苦労人戦記 (Mk-Ⅳ)
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プロローグ

始めましての方は始めまして、Mk-Ⅳと申します。
他の作品で知っている方は、本作も目を通して頂きありがとうございます。

本作は書籍、漫画、アニメの設定や描写が混ざっていますが、寛大な心で深くツッコまないで頂けると幸いです。


合衆国軍統合技術研究本部――合衆国の最新技術の研究を行う機関が納められた建物内に設けられた『特別派遣魔導技術部』――と表記された室内で。マフィアと見られそうな凄みを帯びた鋭い眼光をしており、黒髪のショートヘアの碧眼の軍服を纏った、20代中盤と見られる男性が椅子に腰かけ。側にあるテーブルに置かれたラジオから流れる放送に耳を傾けていた。

名はトウガ・オルフェス。特別派遣魔導技術部ー―通称『特派』所属の航空魔導士で階級は中尉である。また、合衆国人の父と極東にある秋津島皇国人の母を持つハーフでもある。

 

『ライン戦線において帝国軍は依然後退を続けており、専門家からは帝国にこれ以上の戦争継続は困難であろうとの意見が多く出ております――』

 

ラジオからは欧州で繰り広げられている、帝国とフランソワ共和国との戦争に関するニュースが流れており。戦局は共和国優勢であり、帝国の敗北で終結するであろうと分析する声が専門家らの討論が繰り広げられていた。

だが、それを聞いていたトウガの表情は疑念の色を浮かべていた。

そんな中、ドアがノックされたので、トウガは入室を促す。

 

「お~い、そろそろ演習の時間だぞぉ」

 

部屋に入ってきたショートカットの金髪碧眼の男性が、トウガに気さくに話しかける。ロイド・フレッド――トウガと同年代の特派所属の主任技師である。

特派は、従来とは異なる新機構を搭載した、次世代の演算宝珠を開発するために設立され。ロイドはその天才的頭脳を見込まれ、若くして主任に抜擢されたのだ。

また、トウガとは幼馴染であり、互いに気心知れた仲でもある。

彼はトウガの側まで歩み寄ると、テーブルに広げられていた地図を覗き込む。

 

「そんなに信じられないのか?帝国が負けるってのが」

「俺の見立てでは、共和国相手なら後数年戦えるだけの余力がある筈なのだ。それをこうも戦線を下げるとはな…」

 

そういってトウガがロイドに向けていた視線をテーブルに戻すと、ライン地方の地図の上に赤と青の駒が対峙するように置かれていた。

そして、赤い駒――帝国側は西部工業地帯ギリギリまで後退しており。もし、帝国の工業力の要であるこの地を失陥すれば、かの国に戦う力は残されないことになる。

 

「帝国が餌をぶら下げているようにしか見えんのだよ」

 

だからこそ共和国にとっては最高級の料理にしか見えず、それを食べて下さいと言わんばかりに見せつけられれば、喰らいつこうとするのは必然であった。

 

「罠だと?」

「ああ、共和国の連中が喰いついたら、一網打尽にする腹積もりなのだろう」

 

トウガが共和国を示す青い駒の1つを指で弾くと、もう一つの駒とぶつかり共に弾け飛ぶ。

 

「そして、首都パリースィイを占領後、残存戦力を殲滅あるいは降伏させてこの戦争はおしまいだ」

 

赤い駒を共和国首都のある場所に置くトウガ。それを顎に手を添えて興味深そうに見ていたロイドが、ほほぅと感嘆の声を漏らす。

 

「そうなると俺らの派遣もなくなるか」

 

テーブルに腰かけ、笑みを浮かべるロイド。

合衆国では共和国側に立ち欧州の戦争に介入すべきとの声もあるも、民衆の大半は否定的であり、表立っては中立の立場を取っている。

だが、万が一帝国が勝利し、欧州に覇権国家が誕生することを恐れた大統領ら介入推進派は、志願者で構成された義勇兵の派兵を計画しているのだ。

その中には実戦データ収集という名目で、特派も含まれているのである。だが、共和国が敗北し終戦となればその機会を失うこととなるのだ。

 

「大変結構なことだ。軍人は働かないことこそがベストなのだからな」

 

軍隊とは存在することで抑止力となり、その力を行使することなかれ、というのがトウガの自論なのである。

 

「ま、俺としては帝国が開発した新型を見たかったがねぇ」

 

情報部が得た情報では、帝国が特派で開発中の新型と同等の性能を誇る宝珠の開発に成功し、実戦に投入しているとのことで。ロイドとしては非常に興味を惹かれる内容であった。

 

「見たければ1人で行ってこい。その間俺は羽を伸ばさせてもらう」

「別にそこまでして見たくはねぇよ。俺がここにいるのはお前の夢(・・・・)を叶えるためだからな」

 

それに、俺も戦争は嫌いだからな、と付け加える友の言葉に。トウガは表情は変えないも、口元に僅かに笑みを浮かべる。

 

「では、夢のために働くとしようか」

「あいよ」

 

トウガが椅子から立ち上がると、部屋から出て更衣室に向かい、軍服から黒色の身体に密着するタイプのアンダーウェアへ着える。

そして、格納庫へ通じるドアを開けると。作業中の多数の整備兵が動き回っており、邪魔にならないよう配慮しながら進んでいくと。ハンガーに固定された白色に塗装された鎧のような物体が見えてくる。

これこそ特派で開発中の新型宝珠であり。関係者からは『ネクスト』と呼ばれ、『魔力を持たない者でも術式の行使を可能とすること』をコンセプトとしている。

電力を魔力に変換可能な新型のジェネレーターを搭載することで、魔導士の最大の欠点である、先天性に依存した絶対数の少なさを解消することができ、安定した戦力の供給が将来的に可能となる。

現状では魔力への変換効率が十分ではないため、攻撃と機動力に魔力の多くを割かねばならず。防御面の補助として、全身を装甲で覆うため、従来のものと比較して装置全体が大型化しまっているのが難点である。

 

「装甲を前より軽くしたのに合わせて、色々いじったから気をつけろよ」

「了解だ」

 

一足先に到着していたロイドの忠告に答えながら、トウガは主を迎え入れる様に装甲を開放していた相棒に、背中を預けるようにして乗り込む。すると装甲が閉じ全身が装甲に包まれ、空気を抜く音と共に最初から身体の一部だったかの様な一体感を感じる。

同時にシステムが立ち上がり、異常がないことと、ロイドら整備班が離れるのをを確認し。傍らに懸架されていた専用のライフルを右手で保持すると装甲を固定していたアームが外される。

ライフルに異常がないことを確認し、格納庫の出口へと歩みを進めていく。

 

『管制へ、こちらパイオニア1。出撃準備完了』

『こちら管制。パイオニア1へ離陸を許可する』

 

通信機で管制とのやり取りを終えると。飛行術式を起動させて体を浮かび上がらせ、宝珠の出力を少しずつ上げてゆっくりと上昇させていき。出力が安定したのを確認し、大空へと飛翔するのであった。

 

 

 

 

合衆国内にある演習場――その上空を、中隊規模の航空魔導部隊が逆V字陣形で飛翔していた。

彼らは合衆国軍戦技教導隊所属であり、合衆国軍の精鋭の中の精鋭と言える実力者達である。

 

『アグレッサー1より各員。そろそろ指定空域だ、気を引き締めろよ!』

 

中隊長の言葉にそれぞれ答える部下達。その誰もが緊張を孕んだ表情をしており、熟練者揃いの彼らでも緊張状態に置かれる事態が起きることを示唆していた。

そんな中でも最後尾にいる若い魔導士は、どこか余裕が感じられる――というより周りの者達の反応を不思議そうに見ていた。彼は着任したばかりの新任であり、今回の演習の内容を説明されても先任者らが実戦さながらにまで緊張している理由が思いつかなかった。

 

『アグレッサー11、何で皆さんこんなに緊張しているんですかね?相手はたったの1人ですよ?』

 

彼は斜め前を跳ぶ先任に通信を繋ぐ。作戦行動中に私語は厳禁だが、どうしても聞いておきたかったのである。

そう今回の演習相手は魔導士とはいえ1人、大してこちらは中隊最大数である12人。勝負にすらならない戦力差であったのだ。

 

『その1人を俺達は何度も相手にして、1度も白星を挙げたことがないんだよアグレッサー12。だから皆今回こそはって意気こんでんのさ、無論俺もな』

『…そんなに凄いんですか新型の宝珠は?』

 

世界最高と言われる合衆国、その精鋭たる彼らがそれほどまでに苦汁を味あわされていることに、彼は驚愕する。演習の恒常化を防ぐためとのことで、彼にだけは演習相手の詳細が伏せられているのである。

 

『接敵すれば嫌でも分かるアグレッサー12。来るぞ!』

 

バレないように通信していたつもりだったが、ベテランの中隊長にはお見通しだったらしい。

お叱りを受けると同時に、上空から大規模の魔力反応を感知した。

 

『ブレイク!ブレイク!避けろ!』

 

中隊長の指示に従い僚機らが散開するのに、無意識に合わせて回避軌道を取ると。先程まで自分達がいた空間を、上空か飛来した眩いばかりの閃光が箒線上に横切っていった。

 

『光学術式!?』

 

光学術式――魔力を電磁波に変換して用いる術式で、収束させて熱線として放出することで相手にダメージを与えることができるが、これ程高出力なものを見るのは初めてのことであった。

 

『敵機捕捉!高度一万二千!』

『一万二千!?』

 

僚機からの報告に絶句する。魔導士の実用限界高度は六千とされており、仮にそこまで上昇したとしても低温からの保護や酸素の生成に多大な魔力を消費し、戦闘能力が大きく低下してしまう。その限界高度を超過しているにもかかわらずこれだけの火力を発揮するなど夢を見ていると言われても不思議ではなかった。

 

『うわ!?』

 

だが、至近距離に迫った光学術式によって気流が乱れて態勢が崩され、防殻で防ぎしれない熱量が肌を焼く痛みでこれが現実だと否応なしに叩きつけられる。

 

『アグレッサー5と8がやられた!?クソッたれ、前より威力が上がってやがる!』

 

態勢を慌てて立て直している間に、僚機から怒号と共に状況が伝えられる。眼下には被弾して戦闘不能と判断された5と8が高度を下げているのが見えた。

 

『総員上昇だ!高度八千で応戦せよ!』

 

今度は中隊長のから出された指示に度肝を抜かされる。そんな高度まで上昇して戦闘行動を行えば、自力での帰還は不可能になってしまう。

 

『下にいる他の隊が拾ってくれる!行くぞ!』

 

躊躇う12に11が叫ぶと上昇していく。そういえば、演習の補助役として他の中隊が参加していたがこういうことだったのかと納得すると、11の後を追って上昇を開始する。

高度が上がるにつれ順応する度にみるみる魔力を消費していき、更に次々と降り注ぐ光学術式を幻影(デコイ)を混ぜて回避せねばならず体力、集中力までもが削られていく。その間にも新たに2人が被弾し撃墜判定を受ける。

 

『あれが、ターゲット…!?』

 

遂に視界に捉えた演習相手――ネクストを纏ったトウガの、従来とは一線を画す姿に思わず目を見開く。その背部から伸びたチューブが接続された2本の大型のライフルの、横に伸びたグリップを持ち、左右の脇でそれぞれ挟むようにして保持しており。その銃口から、先程から自分達に襲い掛かってくる光学術式が放たれている。

 

『今度こそ勝たせてももらうぞ中尉!』

 

中隊長が発砲するのに合わせて統制射撃を開始した。

 

 

 

 

迫りくる狙撃術式をトウガは左右に体を振りながら回避していく。

想定ではこの段階で最低でも半数は落としておきたかったが、流石に最高練度を持つ彼ら相手では難しかったようだ。

反撃として、両手にそれぞれ保持している最新型ライフル『V.S.B.R.(ヴェスバー)』を放とうとするも。こちらの退路を確実に潰してくる相手の統制射撃に狙いを絞る余裕がなくなり、僅かの隙を見つけて発砲するも、難なく回避されてしまう。

 

『流石に手馴れているな』

 

宝珠の性能ではネクストが圧倒的だが、何度も演習を繰り返しているため対策が練られてしまっていた。

 

『ッ!』

 

遂に回避が間に合わず右肩部に被弾する。幸い掠れただけだが、このままでは直撃弾を貰うのも時間の問題だろう。

とはいえここまでの展開は既に『当たり前』となっている。高高度からの射撃で片が付いたのは初回のみで、その後は近接戦闘を挑まねばならない――つまり相手の土俵まで引き摺り下ろされるのが常となっていた。

 

『往くぞ、ネクスト!』

 

命を預ける相棒(宝珠)に語りかけ、V.S.B.R.を背部に格納すると。腰部に懸架されていた従来の魔導士用ライフルより小型のライフル――新型ライフルを右手に持ち、左前腕部に装備された小型のシールドに防殻術式を展開させ正面に構えながら宝珠の出力を上げ相手目がけて降下を開始した。

 

 

 

 

『突っ込んでくるぞ!弾幕を張れェ!』

 

中隊長の指示に合わせ、突撃してくるターゲットを火力を集中させて阻止しようとするも。防殻に全て阻まれてしまう。

 

『クッ早い!?』

 

重力に従っているとはいえ戦闘機と遜色ない速度を出すとは、つくづく航空魔導士の常識を破ってくれる新型だ、と心の中で悪態つきながらも、アグレッサー12は手を止めることなく引き金を引くが、やはり防殻に弾かれてしまう。

こちらが既に疲弊しているとはいえ、あれだけの速度が出ていれば、1発でも直撃すれば撃墜判定の筈だが、防御面でも規格外らしい。

お返しと言わんばかりに、新たに手にしたライフルから光学術式が放たれたので、回避行動に入るも――術式は彼らの眼前で爆発した。

 

『爆裂術式!?』

 

光学術式だったのに、本来は魔導士専用の実弾に魔力を込めて使用される爆裂術式を使用するとは、最早なんでもありではないか。

爆炎によって視界が遮られ攻撃の手が緩むと、数人のターゲットが爆炎を突き抜けて姿を現したっため、すぐに迎撃のすると、直撃したが全て幻のように掻き消え――その内の1体の背後に隠れていたターゲットは幻影が被弾するのと同時にバレルロールで回避すると突撃してきた。

 

『なッ!』

 

精巧に作られた幻影の反応に紛れられたため、反応が遅れた隙に肉薄してきたターゲットはライフルを発砲。瞬く間に3人が撃墜されてしまった。

 

『このッ!』

 

2人の僚機が銃剣に魔力を付加し左右から近接戦闘を挑んだ。

対するターゲットは右手のライフルを腰部に戻し、代わりに腰部左のアーマーに懸架されている2つあるの懐中電灯に似た形状の物を1つを手にすると、魔力で生成された刃と左腕の防殻で、振るわれた魔力刃をそれぞれ受け止める。

 

『もらったァッ!』

 

完全に動きが止まったターゲットの無防備な背中目がけて、銃剣突撃を敢行する。

すると、ターゲットの背部にあるライフルが独立して稼働し、銃口がこちらに向けられたではないか!

 

『――ッ!』

 

それをみた瞬間無理やり失速させ倒れ込むような態勢で高度を下げる。強烈なGがかかるも歯を食いしばって態勢を立て直すと、背部のライフルから放たれた機関銃の如き光学術式が先程いた空間に殺到していた。

調整することなく射撃モードを変更し、尚且つトリガーを引かずに発射可能とは驚くのも馬鹿馬鹿しくなる程新技術が盛り込まれている。

そして、左右から抑え込んでいた僚機を力づくで弾くと、その場で一回転しそれぞれの胴体を一閃し撃墜判定が出る。これで残るは3人となった。

 

『怯むな攻めろ!』

 

中隊長が発破をかけながら射撃し、それに続いてトリガーを引くも、ターゲットは幻影も用いて悠々と回避していく。

予測進路上に誘導系の空間爆破術式を仕込むも、初期照準を察知しているのかこれすら難なく回避されてしまう。

宝珠の馬鹿げた性能もさることながら、それを使用している魔導士の技量も、少なくとも教導隊と同等のものであった。

 

『そこだ!!』

 

軌道を見切って放たれた狙撃術式が、ターゲット背部の左側ライフルに直撃し火花を散らした。

 

 

 

 

「(直撃されたか!)」

 

被弾したのを認識すると、即座に左側V.S.B.Rをパージすると同時に爆発を起こし、その衝撃で態勢が崩れる。

 

『よくやったアグレッサー12!畳みかけるぞ!!』

 

急き態勢を直すも、この期を逃すまいと猛攻をかけられ、撃墜判定にはならないもいくつか被弾してしまう。

出力の関係で、防殻はサブジェネレーターを搭載した左腕にしか展開できないのは、やはり耐久面で不安が残るものだ。

それにしても被弾させたのは新しく着任した者か、若くして教導隊に選ばれただけあって、見事な技量であると心の中で称賛の声を送るトウガ。

 

『だが、負けてやるつもりはない』

 

幻影を最大出力で展開し撹乱すると、近場の雲の中へ身を隠す。

相手は深追いすることなく警戒しながら様子を見ており、緊張感が限界まで達するのを見計らうと、ライフルを右側へと投げる。

雲から出たライフルに反応した相手の内の1人が、反射的に発砲し破壊すると、意識が逸れた隙を突き腰部左側に懸架している魔力剣を右手に持ち突貫する。

雲を突き破ると、ライフルを破壊した者に生成した刃を突き立て撃墜判定とすると、近場にいた中隊長に斬りかかった。

 

 

 

 

陽動に引っかかった隙にまた1人撃墜され、遂に中隊長と自分だけが残った。単騎相手に中隊が壊滅状態とは悪夢としか言いようがなかった。

 

『まだだァ!!』

 

中隊長が銃剣で魔力刃と打ち合うも出力の違いから押されていく。援護しようにも。射線上に中隊長が入るように位置取りされてしまっていて発砲することができない。ならばと自分も銃剣を構え斬り込む。

 

『オオオオ!』

 

裂帛の気合と共に斬撃を放つも、左手でもう一つの懐中電灯状の物を手にすると、魔力刃を発生させ受け止められる。

何度か斬り結ぶが、2人がかりでも出力差で押され、銃剣を弾かれて無防備となった胴体に蹴りを入れられて弾き飛ばされる。

 

『クッ!?』

 

態勢を立て直していると、その間に両手の魔力刃を合わせ長大な1本の刃に変化させ、中隊長に向け横薙ぎに振るう。

中隊長は銃剣に流す魔力を上げて受け止めるが。拮抗したのは一瞬だけで、ターゲットの魔力刃は銃剣を紙のように両断し、そのまま中隊長を斬りつけ撃墜判定が出る。

 

『コノォォォォオオオオ!!』

 

せめてもの抵抗としてライフルを構え狙撃術式を連射するも、ターゲットは再び分割させた魔力刃で斬り払いながら接近してくる。

そして、何発も撃つとトリガーを引いても弾が出なくなった。

 

『弾切れッ!』

 

それを見計らったように、ターゲットが地面を蹴るように軽く上昇しながら横回転して突撃してくると、引いていた右脚が振り抜かれ、防殻を突き抜け咄嗟に受け止めたライフルをへし折りその衝撃で吹き飛ばされる。

激しく揺さぶられる視界の中、投擲された魔力刃が迫って来るのが見え、胴体に直撃すると撃墜判定が出されるのであった。

 

 

 

 

演習を終えた帰投するトウガ。ネクストをハンガーに固定し解除すると、ロイドが出迎えてくれる。

 

「よう、お疲れさん。今回の感想は?」

「耐久面で不安は残るが、ようやく実戦に出せるレベルになったな。最もその機会がいつになるか分からんがな」

 

開発許可こそ出ているものの、その内容に懐疑的な意見が多く、資金が十分に出ておらず開発は難航していたのだった。

 

「ま、ないなら無いが一番だけどな」

「そうだな」

 

そんな話をしていると、整備士の1人が慌てた様子で格納庫に入って来た。

 

「大変だ!帝国がライン戦線を突破して、共和国の首都に進軍を開始したってよ!」

 

その言葉に格納庫内が騒然となる。

 

「それは本当か?」

「あ、中尉。ラジオではそのように…」

 

トウガの問いに歯切れ悪く答える。どうやら確定した情報ではないらしい。

一先ずロイドと共にラジオのある休憩室に向かうと、ラジオの周りには人だかりができていた。

 

『急報です!ライン戦線で後退を続けていた筈の帝国軍が、共和国軍を破り首都のパリースィイへ進軍を開始したとの情報が入りました!まだ詳細は不明ですが、現地では前線から巨大な爆炎が上がり、離れていたにも関わらず立っていられない程の激しい地面の揺れが起こったとの情報も…』

 

ニュースキャスターが情報を伝えているも、余程現地が混乱しているのか情報が不十分で困惑した様子が伝わってくる。

 

「これでこの戦争も終わりか…。お前さんの予想通りになったな」

 

ロイドが感心したように肩を軽く叩いてくる。

 

「そうあってほしいがな…」

 

だが、何故かトウガの心には、言い知れぬ不安を感じてしまっていたのだった。



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第一話

「綺麗だな」

「ああ」

 

トウガの呟きに、柵に両肘を乗せて寄りかかるロイドが同意する。

彼らの眼前には、雲一つない晴れ晴れとした空模様と大海原が広がっており、降り注ぐ太陽光が海面に反射しキラキラと宝石のように輝いていた。

2人が現在いるのは、合衆国所属の連合王国本土行きの輸送船であった。

 

「まさか、戦争が続くとはなぁ…」

 

どうしてこうなったと言わんばかりに項垂れるロイド。

ライン戦線にて共和国主力を撃破した帝国は、首都を占領することに成功した。だが、残存していた共和国軍は抵抗の意思を消さず、態勢を立て直すために南方大陸の植民地へ逃れようとした。

それに対して帝国は――何もしなかった。投降を勧告することはおろか、追撃する素振りすらせず逃れていく残党の背を見送ったのである。

 

「どうやら帝国の参謀方は勝利の仕方は知っていても、使い方(・・・)については無知らしい」

 

腕を組んで海原を眺めながら語るトウガの目は冷ややかであった。まるでこの場にいない者達を無能と罵りたいかのようであった。

聞いた話では、帝国の参謀将校らは終戦に向けた交渉すらする前に、こぞって酒宴を設けていたと言うではないか。トウガからしてみれば、何故そのような考えに至ったのか理解に苦しんだ。彼らは自ら捨てたのだ、勝利という最高の形で戦争を終わらせられる機会を永遠に。

 

「おかげで俺らも戦争に参加だ。やってらんねぇぜ」

 

深く溜息をつくロイド。帝国の犯した過ちの結果、逃れた共和国残党に協商連合残党も加わり、彼らは『自由共和国』を名乗り祖国を取り戻すため帝国に宣戦を布告した。帝国のこれ以上の拡大を恐れた連合王国上層部は、この動きに同調して対帝国戦への参加を決意、その準備に入る。

そしてトウガとロイドの祖国合衆国は、友好国である連合王国の要請を受け。以前より行っていたレンドリース等の物資の支援だけでなく、義勇兵の派遣も決定し、特派も実戦データの収集として予定通り参加することとなった。

 

「まぁ、これ以上は何を言ってもどうにもならん。やれることをやるだけだ」

「だな。んじゃ俺はネクストの整備してるわ」

 

そういって船内に戻っていくロイド。新機軸の技術を多数導入しているネクストは、最近になってどうにか実戦に耐えられる状態となったが、未だ不安定な面が多く細かな調整が必要であった。

本来なら実戦に投入するのはまだ先の筈だったのだが、とある理由で予定より早められることとなったのだ。

 

「『ラインの悪魔』か」

 

1人となったトウガはある単語を漏らした。それは帝国のとあるネームドの異名であった。その存在が確認されたのは共和国との先端が開いた初期のライン戦線からであり、単騎で精鋭の航空魔導中隊を壊滅させる等の驚異的戦果を挙げ。確認されて僅かな帰還で五機撃墜すればエースと呼ばれる航空魔導士の世界で、撃墜スコア六十を叩きだし、いつしか帝国の武力の象徴として敵対国家を恐れさせた。

そして、そのラインの悪魔率いる航空魔導部隊によって、協商連合と共和国は甚大な被害を受け。対帝国戦への参加を決めた連合王国は、航空魔導戦力を抑えれば帝国の力を大きく削げると考え、合衆国に義勇兵は航空魔導士を中心として編成するよう要請してきた。

それを受けた合衆国軍部は、対ラインの悪魔用の戦力として、トウガとネクストの早期の投入を決定したのであった。

 

「(連合王国より提供された資料では、ラインの悪魔は年端のいかない幼子であったが…)」

 

そう、ラインの悪魔として畏怖の念を抱かれているのは、10代になったばかりと見られる幼女であったのだ。

映像でその姿を見た時は何かの冗談かと信じたかったが、合衆国に亡命してきた協商連合の軍人でラインの悪魔を目撃した者と話した際、彼はこう言っていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれは幼女の皮を被った化け物だ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怯えきった表情で話す彼を見て、それが真実だと確信したトウガ。それと同時にあんな幼子が戦争に駆り出されている現実の無常さに虚しさも感じていた。

 

「やはり戦争等するものではないな」

 

陰鬱になった気分を間際らわせるため、適当にデッキをぶらつくこうと決めるトウガ。なんとなく船の進行方向に合わせて歩くと、少しして船首に辿り着くと不意に足を止めた。

視線の先には本来は長いのであろう後ろ髪を団子状に纏めた金髪の女性がおり、その身は協商連合の軍服で包まれていた。彼女はトウガに気づいた様子はなく、船の侵攻方向を向いジッと立っていた。

日輪照らされたその姿は、まるで神話や伝承に出てくる聖女のような神々しさがあり、彼女のいる船首はまるで聖域のように見えて近づくのが躊躇われた。

 

「……」

 

引き返すべきかと考えていると、突風が吹いたので被っている軍帽が飛ばされないよう抑える。

 

「あ!」

 

だが、船首にいた女性は間に合わず軍帽が飛ばされてしまう。

 

「よっと」

 

風向きがトウガの正面からだったため、軍帽がこちらに向かって飛んでいき頭上を越えようとしたので手を伸ばして掴む。

視線を女性に戻すと、軍帽を追いかけようとこちらを向いており視線が合わさる。よく見ればラインの悪魔程ではないが幼さが残る顔立ちをしており、少女と言って差し支えない年齢だと見受けられた。虫も殺せないと言われても不思議でない雰囲気を纏い、教会で祈りを捧げているのが良く似合いそうであり、軍服を纏っているので酷く不釣り合いに見えてしまう。

 

「……」

 

そのことに驚愕と困惑で固まっていると、少女の視線が自分も手にある軍帽に向けられる。

 

「あの、ありがとうございます」

「ああ、海は突風が良く吹く、気をつけた方がいい」

 

少女に声をかけられハッと、現実に戻されたトウガは、少女に歩み寄り軍帽を手渡す。

 

「私、自由協商連合第一魔導連隊所属、メアリー・スー訓練生です」

「特別派遣魔導技術部所属、トウガ・オルフェス魔導中尉だ」

 

たどたどしい口調で名乗りながら、これまたたどたどしい動作で敬礼する少女――メアリーにトウガも返答する。

自由協商連合魔導連隊――協商連合から亡命してきた者達からの、志願者で構成された義勇兵の中核である魔導部隊のことである。

とはいえ。その構成員の大半はついこの間まで民間人として過ごしていた素人であり、彼女もその1人なのだろう。そんな彼女らの訓練は連合王国に到着してから行われるので、メアリーの未熟な動作も仕方のないことであった。

 

「……」

「あの、何か」

 

思わずまじましとメアリーの顔を見ていると、彼女は不思議そうに首を傾げる。

 

「いや、すまない。その失礼なことを聞くが、だいぶ若く見えるが君はいくつになる?」

「今年で15になりました」

 

15歳――それは義勇兵として参加できる最低年齢ではないか。魔導士になれるのは先天的に素質を持ったものだけなので、必要数を確保するため他の兵科より兵役可能年齢が低くされているのだ。

 

「…なぜ志願を?その年齢ならやれることはいくらでもあるだろうに」

 

年齢制限に関しては止むを得ない措置であって、大人の誰もが決して若い世代に戦争してほしいという訳ではなかった。

 

「志願した時にも良く言われました。でも、私にしかできないことで、お世話になっている合衆国の人達に恩返ししたかったんです。それに、私の力が少しでも早く戦争を終わらせることに役立てられれば、父みたいに犠牲になる人を減らせるかもと思って…」

「父君は軍人だったのかい?」

「はい、航空魔導士でした。でも、半月程前に帝国との戦いで…」

 

そう言って悲しそうに俯くメアリー。その両の手は強く握りしめられて震えていた。

 

「母君は反対されたのではないかね?」

「…凄く反対していました。合衆国でお世話になっていた祖母もです」

「…まさか、家出同然で志願したのか?」

「…はい」

 

俯いたまま弱弱しく答えるメアリーに、思わず天を仰ぐトウガ。できることなら、今すぐにでも親御さんの元に投げ返したい気分だった。

 

「なんと親不孝な…。夫殿を亡くされたばかりで、傷心されているだろう母君の側にいてあげるのが、君のすべきことだったのではないのかね?」

「それは、悪いことをしたと思っています。帰ったらちゃんと謝らろうって…」

 

腕を組んで強めの口調で言い聞かせるように語るトウガに、申し訳なさそうに俯くメアリー。

とは言っても、今更引き返すことなどできはしないことも事実なので。大きく深呼吸して心を落ち着かせるトウガ。

 

「すまないきつく言い過ぎた。君の言っていることも間違いではない、力を持つ者の義務――ノブレスオブリージュという考え方もあるからな」

「それ、父も同じことを言っていました。『魔導士は限られた者にしかなれない、そして自分にはその資格があった。だから国を、愛する人達を守れる軍人になった』って」

 

どこか懐かしさそうに胸に手を当てるメアリー。父親の言葉を噛みしめているのかもしれない。

 

「良き父君だな。軍人の鏡だ」

「はい、自慢の父です」

 

父親を褒められたのが余程嬉しいのか、花の咲いたような笑みを浮かべるメアリー。心から父を愛しているのだろう。

 

「ならばそんな父君を悲しませないよう。そして、ご家族に謝れるよう生き残らないとな」

 

彼女の肩に手を置いて言い聞かせるように語るトウガ。未来ある若ものが、大人の犯した罪で死んでほしくなかった。

 

「はい!」

 

それにメアリーは力強く答えるのであった。



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第二話

『連合王国臣民の皆様、私は、ここにお伝え致します。帝国が、あの恐るべき軍事国家が今や我らにその鋭鋒(えいほう)を向ける日を迎えてしまっていることを』

 

トウガら義勇兵が連合王国本土に到着して2ヶ月程が過ぎた。

その間王国の精鋭魔導士部隊との演習や、ネクストの調整をしつつ情勢を伺う日々を過ごしていた。

欧州の戦乱は、帝国が自由共和国が展開する南方大陸へ侵攻し泥沼の戦いを繰り広げていた。そして、統一歴1925年11月1日――遂に連合王国は帝国との戦端を開く準備が整ったとして、首相チャーブルが全国民に向けてその旨宣言がなされていた。

 

『さて、紳士淑女諸君、それでは我々の最悪の時代に乾杯しましょう。そして、願わくば我らが子孫に言わせたいものではありませんか。その時代こそが、帝国にとって最良の時代だった、と。そして今、永久の祖国が味わう最悪の時代に乾杯!』

 

至る所から歓声が響く。それをトウガとロイドは、彼ら特派に貸し与えられた兵舎の一室で聞いていた。

 

「始まったな」

「ああ、もう後には戻れん。勝つまで突き進むまでだ。俺達もな」

 

椅子の背もたれを前にしてそこに肘を乗せて座り、演説を聞いていたロイドが神妙な顔つきで語り掛けると。壁に背を預けて寄りかかって立っていたトウガも同じ表情で答える。

賽は投げられた。国家総動員戦という、どちらかの国が完全に壊れる(・・・)まで行われる殺し合う、人類が今まで経験のしたことのなかった未曾有の戦火に飛び込むのだ。生きて帰れる保証などどこにもなかった。

 

「頼むから死んでくれるなよ?お前がいないと退屈でしょうがねぇからな」

「そちらもな。前線に出ないとはいえ、戦場では何が起きるか分からんのだからな」

 

互いに誓い合うように拳を突き合わせる両者。彼らの『夢』はまだ始まったばかりなのだ、こんな所で終わるつもりは毛頭なかった。

そうしていると、部屋のドアがノックされる。トウガが入室を促すと、1人も男性が入って来る。

 

「2人ともいるな」

「ドレイク中佐、ご足労頂き恐縮です」

 

敬礼する男性に対し、トウガとロイドは姿勢を正して返礼する。

男性の名はウィリアム・ドレイク。海兵魔導部隊の指揮官で、演習等を通じて親しくなった仲でもある。魔導師としての能力の高さのほか、経験豊かな野戦将校として信頼できる人物だ。

 

「首相の演説は聞いてもらえただろうか?」

「ハッ、我々の出番も近いようですな」

「ああ、と言ってもラインの悪魔の動き次第になるがな」

 

彼はライン戦線末期にラインの悪魔率いる部隊と交戦しており、その脅威を肌で感じ取った人物でもあった。

そのため彼の部隊は対ラインの悪魔対応を最優先で行うこととなっており、特派は彼の指揮する部隊と行動を共にすることになっている。

とはいえ、現在ラインの悪魔とその部隊は、南方大陸に配置されていることが確認されているので、当面は予備戦力として後方待機となりそうではあるが。

 

「ご期待に添えるよう努力致します」

「それにしても、あのネクストと言う宝珠は凄いものだな。我が隊にも是非とも欲しいものだ」

 

羨むように語るドレイク。多くの部下を預かる身としては、質の良い装備を求めるのは当然と言えるだろう。

 

「残念ながらアレは試作型で量産性は考慮していないので。1つ作るのに、貴国の最新型30機分はかかるのでオススメしませんね」

 

どれだけ優れた性能を持とうとも、単独で行えることには限度がある。それよりも均一な戦力を複数揃え有機的に運用するのがベストなのだ。結局の所戦いは数が多いほうが勝つものである。

 

「そもそも機密の塊ですからね。他国に輸出できるようになるまでどれだけかかるか…」

「私が現役の間までには無理そうだな。まぁ、こればかりは仕方ないか」

 

ふぅ、と息を吐くドレイク、本気で残念そうに見えた。

 

「それ程ラインの悪魔の部隊はやっかいなので?」

「ああ、中隊と軽く当たっただけだが。ラインの悪魔は当然ながら、末端に至るまでネームドクラスときたもんだ。それが1つの生物であるかのように襲い掛かってくるなど、悪夢以外の何物でもないな」

 

ラインの悪魔の部隊の規模はおおよそ増強大隊48人。確かに相手取る側からしたら脅威としか言えなかった。

 

「それでも敵である以上叩くまでですな。自分がラインの悪魔を撃墜すれば、どうとでもなるでしょう」

「ハハハ、頼もしいな、貴官には期待しているよトウガ中尉。君ならあの悪魔も討ち取れるだろう」

 

期待の籠った目しながらトウガの肩に手を置くドレイク。それは、演習で彼の実力を確かめた故のものであった。

 

 

 

 

連合王国本土に来て早半年になろうとする中、メアリーは他の訓練生と共に鍛錬に明け暮れた日々を過ごしていた。

厳しい選抜試験を乗り越えて、無事航空魔導士としての訓練が新たに始まり、四苦八苦しながらも本日の過程を終えて帰投する。

 

「あ~終わった終わった」

「腹減った~」

 

着陸して格納庫へ向けて歩いていく同僚が、教官に聞こえないように注意しながら、思い思いに雑談する。軍属となったとは言え、年齢層が若い者が多いこともあって、スクールライフの感覚が抜けきっていなかった。

 

「早くシャワー浴びた~い。ね、メアリー」

「うん、そうだね」

 

それはメアリーもであり、訓練は厳しいが充実した気分を味わっていた。

 

「あれ、あれって何だ?」

 

1人の同僚が空を見上げて何かに気づいたように声を上げた。

その視線を追うと、1つの人影が空を駆けていた。術式で視力を強化してみると、それは全身を白色の鎧のような者で覆っており、重厚そうな見た目に反して縦横無尽に宙を舞っている。

 

「共和国の魔導士かな?」

「でも、なんか違くないか?」

 

共和国の魔導士の装備は、騎士鎧に通ずるデザインをしてるのが特徴であった。

だが、空を舞っているのは似てはいるも、まるでSF小説なんかに出てきそうな未来感を感じさせる姿をしていた。

 

「綺麗…。それに楽しそう」

 

その飛び方を見ていたメアリーは人知れず呟いていた。自分達の幼稚な飛行とは比べ物にならない程洗礼された飛行をしており、まるで野原を駆け回る子供のように自在に飛んでいた。

他の者達も感嘆の声を上げていた。

 

「あ、戻ってきた」

 

飛んでいた魔導士はゆっくりと高度を落とし始め、自分達とは少し離れた格納庫の前に、慣れた様子で難なく着地すると、兜に当たる部分に手を添えて外すとその素顔が晒され、見知った顔に思わずあ、とメアリーの口から漏れた。

 

「オルフェス中尉…」

「何メアリーあの人のこと知ってるの?」

「うん、こっちに来る時に乗った船で知り合って」

「いいな~!めっちゃカッコイイじゃん!」

 

整備士と見られる人達と何やら話し合っているトウガを、女性組が興奮気味で見ている。

メアリーには良くは分からないが、言われてみると彼の顔立ちは整っているのだろう。

 

「ねぇねぇその後は?」

「その後?」

「あの人と会ったりしてるのかって話よ!」

「いや、ないけど…」

 

そう答えると、ええ~やらもったいないやら友人らが騒ぐが。訓練で忙しかったし、そもそもただの訓練生が理由もなく会えるとは思えないが、彼女らは何を期待しているのメアリーには分からなかった。

 

 

 

 

飛行試験中に一度帰投しロイドと整備士らと検証していると、訓練を終えて撤収しようとしている訓練生を見かけ、その中にメアリーがいることに気がつくトウガ。

 

「……」

 

彼女と目が合うも、私的に異性と関わる経験をしたことがないのでどうすべきか迷うも、とりあえずぎこちなくだが、軽く手を振ってみると向こうも同じように返してくれた。すると、周りにいた女性訓練生から黄色い声とやらが上がった。

そして、ロイドが驚愕に染まった顔でガンガンと腕の装甲を叩いてくる。というか整備士達も同じ顔をこちらを見ている。

 

「何だ?」

「いや、何だ?じゃねぇよ!?何、あの仲良さそうな娘は!」

 

謎の興奮をしている相棒に、メアリーと知り合った経緯を説明するトウガ。

 

「やだ、お前も隅におけないじゃないの!そういうのは早く言いなさいよ、もう!」

「何で嬉しそうなのだ?」

 

おばさん臭い口調と仕草をしながら、肘で脇の装甲を小突いてくるロイド。正直気色悪い。

 

「別に対して親しくもないが。偶然知り合っただけだからな。というよりそんなに驚くな」

「女っ気とは別次元に生きていたお前が、さっきのやり取りをしていただでも奇跡なんだよ馬鹿野郎!」

 

とりあえず馬鹿にされていることは理解できたので、拳を握り締めて熱く語る馬鹿を蹴り飛ばすトウガであった。



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第三話

統一歴1926年3月17日

トウガとロイドは兵舎の一室にて、テーブルに広げられた地図をそれぞれ困惑の色が混じった表情で眺めていた。

 

「連邦が帝国に宣戦布告したのは間違いないのだな?」

「ああ、確定情報が来た。2日前に戦端が開かれたそうだ」

 

統一歴1926年3月15日――帝国北東部に位置する列強『ルーシー連邦』が帝国に侵攻を開始したのである。新たなる対帝国戦への参加者に連合王国を中心とした連合諸国は――困惑した。

元々帝国と連邦は不可侵条約を結んでおり、これまでの戦役を完全に傍観する構えを見せていたにも関わらず、突如帝国に襲い掛かったのである。その理由が不明過ぎて各国は反応に困ってしまっているのである。

 

「にしても連中どうゆうつもりだ?共和国を見殺しにしておいて、今更帝国と戦り合い始めるなんざ?」

 

ロイドも理由を探ろうと思考するも、一向に思い当たるものがなかった。

帝国と先端を開くのなら、ライン戦線で共和国と死闘を繰り広げている時に襲い掛かれば良いものを、今更になってからの合理性が皆無なのだ。

 

見殺しにしたから(・・・・・・・・)、だろうな」

「見殺しにしたからだと?」

「うむ。まず、連邦は権力闘争の果てに『恐怖』の上に成り立っている国家だ」

「ああ、暇があれば粛正やってるなあいつら」

 

共産主義と言うイデオロギーに染まった連邦は、その理想を実現しようとした結果。政府の一部の人間が富を独占し、その富を巡って政府内で血を血で洗う闘争が繰り広げられていた。

 

「その結果、連邦政府内には常に『自分の寝首が掻かれるかもしれない』という疑心暗鬼が渦巻いているのだろう。そして、それは対外政策に対しても当てはまる」

「ふむ。つまり『周辺の国家が、自分達を危険視して襲い掛かってくるのでは?』とビビってる訳か」

「特に近年は軍部の者を大量に粛正したために、防衛機構が機能不全を起こしているから尚更だろうな。そして連邦にとって最も脅威となる国家はどこだと思う?」

「お隣の帝国だな。だから不可侵結んでたんだろ」

 

連邦の近隣諸国の中で、最も優れた軍事力を持つのが帝国であった。

 

「そうだ。連邦にとって、帝国は恐怖の象徴と言っても過言ではなかろうな。その帝国が自分達と同じ列強の共和国を蹴り飛ばした。そして次に連合王国とも交戦状態に入った訳だが、もしも帝国が連合王国までも打ち倒したら、欧州で帝国に立ち向かえるのは連邦のみとなる」

 

地図上の帝国を示す駒を手にすると、連合王国本土にある駒を弾きながら置くトウガ。

 

「そこまで考えて、帝国が不可侵を守るのか?自分達に牙を剥かない保証はあるのか?強大となった帝国に立ち向かえるのか?と、いった疑問が積み重なった結果が今回の宣戦布告に繋がったのだろうよ」

「うん?つまり、なんだ。連邦の奴ら帝国と戦うのが怖くて共和国を見捨てて、その結果帝国と単独で戦う可能性が出てきたから怖くなって『やられる前にやれ』理論で今更喧嘩売ったってのか!?」

 

そんな馬鹿な、と言いたそうな顔でトウガに視線を向けるロイド。余りにも馬鹿馬鹿しい、それこそ子供のような理屈で連邦が戦争を起こしたことが信じられなかった。

 

「俺にはそれしか理由が思い当たらんな。最早連邦は我々とは世界を見る『目』が違うのだろうな」

「…お前の説が正しいとすると、連邦は帝国を根絶やしにするまで止まらんってことになるが?」

「ああ、人類が文明を得てから行われてきた利益を求めての戦争ではなく、互いの生存をかけた『殲滅戦争』とでも呼ぶべき原始的なものとなるだろうな」

「怖いねぇ。こんなのと最悪やりあうことになるのかね?」

 

資本主義を掲げる合衆国は、共産主義という相反する主義を掲げる連邦を最大の仮想敵国としており、将来的に軍事的衝突が起きる可能性を危惧していた。

 

「たら、ればの話をしても詮無きことだ。今は目の前の(帝国)に集中しよう。それで連邦の首都が襲撃された件だが」

「それも間違いないようだ。開戦早々に、例のラインの悪魔率いる部隊がモスコーを空襲したらしい。政府機関は軒並み破壊され、あちこちに帝国の旗が突き立てられたって話もある」

 

顎に手を添えて思案するトウガ。状況から考えて魔導士部隊が行うべきは前線部隊の支援だが、首都へ突撃するとは上層部が指示を出したのか、現場指揮官の提案なのかは不明だが。いずれにせよ恐るべき豪胆さと言わざるを得なかった。

 

「動きが早いな、連中予め潜っていたな」

「開戦前から越境していたってのか?」

「連邦が動員の兆しを見せて仕込んでいたのだろうな」

 

国境から首都までの距離と襲撃までの時間を考慮すると、その可能性が濃厚であった。

 

「そのことから考えるに、隠密性重視の軽装備であっただろうにこの戦果だ。やはり恐ろしいまでに高度に練成されているな」

「仮にだが、連合王国首都に同じことを仕掛けられた場合は?」

「対処は難しいだろうな。現状本土の対空網は足の遅い爆撃機を想定したものだからな。魔導士なら帝国との前線になる南部にある陣地を容易に迂回可能だ。まあ、できる対策なんて警戒網の増強と直掩の魔導士を配備するくらいだろうな」

「そうすると、他が手薄にならねぇか?」

「そこを突かれる可能性は否定できんな。奴らの存在事態がある種の(デコイ)となる訳だ」

 

拠点攻防において、基本的に襲撃する側は仕掛けるタイミングを自由に選べるの有利とされている。更に拠点が複数ある場合は、防衛側は戦力を分散させなければならないのである。

そこに帝国は、驚異的な戦果を誇るラインの悪魔とその部隊をチラつかせることで、こちらは嫌がおうにも注意向けなければならず、そこから生まれる隙を突くことも可能となっていた。

 

「これ以上ない程有効な嫌がらせだな。これまでの行動を見ても常識外のことを仕掛けてくるから厄介極まりないな」

「逆に言えば始末できれば帝国の手札を大幅に減らせる。リスクが大きい程リターンも大きいものさ」

 

辟易した様子のロイドに対して、トウガは口元に笑みを浮かべる。

 

「相変わらず恐れ知らずで頼もしいよ。期待してるぜ兄弟」

「任せろ、俺達が作り上げたネクストが負けることはない」

 

互いの絆を確かめ合うように、拳を合わせそれぞれ笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

「…嫌な天気だな」

 

連邦の宣戦布告から1月程過ぎたある日、トウガは特派にあてがわれた格納庫の入り口に立ち、雲行きの怪しい空を見上げていた。

連合王国と帝国は、ドードーバード海峡を挟んだ航空戦が繰り広げていた。

連合王国が陸戦戦力を増強し、欧州大陸へ乗り込んでくる前に帝国は決着を着けるべく本土への侵攻したいも、海軍力では逆立ちしても連合王国には敵わない。

そのため航空戦力による制空権を確保し、戦局を有利に運びたい帝国と、それを阻止したい連合王国の空戦戦力が激しくぶつかり合っていた。

 

「(これでは索敵に支障が出てしまう…)」

 

雲量が多く雨も降り始めている影響で航空監視網に穴ができやすく、攻勢をかけている帝国からすればまたとない機会であった。最も友軍同士の通信にも障害が出るのため襲撃する側のリスクも大きく、大人しくしている可能性も高いが。どうにも嫌な予感が拭えなかった。

 

「にしても、せっかく獲物が来たってのにお留守番とは、何をしに来たのかねぇ俺ら」

 

そんなトウガの気を紛らわせようとしてか、ネクストの整備をしていたロイドが愚痴りだした。

実は連邦首都襲撃から少しして、ドードーバード海峡での戦域にラインの悪魔率いる部隊の出現が確認されていたのである。当然対応部隊指揮官であるドレイクが出撃を上層部に要請するも、却下されてしまう。

 

「連合王国側の懸念も理解できる。仕方のないことだ」

 

首都の防空網の整備が完了していないため、連邦と同じ醜態を晒したくない上層部の意向で、対応部隊は首都の防衛に貼り付けられ、必然的に特派も待機を余儀なくされているのである。

トウガとしては同じカードを安易に切ってくるとは思っていないも、連合王国の戦略に口を出せる権限はなく、ラインの悪魔が襲撃してくる可能性がゼロでない以上無駄とは言えないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話を遮らんばかりにサイレンがけたたましく鳴り響いた。

 

「ッ!敵襲か!」

 

サイレンを耳にすると同時に、衣服を脱ぎ棄て着こんでいたウェアのみとなると、ネクストへと駆け寄る。

 

「ぁあ!?本当か!間違いないんだな!」

 

司令部と通信しているロイドが焦りを見せながら叫んでいた。どうやら余程事態は深刻らしい。

 

「状況は?」

「南端防空ラインに帝国航空魔導士部隊と、大規模な航空編隊の接近を感知した!」

 

即座に防空図を記憶から引っ張り出し思わず舌打ちするトウガ、その距離ではもう本土の防空部隊の迎撃は間に合わない、となると…。

 

「迎撃はどうなっている?」

「即応可能なのは義勇軍航空魔導部隊だけで、そいつらにやらせるってよ!」

 

最近になってようやく飛べるようになった者が大半の、本来は戦力として数えるべきではない部隊。それを投入せねばならないとは最悪極まる。

だが、ロイドの口から更なる悲報がもたらされる。

 

「更に悪い知らせだ。敵の航空魔導士部隊は、ラインの悪魔率いる部隊だ」

「何ッ!?」

 

目を見開くトウガ。まともな迎撃態勢がとれない状況で、よりにもよって相手が帝国最精鋭とは悪い冗談としか言いようがなかった。

 

「確かドレイク中佐が顔を見せに行っていたな、共に迎撃に出るだろうが、練成不十分の部隊では蹴散らされるだけだ。俺も出る、ネクストなら間に合う距離だ、許可を取っておいてくれ」

「あいよ、行ってこい!」

 

言うや否や、ネクストを身に纏い出撃態勢に入るトウガと手回しに走るロイドだった。

 

 

 

 

給料に見合わない仕事を押し付けられる事態は避けたい。それが帝国軍第二〇三航空魔導大隊指揮官ターニャ・フォン・デグレチャフの信条であった。

だが、軍隊と言う完全縦社会に属している以上。上からやれと命じられれば断れないのが現実だった。当初は連合王国本土への地上襲撃任務評価試験を行うべく出撃したのだが、悪天候のため作戦は中止されるも、代わりに墜落した爆撃機の搭乗員を救助するよう命じられたのだ。

 

「大隊長、敵が距離を取るようです!」

「…弱兵とみて少し嬲ってみるつもりだったが。切り替えが早い。予想以上に、対応が機敏だ。私としたことが、見誤った」

 

現在は救助が完了するまで敵部隊の足止めを行っており、出てきたのは碌に動けない低練度の部隊であったが。指揮系統は驚く程判断が早かった。

 

「少佐殿、いかがされますか?」

「今更引けるか!混戦に持ち込み続けるしかあるまい。喰らいつき続けろ!距離を取られては、何のために切り込んだか分からなくなるぞ!」

 

ターニャは先陣を切り突撃すると、敵の混乱を拡大させるべく、ルーキーと見られる拙い飛行で逃げる敵兵に射撃を集中させると、部下もそれに続く。

まともな回避もできていない数名の敵兵が風穴を空けて落下していき、カバーに入ってきたマトモな動きをするものを狙い撃っていく。

 

「あァアアアア!!!」

 

ルーキーらしき1人が、憤怒の顔を向けながら銃剣に魔導刃を展開して突っ込んできた。

面倒だが僚機らは分散しており、自力で対処するしかなく。手にしている短機関銃は弾切れを起こしているので、空のマガジンを投げつけ気を取られた隙に、突撃した勢いを乗せた木製のストックを腹部に叩きつけた。

顔が良く見える距離となり、苦悶に呻く声が甲高かったので見てみると、成人していないようなうら若き女性だったが。武器を持って戦場にいる以上遠慮する必要はないので、新たなマガジンを装填し銃口を向け――

 

「――ッ!?」

 

本能的に後ろへ跳び退くと、自分がいた空間を光学術式が通過していった。

 

「新手か!」

 

飛来した方向へ索敵すると目を見開く。

 

「なんだ、早い!?」

 

従来の魔導士を優に超える速度で、未知の反応の魔導士が接近してきていた。

想定外の事態に動揺が走るも、歴戦の猛者だけあってすぐに術式を展開し発砲する。

迫る無数の弾丸を新手の魔導士は軽々と回避していくと、お返しと言わんばかりにライフルを発砲してきた。

回避しようとしたターニャの目の前で、放たれた光学術式が爆発を起こし視界を塞がれてしまった。

 

「ッ爆裂術式だと!?」

 

常識外の現象に、流石のターニャも思わず動きを止めてしまう。

 

「!そこか!」

 

右側から気配を感じて短機関銃を向けると、敵魔導士が爆炎を突き破って突撃してくる。短機関銃を浴びせるようとするも、違和感に気づく。

 

「デコイかッ!」

 

背後から殺気を感じ振り向くと、敵魔導士に懐まで潜り込まれていた。

 

「がァッ!!」

 

加速の乗った蹴りが腹部にめり込み、骨が折れる感触と共に吐血しながら吹き飛ばされるのであった。

 

 

 

 

『あの程度では仕留られんか…』

 

蹴り飛ばしたラインの悪魔に対してトウガは、敵の手腕に感嘆する。

不意を突いて先手を打てたものの、防殻を強化しながら衝撃と同じ方向に跳ぶことで思っていた以上にダメージを与えられなかった。簡単に堕とせるとは考えていなかったが、初見でこうも対応できるとは、流石の反応速度と言えよう。

 

『畳みかける!』

 

ライフルを向けて追撃しようとするも、別方向からの射撃に阻まれてしまう。

 

『これ以上はやらせん、やらせんぞ!』

 

敵魔導士らがオープンチャンネルで叫びながら、ライフルを連射して接近してくるので、回避しながら応射する。

 

『オルフェス中尉!来てくれたか!』

 

義勇軍部隊と共に出撃していたドレイクより通信が入る。状況を見るに、本来指揮を取るべき者は既に撃墜されてしまっており、部隊も半壊状態であった。

 

『敵はこちらで引き受けます。その間に態勢の立て直しを』

『1人で戦う気か!?』

『もうじき本土防衛隊も上がってきます。それまでの時間稼ぎは可能です』

 

防衛戦である以上、敵を倒す必要はない。撃退できればそれでいいのだ。

 

『…わかった。無理はするなよ!』

『了解です』

 

ドレイクらが一度後退を始めたのを確認すると。敵魔導士に向けて突撃し、互いに旋回しながら、デコイによる撹乱を織り交ぜて撃ち合う。

 

「(できるな…!)」

 

従来の宝珠では多数の術式を同時に使用できないため、飛行と攻撃が優先され、デコイのような攻撃に直接結びつかない術式は軽視されているのだが。ラインの悪魔とその部隊は積極的に用い被弾率を下げている。

当人らの技量もさることながら、複数の術式を問題なく使用できる宝珠もかなり高性能であった。

 

「(なる程、見事としか言いようがないな!)」

 

部隊全体がこれだけの能力を持っているのならば、諸列強の精鋭が歯が立たないのも納得ができた。故に出し惜しみなく攻めるべきと判断した。

V.S.B.R.を肩で背負うように展開し高出力で照射させると、敵魔導士に回避されるも余波に煽られて態勢を大きく崩した。

トウガはその隙を逃さず1人に向けてライフルを発砲、放たれた光学術式は防殻を貫き敵魔導士の左腕の肘から先を消し飛ばす。

 

「逸らされたか!」

 

直撃コースだったが、防殻を強化して軌道そ逸らしたようだ。やはり練度が恐ろしく高い。

 

『少尉ィィィイイイ!!!』

『よせ!来るな!!』

 

他の敵魔導士らがカバーしようと集まって来るが、被弾した敵魔導士はこちらの狙いを見抜いたようで止めようとする。

だが遅い、敵部隊を薙ぎ払うべく再びV.S.B.R.を照射しようとするトウガ。

 

『ムッ!』

 

別方向から飛来した狙撃術式を、左腕に展開した防殻で防ぐ。

V.S.B.R.を格納して飛来した方角を向くと、口に吐血の後を残したラインの悪魔が憤怒の表情でこちらを睨みつけながらライフルを構えていた。

 

 

 

 

想定外――ターニャの今の状況はそう表現するしかなかった。

有利に運んでいた戦局を、たった1人の魔導士の登場でこうも押し返されるなど冗談ではなかった。

しかもその新手の魔導士は見たこともない形状をしており、自分や二〇三魔導大隊に匹敵する能力を持っているとは悪い夢を見ている気分になる。

 

「(クソッ、なんで私がこんな奴を相手にせねばならんのだ!)」

 

自分はただ後方で文化的な生活を送りたいだけなのにこの仕打ち、これが神を名乗る存在Xの仕業ならやはり奴は悪魔以外の何物でもない。

 

「(ともかく、この状況をなんとかせねば!)」

 

たった1人によって自分のキャリアに傷がつけられる等、許せるはずがない。やむを得ないが奥の手を使うしかないらしい。

 

「…主よ、我に敵を撃ち滅ぼす力を――」

 

呪い(・・)の言葉を紡ごうとした瞬間、救助を指揮させていた副長のヴァイスから、救助が完了したとの通信が入る。

 

『01!新たな魔導士部隊が接近してきています!』

 

別の部下からの通信に、感知術式で探ると。先程後退した部隊の他に、師団規模の魔導反応が接近してきていた。本土の防衛部隊が上がってきたのだろう。

目的を達した以上、これ以上の戦闘は無意味。ならば撤退するのが得策とターニャは判断したのだった。

 

 

 

 

ラインの悪魔の魔力量が増大し始めたため警戒していると、どこかと通信する素振りを見せ、こちらを牽制しながら部隊を纏めて撤退していく。

 

『引いてくれたか…』

 

追撃するだけ無駄なので、警戒を解かずに待機しようとすると――

 

「アアアアァアアアア!!!」

『!?』

 

背後からドレイクらと共に後退していたメアリーが、雄たけびを上げながら単独で追撃しようとしているではないか!

 

『スー少尉!待て追うな!!』

 

トウガは慌てて彼女を追いかけ羽交い絞めにして止める。

 

「返せ!!それはお父さんの、お父さんの銃だッ!!!」

『落ち着け少尉!クッなんだこの力は!?』

 

トウガを振り払おうともがくメアリー、その力にネクストが悲鳴を上げる。彼女にネクストを上回る魔力量はない筈なのにである。

 

『ええぃ!止むを得んか!』

 

このままでは彼女を止められないと判断し、術式で電流を流すトウガ。

 

「キャッ!?」

 

ビクンッと体を震わせて意識を刈り取られたメアリーの動きが止まる。そんな彼女をトウガは『お姫様だっこ』と呼ばれている形で抱え直す。

 

『少尉君は…』

 

先程発言や驚異的な魔力量といい、彼女の身に何が起きたのか、疑問がトウガの心の中で渦巻くのであった。



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第四話

「…酷いものだな」

 

ラインの悪魔との戦闘の翌日。友軍の損害報告を受けていたトウガは、思わず感想を吐露する。

迎撃出た義勇軍魔導部隊は、大半が戦死か負傷による戦線離脱という壊滅状態となっていた。

 

「全滅しなかっただけマシだろうよ。相手さんが殲滅目的で来なかったのが幸いだわな」

 

どうやら敵部隊の目的は本土に墜落した友軍の救助だったらしい。そのため遅滞とを目的とした嫌がらせ程度の攻撃しかしてこなかったようだが、それで未練成とはいえ大隊を1個中隊で一方的に翻弄するとはタチが悪いとしか言いようがなかった。

 

「それで頼んでいたものは?」

「ああ、解析できたよ。撤退直前にラインの悪魔の魔力量が跳ね上がっていやがった」

 

ロイドが見せてきた用紙には、ネクストに記録させていたラインの悪魔の魔力量が、一瞬だけ大幅に上昇していることが記されていた。

 

「似たようなことが過去に何度か確認されている。あの悪魔、実力を隠して戦ってやがるな。にしても単独でこの魔力量叩きだすとは、人間なのかすら怪しくなるな。人造的に生み出されたって言われた方が納得できるね」

「なんでもいい。敵なら墜とすだけだ」

 

最後の方は興味なさそうな様子のトウガ。彼にとっては敵の正体等よりも、自分にとって倒す必要があるか否かのみが重要であった。

 

「ま、それもそうだがね。それはそうと、例のお気に入りの娘の所には見舞いに行ったんか?」

「お気に入り?」

 

なんのことだ?と言わんばかりに首を傾げるトウガに、盛大に溜息をつくロイド。

 

「スーって義勇軍の娘さんだよ」

「ああ。この後行くが、お前も来るか?」

「行くか!1人で行かんかいィ!」

 

ズレたことを言う友に、全力でツッコむロイドであった。

 

 

 

 

ロイドに部屋から蹴り出されたトウガは、義勇軍の兵舎を訪れていた。

メアリーの部屋に辿り着くと扉をノックし。部屋からどうぞ、という声が聞こえると扉を開けて入室する。

部屋には軍服に身を包み、至る所に包帯を巻いたメアリーがトランクに荷物を纏めていた。

 

「あ、オルフェス中尉…」

 

トウガの顔を見たメアリーは、どこか気まずそうに顔を伏せる。

 

「どこか具合が悪いのかね?なら軍医に…」

「いえ、そういうことではなく…!」

 

体調がまだ優れないのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。他に原因があるのかと話題を変えることにするトウガ。

 

「そうか。…それは同室の者のかね?」

「…はい。昨日の戦闘で…」

 

部屋の状況と経験からの推測を述べると、トーンの下がった声で肯定するメアリー。

戦死者の遺品整理。軍属の長いトウガには慣れてしまったことだが、初めての経験である彼女には堪えるものがあるだろう。

 

「私より歳が上だからって、よく気遣ってくれたいい人でした。なのに…」

「それが戦場だ。どんな善人であれ悪人であれ、弾丸1つで死んでいく」

 

いつものように話していた者が、数刻後には物言わぬ死体となっているのが当たり前の世界、それが戦争であった。

 

「……」

「戦争というものが理解できただろう少尉。今ならまだ間に合う、君は家族の元に帰るべきだ」

 

奇跡的に生き残った新兵の中には、ストレスで精神に変調をきたす者も出ていた。多少の演技をすればその者達と共に本国へ戻ることもできる。

今はまだ耐えられているメアリーだが、それがいつまでも続く保証はない。彼女が戦争に壊されてしまう姿をトウガは見たくなかった。

 

「それはできません。私には、やらなければならないことがありますから」

「やらなければならないこと?」

 

だが、その願いを拒むように顔を上げたメアリー。その目には確かな怒りが宿っていた。

 

「ラインの悪魔を、父の仇を討たないといけないんです」

「仇?ラインの悪魔がかね?」

 

メアリーの言葉に眉を顰めるトウガ。彼女の父がどのように戦死したのか、具体的には知らなかった筈だったが、どのような確証を持ったのだろうか。

 

「はい、奴が持っていた短機関銃は、父と別れる前に私がプレゼントしたものだったんです」

「どうして、そう言い切れるのかね?」

「銃には父のイニシャルを刻んでもらったんです。あの短機関銃にはそれがありました」

「…奴が帝国では採用していない物を用いているのは気になっていたが。それなら納得ができんでもない、か」

 

ラインの悪魔が手にしていた短機関銃は、森林三州誓約同盟と呼ばれる中立国にある連合王国出資の企業製であり、鹵獲品でもなければ帝国の者が手にすることはできないのである。

 

「そうか、それでラインの悪魔を無理にでも追撃しようとしたのか」

 

あの時の鬼気迫る様子の彼女を思い出すトウガ。確かにそうなるのも無理からぬことであろう。

 

「その、申し訳ありませんでした。取り乱してしまい、酷いことを言ってしまって…」

 

しょんぼりとした様子で俯いてしまうメアリー。もしや先程から元気がないのはそのことが原因なのだろうかと見当をつけるトウガ。

 

「理由が理由である以上仕方あるまい。反省してくれているのなら俺はそれで構わない」

「あ、ありがとうございます!」

 

特に気にしていないことを告げると、安堵したように顔を上げるメアリー。心なしか大分元気になったようにも見えた。

 

「それで、話を戻すが。仇を討ちたいという君の気持は理解した。だが、憎しみだけで戦ってもらいたくはないな」

「!?なぜです!家族の仇を討つのが悪いと言うのですか!?」

 

否定されたのが予想外だったのか、憤慨した様子で詰め寄って来るメアリー。

 

「悪いとは言わん、それが人間なのだからな。ただ、それだけで戦うべきではないと言っているのだ」

「?」

 

これだけでは伝えたいことを理解できていない様子のメアリーに、トウガがいいかね、と言葉を続ける。

 

「我々軍人が戦うのは、あくまで戦争を終わらせるため、そして国を家族を大切な人を守るためだ。君も言っていたな、戦争で自分のように大切な人を失う悲しみを広げないために、そのために戦争を終わらせるたくて志願したと」

「…はい」

「それは敵――帝国も同じだ。彼らも守るべきもののために、戦っていることを忘れてはいけない。それを忘れ、感情だけで戦っていては戦争は終わらず、最後は何も残らなくなってしまう。国も愛する人達もな」

「……」

 

沈黙して顔を伏せるメアリー。考えは伝わっただろうが、それでも仇を討ちたいという想いは捨てれないのだろう。

 

「すぐに理解はできないだろう。今は心の片隅にでも留めておいてくれ」

「…わかりました」

 

トウガが肩に手を置き、諭すように語り掛けると、メアリーはゆっくりと頷くのであった。

 

 

 

 

悪魔と矛を交えてから数日経ち。トウガは連合王国内にある演習場にいた。

 

「……」

 

いつも以上に険しい顔をした彼の目の前には、合衆国義勇軍の若き航空魔導士が、10名程横並びに規則正しく立っていた。

 

「…今日から俺が諸君らの指揮を執ることになった、トウガ・オルフェス中尉だ。よろしく頼む」

 

疲労が滲んだ声で話すと、部下となる者達が敬礼しながら応じる。

 

「(どうしてこうなった…)」

 

そんな彼らを、どこか遠くを見る目で見ながら過去を思い起こすのだった。

 

 

 

 

「俺に義勇軍の指揮を執れだと?」

「んだ」

 

秋津島皇国で好まれている煎餅という菓子を頬張りながら、辞令を送って来る上官兼友を不機嫌そうに睨みつけるトウガ。

 

「この前の戦闘で、指揮官経験のある者がいなくなっちまったからな。代わりが来るまでの繋ぎってことでよろしく」

「部隊の指揮経験はないのだが…」

 

士官学校卒業と同時に特派に所属し、以降単独行動しかしてこなかったトウガにとって、いきなり指揮官――それも中隊規模を率いろと言われても納得のできるものではなかった。

 

「それでも、碌に経験ない素人同然にやらせるよりもマシだろうよ」

「……」

 

ロイドの正論に反論できないトウガ。ベテラン組が身を挺した結果、義勇軍で無事だったのはメアリー始めとする新兵だけとなってしまった。上としても手段を選ぶ余裕がないということだろう。

 

「ま、そんなに長くはならんだろうから我慢してくれや」

 

 

 

 

「あの中尉。どうかされましたか?」

 

隣に立つ副官であるメアリーの声に意識を戻すトウガ。どうやら考え込み過ぎていたらしい。

 

「いや、何でもない。さて、隊長として言っておきたいことは、昨日の戦闘で諸君らは多くの仲間を失ったが、その上で言わせてもらう。憎しみだけで戦わないでほしい」

 

トウガの言葉に部下らはざわつきだす。

 

「戸惑うのも当然だろう。スー少尉には既に話しているが、何も憎しみを捨てろとは言っていない。ただそれだけで戦うべきではないのだ。諸君らが戦った帝国兵も、君ら同様守るべきもののために戦っている同じ人間だということを忘れないでもらいたい。我々はあくまで国を仲間を愛する人を守るために戦うのだ」

「お言葉ですが中尉!」

 

困惑する部下の中から1人の男性――メアリーとさほど年が変わらないため男子と言える年齢だが――が、不満の色を隠さず声を上げた。

 

「何かなハーゲル准尉」

「奴ら帝国は民間人すら焼き殺す非道な連中です!誇りある我らと同列に語らないで頂きたい!」

 

ハーゲルと呼ばれた男性の言葉に、他の者達も同意するような視線を向けてきた。

空気が悪くなったことに、メアリーが戸惑いながらもハーゲルを止めようとすると、それをトウガは手で制止した。

 

「准尉それはアレーヌ市のできごとを踏まえての発言かね?」

「その通りであります!」

 

昨年、帝国がフランソワ共和国とライン戦線で対峙していた時期に。帝国の補給の要であったアレーヌと呼ばれる都市で共和国シンパが武装蜂起し、浸透強襲した共和国軍と共に占拠する事態が発生。

帝国の補給を大幅に阻害し、戦線の瓦解を狙い持久戦を狙う共和国軍。戦時国際法によって非戦闘民への攻撃が禁じられていることもあり、有効な手立てを持たない帝国は苦戦すると思われた――が、帝国は即座にアレーヌへ進軍し、市民ごと都市を攻撃したのである。

この暴挙に対し共和国を始め各国家が帝国を非難し、交戦国はこの出来事を例にして『帝国は残虐で卑劣な敵である』とプロパガンダに利用していたのである。

恐らくハーゲルら義勇軍の新兵は、連合王国が『用意した』帝国という国家の実態を教えられたのだろう。智謀策謀三枚舌が国技と言えるかの国が用意したものだ、さぞ素晴らしい国にされているのだろう。――その中に真実がどれだけ含まれているか甚だ疑問だが。

 

「では、諸君らはその件に関する帝国の言い分を知っているかね?」

「は?いえ…」

 

言い淀むハーゲルや、知っているか?といった様子で互いの顔を見合わせる他の部下。メアリーにも視線を向けてみると、首を横に振った。

当然であるか、と内心思うトウガ。彼らのような年若い者達、特に戦時下で自国の正義のためと志願した者は視野が狭くなりやすく、大人に教えられたことを素直に信じ込むものだ。

 

「いいかね。帝国は攻撃開始前に再三の勧告を行っており、攻撃時には既にアレーヌ市には『民間人はいなかった』と述べている。つまり、帝国が攻撃したのは『共和国兵』なのだよ」

「そ、そんなの詭弁では!」

「そうだな詭弁だな。だが、国際法には一切抵触していないという見解を出している憲法学者は少なくないし、俺もそう考えている。それに非難されるなら共和国も同様だ、ともな」

「あの、それはなぜでしょうか中尉?」

 

メアリーが遠慮がちに問いかけるも、反論したいというよりもトウガの考えが知りたいといった様子であった。

 

「いいかね。この件での共和国の作戦は『民間人がいるから手荒なことはしないだろう』という前提で立てられている。つまり、本来守るべき市民を盾としているのだよ。君たちは市民の影に隠れて戦うことが誇りになるのかね?」

「それは…」

 

トウガの言い分に、ハーゲルらは反論できず沈黙する。

トウガの考えとしては、共和国の犯した過ちは相手の――帝国の人間性、善意をあてにし過ぎてしまったことであろう。長年の戦争で疲弊した状態で更に追い詰めれば、帝国でなくとも手段を選ばなくなるのは自明の理と言えよう。

 

「とは言っても、別に俺はこの件で、どちらが正しいか悪いのかを決める気はない。どちらも己を守るために必要なことをしただけなのだからな。戦争なんてのは、とにかく自分が守りたいものを守れることを考えるくらいがちょうどいいのさ。それ以外のことを考え出すとキリがなくなるからな」

 

人間の善悪など、個人の立ち位置よっていくらでも違ってくるのだから、絶対的な基準を設けることなどできはしないのだ。

自分の正義だけを信じ続ける真面目な奴は、必ずろくなことをしなくなる。だから正義だ悪だと深く考えず、適度に生きていく方が真っ当に生きていけるものだ。

 

「まぁ、俺みたいに不真面目に生きる奴は、お偉いさんに嫌われるから出世したい奴は真似をせんことだ」

 

俺は出世に興味がないから問題ないんでな、と付け加えるトウガに、反応に困る部下達。

 

「さて、不満はあるだろうが、これも社会勉強だ。諦めてくれたまえ」

 

堅物そうな外見と裏腹に。なんとも言えない締めくくりをするトウガに、一抹の不安を覚える一同であった。



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第五話

お母様、お祖母様お元気ですか?私は元気です。

詳しくは言えませんが、私の所属する部隊は再編──

今まで一緒に頑張って来た仲間がたくさんいなくなってしまったりと、とても怖くて辛かったですけど新しい上官さんのおかげで負けずに頑張っていこうと思います。

それでその上官さんなんだけど。合衆国から一緒に来ていた人で、今までの人と違ってどこか軍人さんらしくないって言うと失礼だけど、まるで学校の先生のように、軍人としてのこと以外に人としても大切なことも教えてくれるの。

それに、どこかお父さんと似た暖かい感じがしてとても落ち着けるの、兄がいたらこんな感じなのかな?

この人となら、この先何があって生き残れるような気がするんだ。だからいつも心配ばかりかけてごめんなさい。でも、必ず帰るから待っててね。

 

                                     メアリーより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、これより近接戦闘訓練を始める」

 

連合王国本土内にある訓練場にて、メアリーら義勇兵の前に立ったトウガがスコップを地面に立て柄に両手を置きながら告げた。

 

「あの中尉、よろしいでしょうか?」

「何だねスー少尉」

「いえ、武器が見当たらないのですが…」、

「諸君らの手元にあるだろう」

 

トウガの言葉に、一同の視線がそれぞれ手にしているシャベルに注がれる。

 

「シャベルでですか?」

 

彼女らの認識では、シャベルは地面を掘るものであり、武器として使うものではないのではないため。一般的に当然の反応と言えよう。

 

「うむ、塹壕の様な閉鎖した空間では不意遭遇戦が起きやすく、銃器よりもこいつの方が適していることが多くてな」

「ですが、我々は航空魔導士ですよ?そのような状況で戦うこと等あるのですか?」

 

義勇兵の1人が最もな疑問をあげる。閉鎖した空間とは無縁の。空中戦が主流の自分達には本来無関係な話と言えよう。

 

「魔導士は空で戦うものと見られがちだが。前線の野営地で待機しているところを、奇襲を受けて白兵戦をせざるを得ないケースは珍しくなくてな。そして、魔導士の死亡理由の上位に、こういった状況下が割と多くてな、白兵戦の訓練不足のために、碌な対応ができず撲殺される訳だ。俺も10年程前に起きた連邦の内戦に派遣された際に、待機していた野営地をゲリラに襲撃されてな、こいつのおかげで生き残れたよ」

 

その時のことを思い出してか、どこか遠くを見るような目で、手にしているシャベルを見ながら語るトウガ。

 

「まあ、そんな訳で覚えておいて損はせんよ。それでは、手本を見せよう」

 

そう言うとトウガは、メアリーらを連れて移動する。移動した先には地面に突き立てられた人数分の棒と、その先端には豚の頭部が刺されていた。

 

「これは諸君らに人を殴り殺すとはどういうものか理解してらうため、肉屋から頂いたものだ。ではシャベル扱い方だが、基本は野球のバットと同じ感じだ」

 

トウガが棒の前に立ちシャベルをフルスイングすると、豚の頭部がひしゃげると中身が飛び散った。その光景を見たメアリーらは一様に顔を青ざめ、吐き気を抑えるように口を手で押さえる者もいた。

 

「他にも突いたり叩いたりもあるが、まずは殴るを50回からいこうか。ああ、吐く場合はそのままぶちまけたまえ、汚物を埋める訓練もできるからな」

 

涼しい顔をして言い放つトウガの背後には、荷台に積み重ねられた豚の頭部を載せた数台のトラックが並んでおり。それを見たメアリーらはこの人鬼か!?と心の中で悲鳴を上げた。

 

「ウェルフ・ハーゲル准尉、行きますッ!!」

 

そんな中で、1人率先して挑む者がいた。以前にアレーヌでの議論を起こすきっかけを作った若き男性であった。

果敢に挑む彼を追いかけるように続く他の義勇兵らを、トウガは満足そうな目で見守るのであった。

 

 

 

その日の訓練が終わり、夕食のために食堂にいる義勇兵一同。その姿はいつも以上に疲労の色が見られた。

 

「つ、疲れた~」

 

誰ともなく疲労を吐き出すように呟いた。皆がその言葉に同意するも、それでも食事の手を休めることは誰もしなかった。

この地に来た時から『いかなる時でも、食べることは兵隊の仕事の1つである』と体調不良でもない限り残すことを固く禁じられ、無理やりにでも胃袋に詰め込み続けてきた成果だった。

 

「でも、俺達今本当に戦争しているんだなってのを実感させられるよな」

「あ~それ分かるなぁ。今ままでの訓練は何だったんだって感じだよね」

 

しみじみとした様子の同僚の言葉は、皆が感じていたことだった。

トウガの指揮下に入るまでの訓練は、後方支援が前提の『敵と戦う訳ではないから、優しくしてもいいだろう』といった甘い見積もりの元で行われていたものだった。

メアリーらもどこか遊び感覚が抜けきれず、人と人が殺し合う戦争に参加するという実感が湧かなかった。

それらの結果、突然の実戦に対処できず多くの命が失われることとなった。

それを踏まえてなのか。トウガの考案する訓練は、軍人とは英雄譚に出てくる主役のような華やかさ等無い泥臭い惨めさすら感じられる存在ということ、そしていかなる状況であっても対応できる柔軟さを徹底的に教え込むことを優先していた。

これまでの訓練が生温く感じられるような容赦のなさを見せるトウガだが。不思議と一同に不満はなく寧ろ同情や後ろめたさのせいかどこか遠慮があった以前の上官らよりも、自分達を対等な相手として接してくれるので親しみさえ感じていた。

 

「それにしても、中尉って見た目は怖いけど話してみると以外と話がわかる人だよな。考え方は独特だけど、そこが面白いって言うかさ」

「それと見た目のこと結構気にしててさ、怖いって言われたらいじけちゃうところなんか愛嬌あるしね。やっぱ付き合うならああいう人がいいよねぇ。ね、メアリー」

「え、?あ、うん。そう、かな」

 

話を振られて顔を赤くするメアリーに、女性陣がキャッキャッと茶化す。

もー止めてよ~!!と照れ隠ししているメアリーの反応を一同が楽しんでいる中、ウェルフだけは複雑そうな顔をしているのであった。

 

 

 

「まさか、連邦と共に戦うことになるとはな。しかも向こうから打診してくるとは」

 

自室にて、以外そうな様子で顎に手を添えているトウガ。

ことの発端は、連邦から帝国と敵対している国々へ連携を要請されたことだった。

資本主義を目の敵にする連邦がそのような行動に出ることに、各国は訝しみながらも帝国打倒のためこの提案を了承したのである。

 

「ま、軍人も粛正し過ぎて碌に軍が機能してないからなあの国は。それを埋めたいだけだろうがな」

「我らが合衆国としても、奴らが帝国と潰し合ってくれるのは大歓迎か」

「とは言え。首都を殴られてからというものの、奴らの行動はより変な感じだな。かなり強く打たれたのかね」

「俺としては、そのままくたばってくれれば嬉しかったがな」

 

迷いなく本音を吐き出すトウガに、ロイドは笑みを浮かべる。

 

「まったくだな。ともかく、俺らもドレイク中佐らと共に連邦へお出かけだとさ」

「…ネクストを持っていくのか?いくら何でも危険だろうに」

 

最大の仮想敵国の領内へ、機密の塊であるネクストを持ち込むことに強い危惧の念を抱くトウガ。

 

「どうも奴ら、最近は何かと(・・・)大人しくなっているらしくてな。上としては帝国と戦り合ってる間は、こちらと敵対することはしないだろうと判断したそうだ。無論気を許す訳じゃないがね」

「であればいいが。まあ、上を信じるとしよう。それで、どのようにして伺うのかな?」

「向こうへのお土産(支援物資)を載せた船を護衛しながらだな。名前は、RMSクイーン・オブ・アンジュ―…ほう、大型客船か。いいねぇ、帝国の封鎖線笑いながら通してもらうには最適だな」

 

命令書を手にしながら感心したような声を上げるロイド。

 

「で、預かり子らの調子はどうよ?」

「どうにか兵隊ごっこができるようになってきたところだ。もう少しゆっくりさせてもらいたかったがな」

 

そう言って、憂いを見せながら嘆息するトウガ。義勇兵らの練度は当初よりも向上しているが、一人前と言うにはまだまだ不足していることが多い状態だった。

 

「ま、今回はお使いだけだし、あんな化け物連中と出くわすことなんて早々ないだろうよ。あ、何かフラグ立てちゃった気がするんだけど、大丈夫かな?大丈夫だよね!?」

「…立てまくれば無効になるとか聞いたことがあったな」

「よし、やるぞ!」

 

俺、生きて帰ったらパインサラダやステーキを食んだ!と、自分に降りかかりそうな旗を立てている友を色々な意味で心配しつつ。窓の外から見える夜空を見上げる。

 

「(何があろうとも、せめてあの子らだけでも無事に帰してやらねばな)」

 

指揮官として1人の大人として、未来ある若者を護る決意を確認するトウガ。

だが燃え広がる戦火は、そんなささやかな願いすら容易く燃やし尽くしてしまうことを、まだ知ることはなかったのだった。



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第六話

帝国首都にある統合参謀本部。帝国軍の頭脳が集うこの建物内にある戦務参謀次長室にて、主である戦務参謀次長であるハンス・フォン・ゼートゥーアは映写機によって映し出された映像を凝視しながら渋面を隠せずにいた。

同席している盟友クルト・フォン・ルーデルドルフも、同じように表情をしかめながら流れる映像に目を通していた。

映像が終わると。彼は暫しの沈黙の後、重たくなった口を開くようにしながら、部下であり映像を持ち込んできたエーリッヒ・フォン・レルゲンに問いかけた。

 

「この映像は、実際に現場で撮られたもので間違いないのだなレルゲン中佐?」

「はっ。先に行われた連合王国本土での航空戦に際し、第二〇三航空魔導大隊が接敵した未確認の魔導士によるものです」

 

流された映像は、ターニャ率いる部隊とトウガが交戦した際のものであり。友軍救助のため戦力を分散させていたとはいえ、単騎で帝国最精鋭である第二〇三航空魔導大隊と互角に渡り合う光景は、彼女らの装備・練度を熟知している彼らにとってにわかに信じがたいものであった。

 

「この戦闘にて、大隊長であるデグレチャフ少佐ならびに部隊員1名が負傷したとのことです」

「…連合王国にこれほど高性能な演算宝珠を開発可能なのかね?いや、それよりこれは本当に魔導士なのか?」

 

最後の方は自問する形になりながらゼートゥーアも疑問を呈する。手元にある資料に添えられた写真に写るネクストの外観は、従来の常識から逸脱したものだったからだ。

 

「エレニウムシリーズの開発者であるシューゲル技師にも確認を取りました。反応に多少の差異はあるものの、この未確認の魔導士が使用しているものは演算宝珠と見て良いだろうとのことでした。それと、連合王国にエレニウムシリーズと同等の性能のものを開発可能かについては、その…」

「?どうかしたのかね?」

「いえ、独特な言い回しが多く要約しますと『自分のように神の啓示を受けた者が他にもいるのであれば可能だろう』とのことでした」

「「……」」

 

非常に言いにくそうに告げるレルゲンに、思わず同情的な目を向けてしまうゼートゥーアとルーデルドルフ。

エレニウムシリーズの開発者であるアーデルハイト・フォン・シューゲルは、技術的に不可能と目されていた複数の宝珠核の同調をなしえ、ライン戦線における決定打となった『回転ドア作戦』において使用された人力誘導式噴進弾――通称V1といった革新的な技術を生み出すまさしく天才と言える才覚を持っている人物だが。人命を軽視した仕様のテストを平然と行ったりと、人格面に大きな問題を抱えていることで有名であった。また、無信仰者であると公言していたのだが、ある日を境に突如敬虔な信徒となり色々な意味で周囲に衝撃を与えてもいたりした。

 

「しかし。連合王国の技術力から勘案しますと、これだけ高性能な演算宝珠の開発は現実的ではなく、情報部からもこのようなものが開発されているとの情報は上がって来ておりません」

「…となると、こいつの出所は合衆国、か」

「出現時期からして、その可能性が大かと…」

 

ルーデルドルフの言葉に重々しく頷くレルゲン。

このような異質な兵器を作れるとしたら他に思い当たる国もなく、かの国から義勇兵が送られてきたのと同時期に確認されたことからも最早確信犯とさえ言えるだろう。

 

「介入への下準備か、自分達の玩具を見せびらかしに来ただけか…」

「そのどちらでもあろうよ。全く余裕のある国は羨ましいよ」

 

ゼートゥーアは葉巻を取り出すと、紫煙を燻らせる。

かつては連合王国の植民地でありながら、資源に恵まれた広大な領地と、必要とあれば出身を問わず人材を用いる貪欲さによって。技術力に関しては最先端を往くと自負している帝国と、物量では『兵が畑で取れる』と言われている連邦に匹敵するとされている新大陸に存在する列強――それが『超大国』とも称される合衆国なのである。

 

「(我々に残された時間は、存外短いのかもしれんな…)」

 

ゼートゥーアは葉巻を燻らせながら、窓の外に視線を向ける。

見えるのは、鮮やかな秋模様を見せる首都と晴れやかな青空。季節は八月、間もなく訪れる冬は東部戦線に冬将軍という名の抗いようのない敵が迫り、遠い海の向こうでは、理不尽なまでの力を持つ巨獣がその足音が響かせ始めていた。

ゼートゥーアの危惧する通り、彼ら――帝国に残されている時間は決して多くはなかった。

 

 

 

 

青空の元、トウガはネクストを身に纏い周囲を警戒しながら海上を飛行していた。

そんな彼目掛け無数の術式弾が襲い掛かるも。それらを難なく避けると、トウガはライフルを飛来した方向へ構えると引き金を引く。

 

「うわ!?」

 

銃口から放たれた光学術式は寸分違わず標的の胸部を捉え、管制より撃墜判定が出る。

 

「ヤンキー05がやられた!」

「落ち着いて!陣形はそのままで、包囲を崩さないで!!」

 

仲間が堕とされたことに動揺する部下を、メアリーが奮起させながら指示を飛ばす。

現在義勇魔導部隊による模擬戦闘の真っ最中であり、トウガ対残りの隊員の構図で行われていた。

縦横無尽に飛び回るトウガに対し、メアリーらは対応が追いつかず、ある者は咄嗟に射撃の精度を上げようと足を停めてしまう。そこを狙い撃たれ撃墜者が増えていく。

 

『貴様らは何者だ!航空(・・)魔導士だろうが!空に遮蔽物などないのだぞ!機動せんでどうするか!!』

 

通信機越しに叱責を浴びせながら、ライフルで次々と撃墜していくトウガ。

 

「爆裂術式、斉射!」

 

メアリーの合図とともに放たれた一斉射がトウガに殺到し、周囲で激しい爆発を起こす。

 

「(目隠し、誘導か)」

 

爆煙に包まれ視界が塞がれる中、相手の意図を推察し、煙幕から抜け出しながら周囲を索敵すると。側にある雲からウェルフが飛び出してくると、銃剣に魔導刃を展開させ突進してくる。

 

「オオォォオ!!」

『甘い!もっと気配を消せ!』

 

トウガは体を捻りながら跳んで避けると同時に上を取り、無防備なウェルフの背中を蹴り飛ばす。

追撃しようとするトウガをメアリーらが射撃で妨害し、その間にウェルフは態勢を立て直した。

 

「ヤンキー03離れて!」

「まだだァ!!」

「ウェルフ!?」

 

メアリーからの支持を無視し、再び突撃していくウェルフ。

対するトウガも発振器を手にすると魔導刃を展開させ、突き出された刃を受け止める。

 

「でやぁ!!」

 

ウェルフ魔力を振り絞り魔導刃の出力を上げると、連続で斬りつける。それを受け流しながら後退していく。

 

「ウェル――03離れて!撃てない!」

 

メアリーが動揺を隠せない様子で呼びかける。事前の作戦では、奇襲に失敗した場合ウェルフは距離を取り、再度機会を伺うことになっていたのだ。

更に、トウガは敢えて防御に徹することでウェルフを誘導し、メアリーらの射線にのせられ援護を封じられてしまっていた。

 

『その勇敢さは良し!だが、味方との連携を忘れた時点で、ただの蛮勇でしかないッ!』

 

魔導刃で相手の刃を受け流すと、トウガは片手でウェルフの腕を掴むと引き寄せながら腹部に膝を叩きこむ。

そこからウェルフに体当たりすると、そのまま押し出していきメアリーら目がけて突進していく。

 

「ぜ、02指示を――!」

「――さ、散開!距離を取って!」

 

仲間を盾にする形で突撃してくるトウガに、どうすべきか困惑した部下が対応を求め。メアリーはどうにか指示を飛ばすも、逡巡する間に僅かだが隊としての動きが止まる。その間にトウガは自らの間合いに入っていた。

 

『反応が、遅い!!』

 

ウェルフをメアリー目掛け投げつけたトウガは、魔導刃を展開し一気に加速する。

 

「きゃ!?」

 

意表を突かれたメアリーは、咄嗟にウェルフを受け止めるも、その隙に纏めて斬られて撃墜されるのだった。

 

 

 

 

「作戦自体は悪くなかった。だが、いかなる事態も動じることなく対処せねばならん。特に指揮官の迷いは部隊全員を殺すことに繋がると思え。それと、独断専行をするなとは言わん。だが、常に味方を危険に晒す諸刃の剣であることを理解しろ。命令を無視する必要性と意義を必ず考えろ」

 

トウガの言葉にメアリーらがはいッ、と力強く答える。ただ、名指しされたも同然で叱責されたメアリーとウェルフは落ち込み気味ではあるが。

 

「各自、今日の演習の反省と改善点を明日の朝までに纏めて提出するように。それと、スー少尉は新しいフォーメーションも組んでくるように。では、解散!」

 

号令と共に解散していく部下を見送りながら、疲れを吐き出すように息を吐くトウガ。

そんな彼の元にロイドが顔を見せる。

 

「よう。様になってるじゃないオルフェス中隊長殿」

「…からかうな。見様見真似でどうにかやっているだけだ」

 

にしし、と愉快そうに肩を組んで笑ってくる上官に、ジロリとした目を向けるトウガ。

 

「それでも上手くやってると思うぜ?あの子らも生き生きしてるし、ドレイク中佐もいい指揮官になれるって言ってたしよ」

「で、あればいいがな…」

「謙虚なのは大変結構だが、お前は度が過ぎんぞ。少しくらい威張っても罰は当たらんぞ」

 

呆れ顔でロイドが背中を叩いてくる。幼少の頃から変わらぬ姿勢に敬意も抱くが、同時にもっと胸を張って生きて欲しいとも思っているのだ。

 

「母の祖国に『勝って兜の緒を締めよ』という言葉があるからな。調子にのって痛い目に会いたくはないな」

「まあ、最もだからいいがね」

「それで、帝国が動いたか?」

 

トウガの言葉に、ロイドがああ、と頷く。

現在彼らは、連合王国籍の豪華客船クイーン・オブ・アンジュ―と共に連邦領へ向かっていた。

海洋国家の威信を注ぎ込んで生み出された巨大客船は、輸送船団に匹敵しうる支援物資を積載し狩人(敵潜水艦)が潜む海洋を護衛船もなく単独で悠々と航行していた。

巡航速度で三十ノットという、城とさえ形容できる巨体に見合わぬ瞬足をもって、帝国の海上封鎖網を嘲笑いながら進んでおり。当然ながら、帝国はそれを指を咥えて見ている道理はないだろう。

 

「向こうさんの陸と海がコソコソ動き始めたそうだ」

「やはり空は動かんか?」

「ないらしい。奴さんら大陸国家よろしく、雷撃機を持っとらん。せいぜい爆撃機で急降下爆撃しか空軍は対艦船ができんそうだ」

「それも元々は内線戦略に重きを置いていた国だからな。ことさら海への備えが不足していても無理はあるまい」

 

帝国は比較的新興国であり。周辺を大国に囲まれた立地と、設立の過程で生じた領土問題によって四方全ての国を仮想敵国にせざるを得なかった。

そういった経緯もあり、帝国は防御に重きを置いた戦略を選択しており。他国の領土へ攻め入ることなど想定されてすらいないのである。更に大陸国家にあるが故に、海上での戦闘が軽視されるのは必然の理と言えよう。

 

「となると、相手は潜水艦と航空魔導師といったところか。――ライン悪魔の足取りは?」

「少し前に東部(連邦戦線)で確認されてからは不明だ。本国に戻ったとも言われてるが、どうにもハッキリせん」

「では、相まみえる可能性があるということだな」

 

是非遠慮願いたいね、と辟易するロイド。

トウガとしても仕事は楽に済ませたいものだが、経験上往々にして厄介ごとが舞い込んでくるのが世の常であった。

 

「仮に奴らが来た場合、こっちは二個連隊いるがどうにかできると思うか?」

 

クイーン・オブ・アンジュ―の護衛にはトウガら義勇兵の他。ドレイク含む連合王国の航空魔導士が二百人規模で当たっているのである。

吐き出せるものは全て吐き出し、国の威信をかけた布陣は鉄壁の防壁として、あらゆる攻撃を弾き返すことだろうと関係者が息巻いていたのがトウガらの脳裏に思い起こされる。

 

「…船を無傷で守れるとは断言できんな。あの部隊の戦闘能力は世界一とさえ言えよう」

「この前の戦闘を解析したが、何だあのデコイの使い方頭おかしいだろ。本国の教導団でもあんな真似できねぇよ」

「生きるために心血注いで生み出したのだろう。あれだけの域に昇華させるだけの戦火を潜り抜けてきた不断の戦歴に敬意を抱くよ」

 

感嘆とした様子で語るトウガ。ラインの悪魔とその部隊の練度は、航空魔導師の理想形と言えるものであったのだ。

本国の戦技教導向上のため、教導団に戦闘データを送ったところ。「映画の撮影じゃないのか?」や、「人が映っている物を寄越せよ」という賞賛の言葉がが届いていたりする。

 

「まあ、命令がある以上叩かせてもらうが」

「勝算はあんのか?」

「『アレ』を使う必要があるかもしれん。調整はどうだ?」

「…まだ時間がかかる。そもそもあれは偶然の産物だ。何より、お前への負担が想定しきれん。本来は頼るもんじゃねぇぞ」

 

腕を組んで気乗りしない顔で苦言を呈するロイド。それでもトウガは、揺るぎない覚悟を秘めた目で語り続ける。

 

「無理を言っているのは重々承知している。それでも、あの子達を帰りを待つ人達の元へ無事帰すために頼む」

「ま、贅沢言ってらんねえ相手なのは確か、か。しゃあねぇ、できる限り急ぐがよ。ただな、お前が欠けてたら意味がねえぞ。お前も含めた『全員』で必ず帰ってこい、いいな!」

 

深々と頭を下げる相方に、ロイドはビシッ、と指を差しながら言い聞かせるように話す。

 

「ああ。ありがとう友よ」

 

自分を気遣ってくれるかけがいのない(親友)存在に、トウガは僅かとはいえ笑みを浮かべるのであった。



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第七話

トウガらが大海原へと出て暫く経つ中、クイーン・オブ・アンジュ―はトラブルもなく順調な航海を続けていた。だが、船内では異様に張り詰めた空気に包まれているのだった。

既に船は帝国制空圏内に入っており、いつ敵襲があってもおかしくなく。臨戦態勢下で誰もが興奮、不安、緊張感を感じながら職務に当たっていた。

 

「こちらヤンキー05異常なし」

「ヤンキー04も同じく異常なし」

 

そんな中、トウガら義勇軍部隊は周辺警戒の任に着いていた。

 

「対潜班どうか?」

「こちらヤンキー07潜水艦どころか、イルカやクジラもいませんよ」

「油断するな。我々が知らない未知の兵器が出てくるかもしれんのだ。軍事の世界は目まぐるしく進化し続けているんだぞ」

「油断大敵というやつですね」

 

了解です、と気を引き締め直す部下によろしい、と満足そうに告げて通信を終えると。管制から交代を告げる通信が入った。

 

「帰還するぞ。ヤンキー02隊を纏めろ」

「……」

「02?」

 

側にいるバディに呼びかけるも、どこか上の空といった様子で返事がない。

不審に思いながら片手で肩を揺するトウガ。

 

「02!」

「あ、はい!何でしょう!?」

「何でしょう?ではない。交代の時間だ」

「あ、すみません!すぐに部隊を纏めます!」

 

慌てて行動しようとするメアリーをトウガは呼び止める。

 

「ここ最近任務に集中できていないが、悩みがあるなら聞くぞ?」

「いえ、隊長のお手を煩わせることではありませんので大丈夫です!」

 

どこか逃げるかのように飛んでいくメアリーに、トウガは理由が思い当たらず困惑を隠せないのであった。

 

 

 

 

「はぁ~」

 

トウガから離れたメアリーは、無意識に溜息をついていた。

 

「また迷惑かけちゃった」

 

あるできごとがあってからというものの、任務に専念できず。トウガにフォローされていることに罪悪感を覚える。

 

「こういう時どうすればいいのかな?」

 

その時のことを思い浮かべながら、誰に聞かせるでもなく問いかけるのだった――

 

 

 

 

数日前。就寝時間前の自由時間に、ウェルフから話があると呼ばれたメアリーは。甲板の一角で彼と会っていた。

 

「すまないメアリー。こんな時間に呼び出してしまって」

「ううん、大丈夫。それで話って何かな?」

 

メアリーが促すも、ウェルフは周囲を見回しながら何か踏ん切りがつかない様子であった。

夜ということもあり、周囲には人気はなく、何か人に聞かれたくない話題のようであり。副隊長である身としてメアリーはしっかりと相談に乗らねばと、無理に聞き出そうとせず相手の心の準備が整うまで待つ。

暫しすると意を決したのか、ウェルフは真剣な眼差しで見つめてきたので、思わず姿勢を正すメアリー。

 

「メアリー!」

「は、はい!」

「俺は…俺は、君のことが好きだ。1人の女性として!」

「……え?」

 

羞恥で顔を赤くしながら放たれた予想外の言葉に、メアリーは最初は理解できずキョトンとしていたが。その意味を理解していくにつれ顔が赤くなっていき、トマト顔負けにまで染まる。

 

「え、ふぇええ!?すすすすす好きって、そんな私、なんかを!?」

「あ、ああ。君を異性として愛してしまったんだ」

 

何かの間違いだろうと言いたそうに慌てふためくメアリーに、ウェルフは確かだ、と言うように力強く頷いた。

 

「で、でも。私なんかよりもっと綺麗で素敵な人はいるし。そんな…!」

「そんなことはない!皆が死んでいってしまったあの戦いの後、悲しみに暮れる俺達の中で君は誰よりも早く立ち上がり俺達を励ましてくれた。俺がこうしてここにいられるのも、君がいてくれたからなんだ。俺にとって、君は誰よりも綺麗で優しく、そして強い人だ」

「ウェルフ…」

「そんな君をこれから先、何があっても側で守っていきたいんだ!」

 

情熱的なまでに語り掛けるウェルフに、心揺れ動くメアリー。だが、そんな彼女の脳裏に何故だがトウガの顔が浮かび、どう答えていいのか迷ってしまう。

 

「…すまない。こんな時に言うべきでないと思っていたんだが。あの戦いで軍人とはいつ死ぬかも分からないものだと実感した以上、心残りは残したくなかったんだ。今すぐ応えてくれとはいわない、君の決心がつくまで俺は待っているよ」

 

メアリーの様子を見て、何かを察した様子でウェルフは優しく語り掛けるのであった。

 

 

 

 

「(何で私あの時、彼の気持ちに応えてあげられなかったんだろう?)」

 

突然のことで多少の混乱はあったものの、ウェルフのことは嫌いなどでなく、二度と仲間を失わないように強くなろうと、誰よりも努力している彼を好意的に見ていた。

それでもトウガの顔が思い浮かんだ時、彼の想いを受け入れることに抵抗感が生まれてしまったのだ。

自分の中で渦巻く謎の感情に答えが見い出せぬまま、迷宮に迷い込んだような錯覚さえ覚えていた。

 

「お父さん。こんな時ってどうすればいいの…?」

 

思わず亡き父に問いかけしまうも、その答えが返って来ることはなかった…。

 

 

 

 

クイーン・オブ・アンジュ―に帰還したトウガは、部隊を解散させるとネクストを解除し整備員が用意してくれていた飲料水を飲みながら一息ついていた。

 

「……」

 

その彼の側でロイドが意味深な顔で何かを凝視していた。

不審者として通報されそうな視線の先には、仲良く話し合っているメアリーとウェルフがいた。

 

「なあ兄弟よ」

「何だ不審者?」

 

事実を言っただけなのに足に蹴りを入れられることに、トウガは納得がいかんと言いたそうな顔をするも。ロイドは気にせず話を続ける。

 

「あの2人を見て何か思うところはないのかね?」

「仲が良くていいことじゃないか」

 

青春だな、と感慨深そうに頷いている相方に、ロイドは思わず両手で顔を覆いながら涙を流す。

 

「どうしたいきなり。また徹夜し過ぎたか?」

「う、うう…。こんな、こんな子になってしまうなんて、どこで育て方を間違えたのかしら…」

「気持ち悪いことを言うな。お前は俺の母親か」

「すいませんアサギさん。しっかり面倒を見ますと誓ったのに、俺がいながらこんなドアホウに育ってしまいました」

「いや、何で今のやり取りで母さんに謝っている?大丈夫か病院に行くか、頭の」

 

情緒不安定な相方を本気で心配するトウガをよそに、ロイドは勢いよく両肩に手を置いてきた。

 

「いいか兄弟よッ!このままじゃお前一生独身だぞ!老いて死ぬ時、俺以外に看取る人がいなくなっちまうんぞ!」

「それはそれで嫌であるが「嫌だとコノヤロォ!?」…余計なお世話だ。というかお前にだけは言われたくないわ。せめて恋人の1人でも作ってから言えよ」

 

トウガからの指摘に、今までのハイテンションが嘘のように静まりかえるロイド。

 

「だ、だってお前の世話とか研究とかで忙しんだもん」

「だもんじゃない。というかさらっと俺のせいにするな、お前といると女性から妙な視線を向けられて困るんだが」

「うるせー!そうでもしなきゃお前ボッチだったじゃねーかッ!こっちだってどっちが攻めか受けか掛け算されるのしんどいんだよ!!このマフィア顔ーー!!」

「よろしい、ならば戦争だ」

 

禁句をほざいて逃げ出す愚か者を、全速力で追跡するトウガ。

戦火渦巻く情勢の中、彼らにとって変わらぬ『日常』の一幕であった。



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第八話

数年に及ぶ血を血で洗う泥沼の戦いの末、帝国領へと編入された旧協商連合領北端部に仮設された拠点に展開した第二〇三航空魔導大隊。

今回彼らに与えられた任務は、連合王国から連邦へ向かっている豪華客船クイーン・オブ・アンジュ―の機関部を破壊し航行の阻害せよというものであった。

海上という本来なら陸軍所属の彼らには無縁の現場に放り込まれたのは、海軍において魔導師は艦隊の直掩戦力としか運用されておらず、陸軍のように偵察・観測能力を持たないという。誕生間もなく運用方法が確立されていない兵科故の事情があったのだ。

結果、陸海合同という大規模となった今作戦を何としても成功させようと、参謀本部肝いりの彼らが投入されたが。当人らからしてみれば、情報部が太鼓判を押してもたらされた情報に、経験上懐疑的にならざるを得なかった。

 

「さて、情報部の掴んだ情報。当てになればいいが…」

「彼らには振り回されている記憶しかありませんからね」

 

出撃準備に追われる中、ターニャの呟きに隣にいる副官であり背中を預けるバディのヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ――ヴィーシャが辟易気味に相槌を打つ。

彼らが持ち込んで来る情報には致命的な齟齬が生じている事が多く、その尻ぬぐいにヴァルハラへ旅立ちかけることが日常であり。そもそも今日まで戦火が続いているのは、情報部が情報の把握にしくじり、他国に付け入る隙を与えていることが起因していると言っても過言ではなかろう。

 

「今回は余程自信があるらしい、信じるしかあるまい。…とはいえ、連合王国、か…」

「先に遭遇したという未確認の魔導師ですか?」

「ああ、そう何度も遭遇するとは思わんがな」

「確かにあんなのとは出くわしたくありませんね」

 

心底御免被ると言いたそうに肩を竦めるセレブリャコーフ。

ターニャとは開戦期から共に戦場にいるが。いかなる相手も歯牙にもかけず屠ってきた彼女が、単体の相手に手傷を負わされる姿など見たことが無く、まして得意分野であるデコイで翻弄されるなど本人から聞かされても信じがたいことであった。

ただでさえ二〇三は今回のように厄介ごとを押しつけられるのだ、少しは楽をしたいと望んでも罰は当たるまい。

 

「今は目の前の任務に専念するぞ。行こうヴィーシャ」

「はい!中佐!」

 

ターニャを先頭に次々と飛び立っていくと、慣れた動作で瞬く間に隊列形成していく二〇三大隊。

この時のターニャは知る由もなかった。その出会いたくない相手が、彼女個人のために送り込まれた討伐者であること、単なる一士官としか見ていない己が他国にどれだけ危険視されているのかを。

 

 

 

 

旧協商連合海域を進むクイーン・オブ・アンジュ―。その船内は未だかつてない程の緊迫感に包まれていた。

この船へ接近する敵部隊をレーダーが捕捉。それを迎え撃つべく護衛部隊総出で歓迎の準備を行っているのだ。

外縁部に身を隠しながら、飛び交う通信回線に耳を傾けるトウガに、次々と各部隊からの報告が流れてくる。

 

『第三大隊展開完了!』

『第六大隊も展開完了!』

『アンジュ―CP(コマンドポスト)より全部隊配置完了。以後別命あるまで待機せよ』

 

了解の意をCPへ返すと、背後に控えているメアリーらに視線を向ける。2度目のそれも前回のような不意な出撃ではないにせよ、やはり緊張した趣きで指示を待っていた。

 

『気負い過ぎだ。やることは訓練と変わらん。安心しろ、以前よりもお前達は強くなっている、自信を持っていけ』

 

激励の言葉にはいッ!と力強い声が返って来る。不足がないとまでは言えないも、事実彼らの技量は目覚ましく向上しているのは事実なのだ。連合王国の情報部は自分達が流した欺瞞情報によって、帝国が派遣してくるのは少数の部隊だけだと太鼓判を押していた。対してこちらは連隊規模の布陣で待ち構えているのだ。できることなら自分達に出番が回ることがなく終わってほしいものである。

 

『CPより全部隊へ、敵部隊は大隊規模の魔導部隊と見られる!ただちに迎撃体制へ移行せよ!』

 

発せられた警告に、トウガは即座に部隊に射撃体勢を取らせ、自身もヴェスパーを展開させる。

敵部隊はこちらの様子を探るように徐々に距離を詰めて来ていた。

聞いた話では敵情報部はアンジューの設計図を手にしていないらしく、敵指揮官はその巨体さ目の当たりにしどのように攻めるか今頃頭を悩ませていることだろう。

 

『パイレーツ01より全隊へ、計画通りに統制射撃にて迎撃する。ただし、敵に悟らせぬよう魔導反応はぎりぎりまで抑えよ!』

 

護衛魔導部隊を束ねるドレイクの号令に合わせ各部隊が動いていく。

部隊ごとに指定したポイントに一斉射を行うことで波状攻撃となす、魔導部隊の基本戦術と言える戦法である。特に数的優位にある程有効であり、奇襲性を高めるべく魔導反応を攻撃直前まで抑えるというこれ以上ない程に最適解な選択に、誰も異議を唱えることなく従っていく。

 

『敵部隊突撃体制に移行!来ますッ!』

『まだだ!もっと引きつけろ!!』

 

逸る者を抑えながら急降下してくる敵を見据える。

一秒が何十倍にも引き延ばされそうな緊張感と、通信から誰かの息遣いが聞こえてくる程の静寂の中。ドレイクがその静寂を破り号令を発する。

 

『全隊へ魔力封鎖解除!射撃用意ッ!!』

 

待ってました!と言わんばかりに、各自術式を展開していき照準を合わせていく。敵との距離は必中と呼べるまで迫っており、仮に回避行動に入ろうと少なくとも半数は堕とせるだろう。

誰もがそう確信する中、トウガは敵の動きが変化したことに気がつく。

先頭にいた指揮官と見られる者が停止すると、それに続くように敵部隊全体が足を止めたのである。

 

「(――まさか、読まれたのかッ!?)」

『撃てェッ!!!』

 

警告を発するよりも前に、ドレイクの号令が響き一斉射が開始されてしまい、駄目もとでトウガもヴェスパーを放つも。敵部隊はそれよりも前に上昇を始めており、渾身の一撃は虚しく空を切るのだった。

突入するよりも前にこちらの動きを読んだとしか思えない動きに、どよめき立つ声が通信機から流れ込んでくる。

 

『避けられた!?!?』

『そんな…!』

『慌てるなッ!まだこちらの優位が崩れた訳ではない!』

 

動揺する部下を宥めるトウガの脳内に最悪の事態がよぎると、それを裏付けるように管制から警告が飛んできた。

 

『敵部隊にライブラリーに登録のある魔導反応あり!対象はラインの悪魔!繰り返す、敵部隊にネームドあり!登録名はラインの悪魔!!』

『チッやはり奴か…ッ』

 

もたらされた情報に、思わず舌打ちしてしまうトウガ。対抗するために送り込まれたとはいえ、新兵を引き連れた状態で相対したい相手ではないのだ。どれだけのベテランであろうと、狩りで羊を連れて行こうしないのと同じである。

 

『パイレーツ01からヤンキー01、聞こえるか?』

『こちらヤンキー01感度良好、聞こえています』

『敵部隊の迎撃は海兵魔導部隊で引き受ける。貴隊には対潜警戒を任せたい』

『了解です。武運を』

 

そちらもな、と通信が切れると、すぐに部下らへと向き直る。

 

『ヤンキー01より中隊各員へ!我が隊はこれよりアンジュ―の直掩に当たる!敵魔導部隊は友軍のジェントルマン諸君に任せ、対潜警戒を厳とせよ!!』

『!?何故です!?我々も戦えます!』

 

予想外の展開といった様子で反論してくるウェルフ。仲間の仇を討ちたいのだろうし足手纏いと見られたくないのだろう。他の者達も同感といった趣であり、その心理も理解できるが、軍人としてトウガは彼らの判断を正すべく口を開く。

 

『いいか、諸君らの練度以前に我々と連合王国ではドクトリンが異なるのだ。連携訓練を行っていない以上、我々が混ざっても彼らの足を引っ張ることにしかならん」

 

魔導師に限らず、どの兵科であろうとも、国ごとの事情によってドクトリン――運用方法は千差万別に存在する。

魔導士に限っても、合衆国のように敵対国家が少ない国は、数的有利を生かすために部隊ごとの連携を重視し、帝国のように四方に領土問題を持ち、多数の国を相手にし数的不利にならざるを得ない国は個人の技量を生かすことに重点をおいた真逆のドクトリンとなる傾向にある。

スポーツでも異なるチームが即興で組んでも上手く機能しないのと一緒であり、より高度な組織である軍隊においては言わずもがなであろう。

 

『何より本作戦の目的を忘れるな!我々の至上命題はこの船を目的地まで送り届けることである。大隊程度の魔導士の攻撃では足を止めるのが関の山だ。敵の本命は潜水艦による魚雷攻撃だ、空にいる奴らはあくまで撹乱と補助役に過ぎん。いいか、我々こそが最後の砦であると考えよ!海面のいかなる変化も見逃すな!!行くぞ!!』

 

今この瞬間にも海に潜む猟犬が牙を剥くかもしれない現状。これ以上有無を言わせる時間も惜しいと言わんばかりにトウガが飛び立つと、他の者達もそれに続いていく。

だが、事態は彼の想像を超えて進展していた。通信機から届くのは友軍の奮戦とそれ以上の困惑と驚愕の声であった。

 

『緊急!突破された!』

『馬鹿な!?あの戦力差だぞ!?』

 

前線からの報告に、冷静さを特に求められるCPから悲鳴じみた声が響く。5倍は優にあろう戦力差がものの数分も経たずに抜かれたのだ、彼を責めるのは酷というものだろう。

視線を急ぎ上空に向ければ、こちらへ向けて迫って来るて敵影と、それを追おうとする部隊とその場で射撃しようとする部隊に別れている友軍が見える。

 

「(あの戦力差で突破戦をしかけたのか!何たる度胸!!)」

 

ドレイク中佐ら海兵魔導部隊の指揮官らは数的有利な状況において、いかに逃げる相手を追うかを思考を固定させてしまい。ラインの悪魔はその裏をかき、敢えて自分達から接近し、混乱を誘ったのだ!

そしてその選択は、追おうとする味方に射線を塞がれ半数近くが遊軍と化してしまった海兵魔導隊という、満点回答と言わざるを得ない結果として眼前に広がっており、不意を突かれただろうあの状況で瞬時に腹を決めた悪魔の判断力と、その命に迷わず従った配下らの信頼と忠節心に、改めて彼女らの練度に敬意の念を抱かざるを得なかった。

 

『オルフェス中尉、すまない抜かれた!!』

『受け止めます!挟撃を!!』

 

文字通り最後の砦となった義勇軍魔導部隊を金床にし敵を拘束し、海兵魔導部隊を金槌とし強烈な一撃を加える。数も練度も遥かに勝る相手に無謀の極みだが、最早トウガに取れる選択肢はないのである。

敵を侮った己の無能さを呪いながら、密集隊形を取らせるトウガ。範囲攻撃の的になるが、防衛側である上数で劣っている以上、敵を抜かせないことを優先したのだ。

 

『総員俺の背後へ!俺の防殻に重ねろ!!』

 

左前腕の発振器から最大出力で展開した防殻を中心に、部隊総がかりで重ねがけしていく。直後敵から放たれた無数の術式弾が激突し強烈な衝撃が襲い掛かった。

 

『――ッッッ!!!』

 

余りの衝撃に押し込まれていくも、メアリーらに背後から支えられながら歯を食いしばって踏みとどまる。

防殻が全て吹き飛び機体が火花を散らし肉体すら悲鳴を上げるも、辛うじて耐えきることに成功する。

 

『中尉!』

『問題ない!反撃!爆裂術式を敵部隊中心に斉射ッ!!』

 

メアリーが心配そうに声をかけてくれるも。悠長に答えている余裕などなく、ライフルを構えながら即座に反撃を命じるトウガ。

ラインの悪魔がいるであろう中心部へ向けて術式を叩きこむと、ライフルを腰部のハードポイントへ懸架すると、両手で発振器をそれぞれ手にし魔導刃を展開して突撃を開始する。

 

『総員援護に徹しろ!ラインの悪魔をここで討つ!!!』

 

爆炎を突っ切って飛び出してきたラインの悪魔に肉薄すると、トウガは驚愕している相手目がけ刃を振り下ろすのであった。



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第九話

想定通りにクイーン・オブ・アンジュ―を捕捉したターニャら二〇三大隊。

その巨体さに圧巻されるが。為すべきことのために攻撃を開始するも、情報部からもたらされた情報よりも多くの護衛に歓迎される事態となった。

やはり奴らは給料泥棒かッ!部隊一同心を一つにし罵りながらも、敵の優秀さを逆手に取り鬼ごっこの鬼役だと思い込んだ相手の懐に飛び込み混乱を誘発し突破に成功。残る障害は直掩の僅かな部隊のみとなり、成功への光明を見出した矢先、ターニャの探知術式が覚えのある反応を捉えた。

 

「!この反応…。この間の未確認魔導師かッ!」

 

直掩の中に全身を装甲で包んだ異形の存在が混じっているではないか。先の不意打ちでやたらデカい反応がありもしやと考えていたが、当たってはほしくなかった。

これ以上ない程喜べない再会に思わず舌打ちしていると、副官のセレブリャコーフが声を張り上げる。

 

「いかがします中佐!?」

「やることは変わらん!大隊各員一斉射!薙ぎ払え!!」

 

こちらと真正面からぶち当たろうと言わんばかりに、異形魔導師を中心に密集している敵部隊に術式弾をの雨をプレゼントしてやる。

敵陣地すら吹き飛ばす一撃を真正面から浴び、跡形もないだろうと誰もが思う中、信じがたいことに未確認魔導師どころか僚機らすら無傷ではないか!

 

「耐えた!?」

「嘘だろッ!」

 

通信越しに部隊内で動揺の声が漏れ聞こえる。彼らと対峙した敵国部隊も同じような反応をしていたのだが、常に与える側だった彼らが知らぬうちに同じような体験をしているとは、これ以上ない皮肉とも言えよう。

 

「反撃来ます!!」

「ッ!」

 

自分のいる隊列中心のみを狙った一斉射に、ターニャは顔を顰めながら防殻の出力を上げて耐える。幸い自分も部隊も被害はないも、爆煙で視界が一瞬だが塞がれてしまう。

敵の出方を警戒しながら煙幕を突き抜けると――眼前に異形魔導師が両手に魔導刃を展開させていた。

 

「なッ!?!?!?」

 

咄嗟に魔導刃を展開した銃剣で振り下ろされた刃を受け止める。

突撃型と銘打った九七式ですら不可能な加速力に、瞠目する間もなく刃が押し込まれていく。

 

「(パワー負けしている!?九七式がか!?!?)」

 

宝珠核の同調という、言わばエンジンの複数搭載によって従来品を隔絶した性能を持つエレニウム九七式、これを超えるのは自分の持つ九五式だけという『常識』の崩壊に、『神』をの名を語るあの悪魔共の影さえチラついてくる。

 

「中佐!」

 

セレブリャコーフが放った術式弾が、頭上を越えて異形魔導師に襲い掛かる。乱戦でも誤射の可能性の低い己の幼い体躯は有り難いものだった。

相手が上半身を逸らして回避した隙に蹴りを入れ距離を取ろうとするも、直ぐに距離を詰められてしまう。

 

「こいつ、私を人質にする気かッ!!」

 

何度距離を取ろうとするも、張り付いて離れない異形魔導師。次々と振るわれる刃を受け流していくターニャだが余りの連撃に、完全に防戦一方となる。

隙を見て短機関銃で弾幕を張ると、後退しながら何と魔導刃で次々と弾丸を斬り払っていくではないか!

 

「正気かッ!?」

 

下手をすれば大惨事では済まない芸当を躊躇いなく行う相手に、驚愕の声を上げてしまう。その間にも敵機は懐に潜り込もうと弾切れになるのと同時に踏み込んで来る。

デコイも駆使し、一撃加えるごとに前後左右に回り込んで来る敵機に、僚機らが誤射を恐れ援護できないでいるのだ。

おまけに、自分を守ろうと部隊全体の足並みが乱れてしまい衝撃力が完全に殺されてしまった。大多数相手に乱戦でかき乱す、203が最も得意とする戦法で主導権を握られているのもまた皮肉であろうか。

 

「ええい、他の奴らもバカスカとうっとうしい!」

 

第二中隊所属のグランツが苛立ち気に怒鳴る。

対象に張り付いている連中が精度など知らん!と言わんばかりに遠距離からターニャ以外目がけて術式を次々撃ち込んで妨害してきているのだ。

 

「いい加減離れろ、ストーカーが!!」

 

このままでは埒が明かないと判断し、ターニャは至近距離で爆裂術式を展開。自分ごと巻き込んで相手を引き剥がす。防殻で爆発は防ぐも、防ぎきれなかった熱量が肌を焼き、衝撃が全身を走り激痛を訴えて叫んでくる。

だが、その甲斐あり異形魔導師を引き剥がすことに成功。諦めまいと食い下がろうとしているのを隊員らが割って入って追い払う。

素直に引き下がる相手に違和感を覚え観察すると。装甲に亀裂こそ入っているも存外損害はないように見えるが、防殻を発生させていた左腕が不自然に垂れ下がっていた。

 

「イカれたか。とはいえそれだけで済んでいるとはな」

 

先に一斉射を受け止めたことが相当負担になっていたらしく、今の一撃で異常をきたしたらしい。それでも戦闘行動が可能な耐久力にはうんざりすらしてしまうのだった。

 

「中佐殿ッ!振り切った奴らが迫って来ております!」

「チッ第四中隊で足を止めろ!時間を稼ぐだけで構わん!!」

「了解!お任せを!」

 

意気揚々と応えてくれる第四中隊隊長のノイマン。

長距離航行で疲弊している上で完全に待ち伏を喰らうという最悪の状況だが、幸いにも部隊の士気はいささかにも衰えていなかった。

 

 

 

 

「(左腕…イカれたな)」

 

左腕の状態を確認したトウガは思わず顔を顰める。

関節部のモーターが焼き切れてしまっており、最早防殻を頼ることはできなくなってしまった。

 

「(エネルギーも僅か、ヴェスパーは使えんか)」

 

更に初撃を防いだ際にエネルギーの大半を消耗してしまっており、稼働限界が迫る中トウガは後退するどころか敵目がけて突撃していく。

通信でドレイクら海兵魔導部隊がこちらに向かっているとの伝達があり、それまでの時間を稼ぐためである。

 

『中尉駄目です後退を!』

「(すまないスー少尉。散々偉そうなことを言ったが、やはり俺は指揮官に相応しくないようだ!)」

 

部下を置いて指揮官だけが吶喊する。教導隊の隊長にでも知られればどやされるだろう失態を敢えて敢行する。未来ある若者を護るため、ただその一心であった。

 

『ッ!』

 

背部に直撃を受け破損したヴェスパーをパージする。デコイすら使用できない状態では、百戦錬磨であるラインの悪魔率いる大隊の弾幕を避けきれず、次々と被弾していくのであった。

 

 

 

 

「お、おい。あれいくら中尉でもやばいって!助けに行かないと!!」

「でも、ここから動くなって…!」

「それに私達が行っても足手纏いにしかならないよ!」

 

敵部隊を撹乱こそしているも、徐々に被弾していくトウガに、義勇軍部隊の面々は焦りと苛立ちを募らせていた。

援護こそ行っているも、射撃のタイミング等を見切られてしまったのか、敵はさして気にしていない様子でトウガに攻撃を集中させていた。

 

「駄目…」

 

被弾し傷ついていくトウガの姿に、メアリーは父を失った時と同じような恐怖感に包まれていく。彼がいなくなってしまう、あの温もりが再び失われようとしていると感じた時。彼女の体は自然と動いていた。

 

「駄目ええええええェェェエエエ!!!」

 

トウガの元へ向かおうとする彼女を、仲間達が制止しようとするも。メアリーは止まることはなかった。

 

 

 

 

爆裂術式で敵の視界を塞ぎながら、ラインの悪魔へ肉薄しようとするトウガ。

迎撃すべく短機関銃を向けられると、相手の顔面目掛けライフルを投げつけ即座に発振機を手にする。

ラインの悪魔は回避よりも攻撃を優先したようで、僅かに顔を逸らすだけで額にライフルを当てながら引き金を引いてくる。

無数の弾丸が迫って来るも、僅かに照準がブレた影響でできた弾幕の隙間に強引に飛び込むトウガ。いくつか被弾し装甲を削られるも、懐に潜り込むことに成功する。

魔導刃を展開させようとするも、発振機は何の反応も示さず沈黙してしまう。

 

「(――ッエネルギー切れか!!)」

 

ライフルに回す分の余力が尽きたことに歯噛みしていると、ラインの悪魔が短機関銃を突きつけてくる。

 

「さようなら」

 

淡々と事務作業でも片づけるように、何の感慨も感じさせない顔で引き金に指をかけるラインの悪魔。

トウガは最後まで抵抗しようと発振機で殴ろうとするも、当然ながらそれより引き金が引かれる方が早かった。

引き金が引かれるその瞬間。ラインの悪魔の体が激しく揺さぶられる!

 

「ヤメロォォォォォオオオオオ!!!」

 

突撃してきたメアリーがラインの悪魔に体当たりをぶちかまし、取っ組み合いながら離れていく。

突然のことに驚くも、ラインの悪魔はすぐにメアリーを引き剥がすと至近距離で短機関銃を浴びせかけた。

 

「何!?」

 

だが、どれだけ撃ち込んでも彼女の防殻は抜かれることなく、全弾撃ち込んでも健在なことに、ラインの悪魔は馬鹿な!と言わんばかりに驚愕する。

 

「この悪魔めッ!」

 

お返しと言わんばかりにライフルをラインの悪魔へ向けると、光学術式を展開。銃口に収束される魔力光はこれまで見せたことのない輝きを放っていた。

 

「墜ちろォォォォォオオオオオ!!!」

 

放たれた術式は回避こそされたものの、衝撃でラインの悪魔を吹き飛ばし、眩い光跡を描くと雲を切り裂き四散させてしまう。彼女の持つ魔力量では、ここまでの出力は出せない筈であった。

 

 

「(これはあの時と同じか!?)」

 

前回の戦闘で、ネクストを跳ね除けようとした時と同じ現象に目を見張るトウガ。

 

「あ…?」

 

だが、宝珠が耐え切れずオーバーロードを起こしたのか、鼻や口から血を噴き出すと体が傾いていく。

 

「スー少尉!?」

 

遂には落下してしまったメアリーを受け止めるトウガ。気絶こそしているものの、息遣いに乱れはないことに安堵する。

しかし、態勢を立て直したラインの悪魔は、鬱陶しいといわんばかり顔で銃口を向けてくる!

トウガは彼女だけでも守ろうと抱きしめ背を向ける。最も防殻も張れない以上、そんなもの気休め程度にしかならないのだが。

 

「やらせるかァァァァアアアア!!!」

 

そんな彼らを守るように飛び出して来たウェルフが、ライフルを連射しながらラインの悪魔へ突撃していき、他の者達も彼に続いて敵部隊に突撃していく。

 

「貴様ら何をしている!?誰がそんなことをしろと言ったァ!!!」

「中尉ばっかりにいカッコはさせませんよ!」

「あなたに会えて良かった!ご武運を!!」

 

果敢に挑んでいくも、彼我の戦力差は覆しようがなく。赤子の手を捻るように次々と撃墜されていく義勇兵ら。

 

「ラインの悪魔ァ!!覚悟ォッ!!!」

 

ラインの悪魔は難なく回避すると、纏わりつく羽虫を払うかのように短機関銃を発砲する。

 

「ガッ!?」

 

放たれた弾丸は防殻ごとウェルフの体を貫いていく。だが、血反吐を吐きながらも彼は止まることなく突き進んでいく。

 

『よせェ!!ウェルフゥッ!!!』

 

彼が何をしようとしているのか気づいたトウガはあらん限りの声で叫ぶも、ウェルフは止まることなく意図的に魔力を暴走させながらラインの悪魔に組み付く。

トウガは止めようと手を伸ばし彼の元へ向かおうとするも、飛行するだけの余力もなくなったネクストはシステムに従い徐々に高度を落としていってしまう。

 

トウガ(・・・)中尉、あなたを男と見込んだ!!メアリーを頼みますッ!!!」

 

ウェルフはそう告げると、ラインの悪魔ごと暴発した宝珠の魔力爆発に巻き込まれ閃光に包まれていった…。

 

『――――ッッッ!!!』

 

伸ばした手は何も掴むことなくただ空を虚しく切り、慟哭を木霊せるトウガ。

海面に着水したトウガの目には、爆煙の中からすり傷がついた程度の損害しか受けていないラインの悪魔の姿が映される。

相手は不快に顔を歪めながらトウガらに視線を向けると、ハッとしたように別方向から飛来した術式弾を回避する。ドレイクら海兵魔導部隊がようやく到着したのである。

猛攻を受け海に叩き落とされる者がいる中、統制を失わず離脱していくラインの悪魔その部隊。それを海兵魔導部隊が地の果てまで逃さんと言わんばかりに追撃していく。

――誰もいなくなった空には、ただ己の無力を嘆く男の慟哭が響き渡るのみとなるのであった…。



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第十話

「ん…む…?」

 

覚醒したトウガの視界に広がったのは、見慣れない天井であった。

感覚的に、自分がベットの上に横たわっていることが確認でき。周囲に視線を向ければ、個室と言えるスペースに自分がいるベット以外に床頭台しか置かれておらず、鼻孔をくすぐる薬品の匂いも合わさり、ここが病院であると推察された。

 

「む?」

 

上半身を起き上がらせると、視界に新たなか影が入り込む。

 

「すぅ…すぅ…」

 

丹精を込めて編まれた最上級の絹のようにツヤを持つ金色の髪に、十代半ばに差し掛かかったばかりの幼さの抜けきらない無垢で可憐な少女が、自分のいるベットの側に置かれたパイプ椅子に腰かけ、背もたれに寄りかかりながらすやすや寝息を立てていた。

それは、暫し前に彼の副官となったメアリーであり。年相応にあどけなさが残る寝顔と、女性として同姓すら見惚れる程に神秘的なまで調和された風貌と相俟って、ただ眠っているだけであっても、まるで、絵画の世界から切り取ってきたかのかと錯覚してしまいかねないまでに幻想的な光景であった。

 

「んぅ…?」

 

思わず見入っていると。重たげに彼女の目蓋がゆっくりと開かれていき、眠たげに目を擦ると視線が合った。

 

「……」

「……」

 

覚醒しきれていないのかボ~っとした様子でこちらを見つめるメアリーに、こういう場合どう反応すべきか経験のないトウガはそれを見返すことしかできず、何とも言えない空気となってしまう。

 

「…おはよう」

「!!ちゅ、中尉ッ。起きられたんですか!!どこか具合の悪いところはありませんか!?!?」

 

トウガが取り敢えず挨拶してみると、ハッキリと覚醒したメアリーは跳び上がるようにガタンッと音を立てながら椅子から立ち上がると、不安そうに詰め寄りながら顔を覗き込んでくる。

 

「…問題ないから落ち着いてくれ少尉」

 

メアリーの顔が間近にまで迫り、その澄み切った目に気恥しさを覚え直視できず、思わず視線を逸らしながら宥めると。安堵したように息を吐きながら、へたり込むように椅子へと腰かける。

 

「…少尉。ここは連邦領なのか?」

「はい。あの戦闘の後、中尉は丸二日眠っていたんです。その間にクイーン・オブ・アンジュ―は目的の港に到着しました」

「そうか…。――それで、我が部隊の損害は?」

 

できるだけ平静を保ったつもりだが、果たして普段通り振舞えているだろうかと不安になるトウガ。

その言葉を紡ぐのにこれまでの人生において、最も勇気を振り絞っただろう。

答えを聞くことを拒もうとする弱さを心の奥に押し込め、じっとメアリーと向き合う。

対する彼女は俯き、言葉を選ぶかのように沈黙してしまうが。

 

「メアリー」

 

俺は大丈夫だ。だから話してくれ、と伝えるように力強く呼びかけると。メアリーは意を決したようにズボンのポケットから何かを取り出し差し出してきた。

 

「ドレイク中佐が、回収できたのはこれだけだったと。後は遺体も見つけられなかったって…」

 

涙ぐみながら言葉を紡ぐ彼女の手に乗るのは、3つのドッグタグであり、その1つにはウェルフの名前が刻まれていたのだった。

 

「…そうか」

 

タグを受け取りじっと眺めるトウガ。初めて持った部下達であり、弟や妹のようにさえ想っていた彼らが死んだことに悲しみと虚脱感に襲われるも、――その目から涙が流れることはなかった。

辛くとも、戦時下である以上覚悟はしていたことであり、敵とて同じように苦しみながらも、守るべきもののために戦っているだけなのだと――聡明であるが故に、だからこれは仕方のないことなのだと頭で理解してしまうのだ。それでころか、既に現実を受け止め戦争だからと割り切ろうとさえしてしまっているではないか。

敵を憎むことはおろか、悲しんでやることもできない己に唖然とすることしかできないトウガの耳にすすり泣く声が聞こえてきた。

 

「メアリー…」

 

自分も泣く訳にはいかないと堪えようとしていたのだろうが、表情こそ引き締めようとするも、耐え切れずポロポロと涙を零していくメアリー。

辛く泣き叫びたいだろうに、こんな自分に懸命に付き添おうとする彼女に。トウガは肩に手を置くと、そっと引き寄せて抱きしめていた。

 

「良い、いいんだ。君は泣いていいんだ」

「――!!」

 

解きほぐすように耳元で囁くと、堰を切るかのように声をあげて泣き出すメアリー。

 

「皆、皆…いなくなっちゃった…!!あんなに頑張ったのにッ。生きて帰ろうって約束したのに!!」

 

嗚咽漏らしながら、仲間への想いを吐き出していく彼女を、片手で抱きしめながら、もう片方の手で頭を撫でながら静かに耳を傾けるトウガ。

 

「好きだって…ウェルフ、私の…こと…好きだって言ってくれたのに。まだ、返事を返してなかったのに――!!」

 

取り返しがつかない後悔を背負ってしまった彼女を、トウガはただ抱きしめてやることしかできなかった。

 

 

 

 

「…ごめんなさい。我慢しなきゃいけないないのに私…」

 

暫くして泣き止んだメアリーは、疲労感からトウガの胸元に寄りかかりながら謝罪の言葉を口にする。

 

「いいよ。俺の分まで泣いてくれたんだから、ありがとう」

 

そんな彼女を抱きしめながら頭を撫でると、心地良さそうに目を細めるメアリー。

 

「メアリー」

「何、トウガ?」

「生きよう。ウェルフ達の分まで、それが生き残った俺達の務めだから」

「うん」

 

決意の籠ったトウガの顔を見上げながら頷くと、メアリーは猫がじゃれつくように顔を彼の胸元に押し付ける。

それを拒むことなく受け入れるトウガ。暫く互いの温もりを感じていると、不意にメアリーが顔を離し上目遣いで口を開いた。

 

「ねえ、トウガ」

「ん?」

「秋津島皇国にはゆびきりっていうのがあるんだよね?」

「ああ。良く知っているな」

「えっと…。トウガと仲良くなりたくて、ロイド主任に秋津島皇国のことを教えてもらったことの中にあったの」

 

話している内に、気恥しさで顔を赤く染めると、再び胸元に顔をうずめて隠そうとするメアリー。

そんな仕草に口元に笑みを浮かべると、トウガは右手の小指を差し出す。

 

「約束だ。この戦争、一緒に必ず生き残ろう」

「うん。約束だよ」

 

差し出された小指に、メアリーが自身の右手の小指を絡めると。互いに唱えごとを紡いでいく。

 

「「指切拳万、嘘ついたら――」」

「針千――」「一万本呑ーます!」「あれ?多い…」「指切った!」

 

従来の決まった文言に、トウガが困惑している間に契りを結んでしまうメアリー。

 

「あの…」

「約束だからねトウガ!」

 

訂正を求めようとするも、腕の中で満面の笑みを浮かべる少女に、まあ、死ななければいいか、と思うことにするトウガであった。



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第十一話

医師の許可を得たトウガは、メアリーと共に病院を出ると、港湾に接舷しているクイーン・オブ・アンジュ―へと足を運ぶ。

そして、その間に先の戦闘の詳細な報告も受けていたのだった。

 

「流石に向こうも無傷とはいかなかったか」

「はい。少なくとも5人を撃墜、その他5人近くが再起不能か長期治療を必要とするレベルの負傷を受けたと見られます」

 

合わせて10人、つまり中隊規模の損害をラインの悪魔率いる部隊は被ったこととなる。軍隊とは損耗を前提としたものであり、人員であろうとも失われればその分補充されるものである。だが――

 

「ラインの悪魔にとっては悪夢といえるだろうな」

「…戦友を失ったのですから、そうなのでしょうね」

 

どこか複雑そうな口調で話すメアリー。仲間の仇でこそあるものの、相手も自分らと同じような悲しみを抱いているのだろうと納得はしきれないも、彼女なりに相手の心情に寄り添おうとする姿に、確かな成長を感じ僅かだが笑みを浮かべるトウガ。

とはいえ、まだ視野が狭いことは指摘せねばならないので、捕捉を加えるべく口を動かす。

 

「無論それもあるが、組織的な面で見てもという意味でもある。恐らくあの部隊はもう以前のような戦闘力は発揮できまい」

「?なぜですか?損耗した分は新たに補充されるだけなのでは…」

「確かにその通りだ。だがそれは、あれだけの練度を持つだけの予備戦力が今の帝国に残っていればの話だ」

 

帝国は協商連合との開戦から3年も休むことなく戦争を続けており、情報では本来兵役に就かない学徒をも動員して久しく。更に訓練時間の短縮すらも行っており、兵数自体は維持できてはいるのだろうが、その質は比べるまでもなく劣化していると分析されていた。

 

「とはいえ、脅威であることには然程変わりはないがな」

 

安心はできないといった様子で、思案するように顎に手を添えるトウガ。

ラインの悪魔の部隊は、大隊の定数である3個中隊に更に1個中隊を加えた増強大隊であり、その内の1つが潰れたとはいえまだ大隊として十分に機能し得る損害しか与えられていないとも言えるのだ。

それに対し、こちらは数だけで見てもその倍以上の損害を出しており、先天性の素質によって代替え困難な魔導兵科において、連合王国軍上層部も頭をかなり悩んませていることだろう。

そんな話をしている内に港湾へと辿り着き、船体の状態が良く見えるようになる。

甲板始め、船体のいくつかに、爆裂術式によって抉り取られてできた風穴が見られ。それらを修復しようと多数の作業着を着た連邦人が作業を行っており、そのための重機や工具が埠頭を埋め尽くしていた。

特に人手が集中している後部の機関部が最も損害が大きく、聞く限り稼働はできるも、最大の売りである巨体に見合わぬ船速は死んだも同然な有様らしい。

 

「流石にドックでの整備は無理、か」

 

本来ならドッグでの整備が必要な状態だが。戦艦すら超えるサイズのアンジュ―を収容できるドッグなど世界広し言えど数える程しかなく、このような事態を想定していなかった連邦が手配できないのも無理はないだろう。

とはいえ、人海戦術という力技で対応しているあたり、世界1、2を争う人口を誇る連邦の底力を垣間見た気分であった。

警備員のチェックを終え、設けられたタラップを上がり船内に入ると。特派にあてがわれた倉庫内の一画を目指す。

 

「よう…。帰って、きたか兄弟…」

 

ネクスト用ハンガーの前まで来た彼らを、ロイドが出迎えてくれた。――地面にうつ伏せで倒れた状態で死体のように身じろぎ一つせずに…。

 

「きゃっ!?しゅ、主任、大丈夫ですか!?」

 

そんな彼に、メアリーが慌てて駆け寄った。良く見れば他の整備員らも同様に力尽きたかのように倒れ伏しており、死屍累々といわんばかりの様相を呈しているではないか。

 

「…あの戦闘の後から、休まずに整備してくれていたのか?」

 

ハンガーに収まるネクストに視線を向けると、大破寸前の状態であったのが嘘のように修復されており。真新しい装甲は、主の帰還を待ちわびていたかのように輝きを放っていた。

 

「それが俺らの役目だからな。それと、『アレ』も使えるようにしておいたぜ」

「できたのか?」

「おう、完全にとは言えんが。お前が大切なものを二度と手放さないためにな、だから嬢ちゃんと必ず帰って来い」

「…ありがとう兄弟。皆も本当に、ありがとう」

 

友や仲間の献身に、表情の変化こそ乏しいものの、その声音からは感極まった様子が滲み出ていた。

 

「む?」

 

そんな雰囲気をぶち壊すように敵襲を告げるサイレンと、それに呼応するように周囲がどよめき重機の駆動音や指示が飛び交う人々の喧騒が、不安と焦燥感に駆られた慌ただしいものに飲み込まれていく。

ロイドもメアリーら周囲の者が突然のことに意表を突かれ固まる中。トウガはすぐさま格納庫から飛び出すと上空を見上げた。

 

「何だ、何だ!?」

「偵察機、だな。あの形状は帝国のものだろう」

 

トウガを追いかけてきたロイドらが視線を追うと、1機の航空機が港を旋回しながら飛んでいるのが見えた。

 

「帝国のマークがペイントされています。間違いないかと」

 

術式で視力を強化したメアリーに続き、近くにいた見張りから双眼鏡を借りたロイドが航空機へ向けて覗き込むと。機体の後部に帝国の国旗が描かれたペイントがされているではないか。

 

「チッ、もう見つかったのか!こっちはまだ動けねーのに、手際良すぎんだろ!」

「だからこそ1国で世界を相手に戦ってこれたのだろう。それより戦闘準備だ、敵が来るぞ」

 

慌てふためく地上にいる者達を尻目に、もう用はないと言わんばかりに一目散に去っていく偵察機を確認すると、トウガはロイドらを連れ足早に格納庫へと戻るのであった。

 

 

 

 

「パイレーツ01より、09は右翼を13は左翼を中隊を率いて固めろ!!二度と奴らをアンジュ―に触れさせるな!!」

 

帝国の偵察機が去ってから半日は経過した翌早朝。湾岸に展開したドレイク率いる連合王国海兵魔導部隊は、クイーン・オブ・アンジュ―を背に、迫る脅威に備えるべく防御陣形を形成していく。

探知術式が捉える敵影は30程とこちらに比べれば取るに足らないものだが、その中の1つにライブラリが反応し、『ラインの悪魔』と先日自分達に悪夢を見せてくれた忌々しい識別名を表示してくれるではないか。

 

「各員、今日は連邦の(ともがら)とのフライトだ。海の紳士の名を汚すことだけは

するなよ!!」

 

どこかヤケクソ気味に激を飛ばすドレイク。彼らに並ぶように、連合王国とは異なる装備で身を包んでいる集団が展開しており。協同で護衛任務に当たることとなった連邦航空魔導部隊である。

連邦においてつい数ヶ月前に新設されたばかり(・・・・・・・・)航空魔導兵科(・・・・・・)であるが。その動きに淀みはなく、慣れた所作で自分達に合わせようと部隊を配置していく彼らを横目に、ドレイクは知らずの内に心労を滲ませた息を吐いていた。

連携訓練すら行われていないどころか、顔合わせすらできていない他国の者相手に背中を預けなければならず。

何より信仰を禁じ神の奇跡を操る魔導師は、過去の遺物として徹底的に迫害してきた彼らを突如活用しだした連邦上層部の変容に言いえぬ薄ら寒さを感じてしまうのだ。

 

『アンジュ―CPよりパイレーツ01へ。3時方向より新たな中隊規模の敵影――、ライブラリに反応あり『ラインの悪魔』ッ!!』

 

悲鳴混じりに届く報告に、思わず舌打ちしてしまうドレイク。いや、彼だけでなくつい先日自分達を悪夢に突き落とした化け物共の再来に、通信機越しに僚機らからも舌打ちやクソがッといった悪態が響く。

暫し前に別方向から2個中隊規模の襲撃を受け、それが陽動であると見て最小限の戦力だけで対応させたのは正解であった。

 

「パイレーツ01了解。これより迎撃に移る!」

 

連邦の指揮官――ミケル大佐へ、前に出て迎え撃つことをハンドサインで伝えると、同じように手を動かし了承の意を送られる。言語が違うため口頭での意思疎通が不可能なため、回りくどい方法しか取れず、歯痒さを感じながらも。職務を全うするため策を巡らすんべく、ドレイクは脳をフル回転させていく。

 

「ッ――何だ、この魔力量は!?!?!?」

 

そんな彼を嘲笑うかのように。宝珠に備えられている計測器が異様な魔力の上昇を敵から検知し瞠目してしまう。

瞬く間に振り切れた計器に走る動揺を抑えながら、ドレイクはCPへ通信を急いで繋ぐ。

 

「パイレーツ01よりCPッ。敵から異様な魔力反応が出て計器がイカれた、何が起きている!?」

『わ、わからない!こちらの計器も振り切れていているんだ!!』

 

半ば泣き叫びながらも、懸命に状況を伝えようとするオペレーターの声を聞きながら、あの話は本当だったのかと歯噛みする。

情報部から送られた情報の中に、ラインの悪魔は時に観測不可能な魔力量を発揮し神秘的なまでの力を振るうことがあり、回収された戦闘映像を見たフランソワ共和国の軍高官の中から、敵であるラインの悪魔を崇拝する者が現れる事例も起きたというものだった。

 

「奴は――ラインの悪魔は神の使徒とでもいうのかッ!?」

 

その話を聞いた時は臆病風に吹かれた者の戯言と気にしていなかったが、目の前で起きている現実に夢であってくれと叫びたくなるのを、軍人としての意地が辛うじて踏み止まらせた。無神論者ではないが、中世でもあるまいにそんなおとぎ話のようなことが起きてたまるかッ!!と己を奮い立たせる。

 

「怯むな!!ラインの悪魔とて人間だ、不死身なんてことはないのだ!!祖国に残していった愛する者を思い出せッ、何としても我らは勝たねばなんのだ!!!」

 

目に見えて動揺している部下らに、そして己に発破をかけるドレイク。それに応えるように各々奮起していくが、そんなものは児戯というかのように敵のいる方角から眩いまでの光が放たれる。

 

「――!!回避だッブレイク!!ブレイク!!あれは絶対に受けるな!!!」

 

それがラインの悪魔が発現した術式だと気づくのと同時に、ドレイクは本能的にオープンチャンネルで散開と叫んでいた。

一見すれば狙撃術式だが、戦場で鍛えられた直感が更なる警鐘を鳴らし、それに従い目を凝らせば精巧に誘導術式が組み込まれているではないか!見た目に騙され素直に射線から逃げるだけでは蜂の巣にされる代物だ!

1つの術式だけでも常人では単独で展開できない規模のものを、さも当然のように織り交ぜてくる怪物に、百戦錬磨の彼でも流石に心が折れそうになってしまう。

それでも生き残るべく懸命に体を動かすドレイクら海兵魔導部隊に、連邦側もミケルが同じように敵の攻撃の危険さを見抜いたようで部下に回避を取らせ、教本を無視した失速寸前の勢いで飛行軌道を捻じ曲げていた。

それでも迫りくる術式は、彼らの命を刈り取ろうと無慈悲なまでのその牙を向けて迫ってくる。余りの規模の大きさに、これまでか――!?と誰もが死さを覚悟する。

そんな彼らの背後から飛び出して来た1つの人影が、誘導術式が拡散する前に真正面から立ち塞がった。

 

「なッ――!?」

 

一瞬、誰かが我が身を犠牲に死に急いだのかと叱責しようとしたドレイクは、これ以上疑うことのないと思っていた我が目を見開く。

飛び出して来た人影は、左腕に備え付けられた発振器(・・・・・・・・・・)から展開した防殻で敵の術式を受け止めたのだ。劣らぬ規模で展開された防殻は、信じがたいことに拮抗して見せたではないか!

人影は踏ん張りながらも徐々に押し込まれていくが、遂には敵の術式が限界を迎え消滅していくのを、ドレイクらは戦場であることを忘れ唖然として見ていた。

 

『――ご無事ですか、ドレイク中佐?』

「あ、ああ。助かったオルフェス中尉。だが、その姿は――?」

 

奇跡としか言いようがない偉業をなした当人――トウガが敵から目を逸らさぬよう背中越しに安否を確かめてくる。

騎士の鎧を纏ったような特異な外観は変わらないも、その装甲には普段とは異なる点が見て取れた。

両肩部にある冷却用のフィンを始め、各部の装甲が展開され、それらから発せられる熱によって周囲の空気が暖められたことで蒸気が立ち込めており、それが太陽光を屈折させ彼の周りの景色を歪めさせていた。かなりの廃熱温なのか、全身の廃熱口が金色な輝きを放っており。ラインの悪魔同様これまでより異様な状態だが、頼もしさと安心感を与えてくれるその姿は、魔王に挑まんとする勇者のようであった。

 

『すみませんが、説明している時間がありません。ラインの悪魔は自分が相手をしますので、他は頼みます!』

 

そういうのと同時にトウガは突進を開始し。敵がそれを迎撃しようとした瞬間彼の姿が掻き消えたかと思うと、ラインの悪魔の背後から現れる。敵の中でラインの悪魔だけが反応し対処しようと動くのと同時に、振り抜かれたトウガの蹴りが脇腹へと叩きこまれ吹き飛ばすのであった。



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第十二話

連合王国輸送船襲撃任務にて、甚大な被害を被ってしまった二〇三大隊。

食中毒による交代こそあったが、結成以来1人の欠員の出ることのなかった我が隊で、初めてヴァルハラへ旅立つ者が出てしまったのだ。

誰もが我が身を引きちぎられたも同然の思いで涙を流しており、それはヴィーシャも同様であり。如何なる時も毅然とした態度を崩さない我らが長であるターニャも悲嘆に暮れていた。

だが、戦争はそんな自分達を待ってくれることもなく、次なる戦いへ備えなければならず

上官が作成した補充に関する書類を発送し終えた彼女の元に、カード仲間である航空艦隊の同僚らが訪ねて来ると、この前の負け分だと1枚の写真を差し出してきた。

それには、対象であった輸送船が湾で整備を受けている姿が映されているではないか。

高高度からとはいえ、敵地に飛び込んで偵察することは相応なリスクに晒されることであり。口にこそしないも、自分達にリベンジの機会を与えたいという彼らの好意に、鼻歌を歌いたくなるほどに上機嫌になりながら、ターニャの元へ持っていけば、彼女も喜びを隠せない様子で出撃を決意し、潜水艦隊へ協力を要請。潜水艦による輸送で敵警戒網を潜り抜けた203大隊は隊を二手に分け、一方が陽動をかけている間にヴィーシャはターニャ率いる本命と共に目標へ強襲をかけたのだった。

 

「嘘…」

 

誰とも知れず呟かれた言葉が、自分のものであることも気づかず、ヴィーシャは目の前の光景に戦場であることを忘れ呆然としてしまう。

エレニウム九五式――203大隊で使用されている九七式の元となった宝珠核の4基同時同調という、航空機でいうエンジンの複数同時搭載を可能とする革新的技術で開発された宝珠である。

単独では不可能な大規模術式を行使可能とし、従来の物とは余りに隔絶した性能から『神の奇跡』の再現とさえ言われる代物であり。先の任務以外で、203大隊が達成不可能とさえ言える任務の数々を犠牲者無く成し遂げられてこられたのも、その力を用いたターニャのお陰でもあった。

その九五式を起動させたターニャが放った術式は、自分達を阻もうと展開してきた敵魔導師を薙ぎ払う――筈であった。

大気すら震わせるまでに濃密に練り込まれた魔力の塊を、突出した敵の1人が防殻で受け止めると。互いの魔力が反発し合い、その余波が眩いまでの閃光に視界が塞がれてしまう。

閃光が収まり視力が戻ると、砲撃とさえ言える一撃は通過した空間の大気を蒸発させて水蒸気を立ち込めさせ、魔力の残渣が紫電となってその苛烈さを物語るように漂っていた。

その終着点である空間には、受け止めた敵魔導師が何事もなかったかのように佇んでいるではないか!以前南方大陸で交戦したフランソワ残党のエース・オブ・エースクラスの魔導師も、単独で九五式を起動させたターニャの攻撃を防いで見せたこともあったが、決して無傷ではなかったというのに!

自分達だけでなく、防がれたターニャ自身も予想外の事態に動きを止めてしまった間に。敵魔導師がこちら目がけて突進してくると、長年の戦場暮らしで染みついた習性が、手にするライフルを構えさて、術式を展開し照準を定めさせる。指示などなくとも逃げ場など与えぬよう皆が射線を交差させ、合図に備えトリガーに指をかけると同時に――敵の姿が視界から消え去る。

 

「ッーー!?」

 

デコイか!?と術式で探知しようとする間もなく、目の前――先頭にいるターニャの背後に現れた。唯一反応できた彼女迎撃しようとは振り返るが、その脇腹を敵魔導士が放った回し蹴りが叩きこまれた。

突進の加速が乗せられた一撃は、十代になって間もない小柄な体躯の彼女を軽々と吹き飛ばしていく。

 

「中佐ッ!?」

 

よくも!とヴィーシャは沸騰する怒りを乗せ、取り出したシャベルの先端に魔導刃を展開し、後頭部目がけ振り下ろすも。敵魔導師は振り返ることもなく、左腕から展開された防殻で受け流すと、相手をする暇は無いと言わんばかりに、ターニャ目がけて突進していく。

 

「このッ」

 

相手にすらされていないことに、歯噛みしながら片手でライフルから術式を放とうと、別方向から飛来した術式に阻まれる。

 

「中尉の邪魔はさせない!!」

 

二十代手前の自分より、一回り年下と見られる少女の敵魔導師が、手にしているライフルの銃剣に魔導刃を展開し突き出してきたので、シャベルで受け止める。

 

「そっちこそ――」

『ヴィーシャ!!!』

 

鍔迫り合いをしていると、通信越しに上官が呼ぶ声が響く。

態勢を立て直せてこそいるものの、追撃してきた敵の猛攻に。作戦中にはまず呼ぶことのない愛称で呼びかける程に余裕がないらしい。

 

『手が離せん、部隊指揮は任せる!!』

 

応答する間もなく通信が途切れる。できることなら直ぐに援護に駆け付けたいが、眼前には連合王国と連邦の混成が迫っており。どちらも、連隊規模はあるだろう大軍を相手にせねばらなないのだ。

この作戦は、ターニャと九五式頼みによるもの部分も大きいが。元々自分達は陽動(・・)なのだやりようはいくらでもある。

 

「中隊各員へ、これより第一中隊は当官が指揮を取る!!敵を引き付けつつ後退だ!!上手く食らいつかせよ!!」

 

 

 

『ぬん!!』

 

トウガが跳びかかりながら振り下ろした魔導刃を、後ろに跳んで避けると、ターニャはサブマシンガンを浴せる。

迫る弾丸の嵐を、トウガは両手にそれぞれ展開させた魔導刃で斬り払いながら一瞬で距離を詰めていく。

 

「チッ!」

 

何度目になるかわからない振るわれる刃を、体を逸らして避けながら後退していくターニャ。術式を展開させる間を与えまいと繰り出される猛攻に、苦虫を嚙み潰したような顔で無数のデコイを生成し撹乱している間に、光学術式を展開する。相手の意図に気がついたトウガもヴェスパーを構え、光学術式を展開した。

同時にトリガーを引き、放たれた術式がぶつかり合い爆発を起こし巻き起こった爆炎が互いを覆う。

続いてターニャは誘導術式を起動し、煙幕に紛れさせて発射。視界が塞がれたことで反応がワンテンポ遅れてことが仇となり、全方位から迫る術式に逃げ場がなく次々と直撃していき爆炎に包まていく。

 

「……」

 

油断なくサブマシンを構えながら、爆炎を見据えるターニャ。確かな手応えはあったが、九五式と渡り合えるだけの力を持つ相手なだけにこれで終わりだなどどとは思えなかった。

 

「!」

 

殺気を感じ頭上に防殻を集中させると、高密度の光学術式の奔流とぶつかり合いその勢いに押され海面へと押し込まれていく。

 

「主よ、か弱き我らに救いを!!」

 

吐き気を催す『呪い』を口にすると、九五式の出力が跳ね上がり、強化された防殻で敵の術式を打ち破る。

射線の先に視線を向ければ、ヴェスパーを構えているトウガの姿があり。さしてダメージを受けていないようで、ヴェスパーを格納すると防殻を展開させ、腰部のラックに懸架していたライフルを手にし突撃していく。

それに対しターニャも前面に防殻を集中させ、サブマシンガンを構えると突撃していき、ドッグファイトを繰り広げていく。

互いに射撃を加えながら背後を取ろうと機動する中、ターニャの中で焦りが生まれていく。

九五式は確かに破格の性能を誇るが、稼働時は神を自称する魔物らを賛美させられる上、奴らへの信仰心を植え付けられるという精神汚染をもたらすため、長時間の使用は心理的プレッシャーとなってのしかかるのだ。

これ以上は長引かせられないと判断し、勝負を決めるべく光学術式と誘導術式を同時起動。放たれた光学術式が大気を震わせながらトウガに襲い掛かる。それをトウガは難なく回避するが、続けて迫る誘導術式を素早く高度を下げ、囲むように迫る術式を背後から追うように誘導して海面スレスレを飛びながら、背面に収納したままのヴェスパーを、低出力でマシンガンのように連射し弾幕を張って撃ち落とすか、海面に落ちるように誘導しながら対処していく。

その動きを予測していたターニャは先回し、サブマシンガンを連射。誘導術式に気を取られ反応の遅れたトウガを弾丸が次々と貫いていく。

今度も確かな手応えがあったが、トウガの姿が蜃気楼のように掻き消えていく。

 

「何!?」

 

デコイであることに目を見張るターニャ。魔導反応はおろか幻覚術式であるデコイには存在しない質量、熱量も確かに感知されていたため、見破ることができなかったのだ。

 

「くッ!?」

 

背後に回り込んでいたトウガの魔導刃の横薙ぎの一閃を身を屈めて避けると、転がり込むようにしながら距離を取りサブマシンガンを撃ち込むが、またもデコイであり本体を見失う。

 

「質量を持った残像だというのか!?」

 

次々と襲い来る攻撃を避けながら反撃するが、捉えるのは全てデコイであり、トウガ本体には掠りもせず、加速していく彼の機動を追うように本体と寸分違わぬ反応を持つデコイが生成されていき、文字通り分身しているかのような錯覚に陥るのであった。

 

 

 

 

「とりあえずは最大稼働(・・・・)で機能してくれているか…」

 

アンジュ―の格納庫から双眼鏡でラインの悪魔と戦う友の姿を追うロイド。余りの速さに見失いそうになるのを喰らいつきながら、安堵の声を漏らす。

ロイドらが不眠不休でネクストに施したのは、リミッターの解除に伴う負荷への強化であったのだ。

以前に性能の限界値を図るためにリミッターを解除して稼働させた際に、廃熱が追いつかず装甲表面が熱で剥離されMetal Peel-off effect(金属剥離効果)――MEPEと呼ばれる現象が発生したのである。そのことを知ったトウガは、ネクストの形状に残留した熱を伴う金属微粒子に自身と同等の魔力反応を混ぜたデコイを被せることで、デコイが本来持たない熱や質量を付加させることで、あたかも本当に分身しているかのように錯覚させることを思いついたのだ。

 

「…だが」

 

腕に巻いている時計に目をやり、険しい表情を見えるロイド。

元来機械とは、最大のパフォーマンスで稼働し続けると、その負荷に耐えられず自壊してしまうものである。

そして何より、機械が生み出す膨大なエネルギーに、使用者である人間が耐え切れず最悪命を落としてしまうことさえあるのだ。

故にリミッターと呼ばれる、意図的に機能を制限する装置が存在するのだ。いくら強化したとはいえ長時間戦えるものではなく、戦闘が長引いていることで、リミッターを解除していられる限界時間が迫っていたのだった。

 

「んお!?」

 

そんな折、爆発音とともに足場にしている船体が激しく揺れ、転びそうになるのを近くにある物に捕まり耐える。

 

「何が起きた!」

「それが敵兵が潜入したようで、機関部が爆破されたようです!」

「んだとぉ?」

 

船体後部から激しく燃え上がる炎に周囲が騒然となる中。部下からの報告に、眉を潜ませるロイド。どうやらラインの悪魔含め、交戦している連中は陽動であり、本命は少数のユニットによる破壊工作だったということらしい。

あれだけの戦闘力を持つラインの悪魔がいながら、それに胡坐をかかず自らが捨て駒になりかねない戦略を取る徹底した冷徹さに、畏敬の念さえ覚えるのであった。

 

 

 

 

余人の介入を許さぬ異次元の攻防を続ける中。互いに眼前で銃口を突きつけ合った瞬間、アンジュ―から巻き起こった爆発によって、トリガーに指をかけた状態で動きを止める両者。

機関部が爆破されたことが通信機から伝わり、敵の狙いと己の敗北を理解したトウガと。部下からの通信で目的を達っせられたことを把握したターニャ。

互いにこれ以上この場で戦う必要がなくなり、暫く銃口を向けあいながら戦意がないことを確かめ合うと。どちらともなく銃を降ろし、ターニャが警戒しながら距離をゆっくりと取っていくのを、同じように油断することなくその場で警戒しながら見据えるトウガ。

追撃を振り切れる距離まで離れると、背を向けて加速し、同じく後退していたヴィーシャらと合流すると離脱していくのであった。

 

『…敵の手際の良さに助けられた、か…』

 

各部から火花を散らし始めていた愛機を横目に、深く息を吐くトウガ。

モニターには関節を中心に負荷による限界を告げる警告が表示され、エネルギー残量も尽きかけていた。

更に、トウガ自身が軽減しきれていなかったG(加速度)によるブラックアウト寸前であり。もしラインの悪魔があのまま戦闘が長引いていたら確実に撃墜されていただろう。

とはいえ、その手際の良さで任務に失敗したのも事実であり皮肉でしかないな、と自嘲するのだった。

 

「トウガ!!」

 

意識が飛びそうになりかけていると。聞き慣れた声にそちらを向くと、メアリーが慌てた様子で駆け寄って来る。

 

「大丈夫!?怪我は!?」

『落ち着くんだ。俺は問題ない、そちらは――』

 

肩をかしながら、心配の余り涙目になっている部下に、トウガは肩に手を置きながら宥めながら、味方の被害を確認しようとする彼の声を遮りながら歓声を声が上がる。

 

『?何だ?』

 

何事かと周囲を見ると、ドレイクら海兵魔導部隊がトウガへと賞賛と喝采の声を上げており――いや、彼らだけでなく、顔も合わせたことのない連邦魔導部隊の面々も同様に称えているではないか。

 

『???』

「私もドレイク中佐や皆無事だよ。あなたが守ったんだよトウガ」

 

事態が飲み込めずキョトンとしている上官に、思わずクスッと笑みを零すメアリー。

夜が明け姿を現した日輪が、英雄の出現を祝福するようにトウガを照らし。見る者にまるで後光を差すかのような光景を生み出す。

この日、帝国と相対する国家をことごとく震え上がらせきた悪魔を、討ち果たしえる勇者が誕生した日となったのである。



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第十三話

クイーン・オブ・アンジュ―をめぐる攻防より数日が経ち。トウガら多国籍義勇軍は停泊している軍港を拠点として受けた傷を癒しながら、次なる作戦に備えていた。

西側との接触を意識していることもあり、併設されている軍病院はずば抜けて充実したものであった。

戦時下でありながら、最前線から遠く離れた施設にも関わらず、専門的教育を受けた医療関係者が定数通り配置されており。数だけでなく、その全てが質的面でも不足なく。

リノリウムの床は綺麗に磨き上げられており、清潔なシーツに、消毒用アルコールの匂いは新しく。少なくとも現在帝国軍主力と対峙している連邦最前線の凄惨極まる壮絶な医療環境に従事する者が夢想することすら諦めてしまったもの全てが整えられていた。

このことが、連邦がいかに西側諸国との連携を重要視しているかの証左と言えた。

だが、どこまでも整えられていたとしても――

 

「おい、おい、頼む!頼む、強心剤を、早く!」

「止めろ…トーマス!ジャクソンはもう眠ったんだ!」

「ドレイク中佐!そんなことを!馬鹿なことを言わないで下さい!ジャクソン!おい、ジャクソン!しっかりしろ!国に帰るんだろう!!」

 

戦時中の病院は、病院であり。息絶えた若い魔導師を前に、なお死を受け入れまいと叫ぶ戦友をその上司が見咎める光景は、日常の一部でさえあった。

そんな見慣れてしまった光景を目の前に、ロイドはいやな大人になったものだと小さく溜息をついていた。

損害を確認しながら、今後について話し合っていた中。騒動を聞きつけ駆け付けたドレイクが、連邦の医官や衛生兵に食って掛かっていた部下との間に割って入ったのだ。

アンジュ―の直掩に当たったドレイクらの部隊は、目立った損害こそなかったが、陽動部隊と見られる敵部隊は、対応に当たった部隊を行き掛けの駄賃と言わんばかりに一方的に貪り喰らっていったのだった。

 

「トーマス中尉!」

「中佐殿、何かの、何かの間違いです!」

「まだ、他にも治療を必要とする仲間は多いのだ。静まりたまえ、トーマス中尉!」

「ですが!」

 

駄々をこねる子供のように泣きわめく部下を、頭を冷やせ!という言をのせてぶん殴り室外に蹴り出すドレイク。

倒れ伏したまま嗚咽を漏らすトーマス中尉と呼ばれていた男性を、彼を案じた同僚らが介抱するのを、ロイドはただ見ていることしかできないでいた。

 

「(兄弟なら、気の利いたことを言ってやれるんだがね…)」

 

お節介焼きが服を着た人間とさえ言われている親友ならば、傷心した彼のためになる言葉の1つでもかけられただろうが。生憎と自分には、見ず知らずの相手にしてやれる器量も度胸もないことに、また溜息が漏れる。

そんな彼の元に、トーマス中尉の対応をしていたに人々に深々と頭を下げ謝罪を終えたドレイクが戻ってきた。

 

「見苦しいところを見せてしまったな主任」

「いえ。戦友を失ったのですから当然でしょう。…仲が良かったので?」

「ああ。亡くなったジャクソン少尉は、トーマス中尉の士官学校からの後輩でな。同じ部隊に配属されてからずっとバディを組んでいたからな…」

「それは、辛いですな…」

 

その話を聞いて、トーマス中尉があれ程取り乱すことを責めれるものなどいようものか。

魔導部隊は、家族のように密接な絆を誇る。誇りと共に断言するのは血よりも濃い交わりであり。苦楽を共にし、共に食卓を囲んできた仲間を失って、平然としていられる者などどれだけいるというのか。

彼が少しでも早く立ち直れることを願っていると。背後から澄んだ女性の声が響いてくる。

 

「失礼ながら、よろしいでしょうか?」

 

声をかけられた方を向けば、二十代前半と見られる野戦陸軍の将校服を纏った女性が、どこか柔らかな視線をロイドらに向けて歩み寄って来ていた。

 

「(いよいよ、政治将校様のおでましかい)」

 

内心でうへぇ、と辟易していることを、おくびにも出さず笑顔で蓋をするロイド。

政治将校――党が軍隊を統制する為に各部隊に派遣された将校のことであり。平等という建前の元、私腹を肥やし、自分達以外を人を人と思わぬ邪悪な共産党の手先として、身内からすら嫌われているとさえ言われている存在である。

資本主義の元、自由・平等を愛するロイドからすれば、生涯において関わりたくない人種であり、連邦に派遣されると決まった時には、本気で帝国を怨んでしまう程であった。

実際、彼女の姿を目の当たりにするや、周囲の連邦人が逃げるかの如く職務に駆け出していくではないか。

 

「失礼、貴女は?」

「リリーヤ・イヴァノヴァ・タネーチカです。政治将校というしがない使い走りですね。下級政治委員で、連邦軍中尉でもあります。どうぞ、リリーヤとお呼び下さい」

 

未だ相手の正体に気づいていないらしく、対応が定まっていない様子のドレイクの問いに、リリーヤと名乗った女性将校は、実に柔らかな物腰に、丁寧な言葉遣いで答える。

 

「…しがない、という連邦語を後で辞書を引いて調べることにしましょう。自分は、連合王国第一海兵魔導遠征団所属のドレイク海兵魔導中佐です」

「よろしくお願いします。ドレイク中佐殿」

 

他意のないといった様子で手を差し出してくるリリーヤに。単なる中尉相手をでない、懇切丁寧な物ごしで応じているドレイク。そんなやり取りを政治将校殿に気取られないよう内心冷めた目で見ているロイド。

合衆国・連合双方の上層部から、政治委員には軍の階級でなく事実上『文民』と見做して対応するように厳命されており。間違っても『問題』など起こさないようにという、共産主義者と手を取り合っている現状の歪さを表した一文も添えられてである。

 

「へえ、どんな(いか)ついダンナが出てくるかと身構えてましたけど。こんな別嬪(べっぴん)さんがいらっしゃるとはありがたいことですな」

「別嬪?」

「おっと失礼。秋津島皇国語で、とんでもなく美人さんって意味ですよ。あなたみたいな麗しい方に出迎えて頂き光栄だ」

 

次いで自分に手を差し出してきたリリーヤに、『詐欺師の共産主義人が、気を利かせられたんですね』と、皮肉を込めた口調で軽くご挨拶をかますロイド。

その発言に、ドレイクがギョッと目を見開いており。彼には心労をかけて申し訳ないが、共産主義に染まった人間と素直に仲良くできる程、お人好しではないのだ。

何より、この程度の冗談も交わせないようでは、どの道協力関係など築けまい。

 

「そ、そんな美人だなんて…。あ、あぅぅ…」

 

『金勘定にしか興味のない資本主義人でも、面白い冗談が言えたんですね』くらいのお返しを期待していたが。予想に反して、リリーヤは顔をタコのように真っ赤に染めあたふたと狼狽えているのだった。

ええ…、とさえ言いたくなる程に、演技でないと確信できる素の反応に。思わずこれどうすんねん?どうしましょう?といった感じで顔を見合わせるドレイクとロイドであった。

 

 

 

 

「――さて、辛いお役目を果たさねばなりません」

 

あれからどうにか落ち着きを取り戻したリリーヤは、コホンッ、と咳ばらいをすると本題に入ろうとする。

なんかもう色々と台無しとなってしまったが、懸命に責務を果たそうとする姿に、大したものだと感心するロイド。

…何とも言えない空気にしたことを責めるドレイクの視線は、気にしないものとする。

 

「お役目、ですか?」

「ああ、語弊のある言い方でした」

 

身構えたドレイクに対し、リリーヤは姿勢を正して頭を下げる。

 

「党員として、党よりあなた方の犠牲と貢献に心よりの同情と哀悼を。個人としても、お悔やみを申し上げます」

「そう言って頂けるならば、幸いです。いただいたお気持ちと、哀悼の言葉があれば、散っていった連中の遺族にも…不甲斐ない指揮官なりにではあるにしても、少しは顔を合わせることができましょう。感謝を」

 

そこで、ドレイクは慎重に言葉を選ぶように続ける。

 

「遅まきながら、貴国の犠牲と犠牲と共闘に対して連合王国の一士官より感謝と敬意を。どうか、受け取って頂きたい」

 

そう、あの恐るべき帝国魔導部隊、ラインの悪魔とその一党に立ち向かったのは多国籍義勇軍だけではない。連邦軍もまた、少なくない犠牲を払っているのだ。

 

「光栄です。戦いに倒れた同志達には、それこそが何よりの手向けとなることでしょう」

 

政治委員に持っていたイメージと異なる、真摯で誠実な言葉。

故にか、ドレイクは留めるべき言葉を口にしてしまっていた。

 

「…このようなことを部外者が申し上げるべきでないのかもしれませんが」

「何なりと仰って下さい。内務人民委員部よりも、友邦の方々のご意見はくれぐれも拝聴するように、と」

「では、一つ。同業者諸君の責任を余り咎めないで頂ければ、と」

「同志大佐殿の処分にお口添え頂ける、ということでしょうか?」

「内政干渉を意図するものではありません。ですが…」

「是非、聞かせて下さい」

「貴国のミケル大佐らもまた、最善を尽くして立ち向かったのです」

 

魔導師は結束を何よりも重んじる。共に轡を並べれば、そこに国という枠組みなどなく、ミケルら連邦魔導師がいかに勇敢に戦ったのかを力説しているドレイク。

立場的に止めに入るべきなのだが、ロイドは静観していた。ドレイク心情を理解していることと、リリーヤという異色の政治委員を見極めるのに都合がいいという打算もあった。無論、本当に危険な事態になりそうであれば止めに入るが。

 

「信賞必罰は党の原則です。ですが、これは戦争です。悲しいことですが、最善を尽くしたとて成功は確約されていません」

 

ご安心下さい、とリリーヤは顔を綻ばせて微笑んでみせる。

 

「同志諸君が、最善を尽くしてくれたと外部の方に評価して頂けるのであれば、お役に立てるかは不明ですが、私から一筆添えさせて下さい」

「率直に言うならば、ありがたい限りながら…よろしいのですが?」

「よろしい、とは?」

 

明らかに危ない橋を自ら渡ろうとしているリリーヤに、ドレイクは思いもしなかったといった様子で問いかける。

 

「リリーヤ政治将校殿、私は貴国における貴女の立場を存じ上げない。しかし、こういった局面において『部外者』の言葉に賛同したことを書面に残してもよろしいのか?」

「ふふふ、なんだか変なご心配をいただいたみたいですね」

 

穏やかな口調に微笑み浮かべるそ姿に、自分の身を案じる意図は微塵も見えない。

 

「大丈夫です」

 

はっきりと断言してみせる口調に迷いもない。

 

「良いことをしたからといって、必ずしも結果がついてきてくれるとは限りません。それは、我が国でも同じです」

 

ドレイクらを見つめる碧眼は澄み切った意思を携え、どこまでも揺らぐことなし。

 

「ですが、それを口実に処分を受けるというのは共産主義のやり方ではありません。弁解の口添えを行うのは、私達の職務と言ってよいでしょう」

「…は?」

 

己の職務を誇るように放たれた言葉に、ドレイクは思わず間の抜けた声を漏らし。ええっ共産主義が人命を重んじるんですか!?!?と言いかけたのを堪えたことに、己を内心褒め称えるロイド。

 

「ああ、帝国のプロパガンダをご覧になりましたか?」

 

そんな彼らの反応に、リリーヤは信じないで下さいませ、と彼女は困ったように苦笑してみせる。

そんな彼女に、ロイドは内心すいません。それ、合衆国も連合王国もというか、資本主義国家はどこもやってますと、吹き出しそうになるのを堪える。

 

「残念ながら、と申し上げなければなりませんね。連邦と母なる党が色々と言われているのは、私も知っています。ですが、事実はご覧になっての通りです」

 

自分を指さし、ついでにドレイクとロイドを指さして女性政治委員は微笑んでみせる。

 

「私達とて、人間です。あなた方の隣人として、分け隔てなくありのまま見ては、頂けませんか」

「…これはお見逸れしました。よき隣人に出会う思いです」

 

ペコリと頭を下げつつ、手を伸ばそうとして、ハッとしたように元の位置に戻すドレイク。連合王国紳士のマナーで、手のひらにキスしようとして相手が文化の違う連邦人であるので思いとどまったらしい。

感服しているドレイクをよそに、ロイドは彼女の背後にいる者の意図が透けて見えたことで、つまらない茶番だと独り鼻で嗤うのだった。

 

「…ところで、特別派遣魔導技術部のトウガ・オルフェス中尉が、どちらにいらっしゃるかご存知でしょうか?此度の作戦で、あなた方友邦国や我が同志の皆様の被害が抑えられたのは彼の奮戦によるものと聞いておりますので、一言お礼を申し上げさせて頂きたいのですが」

「ああ、あいつなら自滅同然のことして死にかけたんで、病室にぶち込んでますよ」

 

最大稼働という、諸刃の剣としか言えない力の代償として。死んでいてもおかしくないと医師に言われる程の肉体的負荷を受けたトウガを、問題ない等ほざく戯言を無視して監視(メアリー)をつけて病院送りにしたのだ。

リリーヤに病室を教えると、彼女は深々と頭を下げながらお礼の言葉と、またお話しましょう、という言葉を残し去っていくのだった。

 

「……」

「共産主義に対する考え方が間違っていた、とか考えてます中佐?」

「む、それは、まあ…実際に話に聞くのと実際に見てみるのとでは違うこともあるからな」

「確かにそれも事実ですがね。こと共産主義には当てはまらないと思いますよ」

「何故、そう思うのかね?」

 

まるで釘を刺すように話すロイドに、訝しむように眉を顰めるドレイク。少なくとも、先程のリリーヤとのやり取りで事前に聞いていた共産主義者とは真逆の、善良なる人間という印象しか抱けないであろうに。ロイドから感じられるのは強い不信感と唾棄すべきという強い意志が感じられた。

 

「あの中尉さんを見た連邦の人達の反応が、全てを物語ってると思いますけどねぇ。本当に共産党が彼女のような人間だけであり、掲げる理想通りのものなら、私やあなたの国の政治家が、帝国と同じようなプロパガンダ拵えてまで警戒なんてしますか?」

「…それはそうだが。なら何故のタネーチカ中尉ような者が政治委員に?恐らく彼女は上流階級の出だぞ?」

 

共産党は平等という名の元、王族、貴族、富豪、聖職者といった特権階級を極一部を除き徹底的に排除していた。

リリーヤの物腰から、そういった出自と見られるが。粛正を逃れた貴族にイヴァノヴァという名に覚えはなく、粛正された系譜の出であれば党に関わることなど許される筈がないのだ。

 

「我々みたいな外部の人間と関わる際に、見栄え良く見せるためにキープでもしてたんじゃないですかね。人間って悪い認識を持っている程、実物を見た際にそれが良いものだとそちらを信じやすいって言われてますし、中佐もそうでしょう?多分そうやって騙された人の口から、『共産主義は言う程悪くなかったよ』って言わせて資本主義国家の民衆を騙すスピーカーにでもしようって腹積もりなんなんじゃないですかね。多分、彼女自身はそんなことに使われてるなんて自覚もないんでしょうけど。まあ、つまり末端の人間だけ見て、その組織を知った気になるのは良くないって話ですよ」

 

ロイドの言い分に、ドレイクはむぅ…と唸るだけで反論できなかった。リリーヤと関わったことで、共産主義への考えを改めるべきかと思っていたが。彼の話を聞いている内に、相手の術中に嵌められている可能性が捨てられなくなっていたのだ。

反論の代わり、と言うものでもないが。話している内に気になったことをドレイクは問いかける。

 

「貴官は技術将校だと思っていたが、何と言うか政治家らしいことを言うのだな」

「ああ、言ってませんでしたっけ?私の実家が財閥の長の家系でしてね。まあ、自分で言うのなんですが、政治にも結構口を出せるお偉い家柄でしてね。その縁で他の企業のお偉いさんや政治家なんかと関わることもありましてね。その中で騙し合う『嫌な大人の世界』ってのを学んだだけですよ。中佐も軍にいてそういう経験ありません?」

「ない――と言えば嘘にはなるな」

 

軍隊に限っても、味方であろうとも欺くことは珍しいことではない。それは連合王国にあっても例外ではなかった。

無論それが祖国を守るために必要であることも理解はできるが、当事者にされることだけは是非とも遠慮したいが。

 

「別に、それが悪いだとか悪だとかなんて言う気はないんですがね。それでも、自分の国の正義を本気で信じている人を利用することに、何の罪悪感も感じない輩だけは気に入らないっていう個人的でつまらない正義感振りかざしてるってだけですよ」

 

面白くもないと言いたげに、ロイドはここにはいない誰かに吐き捨てるように言い放つのであった。



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第十四話

「ん?」

 

連邦軍施設内に設けられた連合王国軍駐屯地内にて。ベットに横になり睡眠を取っていたトウガは、異変を感じ目を開く。就寝前に感じていたよりも肌寒さを感じたのだ。冬場の北国である邦領国内にいるのだから当然なのだが、それでも降雪期前にしては異様な寒気に、体調不良を疑うも特段肉体に異常は感じられず。単純に気温が下がっているだけのようである。

他の者もこの異変に気付いたのか。耳を澄ませば宿舎の外がざわついており、敵襲でないにせよ何かが起きているのは間違いないようである。

 

「――――雪じゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

原因を探りに行こうと行動を起こそうとした瞬間、馬鹿(ロイド)のはしゃぐ声が答えを教えてくれるのであった。

 

 

 

 

「まさか、こうも早く冬将軍に謁見できるとはな」

 

駐屯地に設営されたブリーフィングルームにて。ドレイクが困惑と疲労の色を隠せずに話す。

例年よりも早く始まった降雪に、大慌てで防寒具等の寒冷装備の手配に走らされたのだから無理もないだろう。

 

「こういった事態も想定して、物資を調達してくれていた上層部には感謝しかありませんな」

「まったくだ。ところでオルフェス中尉、この状況下でもネクストは使えるのかね?」

「既に寒冷地仕様に調整しておりますので、問題ありません中佐」

 

それは何よりだ、と安堵した様子のドレイク。

元来氷点下である高高度での運用が想定される宝珠は、他の兵器よりも環境の変化にも強いものだが。従来品とは異質な構造をしているネクストは、そういった点も考慮して作られているが、万全な状態で運用するにはある程度その場の環境に合わせた細かな調整は必要なのだ。

 

「ともあれ、時間が欲しいこちらとしてはありがたい限りですな」

「ああ。これで連邦も多少は足並みが揃えられるだろう」

 

不意打ち同然で攻撃をしかけた連邦であったが。政治闘争にて上級将校ら軍部を大量に処刑した結果、粗末な攻勢しかできず難なく帝国に弾き返されてしい。逆に反撃を受け国土を蝕まれていたのだった。

首都を爆撃までされた結果。流石の共産党も慌てふためいたようで、ミケル大佐ら魔導師を始め、前政権側に立った者達――すなわち反体制派だった者達すら復帰させて組織の立て直しに奔走していた。

対する帝国は、その隙を与えず攻めたいだろうが。世界有数の国土の広さを持つ連邦の地は兵站に多大な負担がかかり、補給が追い付かず足踏みせざるを得なかった。

時間を稼ぎたい連邦と、時間を与えたくない帝国――神は連邦に微笑んだ。古来より数多の侵略者から東欧の地を守り続けてきた厳しい冬の様子をいつしか『冬将軍』と呼び、敵味方問わず恐れられるようになっていた。

科学が発達した現代でもその脅威の前に人は無力であり、内戦戦略により本土から離れた地での活動に多大な制約を受けている帝国軍にとって、早過ぎる冬将軍の襲来は悪夢以外の何物でもないであろう。

 

「それで中佐。例の多国籍部隊については?」

「ああ。それについては上は正式に認可したよ。我が隊が代表して参加するようにとのことだ。そちらは?」

「こちらも同様に、友邦に対し最大限(・・・)協力するようにとのことです」

 

連邦が各国に協同を呼びかけた際に。国際的な紐帯(ちゅうたい)を示すためという名目で、各国から選抜された部隊を一つの枠組みに組み込み、共同で運用する多国籍部隊構想が持ち上がったのだ。

内向きへは、対帝国における合同運用経験を得るための先行事例たり得ることが期待されて試験的に設立されるモデル部隊と言えた。

これに連合王国と合衆国はいくばくか渋った末にではあろうが賛同し、ちょうど連邦領内に派遣されていたドレイクら海兵魔導部隊とトウガら特派がそのまま派遣される運びとなったのであった。

 

「…恐ろしきは、宮仕えかな。おかげで海が恋しくてたまらんし、麗しのパブで一杯引っかけることもできん」

「自分も祖国の空気が吸いたいものです」

 

どちらともなく、疲れを吐き出すように息を吐く。

辞令一枚で、連邦軍との合同作戦任務。特殊な指揮系統の都合上、彼らに与えられた裁量権も絶大であった。

帆船時代が戦列艦の勅任艦長でもあるまいに、『依頼に対し、最大限に協力されたし』などという古文調の命令書を与えられた瞬間は、全く笑い出しかけた程である。

善意と敬意でもって(・・・・・・・・・)、同盟国の作戦行動に対して可能な支援(・・・・・)を行うべし。つまり、無理ならば協力せずともよしという訳だ。

命令書を現場の知恵と工夫で介錯するまでもない。誰がどう読んでも、事実上の拒否権と読むしかない代物だ。彼らの国の軍当局は、一介の中佐と中尉に連邦軍司令部への拒否権を付与したもうたのである。

 

「連邦も、よくもまぁ…」

 

こんな条件を吞んだものだ、と連合王国軍人であるドレイクが口にするのは流石に憚られる。

トウガとしても。それだけ連邦も余裕がないのか、それとも他に狙いでもあるのか勘繰りたくなるが。下手に藪をつつきたくないので、頭の片隅に放り投げることにしたのだった。

 

 

 

 

楽しくない話ばかりで気が滅入る、と気分転換のために外でもぶらつこうというドレイクの提案を、断る理由もないのでお供させて頂くことにするトウガ。

麗しい理想を掲げ、国際協調の輪を広げるべく設立された連合軍合同作戦群は門戸を広く開放しているが、実態は寄せ集めとしか言いようがない。

世界中から集った兵の出身母体を見れば、肯定的に語れば效範な世界性が感じられるだろう。軍装を見るだけでも、連合王国軍、連邦軍、自由共和国軍、それに最近合流した合衆国系の義勇兵。それに協商連合亡命政府すら見られた。

帝国という単一に対する多様性の対抗。

他民族が一致し、帝国という強大な敵と戦うべく結集するというスローガンの下で、人類の進歩と普遍性を高らかに提唱し得る最高のデモンストレーションだ。写真映えは最高であろう。

プロパガンダ、という点では連邦共産党は大変に素晴らしい手腕を惜しみなく発揮したといえるだろう。気づけば賞賛すら抱いてしまう。

ぶらぶらと軽く野外を流しながら、ドレイクとトウガは感嘆の言葉を惜しまない。

 

「本国植民地省の官僚でも連れてくるべきだな。連中は、少しばかり連邦の広報手腕でも学んだ方が良い」

「合衆国もこの点だけは素直に称賛し見本にすべきかもしれませんね。

 

海を越えて多くの領地を取り込んでいった連合王国と、同じ土地に元々住んでいた民族と後から押し寄せた民族が混じり合った合衆国。どちらも他民族国家でこそあるもその内実にはそれなりの差異はあるが。それでも、どちらも不満がある者は力で押さえつけようとすることに変わりはなく、人の心を渇望をくすぐり、惑わし潜在的な活力を束ねて活用するという点では共産主義者からも学ぶべきことはあった。

 

「とはいえ、上が思っている以上に現実は綺麗ではないものですな」

「…プロパガンダに付き合わされる側はなぁ。たまったものでもない」

 

互いにぼんやりと空を見上げ、綺麗ごとでコーティングしようと企む国家のエゴを地上に見つければ嘆きたくもなる。

散歩に乗り出してくるまでに、2人が聞き取れただけでも、多国籍軍という背景故に。数か国語入り乱れる多言語の坩堝(るつぼ)に、頭痛が酷くなりそうな気分になる。

これだけでも逃げ出したくなるのに。そこに止めと言わんばかりに、入り乱れた指揮系統がこれに加わる。

 

「バベルの塔が砕かれた直後とは、きっと、こんな光景だったのだろうな」

 

個々人での意思疎通だけでも困難であるのに、情報の伝達の段取りは、バカバカしいまでに凄まじい。

連邦語で発行された公式の文章を、多国籍の軍人らに理解できるように翻訳し、翻訳されたのに対する返答を連邦語へと再翻訳。

通常のやり取りですらこのありさまである。予想に違わず、集められた部隊の指揮官らは頭を抱える羽目に陥っている。大量の情報を即時処理しなければならぬ現代の戦場において、実戦に耐えうると心底から評価しうる軍人はいないだろう。

見てくれの良いプロパガンダのためとはいえ、道理を捻じ曲げるのには限度がある。

それらの解決のために連邦が取った術は至極単純。通訳を立てる。それも、大量に。

物量による正面突破。国中の言語学校から徴募されてきたと思し学生らが、生半可な習熟度にせよとにかく沢山の言語を喋り始めている。

現状において、喋れる人間というのは、いくらいても足りないものではない。人手不足は深刻であり、それこそ左官級であろうとも通訳を同伴できない程だ。なればこそ、自由に野外を散策するという贅沢を堪能できている訳だが。

そんなことを考えている彼らに歩み寄って来る1人の軍人に気づくと、ドレイクが思わずといった様子で溜息をつく。

 

「ミケル大佐殿?」

 

やあ、とばかりにこちらに手を振って近寄ってくる姿は連邦軍の指揮官。ドレイクもトウガも連邦語は喋れない。さりとて、身振り手振りで会話という訳にもいかず、辺りを見回すが手の空いている通訳がすぐに見つかるでもない。

 

「困ったな。失礼、今、通訳を…」

「無用だと思うがね、ミスター・ドレイク」

 

ミケルの口から放たれた言葉、その意味を2人の脳はしっかりと認識する (・・・・)

探してまいります、とジェスチャーで示そうとしていたドレイクはハタと身動きを止め、まじまじとミケル大佐の顔を覗き込んでいた。

トウガも予想外のことに思わず、目を丸くしている。

 

「懐かしい母国の言葉ですな…大佐殿が喋れるとは夢にも思いませんでしたよ。失礼ですが、随分と久々に小官の苦手とする発言を耳にした思いですね」

 

彼の口から放たれた言葉は、確かに連合王国語。それも、正統派のクィーンズであった。こんな僻地で、ロンディニウム上流階級のそれを拝聴する機会があろうとは、誰が予想だにしようか?

 

「錆びついたクィーンズ、と直截(ちょくせつ)に言ってくれて構わん。久しぶり過ぎて、舌がさっぱり回っていないのは自覚している」

「通訳をいつもつけておられましたが?」

「首輪つきでは、な。ギロチンの下では、自由な会話も儘なるまい、ミスター・オルフェス」

 

言外に、というには少々露骨だった。首輪とギロチンという単語は、比喩としては余りに控えめとは言い難い。

 

「…政治将校に聞かれたくない会話ですな」

「私が、と言うべきだろうな」

 

ははは、と笑いながらドレイクは頷いていた。

親し気に同盟国の軍人と話すだけで、大佐級の魔導将校が身の安全を講じなければならない社会は想像を絶する世界だ。

眼前で苦笑しているミケルは、良くも悪くも堅気の軍人として完成されている。そんな職業軍人が、忠誠を誓った祖国に疑われる?なんと、寒い時代だろうか。

冬の時代にあって、骨どころか魂まで凍てつきかねない冷厳な事実だ。

 

「大佐殿も大変でしょう。失礼ながら、例の政治将校、不幸な流れ弾がぶつかるということは近い将来に必要ではございませんか?」

「いやいや、その必要は。ご無用に願う」

「ほう、正直意外です。例のリリーヤ・イヴァノヴァ・タネーチカという女性について、そこまで高く評価されておられるのですか?」

 

敵対している国の人間であろうとも、基本的に批判的に見ることのないトウガにしては、厳しい言いようであった。

外交的に問題になりかねない発言であったが、ドレイクは止める様子もなく、寧ろ同意するような趣さえ感じられた。

彼女の内面はさておくにしても、政治将校なる存在を彼は共に戦う仲間としてどころか、同じ人間としてすら認めたくなかった。

人として超えてはならない領分を平然と犯す共産主義と、それを信奉している共産党に属する者全てを嫌悪さえしている。

ドレイクもこれまでの関りから同じような結論に至ったようで、少なくとも連邦軍以外の多国籍部隊の者達は、党の歯車でしかない政治将校を個人としてでなく、『政治将校』と心中では読んでいる。

名前とは、人間が先祖より受け継いできたものであり。『政治将校』という一個の装置には『政治将校』という名刺があるではないか。固有名詞で呼ぶ必要があるかは心底疑わしい。

 

「正直に申し上げて、仲間を嗅ぎ回る狗を、人として遇することは難しい。野犬退治ぐらいは、任せてもらえると思っていたのですがね」

「勘弁してもらいたいドレイク中佐。貴官らに敬意を払って…正直に言うとするか。アレはマシな部類なんだ。いや、相当にまともな(たぐい)と言ってもいいくらいだよ」

 

ぽかん、とたまらず間抜けな顔を晒してしまう。

これでミケルのクィーンズが流暢でなければ、マシ、まとも、といった単語の意味を間違えているのかと指摘させて頂いていたことだろう。

 

「大変に失礼ながら、よろしいですか。あの政治将校がまともな部類ですって?アレがマシですと!?私の知らない内に言葉の定義が大幅に改訂されていたのでしょうか?」

 

リリーヤ・イヴァノヴァ・タネーチカという人間について、奇妙な共産党員だ、という程度にしかドレイクらは認識していない。

しいて言えば、政治将校にそういうラベルがついているくらいの認識である。まとも、マシという単語を当てはめることは難しい。

 

「ドレイク中佐。私は、真実しか口にしていないがね」

 

冗談でしょう、と見つめるドレイクらの視線を浴びるミケルは疲れた顔を揺るがせもしない。

 

「碌でもない奴が配属されてくる可能性を考えれば、アレと上手くやっていくことを考えていく方が生産的だ:

「凄まじいですな。その一言に尽きます」

 

吐き捨て、ドレイクは空を見上げる。白い空は無慈悲な世界の象徴だろうか?祖国の曇天模様が、無性に恋しくて仕方なくなってくる。戦場ですら、ここまで不条理かといわれれば微妙だろう。

トウガも余りの現実の残酷さに、流石に不快さを隠せないようで、目に見えて顔を顰めていた。

 

「…はぁ、寒さが()みますな」

 

しみじみと呟き呟き、ドレイクは肩を竦めてみせる。そうでもしなければ、とても正気をでいられない。

 

「それで?秘密の密会へお誘い頂けた理由をお伺いしても?」

「感謝を。そして、ああ、そうだな。謝罪もだな」

「はて」

「同志イヴァノヴァ政治将校殿より、連合王国海軍ドレイク中佐と、合衆国義勇派兵部隊オルフェス中尉両名が口添えしてくれた、と聞いている。特にオルフェス中尉には、あの悪魔から部下共々護ってもらったことに格別の感謝を。貴官がいなければ今頃皆揃って海の藻屑になっていたかもしれん」

 

なにを、とドレイクは再び肩を竦めると、言葉を返していた。

 

「ここに至って奇妙な距離感を感じさせる響きだ、と申し上げても?」

「共産主義と自由主義が仲良くはやれまい」

「そうでしょうか?僭越な物言いですが、仲良くやれると思うのですが」

「これでも、自由主義防衛のために戦うつもりになっている軍人でね。共産党の応援に来た共産主義者とは上手くやれるか不安なんだ」

 

共産党は開戦して間もなく、民衆に『帝国という悪魔から祖国を守るために戦え!』というプロパガンダを行い始めた。祖国防衛――戦争状態となったどの国でも使われる文言だが、こと連邦では意味合いが異なって来る。国を守ること即ちそれを統治する政府を守ることでもあるが。連邦を治める共産党はそれに属する者か、それに近しい者以外、大半の自国民から嫌われている。敵である筈の帝国を応援しようとする者が出てきてもおかしくない程に。

故に共産党が謡ったのは、『共産党のためでなく、祖国のために戦ってほしい』というイデオロギーを投げ捨てナショナリズムに訴えかける綺麗ごと(・・・・)であった。

自分から喧嘩を売っておいて、逆に家を土足で荒らされたら被害者面して、捨て去った筈の民族主義を叫ぶ惨めな姿勢に、ドレイクもトウガも吐き気すら覚えるまでに狡猾で邪悪としか表現しようがない。

そんな悪魔共への、余りにも皮肉が効き過ぎた物言いに。まさか、とドレイクもトウガも笑いださずにはいられなかった。

なんとも捻くれた倒錯している。寒々しい連邦の雪原に、どうしようもなく笑い声が弾けて仕方がない。散々に笑わされた末に、2人は認めざるを得なかった。

党の言いなりになるのは甚だ遺憾だが。それでも、それでも生まれ育った地を命をかけてでも護れるなら、人形と嗤われても構わないとする彼の覚悟を。

 

「降参です。これは、我々がしてやられました」

 

とはいえ、とドレイクは言葉を続ける。

 

「よしんば、共産主義者であっても戦友であれば問題はないでしょう。親兄弟は選べませんが(・・・・・・・・・・)友人は選べる(・・・・・・)。自分が選んだ友人が共産主義者であるならば、それは、その友の個性として甘受するほかにない」

 

それに、とドレイクは笑って続けていた。

 

「…馬鹿にされたものですな」

「何?」

「我々は、連邦軍人の尻を追いかけるために、海を越えてやってきた訳ではありませんぞ」

 

RMSクイーン・オブ・アンジューの直掩として渡来して以来、軍人として戦ってきた。守ってもらうために来たのではない。

 

「戦争をするために来たのです。それも、戦友と肩を並べての」

 

策謀渦巻く国家の思惑で出会ったとしても、それがどうしたと言うのか。誰を友として手を取り合うかは自分達で決めてやればいいのだ。

 

「気に入るまいが、気にしたことか。友軍が戦うならば、肩を並べる。友軍が死ぬならば、そこで、死ぬ。それが軍人というものだ」

「国家に永遠の友情がないとしても、戦友は永遠である。自分はそう考えております」

 

ドレイクとトウガの言い分に。ミケルは痛快だと言わんばかりに笑みを浮かべる。

 

「ははは、最高だな、ドレイク中佐、オルフェス中尉」

「おや、同志と呼んでいただけないので?」

「貴官らは、戦友、と呼びたいものだな」

 

三者三様なれど、浮かべるのは信頼と友情を認め合う満面の笑みであった。

戦場を同じくした経験者ならではの共感、と形式ばっての無粋極まりない。ようするに、仲間に対する敬意なのだ。

 

「では、仕事の時間ですな」

「ああ、仕事をしよう」

「共に肩を並べて」

 

頷き、ぶつけ合うのは、硬い拳。

…多くを言葉にするまでもない。

 

「「「武運を」」」

 

それは、戦友の拳だ。

戦友の拳と語らっているのだ。

ならば、それ以上を言葉へ頼るまでもない。



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第十五話

冬将軍の到来によって連邦・帝国戦線は停滞し。互いに越冬に励みながら睨み合うようになる数ヶ月が経ち、12月の終わり――年末を迎えようという中。呼び出しを受けたトウガは、左官級用に設営された宿舎へ足を運んでいた。

指定された部屋の前に到着すると、扉をノックする。

 

「失礼します。トウガ・オルフェス中尉、ただいま参上しました」

「ああ、入ってくれ」

 

聞き慣れた声で入室を促され、扉を開くと。呼び出し人であるドレイクと、最近知己となったミケルがテーブルを挟んで椅子に腰かけていた。

部屋には他に人の姿はなく、政治将校に不審がられそうな構図だが。ロイド経由で堂々と呼び出しを受けており、敢えて目立つようにしていることから、これをそういった目で疑う方が難しいだろう。後ろめたい人間こそ隠そうとして逆に人目を引くものなのだ。

 

「呼び出して済まないな。君に意見を聞きたいことができてな」

「自分にですか?」

 

勧められた椅子に腰かけながら、不思議そうに首を傾げるトウガ。

テーブルには彼らが身を置く司令部のある地区を記した地図が広げられており。何かしらかの作戦の打ち合わせをしているのだろう。

直属の部下でなく、あくまで外様である自分をわざわざ頼る理由などない筈だが…。

 

「フレッド主任から、君は何かと『冴える』から困ったことがあれば、頼るといいと勧められたものでね」

「…あ奴は何かと私を持ち上げたがるので、当てにしない方がよろしいかと」

「ははは、相変わらず謙遜だな。まあ、とりあえずこれを見てくれ」

 

何を吹き込んだんだあの馬鹿(ロイド)は、と戻ったらとっちめることを決めながら、テーブル上の地図に目を通す。

 

「実は急遽数日後にこの村落を強襲するよう党から要請があってな。だが、どのような意図があるのか読み切れなくてな。一応は『限定的な攻勢による帝国軍の損耗極大化』だそうだが」

「この時期に攻勢、ですか…」

 

困り顔のミケルの言葉に、眉を顰め顎に手を当てながら思案するトウガ。

既に雪一面となった状況下では、戦車等の車両が雪に足を取られる影響で、機動戦を得意とする帝国軍は、その力を大きく削がれているため五分に戦えるが。それは敵が攻め手である場合であり、こちらから攻め込んでは冬将軍の利点を生かすことができなくなってしまう。歩兵主体の連邦軍とて雪の影響は免れず、満足な機動は取れないのだから。

いくら軍事に疎い政治屋が中心の共産党と言えど、それくらいの理解度はあると仮定し。無理に攻勢に出る必要のない情勢でこのような手を取るのか?

 

「――我々の目標地点は『自治評議会』領にある村落、で間違いないのですねミケル大佐」

「ああ、モスコーでも相当に上からの、とつく厳命だ」

 

彼が指し示したのは、帝国軍陣地でなく(・・・・・・・・)そこから離れたどこにでもある村落(・・・・・・・・・・・・・・)であった。

自治評議会とは、冬将軍の到来から暫くして、帝国が占領した連邦領に対し完全な独立国に近いほどの自治を認め現地民にその土地の支配権を譲り渡し始めたのである。

それまでは、従来通り占領した土地を帝国領として統治しようとしていたが。元々連邦に強引に組み込まれていた地域も少なくなく、開戦前から独立を求める声が強かったこともあり、侵略者には従うまいとする意志が強く。恐らくそういった感情を共産党が煽っている影響で、現地民は激しい抵抗運動を起こし衝突が絶えず起きていたのだ。

従来の帝国であれば、そういった輩は力づくで排除しようとする筈だったが、意外なことに彼らは現地民に歩み寄る姿勢を見せ、今ではより良いパートナーであろうとしているのだ。

戦争機械とまで呼ばれ、愚直なまでに軍隊としての暴力装置として振舞ってきた軍が国を主導しているとさえ言えた帝国が、断固排除してきた敵対者に『寛容』というべき『外交』のカードを切ったのだ。トウガを始め、この事実を理解しえた者達の衝撃は大きく、特に『平穏を脅かす邪悪な帝国と、祖国を護らんとする解放者である正義の連邦』という構図を描きたかった共産党員らは先の首都襲撃以上の衝撃を受けていることだろう。

故に早急な対策を立てようと躍起になっていると考えれば、今回の強引な攻勢の理由にも合点がいく。

 

「…恐らくですが。党は帝国と自治評議会が、どれだけの協力関係を築けているか見極めたいのではないでしょうか?」

「つまり、見せかけだけのものか本当の友人になろうとしているのか見たいということか」

「はい。帝国軍と自治評議会が同時に攻撃を受けている状況下で、仮に帝国が自分達の身を守ることを優先すれば、評議会側は『所詮口先だけで信用できない侵略者』と再び帝国に牙を剥くようになるでしょう。逆に評議会を優先して守るのであれば、帝国が本気であることがはっきりとします」

「なる程。前者であればそれで良し。例え後者であろうとも、両者の関係の深度を図れて損は無しということか」

「…モスコーにいる連中にとっては、ね」

 

苦々し気に吸っていたタバコを灰皿に押し付けるミケル。

弾の飛んでこない後方にいる人間からすれば、どう転ぼうとも良き結果をもたらすことだろう。…政治の都合で戦場に放り込まれる側からすれば、たまったものではないが。

 

「党の連中の思惑はともかく、この作戦で得られるものは後々必ず我々の助けとなるかと」

「わかっているよ中尉。親愛なる『祖国』のために全身全霊を尽くすさ。ただ、な」

「何か問題が?」

 

言いにくいことでもあるのか、ミケルは渋い趣きでティーポットを手にすると、カップに気持ち程度に紅茶を注ぎ、続いてスコッチのミニボトルに手を伸ばし追加で盛大に注いでいく。…メインと付け合わせの比率が戦場の霧並に不可解なことになっているが。これはドレイクら連合王国軍人が上の理不尽に振り回される時に『気分転換』に嗜む紳士の秘儀。どうやら異文化交流は順調に執り行われているらしい。

カップを手にし、ぐびり、と呷ると、ミケルはポツリと漏らす。

 

「困ったことだな友人らよ」

 

妙に渋い言葉に。無理もないなといった様子で、礼儀として黙って同じようにスコッチ――ティーを呷るドレイクと、彼らを静かに見守るトウガ。

多言を要するものではない。

暫し、無言で酒精に身を委ねた末のことだった。唐突にミケルは本題を切り出した。

 

「公式には『限定攻勢』に地歩を確保。以って、予定されている春季大反撃に備えよとのことだが。現状では、随分と無理をしているというのが私の私見だ」

 

窓の外を眺めるように、遠いところを見やって吐き出される言葉は重い。

 

「無謀とまでは言うまい。だが、愛国者として断言しよう。危うい」

「それなり以上の体制が整っているのは事実でしょうに」

「書類上では、だがね」

 

まさか、と目線で問うドレイクへミケルは肩を竦めてみせる。

 

「つまるところ、新兵ばかりなのだよ。下手をすれば、目下、徴募中の連中が先行して登録されている事例すらあるだろうな」

 

重大極まりない示唆だと悟った瞬間、ドレイクの血管内は氷を突っ込まれたかのような冷たさで満たされる。

トウガもその可能性も予想はできていたが、当事者の口から直接伝えられると寒気を覚えずにはいられなかった。

 

「正直に言わせて頂くと。必要以上に見栄を張りたがるだろう共産党なら、数の水増しくらいはするだろうと見ていましたが、まさかひよこですらない卵まで持ち出してくるとは思いませんでしたよ」

「知らなかっただろう?」

 

呆れを隠せない声音のトウガに、ミケルは滑稽だろう?といった様子で嗤ってみせる。

ドレイクはやってられないと言いたげに、付け合わせという大義名分を捨ててスコッチをそのまま呷る。

これが本当であれば、深刻極まりない事態だ。そして悲しいかな、この場にいる誰もが事実だろうと踏んでいる。

各国駐在武官に連邦側から伝えられている情報と、現場の実態が乖離しているということは周知の事実だ。

驚くべきことでない、という事実こそが連合軍の――対帝国協調がいかに麗しいものかの証左だろう。

 

「我々には、精鋭部隊が後続に揃っていると伝えられているのですがね」

 

連合王国、合衆国の情報部が意図的にドレイクらに虚報を流していないとすれば、結論は単純にして明解。友邦国に流されている連邦の情報は、完全な偽りでないにせよ、完璧とは程遠い代物ということだ。

 

「情報保全、という意味あいもあるのだろうが…弱さを隠したがる党の本能だろうな」

「やれやれ。実際のところ、どうなのです?春季大反攻、あり得るとお思いで?」

 

ドレイクの問いかけに対し、ミケルは眉間に皺を寄せた末に吐き出すように言葉を絞り出す。

 

「正直に言えば、やれるだろう」

「戦力は回復していると?」

「ある程度再建も進んでいるが、それ以上に…相当どころでない無茶をして間に合わせようとしている。対帝国戦線以外の国境線は事実上、子供と老人しか残っていないとまで聞いた」

「随分な気合の入れようですな。秋津島皇国等と領土問題で揉めている筈なのに」

「…上の考えていることは、私の理解の範疇を超えているよ」

 

比喩などでなく本音だと言うように額に手を当てるミケル。奴隷・家畜以下の存在としてラーゲリ――強制収容所で使い潰そうとしていた、自分達魔導師を復帰させたことといい、共産党の変化は色々な意味で心臓に悪いと言えた。

 

「まあ、先のことは一先ず置いておくとしましょう。大事なのは今作戦が政治的意図を多分に含んでいることです」

「ふむ?」

 

トウガの物言いに、ミケルは不思議そうに視線を向ける。

そんな彼にドレイクは立場上の責務として指摘すべく口を開く。

 

「我々は損害を受けたくない。まして、連邦軍の無謀に付き合う義理もなし」

「ああ、なる程。貴官らの立場は改めて了解した」

 

ドレイクとトウガが本国から与えられている権限は広範なものだ。それこそ、必要とあれば連邦軍からの要請を拒否するのも当然のこととして認められている。

連邦軍のバカげた面子や意地に付き合うのは、彼らとしても憚られるのだ。将兵を預かる軍人として、為すべき義務がある。指揮官に課される神聖にして不可侵な責務があるのだ。

 

「…同道してくれ、とは強制できないな。確かに、この軍事行動には不純なものが多すぎる。地獄に付き合てくれとは君達に言いたくはない」

「あなた方は?」

「党が。それを命じるのであれば否応はない」

 

拒否権のなさを自嘲するミケルの表情は清々しい。

 

「否応なし、ですか」

「ああ、我々にはな。元より、選択肢などあってないようなものだろう」

 

ラーゲリに家族を残している人間の言葉は、はっきりとしていた。ドレイクらには想像することしかできない壮絶な覚悟があればこそだろう。

…だが、彼らは戦うことを選ぶ。戦友諸君は、行くということだ。

 

「貴官らとその部隊が、積極的に加入しないという事情は了解だ。この点で最低限の支援を願えるならば、『後方警戒』の任務でも用意するが」

 

よって、ミケルの言葉はひどく心外極まりない。

はぁ、溜息を盛大にこぼし、ドレイクは古い友人たるスコッチのミニボトルを傾け、琥珀色の液体を飲み干す。バカバカしい遠慮と言わざるを得ない。

 

「ミケル大佐は水臭い。一言(・・)、仰って頂ければ問題ありませんが」

 

じっとドレイクの目を覗き込んでいるミケル。

理解しかねるとばかりに、言葉を失っている彼に、トウガが見損なわないでもらいたい!と言わんばかりに口を挟む。

 

「我々は軍人です。言葉は簡素を極めるべきでしょう。ゴタゴタと理屈をこねるのは司令部と政治将校の仕事かと」

 

畢竟(ひっきょう)、ドレイクもトウガも魔導将校である。

 

連合王国だろうが合衆国だろうが、海であろうが陸であろうが、戦士として臆病者になるくらいならば、敵弾に突っ込んでいくことを誉れとする連中である。

危険だからと言って、仲間を見捨てて逃げ出す奴は。海底や谷底に突き落とす方がまだマシだ。

 

「雨の日に傘を持っているのです。一言、頂けませんか」

「……」

 

煩悶の末にミケルは口を開く。

 

「すまん、手を貸してくれ」

 

互いに顔を見合わせるドレイクとトウガ。最早語ることなどありはしない。発すべきはただ一言。

お偉いさんが何と言うか知ったことではない。軍人ならば理解してくれるだろう。仲間のために戦場に向かうのだから。

 

「「喜んで」」




「……」

あの後、友情を祝して執り行われたささやかな酒宴にて。ミケルはカップに注がれたスコッチ――ティーをちびちびと味わっているトウガの姿に、思わず目を丸くする。
小動物のような仕草に何と言うか…。外見とのギャップが凄かった。

「…中尉」
「はい、何でしゅ(・・)か大佐」

普段と変わない表情と声音であるが、明らかに異常であると確信できた。
目をよく見れば、焦点が合わなくなってきており。泥酔していると直感が告げていた。
弱いのか?とドレイクに視線を送ると、そうですと視線で返ってきた。

「お酒はいいでふね。お酒は心を潤してくれまふ。リリンの生み出した文化の極みでしゅよ。ふふふ、このために生きてふのだって思いましぇんか?」

何か深みがありそうに聞こえんでもない、酔っ払い特有の不可思議なこと言い出すトウガ。
好きなのか酒?と問うと、大好きだそうでと返ってくる。
先の話の最中に、彼がティーしか手を出さなかったのは、このためだったようだ。

「秋津島酒っていぅ清酒があるんでぇふが、これがまた美味しィんでふよぉ…。今度ふぉほきゅうぶっしにィ、まへぇてぇましゅんでっ、おふたりぃにもォのんへぇいひゃだきしゃくおも――」

カップ一杯程飲んだ辺りから完全に呂律が死に、二杯目を意地でもと言わんばかりに飲み終えると。ぶっ倒れるようにテーブルに突っ伏して動かなくなってしまうトウガ。
そして、暫くすると寝息が漏れ聞こえてくる。

「…中佐」
「はい」
「何というか。色々と凄いな彼は」
「ええ、何かと度肝を抜かされます」

ミケルの反応に、自分も初めて見た時は同じだったといった様子で、ははは、と笑うドレイク。
それからすぐに、このことを予見していたように迎えに来たおかん(ロイド)によって、トウガは回収されていくのであった。


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第十六話

「セイッ!」

 

自治評議会の領地内の森林にて。トウガの振るい下ろした魔導刃が帝国魔導師の頭部に斬り込みそのまま竹を割るように縦に両断する。

 

「チッ!通信は!?」

「駄目です!術式ジャミングされていてどこにも通じません!!」

 

部隊長の怒号のような問いに、通信手が苦々しく叫び返す。

 

「対抗術式は!?」

「最大でやってます!!敵の出力が強過ぎて――ガッ!?」

 

通信手の胴体を、トウガがライフルで放った光学術式が防殻ごと貫く。

続けて放たれた術式を部隊長は横に跳んで回避すると、その間に距離を詰めたトウガは魔導刃を振るい、それを銃剣で受け止める。

 

「!?」

 

――筈だったが。刃が触れる直前でトウガの姿が掻き消え、デコイであると気づいたのと同時に、側面からトウガの蹴りが首元に叩きこまれ、ボキンッ!!という粉砕音と共に、首が曲がってはいけない方向を向いた部隊長は膝から崩れ落ち、二度と動くことはなくなった。

 

「く、うぅ…!」

 

少し離れた場所では、メアリーが帝国魔導師とライフルをぶつけて押し合っていた。

女子供であっても超人的な力を用いれる魔導師だが、同じ魔導師が相手の場合肉体を強化するような身体に影響する術式は魔力量で補えるとはいえ、本人の身体能力に依存するため。余程の魔力差がなければ大人と子供、男と女で越えがたい壁が生まれてしまう。

そのどちらでも劣る側であるメアリーは、近接戦では勝機は薄いので、他者以上に距離を詰められない戦いを求められるが。今だ数度の実戦しか経験していない故の未熟さを早々に見切られ、近接戦に持ち込まれてしまっていた。

 

「あっ!?」

 

腹部に蹴りを受け態勢をくずされたところに、銃床で頬を殴られ仰向けに倒されてしまう。

帝国兵魔導師はすかさず心臓がある左胸に銃剣を突き立てようとし、それを身を捩って避けると、地面に積もっている雪を掴み敵の顔面目掛け投げつける。

 

「うっ!?」

 

攻撃直後の無防備な瞬間だったため、もろに受けた帝国魔導師は視界を奪われ硬直する。その間に腰のホルスターからナイフを引き抜いたメアリーは、起き上がるのと同時に飛び込む勢いで敵へ体当たりし押し倒すと、逆に心臓部目掛け両手で逆手に持ったナイフを振り下ろす。

視界が不透明だが、本能的に危機を察知した帝国魔導師は、腕を掴み受け止めると押し返そうとし拮抗状態になる。

 

「あああああああああアアアアアアアアアアアア!!!」

 

あらん限りの力と術式に魔力をを込めながら、圧し掛かるようにし体重をかけ、徐々に押し込んでいくと、やがて切っ先が皮膚に触れ食い込んでいく。

敵も死にたくない!!!と言わんばかりの必死の形相で最後まで抵抗するも、刃は止まることなく進んでいく。

そして、遂に心臓にまで達すると。帝国魔導師の体がビクンッと一際大きく震える

 

「――母…さん…」

 

その一言が皮切りだったかのように、徐々に力が弱まっていき、口から血が流れ出すと掴んでいた手が離れると地面にダレるように落ち。瞳孔が開いていくと目から光が失われ、小刻みに起きていた痙攣が止まると、身じろぎ一つ動くことさえなくなる。

 

「フー、フーッ」

 

興奮の余り、そのことに気づいていないメアリーは、更にナイフを押し込もうと暫く力を込めていたが、氷点下に冷え込んでいた冷気の影響もあり、冷静さを取り戻すと、既に敵が息をしていないことに気づく。

 

「ハァ、ハァ、ハァ…」

 

早く次の敵を探さないと、頭では理解しているも。手が接着剤で固定されたようにナイフから離れず、深呼吸を何度も繰り返して、ようやく引き剥がすようにして離すことができた。

 

「(――ああ、私…人を殺したんだ…)」

 

動かなくなった自分とそれ程変わらぬ若き帝国魔導師――その光の宿らなくなった瞳を見下ろし、己が人の命を奪ったのだと理解するのと同時に。目から無意識に涙が流れ落ちていた。

今の自分は軍人であり、相手は敵対国の軍人のため、当然ながら罪に問われることなどなく、寧ろ褒め称えられることであると散々に教えられてきたのだが。今更になってナイフから伝わって来ていた肉を裂いていく感触――命をこの手で奪っていく感触が呼び起されていき、激しい頭痛と吐き気に見舞われる。

 

「――ッカハッ!」

 

それでも『自分が選んだことだ』『覚悟はしてきた筈だ』と己に鞭を打ちながら、意地でも吐くまいと胃から這い上がってきていた物を気合で押し戻す。

そうこうしていると、雪を踏み鳴らす音が耳を刺激し、咄嗟に膝立ちの体制になり、ナイフを構える。

 

「ご苦労少尉」

 

背景から染み出すように現れたのはトウガであり、光学系の術式で景色に溶け込んでいたらしい。

敵でなかったことに緊張感を吐き出すように息を吐くメアリー。そんな彼女に歩み寄るとトウガは手を差し出す。

 

「初撃墜おめでとう。これで君はひよこから軍人だ」

 

その言葉に、メアリーあっ、と間の抜けた声を漏らす。これまでの戦闘では、生き残るので精一杯で撃墜などしたことがなかったことを思い出した。

それと同時に、彼がわざわざ姿を隠していたのは、いつでも加勢できるにも関わらず敢えて傍観していたのだと思い至る。

無論見捨てようとなどではなく。メアリーが1人の力で戦えるようにするためであり、彼女自身もそうなれるようにと望んでいたことを見越した上での行動であった。

 

「はい、ありがとうございます」

 

そんな彼の優しさと自分を信じてくれたことに、胸の内で暖かさが広がるのを感じながら、メアリーは手を取り支えられて、ふらつく足取りながら立ち上がる。

今作戦にあたり、彼ら義勇兵に与えられた役割は、敵哨戒線を担うコマンド部隊の排除と友軍の退路の確保であった。

敵の反応を見るためのものであるとはいえ、敵の対応が早過ぎれば求める成果を得られないどころか甚大な被害を被りかねないため、最重要な役割である。

そのため、敵の通信機能を阻害するために、ネクストの背部にはいつもは装備しているヴェスバーではなく、電子戦専用装備が納められたレドームと呼ばれる円盤状の物に換装されていた。

 

「どこか異常はあるか?」

「いえ、問題ありません。作戦の継続可能です」

 

ナイフをしまい、地面に落としたライフルを拾い上げ動作を確認し、張り切るように告げると、トウガは頼もし気に笑みを受かべると同時に。戦況を確認すべく、強化された通信・索敵機能をフルに使う。

既に本体は目標である村落を攻撃しているが。通信機から聞こえてくるのは、敵の頑強過ぎる抵抗に拡大していく損害に苦慮する声や、土嚢のような原始的だが強固な防護を施され、対戦車用の貫通術式でも抜けない家屋に驚愕する声だった。

軍事拠点でもない、ゲリラの拠点の襲撃ということもあり。帝国軍を相手にするよりは楽だろうと考えられていただけに、陣地化された村落に魔導師ですら突入できていない状況であった。

…それほどまでに共産党がやらかした(・・・・・)結果であり、自国民から嫌われていることの証左ともいえよう。

 

「!」

 

こういった悪いことは重なるものである。探知術式に村落へ接近してくる多数の敵魔導反応を感知。隠すこともなく敢えて自分達の存在を垂れ流しており、それが敵への嫌がらせと、味方であるゲリラへ救援に来たことを伝えるものであると理解すると同時に、トウガは思わず舌打ちしてしまう。

即ちこちらの意図が読まれているのと同義であり、帝国が自治評議会を決して見捨てないと宣言していることを示しており。例え救援が間に合わなずとも、今後の両者の結びつきが強まる結果となるだろう。

そして、何よりも最悪なのが、接近してきている敵魔導部隊が馴染みになりつつあるものばかりであり、ライブラリから表示された『ラインの悪魔』の文字に本気で舌打ちする。

即座に友軍全体に警告を飛ばすと、焦燥感に駆られた司令部やドレイクらが撤退を促す声が通信機越しに交差している。

 

「こちらにも敵が来る。友軍が逃げ切るまで抑えるぞ」

「了解です!」

 

本体と別れった敵の中隊規模がこちらの退路に回り込んで来ており、自分達とは別に殿を務めていた連合王国魔導中隊と交戦状態に入っており。彼らの援護へ向かうのであった。

 

 

 

 

あの後帝国の悪魔共は村落の救援だったということもあり、早々に手を引いたことでさしたる追撃を受けることなくどうにかいなし、無事に帰還した多国籍軍。

それなりの犠牲こそ出たものの、目的は十二分に達しており。翌日は成功への祝いと、散った者達への哀悼を酒を飲み交わしていた。

 

「メリー・クリスマス!」

 

何より今日はクリスマス。戦場であろうとも聖なる日を祝し、駐屯地では盛大なパーティが開かれていた。

ある者は砂糖との歴史的友情を確認するだろう。また、ある者は食事という根源的ものへ拘泥していた。

指揮官として厳格な姿勢を求められるミケルやドレイクすら、無礼講と言わんばかりに部下らと一夜限りの祝日を満喫している。…周囲の目(・・・・)があるので、所属ごと――特に連邦人と他国の人間が交わるとこは、連邦の友人の身のためにも、意図的に避けられてこといるが。ここが、戦場の真っ只中であることを忘れてしまいそうなまでに、祭りは盛り上がりを見せていた。

 

「……」

 

そんな中、メアリーは1人集まりから離れた場所で、木箱に腰かけながらクリスマスの定番なもべものが盛りつけられた皿から、王道のチキンを手にし味わっていた。

 

「…トウガ?」

「うい?のした、メアリー?」

「…いや、大丈夫。本当に?」

「もんらいない、もんらいない」

 

いや、1人ではなく、隣にトウガが腰かけていた。――が、酒を飲んでいる内に、誰だと言いたくなる程の変身を遂げたパートナーに話に聞いていたとはいえ、困惑を隠せないでいた。

 

「♪~」

 

補給物資として届いた秋津島酒が余程嬉しかったのか、普段はまず見せない鼻歌を交えながら味わっているトウガ。――表情だけはいつも通りなのは流石と言うべきか、ツッコミを入れるべきか悩ましいものである。

 

「ん~」

「わわっ」

 

限界を迎えたのか、前後に揺れ始めたトウガを慌てて支えるメアリー。

 

「zzz…」

「寝ちゃった。もう…」

 

もたれかかって夢の世界に旅立ったパートナーに、メアリーはしょうがないなぁ、と言いながらも嫌がる素振りなど見せず支える。とはいえ、対格差的にこのままだと辛いのも事実であり、どうしようかと考え、そうだ、と膝の上に乗せていた皿をどかすと、代わりにトウガを自分の方に横にし頭を乗せた。

 

「ふふっ」

 

普段は真面目でどこまでも真っすぐな彼だが、まるで子供のように無防備な姿に。意外な一面を知れたこともあり、思わずクスっと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

宿舎から賑やかな喧騒が漏れ聞こえる中。連邦軍人であり、共産党員である所謂政治将校リリーヤ・イヴァノヴァ・タネーチカは1人人気のない屋外にいた。

日が沈んだ東欧真冬の風は、まるで人間など自然の前では矮小だと嘲笑うかのように襲い来る。

防寒コートに身を包んでいても、心身共に凍てついてしまいかねず。手袋をしていることさえ忘れ、思わずといった様子で、手にハァ~と息を吹きかけてしまう。

 

「…何してんの、こんなところで?」

「ひゃっ!?!?」

 

そんな彼女に背後からロイドが声をかけると、飛び跳ねんばかりに悲鳴を上げるリリーヤ。

 

「ふ、フレッド主任!?な、何をしているんですかこんなとこで!?」

「いや、そのこんなところで1人黄昏てるユーに言われたくないざます」

 

恥ずかしいところ見られた、と言わんばかりに慌てふためくリリーヤに、至極真っ当なツッコミを入れるロイド。

 

「不審者がウチらの建物の周りをうろついていたから見に来たけど、連邦人でもこの寒さは死ねるで。こっち来んしゃい」

「え、あの…!」

 

リリーヤの手を掴むと、有無を言わさず引っ張っていくロイド。

暫く歩くと、特派が使用している格納庫に辿り着いた。

明かりを着けると、手近な椅子に彼女を座らせると暖房機を側に置く。

 

「あの、いいのですか?他国の人間をこんな風に入れてしまって…」

「いいかね。こういうのはバレなきゃいいのだよ」

「はぁ…」

 

困惑を隠せないでいるリリーヤを尻目に、格納庫を出ていくロイド。すぐに戻ってきた彼の両手には、料理が盛りつけられた皿が乗せられていた。

ほい、と押しつけるように皿を渡すと、隣に腰かけ自分の分を食べ始めるロイド。

 

「あの…」

酔いつぶれた奴(トウガ)の分略奪しただけだから、気にしなくていいで」

「…後で怒られるのでは?」

「久々に好物の酒が飲めるからって、早々に潰れてメアリーの嬢ちゃんに膝枕してもらってるやつが悪い。決して嫉妬心からではない」

「ああ、オルフェス中尉を取られてしまって…」

 

何かを察したような目を向けてくるリリーヤ。心なしか何故か頬が赤く染まる

 

「違うざます。誰も彼もそういう方向にもっていくのはやめるざます」

「違うのですか?お二方は夫婦のようだとお聞きしますが」

「ようであって夫婦になる気はないざます。ミーはノーマルざます」

「そうでしたか。それはすみません」

 

心外だと言わんばかりの抗議に、どこか安堵したようにホッとするリリーヤ。

 

「んな話はもういいから、冷めない内に喰っちまいな」

「では、いただきます」

 

チキンを手にし口に運ぶと、肉の本来の旨味と味付けの絶妙なハーモニーに顔がほころぶ。

そんな彼女をロイドは楽し気に見ていた。

 

「あ…」

 

そのことに気づき、しまった、いった様子でリリーヤは顔を背ける。

 

「気にすんな。仮面(・・)は脱げる時には脱いどきな。でなきゃ窒息しちまうよ」

「……」

「大変だな嫌われ者(政治将校)演じる(・・・)ってのは」

「そのようなことは…」

「俺は育ち故ってのかね。誰がどういう仮面を被ってのかわかんのよ。だから、あんたが無理してしたくない仮面を被ってんのかなってくらいは感じんのよ」

 

ま、勝手な妄想だがね、と肩を竦めるロイドに。リリーヤは暫し顔を伏せると、何かを色々と吐き出すように深く息を吐くと顔を上げた。そこには、清廉さと共産党員としての誇りを持った彼女はおらず、疲れと諦観を貼りつかせた顔を持つリリーヤ・イヴァノヴァ・タネーチカがいた。

 

「フレッド主任。あなたは私がこの歳でどうして共産党員になれたと思いますか?」

「革命時から共産党に協力していた貴族の家系だからとか?」

 

帝国主義から共産主義に移るにあたり、『平等』の名のもとに貴族のような特権階級は文字通り根絶やしにされたが、党に協力的だった者達は例外的に存続を許されていた。

リリーヤの気品ある立ち振る舞いから、そういった出なのではいかとロイドは見ていた。

 

「そうです。私の父は『赤い貴族』とも言われている、共産党に協力的な旧家の家系です。ただ、母は市井の出の愛人なのです」

「……」

「周囲の目もあり、私も母も父とは離れて暮らしていました。でも、母が病で亡くなると父に引き取られました。母は父のことを何も話してくれなかったので、その時に初めて貴族の血を引いていることを知りましたが」

「で、その縁で党員になれました…ってんならまだいい話で終わるんだろうねぇ」

 

その先の流がわかっているかのようなロイドの言葉に、リリーヤはええ、と頷く。

 

「私の存在は家にとって都合が悪いようで。引き取られてからも父は私に会おうとはせず、周りからは疎まれていました。それでも、党への忠誠の証にはなるとしてアカデミーに入れられました」

「人質という名の厄介払い、か」

「はい。とは言っても、必要になれば簡単に切り捨てられる形だけのものですけども」

 

自嘲気味に笑うリリーヤ。それでも、どこかスッキリしたような清々しさも見られた。

 

「悪いが大変だなってとしか言ってやれん。兄弟なら上手く慰めてやれるんだが」

「いえ、人に話すのは初めてですけど。聞いてもらって何だが気が楽になりました変に同情される方が多分辛いと思いますから」

 

リリーヤはそういって微笑む。それは、これまでのような人当たりの良さを見せようとすつものでなく、無意識に見せた彼女らしいと思える柔らかい笑みにロイドは見えた。

 

「可愛いやん」

「ふぇ!?」

 

思いもよらない言葉に、顔を真っ赤にして固まるリリーヤ。それに対し、当のロイドは無意識に発していた言葉に、目を点にしていた。

 

「…あれだな。その若さで政治将校ってのも凄いやん。裏があるとはいえ、こんな大仕事任されるんだから才能あるってことやろ」

「そう、なんでしょうか。物覚えは良いとは言われますが。でも、今の任務についてはやりがいを感じています。ミケル大佐方『祖国』を守るべく戦っている人々のお役に立てるのですから」

「…その当人らには嫌われてるけどな。あんな所にいたのも気を遣ったからか。だからって…」

 

凍死しかねないような所にいたのも、彼女なりに己に罰を与えようとしていたのだろうと考え、眉を顰めるロイド。

 

「メアリーは誘ってくれたのですけど断らせてもらいました。その方が皆さん心置きなく楽しんで下さいますから。それも仕方ありません。それだけのことを、党が彼らにしたのですから。ラーゲリに入れられた者は人として扱われず、十分な食事も防寒具も与えられない上、過酷な労働を強いられ餓死や凍死が絶えないと聞きます。私を怨むことで少しでも大佐方の憎しみが晴れるなら、本望です」

 

謂れのない罪すら引き受けることを、誇るように胸に手を当てるリリーヤ。その清廉と真心ある姿に見惚れるロイド。

 

「…美しぃ」

「ふぇ!?」

 

先程と同じ流れと反応を繰り返す両者。これを秋津島皇国ハーフが見たら天丼かよ、とでもツッコんでいたことだろう。

 

「あの~主任」

 

扉が開きメアリーが顔を覗かせてきたので、神速の如き速さでロイドはリリーヤをシートで覆い背後に隠す。

 

「?どうかしましたか?」

「嬢ちゃんの装備のアイデアとか練ってただけさぁね。それよりどうしたん?」

「そろそろトウガをお部屋で寝かせてあげたいんですけど、いいですか?」

「全然構わないけど、何でそんなに申し訳なさそうなんざます?」

「いえ、迷惑かな、と」

「そんな女房の仕事を取ってしまって。みたいな顔しなくていいざます。変な気を遣わなくいいんざますよ。というか、そもそも俺に確認なんぞいらんでござる」

 

恋のライバルに遠慮でもするかのようなメアリーの態度に、勘弁してくれと言いたげにツッコミを入れるロイド。

それではと、メアリーが退室すると、ふぅ…と額の汗を拭うロイド。

 

「――――」

「ああ、ごめんごめん」

 

リリーヤがもぞもぞと何か主張し出したので、シートを外すとぷはぁ、と少し息苦しそうに顔を出す。

 

「大丈夫?」

「はい。すみませんご迷惑ばかりかけてしまって」

「いいよいいよ。一番手のかかるのは嬢ちゃんが見てくれてるから、最近は暇なくらいよ」

「…あのお2人仲が良いですものね」

 

傍から見ても特別な関係に見えるトウガとメアリーの姿を思い浮かべ、どこか羨んでいる様子のリリーヤ。

 

「せやな。あいつにもようやくそういう人ができたんやなって」

 

本当に嬉しそうに、ロイドはソフトドリンクの入ったカップを(状況的に酒は避けたらしい)祝うように呷る。

 

「夢ばっか追いかけていたあいつがなぁ」

「夢、ですか?」

「そ、あいつとは物心つくかのガキンチョの頃からの付き合いでさ。両親が航空魔導師やってたてのもあって空が好きでな。昔っから自由に空を飛びたがってたのよ。でも、あいつには魔導師としての素質がなかったのよ」

「…それは、辛いですね」

 

魔導師としての適性は完全に先天性のものであり、持たぬ者にはどれだけ努力しようが得ることはできない。故に、その事実を知った時の絶望感は、想像を絶するものだっただろうと容易に想像できた。

 

「それでもあいつは諦めようとしなくてな、家族以外俺も含めて周りから馬鹿にされても足掻き続けてよ。気づいたら手を貸すようになってたよ」

 

そういうと、ロイドはハンガーに収められているネクストに視線を移す。

 

「もしや、あれは兵器として開発された物ではないので?」

「そ、ただあの馬鹿の願いを叶えるために、てな。そのために有用性を示したりする必要があるから軍事転用したってだけよ」

「そこまでして、あなた方が叶えたい夢とは一体なんなのですか?」

 

諜報活動と取られなねない発言であるが。彼女の純粋な興味から口にした言葉であり。それを理解しているのか、ロイドは嫌な顔一つしないどころか、知ってもらいたいと言うように語り出す。

 

「空の先を見ることさ」

「空の、先…宇宙ですか?」

 

そうさ、と言うと立ち上がり格納庫の入り口に歩き出すロイドに、リリーヤは着いて行く。

 

「君はあの空の先には何があるか知ってるかい?」

「太陽や月、それに星座のような星があるくらいしか…」

 

天を仰げば、夜空に広がる月と星々の輝きが見事なグラデーションを描いていた。

その光景を無邪気な目で見つめながら、楽し気にロイドは言葉を続ける。

 

「そういったもの以外に、地球の外には何があるのか、宇宙ってのはどういった世界なのか直接行って確かめたい。それが俺達の夢なのさ」

 

子供の頃、誰もが一度は疑問に思ったことのある星々の世界。だが、確かめる術はないとすぐに失ってしまう好奇心を、彼らは持ち続け諦めずに挑もうとする。

 

「それは、とても素敵な夢ですね」

 

にしてもキレーだなぁ~、と子供のようにはしゃいでいるロイドが、リリーヤにはとても輝いて見えるのだった。




本作では、リリーヤに家族のこと等原作にない設定を付け足していますので、ご了承下さいませ。


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第十七話

「イルドアが動員令を発令、か。連中自分達の軍隊がただの飾りでないということをお思い出したか?」

 

聖なる夜も過ぎ去り、新年を迎えた欧州大陸。戦乱に包まれ早四年もも月日が経とうとする中。トウガは煎餅片手に、回されてきた報告書に目を通しながら皮肉げな口調を漏らす。

東部は連邦、帝国共に春の雪解けに備えていることもあり、大規模な衝突はなく嵐の前の静けさを保っていたが。それを見越したかのように、帝国南部と国境を接するイルドア王国が北部で(・・・)大規模な動員令を発令したことで、各国に少なくないざわめきが起きていたのだった。

 

「連中あくまで演習だとのたまっているが。よりによって同盟国(・・・)の国境付近でとは笑えんね」

 

アホかと言いたげに呆れた顔で、背もたれを側を前にしたパイプ椅子に腰かけ、背もたれに腕を乗せて寄りかかりながら煎餅を齧るロイド。

 

「あの、それが何か問題が?自国内で演習を行うだけですよね?」

 

リスのように煎餅をポリポリと食べていたメアリーが、教師に質問するように軽く手を挙げながら問いかけてくる。

 

「いいかね。まず軍隊を動員するというのは、多大な時間と労力が必要となる、故にしようと思ってすぐにできることではない。敵に攻め込まれてからでは遅すぎるのだ。そして、軍隊を動員するということは『軍事的行動をする』という合図だ。隣国が動員令を発令したならば、狙いが何であれそれに合わせて自分達も動員しなければならんのだよ、万が一の最悪に備えてな」

「でも、帝国とイルドア王国は同盟関係にあるんだから。そんな心配は必要ないんじゃないの?」

「覚えておくといいメアリー。国家間に『永遠の友も永遠の敵もいない』。あるのはその時代の情勢と得られる利益による『都合のいい関係』だけだ」

「?」

「旨味があればいくらでも仲良くするけど、それがなくなれば簡単に切り捨てる――つまり、国益になるかならないか次第ってことよ」

「そういうもの何ですか?」

「悲しいがな。国家が数千万単位の人の群れである以上。友情だ愛情だと綺麗ごとだけでは済ませられんのさ」

 

肩を竦めながら話すトウガに、嫌だねぇ、と辟易しながら賛同するロイド。

 

「ま、辛気臭っせえ話はやめるとして。イルドアは何がしたいと思うよ?」

「平和の使者にでもなりたいのだろうよ。連邦は知らんが、今戦っているどの国もこんな無意味な争いなんぞさっさと終わらせたいだろうからな。終わらせてくれるなら神どころか悪魔にすら縋りつきたいだろうよ」

「和平の仲介をしてやるから色々と便宜を図れってか。こういうのを漁夫の利って言うんだっけか?」

「ああ。今回の動員は戦争諸外国へのパフォーマンス、といったところか。『我々にはこれだけの力がある。だから話を聞け』とな。事実、帝国はその対応に最前線から余裕のない戦力を割り振らざるを得なくなったからな。その手腕にはどの国も関心を持ったことだろうよ。…最も遅すぎたがな」

 

そういって湯飲みに注がれている茶を啜るトウガ。その顔には憂いの色さえ見られた。

 

「どういうことトウガ?」

「恐らくイルドアの連中、『戦前の価値観』で動いているのだろう。『総力戦』と呼ばれることになるだろうこの戦乱が起きる前、のな」

「総力戦?」

 

初めて聞く言葉に首を傾げるメアリー。それを見てロイドがああ、と何かを思い出したように声を漏らす。

 

「嬢ちゃんは知らないわな。協商連合と帝国が戦争を始めてすぐのフランソワも参加したくらいの頃に、こいつが言い出したもんだよ。確か国家同士がの総力を結集した戦争形態だったか」

「それまでの戦争は単に軍隊同士の衝突をさし、関わるのは軍事関係者だけだったが。鉄道や航空技術の登場による輸送能力の向上、そしてメディアの発達によって、国民も深く関われることができるようになったことにより、今後の戦争は『国の関わるもの全てを用いた戦争行為』となるかもしれんと思っただけだ」

「んで、それを俺の兄貴に話したら、それ経由で軍のお偉方の耳に入ったらしくて、『詳細なのものを論文にして出せ』って言われたんだよな~。それからうちの軍じゃ今の欧州の戦争をそう呼ぶようになったのよね~」

「そんなこともできるんだ、やっぱり凄いんだねトウガって」

「…あれはあの人が俺の考えを聞かせろとしつこいから言っただけで、広めるつもりはなかったんだがな」

 

尊敬の眼差しを向けるメアリーだが。当のトウガは、ここにいない人物に文句を言いたげに眉を顰めていた。

 

「ともかく。イルドアが求めるのは話し合いによる解決。だが、それを求めるには余りにも血が流れ過ぎた…。政府や軍の高官はまだ話し合える筈だ。しかし、夫を父を息子を恋人を――愛する者を失った国民はそれを許さないだろう。怒りという感情の奔流は合理的な正しさを容易く押し流してしまう。世論という名の怪物が目覚めた以上、もはや当事者ですら止まりたくても己れでは止まれんだろうよ」

「そこら辺をイルドアの諸君が理解できないと痛い目見そうだぁねぇ」

「まあ、上手くいく分には文句はないんで、頑張ってもらいたいものだ」

 

そう口にしてはいるが。正直期待はしていないが、という一文が添えられそうなまでの軽さを感じられる口調であった。

 

 

 

 

「はぁ…」

 

雪が解け始め、春先が見えてきた三月末。多国籍部隊駐屯地の食堂にて、食事の席に着きながら、メアリーは深々と息を吐いていた。

 

「どうしたのメアリー?何か心配事?」

 

そんな彼女に、対面に座るリリーヤが心配そうな目で語り掛ける。

歳が近い同姓ということもあり、そう時間もかからず友人と呼べる関係となった彼女らは、タイミングが合えばこうして食事の席を共にすることも少なくなかった。

 

「ああ、ごめんリリーヤ。何でもないよ」

「とてもそうは見えないけど…。あ、もしかして今度の作戦にオルフェス中尉が参加しないこと?」

「…うん」

 

自分なんかよりも責務ある立場の友人に、負担をかけまいと振舞おうとするも、あっさりと看破され白旗を上げるメアリー。

東部における春季大攻勢を前に、帝国に目を逸らすために発案された陽動プラン――旧協商連合圏でのパルチザン支援という大役を多国籍部隊所属航空魔導隊が担うこととなったのである。

それ自体にメアリーは不満などなく、寧ろ制圧された環境で帝国に抵抗を続ける同胞らの手助けができることに、今までで最もやりがいをを感じていた。

ただ、予想外のだったのがその任務にトウガが不参加であることだった。

 

「不安なのはわかるけど、こればっかりは仕方ないの。彼は良くも悪くも目立ってしまうから」

 

申し訳なさそうに話すリリーヤに、大丈夫、わかってるから、と返すメアリー。

今回の作戦は敵を倒す戦闘力よりも、撹乱し欺く隠密性が求めらるものであり。下手に敵を刺激し、パルチザンへの圧迫を強めてしまうことは避けなければならないのだ。

そして、ネクストはその外見上正体を隠すことが難しく。帝国屈指のエースであるラインの悪魔と互角に渡り合えるトウガの存在の露呈は、不都合なことが多くなると判断されたのである。

初陣以降彼と共にいるメアリーにとって、その不在は想像以上のプレッシャーとなっているのだろう。

 

「…それもあるけど。中尉にも故郷の空を見てほしかったなーって」

 

両手の人差し指をツンツンと合わせながら、不謹慎だけど、と付け加えるメアリー。そんないじらしい彼女の姿に、リリーヤは思わずふふ、と笑みを浮かべる。

 

「な、何?リリーヤ」

「ん~?メアリーはオルフェス中尉が大好きなんだな~って」

「ッ~~。そ、そういうんじゃなくて!ただトウガ――中尉は空を飛ぶのが好きだから、気に入ってくれるかなってだけだから!!」

 

からかうように言うと。メアリーはトマトのように顔を真っ赤にして、わたわたと慌てだす。

実際2人が互いにどこまで考えているかはともかく、リリーヤ含め周囲としては『そういう関係』と見れるくらいには距離が近いと言えるだろう。

 

「じゃあ、そういうことにしておいてあげる」

「む~そういうリリーヤはどうなの?誰か気になる人はいないの?」

 

おかえしといった様子で問うと、リリーヤは動じる様子もなく肩を竦める。

 

「私は今はいいかな。このご時世だし、党員としてやらなければならないことが多いから」

「それはそうだけど…」

「あ、あなたのことを悪く言いたい訳じゃないの。あなたくらいの年頃は色恋に花を咲かせるべきなんだから」

「リリーヤ~?」

 

またからかうように言うとムスッとしながら睨またので、ごめんごめんと両手を合わながら謝るリリーヤ。

 

「もう。…でも、いつかは見つかるといいね、リリーヤにも素敵な人が」

「…そうね。でも私とはいるべき世界(・・・・・・)が違うから…」

「リリーヤ?」

 

いつもの凛としたものでなく、どこか寂しそうに話す友人に、メアリーがどうしたの?と問うと。リリーヤはううん。何でもないよ、といつもの様に微笑むのであった。



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第十八話

合衆国行きの輸送機の中。座席で眠るトウガを隣のロイドが揺すって起こす。

 

「起きろー。起きないと額に『肉』って書くぞ~油性で」

「水性にしろ。どれだけ晒し者にしたいんだお前は。というか何で肉なんだよ」

「将来流行りそうだから」

「何を予知しているんだよ」

 

本気で油性ペンを持っている馬鹿をヘッドロックで締め上げながら、ツッコミを入れるトウガ。

窓の外を見れば見慣れた空が広がっており、祖国に帰ってきたのだと実感することができた。

多国籍部隊が協商連合での任務に就く間、トウガら特派は酷使し続けていたネクストのオーバーホールや休暇を兼ねて一時帰国することとなったのである。

トウガとしては戦友達が戦地に赴く中、安寧を貪ることに抵抗がないと言えないが。ドレイク始め同僚だけでなく、ミケルら連邦の人々からも不平不満の声がないどころか。ラインの悪魔を何度も相手取るだけでなく、普段の任務も人一倍励んでいるのだから、休める時はしっかりと休むようにと送り出してくれたのだった。

 

「…公共事業での艦艇建造、上手くいっているようだな」

 

眼下に視線を映せば、絶賛稼働中の造船場が視界に入る。

ドックで組み立てられているのは客船や輸送船ではなく、一際巨大な船体にまな板のように平らな甲板が特徴的な空母であった。

不景気のあおりを受けていた合衆国は、欧州で戦乱が起きるとそれを口述に失業対策に公共事業(・・・・)で軍需品の増産を始めたのである。

それには軍艦も入っており、関係者曰く『簡易な設計なら空母でも週一で作り出せる』という触れ込みであった。

海の王者でもある連合王国でもそのような力技は不可能であり、今や戦車一台作るだけでも四苦八苦しているであろう帝国は卒倒して羨むことだろう。

更に驚異的なのはフランソワ、連合王国、最近では連邦と帝国と交戦している国々を支援しながらのうえでの話なのだから、自国民であるトウガですら畏怖の念を抱かずにはいられなかった。

 

「(帝国の上層部は、このことを知っていても戦い続けるのだろうか)」

 

フランソワに勝利した時点で、既に満身創痍であり。その上で南方大陸で抵抗を続ける亡命政権、連合王国、連邦との戦いで振り絞っていた国力を磨り潰している状態であり。仮にその全てに勝利しようとも、それらの国全てを圧倒する合衆国が控えているのだ。

帝国政府も軍部もそのことを当然理解してはいるのだろう。それでも、これまで流した血の代償を得るべく勝利を信じて戦い続けるのだろう。更なる流血の先にあるのが例え破滅であろうとも。

まして、そういった世情に疎い大衆は自分達が進む先のことなど考えず、怒りと悲しみを晴らすためだけに戦うことを選んでしまう。

非合理的であろうとも、人が感情という絶対原則に縛られている以上、それは人種、思想を問わず起きうることなのであろう。

 

「失礼します。これより着陸態勢に入りますのでご準備を」

「ああ、ありがとう。快適なフライトだったよ」

 

放送でなく、わざわざ顔を出して伝達してくれた乗組員に、労いの言葉をかける。

そうしていると腕をペチペチと叩かれる。

 

「そろ…そろはな、ちて…。お、ちる…」

 

顔面蒼白で抗議してくる馬鹿に、締め上たままだったことを思い出すのだった。

 

 

 

 

「…こちらは平和だな」

 

帰還後、その日の内に済ませられる仕事を片付けたトウガは。合衆国首都圏にあるオフィス街を訪れていた。

空を仰げば天を突かんばかりに連立するビル群がそびえ立ち。地を見れば昼頃ということもあり、レストランやカフェテリア等で昼食を楽しむサラリーマンや家族連れで道路は賑わい。車道はひっきりなしに車が行き交っており。不景気に負けまいとする人々の気概が感じ取られた。

銃声も砲撃の奏でる破壊音もしない、健全な人の営みが響かせるコーラスに平和な世界を再認識していた。

 

「そうだねー。こっちじゃ欧州のことはまだ(・・)対岸の火事ってやつだからねー」

 

そんな彼の前を歩いていたスーツ姿の男性が反応する。ロイドに似た顔立ちをしているが、彼よりも少し年月を感じさせる風貌をしており。どこにでもいるサラリーマンといった雰囲気を醸し出していた。

彼の名はラルフ・フレッド。ロイドの実兄であり、実家が経営する合衆国有数の巨大複合企業体『レイナード』の幹部で、次期総裁として期待されている人物である。そして、特派の設立――ひいてはネクストの開発におけるスポンサーでもあった。

 

「戦地経験者としては落ち着かない?」

「…そうですね。以前よりは人の視線や、何気ない動作などが気になってしまいますね」

「ん~やっぱり従軍者のメンタル面でのアフターケアも大事になるよね~」

 

顎に人差し指を当てながら、ああすべきかこうすべきかと思案しながら歩く彼を、トウガは守るように周囲を警戒しながら、従者のような様子でその後に続き。やがて一行は個人経営されているらしいカフェテリアへと入店していく。

店員に案内され対面するように席につくと、慣れた様子でオーダーを済ませる。その際に店員と名前を呼び合い、今日はロイドはいないのかといった談笑を交えながらであったことから、常連と言える頻度で足を通っているらしい。

 

「……」

「ん?どうしたんだいトウガ君?」

「いえ、護衛を着けずに出かけるのはいかがなものかと。しかも車も使わずに」

「最近オフィスに篭り過ぎて運動不足気味でね。なのに皆散歩の一つもさせてくれないんだよねぇ」

「でしょうね。ただでさえ敵が多いんですからあなたは」

 

その立場上、ライバル企業は元より。現実的でないネクストの開発を推進したりと、独創的で奔放な方針を好む性格のため。身内からもラルフを疎ましく思う者も少なくないのだ。

今この瞬間にも命を狙われてもおかしくないにも関わらず、当人は気にした様子もなく、戦地での話が聞きたいと呼び出したトウガだけを護衛に遊びに出かけているのだ。

 

「だから、君がいないと中々出歩かせてくれないんだよ」

「私なんかを過信しすぎですよ。何かあったらどうするんですか?」

「君だから信頼しているのさ。一人で遭難した中で小規模とはいえ、敵基地を壊滅させたりしたことのある君をね」

「あれは敵が間抜け過ぎただけです。夜襲で通信設備を潰して、同士打ちさせた程度のことです。運がよかっただけですよ」

「運も実力の内って言うけど。まあ、そういう謙虚なところは好きなんだけどねぇ」

 

昔から自分のことを過小評価するトウガに、軽く溜息をつくラルフ。幼い頃から付き合いのある身としては、もっと胸を張って生きてもいいのにと考えていた。

そんな話をしていると、注文していたコーヒーとパフェが運ばれてくる。

早速ラルフは、スプーンでパフェを掬うと口に運び入れる。

 

「ん~やっぱりここのは絶品だねぇ。足を運ぶ価値があるよ」

「…せめて店を貸切るくらいはした方がいいと思いますけどね」

「それじゃあ他の人の迷惑になるじゃないか」

「暗殺に巻き込まれる方が迷惑ですよ」

 

当たり前のように身の危険を顧みないラルフに、至極当然の指摘をするトウガ。

 

「ちゃんとそこら辺は『調べて』あるから大丈夫だよ。今はどこも欧州絡みで忙しいから僕なんかに構っている暇はないさ」

「流石は魔術師(ウィザード)。抜かりなしと」

「その呼び方はやめてくれよ。好きじゃないんだ」

 

周りが勝手に言ってるだけだからね、と唇を尖らせるラルフ。

 

「ただ、『情報』こそが僕にとって最大の武器なだけさ。それ一つで相手を欺くことも、自分の身を守ることだってできる。それこそ世界が動くことだってある」

「現に欧州では、情報一つで戦局どころか国一つが動いていますからね」

「だから私は目を凝らし、耳を澄ます。何にも勝る武器を手にするためにね。…まあ、ペンは剣よりも強しとは言うけど、だからといって剣をおざなりにする気は毛頭ないけどね」

 

剣という部分でだから仲良くしてね、とにこやかに視線を送るラルフに。やはり、この人は敵に回したくないな、と内心畏怖の念を抱きながらも、応じるように頷くトウガ。

 

「それで、どうだい?欧州の様子は?」

「悲惨、としか言いようがありませんね。未来を生きるべき若者が、我々大人の失態で今この瞬間も命を散らしているのですから」

 

その言葉と共に思い出されるのはラインの悪魔であり。10を超えたかという(よわい)の子供が軍属の英雄としてもてはやされ、当たり前のように人を殺めている姿は、現代の戦乱の狂気を体現してしまっていると言えるであろう。

 

「嘆かわしい…。なんてことは、安全地帯でいくらでも言えることだよね。そんなことを言っている暇があれば、一刻でも早い終結に向けて努力をすべきだよね」

「同感です。合衆国議会の動きはどうなっていますか?」

「大統領や一部はやる気を出しているけど、大半の議員は尻込みしているね。レンドリース以上のことはすべきでないってさ。まあ、赤の他人のために命をかけましょうって言われてはい、そうですね、とはならないよね」

 

如何ともし難いと言いたげに肩を竦めるラルフ。

元より己だけでも国を成り立たせられる合衆国は、長きに渡り他国との関りを避ける方針を取って来たため、国民だけでなく政財界でも欧州の戦乱に対し無関心な人間が多いのである。

 

「しかし、連邦が参戦した以上、座して待つことは後々の災厄を受け入れるのに等しいかと」

「そうだね。共産党のペテン師共が蔓延(はびこ)るのは勘弁願いたいものだよ」

 

今までの陽気さから一転して、不快さを隠すことなく吐き捨てるように話すラルフ。

仮に帝国が敗北した場合。主戦線を担っている連邦が戦後処理において強い発言力を得て、帝国の領地の大半を取り込むこととなり、欧州の覇者として世界に与える影響力が増すことで、共産主義を受け入れる国が増加していく可能性を、一部の有識者が示していた。

大統領始め、直接的な介入論を支持している者達はそうなる事態を恐れており。それはレイナードグループら一部の財界も同様であり、世論――ひいては議会を動かすべく工作を進めているのであった。

 

「…とはいえ、現状できることと言えば、海上輸送を担っている我が国の船舶の情報を帝国にそれとなく流す(・・・・・・・・・・)くらいしかできないけどね」

「…民間船を含めて、ですか」

 

言葉の意図を察したトウガは、僅かだが眉を潜ませる。

 

「ああ。義勇兵でもない無辜の同胞の血が流れたとなれば、世論は一気に直接介入へと熱を帯びる。帝国も今は艦船の所属を確認したりと慎重に通商破壊を行っているけど、いずれはなりふり構わなくなるだろうね」

「……」

「最低だろう?何の罪もない同胞を生贄にしようとしているんだ、蔑んでくれて構わないよ」

「あなたのせいでは…」

「確かに提案したのは僕ではないよ。でもね、それを知った上船舶を手配している以上同罪だよ。いや、そうでなくても、知っていながら意義を唱えないのなら共犯者と何ら変わりないさ」

 

自嘲するように話すラルフも、トウガは何も言えずただ耳を傾けることしかできなかった。

 

「僕はこの国を祖国を、そこに暮らす人々を愛している。それを守るためなら地獄に落ちることも辞さないつもりだ」

「…あなたのような愛国者を非難する言葉を、私は持ち合わせていません」

「君にそう言ってもらえると、幾分肩の荷が降りるよ」

 

ありがとう、と笑みを浮かべながら、コーヒーを口にすると。ラルフは何かを思い出したように口を開く。

 

「そうだ。君の所で預かっている義勇兵のスー少尉だったね。彼女を正式に特派所属にするようにと、ネクストの使用許可について手配しておいたよ。細かい仕様はロイドに投げたから」

「ありがとうございます。お手数をおかけしてすみません」

「気にしなくていいさ、大して難しいことじゃないからね。ネクストも魔力保持者が使用した場合のデータも欲しかったからね」

 

深々と頭を下げるトウガに、ラルフはいやいや、と大らかに笑う。

メアリーと接する中で、軍属に向かない気質や特異な素質を鑑みて、正規の編成に組み込むのは難しいと考えたトウガは、引き続き自分の元で指導するのが最善であろうと判断したのだ。

 

「それにしても彼女のデータを見せてもらったけど。これまでの出撃で何度も宝珠を自壊させているなんて、魔力量がケタ違いだねぇ。確かにネクストでもなければ耐えられるものではないだろうね」

 

数百年に1人と言える規格外の数値を思い出し、感心したように話すラルフ。

それに対し、トウガは自らの不甲斐なさを吐露するように懸念を示す。

 

「ただ、彼女自身、自らの力を制御できていませんので、それが原因でもありますが。…情けないことですが、自分だけでは指導するのが難しい問題なので」

 

これまで、ドレイクらの協力を得ながら訓練を続けているが、年齢の幼さからくる感情面での未成熟さもあるのか、未だ安定した魔力の使用ができていなかった。

トウガ自身は魔力を持たない身のため、こればかりは教えられることは少なく、歯痒い思いをしていた。

 

「こればかりは先天性のものだからね。君は君にできることをしてあげるのが、その子のためになるさ」

「そうであれば良いとは思います」

 

少なくとも先人として恥ずかしくない姿を見せるよう努力しているが、彼女には実際にどのように見られているのかという不安を駆られる時もあるのだ。…傍から見ればそのような心配は無用なのだが。

 

「ん~まぁ、あれだよね」

「…何ですか、変な笑みを浮かべて…」

 

何やらニヤニヤと愉しげに見てくるラルフに、訝し気な目を向けて警戒するトウガ。

 

「いやなにね。随分その子のことを気に入っているなーって。うん、いいことだいいことだ」

「上司としてすべきことをしているだけですが?」

「へーソウナンダー」

「信じてないだろ」

「ソンナコトナイヨー。コノスミキッタメヲミテヨー」

 

完全にとぼけきった態度をかましてくる愉快人に、内心イラっとくるトウガ。

 

「あ、式を挙げるなら言ってね。式場でも何でも特別価格で手配してするから」

「……」

「ちょ、怖い!?そこらマフィアよりも怖いから!!ごめん、謝るからっ!!」

 

本職すら尻尾を巻いて逃げ出レベルの顔で凄んでくトウガに、ビビって平謝りするラルフであった。



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第十九話

ラルフを無事レイナード本社まで送り届け別れたトウガは、その足で1人首都圏の郊外を訪れていた。

日が傾き始め、夕陽が照らす中を歩き進むと、木製らしき物をぶつけ合う音と、幼さの残る掛け声が耳に届くようになる。

それらの音の元を目指すと、近代的な合衆国の外観の住宅の中に、道場と呼ばれる秋津島皇国式の木製の建物が見えてきた。

慣れた様子でトウガは、木製の戸を開けると道場内へ足を踏み入ると、十数人の10代の男女が剣道と呼ばれる秋津島皇国特有の武道用の防具を纏い、かつてかの国で流通していた刃物――刀を竹で模した竹刀を振るい稽古に励んでいた。

 

「(…変わらないな、ここは)」

 

その様子を懐かし気に眺めていると、子供らの1人がトウガの存在に気がつくと、あっ!嬉しそうに声を上げる。

 

「トウガ兄ちゃんだ!!」

「わっホントだ!!おかえりなさい!!」

 

わいわいとその場にいた子らが皆トウガの元に集まり、腰や腕に抱き着いたりとじゃれついたり労いの言葉をかけたりと盛り上がる。

 

「ただいま。皆息災でなによりだ」

 

そんな彼らの頭を撫でたりと可愛がっていると、道着を着た女性が声をかけてくる。

 

「おかえりなさいトウガ」

「ただいま帰りました。母さんも息災でなによりです」

 

腰まで届く艶のある黒髪を一本に結び、凛とした顔つきと佇まいをした秋津島人女性の美称である大和撫子という言葉を体現したような女性。アサギ・オルフェスーートウガの生みの親にして武術の師であった。

この道場は彼女が営むものであり、トウガと戯れている子らはその門下生なのである。

彼女は久方ぶりに帰郷してきた我が子に、安堵したように微笑む。

 

「かなりの無茶をしたとロイド君から聞きましたが具合は?」

「もうなんともありませんので、ご心配なく。いつでも職務に復帰できますよ」

 

その言葉に、アサギはそうですか、と頷くと、自分の防具を身に着け始めたではないか。

 

「トウガ、用意なさい」

「あの、母さん…」

 

嫌な予感に冷や汗をかきまくるトウガに、アサギは防具を着け終えると、ニッコリと微笑みかける。

その様子を見た門下生らは、すぐさまトウガから離れて安全圏に避難していた。

 

「せっかく帰ってきたですから、どれくらい腕を上げたか見せてもらいましょうか?」

 

竹刀を手にした彼女は、笑みこそ受かべているものの、穏やかだった雰囲気は刃を喉元に突きつけられたかのような威圧感を放つものへと変わっていた。

こうなったら回避するという選択肢は消え去ったので、トウガは慌てて防具を身に着けるのであった。

 

 

 

 

「今日はこれくらいにしましょうか。腕を上げましたねトウガ」

「あ――ありがとう、ござい…ます…」

 

暫くして、息も絶え絶えな状態で、床に倒れ伏すトウガに、息一つ乱していないアサギは満足げに声をかける。

 

「ですが、自分を顧みることを忘れてしまう癖は直っていませんね。己すら守れない者が、誰かを守れはしないということをゆめゆめ忘れないように」

「――はい」

 

そんなやり取りをしていると、居住スペースに繋がる戸が豪快に開かれ、1人の作業着姿の男性が姿を現す。

その顔立ちはトウガに似ているが、仏頂面な彼とは違い、子供のような無邪気で人懐っこい大らかな印象を与えるものであった。

 

「ようトウガ!!待っていたぞい!!」

 

ババーンッ!とでもいう効果音が聞こえてきそうな勢いで登場した男性はワハハッ、と笑いながらトウガに歩み寄ると力強く背中をバシバシと叩きだす。

 

「ほれ、お前のために猪とか狩ってきてあるから、無事に帰って来た祝いで皆でパーティすんぞ!!」

「…痛いんですけど父さん…」

 

アサギとの稽古であちこち竹刀を打ち込まれたせいで、痛む体に容赦なく衝撃を与えてくる父親――ミハイル・オルフェスに恨めし気な視線を向けるトウガ。

 

「がははっ若いもんがそんなことで音を上げてどうすんじゃい!せっかく帰ってきたんだ、飯食った後に根性直しに狩りに行くか!」

「ぜっっっっっっっっっっっったいに嫌だ」

 

もう間もなく陽が沈む窓の外を親指で刺しながら、とんでもないことを言い出す父に、本気で、心底、これでもかと言わんばかりに嫌な顔をしながら拒絶するトウガ。

えー行こうよぉ~、と年甲斐もなく駄々をこねるミハイルの頭を、アサギが竹刀で小突いた。

 

「ほら、夕食の用意をするので、いつまでも遊んでいないで手伝って下さいあなた」

「う~い」

 

 

 

 

その後は門下生らも交え、アジア地域伝統の鍋料理でささやかではあるがパーティが開かれ。両親や懐かしい顔ぶれとの再会を喜び合ったトウガ。

それから陽が完全に沈み、門下生の皆は名残惜しさを残しながらもそれぞれ帰宅していき、食卓に残るのはオルフェス一家のみとなっていた。

 

「んで、ショーンの奴がよぉ、狩った得物分けに久々に会いに行ったら『相変わらず子供みたいに自由な奴だ』とか言いやがってよぉ」

 

鍋の残り物をつつきながら、門下生らが帰った後から飲み始めたビールの入ったグラスを片手に愚痴り出す家主(ミハイル)を、はいはい、と慣れた様子でトウガと同じく、おちょこに注がれた秋津島酒を手に適度に相手しているアサギ。

ちなみにショーンとは、ラルフとロイドの父でありレイナードグループの現総裁である人物である。ミハイルとは幼少期からの親友であり、その縁がトウガとロイドが知り合うきっかけとなったのである。

 

「どうせ周りのことを気にせず馬鹿騒ぎしたからでしょう」

「あいつからかうのは面白いんで」

「いや、そんなキリッとした顔で言うことではないですからね…」

 

ゲラゲラ、と爆笑している父に、呆れ気味にツッコミを入れるトウガ。

とはいえ、家族の変わりない近況を知れて内心安堵すると共に、2人とも軍属であったこともあり、過酷でしかない戦地でのことを無闇に聞こうとしない姿勢がありがたかった。

 

「そういや、トウガぁ。お前女ができたんだってなぁ」

 

突然ぶち込まれた爆弾に、口に含んでいた酒を呑み込もうとした状態で固まるトウガ。数瞬後に再起動したように飲み込むと、何を馬鹿な…と言いたげに馬鹿()を見る。

 

「何の話ですか?」

「ん~ロイド坊から、『あの朴念仁に、あの朴念仁に…、春が来ましたッッッッッッ!!!!!!』とかって異様なテンションの手紙がきてたぁで」

 

あの野郎ぉ!!と次に会った時に処刑することが決定されるのをよそに、ミハイルはアサギになぁ?と話を振る。

 

「私としては、あなたが女気が皆無ですから、最悪ロイド君とそういう話がくることも覚悟していましたが…」

「そんなものは今すぐ捨て去って下さい、そんなことは絶対にありえないのでッッッ」

 

末恐ろしいことぶちまけてきた母に、トウガは土下座せんばかりの勢いで懇願するのだった。

 

「で、どんな娘なの?10くらい下らしいけど、お前年下好きだったんだな。まあ、そんくらいの歳なら俺はとやかく言わんが」

「あなたがそういった好みだったとは、この母の目をもってしても見抜けませんでした。――いえ、子供好きでしたからそうでもなかったですね。まあ、幼子に手を出さないのなら問題ないですね」

「おい待て、彼女はただの部下だ。話を勝手に広げるなやッ」

 

暴走特急と化した両親にブレーキをかけようとするも、母の口からはそんな御託は聞きたくありません、と爆走は続く。

 

「いいから、さっさと本音をぶちまけておしまいなさい」

「…母さん、飲み過ぎですよ」

「何ですか、私が酔っているとでも?しょんなことはありませんよ、ねぇ、あなた」

「相変わらず酒に弱い俺の嫁がクッッッソ可愛い件について」

 

普段の凛々しさはどこにいったやら、当人以外からは酔ってますねとしか言いようがない有様の母に、あらやだ!と何故か乙女のようにのろけ始める父。

変わることのないノリを見せて下さる偉大な我が両親に、もう好きにしてくれ、と匙を投げ捨てるトウガなのであった。

 

 

 

 

「おや?父さん、それはミハイルさんからですか?」

 

フレッド家宅にて、ラルフは父親の手元にある干し肉の入った瓶を見て興味深そうに声をかける。

ちなみに、休めと帰郷させられたロイドが、その肉をうまっ!うまっ!とソファで寛ぎながら頬張っていた。

 

「ああ、あの馬鹿が『社会のために働きずめの貴様に、自然の恵みをくれてやろう!!ありがたく受け取るが良いわッ!!』と置いていきおった」

 

口調こそ呆れ果てているものの、厳格で感情を表に余り出さない父が確かに喜んでいるのを息子らは感じるのであった。



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第二十話

「…帰ってきた」

 

腹の底まで凍えそうな冷ややかな風を送りつけてくる晴天の下。海上にて、メアリーは鉄でできた地(・・・・・)に足を着け、人知れず呟いていた。

彼女が立っているのは、連邦海軍保有の潜水艦の甲板であり。視線の先に微かに見えるは、生まれ育った祖国――協商連合の大いなる大地が輪郭を覗かせていた。

帝国の支配下にある協商連合圏内へのパルチザン支援にあたり、最大の問題である部隊の上陸方法に連合王国・連邦両軍部は頭を悩ませることとなった。

連邦にて、先に起きた不穏分子排除運動(粛正)によって多くの人材を喪失したのは陸軍だけでなく、海軍も同様であり。素人としか形容できない人員で、プロでさえ困難を極める敵地上陸を成し得るか右往左往することとなる。

更に最悪だったのか、敵である帝国の底力であった。

今作戦に際し、敵の戦力配置を図る目的で連合王国海軍によって、協商連合地域を含めた帝国西部沿岸部へ同時襲撃を敢行したのである。

――その結果、全域においてものの見事に撃退されてしまい、主力艦に至っては大空能力の不備さえ露呈する惨事となってしまったのだ。

何よりの頭痛の種は、迎撃に出た帝国戦力は教育部隊(ヒヨッコ未満)を多数含む二線級のみを相手にした上での結果であり。敵の防御がいかに堅固であるかを嫌がおうに認めるざるを得ず、計画の作成段階から分厚過ぎる暗雲が立ち込めてしまっていた。

そんな危機的状況に、連合王国の海のジェントルマンであるドレイクより、一筋の光明が差し込まれたのである。

彼から持ち掛けられたのは、端的に言うと帝国がライン戦線にて、フランソワ共和国主力を包囲撃滅に持ち込んだ手腕の一環である、『魔導師を潜水艦にて輸送し敵の背後を強襲する』という手法の模倣であった。

世界中で魔導師の軍事的運用法を模索している昨今において、海を用いた一つの回答案ともいえるこの手法は、海の王者という自負を持つ連合王国ですら心惹かれるものがあり。使えるものは真似しよう、プライドなんて魚の餌にでもしてばら撒いてしまえと海の益荒男らを頷かせ、上陸艇すら持たない連邦からも助け舟と言わんばかりに歓迎され。史上最大級のコマンド上陸作戦は決行される運びとなったのであった。

最も、そんな大人らの涙ぐましい努力など、一介の兵士でしかないメアリーの知る由のないことではあるが。かくして彼女は故郷の空の下へと帰還するに至る。

これも彼女が知る由もないことだが、政治的な配慮(大人の都合)によって、今作戦での主役は彼女を始め、協商連合出身者であり。帝国よって占領された国の人々が華々しく活躍する絵を政治家は求めていた。

そのため、上陸にあたり先導役を拝命していたメアリーは、使命への重圧と祖国の土を再び踏みしめることへの高揚で逸る心を落ち着けようと、何度も頬を叩いたり深呼吸をする。傍から見れば、遠足前の子供のようにソワソワとしたみっともない姿だと自嘲し、同時にこういった時に支えてくれるトウガの存在の大きさを実感させられるのだった。

そんな彼女に、部隊を纏め終えたドレイクが声をかける。

 

「スー少尉」

「ドレイク中佐」

 

落ち着けるように肩に手を置きながら話すドレイク。歴戦の勇士を感じさせるその手の力強さと、彼の背後で控えている戦友である海兵魔導師らのジェスチャー等で励まそうとしてくれる姿に。まるで勇気をもらうように、不安や恐怖といったものが和らぐようであった。

 

「そう気負うな。与えられた任務をこなす、やることはいつもと違わんのだ。我々もフォローする。まあ、オルフェス中尉に比べたら頼りないがね」

「そ、そんなことはありません!」

 

情けないが、といいたげなドレイクに、メアリーは否定するように首を左右に強く振る。

 

「中佐や皆さんには、いつも助けて頂いて感謝しています。その、これからもご迷惑をかくてしまうかもしれませんが、足手まといにならないよう精進しますので、よろしくお願いします!!」

 

深々と頭を下げるメアリーに、ドレイク始め誰もが迎え入れるような暖かな笑みを浮かべる。

 

「少尉、君はもう既に我らの同胞――背中を預けるに足る戦友だ。そうだろうお前達!!」

 

意気に感じる言葉に、誰もがおおっ!!と賛同の意思を示すように気勢を上げる。

そんな仲間の暖かさに、感極まり零れそうになる涙を兵士としての教示として堪えながら、メアリーは笑顔で応える。

 

「良し、仕事の時間だ!!往くぞ野郎共っ!!レディにエスコートして頂くんだ、無様を晒すなよっ!!」

 

号令に合わせ先陣を切るメアリーに続き、鉄の大地を蹴って一人一人と宙に舞うと、即座に陣形を形成していくと、天翔ける戦士達は次なる戦地へと旅立っていくのであった。

 

 

 

 

「ここまでで結構です。そう時間はかからないので待っていて下さい」

 

タクシーの運転手に多めのチップ含め代金を渡しながら告げると、トウガはタクシーから降りると、舗装されていな道路を歩き出す。

視界一杯に広がるのは麦畑や牧場といった、自然の恵みを活かした人々の生活であり。時折顔を覗かせる家屋は全て木造で、コンクリートに包まれた都市部や、殺伐とした戦場で育ったトウガにとっては新鮮に感じられ。排気ガスの混じっていないありのままの空気を取り込んでいると、自然と心に安らぎを得ていることに、戦場暮らしに無意識に心がささくれ立っていたことに気づかされた。

兵士のメンタルケアに役立つかもしれないので、今度ラルフに話してみようと考えながら、目的地に辿り着く。

懐から取り出したメモに記されている住所――メアリーの実家と違いないことを確認し、敷地内に足を踏み入れる。

家で同然に軍に志願した彼女の家族に、預かる者として一言ご挨拶しておくべきだろうと考え、こうして自ら足を運んできたのであった。

庭にはちょうど高齢の女性が手入れをしており、メアリーの面影を感じられることから彼女が話に聞いていた祖母であると見て声をかける。

 

「失礼、こちらメアリー・スーさんのお住まいで間違いないでしょうか?」

「はい、そうですが?」

 

機密の観点からも事前に連絡できずに押しかけてしまったが、祖母は不審がる様子もなくにこやかに対応してくれた。

 

「突然の来訪をお許し頂きたい。自分はトウガ・オルフェスと申します。合衆国軍特別派遣魔導技術部所属の魔導中尉であります」

「軍人、さん?――――っ!!まさかあの子に、メアリーに何か!?!?!?」

 

見る見るうちに顔面蒼白となり、手にしていた器具を落とし膝から崩れ落ちて倒れそうになる祖母をトウガは慌てて支えると、誤解を解くべく奮戦することとなるのだった。

 

 

 

 

「そうですか、メアリーは無事なのですね」

「はい。鋭意軍務に服しております。…ただ、機密故詳細は話すことは…」

 

あの後、どうにか誤解を解けたトウガは、自宅に招かれリビングにてテーブルを挟んで椅子に腰かけ祖母へ孫の近況を可能な限り伝えていた。

…とはいえ、身内とはいえ伝えられることは非常に限られており、精々元気であること程度しか話せないのだが。

 

「気になさらないで下さい中尉。夫も軍人でしたから、そういったことは理解しております」

 

申し訳なさそうにしているトウガに、祖母よりも年若い成人女性がリビングから現れると優しく声をかえける。

祖母以上にメアリーの面影を感じられる――彼女が成長したらこうなるのだろうという容姿をした女性で、一目で母親なのだと理解できる風貌をしていた。

目の前にカップを置いてくれた母に、会釈しながらカップを手にし中身の紅茶を口にする。苦みと甘さが同居した特有の味に、最後に訪れる爽やかさが舌を彩り楽しませてくれた。

近年はティーバッグの普及で誰でも簡単に楽しめるようになってきたが、この深みのある味わいは一から煎じたものでしか得られないものであった。

 

「よかったらこちらもどうぞ」

 

そういって新たに置かれたのはアップルパイの載った皿であった、焼きたて特有の香ばしい匂いが鼻腔を刺激して食欲が否応なく引き立てられた。

 

「すみません。押しかけてきてしまったのに…」

「いえ、ちょうど母と食べようと焼いていたところでしたので、お気になさらずに」

 

申し訳なさそうにするトウガに、母は柔らかな笑みで深く包むように応じてくれた。

戦争が始まってからの心労が積み重なっているのだろう、少しやつれてしまってこそいるが。まるで慈母神のような慈しみ深い気品ある佇まいは、誰からも愛される彼女の輝きは、初めて顔を合わせるトウガでも感じ取ることができ。メアリーの父親もそんな彼女に、惹かれたのだろうかとつい考えてしまった。

 

「さあ、冷めてしまわない内にどうぞ」

「では、いただきます」

 

彼女に勧められるままに、ナイフとフォークを使い切り分けたパイを口に運ぶ。生地の外はサクサクとしながらも、中はフワフワとした心地よい感触に、詰められたリンゴの甘さが染み込んでいて、高級店にも負けない逸品だと断言できるものであった。

無心で食べ進めるトウガを見て、ふふっと楽し気に笑いう母に。ハッとして気恥ずかし気に顔を赤くする。

 

「ごめんなさい。アンソンと――夫と始めて会った時のことを思い出してしまって」

「旦那様と、ですか?」

「ええ、友人の紹介で知り合って。その時もこうしてパイを振舞ったのですけど。彼もあなたのように子供のように夢中で食べてくれて、思えばそんな彼に惹かれていたのでしょうね」

「良い方なのですね」

「はい。祖国の、家族のために最後まで帝国と戦ってくれた、正直で優しい人でした…。――ごめんなさい、こんな話…」

「いえ、そうやって想い遣ってくれる人がいるからこそ、兵士は過酷な戦場に赴けるのですから…」

 

兵士が初めて戦場に向かう時、誰もが生まれ育った国のためにと心に誓う。だが、死が常に付きまとう余りに過酷な戦場は、それだけでは心を支えるには至らず。最後まで力を与えるのは肩を並べ苦楽を共にした戦友と、国に残した家族や恋人といった愛する者を守ろうとする意思であると、心理学といった科学的な分野でも示されているのだ。

 

「ありがとうございます。さ、暗い話は止めにしましょう。おかわりお持ちしますね」

 

空になった皿を回収し、キッチンへ向かう母に、お構いなく、と社交辞令を交える。

 

「…ありがとうございます。オルフェス中尉」

「はい?」

 

娘の背中を見送った祖母が、神妙な趣で口にした謝罪に、キョトンとした顔をしてしまうトウガ。

 

「夫の死を知ってからのあの子は、日なかラジオや新聞に嚙り付いて帝国が倒されることを願い、夜な夜な寂しさに泣いていました。メアリーが軍に志願すると言い出した時は、今まで見たこともないまで取り乱して反対しました。あの子――メアリーなりに、母の助けになろうと考えたのでしょうけど…。メアリーが家を飛び出してからは生きる希望を亡くしたように無気力に生きていました。でも、あの子からの手紙を読んでいる内に、次第に元気を取り戻していってくれたんです」

「…失礼ながら、それに私とどのような関係が」

「始めは訓練の大変さや、食事が貧相でお婆ちゃんアップルパイが恋しいなんてことばかりでしたけど、いつからかあなたのことが書かれるようになったんです」

「…余り良いことは書かれていないのでは?」

 

褒めらるような内容はないのではないかと不安を見せるトウガに、祖母はいいえ、と楽し気に笑う。

 

「『お父さんみたいに、とても立派で尊敬できる人だと』しきりに書かれていました。最近では、自分のことよりもあなたのことばかり書いてるんですよ。本当に楽しそうに書いている娘に、あの子は元気を分けてもらったんです」

「そう、なのですか…」

 

悪く書かれていないのかと安堵すると同時に、自分のことをそんな風に家族に紹介されていることに、嬉しさと恥ずかしさが混在して反応に困ってしまうのだった。

 

 

 

「申し訳ない。すっかりお邪魔してしてしまいました」

「いいえ。近所の方以外、滅多にお客様なんていらっしゃらないので、とても楽しかったです」

 

暫くして帰宅する自分を、玄関前まで足を運び送る母と祖母に、深々と頭を下げるトウガ。

 

「それでは失礼します」

 

去ろうとするトウガに、母が中尉、と呼び止めた。

 

「また、いらして下さい。今度はメアリーも一緒に(・・・・・・・・・・・)

「?はい」

 

何やら意味深に告げられるも。良くわかっていない様子で、取り敢えず答えるトウガであったのだった。




今話で触れたメアリー母関連の話は本作オリジナルです。
原作でメアリーが軍に志願したことについては、彼女がどのような反応をしたのか触れられておらす。今さらながら、親の承諾なく未成年が志願できるのか?と思ったのですが、そこはツッコまないでもらえると助かります。


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