悪役転生にもほどがある! (無虚無虚)
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朝田、転生
俺/私は目を覚ました。
俺の名前は朝田、日本国の外交官だ。某国との交渉のため、連日徹夜で準備をしていた。
日本が異世界に転移して以来、ずっとすっぽかしていた健康診断を先日受けた。そうしたら要精密検査という結果が出たが、忙しくて受けていない。ついさっきまで交渉の準備をしていたはずだが……ここは宿泊先のホテルではない。
ここはどこだ?
いや、なんとなく見覚えがある。この部屋にではない。この部屋の、そう様式には。どこの国だったか?
記憶を手繰ろうとすると、ものすごい頭痛に襲われた。なんだろう、この違和感は? まるで自分の頭の中に、異物があるようだ。
不意に健康診断の結果を思い出した。不安に襲われる。自分に何が起こっているのか? 部屋を見回すと大きな鏡がある。姿見のようだ。なんとかベッドから立ち上がって、鏡の前に立つ。
「……なんだ、これは!?」
俺の前に立っていたのは俺ではない。だが全く知らない人間ではない。よく知っている、どちらかといえば忘れてしまいたい人間だ。
「これが俺?」
頭が混乱する。一体どうなったんだ? ふと『転生』という言葉が浮かぶ。俺は過労死して、別人に転生したのか? 普通ならナンセンスで片付けられるが、そうはいかない。現に俺は別人になっているし、日本だって転移した。転移がありうるのなら、転生がどうして否定できる?
「……しかし、なぜ、コイツなんだ!?」
俺は神に会っていない。だから神がいるのかどうかは知らない。もし神がいるのなら呪ってやりたい。
誰かがドアをノックする。俺は固まってしまう。再びノック、そしてドアのむこうから声が聞こえる。
『レミール様、第1外務局に行くお時間です』
「わかっている。すぐ行く」
私/俺は勝手に答えた。そして姿見の前で服装を整える。
どういうことだ? 俺の意思とは無関係に体が勝手に行動している。
私/俺は私室らしいところを出る。間違いない、パーパルディア皇国の建物だ。やはり今の俺はレミールになっているのか?
俺の頭に『多重人格』という言葉が浮かぶ。俺自身は体験してないが、この状況はそれらしい。俺という人格が、レミールという人間にいる。そしてレミール本人の人格もいる。今、体を操っているのは、レミールの人格らしい。
私/俺は建物の中を移動する。思い出した。レミールが外交を担当している間は、皇宮の一部を外務局のオフィスに使用していたはずだ。そこに向かっているのだろう。
予想通り、執務室らしい部屋に入った。他と比べると豪華な席に座ると、さっそく職員が書面を持ってきた。
「これが本日、日本に突きつける要求です」
「うむ」
俺は私の目を通して、その内容を読んだ。
〇 日本国の王には皇国から派遣された皇国人を置くこと。
〇 日本国内の法を皇国が監査し、皇国が必要に応じ、改正できるものとする。
〇 日本国軍は皇国の求めに応じ、軍事力の必要数を指定箇所に投入しなければならない。
〇 日本国は……
そうか、わかったぞ! 今は
俺という人格は日本人だ。体は皇国人かもしれないが、自分は日本人のつもりだ。エゴに聞こえるかもしれないが、皇国人が六〇万人死のうが六兆人死のうが俺の知ったことか。だが二〇三人の日本人は救いたい。
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レミールvs朝田
私/俺の前に
意外というか、予想通りというべきか。転生した俺/私は、転生前の俺と会っている(正確には篠原もいる)。
参ったな、自分自身と交渉するとは。こんな滑稽な話があるか。
いや、二〇三人の日本人の命が懸かっているのだ。滑稽でも重大だ。
「な……! 何ですか!? これは!!」
俺は交渉相手の視線から、初めて自分自身を見た。いやはや、こんなマヌケだとは思わなかった。
「我々は民主国家で、そして平和主義国家です。属国にされるいわれもありませんし、攻め込まれるというのでしたら防衛するしかありません。どうかお考え直しください」
「皇国の国力を知らぬ、愚かな抗議だな。お前たちの……」
私/俺が勝手にしゃべる。拙いぞ、このままだと処刑が始まる。なんとか体のコントロールを横取りしないと。どうすればいいんだ?
「お言葉ですが、成熟した先進国であれば当然のことかと思います」
「何が先進国だ。所詮は文明圏外の国家であろうが。それが……」
念じてみる……駄目だ。念じ方が足りないのか? やり方が間違っているのか?
「お前たちは皇国の国力を認識できていない。もしくは……」
(ステータス!)
俺は心の中で呪文を唱えてみる。何か見えるかと思ったが、何の変化もない。
──パチン
私/俺が指を鳴らす。拙い、拙すぎる!
「に……日本人を!!」
「そうだ。お前たちの返答次第で、こやつらを見逃してやってもよいぞ?」
「卑怯です。彼らはフェン王国に観光に来ていただけだ! 何の罪もない人々の首に縄を……人道に反する行為だ!! 即時解放を要求する!!」
馬鹿! 熱くなるな、
「要求する? 蛮族が皇国に要求するだと!? 立場をわきまえぬ愚か者め!!」
私/俺は通信用魔法具を取り出し、ただ一言命令する。
「処刑するな!」
一同は呆気にとられる。不覚にも俺自身も。どうやら瀬戸際でコントロールを横取りできたらしい。
そこまでは良かったが、俺は次の台詞を考えていなかった。
交渉とは他人と行うものだ。俺と
だがこの状況は普通ではない。
いっそのこと、俺が皇帝に転生していたら、話は簡単だった。だが現実は外交担当者に過ぎない。皇帝の意に背いた合意をしても、それはひっくり返されるだろう。皇帝に日本人を処刑しない方が得だと納得させなければならない。
なんてこった! 俺は日本の外交官なのに、今はパーパルディア皇国の国益を考えて発言しなければいけないのか!
「日本人は処刑せずに、人質にしろ」
俺がとっさに出した結論はそれだった。最善ではないかもしれないが、最悪ではないはずだ。人質として交渉のカードに使うという論理なら、なんとか皇帝も受け入れられるかもしれない。
「……日本人の安全は保証されるのですね?」
「それはお前たちの心がけ次第だ」
これで良かったのか?
「私たちは全権大使ではない。あなたの発言を本国に伝えて、指示を仰がなければならない。その時間は頂きたい」
「蛮族は蛮族らしく、せいぜいあがくがよい」
こんな台詞を口にするのは心が痛い。だが俺はレミールを演じなければいけない。
こうして最初の会談は終わった。
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日本国の対応
日本国の首相官邸では、
「朝田、篠原両名の報告の通り、パーパルディア皇国軍はフェン王国のニシノミヤコを占領しています。ニシノミヤコに滞在していたと思われる邦人二〇三名と連絡がとれなくなっています」
外務大臣が報告する。
「では二〇三名が人質になっていると?」
総理大臣の確認に、外務大臣は暗い顔で頷く。
「そうでない可能性はありますが……それは希望的観測と言わざるを得ません」
「自衛隊で人質を救出することは可能かね?」
総理大臣の質問を予想していた防衛大臣は、内心でため息をつく。
「不可能とは言いませんが、極めて困難です。このような状況では、いわゆる特殊部隊による救出作戦しかありません。陸上自衛隊には特殊作戦群というそれに該当する組織がありますが、このような救出作戦を実行した経験がありません。全ては手探り状態です」
「米軍に依頼してはどうでしょう?」
門外漢の環境大臣の発言に、他の閣僚は苦い顔をする。
「それは拙い。米軍には寝ていてもらわないと困る。国内世論に動揺が起きるのを承知で、なぜリーン・ノウの森の調査結果を公表したのか忘れたのかね? 寝た子を起こすような真似はできない」
総理大臣がきっぱりと否定する。
日本は国内に爆弾を抱えていた。在日米軍である。
新世界において、今のところ自衛隊に対抗しうる唯一の戦力は、在日米軍である。
在日米軍の暴走、それこそが日本の安全保障にとって最大の懸念の一つなのだ。
祖国と切り離されたことによって絶望し、犯罪に走る米兵が後を絶たない。それだけでも大問題だが、犯罪に走るのが個人ではなく集団になったらどうなるか?
あるいは彼らが祖先の開拓者精神に目覚め、日本国外に勝手に新天地を求めたらどうなるか?
いずれにせよ、控えめに言っても相当面倒なことになるだろう。在日米軍の不安を取り除くため、日本政府は旧世界に帰れる可能性が存在するという具体的な証拠を示す必要があったのだ。たとえ国内世論が動揺してもだ。
そこまでして抑えたリスクを、(語弊があるが)この程度のリスクを回避するために取り直すという選択肢はない。
だが環境大臣は諦めが悪かった。
「では米軍の特殊部隊に自衛隊を指導してもらうというのは?」
防衛大臣は再び内心でため息をつく。
「それも無理ですな。経験以前に
アメリカはCIAを使って全世界に情報網を築いていましたが、それでも救出作戦の成功率は決して高くないのです。イラン革命のアメリカ大使館占領事件で、時のカーター政権は救出作戦を試みましたが、無残な失敗に終わっています。
担当大臣としてはこのようなことは口にしたくないのですが、特殊作戦群による救出作戦は最後の手段と思って頂きたい」
防衛大臣はこれでダメ押しをしたつもりだったが、環境大臣は予想以上に空気が読めなかった。
「トーパ王国だ! トーパ王国では、自衛隊は多数の民間人を救出しているではないですか?」
ど素人は黙っていろ、そう怒鳴りたくなる衝動を、防衛大臣は必死に抑えた。
「確かにオペレーションモモタロウの指揮官四名は、特殊作戦群のメンバーです」
閣僚たちの間に、驚きと少々の期待が混じったどよめきが起きる。
「ですが、トーパとフェンでは事情が全く違う。トーパ王国への派遣は害獣駆除、
そこまで言われて、ようやく環境大臣は沈黙した。
「確かに
総理大臣の発言に、防衛大臣は思わずギクリとした。それを見た総理大臣は、苦笑を漏らした。
「救出作戦を強行しろというわけではない」
総理大臣はそう言って防衛大臣を安心させると、全閣僚に問うた。
「パーパルディアは、我々が回答するまでニシノミヤコでおとなしく待ってくれるような紳士かね?」
誰も言葉に出しては答えなかったが、その場の空気から全員の答えが一致しているのが分かった。
「我々の回答の有無や内容にかかわらず、パーパルディア皇国はフェン王国への侵略を続けるだろう」
総理大臣はそこで一拍おいて、全員がその内容を
「フェン王国に滞在している邦人は何人かな?」
「約三千人です」
「そういうことだ。拘束された二〇三人のみならず、三千人の日本人が危機にさらされている。これを見過ごすことは、政府としては到底できない。パーパルディア─フェン戦争への自衛隊による介入は、不可避だと承知してもらいたい」
総理大臣は今度は間を置かず、防衛大臣に指示を出す。
「フェン王国での武力行使に必要なモノを全て洗い出したまえ。最優先で揃えさせる」
「
「情報収集衛星か」
全閣僚の視線が、自然と
「人工衛星の打ち上げ実験は、二週間後です」
「急がせたまえ」
「ですが無理に急がせると、失敗する確率が……」
「構わん。手遅れになってから正解が分かっても、無意味だ」
そして総理大臣は、外務大臣にも指示を出す。
「朝田、篠原の両名には、時間稼ぎをさせろ」
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皇帝登場
会談が終わったとき、俺は体のコントロールを手放した。正確には勝手に離れてしまった。
だがその後のレミールの行動には、傍から見て不審な点がない。いや、俺から見れば不審だらけだが。というのも、「体が勝手にしゃべった」とか「記憶がない」などと騒いだりしなかったのだ。レミール本人には体を乗っ取られた自覚がないのか、あっても周囲に気取られないように自制しているのか。そこまでは分からないが、とりあえず俺には都合がいい。
その後は人目に付かないところで体のコントロールの横取りを何度も試みたが、まだ成功していない。これには困った。レミールの行動を制御できないと、悲劇が避けられない。
今日のレミールは、皇帝の私室に来ていた。
「レミール、この世界のあり方について、そしてパーパルディア皇国について、どう思う?」
もし日本人が言ったら、「お前は厨房か」とツッコミを入れたくなるような台詞だ。
「はい、陛下。多くの国がひしめく中、皇国は第三文明圏の頂点に立っています。多数の国を束ねるために『恐怖』を与えていますが、これは非常に有効であると思います」
「そう、恐怖による支配こそ、国力増大のためには必要だ。神聖ミリシアル帝国やムーは、近接国と融和政策をとっている。そんな軟弱な国より、我が国が下に見られていることは我慢ならない」
俺から見ればとんだ
「そういえばレミール……フェン王国と日本についてはどうなっている? そなたの口から聞かせてくれるか」
「フェン王国を現在侵攻しております。先日ニシノミヤコを落とし、そのときに二百人ほどの日本人を捕らえました。日本の大使を呼び出して我が国の要求を伝えたところ、曖昧な返事をしたため、捕らえた二百人を人質として要求を呑むよう迫りました」
「ほう……珍しいな。いつもなら殺処分で教育するのに」
「はい。特に軟弱そうだったので、人質で屈するか試してみました」
悪かったな、軟弱そうで。しかし
──ピピピッピピピッ……。
左腕のブレスレットが点滅している。
「公務の呼び出しだろう? ……今は私的に話をしていただけだ。そこの魔信を使っていいぞ」
「何事だ」
『日本の外交官が
「わかった。今行く、待たせておけ」
魔信を切った
「陛下、たった今、日本が急遽会談をしたいと申してまいりました。陛下の御慈悲を賜ろうとやって来たのかもしれません。行ってまいります」
「蛮族とはいえ、国の存亡がかかれば必死にもなるか。アポなしの非礼は許してやるがよい」
蛮族蛮族か。お前らの方が蛮族だよ。
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W朝田vsレミール
私/俺が第1外務局に行ってみると、無表情の
「急な来訪だな。まあ国の存亡がかかっているのだ、その気持ちも無理はなかろう。皇国は寛大だ。今回のアポなしの非礼は許して遣わそう。して……前回皇国が提示した条件、検討の結果を聞かせてもらおうか」
「事前連絡なしに訪問したことをまずはお詫びします。事は国の将来を左右する重大事ゆえ、お互いの理解に
俺はピンときた。グラ・バルカス帝国を相手にした時を思い出す。おそらく
篠原は鞄からノートPCを取り出すと、開いて
「それは……魔画か?」
ノートPCでプレゼンテーション映像が再生される。おそらく篠原が持っていた日本紹介の映像を再編集したのだろう。東京の空撮から始まり、海上自衛隊の観艦式、陸上自衛隊の総合火力演習、航空自衛隊の航空祭(ブルーインパルスの演技まであった)等の映像が次々と映し出される。
初めて見る映像に、
「いかがですか。多少は日本のことを理解していただけたでしょうか?」
「フ、フハハハ……」
「この魔画はどこで手に入れた? ミリシアルか、それともムーか?」
今度は
「文明圏外国にこのような魔画が作れるわけがなかろう。おそらくムーの魔画を借りて、自国の物と偽っているのだな」
ダメだ、こりゃ。「文明圏外=蛮族」という固定観念から逃れられないようだ。
俺はなんとか体のコントロールを横取りしようとする。だがうまくいかない。
「このような姑息な真似をするとは……やはり教育が必要だったか」
「アマノキでは容赦はせぬぞ」
さすがに
「それはお止めください。アマノキを攻撃するというのであれば、我が国もフェン王国に滞在している国民を守るため、武力を行使せざるを得ません」
「蛮族ごときに皇軍が止められると思っているのか!」
「……では降伏する場合は白い無地の旗を振ってください。日本国はいくら軍人であっても、無闇に殺傷することを望みません。くれぐれも現場の方々に通達の徹底をお願いします」
「降伏……? 皇軍に降伏しろだと?
控室にはエルトがいた。速記者がいたのだろう、議事録らしいものを読んでいるようだ。
「蛮族が……滅亡に向かって突き進むか」
だから蛮族蛮族言うな!
「……文明圏外の相手は大変ですね。日本は滅亡の危機にさらされているということが、まったく理解できていないようで……おや、降伏方法はお伝えなさらなかったのですか?」
「皇国を侮辱した罪だ。フェン王国では降伏などさせてやらんことにした」
「それはまた……お厳しいことですね」
なるほど、ゴトク平野で連中が降伏せずに全滅したのはそういうわけだったのか……待てよ、この場合は全滅させない方がいいんじゃないか?
「……」
「レミール様?」
「……」
「レミール様、どうかなさいましたか?」
「白旗だ」
「は?」
やった! 横取りに成功した。
「現地部隊に通達せよ。もし降伏する場合は無地の白旗を振れと」
「降伏……ですか?」
「そうだ。必ず通達せよ」
「は、はい」
エルトは
──コンコン
扉がノックされた。
「入れ」
若い男が書類を持って駆け込んでくる。その顔色はひどく悪く、やけに緊張していた。
「どうした?」
エルトが尋ねると、男は息を整えるように大きく深呼吸し、ゆっくりと話す。
「今回のフェン王国の戦いに際し、観戦武官の派遣の有無を列強に調査いたしました。神聖ミリシアル帝国については、今回も派遣をしないとの回答でした」
「いつものことですね。ムーはいつ派遣してくるのですか?」
男は口ごもり、書類に目を落とした。
「……? どうしました?」
「その……ムーは皇国への観戦武官の派遣はしないと回答してきました」
「珍しいですね、ムーが派遣をして来ないとは。戦闘情報の収集癖がなくなったのでしょうか?」
「…………」
男が言葉を選び、目を泳がせている。
エルトが書類をよこすように手を差し出した。
「何がありましたか?」
「ムーは……日本に観戦武官を派遣したことが判明いたしました……」
「……え? ええ!?」
そうだった。このときムーは既に日本と国交を結んでいたんだった。……ムーか、何とか利用できないだろうか?
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敗戦の報
『フェン王国の戦い』があるはずの日、第1外務局長の執務室で
エルトが皇軍の定時連絡の報告書を読みながら発言する。
「間もなく皇国皇軍陸戦隊がアマノキを落とす頃ですね。竜母艦隊と連絡がつかないという内容が気になりますが……」
「どうせ魔導通信機の故障だろう。アルタラス王国から連戦だからな。フェン王国を落としたら休ませてやれ」
「ありがとうございます」
アルデが
エルトがふと思い出したように報告書を置いて、
「レミール様、本当に現地の日本人観光客は処刑してもよろしいのですか?」
「よい。今度はもっと多くの日本人を確保できるだろう。事前情報では三千人程度と言ってたか? 蛮族はしっかりと教育しなければわからんようだからな。……ニシノミヤコでは甘すぎた。アルデよ、まとめて殺してよい」
「承知しました」
「で、あとのことだが──」
──コンコン。
扉がノックされ、エルトが入室を促す。
「どうぞ」
「しっ、失礼します!」
この前の男(ハンスという名前らしい)が汗まみれで入室してきた。
彼の顔色が悪いせいか、エルトとアルデが顔をしかめる。
「どうしました?」
「本会合に関係ある内容でしたので、会議中に失礼とは思いましたが、文書をお持ちしました」
ハンスは報告書の概要を、口頭で説明する。
「ムーがフェン王国の戦いに関し、日本側へ観戦武官を派遣した件について、ムー大使に事実確認と意図を調査した結果の報告書になります」
どうやら皇帝は、この件は知らないらしい。
「結論から申し上げますと、ムーはフェン王国の戦いでは日本が勝つと判断しています」
「なっ──」
「何ぃっ!?」
おーお、なんか急に空気が重くなったな。ムーの予測ってそんなに当たるのか? まあ当たっているんだが。
「まさか……」
沈黙を破ったのはアルデだった。
「もしかすると──これは仮説ですが、日本は元々皇国と全面戦争をするつもりだったのでは?」
はぁ?
「最初から……軍祭以前からか?」
アルデは
「艦船数千隻、そして十万を越える陸戦力がすでに準備済みだったのでは。フェン王国の軍祭の日に、観察軍が来ることも想定済みだったのでしょう。軍では、日本に砲艦があると分析しています。つまり技術水準は文明圏国家並みで、圏外国家としては突出して高いと思われます」
おいおい、陰謀論かよ! 斜め上にもほどがあるだろう。だいたい自衛隊にはそんな数の戦力はないぞ。
「しかし……ムーは何か情報を掴んでいたのか……」
──コンコンッ!
アルデの呟きに誰かが反応する前に、今度は強めのノックの音が響く。
「緊急の要件につき失礼します!!!」
ハンスと同様に、汗にまみれた若い男が入室してきた。
「フェン王国に派遣していた皇軍は、戦列艦隊、竜母艦隊が全滅! 陸戦部隊は三分の二が喪失! 揚陸艦隊と残った陸戦部隊一千名は降伏! ニシノミヤコ守備隊は、日本とフェン王国連合軍に包囲されて孤立しています!」
「な……何ですって!?」
「ば……馬鹿な!! 何かの間違いではないのか!?」
──パリンッ!!
食器の割れる音がする。
音の主は、立ち上がった
「蛮族ごときに……局地戦とはいえ、この皇国が敗れただとぉ!? アルデェ!!
それはお前もおなじだろう。
「も……申し訳ございません!!」
「戦で相手の戦力を分析し損ねるとは、何たる失態かッ!! 貴様、それでも指揮官か!!!」
お前が言うか、お前が?
「軍を再編制して万全を期します。もう皇国が負けることはございません!! すぐに準備に取り掛かります!!」
アルデはそれだけを言って、逃げるように退室しようとした。
さて、ここで横取りだ。かなり練習して確実にできるようになった。
「待て!!」
可哀そうに、アルデがビクッとして立ち止まった。
「日本軍に使者を出せ」
「使者……ですか?」
「そうだ、捕虜交換だ。ニシノミヤコに捕えている日本人と、降伏した陸戦部隊の生き残りと揚陸艦隊を交換するのだ。そしてすべての生き残りを、揚陸艦隊で本国に帰還させろ」
アルデとエルトが目をパチクリさせている。どうやら普段の
「帰国した生き残りから聞き取り調査をするのだ。なぜ負けたのか分からなければ、勝てるはずがなかろう!」
「はっ! 直ちにそういたします!!」
アルデは今度こそ退室した。
「私はこのことを陛下に報告する」
ここで俺はコントロールを手放した。
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皇帝再び
「もう報告書は読まれたと思いますが──」
「──結果、皇軍はフェン王国攻略に失敗しました。本来なら日本に宣戦布告し殲滅戦を行うところですが、不気味なのがムーです」
皇帝は興味を惹かれたのか、わずかに身を乗り出した。
「些事と思い陛下にはご報告していなかったのですが、ムーはこの戦いに観戦武官を日本に派遣したのです」
「なんだと……」
見るからに皇帝の機嫌が悪くなる。
ちなみにルミエス王女の放送はまだない。日本政府は人質の命を重視して、パーパルディア皇国との全面戦争には踏み切れないでいるようだ。
皇国人が六兆人死のうが知ったことか、なんて思ったが、平和主義は思ったより俺の身に染みついているらしい。全面戦争を回避したいという欲が出てきた。それに俺は歴史を
「ご報告を怠った責めは、私が負います……」
「それは後でよい。それより申せ、なぜムーを警戒するのかを。観戦武官の件だけではあるまい」
さて、ここからは俺が考えたでっち上げだ。果たして通用するか?
「文明圏外国が列強に勝つなどあり得ません。列強に勝てるとしたら、それは列強ではないでしょうか?」
「……ムーが裏で糸を引いているというのか?」
「これはまだ憶測でしかありません。しかしムーが日本が勝つと予測していたのは間違いありません」
皇帝が目で続けろと促す。さすがに眼力が怖い。
「ムーは自国の兵器を供与するなどして、日本を援助していたのではないでしょうか?」
「なるほど、自国の兵器が他の列強にどれだけ通用するかテストしたというわけか。地政学的に見れば、皇国とムーの間には第一文明圏という緩衝地帯が存在する。こちらから手は出せない……
よしよし、食いついてくれた。これでムーの大使を呼び出して、大使から日本の実情を伝えてもらえれば……
「だが憶測なのだろう。ムーに対して行動を起こすのは、まだ早い」
そうは上手くいかないか。
「私の判断で、ニシノミヤコの日本人と陸戦部隊の生き残りを捕虜交換することにいたしました。生き残りから聞き取り調査をすれば、ムーの兵器が使われていたか分かるはずです」
「……フェン王国を諦めろと申すか?」
「も、申し訳ございません!」
しまった、地雷を踏んだか?
「……いや、それでよい。すみやかに調査し、報告せよ」
「承知しました」
どちらも引くに引けない殲滅戦だけは回避できたか。
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第3ラウンド
当然、日本は喜んで捕虜交換に応じた。
『フェン王国の戦い』の翌日、
「捕虜交換は皇女殿下のご提案だったとうかがっています」
「それは嫌味のつもりか?」
今の俺は体のコントロールを手放している。コントロールを握り続けるのは、精神的な消耗が激しいのだ。
「いいえ。きわめて賢明なご判断だと思います。あの提案があればこそ、両国の関係はまだ修復可能です」
「もともと存在しないものを、どうやって修復するのだ?」
「では両国の間に新たに建設的な関係を築くため、我が国から提案をさせていただきます」
〇 フェン王国に対し損害を与えたため、公式に謝罪し、賠償を行うこと。
なお、賠償については建物に与えた実被害額の二十倍を支払うこと。
〇 日本人の拘束に関し、公式に謝罪し、賠償を行うこと。
賠償額については、被害者一人につき百万パソ分を金に代え支払うこと。
〇 フェン王国の戦いに掛かった、フェン・日本連合軍の戦費を負担すること……
「──!! 何だこれは!?」
「我が国は民主国家であり、世論というものがございます。戦後処理としてこの程度はして頂かないと、国民が納得しません」
「皇国に賠償を要求するとは……列強にでもなったつもりかっ!?」
「『列強』の定義はよく存じませんが、我が国としては妥当な水準だと考えます」
「……そうか、やはりそうなのだな」
「やはり後ろにいるのはムーか? ひょっとして神聖ミリシアル帝国か?」
「……何のことでしょう?」
「文明圏外の蛮族が、局地戦とはいえ皇軍に勝ったり、皇国に要求などできるはずがない。日本の背後には他の列強がついているのであろう!」
それにしても相手に面と向かって切り出すとは……
「我が国は主権を持った独立国です。列強の属国ではありません」
「あくまでしらを切るつもりか」
外交ではそれが当たり前だし、そもそもしらなんか切っていない。
「これは本当のことです。何か勘違いをされておられるようだ」
ここで
「それでは日本に使節を派遣して頂けないでしょうか?」
「使節だと?」
「はい。信頼できる人物を日本に派遣して頂きたいのです。その人物にじかに日本を見て頂くのです。私どもの言葉は信用できなくても、その人物の言葉なら信用できるでしょう」
よし、ここで横取りだ。このままだと「文明圏外になど行けるか!」なんて言いかねないからな。
「……よかろう。私が直接出向いてやろう」
「皇女殿下が、ですか!?」
「そうだ。私が直々に化けの皮を剥いでやる。詳しい日程は文官に決めさせる。どうせ日本の船や飛行機械なら、数日で着くのであろう。……それとも使節が私では不満か?」
「……いいえ、日本は皇女殿下を歓迎いたします」
これはリップサービスだな。
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皇帝の真意
「……かような事情で、私が直接赴いて、日本の化けの皮を剥がしたいと存じます」
「……カイオスがよかろう」
「は?」
「使節はカイオスがよかろう。文明圏外は元々は外3の担当だ。局長クラスであれば、特使としても十分な格だ。そなたの意欲は評価するが、皇族が軽々に外国、それも敵対国に足を運ぶものではない」
やっぱりダメか。まあ使節を出すことを認めさせるのが本命だから、これはこれでいい。
「先走った真似をいたしました。申し訳ありません」
──コンコン
ドアのノックの音が響き、続いてドアの向こうから声が聞こえる。
『アルデです。お召しに従い参上しました』
「入れ」
皇帝が入室を命じると、アルデが書類を持って入ってきた。
「では、私は失礼します」
「ちょうどよい。レミールも同席せよ」
退室しようとした
「これがフェン王国再侵攻計画です」
アルデが文官に書類の束を渡す。
げっ! 皇帝はまだ諦めていなかったのか!?
「概略を申しますと、侵攻部隊の再編制と補給に、およそ二ヵ月は必要です。艦隊を一度エストシラント港に集結させ、その後直接フェン王国に差し向けます。低速の揚陸艦や輸送艦も含みますので、航海には一ヵ月を見込んでいます」
「うむ。差し向ける戦力は」
「戦列艦三五〇隻、竜母三〇隻、揚陸艦二〇〇隻、陸戦部隊六千人、地竜六四頭が主力でございます」
おいおいおい!!
「陛下! 皇国を滅ぼすおつもりですか!?」
しまった! 思わずコントロールを取ってしまった!!
ルディアスがぎろりと
「レミール、余の采配に不服があるのか?」
「いえ……日本の背後にはムーがいるかもしれません。軽挙は禁物かと……」
「余の采配を軽挙と申すか」
「……」
拙い、皇帝に疑われた。
「余からもそなたに問いたいことがある」
「……何でしょうか?」
皇帝は手元の書類をめくった。
「日本の外交官との会談の議事録を読んでいて気がついた。そなたはこう申しているな。『どうせ日本の船や飛行機械なら、数日で着くのであろう』。そなたが何故、日本の船の性能を知っているのだ? 日本が飛行機械を使っていると確信しているのだ?」
「……」
そんなこと……言ったな。拙い、拙いぞ!
「そもそも最初からおかしいと思っていたのだ。そなたが蛮族への『教育』をためらうなど、これまでなかった。捕虜交換も気前が良すぎた。普段のそなたなら、もっと条件闘争をしたはずだ。そなたは日本に対しては、ことさら甘い」
皇帝が椅子から身を乗り出す。
「答えてくれ、レミール。そなたと日本の間には、何があるのだ?」
「な、何もありません!」
「日本に行くと言い出したのも、亡命が目的ではないか?」
「そ、そんなことはありません!!」
皇帝は乗り出した身を元に戻し、椅子に深く座った。
「そなたには失望した」
扉が開いて数人の近衛兵が入ってくる。私/俺を拘束する。
「陛下、誤解です!」
「黙らせろ」
私/俺は気を失った。
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反則?
俺は目を覚ました。
「朝田さんが居眠りなんて、珍しいですね」
隣の同僚から声をかけられる。
俺は周囲を見回す。外務省の省舎だ。そしてここは俺の席だ。
「どうしたんです? 悪い夢でも見たんですか?」
「……まあ、そんなところだ」
まさか……
俺は机の上に封筒があるのに気づく。まだ封を切っていない。俺は封を切って中身を取り出す。
それは健康診断の結果だった。結果はもちろん『要精密検査』。
だが何故、封を切っていなかった?
俺は仕事用のPCのカレンダーで今日の日付を確認する。俺が過労死する二ヵ月前だ。
これはどういうことだ?
俺は席を立って自販機のコーナーに行く。自販機で紅茶を買う。以前の俺はコーヒー党だった。だが転移してからは紅茶党に転向せざるを得なかった。コーヒーは今でも出回っているが、国家公務員の薄給では手が出ない。
熱い紅茶を飲みながら、頭を整理する。
あの転生の記憶がすべて夢だというのが、一番ありそうな話だ。だがそれだと説明がつかないことがある。俺は寝ている間に、過去へタイムスリップしたことになる。
夢オチ説なら転生は説明(というより回避)できる。だがタイムスリップという、更に厄介な問題を抱えてしまう。
いっそのこと、前世(前々世というべきか?)の過労死の記憶も夢だったのか? ……いや、俺は封を切る前の健康診断の結果を知っていた。……今度は予知夢か。夢と現実が偶然一致した可能性もあるが、そう決めつけるのは早計だろう。
では転生を認めたとしたら、どうなるだろうか? タイムスリップを回避できるのか? ……できる!
俺/私は皇帝の執務室で気を失ったとき、死んだのだ。そしてもう一度、転生した。今度は……朝田に!
できすぎた話だとは思う。だが一応は説明がつく。
転生とタイムスリップ、どちらが正しいのか? 確認する手段は……あった!
俺は自席に戻る。仕事用のPCを使って、省内のイントラネットにアクセスする。フェイクニュースが飛び交うインターネットを使う理由はない。
検索で『フェン沖海戦』を調べる。見事にヒットした。その内容は俺の記憶通りだ。
次に『ニシノミヤコの悲劇』を検索する。今度はヒットしない。その代わり幾つかの候補が表示された。俺はその中から『ニシノミヤコ事変』を選んで閲覧する。
『ニシノミヤコに侵攻したパーパルディア皇国軍は、ニシノミヤコに滞在していた日本人二〇三名を人質として、日本に植民地化を迫った。だが人質は「フェン王国の戦い」で、捕虜交換により解放された』
「……クックックックッ」
俺はこみあげてくる笑いを堪えようとしたが、完全にはできなかった。周囲の同僚の視線を集める。でも仕方ないだろう。だって、俺の外交官人生最大の黒歴史が消せたんだ!
俺は引き続きパーパルディア皇国の歴史を調べた──そして悲鳴を上げてしまった!!
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ラスト・エンペラー
「レミールが皇帝!!!」
俺は思わず立ち上がって叫んでしまった。周囲にざわめきが起きる。俺はバツの悪い思いをしながら、椅子に座る。
どういうことだ!? レミールが死んだから、俺は
俺はパーパルディア皇国の歴史を詳しく調べる。
1640年2月3日 『フェン王国の戦い』の後、パーパルディア皇国はカイオスを全権特使として日本に派遣。
2月10日 カイオスは日本側の要求を全面的に受け入れて、パーパルディア─フェン・日本連合は停戦。
4月28日 パーパルディア皇国軍の艦隊がアマノキ沖に出現、『アマノキ沖海戦』が発生。
『アマノキ沖海戦』でパーパルディア皇国軍は艦艇の9割を喪失。日本側の損害はゼロ。
5月22日 日本は報復としてアルタラス島を攻撃(『アルタラス島の戦い』)。
『アルタラス島の戦い』は1日で終了。属領統治軍は全滅。日本側の損害はゼロ。
ルミエス王女を首班とした新アルタラス王国が再独立。
6月11日 駐パーパルディアのムー大使、ムーゲの仲介で停戦交渉が始まる。特使はエルト。
6月21日 パーパルディア皇国と日本は停戦で合意。この合意によりルディアスは退位、レミールが女帝として即位する。
そうだ。ルディアスは「黙らせろ」と言った。「殺せ」とは言っていなかった。
さらに調べてみたところ、レミールは皇帝の執務室でガツンとやられたとき、仮死状態になったらしい。その後の救命措置で一命をとりとめたようだ。だがスパイ容疑をかけられたレミールは、あの地下牢に幽閉されてしまった。
二度目の停戦合意で、日本はルディアスの退位を条件に盛り込んだ。一度約束を破ったのだから、当然だろう。
新皇帝に即位したのが、レミールだった。パーパルディア側から見れば、レミールは日本びいきだし、日本側も「ルディアスよりはマシ」と判断した。
その後、パーパルディア皇国と日本の間に戦争は起きていない。
だが今のパーパルディア皇国は行き詰っているようだ。周辺国がこぞって日本と同盟や友好条約を結んだため、これまでの拡張政策が続けられなくなった。属領からの搾取で成り立っていた経済は停滞し、財政を大幅に縮減せざるを得なくなった。
だがレミールは未だに恐怖支配の呪縛から逃れられないらしい。軍事予算は削ったものの、軍縮はしなかった。その結果兵士の待遇は悪くなり、士気が落ちた。それが属領からの搾取や組織の腐敗に拍車をかけた。
アルタラス王国の再独立を見て、反旗を翻す属領も現れ始めた。あちこちで内戦が起き、クーズ、マルタ、アルークの実効支配を失っている。なおも内戦の火は広がっており、日本戦で数が減り、士気と練度の落ちたパーパルディア軍にこれを止める力はない。
どうやらレミールは、ラスト・エンペラーになりそうだ。
俺は確かに歴史を
俺はポケットから私物のスマホを取り出す。規則違反だが、この程度は大目に見てもらおう。何しろ人命が懸かっているんだ。
スマホで病院を検索して、近所の病院で人間ドックの予約をする。これで良し、スマホをしまう。
次に仕事用のPCに向かう。休暇申請のページを開き、フォームに入力、終わったので上司に送信する。
「朝田くん」
おっと、さっそく課長に呼ばれた。
「何でしょう?」
「休暇申請だが……」
「健康診断で『要精密検査』と言われたんです」
俺は健康診断の結果を課長に見せる。
「今君に抜けられると痛いんだが……そういう理由じゃ仕方ないか」
課長は『承認』ボタンをクリックした。
「君は疲れているようだ。今日は定時で帰りたまえ」
俺の奇行は課長も見ていたらしい。構うものか、こうなったら溜まった有給休暇を全部消化してやる。
うっかり過労死して、今度はシエリアにでも転生したら大変だからな。
朝田さんは精密検査の結果、脳動脈瘤が発見されましたが、内視鏡手術で事なきを得ました。
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