にある以上無意味に攻撃されることはないと確信していても、普段であれば気を抜けない相手なのだ。

 

そう自分に言い聞かせて毅然とした表情を作るルッツの表情がこれ以上ないくらいに赤く染まっていることに、アルベド族の女性たちはアルベド語を身につけるべく必死にアルベド語会話を練習していたかつてのはやてを思い出し、同時にルッツを可愛い人だと感じて、さらに笑みを深める。

 

 

ふいに、通信機越しの声が、意を決したようにつぶやいた。

 

 

〈 ヨオトソヨ ソ リュック ム マハラヘモフ。 〉

 

〈 ガ、ガミギョフズ ベキョフア?! コキ スアモノヨヂ シ トカッサナ…… 〉

 

ルッツのそばのアルベド族が驚いたように言う。その言葉に通信機は少しだけ沈黙したが、ひとつノイズを鳴らしたかと思うと、ルッツのそばの仲間たちに向けて、通信機越しの男は宣言する。

 

〈 トエマ、ワミユ ダ ヨエミギョフ アハキツ ヌダサ ム イサルメネ。 ホエシ ハヤテ オ ワンペアルシン マ トエサヒ ヒーツ シ ソッセコ ラミギュフモフ ギヨフ オ リソユ ガ。 ハナ、 トエサヒ マ ヨオトソヨ ソ ミキホユフム ヨヨノイハテエザ ミテメネ。 〉

 

通信機からの言葉に仲間たちは真剣に耳を傾けていた。彼らの表情は険しいものばかりで、いやな想像を振り払うように頭を振る者もいた。しかし、それでも、その言葉に反論するものはいなかった。

 

そしてルッツはその様子に見覚えがあった。彼らが何を考えているのか、言葉が分からないルッツにも簡単に想像できた。

 

極めて厳しい任務内容を伝えた時の、「何があろうとついていく」と覚悟を決めた討伐隊員(仲間たち)と同じ表情だったからだ。

 

〈 サオツ、リュック ソ マハキセ ルエメネア。 〉

 

ガピ―ッ!

ルッツに語り掛けるように、通信機はノイズを一つ残した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュックとハヤテは、船上で水平線に落ちる夕日を眺めていた。

夕日の3分の1はすでに水平線下にあり、わずかに揺らめく夕日と海面に伸びるその光には、見るもの全てが郷愁にかられるだろう。しかし、誰しもが心を動かす自然の美しさよりも、リュックは、夕日を眺めるはやての表情に目が惹かれ、心を奪われていた。

 

「ね、ねぇ、ハヤテ」

 

心臓が痛いくらいに拍動するのをリュックは感じていた。喉にまで感じるその拍動に対して、リュックは喉に小さな心臓があるのかと本気で勘違いするほど、強く、そして激しい。

 

自分の恋を自覚した― あるいはさせられた ―リュック。

仲間のサポートを十全に受け、今、気持ちの丈をはやてに伝えようとしていた。

 

 

正直なところ、仲間たちに焚きつけられた面もあるとリュックは自覚していた。

リュックとしてはもう少し時間をかけて、はやてと仲良くしたかった。これ以上仲良くなるってなんだと言われることもあったが、リュックはいつも、はやてのために気を遣っていたから、もっと気楽に笑いあったり遊びあったりしたいと思っていた。

 

関係を進めることによる変化に対する漠然とした不安もあった。

 

しかし、ある女性アルベド族がリュックの恋心を知っていてなお、はやてにアプローチしようとしているという噂を耳にしてからは、自分の中の焦燥感と言葉にできない気持ちの荒ぶりがリュックに決断を強いた。

 

いつも自分を支えてくれる仲間たちに相談したところ、天気や波の様子から、今この時間こそ、最もきれいな空と海を夕日が彩ってくれると助言をもらい、背中を押してもらって、はやてをデッキに呼び出し、いつもの雑談をして、想いを告げる絶好のタイミングを待ち構えていた。

 

 

そして、今こそ、その時だったのだ。

 

 

「――――うん? リュック、今呼んだかな」

 

ゆるりと顔をリュックに向けるはやて。口元は、わずかに笑みをたたえている。

 

その仕草に、表情に、目に、いちいち心が跳ね上がる。

何も考えず、はやての胸元に飛び込みたくなる。衝動に身を任せ、自分の身体をはやてにくっつけたくなる。そんな自分を、はやてにやさしく抱きしめてほしい、受け止めてほしいと考えるわがままな自分を、リュックは自覚していた。

 

「あ、う、うん。 夕日をず~っとながめてたから、どうしたのかなあって」

 

リュックは自分が何を言っているのか分からなかった。口が勝手に動いて適当なことを言ってしまう。わー!と叫んで部屋に飛び込んでしまいたいと思った。

いつもの自分じゃない。頭と心と体が、まるで別々の生き物のようだった。

 

慌てふためくリュックの様子に、首をかしげていたはやてだが、少し困ったように笑いかけると、リュックの頭を一度撫で、夕日に向き直ってから口を開いた。

 

 

「……ちょっと、昔を思い出せそうな気がしたんだ」

 

「え?! ほ、ほんとに?!」

 

衝撃の言葉だった。

リュックは、はやてがかつての記憶を取り戻すために協力を惜しまないつもりだったから、ここでそのきっかけが訪れるとは思いもよらなかった。

 

はやては続ける。

 

「……いつか、どこかで。今と同じ美しい夕日を見た気がする。今と同じ、船の上で……」

 

それって、海のそばに住んでたんじゃ!

風景を思い出せたら、何かわかることがあるかも!

 

口に出そうとした言葉は、リュックの喉でせき止められた。

 

笑みをたたえて夕日を見つめるはやてが、口元は笑んだまま、しかし、泣き出しそうな顔で、眉をひそめて、辛そうにしていたのだ。それでも、夕日から目をそらさず、まるでそれが、彼の責任であるかのように、目に焼き付けていた。

 

はやては、続けて話す。

 

「あぁ、そうだ……、思い出した。あの時僕は」

 

【100万ドルの夕日】がみたいってわがままに付き合わされて」

 

「そう、【皆】で見にいったんだ。【姉貴】が予約して、僕が【車】を出して」

 

それは、きっと無意識の告白だった。

 

「…………綺麗だった。【皆】で見た夕日は、本当に特別なものだった」

 

「大切にしたくて、忘れたくなくて、【スマホ】【写真】を取ろうとしたら、波の揺れに足を取られた【妹】がぶつかってきてね、それで【スマホ】を海に落としたりなんかして」

 

 

「なんだか、可笑しくてなあ。……腹抱えて、()()()()()()()

 

 

 

はやての言葉にノイズがかかる。リュックは、どういう訳か、彼の言葉の一部を聞き取れなかったが、それでも彼が、過去を回顧し、懐かしんでいるのは理解できた。だけど、あんなに頼もしく、明るく、そして何よりも優しい彼が、過去を思い出しながら苦しんでいる理由がわからなかった。

 

 

「……………………ぃたいなあ

 

 

リュックははやてに抱き着いた。

それは、しがみついたと表現するほうが正しいと思えるほど、必死の行動だった。

 

「―っと。ごめんごめん、重い話になったね」

 

「……ううん」

 

リュックは、はやての服を強く握りしめる。泣き顔を隠し、駄々をこねる子供のように見えるかもしれない。抱き着くリュックの顔は見えないが、それでもはやては、あやすように彼女の頭を優しく撫でた。

 

「ありがとね、リュック。大切なことを一つ思い出したよ」

 

「とても、とても、大切なものなんだ」

 

「忘れたくない思い出を、思い出させてくれてありがとう」

 

夕日と、乱反射するその光が揺らめき輝く海上で、ともすれば抱きしめあっているように見える二人、それは陰で隠れて見守っているアルベド族たちにとって永久保存したいほど、神聖で、尊い一場面だった。

 

 

だが、リュックだけは。

リュックだけは、非常に強い焦燥感を抱いていた。

 

無意識に過去を吐露する彼が。

自分を優しく、甘く、撫でてくれる愛しいその人が。

あまりにも儚く見えて、その姿が幻のように揺らいで見えたのだ。

 

帰るべきところと手段さえ分かれば、たとえ今この瞬間でも帰ってしまう。

根拠はなくとも、リュックは確信できた。だから、ただただ辛い消失感をリュックは抱いた。

 

ハヤテはここにいるのだ。彼の顔を見上げ、リュックは安心したかった。

しかし、そこにはやての姿はない。

 

「…あれ、ハヤテ?」

 

()()()()()()()()()

 

リュックは未だ、気づかない。

 

「………ハヤテ? どこ? ハヤテ?」

 

空はいつの間にか夜に染まり。

しがみついていたはずのハヤテがいなくなっている。

 

星が見えない夜空が落ちてくる。

リュックの(自分の)世界が闇に侵食されていく。

 

だが、そんなこと、リュックにとっては至極どうでもいいことだった。

 

「ハヤテ、ねえ、どこいったの? ハヤテ、ねえ、ハヤテ……っ!」

 

闇が落ちる。いつしかそれは、リュックのすぐそばまで。

一寸先の闇に、彼女はそれでもハヤテの姿を探し続ける。

 

 

まもなく、耳をつんざくほど甲高い機械音が鳴り響いた。

それは通信機がつぶされる際に鳴り響くノイズであり、短い間隔で、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、鳴り響いた。

 

さながら危険を知らせるサイレンのように、大きく、歪に響き渡る。

 

「い、いやっ!!!! この音やだ! やだぁぁああ!!!」

 

リュックはたまらず耳をふさいでしゃがみこんだ。だが、リュックを苦しめるその音は耳をふさいでもなお、はっきりとリュックの耳を、心を、痛めつける。

 

「やだ、やだよおぉ…… 止まって、止まって、止まって、止まって、止まって、止まって、止まって、止まって、とまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれとまれ」

 

 

 

 

ぴちょん。

 

 

 

水が滴り落ちる音がして、歪な機械音は鳴りやんだ。

うずくまっていたリュックが顔をあげると、そこはかつての遺跡で。

 

 

「…………ハ、ヤ

 

 

ふらりと立ち上がったリュックは、音の発生源に向かう。

その足取りは、つたなく、不安定で、誘蛾灯にひかれて哀れに飛び交う蛾のようだった。

 

 

ぴちょん。ぴちょん。ぱた、ぽた

 

 

歩みを進めるたびに、音が大きくなる。

同時に、いつまでたっても嗅ぎなれない鉄さびのにおいが強まっていく。

リュックの歩みは次第に速度を速め、やがて、倒れこむようにしてたどり着いたそこは、おびただしい「赤」に染まりあがっていた。

 

「……………ぁ、」

 

そうしてやっと、リュックは思い出す。

これは、自身が目を閉じ、眠るたびに繰り返し見続けている悪夢であると。

 

「……ゆめ、ゆめ、ゆめ。ゆめなんだよねコレ」

 

リュックは立ち上がり、赤の中心へと赴く。

遺跡の中だというのに、いやに明るく、そして赤い。

 

 

 

 

 

リ ュ ッ ク

 

 

 

 

「――――――っ?! ハヤ……テ………?」

 

 

 

 

 

彼の声に振り向いた。

何も考えず、ただ、いつも通り振り向いた。

 

 

 

 

 

 

 

そこにあったのは、見るも無残なハヤテ

 

 

 

 

 

 

 

の、ようなもの

 

 

 

 

「     ぇ  」

 

 

そう、いつもそうだ。

 

 

 

ここで、リュックの身体は倒れこみ、に沈むのだ。

赤の海に身が沈み、ゆっくり、ゆっくり、沈みゆく。

 

 

 

そして体のすべてが沈んだころ。

 

 

 

ぐしゃりという音が耳元にえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きゃああああああぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

〈 ―――っ! リュック! 〉

 

リュックが狂乱した状態で目を覚ます。

そばにいた衛生隊員は座っていた椅子を蹴り飛ばす勢いでリュックに駆け寄った。

 

「いやああああああぁあぁぁぁああぁ!!!!! いや!!! いやああああああ!!!!!!!」

 

〈 リュック! 落ち着きなさい、リュック!!! 〉

 

「いやああ!! いやああああ!!! やだああ!!!! やだやだやだああああぁぁぁ!!」

 

〈 ――――――リュックっ!!〉

 

衛生隊員は、リュックを落ち着かせようと抱きしめる。

しかし、リュックはそれを拒むように、押しのけ、叩き、泣き叫ぶ。

 

「あああああぁあぁぁぁぁ!!!!」

 

〈 大丈夫、大丈夫だから。大丈夫よ。心配ないわ。―――エスナ〉

 

「あああぁぁぁぁぁ…………」

 

リュックにエスナがかかると、次第に目の焦点が合い、ひどく荒れた呼吸は少しずつ整い始める。その際も、衛生隊員はリュックを抱きしめ、背中を撫でていた。

 

〈 大丈夫、大丈夫よ。落ち着いて。怖かったわね 〉

 

「……ぅ、ひぅ、ぐ、う、うぇ」

 

 

〈 ね、ほら。大丈夫よ。泣きなさい、いいのよ、泣きましょう。だって、怖かったんだもの。 〉

 

悪夢から目が覚めると、決まってリュックは一しきり泣く。

一日に何度も飛び起きることも少なくなかった。衛生隊員の必死の看病もあり、その頻度は少しずつ減ってはいたが、それでも毎日、必ず1度は錯乱した状態で目覚めている。

 

怖くて、辛くて、情けなくて、悲しくて、痛くて、リュックは泣き続ける。

錯乱していた先ほどとは打って変わって、泣くときはとにかく声を殺して泣く。その理由はリュックにもよくわからない。

 

だけど、声を上げてわんわんと泣いた時点で、リュックは「終わってしまう」と無意識に感じていた。

 

だから、リュックは我慢するのだ。我慢して、我慢して、それでも我慢できなくて、声を漏らしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

〈 ごめんね……、いつも。 〉

 

〈 なに言ってるの。謝らないで。私は衛生隊員よ。あなたを含め、仲間の健康を支えることが仕事なの。 〉

 

〈 うん…… 〉

 

〈 それに、かわいい妹が泣いてるときは力になってあげたいし、力になれて嬉しいの。だから、そこは、ね? 〉

 

〈 ……あ、う、うん。 あ、りがと。 〉

 

〈 どういたしまして。さて、エスナはかけたけど、これをゆっくり飲みなさい。もっと心を落ち着かせることができるわ 〉

 

〈 うん。 〉

 

リュックは衛生隊員から差し出された温かいマグカップを受ける。

中には茶色の液体が入っていて、薬膳茶のような香りがした。あまり好きな香りではない、しかしリュックは言われたとおりにそれを飲み込む。

 

暖かい液体が喉を通り、肺と胃を温めてくれる。

悪夢から目が覚めて十数分経って、ようやく頭がはっきりしてきた。

 

〈 また、みちゃった。 〉

 

マグカップを両手に持ち、液体にうつる自分の顔を見ながらリュックが言う。

落ち着いたリュックに安心し、椅子に座りなおした衛生隊員が続けた。

 

〈 しょうがないわ。それだけあなたは心に傷を負っているということ。心の傷が深いということを、まず認識することが大事よ。 〉

 

〈 ……うん 〉

 

〈 今度、もっと強い睡眠薬を調合しましょう。夢を見ないほど深い眠りに落ちれば、ひとまず心身を休めることができるからね。 〉

 

〈 う、うぅ…… あのお薬、またのむのかあ… 起きたとき、すっごいフラフラするからきらいなんだよ~…… 〉

 

 

リュックはここ数日、ひどい悪夢にうなされていた。不安定な精神状況下では、深い眠りにつけず、結果浅い眠りばかり続けている。中途半端に脳が覚醒している状況で、はやてのことを想い、そしてショックな出来事を連想して思い出すのだから、それはとてつもなくひどい悪夢となってリュックの精神に大きな負担をかけていた。

 

目覚めの時は常に半狂乱だった。悪夢を見始めた初日は、部屋で無意識に暴れまわり、アニキや衛生隊員たちをひどく心配させた。

 

一度きちんと覚醒してしまえば落ち着きを取り戻すが、そうなるとハヤテの件を思い出し、今度は気分が大きく沈んでしまう。悪夢の内容を覚えているものだから、夢で感じた消失感や狂気まで思い出してしまい、眠りに落ちずとも、ベッドの上で横になる日々が続いていた。

 

〈 薬はちゃんと飲むこと。……()()()()()()()()()? 〉

 

〈 …………うん。 〉

 

衛生隊員の問いかけに、リュックは答える。

不安と悲しみに暮れていても、リュックは確かに、彼女の言葉に肯定した。

 

〈 何度も言うようだけど、あなたには休息が必要なの。部隊に戻ることは、衛生隊員として、絶対に許可できないわ。 〉

 

衛生隊員は何度繰り返したかわからない言葉をかける。

 

驚くことに、リュックは部隊への復帰を望んでいた。

衛生隊員からアニキたちへは、リュックの復帰は絶望的だと説明している。しかし、リュック自身は、絶対に部隊に戻るのだと言って譲らない。

 

〈 ほんとはね、つらいんだ。夜も寝れないし、頭も、ずっといたい。ハ、ヤテのこと、まだ、ぜ、ぜんぜんダメだし。 〉

 

〈 リュック…… 〉

 

〈 で、でもね。でも、やっぱり、あたしは仲間と一緒にいたい。ほら、あたし、ニギヤカ担当でしょ。アニキにも、みんなにも、心配かけたくないし 〉

 

〈 でもリュック、今は心配をかけてでも休まないと……〉

 

 

 

〈 それに、やっぱり……信じたくないんだ。ハヤテが、本当に、もう、いないなんて。 〉

 

自然とマグカップを握る手が強まる。小さく震えてもいた。

しかし、リュックははっきりと言葉にする。

 

〈 信じたくないもん。目で見たもの、感じたものを、あたしは大切にしてる。だから、ハヤテが本当に……し、死ん、死んだんだって、その体を見ないと、あたしは、信じない。 〉

 

〈 で、でも、夢にも見るんでしょう? だったら…… 〉

 

 

〈 ……あたし、夢で血だらけの部屋にいたんだ。それは、遺跡で見た通りの風景で、匂いもそうだった 〉

 

〈 ……リュック、辛いなら言葉にしなくても、 〉

 

 

〈 でも、でもね。それだけ。あたしたちが見たのは、誰のものか分からない血だけなんだよ。…………その、一部もあっ、たけど。 でも! ハヤテはいなかった! 〉

 

 

悪夢の最後はいつも悲惨なものだった。

だけどいつも最後が違っていた。それは、最後はいつも「想像」だったから。

 

 

〈 だから……、本当にあきらめちゃうまで、……あきらめたくない、んだ。 〉

 

 

結局、リュックはハヤテの死を否定した。

それは、盲目的といえるかもしれない。理性的ではなく、屁理屈で、感情論である。

 

だけど、リュックの目の前で亡くなった母とは違い、ハヤテは「ほぼ」生存していないと結論づけられているに過ぎない。誰も彼の死を証明できないのだ。

 

リュックは自分の目で見て考えることを大切にしている。

 

だったら、自分くらいは、そのわずかな可能性を信じてみたいのだ。

 

〈 ハヤテが死ぬなんて考えたくない。それに、やくそく、したもん 〉

 

〈 やく…そく? 〉

 

衛生隊員が尋ねると、リュックは、ほんの少しだけ口角を上げて言って見せた。

 

〈 ぜったい、けが、しないで帰ってこれるっていってたもん 〉

 

さっきまで泣き叫んでいたとは思えない、淡くも強い意志。

ちょっと子供っぽいところがあるけど、それでもリュックは、本当に強い子だ。衛生隊員はそれを確信した。

 

〈 ………そう、なのね。ふふっ、分かったわ。じゃあ、一緒にアニキのところに行きましょうか? 一回くらい、顔を出しておきなさい。 〉

 

〈 ……う~、怒ってないかな。ずっと部屋にいたし 〉

 

〈 大丈夫よ。ずっと心配してたから、ちょっとは安心させないと。それにほら、ニギヤカ担当でしょ? 〉

 

〈 ―――っ! うん! 〉

 

 

ああ、ようやく笑った。

目の下のくまは濃く、数日とはいえどまともに飲み食いしていなかったから、少しやせてしまった。肌も髪も、ちょっと荒れている。

 

それでも、いい笑顔だと言えることに、衛生隊員は安心したのだった。

 

 

〈 じゃあ、顔を洗ってらっしゃいな。それから、アニキに連絡するから、返事があるまでここで……? 〉

 

善は急げと、リュックが身支度を整えようとしたその時。

大勢の足音がリュックたちの部屋に向かっていた。バタバタと慌てた様子にリュックたちが身を構えた瞬間、アニキの声と扉を控えめにたたく音が聞こえた。

 

〈 リュ、リュック。調子は……どうだ? 〉

 

腫れ物に触れるかのような話し方に、やっぱり心配をかけてたと反省するリュック。

 

〈 ん、今はだいじょーぶ。ちょっとまってて 〉

 

そういうとリュックは簡単に身支度を整えて、扉を開いた。

そこにはリュックに会えて嬉しそうな顔を隠そうともしないアニキと、同じように安心したような表情の仲間たちがいた。

 

〈 リュック、だ、大丈夫なのか? つらくないのか? 〉

 

アニキが問いかけるが、その言葉に頭を振って否定する。

 

〈 まだ、ちょっときついかな~。でも、だいじょーぶだよ。みんなも心配かけて、ごめんね 〉

 

リュックがそういうと、あやまるなよ、とか、いいさ、とか優しい励ましの言葉を仲間たちはかけた。

 

やっぱり、仲間たちのために頑張りたい。

皆が立ち上がっているなら、自分も。そう思わせてくれる仲間たちに、リュックはただただ感謝した。

 

〈 そうか! そうか!! いやでも、無理はだめだ。リュック、まずはここ、ホームでゆっくりしてだな…… 〉

 

〈 んもー! 今はだいじょーぶってば! ってゆーか、今からシャワーあびたいし! あとでアニキの部屋で話を……? 〉

 

リュックはアニキが通信機を握りしめていることに気が付いた。

 

〈 ねえ、それ、どうしたの? 誰かと通信中? 〉

 

リュックがアニキの手元を指さすと、アニキはハッとした顔をして、面持ちを改めた。

 

〈 リュック、聞いてくれ。大陸の人間と通信してるんだが……、お前に通訳を頼みたい。 〉

 

〈 つ、通信相手アルベド族じゃないの? ……ぇ、と 〉

 

リュックはためらった。嫌という訳ではないが、何を言われるかわからない不安がリュックを及び腰にしてしまう。

 

〈 ちょっと、ダメよ。どうしたのよ、いきなり。 〉

 

すぐに衛生隊員がリュックの前に出て彼女をかばう。

 

〈 そういうことは後でもいいでしょ。重要なことなのかもしれないけど、ひとまず録音して、あとでリュックに聞いてもらえばそれで…… 〉

 

正直リュックとしても、今すぐは遠慮したかった。

通信相手から罵詈雑言が飛び交うことは珍しくない。通常のリュックなら、やれやれと受け流すことができたかもしれないが、今は精神的に万全な状態とは言えない。衛生隊員が言う通り、録音したものを後で翻訳すると伝えようとしたその瞬間、

 

〈 頼む。俺とリュック……、それから、ハヤテの「知り合い」と名乗る男が対話を試みてきたんだ。それも、アルベド語でだ。 〉

 

 

 

 

「――ったく、いったい何なんだ。島に帰ったらアイツ、こき使ってやるからな」

 

 

 

 

リュックはアニキを突き飛ばすように、その手の通信機を「ぶんどった」。

とんでもない勢いで吹き飛ばされ、壁に激突し、ずるりと床に落ちたアニキは気絶したが、その顔は何処か、安心したように穏やかだったと、後の衛生隊員は述べている。

 

 



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連絡船リキ号②

少し短めです。


「――ったく、いったい何なんだ。島に帰ったらアイツ、こき使ってやるからな」

 

 

ため息交じりの声だった。面倒ごとに巻き込まれてしまったことに対する不満を隠そうともしないその声に、リュックの心はざわつく。この声はハヤテではない。何回も繰り返し聞いてきた、今でも耳に確かに残る彼の声では決してない。

 

 

それでも、リュックはか細い声で問うた。

 

 

「……………ハヤテ?」

 

 

「 ――――ん? 」

 

通信機の向こうの男がリュックの問いかけに反応した。やはり、間違いない。

この声はハヤテではない。それはわかっていた。だけど、それでも、リュックは自身の質問に肯定してほしかったのだ。

 

 

「――――――」

 

 

通信機からは何も聞こえない。

 

 

部屋に緊張が走る。

リュックは口を開けない。否定する言葉が出てくるのではないかと、恐れていたから。

通信機の向こうは、何も発しない。その意図はわからなかった。

 

誰もが、次の言葉を待っていた。

リュックは突然、強い不安感と緊張感に見舞われた。どういう訳か、今すぐにでも通信を切断してしまいたい衝動に駆られる。

 

今ここで通信が途絶えてしまったら、二度とハヤテに関する有力な情報を手にすることができなくなってしまうかもしれない。

 

そう考える理性的なリュックが、通信を切断しようとする己の弱さをどうにか押し込めた。

 

 

 

そして、とうとう通信相手の男が口を開いた。

 

 

 

「―――ッし! 通じてくれ! ハヤテ! キニワミ! アニキ! リュック!!!   ど、どうだっ!! 」

 

 

 

この男から聞こえた「ハヤテ」の名。

リュックは頭を殴られる幻覚を抱いた。それほど、彼の名が口にされることの衝撃が強かった。リュックは思考停止してしまい、周りのアルベド族たちも一様に息をのんだ。

 

 

「………あ、あれ? おーい? 通じてるか……? ま、まさかやっぱり間違えてたんじゃないだろうな。おい嘘だろ、やめてくれよ! 全然違う意味だったらどうするんだよ! なんだ、すごい気恥ずかしいなコレ?!」

 

 

ゴンっ!!

 

 

頭を机に強く打ち付けたような鈍い音が通信機から響く。その音にハッと我に返ったリュックはたまらず叫んだ。

 

 

「言葉はつうじてるよ! ねえ! ハヤテはどこ?! ハヤテは、ハヤテは無事なの?!」

 

 

「うぉわっ?! な、なんだ女の声?! というか、言葉が通じてる?!」

 

 

リュックの叫びに驚いた様子の通信相手。

 

 

「ねぇいいからそんなこと!! ハヤテは今どこにいるの?!?! ハヤ、ハヤテは― ―っ!!!」

 

 

リュックの肩に誰かの手が置かれる。

 

 

「 リュック、トヒユテ 」

 

 

通信機を握りしめて叫び、落ち着きを失っているリュックをなだめるのは、先ほどまで気絶していたアニキだった。ハヤテの名を連呼するリュックの声に、目覚めたようだった。

 

 

「 トヒユテ。ガミギ ハ マハキ ガノ。ワミセ ダ ヨンナン キセウ。

トヤネ ハナ トヒユミセ マハキ ダ ベチウ マブガ。」

 

 

リュックに落ち着くよう諭すアニキに、いつの間にか荒れていた呼吸に気づくリュック。

数舜の戸惑いはあれど、リュックはアニキの言葉にうなづきを返し、深呼吸をする。

 

 

(おちついて、おちついて……)

 

 

そうだった。これは、絶対に逃すことができない機会だ。

ハヤテの名を口にするこの男との通信が切れてしまったら。あるいは、話をすることができないと判断されてしまったら。

 

 

ハヤテを失ってから続く、この悪夢のような日々は終わらない。

 

 

 

「……ごめん。その、ハヤテのこと。知ってたら教えてほしくて……。だって、ハヤテは大切な仲間だから。みんな、しんぱいしてて、あたしも、ずっと、ずっと、ハヤテのことがしんぱいで、それで、それで……」

 

 

 

ともすれば怯えたような声色だっただろう。大声を上げていた先ほどとは対照的で。

 

 

 

祈るようで、すがるようで。

 

 

 

頼りなく、幼く、不安定で。

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、純粋で、美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 元 気 だ よ 、 は や て は 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数人のアルベド族たちが思わず声をあげた。げんき、という大陸の言葉に聞き覚えがあった。それは、ハヤテが皆にケアルをかけるとき、決まって口にする言葉だったからだ。

 

 

 

 

だが、リュックの頭に浮かんだのは、否定の言葉だった。

 

 

 

 

「なるほどな……。どうりで、あいつがアンタらと連絡を取りたがってるわけだ」

 

 

 

 

だって、ありえなかった。

 

 

 

「不思議な魔法を使う、人当たりのいい、黒髪黒目のはやてだろう? たしか……ヒイラギはやてって名前だったか」

 

 

 

生存は絶望的で、悪夢に繰り返し出てきた赤は、今でもこの目にこびりついていて。

 

 

 

「魔物にやられかけたけど、何とか脱出したって言ってたぞ。どうやって、って聞いても特殊な魔法がどうとかこうとか、よく分からなかったがな」

 

 

 

それに、生きていたなら自分たちのもとに。

自分のもとに、戻ってきてくれていたはずだった。

 

 

 

「悪いな嬢ちゃん、アイツもアンタらとコンタクトを取ろうとしてるんだが……その手段がなくてな。アイツも悩んでたんだ。俺たちにとって機械はご法度だし、アルベド族の知り合いもいなかった。ま、だからこそ例の作戦でアルベド族とコンタクトが取れる俺がメッセンジャーとしてここにいるわけだ。過去最大級に難易度の高い任務だったよ。作戦に備えてアルベド語を勉強するのもいいかもしれないな」

 

 

 

〈 リュック! トミ、リュック!! ヨミユマ、 ヨミユ マ ハシム ミッセウンガ! トミ! ハヤテ マ ズギ ハオア?! 〉

 

 

 

もしかすると、ソレはハヤテではないのかもしれない。

そんな考えがリュックの頭をかすめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会いたがってるぞ、はやてのやつ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海の波に揺らぐヤシの葉にもすがりつくような想いが。

 

 

 

 

 

 

闇に閉ざされた世界を、優しく照らす希望の光が。

 

 

 

 

 

 

リュックを、血濡れた悪夢から解き放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「わかった、じゃあその座標に船をつけたらいいんだね。〈アニキ、 ヨヨシ ミル シマ ゴエルナミ アアウ?〉 ……じゃあ、7日後にそこにいくね」

 

 

「ああ。こちらからボートを出すから、それでうちの島にあがってくれ。大きな、それも機械の船だと混乱を招きかねないからな」

 

 

「うん。……その、案内してくれる人がいるとおもうんだけど」

 

 

「分かってるさ。はやてに案内させるから、思う存分あんたらを心配させた罰を下してやるといい」

 

 

「―――っ! うん!!」

 

 

「いい返事だ。……本当にいい返事だ。大丈夫か、あいつ」

 

 

 

はやての無事が確認され、アルベド族のホーム中にブリッツ大会決勝戦以上の大歓声が響き渡ったあとの事。ルッツはハヤテとアルベド族たちを合流させるための手筈を通信機向こうの女性と相談していた。

 

ビサイド村には寺院があることから分かるように、その村民たちは信心深い者が多い。そこに複数人のアルベド族を連れていくことは得策ではないため、ルッツからの要望でアルベド族側からは代表者1人を選ぶこととなった。

 

代表者を選ぶとは言ったものの、大陸の言葉が話せるリュック以外にその適任者はおらず、本人たっての強い希望もあり、人選と段取りは実にスムーズに決められた。

 

通信機越しでも感じていた重苦しい雰囲気はすでに霧散し、今はお祭り前のような活気さが感じられた。よほどアルベド族たちに好かれているんだな、とはやてへの評価を確認し、ビサイド村の連中も、彼らほどではないにしろ皆はやてを好いているという点では共通する部分が多かった。

 

アルベド族も自分たちも仲間を大切にする。

当たり前の共通点だが、それでも、これまで以上にアルベド族に対して親近感を抱くことになったルッツだった。

 

ちなみに、ルッツが話すアルベド語に間違いはないとの太鼓判ももらっていた。なぜ「知り合い」なのか、そこはそちらの言い間違いや聞き間違いではないのかと問いただす通信機向こうの女性の声は、機械越しにブリザガでも撃ってくるのではないかと錯覚するほど冷たく、度肝を抜かされたが、ルッツがビサイド島を出立する前に、はやてに説明された意図をそのまま説明すると、ひとまずは落ち着いてくれたというひと悶着もあった。

 

ビサイド村のアイドルである従召喚士がルッツの脳裏をかすめるが、特に深く考えず、ルッツとアルベド族たちは段取りを進めていく。

 

そして、今からルッツが口にするのは一種の交渉だった。

 

 

 

「……で、だ。あんたとはやてが合流した後の動きなんだが」

 

 

 

「ハヤテはウチに戻るよ」

 

 

有無を言わせない。ルッツの言わんとすることを理解した女性の声色が変わり、今からの交渉に対して身構えたことをルッツは感じ取った。

 

 

「あー、まあそれは、な。あいつもそれを望んでるんだろうが……」

 

「あたりまえだよ」

 

「だがな、はやては村の仕事をいくつも引き受けてくれている。うちの村で衣食住を提供したり、あんたらに引き合わせたりすることへの見返りとしてな。引き合わせた当日に、ハイさようならってのは、村の連中にもちょっと酷じゃないか」

 

「………」

 

「はやてを返さないなんて言ってないさ。あいつだって、一時的に滞在しているんだと村の連中に説明しているしな。けど、せめて引き継ぎとかな、少しだけでも猶予をくれないか」

 

 

はやてという人材は、ビサイド村にとって、大変貴重な人材になっている。それこそ、はやての滞在目的を理解していてなお、彼を手放すことを非常に惜しむくらいには。はやての滞在が一時的なものであり、その期間も長いものではなかった。だが、欲を言えば、はやてには今しばらくビサイド村に滞在してほしいというのがルッツ、ひいては村民たちの希望だった。

 

あと少しもすれば、件の防衛作戦が始まる。ビサイド村からも多くの人間が作戦に赴く予定だ。ルッツやビサイド村のブレイン陣としては村の警備が手薄になるその時期は、はやてに滞在してほしいと考えているのが本音である。

 

もちろん、アルベド族とはコンタクトが取れなかったとうそぶいて、はやての滞在を延ばすこともできる。だが、ルッツの薄れつつあるが未だ確かに存在する信仰心と、討伐隊としての正義感がそれを許さなかった。ゆえに、ルッツは交渉するしかない。しかし、それは簡単ではなかった。

 

「ハヤテは大切ななかまだよ。船での仕事もたくさんあるし、ハヤテにお願いしてた任務もある。あたしの、あたしたちのを、あたしは連れて帰るんだ」

 

奪うことは許さない。

 

言外に伝えられたメッセージを、ルッツは受け取った。

だが、はいわかりましたと首を縦に振ることはできない。

 

 

「ああ、ああ、そうだろうよ。俺らの村も小さいからこそ、仲間を、家族を大切にしている。気持ちは痛いほどよく分かるさ。……それを汲んだうえで、俺たちに時間をくれないか」

 

 

「だめ」

 

 

にべもなし。交渉自体を拒否している。

 

 

「頼む、俺たちもあいつともっと居たいんだ」

 

 

「だめ」

 

 

「あいつのことを村のやつらは好いている。子どもたちもだ」

 

 

「だめ」

 

 

「小さいながらも、あいつのためにテントを用意しようとしてる者もいる。そいつらの気持ちも汲んでやってくれないか」

 

 

「だめ。ぜったい、だめ」

 

(―――くそっ! 絶対に退かない意思を感じる。相手がアルベド族である以上、その存在を村人たちに広く知られるような真似はできない。つまり、物資提供や補給のための滞在許可は難しい。下手をすると、はやてが厄介者として排斥されるような空気になりかねない。こちらから提供できるメリットなどほぼないのに、交渉もくそもない……か)

 

取り付く島もない。アルベド族たちからすればルッツの要望に応えるメリットがないため、「交渉」としての条件を満たしていない。結局、ルッツが行っているのは「懇願」であった。

 

はやてがビサイド村に残りたいと言っているならまだしも、本人がその滞在が一時的なものであると公言し、そもそもビサイド村に寄って滞在している理由が、アルベド族たちと合流するためであり、その目的が叶う現時点で、ビサイド村の人たちにははやてを引き留めることはできないのだ。

 

(……まあ、ダメもとの交渉だ。あいつには、もっと滞在してほしかった。村のためにも、個人的にも。それにやっとあの子が自然と笑うようになったんだ。できれば、もっと、あの子のために……)

 

ルッツの脳内に思い浮かぶのは、純粋無垢な従召喚士の少女。父の偉大さを誇らしく思う一方で、自身もその道を目指さんと無理を重ねるその子が、ようやく自然に笑えるようになった。年相応の振る舞いが戻りつつあった。

 

村の一部の人間は、彼女の安全と平穏を願って召喚士への道をどうにかあきらめさせたがっている。しかしルッツは、彼女が思いのほか頑固であり、一度決めた事はてこでも動かせないことを知っていた。

 

それならば、と。ルッツはたとえわずかな間だけでも、彼女には幸せな日々を送ってほしいと願っているのだ。

 

はやてがいなくてもそれは叶うだろうか。

 

はやてよりもユウナとの付き合いが長いからこそ、彼女を笑顔にすることなど造作もない。そう自負することは、ユウナが笑顔を徐々に無くしていった時に何もできなかった過去が許さなかった。

 

彼女を幼いころから知っているからこそ、「家族」という関係性だからこそ、できることもあれば、できないこともある。ユウナの場合、家族とは違う「他者」が必要なのかもしれない。ユウナの姉を自称する、村のブレインたる黒魔道士がそう結論付けていたことをルッツは思い出していた。

 

だが、はやてが村を出るというなら、自分たちがやるしかない。

彼のようにはなれなくとも、彼から学んだことを生かして彼女のためにできることをやるのだと、静かに決心した。

 

一つ深呼吸をし、ルッツは白旗をあげた。

 

「…………わかった。はやてに聞いて、すぐに出立すると言うなら俺たちにそれを止めることはできないな。それでいいか?」

 

「すぐに帰るはずだよ」

 

「わかったわかった。もう引き留めるようなことはしないさ。だが、送別会くらいはさせてくれよ。ビサイド島には寺院があるし、ちょっとしたリゾートスポットとしても有名なんだ。今後、あんたもはやてとのデートでうちに寄るかもしれないだろ? 気持ちよくはやてを送らせてくれたら、また来たときに俺たちも歓迎することが……」

 

 

「デ、デ、デート?!」

 

 

「うん? ああ、あんた、はやての恋人かなんかだろ?」

 

ルッツはこの通信機越しの女性がはやてに執着していることは理解していた。はやてに対する親しみを隠そうともせず、執着心を見せるのは大抵恋人であるとルッツは考えている。

 

「ち、ち、ち、べ、べ、べ、べ」

 

それが正しいものかどうかさておき。

 

「……もしかして、俺の勘違いか?」

 

「……………………かんちがいじゃないよ」

 

勘違いではないらしい。

 

「……そうか」

 

「………うん」 

 

「………」

 

「………」

 

「………ああそうだ、はやて用のテントなんだけどな、簡易的なもんだから、本来は一人用なんだ。けど寝るときにくっつきあうことになってもいいなら二人くらいなら一緒に」

 

「しょ~がないな~。はやてが帰るって言うまで居てあげるよ。あたしもいっしょにね」

 

「おお、そうか。そうだな、恋人なら一緒にいるのが当たり前だもんな。離れてたぶん、うちで仲睦まじく遊んだらいい。恋人らしく、一緒にな」

 

「こ、こいびとらしく」

 

ごくり、と生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

 

「恋人らしく、な。おお、それからな、ビサイド島には恋人の仲が深まるという伝説をもつ観光スポットがあるんだが、これがまた、本当にそうなってしまうってことで有名でなあ(嘘)」

 

「で、伝説?! でも、あたしそういうのは信じてないし」

 

「あ~、まあわかるぞ! あんたらアルベドはそういう呪いみたいなものはあまり好きじゃないらしいしな。でもな、そんな場所にはやてを連れて行ってみろ? どうなると思う?」

 

「ど、どうなるのさ……」

 

 

ルッツはすぐに答えない。じらすように、ためにためて、大ぼらを吹いた。

 

 

 

 

 

「夕暮れ時……、愛を永遠にするという伝説の場所(大嘘)に女の子と二人きり。次第に空には星空が浮かび、波の音と暗闇が二人を積極的にする。つまり……わかるだろ?」

 

 

 

 

 

 

「―――――っ!」

 

 

 

 

 

 

しばらくは滞在してもらえそうだ。

確信したルッツの口角は実にいやらしい角度で上がっていた。

 



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