『スタンド』使いのヒーローアカデミア (冥千)
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1話
────ある1人の男の話をしよう。
その男は現代日本において何処にでもいるような普通の一般人だった。普通の家庭に生まれ、普通の学校に通い、普通の会社に入社して働き、結婚して家庭を持ち、老後まで働いて最後は息子や孫達に囲まれながら余生を謳歌してこの世を去ったという、何の面白味もない人生を歩んだ。
アニメや漫画のように何か劇的な物語が起きたことは1度も無い。彼の人生において彼が
それだけならばごくありふれているただのつまらない話だ。しかし、その男は死後になって
『神』と名乗る超上の存在との邂逅。偶然か、はたまた必然か、『神』は男の魂を輪廻の輪より掬い上げ、そしてこう告げた。
「記憶を保持したまま、お前の望みを一つだけ叶えて転生させてやろう」と。
昨今のラノベなどにおいてよくある設定の一つである神様転生。まさかそれを自分が出来るとは思ってもみなかった男は素直に困惑した。
しかし、それも直ぐに歓喜へと変わる。なにせ、男は既に死んだ身であるが故に、もう一度生を謳歌させてくれるだけでなく、望みまで叶えてくれるというのだから。
男は少しばかり考え、そして願いを決めると『神』にこう告げた。
「俺より先に死んだ妻とまた会いたい」と。
死ぬまで愛妻家であった男にとってはこれが至上の願いだったのだが、『神』は首を横に振る。
男の妻は既に新たな魂として異なる世界へと転生しており、もはや男の知る妻は何処にも居ないからだ。
もし仮に男の知る妻を『神』の手によって再現されたとしても、それは皮だけが同じで中身は全くの別物。そんなのは男が愛した妻では無い。
悲しい気持ちになりながらも、ならばと男は次の願いを告げる。
「俺を漫画の世界……強いて言うなら『僕のヒーローアカデミア』の世界に転生させてほしい」と。
男は漫画が大好きなオタクであった。故に、超能力や魔法などといった非現実的な力には人一倍憧れを抱いていた。
数あるファンタジー漫画の中から『僕のヒーローアカデミア』を選んだのは最後に読んだ漫画がそれだったからだ。言ってしまえば単なる気まぐれである。
この願いに『神』は首を縦に振った。しかし、『神』は再び告げる。
「それだけでは
いったい何が足りないのか男には理解できなかったがしかし、もう1つと言われたのであれば断る理由も無い。
せっかくヒロアカ世界に行けるのだ。ならば、考えるとしたら“個性“の内容だろう。
ヒロアカでは一般人であっても“個性“という名の空想能力を持っている。だが、どんな“個性“になるかは完全にランダムだ。
純粋に強い“個性“もあれば、何の役に立つのか分からないような“個性“まである。男としてはせめて強力とまではいかなくても便利な“個性“が欲しかった。
そこで男は思い付く。他の漫画の能力を“個性“として使おう、と。
下手に自分から変な“個性“を作ってしまうぐらいなら、そっちの方がまだイメージもしやすいし安全である。
そうと決まれば男が真っ先に脳裏に思い浮かんだのは生前で大好きだった漫画の一つである『ジョジョの奇妙な冒険』に出てくる『スタンド』であった。
一般人からは見えない、強くて役に立つ能力も多い、単純にカッコイイという多くの利点を含む『スタンド』は“個性“として使うには充分適しているだろう。
だが、男はここで困ってしまった。どの『スタンド』を選べばいいのかで迷ったのだ。
ジョジョの『スタンド』は敵味方含め総数で100を優に超える。その中から一体だけを選ぶというのは中々に悩んでしまうことだ。
純粋に歴代主人公達が使ってきた『スタンド』の中から選ぶか、はたまた歴代ラスボス達の中から選ぶか、もしくはその他から選ぶか、と多すぎる選択肢に男は参ってしまう。
『スタンド』は使ってみたい。けれど何を選んだ方がいいのか分からない。
悩みに悩んだ結果、男は『神』にこう告げた。
「俺に『スタンド』をください」と。
自分で選ぶことが出来ないなら『神』に決めさせればいいや、と男は完全に思考を放棄したのだ。
────これでどんな『スタンド』が来てもちゃんと選択しなかった自分が悪いということで恨みは無い。むしろ、『スタンド』を使えるだけでも土下座して感謝感激するべきだろう。
割と本気でそう思っていた男の願いを『神』は聞き入れ、そして最後にこう告げた。
「物語を掻き乱せよ転生者。主役はお前だ」
その言葉を最後に男の意識は暗転し、そして次に気が付いた時には男は赤ん坊になっていた。
産婆室で母親から取り上げられ、自身の意識とは別に大きく泣き叫ぶ身体に困惑するも、本当に転生したことに男は歓喜する。
もう一度人生を歩めること。そしてなにより『スタンド』を手に入れたこと。それらの事実が男にとっては何よりも嬉しかったのだ。
しかし、その喜びは直ぐに曇ることとなった。何故なら、『スタンド』が出ないからだ。
『スタンド』というのは持ち主の精神力によって具現化するパワーある
ならば、本当に『スタンド』を使えるようになったのであれば赤ん坊であったとしても男にも使える筈なのだが、何故か男から『スタンド』は出てこなかった。
三部の頃から作中に登場してきた順に『スタンド』をイメージして出そうとするも、全く出ない。
これはどういうことだと男は困惑するも、この世界はヒロアカ世界。もしかしたら4歳ぐらいになったら“個性“として発現するのかもしれない。
そう考えることでひとまず安心を得た男は嫌な予感を胸に抱きながら新しい生活に馴染んでいく。
だが、その嫌な予感は男が4歳になった日に見事に的中することとなった。
それは男が父親と共に風呂に入る時だった。精神年齢はともかく身体は4歳児の物である男は湯船で溺れないように父親に手を貸してもらって風呂に入ろうとした。
だが湯船に足を着けた瞬間、男の足はお湯の中へと沈むことは無かった。
何故なら、男はお湯の上に
「おー!凄いぞ
“個性“が発現したことで素直に喜ぶ父親とは違い、男は大きく困惑した。
男が転生する時に望んだのは『スタンド』だ。なのに、発現した“個性“はこんな訳の分からない能力。
どういうことだと男は狼狽えるも、水面に立つ自分の足を見て男の脳裏に閃くものがあった。
男にとって『スタンド』とはジョジョに出てくる超能力の方だ。けれど、『神』にとって、もっと言えばジョジョを知らない者にとっての『スタンド』とは何か。
恐る恐る水面から片足を離し、虚空へと踏み出した男の足は────何も無い筈の空気の上を足場にして降り
これにより確信した。男が手にした能力、それは『スタンド』ではなくstand……つまり、英語の意味でのスタンドなのだと。
「『スタンド』ってそっちの意味でのスタンドかよォォォォォォォォォ!!」
この日から男────
☆☆☆
「馬鹿ヤローーーーー!!止まれ!!止まれ!!!」
後ろから聞こえてくる自分を呼び止める声。それを無視して緑谷出久は前を向いてひた走る。
目の先に居るのはヘドロ状の身体になった
何の“個性“も持たない出久にとってこの状況はどうしようもならない。大人しくヒーロー達が解決してくれるのが待っていた方が賢明であるにも関わらず、何故か出久の身体は野次馬として集まった群衆の中から飛び出ていた。
(何で!?どうして出た!?何してんだ僕は!!)
頭の中では何故という疑問が繰り返し浮かび上がっては理屈を求めているが、その答えは一向に出てこない。
相手は
それになにより捕まっているのはあの爆豪だ。“無個性“である出久のことを10年以上に渡って散々馬鹿にして虐めてきたのだから、これはある意味で言えば因果応報だろう。
出久にとって救ける必要なんてどこにもない。むしろ、ざまぁみろと言って中指を立てながら傍観していてもおかしくないのだ。
だが、そうしなかったのは何故か。何の力も持たない出久が爆豪を救ける為に
「爆死だ」
爆豪の身体を乗っ取ったまま右腕を振り被る
爆豪の“個性“はその名から分かるように『爆破』。人なんて簡単に殺せてしまう威力を有している。
そのことを幼少時代から誰よりも知っている出久だからこそ、
「しぇい!!」
「ぬっ!?」
あの右腕に当たれば死ぬ。直感的にそう感じ取った出久は背負っていたリュックを外し、
既に攻撃を仕掛けていた
「かっちゃん!!」
一時的にとは言え
「何で、テメェが!?」
ヒーローならまだしも、何の個性も持たず、それどころか爆豪に恨みさえ抱いていてもおかしくない出久がどうして自分を救けようとするのか。
困惑する爆豪。けれど、それ以上に困惑していたのは出久の方だ。
「何でって……わかんないけど!!!」
足が勝手に動いたのは何故か。
明確な答えなんて出久には分からない。後から考えれば理屈なんていくらでも出てくるだろう。
けれど、この時ばかりは────
「君が、救けを求める顔をしてたから!!」
誰かを救けるめちゃくちゃかっこいいヒーローのように、自分もなりたかったから。
「もう少しなんだから邪魔するなぁ!!!」
爆豪を救け出そうとする出久を木っ端微塵に吹き飛ばすべく、
至近距離に加え爆豪の救出だけを考えていた出久は
「しまっ」
迫り来る巨大な死の手。回避行動を取れない出久はまともにそれを受け────
「やれやれ、間に合ったぜ……」
「そこまでだ、
その直前、出久と爆豪の腕を
「なっ!?」
「あ、あなた達は!?」
驚愕で目を見開く
1人は“平和の象徴“として謳われ、現在のヒーロー社会において知らない者は誰も居ない超有名なトップヒーローであるオールマイト。
そしてもう1人は大きく星が描かれている帽子と黒いコートを身に纏った男性。
オールマイトのことを知っているのであれば誰であっても必然的に知ることとなるその男性のことを、ヒーローオタクである出久は当然知っていた。
「オールマイトに
出久の驚く声を無視してジョジョと呼ばれた男は出久の手を引っ張り、爆豪の手を掴んだオールマイトは右腕を振り被った。
「
その掛け声と共に振り下ろされたオールマイトの拳は
まるで台風の中にでも居るような感覚に出久の意識は吹っ飛びかけるが、しかし出久の身体は
つい思わず自身の腕を掴んでいるジョジョの方を見て、出久は再び驚愕で目を見開く。
(す、すごい!!こんな風圧の中で平然としている!?)
出久の腕を掴むジョジョは暴風とも呼べる風圧の中で何ともないように2本の足で立っている。
まるでこんなのは序の口でもないと言わんばかりに、無表情のままで居るジョジョの姿に出久は強者としての貫禄が見えたような気がした。
(この人が、オールマイトの
一時期を除き、デビューしたての頃よりオールマイトの
曰く、目の前で立っているだけで
曰く、オールマイトに並ぶ“個性“を持っている。
曰く、もう1人の“平和の象徴“。
曰く、曰く……どれもこれも眉唾物な話が多く存在しているが、その全てが真実であると出久は今日この日を以て直感的に理解した。
(あぁ、サイン、もら、わ、なきゃ……)
薄れ行く意識の最中、出久は最後にそう思い───
「あぶね間に合った。“個性“使わなきゃ簡単に吹き飛んでたなこれ」
その言葉が聞こえる前に、出久の意識は完全に落ちていた。
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2話
「君が危険を犯す必要は全く無かったんだ!!」
あの後、オールマイトの一撃によってヘドロ状だった身体がバラバラに吹き飛んだ
そして現在、治療を受けて意識を取り戻した出久は一般の学生でありながら事件に首を突っ込んだことでヒーロー達からこっぴどく叱られていた。
「もう少しで死ぬかもしれないことになっていたんだ!そのことをちゃんと自覚しているのか!?」
「は、はい、すみません……」
自分の身の安全を顧みなかった出久のことを本気で心配しているからこそ怒り心頭になっているヒーローの言葉に出久は反論することが出来ず、心の底から反省しながらただ謝るしかない。
「だいたい君は────」
「それぐらいにしておけ」
怒っているヒーローの説教は永遠に続くかと思われたが、それは意外な人物によって中断された。
「その少年だって心から反省しているんだ。なら、これ以上とやかく言った所で母親の小言と一緒でウザがられるだけだ。それぐらいでもう充分だろう」
「ジョ、ジョジョさん……」
オールマイトの
口を閉ざしてしまったヒーローと代わり、ジョジョは地面に座る出久の前へと立つ。
「少年、君は確かにとても危険なことをした。もしかすれば、もう二度と家族や友人達に会えなくなるようなことになっていたかもしれないんだ。そのことは自覚しているか?」
「っ……!」
ジョジョにそう言われ、出久はこの時になってようやくそのことに気付かされた。
出久には友達と呼べるべき存在は居ないけれど、家族はちゃんと存在している。
もしもオールマイト達が間に合わず、出久がさっきの
脳裏に泣き崩れる両親の姿が浮かび上がり、出久の胸は罪悪感でいっぱいになった。
「行動を起こす時は後のことをちゃんと考えるんだ。後先考えずに行動を起こせば、その時は必ず自分か周りの人間に被害が及ぶことになる。どんな時でも考えるのはやめてはダメだ」
「……はい」
拳を強く握り締めながら顔を伏せる出久にはジョジョがどんな表情をしているのか見えないが、耳に聞こえてくる声は刺々しく、それがジョジョの気持ちを表していた。
しかし、それも次の瞬間には優しい声へと移り変わる。
「だが、君の行動だけは間違ってはいなかった。人質を救ける手段が何も無かったのは0点だが、直ぐに身体を動かして人質を救けようとしたのは一人のヒーローとして……いや、一人の人間として尊敬に値するよ」
「え……?」
呆けた声を出しながら思わず顔を上げた出久の視界の先に居たジョジョは先程までと変わらずに無表情で居るが、心なしか目が僅かに優しく緩んでいるように見えた。
「少年ッ!君の命がけの行動ッ!俺は敬意を表するッ!」
「────」
出久は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
これまで散々“無個性“として様々な人達から馬鹿にされてきた出久にとって、誰かから尊敬されたことなど1度たりとも無かった。
だからこそ初めてその言葉を口にされ、しかもその相手が誰もが知る有名なヒーローであるジョジョということもあって、自身の胸中を駆け巡る感情が何なのかこの時の出久には理解出来なかった。
だけど────
「君ならきっと、良いヒーローになれるだろう」
子供の頃からずっと、誰かから言って欲しかった言葉をプロのヒーローから言って貰えた。
それが、その衝撃が、いったいどれだけ凄かったことか。
「……うん……っ!」
両目から溢れてくる涙を止めることが出来ず、出久は両手で胸を強く掴みながら再び顔を伏せて嗚咽の声を何度も何度も口から出す。
ジョジョが人気ヒーローである主の理由はこれだ。彼の言葉は多くの人々に勇気を齎してくれる。
オールマイトのように表立って
「ところでだ。少年、君の名前を聞かせてくれないか?」
心から湧き上がってくる衝動に身を任せ、暫く泣き続けた出久が落ち着いたのを見計らって、ジョジョは出久の名を尋ねた。
その質問にどんな意味があるのか出久には分からなかったが、プロヒーローから名前を聞かれたことを光栄に思い、出久は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上着の袖で拭いてから堂々と答えた。
「緑谷出久です!」
出久がそう告げた途端、ジョジョは動きを止めた。
彫像のように固まったジョジョは大きく目を見開き、まるで信じられないような物でも見たと言わんばかりに出久のことを見つめる。
「そうか、君が────」
ジョジョは何かを言いかけたが、途中で口を閉ざし出久に背を向けた。
「じゃあな、緑谷。
「え……?」
そう言い残して歩き去っていくジョジョの背中を出久はただ困惑しながら見送るしかなかった。
☆☆☆
纏わり着いてくる報道陣や群衆達を振り払い、俺は人気のない路地裏を一人歩く。
まだ昼間だと言うのにどうにも世界が違って見えるような薄暗い路地裏を暫く歩いていると、一人の人物が建物の壁にもたれ掛かりながら地面に座っているのを発見した。
「こんな所に居たのか、オールマイト」
「あぁ、呼び出して悪かったね。ジョジョ」
一見すれば痩せ細った骸骨みたいな人物。それは紛れもなくオールマイト本人だ。
事件の後、活動限界が来たオールマイトは直ぐに現場を離れ、こうして人目のつかない路地裏に訪れ事情を知っている
「ちょっと頑張りすぎたみたいだ。身体が思うように動かない。悪いが、私が泊まっているホテルまで連れて行ってくれないか?」
「あぁ、それは別に構わねぇぜ。ただ……」
カツンカツンと。幽鬼を思わせるような足取りで俺はオールマイトへと近付き────
「オラァ!!」
「ぐぺっ!?」
思いっきり奴の頬を殴りつけ、倒れ伏した奴の頭を掴み上げた。
「
「痛い!待って
「Help!Heeeeeeeelp!!」と叫ぶアホの言葉を無視すること数十秒。俺の右手に掴まっているオールマイトこと八木俊典は完全に意識を失い物言わぬ骸骨へと成り下がった。
「ったく……昔からこんな役目ばっかりだ」
俊典を肩へと背負い、俺は表の通りへと歩いていく。
路地裏を抜けた直ぐ先には俺の自家用車が置いてあるので、誰かに見られるよりも先に車の中へ俊典を放り込めさえすれば『骸骨を背負ったジョジョを目撃した件について』みたいな感じのスレが立つこともあるまい。
「やれやれだぜ、本当に」
路地裏を歩きながら一人そう愚痴る。損な役目はいつだって俺だ。
それもこれも今俺の肩で気絶している俊典が全部悪い。4歳の時、“無個性“という理由で虐められていたコイツを救けなければ、俺は今頃もっと違う人生を歩んでいたことだろう。
というか、まさかあん時の泣き虫な虐められっ子が未来のオールマイトだなんて誰が予想出来るだろうか。
転生する時代を指定しなかった俺が悪いとは言え、自分がまさかのオールマイトと同じ世代であることは本当に驚愕したし、虐めっ子達から救けてやった次の日から俊典に懐かれたのはもっと驚いたものだ。
それ以来、俺と俊典は幼馴染として2人でずっと一緒に居た……と言っても、俺が行く所に俊典が勝手に着いてくる感じだったが。
しかしそれも『ワン・フォー・オール』先代後継者である師匠から俊典が“個性“を受け継ぐまでだ。それから先は俺達の関係も逆になった。
原作でもあった気がするが、オールマイトは人を救けることに関して明らかに狂っている。それは俺の知る俊典であっても同じことだった。
アイツは救けを求める誰かが居れば後先考えずに行動を起こしてしまう。だからそれによって後から起こる問題を俺が始末していた。
俊典が動く。俺が後始末する。そんな関係が何十年も続けばそれが当たり前となり、気が付くと俺はオールマイトの
勘弁してほしいと何度思ったことか。俺は他のヒーロー達と違ってまともに戦うことすら出来ない没個性なのに。
しかし世間はそんな俺の言葉なんて碌に取り合ってくれず、いつの間にか俺はヒーローランキングにおいてNO.3という地位まで得てしまった。
こちとら『ジョジョの奇妙な冒険』に出てくるキャラ達のコスプレとか台詞を真似しているだけのオタクなのに、どうしてこうなったのか俺自身でさえ未だに分からない。
そんな分不相応の地位を返還しようと試みたことは過去に何度かあるが、その度に何故か俺が謙遜していると人々から勘違いされてしまい、逆に人気が上がるという悪循環に陥ってしまうので今ではすっかり諦めている。
ともかく、そんな濃密な人生を数十年も駆け抜けてきたせいで俺の中にあったヒロアカの原作知識はすっかり薄れてしまい、今では誰が主人公だったかも忘れてしまった。
いつも一緒に居るオールマイトを除き、たまに原作キャラとして出てくるヒーロー達と会えば少しは思い出せるのだが、全部を思い出すことは不可能だった。
……
「緑谷出久、か……」
あの少年の名前を聞いた時、俺はようやく原作知識を思い出すことが出来た。
どこかで見たことあるような顔だな、とは思っていたが……そりゃ原作主人公であるならば見たこともあるに決まっている。
「やっべぇ、どうしようかな……」
原作ならば、緑谷出久はヒーロー達にこっぴどく叱られた後に家へと帰宅し、その道中でやって来たオールマイトから長年の夢であったヒーローになることを認められ、物語は大きく動き始めるのだが……ここで1つ困ったことがある。
「俺、あの子に良いヒーローになれるって言っちまったな」
彼が原作主人公だとは気付かなかったせいではあるが、しかしだからと言って問題無いとは断じて言えない。
本来なら、その言葉は彼の憧れであるオールマイトから言われる筈だった。しかし、何の因果か俺が先にその台詞を言ってしまった。
「こういうのは憧れの人から初めて言われた方がもっと心に響くしなぁ……」
オールマイトではなく何故俺なのか。もしこれで緑谷がヒーローを目指す志が原作より低くなって結果的に原作崩壊でもしようものなら俺は間違いなく自殺する自信がある。
「まぁ、とりあえずはコイツの治療からだな」
遥か先のことをいつまでも考えていても仕方ない。一先ずは俊典の治療を済ませ、緑谷に会わせなければならないだろう。
路地裏をようやく抜け、表に停めてあった車のドアを鍵で開けたら素早く開けて俊典を後部座席へと放り投げる。
そして周囲を見渡し俺達の方を見ている者が居ないかチェックしながら運転する側のドアを開けて俺も素早く運転座席へと身を滑らせた。
「はっ!?ここは!?」
「車の中だ。安心しろ、誰かにバレた様子は無い」
放り投げた衝撃で意識を取り戻した俊典にそう言いつつ、俺はシートベルトを装着しながら車のエンジンを起動させ、直ぐに車を発進させた。
「今からホテルに戻ってお前の身体を治療するぞ」
「あぁ……いや、その前に寄って欲しい所があるんだ」
「あの少年の所か?」
俺がそう言うとルームミラーに映る俊典は心底驚いたような顔をしたが、原作を知っている俺としては俊典の言葉は予想の範疇に過ぎなかったので別に驚きもしなかった。
「惹かれたんだろ?あの場で誰よりもヒーローだった彼に。自分の“個性“の後継者になってもらいたいと思うぐらいには」
むしろそう思っていなきゃ困ると考えていると、俊典は何を思ったのか僅かにため息を吐きながら穏やかな笑みを浮かべた。
「……やっぱり君は昔から凄いよ、立上くん」
「ん?何だって?」
声が小さ過ぎたことと運転している車の音のせいで俊典が何を言ったのか全く聞こえなかった。
「いや、何でもないよ。それよりあの少年の所へ向かって欲しい」
「おう」
俊典に返事をしながら、俺はこれから始まる原作を生で見れることに期待を隠せずにはいられなかった。
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