失われた音 (まくランド)
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失われた音 第一楽章

小説投稿三作目です。
今回の主役はリリカ・プリズムリバーです。まあ、基本的に三姉妹セットで行動するので、プリズムリバー楽団が主役ですかね。
独自解釈等も多分に含まれますが、楽しんでいただければ幸いです。


音楽を奏でる。

それが、私たちの存在意義。

ある人の手によって意識を持った日から、私たちはあらゆる音を立てて楽しんでいる。

最初は思い思いの雑音を、それが次第に洗練されて音楽へと昇華する。

音楽は時代とともに形を変える。それに伴い、私たちの表現も変わっていく。

でも、私の役割はあの時からずっと変わらない。そう思っていた。

 

 

 

 

 

「かんぱーい!」

 

私たちはお互いに杯を交わした。

ここは人里離れた、ヤツメウナギをウリにしている屋台である。

 

「いやぁ、今日のライブも大盛況だったね」

 

「まあね、それに最近は、私たちの音の影響を受けすぎて、暴走するお客さんも見なくなったし、うまく調整が取れている感じねー」

 

「そうよ、姉さんたちの音は個性的すぎるから、私が上手く間を取り持っているのよ、感謝してよね」

 

私は、自慢気にそう言う。

 

「確かに、リリカは最近上手くなってるよね」

 

ルナサ姉さんが言う。口数が少なめで、おとなしい、というか、鬱気味の、私たちの長女だ。

 

「そうねー、リリカが私たちの音をしっかり調整してくれるから、私たちも思いっきり演奏できるし、お客さんも安心して見ていられるわー」

 

こちらはメルラン姉さんだ。ルナ姉とは対照的に、テンションが高く、よく話す次女である。

 

「いいですねぇ、私もライブで歌ったりしますけど、たまに能力が発動して、お客さんを鳥目にしてしまうことがあるんですよね。でも、リリカさんの演奏ならその心配もないのかしら」

 

女将はたまに寺の妖怪とライブをしている。私たちも何度か聴いたことがあるが、なかなかロックな音で心揺さぶられる。

 

「お、いいじゃん、今度一緒に演ろうよ。鳥獣伎楽の相方の、響子だっけ?彼女も呼んでさ」

 

「いいわね、それ。彼女たちの音はとても個性的で楽しくなれるし、是非一度一緒に演奏してみたかったの」

 

メル姉は乗り気のようだ。

 

「うーん・・私はああいうノリはあまり趣味じゃないけど・・・」

 

一人異論があるようだが、気にしない。

 

「じゃあ、決まりね。来月は予定が詰まっているから、再来月にでも一緒にライブをしましょう」

 

「プリズムリバー楽団と一緒に歌えるなんて、願っても無いことだわ。よろしくね」

 

ミスティア女将はご機嫌である。

こうなってはルナ姉も断れないだろう。

 

「まあ、ミスティアがそう言うなら・・・」

 

数の勝利だ。

 

 

 

「さて、そろそろ帰りますかー」

 

「そうだね、明日も早いし、この辺で」

 

「あら、もう帰っちゃうんですか?」

 

「うん、明日は冥界でのライブがあるからね。帰って準備しないと」

 

明日は冥界の西行寺幽々子お嬢様に招かれての演奏会だ。冥界に招待されるのは春雪異変の時以来か。

幽霊でもないのに冥界に行くというのは不思議な気分だ。まあ、騒霊ではあるけれども。

屋台の会計を済ませ、帰途に着く。

 

「それにしても珍しいね、リリカが合同ライブを申し出るなんて」

 

「確かにそうねー、いつもは私か姉さんがこういう話をするのに、いったい、どんな風の吹きまわしかしらね」

 

「そうだっけ?まあ、前に雷鼓さんと演ったときは楽しかったから、そのおかげかもね」

 

以前の異変のとき、私たちはプリズムリバーウィズHとして、太陽の畑のライブステージで演奏していた。

私たちの演奏が異変の首謀者に利用されていたのを知ったのは異変が解決した後のことだったが、大して気にはとめなかった。それよりも、新しい可能性に気づくことができた喜びの方が大きかったのだ。

 

「あのライブで私は、私たちの新たな音の可能性を感じたの。他の人と組むことで、演奏の幅をもっともっと広げられるわ!」

 

私は意気揚々として言う。

鳥獣伎楽との合同ライブ、本当に楽しみだ。

しかし、その約束が果たされないことを、私たちはまだ、知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ジリリリリリリリ!

早朝、目覚まし時計の音が屋敷内に鳴り響く。

私たちは、夜明け前に目を覚まし、演奏の練習をしたり、各自思い思いの場所に赴いて音楽の発想の材料を探したりしている。

 

「おはよう〜、リリカ」

 

「おはよう、メル姉」

 

ルナ姉はいない。先に起きて出かけたようだ。

 

「姉さんはどこかに行っちゃったみたいね。それにしても、昨日のライブも楽しかったわねぇ」

 

昨日のライブというのは、白玉楼でのことだ。

 

「そうだね、途中から幽々子さんの料理を作ってた妖夢さんがダウンしてたけど」

 

「私たちの演奏を聴きながら物凄い勢いで食べてたしね〜。妖夢さんが、普段の五倍は早い!って嘆いてたわね〜」

 

白玉楼の主人、西行寺幽々子は聞きしに勝る大食いだった。

 

「じゃあ、私も出かけてくるわ。リリカはどうするの?」

 

「私は、楽器の練習をするよ。昨日の演奏でちょっと気になる所があったからね」

 

 

 

メル姉は準備を整えて出かけていった。

さて、私もやるとしますか。

私たちが住んでいる屋敷は霧の湖の外れにある森の中に建っている。ここならば、まず誰もこないし、楽器の練習にうってつけだ。

私は、屋敷の裏に回って、練習を始める。

まずは、私の最も得意とするキーボードからだ。

チューニングをし、曲を弾き始める。

 

「・・・あれ?」

 

一曲弾き終わった後で違和感に気づく。

なんだろう?なんかしっくりこない。

もう一度弾き直す。今度は違う曲で。

 

ーーやはり、何かが違う。いや、音は完璧なのだ。音程やリズムがズレているというのではない。もっと、なにか、根本的なものが無くなっているような・・・

 

楽器を変えて演奏してみる。私は姉さんたちのような個性的な音は出せないが、その代わりに、あらゆる楽器を扱うことができる。オールラウンダーといったところか。

しかし、それでもやはり違和感は消えない。それどころか、さっきよりも大きなズレを感じる。

 

???

 

一体なんなのだろう?こんなことは初めてだ。流石に動揺を隠せない。

姉さんたちが戻って来たら相談してみよう。

それから私は悶々とした時間を過ごした。

 

 

昼頃になって、ルナサ姉さんが帰ってきた。

 

「ただいま、あら、リリカ、いたのね。メルランは出かけているのかしら」

 

「おかえり、ねえルナ姉、ちょっと相談があるんだけど・・・」

 

「あら?なにかしら?」

 

「ちょっと私の演奏を聴いて欲しいんだ。今朝からなんかおかしいんだよね。気のせいならそれでいいんだけど・・・」

 

「ふーん、分かったわ、やってみて」

 

私はキーボードを取り、演奏を始める。

ルナ姉は始め、普段と変わらない様子で演奏を聴いていた。しかし、彼女も違和感を感じたようで、徐々に顔色が変わる。演奏の後半には、なにかを確信したような顔つきになっている。

 

一曲弾き終えたところで、聞いてみた。

 

「どう?やっぱりおかしいよね?自分ではどこがどうおかしいのか、よく分からないんだけど・・・」

 

「おかしいというか・・貴女、本当に気がついていないの?」

 

私は黙って頷く。

 

「そう、じゃあ、これは貴女にとってとてもショックなことだろうから、心して聞きなさい」

 

唾を飲みこむ。そう言われては身構えざるを得ない。

 

「リリカ、貴女、能力が使えなくなっているわよ」

 

「・・・・えっ?」

 

一瞬、耳を疑った。

能力が、使えない?

 

「貴女の奏でる幻想の音が全く聴こえないの。どうやら、幻想の音を演奏する能力が使えなくなっているようね」

 

言われてみればそうだ。私の奏でる幻想の音というのは、楽器そのものが出す音とは別の、演奏を聴く者に直接響くような、私が楽器を奏でるたびに自然に出ている音のことである。

その音が出ていない。違和感の正体はこれだったのか。

 

「私はいつも間近で聴いているから分かったけど・・・能力が突然使えなくなるなんて、聞いたことがないわ。リリカ、なにか心当たりはない?」

 

「いや、全く。能力が使えなくなるなんて、考えもしなかったし・・・」

 

「そうよね、とにかく、メルランにもこのことを伝えて、原因と解決策を見つけないと」

 

普段おとなしいルナサ姉さんがやけに饒舌だ。そんなに深刻なことなのだろうか。

 

「ねえ、ルナ姉、これって結構やばいの?」

 

「分からない?鬱の音を奏でる私と躁の音を奏でるメルラン、この能力は本来人間が聴くには危険なのよ。感情を大きく揺さぶって、何をするか分からなくなってしまうからね。今まで私たちが人前で演奏しても特に問題なかったのは、貴女の奏でる幻想の音がそれを緩和していたからよ。それが無くなってしまったなら、私たちは人前での演奏はできないわ」

 

 

なんだって?姉さんたちと、演奏ができない?信じられない。そんなことがあってたまるか。

自分がこのプリズムリバー楽団の奏でる音楽のバランスを取っているということは自覚していた。だが、能力を失うなんてことは考えてもみなかった。

能力を失っても、私一人なら人前で演奏できるかもしれない。でも、それではなんの意味もない。姉さんたちと音を奏でることこそ、この私、リリカ・プリズムリバーとしての存在意義だ。姉さんたちのいない楽団になんの価値があるだろうか。

 

「嫌だ!姉さんたちと、演奏ができないなんて、そんなの絶対に嫌だ!」

 

思わず涙が溢れる。

ルナ姉が優しく私を抱き寄せる。

 

「大丈夫、きっと解決策を見つけてみせるわ。貴女は私たちの大事な妹だもの。妹が困っているのを助けるのは姉の役目よ」

 

ルナサ姉さんの手は、温かかった。

 

 

 

ほどなくして、メルラン姉さんが帰ってきた。

 

「ただいま〜、あら、姉さん、帰ってたのね。今日は人里の方で人形劇をやっていたわ。ああいう風に機械的な演奏をするのも面白いと思うのだけど、二人はどう思う?」

 

メル姉はいつも通りご機嫌だ。

 

「メルラン、ちょっといいかな」

ルナ姉が呼び止める。

 

「あら、なぁに?姉さん」

 

「実はさ・・・」

 

メル姉が目を見開く。ルナ姉から事情を聞いて、とても驚いたようだ。

私の方へ駆け寄ってくる。

 

「ああ、リリカ、心配しなくても大丈夫だからね、お姉ちゃんたちが、きっと、いえ、必ず、貴女の能力を取り戻すわ。貴女は私のたった一人の大切な妹。貴女を決して悲しませたりはしないわ」

 

メル姉が私を抱きしめる。

メルラン姉さんの手も温かい。私は嬉しさのあまり、また泣き出してしまった。

 




はい、リリカが能力を失って、それを取り戻すというお話です。
リリカは末っ子らしく、お転婆なイメージで書いてみましたが、いかがでしたでしょうか。
構想としては、4〜5話ほどの予定となっています。どうかお楽しみください。
ではまた。


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失われた音 第二楽章

プリズムリバー三姉妹の冒険第2話です。
嘘です、冒険はしてません。
リリカの能力を取り戻すために姉妹たちがあちこち奔走します。
キャラが少しずつ増えていきますが、楽しんで頂ければ幸いです。


「さて、これからどうする?」

 

私たちは、私の能力を取り戻すことを決めたが、未だ原因もなにも分かっていない状況だ。

 

「取り敢えず、原因を探すことが先じゃないかしら。リリカ自身にも心当たりはないようだし、姉さんと私とリリカで手分けして、こういったことに詳しそうな人の所に行った方がいいと思うのだけど」

 

「そうだね、私もなにがなんだかよく分からないし、こうなった原因を知りたいかな。それが解決に繋がる可能性も高いし」

 

そもそも、ここ数日は姉さんたちといつも一緒にいたはずだ。なのに、何故私の能力だけが使えなくなっているのか。

考えれば考えるほど不思議なことばかりだ。動き回っていれば、少しは気が紛れる。

 

「そうね。分かった。じゃあ、私は稗田の所に行ってみるわ」

 

ルナサ姉さんは、阿求さんと意外にも仲が良い。なんでも、ルナサ姉さんの奏でる鬱の音が結構ツボなんだとか。なんだか闇を感じるが、里の権力者ともなると、色々溜め込んでいるのだろう。

 

「じゃあ、私は博麗神社にでも行ってみようかしら〜」

 

「え!?メル姉、それ、大丈夫なの?」

 

驚いて思わず声を上げる。博麗神社に住んでいる巫女は、人外であれば容赦なく退治すると、もっぱらの評判だ。宴会の時なら何度か行ったことがあるが、平時にそんなところに行って、大丈夫なのだろうか。

 

「平気よー、あの巫女はお賽銭とお茶菓子を持ってくる相手には寛容だから、なんの問題もないわ」

 

なるほど、物で釣るというわけか。あの巫女は、欲深いことでも有名だ。神職に就くものがそんなんでいいのか疑問に思うが、まあこちらとしてはありがたい。

 

「うーん、それじゃあ私は何処に行ったらいいかなぁ・・・永遠亭にでも行ってみようかな」

 

永遠亭には、薬師をやっている女性がいる。彼女の腕は確かで、あらゆる病気を治すそうだ。果ては不老不死の薬を作り、自らを不死にしたという。とんでもない人だ。彼女ならば、なにかしらの解決策を示してくれるのではないだろうか。

 

「じゃあ、決まりね。準備ができ次第、各々出発しましょう」

 

こうして、私の能力が失われた原因を探るべく、私たちは動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、人里に着いたけど、稗田邸はどっちだったかな」

 

人里に来るのは久しぶりだ。妹たちはちょくちょく来ていたようだが。

 

「ちょっとすみません、稗田の屋敷にはどう行ったらいいでしょうか」

 

私は道行く人に尋ねてみた。

 

「ああ、稗田の屋敷なら、丁度私も行くところだ。案内して・・ってなんだ、ルナサじゃないか。阿求に何か用があるのか?」

 

おっと、適当に話しかけたが、知り合いだったようだ。

彼女は上白沢慧音。人里で寺子屋の先生をしている。青いメッシュが入った銀色で腰まで届きそうな髪と、六面体と三角錐を合わせたような帽子が特徴的だ。

 

「ちょっと妹のことでね・・・そうだ、確か、貴女も歴史には詳しかったよね。これまでで、妖怪とかの能力が失われた事例ってあるかしら?」

 

「うーん、私が知る限りでは、そんな事例は聞いたことがないな。私のように、特定の条件で能力が変わる例は結構あるが。まさか、妹さんの能力が無くなってしまったのか?」

 

察しが良い。流石教師といったところか。

 

「そうなんだ。リリカの能力が使えなくなってしまってね。このままじゃ、楽団としても活動できないし、困っているんだ」

 

「そうか、それは大変だな。まあ稗田の当主ならば、何かしら知っているかもしれんな。しかし、プリズムリバーが解散となると、あいつがどんな顔をするやら・・・」

 

「まあ、そうならない為に、こうやって色々探ってるんだけどね。とにかく、行こうか。案内を頼むよ」

 

こうして、私たちは稗田邸へ向かった。

 

 

「ようこそ、慧音さん。あら?珍しい、貴女も用事があるのですか?」

 

稗田家の現当主、阿求が部屋に通された私たちを迎える。

彼女は阿礼乙女として、転生を繰り返しており、その度に幻想郷の出来事を編纂している。阿求はその九代目である。

 

「やあ、阿求、久しぶりだね」

 

阿求はたまに私たちのライブに顔を出している。体が弱いので、人里付近で行われるときだけであるが。中でも私の演奏がお気に入りらしい。

 

「そうね、前に人里でライブがあった時以来かしら」

 

ライブに来た時はいつも話かけてくれる。今では友人のような関係である。まあ、私は妖怪ではないので問題ないだろう。

 

「それで、何か困り事でも?」

 

「ああ、いや、私より先に慧音の方を済ませてくれ。先約はそっちのようだからね」

 

「まあ、私の用事は長くないし、別にいいんだが・・・」

 

慧音が話し始める。

 

「先日の桜のことなんだが、未だに原因がよく分からなくてね。阿求の意見を聞きたいんだが、どう思う?」

 

「桜?」

 

「ああ、ルナサは知らないのか。一昨日の夜だったかな、人里で急に桜の花びらが降り始めたんだ。今は冬で、桜の花なんて咲いちゃいない。季節を無視して花が咲く異変は何度かあったが、今回は桜だけだったし、なにより、翌朝になると散っていた花びらが消えていたんだ」

 

なかなか奇怪な出来事である。一昨日といえば、私たちが冥界でライブをした日か。何か関係があるのだろうか。

 

「今までの異変では、解決した後でも異変による影響は確かに残っていました。一晩で花びらが消失したとなると、集団幻覚か、はたまた、別な妖怪の仕業なのか。桜が降っていたのは私も見ていたので、幻覚だとは思えませんが」

 

阿求が答える。桜は人里の殆どの人が見ていたようだ。

 

「ただ、これは私の憶測ですが、異変ではないと思います」

 

「ほう、何故だ?」

 

「これまでの異変は、一度発生すれば、収まることなく長期に渡って続いていました。それこそ、巫女が解決するまで。あの桜は一昨日降ったきりでその後再び降り始める気配はありません。永夜異変のような例を除けば、彼女が発生から一晩で異変を解決するとは思えません。これらから、今回のことは異変ではないと考えています」

 

阿求は自分の推理を得意げに話す。どこか、嬉しそうにも見える。まるでいい話のネタを仕入れたかのような。

 

「そうか、異変ではないとすると、巫女に依頼する必要はなさそうだな。じゃあ、しばらくは様子を見るとしよう。失礼するよ」

 

慧音は用を済ませると、手早く部屋を後にした。

 

 

「それで、貴女の用事というのは?」

 

阿求がこちらを向き、尋ねる。

私は、慧音に話したように事情を説明した。

 

「ふむ、能力が失われた、ですか」

 

「そうなんだ。リリカにも心当たりはないらしいし、何か分からないかな」

 

「そもそも、能力というのはその人物固有のものであり、変質こそすれ、突然無くなるというのは本来あり得ないんですよね。私が転生しても求聞持の能力が継承されることからも分かるように、能力は魂に結びついているのです。幽霊や怨霊など実体を持たないものが能力を持つのもこれが理由ですね。貴女達は騒霊ですが、例外ではありません」

 

「じゃあ、一体どうして・・・」

 

「こう考えることはできませんか、能力が失われたのではなく、能力を発動するための条件が無くなってしまったのだと」

 

「能力を発動する条件?」

 

私はよく分からず、聞き返す。

「例えば、私の能力は一度見たものを忘れない程度の能力ですが、私の目が見えなくなってしまえば、能力は使えなくなります」

 

「それって、つまり・・・

 

 

 

私は稗田邸を後にし、阿求に言われたことを考えていた。彼女の推察が正しければ、原因が分かったかもしれない。急いでリリカ達に教えなければーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗神社は幻想郷と外の世界の境目にある。

参拝客は少なく、人外がよく訪れることから、妖怪神社と呼ばれている。

 

「ふう、着いたわ。それにしても今日は寒いわねぇ」

 

神社の鳥居を抜け、境内に入る。しっかりと雪かきがされているようだ。

参拝客もいないのに、ご苦労な事だ。流石、異変解決と掃除はちゃんとやる巫女と言われるだけはある。

 

「あら、珍しいわね。いつもは宴会の時にしか見ないのに、何の用?」

 

神社の賽銭箱の横にいるのは、当代の博麗の巫女、霊夢だ。頭のリボンと肩を出した紅白の服が特徴の彼女だが、流石に寒いのか、上着を着ている。

 

「ちょっと聞きたいことがあってね」

 

「妖怪のあんたに教えることなんて無いわよ」

 

彼女はぶっきらぼうに答える。

 

「妖怪じゃなくて、騒霊なんだけどねー。そうそう、今日はお賽銭とお茶菓子を持ってきてたんだった」

 

「それを早く言いなさいよ。今、お茶を淹れるから上がっていきなさい。ゆっくりしていくといいわ」

 

チョロい。

 

 

「で、話って何?あんたらのライブを神社でやりたいってんなら歓迎するけど」

 

「お前、それはライブに来る客からお金を巻き上げようって腹だろう。そんなんじゃ、どこぞの姉妹と変わらないぜ」

 

巫女と親しげに話す彼女は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ。白黒の格好に魔女のような帽子を被っている。

 

「まあ、その話はまた今度ね〜。で、聞きたいのは、能力についての話よ」

 

「あー?能力?」

 

「そう、能力を消すことってできるのかな〜って」

 

「なんでそんなこと聞くんだ?自分の能力に嫌気がさしたか?」

 

「そんなわけないじゃない。私の能力はみんなをハッピーにする素敵な能力よ」

 

「そうか?まあいいや。で、能力を消す、かぁ。あいつならできるんじゃないのか?」

 

「あぁ、あいつね。いや、流石に無理みたいよ。憑依異変の時に貧乏神の能力を封殺できないか聞いてみたけど、それはできないって言われたわ。本当かどうかは分からないけどね」

 

誰のことを言っているのだろうか。

 

「ねえ、あいつって?」

 

「あー?あいつよあいつ。神出鬼没でプライバシーもへったくれもなくて、上から目線でプライド高くて、何考えてるかわかんないし、胡散臭すぎるしなんでもお見通しみたいな態度とるあのバーー

 

バキッ!!

 

言い終わらないうちに、何もない場所からヤカンが飛んできて霊夢の頭にクリーンヒットした。

 

「はぁい♪私の悪口はそこまでよ」

 

突然、空間に隙間のようなものが現れて、そこから一人の女性が出てきた。

八雲紫。

この幻想郷の管理者であり、創始者の一人だ。人前にはなかなか姿を見せないというが、巫女とは仲がいいのだろうか。

 

「あら、プリズムリバー楽団のメルランさんじゃない。こんなところにいるなんて珍しいわね」

 

「こんなところで悪かったわね!」

 

霊夢がヤカンを投げ返す。

紫は再びスキマを出現させ、飛んでくるヤカンをスキマの中に送り込んだ。

 

「まったく!聞き耳立ててたんなら分かるでしょ、能力を消す方法を聞きにきたんだってさ」

 

霊夢はヤカンの当たった場所をさすりながら言う。結構痛そうだ。

 

「ふーん、能力を消す、ねぇ。私にはそんなことは出来ないわね。能力とその使用者は渾然一体。境界を操ろうにも存在しないんだもの。でも、私の友人に、それができる可能性がある者がいるわね。教えてあげましょうか?」

 

 

 

私は、八雲紫からその人物の名を聞いた。俄かには信じられなかったが、まあ怪しいといえば怪しかった。取り敢えず私は、その人物に話を聞くべく神社を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたも意地が悪いわね、どうせ全部分かってるんでしょ?教えてあげればいいのに」

「あら、なんのことやら。私はちゃんと情報を与えました。どうするかは彼女達次第よ」

 

 

 

 




はい、失われた音 第二楽章いかがでしたでしょうか。
憑依華でぼっちだったゆかりんにもちゃんと友人がいたんですね。(ヤカン
一体誰なんでしょう。
次回はリリカサイドのお話です。
ではまた。


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失われた音 第三楽章

プリズムリバーのお話第3話
今回はリリカサイドのお話からです。
ちょっと長くなってますが、楽しんでいただければ幸いです。


私たちの館から人里を過ぎてしばらく行った場所に竹林がある。

この竹林は迷いの竹林と呼ばれ、不慣れな者が迷い込んだらまず出ることは出来ないと言われている。

 

 

だが、私はこの竹林を進まなければならない。永遠亭は、この竹林の中にあるからだ。

 

「あんまりこの辺は来たことないんだけどなぁ。まあ、大丈夫だよね」

 

竹林の中を真っ直ぐに進んでいく。と、思っていたのだが・・

 

 

「あれぇ?ここさっきも通ったような?でも、真っ直ぐ進んでただけだし、気のせいだよね?」

 

気をとりなおして再び真っ直ぐ進む。念のため周りの竹に印をつけながら。

しかしーーー

 

 

「やっぱり、さっきから同じとこ回ってるわ。この印何度も見たもん」

 

どうやら、迷ったようだ。

 

「あぁー!こんなことなら、別の場所にすれば良かったわ。万能薬でパパッと解決してくれそうなんて理由で来るんじゃなかったぁ〜」

 

後悔先に立たず。私はこのままここで朽ち果ててしまうのだろうか。ヤバい、泣きそう。

 

 

「なんだ、騒がしい。迷い人か?」

 

だが、神様は私を見放してはいなかったようだ。ああ、ありがとう、神様。年に一回くらいはお参りします。

 

「ん?リリカじゃないか。こんなところになんの用だ?」

 

「あれ、妹紅、あんたこそなんでこんなとこに?」

 

現れたのは藤原妹紅。腰まで伸びる白髪が印象的で、幻想郷に住む少女の中では珍しくスカートではなく、もんぺみたいなものを履いている。彼女曰く、昔の貴族の服装らしい。

 

「私はこの竹林の中に住んでるんだよ」

 

そうだったのか。彼女とはよく会うが、どこに住んでいるかは知らなかった。

 

「で、なんでこんなところにいるんだ?」

 

「実は、私の幻想の音を奏でる程度の能力が使えなくなってね、永遠亭の薬師ならなにかいい解決法を知ってるんじゃないかと思って来たんだ。このままじゃ、プリズムリバー楽団は活動できないし、早く治さないと・・」

 

私は、能力を失ったことを説明した。

 

「そうか。それは大変だな。プリズムリバーが活動停止になるのか・・・

 

な、な、なんだってぇぇぇぇ!?」

妹紅は一瞬間をおいてひどく取り乱し始めた。

 

「か、か、活動停止?なんでそんなことになるんだ?能力が使えないだけだろ?」

 

さっきとはうってかわって混乱しているようだ。

 

「今まで私たちが人前で演奏できていたのは私の能力が姉さんたちの能力を緩和していたからよ。それが無いまま姉さんたちが演奏したら、お客さんが鬱になったり躁になったり、収拾がつかなくなるのよ」

 

私は落ち着きを失った妹紅に丁寧に説明した。

妹紅は私たちがライブをするときはいつも見に来ている熱心なファンのようで、私たちが解散の危機だと聞いて、死ぬほど驚いたようだ。

 

「そりゃー本当に大変だな。分かった。私も可能な限り協力させてもらうよ。お前たちの演奏が聴けなくなったら、人生の楽しみが減ってしまうからな」

 

「ところで、妹紅は原因が何か知らない?」

 

一応ダメ元で聞いてみる。

 

「知らんな。そんな方法があれば、私がとっくにやってるよ」

 

妹紅は不老不死であり、千年以上生きている。並の人間であれば、数百年で死にたくなるだろう。実際、彼女も以前はそうだったらしいが、最近は色々と楽しみを見つけているようだ。

 

「そういえば、ここに住んでるなら、竹林には結構詳しいの?」

 

永遠亭までの道のりを知っていれば儲けものだ。

 

「ん?ああ、私はこの竹林の隅々まで熟知しているぞ。迷った人をたまに送り届けたりもしている」

 

「じゃあ、永遠亭へ案内してくれないかな。さっきから同じとこばっか通ってて参ってたんだ」

 

私は妹紅に道案内を頼んでみた。このまま私一人で進むのは危険だ。

 

「まあ、ここは素人が入っていい場所じゃないからなぁ。分かった、ちゃんとついてきなよ」

 

こうして、運良く妹紅と遭遇した私は、無事永遠亭にたどり着くことができた。

 

 

 

「ここが永遠亭かぁ、初めて来たよ」

 

誰も寄り付かない竹林の中にあるため、敷地がかなり広い。ひょっとしたら、阿求のところより広いかもしれない。

 

「あれ、お客さん?って、妹紅じゃない。何か用?」

 

出てきたのは、長い兎の耳をした、ブレザーを着ている少女だ。

 

「やあ、鈴仙ちゃん。用があるのは、私というよりこっちの方かな」

 

そう言って妹紅は私を指した。

出てきたのは、鈴仙・優曇華院・イナバ。

元月の兎で、永遠亭の薬師の助手をしている。

それにしても、ちゃん付けとは。妹紅とは割と親しい感じなのかな。

 

「ん?貴女はプリズムリバーの三女の方ね。どうかしたの?」

 

鈴仙は不思議そうに尋ねてくる。まあ、今までここに来たことはないから当然か。

 

「実は、永琳に相談したいことがあって来たんだ。上がってもいいかな」

 

私は鈴仙に尋ねる。事前に連絡も無く上げてくれるだろうか。まあ、こんなところにいちゃ、連絡したくてもしようがないが。

 

「ふーん、お師匠様に相談ね。別にいいわよ。私が呼んでくるから、上がって待ってなさい」

 

そういうと鈴仙は私たちを応接間に通して永琳を呼びに奥の方へ消えていった。

こんなところに屋敷を建てるくらいだから、排他的なのかと思いきや、意外とすんなりいきそうだ。

 

しばらくして、二人分の足音が聞こえてきた。

襖が開かれる。

 

「待たせたわね。丁度新薬の実験を終えたところでして。それで?用があるのはそちらの騒霊さんのようだけど、何かしら?」

 

入ってきたのは八意永琳。元月の民であり、この永遠亭で薬師をしている女性だ。数億年生きてるだとか、月の賢者であるとか、色々な噂が立っている。

 

「うん、実はーーー

私は妹紅のときのように永琳に説明した。彼女なら、何か知っているのではないか。

 

「ふーむ、能力がねぇ。残念ながら、私は失われた能力を復活させるような薬は持ってないわ。前例が無いからね」

 

永琳は申し訳なさそうに言う。

 

「そうかぁ、ここに来ればなにかしら解決策が見つかると思ってたけど、甘かったかな」

 

うーん、空振りか。

 

「本当に無いのか?ちょっとしたことでもいいんだ。何か知ってたら教えてくれ」

 

妹紅が尋ねる。私よりも必死な気がするが、気のせいだろうか。

 

「あら、珍しいわね。姫様と喧嘩するとき以外は冷めてるようだった貴女がそんなに必死になるなんて」

 

永琳はさも驚いた様子だ。妹紅は永遠亭の姫様と喧嘩、というより殺し合いをしている。本人曰く、昔の仇らしい。

 

「なっ!?いや、まあ、その」

 

妹紅は恥ずかしそうに目をそらす。熱心な楽団のファンというのもあるだろうが、困ってる人を放って置けないのが彼女の性なのだろう。

 

「ふふっ、まあいいわ。じゃあ、ひとつだけ、気になっていることを教えましょう。

ここ永遠亭には、私たち元月の住民が住んでいます。ここは少し前に私たちが異変を起こすまでは結界で閉ざされていたわ。月の民から見つからないようにする為と、穢れになるべく触れない為にね。結界が解けても、ここに来る人間は僅かなため、穢れはほとんど無いの。だから、外からくる穢れにはとても敏感だわ。貴女にはその穢れを感じるの。死という、大きな穢れをね」

 

ん?説明がよく分からない。私から死の穢れを感じる?私は死んではいないんだけど・・・

 

「えーと、どういうこと?私は騒霊であって、幽霊ではないから、死んではいないと思うんだけど・・・」

 

そう、私は騒霊だ。幽霊や怨霊と違って生きていたのが死んだわけではなく、その存在として生み出されたのだ。まあ、生きているというわけでもないが。

 

「そうね。貴女は死んではいないわ。恐らく、死の気配を漂わせているのは貴女の能力。いや、能力が死ぬのは使用者の魂が無くなる時のみ。とすれば、能力に関わる何かが死んでいるのよ」

 

んんん?ますます分からない。能力に関わるもの?一体なんだというのか。

 

「あのー、それを生き返らせるということは・・・?」

 

私は、分からないなりに聞いてみた。取り敢えず治せればそれでいいのだ。

 

「できないわ。人命ならともかく、能力のような概念的なものを蘇らせるのは薬の領分ではないの」

 

身体的なことではないので、流石に治すことはできないらしい。

 

「そうですか・・・」

 

うーん、どうしたものか。

 

「まあ、気を落とすことはないわ。それが何か分かれば、手の打ちようはあるはずよ」

 

 

私は永遠亭からの帰り道、永琳に言われたことを考えていた。能力に関わるもの?さっぱりわからない。竹林から出ると、妹紅に礼を言い、館へ帰った。

 

 

 

 

 

「ふーむ、不思議ね」

 

「お師匠様、どうかしましたか」

 

「いえ、あの子は騒霊だったわよね。騒霊というのは、本来存在感が薄いの。自分の立てる音を引き立てる為にね。でもあの子は人間や妖怪とそう変わらない存在感を示していた。これも何か関係あるのかしらね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

館に戻ってきた。結局、得られた情報は私の中の何かが死んでいるということだけか。

姉さんたちは何か掴めただろうか。中から話し声が聞こえる。どうやら先に帰っていたようだ。

 

「ただいま〜」

 

その声を聞いて、今まで話をしていた姉さん達の視線が私に向く。

 

「あら、おかえりリリカ。何か掴めたかしら?」

 

メルラン姉さんが尋ねる。

 

「うーん、永琳によると私の能力に関わる何かが死んでるってことらしいんだけど・・・」

 

それを聞いて、ルナサ姉さんとメルラン姉さんが顔を見合わせる。

 

「これで確信が持てたよ。リリカの能力が失われた原因について、私たちの予想は当たってたみたいだね」

 

ルナサ姉さんが真剣な顔で言う。二人の得た情報と、私の情報で原因を特定したということか。

 

「一体何なのさ、私にも教えてよ」

 

このままではよく分からないので、説明を求めてみた。

 

「そうだね。私たちの推理をリリカにも教えないと、っと、お客さんのようだ。リリカ、悪いが、後で話させてもらってもいいかな」

 

扉の開く音がする。私が後ろを振り返ると、一人の少女が立っていた。

 

「我が主がお呼びです。ついてきて頂けますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷のはるか上空に存在する結界をこえていくと、気の遠くなるような長い石階段が見えてくる。その階段は、歩いて登るのはほぼ不可能で、空を飛べる者、はたまた宙に漂う者しか先に行くことを許さない。

 

階段を登りきるとーーこの場合、飛び越えると、が正しいかもしれないがーー白を基調とした広い屋敷と、その傍に荘厳と佇む枯れ木が存在する。

 

ここは冥界、白玉楼。私たちが先日、幽々子に招かれて演奏をした場所である。

 

「幽々子様、客人をお連れしました」

 

そう話すのは魂魄妖夢、この白玉楼の庭師であり、西行寺幽々子に仕えている。私たちを家まで呼びにきたのも彼女だ。

 

「ようこそ、冥界へ。今日は貴女達に話すことがあって来てもらったの」

 

白玉楼の主、西行寺幽々子は粛々と挨拶をする。さすが、冥界の管理者なだけあって貫禄がある。

 

「ちょっといいかな、リリカの能力が失われたのは、貴女が関係しているの?」

 

「ちょっ、ルナ姉何を言ってーーー

 

私は思わず声を上げる。ルナ姉はそれを無視して続ける。

 

「私たちは今日一日、能力が失われたことについて色んな場所で情報を集めたわ。そして、各々別々の情報を手に入れた。私はリリカの中から失われたもの。メルランはこの事件の原因となった可能性のある者。リリカは能力が失われた原因を。それらを合わせると、辻褄が合うのよ」

 

ルナ姉がまくし立てる。いきなりすぎてよくついていけない。

 

「ちょっと、ルナ姉、どういうこと?姉さん達が集めた情報ってなに?」

 

私は、一旦状況を整理するために話に割り込んだ。

 

「私は、リリカの能力が失われたのは、リリカの中の幻想が失われたということだと考えた。メルランは、八雲紫から怪しい人物として貴女の名前を教えてもらった。これが、私たちの集めた情報よ。これにリリカの情報を合わせると、

『西行寺幽々子がリリカの中の幻想という概念を殺した』ということになるのよ。貴女の能力は死を操るんだっけ?ピッタリじゃない」

 

幻想を殺す?よく分からないが、そんなことが可能なのか?出来るとすれば、随分と無茶苦茶な能力だと思うが。

 

「ちょっ、ルナ姉、いくらなんでもそれは無茶苦茶じゃない?」

 

私は否定しようとした。だがーー

 

「ええ、その通りよ。貴女の能力が失われたのは私が原因なの」

 

幽々子の声によってそれを遮られた。

 

「・・・えっ?」

 

「まあ正確には、私が、というよりその子が、ですけどね」

 

そう言って、幽々子は桜の木ーー西行妖というらしいーーの根元を指差した。

 

「あの西行妖の根元には、私の死体が眠っています。その死体は、西行妖が満開になると目覚めるらしいわ。そうなったら、私も消滅してしまうのだけれど。でも、先日の貴女達の演奏によって、西行妖が満開になる寸前まで咲いたらしいわ。九分咲きってところかしら。私は見ていないのだけれど。どうやら消滅しかかってたみたいね。それによって、桜の下に眠る私の能力が暴発したのよ。私の生前の能力は、生き物を死に誘う能力。でも、ここに生き物は存在しない。行き場を無くした力は、貴女の中の幻想という概念を殺してしまった。これが、この事件の真相よ」

 

幽々子が説明を終える。俄かには信じられないが、その表情が嘘ではないことを物語っている。

 

「でも、ちょっと待ってよ、私たちの演奏は、確かに生き物やそうでないものにも影響を与えるけど、春雪異変の時、春を集めても、そこまでは咲かなかったんでしょ?そんなに強い影響を与えるとは思えないんだけど・・・」

 

私は、疑問に思ったことを尋ねる。

 

「そうね、普通であれば、咲くはずが無いのよ。でも、この二日間妖夢に幻想郷を調査させて分かったのだけど、何者かによって幻想郷に存在する者の生命力が増幅させられているらしいわ。まあ、これは巫女の領分だから、誰の仕業かは知らないけど。それによって、西行妖は貴女達の演奏による影響をより強く受けてしまったようね」

 

じゃあ、私が能力を失ったのは、事故のようなものだということか。

 

「不測の事態とはいえ、私が原因であることには間違いないわ。本当にごめんなさい」

 

幽々子は深々と頭を下げる。正直、らしくない。

 

「気にしなくていいって!事故みたいなものじゃん。私は気にしてないよ。それより、元に戻す方法は知らないかな?」

 

私は笑ってそう言った。実際、幽々子に非はないだろう。

 

「そう言ってもらえるとありがたいわ。でも、戻す方法はわからないわ。私の能力は死を操ること。生き返らせることはできないの」

 

幽々子は治し方を知らないようだ。まあ、仕方がない。原因が分かっただけでも前進である。

 

「分かった、ありがとう!解決策はこっちで探してみるよ」

 

私は素直に感謝を述べる。幽々子は責められることも覚悟していたようだが、それはお互い様である。彼女も消えかけたのだから。

 

「私達も調べてみます。できうる限りの協力は惜しまないわ」

 

原因は分かった。あとは何とかして解決策を見つけるだけだ。

 

そうして、私たちは白玉楼を後にした。




はい、失われた音 第三楽章いかかでしたでしょうか。
リリカサイドのお話+ネタバラシです。
紫の言ってた人物は幽々子だったんですねぇ。
幻想殺し…どっかで聞いた単語ですが、彼は無関係です。
次回は、解決策を探して三姉妹が奔走します。
ではまた。


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失われた音 第四楽章

リリカの物語四話目です。
投稿にめちゃくちゃ時間かかってしまいました・・・
今回はまあ、のんびりした感じの雰囲気です。
肩の力を抜いて楽しんでいただければ幸いです。


 

「なるほどねぇ、西行妖の力によって幻想という概念が殺されたと、なかなか興味深いわね」

 

冥界から戻った翌日、私は再び妹紅の案内で永遠亭を訪れていた。永琳からなにかいい方法がないか聞くために。今回は姉さんたちも一緒である。

 

「それで、貴女からは騒霊とは違った雰囲気を感じたわけね」

 

永琳が納得したように言う。騒霊と違う雰囲気?どういうことだろう。

 

「ん?私、なんか変な雰囲気出してるの?」

 

ちょっとよく分からないので聞いてみた。

 

「そうね、騒霊は本来なら存在感の薄いものなのだけど、貴女の中の幻想が死んでいる今、貴女は騒霊では無くなっているの。どちらかというと人間に近い状態ね」

 

なんと、今の私は騒霊ではないのか。アイデンティティの喪失である。というか、それって大丈夫なのだろうか。

 

「それ、大丈夫なの?いきなり消滅したりしないよね?」

 

ルナサ姉さんが尋ねる。

解決する前に消滅とか勘弁願いたいものだ。

 

「まあ、大丈夫よ。むしろ、消滅する可能性は騒霊より低いわ。人間にも異能を持つ者はいるし、幻想の音を奏でる能力が使えないこと以外は不便はないでしょう」

 

まあ、ひとまず心配はないといったところか。問題は全く解決していないが。

永琳によると、解決策はまだ分からないそうだ。取り敢えず、自分たちであちこち当たってみるしかないか。

 

「ありがとう。色々と参考になったよ」

 

永琳はなかなか信頼できる。流石元月の頭脳といったところか。

 

「お、もういいのか?」

 

部屋の外から妹紅が戻ってきた。心なしか、服がボロボロになっている気がする。

 

「あれ?どうしたの、それ」

 

私は妹紅に聞いてみた。

 

「ん?ああ、輝夜とケンカしてな。まあ、私の勝ちだったが」

 

なにやってんだか。まあ、私たちの話を聞いても退屈だろうし、別にいいか。

 

「あら、何を言ってるのかわからないわね。私の圧勝だったじゃない。まったく、これだから地上の民は…」

 

妹紅の後ろから現れた少女が言った。彼女も服がボロボロである。

彼女は蓬莱山輝夜。不老不死の月の姫であり、妹紅の因縁の相手らしい。普段はお淑やかで非常に美しいらしいが、妹紅に会うと好戦的になるようだ。

 

「ハッ、お前の方が再生が1秒遅かっただろ、だから私の勝ちなんだよ」

 

「あらあら、貴女の方が1秒早く倒れたじゃないの。そんなことも分からないのに、私に勝っただなんてお笑い草だわ」

 

うーん、こういうのなんていうんだっけ?五十歩百歩?

 

「あの二人、いつも勝負がつかないのに自分が勝ったって言い張るのよ。実際は引き分けなのだけど」

 

どちらも負けず嫌いな性格らしい。妹紅は昔の仇と言っていたけど、割と仲が良いんじゃないだろうか。

取り敢えず、用は済んだので早く帰りたいのだが、妹紅が口喧嘩をやめないと帰りようがない。

 

「大体、お前は昔から難癖つけて自分の負けを認めようとしないよな!そのせいで私の父は恥をかいた!」

 

「フン!あれも、結局は偽物だったじゃないの。嘘をついて勝ちを得ようとするなんて、卑怯者のやることよ!」

 

・・・ますますヒートアップしている。どうしたものか。と、永琳が二人の方へ歩み寄る。

 

「なんだと!だったらーー

 

「いい加減にしなさい」

 

永琳は静かに、たった一言だけ言い放った。声は大きくはないが、二人を黙らせるのには十分な威圧感を放っていた。

二人とも、一瞬にして押し黙る。

 

「まったく、妹紅、貴女は彼女たちを案内する役目があるでしょう。輝夜も、いつまでそんな格好をしているの。はしたないわよ」

 

永琳に言われて二人ともすごすごと引き下がる。やはり、流石である。

 

その後、私たちは永遠亭を後にし、妹紅の案内で竹林を抜けて帰ってきた。

 

「ねぇ、これからどうしましょうか」

 

メルラン姉さんが尋ねる。正直、解決の目処は立っていないのが現状だ。

 

「うーん、参ったね、八方塞がりって感じか」

 

「まあ、色々試していくしかないんじゃない?取り敢えず今日は疲れたから、明日また考えようよ」

 

「そうねー、取り敢えず危険は無いようだし、じっくり考えていきましょう」

 

こうして、私たちはそれぞれの部屋に戻り、明日に備えて眠りについた。

 

(・・・え・・ん、・・・い・・て・・、・・を・・・)

 

うーん?なんだ?夢を見てるのかな。誰かが語りかけてくるが、はっきりとは聞き取れない。

 

(わた・・・を・・・て・・)

 

一体誰だろう。私は口を開いた。

 

「あなたはーーー

 

目が覚める。朝になっていたようだ。さっきのは一体なんだったのだろう。夢にしては、はっきり覚えている。

 

「おはよう、リリカ」

 

「ああ、姉さん、おはよう」

 

メルラン姉さんと挨拶を交わす。

 

「ねえ、昨日考えたんだけど、お寺に行ってみるのはどう?あそこは妖怪が修行しているわ。何か掴めるかも」

 

メルラン姉さんが提案する。まあ、何もしないよりは、こういう風に色々手がかりを探していく方がいいか。

 

「そうだね。じっとしていてもしょうがないし、試しに行ってみようかな」

 

後から起きてきたルナサ姉さんにもそのことを伝え、私は命蓮寺へ行くことにした。

 

 

 

 

 

 

「ほら、頑張って下さい。もう少しですよ」

 

私は今、命蓮寺の境内の掃除をしている。なんでこんなことをしているのかというと、

『命蓮寺お試し入門!今なら一ヶ月間無料でお寺での暮らしが体験できます!三食寝床付のお得なコースです』

という張り紙を見て、せっかくだしお寺で修行すれば、なにか解決へのきっかけが掴めるかも知れないと考えたからである。

 

「いや、たかが掃除だと思ってたけど結構大変だね」

 

「当然です。掃除は煩悩を綺麗に取り除くための基本なのです。これが中途半端であれば悟りを開くことはできません」

 

寺の住職、聖白蓮が言う。彼女は人妖種族問わず平等に接する人格者である。だが、彼女の見ているところで手抜きはできない。

 

「ふう、とりあえず終わったよ」

 

「はい、ご苦労様です。次は、坐禅を組みましょう。準備してきてください」

 

命蓮寺の修行はなかなかストイックなものである。短期間であれば新鮮で楽しいかもしれないが、ずっと続けるとなるとどうだろう。まあ、余計なことは考えなくなりそうだ。

 

「あんたも物好きねえ。わざわざ自分からこんなところに来るなんて」

 

振り返ると、縦ロールの髪型にサングラスをかけ、 指輪や宝石をちりばめたおよそ寺には似つかわしくない格好をした少女が立っていた。

 

「あんた、ここに何の用よ」

 

「別にぃ〜、私がどこにいようと勝手じゃない」

 

私の質問に適当な答えを返す。この少女が先の憑依異変の首謀者、依神女苑である。彼女は私たちのライブを利用して金を巻き上げていたらしい。正直、気にくわない。

 

「あら、女苑じゃない。久しぶりね」

 

聖が戻ってきた。女苑は以前この寺で修行していたらしい。

 

「げっ、聖!」

 

「げっ、じゃないでしょう。ふらっといなくなるんですから、まったく・・・それで?また門徒として修行しに戻ってきたのですか?」

 

聖は半ば呆れ気味に言う。

 

「いやぁ、今日は別の用事だったんだけど、また今度にしようかなぁ〜」

 

そういうと、女苑は振り返ってそそくさと帰ろうとした。

 

「待ちなさい。貴女、なにか隠してませんか?」

 

女苑の体がビクッと震える。あ、図星なのね。

一瞬の沈黙の後、女苑は全力で駆け出した。

と、聖の姿が一瞬にして消え、女苑の行く手に移動した。

 

「なにを隠しているの?見せなさい」

 

女苑を捕まえた聖は手荷物を調べる。

 

ゴトッ!

女苑の鞄から何かが落ちた。

 

「あら、これは・・・」

 

酒である。この寺には不飲酒戒というのがあるはずだが・・・

しかも、一輪と書かれた紙が貼ってある。これは・・・

 

「まあ、またですか・・あの子も懲りないわねぇ」

 

聖は穏やかに言う。ただし、全身から感じる気配は寒気のするようなものだった。

 

「リリカさん、私はちょっと用事ができたので、先に行っててもらえますか?」

 

そう言って、聖は女苑を引きずりながら奥の方へ消えていった。

・・・南無三。

 

その日、一輪の姿を見たものはいなかった。

 

そして、日は流れ、私は一ヶ月の入門体験期間を終えようとしていた。その前日の夜、私は夢を見た。

 

あたり一面真っ白な部屋。私の向かいにはなにか影のようなものが見える。その影が語りかけてくる。

 

(姉さん、姉さん、私を、見つけて)

 

今までも何度か見た夢だ。何を言っているか聞き取れなかったが、今日は不思議と理解できる。

でも、私は三姉妹の末っ子で、妹はいないはずなんだけど・・・

 

(お願い、私をーーー

 

そこで目が覚める。

うーん、聞き取れるようにはなったが、よく分からない。私に妹なんていたっけ?

などと考えていると、聖が迎えにきた。

 

「おはようございます。今日で終わりですね、どうです、何か掴めましたか?」

 

ああ、そういえば今日が最後だったか。日々充実していて忘れていた。というか、ここに来た目的も忘れかけてたけど・・・

 

「まあ、解決の糸口は見つからなかったけど、心に余裕はできたかな」

 

「それは良かった。仏門というのは、心にゆとりを持つことが目的の一つでもありますから。リリカさんは真面目に修行していましたし、いつでも歓迎しますよ」

 

「そう?まあ、考えとくよ」

 

そうして、私は命蓮寺を後にし、屋敷へ帰った。

 

「ただいまー」

 

私はそう言ってドアを開けた。

 

「リリカ!帰ったのね!姉さんが大変なの!」

 

メルラン姉さんが慌てた様子で駆け寄ってきた。

ルナサ姉さんに何かあったのだろうか。

 

「どうしたの?ルナ姉になにか・・」

 

「実は、私たちはこの一ヶ月能力を取り戻す手掛かりを探していたのだけど、あまりいい情報は得られなかったわ。それで、姉さんがーー」

 

一体何事だろうか。ルナサ姉さんの部屋の扉を開ける。ルナサ姉さんはいない・・いや、部屋の隅で佇んでいる。なんかブツブツ呟いている。

 

「鬱を発症しちゃったの・・・」

 

「ええ・・・」

 

うん、まあ、うーん、なんだかなぁ・・・

 

「あら、リリカ、おかえりなさい。この一ヶ月何も得られなかったわ。ふふ・・役立たずの姉さんでごめんね?」

 

今までもこういったことは何度かあった。姉さんたちは能力の関係上、発作的に発症するのだ。こういうときの姉さんは面倒くさい。時間経過で元に戻りはするが。

最近演奏してないから、色々溜まっているのかもしれない。

これは、早く能力を取り戻さなければ・・・

メルラン姉さんも躁を発症したら本当に手がつけられなくなる。

 

 

こうして、私は決意?を新たに能力を取り戻す方法を再び模索することにした。




はい、失われた音 第四楽章いかがでしたでしょうか。
本当はもっとキャラ出したかったんですが、文章力が足りぬぇ・・・
日常回みたいなやつです。ちょっと脱線気味ですね。
リリカの夢に出てきた影、一体何者なんだ・・
次が最後の予定です。是非お楽しみください。
ではまた。


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失われた音 第五楽章

プリズムリバーの物語、最終章です。

独自解釈や設定が散見されますが、楽しんでいただければ幸いです。


あれから、更に一ヶ月が経った。

紅魔館の運命を操る吸血鬼を尋ねたり、守矢神社の奇跡を起こすという現人神に頼ってみたり、道教や小人の秘宝も試してみたりしたが、いっこうに成果は得られなかった。

私の能力を取り戻す目処はまだ立っていない。

 

「あ〜ごめんねぇーみすちぃ〜私が不甲斐ないばっかりに〜」

 

私は今、ミスティアの屋台でヤケ酒を飲んでいる。

ミスティアとは、合同ライブの約束をしたのだが、結局演ることはできなかった。せっかく楽しみにしてくれていたのに、本当に申し訳ない。

 

「まあまあ、能力が戻ってからでもいいじゃないですか。私はいつでも構いませんよ」

 

「でもぉ!いつ戻るか分からないんだぁ〜!」

 

私は勢いよく杯を傾ける。

 

「ちょっと、飲み過ぎじゃない?それくらいにしときなさい」

 

「そうだね。流石に一旦落ち着こう」

 

姉さん達が心配そうに話しかけてくる。だが、いくら飲んでも私のこの悶々とした気分は晴れない。

 

「だって、もう二ヶ月だよ!?このままじゃ本当にプリズムリバー楽団が解散になっちゃうよ」

 

「まあ、そうねぇ。これだけ試して手がかりが無いというのもなかなか辛いわね」

 

どうすればいいんだろうか。思いつく手は全部尽くした。やはり時間で戻るのを待った方がいいのだろうか。いや、そんな悠長に構えてたらいつまでかかるか分からない。かといって、これといった手がかりもないし、八方塞がりだ。なにか、いい方法はーーー

 

 

 

 

 

気がつくと、またあの白い部屋にいた。どうやら、飲みながら寝てしまったらしい。

 

ーー姉さん。

 

後ろから声が聞こえた。またあの影だろうか。

そう思って私は振り返った。

 

 

 

 

そこには、見覚えのある少女が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリカー、もう閉店よー、起きなさーい」

 

「やれやれ、これは担いで行くしかないかなぁ」

 

ルナサ姉さんが私を担ごうと手を伸ばした瞬間、私は勢いよく起き上がった。

 

「うわあああ!!びっくりするじゃないか!いきなり起き上がるなんて、心臓に悪い!」

 

ルナサ姉さんが驚いた声をあげる。いつもテンション低い姉さんがこんなに驚くのは珍しいが、私はそれを気にも留めなかった。

 

「思い・・出した」

 

そう言って私は屋台を飛び出した。

 

「わっ、ちょっ、リリカ!?どこ行くのさ!ごめん、ミスティア、これお勘定!お釣りはいらないから!」

 

「待ちなさい、リリカ!」

 

姉さんたちも慌てて追いかけてくる。

 

ああ、それにしても、何故忘れていたのだろう。私の、いや、私たちの、とても大切な人を。能力を失ったせい?長い年月のせい?いずれにせよ、彼女はずっと私を呼んでいたのだ。私はそれに応えなければならない。

 

 

そして、私は遥か上空、冥界と現世の境目まで来た。この結界を越えれば冥界へ行ける。

私は結界を抜けようと手を伸ばした。

 

「待ちなさい」

 

その時、私の目の前の空間がパッと開いた。

そのスキマの中から一人の女性、八雲紫が現れた。

 

「お久しぶりね。先の異変以来かしら」

 

「なんの用?私は急いでるんだけど」

 

私は彼女と直接話したことはないが、憑依異変の時に私たちのライブ会場の近くでドンパチやっていたのを覚えている。メルラン姉さんは神社に行ったときに会ったらしいが。

 

「貴女はこのままでは冥界へ行くことはできないわ」

 

八雲紫は静かにそう告げる。

 

「貴女は今、騒霊ではなく人間に近い状態になっています。能力を失ってすぐなら通れたかもしれませんが、結構時間が経っていますからね。だから、私が結界を緩めないと、通ることはできないわ」

 

「じゃあ、結界を緩めてもらえないかな。私は冥界へ用があるんだ」

 

「その前に、一つ確かめたいことがあります。この先、貴女は一つの選択を迫られるでしょう。それがどんなものであっても、受け入れる覚悟はできていますか?」

 

八雲紫は淡々と聞いてくる。

選択?何のことか分からないが、私には引き返すという選択肢はない。

 

「 なんのことを言っているのかよく分からないけど、私は行かなきゃいけないんだ。今更戻る気なんてないよ」

 

「そうですか、分かりました。それなら、ここを通りなさい。そして、貴女の答えを見せなさい」

 

そういうと、八雲紫は結界に触れた。結界の一部に歪みが生じ、薄くなっていくのが分かる。

 

「貴女の探しているものが見つかるといいですね」

 

八雲紫はそう言って結界に穴を開けた。私はその穴をくぐって冥界へと向かう。

 

 

 

 

 

冥界はいつ来ても、風景が変わらない。薄暗いながら古風な雰囲気で、どこか優雅さを感じさせる。

私は、冥界に無数に漂っている霊たちの中からある者の魂を探していた。しかし、どれも同じような形をしていて、判別するのはかなり難しい。

 

「どこ?どこにいるの?」

 

この広い冥界で、形の同じような霊魂の中から一人を特定するのはほぼ不可能だと思われる。だが、私なら、彼女なら、分かるはずだ。

その時、一つの霊魂が私の近くへ寄ってきた。だが、これは彼女ではない。直感で分かる。無視していると、その霊魂は私の周りで回り始めた。

 

「あー!もう、いったいなんなの?」

 

私が叫ぶと、霊魂は私を離れてある方へ向かっていった。かと思うと、その場で一旦止まる。

 

「もしかして、案内してくれるの?」

 

私は聞いてみた。霊魂は頷いたような気がする。

それから、私は霊魂が導くままに冥界の道を進んでいった。周りの景色は石燈籠が並ぶばかりでほとんど変わらないのに、この霊魂は迷うそぶりも見せずに足早に進んでいく。足はないけれど。

 

そうしているうちに、開けた場所に出た。目の前には、黄金に輝かんばかりの大木がそびえ立っていた。すると、私を案内していた霊魂が人の形に変わっていく。

 

「あ、貴方はーー」

 

「どうも。この木はイチョウの木です。白玉楼の桜が命を奪うものなら、このイチョウは命を与えるもの。私たち幽霊は、冥界のこの場所でのみ人の形をとることができます。ある人に案内するように言われまして、貴女をここまで連れてきました」

 

私はこの人物を知っていた。ライブによく来ては、親しげに話をしてくる人間だった。先日亡くなったと聞いていたが、幽霊となって冥界を彷徨っていたようだ。

 

「あの木の下で、彼女が待っています。どうぞ、行ってあげてください」

 

私は、覚悟を決めて、踏み出す。この先に、彼女がいるのだ。私をずっと呼んでいた、あの人が。

心臓の音が高鳴る。久しぶりに会って何を言えばいい?どう接すればいいのだろう。彼女とはもう会えないと思っていたから、色々戸惑っている。

思いを巡らせていると、いつのまにかイチョウの木の根元まで来ていた。

 

 

そこには、一人の少女が立っていた。私たちが初めて会った頃の姿で、彼女はそこにいた。

 

「久しぶり。姉さん」

 

「ーーーレイラ!!」

 

私は彼女の名前を叫び、駆け寄り、そして、抱きしめた。

ああ、間違いない。レイラだ。私たちの生みの親であり、妹である彼女が今、ここにいる。昔と変わらぬ姿で、ここに立っている。

 

「レイラ、本当にレイラなのね。ああ、久しぶりなんてもんじゃないよ。危うく忘れるところだったよ、もう」

 

私は肩を震わせながら言った。

 

「ふふっ、姉さんは相変わらずね。涙脆いところとか、昔から変わっていないわ」

 

そう言うと、彼女は私の頭を撫でた。ただでさえ感極まっていた私の想いは限界を迎えた。

 

「ご、ごめん、ね。貴方は、ずっと、私を呼んでいたのに、気づいてあげられ、なくて」

 

そう言って、私は彼女の腕の中で溢れんばかりの思いを吐き出していた。 そこで感じられる感触は生前のものと全く変わりなかった。

 

「レイラ?レイラじゃないか!」

 

後ろの方から声が聞こえた。どうやら、姉さんたちが追いついたらしい。

 

「ルナサ姉さんにメルラン姉さんも、久しぶりね」

 

「本物、なの?」

 

「私は本物よ、メルラン姉さん。死んでからずっと冥界を漂っていた私は、この木の力で生前の姿を取ることができているの。こうしないと、私の役目を果たすのに色々と不便だしね」

 

「役目?」

 

「そう、リリカ姉さんを呼んだのは、私の役目を果たすため。貴女たちを生んだ親として、貴女たちを最も愛している妹として、私の果たすべき役目よ」

 

そう言って、レイラは目を閉じ、私を強く抱きしめた。

そして、一瞬の沈黙の後、意を決したように言った。

 

「姉さん、私の魂を取り込んで」

 

レイラは、強く、はっきりとした言葉で話す。

 

「リリカ姉さんの能力が失われたことは知っているわ。その原因も。私は冥界で一部始終を見ていたからね。姉さんの能力の根幹である幻想という概念が死んだ。なら、姉さんたちを幻想から生み出した私なら、それ程の幻想を持った私だったら、復活させることができるかもしれない」

 

「本当に?」

 

声が震える。私の能力はもう戻らないのではないかと半ば諦めていた。それが、こうして再び蘇らせることができる可能性が出てきた。

だがーーー

 

「それって、レイラはどうなるの?」

 

ルナサ姉さんの疑問によって、私は我に返った。

そう、魂を取り込むというのは、魂を喰らうということと似ている。とある仙人が、怨霊を潰したりしているが、あれも似たようなことである。

 

「そうね、私は姉さんの魂と同化して、消えてしまうわ」

 

私は愕然とした。レイラが、消える。つまり、幽霊として存在することも、彼岸に渡って転生することもできないということだ。

 

「そんな、レイラ、そんなのだめーー

 

レイラは優しく私の口に指を置いた。

 

「元々覚悟していたことよ。これしか有効な方法は無いと思うわ。それに、消えるといっても、それは私個人としての存在が無くなるだけで、姉さんの中で共に生き続けることはできる。だから、お願い。私を信じて」

 

彼女の目は真っ直ぐ私を見ていた。それは、存在が消えてしまうことの恐れも、自分の運命への恨みもなく、ただただ私を助けたいという想いに満ちた目だった。

 

私は、ただ黙って頷くことしかできなかった。言うなれば、これは妹のわがままだ。そして、生みの親としての我儘でもある。ならば、その願いを無碍にすることはできない。

 

ルナサ姉さんやメルラン姉さんはどんな顔をしているだろうか。振り返ってみると、二人とも、覚悟はできているという表情だ。

 

「まあ、これも可愛い妹たちのわがままってことよね〜、姉さん」

 

「そうだね、そういうのを黙って許容するしかないのも、姉として辛いところだけどね」

 

「ありがとう、ルナサ姉さん、メルラン姉さん。私のわがままを聞いてくれて。じゃあ、リリカ姉さん、お願い」

 

そういうと、レイラは再び私を強く抱きしめた。徐々に彼女が私の中へと入ってくるのを感じる。私はただ黙ってそれに身を委ねる。

レイラの魂が、一つ一つ、殻を破るように、私の中で溶け込んでいく。私の魂と一つになっていく。

彼女の魂は驚くほどすんなりと私の中へと入っていった。私が彼女から生まれた存在だからだろう。

そうして、レイラの魂は私の中に全て入り込み、私の魂と混ざり合って一体となる。そして、レイラの魂が完全に私のものとなった時ーー彼女の存在はこの世から消えたーー

 

 

 

 

 

 

 

銀杏の樹の下、先ほどまで四人だった影は三人となり、辺りをただ静寂が包んでいた。




失われた音 第五楽章いかがでしたでしょうか。
レイラという存在は、三姉妹にとっては妹であり親でもあるというとても大きなものであると思っています。それで、彼女を鍵とした話を作らせていただきました。
また、冥界に銀杏があるというのは公式ではありませんが、あの場面に相応しい樹だと思います。色んな意味で。
ここから後日談に続きます。
ではまた。


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失われた音 終楽章

リリカ・プリズムリバーの物語最終回です。
後日談なので短めですが、楽しんでいただければ幸いです。


夜の幻想郷に音が響く。

 

「オラァァァァァァ!!もっとテンション上げてきなよォォォ!」

 

静かなはずの夜を切り裂く叫びは幽谷響を彷彿とさせる。

 

「鳥目になってもいいって奴は前に来なァ!」

 

夜雀の声に観客は熱狂する。

 

「今日はプリズムリバー楽団の復活祝いとして私たち鳥獣伎楽との合同ライブだ!皆盛り上げていくよ!」

 

その声で観客はさらにヒートアップする。私たちは、それに合わせて舞台に登る。

お客さんの声が大きくなる。私たちの名前をそれぞれ叫んでいるようだ。

 

「皆さん!長らくお待たせしました!私たちプリズムリバー楽団の復活ライブ、鳥獣伎楽とのコラボです!!存分にお楽しみください!!」

 

メルラン姉さんが叫ぶ。躁の音を操る姉さんは観客を盛り上げるマイクパフォーマンスに最適なのだ。観客のボルテージがさらに上がる。

私の役割は姉さんたちの音に当てられたお客さんが暴走しないよう調整することだ。姉さんたちの音に比べるとあまり目立たないが、重要な役である。

 

鳥獣伎楽の歌声は迫力があり、私たちも負けじと音を張り上げる。

私は、ルナサ姉さんの鬱の音、メルラン姉さんの躁の音、ミスティアの人を鳥目にする歌声を演奏しながら調整するというなかなかハードな役割をこなしているが、失敗する気はしない。私の中にはもう一人の魂があるのだ。彼女と一緒ならばどんな難題でも苦にはならない。

 

 

 

私は彼女の魂を取り込んで、三日ほど寝込んでいた。存在の不安定な騒霊として人の魂を取り込んだことによる副作用らしい。その後、目覚めた私は、少しだが能力を使えるようになっていた。そして、確実に以前の自分とは違うという感覚を覚えていた。

 

それから二週間ほどたったころ、私は幻想の音を操る程度の能力を以前のように使えるようになっていた。

だが、それだけではなかった。

今までは、姉さんたちの個性的な音を抑えて観客への影響を軽減することが精一杯だったが、最近になって、姉さんたちの奏でる鬱と躁の音の度合いを自由に操れるようになったのだ。

つまり、観客への影響を自由に制御することができるようになったというわけだ。

そしてそれは、ミスティアの能力が加わっても変わらずコントロールできていた。

 

「凄いわリリカ!本番でも完璧に私たちの音楽をコントロールできてる!」

 

「これは驚いたね。私たちの能力が完全に調和されてる」

 

姉さんたちが口々に褒めてくれる。

 

「今の私は絶好調だよ!どんな音楽だって私たちの力で最高にしてあげるから、手加減なしの存分に演奏してよ!」

 

そう、私の中にはもう一人の魂、レイラ・プリズムリバーの魂が存在するのだ。

確かに、私が魂を取り込んだ時点でレイラという存在はこの世から消滅した。しかし、私の魂と一緒になったレイラは私として、私の中で共に生きている。彼女の力は凄まじく、私の能力を蘇らせるだけでなく進化させてしまったようだ。流石は私たちの生みの親なだけある。

そして、時々私の演奏の手助けをしてくれるのだ。直接声を聞くことはできないが、彼女は感覚で訴えかけてくる。おかげで、私自身も姉さんたちの音の変化により敏感になったと思う。

 

ルナサ姉さんの鬱の音が強くなる。と、私はその余剰分の音を幻想へと変化させ、適度なものへと調整する。

反対に、メルラン姉さんの音が弱いと感じたら、幻想から音を作り出し、躁の力を強める。

鳥目の能力は観客の視覚を制限することで音への感覚を敏感にさせる。ただし、完全に見えなくなると意味がないので、これも丁度良い程度に調整する。

そして、音を反射させる能力で私たちの音楽の質を高める。これ程までに演奏しがいのある組み合わせもなかなかないだろう。

 

 

「じゃあ、新曲といこうか!"今宵は飄逸なエゴイストver.ウィズ鳥獣伎楽"!」

 

先の憑依異変の時に雷鼓さんと演奏した曲の鳥獣伎楽コラボバージョンである。私たちのメロディに合わせてミスティアと響子、二人のシャウトがこだまする。鳥獣伎楽のファンもプリズムリバーのファンも、最高の熱気の中合いの手を繰り返す。

 

 

 

 

 

「これで良かったんでしょう?幽々子」

 

「そうね。これがあの子の望んだことよ。彼女たちには大変な思いをさせてしまったけれど」

 

「姉達と一緒に音楽を奏でたいと成仏せずに冥界に留まり続け、貴女に頼んで能力を殺し、自分が取り込まれることで願いを叶えるなんて、相当な自己中心主義〈エゴイスト〉よね」

 

「そうねぇ。まあ、それくらい強かじゃないと幻想郷では生きていけないわ。それに、皆楽しそうだからいいじゃない。それはそうと、貴女にもお礼をしなきゃね。色々手を回してくれたみたいだし」

 

「友人の頼みだもの、当然のことよ。でも、そうねぇ、私、御節とか濃いお酒が怖いわ」

 

「あらそう、なら妖夢に用意させないとね」

 

「私は庭師であってメイドではないはずなんですがね…」

 

「あら、風景を引き立てる料理を用意するのも庭師の仕事なのよ」

 

「貴女は花より団子でしょうに」

 

 

 

 

 

 

演奏が終わる。観客の盛り上がりは最高潮だ。

 

「では、次の曲が最後となります!私達の原点の曲であり、そして、最も大切な人への曲を聴いてください!

"幽霊楽団〜Phantom Ensemble"」

 

メルラン姉さんの声を合図に、演奏が始まる。

ミスティアたちの音と私たちの音が広がり、そして収束する。

 

私達の演奏は終わらない。何度でも、何度でも、私達が存在する限り、この世界を廻り続ける。かつて、一人の少女が願ったように。私達がここにいる限り。

 

 

 

 

そして、夜は更けていくーー




失われた音、これにて終幕です。いかがでしたでしょうか。プリズムリバー三姉妹って結構想像を掻き立てられる生い立ちですよね。レイラが死んでも存在してるところとか謎が多い。
プリズムリバーウィズ鳥獣伎楽…聴いてみたいです。
この話を書いてる途中にあるサークルさんがプリバの曲を公開したんですよね。めっちゃ好きです。
それでは、この辺で。
ではまた。


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