テンプレ能力は扱い辛い。 (パパんバン)
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開幕の余熱

やっちまったシリーズ


 

 

 

 

 

 4月3日

 

 どうしてこうなった。

 本日は国立魔法大学付属第一高校、通称第一高校の入学式だったわけだが――ストレスで胃がマッハで頭が痛い。俺は何を言ってるんだ。

 というか、これは一体どういうことなのだろうか。

 色々と秘密を抱えているとはいえ、俺は基本的に極々一般的でどこにでもいるノーマルな魔法師だ。容姿も普通で成績も普通――まぁ二科生なのだけれども。一科生になれるほどの魔法力はなかった、ふっ、笑えよベジータ。……なんてふざけてはいるが、一科だろうが二科だろうが、そんなのはぶっちゃけどうでもいいのだ。俺には関係ない話だし。

 我が高校生活も、最初は中々の滑り出しだった。偶然にも俺の入学したこの高校で、何年かぶりに幼馴染に遭遇したのは実に喜ばしいし、更に言えばこれからも仲良くできそうな友達だって出来た。

 だが違う。違うのだ。そんなことよりも重要なことがある。そう、それは――。

 

 ――――どうして悪魔(ステキ)なお兄様がここにいるんですかねぇ!?

 

 

 4月4日

 

 高校生活1日目。

 平穏無事な生活を送るという当初の目的は既に瓦解しそうである。

 幼馴染に連れていかれた工作室――は良かったのだが、昼休みにはゴタゴタに巻き込まれ、放課後の練習見学では嫌な視線を集めまくるハメになった。

 ヤベェから、すっごい視線集めてるから。

 放課後には諍いに巻き込まれるし、ショートカットのお姉さんには「……ほう」となんか変な目で見られるわ幼馴染の威嚇は凄まじいわ。

 青春謳歌するのは全く構わないのだが――俺を巻き込むのはよして頂きたたい。

 

 

 4月5日

 

 (記述が抜けている)

 

 

 4月6日

 

 一つ言いたい、クッソ疲れた。ヘトヘトだよコンチキショー。

 今日は部活を一緒に見て回って(回されて)いた幼馴染と共にゴタゴタに巻き込まれ、そしてそれを仲裁するハメになった。どうしてこうなった。

 風紀委員仕事しろよマジで。なんで一般ピーポーな俺がこんなことしたんだよ。だから助けて下さいお願いします。もう働きたくないんです。幸運E-舐めんなよ。

 

 

 4月7日

 

 本日は晴天なり。

 全講義を終えた放課後、中庭をだらだら歩いていたら壬生先輩というポニテの女性に絡まれた。連れたいかれたカフェで小一時間熱弁され続けたのだが、まぁそれはいいのだ。

 何やらデート的な何かに誘われていたようで、明日の放課後の予定が決まった。一体何をするのだろうか。

 ……ポニテは素晴らしいと思いました、まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (ココロ)が割れるように痛い。激痛に苛まれた頭の中で、俺は唯思案する。

 一体、何を間違えたのか。

 そんなことは簡単だ。実に単純明快でくだらない答えだ。

 きっと、産まれた時から間違えていた。たったそれだけのことなのだろう。

 

 嗚呼、本当に――頭ガイタイ。

 

 

 

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「――いい加減にして下さい! 深雪さんはお兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挟むことじゃない以上、諦めたらどうですか!?」

 

 時は放課後。場所は第一高校校門前。

 男女数人のグループに向けて発せられた眼鏡の少女の叱責に、俺は静かに視線を向ける。本当に悲しいことに、俺のトラブル体質は高校生になっても改善の予行はないらしい。

 声を荒げて目の前の男女に刃向かう彼女――柴田美月もまた、中々に熱い心をお持ちのようだ。一見控えめな彼女の見た目からは想像できないほどに激昂しているのだからその熱血さは一塩だろう。

 

「……」

 

 俺からすれば酷くくだらない事である。そんなことなど実にどうでもいいし、放って置いてもいいのだが――そうは問屋が卸さない。具体的に言えば真横の幼馴染の目つきが酷いことになっていた。ヤベェ。

 

「ど、どうしましょうお兄様」

「さて……どうしたものか」

 

 横隣の幼馴染を宥めながら後ろに意識を向ければ、妙にほんわかした空気が漂っていた。テメェ早く何とかしろや。

 兎にも角にも、左胸の紋章に誇りを持ち良くも悪くも驕っている一科生からすれば、二科生である俺たちに司波深雪という高嶺の花を奪われるのは我慢ならないのか、それとも柴田さんに噛み付かれてイラついているのか。

 

「僕たちは司波さんに話があるだけだ!」

「そうよ! 司波さんには悪いけど、少し時間を貰うだけなんだから!」

 

 何にせよ、彼等の激昂というのが比較的陳腐な代物であることに違いなかった。

 行き過ぎた驕りは転落を招き、俺たちのような人間の暮らす世界では一つのミスですら多大な影響を及ぼしてしまう。それに、このクラス分けというのも高々入学時点でのテストによる格付けだ。現在の制度でまともな裁定ができない以上、悲しいことにあまり当てにならない。

 ……というか、悪いと思ったんだったらすぐに諦めてくれよ。そして俺をすぐに開放してプリーズ。

 

 そんなこと考えていると、自分勝手としか思えない理論を振り回す一科生らに友人と幼馴染――西条レオンハルトと千葉エリカが喧嘩腰で言い返した。

 

「ハッ! そんなことを自活中にやれよ、んの為の時間がとられたんだろうが」

「それに、相談だっていうのなら先にアポとっていけば? 本人の――深雪の許可もなしに相談を一方的に押し付けるとか、常識なんてあっもんじゃないわよ。アンタたち、高校生になってもそんな簡単なルールも守れないの?」

 

 馬鹿なの? と続けるエリカの煽りに煽るその言葉使いが妙に頭にくる。その赤い頭髪が増長させているのかもしれないが――まだ馴れている俺ならばともかく、まだ初対面で無駄にプライドに高い連中ならばその効果は覿面だろう。そして実際その通りだった。

 

「うるさい! ウィード如きが僕たちブルームの邪魔をするな!」

 

 ――あ、これあかんやつや。

 一応ここも公共の場であり、そして差別用語が感じられている校舎の校門前――注目を集めるのもそう難しくない。そしてそれが入学早々であれば尚更だ。

 そんな、余りの驕りを含んだ言葉に対し、すぐに飛び出たは美月の――一科生と二科生の実力の差に対する反論。

 

「ならその実力の差ってのを見せてやる!」

 

 怒りを抑えきれなくなったのか。

 そんなことを口に出し、先頭に立つ男の右手がCADのホルスターへと伸び――

 銃口が、向けられた。

 

 

 

 

 

「そこまでにしとけ。アンタも少し落ち着いたらどうだ?」

「――ッ!!」

 

 その男は、一瞬にして銃を握った一科生の背中へと回り込んでいた。一科生の――森崎の右腕を捻り上げ、特化型CADを取り上げた状態で。達也の瞳に何の跡を残すこともなく――即ち魔法式を展開することなく、素の身体能力だけで、である。少なくとも、達也にはそう見えた。

 森崎は捻り上げられた右腕が痛むのか、口元を歪めながら首を捻る。自分の肩を締める何者かの顔を見ようとして――その顔が驚愕に染まった。

 その右肩に、花形の紋章はない。

 

「――ッ、ウィード風情が僕の肩を掴むんじゃあない!」

「……ったく、お前も中々餓鬼だな。まるで駄々をこねる子供じゃねぇか」

「うるさい!! 黙ってろ!」

 

 男が森崎の右肩から手を離し、そのまま開放する。くそっ、とそう吐き捨てる森崎から視線を横にスライドさせて、赤髪の少女――エリカへと目を向ける。

 

「つーことだ。だから、エリカ。はよソレ仕舞え」

「は〜い」

 

 左手で少し玩んでいた特化型CADを放る。少し離れた位置にいた森崎が右手でそれを掴むと、肩口のホルスターに仕舞う。ああ、それと、と男は小さく呟くと。

 

「確かに十師族の大先輩らが在籍するこの第一高校に入学できて興奮するのもわかるが、そうやって盛り上がるのは程々にしとけ。そうやって()()()()()()()()()()()()()()()()()()、森崎」

「…………」

 

 その言葉は、森崎単体ではなく他の誰かに向けられているようでもあって。けれどそれを大々的に向けられた森崎は、真意を悟ったのか苦虫を噛み潰したような表情になる。それを確認した男は、てことで――と言って後ろを向くと。

 

「丸く収まったわけですし、それで勘弁してくれませんかね? 厳重注意ってことで、一つどうですか? もちろん、これで最後ってことで」

「……中々に了承しにくい提案だな、それは」

 

 帰ってきたその言葉に、その場にいた者たちが一斉にそれが発せられた方を向いた。そこにいたのは二人の女性だ。短髪の女性はわからないが、隣の女性は見たことがある。

 数字付き(ナンバーズ)。確か、この学校の生徒会長を担っていた――十師族『七草』の長女、七草真由美。

 達也がそこまで思い返した時点で、その隣の短髪の女性が一歩前に出ると名乗りを上げた。

 

「風紀委員長の渡辺摩利だ。校門で騒ぎがあると聞いて駆けつけた」

 

 風紀委員長。

 その肩書きに、その場にいた一科生たちの顔が強張る。今までのことを考え見れば、なんらかのペナルティを被っても仕方がない――そう考えいたのだろうが、対する摩利の表情は判然としない。……毒気を抜かれた、といったところか。

 それを見兼ねた真由美が、軽く身を乗り出しながら摩利と告げる。

 

「対人で魔法が発動されていないわけだし、彼の提案でいいんじゃないかしら」

「……だがな」

「説教も彼がしてくれたみたいだし、ね? ……それに、中々面白いものも見れたわけですし」

「……仕方あるまい。わかった、こちらもその提案を飲もう」

「それじゃあ、騒ぎは元々収まっていたということで――」

「だが事情は聞く。少し残れ」

「……マジですか」

 

 したり顔だった男の表情が一瞬で凍った。くっそーと嘯いて、男は一度達也を見る。

 

「別に大した事はしてませんって。彼らに少しのアドバイスと禁止用語を使用したことに少し注意しただけですよ。別に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「へぇ、それは本当か?」

「ええ。強いて言えば、ただ注意喚起にCAD取り上げたくらいですよ」

 

 本当になんもしてねぇ、と言わんばかりの雰囲気を撒き散らす男に、摩利がほう、と少し驚いた声を漏らした。

 大方の事情を察したのだろう、後ろにいた真由美が達也たちに確認を取る。

 

「司波さんから見ても、何か相違はありますか?」

「いえ、特には。概ねその通りです」

 

 深雪が首肯し、それに続いて後ろの美月らも縦に首を振った。

 暴力沙汰があったわけでもなく、犯罪行為はなかった――そう判断することにした真由美は、摩利との一瞬のアイコンタクトを取り、続き様に摩利が溜息と共に口を開く。

 

「――会長もそう言っているわけだし、今回はお咎めなしとする。……が」

「……?」

「お前だお前。名前を聞かせろ」

 

 摩利な名指しに指を刺される。ああ、と小さく呟いた男は――少しだけ、胸の紋章を見せつけるようにしながら。

 

 

 

「――――シェロ。シェロ・グラヴィス」

 

 

 

 それが、成り損ないの名前だよ、と。

 そう呟いて、男は――シェロは、独り笑うのだった。




やっちまったなぁ……
感想評価お待ちしてまさぁ


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曰く、ひんぬーもまた美点である。

徹夜で仕上げました。可愛がってください


 

 

「……眠ぃ」

 

 くぁ、と小さく欠伸を咬み殺す。

 本日は学園生活三日目――三日坊主という言葉がある様に、多くの人々が何か意気込んだはいいものの持たなくなる時間ある。

 かく言う俺も、高校で遅刻すまい、なんて考えていたわけだが、すでにその目論見は達成不可となりつつあった。……まだ三日経ってねぇじゃねぇか。俺のバカ。

 いつも煩い家族は居らず、そして中学までいた口煩い委員長系の生徒もいない。……そう、俺の安眠を邪魔するクセ者はいないのだ、誰も……。

 

 騒々しいクラスの雰囲気にも耳が慣れ始め、小気味いいBGMと変わり始めた。

 瞼が重くなって、意識がまた深いところへと落ち始める。

 こりゃ多分授業でもねるなー。それがわかっていても、俺の意識は浮上してくることはなく。

 明日から真面目にしよう。そうしよう。残念、睡魔には勝てなかった。

 そうやって思い返し(あきらめて)、俺は夢の世界へと旅立――

 

「――オハヨ、シェロ!」

「……! …………なんだエリカか」

「なんだとはなによ。……ってちょっと、すぐ寝ようとしないの!」

「ぐっない……」

「おやすみじゃないわよ!」

 

 ――てませんでした。

 快活な声と肩への軽い衝撃。頭が揺れて思わず面を上げた。とりわけ明るいその声は、鬱屈としたものを全て吹き飛ばせそうだ。

 目に写った見慣れた赤い髪をみて――俺は死んだ目になった。反射的に机に突っ伏せば、おーい、と揶揄うような口調と共に頭をペチペチと叩かれる。くそったれ、寝れねぇじゃねぇか。

 

「……なにさ」

「よろしい。おはよーシェロ。相変わらず眠そうな顔してるわね」

「うっせ。眠いもんは眠いんだよ」

 

 悪態をつきながらエリカを見て、俺は大きく息を漏らした。そのままゴキリ、と首を鳴らして、目の前に立つエリカを眠気眼の半眼で睨み付ける。眠気眼の半眼とか凄い表情ですねとか突っ込んではいけない。

 

「……んで、どうかしたのか?」

「まぁ、別に大したことじゃないわよ」

 

 エリカはんー、と下唇に人差し指を押し付けながら、

 

「それともなに? 何か話題がないと話しかけちゃダメなの?」

「あった方が好ましいな」

「うわひっどい」

 

 やかましい。そんな軽口の応酬をしていると、左隣の方からエリカの快活な声とは正反対な静けさを含んだ声がかけられた。

 

「あ、あの。お、おはようございます!」

 

 声をかけられるとは予期していなかったが、声をかけてくれる相手は予想通りの人物だった。昨今では珍しい眼鏡少女――先日は中々の熱血具合を見せてくれた柴田美月だった。

 

「おう、おはよう柴田。……ん、なに。お前ら一緒に来たの?」

「……ま、途中からだけどね」

「そうかい、ったく。朝っぱら元気いーよな」

 

 俺には無理だわ、と続けて顔を伏せる。……眠い。寝るか。寝よう。

 意識が微睡みに落ちていく。やはり朝の二度寝は至高――

 

「なに寝ようとしてんのよ」

「ぬぐぅ」

 

 襟元を引っ張られて意識の強制的に覚醒させられる。まさに暴虐不尽。我田引水。文句の1つでも言ってやろうと振り向くと、目がギンギンに光っていた。すみませんなんでもないです。

 

「えっと。その、二人って実は幼馴染だったりするんですか?」

「おん?」

「いえ、なんだか妙に仲が良かったので……」

「仲良いってオイ、そんな風に見えるとか大丈夫かお前。……いや、こいつと腐れ縁って事実だけども」

 

 エリカも「そーね」と後ろ背に親指で俺を指しながら、

 

「そこの刀剣バカとは誠に遺憾ながら幼馴染ってやつよ」

「おい待て。今俺のこと馬鹿っつたろ。馬鹿っていた奴が馬鹿なんだからなバーカバーカ」

「いつの時代の小学生よあんたは」

 

 そうなんですか、と美月は頷くと。

 

「じゃあ二人は付き合ってるんですか?」

「ぶう――っ!?」

「あぁ?」

 

 エリカが隣で思いっきり咳き込んでいたが、それに首を傾げつつも美月の顔を見る。一体なにをどう間違えたらそんな方程式になるのだろうか。そも与式から間違えてるんじゃなかろうか。アレか、問題文読めない系か。

 

「だ、誰がこんなのと――!」

「当たり前だろうが。つか、どうして俺がこいつと付き合うってことになんだよ。んなのありえるわきゃねぇだろ」

「…………」

 

 横からの視線が痛い。……え、何故に?

 

「こいつの胸部装甲じゃ話になんねぇ。胸板(まないた)標準装備とか――転生してからもっかいやり直してこい」

「どいて美月ソイツ殺せない」

「お、落ち着いてエリカちゃん。それに、シェロさんもなに言ってるんですか!? ほら、謝って下さい!」

「えー、あー、うん。取り敢えずまぁ、その、なんだ」

 

 ふしゃーと、猫ばりに毛を逆立てさせるエリカに、俺は満面の笑みでサムズアップしながら――

 

 

「――がんばれ」

 

 

 

 

 

 

 

「死ぬ、だから死ぬ! あっフォームが変わっ――チョークスリーパー!? チョークスリーパーなんで!?」

「うるさいわね静かにかかってなさいよ!」

「それは理不尽じゃないですかねぇ!?」

「え、エリカちゃん!?」

「やめろエリカ! 痛い! 痛い痛い肋骨に当たって痛い! ゴリゴリ肋骨痛い! ――へあっ!?」

「……へぇ。中々良い度胸じゃない。覚悟はいいのね?」

「あ、あのエリカさん? なんで更に力が強くなっていらっしゃるのでせう――?」

「胸に手ェ当ててしっかり考えなさい!」

「いやだからその当てる胸がないってそれ一番言われ――――きゃぽ」

 

「――シェロさぁん!?」

 

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 

 ――昼休み、実習場。

 

 授業の為にと実習用のCADが完備されたその場所に、俺は立っていた。

 

 大きく息を吸い込んで、身体に巡るサイオンを知覚する。全身に張り巡る神経(サーキット)を引き延ばし、拡張するイメージ。CADのタッチパネルに右手を乗せると、ひんやりとした金属特有の冷感が掌を刺した。

 

「――――」

 

 ふぅ、と空気を吸って酸素を脳に行き渡らせる。スッキリと頭の中が冴え渡っていく。

 

 起動式、開放。

 変数、入力完了。

 想子、充填完了。

 魔法式――展開。

 

 ぶわさっと袖を棚引かせながら術式の標的である鉄の塊を意識の矛先を向ける。

 

 魔法陣が展開され、瞬く間に赤銅の粒子を撒き散る。"静止摩擦力を上回る力積が加えられた"という事象が上書きされ、緩慢な加速度と共に鉄塊が加速度運動を開始した。

 

 本日の課題である。名前はまだない。嘘だ。移動系基礎単一魔法その一である。

 そのままサイオンを流し込みながらCADを操作する。金属が擦れるようなノイズが頭の中を巡り始めた。

 重ねて二連の魔法陣が浮き上がって鉄塊へと干渉。一度目は加速度を軽減する魔法。二度目はマイナス方向への加速を加える魔法である。

 かくして再度自分の前へと戻ってくる。画面にスコアが表示された。

 

「…………」

 

 ……遅い。すっごく遅い。こんなんでよく受かったと思ってしまうほどに遅い。その分は筆記でとったから問題なかったのだが、だとしてもこれに関しては合格者でも底辺を争うレベルではなかろうか。

 

 俺がここにいるのは実技の『補習』のためである。

 補修といっても俺を含めたE組三人衆は目標数値である800msecを講義時間中にきることが出来ず、達也にコーチングを頼んでいたのだ、が……。

 

「……いやほら。まだ次があるって! 出来りゃあいいんだからよ、頑張ろうぜシェロ!」

 

 レオの心遣いが沁みる。ちょっと泣きそうだった。

 妙に指導がうまいアドバイザーのお陰もあって、エリカたち早々にノルマを達成したのだ。

 ……そう、エリカとレオは。

 

「……ホントにアンタ魔法実技ニガテだったのね」

「うるせぇ。みんな違ってみんないいって言うだろ。だから魔法力が弱ぇのも特徴なんだ」

「金子さんも怒り狂いそうなトンデモ理論ね」

「そうだな。でもその理論でいけばひんぬーも特徴――なんでもないです。ハイ」

 

 目つきが凄まじいことになりかけたエリカから即座に目を離して、俺はCADを操作する。

 エリカの言うように、俺に普通の魔法というのは使えない――というよりニガテである。とてもニガテである。

 

 いや、ニガテではないのだが、その効力は抜群に低いのである。なんやかんやで演算領域が圧迫されているから――なんて自分では考えているが、詳しいことはまだわかっていない。ヒトはそれを苦手といいます。

 小さな舌打ちと共に、俺は再びCADへとサイオンを流した。

 術式は『移動』の基礎単一系魔法――これ1200msecで使えなかったら学校来なくていいよというレベルの術式である。先のタイムは1200msecアジャストだった。もうこれ無理なんじゃないかな。

 

 かくして。

 

 

 

「まぁ当然のように無理だったな。予想通りだ」

「舐めてるのか?」

「すみませんでした」

 

 どこか吹っ切れた表情でそう言うシェロに、達也は呆れながらティーカップを啜った。

 

 放課後を迎えた面々は、誰からともなくカフェに集まっていた。初日と同じ店である。昔ながらの製法で今も淹れていると言うのだから、中々に"凝った"店であることに違いなかった。達也も先ほどオーナーに注文した珈琲を飲みながら、そんなことを考える。

 

「ったく。アンタがあそこまで実技が苦手とはね」

「うっせぇ。つかそな勝ち誇った顔やめい、ムカつく」

「ハッ。辞めせたかったら私に魔法実技の点数勝ってから言うことね」

「こ、この野郎……!」

 

 鼻高になりながらジト目をするエリカに、シェロはぐぬぬぬと唸っていた。それを見てエリカの鼻が更に高くなる。これはウザい。

 

「……ちっ。

 そういや達也、昨日は俺聞きそびれたんだけどさ。起動式読み取れるってマジなのか?」

 

 唐突な話振り。露骨な話題転換に辟易としつつも、達也はカップの蓋を唇から離し、

 

「事実だ。とはいっても、ただ読み取れるだけなんだがな」

「いや、なにいってんのお前。単一系の起動式でもアルファベット換算で約3万ワーズだろ? 遅く見積もって500msecだとしても、意味の薄い文字列を一秒間に六万個読み取るんだ。……あれ? これヤバくね?」

 

 さらっと流していた衝撃の事実に一同は思わず達也を見やる。注目の的である達也といえば、澄まし顔で珈琲を口に運びながら、

 

「実技は苦手だが、分析は得意なんだ。それに、CADのプログミングやチューニングは趣味程度に齧っているからな、それによるところが大きい」

「マジかよ」

「ああ、マジだ。というかそれはいつの死語だ」

 

 知らん。シェロは笑いながら珈琲を喉に通す。その様子に――正確にはその右手を見て、達也はシェロに質問を投げかけた。

 

「そう言えば、シェロ。お前は何か武術を修めているのか? 魔法がそこまで不得意なら、昨日のあれも何かの技じゃないのか?」

「あん?」

 

 そういえば、と周りの視線が集まったのを察したのか、シェロは溜息を吐いてかちゃりとティーカップをソーサーに置く。

 

「まぁ、一応何個か武術は修めちゃいるが……」

「…………」

 

 武術を修めている、というのがシェロの口から漏れ、達也の視線が僅かに厳しくなる。シェロは大仰にも肩を竦めながら、

 

「それ抜きにしても、俺も一時期千葉の道場通ってたんだから武術を修めてんのは当たり前だろ? それとあの技はただの縮地だ」

「……なるほど」

 

 ――やはり、話す気は無いか。

 シェロの言葉に達也はそう判断する。今後の段取りを簡易に組み立てつつ、この男への――シェロ・グラヴィスへの警戒度を引き上げる。

 いつの間に縮地なんて使えるようになってるのよ! というエリカの声に少し怯えるシェロを見ながら、達也はティーカップに口をつけた。

 

「――――」

 

 彼に、こんな疑惑をかけねばならない自分の宿業に――何よりも、それになんの感慨も抱かない自分自身に嫌気が指す。

 珈琲は――どうにも、苦い味がした。

 

 

 

 

 

 

 

 




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風紀委員のお仕事ってボランティアなんですか?

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なにがあったんやコレェ!?
歓喜しつつ戦々恐々としながらの投稿です。難産だった……







 

 

 

 

 

 ――嗚呼。

 

 

 差し込む夕焼け。

 瞳に映るその景色は、真っ赤に染まっていた。

 

 心象(セカイ)が――脳内(ココロ)を侵していく。

 

「……(おさま)ってくれ、頼む……!」

 

 穿つように(イタ)む頭。鈍色のコンクリート壁の物陰に背中を預け、俺は大きく息を吐く。鈍い痛みが喉を貫いた。

 心象が暴走していた。肌の下で『ソレ』が突き破る様にして暴れ狂っている。やってしまったと、間違えてしまったと。俺は直感的に察しながら小さく呻き声を漏らした。

 ……嗚呼、本当に。本当に気持ちが悪い。

 

「……あのクソヤロウ、変なもん見せやがって」

 

 思い描くのは陽光に跳ねる色彩。そして――携えられた白黒の細剣(レイピア)

 頭の中を、精密に組み上げられた、調べ上げられた多次元へと至った『設計図』がぐちゃぐちゃに掻き乱している。

 基本骨子、構成材質、創造理念――成長経験。それらが俺の心象を容赦無く犯していた。

 

 俺には――()()()()()、アレは"重過ぎる"。

 

『登録』しただけでこれだ。投影なんぞした日には――どうなるかわかったもんじゃない。あの剣は、いったいどれだけの業物だというのか。ギチギチと、金属の擦れ合う様な音が、身体の中から響いていた。

 段々と収まっていく暴走に、俺は震える呼気を吐き出しながら悪態をつく。

 

「……畜生が」

 

 右手が、小刻みに震えている。ゆっくりと、絞り出すようにして吐き出した吐息は何処か血の味がして。

 

 半身の鈍い痛みが――頭をクリアにしているのが。

 本当に、気持ち悪かった。

 

 

 ――そんな、翌る日の出来事。

 

 

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 

 

「――ところでシェロ」

「んだよ。俺早く帰りたいんだが」

「アンタどこの部活入るか決めてるの? 決めてないなら一緒に見て回らない?」

「無視か」

 

 翌々日。なんやかんやで達也が風紀委員入りを果たした次の日である。服部刑部少丞半蔵と模擬戦とかも行われてらしいが――なんやかんやって便利だよな、面倒事とか(なんやかんや)無かったことにできるし。

 

「……家の事情により丁重にお断りさせて頂きたく思っている次第にして候――」

「じゃあ見にいきましょ」

「聞けよ」

 

 態々二重敬語にまでしたっていうのに。文法上は間違いだけども。

 意気揚々と俺の手を掴みながら引っ張っていくその姿は、穴というにはあまりに嬉しげで――って痛ぇっ!?

 

「って、エリカ握る力強ぇ。痛いんだが」

「……? だってアンタ逃げるでしょ?」

「純粋な目でなかなか酷いこと言ってくれるじゃねぇか」

 

 しまいにゃ泣くぞお前、マジでゴリラかよ。そう言ってエリカの手の拘束から逃れようと手を払うと尚一層強く握り閉められた。いやバキバキなってんだけど!? 折れるんだけど!?

 

「離せ離せ。別に逃げねぇよ」

「……チッ」

「やだ俺信用なさ過ぎ」

「当たり前でしょ」

「……せやな」

 

 舌打ち一つ。紅色の瞳でこちらを睨め付けるエリカに辟易としつつも、俺は過去のやったことを思い返して思わず納得してしまった。

 煽った代償に手を離す最後に全力で握りつぶされたが――気に留めずに俺は右手のハンドバッグを担ぎ直して、フリーになった左手を軽く振る。ゴギリと人体から鳴ってはいけない何かが砕ける音が聞こえたが、そんなものは無かったことにした。気にしたら負けだと思う。

 ついでに振った衝撃であらぬ方向に捻れた左手首はなかったことにした。気にしたら死ぬと思う。

 

「……ハァ」

 

 思わず溢れた溜息。曰く溜息を吐くと幸せが逃げるという諺があるらしいが、元々幸運が最低ランクぶっちぎっている俺には関係あるはずもなく。

 

「ほら、さっさと行くわよ」

「あいよー」

 

 陰鬱とした心持ちではあるが、拒否権など与えられていない俺はエリカの後ろを追うことにした。

 個体差からして違うからね。仕方ないね。

 

 そんなこんなで体育館前。魔法科高校の敷地内にいくつか存在するその内の一つである。

 エリカの希望でここに来たのは、まあ彼女が千葉の娘という立場であるというのもあるが――剣を納めている者である以上、ここの剣道部、或いは剣術部の腕前を見に来た、というのが大きいのだろう。

 

 ――と、そんなことを考えつつ物思いに耽っていた。

 

「――ちょっとぉっ!! シェロアンタなんとかしなさいよ!!」

「……えぇ」

「はや、早くして! ――ってアンタどこを触ってんのよ!?」

 

 面倒臭い。

 ギャァー!! と女の子がしてはならないであろう叫び声を上げるエリカに思わず溜息を吐いてしまう。これこのまま置いて帰っていいだろうか。駄目か。

 だが何もしないと後に何をされるか分かったもんじゃない。別にエリカが怖いというわけではない。違うったら違う。ケーキ奢りとかそういうのを避けたいだけなのだ。もう僕のお財布はボロボロなのだ。そういうことにしといてやる。

 

 仕方なしに地面を足に叩きつけ領域干渉を発動。地鳴りのような音が響く。

 イメージは重力の増加、エネルギー保存則をブッチ切って発動したソレは幻覚としての『圧』を生み出した。

 

 押し競饅頭している集団が怯んだのを確認して即座に歩法を刻む。タタタンッと小気味いい音とは裏腹に刹那で距離を詰め――全力疾走。歩法踏んだ意味は特にない。

 

 足元から掬い上げるやうにして女子の輪を掻き分け、中心部で揉みくちゃにされていたエリカの手を掴む。周囲が立ち直りかけているのを見て時間がないと判断。

 

「――走るぞ」

 

 全速力。俺はエリカの手を掴みながら、目的地も定まらぬまま目散に駆け出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――静寂。

 

 段保有者の、有数の剣士が互いに刀を突きつけ合うという一種の非日常に、思わず場の空気が変わったの感じ取る。

 

 場所は第一高校第二体育館。耳伝いではあるが、闘技場とも呼ばれているらしく、運動部でも一際武闘派なクラブが居を構えているのだという。

 まぁ言ってしまえば、エリカの目的地という訳だ。

 

「面白いことになってるじゃない」

 

 薄く笑みを浮かべ、先程まで怒り心頭状態だった筈のエリカが僅かに高揚しながら身を乗り出した。

 つい先程まで型通りの演武を見せられて、僅かに不満げだったのだ。

 あれだけ苦労させられたのだ。目的地の目の前から時間が経てば経つほどに遠ざかっていくというジレンマ。その上で観れたものが自身の望むものではないのだから仕方ない気もするが。……というか、巻き込まれてたのは八割エリカで、それを救出するのが俺だった。殆ど風紀委員の仕事だった。仕事しろバカ野郎共。

 機嫌の戻ったエリカに安心しつつも、はー、と息を零しながら隣のエリカに問う。

 

「アイツらのこと知ってんのか?」

「まーね。とはいっても直接の面識はないけど。……ていうかアンタも剣士なら大会くらい確認しときなさいよ」

「却下で」

「……知ってたけど、アンタはそういう奴よね……」

 

 まぁいいわ。と頭痛でもするのか、眉間を指で揉みしだきながら頭を振った。

 

「女子の方は壬生紗耶香。一昨年の中等部剣道大会女子部の全国二位の才女。男の方が桐原武明。こっちは一昨年の関東剣術大会中等部のチャンピオンよ」

 

 ――ハ! と、裂帛の一声。

 

 交錯は刹那。大上段振り下ろしと下からの切り上げ。相打ち――いや、僅かに剣道部の壬生の方がうまい。桐原の剣先は壬生腕に、壬生の剣先は桐原の右脇下、胸肩の動脈部分――致命傷のルートを上手く逃したか。

 

 飛び交う言葉と、哄笑。壬生の言葉に桐原は唇を三日月に歪めながら。

 

「――真剣だったら、だぁ? 見損なったぜ壬生!! だったらお望み通り()()()勝負してやるよ!!」

 

 突きつけられた竹刀を弾き飛ばし、引き下がりながらCADをタップする。オレンジのサイオンを撒き散らし、魔法式が展開。

 

「ゼェアッ!!」

 

 一足で両者の距離を詰め、魔法を帯びた竹刀を逆袈裟に振り抜いた。息を飲みながら壬生がその剣閃を避ける。

 避けた、避けたはずだ。だが、女の――壬生の胴に細い線が走っていたのも純然たる事実。

 

「どうだ壬生、これが真剣だ!」

「ちょっと、桐原くん!?」

 

 ――あっ、これまたあかんやつや。

 

 周りに風紀委員は見当たらない。そしてこのレベルの剣術の巧さ。下手な奴では止めることはまず無理だろう。

 不自然なほどの冷静さ。周囲に広がる動揺の波に一切呑まれることのない自身の精神構造に嫌気がさす。

 

 ではどうするか。風紀委員を呼ぶ? 否、それでは碌な解決にはなるまい。ならば当事者たちが落ち着くのを待つ? 論外だ。激昂した武闘家ほど手のつけられないものはない。ならば俺かエリカが動くか? だがCADもないこの状況でできることなど、たかだか知れて――

 

「……エリカ?」

「っ、何よ」

 

 その瞳に、息を飲む。

 紅く、燃えている。当然か、あの行動は剣の道を志すものとしては看過できないことなのだろう。

 ……ああ、くそ、面倒くせぇ。

 

「エリカ、あとで珈琲一杯な」

「えっ――」

 

 今にも飛び出しそうなエリカの肩を掴んで止め、俺は大きく息を吸い込んだ。

 嗚呼、もうホント。なんでこんなことになったのやら。

 

 

 

 

 

 

「――こっちです十文字会頭ッッ!!」

 

 

 

 




次話、デート回。
珈琲を用意してお待ち下さい


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据え膳食うなら皿まで食うべし(強制)

話がすすまねぇ……
あけましておめでとうございます


 

 

 

 

 

 

 シェロ・グラヴィスが新入生歓待のデモンストレーションでの諍い――剣道部と剣術部の小競り合いを仲裁したとの情報は、森崎と別れてから一時間もしないうちに達也の耳へと伝わってきた。

 

 剣術部の桐原武明が殺傷性ランクBの『高周波ブレード』を不正使用したとのことだが、シェロ含め双方共に傷を負うことはなかったという。詳しい状況は不明であるとはいえ、気には止めていた、ということを考慮すれば想定内ではあった。

 ただ、予想外の出来事といえば。

 

「……以上が事の顛末です」

 

 風紀委員としての責務を果たし、業務終了の旨を知らせついでに深雪を連れ出しに来たら、不満タラタラな顔でシェロが生徒会室に居座っていたことが、想定外といえば想定外ではあった。

 

 

 

「……あの、生徒会長、俺もう帰っていいッスか?」

「シェロくんってばー、そんな他人行儀な呼び方じゃなくていいのに。ここまで長いこと話した仲なのに、照れちゃってるのかな? かな?」

「アンタが、アンタがそれを言うのか……ッ!」

 

 尤もである。

 不可抗力とはいえ風紀委員の仕事を手伝ったにも関わらず、諍いを止めに入った筈のシェロまでも捕縛され、更には事情を把握し切れていなかった風紀委員によって一時間以上の拘束、果てのメインディッシュは事情聴取という名目の一時間にも及んだ圧迫面接(たのしいおはなし)

 その上デザートには置き去りにしたエリカからのお仕置き(確定)付きのフルコースなのだった。人はコレを押し売りと呼びます。

 

 だがこの場における主権は七草真由美にある。絶対王政、もしくは権力一点集中型だ。請求権は与えられていない。いつからここは一六世紀になったのか。

 

「……」

 

 イイ笑顔を浮かべ、さも飼い犬でも苛めるかのような様相の真由美に達也は思わずドン引きした。

 

 そしてドアのスライドした音に首が軟体なのかと疑うほど、ギュルリとこちらを向いたシェロにもドン引きした。普通にホラーだった。

 

 かくして。

 シェロは願った。最早シェロ・グラヴィス一人の能力ではどうにもならない。早急にこの迷惑噴霧器から離脱するべく、シェロは友の名を叫ぶのだ。奴ならばきっと……!! そんな瑣末な祈りを込めて。

 

「――達也ぁ!!」

 

 そんな心のそこからの救援要請が通じたのか――実際にはシェロの声が聞こえたのだろうが――達也はこちらを見やる。

 

 達也は思う。シェロの助けを求める声は最もである。確かに達也の持つ論理性と巧みな話術があればシェロを助けることなど造作もないだろう。

 だが流石に()()はない。まごう事なき達也の本音だった。

 

 今までになく真剣な目をして、達也は言った。

 

「深雪はいますか?」

 

 ――あの野郎後でぶっ殺す。

 

 友情は崩壊した。シェロは激怒した。かの邪智暴虐の元友人を決して許してはならぬ。現実的には明日の体育で集中狙いしてやることにした。無論躊躇などない。

 因みに深雪には迷惑をかけてはならない。多分殺されるからだ。

 

「あら。少し惜しかったわね。深雪さんならすれ違いで購買の方へ行きましたよ。もうすぐ帰ってくるんじゃないかしら?」

「了解しました、では失礼します」

「いや待てや達也」

「……なんだ?」

 

 そんな面倒臭いって顔すんなよ。と、シェロは言った。アイコンタクト――ここから連れ出せ、と。達也はそれを理解した後視線を前に戻す。

 

「断る」

「ふぁっきゅー」

 

 シェロの口元がヒクつく。これ以上俺にどうしろと。言外にそんな思いが溢れ出ていた。

 だが慈悲など無い。深雪に危害を加えかねない男の安否など知ったことではないのだ。面倒ごとを嫌ったとも言うのだが。

 達也は恨めしそうな目つきを向けてくるシェロを意識の外に追い出し、深雪が戻ってくる前に終了報告を済ませるべく風紀委員室へと踵を返そうと――

 

「……ん、なんだ? まだいたのかグラヴィス。丁度いい、これで話を聞きに行く手間も省けるな」

 

 スライド式の扉が音もなく開く。立っていたのはショートカットがチャーミングな女子生徒。

 件の事件の元凶の元締めにして、数少ない真由美に陳言できる学園筆頭生徒――渡辺摩利。

 

「ウッソだろオマエ」

 

 前門の虎、後門の狼。

 割と打つ手のない状態に陥ったシェロの虚ろな瞳に、達也は同情を禁じ得ないのだった。

 

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 

 

 そんなこんなで翌日である。

 

「……いや、マジで死ぬかと思った……」

「なんで達也にあんな狙われてたんだオマエ?」

「知らねぇよ。八つ当たりとかなんじゃねぇの?」

「……あっ」

「レオ貴様今なにを察した」

 

 白状しろこの野郎。……まぁ、仕掛けようとした本人がなにを言っているのか、という話ではあるのだが。

 詰め寄る俺を宥めつつ、帰路に着こうとするレオ。

 話は第六限に捻じ込まれていた体育、その講義中である。先日の誓い通りの展開に持ち込もうとしたのだが……結果は推して知るべしである。

 

 それにしたって時が経つのが早い。

 特になにもなく、学校に着き、自分の席に座ろうとして先に来ていたエリカと話し、ふと気がつけば六限目となっていたのだ。その所為でというか、一切計画を立てられずフルボッコにされてしまったのだ。いや、本当に摩訶不思議である。恐らく時間泥棒にでもあったのだろう。

 右脇腹から鳩尾辺りにかけてが妙に痛い……なんでや……。

 

 ぶらぶらとしていたら中庭まで来ていた。山岳部か武道関連の部活を志望しているレオも今日のデモンストレーションにはお目当てのものがないらしく、俺に至っては言うまでもないが、特に見物する部活もなく暇なのである。

 

「んで、この後どうす」

「――貴方がシェロ・グラヴィス?」

「はい?」

 

 中庭も半ばといってあたり、そう声をかけられた。素っ頓狂な声を出しつつ音源を見れば島馬の尻尾(ポニーテール)

 見れば、特に見覚えのない女子生徒である。僅かに鋭い目つきではあるが、十二分に美人である。

 

「昨日はありがとう。お陰で助かったわ」

 

 初対面にしてお礼である。隣のレオに視線を移せば、知らないと首を振る。となれば勘違いだろうか。開幕挨拶とかやだ恥ずかしい。

 

「お礼と言ってはなんなんだけど――」

「どちら様ですか?」

「えっ」

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言おう。ただのナンパだった。

 開幕御礼参りを咬ました件の女子生徒であるのだが、どうやら昨日の一件の当事者だったらしい。全く記憶にないというか、楽しいお話で塗り潰されていると言うか。まぁ是非もないよネ!

 

「……改めて、昨日はどうもありがとう」

「いえ別に。コーヒー奢って貰えたんで気にしなくていいですよ」

 

 丸テープの対面に座った女子生徒――壬生先輩が佇まいを直してそう言った。

 何のことはない。ただの幼馴染の尻拭いをしただけだ。よくあることである。首を突っ込むのは本意でないとはいえ、エリカが特攻するより三倍はマシだ。

 

「出来ればもうしたくないですけどね」

「それはそうね――ところで、なんだけど」

 

 注文したカフェオレを口に含み、壬生先輩が静かに笑った。続けて何か話そうとするのを尻目に、俺も昨日のお礼ということで奢ってもらった珈琲を喉に流し――苦ぇ。しまった、調子に乗ってブラック注文するんじゃなかった。

 

「今の第一高校の教育体制は知ってるわよね? 一科生と二科生の間にある学術的差別、そして魔法が上手く使えないからと言うだけで無条件に差別される。それで、魔法力が低いからってあたしの剣まで侮られるのは耐えられないの。無視されるのに我慢できない……!」

 

 ダメだ苦い。角砂糖どこ?

 

「魔法だけで、あたしの全てを否定させはしない!」

「……うん」

「第一高校の一科生・二科生の差別撤廃運動を目的とした団体があるんだけど、近いうちに生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求する予定があって、一年生にも参加して欲しくて、……だから、できることならシェロくんにも参加して欲しいの」

 

 おお? なんか熱く語られてた。珈琲の苦味に気を取られてて聞いてなかったとか言える雰囲気じゃねぇな。

 

「――その髪を見るに、貴方も受けて来たでしょう?」

「……まぁ、そうですが」

 

 意外ッ! それはヘアカラーッ!!

 黒染しろとかそういう注意喚起の話か? まぁ、そんかこと腐る程言われてるな。たしかに。

 

「明日、予定空いてる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――エガリテにブランシュねぇ。その程度のことなら勿論調べられるけど」

 

 美月の救出劇――剣道部司甲が差別撤廃を目的とした団体への強引な勧誘を発端としたソレ。

 そして"風紀委員としての"仕事中に発見したトルコカラーのリストバンド、反魔法団体の組員の証である。

 達也が目星つけた、この一連の源流に最も近い男――司甲について、達也は師匠・九重八雲に相談していた。普段通りヘラリとした笑顔を浮かべるこの男ではあるが、暗部に片足を突っ込みかけた男の情報を調べ上げるなど、『朝飯前』でしかないらしい。

 達也へと揶揄いを入れつつ、八雲はすでに調査済みだったのであろう、司甲の情報を語り始める。個人情報保護法もへったくれもないその情報量に舌を巻きつつ、達也は軽く現状を整理する。

 

 それを一瞥した八雲は、深雪にちょっかいを出そうとして、達也が剣呑な雰囲気を纏って手を引っ込めた。触らぬ神に祟りなしである。

 八雲は言う。「司甲の兄がブランシュ日本支部のリーダーである」――そんな割と衝撃的な事実を、至極あっさりと。

 ただ、肝心の部分は不明だと言う。十分です、達也は目を細めた。

 

「……それよりも君は、彼の方が気になってるんじゃないかい?」

「シェロのことですか」

「うん。良縁奇縁、例えどんな悪縁だとしても調べるのが忍びだからね。簡単にだけど調べてるよ。

 ――シェロ・イグナイト。両親、祖父母、妹の誰にも魔法的な因子の発現はない。

 いわゆる『普通』の家庭。司甲と違うのは、どれほど遡ってもどこかで血が混じったという兆候が見られない事。

 幼少期に千葉の道場に通っていたらしいけど、その後は親の仕事で各地を放浪してたみたいだけどね」

 

 ああ、そういえば。

 八雲は、笑って。

 

 

「――彼、エガリテ入るってよ」

 

 

 

 

 

 




次回は、次回こそは強襲するとこまで……!
感想、評価お待ちしてます


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