一枚の絵【完結】 (畑渚)
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一枚目 渇望する少女

 飽きもせず3作品目です。前作を読まずとも大丈夫ですが、世界観や独自設定の把握の参考としていただけると幸いです。
 例に漏れずオリ主×ump9で今回はGLとなります。苦手な方はご注意ください。




 瓦礫でいまではボロボロとなった街で、一つの人影がぽつんと立っている。少女は武装しており、ただ虚空を見つめるばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「やはり天才だ!」

 

 「ここ数年、いや、今世紀で最高の画家だ!」

 

 高級そうな黒服に身を包んだ男たちが、それが描かれた絵の前に立つ女性に賛辞の言葉を並べ立てる。胸にクロエと描かれた名札をつけた彼女は、作り笑いを顔に貼り付けていた。

 しかし、男たちはそれがこの場における緊張によるものではなく、ただ気まずいだけであることに気がつかない。

 

 

 違うな

 

 

 クロエは心の中で、後ろにある絵画を破り捨てたい気持ちになる。この絵は彼女にとっての失敗作だった。しかし、男たちは満面の笑みを浮かべながら近寄ってくる。

 彼らの目には絵画は入っていない。彼らは、この話題の絵画の良さがわかる自身のことしか目に入っていないのだ。

 

 「それでは仕事がありますので失礼いたします」

 

 クロエは軽く一礼して、バックヤードへと逃げ込むように入っていく。控室に入って男に媚びを売るドレスを脱ぎ捨てて普段着になったころには、心のもやもやが少し晴れた気がした。

 

 「よし、旅に出よう」

 

 誰に向かってでもなく、クロエはそう呟いた。

 

 

 

 

 しかし、その言葉を聞き逃さない者がいた。

 

 「先生、またですか!ダメですよ!」

 

 クロエは彼女のことをディーラーさんと呼んでいる。

 

 「また一か月……いや一年後くらいに連絡するわ」

 

 「ああもう!今度という今度は逃しませんからね!」

 

 ディーラーさんは黒服にサングラスをかけた男たちで扉付近を固めた。

 

 「それじゃあね」

 

 クロエはためらいなく旅行かばんを窓ガラスへと投げる。衝撃に耐えきれず粉砕された窓から、彼女は飛び出していった。

 

 「ちょっと!ここは二階ですよ!?」

 

 ディーラーさんは窓へとかけよる。下の方を見れば、無傷のクロエが服についた土をはらい、人混みへと消えていくところだった。

 

 ディーラーさんは、この日また逃したのかと上司に怒られ、家で一人やけ酒を呑んだ。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「くーーっ!やっぱり朝の空気はおいしいわ」

 

 テントから出たクロエは朝の澄んだ空気を肺がいっぱいになるまで吸い込む。たき火の跡を片付けて、再び火をつける。

 手慣れた手つきで火を起こした彼女は、コーヒーを淹れ始めた。

 

 「まったく、お金に困っていない点だけは感謝しないとね」

 

 クロエは電子マネーの残高を確認する。先日の絵による収入で、もう数年先まで安泰に暮らせそうな資金ができている。

 しかし、入金とほぼ同時のタイミングで、その半額以上が出金している。買い物の履歴に残るのは、コーヒー豆などの娯楽品である。

 

 世界秩序の崩壊後、豆の値段は上がる一方で、収入源は減っていく。しかしいつの時代もそれなりに資金を蓄えている人物がいるもので、彼女の絵は飛ぶように売れた。

 

 「今日はどこまで行こうかな」

 

 そう呟きながら彼女は地図を広げた。その地図は、赤と黒の線でエリアが囲まれていた。

 

 「そーれ」

 

 そう言って彼女は小石を地図の上に落とす。小石は落ちた地点から少し転がり、黒の線が赤の線で上からなぞられたエリアで止まった。

 

 「戦闘後の街か、最近は描いてなかったしちょうどいいかも」

 

 手早く荷物をまとめて、リュックサックに詰め込んだ。はたから見ても重いと分かるリュックを、クロエは軽々と背負った。

 

 彼女は一人で歩いていく。風が荒れ果てた街を吹き抜け、この街に似つかわしくない美しい金髪をたなびかせた。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「おっとこれは……」

 

 クロエは瓦礫の中から何かを見つけた。それは、人間の手に似ていた。

 

 「こんなところに人間の死骸?」

 

 クロエはその手を引いてみることにした。すると、案外簡単に肘までがちぎれた。

 

 クロエはまじまじと手を見つめる。

 

 「造形物……じゃなくて人形か」

 

 彼女の視線はちぎれた肘で止まっている。そこからは、明らかに人間の物ではない内部構造が見えていた。

 

 彼女はリュックにそれを詰め込んだ。その一本の手だけで数種類の絵を描けると思ったからだ。

 

 「さてと、進みますか」

 

 再びリュックを背負い直し、再び歩きはじめようとした、その時だった。

 

 「返して」

 

 瓦礫からそんな声が聞こえた。

 

 「返して、返してよ!」

 

 悲痛な叫びが、先程の瓦礫の山の中から聞こえてくる。

 

 「……まさかまだ動けるとはね」

 

 クロエは声の聞こえる方へと近づいていく。

 

 そこには、身体の半分以上を瓦礫でつぶされた少女がいた。ボロボロの右手をクロエのほうへと伸ばし、傷ついた右目に狂気を宿しながら、一心不乱にクロエへと訴えてくる。

 

 クロエは少し悩むそぶりを見せて、リュックからあるものを取り出した。

 

 「……ちょっと動かないでね」

 

 「返し……えっ?」

 

 クロエはリュックから取り出したクロッキー帳に、彼女の姿を描き始めた。

 ものすごい速さで線を描いていく。やがて線の集合は形を成していき、数分後には、なにかを渇望する少女の姿がクロッキー帳に出来上がっていた。

 

 少女はクロエの言葉に従い、動かない。いや、動けない。彼女は命令を最優先でこなすように設計されているからだ。

 

 「うーん、ダメね」

 

 クロエは自分の描いた絵を見てそう呟く。そしてためらいなくその絵を切り取り、丸めて捨てた。ただのゴミとなったそれは、風に吹かれて何処かへと飛んでいった。

 

 後日、たまたまそれを拾った人形がちょっとした小金持ちとなることを、彼女は知らない。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「ね〜そろそろ返してよ〜」

 

 あれから数時間が経過していた。クロエは折りたたみ式の椅子を取り出し、多種多様な方法で少女のことを描き続けていた。しかし、納得のいくものは一枚もなく、そのほとんどがたき火の燃料となった。

 

 「ねえ?聞こえてるんだよね?」

 

 左腕を取られたままの少女は、若干涙をうかべながらそう言う。

 

 クロエはしばらく固まる。そして手に持った筆を置いた。

 

 「あの……ごめんなさいね?」

 

 完全に少女がまだ動いていることを忘れて絵に没頭していた。再び少女に近づき、上に乗ってる瓦礫に手をかけた。

 

 華奢な女性なら持ち上げることは不可能であろう瓦礫が、簡単に押しのけられる。数分もせずに少女を押しつぶす瓦礫は取り除かれた。

 

 「ふう、久しぶりにこんなに力を使ったわ。あなた、運が良かったわね」

 

 全くもってその通りだと少女は思った。この女性に見つからなければバッテリー切れまで延々と続く痛みを感じ続けなければいけなかっただろうと考えたからだ。

 

 「あ、あなたは?」

 

 「あら、名前を聞くときは自分からというのをご存じでない?」

 

 「えっと……私はump9-3。戦術人形だよ」

 

 「よろしい。私はクロエ、しがない旅の絵描きよ」

 

 満足そうに頷くと、クロエはそう言った。ump9-3と名乗った少女は首をかしげる。

 

 「一般人ではないよね?人形……ではないとすれば義手?」

 

 「何を考えているのか知らないけど私はただの一般人よ。正真正銘の純度100%のね」

 

 「そんな……でもあんな怪力まるでゴリ——」

 

 「おっとその先は気をつけて言いなさいよ?でなきゃまた瓦礫を上に乗っけて去ることになるわ」

 

 「ひい!ごめんなさい!」

 

 「……いやそんなに怖がらなくてもいいじゃない。それより、ump9-3って言ったわよね?ump9はどこ?置いていかれたの?」

 

 クロエは画材の手入れをしながら尋ねる。少女はしばらく俯いたあと、口を開いた。

 

 「知らない」

 

 「知らない?ダミー人形であるあなたが?ということは死亡という訳でもないでしょうし……通信の途絶ってとこかしら?」

 

 「……やっぱり一般人じゃないよね?」

 

 「なんでよ」

 

 「どうしてダミーリンクシステムについて詳しいの?」

 

 クロエの作業の手が止まる。顔にはわかりやすくしまったという表情が出ていた。

 

 「あーえっと、そのね?以前軍にいたりしたこともあったけどね?今は本当にただの一般人だから?」

 

 「どうして疑問形なの……。それより、これからどうするつもりなの?」

 

 「どうってまた次の場所に行くけど?」

 

 「えっと……その……」

 

 「どうしたの?」

 

 「わ、私も連れて行ってくれないかな?」

 

 「ええ、良いわよ」

 

 「そうだよね、やっぱ無理だよね……えっ?」

 

 「別に良いわよ?着いて来たいなら」

 

 そういってクロエは画材をリュックにしまうと、それを背負った。

 

 「じゃあ二人旅に変更ね、行くわよ!」

 

 「いや、あの……私、足つぶれてるんだよ!?置いてかないで〜!」

 

 クロエが少女の叫びに気づくのは、数分後だった。

 




ump9-3:ump9の二体目のダミー人形。彼女は正常に作動するシステムを持っているが、ボディの方でいくつもの損傷がある。


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二枚目 人形技師の男

Q,ドルフロである意味は?
A,ない。あえて言うなら9を出したかったから。


 背負われてるump9-3は、クロエの肩越しに目の前にそびえ立つ壁を見上げる。4階建ての建物と同じくらいのその壁は、奇妙なほどに新しく見えた。

 

 門は鉄扉で閉ざされており、その前には珍しくも女の兵士が警備をしていた。

 クロエはその姿を見るなり笑顔を浮かべて近寄る。

 

 「こんにちは、今日はあなたなのね」

 

 「クロエさん、またですか」

 

 兵士はクロエの背負うump9-3を見てやれやれとあきれた顔をした。

 

 「またってなによ。それよりこれを頼むわ」

 

 そういって背負っていたリュックをump9-3ごと兵士の前に下ろした。

 

 「自律人形ですか……まったく手続きが面倒じゃないですか」

 

 「これは自律人形じゃないわ、ただの人形よ」

 

 「いやどう見たって動いてるじゃないですか!」

 

 「気のせいよ。ねえ、そうでしょ?」

 

 クロエは兵士に顔を近づける。変な行動であるが、美女に分類されるであろう彼女から近寄られた兵士は顔を赤らめながら身を引いた。

 

 「いや、今日という今日は見逃しませんよ!何度も同じ手が通じると思ったら大間違いです!」

 

 いつもこんな方法でチェックを逃れているのかとump9-3までもあきれた顔を浮かべた。

 

 「そう……残念ね」

 

 クロエはリュックから財布を取り出す。基本的に電子マネーを使う彼女でも、多少の現金は持っていた。

 

 「そういえばあなた、一人暮らしだったわよね?最近どうかしら?」

 

 「……私が一人暮らしだって話したことありましたっけ?」

 

 「そんなことは大事じゃないわ。それで、どんな感じかしら?」

 

 そう言いながらクロエは再び兵士に近寄り、財布から取り出した何かを兵士のポケットに突っ込んだ。

 

 「……どうもなにも、普段どおりです。最近はここら一体で大きな動きもありませんからね」

 

 「そう、なにもないのね。それは何よりだわ」

 

 クロエは再び財布から取り出し、兵士のポケットへと突っ込んだ。

 

 「でも生活はくるしいんじゃないかしら?たしか北区の一等地でしょう?いくら本部が近いからと言ってそんな家賃の高い場所に住むのは厳しいでしょう?」

 

 「いっ……いえ!心配していただかなくても大丈夫です」

 

 「そう……」

 

 そういってクロエは再び財布に手を伸ばす。兵士は慌ててその手を止めた。

 

 「わかりました!わかりましたから!」

 

 「ありがと!聞き分けのいい子は好きよ!」

 

 クロエは兵士の頬へと軽くキスをする。兵士はしばらく固まり、それからどんどん顔を赤らめていく。そんな中、クロエは検査用の機械に入って手慣れた手付きで操作する。問題なしの太鼓判を機械からもらうと、リュックとump9-3を背負って街の中へと入っていってしまう。

 

 兵士は交代の時間になって同僚から話しかけられるまで、ずっとその場で固まったままだった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「無理だ。直せない」

 

 「そこをなんとかできない?」

 

 頑固そうなおやじにクロエは懇願する。

 

 「金はいくらでも出せるわ。私のことは知っているんでしょう?」

 

 「ああ知ってるさ。名家を飛び出した自称画家のおてんば姫だろ?」

 

 「ちょっとひどいんじゃない!?」

 

 クロエは身を乗り出して抗議する。

 

 「それに自称ってなによ!私はれっきとした画家よ!」

 

 「オークション当日に失踪する、が抜けているぞ」

 

 「それは……そうだけど」

 

 「なに、別に条件が悪いわけじゃないんだ。この人形をまともに動かすパーツがそもそもうちに置いてないんだ」

 

 「どうにもならないの?そこのジャンクの山は新たな芸術に挑戦しているのかしら?」

 

 クロエの視線は店の端に積まれた人形のパーツの山に向く。それはこの人形技師のおやじが集めているジャンクパーツだった。

 

 「ちげえよ。民生用人形ならあの山でなんとかなるんだ。だがそいつは戦術人形だろう?元みたいに動けるようなパーツはない」

 

 「……なるほど。じゃあ元のように動けなくても良かったらできるのかしら?」

 

 「そりゃそうだが……おいおい、まさか」

 

 「ええ、元のように動けなくても良いから直してあげて」

 

 クロエは窓際の椅子に座らせたump9-3を見る。彼女の目はせわしなく店内を見回している。その目には恐怖がにじみ出ていた。

 当たり前である。腕を引きちぎった相手に、自律人形がパーツごとにバラバラにされている店に連れてこられたのだ。逃げ出す足があればすぐにでも飛び出していただろう。

 

 「……わかった、善処しよう。今日は預かっていいか?明日の昼までには終わらせる」

 

 「頼むわ。料金は?」

 

 「明日で良い。出来栄えを見て考えてくれ」

 

 「わかったわ。それじゃあ私は一度帰るから、また明日ね」

 

 ump9-3にそう言うと、クロエは店の外へと出ていってしまった。

 

 「嬢ちゃん、災難だったな」

 

 おやじがドライバーを片手にump9-3へと近づいてくる。まったく状況を理解できてないump9-3は、声にならない叫びをあげた。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 クロエは久しぶりのベッドの感触を惜しみながら起き上がる。朝日が窓から差し込んで着ており、良い目覚ましとなった。

 

 「さてと、いろいろと買っておかないとね」

 

 コーヒーで完全に目を覚ましたあと、クロエは出かける準備をする。昼にまた人形技師の店に行く前に、日用品を買い足しておくという算段だ。

 

 「いってきます」

 

 その声に応える者はいない。しかし、クロエはなんだかわくわくした気持ちになっていた。

 

 

 

 

 街は朝市で賑わっていた。世界秩序が崩壊したとしても、彼らの日常はかわらずに自分の自慢の商品たちを道行く人に売りつけていくだけだ。

 

 「そこの美人さん!お一ついかが?」

 

 「あら、ありがとう。じゃあ一つ……いえ、二つもらえるかしら?」

 

 「まいどあり!」

 

 こういった街の空気が、彼女がこの区に住む理由の一つだった。

 そういう風にいろいろな物を買うはめになったクロエは、約束の時間になる前に一度家に戻る羽目になった。

 

 

 

 

 「こんにちは」

 

 「来たか。できてるぜ」

 

 人形技師の店へと着くと、おやじは作業服のままコーヒーブレークをとっていた。

 

 「彼女は?」

 

 クロエが聞くとおやじはあごで店の奥をさした。どうやら奥へと入っていいらしい。

 

 クロエはゴクリと唾を飲み込んだ。彼女はなぜか緊張していた。

 

 店の奥は作業場になっていた。店頭のジャンクの山と比べようもないくらい多いジャンクパーツが部屋を埋め尽くしていた。

 部屋の真ん中にポツンと机がある。それは机というよりも、拘束具付きのベッドに見えた。

 

 そして、ump9-3はそのベッドに、一糸纏わぬ姿で横たわっていた。足の付け根からは肌とは違う色の足がくっついており、左腕は肘あたりに荒々しくつけられた跡が残っていた。

 

 「これは……」

 

 クロエは言葉が続かなかった。筆舌し難いその光景は、彼女の内部にあるエンジンに火をつけた。

 

 無意識に傍らに置いてある白紙の紙とペンに手が伸びる。ペン先が紙の上に置かれたあと、一気に紙上を走り始める。いっさい途切れることのないそれはあっという間に人の形をとり始める。

 一度ペン先が紙を離れる。そして再び紙に触れたかと思えば、今度は一辺を描いては離し、別の箇所からまた一辺を描く。しばらくすれば、それは目の前の机のようでベッドな何かと同じ形を紙に写し出していた。

 最後にまた始めのように紙の上をペン先が離れることなく走り始める。

 

 

 クロエはふと時計を見た。気がつけばもう数時間が経っていた。熱中していた彼女はump9-3が起き上がって店の表へと出て、店主と話をしていることにすら気が付かなかった。

 

 先程まで熱中していた紙に描かれた絵を見る。

 そこには金槌を持って鬼気迫る表情を浮かべる男と、腕をベッドに繋がれた少女の姿がある。男は作業服を着ており、どうみても人形技師のおやじがモデルになっている。そして少女は足が付け根からなくなっており、そこから配線が飛び出している。

 

 

 また失敗か

 

 

 クロエは絵を破り捨てようとするが、なんとなく壁に貼っておくことにした。ジャンクパーツと一緒に視界に入れれば、多少はましな作品に見えた。

 

 

 後日ここにメンテナンスに来た民生用人形が、その絵を見て恐怖で強制シャットダウンしたことを彼女は知らない。

 



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三枚目 普段の街

たくさんの感想ありがとうございます。励みになります。


 夕刻になり片付けをしている市を横目に、クロエは帰路につく。ump9-3は不安そうな表情をしながらクロエについていく。彼女の足は問題なく動作しており、自立歩行に支障はなかった。

 

 平和だ

 

 ump9-3はそう思った。街は活気に溢れており、人々はいきいきと暮らしている。彼らの瞳に宿っているのは殺意ではなく生気である。

 

 ではこの女はどうかとump9-3はクロエを見つめる。整った容姿と人を惹きつける声、そしてまだump9-3は見ていないが絵を描く才能を持っているらしい。天は二物を与えずという言葉の判例がそこに存在しているかのようだ。

 

 しかし、クロエの瞳が街の人と同じようには見えなかった。

 

 「そういえばあなたのことをなんと呼べばいいのかしら」

 

 クロエが突然ump9-3の方へと振り向く。しばらく言葉の意味を考えたあと、ump9-3は口を開く。

 

 「私にはump9-3という名前しかないよ?」

 

 「そう。それならあだ名か何かほしいわね。そうね……」

 

 クロエはump9-3を見つめる。

 

 「9(ヌフ)……しっくりこないわ、よくある名前から取ったほうが良さそうね」

 

 しばらく額をおさえて考え込む。

 ようやく顔が上がったのは数分後だった。

 

 「ノエミっていうのはどうかしら?」

 

 「名前なんて――」

 

 「おっと、いらないと言うのは駄目よ?」

 

 ump9-3(ノエミ)の言葉を遮る。

 

 「私に毎回ump9-3と呼ばせるつもり?それに街で生活するときに必要になるわ」

 

 「わかった。ノエミ……か……」

 

 ump9-3は不思議にも自分がうれしく感じているらしいことを知った。今までump9-3であることに疑問を持たなかったのに、今ではノエミと呼ばれることを期待してしまっている自分がいた。

 

 「じゃあ帰るわよ、ノエミ!」

 

 「……うん!」

 

 二人で軽く話しながら家へと帰る。先程までよりも、二人の距離が若干近づいたことに気づく者はいない。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「いらっしゃいノエミ、我が家へ!」

 

 「……せっま!」

 

 思わずノエミが叫んでしまうくらいに、クロエの部屋は狭かった。低い天井には傾斜があり、柱が各所にあり、さらに絵の道具が部屋の半分を埋め尽くしていた。

 

 「散らかっててごめんね。これでも少しは片付けたんだけど」

 

 そういうクロエはダイニングキッチンに荷物を置いた。そういった生活に必要な部分には無駄な荷物は一切なく、支障なく生活は送れそうだった。

 

 「というよりもここ屋根裏部屋だよね!?本当にここがクロエの家なの?」

 

 「そうだけど。何か変?」

 

 「屋根裏部屋に?」

 

 「ええ、一度は憧れるものじゃない?こういう生活」

 

 戦うために作られた人形にそれがわかるはずもなく、ノエミは言葉を濁した。

 

 「さて、ノエミは料理できる?」

 

 「ひととおりはインプットされてると思うよ?」

 

 「……信用ならないわね。作ったことは?」

 

 「ないよ」

 

 「……座ってなさい。すぐに作るから」

 

 「ごめん」

 

 「謝る必要なんてないわよ。今後できるようになればいいわ。ああそれと好きにくつろいでいいけど奥のキャンバスには触らないでね」

 

 「うん、わかった」

 

 ノエミは椅子から立ち上がって本棚に向かう。部屋の奥にあるそれには、ぎっしりと本が詰められている。作家やジャンルで分類されているあたり、クロエの本来の几帳面さが見え隠れしている気がした。

 

 「そういえば本を読むのは初めてかな」

 

 適当に一冊取り出してパラパラとめくる。それは恋物語のようで、よくある男が女に告白する展開ではなく、その逆で女が大胆に告白して終わっていた。

 

 面白いとは感じなかったが、いつの間にか熱中していたようでキッチンからは野菜を切る音ではなく火をつける音が聞こえてきた。

 

 さらに部屋の奥へと行くと、クロエの言っていたキャンバスがあった。それには布がかけられており、あたりには画材が散乱していた。

 

 「見るだけならいいよね?」

 

 ノエミは布に手を伸ばす。クロエがいったいどんな絵を描くのかが気になっていた。ただそれだけだ。

 誰にも止められることなく、布はめくり上がっていく。そこに描かれていたのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 しばらく呼吸が止まり生体パーツから悲鳴が上がり始めた頃、やっとノエミは自分が呼吸をするものだと思いだした。

 

 急いで布をかけ直す。クロエに見たことがばれることではなく、もう絵を見なくてすむようにだ。

 

 「ノエミ~?」

 

 エプロン姿のクロエが部屋の奥へと入ってくる。そしてノエミの顔を見るなり急いで駆け寄った。

 

 「どうしたの!?顔色が悪いわよ?」

 

 ノエミはまともに受け答えすることすらできず、そばにあったソファーへと座り込む。

 

 「何が原因かしら?とにかくそこで休んどきなさい」

 

 ノエミはクロエの言葉に頷いた。

 

 「いったいどうしたのかしら。歩いてる時はそうでもなかったけど……」

 

 ソファーに横になって目を瞑るノエミからキャンバスの方へと目が向いた。

 

 「これを見たから?でも具合が悪くなるほどかしら」

 

 クロエは布をためらいなく取り払う。

 

 

 そこに描かれているのは戦場だった。廃虚となった街を死骸が埋め尽くしている。死骸には人間が多く、多少であるが人形のものもあった。そして、そこには兵士や戦術人形以上に、民間人や民生用人形の数が多かった。

 

 

 「結局未完成のままね……もう捨ててしまおうかしら」

 

 クロエがそう呟くと、抗議するかのようにキッチンから湯が沸いたことを知らせる音が聞こえた。

 

 「とりあえずコーヒーでも淹れますか」

 

 クロエはノエミの寝ているソファーを再び見る。すると、ちょうど窓から街を見下ろすことができた。

 

 

 クロエは無言でコーヒーを淹れて再びノエミの側へと戻る。そして、もともとイーゼルに載っていた絵を脇に置いて、新しいキャンバスを用意する。

 そして、気の向くままに筆を走らせ始めた。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 ノエミは何かの香りを感じて再起動する。しばらくしてシステムが安定したあと、それがコーヒーと絵の具の香りであることを検出した。

 

 「あら、やっと起きたのね」

 

 すぐ側には、椅子に座ったクロエがコーヒー片手に本を読んでいた。

 

 「私、寝ちゃってた?」

 

 そんなわけないと分かっていながらも、ノエミはそう口に出したかった。

 

 「人形を眠らせることができる絵って売り出したら売れるかしら?」

 

 クスクスと笑いながらクロエはそう言う。ノエミはそんなことをしなくても十分に売れるだろうにと思った。

 

 なんて言ったって、夢に出てくるくらいの影響力だ。

 

 

 

 

 夢……?

 

 

 「あ……え……?」

 

 ノエミは手で口をふさいだ。押さえたにもかかわらず、声にならない声が口から漏れ出た。

 

 「まだ具合が悪いの?無理はしなくていいからね?」

 

 「違うの……私、さっきまで夢を見てた……」

 

 「夢?それがどうかしたの?まさか怖かったとかじゃないわよね?」

 

 「……私たち人形は夢ってものを見ないの」

 

 「どういうこと?」

 

 クロエは理解できずに聞き返した。

 

 「言葉どおりだよ。本来、夢を見るようには設計されてないのに、なぜか夢を見てしまったの」

 

 「原因に心当たりは?それか民生用人形のパーツで不具合が出ているとか」

 

 「たぶん……違うと思う」

 

 そう言ってノエミはイーゼルの方を指さした。

 

 「ごめんなさい、触るなって言われてた絵を見ちゃって」

 

 「それはいいんだけど。じゃあ私の絵のせいでってこと?」

 

 「わからないよ……でも、でも確かに絵を見たあとから何かおかしかったんだよね」

 

 「そう、私の絵ね……じゃあこれはどう?」

 

 クロエはイーゼルに載っている新しい絵を見せてみようと、掛け布を取り払った。

 

 「これは……私?」

 

 ソファーで横たわるノエミと、活気ある街が対比的に描かれている。そしてやはり、ノエミはいままでにないような感覚に陥っていた。

 

 「えっ?エラー?視覚デバイス?」

 

 突然ノエミの目の焦点がブレ始めたのを見て、クロエは急いで布をかけ直す。

 

 「だ、大丈夫?」

 

 「えっうん……大丈夫」

 

 エラーダイアログが全部消えたのを確認して、ノエミはそう返す。やはり、クロエの絵には何かしらあるようだと確信した。

 

 「と、とりあえず今後は絵を見ないようにしておくね」

 

 「ええ、それがいいでしょうね。私も気をつけておくわ」

 

 少し沈黙したあと、キッチンのほうからアラームが聞こえてくる。

 

 「おっと煮込み終わったみたいね。すぐにできるから」

 

 クロエがそう言ってキッチンの方へと小走りでかけていく。その後美しくも可愛い姿を見てノエミは――

 

 

 

 

――妬ましいと思った。



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四枚目 街の裏側

一応注意喚起しておきます。クソ男、強姦の成分が多少含まれています。


 「なにか顔についてる?」

 

 クロエの言葉にノエミは顔を横に振った。

 

 「そう」

 

 しばらくしてから、クロエは再び食事の手を止めた。

 

 「その……あんまりじっと見られると食べづらいのだけど」

 

 「ご、ごめん」

 

 そういいつつもノエミはクロエから目線をそらさない。いや、そらせない。

 

 クロエの白魚のような指が妬ましい。

 健康的なハリのある腕が妬ましい。

 頼り甲斐のある肩が妬ましい。

 簡単に締まりそうな細い首が妬ましい。

 美しい顎のラインが妬ましい。

 みずみずしい唇が妬ましい。

 小さく綺麗な鼻が妬ましい。

 吸い込まれそうな瞳が妬ましい。

 枝毛一つない艷やかな髪が――

 

 

 

 

 「――エミ?ちょっとノエミったら!」

 

 いつの間にかノエミの眼の前にクロエが詰め寄っていた。

 

 「うわぁ!ちょっとクロエ!近いよ!」

 

 「あなたがぼーっとしてるからでしょ?本当に大丈夫?」

 

 「う……うん、大丈夫だよ」

 

 ノエミは自分の顔が若干赤みを増していることを自覚していた。いったい自分は何を考えていたのだろうと自問するが、答えは返ってこない。ノエミはなんとか誤魔化して笑うことしかできなかった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「よし、服を買いに行くわよ!」

 

 朝のコーヒーを楽しんでいると、突然クロエが立ち上がってそう言った。

 

 「服?たくさんあるように見えるけど」

 

 「ああ、私のじゃなくてあなたのよ。その一着しかないのでしょう?」

 

 ノエミはボロボロのパーカーを着ていた。丈夫な素材であるためか原型をとどめているが、そんなものをクロエの美的センスが許すわけがない。

 

 「私はこれでいいよ」

 

 「ダメよ。せっかく可愛いのだから着飾らないと迷惑よ」

 

 「迷惑って誰に?」

 

 「世界によ」

 

 「ええ……」

 

 やはり人並み外れた感性だとノエミは理解することを諦めた。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「会計をしてくるから少し待ってなさい」

 

 「じゃあ外にいるね」

 

 ノエミは店から逃げるかのように出る。長い時間着せ替え人形になっていたからか、伸びをすると身体がほぐれる気がした。その身はすでに新しい服に包まれている。化粧まで施しており、まるで今までとは違った自分へと生まれ変わったように錯覚していた。

 

 「そこのお姉さん!ちょっとこっちに来て手伝ってくれないか?」

 

 だからだろうか。若い男の言葉を疑うことなく、近づいてしまった。

 

 「何を手伝えばいいの?」

 

 無邪気に近寄ってきたノエミを見て、男は笑った。

 

 「なーに、少し気持ちの良い気分になってもらうだけさ」

 

 ノエミがその言葉を理解する前に、後頭部に衝撃がはしる。後ろから別の人物に殴られたということを、ノエミは理解した。彼女が人形でなければ、気絶していたかもしれない。

 

 ノエミは少しふらついたが、すぐに戦闘態勢に入る。武力行使(こっち)は専門だ。

 

 「なるほど、てめえ自律人形か」

 

 しかし、男は落ち着いた声でそう言った。ノエミの顔に絶望が浮かぶ。

 

 「じゃあ……動くな」

 

 ノエミの動きがピタリと止まる。腕を捕まれ、壁へと押し付けられる。男が手を離しても、ノエミは動くことはできない。

 

 「へへへ、こりゃなかなかの上玉だ。まさか化粧までしてる人形とは」

 

 二人組の男は慣れた手付きでノエミのコートを脱がした。そしてその手はシャツの裾へと伸びていく。もはやノエミに抗う力は残されていない。

 

 

 誰か……助けて……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 パシャリ

 

 シャッターを模倣した効果音が、路地裏で響いた。

 

 「……っ!クロエ!?」

 

 「ちっなんだ連れがいたのか」

 

 男たちはノエミから離れる。

 

 「あなたたち、いますぐどこかへ消えなさい。さもないとこの写真を街中にばらまいてやるわ」

 

 「……ちっ、いくぞ」

 

 「あっおいまてよ」

 

 男たちは路地裏の奥へと消えていく。

 

 「大丈夫?動けるかしら?」

 

 クロエの言葉にノエミは首を縦に振った。どうやら命令の解除だと処理されたようだ。

 

 「あ、ありがとう」

 

 「どういたしまして。まったくいつの時代もあんなのがいるのね」

 

 クロエは呆れきった様子でそう言った。

 

 「本当助かった……」

 

 「まったく、あまり心配させないでほしいわ。店の前にいなくて心配したのだからね?」

 

 「ごめんなさい」

 

 クロエは震えているノエミに抱きついた。

 

 「怖かったのね。もう大丈夫よ、安心しなさい」

 

 「怖い……?これが怖いっていう感情なの?」

 

 「ふふっ。知らなかったのね。それが怖いって感情よ」

 

 「そう、これが……。でも、悪くない。だってこんなに暖かい」

 

 「それは恐怖が過ぎ去ったあとの安心感よ」

 

 「安心……これが安心なんだね」

 

 ノエミの腕がクロエの身体に抱きつき返す。その力はすこし強く、クロエはすこし呻きそうになった。

 

 「まったく、手のかかること」

 

 クロエは、ノエミの頭を優しく撫でた。

 

 後日クロエはこのときの写真を元に絵を描くが、それが世に出回ることはなかった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「あら、さっきの店に忘れ物をしちゃったわ」

 

 「大丈夫?取りに行ってこようか?」

 

 「じゃあお願い。あの店で買い物をしておくわ」

 

 そういってクロエはスーパーマーケットを指した。それを確認してから、ノエミは先程までいた店へと走り出した。

 

 「そんな急がなくても!……いっちゃった」

 

 まったく、とため息をついて、クロエはスーパーマーケットへと向かう。久しぶりの長い買い物の疲れからか、それともただ単に勘が鈍ったのか、後ろから忍び寄る影に気づくことができなかった。

 

 気がついたのは、その細い首がゴツゴツとした手に絞められたあとだった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 「あれ?どこにいるんだろう」

 

 ノエミはスーパーマーケットの店内を一周したのちに、そう呟いた。クロエの姿がどこにも見当たらないのである。

 

 「まさか外?」 

 

 つい先程自分にあったことを思い出す。彼らが報復するとしたら、一人でいたクロエは良い標的となっただろう。

 

 「まさか……ね……?」

 

 ノエミは走り出す。店を飛び出して、近くの路地裏へと飛び込んで、隈なく探す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロエの姿は思ったよりも簡単に見つかった。先程の男たちが彼女を押し倒しており、服は無残にも破り捨てられている。

 

 「何してんのよ!」

 

 ノエミは怒りのあまり我を忘れて男の片方へと襲いかかる。人形の彼女が力の限りを尽くせば、人一人など殺すことは容易だ。

 

 

 しかし、あと一歩のところでノエミの身体は動かなくなってしまった。彼女は、人間を害せないようにプログラムされているのだ。

 

 「ははは!無様だな人形ってやつは!」

 

 男の片割れがそう笑ってクロエの柔肌に触れる。彼女の白い首には絞められた跡が残っており、意識を失ってしまっている。

 

 「動いて……動いてよ!」

 

 ノエミを何かが蝕んでいく。

 

 「無駄だ!人形であるおまえには俺たちに危害は加えられない」

 

 「そこで見て待ってろ。この女が終わってからおまえの相手をしてやるよ」

 

 男がクロエへと触れる。彼女の柔肌は程よい反発を返すようで、男の顔が気色悪く歪む。

 

 

 動いてよ……!なんで動かないの!?

 

 

 ノエミの思いに反して、身体はピクリとも動かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 否、ピクリとだけ動いた。

 

 

 クロエに助けられてばっかじゃん!

 

 

 ノエミは一歩踏み出す。幸か不幸か、男たちはクロエに夢中でこちらに注意を向けていない。ノエミのその一歩を、男たちは見ていない。

 

 

 動け!私はクロエを守るんだ!

 

 

 足が動き始める。男の片割れへと手が伸びる。

 

 「その人に手を出すなぁ!」

 

 男の首へと腕を回したノエミは、思い切り身体をひねる。変則的なラリアットをきめられた男は後ろへと吹き飛ぶ。自律人形が力を制御しなければ、人の体重など軽くふっとばしてしまう。

 

 「ま、待て!」

 

 もう片方の男がそう言うときにはすでに、ノエミの拳が顔の眼の前に迫っていた。そのまま拳は勢いを増して、男の顔面へと突き刺さる。頭ごと揺らされた男は、意識を保つことはできない。すぐに、意識のないクロエに並ぶようにして倒れた。

 

 「くそっ、よくも!」

 

 吹き飛ばされた男はポケットからナイフを取り出す。明らかに一般市民が許可されている刃渡りの長さを越えている。

 

 「死ねやぁぁぁ!」

 

 男は威勢よく叫ぶ。しかし、そんなものは人間相手に威圧できたとしても、いくつもの戦場をくぐり抜けた戦術人形に効果があるわけがなかった。

 

 ナイフを避け男の手首を掴む。あとは本来曲げては行けない方向へ腕を捻れば、人間である男は痛みでナイフを手放してしまう。

 

 

 

 

 ノエミを満たしていたのは男たちへの殺意だ。クロエを傷つけようとした彼らに、殺しても満たされないほどの憎悪を抱いていた。

 ナイフを手放した男の腹部を拳で突く。男は胃の中が逆流し嘔吐するが、そんなことはお構いなしにノエミは男の首を掴む。そして、その手を上へと上げていく。

 

 「あっ……がっ……」

 

 人形の正確さで的確に頸動脈を絞められた男は、物の数秒で意識を失う。脱力した様子を見て、ノエミは男を横に投げ捨てた。

 最初に拳をくらった男がフラフラと表通りに向かうのを見て、ノエミはその襟首を掴む。

 

 「ひいっ!わ、悪かった!俺たちが悪かった!だから見逃してくれ!」

 

 「人に危害を加えておきながらそれは虫が良すぎるんじゃない?」

 

 ノエミは拳を握り、振りかぶる。

 

 

 

 

 しかし、その手が再び男の顔面へと吸い込まれることはなかった。何者かの手が、ノエミの腕を掴んで止めたのだ。

 

 「……クロエ!?」

 

 「ノエミ、やめなさい」

 

 「でも……」

 

 「聞こえなかったの?私はやめなさいと言ったのよ。これは命令よ」

 

 ノエミのシステムは、クロエの命令という言葉で本来の挙動を取り戻した。男への殺意の行き場がなくなり、ノエミはどうしていいかわからなくなる。

 

 「私……クロエが……」

 

 「落ち着きなさい。あなたが見つけてくれたおかげで私自身に害は及ばなかったわ。ありがとう」

 

 「う……うぅ」

 

 今にも泣きそうなノエミを抱きしめる。ノエミはクロエの体温を直で感じて、安心感を感じた。

 

 「ノエミ、帰りましょう?」

 

 「うん!」

 

 ノエミは、クロエの言葉に元気よく頷いた。





予定と違って依存性質が入ってきた気がするのは気の所為だと思いたい。


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五枚目 ねこ

 「それじゃあおやすみなさい」

 

 「うん、おやすみ」

 

 ノエミはクロエの言葉にそう返して、開きかけの本へと目を戻した。本棚から適当に取った本だが、よくわからない理論が細々と書き連ねてあるだけであった。ところどころに残っている読んだ跡からして、クロエはこの本は読破しているようだった。

 

 ため息をつきながらノエミは本を閉じた。そしてクロエの方を見る。まだ眠っていないのだろう、布の擦れる音が時々聞こえた。

 

 

 しばらくすると、クロエの寝息が聞こえ始めた。それは規則的ではあるのだが、いつもと少し違うとノエミは感じた。

 

 

 起こさないように足音を殺しながらベッドへと近づく。バイタルサインは正常値の範囲内ではある。しかし何かが違った。

 

 

 

 クロエの身体が震えていた。

 

 ノエミはすぐに周囲の気温を測定するが、寒いわけではない。であれば内部の問題である。そしてその問題を解決する手段を、ノエミは持ち合わせていない。

 

 クロエの震えている手を握る。いつもより少し汗ばんだ手は、緊張しているときにでるものだとデータベースが答えてくれた。

 しばらく握っているとクロエの震えが収まった。ノエミは手を離してクロエの寝顔を見る。その美しさには妬みこそ感じたが、それ以上にいつもは見せない静けさに生きているのか触って確認してしまいたくなった。

 

 

 いつの間にか、ノエミの顔はクロエの顔へと近づいていた。特に何かをしようとしたわけではなかった。本当に無意識だった。

 

 「人の寝込みを襲う悪い子はだれだ~?」

 

 「……っ!クロエ起きてたの!?」

 

 「いいや、今目覚めたわ。あなたの髪の毛がくすぐったくて」

 

 そういってノエミの毛先を手でいじる。

 

 「ご、ごめん!そんなつもりじゃ」

 

 「問答無用よ!悪い子にはお仕置きね」

 

 そう言ってクロエはノエミの腕を引いて毛布の中へと引きずり込む。そして腕と足でノエミの身体を拘束する。

 

 「こ、これはど、どういうこと!?」

 

 「一晩中抱きまくらの刑よ」

 

 そういってクロエは抱きつく力を強めた。後ろから抱きつかれた形となっており、首筋にあたるクロエの息がとてもくすぐったかった。

 

 

 クロエは本気で拘束したわけではなく、ノエミの力があれば簡単に振りほどくことも可能だっただろう。

 しかしノエミはその手を振りほどけなかった。

 

 クロエのまだ震えている手を、振りほどくことができなかった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「おはよう、ノエミ」

 

 「うん、おはよう」

 

 後ろから耳元でクロエにささやかれて、ノエミは身を捩る。

 

 「久しぶりにこんなに熟睡できたわ。ありがとう」

 

 「う、うん。どういたしまして」

 

 「ああ、本当によく寝た。今度から毎日抱いて寝ようかしら」

 

 「えっ……無理無理!」

 

 ノエミはベッドから飛び出そうとするが、クロエから腰に抱きつかれる。

 

 「だってこんなにあったかいんだもの……」

 

 「無理だよ〜!」

 

 「……ありがとうね」

 

 「何のこと?」

 

 「私を心配してくれたんでしょう?私ったら年甲斐もなく震えちゃって」

 

 「クロエ……」

 

 「さあ、朝ごはんにしましょ?今日は久しぶりに遠出するわよ」

 

 そういってクロエは身支度を始めた。その姿は昨夜のようなものではなく、いつものクロエだった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「どこへ行くの?」

 

 「とりあえず遠くよ。日が沈む前までには戻ってくれるくらいのね」

 

 クロエは車にキーを差し込み、エンジンをかけた。時代錯誤のエンジン音は街に響き渡るが、その程度のことで街の日常は壊れなかった。

 

 「それで後ろに積んでいるのは?」

 

 こぢんまりとした車内の後部座席には、カバーのかかった荷物が置かれていた。ノエミは助手席から体をねじってカバーへと手を伸ばす。

 

 「待ちなさい、その下は画材よ。絵も置いてあるわ」

 

 「そ、そうなんだ」

 

 ノエミはそっとカバーから手を離す。さすがの彼女も今エラーを起こす気にはなれなかった。

 

 クロエがアクセルを踏むと、スムーズに車は動き出す。舗装された道を通り抜け、しばらくすると壁が見えてくる。

 

 「壁の外へ行くの?」

 

 「ええ。そうね……久しぶりに海の方まで行ってみようかしら」

 

 「海?」

 

 「もしかして見たことがなかったりする?」

 

 「空からはあるけど地上からはないかも」

 

 ノエミは少し思考がざわついた。言葉で表現するならば、それはワクワクといった感じであった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 なんの障害もなく、車は進んでいた。途中道が封鎖されていたりしたが、クロエはすぐに迂回路を探し当てていた。

 

 「クロエはよくここまで来るの?」

 

 「さすがの私でも久しぶりよ。少し前までは戦闘が激化していたから壁の中から出してもらえなかったのよね」

 

 「でも私を拾いに来たよね?」

 

 「誰も出れなかったとは言ってないわ。出してもらえなければ強硬手段に出るまでよ」

 

 「やっぱりクロエって変わってるよね」

 

 ノエミは笑いが漏れ出る。その態度に対してクロエは抗議するかのように頰を膨らませた。

 

 「絵描きなんて少し変わってるくらいが良いのよ。一般人のままじゃ描けるものもかけないんだもの……っと!」

 

 クロエはブレーキペダルを踏み込む。慣性の力によって前に行こうとする身体を、シートベルトが締め付けた。

 

 「わぁ!びっくりした!」

 

 クロエが止まったのはただの草原だった。クロエは車を停めると、シートベルトを外した。

 

 「まったく……喜ばしいことなんだろうけどね」

 

 クロエに続いてノエミも車を降りると、車道で立ち尽くしている子猫がいた。その未発達な身体は守ってあげなければ今にも折れてしまいそうである。

 

 

 クロエは慣れた手つきで子猫を抱え上げると、ノエミの方へと歩いてくる。近づいてくるクロエの腕に抱かれた子猫には、嫌がっている様子はなかった。

 

 「あっ、可愛い……」

 

 ノエミにとっては初めての動物との触れ合いであった。体温を持ち、柔らかく、プログラムでは再現できない動きを繰り出してくる。その情報量は知識にあるものの比ではなかった。

 

 「随分とおとなしい子ね。ノエミも抱っこしてみる?」

 

 「えっいいの!?でも私人形だし」

 

 「それだけ人に近ければ大丈夫よ。ほら」

 

 クロエから子猫を渡される。慌てて受け取ると、子猫はノエミの腕の中で身じろぎをして、寝息を立て始めた。

 

 「お疲れだったみたいね。しばらくそのままでいてあげなさいよ」

 

 「う、うん」

 

 ノエミはすやすやと眠る子猫を抱えながら、車に寄りかかる。たまに顔をつついて反応を楽しんでいると、表情筋が勝手に動いてしまう。

 

 

 そんな様子を見ながら、クロエはいつものごとくデッサンを始めていた。何枚かのボツを投げ捨てた頃、足元から抗議の鳴き声が聞こえてきた。

 

 「親猫がいたのね。ありがとう」

 

 クロエは足元の猫を撫でる。しかし、クロエのことを気にもとめず、猫はノエミの元へと歩いて行ってしまった。

 

 「えっ?親猫?あっごめんね」

 

 ノエミがしゃがみこむと、親猫はノエミの腕の中へと素早く入り込み、子猫の首を咥える。

 

 「ばいばーい」

 

 ノエミが遠くへと行ってしまう猫に手を振ると、起きた子猫とともに振り向き一声鳴いてから、また遠くへと寄り添って歩いて行ってしまった。

 

 「さて、私たちも帰りましょうか」

 

 クロエの言葉にノエミは空を見上げる。気づけば太陽は真上を超えてだいぶ傾いており、今から帰れば街の夕焼けが見られる時間帯になることが予想できた。

 

 「うん!帰ろう!運転変わるね!」

 

 「あら、ありがとう」

 

 珍しくもノエミが運転席へと座った。クロエは、軍製の人形であれば一通りの知識と経験は積んでいると考えていた。

 

 

 その間違いに気づくまでには、数分もかからなかった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 後日、掘り出し物だということで絵が出品された。その絵は未完成のようにも見えたが、有名な鑑定士曰く、これは間違いなくかの有名な絵描きによるデッサンであるとのことだった。

 

 その絵はオークションにかけられ、過去に類を見ないほどの競りの末、とあるPMCの団体が手に入れることとなった。その代表者曰く、生物と人形、それに機械が描かれていることに深い感動を覚えたらしい。

 

 もちろん、そんなことはクロエとノエミの耳に入ることはなく、彼女らの生活は何も変わらない。

 



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六枚目 雷雨

 その日の始まりは、クロエとノエミの朝食の時間を遮った一本の電話だった。

 

 「ごめんなさい、ノエミ。今日はお留守番していてもらえないかしら」

 

 「うん、いいよ」

 

 「良かった。もし雨が降ったら洗濯物お願いね」

 

 そう言いながらクロエは食器を下げると、慌てて出かける用意を始めた。

 

 「それじゃあ行ってくるわね」

 

 「いってらっしゃい」

 

 玄関でクロエを見送ったノエミはソファーへと身を沈めた。しばらくボーッと天井を眺めたあと、サイドテーブルに置いてある読みかけの本を手に取る。

 

 ふと気になって表紙を見てみる。そこには、雷雨の日におきた殺人事件という本の内容に合わせた絵が描かれている。

 表紙をめくると、下の方に小さくイラストを描いた人物の名前が記されていた。

 

 そこにあったのは、クロエの名前だった。

 

 

 

 

 ノエミは急いで診断ツールを起動する。クロエがいつ帰ってくるかもわからない現在、異常が出てしまっては止めてくれる人は誰もいない。

 

 

 異常なし

 

 

 瞳に映るその文字に安堵する。ノエミはコーヒーを一口飲み、しおりを挟んだページから読み始めた。

 

 ノエミは気づかない。異常なしと表示されること自体が異常であることに気づけなかった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 ノエミは異音に気づき、本から視線を上げた。窓の外を見ると雨が降り始めていた。

 

 「あっ洗濯物!」

 

 ノエミはいそいでベランダに出ると、洗濯物を部屋の中へと取り込み始める。幸い雨脚が強まる前に入れ終わったので、あまり濡れずに済んだ。

 

 「まさか本当に雨が降るなんて」

 

 新聞の天気欄には、一日晴れだとでている。その天気予報は外れることで有名ではあったが、まさかここまで真反対のことを堂々と書き連ねるとはノエミは思っていなかった。

 

 「クロエ……大丈夫かな」

 

 その独り言に呼応するかのように、電話の呼び出し音が響いた。

 

 「はいもしもし?」

 

 「ノエミ、洗濯物は大丈夫だった?」

 

 「クロエ!そっちは大丈夫?」

 

 「ええ、ミーティング後の帰り道で雨宿りをしているところよ」

 

 「そう、良かった」

 

 「それでノエミにお願いしたいことがあるんだけど」

 

 「なに?」

 

 「傘を持ってきてくれないかしら?」

 

 「お安い御用だよ!どこにいるの?」

 

 「えっと――」

 

 クロエが述べた喫茶店には覚えがあった。脳内で道順を検索しながら、ノエミは出かける準備をした。

 

 「えっと……傘はこれか」

 

 靴箱のすぐ横には、傘が数本刺さっていた。ノエミはその一本を手に取り、部屋を出ていった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 ノエミはフードを被りながら街道を駆け抜ける。車通りも少なく雨の日ということで通りにはほとんど人がいなかった。

 

 

 突然、ノエミの視界を光が埋め尽くす。そのすぐ後に、聴覚デバイスがエラーを吐き出す程の爆音が響き渡る。

 

 

 

 

 「おい君!大丈夫かい!?」

 

 近くの店から男が出てきてノエミに声をかけた。ノエミはようやく、自分の身体が硬直していたことに気がついた。まだ視覚デバイスの映像は揺れており、聴覚の方もノイズがはしっている。

 

 「ええ、うん。大丈夫」

 

 「まったく、今日は不幸な日だよ。まさかうちの店の上に落ちるとはね」

 

 そういって男は自分の店の上を見上げた。そこには避雷針が立っている。

 

 「そうか……私雷が落ちたので……怖くて……」

 

 ノエミは現在吐き出すエラーの原因に察しがついていた。

 

 「ほんとうに大丈夫かい?よかったら僕の店で雨宿りを――」

 

 「結構です。それより行かなきゃいけないので」

 

 「ああそうかい。それなら気をつけて」

 

 軽薄そうな男は案外簡単に引き下がった。

 

 「ちょっと!女の子口説いてないで店に戻ってよ~」

 

 「わかったよノーヴェ。良かったらこれ使ってね。それじゃあ」

 

 そういって男はノエミにタオルを投げ渡す。

 

 「ありがとう!今度店に寄るね」

 

 ノエミはタオルを握りしめ、再びノエミの待つ場所へと走り出した。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「クロエ、おまたせ!」

 

 「あらノエミ、早かったじゃ――なんでずぶ濡れなの!?」

 

 カフェの店主にタオルを持ってこさせると、急いでノエミの身体を拭き始める。

 

 「そういえば、これ」

 

 ノエミがクロエに傘を差し出す。その顔は悪気のない笑顔だ。

 

 「……どうして一本しかないのよ」

 

 「えっ?」

 

 「自分の分という考えはなかったわけ?」

 

 「……ごめん」

 

 「まったくもう……謝る必要はないわ。マスター、この子にもコーヒーを」

 

 寡黙なマスターは頷くと、豆を挽き始めた。

 

 「そういえば雷もなっていたでしょうに、大丈夫だったの?」

 

 「それが……」

 

 ノエミが気まずそうに顔をそらした。クロエはその見慣れない態度を不思議に感じた。

 

 「どうしたのよ」

 

 「私、雷が怖くなっちゃったみたいなの……」

 

 店内を静寂が包み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぷっ」

 

 最初に吹き出したのはクロエだった。笑いは伝染し、他の客、終いにはマスターでさえも笑い声を上げていた。

 

 「ええちょっと!そんなに笑わなくてもいいじゃん!」

 

 「雷が怖いって子供みたいじゃない!はーおかしい!おかしくて笑い死にしそう!」

 

 「もーう」

 

 「じゃあ雷からは私が守ってあげないとね」

 

 頬を膨らませたノエミをクロエは抱きしめる。まだ吹ききれていない髪がクロエの服を濡らした。

 

 「おお!いいぞお嬢!」

 

 「そのままお持ち帰りしろー!」

 

 周りの客からはそんな野次までとんでくる始末だ。

 

 「そうね……私も濡れちゃったしどこかで雨宿りしていきましょうか」

 

 クロエはそう言うとカウンターに少し多めにお金を置き、外に出てノエミの持ってきた傘をさした。

 

 「何をぼーっとしているの?早く行くわよ」

 

 「ああ、うん!」

 

 ノエミはクロエの隣に立って、同じ傘の中に収まった。

 

 マスターは用意した傘を後手に隠しながら、一礼して仕事に戻っていった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「えっと……クロエ、ここって」

 

 「えっ何?」

 

 クロエとノエミの眼の前には男女で入る目的で作られた宿がある。

 

 「ここならお風呂もベッドもあるから休憩にちょうどいいでしょう?」

 

 「それとしても何か別の方法が……それに家に帰るっていうのも」

 

 「あなたは平気かもしれないけど私は無理よ。こんなに濡れてたらすぐに風邪を引いてしまうわ」

 

 そういって問答無用でクロエは中へと入っていく。ノエミにはクロエがすこしウキウキしているように見えてしまっていた。

 

 

 部屋の中は意外にシンプルだった。ビジネスホテルとちがうのは、やはりガラス張りのお風呂だろう。

 

 「先にお風呂に入りましょうか」

 

 そういってクロエはノエミの手を引く。人形とはいえ生体パーツからの老廃物があるので、シャワーを浴びる事は決して無意味ではない。しかし、シャワーを浴びるのは一ヶ月に一回でも多すぎるくらいだ。ましてやダミー人形ともなれば、シャワーを浴びる事なく命を終える者も少なくはない。

 

 「やっぱり不思議ね……製作者は何を考えていたのかしら」

 

 ノエミは終始無言だった。何も言わないまま服を脱がされ、風呂場へと連れ込まれ、シャワーとともに注がれるクロエの視線に耐えていた。

 

 「このハリとかまさしく人間のそれよね」

 

 クロエの指に押されてノエミの柔肌が変形する。そのくすぐったさで、ノエミはおかしくなっていまいそうだった。

 

 ぼーっとしている間にシャワータイムは終わっていた。バスローブを着て風呂場をでる。ベッドの方を見ると、そこには一着の服が、未使用と書かれた紙とともに袋に入っていた。

 

 「これは?」

 

 「ああ、入るときに頼んでおいたのよ」

 

 そう言って袋を破き、中から服を取り出す。それはセーラー服だった。

 

 「さあ、これを着て?」

 

 「えっ?私?」

 

 「他に誰がいるのよ」

 

 クロエはさも当たり前であるかのようにそう言い放った。

 

 「えー」

 

 「ほら、早く着替えなさいよ。帰りに好きな本を買ってあげるから」

 

 「……しょうがないなあ」

 

 渋々と着替え始めるノエミを横目に、クロエは画材を用意し始める。

 

 

 それは数時間後、クロエの集中力が途切れベッドに突っ伏すまで続いた。

 




女同士、密室、数時間、何も起きないはずがなく

をやろうとしたんですけどね。クロエでは無理でした。あとこの小説は全年齢版ですし。
それと、ノエミが傘をささなかった理由は、人形には自分が濡れないように傘をさすという思考がないためなんですが書ききれませんでした。


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七枚目 アルバム

本当におまたせしました。今後さらに忙しくなっていく予定なんですが、なんとか続けていきたいと思っています。応援よろしくおねがいします。


 「……これは夢?」

 

 クロエは目の前に広がる大豪邸に、目をこする。紛れもなく、それは彼女の生まれ育った実家だった。

 

 「ああ、なつかしいわね。10歳頃だったかしら」

 

 手入れされた花々は彼女を歓迎しているわけではないようで、花びらが顔にまとわりつく。

 花びらをはらって庭園へと目をむけると、そこではパーティーが開かれていた。きらびやかに着飾った人々は、みな笑顔で飲み物を片手に歓談していた。

 

 

 人々の話題の中心は、ここに住む一人娘の話だ。

 

 

 神は彼女に才能を与えた。武器をもたせれば成人相手に引けを取るどころか、逆に手玉に取ってしまう。ペンをもたせれば、一度ですべてを吸収して自分の知識にしてしまう。服を与えれば完全に着こなし、楽器をもたせればうっとりとするような音色を場に響かせる。

 

 「皆様、本日は私の誕生会へとお越しいただきありがとうございます」

 

 家から出てきた少女は優雅に礼をする。次々へと祝いの言葉を述べる者たちへ丁寧に対応しても、彼女の顔に疲労の色は見えず、笑顔を絶やさない。

 

 「ああ、何もかもなつかしいわ。おじさん、おばさんに、こっちは大臣だったかしら。私の誕生会というだけなのによくこんな人たちが集まったわね」

 

 クロエは懐かしげに参加者の顔を記憶と一致させていく。その中に、面白い少女を見つけた。

 

 「ほ、ほ、本日はお招きいたきき」

 

 明るい髪色をした少女は、緊張で口がうまく動かずに顔を真っ赤にしてしまった。

 

 「そんなに緊張しなくてもいいんだよ。始めまして、私はクロエ。あなたは?」

 

 「あ、ありがとう。私は、カリーナっていうの」

 

 「カリーナ、いい名前ね!お友達になってくれない?」

 

 「えっ良いの!?」

 

 少女二人は楽しそうに笑う。そういえばこんな頃もあったと二人の様子を見てクロエも笑う。

 

 「カリーナ、今はどうしてるのかしら。成人する前に家を出てしまったと聞いたし、今は名前も違うかもしれないから探すのは不可能ね……」

 

 

 二人の少女は庭園から少し離れたウッドデッキの椅子に腰掛ける。

 

 「ねえカリン!あなたは将来何になりたいの?」

 

 「カリン?それって」

 

 「カリーナっていうよりも親しみやすそうでしょう?私のことはクロって呼んで」

 

 「うん、わかったよ!」

 

 二人の少女は笑う。それはクロエにとって、この時代唯一の屈託のない笑顔だった。

 

 

 

 時が倍速したかのように眼の前を過ぎ去っていく。

 

 先程までの賑わいはすでにそこにはなく、聞こえてくるのは人の声ではなく炎の燃える音だ。そこに人間の姿はなく、武骨な人型のなにかが火炎放射器で庭や家を片っ端から燃やしている。

 すぐ近くまで記者が来ているが、人型のなにかは彼らに危害をくわえる様子はない。

 

 これは見せしめだった。それと同時に、正体不明のテロリストたちの悲痛な叫びでもあった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「……まだ覚めてくれないのね」

 

 クロエは空から地面を見下ろしていた。下に広がる廃虚群は、どことなく先日ノエミを拾った景色に似ていた。

 

 「隊長、失礼します!」

 

 軍服を着た男が部屋の中へと駆け込んで来る。入った途端に部屋に充満する死臭にすこし顔をしかめるが、そんな慣れたものによって吐き気で動けなくなるほどヤワな男ではない。

 

 「どうしたの?」

 

 「報告します!……南を防衛していた班との連絡が途絶えました!」

 

 「そう……東に続いて南まで……」

 

 隊長と呼ばれた彼女は気に病むフリをする。今の彼女には死者を弔う前にすることがあった。

 

 「いますぐに動ける人員をあつめなさい。まだ持ってる北、西の班と合流して撤退するわよ」

 

 「はい!すぐに!」

 

 男が部屋から飛び出していく後ろ姿を見ながら、バッグの中に机の上に広がる金属プレートと紙の束を詰め込む。部屋の中には、すでに物言わぬ死体だけとなる。

 

 「帰ったら絵描きにでもなろうかしら」

 

 紙の束から抜け落ちた一枚を手に取る。そこには、部屋に転がる死体の一人の似顔絵が描かれていた。絵の中の人物は今にも動き出しそうなほどにリアルに描かれていた。現実ではもう二度と動くことはない彼らの生前の一部を、そのまま切り取ったような絵だった。

 

 

 

 

 その隊は帰還後、英雄たちとして各メディアで大々的に宣伝された。奇跡の生還として本まで書かれる始末で、不謹慎だという声が少し聞こえるときもあった。

 しかし、その奇跡の隊を率いた隊長である彼女のことは、いかにしつこいメディアでも追うことができなかった。異常なまでの情報統制は、その彼女が一枚の絵をオークションに出品するまで彼女の正体を隠し続けた。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 彼女は自由だった。なにもない荒野を歩いたり、誰もいない廃虚街へと向かったり、さまざまなところへと行き筆を取った。その絵は驚くほど高値で取引され、彼女の口座には一人では使い切れないような額が度々舞い込んだ。

 

 いつも絵を描く側の彼女だったが、その日は少しいつもとは違った。

 

 孤児を保護しているその病院では多くの子供がサッカーをしていた。この中でサッカーがやりたかった子がどのくらいいたのか定かではない。訪問者のお土産であるサッカーボールを使ってみていただけかもしれない。しかし、そこには笑顔があった。子供特有の笑顔に混じって、心の底から笑っているクロエの姿も、そこにはあった。

 

 「あなたも一緒にどう?」

 

 「いいえ、身体を動かすのは得意ではないの」

 

 「そう。それは残念ね……っとそれは?」

 

 少女はスケッチブックを身体で隠した。

 

 「な……なんでもないよ」

 

 「お姉さん気になるな~」

 

 「……下手だからって笑わない?」

 

 クロエがうなずいたのを見て少女はゆっくりとスケッチブックを開いた。そこには子供たちとサッカーをするクロエの姿が描かれていた。

 

 「驚いたわ……きっとあなたみたいな人を天才というのね」

 

 「クロエさんのほうがすごいよ。私にはクロエさんのようには描けないよ」

 

 少女は笑う。

 

 「あきらめるのはまだ早いわよ。そうだ、今度私のアトリエに来てみない?いろんな画材が試せるわよ」

 

 「えっ!いいんですか!ぜひお願いします!」

 

 少女の目には期待と希望の色が浮かんでいる。

 

 「それじゃあ院長に話を通しておくわ」

 

 「はい!お願いします!」

 

 少女は心から笑っていた。彼女の脳内は、今後のことでいっぱいになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その病院が戦闘に巻き込まれ全滅したことをクロエが知ったのは、しばらく後だった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 「……ロエ、クロエ!」

 

 「っ!」

 

 クロエは飛び起きる。セーラー服を着たノエミが、心配そうな顔をしてこちらを見ている。

 

 「大丈夫?うなされていたみたいだけど」

 

 「ええ、昔の頃の夢を見ていただけよ」

 

 「昔?つらいことがあったの?」

 

 「その話はやめにして、こっちに着替えてくれないかしら」

 

 そう言ってクロエがクローゼットから取り出したのはメイド服だった。

 

 「ええ~」

 

 「ほら、いいからいいから」

 

 それからまた数時間後、ノエミをモデルにした絵がもう一枚できるまでクロエは一心に筆を動かし続けた。それは熱心なようにも見えるが、どこか現実逃避しているようにノエミの目に映った。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「かわいい~」

 

 ノエミの目はアルバムに収められた写真で埋め尽くされていた。写真に映る幼い頃のクロエの姿は、まさに美少女だった。アルバムを本棚に置いていたことが仇となり、公開処刑のごとくクロエの眼の前でノエミはそれを広げた。

 

 「なんか恥ずかしいわね……」

 

 「それにしてもすごい家だね。あとこれは……海外の軍?」

 

 「父親が軍のお偉いさんだったから、よく挨拶に来たひとたちに可愛がられてたのよ」

 

 「ふーん……ん?この人って」

 

 「どうしたの?誰か知り合い?」

 

 ノエミの目が止まった写真には、ガタイのいい男に抱っこされているクロエの姿があった。

 

 「たしかこの人って」

 

 「今はPMCの社長をしてるって聞いたわ。もしかして上司かしら?」

 

 「たぶんそう。……笑ってるとこ初めて見たかも」

 

 幼女と戯れる若かりし頃の上司の姿を見て、ノエミは少し複雑な気持ちになった。

 

 ページをめくろうとして、その手をクロエに止められる。

 

 「今日はそれくらいにしておきなさい」

 

 言外にその先を見てほしくないと言っているようだった。

 

 

 もちろん、そんな言い訳でノエミの手は止まらない。むしろ着せ替え人形にした仕返しをしてやろうとページをめくる。

 

 「もう……だから見せたくなかったのに」

 

 クロエはやれやれと頭を迎える。それに比べノエミはその写真に釘付けになった。

 

 

 

 

 「それはまだ幼い頃の絵のコンクールで入賞したときの……ノエミ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あっごめん、あまりの情報量にすこし呆然としちゃったみたい」

 

 「もう、写真越しの絵もダメなのかと思ったじゃないの」

 

 「うん。それよりこのクロエもすっごくかわいいね。このゴシック風ってのが――」

 

 「ねえノエミ」

 

 ノエミの言葉をクロエが遮った。ノエミは少し驚いた表情をしたあと、首をかしげる。

 

 「どうしたの?そんなに深刻そうな顔をして」

 

 「あなた……なんで泣いてるの?」

 

 「えっ?」

 

 ノエミが急いで目元に手をやると、確かに涙が流れていた。

 

 「なんで……私……」

 

 「ちょっとノエミ!」

 

 頭を抱えてうずくまるノエミにクロエは駆け寄る。

 

 「私……この絵を知ってる……45姉と……一緒に……」

 

 そんなはずがないとノエミは知っていた。彼女は戦場にしかいったことがない。オリジナルの9であればまだしも、彼女に45との記憶が存在するはずがなかった。

 

 「私は……誰……?いったい誰の記憶なの……」

 

 視界がエラーダイアログボックスで埋め尽くされていく。

 

 

 

 

 突然糸が切れたように崩れ落ちるノエミをクロエは抱える。電源が切れたわけではないようで、苦しそうな表情をしていた。

 

 「しょうがないわね……」

 

 クロエは受話器をとり、番号を押す。電話はすぐにつながった。

 

 「クロエ先生!?とつぜんどうしたんですか!」

 

 「ディーラーさん、この街で一番の人形技師の住所を探してほしいのだけれど」

 

 「は、はい。でもこのご時世に人形技師なんて数えるほどしか……そういえばうわさ程度ですが、最近引っ越してきたプログラマーが傍らに人形を従えているとか」

 

 「その人の住所は?」

 

 「さすがの私でもこれだけの情報からでは」

 

 「わかったわ、ありがとう。次作は1カ月以内に送るわ」

 

 「えっ!本当ですか!では展示会をしてその後に――」

 

 「切るわね」

 

 クロエは受話器を戻すと、今度は他の番号へと電話をかけはじめた。

 



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八枚目

誤字脱字等ありましたらご指摘よろしくおねがいします


 「ここね……」

 

 クロエは車を降りてサングラスを外す。目の前にはこぢんまりとした一軒家が立っている。まるで人を避けたかのような立地は、この家に住む人物が只者ではないことを明らかにしている。

 

 呼び鈴を鳴らすと、ちょうどノエミのような声で返事が帰ってきた。

 

 「どなたですか?」

 

 「私はクロエ、ここに凄腕のプログラマーがいるという噂を聞いたのだけれど」

 

 「そうですか。しかし残念ながらここには私一人しか暮らしてませんよ」

 

 言葉の裏に早く帰ってくれという意が含まれているのがありありとわかった。

 

 「……はあ、普段ならこんな手は使わないのだけれどね」

 

 クロエはバッグから一枚の紙を取り出す。

 

 「私は一応絵描きをしていてね、こんな絵を描いているのだけど見覚えはないかしら」

 

 「私は絵なんて知らな……え……あ……」

 

 スピーカーから聞こえてくる声が小さくなっていく。そして、人の体くらいの重さのものが倒れた音がした。

 

 「ねえ、大きい音がしたけど大丈夫なの?」

 

 返事は返ってこない。

 

 「これは救命行為だから仕方のないことよ」

 

 クロエはリビングに通じているであろう大きなガラス窓を、車に備え付けの緊急脱出用ハンマーで割る。簡単に砕けたそれの破片に気をつけながら、中に入ると、見覚えのある少女がインターホンの親機の前で倒れていた。

 

 「本当に瓜二つなのね」

 

 倒れている少女を抱えると、リビングのソファへと寝かせる。今頃彼女は夢の中だろう。

 ついでにと車にのせてきたノエミもリビングへと移す。二人を横に寝かせてみれば、まるで双子の姉妹のようであった。

 

 「さて、本題に入らないといけないのだけど、銃を下ろしてもらえるかしら?」

 

 「無理だ。お前は何者だ」

 

 身体を扉で隠しながら、男は銃を握る手に力を入れる。

 

 「私?私はクロエ。しがない絵描きよ」

 

 「その子をどうやってシャットダウンさせたんだ」

 

 「……知らないわよ。インターホン越しに倒れる音が聞こえたから急いで入ってきただけよ?ガラス代は弁償するから許してくれないかしら」

 

 「嘘だな。あんたは明らかに彼女が人形であることを知っていた」

 

 「降参よ。私は争いに来たわけじゃないの。本来の目的の話をさせてちょうだい」

 

 「本来の目的?」

 

 「ええ、私は襲撃しに来たわけじゃないの。むしろ助けをかりにきたのよ」

 

 「助け?もしかして人形のことか?」

 

 「ええ」

 

 男が銃を下ろしたのを見てクロエは上げていた手を下ろした。

 

 「この子、突然動かなくなっちゃったのよ。これを見たあとにね」

 

 男はクロエの差し出した写真を見た。

 

 「幼い頃のあんたの写真か?これとなんの関係が」

 

 「そうね……まずはあなたの彼女を眠らせたタネの話からしましょうか」

 

 そう言って差し出したのは戦場の様子が描かれた絵の写る、一枚の写真だった。

 

 「絵描きっていうのは本当のようだが……この絵となんの関係が?」

 

 「わからないの。ただあの子ったら絵を見るたびに不調になっていくの」

 

 「そんな不確定なものを9に使ったのか!」

 

 「大声を出さないで、彼女が夢から目覚めてしまうわ」

 

 「夢?人形が夢を見ないというのを知らないのか?」

 

 「知ってるわよ。だからこそ、今彼女には夢の世界を楽しんでほしいのよ」

 

 男は受け取った絵をまじまじと見つめる。

 

 「確かに絵は上手い、だがそれだけだぞ?」

 

 「言ったでしょう?私にもどうしてこう作用するのかわからないの」

 

 「……わかった。ただし彼女が起きて無事が確認できてからだ」

 

 「ふーん、大事に思っているのね。でも恋愛感情というよりは……背中を預けた相棒のような」

 

 「詮索するはやめてくれ」

 

 男は端末を開き、なにかをタイピングし始める。

 

 「これ借りるぞ」

 

 クロエの絵をとりスキャナに通すと、再び端末に向き合い、難しい顔をする。

 

 「なんだこの解析結果は……こんな偶然が?」

 

 「なにかわかったのかしら?」

 

 男はしばらく悩んだ様子をみせる。

 

 「あんたの絵は危険だ。それこそ世界が揺らぐ程にな」

 

 「どういうこと?」

 

 「簡単に言うとだな、この絵を人形が見たときにある図形を見つけるんだが……その図形がどういうことやら偶然システムの穴を付いてやがるんだ。その図形は人形の保護されたプログラムを容易く書き換え、その変更に耐えられなくなったプログラムが自動的にスリープモードに移行して変更処理を優先実行しているみたいだ」

 

 「偶然の出来事っていうわけ?でもこの絵以外にもノエミは……」

 

 「それはもう才能の域だろうな。あんたの絵には人形で成り立っている現代社会を崩しかねない力があるということだ」

 

 「でも私の絵は世の中に結構出回っているとは思うのだけど」

 

 「人形が突然夢を見るようになったと言って信じる人間はいないさ。それにそんなことを言えば壊れたと思われかねないから言わない人形が大半だろう」

 

 「そんな偶然が折り重なることなんてあり得るのかしら」

 

 「ありえてしまってるから困っているんだろう?あんたの絵は人形にとっての特効薬だ、このことが知れ渡ったら大変なことになるぞ。最悪あんた一人のために戦争が起きる。しかも人間同士が直に戦うレベルのな」

 

 「私一人のせいで……?」

 

 クロエは椅子に座り込む。頭に思い浮かぶのは戦場に居た頃の記憶だ。自分の絵があの状況を引き起こすとなれば、彼女にできる選択は限られてくる。

 

 「私は――」

 

 「死んだほうが良いなんていわないでよね?」

 

 「ひっ!」

 

 突然耳元から声がしてクロエは飛び上がる。聞き慣れたはずである声だったが、どこか違和感がある。

 

 「さっきは素敵な時間をありがとう、クロエさん」

 

 「えっと……9でよかったかしら」

 

 「うん、私はUMP9。どうやらダミーの一人がお世話になってるみたいだね、保護してくれてありがとう」

 

 「ど、どういたしまして」

 

 「9、話はそれくらいにして二階に行くぞ」

 

 「ん、なに?」

 

 「システムチェックをする。それがその子を救う条件だ」

 

 「私は大丈夫だよ?だからあの子を――」

 

 「駄目だ」

 

 「……はーい。クロエさん、ちょっと待っててね」

 

 二人が階段を上がっていく様子を見ながらクロエはノエミの側へと座る。まだ苦しそうにしており、その顔をそっと撫でる。

 

 

 しばらくすると男が降りてくる。その後ろからは顔を赤らめた9がついてきている。

 

 「ちょっと9に何したのよ」

 

 「ただ夢の内容を聞いただけだ。それよりその子を上に運ぶ」

 

 「いえいいわ、私が運ぶから」

 

 軽々とノエミを持ち上げたクロエをみて、男はどこか複雑そうな表情を浮かべながら上の階へと案内した。

 

 案内された部屋は普通の部屋だった。一つ言うのであれば、置いてある端末が一般よりも大きいことであるくらいだ。

 

 「それじゃあ接続ケーブルを差してくれ」

 

 男から差し出されたケーブルを、ノエミの首へと繋ぐ。接続によって処理内容が強制的に切り替わり、ひとまずノエミの表情は和らいだ。

 

 「それじゃあ始めるが、時間がかかるぞ」

 

 それは気遣いのつもりだったのだろう。しかしクロエはこの場にいることを選択した。

 

 「ええ、ここで見ているわ。始めて」



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9枚目 夕日の沈む街で

 

 「これは困ったな……」

 

 静かな部屋でポツリと呟いた。クロエと9はこの場にいない。彼女らは二人で仲良く買い物に出かけてしまったのだ。

 

 「手詰まり……か」

 

 彼の技術不足ではない。しかし、彼にノエミは治せない。

 

 端末の画面にはこう表示されていた。

 

 

 Errors is Not Found...

 

 

 =*=*=*=*=

 

 「というわけだ。残念だが俺には治せない。俺は壊れているものを直すことしかできない」

 

 「そう……それじゃあノエミはもう」

 

 クロエは少し俯いた。しかし、彼女の表情は動かなかった。何も言わなくなってしまったクロエに反して、9は声を荒らげた。

 

 「そんな!どうにかならないの?」

 

 「無理だ。下手にメインシステムに手を出すと初期化しかねない。ダミーってのは案外雑に作られてるんだよ」

 

 「せっかく会えたのに……でもエラーが見つからないなんて。なんでかはわかったの?」

 

 「これは仮説に過ぎないんだが、絵がマインドマップに直接作用しているんじゃないか?それならエラーは出ない。マインドマップはほぼ無制限に書き換えを許可しているから、最新情報に書き換わっていることが正常な状態になるんだ」

 

 「絵がマインドマップに直接……」

 

 9は何か引っかかったものがあったのか、立ち上がって窓を見る。そこからは一台の見慣れぬ車が見えた。その後部座席には外からでもわかるくらいに多くの画材が詰め込まれている。

 

 「そうだよ!絵だよ!」

 

 9はクロエの肩を持って揺らす。

 

 「ど、どういうことかしら?」

 

 「クロエさん!新しく絵を描いて!今身動きできない状態が書き込まれているなら、新しい状態で上書きしちゃえばいいんだよ!」

 

 「おい待て9、そもそも起動すらしないんだぞ?どうやって絵を見せるって言うんだ」

 

 「絵はべつに直接見る必要はないんでしょ?写真やカメラ越しでも効果があることは実証済みだし!」

 

 「それでノエミは起きるの?」

 

 「わからない……がやってみる価値はありそうだ。よし、俺は起動してない状態でも絵を認識させるシステムを作る。だからあんたは絵を描いてくれ」

 

 「ええ……わかったわ」

 

 クロエは決意した表情を浮かべた。

 

 だがしかし、その瞳には不安しか写っていなかった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「もしもし?……はい、また今回も……ありがとう、また描いたら送るわ」

 

 受話器を置くとクロエはソファに身体を沈めた。辺りにはゴミ箱から溢れたボツの絵が散乱している。

 

 

 ノエミを男の家に置いて帰って一週間がたっていた。一日筆を動かし続けても、彼女は納得できる絵を描けていなかった。

 それでも一縷の望みにかけて絵を送っているのだが、なぜか効果がないという返答のみが帰ってくる。9がその身を犠牲にして実験台となってくれているのに、期待に応えられるような絵はまだ描けない。

 

 

 

 

 目を瞑ってしばらく動かないでいると、呼び出しベルが鳴る。

 

 「鍵は開いてるわ、はいってどうぞ」

 

 「クロエ先生、不用心ですよ……ってなんですかこの散らかった部屋!」

 

 「ああ、ディーラーさん。こんにちは」

 

 「のんきにあいさつしている場合ですか!もうひっどい隈までつけて」

 

 「ごめんなさいね、最近寝ていなくて」

 

 「……ご飯を食べた形跡もないですし」

 

 「たしか朝は食べたわ……いえ、あれは昨日の朝だったかしら」

 

 「おまけに描きかけの絵の山ですか。とりあえずなにか食べるものを買ってきます。せめてシャワーでも浴びていてください!」

 

 そういうとディーラーさんは慌ただしく部屋を出ていった。

 

 のっそりとソファーから立ち上がると、クロエはシャワーを浴びに行く。冷たい水を浴びると、寝不足や栄養不足でぼーっとしがちな思考が冴えてくる気がした。

 

 「はあ……私何をしているのかしら……」

 

 浴室の壁に頭をつく。

 

 

 

 しばらく浴室にはシャワーから出た水の音しか流れなかった。

 

 「わたしらしくないわね」

 

 シャワーを止める。鏡に映るクロエの顔には、憑き物が取れたような表情が浮かんでいた。

 

 「クロエ先生、食事用意できてますよ」

 

 「ええ、ありがとう」

 

 「……もう大丈夫そうですね。絵の締切は来月に延期していますので安心してください」

 

 「さすがは私専属ね。でもその心配はないわ」

 

 「ですが……ここ最近は納得のいく絵を描けてないのでしょう?上の者たちはクロエ先生が納得のいく絵を見てみたいと言っていましたが」

 

 「だから言っているでしょう?この私が1カ月と言ったのよ?いままでに私が締切を延ばさせたことがあったかしら」

 

 「……わかりました。こちらも準備に入っておきます。絵ができ次第連絡をください」

 

 「ええ、わかったわ」

 

 「それでは私は帰りますが、くれぐれも食事を抜かないようにしてくださいよ?それとちゃんと寝てください」

 

 ディーラーさんは心配そうにしながらも、クロエの部屋から出ていく。ディーラーさんを見送ったクロエは、出かける準備を始めた。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 クロエは車を走らせていた。もう少しすれば街の門が見えてくるころだろう。日はすでに沈みかけており、視界は真っ赤に染まっていた。

 

 「数日じゃ無理だったわね……」

 

 後部座席には何枚もの絵が無造作に詰め込まれていた。そのどれもが、描かれたものを台無しにするように赤い絵の具でバツ印がついていた。

 

 

 検問を通り抜けて街へと入り、しばらく車を走らせる。そういえば今日は朝から何も口にしていないと思い出したクロエは、車を降り店へと入った。

 

 「おや、クロエちゃん。ここにくるのは久しぶりだねえ」

 

 カウンター席を片付けている老婆は、優しそうな笑みでクロエを迎えた。

 

 「こんにちは。おばちゃんも元気そうでなによりね」

 

 「おかげさまでね。ちゃんとご飯は食べているのかい?」

 

 「ええ、まあね」

 

 「……まったくこれだから最近の若い者は。ほら、ここに座んなさい」

 

 「ありがとう」

 

 老婆は厨房に入ると、素早くも正確な手さばきで料理を作り上げていく。

 

 数分して出てきたのはお馴染みの定食だった。純和食の一膳は、消化器官が弱っているクロエの喉をすんなりと通った。

 

 

 「えっと、”ごちそうさま”。でよかったかしら」

 

 「ふふふ、金髪の白人さんが言うと違和感が拭いきれないわね。”お粗末さまでした”」

 

 「やっぱりここはいい店ね。また来るわ」

 

 「いつでもいらっしゃい」

 

 店を出ると、最も街が赤く染まる時間帯だった。しばらくぼーっとその景色を眺めた後、車へと向かう。

 

 

 ふと、ある二人の姿が目に入った。若いカップルだろうか、夕日へと向かって仲睦まじくあるく姿は、夫婦のようにも見えた。

 

 特段と珍しい光景でもない。この夕日の綺麗な街に、若いカップルは数多くいる。きっとこの後家なり宿なりへと帰っていくのだろう。他の人間なら、目にも留めなかったであろうごく普通の光景だった。

 

 しかし、クロエは違った。慌てるように車に乗り込み、急いで車を走らせる。駆け込むように家へと飛び込むと、窓際のイーゼルに新しいキャンバスを立てる。

 

 下書きなどいらなかった。彼女の頭の中には、先程の光景が鮮明に焼き付いたままだった。

 

 ミスなどない。ミスのように見える塗りも、それを逆にいかして味のある絵としていく。

 

 

 筆が止まるのは新しい絵の具を取りに行くときくらいなもので、少なくとも彼女の手は止まることはなかった。

 

 

 

 「はあ……はあ……できた!」

 

 目の前の絵は、久々に描けたクロエが満足できる出来栄えだった。

 

 

 写真を撮って車へと乗り込む。この絵だけは、自分で直接届けたかった。車を走らせて目的地へと着くなり、呼び鈴を鳴らす。

 

 「はいもしもし、ってクロエさん?どうしたんですか」

 

 「絵ができたわ」

 

 「……そうですか。どうぞ」

 

 解錠音がしたのを確認して、クロエは中へと入っていった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「じゃあ行くぞ」

 

 「ええ、お願い」

 

 クロエはノエミの手を握る。

 

 

 実行キーを押す音が部屋に響く。プログラムは動き出し、ノエミへと絵を視覚情報として送信し始める。

 

 部屋を嫌な静寂が満たす。絵を見てからその効果が現れるまでに少し時間がかかることはわかっていた。しかし、未だピクリともしないノエミを見ると、また失敗してしまったのかと勘ぐってしまう。そして、これ以上の絵を描けないクロエにとってそれは、もう手段がなくなってしまうことを意味していた。

 

 数十分がたっても、ノエミは起き上がらなかった。男が9に支えてもらいながら、その不自由な足で部屋を出ていったあと、部屋には動かないノエミと祈るように手をにぎるクロエだけとなった。

 

 

 端末の画面には、送信が完了している旨を伝えるダイアログボックスが表示されていた。しかし、ノエミのシステムをモニタリングしている画面は止まったままだった。

 

 

 

 

 「無理みたいね……」

 

 一時間が経過した。クロエは立ち上がり、最後に自分の絵を見ようと端末を操作して写真を表示しようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノエミのシステムに、マインドマップの更新を伝える一行が刻み込まれていた。

 

 「……あれっ?え……どうして……クロエ?」

 

 「ノエミ?良かった……目が覚めたのね……」

 

 クロエはノエミに抱きつく。

 

 「クロエ!私、もうあなたと話すことすらできないかもって……」

 

 クロエはノエミを抱く腕に力を込める。

 

 「良かった……本当に……よか……った……」

 

 クロエの全身から力が抜け、その場で崩れ落ちる。

 

 「クロエ!ねえちょっと!」

 

 倒れた音に気づいたのか、9が部屋の扉を勢いよく開いた。

 

 「大丈夫!?って目醒めてる!?」

 

 「えっ?オリジナル!?って今はそれどころじゃない!クロエが!」

 

 「みてみるね……」

 

 9がクロエの様子をみている間、ノエミは端末の画面に映るクロエの絵と自分のシステムのモニタリング画面を見つけた。

 

 「そうか、私クロエの絵で……」

 

 「ノエミだったよね。残念だけどクロエさんは……」

 

 9は顔を下に向ける。

 

 

 

 

 「ただ寝てるだけみたい」

 

 「……えっ」

 

 「たぶん絵を描くために徹夜したんだろうね」

 

 「もう……」

 

 「クロエさん、いつか睡眠不足で倒れちゃうかもしれなかったんだね。あなたが起きるなり眠ってしまうなんて」

 

 「でも起きてからしばらくは……そう私に抱きついて……あっ」

 

 「……ふーん、二人ってそういう関係なんだ」

 

 「ちっ違うよ!ただ一緒のベッドで寝てるだけで!」

 

 「へえ、それでどこまで進んでるの?キスくらいはした?」

 

 「だからそういう関係じゃないって!」

 

 「ははは、冗談だよ。まったくかわいいなぁもう」

 

 わしゃわしゃとノエミの頭を9が撫でる。

 

 それはまるで、仲の良い姉妹のようだった。

 

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。次話を字数少なめの後日譚にして、この小説は完結ということにしたいと思います。

質問や設定の補足説明が欲しい方は是非連絡をください。感想欄、メッセージ、Twitterでいつでも受け付けています。


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十枚目 最後の一枚

 「さあ今晩のオークションの大目玉。次はあの伝説の絵描きによる最新作です!」

 

 騒ぎ立てるほど無粋な者はこの場には存在しなかった。皆がみな、息を飲んで備える。中には、周りの者へと牽制とばかりににらみつける者もいた。

 

 司会者がその絵の布を取り去る。

 

 

 会場から声が消えた。誰もがその絵に目を奪われていた。その絵はただ夕焼けの中を帰る二人の男女だった。言葉で書くと味気なく見えるその絵に、誰もが執着した。

 

 プライドなんてものもない。誰もが自分の出せる限界まで出して落札しようと戦った。それは金銭による戦争だった。誰もがその絵に惹かれ、その絵を手に入れようとした。

 

 

 落札額は、絵画においての最高額を塗り替えた。絵を手に入れた彼は、ほぼ全財産を失ったが、その後の人形ビジネスで大成功を収め、大富豪の仲間入りをしたというのはまた別の話である。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「ねえ!この絵って私たちだよね!?」

 

 少女は新聞に載っている絵を指さしながらそういった。

 

 「だろうな……恥ずかしい」

 

 「でももしかするとこれのおかげでお店が儲けるかも」

 

 「さすがにそれはないだろー」

 

 男はそう言って笑った。

 

 

 それから数日後、彼らの店が今まで以上の売上を記録することを、彼らはまだ知らない。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 その絵描きは、珍しくも生前から絵が売れた。しかし、最初からその絵描きに実力があったのかといえば、嘘になる。その絵描きは親の権力を使い、自らの絵をオークションに出したのだ。親に媚を売りたい者がこぞってその絵に金をつぎ込み、まるで人気の絵描きのようになった。

 

 しかしある事件の後、絵の出品がピタリと止まった。突然の失踪を人々は惜しんだ。しかし、すぐに新しい物へと目移りしていき、一度完全にその絵描きは世界から消えた。

 

 数年後、匿名でオークションに出された絵があった。その絵は従軍経験を元に描かれたものらしく、見ただけでも身の毛のよだつほどの戦場が描かれていた。その絵はここ数年の落札価格記録を打ち破り、その絵を手に入れた富豪は新しいビジネスで大成功を収めた。

 

 その絵が件の絵描きのものであることは、一瞬で広まった。世間はその絵描きの絵を求めた。絵描きはその期待に答えようと、数多くの絵を出品した。

 最初にその絵描きがオークション会場からいなくなったとき、出資者たちは気にもとめなかった。彼らには、財の象徴である絵にしか、興味がなかった。

 

 

 絵の雰囲気が変わったことを、誰も気が付かなかった。

 

 

 久々に人前に件の絵描きがでたとき、その顔には不満が浮かんでいた。しかし、出資者たちは気が付かない。絵描きの表情よりも、絵の内容よりも、その絵につく値段だけが彼らの興味をひいた。

 

 

 絵の雰囲気がまた変わった。

 

 

 出資者たちはこぞってその絵を買い求めた。誰もが、その絵を毎日眺めていたいと思った。その絵が、直接訴えてくるようだった。

 

 オークション会場に絵描きが来ることは無くなった。しかし出資者たちは気にすることがなくなった。不定期に送られてくる絵だけが、絵描きの生存を確認する術だった。彼らの興味は絵描きの人物像でも、絵の価値でもない。描かれた絵の内容だけを彼らは求めた。

 

 

  =*=*=*=*=

 

 

 「はぁ、やっぱり█████産のコーヒーは美味しいわね」

 

 クロエはマグカップを傾けながら、眼下に広がる廃虚街に目を向ける。

 

 「よしっ、描くとしますか」

 

 無造作に筆をとると、自由にキャンバスに走らせる。クロエの顔には紛れもない笑顔があった。彼女は絵が描くのが楽しくて楽しくてしょうがないといったようだった。

 

 

 「うん、なかなかの出来栄えね」

 

 数時間後、動き続けていた筆がとまった。目の前には、彼女の感性を満足させる絵が出来上がっていた。

 

 「クロエ、新しい絵ができたの?」

 

 「ええ、どうかしらこれ」

 

 ノエミは目の前のキャンバスへと目を向ける。

 

 廃虚街にポツンと一人の人影が描かれただけのそれは、絵の完成度として素晴らしいの一言で言い表せた。

 

 しかし、ノエミには別に感じることがあった。それは叫びだ。描かれた人物が、ノエミに対して訴えかけてくる。

 

 

 「ノエミ?大丈夫?」

 

 「うん、大丈夫だよ」

 

 ノエミは座っているクロエに後ろから抱きつく。絵の具の匂いが、ノエミの鼻をくすぐる。

 

 「ちょっと、汚れるわよ?」

 

 「えへへ大丈夫だよ」

 

 「まったく。よし、それじゃあ帰りましょうか」

 

 「うん!」

 

 二人は車に乗り込み、家へと帰る。二人だけの家に。

 





 ここまで読んでくださりありがとうございます。無事、この作品でも完結をつけることができました。これも皆さんが応援してくださったおかげです。

 そして、この作品をもって一度、「少女隠線」から続く作品群を閉じさせていただきます。気づけばもう5カ月近く続けていました。初投稿のときを懐かしく感じてしまいます。
 そしてすでに気づいていらっしゃる方がいると幸いですが、新作品を投稿させていただいています。作品の主人公はいつもどおりなのでわかりやすいですかね?

 ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。今後も畑渚を
よろしくおねがいします。それではまた次の作品で会いましょう。


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