テイトクガ、チャクニンイタシマシタ (まーながるむ)
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プロローグ

 20xx年y月z日、煩雑としていたオンラインゲーム界にこれまでの常識を覆すゲームが現れた。

 その名も『艦隊これくしょんVR』。通称“艦これ”である。

 様々なゲーム開発会社が統合され一つとなったRtoV社が、技術の粋を集めて完成させた『仮想構築世界没入型艦娘(かんむす)育成シュミレーションゲーム』である。

 ゲーム内容自体は過去に存在したゲームとほぼ同一でありながら、仮想の世界に入り込み“まったく別の自分”として遊ぶことができるという新しい娯楽の形にゲーム好きの面々はのめり込んだ。

 また、サービス開始当初こそこの革新的なシステムに対して「社会生活に影響が出るのでは」「万が一戻ってこれないということはないのか」などと様々な不安、非難が飛び交ったがサービス開始から1年を経て、この『仮想構築世界没入型育成シュミレーションゲーム』なるものは社会に受け入れられつつあった。

 

「ふむふむ、2-4の攻略法はひたすら頑張ること……いや、これは攻略法じゃなくて精神論ですって」

 

 一人暮らしの部屋の片隅で画面にツッコミを入れているのは山口愛梨。

 以前から興味はあったものの最近になって認められつつある艦これを始める前に下調べを行っている最中だが、VR内で攻略情報調べられないかもしれない、という危惧の元に攻略法まで調べてしまっている。

 

「うん、事前調査はこんなものでいいですかね。あんまり知り過ぎちゃっても面白味ないですし」

 

 そう彼女が納得して仮想世界に没入するための特殊な筺体《ヘッドギア》をとりだしたのは5つ目の情報サイトを読み切ってからだった。

 他に類を見ない機械も事前に使用方法を調べていたのか手を止めることなく操作していく。

 声紋や網膜による生体認証登録やプレイヤー名登録、アバター登録などを滞りなく終え、そしてヘッドギア側頭部に備えられたゲーム開始のスイッチを入れる。

 

――提督がガ我ガ蛾ga……テイトクガ、チンジュフニ、チャクニンシマシタ――

 

(開発にかなり時間とお金をかけたのにずいぶんと音声環境が劣悪ですね……あれ、もしかして自分がなにか設定を間違えたのでしょうか?)

 

 筺体に設けられた睡眠導入機構によってぼんやりとした頭でそんなことを考えながら愛梨は没入した。

 

――コレヨリ、カンタイノシキヲォォォォォォォォ…………プツン――

 

 その直後、大規模なサーバーエラーによってゲームサーバーが一時的にメンテナンス状態に入ったことなど彼女には知る由もない。



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第1話

■□■13:30頃:仮想世界■□■

 

「う、ん……?」

 

 突然の光に眩む目をこすりながらアイリ――本名:山口愛梨――は周囲と、そして自分の身体を確認する。

 どうやら眩しいと思ったのはずっと目を閉じていたせいで、辺りはむしろぼんやりと仄明るい程度の光度しか湛えていなかった。新規のゲーム参加者を迎えるにはそぐわない暗い雰囲気すら漂っていると彼女はため息をついた。

 そして自分の身体(アバター)はというと、こちらは希望通りさらりと流れる銀糸のような長髪に成長過程の幼さの残る身体である。

 

「うん、やっぱりこういう機会はしっかり役立てないといけませんよね」

 

 というのも彼女の志望はCGイラストレーターであり、専門学校の卒業後、なんとかその卵と言われる程度まではこぎ着けたところだった。

 

「いやー、でもこれなら確かに皆がのめり込むのも分かる気がしますね。ゲーム性とかどうでもよくなるくらいアバターの出来もいいですし」

 

 また、余談であるがオンラインゲームという性質上、避けえない登録者間のイザコザ――特に性関連の――を避けるため、女性は女性のアバターのみを、男性は男性のアバターのみ選択可能となっている。

 また、仮に悪意を持って中性的な造形にしたとしても、性別が他プレイヤーに表示されるため騙すことは不可能に近い。

 そうした気配りによって、オンラインゲームにありがちな直結やそれに類した迷惑行為に悩まされることなく安心してゲームを楽しめるよう作られている。

 

(とかってwikiには書いてありましたけど……他プレイヤーはおろか艦娘すら見当たりませんね)

 

 本来であれば、登録した後は鎮守府に着任、そこで最初の艦娘を選ぶという流れになっているはずなのだが、

 

「……というかそもそも指令室のようには見えないのですが」

 

 彼女が立っている部屋はありていに言えば『空き巣に入られた後、放火された小屋』だった。

 崩れた壁や屋根から雨が吹き込んでいるため、ゆかもびしょ濡れであり、独特のカビ臭さの様なものまで漂ってくる。

 嗅覚までしっかり再現されているのかと現実逃避(かんしん)するのもつかの間、現実を見つめ直す。

 

「仮想世界でも現実逃避できるんですね……じゃなくって、空き巣だってこんな、壁を斜め一文字に割いてのダイナミックな入り方はしないでしょう……屋根だって半分吹き飛んでますし。うぅ……なんというか、認めたくないですが……廃墟、ですよね」

 

 一カ月待ちに待って、ようやく新サーバーが解放されたため登録した彼女だったが早くも開始地点が雨宿りも出来ないような小屋という事前情報との違いに当惑していた。

 かといってwikiの様な大勢が閲覧するようなサイトに大々的な嘘情報が描かれているわけも無く、だとするのならばこれは新仕様であるのではないか……そこでアイリはふと、wikiにあった一文を思い出した。

 

「そういえば新鯖解放記念イベント中とか何とかありましたよね……もしかしてこれがその内容なのでしょうか?」

 

 イベント詳細は事前情報の中でも数少ない彼女が読まなかったページである。

 ゲーム自体は早く進めたいけどイベントくらいはネタバレ無しで楽しみたい、と考えた上での選択だった。

 

「自分で鎮守府を作れ、とかそういうことなのでしょうか? いえ、それよりも先に多分秘書艦を探さないとですよね」

 

 様々な内政は秘書艦を通じて行うシステムだったはず。

 そう考えてアイリは壁の割け目から外へと歩き出した。扉から出なかったのは、その扉を開けた途端、なにかが飛び出してくるのではないかと益体も無い想像にかられたからである。

 

「あれ」

 

 外に出てみれば、小屋だと思っていたものはなかなかに大きな建物で、たまたま避け目が外に繋がっていたため小さなものだと思い込んでいただけのようだった。

 建物自体が高台にあり、周囲には木が生えていないため眼下には森に囲まれた港らしき施設や艦船の様なものも見える。

 始まりはボロ小屋に小雨という先行き不安なものだったがやはり新規参入者を少し驚かしてやろう程度のイベントのようだ。

 そう、前向きに考えなおして港らしき場所へと続いていそうな歩を進めたアイリ。だが数十分後、彼女は後悔する。

 その目に飛び込んできたのは太陽かとも見まごう紅焔。

 そして『ドカーン』やら『ボーン』などといった漫画の擬音がいかに嘘くさいのかを教えてくれる本物の爆発音が遅れてやってきた頃、アイリは状況を把握した。

 あまりにも非常識。

 あまりにも非日常。

 あまりにも非現実。

 しかしながら、もしくは、“だからこそ”アイリは悟った。

 

「空爆っ!」

 

 これこそが醍醐味のゲームなのだから、そう思って走ろうとしたアイリの心とは裏腹に身体は足を止める。

 光と音、さらにそれらに遅れてやってきた風が彼女の体を硬直させた。

 体感的にはドライヤーの風にも満たない生温い風。しかし目の前で炎上・爆発している港の熱が直接自分を焼いているような錯覚に囚われ、そこから一歩として動けなくなった。

 

「いくらなんでも、リアルを追求しすぎですよっ……!」

 

 このゲームのシステムはプレイヤーの行動によって自身のデータに変数を入力していくものだ、と開発社インタビューに書いてあった。

 つまり、素足で土を踏めばその土の付いた足が変数として自身のデータに上書きされ、洗えばまた綺麗な足が上書きされ、といったことの繰り返しだと。

 

『流石に足を失ったりなどの大けがするところまでは作り込んでいませんが、より現実味を得るために擦り傷などの小さな痛みは実装していますよ(笑)』

 

 そんなコメントが末尾に付されていた記憶がある。

 

「いえ……これは死ねるでしょう」

 

 爆撃の余波が付近にまで及んだのか温風程度だった風も今や肌を焼く熱風と変わっている。

 そう気付くような段階まで達するともはや手遅れというのが火事というもの。瞬く間にアイリの周囲は火の海と化していた。

 肌はチリチリと痛み、爆音にさらされた耳は正常に働いていない。

 

「どうしよう……」

 

 逃げるという選択肢はあまり現実的ではない。

 もはや自分がどっちの方角から歩いてきたかすらわからない上、爆撃されているのだとしたら最初の建物すら爆撃対象かもしれない。

 身体は明らかに危機を訴えているのに冷静な判断をすることができたのは頭の中ではゲームだということが分かっているからかもしれない。

 

「それなら逃げないでもいい……とは思えないんですよね。とにかくまだ火が上がっていない所を探さないと。雨がもう少し強くなってくれるといいのですが……」

 

 けぶるように辺りを包む霧雨に鎮火を期待することはできない。精々が木々を濡らして延焼を少しでも遅らせる程度だろう、そう考えてアイリは森の中へと姿を消した。

 

 

■□■同時刻:現実世界■□■

 

『サーバー障害により13:30分より緊急メンテナンスを開始致しました。それとともに、接続中に会った提督の方々には強制ログアウト措置を取らせて頂きました。また、メンテナンス実施中は、仮想構築世界ゲームへの没入・プレイは行えません。大変恐縮です、ご理解とご協力、どうぞよろしくお願い致します』

 

■□■仮想世界■□■

 

 アイリが幸運にも貯水池を発見した時には既に爆撃の音も爆発の音も聞こえなくなり、更には強くなった雨のお陰で森火事も収まる気配を見せ始めていた。

 

 「もう少し休んだら、港の方に行きましょう……誰かしらプレイヤーキャラクター(PC)はいるでしょうし、最悪ノンプレイヤーキャラクター(NPC)でも話を聞くくらいなら……」

 

 この時、アイリの心中には疑念が生まれていた。

 当初の予想通り開始と同時に始まる導入イベントの様なものだというなら一時間強というのは長く、また全プレイヤー同時参加型のイベントであるなら新規参加者の開始位置はここではなく普通に指令室なり何なりになるはずだと。

 

「バグ……? よりによって私がと思うのは楽観でしょうか。もしくは艦これだと思って違うゲーム……それはもっとないですね」

 

 それは『仮想構築世界没入型』というジャンル自体がこのゲーム以外に当てはまるものがないことから明白だったがアイリはついその可能性を考えずには居られなかった。

 

(なんにせよ、まずは人に会うところからです。ここが艦これの舞台である以上話の通じる人間はいるはず)

 

 とにかく先程まで爆撃を受けていた港付近に人がいることは確実なのだから、と港を目指す。ただし森の中を一直線に突っ切ろうにも正しい方角が分からないためひとまずは川を下って海へと出て、それから海岸線をたどって港へ向かおうとアイリは考えていた。

 高台から見た時の海の位置から考えても1時間あれば港まで歩いておつりが出るだろう距離。それならば多少の時間を無駄にしても構わない。アイリのこの選択は森に不慣れな人間にとって正しい。

 ただし、一般論において、ではあるが。

 

 ――ちゃぷん――

 

 ものの数十分で河口にたどり着いたアイリが波間に聞いたのは波音ではない水の音だった。

 明らかに自然に出るような音ではなかったがアイリは不気味さを感じるよりも早く生物の存在を感じ取れたことに喜んだ。

 何を隠そう森から海に出るまで一度たりとも自分以外の動くものに出会っていなかったのである。あくまでも艦娘を育てるゲームなのだから不必要な虫や獣までわざわざ再現してはいないだろうと分かってはいたがそれでも自分以外に命の気配がないということが不安ではあったようだ。

 

「誰かいるの?」

 

 そこにいるのは人間に違いない、と半ば決めつけたアイリは音のした方まで近寄り、その途中でもしかしたら火災による煤を流すために水浴びをしているのかもしれない、というところまで想像し、そのケースへの対処方法をも考えた上で、その全て一切を放棄した。

 

「ン……?」

 

 人型ではあった。しかし少女のなりをしていながら人間ではなかった。

 アイリの白銀の髪に近い、ただしそれ以上に色素の存在を感じさせない白の長髪。

 女性的な身体には白磁の様な、と形容するにしてもまだ白すぎる屍蝋の素肌。

 それらと対比するように漆黒の布のようなものを纏った身体の膝から下は同じように漆黒の鉄の塊に開いた巨大な口に飲み込まれている。

 

「深、海、棲艦……?」

 

 深海棲艦――過去に轟沈した艦艇の怨霊――がなぜこんな場所に……?

 何より彼女が事前に調べた情報では人型の深海棲艦はかなり上位の艦艇であるはず。それも完全な女性型ともなると少なくとも重巡洋艦級以上、そんなのが多くの提督が過ごす鎮守府近くに現れるわけが――

 

「鎮守府……?」

 

 そもそも、自分が見たあの港は鎮守府のものだったのか。そんな根本的な疑問が心に浮かんだ。

 『敵艦隊を撃破するもよし、鎮守府内で艦娘を納得いくまで育てるもよし』そんな自由を謳ったゲームで、プレイヤーの拠点となる鎮守府が敵艦に航空爆撃を受けるような自体が起こるだろうか……?

 もし自分が開発者であれば少なくとも拠点だけは絶対に安全であるという前提を作った上でゲームを作る。

 

「でもだとしたらここは……」

「テイトク……マッテタ」

「え?」

 

 深海棲艦が人語を話す、ということにも驚いたが、それ以上にその内容がアイリに驚愕をもたらした。

 自分を待っていたと、それも『提督』と呼ばなかったか?

 よく見ると深海棲艦の少女は怪我をしていた。

 

(いえ、深海棲“艦”というぐらいなんですから破損……なのでしょうか?)

 

 背中に背負うように装備している砲塔は半ばから折れ曲がっているし、その白すぎる肌からも血液なのか重油なのか、とにかく濃い色の液体が滲みだしていた。

 それで、アイリはことのだいたいを把握した。

 ここは深海棲艦にとっての拠点のような場所で、先程の爆撃は他プレイヤーによる攻撃、そして自分は何の手違いか正規の鎮守府ではなく深海棲艦側に落とされてしまった。

 

「ワタシハ……ワタシタチハ、アナタヲマッテタ」

 

 そう言って伸ばされた少女の震える手をアイリは、

 

「うん、いいですね。こういう方が好みです」

 

 戸惑うことなくガシリと掴み取り、挙句、あろうことか深海棲艦の少女――泊地棲鬼を抱きしめた。

 その身体の痛みをいたわるように背中をなでながら。

 調べた攻略情報なんてものは全て無駄になってしまったが、あえてこういう選択も面白い、人知れず、アイリは挑戦的に笑う。

 

「それに、こういう姿を一度見てしまったら正規鎮守府に戻れたとしてもあなたたちに攻撃することはできなさそうですし、ね」

 

 その痛々しい姿を見てしまうとどうしても同情してしまう。

 こうして出会ってしまった以上、これから先、敵として向かい合うことはできないだろう。

 

「ア、アアァ……」

 

 アイリの腕の中で異形の少女が震える。

 

「ァァァアア――――――――――ッ!」

 

 そして、どんな生物よりも獰猛に、かつ美しく吠えた。

 深海棲艦の中で頂点の一角を担う鬼の叫び声に応えたのか、海と空に艦隊・艦載機群が次々と現れ、呼応し、あたり一面を黒く染めた。

 

 運営による緊急メンテナンス終了10分前に起きた、誰も知らないアイリのための着任式だった。

 

「うるさいです」

「ウグゥッ」

 

 なお、島一つを黒く染め上げた深海棲艦の群れは新たな提督のチョップ一発でいつも通りの周辺警備に戻ったとか。

 



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第2話

「それで、なにがあったんですか?」

 

 先の爆撃は一体なんだったのか、その答えの予想をしつつアイリは質問した。

 

「……セイキテイトクノカンムスタチガ……ユルサナイ」

 

 声を震わせ、怒りを露にする泊地棲鬼にはリアルではなかなか見ることのできない迫力があった。

 アイリはその姿に少し怯えながらも頭では別のことに思い至る。

 

「正規提督……そっか、私は非正規ってことになるんですね」

 

 その場の勢いだけで深海棲艦の提督になると決めたものの、よくよく考えてみればこれは凄いことなのかもしれない。

 もちろん、そんな選択ができるというゲームの自由度の高さもなのだが、それ以上にアイリの心を占めていたのは――

 

「……深海棲艦たちの提督ってもう私の立場ラスボスですよね」

 

 そんな益体もないことだった。

 偶然にも彼女のアバターは色素が薄いため、遠目には深海棲艦と同じ存在のように見えるかもしれない。

 これは、他プレイヤーたちの標的にされるのではないかと不安になる。

 wikiなどの情報サイトにこの展開が記されていなかったということは、これが運営によって隠されていたレアケースか、もしくはバグがゲームの自由度によって許容されてしまったのか、とにかく、彼女以外のプレイヤーは皆、正規提督ということになるだろう。

 

「んー、百万ユーザー突破だとかアクティブプレイヤーが数十万とかって考えると、私、割と絶体絶命ですねー」

 

 響きはあくまでも楽観的に、こっそり呟いたアイリの言葉に泊地棲鬼の少女がその紅い目を向ける。

 

「ダイジョウブ……マモル」

「えー、まぁ、私が前線に立つことになったらお願いしますね?」

 

 任せておけ、とばかりに自信満々に微笑み自分の胸を叩く泊地棲鬼。

 状況を楽しみ始めているアイリにとっては無用の心配でもあったが、その少女の姿にアイリは思わず――

 

「やー、そんなの萌えちゃうじゃないですかー……いいでしょう。私もあなたたちを全力で守りましょう!」

 

 再び飛びついて抱きしめる。

 反応に困っている少女のことをかいぐりする一方でアイリは具体的に何をすればいいのかを考え始めていた。

 一先ずは深海棲艦たちの規模・戦力の把握だろうか。

 いや、それよりも先に現在地点と提督たちがいる鎮守府の位置関係などを知っておくべきか。

 ――ううん、この場合は、

 

「えっと……まずは爆撃による被害状況を教えて下さい」

 

 やはりこれが一番最初に知っておくべきことだろう。

 被害状況を知ればおのずと深海棲艦達の規模も掴めるだろうし被害が大きければ既に場所が割れているこの拠点から撤退し新たな拠点を構築する必要があるかもしれない。

 

「ヒガイ、ジンダイ。ロクワリガゴウチン、モシクハタイハ」

 

 6割が轟沈・大破となると戦力は半分以下。

 この拠点の中でかなりの実力者であろう少女も中破であるらしい。

 他にも主力級の戦艦や重巡洋艦が沈められたらしい。

 

「急ぎで戦力補充が必要ですね……でも拠点を変えないことにはジリ貧ですし……」

「イドウナラモンダイナイ」

「え?」

「コノシマ、ウゴケルカラ」

「え? え?」

 

 移動が可能ということはひとまず置いておくことにしても動かせるではなく“動ける”?

 まるで島自体に意志があるような言い回しにアイリも少し戸惑った。

 

「コレモワタシタチノ……ナカマ?」

「いや、私に聞かれても」

 

 首をかしげる泊地棲鬼に嘆息しつつも、今は島自体の存在がどういうものかは重要ではないと気を取り直す。

 移動ができるならなんでもいい。

 

「まずは移動を最優先に、その上で戦力の確認、確保を行います」

「ワカッタ。ナラ、キョテンニムカウ……テイトク、ノッテ?」

「え、あ……えぇー」

「フマン?」

 

 バイクの二人乗りに誘うように少女は自分が乗っている、もとい、半分飲み込まれている鉄塊――艦艇部を旋回させるが、ところどころに口があるようなフォルムはアイリに生理的な嫌悪感を感じさせる。

 そのうえその塊が口々にあまりよろしくないような欧米圏のスラングを口走っていればなおさらだ。

 しかし待ちわびていた提督の機嫌を損ねたと眉を悲しげに歪ませる少女に本当のことは言いだしにくい。

 

「ほ、ほら、私非力なんで振り落とされちゃうかもしれないですし!」

「ヘイキ、シートベルトアル」

 

 シートベルト……?

 見たところそんなお行儀のいいものが付いているようには思えずアイリは艦艇部をまじまじと見つめてしまうが、やはりそのようなものは見当たらない。

 しかし少女がその黒々とした表面をさっと撫でた途端に変化が起きる。

 最初はひび割れの様な裂け目が一筋。

 それが段々と大きくなっていき最後には――

 

「これは……」

 

 少女を飲み込んでいるものと似たような口がもう一つ開かれた。

 

「口、ですよね……」

「ウウン、ザセキ」

「の、飲み込まれたりは……?」

「シナイ」

 

 泊地棲鬼のきっぱりとした口調がアイリの抵抗を許さない。

 それに目の前の少女が平気な顔で乗っているのだから乗り心地は案外悪くないのかもしれない、という破滅的な好奇心が若干、アイリの心を揺さぶっていた。

 そして最終的に何事も経験と、その口の中に足を突き入れた。

 

「あれ……っ!? ~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」

 

 意外と平気かも、と言おうとした言葉は途中で声にならない叫び声へと変わった。

 ぞくぞくぞくっと、足から背中にかけて寒気が走る。

 

「これっ、舐めっ! 舐めぇ!?」

 

 混乱の境地に達していながらもゆるゆると波間を進み始めている少女の肩を掴んで揺さぶる。

 

 舐められたっ!?

 

 アイリはそれを口をかたどった穴、だと思っていたのだが、やはり正真正銘の口であった。

 現状、口の中に飲み込まれた脚は巨大な舌で押さえつけられており、時折、その舌が足の表面を這いずる。

 最早、くすぐったいなどの比ではない刺激が断続的にアイリを襲っていた。

 

「ちょっ、あのっ、降ろしてっ!」

 

 なんとか抜けだそうと暴れるが既に二人は海上を移動していた。

 それも、最初は徒歩程度のスピードだったのが今や本物の船舶同等の速度で動いているのである。

 仮に抜け出せたとしてもその拍子に落ちてしまうことを想像してしまってアイリも力いっぱいには動けない。

 そこで唯一、助けを得られそうな少女に向かって叫ぶのだが……

 

「テイトク……オイシイ」

「んなっ!?」

 

 振り返った深海棲鬼の少女はその白すぎるほどに白い顔を少しだけ染めて、涙目混じりにそう呟く。

 その時、命の危険を感じ取ったアイリの必死の叫びが島の反対側まで響き渡った。

 

「だれかたすけてくださーーーーーーい!!!!!!」

 

 

 

 ■□■パラオ鎮守府■□■

 

 

「っか~~~! 良いところだったのに緊急メンテナンスなんてついてねぇな!」

「そだねー。おかげで棲艦島も逃しちゃったし」

 

 比較的新しい鎮守府であるパラオ鎮守府は最近まで深海棲艦の群れの“巣”の一つであったが、呉や横須賀、大湊鎮守府の提督たちの尽力によりこれを撃破、深海棲艦を撃滅する上での新たな拠点として建設された。

 よって、この鎮守府にはまだ歴戦の提督こそ少ないものの血気盛んな若い提督たちが溢れ、日に日にその人数も増している。

 居住区域にある質素な喫茶店で話しているこの二人はそんな提督たちの中では比較的実力者に入る二人であった。

 

「あと少しであの島も沈むところだったのにねー」

 

 あの島――棲艦島とは奇しくもアイリがいる島であり、その名の通り深海棲艦の巣の一つである。

 特徴としては浮遊島であり、一定の地にあり続けるのではなく日によって出現地域が異なる。昨日はパラオ近海を漂っていたが今日はブルネイ、明日は横須賀だとかそんなこともあるのだ。

 そして棲艦島には曰くがある。

 

「まぁ、沈めたってまた出てくるかもしれないけどな」

「幽霊島って言うくらいだからねー。何度沈めてもよみがえるって」

 

 幽霊島、そう呼ばれるきっかけとなったのはとある提督がその島を沈めたことに起因する。

 三日三晩にわたる砲撃や爆撃などによってとうとう島ごと沈めたのだが、その数週間後、まったく同じ島が再び何事も無かったかのように洋上を漂っていたのである。

 そのような出来事が何度か繰り返され、棲艦島はまたの名を幽霊島とするようになったのである。

 

「それにしても棲艦島復活については運営からのアナウンスも無いよねー」

「だなぁ。バグとか放置するような運営じゃないから仕様なのかもしれねぇけど、それすら告知しねぇし」

「あ、そういえば緊急メンテナンスのお詫びで配られた装備なんだけど――

 

 

 

 ■□■棲艦島□■□

 

 

「うぅ、もうお嫁いけません……」

 

 シクシクシクと泣き崩れるアイリをよそに泊地棲鬼の少女は艦艇部から足を引き抜き、ついでにアイリを子猫のように掴んで引きずり出す。

 二人が到着したのは爆撃を受けていた港からみてちょうど正反対の位置にあるもう一つの港だった。

 二人とも下半身が唾液(のように見えるが実際は機関部冷却に使用された水分)に濡れているがアイリと違って少女の方は気にした様子も無い。

 

「テイトク、アルイテ」

「鬼! 悪魔! 鬼畜! まったく、いたいけな女の子になんて体験をさせるんですか!」

 

 中身は既にそれなりに大人の女性であるアイリだが14、5歳というアバターの見た目に引っ張られているのか涙目での猛抗議をする。

 が、どこ吹く風とばかりに少女は歩いて行ってしまう。

 

「ハヤクコナイトオボレル」

「そんなこと言って、え? 溺れる?」

 

 辺りは普通の港そのものでこれから溺れてしまうことになるような脅威は見当たらない。

 ただ、少女の方はなぜアイリが疑問に思っていることすら気付かないようで、建物の中へと入っていく。

 

「あ、置いてかないでくださいよー!」

 

 つい、と一度だけ海の方を振り返り、その海面の近さに驚いてから駆け足で泊地棲鬼の後ろに追いつくアイリ。

 数分前からの記憶を掘り返しつつ、最後に覚悟を決めて一つ、問いかけた。

 

「あの、なんだか、この島……沈んでません?」

「ウン」

 

 あまりにも落ち着き払った淡白な答えを理解するのに数秒、目の前の少女が“深海”棲艦であることを思い出すことに数秒、そこから“ある可能性”に思い至るまで数秒。

 それだけの時間をかけてから今度は恐々と疑問を口にする。

 

「あのー……もしかして私があなたたちと同じように海の中でも生活できると思ってる……とか?」

 

 その言葉に少女は振り返り、数秒の間を置いてから、

 

「ダイジョウブ」

 

 あっさり答えた。

 

「根拠は!? ねぇ、根拠は何ですか!? 私いやです! 溺死とか絶対いやですからね!?」

「テイトクハシンパイショウ……トリアエズ、コレタベテオチツイテ」

「むぐっ!?」

 

 いつ用意したのか、手に持っていたものをアイリにくわえさせる。

 

「ん、んぐ……あの、これは?」

「てりやき○ックバーガー」

 

 あぁ、確かにこの味は現実でも慣れ親しんだあの味だ……なんてことをアイリは考えず、

 

「もう一度、これ何ですか?」

「ダカラ、てりやき○ックバーガー」

「てりやきだけ流暢に言えるんですか!?」

 

 どうでもいいように思えて、少女のカタコトな発音に少し困っていたアイリにとってはもっとも重要な問題だった。

 

「スキ、ダカラ……」

 

 なぜか恥ずかしそうに答える少女。

 好きだから言えるようになった、とそういうことらしい。

 

「ええ、どっからそれを取り出したのかとか気になることは沢山ありますけど、まず一番最初の提督としての命令が決まりました」

「ナニ?」

 

 提督からの初めての仕事、ということに心なしか眼を輝かせる少女。もし尻尾があれば左右に大きく振られているかもしれない。

 そんな少女の様子を見て、やはり最初の命令内容は間違っていないと確認できたアイリは一口、バーガーを齧ってから自信満々に命令を下す。

 

「3日以内に綺麗な発音で話せるようになること……少なくともあなたはね?」

「…………イエス、マム」

「よろしい」

 

 不満げな少女とは対照的に心底満足げなアイリであった。



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第3話

まな提督の第一艦隊
瑞鳳改・瑞鶴改・陸奥改・榛名改・夕立改二・島風改

榛名さん改二マダー?


結果としてアイリが溺れるようなことはなかった。

というより、そもそも施設内に水が入ってくることすらなかった。

しかし窓の外は既に海中に沈み、さながらアクアリウムの様相を呈している。

 

「ま、あえて言うなら営業時間外の、ですね」

 

既に深度は2000メートルを超えた。この深さでは光も届かず、外の様子をうかがい知ることは出来ない。

窓から漏れる光に照らされた吹雪のように舞う塵だけが海の中であるということを示していた。

 

「……ここは将来的には鎮守府として使えるようプログラミングされてるみたいですね」

 

施設内部には家具屋や喫茶店、また課金要素の一つである資材屋なども入っており、またその全てが営業していた。どうやら泊地棲鬼もこの中にある店で先程の“てりやき○ックバーガー”を手に入れたのだろう。

利用者がいなくとも、また利用者が深海棲艦であろうとも通常通り営業しているのは店員がNPCであるためか。

 

「侵攻は艦娘たちによって行われるのが普通、つまり提督たちは解放されるまでこの島内部には入ってこない予定だからこそ、ですかね」

 

アイリの予想通り、また、この世界での通例に違わず、この棲艦島もある条件をクリアすれば提督を受け入れる鎮守府として開放される予定になっている。

そして提督たちが初めてこの島内部に入ってくるのも開放後の予定ではあるが、内部は既に利用可能な状態となっていた。

 

「私にとっては都合のいい展開ですけどねー」

 

そう思ったのも束の間、現実は甘くなかった。

運営面から見たら全くの無駄でしかない羽虫をもリアリティのために再現してしまうゲームだ。

ならば日々の生活に必要なアレがあるのも当然の結果だった。

本来ならば鎮守府から各提督に支給されるソレであるが残念ながらアイリはどこの鎮守府にも所属していない。

つまり、ありていに言えば“お金”がなかった。

 

「いえ、確かにゲーム中なので餓死したりはしないのでしょうし、実際何時間も何も食べてないのに小腹がすいた程度の感覚しかないので必要不可欠ではないのでしょうが……」

 

アイリとしては食欲なら我慢してもよかった……食欲ならば。しかし服装についてはそうもいかないようだ。

別に初期の提督服が気に入らないというわけではないが、せっかく本来の自分とは違う見た目になっているのだからそれを満喫したい。

服装を自由に変えられるという点も彼女にとっては大きな魅力だったため落胆を隠せなかった。

 

「……ん?」

 

それなら、泊地棲鬼の彼女はどうやってここを利用してしていたのか。

……もしかすると、プレイヤーではない彼女は金銭を要求されないのかもしれない。

それならば、とアイリは少女を呼び出そうとして……

 

「なんて呼べばいいんでしょう?」

 

呼び名に困っていた。

艦娘達なら事前に情報を調べていただけあって名前程度なら分かる自信があったが、敵キャラクターとされていた深海棲艦については調べていなかったため名前が分からない。

前を歩く少女に「あのー」とか「ちょっと……」などと声をかける方法で気付いてもらおうと努力すること数分、

 

「……?」

 

結局、その少女の人差し指と中指二本を掴むという控えめな方法で振り向かせた。

 

「ドウシタノ?」

「発音は“どうしたの?”です。あぁいえ、それは本題じゃなくてですね。えっと、貴女はどうやってここで買い物を……」

 

そこまで言いかけてアイリは首を横に振る。

これは確かに本題だけれども重要なことは他にある。

そう感じて、アイリは質問を変えた。

 

「貴女のことはなんて呼べばいいのでしょう?」

「……ヒトはハクチセイキとヨブ」

 

発音を気にしてか、やけに固い口調で話す少女。

 

「ハクチセイキさん……長いのでハクでいいですか?」

「カマわない」

「では、これからはハクと呼びますね……うん、じゃあハク、お買い物にいきましょうか」

「センリョクのカクニン、は?」

「後回しです!」

 

せっかく美少女が二人もいるのだから着飾らない手はない。

むしろ、それこそが現行での至上任務だとばかりにやる気を出したアイリは未だ納得していない少女の腕を引いて手当たり次第店に突撃していった。

 

「フクはよくワからない……」

「ハクは全体的に白いから暗い色とかビビットカラーとかが映えると思いますよ?」

「ン……テイトクもシロい」

 

今更確認するまでもないハクの言葉を聞いたアイリは、しかし固まってしまった。

 

(そうでした……今の私は美幼……美少女でした)

 

今は黒髪黒瞳の自分ではないと思い出す。

そして、ふと隣を見ると未だにハクがアイリをじっと見ていた。

艦艇部から降りたハクは意外にも小柄であり、見た目14~5歳のアイリとあまり変わらない。

髪色も肌も遠目からでは二人ともよく似ているように見える。

唯一違うといってもいいのはアイリの沈んだ青灰色(ブルーアッシュ)の瞳に対して、ハクのそれは輝くような紅色(ルビー)であることくらい。

 

(一番高級なルビーは鳩の血の色に例えられるんでしたっけ……)

 

不吉なまでに紅いハクの瞳に魅入っているアイリだが、おもむろにハクが彼女の髪の毛を触ったことに驚いてアイリは跳び退った。

なぜか血が身体中を暴れまわっているが、跳び上がるほど驚いたせいだろうと自ら納得する。

 

(まぁ、それ以外の理由で自分によく似た女の子に大してドキドキするとか意味分からないですよねー)

 

そもそも自分には同性愛の気などあるはずも無く……

 

(あれ? でも絵を描く割合だと圧倒的に女の子の方が……いや、まぁ、可愛いは正義ですし)

 

改めて自分がノーマルであることを確認して、それでも少し構えつつ改めてハクを観察するアイリ。

色白で手足は長い。体つきはどちらかと言えばスレンダーではあるものの体系としてのバランスは取れている。

 

「テイトクのカミはジョウブそう」

「……はい?」

 

突拍子もないことを言われて目を瞬かせるアイリであったが、すぐにいきなり髪の毛を触られたことを思い出す。

同時に深海棲艦のコミュニケーション能力にもだんだんと慣れてきたと実感もする。

 

「ワタシのはすぐキれる」

 

ほら、といってハクがその真白い髪を一本プチンと音をさせて切った。

根元から抜けているのではなく半ばから千切れたような切れ方。

そりゃ、海水にずっと浸っていれば脆くもなる、とは思いつつ女の子なのだからそういうところも教えていかなければなるまいと提督としてズレた義務感を覚えていた。

そのためには、やはり服装からだろう。

既にアイリからは被害状況や今後の身の振りを真剣に考えていた面影はなくなっていた。

ファッションショップについてからのアイリはもう都会の少女と同じように服選びに没頭していた。

 

「確かに黒もよく似合っているのですけれど、それだと面白味がないと思いませんか?」

「…………」

「赤系統とかいいと思うのですが……それもギャップ萌えを目指してセクシーなミニドレスなんかどうでしょうね。上半身はシンプルで、スカート部分がバルーンなのとかあればかなり可愛いと思うんですけど……」

「よくワから――」

「分からないのはいいですが分かろうとしないなら怒っちゃいますよ?」

「……ムゥ」

 

深海棲艦である自分に対して随分と難易度の高いことを要求されていると感じたハクではあったが、提督であるアイリに逆らうのも同じように難しい話で、結局言葉にならない呻き声をあげるに留まった。

しかし、彼女自身、なぜ“提督”に逆らえないのか。またなぜ自分が――深海棲艦が提督を必要としていたのかよく分かっていなかった。

鎮守府から襲い来る艦娘たちに沈められたくないから。

澱のように凝り固まった怨念を晴らすため。

自分達が真っ当な艦船だったころの名残。

どれもこれもが正しいように思えて、しかしながらその全てが正しくないという確信もあった。

拍にとって間違いなく言えることは、自分の提督は目の前の変わった提督でなくても構わないということだった。

それならば、このよく分からない“服選び”という儀式を中断するよう求めることが“棲艦島”の深海棲艦をまとめる立場として正しい行動のように思えた。

もし、自分達にこの提督がそぐわないと判断出来たらこの提督も切り捨てるべきかもしれない。

 

「テイトク、こんなコトより……ん」

 

ちゃんとした仕事をしたい、そう言おうとした口はアイリの柔らかい手に阻まれた。

 

「大丈夫ですよ……そっちもちゃんと考えてありますから」

「ホントウ?」

 

一瞬、今まで存在しなかった何かが自分の中に生まれたと感じたハクだが、それが何かを理解する前に感覚は途切れてしまう。

それでも、海の底からずっと抱き続けていたドロドロとした想念よりもよほど気持ちがいいものだったように感じる。

もしかしたら、この提督と一緒にいるからなのかもしれない。

そう考えて、ハクは頭の中に沸いて出た物騒な思いつきを暫く隅に置いておくことにした。

 

「でももう少し考えたいので、しばらく私に付き合って下さいね?」

「……シタタか」

「女の子はそれくらいでちょうどいいらしいです」

 

幼い外見に反して意外と底意地が悪そうだと感じ、結局ハルは服選びという儀式への参加を諦観とともに受け入れた。

これじゃない、こうでもない、これはいいかも、でもここがちょっと、こっちはうーん……そんな言葉の数々をワンセットに、それを十数回繰り返したころようやく二人は店から出てくる。

アイリは喜色満面のホクホク顔であったが、それに対してハクの顔からは疲労以外が見てとれない。

一方的に着せ替え人形にされていたのだからそれも仕方ないのかもしれないが。

 

「ヒラヒラしてる……オチツかない」

「よく似合ってますよ? それに露出度ならさっきよりよほど低いですし」

 

これを一目で深海棲艦だと見抜ける人はいないでしょう、とアイリは一人含み笑いをする。

ハクの服装はアイリの要望通りワインレッドのドレープドバルーンスカートドレス。デコルテ調であるため背中や肩口、胸元が開いている上、スカート丈も膝が出る程度と短めで肌露出は大きいのだが、黒のレース編み施されたボレロを身につけていることと、ハクの元の服装がボディコンがあるため、アイリの言うことも間違っていない。

無論、ハクが露出度に対して落ち着かないと言っていると思っていることについては間違っているのだが。

 

「アタマのこれもジャマ」

「あ、いじったらまた取れちゃいますって!」

 

慌てたようにハクの手を押さえてから、バラを模した髪飾りを直すアイリ。

どちらかと言えば彼女の格好の方が逸般的であった。

膝上20センチは超えているだろうというブルーのプリーツスカートに白のキャミソール、その上から黒のジャンパーを羽織り、それと揃いの色の編上げコルセットと一体になったオーバースカートを纏っている。生地が薄く透けているのに大きなバックリボンがあしらわれていたりと、妙にちぐはぐな格好であったが、そのアンバランスさが妖精的な可愛らしさを演出していた。

ちなみに、彼女が自分の衣装を選ぶのにかけた時間はたったの4分である。

 

「ん~~~~っ! やっぱり普段の自分だったら絶対に似合わないような服が着れるっていいですね!」

「ソウ……?」

「そうなんです! さーって、やる気も出ましたし、これは色々捗りますよ~!」

 

一度、服装とやる気の関係について首をひねったハクだったが、服=新装備と考えてみたら納得できなくもないとして、本人にすら分からないほど小さくほほ笑んだ。

 

「じゃあ、テイトク。シレイブにアンナイする」

「はーい!」

 

この日から、自由気ままにやっていた深海棲艦たちがアイリによって統制され、まずは手始めとして島周囲の守備が徹底的に固められた。

そして、これ以降に棲艦島に有効な打撃を加えられたとする提督、および艦隊は存在していない。

 



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第4話

いやぁ・・・いつの間にかこんな時間がたっていたとはつゆ知らず

お待たせしました。第4話です


「むぅ……まさか深海棲艦を増やすのがこんなに手間だったとは……」

 

 当初、アイリは建造によって深海棲艦を増やそうと考えていた。攻撃を受けただけで、上陸はされていないのだから資源は残っているだろうと考えたからだ。

 その予想は“ほぼ”正解ではあったが、完答とは言えないものだった。

 

「建造が出来ないとは……」

 

 ゆくゆくは鎮守府として運用される予定の棲艦島。もちろん建造ドックは十分あった。

 ただし、こちらは今までの施設と違って正規提督しか扱えないようで封鎖されている。

 それでも、と抜け穴を探すアイリを止めたのはハクの一言。

 

「シンカイセイカンはケンゾウできない」

 

 では、どうして棲艦島に集まっているのかと聞けば、

 

「……イツのまにか?」

 

 と、頼りない返事が返ってきた。

 どうやら深海棲艦は他の艦に対する興味は薄いようだ。

 とにかく集めるというよりも集まるに近い状況だとアイリは現状を仮定して、その上で“集める”方法を考える。

 

「えーっと……じゃあハクはどうしてこの島に?」

「ウミのながれにはこばれた」

 

 しかし、具体的な例をヒントにしようかと質問してみても返ってくるのはそんな答えばかり。

 このままではらちが開かないと嘆息し、アイリは戦力充足という方針を一時的に他に置いて、一先ずは戦備を整えることにした。

 戦備、つまりは燃料や弾薬はもちろんのこと、修理や装備開発に必要な鋼材やボーキサイトなどの資材のことだ。

 そしてどうやら、これらは深海棲艦のみならず、敵方にあたる艦娘にとってもおやつのようなものらしい。

 事実、備蓄庫から零れ落ちたらしい鋼材をサメのようなフォルムのロ級駆逐艦が咥えていた。

 

「ん~、ここらへんだと何が採れるのかとか分かります?」

 

 攻略情報として各海域マップを予習したものの、本拠地である棲艦島が動いてしまうため、あまり意味はなかった。

 ただ、幸い深海棲艦たちは各々で協力体制――もとい共生関係を築いているようで、それら資材を確保する方法には困らない。

 

「ワからない。でもキタにキスとうがある」

「キス島……鋼材ですね。壊れた装備類も多いようですし修理のためにも集めておいた方がいいですね。ハク、動ける棲艦はどれくらいです?」

「イ・ロ級が20、ホ級が8、ワ級が3」

「駆逐艦、軽巡洋艦、補給艦ですか……3-2-1で3隊出したい所ですが、失うリスクも考えると……」

 

 駆逐艦や軽巡洋艦はまだしも補給艦を失うのは痛い。

 それというのも補給艦は他の艦と比べて数倍以上の積載量を誇る上、燃費もかなりいい。

 まだ島が攻撃を受けてから数日しか経っていないため、比較的珍しい補給艦の運用は慎重にならざるを得なかった。

 

「今の備蓄量は?」

「30ニチでビチクはきえる」

 

 ハクに聞いたところ、先の攻撃によって棲艦数が減ったため余裕はあるらしい。

 しかし今の規模でなら、という注釈つきだ。これから規模を拡大させることを視野に入れると少々心もとない。

 

「うーん、やっぱり最低限の哨戒艦以外はなるべく失いたくないですし、見てきてもらったことだけを聞いても想像するなんてできないし――」

「じゃあ、まだイかない?」

「……いえ、私とハクで行きましょうか?」

 

 駆逐艦に様子を見に行かせる、ということもアイリは考えたがキス島といえば経験値稼ぎに有効なエリアだと説明されていたことも踏まえてその案を捨てた。

 駆逐艦数隻なら運悪く正規提督の艦隊に見つけられてしまえば全滅は免れないだろう。

 それならば、現状もっとも強いであろうハクを連れて、自分の目で確かめに行くのが一番いいだろうという結論に達した。島にハクも自分もいないとうのは少々不安が残るが、今、棲艦島が漂っている海域はキス島よりもさらに南方だ。正規提督たちの拠点である鎮守府は近くに存在しない。

 戦闘が起きる可能性としては棲艦島よりもキス島の方が高いはずだ。

 

「でもテイトクのせたらコウザイもってかえれない」

 

 戦艦である彼女もなかなかの積載量を持っているのだが、さすがにアイリものせて資材ものせて、ということはできないようだ。

 

「いえ、私はそこの……鋼材ちょろまかしてるイ級駆逐艦に乗るので」

 

 機嫌よさそうに鋼材を咥え運んでいたイ級駆逐艦の身体がはねる。

 ロ級は見逃したのに、とハクが小さくつぶやいたがアイリは気にしない。

 そもそもちょうどそこにいたからという理由だけで選んだので彼(?)が不運だっただけである。

 

「でも、そのコ、エリートだからアンシン」

 

 サメの様な身体についた両目は確かに赤く光っている。

 これが旗艦(フラグシップ)になれるほど強くなると黄色く輝くらしい。

 

「イ級の中では一番なんですね……よし、あなたはイノイチです。いいですか?」

 

 急遽命名されたイ級駆逐艦――イノイチは空中で一度翻るとそのまま海に向かって泳いで行った。

 

「そういえば駆逐艦の子たちは空中を泳げるんですね」

「……ちょっとウラやましい」

 

 駆逐艦の数十倍の戦闘力を持つハクであっても空中を泳ぐことはできないらしい。

 もしかすると、戦艦であるハクのほうが重いからかも、とアイリはくだらないことを一瞬考えたが、ハクが自分を見つめていたのですぐにその思考を放棄した。女性に体重の話は禁句だ。

 もちろんハクにはそんな意図がなかった、どころか重いことが失礼であることすら分からないだろうが。

 

「じゃあ、この島に一回浮上してもらわないとですね」

 

 深海棲艦と違って生身のアイリがこのまま外に出たら水中で息ができないのはもちろん、それがなくても水圧でぺしゃんこになってしまう。

 そう、思ったのだが――

 

「ダイジョウブ、あれからソトにでれる」

「え?」

 

 ハクが指さした先を見てみると貨物搬入用リフト(エレベーター)があった。

 その扉のあたるところにはただ、上に向かう矢印しか描かれていないがハクによると海面行きらしい。

 もとから存在には気付いていたが、その至れり尽くせり思わずアイリは唖然とする。

 

「まぁ、便利な分には問題ありませんし、鎮守府となった後も潜行等を行うのであれば当然の機能だというのも納得できますが……」

「テイトク、ツまらないことキにするとハゲるらしい」

「ちょっとひどいですよ!?」

 

 アイリとハクがキャイキャイと普通の少女二人組(イノイチもいるが)のようにはしゃぎながらエレベーターに乗り込む。

 これから戦場ともなり得る海域に行くことなどその様子からは伺いようもないが、果たして二人は油断していなかった。

 アイリに至って後方から指示をする立場であるという固定観念にすら囚われず戦意満面。

 その結果――

 

「泊地棲鬼と……駆逐棲鬼なんて聞いたことないネー?」

 

 キス島付近の洋上で見事に誤解されていた。

 

 ■□■

 

 金剛型一番艦――ネームシップでもある金剛はそのおどけたような口調とは裏腹に困惑していた。

 そもそも泊地棲鬼ですらユニークボス、もしくはシークレットボスと言われ、限られた時期に運良く(もしくは運悪く)遭遇するような深海棲艦なのである。であるからして、レベル上げついでに鋼材も拾ってこい、などという指令に準じている時に出会うような相手ではないのである。

 しかも、その隣には人型をとる駆逐艦。艦艇部においてはイ級のものと酷似しているが人型である以上、今まで彼女が蹴散らしてきたどの駆逐艦よりも強いのだろう。

 

「これは知らんぷりしたいのネー……」

 

 こちらは自分と軽空母『翔鳳』、そしてまだ経験の少ない駆逐艦『夕立』の三艦。数の上では勝っているが、もし本当に敵艦がともに『鬼』と分類されるものであったなら最悪、全艦大破もありうる。

 許されるならばこのまま何も見なかったことにして鋼材を持ち帰りたいのだが……深海棲艦の二隻はどうやら自分達に向かってまっすぐ向かってきているらしい。

 それも泊地棲鬼の方に至っては艤装を全て顕わにしての進撃だった。

 

「むこうのやる気は十分のようデース……」

 

 

 ■□■

 

「ハク! 攻撃されるまでは何もしちゃ駄目ですからね?」

「カンムスは……テキ!」

「……」

 

 底冷えするようなハクの声に、深海棲艦は沈んだ艦娘たちのなれの果てだという話を思い出した。

 この、尋常ではない敵意は、もしかしたら何も知らない艦娘たちへの怒りなのかもしれない、と。

 

「……って今は私がいることも忘れないでください!」

 

 一瞬同情しかけたアイリだが、先の爆撃に次いで砲撃戦にまで巻き込まれてしまっては今度こそ命が危ないとアイリはヒヤヒヤする。

 アイリとて戦う気はあるものの、それは武力によるものではなく対話による論戦を望んでいた……のだが、どうやら泊地棲鬼とイ級駆逐艦がそれを許してくれそうにないと嘆息した。

 ハクもイノイチも艦娘の姿をその眼にとらえた途端、戦闘態勢に移り、隙あらば自分達から攻撃を仕掛ける算段だった。

 

「それとテイトク」

「なんですか?」

 

 自分の言うことを聞こうともしないハクに対し、拗ねたように聞き返すアイリだが相手はもとから人の心情について理解が乏しい深海棲艦。なんの手ごたえもないままにスルーされてしまう。

 そして、アイリにとって悔しいことに、ハクの言葉を彼女がスルーすることはできなかった。

 

「テイトクもぶきツカう?」

「は?」

 

 どうやらハクの中ではアイリも戦闘要員として数えられているようだった。

 

「いえいえ、私、提督ですよ!? ノット棲艦! 戦闘力なんて皆無ですし、被弾はおろか砲撃の反動だけで吹き飛びますって!」

「ダイジョウブ」

「大丈夫じゃないです!」

 

 涙まじりに否定するアイリ。

 その様子を見てもハクは目を詰むってやれやれと嘆息するだけであった。

 

「……イマは60ノットでイドウしてる」

「それが何か……?」

 

 本来の軍艦の速度は速いものでも40ノットに届かないらしい。

 それを大幅に上回る速度が出ているのはゲーム上の演出か、もしくは単純にゲーム世界の広さと遠征などにかかる時間の計算を合わせるためか。

 

「フウボウもないのにそんなスピードだしたらジンタイはタえられない」

 

 とにかく60ノット――アイリに馴染みの深い単位で言えば約時速110キロメートル――などというスピードで、ましてや自動二輪のように前傾姿勢を取っているのではなく、ただイ級に横乗りしているだけという条件ではアイリは間違いなく空気抵抗によって吹き飛ばされている。

 しかし実際にはアイリは涼しい顔でここまでやって来ていた。

 それが示すところは――

 

「テイトクはイマだけワタシとおソロい」

「……未だかつてこれ以上なく恐ろしいお揃いという単語の使われ方があったでしょうか……」

 

 いやない、と心の名でボヤキながら、周囲が『CAUTION』という赤い文字列によって区切られていくのを見ていた。

 海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)――本ゲームにおける見どころの一つである砲雷撃戦を支える重要な要素であるそれは、一言で言うならば洋上に浮かぶ半透明・半球状のドームである。

 当初の戦闘は本来の開戦同様、遠くから攻撃し合うというシステムだったのだが人型をしているのに遠くから砲撃を繰り返すだけでは地味すぎる、という要望に応え用意されたシステムだ。

 この区切られたフィールド内で艦娘、および深海棲艦は格闘戦にも似た戦闘を繰り広げるのである。

 ちなみに戦闘の様子は遠く離れた鎮守府までリアルタイムで届けられるしようとなっている。

 

「へぇ……説明文ではよく理解できませんでしたが要するに海の上に立って殴り合いしろと……」

 

 アイリの乗っている駆逐艦が人型ではないためかアイリ達はフィールド内においても洋上を浮いていたが、ハクは既にその二本の足で立っていた。

 その巨大な艦艇部は霧のようにぼやけて消えたが。彼女の中に取り込まれたようにも見える。

 そして、それは相対する金剛たち三艦も同じであった。

 

「やー、イノイチ……私はどうすればいいんでしょうね?」

 

 どうせ返事はない、そう思っての呟きだったがアイリの意に反してイノイチの艦体は応えるように震え、光り、アイリが気付いた時には消えていた。

 そして、自分の腕や足、頬などに黒い装甲板が貼り付いてるのを確認したアイリは驚きやら恐れやら、様々なものがない交ぜになった感情によって、かえって冷静になり同時に納得する。

 どうやら自分はイノイチと同化してしまったらしい、と。

 

「いや、うん……ホント、私素人なんですけどねぇ」

 

 なんとなく心の中でイノイチが頑張れと言っているようなイメージが沸いたが嘆息によって返事をする。

 同化した影響か深海棲艦としての自分のステータスや装備などの情報が勝手に頭の中に浮かぶのを処理しながら同時に対応についても考える。

 

「さて、私。やるべきことを考えなさい」

 

 ――地形は海。

 波の表面がそのまま足場になるらしく、一歩でも間違えると転倒してしまいそうだが不思議と転びそうな不安感というものは感じられない。おそらくは自分がイノイチと同化したためだ。

 ――装備は二種類。

 5inch単装砲と21inch魚雷のみ。砲射程は18キロメートル程度、魚雷は海中を進んで敵直下で浮上・爆発。武器自体は立ち回りで使いこなすしかない。

 ――ステータス。

 前に見たハクのものよりも低い、が速力や雷撃値、については勝っている。回避の項が『--』となっているのはどういうことなのだろうか。一般的な駆逐艦よりは遥かに高い性能を持っているため戦闘に支障はないはず。

 

 ちら、とハクを見ればその紅い目に戦意をたたえながらも表情は余裕綽々と言ったもの。

 どうやら、アイリの指示通りに敵艦の攻撃を待っているようであった。

 ……無論、アイリとしては攻撃されることなど待ってもいないのだが。

 

「――さて、あなた方に選択肢をあげましょう」

「聞かせてみるネ」

 

 戦艦としての矜持か、敵方の金剛もハクと同じような顔で立っていた。

 それでも少しの驚きが見えるのは、満足に話せると思ってなかった深海棲艦に話しかけられたからか。

 

「ここで沈むか、私たちを見なかったことにして逃げ帰るか……私的には後者がお勧めですけどね?」

 

 ハクが隣にいる手前、提督としてのプライドもあって見逃して下さい、とは言えない。

 一縷の望みをかけて戦いを望んでいないということをアイリは示したかったのだが、返ってきた反応は各々が艤装を展開させるというもの。

 

(まぁ、私だって彼女らと同じ反応する自信ありますからね……)

 

「そう、ですか……余分な燃料と弾薬、ここらで手に入れた鋼材を渡せば無傷で帰ることができるのですよ?」

「あいにく、そんな命令はされていないのデース!」

 

 戦いの火蓋が、切って落とされた。

 



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第5話

 中空に張られた『戦闘準備』という光学的なベールを挟んで両陣営が睨みあう。

 いわゆる作戦タイム、というやつなのだが、両陣営ともに少数であったため作戦自体はごく短い時間で固まり、残りの時間は無駄に相手の表情を見るだけの時間となってしまった。

 

「私の作戦に間違いはないはずです……」

 

 軽空母『祥鳳』に対してはハクの持つ艦載機で撹乱し、金剛に対してはハク自身があたる。

 ハクが時間を稼いでいる間に私が夕立を行動不能に持ち込み、その後祥鳳に仕掛ける――

 

「――と」

 

 

「私たちが考えると思ってるのはお見通しデース」

 

 少数編成であり、敵艦は鬼が2隻という状況にありながら金剛は笑っていた。

 そもそも、軽空母、戦艦、駆逐艦の3隻での小編隊では3-1と呼ばれる海域は超えられても、その奥の資源地で鋼材を手に入れ、引き返す際に出会う空母・戦艦を含む深海棲艦の艦隊を損耗無しに倒すことは難しい。夕立を育てるだけなら鋼材を拾わずに引き返す方が損耗が少ないのだ。

 それにもかかわらず金剛たちがキス島の資源地まで出向いているのは単純にそれだけ強いからだった。

 金剛自身についても76レベルを超え、二度の大規模改装を経た身である上、祥鳳についても軽空母という身でありながらレベル61であり、搭載機も流星改などの近代的なものばかりだ。

 圧倒的勝利は望めなくとも戦術的勝利の判定を得るくらいであればこの偶発戦であっても期待できると金剛は考えていた。

 

 

「Time up ! 勝つのは私ネー!」

「まぁ、軽く行きましょうか」

 

 

『戦闘準備』の文字が『戦闘開始』に切り替わった途端、両陣営から艦載機が飛ばされる。

 しかし祥鳳からは戦闘機、爆撃機、攻撃機が合わせて42機発艦したのに対し、ハクからは艦上戦闘機のみ、それも祥鳳の半分にも満たない18機のみという少なさだった。

 ハクは扱いとしては鬼のなを冠しているが、実態は改装後の伊勢や日向といった航空戦艦に近い。異なる点は爆撃機なども扱うことができるという点だろうか。

 しかし、それなのに戦闘機しか飛ばさなかったのはアイリの指示によるものだった。

 曰く、戦闘機を飛ばしたらあとは私の言うとおりに操りなさい。

 

「ムズかしいことを……」

 

 戦闘演出が格闘戦に近くなったことでもっとも開発陣を悩ませたのがこの艦載機の扱いだった。

 当初は艦載機攻撃=弓による攻撃という演出にしようと考えられていたのだが、いざシステムを組んでデバッグをすると正規・軽にかかわらず空母が圧倒的に不利であるということが分かった。

 そのため、最初から構想があった弓での攻撃に加え、艦載機も攻撃手段として残し、それについては空母が手足のように自在に動かせる、というシステムが組まれた。

 これによって空母はそれまで通りの強さを維持したのだが……航空戦艦に近いハクにとっては著しく“やりにくい”変更となった。

 それもそのはず。

 彼女はこれまで艦載機を飛ばしつつ、自らも格闘戦に参加することで圧倒的な攻撃力を誇っていたのである。

 空母と違って艦載機の扱いだけに集中出来る訳ではないため、結果的に戦闘の難易度が彼女にとっては激増したと言っても過言ではなかった。

 ちなみに正規の航空戦艦である伊勢型や扶桑型の改装艦については艦載機がセミオート操縦という仕様に変えられたのだが、分類『鬼』であって航空戦艦ではないハクには適用されていない。

 

「ハク! 機体の下部に何も搭載していないのが戦闘機です! 狙いはそれ以外!」

「うん……やってみる」

 

 戦闘機には艦船に対する攻撃力が皆無のため爆撃機と攻撃機のみを撃墜すれば空母はただの置物と化す。

 理論上は誰でも知っていることであり、これを実現するために多くの提督たちは艦娘の対空値をあげているのだが、もちろん言うは易し……というものである。

 それが難しい理由は敵方の爆撃機・攻撃機を攻撃しようとしている戦闘機もやはり敵方の戦闘機によって攻撃されるからだ。

 これらのことを全て理解していながら、それでもアイリはハクにこの作戦を実行させた。

 それも、近接戦では確かな戦力となるハクは開始時から敵艦載機の多数を撃墜するまで動かなくていいというオマケまで付けて。

 

「だって、鬼の艦載機は堅いんですよ?」

 

 1機墜とされるまでに2機程度を墜とせばいいだけなのだから頑丈なハクの艦載機ならば無理ではない、という判断だった。

 その正しさの証明なのかアイリが敵陣に切り込む途中、ちょうど両陣営の中央に差し掛かろうかというところでいくつかの爆撃機が爆発した。

 そして、そのアイリの行く手を阻むのは金剛だった。

 

「Aha♪ あなたの相手はこの私ネ!」

 

 ここまでの展開はお互いに完全に読み通りだった。

 長らく経験を積んだ金剛にとってハクの持つ弱点というのは分かっていたことであり、アイリについてもいくら鬼とはいえ艦種が駆逐艦なら戦い方もそれ相応のものだという推測が当たっていた。

 そして一方のアイリにとってもその程度のことを分からない相手ではないと考えていた。もし、その予想が外れたなら、それはそれで相手が予想以上に頭が悪い(よわい)というだけの話となる。

 必然的に、展開は決められていた。

 だからこそお互いにとって大事なのはここからであり、

 

「可愛らしい訛りですね?」

 

 このアイリの急な一言に金剛は油断させられた。

 時間にしては1秒にも満たない意識の空白だったがそれが致命的だった。

 金剛にとっては前方、しかしアイリの後方というところで爆発が起き、その数瞬後、夕立が短く悲鳴をあげた。

 

「Shit! 航空戦は囮で本命は長距離砲撃デスか!?」

 

 ハクが後方から夕立に向かって砲撃を行ったのだと、金剛はそう判断した。

 そうして騙されたとハクを睨んだ金剛は、それによって更に混乱する。

 ハクの構える長距離砲からは煙があがっているため砲撃は確実に行われた。

 しかし、それが本当に夕立を狙ったものだったのなら()()()()()()()()それを判断出来ているのか――?

 そもそも駆逐棲鬼と金剛が仮に名付けた少女はどこに消えた!?

 

「あぁぁっ!」

 

 後方からは更に祥鳳が攻撃されたとみられる悲鳴。

 どこへ消えたかなど自明。

 あの閃光に乗じて自分を素通りし、夕立と祥鳳を攻撃しに行ったのだろう。

 本来ならばあり得ない速度であるが、その速さこそが駆逐棲鬼の特徴なのかもしれない。

 まさに状況は「前門の虎、後門の狼」というべき状況。

 これにはさすがに勝てないと、金剛は一度だけ目をつぶって、白旗代わりに破った自分の袖を振った。

 

(深海棲艦に通じるかは知らないけどネー……)

 

 その瞬間、限定的に展開されていたフィールドは消失し、今まで経っていた海面も普通のものと変わる。

 正面を見れば泊地棲鬼はタイミング良く自らの艦艇部を展開しそれに乗っていた。

 もちろん自分達3隻も同じように対応している。

 しかし、波間からはバシャバシャと、ある意味では彼女らが聞きなれた人間が波間に浮かぶ音が聞こえる。

 

「わぷっ!? ちょ、なん……いきなり地面がっ? ケホッ」

 

 音の出所は確かめるまでもない。

 金剛が振り返ると彼女たちを手玉に取ったアイリは命からがらといった様子で祥鳳の腕を掴んで一息入れていた。

 金剛と夕立はそれを不思議そうな顔で、祥鳳はそれにさらに困り顔を足したような表情で見ていた。ハクだけがマイペースにアイリの元まで悠々と波間を進んでいた。

 

 ■□■

 

「で、せっかく助けてあげたのにこの扱いなのネー」

「もちろんです。あなたたちは捕虜ですもん」

「態度が大きいのは溺れかけたことの照れ隠し……っぽい?」

 

 あの後、ハクに艦艇部の展開のコツ(正しくはイノイチとの分離なのだが)を教えてもらい、さらにどうやら金剛たちに自分が駆逐棲鬼なるものと勘違いされていることを知ったアイリは、有難くその設定を借用することにした。

 今は金剛・祥鳳・夕立はキス島に運ばれ後ろ手に縛られた状態で座らされている。

 ただし、それ以上に手荒なことはされておらず、アイリが溺れかけていたという事実も相まってか雰囲気はむしろ安穏としたものに近い。

 夕立に至っては意識的にか無意識的にか言葉でアイリの心にボディーブローを放っていた。「~っぽい」という彼女の口癖がなければアイリはいじけていたかもしれない。

 

「で、本題ですが」

「泳ぎなら教えてあげるネー」

「違いますっ!」

 

 捕虜にからかわれる戦勝者というのもなかなか珍しいのではないだろうか。

 金剛からしてみれば話の通じる深海棲艦という存在の方がよほど珍しく、ましてからかった分だけ顔を赤くするアイリの反応が原因ではあるが。

 

「と、とにかく。最低限の弾薬と燃料以外のものを全部わたして下さい!」

「深海棲艦に海賊行為をされるなんて珍しいこともあるものですね」

 

 今度は祥鳳がポツリと零す。

 海賊行為についていえば要求の前の対話自体が成立しないのだから当たり前と言えば当たり前だ。

 

「それに燃料とか資材なら深海鉱脈があるっぽい?」

「それもそうですね。なぜわざわざここまで取りに来たのですか?」

 

 夕立の疑問に祥鳳が追従する。

 この世界においては金剛たち艦娘は地上で精製された資材を集めているが、体内に特殊な機構を持っているとされる深海棲艦はわざわざ鉱物や原油などを精製をする必要がないため、深海にあるとされる鉱脈などで資材を集めていると考えられており、実際にそうである。

 

「えっと……ハク?」

「ワタシもフシギだった」

 

 どうしてそのことを言ってくれないのか、とアイリがハクに目で問いかけてみれば、ハクは悪びれもせず――実際、そこらへんの機微はない――にそう言った。きっと口に出して問いかけていても「きかれなかったから」と答えるだろう様子が想像できてアイリはため息をついた。

 金剛たちの前だからとアイリは怒るのを堪えたが、ハクと二人であったなら、私は深海棲艦じゃないんですから知らないに決まってるでしょう、と叫んでいたかもしれない。

 

「ところで、私たちと戦った時なにをしたのか気になるネー」

「え? あー……まぁ何というかですね……」

 

 きっと、普通の提督には思いつかない作戦だろうからこの艦娘たちにも驚かれるだろう、と少しばかり気まずく思いながらもアイリは説明する。

 実際にアイリがやったことと言えば金剛を素通りして後方の二人を倒しただけである。そして金剛が降参していなければハクと二人で挟み打ちにする予定だったというだけの単純なものなのだが、作戦の要はやはり歴戦の金剛をして反応すらさせなかった素通りの方法だった。

 金剛に対して軽口を言い放つことで油断をさせ自分に注意を向けさせたアイリは、そのまま金剛とハクの間の射線上に身体を入れることによってハクの姿を完全に隠した。

 そしてその状態から魚雷を二つ射出、一つは自分の背後の海中で起爆し高波を誘発させ、もう一つはその高波の後ろでハクの放った砲弾とぶつかり爆発。一度目の爆発で起こされた波がアイリの後ろから迫る形になり、それを足場とすることで自らの速度に上乗せしたのである。

 

「えっと……イミフっぽい?」

 

 夕立が呆れ顔をしつつ首をかしげる。

 口癖のお陰で緩和しているように思えるが、その実、かなりの毒舌であるのかもしれない。

 

「えー、でも海面に立てるんだったら、あとはその海面を垂直に伸ばして、更に前に動かすだけで発射版みたいに使えると思いません? バネ式のパチンコの要領……って言っても伝わらないですよね。 まぁ、着水の衝撃だけで夕立さんがノびてしまうほどのスピードが出たので少し怖かったですが」

 

 ふふん、と笑って縛られている夕立を見降ろすアイリ。

 平気な顔をして実は少し夕立の言葉にカチンときていたらしい」

 

「あ、あれは! ……ちょ、ちょっと驚いただけっぽい……」

「そうですねー、それ『っぽい』感じに見えましたけど実際はどうだったんですかねー」

「むぅ!! 金剛さん、こいつむかつくっぽい!」

「け、喧嘩はNoなのネー……」

 

 縄で拘束されながらも負けていられないとばかりにアイリを口撃するが、形勢不利なのは分かっているのかうっすらと涙目である。

 金剛の諫言に二人はお互いの出方を窺うように顔を見合わせるが、やはり反りが合わないのか、はたまた似た者同士なのか同時にぷいっと顔を逸らした。。

 一方、我関せず(マイペース)を貫き通しているハクはといえば――

 

「……サムくない?」

「へ? あ、あぁ、えぇ、慣れてますので」

 

 祥鳳の着崩した小袖を見て純粋な疑問をぶつけていた。

 

「それもおしゃれ?」

「いえ、私の場合は戦闘時に動きを阻害しないようにというか……えっと……」

 

 祥鳳もまさか自分の格好に大して深海棲艦が興味を持ったあげく、食い下がられるとまで思っていなかったのか困り顔で金剛に助けを求めていた。

 女性に対して三人寄れば姦しいと表現することがあるが、どうやらそれは艦娘であっても当てはまるようだ。

 ハクの純粋な疑問によって、話の焦点はお互いの服装に移ったらしい。

 

「それにしても、深海棲艦でも人型ならおしゃれとかも気にするっぽい?」

 

 ちら、とハクとアイリの姿を見た夕立が大きく首をかしげながら疑問を口にし、今度はまじまじとその洋服を見る。

 今の二人の服装は割とラフなものでハクは英字が描かれたタンクトップにダメージジーンズを、アイリはミニスカートに大きめのセーターを合わせて着ていた。これも“深海棲艦ならタダで買い物ができる”ということに味をしめたアイリが選んだものだった。

 当然、そんな服を着た深海棲艦など見たことのない艦娘の三人は珍しそうな目で二人の服をまじまじと見ている上、たまに羨ましそうな顔もする。

 

「私たちは服が決められてるのネー」

「一応、私たち用の洋服などもありますが……米英圏の服はあまり好まれなくて」

「でもセーラー服はいいっぽい」

 

 艦娘たちはこう言うが、旧帝国海軍をもとにゲームが作られているため洋服などが排除されている、というわけではない。

 洋服を着た艦娘が少ないのは単純に艦娘たちの着せ替えにはリアルマネー、つまり課金をする必要があるため、大多数の提督たちは買わないということがある。また、艦娘たちに洋服をねだられた際のテンプレに『敵対国の服なんか着ちゃいけません!』といったものがあるのも一つの理由かもしれない。

 

「私も可愛い服着てみたいのに提督はケチンボなのネー」

「すくーる水着というものは喜んで買うのにお洒落は許してくれないんですよ」

 

 どうやら彼女たちの提督は相当のスキモノらしい。

 金剛なら白、祥鳳は白……いや、紺かな、などと呟いているアイリならきっと彼女らの提督とは仲良くなれるに違いない。

 所属する鎮守府どころか、所属する勢力すら異なるので二人がスク水談義をする日は永遠に来ないだろう。

 

「……なんて文句言いつつ二人は提督のお気に入りだから可愛がられてるっぽい。この前も夜中に執務室に行ったら――」

「「わーーーーーーーーー!?」」

 

 そして、金剛と祥鳳の二人がむくれてる隙にと夕立が妖しく笑い爆弾を投下した。幸か不幸か爆弾は不発であったが、必死で叫んだ二人の顔は赤い。

 そんな様子を見て一度は突っ込んで聞いて照れ顔を堪能しようかと考えたアイリだったが、やはり他人の恋バナなど楽しくないと意識を切り替えた。

 それにそろそろ島の方が心配になってくる頃だ。

 

「よし、時間も時間なのでそろそろ帰りますね。あぁ、ハク、彼女たちの持ってる資材を頂いたら解放してあげていいですよ」

 

 結局持ってかれるんだとガッカリした艦娘たちの反応を自然に無視しながらハクに命令したアイリはそのまま海の方に向かって歩き出した。

 

「ワカッタ。テイトクはサキにもどる?」

「んー、いえ、海岸の方で待ってますよ。でも急がなくていいですからね?」

「リョーカイ」

 

 一瞬、アイリは心中で何かを不思議に感じたが一度首を傾げた後はまぁいいかと特に気にしないことにした。

 

(資材も手に入りましたし、深海鉱脈の存在も知ることができたのでなかなか充実したお出かけでしたね)

 

 資材集めには困ることがなさそうだと分かったので、やはり当面の問題は深海棲艦をいかに集めるかということに尽きる。

 いつの間にか仲間が増えている、と言われても深海棲艦の個体の違いが分からないアイリにとっては仲間が増えているのかどうかすら分からない。

 

(いや、そもそもハクは見分けがついているのだと思っていましたが、そこらへんももう一度確認しないとですね……もう、重大なことを見落としている気がしてなりません……!)

 

 鉱脈の件でハクとの対話の方法に注意が必要だと悟ったアイリは今後の不安に頭を悩ませていた。

 

 □■□

 

「祥鳳」

「はい、金剛さんどうしました?」

「さっき、目が青いほうの深海棲艦、『テイトク』って呼ばれてたの聞きましたカー?」

「……やはり聞き間違えではなかったのですね」

「これは、テイトクにご褒美貰えるChanceネー!」




南の子とか飛行機の子とかどうにか出せないものか・・・・!


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第6話

「てーとくテートク提督ぅ! BigNewsをお届けネー!」

 

 パラオ鎮守府の、とある提督に割り当てられた執務室の扉が破壊されんばかりの勢いで開かれる。

 飛び込むように飛び込んできた少女は現状、実装されている戦艦の中では最高速誇る少女は洋上になくともその“速さ”と“打撃力”をいかんなく発揮する。

 

「ぅひゃぁ!? 金剛さん、いきなりなんですか!?」

 

 彼女風に言ってしまえばNonStopAttack――扉から提督までの距離など一足飛びで、途中にある執務机の上の書類や調度品までをもまき散らして抱きつくのであった。

 

「んー! 相変わらず提督は可愛いネ!」

「は~~な~~し~~て~~!!」

「私は抱きついたら離さないワ!」

 

 金剛が自分の服が乱れることも無視して力いっぱい抱きつき、頬ずりすらしているのは提督としてこのパラオ鎮守府に着任してから十数日というまだまだ新米提督にありながら主力艦隊の平均レベルが50を超え、なおかつ4つの艦隊を持つ型破りな少女。

 小柄で、先輩提督には新実装の艦娘なのではないかとさえ間違われる程、人間離れした愛らしさを持つ少女は、しかしそのプレイスタイルから『米帝少女』の渾名を(ほしいまま)にしていた。

 米帝、というのは本来一定時間ごとに貰える各種資材やアイテムをリアルマネーで買い上げ、それによって強力・稀少な艦娘を手に入れたり、艦娘の強化を効率よくするプレイスタイルを大戦中の米軍の資金力になぞらえて揶揄したものだ。

 しかし、彼女のプレイスタイルにおいてはその米帝プレイすら生易しいと実しやかに囁かれている。

 というのも、ここ連日の彼女の鎮守府滞在時間は一日当たり16時間。まさに生命維持に必要な時間以外は全て艦隊の指揮を執っているということになる。

 掲示板などの間接的な交流しかない他鎮守府までその名前は轟き、しかし実際に目にしていないプレイヤーがその全てを信じることができるわけも無く、一部では都市伝説(アイドル)としてカルト的な人気を呼んでいる。

 

「それで、ビッグニュースってなんですか?」

 

 いつの間にやら自分が座るべき椅子に座り、膝に自分を抱えて満足そうにしている金剛をジトリと睨め上げながら少女が尋ねる。

 

「Oh......そんなに睨んでも私のおっぱいは分けてあげられないデース」

「握り潰すことくらいなら出来ますけど?」

 

 ニコニコと、少女らしい笑顔で恐ろしいことを言われ金剛の顔が少し引き攣る。

 しかし、大人の余裕とばかりにすぐさまニヤリと笑い返した。

 

「What!? ……まだ明るい仕事場で……提督ぅー。時間と場所をわきまえなヨー!」

「へぇ……じゃあ、いつも通り“夜”に“人気のないところ”ならイイんですね?」

「め、目が据わってるネ……」

 

 ふん、と顔をそむける少女。

 実は金剛の突入直前まで整理していた書類を滅茶苦茶にされたというのが少女の怒りの大本なのだが金剛は気付かない。

 金剛もここに至ってようやく本当に怒ってるのかもしれないと思い当たってオロオロしだした。

 

「えと、提督? あのネ? 別に私も暇だったから提督の仕事のじゃましに来たわけじゃないのヨ?」

「……用件は?」

「その、キス島でえっと――」

「あぁ……Supplyは大切ネーて燃料と弾薬を満載にして行った挙句、その全てを使いきってしまったキス島ですか?」

「う、うー……事情があったんデース」

 

 ほとんど泣きだす寸前でようやく事情について触れることができたと金剛は希望を見出す。

 なにしろリアルマネーを使うことに戸惑わないこの少女提督にとって資材とはイコールお金なのだ。

 金剛たちがキス島近海程度で燃料・弾薬を空にして帰投した当日には話すら聞いてもらえなかったという経緯がある。

 そもそも、戦闘の様子を少女が確認していたらもっと話は早かったのだが。

 

「どうせ夕立さんに夜戦を体験させるという建前ではしゃぎ過ぎたんじゃないんですか?」

「ぅ」

 

 件の事件については違うのだが、これについても前科があるため金剛の口は閉ざされてしまう。

 

「それで?」

「えっとネ、信じてもらえないかもしれないけど――」

「前置きが長い」

 

 ピシャリと言われまたしても金剛がうつむく。

 

「うぅ……その、キス島で――――――――――――――ってことがあったのヨー」

「…………へ?」

 

 しどろもどろながら金剛がなんとか全てを伝えた時には少女はその“BigNews”の衝撃に自分が起こっていたことさえ忘れてぽかんとしてしまった。

 その表情を見て、何を思ったのか金剛は飴玉の封を開け、少女の口に押し込もうとする。

 

「金剛さん!」

「ひゃいっ!?」

 

 完全に自業自得なのだが金剛はビクビクビクゥ! っと跳ね退き、気をつけの姿勢をとる。

 

「偉いっ!」

「ふぇ?」

 

 普段ならまず出さないだろう妙な声を出した金剛がそのままの姿勢で止まる。

 しかし少女の方はそれを気にも留めず金剛が散らかした紙の裏に何かを書き連ねていく。

 

「金剛さん」

「えと……いきなりどうしたのヨー?」

「今晩のおしおきは無しですね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、金剛は喜び9割、寂しさ1割という器用な表情で、しかしやはり提督である少女に褒められたのが嬉しいのか段々と満面の笑顔に変わる。

 

「さて、行きますよ!」

「……Yes! 今度こそいいところ見せてあげるワ!」

 

 秘書艦である金剛以外の艦娘も内線で呼び出してから二人は執務室を出る。

 必要なものは何か、編成をどうするか、兵装はどうするか、そんなことを話し合いながら港への道を歩いていると少女にとって見知った提督とすれ違った。

 

「おっと、イリスちゃん、随伴出撃(おでかけ)かい?」

「ええ」

「こりゃ珍しいこともあるもんだ。どこいくんだ?」

 

 普段、少女――イリスが鎮守府から出ないことを知っているためにその提督はわざとらしく驚く。

 

「――ちょっと、鬼退治に」

 

 

 ■□■棲艦島■□■

 

「ハク、お願い……」

「……やだ、たちたくない」

「私も動きたくないー」

 

 キス島での件から数日後、海底鉱脈を求め棲艦島はさらに南の深海を進んでいた。

 ここで、アイリにとって最大の誤算が生まれた。

 燃料となる原油はともかく鉱物資源などは得てして火山運動によって地表近くに運ばれてくる。つまり鉱物資源が潤沢な鉱脈は自然と火山にも近いということになり――

 

「暑い~~! 死んじゃう~~! 冷房ぉ~~!」

 

 真夏もかくやというほど暑いのだ。

 ましてや海底ともなると自然風によって涼がとれないことに踏まえて湿気が酷く蒸し暑い。

 ハクによれば除湿冷房昨日も完備されているらしいのだが、残念ながらそのハクでさえ暑さにやられてしまっている。

 一瞬、窓の外に見える海で泳いだらどれだけ気持ちいいことかと妄想して、しかし深度1800メートル、水温80度という現実を思い出して更に心がひしゃげる。

 

「あぁ、もう……イノイチー!」

 

 最近、妙にハクが人間らしくなって逆に面倒なことが増えたと思いながら、アイリが非人型棲艦の中で唯一識別できるイノイチを呼び出す。

 ちなみに、今現在ハク以外の人型棲艦をアイリは見ていない。

 ちょっと寂しいなーと思っている間にイノイチが忠犬もかくやという勢いで空中を泳いでやってきた。

 

「イノイチぃ……冷房、お願いします……」

 

 その死にそうなご主人様の声にイノイチが急転進。

 数分後、ゴウンゴウンという換気音が響きだした。

 

「うぁー、ここが天国なんですね……!」

 

 アイリたちがいるのは施設内部メインフロア。

 イノイチが気を利かせたのか、それとも施設の構造上なのかサウナ風呂状態だった空間がすぐさま過ごし易い環境へと変わっていく。

 それぞれ思い思いの場所でへばっていた駆逐艦をはじめとする深海棲艦達も列をなしてユラユラフラフラと漂い集まり始めてきた。

 その中で一匹だけ俊敏に宙を切り、アイリの傍でごろごろし出したのはやはりイノイチだ。

 

「深海棲艦も何考えてるか分からないようで実は結構可愛いですねぇ」

 

 紅く輝く眼に巨大な顎からはみ出る牙、これを可愛いといえるのもアイリが良くも悪くも深海棲艦に慣れてきた証拠なのかもしれない。

 

「それに、一匹二匹いるとそこに他の深海棲艦達が集まって行くような姿も仔犬っぽくて……あれ?」

 

 もしかして、その習性は戦力集めに使えるんじゃないか、とアイリの脳裏によぎる。

 しかしどうにも考えがまとまらず、とりあえず今資材の回収に向かってる棲艦が戻ってきたら考えてみようと思考を放り投げた。

 

「……あ」

「んー?」

 

 そんなタイミングで、都合の悪いことを思い出した、というようなハクの声。

 しかしアイリは眠そうな声で応える。

 もともと床の冷たさに身を任せて寝転がって涼んでいたところに心地よい涼風である。眠くなっても仕方がない。

 

「レイボウ、つけちゃいけないんだった」

「どうしてですー?」

「えと――」

 

 最近の成長の証か、一瞬、言いにくそうに間を取るハク。

 

「――おそわれる」

 

 そして、その一言とほぼ同時に棲艦島全体が轟音とともに激しく揺れた。

 




棲艦島に激震……いったい何が!?
(まだあんまり詰めて考えてない


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第7話

ささっと二日連続更新。
さーて、予想が当たった人はいたのかな?


 ■□■サンゴ礁諸島沖■□■

 

「提督ぅ、随伴出撃なんて初めてだけどどうしたネー?」

「念の為ですよ。泊地棲鬼と新種の――駆逐棲鬼、ですか? 鬼が二隻となるとあなたたちだけに任せるのは不安です」

 

 金剛に繋がれた大発動艇にはイリスが乗っている。

 そしてその横には戦艦『榛名』、後ろに正規空母『加賀』、軽空母『祥鳳』、潜水艦『伊168』、そして駆逐艦『ヴェールヌイ』が並んでいる。

 いわゆる複縦陣という攻撃も防御も可能な並びだ。

 

「さて、昨日の時点ではここら辺を漂っていた、という話ですが……」

 

 棲艦島を南方海域付近で目撃したという情報を得たため、誰よりも先んじてこれを目標に設定したのが彼女たちだった。

 しかもイリスにはほかの提督が知らない新種の鬼の情報がある。

 

「うん。加賀さん、祥鳳さん、偵察機をお願いします。キス島にいたのがここら辺まで来ているということなので南の方を中心に索敵しましょう」

「分かったわ。祥鳳、あなたは南東をお願いね」

「はい!」

 

 加賀の指示に祥鳳が少し緊張しながら応えた。

 実は加賀よりも祥鳳の方がイリスの元で働き始めたのは先なのだが、正規空母、軽空母、という違いが彼女たちの序列を決めている。

 もとより、艦娘たちに厳密な序列などあってないようなものなので彼女たちの関係性は性格によるところが大きいが。

 

「――ん?」

「これは……」

 

 偵察機を目として当たりの海域を索敵する二人は、同時に異変を見つけた。

 

「加賀さん、祥鳳さん、何か見つけましたか?」

「ええ、島の方を見つけたわ」

「こっちは鬼を一隻発見しました」

 

 二人の報告を聞いてイリスは今日は運がいい、と内心で笑う。

 

「では行きましょうか」

 

 ■□■棲艦島■□■

 

『警告:外部から衝撃。N136-24の外壁破損、海水流入の可能性があります』

 

 突如として鳴り響く警告アナウンスにアイリだけは素早く立ちあがる。

 数秒前までまどろんでいた名残など、その表情にはない。

 

(今の水深は約1800メートル。ということは水圧は18メガパスカル/メートル……少しでも壁が削られたら圧壊する……!?)

 

「ハク! 緊急浮上をお願いします! それと破損部からここまでの間にある隔壁を全部降ろして下さい!」

 

 隔壁があるかどうかなどアイリは知らない。

 しかし、将来的に深海に潜る鎮守府なのだからあるかもしれない。その期待を支えるのは先程のアナウンスだ。

 外部からの攻撃に反応し、かつ内部への警告、さらに海水流入の可能性まで示唆できるような、ある種、慎重とも言えるプログラムが組まれているのならば、海水流入の際の対処法が用意されていてもおかしくない。

 そして事実、ハクは言われた通りのことをした。

 

「テイトク。ここまでに37まいのカクヘキ――あ、34まいにへった」

「海水に耐えられてないんですか!?」

「ううん。こわされてる。いま、28まい」

 

 “おそわれる”“こわされてる”――ハクの言葉からこの島が攻撃されていることは理解していた。

 しかし、想像した以上に相手の進みが早い。

 このままだと島が海面まで浮上するより早く内部が水に侵される。当然、人並み以上には泳げない自分がそこに巻き込まれたらお終いだ。

 仮に泳げたとしても水圧に人体が耐えられるとも思えない。

 先日のようにイノイチと一つになれば水面まで上がることはできるかもしれないが――問題はそこじゃない。

 

「相手をどうにかしないと意味がありません……!」

 

 今現在のアイリの居場所はこの島のみ。

 一応プレイヤーではあるのだからどこかしらの鎮守府にたどり着けば保護してもらえるかもしれないが、そこまでたどり着くには深海棲艦に力を借りるしかない。

 しかし、例えば深海棲艦に乗って鎮守府まで逃げ延びたらどうなるだろう?

 答えは簡単だ。

 深海棲艦の仲間だと正しく認識され攻撃されるだろう。

 途中から一人で泳ぐ、という方法も考えられるがそれも出来ない。

 既にアイリにとってハクやイノイチといった深海棲艦達は敵ではないのだから。

 鎮守府の提督の仲間入りをしたところで深海棲艦達を沈めることは出来ない。

 

「ハク! みんな! 海面に出ます! 敵を迎え撃ちます!」

「ん、りょうかい」

 

 アイリとハク、イノイチは以前同様に海面へのエレベーターを、他の深海棲艦達は敵が攻め入ってきているのとは逆側にある出口へと向かう。

 

 そして海面。

 

 イノイチに跨ったアイリとハク、そして2隻の駆逐艦だけが棲艦島の浮上地点とはかなり離れた洋上に姿を現す。

 どうやら他の深海棲艦達はアイリの指示で少し遠くの方へ散開したようだ。

 敵方の艦娘たちを何度か深海棲艦と戦わせて消耗させ、その上でハクが主となった艦隊とぶつければ相手方は思うように戦えないまま撤退せざるを得ないだろう。

 そういう自分の判断は間違っていないと確信し――

 

(艦娘たちは戦うたびに弾薬と燃料、空母がいれば艦載機も消耗するのに対し、こちらは万全の状態で――え?)

 

 そして、気付いた。

 自分達は深度1800メートルという光も霞む極限世界において攻撃を受けたことに。

 

(現代の探査潜水艇は深度20キロメートルまで潜れるとか聞いたことがありますが大戦期の、それも海面に浮かぶ軍艦に攻撃するのが目的の潜水艦が1800メートルなんて深さまで潜ってこれるわけがありません!)

 

 なぜなら、それは潜水艦に不必要な機能だからだ。

 では、あの衝撃はなんだったのか。

 内部まで踏み込んで来たものがいるのだから単なる接触事故などではない。

 そうして、自分である一つの仮説を立て、右隣に浮かぶハクをちらりと見る。

 

(いるじゃないですか。深度1800メートルという深海でも軽々と活動できる、オーバースペックな存在が……!)

 

『警告:海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)が展開されます』

 

 警告が流れ、周囲が赤い文字列によってドーム状に区切られていく。

 隣のハクと同じように、アイリもイノイチを体内に迎え、その二本の足で海面に立つ。

 直後、二人から数メートル先の海面が爆発するように爆ぜた。

 

「見ぃつけた……まったく、人の鉱脈(おやつ)奪うと殺されちゃうって知らなかったのかしら?」

 

 ハクのような銀灰色ではなく、褪色しきっていない桃色の長髪を二つに結わえた少女。

 

「それに、ちょと負かす程度ならまだしも、騒音まで出してお昼寝を邪魔されては殺されても文句は言えないわよねぇ?」

 

 下着にジャケットとニーハイソックスという異様と、両腕を機械に飲み込まれたような異形。

 鋼鉄の五指が鈍く輝くその人形(ひとかた)の名は――

 

「南方棲鬼……!」

「あら、お利口さんね。私のことを知ってるの……それにしても貴女も、泊地の鬼も随分と可愛らしい恰好をしてるのね?」

 

 同じ深海棲鬼がまるで人間のようなお洒落をしていることを南方棲鬼の少女が嗤う。

 数体が確認されていると鬼姫艦、つまりユニークボスの内、決まって南方海域に姿を見せる鬼がいる。

 それこそが目の前にいる少女のことである。

 

(深海棲艦だからって皆仲良くお友達、というわけではないようですね)

 

 同じ艦娘に敵対しているからと言って、敵の敵は味方、ということにはならないらしい。

 その証拠に南方棲鬼は既に戦闘態勢を整え、ネコ科の肉食獣のような瞳でこちらを向けて笑っている。

 随伴していた駆逐艦の二隻は鳴き声のようなものこそ無いが目の前の少女の圧倒的な存在感に怯えているのが見てとれる。

 

「ロ級とハ級は後方援護。当てなくていいので遠くから砲撃で撹乱して下さい」

 

 ――今は作戦を練る時間。

 棲艦同士の小競り合いでもあるのに海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)が展開されたのはきっと自分が提督だからだろう。

 そのことに感謝をしながら、アイリは一方で南方棲鬼を倒す方法への思考を進める。

 火力こそハクより高いようだが、装甲値はハクの方がはるかに高い。

 そうであるのならこちらの一撃と南方棲鬼の一撃の価値はほぼ同じ――勝算は十分にある。

 

「ねぇ、島の方がもぬけの殻だったのだけれど、私の家にしてしまってもいいのかしら?」

「……そうですね、土地なら余ってるので間借りくらいならさせてあげますけど……今のお勧め物件は船体の一部を使ったお墓ですかねー?」

「あら、面白い冗談ね? 気に入ったわ。あなたの曝れ頭(しゃれこうべ)は私が大事にしてあげる」

 

 そして、『戦闘開始』の合図。

 先手は南方棲鬼でもハクでもなく――アイリだった。

 イノイチを吸収いたことによって得た力で数メートルの距離を僅か二歩で踏破、南方棲鬼の眼前へと躍り出る。

 無論、南方棲鬼も棒立ちではなく、アイリの小さな頭を切り裂かんと右の鉄爪を強く振るった。

 

「な……!?」

 

 しかし、拳一つ分アイリの頭上への空振り。

 アイリがしゃがんで避けた――のではない。そもそもアイリには避ける必要すらなかった。

 ()、南方棲鬼が立っているのは波の頂点。それに対しアイリが立つのはその波の下。

 水面の高低差が波という形で常に入れ替わるという特徴を利用しての回避方法だった。

 そして、二人の高低差が再びゼロに近づいたところでアイリによる右の膝蹴りが南方棲鬼の脇腹へと突き刺さる。

 

「まずは一打……!」

 

 しかし先制打を加えたにもかかわらずアイリの顔は苦々しい。

 イノイチの力を借りて普段の自分には到底不可能な動きをした結果、手応えは確かにあった。

 しかし、()()駆逐艦程度の力では大きく相手の体力をそぐことはできないという理解もまた、今の一撃で出来てしまった。それに今の奇襲も何かしらの工夫を加えない限り二度と通じないだろう。

 

「けほっ……なかなか血の気が多いのねぇ。そういえば初めて見る顔だけど、お仲間さんなのかし、らっ!」

 

 言葉とともに、海面に膝をついた状態から四肢をつかった突進(チャージ)。これにはさすがにアイリの駆逐艦としての速さをもってしても避けることが叶わず、南方棲鬼が広げた腕に首を掴まれる。

 ――だが、なぜかその腕は力を緩め、アイリはその隙に全力で後ろへ飛び退いた。

 改めて、敵の様子をうかがってみるも、南方棲鬼の少女はアイリ以上に自分の腕を不可思議なものを見る目で見つめていた。

 しかし気を取り直したように再び嗤い、アイリへと向き直る。

 

「ま、たまにはいたぶってあげるのもいいかしら?」

「いえいえ、ごめんですって!」

 

 もう一度、アイリが前へと飛ぶ。

 懐に飛び込まれると警戒した南方棲鬼は体勢を整えるがアイリの狙いはその右後ろ――南方棲鬼の背後の波の斜面を蹴り、さらに隣の波を蹴る。いわゆる三角飛びの要領で回り込んで側頭部を刈り取るような蹴りを放つ。

 しかし、今度は相手の反応の方が早かった。

 

「……攪乱される、って前提さえあれば先手を取られても反応はできるのよね」

 

 掴まれた蹴り足を軸にアイリが力任せに投げられた。

 一度、二度、とアイリの身体が水面を刎ねて着水するのと同時、今度は南方棲鬼の身体が下から突き上げられるように吹き飛んだ。

 

「魚雷、ですよ……ケホッ、ケホッ……反応されるって分かってれば対処もできるってもんです」

 

 アイリがわざわざ二度も波を蹴って南方棲鬼の背後に回ったのはあらかじめ放った魚雷の存在に気付かれないため。

 もとより彼女は打撃戦で相手にダメージを与えようということは頭の中から放棄していた。

 

「味な真似をしてくれるじゃない……!」

「そうですか? なら、もっと味わって下さい、な!」

 

 ここにきて初めての砲撃。

 アイリから放たれた弾丸が南方棲鬼の少女の左腕を後ろへと弾く。

 それとともに――

 

「ハク! あとは手筈通りに!」

「うん、まかせて」

 

 舌足らずな幼い声に、しかし鬼に相応しい闘志を込めてハクが前へと駆ける。

 速度はアイリ程早くはない。おそらく南方棲鬼と比べても互角というところだろう。

 なればこそ、先にアイリとの数度の打ち合いで動きを見せてしまった南方棲鬼にとって不利なはず。

 

「とりあえず、いっぽんもらう」

 

 左腕が後ろに流れたことにより()()()()となった左の脇腹にハクの拳が突き刺さる。

 

 ゴキン

 

 あまり耳にしたくないような音とともに南方棲鬼の少女は吹き飛んだ。

 

「あ……にほん、もらえたかも」

 

 ハクがほんの少し嬉しそうに言うそれは、おそらく折ることのできた肋骨の本数なのだろう。

 生々しい呟きにアイリが閉口する。

 しかし二人とも油断はしていない。もとよりこれで決着がつくとも思っていなかった。

 予想通り、吹き飛ばされた南方棲鬼がゆっくりと起き上がり、調子を確かめるように腕を回す。

 

「……やってくれるじゃない。いいわ、あなたたち最高……」

 

 少しうっとりと、やがて狂気へと変わることを聞く者に確信させる声音で少女が呟いた。

 

「ふふ……ふふふふふふ! あはははははははっ!」

 

 狂気が狂喜に、そして兇喜に変わる。

 

「あなたたち、最高に、さいっこうに、粉砕(こわ)してあげるわっ!」

 

 瞬間、少女の異形がさらなる異形へと形を成した。

 鋼鉄の爪の周りにはそれぞれに砲が手甲のように現れ、更に背中を突き破って三門の砲が二基ずつ展開される。

 小柄な身体から、それ以上に大きいように見える金属塊が骨・筋肉・皮膚を押し広げるような音とともに這いずり出てくる様は安っぽいスプラッター映画よりよほど迫力があった。

 

「鬼の戦い方ってものを見せてあ・げ・る!」

 

 そして遂には下半身をも蛇のような異形に飲み込まれた。

 そして、息をのむ暇すらないまま、その口から手から砲から、一斉に砲弾が吐き出されハクとアイリの視界が光に埋め尽くされる。

 

 そして、爆発。



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第8話

難産だったのもありますが、描き終えていたのをすっかり忘れていたのが一番の原因


 白光。

 轟音。

 爆熱。

 

 西日の斜影を払った一撃は確かな手応えを南方棲鬼――否、南方棲戦鬼に感じさせた。

 終わってみればあっけない――少女は自分が逆上して戦鬼とまでなってしまったことを忌々しげに思いながらつまらなさそうに水蒸気の白煙の中を見やる。

 やがて彼女が身にまとっていた鬼気もゆるゆると落ち着きを取り戻し、少女は再び戦鬼からただの鬼へと戻った。

 艦娘達への牽制になる鬼を(こわ)してしまっては、双方のパワーバランスを崩しかねないため、ある程度の手加減はした。

 しかし、それでも自分の目の前にいた泊地の鬼はもとより、その後方右寄りに立っていた見知らぬ鬼もただでは済まないだろう。

 それを当然のこととして受け止めた少女は何かに気がついたかのように視線を移す。

 

「あら、ちょうどいいタイミングねぇ」

 

 水を割り裂き、水中から岩肌のような壁面が姿を露にする。

 彼女たちが戦っていた海域のすぐ近くで、まるで勝者が決まったことを祝福するかのように現れたのは棲艦島だった。

 持ち主を失った島を自分好みに造りかえるのも暇つぶし程度にはなるだろう、そう考えた南方棲鬼は未だ晴れぬ霧を一瞥し、その脚を飲み込むようにして広がる蛇尾を海面に一打ち。

 海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)の封鎖もすぐに解けるだろうと考えながら島の方へ進もうとして――

 

 ――尾の一振りで覗いた霧の晴れ間にありえない光景を見た。

 

「っ!?」

 

 勝利を確信していた少女は、首筋が粟立つ感触を覚えながら、その薄い桃色の髪を振り払って背後を見た。

 視界には酷過ぎる火傷のために表面から血が滲み始めている泊地の鬼の少女。息も絶え絶えに水面に臥し、その紅玉(ひとみ)も開いているのか閉じられているのか分からないほど衰弱している。

 少女の思惑通り、轟沈はせずともなんとか撤退が可能な程度の大破だった。圧倒的な勝利でありながら、真の敵である艦娘たちを増長させないための手加減は完璧にうまくいっていた。

 

「ハク、大丈夫ですかっ!? ねぇ、返事して下さいよ! ハク!」

 

 なのに、なぜ、もう一人の少女は無傷なのか――?

 耐えられたわけがない。あの至近距離で、手加減があったとはいえ自分の火力を受けて耐えきれる存在など自分自身を含めてありえない。冷や汗が南方棲鬼の背中を滑り落ち、そこで、ハタと気がついた。

 泊地の鬼が身を呈して少女を守ったのではないか?

 もしくは、ありえないほど低い可能性の連鎖の結果、全ての砲弾が彼女に当たらなかったのではないか?

 

「……万に一つの可能性を拾ったならすぐに逃げ出さないと」

 

 何かしらの結果、弾が当たらなかっただけと理解した南方棲鬼の少女は余裕を取り戻した笑みとともにアイリを見下ろした。

 別に、自分の全ての力を振り絞った攻撃が避けられた訳ではない、ならば、もう一度同じことをすればいいだけ。当り前のことに当り前のように気付いた少女は慈悲も優しさもなしに、もう一度、一斉射撃を行った。

 

 白光。

 轟音。

 爆熱。

 

 まったく同じ光景。

 なにもかもが、数分前と寸分違わず再現されている。

 傷だらけで倒れるハクも、満足そうに笑う南方棲鬼も――ハクの華奢な体を抱きとめ必死に呼びかけるアイリの姿でさえも。

 

「なっ、んで! 当たってないのよ!!!」

 

 一度目は(ハク)がいた。

 そこで弾が止まってしまえばその後方にいたアイリには弾が当たらない可能性もゼロではない。

 二度目も(ハク)がいた。

 抱きとめていたハクの影に隠れれば、やはり弾を防げるかもしれない。

 ならば――

 

「三度目は、ないわよね!?」

 

 南方棲鬼の蛇尾が鋭く振られ、ハクの身体を弾き飛ばす。

 既に意識を失っていたその身体は、まるで水切りのように波間を一回二回と跳ね、遠くで着水した。

 アイリの視線は、それでもハクから外れず、まるで南方棲鬼などいないかのように彼女を見ない。

 少女はその姿に得体のしれない感情を抱きかけ、それを振り払うように叫ぶ。

 

「いいわ! 恐怖(わたし)から目を背けながら沈みなさい!」

 

 最早、一切の手加減は不要。

 そう判断して、南方棲鬼は今まで以上に苛烈な火力を、しかし冷徹に狙いを定めて放った。

 障害物もなく、彼我の距離はたった四、五メートル。そんな環境ではかえって外すことの方が難しい。

 吐き出された砲弾は空気を引き裂き、水面を抉り弾きながら――それでもアイリの横をすり抜ける。

 

「ハク……」

 

 そして、当人は自分が攻撃されたことなど、やはり無関心で遠くに弾き飛ばされた自分の仲間の元へ歩み寄る。

 

「そんなにそっちに行きたければ、私が連れてってあげるわよ!」

 

 理由は分からないが攻撃が当たらない。

 そんな苛立ちを声に出し、それでもおさまらない激した感情とともに南方棲鬼は蛇尾を繰り出した。

 数々の提督たちを恐れさせる鬼としての存在感はそこになく、本当に、ただ理解できないことに癇癪を起こす少女としての行動は――

 

「っあ……」

 

 今度こそ、アイリをとらえた。

 確かな感触に、逆に攻撃をした少女の方が驚く。

 しかし、その驚きも一瞬。

 打撃ならば当たるのだと、少女の顔は嗜虐的な喜びに満たされていった。

 

斉射(アレ)が当たらなかった理由は分からないけど叩きのめせるなら十分ね!」

 

 吹き飛ぶアイリに、しかしそれ以上の速さで南方棲鬼の少女が追いすがる。

 追いついた瞬間、アイリの柔らかそうな腹を引き裂かんと鋼鉄の爪が振り下ろされた。

 

「Proposition"κανείς δεν μπορεί να την σκοτώσει"

 RocationA(135,97,573)

 RocationB(179,97,567)

 Supposition Act=Probability(EnemyAtack"Claw"|ActiveAtack"ArmerBrake")*

 Probability(ActiveAtack"ArmerBrake")/Probability(EnemyAtack"Claw")」

 

 意味不明な言語の羅列。

 鋭い切っ先がアイリの柔肌に突き刺さるその瞬間、アイリの口から感情の伴わない“それ”が奔る。

 感情が伴わないのはアイリの声だけでなく、表情もだったのだがそれを確認することは彼女には出来なかった。

 そこからの動きの変化は鮮やかでありつつ緩やか、そして、なにより奇妙だった。

 南方棲鬼は驚き頓狂な声を上げつつとも、その手は止めていない。

 にもかかわらず、その爪は受け止められる。

 

「え?」

 

 ――まるで、肩から先が消え飛んだのではないかというような速さで動いたアイリの右腕によって。

 しかも、それだけでは終わらない。

 その、艤装の重量を含め数百キログラム、もしかしたら千キログラム以上とも思える南方棲鬼の身体を、空中にいるアイリが吊り上げ、半身を捩るようにして海面に向かって投げ落したのだ。

 数メートルも上がった水煙が晴れた時には、南方棲鬼の少女は海面に大の字になり、動揺のためか全ての艤装も消えていた。

 

「……あれ?」

 

 そこで、ようやくアイリの声にも理性の色が戻る。

 目の前にはアイリ自身の手によって押さえつけられている南方棲鬼。

 何が起きたのかを考えようとして、しかし一斉射撃を受けてからの記憶がすっぽり抜け落ちていることを確認して、首を傾げる。

 彼女の主観において、自分はあの砲撃から今の今まで気絶していたはずであって、自分の腕の下に南方棲鬼がいる理由がない。

 

「貴女……いま、何をしたの?」

 

 南方棲鬼の口から出たのはもっともな質問だったのだが、彼女以上にアイリの方がその答えを求めていた。

 自分が何をしたかどころか、何が起きたのかすら分かっていないのだから(ブラフ)すら難しい。

 結局、曖昧に笑うことしかアイリには出来なかった。

 たとえそれが相手を怒らせるということくらいは分かっていても。

 

「いいわ……なら力づくで――っ!?」

「んっ――!」

 

 眼前にせまる貫手。

 本当に突き刺さるのではないかというその勢いにアイリは身体を固め反射的に目を閉じる。

 一秒、二秒と時間が過ぎ、それでも痛みは届かない。

 走馬燈でも見ているのかとアイリが恐る恐る目を開けてみれば、顔から数センチというところで止まっている指先が見えた。

 鋭く伸ばされた南方棲鬼の指から血が滴り落ちた。

 

「テイトク、は、守る」

「ハク……?」

 

 吹き飛ばされ気絶していたはずのハクがアイリを庇うように立ちふさがっていた。

 気がついたのかとアイリは喜んだ。

 しかし、貫手の先から流れる血はハクのもの。

 焼け爛れた手の平が貫手によって抉られていた。

 零れ落ちる血は止まることなく、むしろ傷が広がっているのか勢いを増しているが、それでも南方棲鬼の指先はアイリに触れるどころか動くことすらない。

 

「提督……?」

「アイリは、わたしのテイトク……文句、ある?」

 

 ナオもアイリの頭を貫かんとする少女の手をハクが力尽くで振り払い、二人が組み合う。

 

「私たち深海棲艦に提督ですって? ……馬鹿馬鹿しい! そんな艦娘と人間みたいな真似をしてどうなるっていうのかしら?」

「シらない……わたしが、欲しいと思った。だから、アイリはわたしのテイトク……!」

 

 未だ、平然と動く南方棲鬼と比べて、血を流しているハクはアイリの目から見ても明らかなほどふらついていたが、それでも不思議と決定的に不利というわけではないようだった。

 これが意志の力だと言わんばかりに、ハクは吠え、唸り、喉を鳴らしながらハクは南方棲鬼に応戦する。

 

「アイリはコワれかけたシマに来てくれた……! わたしたちを守るってイってくれた! だから、わたしも守る!」

 

 言いきったのと同時に、ハクのブローが敵の少女に突き刺さった。偶然か狙ったのか、ハクが叩き折った肋骨の真上。

 南方棲鬼もこれにはたまらないと顔を顰め大きく後ろへと飛び退った。

 

「……なぁるほど、ね」

 

 しかし、すぐに、ニヤリと妖しく笑う。

 

「新種の鬼、洋服、アイリ、組織的な深海棲艦の資材補充、提督、当たらない弾幕、棲艦島……そっか、貴女、人間ね?」

「……それが、どうかしましたか?」

 

 問い返しながら、アイリは考える。

 どうやら人間と深海棲艦には明確な違いがあるようだと。

 当たらない弾幕、という言葉には特に興味を覚えたが、そこから推測できる答えを試す度胸まではアイリには無かった。

 

「決まってるわ……ころ――」

 

 殺すだけよ、という言葉はやはりハクに邪魔されて言いきれない。

 しかし、南方棲鬼の少女は既に標的をアイリのみに定めたのかハクに応戦しながらも視線だけはアイリに固定されていた。

 

「人間なんて、全員死ぬべきだわ」

「一応、深海棲艦の味方として提督やってるのにそんなこと言われるとショックですね」

「そうやって、また、私たちを沈めるんでしょう?」

 

 口調は静かに呟いた南方棲鬼の少女の声には今までとは比べ物にならないほど暗く、深い憎しみが込められているのをアイリは感じ取った。

 それだけで身がすくむほどの怨嗟の声は、しかしアイリに疑問を呼び起させる。

 

(深海棲艦が人間を恨む……単純な覇権争いのようなものではないみたいですね)

 

 よくよく冷静に考えてみれば深海棲艦と人間が争わなければならない理由は必ずしも無い。

 例えば人間は陸上から、深海棲艦は深海鉱脈からというように資材の確保についても住み分けができているため、そもそも人間が海に出なければならない理由が『深海棲艦を倒す』こと以外にない。

 深海棲艦とそれなりに生活を共にしてみれば彼らが本能的に人間を天敵と見ているわけではないことも理解できる。もしそうならばアイリはとっくに知能が低い(と思われる)駆逐艦などに襲われているはずだ。

 そして南方棲鬼の言った“また”沈めるという言葉とが示すものは彼ら深海棲艦の成り立ちから考えればおのずと導き出される。

 

(深海棲艦――彼我の艦艇のネガティブな想念の塊)

 

 知らず、囮にされた(仲間に裏切られた)

 作戦が悪かった(司令部の頭が悪かった)

 天運に恵まれなかった(乗組員が油断していた)

 

 そんな艦艇達の、もしかしたら乗組員達の無念をも飲み込んで形に成ったのが深海棲艦――そう考えていたから、提督達は人間と深海棲艦が争うことに疑問を持たない。

 自由度という言葉に支えられた各々の目的(ゴール )に沿ったプレイしかしない。

 

 ――もしかしたら、深海棲艦には“設定された”憎しみ以外にも、何か確固とした目的があるのではないか――

 

 たかがゲームの敵キャラを、過大評価しているだけなのかもしれない。しかし、既に短くない時間を深海棲艦と過ごしたアイリには、彼らが決められたプログラムに則った行動しかしない存在だと割り切ることも出来なかった。

 

「あなたには、深海棲艦となる前の……ただの軍用艦だった時の記憶があるんですね?」

 

 記憶や思い出といったものは人格を決める一つの要因となりうる。

 南方棲鬼の少女にも記憶があるのならば――たとえそれが電子的な記録(データ)だったとしても――彼女独自の行動理念という物が生まれたとしても不思議ではない。

 

「あなたは、何を求めているんですか?」

 

 それを見極められないかと、何気なく放たれたアイリの問いは果たしてアイリが思っていた以上の効果を上げた。

 問答しながらも続いていたハクと南方棲鬼との交戦が一時的に止まる。そのまま身体は動かさず、睨むような視線だけがアイリへと向けられた。

 

「私の、求めてるもの? ……そんなの決まってるじゃない」

 

 言葉とともにハクが突き飛ばされる。

 その急な動きに、そもそも無理を通して動いていたハクもあっけなく吹き飛ばされた。

 

「……敵よ。戦うことこそが軍艦(私たち)の存在理由。一度も海戦に出ないで“平和の象徴(スクラップ)”にされるなんて御免よ……!」

 

 アイリがやはり、と納得するとともに、不用意な問いかけで少女の闘争心を刺激してしまったことに後悔する。

 何かしらの信念が有ると予想していたものの、それが戦うことそのものに直結するとは考えていなかったのだ。

 

(どうしましょう……?)

 

 幸い、南方棲鬼の少女は艤装を解いている。それに肋骨を折られたダメージもあるはず。ならば勝機はあるとアイリは自分を奮い起たせる。

 今必要なのは相手の戦意を挫く方法。

 

「勝ちたいというのなら……やるべきことを考えなさい」

 

 アイリの身体に染み付いた口癖以上の癖。

 小さい頃から自分の行動を自ら意識的に律してきたアイリにとって、自分自身への命令というものは一つの儀式となる。

 超能力や魔法などとだいそれたものではないものの、それはアイリを半ば強制的に冷静にさせる。

 その一瞬だけは頭の中から感情(ほんのう)の全てを排し、思考(りせい)だけにすることができる。

 

 ――相手は手負い。

 しかも、理由は分からないが絶大な火力を見せつけた艤装類は全て無くなっている。

 折れた肋骨に打撃を集中させることができれば相手も戦うどころではなくなるはず。

 ――被害は許容範囲。

 ハクは大破負傷を負っているが、自分自身は蛇の尻尾のようなものに吹き飛ばされた一度きり。

 その一撃で気を失いはしたが身体へのダメージは少なかった。

 ――なぜ、自分が一斉射撃を避けられたのか。

 推測は出来ている。ただし実戦でいきなり試すことができるほどの確証はない。

 ――火力がたりない。

 ――策は、あるか。

 

 ……ある。

 

「ハク、私を――」

「うん、しんじる」

 

 アイリが問いかけるよりも先にハクが応えた。

 あえて大破艦を使う作戦内容なんて数えるほどしかないというのに。

 

「じゃあ、時間稼ぎを、お願いします……」




最近思うのが評価で1~3、4~7、8~10って大して違いがない気がする。
もうBadとGoodだけでいいんじゃないかな


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第9話

ケッコンカッコカリきましたね

これを機にキャラソートをやってみた結果

1位瑞鳳
1位響
1位榛名
1位大鳳
1位金剛
1位瑞鶴
1位電

という結果になりました。
まぁ、好きな艦娘ってなかなか選べないよね。
じゃあ皆と結婚だ、って話


「祥鳳さん、向こうの様子はどうですか?」

「ええ、南方棲鬼の方は艤装落ち……中破というところでしょうか。泊地棲鬼は大破、駆逐棲鬼については小破未満です」

「そうですか……どっちが勝っても関係ないので、早く終わってくれませんかねー」

 

 イリス率いる艦隊は棲艦島を目前にして足止めを食らっていた。

 言うまでもなく南方棲鬼とアイリたちの戦闘が行われている海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)によってだ。

 この障壁は内部を覗き見ることや盗み聞きすることも妨げず、内部からの逃走・離脱も自由なのだが、外から入り込むことだけはできないようになっている。

 遠征として別働隊を配していた場合のみ、例外として中に向かって援護射撃などを行うことが許されている。

 そんな都合もあって、イリスはこの戦闘が終わった後で勝者に対して追い討ちをかけることを狙っていた。

 このまま戦闘が進めば、どちらの鬼が勝利したところで最終的に自分が笑う。

 それを理解しているはずのイリスは、不思議なことに不機嫌そうに見えた。

 

「あれ……大破しているはずの泊地棲鬼が前に……?」

 

 ふと、上空に観測機を飛ばして戦闘を覗き見ていた祥鳳が首をかしげる。

 このままでは泊地棲鬼が沈んでしまうということを、あの駆逐棲鬼が理解していない訳がない。

 そして、先日出会った二人の深海棲艦はお互いに、相手を平気で切り捨てるような性格には見えなかった。

 一度とはいえ実際に面識のある祥鳳だからこそ、余計に不審に感じた。

 しかし、彼女が敬愛する提督はというと――

 

「へえ……まぁ、あれが私と金剛だったら、私も同じことをするでしょうね」

 

 と、不機嫌はどこへやら感心したように言い、“切り捨てる”とイリスに言われたはずの金剛は――

 

「提督ぅ、愛してるネー!」

 

 嬉しそうにイリスに抱きついていた。

 普段の様子から嫌がるかと思われたイリスだが、その顔は何か別のことを考えているように眉を寄せている。

 まさか、この後に控える勝利が決まっている戦闘のことを心配している訳でもあるまいし、と祥鳳は再び首をひねった。

 その横をすり抜けるように滑り出てきた榛名が、いまだイリスに絡み付く金剛を剥がしつつイリスに声をかけた。

 

「提督、もしあれが姉さんではなく、提督と榛名だったらどうしますか?」

「んー。逃げますね」

「そうですか……榛名、残念です」

 

 このやり取りに対して、やはり理解が出来ない様子の祥鳳。

 もし自分と提督があの状況に陥ったら、と予想をしてみるが、基本方針はやはり逃げることを選択するだろうし、祥鳳もそれに対して残念に思わない。

 提督であるイリスを逃がすために祥鳳が囮になるということをイリスが許さないことも分かっているし、金剛と榛名は特に戦闘好きというわけでもない。

 

「?? ……???」

 

 自分の考えに間違いが見つからず、ますます混乱する祥鳳に対して答えを教えたのは後続のヴェールヌイだった。

 

「信頼、だよ」

「え?」

 

 その短い呟きに対して思わず聞き返した祥鳳に対してヴェールヌイがもう一度繰り返す。

 

「司令官はね、彼女(金剛)のことを信頼してるんだよ。絶対に沈まないってね」

 

 その声は少し悔しそうであり、誇らしげでもあった。

 

 ■□■海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)■□■

 

「そう、そうよ。戦うために造られた軍艦(わたしたち)はそう在るべきよね」

 

 例え沈むことが分かっていても、それでも一隻でも多く敵艦を沈めるべきだと南方棲鬼の少女が嗤った。

 それに対しての答えは無い。

 立つのが精いっぱいのハクには答える余裕などなかったし、アイリもそんなハクの気が下手な会話で逸らされないように口を噤んだ。

 もう、アイリにできることは無い。

 ハクは己が意識の全てを南方棲鬼の一挙手一投足に集中させている。どんな動きにも後れを取らないよう、その頭の中では幾通りもの未来(答え)を模索していた。

 そこに、アイリからの援護射撃というハクの予想の中に存在しない要素が入り込んでしまったら、その誤差をハクが埋める前に沈められてしまうかもしれない。

 仮にアイリができることがあるとすれば、それはハクが沈まないということを信じるだけだった。

 

(数値上だけのデータを見れば、ハクが沈むのは当り前ですが……それでも活路はここにしかないんです)

 

 逃げだしたら、きっと見逃してもらえる。

 しかし、その後、自分とハクはどうすればいいのか。

 

 ――否、自分はどうすればいいのか――

 

 もしアイリ達が逃げ出したら棲艦島はきっと奪われる。

 首魁であるハクはわからないが、他の深海棲艦達はきっとトップが南方棲鬼に変わったところで今までと同じ生活を続けるだろう。

 もしハクが追放されたとしても、彼女自身はそのことを気にせず今まで通りマイペースに過ごすことも予想できる。

 しかし、アイリはそうも行かない。

 ハクについて行くことは海で生活する術を持たないため不可能であり、そうなると提督としてどこかの鎮守府に着任する以外ないのだが――

 

(今更、深海棲艦(この子たち)と戦うというのは……ねぇ?)

 

 アイリの中には艦娘に対しての敵対意識というものは無いが、同様に深海棲艦に対してもそういうものが存在しない。

 そして、なぜか彼女はより人間らしい艦娘よりも無分別で本能的な深海棲艦に対して愛着を感じていた。

 それこそ、艦娘は敵に回せるが、深海棲艦とは戦えないという程に。

 

(それに、艦娘はよほど酷い提督じゃない限りは沈みませんし)

 

 大破進撃、と呼ばれる無謀なことを艦娘に要求する提督の艦隊に相対しない限りは艦娘を沈めてしまうかもしれない、という罪悪感にも似た恐れを抱く必要は無い。

 一方で、もし深海棲艦と戦うことになれば、出会ってしまえば沈めざるを得ない。そういった事情もアイリの心境に影響していた。

 だから、アイリにとって南方棲鬼に勝つという以外の選択をすることはできず、その為にハクを前線に立たせるということは不可避だった。

 

「ハク……頑張って下さいね?」

 

 ハクの集中を乱さないようにと、口の中で囁いた言葉だったがハクはそれに頷きを返した。

 そして、二人の鬼の睨みあいが終わりを迎える。

 

 ――ハクによる突進という、アイリでさえ予想しなかったことをきっかけに。

 

「一撃当てれば沈められる……なんて鬼の貴女相手にそんな油断しないわよ?」

「っく……!」

 

 身を伏せての突進による接近から蛇蠍のような突き上げ。

 その一連はハクが瀕死であることを全く感じさせることのない流麗な動きだったが、南方棲鬼は顎をほんの少し引くだけで回避した。

 その、意表を突くような攻撃と最小限の回避の結果、ハクに致命的な隙が生まれる。

 伸ばされた右腕の下、そのむき出しの腋に南方棲鬼の拳が繰り出された。

 

「それは、ミえてた」

「っ……!?」

 

 ハクによって海面スレスレから放たれたアッパーカット。それは勢いを殺さないままに飛び膝蹴りへと姿を変えた。

 いきなり目の前に現れたハクの膝に、少女が慌てて拳を引き、大きく仰け反る。

 決定打にもなりうる攻撃は惜しくも不発に終わったものの、当のハクに落胆は無い。

 敵に警戒させることができたことだけでも今の攻防に意味はあった。

 何をするか分からない、とさえ思わせてしまえば相手も慎重になり膠着状態が望める。動き続けるだけの体力がないハクにできる時間稼ぎの手段がこれだった。

 今のハクにとって一番避けたいのは、南方棲鬼が早く勝負をつけようと絶え間ない攻撃を仕掛けてくること。

 そして幸運にも、後ろにアイリがいることも少女の警戒心を煽り、結果的に過剰なまでに南方棲鬼は負け得る要素に対して敏感になっていた。

 南方棲鬼自身、本当は自分の方が不利だという自覚があるからこそ下手に動けない。

 

(でも、私の勝利条件はハクと私が無事に棲艦島に帰ること……)

 

 南方棲鬼にとっての敗北条件はそのまま彼女が沈むこと。

 仮に彼女がハクを沈めたところで、その後待っているのは軽い損傷しかないアイリとの戦いなのだ。

 万全な状態であれば後れをとることなどないだろうが、このハクとの一騎打ちで消耗すれば負けるのは自分だと、南方棲鬼は理解していた。

 アイリ達が追い詰められているのは唯一、ハクが沈むかもしれないという一点のみ。アイリ達の内心など知る由もない南方棲鬼にとって、それは喜べる要素にはならなかった。

 そして、その南方棲鬼の不安を後押しするように、ハクが再び無謀にも突撃する。まるで、戦闘に勝てるのならば自らの身など冥府に差し出してもいいと、それこそ戦時中の帝国軍のように。

 それが幾度となく繰り返され、そのたびに南方棲鬼は段々と動きを鈍くさせていく。

 ハクがダメージを与えられているということではない。

 数度にわたる攻防はしかし、お互いになんのダメージも残していない。

 南方棲鬼自身は凌ぎ切ったと考えているかもしれないが、そもそもハクは反撃を食らわないことを念頭に置いて“攻めているフリ”をしているだけだった。

 攻撃を当てることを考えず、反撃にだけ気を配っているハクと、そのハクの動き全てに注意している南方棲鬼では精神的な疲労が違う。

 

 このまま、この状態が続けばあるいは。

 

 しかし、そうアイリが考えたのも束の間、疲労がピークに達した南方棲鬼の少女はその表情を見る物に寒気を感じさせるような微笑みへとかえた。

 

「もう、考えるのも面倒ね……後のことは後で考えて、いまは貴女を叩きつぶすことにするわ」

 

 焦りが募った南方棲鬼の選択は、不幸にもアイリ達を追い詰める最善の手となる。

 つまり、南方棲鬼から攻めるというもの。

 こうなってしまえば、ハクはひたすら避け続けるしかない。

 精神的優位がどちらであろうとも、ハクが一撃も受けてはならないという前提条件は変わらないのだから。

 

「ハクっ……!」

「だいじょうぶ」

 

 それでも、焦るアイリとは対照的にハクの声は落ち着いていた。

 繰り出される拳や足をギリギリで捌き続け、たまに反撃を繰り出す。

 そのハクが反撃をし、少しの隙ができるたびにアイリは息を飲み込むのだが、頭の冷静な部分ではその反撃があるからこそ南方棲鬼も攻めきれずにいるということが判ってしまい、アイリにはハクの危険な行為をやめさせたいと思うことさえ許されない。

 アイリが何かをハクに要請したら、それが原因でハクが沈む。

 根拠も何もないアイリの予感だが、自分が余計な手出しをしたらハクが沈むという確信があった。

 だから、アイリは見守ることしかできない。

 そして、自分が無意識にいつでも砲撃をできるように準備していたことなど、その瞬間まで気付かなかった。

 

「あ」

 

 その呟きは誰のものだったか分からないまま風に消えた。

 

 変わらない戦況に焦れた南方棲鬼による力任せの大振りの攻撃。

 それをハクは当然のように回避し、がら空きになった南方棲鬼の弱点――折れた肋骨へと拳を繰り出す。

 この一連の流れが南方棲鬼による罠だと分かったのは外から見ていたアイリだけだろう。

 それも、ハクに対してだけではなく、アイリ自身に対しても仕掛けられた二重の罠だということに。

 南方棲鬼はまさしく肉を切らせて骨を断つために、ハクの一撃を堪える準備をしている。そのハクの全力の攻撃の後に出来上がる大きな隙をついて叩きつぶすために。

 こうなればアイリが南方棲鬼の腕を撃って、攻撃を逸らさせるしかない。そして南方棲鬼はそれがいとも簡単に行えるような、おあつらえの位置にいた。

 

(詰んだ……!)

 

 アイリが砲を放てば南方棲鬼の身体がずれ、ハクの一撃は外れるか、外れなくてもダメージの見込めない所に当たる。

 そうなれば南方棲鬼は大きな負傷の無いままにハクを次の一撃で沈め、アイリに向かってくるだろう。

 そして、アイリが砲を放たなくても、南方棲鬼に与えられるダメージが増えるだけでハクが沈む可能性が高いことは変わらない。

 逡巡しているアイリに南方棲鬼の意地の悪い微笑みが目に入った。

 

南方棲鬼(かのじょ)は私の心を折りに来てる……!)

 

 どちらを選んだところでハクが沈めばアイリは自分の選択に後悔する。

 もし、違う選択をしていればハクは沈んでいなかったかもしれない、と。

 そして南方棲鬼はそんな精神状況でなんとかできるような甘い相手ではない。

 真綿で首を絞められるように、ゆっくりと絶望に取り囲まれるなか、アイリはハクの言葉を思い出した。

 

 ――だいじょうぶ――

 

 だから信じて、と。

 それなら自分はこのまま最後まで何もしないで見続けなければならない。

 自分が手出しをすることで、ハクの動きを大きく阻害してしまうかもしれない。

 そもそもハクが南方棲鬼の予想以上の力で攻撃することができれば南方棲鬼が攻撃に転じることもできなくなる。しかしアイリが手出しをすればその可能性は潰える。

 全てを可能性として考えた時、よりハクが生き残る可能性が高いのは自分が何もしないことだ。

 

 そこまで考えて――

 

 ――そこまで考えたのに――

 

「あ」

 

 呟きはアイリのものだった。

 その砲塔から砲弾が飛び出し、南方棲鬼の腕を弾く。

 弾かれたのは南方棲鬼の腕のみに留まらず、その身体も外部からの力によって大きく動いた。

 当然ハクが狙っていた脇腹、肋骨の位置もずれ、ハクの拳の先には南方棲鬼の肩。

 ――南方棲鬼は嗤っていた。

 

 

 

 極限状態にある時、人間は引き金に指が触れてさえいれば、そのままそれを引き絞る。

 

 

 

 ただそれだけの話。

 どれだけハクを信じていても。

 どれだけ頭では理解していても。

 ハクの生死を左右する局面で何もしないという決断をアイリの心の弱さは許さなかった。




全く趣の違う二つの話を書き進めるってなかなか難しい

日刊見たらなんか下の方にいたよ
はずかしいね。
ありがとう


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第10話

オリ主タグをつけていなかったことに今更ながら気が付きました(

で、でも提督=プレーヤーなわけだから一概にオリ主って言い切ることもできないよね!
・・・・・・すいません(


 どうしてろくに狙いを定めてもいない砲撃が当たってしまったのか。外れてさえくれれば、まだ可能性は残っていたのに。

 そんなアイリの後悔を嘲笑うかのように、事態はアイリにとって最悪の予測をなぞる。

 ハクの拳は南方棲鬼の肩に当たるが、その体勢を崩すことはなかった。

 いよいよもって南方棲鬼の笑みが深まり、彼女の強烈な一撃がハクの腹部に叩きこまれる。

 

 ――沈めた。

 

 全火力を集中させた拳はハクを軽々と空中に弾き飛ばし、その光景に少女は自分の勝利を確信した。

 ハクの最後の一撃によるダメージもほぼ皆無。

 目の前で呆然としている駆逐棲艦と連戦することになっても負けはあり得ない。

 そう思い、アイリの方へ一歩踏み出した南方棲鬼は、しかし、アイリの目が自分ではなく、その背後を見ていることに気付いて足を止めた。

 頭では沈みゆく仲間を見ているのだろうと分かっている。

 それでも背筋に感じる表現しがたい粟立ちを無視したら後悔するという感覚が彼女に背後を振り返らせた。

 

「ワタシの読みドオり……」

「貴女……なんで立っているの?」

 

 万全の状態ならともかく、沈没寸前というところであの一撃に耐えられるわけがない。

 そもそも、最後の全力攻撃ですら自分に蚊ほどの痛痒を感じさせることすらできないほど弱っていたはずなのに。

 

「それがマチガい」

「……本当は大破寸前じゃないとでもいいたいのかしら?」

「ううん。わたしはゼンリョクでコウゲキなんてしていない」

 

 大破状況で全力なんて出せないから、そういう風に解釈しかけた南方棲鬼は直後にもっと恐ろしい可能性に気付く。

 

「まさか、最初から最後まで全て……!」

 

 ハクに踊らされていたのかと。

 大破寸前という碌に力も残っていない状態で戦い続けていられたのは、そもそも体力を使っていないから。

 最後の一撃にダメージが無かったのはハクがダメージを与えようとしていなかったから。

 大きく吹き飛んだのはハクが自分から跳んだから。

 最初から、隙があれば南方棲鬼を沈めようなどという意識は無く、徹頭徹尾において時間稼ぎだけを狙っていたからだと気付いた少女が頭に血を上らせる。

 

「疲れさせれば私に勝てるとでも……? 私、なめられてるのかしら?」

 

 例え疲労がたまっていたとしても南方海域最強という自負がある。

 姫になることができるほど練度が高いというわけではないものの戦鬼という形態をとることもできる自分が、大破した泊地棲鬼と生まれたての駆逐棲鬼ごときに負けるはずがない。

 駆逐棲鬼の起こした不可思議な現象で艤装の展開ができなくなってはいるが、それでも自分は――

 

「ううん、わたし達のかちだよ」

 

 後ろから歩み寄ってきたハクに横合いから軽く右肩を押され、南方棲鬼がよろめく。

 そしてハク自身はそんなことに興味もないのかアイリの後ろまで歩き、振り返りざまに一言。

 

「だって、もう夜だから」

 

 沈みゆく西日、その逆光に隠されたハクの表情は、その時だけ“戦艦らしく”嗤っていたように見えた。

 そして、直後に感じた腹部への衝撃に南方棲鬼の意識は閉ざされ始める。

 夜を制するのは戦艦でも空母でもなく駆逐艦。

 常識ではあるが生まれた時から高い火力値を宿していた南方棲鬼にとっては夜戦中の駆逐艦も少し強くなったという程度の違いでしかなかった。

 

「駆逐棲鬼、ね……後ろでびくびくしてるだけかと思ったら、本当は強いんじゃない」

 

 日が沈むと同時に走り、至近から放ったアイリの一撃が南方棲鬼を下した。

 海戦のための海域封鎖が徐々に解かれるに従って、朦朧とした少女の身体が海へと飲み込まれていく。

 

 ――戦いで沈むなら本望かしら、ね――

 

「カ級! ワ級! 沈めさせないでください!」

 

 南方棲鬼は、意識を失う直前にそんな言葉を聞いた気がした。

 

 

 

「いいの?」

「何がですか?」

 

 足の遅いワ級がたどり着くまでカ級に南方棲鬼が沈まないよう水中から身体を支えさせ、その後、ワ級の艦内に放りこんで棲艦島まで運ばせたあと、珍しくハクがアイリに質問をした。

 普段なら提督であるアイリの行動に良くも悪くも疑問を持たないのだが、今回ばかりはそうもいかなかったようだ。

 もっとも目的語のない質問だったにせよ、アイリにとってはその内容に思い当たる節がないほど当り前のことのようだが。

 

「さっきの、助けちゃって」

「あぁ、まぁなんというか、結構話しちゃいましたしね?」

「まえも、艦娘をみのがして帰してた」

 

 アイリはキス島沖での出来事のことだと思いだして、それでも笑う。

 ハクが、その口調の変化と同時に考えることも少しずつ感情的になってきてることに笑う

 

「だって、いい人たちだったじゃないですか?」

「……」

 

 一度、会話してしまったら相手が普通の女の子であることが分かってしまう。

 こればかりは、艦娘への敵意を植え付けられているハクには理解できないことだった。

 それでも、南方棲鬼のように大戦期の記憶が戻っているわけではないハクにでも、戦艦という戦争のための道具として分かることはあった。

 

「……だから、うらぎられるのに」

 

 そのハクの言葉に対するアイリの返事は無い。

 その事実に対しての悲しみの表情でもあり、ハクに心配されていることに対する嬉しさをにじませた表情でもあった。

 

「ロ・ハ級はハクを島へ! それ以外の各棲艦は島か私、近い方へ急いで下さい!」

 

 アイリの命令によって近くで待機していたロ級、ハ級によってハクが強引に連れて行かれる。大破寸前の体力では駆逐艦二隻の牽引力にあらがうことすらできないようだった。

 そしてハクが十分離れたことをアイリが確認した直後、一度は消失した海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)が再び展開される。

 

「援軍は、間に合いませんか。イノイチ、頑張りましょうね?」

 

 想像の中でイノイチが奮い立ってくれているのを感じて、アイリはやはり笑う。

 

 目の前に恐怖がある。

 それは見覚えのある金剛であり祥鳳であり、そして見覚えのない4人の艦娘であり――

 

 ――そして、妙に親近感をアイリに覚えさせる黒い姫だった。

 

「こんばんわ……いい夜ですね」

 

 戦闘準備時間を終えると、両陣営が示し合わせたかのように近づいて行く。

 先に口を開いたのはアイリではなく、夜に紛れそうな黒い姿の中、紅い瞳を輝かす少女だった。

 にこやかにアイリに話しかけた少女――イリスに対して、アイリもまた表面上は穏やかな表情で返す。

 

「そうでしょうか。私には少し星月の明りが眩しすぎるみたいです」

 

 陰暦においての第十四夜。

 あと少しで満月というこの月は小望月と呼ばれることもある。

 そしてその月に負けず劣らず光を放つ星々が海にも映り、まるで宇宙の中にいるかのような幻想を抱かせた。

 

「それは残念ですね。それではどのような夜が好みなのでしょうか?」

 

 やはり、にこやかに、穏やかに話すイリスだが、その紅い瞳はアイリの警戒心を刺激する。

 ただし、アイリ自身、表情は微笑んでいても自分の蒼い瞳は酷く冷え切っているのだからお互い様だと心中で苦笑する。

 

「それはもちろん――」

 

 そして、その苦笑を呼気として吐き出すのと同時にアイリは自分の中のスイッチを切り替えた。

 

「火砲の光以外灯らない曇天新月(まっくらやみ)でしょうねっ!」

 

 本当にそうであれば、まだ勝ち目はあったかもしれないのに、と嘯きながらイリス本人に対して姿がかすむほどの速力で突撃した。

 この明るい夜はとても夜戦日和とは言えない。

 否、迎え撃つイリスからしてみればまさしく天恵の夜なのだが、少なくとも単艦であるアイリの味方にはなりえない。

 

「それはそれで、背徳的な夜ですね」

 

 事実、アイリの突撃は複列縦陣の先頭としてイリスの横に控えていた金剛と榛名によって止められた。

 イノイチと一つになることで駆逐棲鬼という呼称に説得力がある程度には各種ステータスが高くなっているアイリでも、戦艦二人の防御を抜くことは難しい。それが練度の高い艦娘となればなおさらだった。

 この初見殺しとでもいえる速度での攻撃が無効化されるのであれば、夜という駆逐艦の独擅場にあっても、多勢に無勢という苦しい戦況は覆らない。

 アイリはなんとか捕まえられた腕を振り払って距離を取るものの、この明るさでは夜に紛れるなどということも難しい。

 

「……ここまで、ですかね」

「投了ですか?」

 

 これが、提督自ら率いることで各ステータスに補正値がかかる随伴出撃でなければアイリにも望みはあったかもしれない。

 空母である加賀と祥鳳は夜闇で動けないのだから何とか混乱させてしまえば他の四人に撤退を考え差焦る程度のダメージも与えられたかもしれない。

 しかし、提督がいるならそれも無理かと、アイリは何もかもを諦めた。

 

「あー……こうなるなら、キス島沖で金剛さん達に多少は損傷させておいた方がよかったんですかね」

「高速修復材を使うので結果は変わりませんよ。あるいは泊地棲鬼を残しておけば目もあったかもしれませんけどね?」

「ハクを突撃させてそちらの陣形を崩して、その間に金剛、榛名を襲って中破に持ち込んで、あとの二人、ヴェールヌイさんとイムヤさんを各個撃破、ですか?」

 

 その方法をすぐ思いついたアイリに対してイリスが多少驚いた顔をしたが、小さく何事かを呟いてからは元の表情に戻った。

 

「ええ、そしてそれについては“泊地棲鬼が沈んでしまうそれは考慮に値しません”ですよね?」

 

 そして、今度はアイリが内心を言い当てられて表情を驚きに染める。

 艦娘を率いる正規提督が深海棲艦同士である(と思われている)アイリとハクの間にそういった人間じみた感情が存在していると考えているとは思わなかったからだ。

 もちろん、自分が言おうとしていた言葉を一言一句違えずに、しかもアイリそっくりな声で言われたということもあるが。

 そっと、悔しげに溜息をもらしてから、アイリが降参とばかりに両手を上げる。

 

「心理戦で上を行かれるのは生まれて初めてです。私は捕虜にされるんですか? それとも……今ここで沈めますか?」

「健気ですね……そうやって、島がこの海域から離れる時間を稼ごうとしているんですよね?」

「っ……今まで私と話してた人が居心地悪そうにする理由が初めて分かった気がします」

 

 昔から、相手の心情を推し図ることが苦手ではなかったアイリだが、逆に自分の考えていること全てが筒抜けだというのは初めての経験だった。

 こうなってしまえば、アイリに残された手段は一つしかない。

 

「……お願いします。なんでもするのであの子たちは見逃してあげて下さい」

「へぇ……なんでも、ですか。そういったことを嫌う性格だと思ったのですが勘違いだったんですかね」

 

 イリスの言葉通り、人へのお願いというものはアイリにとって苦手なことだったが、いまさらそれを言い当てられたことに驚きはしなかった。

 苦手なことであろうが、プライドが邪魔をしようが、アイリはとにかくハクたちだけは助けたかった。

 既に、ゲーム内の時間で数十日間を一緒に過ごしている仲間を何よりも大切にしたかった。

 

「……一つ、いえ、二つ聞かせてもらってもいいですか?」

 

 イリスの問いかけに、アイリはただ頷く。

 

「あなたは、このゲームのプレイヤーですか?」

「はい。深海棲艦側である理由は知りませんけど……」

「では、現実時間とこのゲーム世界の時間の流れの差異はどのくらいだと思っていますか?」

 

 この質問にはアイリも首をひねった。

 イリスの質問の意図が分からない。

 しかし、自分の過ごした時間や、バイタルサインの監視によって空腹時や睡眠不足の際には強制的にログアウトさせられるという知識によって答えを導き出す。

 

「少なくとも60倍以上でしょうか」

 

 これまで過ごしてきた時間から考えてそれぐらいだろうと当たりをつける。

 それを聞いたイリスも一度頷いて、アイリにとって予想外なことに踵を返した。

 

「残念ですが、時間みたいですね。失礼させて頂きます」

「……は?」

「金剛さん達もこのまま鎮守府の方に帰って下さいね?」

「ら、了解(ラジャー)ネ」

 

 どうやら突然のことに驚いているのはアイリだけではないらしい。

 金剛たちもまた自らの提督の奇行に理解が追いついていない様子である。

 

「あの、榛名たちは戦わないのでしょうか?」

「ええ、これから私は夕飯の時間なので。あなたたちだけで戦ってもらってもいいのですが――」

 

 ここでちらりとアイリを一瞥するイリス。

 

「新種の鬼を倒す場には私も居合わせたいですからね?」

「はぁ……」

 

 曖昧に頷く艦娘の面々だったが、その中で金剛と祥鳳だけは己が提督の考えていることに気が付いたのか顔を見合わせて薄く笑っていた。

 そしてイリスが戦闘の放棄を告げ、アイリにも戦意がないためか、海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)も緩やかに解除されていく。

 

「これで、借りは返しましたよ?」

 

 このログアウト直前のイリスの一言があるまでアイリは終始茫然としていたが、イリスが消える前に何か言わなければならないと混乱した頭で考え、しかし、何を言うかまでを導き出すことができずに思いつくままに言い放った言葉は――

 

「ば、馬鹿じゃないんですか!?」

 

 だった。

 これには最後までにこやかに笑っていたイリスも頭に来るものがあったらしく表情はにこやかに、しかし額に青筋を浮かべて――

 

「単艦で飛び出す人にだけは言われたくありませんね。ええ、あなたのことですよ?」

 

 という言葉を残して夜闇に消えた。

 残された艦娘たちも既に帰投の準備を整え移動を始めている。

 アイリに対して祥鳳が会釈を、金剛が大きく手を振りながら帰っていく様が、またアイリになんとも言えない居心地の悪さを感じさせ、波乱の一日は終わった。

 

 アイリの中に、ある一つの疑問を残して。

 




とうとう話数が二桁になりました。

感想待ってますー


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第11話

大鳳ちゃん5隻目ができたよ!


 南方棲鬼による強襲、正規提督イリスによる追撃、どちらも辛うじて切り抜けることができた一日が終わって三日後、アイリは頭を抱えていた。

 ちなみに棲艦島は内部に入り込んだと思われる南方棲鬼の破壊行為によって海域の移動ができず、現在はなんとか復旧した潜水機能によって海底に沈んでいる。

 南方棲鬼自身はアイリが寝泊まりしているのとは、また別の施設で寝かされており、あの日から未だに目覚めていない。

 アイリの指示によって沈みはしなかったものの轟沈すべきダメージを受けていたのは事実なので短時間では目覚めない可能性もハクによって示唆されていた。

 

 閑話休題――アイリの悩みというのは正規提督たちが聞けば思わず脱力してしまうほど単純なものであり、しかし想像してみると背筋が凍るようなものだった。

 

「どうやって、ログアウトするんでしょう……!」

 

 先日、イリスがログアウトする瞬間を見るまでは思ってもみなかったことだったのだが、いざ自分もログアウトしようと思った時、アイリは自分がログアウト方法を知らないことに気が付いた。

 もしかしたら最初の秘書艦によって建造や補給などと同じように新任提督に伝えられるのかもしれないが、残念ながらアイリの最初の秘書艦――それすら疑わしいが――のハクも知らなかった。

 とりあえず口に出してみても頭の中で念じてみてもログアウト出来そうな気配はない。

 とはいえプレイヤーの健康のため現実時間で数時間に一度は強制的にログアウトさせられるというシステム自体は知っていたためアイリはそれほど慌てておらず、それどころか現実時間とゲーム時間の感覚の差の分、思考だけが年老いてしまうのではないかと、やや外れたところにある心配をしていた。

 

「十歳とかの子供が長時間プレイしていたら天才児になってしまうとか……そのうち教育機関はこういうバーチャル世界に移るかもしれませんね」

 

 体感時間は数時間でも現実時間では数十分、しかも眠くならないし空腹にもならないというのはかなり画期的な教育方法なのではないか。

 しかも学校が終わっても現実時間で遊ぶ時間は大量にある。

 

「あ、ダメだ。授業が終わった後にゲーム内で遊んでしまったらその分忘れやすくもなっちゃいますね」

 

 それに徹夜してしまった生徒などは本人の意識に関わらず、睡眠不足が認められた時点で強制的にログアウトされてしまう。

 良い思いつきだと思ったんだけどなーとアイリは残念そうに呟いてから、アイリはそれた思考を元に戻した。

 

「でも思考のみで遊ぶ仮想空間だからと言って現実的に数十倍も時間間隔に開きがあるなんてあり得るんですかね……もしかして、私だけ強制ログアウト機能からすら無視されてるとか」

 

 自分の立場を鑑みればありえない話ではない、とアイリは思う。

 正規提督たちに深海棲艦の提督としてのアイリが伝わっているかは分からないものの、何度か海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)が展開されたコトで深海棲艦(ハク)とプレイヤーが共同で戦っているという事実はゲームの運営にも伝わっているはず。

 イレギュラーな状況に一般プレイヤーが巻き込まれていると分かれば何かしらの接触や措置があるはずではないだろうか。

 しかしそれにもかかわらず、アイリの周りには何の変化もない。あるとすればハクの口調が段々と流暢になっている位である。

 もしかしたら、ハクに正規の秘書艦としての知識などが足されているかと期待したこともあったがログアウトという言葉自体知らなかった時点で諦めていた。

 

「脳波で遊んでいるのでしょうから、私が動いている以上失神しているということはないのでしょうが……」

 

 例えゲーム内で死んだとしても意識だけが電脳世界に残る、というのはナンセンスだ。

 プレイ中に現実世界で失神してしまったら正常に覚醒できるかはともかく、ゲームを続けることは出来ないはずだと考えて、アイリは現状をまだそれほど危機的なものではないと断じた。

 

「誰かに聞けるといいんですけどねぇ」

 

 ふと、脳裏に金剛たちを引き連れた黒いお姫様の姿がよぎる。

 そもそもアイリにとって正規提督の知り合いなどいるわけもなく、顔を知っているのでさえ一人だけなのだからイリスの顔が浮かぶのは当然だった。

 

「うーん、いい人だとは思うけど……なーんか、馬が合わなさそうというか、いや、連れている艦娘を見た感じでは趣味は合うような気もするんですけどね?」

 

 誰に聞かせるまでもなく呟くアイリはイリスが連れていた艦娘たちがおおむね自分の好みと合致していることを思い出して、ちらりと、離れたところでぼーっとしているハクを真面目な顔で伺い見る。

 戦闘でのダメージが大きかった影響かハクはここ数日、自分からはあまり動かずじっとしていることが多かった。

 アイリは暫くハクのそんな姿を見つめた後、甲乙つけがたいとばかりに頭を傾げた。

 

「まぁ悪い人だとは思わないのでこの際、いろいろ尋ねることに是非はないとして……問題はどうやって会うか……」

 

 前回は殆ど戦うこともなく、それどころか数分間の会話の方が主となっていたので敵味方を余所に置いて会話をすること自体は問題ない。

 しかし、まず会えるかどうか分からないという会話以前の問題がアイリの前に大きく立ちはだかっている。

 以前、キス島付近で遭遇した際に金剛たちから略奪した燃料の消費量からイリスの所属鎮守府自体は絞り込めたが、それでもいくつか残っている上にそれぞれは遠く離れている上、アイリの考える地理的関係が間違っている可能性もある。

 

「それに鎮守府に忍び込む方法も必要ですし……」

 

 アイリがプレイヤーである以上、中に入ってさえしまえば深海棲艦側の存在だと疑われることはまずあり得ないことは確かなのだが、鎮守府に向かう過程でどうしてもハクに送ってもらうかイノイチと一つになるしかない。

 もし、深海棲艦の侵入を弾くバリアのようなものが鎮守府付近の海域に存在した場合、そこからアイリは自力で泳ぐなりして、鎮守府を目指すことになる。カナヅチというほどではないものの人より泳げないことを自認しているアイリにはまず不可能なことだった。

 それに行きはよくても帰りの問題もある。

 

「かといって、また攻撃しにくることに期待するにしても次にいつ来てくれるかも分かりませんし……って、あぁ、それなら彼女じゃなくても……」

 

 正規提督ならば誰でもいいことを今更のように思い出して、アイリが一つ手を打つ。

 幸い、南方棲鬼を倒したためか、付近の深海棲艦が集まり、日々その戦力は増している。

 アイリの指示によって動いている資材回収班も数を増やし、今後に置いて深海棲艦を養うことや有事の備えというものを心配する必要はないという状況にはある。

 それならば棲艦島を目立つ海域に漂わせておけば正規提督との接触も十分に可能性がある。

 

「この場合、問題になるのは場所……」

 

 鎮守府に近いところに配置した場合、新任の弱小提督も棲艦島を狙ってくるだろうが、その代わり歴戦の提督たちの艦隊が殆ど疲労無しという状況で、それも次々と襲い来ることは明らか。

 かといって鎮守府から遠い海域に配置してしまっては気付かれずに誰もやってこないという可能性もある。

 時間があるのならば後者の方法で戦備を拡充しつつのんびりと待つだけでいいのだが、アイリには自分に時間的余裕があるのかないのかさえ分からない。

 よほど楽観的な性格でない限り、後者の方法は選択できない。かといって前者の方法も選択するにはリスクが高い。

 

「近すぎず遠すぎず、なんてところは最悪ですし……」

 

 首尾よく見つかるかは微妙な上、見つかってしまったら新任提督から熟練提督までが、そこそこの疲労を伴って襲い来ることになる。

 時間も半端にかかる上、リスクも高い。

 鎮守府にほど近い海の底に潜んで、近くを通った提督を捕える、という方法も思いついたが、そもそも艦隊と提督が一緒に行動する“随伴出撃”など、それこそユニークボスや棲艦島などの深海棲艦の巣を攻撃する時以外で必要になることはなかなかない。

 

「随伴出撃すると艦隊全体のステータスにボーナスが付くとか、そんなどうでもいいことはいつの間にか知っているんですけどね」

 

 そんな情報よりもログアウトの方法を寄こせ。

 そんな文句を言うべき相手すら分からない、とアイリはその整った眉をゆがめた。

 

「でも待ち伏せって案は悪くないかもしれないですね」

 

 随伴出撃をさせることさえできれば、あとは隙を窺って攻撃し、捕えればいい。

 そして、どうやら正規提督たちは手柄を独り占めしようという傾向があるらしい。その証拠にイリスには棲艦島の位置を知られていた割に、棲艦島が潜む海底の上を通る艦隊の数はそれほど多くないようだった。

 そしてカ級などの潜水艦をひっそりと偵察に向かわせた所、繰り返し訪れている艦隊もないようだった。

 

「もしかしたら、ここまでがあの子の言う借りに対する返済なのかもしれませんけど……」

 

 金剛たちに手を出さず返したことのお返しに、他の提督たちにも棲艦島の場所を教えなかったのかもしれない。

 彼女が随伴出撃したことを知っている提督はいるはずなのだが、それでもこの海域に随伴出撃でやってくる提督はいなかった。

 これには棲艦島は攻略に失敗したら他の海域に移動してしまうと思われていることがあるのだが、残念ながらアイリはそれを知らない。

 

「まずは随伴出撃を誘うような囮が必要ですね……」

 

 棲艦島の姿を見せればすぐだろうが、いくつかの艦隊が徒党を組んで現れた場合、島が海底に逃れる前に攻撃を受けてしまう。

 そうなるとユニークボスとしての鬼級棲艦を見せつけて、勝てないような相手が来た時は海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)が展開されるより先に海中に潜って深海にある棲艦島に逃げ帰るという方法が確実なように思えるが――

 

「問題はハクが本調子じゃなくてミナミさんも眠ったままということ……私は、やりたくないし知名度もないですし」

 

 本人の許可も得ず南方棲鬼をミナミさんなどハク同様に安直な名前で呼んでいるが、アイリはいざ文句を言われても敗者に口答えする権利はないという暴論で押し切るつもりだった。

 そして、後日このミナミさんという呼称は定着することになる。

 

 それはともかく、アイリ自身が囮になるのに難しいというのはそもそも駆逐棲鬼などと呼び、その存在を認識しているのが恐らくイリスとその艦娘達だけであり、そもそも他の提督は名前どころか存在すら知らないはずという観点からだった。

 少なくともイリスに近しい人間以外は知らないだろうという確信がアイリにはあった。

 もし、アイリが囮になるのなら、まずはその存在を提督たちに認識させるところから始めなければならない。

 

「かといって、闘ってもハクがいないのでは普通に負けてしまう可能性がありますし……」

 

 しかし、現状で一番早い方法というのもアイリにはこれ以外思い浮かばなかった。

 あとは、どのようにして名前を売るのかが問題だったが、これにも意外な形で決着で付く。

 

「ん、なんです?」

 

 くいくい、と服を引っ張られたアイリが背後を見ると補給艦と駆逐艦、軽巡洋艦で編成された資材調達のために編成された艦隊だった。

 ちょうど遠征を終えた所なのか、それぞれがボーキサイト――先の戦いの後、軽空母、正規空母が指揮下に加わったため急遽調達した――を抱えていた。

 どうやら今回は艦娘に出会ったり、野生の深海棲艦と資材の取り合いになるということはなかったようだ、とそこでアイリは閃いた。

 

「そっか、存在をアピールするためなら遠征用の艦隊を襲えば……」

 

 ちらりとそれは人としてどうなのかという疑問が沸いたが、自分もそれなりに切羽詰まっているからと無視を決め込んだ。

 一度決めてしまえばアイリの行動は早かった。

 自分の――正確にはイノイチの――性能が格段に上がる日没後に遠征を行っている艦隊に狙いを付けた。

 出撃中なのか遠征中なのかという違いはその速度から分かることをアイリはこの三日間、海底に篭り切りで洋上の様子をうかがっていた経験から学んでいた。

 

 ■□■海面■□■

 

「月月火水木金金~♪」

「電っち~、その歌やめようよ~。土日土日土日日がいいよ~。毎日がホリデイがいいんだよ~」

「それをいうなら毎日がエヴリデイだと思うのです……それに私たちの日常に休みなど不必要なのです!」

「その割には鎮守府ではごろごろ」

「それは北上さんなのです!」

 

 アイリが比較的浅い海中から様子をうかがっていると、そんな遠征というより遠足のようなほのぼのとしたシーンが繰り広げられていた。

 ちなみに海中で思った通りに動けないアイリは、その問題を二隻のカ級潜水艦に牽引してもらうことで強引に解決した。ちなみに呼吸についてはイノイチと一つになることでクリアしている。

 アイリが目を付けた艦隊はどうやら遠征専用なのか改造された様子もなく、装備も基本的なものだけという、アイリにとっては格好のカモだった。

 しかし――

 

「……なんでしょう、すごく、必要以上に罪悪感を感じます……」

 

 洋上でのほのぼのとした会話がアイリの罪悪感を思った以上に煽っていた。

 ある程度の艦娘の性能を見ることができる提督として、彼女たちを襲って倒すことは容易だという結論にはたどり着いていたのだが、再び人としてこの行いはどうなのかとアイリは二の足を踏んでいた。

 敵味方以前にこの楽しそうにしている(しょうじょ)達に怪我をさせていいものかと。

 そして、アイリは結局自らの罪悪感に負け日和見的な選択をした。

 

「皆さんいいですか、いっせーのせ! で海面に飛び出して驚かします。髪の毛が顔に貼り付いたりすれば怖いと思うので、そんな感じで行きましょう」

 

 アイリの言葉に都合五隻の潜水艦――ヨ級とカ級はそれぞれに重々しく頷きサムズアップを送る。

 ハクのように言葉こそ離せないもの流石は人型というべきかイノイチのような存在とは違い、アイリとの意志疎通も比較的容易に行えるようだった。

 電率いる艦隊が近づいてくるまでアイリは驚かすためのプランを詰めていった。

 どうやら海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)については遠征中の艦隊相手に対しては展開されないようだということも、アイリにとっては絶好の驚かすチャンスであり、調子に乗らせる原因だった。

 

「えーと、北上さん、どっちにいけばいいのです?」

「えー、電っち分かってないのかよー。旗艦は電っちなのにー」

「旗艦は北上さんなのですっ! というかなんで私が先頭になってるんですか!」

「次は北北西ねー」

 

 あまりにもやる気を感じない北上に電はそれでも苦笑とともに溜息を吐き出すだけに終わり、前へと進もうとする。

 しかし、それは叶わなかった。

 

「北上さん、サボっちゃ駄目なのですよ?」

 

 後ろから引っ張られるような感覚。

 北上がとうとう自力で推進することすら面倒になったのかと困り顔で振り返ったが、当の北上はそもそも電を掴めるような位置にすら辿り着いておらず、少し蒼い顔で電の艦艇部、その船尾の部分を見ていた。

 

「電っち、それ、なに……?」

「……え?」

 

 北上が指さした先、つまり自らの船尾を見る。

 そこに在るのは白すぎるほどに白い濡れた右手。

 ああ、このせいで前に進めなかったのか、と電は異常事態に現実逃避をし、その小さな口が悲鳴を上げる準備とばかりに開かれていく。

 それを見てとったアイリはすかさずGOサインを出した。

 よく怖がりそうな電に対してはアイリとカ級二隻の三人、そして北上と、その後ろに続いていた数合わせのような二隻にはそれぞれヨ級が一隻ずつ。

 それがアイリの合図とともに水面から突如現れる。

 

「がおー――「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――!!!」――ひぃ!?」

「△◇%&○=?□α$*<&>)∀⊂≒§†〒θ――――!?」

 

 驚かすことに照れが混じったアイリの可愛らしい叫び声は潜水艦達による圧倒的な咆哮に掻き消され、それどころか予想以上に五隻の叫びが恐ろしかったとアイリ自身が涙目になった。

 アイリでさえその程度に驚いたのだから驚かされた側の反応は想像に容易い。

 

「――――…………きゅぅ」

 

 限界まで目を見開き、口も大きく開けて――結局、悲鳴が声になる前にそれぞれの艦娘は意識を手放した。

 カ級ヨ級の咆哮にアイリ自身も悲鳴を上げかけたことは棚に置いて一度は満足げに頷いたアイリだったが、すぐにやり過ぎたことに気が付いた。

 

「どうしましょう、これじゃ深海棲艦に驚かされたって事実だけが残って駆逐棲鬼(わたし)の名前が残らないじゃないですか……!」

 

 とりあえず起こそう、と自らの艦艇部にもたれかかってぷかぷかと浮かんでいる電の頬を数度叩き、耳に海水を入れ、しまいには艦ごとひっくり返しても電は起きなかった。

 

「……しょうがないですねぇ。次善の作でしかないですがこんなこともあろうかと……」

 

 どこから取り出したのかごつごつとした小石を取り出したアイリはそれを綺麗な塗装が施された電の艤装に押し付けた。

 そのままガリガリと嫌な音をさせながら塗装を剥がし、何度か小石を動かした所で満足したのかアイリは棲艦島へと帰って行った。

 

 ■□■イリス執務室■□■

 

「提督ぅ、外で他の提督たちが騒いでたけど知ってるー?」

「いえ、騒がしいなとは思っていましたが……なにかあったの?」

 

 イリスが首を傾げて彼女の秘書艦に尋ねると、金剛はピロリと一枚の紙をその胸元から取り出した。

 

「そうだろうと思って、掲示板に張られてた写真を一枚拝借してきたネー」

「なんてところに入れてるんですか貴女は……」

 

 得意げに胸をはる金剛を見て頭痛を抑えるように額に手を当てたイリスは溜息をつきながら写真を受け取る。

 もちろんあとで元の場所に戻しておくように命令するのも忘れない。

 

「はぁ~~~……」

 

 そして今度こそ本当の頭痛を感じながら小さく、あの子は何やってるのよ、と呟いた。

 

 写真には半べその電と、一昔前の暴走族のような字体で『駆逐棲鬼参上!』と塗装を剥がされた艤装が写っていた。

 




なかなか本題の書きたいことに入れない


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第12話

 ■□■運営鎮守府■□■

 

 ゲーム世界の中に有りながら、他の地域からはリンクが隔絶された(入ることができない)運営直属の鎮守府。

 多数のコンソールが設置された三十メートル四方ほどの小部屋は薄暗く、近未来を舞台にした小説の秘密基地を思わせる。

 

「若、各鎮守府提督から駆逐棲鬼とは何かという問い合わせが多数来ていますが……?」

 

 スーツと眼鏡を着用した有能そうな女性が仮想スクリーンに表示された新着通知の数に冷や汗を流しながら背後を仰ぎ見た。

 若、と呼ばれた青年は少し逡巡し決断する。

 

「あまりにも問い合わせが多いので、各鎮守府の掲示板に今回の件についての説明を掲示しましょう。内容は西さんにお任せします」

「えっ!?」

 

 若と呼ばれているものの実際にはゲームマスターの青年にさらりと難題を押し付けられたスーツの女性――西 綾子は更に顔をひきつらせた。

 

「えと、あの……?」

「西さんほどの愛情があれば大丈夫ですよ。深海棲艦の全体数や各鎮守府の風紀が乱れていないか毎日チェックしてくださっているじゃないですか」

 

 それは一番の新人である自分に貴方が押し付けた仕事だ、とは言えなかった。

 例えゲームの中に事務所があっても職場は職場、上下関係というものがあるのである。

 

「わ、かり……ました」

 

 机と一体化したコンソールの上にグシャアと身体を倒しながら渋々返事をした綾子。

 その肩に青年はいやに柔やかな顔で手をおいた。

 

「それと、最近になって動きが不自然になった棲艦島周りを調べてください」

「え……」

 

 彼女が言葉を失ったのには理由がある。

 棲艦島の動きが不自然だということも初耳であったし、なにより運営の管理下に無い完全独立稼働(スタンドアローン)の島を調べろという無茶ぶりに対する消極的な抗議だった。

 それを青年は、あえて前者のみが問題だと都合よく解釈する。

 

「今までは無計画で漂っているだけのようだった動きが最近になって人間じみているように思えませんか?」

 

 言われてみれば、と綾子は提督たちを繋ぐコミュニティ内の棲艦島の所在地をシェアするための掲示板を開く。

 綾子がページを開いたのを確認して青年は更に言葉を繋げる。

 

「数ヶ月前までは攻撃を受けても逃げ出さず悠々と漂い、ダメージが蓄積したら自ずから沈んで、時間がたてばまた再浮上する、ということの繰り返しでした」

「はい」

 

 棲艦島が管理下に無いと入っても各提督、鎮守府からの目撃情報はほぼ常にあり、その軌跡は一目瞭然()()()

 ――少なくとも数ヶ月前までは。

 

「しかしながら、あの原因不明の極大とも言える負荷が観測され、臨時メンテナンスとしてログインサーバーを停止した後からはその動きに有機的な判断による動きが見てとれます」

 

 原因不明の負荷――結局、運営は原因を特定できなかった。それは技術的な不足からではなく、特定しようと行動を開始してすぐに負荷が消えてしまったからだ。

 

「僕はあれの原因は棲艦島にあると考えています」

「それで、不自然な動きというのは……?」

「あのメンテナンスの直前、島は沈みかけるほどの大攻勢をかけられていました。メンテナンスがなければ実際に沈んでいたでしょう。その後の動きは分かりますか?」

 

 問いかけられ綾子がコンソールを操作するとキス島近海に仕込まれた集音プログラムに反応があった。

 主に不正防止策として一部の海域にはこうしたものが仕掛けられている。

 

「どこか不自然でしょうか? 失った戦力を補充するために深海棲艦のための資源を確保するためじゃないんですか?」

「ええ、当たり前の行動ではありますが、人間であったらという前提があれば、です。攻撃を受けたから逃げて深海に潜み回復を待つ……今まで損壊度を気にせず鎮守府近海を漂うことすらあった島にしては些か生物的に過ぎるのではないでしょうか」

「確かに……」

 

 逃げる、潜むといったリアクションも意思がなければ選択されるわけもない。

 しかし、そうだとするならば……

 

「若はあの島に自意識がある、と?」

「もしくは、あの負荷は自意識(それ)が生まれる前兆だったのではないか、と考えています」

 

 たかがプログラムに、と一笑に付されても可笑しくないような戯れ言――とも言い切れない。

 そもそも艦娘にも深海棲艦にも程度の違いこそあれ、一昔からは考えられないレベルの自律進化型人工知能が組み込まれている。

 それが棲艦島に自然発生したとしても不思議ではない。

 

「それにあの島は深海棲艦が常に脅威として進化するために、このゲーム世界の情報の全てを集めています」

「……今回のことはその進化の一端ですか」

 

 彼らにとって棲艦島は一つの舞台装置でありながら、一方で未知の可能性を秘めた存在でもある。

 新規に現れた駆逐棲鬼も島が生み出したのだろうと考えていた。

 実際、これまでのユニークボスも各提督の接続数が増えるとともに姿を見せてきた。

 

「いやはや、彼らを免疫だと考えてしまうのは僕の業が深いからでしょうかね」

「若、なに浸ってるんですか?」

「西さん、少し人に会ってきます」

 

 青年は自分に半目を向ける部下を無視して部屋から一度退出(ログアウト)した。

 

 ■□■パラオ鎮守府■□■

 

「hey! 提督ぅ、駆逐棲鬼に会いに行かないのネー?」

「ええ、だってあんなの待ち構えられているようなものじゃないですか」

 

 サービス開始から今まで前例のなかったユニークボスから遠征艦隊に対する悪戯という事件が世間を騒がせているなか、イリスの反応は周囲から見れば奇妙なほど静かだった。

 もとより米帝少女だとか廃課金兵だとか呼ばれている彼女だ、真っ先に事件のあった海域に出撃するだろうと思われていたなかでの静観は少なくない違和感を感じさせた。

 しかし、だからといって他の提督たちも二の足を踏んで様子見をするなどということはない。

 いかにイリスが有名だといってもプレイスタイルが特殊というだけであって艦隊のレベルとしては高めに見ても上の中程度。

 サービス開始と同時に大反響を受けたゲームだけあって彼女より上位の提督などはいて捨てるほどいるのだ。

 それにもかかわらず――

 

「そろそろ相手をしていただきたいところですね」

「はぁ……」

 

 どうしてゲームマスターを名乗る男は自分のところに来たのか。

 心当たりはある。

 恐らくはイリスがあの、何故か深海棲艦の仲間になっている提督の少女と会ったことがあるから。

 もしかしたら、もっと深い理由があるかもしれないものの方向性は間違いないだろう。

 

「金剛さん、勝手に女性の部屋を訪れてお相手してください、ってどうなんです?」

「うーん、今どきの薄い本でももう少し背景はしっかりしてるネー」

 

 いきなり(さか)っても読者は入り込めないネー、と胡散臭い知識を披露している金剛を無視してイリスは青年を見る。

 

「ゲームマスター、つまり運営さんのうちの一人ということですが、証明はできますか?」

 

 いきなり、前触れもなく部屋の中に現れただけで一般のプレイヤーではないことは確かだが、もしかしたらチートプログラムのようなものを利用したのかもしれない。

 イリスがそこを疑うなら青年がゲーム内で何をしても信じさせることはできない。

 

 つまり、イリスは青年の話相手をする気はないと言っているのも同然だった。

 

 青年はそれが分かっているのかいないのか肩をすくめてやれやれと首を振る。

 その芝居がかった動きはやけに彼に似合っていた。

 

「素性を明かしたことでかえって警戒させてしまったようですね。女性なら当たり前の危機感なのかもしれませんが……とりあえず、男女問わず各提督のゲーム内での私生活は私達からでも覗くことはできません」

「別にピーピングを気にしたわけではないのですが……はぁ、まぁいっか」

 

 唐突になにかを諦めたイリスは、この会話の最中もじゃれついてきていた金剛を背後に控えさせ、話を聞く態度を見せた。

 目の前の青年は満足しない限り消えない類いの輩だろうという直感の結果である。

 

「話、あるんですよね?」

「ええ、今後のゲーム方針についてのアンケートのようなものです。こういってはなんですが、貴女は月当たりの課金額で見ると大事なお客様ですので」

 

 その分、便宜をはかろう、というような態度もイリスからは建前だと感じたが下手に話を混ぜ返さずに黙って続きを促した。

 

「最近、新たな試みとして深海棲艦の強化――具体的には組織だった動きをさせているのですが、それを感じとったことはありますか?」

「私が実際に戦っている訳じゃないですし……金剛さん、どうです?」

 

 イリスは深海棲艦の提督という立場にありながら自らも駆逐棲鬼として戦う少女を思い浮かべたが、そんなことはおくびにも出さず金剛に水を向けた。

 彼女がただの一提督であれば、アイリの存在を“深海棲艦の提督”を新システムだと素直に受け止めていたかもしれない。

 しかし、アイリはとある事情からコトはそんな単純ではない、ということだけは感じていた。

 

「そうネー。確かに最近ちょっとだけ手強いような、そうでもないような……なんとも言えないネー」

 

 一方、金剛も理由こそ知らないがイリスが素直に話す気分ではないことを感じとって、質問に答えているようで中身の全くない返答をした。

 

「そうですか。では貴女たちが駆逐棲鬼に会いながら戦いを回避した理由を教えてください」

 

 この質問にイリスはなんとか無反応でいられた。しかし彼女の旗艦の方は僅かばかりの同様が出てしまう。

 その反応は注視していなければ気付かれない程のものだったが、もとより動揺を誘うための質問だったのだ。

 例えそれがどんなに小さなものでも見逃される筈がない。

 イリスは素直に駆け引きの失敗を認めた。

 

「あの場には未確認の人型艦と泊地棲鬼、南方棲鬼が居合わせていたので少々、分が悪いと退いただけです」

 

 無論、相手に一枚上をいかれたとして正直に話すイリスではないし、青年もまたそれを理解していた。

 結果的にイリスしか知らないだろう駆逐棲鬼の秘密は守られ、青年の知りたいことは明らかになった。

 

「そうですか。それは懸命な判断をしましたね」

 

 青年はそれでは、と言い残し現れたときと同様に唐突に消えた。

 

「提督ぅ、sorry...」

「え? ……あぁ、さっきのことですね」

 

 自らが動揺してしまったことに謝意を示す金剛に対して何も気にしていない、と笑うイリス。

 それよりもプログラムで編まれた存在なのに人間らしく動揺するという事実に微笑ましさを感じていた。

 

「まぁ、でも言えるわけないですよねぇ」

 

 ■□■棲艦島■□■

 

「思わぬ大物が釣れたようですね……」

 

 駆逐棲鬼の名を広めてから数日後。

 アイリのもとにもゲームマスターを名乗る青年は現れた。

 自分の身の回りに起きていること――そもそも深海棲艦と行動を共にすることになったことを含め――を知りたかったアイリにとって都合のいいことだったのだが、その表情は引き攣っている。

 

「Administrative code : Chain」

 

 最初に青年が放った言葉によって虚空から薄い緑色をした半透明の鎖が現れ、近くの深海棲艦を縛り上げたからだった。

 それはハクとて例外ではなく、どういうつもりかアイリの周囲にもふよふよとなにかを迷うように浮かんでいた。

 

「いきなりご挨拶ですね」

 

 そして、その行為を怒りと興味を持ちながら睨み付ける。

 そもそもアイリにとってこんな風に脅しつけるような態度で接される筋合いはない。

 むしろ現状について――少なくともログアウトの方法すら教えられていない状況に土下座と共に謝罪されても不思議ではない。

 

「ふむ……これはまた不思議な……」

「何のようですか? 初対面でこんなことをされるいわれはないのですが」

 

 さらりとアイリが告げた言葉に青年が呆けたような顔になる。

 

「なんです? 私が怒らないとでも?」

「ええ……まさしく、そのような怒り方をするとは……まるで人間のような……」

「まるでもなにも……はぁぁ、これ最悪のパターンですね……」

 

 深海棲艦側にいるアイリの現状はまさしく運営の意図の外側にあった。

 それどころか運営側はアイリの存在について気付いてすらいなかったことに背筋が冷える。

 もしかしたら安全弁としての強制ログアウト措置も自分は対象になっていないかもしれない。

 提督たちが騒いでいる様子や、逆にログインしていないということはないことから発見されていない場合も考えられる。

 

「あの、私も他の提督たちと同じくプレイヤーです。ここにいるのは登録時にバグかなにかでこの棲艦島に落とされたからです」

「つまり、ここ最近になって一部の深海棲艦が群れのような動きを見せているのは貴女が……」

 

 やっと理解したか、とアイリは乱暴なため息とともに鋭い目付きで青年を見る。

 現状について楽しんでいるから問題はログアウトできないことのみだが、それでも謝らないでいいという訳ではない。

 

「なるほど。こちらの不手際でご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」 「謝るのが遅いと思いますけど……まぁ、いいです」

 

 謝れば許す、という訳でもないがアイリにとってそこは本題とはほど遠いため、一つの決着をつけた。

 そして、彼女の本題を話そうとしたところで、青年の言葉に遮られた。

 

「そこで、ご相談なのですが、宜しければ以後、これからも深海棲艦の提督として活動してはいただけませんか? それだけ有機的な動きをする深海棲艦というものは魅力的なので」

「……」

 

 そして、その提案はアイリの希望に沿うものでもあったため無下にできない。

 今更、艦娘に命令して深海棲艦を襲わせるということはどうしても抵抗を感じさせた。

 

「分かりました。こちらとしても都合がいいので……ただ少し不具合が……」

「ログアウトできない、のような?」

 

 青年が一瞬、申し訳なさそうな、そして同情しているような表情をした後、アイリの本題を言い当てた。

 

「……ええ」

「ログアウトについては旗艦の艦娘の機能としているため、そこら辺が原因だと思うのですが……」

「それじゃ私の体はっ!?」

 

 強制ログアウトすら働いていないともとれる発言にアイリは悲鳴にも似た叫びをあげるが、青年はそれに笑顔で答えた。

 

「いえ、この世界で眠るということが行われているのであれば、それが強制ログアウトになります。バイタルサインを眠気、という形で表しているので」

「……でも、その割に外でのことを覚えていないのですが、それは?」

 

 強制ログアウトが成されているのであれば、ログアウト出来ているという事実をアイリ自身が知っているはず。

 しかし、現実にはアイリにゲーム開始から今までの間に外での記憶はない。

 

「そちらも。恐らく棲艦島に落ちたこと同様、こちらの不手際でしょう。恐らく現実世界との情報リンクが一方的に途切れているのだと思われます」

 

 強制ログアウトの後、アイリが再びログインしていることかゲーム内での記憶は現実にも届いているはずと青年は続けた。

 それにアイリもなるほどと頷く。

 ゲーム内の記憶がなければ、恐ろしくて二度とログインはしないだろう。

 

「それに、正規品のヘッドセットは着用者のバイタルサインを発信しているのですが、今のところ危険だという信号は一度も受信していません」

 

 もしかしたら外の自分はゲーム内に記憶が引き継がれないことをバグの影響だと割り切ってプレイしているのかもしれない。

 自身の性格を鑑みて、アイリはそれをあり得ないとは言い切れなかった。

 

「とにかくログアウトや記憶については原因究明から始めるため修正にも時間がかかるかもしれませんが最優先で進めさせていただきます」

「お願いします」

「それと、今は安全とはいえ状況が状況ですので、ログインは控えられた方がよろしいかと」

 

 ゲームの運営者として、ゲームとの因果関係が明らかな健康被害は表沙汰にしたくはない。

 アイリもそれに納得し、恐らく、外の自分もしばらくログインはしないことを選ぶだろうと考えたところで、いつの間にやら拘束が解かれていたハクが不安げな表情でアイリを見た。

 

「てーとく……消える?」

 

 そんな声と顔を向けられてログインしないなんて選択が取れるわけがない――とは、さすがにアイリでも口には出さなかった。

 



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第13話

「あ~……ん~……ああ、もうどうしよう……!?」

「えと、愛梨ちゃん……? そんなに唸ってどうしたの?」

 

 場所は現実世界(ゲーム外)

 山口愛梨の趣味友達の家。

 日頃から思い付いたように転がり込んでくる愛梨であるため、今回もいつもの気まぐれだろうとため息と共に侵入者は迎えられたが、当の愛梨自身がいつも通りではなかった。

 

「……放っておくわけにもいかないし、でも……あ~~」

 

 ゴロンゴロンゴロンと蹴飛ばされたダルマのように転がり回る愛梨を見て、友人の女性はそれきり構うのをやめた。

 あえて述べるのであれば、買ったばかりの長毛カーペットが蹂躙される様に些細な怒りを覚えた程度だった。

 

 ■□■棲艦島■□■

 

「おはよーございまーす」

 

 やはりログインしてしまったか、と外の自分の仕方なさに調子よくやれやれと肩をすくめたアイリは深海棲艦がよく集まるラウンジに挨拶を投げる。

 おそらく、未来の提督のために設けられたであろうソファにはイノイチが停泊し(寝転がり)、その向こうの二人用のテーブルではハクが小さな口でちびちびとハンバーガーを食べていた。

 そのハクとアイリの目が合う。

 

 反応は劇的……とはいかなかった。

 

「てーとく……!」

 

 アイリを見つけ、駆け寄ろうと立ち上がったハクはその手に握られた残り一口分のハンバーガーを見て、もう一度アイリを見て、さらにもう一度ハンバーガーを見つめ……逡巡の結果、ハンバーガーを口に入れてからアイリに飛び付くという非常に合理的、かつ非情緒的な選択をした。

 

「へーほふ、ほほっふぇひふぇふえは」

「今、確実に私より食欲を選びましたよね」

「ほんはほほはい」

 

 いいから飲み込め、と口には出さずに心の裡でツッコミを入れるアイリ。

 しかし、その口元は仕方ないなぁ、とでも言うように緩んでいた。

 

(まぁ、やっぱり放っておけないですよねぇ……?)

 

 ほとんど頭の高さが変わらないハクを撫でつつ嘆息一つ。

 例え相手が人工知能の産物であろうと、ここまで強烈に他人から必要とされることなどなかなかあったものではない。

 独特の充足感に浸りつつ、そこでようやく雰囲気がいつもと違いピリピリと緊張していることに気づく。

 抱き付いているハクを振り回すようにくるりと一回転しながら周りを伺い、その原因を理解したアイリがくすりと笑う。

 

「ミナミちゃん起きたんですね」

「誰よそれ」

 

 ミナミと呼ばれ憮然とした顔で不満を溢す少女は南方棲鬼。

 先日、棲艦島自体を大破に追い込んだ張本人だった。

 

「まったく……敵を生かしておくどころか自分の根城で休ませるとか何考えてるのよ」

 

 ピリピリするのは仕方ないと理解しつつ、しかしハクと同じような存在のこの少女のこともアイリは嫌いになれなかった。

 

「なに笑ってんのよ? そんなんだとそのうち後ろからバッサリされるわよ」

 

 そのうち、ということは不確定の未来の話。

 偽悪的に口を半月型に歪ませているものの、これでは張本人にはその気がないと言っているようなもの。

 それを理解したアイリの次の反応といえば実に分かりやすいものだった。

 

「……ツンデレだ」

「はぁっ!?」

 

 悪ぶりながらも忠告をする。

 その言動はなんというかアイリの琴線に触れるものがあった。

 

「いえ、別になにも?」

「……ふんっ」

 

 ぷいっと身体を翻して、恐らく自分が寝かされていた場所に戻ろうとした南方棲艦――もといミナミは一度足を止める。

 

「それと……沈没させてくれなかったこと……………ぅ」

 

 小さく何事かを呟いたあと、ミナミは走り去っていった。

 実は小さな声で感謝をのべていたのだが、それはアイリに伝わる前に空気に紛れて消えた――

 

 

 ――というように、アイリがなんのリアクションも取らなかったことでミナミは勘違いしているかもしれないが、実はバッチリ聞き取っていた。

 それが何故ノーリアクションに繋がったのかといえば――

 

(なにそれズルい教科書に載ってそうなツンデレ台詞のくせにその練度が半端なく高いししかも最初に軽くデレたことで相手を満足させつつ油断させておきながらの奇襲的な使い方をすることで小さな声でのありがとうなんて使い古された手法がこれまた胸にキュンときて反則以外の何物でもないですよ!?)

 

 と、“要約”すればそのようなことを考えていてリアクションが取れなかっただけである。

 

「はぁ……かわい、い゛っ!?」

「てーとく。あれはてき」

 

 激痛、と言っても差し支えない痛みはアイリの背中から。

 どうやらハクが抱き着いたまま、体格に見合わない怪力でアイリの背の肉を抓って捩って引っ張っているようだった。

 

「あれは敵……おーけー?」

「うぅ……ハクが焼きもち妬いてくれてるのは嬉しいけど割と本気で痛い……」

「……てーとくは、私のてーとく」

「あぁ、でも可愛い……」

 

 愛梨はいつのまにかハクの依存度が急上昇していることに不安を覚えつつも、しかし可愛いからまぁいっかー、と気にしないことにした。

 

「そういえば……ミナミが変なこといってた」

「なんて言ってたんです?」

 

 敵、とは言いつつ南方棲鬼ではなく愛称でミナミと呼んでしまうハクに和みながら、なんとなくきな臭いものを感じとったアイリはハクの顔を覗き込む。

 

「いったい、何隻の鬼を飼ってるんだって……」

「……?」

 

 棲艦島にいる鬼級艦はアイリの駆逐棲鬼という未確認(イレギュラー)を含めても三隻のみ。

 しかし、ミナミはそのいずれも知っているはずのため、彼女の発言に首をひねらざるを得ない。

 それ以外の鬼級を見たというのでない限りは。

 

「ハクとミナミちゃん以外にも鬼がいるんですか?」

「いない。てーとくが来るまでも私しかいなかった……はず?」

「はずって……」

 

 どうにも曖昧なハクの言葉に半目になるアイリ。

 だからといって、よく思い出してみろなどという言葉の不毛さ加減は学生時代の経験から身に染みて知っている。

 思い出せといわれて思い出せるなら試験勉強なんてしなかった、と。

 

「てーとく……?」

「ちょっと行ってきますね」

「……あのおんなのとこ?」

「ええ、ミナミちゃんのところに」

 

 あえて一度は濁した行先も、改めて聞かれては嘘をつくことも誤魔化すこともできない。

 ハクの非難するような表情は見ないようにしてアイリはミナミを追い掛けた。

 

(浮気を咎められる男の人ってこんな気分なんですかね……?)

 

 ■□■イリス執務室■□■

 

「へい提督ぅ」

「金剛さん? どうしました?」

 

 艦隊を遠征に出すでもなく、かといって建造や開発などの戦備増強について考えてるでもないイリスに金剛が声をかける。

 

「いやぁ、恐い顔してるからナニゴトかと……女の子の日?」

「! ……違いますっ!」

 

 真っ赤な顔で否定したあと、イリスは頭痛を耐えるような素振りでまったくもう、とだけ呟き黙り込む。

 その様子にやはり何かあると感じた金剛が座っているイリスに後ろからのしかかる形で抱きついた。

 

「提督、なに悩んでるノネー?」

「あー……別に悩んでると言うわけでは……あるんですけど」

 

 一度は誤魔化そうとして、しかしイリスはそれをやめた。

 自らの提督の存外素直なところにニヤニヤしつつ金剛は更に胸を押し付けるようにして寄りかかる。

 

「ほうほう……ズバリ、あの深海棲艦の女の子のこと?」

「ええ……」

 

 イリスはゲーム外のアイリ――山口愛梨のことを知っている。

 しかし、それは一方的なものでアイリはイリスのことを知らない。

 イリスにとって、それは――アイリ自身についても――どうでもいいことだったのだが、最近になってやけに気になるようになっていた。

 否、正確に言うならば、初めて会ったときから少しずつ気になるようになっている。

 片手で数えるほどにしか言葉を交わしていないが、それだけでアイリに自分自身を重ねていた。

 

「ううん、重ねていたってのは語弊があるか……」

 

 あえて言うなら、アイリは自分(イリス)によく似ている。

 そのことにイリスは複雑なものを感じてはいるが、アイリを嫌うわけではなく、むしろ妹がいればこういう感じになるのでは、とすら考えていた。

 

「提督?」

「もう一回くらい会ってみてもいいかもですね……」

「oh……今度こそ戦っちゃう?」

「かもですね」

 

 ウキウキしている金剛に微笑みを向けながらイリスは答えた。

 

 ■□■棲艦島■□■

 

 コンコン

 

「ミナミちゃん、入りますよー?」

「却下」

 

 ノックの返事は短い拒絶。

 しかしアイリはそれを無視して扉のドアノブを握る。

 

「あれ?」

 

 しかし、ドアノブは半回転もしないうちに何かにつっかかったようにとまった。

 要するに鍵を掛けられていた。

 その事実にぷくりと頬を膨らませ、意地になったようにガチャガチャと煩くドアノブを捻る。

 

「あーけーてー!」

「うるさいっ! そんなに入りたきゃ勝手に入ってきなさいよっ!」

 

 自分で鍵を掛けたのに随分な言い種だと感じつつ、そこで妙なことに気がついた。

 扉に鍵穴のようなものが何一つないのだ。

 そもそも思い出してみればアイリはこの島で鍵というものを見た覚えがない。

 そして多くの提督が所属している鎮守府ではトイレとかどうしているのかと首をかしげた。

 

「でも、入りたきゃ入ってこいって、やろうと思えばできるってことなんですかね?」

 

 それに嫌がりながらも、そんなことを言うということはやはりツンデレ……と一人勝手に納得しながら、もう一度ドアノブに手を置いた。

 とりあえず、カードキーなどがないのならば音声式だろうと当たりを付け、慣れ親しんだキーワードを試してみる。

 

「うーん……開けごま?」

 

 冗談半分で呟いた言葉に手応えはない。

 少し期待をしていたのもあって無意味に周囲をうかがって恥ずかしさを誤魔化す。

 誰もいないのを確認して、ようやくアイリがため息をつこう――としたところでリアクションがあった。

 

『管理者権限の確認――承認――コード――不一致――――エラー:命令が不適当です』

「わひゃあ!?」

 

 連絡用と見られるスピーカーからの機械音声にアイリは飛び上がり、今度は逆に周りに誰もいないのに驚いてしまった自分が恥ずかしくなって赤面しながら笑う。

 しかし、頬の熱とは裏腹にその頭の中身は急速に冷却されていた。

 

「管理者権限……そんなのいつの間に……?」

 

 そんな物を手に入れた覚えなどないアイリは当然戸惑う。

 しかし、それはアイリがハクに“深海棲艦の提督”と認められた時から存在し、だからこそこれまで深海棲艦たちはアイリの指令に従っていた。

 アイリの記憶にはない、ミナミとの争いの際に無意識下で行われた強制的な武装解除もまた、それによっての副産物だが、そんな覚えのないアイリの内心は混乱の極みにある。

 

(どうしましょう……これって確実に不正ですよね!? 管理者って本来は運営のはずですもんね!?)

 

 ましてや先日、その一人に会ったばかりである。

 それにアイリが不具合に巻き込まれているため、その動向に中止されている可能性も高い。

 しかし、アイリはそれとはまた別のことを思い出してもいた。

 

「……あの緑の鎖が出てくるのはちょっと魔法っぽくてかっこよかったですよね」

 

 駄目だ駄目だ、というポーズは取りながらも、以前の状況を思い出しながらこっそりと呟く。

 ゲームマスターを名乗る青年は英語でコマンドを入力していた。

 アイリはそれを真似して、しかし人目を憚るように小さく囁いた。

 

「……Code:Unlock」

 

 変化は、ない。

 

「あはは……ですよねー! こんなんで鍵が開いたりしたらプライバシーなにそれ美味しいの状態ですもんねー!」

 

 残念半分安心半分という面持ちで、ちょっと期待していた自分という恥ずかしさを誤魔化すために笑いながらドアノブを捻る。

 

「あははー……あれ?」

 

 そして、扉は開いた。

 

「なに一人で小芝居してるのよ、恥ずかしい……」

 

 半目をしたミナミは扉の対角の椅子に座っている。

 そのくつろいだ様子から一度立ち上がって扉の鍵を開けたとは思えない。

 いよいよもっておかしいとアイリは顔を一瞬しかめ、それをミナミに見咎められる前にさっと消した。

 

「……で、何か用?」

 

 そのアイリの戸惑いを、敵だったミナミへ話しかけることへのものだと受け取ったミナミが先に口を開く。

 彼女のこういった不器用な気遣いが、アイリからツンデレのレッテルを貼られているとは知る由もない。

 

「あぁ、ハクからあなたが妙なことを言っていたと聞いたので」

「なにそれ?」

「なんでも、この島にまだ鬼がいるとかなんとか」

 

 その質問にミナミはぽかんとしたあと、少しだけ笑った。

 くすり、というよりにやりというものだったことがアイリの不安を煽る。

 

「えーと……なにか意地悪なこと考えてません?」

「別に? ただ……あれは貴女の管理下にないのね……そう、あれと戦えるんだ……面白そうじゃない」

 

 アイリの管理下にない深海棲艦=敵、という構図を組み立てたミナミが犬歯を覗かせるように唇を歪ませる。

 ちなみにミナミの中では負けた時点でアイリの下につくということに理解を示している。

 自分より強い者に従うというある種の本能によるところが大きい。

 アイリからしてみれば仲間になれと言った覚えもないため、ミナミちゃんは素直じゃないですね、などと本人が聞いたら顔を赤くしながら怒りそうなことを考えていた。

 

「えっと、私の知らない子がいるみたいですけど、いきなり戦ったりしたら駄目ですからね? 対話は人類の最大の発明品なんですからね?」

「……それを深海棲艦(私たち)に言っても意味がないと思うわよ」

 

 そもそも人類ではないという意味か、もしくは対話の末の武力行使のための兵器だという意味か、とにかく愉しそうなミナミ。

 それに対してアイリは苦いものを食べたような顔をしてみせる。

 

「同じ深海棲艦同士じゃないですかぁ……」

「……あのねぇ」

 

 拗ねた様子のアイリにミナミが嘆息する。

 これではどちらが提督か分からない、などと考えながらミナミは言葉を続けた。

 

「艦娘は基本的に帝国海軍の軍艦ばかりだから仲良しこよしやってるけど、私たち(深海棲艦)は所属関係なしに適当な国の軍艦のデータを入力されただけ。仲良く出来るかどうかなんて実際に会わないと分からないわ」

「じゃあ……話してみて仲良くなれそうだったら戦わないでくれます?」

「ええ……まぁ、もう手遅れみたいよ?」

 

 え?

 

 ■□■棲艦島沿岸部――爆撃跡■□■

 

「ふふっ、お姉ちゃん……遊んでね?」

 




次回はとうとう○○が登場


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第14話

はるにゃん改二実装されましたね!




どうもお久しぶりです(


「ミナミちゃん、手遅れってどういうことです?」

「馴れ馴れしい呼び方しないで……ほら、あれよ」

 

 嫌そうに顔をしかめたあと、ミナミが視線で示した先は窓の外。

 薄い生地の遮光カーテンを透かした向こうの空に影が複数。

 それらは真っ直ぐに沖の方へと飛んでいった。

 

「あれは……?」

「航空機よ?」

「あー、新型の……ハクが飛ばして遊んでるんでしょうかねー?」

「……はぁ、ホントおばかさんね」

 

 ヲ級などの空母が勝手に艦載機を飛ばすというのは考えにくいため、鬼級であるハクかミナミが飛ばしていると考えるのが妥当だ。

 そして、そう考えるアイリの目の前にいるミナミは何もしていないのだから、というアイリの結論も部屋に入ってきたハク自身によって否定された。

 艦載機を飛ばすことに特化している空母、というわけではないハクやミナミは艦載機を飛ばしている間は本体の行動も著しく制限されてしまう。

 考えにくいが空母の誰かが飛ばしているのだろう。もし深海棲艦の確固たるものになっているのだと思うと、それはそれで喜ばしいことだとアイリは軽やかにほほ笑んだ。

 

「テートク、そんなことより前の黒い敵きた」

 

 誰? とアイリが首を捻ったのも一瞬のこと。

 そもそも、未だに敵と言えるような相手には数えるほどしかあったことがない。

 その中で黒い、などと形容されて真っ先に思い浮かぶのは先日やりあったイリスであるし、なによりハクが明確に敵と認めている提督もイリスでしかありえない。

 

「あー、イリスさんですね。あれから数日と間も開いてませんし、戦う気も起きないのでお茶にでもお誘いしましょうかー」

「暢気ねぇ。相手はもう戦う気になってるみたいよ?」

 

 だらーと机に突っ伏して息を吐いたアイリをミナミが哂う。

 え、とアイリが再び外を見れば100メートルも離れていないところに巨大な水柱がたった。

 開戦の合図か、はたまた弾着観測射撃の先触れか。

 とにかく相手方の戦意は十全であることは確認できた。

 

「どうする? 戦う?」

「……やるならやるでこっちから仕掛けたかったところですけど……ハク、ミナミちゃん、行きますよ?」

「うん、リョーカイ」

 

 一声残して素早く海へと向かったハクとは対照的にミナミの腰は重い。

 より戦いを好んでいるはずのミナミが予想とは異なる、言ってしまえば反抗を示したことをアイリは訝しむ。

 

「ミナミちゃん?」

「気が向かないわ。私は貴女みたいな提督に使われたくないの。ね、お馬鹿さん?」

「む……じゃあ、気が向いたら来てくださいね? 正直、負ける可能性もあるので」

 

 アイリの主観としては提督として自分とイリスを比べた場合、まず間違いなく相手の方が優れている。

 それは、未だに自身が個々の深海棲艦を扱う上での知識が圧倒的に足りないことや、そもそも深海棲艦を指揮するという正規の提督にとっては騙し討ちに近い形でしか戦ったことがないことからも確実だと言える。

 自分たちが有利だという点はハク、ミナミという一般の艦娘を遥かに凌ぐ能力値を持つユニークボスと、未だに原因は不明だがそれに準ずる性能をアイリ自身が獲得しているという二点。

 相手がイリスでなければこれまで通り、初見殺しともいえる動きを深海棲艦に指示すればいいだけなのだが今回はそれもかえって逆手に取られる可能性がある。

 

「……ミナミちゃんが来てくれれば勝率も上がるんですけどー?」

「あいにくと、私にはもっと美味しそうなものが見えてるのよ」

「???」

「そんなことより、次は着弾するわよ?」

 

 瞬間、棲艦島全体が激しく揺れた。

 それまでどこかのんびりとしていたアイリの顔もいよいよ険を帯びる。

 

「わわっ!? ……まさかいきなり攻撃を当てることはしないだろうと思っていたんですけどね。ハク、行きますよ! すぐに日も落ちるので夜戦が得意な子を連れていきます!」

「うん」

 

 アイリとハクが慌ただしく出ていったのを見送りながらミナミはクスリと笑う。

 

「ホント、バカ正直というかなんというか……ま、私は私でやんちゃしてるのと遊ぼうかしら」

 

 たかだか数日振りのはずの戦闘に対してやけに高揚感を覚えながらミナミはさっと自身の服装を変える。

 それはミナミを鹵獲した後でアイリが適当に見繕って着せたものであり、ミナミにとってはひらひらと動きにくいだけの服装だが、なんとなく敵に汚されたり破られたりする可能性を考慮するとイラついた。

 

「……貰った以上は私のものよ」

 

 彼女にしては丁寧な手つきで簡素なドレスを部屋の洋服入れに吊るす。

 そしてもはや自室と言っていいほど馴染んだ小部屋を一瞥したミナミは、北へ南へと動き回って艦娘を沈めていた自分がやけに懐かしくなり笑みを零す。

 なんだかんだとアイリに対しては偽悪的にふるまっているものの、棲艦島に来て初めて自分の居場所というものを実感している自分がいることにも気付いていた。

 最後にもう一度だけ目に焼き付けるように自室を見つめてからミナミは部屋の扉をぱたんと閉じた。

 

 ■□■棲艦島洋上■□■

 

「うぉーちゃんは今すぐに戦闘機を! あちらには祥鳳と加賀がいるので制空権は取らなくていいですが4割……いえ、なんとしてでも互角にまでは奪い合ってください! 根性で!」

 

 アイリのそれなりに無茶なオーダーに対して、遅れて付いてきていた少女がこくりと頷く。ヲ級の空母だ。

 ハク達のように自由に口を利くことができるほどのコミュニケーション力はないものの、ミナミの保護から加速度的に数を増やしている深海棲艦の中ではかなり自意識がはっきりしている艦の一つである。

 群れが大きくなったことが原因なのか、一つ群れとして活動している棲艦島の内部でも艦種ごとで小さなグループを作り、それぞれのグループにリーダー格のような存在ができ始めていた。

 彼女は空母、および軽空母の多くが集まっているグループのリーダー的な存在。

 その双眸は強者の証として蒼く光り、周囲に白い球のようなもの射出している。

 この白い球体こそアイリが根性論で何とかできると考えている自信の出所だった。

 海流に乗って流れ着いた空母型の深海棲艦が装備していた新型艦載機に目を付け、ワ級など積載能力の高い船を遠征させて回収させている物である。

 なお、名称が不明であるためハクが呟いた「ばにらあいす」という言葉に共感を覚えたアイリによって愛称はバニラ君と定めされた。

 しかしそんな可愛らしい名前とは裏腹に、球体が半分に分かれるほどの大きな口からはガラスを引っ掻くような音を出し、視界内で動く物に対して反射的に噛みつくという獰猛さも持ち合わせているため、その本性を知ってからアイリは極力近づかないようにしている。

 配備が遅れている理由には、大多数のバニラ君に対してアイリが安心できるほどの躾を行えていないという背景があった。

 

「ハク、やっぱりあれ怖いんですけど……」

「ダイジョウブ、あれは手乗りだから」

「むしろ腕ごと持っていかれそうな感じですけど……えっと、バニラ君部隊は全速前進! 敵航空部隊を喰らい尽してください!」

 

 躾の賜物か、空中を旋回していたバニラ君部隊はアイリの支持とともに二人を追い抜き、一足早く戦闘海域まで飛んでいった。

 そしてアイリが連れているのはもちろんヲ級だけではない。

 他に連れているのが最近になってなぜか手足が生え始めたロ級とニ級の駆逐艦。のちにミナミが合流することを視野に入れて残る一枠は空きになっているが、その代りにアイリたちの後方にも複数の艦隊が備えている。

 これら予備艦隊は直接の戦力になることはないが、相手の撤退を促す程度の効果はある。

 日没にはまだ時間があるが絶望するほど時間が長いというわけではない。

 

(とにかく、まずは時間を稼ぐ!)

 

 そしてアイリが敵艦隊を視界内に捉えたのと同時に海戦用限定戦闘域(バトルフィールド)が展開される。

 戦闘準備時間が始まるが、しかしアイリたちは止まらない。

 時間を稼ぐことを第一と考えているのにも拘わらず、彼女たちは戦闘準備時間内で許された行動圏、つまりフィールドのちょうど半分、彼我を分ける境界線ギリギリまで距離を詰め、さらに――

 

「Code:open combat――!」

 

 こうするべきだ、という直感に従ってアイリが叫ぶ。

 直後、作戦準備時間中を示していた半透明の境界線が砕け散った。

 

「やっぱり……!」

 

 ゲーム管理者が見せた深海棲艦を縛る鎖。

 ミナミの部屋の目に見えない鍵の強引な開錠。

 この二つの経験からアイリは半信半疑ながら、どうやらゲームのシステムにある程度介入できるらしいことを掴んでいた。

 そしてこの時、アイリのそれは確信に変わる。

 

「っな!?」

 

 アイリの耳に入る驚きの声。

 残り20秒はあるはずだった作戦準備時間はアイリの叫びによって強制的に終了となり、両陣営の距離はもはや十数メートル。アイリの速度ならばほんの数秒で懐まで入り込める近さだった。

 日没までの時間とアイリの引き連れた艦隊の編成。この二つからイリスはアイリが夜戦までは逃げ回って日が沈むとともに仕掛けてくるだろうと予想し、それまでに勝負を付けるべく艦娘たちを散開させ各個撃破、倒しきれないであろうハクとアイリを夜戦で仕留めようと考えていた。

 

「無粋な長距離砲撃のお返しですっ」

「どの口が無粋だなんてっ!」

 

 そもそも時間を稼ぐ方法は逃げ回るだけではない。

 無論、回避に専念して被弾を減らすことが最も容易でありリスクも最小限と言えるが、なにも最初から逃げ続けなくともいいのだ。

 むしろ雨霰と降る砲弾をやり過ごすにはある程度射手の存在を潰してしまった方が良い場合もある。

 アイリが選んだのもこの方針に近い作戦だった。

 とにかく速さにものを言わせて相手を撹乱し、もし隙が出来るようならハクとヲ級に狙い撃ちにさせるという単純なものだったが、相手の思惑を外したこととシステム介入によって場の流れはアイリが掴みとった。

 更にアイリが勝負を急いだのはイリスの艦隊にヴェールヌイと夕立改二、二隻の駆逐艦を確認したため、という理由もある。

 イリスの編成は戦艦と空母と駆逐艦が二隻ずつ。

 夜戦前に駆逐艦を一掃することができればアイリの勝ちは揺るぎないものとなる。

 

「榛名っ!」

「はいっ!」

 

 対するイリスの判断も早かった。

 先んじて夕立の脇腹へと狙いを定めたアイリの前に榛名が立ち塞がる。

 それならそれで、と夕立を追わずに榛名へと標的を変えたアイリは榛名の優しげな声を聞いた。

 

「蝶のように舞い、蜂のように刺す――とはよく言ったものですね」

 

 それは駆逐艦としての速度を持ちながら鬼として火力も持っているアイリのことを示すものだったが、一瞬見えた榛名の口元にアイリは攻撃を断念。それどころか過剰反応とも思える鋭さで榛名の上を大きく飛び越えた。

 直後、主砲弾のそれとも見紛うほどの水柱が立ち、10メートルは飛び上がったアイリよりもさらに上空まで海水が跳ね上げられる。

 再び着水したアイリの目の前には榛名がやはり笑みを湛えて立っていた。

 笑みとはいっても普段の彼女の優しげなものではなく、獲物を見つけた狼のようなものであるが。

 

「でも、榛名としてはやっぱり飛んで火にいる夏の虫という方が正しいように思います」

「拳ひとつで主砲級の水柱とか……どれだけの馬鹿力ですか……」

 

 あの瞬間、榛名がしたことはアイリを迎え撃つべく全力で腕を振り下ろしただけ。

 まともに直撃を受けていたら鬼とはいっても駆逐艦であるアイリはそのまま再起不能になっていただろうことは予想に難くない。

 

「馬鹿力じゃなくて提督からの愛です」

「これは重たい愛もあったものですね」

 

 再び重力に引かれた海水が雨のように降り注ぎ、海面は一気に水煙に隠れた。

 これでは不用意に榛名に近づくこともできず、かといって一度取り逃がした夕立を追うにしても時間が経ちすぎてしまっている。

 俯瞰的に見れば戦局は未だアイリに有利な方向へと傾いているが、自分自身が進退窮まる状況というものは何とも面白くない。

 

「そうですね。確かに重いですが……その分当たると痛いですよ?」

 

 表示された火力はちょうど200。

 その数値だけで何を装備しているのかがアイリには分かってしまい、そして確かにそれならば提督からの愛という言葉にも頷けなくもないと唸る。

 

「でもそんなに腕力ばっかり鍛えていたら当たる攻撃も当らないんじゃないんですか、ねっ!」

 

 水煙が靄になり、そして薄霧となって榛名の影が見えるようになる頃、再びアイリは攻撃を仕掛けた。

 意外かもしれないが濃霧の中では相手の初動が見えないため当てることより避けることの方が難しい。特に相手が一撃必殺の手段を持っている場合では相手の体力を徐々に奪い取るヒットアンドアウェイではリスクが高すぎる。

 だからアイリが仕掛けるとすればこのタイミングしかありえず、それを榛名も理解していたからこそ二人で悠長に会話をしていたのである。

 下手を打てば一発で沈められてしまうアイリと、隙を見せれば他の艦娘に狙いを移されてしまう榛名。両者ともにここからは油断どころか口を開くことすらできない局面だった。

 

「っ!」

 

 呼吸の暇も与えないアイリの連撃に対する榛名の選択は回避と防御。

 必殺の一撃を持っているからこそ焦らず、欲張らずに反撃の機を伺い、それを理解しているアイリはさらに鋭く速く正確に攻撃を重ね続ける。

 ここで無理矢理に榛名が動けばアイリは脇目も振らずに榛名から離脱する心づもりであり、榛名は榛名でアイリの攻撃が緩む一瞬を根気よく待つという千日手にも思える構図が出来上がっていた。

 しかし、やはり双方にも焦りはあった。

 アイリにとっては榛名は夜戦で戦うべき相手であり、今は駆逐艦二隻の処理を急ぐのが第一目標。

 そして榛名としては沈められやすい駆逐艦を夜戦になるまで守りつつ、相手の数を減らすのが自身の役目であり、不本意な現状を強いられている。

 お互いがお互いを無視して他所へと意識を回し始めてから数分、遥か後方に位置する棲艦島から轟音が響いたことで戦局は大きく動いた。

 




榛名改二に大和砲を4つ積めばちょうど200!
まさに愛



装備重量が影響するようになったから攻撃当たらないけど・・・


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