苦々しいリーダー【艦これ二次創作】 (シグ&リデ=覚醒)
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第壱話「着任~物語の始まり~」

「はぁ…やっと着いたかぁ」

 

季節は夏、汗がダラダラと流れてきて鬱陶しい。その上この長距離を歩かされ、彼女は不平不満が溜まっていた。

 

しかし文句は言えない。陸を移動するようにという前鎮守府提督の命だったから。

 

理由は聞いている。そしてそれが事実だというのも自分の目で確認した。

 

「いやーまぁね。話には聞いてたけど…。本当に凄い警備システムだね~」

 

……彼女は俗に言う艦娘。出来る事なら海からこの鎮守府に入りたかった。

 

しかしこの警備システムだ。海から侵入しようと目論めば、間違いなく作動していただろう。

 

流石に、着任初日から迷惑をかける訳にはいかない。ただでさえ自分は、前鎮守府で「トラブルメーカー」と呼ばれていたから。

 

「うっし!頑張りますか!」

 

そう言い、彼女は気合いを入れる。彼女が持っていた荷物からは、生活必需品等よりも大量に入っている「探照灯」がはみ出していた。

 

~~~

 

「あ…来ましたよ…」

 

「ホントだー!いらっしゃーい!」

 

この鎮守府に1つしかない陸の入り口。彼女がそこから入ると、2人の艦娘が出迎えてくれた。

 

彼女はその2人の名前を知っていた。前鎮守府にも同じ見た目の艦娘が居たから。

 

というか、自分と「型」が同じだから。

 

「おぉ!神通さんに那珂さんだぁー!この鎮守府にも居て嬉しいです!」

 

そう言って彼女はぴょんぴょん飛び跳ねて駆け寄った。一方でその2人…神通と那珂は浮かない顔だった。嬉しそうではあるが。

 

「あ、あの…えっと…」

 

「うん。あのさ川内さん」

 

「あ、は、はい!?何でしょうか?」

 

その彼女…川内は、2人からパッと離れた。その際に2人が微妙な顔を作っていたのにも気がついた。

 

「私の事は『那珂ちゃん』って呼んで!他の娘ならともかく川内さんに『さん』付けされるのは流石に違和感凄いよ!」

 

那珂はブーブー文句を言った。でも確かに言われたらそうだ。川内は「えへへ」と照れた顔を作り、ビシッと敬礼をした。

 

「私は川内型:1番艦:軽巡洋艦の川内、参上!これから宜しくお願いします!」

 

「あ…はい…宜しくお願いします…」

 

やはり神通と那珂は少し戸惑っているようだ。恐らく妹と呼べる2人相手に、川内が敬語を使っている事に違和感があるのだろう。

 

しかしそんな事は気にせず。川内は2人に「提督に会いたい」の旨だけ伝える。現在は昼過ぎだから、恐らくテンションが上がってきているのだろう。

 

……川内にとっては新しい鎮守府。これからお世話になる街だ。提督に挨拶が先決と分かっていても、やはり周りが気になる。

 

余裕があれば今日中に観光もしてみたいところだ。現状を考えれば不可能に近いが。

 

そんな中、川内は1つ気になることがあった。街の景観について。

 

「あ、あの…那珂ちゃん」

 

「うーん?どうしたの!?」

 

「この街ってさ、倉庫多いよね~」

 

……川内の前鎮守府はとてもド派手だったのだ。といっても派手に光り輝く装飾が街中にあったとかそういう話ではない。

 

ただ…文化的な建物が並んでいたのだ。前鎮守府には中央街があり、その通りの建物の壁は真っ白に塗られ、道路には花壇もあった。

 

しかしこの鎮守府は、防衛の意味を込めて街灯が一本も無いのは仕方ないとして、花壇は愚か草木の一本も見当たらず、ズラッと並ぶ建物はどれも見た目が同じだった。

 

「あぁもしかして…!この鎮守府について何も聞かされてない感じ!?」

 

相変わらずアイドル感溢れた声を出し、アイドルスマイルを作ってパッと振り返る那珂。

 

……この川内は、何だかんだ数々の夜戦を潜り抜けてきた艦娘の1人。人を見る目には自信があった。

 

自信があったからこそ…気付いた。パッと振り向いた時の那珂は、漫画やアニメとかでいう…目にハイライトが無い状態だったのだ。

 

目が死んでいるというか。元々何かどす黒いものを持っていて、それがふと表面に出て来たかのような。

 

とにかく。川内は思わずぶるっと身震いをしてしまう。とはいえこんなものにビビるつもりもない。

 

前鎮守府で散々喰らった大和型コンビのパワハラセクハラに比べたら、こっちの方が数倍マシだった。

 

川内はなるべく態度に出さないようにした。彼女にとっては手馴れたものだ。

 

「ふっふー!あのね川内さん!」

 

その後、川内は2人に連れられ提督邸(含執務室)に向かいながら、この鎮守府についての説明を受けた。

 

簡単に纏めるとこうだ。この鎮守府は正確には鎮守府ではなく、他鎮守府への救援物資を送る事を第1の活動意義としている。

 

「提督は『縁の下の力持ち』だって言ってた!」

 

「あぁなるほどね~」

 

鎮守府全体が大きな備品置き。その為にこの鎮守府の艦娘達が戦闘に向かうことはない。

 

海域の平和だとか、深海棲艦との戦闘とか和解とか、そんなのはこの鎮守府には無い。ただただ他鎮守府に送る為の物資を守るだけ。

 

「だから…ここにいる人達は皆さん…あの…自衛に徹するんです…」

 

「自分達から敵に突っ込む事は無いよ!だから遠征は余程の事がない限り無いと思った方がいいよ!」

 

川内はふんふんといった様子で話を聞いていた。最初は驚いたが、この鎮守府の存在意義は理解出来たし、必要無い施設とも思えなかった。

 

しかし川内は1つ気になった事があった。何を隠そう「遠征がほぼ無い」についてである。

 

「あ、あの…那珂ちゃん」

 

川内は、正直聞きたくないと思った。しかし今後の為に絶対に必要な情報。自分が感じている予感は気のせいだと願いつつも…。

 

だったが。残念ながら気のせいではなかった。那珂は川内の僅かな希望を打ち砕くようにサラッと言ってのけた。

 

「だ・か・ら!当然の話だけどー。夜戦なんてもっとないよー!」

 

そう、川内は艦娘の中でも随一の『夜戦バカ』だ。彼女にとって夜戦は生き甲斐。

 

しかし当然の話だが、自分から戦地に赴かない以上、夜に敵が攻めてくる事がない限り夜戦なんて無い。

 

川内は明らかに顔が真っ青になっていた。そして膝から崩れ落ちた。川内の後ろを歩いていた神通は、ビックリして飛び上がった。

 

「そ、そんな…」

 

「あはは…ごめんね!」

 

那珂は手を差し伸べた。川内はその手を取って立ち上がると、再び歩き始めた。そんな時、ふと神通が呟いた。

 

「あっ…ここです」

 

2人の話を熱心に聞いていた川内。そのせいでこの建物の威圧感に気がつかなかった。そこにデンと構えていた建物は、絵に描いたような「赤レンガ造り」だった。

 

川内は目を輝かせていた。というのも…前鎮守府の提督邸は、大きさは此処とさほど変わらないが、「鉄筋コンクリート造り」を白色のペンキで装飾し、無理矢理明るい雰囲気を作ってる建物だったから。

 

「これちょーすっげーじゃん!」

 

川内は、前を歩いていた那珂を追い抜いて提督邸に駆け寄り、その壁にタッチした。

 

レンガ特有のあのザラザラとした肌触り、とても痛気持ちいい。そんな感触に興奮する川内を、2人はニコニコと眺めていた。

 

……しばらく堪能した後。川内はずっと視界に入って気になるものを真剣に眺めた。提督邸の入り口の付近、壁に巨大な額縁が飾られていたのだ。

 

「あ、それはですね…この鎮守府の…」

 

神通が補足しようとするも、集中している川内の耳には届かない。それに言われずとも分かる。

 

その額縁の中には「ようこそ!」の文字と、この鎮守府についての細かな説明が並んでいたのだ。

 

「やっぱり。災害の被害履歴が殆ど無いね~。しかも降水量も少ない」

 

……此処で、観光案内の方ではなく、地形や天気、災害の情報に目が行くあたり、やはり川内も1人の軽巡洋艦のようだ。

 

川内の様子を後ろから眺めていた2人は、この川内の発言を聞いてお互いに見合わせた後、川内に駆け寄った。

 

「この鎮守府で雨なんて殆ど無いよ!たまに遠くの地震の影響で鎮守府中水浸しになることはあるけどね!」

 

「か、海抜が…低いので…」

 

「いやいや!海抜が高い鎮守府とか前代未聞じゃね!?でもまぁ…そっかぁ」

 

川内は少し安心した。自分は未だ巻き込まれたことは無いが、噂では「台風の憩いの場」と呼ばれるほど台風が来るため、遠征の時間よりも建物から水をかき出す時間の方が長い…という鎮守府もあるとか。

 

「ささっ、中に入ろっ!」

 

そう言って那珂はドアを開けた。さっきまでと変わらず、前から那珂・川内・神通の順番だ。

 

中は…まぁ外装とマッチしてる感じだった。全体的にほっこりした赤色に統一されている。レッドカーペットの自己主張が少し気になるが。

 

「こっちこっちー!」

 

器用に後ろ向きスキップをする那珂。突然ターンやジャンプも入れている。神通はそれをニコニコと眺める。

 

一方で川内は落ち着かないようで。壁にかかったオブジェを色々と眺めてるために、首のすわっていない赤ん坊のようだった。

 

そんな中、川内はある事に気が付いた。那珂は1人で先々に行くので、後ろの神通にその事について聞く事にした。

 

「あのーすいません、神通さん」

 

「あ、は、はい…なんで…と、というか…ですね…別に『さん』付け…しなくても…」

 

「あ、はい…」

 

少しギクシャクする。確かに神通の言う通りではあるが、まだ出会ってばかりだ、それは流石に少し気まずい。

 

そんな事より。川内は神通に質問をぶつけた。提督邸なのに艦娘の存在が薄い件について。まだ誰も見かけてない件について。

 

神通は少しオロオロした後、重そうに口を開いた。しかし那珂が叫ぶ声と同時になってしまう。

 

「川内さーん!ついたよー!」

 

那珂がある部屋の前でブンブンと手を振っている。割と視力の良い川内は、その部屋の扉に「執務室」と書かれたドアプレートが飾られているのを確認出来た。

 

……川内はふと思った。そう言えば2人は自分に「敬語無しで!」と言っておきながら、自分達も敬語じゃないかと。だがそんな事はどうでも良い。

 

ドアを開けたのも那珂だった。当然ながら、ドアが開いたわけだからその部屋の中を見ることが出来る。川内は少しワクワクして那珂を押し退けてそそくさと部屋に入る。

 

中の内装は…良くも悪くも川内の予想通りだった。もはや特筆することもないほど。

 

「ちぇーっ、ここは普通じゃん!」

 

やはり心のどこかでは、シャレオツな部屋を期待していたらしい。とはいえ変に華美なのも…なんて。

 

とにかく。内装は川内の予想通りだった。しかしその一方で、川内にとって予想外の事態もあった。

 

そう、提督が不在だったのである。

 

「あっ…提督…居ませんね…」

 

少し出遅れて中をのぞいた神通。那珂は彼女を連れて部屋に入ると、なんの躊躇もせずに提督の机上を漁り始めた。

 

これに驚いたのが川内だ。

 

「ちょちょちょっ!?そんな事して良いんですか!?」

 

慌てて那珂を止めようとする…川内の腕を神通が掴んだ。その際に変な表情をしていたのか、パッと振り向いた川内の表情を見て、神通はパッと手を離して俯いてしまった。

 

「おーあったよ!!」

 

その事と、那珂がそう叫んで1枚の紙切れをピラピラさせたのは、ほぼ同時だった。

 

その紙には、丸っこい…優しい印象を受ける割と小さい文字でこう書かれていた。

 

『装甲の工廠に居ます』と。

 

「全く提督はー!どうせメモ書きを残すんだったら、目につくところに残して欲しいよね!!」

 

頰を膨らませる「膨れっ面」を披露し、両腕をパタパタして可愛らしく怒りを表現する那珂。それを見てニコニコする神通。

 

川内はまだ納得がいかないようだった。というのも、前鎮守府にいた時は、提督の机を漁るというのが言語道断だったからだ。

 

因みに…前鎮守府に居た時、軽空母:鳳翔のうふふな写真が提督の机(引き出し)から発見され、少し騒ぎになった事もある。

 

「ほらほら川内さーん!早く工廠に行くよー!ゴーゴー!」

 

まだ呆気にとられている川内は無視して、那珂はさっさとその部屋を後にした。文字通り「手馴れている」ようだった。

 

川内はハッとして、慌てて彼女の後を追う。途中チラッと神通の顔も見たが、彼女も那珂とほぼ同じ状態だった。

 

(あーうん。これあれだよね~。自分が慣れないといけないパティーンの奴だよね~)

 

そんな事を考えて軽く溜息を吐きつつ、少し出遅れてオロオロしている神通は無視し、一目散に那珂の後を追ったのだった。

 

~~~

 

「こ、ここの提督さんは…」

 

結局、那珂を見失ってしまった川内は、後から追ってきた神通に案内を頼むことにした。

 

今は神通の話を聞きながら、那珂が向かった場所にのんびりと向かっている。

 

「わ、私達の…装備を…ですね、ご自身で…用意を…」

 

その話の中、川内が耳を疑った話があった。それは「提督自ら艦娘達の装備を調達している」という話だ。

 

確かにこの鎮守府では、敵に攻撃される事は殆ど無いと聞いた。遠征も殆ど無いと聞いた。とはいえ提督自ら…というのは、川内は聞いたことが無かった。

 

「そうなの!?」

 

思わず大きな声が出てしまった。ビクッとする神通を、川内はジッと見た。彼女がしどろもどろになるのも気にせず。

 

「は、はい…そうなんです…」

 

「へー凄いじゃん!前に居た鎮守府だったらね~。そういうのは大体…秘書艦の…」

 

 

 

……神通の足が止まった。

 

 

 

「あれ…神通さん?」

 

神通は足を止め、大きくハーっと息を吐いた。そして…さっきまで見ることが無かった、悲しそうな表情を作った。

 

楽天家でもあるあの川内でも、流石に慌てた。何か言ってはいけない事を口にしてしまったのか。自分の発言を思い出す…前に、神通が口を開いたのだった。

 

「本当に…何もご存知無いのですね…」

 

表情だけでなく、声も悲しそうだった。神通は何か言いたげに、口をもごもごさせながら俯いた。川内はそんな彼女に問い詰めようと、神通の肩を掴んだ。

 

しかし…またお前かと言わんばかりに、最高のタイミングであいつが帰って来たのだった。

 

「あー!いたいたー!」

 

那珂だ。どうやら2人を置いていった事に気が付き、引き返してきたようだ。

 

……見たら分かる。那珂は不貞腐れていた。川内は神通の肩から手をどかすと、那珂の方を向いた。神通は何故か申し訳なさそうだった。

 

「もー!2人で何の話を…」

 

川内に呼応するかのように2人に駆け寄る。そして…流石の那珂も気が付いた。神通の様子が明らかにおかしい。

 

川内とは違い、那珂と神通は旧知の仲。神通がこの様子になる時がどういう時かは、那珂も良く知っていた。

 

那珂は何も言わず、クルッと振り返って歩き始めた。ついてこいと言わんばかりに。

 

「な、那珂…ちゃん…」

 

少し慌てて再び歩き始める神通。川内も今度は置いてかれないようにして歩く。今度はその2人を気にして、かなりスピードを落とす那珂。

 

……気まずい。

 

「え、えっと…那珂ちゃん?私…何かマズイことしちゃった感じですかね~?」

 

那珂の様子を伺おうとうろたえる。そんな状態が数分続く。正直言って非常に気まずい。後ろの神通も口を開かないし。

 

「あ、あの~」

 

「川内さん」

 

そんな時だ。何の前兆もなくスッと那珂が止まったのだ。川内は驚いてピタッと止まったが、止まり損ねた神通は勢い余り、川内の背中に顔を埋めた。

 

「教えてあげるね…?」

 

スッと振り返る那珂。そして…あのハイライトが消えた目を再び作る。川内はそんな彼女の瞳に吸い込まれそうになる。後ろで必死に謝る神通の言葉が耳に入らなくなるほど。

 

「この鎮守府の…『呪い』について…」

 

息を飲む。軽く震えているのが自分でも分かる。チラッと後ろを見ると、『呪い』という語に反応した神通が、川内の服の裾を軽く握っていた。

 

「ふふふ」

 

那珂は不敵な笑みを浮かべて、この鎮守府についての説明を始めたのだった。

 

~~~

 

「そ、そんな…」

 

川内は衝撃を受けた。この鎮守府にそんな事情があるなんて知らなかったから。

 

那珂の表情は変わらず、死んだ目で作るアイドルスマイルだが、神通は話が進むにつれてだんだんと表情に悲壮感が増していった。

 

「で、でも…そんな非科学的な…」

 

とはいえ、あくまで『呪い』だ。実際本当にそうだと言える証拠は無いし、たまたま偶然が重なっただけという説もある。

 

川内は、そういう得体の知れないものにビビる性分では無かった。しかし…。

 

「川内さん。この話、信じた方が身の為だよ?みんなに嫌われたくなかったら」

 

という那珂のセリフで、川内は言い返すのを辞めてしまった。どうやらこの『呪い』は「信じていて当たり前」らしい。

 

……実は。この話をしている途中、川内はとある艦娘の姿を見かけていた。川内は当然、その人に話しかけようとしたのだが、2人に全力で阻止されていたのだ。

 

あいつは呪いを信じていない不届き者だからと。関わったらそれだけで嫌われると。

 

川内はむず痒い感覚に襲われたものの、2人の気迫には勝てず、自分の意思を曲げる事にしたのだった。

 

……3人に拒絶され。その…氷を思わせるような透明感ある白髮に帽子を乗せ、涼しげな眼差しを持つ少女は、軽く舌打ちをしてその場を後にするのだが…。3人がその事を知る由はない。

 

何であれ。自分がこの…『呪い』を信じなければならないという…状況に置かれている事を、川内は理解した。認めたくはないが理解はした。

 

そして川内は、さっき見かけた少女を気にかけた。どう見てもその少女は寂しそうにしていたから。だが恐らく…話を聞く限り、この感情も捨てないといけないのだろう。

 

「さー!そろそろだねー!」

 

このタイミングで、那珂の目にハイライトが戻る。神通も気を取り直すように自分の頰をペチペチと叩いた。

 

川内は無意識に腕を抑える。今日は普通に真夏日なのに、寒気を感じたように震えている。

 

きっと、汗が引いたのだろう。川内はそう自分に言い聞かせ、那珂の後を黙ってついていく。

 

……太陽の傾きから推測するに、恐らく現時刻はヒトナナマルマルあたりだろう。小腹がすいてきている事からも間違いない。

 

そして…遂に目的地に到着する。その建物は「装甲工廠」とかいう早口言葉みたいな文字をシェルターに刻み、堂々とした佇まいでデンと構えていた。

 

川内はボソッと声にならない感嘆を漏らす。それが那珂の勢いで台無しになるとも知らず。

 

「たーのもー!!」

 

ノックとか中を覗くとかはせず、那珂は不意打ちで思い切りシェルターを1番上まで開いたのだ。これには流石に、川内だけでなく神通も「ちょちょちょっ!?」みたいな反応をしてしまう。

 

「ってあるぇー!?」

 

……中に人の姿は無かった。那珂は軽く肩を落としたが、川内と神通は気付いていた。

 

モロに入り込む西日のせいで見にくくなっているが、倉庫の奥の方にある、別の部屋に続くだろうドアから、蛍光灯の光が漏れていたのだ。

 

が、2人はそれを那珂に伝えない。それもそうだ。今の彼女にそれを言えば、先程のシェルターのようにあのドアを開けるに決まっているから。

 

ガックリと肩を落とす那珂を無視して2人は倉庫に入る。那珂は「えっ、何で!?」という風だったが、黙って2人についていく。

 

そして…西日の影響がなくなる辺りで、那珂も気が付いた。しかし今度は2人に先手を取られる。

 

勢いよくドアに飛びかかろうとした那珂を、神通が羽交い締め。その隙に川内が素早くノックをした。

 

……中から返事は無かった。だがドアの奥から聞こえる、金属を加工するあのキュリキュリという独特な音を聞く限り。

 

「作業中かぁ。邪魔しちゃ悪いよね~」

 

「み、耳栓…してる…でしょうし…」

 

「ほらー!やっぱり私が正しいんじゃん!」

 

「な、那珂ちゃんは…乱暴…」

 

「えー!」

 

羽交い締めされつつ、パタパタする那珂。と、その時だった。ドアの奥から音が聴こえなくなったのだ。

 

チャンス!そう思った那珂は、無理に神通を引っ剥がすと、ドアを無理に開けようとした。

 

……鍵がかかっていたせいで、開ける事は叶わなかったが。耳栓していたとしても、流石に部屋の入り口の扉を激しくガチャガチャする音は聞こえるだろう。

 

「うぉー!開けろー!」

 

那珂は叫ぶ。川内はそれを見て困惑し、どうしようとうろたえる。そして…悪寒がしてバッと後ろを見た。

 

……さっき引っ剥がされた時、そのままの勢いで神通は尻餅をついていた。そして、今の那珂のレディらしからぬ野蛮な行動。

 

「……那珂ちゃん?」

 

神通は普通にキレていた。これ以上無いぐらい。那珂はハッとして怯えた表情で川内を見た。

 

……川内も怯えていた。実際、神通が怒るとどれぐらい怖いかは川内も身に染みていた。

 

那珂は無意識に正座していた。何故かそれに連れられるように川内も正座していた。

 

「ど、どうして…川内さんも?」

 

この川内を見て、神通は少し我を取り戻したようだ。目の前の扉の鍵が開かれた音がしたのもあるだろう。

 

妖怪猫吊るしに睨まれた子日の様に動かなくなる2人は無視して、神通はドアをスッと開けた。

 

~~~

 

「は、はじめまして!川内型・1番艦・軽巡洋艦:川内、参上しました!」

 

ビシッと敬礼を決める川内。その一方で少し息を飲んだ。目の前にいる提督は、金属加工する時特有の…あの分厚い服を着ているため、提督らしさがほぼほぼ無いのだ。

 

提督は「はい、よろしく」といった感じでお辞儀をしつつ、背伸びをする。どっからどう見ても男性なのだが、長髪を結っていたからか、少し女性らしさがにじみ出ていた。

 

「さて、挨拶は済んだね!」

 

ポンと川内の肩を叩く那珂。那珂は川内に「提督はあまり話さない」という情報をだけを継ぎ足して、川内を引っ張る様に部屋を抜けた。

 

神通は提督にペコリとお辞儀をした。提督もそれに返す様に、やはり何も言わずにお辞儀を返した。それを見た後に神通も部屋を抜けて、帰りもそっと扉を閉めた。

 

「何というか…物静かな人だね~」

 

「うん!ちょっと無愛想だけど、凄く良い人なんだよ!私達に偉そうに何か言うこともないし!」

 

「え、縁の下の…力持ち…」

 

外は陽がほぼ落ちていた。それを認識したからか、川内のお腹が音を立てた。

 

因みに、一応補足しておくが。川内の「探照灯がたっぷり入った荷物」はずっと持ち歩いている。その為に川内はもうヘトヘトだった。

 

本当なら、真っ先に寝泊まるところに案内して、この荷物を置いていくのが道理なのだろうが、2人にその発想が無く、空気に流された川内も言えぬままなのだ。

 

それは現状も変わらない。

 

「そっかー。お腹空いたよねー」

 

流石の川内もテンションが落ち込んでいた。いくら夜が好きな艦娘とはいえ、食欲には勝てない。

 

「で、でしたら…食堂に…」

 

「だねっ!私もお腹空いたー!」

 

お腹空いたと言いつつも、相変わらず器用に後ろ向きのスキップを決める那珂。きっと彼女の体力は無尽蔵なのだろうと、川内は思うのだった。

 

 

 

装甲工廠からは意外と近かった。もう猫背になっておぼつかない足でフラフラしている川内にとっては、非常にありがたい。

 

「ついたよー!川内さん大丈夫!?」

 

「あ、はい。大丈夫ですよ」

 

……大丈夫には見えない。手を振って意思表示はしているものの、どう見ても現状とセリフが対応出来ていなかった。

 

それを見かねて神通が肩を貸す。川内はすまなそうにして好意に甘える。外は既に真っ暗になり、目の前の建物からは美味しそうな料理の匂いが漏れていた。

 

「うわぁ…良い匂い…」

 

声にもう覇気がない川内。その一方で、流石の神通にも疲れが見えており、肩を貸したは良いものの、あまり言葉や態度には出さないだけで、彼女もまたお腹が空いているようで。

 

神通はもう面倒くさいから自分の目で確かめろ!といった風に、先に入った那珂に続いてさっさとその店に入った。川内を引っ張りながら。

 

「ちょー!?」

 

想定外の動きにビックリする川内。とはいえ別に怒るつもりは更々ないし、むしろありがたい。今はもう長々と説明を聞く気力も無いから。

 

~~~

 

「あら、来たわね山城」

 

「えぇ来ましたね、扶桑姉様」

 

騒然…とまではいかないが、店内は盛り上がっていた。ザッと見て20名ちょいの艦娘が集い、楽しげにお喋りを嗜んでいる。

 

「おーやっと来たクマ!待ってたクマ!」

 

そして…その娘達は、店に那珂達3人らが入るやいなや、その場に居たほぼ全員で3人を歓迎した。

 

……驚きが隠せない川内。ふと神通の方を向くと、彼女はやはりニコニコしていた。予定調和と言わんばかりに。

 

ここで川内はふと思い出した。

 

先ほど提督邸にお邪魔した時、明らかに艦娘の姿が無かったじゃないかと。結局その理由を聞けてないじゃないかと。

 

もしかしなくても、このサプライズパーティーの準備に駆り出されていたのだろう。壁に思いっきり「ようこそ鎮守府へ!」という看板が掲げられているし。

 

「ま、まさか…こんな盛大なパーティーを開いてくれるなんてね~」

 

お腹は今も変わらずペコペコだが、喜びで胸はいっぱいになった。周りの空気も「喜んでくれて何より」といったムードだ。

 

「ふふっ、何せこの鎮守府で『新しく着任』なんてあまりないものですから」

 

そう言って姿を見せたのは、何処で見ても一航戦の誇りが垣間見えている、正規空母:赤城だった。赤城は川内に一礼すると、手をパンパンと叩いて全員の視線を集めた。

 

川内はその時に赤城の背中を見ることになるのだが、やはり背中だけを見ても誇りが見て取れる。那珂曰く、彼女がこの鎮守府で提督の次に地位が高いらしい。

 

「はいはい皆さん!今日の主役も来たことですし、歓迎会を始めます!」

 

赤城がそう宣言すると、店内は叫び声で溢れかえる。そしてそれを聞いて、店の奥からある人が料理を持って顔を出した。

 

「お待たせしました!この食事処自慢の料理…食べりゅ?」

 

軽空母:瑞鳳だ。どうやらこの店のオーナーは彼女らしい。食事処内にいつもの「たべりゅぅぅぅぅ!」の雄叫びが響くのを肌で感じつつ、彼女はお得意の卵焼きを始め、数々の大皿料理を机に並べていった。

 

「相変わらずー。瑞鳳さンの料理はちょー美味そうだよねー。ほンと尊敬するなー」

 

「さぁ食べるわよ!電、暁、箸は持った!?」

 

「と、当然よ!このレディに抜かりはないわ!」

 

「わわっ!ま、待つのです!自分たちだけ先に食べるのはダメなのです!」

 

各々に色々な声を上げる。そして瑞鳳が「これで最後です」と言って最後の料理を並べると、全員がスッと自分の席に座った。

 

そして店の中央に立つ赤城。全員が静かになり、赤城の方を見る。

 

「えー皆さん!新たな仲間、軽巡洋艦の川内さんが来てくれました!今日は皆さん、大いに歓迎会を盛り上げましょう!それでは手を合わせてください!」

 

 

 

「「「「「いただきまーす!」」」」

 

 

 

正直、川内は落ち着かなかった。自分が主役だから仕方ないのだが、先輩達が嫌という程絡んでくるのだ。

 

でもこの空気が嫌いというわけではない。しかし今の川内にはうざったかった。というのも。

 

先程、自分が話しかけようとして那珂らに止められたあの少女が、店の端の方にいたのだ。そして…自分に限らず、他全員の机と明らかに1つだけ離れていた。

 

そして…彼女らの机上には何も無かった。料理はおろか、お冷でさえも。

 

川内はそっちの方が気になって仕方ない。しかしそっちに視線を送ろうとすると、明らかに那珂が妨害してくるのだ。

 

おかげで美味しい料理はいただけたが、楽しかったかどうかと聞かれれば微妙だ。

 

川内は彼女らの事が気になって仕方ない。その少女の他に、別の艦娘が2人いたのだが、その2人も含めて目が死んでいたような気がした。

 

そしてパーティーの途中、その3人がこっそり店を抜けていくのも見てしまった。あとで瑞鳳に質問しても「お酒の飲み過ぎで潰れてしまった」の一点張りだった。

 

彼女は嘘をついている。川内は直ぐに分かった。あの3人はお酒で潰れたにしてはシャキシャキ歩いていたし、そもそもあの3人は何も口にしていないはずだから。

 

だが…結局は何も出来ず、川内はその場に流されるまま、日付が変わる辺りまで宴会に付き合わされたのだった。

 

~~~

 

帰り道もあの3人の事ばかり考えていた。那珂と神通が何かを話していたような気もしたが、自分の耳には空気の振動にしか感じられなかった。

 

川内は2人に連れられ、寝泊まりする寮に着いていた。その後は寮内の案内を受ける予定だったが、2人に頼んで明日に回してもらった。

 

取り敢えず自分の部屋に入り、荷物の整理とかも全くせず、ゴロンと横になる。

 

天井にシミはない。掃除が行き届いているようだ。荷物を置くドサクサでスイッチを入れた扇風機からは、絶妙に心地よい風が吹く。

 

ふと横の寝床を見る。なんて事のない普通の2段ベッドだ。これは前鎮守府もそうだったから、目新しさも抵抗感も無い。

 

普通ならここで「ここから新しい生活が始まるんだなぁ…」などと感慨にふけるところなのだが、今はもうそんな気分ですらない。

 

那珂と神通にはああ言われたが、今日訪れたばっかりの鎮守府だ。川内は捨てきれていなかった。

 

あの3人とも、もちろん他の仲間達とも仲良くなれる、文字通りのハッピーエンドを。

 

「……よしっ!決めた!頑張って『呪い』について調べてみよ!どうせ夜戦無いし!」

 

そう言いながらバッと起き上がり、両腕を上げて伸びをする。漸くいつもの…夜になると無駄にテンションをあげる川内に戻ったようだ。

 

「まずは景気付けに荷物の整理!」

 

そして持ってきた…あの重い重い荷物のロックを外し、中を開ける。それと同時に、中からこれでもかという量の探照灯がボロボロ転がって出てくる。

 

「あー…まぁこれは、鎮守府へのお土産ってことにしよ」

 

正直言ってそれは迷惑行為そのものなのだが、鎮守府側の都合なんて気にせず、川内は鼻歌交じりに荷物の整理を始めるのだった。

 

 

 

続く

 



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第弐話「敵対~絶望のきっかけ~」

過去編と「壱話」の別視点です。



川内が着任する約1週間前。艦娘達は赤城の呼びかけで1箇所に集められていた。あまり人前に顔を出さない提督の代わりに、全員にプレゼンする為である。

 

新たに着任するのが軽巡洋艦:川内だと発表されると、その場から色とりどりの歓声が上がる。特に那珂が激しかった。

 

しかし、その様子を物寂しげに…辛そうに、憎たらしそうに眺める少女の姿があった。

 

彼女の名は響。

 

例の『呪い』を信じないと決め込み、仲間達から迫害を受ける身となった「信頼されてない」駆逐艦だ。

 

「新しい仲間か」

 

響はそうボソッと呟き、小さくガッツポーズを決めた。何であれ、彼女も新メンバーが増えるのは嬉しいからだ。

 

しかし言わずもがな、喜ぶのはまだ早い。川内という事は、新人教育は間違いなく神通と那珂に任せられるだろう。

 

それだけは阻止したかった。あの2人は特に『呪い』に関して色々と過激な方なのだ。折角の新メンバーなのに一瞬で向こう側に回っては欲しくない。

 

「何とかしないとだね」

 

そうして響は行動を開始した。

 

……出来るならあの2人に直談判といきたい。だが内容が内容だし、向こう側からしてもこちら側に回るのは阻止したいだろう。となれば、もう出来る事は1つしか無い。

 

響はその召集が終わるのを確認すると、さっそく提督邸の執務室まで直行した。

 

 

 

提督は案の定不在だった。慌てて机の上を見ると、他鎮守府からの依頼内容を整理した紙束の中に、1枚のメモ帳が入っていた。

 

「……司令官はあそこか」

 

そこには行き先が書かれていた。いつもの優しい文字で、装甲工廠と。

 

響はあまりあそこには近づかない方だ。いくら自分達の装備を作ってくれてるとは言え、あの特有の金属音は苦手だった。

 

しかし今はしのごの言ってられない。響はそのメモを机のど真ん中に置き、慌てて装甲工廠へと向かう。

 

 

 

ヒトフタマルマル、響は目的地まで来ていた。だが響が中に入る事は無かった。

 

そう、入り口が既に開いていたのである。この工廠は、提督が出入りする時と、艦娘が中に居る時しか開きっぱなしなんて有り得ないから。

 

響は嫌な予感がした。だが希望を捨てるのはまだ早い。今の響にも「信頼できる」仲間がいる。もしかしたら自分より先にその仲間が…。

 

「いやー。なンとかなったな!」

 

いるはずもなく。響は絶望の淵に沈みながら、それでも一応中を覗いた。

 

中にいたのは、息を切らして中腰になっている神通と、ハイタッチを決める那珂と江風だった。

 

……もう結論を探る必要もない。あの3人も自分と同じ事を考えていたのだ。どうやら自分は間に合わなかったらしい。

 

江風が満足そうに、提督の印が押された何かの紙を掲げていることからも明らかだ。

 

響はガックリと地面に座り込む。此処まですっ飛ばしてきたからか、足がガクガクして立ち上がれる気がしない。

 

「くそっ…」

 

悔しくて仕方ない。思わず地面を殴ってしまう。涙がポロポロこぼれてしまう。

 

そんな時だった。響は名前を呼ばれ、反射的にふと顔を上げたのだ。

 

「よっ、残念だったな!」

 

江風だ。満面の笑みで悦に浸っているのがよく分かる。江風はさっきから見えていた紙を響の前に突き出した。

 

そこには堂々と「新人教育を神通と那珂に任せる」と書かれ、提督の印だけでなく直筆サインまで入っていた。

 

流石にもう言い逃れも抵抗も出来ないだろう。悔しくて仕方ないが響は負けを受け入れる事にした。

 

受け入れる事にした。だから江風らにはさっさと帰って欲しかった。

 

「おまえはな、取っ掛かりが遅いンだよ!まぁ江風さンの行動力が凄すぎってのもあンけどな!」

 

さっさと帰って欲しかった。だが江風の性格から察するに、自分が謝るまで帰らないつもりだろう。もちろんだが、響に謝るつもりなど更々ない。

 

響はゆっくり立ち上がる。そして「おっ、どうした?」と煽り続ける江風に向かって、彼女を真正面から睨みつけ。

 

「Я убью тебя когда-нибудь」

 

とだけ言い放ち、その場を立ち去っていった。江風達は勝ち組になれた事を楽しそうに言い合っていた。

 

~~~

 

新メンバー歓迎会。響は準備に呼ばれなかった。一見すると「楽が出来てラッキー」と思うかもしれないが、食事処の広さの関係上、間違いなく指定席になる事を考えると、リスクの方が多い。

 

下手すれば何かしらの仕掛けをされるかもしれない。1回自分の装甲が入渠中に傷だらけにされた事もあるし。

 

などと危惧しながら、響は傾き始めた陽を海辺で眺めていた。不意打ちで背中を押されて、海に落とされないよう細工して。

 

「綺麗な太陽だな」

 

響は特に何もせず、ただジッと太陽と雲の動きを眺めていた。この鎮守府に植物はあまり無かったはずだが、どこからともなくヒグラシの鳴き声が聞こえる。

 

自分の事を妬み嫌う奴らは嫌いだが、鎮守府のここから眺める風景は好きだった。

 

いつもなら此処で感慨にふけるのだが…今日は残念ながら、そうはならなかった。

 

「ダメだよ川内さん!」

 

突然だった。響は「なんだよ…」と言わんばかりに、それでも体を動かさず、首と視線だけを声の方に向けた。

 

声の主は那珂だ、それはすぐ分かった。だが流石に視線を向けるまで、その場に3人いる事は分からない。

 

横にいる神通は分かる。だがもう1人は…恐らくあれが後で歓迎される新メンバー…川内なのだろう。

 

というか、さっき那珂が思いっきり「川内さん!」と呼んでいたじゃないか。

 

察するに…まだ何も聞かされておらず、礼儀正しく自分に挨拶するという自殺行為を試みたのだろう。なるほど、那珂が必死に妨害するわけだ。

 

先程記した通り、響は負けを認めた。悔しさをまだ拭いきれていないが、負けは認めた。

 

だから潔く…新人は那珂らに譲ってやると、響はそう自分に言い聞かせていた。決め込んでいた。

 

那珂がわざと自分に聞こえるように、あいつは呪いを信じていない不届き者だから、関わればそれだけで嫌われる…と、大声で言うまでは。

 

「チッ…」

 

その後、川内は何かしらむず痒そうな表情を作ってみせたのを響もチラッと見た。

 

……那珂のやり方は非常に腹立たしいが、言っていることは間違っていない。反論の余地もないし、かと言って自分から嫌われ者を増やしにいくのも控えたい。

 

悔しい。そして折角の良い景色が台無しだ。非常にイラッとした響は、その場を後にしようと立ち上がった。

 

その時だ。間違いなく偶然なのだが、神通がチラッと自分の方を向いたのだ。響はパッと目を逸らしつつ、それでもチラッと彼女の方を見た。

 

神通の瞳はドス黒かった。響を心の底から軽蔑する様に。醜いといったように。

 

響は無意識に唇を噛み締め、拳を握りしめていた。そしてそのまま、その場を後にした。彼女の瞳は少し滲んでいた。

 

 

 

ヒトナナマルマル。寮の前まで帰ってきていた響は、ある艦娘に抱きしめられていた。

 

響が玄関前で体育座り(鍵がかかっていて入れなかった)をした時に、彼女が偶然通りかかったようで、よくこうやって慰めている。

 

「うんうん、大丈夫だよー。辛かったねぇ。まー泣きたい時ぐらいはたんと泣きなー」

 

いつもの緊張感の無い話し方。今の響に何故か心に刺さる。

 

……響は「うわぁぁぁ!」と声を上げて泣くタイプではない。こうやって黙ったまま頰を濡らしていくタイプだ。

 

「まーまー。この『スーパー北上さま』の胸ぐらいならー、いくらでも貸すよー」

 

優しく響の頭を撫でる。そしてフッと彼女が離れると鼻水が出ていたので、ポケットからティッシュを取り出して響の鼻に当ててやる。

 

そんな彼女の名は北上。

 

この『呪い』の最大の被害者。しかし、涙1つ見せずただただ同じ境遇の仲間を大事に思いやる、優しい少女だ。

 

そんな彼女の事を、響は1番信頼していた。この鎮守府の誰よりも頼り甲斐のある、良いお姉さんだと思っていた。

 

響は、北上の服の裾をギュッと握った。そんな響の頭を軽く撫でる北上。そんな時だった。

 

「あー!やっと見つけました!」

 

こちらに向かってくる人影が。彼女は「おーい!」と叫びながら、手を振って走っている。2人は彼女の事を知っていた。

 

「おーどしたの海風ちゃん?」

 

「どうしたもこうしたも…歓迎会始まりますよ!?一体何して…」

 

そこまで言って、彼女…駆逐艦:海風は響の様子に気がつき、思わず黙ってしまう。明らかに響の目が真っ赤だったから。

 

海風は少し戸惑う。だが直ぐにカッと目を見開き、響の頭をナデナデした後、2人の腕を引っ張った。

 

「わー連れ去られるーぎゃー」

 

「もう…北上さん!良いから早く行きますよ!響ちゃんもしっかり!」

 

「あ…はい…」

 

彼女は昔から面倒見のいい艦娘であり、自分の妹である江風と『呪い』の件について対立してからは、今の仲間と共に行動している。

 

因みに、この3人の中では鎮守府歴が1番短い。といっても響とはほぼ同期のようなものだが。

 

~~~

 

店の中は盛り上がりを見せていた。だが響達3人を歓迎する者は居ない。

 

3人は流れる様に店の端っこ、明らかに他のメンバーと距離を置かれた席に配置された。流石にこれに関しては想定内の事象だ。

 

北上は海風を奥に座らせ、自分はその隣に構えた。響は2人と向き合う形だ。

 

周りの様子を見る限り、まだ肝心のメインが来ていないようだ。だが他のメンバーは…ほぼ全員集まっていた。

 

3人は他のメンバーを呆然と眺める。お互いで話し合うなどもせず、ただ呆然と。その視線に気付くものは居なかった。

 

そんな時だ。不意に叫んだのは、北上の姉である軽巡洋艦:球磨だった。

 

「おーやっと来たクマ!待ってたクマ!」

 

その声を聞き、全員が店の入り口の方を向いた。そこには那珂と神通に引っ張られて、何が何だか分からないといった様子の新メンバーがいた。

 

そんな彼女は少し乱暴に店の席に座らされる。明らかに北上達と対角線上の席に。

 

「あーこれはダメだねー。完全に徹底されてるねぇ。参った参った」

 

……どうやら北上と海風も響と同じことを考えていたようで。北上は観念したように壁にもたれ、海風は膝の上に乗せた拳を強く握っていた。

 

「意地でも私達と接触させない気ですね。完全に新人さんの自由を奪ってます」

 

海風の言う通り、他のメンバー達は、戦艦と重巡洋艦の計7名を巧みに使い、彼女の視界を行動を奪っていた。

 

この鎮守府で『新しく着任』なんてあまりない…という事実を振りかざして。

 

そしてその後。赤城の掛け声がかかり、瑞鳳によって数々の料理が運ばれてきた。

 

テンションアゲアゲの他メンバー。まだお酒は入っていないはずなのに、もう酔っ払っているのかと疑いたくなる。

 

そして…事件は起こる。

 

 

 

瑞鳳が「料理を運び終わりました!」と叫んだ時。店内に「いただきます」の声が響き渡った時。

 

北上らの机の上には何も無かった。料理はおろか、お冷でさえも。

 

海風は自分達に1番近い…金剛型が2人と扶桑姉妹が座っている席を見た。そこには色とりどりの料理が並んでいる。そして半分ぐらいがもう消失している。

 

「うわー。この発想は無かったねぇ」

 

あっはっはと笑い飛ばす北上。その一方で2人は浮かない顔だ。何より瑞鳳がもう…こちら側に来るつもりも無さそうだから。

 

そのまま30分が経とうとしていたその頃。我慢出来ずに海風が立ち上がった。

 

「も、もう…我慢出来ません!文句を言いに行ってきます!」

 

しかし…座席の関係上、北上が退かなければ海風は出られない。恐らく北上は、こうなる事は予測していたのだろう。まさか料理が出ないとは思わなかったが。

 

「まーまー。苛々したら負けだよー。お腹空いてるのは分かるけどさー」

 

「き、北上さん!貴方は何で…」

 

そこまで言い、海風は北上に口を塞がれた。そしてそのまま座らされる。

 

そんな時だった。料理が無くなった皿を片付けようと厨房から出てきた瑞鳳が、ふと自分達の方を向いたのだ。何かを企んでいる顔で。

 

3人は向こうの出方を探るため、黙り込んでいた。瑞鳳は少し3人の方に近づくと、ポケットから何かを取り出した。

 

それが何か。3人が確認しようとするよりも早く。瑞鳳はそれを北上に投げ付けた。全力で思いっきり。

 

それは北上の左こめかみにクリーンヒットを決め、3人の隣の机の下に落ちていった。

 

思わず患部を抑える北上。慌てて心配の声をかける海風。患部は少し赤くなっただけで、大したダメージは無かった。

 

その一連の流れの中、瑞鳳が何を投げたのかを響は確認した。隣の机の下を探ると、出て来たのは金属製の鍵束だった。

 

響は知っていた。これは寮の鍵だと。これを投げ付けられたという事は…。

 

「帰れ…か」

 

店から出て行けという事だろう。響は拾ったそれを2人に見せた。そして2人とも響と同じ意見を持ったのだが、これに立腹したのが海風だ。

 

「……許される事ではありませんね」

 

海風は今にも瑞鳳に掴みかかろうという気迫だ。しかしまた北上が制止した。そして北上はその鍵を受け取り、黙って立ち上がり。

 

「帰ろっか、2人とも」

 

と言った。当然、2人とも否定しなかったし、寧ろ「こんな店出て行ってやる」ぐらいの気持ちだった。

 

3人は何の躊躇もせず、そそくさと店を後にした。帰り際、北上は瑞鳳に「鍵ありがとねー」と言ったが、瑞鳳は無視を決め込んだ。

 

 

 

彼女らは何故、この様な仕打ちを受ける事になったのだろうか。

 

それを知るためには、1年ほど時間軸を巻き戻す必要がある。

 

 

 

+゜・。○。・゜+゜・。○。・゜

 

「こ、この度…新たにこの鎮守府の提督になりました!宜しくお願いします!」

 

第1印象は『貧弱』だった。一応、彼は近隣の名高い鎮守府で修行を積んだプロらしいのだが、なんか…オドオドしているし、心配要素しかない。

 

それは当時、この鎮守府の要とされていた球磨型の4人も同じだった。

 

「本当に…こんな人で大丈夫なのかしら?北上さんはどう思う?」

 

「まーうん。そういうのはー、これから考えればー、いいんじゃないー?」

 

過去に色々とあり、あまりそういうネガティブな発想はしないと決めている北上。一方で球磨・多摩・大井はやはり不安が拭いきれていない。

 

何より、提督が「秘書艦を取らない」と言い出したのが大きかった。彼を連れてきた他鎮守府の提督曰く、過去に彼の兄が秘書艦と色々あり、トラウマになっている…という旨が話された。

 

しかしそれでは…仕事にならないだろう。とも継ぎ足した。よって彼の独断により、球磨型の長女、球磨が秘書艦に任命される…はずだった。

 

しかし球磨がそれを辞退し、次女の多摩に座を譲ったのだ。当時、彼女は「秘書艦は出撃出来ない」という誤った先入観があり、鎮守府のエースという彼女のプライドが許さなかったのだ。

 

多摩は姉のお願いを聞き入れた。肝心の提督は秘書艦に消極的だったが、その自分を連れてきた彼の威圧に負け、渋々了承した。

 

その後、彼女ら4人に限らず。鎮守府にいた全員が彼の力量に度肝を抜かれた。

 

具体的に言うと…前提督の念願だった、扶桑姉妹の建造成功を始め、数々の功績を挙げていった。

 

「す、凄いにゃ…多摩、あの人の力を正直舐めてたにゃ…」

 

「いやー此処まで凄いとはねー」

 

新たに着任した戦艦2人と、提督が連れてきた戦艦:榛名を影から見守りつつ、4人はそう呟き合う。

 

もしかしたらその内、球磨型最後の1人である木曽も連れて来てくれるのでは…と期待もしていた。

 

しかし。事件は起こってしまう。

 

ある日、鎮守府中で物資運搬をしていた。他鎮守府からやってきた補給艦:速吸・神威に、救援物資を詰め込むためだ。

 

彼女ら曰く、その鎮守府ではヲ級とレ級を始めとした深海棲艦の一行が大量に攻めてきたらしい。

 

作業自体は順調だった。しかし…救援物資が必要となる量より少し足りなかったのだ。

 

それに逸早く気づいたのが提督だ。提督はその問題が浮き彫りになる前に、秘書艦の多摩に資源を取ってくるように言いつけた。

 

この判断が誤りだった。この時慌てずに今ある分だけを届けたら良かったのに、足りないじゃないか!と叱責されるのが怖かった提督は、あろうことか多摩を1人で行かせてしまった。

 

多摩は提督の命を受け、慌てて海域に走っていった。それが提督の見た多摩の最期だった。

 

~~~

 

提督の提案で、鎮守府の端の方にある空き倉庫に、多摩の墓は建てられた。

 

艦娘の中には「また作ればええやん」みたいに思った者もいたが、多摩が沈没した後の提督のあの落ち込みようを知っているため、それを言い出した者はいなかった。

 

そして多摩が沈没して数日後。例の補給の件が一段落ついたからか、球磨型の残った3人は提督に呼び出されていた。

 

「提督。何の御用でしょうか」

 

「まー何となく予想はつくけどねー」

 

やはり飄々としている北上。だが多摩の沈没を受け入れられず、無理をしているようにしか見えなかった。

 

提督は悩んだ。例によってこの3人に頼むのは正直言って気が引けた。しかし彼女ら3人以上の適任者が思いつかなかった。

 

そして次に提督から発せられた言葉は、北上の予想通りの内容だった。

 

「……まぁ。言うと思ったクマ。……責任を持って、3人で行ってくるクマ」

 

本当に提督は困った人だ。そんな風に溜息をつくも、任務を了承した球磨。もちろん2人も辞退する気は無かった。というか、この任務を他の艦娘に回したく無かった。

 

 

 

数時間後。3人はとある海域に来ていた。お察しかもしれないが、多摩が沈没した場所である。

 

3人は多摩の「秘書艦としての」仕事については知らないが、ちょくちょく彼女から自慢は受けていたから、提督に詳しく説明されずとも、此処に向かっただろう事は知っていた。

 

「さて、それじゃあ始めましょう」

 

大井の言葉とともに、3人は任務を遂行し始めた。多摩の遺品探しという途方も無い任務を。

 

 

 

……当然ながら。艦娘が身にまとう装甲などの殆どは海に沈む。だから軽巡洋艦3人では見つかるものも見つからない。

 

でも仕方がない。この鎮守府に潜水艦が存在しないから。提督もいつか仲間に加えるつもりではいるらしい。

 

何であれ、最初からこの任務は「成果なし」で終わると3人も踏んでいた。あの様子から察するに提督も同じだろう。

 

しかし。

 

「うーん?」

 

異変に気が付いたのは北上だった。彼女は沈没(推定)箇所から直線距離で5町ほど離れた箇所にいたのだが、何かが海面に浮かんでいるのを見つけたのだ。

 

最初は藻か何かだろうと思った。だから大して興味も持たず、それでも一応確認のため、北上はそれに近づいた。

 

「えっ…」

 

段々と近づくにつれて、彼女の接近スピードは上がっていった。それもそうだろう。

 

「あ、あれ…連装砲…?」

 

そこに浮かんでいたのは、本来水に浮かぶ筈のないものなのだから。

 

かなりボロボロになったその14cm連装砲を、北上は一目見て多摩のだと確信した。彼女は貰った装備の表面に、爪で猫マークをいれる癖があった。

 

北上は慌てて駆け寄って拾い上げる。脆くなっているのは見たら分かるから、そーっと。

 

そして…北上がそれを拾い上げた瞬間。彼女は全身に電流が走るような感覚に襲われた。気付きたくないことに気づいてしまった。

 

そう、連装砲にしてはめちゃくちゃ軽かったのだ。確かに提督は砲塔の軽量化に挑戦はしていたが、この軽さは常識外すぎる。

 

「これはー、いくらなんでも…」

 

手で持ってぐるぐる回す。そうしてるうちに北上はある事に気がつく。連装砲に描かれていたあの猫マークについてだ。

 

よく見ると、多摩の絵にしては上手すぎる。しかも傷の深さが一定で、明らかに芸術性が高い。

 

そして何より…いつもの多摩の猫マークとヒゲの本数が違う。

 

つまりこれは…。そう北上が結論を出そうとした時、不意に通信が入る。球磨からの帰還命令だった。

 

北上は迷ったが、この連装砲については見なかった事にした。もし自分が今出そうとした結論が広まってしまったら、鎮守府中がパニックに陥ると判断したからだ。

 

そして北上はこの時に決めた。多摩の死についての真相は、自分1人だけで解明すると。

 

その後、何食わぬ顔で2人と合流し、猫マークが入った御守りを見つけたとはしゃぐ球磨を横目に、3人は鎮守府に帰った。

 

~~~

 

その後、もう同じ土は踏まないと覚悟した提督の意志も虚しく、多摩の次に秘書艦になった戦艦:陸奥も沈んでしまう。

 

その知らせを聞いた時、北上は疑問点しか無かった。何故なら、陸奥が沈んだのは多摩が沈んだ場所と全く同じだったからだ。

 

陸奥の死を間近で見た長門・扶桑・山城によると、突然空から一定数の空爆が降ってきて、陸奥は3人を庇ったそうだ。

 

……おかしい。

 

陸奥に秘書艦のプライドがあったのは百も承知。しかし…そもそも戦争中でもないのに、あんな鎮守府の近くで空爆…?ましてや他の3人は無傷で、3人とも「陸奥を狙ったように感じた」と発言している。

 

あの3人が陸奥を沈めた…?いや、扶桑姉妹はともかく、長門と陸奥の仲の良さは鎮守府中に知られている。2人が喧嘩したら鎮守府中に知れ渡る。そんな長門が陸奥を陥れるだろうか?

 

……陸奥の墓は多摩の隣に建てられた。山城曰く、長門はこの墓に度々訪れては、泣き暮れていたそうだ。

 

そして…この辺りから、あの『呪い』が顔を出すようになった。

 

最初は陰謀説だった。こんな連続で秘書艦が不審死するのはおかしいし、提督が秘書艦に消極的なのもあったから。

 

当然、この陰謀説は賛否両論だった。提督の腕は全員が知っていたから、異を唱える者も一定数いた。球磨型の3人もそうだった。

 

特に北上に関しては、周りに理由は言わずとも全否定だった。何故なら夜中にこっそり回収していた例の連装砲が、巧妙に作られた偽物で、しかもこの鎮守府に存在しないはずの物質が使われていたからだ。

 

そして…多摩と陸奥が沈む直前。他鎮守府の提督が交流に訪れていたのも。何故か突然、戦争と銘打って補給艦が訪れたのも。北上は気付いていた。

 

だが証拠が無かった。

 

結局、この論争は気がつかぬうちに自然消滅することとなる。3人目の犠牲者が出るまでは。

 

~~~

 

陸奥の死を解明したい。あれは変だ。長門がそう考えているのを知った北上は、彼女にこれまでの経緯と調査結果を全て話した。

 

「なっ…それはつまり!?」

 

長門はガッツリ食いついて北上の話を聞いた。途中、北上は彼女に分解した連装砲の偽物も見せていた。

 

そして…この仮説の裏付け探しに、長門も協力する事になった。

 

そんな時だった。この鎮守府に新たに3人…山風、海風、江風が着任したのだった。そしてもう秘書艦がトラウマになりつつある提督の、悲壮感溢れる抵抗も虚しく、連れてきた提督の命により、山風が秘書艦に任命された。

 

……もう御察しの通り。

 

山風は沈んだ。多摩や陸奥と同じ場所で。同じ経緯で。彼女らの場合は提督の命令もあり、直ぐに撤退しようとしたが、山風の装備だけ不調で、彼女だけ逃げ遅れたらしい。

 

そして、山風が沈む数日前。いつものような交流会も、いつものような補給艦もあった。もう北上も長門も、これで確信した。

 

だが…やはり証拠が無い。そして最悪な事に、とある艦の発言により『呪い』が鎮守府中で信じられることとなる。

 

……秘書艦になれば死を迎える。提督の手によって殺される。

 

この『呪い』を特に強く信じたのが江風だった。姉である海風は彼女に救いの手を差し伸べようとしたが、彼女は拒否する。

 

その後は直接の被害にあった球磨と大井を始め、この『呪い』がぶわーっと一気に満面していった。当然ながら北上と長門はそれの妨害を図った。

 

しかし江風の先手に打たれてしまい、彼女の巧みな話術のため、北上らは迫害を受けることとなる。

 

北上らの言葉に唯一耳を貸した響と、江風を最後まで止めようとした海風と共に。

 

+゜・。○。・゜+゜・。○。・゜

 

「流石にお腹空いたねー」

 

外はもう真っ暗だ。この鎮守府は街灯が1本も無い代わりに月明かりはあるので、割と苦労はない。

 

3人は結局、何も口に出来ずに寮に向かっていた。北上はいつも通りだったが、やはり先程受けた仕打ちが響いたのか、海風と響は浮かない顔だ。

 

そんな時だった。3人は正面からやってくる影を見た。と言っても、艦娘達は自分達を除いて全員があの店にいるはずだし、提督にしては背が高すぎるから、可能性は1人だ。

 

「むっ…?どうして此処に?」

 

「な、長門さん!長門さんこそ何処に行ってたんですか!?」

 

戦艦:長門。現状における北上の頼れる相方で、海風と響からすれば頼れる姉御だ。彼女はお腹が空いたと言わんばかりにお腹をさすっていた。

 

「何処って…普通に仕事だが?」

 

長門はポカンとして、とぼけたようにそう答えた。3人は何も言及しなかった。

 

というのも、今日は川内の歓迎会の準備のため、艦娘全員が休暇をとったはずなのだ。なのに彼女は仕事だと言った。

 

そして時間が時間だ。恐らく他の艦娘達がやるはずだった仕事までやり切ったのだろう。事実、体力がゴリラぐらいあるので有名な長門が、完全に意気消沈していた。

 

因みに、北上ら3人は元から非番だ。

 

「もー長門さーん。言ってくれたらさー、手伝ったのにさー」

 

「そ、そうですよ!何も長門さん1人で請け負うなんて…」

 

3人は長門に駆け寄っていた。暗いせいで近くまで気付かなかったが、彼女の左手親指には絆創膏が貼られていた。

 

長門は海風と響の頭を優しく撫で、北上に事情を聞いた。北上は此処までの経緯を丁寧に説明し、長門と情報交換をした。

 

長門はうんうんと頷くだけで、特に質問もしなかった。

 

「……よしっ、寮に帰るぞ。確か比叡カレーの残りがあったはずだ」

 

そう言い、長門は振り返って歩き始めた。この鎮守府にいる比叡のカレーは戦艦:比叡の料理にしては珍しく思考の一品であるため、鎮守府の人気料理の1つだった。

 

凹み気味だった響にここで笑顔が戻る。漸く海風から手を離し、自分で歩き始めた。

 

……自分達以外の人が誰も居ない。彼女らの周りは物寂しい、それでいて少し温かい静寂に包まれていた。

 

その空気を肌で感じながら、改めて北上らは心に決めた。この『呪い』をいつか自分達の手で吹き飛ばしてやると。

 

あいつらをいつか見返してやると。

 

改めて一致団結したのだった。

 

 

 

続く

 



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第参話「歓迎~仲間達の声援~」


ほのぼの回…ですね。多分。


 

昨日はお風呂に入らなかった。それを少し気にしたのか、川内は布団を使わなかった。

 

もう太陽は昇りきっている。川内は入り込む陽の光と絶妙な肩と腰の痛みで目が覚めた。彼女が寝転がったまま背伸びをすると、探照灯に手が当たりカランと音を立てる。

 

結局のところ、片付けは進まなかった。自棄になって横になったら、移動の疲れでそのまま眠ってしまったらしい。

 

今日は元から休みの日らしい。しかし外から聞こえる声から察するに、自主的に修行を行なっている艦娘もいるようだ。

 

「寝ちゃったかぁ…」

 

頭をポリポリ掻きつつ、気怠そうに起き上がる。移動する度にズキンと来るこの頭痛は、恐らく2日酔いなのだろう。

 

川内は軽く肩を回し、水を飲む為に部屋を出る。探照灯が足に当たっても気にせず。

 

~~~

 

「あら、おはようございます川内さん」

 

昨日の晩は良く見えなかったが、どうやらこの寮は割と特徴的な作りをしているらしい。

 

玄関から入ると出迎えてくれるこの大広間。ここで食事をとるのか、丸机が大量にズラっと並んでいる。

 

川内は大井に話しかけられたのだが、周りを見渡すばかりで聞こえていないらしい。

 

大井は1度溜息をつき、目を輝かせている川内に近づき、もう1度話しかけた。

 

「川内さん?」

 

「あ、は、はい!おはようございます!」

 

思わずビクッとする。正直言って朝が苦手な川内だが、今ので流石に目が覚めた。

 

「全く…寝坊助さんね?」

 

「も、申し訳ない…へへ」

 

ヘラヘラと笑ってみせる川内だった。この後、大井は「今日はゆっくりしなさい」とだけ言って自室に消えていき、大広間には川内だけが取り残された。

 

そして彼女は思い出した。どうして部屋から出てきたのか、本来の意味を。

 

「あっ…水水!!」

 

そうだ。水を飲みに来たんだった。川内は直感で場所を当てると、急いでキッチンに駆け込んだ。

 

キッチンは割と年季が入っていたが、清潔感はきっちり守られていた。

 

キッチンでは仲睦まじく重巡洋艦の3人が談笑を交わしていたのだが、そんなものには目もくれず川内は水道にがっつき、困惑する3人を横目に直接水を飲んだ。

 

「………………ぷはぁ!!」

 

結果的に顔を洗った事にもなり、目がシャキッと冴えたような気がする。川内は横に置いてあった布で顔を拭き、軽く1回伸びをする。

 

その後、川内はその重巡洋艦の3人に挨拶を済ませた後。張り切ってキッチンを後にした。

 

言わずもがな。その3人の表情は微妙だ。

 

~~~

 

川内がこの鎮守府に初めて来た時。彼女は「倉庫しかない」と思っていた。しかしどうやら、それは外観の話だけらしい。

 

というのも、寮内に色々とあるらしいのだ。川内はウロウロしているうちによく分かる。しかし色々と言っても娯楽施設しか見当たらない。

 

「お、お風呂はないのかぁ」

 

何を隠そう、川内は艦娘のお風呂…入渠場を探していた。彼女は昨日汗だくになったにも関わらず、入浴をしていなかった。

 

この独特のベタベタ感。煩わしくて仕方がない。お風呂に入ってさっぱりしたかった。

 

そんな中、川内は寮の1番奥まで来ていた。そして気づく。ポツンと1つ、それでいてデンと構えた割と大きな扉があったのだ。

 

「おっ!?もしかして!」

 

パーっと目に光を灯し、川内はその扉を開ける。中に脱衣所があると信じて。しかし彼女の希望は打ち砕かれてしまう。

 

中にあったのは…どこからどう見ても備品の数々だった。色々な工具や寮の蛍光灯などなど。何をどう考えても倉庫だった。

 

川内はガックリと肩を落とし、その部屋を後にしようとしたが、何やら物音がする。

 

彼女はそーっと物陰から奥を覗く。すると奥にあの見覚えのある黒のプリーツスカートがチラッと見えた。

 

……驚かしてやろう。

 

見たところ何かの探し物をしているらしい。ガサゴソと備品の箱を漁りながら「見当たらないよー!」とか言っている。

 

川内はウシシとニヤつき、そーっとそのスカート…那珂に近づいていった。那珂は探し物に集中していて川内には全く気付いていない。

 

那珂は。

 

「こんにちは」

 

「ぎゃわっ!?」

 

油断していた。冷静に考えれば「那珂が居る所に神通あり」というのは割とよくある話なのだが…。川内は自分の後ろにいた神通に気がつかなかった。

 

川内はビックリし過ぎるあまり、後ろをふり向こうとして足を挫き、那珂のお尻に自分の右手をクリティカルさせた後、備品の山に突っ込んだ。

 

備品の山がガラガラと崩れる。と言っても比較的小さい山だったおかげで損害は少なかった。流石の神通もこれには「えぇっ!?」と声を出し、那珂に至ってはお尻を抑えてしゃがみ込んでいた。

 

「せ、川内さん!?大丈夫ですか!?」

 

慌てて神通が駆け寄る。川内は彼女の手を取り「あいたた…」と呟きつつ立ち上がる。そして神通に謝罪した後、自分が崩した山を元に戻す作業に取り掛かる。

 

そんな時だった。神通が気がついた。自分達が探していたものが山の中から見つかったのだ。

 

「あ、那珂ちゃん。あったよこれ」

 

今もお尻を手で抑えている那珂。川内が「ヒヒヒ、サーセンwww」みたいな軽いノリで謝ると軽くムスッとする。

 

それでも那珂は、神通から新品の手ぬぐいを手にすると直ぐに機嫌を直した。

 

「もー!次からは気を付けてね!」

 

そう言って2人は、そのまま倉庫を後にしていった。川内は崩れた山の残りを直して、彼女は入渠場を探しに寮を後にする事にした。

 

後々分かることなのだが、この倉庫は寮外の倉庫と違い、艦娘の私生活に関係するものが多いそうで、寮によって使われる頻度が違うらしい。

 

~~~

 

取り敢えず寮内は回りきった。川内はそう判断し、彼女は寮の外に出た。

 

相変わらず良い天気だが、日差しが鋭く降り注いでおり、真夏の象徴であるミンミンゼミが合唱を奏でていた。

 

暑い。ずっと夜型の生活をしていたから、太陽の光に耐性が無い川内。頑張って外に出たは良いものの、結局振り返って寮に帰って来てしまう。

 

「ってあれ…?軽重巡洋艦寮…?」

 

もしここで振り返っていなければ、自分の寮の名前も知らないままだっただろう…ということを考えると、結果オーライと言えるのでは?

 

なんであれ、自分のいた寮の入り口、少し遠くからでもはっきり見える位置の看板に、はっきり見える文字の大きさで『寮 艦 洋 巡 重 軽』と書かれていたのだ。

 

川内は直ぐに理解した。どうやらこの鎮守府では、艦の種類毎に違う寮に泊まる事になっているらしい。

 

そういえば、さっきまでに寮の中で見かけたのは軽巡洋艦か重巡洋艦のどちらかだったじゃないか。

 

川内は先程の倉庫まで戻り、汗拭き用の手拭いと飲み水とついでに見つけたお風呂セットを手にすると、もう1度外に出かけ…ようとした。

 

入り口付近。川内はある人物を見かけた。それは昨日の歓迎会で自分達と距離を置いていたうちの1人、北上だった。

 

川内は昨日の那珂らの忠告も気に留めず、北上にも挨拶を交わそうとした。のだが、北上は那珂の姿を見ると足早に通り過ぎていった。

 

「ちぇーっ!」

 

挨拶を無視されて少し地団駄を踏む。しかし今は追いかけるつもりもない。何としても早く入渠したかったから。

 

~~~

 

「うおー!入渠場だぁー!」

 

もう既に正午は過ぎている。川内は途中ですれ違った黒髪ストレートの駆逐艦と桃髪を片括りにしている駆逐艦の2人に案内され、入渠場に着いていた。

 

川内は2人にお礼を言い、悠々と中に入っていった。入渠場の中は前鎮守府とほぼ相違なかった。彼女は脱衣所でお風呂セットを開け、その中身を袋ごと入浴場に持ち込んだ。

 

中に人はぱっと見では誰も居ない。川内は開いている銭湯椅子を置いて身体を洗い始めた。

 

……そして洗う箇所を身体から頭にシフトした時。不意に川内は後ろに人の気配を感じた。しかし頭を洗っているので目が開けられない。

 

その次の瞬間だった。

 

「ぎゃわっ!」

 

不意に横腹を突っつかれたのだ。しかも指の使い方から察するに2人いるようで。

 

川内は持っていた洗面器をブンと振り回した。しかし見事に空振り。とはいえ下の方からクスクスと笑い声が聞こえるので、まだそこにいるのは分かる。

 

よって彼女は慌てて洗面器にお湯を汲み、思いっきり声がする辺りにばら撒いたのだった。視界に捉えられない敵を攻撃する能力は夜戦で鍛えていた。

 

「ちょちょっ!悪かったわよ!」

 

どうやらお湯がクリティカルヒットしたらしい。川内はその隙にお湯を頭から被り、目を開けた。目の前にいたのは艦娘界で知らない者はいないあの2人だった。

 

「だ、誰かと思ったら…不幸姉妹さんじゃん!全く…やめてくださいよ!」

 

「違っ…扶桑姉妹よ!ねっ、山城?」

 

「そうですね扶桑姉様」

 

戦艦の扶桑と山城。通称:不幸扶桑姉妹だ。何だかんだで戦艦の端くれである2人を信頼していない艦娘はいなかった。

 

因みにこの時点ではまだ川内は知る由も無いのだが、2人は戦艦の中ではこの鎮守府の最古参でもある。

 

……邪魔が入ったものの身体を洗い終わった川内は、そのままお風呂セットとともに浴槽に入った。そうするや否や、扶桑姉妹は川内の両サイドについた。

 

「あ、あのー。そんなべったりだと暑いんですけど、お2人さん?」

 

「まぁまぁー、これから共に苦楽を共にする仲間なのだから。遠慮はいりませんよ」

 

「姉様の言う通りです」

 

「そ、そういうものなのかなぁ」

 

あははと笑う川内。とはいえ暑いものは暑いし、この2人が腕を組んでくるのが煩わしくてしょうがない。

 

そんな時だ。扶桑の後ろに川内は人影を見た。川内は一瞬でその人物が誰かを理解した。そしてその人物を見た瞬間に扶桑姉妹の態度にも納得がいった。

 

そう、自分らと距離をとっていた内の1人…海風だったのだ。海風はこちらをジッと見つめ、不快感を隠していなかった。

 

(あぁ…そういうことかぁ)

 

もしかしなくても、扶桑姉妹は自分と海風が接触しないようにしているのだろう。

 

事実、不快感に負けた海風が浴槽から抜けた後は、2人とも川内に近づく事は無かった。

 

その後、ゆったりと脚を伸ばす川内を横目に2人は上がっていき、本当に川内は1人になった。入渠場も静かになった。

 

そして…昨晩あまりぐっすり寝れて居なかった事もあり、川内は思わず寝てしまいそうになった。あの3人が入ってくるまでは。

 

「おっふろー!!」

 

「たーのもー!!」

 

「はわわっ、雷ちゃんも暁ちゃんも張り切りすぎなのです!」

 

その3人はいきなり扉を勢いよく開けて入ってきた。ウトウトしていた川内は思わずビクッとしてしまう。その時のバシャンという音で、3人の視線は1方向に固定された。

 

「あ、川内さんなのです」

 

「まさかこんな所で会えるとは…正直思ってなかったわよ、川内!」

 

「雷、『さん』をつけなさい?レディーとしての常識よ?」

 

「う、うるさいわね!」

 

……急に騒がしくなった。けど悪い気はしない。川内は少しホッコリしたような気分で3人を眺めていた。

 

その後はいきなり浴槽に飛び込もうとする雷を電が止め、3人は身体を洗い始めた。そろそろのぼせてきた川内はお風呂から出る事にした。

 

そして3人に「お先に」と言おうとして…またまた悪知恵が働いた。その悪知恵の内容はもうお気づきの通りだ。

 

……3人は本当に息がぴったりで。頭を洗い始めたタイミングも同じだった。川内はイシシとニヤけつつ、3人に近づき。

 

「はわぁ!?」

 

「あう!?」

 

「きゃあっ!?」

 

順に横腹を突いた。そしてそのまま声を殺してお風呂から出る。その後は身体を吹きながら1人でクスクス笑っていた。実に満ち足りたような顔をしながら。

 

~~~

 

入渠場を後にし、川内は鎮守府内をうろついていた。途中で川内は仲良く手を繋いで歩く戦艦2人や緑髪の航空母艦とすれ違ったりした。

 

そして川内はふと思った。お腹が空いたと。そう言えば今朝は起きてから水以外口にしていない。

 

寮にキッチンはあったが、そこからは大分遠い所に来てしまったし、正直今のこの状況で料理に着手できる気がしない。

 

よって、足は自然とあの食堂に向いていた。美味しそうな匂いが漏れていたし。

 

そして店に入り口まで行った時。川内はふと名前を呼ばれた気がして、後ろを振り向いた。

 

「こんにちは川内さん」

 

「あ、赤城さん!ご無沙汰してます!」

 

一航戦の赤城だ。流石の川内も彼女には少し畏まってしまう。とはいえ彼女の様子を見る限り、どうやら自分と同じようだ。

 

「まぁここで立ち話もなんですし…食堂に入りましょうか」

 

相変わらずのにこやかな笑顔だ。まさしく吸い込まれそうになる笑顔。川内も思わず釣られて笑顔になっていた。

 

……2人が店内に入ると、食器がかちゃかちゃと音を立てているのが分かる。お昼時はもう過ぎているから、恐らく夜の分を用意し始めているのだろう。

 

「お邪魔しまーす!」

 

川内は声を張り上げた。そしてそれを聞きつけた店主の瑞鳳が店の奥から出てくる。彼女は「いらっしゃいませ!」と言うものの、少しすまなさそうな顔だった。

 

「ご、ごめんなさい!来客が分かる時と分からない時がありましてね…」

 

ペコリと頭を下げる瑞鳳。どうやら非常に礼儀正しい艦娘のようだ。そして彼女の言葉に嘘偽りはない。

 

川内は気付いていた。奥の厨房の方から水の音がすると。恐らく洗い物を中断して水も止めずに慌ててきたのだろう。

 

なるほど。自分は小さい音を聞きとる能力を夜戦で鍛えていたからあの音が聞こえるが、あれは確かに聞こえにくい。川内はそう納得して首を縦に降る。

 

そんな川内を気にせず、後ろからヒョコッと赤城が顔を出す。

 

「それで瑞鳳さん…」

 

「あ、赤城さん!いつものやつですね!もちろんご用意してます!」

 

「わーい( ^∀^)」

 

赤城は瑞鳳に確認を取ると、スキップ気味に店の壁際の席に座った。瑞鳳曰く、あそこが赤城の指定席だそうだ。

 

そして川内は流れに身をまかせるままに、赤城の隣の机に座る。

 

昨日は密度が高過ぎたせいで気付かなかったが、店内は割と落ち着いた雰囲気で、こういう人が居ない時はゆったりと脚を伸ばせる店だ。

 

そして…瑞鳳が赤城の元へ料理を運んできた。次から次へと。終わりが見えないほどに。

 

「え、ちょ…すっごい量!?」

 

思わず驚いて立ち上がる川内。事実、赤城は割と大きい机のある座席に座っているのだが、もう隙間がないほどみっちり料理が並べられていた。

 

肝心の赤城は…俗に言う「目が椎茸」状態だ。カッコいいヒーローを見た無垢な少年のようにキラキラしていた。

 

「お、美味しそうです!」

 

ヨダレを飲み込んで料理を眺める赤城。一方で嬉しそうにする瑞鳳。

 

その後、瑞鳳の方から説明があった。彼女曰く、これらの料理の具材は全て廃棄処分スレスレの物ばかりで、赤城が処分を手伝っているらしい。

 

また、当然ながらお昼時は店が混雑するため、こうやって人が来ない辺りの時間に赤城がこの店に訪れてるらしい。定期的に。

 

「赤城さん、本当はボーキサイトをお腹いっぱい食べたいのに、提督さんに『他鎮守府に配るようまで食べるからダメ!』って怒られたらしくて…」

 

「あぁーなるほどね~」

 

本命では無いとはいえ、赤城はお腹いっぱい食べられる。瑞鳳も食材を捨てずに済む。まさにウィンウィンの関係だ。そして赤城が食欲旺盛なのは流石に川内も知っていた。

 

そして瑞鳳に確認もとらず、赤城はもう食事を始めていた。本当に嬉しそうな顔で。

 

「あ、川内さん。お昼の余りでしたらありますけど、それにしますか?」

 

「良いんですか!?助かります!」

 

川内は改めてしっかり席に座る。彼女もまたワクワクして料理を待った。そして暫くすると、瑞鳳が美味しそうな卵焼きを持ってきたのだった。

 

「……川内さん。お昼の余りなので冷めちゃってますけど、瑞鳳の卵焼き、食べりゅ?」

 

「い、頂きます!!」

 

「あー…うん。どうぞー」

 

欲しかった返事と違ってちょっと肩を落とす瑞鳳。そして彼女は赤城から「後で教えときます」という励ましを受けつつ、厨房に消えていった。

 

~~~

 

「いやー満足満足!」

 

あの後、あれもあるこれもあるといった風に料理が出て来た為に、川内は満腹感に溢れていた。今は赤城と共に歩いている。

 

「やはり瑞鳳さんの料理は最高です。毎日通い詰めたくなるほどには」

 

料理の感想の駄弁りに花を咲かせつつ、足並み揃えて歩みを進める2人。

 

食後直ぐに川内が寮の話をすると、川内の寝泊まりする「軽重巡洋艦寮」以外の寮も教えてくれると赤城が言ってくれたため、今はそこに向かっている。

 

いや、向かっていたと言うべきか。赤城がふと川内を引き止め、ある建物を指差したのだ。その建物にも看板がついており、堂々とした字で『寮 母 空 艦 戦』と書かれている。

 

「川内さん、私や瑞鳳さんは此処で寝泊まりしていますので、もし何かあれば…」

 

「おぉー!戦艦と空母は寮が同じなんですね~!へぇー!」

 

(き、聞いてないし…(´;Д;`))

 

その後、内装はどの寮も同じと聞いた川内は、戦艦空母寮に入りたいとは言わなかった。そして彼女はそのまま赤城に連れられ、また歩き始める。

 

その道中だった。川内はふと気になる事があった。というのも、寮同士が離れている件についてだ。

 

種類で寮を分けるのはまだ理解出来るとして、あまりにも距離が離れすぎてはないだろうか。いくら徒歩圏内とはいえ。

 

川内はこの質問を赤城にぶつけた。しかし赤城は軽く受け流す。と言っても、自分もよく知らないというものだ。おそらく立地条件だろうとも言われた。

 

そんなとめどない話をしながら歩く。そしてようやく2人は目的地に到着した。そこにはまたしても堂々とした字で『寮 艦 逐 駆』と書かれた看板が飾られていた。

 

やはりか。川内にとっては予想通りだ。この業界では駆逐艦だけ種類が豊富で、どの鎮守府も駆逐艦が1番多くなる傾向が…と聞いた事があった。

 

「やっぱり駆逐艦は特別なんですねー」

 

「そうですね。まぁこの鎮守府は言うほど多くないのですが…。あ、他にも『その他寮』というのがありますが、そこには誰も住んでないです」

 

「へ、へぇー」

 

まさかの『その他』というざっくりした括りもあるのか。しかも戦艦:空母:軽巡:重巡:駆逐艦以外はこの鎮守府にいないのか。そう思いつつ、川内は駆逐艦寮を見上げていた。

 

赤城は1人で立ち去ろうとした。ふと用事を思い出したらしい。彼女は川内にそう伝え、その場を後にしようとして。

 

限りない悪寒を感じた。

 

その事に川内も気がついた。

 

「え、あ、赤城…さん?大丈夫ですか?」

 

「え、えぇ…大丈夫よ大丈夫」

 

赤城は少しよろけたのだが直ぐに立て直し、川内を置いてそそくさと退散していった。川内はそんな彼女を追いかけようとした。明らかに様子がおかしかったから。

 

しかし、それを2人は許さなかった。

 

「やっほー川内さン!ご無沙汰!」

 

「はぁ…こんにちは」

 

忘れていた。ここは駆逐艦寮の前だ。そしてもう日が傾き始めている。こんな所で突っ立ってたら駆逐艦に会うに決まってるじゃないか。

 

……ということに赤城は気付いた。しかし川内は違う。川内はまだこの2人がどういう艦娘なのかを知らなかったのだ。全ての元凶と呼べるこの2人についてを。

 

「ったく江風は…めんどくさい」

 

そう言ったのは駆逐艦の曙。この様子を見る限り、川内に話しかけようとしたのは隣の江風だけのようだった。その肝心の江風はヘラヘラしている。

 

「まぁまぁ良いじゃンか!」

 

川内は思った。この2人に抵抗感はあまり無いと。あと曙よりかは江風の方が話が合いそうだ。なんか夜戦好きそうな気がするし。

 

しかし…川内の脳内には先程の赤城が残っていた。あの何かに怯えたかのような様子。川内はあれを気の所為だとは思えなかった。

 

よって川内はこう結論付けた。今日はもう自分の寮に帰ろうと。しかし…やはり2人はこれも良しとしなかった。

 

「まぁまぁまぁまぁ!折角ここまで来たンだからさっ!ちょっとよっていきなって!」

 

そう言い、大分乱暴に川内の腕を掴む江風。川内は思わず後退りしてしまう。何より今の彼女は…あの時の那珂と同じ眼をしていた。

 

流石にこうなってしまうと、川内も黄色信号を感じ取った。川内は何としても離れようとした。江風を振り解こうとした。しかし乱暴にひっぺがすのは…。

 

そんな時、川内に予想外の助け舟が。

 

「あぁーっ!!いたぁぁぁ!!」

 

いきなり大きな声が聞こえ、3人はパッと声の方を見た。

 

そこにいたのは…割と立腹している暁、雷、電だ。この様子を見た時に川内はチャンスだと思った。

 

そう、例のお風呂の件だ。状況から察せば犯人が自分だというのはバレているだろう。あの3人は何かしらの仕返しをしようと自分を探していたのだろう。

 

そして、ここは駆逐艦寮前であの3人は駆逐艦。ここに来ても何ら変な話ではない。

 

何であれ。川内は江風を乱暴にひっぺがし、暁らと反対方向に走り始めたのだった。

 

「あっ!ちょっと待ちなさいよ!」

 

後ろから3人が追いかけてくるのが分かる。川内は軽く振り向いて差が縮まらないのを確認すると、ふと立ち止まり。

 

「捕まらないよーだ!」

 

と、おどけてみせて、さっきよりスピードを落として再び走り始めた。それでも差は縮まらないのだが。

 

「もうっ!悪戯は嫌いなのです!」

 

それでも懸命に走る3人。江風と曙はそれをボーっと立ち尽くして見ていた。そして先に口を開いたのは曙だった。

 

「だから言ったのに…」

 

「いやいやぁ!これは流石のボノちゃンも想定外だよな!?まぁ良いけど!」

 

「……ボノちゃんって呼ぶな」

 

そんな会話をしながら、諦めたように2人は駆逐艦寮に入っていく。2人は何故か吹っ切れたようにも見えるが、先程から近くで聞こえるひぐらしの鳴き声のお陰で、物寂しげな背中に見える。

 

~~~

 

「いや~久しぶりに走ったよね~」

 

3人を振り切り悦に浸る川内。此処に来るまでは夜戦漬けで海上を走る事が殆どだったため、陸上を走ったのは久しぶりだった。

 

そして川内の足は無意識に提督邸に向かっていた。当然ながら用事は無いが、ふと好奇心が起こったのだ。

 

(そういや、提督って見たこと…)

 

あるにはある。とはいえ…確かに神通と那珂の2人と挨拶に行ったが、あの時はハッキリと顔を見ることは出来ていない。防護マスクを被りっぱなしだったから。

 

提供者は神通だったか…川内は情報として「提督は工廠に大体いる」というのは握っていた。とはいえ提督邸に折角来たのだから、本来の姿を拝めるという僅かな可能性を信じて…。

 

「し、失礼しまーす」

 

電気は付いている。赤レンガ造りの建物は壁の隙間から光が漏れまくるという先入観が川内にはあったが、それは此処で否定される。

 

とはいえ人の気配は無い。ついでに言うと、今は丁度外から西日が当たる時間帯だから、照明が仕事をしているとも思えない。

 

こんな時でも川内はいつも通りだ。彼女はこういう時は『誰かに見つかったら負け』とかいう自分ルールを発動する癖がある。

 

そう、彼女は俗に言う…横断歩道の白い部分だけを踏んで渡るのが好きな人物だった。

 

川内は壁の材質を確認する。貼り付けるかどうか。しがみついても剥がれないかどうか。結果は…乱暴にしなければOKだろうというものだ。

 

「うっし!じゃあさっそく…」

 

川内は壁に張り付く為に高く飛び上がろうとする。その刹那。川内は殺気に近い…怖いオーラを感じ取ったのだ。川内は思わずポーズを取り直し、1個前の角まで下がって隠れた。

 

そしてオーラのする方を向く。提督の執務室がある方を。そして川内は目撃する。

 

(あ、あれ…あれって…)

 

あの隠せない凛としたオーラ。全体的にモノトーンな色で纏められた装備。川内は当然ながらあの人物の名前も知っていた。

 

というか、艦娘界で彼女の名を知らないものは居ない。何せ世界のビッグ7に入るほどの実力者で、何処の鎮守府に行っても頼れる姉御ポジだから。

 

川内は彼女の方に慌てて走って行った。もちろん挨拶をする為である。そしてその彼女…長門の方も、その足音に気が付いて振り向き…。

 

非常に気まずそうな顔をした。理由はご存知の…御察しの通りである。そして川内はその事に気付こうとも考えようともしていない。

 

「な、長門さん!長門さんじゃん!こ、こんな所で会えるなんて…」

 

興奮が止まらない川内。興奮が止まらないから大声で叫ぶ川内。しかしこれは当然ながら、自分の首を絞めるのと同じ自殺行為。

 

時間が時間だから近くに誰も居なかったし、慌てて長門が川内の口をガバッと掴んだから事なき事を得た。

 

え、なに?といった風な川内。長門はパッと手を離し、ゲホゲホと咳き込む川内の左肩を左手で掴み。

 

「残念だが…私は『向こう』側だ」

 

とだけ告げ、未だ立とうとしない川内の方を見向きもせずにその場を後にした。

 

川内は長門の背中を呆然と眺めた。背中だけを呆然と眺めていた。背中だけしか見ていないから、彼女が拳と唇を強く握ったのには気付かなかった。

 

~~~

 

結局、提督にも会えなかった。今はトボトボと自分の寮に帰っている途中だ。

 

そして川内は提督に会えなかった事よりも、長門のあの態度の方が心にきていた。あれにも慣れなきゃいけないのかという先行き不安が消せなかった。

 

(はぁ…これ結構辛いね~)

 

毎日楽しみにしている夜が折角やって来たというのに、気分が乗らない。

 

そんな状態のまま、川内はたどり着いた軽重巡洋艦寮の入り口の扉を開く。そんな彼女の気持ちを汲んでくれたのか、ドアがギギーっと物寂しげな音を立てた。

 

しかし建物は違った。入った瞬間に分かる。この食欲そそる出汁の匂い。どうやら今日の晩御飯は和食のようだ。

 

川内はおぼつかない足のままキッチンに向かい、部屋に入る。すると中には呑気に鼻唄を歌いながら料理を作る人の姿が。

 

机の上には既に完成された「茶碗蒸し」が人数分並べられている。非常にプルプルして美味しそうだ。川内は無意識にヨダレを飲んでいた。

 

「あっ、勝手に食べちゃ駄目クマ!」

 

茶碗蒸しをガン見していたのがバレたのか、その料理をしていた…球磨が川内の前に割って入る。川内は思わず前に出かけていた手を引っ込める。

 

「ヤダナー。ワタシガソンナコトスルヒトニミエマスカー?」

 

そして片言になる。そんな川内に呆れたのか、球磨はアホ毛をぴょこぴょこ動かしつつ、川内をキッチンから追い出した。今日の晩御飯のメニューだけ伝えて。

 

……その後、川内は凹み気味に広間の机の前に座っていたが、割と直ぐに晩御飯が来た。その頃には川内と同じく匂いに釣られて寮の住人全員が一堂に会した。

 

そして仲睦まじく晩御飯の時を過ごしたようだ。1人を除いて。

 

余談だが、晩御飯は「豆腐と椎茸のお吸い物」と「梅干し茶漬け」と「茄子の味噌漬け」である。何というか…球磨らしい料理と言えるだろう。

 

~~~

 

その後は特に面白い事も起きなかった。神通と那珂に入渠場に連れてかれて2回目のお風呂に入れられたり、そこであの3人からくすぐりの仕返しを喰らったぐらいだ。

 

もう完全に日は落ちている。何時もならテンションアゲアゲで「夜戦だぁー!」とか言いながら外出するところなのだが、今日はそんな気分じゃない。

 

脳裏に浮かぶのはやはり長門のこと。あんな…なんというか色々と抱えていそうな長門は、今まで見たことも聞いたことも無かった。

 

そして…彼女をああしたものの正体も知っている。今日も散々その頭角を現したあの『呪い』だ。

 

……あの時、那珂は告げた。秘書艦になれば死を迎える。提督によって殺されると。そして秘書艦達は同じ時、同じ場所で死を迎えたと。

 

川内の中で色々な思いが交錯した。やはり那珂らの言うことに従うべきなのか。しかし他の皆のように彼女らを差別すること…なんて。

 

彼女はベッドに入って上を見上げる。そして目をつぶり、自分がしたいことを考えた。この自問自答に回答をつける為に。

 

しかし、思ったより回答を出すのは難儀しなかった。やはり元から自分の思いは微塵も変わっていないらしい。彼女のこの行為は、彼女自身の思いを改めて確認するに相違なかった。

 

「……ま、何とかなるよ」

 

そう呟き。細やかな扇風機の風に当たりつつ、彼女は眠りについた。

 

『呪い』の解明に尽力すると覚悟して。

 

 

 

続く

 



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第肆話「日常~決断のきっかけ~」

今回はちょっと見どころが…。
けどいくつかフラグが立ちます。



昨日はちゃんと布団で寝た。だからか割と気持ちよく眠れたように感じる。

 

とはいえ相変わらず朝は苦手だ。それにまだ昼夜逆転生活を辞めてから数日しか経っていない。慣れるはずがない。

 

川内は意識を取り戻した…が、目を開ける気はしなかった。もうこのまま夜まで寝てしまおうと思った。扇風機が回っているし、まだ涼しいからそれも出来るだろう。

 

そう判断し、川内はもう1度眠りにつこうとした。だがそう簡単に上手くいくはずもない。

 

……部屋の外から他の仲間達の談笑が聴こえて始めるのと、不意に部屋のドアが開いたのはほぼ同時だった。

 

「おはよおぉぉぉぉ!こんちはぁぁぁぁ!こんばんはぁぁぁ!おやすみぃぃぃぃ!起きてぇぇぇぇぇえええええ!」

 

そう叫んで部屋に入って来たのは那珂だ。彼女は布団でごろつく川内を見つけると、勢いよくジャンプし、川内の腹の上に着地した。

 

思わず「ぐぇぇ」と言ってしまう川内など気にせず、腹の上でぴょんぴょん飛び跳ねる那珂。正直言って苦しいし痛い。あとさっきの叫び声で耳もキーンとしている。

 

「うるっさいよ!」

 

なんだよ…といった様子で目を擦りつつ、全力で那珂を蹴飛ばして退かそうとする。

 

肝心の那珂はそんな妨害など大して気にせず、川内の上に覆い被さる。

 

「おっはよー!いい朝だね!」

 

……確かに天気は良い。雲が全く見当たらない真っ青な空で、ほどほどに風も吹いている。しかしその清々しさは那珂の所為で台無しである。

 

川内は那珂を説得して退かした後、起き上がって軽く伸びをしつつ欠伸をする。そのまま彼女は退室する那珂についていく。

 

広場は朝食をとる仲間達で大盛況だ。今日の朝食はどうやら大井が作ったらしい。

 

「おぉっ、和風朝食じゃん!」

 

ご飯と味噌汁と焼き魚…王道中の王道と呼べる朝食だ。川内は大井からご飯が乗ったお盆を受け取る。そしてふと振り向くと神通が手を振っていたので、彼女の隣に座る。

 

「いやー美味しそうだね~」

 

「じ、実際…お、美味しいん…ですよ…」

 

その机の神通らはもうほぼ食べ終えていた。だから川内も手を合わせて朝食を食べ始めた。

 

そんな時だ。そう言えば那珂は…と思い、周りをキョロキョロする。すると那珂もまたお盆を持ってやってきたので、川内は少し横にずれる。

 

……ここで川内は気づく。彼女の分の椅子が無いと。だが自分の真後ろの席が空いているから、それを持って来ようとして…那珂に止められた。

 

そして。

 

那珂はある所へ向かった。川内にとって少し想定外の所へ。そして神通が目を逸らすような所へ。彼女は真っ直ぐに向かった。

 

広場の端の方。4人1組で朝食を食べている状況など気にせず、1人細々とご飯を食べている人物がいた。御察しの通り北上である。

 

那珂は真っ直ぐに彼女の方に向かったのだ。北上は不満そうに那珂の方を眺めるも、箸を進める手は止めなかった。

 

そして那珂は…その北上が座っていた場所の隣の椅子を奪い取った。ワザとらしく大きな音を立てて乱暴に。北上は何の反応も示さなかったが。

 

川内は一部始終を見てしまい、息を飲んでしまった。ああいうのが良しされているのかと驚きが隠せなかった。

 

バッと振り向く。だが神通らは何も特別なことは話さない。気にせず談笑を続けている。あれが当たり前という風に。

 

(わ、私が…間違ってるのかな…?)

 

思わず自分の常識を疑ってしまう。だがお腹が空いて思考が働かないのと、神通に「ご飯が冷める」という旨を言われたので、取り敢えず朝食を食べることにした。

 

……大井には申し訳ないが。今日の朝食はなんか苦い味がした。北上の方が気になってチラチラ見ても、那珂が一々妨害してくるし。

 

その肝心の北上だが。彼女は真っ先に席を立っていた。その際に楽しそうにしている球磨と大井の方をチラッと見たような感じで。

 

~~~

 

今日からは普通に「日常」が再開されるらしい。この鎮守府では毎日午前中は鍛錬に明け暮れるので、朝食後は各々の自由に寮の外に出て行く。

 

「もー川内さん!早く早く!」

 

そんな中、1人だけノホホンとしているのが川内だ。やはり朝が苦手らしく、那珂が急かしても彼女は急ごうとしない。

 

一応、いつでも出撃が出来るようにはしているが、あくまで「出撃の準備」なので、こういう修行的なものには気乗りがしない。午前中だから夜戦なんてあり得ないし。

 

「はいはい…行きますよ…」

 

ふわわと欠伸をする川内。そんな彼女を見かねたのか、那珂は川内に駆け寄って彼女の後ろに周ると、嫌がる川内の制止も聞かずに彼女の背中を押す。

 

2人が出て来るのを待つ為にドアを開けっぱなしにしながら様子を眺めていた神通は、そんな那珂らを見てニッコリと微笑んでいた。

 

今日も日差しが眩しい。思わず腕で視界を遮ってしまうほどに。雲ひとつない空から延々と注ぎ込まれているため、鎮守府全体が干上がってしまいそうな気もする。

 

そんな空の下。ぴょんぴょんと飛び跳ねるように那珂は歩いていた。どうしたらあのような元気が出るのか…。川内は彼女を呆れたような…羨ましそうな顔で眺めていた。

 

「ほらっ、2人とも!早く早く~」

 

振り向いて神通と川内を急かす。神通は「出て来るのが遅かった奴が何を言っとんじゃい」みたいな顔をしたが、何も言わずに歩くスピードを速めた。

 

……案の定。集合場所に着いたのも彼女らが最後だった。その場所には鎮守府中の艦娘が全員集合しており、3人の到着を確認した雷がこちらに来た。

 

「おっそーい!何してたのよ!」

 

ぷりぷり怒る雷。正直言って愛くるしい。川内は軽く謝った後に彼女の頭を撫でた。そして「頭を撫でるんじゃないわよ!」と怒る雷など気にせず、川内は他のメンバーと合流した。

 

その際、明らかに自分達と距離をとっている4人を見つけてしまい、無意識にそちらの方を見つめてしまうが、事あるたびに那珂に妨害される。

 

「よしっ、じゃあ始めよー!」

 

「……遅れて来た奴が仕切るなクマ」

 

「うっ…」

 

容赦ない球磨の正論。はしゃいでいた那珂も流石に、それを受けて思わず怯んでしまい、膝から崩れ落ちてしまう。

 

神通はその様子を見て慌てて駆け寄り、球磨に向かって「それは思ってても言っちゃダメです!」という睨みを利かせ、那珂を擁護した。

 

……その一連の流れを見て、場には失笑と苦笑いが拡がったのだが。川内は気が付いている。後ろのあの4人はこの事に興味すら持ってなさそうだと。

 

そして、4人で駄弁るとかそんなことも無く、ただ黙って立ち尽くしていると。その顔に特徴的な感情が何も感じられないと。

 

……昨日のあの長門の言葉。心の何処かで川内は嘘であってほしいと思っていた。だが今のあの様子を見てしまうと、もう本当としか思えない。

 

そんな時だ。不意に全員の前にある人物が姿を現した。それは凛とした振る舞いをする赤城だった。

 

それを見た周りは、まるで電流が走ったかのようにピシッとする。空気をピリッとさせる。

 

なるほど。これが始まりの合図か。川内はそう納得し、肩を軽く回しつつ神通の直ぐそばについた。

 

正直言ってまだ眠気はあるが、こんな空気を肌で感じてしまうとなんかもう色々と思い出してしまい、無意識に身体に力が入ってしまう。

 

川内は覚悟を決めていた。「鍛錬」とは聞いているが内容はサッパリだから。

 

もしかしたらラジオ体操的な…軍隊行進的な何かかもしれない。もしかしたら赤城にあの甲板でバシバシ叩かれる訓練かもしれない。

 

だがそれが何であれ。例えどんなものが来ようとも。自分は大丈夫だろうという謎の自信が川内にはあった。

 

(ま、なるようになるよね~)

 

そう自分に言い聞かせる。そして前で赤城が朝の挨拶をしているその時、川内は深呼吸をしようと大きく息を吸い込んで…。

 

「では、2人組を作ってください」

 

むせた。知っての通り、新たな環境に入れられたばっかりの人がこの指示を受けてしまうと、高確率で1人余り…ボッチになる。そして指導者と組む羽目になる。

 

何より那珂が神通をサッサと取っていったのが川内を焦らせた。しかし彼女の頭は冷静だ。川内はこの状況でピンチをチャンスに変える術を思いついたのだ。

 

現在、周りは「今日は〇〇ちゃんと組む~!」みたいな流れになっている。この流れに乗じて、あの4人との接触を試みよう。

 

当然ながらあそこは「4人」なのだから、川内のペア相手が見つかるはずはないが…敵対するつもりがない事をアピールすることくらいは出来るかもと踏んだのだ。

 

思い立ったが吉日。川内はさっそく周りを避けるようにあの4人の方を向いて。

 

……残念だが。彼女は術を思い付けただけでそれを実行にはうつせなかった。4人の方に向かって歩きかけた川内の腕が、誰かにガッと掴まれてしまうのだ。

 

川内は驚いて慌ててその掴みを振り払う。そして後ろを振り向く。そこには不気味な顔を浮かべ…川内の視線を感じるといつもの笑顔に戻った、江風がいた。

 

「川内さ~ン、江風と組ンで欲しいンっすけど~、ダメですかね~?」

 

あははと笑う江風。正直言って彼女の笑顔は少し怖い。川内はビクッとしながらも、仕方なく江風の言葉を了承した。

 

因みに江風曰く、川内が来るまでは彼女が余りで、いつも赤城と手を組んでいたらしい。また赤城は容赦なく江風を見せしめにするらしく、不快感極まっていたそうだ。

 

……彼女は嘘をついていない。周りをみるとそう思えた。曙が暁と組んでいることからもそう考えられる。

 

その後、淡々と鍛錬が続いた。定番の馬跳びから上体起こし。バランス感覚が必要なものだったり、かと思ったら突然走り込んだり。

 

鍛錬としては別に何ら変な所は無い…のだが。寝不足の上に始めての人には厳しいものがある。川内は最後の方は息切れして中腰になっている。

 

一方で江風はというと、ずっと「そら空母と駆逐艦がペア組んだら…」とかの愚痴や「提督、マメに墓参りしすぎ」とかを零しながらも、淡々と鍛錬を続けていた。

 

そして「それじゃあ此処まで!」と赤城が宣言する頃には、川内はもう地面に座り込んでいた。周りからも思い思いに感想を言い合っている。

 

しかし川内に更なる試練が。どうやらこの赤城は新人いじりが好きらしく、彼女が突然こんな提案をしてきたのだ。

 

川内の実力が見てみたいと。

 

「えぇっ!?」

 

川内はもちろん断ろうとした。夜じゃないと力が出ないとか言い訳をつけて。だがそう口にする前に赤城に遮られてしまう。

 

結局、思いを言い出せぬまま、川内は要求を了承した…まではまだ良かった。

 

というのも、赤城が具体的な指示をしなかったのだ。あの壁を走って欲しいとか言ってくれればそれをこなせば良いのだが、彼女は「実力を見せて」しか言わなかったのだ。

 

川内は思った。宴会とかの時に「何か面白いことやって!」と囃し立てられた時、きっとこんな気持ちになるのだろうと。

 

どうしようか…。川内は周りを見渡しつつ考える。その際にチラッと、期待の眼差しを向ける電が視界に入る。これは正直…逃げられる空気では…。

 

(あっ!その手があったか!)

 

川内は解決策を思い付いた。そしてそれは…悪知恵でもあった。思わずニヤついてしまう。そしてスッと立ち上がり、川内は宣言した。

 

「えっと…私はスピードと身軽さに自信があって、あれぐらいの建物だったら屋根上まで楽勝だよ!」

 

そう言って川内は倉庫の1つを指差す。周りからへぇーっと声が上がる。それを確認した川内は、軽くジャンプした後、目にも留まらぬ速さで走り。

 

暁、雷、電のスカートをまくった後。

 

宣言通り倉庫の屋根上に登った。その様子はまさしく忍者であった。他のメンバー(3人以外)は屋根に登った様子しか目撃出来ておらず、周りからは拍手が起こった。

 

言わずもがな、暁らはスカートを抑えて顔を赤くして怒っていた。川内はその様子をイッシッシと言いたげな顔で満面の笑みで眺めた。

 

そして川内が降りる前に、その場は流れ解散になった。私はただの見世物かい!と突っ込むことも許されなかった。

 

その後、川内は屋根上から降りようと試みたが、何か言いたげな暁らが下で待ち構えているので、仕方なく屋根をつたってその場を後にしたのだった。

 

~~~

 

鍛錬は毎日午前中のみらしい。やはり必要な能力が個々で違う以上、全員が同じメニューでは非効率…というのが提督の意見らしい。

 

よって午後は各々の自由時間だ。といってもやはり自主鍛錬を嗜むのが普通らしく、川内のように帰って早々に昼寝をしようと試みるのはレアケースらしい。

 

そして彼女の悪い癖…というか悪い体質。彼女は昼寝をすると、次に起きるのは夜になってしまうのだ。

 

川内が目を覚まして時計を見ると、その時計はフタヒトマルマルを指していた。外ももう真っ暗だ。

 

「あー。やっぱり夜になっちゃうよね~」

 

自分で自分に呆れる。とはいえ悪い気はしない。彼女は直ぐに開き直り、空っぽのお腹をさすりつつご飯を求めて外に出た。

 

……わざわざ瑞鳳の所を訪ねなくとも、自分でキッチンで作れば良いのだが、面倒くさがりの川内にその発想はなかった。音で誰かを起こすかもしれないし。

 

それに…屋根上に登った際に気付いてしまった。この寮からあの店まではわざわざ回り道で向かっていたと。建物の上を通って行ったらかなり近いと。

 

よって彼女は軽く屈伸だけして、壁を蹴って倉庫の真上を通過していった。月明かりと闇と静寂のおかげで、この時の川内はますます忍者に見えた。

 

お店の電気はついていた。川内は安堵してその店のドアを勢いよく開けようと試みた…のだが。

 

「相変わらず長門は下戸だね」

 

という声が聞こえたのだ。川内はドキリとしてドアから1度手を放し、今度は…ほんの数ミリドアをそーっと開けた。中の様子を覗けるように。

 

中に確認出来たのは2人…だが声から察するに死角にさらに2人だ。間違いなくあの4人だ。川内から見て手前にあの少女が。その奥に長門が座っている。

 

「酒がダメで悪かったな」

 

「……バカにしてるわけじゃない」

 

川内はその様子を見て少し安心した。あの4人にも笑い声が飛び交うのだと。特に1人だけずっと笑いっぱなしの人がいる。おそらく酒が入っているのだろう。

 

そう言えば…と川内はふと思い出した。彼女らは自分の歓迎会の時に何も食べずに帰ったはずだと。だが今回は良い匂いがする。良かった、今回は料理を出して貰えたんだ。

 

「でもまぁー。長門さんがいるおかげでー、こんなお酒呑めるんだからー」

 

「ふぇっ?何でですか?」

 

そしてかなりお酒も進んでいるようだ。死角にいて見えないが、1人明らかに酔っている。

 

何より凄いお酒の匂いがする。チラッと見える徳利の形から察するに日本酒だろう。

 

「そりゃー。長門さん力持ちなんだからー、酔い潰れたとしても運んで…」

 

「……置いてくぞ」

 

「えー。長門さんのケチー(ㆀ˘・з・˘)」

 

「そんな顔するな北上。ダメだ」

 

「……ちぇっ」

 

なるほど、どうやら1番酔っているのは北上のようだ。川内は少し驚いた。正直言ってあの北上がお酒をガブ飲みするイメージが無かったのだ。

 

とはいえ自棄酒をしたい時は誰にもある。況してや彼女らの今の状況を考えれば…。

 

……何であれ。今のこの場に「ちーっす!」みたいなノリで入店する勇気はない。この4人しか居ないのならともかく、料理が出ている以上は瑞鳳がいるはずだから。

 

なので諦めて帰ろうとした…その時だ。川内はとてつもない悪寒を感じた。その原因は直ぐに分かるし彼女も分かっている。

 

あの少女がチラッと…もしかしたら川内の気の所為かもしれないが…確実に今、川内の方を見たのだ。まるで北の海に流れ着いた流氷の破片のように。冷たく。鋭く。

 

慌てて横に避ける川内。心の底からゾワっと…何かを掻き立てられる感覚を覚えた。こんな時でも音を立てないように動ける自分の身体能力には感謝だ。

 

大丈夫。この位置ならお互いに姿が見えない。そして向こうの声はまだ聞こえる。

 

「あれっ、響ちゃん?」

 

「……ゴメン。虫が飛んでた」

 

そう言ってその少女…響はまた料理に目を戻した。川内はそのタイミングを見計らって元の体制に戻る。

 

本気で心臓が…動力源が止まるかと思った。だがあの様子だと、川内がいるのはバレてないだろう…多分。

 

しかしこれ以上は危険か…。川内はもう流石に撤退しようかと決める。だが…響の一言でそれを考え直す。

 

「でさ…今日はどうだった?調査」

 

調査。間違いなく響は「調査」という語を口にした。流石に川内もこれには喰いついた。

 

そうだ、そもそもこの4人はあの『呪い』の被害者達じゃないか。だから自分達でこれの解明を進めていたとしても何ら変な…というよりむしろ自然な流れだ。

 

川内は軽くガッツポーズをした。この4人と接触しようと試みるのはやはり間違いでなかったようだ。動悸が早くなっているのが自分でも分かる。

 

「ほぁっ!?ちょっと響ちゃん!?」

 

「……失言だったかな」

 

響はふふっと笑ったようだ。響の発言から察するに、やはり先程の自分の憶測で正しいのだろう。川内はワクワクして次の言葉を待っていた。

 

「大丈夫だ海風。声を落とせば瑞鳳には聞こえない。だが響、詳しい話は後だ」

 

……ここに来てようやく最後の1人の名前が出た。川内は4人の顔は頭に入っていたから、その「海風」というのが誰かも分かっていた。

 

「そ、そう…ですね!」

 

海風がそういうと、響は少し報われたような…嬉しそうな顔をした。川内は思った。カワイイ。

 

「と言ってもー。進展はないよー。ホントもどかしいよねぇ」

 

「……そっか」

 

……その後も川内は、4人の会話を盗み聞きながら情報収集をした。正直言って欲しかった情報がポロポロだった。今日は大収穫だ。

 

何より犯人探しがほぼ終わってるというのが分かって良かった。どうやら彼女らは「証拠探し」に重点を置いているらしい。

 

……川内は正直思った。これ自分の出る幕無いんじゃね?と。だがあの4人の力になりたいという思いは変わらない。

 

何より前鎮守府で散々「トラブルメーカー」とか言われ続けた悔しさが蘇ったのだ。自分だって人の役に立てる事を川内は証明したかった。

 

そして4人はスッと立ち上がる。どうやらご馳走さまのようだ。

 

川内は慌てて少し遠くに逃げ、4人が店から出て来て立ち去るのを見届けた後、彼女らと入れ替わるように店内に入っていった。

 

そして川内は真っ先に、あの4人が座っていた席を見た。当然ながら店内には彼女らが食べ終えた後の皿が…。

 

無かった。綺麗さっぱり。

 

「ええっ!?何で!?」

 

おかしい。確かにさっきまで机上は見ていなかった。だが匂いはしていた。確実に何かを食べていたはずだ。

 

まさか瑞鳳があの一瞬で…?だがそんなバカなことがあるはずない。

 

川内は慌てて周りを見渡した。もしかしたら地面に落としていったのかも…。そう彷徨いているうちに、先程の叫び声を聞きつけた瑞鳳が出て来たのだった。

 

物凄く不機嫌な顔で。いやむしろ…屈辱を味わったような怒りを込めた顔で。

 

「……ありませんよ皿なんて」

 

ボソッとそう呟く瑞鳳。彼女の手には台拭きと洗剤が握られていた。それを見た川内は思わず「な、なんで!?」と質問してしまう。

 

「あれ…持ち込みですから」

 

そう言うが早いか、彼女は北上らが座っていた机を拭き始めた。といっても机の上に何か溢れているわけでもなく、ザッと乾拭きだけで良い気はするのだが、瑞鳳は丹念に…執拗に机を拭いていた。

 

「も、持ち込みって事は…」

 

「はい。あれ全部自分達で持ってきた料理です。食器も徳利もその中身も」

 

……どうやら川内は思い違いをしていたらしい。確かに瑞鳳は店に居たが、料理が出ている事と彼女の所在は関連性が無かったらしい。

 

「ホント…迷惑な客ですよね。完全に営業妨害ですよ。許せません」

 

彼女は川内に背中を見せたままそう語った。表情を確認は出来ないが、あの台拭きを握る手を見る限り彼女は怒っているのだろう。

 

だが…川内はピンと来ていた。もしかしたら彼女らはこの間の歓迎会の復讐をしたのではないかと。もしかしたら瑞鳳にも非はあるのではないかと。

 

……口には出さなかった。瑞鳳が気持ち悪いほど被害者面していたし。

 

その後は暫くお互いに何も話さなかったのだが…幸か不幸か、川内の腹の虫が静寂を破った。それを聞いた瑞鳳の顔に光が戻る。

 

瑞鳳はバッと川内の方を向き、目をキラキラさせて尋ねた。自分の料理を食べに来たのかと。当然ながら川内は首を縦に降る。

 

瑞鳳は台拭きと洗剤をそのままにし、川内をキッチンの近くに座らせた後、ぴょんぴょん飛び跳ねて厨房に向かった。

 

(何か…本当に嬉しそうだね~)

 

暫くして瑞鳳は卵焼きを持って来た。15個ほどがフレンチトーストみたいに重なって1つの皿に乗っている。

 

「こ、これっ!新作の研究品なんです!是非とも毒…味見していってくれませんか!?」

 

……何か不穏な言葉を口にしなかったか?川内はふと気になったが、お腹が空きすぎて頭が働かない。本当に食欲をそそられるカラフルな卵焼き達だ。

 

「ただ…この青っぽいのは何ですか…?」

 

「あ、それは海ふどうを潰して混ぜ込んだものです!」

 

「う、海ぶどう…?」

 

川内が箸で取ったその卵焼きは、非常に毒々しい色をしていた。とはいえ鶏卵と海ぶどうは確か相性が良かったはず…。

 

というかそもそも海ぶどうは濃緑じゃ無かったか?どうしてこんな青っぽいんだ?川内の頭にはそんな疑問がポンポン産まれていた。

 

~~~

 

瑞鳳の卵焼きに外れは無かった。強いて言えばあの海ぶどうの卵焼きが箸を戸惑わせたことぐらいだ。

 

ご飯のおかずにもなった。白飯もたらふく食べて川内は満足だった。そしてそのお腹をさする川内を見て瑞鳳も満足そうだ。

 

川内が食休憩に入ると瑞鳳は席を立ち、皿を厨房に運んだ。ふと気になった川内は彼女の後に着いて行き、キッチンに入った。

 

……寮のキッチンよりも設備がしっかりしている。此処を1人で護っていることを考えると瑞鳳ってかなり凄いのでは…と川内は思った。

 

「……狭いでしょ?でも此処が1番落ち着くんです。嫌なことを考えなくて済むから…」

 

かちゃかちゃと音を立てて皿を洗う瑞鳳。その横姿にはどこか哀愁が漂っていた。

 

やはり彼女も彼女なりに思うことがあるらしい。その後は皿を洗いながら色々なことを吐き出していた。そしてその内容は殆どあの4人の愚痴だ。

 

「ああいうのが秩序を乱すんですよ…。ホント目障り…迷惑…」

 

……川内は何も言えずに黙り込んでしまう。それでも何か言い返さないとと言葉を選ぶ。しかしそんな川内の隠れた努力も虚しく。

 

「あいつらみんな沈めばいいのに」

 

瑞鳳のこの言葉で思考を停止してしまった。そして思わず後ろに下がってしまう。まさか彼女がこんな事を言うとは思っていなかったのだ。

 

そんな川内の感情に気が付いたのか、瑞鳳は川内の方を振り向いた。そんな彼女の眼は…やはりあの時の那珂の。あの時の江風の様だった。

 

「あなたもそう思いますよね。川内さん」

 

同意を求める瑞鳳。川内は直感で分かっていた。これを否定したら自分の身が危ないと。そう自分の中で警告音が鳴り響いている。

 

偶然か否か、その時の瑞鳳の手には包丁が握られていた。特に何ら変わらない普通の包丁だが、その時の川内には、それが恐ろしい「きょうき」に見えた。

 

「あ…はい。そうっすね~」

 

怖い。怖くて仕方がない。夜戦時に敵の不意打ちが飛んできた時よりも、前鎮守府での神通の説教よりも、怖い。

 

自分で過呼吸気味になってるのが分かる。顔が青くなっているのが分かる。特に瑞鳳が此方に来たのが恐怖を加速させる。

 

「うふふっ♪」

 

だが瑞鳳は川内の肩に手を乗せて「これからも宜しくね」と言うだけ。その後は元の作業に戻る。

 

コレをする前に手を拭いたのは見たが、彼女の手は氷水に入れたかの様に冷たかった。

 

川内は息を飲み、それでも「ご馳走さま」だけ言いそのキッチンを…食堂を後にした。もう口に卵焼きの味は残っていなかった。

 

 

 

「はぁ…」

 

川内は肩を落としながら帰り道をトボトボ歩いていた。そして「さっき」を思い出して吐き気を催してしまう。

 

本当にこれからやっていけるのだろうか。彼女はその不安が強かった。そして…やはり那珂に言われた通り、自分もあの4人を迫害しなければならないのか。

 

(いや…やっぱり私は…)

 

助けたい。色々な経験をしたとはいえ、やはり彼女の意志は曲がらない。川内はあの4人とも仲良くなれる未来を…理想を描いていた。

 

……一応言っておく。断じて暁らと共に響にもセクハラしたいとか…彼女に恩を売っといてお返しにグヘヘとかそんな不純な動機ではない。

 

川内はみんなと…北上らとも仲良くなりたいだけである。それだけの理由である。間違いない。

 

……そうだ。ここで川内は思い出す。今朝の鍛錬で江風が「墓参り」がどうと言っていたじゃないかと。

 

なら明日はそれから始めよう。川内はそう胸に決めて寮に入った。

 

こんな良い夜を寝て過ごすのは気に食わないが、どうせ明日も那珂に起こされるから早めに横になっておこう…という考えである。

 

~~~

 

海風はドキリとしていた。忘れ物をした為に彼女1人で寮に1度帰っていたのだが、その道中で川内を見かけたのだ。

 

風の噂で彼女は夜型生活とは聞いていたが…取り敢えずその情報が正しいのが分かって少しホッとした。それでいて危惧するべきなのだろう。

 

(これは…本当に川内さんが鍵ですね…)

 

海風はそう自分に唱え、北上らの待つ場所へ向かう。まぁまぁの小走りで。

 

……鎮守府の外れ。寮とほぼ対角線上と言っても過言ではない場所。

 

そのボロい建物の扉を海風はそっと開ける。中には待ってましたとばかりに3人がいた。

 

「お、遅れてごめんなさい!」

 

「いやー大丈夫だよー。こんな場所には誰も来ないからねー」

 

手をヒラヒラと振って言う北上。どうやらお酒が大分抜けたらしい。響や長門も彼女に同調するように首を縦に降る。事実、この場所に他の奴らは来ない。

 

ここは元船渠。割と最近まで現役だったが、戦艦のサイズに対応していなかったり、老朽化などの理由から使われなくなっていた。

 

今では歩く度にギシギシ音を立てるし、何か出そうだ。要するにここは不気味なのである。と言っても元々そう言うのに興味ない北上や長門には何の恐怖も無い。

 

……ここに集まる時、響は長門と手を繋ぐ。海風はやたら北上と引っ付こうとする。

 

ここには長椅子が2つあり、片方に長門と響(手を繋いでいる)が、もう片方には北上が座っていた。なので海風は北上の隣に座る。

 

「では始めるぞ」

 

そして長門がそう言うと、3人は真面目な顔をした。北上は両手を後頭部に当てて少し仰け反り、海風は握った拳を両膝に乗せ、響は帽子を深くかぶる。

 

「じゃー先ずは私からかなー。と言ってもみんな知ってる通りー」

 

最初に口を開いたのは北上だ。彼女は軽く伸びをすると、那珂と江風が川内に急接近しているという旨を口にした。

 

彼女の言う通り、3人ともその事には気がついていた。今朝の鍛錬などまさにその通りだ。

 

「あ、あそこまで徹底的に邪魔してくるとは思いませんでした!」

 

そして4人はあのことにも気がついていた。朝の鍛錬時、彼女は自分達と接触を図ったことに。江風がそれを妨害したのも。

 

まぁ考えてみればそりゃそうだろう。川内の様子を見る限り、彼女は他の人に逆らいたいお年頃のようだから。いきなり他人を…。

 

「でも油断は出来ない」

 

「……響の言う通りだ。いつアイツが向こう側につくか分からん」

 

「うん、そうだねぇ」

 

とはいえ、ああいうのはどう出るか予測が出来ないのも事実。取り敢えず注視…いや危険視をしよう。4人はそう確認しあった。

 

この際、海風の方から川内をさっき見かけたという旨も出た。よって彼女が夜型というのも情報として共有される。そしてそのまま海風が発言を続ける。

 

「あ、あの。私達の寮で気になるのが…曙ちゃんがですね」

 

「うん。最近あいつ、雷や電と仲良い。前はあんな事無かった」

 

「ふむ…」

 

どうやら曙の動向が変わったらしい。もしかしたら新たにあの2人に目をつけたのかもしれない。

 

とはいえ、あの2人は割とこの『呪い』を信じている方だ。もしかしたら特に他意はないのかもしれないが…。

 

「もしかしたら。強化かも」

 

「まー。あの子が考えそうな事はそれかなー。響ちゃんと関わり深かったもんねぇ」

 

そう、あの2人は元々響の味方。何かしらの気の迷いから響と接触を図るかもしれない。曙からしたらそれは止めたいはず。

 

「厄介だな。あそこの寮には江風もいる。悪い方へ進まなければ良いのだが…」

 

長門がそう言うと、海風は自分の拳をまた強く握った。やはり彼女が1番色々と思いがあるらしい。

 

「あ、あと補足。暁なんだけど」

 

「えっ…暁ちゃん何かありましたっけ?」

 

そう。響はある事に気がついていた。海風と違いずっと一緒にいた事のある響は気がついていた。暁の様子もおかしいと。

 

「断言は出来ない。けど…」

 

「あの子の中で何かが変わったー?」

 

北上がそう言うと、響はコクンと軽く頷く。これを聞いた長門と海風は考える仕草を取ったが、この件に関しては取り敢えず保留という事になった。

 

「さて、最後は私だ」

 

そして長門の方からも情報が。

 

……ここで1つ補足を。彼女の暮らしている戦艦空母が集うあの寮だが、何というか…近寄りがたい雰囲気が漂っている。

 

よって、用がない時に彼処に近づく巡洋艦や駆逐艦はほぼいない。それは北上らも同じだ。だからアソコの調査は長門に頼りっきりである。

 

そのため長門の情報は貴重だ。

 

「実は瑞鳳についてなんだが」

 

瑞鳳。北上は普通の反応だが、海風と響は割と反応した。やはり歓迎会の件はまだ許していないようだ。

 

因みに瑞鳳は、お店の運営があるにもかかわらず、戦艦空母寮のご飯も良く作る。彼女の卵焼きと比叡カレーが至極の一品なのは前に記した通りだ。

 

長門はそれを再び確認したあと、つい最近に自分の身に起こったことを話した。

 

……結論を先に出そう。長門の分の料理に異物が混入されていたのだ。そしてその時の料理は瑞鳳が1人で作っていたし、比叡カレーと違って瑞鳳の料理は個々人に配膳される。

 

「あいつ、明らかに私の分の配膳だけ力を入れていたんだ。だから嫌な予感がしてな」

 

神経をすり減らして食事をした結果。卵焼きに何かの破片が入っているのを見つけたのだ。

 

恐らく丸呑みできるサイズに砕かれたノコギリの刃だろう。しかも錆びている。

 

もしこれを口に入れていたら…。幾ら自分らが普通の人間より丈夫な身体をしているとはいえ、それを飲み込んでいたとしたら…。

 

「何とか箸で取り除ききれたから良かったが…考えただけでも恐ろしいな」

 

苦笑いをする長門。他の3人が息を飲んでいるのも気にせず。

 

因みに長門は、この後ちゃんと瑞鳳に抗議しようとして…彼女の殺気を感じて中止したそうだ。

 

「ホント…何なんですかねあいつ」

 

堂々と舌打ちする海風。とはいえ確かに彼女のセリフにも一理はある。

 

というのも、此処まで瑞鳳が干渉してくるのは今まで無かったのだ。最近になって…何か…血眼になって自分達を妨害している気がする。

 

「うーん。まー気をつけてー。長門さんに限らずーみんなもー」

 

「あぁ。分かっているつもりだ」

 

「も、もちろんです!」

 

「хорошо」

 

……その後はそこまで会話が弾むことも無く、そして大して議論が進むことも無く、4人は解散をした。

 

のだが。響が長門を引き止めた。長門の手をずっと握っていたのを謝罪するためだ。

 

だが響はあることをふと思い出し、北上の姿が見えなくなったのを確認すると、長門に告げ口をしたのだった。

 

……舞台の幕開けはもう、そう遠くない。

 

 

 

続く

 



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第伍話「捜索~夜戦の始まり~」

今回、短いです。
けど主人公が行動を開始します。
まぁ…次の陸話が20000字近くありますから、その前座ということで。




眠たい目をこすり、今日も鍛錬を無事に終了した。どうやらメニューは日替わりで変わるらしい。

 

正直言って昨日よりキツかった。延々と走らされ続けたのだ。基礎体力が無ければ重い装備を持てませんよ!という赤城の声を聞きながら走ったのだ。

 

今は何をしているかと言うと、日々の楽しみである昼食タイムだ。とはいえ相変わらず距離を取る北上が気になるが。

 

(というか…あれ絶対私を見てるよね~)

 

北上は何か考えながら川内を眺めていた。もしかしたら昨日の詮索がバレてたのか…?

 

いや、それなら先程の帰り道に自分を捕まえるはずだ。鍛錬中に装備を少し壊してしまった為に、提督邸に単身で向かった自分を。

 

「あ、川内さん!装備直ってる~!」

 

自分の隣で美味しそうにサラダを貪り食べていた那珂が、不意にそう叫んだ。事実、少しネジが外れただけだったので、提督に秒で直してもらったのだ。

 

「そうなんだよ。あの人凄いね~」

 

物凄く手馴れていたのを思い出す。確かに何処の提督も「建造」に携わる以上、少なからず構造は知っているだろうが…。

 

川内はふと神通の方を向いた。彼女は川内の視線に気づくとニコッと笑ってみせた。

 

そんな時だ。那珂があることに気がついた。自分らの昼食を作ったはずの大井が見当たらないのだ。ついでに球磨も。

 

そしてその事に言及もした…が、恐らく2人だけ先に食べ切ったのだろうという結論が出て、さっとその場は流れるのだった。

 

~~~

 

「えっと…確かこの辺りだよね~」

 

食後、川内は1人である所に向かっていた。何を隠そう秘書艦達の墓である。

 

もちろん神通らも誘ったのだが、断られてしまう。とはいえ『呪い』がどうこうという理由ではなく、純粋に予定があるらしいから仕方ない。

 

川内は眠たい目を擦りつつ、目的の場所に段々と近づいていく。今日も延々と降り注ぐ陽の光は、相変わらず容赦が無い。

 

因みに、場所は神通から教わった。鎮守府の端の方にある空き倉庫の中らしく、誤って元船渠の方には行かないようにと念を押された。

 

「しかし神通らしいよね~。雰囲気が不気味だからって理由でさ。ビビり過ぎでしょ」

 

独り言を言いながら、あははと笑う川内。そうこうしてる内に目的地が見える。そこはかなりの端で、なるほど、人が来ないような所だなという感じである。

 

そんな時、川内はある人物の姿を目撃した。正直言って最初は気付かなかったが、あれは何処からどう見ても提督服。それを着ている人なぞ鎮守府に1人だけだ。

 

川内は後ろ姿しか見れなかった。忙しそうに小走りしていたので話しかけるのも憚られた。

 

それでも…何となく彼の人柄が見て取れた気がした。そして彼は、秘書艦らの墓がある場所から雑巾と柄杓を入れた桶を持って出てきた。何をしていたのかは想像に難くない。

 

 

……倉庫の入り口に鍵はかかってなかった。なので川内は重たい扉をガラガラと開ける。

 

倉庫と聞いていたから、中には大量のコンテナが…と想像していたがそんな事はなく。だだっ広い空間がそこにあり、そこに3つの丸い石碑が建っていた。

 

近づくと、正面に名前が彫られており、側面にもズラッと文字が石碑に直接刻まれているのが分かる。どうやら側面のは経歴が没時刻が彫られているらしい。

 

川内はそれを手でなぞるように触れながら、そのピッカピカの石碑を眺める。

 

「……そっかぁ。なるほどね~」

 

ここで初めて。川内はある事を信じた。

 

初めてこの鎮守府に来た時。那珂は自分にこう告げた。秘書艦はみんな同じ場所、同じ時刻に沈んだと。

 

同じ時刻…というのは少し過大な発言なようだが。と言っても±10分も無い。そして場所に関しては完全に一致している。

 

もう信じるしか無いだろう。ハッキリとした物的証拠があるのだから。とはいえ違和感はある。

 

確かにあの時の食堂で4人から理屈は聞いた。犯人を耳にする事は出来なかったが、推測するに他鎮守府が携わっているのだろう。

 

……何のために?どうして秘書艦を?

 

恐らくこれに関してはあの4人が何か知っているのだろうが、堂々と聞くわけにいかない以上、自分で調べるしかない。

 

だがその為には…色々と調査の為の術がいる。調査を進める為の…舞台という名の術が。

 

川内は墓の前で少し考え込んだ。どうすれば良いのだろうか。やはり強制的にあの4人に仲間入りするべきなのだろうか。

 

いや、それはマズい。あの4人からの情報を得る事が出来る代わりに、他のメンバーからの情報入手が不可能になるだろう。

 

となれば…やれる事は。いや、彼女が自分の頭だけで考えつけた事は。

 

「……うん!あれしか無いよねっ!」

 

ポンと手を叩く。そして彼女は覚悟を決めて、その倉庫を後にした。何故か分からないがランラン気分だ。

 

~~~

 

川内は提督に会いに、提督邸に足を運んでいた。だがここで少し想定外の事態だ。

 

中に入れなかったのである。何故か分からないが仲間達がごった返していた。

 

いつもなら自分も野次馬として突っかかるのだが、今はそんな気分じゃない。

 

川内は提督邸の2階の窓が開いているのを確認すると、得意のジャンプをして窓から侵入した。2階に人は見られなかった。

 

そう、提督も。

 

「ちぇーっ!やっぱり工廠かぁ!」

 

そう叫び、川内は来た道…道?を折り返そうとした。だが人の気配を感じた川内は、その気配の方を振り向いたのだった。

 

「あら、川内さんじゃない」

 

扶桑姉妹だ。どうやら彼女らも人混みが嫌になって2階に避難してきたらしい。彼女らは川内を見つけて微笑んでいる。

 

折角のいい機会だ。川内は概ねの旨を2人に伝えた。特に提督に会えないというのを前面に。どうしたら良いのかと質問もした。

 

そして…川内が驚くほどに、2人の返答はあっさりしていた。

 

「それでしたら、要件を紙に書いて提督の机に置くのが良いですよ」

 

「私も山城も…よくやりますわ。急用じゃない限りはそれが有効ですわよ」

 

「な、なるほどね~!」

 

そう言えば。初めてこの場所に来た時も、机の上に彼のメモがあった。なるほど、そうやるのが最短経路なのか。

 

2人に連れられ、川内は執務室に入る。そしてその机の上。どうして今まで気付かなかったのか…と不安になるほど、使ってくださいとばかりに堂々と、メモ帳とペンが置かれているではないか。

 

「それを目立つ所に貼っつけるのよ」

 

「……では、私達はこれで」

 

2人はそう言い、その場から去っていった。川内はそんな2人の方を見向きもせず、喰らいつくようにメモ帳に視線を落としていた。

 

いつもなら適当にちゃちゃっと書いてしまうのだが、自分はこの鎮守府では新参者。まだ無礼な真似は早い…と何故かそう思ってしまう。

 

川内は有りっ丈の思いを込めて丁寧に文字を書き、書き終えた後でその紙1枚を破り。

 

……ここで川内の悪い癖が。

 

「どうせなら、めっちゃ目立つ所に貼っつけておきたいよね~」

 

イシシと笑い、川内はメモ帳を入り口のドアノブに貼っつけた。ドアを半開きにした後に。糊で。触れた瞬間手がベトベトになりそうな量を、絶対に触れる位置に。

 

誰がどう考えても無礼な真似なのだが、今の川内は悪戯心の方が勝っていた。彼女は満面の笑みでメモ帳が落ちないようにドアを閉じた。

 

彼女の顔は完全にニヤケついていた。そしてルンルン気分のまま、彼女は提督邸から…2階の窓から退散した。1階の人だかりも殆ど無くなっていた。

 

~~~

 

その後の川内は、鎮守府中を特に理由もなくぶらぶらと歩いていただけなので、特に何も起きなかった。

 

気がつくと太陽が殆ど沈んでいた。川内はふとお腹が空いた事を自覚し、偶然にも食堂の近くにいたので、折角なので寄ることにした。

 

が。今日は珍しく電気が点いていない。もしやと思って近くまで行くと、扉に張り紙があった。本日は臨時休業日だと。

 

「え~!そんな~!」

 

瑞鳳が体調を崩した…とも書かれていた。川内はショックで沈んだが、それを見てふと思い出す。

 

そもそも、艦娘達が体調を崩すことは殆どない…らしい。だから瑞鳳が体調を崩したと聞いて。

 

「あぁそっか!昼間のあの人集りってそういうことか!」

 

鎮守府中のメンバーがお見舞いに行っても変な話ではないだろう。珍しい物見たさというのも少なからずあるだろうし。

 

……自分も後でお見舞いに向かおう。あの卵焼きタワーのお返しもしないといけないし。だが今は腹ごしらえだ。

 

少し早足で寮に帰る川内。状況によっては自分で晩御飯を調達せねばならないから。だが彼女のこの心配は不発に終わる。

 

寮の入り口の扉を開けた瞬間。部屋中に匂いが広がっていたから。金曜日の様な匂いが。

 

そしてその部屋には、同じ寮のメンバーが全員揃っていた。北上も含めて全員が。

 

「あっ、川内さん。お帰りなさい」

 

出迎えてくれたのは大井だ。彼女の服装を見る限り、晩御飯を調達してくれていたのだろう。というか彼女から思いっきり晩御飯の匂いがするし。

 

「お帰りクマー。晩御飯出来てるクマー」

 

そんな大井の声に釣られて、奥から球磨も顔を出す。彼女はカレー鍋を握っており、もう状況を飲み込むには十分過ぎる情報量だった。

 

なので川内は、キッチンにスッと手を洗いに行った。自分でも驚くほどの歩行速度を出して。

 

キッチンは少し人集りが出来ていた。やはり考えることは皆同じようだ…と川内は思ったが、よく見ると調理器具を洗っていた。

 

「あ…せ、川内さん…」

 

最初に川内に気付いたのは神通だった。彼女は人数分の皿を持っていた。横には人数分のスプーンを持つ那珂も見受けられる。

 

「ちょっと!どこ行ってたの!」

 

「いや~。ちょっと散歩をね~」

 

……どうやらこの寮では、晩御飯の準備を手伝うイベントがちょくちょく発生するらしい。心に書き留めておこう。

 

川内はヘラヘラと2人に謝罪した後。私も運ぶの手伝うよと言いながら乱暴に、那珂のスプーンを半分奪い取ってキッチンを後にした。

 

那珂は「うぉぉい!?」とか叫びながら川内を追いかける。それを見た神通は「は、走ったら危ないですよ…」と忠告して微笑み、ゆっくりと2人の後に続く。

 

那珂からしたら良い迷惑だが、側から見ればとても日常的で平和な光景だ。

 

3人が広間に着いた時には、全員が席に座っていた。そして色とりどりの声を上げる。そんな中、何も知らない川内は周りに質問をする。

 

「そういや…今日って金曜日じゃないよね~?何でカレーなんですか?」

 

川内がそう言ったタイミングは、偶然にも場がシンとしていた。川内は少し気まずそうに軽く右往左往する。

 

そしてそれを見かねた?球磨がスッと川内の肩に手を置き。

 

「球磨の気まぐれだクマ!」

 

「違いますよ姉さん。比叡さんの差し入れです。お裾分けだそうです」

 

渾身のボケをかます…や否や、大井の隙がないフォローが入った。川内は直ぐに納得して一歩引いたが、球磨は肩を落として配膳の作業に戻った。

 

後に分かることなのだが、比叡が瑞鳳のお見舞い用として大量に作ったものらしい。臭いが強いものはNGと赤城に怒られたようだが。

 

……などと話していたら。配膳もあらかた終わっていた。まだカレーを配膳されていないのは、話を聞いていて出遅れた川内と…。

 

「さて、もう川内さんだけよ。早く皿を貸しなさい」

 

「早くするクマ」

 

……もう1人。だが彼女らはそのもう1人に目もくれず、川内の方だけをジッと見ている。川内は渋々皿を球磨に手渡し、配膳してもらう。

 

カレーを配膳する際によく、皿の端にカレーが垂れてしまったり、あらぬ方向に流れて皿から溢れ出しそうになるが、今回はそういうのが無かった。実に綺麗な配膳だ。

 

「ふっふっふ~。こういう能力も意外に優秀な球磨ちゃんって、よく言われるクマ」

 

「はぇ~。めっちゃ凄いじゃん!」

 

「も、もぉ~!褒めても何も出ないクマ!」

 

口ではそう言うものの、明らかに嬉しそうな球磨。その一方で大井はそそくさと退散しようとしている。

 

球磨もその事に気がつき、スッと表情を元に戻して、川内に向かって席につくよう指示した後、彼女もそそくさと大井について行った。

 

川内は何となく…褒め損だと思った。彼女は暫く立ちすくんでいたが、那珂に名を呼ばれてハッとなり、いつもの3人と同じ席に座る。

 

その後で着替えを終えた2人が合流すると、球磨の合図で食事が始まる。川内は1人細々と自分でカレーを配膳する北上を横目に、カレーを食べ始める。

 

……非常に完成度が高いカレーだ。程よく辛くてコクもあり、具材も豊富でご飯が進む。

 

「けど…この緑ってもしかして…」

 

「あ、そ、それ…う、海ぶどう…」

 

どうやらこの鎮守府では海ぶどうが流行りつつあるらしい…という旨を神通から聞く。まぁ確かに美味しいものではあるが…。

 

「えっと…瑞鳳ちゃんだったかな?海ぶどうがこの鎮守府で栽培出来ないかって模索してるみたいだよ!」

 

……いや無理だろ。この鎮守府周りの海水温は割と低いから。海ぶどうは暖かい海で育てる植物のはずだから、よほど金をかけて施設でも建てないといけないだろう。

 

などというマジレスはしない。川内は「へぇ~」とだけ良い、プチプチしている美味しいカレーを口に運んで笑みをこぼした。

 

~~~

 

大体のメンバーが食事を終え、キッチンに皿を運びに行ったり、広間で駄弁ったりしている。川内らもその中の1人だった。

 

今日は晩御飯がいつもより早かったため、現在はそんな慌てて入渠しなくても良い時刻だ。

 

そんな時だ。不意に玄関のドアを叩く音が響いたのだ。そのタイミングで1番入り口に近かったのは神通だ。

 

「神通。出て欲しいクマ」

 

……前から思っていたというか、薄々感づいてはいたが。どうやらこの寮のリーダーは球磨らしい。とにかく球磨の言葉を聞き、神通は入り口のドアを開け。

 

「て、て、提督…さん!?」

 

目の前に現れた人物に驚いた。その声を聞いた川内はバッとそっちの方を向いた…のだが、ちょうど神通で隠れて姿が見えなかった。

 

そして提督は神通に1枚の紙を渡した後、何も言わずに退散していった。神通は暫くポカンとしたが、その紙を見てハッとした。

 

「え、えっと…せ、川内…さん?」

 

その紙は四つ折りにされており、目のつくところに『内川:巡軽』と提督の字で書かれている。なので神通はその紙を川内の方に持っていった。

 

この騒動を聞きつけ、寮中のメンバーが川内に注目している。何故このタイミングなのか。だが川内本人は心当たりがある。

 

川内は神通から紙を受け取り、周りの注目を浴びながらその紙を開いた。その中には提督の印と共にこう記されていた。

 

『す可許、事るむ求』と。大きく太くハッキリとした字で。

 

「いよっしゃぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

川内は興奮のあまり、机をバンと叩いて思いっきり椅子を引いて立ち上がる。真横にいた神通は思わずビクッとしてしまう。

 

川内は周りの「えぇっ…」という冷めた目線も気にせず、全力でガッツポーズを決めた。そして興奮冷めぬまま周りに説明をした。

 

……同時刻。同様の報せが駆逐艦寮と戦艦空母寮にも届けられた。反応は各々だが、大体が昼夜逆転生活の許可に驚く声だった。

 

もちろん許可の理由も記されている。この鎮守府の防衛は機械に頼りきりであるから、人の目も追加したいと思った…とのことだ。

 

つまり川内には、夜の鎮守府を1人で警備するという割とキツい条件の代わりに、昼夜逆転生活の許可を勝ち取ったのだ。

 

因みに、川内は意思表示として「夜の方が力が出る」と書いたが、本心はもちろん『呪い』の解明を進めるためである。

 

そして…この報せについて1番色々と考えたのは、やはり例の4人のようだ。

 

駆逐艦寮。響は海風を呼び寄せて2人きりになり、意見交換をした。

 

「海風、これどう思う?」

 

「わ、私は…江風が…」

 

江風や那珂の脅威が去るだろう。海風はそう響に告げた。

 

響は少し考えた。というのも…那珂はともかく、江風も実は夜型なのだ。だが響は海風の説を推した。

 

もしここで江風も提督に同じ許可を出したら…自分らに限らず鎮守府中に不信感が広がるだろう。怪しまれるだろう。

 

江風がそんな凡ミスをするとは思えないし、曙がそれを許可するとも思えない。

 

何であれ、江風と那珂が川内と接触するタイミングや回数が減るだろう。響と海風はその考えを共有して安堵しあった。

 

だが…別の寮にいた長門と北上は。別の場所にいながら考えは同じだった。が、響らとは違う意見だ。正確に言えば2人の1歩先を見ていた。

 

(まぁ確かに、これで江風らの脅威が少しはマシにはなるだろうが…)

 

(肝心の瑞鳳ちゃんが…フリーだねぇ)

 

そう、瑞鳳の存在だ。彼女は食堂を経営している以上、後片付けに追われているふりをすれば、川内の活動時刻まで外に居られるだろう。

 

動きが最近活発になりつつある彼女だ。今は体調不良でダウンしているが、復活してから何をしだすか全く想像がつかない。

 

そして何より…長門と北上が1番気になったのは、川内の真意だ。彼女が何も考えずこのような提案をしたとは到底思えなかったのだ。

 

……川内は早速、今日から警備の仕事を始めるらしい。北上は彼女のそんな姿を無言で見つめる。本当に嬉しいのだろうと思いながら。

 

「あ、あれ…?し、下に…何か…」

 

何の予兆もなくそう言ったのは神通。彼女の指は川内の握る紙を指している。

 

川内が改めてその紙をよく見ると、確かに下の方に小さい字で何か書かれていた。そしてそれを那珂が読み上げた。

 

「えっと…『ドアノブの件は後でお説教』だって~。いや何これ!」

 

……ギクッという効果音が鳴った気がした。その場の全員がそれに気づき、バッと川内の方を向いた。それを受けて川内もバッと目を逸らし。

 

「イ、イヤー。ワタシシラナイナー」

 

と片言で話した。当然ながら嘘である。もしかしなくてもあの糊の件だろう。彼女は驚くほど目を泳がし、フーフーと口笛(吹けてない)をした。

 

「……川内…さん」

 

「……川内さーん?」

 

「ちょちょちょーっ!?そ、そんな目で見ないでくださいよー!ちょっと魔が差して…ドアノブを糊まみれにしたぐらいで!」

 

必死に弁明する川内。因みに、後ろにいる重巡の3人も微妙な表情だ。

 

「……クマ」

 

「……はぁ」

 

球磨も大井もシラけている。もう川内が何を言っても無駄だろう。そして周りは、彼女の方を無言で見つめている。

 

なので川内は途轍もない居辛さを(自業自得だが)感じる。そしてまたも右往左往する。そんな彼女が出した結論…及び、彼女が行なった行動は。

 

「い、行って参ります!」

 

逃亡だった。彼女は自慢のスピードを生かし、あっという間に寮から姿を消した。そしてこの件をキッカケに…寮のメンバーは彼女を改めて「トラブルメーカー」に認定したのだった。

 

……その一連の流れを。北上は遠くから眺めていた。彼女もまた失笑していたのだが、川内が寮から出たのを確認すると直ぐに我に帰り。

 

あいつはどうやら困った人のようだ…みたいな会話をしている奴らを横目で流しつつ、北上は1人、部屋に戻っていくのだった。

 

 

 

……そしてこの時。

 

とある場所であんな大変なことが起きるというのは。北上らも含めて誰も予想していなかった。

 

況してや…こんな直ぐに。

 

 

 

続く

 



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第陸話「進展~破滅の垣間見~」前編



今回から遂に話が動きます。
いやーお待たせしました!
因みに、前後編合わせて2万字弱です。




 

 

また新しい日が始まる。強い日差しは相変わらずで天気にメリハリがない。

 

だがそんな中。いつもと違う日常を送ろうとするのが1人、午前の鍛錬中、ずっと考えごとをしていた。

 

(やっぱり…おかしいわ…)

 

改めて紹介しよう。駆逐艦の暁だ。この鎮守府にいる暁型駆逐艦4人の長女である。

 

と言っても今は響があの状態。よって必然的に雷電の2人と一緒に日々を過ごしていた。

 

そんな彼女には、とある悩みが…というかとある疑問があった。

 

何を隠そう、この鎮守府に蔓延る『呪い』について。具体的に言えば、今現在ぴょんぴょんと自分の上を馬跳びしている曙についてだ。

 

……鍛錬の最中、彼女らの間に会話はない。曙が普段からそんなペラペラ話すタイプじゃないのもあるが、雑談する話題がない。

 

因みに、直ぐ隣の雷と電は駄弁っている。さっきも雷の足が電の尻に当たって「い、痛いのです!」と叫んでいた。雷も必死に謝っていた。

 

暁は言うほど曙を気に入っているわけではない。可もなく不可もなくという奴だ。逆もまたそうだろう。

 

だからさっき足を踏まれた時も、ゴメンとかはなく黙って頭を下げるだけだ。

 

だからこそ暁は、曙のことをこんな冷静に近くで眺めることが出来た。だからこそ暁は、この現状を疑問視出来たのだ。

 

(確かにこの『呪い』を最初に言い出したのは曙よ。でも…どうして?何のために…?)

 

暁は最近そればかり考えている。きっかけは最近の曙の動向だ。

 

彼女はある日を境に突然、曙が自分達…特に雷と電の2人と接触をするようになったのである。

 

彼女はずっと江風と仲が良かったはずだ。だが最近は江風を無視して自分らといる。

 

だが駆逐艦寮での彼女らを見ていると、仲違いをしたとかそいうわけでもなさそうだ。

 

……暁はそう考えていた。あまり積極的に新しい友達を作ろうとしない彼女は、曙のその動向に違和感しかなかった。

 

そういう風に暁は、ふつふつと曙への不信感を募らせていたのだった。

 

「ね、ねぇ…暁」

 

「え、あ、な、何かしら!?」

 

「……暁ちゃん。最近何か様子が変なのです。私達は少し心配なのです」

 

「な、え、そ、そんなこと無いわ!」

 

必死に否定する暁。雷も電もそれを聞いて「ならいいです」みたいな返事をする。

 

……何を隠そう。暁が最も懸念しているのが、この2人のことである。

 

あの『呪い』の件は状況が状況だったし、割と理屈も信憑性もあったから仕方ないが、もし曙が別の余計なことを吹き込もうとするのなら…。

 

長女として。彼女ら2人の姉として。何より…淑女として。許すわけにはいかない。

 

(私もそろそろ…動かないと)

 

そう決意する暁。この『呪い』に関係あるかは分からないが、川内が行動を起こしたのを昨晩知ったのが、決意の直接的な要因だろう。

 

……鍛錬が終わると暁は直ぐに寮に帰宅する。今日は雷電と海辺に遊びに行く約束があったが、それも断っている。

 

昨晩のカレーが残っているのを知っていた。暁はそれとライスを自分で盛り付け、広間に持っていくこともせず、キッチンのテーブルで平らげた。

 

食事中、誰かに会うことはなかった。それは皿を洗っている時もだ。

 

「さて…腹ごしらえは済んだわ」

 

皿のついでに顔も洗う。水が冷たくて気持ちが良い。シャキッとする。気合いも入る。

 

飲み水を一杯口にした後で伸びをする。そして暁はキッチンを後にし、そのまま寮も後にする。

 

昼過ぎというのもあり、鍛錬の時よりも日差しが厳しい。夏の風物詩である蝉の輪唱を耳にしながら、暁は鎮守府のある場所に向かった。

 

……この鎮守府には至る所に倉庫があるのだが、どこも中が物凄く蒸し暑くなっている。

 

ここは海沿い特有の強い風を受けずに済むので、冬場は割と重宝するのだが、夏場は日差しが直で当たらなくなる代わりにその熱がこもって蒸し暑い。

 

だがそれが良い…というのもいる。このサウナのような状況で自主鍛錬をすると、炎天下を走るより体をいじめられる…という考えらしい。

 

暁には到底理解出来なかったが、赤城さんとかはたまにやっていると聞いたことがある。

 

そして…江風もその内の1人なのだ。それを知っている暁は1人、江風の行きつけの倉庫に着いていた。

 

どうやら今日も此処で自主鍛錬に励んでいるようだ。ドアが開いているし、中から彼女の声が聞こえる。

 

……サウナにしたいのなら扉を閉じるのでは?そう思った者も多いだろう。だから此処で1回補足を入れておく。

 

この鎮守府の倉庫のドアは全て、途轍もなく重い。もちろんそれを開閉する仕掛けが部屋の内外にあるのだが、実はそれは手動の滑車なのだ。

 

その上、こんな所に変に労力を使いたくない!という彼女らの不摂生により、最近はどこもかしこもこの滑車が錆びかけているのだ。

 

そんな状況だ。だから誰も好き好んであの滑車に触ろうとしない。もちろん倉庫に閉じこもるなんてのもない。江風のような物好きでない限り。

 

……暁は音を立てないようにそっと倉庫に侵入する。そして江風に近づくごとにガシャンガシャンと音がしているのが聞こえてきた。

 

暁は倉庫内の備品の山に身を隠し、隙間から江風の様子を覗く。と言っても目的は彼女ではなく、そのうち此処にやってくるだろう曙と彼女が接触する所を目撃することだ。

 

曙と江風が2人きりじゃないと出来ない話。暁はそれを盗み聞きしに来たのだ。

 

(しかし…江風さん凄いわ…)

 

彼女の口からどういう自主鍛錬をしているかの話は聞いていた。だが実際に見るとやはり迫力が全く違う。

 

具体的に言うと。ドラム缶2個の側面に穴を開けてその間に鉄パイプを通し、そこに有りっ丈の石などを入れてダンベルにしているのだ。

 

2つ合わせてザッと50kgぐらいだろう…と聞くと少し凄さが薄れてしまうか。だが見ている分の迫力は十分だ。

 

因みに彼女はもう1個、石入りドラム缶を用意しており。それは彼女自身の足の上に横倒しにされていた。

 

だから…暁のいる位置だとあまり江風の顔が見えない。だが鉄パイプが上がっているのを見ると、彼女が鍛錬の真っ最中なのは分かる。

 

暁は無言で江風の様子を見つめる。江風は「装備に頼らない体作り」に重点を置いているらしく、入渠場ですれ違った時に彼女のお腹が少しくびれているのも暁は目撃していた。

 

……暫くして。江風はその自家製ダンベルを横に退かし、足の上のドラム缶も退かした。暁は自分の帽子を手で持ち、改めて体を隠す。

 

「よっし!取り敢えずはこンなもンだろ!いやぁ良い汗かいたわ…あははっ!」

 

彼女は地面に置いていた手拭いを手に取り、それで豪快に汗を拭く。前から思ってはいたが、改めてこう彼女を見ていると実に男勝りだ。

 

汗を拭いた後。江風は満足そうに伸びをしつつ、足に乗せていたドラム缶を立て、そこに腰かけた。ドラム缶はビクともしなかった。

 

その際、彼女の顔が暁の方に向いたのだろう。声の聞こえぐらいから考えて間違いない。

 

暁はドキドキしていた。胸の高まりが止まらなかった。こんなことをしたのは生まれて初めてだったから。そして遂に…彼女の望んでいたことが。

 

「ったく…相変わらずね江風」

 

「おっ、やっほーボノちゃン!」

 

「……ボノちゃんって呼ぶな」

 

曙が倉庫に訪れたのである。暁は彼女らがどういう状況か全く確認出来ないのだが、会話から察するに…曙が水を江風に差し入れたのだろう。

 

無意識に内股になる暁。口を手に当てて息を殺し、耳に全神経を集中する。

 

「しっかしまぁ…相変わらずデカいドラム缶ね。よくやるわよ」

 

「あははっ、こう見えて割と軽いンだなこれが!あ、ボノちゃンも1個持ってみる?」

 

「……遠慮しておくわ」

 

キシシと笑う江風。それを見て曙はまた溜息をつき、江風と背中合わせになる形で、彼女もまたドラム缶に腰かけた。

 

暁はそれを見ているわけではないが、2人の会話と倉庫に響く音で大体の想像が出来ていた。

 

(へぇ、私が思っている以上に、あの2人って仲が良いのね。知らなかったわ)

 

緊張からか、少し身体が震える。暁は声を出さないようにゆっくりと肩で息をする。

 

「あ、そうだ。朝からボノちゃンに聞きたいことがあったンだけど」

 

「……何?あとボノちゃんって呼ぶな」

 

地面に足がつく音がする。江風がドラム缶から降りたのだろう。ドラム缶をカンカン叩く音がする。曙が足をブラブラさせ、かかとを当てているのだろう。

 

江風は曙が腰掛けるドラム缶を軽くバンと叩き、曙の方を見つめた。曙は「えっ、どうした?」という風に江風を眺める。

 

……息を軽く吸って吐く江風。当然ながらその音は本人以外には聞こえないはずなのだが、何故か暁の耳には届いていた。

 

「ボノちゃンを疑ってるわけじゃないんだけどさ。結局のところ、目的は何なの?」

 

「……はぁ?」

 

「最近…いや、川内さンが来てからか。何かボノちゃンさ、色々と積極的になった気がすンだよ」

 

これを聞いて、曙は息を飲んだ。何かの本質を見抜かれたような気がしたのだ。

 

そして、息を飲んだのは暁もだった。今日は非常にラッキーだ。目的の話が真っ先に聞けるっぽいのだから。

 

暁は音を立てないように振り返る。流石に横から顔を出せば見つかるだろうから、それはせずに聞き耳だけたてる。

 

「……そうね。それは否定しないわ」

 

曙ははぁと息を吐き、江風に背中を向けたまま話し始める。と言ってもそんな…暁にとってめぼしい情報はないと言えよう。

 

曙が積極性を発揮し始めていたのは暁も気づいていたし、その理由も「川内をこちら側に引き込みたい」とか「江風に任せっきりで申し訳ない」とか予想の範囲内ばかりだったから。

 

江風もそれを聞いてしばらくは黙り込んでいた…のだが、曙がよいしょとドラム缶から降りた時。不意に彼女はこう言った。

 

「そういやボノちゃン。この『呪い』を拡めたきっかけって何か…いつか教えてくれるって言ってたよな?」

 

……ピシッと空気にヒビが入る音がした気がした。だが曙は動揺せず、またも大きいため息をつき、バッと江風の方を向く。

 

「今はまだ…ダメよ」

 

「……ちぇっ。じゃ、じゃあ…ちょっと!詳しくなくて良いからさ!ちょっとだけ…ヒントだけでも…な?頼むよボノちゃーン!」

 

「ちょっ…どこ触ってんのよ!あとボノちゃンって呼ぶなって言ってるでしょ!?」

 

……会話から察するに、江風が駄々をこねているのだろう。そう言えば江風はよく曙にボディタッチをしているイメージがある。

 

「あぁもう!分かったわよ!」

 

曙は足で無理に江風を引き剥がして、自分のスカートを両手で抑えた。

 

そして江風が「いてて…」とか言いながら立ち上がってくるのを顔を少し赤らめて横目で見る。

 

「……ヒントだけよ?」

 

「お、おぉ!」

 

目を輝かせる江風。そこから少し離れた所にいる暁も吊られたように目を輝かせる。

 

そこからは少しの間があった。恐らく曙が言葉を選んでいたのだろう。

 

そして。

 

「……みんなを1つに…したいのよ」

 

とだけ、曙は口にした。当然ながらこの言葉はあまりにも抽象的であるから、江風も暁も頭を抱えて真意を理解しようとする。

 

そして…これまた偶然なのだが、暁も江風も、同じ結論を同じタイミングで思いついたのだった。

 

「……なるほどー。全員をまとめ上げてその頂点に君臨してやるってことだな!」

 

「違っ…別にそういうつもりは」

 

「少なくともー、今よりは良い立場になってやるってことっしょ!?いやーやっぱボノたンは流石だわ!」

 

「……それは否定しないけど。ってかボノたんって呼び方もやめなさい」

 

そうか、曙はそんなことを考えていたのか。暁は妙に納得して色んなことを考える。

 

確かにこの鎮守府には色とりどりの艦娘がいる。そしてこの鎮守府のお仕事はチームワークが必要なのが殆ど。

 

彼女も彼女なりに鎮守府のことを考えていたのか。それは確かに喜ぶところだろう。しかしそれは、江風も言った通り建前に過ぎない。

 

……自分や曙、江風もそうだが。確かに自分たち駆逐艦の地位は低い。まぁ戦艦のように力は無いし、空母や巡洋艦のような能力もないから仕方ないと言えば仕方ないのだが…。

 

とはいえ…だ。曙はあんな一部を迫害してまで、あの人達の上に立ちたいと思っている…という旨をたった今口にした。

 

……飽くなき向上心。それは良いものに違いないのだが、この場合には必要なのだろうか。

 

特に…鍛錬を重ねて戦艦顔負けの実力をつけるとかではなく、こんな風に他人の心を弄んで地位を手に入れようとしている。

 

(冷静に考えたら…ほら…あの『呪い』ってあれじゃない。えっと…バナーナ効果だっけ?あれじゃないわけ?)

 

正しくはバーナム効果だが…いやバーナム効果と言えるかも微妙だが…そんなことなど気にしない暁は、考え事をしつつ2人の会話に耳を傾け続けた。

 

だがその後は特筆すべき内容は出なかった。強いて言うなら、江風が改めて曙に忠誠を誓ったことぐらいだ。

 

 

 

真っ暗な倉庫の中。暁は1人、例のドラム缶に腰掛けていた。

 

江風が入り口を閉めていったおかげか、その隙間から割と強い風が部屋に入り込んできて、そこそこ気持ちが良い。

 

「とにかく…良かったわね」

 

何であれ、勇気を出して忍び込んだ甲斐はあったと言える。的確に的を射る発見は無かったものの、近い情報は幾つか手に入った。

 

暁が出した結論はこうだ。

 

曙は元からあの向上心という名の支配欲があり、何かしらの契機を求めていた。

 

そんな時にあの事件が起こり。彼女はこれを利用する事を思い付いた。

 

だが駆逐艦1人で出来ることは限られている。だから江風に協力を要請した。

 

そして川内がやってきたことにより…彼女の動きが読めなくなってきたことにより…慌てて江風以外の味方を増やそうとしている。

 

「ま、そんなところよね」

 

……暁は思った。曙はこんな事をやり遂げようとする気持ちがあり、彼女の様子を見る限り、計画がここまで上手くいっているのだろう。

 

そして、何かしらの不都合を予測して機転を利かし、方向を転換していくあの判断力。並大抵では会得は無理だ。

 

もし彼女がトップに立ったとしても、そこまで問題が起きるとは思えない。

 

要するに、自分には関係ないという結論。曙が何しようが勝手だという結論だ。

 

「私の妹に手さえ出さなければ…ね」

 

そう、そもそも暁が最も懸念しているのは妹達のことだ。響はもう引き返せないレベルで巻き込まれてしまったが、雷と電はまだそこまでじゃない。

 

そして最近の曙の動向を見る限り、彼女が次に味方に引き込もうとしているのは。

 

「……急いだ方が良いわね」

 

もう記す必要もないだろう。何であれ、暁は顔に焦燥を浮かべて軽く貧乏ゆすりをする。

 

もちろん今すぐにでも倉庫から出たいが、まだあの2人が近くにいるかもしれない。入り口のドアを開ける時に大きい音がする以上、油断は禁物だ。

 

~~~

 

相変わらず太陽が眩しい。頂点は過ぎているはずだが、沈む気配もない。

 

そしてその輝かしい光が海に反射することにより、光はもちろん波も光輝いて見える。

 

「すっごく楽しかったわね電!」

 

「楽しかったのです!」

 

そんな海を背にして雷と電は歩いていた。昼食を食べてからずっと水遊びをしていたから、2人とも顔に疲れが出ている。

 

だが非常に満足げだ。2人は仲良く手を繋ぎながら歩き、体についた砂を落とすために入渠場へ向かっていた。

 

「あっ!私達の晩御飯担当っていつだっけ!?今日じゃ…」

 

「はわわっ!だ、大丈夫なのです!私達の担当は明日なのです!」

 

「あ、そ、そうよね!」

 

何て会話をしつつ、2人は入渠場に足を踏み入れて…此処で少し想定外の事態。

 

いつもなら此処に予め、体を拭くようの大きい布を海に行く前に置いていくのだが…今日は2人揃ってそれを忘れていたらしい。

 

このままではびしょ濡れで鎮守府内を歩き回る事になる。別に真夏だからそれも良い気はするが、何故か2人はそれが無性に嫌だった。

 

「しょうがないわねぇ。ねぇ電」

 

「い、嫌なのです!雷ちゃんが2人分取ってくるのです!」

 

……2人揃って行ったら良いじゃないか。などと突っ込む人も周りには存在しない。

 

2人は暫くどちらが取りに行くのかという議論を進めたが、そんな不毛な争いに決着がつくはずもなく、結局じゃんけんで決めることに。

 

「……恨みっこ無しよ?」

 

「こ、こっちの台詞なのです」

 

2人揃って1歩後ろに下がって右手を引く。こんな些細な動作もタイミングが合う辺り、本当に息がぴったりのようで。

 

笑えるほどあいこが続いた。雷も電も、正直言ってこんな所まで息を合わせたくはないと思い、2人同時にため息をつく。

 

15回あいこが続いた辺りで2人は1度、じゃんけんを中断した。

 

「ふ、ふふっ!やるわね電!」

 

まだ戦意を見せる雷。その口ぶりは余裕で、顔には勝ちにこだわる勝負師の表情そのものが浮かんでいた。

 

その時だ。不意に入渠場に誰かが入ってきた。彼女らはその気配を感じてバッとその方向を見る。そこには自分達が見慣れている少女が立っていた。

 

「あっ…あ…や、やっと…」

 

その少女…暁は2人の姿を見つけ、安堵したかのように駆け寄った。肝心のその2人は、何が何だか分からずポカンとしているようだが。

 

「ど、どうしたのです?」

 

と電が言うが早いか、暁は口早に「2人を探していた」という旨を伝え、2人の手を取っていた。顔には軽く焦燥も浮かんでいた。

 

この時、雷は閃いた。そうだ、暁にタオル類を取ってきてもらおうと。その旨を電に伝えようと横を向いて…。

 

電も同じことを思いついていたようだった。なので雷は暁の手から1歩下がり。

 

「ねぇ暁。お願いがあるんだけど」

 

「え、な、何かしら?」

 

暁にさっきあったことを伝えた。そしてそれを聞いた暁は、やれやれといった様子を見せ、少し考え込む様子を見せた。どうしよっかなぁというちょっと意地悪っぽい顔で。

 

……雷と電は空かさず暁の両腕に抱きつく。そして猫撫で声を出して暁に甘える。ここぞとばかりに妹ぶって。暁をレディとおだてて。

 

「ちょ、ちょっと!その砂だらけの体で…や、やめ…やめなさい!」

 

ブンと腕を振り払う暁。そしてなんか…文句ありげな雷と電を見ながら「まったくもー」という感じで腕の砂を払う。

 

この時、暁は思いついた。正確に言えば思い出した。2人を探していた目的を。

 

そう、よく考えればこれはチャンスなのだ。だったら生かさない意味はないだろう。

 

「……分かったわ。私がタオルとか持ってきてあげるから、そのかわり…」

 

大事な話がある。凄く真面目な話がある。それを聞いてほしい。暁はそう告げた。

 

……雷と電は1度お互いを見合わせた。というのも、珍しくあの暁が割と怖い顔をしたのだ。

 

とはいえ、タオルを持ってきてくれるのであれば、申し出を断る意味がない。だから2人は暁の提案を飲むのだった。

 

 

 

寮の中をうろつく途中、暁は曙と江風を見かけた。彼女らは2人で雑談に勤しんでいるようだった。そんな2人を暁は、軽く睨んでその場を後にする。

 

今は入渠場に帰ってきていた。2人の姿は見当たらないが、楽しそうな声は聞こえてくるから、2人が何処にいるかは分かる。

 

暁は風呂場のドアを開けて中を覗き、2人に「持ってきたわ」とだけ告げて直ぐに退室した。

 

……恐らく2人はこの脱衣所で少し暴れたのだろう。脱衣所の床は砂だらけになっており、正直言って不快感極まりない。

 

「はぁ…ほんっとあの2人は…」

 

暁はため息をつき、近くにある掃除用ロッカーから竹箒とちりとりを取り出し、脱衣所の掃き掃除を始める。

 

立つ鳥跡を濁さず。一人前のレディを目指す暁にとってこれは造作もないことだ。

 

~~~

 

どうやら雷と電は、風呂の中でもふざけあっていたらしい。2人が満足げに風呂場から出てきた時には、もう暁は掃除を完璧に終わらせていた。

 

「暁、着替えありがとうね!」

 

「ありがとうなのです!」

 

2人は実に楽しげだ。それを見て暁は顔をニッコリさせて機嫌をよくする。

 

その後、椅子に座った雷の髪を電が拭き始めると、暁がその電の髪を拭き始めたり。2人が水着から着替えるのを手伝ったりする。

 

そして2人が完全に着替えを終えた頃には、時計はヒトハチマルマルを指していた。今日の晩ご飯の担当は暁と江風の筈だから、今はもう少しのんびりしても大丈夫だろう。

 

「あ、そう言えばさ、何か話があるって言ってたわね?」

 

「そ、そうなのです。暁ちゃんからお話って何なのです?」

 

そして…この2人が先にこう切り出してくれたおかげで、割と話しやすい空気にもなった。暁はホッと胸を撫で下ろし、口を開いた。

 

「あのね…実は…の、『呪い』のことで2人に言わなきゃいけないことが…」

 

 

 

そう彼女が口にした瞬間。

 

暁が思わず口を閉じてしまうほど。

 

風呂上がりが2人いて室温が高いはずのこの部屋で、一瞬で背筋が凍るほど。

 

空気がピシッと張り詰めた。

 

それは真面目モードに入ったとか、話を聞く体勢を整えたとか、そんな話じゃない。

 

明らかに2人の…得体の知れない何かがガラッと変わったのだ。

 

それこそ…恐怖を感じるほど。

 

 

 

「それが…どうかしたの?」

 

だがこんな程度で怯えるわけにはいかない。何故なら此処で手間取っていたら、2人がどんな目に遭うか分からないから。

 

そう、これは2人を助けるため。曙の毒牙から護るため。雷と電の1人の友として、姉として、2人を正しい方向に導くという、自分が果たすべき当然の義務だ。

 

暁はそう自分に言い聞かせ、静かに…それでいて深く息を吐いた。怖くないと言えば嘘になるが、躊躇うわけにもいかない。

 

「うん…あのね2人とも。その…落ち着いて聞いてほしいんだけど」

 

……1つ1つ丁寧に説明した。自分が2人の誘いを断った理由から、あの倉庫に潜入したこと、その中で聞いたこと、2人を姉として守りたいという旨まで、全部。1つ残らず。

 

途中、何回か感極まって涙をこぼしそうになるも、それをグッと抑え、暁は最後まで成し遂げた。

 

暁が熱弁する間、雷も電も言葉を全く口にしなかった。暁が最初に言いつけた通り、2人は落ち着いて話を聞いていた。

 

そして…暁が成し遂げた後。暫くの沈黙が入渠場を包んだ。暁は2人がどう思ってるのかを確認するのが急に怖くなったのか、じっと俯いている。

 

「……暁」

 

「……暁ちゃん」

 

そんな中、雷と電が暁の名を呼んだのは同時だった。暁は名前を呼ばれてドキッとして、ゆっくりと顔をあげた。

 

……正直に言って、暁は確信していた。2人はきっと自分の言うことに耳を傾けてくれるだろうと。今回もちゃんと聞いてくれるだろうと。

 

だからこそ…。次に2人が放った言葉には、ただただ絶望するしかなかった。

 

「「何言ってるの(です)?」」

 

「……えっ?」

 

「あの曙がそんなことを言うわけ無いじゃない。ねぇ電」

 

「そ、そうなのです!」

 

「……えっ?」

 

思わず2回聞き返す暁。いやそんなまさか…と嫌な予感を感じつつ、彼女は2人の顔を見る。

 

……2人の顔はどす黒かった。正確に言えば、彼女らの瞳がどす黒かった。

 

思わず1歩下がってしまう。だが暁は強かった。彼女は直ぐに立て直し、2人に再び駆け寄る。そして彼女らの説得を続けた。

 

しかし…暁が説得を続ければ続けるほど、2人の顔は沈んでいった。それは明らかに「逆効果」を意味していた。

 

ついには、自らの言葉を遮って反論をされてしまう。

 

「ねぇ暁。あんた何様のつもり?」

 

「え、わ、私はただ…」

 

「ホント何なの?突然曙のことを悪く言い始めてさ。突然姉さんぶるし…」

 

「そ、それは…あ、あなた達のことが心配で…」

 

流石の暁の顔にも焦燥が浮かび始める。だが必死になるあまり、自分が今とても醜いものとして見られていることに、彼女は気付いていなかった。

 

……雷の瞳にもう光は無い。

 

「あんたさ、自分が何やろうとしてるか気付いてるの?自分が姉なのを良いことに、妹の交友関係を制限しようとしてるのよ?」

 

「ち、違っ…!そんなつもりは…」

 

「……ホント最低よあんた」

 

雷はそう吐き捨てた。流石の暁も、これを正面から諸に喰らってもなお攻撃を続けるほどの強さは無かった。

 

その後、雷は「行きましょ」とだけ電に告げて入渠場を去って行った。この一連の流れの中で電は、雷を助長することも囃し立てることもせず黙っていた。

 

「待って…待ってよ…」

 

床に座りこんでいた暁だったが、何とかして電だけでも引き止めようとする。だが…電が雷を止めなかったことからも、電の意思は明らかだった。

 

「暁ちゃん…見損なったのです」

 

電は最後にそのセリフだけ吐き捨てて、涙を流していた暁を尻目にかけ、雷の後を追うように彼女もまた入渠場を後にしたのだった。

 

 

 

続く

 



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第陸話「進展~破滅の垣間見~」後編


こっちは後編ですよ。
前編から見てくださいね?




 

 

駆逐艦寮の晩御飯は今日もカレーだった。曙が1品足すつもりだったらしいが、面倒くさいと駄々をこねる江風の相手をしていたら時間が間に合わなくなったらしい。

 

「よっと、はいこれ」

 

「はわわっ、江風さん上手なのです!」

 

「……ふざけないで真面目にやりなさい」

 

カレーの配膳でカッコつける江風。それを見て目を輝かせる雷と電を、溜息をつきながら眺める曙。

 

そんな曙は気付いていた。明らかに暁の様子が変だと。だが彼女は暁を心配するどころか、少しニヤッとした表情を作った…。

 

ことに暁も気付いた。此処で曙が確信犯なのを確信した暁は、明らかな敵対心と憎悪で曙を見つめたが、曙はそれをやり過ごした。

 

……この一連の流れ。当然ながらあの2人が何も疑問に思わないはずがなかった。

 

「……明らかにおかしい」

 

「だね。流石の私も今回は分かったよ響ちゃん」

 

そう、寮の隅の机に追いやられていた響と海風である。特に響から暁の動向に聞かされていた海風は、普段はほぼ見られない彼女の表情を見て、今回は流石に疑問視をするしかなかった。

 

そんな中、海風は少し期待視をしていた。暁と曙の敵対を確実にしたら、暁をこちら側に引き込めると考えたのだ。

 

もちろん海風はその旨を響に伝えた。その一方で響は浮かない顔をしていた。海風の意見にも好意は示さなかった。

 

だが…その理由も示さなかった。その後は響も海風もこの話題については横に退けて、自分らのカレーを盛り付けに向かった。

 

その際、暁が2人の方をチラッと見ていたのに、響も海風も全く気付いていなかった。

 

 

 

食後。暁は入渠場に向かっていた。本当は曙に文句の1つでも入れたかったのだが、それは叶わなかったためだ。

 

あの後、1人考えこんだ暁は、響との接触を図ろうと思いついたのだ。彼女の頭は曙への憎悪であふれていた。

 

(絶対に…絶対に…許さないわ…曙…)

 

彼女は1人でそう思いながら、時には少し口から零しながら、入渠場に足を踏み入れた。中には重巡洋艦や戦艦がチラホラいたが、響やその仲間の姿は無かった。

 

そして…暁が入浴する一連の流れにおいても、当たり前と言えばそうなのだが、響らが姿を見せることはなかった。

 

その後は一旦寮に帰り、お風呂セットを部屋に置いた後で、間髪入れずにもう1度外出した。外はもう真っ暗だった。

 

(響…取り敢えず響に会わなきゃ…)

 

暁は曙への復讐心を胸にしまい、頭を響のことでいっぱいにして、鎮守府内を走り始めた。

 

……それと同時刻。暁がお風呂に入っているあたりの時間帯。

 

「ふぁぁ~っ、よく寝たよ~」

 

巡洋艦寮。川内が目を覚ましていた。やはりこの昼夜逆転が身に染み付いているのか、この鎮守府に来て1番の良い目覚めだった。

 

川内は布団から起き上がり、軽く伸びをして勢いよく立ち上がった。そして窓の外を眺めてニンマリする。

 

「夜っ!夜だよ、夜!夜はいいよね。夜は!さ!!うふふっ。いいよね、夜は!」

 

……もしかしたら、この鎮守府に来て初めて夜を良いものと思った気がする。

 

彼女は改めて夜の素晴らしさを肌で感じながら、満足げに部屋を後にし、キッチンに向かった。もちろん空腹を満たすためである。

 

が、キッチンに食べ物は無かった。そこにいたのは神通と那珂と使用済みの食器だけだった。もしかしなくても晩御飯はもう終わったのだろう。

 

「ガーーーーーン!!!」

 

「あっ、川内さん!おはよっ!」

 

川内の絶望に沈む顔など気にせず、いつも通り気さくに挨拶する那珂。

 

一方で神通は、川内の叫びと表情と視線で、彼女の考えていることを理解したのか、彼女は川内を呼び、1つの寸胴鍋を指差した。

 

「あ、あの…カ、カレー…余って…ますけど…あ、温め…」

 

カレー。その単語を聞いた瞬間に川内の目に光が入った。彼女は膝から崩れ落ちていたのだが、顔を1度上げた後で直ぐに神通に土下座する。

 

「_|\○_オネガイシヤァァァァァス!!」

 

「わ、分かりました…」

 

川内の反応に多少引きつつも、カレーを温め始める神通。那珂も苦笑いをした後、洗い立ての皿とスプーンを1セット取り出して川内に渡す。

 

「いやぁ…助かるよ。やっぱりお仕事前には腹ごしらえしないとね~」

 

ルンルン気分の川内。それにつられたのか2人も上機嫌な様子を見せた。

 

~~~

 

カレーを食べた後、川内は外に出ていた。神通に無理言って作らせといて、皿洗いもあの2人に任せてきていた。

 

外はもう真っ暗だ。食堂で響達の話を盗み聞いた時は熱帯夜そのものだったが、今日は普通に涼しい夜で割と快適だ。

 

「さーて…今日は何処から見廻りしよっかな!」

 

なんて言いながら、鎮守府内をうろつく…つもりだったのだが、これからもお世話になるだろう工廠に彼女の足は自然と向いていた。

 

だが目的がないわけではない。川内にはある計画があるから。

 

そして…工廠に着いた時。いやその寸前で、川内は自分の計画が上手くいくことを確信した。

 

実は工廠の隣にも倉庫があり、その中に提督が入っていくのを目撃したのだ。恐らく彼はこんな夜遅くでも作業をしているのだろう。

 

川内は小声で応援を贈った後、忍び込む為に提督邸に直行した。

 

 

 

「ちぇーっ!鍵かかってんじゃん!」

 

入り口の扉は施錠されていた。どうやら夜間に提督不在の時は施錠されるらしい。

 

川内は1歩下がって窓をチェックする。窓は1階の窓1つを除いて全て閉められていた。

 

川内はニヤリとし、その窓から侵入してやろうと試みた…までは良かった。

 

中に人の気配を感じたのだ。川内は壁に張り付き、そーっと中を覗く。そこには布団に横になる瑞鳳と、その看病をする空母2人がいた。

 

(あーそうだったね~。すっかり忘れてたよ)

 

瑞鳳の体調不良であんなに提督邸が賑わったじゃないか。それをすっかり忘れていたのか。

 

自分で自分に呆れつつ、川内は瑞鳳の様子を気にする。月明かりでははっきりと分からないが、顔色は大分良さそうだ。

 

それを確認した時。ふと瑞鳳から聞いた言葉を思い出す。

 

『あいつらみんな沈めばいいのに』

 

……チクッと胸が痛んだ気がする。だが川内はそれを直ぐに忘れ…考えないようにする。

 

何であれ、流石にこの状況で潜入するのは無理だ。川内は潜入を諦め、提督邸内部の確認は外から窓を通して行うことにした。

 

そんなわけで。川内は得意のジャンプ力も駆使して1階から2階まで全ての窓の中を覗いた。だがそんな目を惹くような発見は無かった。

 

取り敢えず…瑞鳳らが居た部屋と、それと同じ内装の部屋は全て客間と断定して良いだろう。

 

「ってことは…この提督邸の殆どが客間ってことだね~」

 

正確に言えば、客間以外の構造がほぼない。提督邸にある窓から見える光景は、殆どが廊下か客間だったのだ。

 

だが…それが分かっただけでも良かったと言える。客間が多いということは、現状のように何か特殊な事情が無い限り、潜入時に誰かと鉢合わせる可能性が低いということだから。

 

(あれ…?ちょっと待って…?)

 

そう、川内はついこの間、この提督邸で鉢合わせている。戦艦の長門と。

 

確かに…あれはこんな真夜中の話ではなかった。とはいえ先程確認した通り、余程のことがない限りは此処に用事なんて出来ないはず。

 

(……気になるね~。これは調査を張り切って進めた方が良いかな!)

 

川内はそう思い、軽く鼻唄混じりでスキップをしつつ、提督邸から離れていった。

 

~~~

 

他の仲間らがもう眠りについたころ。海沿いのコンテナ置き場に暁はいた。

 

あれから響をずっと探し回っていた。そしてたった今、その願いが叶ったのだ。

 

響は海辺から月を眺めていた。あの足の動きを見る限り、不意に背中を押されても海に落ちないよう細工しているようだ。

 

……ふと思い出す。そう言えば響は昔からこういうのが好きだったと。

 

彼女は騒がしい宴会とかよりも、こういう物静かな風景の方が好みだった。

 

暁ははーっと長く息を吐き、少し速くなる自分の鼓動と向き合いながら、1歩ずつそっと響に近づいていった。

 

とは言っても人の気配までは消せないし、静寂な夜なので、微かな足音もよく響いてしまう。

 

「……тихое」

 

不意に響はそう呟いた。思わず暁は足を止めてしまう。響は昔からよくロシア語を口にする癖があったが、改めてそれを確認出来て、ホッと胸を撫で下ろす。

 

一方の響だが、実は昼間の件を北上と長門にも相談しており、2人から「そのうち響に接触してくるだろう」とのお告げを貰っていた。

 

よって暁が自分に会いに来ることは、響にとっては驚くことではない。海風から「こちら側に引き込めるかも」とも言われていたし。

 

「こんな静かな夜に、何の用だい?」

 

暁はその言葉が自分に向けられたものだと理解する。てっきり自分を見た瞬間逃げ出すものと思っていたのだが、嬉しい誤算だ。

 

響は立ち上がり、暁の方を振り向いた。暁は久し振りに響の顔を間近で見て、自分のより透明感のある彼女の瞳に引き込まれそうになる。

 

「あ、そ、その…えっと…」

 

「何もないなら帰ってくれないか」

 

久し振りの会話だ。暁はかなり緊張していた。だがそれをピシャリと響が切ろうとする。だがやはり暁は強かった。

 

「い、いや!今日はあなたを…」

 

助けに来た。救いの手を差し伸べに来た。暁はそう言おうとして…。雷と電のあの顔をふと思い出した。

 

そうだ、さっきの自分は上から目線だったから、あの2人にあんなに嫌がられたんじゃないか。そう自分に言い聞かせ、暁は言い直した。

 

「……響にお願いがあるのよ」

 

その後、暁はあったことを伝えた。雷と電の時と違うのは口調。とにかく彼女は自分を曲げることに徹した。

 

響もそれに気付いているようで、暁の必死の態度を否定することはしなかった。だが彼女の言葉を聞くたびに響の顔は曇っていく。

 

実は響には、ある思いがあった。暁を仲間に引き込もうとする海風に、口が裂けても言えないある思いが。彼女の心の中にあった。

 

そして…どうやら暁は、そのことに気付いていないらしい。彼女の話を聞く限り…思いを聞く限り、そうとしか考えられない。

 

一方で暁は必死だった。彼女は何としても響の説得を成功させたかった。

 

もちろんその事を響にも伝えた。自分は響の味方になりたいときっちり。曙への復讐を果たしたいという理由もしっかり添えて。

 

だが…彼女の思いは伝わらない。そんな、響が心にモヤモヤを溜め込んでいき、暁が必死に無意味な説得を続ける状況が暫く続く。

 

「だから…ね、い、今までのことは、全面的に私が悪かったから…だから響、お願い。私と仲直りして…く、くれないかしら?」

 

そしてその状況は、暁のこの一言で幕を閉じるのだった。暁はここで1度口を閉じ、黙って手を響の方に差し出した。友好の握手を求めているのだろう。

 

……響は少し考え込んだ。確かにこの手を取れば、自分に新たな仲間が増える。しかも自分の身内で、自分達以上に曙を恨んでいる。

 

そして…彼女の話が本当なら、このままなら雷と電が危ない。もし北上や長門なら、その情報を受けてこの手を取るだろう。

 

だが響は迷っていた。暁の訴えを聞いてる間もずっと迷っていた。その理由も分からずずっと迷っていた。

 

そして…この時に初めて、その理由をようやく見出していた。実はそれは至ってシンプルな理由だった。

 

響はそのことに気がつき。改めて自分の前に飄々と現れた暁を目にした。

 

……響の堪忍袋の尾がブチっと切れる音が、波に跳ね返って拡がった気がした。

 

「ひ、ひび…き…?」

 

響は無意識に拳を握りしめていた。暁も流石にこの響の異変には気付く。だが握手を求める手は引っ込めない。

 

そして響は暁に近づき、彼女が差し伸べていたその手を…思いっきり引っ叩いた。

 

暁もこれには驚きが隠せないようで。直ぐに引っ叩いた方の手を軽く振って息を吹きかける。だが「ちょっと何するのよ!」とは口にしなかった。

 

響は確実に怒っていたから。長い付き合いである暁でも始めて見るほど響は怒っている様子を見せていた。

 

「な、なんで…?」

 

どうして自分の手が引っ叩れたのか理解出来ずに呆然とする暁は、叩かれて痛かったとかいうよりも、手を跳ね退けられたという絶望感の方が強いようだ。

 

一方で響は、まるで威嚇する猫のように呼吸をしながら、暁にこれでもかと近づいた。今直ぐにでも掴みかかって殴ろうとする気迫だ。

 

「……ふさげないでくれるかな」

 

響は今直ぐにでも殴りたいという衝動を抑え、冷静に言葉を絞り出す。だが彼女の気持ちとは裏腹に、声には怒りしかこもっていなかった。

 

「ふ、ふざけてなんかないわ!私はいつだって生真面目よ!」

 

「生真面目?自分の妹が遭っている『呪い』に見て見ぬ振りをするのが?」

 

「そ、それは…全面的に私が悪かったって言ったじゃない!」

 

……そう、響は暁を許せなかったのだ。

 

確かに彼女は今これまでを全て謝罪した。しかし1度は響を見捨てて迫害に…参加はしていないものの、見て見ぬ振りを決め込んだ。

 

響はそれが許せなかった。ましてや彼女はその被害者の姉で、しかも立派なレディーとかいうのを目指していると公言していたから。

 

つまり、他とは色々とやるべきことも状況等も違う。こんな迫害なんぞに自分の妹が遭っているというのに、彼女は今の今まで何もしなかったのだ。

 

……暁はこんな状況でも強かった。響の怒りを宥めようとする力がまだ残っているようで、彼女は全力で響への抵抗の姿勢を見せる。

 

「……薄情者。周りに流されてただけのくせに」

 

「だ、だって…それは…」

 

「仲間外れが怖いだけのくせに。何をそんな偉そうに」

 

「ち、違っ…そんなことは…」

 

……響への抵抗の姿勢を見せているが、実際には抵抗が出来ていないようで。

 

響が何かを言うたびに、暁の気力と体力は確実に無くなっているようで。彼女は段々と、目に見えるスピードで弱々しくなっている。

 

対する響は段々と怒りがおさまっていた。だがその代わりに彼女の顔には失望と悲しみが浮かび始めている。

 

「暁は…仲間っていうстатусが欲しいだけだろう?本当は誰でも良いんだろう?私じゃなくてもいいんだろう?」

 

「違う…違う…違う…!」

 

「……孤独は辛いものさ。それは認める。けど暁。君がやっていることは」

 

響は暁の手首を握る。暁は何が起きるのか予想出来ないという恐怖に打ち震えながら、困惑の表情で響を見る。

 

「絶対に許されない」

 

次の瞬間。響は有りっ丈の力で彼女の手首を握りしめた。流石の暁も痛みで声をあげてしまう。

 

それでも響はやめない…どころか、その状態のまま更に追い討ちをかけた。

 

「嫌われ者のことなんて考えたこともないくせに。いざ自分が嫌われたら『嫌われ同士仲良くしようよ』?」

 

ギューッという効果音が鳴っているようだ。響の華奢な手からは想像も出来ないほどの力で、暁の手首は握られていた。

 

当然、暁も抵抗の意思を見せる。響の手を剥がそうとする。だがそれを許す響ではなかった。

 

「ふざけないでくれ。こっちがどんな思いでいるのかも知らずに、知った口をきかないでほしい」

 

「ひ、響…と、取り敢えず…私の話を…」

 

「……もう懲り懲りだ」

 

次の瞬間、響は乱暴に暁の手首を放した。彼女の手首には響の手形が少し浮かび上がっていた。

 

その痛みと、響が自分との会話を止めようとする姿勢を見せたことで、暁はもうポロポロと泣くしかなかった。

 

響はそれを見て…少し満足げな顔をした後。座り込んでしまった暁なんて無視してその場から立ち去ろうとした。

 

……が、最後の最後まで暁は強かった。

 

「ま、待って響…。お願い…」

 

もう泣き腫らして何て言っているのかを聞き取るのも大変なレベルだったのだが、それでも暁は諦めなかった。

 

彼女は腕で自分の顔を拭いた後。慌てて立ち上がり響に駆け寄った。だがそれが逆にまずかった。

 

結論を先に言おう。その暁の行動が、響の逆鱗に触れてしまったのだ。

 

……響にも少し良心が残っていた。今はダメだが、暁が自分の行いを反省するようなら、話を聞いてやっても良いかと少しは思っていた。

 

しかし…たった今その考えを撤廃した。響はもう、暁がその場凌ぎで自分を止めようとしているようにしか見えなかった。反省するようには見えなかった。

 

「остановить!」

 

流石の響も限界だった。怒りを込めて叫んで暁を静止させた後、バッと彼女の方に振り向いた。もう彼女は暁を姉として見ていなかった。

 

響が暁の胸ぐらを思い切り掴む。暁は必死に抵抗するも、心身ともに弱り切っていた暁ではなす術がない。

 

「頭を冷やしなよ。君はもうどう頑張っても1人なんだから」

 

「いや…いやっ…」

 

何とか後ろに倒されるのだけは防ぐ暁。だが逆を返せばその程度の力だ。

 

響が発した「1人」という言葉を聞いて嫌がる暁。それを見て益々怒りに満ちた彼女の敵ではないだろう。

 

……今度は容赦なく前に押した。暁は尻餅をつく。それでも彼女はもう1度響を止めようとした。だが流石に響もそれは分かっていた。

 

だから。

 

「……いっそ死になよ。半人前」

 

響はそれだけ告げてその場を後にした。

 

この言葉が暁へのトドメとなった。もう暁が追ってくることも響を静止することも無く、彼女はただ全身から力が抜けたかのように倒れた。

 

……その後はまた元の静寂に戻る。しかし風が出て来たからか、波の音が段々と強さを増すように…静寂を破り始めたかのように感じられた。

 

~~~

 

「ふぃぃーっ!疲れたぁぁ!」

 

見廻りの業務をこなしていた川内。提督邸を離れた後は再び墓参りに行ったり、工廠から提督邸に帰宅する提督を屋根上から見届けたりしていた。

 

「しっかしまぁ…提督さん中々の美形じゃん!ありゃあ人気が出るわけだね~」

 

などと独り言を呟きながら、川内は寮まで帰ってきていた。あんなにカレーを貪り食べていたはずなのに、彼女の腹は空腹を示していた。

 

流石にこの時間帯であるから、寮の中はシンと静まり返っている。川内は誰かの寝顔を拝みに行きたくなる気持ちをグッと堪え、キッチンに向かった。

 

……キッチンに入ると、真っ先に目につくのは流し台。どうやら神通は川内のお願いを聞いてくれたらしく、川内のカレー皿も、綺麗に洗われて布で拭かれた後だった。

 

川内はキッチン内を探し回る。すると釜の中に米が残っているのを見つけた。

 

「お、ラッキー!」

 

直ぐに川内は手を洗い、米を手で掬い取って握った。前鎮守府でオニギリの製作技術は極めていた。彼女は綺麗に三角に握った。

 

……本当なら今すぐにでも頬張りたい。だが彼女はある事をふと思い出した。

 

川内が前に所属していた鎮守府。そこは戦艦が1人しか存在しない代わりに、巡洋艦クラスがわんさかいる鎮守府だった。

 

そして…その鎮守府の提督は絶世の美男子で、俗に言う俺様系だった。

 

そんな提督の心を射抜こうと戦争が起き、その鬱憤を深海棲艦にぶつけるという世界だった。

 

因みに、川内はケッコンに興味が無かった。その提督に夜戦参加を命じられるだけで幸せだった。だが…その鎮守府にいた彼女の妹、神通は違った。

 

「……元気にしてるかな」

 

ハキハキではないものの会話を試みるここの神通と違い、あの神通は他人と会話を全力を避けるレベルの引っ込み思案だった。

 

それでも腕っ節は強く、唯一の戦艦であったあの人の右腕とまで言われていた。夜にしか力の発揮出来ない川内にとっては自慢の妹だった。

 

そして…彼女は自分にだけは心を開いていた。よく恋愛相談をしてきたのを覚えている。引っ込み思案な彼女でも、提督を愛する気持ちは立派なものがあった。

 

恋のことはよく分からない川内だったが、それでも彼女の悩みにはよく耳を傾けていた。

 

「うん。ちょっと外に出よう」

 

その時から夜行性だった川内。なので出撃命令を待ちつつ、神通の悩みを聞きつつ、海沿いで神通のお手製オニギリを食べるのが、彼女の日常だった。

 

……川内は手作りのオニギリを竹皮で包み、寮を後にした。それを海沿いで食べるために。

 

~~~

 

鎮守府のコンテナ置き場。調べたところ、倉庫に中身をしまう作業を迎える前に、一度此処に物資を放置するらしい。

 

つまり、コンテナの量は日替わりのようで、恐らく今日は多いほうだろう。

 

川内はその中の1つに飛び乗る。コンテナに中身が詰まっているからか、上に飛び乗ってもコンテナはビクともしなかった。

 

「おぉ、良い景色じゃん!」

 

見廻りをしていた時にもしやと思っていたが…。どうやら川内の予想通り、此処は景色が良いようだ。川内は飛び乗ったコンテナにそのまま座り込んであぐらを組む。

 

実に綺麗な星々だ。恐らく鎮守府に街灯が無いのが幸いしているのだろう。

 

もしこの星を肴にして晩酌したら、さぞかし美味しい酒になるだろう…と考えながら、川内は持ってきたオニギリの笹皮を剥がしてかぶりついた。

 

「うん、やっぱり塩むすびが至高だよね~。我ながら美味く出来たじゃん!」

 

などと自画自賛をしながらペロッとオニギリを平らげると、ゴロンと仰向けになった。

 

……既に月は頂点を超えていた。川内は口の中に残る少ししょっぱいのを舌で舐めながら、昔のことを思い出して感慨にふけった。

 

コンテナの上ということもあり、風通しが非常に良く、その風が自分の髪をなびかせるのが心地よい。

 

だがその心地よさは直ぐにダメになる。川内は何やら特徴的な声が聞こえる。

 

「うーん?あの鳴き声は…カラス?」

 

そんな近くでも無いが、恐らくコンテナ置き場の何処からだろう。カラスのガーガーという濁った鳴き声が突然耳に入ってきたのだ。

 

聞いたことがある。カラスは夏になると子供の養育の関係で凶暴になると。

 

だが…カラスが集団を組むのは秋以降のはずだ。なのにこの鳴き声は間違いなく1匹じゃない。川内は好奇心でその鳴き声の出所を探った。

 

恐らく…誰かが食べ物を棄ててそれに反応したか、この波に流されてきた何かの生ゴミに反応したか…。川内はそのどちらかだと踏んだ。

 

「全く…ポイ捨てはやめてほしいよね~」

 

そんな愚痴をこぼしながら、コンテナから飛び降りて鳴き声の方に向かった。

 

 

 

……そこで川内が見つけたもの。それが何かというのは、御察しの通りで間違いない。

 

 

 

「えっ…?」

 

割と視界が開けていた関係で、月明かりが直で当たっていたから、それが何かは割と遠くからでも良く分かった。

 

だが…良く分かるからといって、その現実を直ぐに受け入れるはずがない。

 

せめてもの救いは、川内は考えるより先に体が動くタイプだったことだろう。彼女は直ぐに駆け寄ってカラスを全て追っ払った。

 

「ちょ、ちょっと!?大丈夫!?」

 

川内は慌ててその少女…駆逐艦の暁を抱え上げた。川内は暁を声をかけつつ割と激しく揺さぶるも、返事も反応もない。

 

どうやら気絶しているようだ。川内はその場で少し立ち竦んだが、直感で提督邸へ運ぶことを決め、得意のジャンプ力を駆使して、暁を抱えたまま立体起動で提督邸へ直行した。

 

~~~

 

今日は非常に運が良い。川内が提督邸に着いた時に玄関の鍵が丁度開いたのだ。

 

中から赤城が出てきたから、彼女は寮に帰るつもりだったのだろう。だがいきなり自分の前に出て来た川内に驚いた彼女は、暁の様子を見て顔の色を変えた。

 

赤城は何も言わずにバッと引き返し、提督邸の奥に進む。川内も彼女を見失わないように後をついていった。

 

その騒ぎを聞きつけたのか、もう1人の空母も部屋から顔を出す。そして赤城の命を受け、瑞鳳がいる部屋の隣部屋の入り口を開けた。

 

「せ、川内さん!こちらです!」

 

赤城はそう言いつつ、間髪入れずにベッドメイクを済ませた。緊急事態にも関わらず、ここ迄の行動力を起こせる赤城は実に優秀な逸材である。

 

……川内がそーっとベッドに寝かせても、暁は反応1つない。後ろから聞こえる赤城の「急いでください!」を聞きつつ、川内は心配そうに暁を眺めた。

 

暁の体にはカラスにつつかれたと思われる紫色のアザ…と傷口の中間辺りの跡があり、それがかなり痛々しさを物語っている。

 

(暁ちゃん…一体何が…)

 

川内は心配そうに暁を眺める。そして薄っすらと…鎮守府に暗雲が立ち込め始めたことを察す。

 

その後、川内は赤城らを手伝おうと1度退室した。だから彼女は気付かなかった。

 

……確かに声は出ていない。だが間違いなく暁が口を開いたことに。

 

具体的に言うなら…『イ段』の音を3文字だけ口にしたことに。

 

川内らは全く気付かなかった。

 

 

 

続く

 



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第漆話「暗闘~無邪気の裏側~」

瑞鳳編、完結です。
誰が何と言おうとこれで完結です。

また、今回から「アンチ・ヘイト」タグが本気を出し始めると思います。
まぁちゃんとタグ付けしてるし…良いよね!?



マルキュウマルマル。相変わらず延々と照りつける太陽の中、提督邸に訪れる影が2つ。

 

そしてその影は…物凄く辛そうな顔を浮かべていた。詳しくいうなら、自責の念に駆られているような、しょぼくれた顔である。

 

提督邸の中に赤城の姿は無かった。今日は珍しく寝坊しているらしい。

 

だが、朝一で駆逐艦寮にやって来た扶桑姉妹にその理由は聞いている。そして…あの赤城が寝坊するほどだ。よほど熱を注いだのだろう。

 

その一方で。提督邸内に入ってからも明るい表情を見せない2人…雷と電は、自分らの姉がこうなったと聞いても、顔を見に行くことしか思いつかなかったのが悔しいようだ。

 

……暁がいる部屋。その入口で扶桑姉妹は待っていた。だが彼女らは何も言わず、黙って部屋のドアを開け、雷と電を部屋の中に入れた。

 

2人はどういう顔をしたら良いのか分からないまま、ただただ黙って部屋に入る。そして…暁の様子を見て息を飲んだ。

 

……適切な処置がなされた、と言えば聞こえは良い。だが全身がラップとガーゼまみれの暁の体からは、重大な症状でないと分かっていても痛ましさしか伝わってこない。

 

「あ、暁…ちゃん…」

 

勇気を出して名前を呼ぶ電。だが暁から返事は無い。と言っても、暁がまだ意識を取り戻していないわけではない。

 

今朝方、暁はいつもと同じ朝を迎えたかのように目を覚ましたらしい。実際に今も垂直に体を起こしてはいる。

 

「え、えっと…暁?だ、大丈夫?」

 

だが暁は、起き上がってからというもの、こうしてピクリとも動かずに一点を見つめている。

 

流石の2人も…暁が普通じゃないことには気付いた。だが、だからといって何か出来るわけでもない。強いて言うなら…。

 

「そ、その…暁ちゃん。き、昨日のことは…ご、ごめんなさい…なのです…」

 

「そ、そうそう。昨日のは流石に言い過ぎたって言うか…その…こっちが…うん…」

 

途切れ途切れでも、しどろもどろでも、こうして暁に謝罪することぐらいだ。

 

だが暁からの返事はない。というか反応すらない。まさに魂の抜けた抜け殻のようと言うのが的を射ている状態だ。

 

……しばらくは2人も暁の返事を待っていたのだが。ついに痺れを切らして雷が立ち上がった。もしここで電が静止しなければ、雷は暁に掴みかかっていたことだろう。

 

「あぁもう!こっちが悪かったって言ってるでしょうが!せめて何か…喋りなさいよ!」

 

「い、雷ちゃん!落ち着くのです!きっと…暁ちゃんは機嫌が悪いだけなのです!」

 

あわあわしながら雷をハグして止める電。だがそんなことがあっても、暁はうんともすんともピクリとも動かない。

 

それにまだ納得がいかないのか、雷は電を振り払おうとするも、最終的には怒号を飛ばしつつ電に抱かれる形でその部屋を後にする。

 

……その際。暁がボソッと何かを呟いたことに、2人は気が付いていなかった。

 

~~~

 

赤城が寝坊したこともあり、今日の鍛錬は中止になった。よって今日はずっと自由時間となる。

 

と言っても明るい雰囲気は何処にもない。それもそうだろう。瑞鳳の件と違い、暁の件は明らかな事件性があったから。

 

そのため、鍛錬とは別に緊急集会として全員が鍛錬場に集められることとなる。もちろん主催者は赤城だ。

 

……そんな状況なのだが。巡洋艦寮で呑気に睡眠をとっている事件の第1発見者が居るというのは、信じられないことだろう。

 

そいつの部屋。その入口を那珂は容赦なく「おはよー!」と叫びながら開ける。そしてそいつの上に今回も思いっきり飛び乗った。

 

「ぐぇぇっ!だーかーらっ!」

 

「あ、起きたね川内さん!召集がかかってるから急いで起きて!」

 

「え、えっ?召集?」

 

川内は眠たい目をこすり、グイグイと押して那珂をどかし、足をフラつかせながら立ち上がる。

 

……太陽に難色を示す川内。だがそれでも那珂の容赦のなさは衰えない。川内が準備を終えたのを確認するや否や、那珂は乱暴に川内の手を引っ張って寮を出発した。

 

健気にも2人を待っていたというのに、自分より先に行ってしまったのを見た神通は、呆れ顔を作った後で、2人を笑顔で見つめていた。

 

 

 

そして案の定、3人が最後だった。

 

「全く…ジャンプ力は凄いけど、行動力はイマイチみたいだクマ」

 

などと球磨に嫌味を言われるも、ヘラヘラとした態度を改めない川内。これには大井らもため息をつく。

 

その後、赤城が壇上に立った。その瞬間に空気がピシッとする。川内は数日ぶりに感じるこの空気にドキッとしながらも。

 

「それでは…川内さん」

 

赤城の要請に冷静に対応する。どうやらこの緊急集会は、予想通り暁についてらしい。

 

川内は赤城の横に立ち、他の仲間らの姿を一望する。その際に彼女は、興味ないから早く帰りたいという風の響と、何故か腹を立てている雷と、その横でオロオロしている電を視界に入れた。

 

(うーん。あの反応だけでは流石に分からないね~。怪しいとしたらあの辺りなんだけど…やっぱり暁ちゃん本人に聞くしかないかね~)

 

そう思いつつ、川内は1度咳払いをしてから、当時の状況を話し始めた。そして彼女の予想通り、カラスの件で場がざわっとした。

 

「とまぁそんな感じですね~。あ、応急処置は赤城さんが全部やったので」

 

という言葉で話をしめ、川内はそそくさと神通らのところへ帰った。

 

その間、真相について考えていた川内は、神通と那珂に「カレー温めたのに…」みたいな愚痴を言われても、反応出来なかった。

 

そしてその後は、赤城が「何か知っている人がいたら…」みたいな話だけして、その場は流れ解散になった。

 

当選ながら、川内はそそくさと退散して夜まで眠ろうとした。だが残念ながら、扶桑姉妹がそれを許さなかった。

 

「まぁまぁ…川内さん?」

 

「ちょっと宜しいですか?」

 

早く眠りたい川内は抵抗した。だが戦艦2人の力に勝てるはずもなく、仕方なく彼女は2人の自主練に付き合わされる羽目になった。

 

……てっきりお見舞いに行け~みたいな命令かと思っていたから、川内へのダメージがなおさら大きかったのは言うまでもない。

 

~~~

 

「ふんふふ~ん♪」

 

食堂。そこで呑気に鼻歌を歌う者が。

 

提督邸から出発して真っ先にこの店に帰ってきた瑞鳳だ。ようやく体調を回復させた彼女は、数日間手入れをしていなかったこの店の掃除をしていた。

 

本当なら…真っ先に寮に行って報告をするべきなのだろうが、彼女はそれより先にこの食堂の掃除をとった。

 

因みに、彼女が提督邸を出発したのはお昼時。赤城の緊急集会中だ。

 

……自分の看病をしていたあの人には、そのタイミングで提督邸を抜けるとキッチリ伝えてある。そして晩御飯前にスッとサプライズで登場したいとも言ってある。

 

「よーし!掃除はこの辺にして…!」

 

何か差し入れ…及び、迷惑をかけた分のお詫びの料理を作ろう。現在時刻はヒトヨンマルマル。今から作れば余裕だろう。

 

「さてと…張り切って卵焼きを…」

 

彼女がそう意気込んだその時。不意に店の入り口の扉が開く音がした。瑞鳳は慌ててキッチンに向かう足を止め、いつも通り接客をしようとして。

 

「あら、こんにちは」

 

「お邪魔するクマ」

 

来客を見て絶句した。正直言って今は会いたくない人が2人揃ってやって来たのだ。

 

だが…彼女の商売根性だろうか。瑞鳳は少し青ざめながらも、その笑顔を崩さなかった。いつも通りを装って2人を席に座らせようとした。

 

「あらあら瑞鳳さん?顔色がまだ少し青い気がしますよ?」

 

「本当クマ。これはまだ少しお休みしてたほうが良いんじゃないかクマ?」

 

口ぶりだけ見れば心配をしているように聞こえる。だが面と向かって言われた瑞鳳は気付いている。これは完全なる嫌味だと。

 

「……何しに来たんですか?大井さんも球磨さんも。冷やかしなら帰って…」

 

イラッときた瑞鳳は、強気になって2人にそう言い放…てなかった。最後の方で大井に、俗に言う壁ドンをされたのだ。

 

「えぇ?それが客に対する態度?」

 

大井は少し怒りを込めてそう言った。それを見た球磨は「ほどほどにするクマ~」とふざけた様子で茶々を入れる。だが瑞鳳は引かなかった。

 

瑞鳳は大井を真っ直ぐに見つめた。言葉を口にはしなかったが、抵抗の意思を見せるには十分だった。

 

「……は?何よその顔は?あんたさ…まだ反省してないわけ?」

 

「そうだクマ。あれは瑞鳳ちゃんがドジったせいだクマ。自業自得だクマ」

 

「ぐっ…そ、そう言うんでしたら、お2人がやれば良いじゃないですか!」

 

ハッキリと言い返す瑞鳳。それを聞いて舌打ちをする大井。ため息をつく球磨。

 

しばらくそのまま硬直した…のだが、不意に大井が瑞鳳から離れ、無言のままキッチンに入ろうとする。当然ながら瑞鳳が黙っているはずもない。

 

「ちょっ…何をする気ですか!」

 

「あははっ!きっと大井は瑞鳳ちゃんにお仕置きをするつもりだクマ!あーあ!もうどうなっても球磨は知らないクマ!」

 

満面の笑み…という名のゲス顔を決める球磨。瑞鳳はそんな球磨は気にせず、慌ててキッチンに入る。だがそれは大井の策略だった。

 

死角で待っていた大井。彼女はキッチンに入ってきた瑞鳳の胸ぐらを掴み、そのままの勢いで、入り口と対角線上の流し台に叩きつけた。

 

「あっ…」

 

一瞬何が自分に起きたか理解出来ず、戸惑う瑞鳳だったが、自分が壁にもたれて座り込んでいるのを理解すると、直ぐに立ち上がろうとした。

 

が、瑞鳳が立ち上がることは無かった。大井の手に包丁が握られていたからだ。彼女が持っていたのは、瑞鳳の愛包丁だった。

 

「瑞鳳さん。私は『戦艦の長門を無効化しろ』と言ったはずよ。私達に抵抗しろなんてこれっぽっちも指示してないわ」

 

「そ、それは…わ、私はちゃんとやりましたよ!けど効かなかったんです!ちゃんとそう言ったじゃないですか!」

 

……そう。長門の卵焼きにプラスチック片を混入するように瑞鳳に指示したのは、何を隠そうこの2人だったのだ。

 

確かに瑞鳳は、言われた通りに混入まではした。だが長門は口にする前にそれに気づき、手で取り除いたのだ。

 

かなり細かく…鋭利になるよう切り刻んだのだが、まさかそれを見つけられる上、完璧に取り除かれるとは思っていなかったのだ。

 

「そうね。でも失敗は失敗。あなたが手を抜いたのが原因よ」

 

「なっ…あ、あれは…あなた方にとっても想定外だったくせに何を…」

 

「は?」

 

……大井は、思い切り流し台を叩いた。バンという音がキッチン中に拡がる。瑞鳳を思わず黙らせてしまうほどに。

 

そして大井はナイフの刃先を、勢いよく瑞鳳の方に向けた。瑞鳳も思わず「ひっ」と声を出してしまう。

 

「はぁ…あなた。もう1回提督邸送りにされたいのかしら?」

 

「うぐっ…そ、それは…」

 

「嫌でしょう?だったら私達の言うことをちゃんと聞いてれば良いのよ」

 

不敵に笑う大井。後ろにいた球磨もそんな2人の様子をニヤニヤしながら眺めている。その一方で瑞鳳は顔を益々青くしている。

 

というのも、長門の無効化に失敗した罰として、瑞鳳は虐待を受けたのだ。具体的に言うと、これでもかと厚着をさせられ、体を縛られた後、4時間ほど屋外に放置されたのである。

 

確かにあの時は真夜中だった。だが気温が普通に25℃は超えている、文句なしの熱帯夜だった。

 

結局、太陽が昇った頃には熱中症でダウン。球磨と大井によって完璧に証拠も隠されたため、2人もただの第1発見者となった。

 

……大井は包丁の刃先を瑞鳳に向けたまま、ポケットから瓶を取り出す。

 

そこには明らかなドクロマークが描かれており、中身も大体察しがつく。

 

「……瑞鳳さん。これは球磨姉さんが極秘ルートで手に入れたものよ。これの中身を今日の晩、カレーで良いから混ぜて、長門に食べさせなさい」

 

大井はそうスラスラっと言ってのけた。だが冷静に考えずともこれは殺人行為…ならぬ殺艦娘行為。簡単に了承は出来ない。

 

「い、幾ら何でも…それはやりすぎだと思います!お、お2人が幾ら…」

 

「……瑞鳳ちゃん」

 

どうやらこの2人は、人の話を最後まで聞くことを殆どしないようだ。球磨は瑞鳳の言葉を遮り、彼女に目で威圧をかけた。

 

だが瑞鳳は、抵抗の意思を弱めただけで、了承はしなかった。その態度を見て大井はため息をつき、包丁をペン回しの要領で回しながらあれこれ考える様子を見せた。

 

そして…球磨の方を振り向いてボソッとこう呟くのだった。

 

「ねぇ姉さん…。ふと思い出したのだけれど、確かこの鎮守府って…『瑞』ってつく方がもう1人いらっしゃらなかったかしら?」

 

……瑞鳳はこの言葉を聞き、体を大きく震わせた。彼女は無意識に唇を強く結ぶ。

 

「あぁ…そういや居たような気がするクマ~。でも名前をど忘れしちゃったクマ~」

 

「あら、球磨姉さんもでしたか」

 

ふふふと笑う大井。どこからどう見てもわざとらしさが垣間見えている。球磨も直ぐに大井の意を汲んだのか、彼女を助長するように笑う。

 

……事実、この鎮守府にはもう1人、瑞鶴というのがいる。あまり目立とうとするタイプではないが、かなりの戦闘能力を持ち。

 

命を懸けても守りたいと思う、瑞鳳にとってこの世で1番の親友だった。

 

「全く…同じ鎮守府の方の名前も忘れるなんて、私ったら本当に…」

 

「まぁまぁ!気にすることはないクマ!ど忘れなんて誰にもあるクマ!」

 

……自分の親友を無性に馬鹿にされている気がする。だが瑞鳳の中に生まれた感情は怒りではなく、畏怖だった。

 

彼女らはやると言ったらやる。そしてあのわざとらしい口ぶり。彼女らが何を企んでいるかなど、何となくでも想像がついた。

 

そして大井らがチラッと瑞鳳の方を見る。その際の彼女らの瞳はドス黒かった。瑞鳳は確信した。もう逃げられないと。

 

「お、大井…さん…」

 

瑞鳳はフラついた足取りで立ち上がろうとし、そのまま前に倒れこむように、大井の腰回りに抱きついた。

 

「ちょ…な、何を…!?」

 

一瞬困惑する大井。後ろで球磨はニヤニヤとした顔で進展を見守っている。だが大井は瑞鳳の顔を見て冷静を取り戻した。

 

「お、お願いします…ず、瑞鶴ちゃんには…手を出さないで…!お願い…します…!」

 

瑞鳳は半泣きだった。大井はそんな彼女を見てまたもため息をつき、少しニヤついた後で乱暴に彼女の顎を鷲掴みにする。

 

「どうしようかしらね~。確か前もそれ言われて、瑞鳳ちゃんに裏切られたし~」

 

「こ、今度こそ!今度は大丈夫ですから!だ、だから…お願い…します…!」

 

みっともないほどに大井にすがりつく瑞鳳。後ろで球磨が必死に笑いを堪えているのも気にせず、瑞鳳は大井を真っ直ぐに見つめた。

 

これには大井もニッコリだ。そのまま彼女は毒瓶を瑞鳳の顔前にかざし、満面の笑みのままで瑞鳳にもう1度質問した。

 

……瑞鳳は1回戸惑う。だが、彼女が嫌がる素振りを見せることはもうなかった。

 

 

 

まだ夕飯作りは間に合う。そんな時間に2人が帰ってくれたのは良かった。

 

2人が店から姿を消したあと、瑞鳳は毒瓶の横で暫く座り込んで考える。確かに「やります」とは言ったが、正直言って恐怖心はある。

 

「はぁ…どうしよう…」

 

彼女らの性格を考えると、もしこれが誰かにバレたとして、全責任は自分が負うことになる。かなりのハイリスクだ。

 

虚ろな眼で瑞鳳は毒瓶を手にする。そして何の躊躇もなしに蓋を開けた。中に入っていたのは、想像に反してジェル状の流動体のようだ。

 

……瑞鳳はこの時点で軽く自暴自棄になっていた。こんな辛い目に遭うぐらいなら、真っ先に自分がコレを口にすれば良いとさえ思った。

 

しかし。彼女がその行動に起こすことはない。そうしようと不意に手を伸ばすと、脳内にとある光景が蘇るのだ。

 

それは…自分が脱水症状で倒れた時。真っ先にお見舞いに駆け付けてくれた親友、瑞鶴のこと。

 

あの時実は、彼女は自分に「何か辛いことがあるなら相談して」と言ってくれたのだ。

 

……相談出来るわけがないのだが。それでも彼女はもう泣きそうな顔までして、瑞鳳に決死の思いでそう告げたのだ。

 

「……はは。此処でもし私が死んだら、瑞鶴ちゃんも流石に怒るよね…?」

 

何でもっと早く相談してくれなかったのか。きっと瑞鶴はそのことを一生根に持つだろう。彼女はそういう人物だ。

 

瑞鳳はそんな彼女を想い。自分のことをあんなに想ってくれる親友のことを想い。毒瓶の蓋を閉め、それを握りしめて立ち上がる。

 

そう、これは殺戮行為じゃない。いつも自分のことを大切に想ってくれる親友への恩返しだ。

 

瑞鳳はそう自分に言い聞かせ、厨房に立つ。そして大井が置いて行った自分の愛包丁を手に持ち、気合いを入れた。

 

……もう彼女の瞳に光は無かった。

 

~~~

 

提督邸。その中の1つの部屋。

 

カーテンがパタパタと風で揺れる音を立てており、その風が髪を撫でて気持ちが良い。

 

……というのは一般論。残念ながら今の暁にそんな感情は存在しない。

 

暁は朝と体の向きを正反対にして、今は窓の外を見つめている。そこでは今の彼女には非情すぎるほど真っ青な空が広がっていた。

 

現在、この部屋…はおろかこの提督邸には誰もいない。今の彼女は1人にしておいた方が良いのでは?という赤城の提案だった。

 

そして…この赤城の判断は、暁にとっては非情に有り難かった。何故なら。

 

「……1人」

 

あの夜。暁は響にハッキリと言われた。君はもうどう頑張っても1人なんだからと。

 

今まではその自覚が無かった。だが今はこうして1人でいる。そして…提督邸の外から楽しそうな声がうっすらと聴こえてくる。

 

そうか、これが1人の寂しさか。だが、これでも断片的でしかないのか?そんな風なことを考える時間が手に入ったから。

 

暁は少し赤城に感謝…?のような感情を持ちつつ、黙って考え込む。

 

……というのも。目を覚ましたあの時から、彼女の中には何かのモヤモヤがあったのだ。だがその詳細が分からなかった。

 

だから暁は決めた。あの夜に響に言われたことを1つ1つ思い返してみようと。

 

そして…その発想は正解だった。逆に何故今までそれをしなかったのか、さっきまでの自分に問い詰めたくなるほどの大正解だった。

 

「……あ」

 

暁は気が付いた。実は彼女が抱えたモヤモヤの詳細は想定外に単純だったのだ。

 

それに気が付いた時。暁の顔にはちょっとした綻びが。というよりかは、口元が少しニヤリとしたように見てとれる。

 

~~~

 

ヒトキュウマルマル。戦艦空母寮でワッと歓声が上がっていた。

 

「お帰りなさい瑞鳳さん。元気そうで良かったです。お体はもう大丈夫ですか?」

 

「あ、はい!み、皆さんにはご迷惑をおかけしました!お詫びと言っては何ですが…」

 

そう言い、瑞鳳はラップがかかった大皿を出した。そこには色とりどりの卵焼きがズラッと並んでいた。

 

……あの後。仲間らが居ないタイミングを見計らってこの寮のキッチンに入り込み、こっそりと置いといたものだ。

 

これも兼ねてからの計画通りだ。入渠場の外にメンバーを外に出すようあの人にお願いしといて良かった。サプライズは成功と見てとれる。

 

「あら、美味しそうね」

 

真っ先に興味津々で食いついたのは扶桑だ。それにつられるように周りでも色々な声が上がる。だが…瑞鳳はそんな仲間らの声に耳は傾けない。

 

全員がカラフルな卵焼きに視線を釘付けられている間。瑞鳳はある1点を見つめた。

 

御察しの通り、広間の端でこちらの様子を伺う長門だ。瑞鳳は彼女がここにいることに安心し、晩御飯にしましょうかと呼びかけて、そのまま晩御飯の配膳をしにキッチンに向かった。

 

とはいえ、彼女は病み上がり。赤城がそんな瑞鳳を無視するはずもなく。赤城が瑞鳳の手伝いを勝手にし始めた。

 

……本音を言うと、邪魔だった。長門に食べさせるようの卵焼きを取り出せないから。

 

「あ、あの…赤城さん。別に気を遣ってくださらなくても大丈夫ですよ?」

 

「いえいえ、私が勝手にやりたいと思っただけですから。気にしないでください」

 

いつもの笑顔で返す赤城。仕方なく瑞鳳は彼女に頼み、カレー鍋を広間に運ぶように指示した。

 

ついでに、その時に様子を見に来た扶桑と山城にカレー皿を広間に運ぶよう指示する。これで数分は時間稼ぎが出来るだろう。

 

「……さてと」

 

瑞鳳はキッチンの棚に隠しておいた完成済みの卵焼きを取り出した。その卵焼きは鮮やかな黄色をしている。

 

普通の卵焼きより多少黄色が強いが、光の加減と言えば誤魔化せるレベルだ。

 

……全員に見せたあのカラフル卵焼きを、小さいお皿に2個ずつランダムに乗せる。そして最後の1つをこの毒入り卵焼きの横に乗せた。

 

偶然にも、最後の1つはあの青色卵焼きだった。見た目が毒々しい卵焼きと実際に毒入りの卵焼きが2つ並ぶという異様な光景だ。

 

そんなものを見てしまったからだろう。瑞鳳は1度冷静になった。本当にこんなことをして良いのかと。だが彼女はそれを直ぐに否定する。

 

これは殺戮行為じゃない。自分が姿を見せた時に、真っ先に抱きついてきて復活を喜んでくれた親友への恩返しだ。

 

さっきそう確認したじゃないか。瑞鳳は自分にそう言い聞かせ、帰ってきた扶桑姉妹と共に、卵焼きの小皿を運び始めた。

 

 

 

カレーは赤城が盛り付けてくれたらしい。扶桑姉妹らが瑞鶴以外に卵焼きを配ってくれている間、瑞鳳は2週目に入る。

 

……試食をし過ぎたから、自分の分はない。周りにはそう告げていた。よって卵焼きの小皿は合計8枚だ。そして1週目で6皿運んだということは。

 

キッチンに残っていたのは、親友への感謝と邪魔者への殺意だけというわけだ。

 

毒入りじゃない方の皿は、瑞鳳が魂をかけて作った卵焼きが乗っていた。他のどの卵焼きよりも美味しそうな逸品が乗っていた。

 

隣にいたそいつのおかげで、尚更その卵焼きが輝いているように感じられた。

 

「ふふっ…」

 

瑞鳳はその2皿を眺めて悦に浸る。しかしその時間は長く続かなかった。痺れを切らした親友がキッチンにやってきたのだ。

 

そして彼女は慌てて毒入りの方を体で隠しつつ、綺麗な方を瑞鶴に差し出した。こうなってしまえば、彼女も目前にしか目がいかない。

 

彼女はその卵焼きを受け取り、軽くスキップをしながら広間に戻っていった。瑞鳳はそんな彼女を見て笑みをこぼす。

 

そして…その殺意を手にして、瑞鳳も親友の後を追う形でキッチンから離れるのだった。

 

~~~

 

いただきますの号令は赤城が行う。これはこの寮での通例だ。今日もそうだった。

 

瑞鳳はサプライズを手伝ってくれたお礼を告げ、その人と親友と赤城と同じテーブルで食事をする。だが今日は少し落ち着けない。

 

……取り敢えず、ここまでは上手くいっている。長門は多少疑いの目をこちらに向けたが、あの殺意を受け取ってくれたのだ。

 

とはいえ、口にして嚥下してくれなければ話にならない。あの毒は無味無臭薄色透明ではあるが、長門の勘の良さは鎮守府でも有名だ。

 

(長門さん…食べてくれるかなぁ?)

 

チラチラと横を見ながら、カレーを口に運ぶ。大井らにはカレーに毒を…と言われたが、確実に彼女を倒すために卵焼きに変更したのが、吉と出るか凶と出るか。

 

……だが。肝心なことを瑞鳳は忘れていた。同じテーブルで食事をとる人物が、もし別の方向をチラチラ見ていたとしたら、周りはそれについて絶対に言及することに。

 

「……瑞鳳さん?どうかしましたか?」

 

不意に名前を呼ばれ、ドキっとする瑞鳳。幸い、自分と長門の間に扶桑姉妹らのテーブルがあるから、長門を見ていたことはバレないだろう。

 

「い、いえ!美味しいのかなぁって?」

 

「……卵焼きですか?美味しいですよ。特にこの…真っ青なもの」

 

声を渋る赤城。というのも、実は瑞鳳がキッチンで悦に浸っている時、広間ではこの真っ青な卵焼きについて議論が起きていたのだ。

 

もちろん、この卵焼きは川内が毒味を済ませたもの。お墨付きをしたもの。とはいえそんなことを知らない人からすれば。

 

「何ですか…これ?」

 

ただのダークマター…ならぬブルーマターだ。食欲を削られる『きょうい』でしかない。

 

そんな赤城の疑問が聞こえたのか、隣のテーブルからも同様の質問が上がった。真っ青な卵焼きは山城の皿にも乗っていた。

 

「えっとですね…海ぶどう入りです。川内さんは美味しいって言ってましたよ?」

 

「う、海ぶどう?ってあの緑色の?」

 

……赤城は驚愕したようだ。やはり誰しもが川内と同じ反応をするようだ。

 

「大丈夫ですよ。変なものは入ってませんから!グイッと行ってください!」

 

……そう。青色の卵焼きには変なものは入っていない。海ぶどう卵黄乗せ丼とかあるほどだ。美味しいに決まっている。

 

変なものが入っているのは…。

 

瑞鳳はどさくさ紛れに長門の方をチラッと見た。こちらの話が聞こえたのか、青色の卵焼きは半分ほど無くなっていた。

 

……見た目に似つかわしくない(失礼)のだが、長門は物凄く丁寧に食事をとる。

 

彼女は勢い任せに口に放り込んだりせず、箸で1つまみずつゆっくりと…それこそ食材に感謝を述べるように食べる。そのことを瑞鳳は知っていた。

 

だからこそ。料理を作るのを生き甲斐の1つとする彼女としては、長門の好感度は割と高い。この間の迷惑行為の件は絶許だが。

 

……もしかしたら、彼女を手にかけるのに抵抗があるのは、これを一因としてあるのかもしれない。

 

だが自分が間違っていることをしているとも思えない。繰り返すようだが、これは殺戮行為ではなく恩返しなのだから。

 

自分の横で、満面の笑みで卵焼きを食べてくれている親友への恩返しなのだから。

 

瑞鳳はニヤリとし、自分の食事に戻った。そのニヤリ顔を見たのかどうかは分からないが、赤城は少し瑞鳳を気にしているようだ。

 

 

 

(海ぶどう…か)

 

長門は知っていた。海ぶどうはこの近海では取れないと。だから恐らく他の地域から購入したのだろう。

 

割と値打ちが高い食材のはずだが、今は夏で旬の時期では無いから、多少お値打ち価格で購入出来ているのだろう。

 

そんなことを考えながら、青色の卵焼きを口に運ぶ。物凄く不安感を煽る色をしているが、かなり味は良い。完成度も高い。

 

……瑞鳳の卵焼きにかける熱情。この鎮守府では非常に有名なものだ。恐らくこの青色の卵焼きも、試作品なのだろう。

 

長門はチラッと瑞鳳を見た。彼女は親友と談笑を楽しんでいるようだった。

 

(何であれ、瑞鳳の復活は喜ぶべきだな。この間の件は気になるが…)

 

この間の件。それはもちろん異物混入の件だ。そして北上らとの会議で、彼女が積極的になっていることにも言及がされている。

 

警戒はするべきだろう。長門はそう考えていた。そう考えていたからこそ。

 

(……むっ?)

 

黄色い方の卵焼きの違和感に気付いたのだ。だがしかし、今回は破片が見当たらない。これは自分の考え過ぎなのだろうか。

 

いや、明らかに色が濃い。光の加減と言われればそうかもしれないが…とはいえ、卵焼きの白い部分の色が濃い気がする。

 

(まさか…な)

 

長門はそう思い、1回瑞鳳の方を見た。というよりかは、何の感情もなくただ首がそっちを向いただけなのだが。

 

……瑞鳳と目があった。彼女はその事に気が付いたらしく、バッと自分から目を逸らしたのだが。それだけで十分な情報量だった。

 

この時、長門は気付いた。彼女の目に宿っていたのは、光ではなく殺意だと。

 

瑞鳳はその変な動きを赤城に言及されて軽く戸惑っていたが、長門はそんなことは気にせず。黄色い卵焼きをもう1度見た。

 

……もう毒入りにしか見えなかった。

 

「はぁ…そうかそうか。やはり警戒レベルを引き上げなければならないようだな」

 

長門は小さい声でそう独り言を呟き、軽く周りを見渡した。すると、隣のテーブルに台を拭くようの手拭いが置いてあるのを発見する。

 

 

 

瑞鳳はエヘヘと笑って誤魔化した。赤城はそんな瑞鳳を心配そうに眺めていた。

 

(うぐぐ…目が合っちゃった…)

 

さっき、間違いなく長門はこちらを見ていた。あの戦艦特有の厳つい視線で。

 

ビックリしてしまい、思わずバッと目を逸らしてしまったが、流石にバレてしまっている気がする。瑞鳳はドキドキしていた。

 

それでも平然を装ってカレーを口に運ぶ。そして赤城が落ち着いたのを確認し、また隙をついて長門の方を眺める瑞鳳。

 

……見てしまった。何故か席を立っていた長門が、よいしょという風にもう1度椅子に座ったのを。そしてそのままカレーを1口ずつ食べるのを。

 

皿の上から卵焼きが消えていたのを。

 

(えっ…?)

 

瑞鳳は思わずスプーンを落としかけた。何が起きたのが理解が出来なかった。

 

息を飲む瑞鳳。毒に気が付いたとしても、ゴミ箱はキッチンにしか無いし、地面に落とした痕跡も見当たらない。

 

まさか…食べたのか?確かに飲み水はあるから水で流し込んだとも…。だが仮にそうだったとしても、毒は身体中に周るはずだ。

 

となれば。

 

(まさか…毒が効かない…?そ、そんなことがあるわけ…!)

 

瑞鳳はむやみにカレーを食べながら、考え詰めた。彼女は軽くパニックになっていた。だからこそ…彼女は寸前まで気が付かなかった。

 

そう、誰よりも真っ先に食べ終わった長門が、瑞鳳の近くにやって来たのだ。長門の手には使用した食器が全て握られていた。

 

そして長門は…瑞鳳がこちらに気が付き、カレーを食べる手を止めたのを確認すると。

 

何も言わず、瑞鳳を睨み付けた。確かに速度は緩めたが、長門は足を止めずにそのままキッチンに向かう。

 

そして…長門が広間から姿を消した時。

 

そこには…満足そうにお腹をさする親友を、ハッキリと顔を青くして眺める、瑞鳳の姿があった。

 

 

 

 

続く

 



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第捌話「暴走~壱人前の淑女~」

話としては今回が1番面白いと思います。

「必須タグ」について。
今回、提督が遂に喋ります。
ですが今後を含めて彼はちょいキャラです。あくまでサブキャラです。「オリ主」タグを付けてないのはそれが理由です。
また、今回から「ガールズラブ」タグが本気を出します。お待たせしました。

それでは、どうぞ。




今日の朝は少し涼しかった。やはりこういう日は鍛錬にあまり苦を感じなくなる。

 

ただ1人、瑞鳳を除いては。

 

今日の鍛錬は集中出来なかった。いつもの様に自分から離れた場所で、長門が北上と平然と馬跳びをしているからだ。

 

……大井と球磨の視線が痛かった。彼女は無意識に脚と腕を震わせていた。

 

そして瑞鳳は、鍛錬が終わると同時にその場をそそくさと退散し、大井らから急いで距離をとる。

 

「ちっ…逃げたわね」

 

大井は舌打ちをし、彼女を追いかけようとした。だが球磨に止められる。というのも、今日は鎮守府総出でコンテナ整理という仕事があるのだ。

 

戦艦がコンテナを倉庫前に運び、巡洋艦が倉庫の入り口を開けたりして、駆逐艦がコンテナの中身を倉庫内に並べ、空母が記録する。

 

もう何度もやった流れだ。だから空母が…俗に言うマネージャーのお仕事を任せられるのも知っている。今までも瑞鳳がオニギリを人数分用意していたから。

 

「……命拾いしたわね」

 

大井はそう捨て台詞を吐き、球磨と一緒に仕事場に向かうのだった。

 

~~~

 

提督邸。その執務室。珍しいことに、今はそこに提督の姿がある。

 

彼は執務室の自分の椅子に座り、赤城の報告を待っていた。こういう鎮守府総出で行う仕事に関しては、彼女が決まって提督に報告に来た。

 

現在時刻はヒトナナマルマル。そろそろ終わって良い時間帯だ。提督はそう思って時計を眺める。

 

そんな時だ。不意に執務室の扉をノックする音が響く。提督は「おっ、来た来た」という感じで席を立ち、入り口の扉を開けた。

 

目の前にいたのは…赤城では無かった。その上、想定外の人物だだった。

 

「……暁さんか。元気になったんだね」

 

目をまん丸にしながらも、提督はそう言う。それを聞いて暁はニッコリ顔だ。

 

……当然ながら、暁がこの建物で寝込んでいたのは提督も知っていた。彼女が寝ている間だが、様子も1度見に行っていた。

 

「……はい。お騒がせしました」

 

暁はそう言ってペコリと頭を下げた。提督は少し違和を感じたのだが、そのことは考えないようにして、暁に来訪理由を尋ねる。

 

「えっと…何の用でしょうか?」

 

「あ、はい。実は司令官にお願いがあって。宜しいでしょうか?」

 

……違和感の正体が分かった。暁にしては珍しく敬語が多いのだ。いつもの彼女はもう少しフレンドリーに接してくる。

 

提督は少し畏まる。そして敬語を使うことにより、いつもより少し大人びて見える暁に対し、話を続けるよう指示する。

 

「実はですね。他でもありません。響についてお願いがあるのよ」

 

「響…?響さんがどうかした?」

 

「私が思うに…」

 

……この後は淡々と、暁は意見を述べていった。簡単にまとめると、響の体調も崩れてきているというものだ。

 

暁曰く、響は自主鍛錬に励み過ぎるあまり、体にちょくちょくガタが来ており、それが心配で仕方ないらしい。

 

自分があそこで倒れていたのも、嫌がる彼女と止めようとした自分が、掴み合いの取っ組み合いになって、それに負けたかららしい。

 

「あ、あれに関しては…完全に私のミスよ。だから響は責めないであげて?」

 

「う、うん…」

 

そして暁からのお願いというのは、響の長期休暇である。暁は提督に、このまま響を放っておけば、いつか自分の様に倒れてしまうと告げた。

 

「お願いするわ。やっぱり姉としてあの子のことが気になって気になって…」

 

「ふむ…」

 

提督は少し考えた。どうやら自分が工廠に引きこもっている間に、そんな重要なことが起きていたらしい。

 

そして…響が1人でよくいることも知っていたし、暁の言葉に説得力もある。何より、艦娘が壊れそうになっていると聞いて何もしないのは癪に触る。

 

「……暁さん。響さんの休暇は何日ぐらい取るべきかい?」

 

「そ、そんなの…分からないわよ!あの子が思いを改めるまでとしか…」

 

……さっきから暁の話し方が元に戻っているのが気になるが。それは置いておき、響が割と頑固なのも知っていた提督は、机から1枚の紙を出す。

 

「じゃあ…取り敢えず無期限で良いかな?暁さんの判断に任せるということで」

 

「え、えぇ…それが1番有り難いわ…けど。司令官はそれで良いの?」

 

「え、ま、うん。けどその代わり、響さんの休養に協力してあげてね?」

 

暁は少し戸惑う。だがそれは一瞬だけ。彼女は「妹の為なら当然よ!」と頼もしい限りの言葉を口にして、ビシッと敬礼をした。

 

それを見た提督は、紙にペンで許可証をササっと書き、提督専用の印を押し、それじゃあ響さんに宜しくねという言葉と共に、暁に渡した。

 

のだが、暁は1回受け取った後、もう1つお願いがあると付け足す。

 

「あ、あの…司令官?こ、この事は内密にしてほしいのだけど…良いかしら?」

 

「えっ…響さんの休暇のことを?良いけど…理由を聞かせてくれるかな?」

 

「ほ、ほら!あの子って目立つの嫌いじゃない!そ、それに…私が勝手にこんな事したって知ったら…また怒ってくるかもだし…」

 

なるほど、確かに一理ある。そう思った提督は、自分の許可を取り消す事はしなかった。

 

一方で暁は、その許可証を4つ折りにした後でポケットに入れ、執務室を後にした。

 

それを見届けた後、提督は机から日記帳(俗に言う行動調書)を出してこのことをメモする。そして…そのタイミングで赤城が訪れるのだった。

 

~~~

 

提督は気が付けなかった。執務室から退散する際、暁が酷く歪んだ笑顔を浮かべたことを。そして彼女の真意を。

 

何であれ、暁は響の長期休暇をこの手にした。だがその感動を胸に秘める前に、彼女はある場所に向かった。

 

自分の計画を進めるために1度、寮に帰る必要があったのだ。そしてそこには、体力仕事を終えた後のティータイムを楽しむ仲間達がいた。

 

「あ、あ、あ…暁!?」

 

「あ、暁ちゃん!?どうしたのです!?」

 

当然ながら、1番驚いたのは雷と電だった。彼女らはあの暁の様子を知っていたから、1日2日じゃ元に戻らないと踏んでいたのだ。

 

だから、彼女らにとっては嬉しい誤算だ。雷と電は慌てて席を立ち、自分らの長女に勢いよく抱きつく。そして揃って涙を浮かべた。

 

「ご、ごめんなさい…!」

 

「よ、良かったのです…!暁ちゃんが…このまま帰ってこなかったらどうしようかと…」

 

2人はムギューッと暁を抱きしめる。もう2度とあんな酷いことはしないという覚悟が伝わるように。これからも仲良くいられるように。

 

暁はそんな2人の頭を撫でる。

 

……本当の感情を悟られないように。

 

こちらこそ意地の悪いことをした…とか心にも無い謝罪の言葉を口にしながら。

 

2人は久し振りに姉の言葉を聞けて満足そうだったが、正直言って暁はうざったくてしょうがない。今すぐにでも押し退けてしまいたい。

 

もちろんそんなことはしない。怪しまれるに決まっているから。自分は元気だというのをアピールしなければならないから。

 

そして2人に別れを告げ、暁は自分の部屋に戻り、入り口の鍵を閉め、カーテンも閉め、床にゴロンと仰向けになった。

 

「うふふ…」

 

そのままポケットから例の許可証を取り出し、破らないようにそっと開く。部屋にそのクシャクシャという音が鳴る。

 

そこには提督の優しさを感じる字と、それに対抗するように雄々しさを見せる印があった。内容は既知の通りだ。

 

「は、ははは…」

 

暁はその内容を改めて確認し、紙を2つ折りにして胸に当て、目を閉じる。

 

……提督に嘘をついたという罪悪感が無いと言えば嘘になる。だがそれ以上に…今から自分がやろうとしている事に対する背徳感の方が強い。

 

暁は紙を胸に当てたまま、ガムシャラに横に転がった。満面の笑みを浮かべて、湧き上がった興奮が収まるまでずっと。

 

「……待っててね、響」

 

そう呟き、暁は夜まで適当に過ごす。途中で妹らの料理を手伝ったりしたが、彼女にとってはただの健康アピールに過ぎない。

 

~~~

 

暁が退院したということで、ようやく鎮守府はいつもの空気を取り返したようだ。

 

日がほぼ落ちる時間帯になると、ぞろぞろと入渠場に向かう人影が見て取れる。そんな中、単独行動をしていたのが暁だ。

 

「ふふっ…本当は夜中にしたいけど、川内さんに見つかるかもだもんね」

 

もちろん、雷と電にお風呂に誘われた。それを断っては疑わられると考えた暁は、それを了承するも、遅れるとだけ告げる。

 

暁は必要な物が入ったカバンを手にして、いつものあの場所に向かった。響が自分らと入渠場に行く時間をずらしているのは百も承知だった。

 

今ごろ、他の奴らは入渠場に集っている事だろう。そして運の良い事に、現在の海風は北上と駄弁る為に巡洋艦寮にいる。

 

……不敵な笑みを作るのが我慢出来ない。彼女はもう背徳感だけで動いていると言っても過言でない状態だった。

 

彼女は途中、コンテナ置き場に立ち寄る。そしてそこにある台車を見つけると。

 

予め細工をしておいた小さい手拭いをカバンから取り出してポケットに仕舞い、残りのカバンを台車に乗せ、それを押し始めた。

 

……ガラガラとタイヤの音がする。だが先程記した通り、この音に反応するものは居ないだろう。

 

いるとすれば、現在の所在が分からない長門だが、恐らく彼女は仕事中だ。こんな場所にいるはずがないだろう。

 

「さて…と。この辺りかしら」

 

目的地も近い。暁は1回台車を置いて徒歩で近づいた。そして…自分の目的の人物が、寂しそうに1人でいるのを確認すると。

 

高鳴る鼓動を抑えつつ、台車の元へ引き返す。そしてカバンの中から、音を立てないようにそっと、ある物を取り出した。

 

いつかやろうね!と雷らと約束をし、自分の部屋に放置してあった花火だ。彼女はその中から手持ち吹き出し花火と予備の導火線を取り出し。

 

元々あった導火線と結ぶ。補足をしておくと、ここはコンクリート道の為に水分1つなく、周りに火の気もない。そして今日はたまたま風も弱い日だ。

 

まさに絶好の花火日和だろう。暁はそう思って微笑み、導火線を約1尺の長さにしたその花火を、位置を調整して地面に置き。

 

カバンからマッチを取り出した。その際に、まだ響がそこにいる事も確認済みだ。

 

「ふふっ…今、行くわ…響…」

 

そう言い、暁は導火線に引火するよう、火を付けたマッチを地面に落とし、着火したのを確認して、彼女は急いで移動するのだった。

 

……その時の彼女の瞳に、灯された火が無かったというのは、今更の話だろう。

 

~~~

 

「良い景色だ」

 

いつ見ても太陽は美しい。響はそのことを今も再確認している。その一方で少し不安要素があるのも間違いでない。

 

だがそれは暁の退院のことではなく、長門のことである。彼女は昨晩、自分達にショッキングな事を打ち明けた。

 

復活早々、毒を盛られかけたと。

 

「……はぁ。予想以上だね」

 

溜息をつく。瑞鳳が長門や自分らを嫌っているのは、あの歓迎会の件からも分かってはいた。みっともない復讐もしたし。

 

しかし…まさか復活初日から手を出してくるとは、流石に考えていなかった。

 

取り敢えず長門が無傷だから良かったが、これからも警戒を怠るわけにいかないだろう。

 

「全く…海風がこっ酷く嫌うわけだ」

 

案の定、この件を聞いた海風はキレていた。その場は北上が静止してことなきことを得たが…あの静止がいつまでも続くとは思えない。

 

彼女の見張りは、同じ寮で過ごす自分の仕事で相違ない。響はそれを自問自答して確認しながら、溜息をつくのだった。

 

そんな時だ。何の予兆もなく、不意にその音は聞こえてきた。

 

「ん…。これは…?」

 

日常生活という観点に立っていると、あまり聞き慣れない音だ。何というか…お風呂のシャワーの水を思い切り出したような音。

 

響は直ぐにその場を立ち、音のする方に向かう。そこは此処からは完全に死角だが、1回曲がるだけのかなり近い場所だった。

 

……響は音に夢中で気が付いていない。背後から這い寄ってきている悪意に。

 

何であれ、響は直ぐにその場に向かい、その音の正体が花火なのを確認する。そして直ぐに彼女は首を傾げた。

 

当然だ。今が花火のメインシーズンとは言え、まだ日は落ちていないし…。

 

何より、火がついた花火だけがコンクリートの上に落ちているという状況自体が異質だし、そもそもこいつは地面に置くタイプじゃない。

 

「何で…どうして…?」

 

訳がわからない。だがこの少ない情報で判明したことは、まだ火が付いている事から、発火させた張本人がまだ近くにいる事と。

 

 

 

……花火が立てていた大きな音が、人の足音や気配を消していたということだ。

 

 

 

「むぐっ!?」

 

一瞬の出来事だった。背後から寄ってきた何かが、不意に響の鼻と口を手拭いで押さえつけたのだ。

 

そいつは何を言うわけでもなく、ただただ無心で響を思い切り抱きしめていた。

 

当然、響は必死に抵抗をする。身をよじらせ、押さえつけてくる手を引っ掻き、踵で背後にある物を蹴ってみる。

 

だがそれらの抵抗は全く通用しておらず、そのまま呆気なく響は意識を失ってしまう。

 

響が最後に見た光景は、自分とほぼ同じ太さの、誰かの両腕だった。

 

 

 

「あはっ、あははっ!やったわ!」

 

目の前に倒れた響を見て、暁は今日1番の笑みをこぼす。だがここでノンビリしているわけにはいかない。

 

暁は慌てて台車を取りに行く。心の中では、入院中にお見舞いとして睡眠薬を持ってきてくれた赤城に感謝をしていた。

 

「ふふっ…後は…」

 

台車を響の隣に設置して、その上に響を引きずって載せる。そして完全に燃え尽きた花火と、使用済みのマッチ棒を海に投げ捨てる。

 

その後は直ぐに、響を落とさないように気をつけながら、急いで台車を走らせるのだった。

 

~~~

 

……鎮守府が寝静まる頃。暁は1人起きていた。目的を達成したという達成感から興奮が収まらず、今もこうして、真っ暗な広間を当てもなくブラついている。

 

だが頭は冷静だった。彼女は計画遂行のために必要なものを考えていたのだ。しかし今は特に名案が浮かぶことはなかった。

 

「まぁ…取り敢えずはご飯よね」

 

暁はそう呟き、ルンルンとスキップをしながらキッチンに向かう。そんな彼女の瞳には、淀んだ光が爛々と灯っていた。

 

 

 

駆逐艦寮。その物置。照明は付いていないが、外から差し込む月明かりだけで十分明るい。

 

……どの寮にもこの様なだだっ広い物置はあるが、駆逐艦寮の物置はほぼ使われない。

 

というのも、入り口の扉が重た過ぎて駆逐艦には厳しいため、なるべく出入りしなくて済むように、駆逐艦らが気をつけているのだ。

 

「ぐっ…うっ…」

 

そんな場所で響は目覚めた。彼女は目を覚ましてまず、激しい頭痛に襲われる。何か体に悪いものを嗅がされたような…そんな感じの頭痛だ。

 

当然ながら、頭痛を感じたら反射的に手を頭に当てるのが常だろう。だが響はそれをしなかった。正確に言うなら出来なかった。

 

……響の手に手錠がはめられていた。

 

(なっ…!?)

 

響は困惑した。自分の置かれている状況が理解出来なかった。何とかして手錠を外そうと試みる。

 

そうしてるうち、ある事に気が付いた。手錠はどうやら壁と水道管の間に嵌められているようで、立ち上がること自体は可能だと。

 

だが…自分は万歳をして頭の後ろで手錠をかけられ、その輪の中に太い水道管が通り、また水道管を壁に固定する金具の関係で、微妙な位置までしか動けない。

 

よって、立ち上がった所で厳しい態勢になるだろうことは、想像に難く無かった。というか実際に立ち上がって見ると、非常にキツかった。

 

(クソッ…何で…)

 

響の顔には焦燥が浮かんでいた。そんな中でなるべく冷静に周りを見渡すと、取り敢えず自分がいる場所が倉庫なのは分かる。

 

そして…床の材質を確認すると、いづれかの寮内倉庫なのも分かった。だが理解出来たのはその程度、そもそものことが何も分かっていない。

 

(何で…こんな目に…?)

 

彼女の顔には涙が浮かびかけていた。そんな彼女への救いの手か追い討ちか…。不意に入り口の扉が開き、誰かが入ってくる音がした。

 

響は少し困惑する。だがもしかしたら誰かが助けに来たのかもしれない。

 

……今の彼女の口にはガムテープが貼られている。よって響は言葉を出すことが出来ない。だか彼女は持てる限りの力で叫ぼうとした。

 

その人物の姿を見るまでは。

 

「あっ…響…。目を覚ましたのね」

 

暁だ。彼女の手にはオニギリと飲み物が握られており、響は助けに来たものだと思う。

 

だが…そんなのは有り得ない。彼女はたった今、自分がさっきまで眠っていた事を知っているという旨を口にしたし。

 

何より、暁の左手に引っ掻き傷があった。それが何を示すかは、まだ頭が混乱している響でも直ぐに理解出来た。

 

……響は抵抗するように暁を真っ直ぐに見つめた。立つのに疲れた彼女は横になっていて、暁を見上げる形になったが、それでも鋭い眼光だった。

 

そんな彼女の瞳に少しドキッとするも、暁はオニギリと飲み物を響の横に置く。

 

そして…何を思ったのか、彼女は響の上に被さるように馬乗りをし、響の口からガムテープを剥がした。

 

響は更に困惑をするのだが、そんな事など気にせず、暁は恍惚の表情を作って響の顔に手を這わせ、うふふと笑った。

 

「そうね…何処から話そうかしら」

 

……その後、畏怖の念が隠せていない響を優しくなだめつつ、暁は長期休暇の件を話した。あの許可証を響に見せた。

 

もちろん提督に話した理由は嘘だとも告げた。

 

だが…響が聞きたかったのはそこじゃない。聞きたいのは自分をどうして監禁したかだ。経緯ではなく理由だ。だから彼女は暁にそう告げた。

 

「……理由?そんなの決まってるわ。響に謝罪するためよ」

 

「謝罪…?人を拉致って拘束することが…?ははっ、面白い冗談だ」

 

思わず愛想笑いをする響。暁は少しムッとしたが、直ぐにもう1度話し始める。

 

「あの時…響に言われたこと。考えたけどやっぱり響が全面的に正しいわ」

 

そう、暁はずっと1人で考えていた。あの夜の時に言われた響からの言葉の真意を。

 

その結論に至った時、すーっと胸が晴れたような気がした。暁はそう響に告げる。

 

「結論…?それがどうした?」

 

「……気付いたのよ。響がどういう気持ちだったかって。1人がどれだけ辛いかって」

 

そう言いながら、暁は響の両頬を手で挟む。響は恐怖で表情が歪みかけたが、暁に悟られないようにグッと堪える。

 

「寂しかったのよね、響」

 

「……は?」

 

「響、言ってたじゃない。1人が寂しいのは認めるって」

 

「あ、あぁ…」

 

暁の瞳から段々と光が消えていくのが分かる。その上、手で自分の頰を指で優しく撫でてくるもんだから、怖くて仕方ない。

 

「私…1人になって、その寂しさを知ったわ。でもまだ片鱗しか味わってない。貴方に知った風な口を聞くことはまだ出来ない」

 

「は、はぁ…」

 

「でも…片鱗だけでも、私はとても耐えられなかったわ。そして…これよりももっと寂しい思いを、響は味わってたのよね」

 

……段々と理解が追いつかなくなってきた。もう言い返すのもしんどくなってきた。

 

「だから…私、考えたの。そんな寂しさを味わってきた響に何が出来るかって」

 

一方で暁は、精密な機械の様に淡々と響の頰を撫でながら、淡々と言葉を口にしていく。そして段々と頰を赤らめていく。

 

「本当は、響の寂しさを無くせられたらと思うわ。でもそれは普通に無理よ。今までに起きた過去はどうにも出来ないもの。だから…ね」

 

そして…恥ずかしそうな顔をして、もう近付けるだけ響と距離を近付け。

 

「……もう響を1人にさせたくない。あと、響の悲しみも寂しさも全部受け止めたい」

 

と、真っ直ぐに思いの丈を伝えた。それに対する響からの返事は無かった。

 

というのも、響は知っていたのだ。こういう頭のネジが1本しかない奴の相手をする時は、刺激しないようにするのが吉だと。

 

よって響は黙ったままを貫こうと決めていた。本音を言うと怖くて仕方ないのだが、それでも暁に屈しないと覚悟を決めていた。

 

しばらく間を置いた後で、暁があの衝撃的なセリフを吐くまでは。

 

……響が静かに自分の話を聞いてくれた事に喜びを見出す暁。そこから生まれた衝動で、暁は思わず響に勢いよく抱きつく。

 

そして彼女は不意にこう呟いた。

 

「……はぁ。やっぱり本物は良いわね」

 

そう、この一言が響の恐怖を思い切り煽ったのだ。耐久力の限界まで持っていったのだ。黙秘を続けると決めていた響も思わず言及する。

 

「本物…だと?」

 

「えっ…あ、そういえば言ってなかったわね。ふふっ、ごめんね響」

 

「そ、そんな事より説明を…」

 

「あの時からみんなが響に見えるのよ」

 

……サラッと言ってほしい言葉ではなかった。響は自分の頭が突沸したような感覚に陥る。こいつは本当に何を言っているんだ?

 

何故か分からないが、動悸が激しくなっている気がする。自分が過呼吸になっている気がする。

 

「もう…偽物は目も当てられないわ。本物はあんな変な口調で喋らないもの。ホント、響の見た目で『~のです』とか…気持ち悪い」

 

……響はゾッとした。つい先日までその「~のです」という口調のそいつを守ろうとしていた奴のセリフとは思えなかったから。

 

「響はそんな気持ち悪い話し方しないものね。やっぱり本物が1番良いわ。ふふっ」

 

暁のそのセリフに黙って頷く響。正直にいうと今の暁が1番気持ち悪いと思うのだが、流石にそれを口に出すことはしなかった。

 

そんな時、ふと暁は壁にかかっていた時計を見た。現在は日付をまたいだ辺りだ。

 

「あっ、そうだ!私もそろそろ寝ないと!それじゃあ…響、また明日」

 

「ま、待てっ!帰る前にこの手錠を外してから…ムゴッ!」

 

必死になって抵抗するも、手が使えない以上ロクなことは出来ない。暁は少し乱暴に響の口にガムテープを貼り直した。

 

「大丈夫よ響。これから定期的にお話ししに来てあげるから…ね?」

 

「ムーッ!!ムーッ!!」

 

響は必死に口を動かしてガムテープを外そうとするが、かなりキツ目に貼られており、そもそも口が殆ど動かなかった。

 

その後、彼女の抵抗も虚しく、倉庫内にドアが閉じる音だけが拡がる。

 

(う、うぐ…)

 

そして響は気付く。暁が居なくなると、この倉庫は本当に静まり返ると。

 

この倉庫は創立当初、火器の試験場だったらしく、その名残として入り口も壁も防音防振だ。

 

だから、入り口の扉が開かない限り、この寮内で何が起きているのかも分からないし、外からの音も聞こえない。聞こえるのは時計の針の音だけ。

 

その不安を煽る状況と、さっきまで受けていた狂気、今からずっと1人だという自覚。

 

その他諸々が重なって、あのクールビューティが売りの響も、暁が居なくなった後は涙をポロポロとこぼすしかなかった。

 

(誰かぁ…助けてよ…)

 

手が塞がれているから、頰を伝う涙を拭くことも出来ず、それがむず痒くて煩わしい。

 

(北上ぃ…長門ぉ…海風ぇ…。誰かぁ…)

 

……その後の倉庫内では、涙を浮かべた少女が床を踵でコツコツと叩く音だけが響くのだった。

 

~~~

 

「あぁ~!良い夜だね~!」

 

日付が変わろうとしている辺り。伸びをしながら寮内の廊下を歩く川内がいた。

 

昨日より時間が遅いこともあり、人の気配は殆ど消えており、その中で川内は、腹ごしらえにキッチンに向かっていた。

 

「……おろ?」

 

そしてキッチンに入ると、机の上にデンと置かれているオニギリに目がいった。側には小さい紙切れも置かれている。

 

川内は不思議そうな顔をしてその紙を手に取り、書かれている字を黙読する。

 

「……ふっ。やっぱり神通は良い人みたいだね~。誰に似たんだか」

 

と、自惚れたことを言う川内。その紙切れには「川内さんの夜食はこれから自分らが作る」という旨が神通の名と共に記されていた。

 

川内は笑みを浮かべて、その大きいオニギリにかぶりついた。中は高菜だった。恐らく晩御飯の余りだと思われる。

 

「……さて。準備運動だけして、今日も外に繰り出しますかね~」

 

そして川内は、オニギリをペロッと平らげ、水を1杯一気飲みした後、肩をぐるぐる回しながらキッチンを後にする。

 

~~~

 

今日は思い切って提督邸に潜入してみよう。川内はそう思っていたのだが、それより先に行きたい場所があった。

 

鎮守府の入り口近く。そこには寮などから出たゴミ袋が溜まっている、ゴミ捨て場があった。川内はそこに着いていた。

 

「さて…と。隠密調査にゴミ袋漁りは定番だからね~。頑張りますか!」

 

寮内の日程表に、明日の朝が回収日と書かれていた。ならこれを行うのは今日が1番最適だろうと踏んだのだ。

 

因みに…他はどうか知らないが、鎮守府から出るゴミは生ゴミが主なので、それは砕かれて農家に行くらしいから、割と需要があるらしい。

 

そう、ゴミの大半は生ゴミだ。

 

「ぐっ…臭いが…でも負けないよ!」

 

本当なら思い切りぶちまけたいが、さっきからカラスの視線を感じるので、仕方なく1袋ずつ慎重に開けていく。

 

中から出てくるのは…生ゴミ、生ゴミ、生ゴミ。川内は思わず鼻を曲げる。

 

たまに…割れた皿や、少し血がついたラップなども出て来るが、目ぼしい物は見当たらず、出て来るのは生ゴミだらけ。

 

そんな作業を繰り返す。そして5つ目に差し掛かった時。さっそく大物が。

 

「えっ…何これ…?」

 

明らかに…1個だけ異質な瓶があった。ラベルには明らかな髑髏が描かれており、川内はそれを手に取った時、少し悪寒がした。

 

川内はそれを暫く手に取ってぐるぐる回し、詳細を探る。だが中身は空っぽだし、入ってたとしてもフタを開ける勇気は無かった。

 

ラベルも髑髏以外は何も書かれていない。それでも川内は気になって仕方ないから、それを持って帰ることにした。

 

……その一連の流れで、どうやらノンビリし過ぎたらしい。川内はハッと殺気を感じ、バッと後ろを振り向いた。

 

「うわ…やべっ!」

 

そう、カラスが5、6匹やってきていたのである。狙いはもしかしなくてもゴミ袋だろう。川内は慌ててそのゴミ袋を元に場所に戻す。

 

そして…カバーを隙間が出来ないように丁寧にかぶせた。それとほぼ同時に、カラスが大合唱を始め、川内を突き始めたのだ。

 

エサを取られると誤解されたのだろう。

 

「ちょちょっ!痛い痛い!」

 

川内は怪しい瓶をブンブン振り回しながら、その場を退散した。暫くはカラスも追ってきたが、まもなく姿を見せなくなった。

 

 

 

無我夢中で走っていたもんだから、カラスがいつのまにか居なくなってたのも、提督邸に着いていたことも、暫く気が付かなかった。

 

「あいてて…」

 

首筋を中心に、肌が出ていた部分を集中的に攻撃された。まだ少しヒリヒリしており、川内は少しテンションが下がっている。

 

……隠密に行動しようとしていたのに、何故か川内は正面玄関から堂々と侵入を試みる。

 

「あれ…?鍵が開いている?」

 

扉はあっさり開いた。川内は少し驚き、それでも有難いと思って提督邸内に足を踏み入れた。周りに人の気配は無かった。

 

そして足音を立てないように慎重に室内を彷徨いている時、ふと気が付いた。

 

そう言えば、瑞鳳の入院中に鍵がかかっていたのは、提督が不在だったからだと。夜の間は中に誰が居ようと、提督が不在なら鍵がかかる。

 

ということは。

 

「もしかして…いやもしかしなくても…」

 

川内の足は無意識のうちに執務室に向かっていた。自分が今立てた仮説が正しいかどうかを確かめるために。

 

そして…川内の仮説は正しかった。執務室の入り口をソッと開けた時、執務室の机に突っ伏している提督の姿があったから。

 

(やっぱりだね~。ということは…私の活動時間中は、玄関のドアの鍵で提督が何処に居るか分かるわけだ。これは便利だね~)

 

川内はイシシと笑った。というのも、前鎮守府の時は何故か自分だけ夜の執務室を出禁になっており、それを悔しがっていたのだ。

 

……寝ている提督の顔に落書きして、執務室のお菓子をこっそりつまみ食いし、秘書艦の下着を盗むことは確かにした。だか川内は、出禁の理由に微塵も心当たりがないようで。

 

(全く…嫌なっちゃうよね~)

 

昔のことを思い出して少しムスッとし、執務室内にあったタオルケットを提督にかける。

 

取り敢えず…書類整理をしている途中で力尽きたのは見たら分かった。提督は眠りについているが、左手にはペンが握られていたから。

 

川内はそんな提督を起こさないように、こっそり机上の書類に目を通し始める。と言っても、その大半は注文書のようだ。

 

(なるほど…他鎮守府からの物資要請が殆どだね~。あ、これはこっちからの注文書だ。提督、ずっと工廠に篭って何か作ってるもんね~)

 

などと書類を吟味する。真面目に机に向かうのがあまり得意でない川内は、彼のマメな性格に感心しつつ、作業を続ける。

 

そんな中、川内はある冊子を見つけた。それは書類と書類の間に挟まれており、1冊だけ表紙が真っ黒であった。

 

それを、紙束が崩れないように引き抜き、表紙の見出しを見る。黒表紙だったのと部屋が暗かったのとあり、非常に読みづらかったが。

 

(えっと…行動調書…かな?)

 

宙に掲げてあれこれ挑戦した結果、その文字はそう読めた。そして…特に深い興味をそそられた訳でもなく、スッとその冊子を開く。

 

どうせ他の書類の内容がそのまま写されているだけだろう。そう思っていたから、この小さい文字を注意深く読むつもりは無かった。

 

だが、此処で思わぬ収穫をする。最後の1ページに気になる記述があったのだ。

 

「……長期休暇?」

 

今日の夕方、駆逐艦:響に長期休暇を与えた。そのページにはそう書かれていた。理由もきっちり体調不良と記されている。

 

川内はふと考えた。確かに響は今の状況下では、あまり人前に顔を出さないにしても。それでもそんな風に見えた記憶はない。

 

(一体誰が…どうして…?)

 

その上、この記録には何か違和を感じる。川内はそれが気になって仕方ない。

 

だが…それが何か分からず。提督が目を覚ましたような気がしたので、慌てて川内はその部屋を後にするのだった。

 

 

 

「ふぃぃっ!危なかったね~」

 

川内は高鳴る鼓動を何とか静め、そのまま提督邸内を散策して周る。と言っても、そんなめぼしい物はもう何も見つからない。

 

後は…どの鎮守府にもありそうな設備だらけだ。提督の仮眠室や客間。専用の備蓄倉庫やブレーカーなどである。

 

もちろんそれぞれ詳しく調べた。と言っても備蓄倉庫に気になるものは特に無く。

 

ブレーカーも例の防衛システムの電源も担ってたというぐらいで、特に驚くべきことでもなんでもないだろう。

 

「うん。大した収穫無かったね~。今日はさっさと帰りますか!」

 

川内はそう言い、鼻歌交じりに提督邸を後にするのだった。

 

~~~

 

「ふぅ…やはり夜が落ち着くな」

 

そう言いながら鎮守府内を歩いていたのは長門だ。と言ってもブラついていたわけではない。

 

「さて…響を探さなくてはな」

 

そう、長門は響を探していた。というのも、今日は晩御飯の後で一緒にお風呂に入る約束をしていたのだが、響が来なかったのだ。

 

……あの響が約束を忘れるとは思っていなかったし、何となく悪い予感がした長門は、北上や海風にも内緒でこうやって探し回っていた。

 

因みに、真っ先に駆逐艦寮には行った。こっそり響の部屋まで行った。しかし中に彼女の姿は無く、部屋が荒らされている感じも無かった。

 

「はぁ…響の奴は何処に行ったんだ?」

 

呆れ顔で歩く長門。もう鎮守府内の大体は周り切ったから、後は提督邸だけである。

 

そして…長門も気が付いた。玄関の扉が開いている。どうやら今は提督が在宅らしい。

 

「……珍しいな、提督が在宅とは。今日は何か特別なことでもあったのだろうな」

 

長門はそう独り言を呟きながら軽く笑い、慎重に扉を開け、中に足を踏み入れた。

 

 

 

(なっ、あれは…!)

 

そこで長門は思いがけない出会いをする。それはふと執務室に向かおうとした時だった。

 

その執務室から、勢いよく川内が飛び出してきたのだ。彼女の身のこなしがまさに忍者のようで、目にも留まらぬ速さだった。

 

後ろ姿しか見えなかったから、彼女がどのような表情をしていたかは分からないが、何となく焦っていたように感じられる。

 

(……どういうことだ?)

 

これは流石に気になる。長門は川内を無視して、黙って執務室に侵入する。中に入ると、提督が机の上でグッスリ眠っているのが分かる。

 

……机上が少し荒らされていた。恐らく川内が書類を読んでいたのだろう。長門はその中でも最も目の引いた黒表紙を手にする。

 

(これは…さては行動調書か。提督は真面目だからな。しかしこれがどうして…?)

 

長門は色々と疑問が浮かんだが、それを払拭するように、黒表紙をパラパラとめくる。

 

部屋が暗いせいで細かい字を読むのは億劫だが、それでも最後のページは目に付いた。

 

(なっ…長期休暇だと!?)

 

思わずガッと目を見開いてしまう。それもそうだろう。響の長期休暇の話など、今の今まで知らなかったからだ。

 

日付は今日の夕方。自分と響が会う予定だった時間の数時間前。しかも原因は体調不良らしい。

 

……おかしい。

 

(体調不良…だと?馬鹿な。そんな様子には見えなかったぞ?というか)

 

何より気になるのは、この長期休暇を要請したのが誰なのかが書かれていないことだ。

 

確かに響は目立つのが嫌いなタイプだ。とはいえ自分達に何も言わずに突然いなくなる事があるだろうか?長門はそう考えた。

 

……長門は少し焦っていた。だからこの記録の1番おかしいところに気が付けなかった。

 

何であれ、長門は真っ先に北上らに伝えることを考えた。だが時間の関係上、今から寮に押しかけるわけにもいかない。

 

その上、北上らに言い忘れていたが、自分は明日、午前の鍛錬を返上しての仕事が入っている。会って伝えることもままならない。

 

となれば、取れる方法は後1つ。

 

(……仕方あるまい。あそこに行こう)

 

そう、鎮守府の外れにあるあの元船渠にメモを残すのだ。あそこは自分らしか近づかないから、確実に伝言が伝わるだろう。

 

さっそく長門は行動に移す。寝ている提督の左手からペンを抜き取り、机上のメモ帳を1枚破り、この旨を記した。

 

その時、長門は気が付いた。そう言えばさっき川内がこの部屋から出て来たじゃないかと。もしかしたら響の長期休暇を申請したのは…。

 

(いや、無いな)

 

長門は自分の仮設を直ぐに否定した。提督の体にタオルケットがかかっていたからだ。川内がかけたと考えるのが妥当だろう。

 

ということは、川内が来た時点で提督は寝ていたことになる。

 

……これだけでは無実の理由には少し弱いが、長門の直感が「川内は無実」と告げていた。

 

(さて、少し急ぐとするか)

 

長門はメモを書き終え、ペンを提督の左手に戻した後、執務室を後にするのだった。

 

~~~

 

翌朝。正確に言えば数時間後。

 

駆逐艦寮のとある一室から、少し騒がしい声がする。少し寝坊した暁を、雷と電が起こしに来たのだ。

 

「ほら起きなさい!もう朝日はとっくの昔に顔を出しているわ!」

 

「お、おはようなのです…」

 

そんな2人のモーニングコールを聴きながら目を擦る暁。彼女は欠伸をしつつ、改めて2人の顔を眺める。

 

……やはり見た目は響に見える。しかし昨日と違うことが1つ。暁はその事にも直ぐに気が付いた。そして不快感を隠さなかった。

 

(ちっ…遂に声まで響に…。響の声でそんな口調で喋んないでよ)

 

見た目だけでなく声まで響に聞こえてきた。だが暁はそれ自体には何とも思わない。

 

それよりも…響らしからぬ口調で話しかけられること。そっちの方が不快感極まりない。

 

暁は大きく溜息をつく。雷と電はそんな暁を心配そうに眺めるも、直ぐに朝食を食べに向かうため、部屋を退出するのだった。

 

……広間にも色んな響が居る。自分を眺める2人の響。こちらに興味も示さない2人の響。そして…部屋の端の方で1人ポツンと座る響。

 

暁は一瞬それを本物かと思ったが、絶対に違うと思い直す。

 

本物は倉庫に居るはずであり、また響と共に行動していた駆逐艦が1人いたはずだから。もしかしなくてもあれはその人だろう。

 

暁はそう自分に言い聞かせ、馴れ馴れしい響から受け取った朝食を、席に座って食べ始めた。

 

……その後も暁は苛々しながら時間を過ごした。自分の事情を考えもしない2人の響に話しかけられまくったからだ。

 

(ったく…ボロを出さないようにするだけで手一杯よ。本当に…うざったい)

 

結局、暁はそのストレスに負け、2人より先に朝食をペロッと平らげた後、お詫びの言葉を口にしてそそくさとその場を後にする。

 

退出する暁の様子を眺めていた雷と電は、そんな姉をやはり不安そうに眺めていた。

 

~~~

 

予定変更だ。本当は行く予定なんて無かったが、あんなに苛々させられては無理だ。そう自分を納得させ、暁は早足で倉庫に向かった。

 

「ふふっ…響…」

 

そして倉庫に辿り着くと、暁は念入りに周りを気にしてから、ゆっくりと入り口の扉を開ける。

 

この扉は途轍もなく重いが、中に響が居ると思うと苦に感じない。扉を開ける時の彼女の顔には恍惚の感情が浮かんでいた。

 

……その一方で、中にいた響の表情は死んでいた。不安になるほど絶望の色が出ていた。

 

「ひ、響…?ど、どうしたの?」

 

慌てて駆け寄り、響の表情を見る。そして彼女の瞳が明らかに真っ赤なのが分かり、暁はまたコロッと表情を変えた。

 

そして今回はそっと響の上に馬乗りし、持ってきていた乾パンの蓋を開け、響の口についていたガムテープを剥がした。

 

「……響、ゴメンね?私も本当はずーっと一緒に居たいのよ?」

 

そう言い、乾パンと共に持ってきていた水筒の蓋も開け、そっと響の口に水を注く。

 

久し振りの水だ。響はゴクゴクと飲んで喉を潤し、その顔に少し光を宿した…。

 

「ふふっ、やっぱり本物の響が1番可愛いわね。ずっと側で見ていたいわ…」

 

のだが、再び顔から光が消える。自分に水を恵んだのがただの狂気の塊だったからだ。

 

「……暁。時間は良いのか?」

 

「えっ…あ、そっか!そう言えばそうだったわ、鍛錬が始まっちゃう!」

 

倉庫にあった時計は、鍛錬開始15分前を差していた。響はそれを暁に示唆し、早くこの狂気を自分から遠ざけようとする。

 

今回は上手くいくと思っていた。しかし響にとって1つ予想外のことが。暁が響に思い切り抱きついてきたのだ。

 

「え、ちょ…」

 

「響、私に何かして欲しいことがあったら遠慮せずに言うのよ?もーっと私を頼ってくれて構わないのよ?分かった?」

 

「……あ、あぁ。分かった」

 

平静を装い、返事をする響。正直言って恐怖しか感じない。

 

響は、その台詞は雷の専売特許だとか、良いから早く行けとか、そういう無粋なことは口にせず、適当に相槌だけをうつ。

 

「……響は良い子ね。それじゃあ行ってくるわ。あ、また帰ってくるから安心するのよ?」

 

暁は最後にそう言い、やはりガムテープを響の口に乱暴に貼り付けると、スキップしながら上機嫌で倉庫に後にするのだった。

 

……取り残された響は。自分の変化に驚いていた。この倉庫の静寂に慣れてきたのだろう。

 

(全く。慣れというのは怖いな)

 

それでも、助けを乞うことを辞めるつもりはないし、早く解放されたい。

 

響は視線を時計に向ける。この空間にあるもので、ずっと眺めていて楽しいものは、ずっと動き続ける時計だけだったから。

 

(はぁ…なんだか力が…)

 

暁は今は鍛錬中だろう。何故か分からないが、そのことが響を凄く安心させた。思えば、彼女はこの状況になってから一睡もしていない。

 

(……まぁ良いか)

 

もし此処で眠ってしまったら。寝ている間に暁がもし帰ってきたら。何をされるか分かったものじゃない。

 

それでも…今の響に睡魔に抗う力は微塵も残っていなかった。

 

早くもこの状況に適応しかけている響は、こういう短い自由時間に睡眠を取ろうと決める。そこからの彼女は早く、直ぐに眠りについた。

 

……心の中で助けを求めながら。

 

 

 

続く

 



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第玖話「歪曲~愛情の窪み~」


今回、短い上に面白みが微妙です。
まぁでも次の「拾話」と「拾壱話」が神回になるから、前座って事で許してちょんまげ。



 

朝の鍛錬の中、海風は落ち着かない様子を見せていた。

 

いつもなら、自分の横には響がいる。しかし今日は居ない。しかも鍛錬どころか、朝ご飯の時から彼女の姿は無かった。

 

「響ちゃん…どうしたんだろ?」

 

「うーん。確かに気になるねー」

 

取り敢えず…長門も居ないお陰で人数が余ることは無かったが、音沙汰なしの響と不在理由が分からない長門のことを、2人は心配した。

 

「まーうん。取り敢えず今は目の前のことに集中しよっかー」

 

「え、ええと…。そ、そうですね」

 

こんな時でも不安な顔1つ見せない北上は、純粋に大物なのかただの呑気なのか。海風はそのことも気になって仕方なかった。

 

しかし北上の言う通りだ。今は鍛錬に集中するに限るだろう。

 

今日は柔軟運動が中心で体力をあまり使わないから、これが終わってから行動を開始するのでも、しんどくはないだろうから。

 

「あーうん。だからねー海風ちゃん。ちょっと力が入り過ぎてるよー。痛いよー」

 

「ほぁっ!?ご、ごめんなさい!」

 

……どうやら海風は、同時に2つのことが出来ないらしい。海風は北上にぺこぺこ頭を下げ、北上は気にしてないと返事をする。

 

そんな感じで今日の鍛錬は幕を閉じた。最後まで響も長門も顔を出さなかった。

 

~~~

 

今日も心地よい風が吹いている。天気も良好だ。やはり日差しは厳しいが、風がそれを少し和らげているように感じられる。

 

……鍛錬が終わり、昼食をとった後で、海風と北上は合流していた。

 

「さてー、ここからどうしよっかー?」

 

「うーん。どうしましょうか」

 

頭を悩ませる海風。その一方で北上は慌てず騒がずを決め込んでいるように見える。

 

とはいえ心配なのは北上も同じ。

 

「……じゃあ、取り敢えずさー」

 

あの隠れ家に行こう。もしかしたら何かあるかもしれない。それが北上の提案だった。

 

悩みに悩んでた海風も、結果的に何も思いつかなかったのか、直ぐに北上に同調する。それを見て北上は笑みをこぼす。

 

その後は特に会話もなく、2人は少し早足であの元船渠に向かう。その途中で誰かとすれ違うことは無かった。

 

 

 

海風が周りを見渡し、誰も居ないことを確認すると、北上がそっと扉を開ける。中に人の気配は感じられなかった。

 

「……居ませんね」

 

ボソッとそう呟き、溜息をつく海風。一方で北上は無言で中に入ると、玄関前に立ち尽くしていた海風を招き入れた。

 

「でもー収穫はあったよー」

 

「え?そ、それ何ですか?」

 

「まあまあー。こっちおいでよー」

 

北上は気が付いていた。いつも自分達が使っている椅子の上に1枚の紙があると。彼女はそれを手に取り、海風にヒラヒラとかざす。

 

海風は部屋に入る時に扉を閉めた。そのことでこの部屋は真っ暗になるも、北上らにはこういう時用の秘密兵器があった。

 

「よっと。これで見やすいねー」

 

……この建物の電気は既に止まっている。正確に言えば蛍光灯が全て撤去されている。その所為で扉を閉めると、隣の人物の顔も見えなくなる。

 

だから北上はこの部屋に秘密兵器…大量の探照灯を持ち込んでいたのだ。

 

「あ、明るい…。こんなに沢山の探照灯、どうしたんですか?」

 

「あーうん。提督邸からくすねて来たんだよー。川内さんのー引越し挨拶品らしいよー。まぁねー提督は困り顔だったよねー」

 

「め、迷惑ですね…。この鎮守府で夜戦なんて殆ど無いのに…」

 

「でもこうして役に立った」

 

「……ですね」

 

そんな会話を交わし、北上も海風も椅子に座る。もちろん隣同士くっついて。この時にようやく2人とも目が慣れて来たようだった。

 

そして、北上が手にしていたメモを2人は目を通した。1番上に自分ら2人の、最後の方に長門の名が記されていたのが最初に目に入る。

 

だがそんなことは、そのメモの内容で全てかき消される。そのメモには響の長期休暇の件と、長門が1日中仕事なのが記されていた。

 

そして…2人とも反応は同じだった。初めてあの調書を読んだ長門と同じ反応だった。

 

「ふぇっ?ちょ、長期休暇…?」

 

「しかもー体調不良だってー。何かあったのかなー?何か知ってるー?」

 

「し、知りませんよ!」

 

口調はのんびりだが、明らかに焦燥の顔を浮かべている北上。口調だけでなく、態度にも焦燥が隠せていない海風。

 

何であれ、これは普通じゃない事態だ。取り敢えず、此処で立ちすくんでいる場合じゃないのは間違いないだろう。

 

2人はアイコンタクトを取り、北上が探照灯を消していく裏で、海風が入り口の扉をそっと開け、周りを見渡す。

 

そして近くに誰もいないことを確認し、長門のメモをポケットに入れた北上を呼び、2人で同時に元船渠を後にするのだった。

 

~~~

 

「ま、待ってくださいよ~」

 

早足というか、もう競歩のレベルで歩いていた北上。海風はそれについて行くだけで精一杯のようで、軽く息切れをしていた。

 

しかしそれでも北上の足は止まらない。その事が海風を真面目にさせる。あの北上が無言のままで焦っているのだから。

 

それでも北上は早かった。提督邸に着いた頃には、海風は1度立ち止まり、膝に手をついて中腰になって、息を整えるしかなかった。

 

「……あ、海風ちゃーん、大丈夫ー?」

 

「だ、大丈夫…れふ…へへ…」

 

過呼吸気味になりながら、こうべを垂らしつつ片手でピースを作る海風。正直に言って大丈夫には全く見えなかった。

 

「まーうん。私は先に行くけどー、海風ちゃんは少し休んでからー、ね?」

 

「は、はひ…。分かりました…」

 

……前から思っていたが、どうやら彼女は体力に難があるようだ。そんな言うほど貧弱でも無いのだが、やはり不安な要素が垣間見える。

 

北上は海風の頭を優しく撫で、提督邸の壁際にしゃがませ、自分は建物の中に入った。いつも通り中に人影は無かった。

 

 

 

聞いたことがある。真昼間から提督邸がこんな静かな鎮守府は、かなりのレアケースだと。

 

昔はこの提督邸も割と騒然としていたが、それは自分達の住居でもあったから。

 

今は此処と自分らの家が分離しているから、提督邸がとても静かなのだろう。

 

……だから何だという話なのだが。とにかく、今の北上にはこの静寂が心地よかった。しかし今はその心地良さを味わっている余裕はない。

 

北上は焦燥のあまり、執務室に入る時にノックするのを忘れた。もし中に提督が居たら、間違いなく怒られていただろう。

 

(……やっぱり不在かー。まぁあの人が此処にいる方がレアだもんねー)

 

北上はそう思いつつ、執務室の机に目を向けた。今日は珍しく目立つ位置にメモが残っていた。どうやら提督は墓参り中らしい。

 

となれば、やる事は1つだ。因みに…親切な事に、長門のメモには情報源も記されていた。

 

「えっと…黒表紙の冊子…」

 

北上は机上の書類の山を調べ始める。と言っても、そんな黒表紙なんて目立つ色の冊子が、此処に無いのは既に分かっていたが。

 

そうして作業を続けていると、不意に執務室の扉をノックする音が聞こえた。

 

北上はドキッとして、書類をパッと整理して元に戻し、机の下に隠れた…のだが。

 

「し、失礼しまーす…」

 

声の主が海風なのに気付くと、直ぐに机から顔を出した。海風はそんな北上を見て驚き、少し笑ってから北上に駆け寄った。

 

「それで…北上さん」

 

「それがねー。見つからないんだよー。提督が持ってっちゃったのかなー?」

 

頭をポリポリ掻きながら、少し申し訳無さそうにそう言う北上だったが、海風は直ぐにある事に気が付く。

 

机の引き出し。その内の1つが半開きになっていたのだ。海風は北上にそれを告げて、その引き出しをそっと開けさせる。

 

……ビンゴだった。開けた中から出て来た真っ黒なその冊子は、触ることすら恐ろしいような…そんな雰囲気を何故か醸し出していた。

 

思わず固唾を飲む海風。そんな彼女を気にせず、北上は無造作にそれをパラパラっと開く。

 

本当なら1ページずつ見ておきたいが、時間が惜しいし、墓参りの提督はいつ帰ってくるか予想がつかないから、慌てて目を通す。

 

そして…やはり2人が手を止めたのは、恐らく1番の新しい記事。川内も長門も驚きを隠せなかったあのページだ。

 

「こ、これ…ですよね?」

 

「だねー。うん。確かに申請者が書いてないねー。これは気になる」

 

そう言いながらジロジロとそのページを見つめる。そんな時、ふと北上は表情を曇らせた。あることに気が付いたのだ。

 

「……海風ちゃん」

 

「ふぇっ?な、何ですか?」

 

「気付いたよー。これはビビっときた」

 

そう言うと、北上はその冊子を一旦机の上に置き、数ページ前を開いた。そこには長門の活動記録が載っていた。

 

日付から察するに、あの歓迎会の裏で彼女がやっていた仕事の記録だろう。北上はそれを指差し、海風の方を見た。

 

「この記事を、覚えておいてねー」

 

「は、はい…」

 

そこに書かれていたのは、長門がいつ何処で何をどうしてどうなったかが書かれていた。要するに、普通の記録である。

 

海風はそれを目に通したあと、北上に目で合図を送る。そして北上は元のページに戻した。

 

「ほぁっ!?」

 

「あ、気が付いたねー」

 

「ば、場所が無い!ですよね北上さん!?」

 

……北上は黙って頷いた。そう、響のあの記事には「場所」の記述が無かったのである。

 

もちろん、無期限という期間と体調不良という理由はある。しかし、休暇を「何処で」過ごすかがそこには書かれていなかったのだ。

 

恐らく、長門が感じた違和感の正体はこれだろうと思われる。

 

もしやと思って海風は別のページを開いた。そこには瑞鳳の休暇の記事があったが、きっちり「提督邸で療養」という記述があった。

 

「あ、そっちの方が分かりやすかったか。まぁそんな事よりー。おかしいよねぇ?」

 

「はい、これは…」

 

もしかしたら響は、自分らに体調不良を隠していただけかもしれない。だがそれなら少なからず海風が何かに気がつくはずだ。

 

というかそもそも、響がもし自分で休暇を要請したのなら、此処に彼女の名前が残るはずだ。申請者を隠す必要性が分からない。

 

「確かに、響ちゃんは目立つのが嫌いな方です。でもだからって、私達にも『何処にいるか』を隠すものなんでしょうか?」

 

「うん。私もそう思ったよー。だから北上さんはこういう結論をだしたのさー」

 

北上はその禍々しい黒表紙を元の引き出しにそっと戻し、海風に自分の結論を話した。

 

「誰かが提督を利用してー、響ちゃんを陥れたってね!そう考えるのが妥当でしょ?」

 

「で、でも、一体誰が…?」

 

「まぁそれは分からないけれどぉ!何にせよ…ジッとしてる時間はー、無いんじゃない?」

 

そう言ってふふっと笑ってみせる北上。だが顔には分かりやすく焦燥が浮かんでいる。一方の海風は黙って頷き、拳を強く握っていた。

 

~~~

 

あまり騒ぎにはしたくない。2人はそう考え、黙ったままで鎮守府中を走り回る。

 

そんな2人の様子を後ろから眺め、不敵な笑みを作っている人物がいた。

 

「ふふっ…」

 

暁である。恐らく今この鎮守府で唯一の、響の場所を知っている人物だろう。

 

彼女は2人に対する優越感に浸りながら、響を探す北上と海風の後をつけるのだった。

 

……そんな状況がしばらく続き、気がつけば日が傾き始める時間となっていた。

 

それでも2人は諦めて居なかった…のだが、流石に疲れが見え始めていた。そして北上がある倉庫の入り口を開けた時、思わず驚いてしまう。

 

「むっ?どうしたんだお前たち」

 

「ほぁっ!?な、長門さん!?」

 

中に長門が居たのだ。様子を見る限り、倉庫内の整理と掃除をしていたのだろう。

 

「あー、こんな所にいたのかー」

 

北上は少し安堵したのか、軽く息を吐き、海風と揃って倉庫内に足を踏み入れた…その時だった。2人はほぼ同時に不快感を見せたのは。

 

そう、倉庫内が極端に暑かったのだ。海風はパッとドア横の温度計を見る。するとそいつが36度の湿度65%を差しているのが分かる。

 

「……すまん、換気扇が壊れているようでな。とても暑いだろう?」

 

あっはっはと笑ってみせる長門。だが2人からすれば笑い事じゃない。

 

それもそうだろう。彼女はこんな劣悪な環境に朝から今までずっと閉じこもり、1人で作業を続けさせられていたのだから。

 

長門の後ろに転がっている6本の空水筒が物語っている、とても過酷な作業を。

 

「……笑い事じゃないですよ」

 

「全くもー。長門さんまで倒れたらどうするのさー。心配してたんだよー?」

 

口調は変わらないが、北上は本気で心配しているようだった。長門もその意を汲み取り、直ぐに頭を下げて謝罪した。

 

その後、別にいいと遠慮する長門の言葉には耳も貸さず、2人は長門の仕事を手伝い始めた。もちろんお互いの情報を交換しながら。

 

……その様子を入り口の影からこっそり見ていた暁も、このタイミングで退散するのだった。

 

~~~

 

駆逐艦寮のキッチン。暁はそこの厨房に立つと、手を洗った後で残っていたご飯を救い、それを握り始めていた。

 

これは響の昼ご飯だ。そのため、暁の顔には喜びとも恍惚ともとれる表情が浮かぶ。

 

しかし、彼女の喜びは長くは持たなかった。後ろから話しかけられたからである。

 

「おっ、何してンの暁ちゃン?」

 

……暁はその人に気付かれないように溜息をつく。そしてゆっくりと振り向くと、そこにはニシシと笑う響の偽物がいた。

 

この駆逐艦寮に普通に出入りしている人物で、こんな鼻に付くような話し方をする人物には、心当たりしかなかった。

 

「……オニギリを作ってるのよ。見たら分かるでしょ?」

 

「まーな、流石にそれは分かるさ!問題はー何でこのタイミングか!ってことだよ。今日の晩ご飯は江風さンの担当だぜ?」

 

……そうか。時間を考えれば、晩御飯を作りに来ても遅くはない。恐らくこの偽物は、自分の仕事を果たしに来たのだろう。

 

暁は納得した様子で…それでも作る手は休めずに、適当な理由をつけた。本当は追っ払いたいが、そういうわけにもいかないだろう。

 

「そっかそっか!流石のレディーさンでも小腹は空くもンな!しょうがねーよな!」

 

……気に食わない。確かに響も自分を煽るようなことはするだろうが、こんな腹立つ…上から目線では絶対に言わないだろう。

 

暁は手に持っているオニギリを投げつけたい衝動をグッと堪え、3つ完成させた後は、それと水筒を持って、無言でキッチンから走り去った。

 

 

 

倉庫の入り口に着いた頃には、動悸が激しくてしょうがない。それでも周りとオニギリの安全を確認し、ゆっくりと扉を開ける。

 

そして中に入る。その時に気が付いた。響のオーラを感じない。

 

(あれ…?寝てるのかな?)

 

暁はちょっと不安になり、響の様子をそっと確認すると、彼女の予想は外れていたことが判明する。

 

響は起きていた。正確にいうなら…目を開けていた。そして暁が視界に入ると、彼女はゆっくりと首を暁の方に傾ける。

 

明らかに弱っていた。だか暁の水筒とオニギリには興味を示したようで、暁はその様子を見て微笑むと、響の口に付いたガムテープを剥がす。

 

「ふふっ、響。ご飯の時間よ。お腹すいたでしょ?食べさせてあげるわね…」

 

そう言い、暁はオニギリを響の口に突っ込もうとした。だが響はそれを拒否する。

 

暁は一瞬「えっ?」という風になるも、響が首の動きだけで水を要求したことに気付くと、再び笑顔に戻って水筒を手にする。

 

……響は水筒に口を付けられ、暁が水筒を傾けると、嬉しそうに水をコクコクと飲み始めた。

 

「ふふっ、響ったらハムスターみたい。そう言えば…響の好きなハムスターって居たわよね?オフロスキハムスターだっけ?」

 

そんなことを言いながら、暁は嬉しそうにする。響は水を飲んだ後で「ロボロフスキーハムスターだ」と補足を入れた後、オニギリを要求する。

 

……オニギリの中身はおかかだった。響にとっては好きでも嫌いでもない具材である。

 

響は暁の手を煩わせつつ、1個目をペロッと平らげる。体を殆ど動かしていないにもかかわらず、それでもお腹が空いたことに自分でも驚く。

 

そして…2個目を要求した時に、暁がふと独り言のようにボソッと呟く。

 

「……北上さん達がね。響ちゃんのことを捜し始めてたのよ」

 

「なに?」

 

……もしかしたら。鎖に繋がれてから初めての笑顔かもしれない。とにかく…響はそれを聞いた時、顔に光を灯したようで。

 

当然ながら…暁はそれを見逃さなかったし、それを見て嬉しそうな顔もしなかった。

 

(し、しまった!)

 

響はつい本心が表情に出てしまったことに気が付き、表情を元に戻すも、もう遅い。

 

自分の顔を見たのだろう。暁は明らかに苦い顔をしていた。何か言いたげな…そんな表情だ。

 

響はバッと暁から目をそらす…が、暁はそれを許さなかった。不意に響に近付き、彼女の両頬を手で強引に挟んだのだ。

 

「……響。私じゃ不満?」

 

暁は、響の顔から首にかけてを手で優しく撫でていく。その際に表情が微塵も動かないもんだから、それが恐怖を駆り立てる。

 

……響は質問に対して黙りを決め込む。変な事を言って暁の逆鱗に触れたくないし、かと言ってご機嫌とりをするのもゴメンだった。

 

「はぁ…あのさ響」

 

そう言うと、暁は響に密着する。響は動揺を悟られないようにするだけで手一杯だ。

 

「どうして私じゃダメなの?私はこんなに響を愛しているのに…。どうしてなの?」

 

……響はやはり黙りを決め込む。それでも畏怖の念はあるから、それを外に出さないよう、歯を噛み締めて唇を強く結ぶ。

 

「そう。やっぱり響は北上さんの方が良いのね?私なんかより、あの人の方が」

 

暁は瞳に少し涙を浮かべていた。それでも響の様子が変わらないことに腹を立てたのか、暁は響をギュッと強く抱きしめる。

 

「私はね、響の1番になりたいのよ」

 

……響は正直思った。そんな事は言われなくとも分かっていると。だがもちろん、色々と面倒くさいことになるから口にはしない。

 

暁は暫く響を抱きしめた後、えへへと笑いつつ響から離れ、ふと時計を見た。

 

時刻はヒトハチマルマルを過ぎている。恐らく晩御飯の準備が本格化し始めているだろう。暁も響もそれには気が付いた。

 

当然ながら、その準備に暁が居なければ、あのやたら絡んでくる偽物2人が五月蝿いだろう。暁はそれを思い出して舌打ちをする。

 

「……まぁ良いわ。それじゃあ私はもう行くから。またちゃんと来るから…待っててね、響」

 

暁はそう言い、今日はガムテープを貼らずに帰って行った。しかし衰弱の激しかった響は、もう叫ぶ体力すら残っていない。

 

それでも、自分の声で倉庫の静寂を破れるようになったのは大きい。響はそう思い。

 

「……раздражающий」

 

と呟いた後、言葉になっているか分からない微妙なあたりの言葉を、自分の気がすむまで延々と呟き続けるのだった。

 

~~~

 

「……すまんな。手を煩わせて」

 

「いやー、気にしちゃダメだよー」

 

予定より1時間ほど早く作業が終わり、北上らは成果に満足していた。今は報告をしに提督邸に向かっているところだ。

 

「私達が勝手にー、やりたかったことをやっただけだからねぇ。ね、海風ちゃん」

 

「はい!北上さんの言う通りです!」

 

「……ったく、お前らは」

 

口ではそう言うものの、笑顔をこぼす長門。それにつられて2人も笑顔を見せる。

 

今は海風と長門が仲睦まじく話し、北上がそれを後ろで眺めて、微笑みながら耳を傾けている。その状態で歩いている。

 

だからだろう。その異変に気が付いたのは北上だけのようだった。

 

(……おや?あれってもしかしてー?)

 

此処から少し離れたところ。察するに駆逐艦寮の前だろう。そこに人だかりがあり、何かを話し合っているようだった。

 

それが誰かは…髪型と髪色で分かる。あれは江風で、向かいあっているのは雷と電だろう。だがそれ以外にも人影があるのが分かる。

 

……何故かは分からないが、変な胸騒ぎがする。虫の知らせというか…嫌な予感がする。

 

だが北上はそれを気の所為だと思い、見なかったことにすると決める。

 

「む、何かあったか北上」

 

「……何でもないよー。気にしないでー、お腹空いたしねー」

 

「そうですね!私ももうペッコペコです!今日の晩ご飯は何かなー。てへへ♪」

 

などと言いながら談笑する3人。その様子は非常に微笑ましく、彼女らが本当に仲良しなのを示していることに相違無いだろう。

 

……太陽は既に傾き始めている。その陽は3人を寂しげに照らしているのだった。

 

 

 

続く

 



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第拾話「邪悪~好奇心の副作用~」


玖話の別視点です。
鎮守府の残りのメンバーが正式に判明します。何名かは喋ります。
また、必須タグさん達が本気出す回です。大変長らくお待たせしました。



 

恒例の鍛錬に、響と長門の姿がない。その事を気にしていたのは、実は北上らだけではなかったようだ。

 

「ひ、響まで…?そ、そんな…」

 

間違っても、響は朝のこの鍛錬をサボるような人物では無かった。今でこそ彼女の不在に言及は誰もしないが、やはり変だ。

 

「本格的に…何かがおかしいのです。私達の知らない何かが…」

 

もしかしたら、変に感じているのは自分達だけかもしれない。そう思いつつも、やはり気になるものは気になる。

 

特に…暁も響も、自分らから見ればどちらも姉だ。大切な姉だ。結果的にこんな状況になってしまったとはいえ、それは変わらない。

 

そして、2人にはもっと気になることがあった。言うまでもなく暁についてである。

 

「ホント…2人揃ってどうしちゃったのよ。暁は私達のことを明らかに避けてるし…」

 

「ひ、響ちゃんに至っては…姿すら見せなくなったのです!」

 

そう言いつつ、チラッと暁の方を見る。彼女は不気味なほど笑顔のまま、上体起こしをする曙の足の上に座っていた。

 

……前々から気になっていたこと。正確に言えば違和感。雷も電もその正体には気が付いていた。だが自分達に何が出来るかが分からない。

 

その事に対し、2人は同時に溜息をつく。そして鍛錬終了が赤城から告げられた瞬間、お互いにアイコンタクトを取って頷く。

 

とはいえ、あまり騒ぎにはしたくない。何故ならそこに、暁本人がいるからだ。

 

ラッキーな事に、暁はルンルンでスキップをしたままその場をさっさと離れた。

 

雷と電はそれを確認し、北上らも居なくなったのを確認すると、この場でのんびりしているメンバーから話しかける事にするのだった。

 

 

 

「おや、どうかしましたか?」

 

「珍しいね、2人が私達に用なんて!」

 

そう言ってこっちの顔を眺めるのは、戦艦の比叡と霧島だ。この2人は物凄く仲が良く、さっきも手を恋人繋ぎでギュッと握り合っていた。

 

光の反射でギラッとする霧島の眼鏡にどきりとしつつ、自分らに目線の高さを合わせてくれた2人に対し、雷と電は口を開く。

 

「じ、実は…聞いて欲しいことがあるのよ。ちょっと良いかしら?」

 

「もちのろん!私達で良かったら好きなだけ話していって!」

 

……前々から思っていたが、この鎮守府の戦艦の中では、この比叡が1番話しかけやすい。

 

霧島と同時に他鎮守府から移って来た、戦艦の中での1番の新人というのもあるだろうが、彼女の人柄が柔らかいのが主な原因だろう。

 

今も比叡は頼れる姉御オーラを出そうとして、胸をドンと叩いてむせている。

 

「ほ、他でも無いわ!暁のことよ」

 

「暁…というと、提督邸に運ばれた方ですね?その方がどうしたのですか?」

 

比叡の背中をさすりつつ、霧島はそう返す。なるべく笑顔を作ろうとしているのが分かるが、比叡を心配しているのは見たら分かる。

 

……その後、電が補足を入れつつ、雷が自分らの悩みを口にする。

 

簡潔にまとめよう。それは暁が自分達のことを名前で呼ばなくなったという話だった。2人の違和感の正体はこれである。

 

提督邸から帰って以来、暁は他人を名前で呼ばなくなる…どころか、そもそも暁の方から自分らに話しかけて来なくなった。

 

それに加え、不意に話しかけようとすると、ある時は魂が抜けたかのように何処かを呆然と眺めているし、ある時は不自然に笑っている。

 

よって、2人はこう結論を出した。あの時に2人で見た「不機嫌な暁」が治っていないと。

 

……その旨を話し終わった時、比叡も霧島も微妙な表情を作った。

 

「そっか…。それは大変だね…」

 

「私達としても何か力になれればと思うのですが…今回は計算の目処が立ちませんね」

 

要するに、名案は浮かばないという反応だった。これを聞くと雷と電は2人にお辞儀をして、その場を少し走って後にする。

 

雷と電の顔には、2人揃って不安が浮かんでいた…のは今更の話だろう。

 

~~~

 

「あら、ごきげんよう」

 

相変わらず笑顔が素敵だ。雷と電はそう思いつつ、仲良し3人組こと、重巡洋艦の青葉・高雄・熊野の3人との接触に成功する。

 

この様子だと、熊野が用意した可愛い服を高雄が試着し、青葉が写真を撮影していたのだろう。そのせいで高雄の顔は赤かった。

 

「まぁ…うん。あれは置いといて、こんな所に何の用かしら?」

 

因みに、ここは巡洋艦寮の入り口前だ。駆逐艦があまり出入りするところじゃない。

 

……熊野は笑顔のまま、雷と電と目線の高さを合わせる。物腰もかなり柔らかい。

 

2人はやかましい後ろには耳を貸さず、自分らの悩みを打ち明ける。熊野は相槌だけ打って、2人の話に耳を傾ける。

 

結局、途中から青葉と高雄も話に参加することになるのだが…。残念ながら、出た結果は比叡らの時と全く同じだった。

 

雷と電は肩を落とし、3人に謝罪と励ましを貰いながら、その場を後にした。

 

 

 

その後も鎮守府中をウロついたが、どこも結果は同じだった。

 

途中の…駆逐艦の朝潮と春雨の時は、同じ駆逐艦という事もあり、少し前に進んだような気がしたが、結局は協力をお願い出来たぐらいだ。

 

「はぁ…難しいわね…」

 

「簡単にはいかないのです…」

 

気が付けばもう日暮れだ。そろそろ晩御飯の準備も始まるし、今日はもう寮に帰ろう。そう2人で確認し合う。

 

というか、もう既に体は寮に向かっていたし、もう目的地が見えていた。

 

その時だ。駆逐艦寮の前に人影があるのを2人は見つける。そこにいたのは、まだ2人が相談して無かった3人だった。

 

「お、2人ともお帰り~」

 

「……おじゃましてるわ」

 

「こんばんはクマー」

 

江風と大井と球磨だった。何処からどう見ても井戸端会議中のようで、3人とも笑顔を見せながら話しかけてきた。

 

そんな様子を雷と電は少し睨む。何故なら今日の晩ご飯は江風らの担当だからだ。

 

恐らく今日も、適当な理由をつけて曙に押し付けるつもりなのだろう。

 

「あー、はいはい!2人が言いたいことはよーく分かるから!そンな睨むなって!」

 

そんな2人の視線を感じたのか、腕を振ってそう弁解する江風。

 

雷と電は暫く江風を睨んでいたが、それどころじゃないのを思い出し、本題に入る。

 

「あ、あの…3人に相談なのです」

 

「……相談?一体どうしたの?」

 

無意識に前屈みになる大井。それにつられてか、雷と電を3人で囲む形のフォーメーションになり、2人は少し困惑する。

 

それでも2人は口を開き、切実な思いを丁寧に打ち明けた。それを聞いた球磨と大井は腕を組み、江風は腰に手を当てる。

 

「そう…暁さんが…」

 

「まぁ川内の話を聞く限り、普通じゃないとは思ってたクマ。やっぱり…私達が思ってる以上に、あの子はヤバいんじゃ…クマ?」

 

そうだ。川内は「暁がカラスに襲われていた」と発言していた。それで無反応らしいのだから、普通じゃないことが起きているのは明らか。

 

やはり…1日2日で彼女は元に戻らなかったのか?もう少し安静にさせた方が良かったのか?

 

……落ち着かない表情を浮かべる雷と電。そんな2人を見て何かを思いついたのか、江風が2人の肩を笑顔でポンと叩く。

 

「じゃあさ、もう後つけちゃえよ」

 

「あ、後をつけちゃうって…!暁ちゃんのなのです!?」

 

「ンだよ?そンなに姉貴が心配なら、それが1番手っ取り早いンじゃねぇの?」

 

平然とした様子でそう言い放つ江風。電はそれを否定するが、大井と球磨はあまりそんな様子を見せないし、雷も乗り気だ。

 

電は最後まで雷を引き止めようとしたが、最終的には電が力負けしてしまう。

 

「ふふっ、ありがとう江風!さ、そうと決まったら早速行動よ!」

 

「はわわっ!きょ、今日はもうダメなのです!ご飯食べて、明日に備えるのです!」

 

そんなことを言いながら、2人は寮の中に消えていった。江風も暫くした後で2人の後を付いて行き、その場は流れ解散となった。

 

~~~

 

翌日の朝。暁は動悸の高まりで目を覚ます。彼女は真っ先に自分の胸に手を当て、何とかして静めようとするのだった。

 

「……夢ね」

 

恐ろしい夢を見た気がする。それの詳しい内容は全く思い出せないが、とにかく恐ろしい夢を見た気がする。

 

そんな暁は、少しでも早く自分を落ち着かせようと頭に大好きなものを浮かべた。

 

「響…。良い笑顔…」

 

昨日、自分は響の笑顔を見た。確かにそれは一瞬だけだったが、彼女は間違いなく笑った。

 

それを鮮明に思い浮かべる。するとすーっと胸が晴れていく。だがその一方で、暁の心には別のモヤモヤも浮かんでいた。

 

……彼女が笑った時。それは北上の話をした時だ。それで間違いない。

 

暁は舌打ちをし、布団から起き上がって軽く体を動かした。今日は割と涼しくて快適だ。

 

「今日は…何も無かったわね?」

 

冷静に予定を立てる。今日は鍛錬が休みの日だし、仕事もない完全な休日だ。

 

特に…あの積極的な偽物コンビが、朝から夕暮れまで仕事漬けなのが素晴らしい。付きまとわれずにすむ。

 

……彼女の瞳から光が消え、そこには北上らへの憎しみがこもる。

 

とうやら暁は、響が北上に好意を寄せるのが気に食わないらしい。あのチームに戻りたがることが気にくわないらしい。

 

そして…自分以外の人物にあの笑顔を向けることが気にくわないらしい。

 

そんな暁が部屋を出ると、寮の中が割と静かなのが分かる。どうやら大体の駆逐艦が不在のようだ。もちろんあの2人も見当たらない。

 

広間に移動して時計を見る。どうやらいつもより長いこと眠っていたようだ。

 

机の上に自分の朝食が、ラップがけでポツンと残っている。もしかしなくても自分のだろう。そう思い、手を洗いに行こうとして。

 

「……起きてくんのが遅いのよ」

 

暁は思わず驚いて1歩後ろに下がる。そこに立っていたのは曙だった。

 

曙は呆れ顔で暁を眺める。相変わらずの高圧的な態度で。だが暁はそれを無視し、キッチンに向かう。

 

「ったく…何よあの態度」

 

暁を横目に、曙は広間の椅子の1つに座った。そして彼女は1冊のノートを広げる。

 

そのノートには色々なメモ書きがされていた…が、その殆どは料理のレシピだ。彼女はこの寮でも割と料理上手な方だった。

 

……暫くして。手を洗って帰ってきた暁は、自分の朝食の前に座り、ラップを剥がす。

 

「ちっ」

 

そして舌打ちをした。朝食がチキンライスだったからだ。これは間違いなくあいつが作った物だから。北上や響と仲良しのあいつが。

 

暁は不機嫌そうな顔をしてそれを食べる。得意料理と自負してるだけあって味は確かだが、今はこれを食べたい気分じゃ無かった。

 

(はぁ…考えないようにしてたのに)

 

暁は不機嫌なまま、それをペロリと食べ終える。その途中でチラッと偽物の方を見る。

 

もちろん、こんな時間にあんな場所で1人であんなノートを見て考え事をするのが誰かというのは、暁も気が付いている。

 

……あいつとは色々あった。あの雷と電の件はまだ許したわけじゃない。だがそれ以上に…もっと憎い者が出来てしまった。

 

暁はキッチンに行き、ゴミを捨てた後で、食べた後の皿を洗い始めた。

 

……その時だった。不意に誰かがキッチンに入ってきた…と言っても可能性的に1人だが…暁がそれを気配で察したのだ。

 

その人物は、食器棚からコップを取り出した。恐らく水を飲みにきたのだろう。

 

そしてそいつは、皿洗いをしていた暁に割り込み、水道の水をコップに注ぎ、暁の後ろで一気飲みをして、コップを机に置く。

 

そのまま…2人は会話もなく、元の状況に戻ると思われた。だがしかし暁がそれを破る。

 

「……あのさ」

 

振り返ることは無かった。だが暁は、その偽者に聞こえるように水道を止めてそう言った。後ろでそいつが足を止めるのが分かる。

 

「……何よ」

 

暁に近づくことはしない。だがそいつは、佇まいで威圧感を演出していた。暁はそれを見て、その偽者の正体を確信する。

 

「お願いがあるんだけど」

 

「……だから?」

 

「私に協力しなさい」

 

「はぁ?それが人に物を頼む…」

 

「殺したい奴が居るの」

 

あーだこーだ言い返すそいつには耳も貸さず、ズバッと自分の要求を口にする暁。

 

これには流石の曙もタジタジだ。何より…暁の口から出ないであろう単語が出たから。

 

暁は真っ直ぐにその偽者を睨む。一方で曙は思わず暁の視線に驚いてしまう。だが…その後で直ぐに口元をニヤリとさせる。

 

「へぇー、あたしにそれを打ち明けるってことは…遂に妹に手を出そうってわけ?」

 

「……私の妹に手を出したのはあなたじゃない。あれ許したわけじゃないから」

 

「ふふっ、冗談よ」

 

不敵な笑みを浮かべる曙に対し、冷めたような…そんな視線で偽者を見る暁。

 

「……で、誰のことかしら?」

 

おどけるのをやめない曙。彼女はどうやら暁の殺意に興奮しているように見て取れる。恐らく暁が冷めているのはこれが要因だろう。

 

「……北上」

 

暁は少し視線を泳がしたが、お茶を濁すことはせず、彼女ははっきりとその名を口にする。

 

それを聞いた曙だが、過剰な反応はしなかった。冷静に首を縦に振るだけだ。

 

「ま、そうよね。あたしに打ち明けるぐらいだもの。そうこなくっちゃ」

 

それでも曙の瞳にはキラキラした輝きがついていた。暁にはそれが少し理解出来ないようだ。

 

確かに彼女はあいつを殺したいほど憎んでいるが、殺戮を愉しむつもりはないからだろう。

 

「……楽しそうね」

 

「まぁね。あいつを殺したいと思ってんのはあんただけじゃないってことよ」

 

その偽者は実に楽しそうだ。暁はその様子を見て思わず自分も笑みをこぼしてしまう。

 

理由はもちろん、偽者とはいえ響の見た目と声をしている人物が、北上を殺すという自分の願いを叶えることに乗り気だからである。

 

「早い方が良いよね?」

 

「えぇもちろん。その辺りはあなたに任せるから。お願いするわ」

 

「何言ってるのよ。一緒に考え…あぁもう分かった。後で私の部屋に来なさい」

 

「……そう。分かったわ」

 

頭をポリポリ掻きつつ、諦めたようにする曙。それを嬉しそうに見る暁。ここだけ見ると非常に朗らかなムードに見える。

 

結局その後は、曙は広間にあのノートを取りに行き、暁はその偽者の部屋に向かうのだった。

 

今はまだ朝だから、もしかしたら今日中に実行に移せるかもしれないという希望を持って。

 

~~~

 

現在の時刻は…太陽が真上を通過した辺りなのだが。北上らは息を飲んでいた。

 

「き、北上さん…!あ、あれ…」

 

キッカケは海風のこの一言だった。彼女が指をさした先、そこには見慣れないセーラー服がズラっと束になって動いていた。

 

「なっ…あれは!」

 

側にいた長門も思わず構えてしまう。そこにいたのは間違いなく提督だったから。自分達の知っていない提督だったからだ。

 

……忘れているかもしれないだろうから補足しておく。あの秘書艦の事件は、今のように他鎮守府の提督がやってくる所から始まった。

 

「あぁうん、2人ともどうするよー?」

 

「どうするって…そりゃあ…!」

 

「……うむ。私が後をつけよう。2人は装甲置き場へ先回りしてくれ。頼むぞ」

 

海風が口を開く前にそう言った長門は、2人からの返事も聞かずに離脱する。

 

それを見て少し呆然とする海風の腕を掴み、北上は長門の指示に従う。

 

「さて…急ぐよー」

 

「は、はい!行きましょう!」

 

海風は北上の腕を払い、これまた競歩のスピードを出す北上に必死についていく。途中で仕事中の雷などを見かけたが、それは無視した。

 

……こういう時。頭で考えるより先に体を動かせる長門や北上は凄いと、海風は感心しきりのようで。彼女は顔をときめかせていた。

 

しかし、そのトキメキは直ぐに保てなくなる。明らかに北上が速すぎるからだ。どうやら北上は、慌てると周りが見えなくなるらしい。

 

 

 

「よっし。何とか間に合ったねぇ」

 

「そ、そうですね…てへへ…」

 

装甲置き場に着いた時には、もう海風はヘロヘロだった。一方で北上は息切れすらしていない。

 

「……大丈夫ー?」

 

北上は優しく海風の頭を撫でつつ、励ましの声をかける。そして共に建物の陰に隠れる。

 

……この置き場は、置き場というよりかは、小屋というのが正しいだろう。見た目はまるで年季の入った学校の更衣室のようである。

 

また此処には、装着さえすれば直ぐに出撃出来るもののみが置かれ、修理が必要なものはまた別のところに置かれる。

 

そのため、もしあの提督らが何かを企んでいるなら、ここに来るだろうと判断したのだが…。果たして本当に来るのだろうか?

 

「ドキドキしますね…」

 

そう呟く海風だったが。これに対する北上の返事が無かったため、その真剣な空気に彼女も合わせる事にした。

 

そんな状態が続いた。この辺りはあまり人が来ないから、聞こえるのはお互いの呼吸の音と海から聞こえる波の音だけだ。

 

そして…恐らく30分ぐらいが経った頃だろう。2人の前に人影が現れた。しかしそれは提督ではなく長門だった。

 

「……帰ったよ。どうだった?」

 

「いやー誰1人として来なかったねぇ。まぁ今回は何も起きないって事でー」

 

「ま、待ってください!」

 

参ったという風の北上に対し、海風は心配そうな顔を続けていた。

 

「も、もしかしたら…私達が来る前に既に終わらせて居たのかもしれません!」

 

海風はそう言い、グッと拳を握る。北上と長門はこの彼女の言葉に質問もせず、黙ったままその小屋に入っていった。

 

今日は出撃任務に出ている者がいない。だから提督の工廠に移動しているもの以外は、装備が全て揃っているはずだ。

 

……とは言うものの、誰の装備が向こうにあるのかなんて3人とも知らない。だがその心配は無かった。全員分きっちりあったからだ。

 

「これさー。他の鎮守府じゃ有り得ないんだろうねー。きっと」

 

「……だろうな」

 

そんな会話を交わしつつ、3人は念入りに全員分の装備をチェックし始める。

 

だが気になる点は無かった。せいぜい途中で海風が「胸部装甲薄っwww」とか言いながら瑞鳳の装備を弄っていたぐらいだ。

 

「うん。異常はないねー」

 

「そうだな。本当に今回は何も無かった。これで一息つけるな」

 

「はぁ…安心したら力が抜けちゃいましたよ…。良かったぁ…」

 

海風はそう言って地面にしゃがむ。それを見て2人は微笑み、海風を無理やり立たせて、3人揃ってその場を後にした。

 

……そう。あの提督らは本当に何もしなかったのだ。理由は恐らく、秘書艦が居なかったからだろう。そう考えるのが普通だ。

 

本当に何もしなかった。提督らは。

 

 

 

「ふ、うふふふふふふふ…」

 

装甲置き場から3人が出て来るのを、満面の不敵な笑みで見送る人物がいた。

 

「あははっ!」

 

暁だ。あの後予想以上に早く曙の作戦が決定して、彼女はそれを実行に移していた。

 

彼女はその3人の響を見送ると、陰に隠れてニヤケ顔を何とかしようとする。

 

(凄い…本当に曙の言う通りになってるわ!ちょっと見直しちゃったじゃない!)

 

此処に来る前。暁は曙からこう聞かされていた。恐らくあの3人が装甲置き場に入って、全員分の装備に目を通すだろうと。

 

……ドンピシャだ。こうなった以上、あの3人は流石に油断をしているだろう。

 

「ふふっ…後はこれだけね…」

 

そう言い、暁はポケットからある物を取り出す。提督邸からくすねてきた万能ねじ回しだ。

 

これは先端が取り外せるようになっており、先っぽを付け替える事で、どんなネジでも回せるというもので…提督の自作だ。

 

「さて…もう行ったわね?」

 

暁は陰から向こうを確認する。そこにもう3人の響の姿は無かった。それを確認するとそそくさと小屋の中に入る。

 

……小屋の中の装甲なども、全て人別、及び寮別に分けられている。そのおかげで北上のコーナーも直ぐに見つけられる。

 

途中で近くの川内のコーナーが目に付いた。それもそうだろう。彼女のコーナーにはやたらと探照灯が入れられていたから。

 

しかし暁はそれには目もくれず、真っ直ぐに北上の装備を見つめた。そしてネジ回しの先をマイナスのものに付け替える。

 

「……ふふっ。これで遂に…あはは…!」

 

暁は満面の笑みだった。瞳はドス黒かったが、気持ちの良いほど満面の笑みだった。

 

その後、彼女は響への愛と北上の殺意を囁きながら、北上の足部分の装甲と彼女の連装砲のネジを数本外していく。

 

もしこれが海上で崩壊すれば…なんて妄想に陶酔しつつ、暁は響の装備を手にする。

 

……響の装備は北上のより一回り小さい。それはもちろんネジも同じ話だ。

 

暁は北上の装甲から外したネジと同じ部分を、響の方からも取り出し、響の方のネジを、北上の方に同じようにはめ直した。

 

これで、手で持った時には気付かず…激しい動きをすればネジが緩んで外れてしまう装備の完成だ。そして暁は証拠隠滅を図る。

 

……足の装甲は片手で持てる。だが問題は響の連装砲だ。これをこっそりあの提督の工廠に持っていかなければならない。

 

しかし、そっちにも勝算はあった。簡単な話だ。背負っていけば良い。

 

(響と私の装備は同じもの…!誰かに見られても自主練中と言えば逃れられる!)

 

暁はそう心で唱えてガッツポーズを決め、早速それを背負ってその小屋を抜けようとする。だが少し魔が差してしまう。

 

そう、自分が持っているのは響の装備。しかも目の前には一式が綺麗に揃っている。

 

……誰かが来るかもしれない。急いで抜けなければならない。その危機感がある状況によるドキドキ。暁はそれに逆らえなかった。

 

それに更に背徳感まで加わるのだ。抵抗が出来るはずもない。

 

そう自分を納得させた頃には、もう暁の手には響の装甲(背中部分)が握られていた。

 

……自分でも驚きだった。こんな胸の高まりが何の前兆も無く突然くるのだから。そして暁は、欲望に逆らうことも抗うこともしなかった。

 

(あっ…あ…ひ、響っ…!)

 

次の瞬間にはもう、その装甲は既に彼女の顔の全面につけられていた。

 

……暁は全力で過呼吸気味に深呼吸をする。これをもし誰かに見られたら…ドン引きでは済まないだろう。

 

暁はその耐えられない背徳感に身を悶えさせ、息が途切れるまでそれを続けようとする。

 

(はぁ…はぁ…響…響ぃ…!)

 

下腹辺りが熱くなるのが分かる。そこから全身が火照っていくのが分かる。出来ることならば、ずっとこのままでいたいとさえ思えるほどに。

 

しかし、その願いは叶わない。小屋の外から足音が聞こえたのだ。それで一瞬で熱が冷めた暁は、慌てて一式を元に戻す。

 

そして先手を打とうと、入り口から外に少し出た…のが少し不味かった。お互いがお互い、不意打ちで目の前に人が現れる状態になったからだ。

 

しかも暁に至っては、それが誰かさえ分からないのだ。彼女は目の前に響が現れ、声に出さずとも軽くパニックになっている。

 

「ビ、ビックリしたじゃない!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

思わず謝ってしまう暁。だが心配は無かった。どうやら目の前の偽者は、自分と共闘してくれてるあの人のようだから。

 

……帰って来るのが予定より遅かったから、様子を見に来たらしい。

 

「ったく…で、上手くいった?」

 

よっこいしょと立ち上がる暁を横目に、相変わらずの上から目線で曙はそう言い放つ。

 

「ふふっ、もちろん!」

 

暁はその偽者から1歩距離を置き、周りを確認した後でポケットからネジを取り出した。それを見て偽者は不敵な笑みを浮かべる。

 

「それで、響の装備は?」

 

「ま、まだ中よ。今から運び出そうってとこ。協力してくれるかしら?」

 

「……ちっ。まぁ分かったわ」

 

その偽者は舌打ちをするも、力は貸してくれるようだ。暁は「良い仲間を持った」という喜びからか、少し微笑みを見せた。

 

 

 

運んでいる途中。暁はずっとニヤケ顔だった。背中に連装砲を背負っていただけだが、響と一体化したという錯覚に陥っていたのだろう。

 

一方で曙は、そんな暁に対して不穏な空気を感じていたが、それでも計画が予定通り行った喜びの方が優っており、彼女もまた笑顔だった。

 

そして…無事に誰にも見つからずに提督の工廠に辿り着けた時。連装砲と足の装甲を専用のコーナーに放置出来た時。

 

2人とも本来はそういうキャラじゃないのだが、思わず勢いでハイタッチをし、2人とも満面の笑みのまま、一緒に寮に帰るのだった。

 

~~~

 

晩御飯の担当は暁だったのだが、瑞鳳が真っ青な顔で差し入れを持ってきてくれたので、それが晩御飯となった。

 

今は夜中で寮の中がシーンとしており、その中で1人キッチンに暁はいた。

 

「いやー、上手く行ったわね…」

 

とても上機嫌で作業に取り掛かる暁。手には包丁とサツマイモが握られており、どうやら皮剥きをしているようだ。

 

……曙ほど上手いわけではないが、割と自信があった。特に芋の皮をあまり好かない響の為だと思うと、尚更気合が入る。

 

だが暁はある事に気がつき、皮剥きを半分ちょっとまでにして止める。そしてニヤケ顔で別のサツマイモを剥き始めた。

 

芋は全部で5本。どれも少し小ぶりだが、甘さが凝縮されていてとても美味しかった。

 

因みに、このサツマイモ達は既に1度焼き芋になっている。時間が経って冷めてしまっているが、味はそれほど落ちてないだろう。

 

「……よしっ、これぐらいで良いわ。さぁ響の所へ行かなきゃ」

 

暁はそう言い、各々の元焼き芋の黄色い部分にラップを巻く。そしてそれら5本と水筒を纏めて抱え込み、少し慌てて倉庫に向かう。

 

途中、他の駆逐艦らの部屋をチェックする。と言っても時間が時間だから、部屋の電気は全て消えている。とはいえ油断は出来ない。

 

倉庫の入り口に着いた時。いつもの様に周りを入念にチェックし、誰も居ないのを確認すると、音を立てなようにドアを開ける。

 

 

 

「……良い匂いだ。瑞鳳の焼き芋か」

 

暁の姿を見た時の、響の第一声はそれだった。今日は朝から訪ねてなかったから、お腹が空いて仕方がないのだろう。

 

「そうよ響」

 

そう言いつつ響の隣に座って、暁は持っていた物を全て響の横に置いた。その際に優しく響の頭も撫でてやった。

 

……響はそれが嫌だった。だが顔に出したら暁が怒ると踏んで、無表情を決め込む。

 

そして食事を暁に要求する。もちろんその前に水が先決だが。

 

それを聞いた暁は、非常に嬉しそうな顔をしながら水筒を手に持ち、響に水を飲ませる。

 

……そのあと。淡々と響に焼き芋を皮ごと食べさせる暁だったが、3本目を響が食べ切った時。ふと響が口を開いた。

 

「なぁ暁、酷いじゃないか。朝も昼もご飯抜きだなんて」

 

「あ、そ、それは…謝るわよ。朝は私が完璧に寝坊してしまって…」

 

「……昼は?」

 

「え、昼…?そうね、確か昼は…」

 

そこまで口にして、暁はニヤついた。それはもちろん、計画が成功した時のあの感動と達成感をまた思い出したからである。

 

響はそれを見て少し怯むが、それでも抵抗の意思は弱めない。彼女は衰弱こそしてるものの、暁に屈する気はまだ無かったのだ。

 

……暁は少し考えた。本当は黙っているつもりだったが…このまま話を続けても良いかもしれないと思ったのだ。

 

因みに、曙は響の所在を知らないようであったので、このことを響に話すな的なことは何も言葉にしていなかった。

 

「……昼は。これを…ね?」

 

暁はそう言い、ポケットにしまっておいたネジを、わざとらしく地面にパラパラと落とした。響の視線が食いつくように。

 

それを見た響の顔は真っ青だ。それが何のネジかは分からないが、それが駆逐艦の装備には使われないはずの長さをしていたから。

 

「そ、それ…!?」

 

思わず手錠をカチャカチャと鳴らして体を揺らしてしまう。頭の中に警告音が鳴っているのが分かる。

 

「……何だと思う?」

 

暁は床に落ちたネジのうち、1本を指で拾って響の目前に掲げる。不敵な笑みで。

 

一方の響は軽いパニックだ。今までの自分と暁の会話を整理して、このネジが駆逐艦の所有物じゃないと理解したのだから。

 

「あ、暁…お前…まさか…」

 

「……ふふっ。ねぇ響」

 

暁は…何を思ったのか、響の上に馬乗りをする。これに関してはもう何回もされているはずなのに、響はまだ慣れないようだ。

 

そして何時ものように、暁は響の顔に手を這わせて顔を近づける。いつもの恍惚の表情で。怯えている響など気にせず。

 

「私のこと、好き?」

 

「それは…今後の君の態度次第だ」

 

「……そっか。じゃあこうしよ?」

 

そう言うと暁は、体を起こして焼き芋と水筒を手に持った。因みに…馬乗りはやめておらず、表情も変わっていない。

 

「響がさ、もし私のことを好きになったら、その手錠を外してあげるわ」

 

「……は?」

 

「私ね、響と一緒に色んなところに行きたいの。勿論2人っきりでね。そう思ったのよ。響だって、こんな所にずっとは嫌でしょ?」

 

……響は黙って首を縦に降る。それを見た暁は、水筒を響のお腹の上に置き、空いた方の手で響の頭を優しく撫でる。

 

一応補足しておく。響は嘘をついた。もし此処から脱出を出来たとして、姉と一緒に行動する気が彼女には更々ない。

 

響はまだ反抗の意思があった。軽くパニックにはなったが、それは捨てていなかった。

 

「それに…時間が無いわよ?」

 

だからこそ。暁が不敵な笑みを浮かべた状態で放ったこの言葉を聞いた時。響の中には激しい憎悪の感情が溢れていた。

 

……こいつは自分にこう言い放ったのだ。言うことを聞かないと自分の仲間を殺すと。

 

それが誰かは分からない。昨日までにした話の流れから察するに、暁の目的は北上だろうが、明確には分からない。

 

響は思った。もし雷だったらここで「そ、それってどう言うことよ!」とか言って無駄に会話を長引かせるのだろうと。

 

勿論、響にそんなつもりはない。彼女の目的が分かっているのなら、結論をさっさと出して帰らせたかった。

 

「……ふざけるな」

 

「え?」

 

「分かっているのか?君は自分のжеланиеの為に人を殺そうとしているんだぞ?」

 

……肝心の部分がロシア語で分からなかった。だが響が明らかに怒りの視線でこちらを見つめているのは分かる。

 

暁は当然ながら、そんな響を宥めようとする。頭を撫でたり顔に手を這わせたり。もちろんその全てが逆効果なのだが。

 

だから暁は、暫くほっておいて、響が満足するまで彼女に喋らせ続けようと決める。

 

あの言葉を叫ばれるまでは。

 

「もう…君みたいな奴なんて、大っ嫌いだ!!いっそ君が死んでしまえ!!」

 

……暁は一瞬フリーズした後で思い出す。自分があそこで倒れた時、胸に抱えていたのは純粋な悲しみだったと。今と違って。

 

一方で響は過呼吸気味になっていた。胸に詰まっていたものを全て吐き出した反動か、気管のあたりがムカムカする感覚に襲われる。

 

そして…響がふーっと長い息を吐き、そっと彼女は暁の方を見た。どうだ言ってやったぞみたいな少し得意げな顔で。

 

……暁の顔に光は無かった。

 

それを見て響が思わず「ひっ」と口に出すのとどちらが早いか。暁は持っていたサツマイモを容赦なく響の口に突っ込む。

 

「嫌い…ね…」

 

暁は自分が言われた言葉を1つ1つ咀嚼しながら、サツマイモをグリグリと、苦しそうにする響の口に乱暴に押し込む。

 

「うふふ…もう響ったら。相変わらず素直じゃないのね。そこが可愛いんだけど」

 

そう言いつつ、暁は最後の1本を手にする。そしてまた響の口に突っ込もうとする。

 

「……はっ、面白い冗談だね。私は正直に話しただけさ。文句あるかい?」

 

響はそう吐き捨てる。もう暁を怒らせないように…とか考えるつもりもない。ただただこの目の前にいる人物が許せなかった。

 

「そう。あれが本心なのね?」

 

暁は一旦、手に持っていた焼き芋を床に散らばったラップの上に置き、水も少し離す。

 

そして…響が次に何かを口にする前に。暁はバッと響に飛びつき。

 

……両手で首を絞めた。

 

「がっ…」

 

ぎゅーっという効果音が聞こえるようだ。親指を使ってないとは言え、響が暁の殺意を体で感じるのには十分な力だった。

 

その上、両手が縛られているせいで抵抗が出来ない。響は体をくねらせるも、死への恐怖を誤魔化せるはずがない。

 

「……ダメじゃない響。お姉さんを怒らせるようなことを言っちゃ」

 

一方で暁は笑っていた。しかし彼女の瞳には怒りがしっかりと刻まれている。

 

「ば、馬鹿な真似は…!」

 

響は必死に抵抗を試みる。だが両手を縛られて馬乗りをされている以上、抵抗手段なんて無いに等しいだろう。

 

「馬鹿な真似?そうね、馬鹿な真似よ。私も本当はこんなことしたくないわ」

 

そして暁は1回響の首から手を離す。そして響がゴホゴホと咳き込むのをしばらく眺めたあと、笑顔を作るのをやめた。

 

彼女の新しい表情。それは憤怒だ。

 

「ねぇ響、あなたこそ分かってるの?響はもう私を愛する以外に道は無いのよ?」

 

怒りのあまり、もう響に手加減が出来なくなっている暁。彼女は響の頰を乱暴に手で挟むと、グイッと彼女の顔を引き寄せる。

 

「どうして?どうしてなの?私はこんなに響を愛してるのに、どうして響は振り向いてくれないの?ねぇどうして?教えなさいよ、ねぇ」

 

響は思った。マズい。もしかしたら自分の思っている以上にマズい状況なのでは?

 

「私の何が嫌なの?何がダメなの?何が気に入らないの?何が足りないの?どうしたらいいの?ねぇ何なの?教えてよ響!」

 

暁は段々と語尾を強めていく。段々と狂気の色に染まっていくのが見てとれる。

 

響はこの時に思った。もしかしたら暁の持っていたネジは、彼女の頭から外れ落ちたものなんじゃないかと。それが具現化されたのだと。

 

「何でなのよ!あんたはいつも北上北上って!私の方があんな奴よりずっとずーっとお互いのことを知ってるのに!通じ合ってるのに!」

 

……怖い。怖くて仕方がない。この手錠さえなければ今すぐにでも逃げ出すのに。

 

「この世で1番響の事を愛してるのは私なのに!あんな奴に…あんな奴なんかに、私の響は絶対に渡さないんだから!」

 

……暁の魂の叫びは此処で止まる。彼女が響に抱きついたからだ。

 

しかし、この状態でも止まらなかったのが2つある。そのうちの1つは、響に対する暁の愛情だ。だがそれよりも大事なのは2つ目の方。

 

そう、響の涙である。

 

正確に言えば、響の身体の震えを入れて3つだが…。それはどうでも良い。

 

何であれ、響は泣いていた。理由はもちろん諸に直で恐怖を受けきったからで、彼女は大粒の涙をポロポロと流していた。

 

暁もそれを見て少し正気になったのか、響の頭を「ごめんね」を繰り返しながら撫でじゃくる。もちろん表情は笑顔に戻っている。

 

そして暁はもう1度響に抱きつき、背中の装甲じゃ味わえなかった本物の匂いと温もりを堪能しながら、大好きを繰り返した。

 

……響はもう何も言い返さなかった。

 

「さて…もうそろそろ行かなきゃ。響、本当にごめんね。変なことしちゃって」

 

そう言い、暁はネジを全てポケットに流し入れ、残った1本のサツマイモと水筒を手に持ち、軽く伸びをした。

 

そして最後に彼女は、響に聞こえるか聞こえないかの音量で「大好き」と1度繰り返し、足早に倉庫を去っていくのだった。

 

……言わずもがな。響の口から挨拶の言葉は発せられなかったようだ。

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……実に静かだ。

 

日付は既に変わっている。それはあの時計が示していた。カチカチと音を立てて。

 

この倉庫は本当に静かだ。聞こえる音といったら、あの時計の針の音ぐらい。

 

それ以外は何の音もない。

 

響ももう泣き疲れたのか、暁が帰った後は直ぐに眠りについてしまった。

 

直接ではないが…差し込む月の明かりは、そんな響を寂しげに照らしていた。

 

まるで…此処に居てはいけないと示唆するように。不気味な光で爛々と照らす。

 

だからだろう。その時の月は不気味に見えた。希望を放ってるようには思えなかった。

 

少なくとも…彼女らには。

 

……後に彼女らはこう思う。本当にこれで良かったのかと。

 

本当に…後をつけて良かったのかと。

 

 

 

 

 

 





もしかしたら気付いた人がいるかもしれないので、後書きのコーナーに記しておきます。
既に登場はしているのに、1人だけ名前もセリフも出てこなかった方が居ましたよね?
その人はまた出番が個別に…というか次々回にあります。なのでご安心を。
……以上です。



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第拾壱話「追突~悲劇の再来~」


今回が物語で最も盛り上がる所ですかね。



太陽が南中しようとしていた、そんな時間帯。鎮守府中が少しザワッとした後、海沿いの場所に一同が会する…。

 

のだが。案の定来ていない人物がいた。そいつは自分の部屋で腹をポリポリ掻きながら、グッスリと眠りについていた。

 

そんな彼女を起こすため。やはりあの目覚まし時計が部屋にやって来る。いつも通りの元気いっぱいハイテンションで。

 

「あったーらしーいー!あーさが来たっ!!おっはよー!!」

 

彼女はドアを開けると同時にそう叫び、言い終わるより先に布団にダイブしていた。

 

「ぐぇぇ!!」

 

そしてまたしも急所にテクニカルヒット。しかも今回は運悪く那珂の肘がみぞおちに入っため、いつもよりダメージがデカかった。

 

「あ、起きた!?」

 

那珂は目をキラキラさせて川内に話しかける。可愛らしく足をパタパタさせて。

 

……次の瞬間。川内は那珂の顔を鷲掴みにする。川内はブチ切れており、ゴゴゴという効果音を纏っているように感じられた。

 

「ふ、ふふふっ…!艦娘界の夜忍者と呼ばれたこの川内さんの寝込みを狙うとは…!良い度胸だね~。ね、那珂ちゃ~ん?」

 

「ちょちょっ!痛い痛い!!指っ!指が入ってるから!ミシミシいってるからぁ!」

 

必死に抵抗を続ける那珂だったが、川内は怒りが止まらず、そのまま愚痴を言いながら那珂の顔をギュッと握り続けた。

 

その那珂の悲鳴が聞こえたのか。慌てて部屋に神通が駆け込んでくる。そして…事情を察したのか、彼女はため息をついた。

 

「……那珂ちゃん。その…あ、遊んでないで…ほら。ま、また…その…遅れちゃうよ?」

 

「ん?遅れるって何の話?」

 

「そ、そうそう!ちゃんと起こした理由があるから!だ、だから川内さん!そ、そう!お、落ち着いて…手、手を離して…ね?」

 

「あぁうん。それはそうだけどさ、その前に那珂ちゃん。何か私に言うことは~?」

 

「……てへぺろっ!」

 

「ぬん!」ギュッ

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

……などという茶番を見て、微笑みと苦笑いの中間ぐらいの微妙な表情をする神通。

 

その後、何とか神通が川内を説得してことなきことを得る。どうやら仕事の人手が足りないらしく、力を貸して欲しいそうだ。

 

……川内は外を見て、やはり太陽に難色を示す。だが自分が頼りにされて悪い気はしないと、神通の願いを聞き入れる。

 

そして軽く伸びをして、川内は2人と集合場所に向かった。那珂がずっと手で顔を押さえてヨロヨロしていることなど気にせず。

 

~~~

 

3人が到着した時、既に作業は始まっていた。どうやら他鎮守府から補給艦が来たらしく、バケツリレーで物資を詰め込んでいる。

 

「あ、川内さん。来てくれましたか」

 

そんな作業の途中、3人を見つけて呼びかけたのは赤城だった。彼女はバケツリレーには参加せず、総指揮を執っていた。

 

彼女は川内に頭を下げた後、3人に場所を指示してバケツリレーに参加させる。

 

……バケツリレーのチームが2つに分かれていた。仮にそれをA.Bとし、運ぶ順番を1~9番としよう。因みに神通と那珂は各々4番に入る。

 

一方で川内は2人と別れ、Bの7番に入る。どうやら此処はAの7番である江風が、A.Bの両方を担っていたらしい。

 

その為だろう。自分が此処に配属されたと聞くなり、江風は笑顔を零し、馴れ馴れしく川内の肩をバシバシ叩いた。

 

「いやー助かったぜ!次までの距離は短ぇけどよ、2チーム分はやっぱキツくてさ~!」

 

と言いつつも、ドラム缶をひょいと持ち上げる江風。川内はそれに少し驚きつつも、どうやら対抗心が芽生えたようで。

 

江風が置いていった方のドラム缶を抱え上げ、小走りで次の人物の元へ行った。

 

……8番は雷と電だった。彼女らは川内を見て挨拶をする。だが明らかに元気がない。いや、恐らく彼女らは寝不足なのだろう。

 

それでも彼女らは仕事には取り組むようで、黙って彼女らはドラム缶を抱え上げて補給艦の方に向かっていった。

 

「実はあのコンビ、昨日は夜遊びしてたっぽいから寝不足なンだってさ!」

 

そんな2人を心配そうに眺めたのがバレたのか、江風は川内に馴れ馴れしく肩をガシッと組みながらそう言う。

 

「へ、へぇー」

 

川内はふと疑問に思った。というのも昨日もちゃんと見回りをしたからだ。もちろん2人を見かけた記憶は無い。

 

いやしかし、確か寮内に色々あったはずだ。恐らくそれのことを指しているのだろう。

 

それよりも…もっと気になることが1つ、川内にはあった。というのも、持ってきた物資を実際に詰め込む担当者。

 

此処でいう9番である。その担当者がチラッと見えたのだが、それが実は海風と長門だったのだ。

 

恐らく見間違いじゃないだろう。江風が乱暴に自分を引っ張ってスタート地点に引き戻そうとしていることからも間違いない。

 

(うーん。いつも一緒にいるってわけじゃないんだろうね~。2人しかいなかったもんね~)

 

そう、海風と長門がいたというよりかは、海風と長門「しか」居なかったのだ。具体的に言うと、北上と響の姿が無かったのだ。

 

だがそんなことは次のドラム缶が来た時に頭から抜け落ちる。恐らく自分の見えないところで頑張っているだけだろうから。

 

 

 

作業終盤に差し掛かった時。3番にいたコンビ、曙と暁はアイコンタクトを取っていた。

 

というのも、2人にはある作戦があったのだ。北上にとどめを刺すある作戦が。

 

「……ねぇ暁、そろそろ始めるわよ。準備は出来てるかしら?」

 

先に口を開いたのは曙。彼女がそう言うと、暁は黙って頷き、ドラム缶を地面に置いてから軽く準備運動をした。

 

「任せなさい」

 

「……私が何とかしておくから。後は頼んだわ。ヘマするんじゃないわよ?」

 

「分かってるわよ」

 

暁はそう言い、その場を後にする。途中で誰にも姿を見られないように、裏道を通って彼女は提督邸に向かった。

 

一方で曙は2人分のドラム缶を交互に運んでいく。そして2番の扶桑姉妹と4番の神通・那珂に適当な理由を告げて誤魔化しておく。

 

(暁…頼むわよ。期待してるわ)

 

曙はそう考えて、人に表情を見られないようにニヤついた後、仕事に精を出すのだった。

 

~~~

 

良かった。誰にも姿を見られなかった。暁はホッと胸を撫で下ろして提督邸に入る。状況が状況だから、中に人影は無かった。

 

そして彼女は、そのまま足を止めずに執務室に直行し、入り口の前で深呼吸をした後、右手で素早く3回ノックする。

 

「し、司令官…?」

 

中に入るとそこには提督が居た…のだが、明らかに不安そうな顔をしていた。

 

当然だろう。他鎮守府の提督が来た後の補給艦がどういう意味であるかというのは、流石の彼も気が付いているのだから。

 

しかも…仕事終わりに報告に来る赤城ではなく、暁が来たのだから尚更だろう。

 

「や、やぁ暁さん。その…お仕事の方はどうしたんだい?」

 

「そ、それが…その…物資がちょっと足りなくなっちゃって…」

 

……提督の眼の色が変わった。彼はガタンと音を立てて立ち上がり、強く歯と唇を噛み締めながら拳を強く握る。

 

そう、此処までは同じなのだ。あの時と。あの3度に及ぶ悲劇と。

 

「そうか、有り難う暁さん。わざわざ此処に教えに来てくれたんだね?」

 

提督はもう1度椅子に座りなおし、背もたれに思い切り体重をかける。

 

……因みに。物資がちょっと足りないというのは嘘だ。3回もこんな目にあった提督が、物資をキッチリ用意しておいた成果だった。

 

そして…提督は決めていた。今回こそは誰にも不足分を取りに行かせないと。

 

そもそも…前回の山風の時は、彼女がどうしても行きたいと自分に懇願したせいで。それを了承したせいであんなことになった。

 

だったら行かせなければ良い。実に簡単な話だ。提督はそれが分かっていた。

 

「だから、私が行って不足分を取ってくるわ!レディの私に任せなさい!」

 

分かっていたからこそ。この暁のお願いには耳を貸そうとしなかった。

 

……だが、此処までは暁の計画通りだった。この偽者は絶対に嫌がると分かっていた。

 

そして…暁は曙からしっかりと聞かされていた。この鎮守府の提督は北上の実力を認めているから、彼女の名を出したら揺らいでくれると。

 

「だったら…司令官、北上を連れてくってのはどう?私あの人とならやり遂げる自信があるわ!良いアイディアだと思わない?」

 

そして曙からこうとも聞かされていた。提督は工廠に篭りっぱなしだから、自分達の交友関係をほぼ把握出来ていないと。

 

……ドンピシャだった。暁は目の前の偽者が本気で悩むのを見て心の中でほくそ笑みつつ、その偽者に猛烈なアピールを続けた。

 

その状態が10分ほど続く。

 

結果は…勝訴だった。その偽者は最後まで嫌そうな顔をしていたが、危険を察知したら即退散と指示して、暁の要求を飲む。

 

暁は目の前の偽者に頭を下げてお礼を言い、執務室を後にする。そして提督邸から出た時、彼女は思わず不敵な笑みをこぼすのだった。

 

 

 

「あ、いた…」

 

此処で少し想定外だったのは、北上らしき偽者を探すまでに時間を有したこと。とは言っても5分程度のロスだ。問題ないだろう。

 

彼女は海沿いの…いつもなら響がいる場所にいた。もちろん1人で。

 

そして暁は、ほぼ間違いないという確証を踏んで、わざわざ大きな足音を立てて近づく。

 

その偽者は…足音に反応してこちらを見て、自分の姿を見て直ぐに立ち去ろうと。

 

するかと思ったが、そんなことはなかった。それどころか自分に話しかけてくるのだった。

 

「……珍しいねぇ。君がお仕事をサボルなんてー。嫌なことでもあったー?」

 

その偽者は体を少し揺らしながらそう言った。この瞬間に暁は確信した。こいつが探していた北上だと。あの憎っくき北上だと。

 

「あなたにお願いがあるのよ」

 

ご存知の通り、暁はこの北上の声も響の声に聞こえている。だが響はこんな…語尾を変に伸ばすような話し方はしない。

 

暁はイライラしながらも、なるべくそれを抑えて話を続ける。

 

「ぅあっ?私にー?ちょっとちょっとー、どういう風の吹き回しー?」

 

その偽者はそっと立ち上がり、暁と向き合った。相変わらず体を揺ら揺らさせながら。

 

口調に緊張感が無いが、彼女は明らかに警戒をしていた。当たり前の話だが。

 

「単刀直入に言うわ。資材が足りなくなったのよ。一緒に取りに行きましょう」

 

……偽者の表情が曇った。だがこれも想定内だ。北上も必ず1度は要求を嫌がると曙から聞かされていたから。

 

そしてこれの対処法も聞いていた。彼女は自分らの願いには耳を貸さないが、提督の名前を出されるのに弱い。だからそこを突けと。

 

「……司令官にあなたの同行の許可を貰ってるわ。あなたになら任せられるとあの人も言っていた。だから早く行きましょ?」

 

淡々とそう口にする暁。そして早くしてと言わんばかりに、偽者に背中を向けて歩き出す。

 

それを聞いた北上は、やはり不信感はあるものの、遠回しに提督の指名を受けたと言われ、どうしようか悩む。

 

(うーん。まぁでも暁ちゃん1人も怖いしねぇ。やる気は出ないけど…仕方ないかー)

 

結局、北上は彼女についていくことにする。と言っても渋々だが。

 

……そうして2人は、間に会話も無いまま淡々と足を運ぶのだった。目的地はもちろん装甲置き場である。

 

~~~

 

「いやー疲れた疲れた!」

 

満足げに肩をグルグル回す江風。一方で隣の川内は息切れをして中腰の姿勢だ。

 

どうやらさっき自分らが運んだので最後だったらしい。川内は慣れない仕事でヘトヘトのようで、江風に相槌をうつので精一杯だった。

 

「おいおい…こン程度でへこたれてたらダメだってーの!ったく…しっかりしろ~」

 

江風はあっはっはと笑いながら、馴れ馴れしく江風の背中をバシバシ叩く。正直言ってうざったいが…口には出さない。

 

とにかく。仕事が終わったことにホッとした川内は、早々と寮に帰って寝るつもりだ。

 

だから…江風と別れた後も歩くスピードを緩めるつもりはなかった。後ろから誰かに名前を呼ばれ、止められるまでは。

 

「ま、待って川内!お願い!」

 

川内は足をピタッと止め、後ろを振り向く。そこにいたのは雷と電だった。

 

彼女らは不安そうな顔で川内を眺めていた。それを見た川内は察した。恐らく自分が1人になるタイミングを待っていたのだろうと。

 

「……どうしたの?」

 

川内は2人に近づき、視線の高さを合わせながら2人の頭を優しく撫でる。

 

一方で2人は浮かない顔だった。というよりかは、川内の笑顔から距離を取ろうとしているように感じられた。

 

その反応を見て川内は気が付いた。彼女らは寝不足に加え…何やら少しやつれているように見受けられたのだ。

 

「……ねぇ川内。ちょっとこっちに来て。大事な話があるの」

 

「せ、川内さん…お願いなのです。人に聞かれたくない話なのです」

 

「え、あ、うん…。うん?」

 

川内が反応して言葉を返すのとどちらが早いか。雷が川内の腕を引っ張り、電が周りを確認しながら、3人は移動した。

 

……その様子を遠巻きに眺めている人物がいた。お察しの通り、海風と長門である。

 

同じ寮にいたお陰か、海風はあの2人の異変に真っ先に気が付いており、長門にもそれを既に相談していたのだ。

 

「ふむ。あの様子だと、恐らく川内も気が付いたようだな。あの違和感に」

 

「は、はい…そうですね」

 

そう、あの2人は明らかに弱りすぎていた。確かにあの2人は体力がある方では無いが、一晩の夜更かしでああなるとは考えにくかった。

 

しかも…あの2人は色々とイレギュラーな川内を捕まえた。そして人気のないところに連れ込もうとしている。

 

長門は直感で判断していた。あの2人は何かしらの情報を握ったと。自分達にとっても有益過ぎる何かの情報を。少なからず。

 

「海風、後をつけるぞ。音を立てないようにそっと付いて来い」

 

「は、はい。勿論です!」

 

 

 

川内は2人に率いられるまま、適当な倉庫に2人と入り、適当な位置に座らされる。

 

あまりにも想定外の事態だ。そのせいか、開きっぱなしの扉からひっそりと入ってくる人物には気が付いていないようだ。

 

「……さて、川内。折り入って相談があるのよ。お時間良いかしら?」

 

「そ、それは…連れ去る前に聞いて欲しかったよねー。ま、まぁ…別に良いけどさ…」

 

川内は無意識に正座になる。彼女は地面に座る時は必ずこうすると決めていた。

 

「……本当にごめんなさいなのです。でもこれは川内さんにしかお願い出来ないのです」

 

そう言って俯く電に対し、口をモゴモゴさせる雷。川内は2人の様子を見てただならぬ事件性を察し、真面目な雰囲気を醸し出す。

 

「い、良い?お、落ち着いて聞いて欲しいんだけど…その…」

 

……2人はお互いに協力して、自分らの身に何が起きたかを話した。江風に唆された所から、暁の本音を聞いてしまった所まで全部。

 

加えて、自分らは暁と響の会話を聞いただけで、響の状態は分からないこと。

 

本当なら真っ先に自分らが助けに行くべきなのだろうが、 あの状態の暁に近付いたら…考えたくもない結末になると察したこと。

 

また、暁に不信感を持っているに違いない響に自分らが手を差し伸べたところで、無意味に終わっただろうということを告げた。

 

それらを聞いた川内は、心の底から驚愕した。もちろん最初は信じようとしなかった。

 

だが…あの雷が怯えきっている上、電からも信じて欲しいというオーラが漏れまくっていた。もう疑う余地は無いだろう。

 

「そ、そっかぁ」

 

川内はそれだけ口にして、口ごもってしまう。そして暫くの沈黙の後、雷が泣きそうな顔で川内の肩を持った。

 

「だから…お願い」

 

彼女の手は震えていた。その震えからか、先の言葉を聞き出すことは出来なかった。

 

雷につられるように、電も頭を下げて川内にお願いをした。彼女の足も震えていた。

 

……断る空気じゃなかった。

 

「うん。2人はよく頑張ったよ!えらいえらい!それじゃあ後は私に任せて、2人はゆっくり休んでてよ!」

 

本音を言うと、川内も少しビビっている。だが目前の駆逐艦の悲しそうな顔を見てしまうと、自然と足に力が入ってしまう。

 

川内は2人の頭を優しく撫でてやる。すると2人はようやく笑顔をつくり、川内の両脇に抱きついた。感謝の言葉を述べながら。

 

因みに。川内が自分に抱きついてきた2人をよしよししている間に、長門と海風はその場から退散しており。

 

そして2人は…倉庫から脱出して暫く歩き、周りに誰もいないことを確認した後で情報を整理した。自分らにとって重要な情報を。

 

「つまり…だ。響は暁に囚われているわけで、場所は寮の倉庫」

 

「く、駆逐艦は倉庫なんて殆ど使いませんから…。あそこは盲点でしたね…」

 

「いや、駆逐艦寮の倉庫とは限らないぞ。あの2人は寮の倉庫としか言っていないからな。まぁ何であれ、先ずは北上だ」

 

「は、はい!」

 

話を聞く限り、暁は北上に恨みがあるはずだ。北上の名を叫んでいたらしいから。

 

もちろん、今すぐにでも寮の倉庫を巡りたい。だがそれより先に北上の安全だ。2人はそう考えて、北上の居るだろう場所に向かうのだった。

 

~~~

 

装甲置き場。2人はそこで一式を身につける。此処で暁はある事に気がつく。

 

自分の隣。響の装備は提督の工廠にあるから、今は置き場が空っぽだ。もしこの置き場を見られたら、怪しまれるのでは?

 

しかしその心配は無かった。北上は相変わらずのんびりだから、自分がそそくさと着替え終わることが出来たのだ。

 

後は適当に、ウザったいほど急かしたら良い。あちらに視線が向かないように。

 

「ほらちょっと、早くして?」

 

「あーもー、分かってるってばー」

 

そして…ウザったいほど急かす事により、装備の違和感について考える暇すら与えない。まさに一石二鳥の作戦だった。

 

この偽者は思ってることがあまり顔に出ないから油断は大敵だが、恐らく気が付いていないだろう。いつもとネジが違う事に。

 

「はいよー、お待たせー」

 

北上は少し顔をしかめた。暁が必要以上に急かすからだ。だがそれを咎めるつもりも責めるつもりもない。純粋に面倒くさいから。

 

暁はさっさとその偽者を小屋から追い出し、入り口の扉をさっさと閉め、少しニヤつく。此処までの計画が上手くいっているから。

 

(ふふっ、後は私が直接手を下して…。あぁ、響の喜ぶ顔が目に浮かぶわ…!)

 

本音を言うなら、この連装砲を今すぐにでも北上に向けて撃ちたい。衝動で全身がムズムズして仕方がない。

 

だが暁はそれを何とか堪え、偽者と共に海に飛び出した。もちろんそいつを先に行かせて。

 

一方で北上は相変わらずのようだ。自分達で装備の安全を確認していたのもあり、自分の死期を全く察していなかった。

 

 

 

数十分後、目的地に着いた時に北上は表情を歪めてしまう。それもそうだろう。此処は多摩達の死地でもあるのだから。

 

そうは言っても此処は今なお豊富に資源が取れるから仕方ない。北上は自分にそう言い聞かせ、溜息をつきつつ作業を始めた。

 

……彼女の背中はガラ空きだった。だが暁は直ぐには行動を起こさなかった。もちろんこれも曙の作戦の内である。

 

暁は曙から聞いていた。ああ見えて北上はかなり強いから、資源集めで少し疲れさせてから実行に移すようにと。

 

俗に言う、備えあれば憂いなしだ。暁はそれを聞いた時は納得したのだが、いざやってみると衝動によるムズムズがヤバい。

 

それでも北上に怪しまれたらアウトだから、暁はなるべく平然を装って資材を集め始める。ニヤケ顔が治せていないが。

 

……2人の間に会話は無かった。2人とも元からペラペラ話すタイプでは無いのもあり、波の音しか聞こえないほど静かだった。

 

(はぁ…早く帰りたいねぇ)

 

北上は作業中にふと気が付いた。そう言えば資材の不足分がどの程度かを知らないと。だが彼女はそれを聞くことはしなかった。

 

というのも、暁が明らかに機嫌が悪い…というかは、何かを堪えているように見えたのだ。

 

北上はこう憶測を立てていた。恐らく自分を引き連れる様に指示したのは提督だと。彼女は渋々了承しただけだろうと。

 

彼女は正義感がある方だから、きっとこの仕事を買ったのも、この間の休暇分を取り返そうと考えたからだろうと。

 

(ま、暁ちゃんは真面目だからねー。嫌なら嫌って言えば良かったのになー)

 

なんて考えながら作業を続ける。北上はふと暁の方を見たが、彼女は黙って作業を続けているだけのようだった。

 

よって…そんな暁に対抗するかの様に、北上もいつも以上に精を出すのだった。

 

 

 

流石の安定力だ。物の二十分でそれなりの量の資材が集まった。暁も北上もその束を見て思わず少し笑顔をこぼす。

 

暁はその際に気が付いた。偽者が少し息切れしていると。よって暁は更に疲れさせようと思い立ち、こんな提案をする。

 

「じゃ、後はこれを運ぶだけよね!後は宜しく頼むわよ!」

 

「え、えぇー。暁ちゃんもちょっとは手伝ってよー、ぶーぶー」

 

「……は?」

 

「あぁ…うん。冗談だってばー」

 

その偽者は参ったという様子で手をブラブラさせた。暁はその資材の束を無理に押し付け、自分は後ろに立って知らん顔だ。

 

因みに…補足しておくと、彼女の背負った資材の量は推定120kgで、別に対して苦になる重さではない。仕事を始める前だったら。

 

そして、暁はその偽者を数歩だけ歩かせた後、音が聞こえないように満面の笑みで連装砲の弾のチェックをした。

 

(あはは…!こいつがどれぐらいの実力者かは知らないけど、最初の1発ぐらいは流石に当たってくれるわよね…!)

 

……今からこの憎き者を自分の手で沈める。そのことに対する背徳感と興奮で、暁は照準が定められずにモタモタする。

 

なので暁は1回構えるのをやめ、大きく深呼吸をする。そして次こそは必ず撃つと覚悟を決めて、適当に彼女の後ろにつきながらもう一度構えた。

 

その時だった。

 

……先に動いたのは北上だった。彼女は折角集めた資材を海に放り捨て、バッと振り向いて暁に思い切り飛びついた。

 

余りにも一瞬の出来事だった。暁は何が起こったか分からず、暫く呆然とする。だが…偽者が何をしたかったかは分かった。

 

彼女は身を呈して自分を庇ったのだ。突然空から降って来た爆弾から。

 

庇った…というよりかは、突き飛ばしたというのが正解だろう。何であれ、不意打ちの空爆は北上にも暁にも当たらなかった。

 

「……あぁもうっ!」

 

北上は急いで暁を立たせて、そのままの勢いで乱暴に彼女の腕を引っ張る。その隙にも空爆は1つまた1つと降り注いでくる。

 

暫くして…ようやくハッとした暁が自分の力で歩き始めると、より一層空爆の勢いが増していく。殺意を増していく。

 

この時から北上は、2人揃って生きて帰る事を目標にする。今回は装備に細工をされていないはずだからきっと大丈夫という思いで。

 

その一方で暁は冷静で、空爆の様子を眺めながら淡々とそれを避けていた。

 

……この差が。この2人の捉え方の差が、後の鍵になった。暁は冷静に眺めていく内に、ある事に気が付いたのだ。

 

(こ、これ…!もしかして…!)

 

時間が経つ事に自分と偽者の距離が離れていく事で、暁は気が付いてしまった。あの空爆は間違いなくそこの偽者狙いだと。

 

……流石にこの空爆については曙から何も聞いていない。だがもしかしたらこれも彼女が用意してくれたものなのかもしれない。

 

だったら…自分が偽者に言うべきセリフは決まっていた。ついさっきも自分を庇ってくれた、あの偽者に言うべき言葉は。

 

「ちょ、ちょっと!!」

 

暁は慌てて叫び、その偽者の視線をこちらに向けた。そして彼女は、その偽者にしっかり聞こえるように大声でこう叫ぶ。

 

「私が…!私が時間稼ぎをするから、あんたは早く逃げなさい!」

 

「えっ…!?」

 

この言葉を聞いた北上は、思わず少し足を止めてしまう。

 

……もう1度言う。北上は2人揃って生きて帰る事を目標にしていた。当然ながら自分だけが助かるつもりは更々ない。

 

そして…脳裏に浮かぶのは多摩のこと。そして暁の妹達のこと。

 

北上は誰よりも知っているつもりだった。大事な姉を失った時の哀しみを。もう2度と味わいたくないと心から思ったあの辛苦を。

 

それが1度に頭に押し寄せて来て。北上は思い切り唇を噛み締めていた。

 

「……それは許可出来ないねぇ」

 

そう言うが早いか、北上は暁の元に駆け寄っていた。そしてこの時に気が付いた。

 

そうだ。もし暁が1度倒れた事を他提督らが知っていたら、ゴミ処理とか何とか適当な事を言って彼女を標的にするかもと。

 

つまり、この襲撃は暁を狙っているという事だ。しかもこの鎮守府は暁型駆逐艦が全員揃っている。仲を引き裂くにはもってこい。

 

「暁ちゃん。君みたいな立派なレディが囮になるよりもー、鎮守府中の嫌われ者である私が囮をやるべきだと思うんだよねぇ」

 

そう言うが早いか、北上は暁の前に躍り出ていた。暁はその偽者に何回か言い返すも、偽者は耳を全く貸さなかった。

 

「ちっ…あぁもう分かったわ!勝手にしなさいよこの不孝者!」

 

「ははっ…不孝者かぁ…。悪くないねぇその響き、私は好きだよー」

 

こんな時にも緊張感のない口調で話す偽者に対し、暁は少しムスッとする。だが空爆が降って来たのをキッカケに、2人は別れた。

 

そして…暁が帰ろうとしているのを察したのか、少し落ち着いていた空爆が激しくなる。だが北上はそれ全てに弾を的中させる。

 

「ふふーん、暁ちゃんは沈ませないよー!このスーパー北上様が相手だー!」

 

そう言いながら北上は飛んでくる空爆全ての軌道を変え続ける。その途中、暁がほぼ安全地域まで逃げ切った事を確認する。

 

(さて…正念場だねー)

 

北上は1回構えるのをやめ、装備を整えて再始動した。彼女の瞳は真っ直ぐだった。

 

 

 

……補足しておこう。

 

全て暁の計画通りである。

 

自分が囮を買って出たら、あの優しい優しい偽者さんは、きっと自分がやると言い出してくれるに違いないと踏んでいた。

 

そして…あの装備はそのうち壊れるから、彼女は間違いなく空爆の餌食になるだろう。

 

「ふっ…うふふっ」

 

……完璧だ。実に完璧だ。そう思うと笑いが止まらない。顔もニヤケてしまう。

 

今はもう鎮守府の敷地内と言っても良い場所だ。あの優しい優しい偽者さんの囮のお陰で、自分は無傷で帰ってこれた。

 

「あはっ…あははっ!」

 

さらに言えば…自分が手を汚さずに済んだ。結果はまだ出ていないが…誰かがあいつを殺してくれたに違いない。

 

「やった…!遂に…!い、いやまぁ…よ、喜ぶのは後にしてさっさと着替えないと…。あぁそうだわ!司令官への報告内容も考えないと…!」

 

彼女はルンルン気分で…見つからないようにひっそり、かつ足早に装甲置き場に向かった。途中で誰かにすれ違う事は無かった。

 

~~~

 

「あれー?何か空爆の量増えてないー?うわマジかーこりゃ厳しいなー」

 

そう独り言を口にした北上。突然ながらもう帰路についている…のだが、敵もかなりのやり手のようで、道を上手く塞がれるのだ。

 

「……先回り空爆ってどういう技術なのさー?やんなっちゃうよもー!」

 

それでも北上には勝算があった。それもそのはず、直ぐ其処にさっき自分が集めた資材がたんまりあるのだから。

 

それに…今日の彼女はやる気だった。何としても家に帰るという思いがあった。

 

……もう帰れないのはゴメンだった。

 

「ふぃーっ、流石に疲れて来たねぇ。けど私は負けないよー!」

 

自分を鼓舞するように北上はそう言う。だが此処で連装砲が弾切れ。なので北上は海に浮かんでいる資材から銃弾を拾う。

 

その一瞬の隙だった。空爆が狙いすましたように北上に降り注いできたのだ。

 

だが北上もこれは予想通り。間一髪のところでそれを避け、多少の無理な体勢は取ってしまうも、直ぐに立て直した…。

 

そう、無理な体勢を取った。

 

……来てしまった。あの瞬間が。遂に。

 

「あ、あれ…?」

 

流石の北上も一瞬パニックになる。それもそうだろう。連装砲のネジが数本吹き飛んで、本体がバラバラになったのだから。

 

それを見た瞬間。北上は全てを察した。最初から敵の目的は自分だったのだと。

 

北上は暫く呆然として立ち尽くす。顔には絶望感とも…吹っ切れたともとれる表情が浮かんでいた。

 

「……そっか」

 

敵の慈悲か何かは知らないが、自分の装備が壊れてから少しの間、空爆が止む。

 

北上は空を眺めて息を整える。と言っても、彼女はまだ諦めたわけじゃない。

 

(……大丈夫。私はまだやれるよー)

 

またも自分を鼓舞し、北上はその場からの撤収を目論む。完全なる逃げの姿勢を決め込むと、彼女は覚悟を決めた。

 

だが…行動に移した瞬間。彼女の希望は完全に打ち砕かれる。足の装甲がパキッというネジが折れたような音を立てて、半壊したのだ。

 

北上は確信した。逃げ切れない。

 

彼女はこの空爆だらけの地で、移動手段と攻撃手段を失っていた。それがどういう意味であるかは彼女も分かっていた。

 

……ふと脳裏によぎったのは、多摩のことだった。彼女はとても優しかった。

 

「は、はは…。多摩姉…」

 

そうか、これが走馬灯か。北上はフッと笑って空を見上げた。敵が万歳しているのか知らないが、空爆は止み始めていた。

 

そして彼女は海上に仰向けに寝転がる。今日も雲ひとつない綺麗な青空で、太陽が痛々しく…それでいて静かに北上を照らしていた。

 

そして目を閉じる。すると北上はハッと気が付いた。自分が自惚れていたことに。

 

「……そうじゃん。病気から回復した駆逐艦と、秩序を乱す嫌われ者、どっちが鎮守府のゴミかなんて、決まってんじゃん」

 

あぁそっかという感じで、右腕を顔の上に乗せる。北上はもう覚悟を決めていた。

 

「ごめん…多摩姉、今そっちに行くよ」

 

彼女がそう言うが早いか。北上は起き上がり、俗に言う女の子座りで海上に座る。

 

すると、ご都合主義ともとれる完璧なタイミングで、空爆が1本だけ飛んできた。北上はそれを見て微笑む。あれは完璧に当たるから。

 

北上は手をギュッと握りしめて足を閉じ、こうべを垂れて目を閉じ、唇をギュッと結んだ。

 

 

 

……辺りに轟音が鳴り響く。

 

 

 

もっと色んなことをしてみたかった。

 

自分は料理が出来る方では無かった。だからそれが得意な長門に教わりたかった。

 

自分は駆逐艦をウザがっていた。けど海風の体力強化をもっと手伝いたかったし、響ともっと仲睦まじく談笑したかった。

 

けどそれらはもう叶わない。北上はそう思い、自らの死を受け入れようとした。

 

その時までは。

 

「………………………北上」

 

幻聴だと思った。もうこんな自分の名前を呼んでくれる人なんて居ないと思ったから。

 

しかし…勇気を出して目を開いた時、北上は思わず呆然とした。自分はまだ太陽の光を浴びていたのだから。

 

……目の前に人がいたのだから。

 

女の子座りのまま、北上はその人物を見上げた。ギュッと目を閉じていたから暫くは焦点が合わなかったが、誰かは直ぐに分かった。

 

直ぐに分かったからこそ…北上は呆然としたのだろう。こんな所に居るはずも無い人物なのだから。だから北上は幻覚を疑った。

 

しかし、時間が経つにつれて幻覚でないのを理解していく。その人物は少し体が黒くなっていた。火薬か何かを浴びたように。

 

そして…その人物はゆっくりと振り向き、安心したような笑顔を作った。

 

「……間に合ったな」

 

北上はまだパニックになっていた。その様子を見た彼女…長門は溜息をつき、北上の頭をワシワシと乱暴に撫でた。

 

丁度その時だった。2人の名を呼びながらこちらに走ってくる影があった。

 

「北上さーん!!長門さーん!!ご無事ですかー!!ふへぇ…」

 

海風だった。全速力の長門に置いてかれていたのか、彼女は息切れをしていた。

 

そして彼女は…長門が間に合ったことよりも先に、北上の装備の様子に気が付いた。

 

近くに行って破片を拾い上げなくても分かる。彼女の連装砲と足の装甲は明らかに人為的な壊れ方をしていたから。

 

そして空を見る。形成逆転を察したのか、空爆がまた降り始めていた。海風はその空爆を見て、思わず拳を握りしめた。

 

それもそうだろう。彼女はこの空爆で、実の妹である山風を失ったのだから。

 

そのまま海風は空爆に対抗しようとした。妹を奪った宿敵に一矢報いるために。彼女の瞳には明らかな敵対心が宿っていた。

 

……その事に長門も気が付いた。彼女は急いで海風の襟を掴み、乱暴に引き止めた。

 

「海風。気持ちは分かるが…目的を誤るな。今は北上の救出が先決だ。分かるな?」

 

「……はい」

 

海風はハッとなり、シュンと肩を落とした。長門はそれを見て少し微笑んだあと、海風の頭をポンポンと軽く叩く。

 

「よし、海風。北上は私が運ぶから、お前は援護を頼むぞ」

 

「あ、はい!お任せください!」

 

そう言うと、間髪入れずに長門は北上を軽々と持ち上げて右腕で抱えた。

 

……巡洋艦をヒョイッと苦なく持ち上げたことに、海風は驚きが隠せない様子だった。

 

そして、長門は北上を抱えたままその場を出発した。海風も、北上の装備の破片をいくつか拾い上げてから後に続いた。

 

この瞬間からまた空爆が激しくなる。だが長門達に命中することは、海風の援護もあって全く無い。よって3人は無事に帰還出来た。

 

~~~

 

沿岸に着いて一息ついた後、長門と海風は響の件を話そうと目論んだ。

 

だが、2人はそれを躊躇った。未だに生き残った自覚が湧かないのか、北上がずっと茫然自失のままなのだ。

 

「き、北上さん…」

 

流石の海風らも、こんな北上を見たのは初めてだった。今の彼女の瞳が示すのは…何故生き延びてしまったのだろうということだった。

 

そんな…ポケーッと自分の両手を見る北上に嫌気がさしたのか、不意に長門はため息をついて、徐に北上に近付いた。

 

因みに、今の北上は相変わらずの女の子座りで座り込んでいる。よって、長門が北上の前で片膝をついたのも納得がいくだろう。

 

そして長門はまたも微笑み、北上の頭の上に手をポンと乗せて、優しく撫で始める。

 

「……死ねなかったのが、不満か?」

 

長門が不意にそう呟く。するとこうべを垂れていた北上が、パッと頭をあげた。そして直ぐに何も言わずに首を横に降る。

 

「……そうか。じゃあ別に良いじゃないか。何をそんな考え込む必要がある?」

 

長門は北上の頭から手を離してスッと立ち上がり、北上からの返事を待った。

 

肝心の北上は黙り込む…というよりかは、口をモゴモゴさせる。長門にはそれが、まるで何かを隠しているように見えた。

 

……本音を言うなら。北上は助けて貰った事に恐れ多さを感じていた。

 

あの走馬灯を見た時。彼女は自分で自分に「鎮守府中の嫌われ者」というレッテルを貼った。それがまだ剥がせずにいたのだ。

 

北上はまた下を見て俯いてしまう。これには流石の長門も少しイラっとしたのか、次の瞬間にはもう、北上は長門の腕の中にいた。

 

「えっ…!」

 

北上は思わず声を出してしまう。自分の顔を不意に襲った柔らかさと温もりが、彼女を戸惑わせた…後に、彼女の表情を綻ばせた。

 

彼女の抱擁は、簡単に言うなら野生的だった。それでいて優しい母親らしさも感じた。

 

……北上の体は冷たい。長門はそう感じた。もちろんこんな炎天下なのだから、気の所為なのだろうが…。彼女はそう感じた。

 

因みに、長門のパワーは凄まじくて北上は離れることが出来ない。また、その激しい抱擁を見た海風は少し照れていた。

 

その状態での沈黙が数分続く。そしてその沈黙を破ったのもやはり長門だった。

 

「……なるほど。どうやら私は…北上にお説教をしなければならないらしい」

 

長門は抱擁をやめ、北上の両肩を掴む状態になる。一方の北上は、頭上から聞こえたその言葉に疑問符を浮かべていた。

 

そして…何のお説教か聞こうとしたが、質問をする前に長門に遮られる。

 

「いつだったかな。4人で夜にいつもの場所に集まった帰りに、響に呼び止められてな」

 

長門はフッと笑った。そして話を続ける。彼女の口からはとある事実が話された。

 

……川内がこの鎮守府にやってきた日。響は北上に泣き顔を見られ、彼女に慰められた。長門はその事を響から聞いたらしい。

 

響はそれを話す時、自分が何と言われたかも長門に全て伝えていた。それを言われて心から嬉しかったとも付け足していた。

 

「とまぁそういう話を聞いたんだ。それで…だ。私が何を言いたいかというとな」

 

……北上は黙って話を聞いていた。後ろの海風も含めて2人は、そんなこともあったなぁとその時のことを思い出していた。

 

しかし北上は、再び頭が真っ白になった。あの激しい抱擁をもう1度されたからだ。

 

だが2回目は少し違った。さっきは顔を胸に押し付けられたが、今度は背中の後ろに腕を回され、優しくさば折りされたのだ。

 

「……北上。1度しか言わないぞ」

 

そんな状況に突然身を置いたわけだから、北上は少し戸惑った。だから長門は暫く間を置いて、顔だけ離して北上と面と向かう。

 

そして此処で漸く北上が落ち着く。彼女が「1度しか言わないとは?」みたいな顔をしたのを確認すると、長門が口を開いた。

 

「……お前はな、1人で背追い込みすぎなんだ。もっと仲間を信頼してくれて良かったのに」

 

長門は腕を伸ばし、少し北上と距離を離す。だが相変わらず腕は北上の肩の上にあった。

 

「お前の勇気と努力を私達は知っている。仲間想いな所も知っている。だから私達は、お前のことを信頼しているんだ。少なくとも私達はな」

 

長門は諭すように淡々と言葉を口にする。手は北上の顔に這わせていた。

 

「だから…そんな1度や2度弱味を見せられたぐらいで、お前を嫌いになんてならない」

 

そんな長門の言葉に対し、北上はただただ唖然としていた。それでも彼女は長門の温もりに触れ、彼女の中で何かが湧き上がっていた。

 

「……再三繰り返すが、1度しか言わないぞ」

 

長門はそう告げ、再び北上の頭に自分の手をポンと乗せて優しく撫でた。

 

「北上…辛かっただろう?怖かっただろう?だったら泣くんだ。泣きたい時は泣け。遠慮も我慢も要らない。この戦艦長門の胸で良かったら、いくらでも貸すから」

 

……そう言った長門は笑顔を浮かべ、北上の顔から手を離して半歩下がり、軽く腕を広げた。

 

そして…この時の北上は、彼女の笑顔に対抗する術なんて、もう身につけていなかった。

 

ほんの数秒。それでも北上はほんの数秒だけ耐えた。だがダメだった。彼女は直ぐに長門のあの大きい胸に飛び込んで。

 

「っ……うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

これ以上無いほど大きな声で泣き始めた。長門はそんな彼女を抱きしめ、涙で濡れる自分の胸など気にせずに、北上の頭を優しく撫でた。

 

……そんな2人に対し、後ろで一部始終を見ていた海風も、北上につられたのか、彼女も少し涙を浮かべて2人を眺めるのだった。

 

 

 

夕暮れ時に浜辺で起こった美しい友情の物語。これを遠くから覗き見する影があった。

 

その影は、その様子を眺めた後で、3人に気付かれないようにその場を退散する。そんな彼女の顔には、憎悪と焦燥が浮かんでいた。

 

 

 

続く

 



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第拾壱話外「北上~産廃の後始末~」

過去編です。

自分「ねぇねぇ2人とも、出番が欲しいって言ってたよね?」
時雨「え、まぁ…うん」
自分「じゃあさ、過去編の語りやる?」
夕立「い、いいの!?わ、私やりたいっぽい!」
時雨「まぁ…夕立がやりたいって言うなら僕も…」
自分「そっか。じゃあ宜しくね」
夕立「任せるっぽい!」
時雨 (だ、大丈夫かなぁ?)

※今回、ちょっと新キャラさんの口調崩壊が…。
ファンの皆さん本当にゴメンなさいです。



+゜・。○。・゜+゜・。○。・゜

 

昔々、とある場所にとても変わっていた鎮守府があったんだ。

 

え、どこが変わってるだって?ふふっ、慌てない慌てない。簡単に説明するから。

 

えっと、普通の鎮守府…及び提督は「第1艦隊の旗艦」を秘書艦に任命するんだけど。この鎮守府では違ったんだよ。

 

そこの提督は適材適所を重視していた。だから力だけで就任出来る旗艦と、頭脳が必要な秘書艦を一緒の役職にしたくなかったんだ。

 

そこでそこの提督は決めたんだ。みんなのヤル気を掻き立てる為にも、登用試験を作るってね。そしてこれが全ての元凶だった。

 

……さて、このお話のメインキャラを紹介するよ。まずはご存知の通り、北上だね。

 

彼女はこの鎮守府の…まぁ中堅の下の方ってところだったんだ。だけど彼女は周りから全く信頼されていなかった。

 

理由は簡単。彼女は天才だったんだ。ロクに勉強も訓練もしてないのに、登用試験でまぁまぁの成績を残していたからだよ。

 

その上で、彼女は協調が苦手だったんだ。マイペースだったんだね。だから…努力しても結果を出せない人達からは疎まれていた。

 

まぁ、彼女は全く気にしてなかったようだけどね。マイペースだから。

 

それで…北上が何をしているかだけど、どうやら鎮守府内をブラついてるみたい。

 

 

 

「はぁ…かったるい」

 

どうやら、北上は鎮守府内のポスターを見つけたみたい。そこには「登用試験のお知らせ」って書かれているよ。

 

因みに…この登用試験は実は2種類あって。まぁ簡単に言えば「体力テスト」と「科挙」だよ。

 

このそれぞれの成績優秀者が、それぞれ旗艦(この鎮守府ではエースと呼ばれる)と秘書艦になれるチャンスを得るわけだ。

 

因みにペースはそれぞれ年4回。科挙を先にやって、1か月遅れで体力テストだね。今回は科挙のお知らせみたいだ。

 

……北上は旗艦にも秘書艦にも興味が無いんだ。ただ周りがやってるから自分もやってるってだけみたい。乗り気じゃ無いんだね。

 

「まぁいいや、今回も適当に済ませよー」

 

あ、大事なことを言い忘れてた。この独特の制度が理由なんだけど、ここは周りから「天下一鎮守府」って呼ばれてるみたい。

 

……そんなある日、北上は寮に帰る途中だったんだけど、噂話を耳にしたんだ。

 

内容は以下の通りだよ。

 

「おい、聞いたか!?またあの駆逐艦、空母の先輩に喧嘩を売ったらしいぞ!?」

 

「聞いた聞いた!あの野郎…勢い付いてるからって調子に乗ってんな!」

 

あの駆逐艦。北上もこの話は知っていて、その血盛りな性格と実力で着々と階段を登りつめているって聞いたことはあったんだ。

 

因みに…その彼女の所為で、鎮守府内が2つに分かれかけていてね。

 

まぁエースの決定戦は殴り合いになるから、駆逐艦はそれまで出る幕が無かったんだ。普通に戦艦とかもいるわけだからね。

 

その敵をバタバタとなぎ倒す姿に感動を覚えた駆逐艦達は、その彼女を応援していたし、それ以外の艦達は彼女を良く思っていなかった。

 

まぁうん。北上はその闘争にも興味を持っていなかったんだけどね。

 

「……くだらない」

 

というか、北上はこのシステム自体をあまり良く思って居なかったんだ。彼女はああいう血生臭いものが嫌いだったんだろうね。

 

因みに…その駆逐艦が、このお話の重要人物の2人目。名前は確か、綾波…だったよね。

 

そう、駆逐艦の綾波。後に北上の宿敵となる駆逐艦だよ。あ、これネタバレね。

 

あぁそれと…補足しておくよ。科挙と違って体力テストの方は階級に分かれてて、それぞれの階級別にテストがあるんだ。

 

それの優秀者が階級を上がっていって、1番上の階級の1番がエースになるわけだね。

 

まぁその後も「現職エースとのタイマン」っていう最終試験があるけど…その話はもう少し後に回すよ。

 

因みに綾波は前回のテストも1位を取って、次のテストから北上と同じ階級だったんだ。

 

「……まぁどうせ勝てないだろうし、適当に済ませますかー、面倒くさいし」

 

北上は誰にも聞こえないような小さい声でそう呟いて、寮に入っていった。表情は…まぁ気怠そうな顔をしてたよね。

 

~~~

 

事件…って言うほどでも無いんだけど、転機が訪れたのはその科挙が終わった後だよ。

 

北上が目を覚ますと、同じ寮の巡洋艦達が一同に介してザワザワと騒いでいたことに気が付いたんだ。だから彼女はその場所に行った。

 

「あ、北上!ちょっとこっちに来てくれ!すげぇニュースだぞ!」

 

その内の1人に呼ばれて近付くと、全員が新聞を囲んでいたことに気が付いたんだ。

 

それは鎮守府内のローカル新聞で、この鎮守府内の気になるニュースがたまに流れるようになっていたんだ。

 

そして…その記事の一面にはデカデカと綾波の顔が載っていて、その隣に申し訳なさそうな顔の少女が1人写っていた。

 

「この駆逐艦の野郎…空母を弟子にとりやがったぜ!どういうつもりだ!?」

 

北上はその記事を見て疑問点を持たなかったんだ。他の巡洋艦と違ってね。

 

何せ綾波が弟子にとった空母は、この時に科挙で…1位とは言わないものの、かなりの成績を残していた空母だったからだね。

 

言わずもがな、エースと秘書艦は仕事で協力することが多いんだ。

 

だから、本気でエースを狙っている人物が未来の秘書艦と仲良くし始めても変な話では無い。北上はそう感じたんだ。

 

……こういう辺り、誰がエースでも良いと思ってる北上らしいよね。本当に。

 

そして…綾波の弟子になったその空母。それが重要人物の3人目。彼女は大鳳っていう名前だね。

 

因みに…彼女は凄く頭は良かったんだけど、体が弱かったんだ。一般的に大鳳って筋トレマニアのイメージなんだけどね…。

 

あと、秘書艦は提督を庇わないと行けないから、貧弱なのはそれはそれでマズイんだよ。だから彼女は綾波に弟子入りしたみたい。

 

……最初の頃は同じ空母内で論争が起きたみたい。でも彼女は本気で秘書艦を目指していて、その眼光に周りが負けたみたいだよ。

 

まぁここで大事なのは、当初の北上はこのニュースに興味を示さなかったってことだね。

 

 

 

その後、体力テストが行われた時に、案の定1位は綾波だったんだけど、綾波はその結果に満足がいってなかったんだ。

 

当たり前だね。明らかに1人手を抜いていたのが居たんだから。

 

だから綾波は捕まえたんだ。足早に帰ろうとしていた北上を。テストが終わって駆逐艦らに褒め称えられた後にね。

 

「おいっ、北上って言ったな?さっきのアレはどう言うつもりだ?」

 

「うーん?どういうことー?」

 

「どういうことじゃねぇよ。テメェ明らかに手を抜いたろ?あれは何でだ?」

 

綾波は北上が舐め腐ってると思ったんだろうね。乱暴に北上の胸ぐらを掴んだんだ。

 

一方で北上はすまし顔だよ。まぁ適当に済ませようと思ったんだね。

 

「何でって…特に理由は無いけど?」

 

「……そうかよ。話には聞いてたが、テメェ中々イかれてんな。まぁ別に良いけどよ」

 

そう言って手を離した後、綾波はその場を去って行ったんだ。

 

~~~

 

それから凡そ2年の月日が経って、鎮守府中がこれ以上ない盛り上がりを見せていたんだ。

 

あの後も着々と実力をつけていった綾波と大鳳が、遂に2人揃って1番を取ったんだ。

 

北上はその事を新聞で知って、近々2つ同時に最終試験が行われることも知った。

 

最終試験の内容はさっき言った通り、現職のエースとのタイマンなんだけど、実は科挙も現職の秘書艦との勝負なんだ。

 

「へぇ…同時開催なんだー」

 

実は…北上にとって、これに関しては初めての経験だったんだ。

 

……彼女もこの鎮守府で産まれ育った身。心なしかワクワクしていたみたい。やっぱり血?は争えないんだね。

 

因みに、最終試験に関しては完全に見世物と化していたんだ。

 

そして…開催当日。少し寝坊した北上は、同僚に腕を引っ張られて会場に向かって。そこで少しワクワク感を失ったんだ。

 

……会場が物凄くうるさくて、しかも駆逐艦が集ってたからだね。もちろんその中心には綾波が居て、周りからチヤホヤされてたんだ。

 

それを見た北上は思ったんだ。今から此処で血生臭い戦いが始まるんだなぁと。

 

しかも駆逐艦らとそれ以外の艦らの仲は知っているから、きっとヤジが飛んだり妨害が横領とかするんだろうなぁと。

 

……そういうのが嫌いだった北上は、適当な理由をつけてその場を退散して、もう1つの会場…執務室に向かったんだ。

 

一応、この秘書艦の方も見世物にはなっていた…けど、秘書艦は殆ど他の艦らとの交流が無かったから、誰も見に来ないのが通例だったんだ。

 

だからこそ…北上が執務室前に到着した時、入り口にいた提督は微笑んでくれたんだと思った。既に最終試験は始まっていた。

 

実を言うと、北上は向こうよりもこっちの戦いの方に興味があったんだ。1番の理由は…現職の秘書艦が北上と同じ軽巡洋艦だってことだね。

 

此方の最終試験は、提督が作った超難問集いの筆記試験を「お互いに向き合った状態」で解くという、緊張感しかない試験なんだ。

 

言わずもがな…そこにいた提督も、挑戦者の大鳳も、現職の秘書艦だった軽巡:大淀も、誰1人として口を開いていなかった。

 

北上は少し息を飲んで、暫くその様子を眺めてたんだけど、結局は緊張感に耐えられなくなって、その場を立ち去ったんだ。

 

因みに…テストの内容はほぼ全てが記述らしくて、状況が明示されて「どうするのが正解か」というのを聞く問題が多いらしいよ。

 

……難しいよね。しかも相手と向き合って…か。僕は絶対に解きたくないかな。

 

さて…少し視点を動かそうか。場所もまた体力テストの方に戻すよ。

 

 

 

「……来たな」

 

体力テストの方、綾波が仁王立ちしてたっぽい。これも通例で、現職のエースの方が遅れてくるのが暗黙の了解だったんだって。

 

そして…その人物が顔を見せた瞬間、駆逐艦以外がわぁーって盛り上がりを見せたの。

 

……現職のエースは戦艦の霧島っぽい。彼女は眼鏡をクイっとして、綾波を凄く睨んで彼女の前に立ちはだかったっぽい。

 

すると周りから凄い音量の声が飛び交ったっぽい。いけーとか負けるなーとかそんなのっぽい。それを聞いて2人ともニヤついたっぽい。

 

「いやぁ。改めて見ても凄い威圧感ですねぇ」

 

「……ふふっ。褒め言葉と受け取っておくわ。今日は宜しくお願いしますね」

 

そして…そのあと暫くして、審判を任されている工作艦:明石が駆けつけてきたっぽい。そしてそのまま直ぐに試合が始まったっぽい。

 

「さぁ…下剋上の始まりだ!」

 

「マイク音量…チェック!ワン、ツー!」

 

2人がそう叫んだのはほぼ同時っぼい。そして…2人は本気の殴り合いを始めたっぽい。それを見て観客も大興奮っぽい。

 

……北上がこういうのを好きになれないっていうのも、私は何となく理解出来るっぽい。

 

 

 

さて…少し時間を飛ばすっぽい。綾波と霧島がタイマンを始めてから約1時間半後っぽい。

 

執務室の机の前に大淀と大鳳が横並びに立っていて、椅子に座って解答用紙を整える提督さんを眺めてたっぽい。

 

……提督の命で2人は揃って執務室を後にしたっぽい。晩御飯を食べ終わる辺りに結果発表になると聞かされたっぽい。

 

そしてその際、提督の口から「綾波が勝利した」ということも告げられたっぽい。

 

それを聞いた大鳳は目を輝かせて、全力で綾波の所に向かったっぽい。そして彼女の後を追うように、大淀も其処に向かったっぽい。

 

……申し訳ないんだけど。この辺りの感動ストーリーはちょっと割愛するっぽい。理由は単純に、北上に関係無いからっぽい。

 

~~~

 

それで…綾波がエースに、大鳳が秘書艦に任命されてから、数ヶ月経った後の話なんだけど。北上たちが1箇所に集められていたんだ。

 

そこには鎮守府内の中堅クラスがズラッと並んでいて、駆逐艦は1人も居なかった。だから北上は、もう人選で全てを察したんだ。

 

「……君達に集まってもらったのは他でもない。あの新エースの冒瀆についてだ」

 

そして案の定、反旗を翻そう団結運動の協力要請だった。当然ながら北上は、最初はそういうのに興味はなかったんだ。

 

でも確かに、エースになってから綾波は…まぁ調子に乗ってると言えば調子に乗ってたのかな?それで彼女を良く思わない人も多かった。

 

何より、その場をまとめていたリーダーから発せられた言葉に、周りにいた(北上以外)全員が激しく同調したんだよ。

 

というのも…2人が今の役職に就いた後、大淀と霧島が揃って姿を消したんだ。

 

実はこれは今回だけじゃなくて、エースと秘書艦は交代するたびに前任が姿を消すのが普通だったんだね。

 

恐らく、前々からこれを疑問に思っていた人達が、新エースが駆逐艦なのを理由に調査を進めようとしたんだろうね。

 

……北上は勿論、こんな馬鹿げたことに乗るつもりはなかった。どうでもいいと思ってたんだ。けど想定外の事態が起きてね。

 

「それで…だ。これの調査を…北上。君に一任したい。やってくれるかな?」

 

まさかの名指しを食らったんだよ。流石の北上もこれには驚いて、1度は嫌だと口にした。だが北上に否定権は無かったんだ。

 

「……北上。君以外に適任者が思い付かないんだよ。お願い出来るかな?」

 

そいつは乱暴に北上の肩を掴んで…優しい言葉で脅迫した。周囲も「お前がやれよ」みたいな空気で満たされていた。

 

その時の周りの目を見て、北上は察したんだ。自分は嫌われ者だから、何かあった時に責任を全部押し付けられるんだって。

 

……みんなクソ野郎なんだって。

 

「はぁ…。分かったよー」

 

結局は首を縦に振るしか無かった。北上はそいつからインスタントカメラを受け取って、その場を流れ解散にしたみたい。

 

 

 

次の日から北上は早速行動を開始した。

 

元から独りだった北上は、それを活かして着々と情報を集めていったんだ。

 

具体的に言うと…綾波と大鳳の行動パターンから、執務室の棚の中身、得体の知れない出入り禁止のドアの位置まで様々だね。

 

もちろん、備えとして専用のメモ帳を作って、それを部屋に残しておいたりもした。

 

……実を言うと、調べていくにつれて北上は段々と恐怖を感じていたんだ。

 

もしかしたら得体の知れない秘密があるのではと考え始めていて、特に提督の趣味嗜好が判明してないのがそれを駆り立てたんだね。

 

更に…それを後押しするように、北上はある情報を掴むことが出来たんだ。

 

……そもそも。提督は普通の業務をこなす裏で、何か別の仕事も請け負っていた。まぁそれは鎮守府の全員が知っていたんだけど…。

 

内容を誰も知らなかったんだ。けど北上は、それに近付くヒントを手に入れたんだ。

 

(な、何…これ…?)

 

北上は夜中に執務室横の書類倉庫に忍んだ時に、その冊子を見つけたんだ。と言っても、ただの運営の記録だったんだけどね。

 

けど中を覗いた北上は、直ぐに気が付いたんだ。資金の出入を記すページ、そこの数字が明らかにおかしいって。

 

(たまーに資金が数十万…いや数百万に達する勢いで増えてるねー。しかもこの日付…も、もし私の予想が正しかったら…)

 

北上はハッと気が付いて、そのページと数十ページ前を見比べたんだ。そのページには出撃及び深海棲艦との戦闘記録が残ってたんだけど…。

 

(……やっぱり、ピタリ一致だねー。これは写真に撮って残すべきかなー)

 

と思うが早いか、北上はもうカメラを構えて、そしてそのそれぞれの資料をパシャリと撮って、写真に残したんだ。

 

その…深海棲艦を大量に討伐、若しくは強力なのを討伐した日に、明らかに資金が増えているということを示す資料をね。

 

~~~

 

そこから更に数週間後、また体力テストが行われた日。呆気なく綾波が優勝したのを見届けたその日の真夜中のこと。

 

北上はある場所に向かったんだ。彼女はこの数週間の間に色んな情報を握っていて、今日で終止符を打つつもりだったんだ。

 

……彼女はもう覚悟を決めていたんだ。もし自分が帰って来なかったら部屋のメモ帳を見てくれと仲間に告げていたみたいだしね。

 

「はぁ…はぁ…」

 

北上は鎮守府の外れ、立ち入り禁止区間を訪れたんだ。もちろん理由があってね。

 

ここは資料では「電気周りの設備が…」みたいな感じだったみたいだけど、此処に秘密があると北上は情報を手にしていたんだ。

 

そして…息を整えた北上は、周りを何回も確認した後、予めくすねておいた鍵を使って中に侵入したんだ。音を立てないようにしてね。

 

……中はまぁ資料で北上が見た通りだね。得体の知れない機械が忙しなく働いていて、金属製の通路や階段が隙間を埋めていたんだ。

 

それを北上は暫く眺めていたんだけど、ハッとなって慌てて奥に向かったんだ。

 

出入り口がこの1つしか無いからね。パッと見てサッと帰ろうと思ったみたい。

 

だからだろうね。北上は階段を降りる時に音を立てないようにするのを忘れてたんだ。それが後々命取りになるんだけどね。

 

何であれ…北上は1番下まで階段を降りた時に、大きい扉を見つけたんだ。そしてそれを躊躇せずに直ぐに開けたんだ。

 

「ひ、広っ…!」

 

扉の向こうには大きな空間が広がっていて、空調が効いているお陰で温度も湿度も程よく気持ちよい部屋だったんだ。

 

でもそんな気持ち良さも、部屋の真ん中にデンと構えた大きな物に全部吹っ飛ばされたみたいだね。まぁそりゃそうか。

 

明らかにそのデカい…クローゼット?の為に空調が効いているように見て取れるから。

 

でも此処まで来たら後には引けない。北上はそう考えて、そのクローゼットに近付いて。

 

そこで凄い悪寒を感じたんだ。これを開けたら本当に引き返せなくなると察したんだ。でも北上は…それを勇気を出して開けたんだ。

 

 

 

開けてしまったんだ。

 

 

 

「……えっ」

 

最初は目の前の光景が信じられなくて、北上は呆然と立ち尽くしたんだけど、彼女は直ぐに恐怖で体を震わせたんだ。

 

それもそのはずだよね。もしかしたら勘付いてる人もいるかも知れないけど、その巨大クローゼットの中にあったのは。

 

大淀の死体なんだから。

 

クローゼットの屋根部分から、輪っかになった紐が5本ぶら下がっていて、その右端のロープに大淀は吊られていたんだね。

 

それ以外は外傷も無くて、こう言っちゃなんだけど、凄く美人さんに見える死体だったんだ。いやまぁ美人さんなんだけど。

 

「そ、そんな…どうして…!?」

 

あのマイペースで有名な北上でも、これは流石に衝撃的過ぎたのか、足を震わせながら腰を抜かしてしまったんだ。

 

流石の北上も…持ってきたカメラを構える気力は無かったみたい。

 

しかも冷静になる前に、北上にとって最悪の事態が起きてしまったんだ。

 

「……見てしまったんですね?」

 

北上はバッと振り返って、そこに居た大鳳と目を合わせてしまったんだ。因みに、大鳳は気味が悪いほど笑顔だね。北上と違って。

 

「た、大鳳…!あ、あれって…」

 

「見て分かりませんか?大淀さんですよ。いつ見ても綺麗な顔ですよね」

 

大鳳はまるで定型句を口にするかのように、サラサラっとそう言いのけたんだ。それが北上をますます焦らせたんだね。

 

「な、何で…!何で君はそんなに落ち着いているんだい!?だって彼女は…!」

 

「落ち着くも何も。これが私の大事なお仕事ですから。もう慣れました。まぁ最初は私も困惑しましたけどね。ふふっ」

 

そう言うと、大鳳は指差し確認をして、クローゼットの扉をそっと閉めて、北上の方をパッと振り向き、笑顔を見せたんだ。

 

「全く…まぁ見てしまったものは仕方ありませんよね。なので特別にお教えしましょう。本当は秘書艦しか知らないことなんですよ?」

 

大鳳は不敵に笑って半泣きの北上に近付き、そして…衝撃的な言葉を口にしたんだ。

 

「……用済みの秘書艦はですね。1年間ここで陰干しされた後で出荷されるんです。かなりの高値で取引されるそうですよ?」

 

「え、えっ…?か、陰干し…?取引…?き、君は一体何を…」

 

「私も始めて聞いた時は驚きましたよ。まさか世の中に『艦娘を食す』人達がいるなんて思いもしませんでしたから」

 

……さっきからそうなんだけど、大鳳は重ね重ね爆弾発言を続けてるよね。これには北上もタジタジになるしか無かったみたい。

 

因みに…脳が1番珍味として人気みたいで、その為に脳が1番ブクブク太った…あの厳しい試験を乗り越えた秘書艦が高値になるらしいよ。

 

蟹味噌を食べるあのノリだろうね。

 

「分かりましたか?つまり私は大事な『資金』を管理しているだけなんです。それなのに貴方は…いや貴方達は…全く」

 

大鳳はため息をついてから、未だ冷静になれていない北上の髪の毛を乱暴に掴んだんだ。

 

その時の痛みが効いたのか、北上は漸く心を落ち着かせ始めていたんだ。

 

そして大鳳は他言無用とだけ告げ、北上の襟首を掴んで退室しようとしたんだけど。

 

北上はそれを乱暴に振り払い、この異次元過ぎる状況の中で唯一頭に浮かんだ、ある質問を大鳳にぶつけたんだ。

 

「……大鳳さん。怖くないのー?だって話を聞く限り、もし君が今の座を奪われたら…」

 

そう、もしまた秘書艦が変わるような事があれば、次に陰干しにされて何者かに食されるのは、間違いなく大鳳になるよね。

 

……北上はこの時、少し希望を持っていたんだ。もし此処で彼女が嫌がるような事があれば、その隙間に漬け込めると考えたんだ。

 

でも…残念ながら北上の思惑通りには行かなかった。彼女は笑って「覚悟の内です」とだけ告げて、北上の袖を引っ張ったんだ。

 

この時に北上はこう思ったんだ。どうやら自分はこの大鳳を舐めていたようだって。警戒レベルを跳ね上げる必要があるってね。

 

けどそれ以上に、北上の中にはある思いが生まれていたんだ。御察しの通り…提督への反感だね。まぁそりゃそうだよね。

 

だって、冷静に考えてみたら…金儲けの為にあの提督は自分達を使ってたことになるから。

 

まぁそれだけならまだしも。自分達の命を軽々しく見ていることがこれで明らかになったし、しかもかなり非人道的っぽいからね。

 

更に加えるなら…恐らく霧島も似たような目に合ったと推測出来るよね。

 

要するに北上はこう思ったんだ。提督の金儲けの為だけに体力テストや科挙もどきをやらされてたのが、凄く馬鹿らしいって。

 

……その施設から大鳳と外に出た時、彼女は他言無用なのを念押ししたんだ。けどもちろん北上にそれを守るつもりはなかったね。

 

とはいえ…明日いきなり暴露するつもりもなかったんだ。この事を広めたりしたら絶対に鎮守府中がパニックになるからね。

 

だから北上は決めた。今すぐあの提督を戒めたい気持ちをグッと堪えて、明日からは霧島の行方も追跡を続けようってね。

 

……しかし。その判断がマズかったんだ。正確に言えば、それに肩を入れすぎて、あの馬鹿らしいイベントをサボった事がマズかった。

 

結論を先にだすとね。北上は怪しまれたんだ。何か悪いことを企んでいるんじゃないかーって、鎮守府の駆逐艦達にね。

 

何より、事情を分かってる駆逐艦以外達がこぞって北上を匿ったのが逆効果だったんだ。

 

今まで誰も私生活に触れようとしなかった嫌われ者に対して、一斉に仲間ヅラを始めたわけだからね。どう考えても怪しいよね。

 

そしてもちろん、この事は北上の耳にも入ったけど、提督の耳にも入ってしまったんだ。

 

……となれば。オチは分かるよね?

 

当たり前だけど。提督に意見を真っ先に言えるのは秘書艦なんだから。北上の潜入を見てしまったあの秘書艦なんだから。

 

そりゃあ…自分が有利になるような展開に持っていくよね。秘書艦は。

 

けど…この事に1番腹を立てたのは提督じゃなくて、綾波の方だったんだ。

 

彼女は、あの時の…体力テストで戦った時に手を抜かれたというアレをほじくり返して、北上にイチャモンを付けたんだね。

 

そんな感じのことがあって…遂に事件が起こったんだ。

 

~~~

 

ある日の朝。霧島の行方への糸口が見えたような気がしたそんな日。北上は得体の知れないお腹への圧力で目を覚ましたんだ。

 

「……おはようございます」

 

目を開けた北上はそれはそれは驚いた。何せ自分のお腹に乗っていたのは、此処にいるはずのない秘書艦の大鳳だったんだから。

 

「おっと…暴れないでください」

 

そして大鳳は北上の手首を掴んで押し倒して、不敵な笑みを浮かべた。一方でそんな事をされた北上はかなり慌てているね。

 

「た、大鳳…?こんな所に何の用事かなー?てか降りて欲しいんだけど」

 

「……単刀直入に申し上げます。提督から司令が出ました。私と貴方と綾波さんの3人で遠征任務です。なので早く準備してください」

 

「あぁ遠征ね。面倒くさ…え?」

 

今…何かヤバい事を言われた気がする。北上はそう思ったんだけど、質問を返す前に大鳳はそそくさと部屋を出て行ったんだ。

 

……自分とエースと秘書艦の3人で遠征?どう考えてもメンバーがおかしいよね?そうは思うものの口に出せず、北上はモヤモヤしたみたい。

 

とはいえ…嫌な予感がするのは間違いないから、北上はあのメモ帳を鍵付きの引き出しに入れ、鍵を持って部屋を出て。

 

大鳳が居ないのを確認してから隣の部屋に忍び込み、仲間の装甲のポケットに入れた。

 

(これでよし…っと。私に何かあったら、その時はよろしくね、阿武隈)

 

そして北上は眠っているそいつの頭を撫でた後、急いで着替えて船渠に向かったんだ。

 

 

 

「お、来た来た。おっせーぞ北上!」

 

……聞き間違いじゃなかったね。本当に綾波と大鳳しか居なかった。北上は少し戸惑ったけど、直ぐに笑顔で合流したんだ。

 

「ごめんねー。さ、早く行こっか」

 

「……そうですね。こんな仕事はさっさと終わらせてしまいましょう」

 

ふーっと息を吐く大鳳を横目に、北上と綾波は出撃の準備を始めていて。大鳳も遅れないように2人について行った。

 

そして…海に出た後は、綾波と大鳳が横並びになり、その後ろに北上が付いたんだ。

 

「しっかしまぁ…変わった人選だねぇ。何でまた私なんかが…」

 

北上はそう呟くも、2人は完全に無視を決め込み、仲良く談笑しているようだった。

 

だから北上は、黙って2人の井戸端会議を聞いた。内容は〇〇さんが面白いとか△△さんが足引っ張ったとかそんなのばかりだね。

 

……要するに。変な所は全く無かったわけだ。北上はそれを知って驚いたような、ガックリしたような感じだね。

 

そんな状況が3時間ぐらい続いて。不意に綾波が足を止めたんだ。

 

「さて…この辺で良いだろ。よしじゃあ北上、詳細を話すぞ!」

 

そして綾波の口から、提督の司令が言い渡されたんだけど。その内容自体に疑問点はないみたい。ただの警備任務だから。

 

(……要するにこの地域の治安が気になるから、3人で別れて調査しろーってことだね。まぁ任務自体は変じゃないけど…)

 

やっぱり人選が変だ。綾波はともかく秘書艦の大鳳を出すような任務じゃない気がする。北上はそう感じたんだけど。

 

「ま、気楽に行こうぜ北上!」

 

綾波がバシバシ体を叩いてくるし、大鳳は何も言わずに準備運動をしてて。

 

そんな2人にビビっちゃって、言い返すことは出来なかったんだ。だからそのままの流れで2人と別れるしかなかったんだね。

 

そして北上は、綾波に言われた座標に向かったんだ。けど困ったことに、そこに行くのにまた数十分かかっちゃうんだ。

 

「はぁ…今日も空が青いねぇ。海も真っ青で清々しいなー。なんて…」

 

北上は予め持ってきておいた小ぶりのオニギリを口にして、警備任務を始めた。

 

因みに…帰投命令は綾波からかかってくるらしく、それまで待てって言われたみたい。

 

 

 

けど…いつまで待っても帰投命令は来なかった。律儀に5時間ほど任務を続けていた北上は、日が落ちつつあるのを憂いていたんだ。

 

「……帰投命令遅いなー」

 

まぁこういう状況でも慌てないのはマイペースの北上らしいけどさ。自分の装備の異変にもっと早く気がつくべきだったね。

 

ふと現時刻が気になった北上は、自分が装備として持っていた羅針盤を見たんだ。太陽がいる方角を見ようと思ってね。

 

「……あっ!?」

 

この時、北上は初めて異変に気が付いたんだ。逆に今まで何で気が付かなかったんだろうっていうこのタイミングでね。

 

……羅針盤が壊されてたんだ。方角はおろか、文字盤の文字すら読めない状態だった。

 

いやまぁ確かに羅針盤って殆ど使わないけど、こういう時に使えないのって腹立つよね。北上もそう思ったみたいだ。

 

けどまだ北上は慌てなかった。彼女は落ち着いて、綾波と大鳳にこの旨を伝えようと思って、2人に通信を入れたんだ。

 

……繋がらなかった。だから北上は鎮守府の執務室にも連絡を入れた…けど、そっちにも繋がらなかったんだ。

 

それでも北上は慌てなかった。だって自分が来た方向ぐらいは分かるし、まだ1時間は日が沈まないと思われたからね。

 

「暗くなる前に…急ぎますかー」

 

そう言って北上は立ち上がって、足早にあの場所に戻ったんだ。3人が別れたあの場所に。

 

 

 

……此処で想定外の事態が1つ。太陽はまだ残ってたんだけど、雨雲がかかり始めたせいで予定より早く空が黒くなってしまったんだ。

 

例の場所にはちゃんと辿りつけたけど、その時にはもう真っ暗で何も見えなかったんだ。

 

「いやー参ったねぇ。ま、こんなこともあるよねー。気楽に気楽に…」

 

北上は眠たそうに欠伸をし、大鳳らが見える範囲に居ないか、探照灯を点けたり大声を出したりして捜索し始めたんだね。

 

……暫く粘ったんだけど、目的の人物の姿は見つからなかった。けど北上はあるものを海で見つけて、それを拾い上げたんだ。

 

「これ…ボトルメールじゃん。今どきこんな事する人がいるんだねぇ」

 

北上は少し微笑み、何の躊躇もせず蓋を開けて、中の手紙を取り出したんだ。

 

実を言うと、北上は恋文を期待してたみたい。まぁボトルメールだからね。でも期待通りの内容はそこに書かれていなかったんだ。

 

そこには…割と厳つくハッキリとした大きな文字で、一言だけ書かれていたんだ。

 

『さよなら』って。

 

その文字面を見たとき、北上はドキッとした。関係ないはずなのに、自分に向かって言われたような気がしたからだね。

 

「ちょ、ちょちょちょ…。タイムリーなのはやめて欲しいなぁ…!あはは…」

 

彼女は取り敢えず笑ったけど、自分でも笑えてくるほど力がこもって無くて。慌てて彼女はパッと周りを見渡したんだ。

 

……夜の海は静かだね。不安になるほど。

 

まぁ大事なのは、此処で初めて北上の中に「恐怖」っていうのが顔を出したってことだね。しかも遂に雨が降ってきたんだ。

 

……そういえば言ってなかったね。今の季節に関しては皆の想像に任せるよ。

 

まぁ僕としては初冬にして欲しいけどね。そしたらこの雨に「小夜時雨」って素敵な名前をつけられるじゃないか。

 

……北上は遂に精神に限界が見え始めていたんだ。やっぱりちょっと無理をしてたんだろうね。彼女はその場に立ちすくんだんだ。

 

本当は生真面目に此処で帰投命令を待つのが良いんだろうけど、北上にもうそんな気は微塵も残っていなかったみたい。

 

だから北上は、自分の頰を叩いて気合を入れ直して、自力で鎮守府に帰ると決めたんだ。自分の直感だけを信じてね。

 

まぁ…夜の海をがむしゃらに動いたらどうなるかっていうのは、御察しの通りだよ。

 

彼女は夜が明けかける所まで頑張ったけど、鎮守府に帰ることは出来なかったんだ。もう気力も体力も限界だったみたい。

 

特に北上にとって1番の大ダメージは、運悪く深海棲艦の家族?と遭遇してしまい、戦闘にもつれ込んでしまったことだね。

 

だから…東から昇ってきたお日様が照らしたのは、北上の綺麗な肌だけ。要するに彼女は、殆ど布を纏えていなかったんだね。

 

加えて北上は戦闘づくしだったから、燃料もお腹も殆ど空っぽだったんだ。これには流石の北上も死を覚悟したみたい。

 

「んぁー…もぅ無理…ぐふぅ…」

 

でも…後悔は無かったみたい。確かに死ぬのは怖いけど、自分はそれ相応のことをしたーって彼女は思ってたみたいなんだ。

 

……北上はかなり自己評価が低かったみたい。まぁ最期にあの手帳で提督を貶められそうなのは良かった…とは思ったみたいだけど。

 

そんな死にそうな状態でふらふらブラついていたら、太陽に照らされてて少し尖っている岩があるのを見つけたんだ。

 

「おー、これ良いじゃん」

 

北上はそれに近づいて、それにもたれかかって長い息を吐いたんだ。彼女の瞳に士気はもう微塵も残って無いみたい。

 

そして暫くその岩をペタペタ触って調べてたら、その岩の裏側に程よい角度をしている部分があるのを発見したんだ。

 

「あぁ…此処で一眠り出来そうだねぇ。良かった良かったー…ふぅ」

 

一眠り。北上は今そう口にしたけど、実を言うなら…もうこのまま目を閉じて、此処で死にたいって思ってるみたいだね。

 

何であれ、深海棲艦から逃げ切れた安心感や、暗闇の恐怖から解放されたのもあって、横になった北上は直ぐに眠りについたんだ。

 

……この一夜の経験が、北上を大きく変えてしまうんだ。主に「心の傷」的な意味でね。

 

~~~

 

……太陽が真上に登った時、北上は耳元で聞こえた大声で目を覚ましたっぽい。

 

そして意識が覚醒する前に、何者かに身体を思いっきり揺さぶられたっぽい。けどそれを振り払う元気は無かったっぽい。

 

「ねぇ…!だ、大丈夫かにゃ!?」

 

北上はゆっくりと目を開けて、目の前のその人物を見たっぽい。その人物は自分と目が合うと、にこやかに笑ったっぽい。

 

すると…北上を丁寧に岩陰に立て掛けて、彼女はその場を後にしたっぽい。

 

遠くから聞こえる彼女の声から察するに、仲間を呼びに行ったと判断して、北上は自力でゆっくりと立とうとしたっぽい。

 

「……痛っ!?」

 

けど、足に突然痛みが走ったっぽい。見ると脛の辺りから血が出てて、岩に血が付いてるのが分かったっぽい。

 

(あー、寝てる間に擦っちゃったんだねぇ。まぁこれぐらいは別に…)

 

北上はゆっくりと足を上げて、そこを適当に手でパッパと払った後で、大きく伸びをしたっぽい。この時に太陽の位置も確認したっぽい。

 

(うーん、お昼ぐらいかなぁ)

 

……北上がそう言って欠伸をした時っぽい。さっきの彼女が仲間を2人ほど連れて、焦った表情で帰って来たっぽい。

 

北上は漸く目が覚めて、3人に精一杯の笑顔で手を振ったっぽい。けど3人は、それぞれが複雑な表情を見せたっぽい。

 

それもそうっぽい。北上は自覚が無いみたいだけど、この時の彼女は恐ろしいほどやつれてたっぽい。しかも怪我だらけススだらけ。

 

「……事情を聞くのはあとクマ。先ずは私達の鎮守府に連れて行くクマ」

 

「同感です」

 

「もちろんにゃ」

 

そう言うが早いか、1人が持っていた包帯で北上の傷口をグルグル巻きにした後、3人で北上を丁寧に運んだっぽい。

 

……この時、北上はお礼とかを言おうとしたっぽい。けど思ったより衰弱が激しくて、口を開くことすらままならなかったっぽい。

 

 

 

運んでる途中に、4人は1人の空母と遭遇したっぽい。その顔を見た時に北上はちょっとドキッとしたっぽい。

 

それもそのはず。その空母は、あの反旗を翻そう団結運動の協力要請をしてきたあいつと全く同じ顔をしていたからっぽい。

 

だから…この空母が飛龍っていう名前なのも分かっていたっぽい。

 

後に分かることなんだけど、この飛龍さんがこの鎮守府の空母の中で最古参みたいっぽい。

 

……異変を聞きつけた当時の提督がやって来て、彼の指示で北上は飛龍と一緒に、入渠場に連れ込まれたっぽい。

 

因みに、北上を運んできた3人…球磨、多摩、大井の3人は、北上に食べさせるための料理を用意しに行ったっぽい。

 

 

 

「……これは酷いわね」

 

ヘロヘロで自力で動くのもままならない北上のために、飛龍は彼女の入渠を付きっ切りで面倒を見ていたっぽい。

 

そんな彼女は目を白黒させていたっぽい。その1番の理由は、北上の体に慢性的な傷がチラホラと残ってたことっぽい。

 

「こんな傷…さっさと入渠したら直ぐに消えるのに!あなた一体…どういう戦い方してたんですかっ!?全くもうっ!」

 

プンスカと怒りながら飛龍は北上の体を丁寧に洗っていくっぽい。そんな彼女を見て北上は少なからず驚いていたっぽい。

 

……こんなに他人に心配されたのが、生まれて初めてだからっぽい。

 

北上は少し涙ぐんでいたっぽい。けど飛龍が桶にお湯を入れる隙をついて、腕で涙を拭きとって誤魔化したっぽい。

 

「……お風呂から上がってご飯食べたら、何があったか洗いざらい吐いてもらいますからねっ!覚悟しててください!」

 

口調はお説教でも、愛がこもっていたっぽい。北上はまた泣きそうになったけど、今回は笑顔になって乗り切ったっぽい。

 

~~~

 

数時間後…北上は提督邸の一室に居たっぽい。そこの真っ白な布団に入って居たっぽい。

 

「ふぅ…何とかなったかー。やっぱり諦めずに、前向きに考えるのが吉だねー」

 

そう呟き、北上は満杯になったお腹をさすって…頭の中を自分が昨日までいた鎮守府のことでいっぱいにしたっぽい。

 

(任務のことを考えたら帰るべきなんだろうけど…でも提督の意向を考えたら…)

 

北上はこう考えたっぽい。もしかしたらこの件はあの2人の独断かもしれないって。でもそれは無きにしも非ずってレベルっぽい。

 

だから北上は確信したっぽい。自分は提督の命令で海に捨てられたんだって。そう考えたら大鳳を起用したのも察しがつくっぽい。

 

理由は間違いなく、あの禁忌に触れたからっぽい。それ以外に心当たりが無いっぽい。

 

つまり…自分が頑張って今からあの鎮守府に戻ったところで、居場所が無いまま同じ事をされるだけって、北上は考えたっぽい。

 

「うーん。これからどうしよー?」

 

……北上がそう呟いた時。不意に部屋の入り口が開いたっぽい。そして中に入って来たのは、北上の第1発見者の多摩っぽい。

 

「あ、元気になったにゃ?」

 

彼女は水が入ったコップが乗せられたお盆を手にしていたっぽい。そして部屋に入るや否や、棚の上にそのお盆を置いたっぽい。

 

「うん、おかげさまでねー。見ず知らずの私を助けてくれてありがとー」

 

……ようやく面と向かってお礼を言えたことに、北上は内心ホッとしていたっぽい。

 

そして多摩は、ベッドの横に椅子を付けてそこに座ったっぽい。彼女はとても心配そうな表情を浮かべていたっぽい。

 

「取り敢えず、元気になったのは良かったにゃ。でも…あんな場所にあんな状態で…、一体何があったんだにゃ?教えて欲しいにゃ」

 

多摩は優しく北上の手を握ったっぽい。その温もりにドキッとした北上は、少したじろいだ後で申し訳なさそうに口を開いたっぽい。

 

……ちょうどその時に飛龍もやって来たっぽい。飛龍はベッドに腰掛けたっぽい。

 

「えっと…何処から話そうかなー」

 

顔をポリポリ掻きながら、北上は経緯を話したっぽい。鎮守府のルールを破ったせいで夜の海に棄てられてしまったって。

 

……当たり前だけど、鎮守府の秘密は全く口にしなかったっぽい。まぁ艦娘を食べる人間がいるなんて簡単に口に出来ないっぽい。

 

「とまぁ、そういうわけだねぇ」

 

北上はそう平然と言ったっぽい。一方で多摩と飛龍は、信じられないといった表情で呆然と北上を見つめたっぽい。

 

 

 

しばらくの間、北上はその布団の中で療養生活を送ったっぽい。その時に提督からこの鎮守府の説明も受けたっぽい。

 

……この鎮守府は出来たばっかりの上、役割がかなり特殊なこともあって、まだ艦娘が6人しかいないと聞かされたっぽい。

 

因みに北上は、その6人全員の名前と顔を一致させてたっぽい。

 

(なるほど…軽巡が3人と飛龍、あと駆逐艦が2人かー。戦艦も潜水艦も居ないんだねぇ)

 

北上はそう考えつつ、外の青空を眺めていたっぽい。そんな時だったっぽい。

 

壁をノックして多摩が入って来たっぽい。手には北上の昼ご飯があったっぽい。

 

多摩はそれを一度棚の上に置いて、北上の額に手を触れたりして彼女の様子を眺めたっぽい。そして笑顔になったっぽい。

 

「うん、もう寝た切り生活は終わりで良いにゃ!十分元気だにゃ!」

 

「あ、あーうんそうですねー。本当にありがとうこざいましたー」

 

北上は横を向き、多摩から渡されたお粥を口に頬張ったっぽい。これは飛龍が作ったものらしく、トッピングの三つ葉が美味しいっぽい。

 

……多摩はお粥を頬張る北上をしばらく眺めていたっぽい。そして北上が食べ終わりそうなのを確認すると、こう言ったっぽい。

 

「さて、北上…!明日からのお仕事なんだけど、私達と同じ内容で良いかにゃ?」

 

「……え?」

 

「あれっ、もしかして帰りたいとか言うかにゃ?そ、それは絶対にダメにゃ!」

 

北上はまさかの発言に少し言葉を失ったっぽい。でも多摩の顔を見て、彼女が本気なのを北上は察したっぽい。

 

「そ、そんな…ちょっとルールを破ったぐらいで艦娘を棄てるようなところ、帰っちゃダメにゃ!絶対ぜーったいダメにゃ!」

 

多摩は北上に必死に訴えたっぽい。北上はそれを聞いて少し微妙な表情をしたけど、直ぐに嬉しそうに微笑んだっぽい。

 

やっぱり…心の何処かでは、こう言ってもらえることを北上は待ち望んでいたみたいっぽい。それをこの時に自覚したっぽい。

 

……北上はもう、多摩の言葉を嫌がる素ぶりを見せなかったっぽい。

 

「もういいよー。そんな必死にならなくても、帰りたいなんてもう言わないからー」

 

北上はそう言いつつ、無意識に多摩の頭を撫でたっぽい。多摩はすぐに嫌がって離れたけど、表情はずっと笑顔のままだったっぽい。

 

……そのあと球磨・大井の2人もその場に合流して、今後の意向を話し合ったっぽい。

 

その間もずっと、北上は嬉しそうだったっぽい。理由は単純に…この鎮守府の人達が、とても暖かかったからっぽい。

 

+゜・。○。・゜+゜・。○。・゜

 

 

 

続く

 




自分「お疲れ様」
夕立「はぁー!疲れたっぽい!」
時雨「こんなので良かったかい?」
自分「うんバッチリ!まぁ夕立のパートでシリアス感が殆ど無くなったけどね!」
夕立「ぽいっ!?」
時雨「実を言うと僕もそう思ってた」
夕立「が、がーん!」

なんか…すいませんでした。


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第拾弐話「焦燥~死装束の消息~」


今回からちょくちょく提督が喋りますが、あくまでサブキャラなので…しつこいようですが、オリ主タグはつけません。



 

そろそろ晩御飯の時間を迎えるそんな時。暁は軽くスキップをしていた。

 

ようやく言葉がまとまったので、今から執務室に言って北上の沈没を報告しにいくのだ。

 

「あぁダメだわ。こんな笑顔で報告したら司令官に怒られちゃう…」

 

とは言うものの、笑顔が絶えない暁。まるで恋する乙女のように体をクネクネさせながら、彼女は提督邸に入っていった。

 

……執務室に提督の姿は無かった。机上のメモによると工廠にいるそうだ。暁はやっぱりかと言わんばかりの表情でため息をつく。

 

それでも笑顔は止められない。暁は緩みきっている自分の頰をペチペチ叩き、ルンルン気分で執務室…及び提督邸を後にした。

 

その時だった。暁の前に1人の偽者が現れたのだ。その偽者は激しく息を切らし、暁を見かけてホッとしたような表情を見せた。

 

そしてそのまま、偽者は思いっきり暁の両肩をガッと掴む。その時にふわっと髪の匂いがしたので、偽者の正体が分かった。

 

「暁…大変よ!北上の奴が生きてるわ!長門と海風が助けたのよ!」

 

彼女は息を整えながら、暁にそう告げた。それを聞いた暁は目を白黒させ、思わず下にしゃがみ込んでしまう。

 

「嘘…嘘よっ!だ、だって…!」

 

「……暁、落ち着いて聞いて。多分誰かが私達の計画を盗み聞いて、それをあの2人に横流ししたのよ。何か心当たりない?」

 

私達の計画。この偽者はそう言った。此処で暁は偽者の正体が曙なのを確信し、しばらく考えた後で首を横に振った。

 

「そう…しょうがないわね…」

 

暁は怒りに打ち震えていたのだが、この時にふと気が付いた。この偽者が明らかに焦っており、柄にもなくソワソワしていると。

 

しかしそのことを尋ねることはしなかった。自分が尋ねる前にその偽者の方からある提案をされたからだ。

 

「暁、時間が無いの。私が何とかしておくから、あなたは何処かに隠れてなさい」

 

……これを聞いてポカンとする暁。曙は少し苦い顔をするも、直ぐに暁を立たせて、無理やり暁を歩かせ始めた。

 

「ま、待ちなさいよ!どうして隠れなきゃいけないのよ!諸々の説明を…」

 

「あぁもう!犯人があんただってバレてる可能性が高いからよ!あたしが匿うって言ってんの!良いから早くどっか行きなさい!」

 

暁はこの時に心から思った。どうしてこの偽者はここまで取り乱して慌てているのだろうかと。しかしその理由は聞けなかった。

 

……彼女は慌てて駆逐艦寮に戻り、ぶつぶつ偽者の悪口を言いながら必要なものを集める。

 

そしてその寮の倉庫に…響の所へ向かい、いつも通りに入り口の扉を開けて中に入る。

 

「ひーびーきー?」

 

暁はニコニコした笑顔で響の名を呼びつつ、奥の方に入っていく。

 

「……来たか」

 

一方で響はとても眠たげだった。彼女はどうやら先程の暁の声で目が覚めたらしく、目をパチパチと動かしていた。

 

それを見て何を思ったか、暁は持っていたものを床に置いて、思い切り響に抱きついた。困惑する響なんて気にせずにギュッと。

 

「な、な、何を…!?」

 

「ふふっ、あのね響。これからはずーっと一緒に居られることになったの!だから…もう1人ぼっちにさせないわ!」

 

暁は笑顔を爛々と輝かせて、声を張り上げてそう言った。それを聞いて顔を真っ青にする響なんて気にせず、嬉しそうに。

 

……その後、響は暁から全てを聞かされた。北上の殺害に失敗したことなども全部。響はその話の間、ずっと息を飲んでいた。

 

~~~

 

「ふぅ…やはり瑞鳳さんの料理が最高ですね。私もちゃんと見習わないと」

 

そう独り言を呟きながら歩くのは赤城。どうやら彼女は今日も瑞鳳の残飯処理に付き合っていたようで、お腹をさすっている。

 

……ずっと顔色が悪かった瑞鳳がある日を境に元気になった。詳しい経緯は聞けなかったが、元気になったから良しとしている。

 

「さて…少し遅くなってしまいましたね。今日の晩御飯は…確か飛龍さんの担当でしたね。早く帰って手伝わないと」

 

あんなに食べたのにまだ食べるのか。瑞鳳にはつくづくそう言われたりもしたが、食べるのが大好きな彼女は気にしていなかった。

 

特に…瑞鳳ほどではないが、飛龍もかなり料理が上手い。というか、自分の暮らす戦艦空母寮に料理上手が多い気がする。

 

「ふんふふーん♪」

 

彼女は呑気に鼻歌を歌いながら、スキップ気味に寮に向かっていた。

 

……その道中だった。赤城は想定外のものを見てしまう。それを見た赤城は、思わず曲がり角に姿を隠してしまう。

 

(なっ…あ…あれって…!?)

 

赤城は少し体を震わせていた。元より人のオーラとかに敏感だった彼女は、そこで見かけた人物に途轍もなく恐怖を感じた。

 

そう、そこにいたのは…不機嫌な海風と、殺意しか見せていない長門・北上だったのだ。

 

彼女らは横並びになって、それなりの早足で無言のまま歩いていた。方向から察するに提督邸に向かっているのだろう。

 

赤城はそれを暫くの間呆然と眺めた。結局は食欲に負けてそれを見なかった事にしたのだが、好奇心は掻き立てられていた。

 

 

 

提督邸の鍵は開いていた。北上らはその事に少し驚きの表情を見せつつ、アイコンタクトだけ取って足を踏み入れた。

 

そして何も考えずに執務室に向かう。海風が相変わらず遅れそうになっていたのを長門がフォローしつつ、歩みを進める。

 

……執務室から人がいる気配がした。今回はきっちりノックをして部屋の中に入り。

 

「あれ、3人ともどうしたの?」

 

提督の姿を確認した。どうやら、工廠から帰って晩御飯を食べている所のようだ。

 

「……提督、単刀直入に聞くぞ。暁が何処にいるか知らないか?」

 

「え、暁さん…?知らないなぁ」

 

「あーそっかー。ありがとね提督ー、んじゃそういうことで!」

 

「ちょちょっ!?待って待って!?」

 

提督は何の情報も握っていない。それだけ確認した3人はすぐに退室しようとする。しかし提督がそれを認めるはずもない。

 

よって提督は3人に説明を要求する…のだが、北上が軽く仕事の報告をした後、そそくさと3人は退室して行ってしまった。

 

……ハッキリ言って無礼な行為だ。だが3人にそんなことを気にする余裕は無い。

 

提督は当てにならない。3人は提督邸から外に出た後でそれを確認し、この日は活動を辞めにして、解散する事にした。

 

理由は3つ。今日は色々とあって疲れ果てているから。もしもの時の予防線として3人一緒に行動できるようにするから。

 

そして、慌てなくても良いと思いたかったからだ。先程の移動中に北上は2人からあの盗み聞いた内容も耳に入れていた。

 

「こういう時こそ、冷静にねー」

 

「あぁ、分かっている…つもりだ」

 

「……私もです」

 

口ではそう言うものの、どっからどう見ても焦っているようにしか見えない。

 

だがその状況でも口調が変わらない北上に励まされる形で、長門も海風も深呼吸が出来たのが良かったようで。

 

3人は想いが1つになったことを確認し、それぞれの寮に戻って行くのだった。

 

~~~

 

実を言うなら、今日から本格的に活動するつもりでいたのは間違いない。

 

だが雷と電にあんな泣きそうな…深刻そうな顔で頼まれてしまった以上、自分の予定を少し変更せざるを得ないだろう。

 

目を覚まして暫く経ってから、川内が考えたのはそのことだった。

 

「うっし!じゃあ早速行動に移す…前にご飯!今日の晩御飯は何かな」

 

川内は軽く準備運動をして、キッチンに向かった。寮の中は相変わらずの静けさだった。

 

……キッチンに入った時、目に入ったのは机の上の一皿。その皿には、物凄く上品にサンドイッチが盛り付けられていた。

 

(おぉー!凄く美味しそうじゃん!)

 

そう思いつつ急いで手を洗い、川内はそのサンドイッチを頬張った。中は薄い卵焼きとレタスで、程よくマスタードも効いていた。

 

恐らくこれを作ったのは熊野だろう…なんて考えつつ、川内はペロッと平らげて、今日はちゃんと皿を洗ってからキッチンを後にした。

 

 

 

寮から外に繰り出した時。此処で初めて川内は気が付いた。

 

「しまったなぁ…。あの2人から『どの』寮かを聞くのを忘れてたね~」

 

とは言え、状況から考えるに…駆逐艦寮だろう。川内はそうあたりをつけて、足早に駆逐艦寮に向かう。

 

そして目的地に到着すると、川内は建物の裏に回った。倉庫には1つだけ窓があるため、そこから中を覗こうとしたのだ。

 

(ありゃ、少し窓の位置が高いね~。まぁあの程度なら余裕でしょ)

 

川内は何回か屈伸をした後、思いっきり縦にジャンプして窓の鉄格子にぶら下がり、音を立てないように中を覗いた。

 

……直ぐには気が付かなかった。しかし川内は奥に人影を見つけ、その光景に思わず息を飲んでしまう。

 

そう…聞いていた通り、暁と響がそこにいたのだ。かなり遠目になるから細かいことは分からないが、添い寝をしていると思われた。

 

添い寝。そう言えば聞こえは良いが、寝るにしては明らかに響の姿勢がおかしいし、何より響から活力を感じなかった。

 

(こ、これ…ちょっと想像以上だね~。流石にこれを見過ごすわけには…)

 

川内は1回地面に降り、腕を組んで考え込む。此処で彼女は、雷電が助けに行くのを躊躇った理由を改めて理解した。

 

「確かにあれは…ちょっと割り込むの怖いよね~。というか私もぶっちゃけ響ちゃんを救出しにいくのすっごく怖いんだけど」

 

小声でそう呟きつつ、川内はその場をウロウロしながら考え込んだ。しかし結論は出ず、彼女は溜息をついてその場を後にした。

 

そう、そもそも今日は元々の別の予定があった。予め調べておいた多摩達の死地に行って、調査するという大事な予定が。

 

(ま、こんな所でウロウロしても何も産まれないしね~。取り敢えず寮に帰りましょ)

 

そう思い、超特急で寮に帰宅する川内。これから必要な道具を揃える為である。

 

と言っても、実は雷と電に頼まれたあの後に、既に1つの鞄にまとめて隠しておいたので、それを部屋から持ってくるだけだ。

 

(うしっ!これで後は…あぁそうだ!大事なものを忘れてるよね~)

 

川内はふと忘れ物を思い出し、ニシシと笑って同じ寮内のある部屋に入り込んだ。正確にはある人物の寝室に入り込んだ。

 

その部屋の主は布団でグッスリと眠っているようだ。彼女の表情から察するに、今は幸せな夢を見ているのだろう。

 

(んじゃ、ちょっとお借りしますね~)

 

川内はそーっと部屋の棚に近づき、その上に大事そうに置かれていたそれを、自分の鞄の中に割と乱暴に放り込む。

 

だが此処で、またも川内は魔が差したのだろう。折角鞄にいれたそれを一度取り出して、使い方を確かめようとしたのだ。

 

「ふふっ、可愛い寝顔だね~」

 

川内は不敵な笑みでそう呟き、それを構えてその可愛い寝顔に近付き。

 

パシャッと寝顔を撮影してから、してやったり顔で部屋を足早に去っていくのだった。

 

~~~

 

忘れていた。装甲置き場にも探照灯を常備していたんだった。川内は自分で自分のやったことに苦笑いをしていた。

 

「あちゃー、部屋から持ってくる必要性ゼロだったね~。ま、別にいっか!」

 

川内はささっと着替えて、夜の海に繰り出した。因みに、防衛プログラムのブレーカーは既にさっき下ろしてきている。

 

彼女の鞄の中には、少しの食料と手拭いと磁石と針金、それと探照灯が9本。

 

そして…倉庫から予め持ってきておいた軍手と、さっきくすねてきたカメラが入っていた。

 

「さて…確かこっちの方だね~。しっかしまぁ…やっぱり夜は最高だね~!テンションが!めっちゃ!上がって!くるっ!」

 

川内はかなり上機嫌で海上を移動していた。そのため彼女は、目的地に予定より早い時間に到着し、作業を早く始めることが出来た。

 

しかし作業始めてすぐ。川内は異変に気が付いて思わず手を止めてしまう。

 

そう、明らかに情報量が多すぎた。正確に言えば…まるでついさっき空爆が降ってきたような、そんな量の破片が落ちていたのだ。

 

「うーん、何があったんだろ?後でこれも調べなきゃかね~」

 

……破片の殆どは海に沈んでいる。潜水艦ではない川内はそれを拾えないので、探照灯の明かりと共に写真を撮っておく。

 

川内は調査が上手くいきそうなことに喜びつつ、何かしらの呪怨を感じるこの場の空気に、飲み込まれそうになっていた。

 

しかし彼女は意志を強く保ち、海に沈む破片を見つけてはパシャパシャ写真を撮る。

 

「ふーっ。取り敢えず何かあったのは間違いないね~。でも写真だけじゃちょっと弱いなぁ。何か良いもの落ちてないかね~」

 

川内は少しその現場から離れ、探照灯を爛々と照らしながら付近をうろつく。

 

……表には出していなかったからあまり気付けないが、彼女はこの『呪い』の真相を探ることにかなりの熱意を持っていた。

 

何としても、みんなと仲良くなると決めていた。そんな彼女の熱意が伝わったのだろう。

 

「おっ!?あ、あれって…!」

 

それが探照灯の光をキラッと反射した時。川内の眼もキラキラと輝いた。

 

彼女はそれに慌てて近付き、探照灯の光を当てて詳細を確認する。

 

……そこにあったのも、さっきまでに見かけた破片の一種には違いない。

 

だが沈んでいた場所が極端に底が浅く、川内でも拾い上げられる位置にあったのだ。

 

「うわぁ、超ラッキーじゃん!」

 

嬉しそうに軽くぴょんぴょん飛び跳ねながらその破片の写真を撮り、持ってきた軍手をはめてからその破片を拾い上げた。

 

……手で持った時は何てことも無かった。だが水面から上に破片を上げると、ずしっという重みが川内の手を襲う。

 

それを下に落とさないようにそっと眺める。そして…その破片の外側に何やら型番らしき数字が入っているのを確認する。

 

……流石に型番を見ただけで詳細が分かるほどの知識量はない。川内はそれを持ってきた手拭いで包んで、鞄にしまい込んだ。

 

「よしっ、今日はこの辺で帰りますか!誰かが見つける前に防衛プログラムのブレーカーを戻さないといけないしね~」

 

川内はそう独り言を口にして、荷物をまとめてその場を後にした。彼女が鎮守府を出発して3時間が経とうとしていた。

 

……この時の川内は知らなかった。この破片が落ちていた場所は、北上が多摩の偽連装砲を拾った場所にかなり近いということを。

 

~~~

 

真っ先に提督邸に向かわず、川内はもう1度駆逐艦寮に戻ってきていた。

 

「ふっふーん!この私が本気を出すべき時が来たみたいだね~!」

 

小さい声でそう意気込み、再び寮の裏に周って、あの格子の下まで来ると。

 

鞄から磁石と針金を取り出して服のポケットに入れ、また屈伸をする。鞄は少し自分から離れた場所に置いておく。

 

(うっし、いっくぞぉ!)

 

手をぶらぶらさせた後、また垂直に飛び上がって格子に捕まった。音を立てずそれをやり遂げる彼女は、本物の忍者のようだ。

 

そして川内は中を覗いた…と言っても、中の様子は微塵も変わっていない。彼女はホッと胸を撫で下ろし、ポケットから針金を取り出す。

 

これは前鎮守府の時から愛用しているもので、こういう鉄製のネジ締り錠を外から開ける時に、必ず使うものだ。

 

……割と高い位置の小窓。そしてこの倉庫の使用回数がそもそも少ないのもあり、鍵がズボッと鍵穴に刺さりっぱなしだった。

 

なので川内がやる事としては、窓と窓の隙間から針金を入れて、鍵にそれを引っ掛けてくるくる回して窓を開ける事だ。

 

(うーん、やっぱ錆びてるね~。でもこの引っ掛かり具合なら余裕っしょ!)

 

川内は手慣れた様子で鍵を回す。前鎮守府の秘書艦の秘密の部屋に入るために、ピッキングを特訓しておいて本当に良かった。

 

そして遂にその時がやってくる。窓を開ける事が出来るほど鍵を回せたのを確認して、川内は微笑みつつ1度下に降りた。

 

(よーし、針金は鞄にしまってーっと。えーと…カメラカメラ…あぁあったあった)

 

川内は持ち物を変え、もう1度格子まで戻ると、音を立てないようにそっと窓を開けた。

 

……のだが。

 

(うえっ!?何この臭い!?)

 

部屋の中から激しい異臭がしたのだ。川内はカメラを落とさないように気を付けつつ、嫌そうな表情で鼻をつまんだ。

 

……異臭の正体は直ぐに分かった。窓の直ぐ真下の所で、みりんとお酢の瓶が割られた状態で放置されていたのだ。

 

周りの荒れ具合から察するに、何かを取ろうとして誤ったのだろう。まぁ犯人は恐らくそこにいるレディさんだろうが。

 

(もー、掃除ぐらいしようよ!あの2人は臭いとか気にならないのかな!)

 

川内は不満げにしつつ、何とか態勢を整えてカメラを構え、2人が添い寝する所を激写することに成功した。

 

(よしっ、後は提督邸に行くだけだね~。それじゃあ2人ともお休み!)

 

そして音を立てないようにそっと窓を閉め、ポケットから磁石を取り出した。

 

……鍵を閉めるのは開けるのより簡単だ。磁石で引き寄せれば良いのだから。

 

彼女は鍵が閉まったのを確認すると、直ぐに飛び降りて荷物を纏める。

 

しかし…その場を後にしようとした彼女はふと気が付いた。こんだけ集めた写真、及びそれが入ったこのカメラをどうするべきかと。

 

もちろん理想は自分で北上らに見せに行くことだろう。しかしもしもの可能性を考えると、直接の接触はベストとは言えない。

 

何より、彼女らの行動パターンが分からない。もしかしたら今も彼女らは夜な夜な何処かに繰り出しているのかもしれない。

 

……それに、今直ぐにあそこにこのカメラを渡すと、自分に救出以来を出した依頼主である、雷と電に情報が全く行かなくなるだろう。

 

川内はそう考え、予定を変更した。自分は依頼主であるあの2人に応えるのが先決だと考え、もう1度針金を取り出した。

 

「ふっふっふー。普通の鍵も針金でチョチョイのチョイで余裕綽々だね~」

 

そんなことを呟きつつ、さっきよりも呆気なくガチャリと音を立てて扉を開ける。

 

そして…忍者のような佇まいで寮内を移動し、雷と電の部屋を総当たりで調べて見つけると、直ぐさまその部屋に侵入した。

 

(おぉ、2人ともぐっすりだね~)

 

雷も電も、朗らかな顔で…胸につっかえていたものがポロッととれてスッキリしたような顔で、幸せそうに寝息をたてていた。

 

それを見た川内もつられるように笑みをこぼす。だが…諸々のリスクと、早く提督邸に向かいたい気持ちがあり、迅速に行動する。

 

まず川内は例のカメラを目立つ場所に置き、次に部屋に転がっていたペンと何かの袋を拾い上げて、ペンの蓋を開けた。

 

(あぁ…何て書こっか…。ま、面倒くさいし『後は宜しく』でいいでしょ!)

 

キュッキュッとその袋にメモを残し、それをカメラの横に置いておく。

 

……川内は満足そうな顔をして、ブレーカーを戻しに提督邸に向かおうとした。

 

しかし此処で1つ、些細なミスをしてしまう。地面にあった紙を軽く踏んでしまい、クシャと音を立ててしまったのだ。

 

(やべっ!?)

 

慌てて足をバッと離す。そして周りを見渡す。だが2人の反応は無かった。

 

川内はホッと胸を撫で下ろし、何を踏んだかを改めて確認した。そこにあったのは1枚の画用紙で、ペンで絵が描かれていた。

 

……茶髪が2人と、銀髪紺髪が1人ずつ。4人で仲睦まじげに遊んでいる絵だった。

 

これが何を意味するか。流石の川内も直ぐに気が付き、それを拾い上げて眺めた。

 

恐らく、これを描いたのは姉の方だろう。末っ娘の複雑な髪型が上手に描けていたから。本物を見ながら描いたとしか思えないから。

 

(……ったく。何だかんだ2人ともお姉ちゃんが大好きなんだね~)

 

正直言って。この絵に響が居たことに驚きも喜びもあった。それでも川内は笑みをこぼし、絵を元の位置に戻して2人を見た。

 

……さっきと変わっていない。2人とも安らかな顔をして眠っている。

 

ふと好奇心が湧き上がり、電の頰を指でぷにぷにする。その時に反応はなかったが、暫くすると「うーん」と言いながら寝返りを打った。

 

川内は同じことを雷でもする。そして予想通り…2人とも同じ反応だった。彼女はそんな2人を暫く眺めたり突いたりしていたのだが。

 

(はっ!い、いけない!早く提督邸に向かわないと…!う、うぅ…)

 

……心が揺らいでいた。だが彼女は意識を強く持ち、名残惜しそうな顔はしつつも、幸せそうな2人を見ながら部屋を後にした。

 

そしてその約1時間30分後。

 

「ふぃぃーっ!今日のノルマ終了!」

 

誰にも見つかることなく無事に川内は提督邸から帰還し、ついでに入渠も済ませてから寮の自室に帰ってきていた。

 

もう夜が終わろうとしているのが分かる。彼女は布団にゴロンと仰向けになって、服のポケットに入れておいた破片を取り出す。

 

(さて…上手くいけば良いんだけど…。ま、後は成るように成るでしょ!)

 

まるで弱くなりつつある月明かりに照らすように破片を宙に掲げる川内。だが直ぐに腕をポフッと下ろして大の字になる。

 

(だから…後はあの2人と北上さん達に任せましょうかね~。んじゃあお休み~)

 

……今日は色々と頑張った。そう自分に言い聞かせたら一気に疲れがブワッとやってきた。そして川内は直ぐに眠りにつく。

 

自分の思惑が上手くいくと信じて。

 

~~~

 

次の日の朝。具体的な時間帯を言えばマルロクマルマルになろうとする辺り。

 

「うーん…?」

 

「あ、おはようなのです。朝なのです」

 

雷は電に体を揺すられて目を覚ました。そして眠たげな表情をして軽く目をこすりながら、壁にかかっている時計を見た。

 

「……もう電?まだこんな時間じゃないのよー。起こさないでよー」

 

確かに…雷を毎朝起こすのが電の日課ではある。だが今日に限ってはいつもより数10分早い。雷はそれを咎めようとした。

 

自分の言葉を聞いた電が、あわあわしつつ謎のカメラを指差すまでは。

 

「……えっ、何あれ?」

 

「あ、朝起きたら既にあったのです!」

 

「へぇー」

 

雷は1回伸びをすると、電を横に退かしてスッと布団から出て立ち上がり、何の躊躇いもなくそのカメラを手に取った。

 

そしてこれまた何の躊躇もなく弄り始める。電はその後ろで心配そうな表情をする。

 

「……ってかこれ、青葉のカメラよね?何でこんな所にあるわけ?」

 

「はわわっ!そ、それなら本人の所に返さないと…!わ、私達が怒られるのです!」

 

「いや、待って電」

 

……此処で雷がようやく気が付いた。

 

恐らくカメラばっかりに気を取られすぎていたのだろう。何か文字が記されていた袋が床に落ちていることに気が付かなかった。

 

まだ心配そうにしている電をよそに雷はそれを拾い上げ、書かれていた文字を読み上げた。

 

「あ、後は宜しくって言われても…ど、どういうことなのです?」

 

「というかそもそも誰よ!勝手に私達の部屋に入ってきて、変なメモと青葉のカメラを押し付けて、私の傑作を踏みつけてったの!」

 

腹立たしそうな顔をして、皺が付いてしまっている自作の絵を拾い上げる雷。彼女はカメラを電に渡して、その紙の皺を直す。

 

その間に電はカメラのスイッチを適当に押した。すると写真一覧がパッと顔を出す。

 

電の目に真っ先に入ったのは、恥ずかしそうにポーズをとる高雄の写真だった。

 

またそこから写真をスクロールしていく。そして見慣れない海域の写真が出で来た後、遂にあの写真が表示された。

 

「はわわっ!?」

 

「ちょ、ちょっと電!急に大きな声出さないでよ!ビックリしたでしょ!」

 

「そ、それどころじゃないのです!い、雷ちゃん…この写真を見るのです!」

 

慌てた様子で電は雷にそれを見せた。暁と響が添い寝しているあの写真を。

 

これを見た雷は、目を白黒させた後で電からカメラを受け取り、他の写真も漁る。

 

「……分かったわ電」

 

「な、何がなのです?」

 

「これ、撮影したの川内よ」

 

「はわわっ!そ、そうなのです!?」

 

「えぇ、間違いないわ。そして多分、このメモを残したのも川内ね。でも…後は宜しくってメモの意味だけが分からないわ…」

 

そう言い、雷は腕を組んで考える。電もそんな彼女につられるように考え込む。しかしこれと言った納得のいく答えは出なかった。

 

結局そのままタイムオーバーを迎え、2人は朝ご飯を食べるために部屋を後にした。もしもの時用にカメラは隠しておいた。

 

 

 

いつもの鍛錬のため、いつもの場所に雷と電は既についていた。そしていつものように赤城と神通と那珂の3人を待っていた。

 

「ったく…赤城さんは色々と準備があるから仕方ないとして、あの2人は…というか那珂は、遅刻癖を何とかするべきだクマ」

 

「えぇ、球磨姉さんの言う通りですね。いつもいつも…懲りないんですからあの方は」

 

球磨と大井の愚痴がまた始まった。周りがそんな空気になったのも気にせず、雷と電は周りをキョロキョロ見渡していた。

 

分からないことがあれば報告・連絡・相談というのを知っていた2人は、誰かにこの話をふっかけようと思ったのだ。

 

しかし…内容が内容。迂闊に広めて良い話ではないだろう。それも分かっている。

 

「こ、困ったのです…」

 

2人は悩んでいた。何より先程から青葉が明らかに不機嫌なのが見えているから。カメラを探していると思われる顔をしていたから。

 

……その後、相変わらず反省の色が無い那珂と神通が駆けつけると、赤城も顔を見せて鍛錬が始まった。今日は柔軟中心のメニューだった。

 

そして此処で、2人にとっても想定外のピンチが訪れてしまう。

 

それは2人組に分かれて鍛錬していた時。不意に雷と電の所に赤城がやって来たのだ。

 

先に気が付いたのは電だ。電と目があった時に中腰になって2人と視線を合わせる赤城。

 

「はわわっ、あ、赤城さん…ど、どうしたのです?私達に用なのです?」

 

「あ、いや…用って程じゃ無いんですけど、暁さんの姿が見当たらないものですから、お2人が何かご存知かなぁと思いまして」

 

……ヤバい。この質問が自分達に飛んでくることは、少し考えたら予測出来たはずなのに、回答を全く用意していなかった。

 

もちろん馬鹿正直には答えられない。2人は分かりやすくあたふたする。

 

しかし此処でまた想定外の助け舟が。ふと3人の所に曙がやってきたのだ。

 

「あぁ暁なら、昨日は夜更かししてたみたいだし、寝坊でもしてんじゃないかしら?」

 

「はぁ…そうですか。分かりました。ありがとうございますね曙さん」

 

「……別に気にしないわよ」

 

そうだけ言って曙はそそくさと江風の元へ帰っていった。2人はそんな曙の様子を呆然と眺めた後、頭に同じ疑問を浮かべた。

 

しかし…それが疑問だというのは分かるのだが、具体的な言葉には出来ないというただのモヤモヤした気持ちにしかならなかった。

 

だがこの出来事がきっかけで、雷はようやくあるアイディアが頭に浮かぶ。

 

というのも、さっき元の場所に戻る曙を眺めている時、視界にあのコンビが入ったのだ。視線を合わせないようにしているあの2人が。

 

雷は電をつついて振り向かせた後、周りと少し距離を取り、ひそひそ声で話す。

 

「ねぇ電、やっと分かったわ」

 

「え、な、何がなのです?」

 

「川内はきっとこう言いたかったのよ。あの2人にカメラを押し付けろってね」

 

そして雷は、本人らにバレないようにそっとあの2人を指差した。1組だけ他とかなりの距離を取っていた海風と長門を。

 

……電は雷の説を推した。

 

「で、でも…どうするのです?流石に直接の接触は危険なのです」

 

「ふふっ、簡単よ。海風より先に寮に帰って、あいつの部屋にカメラを放置して何食わぬ顔で退散すれば良いのよ」

 

「はわわっ!で、でもそれは…」

 

「何よ」

 

「う、うぅ…わ、分かったのです」

 

雷は本気だった。確かに海風の行動力を2人とも知らないからこれも危険行為なのだが、それでも雷はやる気満々だった。

 

電もそんな彼女の圧に負けてしぶしぶ雷の作戦を飲み、その後は黙って鍛錬に集中した。

 

 

 

「は、早っ…早い…のです…」

 

鍛錬が終わって解散の命令があった後、雷は直ぐに寮に真っ直ぐ走っていく。

 

もちろん電もその後を付いて行こうとした。だが余りにも雷の行動力が凄まじく、彼女は完璧に置いてかれていた。

 

それでも何とか意地を見せ、足を止めずに駆逐艦寮に辿り着く。

 

そして中に入って自室に向かうと、入り口から雷がヒョコッと顔を出して待っていた。

 

「おっそーい!」

 

「はわわっ…い、雷ちゃんが…はや…早い…のですっ!はー…はー…」

 

「もー全く…ほら電!さっさとする!」

 

雷はカメラを持っていない方の手で乱暴に電の腕を掴むと、彼女を引っ張っていく。

 

そして…海風の部屋に辿り着くと、雷は電に見張りを任せてそそくさと部屋の中に入り、目立つ所にカメラをポンと置き。

 

電とアイコンタクトを取って、2人揃ってその場を後にした。この間およそ15秒だ。

 

そして…寮からまた出かけようとした時。2人は丁度あの海風とすれ違った。お互いに挨拶は無かったが、その時に2人の心臓は高鳴った。

 

だが何であれ、これで全責任は無事にあいつに押し付けられた…だろう。2人はホッと胸を撫で下ろし、仲良く手を繋いで出かけるのだった。

 

~~~

 

海風は呆然と立ち尽くしていた。

 

理由は明白。部屋に何故か置かれていた、カメラの中を見てしまったからだ。

 

そこには色んな写真が入っていた。しかし彼女の目を引いたのはあの空爆の破片の写真。

 

そして…添い寝をする暁と響の写真だ。

 

「こ、これ…!」

 

波のように突然押し寄せてきた情報の量に、海風は少したじろいでいた。だが彼女は直ぐにハッとする。こんな所で慌てている場合じゃないと。

 

(そ、そうだ…!ま、まずは、北上さん達に知らせないと!)

 

そう思うや否や、海風はカメラを手に部屋を出て、北上らがいるところに向かっていた。

 

 

 

海風は走った。我を忘れて走った。自分に体力が無いのを忘れて走った。

 

そのせいだろう、巡洋艦寮に着いてホッとした時、彼女は膝が笑って動けなくなる。

 

その上、不運なことに寮に直ぐに入ることが出来ない。玄関前に人がいたのだ。

 

会話から察するに、重巡洋艦の3人だろう。恐らく…カメラが見つからなくて凹む青葉を、2人が慰めている状況だと思われる。

 

……マズい。自分がここにいることはバレていないが、そのうちバレるだろう。

 

だが、海風は慌てなかった。こんな時の為に秘策を用意してあるのだ。

 

彼女は姿を見られないように建物の裏に回り、そそくさと北上の部屋の前に向かう。

 

というのも…北上の策として常日頃、部屋の窓の鍵を開けっ放しにしているのだ。こうすれば此処から寮に侵入出来る。

 

だから海風も、此処から入ろうと試みた。というか、部屋の中にカメラを入れるまでした。

 

「まぁまぁ…気にすンなって!」

 

寮の玄関の方から、無性に癪に触る大きな声が聞こえるまでは。恐らく3人の様子を見かけて、青葉を励ますついでに茶化しにきたのだろう。

 

海風は舌打ちをして元来た道を引き返し、影から玄関前の様子を眺めた。彼女の予想通り、無駄に脳裏に刻まれる赤紅髪が増えていた。

 

「しっかしまぁ…柄にもなくガチ凹みしてンなぁ青葉さンよ!」

 

「……うるさい。帰ってくれる?」

 

「ちょっ…おいおい!そいつはひでー話だな!江風さンは別に、あんたを茶化そうとしてるわけじゃ無いンだぜ!?」

 

……いや、茶化してるじゃないか。海風は心からそう思った。すると何か無性に腹が立ってきたのか、彼女は足を動かしていた。

 

真っ先に気が付いたのは熊野だった。彼女は直ぐに表情を曇らせてドア横に移動した。

 

それを見た高雄も気が付き、青葉を無理やり引きずって、2人揃ってドア横に退いた。

 

「ンっ?どうしたンすか?」

 

江風はそう言いつつ徐に後ろを振り向き。そこにあった人影を見て表情で少し驚きを表した後、直ぐにニヤケついた。

 

そのニヤケ顔を見た海風は益々腹を立てたが…言及するつもりは無かった。江風の調子を崩せたらそれだけで満足だった。

 

だが…人を茶化すのが好きな江風が、この状況をスルーするはずがなかった。

 

「……何しに来たンだ姉貴?此処はあンたの巣じゃないぞ」

 

「さぁ別に。江風には関係無いでしょ」

 

「けっ、そうかよ」

 

海風は明らかな不機嫌オーラを出しつつ、話しかけんなという風を装って堂々と玄関から巡洋艦寮に入っていった。

 

それを見た江風は気分を害したのか、不満そうな顔を浮かべて、小声で海風の悪態をつきながらその場を後にするのだった。

 

 

 

玄関から入ってきた自分に気付いた北上と長門を1度は無視し、海風はカメラを取りに北上の部屋に向かった。

 

それを不思議に思ったのだろう。2人は情報交換を中断して海風の後を追った。

 

(えっと…あ、あったあった)

 

そして北上の部屋に入った海風は、死角に置いておいたカメラを屈んで拾い、画面に例の写真を表示させようとカチカチと弄っていた。

 

その時だった。

 

「ねぇ何してんのー?」

 

「ほぁっ!?」

 

北上と長門が合流してきたのだ。思わず海風は咄嗟にカメラを体の後ろに隠す。しかし長門がそれをあっさりと取り上げる。

 

「あれー?これって青葉ちゃんのカメラだよねぇ?何で海風ちゃんが持ってるのー?」

 

「あ、あわわ…!そ、それには深いわけがあってですね…じゃなくて!大変なんです!2人ともその写真を見てください!」

 

みっともなく両腕をパタパタさせて必死に訴える海風。それを聞いた長門と北上はカメラに映されているものを見た。

 

……青葉の寝顔だった。恐らく慌てた拍子に変な所を押してしまったのだろう。

 

「可愛い寝顔だねぇ青葉さん」

 

「で、これが?」

 

「ふぇっ!?そ、それじゃないです!もっと重要な写真が…!」

 

此処でようやく海風は立ち上がってカメラを長門から奪い、見せたかった例の写真を表示して、2人に返した。

 

……此処でようやく、北上と長門は真面目な態度になった。それもそうだろう。今まで知らなかった情報がてんこ盛りだったから。

 

2人は暫く保存されていた写真をポチポチと眺めていた。そして…さっきの海風と同じタイミングで2人も思わず手を止めた。

 

「なっ…これは…」

 

「へー。暁ちゃんと響ちゃん、今はこんな感じで2人で居るんだねぇ」

 

ふふっと笑う北上に思わず長門と海風は苦い顔を見せる。そして3人は、揃ってあることに気が付いていた。

 

そう、撮影者だ。これは簡単に特定が出来た。写真の背景が明らかに夜だったから。

 

よって3人が次に取る行動も決まっていた。此処がまさに巡洋艦寮であるから。

 

 

 

「おー、ぐっすりだねぇ」

 

3人は川内の部屋にやってきていた。北上は海風に見張りを頼み、こっそり部屋の中を捜索する。とは言ってもめぼしい物は1つだけ。

 

気付いたのは北上だ。彼女は眠っている川内を眺めていたのだが、その時に見つけた。

 

(あっ、これかー)

 

……川内は大切そうに何かを握りしめて寝ていた。北上は起こさないようにそっと彼女の手を開き、中にあった何かの破片を回収する。

 

そして長門を呼んで2人揃って退室した。長門は濡れた軍手を手にしていたのだが、その時にそれを元の場所に戻していた。

 

この時に実は、長門は部屋の中にあるものがあったことに気が付いていた。しかし今は見なかったことにして部屋を後にするようだ。

 

……玄関前に重巡洋艦の3人がいる。海風の口からそれを聞かされた3人は、北上の部屋の窓から寮を出ることにした。

 

因みに、青葉のカメラは川内の部屋に置いておいた。本当なら持ち主に返すべきなのだろうが、あの写真をまだ見られたくなかったのだ。

 

そして寮から出て広い道に来た時に、3人は話し合った。

 

……秘書艦を3人も失った提督も、何もしていないわけではない。彼はありとあらゆる空爆を調べており、それを1つの冊子にまとめていた。

 

そのことを北上は知っていた。だからその冊子を見に北上は向かうことになった。

 

そして…長門の提案により、長門は寮の倉庫を調べることになり、海風は北上のサポートに徹することになった。

 

「うん、それじゃあまた後でねー」

 

「な、長門さん!お気をつけて!」

 

「あぁ。検討を祈るぞ2人とも」

 

そして3人は別れ、長門は巡洋艦寮の裏にもう1度向かい、2人は執務室に向かうのだった。

 

 

 

続く

 




次回、最終回


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第拾参話「??~???の???~」 前編


お話はこの「拾参話」で終了となります。
今までありがとうございました。



 

「海風ちゃん、大丈夫?」

 

「は、はい!バッチリです!」

 

口ではそういうものの、彼女は少しバテていた。やはり北上のペースで移動するのは、駆逐艦には少し厳しいようだ。

 

とはいえ、足を止めるわけにはいかない。何としても執務室に行かなければならない。

 

その思いは1つだった。だから最後まで止まらずに執務室に到着した時、海風に限らず北上も、ホッとした様子だった。

 

……執務室に提督は居なかった。やはり今も工廠にいるようで、メモが残っていた。

 

だが北上はそんなメモには目もくれず、机上の書類から1冊の冊子を手に取る。それは1文字も記されていない紺色の表紙をしていた。

 

北上はその冊子を無造作に開く。中は表紙と違って、提督の直筆で文字がブワッと記されており、思わず目を細めてしまうほどだ。

 

しかし提督はマメだった。冊子の最後のページに自作の目次を付けていたのだ。おかげで調べ物に苦労はしなかった。

 

「えーっと、21ページ…21ページ…」

 

北上はそれをパラパラとめくりつつ、海風にも中が見えるように腕の位置を調整する。

 

そしてそのページを見たとき、2人は思わず同時に声を漏らしてしまった。

 

「こ、これ…!」

 

「うん、私達を狙ってきたあれだねぇ。しかもこの空爆…」

 

北上は苦い顔をして口を閉じた。というのも、彼女はこの空爆を少なからず知っていたのだ。見たことがあったのだ。

 

「私が知ってる奴だよねぇ。いやーやっぱりそういうことだったのかー」

 

「し、知ってるって!どういうことなんですか北上さん!?」

 

「まー…うん。後で詳しく話すよー。取り敢えず今は、このことを提督に伝えないとー」

 

「……そ、そうですね」

 

北上が言うことは正しい。海風はそう思って自分の探究心を殺すと、彼女が持っていた冊子のそのページをもう1度見た。

 

そして…見つけてしまった。

 

「ふぇっ!?」

 

「あぁ…気付いちゃったー?」

 

……そのページには端の方に、小さく提督の字でこう記されていたのだ。『恐らく、全ての元凶はこの型番だと思われる』と。

 

その記述が何を意味するかは、流石の海風も直ぐに理解した。

 

だから彼女は直ぐに北上の方を見た。一方で北上は苦い顔をしていた。何故なら彼女は、海風の1歩先まで分かっていたからだ。

 

……型番の中に210という数字があった。それは偶然か否や、多摩の誕生日でもあった。

 

(まぁ…流石に考え過ぎかな)

 

北上はその冊子を元の場所に戻して、空爆の破片をポケットに入れた後、海風と共に提督邸を後にする。

 

……時間が惜しい。テンポよく行かないと直ぐに日が暮れてしまう。

 

そんな焦りもあってか、北上はかなりの早足だった。よってまたも海風は、ついて行くことだけに必死になっている。

 

つまり、移動中の2人に会話は無いということだ。だかそれが幸いして、割と直ぐに工廠に辿り着くことが出来た。

 

……工廠の入り口は開いていた。これはいつもそうであるはずなのに、今日は何故か、入るときに思わず息を飲んでしまう。

 

それでも歩みを止めることはなかった。2人は中に入って提督の作業部屋に直行し、北上が入り口の扉を3回ノックした。

 

そして部屋に入った。提督はこちらに気がつくと、手を止めて北上らの方を向いて。

 

既に北上がポケットから取り出していたそれを見て、顔色が変わったのか、急いで溶接マスクを外して2人に駆け寄った。

 

「き、北上さん!これどうしたの!?」

 

「あーうん。川内ちゃんが拾って来たんだー。これって例の奴でしょ?」

 

提督は、北上から破片を受け取ってそれをジロジロ眺めて、刻まれていた型番を見つけると、彼の表情は曇った。

 

そのときに北上は、この破片について予め執務室の資料で調べたとも告げ、後ろで構えていた海風と共に提督の判断を待った。

 

……提督は暫く黙り込んだ。だがあることをふと思い出し、口元を少し綻ばせた。

 

そもそも、こういうミサイルは深海棲艦に向けて打つはずのもの。しかし最近はあまり使われていないはずであったのだ。

 

理由は単純。もし深海棲艦と艦娘が近接戦闘をしていたら、艦娘の方に命中してしまう可能性が大きかったからだ。

 

もちろんそうならないための技術向上も進んでいる。しかし現時点の科学では、まだそんなところまで進んでいないはず。

 

そして当然ながら、この鎮守府にそんなミサイルは無い。そのことを他の鎮守府は愚か、鎮守府らを束ねる上層部にも知られているはず。

 

……この破片を提示することによって、上層部に告訴出来るかもしれない。

 

「うん、分かった。この破片は僕が預かっておくよ。2人ともありがとう」

 

「いやいやー、お礼ならそれを見つけた川内さんに言ってよー」

 

「……そうだね」

 

「で、では!私達は用事があるので、これで失礼します!」

 

提督に向かってビシッと敬礼して、部屋を足早に退室する海風。今の彼女はとにかく、長門と早く合流したかったようだ。

 

北上も最後は軽く提督に会釈し、海風を追うようにして部屋を出て行く。

 

残った提督は、その破片を強く握りしめた後で服のポケットに入れ、作業を再開するためにもう1度溶接マスクを付けるのだった。

 

~~~

 

「……来たな」

 

提督と別れた後、北上と海風は真っ直ぐに駆逐艦寮に来ていた。そこの入り口の前では、長門が壁にもたれて待ち構えていた。

 

その様子を見てホッとしたのか、先程までの疲れはどこに行ったのか、海風は長門に駆け寄って彼女に思い切り抱きついた。

 

長門は少し戸惑った後、海風の頭を撫でつつ北上と情報交換をする。

 

「その他寮も含めてちゃんと覗いたが、何もなかった。駆逐艦寮で間違いないだろうな」

 

「あの破片は提督に引き渡したよー。手柄もちゃんと川内さんに押し付けといたー」

 

「……了解した」

 

そして長門は海風を体から引き剥がし、駆逐艦寮を眺めた。それにつられるように2人も、拳を握ったり唇を結んだりした。

 

因みに、今の駆逐艦達は花火大会の真っ最中だ。勝手に数本無くなってるのを見つけた雷が怒り散らしていたのを海風は知っていた。

 

……先頭は北上だった。彼女は扉を開けてゆっくりと倉庫に向かう。その後ろ、横に並んで長門と海風が彼女についていく。

 

つまり…長門と海風は北上の後ろ姿しか見ていない。にもかかわらず2人は気が付いていた。明らかに北上が怒っている。

 

それでも2人は言及せず、心配そうな顔で北上を見ながら後をついていく。

 

……3人の間に会話は無かった。正確に言えば会話をする余力が無かった。次に誰かが口を開いたのは、倉庫の入り口に辿り着いた時だ。

 

「さて。突入しますかー」

 

北上がそう告げると、海風が前に出て扉を開けようと試みた。しかし北上が彼女を制止し、2人を後ろに退げると。

 

「よっと」

 

そんなやる気の感じられない声を上げて、ドアを思い切り蹴飛ばした。

 

ドアは頑丈だから傷1つ付かなかった。しかし壁に留めていた金具がバキッと音を立ててしまう。これには2人も唖然としてしまう。

 

「お、おいおい…大丈夫か北上」

 

「んー?何がー?」

 

「あ、いや。それなら良いんだ」

 

表面上を見れば北上はいつも通りだ。しかし流石に分かる。やはり彼女は怒っていると。

 

だがそれを咎めるつもりは無かった。彼女は此処に潜んでいる奴に殺されかけた挙句、仲間を拉致られているのだから。

 

……3人は周りを見渡す。パッと見渡す範囲では2人は見つからない。

 

だが長門が…川内が写真を撮った場所と思われる小窓を見つけると、そこからあの写真のアングルを思い出し、3人は位置を特定した。

 

そこは入り口から覗いただけでは気が付かないところで、3人は足早にそこに向かった。

 

因みに…音はもう気にしていない。ドアを蹴破った時点でバレているだろうし、さっきも大声で会話してしまったから。

 

~~~

 

時刻がヒトハチマルマルになりそうな時間帯。巡洋艦寮では異変が起きていた。

 

最初に気が付いたのは球磨だった。彼女が玄関のノックに気が付いて扉を開けたのだ。

 

「クマッ!?て、提督!?」

 

そこには手を振る提督が居た。前に記したかもしれないが、提督が寮に訪れることなどこの鎮守府では殆どないこと。

 

ましてやあの提督が広間に上がったのだから、寮内はざわついていた。

 

これにはあの大井もタジタジで、彼女は黙って提督にお茶と茶菓子を出した。因みに提督は広間の端の方を陣取っている。

 

「あ、あの…提督。何の御用で?」

 

「あぁそうだ。じゃあ…悪いんだけど大井さん。川内さんを呼んできてくれないかい?」

 

「せ、川内さん…ですか?」

 

提督は和かな笑顔でそう告げる。

 

そして、彼の声は彼と対角線上にいた他のメンバーにも聞こえていたから、これを聞いた那珂と神通が川内の部屋に向かった。

 

……川内はやはり爆睡中だった。なんか手をひっきりなしに動かしたり、ちょっと見えているお腹をポリポリ掻いたりしていた。

 

なので今回もまた那珂がいつも通り起こそうとする。だが今回ばかりは神通が止めた。

 

今は例の茶番をしている時間はないから。

 

「せ、川内…さん?あ、あの…せ、川内さん。お、起きて…起きて…く、くださいっ!」

 

優しく問いかけながら彼女を揺する神通。時間的にそろそろ目覚めて良い時間でもあるから、反応は少なからずあった。

 

だが彼女は目を覚まさない。

 

「んもぉー!そんなんじゃ川内さんは目を覚まさないって!変わって変わって!」

 

「ダ…ダメ…ダメッ!な、那珂ちゃんは…その…ら、乱暴だから…」

 

那珂は川内の上に乱暴に馬乗りしようとしていた。だが神通が必死に止める。それでも聞かずに那珂は実行に移そうとする。

 

……此処で2人は、大切な上に根本的なことを忘れていた。誰だって寝ている時に耳元で騒がれると、目を覚ましてしまうことに。

 

「あーのーさー」

 

取っ組み合いをしていた神通と那珂の方を向きつつ、川内は目を擦って起き上がった。言わずもがな少し不機嫌そうだ。

 

「まぁね、いきなり飛び乗られるよりかは数倍マシだよ?でもさ2人とも、寝ている人が居る部屋でわーわー騒ぐかな普通?」

 

川内の言葉に思わず黙り込んでしまう2人。そして川内に申し訳なさそうに頭を下げる。

 

そして川内は立ち上がり、彼女らの頭を撫でながら現時刻を見る。そして今回は夜も近いということで、早起きしたもんだと割り切る。

 

……その後、川内は2人から事情を聞き、直ぐに向かうと告げて2人を部屋から出す。

 

そして彼女は気が付いた。自分が握っていたはずのあの破片が無くなっていると。

 

だが彼女は慌てなかった。前向きに考えていた。だから彼女は直ぐに伸びをして、あるものをポケットに入れて提督の所に向かった。

 

 

 

その一方で、海からの帰路に着いているものが数名いた。

 

そう、花火大会をしていた駆逐艦達である。彼女らは最後の1本まで使い切り、満足したように自分達の寮に向かっていた。

 

しかし異変に気がつく。明らかに巡洋艦寮が賑わっていたのだ。これに真っ先に気が付いて食いついたのは江風だ。

 

「おっ?何か賑わってるねぇ!花火大会の次はお祭りかぁ?」

 

「……ったく江風は。そんなのに一々気を取られたらダメよ」

 

「えぇーっ!?ボノちゃンはああいうの気にならないのか!?」

 

「ないわね。ってかボノちゃんって呼ぶな」

 

そんな2人の会話を聞きながら微笑む他4人だったが、江風の言うことはよく理解出来た。

 

嫌がる曙は無理やり江風に引っ張ってもらって、揃って巡洋艦寮に向かった。

 

そしてそこでの反応は、巡洋艦達と全く同じだった。あの真っ白なセーラー服が寮の中にいること自体に驚きが隠せなかった。

 

彼女らは寮の中に入り、同じように提督を眺めていた人達と合流して事情を聞いた。

 

丁度その時だった。部屋から川内が出て来て他のメンバーに手を振った後、提督のいる広間に向かって行ったのだ。

 

……この事に最も嫌な予感を感じていたのは曙だった。彼女は自分の大切な何かを壊されそうな恐怖に襲われていた。

 

よって曙は、後ろの「花火大会いいわね」「いいでしょー」みたいな会話を全部無視して、誰よりも提督の方を眺めた。

 

 

 

「……そんなつもりは無かったんだけど、ギャラリーが賑わってきちゃったね」

 

「そうですね~。あはは」

 

川内は提督と向かい合う形で椅子に座った。その時に彼女は、提督があの破片を手にしているというのを確認する。

 

彼女はホッと胸を撫で下ろした。どうやら自分の想定通りに事が進んでくれたようだ。

 

そして案の定、提督の話はその事に対する感謝から始まった。川内は「別に気にしてない」を繰り返しつつ、笑顔を見せる。

 

因みに…提督はきっちり姿勢を正してお茶を飲んでおり、一方の川内は、大きく仰け反ってヘラヘラとした態度をとっている。

 

……実を言うと彼女には秘策があった。何としてもみんなと仲良くなりたいと心から願っていた彼女は、その秘策を繰り出す。

 

 

 

ここで1度整理しておこう。

 

この鎮守府のメンバーは、一部を除いて「提督自ら秘書艦を殺した」というのを信じている。これが『呪い』の根本だ。

 

それを信じなかったのがあの4人だ。そして彼女らは真犯人まで突き止めていた。しかし犯人を問い詰めるための証拠が無かった。

 

だから川内はこっそり暗躍し、証拠を見つけて彼女らに寄付した。雷と電も利用して。

 

そして今、川内は確信している。その証拠を提督に渡したということは、少なからず彼も真相を知っているのだと。

 

というか…彼は濡れ衣を着せられているのだから、それを取っ払うために調査を進めていたと考えるべきであろう。

 

そして彼は証拠を手にした事に対して川内に感謝した。ということは、彼もまたあの4人と同じところまで進んでいたという事だろう。

 

つまり川内が今からやることはただ1つ。提督自ら『呪い』の真相をみんなに伝えてもらうために、彼を誘導することだ。

 

……本当なら川内が全員に伝えるべきなのだろうが。他のメンバーに「あの4人に毒された」と勘違いされたら元も子もない。

 

何より川内は、他鎮守府らの「犯行動機」に関しての情報を握っていなかったのだ。こればっかりは提督しか知らないと考えていた。

 

 

 

となれば、彼女が用意していた秘策というのが何か、ピンと来る人もいるかもしれない。

 

そもそも、ほぼ全員が犯人だと思っている人物から、自分は犯人じゃないという言葉と真相を話されたところで誰も信じないだろう。

 

だから彼女は『呪い』の真相を…他鎮守府からの攻撃だということを裏付けるため、わざわざあんな回りくどいことをしたのだ。

 

「さて、提督。実は見せたいものがあるんだよね~。ちょっと待っててもらえますか?」

 

そう言って川内は自分の部屋に戻ろうとした。だが途中で足を止める。

 

というのも、雷と電の2人と目が合ったのだ。そう言えば2人を見かけたのは、間違えて雷の絵をクチャッとして以来だった。

 

「あ、あの…さ。その…川内」

 

「えっと…い、言いたいことがあるのです」

 

2人はもじもじしていた。恐らく感謝の言葉だろうと踏んだ川内は、彼女らの頭を撫でて「気にしてない」と言いながら、2人にお願いをした。

 

「ねぇ2人とも。今から私の部屋に行って、あるものを取ってきてほしいんだ」

 

「あ、あるもの…なのです?」

 

「うん。実はね~」

 

青葉のカメラを…と言おうとした時に気が付いた。本人がすぐそばにいると。今はちょっと余計ないざこざを避けたかった。

 

「まぁ…うん。じゃあね~。私が提督に見せたいと思ってるものをお願いするよ」

 

「はわわっ!そ、それって具体的にどういうことなのです!?」

 

「……お願い」

 

最後に一瞬だけ。本当に一瞬だけ、川内は真面目な顔をした。そして彼女は提督の元へ戻っていった。その際に彼女は少し細工を施す。

 

……彼女は予め探照灯をポケットに入れていた。それを握って一旦外に出て、スイッチを入れた探照灯を玄関直ぐの道に立てて置いた。

 

すると巡洋艦寮の前に1本の光の柱が立つ。まだ太陽は出ているが…時間を考えると、これからこの柱は目立ち始めるだろう。

 

狙いはもちろん、此処から少し遠い戦艦空母寮のメンバーの好奇心を刺激することだ。

 

「……よしっ」

 

風で倒れてしまわないよう工夫した後、川内は寮の中に戻っていった。不思議そうにする提督の質問は適当に流した。

 

丁度そのタイミングだった。雷と電が川内の部屋から戻ってきた…のだろう。青葉の渾身の叫び声が聞こえてきたのだ。

 

「せ、川内!こ、これ…よね?」

 

「そうそうそれそれ!ありがとう!」

 

川内はカメラを受け取り、2人を軽く抱擁した後、チラッと青葉の方を見た。

 

……般若のような顔をしていた。

 

流石の川内も少しドキッとして、つい彼女に「ごめんちゃい」みたいな態度で会釈してしまう。当然ながら…彼女の機嫌は直らない。

 

「それ…青葉さんのカメラだよね?それがどうしたの?」

 

提督も思わず川内の方に近づいていた。川内はそのカメラをそっと提督に渡し、彼に写真を見るように指示した。

 

……途中、提督は1度ふふっと笑った。恐らく青葉の寝顔を見たのだろう。だがその次の写真から、彼は表情を曇らせる。

 

その写真に釘付けになった後、無言のまま彼は川内の方を見た。その返事をするように川内は、1度だけ首を縦に振った。

 

そして川内は決めた。そろそろ核心を突いて良いだろうと。だから彼女はこう言った。

 

「提督。これで無実を証明出来ますよね~?」

 

……この言葉を放った時、周りはシンとなった。特に曙の表情がハッキリと変わった。

 

無実。証明。この2単語を聞いた提督は、この時にようやく川内の狙いに気が付き、参ったといった様子を分かりやすく見せた。

 

そして1度近くのテーブルにもたれかかり、天井を見ながらふーっと長い息を吐いた。そんな提督を川内は畳み掛ける。

 

「……その内、戦艦達もこの寮にやってくるからさ、もう終わらせちゃおうよ。綺麗にさ」

 

そう川内が言った瞬間だった。素晴らしくベストなタイミングで入り口の扉が開いた。

 

そこには探照灯を手に持った赤城を先頭に、戦艦空母がズラッと並んでいた。そして彼女らはギャラリーを見て騒然とする。

 

それもそうだろう。鎮守府のほぼ全員が1箇所に集い、しかも中心に提督がいるのだから。

 

これを見た赤城はほぼ全てを察し、探照灯を川内に渡した後、瑞鶴に瑞鳳を呼ぶように言いつけて行かせた後、寮の中に入った。

 

そして思い思いの場所を陣取る。それにつられるように巡洋艦や駆逐艦達も椅子に座る。そしてその2、3分後に瑞鳳と瑞鶴も合流する。

 

「よし、これで揃ったね~。じゃあ始めよっか」

 

「……はぁ。本当に川内さんには参ったよ」

 

提督はやれやれといった様子だ。しかし彼は川内の「こうい」を無駄にするつもりはない。正直言って彼も嫌気がさしていたから。

 

だが彼が話し始めることはなかった。何故なら彼は最初にある人物を呼びよせたからだ。

 

~~~

 

響は笑顔を見せてくれた。その一方で「来るのが遅いよ」と不満気な顔もしていた。

 

だが笑顔だったのは彼女だけだった。長門と海風は信じられないといった風で、一方で北上は無表情を極めていた。

 

……写真で見た時は全く気がつかなかったが、響はやつれていた。光加減によって頬骨が少し浮かんで見えるほどだ。

 

「やっぱり…こうなるのね」

 

そんな中、最初に口を開いたのは暁だった。彼女は北上らに背中を見せて響の方を見ながら、不満を淡々と告げる。

 

「そうやって貴方達は、私の幸せを邪魔してきた。これまでずっと」

 

「うーん。幸せ…ねぇ」

 

「あのね、貴方は知らないだろうけど、姉にとって妹は大事なものよ。特に…後ろの2人は、それがよく分かってるはずよ」

 

……まだ暁は振り向かない。ずっと響の表情を眺めている。

 

「私は確かに…1度は響を見捨てたし、そのことで響に凄く怒られた。でもそれはもうお終いにしたのよ。もうずーっと側にいるって、寂しい思いをさせないって決めたのよ」

 

「……まぁうん。それは立派な試みだと思うよー。確かに一理あるなー」

 

「そうでしょ?だから…」

 

暁は此処で立ち上がり、響の頭を撫でた後で初めて振り返った。顔には明らかな敵対心が浮かんでおり、海風が思わず怯んでしまう。

 

「私の前から消えて。そして2度と顔を見せないで。邪魔なのよあんた達」

 

「まー、そう言うと思ってたけれどぉ。それ聞いて私達が引き返すとでもー?」

 

「……そうよね。もしそうだったら、こんな所に来るはずがないわね」

 

暁はうふふと不敵に笑う。そしてこのタイミングで長門が北上の表情を見たのだが。

 

彼女の表情は1ミリも変わっていなかった。しかし勘の鋭い長門は気が付いていた。北上は尋常じゃないぐらい怒っている。

 

長門は北上に安全確認をしようと試みたが、それは直ぐに中断せざるを得なかった。暁がとんでもない行動を始めたからだ。

 

「だから…私にはもう、こうすることしか道が残ってないのよ」

 

彼女の手に握られていたのは、寮のキッチンに常備してある包丁だった。そして有ろう事か、暁はその刃を妹の首に近づけたのだ。

 

響は思わず少し声を出してしまう。震えてしまう。切れる部分はまだ触れていないが、金属の冷たさが分かるところまで近づいていた。

 

「お、おい!バカな真似はやめろ!」

 

これには流石の長門も叫んだ。すると暁はその包丁の刃先をバッと長門らの方に向けて、彼女らを静止させると。

 

「じゃあどうしろって言うのよ!?此処で追っ払ってもまた邪魔しに来るくせに!だったらもう…こうするしかないじゃない!」

 

「いやーだからってさ、今から人が殺されるのを黙って見てろっての?あのさー暁ちゃん、ふざけないでくれるー?」

 

逆ギレした暁。これには流石の北上も語調を強めるしか無かった。そして暁に近づいて響を助けようとする北上だったが。

 

「来ないで!それ以上近づいたら響を刺すわよ!そして…私も死ぬのよ。そしたらこれからもずーっと響の側に居られる…!」

 

あははと笑って恍惚の表情を漏らし始める暁。これには4人ともドン引きするしかない。そして足を止めるしかない。

 

どうしようか。どうしたらいいのか。何が正解なのか。長門や海風はそれを必死に考え、心配そうに響を見ていた。

 

だからかどうかは分からないが、北上は2人に、暁にとっても少し想定外のお願いをする。

 

……後ろに下がっててほしいと。

 

「ほぁっ!?き、北上さん!?何をするつもりなんですか?」

 

「そ、そうだぞ北上!今の暁はどう見ても正気じゃないんだぞ!?大丈夫か!?」

 

「……良いから下がってて」

 

当然、2人は逆らおうとした。3人でかかれば何とかなると考えていたからだ。しかし北上はそれを断じて許さなかった。

 

最終的に2人は折れて、北上に言われた通り後ろに数歩下がる。一方で北上は同じところから1歩も動かない。

 

「……何してるの。良いから2人と一緒にさっさと帰ってよ」

 

暁は不満そうな顔を浮かべつつ、響に寄り添う形で寝そべろうとしていた。

 

北上は1度大きく…わざとらしく深呼吸をして、いつものようにのらりくらりとしながら暁の方を見つめる。

 

……瞳には覚悟が宿っていた。

 

「あのねぇ。実は響ちゃんがどうこう言う前に、北上さんはね、君に殺されかけたーってことにご立腹なんだよー。分かる?」

 

「あぁ…あったわねそんなこと。一体それがどうしたって言うのよ?」

 

「……私はねぇ、後ろの2人に助けられたんだ。うん、さてここで問題。君の悪巧みを2人が知るキッカケになってくれたのは、一体だーれだ?」

 

あぁそっか…と、後ろにいた長門と海風は此処でようやく思い出した。私達以上に響と暁のことをもっと心配していたのがいたじゃないか。

 

一方で暁と響は…まさかとは思いつつも、答えが分からないフリをした。特に暁に関しては…あの2人に嫌われたと思っていたから。

 

「……残念だけど、私を助けてくれたのはー。元を辿れば君達の妹2人なんだよねぇ」

 

「そ、そんな…や、やっぱり奴らが…」

 

「んでね、もうこの際だからハッキリ言わせてもらうけれど、君達を助けて欲しいと願ったのもその2人なんだよ!」

 

畳み掛ける北上。後ろの2人は「そうだもっと言ってやれ」と言わんばかりだ。

 

その後…北上の口から2人に向かって、雷と電が川内に協力を要請したこと、暁を心配してこの倉庫に侵入したことも全て話した。

 

海風と長門は後ろで頷きながら話を聞き、響は嬉しさで少し泣きそうになっていた。暁はまた別の意味で泣きそうになっていた。

 

「姉にとって妹は大事?確かにそれはそうかも知れない。球磨姉も多摩姉も私のことを大事にしてくれたからねー」

 

段々と語尾を強めていく北上。暁は段々と何か言いたげな顔になっていく。

 

「でもさー。いやまぁ今の響ちゃんがどうかは知らないけどぉ。北上さん個人の意見…というか、経験則を1つ言うならー」

 

「……言うなら?」

 

「君達が死んだらー、あの2人は悲しむんじゃないかなー?ってことだよー」

 

語尾の所為で分かりにくいが、北上は決死の表情で暁に訴えた。そしてそれでも反応がない暁に対し、更に畳み掛ける。

 

「それにね…というか此処からが本題なんだけどぉ、君は1つ、それはそれは大ーきな勘違いをしてるんだよねぇ」

 

「……はぁ?」

 

北上はそう言った後、ふふふと笑った。一方の暁や響はポカンとしている。

 

「……さっきも言ったけど、北上さんは暁ちゃんに殺されかけたんだよー。だからねぇ、まぁ長門さんと海風ちゃんは違うと思うけどぉ」

 

そう言いつつ、肩や足首をぐるぐる回す北上。それを見た長門は察した。北上は今から暁の元へ突っ込むつもりだと。

 

「正直言って…響ちゃんはどうでもいい。駆逐艦は正直ウザいし」

 

「なっ…えっ!?」

 

「私はねぇ暁ちゃん。君に歯向いに来たんだよ、君に対抗しに来たんだよ。だから…」

 

そして…ゆっくりと前に出る。1歩ずつのらりくらりと。

 

「君がそこから動くなと言うのならば、私は動かざるを得ない」

 

他の4人は驚いた。あの北上がなんか…子供みたいな事を言ったから。だが暁は、その北上を見て直ぐに行動に移すことにした。

 

そして…暁は「それがあなたの答えなんですね?」と小声で呟いた後、もう1度深く包丁を握りしめて、響の方を見つめた。

 

「……ゴメンね響。後で迎えにいくから」

 

「い、いや…!ま、待って…待ってくれ…!」

 

渾身の抵抗を見せる響。だがしかし…今の彼女は…暁が振り上げた包丁を、自分に向かって振り下ろされた金属の輝きを。

 

ただ呆然と眺めることしか出来なかった。

 

 

 

ザクッという…音が、その場に弱々しく響いた。鮮やかな暁色の毒々しい輝きを纏って。

 

 

 

続く

 



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第拾参話「??~???の???~」 中盤

 

反応は各々だった。その中で川内や赤城のように、納得したような様子を見せた人物もいた。

 

だが肝心の曙は…提督に呼ばれた1人の駆逐艦は、悔しそうに拳を握っていた。

 

「もう…良いよね。話しちゃっても」

 

提督は視線を下げて、少し震えながら俯いている曙を見つめた。これを見て誰もが思った。やはり彼女が深く関わっていたのかなと。

 

「……ダメって言ったところで、もう逃げられないじゃない。勝手にしなさいよクソ提督」

 

そう言って、曙は広間の端の方に逃げた。そこには江風が座っていたが、話しかけてきた彼女のことは全力で無視した。

 

そんな彼女の様子を見てため息をつき、提督は渡された煎茶を飲んで一服する。

 

「まぁ…そういうわけでね。この話をするには曙さんと…あと北上さんがいるんだけど、そう言えば北上さんは?」

 

……やっと言及したか。そう思った川内は、彼が机上に置いていた青葉のカメラを手に取り、例の暁と響の写真を表示した。

 

「北上さんは多分…駆逐艦寮じゃないですかね~?まぁこの写真を見せたんで」

 

そう言いつつ、川内はその写真を提督に見せた。それを見た提督は…。

 

例えるならそう…赤色リトマス紙だ。赤みを帯びていた顔が一瞬で青色になったのだ。彼から少し距離を取っていた人でも分かるほど。

 

「こ、これ…!?どういうこと!?」

 

「いや、響ちゃんって長期休暇取ってたじゃん?だから暁ちゃんが側にいるんですよ。んで北上さん達が迎えに行ったってわけ」

 

サラサラっと告げる川内。だが正直言って今のは、淡々と言って欲しいことではない。

 

……実を言うと、提督は薄々感づいている。

 

そう言えばこの間、北上と暁は一緒に遠征に行ったはずだ。最終的に2人とも帰ってきたが、襲撃があったのは間違いない。

 

川内が生々しい写真を撮れているから。ということはあの時に少なからず2人の間に何かが起きたかもしれない。確執か何かが。

 

そして…北上と響が仲が良いことぐらいは流石に知っているし、暁が長期休暇を提案しに来るほど妹想いであることも知っている。

 

だがこの写真、響は明らかに手錠に繋がれている。状況から考えて…考えたくはないが、暁が付けたと考えるべきだろう。

 

……果たして響と仲が良い北上が、この状況を目で見て何と言うのか。

 

そして提督にトドメを刺したのは、遠くから話を聞いていた曙の一言だった。

 

「実は空爆が落ちてきた時、北上が庇ってくれたって暁から聞いたわあたし。だから…ちょっとヤバいんじゃないのクソ提督」

 

曙は不敵な笑みを浮かべていた。それを見た提督は益々焦った。

 

……北上があの空爆にどれほどの恐怖を持っているか。どれほどの悲しみを背負っているか。提督はよく知っている。

 

そして…彼女を怒らせたらどうなるか。それもよく分かっている。

 

もしかしたら必要のない心配かもしれない。だがもし暁が何かしらの形で北上の逆鱗に触れてしまったら…。

 

「まぁあの暁が、そんなしょうもないヘマをするとは思えないけど?急いだ方が良いんじゃない?知らないけど」

 

……曙は色々と知っているようだ。だがそれを知らない川内達にとっては、何の話をしているのかもちんぷんかんぷんである。

 

何より1番理解出来なかったのが、彼が一言謝罪をした後で寮を走って出て行ったことだ。

 

「ふふっ、間に合うと良いわねクソ提督。まぁあたしには関係ない話だけど。気になるんだったらあんた達も付いて行ったら?」

 

そう言って曙は寮のキッチンの方に姿を消していき、広間には呆然としている艦娘達だけが残ることとなる。

 

そんな中…最初に口を開いたのは、意外なことにも扶桑だった。

 

「……私は付いて行くわよ。川内さん、本当に駆逐艦寮で良いのね?」

 

「ま、まぁ…そうだけど…」

 

「じゃあ私は先にお暇するわ、ほらボサッとしないで行くわよ山城」

 

「あ、はい…分かりました姉様」

 

そしてその後すぐ、扶桑と山城は寮から姿を消していった。そんな彼女らにつられたのか、続々とメンバーが寮から姿を消していく。

 

そんな中。最後まで残ったのは雷と電と川内だった。そして川内がどうしようか悩んでいる時、2人は川内を捕まえる。

 

相変わらず2人は浮かない顔だった。やはり暁と響に関しては、この2人が1番思うところがあるのだろう。

 

そんな感じで…口をモゴモゴさせる2人を見た川内は微笑み、頭を撫でてやる。すると…不意に電がボソッと呟いた。

 

「……怖いのです」

 

「えっ?」

 

「あ、暁ちゃんも響ちゃんも、私達の大事なお姉ちゃんなのです。でも1回私達は…その…ひ、酷いことをしてしまったのです」

 

電は辛そうにそう打ち明けた。隣にいた雷も首を縦に振って同意をしている。

 

「私達は…いや私達が、真っ先にあの2人に会いに行かなきゃいけないのは分かってるわ。でも…一体どんな顔していけば…」

 

……話を聞いていた川内は、自分の頰をポリポリ掻いて考える素振りを見せる。確かに暁らがこの2人を恨んでいるかもしれないから。

 

しかし…そんな真面目な悩みに真面目に答えるのがあまり得意でない川内は、そこまで深く考えることを今回もしなかった。

 

「あのさ2人とも。お姉ちゃんに謝りたいって気持ちはあるんだよね~?」

 

川内がそう尋ねると、2人はバッと顔を上げて、質問に対して肯定を示す。すると川内は改めてもう1度微笑んで。

 

「じゃあさ、何も悩む必要ないじゃん。あの2人もちゃんと分かってくれるだろうし、きっちり謝ったらそれで良くない?」

 

と言い放つ。そして川内もようやく覚悟が決まったのか、駆逐艦寮に向かう。その際、チラッと1度だけ川内は後ろを振り返った。

 

……見える範囲にあの2人は見当たらず、川内は少し不安になった…が、意志を強く持った彼女が引き返すことは無かった。

 

~~~

 

響は泣いていた。こんなことがあって良いものかと心から思っているようだった。

 

「ふふふ。貴方程の偽者さんなら、きっとそうしてくれると思ってたわよ」

 

一方の暁は満面の笑みだ。ようやく念願が叶った彼女は、全身で喜びを表現していた。

 

「そんな…嘘だ…」

 

ポロポロと涙を流しながら、響は目前で起きた現実の受け入れ拒否をする。

 

海風や長門も言葉を失って唖然とする。それでも視界に入ったあの鮮明な紅だけは、彼女らの脳内に痕を残して通り過ぎる。

 

そんな中、北上は嬉しそうだった。今度はちゃんと大切な仲間を護れたのだから。自分を犠牲にして救えたのだから。

 

……せめてもの報いは、急所が避けられたこと。しかし響は、自分の見える範囲をツーっと垂れていく紅に涙を流すばかりだ。

 

「あ、あはは…。大丈夫だよー響ちゃん。ほうちょ…包丁1本ぐらいじゃ…北上さんは…」

 

……大丈夫じゃない。それが見て取れるからこそ、響は泣くしかなかった。

 

当然ながら、その様子を見た海風と長門も助けに入ろうとした。刺された瞬間に近づこうとした。だが北上がそれを許さなかった。

 

こんな状況になってもなお…北上は暁との一騎打ちを願ったのだ。

 

「嬉しい…!やっと…やっとこいつに一矢報いたわ!あははっ!」

 

そういう風な…奇声に近いものを上げ、偽者の左肩の付け根辺りに刺さっている包丁の柄を掴んで、暁はグリグリと彼女を痛めつける。

 

「ほらほら…痛いでしょ?だから…ほら…!早く退いてくださいよ…!あははっ…!」

 

……北上はギュッと響に抱きついており、響と顔を近づけていた。だから響の視点から見ると北上の様子がよくわかる。

 

痛いのを堪えて歯をギリっと鳴らすのが。

 

「もう…もうやめてくれ…!」

 

こんな北上はもう見てられない。響はそう思って暁に懇願した。そして響はあることを知っていた。この包丁のとある秘密に。

 

「なぁ暁…!も、もう気が済んだだろう?だから…だから…!」

 

だからこそ…可能な限り暁の方を睨んだりして、響は暁に訴える。

 

「うーん、ゴメンね響。ちょっと無理。私…楽しくなってきちゃったから!」

 

だが暁は、それをピシャリと閉じてしまった。そして一層激しく包丁をグリグリする。

 

「がっ…!」

 

それが痛くてしょうがない北上は思わず声を漏らしてしまうが、それでも響の体から離れようとしなかった。

 

だが…確実に北上の体は弱っていた。その自覚症状もあった。何か…手足が痺れて息が苦しくなって…そんな感じがしてきたのだ。

 

それでも…北上は動こうとしなかった。というか、自分の体が言うことを聞かなくなってきているようにも感じていた。

 

「あぁ…ミスったっ…ぽいなぁ。さては…暁…ちゃん…ほ、包丁に…」

 

「あぁ成る程。ようやく効いてきたのね?」

 

暁は1度手を止め、北上の顔を覗き込む。そして彼女が痛みを我慢しているのを確認すると、悦に入ったかのように微笑む。

 

「えぇそうよ。お察しの通り…包丁に毒を塗らせてもらったわ。誰かさんが持ち込んだのを1つ拝借したのよね」

 

まるで勝ち組になれたかのような、そんな優越感に浸る暁。そして彼女は…怯えきっている響の頭を優しく撫でる。

 

「ま、毒が回ってきたのならもう良いわよね。ほら…さっさと退きなさいよ」

 

今にも死にそうな北上のことなど気にせず、思い切り足で蹴り飛ばそうとする暁。だがそれでも北上は離れようとしない。

 

……これには流石の暁も、遂に我慢の限界を迎えてしまったようで。

 

「ちっ、じゃあもう分かったわ。もう2度と喋れないようにしてあげる」

 

そう言って北上の体に突き刺さっていた包丁を、もう1度体から引き抜こうと手をかけた。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

北上は毒のせいで五感が麻痺していたから、何があったかは全く分からなかった。

 

まぁまぁ衝撃があったはずなのだが、それすらも気が付いていないようだった。

 

だがそれは…あくまで北上の話。その直ぐそばにいた響は違った。彼女は何が起きたかをしっかりと目で追っていた。

 

……とは言っても、見ていただけで直ぐに理解したわけではない。

 

それもそうだ。日常においてこんなことは普通は見かけないのだから。具体的に言えば…人が空を飛んで壁に叩きつけられるのは。

 

ドゴーンという破壊音が轟き、壁には思い切り叩きつけられた跡が付けられる。そして暁は地面にズレ落ちていた。

 

……答えを言おう。長門が体当たりで暁を吹き飛ばしたのだ。

 

彼女や海風は、北上に「こちらに来るな」と言われたが、流石にこうなってしまうと、黙って見ているわけにもいかなかった。

 

「おい北上!しっかりしろ!」

 

長門は急いで北上を響から引き剥がす。包丁が抜けたこともあり、傷口から漏れ出す血の量がさっきより増えていた。

 

それを見た長門は、周りに散らばっていた手拭いをかき集め、腕の付け根を思い切り縛った…のは良いが、効果が薄いことは分かっている。

 

そこで彼女は、直接傷口から毒を吸い始める。絶対に死なせてたまるかという思いで。

 

……目の前で親友の救出劇が繰り広げられているにも関わらず、何もすることが出来ないことを響は憂いて悔やんだ。

 

響はその時もずっと泣いていた。自分のせいで北上がこんな事になったという自責の念に、押し潰されそうになっていた。

 

……しばらく後。長門はこんな時でもテキパキ動けるようで、部屋の隅にあった怪しげな瓶を横目に北上を抱え上げる。

 

そして…部屋の入り口の方で狼狽える海風の所まで、北上を抱えたまま近づくと。

 

「海風!私はキッチンに行くから、この倉庫から食酢を探して持ってきてくれ!」

 

「ほぁっ!?な、何に使うんですか!?」

 

「説明は後だ!頼んだぞ!」

 

そう言い残し、長門は足早に倉庫から出て行った。

 

よって残ったのは…まだ動揺している海風と、凹んでいる響と、戦艦の本気のタックルを食らって気絶している暁だけだった。

 

「どどど、どうしよう!え、えーっとえーっと!しょ、食酢!そうだ食酢を…って食酢ってなんじゃらほい!?」

 

……分かりやすくパニクる海風。それを遠目で見たからどうかは知らないが、響に関しては大分落ち着きを取り戻していた。

 

「海風…ちょっと」

 

「ふぇっ!?」

 

急に名前を呼ばれてドキッとする海風。だが此処でようやく…自分がもう響の近くに行っても良い事に気が付き、さっそく実行する。

 

そして…実を言うと既に気が付いていたと言えばそうなのだが、改めて確認した。響の体が尋常じゃないほど臭い。

 

思わず顔に出てしまうほど。

 

「……すまない。何せずっとお風呂に入ってないからな」

 

「あっ…いや別にそう言うわけじゃ…」

 

「気を遣わなくて良い。そんな事より…」

 

響は何時もの様子で海風を真っ直ぐに見つめ、手錠をカチャカチャと少し鳴らした後、ゆっくりハッキリ彼女に告げた。

 

「……小窓の近くだ」

 

「え、な、何が…?」

 

「食酢だよ。前に暁が1本割ってるはずだから、臭いで直ぐに分かると思う」

 

決死の表情で海風にそう告げる。彼女の瞳には細やかな対抗心が宿っていた。

 

「……私はもう少し耐えられる。だから…」

 

今は北上を頼む。響はそう言おうとしたが、言葉の途中で海風に両頬を手で挟まれてしまい、思わず黙り込んでしまう。

 

一方で海風は…1回肩で呼吸をした後で、ゆっくりと口を開いた。

 

「……約束する。北上さんを助けたら、響ちゃんも絶対に助けてあげるから。だからもうちょっとだけ…我慢してね」

 

海風も負けじと響を真っ直ぐに見つめていた。だから響は黙って首を縦に1回振る。そしてその後の2人に会話は無かった。

 

 

 

海風がキッチンに駆け込んだ時、応急処置はもう佳境に入っていた。

 

「北上…!意識を…!強く…!保て…!」

 

長門の手には数枚の手拭いが握られており、止血を試みているのか、グッグッと北上を押さえているのが分かる。

 

そして長門は、海風と…彼女が持っていた食酢を見て少し微笑み、それを受け取ると乱暴にその蓋を開け、傷口に直接塗布した。

 

「……助かったぞ海風」

 

「あ、あの…!これは一体…?」

 

「解毒だ。あの部屋に転がってた毒瓶、あれはハブクラゲの毒を薄めたものでな。たしか…熱と酸に弱かったと思うんだ」

 

ペラペラと早口で…海風の方は見向きもせずにそう言う長門。そして1度手拭いを傷口から外し、食酢をそこに垂らす。

 

……実を言うと、長門も相当焦っていた。しかし患部を熱湯で温めてはいたし、使っていた手拭いからも湯気が上がっていた。

 

要するに…順番はともかく、必死に処置を施していたとは考えて良いだろう。その甲斐あってか、ようやく出血が止まり始める。

 

「よしっ…もう少しだけ耐えろよ?」

 

それを確認した長門は、さっき倉庫から持ってきていた包帯を引っ張り出し。

 

熱湯が染みている綺麗な手拭いを患部に乗せ、それがずり落ちないように包帯で北上の体をぐるぐる巻きにすると。

 

「……応急処置はこれで良いな」

 

ゆっくりと北上を抱え上げて飛脚のように持ち替え、提督邸に向かおうとする。

 

だがもちろん…響のことを忘れたわけではない。なので、さっきからキッチンの入り口に佇んでいる海風を呼び寄せる。

 

「海風、お前に大事な仕事を任せる。暁と響の元へ戻って2人を入渠場に連れて行くんだ」

 

「ほぁっ!?あ、暁ちゃんもですか!?」

 

「……当たり前だ。恐らく…さっきの私のタックルで骨が5、6本折れてるだろうからな」

 

「ぐっ…そ、そうですか…」

 

まだ暁を許していない海風は少し戸惑った。だが戦艦の気迫には勝てず、仕方なくといった様子で彼女の要求を飲むことにする。

 

そして長門は、北上を抱えた状態で提督邸まで走っていった。今から行けば…まだ鍵が開いているはずだから。

 

 

 

「長門さんはああ言ってたけど…やっぱり暁ちゃんは助けたくないなぁ」

 

なんて言いながら、彼女は倉庫に戻ってきていた。そしてまた響の所まで行き、キッチンで何があったかを端的に伝えた。

 

そして響が心配そうな顔を見せたのを確認した後、彼女は響の鎖を何とかしようと頑張った。引っ張ったりしてみた。

 

だが…響がどうにも出来ないものを海風がどうにか出来るはずもなく。

 

「うゎあぁ…困ったなぁ、どうしよう…?」

 

うーんと悩むポーズをとる海風。やはり彼女は暁を助けるつもりは無いようだ。響もそのことには気が付いた。

 

「……海風。君の気持ちは分かる。だが今は暁を入渠場に連れてってくれ」

 

「ほぁっ!?い、嫌だよ!響ちゃんをこんな目に合わせた奴なんか!」

 

「海風。私の解放に手間取って、彼奴が目を覚ましたら元も子もない。今は暁と私を引き離すことを優先してくれ」

 

「う、うぐぐ…で、でも…!」

 

「……でもじゃない。早くしてくれ」

 

相変わらずの冷静な口ぶりと判断だった。海風は納得がいってないようだが、響の鋭く真っ直ぐな視線には逆らえる気がしなかった。

 

最終的に海風が折れた。彼女は横で意識を失っていた暁の元へ近付くと、顔面を蹴りたくなる衝動を抑えて、彼女を器用にもおんぶした。

 

……ずしっと背中に重みがのしかかる。暁がピクリとも動いていないから尚更だ。

 

「ぐぬぅ…あ、後で…覚えてなさいよ…!」

 

ぶつぶつ文句を言いつつも、1歩また1歩と前に進む海風。

 

一方でその様子を見る響は、心配そうな表情をしていた。彼女に筋力も体力も足りてないことは百も承知だったから。

 

~~~

 

提督は常日頃、提督邸と工廠を往復する日常を送っていた。だから、鎮守府内を彷徨くことは言うほど無かった。

 

だから彼が…駆逐艦寮の前に着いた時。そこにもう何人か仲間がいるのを見かけた時、そこで彼はふと思い出した。

 

自分が通ってきた道は回り道で、本当はもっと近道があったじゃないかと。

 

それを提督は少し恥じた後、律儀に自分を待っていた仲間に頭を下げる。

 

因みに…なるべく人数がまとまってから入った方が良いだろうという扶桑の提案らしい。

 

そしてこのタイミングで、川内がやってきたのを確認した提督は、全員の方を1度見回した後、先陣を切って中に入った。

 

……そんな彼が最初に見たもの。それはおびただしい量の血痕だ。倉庫からキッチンに伸びているのが見て取れる。

 

「これは酷い…。一体誰が…どうして…?」

 

赤城がふとそう漏らす。流石に提督を含めて全員の足が止まってしまう。

 

このタイミングで寮に入ってきた雷と電も、血を見て「ひっ!」と声を出してしまう。

 

そんな中、最初にそれに気が付いたのは江風だった。というか、彼女が発言するまでは誰も気が付けていなかった。

 

「おっ…?あれって…?」

 

……見間違えるはずがない。あの銀色の三つ編みを。やたら自分のことを貧乳とバカにしてきそうなあの腹立つ存在感を。

 

「ちっ…!」

 

最初に動いたのも江風だった。それを見た他のメンバーも「何だ何だ」みたいな感じで彼女に着いて行って。

 

ようやく気が付いた。倉庫の入り口辺りで海風がうつ伏せに倒れていたのだ。背中に意識のない暁を背負った状態で。

 

「暁(ちゃん)!!」

 

思わず同時に叫んでしまう雷と電。そのまま2人は彼女らの方に駆け寄り、海風の頭を突っつく江風は無視して暁を眺めた。

 

続いて他のメンバーも2人に近付く。海風はそのことに驚きつつも。

 

「……誰か暁ちゃんを運んでくれませんか?重たいんですよ。あと江風、やめて」

 

という切実な願いを口にして地面に突っ伏した。そこで提督の命により、飛龍が暁を拾い上げて運んでいくことになる。

 

「見た感じ…暁ちゃンを運ンでる途中で力尽きたって感じかぁ?ったく…そンなンでへばるなンてだらしねぇな!」

 

「……うるさい。私はあんたみたいな筋肉バカじゃないのよ」

 

煽る江風に平然と言い返す海風。それを受けてまた喧嘩になりかけるも、間に提督が割り込んだことで事なきことを得る。

 

そして…飛龍が暁を運んでいくのを目で追いつつ、心配そうに眺めてくる雷や電に微笑みつつ、海風はゆっくりと立ち上がった。

 

そして無言のまま倉庫に戻る。江風の制止も聞かずに。よって提督らは、ゾロゾロと彼女の後をついていくことにした。

 

因みに…雷と電は悩んでいた。飛龍に運ばれていった姉が気になるから。だが2人も結局は、海風についていくことにしたようだ。

 

そして…その2人の判断は、2人にとっては正しい選択と呼べるものだった。

 

後ろから付いてきているメンバーなど気にせず、海風は響に駆け寄って、彼女に「お待たせ」とだけ告げる。

 

……それを聞いた響は。後ろにいた妹2人や提督を見た響は。安堵の気持ちから思わず涙をこぼしてしまう。

 

「海風、遅かったじゃないか」

 

それでも彼女は平然を装ってそう口にしたのだが、嬉しそうなのが全く隠せていない。

 

……その後、提督の命によって比叡と霧島が響の鎖を引きちぎり、赤城が入渠場に運ぶことになる。その際に雷と電も付いていった。

 

だがこれで終わりというわけにはいかない。そもそもこの場所に来た目的を忘れている。

 

「そ、そうだ!う、海風さん!北上さんは今何処に!?」

 

「ほぁっ!?き、北上さんなら…えっと…て、提督邸じゃないですか…?」

 

……海風からこう聞いた提督は、球磨と大井を総指揮に駆逐艦寮中の掃除をすることをメンバーに言いつけ、足早に去っていった。

 

これには海風もポカンとする。だが江風の顔が視界に入ったのに嫌気がさし、無言のまま掃除用具を取りに向かった。

 

そして提督の命令通り…倉庫とキッチンを始め、大掃除が始まるのだった。

 

因みに…現在時刻はフタマルマルマル辺りで、太陽は完全に沈みきっている。

 

~~~

 

懐かしい。自分が始めてこの鎮守府にやって来た時も、こんな感じだった。

 

まぁあの時は…此処までの重傷では無かったが…。北上はそんなノスタルジーに襲われつつ、外の夜空を眺めていた。

 

そんな時だった。不意にドアをノックする音が聞こえたかと思うと、部屋に長門が入ってきた。彼女の手にはコップが握られていた。

 

「……すまん。ウサギに剥こうと思ったんだが失敗してな。ジュースになった」

 

北上はそのコップを手に取って中身を飲む。中は普通にリンゴジュースだ。

 

「まーうん。長門さんが不器用なのは、よーく知ってるから大丈夫だよー」

 

「……人が気にしてることを。まぁいい」

 

北上が無事に目を覚ましたことに改めて安堵しつつ、長門はベッドの端に座る。その際にミシミシとベッドが地味に嫌な音をたてる。

 

「取り敢えず。後は海風がちゃんとやってくれたかどうかだ。寧ろ私はそっちの方が心配だ。アイツはプライドが高いからな」

 

「だねぇ。まぁ響ちゃんが良い娘だし、大丈夫だとは思うけどー」

 

顔に多少の不安は浮かんでいるものの、2人はふふっと笑い合う…そんな時だった。2人は提督邸に向かってくる影を見る。

 

と言っても…月明かりにあの真っ白なセーラー服が照らされていたから、あれを影と呼んでいいのか心配になったが。

 

それは慌てて自分達のいる建物に入ってきた。そして明らかにこの部屋に向かっていた。

 

「……どうやら『みんなの頼れるお兄さん』のご登場みたいだよー?」

 

「ふっ、そのようだな」

 

北上がそんな冗談を言った時。部屋に慌てて彼は入ってきた。彼の表情は誰が見ても焦燥と取れるものが浮かんでいた。

 

「き、北上さん!大丈夫!?」

 

「あーうん。おかげさまでねぇ」

 

「心配ないぞ提督。取れるだけの処置は取ったからな」

 

「そ、そっかぁ…」

 

はーっと長い息を吐き、安心したかのように地面に座り込む提督。それを見てやれやれといった様子を見せる長門と北上。

 

……その後は情報交換の時間になった。そして提督は真実を話すつもりだとも告げた。

 

北上らはそれを拒まなかった。それどころか自分らも駆逐艦寮に行くと告げる。どうやら傷は完全に塞がっているらしい。

 

「そうだ提督。実はさっき勝手に高速修復材を少し使わせてもらったぞ。北上の体に直接塗りつけようと思ってな」

 

「い、いいよいいよ別にそれぐらい!」

 

そして提督は安心したように駆逐艦寮に戻っていった。もちろんその際に「慌てなくて良い」とも2人に告げるのだった。

 

 

 

その裏、入渠場では。

 

「よしっ、取り敢えず骨は繋がったかな!良いんじゃない?」

 

未だに意識が戻らない暁を、付きっ切りで面倒を見る飛龍がいた。彼女は暁を抱えてそのまま一緒に入渠している。

 

「いやーさすが駆逐艦だね!空母だったらこんな簡単に治らないよー?」

 

そんなことを言いながら、膝の上に暁を乗せて浴槽に浸かる。高速修復材を使ったからか、暁の傷は骨折を含めて全て治っている。

 

そんな時だった。不意に入り口の扉が開き、中に赤城らが入ってきたのだ。彼女は響の手を握りしめている。

 

そして後ろから雷と電が付いてきた。飛龍はそれを見て手を振った。暁の。

 

……遠目でも暁がグッタリしているのは分かる。雷と電はそれを心配そうに眺め、響はそれを見て見ぬ振りを決め込んだ。

 

「さて響さん。体は自分で洗えますか?」

 

「……多分大丈夫だ」

 

その言葉通り、響は淡々と体を洗う。だがやはり筋力が弱っているのか、彼女はお湯が入った洗面器を持てなかった。

 

だがすかさず妹2人がフォローする。電がお湯をかけて響の体の泡を落とすと、雷が響の頭を洗い始めたのだ。

 

「……すまないな」

 

「良いのよ、もーっと私達を頼ってくれて良いんだから」

 

すまなさそうにする響など気にせず、笑顔を見せて作業を続ける。赤城は側からその様子を見て微笑みをこぼしていた。

 

~~~

 

「も、もうこんな時間…!?」

 

いつもならもう入渠場の時間だ。しかしまだ晩御飯すら食べられていない。唯一の救いは、掃除は何とか終わったということだ。

 

メンバーはお腹がぺこぺこの状態で、続々と大広間に集まっていた。どうやら瑞鳳が全員分の食事を用意してくれたようだ。

 

「おぉっ、美味しそうだね~!」

 

川内が嬉しそうに飛び跳ねながらそう言い、適当な席に座る。それを見た球磨は微妙な表情をするも、怒ることはしない。

 

そして…自分の掃除担当を終わらせたものから、各々が席に座っていき、気が付けばその場にいた全員が座り終えていた。

 

……江風と海風を除いて。

 

周りは無言で2人を心配そうに眺めていた。というのも、大井の策略によって2人は同じ担当にされてしまったのだ。

 

言わずもがな、2人の間に会話は無い。黙ったまま地面の血痕を濡れ手拭いで拭いている。

 

……こっちが気まずい。お互いが明らかに距離を置いているのが目で見て分かるから。

 

その為か、周りが「おい誰か話しかけろよ」という雰囲気になる。しかし我こそはと名乗りあげる者は現れなかった。

 

その時までは。

 

不意に玄関のドアが開く。その音に反応して全員がガッとそっちを見る。そこには暁型4人組と赤城、飛龍が立っていた。

 

「お、暁ちゃん無事に目を覚ましたんだね~。良かったじゃん」

 

相変わらずの調子でそう言う川内に対し、暁は黙ってペコリと頭を下げる。そしてそのまま6人もそれぞれ椅子に座…ろうとした。

 

響が座らなかったのだ。それにつられて彼女の姉妹は響の様子を眺める。

 

彼女の視線の先には、明らかに不機嫌な海風がいた。さっきの川内のセリフを聞いて、暁の無事に腹を立てているのだろう。

 

……響はため息をつき、そろそろ拭き掃除を終えようとしていた海風に近付く。

 

「海風。気持ちは分かるが、意地を張ってばかりはダメだと思うんだ」

 

呆れたような顔を作る響。一方で海風はピタリと手を止めて、響の方を見た。

 

「……さっき暁と話し合ってな。もう2度とこんなことはしないと約束させた。だからもう…海風が怒る必要はない」

 

響は微笑んでそう言うも…海風は苦い顔だ。それもそうだろう。彼女はまだ暁を許したわけではないから。

 

でも…笑顔を作って無言のまま自分を見つめてくる響には勝てなかった。だから彼女は、言葉だけでも暁を許す発言をするのだった。

 

 

 

まだ少し気になる所はあるが、血痕が目立たないほどにはなった。よって2人は作業を切り上げ、ご飯を食べることにする。

 

晩御飯は…例の青色卵焼きだった。しかも今日はきっちり1人1個行き渡る量があった。

 

「いやあのだから…見た目をどうにかしてほしいんすけど!」

 

川内はきっちり瑞鳳に抗議を入れた…が、あっさりと受け流されてしまう。

 

そんな時だった。不意に玄関のドアが開き、その音に全員が反応する。

 

そして…ドアの前に立っていた人影を見て、響と海風が目を輝かせた。そこにいたのが長門と北上だったのだ。

 

よく見ると、提督が後ろから心配そうに眺めているのも分かった。どうやら2人をサポートしようとしていたらしい。

 

海風は料理の乗ったお盆を机に起き、北上に駆け寄って彼女の腰回りに抱きつく。

 

北上は長門に肩を貸してもらってたし、傷も塞がってたから大してダメージは無かったが、急に抱きつかれて戸惑う様子を見せる。

 

「ったくもー。そんな心配しなくても良かったんだよー?」

 

あははーと笑いながら海風の頭を優しく撫でる。そしてチラッと広間の方を見て、自分からバッと目を逸らした暁に気がつく。

 

北上は海風も長門も振り払い、ゆっくりと暁の方に近づく。流石に暁もそれには気が付き、警戒しているという態度を見せる。

 

そして北上は…笑顔のまましゃがみ、暁と視線を合わせると。

 

「痛っ!?」

 

思いっきり…デコピンをした。暁は思わず1歩下がって患部を押さえてしゃがみこむ。そして北上を思い切り睨みつける。

 

だが北上は澄まし顔だった。そしてしっかりと地に足をつけて立つと。

 

「……取り敢えず私を殺しかけたこととー、あと響ちゃんに酷いことしたーってのは、これで許したげるよー。私は大人だからねぇ」

 

そう言って彼女は食器を手に取り、自分の晩御飯を配膳する。長門はそのサポートに周り、場は元の空気に戻る。

 

「……か、かっこいい」

 

不意にそう漏らしたのは海風だった。それを聞き逃さなかった響は、さっきから少し不快そうな暁に告げ口する。

 

「暁。やっぱり私は、北上の様な『1人前のレディ』の方が好きだな。お前なんかより」

 

「なっ…!?う、うぐぐ…!」

 

「悔しかったら、お前も早くвзрослыхになるんだな。それこそ北上の様な…な」

 

勝った。響はそう思って、顔に優越感を浮かべている…ことが暁にも伝わると、暁は益々悔しそうな顔をして北上を眺める。

 

結局何も言い返せないまま、暁は不機嫌そうに晩御飯を配膳しにいく。彼女の妹達はそれを見て、安心した様子で彼女についていくのだった。

 

 

 

続く

 



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第拾参話「??~???の???~」 後編

 

大体のメンバーがご飯を食べ終わりかけている中。

 

提督は空いていた席に腰掛けていた。そして晩御飯を用意していた瑞鳳に、もう食べたからと断りを入れる。

 

誰もが遠慮したのか、彼と同じテーブルには誰も来なかった。ただ1人…提督が自ら、自分の元へ呼び寄せた曙以外は。

 

彼は気が付いていた。曙は既に自分の分を作って食べ終えていたと。そして自分の部屋でのんびりしていたようだと。

 

曙は遠くから広間の様子を眺めていた。角に隠れて。だが提督に見つかって名を呼ばれしまった以上、姿を見せるしかなかった。

 

だが…広間に彼女が出て来ても、周りの反応は無かった。川内以外の巡洋艦と駆逐艦達が、瑞鳳のブルーマターに阿鼻叫喚していたのだ。

 

特に…美味しいと太鼓判を押していたのが、割と何でも食べる赤城とイタズラ大好きなのが分かっている川内だけだったから尚更だ。

 

「……ちっ。煩いわね」

 

「まぁまぁ、元気なのは良いことだよ」

 

「で、クソ提督があたしに何の用?」

 

曙は実に不機嫌だった。恐らく北上らが…特に響が周りに溶け込んできているというのが、彼女は気にくわないのだろう。

 

そんな曙に少し弱腰になるも、提督は淡々と目的を口にする。それはもちろん真実を話すということで、彼は真っ直ぐに曙を見つめた。

 

そして…曙は不機嫌そうなまま、さっき既に了承したみたいなことをぶっきらぼうに告げ、部屋に戻ろうとしたが。

 

「あ、曙!ちょっと待ちなさい!」

 

こっちに気が付いた暁に止められてしまった。曙は1回小さく舌打ちをして、振り向いて自分から暁の方に近づいた。

 

「はぁ…やっと捕まえたわ。貴方に聞きたいことがあるのよ」

 

「……何よ」

 

「あんたさ…北上が生きてるって私に言った時、物凄く慌ててたわよね?どうして?」

 

……曙の顔が曇った。今は正直言って答えたくない質問だった。だから適当にはぐらかして、彼女は江風の元へ向かう。

 

江風は相変わらず海風と距離を取っていた。というか取らざるを得なかった。曙は2人のこともその理由もよく知っていた。

 

……数分後。

 

「さて、みんな食べ終わったー?」

 

北上がそう呼びかけた時、ほぼ全員が椅子に座ったまま食休憩を取っており、時計はフタヒトマルマルを指していた。

 

この言葉を聞いて、眠たそうにしている電とか以外は、ビシッと気合いを入れる。

 

特に提督は真剣な表情を浮かべていた。一方の曙は不快感を隠していない。

 

「さて…何処から話そうかねぇ」

 

全員の視線が北上に集まる。そのことに内心ドキッとしながらも、瑞鳳と瑞鶴がキッチンから戻ってきたのを確認した北上は。

 

「じゃあ、私がこの鎮守府に来た経緯から話そうか」

 

と宣言し、まず自分の過去を簡単に話し始めた。もちろん綾波と大鳳の話を重点的に。

 

そして…あの忌々しき秘密もついに口から漏らす。それを聞いた周りは顔を青ざめた。

 

実を言うと、この鎮守府に来てからもあの忌々しき秘密を調べてはいた。そして…もう1人の行方も北上は突き止めていた。

 

……新旗艦の手で殺し、深海棲艦にしてから捕縛して高値で取引していたようだ。

 

「深海棲艦は謎が多いからねぇ。特にサンプルが少ない戦艦棲姫とかは研究所とかに超高値で売れるらしいよー?」

 

北上はそんな…正直いらない豆知識も混ぜつつ話を続ける。そして、自分をあの時助けてくれた飛龍らに感謝を述べて。

 

「で、こっからが大事な話で、あれは…そう、長門さんが着任するちょっと前だったねぇ」

 

+゜・。○。・゜+゜・。○。・゜

 

……今でもはっきり覚えてる。私は多摩姉を殺された憎しみで満たされてた。

 

特に…提督が多摩姉の墓の前で泣くのを見てしまったから。だから…意地でも犯人を見つけてやる!って意気込んでた。

 

その甲斐あって、私は事件の真相に繋がる情報をその時既に握ってたんだ。

 

……私が前にいた鎮守府。そこの提督が主犯の後ろ盾になってるってね。後に分かることなんだけど、これは正しかったんだ。

 

だから私は提督に頼んで休暇を取った。あの提督に復讐するために。それで私は元いた鎮守府にアポなし里帰りをしたんだ。

 

本音を言うと…此処に帰るのはダメーって言ってた多摩姉に申し訳ないって気持ちもあったけど、それは直ぐに追っ払ったよ。

 

んで、私はちゃんとタイミングを見計らって、鎮守府がもぬけの殻になったところを狙ったんだ。大規模な出撃中をね。

 

……今思えば、あれは何人か犠牲者を出して、金儲け用の深海棲艦を作ってたんだろうね。本当にあの提督には腹が立つよ。

 

何であれ…私は特にシンドいこともなく、執務室まで辿り着けたんだ。もちろん提督もその部屋でちゃんと仕事してた。

 

だから、私はドアを蹴破って中に入ったんだ。まぁ提督は驚く素ぶりを全く見せなかったから、そこは残念だけど。

 

あ、言い忘れてた。その時の私はフル装備だよ。連装砲も実弾入りでキッチリね。

 

……多分だけど、私は血眼だったんだろうね。提督は私の顔を見て全てを察したみたい。でも彼は命乞いなんてしなかった。

 

それどころか、彼は凄く冷静だった。私が前秘書艦と前エースがどうなったかを彼に言っても、悪びれることさえしなかった。

 

私それでちょっと…カチンときちゃったんだよね。しかも、私の前で堂々と言い放ったからね。艦娘は金儲けの道具だって。

 

……そこからしばらくの記憶が実は無いんだ。次に気が付いた時には連装砲から煙出てたし、もうその提督は血塗れになってた。

 

けど、恐怖とか後悔とか全く無かったよ。私は真っ当な正しいことをしたって思った。多摩姉の敵討ちを出来たとしか思ってなかった。

 

そんな余韻に浸ってたよ。けど…それは長く続かなかった。銃声を聞きつけて、恐らく提督に食事を作ってたであろう大鳳が来たんだ。

 

……提督を見て信じられないって顔してたよ。私を見て絶対に許せないって顔してたよ。

 

本当なら…自分を見捨てたこいつも殺したかったけど、それはただの私怨だから、多摩姉の敵討ちには関係ないと思って。

 

無視して帰ろうとしたんだ。けど大鳳がそれを許すわけなくて。当たり前だけど。

 

……綾波からやり方を教わってたんだろうね。彼女は私を思い切り押し倒したんだ。憎しみと悲しみが混ざった顔して。

 

「久し振りに顔を見せたと思ったら…!どういうつもりですか!?」

 

「どういう…つもり…?私は復讐に来ただけ。だから離してくれるー?」

 

「ふ、復讐…ですって…?」

 

……まぁそうだよね。提督は多摩姉を殺したみたいなこと口走ってたけど、大鳳がそれ知ってるかどうかは別問題だから。

 

それに…私もまだ甘かった。これを機に大鳳に「提督は悪人」というのを刷り込めないかと考えたんだ。ちょっと欲張ってね。

 

だから私は、色んなことを彼女に言った。ああだこうだ言ってみた。けど何1つとして大鳳には届かない…ことに気がついたんだ。

 

「ふ、うふふ…!気が付きましたか北上さん。そうです、貴方が何を言おうと、この大鳳には届きませんよ。私と提督は一心同体ですから」

 

……大鳳の薬指に指輪がハマってたんだ。それを見ちゃってね、私は心から彼女が嫌いになっちゃったんだ。

 

あのクズ野郎と契りを交わしたのかってね。その時も彼女に問い詰めたよ。もちろんそれも何1つとして届かなかったけどね。

 

それで私は、そのことへの怒り…というか、首を絞められて殺されかけたっていう恐怖か。それで大鳳を撃ったんだ。

 

そしたら彼女も血塗れになって倒れてね。これは流石にヤバイなぁと思ったよ。余計なのを撃っちゃったなぁって。

 

でも私は直ぐに思い立ったのさ、取り敢えず執務室への連絡網を全て切って、鎮守府中の電源を全て落としてね。

 

んで、私は鎮守府内をちょっと散歩しようと思ったんだ。折角だから休暇のお土産を1つ2つ用意しようと思ってね。

 

だから私は工廠に行ったんだ。良い感じに資材とか貰おうと思って。そしたらね、そこで凄く良いものを見つけたんだ。

 

+゜・。○。・゜+゜・。○。・゜

 

「んで私は、そこで見つけた建造途中の艦を背負って帰ってきたってわけ。いやーあの時の提督は驚いてたねぇ。うん、そんな感じ」

 

……周りから声は上がらなかった。眠たそうにしていた電とかもパッチリと目が覚めてしまっており、驚きを隠せていなかった。

 

「さて、此処で問題だよー。その『建造途中の艦』って誰のこーとだっ!?」

 

そして北上のこの質問に対し、首を傾げるものは…雷を除いていない。此処からの話の流れを察すると、1人しか考えられなかったから。

 

北上は周りの反応を見て少し笑った。ほぼ全員が正解の人物の方を眺めていたから。

 

「……となれば。どうして曙ちゃんが私を恨んでるかもよーく分かったよねぇ?」

 

そう言ってニヤッとする北上。一方で曙は唇を強く結んでいた。だから北上はそこで新たな情報を付け加える。

 

「因みに…そこの提督も大鳳もまだ生きてるよー。まぁ2人とも、元の仕事に戻れることは叶わなかったけどねぇ。ふふっ」

 

北上は不敵な笑みを浮かべた。それを見てしまったのか…遂に曙が立ち上がってしまう。だが彼女が何かを口にする前に提督が座らせる。

 

「まぁ…想定外だったのは、曙ちゃんに建造途中の記憶があったこと。まさか大鳳があんなに思い入れしてたなんてねぇ」

 

……そもそも。あの提督は駆逐艦があまり好きじゃなかった。

理由は簡単。戦艦や空母に比べて火力がないからだ。

 

もちろん拾ってきた駆逐艦はちゃんと利用するが、そこまで愛着は持ってなかった。

 

だがしかし、綾波がトップになったことで少し考えを変えたらしく、彼は駆逐艦の建造に着手を始めていたようで。

 

その第1号が曙だった。

 

「……ハッキリ覚えてるわ。あの人は定期的に私に会いに来てくれた。まだ眼が見えてなかった私に色んな話を聞かせてくれた」

 

ボソッと曙がそう呟く。彼女の言葉には明らかな憎しみが込められていた。彼女はその後も色々な情報を付け加えていく。

 

「あの人は…あたしの母親同然で…。あたしを助けてくれた…から。いつか…あの人の助けになりたいって思ってたのに…!なのに…!」

 

自分の髪をクシャリと握って俯く曙。そこから先の彼女の言葉は無かった。だが周りは誰もそれ以上の追究をしない。

 

……北上は分かっていた。曙は尋常じゃないほど大鳳を親愛し、自分を恨んでいる。

 

特に…自分は曙を見つけた時、自分は「大鳳を殺した」という旨を呟いてしまっている。

 

だから…前もそうだったが、あれは事故とか適当な嘘は通じなかった。

 

当然曙には理由も話したが、大鳳を撃つ必要は無かったという尤もな反論を喰らっていた。謝罪もしたが彼女は許さなかった。

 

それが今の今までずっと続いている。そして恐らくこれからも続くと思われる。

 

「ま、要するにー。姉を殺した犯人に復讐した私を、母親を殺した犯人として恨んでるーってわけ。『呪い』のきっかけはこんな感じ」

 

「で、でも…そいつは生きてるんだろ?」

 

「こいつの弾丸を頭に食らって、艦娘としての能力がほぼゼロになったのよ」

 

「そ、そうか。なるほど…」

 

長門がフォローを入れようとするも、曙にあっけなく遮られる。そしてその場にシンミリとした空気が流れ込む。

 

因みに…曙の北上への反感は提督も知っていた。というか前に1度だけ、北上の解体の申し出を曙が提出してきたことがあった。

 

もちろん提督は拒否した。直々に曙が告訴に来たが彼は曙にこう告げて打ち切った。

 

『君は家族の為に怒っている。それはあの時の北上もそうだったはずだ。当然それは許されることではないが、彼女は反省している』

 

……言わずもがな、曙は納得がいかないままだった。最終的に彼女は提督のことも恨み、2人まとめて陥れようと考えた。

 

その結果があの『呪い』だった。これは彼女にとって、かなり勝算の高い賭けだった。

 

その事を…曙は口にした。最高の憎しみを込めて、全員に聞こえるようにハッキリと。

 

「あんた達!今の話で分かったでしょ!?こいつが完全な悪だって!」

 

必死に訴える。だがこれだけではまだ押しが弱い。そのことも分かっていた。だから曙は最後の『呪い』を口にする。

 

「確かに…あんたの姉の事は無実を認めてあげる!けどね北上、あんたも分かってるんでしょ!?あたしが何を言いたいか!」

 

「……そう。遂に言っちゃうんだね?私が1番隠したかったことー」

 

「そうよ言ってやるわ!言ってやるわよ!あんた達良い!?こいつは…いやこいつが!」

 

 

 

その続きを聞いた時。1番息を飲んだのは、北上の直ぐ隣にいた長門だった。

 

彼女は信じられないといった様子で北上を見た。そしてそれは…遠くにいた海風と江風もそうだった。3人は言葉を失っていた。

 

……そうだ。北上は最初に言っていたじゃないか。彼女が前鎮守府を襲撃したのは、長門が着任する少し前の話だと。

 

考えたら当たり前の話だが、自分の鎮守府の提督と秘書艦が襲撃を喰らっていたら。その鎮守府の2人以外のメンバーがどう思うか。

 

少なくとも、泣き寝入りで終わらせる人は居ないだろう。特に大鳳の親友であった綾波や、彼女の配下であった仲間達は。

 

要するに…もし北上がこの提督や大鳳に対して事実上の殺人を行わなければ、その報復を向こうからくらう事も無かったのだ。

 

……曙が告げたのはそういうことである。

 

 

 

「……返す言葉が無いよー。悔しいぐらい事実だからねぇ。はぁ」

 

北上はそう呟いた後、長門や海風の方を見た。あらかじめ丁寧な導入をしておいたおかげで、彼女らが怒ってくることは無かった。

 

それでも…何か言いたげな表情はしていた。その理由を北上は知っていた。

 

「長門さん。海風ちゃん。2人とも言ってたよねぇ。妹を殺した真犯人は絶対に許さないーって。見つけたら復讐したいーって」

 

これを聞いた長門は拳を握りしめる。海風はそっぽを向いて俯く。2人ともこの発言の意味には辿り着いていたから。

 

「……真犯人。目の前だったねぇ」

 

北上は腕を広げてそう言った。彼女は覚悟を決めていた。長門や海風がどれだけ亡くなった妹を愛していたかは良く知っていたから。

 

例えどんな罵声が飛んでこようとも、どういう風に思われてしまったとしても、北上は全部受け止めるつもりでいた。

 

だが…2人が何かすることは無かった。それどころか逆に何か…スッキリしたような顔をして、北上の方を眺める。

 

「まぁ…こんなオチだったのは少しショックだが…。犯人がハッキリしただけ満足だ」

 

長門はハキハキとそう呟いた。そして周りに北上を責めるものは誰1人としていなかった。ちょっとやり過ぎだという意見はあったが。

 

ついでに言うと、どうやら『呪い』に加担したという罪悪感が他のメンバーにあったらしく、曙についても誰1人として咎めなかった。

 

……暖かいムードになる。だがもちろん曙はこれを良しとしなかった。だからまた何かで掻き乱そうとするも、江風に止められる。

 

「ボノちゃンさ、もうやめねぇ?」

 

「なっ…!?ど、どうしてよ!?」

 

まさかの江風からの要求で、正直言ってビビる曙。そして次の彼女のセリフに、更に曙は困惑することになる。

 

「……だってさ、憎しみからは何も生まれないじゃン?常識的に考えて」

 

江風は何かを悟ったようにそう言った。それを聞いて驚いたのは曙だけではない。後ろで様子を見ていた海風もである。

 

そして…曙が何かを言い返す前に提督が割り込んで江風の意見を推し、周りも同調した。

 

対する曙は、1番信頼していたはずの江風にこういう形で裏切られてしまい、半泣きになりつつも拳を必死に握って我慢する。

 

……ところを江風に見られ。空かさず彼女は本当のことを口に出す。

 

「なっ?ボノちゃン今さ、江風に嫌がられて嫌そうにしたじゃン?誰だって人に裏切られたらそうなるンだって」

 

「……だから何よ」

 

「あーえーっとな。その…仲良くしてくれる奴が悪巧みしてンだったら、止めるのが親友かなーっていう。まぁ…知らンけど」

 

相変わらず不機嫌そうな曙に向かって恥ずかしそうにボソボソ喋る江風。

 

要するに彼女が言いたかったことは…お互い親友だと思いあってる仲なのだから、ダメなことはダメと気兼ねなく言いたい…ということだろう。

 

そして彼女は、ボソボソとだが色々と自分の言葉に付け足していく。特に…自分は海風以外とは仲良くなりたいと思っていたことを。

 

「その…ボノちゃンが怒ンだろうから黙ってたけど、海風のクソ姉貴以外は悪い人って思えなくってな。クソ姉貴以外は」

 

やたらと「クソ姉貴」だけ強調して、曙を励まそうとする江風。後ろで春雨に引き止められている海風は完全に無視だ。

 

……曙はそれでも江風に歯向かおうとした。だが…彼女は周りの空気を読める。直ぐに彼女は自分の口をつぐんだ。

 

「ま、そういうこった。だから…な、さっさとそンな辛気臭いことは忘れて、皆と仲良くやろうぜ!な、ボーノちゃン!」

 

……周りは正直思った。主犯が何言ってんだと。だが誰もツッコミは入れなかった。

 

そして…抱きついてきた江風を必死に引き剥がそうとする曙を見て、周りからは微笑みが溢れるのだった。

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻はフタフタマルマル。メンバーは幸せそうに談笑を交わしていた。

 

特に…提督が明日を臨時休業にしたのが良かった。こんな時間にも関わらず、周りはかなりのウキウキ気分だった。

 

しかし、そんな幸せは長く続かなかった。まさに一難去ってまた一難とはこの事だ。

 

提督は明日も工廠に籠るため、自分だけ先にお暇しようとした。だがそのタイミングでコツンという音が聞こえたのだ。

 

どうやらその音に気が付いたのは自分だけらしい。提督は外に出て正体を確認する。

 

「こ、これ…艦上戦闘機?」

 

そこに落ちていたのは、1個の零式艦戦52型艦上戦闘機だった。どうやら先程の音は、これが壁に当たって地面に落ちた音のようだ。

 

そして…提督は少なからずこの装備を知っていた。というのも、実はこの装備は。

 

と提督が思ったその瞬間だった。その艦上戦闘機の直ぐ横に、1人の女性が現れた。

 

「ふぅ…何とか…なりましたね…」

 

……暗くて姿は見えなかったが、提督はその人物を知っていた。彼女は正規空母:加賀で、自分の親友が提督をやっている鎮守府のエースで。

 

間違っても、こんな血塗れでグッタリになるようなキャラではなかった。

 

「なっ、か、加賀さん!?」

 

彼女が血塗れなのは臭いで分かった。だから提督は急いで駆け寄って彼女の様子を見る。彼女は全身に何発も銃弾を被弾させていた。

 

……この時の提督の声を聞いて、何人かは外に出てきた。その中には比叡と霧島もいた。

 

「あら…2人ともお久しぶりね」

 

何を隠そう、比叡と霧島はかつてこの加賀がいた鎮守府にいた。だからお互いのことはよく知っていた。だからこそ2人は驚いた。

 

「そんな…どうして加賀さんが!?」

 

彼女の状況に2人はただただ驚いていた。その中で提督は赤城、飛龍、比叡、霧島という完全陣形で加賀を入渠させるよう指示する。

 

だが…加賀は1度それを拒み、駆け寄ってきた比叡らと提督に面と向かった。

 

「……時間がないの。私達の提督からの伝言を言うわ。聞き逃さないで」

 

そう断りを入れ、無理に自分を抱え上げる赤城と飛龍に嫌気をさしつつこう告げた。

 

 

 

「『北上を頼んだ』だそうよ」

 

 

 

そう言って、彼女は入渠場に運ばれていくのだった。彼女の大事な艦上戦闘機と共に。

 

 

 

「苦々しいリーダー」完

 





余談ですが。

最終話のサブタイトルは「むだい〜ごそうぞうのままに〜」と読みます。

まぁそんなことよりですね、ここまで読んでいただきありがとうございました。

正直…完成度があれなので、至らないところもあったでしょうが、怒らないで下さいね。

あとラストでお分かりの通り、艦これ二次創作をやめるつもりはないのでご安心を。

さて…言いたいことは全部言えましたし、此処でスパッと切っておきましょう。

……それではまた。いつか何処かで。


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《予告》+@
苦々しいリーダーの続編が出来ました。


 

 

 

「自分は悪くない」

 

彼女は狂ったようにそう言った。

 

「自分は居なければ良かった」

 

彼女は歪んだ顔でそう言った。

 

「世界はな、暖かいんだ」

 

そう言った彼女の瞳は冷たかった。

 

「どうしてこうなったのだろう」

 

彼女は自らの定めを受け入れられず。

 

「アンタさえ居なければ」

 

また彼女は他人の全てを呪った。

 

後悔を恐れ、孤立を恐れ、怒号を恐れ、危険を恐れ、差別を恐れ、自分を塞ぎ込んだ。

 

それでも…負けたくなかった。

 

自分の周りにも、自分の運命にも、自分がいるこの世界にも。

 

全てにおいて負けたくなかった。

 

だから、彼女は頑張った。努力した。血を吐くような思いをして踏ん張った。

 

それが実ったかなんて分からない。

 

実ったとして、それが本当に自分の努力によるものかなんて分からない。

 

……彼女にも大切なものはあった。

 

それは仲間であり、親友であり、家族であり、そして…自らの誇りであり。

 

最後まで捨てなかった。例え自分が壊れようとも、それを手放す事だけはしなかった。

 

何故なら、自分が救われたからだ。大切にしたものに大切にされたからだ。

 

信頼を教わり、友情を教わり、希望を教わり、優しさを教わり、愛を教わったからだ。

 

これは…そんな彼女が。周りとは少し違う彼女が。希望も絶望も知り、女々しい彼女が。

 

明るくて暗い、暖かくて冷たい、そんなこの世界で…ゆっくりと生きる話。

 

 

 

『女々しいマーダー』

 

 

 

 

~~~

 

うーん。難しいなぁ…。

 

「あれ、何してるのー?」

 

あ、夕立。実はブログの管理主さんに頼まれてね、今度出す新作小説のPOP的なものを作ってるんだけどさ…。

 

「ぽ、ぽっぷ…?にしては長くない?」

 

やっぱり夕立もそう思うよね?

 

「これじゃあただの粗筋っぽい。もっとこう…読んで感動しました!とか…」

 

いや、嘘は良くないと思うんだけど。

 

「……時雨。後で作者さんに謝りに行って」

 

いやでも…このご時世、もう艦これ×異能力物とか流行らないと思うんだよ。既出だろうし。

 

「作者さんは某独立鎮守府と、某天魔鎮守府は知ってるって言ってたっぽい」

 

でしょ?まぁ…異能力物であって異能系バトル物ではないってのは評価するけどさ…。

 

「……時雨どうしたの?今日は何か辛口というか、毒を吐くっていうか」

 

あぁうん。新作を読んだら分かるよ。あ、前作同様で鬱描写が多いから気を付けて。

 

「はーい。あ、今回はそういうナンバリングで行くんだね、タイトル」

 

うん?いろは順のこと?そう言えば苦々しいリーダーは旧式の漢数字だったね。

 

《数十分後》

 

「ね、ねぇ。あのさ」

 

お、読み終わったね。どうだった?

 

「まぁ…うん。取り敢えず私達の出番が今回も無いのは想定の範囲だったけど…」

 

うんうん。

 

「過去編が長過ぎて本編の内容が薄過ぎるっぽい!これじゃまるで短編集っぽい!」

 

でしょ…?キャラ紹介と主要キャラの過去編やって、残りの内容がそれだからさ。

 

「時雨が辛口になるのも分かるっぽい」

 

……作者にも言ったよ。そしたら『苦々しいリーダーの補足というかアフターストリーだから』って言われてさ。吹っ切れてたよ。

 

「あぁ…。たかが物語1つではやりたいこと全部出来なかったって奴っぽい?」

 

多分そうだね。だからってキャラ崩壊・口調崩壊・設定崩壊・微ネタバレまでするのは…。

 

「やっぱり口調崩壊が気になるっぽい。割とマシな気はするけど…」

 

はぁ…この作品にPOPを付けてってのは図々しいお願いだよホント。

 

「夕立としては…主人公の活躍が目立ってないってのも気になるっぽい」

 

……まぁそれは良いんじゃない?主人公が目立たない作品なんていっぱいあるから。

 

「で、この作品を本当に発表する気なの?」

 

らしいよ。確か『全話投稿出来るようにしてから、月に2回決まった日付に投稿する』って言ってたかな?今回はPixiv版と同日に。

 

「あぁそう言えば…今回はハーメルンさんへの投稿を見送るって言ってたっぽい」

 

必須タグが分からないからだね。オリ主かどうか微妙なラインだから今回。

 

「……何というか、不安になってきたっぽい。これで本当に大丈夫なの?」

 

そうだよね。今回は鬱描写は愚か、なんか…微リョナだっけ?何かそんな横文字の注意喚起も入れないといけないらしいよ?

 

「うぇ…詳しくは知らないけど、それが何か危険なのは分かったっぽい」

 

Pixivさんだとタグで入れられるから大丈夫なんだけどね。ブログの方は心配だなぁ。

 

「訪問者、居るっぽい?」

 

居るみたいだよ?作者さんも『まさか居るなんて』って驚いてたけど。

 

「へぇ…そうなんだ」

 

取り敢えず、純粋なファンさんの反感を買って、ブログやPixiv版のコメント欄が炎上しないことだけを祈らないとだね。

 

「ちょ…そんな危険性があるなら、辞めとけば良いのに…本当にあの人は…」

 

まぁ、何とかしてR-15程度には抑えるって言ってたし、きっと何とかなるよ。

 

「だと良いけど…」

 

 

 

終わり

 

 






というわけで、続編を開始しますが。本文にあった通り、ハーメルンさんには投稿しません。ごめんなさい。

……だったら此処に《予告》を載せんなよって思う人もいるかもですね。でもまぁ念の為ですよ。念の為。まだ見てくれてる方が居るかもしれませんし。

あ、第1話は2019/05/01に投稿されます。それ以降もずっとブログとPixivで同日に投稿予定です。

それじゃあお楽しみに〜。



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没シーン《最終話》


拾参話のラストのところですが。

実は以下のお話を「終わり」の直前に入れるつもりだったんです。

ですが、話の展開において重要度がそこまで高いとは思えなかったという点。

テンポを悪くする完全に蛇足だろうと思われた点。

そして、綺麗にオチをつけられずに途中で打ち切っちゃった点から、全カットとしました。

恐らく本編を読んでて皆さんも気になっただろうところ、瑞鳳編の解決編です。つまり漆話の補足ですね。

本当は僕の胸の中だけに留めておこうと思ったのですが、折角なので公開したいと思います。続編の方も書き終えちゃいましたし。

では、どうぞ。あ、ネタバレしかないので、本編を全話見た後でお願いいたします。

また、先程も記した通り、打ち切りエンドなので、良いところで話が途切れてます。




 

「さて、後はあれだけだねぇ」

 

北上がそうふと口にすると、それに呼応するかのように、全員の視線が彼女の方へ向くこととなった。

 

心当たりのない海風や響などは、「えっ?」という顔を浮かべており、それが伝染したかのように、場に広がっていく。

 

「そうだな。後はあれだけだ」

 

1人だけ北上の言葉を理解できていた長門は、腕を組んだままでうんうんと首を縦に振っていた。

 

一体どういうことなのだろう?そういう疑問をぶつけるより早く、長門は川内を見つめた。彼女は思わず少し後退りをする。

 

「実はな、提督に渡したあのカケラなんだが…」

 

「え、あ、あれはさ…。私が握って寝てたのを、北上さんが持ってったんだよね?」

 

「んあー、それで合ってるけどさー。その場にはねー、長門さんも居たんだよー」

 

カケラ。それを聞いた提督は、ポケットから取り出していた。自分の無実を見事に証明した、手の平サイズのそれを。

 

周りの目がそれに釘付けになる中、考え込む素ぶりを見せる川内に、長門が正解を告げる。

 

「川内、そのカケラを抜き取る際に気が付いたんだがな、貴様の部屋に…その…禍々しい物が、転がっていなかったか?」

 

「悪いんだけどー、それを此処まで持ってきて欲しいんだよねぇ。頼んでも良いかなー?」

 

いつもの真面目そうな顔をする長門と、いつものノホホンとした笑顔を見せる北上。それを見た時に、川内は全てを理解した。

 

そうだ、すっかり忘れていた。確か…カラスに悪戦苦闘しながら、ゴミ箱漁りをしていた時に、見つけていたじゃないか。

 

明らかに怪しいものを。

 

「あ、そ、そうだった!」

 

口でそう言った時には、彼女の足は既に動き始めており、直ぐに玄関のドアが開く。

 

事情を知らない他のメンバー達は、何事だ?という風にそんな川内を眺めていた。

 

「あ、あの…。お2人は何の話を…」

 

「ん?あ、そっかぁ。海風ちゃんは見張りしてて、気付かなかったんだねぇ。っていう北上さんも知らなかったんだけど」

 

「まぁ待て。直にわかるぞ」

 

北上曰く、さっき提督邸で自分が横になっていた時に、長門からそう聞かされたらしい。

 

何でこのタイミングで思い出すんだよ。そう咎めた後で、長門に謝罪もされたそうだ。

 

そう説明をした直後、不意に勢いよく玄関の扉が開く。其処には、膝に手をついて肩で息をする川内が立っていた。

 

……彼女の手に握られていたもの。それは瓶。髑髏がラベルに刻まれた、明らかな危険物。

 

そして。北上が「そうそう、それそれ」などと口ずさみながら、川内からそれを受け取って、机の上にドンと置いた時。

 

その場にいる全員が、その瓶を視界に捉えられる状況で。注目を集めている状況で。1人明らかに、顔を真っ青にする空母がいた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ…。た、確か…。これは…暁が…」

 

少し慌てた表情で、響は暁の方を向いた。だが暁は首を横に振っていた。

 

「そうね。暁もそれ心当たりがあるけど…」

 

そう、確かにあの瓶は。響が閉じ込められていた、あの部屋にも転がっていた。北上に毒を盛るために。付け焼き刃として。

 

だがあれは、暁の持っていたものではない。中身が空っぽだったからだ。

 

「私、ちょびっと包丁に塗っただけよ?殆ど使ってなんか無いわ」

 

「それに…倉庫に転がっていたものは、私と霧島で処分したはずです!」

 

グイグイと体を前に押し出す比叡。事実、あそこの掃除を担当していた2人によって、中味も本体も廃棄したはずだ。

 

……此処まで会話が進み。ハッと何かを思い出したかのように、海風が「あっ!」と声を出して、周りの注目を買う。

 

「ふっ、漸く思い出したようだな、海風」

 

「そ、そそ、そうですよ!長門さん、毒を盛られたって言ってましたよね!?」

 

ザワッ。そんな効果音が鳴る。響も漸く納得したような顔を浮かべた。

 

……ますます。あの空母が顔色を悪くする。

 

「あーはいはい、そういう事だったのかぁ。これゴミ捨て場を漁ってた時に見つけた奴なんだけど、そっかぁ…なるほどねー」

 

1人だけ納得したように頷く川内は気にせず。発言に突っ込むことも誰もせず。全員が長門の方を向いていた。

 

「毒…?心当たりが無いわね。ねぇ山城?」

 

「はい。扶桑姉様の言う通りです」

 

「ふっ、当然だ。毒は巧妙に盛られていたからな。まぁ私の勘の良さが幸いして、口にせずに済んだから良いものの」

 

口に…せず…?その言葉を聞いた時、彼女はパッと顔を上げる。隣にいる親友は、そんな彼女の変化には気付いていないようだ。

 

とは言え…気付いていなかったのは、その親友だけで。遠くから冷静に彼女を眺めていた北上は、ふぅと息を吐いていた。

 

そして長門も、少し口元を緩めて、さっきから怯えている彼女の方に体を向けると。

 

「なぁ?瑞鳳よ」

 

視線の高さを合わせるように、頬杖をついている肘を滑らせて、頭の高さを少し下げる。

 

……名前を呼ばれ。ドキリとした様子で肩を震わせ、一斉に此方に向いた視線の全てから逃げようとして、ゆっくりと俯いた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

此れには思わず…親友の瑞鶴も、黙っているわけにいかなかった。彼女はガタッと音を立てて席を立ち、講義を試みた。

 

「……瑞鶴さん。気持ちは分かりますが。一旦座ってもらえませんか?」

 

「ひ、飛龍さん!?な、なんでよ!」

 

「……心当たりがあります。ですよね?」

 

そう振られた赤城は、口をモゴモゴさせながら黙って頷く。肝心の瑞鳳は、膝に乗せていた手をギュッと握っていた。

 

「瑞鳳さん。最近は様子がおかしかったですし…。長門さんの方をチラチラ見てましたし…」

 

……そんな発言をするたびに。瑞鳳の顔色が悪くなっていく。さっきまで机上に沢山乗っていた、あの卵焼きのように。

 

「さて…と」

 

瑞鶴と入れ替わるように、今度は長門が席を立って移動をする。行き先はもちろん、此方を見ようともしない瑞鳳の所だ。

 

「取り敢えず、こっちを向いて欲しいんだがなぁ?まぁ無理な相談か」

 

肩膝をつき、机に肘もつき、俯いている瑞鳳を下から見上げる形になる。パッと瑞鳳は横を向いてしまうのだが。

 

もう…何か後ろめたいことがあるというのは、見たら誰でも分かることとなっていた。

 

「なぁ、瑞鳳よ」

 

そう言いながら、彼女の頭を掴んで、乱暴に自分の方に顔を動かした。それでも瑞鳳は視線を合わせようともしない。

 

思わず瑞鶴も黙った。親友が何かを隠そうとしているのに、ハッキリと気付いていても。

 

「あの毒の威力を、北上がさっき確かめてしまったから、私も恐くなってきていてな。ったく…我ながらよく見抜けたものだ」

 

そんな自画自賛にも、瑞鳳は反応しない。

 

此処からどうなるのだろう。まさか長門が、痺れを切らしてヤバいことをするのではないか?仲間達にそんな不安が広がる。

 

「おいおい長門さンよー。勢い余ってぶン殴るとかさ、マジ勘弁してほしいンだけどー?」

 

「……安心しろ。そんなつもりはない。瑞鳳の態度次第だからな」

 

江風の方を向きもしない。今回は長門も。それ安心出来ないよね?とかいう突っ込みも飛ばないほど、場は緊迫していた。

 

しかし…だ。此処で少し想定外の事態…だったのだろう。長門にとっては。

 

「長門さーん。もう充分だよー。その辺でー」

 

「……何?もう良いのか?思ったよりも早かったな、北上よ。上手くいったのか?」

 

「うん、長門さんのおかげだよー。これで全部終わらせられるねぇ」

 

……急展開すぎて、全くついて行けない。この場にいた誰しもがそう思った。

 

長門が何事も無かったかのように、瑞鳳に謝罪をした後でそそくさと自分の席に退散したのも、その混乱の一因だろう。

 

「で?あんた達は何がしたかったのよ?」

 

最初に口を開いたのは曙だった。彼女はコップのお茶を一口飲んで、少し仰け反っていた。

 

「ゴメンねぇ。毒を盛った真犯人さんを突き止めようと思ってー、長門さんに一芝居、うってもらったのさー」

 

あははと笑いながら、悪びれる様子もなくそう言う。これに驚いたのが瑞鳳だ。彼女は思わず立ち上がりかける。

 

「ふっ、まぁ間違いなく毒を盛った実行犯は瑞鳳だが…。間違いなく単独犯では無いからな。まぁ…順に説明をしようじゃないか」

 

机上のお茶を少し口にして、ふーっと息を吐いた後、長門と北上が協力して、仲間達に自分らの推理を披露していった。

 

……瑞鳳は単独犯ではない。北上と長門は割と早い段階…海風が青葉のカメラを持ってきたあの段階で、既に確かめ合っていた。

 

理由は簡単。瑞鳳に対して発生する責任だ。

 

「瑞鳳は、皆も知っての通り、あの食堂のやり繰りを、1人で全て任されているだろ?」

 

「加えて…瑞鳳ちゃんの、料理に対する情熱も知っての通りでしょー?なのに毒料理ってのは、かなりハイリスクだと思うんだよねぇ」

 

長門を殺したいのであれば、別に毒じゃなくても良いし、何なら同じ寮だし、寝込みを襲ったりしても良い…という話になる。

 

「もし犯行がバレたら…。お咎めレベルでは済まないだろう?幾ら『呪い』の加護があるとはいえ、損傷は激しかったはずだ」

 

「しかも…料理に毒の時点で、真っ先に疑われるのは間違いないからねぇ。食堂経営の信頼を喪う覚悟にしては…ねぇ?」

 

そこで2人が出した結論は、誰かが瑞鳳を唆した…というものだった。だが、肝心の誰かまでは突き詰められなかった。

 

とは言え、全く絞れていなかったわけでもない。特に…利用した艦娘が瑞鳳だったという点に、2人は着目していたから。

 

「さて、肝心の真犯人だが。先ず私と同じ寮の者は、全員除外して良いだろう」

 

「瑞鳳ちゃんを利用する意味が無いからねぇ」

 

先程記した通り、別に毒を使わずとも、長門と同じ寮の人物ならば、寝静まった夜に幾らでも殺すチャンスはあったはずだ。

 

わざわざ協力者を…況してや直ぐに犯人がバレそうな方法をとるとは、利点があるとは到底考えられなかった。

 

「次にだが、駆逐艦も全員除外しよう」

 

「ふぇっ?な、何でですか?」

 

「……海風ちゃん。君が居るからだよー」

 

「ほぁっ!?」

 

駆逐艦に関しては、謎の畏怖によって戦艦空母寮に立ち入ろうとしないから、瑞鳳を唆す理由としては100点満点だろう。

 

だが…長門を狙う必要性がない。

 

況してや駆逐艦寮には、困ったら直ぐに北上や長門に泣きついてくる海風がいる。見つかったら直ぐに殺意が暴かれるだろう。

 

「それに…私達への妨害が目的なら、真っ先にお前を狙うはずだ。江風の件もあって、お前は周りに不愉快を振り撒いているからな」

 

あー…という声が周りから漏れる。遠くから眺めていた春雨だけは、少し苦い顔をした。

 

確かにこの2人の喧嘩や嫌い合いは、見ていて気持ちの良いものではない。こういうのが大の苦手な朝潮などは、ため息をよくついていた。

 

「んまぁ何よりー、曙ちゃんが見過ごす筈ないからねぇ。駆逐艦も除外なわけよー」

 

名前が出てきて、何人かは曙の方を見たのだが、彼女は黙って頷くだけだった。

 

「次に重巡。貴様ら3人も除外だ。瑞鳳と私の両方と接点が無いからな」

 

青葉・高雄・熊野の3人は、自炊をすることが殆どだった。正確に言うなら、青葉はおこぼれをもらっている感じなのだが。

 

食堂を利用したのは、川内の歓迎会が最も新しく、以降は全て自炊で済ませてある。

 

そして…彼女らも戦艦空母寮に顔を見せる例はほぼ無い。精々青葉がちょっかいに来るぐらいだが、多くて月に1回ぐらいだ。

 

よって、瑞鳳を使って長門を殺すという発想に至ったという考えは、あまりにも飛躍した推理だろうと思われたのだ。

 

「まぁお前らの場合は、北上と何やら確執があれば、話は別だが…」

 

「な、ないですよ流石に!」

 

「えぇ。青葉さんの言う通りです」

 

「寧ろ私達は、北上さんを人よりも避けていたつもり。確執など有るはずないですわ」

 

「うーん?それはそれで傷付くけどなぁ。まぁでも確かにー、殆ど関わりが無かったのも、事実だからねぇ」

 

少し微妙な顔を浮かべる。熊野が北上にペコリと頭を下げたのを尻目に、長門は残りのメンバーの方を目ざとく確かめた。

 

「よって、容疑者は残り5名だな。その時の推理では此処までしか進めなかった。で…北上、犯人は分かったのか」

 

「うん、さっき長門さんがさー、迫真の演技で瑞鳳ちゃんを追い詰めてる時にさー、その5人の様子を見てたんだけどー」

 

5人。消去法でもう残っているのは軽巡洋艦のみだ。だが…1つ大事な条件を忘れている。

 

「その前に北上。ハッキリと宣言しろ。犯人は貴様では無いんだな?」

 

「……あぁそっかぁ。北上さんも容疑者に入るんだねぇ。しかもかなり疑わしいかー」

 

ついさっき、陸奥らを殺した真犯人は、自分だと打ち明けたばかりだ。長門らに咎められることは無かったが、疑われて然りだろう。

 

「大丈夫大丈夫ー、私では無いよー。ってか私が犯人だったら、この話は始めないってー」

 

「……それもそうだな。じゃあ信用するぞ?次に隠し事をしたら、タックルするからな?」

 

「うぇーっ、病み上がりにそれはキツいってー、勘弁してよー」

 

あっはっはと笑う2人。周りが物凄く微妙な空気になってるのは気にしなかったが、曙に言及されてしまい、話を元に戻すしかなかった。

 

「さて、先ず川内ちゃんは除外で良いね?ってかもし君が犯人だったら、空の毒瓶をとっとく理由が無いし、せめて隠すよねぇ?」

 

ビシッと指差す。少しビクッとしたが、川内は黙って首を縦に振った。

 

そして…その隣。少し困惑した顔の神通と、平然を装う那珂の方を向く。神通は北上の視線を感じると、北上と目を合わせた。

 

「で、神通ちゃんと那珂ちゃんなんだけどさー、北上さんが思うにー」

 

えっ、嘘?そんな空気が流れる。より一層ビクビクする神通と、さっきから何も喋らない那珂が、少し嘘くさく見え始める。

 

「……シロだねぇ」

 

だが、2秒とも待たずに、北上がその幻覚を綺麗に取っ払った。無実を告げられた神通は、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 

そして、此処で漸く神通は気が付いた。さっきから那珂の様子が変だと思ったら。

 

「那珂…ちゃん…?」

 

「ふぇっ!?あ、な、なに!?ね、寝てないよ!大丈夫だよ!聞いてたよ!」

 

……どうやらうたた寝をしていたらしい。今も必要以上に目蓋をパチパチしている。

 

周りから呆れたような溜息が漏れる。普段は騒々しくて迷惑な那珂だが、どうやら静かにするタイミングを間違えていたようだ。

 

ムスッとする神通に説明を頼み、テヘペロしながら姉の話を聞く那珂を気にせず、北上は大袈裟に体を揺らして。

 

自分と同じ机を囲んでいた、その真犯人の方に体を向けて、足を組んだ。それに吊られたかのように、全員が同じ方を向いた。

 

「……神通ちゃんと那珂ちゃんはねぇ。さっきまで『信じられない』って顔してたんだけどぉ」

 

瑞鳳とは違い、彼女らは全く動じていないようだった。視線が一斉に自分らに向けられたことに、少し驚く様子を見せたぐらいだ。

 

「2人はさ、『良いぞもっとやれ』って顔してたよねぇ?ねぇ大井っち?球磨姉?そこんとこどうなのさー?」

 

とは言え、2人も鈍いわけではない。北上が怒りを見せたことに気付いている。

 

顔を見合わせる…まではいかずとも、少し視線を互いに向けあった。すると2人は、呆れたようにため息をついた。

 

「……長門さんと北上さんが、仲良しなのは存じ上げています」

 

「もし長門さんに何かあったら、北上が今みたいに本気で怒ることぐらい、流石に分かってるクマ。そして…」

 

「本気で北上さんを怒らせる利点が、私達にあるわけないじゃないですか」

 

表情は全く変わらない、いつもの2人だった。それを見て、思わずため息をつく。

 

ふと気になって後ろを振り向くと、親友に支えられてげっそりする、瑞鳳の姿があった。

 

 





はい、ここまでです。

読んでくださって分かったと思うのですが、これダラダラと地味な展開が細々と続くのが分かったと思います。たぶん。

特に…この件に関しては、本編に伏線をちりばめるのを忘れていました(完全に自分のミス)から、

読者の皆さんが知らない新情報が溢れ出ることになったわけです。この後の展開で。

ね、全カットで正解でしょう?

本当は「瑞鳳ちゃんが、命ぐらい大事にしてる料理を~犠牲にしてまで護りたいものなんて、1つしか浮かばないけどねぇ」という、

北上さんのセリフも用意していましたし、瑞鳳ちゃんが親友の胸(あるとは言っていない)で泣くシーンも予定していたんですが。

まぁ…英断だったかなぁと自負しています。

それではこの辺で。



あ、ブログとPixivに載せている、苦々しいリーダーの続編の「女々しいマーダー」も、宜しければ是非、読んでいってください。



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大切なお知らせ【MMDドラマ化】

 

MMDドラマ化が決定しました。

詳しくはこちらをどうぞ。

https://sp.nicovideo.jp/watch/sm35384242

 

リアルが割と忙しいのとVtuber(アイドル部)沼にハマりかけてるのがあって、更新はかなり遅れると思います。

よろしくお願いいたします。

 

 

 

『苦々しいリーダープロジェクト』

 

主催:シグ&リデ=覚醒

原作:艦隊これくしょん

 

使用ソフト(予定)

MikuMikuDance・MikuMikuEffect・VmdEditor・VmdLip

AviUtl・つんでれんこ・Craving Explorer

 

 

 

……まぁこういう報告は、ここじゃなくて「活動報告」の欄にするべきなんでしょうが。許して。

 

 

さて、お知らせは以上なんですが、本文が1,000字以上無いと投稿できないので少し雑談を。

 

苦々しいリーダーを読んでくださった方はご存知だと思うのですが、本編は割と暴力的な描写があったと思います。

 

なのでお借りするMMDモデルにはかなり配慮したつもりなんですが、どうしても扶桑・山城だけはダメでした。

 

あの2人だけは規約が厳しめのものしかモデルが見つからなかったんですよね。まぁ…あの2人は被害者にも加害者にもなりませんでしたけど…。

 

なので小説版に比べればかなーり、そっち系の描写がやんわりすると思います。僕は「映さない構図」が割と好きなので、それを使いまくろうかなぁ?とは考えてます。

 

 

MMDは楽しいんですが、パソコンの充電が溶けますよね。自分は充電器挿しっぱなしの使い方はあまり好きじゃ無いので、やらないようにしてるんですが、2時間でバッテリー使い切っちゃいますね。

 

最近はようやくMMEやVmdEditorの使い方も覚え始めたので。というか提督を改造モデルにすると決定してるので、気合い!入れて!やってます。

 

 

ところで皆さん。お好きな艦これMMDドラマはなんですか?

 

ニコ動は見ないという方もいるかもしれませんが、面白いものは面白いですよ。

 

自分のオススメは「午後の白露型」ですね。元ネタが分からない!というコメントを見かけましたし、確かにGG(ギルティギア)×艦これかぁ…という感じはしましたが、とても面白いです。

 

典型的な異能物で、メタ発言やシリアスが割とあるという完全に自分好みの作品で、特に時雨が隠れた趣味を曝け出す例のシーンは好きです。あと大淀のキャラ…。

 

それと…これはご本人も気にしていたので、あまり言わない方が良いとは思うのですが、投稿者のTwitterがかなーり鬱っぽいのも特徴ですよ。

 

あの人のTwitterを見ながら、いつもニヨニヨしています。どうやら自分はああいう鬱っぽい人が大好きみたいなので。

 

 

……あ。1,000字行きましたね。それでは雑談は終わりにして。

 

ブログやPixivに載せているこの作品の続編、「女々しいマーダー」の方も宜しくお願いいたします。

 

それではまた…。



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