病んだ響と孤児院提督 (サバの塩焼き)
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一話
私は提督を好いていた。
その提督より優しい提督ならばいくらでもいた。その提督より厳しい提督ならばいくらでもいた。
この鎮守府は最前線に位置し、「死亡」「後方への移送」などで幾度も提督の変更が起きた。
中にはブラックと言われるような運営をする人もいたし、逆にむしろホワイトと言われる程度には艦娘に対して理解を深めようと積極的に話しかけてくるようなのもいた。
だがそれでも、この私—響が恋慕の情を抱くような相手はいなかった。
彼の前にいた提督達の魅力が薄いわけでは無いのだろう。事実、彼の前の提督などは優しく顔もよく、私たちのためを思って動いてくれていた。その甲斐あってか、殆どが前提督にこそ恋慕の情を注いだ。今の提督は決して優しくはなかった。だが、途轍もなく強かった。
前の提督が好かれすぎており、当初提督の着任は大反対こそされなかったが、喜ばれはしなかった。そして、前提督の指導で鈍っていた長門という戦艦が一対一の峰打ちの決闘を申し込んだ。引き受けた後、提督はナイフ一本で長門をいなし続け、長時間の戦いで疲れ切ったところを、首元にナイフを持っていき自らの勝利を告げた。
それ以降提督に対し艦隊の殆どは提督に対し、畏敬の念を抱いている。だが、無論彼は愛されはしなかった。
時々私の姉妹艦である暁に聞かれることがある。
「彼のどこがいいのかと。」
その時は、暁が彼をとても恐れていることを思い出しながら。
「さあ、なぜだろう。恋に理屈など求めるものでは無いさ。」
などととぼけた事は記憶に新しい。
だが、本当は彼を好いた理由は自分でもわかっていた。容姿や性格もそうだったが、何より大きかったのは、彼の考え方だった。
今となっては殆どは覚えていないらしいが、彼は孤児院出身だそうだ。そして五歳で陸軍によって引き取られたそうだ、そして、さらに五年の軍事教育の後、十三年の間、年中無休かつ、給料などはない中で最前線に立ち続けた。
その後に最優の兵として認められ、海軍と陸軍の共同作戦時の一種の保険として海軍の所有する最前線の鎮守府に派遣された。
それ故か、彼は私達をけして少女とは捉えず一兵隊と見続けた。それだけならば私は彼のことをただの驕り高ぶった人間だと捉えただろう。 だが、彼は違った。
彼は私達の扱い以上に自分自身の扱いこそ粗雑であった。
少なくとも艦娘達は彼が休んでいる姿を見た事はない。服も提督用の軍服を着ずに、真っ黒な機能性重視の男性用スーツを着ていた。曰く、「あんな服では殺し合いをしにくい。」との事だ。
書類をやっていない時は、ほぼずっと射撃練習場にこもっていた。
何度でも言おう、私は彼が大好きだ。
私は元々人間として扱われたい訳でも性の対象として見られたいわけでもなかった。ただ戦う為だけにここに来た。
故に、彼のその考え方は私にとっての救いであった。優しくされればされるほどに居心地が悪かった私は彼を好いた。
私は彼の全てが好きだ。目も鼻も口も考え方もその在り方も。
全てが好きだ。
嗚呼、神というものがあるのならなんと理不尽なのだろう。
まさに優しい人は好きになれず。かと思えば好きになった人物は殺し合い以外の全てを捨てた人。
ならば私は女として愛されなくてもいい。
なのでどうかお願いです。
その在り方だけは何に汚されようとも、失くさないでください。
私は自分が祈った言葉のあまりの自分勝手さにひどくストレスが溜まった。
すいません、地の文ばかりでした。次からは会話中心になるのでご安心を。
設定。
提督
孤児院出身で、幼少期に引き取られ、そのまま最前線で戦い続けた。故に戦闘能力は艦娘と殺し合って勝てるほど。
因みに、脳手術により性欲とかいう無駄な欲を消した。
本当の意味で女に興味がない。
響
提督が好き。以降は一緒だと思う。
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二話「笑顔」
提督が療養の為、内地へと戻ってから既に一月ほどが経った。最早提督は逃げたと鎮守府のみんなは思っている。
私からすればその考えはあり得ない。皆、提督を殆ど理解せず、非道だ冷酷だと批判し続け、自らが兵器であることを忘れている。彼は本来私達の理想の姿だ、味方も自分も全てを兵器として考える彼の思想は敬服せざるおえない。彼の殺し合いへの狂気は時に戦闘狂と侮蔑される私を遥かに凌駕する。
寧ろ私如きを戦闘狂などと、彼に対して喧嘩を売っているとすら思える。今回の件がその最もたる証拠である。
今回の海戦は防戦に回っていたため、殆ど陸上戦も同然であった。本来なら提督は司令塔にて指示を出すべき立場であった。
にも関わらず彼は指揮系統を戦艦たちに投げ、最前線へと向かった。
敵を殺す為とは言え人の身で、艦娘の12cm単装砲を使うなどとても考えられることではない。彼は一発目で既に右腕がボロボロになったと言うのに。それを陸上に上がった深海棲艦が絶命するまで、至近距離で三発も撃った。
最終的に鎮守府守護の人が終わった後、提督は療養の為内地へと送られた。
「でも良かった、あの人怖いんだもん今回の件で流石にもう辞めるでしょ。」
などと言う、自分が兵器であることを忘れたアホどもの呟きが耳に入り始めたある日、提督が帰ってきた。
内地より帰還した旨を伝えられた次の瞬間、私は部屋を出、司令室へと向かった。
三度ほどノックを繰り返し、司令室へと入った。
その時の私は普段は恐ろしく不快に思う日光すら気にならないほどには高揚していたと記憶している。
しかし、信者が教祖の違和感を見逃すはずはなかった。
「提督その腕はどうしたんだい。」
そう、提督の右腕は明らかに左腕とは違っていた。この言い回しでは分かりにくいだろう。しいて他の言葉で言うとするならば。提督の右腕は "提督の腕ではなかった。"
「俺の右腕は最早使い物にならなくなった。だが、沈んだ艦娘の右腕が腐らず残っていた。それを移植して貰った。医師曰く艤装の展開すら可能だそうだ。俺は今や深海棲艦すらも殺せるようになった。」
私はその時初めて提督の笑顔を見た。
恐らくあの笑顔は普通、恐怖の対象にしかなり得ないのだろう。だが、そのとてつもない狂気が滲んだ笑顔は間違いなく私が信仰し、愛した兵器の笑顔であった。それは、狂気だらけで、私には宝石なんぞよりも数十倍は美しいものに見えた。
「寿命はどの程度縮んだんだい?」
そう私が聞くと、未だ笑顔の一部を顔に馴染ませたまま。
「あと五年。」
そう笑顔のまま告げた。
その言葉を受けた私は体の芯から震えた。
恐らく提督は右腕に艦娘の腕を移植しなければ普通に生きていけたのだろう。残りの寿命を五年にせずに済んだのだろう。だが、それでなお、最前線で殺し合いを続けられることを喜ぶ。この人のこれは異常なのだろう。
その狂気が美しく、愛おしかった。
殺し合いの為に全てを捨て、その上で殺し続け、命を狙われ、さらに多くの命を奪い続ける。
その歪みを美しいと思い。それを自分も持ち合わせていることを喜んでいる私もきっと歪んでいるのだろう。
書き直しました。
今回のでも不快になった?すいませんまともなのを作ろうと思ったんです。
ヤンデレというよりただの戦闘狂だろって?
うん、ごめん、
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