電子光虫使いが逝くARC-V(連載版) (ウェットル)
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ハートランド防衛戦 最悪の初日・昼

読み切りの短編集から引っさげてきた、ネタの時間軸・カード設定違いです。




 ある平行世界の、どの世界にもあったはずの夜。

 いつも通りの平和な日々が続いてさえいれば、煌々と輝く大地の星空になるはずだった未来都市ハートランド。きっとそれは、超巨大遊園地ハートランドの中心にそびえ立つタワーから見下ろせば、夜空とあいまって無間にして満点のプラネタリウムとなるのだろう。

 

 ああ、そんな日々が続いてさえいれば、この物語は美しかったのに。

 

 轟々と燃え盛るコンクリートと鉄骨のキャンプファイヤーと化したビル群と、その炎に照らされた曇天を見渡して、ひょっとして、焦熱地獄ってこんな感じなんだろうか、と頭によぎる。

 天まで燃えているかのような紅蓮の世界。

 その中で、そびえ立つ漆黒の影の巨人が次から次へと町を砕いていく。

 ビルを、駅を、橋を、モノレールを。

 ここまであっさりと壊してくれると、かえって現実味が減ってスッキリする。

 賽の河原に行けたなら、きっとその地獄が毎日続いたのだろう。

 そして今、その漆黒の影の巨人の1体が目の前に近づいてきている。

 

 今から死ねば、元の世界に帰れるのだろうか。

 この世界の戦い方――――すなわち、デュエルによって死ねば、自分は為すべき役割を持ったキャラクターとして退場できるのだろうか?

 

 だが、負ける訳にはいかない。

 自分はまだ、死んでなどいない。

 こう言っちゃなんだけど、いろんな女の子と「クラスメイトとして」付き合いがないわけじゃないけれど、だからって男性としてモテているわけじゃない。

 進学のたびに付き合い、卒業のたびに別れ。

 そんな軽い付き合いでも彼女だった女の子たちとは、ゲームを通して一夜を共にしたことはあっても、よりにもよって性的な関係まで辿り着いたことが一度もないのだ。

 モテてるなら食っちまえばよかったのに、などと茶化す友だちもいるが。

 そんな態度は、学校が変わるたびに付き合いの限界を迎えて別れ、そして新しい学校でも同じことを何度もやる、という態度であるならば、いつか破綻することは目に見えている。

 

 そういった付き合い方に、ヒトはこういうのだ。「女の子の扱いが軽い」と。

 

 本当の意味で、処女を奪うことや性的関係を持つことの重さをわかっていないおバカの、とりあえずバイキング・コースで片っ端から食べようとして大量に取った料理を残すかのような品の無さと大差のない、女の子の扱いがぞんざいな生き方なのだ。

 料理とは貪るものではなく、作ってくれた人たちに感謝するもの。

 女の子で例えるなら、そう、その子が生まれ育った環境とかをですね。

 

 こほん。

 

 とにかく、俺は死ぬわけにはいかないのである。

 ゆえに、今、目の前のフィールドで起こった奇跡も――――俺の意志で引き起こした、必然なのだ。カードの精霊の魔法もクソもない、ただの戦術のみでの。

 

「た、助かったっ・・・・・・!」

 

 《応戦するG》。

 《ゴキボール》や《増殖するG》と並ぶ、デュエルモンスターズでは珍しい種類の昆虫モンスターが、漆黒のカラクリの巨人、《古代の機械混沌巨人》の目の前に、同じく漆黒の影の壁として立ち塞がっていた。

 カードゲームであるデュエルモンスターズを使った決闘において、デュエリストという名前の魔法使いとして召喚した使い魔たるモンスターでの戦闘は、そのままデュエリストの命を守ることにも繋がるのだ。

 

《応戦するG》

効果モンスター

星4/地属性/昆虫族/攻1400/守1400

(1):相手がモンスターを特殊召喚する効果を含む魔法カードを発動した時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。

(2):このカードの(1)の効果で特殊召喚されたこのカードがモンスターゾーンに存在する限り、墓地へ送られるカードは墓地へは行かず除外される。

(3):このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。

  デッキから「応戦するG」以外の攻撃力1500以下の昆虫族・地属性モンスター1体を手札に加える。

 

「な、なんなのよ、この黒いバリアー!?」

「関係ない、さっさと攻撃しろ、混沌巨人!

 確認したところ、モンスターカードであることに変わりはない!」

 

 巨大な影の巨人、古代の機械混沌巨人を従える三人組のデュエリスト。

 彼らは仮面を被り、青い軍服に身を包み、《古代の機械混沌巨人》をけしかけて漆黒の壁となった《応戦するG》に攻撃をさせようとする。

 彼らの名は、オベリスクフォース。

 未来都市ハートランド、その外のどこかから攻め入ってきた軍人デュエリストたちである。知っている人ならば知っているであろうが、細かい話は割愛しよう。

 そんなことを話しているどころではない。

 それ以上に厄介なことを、彼らは実行しようとしてしまったのだから。

 

「ん、おい、ちょっと待て?

 そいつに攻撃するな! リアル・ソリッドビジョンじゃもしかしたら――――」

 

 黄色い宝石仮面のオベリスクフォースが慌てて止めようとするが、もう遅い。

 古代の機械混沌巨人は、目の前の巨壁を殴り壊してしまう。

 

「・・・・・・あーあー、知ぃ~らねっ」

 

 ぱん、と額を叩いて、俺は破壊された壁から飛び散るものの行方を目で追った。

 そうだよ、前々からこうなる気がしたから使いたくなかったんだ。

 元々、戦闘中に使用できる速攻魔法のRUMと呼ばれるカードや、《死者蘇生》《アイアンコール》といった『特殊召喚が行える魔法』に対してのみ特殊召喚される・・・・・・はずだった、緊急時の防御用のモンスターとして採用していた、このカード。

 このカードを使うことで、今現在に共闘している少年、【黒咲隼】や、今ここにはいない【ユート】のような、戦闘中の予期せぬ奇襲攻撃を得意とするデュエリストに対して、なるべく長期消耗戦に持ち込めるよう対応させたのが――――今の世界にきた、現在の俺のデッキ、このフィールドなのだけれども。

 

「おい、待て。

 貴様、まさか、そのモンスターは・・・・・・」

 

 黒咲の眼光が何かを射止めると、物凄く嫌そうな表情で俺に振り返る。

 そう、《応戦するG》が珍しい種類の昆虫モンスターである最大の理由は、今の黒咲の反応にこそあるのだ。そりゃあ普通は嫌だ、使おうとか考えない。

 意外とイケそうだと思ったんだけど、やっぱ苦手なんだろうか。

 

 

 

 使ってるの鳥類だし、ゴキブリ(G)くらい平気だと思ったんだけど。

 

 

 

 そう、オベリスクフォースたちの目の前に立ち塞がっていたのは。

 応戦するゴキブリたちの群れで出来た、黒光りする【聖母の壁(ウォール・マリア)】。

 そんなものを無理に突破すれば、当然その崩れた群体は地面に落ちるわけで。

 わあきゃあ、ぎゃあひぃ、とオベリスクフォースたちが逃げ回る。

 青い宝石仮面のオベリスクフォースは女の子だからなのか、ひたすら空から落ちてくるゴキブリをデュエルディスクを振って打ち落とそうとし、顔や服に張り付くたびに手で払おうと泣きながら叫び、服の間に入ろうものなら怖気にとらわれて全身を震わせ、上着を脱いででもゴキブリを払い落とそうとする。

 他のオベリスクフォースたちも同様に、服を脱いでなんとかゴキブリを払い落とそうとする。もうデュエルそっちのけだ、軍人ってなんだっけ。

 いや、そもそも軍人でカードゲーマーという時点でどうかしている。

 頭がどうにかなりそうだ。

 

 ・・・・・・まあ、そう落ちるように指示したの、俺だけども。

 

 無理やし突破した結果の偶然でも、たまたまでもない。

 最初から普通に使っても、そうなる気がしたものを意図的にしただけ。

 これは、ちょっとした意趣返し。

 リアル・ソリッドビジョンを使った、デュエルモンスターズによる。

 本当にちょっとした、彼らへの嫌がらせ。

 

「貴様、あとで覚えておけよ。

 タクティクスとしては『借り』とさせてもらう。

 だが・・・・・・まさか、これをテレビの前でやるつもりだったのか?」

 

 黒咲が俺に向ける目線は、今となっては珍しいものだったとだけ言っておこう。

 オベリスクフォースと戦っている現状、こんなことは口にするだけ意味がないからだ。

 それでも、まあ、彼は未だに『まとも』なのだとわかって安心しなくはない。

 そういう目線ではあったね。本当に、今じゃあ意味のない目だよ。

 

「まっ、まさか、まっさかぁ!?

 そりゃあバラエティー的には、ありっちゃあ、ありだろうけど?

 俺はエンタメデュエリストじゃあないからね、いやホント。

 ただの嫌がらせだよ、ホントだって。信じてよ、ねえ?」

 

 あ、あの子けっこう大っきいな。何がとは言わないけど。

 ありがとうございます、目の保養になりました。

 

 こほん。

 

 とにかく、相手の戦意を削ぐことには成功したようだ。

 少なくとも一人は、間違いなく心が折れたことはわかったよ。

 ・・・・・・うん、やっぱり女の子の方だったけど。ごめんは言わない。

 赤い宝石仮面のオベリスクフォースは、古代の機械混沌巨人が動かないことに驚いている様子。そりゃあそうだ、そういうテキストだもの。

 《応戦するG》ではなく、《古代の機械混沌巨人》のテキストが。

 

古代の機械混沌巨人(アンティーク・ギア・カオス・ジャイアント)

融合・効果モンスター

星10/闇属性/機械族/攻4500/守3000

「古代の機械猟犬」+「古代の機械双頭猟犬」

+「古代の機械参頭猟犬」+「古代の機械究極猟犬」

(1):このカードはモンスターゾーンに存在する限り、

相手の魔法・罠カードの効果の対象にならず、効果も受けない。

(2):このカードは相手モンスター全てに1回ずつ攻撃できる。

(3):このカードが攻撃する場合のダメージステップ終了時まで、

  相手フィールドのモンスターの効果は無効化される。

 

 この場合の、古代の機械混沌巨人が持つ(2)の効果の「ルール上の本質」とは、

 

「相手モンスター全てに1回ずつ攻撃できる。

 ただし、最初の攻撃宣言はモンスターと戦闘を行えば、

 『モンスター全てへの1回ずつの攻撃のうちの1回』

 として数えられる」

 

 と、いうものだ。

 つまり最初の1回がプレイヤーへのダイレクトアタックでも、もしその攻撃中に他のモンスターが召喚されて割り込まれた場合、その1回の攻撃はモンスターへ実行されれば、自らの効果による連続攻撃のうちの1回にカウントされてしまう。

 これにより、相手は俺たちへのダイレクトアタックができなくなったのだ。

 

 コンマイ語って難しいね、これでもまだ日本語寄りなんだぜ?

 

 とにかく、とにかく。

 これでもう、彼らはこのターンにボクたちを仕留めることはできない。

 俺が担当する防衛のターンは終わり。

 あとは黒咲隼の逆転劇で《古代の機械混沌巨人》が焼き払われる。

 ただそれだけの話で、今回の防衛戦は終了した。

 

 

 

 もっとも。

 それは今日の防衛戦において、本当に最初の戦いでしかないのだけれども。

 

 

 

 俺の名前は、十文字蒼矢。

 本名は別にあるけれど、今はそう名乗っている。

 名前の由来はアニメ【ソニックドライブ】における主人公の一人、クリストファー・ソーンダイクのクリストファー、つまり救世主の象徴である十字架と。

 真の主人公である音速の針鼠、ソニック・ザ・ヘッジホッグの走る様子が青い矢のように見えなくもないことから。

 

 だけど、そんなことを誰に言っても、誰もわかってくれない。

 遊戯王アークファイブの世界に、ソニック・ザ・ヘッジホッグなんてゲームもキャラクターも存在しない。

 

 俺の生まれた世界では、決して無い。

 それを忘れないための・・・・・・(フェイク)の、名前。

 



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ハートランド防衛戦 最悪の初日・深夜

 ただいま。


「傷は浅くてよかった・・・・・・応急処置は終わりました、あなたの番!

 この患者さんをお願いします、一年生の三番教室! 急いで!!」

 

 ハートランドを襲った未曾有の危機。

 その最悪の一日目が終わろうとする間際、日をまたぐ数時間前。

 体育館を賑やかにする数多の声を切り裂くように、どこか凛とした意志の強さを感じさせる声が鳴り響いた。

 

 

 いやぁ、やっぱり本物の遊戯王ヒロインって最高ですわ~。

 

 

 黒咲瑠璃。

 上中下三色団子なバイク乗りキメラ怪人のような、「タカッ!」って感じの目つきをした兄とは似ても似つかない、どっちかって言うと看護婦さんの格好が似合いそうな、お嬢様というよりお嬢さんっぽい清純派で、黒髪ロングストレートの女子中学生。

 そんな彼女を体育館の隅で眺めながら、鼻を伸ばしながらストローで紙容器のジュースをすすっているのが俺だ。ちなみにジュースは壊れた自販機からとってきました。

 釣りはいらねぇぜ、そもそも金払ってねぇからな!!

 

 えー、窃盗行為への自白はともかく。

 

 表現の仕方は悪いかもしれないが、とにかく可愛い女の子がそこにいた。

 こんな女の子も、デュエリストならばバーサークな看護婦さんとして大活躍しうるのが、遊戯王の世界の恐ろしいところである。いつか婦長さんとか呼ばれそうだ。

 実際、バーサークな超能力者の女の子がアニメ最終回でお医者さんになったくらいなのだから、遊戯王の世界ではこんな光景すら決してレアじゃない。はずだ、きっと。

 仮に交通事故で入院しても、一日経たない内に退院する警官がいたりするのも遊戯王の世界の日常なのである。・・・・・・やっぱお前ら絶対、心と身体の作りが人間じゃないだろ。

 

 ちなみに俺の知る限り、彼女はすでに彼氏持ちで、実の兄には非公認。

 彼と彼女の秘密の関係ってやつだね、わかるとも!

 

 そういうイケナイ恋は応援するよ、だって見てると楽しいからね!

 可愛い女の子にはだいたい彼氏がいる、というのも遊戯王の名言ゆえ。実に興味深い。具体的にはデートコースに兄貴が通りすがった場合とか、大人の階段昇って用事が終わるまで出れそうにないホテルの部屋に入ってお楽しみしたいとき(意味深)とか。

 いやはや、どうやってやり過ごすんでしょうなぁ。やり過ごすんでしょうな!

 

 いいなー。可愛くて綺麗で、彼氏くんに憧れちゃうなー?!

 

 などと、こちらが心のなかでキャピキャピしつつ瞬きする間に、彼女はテキパキと実の兄である黒咲隼の治療を終えると、次の帰還者へと治療を開始する。

 戦争が起こって初日だというのに、この行動力は常人のそれではない。

 からかうように表現するならば、デュエリストだから是非もないよね、といったところなのだろうが・・・・・・残念ながら、今回はデュエリスト云々は関係ない。

 

 うん、彼女のその意志の強さは立派だ。

 こういう芯の強さは、実の兄と通ずる部分がある。と、言うよりも。

 

 むしろ我々の世界にある故郷のほうが、負傷というものに経験が薄い、『緊急時の意志力が薄弱な人間の集まり』でしかない可能性はなかろうか?

 

 なんとなく、そう思いそうになるのも。

 この世界にある生命力とタフネスの賜物と、その魅力なのだろう。

 そういった意味では、彼女は女性としての美しさだけでなく強さも兼ね備えたヒロイン、いや大天使ルリエルと言っても過言ではないのだろう。きっとそうだ、うん。

 

「本当に怪我をしていないな、貴様は。

 防戦が得意というべきか、逆転劇にこだわっているのか?」

 

 その実の兄が、「暇になったから、話をしろ」と目で訴えてくる。

 なんだよもー、せっかく暇潰してたのに。そんなに頭の中が鳥類なのかい?

 獲物がいないと、ヌボ~っとキョロキョロしちゃうのかい?

 ほほう・・・・・・それならば仕方ありませんな、付き合いましょうぞ。

 

「別に、俺は逆転劇が好きってわけじゃないさ。

 いやまあ確かに、そういう戦い方に憧れているけれどな?

 強いていうならば、まず、好きなカードで戦い続けたいんだ。

 そういう子供心、なんとなくわかるだろう?」

 

 そう、この世界には強い生命力とタフネスが必要だ。

 これが決闘の戦術イメージの根幹に関わってくると、戦線維持能力の高いモンスターで盤面を可能な限り維持し続け、相手の全力に対処しきれるカードを選び、鍔迫り合いの果てに大逆転を実行する。

 そんな感じの、何気にヒーローショーじみた戦い方に繋がるのだ。

 

 そういった戦い方は、嫌いじゃない。

 だが、好き好んで大逆転ばっかりに執心するつもりはない。

 彼ら彼女らだって、別に大逆転がしたくて戦術を編み出しているわけではないのだ。

 

 あくまでも戦線維持を繰り返し、可能な限りの全力を絞り出す。

 カードゲームにおける手札と場のカード、それら以外の活用可能なカードとのコンボが非常に複雑に絡み合うのも、デュエルモンスターズの魅力のひとつ。

 彼ら彼女らは、強いていうならばハートランドの住民は、どんな平行世界(公式作品)でも防戦に長けた戦術で、手札やフィールドのカード枚数の差という優位性を減らしすぎずに、堅実かつ情熱的に戦うことが得意なのだ。

 そのような戦い方は好都合なことに、相手に突破のための消耗戦をさせやすい。

 

 当然、いざという時の逆転にも繋がりうる。

 この強みがわかるからこその、ハートランド全般の共通戦術なのだ。

 

 共通戦術についてだけは、俺も似たような戦術ではある。

 好きなカードで戦い続ける、といったこだわりの上ではあるが。

 

「・・・・・・子供心、か。

 こんな状況でも”そんなこと”が言えるとは、な」

 

 黒咲は周りを見渡す。

 そこにはまあ、あえて目を逸らした現実が寝転がっていた。

 

 

 

 包帯だらけの壊れたマネキンじみた『何か』とか。

 他には、母親を探して泣き叫ぶ子供と、それをなだめる老人たちとか。

 癇癪を起こしてワガママを叫びまわり、周りに取り押さえられる大人もどきとか。

 自分のデッキを投げ捨てるデュエリストがいれば、その散らばったカードを見ただけで発狂してしまう戦災者たちもいる。弟の名前を叫んで探しまわる青年の姿もある。

 最後の青年は誰とは言わないけど、ようは、そういう状況なのである。

 

 

 

 避難所となった中学校の体育館が、阿鼻叫喚の監獄と化していた。

 

 

 

 安全なはずの空間も、一歩でも出れば地獄なのだとわかっているからこそ。

 誰もが避難所という安全地帯に囚われる。避難所に匿われた命の、凄惨な傷跡を知って気を狂わせる。自分もいずれ「そう」なる、もしかしたら自分の大切な人も、と。

 確実に正気を失わせ、最後は末路の先を想像させ、逃げたいのに逃げれない危険で安全な環境に閉じ込められたまま、ゆっくりと狂気を孕ませて、

 ・・・・・・挙句の果てが、ごらんの有様というわけだ。

 

 もちろん避難所では、さすがに死体こそできていないが。

 

 もとより居た世界が違うせいか、どうにも目の前のリアルがドラマで見たことのあるような安っぽい演劇に見えてしまう。俺もどうやら、気が参っているのだろうか。

 それとも、ただ単純に彼我が異なりすぎて、未だに実感がないのか。

 始めっから、そういう性分なのか。

 もっとも、まともに同情をしようにも、余計なおせっかいは場を混乱させるだけであることは先駆者が見せてくれている。ほら、すぐそこのナスのヘタっぽい頭の少年とかが。

 彼は、包丁を持って暴れまわる大人を抑え込む集団、その集まりに加わろうとしていた。俺が指をさすと、黒咲は目線を“そちら”にずらす。

 

「むっ。おい、何をしている!?」

 

 黒咲は即座に立ち上がり、ずかずかと席を外してナス頭の少年に近づいていく。

 まあ、君ならそうするのだろうね。俺なら絶対関わらないけど。

 さて、さっそく暇になってしまいましたな。

 とりあえずで外出して見回りをしようにも、たった一人では集団戦に厳しすぎる。そもそも遊戯王のOCGプレイヤーがアニメルールで百人組手でも何人組手でもされたら、簡単に集中力の限界が来て死ぬに決まってるじゃないですかーやだー遊戯王SSの読みすぎぃー! 無双系主人公ぉ~!

 かといって誰かと楽しくデュエルをしようにも、この状況ではモンスターで地を駆り宙を舞うだけでパニックになりかねない。やったなズァーク、お前好みの地獄だぞ。

 もちろん、看護の手伝いなど以ての外、医療の腕など素人以下だ。

 ふはは、やることがねぇ。ニートできて嬉しいでしょうねぇ!

 

「・・・・・・ん?」

 

 ふと視界の端に、カメラを片手に握って立っている女性がいた。

 赤髪のポニーテールが特徴的で、ラフな格好が今の現状から非常に浮いている。その服装と、その外見。ああ、そういうことか。

 この世界に前作アニメの主人公がいないのならば、なるほど、その血縁者がこの世界にいないということもありえはするが、その主人公の出自上、実のところは絶対にいないということもありえない。

 彼女の祖母をモチーフとしたらしき髪型の少女もこの世界にはいるのだが、それとこれとは別の話だったようだ。もちろん、彼女が本人であるならばだが。

 実際に目にするのと、テレビ越しに彼女を見るのとは印象がまったく違って当然か。

 

 

 彼女が【九十九遊馬】の姉、【九十九明里】であるかは、現状不明なまま。

 

 

 そりゃあそうだ、まだ話しかけてすらいないのだから。

 こんなことなど考えたって仕方はない、仕方はないのだが。

 

 彼女も原作と同様、弟がいたりするのだろうか?

 

「あの、もしもし。

 ご家族をお探しの方でしょうか?」

 

 とりあえず、彼女に話しかけてみようか。

 戦場カメラマンは戦災を記録し、世に伝えるべく活動をするもの。

 この世界だって、ハートランドしか国や地域がないわけではない。

 彼女の現職が原作と同じ記者であろうがなかろうが、戦場カメラマンの真似事をしてくれるものか不安はあるけれど、今は真似事をしてくれるだけでもありがたい。

 ・・・・・・とある可能性に賭けて、ワンステップだけ頑張ろうか。

 




 さすがに主人公も参っています。
 侵略されて初日だけどね、たった数時間足らずでもヒトって折れるからね。
 深夜テンションで気軽に発狂できるだけ、まだ幸せなトリガーハッピー・・・・・・ならぬ、デュエルハッピーだと思いますよ、ええ。彼だけは。



 なお、



 ヒロインは天上院明日香(ARC-V)です。


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ハートランド防衛戦 最悪の初日・深夜の女史

 今回もそうですが、この作品での主人公のメンタルは乱高下します。

 一貫性がないと思われた方は、不謹慎極まりないのですが、とりあえず自分の家族や友人が死にかけるなんてことがあった場合に、あるいは自分の命が危うくなりうる戦いの後に、自分が正気でいらえるかどうかをよく考えた上で、思いのままに思ってください。


「あの、もしもし。

 ご家族をお探しの方でしょうか?」

 

 彼女はこちらに振り向くと、少し瞳を伏せて口を開いた。

 

「悪いけど、そういうわけじゃないのよ。

 ちょっとだけ、気分転換にここに来ただけ・・・・・・」

 

 ぎり、と彼女は奥歯を鳴らし、カメラを握る力を強める。

 なるほど、どうやら、余計な詮索の必要はなくなったらしい。

 他の避難所となり得る公共施設は、数こそあれお互いの距離が遠い。

 ましてや、今の時間帯になって侵攻が一時収まったにせよ。

 少し移動するだけでオベリスクフォースに見つかり、襲われてしまう可能性は決してゼロではない。もちろん、仮にそれが叶うとしても。

 たった一人で行き来できるほどの実力があるとしても、三人一組でチームを組んで活動する彼ら彼女らに遭遇し、デュエル中には立て続けに増援がひとチームずつ増えていく、そんな冗談みたいなリスクのほうが極めて高い。

 

 気分転換で来た、この言葉の真偽はともあれ。

 真であっても偽であっても、彼女の現状は察するに余りある。

 

「・・・・・・少し、場所を変えましょうか。

 このままではお邪魔になってしまうでしょうし、そう、この椅子だって誰かのために空けなければならない。そうですね、この学校の三階の、理科室にでも行きましょうか。

 あそこならば、水を飲むコップ代わりになるものは多いでしょうし」

 

 保健室などがある階はダメだ、薬品の取り出しや包帯代わりとなるカーテンの回収、場所が低い階にあるため防衛戦の要になっているなど、様々な人々でごった返しになっている。ただの休憩には決して適さない。

 三階にある理科室ならば、戦術的な価値はそれほどない。

 いくら彼女の記者魂が燃えているとしても、休まないと体力に限界が来るはずだ。寝ることのできるスペースは無いが、そこは椅子を並べて寝てもらうしか無いだろう。

 しかし、彼女はそういった俺の考えとは別に、どうも俺の現状そのものに疑問を抱いたらしい。その証拠に彼女の目は、俺の顔ではなく、俺のデュエルディスクに向いていた。

 

「あんたは、前線で戦わないの?」

 

「今は、まあ、いわゆる休憩時間でして。

 そこで喧嘩してる目の鋭い、背の高い少年がいますよね?

 彼も休憩中なんですよ、クタクタになって帰ってきたばかりなんです。

 ほら、もう足元が踊ってます。そういうことですよ」

 

 もちろん、まだこの時期に「レジスタンス」という組織は確立されていない。

 言ってしまえば、これは彼らがレジスタンスを結成する前の前日譚にあたる時間軸なのだ。ならば、焦りすぎて休めない正義のブラック企業戦隊と化す前に、予めそういったホワイトな言動や習慣を示し、彼らに指摘しておいたほうが彼らのためになるのだろうか。

 詭弁ではあるかもしれないが。

 

「・・・・・・納得いかないけど、仕方ないわね、

 少し取材させてもらってもいいかしら、私はこういうヤツなのよ」

 

 彼女はそう言って、腰のポケットにあるらしき名刺入れから名刺を出す。

 どれどれ、名前は――――うん、なるほど、確かに【九十九明里】だ。

 ベネ、素晴らしい、しかも職業も記者と都合がいい!

 世界が違えど、この一致は少し恐怖すら感じるが、実に好ましい!

 さすがは【九十九明里】、最高のネットワーク記者だ!

 

「おおっ、なるほど。

 そういうことでしたら協力しますよ、ええ!

 ちょうど『その必要』があるって思っていたんです!」

 

 やはり、彼女は外部への報道を諦めてはいない。

 そういうことならば、うん、生き残った甲斐があるというものだ。

 今すぐには外国からの協力を要請できないだろうが、そうだとも、その必要は間違いなくあるのだから。俺は彼女を理科室まで案内しようと、椅子を立ち上がろうとして、

 

「ああ、私、ここの理科室の場所なら知ってるから。

 案内はしなくっても平気よ?」

 

 思わず座りそうになった自分の尻をつねって、急に重くなった腰を上げた。

 

 

 

 

「ふぅん、連中はそうやって攻め込んでくるのね」

 

「ええ、実際、非常に厄介な戦術ですよ。

 相手は融合モンスターで一方的に殴り、効果ダメージを与え続け、こちらは融合モンスターを持たないがために特殊なロックを突破することが難しくなる。

 チームを組む仲間と分担して、ロック解除の担当、戦闘ダメージを与える戦闘担当に別れて戦ったほうが無難なのでしょうか。普通のタッグデュエルを想定しているとなかなか勝ち筋が見つけにくいんですよね、彼らのコンビネーションは」

 

 理科室のビーカーをコップ代わりにして、水を飲む。

 明里女史の取材に応じながらも、ちょっとやらしいカオスな欲望が首をもたげてくる。

 なんというか、学校で丁重に扱うべき実験器具を飲食のために扱い、大人の女性と共に語り合い、あちらこちらが荒れている理科室で、窓の向こう側の戦火を眺めながら魅力的な異性も見る・・・・・・だなんて。

 非日常的な要素だの、いちいち戦火に照らされる女史の憂鬱気な表情だのが、さきほどまで命を賭けているに等しい戦いを生き延びてきたからこそ、生への執着が性の昂りにまで繋がってしまいそうになっているのに、極端に刺激的に、倒錯的に感じられてしまう。

 

 頭がおかしくなりそうだ。

 いや、俺は最初から頭がおかしいんだったか。そんな気もするぞ。

 

「レジスタンス。反抗組織を立てあげるべきだということね?」

 

「ええ、だからといって、働き詰めは不味いので。

 ある程度の人員が揃ってからでないと、本格的な名乗りあげは逆効果でしょうけどね。

 ようは今現在においての、連中に抗えたはずの力を持った人々への理不尽な苦情みたいなものが、レジスタンスにも来るだろうからこその、です。

 クレーム対応で余計な体力を仲間に使わせるわけにもいかない。

 そういうわけですので・・・・・・」

 

「そこはオフレコにして、時期を見てほしいってこと?

 わかったわ、で、次に聞きたいことなんだけど――――」

 

 こうやって真面目な話をしていると、頭の中でも巫山戯られないのがなかなかに精神的に参ってしまいそうだ。ほのかに鼻孔を突く女史の香りなんかも、もう危うい。

 ぷつん、ぷつんと音を立てて理性が、脳細胞が千切れていくかのような熱。

 それを切り上げるべく、とりあえず身の上話にすり替えることにした。

 

「あ、その前にひとつ、よろしいでしょうかね」

 

「え? ジャーナリストに質問したいの?」

 

 あんまり淡々と情報交換だけをしていると、なまじ既知の情報を話す余裕があるだけに、いらないことにまで目を向けてしまう。だったら、お互いの身の上話に移って、自分自身の気を強引にでもそらさせるしかない。

 男の劣情を抑えきれなくて馬鹿やりましたなんて、そんなものが英雄譚になるような馬鹿げた話があるものかよ。

 

「ええ、さすがにレジスタンスまがいの活動をしている現状、拠点から一定距離を長く離れるっていうことだけは、俺たちもままならないですからね。

 どうしても情報が足りなくなってくると言いますか、あとで地図をお見せしますので、具体的な被害状況をお教えいただければ、相応の対応は可能かと」

 

「別にいいけど、それは取材を終わらせてからでもよくない?」

 

「それもそうですね。

 ・・・・・・そういえば、なぜあなたは”私達の拠点”に?

 避難場所となる学校であれば、クローバー校もあったでしょうに」

 

「それは、その」

 

 口ごもる彼女は、俺の制服を見て、呟いた。

 

「・・・・・・弟の友達が、生きてるかもしれないって思ったからよ」

 




 命からがら生きて帰ってきた先に、めっちゃタイプな美男美女がいて、タイマンでハナシてくれる状況に持ち込めて、場所は実質個室で、明日にはどっちかが死ぬかもしれない。

 そんな状況下で、家族や友人まで死にかねなかったという現実を思い出す。
 かつ、生存本能マシマシで下手したら性欲も際限なくアガってる。
 ・・・・・・さあ、そんな状態のまま正気を保てるやつはいるのか。

 タガが外れかけないやつは、やべーやつだと思う。
 善悪とかどうのこうの抜きで、自分を二の次にできるやつは先ずいない。
 そこで二の次にできるってのは、実は生き死ににさえも善悪へこだわっていて、善人じみた見かけを保つことか、本当にあるかも分からなくなりそうな天国に行くことこそが自分の欲望にすぎないのか、あるいは最初から自分や自分の命を大事にできてないか。

 どっちみち、そんなやつは最初から死んでる。自分もそんなヤツでした。
 天国に行くための努力ではなく、善いことをするための努力をするべきであって、現世とは「天国に行くための許可証を得るための演習場」であってはならない。命とは、「天国に行くための許可証を得るための手段」であってはならない。

 例えるならば、自分はそう考えるように『なった』側です。

 え、そんなのおかしいって?
 とりあえず仮面ライダーOOOでも観ようぜ、兄弟。話はそれからだ。

 ぎりぎりのところで自分の欲望をそらそうとする、あるいは別の場所で発散させようとするならまだしも、そこで自分の人生より他人を大事に『してしまう』のはオカシイ。

 自分を大事にした上で、他人も大事にできて、初めて本物。
 本作の主人公は欲望マシマシの、バリアン世界に行けそうなヤツです、とだけ書いておきます。


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ハートランド防衛戦 九十九明里の事情

「・・・・・・私の家族は、みんな死んだから」

 

 ぽつり、ぽつりと。

 私は呟くように、今の現状を伝えていく。

 

「クソ親父とママは、冒険の最中に事故で崖から堕ちたって聞いたわ。

 死体も回収できないような、深い渓谷の中にいるんだって。

 おばあちゃんは・・・・・・ホウキ片手に頑張ってたわね」

 

 続けて、あの日に起こったことを告白していく。

 目の前の少年は、息を呑んで目を見開いた。

 その反応からすると、私の現状にゾッとでもしたのだろうか。

 それともホウキで彼ら相手に縦横無尽の大立ち回りをしたこと、そっちの方に驚いたのだろうか。あるいは、それら全てか。

 

「そういえばチャーリーのヤツ、こっちに来んのかしらね。

 ああ、そうそう、チャーリーっていうのはね――――」

 

 気がつけば、次から次へと話が進んでいった。

 このひとはどういうひとで、あのひとは、ああいうひとだった。

 それらに目の前の少年が相槌を打って、ときに感心したように驚くこともあれば、呆れたような表情でこちらを見ることもあった。

 決して自分から自分の話をしようとはせず、ただ黙々と話を聞き、疑問に思ったことを訊き、なるべく最低限の会話で済ませる。

 そういえばこういうひとも居た、と向こうから話を逸らすこともなく、少年はただただ、こちらの話だけを聞き続けていた。

 

 塞き止まることなく言葉が続き、ひとの名前が口から飛び出ては次の話に進み、そのひとのことを思い返しては、昨日のように思える何かを思い出す。

 そういえば、今は戦争中だっけ。

 

 そう思った頃には、声が少しずつ力なく、しかし何かを吐き出すようなものに変わり続けていたことに、ようやく気がついた。

 

「そうよ、遊馬のやつ、あんな可愛い女の子を置いていって・・・・・・!

 あの子ったらね、うちの弟にもったいないくらい、いい子で、いい子で・・・・・・!

 だから、きっと小鳥ちゃんがいるはずだって、鉄男くんもいるはずなんだって・・・・・・そう思って、だから、でも、ううっ・・・・・・!!」

 

 ああ、遊馬のやつったら、本当に無茶なことをして。

 アイツも朴念仁なところはあったのだ、明らかに青春ドラマしてる女の子が隣に居て、いつも一緒に歩いていて、ついには告白される前にいなくなってしまったくらいに。

 似たようなことをどっかの誰かもやっていたけれど、そいつも元気にしているのだろうか。何かと運を口にする調子のイイヤツだったけど、見直せる機会はあるのだろうか。

できればこちらに来ないでほしい、デュエリスト的な意味で。

 他意はない、はずだ。ムカつくだけのはずだ。

 またいつかみたいに、みんなで、また。

 

 この理科室で、授業参観でもなんでもいいから。

 遊馬と、小鳥ちゃんや鉄男くんたちと、もう一度。

 

 

 一緒に、いたかった。

 

 

 

 

 

 

 結局、彼女は限界が来たのだろう。

 ひたすら家族の名前を叫んだ。男友達の名前を叫んだ。

 きっと恋が叶ったはずの相手が来ても、お互い無事ではすまないかもしれないと察してしまったのか、あるいは。

 原作(かつて)と似たような日々を、取り戻せないと思ってしまったのか。

 

 ・・・・・・気に食わない、ああ、非常に気に食わないとも。

 

 

 いくら我欲を自分自身から誤魔化すためとはいえ、野暮なことを聞いた。

 『九十九遊馬』が。カードにされたなんて。ここにもいたなんて。

 ・・・・・・こんなクソッタレな現実(IF)に納得なんて、できるものかよ・・・・・・!

 



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