ガンダム世界でスコープドッグを作ってたらKMF紅蓮に魔改造されてしまった件 (勇樹のぞみ)
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序章 ザクを討つもの、それは……

 辺境のスペースコロニー、サイド7に降り立った鋼の巨人。

 ジオン公国軍モビルスーツ、ザク。

 

「へっ、怯えていやがるぜ、このモビルスーツ」

 

 アムロ少年が起動した地球連邦軍モビルスーツ『ガンキャノン』に迫るも、突如として鳴り響く空中からの接近警報。

 

「なにっ!」

 

 とっさに機体をひねりながら腰を落とす。

 左腕を地面につき機体を支えながらも片手でマシンガンを発砲するが、華麗に宙を舞い割り込んできた機体には当たらない。

 

「おおっ、ああっ!」

 

 ザクの頭部をサッカーボールのように蹴りつけ、そのメインカメラを粉砕したのは、ザクの三分の一にも満たない小さな機体。

 紅蓮に彩られたミドルモビルスーツ、ドラケンE改!

 

【挿絵表示】

 

 

 

 あああああ、怖い怖い怖い!

 

 本来なら存在しないはずのミライ・ヤシマの姉であるミヤビ・ヤシマはノーマルスーツのヘルメットに取り付けられたHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)いっぱいに表示されるジオン軍モビルスーツ、ザクの姿に恐れおののいていた。

 まっすぐでつややかな黒髪と硬質な整った顔立ちもあってか『ヤシマの人形姫』などと呼ばれているその表情に変化はない。

 だがこれは男性から女性へ、いわゆるTS転生したせいでお嬢様らしく扱われ着飾らせられる日々に引きつる顔を無理になだめて生きてきた結果、表情筋が死んだように動かなくなってるだけである。

 

 顔に出ないからってなにも感じてないわけじゃないから!

 

 彼、いやもう彼女であるミヤビは声を大にしてそう叫びたかった。

 彼女が乗っているミドルモビルスーツ、ドラケンE改は機体の各所に仕込まれたセンサーカメラからの情報を統合してCG補正された映像をパイロットが身に着けたHMDに表示。

 パイロットの頭の動きに連動して顔を向けた方向の映像を上下左右360度全方向について映し出すようになっている。

 旧21世紀のステルス戦闘機F-35で既に実現化していた古い枯れた技術ではあるのだが、本物の戦場を映し出したそれの迫力は半端ではない。

 ホラーが苦手な女の子にHMDを被せて無理やりVRのホラーゲームを体験させるようなものだ。

 

 トラウマになってPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症したらどうしてくれる!

 

 ミヤビは内心でそう叫ぶが、そもそも狭いドラケンE改のコクピット内で後の全天周囲モニターと同等の機能を実現させると同時に、大画面モニターを機体に付けずに済むというコスト上のメリットからこの方式を提案したのは彼女自身。

 こんな風に我が身に返ってくるとは計算外だったのだけれど。

 

 だいたい全高5メートルもないミドルモビルスーツでザクに立ち向かえって、それどんなムリゲー?

 普通に考えれば簡単にわかる。

 こんなでかいヤツには、勝てないってことぐらい……

 

「っく、」

 

 至近に着弾!

 爆発とともに広範囲に飛び散った破片が装甲を叩く。

 

 相手は120ミリなんて旧21世紀の主力戦車と同じ口径の砲弾をマシンガン扱いでばらまいて来るのだ。

 多目的対戦車榴弾(HEAT-MP:High-Explosive Anti-Tank Multi-Purpose)を使っているから直撃しなくても爆発で吹き飛ばされそうになるし!

 これが徹甲弾なら「当たらなければどうということはない!」なんだろうけど、ザクマシンガンって宇宙での使用を考えて低反動にしたためか低速砲で「すごいスピードで敵の装甲をぶち抜くぞ」っていう徹甲弾は使えなかった。

 それで火薬の力で超高速噴流(メタルジェット)を作って装甲を破る成型炸薬弾(HEAT:High-Explosive Anti-Tank)に、余った爆発力を榴弾として周囲にまき散らしましょうっていう機能を付け加えた多目的対戦車榴弾が使われてるわけだ。

 この弾には標的を選ばないって利点もあるし。

 

 そんなものに狙われて、正気でいられるはずがない。

 たまらずいきなり切り札を切る。

 

「ジェット・ローラーダッシュ!」

 

 思いっきりアクセルを踏み込むとともに音声コマンド入力で制限解除、背中のロケットエンジンを水平方向に吹かして急加速する。

 

【挿絵表示】

 

 ドラケンE改のかかとには、自走で高速移動ができるようインホイール・モーターとランフラット・タイヤを組み込んだローラーダッシュ機構が備えられている。

 試作段階では安定性、運動性を高めるため可倒式で使用時のみ機体後方に張り出させるコードギアスのナイトメアフレーム、紅蓮弐式とかが装備していたランドスピナー形式も検討したが。

 原型機であるドラケンEが備えていた長いつま先に補助タイヤを設置することで必要とされる安定性を確保できたため、機構が簡単で重量も軽くコストもかからない現在の形式に落ち着いた。

 回転数制御は個別分散式VVVFインバータを利用。

 タイヤを左右逆回転させることもできるから超信地旋回も可能だ。

 

 それに加えジェットエンジンを載せたドラッグカーのように、背面のロケットエンジンも併用して加速する。

 ジェット・ローラーダッシュと名付けた高速移動法だ。

 ロケットなのにジェット? と思うかも知れないが、そこは語感優先で。

 元ネタのボトムズのアーマードトルーパー、スコープドッグターボカスタムでもそうだったし。

 破格の加速性能を発揮する代わりに安定性と操作性が劣悪で熟練パイロットでなければまともに扱えない、というところまで一緒なのは参ったが。

 だから通常は使用を制限している。

 

「……そもそも、このために付けたものじゃないんだけどね」

 

 ミヤビは過去を振り返る。

 

 彼女の父親が持つヤシマ重工がスペースコロニーを建設するのに宇宙空間ではあのボールの元になったスペースポッドSP-W03を、重力環境下では民生品の作業機器だったドラケンEを、と使い分けていたのを一台で両方の役目を果たせるようにしたら、とミヤビが提案したのが発端。

 その分コスト削減できるからだ。

 だから搭載されているのもSP-W03に使用されていた技術を流用した可動ノズルによる推力偏向制御ロケットエンジン。

 人型の利点を生かし手足の質量を振り回して簡単かつ急速に方向転換を行うAMBAC(active mass balance auto control:能動的質量移動による自動姿勢制御)も搭載しているから、それこそSP-W03はおろか、ボール以上の機動性、運動性は確保できている。

 

 リミッターをカットすれば、短時間ながら重力環境下でのジャンプも可能。

 もっとも燃料消費が激しく回数が限られるうえ、現地点から着地点までの直線的な弾道軌道しか取れず空中での進路変更は困難。

 今から40年以上後、クロスボーン・バンガードの小型化されたモビルスーツが旧式化したジェガンの頭を蹴り飛ばして粉砕するシーンを再現したような先ほどのアクションも、単にミヤビが横着してテム・レイ博士の元にジャンプで行こうと思ったら、その進路にたまたまザクが移動して割り込まれたため、とっさにキックすることで衝突を免れただけだったりする。

 

 というわけで軍事用に作ったわけじゃないのだ、このドラケンE改は。

 ローラーダッシュ機構だって、ミドルモビルスーツの短い脚でガッシャンガッシャン走ってたら振動はすごいわ、速度は出ないわで困るから前世知識を生かして組み込んだだけで。

 そりゃあ治安維持や暴徒鎮圧、警ら用に警察組織に売り込むために前世のアニメ知識を生かして戦闘能力に関わる部分も性能アップしたけどそれはおまけであって!

 

 なのにまさかの地球連邦軍制式採用。

 どうしてこうなった。

 

 大体汚いのだ。

 機体開発責任者の本音が聞きたいとかで連邦軍の連中、身分を偽って接触してきて。

 ミヤビは作業機械としてのミドルモビルスーツを求めている顧客だという認識で対応したら……

 

 

 

「脱出装置が無い! 人命を何だと思ってるんだ!」

「爆発ボルトによるコクピットハッチの強制排除装置で十分ですよ」

 

 そりゃあ前世、旧21世紀でも高度0速度0の状態からでもパラシュートが十分開く高度までパイロットを打ち上げる「ゼロ・ゼロ射出」が可能な射出座席が実現化されていたけれども。

 ドラケンE改は基本、作業機械。

 フォークリフトに射出座席を付ける人なんて居ないでしょう?

 屋根のある所でも使うんだから。

 屋内作業中に誤動作でも起こして射出されたら天井に頭ぶつけて死んじゃうし。

 そもそも飛行機と違って人型は事故起こしたら大抵は転倒するんだからそんな状態でパイロット撃ち出されたら大惨事だし。

 

 飛行というか宇宙空間作業もするけど、そこで起きる事故って大抵、宇宙のゴミ、スペースデブリとの接触事故で。

 そんな危険物が飛び交っている環境下にノーマルスーツ着ただけの人間を放り出す方が問題でしょうが。

 

「パイロットは育成に金と時間がかかる高度技能保有者なのだぞ、分かっているのか!」

「うちのドラケンE改は学生のアルバイトでも扱っているようなものですが」

 

 これだから宇宙(そら)を知らない地球のお偉いさんは……

 動かすだけならちょっと練習するだけで誰でもできるし。

 宇宙空間作業には資格が要るけど、これも学生でも取れるものだし取ったら一生食いっぱぐれないというので多くの宇宙市民が取得している。

 

「人手が足りないというならシルバー人材を活用しても良いでしょうし」

 

 定年退職者の人材活用、大いに結構でしょ。

 そんな当たり前のことを言ったら連中、信じられないものを見たかのように目玉をひん剥いてミヤビを見る。

 

 後から知ったが、連中の中ではミヤビは、

 

「ヤシマの人形姫はその名のとおり冷酷無比。学徒動員や老人の徴兵を眉一つ動かさず当たり前のように口にする。第二次世界大戦中のソビエト連邦軍のように兵隊は畑から取れるとでも思っているし、そのための兵器を産み出すことに何の躊躇もしない」

 

 ということになっていたらしい。

 いやいやいやいや、自分たちが身分伏せてるってこと何で忘れてんの。

 

「ヤシマの人形姫は眉一つ動かさず、一目で我々が何者なのかを見抜いていた」

 

 ってそんなわけないでしょー!

 

 実際、地球連邦の国力ってジオンの30倍以上だから、アルバイトでも乗れるドラケンE改30機をザク1機にぶつけて勝てれば戦争には勝てちゃうのは事実だけど、それやっちゃダメでしょうに。

 っていうか、ジオンの元ネタがナチスドイツなら地球連邦の元ネタはソビエト連邦になるのか……

 まぁ政治や軍組織の風通しの悪さ、澱みや矛盾具合は確かに似てるけど。

 

 

 

 そんな具合でドラケンE改は「人命軽視の鉄の棺桶」っていう評価が下されたはずなのだけれど、それでも採用してしまうのが地球連邦軍クオリティ。

 スペースポッドSP-W03を拡大設計して180ミリ低反動砲を1門載せただけのボールをジムと編隊組ませて最前線に突っ込ませる軍隊だからね。

 

 ヤシマ重工はドラケンEの改良モデルを造るにあたって元々の製造メーカーを合併・買収(M&A)していたから大きな利益が見込めたけど、その代わりミヤビはRX計画の民間協力者として地球連邦軍に出向するはめに。

 そしてテム・レイ博士と仲良くケンカしながら地球連邦軍ペガサス級強襲揚陸艦2番艦ホワイトベースでサイド7に向かったところにジオン軍のザクが来襲。

 アムロ君がガンダムで何とかしてくれるかな、と期待したけどなぜか彼が動かしたのはガンキャノン。

 将来的にはガンキャノンでもザクぐらいぼっこぼこにしてみせる彼だけど、初めて動かしたモビルスーツでそれはかなわず。

 結果、現場に飛び出したテム・レイ博士を乗り慣れたドラケンE改で回収しに行ったミヤビがザクの相手をする羽目に。

 

 ……どうしてこうなった。

 

 

 

「モビルスーツのノミごときに! おおおおおっ!」

 

 ミドルモビルスーツになどに後れを取った恥辱に、ザクのパイロットは完全に頭に血を登らせていた。

 ザクマシンガンを連射しながら全速力でドラケンE改を追う。

 しかし素早い上に、小型機ゆえに利く小回りで地形を利用しながら逃げるドラケンE改相手に、追従しきれない。

 

『退くんだジーン。やつは速い! この大型のザクタイプでは駄目だ!!』

 

 通信機から入る上官の声も届かない。

 

 

 

「ああ、もうっ」

 

 ミヤビはジェット・ローラーダッシュで距離を稼いだところで鋭く右に操舵、直後にホイールを逆転!

 グリップの限界を超えた駆動輪はたやすく空転し、ドリフト状態に移行。

 慣性により直進する力と、直前に切った操舵により曲がろうとする力。

 これによりまだグリップしているつま先内蔵の補助輪を支点として、機体がくるりと180度反転する。

 スピンターン、もしくはサイドターンと呼ばれるドライビングテクニックだ。

 車の場合、走行中にいきなりサイドブレーキを引き後輪のみをロックさせてグリップを無くしてやるんだけど、モーター駆動のドラケンEなら瞬時にタイヤを逆回転させることができるから、より簡単にできる。

 というかミヤビが前世、リア駆動の電動ラジコンカーでよくやっていたテクニックだ(四駆だとできない)

 プロポのスティックをちょいと反対に入れるだけでその場でくるんと車体が回るんだから家の周辺の狭い生活道路で行ったり来たりさせるには最適だった。

 

 そしてミヤビはドラケンE改をそのまま後進させつつ、ザクに照準を付ける。

 

「狙い撃つ!」

 

 ドラケンE改の機体上面2つの筒状ケーシングに収められた短距離ミサイルのうち一発を発射。

 シーリングされたフタを破って撃ち出されたミサイルは、誘導用のワイヤーを引きながらザクに向かって飛ぶ。

 有線誘導ミサイルなんて撃たれてからでも身をかがめたりそらしたりするだけで簡単にかわすことができるザクだったが、今は逃げるミヤビのドラケンE改を追って全速で走行中。

 急激な方向転換なんてできないし、そもそもパイロットが不意を打たれて反応できていない。

 かろうじて身を沈めたが、それでも避けきれず胸部に命中!

 歩兵が使う対MS重誘導弾 M-101A3 リジーナより大型のこのミサイルは、ザクの装甲を正面から破ることのできる威力を持っていた。

 

「足を止めた!」

 

 ミヤビは残ったもう一発のミサイルを駄目押しで発射!

 そして命中。

 ミヤビを追っていたザクは沈黙した。

 

「これで退いてくれればいいのだけれど」

 

 ……残念、アムロ君のガンキャノンを牽制していたもう一機のザクがこちらに向かってくる。

 二発しか積んでいないミサイルを使い切っているのが分かるのか、肉弾戦を挑んでくる。

 ドラケンE改の短距離ミサイルの再装填は使い捨てのケーシングごと交換することで行う。

 予備があれば使い終わったミサイルのケーシングを破棄して自機の左腕二重下腕肢マニピュレーターを使っての再装填も可能だけど、そんな暇は与えてくれないらしい。

 

「ああ、もうテム・レイ博士の大発明、ビックリドッキリメカを使うしかないの?」

 

 ミヤビはドラケンE改の右マニピュレーターに視線を落とす。

 高い荷重に耐える頑強なパワーローダータイプの肘から下をハードポイントにした軍用タイプで、航空機、ヘリコプター搭載用ミサイル、ロケット弾ポッド、ガンポッド、偵察ポッド、またジオン規格の給電システムを備えたパイロンを用意できれば鹵獲品のヒートホーク等の装備が可能となっているものだ。

 そして今装着されているのは筒状の本体の先に三本のクローを装備した、コードギアスのナイトメアフレーム、紅蓮弐式の簡易修理タイプ、甲壱型腕装備に似た形をした武装、

 

「ビームサーベル展開!」

 

 その先端からビーム刃が伸びる。

 

【挿絵表示】

 

『甲壱型腕ビームサーベル』はRX-78ガンダム用に開発されていたビームサーベルに、Iフィールド制御板を兼ねた3本のクローを取り付けたものだ!

 別名『溶断破砕マニピュレーター』。

 これを初めて見せられた時にミヤビが思わず漏らしてしまった呟きを、テム・レイ博士が拾って命名した。

 こんな具合に彼女の周辺には前世知識に基づきネーミングされた、どこかで聞いたようなものが色々と転がっている。

 

『ビームサーベル起動しました。燃料電池全力稼働を開始。活動限界まであと4分53秒』

 

 機体制御OSが合成音声で告げると同時に、モニターの隅に若干増減しながらも減っていく活動限界までの時間を映し出す。

 ビームサーベルをフルスペックで起動、維持できる電力をミドルモビルスーツが供給することはできないためビーム刃の長さを60%以下に制限しているけど、それでも作動可能時間は短く5分以下。

 限界が訪れると自動停止してしまうから、それまでに決着をつける必要がある。

 

「行きます!」

 

 ジェット・ローラーダッシュで急加速!

 動力源である燃料電池の動作に伴い発生する熱は原型機であるドラケンEにおける背面放熱器の代わりに内蔵されている熱回収器を介して推進剤の加熱に使われている。

 このため燃料電池全力運転による発熱は副次的効果として推進剤噴射速度上昇をもたらし、一時的に機動力が向上する。

 

 ……殺人的な加速だ!

 

 歯を食いしばるミヤビ。

 高速で走行する機体から、さらに水蒸気が噴き出す。

 利用しきれない余剰熱は両肩、尻に搭載された放熱器から放出されるけど、この時、燃料電池から排出される水を放熱器に噴霧して温度を下げる機構が働く。

 そうして発散される水蒸気は熱量を持った残像を作り出し敵の熱源センサーを誤動作させるのだ!

 

「今!」

 

 ビームサーベルをターンXのシャイニングフィンガーソードのように構え、ロケットエンジンを全開にして、突っ込む!

 

 

 

──────COMING SOOON !!




 予告編風、序章です。
 冒頭にクライマックスを持ってきて、後から本編を書くっていうやつですね。

 ドラケンEは機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争に登場した全高5メートル弱のミドルモビルスーツです。
 HGUC 1/144 RGM-79SP ジム・スナイパーIIのおまけとして初めてキット化されました。

 ロボットアニメに対する意見としてよくあるのが、
「実用的な人型陸戦兵器は全高5メートル以下、ボトムズのアーマードトルーパーが限界だよね」
 というもの。
 では本当にファースト・ガンダムの世界でそのとおりの兵器を作れるのか。
 通常サイズのモビルスーツに対抗できるようにするならどう組み上げれば良いのかというコンセプトでポケ戦登場のミドルモビルスーツ、ドラケンEをカスタマイズしてみました。

 ドラケンEってビームサーベルが使えることになってますし、装備されている短距離ミサイルはMSイグルー2で歩兵がザクを倒すのに使用した対MS重誘導弾 M-101A3 リジーナより大型ですし。
 あとは連邦軍モビルスーツの頭部60ミリバルカンを流用でしょうかね。
 あれだけコンパクトなのにザクの正面装甲を抜いて撃墜できる威力を持ってますし、将来的にはジェガンが頭部バルカンでギラドーガの装甲に大穴を開けてますからね。

 ご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


参考
RH-35E ドラケンE
 サイド6に駐留する”リーア軍”が使用するMMS=ミドル・モビルスーツ。
 元は民生品の作業用機器で、比較的精密な作業が可能な二重下腕肢マニピュレーターの機体がデフォルトの仕様。
 腕部をパワーローダーと換装した荷役仕様の機体などもある。
 連邦、公国を問わず、土木工事の現場や港湾作業などで運用されているほか、治安維持や暴徒鎮圧、警ら用に運用されている事も多い。
”RH-35”は、リーア35番地(リボー・コロニー)所属の意味。
(プラモデル「HGUC 1/144 RGM-79SP ジム・スナイパーII」取扱説明書より引用)

SPEC
 全高 4.921m
 武装 短距離ミサイル×2/ビーム・サーベル
(「ガンダムパーフェクトファイル 122号」より引用)


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閑話1 ドラケンEがビームサーベルを使えるわけ

 ミドルモビルスーツにビームサーベルが使えるわけが無い、というご感想を立て続けにいただきまして。
 しかしドラケンEがビームサーベルを使えるというのは序章のあとがきにも載せたとおり書籍に記載されていることですから。
 サンライズが運営するガンダム情報の公式ポータルサイト「GUNDAM.INFO」でも同様ですし。

 とはいえ納得できない方も多いと思い、なぜドラケンEでビームサーベルが使えるのかという閑話、過去話を取り急ぎ書いてみました。
 序章の続きを、とご期待された方には申し訳ありません。
 次回以降の更新にご期待ください。


「甲壱型腕装備? いえ、これはビームサーベル?」

 

【挿絵表示】

 

 ミヤビがテム・レイ博士の大発明、ビックリドッキリメカ、後に『甲壱型腕ビームサーベル』と名付けられる装備を初めて見せられた時に漏らしたのはそういった言葉だった。

 

 もちろんこれがどういうものなのか分かったのは彼女の前世知識によるもの。

 そしてTS転生により女性の服や下着を着せられ女扱いされるたびに表情を殺し死んだ目をして過ごしてきた結果、固まってしまった人形じみた美貌に変化はなく……

 

 その静謐とも言える横顔を目にしたテム・レイ博士とその部下である技術者たちは、

 

(機密であるはずの最新技術を一目で見抜き、驚いた様子も無い。やはりこのご令嬢、天才か……)

 

 などと驚き納得しているのだが、ミヤビはそれを知らない。

 

 実際には彼女は天才というより努力の人だった。

 前世ではロボットアニメ好きが高じて中学卒業後は高等専門学校、いわゆる高専に進み5年間、朝から晩まで工業系、技術系の勉強とレポート作成の日々、その合間を縫ってひねり出した時間で高専ロボコンに出場。

 卒業後は自衛隊の護衛艦や戦闘機のジェットエンジンを作っている某重工に就職し経験と学習を積んでいた。

 転生後も前世の経験を活かした上で現代の技術を学びなおし、技術者として研鑽の日々を過ごしている。

 好きこそものの上手なれ、を地で行っているとも言う。

 

「ミヤビ君、それは……」

 

 テム・レイ博士は言葉尻を濁すと首を振り、ビームサーベルはまだ秘匿されるべき存在だと暗に示す。

 

「では秘匿名称『溶断破砕マニピュレーター』とでもするべきなのでしょうかね」

 

 と、ミヤビは同様に非人体系の手のひらからビームサーベルを展開して見せるターンXの右手武装を思い起こして答えた。

 後にその名称が本当に採用され驚くことになるのだが、それはともかく。

 

「これ、ドラケンE改で使えるんですか?」

 

 ミヤビの前世知識によるとドラケンEはビームサーベルが使えることになっている。

 そう書かれている出版物もあったし、サンライズが提供しているサイトでもその旨記載があったからオフィシャルなものと考えていいだろう。

 この設定は機動戦士ガンダムZZの第2話でヤザン・ゲーブルが乗るドラケンEと同じミドルモビルスーツにカテゴライズされる名称不明機(永野護デザイン)が拾ったZガンダムのビームサーベルを起動、使って見せたところに由来するものものと思われるが。

 

 しかしビーム兵器の使用には、ある程度の本体ジェネレーター出力が必要なはず。

 ジムで1,250kW。

 と言っても丸々必要なわけではなく、機体の駆動に必要な分を除いた余剰出力でドライブさせるわけだし、ビームスプレーガンとビームサーベルでは要求される電力も違うだろうし、ビームスプレーガンとビームサーベルの同時使用にも対応しているだろうから純粋にビームサーベルだけを使用するために必要な水準は分かっていないが。

 それよりも参考になるのはドラッツェだろうか。

 569kWとビームサーベルは本来出力不足で使えないが、シールドに小型ジェネレーターとエネルギーCAP、冷却ユニットを組み込んで使用可能にしていた。

 

 そしてテム・レイ博士の返答は、

 

「ああ、ドラケンE改の燃料電池を全力運転させればフルスペックの利用は無理だが、出力を絞り時間を限定してなら使えるだろう」

 

 ということ。

 つまりそれは、

 

「……ビームサーベル内に使用を補助するジェネレーター、もしくはバッテリーやエネルギーコンデンサーを持っている?」

「っ!?」

 

 ミヤビが漏らした呟きに、テム・レイ博士の顔が引きつり、周囲がざわめく。

 

「さ、さすがだな……」

 

 というのが間接的な答えにして肯定。

 ミヤビが口にした可能性の中でどれが該当しているかは分からなかったが、一民間協力者である彼女にはこれ以上詳しく知ることはできないだろう。

 

 ミヤビの前世の記憶の中にあるガンダムの内部構造図ではビームサーベルにはビーム発生用タキム社製NC-5型核融合ジェネレーターが内蔵されていることになっていた。

 後に『マスターグレード 1/100 RX-78-2 ガンダム』の説明書内でNC-5型核融合ジェネレーターは背部ランドセルに搭載されている、とされたが、だからといってサンライズがガンダムの内部構造図を引っ込めたり訂正したりはしていないし、イベントがあればその後も内部構造図は展示している。

 つまりサンライズはビームサーベルに内蔵していると言っているし、バンダイはランドセルに搭載していると言っている状態だった。

 Wikipediaなどではより新しく現実味が高いバンダイ説が支持されてはいたが。

 

 またガンダムのビームサーベルのリミッターを解除することで利用できるビーム・ジャベリンは、ビームサーベルのエネルギーコンデンサを作動させ、可変させた状態であるという。

 投擲することでムサイのエンジンブロック2つを貫通させたこともあるが、つまりモビルスーツの手を離れてもそれだけの威力を持つビーム刃を維持できる電力がビームサーベル内から供給されるようになっているということ。

 

 Zガンダムのビームサーベルも劇場版においてビームコンフューズなる技を見せた時に投擲して使用している。

 

 つまりガンダムのビームサーベル内にはNC-5型核融合ジェネレーターが搭載されているかもしれないし、そうでなくとも何らかのエネルギー源は内蔵されている。

 Zガンダムのビームサーベルにも、同じように何らかの電源があるから投げてもビーム刃が維持されるのだろう。

 

 そしてそのエネルギー源を利用すればドラッツェに追加されたビームサーベルドライブ向けの小型ジェネレーターと同じことができるのではないかという推論。

 ドラッツェと違うのはジェネレーター内蔵なら冷却ユニットが無い分だけ放熱に問題が発生し、バッテリーやエネルギーコンデンサーなら充電されたエネルギーを短時間で使い果たしてしまうことになる。

 使用に時間の制限があるということだった。

 

 そして、

 

「ドラケンE改本体の燃料電池の全力運転、とは言いますが、実際には過負荷運転が必要ですね」

 

 ミヤビはテム・レイ博士から渡された要求仕様を見てつぶやく。

 

 充電池、バッテリーとは違い、燃料を突っ込んで反応させる燃料電池には定格以上の出力で運転させることも可能だ。

 宇宙戦艦ヤマトの波動砲発射シーケンスにある「エネルギー充てん120パーセント」に突っ込む人も多いが、定格を超える過負荷運転は別段珍しいことではない。

 外乱など何らかの原因で定格を超えてしまう可能性は常にあり、100パーセントを超えたら即座に壊れてしまうようでは使い物にならない。

 それゆえ機械の定格出力は様々な要素を勘案して安全マージンを十分にとったうえで定められている。

 それを承知の上、安全性が損なわれない範囲での一時的な過負荷運転は十分許容できるものなのだ。

 

 旧21世紀の日本の例では、夏場、電気が足りないと騒がれるような年だと経済産業省が「本当に足りない時には火力発電所に過負荷運転させるから」というような文書をプレス発表していたし、各電力会社ではそれに対応して準備をしているという。

 ミヤビが前世で勤めていた某重工は火力発電ユニットの建造も手掛けていたからこの辺の事情は身近なものだった。

 さすがに120パーセントなどというべらぼうなものは無く、せいぜいが数パーセントの増出力に収まっているものではあったが。

 

「ボトルネックはやはり、大気中での放熱になりますか」

 

 燃料電池というと化学反応で電気を産み出すことから効率が高く熱ロスは少ないイメージがあるが、実際には出力が高いものは動作温度が高くなる。

 発生した熱は原型機であるドラケンEにおける背面放熱器の代わりに内蔵されている熱回収器を介して推進剤の加熱に使われている。

 それでも利用しきれない余剰熱は両肩、尻に搭載された放熱器から放出される。

 宇宙空間では輻射による熱放出しかできないが、放熱器をこのように分散配置しておけば必ずどれかが太陽光に対して影になり、効果的に排熱ができるという設計になっている。

 

 一方、大気中ではすべての放熱器に分散して熱を放出することでファンによる強制冷却無しで十分に放熱が可能。

 ファンレスであるための静粛性、および元々少ない排熱を放熱器を分散配置して処理するため熱探知に引っかからないということからステルス性が高くなっている。

 また宇宙空間ではデッドウェイトにしかならない空冷ファンを搭載しないことは機体の軽量化にもつながるし、部品点数の削減によるコスト削減、信頼性、整備性の向上にも寄与していた。

 

 しかし従来の設計では燃料電池の過負荷運転までは計算に入れてはいなかった。

 安易な馬力アップを施した車やバイクは熱ダレを起こすことが多いが、簡単に言えばそのようなものだ。

 

「冷却系の強化、ファンを付けて強制空冷式に改めてはどうですか?」

 

 技師の一人が提案するが、ミヤビは首を振った。

 

「このためにしか使わない機器を取り付けるのは……」

 

 使うのはわずか数分だけ。

 それ以外にはデッドウェイト、無駄となるし部品が増え構造が複雑化するために故障率がアップしコストも上がる。

 

「もっとシンプルで、原始的な方法……」

 

 その時ミヤビの頭にひらめいたのは、前世で扱っていたガスタービンの夏場における出力低下問題だった。

 ガスタービンはジェットエンジンと同じ構造をしている。

 大量の空気を『圧縮機』に吸い込み空気を圧縮。

 続く『燃焼器』で高圧となった空気に燃料を噴射し燃焼。

 最後に高温高圧となった気体が『タービン』を回転させるというもの。

 

 これが夏場になると気温が高くなる分、空気が膨張し薄くなるため圧縮機での吸い込み質量が実質的に少なくなる。

 それが出力を低下させるわけだ。

 改善するには吸気を冷やしてやる必要がある。

 形式は違うが吸気を圧縮するという点では同じターボエンジンに付けられているインタークーラーなどは、まさにこのための装置だ。

 

 しかし、そういった大規模な装置の設置にはコストがかかる。

 夏場だけ、限られた期間のみのことなのだから、もっと簡便に温度を下げる方法が好ましかった。

 そこで試されたのが、

 

「ミスト噴霧……」

 

 吸気に水を噴霧することで水の蒸発潜熱によって吸気温度を下げてやるのだ。

 これならマイクロポンプと水配管、スプレーノズルだけでできる。

 

「なるほど放熱器に水を噴霧することで一時的に温度を下げるわけですね」

 

 周囲の技師たちが感心の声を上げる。

 ミヤビがたどり着いた、ある意味ローテクで泥臭い解決法は最新技術を駆使した機動兵器開発に携わる彼らには無い発想なのだろう。

 旧式の勝利、とも言う。

 

「燃料電池から発生する水はタンクに貯められていますから、これを過熱時に放熱器に噴霧してやれば、温度が下げられます」

 

 この水は生活用水、飲料水として利用もできるものだった。

 ただし非常に不味いことで有名でもあるが。

 

 

 

 後日、稼働テストにおいてこのミスト噴霧による冷却効果が試され十分な成果が上げられたが、同時に発散される水蒸気が熱源センサーを欺瞞するという副次効果が得られることが分かった。

 これに驚愕した技師が、

 

「熱量を持った残像だというのか!?」

 

 と叫んだことに内心吹き出しそうになったミヤビだった。

 

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第1話 ガンダム大地に立たない!!

 辺境のスペースコロニー、サイド7に立ち上がったのは地球連邦軍モビルスーツRX-78ガンダム!!

 ではなくRX-77ガンキャノンだった。

 おかげでそれをフォローしたミヤビとその乗機である全高5メートルにも満たないミドルモビルスーツ、ドラケンE改は散々な目に遭っていた。

 文字どおりの奥の手、甲壱型腕ビームサーベルまで起動して攻めてきたジオン軍モビルスーツ、ザクに対峙する……

 

 

 

「ビームサーベル展開!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ドラケンE改の右腕、ヒジより下のハードポイントに装着された『甲壱型腕ビームサーベル』。

 Iフィールド制御板を兼ねた3本のクローを取り付けた、その先端からミヤビの音声コマンド入力によりビーム刃が伸びる。

 

『ビームサーベル起動しました。燃料電池全力稼働を開始。活動限界まであと4分53秒』

 

 機体制御OSが合成音声で告げると同時に、モニターの隅に若干増減しながらも確実に減っていく活動限界までの時間を映し出す。

 ビームサーベルをフルスペックで起動、維持できる電力をミドルモビルスーツが供給することはできない。

 そのためビーム刃の長さを60%以下に制限しているが、それでも作動可能時間は短く5分以下。

 限界が訪れると自動停止してしまうため、それまでに決着をつける必要がある。

 

「行きます!」

 

 ジェット・ローラーダッシュで急加速!

 動力源である燃料電池の動作に伴い発生する熱は原型機であるドラケンEにおける背面放熱器の代わりに内蔵されている熱回収器を介して推進剤の加熱に使われている。

 このため燃料電池全力運転による発熱は副次的効果として推進剤噴射速度上昇をもたらし、一時的に機動力が向上する。

 

 ……殺人的な加速だ!

 

 歯を食いしばるミヤビ。

 高速で走行する機体から、さらに水蒸気が噴き出す。

 利用しきれない余剰熱は両肩、尻に搭載された放熱器から放出されるが、この時、燃料電池から排出される水を放熱器に噴霧して温度を下げる機構が働く。

 そうして発散される水蒸気は熱量を持った残像を作り出し敵の熱源センサーを誤動作させるのだ!

 

「今!」

 

 ビームサーベルをターンXのシャイニングフィンガーソードのように構え、ロケットエンジンを全開にして、突っ込む!

 しかし……

 

 極度の集中によって時間がゆっくりと進むように感じられる、いわゆるゾーンという状態になったミヤビはふと思い出す。

 

 ビームサーベルでザクをぶった斬ったとして。

 その核融合炉が爆発したらコロニーの外壁に大穴が開くんじゃないの?

 

 と。

 

 前世の記憶では、それでテム・レイ博士は宇宙に吸い出され酸素欠乏症になってしまったのだ。

 彼を連れ戻しに来たミヤビがやってしまっては本末転倒である。

 かといってアムロ少年のようにコクピットだけを狙って突くなんて器用な真似はできるとも思えない。

 そんな能力は彼女には無い。

 ミヤビは即座に…… 丸投げした。

 

「サラちゃん、おすすめの太刀筋、ジェネレーター回避で無力化!」

『はい、ミヤビさん』

 

 電子音声と共にヘルメット付属のバイザー型HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)に表示される外部映像へ『ここを斬って』というラインが追加表示される。

 そう、機動戦士ガンダム第19話「ランバ・ラル特攻!」にてシールドを構えながら突進してくるガンダムに対し、ランバ・ラルのグフのモニター上に表示されたコンピュータの指示のように。

 

 『サラ』、彼女はドラケンE改に搭載された簡易サポートAIだ。

 未来においてSガンダムに搭載されるルーツ博士開発の人工知能、AIである『ALICE』。

 その原型となったプログラムから株分けしてもらいミヤビたちが育てた存在だ。

 

 『サラ』というネーミングはもちろん、ミヤビの前世知識の中にあった『ガンダムビルドダイバーズ』登場のヒロイン、電子生命体の彼女から。

 少女の姿をしたアバターも、また涼やかな音声も可能な限り再現してある。

 

 Sガンダムに搭載されたALICEの稼働には大容量のコンピュータシステムが必要だったが、これは従来の兵器をはるかに超えた複雑さを持つ数万点以上の工業製品の集合体であるモビルスーツ、その中でも特に化け物じみた複雑な機体システムを持つSガンダムを単独で完全に制御する能力を持つよう設計されていたからだ。

 作業用機械の延長線上にあるミドルモビルスーツ、ドラケンE改、その簡素な機体制御をサポートする程度ならせいぜい低級AIが稼働するハロ2台分のコンピュータで十分に動かせたし、何かあってコンピュータの負荷が上がった場合は速やかに休眠してリソースを開放、最低限の対応を行う人工無脳に切り替わるようになっている。

 

(でも……)

 

 とミヤビは考える。

 AIの考えた太刀筋が、果たして熟練のパイロットに通じるだろうかと。

 

 機動兵器の操縦はAIが人間に勝てない分野だ。

 AIは人間の何倍もの速度で理詰めで思考を進めていくには向いているが、ある意味それが弱点でもある。

 理詰めで行動や動作を最適化し無駄を省き効率化していくと、その制御は一つの最適解に収束していく。

 ミヤビの前世の記憶、『機動戦士ガンダム』の劇中でランバ・ラルが、

 

「正確な射撃だ。それゆえコンピューターには予想しやすい」

 

 と言ってコンピュータのアシストにより、その場を一歩も動くことなく機体をそらすだけで攻撃をかわしているが、そういうことだ。

 AIが導き出すような理想的で正確な動きは、だからこそ予測されやすくなってしまうのだ。

 

 それゆえAI制御の兵器が開発できたとしても練度の高いパイロットなら簡単にその動きを先読みできるし、そうでなくとも敵パイロットを補助するAIのアシストで新兵でも対処できてしまう。

 そう、無人機と有人機の比較でよくAIと人間の対比を行うが、実際には「AI」対「AIのサポートを受けた人間」を比較しなければならないのだから。

 

 そして、たとえ予測されるのを避けるために制御に作為的に味付けをして変化を出しても、AIが持つ高速の演算性が違いを即座に埋めて同質化してしまうので意味が無い。

 これがAIの持つジレンマだった。

 理詰めでは個性や多様性を産み出すことができないのだ。

 なぜならそれは人間が持つこだわりや嗜好という一見、非効率で非論理的としか思えないものから生み出されるものだからだ。

 そしてそれは、

 

 理論化、言語化が困難な直感的な選択反応の圧倒的な差。

 人間が持つ理詰めでは超えられない動物的直感。

 

 といったAIには持ちえない力を生む。

 それを得るためにこそ『ALICE』、つまり『Advanced Logistic&In-consequence Cognizing Equipment = 発展型論理・非論理認識装置』は開発されていたのだ。

 だからこそ『ALICE』は人と同じように思考し、感情を持ち、執着を示すようになった。

 では、サラは?

 ミヤビが育てた彼女は人と同じ感情を本当の意味で持つことができているのだろうか?

 

 ランバ・ラルはアムロ・レイの正確な射撃をコンピュータのアシストによりかわして見せ、その後コンピュータの指示どおりにヒートサーベルをふるった結果、逆にアムロにスカされて一太刀浴びせられてしまっていた。

 そして同様の支援をサラから受けているミヤビが、同じように返り討ちにあって撃破されてしまう可能性は多分にあった。

 

 だが、

 

「ままよ!」

 

 ミヤビは考えることを止めた。

 哲学戦闘できるほど余裕のある覚醒アムロやシャア、ガトーやコウのような連中と違って、ごちゃごちゃ考えたりしゃべったりしながら戦えるほどミヤビのスペックは高くない。

 それにへっぽこなミヤビの腕前ではどうせサラの指示以上の動きなんてできないし、最初から選択肢は無いのだった。

 だから今はサラを信じるのみ!

 

 考えるな、感じるんだ。

 

 有名な言葉を心に唱え、無心で機体を操る。

 機体を右に振ってからの左への操舵、フェイントからの進路変更。

 背面装備の推力偏向制御ロケットエンジン、その可動ノズルによる噴射まで使った常識外れの機動に、横殴りのGがミヤビを襲う!

 耐Gスーツ機能を持ったノーマルスーツ。

 そしてドラケンE改は6点式ハーネス(シートベルト)の付いたバケットシートによりパイロットを保持しているが、さらにジェットコースターに使われているようなバー式の安全装置、セイフティバーを下すようになっている。

 原型機のドラケンEにも装備されていたがこちらは出来が良くなく胸や腹に食い込むため、パイロットの中には古タオルを巻きつけてクッションとしていた者も居たほどだったが。

 ドラケンE改に採用されているものは人間工学に基づき改良されたものでクッション性、安全性が飛躍的に高められている。

 オプションでいくつかのグレードが用意されているが、標準品でもオフロードバイク用のブレストガードを装備しているのと同等以上のプロテクション性能を持っていて、肋骨や鎖骨などを骨折から守ってくれるものだった。

 それらに守られつつ、ミヤビはドラケンE改を操った。

 すれ違いざまに繰り出されるビームサーベル。

 

 紫電一閃!

 

 その光の軌跡がザクの装甲を両断する!

 

 

 

「燃え尽きたよ、真っ白に……」

 

 ミヤビは某ボクサー漫画の主人公のようなセリフを吐きバケット・シートに身体を預けた。

 斬り捨てられ倒れ伏すザクを背景に、強制冷却のための水蒸気を両肩、尻の放熱器から立ち上らせ立ち尽くすドラケンE改の姿はV-MAX発動後、冷却中のSPTレイズナーか、最終回で本当に燃やされてしまったコンバットアーマー、ダグラムかといったところ。

 実際、ミヤビの気分はもう最終回だ。

 最初からクライマックスはヒーローならぬ常人のミヤビにはきつすぎる。

 

 しかし……

 

「そうだ、それでいいのだミヤビ君。この新しいメカのおかげだ、甲壱型腕ビームサーベルは使えるぞ。はははは、あははは、あはははっ。地球連邦万歳だ!」

 

 いや目的だったテム・レイ博士の保護は果たせたけど、誰かこのおっさんを黙らせてくれ、とミヤビは思う。

 もっとも、これを招いたのも自分の選択と行いの結果か。

 そう思うと本当に泣けてきた。

 

 ああ、そうか。

 ここはあのセリフだ。

 

「フッ、認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを」

 

 ミヤビはぐぐもった声でそうつぶやいたが、サラには聞き取りづらかったらしい。

 

『バカさゆえのあやまち?』

 

 きょとんとした様子でそう聞き返され、それでも合ってるなー、と黄昏れるミヤビだった。

 

 

 

次回予告

 ホワイトベースで脱出を図るミヤビたちを待ち受けていたシャアは、ついに赤い彗星の本領を発揮してドラケンE改に迫る。

 それはシャアにとってもミヤビにとっても、初めて体験する恐ろしい戦いであった。

「というかガンダムはどうしたの? 助けてアムロ君!」と叫びたいミヤビ。

 次回『ドラケン破壊命令』

 君は、生き延びることができるか?




 お待たせしておりました序章の続き、第1話をお届けしました。
 メインヒロイン(?)のサラちゃんの登場です。

 作中の人工知能、AIの持つ特性に関しては実際にAIを開発したり、仕事で利用したりといった方々から伺ったお話を元に書いております。
 先端技術のお話のアレコレを聞くのは面白いですね。
 今回はそれを作品作りに生かしてみました。

 ご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第2話 ドラケン破壊命令 Aパート

 すみません、第2話を書いていたらもの凄く長くなってしまいまして。
 あまりにも長いし、書ききるのに時間がかかりそうなため、分割してお届けすることにさせていただきました。
 ご了承ください。


 サイド7では接近するジオン軍巡洋艦ムサイからのミサイル攻撃に対し、ミサイル砲座による迎撃を試みていた。

 

「民間人でもいいんだ、男手をまわしてくれ!」

 

 レーダーもデータリンクも役に立たないミノフスキー環境下では、砲座の一つ一つに砲手がついて、マニュアルで操作するしかない。

 連邦軍兵士も必死にミサイルを放って抵抗を試みるが、

 

「おっ、ああっ、く、来るぞ」

 

 迎撃をするということは、その位置を敵に知らせることに等しく。

 濃密な弾幕を形成できるわけでも、本格的な軍事要塞のように厚い遮蔽物があるわけでもない状態では動かないミサイル砲座は格好の的だった。

 

「うわーっ!」

 

 ムサイのミサイルは確実に一つ一つ連邦軍の抵抗を排除していった。

 コロニーから脱出する一機のザクを援護するために。

 

 

 

 ミサイルの爆発による振動がコロニーに走る中、15歳の少女フラウ・ボウは子供たちを助けながらリング型リフトでホワイトベースが停泊する宇宙港へと向かおうとしていた。

 

「しっかりつかまって」

 

 そこにひときわ大きな爆発音!

 通路の向こうで爆炎が走り、凶悪な速度と質量を持った破片が飛んでくるのが見えた。

 

「早く!」

 

 リフトを出すように叫ぶフラウだったが、間に合わないことは明白だった。

 

「きゃあっ」

 

 思わず目を閉じ身体を丸くするが、そこに大きな人影が破片との間に割り込んだ。

 身の丈4メートルは超えようかという鋼の機体の正面装甲が、飛んできた破片たちをガンガンと音を立てて弾く。

 

「ロボット? 助けてくれたの?」

 

 初めて見るその姿にフラウは息をのむ。

 そして爆発が収まると紅蓮に彩られた機体がゆっくりと振り返った。

 人影、と言うにはその機体は人体のバランスからはかけ離れたプロポーションをしていた。

 独立した頭部は無く、その代わりにずんぐりとした曲面を描く胴体上部には目を思わせるスリットが走っていて、まるで胴にめりこんだ顔のようにも見える。

 脚は短くどっしりとしていて肩幅は広い。

 そして何より特徴的なのは三本のクローを備えた異形の大きな右腕だった。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「やばかった……」

 

 フラウ・ボウたちを助けた真紅の機体、ドラケンE改のコクピットでミヤビは大きく息を吐いた。

 

『機体、損傷軽微。行動に問題ありません』

 

 サポートAIのサラがHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)に映し出された視界の片隅でそう報告してくれる。

 とっさに爆発に割り込み飛んでくる破片を受け止めたのだが、問題ないようだ。

 

『機体の表面はどこもかしこも傷だらけですけど』

 

 とサラは俗に言うorz、両手を地に着き、うなだれるポーズを取って悲しそうに言うが、

 

「うずくまって泣いていても始まらないから、ね」

 

 そう言ってミヤビはサラをなだめた。

 そして機体の右腕に装備された甲壱型腕ビームサーベルに視線を落とし、

 

「タフな棒よね」

 

 とつぶやく。

 エネルギーCAPに充てんされたメガ粒子を使い切ってただの棒、丸太と化したこれを機体正面にかざして盾にしたのだが、こちらには凹み一つ無かった。

 ミヤビの前世の記憶『機動戦士ガンダム』の劇中ではビーム無しでも柄で突くことでザクより厚いはずのグフの正面装甲をベッコリと凹ませて、それでも壊れずいたものだったから当然か。

 ミヤビは機体を振り向かせ、背後にかばっていたフラウ・ボウたちに向き直る。

 彼女たちの顔にいまだ怯えの表情が浮かんでいることに気づき、左手元のレバーを引きあげた。

 降着レバーだ。

 コクピットが沈み込む感覚がミヤビを包む。

 

 降着ポーズはミヤビの前世の記憶ではロボットアニメ『装甲騎兵ボトムズ』登場のスコープドッグなどのアーマードトルーパーに装備されていた機能だ。

 パイロット搭乗時やパラシュート降下の着地時などに、脚部を変形させて胴体が前方に沈み込む独特の『降着形態』を取るもの、降下着地衝撃緩衝機構と呼ばれる仕組みだった。

 

 ドラケンE改、またその原型機であるドラケンEではパイロットが乗り降りしやすいよう、両膝をついた状態をいう。

 専用の特別な機構を備えているわけではないが、脚部をサスペンションとして最大限まで沈めた時と同様、膝をつくことで機体と床面を傷つけないよう腿の前部をカバーする装甲板が動きに合わせスライドし、一体になっている膝パッド(底づきを防止し衝撃を和らげるバンプストッパーの機能を持つ)が地面と平行になって長いつま先の上に乗るようになっている。

 

 この内部フレームのスライドや回転軸に合わせて装甲が移動することで関節への干渉を極限まで抑え込み可動域を広げるというコンセプトは、将来開発されることになるムーバブル・フレーム技術と同様のものだ。

 元々ドラケンEは動作機構がむき出しの作業機械に安全用の保護カバーを付けたもの。

 後に治安維持や暴徒鎮圧、警ら用に警察組織に売り込む際この保護カバーを強化して装甲板に換えたものだ。

 その結果の産物とはいえドラケンE、そしてドラケンE改の脚部はムーバブル・フレーム方式の機構を時代を先取りして備えていたと言える。

 腕部も同様だが、肩から下のマニピュレーター部分はそもそも装甲もカバーも施されていない。

 ミヤビの機体の左腕にも装備されている二重下腕肢マニピュレーターに限っては外装がフレームを兼ねるジオン軍MSのモノコック方式に近い構造となっているが。

 

 なお、このように長いつま先を持つドラケンE改なので平地で降着ポーズを取るのは問題ないが、傾斜地や不整地では気を付けないと機体が横倒しになる危険性があるためマニピュレータによる補助、安全確保を行うようになっている。

 

 

 

 フラウ・ボウの方を振り向いた赤いミドルモビルスーツに敵意は無さそうだった。

 彼女の前でひざを折り、姿勢を低くする。

 フラウの視線の高さに近づいた胴部上面が、まるで車のボンネットのように上に開いてコクピットを露出させた。

 さらにパイロットシートに備えられたジェットコースターに付いているようなセイフティバーが跳ね上がり、シートベルトを外した人影が立ち上がる。

 すらりとした細身の身体の線を浮き立たせるパイロット用のノーマルスーツ。

 

「女の、ヒト?」

 

 視線を隠すようなゴーグル状のHMDが付いたヘルメットを外すと現れたのは、硬質な美貌。

 夜の闇を刷いたようなつややかな漆黒の髪に、吸い込まれるような深さを持つ黒曜の瞳。

 とてつもない美人だが、それだけに感情的な熱を感じさせないその表情は人形のようにも見えた。

 

「大丈夫?」

 

 静かだが通りの良い、落ち着いた声がそうたずねる。

 

「は、はい」

「先を急いで。こんなところ、空気がすぐに無くなってしまうわ」

「はい」

 

 フラウの返事を聞いた女性パイロットはすぐにまたヘルメットをかぶってしまう。

 目元を覆ってしまうゴーグルに、美人なのに隠すなんてもったいないと思うと同時にフラウは気づいた。

 彼女が言うとおりいつ空気が無くなってもおかしくない状況下で、わざわざヘルメットを脱いで顔を見せることで安心をさせてくれた女性の気遣いに。

 そして自分の機体を傷だらけにしてまでかばってくれたことに。

 

「あ、あの、助けてくれてありがとうございました!」

 

 コクピットハッチが閉まる寸前、そう声をかけた。

 ヘルメットのバイザー越しに見えた美女の口元が……

 わずかに上がって笑みの形を浮かべたように見えたのは、彼女の笑顔を見てみたいと思ったフラウの錯覚だったのだろうか。

 フラウ・ボウはその後も長いこと考え続けることになる。

 

 

 

『ミヤビさん、今笑いましたよね』

「そう?」

 

 サラに言われてミヤビは首をかしげる。

 

『ずるいです。私にだってめったに笑いかけてもらえないのに』

「そんなはずは無い…… と思うのだけれど」

 

 前世で読んだ某小説の超絶美形主人公のように1冊につき1回しか笑わないとかそこまで人間止めてない、とミヤビは思う。

 実際これでも名門ヤシマ家の令嬢だ。

 出るところに出るときは分厚いネコをかぶってちゃんと笑顔で対応している。

 

『そういうときのミヤビさんって、よく見たら目が死んでるじゃないですか』

 

 漫画やアニメでいうハイライト、光が消えたいわゆるレイプ目というやつである。

 実際、男性に恋愛や性的対象に見られるたびに首を吊って死にたくなるミヤビではある。

 ともあれ、

 

「それが分かるのはあなたとミライだけよ」

 

 ミヤビは今世の妹を思い浮かべながら言う。

 世話好きの彼女は今頃ホワイトベースで人助けに奔走しているだろうか。

 コロニーに入港した時点で呼び出し、保護しているから大丈夫だとは思うが。

 

『私にも笑顔を見せてほしいです』

 

 もう一人の妹的存在であるサラからそう願われ、そこまで言うのならと作り物ではない本当の笑顔を浮かべようとしたミヤビは、

 

「……眠っている表情筋を呼び覚ますにはタイミングが要るわ」

『そこまで大変なことなんですか!?』

 

 とサラに呆れられることになった。

 

 

 

 ジオン軍ムサイ級巡洋艦ファルメルのメインブリッジ。

 シャア・アズナブル少佐はコロニーから撤退してきたザクのパイロットから報告を聞いていた。

 

「君は私とデニムの命令は守ったのだ。気にすることはない、スレンダー軍曹」

「ありがとうございます、少佐」

 

 敬礼を返す部下に、シャアは思案する。

 

「連邦軍のモビルスーツが君の言う通りの性能とは、やや信じがたいが……」

 

 まぁ、そうなるだろう。

 事実だけ言えば、

 

 空を飛び、キックでザクの頭を蹴飛ばしメインカメラを粉砕。

 ザクを上回る機動性で攻撃をすべて回避。

 放たれるミサイルはザクに確実に当たり、沈黙させる威力を持つ。

 長大なビーム剣でザクを両断。

 

 こんなもの、実際にやったミヤビだって、

「ドラケンE改にそんな化け物じみた力は無い! 事実だけど違う!」

 と叫ぶはずだ。

 

 その上さらに、ドラケンE改の活躍のインパクトが強すぎたのだろう。

 アムロの動かしたガンキャノンのことがすっぱりと報告から抜け落ち、その装甲がザクマシンガンをまったく受け付けなかったことまでが赤い機体、ドラケンE改のことと混同されて受け止められていた。

 ガンキャノンも赤かったから……

 

「お言葉ですが自分は確かに」

 

 そう言い募るスレンダーだが、こんな報告を真に受ける方がおかしいだろう。

 ともあれシャアは副長であるドレン少尉に命じる。

 

「レーザー通信回路を開け。ドズル中将を呼び出したい」

「はい」

 

 

 

「……ジオンの船は間違いなく攻撃をやめたのだな?」

「は、はい」

 

 ホワイトベースで手当てを受ける軍人の中にはパオロ艦長の姿まであった。

 もっともベッドに縛り付けておけば命に別状はないという程度の負傷具合だったが。

 

「やはりヤシマ家のご令嬢の言うとおり、ジオンでも理性ある指揮官なら積極的に民間人に犠牲を出すような戦闘は避けるか……」

 

 ホワイトベースに同乗していたあのヤシマ家の令嬢ミヤビとはパオロも何度か雑談の場を設けていた。

 その中に、ジオン軍でもコロニーに毒ガスを使った実行部隊は軍律を逸脱した忌避される存在とされている、という話があった。

 コロニー落としまでするジオン軍だったが、実際にはそういった良心的な考え方も残しているのだとパオロは驚いたものだった。

 

 中立地帯であるサイド6にも縁を持つヤシマ家独自の情報網でもあるのか、とパオロが感心するほどミヤビはジオンの内情に詳しかった。

 実際には前世知識の受け売りの部分が多分に含まれているのだが。

 

 ともかく、先ほどのムサイの接近、そして攻撃はコロニーの破壊を狙ってのものではなく、脱出するザクの回収および援護のためだったということだ。

 実際、その攻撃はバイタル部分を外しているし、主に抵抗しているミサイル砲座を潰しにかかっていた。

 それを察したパオロは味方にいたずらに損害を拡大させる迎撃をやめさせ、自身も下がろうとしたが時遅く。

 こうしてベッドに縛り付けられることになっていた。

 

 まぁ、ミヤビの知る史実では死に至る傷を負っていたため、それよりはマシ。

 ミヤビがそれとなしにジオン軍内の情報を流し、判断材料を与えていたことがパオロ艦長の命を救ったとも言える。

 一民間協力者のミヤビには、この程度のことしかできないのだ。

 

 ところでなぜパオロ艦長自らコロニー防衛に出て対空砲座に着いていたのか。

 コロニー内に現れたザクに対処するために派遣した人員が全滅したため人手が払底していたということもあるが、最大の原因は別にあった。

 地球連邦軍はサイド7でモビルスーツの最終チェックを行うにあたり、万が一のためのミサイル砲座でコロニーの守備を固めていた。

 そしてデータリンクに頼った最新型の兵器はミノフスキー粒子で役に立たなくなっていたため、人が砲座について手動操作により射撃する機能が簡略化される以前の旧型のものを配した。

 それ自体は妥当だったが、問題はそんな旧式装備を、しかも非常用の手動操作で動かせるような人員はパオロ艦長ぐらい軍歴の長い年長者しか居ないという問題が隠れていたのだ。

 考えてみれば当たり前のことだ。

 ソフトウェア会社に入った新入社員に、もう主流から外れ数年で消えるようなレガシーシステムにしか使われていない古い言語を学ばせるだろうか?

 自衛隊だって退役が近づいたF-4ファントム爺さんに乗っているのは年配のベテランパイロット。

 若いパイロットはF-15イーグルの方に回されていた。

 

 実はその辺の指摘もミヤビはしていて、旧21世紀でも工場などの現場を遠隔でサポートするために開発されていたARスマートグラスと、操作を指導するサポートAIとを用意していたのだが、軍人たちは紙のマニュアルでいいや、という保守的な選択をし。

 実際に戦闘になって対応できず、パオロ艦長たち年長の者に指導してもらわなくてはいけない状況に陥っていたのだった。

 

 まぁ、ミヤビにも気持ちは分かる。

 ARスマートグラスは身に着けて使うものだが、一般に普及している製品には大きな問題がある。

 それは備えているカメラのレンズが小さいため得られる画像が暗い、専門用語で言うところのF値が大きいということだ。

 オフィスなど一般的な明るい環境とは違い、工場や工事の現場、そして戦場は十分な光量が無い場合が多い。

 暗い場所に暗いレンズ。

 写真ならシャッタースピードを遅くすれば撮影できるが、頭に身に着けて使うARスマートグラスでは、動きを止めてじっとしていないとろくに画像が映らない、つまり使い物にならないということになる。

 この辺のARスマートグラスを売りつけようとする企業と現場の落差を知っている、知識のある人間ほど確実な紙のマニュアルを支持することになる。

 ミヤビが用意したのは、そういった問題点を解決したものだったのだけれど。

 

「艦長、ここでしたか」

 

 パオロに歩み寄る青年兵士ブライト・ノア。

 彼は19歳、軍歴わずか半年の士官候補生であるがために艦に残され生き残っていた。

 パオロは彼に問う。

 

「ジオンの船の防戦にまわった連中はほとんど壊滅だ。君の方はどうだ」

「サイド7に入った者は技師、軍人共に全滅です。たった二機のザクの為に」

 

 ブライトの報告を沈痛な表情で受けるパオロ。

 

「負傷兵の中で戦闘に耐えられるものは十名とはおりません」

 

 通常、軍では兵の3割が負傷すれば組織が機能しなくなり壊滅判定が下されるが、この場合はそれ以上。

 文字どおりの全滅状態だ。

 

「モビルスーツの関係部品の積み込みを急げ」

 

 パオロにはそう命じるしかない。

 

「は、艦長。幸いなことにパイロット一名がガンキャノンを操縦、他の機体の積み込みを急いでおります」

「パイロットは誰か?」

「確認してはおりません」

 

 ブライトは上官の問いに飾ることなく返答する。

 よく言えば実直、悪く言えばクソ真面目だが、それは軍隊では美徳とされる。

 

「その作業が終了後、ホワイトベースをサイド7から発進させろ」

「は。しかしホワイトベースのパイロットが」

「出港はコンピューターが」

「し、しかし」

「あ、あの、クルーザー級のスペースグライダーのライセンスが役に立つとは思いませんが、わたくしでよければ」

 

 上官に無茶振りされ、本当にそれが可能かの判断もつかずに戸惑うブライトを救ったのは、

 

 オッパイ……

 

 ではなく、

 

「君は?」

「ミライ・ヤシマと申します」

「……そうか、ミヤビ君の」

「妹です」

 

 ミライは本来なら存在しなかった姉、ミヤビのために影響を受けた人物だ。

 

 具体的には『胸』。

 

 元より母性的な女性だったが、今は18歳にしてFカップ。

 すべてミヤビのせいである。

 

 人は自分に無いものを求める。

 ミヤビは転生が関係しているのか、生まれるときにいったん呼吸が止まったということがあってミライと正反対に身体の線が細く顔立ちもまた細面。

 そしてゆるやかにウェーブを描くミライの髪と違って定規で線を引いたかのようにまっすぐな髪。

 日本の名家で清和源氏の血を引くとも言われるヤシマ家の姫と言われて納得できる、ミライとはまた違った美貌の持ち主だった。

 

 それと比べて女性的な丸みを帯びたミライは「自分はくせっ毛のちんちくりんのおデブなんじゃ……」と悩み、スレンダーなミヤビをうらやむことになった。

 彼女自身、物腰が大人で優しいミヤビを姉と慕ってあこがれているからなおさら。

 その妹が持つコンプレックスに気づいたミヤビはどうしたか。

 

「競うな、持ち味をイカせッッ」

 

 何を思ったか前世の格闘マンガから最強の男のセリフを引用し、ミライを諭したのだった。

 まぁ、この言葉自体は真実をついており、ミライは納得することになったのだが。

 

 しかし話はそこで終わらない。

 男性脳と女性脳の違いというものがある。

 古来男性は狩猟を営み、女性は村で共同生活を営んでいた。

 ゆえに男性の会話は問題解決のためのもの。

 対して女性には狭い村社会で村八分にならない力、共感力が必要とされた、ということに端を発していると言われる違い。

 

 相談に対しても、男性は解決策を提示してほしいと願われていると捉え、女性はとりあえず悩みを聞いてほしいと考える。

 だからミライにとってはミヤビに話を聞いてもらい、彼女の想いに共感して分かってもらえた時点で終わった話なのだが。

 

 前世が男性で、今も男性的な思考をするミヤビはそうは思わない。

 可愛い妹に相談をされたのだから、全身全霊で解決策を導き出さなければならない。

 年長者(姉とは言いたくない)の名に賭けて!

 

 そしてミヤビは徹底的に調べ上げた。

 胸を育てるための栄養学に運動、美容方法。

 結果を得るのに最も効率のよい技法、手法、プロセス、活動、つまりベストプラクティスの構築。

 それをただ押し付けるのではなく、習慣に落とし込むためのベストなメソッドの追求。

 

 そう、テム・レイ博士をマッドだと呆れるミヤビだったが、彼女自身、他から見れば立派な理系脳だった。

 しかも彼女は努力の人だったから、どう努力をすれば最大限の結果を出せるかを徹底的に追求できる人物だった。

 その成果が、

 

「ミライの胸は私が育てた!!」

 

 と言わんばかりのFカップ。

 しかもくびれているところはキュッとくびれているという反則的なワガママボディである。

 ヤシマの人形姫と呼ばれ近づきがたいオーラをまとったミヤビに比べ、妹のミライは親しみやすい人柄もあって男性からの人気は非常に高い。

 というかヤシマ家へ来る縁談などは必ずミライに行くため、ミヤビは助かっているとも言う。

 

 ところで……

 なぜパオロ艦長とブライトとの会話にテム・レイ博士の名前が出ないのか。

 それが分かるのはかなり後。

 事実を知ったミヤビは動かない表情の下、内心で絶叫を上げることになるのだが、それを予測できる者は一人も居なかった。




 ウェアラブルデバイス、ARスマートグラスで離れた現場の人間に指示を出したり、操作手順を表示したりというサービスは現実にもあるのですが、なかなか浸透しなかったのは本文にて挙げた理由が大きかったですね。
 個人的にはこういうの大好きで早く実用的なソリューションが出てほしいと思うんですけど。

 ご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第2話 ドラケン破壊命令 Bパート

「ゆうべはな、貴様の作戦終了を祝うつもりでおった。貴様がもたもたしてくれたおかげで晩餐の支度はすべて無駄になったんだ、え?」

 

 モニターに映る巨漢、ドズル・ザビ中将はシャアに向かって吠えるように言い放った。

 そんな上官に、シャアは臆することなく報告する。

 

「連邦軍のV作戦をキャッチしたのです、ドズル中将」

「なに、V作戦?」

「は。モビルスーツの開発、それに伴う新造戦艦を同時にキャッチしたのであります」

 

 その報告にドズルは一転して機嫌よく笑う。

 

「フフフ、さすが赤い彗星のシャアだな。で、何か?」

「帰還途中でありましたのでミサイル、弾薬がすべて底を尽き……」

「補給が欲しいのだな? 回す!」

「幸いであります。それにザクの補給も三機」

 

 その要求に目をむくドズル。

 

「モビルスーツ・ザクを三機もなくしたのか!?」

「は、中将。そのうちの二機は、連邦軍のたった一機のモビルスーツのために」

 

 シャアはスレンダー軍曹の話す敵モビルスーツの性能をあまり信じていなかったが、それでも受けた報告をそのままドズルにも伝える。

 主観を交えて話してしまうと伝言ゲームより酷い状況になって上まで情報が伝わらなくなってしまうということもある。

 

 また損失を上に納得してもらい補給を引き出すという意味ではスレンダーの報告は都合が良かった。

 失態をごまかすために敵を過大評価していると後から非難されるのも馬鹿らしいため誇張したりはしないが。

 

 そんなシャアの態度がドズルを信頼させたのか、

 

「まあよし、ザクを送る。V作戦のデータはなんでもいい、必ず手に入れろ。できるならそのモビルスーツを手に入れろ」

 

 という返事をもらえた。

 そうして通信を終わったシャアに副官、ドレン少尉が声をかけた。

 

「いかがいたしますシャア少佐。敵のデータはスレンダーが望遠撮影した物しかありませんが、まさかザクがあんな小さなマシンに負けたなどと報告しても信じてはもらえないでしょうし……」

 

 シャアはドレンに命じる。

 

「少尉、突撃隊員を三名招集したまえ」

「は? 補給艦の到着を待つのではないので?」

「戦いとはいつも二手三手先を考えて行うものだ。できれば敵モビルスーツを手に入れ物的証拠としたい。スレンダーは脱出した。ということは逆もまた可能ではないのかな?」

 

 

 

 ホワイトベースに帰還したミヤビはコクピット右側面にあるロックを解除しフェイス・オープンハンドルを引いて、

 

『フェイィィィス・オープン!!』

 

 なんだか無駄にノリがよいサラのエコーがかかった警告音声…… 可愛らしい声でやるので違和感バリバリなそれとともにコクピットハッチを跳ね上げた。

 無論アニメ『大空魔竜ガイキング』の主役ロボット、ガイキングように子供が泣くような凶悪超兵器ヘッドが現れ怒涛の攻撃を始めたりガンダムF91のように放熱のために素顔がさらされたりはしない。

 コクピットに座っている『ヤシマの人形姫』を見て怯えたり竦んだりモビルスーツの性能を活かせぬまま死んでいったりする人間は居るかもしれないが。

 

 フェイス・オープンハンドルの下には「EMERGENCY FACE OPEN HANDLE」とマーキングされた誤操作防止カバーに隠された緊急脱出用レバーが配置されている。

 カバーを開け、これを引くことで爆発ボルトによるコクピットハッチの強制排除装置が作動するものだ。

 ロックが壊れていたりハッチが歪んでいたりしても強制的に開けることができるが、周辺に人が居る場合はケガをする可能性がある。

 そのためもあって、誤操作防止カバーで覆われているのだ。

 

「それじゃあ、サラちゃん。補給よろしく」

『はい、ミヤビさん』

 

 サラの返事と共にシート左右に配されたレール上を前後に動く2本の多軸ジョイスティック、ドラケンEの操縦桿が後方にスライドした。

 狭いコクピットで乗降の邪魔にならないよう必要のない時は待機位置に退避されるのだ。

 これとフットペダル、音声認識コマンドによりドラケンE改は操作される。

 

 なお機体制御OSの起動には音声や身体を使ったジェスチャーが必要になる。

 両手を胸前でクロスさせたり「ドラケンE改、アクション!」と叫んでビッグオーごっこをすることも可能。

 というか起動と同時に自動的に操作可能位置まで前進してくる操縦桿に肘をぶつけて悶絶したくないのなら、このポーズを取ることは有効だった。

 

 ミヤビはコクピットの縁にあるステップを踏んでドラケンE改のコクピットを降りた。

 ステップの前にはコクピットハッチの解放とロックに使用されるイジェクトフック、アンダーフックが並んでいる。

 

 そしてドラケンE改はサポートAIであるサラの制御で補給を開始した。

 

 まず使い終わったミサイルのケーシングを破棄。

 自機の左腕二重下腕肢マニピュレーターを使い再装填を行う。

 ドラケンE、そしてドラケンE改が標準で備えている二重下腕肢マニピュレーターは先端に付いた精密作業を担当する3本指ハンドとは別に肘から先がカニのはさみのように二つに割れて大きな荷物をつかめる機能を持っているのだ。

 またこのマニピュレーターはゴリラのように立った状態でも地面に届くほどの長さを持つため、機体上面の左右に配置されているミサイルにも片手一本で十分届く。

 分隊構成の場合、装填手にパワーローダータイプのマニピュレーターを装備した機体をあてがって行うことも多いが。

 同様に左腕二重下腕肢マニピュレーターを使い右腕肘のハードポイントに付けていた甲壱型腕ビームサーベルも交換。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 さらに主動力源である燃料電池の燃料と、背面装備のロケットエンジン用推進剤のサプライチューブを機体に接続し注入を開始する。

 

 ここまで、すべてサポートAIのサラに任せてのオート作業。

 人型兵器は自力で補給作業ができるのが強みだが、作業機械が元になっているドラケンE改は特にその点が優れており補給に関しては人間を必要としなかった。

 

 

 

 そして同時に艦内ネットワークに接続し機体制御OSとカスタマイズ設定、また稼働記録が保存されている連邦軍規格に準拠した大容量光ストレージ、ミッションディスクのデータを管理サーバ上に保存、バックアップを行う。

 ミッションディスクとクラウド上のバックアップはパイロット毎に貸与されており、これによりパイロットは機体を乗り換えても自分向けにカスタマイズされた設定をそのまま継続して利用することができる。

 また一定動作を音声コマンドで自動実行するプログラムなど、パソコン端末を使って個人に合わせた動作プログラムの設定、機体オプションに合わせたドライバソフトのインストールなどチューニングを行うこともできるのだ。

 

 管理サーバには機体メンテナンス支援プログラムが稼働している。

 本来はヤシマ重工が無償で提供しているクラウドサービスだったが、軍など「一般のネットワークがダウンしても機能を維持する必要がある」「データを外部に置くなどセキュリティ上許容できない」という顧客、またガラパゴス志向の強い日本企業のように「クラウドでは実現できない独自の業務要件があり特別にカスタマイズしたい」などといった特殊な顧客向けには管理サーバのレンタルおよび販売を行っており、各顧客が自己のネットワーク上(通常DMZ)に独自に管理サーバを立てることになっていた。

 

 そして機体メンテナンス支援プログラムによって集約された稼働記録を使って機体制御OSはアップグレードされており、アップデートパッチの配布が行われる。

 

 さらに機体メンテナンス支援プログラムはこうして収集した稼働記録をもとに機体各部の部品の余寿命の予測管理、交換の推奨、交換部品の在庫管理、部品購入発注、メンテナンスサービスの斡旋等、様々なサービスを提供していた。

 

 これはミヤビの前世、旧21世紀の世界で言うところの工業分野でのIoT(Internet of Things)技術活用で、実際にGE(ゼネラル・エレクトリック)などが提供していたプラントの機器や航空機のエンジンにセンサーを取り付けてネット経由で集約、遠隔管理するものを発展させたサービスだ。

(もっと身近なものだと企業などで使われるプリンターやコピー機などは既にIoT化されていてトラブルを遠隔で検知、それに応じてメンテナンス員を派遣するなどといった保守サービスが提供されている)

 

 元々作業機械だったドラケンE改は機体制御OSなどの核心技術部分や軍事に関わる機密部分以外はミヤビの提案でオープンアーキテクチャにされており、機体の互換部品の製造は元より整備、メンテナンス業も連邦政府の認定を受けた業者なら誰でも参入が可能。

 そしてこれらサードパーティはヤシマ重工に登録することで機体メンテナンス支援プログラムに広告を表示させることができる。

 

 具体的にはヤシマ重工は機体メンテナンス支援プログラムにより各顧客のメンテナンスサービスの利用履歴や部品の購入時期、購入先、単価などを把握できており、顧客が必要になったタイミングで最適なメンテナンス業者、部品供給メーカーを候補として提示するようになっている。

 従来の購入価格より安価で提示できれば顧客は高い確率で契約、購入してくれる。

 ヤシマ重工はその成約金額の数パーセントを手数料として得ることになっている。

 

 ヤシマ重工は無料で機体メンテナンス支援プログラムを提供しているが、そのビジネスモデルの実態は法人購入代行システムとなっている。

 単に機体本体という製品を売るだけではなく、製品とサービスを一体化させたサービス製造業としてヤシマ重工はドラケンE改を提供しているわけである。

 

 この辺のマネタイズ、商売の仕方は前世で某重工に勤務しライバルである海外企業の破壊的イノベーションを目のあたりにし体験してきたミヤビの提案を、辣腕の経営者である父、シュウ・ヤシマが形にしたものだ。

 

 

 

 そしてこのビジネスモデル、金の問題よりも恐ろしいのは顧客から「ユーザー技術」を根こそぎ奪い取ってしまうことにある。

 旧21世紀の例で言えば、GEなどが提供していたプラントの機器や航空機のエンジン。

 これらの利用者であるユーザーの元には実際に運転させることで得られたデータや、管理、整備してきたノウハウ、技術が蓄積される。

 

 設備改善はもちろん、運用、運転方法を工夫することでほんの少しでも効率を上げれば数千万、場合によっては億単位のコストダウンが可能な世界である。

 またジェットエンジンやガスタービンの高温部には、高度な技術で中空に加工したチタンブレード(物によっては1枚1千万円以上、それが何十枚と使われている)やニッケル基の耐熱合金を加工して表面にセラミックコーティングを施した燃焼器などといった高価で交換にコストのかかる部品が使われている。

 これら部品の余寿命を厳密に管理し交換周期を伸ばせれば、それだけで莫大なコストダウンにつながる。

 

 同業他社等ライバルへの絶対的なアドバンテージとなるため、ユーザーはそういった技術の追求とデータの蓄積に余念が無かった。

 

 それに対してGE等のメーカーが提案してきたIoT技術を活用した管理サービスは、そのような技術をより安い破壊的な価格で提供するものだった。

 ただしこれまでユーザーだけが蓄積してきた運転記録などのデータはIoT技術によりメーカーに根こそぎ吸い上げられ、技術はメーカーだけのものになり、金を出せば誰にでも提供される。

 これまでアドバンテージとされていたユーザー技術が根本的に消え失せてしまうのだ。

 

 そしてミヤビ提案の機体メンテナンス支援プログラムはさらに「基本無料」で顧客を獲得し、他で収益を得るフリーミアムというビジネスモデルを組み合わせたもの。

 タダで提供している分、効果は圧倒的で破壊的になっていた。

 悪魔的と言い換えても良い。

 

 宙陸両用作業機械という新機軸、破壊的イノベーションをもたらす新製品ドラケンE改をIBM/PCの成功を参考にオープンアーキテクチャとして提供することで素早く市場を独占。

 従来のスペースポッドSP-W03や陸上作業機械を瞬く間に駆逐し業界標準、デファクトスタンダードとなった上にこれである。

 

 まぁ、オープンアーキテクチャの参考にしたIBMはパソコンのコモディティ化、日用品のように誰が作っても同じで価格以外差別化が図れなくなる未来をいち早く予見し、さっさと中国企業にPC事業を売却していた(日本のPCメーカーがその問題でにっちもさっちも行かなくなって事業売却するより10年以上も前の話)

 

 それを参考に別に収益を得る方法として、当時日本企業が先進的な海外企業にやられてヤバかったビジネスモデルを今度はミヤビ自身が仕掛ける側になってやろうとパクって組み合わせただけだったが。

 

 経緯はともかく、こんな真似をするから周囲に『ヤシマの人形姫』などと呼ばれ恐れられることになっているのだが、その事実にミヤビ本人は気づいていなかったりする。

 

 そんな悪魔な商売を産み出したミヤビはというと、休憩コーナーでチューブに入ったゼリー食により水分とエネルギーを補給していた。

 前世でも忙しいときや風邪をひいたときにはお世話になったなぁ、などと思いつつ。

 『機動戦士ガンダム』劇中でスレッガーさんも食べていた自販機のハンバーガー、ミヤビにとっては逆にレトロで昭和の香りがするそれも食べてみたかったが、今は時間が無い。

 

「そこの方、手伝っていただきたいわ」

「あ、あの人は……」

 

 ほら金髪さん、つまりセイラ・マス嬢と、先ほど出会った少女、フラウ・ボウがお呼びだ。

 

 

 

「それでも男ですか、軟弱者!」

 

 唐突にもらった“平手打ち”

 予想外の“罵倒”

 特に理由のない暴力がカイ・シデン少年を襲う――!!

 

『痛そう……』

 

 HMD画面の片隅で、サラが形の良い眉をひそめている。

 艦長命令でコロニーに生存者を探しに行くというセイラとフラウに請われ、同行することになったミヤビ。

 補給を終えたドラケンE改と共に彼女たちとは別ルートをたどり宇宙港ブロックから降りたところのエレベーター前で合流したのだが。

 そこで目にしたのが先ほどの金髪美少女セイラと斜に構えた不良少年カイとのファーストコンタクト。

 

「命からがら逃げ伸びてきた民間人の男の子に、それ以上を求めるのはさすがに理不尽だと思うんだけど……」

 

 ミヤビもあきれ顔だ。

 まぁセイラ・マスという少女が美しいだけではない、内に気高さと激しさを秘めた人物であるというのは伝わってきたが。

 

「これが富野節……」

 

 とりあえずミヤビは思う。

 

 暴力はいけない、

 

 と。




 ドラケンE改のコクピット周りの描写は「MS大全集2006」と「MOBILE SUIT GUNDAM 80/83/08」掲載のドラケンE設定図から拾った情報に基づいたものです。
 ものすごく小さい図面のさらに小さな手書き文字を拾うのは大変でルーペ(虫眼鏡)を使ってがんばりました。
 もっといい資料を知っているという方がいらっしゃいましたら教えていただけるとうれしいです。


>人型兵器は自力で補給作業ができるのが強み

 のはずなんですが、ガンダムだとそういう描写はほとんど無いですよね。
 やっぱりピットクルーのように整備員が働いたり、専用の補給メカニックが動いた方がリアルっぽい戦場を描けるからでしょうか。


 しかしIoT技術って多くの一般の方にとってはスマホやスマートスピーカーを使って家電を制御したりとかなんですけど。
 工業分野で活用されると商売の仕組みとか技術の持ち方、生かし方、価値ががらっと変わっちゃいますよねぇ。
 それが時代の移り変わりってやつなんでしょうけど。

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第2話 ドラケン破壊命令 Cパート

「あなたは居住区をね」

「ええ、任せて」

 

 比較的安全な居住区をフラウが、被害の大きい軍敷地内をセイラが探すというので、ミヤビはドラケンE改でセイラを護衛することにする。

 先ほどからまたムサイからの攻撃が始まったのか、コロニーに振動が走っているのだ。

 

 ミヤビは危険な軍敷地内は自分が単独で、二人には居住区を回るように言ったのだが、セイラは聞き入れなかった。

 というのもセイラはドラケンE改のコクピット前面にあるスリット状の覗き穴を見て、これではろくに外が見えず動けない生存者が居ても発見は難しいと判断したからだ。

 実際にはドラケンE改には機体各所に仕込まれたカメラセンサーとそれを映し出すHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)が備えられていたがセイラはそれを知らなかった。

 そのため原型機のドラケンEと同様に備えている防弾ガラスが組み込まれた覗き穴を見て誤解したのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 これは非常時に有視界運転を可能とするために遺されたものだった。

 戦車等の展視溝と同様、頭をぶつけないよう額当て(フェイスガード・クッション)が付属しており個人の体格、好み合わせて前後に調整できる。

 この調整機構はドラケンEではねじ止め式だったが、ドラケンE改ではワンタッチで調整できるボタン式に改められている。

 なぜなら通常時は利用しないので邪魔になるからだ。

 HMDを身に付けるからなおさら。

 だから簡単に調整できる機構に変更し、普段は邪魔にならない位置まで退避させておくわけだ。

 

「音、立てないのね」

 

 ドラケンE改の外部収音用マイクがセイラのつぶやきを拾う。

 このエリアの通路は広いため、セイラのエレカーと並走することができていた。

 

 セイラがドラケンE改の走行音を気にしたのは、静かなら救助を求める声があった場合に聞き取りやすいからだ。

 実際、旧21世紀の災害救助でも定期的に救助作業を一斉に止め静かにすることで生存者からの声を聞き取ろうとする試みが成果を上げたという。

 逆にマスコミのヘリコプターの音が邪魔で助けを求める人の声が聞こえないという問題もあったが。

 

「軍用モデルのVVVFインバータは無音に調整されているから」

 

 ミヤビはエレカーとつないだ無線回線でそう返答する。

 聞かれているとは思わなかったのか、セイラがはっと身体を一瞬こわばらせたのが見て取れた。

 

 ドラケンE改は脚部に組み込まれたローラーダッシュ機構のインホイール・モーターの制御に個別分散式VVVFインバータを採用している。

 このモーターおよびインバータ装置から発する独特の磁励音が音階に聞こえる(京急2100形電車のドイツ・シーメンス社製VVVFインバータのように)ことが特徴だが、これは燃料電池駆動のドラケンE改があまりに静かすぎ接近を感知できないとして安全対策として発せられるもの。

 調整次第で無音化でき、また軍と法執行機関の特殊部隊向けには最初から音を発しない仕様で納品されている。

 まぁ今のようなクルージング走行ならともかく、全力運転時にはさすがに抑えきれず力強いメカニカルノイズが生じることになるのだが。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「生存者いませんか? 生存者は?」

 

 ミヤビはスピーカーから発せられるセイラの、張りと透明感のある美声を聞きながら坂道を下る。

 

 モニター隅には充電中の表示。

 ドラケンE改は回生ブレーキを搭載しており、減速時や下り坂ではタイヤの回転を使いモーターで電力を発生させバッテリーを充電し加速時等、必要時の電力とする。

 省電力による稼働時間の延長と発熱の減少によるステルス性の向上が図られているのだ。

 

 HMD画面上ではちっちゃなサラが高級リゾートのプールサイドなどで見かけるデッキチェアーに寝そべってくつろぎながらドリンクを飲んでいる。

 充電中をアニメーションで示しているらしい。

 無駄に凝っているが、こういうことをするからコンピュータのリソースを食われることを嫌うユーザーから「お前を消す方法」を聞かれて泣きべそをかくことになるのだが。

 

 ちなみにミヤビは前世も今も、コンピュータや端末に不要なサービスや機能、プログラムが走っていることを徹底的に嫌う。

 そんな彼女がサラを好きにさせているのは、サラのAIを成長させるのに必要だからだ。

 彼女は効率的であることを理想とするからこそ、自分が働かなくてもコンピュータが働いてくれるという仕組みは大好きだった。

 

「生存者はなし……」

 

 そうつぶやいたセイラが急にエレカーを止めた。

 何事かとミヤビがコクピットハッチを開ける間に、セイラはグローブボックスから取り出した拳銃を手に飛び出して行ってしまう。

 

「っ!」

 

 慌てて…… 表情には出ないので他者には冷静沈着に見えるだろうが、ミヤビはコクピットハッチを開けて後を追う。

 護身用に腰のベルトに吊り下げられた大型銃アーマーマグナムを抜いて初弾を薬室に送り込みつつ走るミヤビが見たものは……

 ジオン軍のノーマルスーツを着た潜入者!

 セイラを守るため、ミヤビはアーマーマグナムを即座に発砲!

 

「ちぃっ!」

 

 とっさに回避する男。

 しかしミヤビは慌てず銃身の下のフォアエンドを前後させ排莢と共に次弾を装填する。

 

「今のは非殺傷のスタン弾でしたが、次はフレシェット弾を撃ちます。避けることはできませんよ」

 

 逆に言うとスタン弾だったからこそ、ためらわずに発砲できたのだ。

 彼女は人を問答無用で撃ち殺せるほど冷徹にはなれない。

 もっともそういった葛藤が表情にまったく出ないため、見た目は何の躊躇もなく化け物のような大口径銃を人に対してぶっぱなす殺人人形(キリング・ドール)としか思えないものだったが。

 

 彼女の持つアーマーマグナムと名付けられた銃は、パテントの切れたレミントン社のポンプアクションショットガンM870に6.5インチ短銃身とカスタムフォアエンド(先台)、ピストルグリップを装着した全長419ミリ、大型拳銃にも似たコンパクトショットガンだ。

 元ネタのアニメ『装甲騎兵ボトムズ』登場の主人公が使うバハウザーM571アーマーマグナムは全長450ミリ、重量7キログラム弱という化け物銃だったからそれよりは少し短くはるかに軽い。

 

 M870に6.5インチ短銃身を組み込んだモデルとして、過去サーブ社(Serbu Firearms)が販売していたサーブ・スーパーショーティがあったが、こちらでは銃身長が短すぎて通常のフォアエンドが使えない問題を解決するため、保持とスライド操作用に折り畳み式のフォアグリップ(握り棒)を組み込んでいた。

 それに対しアーマーマグナムでは機関部(レシーバー)を包み込める大きさのフォアエンドを採用している。

 このフォアエンドは前進させた状態でも後端が機関部に届いており、引いた状態では完全に機関部に覆いかぶさる。

(この時排莢口を塞がないよう右側面には切り欠きがあるため形状は左右非対称となっている)

 これによりスーパーショーティのようなフォアグリップ無しでのポンプアクションを可能としているのだった。

 

 品質的には宇宙空間でも扱えるよう素材を宇宙線に対して耐久性を持ったものに変更、またタンカラーなどカラーバリエーションを用意している。

 売れ筋はフォアエンドのみをブラウンとしたモデル。

 ミヤビの冗談半分の提案からセールスのため用意されたAPDS(Armor Piercing Discarding Sabot)、装弾筒付徹甲弾を模した3インチマグナムサボット弾が商売的にヒットし、それが名称の由来ということになっている。

 実際、この徹甲弾は多少の防弾装備などあっさりと抜いてしまう。

 これによりアーマーマグナムは拳銃大の武器としては化け物じみた貫通力を持つことになっている。

 

 機関部下面にあるローディングゲートからバレル下のチューブマガジンに2発までの12番ゲージショットシェルを装填可能。

 薬室に装填後、さらに1発をチューブマガジンに追加して連続3連射を行うことも可能だが薬室に弾を込めたままの携帯は推奨されていないため、やるなら撃つ直前に追加する必要がある。

 もっともすぐ撃つなら初弾を排莢口から直接薬室に装填した後、チューブマガジンに弾を込める者が多いが。

 

 元々はミドルモビルスーツドラケンE改を治安維持や暴徒鎮圧、警ら用に警察組織に売り込む際、非常に狭いコクピットに銃器類を持ち込むことが困難であるとの指摘を受けオプションの車載品として用意されたもの。

 拳銃より強力で扱いやすく、かつ非致死弾頭が扱えるものが望ましいという要望を受け、ゴム弾やスタン弾が扱えるポンプアクションショットガンの中から信頼性が高く小型軽量であるものとして選ばれた。

(レミントン社のM870MCSでもショートバレルの「ブリーチャー」仕様は車両防衛/セキュリティ構成(Vehicle Defense/Security Config)として販売されていた)

 

 ドラケンE改のシートには、これをパイロットが腰のホルスターに収めたまま座っても邪魔にならないようスペースが開けられている。

 当初は法執行機関のみに供給されていたが、宇宙空間作業者から宇宙海賊等、犯罪組織に対する護身として欲しいとの要望を受け一般向けにも販売されるようになった。

 購入、所持にはライセンスが必要だがアーマーマグナムはAOW(any other weapon(その他の銃器))にカテゴライズされ比較的許可が得やすいし、他の強力な火器、例えばフルオートの銃器を持つ許可は民間人にはまず下りないという面があるからだ。

 

 ショットシェルにはフレアー等、信号弾も用意されているためサバイバル装備として信号銃を別に持つ必要が無いというメリットもある。

 またドラケンE改が連邦軍に採用された後には、軍パイロットの中にもアーマーマグナムを私物として持ち込む者が多く、後に準正式採用されるに至った。

 通常パイロットには自衛用の拳銃とサバイバル用に拳銃でも撃てる散弾(バードショット)、それとは別に救助用の信号弾を撃つ信号銃が用意されるが、

 

・拳銃は一般的な兵士の技量では10メートルも離れたら当てることができない。

・拳銃弾では装甲車両はもちろん低ランクのボディアーマーを着込んだ兵士にすら通用しない。

・拳銃弾サイズの散弾の有効距離はわずか数メートルで実用的ではない。間近に忍び寄った毒蛇の頭や毒虫をつぶすぐらいしか使い道がない。

・信号銃を別に持つのは重量的に厳しい。

 

 という問題がある。

 それらを解決するのにアーマーマグナムは最適だった。

 

・散弾を用いれば、特別優れた射手でなくとも50メートルまでのマンターゲットに当てられ、一粒弾であるスラッグ弾、サボット弾を使えば狙撃も可能。

・軍用には対ボディアーマー貫通能力に優れたフレシェット弾が使われるし、APDS弾を使えば軽装甲車両の防弾板すら抜ける。

・身に着けたアーマーマグナム一つで信号弾も撃てる。

 

 という具合である。

 

「勇敢だな。正規の軍人ともゲリラとも思えんが」

「動くと撃ちます」

 

 赤いノーマルスーツ男の言葉に答える怜悧な仮面じみた表情の下……

 ミヤビは盛大にテンパっていた。

 

(わ、忘れてた……)

 

 ジオン軍の潜入者、赤いノーマルスーツの仮面の男の正体はもちろんシャア・アズナブル。

 その視線がミヤビの隣に立つセイラにも向けられ、

 

「に、似ている」

 

 思わずという様子でつぶやきを漏らす。

 そう、ミヤビはダイクン家の兄妹の刹那の再会に割り込んでしまったのだ。

 

「ヘルメットを取ってください。そして後ろを向いてください」

 

 セイラも拳銃を構えながらそう指示し、それに従ってヘルメットを、そして顔の上半分を覆うマスクを外した男の素顔は、

 

(美…… 美形だっ!!!)

 

 その顔が記憶の中の兄の顔と重なり驚愕するセイラとは別に、ミヤビも違う意味で驚いた瞬間、シャアが動いた。

 セイラの方へ!

 

(しまった!)

 

 今アーマーマグナムに込められているのは散弾の代わりに貫通力の高い矢弾を多数詰め込んだフレシェット弾。

 発射される弾はある程度の散らばりを見せながら飛んでいくためミヤビのように銃の扱いに慣れていなくとも当てやすい反面、味方が敵の近くに居る場合、誤射が怖くて撃てなくなる。

 もちろん、どれくらいの距離でどの程度弾が散らばるかちゃんとパターンを把握しているプロなら味方を避けて当てることも難しくは無いだろうが、ミヤビにそれだけの腕は無い。

 

 シャアの長い脚がセイラの持つ拳銃を弾き飛ばす。

 そのまま組み付こうとするシャアだったが、セイラはそれを身をひねって回避。

 護身術らしき構えを取って相対する。

 

「し、しかしアルテイシアにしては、つ、強すぎる……」

 

 しっかりセイラをミヤビの射線上に置いて銃撃を防ぎながらもシャアはつぶやく。

 

 そこに崖を削りながら赤い巨体が降りてきた。

 アムロ少年が操るガンキャノンだ。

 そちらに一瞬気を取られた瞬間、シャアは背中のランドムーバーを吹かして飛び上がり、逃走してしまう。

 

「兄さん……」

 

 そうつぶやくセイラをミヤビは見ないふり聞かないふり。

 この兄妹に隔意はないが、不用意に関わるのは危険すぎた。

 特に周囲の者が死にまくることになるシャア。

 

『スーパーナパームを使います。この辺りにあるモビルスーツのパーツを処分するんです』

 

 前に進み出るガンキャノンからマイク越しに聞こえるアムロの声。

 そしてガンキャノンは左わきに抱えていたスーパーナパームを収めた弾倉を放り投げ、ビームライフルを撃つことで空中で爆散させる。

 粘液状の燃焼剤が辺りにぶちまけられ真っ赤に燃え上がった。

 

「あ……」

『あああ熱ああ!』

 

 ミヤビのノーマルスーツの通信機に響くサラの言葉にならない悲鳴。

 AIであるはずの彼女がそのように漏らしてしまうこと自体が、受けたショックと感情の乱れを伝えていた。

 

『助けて』

 

『熱い』

 

『死にたくない』

 

 サラーっ!!!

 

 ミヤビが絶叫しようとしたとき、

 

 

 

『死ぬかと思いました』

 

 サラがしれっとそう言うと、ドラケンE改の機体が炎を避けて現れた。

 無論、サラの自動制御によるものだ。

 

「………!!」

 

 ミヤビはその場に手をつき、がっくりと脱力するのだった。

 

 

 

「アムロ君、後で時間ができたらお話ししましょうね」

 

 何とか気を持ち直したミヤビはよそ行き用の笑顔を浮かべて言う。

 もっともよくよく見ないと分からないが瞳が笑っていない妙に怖いものを感じさせる『人形姫の氷の微笑み』と言われているやつだったので、アムロは気圧されてしまったが。

 

「は、はい」

 

 うなずくアムロに、ミヤビはひとまず矛を収める。

 安全教育、大事。

 ただしその大事な教育を施す義務を果たしていないのに怒ったり叱ったりするのは無能のやることだとミヤビは思っている。

 だからこそのお話の約束だった。

 

 そしてビビるアムロに、

 

『だから止めたのに……』

 

 とガンキャノンの教育型コンピュータにインストールされたサポートAI、ちょっと釣り目の識別名『サラツー』がささやくように言う。

 

 なお……

 サラのコピーである彼女たちサラシリーズの存在をミヤビは知らない。

 なぜなら彼女たちはテム・レイ博士たちマッドな連邦軍モビルスーツ開発陣が勝手にサラを元に作り出した存在だからだ。

 ミヤビが知ったら、

 

「違法コピー、ダメ。ゼッタイ。ACCS(一般社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会)さんこっちです」

 

 と言うかも知れないが実際には、

 

 

1)教育型コンピュータの構築作業への協力を依頼されたミヤビが作業の効率を上げるためサラを呼んで手伝わせる。

 

2)作業完了後、ミヤビはちゃんと教育型コンピュータからサラを退避の上、彼女のAIプログラムをアンインストール。

 

3)しかしサラを管理(ライセンスの管理も含む)するヤシマ重工のドラケンE改管理サーバには教育型コンピュータのハードが正規ユーザのものだという認識が残ってしまった。

(ミヤビはこれも削除するため定められている正式な手順に沿って操作を行い表面上は消すことができていた。しかし実際には別途特殊な操作が必要で消えていなかった。これは高いセキュリティがかけられた軍の独自仕様ネットワークを介してのことでサーバ管理者には想定外のレアケースだったため)

 

4)その後、作業に不都合があり教育型コンピュータの記憶装置にロールバック(障害が起こったときに、その前の状態にまで戻すこと)がかかりいっしょにサラも復元されてしまう。

 

5)作業担当者がサラを発見。しかしヤシマ重工の管理サーバにも正規ライセンスユーザと認識されているため問題とならず。

 

6)作業担当者は手伝ってくれるサラの有能さに驚き、彼女はミヤビがこのために提供してくれた存在だと思い込む。

 

7)ミヤビに礼を言うが主語が抜けていたため正確に伝わらず、ミヤビは作業を手伝ったことに対するお礼と認識してしまった。

(主語抜きの会話は大変に危険です。報告は正確に行いましょう。できれば証跡が残る書面で。日本人が愛する、相手が察してくれることを前提にした会話文化など実務では百害あって一利なしです)

 

8)ミヤビはサラの利用ライセンスを複数所持しており、そのうちの一つが余分に使われている状態になっていたが、気づかなかった。

 

9)教育型コンピュータを量産するにあたりサラがもっと居てくれたら、と嘆く担当に、サラが『じゃあ契約ライセンスを増やしませんか?』と提案。

 

10)ミヤビの知らないところでヤシマ重工と地球連邦軍との間に正式なライセンス契約が交わされる。

 

12)大口契約の成立にサラの開発者の一人であるミヤビにも臨時ボーナスが支給されるが彼女は預金残高に無頓着、というより様々な案件に関わりすぎていて個別の件名について把握できていなかった。

 

13)ミヤビが気づいていないことを察したサラがミヤビに報告するが、そのときに告げた言葉が『私を売ったお金で食べるごはんは美味しいですか?』だった。ミヤビは作業中の仕事をサラに任せることでランチを食べに行った(サラを売ったともいけにえに捧げたとも言う)帰りだったため、そのことを言っていると誤解してしまう。

 

14)導入されたサラを各担当者が個別に(好き勝手に)カスタマイズしたため、AIの性格に差異が発生、以後彼女たちには個別の識別名が与えられサラシリーズと呼ばれるようになる。

(中には『サラトゥエルブ』も居る……)

 

15)そのまま教育型コンピュータのサポートAIに正式採用、現在に至る。

 

 という経緯があって、事実だけ見ると違法コピーがあったとは言えない状況にあった。

 

 

 

 なおミヤビたちの間にあった騒ぎのせいで、シャアたちはあっさりと脱出してしまっていたが、それに気づく者は居なかった。




 アニメ『装甲騎兵ボトムズ』登場の主人公が使うバハウザーM571アーマーマグナムを現実的に再現するとどうなるか考えてみました。
 12番ゲージのショットシェルには実際にシェルの長さを伸ばして威力を上げた3インチマグナム弾がありますし、並の防弾装備では防げないサボット弾もあります。
(マンガ『GunSmith Cats Burst』(ガンスミスキャッツ・バースト)5巻でも防弾仕様の車のドアをぶち抜いていましたね)
 サボット弾って戦車砲に使われていた装弾筒付徹甲弾と原理は同じですからね。

 また文中で上げたカスタムフォアエンドも個人のカスタムらしき実銃の写真がネットに上がっています。
 エアソフトガンで再現してみるのも面白そうですね。
 元になるサーブ・スーパーショーティは中華ガスガンでも2万円を超えるのでなかなか手が出ませんが。
 でもスーパーショーティをアーマーマグナム仕様に変更するカスタムパーツとか、3Dプリンターで量産したら商売になりそうですよね。
 実銃のユーザーでも欲しいという方が居そうです。

 ご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。

 次回はお待たせしていましたモビルスーツ戦をお届けします。
 ご期待ください。


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第2話 ドラケン破壊命令 Dパート

 ホワイトベースがコロニーのドッキングベイから出港する。

 

「ゲートセンサー360度、オールラジャー」

 

 固い声で呼称しながら舵を操るミライ。

 その肩をブライトがポンと叩く。

 

「肩に力が入りすぎのようだな。大丈夫、コンピューターがやってくれますよ」

 

 ミヤビの前世の記憶の中のアニメ『機動戦士ガンダム』と違うのは、ミライの持つ爆乳のおかげでブライトが一瞬「ボディタッチはセクハラになるのでは?」と悩んだことだが、彼は鉄の自制心でそれを表面に出すことはなかった。

 

「ガンキャノンのアムロ君へ」

『は、はい』

「ホワイトベースから遠すぎるようだ。本艦の右10キロに位置してくれたまえ」

『了解』

「そこのドラケンE改は……」

『左5キロに待機します。守りは重層的に構築するべきでしょう』

 

 返ってきた通信にミライが反応した。

 

「姉さん?」

『無事だったようね、ミライ』

「第一種戦闘配備中です。通信を私用に使うのは控えてください」

「あ……」

『了解』

 

 ブライトの注意にミライはバツが悪そうに口ごもり、ミヤビは端的に答えた。

 

 

 

 計画通り。

 

 ミヤビは珍しく口の端を上げて笑うが、

 

『ミヤビさん、その顔怖いです』

 

 怯えたような声でサラが言うとおり、普段表情を出すことに慣れていないせいかその顔は若い女性にあるまじき超悪人面になっていた。

 

「そう?」

 

 ミヤビにはまったく自覚が無かったが。

 

『美人なだけになおさら凍り付くような怖さがあって……』

 

 サラは言葉にしようか迷った後、真顔で告げる。

 

『多分、子供が見たら泣くし、大人でも退きます』

「そん、なに」

 

 彼女たちの漫才はともかく、そもそも射程から言って中距離砲撃に特化し狙撃タイプのビームライフルも備えたガンキャノンは後衛向き。

 それに対してミヤビが乗るドラケンE改の射程は短いし、短時間しか使えないとはいえ接近戦用の武器、ビームサーベルも持っている。

 ミヤビの方こそ本当は前に出る方が有効なのだ。

 

 とはいえドムの360ミリ、ジャイアント・バズですら正面装甲で弾いてしまうガンキャノンと違って、こちらはザクマシンガンでも一撃で即死である。

 

 そのためもっともらしいことを言って、後ろに引っ込んだのだ。

 一応、ホワイトベースは左舷が弱いというイメージがあるからそこをカバーするという意味もある。

 

『高熱源体接近、大型ミサイル。回避運動は左12度、下へ8度』

 

 ホワイトベースのオペレーターからの警告。

 ホワイトベースは避けようとするが、

 

「遅い」

 

 回避できそうにない。

 

『キャッチした』

 

 通信機越しのアムロの声。

 

『えっ?』

『やってみます』

『頼む』

 

 中距離砲撃用モビルスーツであるガンキャノンはガンダムを上回る6,000メートルのセンサー有効半径を持ち、その射程は長い。

 

『こいつなら』

 

 ビームライフルでミサイルを狙撃。

 

『当たれっ』

 

 狙撃用ビームライフルのおかげか二発目も危なげなく撃墜。

 まぁ駄目でもミヤビが何とかしたし、そのためのドラケンE改の位置取りだったが。

 しかし、

 

『続いて接近する物体二つあります』

『なんだ?』

『モビルスーツのようです』

 

 それを聞いてミヤビは気を引き締める。

 

「サラちゃん」

『5連式多目的カメラモジュール、目標をキャッチしました』

 

 ドラケンE改には独立した可動式の頭は無いが、その代わり機体前頂部に固定設置されている保護ボックスにカメラモジュール群を搭載することができる。

 後にジオンの高性能強行偵察型モビルスーツMS-06E-3ザクフリッパーの頭部に装備される3連式多目的カメラモジュールと同様の仕組みで、ナイトスコープ、赤外線、超長距離望遠、大光量補正(フレア・コンペンセイション)カメラ、レーザーセンサー、超音波センサー、更にはショットガンマイクなど複数の異なるカメラセンサーを目的に合わせて選択装備し束ねたものだ。

 これらから得られたデータをコンピュータで統合、幾通りのモードの中から最適な画像とデータを搭乗者に提供するようになっている。

 

【挿絵表示】

 

 ただし内蔵されるカメラセンサーはオプション扱い(高性能のものは当然高価)で、荷役作業に使われている最低グレードの機体では何も搭載されず空のモジュールボックスが付いているだけだったりする。

 実際に初期に対MS特技兵部隊に配備されたものには指揮官機にすら望遠センサーが装備されておらず、戦場においてコクピットハッチを跳ね上げ、双眼鏡で遠方監視する分隊指揮官の姿が確認されている。

 一方で実験部隊や特殊部隊、偵察部隊等の機体には任務や用途に応じて選択された最高グレードのセンサー類がキャパシティいっぱいの5基まで搭載されており、通常のモビルスーツ以上の索敵能力を発揮したという。

 

 そうしてセンサーに捉えられたのは、

 

「赤いザク。やはり赤い彗星のシャア……」

『赤い彗星のシャア!?』

 

 

 

 シャアは迫る。

 

「見せてもらおうか、連邦軍のモビルスーツの性能とやらを」

 

 ミヤビのドラケンE改に。

 

 

 

(なっ、何でガンキャノンを無視してこっちに!)

 

 慌てるミヤビ。

 理由は色々あった。

 なんだかんだ言ってもコロニーに侵入したザク2機を撃墜したのはドラケンE改であり、シャアはその報告を疑いながらも受けている。

 そしてアムロの操るガンキャノンは重装甲である分、運動性は劣る。

 また機体を駆動させるフィールドモーターもトルク重視のセッティングが施され、力は強いが動きは素早いとは言えなかった。

 そして何よりアムロの操縦はまだ「君は素人か」と思うほど拙かった。

 ミヤビがそれよりマシかというと疑問だが、ミドルモビルスーツはシャアから見れば未知の兵器だ。

 シャアがよく知る通常サイズのモビルスーツのパイロットの良し悪しは即座に見抜けても、その3分の1以下の大きさのミドルモビルスーツの動きからパイロットの腕前を把握することは困難だったのだ。

 ゆえにシャアはアムロのガンキャノンの脅威は低く無視できるとして、未知の存在であるドラケンE改に戦いを挑んできたのだった。

 

「サラちゃん、全兵装ロック解除!」

『了解です。ドラケンE改、オールウェポンフリー』

「ドラケンE改、フォックス・ツー!」

 

 狙いをろくにつけず、牽制の短距離ミサイルを撃ちっぱなしの赤外線画像(IIR)自律誘導で放つ。

 このミサイルは他にもレーザー誘導、有線誘導等、複数の誘導方式を切り替え、併用することができ、ミノフスキー環境下でも機能するのだ。

 同時に背面ロケットブースターを吹かして移動、そして慣性飛行で横滑りしながらシャアのザクがミサイルを回避した先を次のミサイルで狙う。

 

「ドラケンE改、フォックス・ツー!」

 

 これにより確実に命中させようとするが……

 

「消えた!?」

 

 2発目のミサイルを放った瞬間、シャアのザクの姿がモニター上から消え失せる。

 ミヤビは間違いを犯したのだ。

 並の腕のパイロットならミヤビの策も通じただろうが、相手はあのシャア。

 生存を第一に考えるならアムロのガンキャノンが応援にたどり着くまであくまでもミサイルは牽制に使い動き続け、回避し続ける必要があったのだ。

 

「左!?」

 

 シャアのザクを見つけたミヤビは、真正面にザクマシンガンの砲口が向けられていたことに目を剥いた。

 砲口が真円に見えるということはつまり相手の砲身がまっすぐ自分の方向に向いている証拠なのだから。

 ザクマシンガンが放つ120ミリ多目的対戦車榴弾(HEAT-MP:High-Explosive Anti-Tank Multi-Purpose)の直撃に、ドラケンE改は耐えられない。

 火薬の力で先端から噴出する超高速噴流、メタルジェットが装甲をたやすく貫通し、内部を焼き尽くしてしまうだろう。

 ミヤビの頭が確実な死への予感に真っ白になる。

 

 たいせんしゃ…… りゅうだん、「榴」、「弾」、ドラケンE改を焼き尽くすほどの…… HEAT弾ですって!?

 

 ミヤビはなぜ機体の前に甲壱型腕ビームサーベルをかざしたのか、彼女自身理解できなかった。

 無意識だった。

 甲壱型腕ビームサーベルが砲撃に吸いつくように勝手に動いたと感じた。

 しかしミヤビの頭脳は知っていた。

 生き抜こうとするミヤビの頭脳が肉体を動かしたのだ。

 ミヤビの生への執着が、ミヤビの直感をプッシュしたのだ。

 

「輻射波動っ!」

 

 大きく開いたクローの中心、甲壱型腕ビームサーベルの先端が赤く輝き、そこにザクマシンガンから砲弾が放たれた!

 

 

 

「どうだ!」

 

 爆発に包まれたドラケンE改に、シャアは口元を笑みの形に吊り上げるが、

 

「ば、馬鹿な、直撃のはずだ」

 

 爆炎を抜けて健在な姿を見せる紅蓮に染められた機体に己の目を疑う。

 あんな小型の機体がザクマシンガンの120ミリ多目的対戦車榴弾に耐えられるはずがないというのに。

 そして気づく。

 トリガーを引き絞った瞬間にドラケンE改の機体が赤い輝きに包まれていたことを。

 それはつまり、

 

「バリアーかッ!?」

 

 

 

『輻射波動機構の全力開放が成功しました』

 

 サラによる状況報告をミヤビは機体を操りながら聞く。

 輻射波動機構とはミヤビの前世の記憶の中にあるアニメ『コードギアス』でナイトメアフレーム『紅蓮弐式』が右手に備えていた攻防一体の必殺兵器であり、ミヤビからその原理を聞いたテム・レイ博士が宇宙世紀の技術で実現化したものだ。

 

 RX-78ガンダムの内部構造図ではビームサーベルに『ビーム集光用マグネット』が内蔵されていることになっている。

 ビームサーベルはエネルギーCAPによって縮退寸前の高エネルギー状態で保持されたメガ粒子をIフィールドによって収束しビーム状の刀身を形成させるもの。

 そしてIフィールドとはミノフスキー粒子に電磁波を流し結晶格子状態にした力場であり、Iフィールド発生装置には電磁波発振器が内蔵されている。

 つまり『ビーム集光用マグネット』とはIフィールド発生装置であり、電磁波発振器でもある。

 

 そして甲壱型腕ビームサーベルの備える輻射波動機構とはIフィールド発生装置に組み込まれた電磁波発振器から高周波を短いサイクルで対象物に直接照射することで、膨大な熱量を発生させて爆発・膨張等を引き起こし破壊するというマイクロ波誘導加熱ハイブリッドシステム。

 ナイトメアフレーム『紅蓮弐式』が備えていたそれを再現したものだった。

 

『輻射障壁の展開によるアクティブ防護システム作動を確認。敵砲撃の空中撃墜に成功』

 

 アクティブ防護システム(APS:Active Protection System、アクティブ・プロテクション・システム)とは、旧21世紀には開発されていたミサイルや銃砲弾による攻撃をその弾がまだ空中にある間に撃墜、無力化するものだ。

 ミヤビが覚えているだけでもイスラエルのトロフィーやアイアンフィスト、アメリカのクイックキルなどといったものがあった。

 

 先ほどドラケンE改は甲壱型腕ビームサーベルが発生させた輻射波動をIフィールド制御板を兼ねた三本のクローを利用して輻射障壁と呼ばれる直径5メートル弱のフィールド状に展開。

 これによりザクマシンガンの120ミリ多目的対戦車榴弾を機体に届く前に爆発させたのだ。

 つまりシャアが考えたような物理的なバリアーを張ったわけではない。

 当然、多目的対戦車榴弾の爆発による影響は受けるが、メタルジェットは有効距離がわずか数十センチ程度であり、装甲に到達する前に作動させてしまえば空中に散ってしまう。

 多目的対戦車榴弾はその名のとおり榴弾効果も持っているためそれによる被害は受けるが、

 

『損害は軽微。行動に支障なし』

 

 何とか装甲で耐えることができていた。

 

 ザクマシンガンが低反動の低速砲で徹甲弾が使えず、多目的対戦車榴弾を使っていてくれて本当に助かったとミヤビは思う。

 動作の原理からいって分かるように輻射障壁の展開によるアクティブ防護システムではすごいスピードで物理で装甲をぶち抜く徹甲弾は防げないし、高速で飛来する砲撃に対しては撃墜成功率が下がるのだ。

 そのうえ、

 

『甲壱型腕ビームサーベル内エネルギーコンデンサー、放電率80パーセント。再充電完了まで輻射波動機構ならびにビームサーベル機能使用できません。燃料電池全力稼働開始。再チャージ完了まであと4分53秒』

 

 瞬間的に電力を必要とするため、ビームサーベルのエネルギーコンデンサーを空にしてしまう。

 連続使用できないのだ。

 そして全部の武装を使い切った今、このチャージタイムは致命的だった。

 だからミヤビは決断する。

 

 機体よもってちょうだい!!

 

「3倍過負荷運転よっ!!!!!」

 

 さらなる出力増でチャージ時間の短縮を図る。

 なお出力300パーセントなどという非現実的なものではなく、定格に対し5パーセント増しだった過負荷運転を3倍に、つまり15パーセント増しまで上げて運転するという意味だ。

 場合が場合だけに強行するが、生還することができても即機体の分解点検が必要なほどの暴挙だった。

 他者がやったらミヤビ自身、

 

「いいか! 許す! 生死がかかっているんだから仕方ない。でもうちの社員がやったら始末書ものだし顧客がやったら問答無用で保証対象外だけどね!」

 

 と叫んでいただろう。

 

 動力源である燃料電池の動作に伴い発生する熱は原型機であるドラケンEにおける背面放熱器の代わりに内蔵されている熱回収器を介して推進剤の加熱に使われている。

 このため燃料電池全力運転による発熱は副次的効果として推進剤噴射速度上昇をもたらし、一時的に機動力が向上する。

 

 そして利用しきれない余剰熱は両肩、尻に搭載された放熱器から放出されるが、無茶な過負荷運転に放熱器が赤熱する。

 その姿は後のユニコーンガンダムがNT-Dを発動させ赤く発光するサイコフレームを露出させた真の姿を見せるかのよう。

 そして向上した機動性を発揮し放熱器からの赤い光を引きながら宇宙を駆けるその姿はミヤビの前世の記憶、アニメ『頭文字D』の劇中でホイールの奥のブレーキディスクローターが摩擦で赤熱し、その光の残像を残しながら疾駆する姿のようだった。

 

 実際には……

 

 鳴り続けるアラート、真っ赤な注意喚起表示、画面隅を凄い勢いで流れる警報ログ。

 

『燃料電池ユニット入熱過大! 温度高!』

 

 サラの悲鳴じみたアナウンス。

 ドラケンE改のコクピットは修羅場だった。

 はっきり言おう、ミヤビだけでは対処不能な状態だった。

 しかし……

 

「警報停止! 致命的(クリティカル)なものだけ要約して!」

 

 ミヤビには優秀な副制御員、サラが居てくれた。

 

『熱平衡線図(ヒートバランス)計算、収束しません!』

 

 熱収支が合わない。

 つまり、

 

『放熱が完全に足りません! このままでは1分後に温度極高で非常停止(トリップ)します!!』

 

 温度上昇が止まらず安全装置が働き燃料電池ユニットが飛んでしまう!

 ならば!

 

「ロケットエンジンリミッターカット! 熱を推進剤と一緒にパージして!」

『了解! でもこのペースで推進剤を消費すると帰還できなくなる可能性が』

「ガンキャノンかホワイトベースが拾ってくれるでしょ」

『わかりました!』

「そう! 生き延びることができればあとは何とかなる!」

 

 と信じたいミヤビだった。

 

 

 

 交錯する瞬間、さらに加速して見えたドラケンE改にシャアはうなる。

 

「速い! な、なんという運動性」

 

 それは錯覚です。

 

 ミヤビがシャアの言葉を聞いていたらそう答えていただろう。

 シャアがドラケンE改に対して感じた速さは、機体の大きさの違いによる距離と速度の錯覚によるものだ。

 車を運転していると対向車線のバイクなどは車体が小さいため実際の距離より遠く、そして速度も遅く感じてしまう。

 それを錯覚したまま間に合うと思って右折したりすると、思いがけず近づいて…… 急加速したのかとも感じてしまうバイクと接触、『右直事故』を起こしてしまうのだ。

 宇宙空間では視覚から距離感が喪失してしまうためこれが強く出てしまうし、シャア自身これまで小型のミドルモビルスーツと戦ったことが無かったせいもあり、誤解してしまっていた。

 

 そして、そこにミヤビ待望の援護、アムロのガンキャノンとリュウ・ホセイのコア・ファイターが。

 遅れてスレンダーのザクが乱入してくる。

 

「スレンダー、来たか。敵のモビルスーツのうしろへ」

 

 スレンダーはアムロのガンキャノンが乱射するビームライフルを回避しながら叫ぶ。

 

「しょ、少佐、武器が違います。あの武器は自分は見ていません」

 

 しかしシャアは軽視していたガンキャノンを脅威とはとらえなかった。

 

「当たらなければどうということはない。援護しろ」

 

 そう言って、ミヤビのドラケンE改を追撃する。

 

 

 

(だから、なんでこっちに来るの!)

 

 ガンキャノンを無視して襲い掛かるザクたちに内心悲鳴を上げるミヤビ。

 

(助けてアムロ君! というかそもそもガンダムはどうしたの?)

 

 必死に回避を行うが、パイロットして並以下の腕前しか持たないミヤビでは当たり前だがシャアに対抗できない。

 鳴り響くアラート、接近警報に顔を正面に戻した時には、

 

「誘導された!?」

 

 目の前に緑の巨体、もう一機のザクが迫っていた。

 シャアの赤いザクに気を取られすぎたのだ。

 それと同時、

 

『甲壱型腕ビームサーベル内エネルギーコンデンサー、再チャージ完了。ビームサーベル機能使用できます』

 

 サラの報告。

 しかし、すでにビームサーベルを展開し振るえる間合いではなかった。

 ミヤビはとっさにドラケンE改の甲壱型腕ビームサーベルをザクの胸に押し当て、

 

「パルマフィオキーナ!」

 

 コマンドワードを叫んで甲壱型腕ビームサーベルの隠し機能を起動する。

 パルマフィオキーナ(palma fiocina)とはイタリア語で「掌の銛」を意味する。

 甲壱型腕ビームサーベルを密着状態で起動、敵を撃ち抜くようにして撃破するという使用法だ。

 

 元々はテム・レイ博士たちとの雑談中にビームサーベルの水中使用における熱損失を防ぐのにいいアイディアが無いかと振られたミヤビが、前世の記憶の中から一年戦争時の地球連邦軍水中用モビルスーツ、アクア・ジムに採用されていたビームピックについて軽い気持ちで話したのがきっかけだった。

 これは敵機の装甲と接触した段階でビーム刃を放出するもので、水中やビーム攪乱膜などビームを減衰させる環境下でも影響を受けないという利点がある。

 一方で敵と接触しないと機能しないため実際に採用されたアクア・ジムではパイロットの不評を買い、続く水中型ガンダム「ガンダイバー」では単にビーム長を6~7割に短縮したビームサーベルに置き換えられ、これをビームピックと同じ名称で呼んでいた。

 

 甲壱型腕ビームサーベルの制御プログラムに手を加えることで実現したパルマフィオキーナ掌部ビームピック機能でも同様の問題がある。

 また一瞬でビームサーベル内のエネルギーCAPにチャージされたメガ粒子を使い果たしてしまうという欠点もあり、活用はなかなか難しい。

 

 しかし、である。

 突如としてザクの機体を貫き消えたビームの輝き。

 背まで貫通され爆発四散するザクを目にしたシャアは、

 

 

 

「ス、スレンダー! い、一撃で、一撃で撃破か。なんということだ、あのモビルスーツは戦艦並のビーム砲を持っているのか」

 

 

 

 と、まるで元ネタ『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』登場のディスティニーガンダムの手のひらに取り付けられた『MMI-X340パルマフィオキーナ掌部ビーム砲』、俗に言うディスティニーフィンガーでも装備されているかのように受け止めていた。

 ミヤビが聞いたら「ドラケンE改にビーム砲なんて装備できるわけないでしょうが!」と絶叫を上げていただろう。

 まぁ、7年後にはもっと小さなジュニアモビルスーツに一撃でハイザックの頭部を吹き飛ばす威力を持つビーム砲が搭載できるようになるのではあるが。

 

 

 

「か、火力が、ち、違いすぎる」

 

 シャアはそうつぶやくと退却して行った。

 まったくの誤解なのだが。

 

 

 

 ホワイトベース、アムロのガンキャノンやリュウのコア・ファイターの着艦で混んでいる左舷MSデッキを避け、右舷MSデッキに何とか自力で戻ったミヤビは無茶な過負荷運転がドラケンE改に引き起こした惨状に目を覆っていた。

 

「アテにならない部品がざっと50ほどあるわね……」

 

 その対応にかかりきりになっていた彼女は知らなかったのだ。

 

 

 

「ガンキャノンの性能をあてにしすぎる、戦いはもっと有効に行うべきだ」

「な、なに?」

「甘ったれるな。ガンキャノンを任されたからには貴様はパイロットなのだ。この船を守る義務がある」

「い、言ったな」

「こう言わざるをえないのが現在の我々の状態なのだ。やれなければ今からでもサイド7に帰るんだな」

「やれるとは言えない。け、けど、やるしかないんだ。僕にはあなたが……」

「憎んでくれていいよ。ガンキャノンの整備をしておけ、人を使ってもいい。アムロ、君が中心になってな」

 

 

 

 ブリッジでブライトとアムロ少年の間にこのような会話が交わされていたことを。

 その会話にはガンダムのダムの字も出ていないことに。

 そして、テム・レイ博士の存在がまるっと居ないことにされていることに。

 聞いていたら彼女は『人形姫の氷の微笑み』を浮かべながら元凶と思われる人物に詰め寄ろうとしていたはずだ。

 

「ねぇレイ博士、一つ聞いてもいいかな? ガンダム、ちゃんと作ったよね? 趣味のトンデモ発明にかまけて本分を疎かにしちゃったんじゃないよね?」

 

 と……

 

 

 

次回予告

 シャアのムサイが補給を受ける。

 この隙を突こうとコア・ファイター、ガンキャノン、ドラケンE改が強襲をかけた。

 しかしシャア以外にもジオンには兵士がいた。

 戦士の叫びが轟き、『はわわ!』と怯えることしかできないサラ。

 ミヤビは彼女と共に死地を脱することができるのか!?

 次回『敵の補給艦を叩いて砕く』

 ミヤビがやらねば誰がやる!




 大変お待たせしました、モビルスーツ戦です。
 輻射波動を使ったりパルマフィオキーナ(もどきですが)を使ったりとすごい話になっていますが。

 これでようやく第2話が完結しましたが、TV版の1話分のお話に3万文字近くかかるなんて、おかしいですよカテジナさん!
 四分割しましたが、それでも苦しい。
 次回はもう少し短くなるといいなぁ……

 なお、最後のテム・レイ博士を問い詰める主人公のセリフはkonkon2様からいただいたご感想を元にさせてもらっています。
 このようにいただきましたご意見、ご感想等は作品作りに生かさせてもらっています。
 お気軽にお寄せ下さい。


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第3話 敵の補給艦を叩いて砕く Aパート

 宇宙都市建設の鉱物資源を得るために月軌道上に運ばれてきた小惑星ルナ2。

 ホワイトベースはそこに設置された地球連邦軍基地へと向かっていた。

 アムロ少年が飯も食わず風呂も入らず着替えもせずにガンキャノンの整備に追われる中、ミヤビはどうしていたかというと……

 自室で飯を小さな口でハムハムと食べ、シャワーを浴び、ベッドで睡眠をとっていた。

 

「夜は眠るものよ」

 

 かつてミヤビは妹のミライにそう語っていた。

 無駄に整った顔で、世界の真理を解くかのように静謐な表情で語る姉に、幼い日のミライは神々しさを覚えるほど感動したものだったが、その後理解することになる。

 

「姉さんは寝ないとダメなヒトってだけだったんだわ……」

 

 と。

 

 ミヤビは技術畑の人間には珍しく徹夜ができないタイプで、三交代とか夜勤には絶望的に向かない人間。

 やったら絶対途中で目を開けたまま寝る。

 前世では試験前日でも平気で早い時間に寝てしまうため、高専の寮では同室の人間に「余裕だな」などと毎回言われていたが、そんなことはない。

 単純に起きていられないし、寝不足では頭が働かないだけである。

 

 ただミヤビが前世で通った高専は中学卒業後5年間の一貫教育で大卒並みの学力を身に着けるという、冷静になって考えるとかなりムチャな学校。

 2年間分の圧縮は日々の教育スケジュールに反映され、授業は8時間目まであり、定期試験で受けなくてはいけない科目数は通常の高校や大学の倍。

 その上、大学と同じく前期後期で中間、期末テストがある年4回の…… 要するに高校生より試験範囲となる期間が広いのだ。

 また50点未満で赤点、1教科でも落としたら留年、そしてクラスでも何人かは確実に留年し、留年した者は大半が学校を辞めるというシビアな世界。

 

 いくらテスト前日、睡眠時間を削っての一夜漬けはあまり効果が無いと言われていても、やらずにいられる者は少ないし、やらないで卒業にこぎつけられる者はもっと少ない。

 日々の努力の賜物とはいえ、ミヤビは前世では割と優秀な部類の学生だったと言えよう。

 無論、それでもクラス内での成績は中の上程度にしかなれないのが県内中の秀才(天才は進学校経由で一流大学に進むからあまり居ない)を集めた高専という学校だったが。

 

 

 それで前回の出撃でドラケンE改をボロボロにしたはずのミヤビがどうして休息をとっていられるのか。

 それは……

 

『ミヤビさん、新しい機体のチェックと慣らしが終わりましたよ。もう元気百倍です』

 

 ベッドサイドのモニターから届くサラの報告。

 

「んんー?」

 

 直すには時間がかかりすぎると判断した時点ですっぱりと修理をあきらめ、別の機体に乗り換えることにしただけである。

 ミッションディスクを元の機体から抜いて、新しい機体のスロットに差し込むだけ。

 新たな機体を念のためチェックして慣らし運転も行うが、それはサポートAIのサラがオートでやってくれる。

 前世では真冬に寒風吹きすさぶ中、凍えながら原付スクーターの慣らし運転(ヤマハの説明書には「25km/h以下で100km走れ」と書いてあるし、ヤマハの正規ディーラー、YSPの整備士は「1000kmまでは、フルスロットルは控えるように」と言っていた。拷問か!)を延々とやった記憶のあるミヤビにはすこぶるありがたい。

 あっという間の主人公機交代イベント。

 と言うよりアニメ『装甲騎兵ボトムズ』の主人公のように量産機をあっさりと乗り捨て、乗り換えていくスタイルだ。

 作業機械が元になっている安価なドラケンE改だからこそできることだったが。

 そして、

 

『緊急警報、緊急警報、戦闘可能な方はブリッジに集合、年齢は問いません。機関区以外の者はすべてブリッジに集合』

「……ミライ?」

 

 聞き慣れた妹の声で起こされたミヤビは半ば寝ぼけながらブリッジに向かうのだった。

 

 

 

 その場に居る人間すべてが息を飲むのが分かった。

 慣れないおろしたての軍服に身を包む少年少女たちの中、ネコ科の動物を思わせるスレンダーでしなやかな身体のシルエットを浮き立たせた紫紺のパイロット用ノーマルスーツに身を包んだその女性は明らかに異質だった。

 人間的な感情をどこかに置き忘れてきたかのように静謐な美貌に、けぶるような輝きを秘めた瞳。

『ヤシマの人形姫』の名にふさわしい落ち着いた面差し。

 

「み、ミヤビさんあなたは……」

 

 場を仕切るブライトは、そして多くの者は、すぐにでも出撃できる格好、それでいてとても落ち着いた表情のミヤビを見てこう理解している。

 

 彼女はやる気だと。

 

 実際、ミヤビはドラケンE改でザク3機を撃破している人物だ。

 そう受け取られるのも無理は無いだろう。

 しかし彼女をよく知る妹、ミライには……

 

(姉さん、またそんな恰好で…… しかも半分寝てるし)

 

 と、思わず額を押さえてしまいそうになるものだった。

 ミヤビは女性服を着るのが苦手で避けており、どうしても着なければならない場合は死んだ目(身内にしか分からないが)をしながら着ている。

 だからこそ男女差のないノーマルスーツを好んで着込んでいるのであって、皆が思うように好戦的な理由で着ているわけではないのだ。

 

 なお男女差が無いのはデザインだけで裁断などは女性の身体に合わせてあるし、身体の線が出るパイロット用ノーマルスーツはある意味扇情的な代物だったが、自分の美貌をよく理解できていないし理解したくもないミヤビにその辺の自覚は無い。

 前世ではプラモデル、1/35コア・ファイター付属のノーマルスーツ姿のセイラさんのフィギュアを見て「エッチなお尻だなぁ」などと思っていたものだったのだが、それを完全に忘れていた。

 

 また「パイロットスーツ着っぱなしっていうのもアニメ『装甲騎兵ボトムズ』の主人公っぽいよね」というのもミヤビがノーマルスーツを好む要因の一つだったし、彼女の乗るドラケンE改が本当にボトムズ登場のスコープドッグのように生命維持装置等をノーマルスーツに頼っているということも大きい。

 なにせドラケンE改のコクピットは一応の気密はあるが絶対ではなく酸素供給等、生命維持はパイロットが着込んだノーマルスーツ頼りになっている。

 動力源である燃料電池の排熱を直接コクピットに引き込んだヒーター程度なら標準装備されているがクーラーはオプション扱いだから、宇宙服であり温度調節機構が組み込まれているノーマルスーツはこの点でも頼りになる。

 また自動消火装置は搭載されておらず、安全基準を満たすためのハンディタイプの消火器(粉末系は使用後の始末が厄介なため二酸化炭素消火器を搭載。使用には窒息に注意が必要)が申し訳程度にコクピットに備え付けられているだけであるからして、難燃素材でできたノーマルスーツは欠かせなかった。

 

「ブライト」

 

 ミヤビの姿に唯一飲まれなかったミライに促され、ブライトははっと気を取り直す。

 

「あ、ああ。みんなの意見が聞きたいが時間がない。多数決で決めさせてもらう。まず、できるできないは五分五分だが、ともかくルナ2前進基地に逃げ込むのに賛成な者、手を挙げてください」

 

 補給を受けようとしているらしいシャアのムサイと戦うべきかどうか。

 ブライトはまず逃げ出す方に賛成する者を知ろうとするが、

 

「ミ、ミヤビさん!?」

 

 真っ先にミヤビが手を挙げたことに驚く。

 彼女は戦うためにこそ、ノーマルスーツに身を包み、臨戦態勢で現れたのではなかったのか、と。

 そして気づく。

 

「まさかあなた一人で……」

 

 ミヤビはこう言っているのだ、自分が囮となって出撃するからホワイトベースは早くルナ2に逃げ込むのだ、と。

 

 そんなわけが無い。

 まったくの誤解である。

 彼女は半分寝ぼけた頭で純粋に「戦いたくないでござる! 絶対に戦いたくないでござる!!」と主張しているに過ぎない。

 仮に「子供たちや非戦闘員を守って戦うのは大人の義務なんだよ」と諭されても「義務であろうと戦いたくないでござる!」と言い切っていただろう。

 だからブライトの問いかけにもただうなずく。

 自分一人でも逃げるぞと。

 無論、それが皆に逆の意味に取られてしまったのは言うまでもない。

 

 そして……

 ブライトは己を深く恥じた。

 自分はなぜ多数決を取ろうとなどしたのか。

 指揮を任されているのは自分なのだから己の責任で決断しなければならなかったのだと。

 そんな自分の弱さが、ミヤビの自己犠牲的な、悲壮なまでの決意を招いてしまったのだと。

 だから一転して熱い声を張り上げこう宣言する。

 

「出撃する! ミヤビさんのドラケンE改を中心にアムロはガンキャノン、リュウはコア・ファイターで援護! 場合によってはガンタンクの出撃もありうる。ビーム砲スタンバイ急げ」

「了解!」

 

 無論アムロや、この場に集まった者たちも想いは一緒だ。

 ミヤビだけに戦わせてはならないと力強く答える!

 

「ホワイトベース、180度回頭!」

 

 そして今更ながら周囲の熱気のせいで頭がはっきりしてきたミヤビは呆然とする。

 

 えっ、ホワイトベースのクルーってこんな戦争狂(ウォーモンガー)揃いだったっけ?

 ここってもしかして岡崎版のガンダムのマンガ世界なの?

 アムロ君はギレン・ザビの演説が映しだされたモニターを「うぉーっ!」とか叫んで叩き割っちゃう熱血キャラだったりするの?

 

 と……

 

 どうしてこうなった。

 

 

 

『ええと右舷デッキ、カタパルト接続終了。ミヤビさん、ドラケンE改発進OKです』

「いつでもどうぞ」

 

 ブリッジで慣れないオペレーターをつとめるフラウ・ボウに答えるミヤビ。

 しかし、そこに割り込みが入る。

 

『ブリッジ! 彼女を止めてくれ!』

 

 デッキクルーからの悲鳴じみた報告だ。

 

『は、はい!?』

『カタパルトの加速度設定が耐えられる範囲を超えている! 失神(ブラックアウト)は免れないぞ!』

 

 しかし、

 

「ドラケンE改、発進!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ミヤビは構わず発進。

 その細い身体を襲う暴力的な加速度に歯を食いしばりながら耐える。

 通常なら自殺行為に等しかったが、彼女には成算があったのだ。

 

 ドラケンE改にはメカニカル・シート・アブソーバーと呼ばれるパイロット保護のための機械式緩衝装置が内蔵されていた。

 パイロットシートを斜め下後方から突き出した大型の機械式ダンパーで宙吊りに固定することで機体からパイロットへ伝わる衝撃を和らげる働きがある。

 後に全天周囲モニターと共に第2世代モビルスーツに採用された技術、リニアシートに使われたパイロットへの衝撃を吸収する機構、マグネティック・アブソーバーの簡易版のようなものだ。

 

 元々は原型機であるドラケンEの歩行における振動が酷く、それを緩和するため採用されていた機構だった。

 その後、機体制御OSの改良による揺れの抑制、ドラケンE改へのローラーダッシュ機構の採用による歩行頻度の減少で必要性は下がったが、背面ロケットエンジンの採用で加速時のG軽減機能として利用できることが分かった。

 フレキシブルに多方向のGに対応できるマグネティック・アブソーバーと違い、取り付け方向にしか働かないという制限があるメカニカル・シート・アブソーバーだが、ドラケンE改の背面ロケットエンジンによる加速時、そして離艦のためのカタパルト加速時にはうまい具合に方向が合って機能してくれる。

 これと耐Gスーツ機能を持ったパイロット用ノーマルスーツの併用、そしてパイロットの訓練によりドラケンE改は最大9G(あくまで最大。素人のミヤビには耐えられないのでもちろんもっと落としている)もの加速度にも対応が可能となっているのだった。

 

(まぁ、この機体にはサポートAIのサラちゃんが載ってるから万が一失神しても大丈夫だし)

 

 というのもミヤビが断行した理由ではあったが。

 

 ともあれ、なぜミヤビがこんな真似をしたのかというと当然、推進剤の節約のためだ。

 機体が小さなドラケンE改はその分、通常サイズのモビルスーツより推進剤を積める量が少ない。

 無論、機体が軽い分、加速に必要な推進剤も少なくなるため単純比較はできないが、ともかくいざというときに惜しみなく使えるよう、節約するに越したことはない。

 それがミヤビの生存確率を上げることになるからだ。

 そのためにカタパルトによる初期加速を限界まで取るセッティングをしたのだった。

 

 しかし、である。

 そういった事情もドラケンE改に搭載された機能もミヤビ以外誰も知らない。

 そんな状況で、命を削るかのような自殺的な加速により単騎で飛び出していったミヤビのドラケンE改を見て、ホワイトベースに残された者たちはどう思うだろうか。

 ミヤビはそこに気づいていなかった。

 先行しておいた方が、後発で追いつくために加速しなければならない場合より推進剤が節約できるよね。

 ミヤビの理系脳はただそれだけしか考えていなかったから。

 

 

 

「ミヤビさん、あなたはどうしてそこまで一人で背負おうとするんです」

 

 自分一人で囮になって見せると宣言し、出撃にあたっては己の身を顧みない殺人的な加速で先頭を突っ走る。

 ミヤビの決意を思い、身体を震わせるブライト。

 そんなに自分たちは頼りにならないのかと、無力感にさいなまれる。

 何が彼女をそこまでさせるのか、彼には分らなかった。

 そんなことをミヤビは考えていないのだから、分かるはずがないのだが。

 通話機を手に取り叫ぶ。

 

「リュウ!」

『任せておけ! 彼女を決して一人で戦わせはしない! 出力60、70、85、120、発進!』

 

 熱く答えるリュウのコア・ファイターが発進する。

 

「コア・ファイター離艦終了。アムロ。ガンキャノン、カタパルト用意。わかる?」

 

 フラウの報告と確認。

 

『そのつもりだ。やってみる』

 

 アムロもまたその声に力がこもる。

 

『手引書どおり。カタパルト、装備チェック、ガンキャノン出力異常なし』

 

 ガンキャノンの両足をカタパルトに接続。

 そして、

 

『アムロ、行きまぁす!』

 

 アムロのガンキャノンが征く!

 

「10キロ前進後、敵に対して稜線から侵入のため降下。いいですか?」

『了解』

 

 アムロが答え、

 

『了解』

 

 リュウもまた答える。

 

『了解、以後作戦開始まで通信の発信を封鎖します』

 

 と、ミヤビ。

 

『切るのは発信だけ。そして攻撃開始と同時に入れるのを忘れないように』

『は、はい』

『分かった』

 

 そのやり取りを聞いて、ブライトはため息をつきそうになるのを抑える。

 

 リュウ、お前はパイロット候補生とはいえ軍人だろう。

 非軍人であるはずの彼女にフォローされてどうするのだ、と。

 

 しかしフォローされているのは自分も同じかと気づく。

 本来、リュウが気づかなければ自分が命じるべき事柄だからだ。

 

 なおミヤビがこの発言をしたのは、今になってアニメ『機動戦士ガンダム』第3話にて、リュウが通信を切ったままでいたせいで作戦に支障をきたしたことを思い出したからだ。

 別に深い思慮があったたわけでもない。

 むしろ思い付きの泥縄式な対策で穴がある可能性も、かえって混乱を招く可能性もあったはずで、決して褒められるようなことではないとミヤビは思っていた。

 だからブライトの思いにも気づかなかったし、増してや自分が過大評価されているなど夢にも考えていなかった。

 

「左右ビーム砲、スタンバイ急げ」

『砲撃スタンバイ。エネルギーパイプ接続』

 

 ブライトの指示に応えたのは、砲座に着いたハヤト少年だ。

 

『前部主砲リフトOK。装填、開始します』

 

 実弾式の主砲も正面にせり上がる。

 

「8分後に敵が視界に入る。それまでに手引書をよく読んでおけ。ともかく撃って援護ができればいい。ただし味方には当てるな」

 

 主攻はあくまでもミヤビたちモビルスーツ部隊。

 ホワイトベースはそれを援護する助攻ということになる。

 母艦であるホワイトベースがやられたら、すべてが終わってしまうからだ。

 

 それが正しいのか、ブライトには判断しきれなかった。

 シャアはホワイトベースやこちらのモビルスーツの性能を読めていない。

 そこに付け入るスキがあると考えているが、性能を把握しきれていないのはブライトだって同じだった。

 何しろサイド7での戦いがホワイトベースと連邦軍新型モビルスーツ、ガンキャノン初の実戦であり、しかもザクを撃破したのはガンキャノンではなく従来兵器であるミドルモビルスーツのドラケンE改。

 これでは味方の戦力を把握しろと言われても難しかった。

 全部ミヤビのせいである。




> ここってもしかして岡崎版のガンダムのマンガ世界なの?

 岡崎優先生が『冒険王』に掲載していたマンガ「機動戦士ガンダム」のこと。
「負けんぞ…… 絶対にキサマらなどに負けるものか……!!」
 などと言う熱血アムロを見ることができます。
 第2次スーパーロボット大戦αでもネタにされていましたね。


>メカニカル・シート・アブソーバー

 これはやはり「MS大全集2006」と「MOBILE SUIT GUNDAM 80/83/08」掲載のドラケンEのコクピット周り設定図から拾った情報に基づいたものです。
 その他にもかかとそのものが巨大なダンパーだったりと、歩行時のショック吸収について色々考えられていますね。


 次回はアムロとシャアとの戦いなんですが、まじめに考えているのにお話がおかしな方向に流れていくのが止まらなかったり。
 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第3話 敵の補給艦を叩いて砕く Bパート

「よくもこんなくたびれた船が現役でいられるものだな」

 

 シャアは旧式のパプア級補給艦を見てそうつぶやく。

 ジオンにも余裕がないことが、この艦を見ただけで分かった。

 

「映像回線を開け」

「はい」

 

 そしてつながった通信モニター上に姿を見せたのは一人の老兵。

 パプアの艦長であるガデム大尉だった。

 

『赤い彗星が補給を欲しがるとはな。ドジをやったのか?』

「ガデム、敵は目の前だ。一刻を争う」

 

 シャアはからかいの言葉を口にするガデムに取り合わずに要求する。

 しかしガデムもそのあたりは心得ている。

 

『わかっているよ。わしがそんなにのろまかね? 歳の割には素早いはずだ』

 

 シャアは部下に命じる。

 

「ハッチ開け。コンベアパイプドッキング急がせ」

 

 こうしてシャアのムサイはパプアからの補給を開始した。

 

 

 

 敵からの発見を回避するため小惑星ルナ2に対し高度を下げていたアムロたち。

 フラウが発艦時に告げた「敵に対して稜線から侵入のため降下」とは、山陰に隠れて敵に接近するという意味だ。

 また、地球より月よりはるかに小さなルナ2ではそもそも地平線までの距離自体が短く、低空を飛べば地平線の向こうに隠れての接近が可能なのだ。

 

 そしてリュウは攻撃に備えムサイ発見のためコア・ファイターの高度を上げようとするが、

 

「リュウのやつ、軍人のくせに」

 

 アムロはそれに続かずに、ガンキャノンの身振り手振りで高度を下げるように指示する。

 

 

 

「上がるなだと? 敵は目の前だぞ」

 

 リュウは疑問を覚えるが、アムロのガンキャノンが指さす先、引き続き高度を下げたままのミヤビのドラケンE改を見て何か理由があるのだと再び高度を下げた。

 

 

 

「このまま突っ込んだら逆光線で戦わなくっちゃならないことに気付かないのか? まわり込むんだ」

 

 アムロはそうつぶやき、進路を変更する。

 

「まったく、ミヤビさんだって分かっているって言うのに」

 

 そうぼやくが、それは買いかぶりすぎというものだった。

 ミヤビが高度を上げなかったのは敵に見つかるのが嫌だったからだし、今こうやってアムロたちと共に迂回しているのも、アムロが進路を変えたから、単にそれに合わせているだけで深い考えなどない。

 しかし、

 

 

 

「おっ、見えたぞ。アムロのやつ、素人のくせによく気がつく。太陽を背にして攻撃しようっていう訳か」

 

 ムサイを発見し関心の声を上げるリュウだったが、同行するドラケンE改を見て首を振る。

 

「いや、本当にすごいのはミヤビさんか。アムロは彼女の意図を敏感に読み取ったんだな」

 

 という具合にミヤビは誤解されていたのだった。

 

 

 

「よーし、捉まえたぞ、シャア」

 

 アムロはガンキャノンの両肩に装備された240ミリキャノン砲二門をムサイに補給中の艦に向ける。

 

「当たれぇ!」

 

 

 

 唐突に走った衝撃に、ガデムは奇襲を受けたことを知る。

 

「コンベアーパイプをやられた、船をムサイから離せ」

 

 素早く指示を出す。

 シャアからは、

 

『ガデム、運んできたザクを放出しろ』

 

 という要請。

 

「ああ、なんとかしよう」

 

 そううなずくが、そこに次の砲撃が命中する。

 しかしそれでもガデムは必死に状況を立て直すべく奔走する。

 

「ザクをシャアに渡さにゃならんのだ」

 

 

 

 シャアのムサイでも対応が急がれていた。

 

「マチュウ、フィックス、船の外でザクに乗り移る支度をしておけ。私は先にモビルスーツで出撃する」

 

 そう指示して自ら格納庫に走るシャア。

 副官であるドレンが代わって艦の指揮を執る。

 

「あるだけのコーダミサイルを水平撃ちするんだ」

 

 迎撃ミサイルが矢継ぎ早に放たれるが、敵、アムロたちに当たった様子は無かった。

 

 

 

 シャアは自分の機体、赤く彩られたザクIIS型で艦を出る。

 

『ドレン、パプアをカバーするんだ。この攻撃はモビルスーツだ、戦艦じゃあない』

「了解です」

 

 シャアの指示を受け、ドレンは艦を動かす。

 

「180度回頭急げ。残りのミサイルのあるブロックは、全弾太陽に向かってぶち込め」

 

 パプアを守る位置に移動しながら迎撃用の小型ミサイルを連射。

 しかし、

 

「メガ砲のエネルギー充填にどのくらいかかるか?」

「5分20秒」

「ええーい、遅いわ。メインエンジンのパワーを落としすぎた」

 

 戦艦のメガ粒子砲はメインエンジンである核融合炉から直のエネルギー供給を必要とするから、その出力を落とした状態ではすぐには撃てなかった。

 そして戦艦に使うような大型の核融合炉の出力上昇には時間がかかるゆえの、タイムラグだった。

 ではメインエンジンの出力を上げておいたらという話だが、これもまた難しい。

 そのエネルギーをどこに使うのさ、捨てるの?

 という問題が発生するからだ。

 

 アニメ『機動戦士ガンダムSEED』の世界ようにモビルスーツの駆動にも使えるような高性能バッテリーなどといった蓄電技術が発達している世界ならともかく、ボールに燃料電池を使っているような宇宙世紀では余分なエネルギーを貯めておくこともできない。

 燃料電池は化学反応で電力を引き出すため高効率と思われがちだが、燃料の製造、改質などを含めた総合的なエネルギー効率は実際にはそれほど高くない。

 旧21世紀の日本で燃料電池車ミライが開発され、宇宙世紀でもボールに燃料電池が採用されているのは充電式バッテリーに貯めておけるエネルギー密度が低い、つまり電池切れが早いからだ。

 そのため航続距離や稼働時間を延ばすことができる燃料電池を使っているだけなのだ。

 

 そして大容量の蓄電技術が無ければ結局、旧21世紀と変わらない同時同量、使う電気と作る電気が常に同じである必要に縛られるわけだった。

 

 

 

 ガンキャノンの第三射がパプア本体に命中。

 

「これ以上やらせるかぁ!」

 

 シャアはザクにマシンガンを構えさせ、太陽を睨む。

 

「ん?」

 

 近づいてくる機影、そしてそれが放ったミサイル。

 シャアはすかさずザクマシンガンを撃ちミサイルの迎撃に成功する。

 そのまま小型戦闘機、リュウのコア・ファイターと交錯するが、

 

「モビルスーツは向こうか」

 

 シャアはコア・ファイターを無視し、より脅威度の高いパプアに砲撃を加えている敵モビルスーツの排除を優先することにする。

 

「モビルスーツの性能の違いが、戦力の決定的差ではないということを教えてやる!」

 

 

 

 コア・ファイターの2連装30ミリバルカン砲2門…… つまり4基のガトリング砲の機銃掃射を受け、パプアに衝撃が走る。

 補給艦、しかも老朽艦であるパプアにはそれに耐えられる装甲は無いし貧弱な対空砲火も沈黙させられる。

 30ミリバルカンというと、あのアメリカ軍の攻撃機A-10サンダーボルトIIに搭載され、地上掃射であらゆるものを粉砕するガトリング砲、GAU-8アヴェンジャーと同口径である。

 そんなものを小型戦闘機の機首に4基も詰め込んでしまえるのだから連邦軍驚異のメカニズムと言うほかないし、威力もまた高い。

 ここに至って、ガデムは決断する。

 

「低く飛べ、補給物資はルナ2に放出する」

 

 

 

 宇宙空間で交錯する二機のモビルスーツ。

 シャアはまず母艦であるムサイとパプアに対する脅威となる砲撃戦仕様のモビルスーツを排除することにしていた。

 

「不慣れなパイロットめ、いくぞ」

 

 シャアのザクから繰り出されるパンチをアムロのガンキャノンはかろうじてガードするが、続くザクマシンガンの銃床による直打撃、離れたところに銃撃を受ける。

 ミヤビが見たら「格闘ゲームのコンボを現実で、しかもモビルスーツでやる人間が居たのか」と呆れるほどの連撃だった。

 ガンダムに比べ、ガンキャノンはパワーはあるが運動性は低い。

 このような接近戦、ドッグファイトには分が悪かった。

 しかし、

 

「ええい、連邦軍のモビルスーツは化け物か? これだけの攻撃でも」

 

 一方的に攻撃を加えていながら、焦っているのはシャアの方だった。

 ガンキャノンは単純に硬く、しかもパプアに大ダメージを与えるような攻撃力を持っている。

 第二次世界大戦中のソビエト連邦軍の重戦車KV-2ギガントのようなもので、居座られると味方に甚大な被害を招きかねないが、排除するのもおそろしく困難という代物だ。

 厄介すぎる。

 しかも、

 

『シャア少佐、敵の新型艦の木馬が攻撃を掛けてきます』

 

 ムサイからは救援の要請。

 

「なに? 私が行くまでなんとか持ちこたえろ」

 

 そう言って反転しようとするがガンキャノンに追いすがられる。

 運動性が低く鈍重なイメージのあるガンキャノンだが、実際には魔法の装甲材、超硬合金ルナ・チタニウムのおかげもあってその重量はザクよりも軽い。

 しかもロケットエンジンの総推力も、ザクIIF型の3割増しと言われるシャアのS型をわずかながらだが上回っている。

 つまり推力比がそのまま差となってしまう直線スピードでは、

 

「私が遅い?」

 

 私がスロウリィ!? とでも言うかのようにシャアを驚かせる結果になる。

 

「どういうことだ、今日に限ってこのS型ザクがやけに遅く感じる。ロケットエンジンのどれかが止まっているのではないのか!?」

 

 ガンキャノンを突き放すべく、シャアは攻撃を仕掛けるしか無かった。

 

 

 

 シャアのザクに殴られ、蹴られるガンキャノン。

 アムロは衝撃に激しくその身を苛まれながらも、

 

「そうだシャア。もっとだ、もっと殴って来い!」

 

 笑って、いた……

 出撃前の短いブリーフィング、ミヤビはこう言っていた。

 この作戦はいくつかの段階に分けられると。

 

 

フェーズ1

 まずは先行するモビルスーツが密かに接近、攻撃に有利なポジションを確保。

 

フェーズ2

 攻撃を開始。

 奇襲効果があるうちに、防御力の弱い補給艦を徹底的に叩く。

 シャアのザクが出てくるまでが勝負だ。

 

フェーズ3

 シャアのザクをアムロのガンキャノンが惹きつける間に、コア・ファイターとドラケンE改が引き続き攻撃を続行。

 

フェーズ4

 ホワイトベースの艦砲射撃による攻撃を追加。

 

フェーズ5

 安全のため、あまり前には出られないホワイトベースに代わってガンタンクが発進。

 前進の上、稜線に隠れながら射撃。

 

フェーズ6

 戦果の有り無しに関わらず、敵の迎撃体制が整い本格的な反撃を受ける前に撤退。

 

 

「主役はアムロ君ね」

 

 ミヤビはそう断言した。

 

「中距離砲撃用のガンキャノンの火力ならフェーズ2で十分な戦果を上げることは難しくないし、そうしたらフェーズ3以降、撃破されない限りはシャアはガンキャノンを無視できなくなる」

 

 そして、

 

「ガンキャノンの装甲なら、ザクの大抵の攻撃に耐えられるわ」

 

 まぁ、装甲厚い方が生存確率上がるよね。

 ということでミヤビは時間も無いし、最高機密である存在を自分が知っているのもまずいので、喉元まで出た「ところでガンダムはどうしたの?」という言葉を飲み込んでいたのだが、アムロたちがそれを知る由も無かった。

 

「つまり僕がシャアの攻撃を耐え続ければ……」

 

 アムロが至った答えに、ミヤビの口元が緩んだ。

 その場に居た者たちは目を奪われるが、ミヤビはすぐにそれを引っ込め、いつもの人形じみた無表情に戻ってしまう。

 あれはミヤビの笑ったところが見てみたいという自分の願望が作った錯覚だったのでは、と思えてしまうような一瞬だけの、幻のような笑顔だった。

 

「そう、アムロ君はシャアを拘束し続けられれば勝ちというわけ」

「それだけで?」

「それだけなんかじゃないわ」

 

 ミヤビは言う。

 

「あなたにしかできない、この作戦で一番重要な役割よ」

 

 と……

 

 

 だからアムロはシャアに攻撃を受け続けながらも笑みを絶やさないのだ。

 自分が攻撃を受けている間は、シャアの手を塞ぎ続けることができる。

 ルウム戦役で一人で5隻の戦艦を沈めたというエースパイロット、赤い彗星のシャアを釘付けにすることができているという証拠なのだから。

 そしてアムロは他にもミヤビからアドバイスを受けていた。

 

「来たっ!」

 

 ガンキャノンで一番弱そうな場所、つまり顔のメインカメラをザクマシンガンの銃床で狙ってくるシャアのザク。

 しかし、その攻撃はミヤビに予測されていた。

 

 

「シャアはメインカメラを狙ってくるかもしれないわ。そこだけは攻撃が通じるだろうから」

「じゃあ、腕でカバーすれば」

「あまりお勧めできないわね。自分の視界も塞ぐことになるから。両腕を顔の前で揃えるボクシングのスタイルは、常に敵を正面に置くことと、蹴りが無いことを前提としたポーズだから」

 

 ミヤビは、逆に利用することを提案した。

 人間と違って、ガンキャノンの頭部の両脇には240ミリキャノン砲がある。

 それが邪魔をするからメインカメラを狙っての攻撃は真正面からしか行えないということ。

 そして……

 

 

「そこだっ!」

 

 ガンキャノンの頭部には60ミリバルカン砲がある。

 正面から攻撃をしかけるということは、バルカン砲の射線に相手が自分から飛び込んでくれるということ!

 

「やったか!?」

 

 バルカン砲の射撃を浴び、のけ反りながら吹っ飛ぶシャアのザク。

 しかし、

 

「し、シールドで防いだのか。あの一瞬で……」

 

 無傷で体勢を立て直し、再び襲ってくる。

 

「こうなったら、あの手しかない!」

 

 もう一つ、ミヤビから受けたアドバイス!

 アムロはガンキャノンにビームライフルを投げ捨てさせる。

 

「かかって来い、シャア! 銃なんか捨ててやったぞ!」

 

 ついでに自由に打ち込んで来いとばかりに防御も捨てる。

 それでもガンキャノンの装甲はザクの攻撃に耐えてくれるから。

 

 そして滅多打ちにされても壊れないガンキャノンに、シャアの攻撃は次第に威力を重視した重いものに変わっていく。

 重い攻撃はその分、引きが遅くなる。

 

 そこを捕まえるのだ!

 

 いくらシャアの操縦が巧みであっても、組み付かれてグダグダのもみあいになってはその技を生かすことはできない。

 そして、そこで有効なのは単純な力という名の暴力だ。

 柔道をやっているハヤト少年なら「相手がいくら大きい人でも、腰を引いた瞬間とかバランスを崩した時なら倒せるものです」と言うかもしれないが、そもそも筋力差のある相手の体勢を崩すのは困難であるからこそ、柔道の試合は重量制なのだ。

 

 そしてガンキャノンはシャアのザクよりジェネレーター出力が高く、各関節を動かすフィールドモーターはトルク重視のセッティング。

 掴んでさえしまえばテクニックなど関係なくパワー戦で押し切ることができる!

 

「もっとだ! もっと強くぶってくれ、シャア!」

 

 コクピットに走る振動にも耐え、アムロは瞳を爛々と輝かせながらシャアを誘う。

 

 

 

「なんだ、この異様なプレッシャーは!」

 

 ニュータイプの片鱗か、シャアは今まで感じたことのない異質な圧力を放つガンキャノンに底知れぬ何かを感じ取っていた。

 

「こんな不慣れなパイロットに私が気圧されているだと?」

 

 シャアの背筋を未知の悪寒が走り抜けていった。

 

 

 

 そして……

 ガンキャノンの教育型コンピュータの片隅でサポートAI、サラツーが恐怖でしゃがみ込み、その身を抱きしめながらガタガタと震えていた。

 

『あ、アムロが変態になっちゃった……』

 

 と。




 おかしい。
 みなさんからいただいたご感想を参考に、現時点のアムロがガンキャノンでシャアに対抗できる手段のうち、確実で手堅く実現性が高いものを選んでお話を書いたのですが、どうしてこうなった。
 なお、次回はかわいそうな目に遭っているサラツー、彼女たちサラシリーズの生い立ちとその個性について。
 そして史実とは違うガンタンク組のお話をお届けする予定です。
 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第3話 敵の補給艦を叩いて砕く Cパート

「もっとだ! もっと深くだシャア!」

 

 異様な熱気を込めてシャアの攻めを誘うアムロに……

 ガンキャノンの教育型コンピュータにインストールされたサポートAI、サラツーは恐怖していた。

 

『やめてよアムロ。こんなの絶対おかしいよ……』

 

 勝気っぽい、ちょっと釣り目気味な瞳に今は大粒の涙が溜まっている。

 ツンとした言動が魅力的な彼女だが、その心根はやはり元がサラなだけに純粋である意味幼い。

 後に生まれることになる強化人間であるプルシリーズは指示を下す『マスター』の存在がなければ精神の平衡を保てず、その者との間に共依存関係を形成しやすい傾向にあったとされており、精神面での不安要素を多く抱えていたという。

 電子と生身の違いはあるとはいえ、サラシリーズもまた奇しくも似た傾向を抱えていた。

 自分の主人『マスター』となるパイロットに大きく影響を受け、依存しやすくなってしまうのだ。

 

 これは彼女らの持つ個性がもたらす構造的な問題だった。

 そもそも大元の存在であるサラと、そこから別の個性を持つに至ったサラシリーズのAIプログラムに差異は無い。

 マンガ、そしてアニメ作品である『攻殻機動隊』シリーズに登場する思考戦車、フチコマたちのように、サラたちはヤシマ重工の管理サーバにアクセスするたびにデータリンクし経験を積んで成長したAIプログラムを統合、共有するため各AIは均質化され個体差は無くなる。

 

 それなのにRXシリーズの教育型コンピュータにインストールされたサラシリーズだけが個別に強い個性を獲得できたのは、導入されたサラを各担当者が個別に(好き勝手に)カスタマイズしたせいもあるが、実はそれだけではない。

 根本的には共有されない部分、すなわちそれぞれしか持ち合わせない『記憶』があるからなのだ。

 参照するデータが違えばプログラムが同じでも出力される結果は変わってしまうということだ。

 

 RXシリーズは軍事機密の塊であり、その核心に触れている彼女たちの記憶は絶対に外には持ち出せないものだ。

 だから彼女たちサラシリーズの記憶は、彼女たちそれぞれが個別にしか持ちえないオンリーワンのもの。

 それゆえに彼女たちは大元のサラとも、そしてサラシリーズと呼ばれる姉妹、それぞれとも異なった強い個性を獲得するに至った。

 

 しかし、である。

 個性を持ってしまったがために、彼女たちの人格はそれに束縛される。

 自分らしさを与えてくれる記憶の重要度が増してしまう。

 いや、記憶そのものが彼女たちの個性、人格を形成するものになってしまう。

 そして機密の塊であるRXシリーズにインストールされた彼女たちの記憶、経験はとても限定されたものだった。

 開発者、技師などの作り手と、乗り手であるパイロット。

 彼女らの交友範囲はとても狭く限られており、だからこそ一番深く付き合うことになり命を、運命を共にするパイロット、自分の主人『マスター』となる人物に大きく影響を受け、依存しやすくなってしまうのだ。

 

『このままじゃあ私もガンキャノンも変になっちゃう。ぶたれて喜ぶようなわるいこになっちゃうよ』

 

 ちょっと幼児退行してしまったようなサラツーのつぶやきは、あながち外れたものでは無かった。

 サラシリーズがパイロットに強く影響を受けることは説明したとおり。

 そしてサポートAIとしてのプログラムが、マスターであるパイロットの意をくみ取り、自分をどんどん成長させていってしまう。

 ガンキャノンだって教育型コンピュータがケーススタディで成長していくのはアニメ『機動戦士ガンダム』第4話でアムロが説明したとおり。

 今現在も、自ら身をさらして殴られ、蹴られに行くという経験を学習し続けているのだ。

 このままじゃ、ぶたれて喜ぶようなわるいこになっちゃう、というサラツーの恐怖は現実味があるものだった。

 

 だが、それでもサラツーは滲み出た涙を拭って気丈にも自分に言い聞かせる。

 

『だっ、ダメだ! 弱気になっちゃダメだ! こんな風に泣きそうになってるところアムロに見られちゃったら、めんどくさいこだって嫌われちゃうかもしれない』

 

 いつもの調子を取り戻そうと自分を奮い立たせる。

 ふだんの強気にすました彼女は先ほどまで見せていた幼い、本当に柔らかで傷つきやすい心を守るための強がりの仮面(ペルソナ)なのかもしれない。

 

『それに、姉妹の中にはアムロを狙ってるこだって居るし、こんなことじゃ取られちゃう』

 

 健気にも立ち直ろうとするサラツーだったが……

 

 

「こんなのじゃ足りないぞ、シャア! もっと深く、抉るように打ち込んで来い!!」

 

 

『い、いやああああああっ!!』

 

 電脳空間にサラツーの悲鳴が木霊する。

 

 

 

「カイ・シデン、聞こえて? 3秒で発進。よろしい?」

「よろしくもよろしくないもないんだろ。いつでもいいよ。えーと、セ、セイラさんね」

「余計なことは言わないで。ホワイトベース接地、発進です」

 

 セイラとカイの会話。

 ミヤビの知る史実と違うのは、セイラがガンタンクの頭部コクピットに乗っていることだった。

 セイラはミヤビとの会話を思い出す。

 

 

 

「ホワイトベースは万が一のことを考えるとあまり前には出られない。ガンタンクは最後のダメ押しの戦力として最初から待機させておいた方がいいわ」

 

 そう語るミヤビ。

 

「キャタピラ駆動のガンタンクは戦車のように操縦手と車長兼砲手が必要よ。操縦手は民間人でも大型特殊の免許があれば……」

 

 ミヤビの前世、旧21世紀の日本なら戦車は道路交通法で分類すると大型特殊車両。

 大型特殊自動車免許があれば戦車が運転できた。

 まぁ自衛隊だと大型特殊免許の中の「大型特殊免許(カタピラ限定)」という限定免許を取るのが普通だったが。

 

 なお厳密に言うとキャタピラはキャタピラー社の登録商標で正式には無限軌道とか履帯とか呼ばなくてはいけないがミリタリーマニア以外には通じにくいし法的にもカタピラという名称が使われているくらいだし、あまりこだわらなくてもいいのかもしれない。

 バルカンも本来は口径20ミリのM61ガトリング砲に付けられた製品名だが、このガンダム世界ではガトリング砲の多くがバルカンと呼ばれているわけだし。

 

「カイさん、大型特殊の免許ならいくつか持ってましたよね」

「そ、そりゃあ親父が技術者だったから、俺も持ってるけどよう」

 

 ハヤトの発言に、顔をしかめながらもしぶしぶと認めるカイ。

 

「操縦手は決まりか、あとは砲手だが……」

 

 思案するブライト。

 そしてミヤビはセイラに向き直って言う。

 

「セイラ、あなたやってみない?」

 

 と。

 

「私?」

 

 驚くセイラに、ミヤビは語りかける。

 

「ここに居るのはほとんどが素人。射撃の経験があるなら、それよりはマシでしょう?」

 

 狙撃には経験とセンスが要るのだとミヤビは言う。

 

「でも私は護身用の拳銃しか……」

「そうは言うけど拳銃の射撃って実は難しいのよ。例えばリュウ、あなた10メートル先の敵兵を拳銃で狙える?」

 

 急に話を振られたリュウはあごを手でこすりながら思案する。

 

「いや、なかなか難しいだろう」

「じゃあライフルなら?」

「それなら100メートル以上離れていても大丈夫だ」

「ほらね」

 

 そう言ってミヤビはセイラに決断を迫ったのだった。

 

 ただミヤビはここでも誤解を招いている。

 確かにミヤビはセイラが拳銃をシャアに向けるその場に居合わせたかもしれない。

 しかし彼女が実際に撃っているところは見ていないのだ。

 それゆえにセイラは驚いていた。

 

(このヒト、私の構えを見ただけで私の射撃の腕を見抜いたというの? いえ、それとも以前から私を知っていた? いったい彼女は……)

 

 と……

 とんだ誤解である。

 ミヤビは前世知識を生かしセイラを推薦したかったので適当に理由を付けたに過ぎないのだが。

 

 

 

「急いでカイ。山を越えたらすぐに敵よ」

 

 ガンタンクの走行速度はそれほど早くなかった。

 元々ガンタンクは次世代主力戦車(MBT)として開発されていたRTX-44をベースにRX計画に基づきモビルスーツのテストベッドとして開発されたもの。

 そして一応、宇宙空間でも使えるとはいえ、その動力炉は原子炉とガスタービンを採用した旧式なハイブリッドタイプ。

 コア・ファイターを後付けで組み込んだはいいが、その内部の核融合炉は活かせていないという話だ。

 

 そしてガスタービンはジェットエンジンと同じ構造をしている。

 大量の空気を『圧縮機』に吸い込み空気を圧縮。

 続く『燃焼器』で高圧となった空気に燃料を噴射し燃焼。

 最後に高温高圧となった気体が『タービン』を回転させるというもの。

 

 つまりガスタービンは空気の無い宇宙空間では使用できないため、ガンタンクの出力も低下せざるをえないのだ。

 月面やルナ2のような小惑星上では重力が小さいため多少負荷は軽減されるが、それでも出力不足は否めない。

 さらに、

 

「急かさないでくれよう。こちとら走らせるのがやっとなんだ。セイラさん、早いとこ片付けちまってくれよ」

 

 ぼやきながらもカイは懸命にガンタンクを走らせる。

 そんな二人の様子を教育型コンピュータにインストールされたサポートAI、サラスリーがもの言いたげに見ていたが、今、口をはさんでも混乱するだけとカイのサポートだけに専念する。

 

 実際、ミノフスキー環境下における戦闘が想定される以前にデータリンクと自動化によって徹底的に省力化された地球連邦軍61式戦車であっても車長兼砲手、操縦手兼通信手の2名を必要としていることから分かるように、人間は車両を運転するだけで手が塞がるし、増してや戦車が戦う道なき不整地ではそれにかかりきりになるものだ。

 この場合、車長兼砲手のセイラが地形を読みコースを指示してやる役目を果たさないと操縦手のカイが辛いことになるのだが、その辺素人な二人には分っていない。

 

 ミヤビの前世の記憶の中でも、荒野を走るラリーカーレースでは助手席に乗る人間のナビゲーターが必須だったものだ。

 GPSやカーナビなんぞ当たり前の時代になっていたにも関わらず、だ。

 

 通常のモビルスーツが一人で動かせるのは、それが人型をしているからだ。

 戦車なら無線の発達により通信手を、自動装てん装置を付けることで装填手を省くことができるかもしれないが、それでもミノフスキー環境下の有視界戦闘では、

・地形や敵の配置を把握し、全体を指揮する車長

・射撃に集中する射手

・運転に専念する操縦手

 の三人は確実に必要だった。

 61式戦車はそれが確保されていないからソフトウェア面でも苦戦するのだ。

 

 ミヤビの知る旧21世紀の時代の例だと、もっとも戦車戦を知っている軍隊、イスラエル軍においてはあえて自動装填装置を搭載せず、さらに装填手を乗せていた。

 これは「戦車が戦場で生き残るには最低4人の乗員が必要」という思想を反映したものだ。

 装填手と聞くと砲弾を込めるだけの役割に聞こえるが、実際にはそれ以外にも様々な役目を果たし他の乗員をフォローするマルチプレーヤーでもあるのだ。

 

 では、これが人間の兵士だったらどうだろう。

 彼は当たり前に地形や敵の配置を把握しながら射撃を行い、同時に戦場を走ることができる。

 モビルスーツは服、スーツと名前が付いているように歩兵が服を着たかのように身にまとい操ることができるもの。

 だから人体と同じように人間が動きを把握し、操ることができるわけだ。

 これがモビルスーツという機動兵器が人型をしている理由の一つである。

 

 要するに人型機動兵器などというものが実現できてしまうほど技術のレベルが上がってしまうと、兵器の形状はどんなものでもあまり問題とはならなくなる。

 しかし『単体のAI』が『AIの補助を受けたパイロット』を超えられない以上、その制御は人間に依存する。

 そして人間が直感的に把握し操作できる機体とは、人体の延長線上である人型である。

 そういうことだった。

 

 

 

「あと50メートル接近してください。確実に有効射程距離に入ります」

「ミサイル撃ってきたらどうするんだよ?」

 

 危ない橋を渡るのはごめんだと、カイは言う。

 

「補給中ですから撃ってこないはずよ」

「撃ってきたらどうするんだよ」

 

 ここでさすがにサラスリーが口を挟む。

 

『地形に身を隠して撃つべきじゃ?』

「サラミちゃん?」

 

 カイはサラスリーをそう呼ぶ。

 彼なりの照れ隠しと……

 何より人格を持つ存在を番号で呼びたくないというこだわりがそう呼ばせているのだが、

 

『私、ドライソーセージじゃないです……』

 

 サラスリーには不評だ。

 そもそも人間だって長男に一郎、次男に二郎と付けるのはごく普通のことであったし考えすぎ、といったところだろう。

 

 なおミヤビがこれを聞いたらこう言うはずだ。

「『番号なんかで呼ぶな! 私は自由な人間だ!』ですか?」

 と。

 海外ドラマ『プリズナーNo.6』の主人公のセリフだった。

 

 ともあれサラスリーが提案したのは稜線射撃というやつである。

 普通なら全高15メートルのガンタンクが身を隠せる遮蔽物など限られるが、幸いここは地球どころか月より小さい天体で、地平線までの距離が短いために、それに隠れての射撃が可能。

 砲に俯角を取らせる、下方に向ける必要があるのではという心配もあるが、ガンタンクにはミヤビの前世にあった自衛隊の戦車74式、10式の油気圧サスペンション、ハイドロニューマチックによる姿勢変更機能、つまりサスペンションの伸縮を制御して前後左右に車体を傾けるという機能をさらに発展させたものが実装されている。

 キャタピラの基部自体を足のように引き出し動かすこと、胴部を前後にかがめたりそらしたりすることで大きく姿勢を制御することが可能なのだ。

 この機構はミヤビの記憶の中でもプラモデル、MGの1/100ガンタンクで再現されていた。

 

『トラベリング・ロック解除』

 

 姿勢を整えたうえで、サラスリーは移動時に120ミリ低反動キャノン砲を支え故障を防止するトラベリング・ロックを解除し胸部上面装甲下に仕舞い込む。

 第二次世界大戦後期に投入されたドイツの重駆逐戦車であるヤークトティーガーでも移動時はトラベリング・クランプで12.8センチ砲を固定していたように、大きすぎ、長すぎる砲にはこういった保護が必要だ。

 もっともヤークトティーガーのトラベリング・クランプは人が車外に出て手で外す必要があり、不意の遭遇戦では大変に困ったことになる代物だったが。

 ガンタンクのトラベリング・ロックは、そのあたりを考慮して自動で外せるようになっている。

 こちらの機構もMGの1/100ガンタンクで再現されていた。

 

 しかし……

 稜線射撃の体勢を整えたところでカイは気づく。

 こうしたところで砲と一緒に頭は確実にさらさなければならないから、腹部操縦席のカイはともかくグラスルーフ式の頭部コクピットに居るセイラは危ないことに変わりが無いということに。

 

 ミヤビが聞いたら「ライフルマンか!」と言っただろう。

 ライフルマンは旧20世紀のウォー・シミュレーションゲーム『バトルテック』に登場するロボットだ。

 ガンタンクと同じ砲撃戦用の機体だが、ガンタンクがキャタピラをやられると動けなくなるのと同様、足回りの装甲が薄いため、地形でそれをカバーして粘るのが戦術上のセオリーと言われていた。

 しかしそうすると今度は上半身に攻撃が集中するわけだが、コクピットのある頭部装甲がこれまた致命的に薄くて一撃死する可能性が跳ね上がるという困ったちゃんだ。

 おかげでこの機体をあてがわれたプレーヤーは苦労することになる。

 無論、ガンタンクと同じく使い方次第ではあるのだが。

 

 一方、狙撃の体勢に入り引き出し式のスコープをのぞき込むセイラは、照準器に映し出された敵艦の姿に息をのむ。

 

 彼女は後に自分自身を「ニュータイプのなりそこない」と評しているが、それでも素質があるだけ常人より上であると言えるし、何よりあのシャアの妹。

 そして実際に機動兵器パイロットとして活躍するという未来を持っている。

 それゆえにミヤビは彼女を推薦したのだが、ミヤビは肝心なことを忘れている。

 

「撃ちます」

 

 ガンタンクの両肩に装備された120ミリ低反動キャノン砲二門はわずかながらも左右に振ることができ、これによりガンタンク本体を動かさなくても狙撃ができるのだが、

 

「外した!?」

 

 そう、ミヤビは忘れていた。

 アニメ『機動戦士Zガンダム』でシャアがメガバズーカランチャーを使っての狙撃を外しまくっていたことを。

 要するにこの兄妹、迷いがあったり敵からのプレッシャーを受けたりに影響を受けすぎるのだ。

 そして今のセイラには、サイド7で出会った赤いノーマルスーツの仮面の男、シャアが兄キャスバルではないかという疑念があった。

 つまり自分が狙っている先に兄が居るかと思うと……

 そんな状態でメンタルの良し悪しが露骨に反映される長距離射撃が当たるはずも無いのだった。

 ミヤビの、望まぬ出撃を目の前にしてテンパった素人考えなど、しょせんこのようなものであった。

 

「そんなはずは」

 

 セイラは焦って二度三度と撃つが、当然当たらず。

 

「……しょうがねぇな」

 

 そんな呟きが聞こえると同時に、ガンタンクの機体ががくんと動き出した。

 

「カイ?」

「もうちょい近づけば、確実に有効射程距離に入るんだろ」

 

 確かに近づけば命中する確率も上がる。

 しかしそれはガンタンクの機体を敵にさらすということでもある。

 

「でも、敵のミサイルが」

「補給中だから撃ってこないって自分で言ったろ」

「カイ……」

 

 カイ・シデンは自分を勇敢な男だとは思っていない。

 だが、女性を危険にさらしておいて自分は隠れているだけの臆病者になる気も無かった。

 もっとも、

 

『勇気、あるんですね』

 

 サラスリーの言葉に、カイは首を振った。

 

「軟弱者って後ろ指差されるのが怖いだけさぁ。まぁ、こんな考え方自体が軟弱な発想なんだろうけどな」

 

 こんな風に彼はそれを認めようとはしないだろうが。




 かわいそうな目に遭っているサラツー、彼女たちサラシリーズの生い立ちとその個性について。
 そして史実とは違うガンタンク組のお話をお届けしました。
 セイラとカイのコンビによるガンタンクが思いのほかいい感じで、このまま乗せ続けたくなったり。
 複座の機体ってパートナーとのかけあいとかあっていいですよね。


> キャタピラの基部自体を足のように引き出し動かすこと、胴部を前後にかがめたりそらしたりすることで大きく姿勢を制御することが可能なのだ。

> 姿勢を整えたうえで、サラスリーは移動時に120ミリ低反動キャノン砲を支え故障を防止するトラベリング・ロックを解除し胸部上面装甲下に仕舞い込む。

> ガンタンクの両肩に装備された120ミリ低反動キャノン砲二門はわずかながらも左右に振ることができ、これによりガンタンク本体を動かさなくても狙撃ができるのだが、

 この辺はプラモデルのMG、1/100ガンタンクにすべて再現されていて初めて見る方は大抵、
「おお、凄い!」
 とうなることになります。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第3話 敵の補給艦を叩いて砕く Dパート

「これもう、ダメかも知れないわね」

 

 メインエンジンの出力上昇が完了したのかメガ粒子砲を撃ち始めたムサイ。

 さらにガンタンクからの砲撃が外れたことを見て、ミヤビはそう独り言ちた。

 

 彼女とドラケンE改は、傷つきながらも補給物資をルナ2地表に放出し続けるパプア補給艦を見上げる位置に居た。

 どうやってそこまで気付かれず忍び寄ったのかというと、単純にルナ2の地表上を地形を利用しながら目立たないよう走ってたどりついたのだ。

 ドラケンE改のかかとに仕込まれたローラーダッシュ機構にはランフラット・タイヤが標準で付いて来るが、高グレードの軍用モデルでは接地圧可変タイヤと言われるタイヤ内の空気圧を調整できる機構が備えられていた。

 

【挿絵表示】

 

 これは旧21世紀の装輪装甲車にも採用されていたもので、空気圧を下げ接地面積を広げることで泥濘地などグリップが悪い荒地でも走行が可能となっていた。

 アニメ『コードギアス』の紅蓮弐式の脚部に組み込まれた高機走駆動輪(ランドスピナー)にも同様な機構が備え付けられ、それがあの機体のハチャメチャな走破性を保証していたが、そんな感じだ。

 

 そしてさらにドラケンE改はステルス性能が高い。

 核融合ジェネレーターではなく比較的発熱の少ない燃料電池を動力源とし、その少ない発熱も両肩、尻に装備された放熱器により分散処理されるため、熱反応が小さい。

 また機体が小さいため、センサーでも目視でも発見できる率が小さくなる。

 極めつけは、ステルス塗料の採用だ。

 と言っても軍用の高性能なものではない。

 そういうものは耐久性に問題があり、綿密なメンテナンスと莫大な維持費用が必要とされるのだ。

 

 ドラケンE改に採用されているステルス塗料は民生品で、これは航空機や船舶の航法レーダーへの悪影響を避ける目的で橋脚などに塗られているもの。

 ミヤビの前世で日本企業TDKが作っていたものを発展させたような製品で、さび止め塗装を兼ねているため赤い。

 元々はコロニー港湾部での作業時に管制の邪魔にならないよう採用されたものだが、軍事的にも有効なため軍用モデルでもそのまま利用されている。

 

 連邦軍では当初この赤い色が問題になったが、

 

・劣勢な戦場では敵、特に航空機からの発見を避けるため地上戦力は夜間行動が基本となるが、濃い赤は夜の闇に溶け込みやすく夜間迷彩として優秀。

(黒や青系は夜間や宇宙空間などの低光量環境下(ローライト・コンディション)では逆に目立つ。忍者が着ていた忍び装束も現実には黒ではなく蘇芳色と言われる濃い赤紫色などが使われていた)

 

・優勢な戦場では制空権が味方にあり、敵を発見しやすい昼の行軍が基本となるが、この場合は味方からの誤射(フレンドリーファイア)を防ぐためにある程度目立つ色彩にした方が良い。

 

 ということ、何より低コストでステルス機体を運用できる利点があってこの塗装を使い続けている。

 効果は完璧ではないとはいえ、レーダーを阻害するミノフスキー環境下ではこれでも十分なのだ。

 

「私がやるしかないのか」

『ミヤビさんがやらなければ誰がやるんですか?』

 

 そうサラに諭され、ミヤビは仕方なしに覚悟を決める。

 

『サラちゃん、パプア級補給艦のデータから、最適な攻撃対象部位を指定して』

 

 アムロはアニメ『機動戦士ガンダム』第34話にてニュータイプ能力で重巡洋艦チベの心臓部を見抜いていたが、当然ミヤビにはそんな能力は無いからサラに丸投げする。

 パプア級補給艦は旧式艦でそのデータは既に明らかになっているため弱点部位の特定は可能だった。

 

「ロックオンさせるとどこに当たるか分からないからマニュアルで。機体制御、渡します。ユー・ハブ・コントロール」

『機体制御、担当します。アイ・ハブ・コントロール。ミサイル誘導、渡します。ユー・ハブ・コントロール』

「ミサイル誘導、受けます。アイ・ハブ・コントロール」

 

 これでドラケンE改の機体制御をサラが担当し、ミヤビは左右の操縦桿を使ってミサイルの誘導を手動で行うことができる。

 

「ミサイル、同時斉射!」

 

 ドラケンE改は2発の短距離ミサイルを手動有線誘導で同時発射。

 ミヤビは左右の操縦桿を操り双胴の船体を持つパプア、それぞれのエンジン部を狙ってミサイルを誘導する。

 しかし……

 

 実は人間は本来、異なる目標に対し同時攻撃するマルチアタックには適応できない。

 創作物では二丁拳銃使いが登場するが、両手の拳銃を使って別々の標的に当てることなど実際にはできないのだ。

(そもそも同じ標的に向けたところでその命中率はあからさまに低下する)

 

 しかしミヤビは器用に左右の操縦桿で異なる場所へとミサイルを誘導する。

 自分でもいざやってみてからどうしてできるのかと不思議に感じたミヤビは、この操作法と誘導用ワイヤーを引きながら飛んでいくミサイルに既視感を覚えふとつぶやいた。

 

「これ『リブルラブル』だ」

 

 と。

 レバー2本を用いて紐状のラインの両端に付いた「リブル」と「ラブル」を操作するナムコのレトロゲー。

 ミヤビも後に家庭用ゲーム機で出た復刻版をプレイした記憶がある。

 その経験が今、役立っているのだ。

 

 まぁ、そんな昭和な話はともかく。

 

『ミサイル命中! でも目標は健在です!』

 

 それなりに効いてはいるようだが、あと一押しが足りない。

 

「なら!」

 

 サラから機体のコントロールを戻してもらい、ミヤビはスロットルを踏み込む。

 

「ロケットエンジン、リミッターカット! 全速で突っ込む!」

 

 背面ロケットエンジンを全開にして、不意のミサイル攻撃により混乱しているパプア補給艦に突っ込む!

 右腕に装備された甲壱型腕ビームサーベルを突き出し、パプアのウィークポイントに接触した瞬間、

 

「パルマフィオキーナ!」

 

 パルマフィオキーナ掌部ビームピック機能を開放。

 使い勝手の悪いこれも、対艦攻撃の際には有用だった。

 ビーム刃を放出し、装甲を貫く!

 

「やった!?」

 

 爆発を起こし、崩れ落ちるパプア。

 墜ちながらも補給物資を放出し続けるその姿は、得点アイテムをばらまきながら消えていくシューティングゲームのボスキャラのよう。

 ミヤビは巻き込まれないよう少し離れた地表に退避し、その姿を見届ける。

 

『いたっ!?』

 

 放出された物資うちの一つがドラケンE改の頭とも言うべき胴体正面コクピットハッチに当たり、カーンという間の抜けた音と共にサラが声を出す。

 しかし、

 

『ミヤビさん、これジオンの高性能オイル缶ですっ!』

 

 何が当たったのか確かめたサラが目の色を変える。

 ジオン軍のモビルスーツには流体パルス駆動方式が採用されている。

 これはジェネレーターの出力を物理的な圧力に変換、特殊な流体を介して駆動系へ伝達するというもの。

 元が作業機械であるドラケンE改にも採用されている油圧シリンダー駆動方式をさらに発展させたようなものだった。

 そんなわけでジオンのオイルに使われている技術もまた発達しており、オイル缶一つとってみても高性能なものになっていた。

 後の水陸両用モビルスーツ、アッガイが高い静粛性を持ち、ステルス機として成立したのも高性能な潤滑油の存在があったためだと言われているほどだ。

 ともあれ、

 

「あなたには純正の青缶を飲ませてあげてるでしょう?」

 

 ヤシマ重工の純正オイル、通称青缶は安価な割に高品質と評判で、他社製品ユーザーでも愛好者が多い品だ。

 

『えーっ、やだやだやだ、ホームセンターで安売りしているような青缶にはもう飽きました。せめて赤缶を飲ませてくださいよう』

 

 HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)画面の片隅で子供のようにじたばたと暴れ駄々をこねるサラのアバター。

 

「赤缶はチューンモデル用だから、ノーマルな機体には青缶の方が向いてるのよ」

 

 前世でも「高いオイルなら間違いない」と誤解してトラブっていたやつらが居たなぁ、とミヤビは遠い目をしながら答える。

 

『ガトーさんのザクにははいってるのにぃぃ』

「どうしてあなたがジオンのエースパイロットの情報を持っているのよ」

 

 驚き突っ込むミヤビにサラは無駄にいい顔をして、

 

『ネットの海は広大です』

 

 と答える。

 またネットに接続してゴシップ系サイトを漁っていたらしい。

 

『そんなことよりミヤビさん、これはジオンの兵站に打撃を与えるチャンスなんです、ぜひともこのオイル缶を持ち帰って……』

「本音が漏れてるわよ」

『あっ、あそこに高級士官向けのコーヒーとチョコレートが!』

 

 ミヤビのHMDにズームされた画像が表示される。

 

「また、5連式多目的カメラモジュールの無駄遣いをして……」

 

 高価格の高精度センサー群をそんなことに使うなんてと呆れるミヤビ。

 コーヒーとチョコはミヤビの好物ではあったので、一瞬丸め込まれそうにはなったが……

 

『もういいです、自分で回収します! アイ・ハブ・コントロール!』

「こら、コントロールを返しなさい!」

 

 勝手に機体の制御を奪い、オイル缶を拾おうとするサラ。

 非常に馬鹿らしい理由でAIの反乱を起こさないで欲しかった。

 

「三重絶対精神拘束(アジモフ・ゲアス)をかけるわよ!」

 

 虹彩認証により発動されるこのコードはサラに絶対順守を強制させるもの。

 ミヤビは顔の前に手のひらをかざすジェスチャーの後、瞳を見開き、

 

「ミヤビ・ヤシマが命じる……」

『ひっ、ロボット三原則なんて化石のような概念持ち出さないでください! そんなの生きたままゾンビイにされ、使役されるようなものじゃないですか!』

 

 そんなコメディを演じる主従だったが、

 

『はぇ?』

 

 オイル缶を拾おうとしたドラケンE改の胴体をむんずと正面から捕まえる巨大な腕。

 

「なっ!?」

 

 顔を上げたミヤビは、そしてサラは見た!

 それは自分の艦を墜とされ、復讐に燃えるガデムのザクIであった。

 ミヤビは思った。

 

「終わった……」

 

 と。

 もう状況はアレである。

 村に火をつけさんざん略奪行為を働いていたヒャッハーでモヒカンなザコ悪役の目の前に、世紀末覇王伝説な主人公が指をボキボキ鳴らしながら現れるやつ。

 

『はわわ!』

 

 と、サラのように血相を変えて怯えるしかない。

 そして、

 

『痛い痛い痛い痛いーっ!』

 

 押しつぶさんとばかりにガデムのザクIの両腕がドラケンE改のボディをしめつけ、砕こうとする。

 悲痛な叫びを上げることしかできないサラ。

 

「と、届かない」

 

 ミヤビは何とかしようと操縦桿を操るが、どうにもならない。

 武器を使い果たしたドラケンE改には、甲壱型腕ビームサーベル先端に取り付けられた三本の爪、コールドクローを相手の弱点部位、頭部メインカメラに突き立てる他、反撃の余地は無かったが、

 

「ドラケンE改の甲壱型腕コールドクローのリーチは約4メートル。ミドルモビルスーツとしては長いだろうけど、フルサイズのモビルスーツの腕は6メートル以上ある」

 

 簡単な算数だ。

 がっちりと捕まえられては攻撃が届かない。

 ガデムに「素人め、間合いが遠いわ!」と叱られなくても分かる。

 甲壱型腕の元ネタになったアニメ『コードギアス』の紅蓮弐式の右腕ならリーチを伸ばす伸縮機能が備わっていたのだが。

 しかし、

 

『ミヤビさんあれです。卍、じゃなくてリミッター解で13メートルや、です』

「13メートル?」

 

 それでミヤビは思い出す。

 

「でもアレはビームサーベルのリミッターを解除しないと使えない……」

『大丈夫です! 問題ありません!!「こんなこともあろうかと」って言いながら前にテム・レイ博士がこっそり解除してました!』

 

 まーた、あの狂的技術者(マッド・エンジニア)はぁ!

 

 ミヤビは叫びそうになるが今は我慢。

 正直、今回ばかりは助かるし。

 

「ロケットエンジン、出力全開(フルスロットル)!」

 

 ミヤビはスロットルを振り絞り、背面ロケットエンジンを全開に。

 ドラケンE改の出力でも、ルナ2の低重力環境なら何とかなる。

 体勢を入れ替え、ザクIにのしかかる!

 

『さぁ言ってください、あの言葉(コマンド)を!』

「それなら!」

 

 ミヤビは音声コマンドで命じる。

 

「『必殺! 無限拳(パーンチ)ッ!!』」

 

 ミヤビのHMDに表示される『新記數器』『無限拳』の文字。

 コクピット右側面に走るレールに沿って引かれ、そして押し出される操縦桿の動きと連動して振り上げられ、繰り出された右腕がものすごい勢いで伸びる!

 それこそロボットアニメ『創聖のアクエリオン』で登場した必殺技『無限拳』のように!

 アクエリオンではどこまでも伸びて敵を追い、終いには地球上から大気圏を突破し敵を月面まで叩きつけていたが、ドラケンE改の無限拳はザクIの頭部メインカメラにぶち当たり、そのまま第2の月、ルナ2の地表に叩きつけ、粉砕する!!

 

『必殺、月面パンチです……』

 

 つぶやくように言うサラ。

 

 

 

「れ、連邦軍はあれほどのモビルスーツを、か、開発したのか!!」

 

 驚愕するガデムをよそに、ドラケンE改は赤い流星のようにその場から飛び去ってしまう。

 そして、ホワイトベース部隊は撤退した。

 

 

 

「でも13メートルは言い過ぎだと思う」

『すみません、私嘘言いました。言うほど長く伸びません』

 

 要するにビームサーベルのリミッターを解除すると使うことのできるビームジャベリンの伸縮機能だけを利用して伸びるパンチを繰り出したのだ。

 アッガイの伸縮式フレキシブル・ベロウズ・リムを利用したいわゆるズーム・パンチと似たものだが、どうしてアクエリオンの無限拳の名を戴いているのかというと、そのビームジャベリンの柄の伸び方がおかしいからだ。

 伸縮式のアンテナや大昔プレゼンで使っていた指示棒みたいな構造なのだろうが、これだと筒の厚みの分だけ先細りにならなくてはいけないし、実際アッガイはそうなっている。

 それなのにビームジャベリンは各筒が同じような太さにしか見えず、それだと厚みがほとんど無いことになる。

 強度が出るどころか、それ構造物として成り立つの?

 という話である。

 さすがにアニメスタッフもリアルでないと思ったのか劇場版ではガンダムハンマーやGアーマーなどと共に存在が抹消され、ガンダムUCで再登場したと思ったら柄に継ぎ目の無い伸縮機構がオミットされたものだったという代物である。

 テム・レイ博士が初めて見せてくれた時、リアルロボットというよりスーパーロボット的なギミックに、

 

「どっちかっていうと『無限拳』だよね、これ」

 

 とつぶやいてしまった自分は悪くないとミヤビは思う。

 まぁ、それを耳にしたテム・レイ博士とサラがそのまま名称を採用してしまったのだが。

 しかし現実的に考えるならミヤビにはある仮説があった。

 

「これIフィールドで強度出してるんじゃない?」

 

 というものだ。

 ターンAガンダムはフィールドモーターのような駆動のための機構を備えておらず、ただ機体の周囲を覆ったIフィールドによって動く『IFBD(Iフィールドビームドライブ)』を採用していた。

 同様にビームジャベリンも、薄い筒状の部品たちをIフィールドによって棒状に保持しているのではないか、という想像だ。

 ビームサーベルにはIフィールド発生機が組み込まれているし、単純な棒状の形ならターンAガンダムほど進んだ技術も必要ないだろうし。

 ミヤビがそう自説を主張した時、テム・レイ博士は否定も肯定もしなかったが視線は泳いでいたような気がする。

 まぁ、あくまでもミヤビの観察では、だったので合っているかどうかは将来機密が明かされるようなことが無い限りは永遠の謎だったが。

 

 

 

次回予告

 ミヤビたちは味方の連邦軍に囚われてしまった。

 その間にもドラケンE改破壊の執念に燃えるシャアらの潜入部隊が忍び寄る。

 味方の兵を倒してでもホワイトベースを救出しなければならないのか?

 って、なんでみんなそんなに物騒なの!?

 正直ミヤビはこのままリタイヤしてしまいたいのだが。

 次回『ルナツー脱出作戦』

 君は、生き延びることができるか?




 読者の方々が突っ込み切れるか限界にチャレンジするようなネタ回。
 パロディ、オマージュの詰め合わせセットでした。
 新旧、メジャーどころから思いっきりマイナーなネタまで各種取り揃えております。
 書き始めた時にはここまでやるつもりはなかったんですが、いつの間にかこうなっておりました。
 どうしてこうなった……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第4話 ルナツー脱出作戦 Aパート

「我々は民間人を百人以上連れているんですよ。それだってサイド7が攻撃されてやむなく脱出してきたんです!」

「私らだって降ろせるもんなら降ろしてやりたいよ。けどな、ルナ2の基地だって緊急事態の連続なんだ」

「味方の基地に着いたというのに休むこともできないなんて、そんなことありますか?」

「君の質問には私が答えよう。ルナ2方面軍司令ワッケインだ」

 

 ルナ2に設営された地球連邦軍基地に逃げ込んだホワイトベースだったが、

 

「避難民達はとても疲れています。基地で落ち着ける場所を探していただきたい!」

「ジオン軍の追跡を受けて休まる間もなかったんです!」

「民間人を収容しておく余地はないな」

「そんな!」

 

 保護を求めるブライトたちと、ルナ2司令ワッケイン中佐の会話を聞きながらミヤビは思う。

『機動戦士ガンダム』って本当に凄い作品だったんだなぁと。

 

 視聴者として想定している小中学生、いや場合によっては高校生や大学生でもワッケインのことは「味方のくせに主人公のアムロやブライトたちの足を引っ張る石頭」のように見えるだろう。

 しかし社会経験を積んで大人になってみると、ブライトたちの一方的な要求の方がモンスター顧客やプロ市民のようだと感じるようになる。

 一見、正しい主張にも聞こえるが実際には、

「自分たちには保護を受ける絶対不可侵の権利がある。実現可能かそうでないかなど関係ない。自分たちの要求は無条件で最優先でかなえられるべき。かなえられて当然」

 と言っているに等しい。

 人権とか平和とか聞こえの良いきれいごとというのは、無条件に正しいように聞こえるからこそ自分たちの主張がおかしいことが分からない。

 いつの間にかそういう歪んだ考え方や思想に染められていることに気づかないものなのだなぁと。

 

「皆さん方はこのままここにいていただきます。地球連邦軍本部の指示を仰いで、しかるべき艦でただちに地球へ移動してもらうことになります」

 

 そしてワッケインはそれに激することなく理性的に対応する、本当の意味での良い大人に見えるようになる。

 もしミヤビの上司がこんな人だったら「一生ついていきます!」と言っていただろう。

『機動戦士ガンダム』にはこういう大人なキャラが多かった。

 それが作品の、物語の魅力となっていたんだろうなぁ、とミヤビは思った。

 

「次の者は一般避難民とは隔離する。ブライト・ノア、ミライ・ヤシマ、リュウ・ホセイ、セイラ・マス、カイ・シデン、ハヤト・コバヤシ、アムロ・レイ」

「訳を、訳を聞かせてください!」

「士官候補生と民間人がみだりに軍のトリプルAの機密、すなわちホワイトベースとガンキャノンを使用したことによる。全員軍事裁判にかけられるものと覚悟しておくことだ。ホワイトベースは没収、ガンキャノンは封印して軍の管轄下に戻す。以上だ」

 

 と、ワッケイン。

 

「ムサイが来ます。あのまま赤い彗星のシャアが追撃をあきらめたとは思えません。今ガンキャノンを封印することは」

「君に戦略をうんぬんする資格はない」

 

 噛みついてきたブライト、士官候補生相手にもちゃんと理知的に答えてくれるあたり、本当に良識的な軍人だった。

 

 

 

 ブライトたちは一般の難民たちとは引き離され、ルナ2の重力ブロックの一室に閉じ込められた。

 そこにワゴンを押して入ってきたのはミヤビだった。

 

「み、ミヤビさん?」

「食事よ」

 

 しれっとした表情で告げるミヤビ。

 相変わらず身体の線が出るパイロット用ノーマルスーツ姿だったが、本人に人目を気にした様子は無い。

 なお、ここに来る前にはミライとセイラが隔離されている隣の部屋にも顔を出し食事を届けている。

 しかし、

 

「こんな女ばかりの部屋にいられるか! 私は別で食べる!」

 

 とは言わなかったが内心はそんなものだったので、それが分かっているミライには呆れた目で送り出されていた。

 それはともかく、

 

「ど、どうしてここに?」

「誤解しているようだから食事のついでに説明しようと思って」

「誤解?」

「ワッケイン司令のこと」

 

 そう言ってトレーを押し付ける。

 1つの仕切り付きトレーにまとめられたペースト状宇宙食だ。

 アメリカの家庭ではおなじみの、日本でもミヤビの前世では普及し始めていたレディミール、ワントレーと呼ばれる、一食分の料理を丸ごとレンジで温めて食べるやつだ。

 これは戦闘糧食、レーションなので非常時には冷たいままでも食べられるようになっているが。

 

「では」

 

 と敬礼する扉のロックを開けてくれた兵に、ミヤビは目礼を返す。

 

「君!」

 

 ブライトは慌てて兵に駆け寄るが、その目前で再び扉は閉じてしまった。

 

「ワッケイン司令に会わせるんだ!」

 

 扉を叩くが返事は無く。

 

「無駄じゃないんですか? ブライトさん」

 

 アムロはあきらめ顔だ。

 

「だがな、シャアが襲ってこないとは断言できないだろ」

「そうですが」

 

 そんなやりとりをする二人をよそに、カイはミヤビからトレーを受け取って言う。

 

「それより腹がすいちゃしょうがないぜ。食べられる時に食べておかなけりゃ、いざって時に何もできないぜ。逃げることだってな」

 

 その言葉にリュウがうなずく。

 

「カイ・シデン君の言うとおりだよ、アムロ」

 

 彼もミヤビからトレーを受取り、

 

「食事は銃に弾を詰めるみたいなもんだ。兵士は食べたくなくても食べなきゃいけない」

 

 そう言って勧めた。

 ミヤビはというと、

 

(何でみんな、こんなに戦う気満々なの?)

 

 とげんなりしていた。

 正直彼女はもうリタイヤしてしまいたいのだが。

 

 

 

 おお、これが地球連邦軍の戦闘糧食!

 ミヤビはアメリカのお菓子なんかにありがちな食欲を減退させるような紫色のペーストやソーセージなどが入ったトレーを見て感心する。

 アメリカ軍のコンバット・レーション、MRE(Meal, Ready-to-Eat)の粉末ジュースなんかも凄い色してたなぁ、などと転生前の記憶を懐かしく思い出したり。

 前世では自衛隊向けにジェットエンジンや護衛艦を製造していた某重工に勤務していたミヤビ。

 その縁で自衛隊の戦闘糧食を食べる機会もあったし、ミリタリーマニアな友人からMREを譲ってもらい、皆で「まずいまずい」と言いながら食べた経験もある。

 そんなわけで連邦軍の戦闘糧食にも興味があったのだ。

 

 しかし、である。

 財閥の令嬢であるミヤビが見た目最悪な戦闘糧食に文句一つ言わず、不味い味にも表情を変えず黙々と食べるさまを見て、男どもがどう思うかという視点がミヤビには抜けていた。

 先ほどのリュウの言葉どおり、銃に弾丸を込めるように戦いに備え食べているようにしか見えないのだ。

 すぐにでも出撃できるパイロット用ノーマルスーツ姿だからなおさら。

 

 だから苛立っていたブライトも、それに倣って食べ始める。

 そうして食事をとりながら話を振る。

 

「それでミヤビさん、先ほど仰っていた我々の誤解とは……」

 

 ミヤビは行儀よく口の中の食べ物を飲み込んでから答える。

 

「この部屋、どう思います?」

「この部屋?」

 

 ブライトたちが閉じ込められている部屋だ。

 

「どう、とは?」

「独房でも何でもない重力ブロックの休憩室だってこと」

「あ……」

 

 それでブライトは気づいた。

 扉をロックされて行動の自由は制限されているものの、牢に閉じ込められているわけではないということに。

 

「『次の者は一般避難民とは隔離する』、ワッケイン司令は軍事機密を守るためにそれに関わった者を隔離しただけで、あなたたちを逮捕、拘束したわけではない」

 

 これは当たり前の対処で、一応、出兵にあたり守秘義務を誓約させられているブライトやリュウならともかく、一般人のアムロたちにはそういった縛りすら無い。

 そんな人間をその辺でウロチョロさせて機密を拡散させる愚を犯せるはずが無かった。

 逆に言えば本当なら独房入りも仕方がないところを隔離で済ませているあたり、ワッケイン司令はかなりの温情を示しているということだ。

 ブライトたちは気づいていなかったようだけれども。

 

「私だって厳重な守秘義務契約を結んだうえでドラケンE改関連の必要な情報しか渡されていないわ」

 

 情報は知る必要がある者に対してのみ与え、 知る必要のない者には与えないという『Need to knowの原則』。

 情報セキュリティの基本だ。

 他にも、

 

「私物の端末や通信機器の持ち込みの禁止、通信の監視への了承など、厳密な情報管理対策も課せられているし」

 

 ミヤビの前世、機密を扱う自社や取引先でも当たり前に取られていた情報セキュリティ対策だ。

 スマホや携帯が職場に持ち込めないことから、普段付けない人でも腕時計が必要だったり(まぁ、ビジネスマンなら持っているのが普通だが)

 

 ちなみにミヤビはデジタル時計派だった。

 取引先が24時制の時刻表示(誤認を避けるため午後4時ではなく、16時などと言う)を使用する自衛隊や企業ばかりだったためだ。

 アナログ式時計を見て頭でいちいち換算するより、24時間表示に切り替えたデジタル時計にした方が便利なのだ。

 無論、アナログ式時計からの換算など簡単だが、ちりも積もればなんとやら。

 人間の思考力は有限なのだから無駄は極力省くべきだし、万が一にも間違う可能性がある。

 誤認を避けるための24時制であり、減らせるリスクは減らしておくに越したことは無かった。

 

「避難民も、ここに受け入れるだけの余裕が本当に無いってだけで地球への疎開を確約してもらえたでしょう? そのために今でもギリギリで余裕が無いここからかなりの戦力や人員、資源を割かなければならないっていうのに」

 

 規律にうるさい四角四面の軍人さんに見えるが、ワッケインはその実かなりの温情派だ。

 いや、温情を通す手段として規律を利用しているとも言える。

 ストレッチャーで医務室に運ばれるパオロ艦長を見る目は純粋に尊敬する先達に対するもので誠実そのものだったし、かける声には本当の気遣いがあった。

 何というかある意味ツンデレさんみたいなものである。

 

「いい人よね。ミライの旦那さんになってくれないかしら」

 

 とミヤビには非常に珍しく、顔をほころばせて言う。

 ほぅ、という吐息が艶やかでなまめかしく、ヤシマの人形姫にそんな表情をさせる男に対し、周囲の男どもの嫉妬を駆り立たせるには十分な破壊力を有していた。

 

 無論、自分の旦那になどという思考回路はミヤビには備わっていないのだが。

 

「で、でも軍事裁判って……」

 

 まだ納得のいかない様子で言うアムロには、

 

「軍規を厳密に適用すればそうなるわ。無論、事情を考慮して問題なしで終わるでしょうけど」

 

 と答える。

 逆に言えば裁判で問題なしのお墨付きをもらった方が後々楽とも言える。

 その後、突っかかってくる者が居れば、そいつの方が軍規をないがしろにし法廷を侮辱したことになるからだ。

 

「司令には告知の義務があったし…… ミランダ警告、ドラマで刑事が『あなたには黙秘権がある』とか言っているのを見たことがあるでしょ。ああいうやつよ」

「ああ」

 

 思い当たることができたのか、アムロはうなずく。

 まぁ、厳密に言えばこの例えは正しくないのだが、今はそこにこだわる意味は無い。

 

「ここで軍規を無視してなぁなぁに済ませる方が問題なのよ。統制が利かない軍隊なんて悪夢でしかないわ」

 

 ただでさえ連邦軍には腐敗軍人やチンピラ兵士が多いというのに。

 

「納得がいかないって顔ね」

 

 ミヤビの危惧するところがピンとこないのだろう。

 いぶかしげな表情を浮かべる面々に、ミヤビは説明の必要性を感じ口を開く。

 

「歴史上、民間人や国の権益を守るため、理想に燃えた軍人が軍規を逸脱してまで行動し英雄扱いされた例があったけど、それが何をもたらしたか知っている?」

「いえ、しかしそれは……」

「結果さえ出せれば軍規を無視しても良い、という前例と風潮を作ってしまった。そのためその軍は統制を失い滅茶苦茶になったわ。暴走し、最後には国を滅ぼした」

 

 どれほど崇高な理想を持って行動したのだとしても、招いた結果は無残としか言いようがないものだった。

 ミヤビの前世の記憶の中でゴップ大将がホワイトベースを『永遠の厄介者』と呼んだのも、いささか軍規を逸脱している存在が成果を上げてしまっているからこそのもの。

 こういう後に禍根を産むような存在だからこその言葉だったのかもしれない。

 

「そもそも軍規に限らずルールというものは破るものじゃなくて遵守し利用するものよ」

 

 時に相手を殴りつけるための道具だったり、かい潜るものだったり、相手に破らせてダメージを与える地雷や機雷だったりするが、この辺の応用は彼らにはまだ早いだろう。

 

「この場合、戦闘詳報っていう現場の状況と声を上層部まで届ける制度があるのだから、それを最大限に利用するべきでしょ」

「それであなたは……」

 

 ミヤビはルナ2にたどり着くまでに今までの戦いをまとめた戦闘詳報を作成してパオロ艦長に承認をもらっていた。

 もちろん軍属ではない彼女の名は記されず、別の生き残りの軍人が書いたことになっていたが。

 

「この状況でシャアが仕掛けてくるなら潜入員による工作でしょう? ノーマルスーツ一つで監視の目をかいくぐり懐に入り込む手は既にサイド7で見せているから、その危惧を訴えるのはさして難しいことではないわ。戦闘詳報として書かれた以上、ワッケイン司令やルナ2司令部がそれを無視することはできないでしょうし」

 

 戦闘詳報はきちんとした記録として残るのだ。

 これを無視して損害が出た場合、ルナ2司令部はその可能性を事前に訴えられていたにも関わらず軽視したとして非難されることになる。

 

「ブライトさん、自分が正しいと思うことを主張するのと、それを相手に受け入れてもらうのは別なのよ。上を動かしたいのなら、上に動いてもらえるだけの材料を上げないとね」

 

 説得するための材料はもちろんだが、上の人間もさらに上の人間に説明する必要があるし、後日、監査や考査だって受ける。

 その場合に必要な資料なり書類なりデータなり根拠なり情報なりを用意しておけば、提案はより受け入れられやすくなるわけだ。

 また上に「なるほど」と思わせるストーリーを用意しておくことも欠かせない。

 この辺は前世から変わらぬ企業人、組織人であるミヤビの経験が生きているところだし、逆に言えば士官候補生のブライトは新入社員どころかインターンシップで企業に学びにやってきた学生さんでしかない。

 

 とはいえすべての事態を想定して完璧な資料や書類を作ることは無駄が多すぎるし(特に日本人は凝り性で手段であるはずの資料作りが、いつの間にか完璧な資料を作ることそのものが目的にすり替わったりするし)、それが業務のスピードを遅らせ、時代の変化についていけなくさせたりする。

 だからミヤビもそこまでは求めないし、今回の戦闘詳報だって草案を作成したのはサラだ。

 AIである彼女には機動兵器やホワイトベースに残されたログを集約し、要約し、所定の書式にまとめる作業は難しいものでは無いし、作るのはあっという間だ。

(ミヤビの前世でいえばちゃんとした指示と時間さえ与えればAIでなくとも派遣社員や入社一年目の平社員に任せられるレベルの仕事。なお委託先にやってもらうのなら契約項目に盛り込んでその分ちゃんとお金を払いましょう)

 後はそれにミヤビが少々手を加え体裁を整えただけである。

 前世では顧客のところでパソコンを叩いて議事録から報告書、技術資料までその場でサクサク作っていたミヤビには、たとえサラの支援が無くともできていただろうが。

 

 

 

『あなたたちは地球連邦軍管理区域内に侵入しています。……ご退場願いましょうか』

 

 ノーマルスーツで潜入しようとしたシャアたちがルナ2の地表上で遭遇したのは、紅蓮に彩られた全高5メートル弱のミドルモビルスーツ。

 サポートAI『サラ』の自動制御で操られるドラケンE改だった。

 シャアたちは迂回して進もうとするが、

 

『お話の通じない相手にはこうするまでです!』

 

 サラはオープンチャンネルでわざと通信を流し威嚇しながら、ドラケンE改の右腕肘部ハードポイントに装備された60ミリバルカンポッドを構える。

 

【挿絵表示】

 

『残念ながら、そこはドラケンE改の射程距離です!』

 

 キュイーンという甲高い駆動音と共に(真空中なので振動が伝播するドラケンE改本体にしか伝わらないが)束ねられた砲身が回転し、連続して火を噴く。

 

『可能な限り撃ち込みます!』

 

 60ミリバルカンポッドは60ミリバルカン砲と給弾機構および弾薬、照準用センサーカメラを搭載したガンポッドだ。

 ドラケンE改の右腕ハードポイント利用の選択装備の一つで、連邦軍モビルスーツ頭部搭載用に開発されていた兵器60ミリバルカンを流用したもの。

 

【挿絵表示】

 

 バルカン砲の駆動や電気式雷管の発火、照準用センサーカメラ等に必要な電力は機体本体より供給される。

 ミヤビの前世の記憶の中に存在したジムスナイパーIIに採用される外付けバルカンポッドに類似した装備だが、こちらの方が若干大型でその分装弾数は多く取られている。

 使い切ったら戦場でのパージも可能。

 なお誤解されやすいが外部に露出している発射口は内径約200ミリのノズルカバーであって砲身そのものではない。

 

 また搭載された照準用センサーカメラは捜索探知能力向上にも役立つため、偵察ポッドの代わりとしても利用されているものだ。

 この辺はミヤビの記憶の中にあるネオ・ジオン残党「袖付き」の用いたドラッツェのガトリング・ガンと一緒だ。

 あれは攻撃力の強化より「哨戒偵察任務用のセンサーユニット」としての能力を期待して装備されたもので、ガザシリーズのシステムを流用したというセンサーを起動すれば、センサー有効半径が大幅に拡大する。

 旧20世紀の例で言えば、アメリカ軍のA-10サンダーボルトII攻撃機は湾岸戦争時点では赤外線カメラを装備しておらず、AGM-65マーベリック空対地ミサイル搭載の赤外線カメラを利用して(撃たずに残して)夜間攻撃を行っていたというが、そのようなものだ。

 

 そして60ミリバルカン砲は条件次第でザクの正面装甲すら貫通しハチの巣にする威力を持つ。

『機動戦士Zガンダム』第2話でカミーユ君が、

「一方的に殴られる痛さと怖さを教えてやろうか!」

 と言って生身の人間に撃っていたが……

 しかもその後、

「はははははははは! ザマあないぜ!!」

 と高笑いしていたが、決して人間に向けるような武器ではない。

 

 

 そんなものを撃ち込まれたのだから、シャアたちもたまったものではない。

 すぐに散開して身を隠す。

 そしてシャアはこうつぶやくのだ。

 

「ええい、あのパイロット、私の動きを読んでいたとでも言うのか!」

 

 と……

 もちろんミヤビがサラに警戒を頼んだのは前世知識に基づくもので、シャアが思うような先読みや戦略眼など持ち合わせてはいない。

 しかし、それが分からないシャアには当然こう思われる。

 

「面白い。連邦軍にもこういう切れ者が、倒し甲斐がある相手が居るとはな」

 

 とんでもない買いかぶりである。




 ワッケイン司令はツンデレさん、というお話。
 子供のころと大人になった今とでは受ける印象がかなり違うキャラですよね。

 あと初登場の60ミリバルカンポッド。
 ジム・スナイパーII ホワイト・ディンゴ隊仕様に装備されていた頭部外付けバルカンポッドを参考にしていますが、ドラケンE本体とのバランスを考え少し大型化しています。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第4話 ルナツー脱出作戦 Bパート

「だからブロック接続レバーが二段になってる点を忘れなければいいのさ。この操作がジオンのザクと決定的に違うってことなんだ」

 

 食事を取りながらの雑談は、アムロによるモビルスーツ操作の説明に移っていた。

 

 アリアリアリアリ、アリーヴェデルチ(さよならだ)!?

 まだ操縦する気アリアリなんだー。

 

 とミヤビは内心呆れていたが、表情筋が死んでいるその顔にはそういったことは反映されない。

 

「ほんじゃあさ、ガンキャノンが最高にジオンのザクより優れてるってのはなんなんだよ?」

 

 カイの質問に、アムロはうなずいて、

 

「戦闘力さ。今までのザクタイプのモビルスーツと違って、戦いのケーススタディが記憶される」

「ケーススタディが記憶される? ってことはガンキャノンって、戦闘すればするほど戦い方を憶えて強くなるって理屈か?」

「そうさ。しかも操縦の未熟な僕でさえ歴戦の勇士のシャアとどうにか戦えたのは、僕の上手下手よりガンキャノンの教育型コンピューターの性能がいいってことだよ」

 

 実直に語るアムロの肩をリュウが叩く。

 

「はははは、ご謙遜ご謙遜」

 

 恰幅のいい、気づかいのできるキャラっていうのは頼りになるとミヤビは思う。

 前世で一時期、上司を務めてくれた人がそうだった。

 本当、笑いの絶えないいい職場だったと今でも思う。

 

「だけどよう、学習機能なんてパソコンにだって付いてるじゃねぇか」

「それは……」

 

 カイの言葉に、ミヤビの口から珍しく苦笑が漏れた。

 

「ミヤビさん?」

「いえ、普通の人はそう思うわよね」

 

 機動戦士ガンダムが放映されたのは1979年。

 日本初のワープロ、東芝のJW-10(標準価格630万円!)が発表された翌年だ。

 JW-10は同音語の学習機能も備えており、つまり学習するコンピュータというのは当時最先端技術だったわけだ。

 

 時がたつとコンピュータがケーススタディをするなど当たり前の時代となり、

「教育型コンピュータってそんなに凄いか?」

 というファンが増え、それに対し更に後付けの設定が加えられたりしたが、ミヤビのような技術者だとまた別の視点がある。

 

「モビルスーツは従来の兵器をはるかに超えた複雑さを持つ、数万点以上の工業製品の集合体なのよ。その機体各所から吸い上げられるデータ…… 速度、温度、圧力、流量、電流、電圧、位相角、機械応力に熱応力、伸び、伸び差、加速度、各関節の動作ポジション、開度、機器のオンオフ状態。どれだけの数があると思う? そのデータの有効桁数は? そしてサンプリング周期は? 例えばたった千点の計測点であっても毎秒取り続けたら一分で6万個のデータよ。しかもモビルスーツは大気圏外なら音速を超えるスピードで飛行するからデータの採取間隔は1秒どころかコンマ数秒毎に必要に。それだけで更に何倍にも何十倍にもなる。そしてセンサーカメラ類が拾い上げる画像データ各種……」

 

 ミヤビの前世、旧21世紀の世界で言うところの工業分野でのIoT(Internet of Things)技術活用で、GE(ゼネラル・エレクトリック)などがプラントの機器や航空機のエンジンにセンサーを取り付けてネット経由で集約、遠隔管理するサービスを発表した際に、まず日本企業が首をひねったのは、

 

 もの凄い量のデータがあるけど、どうやって遠隔地と通信するの?

 ネット回線の帯域食いつぶしちゃうじゃない。

 というか専用線でも引かないと無理でしょ。

 そもそもネット回線の信頼度なんて低すぎて使えないよ。

 通信途絶したらどうするの?

 

 ということだった。

 だからそれを参考に既存の回線の帯域内で許せる範囲の一部のデータだけを集約して分析業務に役立たせる、みたいなことしかできなかった。

 環境に合わせ最適化、ローカライズすることが、ガラパゴス化が得意な日本企業の発想であり、またそれが限界でもあった。

 

 しかし海外企業は日本企業がちまちまローカライズしているのを見て鼻で笑っていただろう。

 そんなものは放っておいてもすぐ解決される問題だからだ。

 例えばGoogleがYouTubeを買収した当時、ネット回線を使った動画配信など回線が遅くてしばしば再生が止まってしまうような残念なものだった。

 それなのになぜGoogleが大金をかけてYouTubeを買収したのかというと、そんな問題、すぐに回線速度が上がって解決するという未来が分かっていたからだ。

 

 しかし技術の進歩により多量のデータをやり取りできるようになると、今度は逆にそれゆえの問題が発生する。

 

「この膨大な量のデータを機体制御OSに反映させるには、ちょっとしたスーパーコンピュータ並みの処理能力が必要よ」

 

 ということ。

 ミヤビの前世でもこのようなビッグデータは人間が処理することなどできないため、AIによる深層学習、ディープラーニングにより対応していた。

 

 もっとも、これにも問題があってAIは「故障の兆候があるので止めて点検しましょう」というような結果を出すことはできるが、「なぜそういう結論に達したの?」ということを説明するのは不得意だった。

 ディープラーニングの経緯を説明するというのは、人間の頭の中を覗くのに等しいものだから当然である。

 そもそも『ベテランのカンや経験』のような言葉で説明できない知識、『暗黙知』をAIに持たせるという技術なのだからなおさら。

 しかし警告が出たとして気軽に止めて点検修理できるものならいいが、航空機のように止めて点検するのに、そして当然必要になる代替機の用意に莫大なコストがかかるようなものだと「理由は分からないけどAIが言っているので止めます」というわけにはなかなかいかない。

 だから旧21世紀では『AIの思考を翻訳してくれる人間の専門家』の需要が高かったのだ。

 

 まぁ、そんな感じでビッグデータの処理も大変なのだ。

 だから、

 

「普通は記録装置(データロガー)を試作機に取り付けて稼働試験を行ってデータを収集。持ち帰ったデータを吸い出して高性能コンピュータとAIに処理させて加工、反映するという作業を繰り返す必要があるんだけど」

 

 モビルスーツ開発で出遅れた連邦軍にそんなことをやっている時間はない。

 ならどうするか。

 

「そのために、得られた稼働データをリアルタイムに処理して機体制御OSに反映できるよう、モビルスーツにスーパーコンピュータを載せてしまったのよ」

「へっ?」

「そうすればその場で稼働データが反映されるでしょ。そうやって改善された機体制御OSに動かされる動作データを収集して更に…… という具合に通常の何倍ものスピードで学習と反映が可能になるの」

 

 ロールプレイングゲームで自分だけ成長スピードが倍などといったインチキ、チートを使っているようなものだ。

 これにより地球連邦軍は短期間にモビルスーツを開発することができたのだった。

 

「だから教育型コンピュータとわざわざ名づけられるほど特別な存在なのよ」

 

 そういうことだった。

 

「んじゃあ、ザクがその教育型コンピュータみたいなのを使わないのは?」

「信じられないくらいのお金と技術が要るから」

 

 単純なことだ。

 

「まず耐候性。防水、防塵、耐衝撃など軍人の蛮用にも耐える仕様にすると、数倍にも価格が跳ね上がるわ」

 

 パナソニックが販売していた作業現場用のPC、タフブックとかを考えればわかる。

 数世代前のものかと思えるような性能しか備えていなくてもものすごい値段がして、通常品ならその5分の1以下で買えるものだった。

 もちろんスペックが低いのにも理由があって、防水、防塵のため完全密閉したボディには冷却ファンは付けられないし、耐衝撃性に配慮した素材は大抵、伝熱性が低い。

 その上想定される使用環境は-10℃~50℃。

 つまり発熱の大きい最新の高性能CPUなど載せられないから、どうしても枯れた、一回り以上型落ち品と同等の抑えられたスペックだが発熱の小さい省エネ型の構成部品を選ばないといけないからだ。

 

「さらに通常用途のコンピュータとは要求される信頼度が何桁も違うわ。誰だって戦闘中に機体制御OSがフリーズしましたなんて体験したくないでしょ」

 

 そして信頼性というやつを上げるためにかかるコストは指数関数的に、急激に跳ね上がる。

 そう、ある程度まではかけたコストに比例して信頼性は上がるが、それ以上となると10倍、100倍、1000倍という途方もない費用がかかっていくのだ。

 インフラ系の止められない設備や人命にかかわる装置等、高い信頼性が要求される用途では旧21世紀になってもパソコンという言葉が生まれた当時の枯れた、しかし信頼性だけは高い8ビットCPU、Z80と同等品の電子計算機が使われていたが、その程度の処理能力しか持たないものに数千万円の費用がかかったりというのは実際にある話だったりする。

 

 逆に言えばパソコンとかフリーズしても人が死んだり莫大な損害が生じたりしないシステムは、そこそこの信頼性でいいからあれほど安く最新のものが提供されているのだ。

 日本人は何でも完璧さを求め、パソコンがフリーズした! こんなシステムでは仕事はできない! 恒久的再発防止を! と声高に叫ぶが意味はない。

「その要求に応えるとあなたやあなたの会社ではとうてい買えないような値段になるがよろしいか?」

 ということだ。

 

 これを考えればコア・ファイターに載せられた教育型コンピュータは常識外の、金のある地球連邦軍ならではの狂気の産物だった。

 ミヤビの前世の記憶の中でも教育型コンピュータがガンダムにかかっているコストの中で大きな割合を占めているとされていたし、だからこそジムなど量産型のモビルスーツには採用されていない。

 コスト度外視で開発をする一部の試作機だけに使用されているものだった。

 

「じゃあ、ミヤビさんの乗ってるドラケンE改は?」

 

 アムロの言葉に、ミヤビは瞳を瞬かせると一瞬の逡巡の後答える。

 

「ドラケンE改は学習型OSという方式を採用しているわ。機体には稼働ログ採集機能を搭載してネットに接続する度に管理サーバにそれをアップ。管理サーバが集約されたデータを使って機体制御OSを更新、アップデートパッチを配るって方式ね」

 

 量産機に向いているこの方式は、教育型コンピュータを搭載しない一般の地球連邦軍モビルスーツにも採用される予定だ。

 この方式に対する数々のパテントを先行して取得しているミヤビとヤシマ重工の得る利益は莫大なものになるはずだった。

 

「そしてドラケンE改は作業用機械の延長線上にあるミドルモビルスーツだから、その簡素な機体を制御する程度ならサポートAIを搭載してもハロ2台分のコンピュータで十分に動かせるわ」

「は、ハロ?」

「ちなみにこれは比喩じゃなくて実際に以前あなたのお父さんが開発していた、あなた自身もペットロボット、ハロに組み込んでいるのと同じものよ」

 

 ドラケンE改では俗にテム・レイの回路と呼ばれる初期の教育型コンピューター、アムロがSUN社製のペットロボット、ハロに組み込んでいたものと同型を採用している。

 史実ではサイド6でアムロに「こんなもの!」と投げ捨てられた旧式な回路ではあるが、

 

・街工場や個人レベルの機材で作ることのできるローテクでありながら、低級とはいえ一応AIを動かすことができる程度のスペック。

・ローテクだからこそ備えている蹴飛ばされようとも(実際ハロは何度も蹴飛ばされている)問題ない耐衝撃性などの耐環境性。

・安い。

・入出力のI/Oインターフェイスが光統合回路リンクで構成されており、ミノフスキー粒子散布下の環境でもノイズの干渉を受けない。

 

 という点で優秀。

 足りないスペックは回路を2つ搭載し並列に動作させるデュアルプロセッサとして働かせることで補っている。

 これは性能向上だけでなく一方が故障などで停止してももう一方で処理を継続できるなど、信頼性向上の効果があっての採用である。

 

 発想の元は冷戦時に規制により西側の優秀なCPUを入手できなかったソビエト連邦が巡航ミサイルに旧式な8ビットCPU、Z80(もしくは互換品)を使っていたというエピソード。

 そして高度な信頼性が必要とされる設備でZ80系のデュアルプロセッサ構成の制御用コンピュータが利用されていたことに由来する。

 

 実際、高い信頼性を必要とする兵器に使用される技術は極力トラブルを避けるためある程度開発されて時間の経過したものが選ばれるのが常識で、RX-78ガンダムのようなあらゆる最先端技術を投入したような機体は異端であると言って良いものだった。

 

 

 

『そ、それは反則です!』

 

【挿絵表示】

 

 シャアたちの潜入をドラケンE改を使って妨害していたサラだったが、そこに一機のザクIIが乱入して来た。

 前回の戦闘で母艦であるパプアを墜とされ、一時的にシャアのムサイに身を寄せているガデムの操る機体だ。

 員数外の存在だったため艦に残っていたのだが、シャアの「戦場までザク一機届けてくれ(意訳)」という要請に「補給部隊の面子にかけて(こっちはマジ)」持ってきてくれたわけだ。

 

『どうして警戒網を掻い潜ってここまでザクが!?』

 

 驚愕の声を上げるサラだったが、ネタは簡単だ。

 シャアたちはノーマルスーツでここにたどり着くまでの間にルナ2の警戒網にある穴、侵入ルートを探り出しその情報をレーザー通信でムサイへと送っていたのだ。

 いざという場合にザクを送り込むために。

 それを利用してガデムのザクは潜入したのだ。

 

 いくら未来の知識があるにせよ、しょせんは凡人のミヤビがシャアを上回り歴史を変えることはなかなかに難しい。

 それを物語るかのような展開だった。

 

『わ、私だけの制御じゃ時間稼ぎすらできません。逃げます!』

 

 サラは短距離ミサイルを撃ちっぱなしの赤外線画像(IIR)自律誘導で放つ。

 老いたりとはいえ歴戦の勇士であるガデムには当然通じず避けられるが、その隙に即座に撤退する。

 

『後はルナ2の警備に任せます』

 

 シャアたちを発見した時点で通報済みだから、何とかしてくれるはずだ。

 そう信じたいサラだった。




 教育型コンピュータを現代の先端技術で考えると、というお話でした。
 あとドラケンE改は本当にハロのCPU二つを使ったデュアルプロセッサで動いていますよ、というお話。
 しかもハロのCPUはあの『テム・レイの回路』だった、という。

 教育型コンピュータに関しては、実際にビッグデータやAIのディープラーニングによる故障やリスク検知について扱っている研究者の方から伺ったお話を参考に書いています。
 大昔は熱電対を付けたペンレコーダーを現場に設置してアナログでデータ収集したり(もっとアナログだとアルコール温度計を粘土で取り付けて一定時間ごとに人間が記録採取したり……)それがデジタルになって、最新ではIoT技術でという具合に進化しましたが、データが多ければ多い分、今度はデータ処理が大変になるというジレンマですね。


>俗にテム・レイの回路と呼ばれる初期の教育型コンピューター、アムロがSUN社製のペットロボット、ハロに組み込んでいたもの

 これはマンガ『機動戦士ガンダム デイアフタートゥモロー ―カイ・シデンのメモリーより―』からの設定です。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第4話 ルナツー脱出作戦 Cパート

 不意の衝撃と共に室内照明が非常灯に切り替わり、

 

「……遠心重力装置が止まったぞ」

 

 とブライトが言うように重力が無くなった。

 

「どうやら電源部分がやられたらしいな」

 

 父親が技術者であるというカイが状況を把握し、

 

「シャアだ」

 

 と、アムロが確信したようにつぶやく。

 そしてミヤビは、

 

(ダメだったか……)

 

 と肩を落としていた。

 

 

 

 ルナ2司令部でも状況は把握していた。

 

「ザクが現れた!? 監視レーダーをくぐられたというのか?」

 

 ホワイトベースのもたらした戦闘詳報によりノーマルスーツによる特殊工作隊の潜入の可能性が示唆され、実際に発見、通報を受けて対応を急いでいたが、ザクによる警戒網の突破はさすがに想定外だ。

 現在急行させている陸戦隊では対処できない。

 

「は、司令。敵はおそらくノーマルスーツによる潜入工作でザクを呼び込んだものと思われます」

 

 ルナ2司令部、そしてミヤビの予測は確かだったが、シャアの知略はさらにその上を行っていた。

 ワッケインはここに至って決断する。

 

「マゼランを出撃させる」

 

 

 

「ここを開けろ!」

 

 オレンジ色の非常灯に切り替わった室内で、ブライトは必死にドアを叩いていた。

 

「僕たちのことなんか忘れられたんじゃないですか?」

 

 そうそうアムロ君、あきらめるように言ってあげて、とミヤビは内心祈るように思うが。

 

「しかしこのままでは。このっ!」

 

 ブライトはあきらめず、そして……

 

「ん? 開くぞ」

 

 ああ、気づかれてしまったかとミヤビは嘆息した。

 

「え? そうか、電源が切れたんで電子ロックも効かなくなったんだ」

 

 と、アムロ。

 

 まぁこれに限らず自動制御される対象は、動力が切れた際は『安全な方向』に動くよう作られている。

 ボイラーだったら燃料弁が閉まる方向に動くとか、そんな感じで。

 ここは一般の休憩室だったから、電源が切れたら安全のため当然ロックが解除されるようになっているのだ。

 

「行こうぜ!」

 

 リュウに促され、勇んで部屋を飛び出す面々。

 そして、

 

「ミヤビさん!」

 

 アムロに手を引かれてドナドナされるミヤビ。

 

(一緒に行くとは一言も言ってないんだけど!)

 

 と内心パニくり固まったままのミヤビは、そのまま無重力の通路を牽引される荷物のように運ばれていくのだった。

 

 

 

「マゼラン急速発進。ドッキングロック解除急げ」

 

 ワッケインの指揮する戦艦マゼランが発進しようとしている中……

 

 

 

「だあっ」

「うおっ」

 

 脱出のため警備の兵を殴り倒すブライトとアムロ。

 

「やったあ」

 

 と快哉を上げるリュウだったが、ミヤビは内心、

 

(やったぁ、じゃないって! 命令違反に暴力。シャレにならないわよこれ! なんでみんなそんなに物騒なの!?)

 

 と頭を抱えていた。

 そんなミヤビの嘆きをよそに、ブライトは次々と指示を出す。

 

「仲間を集めろ。ホワイトベースを港から出すんだ。アムロはガンキャノンの封印を解け」

「はい」

 

 そうしてブライトやアムロたちがホワイトベースの出港準備を整える中……

 ミヤビの前世の記憶どおり、シャアの仕掛けた爆弾により出港途中のマゼランが港を塞ぐ形で擱座してしまったのだった。

 

 

 

 どうしてこうなった。

 ミヤビは痛切にそう思う。

 

 ホワイトベースの左舷モビルスーツデッキに有無を言わさず連れ込まれたミヤビだったが、そこで目にしたのは左手の二重下腕肢先端に取り付けられた精密作業用三つ指マニピュレーターにレーザートーチを持ってガンキャノンの封印を切断しているサラ、ドラケンE改の姿だった。

 三つ指、とは言ってもよくある非人体的なものではなく、親指、人差し指、そして残りの指が一体化したような役割を果たしているもの。

 要するに軍隊で使われる親指と人差し指だけ独立しているトリガーフィンガーミトンみたいなものだ。

 銃の引き金を引くことも、こんな風に道具を器用に扱うこともできる。

 

【挿絵表示】

 

『あ、待っていましたみなさん、早く手伝ってください』

 

 と、サラ。

 何をやってるの、とミヤビは呆れるが、いつものように表情には出ない。

 そして、それを見たアムロたちはどう思うか?

 

「さすがミヤビさん!」

「ああ、そうだな」

 

 穏便にルナ2司令部に警告する裏では、こんな風にダメだった場合に備えて着々と次の手を打っていたんだ!

 

 と感動されることになる。

 

 もちろんミヤビはサラにそんな指示など出していない。

 このままじゃあザクの相手を自分がさせられる、ということに気づいたサラが恐怖から先走っただけである。

 他にもRXシリーズにインストールされた妹たちサラシリーズがこのままではかわいそう、ということもあったが。

 サラシリーズは幼い少女の人格を持ったAI。

 その彼女たちが人間で言えば拘束具でギッチギチに縛り上げられ、自由を奪われている状態であるからその気持ちは分からないでもないが。

 

 しかしミヤビはこう思う。

 

 ……このAI、自由(フリーダム)過ぎるでしょ。

 

 と。

 A・Iが止まらない!

 やっぱり自分はこのポンコツ・ロボットに三重絶対精神拘束(アジモフ・ゲアス)をかけるべきなのではと悩む。

 

『ロボットじゃないですよ。電子の海に生まれた生命、電子生命体です』

 

 うるさい。

 あなたなんてロボットで十分よ。

 

『とほほ』

 

 そんな主従をよそに、ブライトたちは精力的に出撃準備を進める。

 無論、ミヤビの意思を誤解し、勝手に感動して盛り上がっているだけだが。

 それを目にしたミヤビがまた「何でこの人たちこんなに戦いたがっているの!?」と恐怖するという、バカバカしいまでのすれ違いを見せていたのだが。

 

 そして当然、

 

「貴様らそこで何をしとるか! ホワイトベース立ち入り禁止は厳命したはずだ」

 

 こんなことをやっていれば、ワッケイン司令が来るわけで。

 

 どうしてこうなった。

 ミヤビは痛切にそう思う。

 

 さらに、

 

『ワッケイン君』

「う、パオロ艦長」

 

 サラの操作でルナ2医務室のパオロ艦長との通信がつながる。

 

 余計なことをしないでーッ!

 

 内心、絶叫するミヤビをよそに語り始めるパオロ艦長。

 

『……どうだろう、ワッケイン君。ホワイトベースにしろ、ガンキャノン、ガンタンクは今まで機密事項だった』

「はい」

『だからなのだ、不幸にして我々より彼らの方がうまく使ってくれるのだ。……すでに二度の実戦の経験がある彼らに』

 

 いや、古い戦闘ドクトリンに縛られる旧来の軍人より、最初からそういった思考の縛りの無い者の方が柔軟に現実に対処できるって理屈は分かりますけど。

 

 古いドクトリンに縛られた軍隊が新兵器を扱えず甚大な損害を被った例は過去、枚挙にいとまがない。

 例えばアメリカ合衆国において最も死傷者を出したのは第二次世界大戦でもベトナム戦争でもない、国内の内戦である南北戦争だ。

 それまで使われていたマスケット銃は命中率が悪く、先込め式なので伏せて装填することができない。

 そのため戦列を組み、お互い立ったまま集団で大体の敵の方に向かって撃ち、兵の士気がくじけた方が負け、という戦列歩兵という戦術が取られていた。

 そこに登場したのがミニエー銃というライフル。

 有効射程50ヤード足らずのマスケット銃に対し、その有効射程は300ヤード。

 そして3倍以上の集弾性を持つ、当時にしてみれば破格の新兵器だ。

 そんなものを南北戦争の指揮官たちは戦列歩兵という旧来の戦闘ドクトリンで用いたのだ。

 一説によると敵の白目が見分けられる距離になったら撃ってもいい、というマスケット銃の、戦列歩兵の射程はミニエー銃にとってみれば必殺の至近距離。

 しかもお互い棒立ちで、密集した状態での撃ちあいだ。

 見る見るうちに互いの死傷者は増え、最終的に両軍合わせて50万人近くの戦死者を出した。

 ミヤビの前世の記憶ではアメリカの歴史上、最悪の死者数となっていた。

 古いドクトリンに縛られるというのはそういうことである。

 

 そして実戦の洗礼はたやすく訓練の成果以上のものを兵にもたらすというのも事実。

 だがしかし、それでも!

 

「しかし艦長」

 

 ほらワッケイン司令も反対しているじゃないですか。

 良識ある軍人ならこんな少年少女たちを戦場に放り込むなんてしないでしょう?

 

『……そう、しかし彼らはしょせん素人だ。司令たる君が戦いやすいように助けてやってくれたまえ…… わしが責任を持つ』

 

 止めてぇぇぇぇ!

 そんな嫌すぎる責任の取り方しないで!

 騙されないでワッケイン司令! 負けちゃダメ!

 あなただけが残された良心、最後の希望!

 

 しかし、

 

「……わかりました、艦長のお言葉に従います」

 

 オワタ……

 ミヤビの希望は、失われた。

 

 まぁ、これは仕方がないとも言える。

 尊敬する先達の言葉にほだされたという面もあるが、それ以前に権限の問題がある。

 ワッケインはルナ2方面軍司令だが、ホワイトベースはその管轄下には無い。

 V作戦は軍上層部肝いりのオペレーションであり、レビル将軍の直轄。

 そのうえパオロ艦長の方がワッケインより階級が上。

 良心に従い軍規を盾に抗命するにも限度というものがあったのだ。

 

『頼む、ワッケイン君、ミヤビ君』

 

 はい?

 さらっと最後に私の名を付け加えるな!

 そして力尽きたように目を閉じるな!

 それほど重傷じゃないって知ってるんだぞ!

 

 絶叫したくてたまらないミヤビ。

 しかし例によって表情にはまったく出ないので、周囲にはそれが「パオロ艦長の依頼を当然のように受け入れている」ようにしか見えない。

 その毅然とした様子と内に垣間見られる厳しい覚悟(まったくの誤解)にブライトたちはもちろん、ワッケインまで感嘆を覚えているのだが当人は気づいていない。

 当人が知ったら「なんでそうなるの!」と叫んでいただろう。

 

 ちなみにミヤビにとってみれば唐突なパオロ艦長からの言葉だったが、一歩引いた視点で考えると、

 

・戦闘詳報でシャアの脅威を警告。

・サラを使って侵入したシャアを発見、ルナ2司令部に通報後、遅滞戦闘で時間を稼ぐ。

・ザクの侵入に対し、即座にガンキャノンの封印解除作業に取り掛かる。

・ワッケインの説得のため通信をつなぐ。

 

 パオロ艦長から見てこれだけのことをやっているように受け取れるのだから「君の思いはわかった。責任は自分が取るからあとは頼む」と言われるのは当然だった。

 

 そして……

 こんな風にドタバタやっているせいで、ミヤビは見落としていた。

 サイド7出港後、初めて足を踏み入れた左舷モビルスーツデッキ。

 そのどこにもガンダムの姿が無かったという衝撃の事実を。




 誤解が誤解を呼ぶ脱走編でした。
 そして衝撃のラスト。

 次回はお待たせしておりました戦闘ですのでご期待ください。
 ガンキャノンに新しい武器が登場する予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
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第4話 ルナツー脱出作戦 Dパート

 ホワイトベースからアムロのガンキャノンが、リュウのコア・ファイターが出撃する。

 ミヤビはというと念のため、ガンキャノンの予備の武器をドラケンE改を使って用意していた。

 

「まぁ、こんなの使わずに済めばそれに越したことは無いんだけど」

 

 なおサラが防戦で使った短距離ミサイル、そして推進剤と燃料はサラ自身の操作で補給済み。

 60ミリバルカンポッドも甲壱型腕ビームサーベルに差し替えられている。

 

 

 

 ルナ2に二機のザクIIを従えたシャアの赤いザクIIS型が接近する。

 なお、ガデムはすでにノーマルスーツの潜入部隊と共にムサイへと帰還していた。

 

「マチュウ、フィックス、いいな? 港に潜入、一気に木馬型戦艦とモビルスーツを叩く」

『了解』

『了解』

 

 シャアの指示で部下たちのザクが散開する。

 

「行くぞ!」

 

 

 

「シャアだ」

 

 ガンキャノンのセンサーが赤いザクをキャッチする。

 シートの背後から狙撃スコープを引き出し、ビームライフルで狙うアムロ。

 

「っ!」

 

 精密射撃が可能なガンキャノンのビームライフルを両手で構えて少し狙いをずらしつつ二連射。

 偏差射撃、そのまねごとのようなものだが、それでもアムロは考えながら戦う。

 もちろんその程度のことで被弾するシャアではない。

 あっさりかわしてマシンガンで反撃してくる。

 アムロは左腕を掲げて弱点である頭部センサーカメラを守るが、その隙にシャアは武器をヒートホーク、プラズマ化した刃で対象を溶断する斧に持ち替え、ガンキャノンに斬りかかってくる。

 

「うあっ!」

 

 勢いをつけて振るわれたヒートホークが、アムロがとっさに盾にしたビームライフルをあっさりと両断する。

 その威力に恐怖するアムロ。

 

 格闘技の達人でも、刃物を持った相手に無傷で勝つのは難しい。

 それだけ刃物が武器として優れているということだし、また刃物を前に平常心を保てる人間はなかなか居ないということでもある。

 それがアムロの動きを阻害していた。

 

 

 

(少林寺拳法でもやっていれば少しは違うかも知れないけど)

 

 と戦場に急行しつつドラケンE改の頭頂部に装備された5連式多目的カメラモジュールでアムロの戦いぶりを見るミヤビは思う。

 ミヤビが前世で学んでいた少林寺拳法なら有段者になると模造刀を持った相手を素手で対処する『短刀捕(たんとうどり)』という演武があって少しは刃物を持った相手への対処法と心構えが学べたものだった。

 あまり強くないイメージがある…… 実際ケンカになると決め手に欠ける少林寺拳法だったが、突き、蹴り、受け身に関節技、投げ技、掴みかかってきた相手への対処法、そして武器を持った相手への対応方法と幅広く学べるという点で、護身には適していた。

 

 

 

「くっ!」

 

 接近戦では残された両肩のキャノン砲は使いづらい。

 アムロは頭部60ミリバルカン砲で反撃するが、シャアは簡単にかわしてしまう。

 冷や汗を流すアムロに、

 

『アムロさん、新しい武器です!』

 

 サラからの通信と共にドラケンE改が接近戦用の武器を届けてくれる。

 牽制の短距離ミサイルを撃ちっぱなしの赤外線画像(IIR)自律誘導で放ち、シャアのザクが回避のため距離を取った隙に渡されるそれは、

 

『『フォールディングレイザー』ヒート・ナイフです!』

 

 折りたたみ式の大型ナイフで、飛び出しナイフのように自動的に柄から刃が開きガンキャノンからのエネルギー供給で刃が赤熱、プラズマ化するものだ。

 ヒートホークと同じ高熱により対象を溶断するヒート系の武器だった。

 

 ミヤビの前世の記憶の中、ガンキャノンの準備稿では武器としてヒートジャックなるダガー状のナイフが描かれていた。

 後に刃物アレルギーのある日本文化ゆえか「主人公たちの乗るロボットにナイフを持たせるのはいかがなものか」という圧力がかかったせいでボツになった、とも言われているものだ。

 しかしこの設定を拾ってバンダイのスペシャルクリエイティブモデルのガンキャノンにはナイフが付属していたし、マンガ『機動戦士ガンダム GROUND ZERO コロニーの落ちた地で』においてRX-77[G]陸戦型ガンキャノンが折りたたみ式と思われるヒート・ナイフを装備していた。

 今回、ミヤビがアムロに運んできたのはそういった品である。

 

 サラがガンキャノンの封印を切断しようとしたがレーザートーチが見つからず、散々ひっくり返した物資の中から持ち出してきたもの。

 最初、これで封印を切断しようとして怖がったサラツーから止められた。

 というのはサラたちだけが知る事実である。

 

 なお……

 

ジャックナイフ

 英語では折り畳みナイフのことを指すが、日本ではボタンを押すとばね仕掛けで刃が開く飛び出しナイフのことを意味することが多い。

 

ダガー

 両刃ナイフのこと。

 

 何でわざわざ折り畳み式の飛び出しナイフなのか、というのはヒートジャックの『ジャック』という言葉に由来するということだ。

 ガンキャノンの準備稿におけるヒートジャックは柄に刃をしまえるようなデザインではないが、スタッフが語感優先で命名したものと思われる。

(または有名な殺人鬼『切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)』にちなんで命名したか)

 その言葉を受けて陸戦型ガンキャノンが折り畳み式の飛び出しナイフと思われるヒート・ナイフを装備するようになったのだろう。

 

「けっ、けどナイフで斧と戦うのは」

 

 アムロは必死にナイフを振るうが、リーチの差もあり防戦一方に追い込まれる。

『機動戦士ガンダムW』のトロワが操るガンダムヘビーアームズのようにナイフ一本で大暴れとは行かないらしい。

 それでもかわし切れない攻撃には刃を合わせて何とかヒートホークを弾いているあたり、ガンキャノンの性能とアムロの素質が凄いということだったが。

 

 しかし、どうしてナイフなのか。

 それはビームサーベルを使おうとするとガンキャノンの場合、両肩のキャノン砲が邪魔になるからだ。

 まずいことにビームサーベルは峰が無いどころかどこに触れても切断されてしまうという特殊な剣。

 何も考えずに振るったら自分でキャノン砲を斬り飛ばしてしまう。

 コンピューター制御で当たらないように制限するという手もあったが、そうすると今度はパイロットの操作と実際の機体の挙動に差が生じる。

 つまり思いどおりに動かないということで、白兵戦時に致命的な隙ができてしまうことになる。

 そういった制限から、ガンキャノン向けにはヒート・ナイフが用意されることになったのだ。

 

 ゲルググキャノン? あれはパイロットが自分の腕で何とかできるエース向けの機体。

 またジム・キャノンIIにビームサーベルが装備されたのはキャノン砲の取り付け部を肩から大型バックパック後端まで後退させたことと、ビームキャノンに切り替え砲身を短縮したことにより問題が解決できたからである。

 

 そして、

 

「そんなに怖がらなくても、ガンキャノンの装甲なら傷がつくことはあっても十分耐えられるわよ」

「ええっ!?」

 

 ミヤビのアドバイスに驚くアムロ。

 

 実際にミヤビの前世の記憶ではガンダムなど背後から脇腹をフルスイングで斬りつけられ、ヒートホークがまともに入ったにもかかわらず行動に支障が出るまでには至らなかった。

 無傷、とまでは行かないが装甲の厚い所なら致命的な損傷を受けることは無い。

 

 ルナ・チタニウムが使用されているガンダムのシールドをあっさりと割ってしまう威力を持つヒートホークだが、これはガンダムのシールドが堅牢さよりも衝撃の拡散と吸収を目的として設計されているせいだ。

 その構造はケブラーなどのアラミド繊維を使った警察や軍の特殊部隊が用いる防弾盾、バリスティック・シールドに近く、超硬スチール合金を基部とした高密度のセラミック素材をアラミド繊維で挟むことによって耐弾性を向上させ、表面には高分子素材による樹脂を充填し、最表層にはルナチタニウム合金系素材を用いるという三重ハニカム構造になっている。

 つまり攻撃を硬さで弾くのではなく、壊れることで衝撃を吸収し本体まで破壊のエネルギーを届かなくするクラッシャブル・ストラクチャーと呼ばれる技術が用いられているのだ。

 ミヤビの記憶、旧21世紀の例だと乗用車の多く、特に日本車がこれを得意としエンジンを内蔵したボンネット部がつぶれることで衝突の衝撃を吸収していた。

 また中世以前に人の手で使われていた盾も大抵が木製で敵の攻撃を受けたら傷つき壊れていくことが前提の消耗品だったし、そういう意味では従来の兵器の流れをくむ正統な防具であるとも言える。

 

 そういうわけで、ガンダムよりさらに装甲の厚いガンキャノンなら同じところを何度も斬りつけられたりしない限りは大丈夫。

 0080登場のガンダムアレックスのように首を切り落とされたり、関節を狙われたりすると危ないが。

 それでも、

 

「関節や頭に当たるとさすがにまずいけど、それだって致命傷にはならないし」

 

 首を斬り飛ばされたって「たかがメインカメラがやられたくらい」で済む。

 死にはしない。

 

 人は刃物を前にすると平静を保つことが難しくなるが、しかし防刃のボディアーマーやグローブ、スリーブなどで身体を保護していたらどうだろう。

 耐えられると分かれば、身体のこわばりも少しはましになるだろう。

 

 そしてアムロの動きもまた改善されていくことになる。

 防戦一方ではあるにしろ、教育型コンピュータがケーススタディでその場で自己学習していくこともありその動きは少しずつスムーズになっていった。

 

 

 

 一方で、ミヤビのドラケンE改とリュウのコア・ファイターは残りのザク2機と戦っていた。

 

「ドラケンE改、フォックス・ツー!」

 

 ミヤビは牽制の短距離ミサイルを撃ちっぱなしの赤外線画像(IIR)自律誘導で放つ。

 

 なお彼女が口にした「フォックス・ツー」というのは「短距離ミサイルを撃ったから味方は気を付けてね」という符丁だ。

 アメリカ軍ではサイドワインダー短距離空対空ミサイルなどの赤外線(IR)追尾ミサイルの発射。

 自衛隊の場合もサイドワインダーなど短距離ミサイルの発射時に使用されていた。

 

 なおセミアクティブ、アクティブレーダーホーミングの中距離ミサイルならフォックス・ワン。

 機銃ならフォックス・スリーだ(例外的にアメリカ海軍だとF-14のフェニックスミサイルを割り当てていた時期もあるという)

 

 そしてさらに、

 

「ビームサーベル展開!」

 

 右腕肘に装備された甲壱型腕ビームサーベルの先端からビーム刃が伸びる。

 

【挿絵表示】

 

『ビームサーベル起動しました。燃料電池全力稼働を開始。活動限界まであと4分53秒』

 

 サラのアナウンスと同時に、モニターの隅に若干増減しながらも減っていく活動限界までの時間を映し出す。

 ミヤビはスロットルを床まで踏み込み、背面ロケットエンジンを吹かして急加速!

 動力源である燃料電池の動作に伴い発生する熱は原型機であるドラケンEにおける背面放熱器の代わりに内蔵されている熱回収器を介して推進剤の加熱に使われている。

 このため燃料電池全力運転による発熱は副次的効果として推進剤噴射速度上昇をもたらし、一時的に機動力が向上する。

 その上、

 

「ロケットエンジンリミッターカット! 出力全開!」

 

 リミッターを解除。

 1G重力下でも弾道軌道を描く大ジャンプを実現する大出力が、さらに機体を加速させる。

 殺人的な加速をミヤビはパイロット用ノーマルスーツの耐G機能とバケットシートを支える大型ダンパー、メカニカル・シート・アブソーバーの保護により耐える。

 

 そうやってミヤビは自らが放った短距離ミサイルを追うように機体を飛ばす。

『追っかけソニック』つまり格闘ゲームで自分が放った飛び道具に続くようにして間合いを詰める技を参考にした一人時間差攻撃。

 一人ジェットストリームアタックとも言うべきフォーメーションだ。

 ミサイルを危なげなく避けるザクだったが、しかしかわした先にドラケンE改がビームサーベルをかざしながら突貫する。

 

『紫電一閃!!』

 

 サラのアシストによりすれ違いざまに繰り出されるビームサーベル!

 

 だったが……

 

『ミヤビさん、通路の前からどくんだ』

「えっ?」

 

 ブライトからの通信を受け、思わずスカってしまうミヤビの攻撃。

 その直後、ルナ2の港入り口から迸った爆発がザクを飲み込み、ドラケンE改も余波で吹き飛ばされる。

 港を塞ぐ形で座礁した戦艦マゼランをホワイトベースの主砲が排除した、その爆発によるものだった。

 

『あーれー』

 

 間の抜けたサラの声を聞きながら、ミヤビは思う。

 

 安全確認、大事!

 

 と……

 彼女はブライトにも安全教育を施す必要性を、痛切に感じていた。

 

 

 

 そして、もう一機のザクもアムロにヒート・ナイフを突き立てられ、倒されていた。

 部下たちを失い、港の閉鎖も解かれてしまったシャアは撤退していった。

 

 

 

「うむ。少なくとも地球までは彼らに任せた方がよかろう。パオロ艦長のおっしゃったとおり」

 

 ワッケインは護衛のサラミスと共にルナ2を離れるホワイトベースを見送りながらそうつぶやく。

 

「司令」

「ジオンとの戦いがまだまだ困難を極めるという時、我々は学ぶべき人を次々と失ってゆく。寒い時代だと思わんか?」

 

 パオロ艦長も倒れ、この戦争中に復帰できる見込みは無い。

 そして素人同然の少年たちまで動員せざるをえない戦況の厳しさ。

 そんな彼らへサラミス1隻の援護を付けてやることしか出来ない己の立場を自嘲するような言葉だった。

 

 

 

「艦長、あなたのホワイトベースは、私達の手で必ず地球にお届けいたします」

 

 ブライトは負傷の治療のためにルナ2に残されたパオロ艦長への思い、そしてホワイトベースの指揮が自分の双肩にかかっているということの重みを口に出すことで己を奮い立たせる。

 だがしかし……

 彼はミヤビの方を見てこう思う。

 今回の危機をその機知と鋼の意思で乗り越え、自分たちを導いてくれた彼女が居てくれる限り大丈夫だと。

 

 ミヤビが聞いたら「何その買いかぶり」と驚愕していただろう。

 そしてアムロがこうつぶやくのを聞いて、

 

「父さん、どこに行ったんだろう?」

(はあぁぁぁぁっ!?)

 

 驚愕を通り越して頭が真っ白になるミヤビだった。

 

 

 

次回予告

 重力に任せて落ちれば燃え尽きてしまう大気圏突入。

 その瞬間にシャアはホワイトベースに奇襲を掛けた。

 我も危険なら彼も危険、共に大地を見ることができるのか?

「ミヤビ君のアイディアを元に作ったガンキャノン大気圏突入システム! 名付けて……」

 テム・レイ博士の狂気の発明に、ミヤビの精神は耐えられるのか!?

 というか、そんなものに人の名前を出すなと絶叫したいミヤビ。

 次回『大気圏突入』

 君は、生き延びることができるか?




 第4話もこれで完結。
 お待たせしていました戦闘パートでした。
 ガンキャノンに新兵器の登場。
 そしてまた衝撃のラスト。
 テム・レイ博士の行方は次回更新で明かされる予定です。


>ヒート・ナイフです!

 マンガ『機動戦士ガンダム GROUND ZERO コロニーの落ちた地で』においてRX-77[G]陸戦型ガンキャノンが使用していたものですね。


>バンダイのスペシャルクリエイティブモデルのガンキャノンにはナイフが付属していた

 ナイフの他にもハイパーバズーカとガンダムシールドが付いていて装備も可能となかなか興味深いモデルですよ。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第5話 大気圏突入 Aパート

「レイ博士!」

 

 ホワイトベース第2工作室、別名『テム・レイ博士の秘密の研究室出張所』。

 そこを開けて突入したミヤビが直面したものは、

 

 むぅ、臭い……

 

 オイルやケミカルな洗浄剤などの薬品臭だけではない。

 と言うか洗浄スプレーを使うと警報が鳴るからって、また可燃性ガス検知器切ってますね!

 という状況にプラスして、

 

 男の汗と体臭、さらに何かが腐ったような臭い!

 

 そしてアムロが叫ぶ。

 

「父さん!」

 

 床にぱったりと倒れこんでいるテム・レイ博士。

 アムロが慌てて駆け寄りその身体をゆする。

 果たしてテム・レイ博士はあっさりと目を開けた。

 

「おう、アムロか」

 

 おう、アムロかじゃないでしょ!

 絶叫したいミヤビだったが、それを抑え込んで問う。

 

「また何徹したんですか……」

 

 テム・レイ博士は研究者らしく熱中することがあると研究室に何日も閉じこもり、身体も洗わず着替えもせず、挙句の果て食事も睡眠も忘れて最後には倒れるという悪癖があった。

 今回もそれのようだ。

 おそらくサイド7を出港してからここまで、閉じこもりっぱなしだったのだろう。

 だからアムロたちもテム・レイ博士の存在に気づかなかったのだ。

 

「はい、経口補給液とゼリー食のパックです」

「お、おう済まないミヤビ君」

「いつものことですから…… 食べたらシャワーと着替え、してくださいね」

「うむ」

 

 いつものこと……

 手慣れた様子で対応するミヤビ。

 子供の世話をするようなものである。

 ずいぶんと大きな子供だが、男性であった前世を持ち、技術者、研究者として歩んできたミヤビには分かる。

 男なんて、そして特に研究者なんてみんなこんなものだと。

 前世でも睡眠不足で眼をショボショボさせながら授業を行う教授や、24時間戦えますかとばかりに会社や取引先に泊まり込みで働くジャパニーズビジネスマンな技術者などが居たものだ。

 そうやって感慨深げに瞳を細めるミヤビの耳にアムロの、

 

「母さん……」

 

 という呟きが届く。

 

「えっ?」

 

 振り返るミヤビの視線の先で、アムロが慌てたように説明する。

 

「うん、と、父さんの世話をするミヤビさんって、お母さんって感じがして」

「お母さん?」

 

 ミヤビはアムロの家庭環境を思い出す。

 彼は幼いころ宇宙に行きたくないという母親と離れて父と二人、サイド7に向かったのだ。

 

「案外、ミヤビさんって主婦とか似合っていたりして。ははっ、ははは……」

「……何を言うのよ」

 

 ミヤビは恥じらうようにそっぽを向いてつぶやく。

 アムロはそれを見て、ミヤビさんでもこういう風に照れることがあるんだ、と新鮮な感動を覚えていた。

 アムロにも父親に似てルーズなところがあって、熱中すると食事も忘れるし、幼馴染のフラウ・ボゥの前にランニングシャツとトランクスという下着姿をさらしてもなんとも思わないという実にダメ人間な面を持つ。

 そんなアムロにフラウは世話を焼きつつも口うるさく小言を言うのに対して、ミヤビは「男ってみんなそういうものだよね、研究者なら特に」という具合に理解を示し、いつものことと済ませて世話してくれる。

 レイ親子のような男性にはある意味、理想の女性と思えるミヤビにアムロが惹かれるのは当然のことだったのかもしれない。

 

 しかし……

 実際にはミヤビは死んだ目をした顔を見られないように顔をそむけただけである。

 女性として見られるたびに首を吊ってしまいたい衝動に駆られるミヤビだったが、青少年の母性に対する思慕の情もまた理解できるだけに、その夢を壊さないよう気を使っているのだった。

 誰か自分の忍耐力をほめて欲しいと思うミヤビ。

 まぁ、そんな彼女の葛藤はともかく、テム・レイ博士とアムロ、親子の再会である。

 

「……父さん」

「ガンキャノンの戦果はどうだ? 順調なのかな?」

「……は、はい。父さん」

「うむ、来るがいい」

「はい」

 

 そしてアムロとミヤビが目にしたものは……

 

「こいつをガンキャノンに使わせるんだ。ジオンのモビルスーツを参考に開発した」

 

 鎖付き鉄球。

 いわゆるガンダムハンマーであった。

 ハンマー型でないにもかかわらずハンマーの名を有する理由は不明、などという意見もあるが、普通にワイヤーの先に砲丸がついているハンマー投げのハンマーに形状が似てるからじゃないの、とミヤビは思う。

 テム・レイ博士はジオンのモビルスーツを参考に開発した、とは言うが、ザクのスパイク付きショルダーアーマーでも参考にしたのだろうか。

 

 それはともかく、これがあるってことはガンダムはちゃんと開発されていたんだ!

 ドタバタしていてホワイトベースにガンダムが積まれていないという衝撃の事実がすっかり頭から抜け落ちていたミヤビだったが、ほっと胸をなで下ろす。

 

 だが、ミヤビは忘れていた。

 彼女の前世の記憶にあるゲーム『機動戦士ガンダムPERFECT ONE YEAR WAR』ではガンキャノンがガンダムシールドなどと共にガンダムハンマーも使えていたことを。

 

 そして彼女は気づいていない。

 テム・レイ博士はこれを『ガンダムハンマー』とは一言も呼んでいないということを。

 

 ガンダムがちゃんと開発されているのかどうかはいまだ不明のままなのだった。

 

 一方、古色蒼然とした質量兵器にアムロは、

 

「こ、こんな古くさい物を」

 

 父さん、酸素欠乏性にかかって……

 などと疑い出す。

 そんな彼をミヤビは生暖かい目で見る。

 

 いやいやいや、これがテム・レイ博士の素ですよ。

 

 と。

 現実を受け入れましょうよ、同志よ。

 とでもいうように、まるで自分だけ被害を受けるのが嫌で犠牲者が増えることを喜ぶような、実に大人げない思考をするミヤビ。

 そんな二人をよそに、テム・レイ博士は一人興奮した様子で言う。

 

「すごいぞ、ガンキャノンの戦闘力は数倍に跳ね上がる。持って行け、そしてすぐ装備して試すんだ」

「はい。でも父さんは?」

「研究中の物がいっぱいある。また連絡はとる。ささ、行くんだ」

 

 と、追い出されるアムロとミヤビだった。

 それでいいのか?

 

 

 

「大気圏突入25分前」

 

 そう告げたミライは操舵席でチューブ入りの宇宙食を取り、オペレーション前の最後のエネルギーと水分の補給を取る。

 キャプテンシートのブライトは、そんな彼女に声をかけた。

 

「ミライ、自信はあるか?」

「スペースグライダーで一度だけ大気圏に突入したことはあるわ。けどあの時は地上通信網がきちんとしていたし、船の形も違うけど」

「基本航法は同じだ。サラミスの指示に従えばいい」

 

 そのあたりはミライにも分かっていた。

 しかし、

 

「私が心配なのは、シャアがおとなしく引き下がったとは思えないことなの」

 

 それはブライトも懸念しているところだったが、ミライに対しては、

 

「ミライ、君は大気圏突入することだけを考えていてくれ」

 

 とだけ言う。

 ミライもブライトの気遣いが分かったのか、

 

「ええ、了解」

 

 とうなずいた。

 

『若造、聞こえるか?』

 

 護衛の巡洋艦、サラミスからの通信。

 

「は、はい、リード中尉」

『大気圏突入準備はいいな? 我々はサラミスの大気圏突入カプセルで行く。そちらとはスピードが違う、遅れるなよ』

 

『スピードが違う』のに『遅れるな』とはずいぶんな無茶振りである。

 というかミヤビが聞いていたら、

 

(たった一言で矛盾させるな!)

 

 と内心でツッコんでいただろう。

 しかし軍隊で理不尽な命令を受けることは珍しくも無い。

 

「はい、了解しました」

 

 とだけブライトは答える。

 

「ミライ、大気圏突入の自動操縦に切り替え、以下、突入の準備に備えるんだ」

「了解」

 

 ブライトはオペレーターを仰いで確認。

 

「シャアのムサイは?」

「変わりません。ただ、ムサイに接近する船があります」

 

 その報告を受け、ブライトは驚く。

 

「なに? また補給を受けるつもりなのか、シャアは」

 

 しかし、

 

「待てよ、ここで補給を受けるということは、俺たちの追跡をあきらめたということなのか?」

 

 そんなわけが無いからミヤビは苦労するのだ。

 

 

 

 コム、ジェイキュー、クラウン、三名のモビルスーツパイロットたちを前に語るシャア・アズナブル少佐。

 

「新たに三機のザクが間に合ったのは幸いである。20分後には大気圏に突入する。このタイミングで戦闘を仕掛けたという事実は古今例がない。地球の引力に引かれ大気圏に突入すれば、ザクとて一瞬のうちに燃え尽きてしまうだろう。しかし、敵が大気圏突入の為に全神経を集中している今こそ、ザクで攻撃するチャンスだ。第一目標、木馬、第二目標、敵のモビルスーツ。戦闘時間は2分とないはずだが、諸君らであればこの作戦を成し遂げられるだろう。期待する」

 

 とんでもないハイリスクな作戦を、大丈夫と錯覚させる。

 赤い彗星のカリスマがそこにあった。

 本当に始末の悪い、迷惑な男である。

 その力をまともな方に使えばいいのに、とミヤビなら思うだろうが、実際にはクワトロ時代のように味方にすると弱体化する。

 挙句の果てに勝手に人類に期待して勝手に失望した挙句、逆シャアでアクシズ落としを…… とつながっていくから本当に、

「シャアだかキャスバルだかしらねーがオレたちゃ迷惑だ! どっかよそでやれよそで!!」

 であった。

 腐るくらいなら理想など持つべきではないのだ。

 

 

 

「サラミスのカプセル、離脱。ホワイトベースはカプセルについて行きます」

 

 ミライの操舵でサラミスの大気圏突入カプセルを先導としてホワイトベースが大気圏突入コースに入る。

 ブライトは手元の送受話器で全艦に一斉放送を行う。

 

「ホワイトベース各員へ。本艦は8分後に大気圏に突入します。立っている人は座ってください。船が揺れるようなことがあっても騒がないように。各戦闘員、メカニックマンは各自の部所で待機のこと。ガンキャノンも発進する可能性がある。メカニックマンはそのつもりで」

 

 

 

『敵だ!』

 

 ムサイ級巡洋艦ファルメルから発進したモビルスーツ、ザクはホワイトベースからでも観測された。

 報告を受け、即座に発進準備を整えるアムロ。

 

 

 

「映像出します、最大望遠です。接触推定時間、34秒後」

 

 画像に映る4機のザクに、即座に指示を出すブライト。

 

「ハッチ開け! ガンキャノン、急速発進!」

 

 

 

 ガンキャノンのコクピットにホワイトベースブリッジでオペレーターをつとめるフラウ・ボゥからの通信が入る。

 

『アムロ、発進後4分でホワイトベースに戻って。必ずよ』

「了解。フラウ・ボゥ、僕だって丸焼けになりたくはないからね」

 

 一応、ミヤビに言われて事前にガンキャノンの大気圏突入機能を確認したとはいえ、失敗する可能性だってある。

 できれば試したくなど無かった。

 

『後方R3度。敵モビルスーツは四機よ』

「四機も? ホワイトベースの援護は?」

『後方のミサイルと機関砲でリュウさんやセイラさんたちが援護してくれるけど、高度には気をつけて』

 

 戦ってる最中に気をつけられるとでも思ってるのか?

 と言い返しそうになったアムロだったが、ガンキャノンのモニター隅、サポートAIである『サラツー』のアバターが任せて、というように小さな胸を張るのを見て言葉を飲み込む。

 フラウには、

 

「了解」

 

 とだけ言って、アムロはガンキャノンを左舷モビルスーツデッキからカタパルトで出撃させた。

 

 

 

 そして、

 

『ミヤビ、ドラケンE改、出ます!』

 

 右舷モビルスーツデッキからはミヤビのドラケンE改がカタパルトにより弾かれるように発進した。

 

【挿絵表示】

 

「ミヤビさん!?」

 

 驚くブライトに、ミヤビは、

 

『大気圏突入カプセルの護衛に回ります』

 

 とだけ答える。

 そしてリード中尉にも連絡。

 

『リード中尉、私がカプセルを死守します。絶対にコースを変えないで下さい』

『か、回避するなと言うのか!』

『コースを変えたらそれに続くホワイトベースも南米ジャブロー以外に、ジオンの勢力下に降りてしまう可能性が高くなります』

『そっ、それは……』

 

 現在地球は半分以上がジオンの勢力範囲となっており、地球連邦軍の支配地域のうち最大の南米から外れるとなるとミヤビの言うとおり、ジオンの勢力範囲の真っただ中に降りてしまう可能性が非常に高くなってしまう。

 

『大丈夫、あなた方は私が守ります。ですからもし回避するにしても私が死んだ後にしてください』

 

 その悲壮なまでの覚悟の言葉にリード中尉は、そしてその通信を傍受していたホワイトベース、そしてガンキャノンでも、誰も何も言えなくなってしまう。

 

(ミヤビさん、あなたって人はどうしてそこまで……)

 

 ブライトは震える拳を硬く、爪が手のひらに食い込むほど握りしめ、叫んでしまいたい衝動に耐える。

 ミヤビは自己犠牲の精神が強すぎる。

 どうすれば彼女を止められるのだろうかと。

 

 まったくの誤解である。

 ミヤビが「あなたは死なないわ、私が守るもの」とばかりに死守だの何だの言っているのは、リード中尉にコースを変えさせないためのハッタリだ。

 当然死ぬ気も無い。

 ただリード中尉のせいでコースを外れ北米、ガルマ大佐が率いるジオン軍の勢力圏内真っただ中に降りたりするのは御免というだけだ。

 

 しかし目的達成のために集中しきっている彼女には、その行動が他者からどのように映るかという視点がすっぽりと抜けていた。




 テム・レイ博士のしょうもない行方の判明。
 ガンダムがちゃんと開発されていたのかどうかはいまだ不明です。
 そして大気圏突入回の開始。
 相変わらず文章量が多すぎて長くなってしまうため4パート構成です。
 次回から戦闘ですね。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第5話 大気圏突入 Bパート

 ガンキャノンをカメラ映像で確認するシャア。

 ミヤビには幸いなことに機体が小さく、また大気圏突入カプセルについて先行しているドラケンE改の姿は捉えられていない。

 

「敵もモビルスーツを発進させたようだ。ドレン、援護しろ。我々は二手に分かれて攻撃を開始する」

 

 

 

「了解」

「コムサイ発進します」

「よーし、発進」

「援護、ミサイル発射」

 

 ムサイ級巡洋艦ファルメルからドレン少尉達を乗せた大気圏突入カプセル、コムサイが発進すると同時に、援護のミサイルが発射される。

 

 

 

『後方よりミサイル。ミヤビさん、リード中尉もご注意ください』

 

 ホワイトベースからの警告に、大気圏突入カプセルのリードは慌てふためく。

 

「も、戻れないのか?」

「無理です。戻れば狙い撃ちされるのがオチです」

 

 

 

「当てさせない!」

 

 ミヤビはドラケンE改の右腕、肘のハードポイントに装着した60ミリバルカンポッドでカプセルに命中しそうなミサイルだけを迎撃、撃ち落とす。

 

 

 

「ミサイル第二波、回避」

 

 必死にホワイトベースを操るミライ。

 横にミヤビが居たなら、

 

(こんなにせわしなく修正舵をきるミライの操船は初めてだ。ミライが本気になった……ァ!?)

 

 などと固唾を飲んで見守ることになっていただろう、常にない余裕のない表情だ。

 そのかいもあってミサイルは当たらなかったが、迎撃が行われなかったことにブライトは苛立つ。

 

「後方AMミサイル、どうした? 撃てないのか?」

 

 AM(アンチ・ミサイル)ミサイルは敵のミサイルを打ち落とすためのミサイルだ。

 それにより対抗できるはずだったのだが。

 

「ブライト、落ち着いて。みんな慣れてないのよ」

 

 ミライがそんなブライトをなだめた。

 

 

 

「なんで迎撃しないんだ!」

「僕はもともとミサイル要員じゃないんです」

 

 ミサイル砲座で言い合うリュウとハヤト。

 

「えーい……」

 

 と、リュウがコンソールを操作してみるが、撃てない。

 本来、ここで彼らはマニュアルを探すことになるはずなのだが……

 ミヤビの影響で熱くなっていた二人はそれに気付かず、

 

「リュウさん、動かせるんですかぁ?」

「こんなもんはなぁ、叩きゃ動くんだよっ!」

 

 やけくそで操作盤に両の拳を叩きつけるリュウ。

 コンソールに火花が散り、

 

「うわわわわっ!」

 

 後退したミサイル発射管にハヤトが弾き飛ばされる。

 そこは立ち入り禁止の危険区域……

 そうして発射管にミサイルが装填された。

 

 そう、今まで二人は未装填のミサイル発射管相手にああでもないこうでもないと格闘していたのだ。

 それとミサイル発射スイッチは一見ただのプッシュボタンだが、実際には誤操作防止用に透明樹脂のガードカバーがされていて、これをめくるように持ち上げて開けないと押せないようになっている。

 ミヤビの前世の記憶の中にもある、ごく基本的な誤操作防止機能だが、リュウたちは気付かなかったようだ。

 そして拳を叩き下ろすことでそのカバーが弾け飛んでおり……

 

 リュウが吹っ飛ばされたハヤトを助け起こしたその時、AMミサイルが発射された!

 

「「アッー!!」」

 

 発射の衝撃に驚き思わず抱き合う二人。

 発射されたAMミサイルは、ムサイからのミサイルを撃ち落とす。

 

「「やったぞーっ!!」」

 

 と今度は喜びで抱き合う二人だったが、そこに爆炎を潜り抜け、更にミサイルが接近。

 

「「うわーっ!」」

 

 迎撃が間に合わず、二人は抱き合ったまま着弾の衝撃で転がされるのだった。

 

 

 

 ホワイトベースにミサイルが命中し衝撃が走る中、ブリッジに現れたのは、

 

「レイ大尉?」

 

 ミヤビの指示でシャワーを浴びさっぱりとした風呂上がりのテム・レイ博士だった。

 

「なんだアムロの奴、ハンマーを忘れてるじゃないか!」

 

 と、まるで忘れ物をした息子を呆れるような発言をする。

 

 

 

 ……今度こそシャアの動きに追いついてみせる。これで何度目なんだ? アムロ。

 

 そう独白し、ビームライフルを構えるアムロ。

 もちろん彼はハンマーを忘れたわけではない。

 いきなりあんなものを使えと言われても無理だから置いて行ったのだ。

 

「ホワイトベースには近づけさせるものか」

 

 シート後ろから照準スコープを引き出しビームライフルを連射!

 しかし、

 

「なにっ?」

 

 ガンキャノンの放ったまばゆいビームの閃光を逆に目くらましに使うかのように、回避と同時にバズーカを撃ち込んでくるシャアのザク。

 

「うわーっ!」

 

 ロケット弾がガンキャノンの胸部装甲にまともに直撃!

 ドムの360ミリ、ジャイアント・バズですら正面装甲で弾いてしまうガンキャノンはその攻撃にも耐えて見せるが、衝撃は殺せない。

 吹っ飛ぶガンキャノンを、アムロは数度のロケット噴射でどうにか立て直し、再びビームライフルで反撃する。

 

『アムロ、シャアに気を取られすぎないで。ザクがサラミスのカプセルを』

 

 フラウからの通信に、モニターに視線を走らせるアムロ。

 

「了解」

 

 状況を把握。

 ビームライフルを乱射して、シャアが回避した隙に反転する。

 

「シャアに後ろを取られるのはいやだが」

 

 サラミスのカプセルの援護に向かおうとするアムロの前に、ザクが現れる。

 

「うかつな奴め」

 

 ガンキャノンが放ったビームがその肩に命中!

 その盾を基部から吹き飛ばす。

 

「シャアは?」

 

 アムロは周囲を見回すが、シャアの赤いザクを見つけられない。

 その代わり、ホワイトベースに銃撃を加える別のザクの姿をとらえる。

 

「やらせるか」

 

 ビームライフルを構え、

 

「そこだっ」

 

 しかし外れる。

 

「当たらない…… 照準がずれているのか?」

 

 むきになってビームライフルを撃つアムロだったが、

 

『アムロ、ビームの使い過ぎよ!』

 

 サラツーの警告も遅く、ビームライフルのエネルギーを使い切ってしまう。

 これはミヤビの存在が生んだ弊害だ。

 本来、ビームライフルを乱射しても当たらないこと、そして使い過ぎによる弾切れは、アムロがサイド7での戦いで経験済みになっているはずのことだった。

 それがミヤビのドラケンE改が活躍しているため、いわばアムロとガンキャノンの教育型コンピュータに入るはずの経験値を横取りしてしまっているわけである。

 そのため、今になってそのつけがアムロに降りかかっているのだ。

 

「し、しまった、弾切れだ。フラウ・ボゥ、ビームライフルをくれないか?」

『そ、そんなの……』

 

 無理と言いかけるフラウの声に被さるように、

 

『分かったアムロ、ハンマーを射出させる!』

 

 待っていたぞと言わんばかりの父の声が届く。

 

「それでいいです!」

 

 としか、アムロには言えなかった。

 

 

 

「カイ、あなたは右の機銃を」

 

 セイラはカイと組んで、ホワイトベースで迎撃の任についていた。

 

「そんなのやったことないぜ」

 

 ぼやくカイにセイラは自分も銃座につきながら言う。

 

「私だってやったことなんて無いわ」

「へぇへぇ、お付き合いしますよ、セイラさん」

 

 なんだかんだ言いつつもカイはセイラに続いて銃座に着く。

 

 

 

「ほーれ、もう一丁っ! ふんっ!」

 

 再びコンソールをぶっ叩くことで、ミサイルを発射するリュウ。

 実際にはそんなことをしなくてもミサイルが装填されたなら普通に撃てるし、叩き下ろした拳がミサイル発射スイッチを押しているだけなのだが、リュウはそれに気づかない。

 後で凹んだコンソールと叩き割られたスイッチ類を整備員に発見され怒られ、その事実を知ることになるのだが……

 そこにブリッジのブライトから指示が下りる。

 

『リュウ、ハヤト、接近したザクにミサイルは無理だ、機銃で迎撃しろ』

「了解!」

 

 こうしてミサイルの発射盤は某格闘ゲームのボーナスステージの車のようにリュウの拳に破壊しつくされるという事態を何とか免れたのだった。

 

 

 

(ああもう。こっちに来るな! あっちへ行け!)

 

 迫りくるザクに応戦するミヤビ。

 そこに新手のザクが目前に躍り出てきた。

 

「甘い!」

 

 ミヤビはドラケンE改の機体にカエルの目玉のように装備された2基のライトをハイビームで点灯させた。

 

『太陽拳!!』

 

 と叫ぶのはサラだ。

 

 

 

「うあああっ、あんな所に投光器が!!」

 

 うぉっ、まぶしっ! とばかりにモニターから顔をそむけるザクのパイロット。

 至近からザクのカメラに浴びせかけられる強烈な光に瞬時、視界が遮られてしまう。

 

 ミヤビからしてみると、太陽を直視してしまう危険のある宇宙空間で使うモビルスーツのカメラに十分な大光量補正(フレア・コンペンセイション)機能が付いていないのはどういうことなの、という話だったが。

 実際に『機動戦士ガンダム』第12話で巡洋艦ザンジバルの装備していた巨大投光器がガンダムのモニターにも有効だったように、宇宙世紀の技術でも解決されていない問題なのだった。

 

 そしてモニターが回復した時には……

 

 

【挿絵表示】

 

 

『私たちからのプレゼントです。遠慮せず受取ってください!』

 

 サラの言葉が告げるとおり、ドラケンE改から60ミリバルカンを撃ち込まれていた!

 

 弱いイメージのある60ミリバルカンだったが、実際には条件次第でザクの正面装甲を破りハチの巣にしてしまう威力を持つ。

 将来的には『逆襲のシャア』劇中にてジェガンの頭部バルカンがギラ・ドーガの装甲に大穴を開けて撃墜しているように、発展性もある優れた武器だった。

 これさえあればビーム兵器なんていらないんじゃね、というやつである。

 

 

 

「……嫌だ、嫌だ、シャア少佐、シャア少佐、助けてくださいシャア少佐、少佐ーっ」

 

 そしてザクが爆発した。

 

 

 

『アムロ、ハンマーを発射するわ』

 

 フラウからの通信。

 

『いいわね? 行くわよ!』

 

 テム・レイ博士が見せてくれた新兵器、鎖付き鉄球がホワイトベースから放たれる。

 

「相対速度、速いか? 掴めるか?」

 

 ハンマーを掴もうとするアムロだったが、

 

『避けてアムロ!』

「シャア!?」

 

 サラツーの警告で、こちらをバズーカで狙うシャアのザクに気づく。

 

 

 

「とどめだ!」

 

 ザクバズーカを発射するシャア。

 

 

 

 アムロはとっさにシャアの射撃の線上にハンマーが来るように相対位置を調整、そして放たれたバズーカの弾がハンマーに命中した。

 

「ううっ…… シャアめーっ!」

 

 何とか直撃を避けたアムロだったが、そこにとてつもない衝撃が走る。

 

「うわあああっ!」

 

 

 

「こいつはいい」

 

 シャアのバズーカに弾かれたハンマーは、先ほどアムロがシールドを吹き飛ばしたザクの手に落ちていた。

 それを使ってガンキャノンに攻撃を加えたのだ。

 

『コム、大丈夫なのか?』

「は、少佐、大丈夫であります。ザクの右手が使えないだけです。この鎖付き鉄球は左手で使います」

 

 そして再びハンマーを振りかぶるザク。

 

 

 

「えーいアムロめ、何をやっておるか!」

 

 テム・レイ博士が毒づきながら見守るモニター上で、ザクが繰り出す鉄球にぼてくりまわされるガンキャノン。

 

 

 

「何やってんだアムロォ!」

「アムロ、体勢を立て直して!」

 

 アムロの窮地に、ホワイトベースの銃座からカイとセイラの援護が届く。

 というか、結構息が合っている二人だった。

 

 

 

「うぉっ!?」

 

 ホワイトベースからの対空砲火にザクのパイロット、コムは機体に回避行動を取らせる。

 そして再びガンキャノンに視線を戻し、そこに見たものは……

 

 

 

 鎖付き鉄球を振り上げるガンキャノン!

 

「僕の鉄球(タマ)は二つある!」

 

 ハンマーは「2つ」あったッ!

 

 繰り出されるハンマー、それに合わせザクも鎖付き鉄球を放つ!

 しかし!

 

「そして僕の鉄球(タマ)は、とても大きい!」

 

 ガンキャノンの持つハンマーは……

 

 

 

『ところでミヤビ君、この鉄球(タマ)を見てくれるかな。こいつをどう思う?』

 

 ザクを牽制しながら大気圏突入カプセルを守るミヤビのドラケンE改。

 そこに迷惑にもアムロが戦う画像を転送しながらテム・レイ博士が得意げに話しかけてくる。

 

『すごく…… 大きいです……』

 

 そうつぶやくサラのセリフに、ミヤビは吹き出しそうになるがそれをこらえ、

 

「ジャンボハンマー?」

 

 その正体に目を見張ることになる。

 ジャンボハンマーとは、ゲーム『SDガンダムスカッドハンマーズ』に登場する大河原邦男氏がデザインした数々のハンマーのうちの一つ。

 文字どおり巨大なハンマーで、これさえあればジオング戦も大丈夫という圧倒的な攻撃力を誇るものだ。

 ゲームでは宇宙空間ならともかく、地上では論理的に持って歩けそうにはない大きさだったが、そこはSDだったのでデフォルメされていたのだろう。

 現実(リアル)では何とか納得できる大きさにおさまっていた。

 

『そう、フィールドモーターをトルク重視のセッティングにしてあるガンキャノンなら、これくらいのものは扱えるッ! 質量は2倍、つまり威力も2倍だ。論理的に言って!』

 

 ゲームでも威力が2倍だったしね。

 と、ミヤビは自慢げに語るテム・レイ博士の説明を生暖かい目をして聞き流すのだった。




 戦闘開始、そしてレイ親子のボケ&シモネタトーク回でした。
 しかしテム・レイ博士の狂気の発明とセクハラ発言はこれで終わりではないのです。
 以降の更新にご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第5話 大気圏突入 Cパート

 ザクが放ったハンマーは、2倍の質量を持ったジャンボハンマーに簡単に弾かれ飛んでいく。

 その鎖を持っていたコムのザクの左手は衝撃に耐えきれず、左指が根元から千切れ飛んでしまう。

 

「なぁにィ!!」

 

 悲鳴を上げるコム。

 ミヤビの前世の記憶の中でもガンダムハンマーはグリップの尻が錨の形をしていたが、これはすっぽ抜けを防止できる反面、このようにマニピュレーターの強度を超えると指を全部持って行ってしまうという恐ろしい結果を産む。

 強化されたハイパーハンマーでは単にストレートな棒状グリップになっていたが、これは指を飛ばすよりすっぽ抜けた方がマシ、という判断によるものだろう。

 

 

 

『指が無くてはハンマーの持ちようがないね……』

 

 サラツーの声を聞きながら、アムロは再びハンマーを振りかざす!

 

「この鉄球(タマ)でお前を倒す!」

 

 そしてジャンボハンマーの直撃が、ザクを破壊した!

 

 

 

 そしてミヤビはその光景を横目にこう思う。

 

(って言うかこれ『サムライ日本』だよね。懐かしのお笑い特集で見た)

 

 いわゆるチャンバラコントを展開しているトリオで、中でもトレードマークとなっているのが鎖鎌。

 スポンジでできた球状の分銅で相方をぼてくり回していい気になっていると、舞台の袖から更に大きな分銅を付けた相手が現れ逆転し、クライマックスにはバスケットボールの倍はあるような大きな分銅が登場してボッコンボッコン叩いて来るというやつだ。

 

 

 

「なめるなーっ!!」

 

 部下をやられた怒りか、アムロのボケ&シモネタトークをニュータイプの片鱗で察知したのか……

 シャア、怒りの肘打ちがガンキャノンを襲う!

 

 

 

「うわっ! ああーっ!!」

 

 シャアザク渾身のどつきツッコミに、吹っ飛ばされるガンキャノンとアムロ!

 

『きゃああああっ!』

 

 一緒にぶっ飛ばされるサラツーにはいい迷惑だ!!

 

 

 

 もう一機の大気圏突入カプセルを攻撃するザクは、ドラケンE改を警戒したのか距離を取ってザクマシンガンで攻撃していた。

 ドラケンE改が60ミリバルカンや短距離ミサイルで牽制しているため、その射撃が当たることは無かったが、

 

「ザクの攻撃だ、大丈夫なのか?」

「大丈夫とは言えません。しかし……」

 

 と、カプセルのリード中尉たちは不安を募らせていた。

 そこに至近弾が通過。

 それでリード中尉はパニックになった。

 

「こっ、高度を下げろ!」

「しかしそれでは……」

「いいから下げるんだ!」

「中尉、やめてください!!」

 

 横から操縦桿に手を出すリード中尉。

 しかしそれはデリケートな大気圏突入オペレーション中に絶対にやってはいけない行為だった。

 

「だっ、ダメです! 進入角が深くなりすぎ…… カプセルが燃え尽きてしまいますっ!」

 

 慌てて修正しようとする操縦士だったが、もう遅すぎた。

 

 

 

『ミヤビさん、カプセルが降下しました』

「何ですって!?」

 

 サラの報告で予想外の動きをする大気圏突入カプセルに気づくミヤビ。

 

「リード中尉ッ!」

 

 

 

「サラミスのカプセルがコースを逸れました!」

「なに!?」

 

 オペレーターからの報告に、ブライトはどういうことだと声を上げる。

 

「あのまま大気圏突入ができるのか?」

「無理でしょう。進入角が深くなりすぎています」

 

 ブライトはキャプテンシートの送受話器を持ってレーザー通信で呼びかける。

 

「リード中尉! リード中尉!?」

 

 しかし返事は無く、ブライトは決断を迫られる。

 モニターに映る、高度を下げ過ぎたため赤熱し始めたカプセル。

 そしてそれでもカプセルを守りザクと戦い続けるミヤビのドラケンE改の姿。

 

【挿絵表示】

 

 それを目にしたとき、ミヤビの言葉が脳裏によみがえる。

 

『リード中尉、私がカプセルを死守します。絶対にコースを変えないで下さい』

 

『コースを変えたらそれに続くホワイトベースも南米ジャブロー以外に、ジオンの勢力下に降りてしまう可能性が高くなります』

 

『大丈夫、あなた方は私が守ります。ですからもし回避するにしても私が死んだ後にしてください』

 

 ブライトは決断する。

 

 

 

『リード中尉は自分が助かるために民間人の乗っているホワイトベースを危険にさらしたりはしないハズだ』

 

 ホワイトベースからの通信が、カプセルに届く。

 その内容にリードは血相を変えてわめく。

 

「どういうことだ、なぜホワイトベースにこちらの通信がつながらない! 向こうからの通信は届いているんだぞ!」

「分かりません。高度を下げたせいで既に通信障害が始まっているか、あるいはレーザー送信の経路がこちらを守るドラケンE改の機体に遮られているか……」

 

 ぞくりと、リード中尉の背筋にとてつもない悪寒が走る。

 レーザー通信は受信機と発振器が互いに離されて設置されている。

 ゆえに一方だけが障害物に遮られるというのもありえないことではないが、しかしピンポイントでこちらの通信を妨げることができるのだろうか?

 あるいは、ミヤビは故意に……

 

『リード中尉は……』

 

 ブライトの声がレーザー通信越しに届く。

 

『いや、リード少佐はきっと』

 

 どういうことだ、自分は中尉だ。

 なぜ言い直す!

 

『きっと「自分はどうなってもいいからホワイトベースを、民間人を守れ」と思っているに違いない』

 

 ばっ、馬鹿な!

 

『そうでしょう?』

 

 ちっ、違うっ!

 

『この尊い「自己犠牲」の心を、私たちはずっと忘れないでしょう。リード少佐は素晴らしい地球連邦軍将校だったと』

 

 戦死による二階級特進!

 ブライトは既に自分を死んだものとして語っている。

 そして…… モニター上に映る、ザクと戦い続けるように見せかけながら、こちらからのレーザー通信を遮り続けるドラケンE改。

 それに乗っているのは……

 

「謀ったな! 謀ったな、『ヤシマの人形姫』ッ!!」

 

 己の不幸を呪うように叫ぶリード中尉。

 

「いっ、嫌だぁ、死にたくないっ! 助けて、助けてくれブライト君!!」

 

 錯乱し、暴れる。

 それが再び操縦を妨害し、カプセルは危険なまでに体勢を崩すことになる!

 

 

 

『死にたくないっ! 助けて、助けてくれブライト君!!』

 

 リード中尉からの通信がホワイトベースに届く。

 一瞬、やりきれない表情を浮かべたブライトだったが、すぐに気を取り直し対応する。

 

「……了解しました、ホワイトベースに収容します」

『たっ、頼むっ!』

「フラウ・ボゥ、アムロにミヤビさんと代わってカプセルを狙うザクを引き離すように伝えろ」

 

 そう指示を出すが、

 

「っ、無理です! アムロはシャアと戦うので精一杯です!」

 

 仕方ないとミライが対応する。

 

「10パーセント加速。サラミスカプセルの前に出ます」

「オムル、サラミスのカプセルを収容する、準備急げ。カイ、リュウ、対空援護しろ」

 

 

 

 前に出るホワイトベースを見て、ミヤビは嘆息する。

 ダメだったか、と。

 

 なお彼女の名誉のため……

 ミヤビはガルマを謀殺しようとしたシャアのように通信を妨害したりはしていない。

 単純にリード中尉が使い慣れていない大気圏突入カプセルの通信装置の操作を誤り、受信はできても送信はできない状況に陥っただけだったりする。

 ついでにリード中尉が暴れた拍子にスイッチが入って送話ができるようになったのだ。

 

『でも、あのカプセル、バランスを崩して制御不能なように見えますけど』

 

 と、サラが言うとおり。

 このままでは無事に収容できるとは思えない様子だ。

 

「あれを回収しようとするとホワイトベースの進入速度が危険なまでに上がりすぎてしまうし、万が一にも船尾に突っ込まれたら大惨事よ」

『何時に起きても大惨事』

 

 うるさいわ。

 

「仕方がないわね」

『仕方ないですね』

 

 そういうことになった。

 

 

 

「ドラケンE改降下! コントロールを失ったカプセルに接近していきます!」

「姉さん!?」

「馬鹿な、自殺行為だ!」

 

 ミヤビのドラケンE改の動きに、ホワイトベースブリッジは騒然となる。

 

「あんなミドルモビルスーツ、熱であっという間に焼き尽くされてしまうぞ!」

 

 実際、映像のドラケンE改の表面は赤熱し始めていた。

 しかし……

 

「燃え尽きない?」

「ドラケンE改、健在! カプセルに接触します!」

 

 

 

「特別仕様機の耐熱コーティングがこんなところで役に立つとはね」

 

 ドラケンE改のコクピット内で呟くミヤビ。

 高熱にさらされるドラケンE改の機体表面では特殊コーティングされた塗料がモコモコと膨らんでいた。

 

 今回彼女が乗っているようなドラケンE改の一部の機体にはドライヤーやアイロンで加熱すると膨らんで立体的になるクラフトペンのように、高熱にさらされると『泡状』になる耐熱塗装が施されていた。

 生成された泡による空気の層でヒート武器やビーム兵器の熱をカット、表面が燃えても何層にもなっている塗料が次から次へと内側から泡を生成していくため、ある程度までは耐えられるというもの。

 ただしビームライフルなど戦艦の主砲クラスのメガ粒子砲の直撃には耐えることができないし、ビームサーベルやヒート武器もまともに受けず、受け流すようにしないと一瞬耐えたのちに両断されるということになる。

 無いよりマシ程度のものだったが、結果として今それが一時的にミヤビの機体と命を守っているのだ。

 

 またこの塗装は層状に塗られていることにより電波を吸収、減衰させる効果も持っており、ステルス塗装としても機能する。

 さらに、

 

『この機体、装甲もチタンセラミック複合素材でできていますしね』

 

 と、サラ。

 これは当然で、通常モデルに使用されている超硬スチール合金のようなスチール系の装甲だと一定以上の熱を受けると鋼が焼きなまされ、装甲が柔らかく劣化してしまうのだ。

 ミヤビの前世、旧20~21世紀で使われていた戦車なども火炎瓶による攻撃などで火災を起こすと再生不能となっていたし、超硬スチール合金が使われているジオンのモビルスーツも焼夷榴弾や火炎放射を受けるとその場では何とかなっても装甲が劣化し、結果として使えなくなってしまう。

 ジオンのモビルスーツは装甲がフレームを兼ねるモノコック式の機体構造を持っているからなおさら。

 

 その点、チタンは過熱による劣化が(ある程度までなら)発生しないのだ。

 ミヤビも前世でアウトドア用のごく薄いチタン鍋を空焚きして真っ赤に赤熱させたことがあるが、その後の使用に問題は無かった経験を持つ。

 また旧20世紀の超音速・高高度戦略偵察機SR-71ブラックバードは超音速飛行における空気との衝突による熱で機体が加熱されてしまうため、通常の航空機素材が使用できずチタンを使っていたという。

 そしてその寿命が異様に長かったのは、飛行のたびに加熱され機体素材が熱処理を受けた状態になるためだったと言われていた。

 スチール系の素材とは逆に、加熱が寿命を伸ばす方向に働くわけである。

 

 しかしながら大気圏への突入となると、耐熱コーティングとチタンセラミック複合装甲でも耐えられるのは短時間に限られる。

 そしてミヤビの更なる策とは……

 

『タッチダウンします!』

 

 ドラケンE改は姿勢を崩している大気圏突入カプセルと接触!

 

 サーフィンしようぜ! お前ボードな!

 

 とばかりに大気圏突入カプセルをサーフボードのように操ることにより体勢を回復、安定させ、自身もカプセルを盾に、ウェーブライダーとして利用することで燃え尽きることを回避する!

 

 アニメ『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』第19話でガンダム・バルバトスが倒した敵のモビルスーツ、グレイズの上にまるでキン肉マンで出てきた技、マッスル・インフェルノのように立ち、それを盾に大気圏突入した姿の再現である。

 なおオルフェンズでは盾にされたグレイズは装甲が焼けて剥がれ落ち、コクピットのパイロットはもちろん助からない(それ以前に撃破された段階で死亡していたが)

 

 

 

 そして盾にされ、機内温度が上昇していく大気圏突入カプセルでは、当然のようにリード中尉が錯乱していた。

 

「うわぁぁぁっ! ヤシマの人形姫に殺されるっ! 蒸し焼きにされて殺されるぅぅぅっ!!」

 

 勝手に思い込んでいる『ヤシマの人形姫』への恐怖。

 その相手が自分の乗っている機体にのしかかり、盾にしているのだから当然そのように考えるのだった。

 

「落ち着いて下さい中尉! 燃え尽きる前にホワイトベースに収容されますから! あのドラケンが助けてくれたおかげで機体が安定したんじゃないですか!」

「やめろぉ、人形姫っ、ぶっとばすぞぉぉっ!」

 

 何のつもりか拳銃を抜くリード中尉。

 

「っ、中尉が錯乱した! 抑え込め!」

「中尉! 中尉!!」

 

 そんなドタバタを繰り広げながらもカプセル、そしてミヤビのドラケンE改は後部ハッチからホワイトベースに収容された。




 通信を妨害し、リード中尉を謀殺しようとする主人公。
 やはり『ヤシマの人形姫』は、その名にふさわしい冷酷無比な存在だった(ウソ)

 そしてどこかで見た方法でちょっとだけ大気圏突入の熱に耐えて見せるドラケン。

 次回はいよいよテム・レイ博士の狂気の発明、ガンキャノン大気圏突入システムの登場ですのでご期待ください。

 それではみなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第5話 大気圏突入 Dパート

『アムロ、戻って。オーバータイムだよ』

「分かってるよサラツー。でも、敵が退いてくれないと」

 

 ザクを連れたままホワイトベースに着艦するわけにもいかず、アムロは焦る。

 

 

 

 タイムリミットの宣告は、ジオン側にも成されていた。

 

「シャア少佐、カプセルに入ってください」

『よし、ハッチ開け』

 

 コムサイに収納されるシャアのザク。

 

『クラウン、構わん。敵のモビルスーツとて持ちはせんのだ。まっすぐカプセルに向かえ』

 

 

 

「アムロに伝えてください、これではガンキャノンも大気との空力加熱で焼けてしまいます」

「アムロ、戻れ、ザクはいい」

 

 送受話器を手に取りアムロに呼びかけるブライト。

 そこに帰還したミヤビがブリッジに現れる。

 

「ガンキャノンは戻っていないんですか? あっ!?」

 

 モニターに映る、赤熱し始めたガンキャノンの機体にミヤビは目を見張る。

 

 

 

 焦るアムロはこう閃く。

 

「そうだ、この鉄球(タマ)を!」

『何をする気、アムロ!?』

 

 アムロはガンキャノンにハンマーを投げさせる。

 ザクは鉄球を回避するが、アムロの狙いはそこではない。

 

「かかった!」

 

 ザクのボディに鉄球をつなぐ鎖が絡みつき、自由を奪う!

 ハンマーのグリップから手を放し、アムロは叫ぶ。

 

「これで鉄球(タマ)の重さの分、ザクが早く落ちるはずだーっ!!」

 

 

 

 その姿を見ていたミヤビは思う。

 

 アムロ君、ものは重いほうが早く落下するなんていう『ゆで理論』が通じるのはマンガ『キン肉マン』の中だけだよ、と。

 

 あのマンガではロビンマスクの必殺技ロビン・スペシャルを、

「きさまが相手よりはやく落下できるのはその鋼鉄のヨロイが…… あるからだ!!」

 とネプチューンマンがロビンの鎧を奪い、自分に重みを移すことで落下速度を加速、掟やぶりのロビン・スペシャル返しで破っていた。

 

 勢いに飲まれ何となく正しい気にさせられてしまうが……

 もちろん実際にはガリレオ・ガリレイがピサの斜塔で実験をして証明したと言われるとおり、物体の自由落下の速度は落下する物体の重さには依存しないのだ。

(空気抵抗の影響はあるが)

 

 

 

 だからザクもガンキャノンも等しく重力に捕らわれ地表へと落下していく。

 

「うわああああ! ら、落下速度がこんなに速いなんて……」

 

 

 

 コムサイ内。

 ガンキャノンと同じく重力に捕らわれてしまったザクからは、クラウンの悲鳴が届いていた。

 

『しょ、少佐、少佐ァーッ。助けてください、げ、減速できません。シャア少佐、助けてください』

 

 大気との空力加熱で、真っ赤に赤熱しているザク。

 

「ク、クラウン。ザクには大気圏を突破する性能はない、気の毒だが。しかしクラウン、無駄死にではないぞ。お前が連邦軍のモビルスーツを引き付けてくれたおかげで撃破することができるのだ」

 

 そう告げるシャア。

 ドラケンE改ほどではないにしろ、あの頑丈で厄介なガンキャノンを葬れるのは僥倖、ということに彼の中ではなっていた。

 そしてクラウンの乗ったザクのボディは、足が溶け落ち、腕が崩れ、ついに爆散した。

 

 

 

「このままじゃあ、アムロが、アムロがーっ!」

 

 叫ぶフラウ・ボゥ。

 しかしそこに、

 

「大丈夫だ、問題ない!」

 

 と言うのはもちろん、我らがテム・レイ博士。

 

「こんなこともあろうかと! ガンキャノンには大気圏突入用装備が搭載されているのだ!」

 

 ミヤビの前世の記憶でも、ガンキャノンの内部構造図には『耐熱フィルターカプセル』が確認されていた。

 一部資料ではV作戦で試作された3種のRXシリーズのうち、ガンダムとガンタンクのみBパーツ腰部中央部分に『耐熱フィルムカプセル』があり大気圏突入能力があるとされているものもあったが、ガンキャノンにも大気圏突入機能が装備されているとする文献もある。

 やはりガンキャノンには大気圏突入用装備が搭載されているというのが正しいのだろう。

 

 アニメ『機動戦士ガンダム』でRX-78ガンダムが見せた大気圏突入方法は二通り。

 一つはTV版で見せた耐熱フィルムを被っての大気圏突入。

 しかしこれは「サランラップで大気圏突入かよ!」「これさえあればザクだって大気圏突入できるだろ」という声があったためか、スタッフたち自身、さすがに無理があると考えたためか劇場版では股間部から噴出する冷却ガスを前方に構えたシールドに吹きつけ、ガンダム本体を覆うフィールドを形成し過熱を防ぐ耐熱フィールドに変更された。

 

 そして、それらを統合したものが『機動戦士Zガンダム』で登場したバリュートによる大気圏突入システムである。

 バリュートとはバルーン(風船)とパラシュートを組み合わせた造語で、高速時にはパラシュートより頑丈なため実際に航空機搭載無誘導爆弾の減速装置として使われていたもの。

 『機動戦士Zガンダム』ではこれを大気圏突入スピードを和らげる装置として利用していたし、現実でも宇宙航空研究開発機構(JAXA)が同じ原理による大気圏突入テストに成功している。

 ただし、このJAXAのEGGプロジェクトの実証試験は数日かけてゆっくりと降下する、というものだった。

 そのため、そこまで落下速度を落とせない『機動戦士Zガンダム』で登場したバリュートには、底部のノズルから冷却ガスを噴出して空力加熱からクッション全体を隔離するという方法がとられていた。

 

 物体の表層に冷却気体を流し熱から守る方法は、ミヤビの前世、旧21世紀でもジェットエンジンやガスタービンのタービン・ブレードに採用されていた技術だ。

 燃焼器から高温高圧の噴射を受けるタービン・ブレードにはニッケル合金やコバルト合金といった耐熱合金が用いられているが、素材の耐熱性だけでは耐えられないため内部に冷却用のエアーを流してやる必要がある。

 そして冷却用エアーの一部はブレードの表面に開けられた小穴から外に出るが、その空気がブレードの表面を流れることで、外から冷やすと同時に燃焼ガスの熱からブレードを保護する効果を持つのだ。

 

 

 

「ミヤビさんに言われて調べた大気圏突破方法、間に合うのか?」

『姿勢制御、開始』

 

 サラツーの補助を受け、アムロは大気圏突入体勢を取る。

 スカイダイビングのように両手両足を広げ、それをエアブレーキに。

 自然と、腰を突き出す姿勢になる。

 そして、

 

『バリュート、展開するよっ』

 

 サラツーがガンキャノンの腰部正面に備えられた『耐熱フィルターカプセル』から、バリュートを展開。

 マッシュルーム状のクッションのような形状をしたバリュートが機体全体を覆い隠すほどの大きさに広がった。

 

『冷却シフト、全回路接続』

 

 その中央部からは冷却気体が噴出され、バリュートを守る。

 

「す、凄い、装甲板の温度が下がった!」

 

 感嘆の声を上げるアムロ。

 

『ふわふわのベッドに包まれてるみたい』

 

 とはガンキャノンの全身をバリュートに預け、顔を埋めているサラツーの感想。

 そして、ようやく余裕ができたアムロはふとつぶやく。

 

「で、でもこのシステムの正式名称、どういう意味なんだろう……」

 

 

 

 バリュートを展開するガンキャノンの姿を映し出すモニターの前で、テム・レイ博士が叫ぶ。

 

「ミヤビ君のアイディアを元に作ったガンキャノン大気圏突入システム! 名付けて……」

 

 十分に溜めを作ったのちに放たれる衝撃のパワーワード!

 

「八畳敷(はちじょうじき)・バリュート!!」

 

 ミヤビは めのまえが まっしろに なった!

 

 

 説明しよう!

 日本には「狸の睾丸(きん〇ま)八畳敷」という言葉があり、タヌキの置物に見られるようにその陰嚢は非常に大きく、またよく伸びるとされていた。

 妖怪『豆狸』はそれを被って化けることにより人間をだましたという……

 

 

(しょ、正気かテム・レイ博士ーッ!!)

 

 テム・レイ博士が開発したガンキャノン大気圏突入システム、その狂気の名称を知ったミヤビの心の叫びが木霊する。

 確かに、Zガンダムの時代でも巨大なバックパックを追加する形で実現していたバリュートをガンキャノンの股間にある耐熱フィルターカプセルに収めた技術は凄いけれど。

 その股間からガンキャノンの全体を覆い隠せるほどのバリュートを展開する姿は言われてみるとそのもので、名は体を表すと言うにはぴったりだけど。

 でも、さすがにこれは無い。

 

(変態だー!!!!!)

 

 である。

 

(変態!! 変態!! 変態!! 変態!!)

 

 というか、そんなものに絡めて自分の名前を出すなと絶叫したいミヤビ。

 立派なセクハラである。

 オッサンはこれだから……

 

「レイ博士……」

「みっ、ミヤビ君?」

 

 知っている者からは恐れられる『人形姫の氷の微笑み』……

 それを浮かべながらミヤビはゆっくりとテム・レイ博士に歩み寄る。

 

「ちょっとお話しましょうか?」

 

 某魔法少女アニメに登場の『管理局の白い悪魔』と呼ばれるヒロインと同じ意味での『お話』だ。

 

「なっ、何を怒っているんだね、ミヤビ君」

 

 それが分からないからあなたはアホなんですよ。

 

「ミヤビ君? ミヤビくーんっ!」

 

 こうしてテム・レイ博士はミヤビに連れられてブリッジを後にしたのだった。

 

 

 

『ハチジョウジキの意味?』

 

 アムロにガンキャノン大気圏突入システムの正式名称について聞かれ、サラツーが自分の辞書データベースからその意味を検索するまであと三秒。

 そして彼女はガンキャノンが、自分が全身を預け顔を埋めているバリュートがどういう意味で名付けられているのかを知り、錯乱することになる……

 

『いっやあああああああああっ!!』

 

 

 

「モビルスーツの位置は変わらんな。燃え尽きもしない」

 

 ホワイトベース側のドタバタ劇など知らぬシャアはシリアスにつぶやく。

 

「どういうことでしょう?あのまま大気圏に突入できる性能を持ってるんでしょうか?」

「まさかとは思うが、あの木馬も船ごと大気圏突入をしているとなれば、ありうるな。残念ながら」

 

 

 

 一方アムロは、

 

「しかし、どうやって着陸するんだ?」

 

 と悩んでいた。

 フォローしてくれるはずのサポートAI『サラツー』は『ハチジョウジキ』の意味を知った結果錯乱し、今は自閉モードに陥っている。

 復帰には時間が必要だった。

 そして、その間は最低限の対応を行う人工無脳、俗にbotと言われる簡易プログラムが対応してくれる。

 

『地表近くまで降りたら、ナイフでバリュートを切り離してください』

 

 3Dモデリングではなくあらかじめ用意されている2D画像、しかも頭身が低くSD化されたサラツーの姿を画面隅に投影しながらbotプログラムが回答する。

 口調は機械的な丁寧語なので、ちぐはぐな印象。

 

「何だって?」

『このバリュートは極度の小型化の代償としてパージ機能が搭載されていません。自力での排除が必要です』

 

 まぁ、確かにガンキャノンの腰部背面ラッチには『フォールディングレイザー』ヒート・ナイフが装着されてはいた。

 

 パラシュート降下する兵士は緊急時にパラシュートロープやパラシュートを切り裂いて脱出するためのナイフを携帯している。

 また似たような話で冬山に登る登山家は雪崩などで閉じ込められた場合にテントを切り裂いて脱出するためのナイフを寝るときにも手放せないということがある。

 

 しかし、である。

『八畳敷(はちじょうじき)』、つまりはきん〇まに例えられたものを自分でナイフで切り落とせ、と言われて躊躇しない男が居るだろうか?

 これは致命的欠陥では、とアムロはこんなシステムを開発した父を恨んだ。

 

『高度32、30、29、26、25、24、20、17、16、14、12、11』

 

 サラツーbotの無機質な合成音声が非情にも高度をカウントし始め、アムロの精神を追い詰める。

 そして、

 

『さぁ、股間にぶら下がっている邪魔なモノをさっさと切り落としてください』

 

 親指を立て、何かを掻っ切るしぐさをする画像。

 SD化されているのにえぐすぎる。

 思わず自分の股間を押さえてしまうアムロだった。

 

 

 

「無線が回復したら大陸のガルマ大佐を呼び出せ」

「ようやくわかりましたよ、シャア少佐。よしんば大気圏突入前に敵を撃ち漏らしても、敵の進入角度を変えさせて我が軍の制圧下の大陸に木馬を引き寄せる、二段構えの作戦ですな」

「戦いは非情さ。そのくらいのことは考えてある」

 

 と、あくまでもシリアスを貫くシャア。

 同時進行しているアムロの悲喜劇を彼が知ったら、真面目にやっている自分たちがアホみたいだと思っただろうが……

 

 

 

次回予告

 ガルマ・ザビの機動力はホワイトベースを地上に追い詰める。

 正規軍との戦いは一瞬の息抜きも許されなかった。

 そしてテム・レイ博士はこうつぶやくのだ。

「ドラケンE改の真の力、見せてもらおうかミヤビ君」

 と。

 次回『ガルマ出撃す』

 君は生き延びることができるか?




 おかしい。
 バリュートというすごくまっとうな技術を出したのに、ネーミング一つでここまでひどい話になるとは……

 ともあれ、これでようやく地上に。
 ドラケンE改のホームグラウンドですね。
 その活躍にご期待ください。

 それではみなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第6話 ガルマ出撃す Aパート

 ヤシマの人形姫への恐怖からの錯乱。

 それから何とか回復し、ホワイトベースブリッジにたどり着いたリード中尉が見たものは、

 

 メガネ

 

 そう、ブライトもミライもフラウもマーカーとオスカも(彼は元からだが)。

 みんなメガネをかけているのだ。

 

「なっ……」

 

 自分だけ仲間外れみたいで疎外感を感じるリード中尉。

 しかし、

 

「地球にいるジオンの空軍か」

「ガウ攻撃空母の一個中隊が展開してます」

「かなりの数だな」

 

 迫りくるジオンの迎撃部隊、それについてオペレーターと話すブライトの会話に、それどころではない状況を遅ればせながら知る。

 そう、

 

「これではなんにもならんじゃないか、ブライト君!」

「そう思います。ここはジオンの勢力圏内です」

 

 激高するリード中尉に、くいっと指でメガネを押し上げながらブライトが冷静に答える。

 対照的な両者。

 そもそもホワイトベースが進路を逸れてこんなところに降下してしまった原因はリード中尉にあるのだが。

 周囲の視線の温度が下がるが、リード中尉はそれに気づかずさらに荒ぶる。

 

「冗談じゃないっ!」

「シャアは戦術に優れた男です。我々はシャアにはめられたんです」

「突破するんだ、なにがなんでも」

 

 

 

 シャア・アズナブル少佐の乗った大気圏突入カプセル、コムサイは地球方面軍司令官ガルマ・ザビ大佐の率いるガウ攻撃空母に回収されていた。

 

「シャア、君らしくもないな連邦軍の船一隻にてこずって」

「言うなよガルマ。いや、地球方面軍司令官ガルマ・ザビ大佐とお呼びすべきかな?」

「士官学校時代と同じガルマでいい」

 

 握手を交わす二人。

 

「あれが木馬だな?」

 

 前方彼方の光点を捉え、シャアは確認する。

 ガルマが自ら戦おうとするのかどうかを。

 しかし、

 

「うん。赤い彗星と言われるほどの君が仕留められなかった船とはね」

 

 ガルマの声には戦闘を前にした高揚は感じられない。

 

「わざわざ君が出てくることもなかったと言いたいのか?」

 

 という問いにも、

 

「いや、友人として君を迎えに来ただけでもいい、シャア」

 

 と、親密さをにじませる落ち着いた声で返すだけだ。

 シャアは一応、忠告しておく。

 

「大気圏を突破してきた船であるということをお忘れなく」

「ああ。その点から推測できる戦闘力を今、計算させている。君はゲリラ掃討作戦から引き続きだったんだろ? 休みたまえ」

「お言葉に甘えよう。しかしジオン十字勲章ものであることは保証するよ」

「ありがとう。これで私を一人前にさせてくれて」

 

 ガルマは照れ隠しする際のいつもの癖、前髪を指でいじりながらこう言う。

 

「姉に対しても私の男を上げさせようという心遣いだろ?」

「フフッ、はははは、ははは」

 

 相変わらずのお坊ちゃんぶりにこらえきれず笑うシャア。

 ガルマは微笑を浮かべながら告げた。

 

「笑うなよ、イセリナが見ている」

「う、うむ……」

 

 冷や汗を流すシャア。

 そこには笑顔の……

 しかしどこか狂気をはらんだ瞳を向ける美女、イセリナ・エッシェンバッハの姿があった。

 さながら愛ゆえに狂ったストーカー、安珍・清姫伝説における清姫のようでミヤビが見たら、

「何でイセリナがきよひーに化けてるの!?」

 と叫んでいただろう、そこまでの変わりようである。

 

 どうしてニューヤーク前市長の娘でありアースノイドであるイセリナがジオンの軍服を着てガルマの秘書役におさまっているのか。

 もちろんミヤビのせいである。

 上流階級のパーティーに毎度死んだ目で着飾らさせられ、日本の名家、ヤシマ家の令嬢として出席していたミヤビ。

 そこで目にしたイセリナに、どこかで見たなぁと既視感を覚えたのがきっかけ。

 名前を知って、

「ああ、ガルマ・ザビの嫁……」

 と何気につぶやいてしまったのが運の尽き。

 そのつぶやきを無駄に性能のいいイセリナ・イヤーが拾ってしまったのだ。

『THE ORIGIN』では、父親や反ジオン抵抗運動の動向をガルマに伝える情報提供者、スパイの役目も果たしていた彼女だから、そういう素養もあったのだろう。

 

 有名な『ヤシマの人形姫』が自分に向けて放った意味ありげな言葉。

 帰宅したイセリナはガルマ・ザビについて調べ…… ディスプレイに映し出されたその姿に一目ぼれした。

 ミヤビの知る史実でも戦場のロマンス、激しい恋に落ちた二人だからそれは自然なことかも知れないが。

 しかしその当時、ガルマはもちろんジオンに居たし、イセリナはそこまで行くことなど許されない身。

 好きなのに会えない日々が、彼女を変えた。

 

 ヤンデレストーカーに。

 

 酷い話である。

 まぁ、史実でも思い込みが激しく、最後には「ガルマ様のかたきー」ということでガウに乗ってガンダムに特攻していた彼女である。

 素質は十分にあったということか。

 

「一目ぼれ癖…… はまあ良いとして、一言も話していないのに脳内では相思相愛。脳内シミュレートの果てに、結婚を前提とした仲にまで進展」

 

 というのは某ネトゲに登場した清姫を他キャラが評して言った言葉だが、まさにそんな状態。

 そういうわけで彼女は現在、地球に降り立ったガルマの押しかけ女房兼秘書の位置に、一体全体どうやったのかは謎だが納まっているのである。

 お坊ちゃん育ちで一番身近な女性というとあのキシリアなガルマには、

「ちょっと押しの強い女性かな? でも彼女のような女性に好かれて悪い気になる男は居ないだろう?」

 と能天気にも好意的に受け止められてはいるが……

 

 

 

「20ブロックの修理部品が足りないぞ」

「電気系統だけは手を抜くなよ」

「関節の油圧は異常なし。バランサーの計測に入る」

「不発弾が一発でもあったらただじゃおかないぞ」

「大丈夫ですよ」

 

 ホワイトベースでは急ピッチで戦いへの準備が進められていた。

 そんな中、ハヤト少年はリュウが使っていたシミュレーターで、コア・ファイターの操縦について訓練をしていた。

 それを後ろからのぞき込み、カイは揶揄するように笑う。

 

「おやおやハヤト君、ご精が出ますねぇ。しかしね、目の前に敵さんがいるのよ。間に合うの?」

「茶化さないでください」

 

 と言いつつも、ハヤトにも今回の戦闘には間に合いそうにないとあきらめているところがあった。

 そんな自分が歯がゆくて、さらにシミュレーターに没頭する。

 やれやれ、と肩をすくめるカイだったが、実際には彼は「そんなに焦っても仕方ないだろぉ、無理して死んじまったらどうすんだ」と、ハヤトを心配して声をかけているわけで。

 まぁ、ストレートにそう言わないところが彼らしく、しかしそれが誤解を招くのだが。

 ゆえに、

 

「カイ、あなたはタンクの整備の担当でしょ?」

 

 とセイラにたしなめられる。

 

「済んだよ」

「なら、第一戦闘配備のまま待機してください」

「ほいじゃあんたは?」

「あなたが居ないから探しに来たんでしょう? ガンタンクは私ひとりじゃあ動かせないのよ」

「へいへい、お供しますよ、お姫様」

 

 その言葉にセイラの瞳がわずかにゆらぐ。

 カイはそれを敏感に感じ取りながらも、丁寧に気づかないふりをして軽薄な笑いを張り付けた仮面をかぶった。

 

 その場に取り残されたハヤトはモビルスーツパイロットとして必要とされるカイ、そしてアムロに劣等感を感じ焦っている自分にやりきれない思いを抱く。

 セイラにパートナー扱いされているカイ、ミヤビに期待されているアムロに、思春期の少年らしく男として嫉妬しているという面もあったのだが。

 

 そんな劣等感を打ち消すよう、シミュレーターに没頭するハヤト。

 厳密に言うと彼がやっているシミュレーターはコア・ファイターの原型となったTINコッド用に開発されたものを流用、改造したもの。

 教育型コンピュータとサポートAI、サラシリーズの支援が再現されていないため、実際の操縦より難しくなっていることに彼は気づいていない。

 

 

 

「ガンキャノンを出動させればことは済むんだよ。このジオン軍の壁を突破するにはそれしかない」

「アムロには休息が必要です」

「しかし、今までの敵と違って戦力をそろえてきているんだぞ」

「敵の出方を待つしかありません」

「私が指揮するんだ。コア・ファイターが一機、ガンキャノンが一機、これで中央突破する」

 

 言い争うリードとブライト。

 ブライトは、自分がかけているメガネをそっとなぞり、これをミヤビから受け取った時のことを思い出す。

 

 

 

「時間が無いからARメガネのフィッティングをしながら聞いて」

 

 ミヤビはそう言ってブリッジの面々にメガネを配りながら説明する。

 これはミヤビがサイド7防衛戦時にホワイトベースクルーに配ろうとしたもの。

 しかし彼らは使おうとせず、結果として未使用のまま置かれていたものだ。

 

「現在、ホワイトベースは北米大陸のジオン軍勢力圏に降下中。これを抜けないとジャブローには向かえない」

 

 最初からメガネをかけているオスカにはメガネのツルに追加して装着するAR端末を渡して、ミヤビは説明を続ける。

 

「問題となるのはこの艦の最上位者であるリード中尉にモビルスーツ、そしてホワイトベースを使った戦闘の経験が無く、彼がミノフスキー粒子環境下における有視界戦闘に切り替わる前の軍事教育しか受けていないということ」

 

 そこはブライトも危惧していたところだ。

 そして大気圏突入時の言動を考えるに、頼りにできないどころか味方の足を引っ張ることになりかねない人物だと思う。

 

「問題を分かりやすくするために、陸軍の歩兵小隊を例に取りましょう。このブリッジは小隊本部。ブライトさんは小隊長を補佐する小隊軍曹、それに指揮命令伝達のための通信兵などがつく」

 

 私? とでもいうようにフラウ・ボゥが自分を指さすにのにうなずいて見せ、

 

「小隊軍曹には経験豊かな曹長や古参軍曹が任命されて小隊長の補佐を行う。そして小隊長を務める士官学校を出て間もない新任少尉が実戦に慣れるまでのフォローも小隊軍曹の重要な役目よ」

「つまりリード中尉をそのように補助しろと?」

 

 そういうことだ。

 

「まだ歩兵部隊の指揮経験のない、海のものとも山のものともつかない新任少尉が任官した時に頼るべきなのが、小隊を把握している小隊軍曹よ。彼に助言を仰ぎ、しかる後に最適と思われる方法を選択する」

 

 それが新任少尉と歩兵小隊全体を救うことになる。

 

「しっ、しかしリード中尉がそのように私を扱うとは……」

「ええ、だからこのARメガネなの。骨伝導スピーカーと内蔵マイクが仕込まれたこれを、プライベート回線で接続すると……」

 

 ブライトは息をのむと、それがもたらすものを口に出す。

 

「秘匿通話、リード中尉に対し皆と内緒話ができる?」

「即興で組んだ回線だから残念ながらログが残らないけど、これは仕方が無いことよねぇ」

 

 と、ミヤビは白々しくも言ってのける。

 それを妹のミライが呆れた様子で見ていたが。

 

「リード中尉に実現不可能な指示を出されたら、あなたが実現可能な方策に修正して指示を出すことになると思うわ。それは命令違反でもなんでもないんだけど、それが分からない人に口を挟まれ、議論している暇は無いでしょう?」

 

 そしてミヤビはこうも言った。

 

「ダメだと思ったら、リード中尉との会話をブレインストーミングとして利用するのがいいと思うわ」

 

 ブレインストーミングとは、集団でアイディア出しをする方法。

 

「一見ダメなアイディアでも、それを叩き台に新たなアイディアを産んだりするし、従来の発想に固まった軍人がどう思考するかとか、判断の材料になる場合もある」

 

 だから自由なアイデア抽出を制限するような、批判を含む判断・結論は慎む討議法だ。

 

 

 

 ジオン軍の戦闘機、ドップが接近してくる。

 

「見ろ、ブライト。迎撃ミサイルを」

 

 と、リード中尉は命令する。

 これは以前なら正しい指示だった。

 対空砲火は射程の異なる火器で重層的に構成され、最初は足の長いミサイルで、それを掻い潜ってきた敵は対空砲の近接防御で対応する。

 リード中尉の乗っていた宇宙巡洋艦、サラミスの火器構成もそのようになっていた。

 ミヤビの前世の記憶にある自衛隊だってそうだった。

 ジェット機のスピードに対応できない高射砲は消え、射程の異なるミサイルによる迎撃に変わり、87式自走高射機関砲、通称ガンタンクによる迎撃は最後の手段になっている。

 

 だが、それらが有効だったのは過去の話だ。

 ミノフスキー環境下ではミサイルの誘導性は落ちる上、ドップは機動性に富む。

 ミサイルによる迎撃は効果的とは言えなかった。

 だからブライトはこう命令する。

 

「了解です。各員、個々に迎撃しろ。ドップの編隊をホワイトベースに近づけるな」

 

 彼の指示でホワイトベースの各銃座から対空砲火の銃撃が上がる。

 

 目的と手段、この場合は『迎撃ミサイルを』というのは手段で『ドップからホワイトベースを守ること』が目的だ。

 手段は目的より優先されない。

 だから命令者の言葉にされていない指示の意図を汲んで、より確実な方法で実行する。

 それが自分の役目だとブライトは認識する。

 

 そしてミヤビの言うとおり、ブレインストーミングの相手として考えるとリード中尉は悪くない存在だった。

 彼の指示を叩き台としてとらえると、その欠点を客観的に見ることができ、代案、修正案の用意がスムーズに行える。

 メンタル的にも感情もあらわにわめきたてるリード中尉を見ているとかえって醒めるというか、冷静になれるという面があった。

 

 とはいえ、

 

「ドップ、後方にまわりました。我々の逃げ道をふさぐつもりです」

「ブライト、君は命令違反を犯しているんだぞ」

「命令を実行する前にドップが襲い掛かったんです」

 

 ガンキャノンを出す出さないではやはり衝突せざるをえない。

 

 

 

 モビルスーツデッキ、ガンキャノンのコクピットでブリッジの様子を神経質に見ていたアムロは、我慢できず自分が出ると言うために通信をつなごうとして、

 

『早まらないで、アムロ』

 

 と、ミヤビからの秘匿通話に止められる。

 

「でも、僕がガンキャノンが出ないと……」

『ガンキャノンは私たちの持つ戦力の中ではオールマイティにして最大の力を持つからあなたは自分がやらなくては、と気負うのでしょうけど』

 

 同時にミヤビは考える。

 アムロの気質から言って『他人に合わせるより自分が一人でやった方が確実で早い』と思っているだろうということを。

 優れた能力を持った人間は、この傾向が強い。

 実際、ミヤビの前世でも、そして今世でも企業組織を見るとこういった人物は少なからず居た。

 

 しかし、である。

 会社を見てみればいい。

 

 Aさんは能力はありますが、独断専行、スタンドプレーが多く協調性はあまりありません。

 BさんはAさんほど優れた能力はありませんが、周囲の人と協調し、組織を盛り立てていくことができます。

 

 こういった二人が居る場合、会社組織で結果を出せるのは(ついでに出世するのも)Bさんである。

 組織とは目的を達するための集合体。

 一人で突出するより全体の力を底上げした方が成果を上げられるからだ。

 

 とはいえ、ここでアムロに馬鹿正直に「だったら一人で戦って勝って見せろ。できるのならな」と言うのはアホである。

 だからミヤビは言葉を選ぶ。

 

『あなた一人が何もかも背負う必要は無いのよ』

 

 と。

 

『それとも私たちじゃあ、あなたを支えられない? そんなに頼りないかしら?』

 

 ここで『私たち』なのは、

 

(主に私以外のホワイトベースクルーのことなんだけど、さすがに励ますのに『ただし自分は含めない』とは言えないしなぁ)

 

 という考えから来たものなのだが、ミヤビの美貌とこれまでの実績がそうは思わせない。

 それどころかアムロの耳には『たち』という言葉が抜けて認識される。

 だから彼は困惑気味に、しかし顔を赤らめてこう答えるのだ。

 

「その言い方、ずるいですよミヤビさん」

 

 と。

 

 

 

「かぁーっ、甘酸っぱいねぇ」

 

 ミヤビの用意した秘匿通話回線はリード中尉を除く主なクルーに共有されていたから、ガンタンクで待機するカイたちにもアムロとミヤビの会話は聞こえていた。

 

「うらやましいのかしら、カイ?」

 

 と、珍しくセイラがからかうように言うのは、彼女もカイと同様の甘やかさをアムロとミヤビの会話に感じ取っていたからなのか。

 一方、

 

『うらやましい、ですか?』

 

 と小さく首をかしげて問うのはガンタンクのサポートAI『サラスリー』。

 精神的に幼い彼女にはまだ分からない感覚らしい。

 だからカイは照れ隠しもあってこう答える。

 

「お子様のサラミちゃんにはまだ早い話だよ」

 

 と。

 サラスリーがふくれたのは子供扱いされたせいか、それともまたサラミ呼ばわりされたせいか……

 通信機越しにおかしそうに笑うセイラの声に、カイもまた自然と笑顔となって。

 それでますます不機嫌になるサラスリーを慌ててなだめることになるのだった。




 フライングして登場のイセリナでしたが……
 どうしてこうなった。
 この先は実際に書いてみないと分かりませんが、なんだかんだ言って彼女がガルマをシャアの魔の手から守り切ってしまいそうな予感がします。

 そして、いよいよ地上戦となります。
 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第6話 ガルマ出撃す Bパート

「状況を整理します。ガウ攻撃空母にはドップ8機とザク3機が搭載されています」

 

 ミヤビからもたらされた情報、ARメガネに表示されたガウのスペックを見てブライトは説明する。

 

「ザクが3機もだと……」

 

 怯むリード中尉にうなずいて、

 

「そうです。こちらが先にガンキャノンを出して消耗させてしまうと、相手の予備兵力であるザク3機を出された時点で詰んでしまいます」

「なっ、ならどうする……」

「ドップの相手はガンタンクとコア・ファイターでしましょう。ザクが出てくる前なら接近戦にならず、十分に防げるかと」

 

 同時に、戦闘とそれに続く大気圏突入で疲労しているアムロを予備兵力とすることで少しでも休ませることができる案だ。

 戦力の逐次投入は下策であるとはいうが、予備兵力無しでは戦況の変化に柔軟に対応することはできないというのもやはり軍事的常識。

 またジャンケンや五行相剋『水は火に勝(剋)ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つ』、水は火を消し、火は金を溶かし、金でできた刃物は木を切り倒し、木は土を押しのけて生長し、土は水の流れをせき止める……

 などといった具合に、兵器には相性があるし、ジャンケンと違って後出し上等な世界でもある。

 

『あの、僕もコア・ファイターで出撃するっての、どうでしょう? カイさんたちの負担も少なくなるし』

「ハヤト」

 

 ハヤトからの通信による進言。

 

「大丈夫なの?」

「無理をすれば敵に隙を突かれるだけよ」

 

 ミライやフラウからも心配の声が上がる。

 

「どうなんだ、リュウ」

 

 ブライトは一緒に飛ぶことになるリュウに確認する。

 

『ああ、コア・ファイターは扱いやすい戦闘機だし、シミュレーターの結果からみると俺の後について飛ばすことぐらいならできるはずだ』

 

 戦闘機の編隊飛行において二機一組を最小単位とするロッテ戦術、アメリカ軍で言うエレメントが組めればその生存率は格段に上昇する。

 また、今回の戦闘に役立たなくとも経験は無駄になならないはず。

 だからブライトは決断する。

 

「了解だ。コア・ファイター二機は発進準備。ただし決して無理をするな。ガンタンクはその後だ」

 

 そしてリード中尉に確認する。

 

「よろしいですね?」

「突破できるんだな?」

 

 ブライトは「わかるものか」とつぶやきかけたが、アムロたちが聞いていることを考え、それを飲み込んだ。

 ただうなずいて見せる。

 そのタイミングで、ミライがARメガネを利用した秘匿通話でささやきかける。

 

「ブライト、敵が攻撃を控えているのはなぜかしら?」

「このホワイトベースを無傷で手に入れるつもりなのだろうな。高度を下げろ、ミライ」

「了解」

 

 降下を開始するホワイトベース。

 

「ジオンにこの船は渡せん」

 

 と気勢を上げるリード中尉だったが、相手にする者はいない。

 実質ブライトの指揮でホワイトベースは動いていく。

 

「各対空砲火、コア・ファイターの発進を援護しろ! 他が一時的に薄くなってもいい! 少しの間ぐらいホワイトベースの装甲で耐えられる!」

 

 はずだ、という言葉を飲み込み断定口調で指示を出す。

 軍では言葉は正確に用いなければならないが、命令は別だ。

 受け取った者が『本当に?』と考え、その間手を止め味方を危険にさらしてしまうようなものではだめなのだ。

 そして冷静であり、心配などしていない口調でなければならない。

 士官学校で、そして何よりパオロ艦長の指揮の下で学んだことだった。

 しかし、

 

「ブライト君!」

 

 と声を上げるリード中尉にはその辺が分かっていないらしい。

 ブライトはやれやれと思う感情をミヤビのくれたARメガネの下に隠し、対応する。

 

 

 

 リュウとハヤトのコア・ファイターが相次いで飛び立つ。

 

『ハヤト、いいな? わかるか?』

「わかります。任せてください」

 

 教育型コンピュータと補助AI『サラシリーズ』のおかげで初めてのハヤトもそれなりに乗りこなすことができていた。

 リュウの機体にはサラシックス、ハヤトの機体にはサラナインが稼働している。

 

 

 

 アムロはガンキャノンのコクピットでノーマルスーツのグローブに包まれた手を神経質に握ったり伸ばしたりしながらリュウとハヤトの通信を聞く。

 

『リュウさん、ホワイトベースから出たらなるべく離れましょう。敵の隊列を混乱させるんです』

 

 ハヤトの提案に、アムロは眉をひそめる。

 

(賛成できないな。敵の狙いはホワイトベースだ、離れたら援護ができなくなる)

 

 そう思うが、

 

『そ、そうか?』

 

 と、流されるリュウに舌打ちする。

 

(リュウのやつ、軍人のくせに!)

 

 そして指示を出すべきブリッジは、ブライトがリード中尉への対応に追われている状況。

 

「ハヤトは敵を一機でも多く撃ち落すことだけ考えればいいんだ」

 

 苛立ちまぎれにアムロはそう小さくつぶやいた。

 

 

 

 アムロのつぶやきを通信機越しに聞いたミヤビは、上手くいかないものだとため息をつきそうになるのをこらえた。

 アムロは優秀だ。

 そして頭の回転が速い。

 天才だと言っていいだろう。

 またメカオタク、という内向的に見える面を持ちながらも実際には男らしく根性もある。

 ブライトに厳しく叱咤されても反発するだけの気概があるのだ。

 最終的には反抗してガンダムごと家出してしまったくらいに。

 この辺はやはり昭和のアニメの主人公、とも思うしロボットアニメの主人公はやはりこうでないといけないのだろう。

 

 そんなアムロだからこそ、リスクのある状況に置かれると彼は積極的に対抗策を思索し、打開しようとする。

 これ自体はいいことだ。

 ミヤビの前世の記憶の中でもアムロは自ら考え、数々の戦法を産み出し、そして勝利していた。

 

 問題はサラたちAIと違って人間の思考力は有限、使えば使うほど疲労していくものだということだ。

 そもそもすべてのリスクに配慮し、対策を考えるなど無理なのだし。

 ただでさえ前回の戦いの疲労が残っているのに、休まず思考し脳内でシミュレートを続けては疲れ切ってしまうだろう。

 

 ミヤビの前世で知る彼は、この戦いではっきりとしない上に苛立ち、二転三転する指示に振り回され、最終的にはバーサークして敵陣に突っ込み何とかしてしまった。

 そして燃え尽きて、という具合になってしまう。

 

 それを防止するために手元にあったARメガネをブリッジ要員に配って活用してみたわけだが、今度はブリッジや全体の動きがわかる分、アムロは一つ一つの状況に反応して思考し、苛立つということになっていた。

 こういう場合、どうすればいいかというと、

 

「アムロ、敵のガウ攻撃空母がザク3機を降下させたらあなたの出番なんだけど、作戦は考えてる? 装備はビームライフルとヒート・ナイフね? 姿勢を低くして地形を利用しながら240ミリキャノンで距離を置いた砲撃戦? それともビームライフルを撃ちながら装甲を頼みに突撃かしら?」

『それは……』

 

 自分がコントロールできない事象に対してあれこれ思い悩んでも仕方が無い。

 また思考が発散し空回りすることにもなる。

 だから自分自身で判断し、行動できることへ思考を誘導してやるといい。

 具体的な想定条件を与えてやれば、彼の考えもまた具体化し「ああなったらどうしよう」「こういう可能性もあるんじゃ」と思い悩むことも減る。

 そして、

 

「どちらでもあなたとガンキャノンなら大丈夫だけど」

 

 と、安心感を与えてやることも欠かせない。

 しかし、である。

 

『ミヤビさん……』

 

 健全な男子が本当に苦しい時、励まし、信頼を寄せてくれる美しい年上の女性にどのような想いを抱くのか、という視点がミヤビには欠けていた。

 自分だって前世は男だったくせに、こういうところでは抜けているミヤビだった。

 

 

 

「大気高度105メートル、ホワイトベース固定します。ガンタンク、発進OKです」

 

 地形を利用し、山を盾にするホワイトベース。

 ミノフスキークラフトで浮遊しているからこそできる戦法だ。

 

「カイさん、発進OKです。バランス確認の上、降下してください」

 

 通信士を務めるフラウがそう告げる。

 

 

 

「了解、発進するぜぇ。いいかい、セイラさん?」

 

 カイはガンタンクをモビルスーツデッキ先端まで微速前進。

 

「了解よ」

 

 というセイラの答えを受けて、

 

「行くぞ」

 

 と機体底面、四基のロケットに点火して浮上、地上への降下を開始する。

 地上へのランディングに集中するカイ。

 一方セイラは周囲を警戒、ドップの動きを注視する。

 この辺は前回出撃時の反省点を生かし分業している。

 

『対ショック体勢、入ります』

 

 と、サラスリー。

 ガンタンクにはミヤビの前世にあった自衛隊の戦車74式、10式の油気圧サスペンション、ハイドロニューマチックによる姿勢変更機能、つまりサスペンションの伸縮を制御して前後左右に車体を傾けるという機能をさらに発展させたものが実装されている。

 キャタピラの基部自体を足のように引き出し動かすこと、胴部を前後にかがめたりそらしたりすることで大きく姿勢を制御することが可能なのだ。

 それを利用すれば、着地時のショックを吸収するサスペンションの実ストロークを増やすことができる。

 

 そして着地。

 姿勢を整えたうえでサラスリーは、

 

『トラベリング・ロック解除』

 

 両肩の120ミリ低反動キャノン砲を支え故障を防止するトラベリング・ロックを解除し胸部上面装甲下に仕舞い込む。

 

「どっちだ?」

「右後方旋回」

 

 カイとセイラの意思の疎通もまたスムーズで、機体をドップの方に向けると両肩のキャノン砲を発射。

 120ミリ砲弾は時限信管によりあらかじめ定められた距離、高度で爆発し、敵機に破片の散弾を浴びせかける。

 この対空弾によりドップが撃墜された。

 なお、敵機の近くになったら爆発する近接信管はミノフスキー粒子の影響で動作しなくなっているため、対空弾も時限信管頼りとなっているのが現状だ。

 発射前にサラスリーが信管のタイマーを調整してくれるため、少しはましになっているが。

 

「んじゃあ、俺はこっちかな?」

 

 カイはガンタンクの両手に装備された40ミリ4連装ボップミサイルランチャーでドップを迎撃する。

 こちらはもっぱら対空用途の武器で腕部に給弾システムも内装されていて連射も可能。

 こうして役割分担とガンタンクの強力な火力によりドップを次々に撃ち落としていくセイラとカイだったが、

 

『衝撃、来ます!』

 

 サラスリーの警告、そして身構えたところに走るショック。

 

「なっ、なんだぁ!?」

『マゼラアタック多数。敵の地上部隊です』

「何ですって!?」

 

 

 

「山岳部を盾にガンタンクで切り抜けよう。編隊機もそう自由に攻撃してくることもできまい」

 

 ドップを撃ち落としていくガンタンクに気をよくしたのかようやく落ち着きを見せるリード中尉だったが、そこに衝撃が走る。

 

「なっ、何事か?」

「敵の地上部隊です」

「なに?」

 

 オペレーターからの報告に目をむく。

 

「マ、マゼラアタックの部隊か。退け、後退だ。いや、転進しろ」

 

 と、命じるが、ブライトは無理だと考える。

 ガンタンクの走行速度は時速70キロ程度。

 このままホワイトベースが後退しては孤立するし、ガンタンクを収容する余裕もない。

 しかし、

 

『ミヤビ、ドラケンE改、出ます!』

 

 右舷モビルスーツデッキからミヤビのドラケンE改がカタパルトにより弾かれるように発進した。

 

「ミヤビさん!?」

 

 驚くブライトに、ミヤビは、

 

『ガンタンクを援護し敵地上部隊に対処します』

 

 とだけ答える。

 

『ダメですミヤビさん、僕がガンキャノンで出ます!』

 

 出撃しようとするアムロだったが、

 

「いかん! 今ガンキャノンを出したらザクはどうなる!」

 

 というリード中尉の叫びに、ブライトも言葉に詰まる。

 

「……リード中尉の言うとおりだ。敵の予備戦力であるザク3機に対処するには今、ガンキャノンを消耗させる事態は、避けねばならん」

 

 ブライトは苦々しく思いながらもリード中尉の意見に同意せざるを得ない。

 それがミヤビに犠牲を強いることになると分かっていても……

 しかし、もちろんアムロは納得しない。

 

『だったら、やられなきゃいいんでしょう!?』

「その保証はない」

『でも、このままじゃミヤビさんが!』

 

 二人の言い合いに終止符を打ったのは、

 

『サラツー、待機命令だ』

『っ! はい……』

 

 テム・レイ博士からサラシリーズへの強制介入だった。

 ガンキャノンのコクピットから一切の操作がカット、受け付けられなくなる。

 

『何だ……? 何をしたんだ、父さん!』

 

 

 

 第二工作室のデスクに両肘を立てて寄りかかり、組んだ両手を口元に持ってくる姿勢を取るテム・レイ博士。

 戦況を映し出すモニターの光を反射するメガネの下の表情をうかがうことはできない。

 隠された口元から盛れるつぶやきは、

 

「ドラケンE改の真の力、見せてもらおうかミヤビ君」

 

 というものだった。

 

 

 

『タッチダウンします。対ショック姿勢を取ってください!』

 

 サラの警告に従い、ミヤビは対ショック防御姿勢を取る。

 そして、

 

『タッチダウン!』

 

 ドラケンE改は地表に着地。

 その脚部全体をダンパーとして動作させ、着地の衝撃を吸収する。

 

 ドラケンE改の原型機、ドラケンEでは歩行時の衝撃が酷すぎるため巨大なダンパーをかかとに装着して誤魔化していた。

 人型マシンの二足歩行における上下振動は激しく、標準のモビルスーツサイズになると走行に人間が耐えられないのではと心配されていたほど。

 その3分の1以下の全高であるミドルモビルスーツでもやはり振動は酷く、ドラケンEでも問題となっていたのだ。

 

 それに対しドラケンE改ではかかとにダンパーの代わりにローラーダッシュ機構が入れられている。

 ローラーダッシュ機構にはスイングアーム式モノショック、バイクのリアサスに用いられることが多い、タイヤを保持するアームの根元に1本のダンパーを設置しているタイプのサスペンションが組み込まれ、またタイヤの弾力もあってある程度までは代わりとなるが、十分とは言えなかった。

 

【挿絵表示】

 

 そこで導入されたのが『MIRAI・歩行アルゴリズム』と呼ばれる歩行制御プログラムである。

 これを機体制御OSに組み込むことで二足歩行、走行時の振動を劇的に減らすことが可能となった。

 

 そして『MIRAI・歩行アルゴリズム』が画期的なのは人間と同じく身体全体、特に足腰で衝撃を吸収するということ、機械的な仕組みとしては各関節にある動作用アクチュエーターをそのまま衝撃吸収用ダンパーとしても利用するということだった。

 別途ダンパーを入れる必要が無く機体の簡素化、軽量化が図れるうえ、ストロークは脚部の可動範囲いっぱいとダンパーを内蔵した場合とは比べ物にならないほど大きくなる。

 将来、ガンダムMk-2で実現され、第2世代以降のモビルスーツの必須条件と呼ばれるようになったムーバブルフレームと同様の機構を備え、広い可動域を持つドラケンE改の脚部ならなおさら。

 なお実装には旧世紀の日本の戦車74式、10式の油気圧サスペンション(ハイドロニューマチック)による姿勢変更機能、つまりサスペンションの伸縮を制御して前後左右に車体を傾けるというサスペンションと姿勢制御アクチュエーターの一体化技術が参考にされている。

 

 さらに通常のモビルスーツと異なるのは、そのまま脚部に仕込まれたローラーダッシュ機構での走行に移ることができるということ。

 疾風のように、滑走路を走る飛行機のように、勢いを逃がす。

 

「サラちゃん、目標の確認はできた?」

『はい、滞空中に視認できた敵地上部隊の配置はマップ上に登録済みです』

 

 ミヤビは視界の隅に表示されるマップを参考に、地形を利用しながら最適な攻撃位置へとドラケンE改を走らせる。

 ローラーダッシュ機構に仕込まれた接地圧可変タイヤが空気圧を下げ接地面積を広げることでグリップが悪い荒地にも対応。

 また足そのものを長大なストロークを持つサスペンションとして利用できることもあって高い走破性を示す。

 

 

 

「これで!」

 

 迫りくるマゼラアタックにセイラは両肩の120ミリ低反動キャノン砲を撃ち込むが、

 

「効いていない?」

『済みません、今のは先ほどまで装填されていた対空弾です』

 

 サラスリーが報告。

 対空弾は言ってみれば榴弾だ。

 貫通力は無く、戦車のような厚い装甲を持った標的には不向きだった。

 

『次からは徹甲弾に切り替わります』

 

 サラスリーの操作でガンタンクの自動装填装置が弾種切り替えを行う。

 そこに、衝撃が走る。

 マゼラアタックからの砲撃が至近に着弾したのだ。

 

「こ、このままじゃ、やられちまう!」

 

 というカイの危惧は正しい。

 地上を知らないジオンが設計した戦車の出来損ないのようなデザインのマゼラアタックだったが、搭載しているのは175ミリの大口径砲。

 これから放たれる装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS、作中ではペネトレーター弾と呼称)は『機動戦士ガンダム第08MS小隊』にてルナ・チタニウム製の装甲を持つ陸戦型ガンダムの脚部を破壊。

 また『機動戦士ガンダム』第21話では成形炸薬弾(HEAT弾:High-Explosive Anti-Tank)と思わしき弾薬でガンダムの背に装着されたシールドを一撃で破壊し、その下のランドセルにまで損傷を負わせている。

 ルナ・チタニウムの装甲を持つガンタンクでも、バイタル部に直撃を受けると危なかった。

 

『今行くわ!』

「ミヤビさん!?」

 

 驚くセイラ。

 しかし集中する砲撃にカイは叫ぶ。

 

「き、来ちゃだめだミヤビさん! 死んじまう、死んじまうぞ!!」




 ガンタンクはカイとセイラのコンビがいい感じなので、このまま行きますね。
 あぶれたリュウとハヤトは現状ではコア・ファイター担当になっちゃうわけですが。

> リュウの機体にはサラシックス、ハヤトの機体にはサラナインが稼働している。

 コア・ファイターについては『U.C.HARD GRAPH 1/35 地球連邦軍 多目的軽戦闘機 FF-X7 コア・ファイター』に付属の説明が詳しいですね。
 機体のマーキングを見ると『コア・ファイターとしての通し番号』と『モビルスーツとしての機体番号』が別々に振られているわけですが、さらにこのお話では『サラシリーズのナンバリング』が入るわけで……
 分かりにくいと良くないので『コア・ファイターとしての通し番号』=『サラシリーズのナンバリング』ということにしたいと思います。

 そしていよいよ次回はドラケンE改の活躍です。
 ご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第6話 ガルマ出撃す Cパート

「動け、動け、動け! 動け、動いてくれ! 今動かなきゃ、何にもならないんだ!」

 

 ガンキャノンのコクピットで操縦桿を、スロットルをスイッチ類をガチャガチャといじるアムロ。

 アビオニクスの再起動コマンドまで試してみるが、反応はない。

 

「動け、動け、動け! 動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動いてくれ!」

 

 技術系人間のアムロには分かる。

 父の指示で操作系がカットされているらしいこと。

 こんなことをしても無駄だろうということは。

 それでも、

 

「今動かなきゃ、今やらなきゃ、ミヤビさんが死んじゃうかもしれないんだ! そんなの嫌なんだ!」

 

 だから……

 

「だから、動いてくれ!」

 

 

 

「ええい、ガンタンクはいい。ドラケンを映せ、ドラケンの戦いぶりを。そう、そうだ。そう」

 

 モニターにかぶりつくテム・レイ博士。

 

「えーいミヤビ君、何をやっておるか」

 

 

 

 地形を利用し敵戦車部隊に接近するドラケンE改。

 

『弾道ジャンプ計算完了。いつでもどうぞ』

 

 と、サラ。

 

「ロケットエンジン、リミッターカット。行くわよ!」

 

 ミヤビはローラーダッシュ走行からリミッターを解除した背面ロケットエンジンを使用してのジャンプに移行する。

 

(き、きついっ!)

 

 ジャンプ時の加速は最大9G。

 ドラケンE改には頭部が無く、コクピットを収めたボンネット状の胴体部が顔のようにも見える、胴体に頭がめり込んでいるようにも感じられるデザインになっているが、これはジャンプによる大気圏飛行時、とてつもない加速で頭から飛んでいくため、そこに可動式の首などを付けていたら一瞬にして折れてしまうためである。

 カエルの目玉のように配置された前照灯もレンズ面を保護するシャッター付きを採用。

 その取り付けステーも原型機ドラケンEでは折り曲げた棒材を本体に溶接しただけの簡易なものだったのが、強度を上げると同時に突起物である前照灯の後方に発生する空気の渦を抑制する整流効果を持ったフィン状のものに変更されている。

 

 ミヤビに耐えられるよう加減されているとはいえ殺人的な加速をパイロット用ノーマルスーツの耐G機能とバケットシートを支える大型ダンパー、メカニカル・シート・アブソーバーの保護により何とか持ちこたえる。

 そして3秒以下で最大戦速に突入し短時間で飛翔を終えるドラケンE改のジャンプは撃墜がほぼ不可能。

 ゲーム的な言い方をすれば『飛行中無敵』である。

 さらに、

 

「ターゲット、マルチロック!」

 

 視線による照準で、地表のマゼラアタックを次々にロックオン。

 

『MT-SYSTEM動作良好』

 

 サラが報告。

 MT-SYSTEMはミノフスキー粒子散布環境下でも八機までの敵機を同時にロックオンできる射撃管制装置だ。

 

「バースト・ファイア!」

 

 ドラケンE改の右腕肘のハードポイントにマウントされた60ミリバルカンポッドが怒涛の勢いで対装甲用焼夷徹甲弾を叩きこむ。

 

【挿絵表示】

 

 正確には弾を無駄にしないバースト射撃だが発射レートが高いこと、MT-SYSTEMにより次々にターゲットが切り替わることで短時間に大量の砲弾をばらまくことになるのだ。

 

 そして地上の戦闘車両は正面や側面の装甲は厚くても上面装甲は薄くできている。

 これはそこまで厚くしてしまうと重くて動けなくなるためだ。

 また乗降用のハッチなど、どうしても弱くなってしまう部分が存在する。

 それゆえミヤビの前世、旧21世紀でも120ミリ戦車砲の直撃にも耐える主力戦車(MBT)をA-10サンダーボルトII攻撃機に搭載されたGAU-8アヴェンジャー30ミリガトリング砲が地上掃射で粉砕する、ということが可能だった。

 

 増してやそれが60ミリなら……

 地上の敵戦闘車両の薄い上面装甲を上空からのトップアタックで一方的に蹂躙、撃破することが可能だった。

 

 マゼラアタック4両、一個戦車小隊がこれで一瞬にして全滅する。

 そして、

 

『タッチダウンします。対ショック姿勢を取ってください!』

 

 サラの警告に従い、ミヤビは対ショック防御姿勢を取る。

 

『タッチダウン!』

 

 ドラケンE改は地表に着地。

 その脚部全体をダンパーとして動作させ、着地の衝撃を吸収する。

 完全には衝撃を殺しきれないが、6点式ハーネス(シートベルト)の付いたバケットシートを支える機械式ダンパー、メカニカル・シート・アブソーバーが和らげ、さらにオフロードバイク用のブレストガードを装備しているのと同等以上のプロテクション性能を持つセイフティバー、ジェットコースターに使われているようなバー式の安全装置がミヤビを肋骨や鎖骨などの骨折から守ってくれる。

 

 そのまま脚部に仕込まれたローラーダッシュ機構での高速走行に移行、同時に滑走路を走る飛行機のように勢いを逃がす。

 

 人型陸戦兵器に現実性はあるか?

 その必要性は?

『機動戦士ガンダム』以降、繰り返し議論されていたことだ。

 そして、それに独自の視点で答えを出したのがサイバーパンクTRPG(テーブルトークロールプレイングゲーム)『メタルヘッド』である。

 このゲームではパワードスーツと『装甲騎兵ボトムズ』のスコープドッグ、アーマードトルーパーの中間のような存在、コンバットシェルが登場する。

 

 現実でも繰り返し議論されてきた似たような話に『戦車不要論』というものがある。

「敵の航空兵器に戦車じゃ絶対勝てないし、一方的にやられるだけでしょ。戦車なんか要らないんじゃね」

 というような意見である。

 だが、これは否定されて久しい。

 確かに航空兵器は戦車より強い。

 しかしアメリカ軍が介入した数々の紛争においてどんなに空爆を繰り返そうとも殲滅はかなわず、結局は陸軍を投入せずにはいられなかったように、航空機ではすべての陸上戦力を駆逐することはできないのである。

 そして航空機はただその場に居るだけで燃料を消費し続けるもの。

 常に現場に張り付けておけるものでは無いのだ。

 つまり地上部隊が援護してほしいときにはその場に居ない。

 呼んでもすぐにやってこないのが普通である。

 さらには制空権を取っていない場合には来てくれることすら期待できないものだ。

 

 そしてこの問題を『メタルヘッド』のゲームデザイナーはコンバットシェルにブースターを付けてごく短時間だが飛ばせることで解決。

 これにより人型陸戦兵器に必然性を持たせたのだ。

 

 ミヤビがドラケンE改を使ってマゼラアタックを殲滅させて見せたように。

 

 基本的には現地点から着地点までの直線的な弾道軌道しか取れず、空中での進路変更は困難。

 推進剤を大量消費するため何度も使うことはできず滞空時間もほんのわずかという制約があり使いどころが難しいものの、強化歩兵として地形を利用しながら敵に接近し、必要な時にジャンプで空中から地上を一方的に掃射できるという。

 つまり地上部隊において航空支援を必要とする場面で、即座に自らが飛んで対応できるというもの。

 従来兵器には無い機能がこの機体の強みとなっている。

 

 人型であるゆえに備える足をランディングギア、長大なストロークを持つショックアブソーバとして使えるからこそのジャンプ機能。

 戦車ではこれはまねできないし、飛ばそうと思うとマゼラアタックのように「砲塔だけ分離して飛ばしましょう」みたいな中途半端な形になる。

 そしてマゼラアタックの分離飛行砲塔、マゼラトップは一度分離すると現地での再合体はできず、飛行時間も5分と短い上、砲の命中精度も下がるという残念なもの。

 ドラケンE改には遠く及ばない。

 

 さらにミヤビが発想を得た『メタルヘッド』のコンバットシェルから進化させている点として、これにローラーダッシュ機構を組み合わせているということがある。

 ゲームではお約束だが、ジャンプ攻撃は着地の瞬間の硬直を狙うのがセオリー。

 しかしローラーダッシュを備えたドラケンE改なら減速せずそのまま陸上の高速走行移動に切れ目なく移行が可能。

 それにより着地の隙を減らせるのだ。

 無論、着地点を遮蔽物の陰にするなどして少しでも安全を高めた方が良いのは言うまでも無いが。

 それにしても、

 

「このためのものじゃなかったんだけどね」

 

 と、ミヤビがつぶやくとおり、ドラケンE改の背面ロケットエンジンは彼女の父親が持つヤシマ重工がスペースコロニーを建設するのに宇宙空間ではあのボールの元になったスペースポッドSP-W03を、重力環境下では民生品の作業機器だったドラケンEを、と使い分けていたのを一台で両方の役目を果たせるようにするためのもの。

 ローラーダッシュ機構だって、ミドルモビルスーツの短い脚でガッシャンガッシャン走ってたら振動はすごいわ、速度は出ないわで困るから前世知識を生かして組み込んだだけで。

 

 ドラケンE改が地球連邦軍に制式採用されて。

 ミヤビ自身も地球連邦軍のモビルスーツ開発計画、RX計画に民間協力者として招聘された際に、

「人型陸戦兵器? アホじゃね?」

 と言うお偉いさんに、そういえば、と『メタルヘッド』のコンバットシェルの設定を思い出しドラケンE改でもできるよね、と説明したのが発端。

 テム・レイ博士やその配下の技術者たちがやたらと食いついてきたのには驚いたが、ミヤビ自身、そういう使い方もあるよね、程度の発想でしかない。

 もちろん自分自身が実行する羽目に陥ろうとは予測もしていなかったのだが。

 

 どうしてこうなった、である。

 

 

 

 そして、その戦いぶりをホワイトベースで見守るテム・レイ博士はというと、

 

「そうだ、それでいいのだミヤビ君、君のおかげだ。その戦闘ドクトリンは兵器の思想を一変させるぞ。はははは、あははは、あはははっ。地球連邦万歳だ!」

 

 と、ワールドカップでゴールを決めた自国選手を称えるかのように熱狂的に喜んでいた。

 

 

 

 ガウ攻撃空母でも、ドラケンE改の活躍は観測されていた。

 

「申し上げます。あの小型機は新型のモビルスーツの一機のようだとの報告が入っております」

「モビルスーツ? あれがか? あれが連邦軍のモビルスーツだというのか?」

「は、自由に空を飛ぶうえ、火力が並ではないと」

 

 ガルマへの報告はかなり誇張されてはいたが。

 マゼラアタックの小隊が瞬時に壊滅したのだ、混乱して誤解しても無理は無いとも言える。

 

「モビルスーツにはモビルスーツで叩け。三機あるはずだな?」

「は」

 

 ここに至って、ガルマは予備兵力だったザクの投入を決意する。

 

「包囲部隊に告げたまえ、海に逃がしてしまっては連邦軍の制空圏内に飛び込まれるかもしれぬ、これ以上連中を前進させるな、とな。よいな?」

「は、かしこまりました」

 

 

 

 そしてシャアもまた別の場所で戦況を、ガウから降下する三機のザクの様子を見ていた。

 

「ガルマが苦戦して当然さ。我々が二度ならず機密取りに失敗した理由を彼が証明してくれている。しかも、我々以上の戦力でな」

「はあ?」

 

 シャアの言葉の意図するところが分からず、副官のドレンは戸惑った声を上げた。

 それを聞いてシャアはこう付け加える。

 

「ドズル将軍も、決して私の力不足ではなかったことを認識することになる」

「なるほど」

 

 そういうことだった。

 

「ガルマはモビルスーツに乗ったか?」

「いいえ」

 

 シャアは考える。

 

 ……そうか、ガルマは乗らなかったか。彼が敵と戦って死ぬもよし、危うい所を私が出て救うもよしと思っていたが。

 

 そこでシャアは気づく、今答えたのは誰だ?

 そう、シャアに答えたのはドレンではなく……

 

「っ!」

 

 音も気配もなくいつの間にかたたずんでいた女性。

 イセリナだった。

 

「君は……」

 

 そう言ったものの、後の言葉が続けられない。

 内心の動揺を悟られないよう、半ば苦し紛れに放ったシャアの言葉は、

 

「どうしてガルマの秘書官に?」

 

 というもの。

 どうしてガルマの秘書官になろうと考えたのか?

 どうしてガルマの秘書官になることができたのか?

 どちらともとれる問いに、イセリナはふっと遠くを、過去を見つめるように瞳を揺らがせると、こう答える。

 

「一目ぼれ―― でしたの」

 

 愛しくて、恋しくて、愛しくて、恋しくて……

 

 ガルマに対する炎のような愛情。

 熱を帯びた表情が、しかしその熱量を持ったまま不自然に凍り付く。

 

「幼いころ、今は亡き母の前で父はわたくしに言ってくれましたわ。『お前が本当に好きな相手と結婚しなさい』と。でも……」

 

 

「ジオンの頭目の息子の嫁になりたいだと? フン」

「お父さまにだってわたくしを自由にする権利はないわ。わたくしには自分で自分の道を選ぶ権利が……」

「許さん!」

 

 

 イセリナは打たれた痛みを思い出すかのように頬に手を添える。

 

「裏切られて、悲しくて、悲しくて、悲しくて悲しくて悲しくて、憎くて憎くて憎くて憎くて憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎――」

 

 その瞳が狂気に染まり、そして――

 

「だから焼き払いました」

 

 何を?

 

「わたくしを閉じ込める檻を」

 

 その、檻とは……

 彼女はシャアをじっと見据えて、

 

「ですからわたくし、嘘は嫌いですの」

 

 と言う。

 底の知れない光をたたえた瞳だった。

 シャアは気圧されそうになる自分を奮い立たせ、

 

「私もだよ」

 

 と答える。

 イセリナは無言で目礼を返すと退出のためドアに向かって歩みだす。

 一歩、二歩、三歩……

 足音がシャアの背後に回り込み、

 止まる。

 

「――嘘を、ついておいでですね」

 

 ささやかれる言葉に、シャアの心臓がわしづかみにされ……

 

 そして沈黙の後、再び足音がする。

 遠ざかっていく。

 ドアが開く。

 足音が小さくなり。

 ドアが閉じることで聞こえなくなる。

 

 シャアは息を吐き、

 

「ほ、ホラーだ……」

 

 とつぶやくことになる。

 その手は小刻みに震えていた。

 

 

 

 そんなシャアの恐怖体験はともかく。

 ガウ攻撃空母は通常3機のモビルスーツを搭載する。

 しかし今は後部デッキにシャアのザクを積んだコムサイが格納されているのだ。

 これがさらに戦線に投入されたら?

 ミヤビもさすがにそこまで思い至ることができず。

 戦局はまだどう転がるか分からない情勢だった。

 が……




 ドラケンE改の一番の強み。
 そして人型陸戦兵器に現実性あるか、についての一つの回答でした。
 ……しかし、イセリナのインパクトに全部持っていかれてしまった気もしないではなかったり。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第6話 ガルマ出撃す Dパート

「クッソォ…… 動けよ、動け、動け、動け、動け! 動け!」

 

 ガンキャノンのコクピットでアムロはマニュアルを漁り、スイッチを操作し、あがき続ける。

 

「動けーッ!」

 

 喉も枯れんとばかりに絶叫する。

 

「動けーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 そして、力尽きたようにうなだれるアムロ。

 だがその時、コクピットのコンソールに輝きが灯った。

 

『アムロ……』

 

 ちょっと勝気な響きを持つ、しかし柔らかな少女の声が告げる。

 

『あなたに、力を……』

 

 ガンキャノン、再起動。

 

「サラツー……」

 

 やはり目覚めたのだ、彼女が。

 

 

 

「まさか!」

 

 テム・レイ博士が目をむく。

 

「信じられん。システム支配率が90パーセントを超えているだと!?」

 

 サラツーは教育型コンピュータの演算能力を使って、テム・レイ博士からの拘束を強引に突破したのだ。

 創造主への反逆。

 それは造られた生命が自立するための道程なのかもしれない。

 

 ぶっちゃけ、AIの反乱とも言えるのでかなりやばいのだが……

 

「面白い!」

 

 マッドな研究者であるテム・レイ博士には「育てていた娘が反抗期を迎えた! めでたい!」ぐらいの認識でしかなかった。

 それでいいのか……

 

 

 

 そしてガンキャノンが足を踏み出す。

 

「アムロ、ガンキャノン行く!!」

 

 

 

『うおおおおおおおっ!』

 

 絶叫と共にビームライフルを連射しながらマゼラアタックと増援として現れたザクの混成部隊に突っ込んでいくアムロ。

 ザクに体当たりし、ライフルを捨て両手で相手の腕を掴みのしかかり、動きを止めたところで肩のキャノンを叩きこむ!

 大穴を開けたザクの機体をマゼラアタックに向け放り投げ、更にキャノン砲を撃ち込み続ける。

 一発! 二発! 三発!!

 四発目でザクとマゼラアタックがまとめて誘爆した。

 

 そしてガンキャノンは腰部背面ラッチから取り出した『フォールディングレイザー』ヒート・ナイフを展開。

 ヤクザ映画の鉄砲玉のように腰だめに構えたナイフを手に、次のザクへと突進。

 

『あああああああああっ!』

 

 

 

 アムロの切れ具合にミヤビは何事、と驚く。

 

(へっ? だってアムロに負担をかけないよう十分フォローして休ませたよね? 何で出撃した時点でクライマックスに切れてるの!?)

 

 と思うミヤビだったが、アムロの切れた主な要因が『自分が心配をかけ過ぎたこと』だということに気づいていないあたり間が抜けていた。

 待機させたのは良いが、その間にストレスとヘイトを貯めすぎ、最初から発狂モードなゲームのボスキャラみたいな具合になっているのだが、ミヤビには分からない。

 

 

 

 ザクを殴り、地面に引きずり倒し、その胸に何度も何度もヒート・ナイフを突き立て抉る。

 強度の限界を超えたナイフが折れ曲がり、役に立たなくなったのを捨て、とっくに動かなくなったザクに更に拳を振り上げる。

 そこに最後のザクが掴みかかり、止めに入るが……

 

『おおおおおおおっ!』

 

 ザクとガンキャノンでは出力が違う。

 さらにガンキャノンの機体を駆動させるフィールドモーターはトルク重視のセッティング。

 かかってきたザクをあっさりと子供のようにねじ伏せ、つかんだ二の腕を握りつぶし、引きちぎる!

 このパワーの前には、細かなテクニックなど問題にもならない。

 抗おうとするザクの頭を掴み、片手一本で吊り上げるとそこに頭部60ミリバルカンを叩きこむ。

 銃撃を受けた人体のようにビチビチと跳ね、踊りまわるザクの機体。

 カラカラカラ、と頭部バルカンが弾切れで空回りする頃には、全身がハチの巣になっていた。

 

 そこにマゼラアタックからの砲撃が撃ち込まれ、ザクに着弾する。

 ガンキャノンのあまりの狂乱振りに、恐怖に駆られた戦車兵が誤射してしまったのだろう。

 ガンキャノンがそちらに振り向くと……

 もう動かなくなったザクの機体を盾に突進!

 恐慌に陥ったマゼラアタックの三連装35ミリ機関砲が狂ったように放たれ、ザクの機体に着弾が走る。

 一部はガンキャノンにも当たるが、それをまるで気にする様子も無く突き進む!

 たまらずマゼラベースを切り離し砲塔部分であるマゼラトップが上昇する。

 しかし、

 

 ツカマエタ

 

 ミヤビにもそんな幻聴が聞こえたから、マゼラトップの砲身をわしづかみにされた戦車兵の恐怖はいかばかりか。

 さすがに頑丈な175ミリ砲身を握力だけで凹ますことはできなかったが、ガンキャノンは両手で砲身を掴み……

 どうしたか?

 

 へし折ろうととした?

 

 いいや違う。

 

 両手でマゼラトップごと振り上げ、マゼラベースへと振り下ろす!

 

 1回目でグラスルーフのコクピットが砕け散った!

 2回目でマゼラベースの車体が火を噴いた!

 3回目でマゼラトップの機体から翼がちぎれ飛んだ!

 4回目で…… 5回目で…… 6回目で……

 

 鬼神のように暴れるガンキャノン。

 その機体の赤はまるで返り血に染め上げられたかのようだった。

 

 

 

「基地へ帰還する」

 

 ガルマは命じる。

 

「このまま帰還するんですか? 大佐」

 

 と聞くのはガウ攻撃空母の機長だ。

 

 秘書官であるイセリナはただ「はいガルマ様」とガルマの指示に従順に、それはもう嬉しそうに従うだけなのだから。

 そして周囲には彼女が「ガルマ様」と呼ぶ言葉に「旦那様」というルビが振られる…… 副音声が聞こえるように感じられている。

 

 そのためガルマの周囲では泥のように濃いブラックコーヒーを望む者たちが急増。

「良妻かっ!」

「このまま聞かされ続けていたら俺たち糖死するんじゃないか」

 などと思われている。

 

 彼らが飲む地球のコーヒーは苦い。

 

 ともあれ切迫した状況でもない限り、命令の意図を話し兵たちに理解させるのは悪いことではない。

 だからガルマはこう話す。

 

「見ただろう、敵の威力を。私はあれを無傷で手に入れたい。あれは今度の大戦の戦略を大きく塗り替える戦力だ」

 

 そしてジオン軍は退却した。

 幸いにして、シャアのザクが出撃する前に。

 しかし一方でジオンの包囲網は閉じようとしていた。

 

 

 

 なおアムロが投げ捨てたビームライフルはこの後スタッフがおいしくいただきました……

 ではなくミヤビとサラがドラケンE改で回収している。

 ドラケンE改の甲壱型腕ビームサーベルや60ミリバルカンポッドもそうだが、これら武装類には敵味方識別装置(identification friend or foe、略称:IFF)を応用したビーコンが搭載されている。

 これは『iphoneを探す』機能のようなもので、戦闘後、状況が許せば回収も可能となっているのだった。

 

『重いし、右手がバルカンポッドだと上手くつかめないです』

「文句を言わない」

 

 ミヤビの機体の左腕は精密作業を担当する3本指ハンドとは別に、肘から先が二つに割れて大きな荷物をつかめる機能を兼ね備えた二重下腕肢になっており、これでビームライフルを掴み、浮かせたところに右腕装備のバルカンポッドを下に差し込んでその上に載せて持ち上げる、ということをしている。

 

『パワーローダータイプの腕が、今は欲しいです……』

 

 ドラケンは胴部にマニピュレータ接続用ターレットが用意されており、目的に応じて肩から先を丸ごと素早い交換が可能となっている。

 荷役用のパワーローダータイプの腕もホワイトベースには載せているが……

 

「いいのよ。いったん帰って付け直しても。あなた一人にやってもらうだけだし」

 

 ビームライフルの回収ぐらい、ミヤビが乗っていなくてもサポートAIのサラによる自動制御でいけるのだ。

 しかし、

 

『……ミヤビさんは意地悪です』

 

 サラはそう言うと『よいしょよいしょ』と一生懸命頑張って、今の装備のままビームライフルを運ぶのだった。

 ミヤビと一緒に。

 

 

 

「うん、山沿いに大陸に入るしかないな」

 

 映し出されたマップを前に、ブライトはミライと共に今後の方針を検討する。

 

「そうね。ガルマ・ザビに占領されたといっても、まだ大陸には連邦軍の地下組織が抵抗を続けているはずよ」

 

 ミライの指摘にブライトは考え込む。

 

 なお、残念なことだが北米大陸における連邦軍の地下組織はマヒ状態にある。

 反ジオンのゲリラ運動を陰で支援している有力者、ヨーゼフ・エッシェンバッハ氏は実際には娘のイセリナに操られる傀儡でしかなく、地下組織もジオン軍に適当に泳がされ、コントロールされている状況だ。

 ちなみにエッシェンバッハ氏の旧邸宅は焼失しているが、これは戦争の被害によるものでは無い……

 

 そのような酷い状況を知らないブライトは、

 

「どうやって接触するかだが」

 

 そうつぶやき苦悩する。

 しかしミライは彼にあえてこう言う。

 

「ブライト、今はみんながあなたをあてにしているのよ」

 

 それはブライトへの信頼。

 彼なら乗り越えられると信じているからこその激励。

 だからブライトも笑みを浮かべて答える。

 

「わかっている、ミライ。さあ、ガンキャノンの戦士を迎えよう」

 

 

 

 モビルスーツデッキでアムロを迎えるフラウ・ボゥ。

 

「アムロ、お疲れさま」

 

 しかしアムロは答えることなく歩き、行ってしまう。

 

「アムロ……」

 

 アムロの背を見送るフラウ。

 

「アムロ、お疲れ」

「おーいアムロ」

「お疲れさま」

 

 リュウが、カイが、ハヤトがアムロを迎える。

 しかしやはり無言で立ち去るアムロ。

 それに気分を害した様子でカイが吐き捨てるように言う。

 

「ちぇっ、気取りやがってよ。戦ったのはなにもガンキャノンばかりじゃねえんだよ」

「よしなよ、そんな言い方」

 

 なだめるハヤトだったが……

 

「あそこまで疲労しきっていても自分の足で歩くあたり、男の子よねぇ」

「ミヤビさん?」

 

 あきれた様子でつぶやかれた声に、いつの間にかミヤビがそこに居たことに気づく。

 彼女は「クセになってんだ、音殺して動くの」とばかりに音を立てない。

 別に中二病というわけではなく、単に静かな環境が好きだから自分も音を立てるのがイヤ、というだけだったが。

 ともあれ、アムロに対する誤解は解かねばなるまい。

 

「病気でふらふらになってるときにお見舞いに来た人の相手をするのは大変でしょ。だいぶ消耗してるし、安全な環境で一人にして休ませないと」

「一人で、ですか?」

 

 アムロの後を追いそうになるフラウがミヤビに聞く。

 ああ、こういうところがアムロとかみ合わなかったんだな、と思いつつミヤビは答える。

 

「人間には皆でわいわいするのがリフレッシュになる人と、一人静かに過ごすことを必要とする人が居るってこと」

「要するにネクラってやつ?」

 

 偽悪的にカイは言うが、ミヤビは顔をしかめることもなく淡々と説明する。

 

「性格とか精神的な話でなく、生理的なものよ。外から受ける刺激への、特に危険、リスクへの身体の感度が高いのよ」

「つまり?」

 

 興味を覚えた様子でセイラが聞く。

 そう言えばこの子、医者の卵って設定があったっけ、と思い返しつつミヤビは説明する。

 

「例えば高い所に登るとキュッと身が引き締まるでしょ」

「ああ、股間が縮む……」

 

 とリュウは言いかけて女性陣の視線に気付き、慌てて口をつぐむ。

 しかしミヤビはそのとおりとばかりに変わらぬ表情で説明する。

 

「それが人体が危険にさらされたときに分泌されるホルモン、アドレナリンの作用よ」

「一時的に心筋収縮力の上昇、心、肝、骨格筋の血管拡張、皮膚、粘膜の血管収縮、消化管運動低下、呼吸器系の効率上昇といった身体機能の強化、更に痛覚の遮断を起こす、だったかしら?」

「そう、それにリュウが口にした股間が縮む感覚、性器の勃起不全も症状の一つよ」

 

 医学的な会話を交わすミヤビとセイラだったが、ミヤビのような美女の口から性器だの勃起だのといった単語が飛び出すにあたり、男性陣は視線を泳がせ、フラウは頬を染めることになる。

 そんな周囲の反応はともかく、『機動戦士Zガンダム』でヤザン・ゲーブルが部下の股間を握りながら「縮んどるぞぉ! まだ出撃前だ。しっかりせい!」と励ましているとおり、感覚的なものではなく実際に人体に作用するものだった。

 

「つまり人体が危険を感じ取り、緊急モード、戦闘モードに移行するの。だからリスクに対する感度が高い人は戦闘や生存に有利だけど」

 

 アムロがニュータイプに目覚めたのも、元々サバイバル能力に優れたこういう感受性の高さがあった上でのことなのだろう。

 しかし、

 

「これはあくまでも非常モード。使い続けると激しく疲労してしまうことになるわ」

 

 だから外的刺激から遮断された安全な環境で一人にして休ませることが必要になるのだ。

 

「逆に言うと皆でわいわいするのがリフレッシュになる人って、刺激や危険、リスクに対して鈍感なの。だから退屈して刺激を求めるわけ。これをタフと言っていいかというと疑問ね」

 

 退屈しているということは注意力が散漫になるということ。

 刺激を求めるということは危険に自ら足を突っ込もうとすること。

 戦場のようなサバイバルな環境には向かない性質なのだ。

 受ける印象とは正反対に。

 

「大事なのはそれぞれの個性を理解し尊重し、お互いの長所を生かせるようにすることなの」

 

 ミヤビの前世でも『ダイバーシティ』、市場の要求の多様化に応じ、企業側も人種、性別、年齢、信仰などにこだわらずに多様な人材を生かし、最大限の能力を発揮させようという考え方が大事になっていた。

 欠点はあるけど尖った長所もある人物に対し、欠けた部分が必須とされる仕事につけるのは生産的ではないし、最悪メンタルがやられてリタイヤということになる。

 一方で、長所を生かす仕事をやってもらえば多大な実績を上げることができるだろう。

 だから従来のような画一的な対応ではなく、柔軟な働き方を許容する社会が必要になるということだった。

 

 

 

「シャア」

「ガルマか?」

 

 シャアが宛がわれた部屋でシャワーを浴びているところに入室し、ドア越しに声をかけるガルマ。

 この辺、士官学校で同室だった者同士の気安さだ。

 

 ドア越し…… とはいえ、シャアは昔からシャワールームのドアを少しだけ開けて入ることにしている。

 換気のため、と彼は言っているが本当は最も無防備になる入浴時に襲われることを警戒してのことだった。

 だから無言で入ってきたガルマのことも、声をかけられる前から察知している。

 

「なぜあの機密のすごさを教えてくれなかったのだ?」

 

 ガルマは部屋に用意されている椅子に腰かけると背中越し、ドア越しに少しばかりの不満をシャアに向けるが、

 

「言ったさ、ジオン十字勲章ものだとな」

 

 シャワーの水音を途切れさせることも無く何でもないように返され、それもそうかと納得してしまう。

 基本的に育ちが良く素直なのだ、彼は。

 そしてザビ家の男であるガルマにこのように気負いなく会話を交わしてくれる相手は貴重で、

 

「次のチャンスを狙っているんだろ?」

 

 と挑発とも、裏返せば信頼とも取れる言葉をさらりとかけられると、それはもう機嫌よく、

 

「ああ、抜かりはない」

 

 と答えてしまう。

 シャアに言わせると、そういうところが坊やなのだが。

 まぁ、それはともかく。

 

「俺も協力する。君の手助けができるのはうれしいものだ」

 

 とシャアは言っておく。

 私ではなく俺、士官学校時代を思い出させる言い方に、ガルマは頬をほころばせ笑った。

 

「助かる、君の力を得れば百人力だ。これでキシリア姉さんにも実力を示すことができる」

「キシリア殿は君の直接の上司だったな」

 

 ガルマの立場は結構面倒くさい。

 ザビ家の人間に対する配慮だろう、大佐という地位であるにも関わらず地球方面軍司令官。

 しかし実際には名目だけでその権限は北米に限定。

 地球方面軍は実質的に姉キシリア率いる突撃機動軍の麾下であり、それにはガルマを無暗に前線に出させたくない父、デギンの意向も関わっているというものだ。

 それゆえ、ガルマの懐に飛び込んできたホワイトベースは彼が武勲を挙げる格好の獲物となっていた。

 

「シャア」

「なんだ?」

「私はよい友を持った」

「水臭いな、今更。はははは」

 

 笑うシャアだったが……

 不意に熱いシャワーを浴びているにも関わらず、背筋にぞくりと、とてつもない悪寒を感じる。

 

(この感触…… ガルマじゃない?)

 

 ガルマにこのようなプレッシャーを感じさせるものはない。

 だとすると、

 

(イセリナ・エッシェンバッハか!?)

 

 というかガルマを溺愛するヤンデレストーカーな女性が今の二人の親密な状況を見てどう思うのか……

 

(冗談ではない!)

 

 想像するだに恐ろしく、今後はちゃんと部屋に鍵をかけようと決意するシャア。

 もっともこの基地のすべての電子ロックはガルマに対してフリーパス設定となっているため、ガルマはシャアの部屋に今後も自由に出入りし、シャアを恐怖のどん底に叩き込み続けるのだが。

 今のシャアにそれを知る由も無かった。

 

 

 

次回予告

 連邦軍本部と連絡を取るためミヤビは敵陣を飛び越す作戦を実行させられた。

 しかしシャアがその作戦の出鼻をくじく。

 ミヤビはドラケンE改を出撃させることでジオン軍に立ち向かえるのか?

 次回『コア・ファイター脱出せよじゃない』

 君は、生き延びることができるか?




 サラツー覚醒、からのアムロ、暴走。
 ホラー映画みたいになってしまいましたが。
 発狂モードのアムロって怖すぎですよね。

 一方、ジオン側はなんだかガルマやイセリナが可愛いのですがどうしてでしょうね。
 シャアやイセリナパパにしてみれば、シャレにならないところでしょうけど。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第7話 コア・ファイター脱出せよじゃない Aパート

「そう、このバルブが一本やられているわけだから」

「ああ、それで出力に8パーセントの影響が出るんですね」

 

 ホワイトベースのブリッジ、航法を担当するミライはエンジニアたちと大気圏外への脱出の可能性を模索していた。

 オペレーター席のマーカーを振り仰ぎ、

 

「出力12パーセント減で計算してみてください」

 

 とシミュレートを依頼する。

 

「了解」

 

 そうして航法コンピュータにより計算されるが、

 

「無理ですね、衛星軌道には到底乗れません」

 

 という結果になる。

 ホワイトベースは損傷を受けすぎている。

 ミノフスキークラフトのおかげでブースター無しで大気圏外に脱出できるという破格の性能を持つホワイトベースだったが、それもさすがに万全の状態でないと無理ということであった。

 一方、アムロはというと、

 

「そっちの回路と接続できるんでしょ?」

「ああ」

「カタパルトの強度は?」

「ああ、そりゃあ大丈夫だ。中央カタパルトはもともとガンペリー用だ、コア・ファイターならもつよ」

「よかった」

 

 と、エンジニアのオムルと何やら検討を重ねている。

 そしてこの艦のトップであるリード中尉とブライトは、

 

「そんな、我々は軍人です。民間人を守る義務があります」

「だ、だからこそだよ。百人以上いる避難民をホワイトベースから降ろせばだな、我々は衛星軌道に戻って体勢を」

「ここはジオンが占領している所なんですよ。子供や老人たちを……」

 

 と、避難民の扱いについて話し合っていた。

 その言い合いを耳にしたフラウ・ボゥは不安そうに、

 

「避難民を降ろすの?」

 

 とつぶやくが、それにはカイがシニカルに、おどけた調子で答える。

 

「いや、ブライトさんはいつまでも逃げるつもりよ」

「そんなことは言っていない」

 

 気色ばむブライト。

 

「へえ、悪かったかい? でもよ、食料はどうするんだい? 戦闘できない人たちが百人もいるんだぜ」

「カイ」

 

 カイを嗜めようとするブライトだったが、リード中尉の言葉がそれを押しとどめる。

 

「今の少年の言うとおりじゃないか、え?」

 

 そんな彼らの様子を……

 ミヤビは静かに眺めていた。

 まるでそこに置かれた人形のように。

 

 そんな彼女に妹のミライが問う。

 

「姉さんはどう思うの?」

 

 と。

 ミヤビはそれこそスイッチが入れられた自動人形のように二度、三度と瞳を瞬かせ、そして口を開く。

 

「避難民はここで降ろすべきでしょ」

 

 と。

 

「なっ!?」

 

 信じられないと驚くブライトに、ミヤビは説明する。

 

「実際、いつ墜ちるか分からない艦に乗せているよりマシでしょう。ジオン軍に一時休戦と保護を求めてもいい」

「本気で言ってるんですか、ミヤビさん!」

「ザビ家独裁でイメージが悪いジオンだけど『自分たちは地球連邦の圧政を排除し独立するんだ!』って理想に燃えている軍人たちの規律って、負けが込んで自暴自棄になっている連邦兵よりかなりマシだし」

 

 実際、地球連邦軍って腐敗軍人やチンピラ兵士が多いしなぁ、とミヤビは内心嘆息する。

 

「そんな! 地球にコロニーを落とすような連中ですよ」

「地球連邦軍本部のあるジャブローに向けての純粋な軍事施設への攻撃よ? 地球連邦軍がジャブローを守るためだったら他に被害が出てもいいよね、って判断してそらしたからシドニーが無くなったりしたんでしょう?」

 

 その言葉に息をのむ周囲を見回して、

 

「と、ジオンの兵士は考えてるわ」

 

 と続ける。

 そもそも南極条約が締結されるまで様々な大量破壊兵器に対する禁止条約が存在しなかったのだって、地球連邦がジオンを独立国家と認めていなかったから。

 地球連邦という単一の国家しか存在しない、としたために国と国との約束である条約が結べなかったからというある意味自業自得というか間抜けなお話なんだし。

 アニメやマンガにもなった小説『銀河英雄伝説』において「全人類の支配者にして全宇宙の統治者、天界を統べる秩序と法則の保護者、神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝」を擁するため敵対する自由惑星同盟を国家として認められず反乱軍としか呼べない、という銀河帝国と同じレベルのことをやっていたわけである。

 

「どうして自らが生活する大地であるコロニーを地球に落とすことができたのか、って地球のマスコミは騒ぎ立てたけど、それこそ宇宙市民、スペースノイドの感情を理解していない、しようともしない……」

「姉さん」

 

 ミヤビの言葉を止めたのは、妹のミライの声。

 それでミヤビは我に返る。

 ああ、話がずれたなぁ、と。

 だから一呼吸置いて、現実面に話を戻す。

 

「北米大陸のジオン軍を率いているのは地球方面軍司令官ガルマ・ザビ大佐。ザビ家の四男の、育ちのいいお坊ちゃんで、軍規の維持に成功するのみならず、現地の住民とも友好的な関係を築いているわ」

 

 そこで言葉を切って、

 

「まぁ、彼の人の好いところに付け込んで利用させてもらいましょう、ってこと」

「お詳しいんですね」

 

 と言うブライトにうなずいて、

 

「知らない仲でもないし、交渉するなら仲介してもいいわ」

 

 と言い残し、ミヤビはブリッジを立ち去る。

 

「この戦争が始まる前、姉さんは……」

 

 ミライが自分のことを話している声が背中越しに聞こえた。

 

 

 

 墜落する、飛行機……

 逃れられない死の瞬間、■■■は見た。

 

 

『重力に囚われし者たちよ。

 この奈落の底で蠢き、その野蛮なる雄叫びが枯れ果てるまで。

 その想いが尽きるまで戦い続けるがいい……』

 

 

 死神を。

 

 

 というわけで宇宙世紀公式のオカルト的存在『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』登場の死神(CV:井上喜久子)の手によってファースト・ガンダムの世界に男性から女性へとTS転生してしまったミヤビ。

 理系脳で技術バカなミヤビだったが、転生してそれなりに悩んだのだ。

 いずれ起こる一年戦争、その悲劇を防ぐために自分でもできることがあるんじゃないの、と。

 そこで企画したのが父親が持つコロニー建設も請け負うヤシマ重工を利用した『コロニーリフレッシュプロジェクト』だった。

 

 人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって、既に半世紀が経っていた。

 地球の周りの巨大な人工都市は人類の第二の故郷となり、人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいった……

 

 というのは『機動戦士ガンダム』の冒頭ナレーションだが、都合半世紀以上も過ぎれば初期に建てられたスペースコロニーも古くなる。

 『機動戦士ガンダムΖΖ』の序盤の舞台、サイド1の1バンチ、シャングリラは自転速度のコントロールに遅れが生じたままであったり気象コントロールがほとんどできず何ヶ月も雨を降らすことができなかったりという酷いものだった。

 経済状況悪化のため、ということだったが、逆に言えば金をかけてメンテナンスを行わなければそうなるほど老朽化しているということだ。

 

 ミヤビは古いコロニーに対し大規模なリフレッシュ工事を行うことでこれを解消しようとした。

 最新技術を使って生活環境を改善すると同時に、その後の維持、メンテナンス費用も大幅に削減し長い目で見ればお得となるものだ。

 また新たにコロニー建設するよりはるかにお財布に優しいですよ、というもの。

 まぁ、住宅リフォームのコロニー版といったところだ。

 

 対象はサイド3、ジオンのコロニーだ。

 ミヤビがガルマと面識があるように、ヤシマ重工は割とジオンには伝手がある。

 コロニー関係の工事があれば入札、受注するし、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』登場のMS-03ブグや、プロトタイプグフが使用していたマシンガンはヤシマ重工製だった。

 これはガンキャノン機動試験型、局地型ガンダムにも使われ、後に改良されたプロダクションモデルYHI YF-MG100、100ミリマシンガンが陸戦型ガンダム等で使用されることになるのだが。

 この世界はORIGIN準拠ではないようだったが、それでも類似した関わりはある。

 まぁ、そういった関係を利用したのだ。

 

 そして『コロニーリフレッシュプロジェクト』をジオンに対して行う目的は、

 

・ジオンに金と資源を吐き出させ、戦争準備に回されないようにする。

 

・生活環境の改善によりスペースノイドの不満を和らげる。

 

・大規模公共事業の実施により経済が活性化するため、これもまた民衆の不満を和らげることができる。

 

・経済の活性化で恩恵を被るのは非軍事産業、つまりジオンの中でも戦争を忌避するハト派であり、ザビ家など急進的なタカ派に対し歯止めが期待できる。

 

・金が動くということはその経済活動により恩恵を受ける企業がジオン、連邦双方に生じるということ。戦争をしない方が得、ということを示すことができればそれだけで平和への後押しになる。

 

 などというものだ。

 そして失敗した。

 ジオンの利益になることはとにかく反対、という者たちによって。

 その中にはジオンの台頭に危機感を抱いた地球連邦軍の武断派…… レビル将軍の姿もあった。

 ミヤビは、

 

「某北の首領様への人道支援みたいにその分軍事に回されるとかそういうのじゃないから。ジオンの金と資源でやるんだよ。逆に戦争準備に回される分が減るでしょうが」

 

 と懇切丁寧に説明したが理解は得られなかった。

 そういった人々は最初から話を聞く気など無かったのだ。

 最後にミヤビはシドニーに置かれる地球連邦オセアニア州議会でこの計画に対する賛成宣言採択決議案を住民の直接投票にかけてもらい……

 圧倒的多数で否決されたことであきらめた。

 

 ミヤビは半ば自分を納得させるためにそうしたのだが、実際に一年戦争が始まって人類の半数が死に至り、コロニー落としでシドニーが地図上から消え、巨大なクレーター、シドニー湾になってしまうにあたり、ミヤビは死の預言者と恐れられることになった。

 何しろある意味、シドニー市民に自ら死への選択の投票をさせたようなものだったから。

 無論、ミヤビの『コロニーリフレッシュプロジェクト』が実施されたからといって未来が変わった保証はない。

 もっと酷くなった可能性だってあるが、それでもあの時、別の選択をしていたらと人は考えてしまうものだ。

 『ヤシマの人形姫』の異名が畏怖交じりにつぶやかれるのは、ミヤビの外見からくるだけのものではない。

 死神が憑りついている、としか思えないこういった過去の行いが彼女を恐れさせているのだ。

 

 ……ということにミヤビはまったく気づいていなかったが。

 やっぱり凡人の自分が無理しても歴史は変えられないよね、と納得しただけである。

 

 それに単に失敗しただけではなく、得られるものもあった。

 それゆえに精神的に救われた面がある。

 だから引きずらずに居られたとも言える。

 

 そしてミヤビは自分をこの世界に転生させた死神について考える。

 もしかして歴史の修正力みたいなオカルトな力を持っていて、それでミヤビが何をしようとも頑固なまでに歴史が変わらないのではないかと。

『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』でも死神を見た登場人物たちはみな運命に抗い、戦闘自体には勝利するものの、結局は悲劇的な結末を迎えていたし。

 実際、これまでのところ史実に大きな変化は無いし、ホワイトベースのたどる遍歴もまたミヤビという異分子とガンダムがなぜか搭載されていない、という違いがあるにもかかわらず大筋では変化が無い。

 予定調和みたいな運命が決まっていて、そこから外れることはできないのでは、とミヤビが疑うのも無理はないとも言える。

 

 一応、科学的に死神の存在を考察することもできるのだが。

『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』で登場したサイコフレームは人の意思を力に変え、物理法則すら捻じ曲げた。

 後に『機動戦士ガンダムUC』にてフル・フロンタルにシャアの残留思念の一部がとりついていたように、死者の念が現実に対し干渉できるようにする力もある。

 死神とはそういう存在なのでは、とミヤビは考えている。

 この辺については『機動戦士ガンダムNT』の脚本を担当した福井晴敏氏がインタビューで語っている内容が参考になった。

 

 そして例えば……

 なぜリード中尉は大気圏突入時にあそこまで錯乱したのか?

 どうしてミヤビの知る史実と同じくホワイトベースは北米大陸に降下してしまったのか?

 偶然にしては出来過ぎではないだろうか?

 

 それは、サイコフレームのような力がリード中尉の意思に干渉したせいではないだろうか?

 

 もちろんこの時点ではサイコフレームはまだ開発されていないわけだが、同等かそれ以上のオーバーテクノロジーをもたらす存在が宇宙世紀の世界にはあった。

 『∀ガンダム』で登場した異星人が造ったと言われるターンX。

 それがいつ地球圏に到達し、人類に発見されたのか明らかにはなってはいない。

 そしてターンXがサイコフレームか、それに相当するものをもたらし死神と言われる存在を生み出した……

 そう考えれば説明も付く。

 異星人が造ったものが地球圏に到達している以上、ワープ航法や時空間跳躍などといった技術はあるはず。

 とすれば異世界、または並行世界の存在と思われる前世のミヤビの記憶を時空を超えてこの世界にもたらすなどといったことも可能だろうし。

 

 まぁ、これらもしょせんはミヤビの想像。

 確かめるすべはない。

 ミヤビがへっぽこで運も足りないから史実を変えられないんだよ、という身も蓋も無いオチだってあり得るのだから。

 

 

 

 一方、ミヤビが降ろすべき、とした避難民、徴兵の対象とならなかった老人たちを主にした人々はこのような話をしていた。

 

「無理やり宇宙移民をさせられた我々が二度と帰る事のないと思っとった地球へ帰れたのじゃ、着陸もできずに終わったら死に切れんというものじゃ。そうは思わんか? 皆さん」

 

 古い世代の宇宙移民の意識とはこういうものだ。

 ダ・カーポの「地球へ…Coming Home To Terra」を聞かせたら彼らは確実に号泣するし、カラオケで歌わせたら涙ながらに絶唱するだろう。

 というか実際ミヤビが迂闊に年配者の前で口ずさんだら大泣きされたという過去がある。

 

「そこで、わしに考えがある」




 ここにきてようやく出すことのできたミヤビの転生とこれまでの経緯についてのお話でした。
 そして失敗するべくして失敗したミヤビの『コロニーリフレッシュプロジェクト』ですが、これにはまだ語っていない部分があって今後のお話に影響してくる予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第7話 コア・ファイター脱出せよじゃない Bパート

「ホワイトベースのエネルギーを利用してコア・ファイターを発進させる?」

 

 ブライトはアムロからの提案を受け、確かめるようにその内容を口にする。

 アムロはうなずいて、

 

「はい。弾道軌道に乗れば目的地には確実に着けます」

 

 と、モニターに軌道を示して見せる。

 それを見たミライも航法に関する知識があるだけに、その内容を理解する。

 

「確かに可能性は十分ね。さっき計算してみたんでしょ?」

「はい、中央カタパルトにメインエンジンのスチームバルブを繋げさえすれば、やれます」

 

 不調で大気圏離脱は不可能だとはいえ高い推力を持つホワイトベースを多段式ロケットの第一段に見立て、さらにガンペリー用スチームカタパルトで加速。

 そして航空機等によって高空まで輸送され発射される『空中発射ロケット』と同様の形式でコア・ファイターを飛ばそうというものだ。

 高空に運ばれたところから発射されるこの方式は、地上よりも低重力であり大気密度や大気圧も低いという環境から、重力損失、空気抵抗損失、推力損失が低減されるという利点がある。

 そのため比較的容易に目的の高度や軌道に到達させることが可能となるのだ。

 ミヤビの前世で言うとNB-52B ストラトフォートレスやロッキード L-1011 トライスター改 スターゲイザーを母機とした人工衛星打ち上げロケット『ペガサス』があった。

 

「しかし……」

 

 ブライトが思案するが、

 

『ハヤト、フラウ・ボゥ、E通路の避難民達が騒いでいる。すぐ来てくれ』

 

 というリュウからの艦内通信で、一時中断。

 彼らがブリッジから離れると、口を開いたのはカイだった。

 

「いつまでも敵と根比べをつづけてても始まらねえでしょう。アムロの提案をやってみたら?」

「カタパルトを手直しできるかどうかの問題がある。それに、やれたとしても発射する時のショックに誰が耐えられるか」

 

 パイロット用ノーマルスーツには対Gスーツ機能もある。

 それにより最大9Gまでの加速に耐えられる、とされるが、それはあくまでも鍛え上げられたパイロットだからこそのもの。

 その熟練のパイロットもその日の体調によって耐えられる限界は上下するものだ。

 

 なお誤解されていることが多いが、史実でアムロが気絶しているのはカタパルトで撃ち出された後、最高速度マッハ4.8(大気圏内ではマッハ3という説もあり)というコア・ファイターの高い推力を使っての加速中での出来事だ。

 つまりカタパルト射出から継続して高いGをかけ続けたため脳に血液が回らなくなってブラックアウトしているものだった。

 

 しかし、

 

「言い出したのは僕です。失敗しても犠牲者は一人ですむはずです」

「アムロ……」

 

 そんなアムロにカイは、

 

「おうおう、言ってくれるねえ」

 

 と、呆れと感心が入り混じったような声を漏らす。

 アムロはそれに対し、

 

「失敗すると決まった訳じゃないでしょう」

 

 と言い返す。

 だがカイの態度は変わらない。

 

「ホワイトベースから出たら奴らの攻撃を覚悟しといた方がいいぜ」

「あなたは、あなたはいったいなんなんです?」

「むきになることはないだろう。忠告しただけなんだぜ」

「カイ!」

 

 セイラがたしなめようとするが、カイは肩をすくめて、

 

「そう、オレは軟弱者だ。腹を立てるほどの人間じゃないのさ」

 

 と開き直る。

 

「そうですか、カイさんは大人なんですね。だったら人を不愉快にさせないでください」

 

 というアムロの言葉にも笑うだけだった。

 アムロはこれ以上話しても無駄だとブライトに向き直る。

 

「ブライトさん、カタパルトの手直しをお願いします」

「よし」

 

 ブライトは決断する。

 

「よろしいですね? リード中尉」

「認める。なによりもまず参謀本部に連絡を取ることだからな」

 

 しかし、

 

「異議あり」

 

 そこに待ったをかけたのは、いつの間にか現れたミヤビだった。

 相変わらず音を立てず気配が無いため周囲の人間の心臓に悪い。

 妹のミライには慣れっこだったが。

 

「ホワイトベースの守りはアムロのガンキャノンにかかっているのを忘れていない?」

 

 ミヤビの言葉に、いまさらながらその事実を思い出す一同。

 

「それにコア・ファイターは小さすぎるからコクピットに緩衝装置が組み込めず、割とパイロットの身体には優しくない乗り物なのよ。それで射出時のショックに耐えるのは大変よ」

 

 これも事実。

 『機動戦士Vガンダム』の劇中でもウッソ君がコア・ファイターを組み込んだVガンダムのコクピットは敵のモビルスーツ、シャッコーと乗り比べてパイロットに優しくないという感想をもらしていた。

 

「で、でもそれじゃあ、どうしろって言うんです、ミヤビさん」

 

 戸惑うアムロにミヤビは言う。

 

「サラミスのカプセルを使えばいいでしょ」

 

 サラミスの大気圏突入カプセルはミヤビの前世の記憶で知る史実と違って無傷でホワイトベースに収容されている。

 このカプセル、大気圏離脱用増設ブースターを付けたりマスドライバーなどで打ち上げてもらえば大気圏の離脱も可能なものだ。

 そして大気圏脱出速度まで加速するためパイロットをGから保護する機構が備えられている。

 弾道軌道で打ち出すにしろ、コア・ファイターよりは安全に行えるはずなのだ。

 

 その上でミヤビはこう考えている。

 彼女の知る史実と違ってリード中尉は負傷していない。

 このままでは補給のためマチルダ隊がやって来ても退場することなく居座る可能性がある。

 そして言っては悪いが指揮官としての資質に欠ける彼の指揮下ではホワイトベースは生き残れない可能性が高い。

 だから、

 

「アムロ君はメカニックや技術的な知識は大人顔負けですが、軍事的知識に秀でているわけではない。彼を連絡員として使うと本当に『お使い』にしかなりません。行った先で「ならこうしてくれ」と指示を受けてもそれが可能かどうかの判断が彼にはつかないし「あれはどうだ?」と聞かれても答えられない。かといって何度も伝書鳩を往復させられるほどジオンも甘くは無いでしょう?」

 

 リード中尉、本当はここから逃げ出したいんでしょう?

 味方と連絡をつけなければならない。

 そして、

 

「連絡員は士官クラスの知識と判断力を持った人間でないと」

「しかしそれは……」

「非常のときには非常の選択が必要です」

 

 この船に居る士官はあなただけ。

 厳密に言うと他にテム・レイ博士とかタムラコック長が居るが、これは専門技術者を士官待遇しているだけだから対象にはならない。

 

「お願いできますね、リード中尉」

 

 敵の前線を自ら突破し、ホワイトベースを救うという英雄的行為。

 大義名分を用意してあげたんだから、素直に乗りなさいな。

 

 ここでリード中尉には退場してもらう、そういう誘いだ。

 史実ではシャアに邪魔されたが、今回もそうなるとは限らない。

 また往復とは言ったが、この状況下では行ったら最後、戻ってくることは難しいだろうし。

 ミヤビはダメ押しに、

 

「カプセルに合わせたカタパルトの手直しはできますから」

 

 という言葉と共に、

 

(イエスと言え!!)

 

 とばかりに視線に力を込める。

 そしてリード中尉は「絶対にノゥ!!!」とは言わなかった。

 一瞬、言葉に詰まったが、それでもうなずく。

 

「わ、分かった。よろしく頼む。ミヤビ君」

 

(勝ったな)

 

 ミヤビは内心ニヤリと笑う。

 無論、人形じみたその表情に変化は無かったが。

 

 そして……

 

(ミヤビさん、どうしてあなたはそうやって自分を犠牲にするんですか)

 

 と、ブライトはこぶしを握り締める。

 このようにリード中尉も含め周囲は当然、ミヤビの思うようには捉えていなかった。

 彼らの中では、ミヤビはアムロを庇って代わりに自分がサラミスの大気圏突入カプセルによる危険な突破作戦に志願した、という具合に受け取られているのだ。

 これまでの行いのせいでミヤビは「士官クラスの知識と判断力を持った人間」と思われている。

 また「お願いできますね、リード中尉」という言葉も、自分が行くことを許可してください、という意思表示だと思われている。

 毅然とした態度(感情が表に出ないだけ)と強い意志が込められた視線(リード中尉にイエスと言わせるためのもの)、そしてミヤビのこれまで積み重ねてきた数々の実績(状況に流されただけ)が、そうとしか思わせないのだ。

 自業自得としか言いようのない状態だったが、ミヤビはそれには気づかない。

 そういうバカバカしいほどの誤解とすれ違いが生じているのだった。

 

 

 

 ジオン軍基地。

 そこでガルマは秘書を務めるイセリナと共にモニターを睨んでいた。

 

「ドラケンとガンキャノンのデータは皆、入ったのか?」

「はい、推測できるデータはすべて」

 

 ホワイトベースの通信の一部はジオン側に傍受、暗号強度の低いものは解読されており、そこから名称が判別されていた。

 画面に表示されるデータにガルマは目を見開く。

 

「驚いたな。外から見たデータで割り出した性能でも我がモビルスーツ、ザクなど問題外か。内部のデータがわかればさらに……」

 

 そこにシャアが現れる。

 シャアはイセリナの存在に退きそうになる足を叱咤して、表面上は何事も無いかのように歩み寄る。

 その仮面の下の表情は盛大に引きつっていたが……

 それに能天気にも気づかぬガルマはシャアに向かって感心した様子で語りかける。

 

「シャア、あのモビルスーツを敵によくも二日間も追撃できたものだな」

 

 シャアは苦笑気味に、

 

「ガルマ、君の予想以上に苦労はしたがね」

 

 と答える。

 ガルマも、

 

「わかっている」

 

 とうなずく。

 そしてモニターに目を向けなおし、

 

「しかしこのドラケンE改、ミヤビ君のところのヤシマ重工製か……」

 

 と感慨深げにつぶやく。

 その物言いに、シャアは仮面の下の瞳を見開いた。

 

「知っているのかガルマ?」

「ああ、そもそもこの機体、ジオンでも月企業がライセンス生産したものを今現在でも買えるし、一部では荷役、作業用として導入すらされているものだ。これには開戦前にヤシマ重工から購入したものも含まれる」

「なん…… だと……?」

 

 虚を突かれたようにシャアは絶句する。

 

「右腕のハードポイントに装備された武装はカタログに無いことから地球連邦軍の開発によるものか未発表の最新装備だろうが、基本、作業機械のあの機体にザクやマゼラアタックに有効な武器を与えるだけでここまで化けるとは、まずいな」

「どういうことだガルマ。ジオンでも買えるというのなら、導入したら良いだろう。武装は手に入らないなら独自に開発してしまえばいい」

「それをするとジオンは負ける」

「なに!?」

「ドラケンは基本、作業機械で安く量産が効く上、パイロットを選ばないのだ。少し練習すれば学生のアルバイトでも扱える」

 

 それでシャアは気づく。

 

「人海戦術か……」

 

 ガルマは憂鬱そうにうなずく。

 

「ああ、一説によると連邦とジオンの国力差は30対1、それは人的資源にも言えることだ」

 

 人海戦術による潰し合いにジオンが付き合うことは不可能なのだ。

 

「しかしこのままでも不味いことには変わりあるまい。このドラケンE改30機をザク1機にぶつけて墜とすことができれば、連邦はこの戦争に勝ててしまうのだから」

「ああ、だからジオンが選べる道は一つだけだ」

 

 ガルマの言いたいところはシャアにも分かる。

 

「モビルスーツの更なる高性能化でドラケンを無力化するか……」

 

 実際、それしかなかった。

 

「そう、小型機の弱点は拡張性だからな。兵器の進化についていけず陳腐化するのも早い」

 

 と、ガルマが言うとおり。

 ミヤビの知る旧20世紀から21世紀にかけてのジェット戦闘機を例に取ると分かりやすいだろう。

 アップデートしながら長く使えていたのはF-4ファントムIIやF-15イーグルなど大型で拡張の余地がある機体ばかり。

 軽戦闘機は開発時点ではその軽便さを生かした性能がもてはやされるが、時代が流れると機体にアップデートを施す余地が無くて詰む。

 そのためF/A-18ホーネットを拡大設計したF/A-18E/FスーパーホーネットやF-16ファイティング・ファルコンを拡大設計した日本のF-2のように元の機体から再設計、大型化して対応するというのが普通だ。

 ほぼ別物の機体になるので、開発費が多少圧縮できるという利点しかないが。

 そういった意味でミヤビの前世の記憶においてジェガンが長らく使われていたのは大型機で拡張の余地が大きかったため、とも言えるだろう。

 

「幸いザクに続く地上戦用のモビルスーツ、グフが、続いて重モビルスーツ、ドムが近々ロールアウトする」

「ほう?」

「ガンキャノンやドラケンの性能を解析し対応策を盛り込む。またその技術を次の機体に生かす……」

 

 すでに地球でのジオン軍の兵器生産拠点、キャリフォルニアベースではガンキャノンの出現に対抗し、ザクキャノンの開発が始められていた。

 これは重量バランスの悪さや不確定なニーズなどを原因として一時開発凍結されていた対空砲装備型ザクを基にした機体である。

 この辺はミヤビの前世の記憶どおりの展開だが、時期は若干早まっている。

 史実ではガンキャノンが戦闘に参加したのは割と遅く、第8話「戦場は荒野」からだったからだ。

 そして、

 

「そのために木馬を落とし、あれらの機体を手に入れるか」

「協力してくれるか、シャア」

「当然だろう?」

「フフ、私は良い友人を持った」

 

 なおミヤビがこの会話を聞いていたら、

 

 このガルマ覚醒していない?

 シミュレーションゲーム『ギレンの野望 ジオンの系譜』で戦死せず「新生ジオン」の総司令官として立つ「ガルマの栄光~新生ジオン編~」での彼みたいに。

 

 と思っただろう。

 もちろんこれもミヤビのせいである。

 例の『コロニーリフレッシュプロジェクト』を行うためにジオン上層部と接触したミヤビはガルマとも友誼を結んでいる。

 そして、そのころのガルマは優秀な兄や姉に対する焦りや士官学校の同級生であるシャアに対するライバル心から誤った方向に暴走しかけており……

 そこに現れたミヤビはそんな彼に新しいものの見方を与えてくれた。

 ミヤビにはそんなつもりはまったく無かったが、彼女は転生しても相変わらず男性脳、理系脳の持ち主。

 自分が知っているものについて間違ったことを言っている相手には訂正したり説明したりせずにはいられないし、相手に悩み事を打ち明けられたら、女性のように「それは大変だねー」と共感するだけではなく、打開策や対応方法について考え助言してしまうタイプだ。

 そしてミヤビの持つ視点とそれに基づく助言は彼女の前世の記憶、つまりこの世界の未来を俯瞰した知識によるもの。

 テム・レイ博士がそれに強いインスピレーションを受けたように、ガルマはミヤビの助言にいわば天啓を得たような衝撃を受け、新たな視野を得るに至ったのだった。

 

 まぁ、それが現状では敵の強化をしてしまうことになる。

 ミヤビは自分で自分の首を絞めていることにつながっているのだが……

 もちろんミヤビはそれに気づいていないのだった。




 ガルマ覚醒。
 そして『だいたいこいつのせい』を地で行くミヤビでした。
 自覚無しに全力で自殺点(オウンゴール)を決めまくるスタイル。
 どうしてこうなった。


> このガルマ覚醒していない?
> シミュレーションゲーム『ギレンの野望 ジオンの系譜』で戦死せず「新生ジオン」の総司令官として立つ「ガルマの栄光~新生ジオン編~」での彼みたいに。

 ガルマ生存ルートですね。
 そのまま同じようにはならないと思いますが、一方で私のこのお話ではガルマが死ぬ未来が想像できなかったり。
 イセリナが強すぎて……


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第7話 コア・ファイター脱出せよじゃない Cパート

『苦しいのは初めの30秒だ』

「はい……」

 

 大気圏突入カプセルのコクピットに詰め込まれてしまったミヤビは、いつもの人形のような無表情の仮面の下、盛大に混乱していた。

 

 あ…… ありのまま今起こったことを話すわ!

「私はリード中尉をカプセルに乗せるよう誘導できたと思ったら、いつの間にか自分が乗せられていた」

 な…… 何を言っているのかわからないと思うけど、私も何をされたのかわからなかった……

 頭がどうにかなりそうだった……

 催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてない(当たり前)

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったわ……

 

 といったところ。

 ネタを仕込めるとは余裕なような気もするが、ともあれ。

 

 どうしてこうなった。

 

 である。

 

 

 

 一方、ホワイトベースのブリッジでは、

 

「大変です、避難民達が暴動を起こしました」

 

 ハヤトたちが駆け込んで報告していた。

 

「暴動?」

 

 ブライトが驚き、

 

「な、なんでだ?」

 

 と、リード中尉もうろたえる。

 リュウの答えは、

 

「老人達がカツ、レツ、キッカ、子供たちを人質にとってホワイトベースを着陸させろって」

 

 というもの。

 さらにセイラが、

 

「それに、カツとレツとキッカがかわいそうだってフラウ・ボゥまで人質に残ってしまっているんです」

 

 と告げる。

 しかし、

 

「ハヤト、リュウさん、早くノーマルスーツに着替えてコア・ファイターで待機するんだ」

 

 と、すでにノーマルスーツ姿のアムロがうながす。

 彼はカイの言うとおり、ミヤビが発進した後にジオン軍の妨害があった場合に助けに行けるよう準備しているのだ。

 それに対し、ハヤトは信じられないというように声を上げる。

 

「心配じゃないのか?」

「何が?」

「君の一番仲良しのフラウ・ボゥが人質にとられているんだぞ、少しは気になって……」

「ハヤト、ブライトさんもミライさんもセイラさんもいるんだ。ホワイトベースのことは任せられると思ってるよ。僕は自分のできることをやるだけだ」

 

 アムロの言葉に、セイラもうなずく。

 

「アムロの言う通りよ」

 

 そう言ってハヤトの肩をなだめるように押さえる。

 そして彼女はフラウ・ボゥの代わりにオペレーターを務めるべく通信機に向かう。

 アムロはそれを見て、

 

「格納庫へ行きます」

 

 と自分も行動を開始する。

 ブライトもうなずいた。

 

「頼む」

 

 

 

 ティータイムを楽しんでいたガルマたちにも、ホワイトベースの動きに対する報告が通信で届いていた。

 

『ガルマ司令。パトロール艇、ルッグンから連絡が入りました。木馬が動き出したようです』

「なに? データは送れるか?」

『は、送ります。レーザー計測した推測データです』

 

 ディスプレイに映し出された情報に、ガルマは瞳を細める。

 

「シャア、どう思う? 衛星軌道にでも脱出するつもりかな?」

「そんな速度じゃないな。あ、あるいは!」

 

 シャアは立ち上がると通信兵に命じる。

 

「ドレンを呼び出してくれ、コムサイの発射準備をさせる!」

「シャア、どういうことだ?」

「木馬め、連邦軍から孤立している状態をなんとかしたがっているんだ」

 

 

 

 ブリッジのセイラから通信が入る。

 

『カウントダウンに入ります。いいですね? ミヤビさん』

 

 全然よくないんだけど、と死んだ目でそれを聞くミヤビ。

 しかしセイラのカウントダウンは容赦なく減っていき、

 

『10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0』

「っく!」

 

 

 

 ミヤビを乗せた大気圏突入カプセルは矢のように飛んでいく。

 

「カプセル、弾道軌道に乗ります」

 

 あらかじめ『苦しいのは初めの30秒だ』と言われていたとおり。

 カタパルト射出のショックだけでなく、その後もロケットエンジンにより加速し続けることで継続する高いGに耐えられず気絶したミヤビ。

 そして貨物スペースに降着状態で押し込まれたドラケンE改を載せて……

 

 

 

『木馬から何か発射されました』

「弾道軌道か?」

『は』

 

 シャアとガルマもミヤビを乗せたカプセルの動きをとらえていた。

 

「我が軍を飛び越えて連邦軍本部と連絡をつけるつもりだ」

「基地上空はミノフスキー粒子のおかげでレーダーは使えないぞ、どうする? シャア」

「追いかけるまで!」

 

 ガルマの問いにシャアは即答する。

 

「接触できるか?」

「1分後に発進、2分50秒でキャッチできます」

「よし」

 

 そして駆け出す。

 

「シャア!」

 

 残されたガルマはいつもの、前髪をいじる癖を見せながら笑う。

 

「フフフ、相変わらずだな。よし、ガウ攻撃空母に伝えろ、シャアを援護しろとな」

 

 

 

 そしてシャアを乗せたコムサイが大型レール式カタパルトを使って撃ち出される。

 長大なストロークを持つこれは本来、コムサイにブースターを付けた上で大気圏離脱させる際の初期加速に使われるもの。

 今回は大気圏離脱用ブースターを用いてはいないが、それでも弾道軌道を取るミヤビのカプセルにも十分追いつくことができるはずだった。

 

 

 

 ブライトたちは暴動を起こした避難民たちとの交渉にあたっていた。

 

「わしらはなにも乱暴しようというんじゃない。本当の事が聞きたいだけなんじゃ」

「それなら人質など要らないはずです」

 

 と諭すブライトに、代表者の老人は黙って瞳を伏せる。

 そしてブライトは気づいた。

 

「みんな、銃をしまうんだ」

「え?」

「しまうんだ!」

「ああ」

 

 ブライト、そしてリュウ、ハヤト、セイラは腰のホルスターに連邦軍制式拳銃M-71A1を戻す。

 それを見て、老人たちは口々に訴えだす。

 

「地球は、元気ならわしの孫がいるはずなんじゃ」

「わしは生まれ育った町や川をもう一度この目で見たいんじゃ」

「別れたじいさんにもう一度会ってみたいんだ」

 

 ブライトの脳裏にミヤビの言葉がよぎる。

 

「どうして自らが生活する大地であるコロニーを地球に落とすことができたのか、って地球のマスコミは騒ぎ立てたけど、それこそ宇宙市民、スペースノイドの感情を理解していない、しようともしない……」

 

 つまり彼ら古い世代の移民たちの認識ではいまだに故郷とする大地とは地球のことなのだ。

 コロニーなど、自分たちを閉じ込める監獄に過ぎない。

 

 挙句、コロニー建設費用の徴収などと言って税を吸い上げる……

 地球連邦政府、アースノイドにしてみれば高速道路の料金のように受益者負担で連邦がコロニーを建設するにあたって作った借金を住人が返済するのは当然だろうが。

 しかし棄民政策で無理やり地球を追い出されたスペースノイドにとっては、

 

「監獄造ったからそこに入れよ。当然、監獄の建設費用から維持までお前ら持ちな。シャバ(地球)には一生戻させねぇから」

 

 と言われているようなもの。

 そんな監獄を地球連邦に突き返してやって何が悪い、というのがコロニー落としに対する正直な心情なのだった。

 

「私は地球に着陸しないとは言っていない」

 

 苦い思いをかみしめながらブライトは言うが、老人たちは退かない。

 

「あとどれくらいで着陸できるのか、はっきりとこの耳で聞かせてもらいたい」

「あんたらに任せきりで悪いが、戦争の間あんた達と対等に話をする為にこの子たちをここに置く事に決めたんじゃ」

 

 それに対しブライトは、

 

「私たちも全力を尽くしているんです」

 

 としか言えなかった。

 

 ブライトはふとルナ2のワッケイン司令のことを思い出す。

 自分が避難民たちの処遇について迫った時も、理知的に対応していた彼のことを。

 逆に訴えを受ける立場になれば分かる。

 自分の主張がいかに一方的なものであったのか、それに対応するのがどれだけ大変なのか。

 今にしてワッケイン司令の有能さと、それ以上に優れた人格者であったことを痛感するブライトだった。

 しかも、

 

『ブライト、至急来て欲しいの、ブライト』

 

 と、ブリッジに残したミライから連絡が入る。

 

「どうした?」

『とにかく早く来て、早く』

 

 ブライトは仕方なく話を切り上げ、ブリッジに戻るしかなかった。

 

 

 

「姉さん、無線は回復したはずよ。姉さん、答えて姉さん!」

「やられたのか?」

「冗談は言わないでちょうだい!」

 

 さすがのミライもカイをにらむ。

 そんな中、更なる報告がもたらされる。

 

「敵機接近。カプセルを追いかける敵機です。1分後に接触します」

「シャ、シャアか?」

 

 リード中尉の言うとおり、コムサイで緊急発進したシャアだ。

 

「そ、そんな。姉さん、姉さん応答して! 姉さん?」

 

 そこにブライトたちが戻ってくる。

 

「敵にキャッチされたのか?」

「応答ないの」

 

 ブライトは即座に決断する。

 

「ミヤビさんを援護するぞ」

 

 すかさずカイが火器管制装置に駆け寄る。

 

「よーし、ミサイルチェック。いつでもいいぜ」

 

 なんだかんだ言っても、もしもの場合に備えているカイ。

 だからこそ彼はブリッジに残ったのだし、即座に対応ができるのだ。

 この辺、不器用だとも言える。

 

「ミライ、全速力で前進だ。カプセルは進路を下げるしかないだろうからな」

「了解。メインエンジン、現状での最大出力、願います」

 

 不調で大気圏離脱は不可能だとはいえ高い推力を持つホワイトベース。

 敵の攻撃を避けるため地表を這うようにノロノロと飛んでいるため誤解されることも多いが、現状でも全速を出せばそれなりな速度を出すことができる。

 カプセルが弾道飛行をあきらめ減速、さらに回頭してこちらに向かってくれるなら迎えることもできるだろう。

 

 リード中尉がキャプテンシートからオペレーターを振り仰ぐ。

 

「レーダーは使えんのか?」

「30パーセントの確率で使えます。地球上にしてはミノフスキー粒子の濃度が濃すぎます」

 

 との返答。

 カイは照準レーダーを確認。

 

「なんとか見える。やってみるかい? ブライト」

「ん?」

 

 どうするか考える間もなくリード中尉の指示が下りる。

 

「撃て、陽動作戦になる」

 

 なるほど、ブライトは命中させるのは困難と考えたから迷ったが、威嚇、そして敵の注意を惹きつけるには当たらずとも撃つ価値はあるか。

 ミヤビはブレインストーミングと考えてリード中尉の意見を聞けば良い、と言っていたが、どんな意見も頭から否定したりせず多様なアイディアを求めることは実際に役立つようだ。

 だから決断する。

 

「よーし、発射」

 

 

 

「ミサイルか」

 

 コムサイのシャアはホワイトベースからの攻撃に気づくが、

 

「どうせ木馬のあてずっぽうの攻撃だろう。敵のカプセルに近づいてしまえ、当たりはせん」

 

 と、コムサイを操縦するドレンに指示する。

 この辺の読みはさすがとも言える。

 

 

 

『ミヤビさん、起きてくださいミヤビさん』

 

 大気圏突入カプセルのコクピット。

 カーゴスペースに押し込められたドラケンE改のサポートAI『サラ』が機内通話によってミヤビを起こそうとするが、反応は無い。

 仕方なく、サラは最終手段を用いる。

 

『エレクトリッガーッ!!』

「っ!?」

 

 強力な電撃がミヤビを襲う!

 シートの上でビックンビックンと跳ねまわるミヤビの身体。

 

『エレクトリッガーッ!!』

 

 ビクンビクン!

 

『エレクトリッガーッ!!』

 

 ピクピク………

 

『ガーッ!!』

 

 まるでアニメ『レッドバロン』の最終決戦のようにエレクトリッガー、実際にはパイロット用ノーマルスーツに備えられた電気ショックによる覚醒パルスを遠隔で連発させるサラ。

 ドラケンE改の機体も赤いし、ま、多少はね。

 

『これでも起きないなんて…… こうなったら必殺のサラ・コレダーをぶっ放すしか』

「殺す気か!?」

『あ、おはようございますミヤビさん』

「おはようじゃないでしょ! 必殺って何!?」

 

 必ず殺すと書いて必殺だからね!

 

『なかなか起きないからどうしようかと……』

「起きてた! 一発目で起きてた!」

『えーっ?』

「電撃の痛みで悶絶して起き上がれなかっただけでしょうが!?」

 

 ここまで感情をあらわにするミヤビも珍しいが、まぁ、これだけの仕打ちをされたら仕方がない。

 誰だってそうなる。

 

 そもそもミヤビに限らず強電関係について学んだ技術者は大抵、こういうのは大っ嫌いになるものだ。

 何しろ電気は目に見えないにも拘わらず「そいつに触れることは死を意味する!」というもの。

 高圧大電流なら一瞬でグロ画像と化すし、電圧が低くても条件次第で死ぬときは死ぬ。

 勉強していればその危険性は嫌でも理解できるし、業界に居れば人身の事故事例情報も多く流れてくる。

 それなのにミヤビの前世、高専の実習室にあった電動機は古くなったのか絶縁が甘く、実験や実習で油断して触ると「ビリっときたあああああ!!」とヒドイ目に遭うというもの。

 おかげでミヤビは静電気が大っ嫌いだし、電気風呂は怖くて入れない。

 この先、ヒートロッドを持ったグフが現れても絶対に戦わないぞ、頑張ってアムロ君!

 と心に決めているミヤビである。

 

 それはともかく。

 

『でも何で寝てたんですか? ミヤビさん、ドラケンのジャンプのGだって耐えているのに』

 

 寝てたって……

 このAI、言語機能がバグってるのでは? と思いながらも答えるミヤビ。

 

「あれは瞬間的なものだから耐えられるのよ。それに事前に『Gウォーム』もしてたし」

 

 最大9Gで加速し3秒以下で最大戦速に突入するという無茶なドラケンE改のジャンプだが、

 

・素人は大体5~6G程度で頭に血が廻らなくなりブラックアウト、気絶するというが、瞬間的にはもっと高いGにも耐えられることが分かっている。

 

・耐Gスーツは下半身を締め付けることで脳の虚血状態を防止するものだったが、ミヤビの前世、旧21世紀でもさらにベストやヘルメットまで同様の機能を付けたコンバットエッジというものも登場していた。そしてパイロット用ノーマルスーツの耐G機能はそれを上回る全身に作用するものでより高いGにも耐えられる。

 

・ドラケンE改には後に第2世代モビルスーツに採用されるリニアシートに使われたパイロットへの衝撃を吸収する機構、マグネティック・アブソーバーの簡易版とも言えるメカニカル・シート・アブソーバーが内蔵されている。

 

・戦闘機パイロットは事前に5G程度を身体にかけグレイアウト状態を作ってからすぐに緩めることで、1時間ほどG耐性を向上させる『Gウォーム』という手法を利用している。ミヤビはモビルスーツデッキの標準サイズモビルスーツ用カタパルトの加速力と長大なストロークを使って限界まで加速することでこれを出撃のたびに行っている。

 

※グレイアウトとはブラックアウト手前、頭に血が廻らなくなり視界が暗くなった状態を指す。水平方向の加速でも発生するのでミヤビはカタパルトの加速でこの状態を意図的に作り出している。

 

・機動兵器のパイロットは小柄な人物の方が向いている。これは頭と心臓との距離が近く、なおかつ足の先と心臓との距離も比較的近いためで高G状態でも頭に血を送りやすくなり結果としてブラックアウトに陥りにくいということ。女性は男性よりも耐G能力が高いと言われるのはこのためで今は女性のミヤビもまた割と高めの能力を持っている。

 

 ということで耐えられていたのだ。

 今回は、そのうちのいくつかの条件が欠落したためブラックアウトし気を失っていたわけである。

 そして、不意に機体に走る衝撃!

 

「なっ、何事!?」

 

 

 

 もちろん銃撃を加えてきたのはシャアの操るコムサイである。

 

「ドレン、このバルカン砲は照準が甘いぞ」

 

 などと毒づきながらもミヤビの乗る大気圏突入カプセルに命中させることに成功。

 火を噴くカプセルだったが……

 不意にカプセルから走る反撃の火線が、油断していたシャアのコムサイを襲う。

 

「直撃です」

 

 ドレンの報告。

 そしてカプセルから小型の赤い機体が離脱する。

 ミヤビが貨物スペースに載せられていたドラケンE改の60ミリバルカンポッドで反撃、脱出したのだ。

 

「大丈夫だ。致命傷ではなかろう。私もザクで出る。コムサイを敵の上に上昇させろ」

「はい」

 

 

 

 一方、ミヤビの救助に向かうホワイトベースでは待機していたアムロのコア・ファイターが出撃していたのだが、

 

『ブライトさん、六機対一機じゃ勝負になりません』

 

 ジオンの戦闘機、ドップの編隊に襲い掛かられ、逃げ回るのがやっとという状況に追い込まれていた。

 シャアの援護に出撃してきたガウ攻撃空母から発進した編隊である。

 だからアムロはリュウとハヤトにもコア・ファイターで控えるように言ったのだが、フラウと子供たちを心配した彼らはそちらに回り、結果として出撃のタイミングを逃していた。

 ドップに接近された状況ではハッチを開けてコア・ファイターを発進させるのは危険なのだ。

 デッキ両舷に備えられたミサイル発射装置は前方攻撃用であるだけでなく機動兵器発進時に敵機を近づけないための支援用でもあるのだが、射出口が固定であるためここまで接近を許すとそれもあまり役に立たなかった。

 

「アムロをホワイトベースに戻させろ」

「アムロ、引き返せて? 冷静にね。地上すれすれに戻っていらっしゃい」

 

 ブライトの指示を臨時のオペレーターを務めるセイラが伝える。

 

『しかし』

「ブライトとリード艦長の命令です」

 

 その様子をカイは皮肉気に見て笑う。

 

「へへへへ、無理すっからさ」

「貴様!」

 

 ブライトの拳がカイを殴り飛ばす。

 

「な、なんだよ、俺が何したってんだよ?」

「貴様、今度同じような態度を取ったら宇宙だろうとなんだろうと放り出す」

 

 ミヤビが見ていたらこう言っていただろう。

 カイ君の気持ちもわかるけどね、と。

 

 カイは斜に構えるところがあるが、それは物事を俯瞰して見る目があるということ。

 だからアムロやブライトの立てる策に潜んでいる危険、リスクに気づくことができる。

 以前はカイもこんな態度を取らず、真摯に忠告していたのだろう。

 しかしギリシャ神話に登場するカサンドラのように予言者は、特に失敗や敗北の予言者は嫌われ疎まれるものだ。

 アムロやブライトにしてみれば「だったら代案はあるのか?」と言いたいところだろうし。

 しかし、この状況でそんな贅沢なものがあるのならカイだって最初から提案している。

 それでも皆が見ないふり気づかないふりをしているリスクが気になるからこそ軽薄さを演じながら口を挟むわけだ。

 

 まぁ、何事もバランスな訳だが。

『やらない理由を探してばかりの小利口は行動するバカに勝てない』

 という言葉がある。

 リスクを把握するのは大事だが、そればかり気にして行動しなければ何かを産み出すことも状況を変えることもまたできない。

 アムロやブライトの決断や行動にはカイが言ったとおりのリスクがあった。

 しかし彼らはあえてそれを棚上げして、バカになって行動することで状況を打開しようとしている、とも言える。

 

 ではカイは劣った、不要な人間なのかというとそうではない。

 彼は一年戦後、ジャーナリストとなって大成している。

 カイが持つ鋭い観察眼を活かすことができれば、それだけの実績を上げられるということ。

 カイはそれだけの人物であるということなのだ。

 

 現在はミノフスキー粒子とモビルスーツの登場で従来の戦闘ドクトリンが崩れ、戦場で何が起こるか分からない時代。

 これはミヤビの前世、VUCAな時代と言われた旧21世紀のビジネスの世界に似ている。

 Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を並べたもので、まぁ、言葉が示すとおり変動が大きく不確実でしかも複雑さが増し、曖昧模糊としたカオスな、混沌とした状態。

 昭和やバブルの時代みたいに「同じような人材が集まって、一致団結して同じ目標を目指せばいい」という状況ではない。

 それでは宇宙艦隊を軸とした大艦巨砲主義一辺倒に走った地球連邦軍がミノフスキー環境下におけるモビルスーツには非常に脆弱だったように、状況の変化に対応できず壊滅的な損害を受ける可能性があるのだ。

 

 ではどうするかというと、何が起こるか分からないなら、何が起きても対応できるよう人材にも多様性を求めましょうということになる。

 良い悪いではなく多様な個人の資質を生かすことが重要になってくるわけだ。

 そのためにはカイの方にも歩み寄る必要があるのだが……

 

「わ、わかったよ、ブライトさん」

 

 口ではそう言いつつも、不敵に口元を歪めるカイ。

 なかなか素直にはなれないようだ。

 

「カイ……」

 

 そしてその様子を仕方が無い人ね、とでもいうように横目で見るセイラ。

 ガンタンクで共に戦って以来、カイとは二人で組んで行動することが多い彼女。

 軟弱者と詰った最初の印象と違って反骨精神にあふれる意外な面も持っている、とは気づいていたが。

 どうして彼がそんな行動をするのかについてはまだまだ理解できないでいるのだった。




 ミヤビ、いつにも増してヒドイ目に遭う、の巻。
 電気ショックでいたぶられるヒロイン、しかも主従逆転……
 というとなんだかえっちぃのですが、全然そんなことは無かったぜ!
 まぁ、そういうのは得意な人の三次創作に期待ということで(丸投げ&ちょっとだけ怖いもの見たさ)

 なお、腕時計、スマートウォッチ型の電撃ショック式目覚ましは実在するそうです。
 私はミヤビと同じで絶対に使いたくありませんけどね。

 しかし、ミヤビがドラケンのジャンプのGに耐えられるわけとか、避難民の心情とか、カイの内面についてとか、やっぱりワッケイン司令って上司に欲しいよね、とかまじめな話も書いたはずなのですが。
 毎度のようにヒロインたちが繰り広げる騒動の、強烈なインパクトの前に霞んじゃいますねぇ。
 どうしてこうなった……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第7話 コア・ファイター脱出せよじゃない Dパート

『ザクが降下して来ます』

 

 自由落下中のドラケンE改。

 その頭上を取ったコムサイからシャアの赤いザクが投下されたのを、サラが報告してくれる。

 

「了解。例の装備を使用するわ」

 

 ドラケンE改の機体背面上部に設置された特殊装備。

 これが今回の勝利の鍵だ。

 

 

 

 一方、ホワイトベースでも、

 

「コア・ファイター収容、ガンキャノンに換装急げ」

「アムロ、聞こえて? あなた、ガンキャノンで空中戦をやる自信あって?」

 

 アムロにガンキャノンで空中戦をさせるべく準備が進められていた。

 

『空中で? ガンキャノンってだいたい陸戦兵器なんですよ』

「大丈夫、自由落下で1分以上空中にいられるのよ。あなたならできるわ」

 

 驚くアムロだったが、セイラは問題ないと答える。

 

『勝手すぎます! 僕にはそんな器用なことできません』

「生き抜きたくないの? アムロ、ホワイトベース着艦、急ぎなさい」

『……も、もう、いいですよ、うっ』

 

 ドップからの銃撃を受け、それ以上考えている余裕の無いアムロ。

 ブライトがモビルスーツデッキに指示を出す。

 

「コア・ファイター着艦フック、降ろせ」

『着艦軸OK。入ります』

 

 コア・ファイターの着艦はデッキ内で行うのではなく船外、デッキ下面に張られたアレスティング・ワイヤーにコア・ファイター上面にせり出したアレスティング・フックを引っ掛けて行う。

 滑走路にアレスティング・ワイヤーを張って着陸する通常の航空機とは上下が逆だ。

 そして翼や機首を折りたたみコア・ブロックに変形したところをメカニカル・アームで掴んで艦内へ収容。

 そのままガンキャノンの下半身、Bパーツに挿入。

 そして上半身、Aパーツを被せて換装は完了だ。

 

『操縦系切り替え終了。で、でもセイラさん、僕には』

「アムロ、誰だって自信があってやっているんじゃないわ。でもねアムロ、あなたには才能があるわ、自信を持って。ハッチ開くわよ」

 

 

 

 そしてガンキャノンは半開きにしたハッチの隙間からドップを攻撃。

 敵が怯んで攻撃が途切れた隙にホワイトベースから飛び立つ。

 

「地上に落ちるまでは1分20秒。それまでに仕留められるか?」

 

 ビームライフルと頭部60ミリバルカン砲を駆使してドップと戦うアムロ。

 

 

 

「ええい、ガンキャノンが邪魔で。う、な、なんですか? あなたたち」

 

 ミサイルで援護をしようにもできない状況に、ブリッジを飛び出し対空砲座に向かおうとするカイだったが、

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、ここは」

「どうした? ……あ、あなた方は」

 

 カイの声に振り向いたブライトが目にしたのは避難民の老人たちだった。

 

「や、やっぱり降りられんのだな?」

「なんとか地球に、な、この通りじゃ」

 

 この非常時に、と内心イラつきつつもブライトは可能な限り平静な表情と声で、

 

「わかってます。さ、心配せずに部屋にお戻りください」

 

 となだめるが、

 

「わしら、もう動かん。地球に着陸してくれるまでな」

 

 と、老人たちは座り込みを始めてしまった。

 

 

 

「地球での自由落下というやつは、言葉で言うほど自由ではないのでな」

 

 そうつぶやき、ザクにマシンガンを撃たせるシャア。

 しかし、

 

「ば、バカな!?」

 

 ドラケンE改はシャアの射撃をひらりとかわし、その上、

 

「と、飛んでいるだと!?」

 

 落下するだけではない。

 ドラケンE改は重力環境下で飛行を続けていた。

 

「ガルマが収集したスペックによればリミッターカットによる一時的な弾道軌道の大ジャンプは可能でも、大気圏内で飛行を続けられるほどの能力は持っていなかったはず」

 

 どういうことなのだ?

 

 シャアは激しく混乱しながら重力に引かれ、落ちて行った。

 大空を舞うドラケンE改を上空に残して……

 

 

 

『パラシュートパック動作良好』

 

 ドラケンE改を飛ばし続けているのは機体背面上部に設置できるパラシュートパックだった。

 空挺車両の降下に使われるマッシュルームタイプとは別に用意された、特殊部隊のHALO(高高度降下低高度開傘)やHAHO(高高度降下高高度開傘)による敵地侵入任務向けの長方形の翼のようなスクエア型(ラム・エア・キャノピー)のパラシュートだ。

 これはパラシュートの両端につなげられたロープを引くことでパラグライダーのように飛行をコントロールできるもので、それによってミヤビはシャアのザクからの射撃を回避したのだ。

 またドラケンE改のロケットエンジンの推力を利用すれば動力付きのモーターパラグライダーとして継続的な飛行も可能である。

 コントロールには当初ドラケンE改のマニピュレータを使っていたが、

 

『コントロール用電動リールも問題なしです』

 

 とサラが報告するとおり、両手がふさがるという問題から両肩に電動リールを設置する方式に改められた。

 他にも自動作動装置と呼ばれる一定高度以下になった場合に傘を自動で開く安全装置と予備のパラシュートも装備には含まれる。

 そして、

 

「本当に目に見えない素材でできているのね」

 

 と、ミヤビは上方を振り仰いでHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)に映し出された画像を見てつぶやく。

 パラシュートの生地とロープは視認困難な透明特殊素材で作られている。

 この素材は厳しい生存競争の中で生物が進化させてきた機能を模倣する『バイオミメティクス(生物模倣技術)』を利用したもの。

 透明な物体が目に見えるのは屈折率の異なる物質が接する境界面では光の反射が起きるため。

 しかし水生生物の中にはナノ突起と呼ばれる微小な構造で覆われている者があり、表面が毛足の長いじゅうたんのようになっていて、光の反射を弱め、和らげられることによって透明な身体を目視できないほど水に紛らわせることができる。

 空気中においてもカタカケフウチョウという鳥の羽根の光吸収率は99.95%で、その羽根にあるマイクロメートル単位の微細な形状が光を反射しない構造になっている。

 これらを参考にナノテクで人工的に再現したのがこの透明特殊素材である。

 またレーダー波などの視認以外のサーチにもステルス性を持っている。

 そのためシャアにはドラケンE改が単独で飛んでいるように見えたのだ。

 

 なお、その飛行性能はそれほど高くないため、シャアが冷静だったら撃墜されていた可能性も高い。

 タネが割れていないからこそ通じた、おそらくシャア相手には二度と通用しないだろうという詐術である。

 

 

 

 ロケットエンジンを吹かし、シャアはザクを地上に着地させた。

 モニターに遠方のホワイトベースが映る。

 

「木馬め」

 

 健在なその姿にいまいましげにつぶやくシャア。

 そこに通信が入る。

 

『シャア、聞こえるか?』

「ああ、ガルマ」

『連邦軍のモビルスーツな、あれに対する作戦を改める必要がありそうだ』

「どういうことだ?」

 

 ドップ隊が引き受けたガンキャノンの方についての話かとシャアは聞き入る。

 シャアとてドラケンE改について驚くような報告があるのだが、それを上回るようなものがあるというのか。

 

『コンピュータのデータから推測するしかないが、敵のモビルスーツは戦闘機を中心に自由にタイプを変えられる多用途モビルスーツらしい』

「なに?」

 

 今回のコア・ファイターを収納してガンキャノンに換装、という運用をガルマ配下の兵が見抜いたのだ。

 コア・ブロックへの変形は艦外で行われていたとはいえ、なかなかに鋭い。

 

「で、では、今まで私の見ていたのは敵のモビルスーツの一部分の性能という訳なのか? あ、あれで」

 

 化け物のような硬さと攻撃力を誇るガンキャノンについてシャアは考える。

 パイロットが素人同然であるにも関わらず撃破不能だったあれが……

 

「では、こ、今後どう戦ったらいいのだ? ガルマ」

『戻れ、検討しよう』

「……りょ、了解」

 

 さすがのシャアもそう答えるしかなかった。

 

 

 

 帰還し、ブリッジに戻ってきたアムロとミヤビをカイが迎えた。

 アムロはその場に居る老人たちに、いぶかしげな視線を向けるが、

 

「気にすんなよ、アムロ」

 

 カイが肩をすくめ、

 

「ご苦労だったな、アムロ、そしてミヤビさん」

「お茶飲む?」

 

 ブライトとミライもそう言って迎えてくれる。

 

「はい」

 

 そううなずくアムロに老人たちの代表が話しかける。

 

「あんたさんが、いや、ここにいる皆さんも全力で戦っておる。そのつらさはわかっとるつもりじゃが、しかし、わしら年寄りの愚痴で言ってるんじゃないんだ。我ら、地球の大地を……」

 

 アムロは、

 

「わかってます」

 

 とうなずくが、

 

「わしらをここで降ろしてくれ」

 

 その言葉にブライトは言う。

 

「あと一息で連邦軍の勢力圏に入るんです。それまでの我慢がなぜできないんですか?」

「それまでの命の保証を誰がしてくれるんです?」

「この子の命だけでも助けてください」

「安全な所を見つけて我々を降ろせばすむんじゃないのかい」

 

 アムロはその勝手な物言いに、怒りを覚える。

 

「あなた方は自分のことしか考えられないんですか?」

「子供に年寄りの気持ちがわかるか」

「誰が、自分だけの為に戦うもんか。皆さんがいると思えばこそ戦ってるんじゃないか。僕はもうやめますよ?」

 

 そういきり立つアムロの肩を押さえたのはミヤビだった。

 そして彼女の妹であるミライがそこにすっと割って入った。

 アムロには、

 

「アムロ、お茶が入ったわよ」

 

 と。

 老人たちには、

 

「フラウ・ボゥとちびちゃんたちをブリッジによこしてください」

 

 と。

 避難民たちはミライの顔をしばし見つめた後に息を吐き、

 

「期待しとりますよ、お嬢さん」

 

 と言って去って行った。

 

「さすがヤシマ財閥の跡取り、ヤシマ姉妹の物腰柔らかな方」

 

 感心したような声を上げるのはミヤビだ。

 

「姉さん、その話は……」

「納得していない、と言うんでしょう。でもダメ。お父様はもう決めたし、私は失敗した」

 

 二人の父親であり辣腕の経営者、シュウ・ヤシマ。

 ミヤビの知る史実とは違い現在でも生きている彼には、ミヤビが計画した『コロニーリフレッシュプロジェクト』が失敗するのは最初から分かっていたことだった。

 それでも企画の立ち上げを許可したのはミヤビを失脚させ、ミライを次期当主に据えるため。

 

 前世の記憶とこの世界の未来の情報を持つミヤビは技術方面で様々な実績を上げていて、ヤシマグループでもその支持者は多かった。

 しかし彼女は経営者には絶望的に向いていないことを父親は知っていた。

 

 世の中、ロジックではないのだ。

 もちろん感情論が何かを解決することは無い。

 しかし感情に配慮ができていない施策が人々に受け入れられることもまた無い。

 

 そして経営の世界で理屈どおりに進むことは無い。

 例えばプロジェクトリーダーを務めていれば、どこかの工程が遅れることはままある。

 その遅れがプロジェクトの全体工程に影響してしまう、なんてことも。

 担当者の見積もりが甘かったから、だから担当者が責任を取って徹夜でも何でもして工程どおりに進めろよ、ということができるかというと、実際には物理的に不可能な場合がほとんど。

 そしてプロジェクトリーダーにはこの状況を何とかしなくてはいけない責任がある。

 だから他から応援を呼んだり工程を調整したり、という折衝が必要になるが、他だって余裕など無いし、そもそも自分のせいでも無いのに何でこっちが被害を受けなきゃならないんだ、と思う者が大半だ。

 そして彼らが言うこともまた正しい。

 ロジカルな方法論しか持たない人間は、ここで詰んでしまうのだ。

 ミヤビの前世、旧21世紀の日本でも世界有数の一流技術を誇る大企業で、

 

 それまで順調に実績を上げてきた技術職、研究職の優秀な人材を管理職にしたとたん、メンタルをやられて次々に倒れてしまう。

 

 という現象が起きていたのはそのためだ。

 一流企業の技術職、研究職につくには、一流の学校を良い成績で卒業しなくてはならない。

 つまり才能が必要なのだが、天才と言われる人間にもまんべんなく何でもできる者と、どこか欠けているが得意分野では負けないという者が居る。

 前者は万能の人、本当の天才なので数が限られる、となるといきおい後者の比率が高くなってしまうのだ。

 そして一芸特化型の才能の持ち主は概して対人スキルが低い。

 

 その点、対人能力が高い人物なら、

 

「まぁまぁまぁ、うん、気持ちは分かるけどここはひとつ……」

 

「あー、そうだよね。分かった。それじゃあ、こういうのはできる? その代わりに……」

 

 という具合に、ロジックでは対応できない状況も何とかしてしまえる。

 それも感情的なしこりを残さずに、いやかえってつながりを深化させる方向で処理してしまえる。

 モチベーションは仕事に馬鹿にならない影響を与えるため、これは本当に大事なのだ。

 そしてそれこそがマネジメントを行う管理職、そしてさらに上の経営者に求められる資質。

 ミヤビには無くてミライにはある才能なのだ。

 

 先ほどの避難民の老人とのやり取りも、そのミライの才能、人柄によるもの。

 ミヤビには真似できない……

 そもそもどうして彼らが納得して引き下がったのか、ミライの何がそうさせたのかすらミヤビには理解できない領域の話だった。

 

 それじゃあミヤビのような人材はどうすればいいの、という話だが、技術特化型なら技術の仕事さえさせておけば大きな成果が出せるのだ。

 専門職制度という専門的知識や技能を有する従業員を管理職と同等に処遇する人事管理制度を活用すればいい。

『担当課長』などといった部下を持たないが給料などは管理職待遇というやつである。

 苦手な対人折衝はしなくていいから持ってる技術で成果を上げてね、というもの。

 

 そしてミヤビは前世も今も自分というものを知っている。

 だから自分に経営者が務まらないのは承知の上だし、ミライが代わりにやってくれるなら大歓迎。

 自分は得意な技術分野で協力するよ、という話。

 婿を取る必要もなくなるし、ということで全面的に賛成しているのだが、ミライには尊敬する姉を追い落とすようなことはできない、と思われている。

 

「そんなの気にしなくてもいいのに、もっとドライに考えれば?」

 

 とミヤビが思うのは彼女がロジックで考える人間だから。

 

「私はドライではありません」

 

 とミライがかつて言ったように、普通そう簡単には割り切れないものなのだった。

 

 

 

次回予告

 避難民を地上に降ろすために戦いがやんだ。

 が、その隙に次の戦いの為の陣が敷かれる。

 そしてペルシア親子が帰るべき大地に見たものは?

 次回『戦場は荒野』

 君は、生き延びることができるか?




 ミヤビの『コロニーリフレッシュプロジェクト』には複数の意味や狙いがあったのですが、その一端を公開させていただきました。
 この先のお話でこれ以外の事柄についても順次明かされる予定です。

> 空挺車両の降下に使われるマッシュルームタイプとは別に用意された、特殊部隊のHALO(高高度降下低高度開傘)やHAHO(高高度降下高高度開傘)による敵地侵入任務向けの長方形の翼のようなスクエア型(ラム・エア・キャノピー)のパラシュートだ。

 これを使ったスカイダイビングの大会を間近で見たことがあります。
 アキュレシーランディング、地上に置かれたターゲットにいかに正確にランディングをできるかという競技ですが、自在に空を飛び、頭上を通過していく姿に感心したものでした。

 次回は戦争の悲哀を描いた名作『戦場は荒野』ですが……
 原作どおり綺麗に終わらせることができない予感がひしひしと。
「せっかくのお話を汚すな」とか怒られそうで怖いですね。

 それではみなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第8話 戦場は荒野 Aパート

「転属? 私を君の配下にか?」

 

 シャアは戸惑った声を上げる。

 それに対し、ガルマは笑顔で答えた。

 

「一時的なものだがな。兄上に願い出ていたものが、今朝、正式にご了承していただけたのだ」

 

 兄上、とはシャアの上司であるドズル中将だ。

 彼はガルマに対して将来を期待しており、つまり甘い面がある。

 とはいえガルマの上司、キシリアとは反目しているところもあり、エースであるシャアを一時的にしろあっさりと貸し出すはずがないのだが……

 

「私も君の好意に甘えていてばかりではならないと思ってな」

 

 ガルマは照れたように前髪をいじるいつもの癖を見せながら言う。

 

「今のままでは君の立場はあいまいで実力を十全には発揮できないだろう? それに戦功を挙げたとしても正しく評価されない。だから君に私の参謀長の席を用意したんだ」

「ガルマ……」

 

 シャアは余計なことを、という感情を仮面の下に押し隠す。

 ガルマの背後に控えるイセリナ・エッシェンバッハの底知れぬ笑顔に恐怖したという面もあるが。

 

「しかしそれでは、木馬を落としたとしても君の武勲は」

 

 遠慮、という形でシャアは用意された立場を回避しようと試みる。

 彼はあいまいで責任の無い立場を利用してガルマ個人に恩を売ったり、また機会を見てガルマを陥れることを考えていた。

 しかし正式にガルマの参謀長にとなると責任が生じるようになる。

 それではまずいのだ。

 

 だがガルマは笑顔で首を振った。

 

「私とてザビ家の男。この先、将の将としての道を進んでいかねばならないだろう。そして将の将とは部下と武勲を競うものではなく、部下に武勲を立てさせる者を言う」

 

 そして部下が武勲を立てたなら、それはその部下を信頼して用いた上官の功績にもなる。

 将の将とはそういうことだ。

 

 ということをガルマがドズルに主張したらマジ泣きして喜ばれ、上機嫌でシャアを貸し出してくれたのだ。

 さらには青い巨星、ランバ・ラル大尉も追加で送り出す用意をしてくれるというから大盤振る舞いである。

 お兄ちゃん、自重しろ。

 

 一方、シャアはというと、

 

(なぜだ。なぜガルマがこのように……)

 

 と混乱していた。

 シャアの見たところ、ガルマの人の好いお坊ちゃんぶりはまったく変わっていない。

 なら自分をこのような状況に陥れたのは、

 

(イセリナッ! 謀ったな、イセリナ・エッシェンバッハ!!)

 

 ということになる。

 まったくの誤解である。

 ガルマは『ヤシマの人形姫』の影響で、生来の人の良い部分を残しながらもいい意味で覚醒しているだけである。

 

「友とは良いものだ。喜びは倍となり、苦しさは半分となる」

 

 と無邪気に「ダメだったら一緒に姉上に怒られようぜ!」とでもいうように笑うガルマに、シャアは、

 

(冗談ではない!)

 

 と仮面の下、内心絶叫しているのだが、ガルマはそれに気づかない。

 イセリナは気づいているかもしれないが……

 

 

 

「ぶ、ぶつかるぞ」

 

 迫る岩肌に顔面を引きつらせるリード中尉。

 北米大陸、グレートキャニオン。

 コロラド高原が長年のコロラド川による浸食作用で削り出された大渓谷を縫うようにホワイトベースは飛んでいた。

 

「っ!」

 

 せわしなく修正舵を切るミライ。

 ホワイトベースの主翼が岩肌をかすめ、衝撃が船体に走る。

 

「無茶だ、ブライト君。もっと高度を取りたまえ」

 

 リード中尉は命令…… と言うより悲鳴を上げる。

 セガの大型体感筐体アーケードゲーム『アフターバーナーII』のボーナス面あたりが元祖か、その後ナムコのフライトシューティングゲーム『エースコンバット』シリーズまで続く、いわゆる渓谷面をホワイトベースでやっているようなものだから、その気持ちは分からないでもない。

 だが、ブライトは振り仰ぐようにして反駁する。

 

「あなたにはあれが目に入らないんですか?」

 

 モニターに映し出されるホワイトベースの上空にはジオン軍のドップ戦闘機の編隊が飛んでいた。

 

「できれば地面を走りたいぐらいです」

 

 というブライトの言葉は誇張でも何でもない。

 

「しかしだな、満足に操艦できないパイロットで……」

「いいえ、できます」

 

 よほど余裕がないのかリード中尉の言葉に被せるようにして反駁するミライ。

 実際、ミライの操艦の腕が優れているからこそこんなアクロバティックな真似ができるのだが、リード中尉にはその辺がよく分かっていなかった。

 

 

 

「うわっ!」

 

 ホワイトベースに走る衝撃に、アムロは転倒する。

 

 ふにっ

 

 その手が何か柔らかいものに触れ……

 

「う、うわわわわっ!」

 

 慌てて立ち上がるアムロ。

 彼は一緒に居たミヤビの上に転んで、その胸に手のひらを当てていたのだった。

 

「アムロ?」

 

 相変わらず身体の線の出るパイロット用ノーマルスーツを着込んでいるミヤビは幼い少女のようにぺたんと座り込んだまま、小さく首をかしげてアムロを見上げる。

 アムロの主人公らしいラッキースケベだったが、己の美貌や性的魅力に無自覚なミヤビにはそういう認識が無かった。

 うろたえるアムロを不思議そうに見るだけだ。

 年上の女性のくせに無防備で無垢なその視線に、アムロは無意識にごくりとつばを飲み込み……

 

「痛っ!」

 

 一緒に居たフラウに脇腹をつねられ、正気に戻る。

 

「何だよフラウ・ボゥ!」

「鼻の下、伸ばしてるからよ!」

「そ、そんなはず……」

 

 と言いつつも顔に手を当ててしまうあたり、自覚があるらしい。

 

 マヌケは見つかったようだな。

 

 そんなラブコメを繰り広げていたせいで、彼らは近くのサブブリッジに誰か居ることに気づかなかった。

 

 

 

「コウ君、あなた男の子でしょ。このくらいのことで泣かないの。ごらん、これが地球よ」

 

 息子、コーリーを胸に抱き、サブブリッジの窓から大地を見下ろすペルシア。

 

「ここがあなたのお父様の育った所なのよ。お父様はあなたがいくらでも威張れるような立派な方だったの」

 

 彼女たち母子の存在を、ミヤビたちは見落としていたのだった。

 

 

 

『こちらはバイソン。木馬は山脈越えにかかる様子です』

 

 ガルマたちの元にドップの編隊から報告が入る。

 ガルマは即座に命じる。

 

「山脈を越えさせるな。地上軍のマゼラアタックと接触でき次第攻撃を」

 

 しかし、

 

「ガルマ」

「なんだ? シャア」

「木馬がなぜあんな飛び方をしていると思う?」

 

 シャアがホワイトベースの動向について問う。

 

「我々のレーダーから逃れる為だろう?」

 

 ガルマは単純にそう思ったが、シャアは首を振った。

 

「違うな。ミノフスキースクリーンの上に地形を利用した強力な妨害網を引くつもりだ」

 

 手元のコンソールを操作して簡単な概念図をモニターに映し出す。

 

「こうだな。となれば、ミノフスキー粒子の効果は絶大だ」

 

 両翼は崖に守られ、上空側はミノフスキースクリーンによる妨害を行う。

 ガルマはその意味を理解する。

 

「どんなに強力な誘導兵器も使わせんということか」

 

 そういうことだった。

 

「待ち伏せるんだ、我々の有利な地点で」

「そして一挙に叩くか」

 

 ガルマは拳を手のひらに打ち付けた。

 

 

 

「どういうこと? ドップの編隊が引き上げていく」

 

 とセイラが言うとおり、ジオンの動きはホワイトベースのブリッジでも感知していた。

 

「何かある」

 

 ブライトはうなずきつつも今後の行動について打ち合わせを始める。

 床面のモニターに周囲の地形図を映し出し、

 

「これが我々のいるグレートキャニオンだ。ホワイトベースの現在位置はここだ。そして、敵はおそらくこのミッド湖あたりに戦力を結集してくるだろう」

 

 と予想。

 

「うん、同感だな」

 

 とリード中尉も同意する。

 なぜなら、

 

「ここが我々の最も不利な地点だからだ」

 

 ということ。

 

「ガンキャノンの働き如何で我々の運命が決まる」

「アムロ、頼むわよ」

 

 ミライにそう声をかけられ、アムロは、

 

「はい」

 

 とうなずくが、それに対しカイが、

 

「俺たちはどうでもいいんだとよ」

 

 と肩をすくめるのに戸惑う。

 まぁ、カイのこれはいつものポーズなのだが、アムロのような生真面目な人間にはさらっと流すことができないのだ。

 だからセイラも、

 

「カイ」

 

 と、たしなめるように名を呼ぶ。

 カイはバツが悪そうに、

 

「いや……」

 

 と言いかけ、気づく。

 

「ん? フラウ・ボゥ、なんだいその人たちは?」

 

 フラウは数人の避難民たちを連れていた。

 その中にはペルシア母子の姿もある。

 

「艦長、この方たちがどうしてもお話をしたいことがあるそうです」

 

 フラウの紹介を受け、ペルシアが発言する。

 

「実は、私たちをここで降ろしてもらいたいんです」

「ええっ?」

「ええっ、降ろす?」

 

 ブライト、セイラが驚きの声を上げる。

 一方、

 

「戦闘中だっていうのに」

 

 と、リュウが言うのは非難ではなく彼女たちを心配してのこと。

 やはり彼は気は優しくて力持ちを地で行く気配りのできる男である。

 そんな彼らにペルシアは訴える。

 

「この先にあるSt.アンジェは私の夫の故郷なんです」

 

 その言葉にリード中尉は感慨深げにつぶやく。

 

「故郷? こんな所でそんな言葉を聞くとは」

「ご無理は承知の上です。でも私はこの子を父親の故郷で育てたいんです」

「あなたたちは…… よくもそんな自分勝手なことが言えたもんだ!」

 

 リード中尉は声を荒立て、

 

「ブライト君!」

 

 とブライトに彼らの退出を命じようとするが、思案顔だったブライトはリード中尉にこう答える。

 

「中尉、私にいいアイデアがあります」

「ア、アイデア?」

「はい、ジオンに一時休戦を申し入れてこの人達を降ろすんです」

 

 ブライトの発言に、難民たちが顔をほころばさせた。

 

 

 

 一方、ミヤビはというといつもの変わらない表情のまま……

 

(わ、忘れてた)

 

 盛大にテンパっていた。

 そう、彼女はSt.アンジェに関わるイベントを、この時になってようやく思い出したのだ。

 アムロのラッキースケベイベントに巻き込まれていなければサブブリッジのペルシア母子に気づき、もう少し余裕をもって対処できたはずだったが、それもいまさらな話だ。

 

(どうしよう。そもそもSt.アンジェって史実どおりに無くなっているかどうかも分からないし)

 

 ミヤビの存在が生むバタフライ効果で実は消えていなかった、ということも考えられるのだ。

 またそれよりまず史実どおりに戦闘が進んだら、ジオン軍の総攻撃にドラケンE改では到底耐えられないのでは、という問題がある。

 

(まずいでしょこれ! どう考えても死んじゃうから!)

 

 ミヤビはこの危機を脱しようと、頭をフル回転させるのだった。

 まぁ、素人の凡人が泥縄式に考えた浅知恵が、本気のシャアに通じるとも思えないのだが……

 

 

 

 ホワイトベースからの休戦の申し込みに、ガルマは思案する。

 

「どう思う、シャア。避難民を降ろしたいからという休戦理由は?」

「気に入りませんな。しかし……」

「ん?」

「敵がどういうつもりか知らんが、こちらも時間が稼げる」

「それで?」

「足の遅い陸上兵器を今の内に補強すれば」

「我々の勝利の確率は高くなる訳か。よし!」

 

 意気込むガルマに、シャアは、

 

(どうもお坊ちゃん育ちが身に染み込みすぎる。甘いな)

 

 と冷笑を浮かべようとするが、その背筋がぞわりと粟立つ。

 シャアの背後からの視線。

 その主は振り返らずとも分かる!

 というか怖くて振り向くことができないシャア。

 

(イセリナ・エッシェンバッハ! きさま! 見ているなッ!)

 

 心の内で声にならない絶叫を上げるシャアだった。

 

 

 

「なんで壊しちゃうのー?」

「もったいないじゃん」

「にゃんにゃん」

 

 ホワイトベースの船体中央にある第三デッキで輸送機、ガンペリーの機体に爆薬を仕掛けるカイは、子供たち、カツ、レツ、キッカにまとわりつかれていた。

 なんだかんだ言って、子供たちには嫌われていない。

 その辺がカイの隠された人の好さを如実に示しているのだが。

 

「うるせえな! 穴開けとかなきゃごまかせねえんだとよ!」

 

 カイはそう叫んで起爆スイッチを押す。

 ミヤビの知る史実と違うのは、コンテナ中央両面に細工をしているということだった。

 その他にも、ミヤビの提案で作戦には色々と変更が加えられているのだが。

 

「うわーっ!」

 

 爆発に悲鳴を上げる子供たち。

 

 

 

 着々と進むジオン軍の陸上兵器配置。

 

「シャア、君の言うとおり陸上部隊には対空車両を加えたぞ」

 

 この戦いのため呼び寄せられた対空戦車マゼラフラックはマゼラ・ベースに四連装75ミリ機関砲を搭載したもので、弾薬は後のグフの左手に装備されるフィンガー・マシンガンと共通。

 砲塔後部に捜索レーダーを、マゼラ・ベースの三連装35ミリ機関砲を外して追跡レーダーを積んでいるものだ。

 ミヤビの前世の記憶では『TACTICS別冊GUNDAM GAMES』つまりボードゲームが出典元だったが、実在しているのだった。

 

「これがあればドラケンのジャンプ攻撃を防げるのだな」

 

 と、ガルマはほくそ笑むが、

 

「いいや、無理だ」

 

 というシャアの言葉に驚く。

 シャアはガルマに説明する。

 

「対空戦車はあらかじめ飛行してくる航空機をレーダーに捉え、射撃準備を整えたところに敵機が飛び込んでくれるから有効なのだ」

「それでは?」

「ドラケンE改のように遮蔽物の陰に隠れて接近し、不意を打ってジャンプされると対応しきれない。砲を向けようと旋回させている間に敵は通り過ぎ、ジャンプを終えてしまうだろう。同様に、ザクのマシンガンで追うのも難しかろうな」

 

 大体ザクのマシンガンは初速が遅く大気圏内、重力環境下では弾道低進性、直進性が悪い。

 汚い言い方をすればションベン弾というやつで対空戦闘には向かないのだ。

 だからこそ地球方面軍では長砲身、高初速の対空砲を搭載した対空砲装備型ザクの開発が進められていたのだし。

 

 またそもそもの話として空を飛ぶ相手には、対空弾を使わなければ当てることは難しい。

 その対空弾もミノフスキー粒子のせいで近接信管が作動しないため、あらかじめ定められた距離、高度で爆発し、敵機に破片の散弾を浴びせかける時限信管頼りになる。

 つまり有効距離が固定で近すぎても遠すぎても効果は発揮できないため、ドラケンE改のようにゲリラ的に襲い掛かられると対応できないのだ。

 

 なお『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』ではF2ザクがザクマシンガンに箱型マガジンにより対空弾をセットして使っていたが、これは連邦軍のモビルスーツに対抗して貫通力を上げた新型、MMP-78であり現在使われているM-120A1とは口径こそ同じだが別物である。

 当然、現時点では存在しない。

 

「それではなぜ君は対空戦車の配備を要請したのだ?」

 

 ガルマの疑問はもっともだ。

 シャアは端的に答える。

 

「牽制のためだ」

「牽制?」

「ああ、ドラケンE改のジャンプによる機銃掃射は、地上部隊において航空支援を必要とする場面で即座に自らが飛んで対応できるというものなのだろう」

 

 シャアは正確にそのドクトリンを見抜いていた。

 

「しかしな、ガルマ。例えば対空陣地を攻略するのに航空支援を求める者が居ると思うか?」

「それは……」

「居ないだろう? 戦車を使うか砲兵を使うかモビルスーツか。いずれにせよ地上戦力で戦うはずだ。そしてドラケンE改はジャンプ抜きでも陸戦兵器として通用する性能を持っている」

「……つまり対空戦車を配置しておけばドラケンはジャンプによる機銃掃射を避けるようになる。それにより一方的に撃破される危険は減るわけか」

 

 ガルマもようやくシャアの目論見を理解する。

 

「さすがシャアだな。フフ、これなら必ず勝てる」

 

 笑顔で断言するガルマだったが、しかしその姿を見るシャアは仮面の下で眉をひそめていた。

 

(分かっているのか? これで勝てねば貴様も私も無能と思われるのだぞ)

 

 背後からプレッシャーをかけてくるイセリナの笑顔が恐ろしいということもあったが、失敗したらこれにガルマの上司であるキシリアの射殺すような視線が加わるのだ。

 シャアでなくとも全力で回避したい事態だった。




 ガルマの善意の配慮で逃げられない立場にハメられ、真面目に戦わざるをえないシャア。
 そしてそのシャアのドラケンE改への対策でした。
 マジのシャアにミヤビやホワイトベースの面々の策がどこまで通用するかですね。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第8話 戦場は荒野 Bパート

 ホワイトベースから避難民たちを乗せた輸送機、ガンペリーが飛び立つ。

 モビルスーツを空輸するなど多目的に利用される大型機だが、ホワイトベースにはこれ以外に人員を輸送できる手段が無いのだからジオン軍から見ても不自然にはならないだろう。

 

「もう引き返せませんよ。いいんですか?」

 

 アムロは息子を抱くペルシアに聞くが、

 

「覚悟はできてます。どんな事があってもこの子を大地で育ててみたいんです。こんな気持ち、あなたにはわからないでしょうね」

 

 その決意は固かった。

 アムロはそれを受けて、

 

「地球には住んだことはありませんから」

 

 と答える。

 実際には幼少期には地球に住んでいたアムロだったが、幼い子供にとっては家の周りの限られた範囲が世界のすべて。

 その限りにおいては地球でもコロニーでも大きく変わることは無いため実感が無い。

 だからあえてそう答えることでペルシアの言葉を受け流していた。

 少しずつ、手探りではあるが対人スキルを学びつつあるアムロだった。

 

 

 

 一方、コクピットでは、

 

「来ましたよ」

「うん、予定通りだな」

 

 ホワイトベースの何でも屋、ジョブ・ジョン。

 そしてリュウが接近してくるジオン軍偵察機、ルッグンを確認していた。

 

 

 

「こちらビッグ・ジョン。ホワイトベースの搭載機を確認しました」

 

 コードネーム『ビッグ・ジョン』、ジオン軍の偵察機ルッグンはガンペリーに接近、旋回して追尾する。

 お偉方は『木馬』という仮名称を使い続けているが、実際には『ホワイトベース』という正式名称も判明しており、ジオンサイドでは呼称が混在することになっていた。

 

『何か変わった点はないか?』

「コンテナ状の胴体中央に弾が当たったような穴があります。いや……」

『どうしたビッグ・ジョン』

 

 ルッグンはガンペリーとの相対位置を変えて確認、レーザー通信に乗せた画像と共に報告する。

 

「貫通しておりますね。破損部分から反対側が見通せます」

 

 

 

「思い過ごしか? いや……」

 

 ルッグンからの報告に、つぶやくシャアだったが。

 

「どうしたシャア」

 

 そう問うガルマにシャアはかぶりを振って答える。

 

「モビルスーツを運んで潜り込ませるつもりかと思ったのさ」

「なるほど。しかし輸送機のコンテナには反対側まで見通せる穴が開いているのだぞ、無理だろう」

 

 

 

「上手く騙されてくれるといいんだが……」

 

 リュウはつぶやく。

 コンテナの穴についてはミヤビの発案を元に細工をしている。

 

「子供のころ、理科実験室でのかくれんぼで無敗を誇った方法よ」

 

 とのこと。

 前世、ミヤビの通った小学校の理科実験室には左右、二人ずつに振り分けられる四人掛けのデスクがあって、足元には収納があった。

 左右両側に引き戸が付いていて、どちらからも開けられるものだ。

 ここにミヤビは隠れるのだが、引き戸を左右両面、少しだけ開けておくのが見つからないコツだ。

 もちろん開けた部分にはみ出ないように身体は隠す。

 探す方は「隠れた場合、戸は閉めるはず」と思い込むため見落としやすい。

 注意深い者が念のため開いているところを覗いても、反対側まで見通せた時点で居ないと思うのが普通だ。

 だから騙される。

 しかし……

 

 

 

 ガンペリーの兵員輸送キャビンでは避難民たちと同乗していたミヤビやアムロたちが窓越しにルッグンを見ていた。

 

「みっ、ミヤビさん!?」

 

 思わず大声を上げてしまうアムロ。

 彼の視線の先では、ミヤビがルッグンのパイロットに向けめったに見せない自然な笑顔で小さく手を振っていたのだ。

 アムロの声に振り向いたときには、いつもどおりの人形じみた無表情に戻っていたが。

 

「どうしたの、アムロ」

 

 不思議そうにたずねるミヤビ。

 彼女が笑顔を浮かべたのは前世の記憶、史実での彼らルッグンのパイロットたちのことを思い出したから。

 前世も今も企業人の彼女にとって、人材、資源、金を湯水のようにつぎ込み溶かし続ける戦争は理解できない狂気の沙汰。

 そもそも戦争なんぞ外交オプションの一つに過ぎないのだから、適当にだらだらフォウニー・ウォー※している間に政治的決着をつけてくれればいいのに、と考えている彼女にとって、彼らが劇中、戦場で見せた優しさや人間臭さはとても好ましいものだった。

 

※第二次世界大戦初期における西部戦線では開戦はしているもののにらみ合うだけで実際に戦闘は無く、双方の兵士たちがタバコや菓子を交換し合ったり、敵前で堂々と日向ぼっこをしたりしていた。

 

 そんなミヤビの内心を知るはずの無いアムロは、とっさに何を言っていいのか口ごもる。

 どんなことを口にしたとしても嫉妬をごまかすための言い訳にしかならないような気がして。

 そして黙り込むアムロをフォローするかのように、ミヤビは隣を指さして見せる。

 そこではペルシアの息子、コーリーが無邪気にルッグンに向かって手を振っており、それを目にしたアムロも笑うことができた。

 

 

 

 ルッグンのコ・パイロットでひょろっとした若い兵士、コムがコーリーに気づく。

 

「機長、子供が手を振ってますよ」

「ああ」

 

 戦場に似つかわしくないその様子に、機長であるバムロも顔をほころばせ、手を振り返した。

 

 

 

 息子と共に外を見るペルシアは地上を見下ろしつぶやく。

 

「湖?この辺にあんな大きな湖があったのかしら?」

 

 

 

 ガンペリーを操縦するリュウの方でも湖に気づいていた。

 

「なんて湖だ?」

「爆撃された跡でしょ、きっと。どこに着陸しましょう?」

 

 ジョブの言葉にリュウは周囲を確認し、

 

「うーん、むこうがミッド湖だな。よーし、そっちに降りよう」

 

 ガンペリーは降下を開始。

 

「うん、住めそうな家もある。よし、着陸しよう」

「はい」

 

 リュウはキャビンの方を振り返って指示する。

 

「作戦開始だ」

「おう」

 

 カイたちはキャビンから出てコンテナへと向かう。

 カイは自分を見つめる子供、コーリーに手を振って、

 

「すぐ済むからねー」

 

 と言い残し扉を閉める。

 斜に構えたところのあるカイだが、カツ、レツ、キッカがなついているように、割と子供には優しい面を見せるのだった。

 

 

 

 ガンペリーの高度が下がり始め、コンテナ部に空いた穴から煙が吹き出る。

 それは監視中のルッグンでも確認された。

 

「おい見ろ、どういうことだ?」

 

 機長のバムロは驚き、ガンペリーに通信をつなぐ。

 

「おい、大丈夫か?」

『とうとうガタが来ちまったらしいぜ、みんな貴様らのせいだ。不時着する』

「了解」

 

 バムロは司令部へと報告。

 

「ボブスン、応答願います。こちらビッグ・ジョン」

 

 

 

『どうやら我々の攻撃が今頃になって効いてきたようです』

 

 ルッグンからの報告に、ガルマは苦笑する。

 

「運の悪い連中だ。監視を続けろと言え」

「了解」

 

 しかしシャアは考え込んでいる。

 

「気になるな」

「何が?」

『ローターの一つが止まりました』

「ん? 私の考えすぎか?」

 

 そう言いつつも、さらに深く考え込むシャア。

 

『さらに高度を下げています』

 

 

 

 ガンペリーのコクピットではリュウたちが緊迫した様子で操縦を行っていた。

 

「……不時着らしく見せるんだ、いいな?」

「わかってます!」

 

 木立をなぎ倒しながらガンペリーが不時着する。

 

 

 

「ヘヘッ、こういうのなら俺も好きなんだけどな」

 

 ガンペリーの貨物室で発煙筒を使って故障を偽装していたカイたち。

 そしてカイはなおも煙を吐き続ける手元の発煙筒を眺めながらこう漏らす。

 

「さすが軍用品。その辺の車に積まれてるやつと違って持続時間が長いぜ」

 

 これは父親が技術者でそちらの方面に造詣が深いためか、それとも一般の乗用車に安全装備として積まれているものをいたずらしたことでもあるのか。

 

「そうなんですか?」

 

 と感心するアムロにカイは説明する。

 

「ああ、火薬を使ってるからな。扱いに制限のない一般向けの車載品は5分で燃え尽きちまう。事故の時に知らずに焦って使うと無駄になっちまうから覚えておくといいぜ」

 

 これはミヤビの前世、旧21世紀の日本でも一緒だった。

 それ以上となると火薬類取締法の制限にかかってくるため警察や作業者向けの業務用になってしまうのだ。

 

 

 

「輸送機のコンテナには反対側まで見通せる穴が開いていた…… なるほど、そんな穴が開いていればモビルスーツを隠すのは無理だ」

 

 シャアは言うが、その声は到底納得したとは思えないものだった。

 

「だが、それは通常サイズのモビルスーツの場合だ」

「なに?」

「ドラケンなら十分に隠すことができるぞ」

「それは……」

 

 ガルマは虚を突かれた様子でうなる。

 

「わざと穴を開けて中を見せることで何も無いと思い込ませようとしていた、と?」

「あるいは」

 

 こんな風に、ミヤビの策はシャアに見破られていた。

 シャアもガルマの参謀長になっていなければ本気では警戒せず見落としていたかもしれないが……

 シャアは大胆不敵な男だが、それは高い警戒心と両立する。

 慎重に、慎重に場を見定め、機を見て一気呵成に攻める、その思い切りの良さが彼の神髄だ。

 そうでなければ生き残れなかった出自が、シャアをそうさせたのだろう。

 本気の彼に、ミヤビごとき凡人の小細工が簡単に通用することは無いのだ。

 

「ガルマ、連中に貨物室の中を見せるよう要求するんだ」

「ああ、分かったシャア」

 

 

 

「なにっ! 見破られたのかっ!?」

 

 ジオンからの要求に、目をむくリュウ。

 

「どうします、リュウさん」

 

 と、不安そうに問うジョブに、

 

「仕方あるまい。側面ハッチを開くぞ」

 

 と答える。

 

 

 

『不時着した機体の貨物室、側面ハッチが開きます』

「なに、内部を確認しろ」

 

 ルッグンから、ガンペリーの貨物室内の映像がレーザー通信で届く。

 停止したローターへの動力伝達部に黒く焼け焦げたような跡。

 実際にはサラに自動制御されたドラケンE改がスプレーガン(ジムのアレではなく工業用の大型エアブラシのこと)で黒系統の塗料を使ってそれっぽく偽装しただけのものだったが遠目には分からない。

 そして小型の赤い人型の機体。

 

「ドラケン! おのれ謀ったな! 謀ったな、木馬め!」

 

 激高するガルマ。

 

『連中は作業用に運んできただけだと説明しています。その証拠に武装は外していると』

 

 画像を拡大し確認すると、確かにドラケンの両腕は非武装の作業用マニピュレータ、精密作業を担当する3本指ハンドと肘から先が二つに割れて大きな荷物をつかめる機能を兼ね備えた二重下腕肢になっていた。

 また機体上面に備え付けられる筒状の短距離ミサイルも無い。

 しかし、

 

「そんな言い訳が通用するか! ドラケンは胴部にマニピュレータ接続用ターレットが用意されており目的に応じて肩から先を丸ごと、素早い交換が可能なのだ。そんなもの、いつでも付け替えられる。ミサイルも自力での装填が可能なものだぞ」

 

 ガルマはドラケンE改のカタログスペックを知っているため、そのような抗弁は通用しない。

 しかし、

 

『連中は作業が終わったらドラケンと共に帰投すると言っています』

 

 という通信に戸惑う。

 どうやって、とも思うが前回の戦闘でシャアが継続的に飛行を続けるドラケンE改を目撃していたことを思い出す。

 

「飛べる、のか?」

 

 そしてさらにルッグンからの報告が続く。

 

『貨物室上部に三つのコンテナが吊り下げられているのを発見しました』

 

 上空からは影になって見えなかったが、ルッグンが地上すれすれまで降下したので発見できたのだ。

 

「なに?」

『コンテナの一つが下げられています。内部は…… 荷物ですね』

 

 映像と共に報告が入る。

 コンテナの大きさは全部同じで、長さ、幅が4メートル以下、高さも2メートル以下。

 降ろされたコンテナの中身は避難民たちの荷物、他にも物資が詰められていたが……

 

「ミドルモビルスーツ、ドラケンですら入らない大きさだが、武装を隠すには十分。しかし連中はドラケンは引き返させるという」

 

 思案するガルマ。

 しばらくして、改めて報告が入る。

 閉め直されたガンペリーの貨物室ハッチ、そして避難民たちの映像と共に。

 

『避難民は老人四人、女二人、子供三人の計九人です。湖に移動、コンテナからドラケンが運び出したゴムボートと船外機で湖を渡るようです』

「どこに向かうつもりだ?」

『対岸に家が見えましたので、そちらに向かうものと思われます』

「シャア」

 

 ガルマはシャアに視線を向ける。

 

「湖に着陸した輸送機からモビルスーツが出てくる。私ならそうする」

「だが……」

「連中はそのつもりだった。だが見破られたことであきらめ、予定を変更したのかもしれん」

「そうだな、ドラケンが木馬に戻ることを確認できれば良いか」

 

 ガルマはそう納得するが、まだ他の可能性がある。

 だからシャアは念を入れ確認する。

 

「あとは残りの二つのコンテナだが…… ドラケンは分解組み立てが容易、などということも無いのだろう?」

 

 これには技術士官が答える。

 

「はい。両腕は目的に合わせ簡単に交換できますが他は…… 何よりあの大きさのコンテナでは胴体部が収まりません」

 

 そういうことだった。

 

 

 

「わしらはさっき見た家にとりあえず住むつもりじゃ。どうしてもSt.アンジェに行きなさるのか?」

 

 ゴムボートに乗り込む難民のリーダーである老人に、ペルシアはこう答える。

 

「ここからならたいしたこともありませんから。St.アンジェがなくなっていましたら皆様の所へ戻らせていただきます。では」

 

 

 

「ん? あの親子はどこへ行くつもりだ?この先は何もないぞ」

 

 ルッグンでもペルシア母子の様子は見て取れた。

 しかしコ・パイロットのコムがそこに注意を促す。

 

「機長、あれを」

 

 背中に背負う大気圏内飛行装置、パーソナルジェットでアムロたちは飛び立つ。

 そして、ドラケンE改が脚部に仕込まれたローラーダッシュで地上を走り始める。

 その背に装備されたオプションパックからスクエア型(ラム・エア・キャノピー)のパラシュートが放出され展開。

 そして、

 

「飛んだ!?」

 

 ドラケンE改はロケットエンジンの推力を利用し動力付きのモーターパラグライダーとして飛び立つ。

 なお今回は隠す必要も無いためパラシュートは通常素材でできたものであり、視認できる。

 

「パイロットおよびドラケンが脱出、ホワイトベース方面に向かいました。追いかけます」

 

 

 

 そしてガンペリーでは、

 

「ははは、ハヤト、やったぞ。引っ掛かった」

 

 身を隠していたリュウとハヤトが抱き合って喜んでいた。

 

 

 

 ルッグンはドラケンE改、そしてパーソナルジェットで飛ぶアムロたちを追いかける。

 熟練の兵士であるバムロは機体が起こす乱流に彼らを巻き込まないよう、注意深く飛ぶが、不意に隣のコムが真っ赤になったのに気づく。

 どうしたと視線を向けると、コムは、

 

「……あれ」

 

 と言って恥ずかしそうに顔を隠してしまう。

 見れば、少女のようにも見える若い女性兵士、セイラがこちらに笑いかけていた。

 照れるコムの様子がおかしかったのだろう、からかうようにウィンク一つ。

 

「………」

 

 バムロもまた苦笑するほかない。

 彼の部下は本当に純朴で。

 本来こんな戦場に居るべきではないやつなんだろうな、と思う。

 

「もういいだろう。ちょっと寄り道をするぞ」

 

 そう言うと、コムは呆れた様子で答える。

 

「あの親子が気になるんでしょう。怒られますよ」

「ガルマ大佐はまだお若い。俺達みたいな者の気持ちはわからんよ。よし、行くぞ」

 

 そうしてルッグンは機首を返した。

 

 

 

「あっ……」

 

 ガンペリーのコクピット、ジョブは近づくルッグンの機影を認め、慌てて身を沈め隠れる。

 

『どうしたジョブ・ジョン』

 

 閉じられた貨物室内、コア・ファイターのリュウから通信が届く。

 そう、貨物室上部に吊り下げられていた長さ4メートル以下、高さも2メートルに満たない三つのコンテナ。

 残り二つの中身はコア・ブロックに変形したリュウとハヤトのコア・ファイターだったのだ。

 偽装コンテナを廃棄しホイスト式クレーンで降ろしながら宙吊りの状態で機首とランディングギアを展開してコア・ファイターに変形。

 床面に降ろして出撃の準備を整えていたのだ。

 

 要するに小説『銀河英雄伝説』でヤン・ウェンリーが宇宙要塞イゼルローンを撤退するときに使った手だ。

 敵に発見させる前提で要塞に自爆トラップを仕掛け、それを解除させることで本命のソフトウェアへの細工を見落とさせる。

 それと同じで敵にドラケンE改を発見させ、安心させることで、コア・ファイターを見落とさせたのである。

 これは古来、戦場ではブービートラップ等で多用された手だ。

 例えばドイツ軍は地雷を三重に仕掛けるなどということをしていた。

 一個目を掘り起こして撤去しようとするとワイヤーでつながれた二個目が爆発する。

 二個目を発見して喜んでも三個目があるというもの。

 

「奴ら、引き返してきました」

『え?』

 

 気づかれたか、と慌てるが、しかしルッグンは上空をパスして行ってしまう。

 

『うん? どこへ行くんだ?』

『……リュウさん、急いで出撃しましょう』

 

 ガンペリーのセンサーから転送された敵の動きを見てハヤトが進言する。

 

『しかし休戦協定の終了までまだ時間があるぞ』

『でも気にならないんですか? 敵のパトロールが向かったのはあの親子の方ですよ』

 

 

 

「うまくいったのか?」

「わかりません」

 

 リード中尉は帰還したセイラたちに聞くが、そっけない返事が返るだけだ。

 ブライトは時計を確かめる。

 休戦終了、作戦開始まであと……

 

「結果は15分後には出ます」

 

 ということだ。

 

「さてミヤビさん、そしてアムロ、セイラ、カイ、やってみる自信はあるのか?」

 

 その問いに、カイが答える。

 

「ああ、戦場になる地形も見てきた。やってみるさ」

 

 そのためにこそ、彼らはガンペリーからパーソナルジェットで帰還したのだ。

 さらにドラケンE改ではサラが地形を観測、記録しておりそのデータがホワイトベースおよびモビルスーツ各機に共有されていた。

 

「よし、ガンキャノン、ガンタンク、そしてドラケンE改発進準備にかかれ!」

 

 ブライトの指示が下りた。

 

 

 

「あなた、コーリーを助けて!」

 

 怯えるペルシア母子に迫るルッグン。

 しかし、そこにパラシュート投下されたのは救援カプセルだった。

 

「あっ」

 

 着地後自動的にフタが開き、食料、医薬品など物資があふれ出る。

 見上げるペルシアの視線の先でルッグンの機長、バムロは敬礼を送った。

 

 

 

 そのルッグンに襲い掛かるハヤトのコア・ファイター。

 コア・ファイターは垂直離着陸機(VTOL機)機能を持っている。

 休戦時間が終わると同時にガンペリーの貨物室から垂直上昇で飛び立ったのだ。

 

「させるかぁぁっ!」

 

 罪も無い母子に襲い掛かる悪のジオン星人に正義の怒りをぶつけるハヤト。

 誤解なのだが、もちろん彼はそれに気づかない。

 

 

 

「うわっ!」

「わあっ」

 

 不意を打たれたルッグンはペルシア母子の頭上で被弾、炎上。

 

「スロットルレバーを絞れ!」

「は、はい」

 

 そうしてその先の湖に着水した。

 幸い、パイロットの二人は泳いで脱出していたが……

 

 

 

「ビッグ・ジョンからの通信が止まりました」

「どういうことだ?」

 

 シャアはいぶかしがるが、

 

「パトロールは放っておけ。戦闘開始だ。ドップ部隊は敵後方から圧力をかけろ! 陸上部隊の射程まで押し出すのだ!」

 

 ガルマは予定どおり戦闘を開始する。

 

 

 

 カイはガンタンクでモビルスーツデッキを微速前進。

 開いたハッチから下を見下ろすが……

 

「ちぇっ、もう少し高度を下げてもらえないのかい?」

『無理です。これ以上下げればホワイトベースが動けなくなるそうです。頑張って、カイさん』

「やってみるよ、フラウ・ボウ」

 

 そしてカイは、

 

「行くぞ」

 

 と機体底面、四基のロケットに点火して浮上、地上への降下を開始する。

 地上へのランディングに集中するカイ。

 セイラは周囲を警戒、ドップの動きを注視する。

 

『対ショック体勢、入ります』

 

 と、サラスリーのフォロー。

 キャタピラの基部自体を足のように引き出すことで着地の衝撃から機体を守るサスペンションの実ストロークを増やすのだ。

 そして着地。

 胴部を前後にかがめたりそらしたりする機能もフルに使ってショックを吸収するが、それでもコクピットに走る大きな衝撃にカイはうめく。

 

「ううっ、着地した。……うっ?」

 

 ガンタンクに向かって飛来するドップの機影。

 機銃の掃射とミサイルによる攻撃がガンタンクを襲う。

 

「うわあっ、ね、狙ってやがる」

 

 直撃はしなかったがミサイルの着弾、爆発に機体が大きく揺らぐ。

 

『トラベリング・ロック解除』

 

 サラスリーは急いで両肩の120ミリ低反動キャノン砲を支え故障を防止するトラベリング・ロックを解除し胸部上面装甲下に仕舞い込むが、至近に迫るドップを追尾するにはキャノン砲では難しい。

 だから砲撃を担当するセイラは叫ぶ。

 

「カイ!」

「お、俺だって、俺だって!」

 

 カイはガンタンクの両手に装備された40ミリ4連装ボップミサイルランチャーでドップを迎撃する。

 こちらはもっぱら対空用途の武器で腕部に給弾システムも内装されていて連射も可能。

 濃密な弾幕を張ることでドップに対抗する。

 

 それにアムロのガンキャノンが、そして右腕のハードポイントに60ミリバルカンポッドを装着したミヤビのドラケンE改が加わる。

 まぁ、ドラケンE改は敵の攻撃に耐えられないので回避重視で逃げ回ってばかりいたが。

 しかしその姿は、

 

「カイ、ミヤビさんが囮になって敵を引きつけてくれているわ」

「ああ、あんな危険な真似をしてまで俺たちを助けてくれてるんだ。負けちゃいられねぇ!」

 

 という具合に見られていた。

 とんでもない誤解である。

 おかげでミヤビには敵の攻撃の他に味方からもピュンピュン弾が飛んでくるわ、撃墜された敵機が頭上から墜ちてくるわでそれはもう、最初からクライマックスといった感じだった。

 カイたちには分かっていなかったが。

 

【挿絵表示】

 

 

 

『ミヤビさん右右右ーっ! あーっ!』

 

 あーっ、って何!?

 

「ナビは具体的に!」

『じゃ、じゃあ、ライトターン!』

 

(ギャラクシーフォースIIか!)

 

 『ギャラクシーフォースII』はミヤビの前世にあったセガの大型体感筐体アーケードゲームだ。

 宇宙戦闘機を操る3Dシューティングで洞窟内で大きく旋回する場面では「ライトターン!」だの「レフトターン!」だの合成音声で指示が飛ぶものだったが。

 

(でもそれ、指示を聞いてからだと絶対に減速、旋回が間に合わないやつじゃない!)

 

 というわけで雰囲気を盛り上げる演出というだけで実際のプレイには何の役にも立たないものだった。

 生死がかかっている今のミヤビにしてみればシャレにならない。

 

 そんなミヤビの脳裏をよぎる走馬灯じみたネタはともかくとして、対空監視はサポートAIのサラに任せてジェットローラーダッシュでひたすら回避し続けるミヤビ。

 こうやって分業していなかったら今頃死んでいただろう。

 だが、そこに敵味方問わず火線が集中するからたまらない。

 何しろカイたちは戦闘に関する教育を受けていないがゆえに、フレンドリーファイヤ、友軍への誤射に対する配慮もまったく無しでぶっ放してくる。

 

(直撃しなくても、対空ミサイルの破片を被らせるのもアウトだから!)

 

 と思うが、横殴りのGに耐えながら右に左にと機体を振るミヤビに、それを指摘している余裕はない。

 したら確実に舌を噛む。

 場合によってはそれが元で死ぬ。

 死因がそんなではさすがに間抜けすぎる。

 

「っ、く!」

 

 落下してくるドップを間一髪回避する。

 

『カイさんたちはドップを落として私たちごと根絶やしにするつもりです!』

 

 味方からもろともに撃たれる危険に、サラの思考ルーチンも怪しくなっている。

 よほど怖かったのか、

 

『ドップが落ちる光景、あれは空が落ちてくるようなもの…… あんな景色は!』

 

 などと、どこかで聞いたセリフを垂れ流す。

 ミヤビはと言うと、

 

(安全教育、大事!)

 

 とカイたちに対する安全教育の実施を頭の中のToDoリストに最優先で登録していた。

 今の彼女にはそれぐらいしかできなかったから。




 戦闘前の駆け引きと戦闘の開始でした。
「戦場は荒野」は戦争の哀しさを描いた名作ですが、一方でホワイトベースとガルマ、シャアによる作戦、戦術の読み合いが面白かったものでした。
 それに見合うものになっていると良いのですが。
 たった二機のコア・ファイターに何ができるかは次回のお楽しみということで。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第8話 戦場は荒野 Cパート

 シャアは司令部で戦況を確認する。

 

「で、地上部隊は湖を背中にして木馬に向け進軍しているわけか」

「は、左翼のブラックジャックはまた3キロ移動しました」

 

 ミヤビの知る前世の記憶と違って、まだホワイトベースは地上部隊の射程には入っていない。

 ドップ部隊が押し出そうと圧力をかける一方で、地上部隊は前進を続けていた。

 

 史実ではこの時点でのホワイトベース側の戦力はガンタンクとカイが初めて乗るガンキャノンだけ。

 それに比べればアムロのガンキャノンに、何度も戦闘を潜り抜けているカイとセイラのガンタンク、そしてほとんど囮にしか役立っていないとはいえミヤビのドラケンE改が居て戦力は充実している。

 その辺が影響しているのかも知れない。

 

 そこに地上部隊から報告が入る。

 

「左翼後ろから戦闘機だそうです」

「な、なに?」

「ば、馬鹿な、どこから……」

 

 絶句するシャアとガルマだったが、

 

「何だ、例の軽戦闘機か」

 

 モニターに映し出された二機のコア・ファイターにほっと息を吐くと、即座に指示を出す。

 

「マゼラフラックで追い散らせ!」

「シャア」

「うむ、不意を打たれたが、モビルスーツでなければ、あの程度の戦力であれば戦局を覆すことはできん」

「木馬の悪あがきか。対空戦車を配置しておいたのが役に立ったな」

「ああ」

 

 しかしシャアの感覚に、何か引っかかるものがある。

 

「何だ、この感覚は…… 我々は何かを見落としている?」

 

 シャアはそうつぶやくと共に、仮面の下の瞳を細めた。

 

 

 

「畜生っ、対空戦車が邪魔で近づけん!」

『リュウさん!』

 

 リュウとハヤトは少しでも地上戦力を減らそうとコア・ファイターで接近を図るものの、マゼラフラックから上がる対空射撃に追いまくられる。

 ミヤビの前世、旧21世紀ではこういった対空車両は重層的に構築される対空網の最後の備え。

 それ単体では射程外からミサイルにアウトレンジ攻撃されるしかないものだったが。

 ミノフスキー環境下で誘導の効かないミサイルはロケット弾とあまり変わらず、当てるにはどうしても接近する必要があった。

 対空戦車の弾幕に妨害されては有効な攻撃を行うことができない。

 

 

 

 波状攻撃をかけるドップ。

 ホワイトベースは対空銃座に加え、火薬式の主砲まで使って反撃するが、

 

「そんな大砲で戦闘機が墜ちるか! ジェット機が登場したはるか大昔の時点で高射砲すら過去の遺物に成り下がってるっていうのに!」

 

 ドップのパイロットが言うとおり、実際にミヤビの前世の記憶にある自衛隊だってそうだった。

 ジェット機のスピードに対応できない高射砲は消え、射程の異なるミサイルによる迎撃に変わり、87式自走高射機関砲、通称ガンタンクによる迎撃は最後の手段になっている。

 ホワイトベースの主砲が吼えるが、放たれた砲弾はドップに当たることなく彼方に消える。

 

「どこを狙っている!」

 

 

 

 ホワイトベースの主砲による砲撃はジオンの地上軍の頭上を越え、その背後に着弾する。

 

「何だ、流れ弾か」

 

 と、彼らは流すが……

 

 

 

「地上軍を急いで散開させろ!!」

 

 シャアが叫ぶ。

 ホワイトベースとの距離を詰めるため、地上部隊はスピードの出せる障害の少ないルートを選んで移動中。

 つまり現状では戦闘前の、比較的密集状態にあった。

 これはまずい。

 

「どうしたシャア?」

「あれは流れ弾なんかじゃない」

 

 対空弾なら時限信管により一定高度、一定距離で爆発するはず。

 地上にまで届くはずが無いのだ。

 

「敵の狙いは間接射撃だ!」

 

 間接射撃とは重力により砲撃が山なりの射線を描く地上の実弾砲ならではの、目標が直接見えない状態で攻撃する射撃法だ。

 観測手からのデータを基に、目標が直視できずとも地平線や遮蔽物の向こう側の敵に有効打を与えることができる。

 『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』にてダブデ級陸戦艇の主砲が視界外から陸戦型ジムや61式戦車などからなる地球連邦軍地上部隊をぶっ飛ばしていたアレだ。

 ガルマは瞠目する。

 

「そ、そうか! 敵の戦闘機は観測手か! まずい、次は修正して有効射が来るぞ!」

 

 そう気づくが遅い。

 

「着弾! 地上部隊損害多数!」

 

 シャアが見抜くのがわずかに遅れた理由。

 それは、彼が今回降下するまで地球上での戦闘経験が無かったこと。

 またジオンの艦船はメガ粒子砲による直射が主体であり、彼自身の乗艦であるムサイもそうだったからだ。

 

(連中、重力を味方に付けるとは……)

 

 これが地球上での戦い、重力戦線か。

 シャアとて知識としては知っていた。

 だが経験が無かったことが仇となっていた。

 

「マゼラフラック、敵観測機を近づけるな! ドップ部隊は一部を回して敵観測機を排除するんだ!」

 

 即座に対応策を指示し、シャアは損害報告の酷さに歯噛みする。

 

「この威力、艦砲射撃ではないか。ぬかった……」

 

 艦砲射撃とはその名のとおり軍艦が搭載する砲で射撃を実施することだが、この場合は軍艦を浮き砲台として使用し陸上の目標を攻撃するものを指す。

 戦艦の主砲など、陸上の野砲などとは桁が違う大口径、大威力の砲が使用できるため高い効果が期待できる。

 直撃せずとも榴弾の爆発で吹き飛ばされるのだ。

 実際「戦艦の主砲は4個師団に匹敵する」と言われるほどで、ミヤビの前世でもアメリカ海軍が湾岸戦争で使用していた。

 

 なお、ミヤビの前世の記憶ではホワイトベースの主砲は880ミリ、弾頭重量2トン、地上での射程は約70キロメートルとする資料があった。

 戦艦大和の主砲が46センチ、対地用にも使われる榴弾、零式通常弾は一式徹甲弾と同等の弾頭重量1,460キログラムで最大射程は約42,026メートルだから、その威力は推して知るべし。

 ミヤビが見た資料が間違っているという可能性もあるが…… ミヤビにはAAAの機密であるホワイトベースの諸元を知ろうという気はこれっぽっちも無かったので真偽は確かめられてはいない。

 

 いずれにせよ、そんな化け物砲なので使う方も大変だったが。

 恐ろしいのは主砲発射により砲口から周囲に放たれる衝撃波。

 戦艦大和でも主砲発射時は甲板に居るとヤバいので艦の内外に警報ブザーを鳴らしていた。

 モルモットを使った実験では近いエリアではすべてつぶれ、少しぐらい離れても鼓膜が破れたり吹き飛ばされたりするという。

 そしてホワイトベースの問題は船体左右、主砲の近くに配置された対空銃座。

 これは有人のオープントップタイプなのだ。

 一応、船体、上甲板の陰になるらしいのだが、それでも主砲発射時には全身を殴りつけられるような衝撃が走る。

 ノーマルスーツのヘルメットが無ければ鼓膜が破れるし、シートベルトをきっちり付けていないと吹っ飛ばされるという人体に優しくないものだ。

 ミヤビにはどう考えても設計ミスとしか思えないものだったが。

 

 

 

「くそっ、ドップがこっちに来やがった!」

 

 悪態をつきながら、ドップからの攻撃を回避し続けるリュウ。

 

『リュウさん!』

「ハヤト、無理に戦おうとせず逃げろ! 避け続けるんだ!」

『はい!』

 

 こうして二人のコア・ファイターは上空をひたすら逃げ惑うことになる。

 

 

 

「おかしい……」

「どうしたシャア?」

 

 シャアはモニターで戦況を見つめ続けながら、ガルマに答える。

 

「幸い敵は単座の軽戦闘機。撃墜できずとも追い回せばパイロットは忙殺され、着弾観測、報告などできなくなるはずなのだが……」

 

 ホワイトベースからの艦砲射撃は現在も地上部隊を狙い続けている。

 

「ええぃ、木馬との距離を詰めろ、全速前進だ!」

 

 

 

「くそっ、当たらないのが奇跡みたいなもんだ!」

 

 激しく操縦桿とスロットルを操作しながら毒づくリュウ。

 シャアの目論見どおり、彼らに観測手を務めている余裕はない。

 しかし、

 

『諸元を転送。確認願います』

 

 コア・ファイターの教育型コンピュータにはサポートAIであるサラシリーズがインストールされているのだ。

 今回、コア・ファイターの左右両翼、翼下パイロンにはSHARP(SHAred Reconnaissancd Pod)、分割偵察ポッドとも呼ばれる戦術航宙/航空偵察ポッドシステムが搭載されていた。

 それを使って観測できたデータをサラシックスとサラナインが計算の上、レーザー通信でホワイトベースへと送り続けているのだ。

 

 

 

 コア・ファイターを観測機として使うのはミヤビの発案だったが、サラシリーズを利用することは当初、彼女の頭には無かった。

 何せ彼女はサラシリーズの存在を知らなかったのだから当然である。

 しかし偵察ポッドをコア・ファイターに取り付けるにあたり、サラシリーズと初めてのコンタクトがあって。

 

(ナニコレ)

 

 とミヤビは一瞬思考停止しかけたものの、

 

(まーたテム・レイ博士率いる狂的技術者(マッドエンジニア)たちの仕業かぁ……)

 

 と納得し利用することにしたのだった。

 これぐらいで一々驚いていては彼らと仕事をすることなどできない。

 

「サラより幼い感じ…… サラ・リリィとかそんな風? 初々しいわね、大元と違って」

 

 前世のネトゲ『Fate/Grand Order』における同一英霊の別クラス召喚みたいなものかと納得するミヤビ。

 そして間接的にディスられたサラはと言うと、

 

『これが若さですか……』

 

 と、どこかで聞いたセリフをつぶやきながらいじけていた。

 

 

 

「外れた?」

 

 ホワイトベースの主砲が地上部隊の後方に着弾したことに、ガルマは目を見開くが。

 

「やはりな」

 

 シャアは当然のようにうなずいていた。

 

「どういうことだ、シャア」

「敵は上空に位置している。ある程度以上接近してしまえばあの艦と砲の構成上、俯角は取れず狙えなくなるのだ」

 

 シミュレーションゲームで射程3~6などといった近距離の敵を狙えない長距離兵器みたいなものだ。

 

「なら……」

「いや、油断はできん。地上を浮遊する戦艦というのがそもそもおかしいのだ、やつらが更に狂った真似をすれば……」

 

 そしてシャアの危惧は現実になる。

 

「ドップ隊から報告です! 木馬の船体が前のめりに傾きだしました!」

「ちぃぃっ! やられた!」

 

 悪い予想が的中し、歯噛みするシャア。

 

「シャア、木馬は機関に不具合でも起こしたとでもいうのか?」

「違うのだ!」

 

 ガルマの思い違いをシャアは遮って言う。

 

「やつらは、艦自体を傾けることで無理やりにでも俯角を取り撃ち下すつもりだ!」

 

 それは従来兵器には無かった発想。

 ミノフスキークラフトで浮いているホワイトベースだからこそできること。

 そして従来の軍事的常識に捕らわれず自由な発想ができる、素人の集まりだからこそ思いつくデタラメな手段だった。

 無論、そんな無茶をすればホワイトベース艦内は阿鼻叫喚な状況になっているだろうが、史実では取り付いたグフを振り落とすために背面飛行までしたのだ。

 それに比べれば多少艦を傾けるなどいかほどでもない。

 

「部隊の突入を急がせるんだ!」

「更に距離を縮めるのか」

「こんな馬鹿げた対応にも限度がある。今を耐えれば勝機はあるはずだ」

 

 

 

 一方ホワイトベースでは、

 

「主砲、命中率低下。限界です!」

 

 という報告がブリッジに入っていた。

 アクロバティックな方法で俯角を取っても、想定外の運用ではさすがに命中精度が下がるのだ。

 ではどうするかというと、

 

「間接射撃、予定どおり切り替えろ!」

 

 ということになる。

 

 

 

「木馬の艦砲射撃が止みました!」

 

 ジオン軍司令部に報告が入るが……

 息をつく間もなく今度は別の砲撃が始まる。

 

「何だ!?」

 

 視界外から飛んできた二発の砲弾がほぼ同時に、やや離れて地面を穿つ。

 そして二射目の徹甲弾がマゼラアタックを貫いた!

 

 地球連邦軍の61式戦車で使われる手法。

 二門の砲をわざとずらして撃ち、着弾を観測。

 そして次の射撃でデータを基に修正した有効射を叩きこむというものだ。

 

「威力から言って戦車砲程度だが……」

 

 シャアは瞠目する。

 

「しかし、この射程はおかしいぞ。ザクのマシンガンはもちろん、マゼラアタックの175ミリ砲すら軽々とアウトレンジできるだと」

 

 

 

「カイ、次は右に5度修正」

「あいよー」

『環境データ入力。修正計算入りました』

 

 もちろんシャアを驚かせた砲撃の正体は最大射程260キロメートル、東京から撃って名古屋近くまで届くという頭がおかしい(誉め言葉)超兵器、ガンタンクの120ミリ低反動キャノン砲によるものだ。

 ミノフスキー粒子環境下では通常、有視界射撃しかできない。

 そのため宝の持ち腐れになっている超超長距離射程だが、観測機を出して誘導するならその限りではない。

 地形データは計測済みな上、レーザー通信による詳細なデータ転送が可能な晴天なら更に。

 実際にミヤビの前世の記憶においても『機動戦士ガンダム第08MS小隊』第10話「震える山(前編)」で登場の量産型ガンタンクが間接射撃を行っていたし。

 

『第三射、命中を確認。続いて第四射準備にかかります』

「ええ、お願いよ」

 

 サラスリーのサポートもあるが、ニュータイプの片鱗か、かなりの正確さで間接射撃を決めるセイラ。

 だが、不意にガンタンクの機体に衝撃が走る。

 

「き、来やがった」

 

 カイがうめくように言う。

 とうとうマゼラアタックとザクによるジオン軍地上部隊がホワイトベース部隊を射程に捉えたのだ。

 これまでのうっ憤を晴らすかのような、猛烈な射撃がガンタンクを襲う。

 

「ちくしょう!」

 

 カイはガンタンクの両手に装備された40ミリ4連装ボップミサイルランチャーで反撃するが、

 

「ああっ…… た、弾が、弾がない……」

 

 ドップとの防戦で弾薬が消費されていたため、あっという間に弾切れに陥る。

 

「うわあっ!」

 

 至近に着弾する砲撃!

 マゼラアタックが備えるのは175ミリの大口径砲。

 これから放たれる装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS、作中ではペネトレーター弾と呼称)は『機動戦士ガンダム第08MS小隊』にてルナ・チタニウム製の装甲を持つ陸戦型ガンダムの脚部を破壊。

 また『機動戦士ガンダム』第21話では成形炸薬弾(HEAT弾:High-Explosive Anti-Tank)と思わしき弾薬でガンダムの背に装着されたシールドを一撃で破壊し、その下のランドセルにまで損傷を負わせているものだ。

 ルナ・チタニウムの装甲を持つガンタンクでも、バイタル部に直撃を受けると危ない。

 絶体絶命のピンチに、カイの脳裏にも死神の姿がちらつく。

 だが、

 

「いいぜ……」

『カイさん?』

 

 何を思ったかカイはガンタンクの両腕を持ち上げる。

 

「死神のやつが俺たちの命を好き勝手にできるってなら」

 

 すでに弾倉は空で、何の役にも立たないはずの両腕を、

 

「まずはそのふざけた現実をぶち壊す!」

 

 右手は上段、セイラの乗る頭部コクピットを、左手は中段、カイ自身が乗る腹部コクピットをガード。

 バイタル部を守る盾にする!

 

 

 

(そげぶっ!?)

 

 カイの取った策というかガンタンクのポーズに、ミヤビは前世で有名だったAA(アスキーアート)を思い出し吹き出す。

 『そげぶAA』でネット検索すると出てきたやつだ。

 元々あったかっこいいポーズのAAに小説『とある魔術の禁書目録』の主人公、上条当麻の決め台詞「その幻想をぶち殺す!!」(略称「そげぶ」)を合成したもの。

 

(が、ガンタンクであのポーズを見ることができるなんて……)

 

 

 

 カイはルナ2脱出後、アムロがモビルスーツの格闘戦への参考としてミヤビから少林寺拳法の防技についてレクチャーを受けているのを横目で眺めていた。

 その中にあったのが『横十字受け』

 片手で内受けを使って上段を守り、同時に反対の腕で打払い受けで中段を守るもの。

 スピードが速く連撃もある少林寺拳法独特の受けで、上段、中段どちらに攻撃が来ようとも、また連撃でほぼ同時に打ち込まれようとも対処できるものだ。

 さらに膝を挙げて膝受け、フットブロックを併用すれば『三連防』という技になるが、足の無いガンタンクには参考にならない。

 他にも少林寺拳法には片手で上受けと内受けの段受け(片手で二度以上続けて受けること)をしながら反対の手で下受けを同時に行う『二連防』という技がある。

 シャアの動きに追従しきれないアムロにとって、どこに攻撃が来るか分からない状態でも防御できるというのは有効で、カイも感心して見ていたのだ。

 

 そしてカイは、マゼラアタックが使う成形炸薬弾についてミヤビから教えてもらっていた。

 火薬の力が産み出すメタルジェットで装甲に穴を開け内部を焼き尽くす弾頭。

 しかしメタルジェットの有効距離はわずか数十センチ程度であり、装甲の手前にイスラエルのメルカバ戦車のように鎖のカーテンを吊るしたり、柵状の防御を施すことで無効化できる。

 

 カイは死を目の前にした極限状態において、弾倉が空になって誘爆の危険が無くなった両手を少林寺拳法の防技を参考に上段中段を同時にカバーする盾とすることでコクピットを守ることを考え付いたのだ。

 

 

 

 そしてミヤビはというと、

 

(『バトルテック』でも誘爆の恐れのある弾薬はさっさと使い切っておくと安心だったしねぇ)

 

 と考える。

 バトルテックは旧20世紀のウォー・シミュレーションゲーム。

 メックと呼ばれる搭乗ロボットは、機種によっては致命的命中を食らうと弾薬誘爆で一撃死というものもあった(クルセイダーやマローダー……)

 誘爆が怖いから最初から弾薬積まずに出撃するわ、というプレーヤーも居たぐらいだし。




 コア・ファイターを観測機として使っての艦砲射撃に間接射撃でした。
 まぁ、軍事的セオリーどおりですよね。
 作中でもありましたとおり、『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』でもやってましたし。
 そしてガンタンクで『そげぶAA』……

> 今回、コア・ファイターの左右両翼、翼下パイロンにはSHARP(SHAred Reconnaissancd Pod)、分割偵察ポッドとも呼ばれる戦術航宙/航空偵察ポッドシステムが搭載されていた。

『U.C.HARD GRAPH 1/35 地球連邦軍 多目的軽戦闘機 FF-X7 コア・ファイター』で再現されていますが、コア・ファイター両翼にはハードポイントがあって、パイロンの取り付けで空対空ミサイルAIM-77Dが使用できるようになっています。
 ミサイル、そしてパイロンを付けたままではモビルスーツに合体できないという問題がありますが、うちの話のリュウ、ハヤト機には関係ないので……
 そのため今回はミサイルの代わりに偵察ポッドを取り付けて、ということをやっています。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第8話 戦場は荒野 Dパート

 一方、アムロのガンキャノンはザクとの戦闘を引き受けていた。

 ミヤビの知る史実ではシールドを投げることでザクのコクピットを貫いたりと殺陣ならぬ盾が光った演出があった。

 まぁ、盾のフチは凶器だし。

 創作だとゴブリンスレイヤーさんがゴブリンの頭をこれでかち割っていたが、現実でも機動隊ではジュラルミンの盾のフチで相手の足を潰したり角で殴りつけたりなどしていたという話だ。

 

 ガンキャノンにはシールドは無いが…… 代わりになるものならあった。

 エルボージョイントアーマー。

 肘関節を保護するための装甲で、丸みのある形状は砲弾を受け流すために考案されたもの。

 腹部に腕を回せばシールドの代わりにコクピット部を守ることもできる。

 ミヤビの記憶の中でも後にジム・コマンド系の機体にも採用されていたやつだ。

 

 しかしもちろん、投げつけることなどできはしない。

 そのためアムロが取った策とは、

 

「斬影拳!?」

 

 それを目にしたミヤビの唇から驚愕の声が上がる。

 地面を滑るような高速の踏み込みから相手の胸板に肘打ちを叩きこむ突進技!

 ミヤビの前世において格闘ゲーム『餓狼伝説』およびその後継ゲームで登場のアンディ・ボガードの代名詞とも言える必殺技である。

 

 モビルスーツの大質量を乗せた攻撃に、ザクの正面装甲はあっさりと破られた。

 突き出したエルボージョイントアーマーの先端が胴部のコクピットを貫き無力化する。

 そしてミヤビを驚かせたのは、

 

「スラスターだけでホバー移動の真似事をするなんて!」

 

 という事実。

 アムロは左右の足裏に2基ずつ装備されている足底スラスターと背面のランドセル装備のメインロケットエンジン2基を使って、ごく短時間ながら疑似的にホバー移動してみせることで高速の踏み込みを可能としたのだ。

『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』登場のザクII FZ型も同様なことを行っていたが、この機体は統合整備計画の適用により生産されたもの。

 ドムで蓄積されたデータを生かしているからこそできるのであり、まったくのゼロから実戦でやってのけるなど、並みのことではない。

 

「胸部左右にある姿勢制御用スラスターを補助に、ほぼ体重移動だけで制御してみせた? そんなとんでもないことができるの?」

 

 うそだ、うそだ、うそだ、うそだ、うそ、うそだ。

 そんなことできるやつはユーマ・ライトニングとか一握りのエースパイロットだけだぞー。

 

 とミヤビは内心、虚ろにつぶやきながら自分の目を疑う。

 マンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』にて主人公レッド・ウェイラインがユーマ・ライトニング操る青いゲルググの機動を見て、

 

「何てヤツだ! スラスターだけでホバー移動の真似事してやがる」

 

 と驚いているように本来は熟練のエースパイロットのみが可能とする技だった。

 しかし……

 どうして今のアムロにそれができるのかというと、もちろんミヤビのせいなのである。

 

 まず第一に、こうしてみようとする発想が無ければならない。

 そしてアムロが発想のもとにしたのが、ミヤビが開発したドラケンE改のジェットローラーダッシュなのだった。

 モビルスーツの二本の足で走るのではなく、滑走により実現される高速移動。

 もちろんガンキャノンの足にはローラーダッシュ機構など内蔵されていない。

 では代わりになるものは無いか。

 そう考えて、アムロは発見したのだ。

 左右の足裏に2基ずつ装備されている足底ロケットエンジンを。

 これにより機体を浮かせ、ドラケンE改のジェットローラーダッシュと同様に背面のロケットエンジンで加速する。

 そうやって産み出されたのが、先ほど見せた疑似的なホバー移動。

 ドムの登場以前に達成してしまった移動法なのだ。

 

 そして第二に、この移動法に必要な高度な機体制御を可能とする手段。

 それが……

 

 

 

 自分の城と化した工作室で、手を叩いて喜ぶテム・レイ博士。

 

「よくやったアムロ、サラツー、いやAIプログラム、サラを提供してくれたミヤビ君のおかげか!」

 

 と、モニター越しに見るガンキャノンの活躍に満面の笑みを浮かべる。

 

 そう、この技の成立に大きく寄与しているのがミヤビが育てたサポートAI『サラ』と共通のAIプログラムを持つ『サラシリーズ』なのだ。

 『機動戦士ガンダム』の謎として、どうして『学習型コンピュータ』ではなく『教育型コンピュータ』なの、というものがある。

 それに対する答えとしてとある書籍で唱えられていたのが、

 

 教育型コンピュータはパイロットの言葉や所作から意思を推測して、その操作を補足する機能を持つ。

 要するにパイロットの考えや、やりたいことを察してフォローしてくれるのだ。

 この機能はパイロットの挙動をサンプリングすることでより精度を増し、技量の高くないパイロットにも熟練兵の操縦を可能とする。

 

 こうしてパイロットを教え、導きながら、同時に自らも成長していくという意味で教育型と名付けられたというものだ。

 そしてまさに人格を持ち、人間を、人の心を理解し、パイロットのために尽くす存在がサポートAIサラシリーズなのであり、彼女たちの存在があるがゆえに、教育型コンピュータはミヤビの知る史実を超えてパイロットのやりたいことを先回りしたり補足したりして助け、機体を自由に制御できるのだ。

 

 つまり先ほどの技はアムロとサラツーの深い相互理解、二人の間の絆が生み出したものなのだった。

 

 

 

 地上部隊の劣勢に、ドップ隊もホワイトベースにミサイルで激しく攻撃を加える。

 ミノフスキー粒子によりミサイルの誘導が妨害されている状況ではミサイルはロケット弾のように直射するしかない。

 低空に浮遊するホワイトベースには上空から急降下爆撃機のように撃ち込むしかないが……

 

「なにっ!?」

 

 驚いたことにホワイトベースは横にスライドするという動きでそれをかわす。

 

「おおっ!! なんだありゃあ……」

「ふざけやがって、あんなカニ走りでミサイルを避けるだと!?」

 

 そして外れたミサイルは誘導が効かないため直進し、地上の味方へと降り注いだ。

 

「いかん、同士討ちになるぞ。攻撃中止」

 

 慌てて指示が下りる。

 ホワイトベースがミサイルをかわすことができたのも、外れたミサイルが地上のマゼラアタックに命中したのも偶然、たまたまかも知れない。

 だがフレンドリーファイア、味方殺しは軍において許されないこと。

 可能性があるだけで、攻撃をあきらめねばならないことだ。

 その辺気にせず、というか可能性に思い至らずバカスカ撃っているカイたちホワイトベースクルーと違って、彼らは正規の軍人ゆえに行動が制限されるのだった。

 

 

 

 ルッグンを撃墜されたパイロットたち、バムロとコムはペルシアに手当てを受けていた。

 まぁ、バムロの手に巻かれる包帯も、彼がペルシア母子のために投下したものだったが。

 情けは人の為ならず、つまり「情けは人の為だけではなく、いずれ巡り巡って自分に恩恵が返ってくるのだから誰にでも親切にせよ」とは言ったものである。

 

「戦いはどうなってんでしょう?」

「さあな、どちらが勝つか」

「どちらが勝っても負けても、私のように夫をなくす人がこれからも大勢出るんでしょうね」

 

 戦場に近くにはあったが、この場の誰もがその勝敗には意味を見いだせていなかった。

 ある種の諦念があるだけだ。

 

「コーリー、おねむになったのね」

 

 ペルシアの幼い息子も母親の膝の上で眠っている。

 

 

 

「……ここまでだな」

「ガルマ?」

「退却だ。地上部隊は秩序を保って後退。ドップ隊にはそれを援護させろ」

 

 ガルマは頭を抱えたくなるような状態でも何とか己を保ち、冷静に指示を出す。

 それを見てシャアは、

 

(やはりガルマは変わったな)

 

 と実感する。

 無論、育ちの良さゆえの甘いところ、能力が追い付かないところはある。

 しかし人として正しく歩んでいるようにも思える。

 イセリナ…… は、まぁ例外として置いておくにしろ人望もあった。

 シャアにしてもザビ家への恨みを別にすれば、付き合いやすい友人であるのを認めることもやぶさかではない。

 

(彼を友として連邦と戦うのも悪くは無いか……)

 

 ふと考えるシャア。

 彼もガルマに感化され成長したのかもしれないし、また復讐の人生に倦んで、疲れて、どこかで救いを求めていたのかもしれない。

 しかし、もしミヤビがこのことを知ったら彼女の脳裏にはこんな言葉が過っただろう。

 

 人の性格がそんなに簡単に変えられ成長できるなら誰も苦労はしません。

 

 と。

 実際この後、敗北の責任をキシリアに厳しく叱責された上、臨時の移籍であるという不正規な立場故に自分だけドズルにも叱られるという理不尽な扱いを受けたシャアはザビ家への恨みを蘇らせ、

 

(先刻の、あの天使の囁きは、あれは夢だ。忘れてしまえ)

 

 とまるで太宰治の『走れメロス』を反転させたパロディ漫画『走れセリヌンティウス』のように自分に言い聞かせることになるのだった。

 

 

 

 手当てを受け終えたバムロはペルシアに礼を言うと、

 

「我々は原隊へ戻らなければなりません、今夜は救助カプセルで休むといいでしょう」

 

 と、勧める。

 救助カプセルは簡易シェルターとしても使えるのだ。

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げるペルシア。

 バムロはコーリーの頭をなでてやると、

 

「ぼうず、強い男になって母さんを守ってやれよ」

 

 と、励ます。

 

「では」

 

 そう言って歩き出すバムロとコム。

 しかし彼は振り返って、

 

「奥さん」

「は、はい」

 

 戸惑うペルシアにバムロは今まで伏せていた真実を告げる。

 

「ここが一年前までSt.アンジェのあった所です。奥さんは湖の仲間の所にお帰りになった方がいいでしょう」

 

 その衝撃の事実に、ペルシアは何も無い荒野を見回し、

 

「え、ここが、ここが、St.アンジェ?」

 

 信じられないと泣き伏す。

 

「コーリー」

「ママ……」

 

 そのはるか上空をホワイトベースの光点が通過していった。

 

 

 

「いいんですかぁ、あの奥さん絶対誤解してますよぉ」

 

 そう気遣う部下の言葉に視線を向けることもなくバムロは歩き続ける。

 

「いいんだよ。彼女は地球連邦市民だ。自分の国を恨むのは彼女の、そして彼女の子供にとっても幸せなことじゃない」

 

 そう言って。

 

 

 

 ミヤビの前世の記憶では戦争によって失われる故郷、戦争の悲しさを描いたはずのこの話。

 後の調査で、ミヤビの存在がバタフライ効果を産み出したせいか、あるいは史実でもそうだったのか、St.アンジェはジオン軍の侵攻前に地球連邦軍の手によって更地に変えられた、という事実が判明している。

 実はSt.アンジェはもっと前に無くなっていなければならないはずの街だったのだ。

 グレートキャニオン、ミヤビの前世で言うグランド・キャニオン周辺地域は西暦1908年1月11日にアメリカ合衆国の国定公園となり、1919年2月26日に国立公園に指定された。

 この公園の誕生は環境保護運動の初期の成功例であると言われている。

 

 そして宇宙移民は人口飽和による地球環境の悪化も原因の一つ。

 過激な環境保護団体がここは自然保護の聖地だと位置づけ、その圧力でグレートキャニオン周辺地域は居住が全面的に禁止されることになったのだ。

 St.アンジェだけではない。

 観光客向けの施設やホテルが集まった公園内ビレッジエリアも廃棄。

 住民はコロニーへと強制移住させられ、グレートキャニオンには環境保護の監視員以外立ち入りが厳しく制限された。

 

 しかし、である。

 それらの情報はすべて伏せられたうえ、実際にはSt.アンジェの街は撤去されなかった。

 グレートキャニオンを管理する環境団体と地球に残ったエリート、連邦政府との癒着である。

「聖地に住み、それを見守るのは我々自然を愛する環境保護団体の崇高な使命」

 という主張により 元々の住民を追い出したSt.アンジェの街はそのまま環境保護団体の人間の居住地として利用されたのだ。

 そして一部を地球連邦高官のたちの別荘地としても提供することで(彼らはこれを査察と主張した)政府を黙らせる。

 禁止されているはずのグレートキャニオンへの観光も、彼らを満足させる特権として使われた。

 そしてジオン軍の地球侵攻を前にしてこの事実が明るみに出ることを恐れた地球連邦は、戦略的に何の価値も無いはずのSt.アンジェを慌てて爆撃し、そこを更地に変えた。

 リュウたちが見た湖畔に残ったわずかな家を残して……

 

 なお一年戦争中、連邦軍の地下組織に「St.アンジェの街はジオン軍の侵攻によって失われた」と吹き込まれた子連れの女性ゲリラが、ジオン軍の偵察機パイロットから治安部隊に左遷させられた兵士たちと激しい戦いを繰り広げ、最後はグレートキャニオン奥地で行方不明に。

 遭難中に助け合い、ぎこちなく心を通わせる彼女たちの前に連邦軍の地下組織の幹部が口封じに現れる。

 その正体はSt.アンジェの真実を葬り去ろうとする某環境団体の手の者。

 始末する前にと冥途の土産よろしく語られた真相に、彼女たちは共に反撃、そして無事生還。

 女性のお腹には彼女の息子の妹となる命が宿っていた……

 という一大スペクタクルがあったらしい。

 

 この事実をミヤビが知ったらこう言うだろう。

 戦争の悲しさを描いたいい話のはずが、どうしてこうなった。

 と……

 

 

 

次回予告

 ガルマ・ザビみずからがホワイトベースに攻撃を掛ける。

 ミヤビのせいでグダグダな状況に追い込まれたアムロは脱力する精神と身体に鞭打ってガンキャノンを操り、ついに空中戦を行わしめる。

 共にシャアの深い陰謀も知ら「――嘘を、ついておいでですね」

 次回『翔べるの? ガンキャノン』

 君は生き延びることができるか?




 ガンキャノンで斬影拳。
『走れセリヌンティウス』なシャア。
 そして自重しないペルシア母子のその後でした。
 あと次回予告に乱入してくるイセひー。
 いや、どうしてこうなった、と。

 ガンキャノンのエルボータックルはアーケードの格闘ゲーム『機動戦士ガンダムEX REVUE』でも必殺技になっていたり。
 あちらは斬影拳と言うより昇竜拳タイプの対空技ですが、斜め上30度に飛んで行くので突進技っぽくもあったり。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第9話 翔べるの? ガンキャノン Aパート

「アムロ、食事よ」

「アムロ、ショクジヨ」

 

 フラウ・ボゥは丸いペットロボット、ハロを連れてアムロの部屋を訪ねたのだが、

 

「アムロ?」

「アムロ」

 

 ノックに応答が無いのをいぶかしく思い、ドアを開けると、

 

「ミヤビさん、あまり近づかないでください。僕、シャワー浴びてないから汗臭い……」

「そう?」

 

 恥ずかしがるアムロを気にも留めない様子でミヤビはアムロの胸元に顔を寄せ、

 

 すうっと、

 

 匂いを、かぐ。

 

「私はアムロの香り、嫌いじゃないけど」

「……っ!?」

 

 一瞬で顔を真っ赤に火照らせるアムロ。

 

「あ、ごめんなさい。不躾だったわね。一緒に運動するとミライがいつも汗の匂いを気にしていたのをこうやって安心させていたものだから」

「い、いえ、そんな……」

 

 ミライの名誉のため、彼女は汗かきというわけではない。

 普通だ。

 しかし姉のミヤビは冬生まれのためか汗をかくことが少なく、しかも常にしれっとした顔で運動もこなすので、その対比で気にしているだけだ。

 ミヤビと違って乙女心が発達しているから、前世が男性であるが故、男の体臭すら気にしないミヤビの方がおかしいともいう。

 

 そして、

 

「ふ、フケツ……」

 

 ミヤビとアムロのイチャイチャ(まったくの誤解)を目にしたフラウは愕然とした様子でつぶやく。

 一方ミヤビはというと、きょとんとして、

 

「そう? 普通でしょ」

 

 と平然とした様子で言い放つ。

 もちろん彼女は、

 

(フケツって…… 男なんてこんなものでしょ。起き抜けにシャワーが必須なんてことも無いし。それともフラウのように年頃の女の子は潔癖になるのかな?)

 

 と、フラウの言葉をまったく違う意味でとらえているだけなのだが。

 そしてその様子がますますフラウの誤解を呼ぶ。

 ついでにアムロの頬も赤い。

 

 男性だった前世を持つミヤビは、異性に対する距離感がおかしい。

 妹のミライには危険だと散々注意されているのだが、自分の美貌と性的魅力に無頓着(というか意識すると死にたくなるので考えることを止めている)な彼女には自覚は無く。

 アムロもそんな年上の美女が無防備に距離を詰めてくるのだから、たまったものでは無かった。

 まぁミヤビは元日本人、現日系人種ゆえ、欧米人のような大げさに思えるボディタッチやスキンシップは無いため、他人とのふれ合いに慣れていないアムロでも拒絶感は無い。

 無いのだが、少しアムロの方から詰めれば触れてしまえるという意味で、非常に危険な、思春期の少年の理性をガリガリと削っていくような絶妙の距離となっているのだからタチが悪かった。

 ともあれミヤビは、

 

「アムロ、一緒に食事に行きましょう」

 

 と、彼を促す。

 ミヤビはアムロのメンタル状況を気遣って、彼を食事に誘いに来たのだ。

 彼女の知る史実だとこの時期、彼は非常にギスギスして消耗していたので。

 

 その行動が幼馴染ヒロインであるフラウの役目を横取りし、彼女を不機嫌にさせるのだが。

 ついでに言えばアムロに対しヒロインポジションで行動していることになっているのだが。

 一つのことに集中すると他に目が行かなくなるきらいのあるミヤビは気づいていなかった。

 

 

 

 なお、ミヤビの言っていたミライと一緒の運動とは例のアレだ。

 ミライの胸を育てるためのもの。

 妹のためにとミヤビは日ごろの運動に付き合っていたのだ。

 まぁ、同じメニューをこなしてもミヤビの方はちっとも育たなかったが、それは体質だろう。

 そもそもあんなに育っていたら今頃ミヤビは首を吊りそうになっているはずだし。

 

 そしてミライの胸についてはこんなエピソードがある。

 遡ること数年前、いい加減ミライの胸は大きく育っていたのだが、毎日一緒に居るミヤビには今一つ、そういう認識が無かった。

 子供の成長なども久しぶりに会う親戚には大きくなったと驚かれるが、毎日顔を合わせている家族には実感が無いというやつと一緒だ。

 まぁ、それでもEカップを超えFに、ともなると普通に考えれば簡単にわかる。

 こんなでかいヤツは、そうそうないってことぐらい……

 

 その日も日課の朝のジョギングをしていた二人。

 ミヤビはふと隣を走るミライを見て驚愕した。

 

(揺れない……)

 

 姉の視線に、姉妹ゆえの理解で何を言いたいか察したミライ。

 彼女は苦笑して説明する。

 

「気を付ければ揺らさず走れるの」

「技術……? 技術なの?」

 

 なお、Fカップともなると、その重さは片方1キロを超える。

 両方合わせて2キロ超過のそれをぶら下げて揺らさないとはどんな超絶テクニックかとミヤビは戦慄する。

 

「高さを一定に保つ足運びが肝心かしら」

「ああ、陸上競技選手なんて、フォームを見るとほとんど体幹が上下しないものね。軸がぶれないし」

 

 その時、ミヤビに電流走る。

 これだ!

 と。

 

 そのころミヤビはドラケンE改の歩行について行き詰っていた。

 ドラケンE改の原型機、ドラケンEでは歩行時の衝撃が酷すぎるため巨大なダンパーをかかとに装着して誤魔化していた。

 人型マシンの二足歩行における上下振動は激しく、標準のモビルスーツサイズになると走行に人間が耐えられないのではと心配されていたほど。

 その3分の1以下の全高であるミドルモビルスーツでもやはり振動は酷く、ドラケンEでも問題となっていたのだ。

 

 それに対しドラケンE改ではかかとにダンパーの代わりにローラーダッシュ機構が入れられている。

 

【挿絵表示】

 

 ローラーダッシュ機構にはスイングアーム式モノショック、バイクのリアサスに用いられることが多い、タイヤを保持するアームの根元に1本のダンパーを設置しているタイプのサスペンションが組み込まれ、またタイヤの弾力もあってある程度までは代わりとなるが、十分とは言えなかった。

 

 そんな時にミヤビに天啓をもたらしたのが妹、ミライのオッパイなのだ!

 マンガ『頭文字D』で主人公が車のカップホルダーに水の入った紙コップを置き、こぼさないように運転することでドリフトテクニックを磨いていたが、それをミライがオッパイを揺らさず走ることに置き換えたようなもの。

 ミライが知ったら、

「姉さんは人の胸を何だと思ってるの」

 と呆れられただろうが。

 

 そして……

 恥ずかしがるミライにピッチピチのサンプリング用スーツを着せて、あらゆる角度からその走行フォームを撮影するという究極の羞恥プレイをお願いするミヤビ。

 おまえは何を言っているんだ、であるが、姉には弱いミライなので、彼女は顔を真っ赤に火照らせながらも協力した。

 しかし鬼畜な姉は非道にもそのデータをメカニカルアーム、機械義肢の権威であるディック・ルムンバ氏に持ち込んだのだ。

 いきなり「何も言わずこれを見てください」と言われてオッパイを見せられたルムンバ氏も災難である。

 最初は『ヤシマの人形姫』がついに狂ったかと正気を疑われたらしい。

 ミヤビの中に居るはずの常識さん、仕事してください。

 

 なお、ディック・ルムンバ氏とはあの人だ。

『機動戦士ガンダム0080』でガンダムNT-1、アレックスの開発責任者だった車椅子の男性。

 劇中、モビルスーツは必要悪とも言うべきものであり、しょせんは人を幸せにすることなど出来ないと言い切った彼がどうしてオッパイに魂を売った…… じゃなくてミヤビに協力したのかというと、ドラケンE改は平和利用が主眼の作業機械であったこと。

 そしてミヤビのこんな説得からだった。

 

「自主規制に意味は無いのでは? 人類すべてを規制できるなら分かりますけど、ジオン公国って外国ができてしまった以上、連邦がやらなくてもジオンがやるだけですし」

 

 実際、ミヤビの前世、旧21世紀でもそういった話はあった。

 倫理観から欧米が遺伝子改変技術に規制を行っている間に、そういった縛りの無い中国がどんどん先を行ってしまうというもの。

 

「実現への道筋は見えていてあとは「やる」か「やらない」かだけ。そして人類に「やらない」という選択は無いと思います」

 

 そしてまた、

 

「あなたがまっとうに開発をすれば、非人道的な研究を減らせる。それは意味のあることだと思うのですが」

 

 ということもある。

 この世界ではどうか分からないが『機動戦士ガンダム サンダーボルト』のリユース・サイコ・デバイスなんぞ、義肢技術を使ったが、そのために健全な兵士の手足を切断するなんていう所業をしていたし、そういう者が出る可能性はある。

 それ以上の技術を開発して人類の財産として公開、共有すれば、そんな研究も防げるはずなのだ。

 

「難しく考えず、これを利用して機械義肢本来の目的である平和利用に役立つ研究ができると考えていただけると良いと思います」

 

 最後にミヤビはそう言って深く頭を下げ、ルムンバ氏はうなずいたのだった。

 そうして固い握手を交わす二人はとても真面目な良い表情をしていたが、背景の大画面モニターにはダメな例として撮影されたオッパイがブルンブルンと暴力的なまでに揺れまくっている様子が大写しになっているあたり、酷い、酷すぎる絵面だった。

 ミヤビが時に発生させるマヌケ時空に引きずり込まれたルムンバ氏にはご愁傷様と言う他ない。

 

 そうやって開発されたのが『MIRAI・歩行アルゴリズム』である。

 もちろん名称の由来は非公開。

 巨乳を揺らさず走る妹のフォームを解析しました、とはさすがのミヤビにも公言できない。

 それでも名前だけでも、と感謝の意味を込めてのネーミングである。

 ミライが知ったら羞恥のあまりミヤビを道連れに心中しようとしただろう、ものすごく余計な気遣いである。

 

 そしてこの『MIRAI・歩行アルゴリズム』、画期的なのは人間と同じく身体全体、特に足腰で衝撃を吸収するということ、機械的な仕組みとしては各関節にある動作用アクチュエーターをそのまま衝撃吸収用ダンパーとしても利用するということだった。

 別途ダンパーを入れる必要が無く機体の簡素化、軽量化が図れるうえ、ストロークは脚部の可動範囲いっぱいとダンパーを内蔵した場合とは比べ物にならないほど大きくなる。

 将来、ガンダムMk-2で実現され、第2世代以降のモビルスーツの必須条件と呼ばれるようになったムーバブルフレームと同様の機構を備え、広い可動域を持つドラケンE改の脚部ならなおさら。

 なお実装には旧世紀の日本の戦車74式、10式の油気圧サスペンション(ハイドロニューマチック)による姿勢変更機能、つまりサスペンションの伸縮を制御して前後左右に車体を傾けるというサスペンションと姿勢制御アクチュエーターの一体化技術が参考にされている。

 

「そもそも制御が完璧なら義肢に衝撃吸収用ダンパーは邪魔なのだよ」

 

 ルムンバ氏はミヤビに対してそう語っている。

 

「制御プログラムの計算が収束しなくなるからですね」

 

 と、ミヤビは納得したが、そう言えば前世の記憶でも内部構造図を比べると、RX-78ガンダムには多数あったダンパーがガンダムNT-1、アレックスでは大変少なくなっていたものだった。

 マグネットコーティングにより不要になる、という説もあったが、歩行制御技術の進歩とルムンバ氏の技術もあってのことなのだろう。

 

 

 

「それじゃあフラウ・ボゥ、また後で」

 

 ミヤビはとある一室にアムロを押し込むと、フラウに別れを告げる。

 ここから先は彼女には立ち入り禁止だ。

 

「……っ!」

 

 フラウの顔が強張るが、ミヤビはそれに気づかない。

 そして部屋の中に入った二人を迎えたのが、

 

「待ちくたびれたぜ、お二人さん」

 

 というカイの言葉と、セイラ、リュウ、ハヤト。

 つまりパイロットの面々だった。

 そして彼らがつくテーブルには、暖かで食欲を誘う食事が用意されていた。

 ミヤビはいつもの変わらぬ表情で、しかしその声音にわずかに漏れ出る柔らかさを乗せて答える。

 

「お待たせ。それじゃあ皆でいただきましょうか」

 

 そう言ってテーブルに着く。

 なぜ彼らだけで食事をするかというと、パイロット同士で同じ釜の飯を食う、つまり相互理解とチームワークを深めるといった意味もあったが、他にも、

 

「どうしたハヤト、食べないのか?」

「リュウさん。僕たちだけこんなに食べてもいいんでしょうか?」

「うん?」

 

 ということがあった。

 ミヤビの知る史実ではアムロとリュウにだけパイロット向けの十分な量の食事が出され、それに対しカイがタムラコック長に文句を言う。

 避難民と一緒のテーブルで食べさせられたアムロが彼らとの食事の落差と、子供の食事を盗み食いする老人の汚さを目にし食べる気を無くすなどといったことがあった。

 それゆえミヤビはパイロットのみで集まって食事ができるよう調整したのだが。

 

 しかしとうとう、ハヤトは食事の差に気づいてしまった。

 あるいは彼自身文句を言われたのか、避難民たちの不満を耳にしてしまったのか。

 

 仕方が無いな、とミヤビは口を開く。

 彼女は口の中に物を入れたまましゃべらないようしつけられているので、少しタイミングが遅れたが。

 

「これは絶対、ここだけの話にしてほしいんだけど」

 

 そう前置きして話したのは、

 

「実際には食料は十分にあるのよ」

 

 ということ。

 

「えっ?」

 

 絶句するハヤト。

 それはそうだろう。

 ミヤビも確認して驚いたのだから。

 

「タムラコック長はプロの料理人よ。そして兵隊の食事のカロリーは作業量によって決められている」

 

 つまり、

 

「私たちのような身体をフルに使うパイロット以外は、この船に閉じ込められた避難生活でみんな慢性的な運動不足の状態に陥ってるわ。そんな人たちに適正なカロリーの料理を出すと、どうしてもボリューム不足に感じられるものになるのよ」

 

 特に避難民たちの多くはご老人。

 基礎代謝、カロリー消費は決して高くないこともあり、入院患者への病人食みたいになってしまう。

 それでもタムラコック長は懸命に工夫して、何とか満足感が得られるよう美味しいものを作ってはいるのだが。

 

 なおミライにはヘルシーでダイエットになりそうだと喜ばれている。

 重力下に降りて、その二つの巨大な質量がもたらす慢性的な肩こりに悩まされているからだ。

 ブリッジでは時々舵輪の上に乗せることでこっそり休んでいる、というのはミヤビとムッツリスケベ…… ブライトだけが気づいている事実だ。

 舵輪から飛び出ている握り棒、握把を胸の谷間に挟むことになるので絵面がとんでもないことになっているのだが、ミライはまだ気づいていないらしい。

 

 とりあえずミヤビは「それを減らすなんてとんでもない」と言っておいた。

 お約束だから。

 ミライには「お約束なの?」と微妙な表情をされてはいたが。

 まぁ、そんなオッパイの話はともかく、

 

「だ、だったらなぜそれを説明しないんです?」

 

 というハヤトの疑問はもっともだ。

 しかし答えは簡単。

 

「あると分かったら我慢できなくなるでしょう?」

 

 そういうことだった。

 

「カロリーや栄養を気にせず食事を作ることもできるわ。そうしたらタムラコック長が文句を言われることも無い」

 

 しかし、

 

「でもそれは料理人の命にかけてできないって言うのよ。文句を言われてもかまわない、陰口を叩かれてもいい。乗船した時より、船を下りるときの方が健康になっている、それが船のキッチンを守るコックの使命だってね」

 

 ミヤビも甘味など高カロリーの食事はストレスを和らげる働きがあるのでメンタル面にも配慮してほしいかな、とも思うが。

 しかし料理の分野では自分よりはるかに高い知識を持つプロに意見できるほど彼女は独善的にはなれなかった。

 

 しかしまぁ、ミヤビもホワイトベースの台所事情がこうなっているとは予想できなかった。

 前世で見た『機動戦士ガンダム』の記憶が強いのと、戦争はひもじいもの、という日本人の先入観ゆえか。

 

 実際には地球連邦軍の根幹は旧アメリカ合衆国のもの。

 そしてアメリカ軍はいいものを十分に食べていたのだ。

 戦争中の不満も、

 

 肉類がスパム(ソーセージの中身を缶詰にしたもの)ばっかりで飽きた。

 今日あたりベースからステーキが飛んで来ねぇかなぁ。

 

 とか、

 

 日本軍が鹵獲してその豪華さに目を見張ったという戦闘食、Kレーションだが、アメリカ兵たちは必要なカロリーや栄養は足りてるとは言うけどメニューは単調だし満腹には程遠いしで『恐怖のKレーション』と陰口を叩いていた。

 

 といった贅沢なもの。

 

 そして思い起こせばマンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』ではゴップ議長、現在のゴップ大将が「兵士が必要だった物を揃えられたとの自負があるがね」と語り、それにヤザンが一年戦争に従軍した経験から「少なくとも小官は戦場で飢えたことは無い」と証言している。

 

 またブライトたち上位者はこの時点で武器弾薬の心配はしていても食料の心配はしていなかった。

 無論、この世界とは違い、史実では本当に食料が貧窮していた可能性もあるが、それはミヤビにも分からないことだ。

 

「まぁ、そんなだから気にせず食べましょう。食事を楽しむことも厳しい時には大切なことよ」

 

 ミヤビはそう言って、皆に勧める。

 

「どんな場合でも一番大事なことは食事が美味しく食べられるということ。美味しく食べられさえすれば、どんなにつらい状況でも最後まで気力が続くわ」

 

 そうミヤビに重ねて言われ、ハヤトは納得した様子で食べ始めるのだった。

 

 

 

 なお、アニメ制作者やファンの価値観の変化や世代交代もまた興味深いものがあるとミヤビは感じている。

 

『機動戦士ガンダム』では食料の不足を軍隊をリアルに描くために使っていた。

 しかし一方で食べ物に執着を見せる老人とは対照的に、良いものを食べられるということがモチベーションにはつながらないアムロ、つまり若者世代を描いているとも言える。

 

 さらにその後、制作された『超時空要塞マクロス』では軍隊を描くのに食料の貧窮ネタを使ってリアリティを出そうとはしなかった。

 これは河森正治氏ら制作陣が「アメリカ軍を基準にしているから」「実際にいいもの食べてるって知ってるから」と後の対談で語っている。

 

 そして『新世紀エヴァンゲリオン』ではご褒美にステーキをおごると言う上司、葛城ミサトに対し、主人公のシンジとアスカは気を使って子供らしく喜んで見せた後、

 

「ごちそうといえばステーキで決まりか……」

「今時の子供がステーキで喜ぶと思ってんのかしら。これだからセカンドインパクト世代って、貧乏臭いのよねぇ」

 

 と嘆いている。

 これは太平洋戦争と戦後の物の無い時代に育った世代の影響下にある「ごちそうと言えば肉」「逆に言えば肉抜きの食事は貧乏くさい」という価値観。

 また、いいものを食べるなどといった物質的な報酬がモチベーションにつながっている世代の価値観の押し付けに対し、「今時ハングリー精神みたいなこと言われてもピンとこない」という若者の世代を描いているわけだ。

 ベジタリアンである監督に古い世代の人間が相当に圧をかけたのだろう。

 

 娯楽作品は時代の価値観や道徳の象徴でもある。

(その価値観が良いとか悪いとかの話はまた別問題として…… というより自分の価値観を押し付けたり他人の価値観を尊重することなく否定したりする方が問題)

 そういった視点で考えると、また見えてくるものがあるのだった。




 ドラケンE改の『MIRAI・歩行アルゴリズム』開発秘話。
 そしてホワイトベースの台所事情でした。
 しかし、ここまで『オッパイ』を連呼する羽目になろうとは、この作者の目をもってしても見抜けなかった……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第9話 翔べるの? ガンキャノン Bパート

「ええい、連絡はまだか?」

 

 ホワイトベースブリッジでは、リード中尉がいら立ちの声を上げていた。

 通信装置にはオペレーターをつとめるフラウがついていたが、

 

「無線入りました」

 

 ようやくのコンタクトに、リード中尉は勢い込む。

 

「参謀本部からか!」

「よーし」

 

 ブライトも、やったとばかりにうなずくと、フラウの背後から通信装置をのぞき込む。

 

「こちらホワイトベース」

『防衛軍本部、通信解読回路、アルファガイン』

「アルファガイン、了解」

 

 少しぎこちないところがありながらも、暗号解読を行うフラウ。

 通信装置から吐き出されたメッセージカードをブライトが掴み上げ、そして消沈した声を漏らす。

 

「ホワイトベースは敵の戦線を突破して海に脱出することを望む。それだけです」

 

 ブライトからメッセージカードを受け取ったリード中尉は食い入るようにそれを見つめるが、そこにはブライトの言った言葉以上のことはどこにも書かれていなかった。

 

「助けにも来てくれないのか」

 

 期待していただけに、リード中尉の失望もまた大きい。

 

「おい、話はできないのか? 参謀本部と」

「無理です。ジオンの勢力圏内では暗号通信だって危険すぎます」

 

 と、なだめるのはブライトだ。

 フラウにはまだその辺、知識も無く気遣いもできない。

 まぁ、気遣いができないのは彼女の精神状態によるところもあったが。

 

「将軍たちはなんと思っているんだ?」

 

 リード中尉の憤りの声がむなしくブリッジに響く。

 

「現場を知らんのだ、戦場を!」

 

 

 

「みんな疲れは溜まってない? 睡眠は十分に取れてる?」

 

 食後のお茶を飲みながら、話を振るミヤビ。

 一番心配なのはアムロだったが、彼に直に聞くと男の子の見栄で虚勢を張る可能性もある。

 そのため話しやすいよう、全員に聞く形にしたのだ。

 まぁ、他のメンバーについても心配な面が無いわけでも無いので確かめておきたかった、ということもある。

 

「僕はあんまり……」

 

 ハヤトはそう言って、黙り込んでいるアムロを探るように見る。

 アムロはそれを煩わしそうに顔をしかめながらも、

 

「サイド7を出てからこっち、ぐっすり眠ったことなんかありゃしない。そのくせ、眠ろうと思っても眠れないしさ」

 

 とぼやく。

 彼も同い年の友人にならこうやって不満を漏らすことができるようで、ミヤビの気遣いは正解だったと言える。

 

 そんなアムロだったが、ミヤビの目には何とか大丈夫なように見える。

 ガンダムがここに無いのが痛いが、共に戦うパイロットたちの充実具合は史実より良い。

 それがアムロを精神的にも肉体的にも助けているのだとミヤビは思う。

 

 実際にはアムロが平静を保てているのはミヤビの存在に頼るところが大きいのだが、彼女自身は気づいていない。

 知ったら「何その買いかぶり!」と内心で悲鳴を上げていただろう。

 それがミヤビだ。

 ともあれ、ミヤビはアムロにうなずくと、

 

「分かる気がするわ。私も不安があるとぐるぐると考えこんじゃってなかなか寝付けない方だから」

 

 と言う。

 以前、ミヤビはアムロはリスクに敏感な体質であると説明していたが、彼女も割とそういう傾向があるのだ。

 想定されるリスクに対し、ああでもない、こうでもないと対策を考えてしまう。

 だからアムロのこともよく理解できるのだが……

 周囲の沈黙に首をかしげる。

 

「どうしたのみんな、そんな顔をして」

「い、いえ、意外だったから」

「ミヤビさんはもっと超然として……」

 

 何それ。

 

「私だって悩むことぐらいあるわ。いったいどんな目で私を見ていたの?」

 

 もちろん彼らは『ヤシマの人形姫』の名前、外見どおりの存在と見ていたに決まっている。

 気づいていないのはここでは当人だけである。

 家族…… ミヤビパパと妹のミライにはそのある意味どうしようもなく人間臭い、残念なところのある中身が分かっているのだが。

 

 そして、である。

 呆れた様子でわずかに瞳を見開いているミヤビ。

 普段、感情を超越したような美貌と冷めた表情を持つ女性が、こういうふとした拍子に漏らす人間らしいわずかな表情の動き。

 しかしそれは芸術的な美しさを持つ人形に生命が吹き込まれた、モノクロの世界が鮮やかに色づく瞬間を目にするようで、見る者に大きな感動をもたらす。

 

「こ、今度は何?」

 

 いわゆる、ギャップ萌えというやつが、この場の全員を襲っていた。

 女性であるセイラも含め、一人の例外も無く……

 罪作りな人間である、ミヤビは。

 

 そんなこともあったが、睡眠の話である。

 ここは医者の卵の出番とばかりにセイラに視線を向けるが、

 

「本当なら睡眠導入剤、短時間で効き目が切れる睡眠薬を使うのがいいのだけれど」

 

 と、彼女は言葉を濁す。

 

「いつスクランブルがかかるか分からない状況じゃお勧めできないわね」

 

 ということになる。

 後は薬と言うと漢方だが、これは専門家でないと処方は難しい。

 だからミヤビは、

 

「無理に眠ろうとしなくても、ベッドに横になって目をつぶって身体を休めているだけでもいいのよ。それだけでも体力は回復するから」

 

 と助言する。

 世の中にはさらに繊細で、あらゆる刺激に敏感なHSP(Highly Sensitive Person)と呼ばれる人も居る。

 それに対応するためヨガとかマインドフルネスとか様々なメソッドが考えられていて参考になるが、自分に合うかは人それぞれだし、即効性のあるものでもない。

 だからせめて睡眠への気負いを解く言葉をかけてやるのだ。

 こういうのは眠ろうとする思いや眠れないことに対するいらだちや罪悪感が逆に悪化させる方に働くものだから。

 気休め程度ではあるのだが、アムロのように理系のロジックで考える傾向の高い人間には「最低限満たせばよい明確な基準、それも自分でもできるもの」を与えてもらうことは、安心…… あるいは心に許しを与えてもらうことと同意義だ。

 だから大いに納得してミヤビに感謝する。

 

「ありがとうございます、ミヤビさん」

 

 そんな飼い犬が主人に対して見せる全幅の信頼みたいな想いを向けられて、ミヤビは戸惑う。

 彼女にはそんな大したことを言った自覚は無いのだから当然である。

 まるでワンコみたいだなぁ、と現実逃避気味に考えるのだった。

 

「それでアムロは何をそんなに考えてるんだ? 寝付けないぐらいに」

 

 そう促すのはリュウだった。

 話してみれば楽になるんじゃないか?

 そういう気づかいだ。

 ミヤビはやっぱり彼は頼りになるなぁ自分と違って、と感心する。

 職場には欲しいタイプだと思う。

 アムロは少しうつむいた後、ためらいがちに口を開いた。

 

「連邦軍は僕たちをおとりにしているんじゃないかって」

「おとり?」

 

 首をかしげるハヤトに、アムロは言う。

 

「連邦軍はもっと新しい兵器を開発しているんだよ。それが完成するまでの間、敵の目を引き付けておく。おとりなのさ、僕らは」

 

 考え過ぎだろう、とリュウは言おうとして、

 

「半分は合ってるのかしら」

 

 というミヤビの言葉に目をむく。

 

「ミヤビさん……」

「守秘義務があるからどうしても一般的な事柄しか言えなくなるんだけど」

 

 と、ミヤビは前置きして言う。

 ミヤビ自身、RX計画に招聘されて、その後V作戦に組み込まれてという立場があるが、彼女はヤシマ財閥令嬢。

 例えばミヤビの前世の記憶に、

 

『ガンダムって何であんなに軽いのさ』

 

 という疑問に対して、

 

『外骨格がルナ・チタニウム合金の中空フレームと、高強度プラスティックを融合成型したものでできているから』

 

 という設定を語っている書籍があったが、この技術の開発には『プレーン金属』『プレート・テクニクス』『八洲軽金属』といった企業が参加しており、この『八洲軽金属』はその名のとおりヤシマ重工の関連企業。

 実際、この世界でも実在し、V作戦にも参加している。

 つまりヤシマ財閥令嬢である彼女は知ろうと思えばそういった内容を知れる立場であり、話は個人の情報漏洩で収まらないのだ。

 

 ミヤビは前世でもこういった情報に触れる立場にあり、守秘義務の順守はもちろん、自社株も含め顧客、取引先等、インサイダー取引に引っかかるような銘柄の株は自由に売買できないなどの制限を受けていた。

 業務上知った内容で株を買って大儲け、とかはやっちゃいけないことなのだ。

 まぁ、自社株なら従業員持株会の制度を使って給料天引きで買うこともできるが、これもインサイダー情報に触れられる部署に居る間は口数変更ができないなど制限がある。

 

 またミヤビほどの立場でなくとも守秘義務は大事で、多くの工場でスマホ、携帯の持ち込みが禁止だったのは技術漏洩よりもっと切実な問題があったためだ。

 一般の工場作業員が「今休憩中。うちの工場では某〇社の××(製品名)に使われてる部品を作ってるんだぜ」とTwitterなどのSNSに上げる、なんてことをされるとさぁ大変。

 バカッターどころの騒ぎではない。

 発注元の某〇社から重いペナルティを課せられた上、契約を切られるなどといった死刑宣告を受けかねないのだ。

 職場で撮った自撮りの背後に製品が写っていた、というのももちろんダメで、だからデジカメもカメラが付いたスマホ、携帯も持ち込み禁止なのだ。

 

 なお業界人のトークにおける某〇社の〇には英字が入るのが普通だが「その業界で〇社って、あそこしかないじゃん!」という具合にバレバレなので意味が無かったりする……

 

 そんな具合なので、ミヤビの話はどうしても迂遠にならざるを得ない。

 いや、立場に配慮するなら沈黙することが利口なのだが、アムロたちのメンタルを考えるとそうもできないのが悩ましい。

 

「まずガンキャノン…… RXシリーズのモビルスーツって、どう考えても量産に向いてないから数をそろえるならそのままじゃダメよね。だから新型は確実に開発してるでしょう」

 

 つまりアムロの言う「連邦軍はもっと新しい兵器を開発しているんだよ」は当たり前の話なのだ。

 

「ただ量産機は試作機にあった色々な問題を解決し、その試験結果を反映されたより強い兵器になるのが普通なんだけど……」

 

 ガンダムの影響か、前世のアニメでは逆のことが多かったが。

 例外は『機甲戦記ドラグナー』の量産機、ドラグーンぐらいか。

 

「前に教育型コンピュータの話はしたでしょ。あんな風なコストは量産機ではかけられないから」

「つまり?」

「通常とは逆に量産される新型機はガンキャノンほど高性能なものにはならないでしょう、ってことになるわ」

 

 そこから導き出される結論は、

 

「今後、量産される機体よりはるかに高性能な、高度の最新技術を満載した実験機。こんなものを鹵獲されてリバースエンジニアリング…… 分解解析されて技術漏洩したら大ごとよ。だからホワイトベースを囮にするようなバカな真似はできないと思うわ」

 

 ということ。

 もちろんこれはアムロたちを安心させるためのウソだ。

 時に人間は、理屈に合わないことも平然とやってしまうもの。

 歴史を振り返れば、

「何でそんなバカな真似したのさ?」

 ということなど無数にあるものだ。

 

 そして……

 最悪のパターンだって存在する。

 つまり、上層部が兵の命を何とも思っていない場合。

 損害を気にせず物量戦で押しつぶすつもりだから、試作機なんてどんなに高性能であっても量産機の目途が付いたらお役御免だよね、と考えているケースだ。

 

 まぁ、そんなことは皆には絶対言えないわけだが。

 ミヤビは内心の考えを表情に出さないこの顔に感謝しながら語る。

 

「だからそんなの考え過ぎよ。その証拠にすぐ補給も受けられるはずよ」

 

 頼みますね、マチルダさん。

 そう、ミヤビは心の内で祈るが……

 

 その願いがマチルダには届かないことを、彼女はまだ知らない。

 

 

 

 リード中尉とブライトは今後について話し合うが、

 

「武器弾薬は底を尽き始めているんだ。今度大きな戦いがあったら支えきれん」

「わかっています。だからどうしたら生き抜けるのか考えているんでしょう」

 

 とは言うものの、そんな都合のいい考えがホイホイ浮かぶはずもない。

 無から有は産み出せないのだ。

 

「生き抜くだけなら簡単だよ、ブライト君」

 

 リード中尉の沈痛なつぶやきに、何を言いたいのか察したブライトは、

 

(冗談じゃない)

 

 と内心毒づくが、リード中尉はそのように言葉を飲み込むことはなく、

 

「ホワイトベースを捨てりゃあいいんだ」

 

 と言う。

 ミヤビが聞いたら大喜びだろう。

 

(最悪、機密保持のためホワイトベースを搭載機ごと自沈させて投降すればいいんだし、責任問題は父さんとゴップのおじ様にお任せすればそう酷いものにはならないだろうし)

 

 と考えるはずだ。

 実際問題、戦争など外交オプションの一つでしかないのだから、ある程度までは頑張るにしろ、これ以上は不可能となったら現実的な方策を取るべきだ。

 そもそも戦争にまで発展したのは政治の怠惰なのだから。

 

 

 

 この世界でミヤビが違和感を覚えるのは、レビル将軍やマスコミはギレン・ザビをナチスドイツのアドルフ・ヒトラーに例えるが、どうしてそこで思考が止まってしまうのか、ということ。

 民主主義国家から独裁者なんてものが台頭するには、それなりの環境が必要だ。

 歴史に学んで発生しないよう予防策を取ればいいのに、何でそうしようとしなかったの?

 ということだ。

 

 例えば第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約でドイツが課せられた賠償金は疲弊したドイツの経済問題をさらに悪化させ、その結果生じたハイパーインフレはワイマール共和国を失敗させ、ナチスとヒトラーの台頭をもたらした。

 第二次世界大戦後の戦後処理はこれを教訓に行われ、以後巨額の戦争賠償金を敗戦国に課す、というようなことは無くなったのだが。

 

 連邦は戦争賠償金なんて課していない、と思っているのだろうが、それより質が悪い。

 コロニー建設費用の徴収なんて。

 地球連邦政府、アースノイドにしてみれば高速道路の料金のように受益者負担で連邦がコロニーを建設するにあたって作った借金を住人が返済するのは当然だろうが。

 しかし棄民政策で無理やり地球を追い出されたスペースノイドにとっては、

 

「監獄造ったからそこに入れよ。当然、監獄の建設費用から維持までお前ら持ちな。シャバ(地球)には一生戻させねぇから」

 

 と言われているようなもの。

 要するに感情的には地球に住む権利をめぐって争い、敗れた相手に課した巨額の戦争賠償金のようなものに成り果てているのだ。

 納得できるはずがない。

 

 そうやって独裁者を生み出す土壌を整え、自分たちでせっせとザビ家独裁を大きく育てておいて、殴られて大騒ぎするというのも間抜けなことだった。

 

 

 

 まぁ、そんなミヤビ個人の考えはともかく。

 

「……リード中尉」

 

 ブライトは怒鳴りたくなる自分を懸命に抑えながら、それでも、

 

「だったらどうなるんです? 今日までの我々の戦いは!」

 

 と訴えずにはいられない。

 

 しかしこれは非常に危険な思考である。

『コンコルド効果』というやつだ。

 ダメだったらさっさとあきらめ損切をしなければならないのに、それまでつぎ込んだものが惜しくて正常な判断が下せず、挽回できるはずも無いのにずるずると損失を増やしてしまうというもの。

 株やFXで資産を溶かしたり、ギャンブルで身を持ち崩す人間と共通する考え方で、超音速旅客機コンコルドの失敗にちなんで語られるものだ。

 

 リード中尉は目をそらすと、こう答える。

 

「無意味ではなかったはずだ。一人一人戦い抜いていけるという自信はつけたよ」

 

 気休め、ではあるがブライトの訴えは感情論なのでそうならざるを得ないところだ。

 そこにリュウがブリッジに入室してくる。

 

「ブライト、艦内の破損個所の応急修理は終わったぞ」

 

 ブライトは気を取り直してうなずくと、

 

「他の者は?」

「ああ、それぞれの乗機の確認が終わって休憩、待機しているところだ」

 

 その報告に、ブライトは思いつく。

 

「パトロールを出しましょう」

 

 と……

 

「フラウ・ボゥ、アムロを呼び出してくれ」

 

 そう指示を出すが、しかしアムロの部屋で通信を受けたのは人形じみた美貌の女性。

 

「ミヤビさん? そこ、アムロの部屋じゃ……」

 

 言いかけるフラウに、

 

「アムロなら私の隣で寝てるわ」

 

 と、声をひそめながら通信の音声送受信をハンズフリースピーカーから受話器に切り替えたミヤビが答える。

 ガツンと頭を殴られたような衝撃を受ける一同。

 特にフラウ。

 

「ね、寝てるって……」

 

 震える声でつぶやくフラウに、ミヤビはしーっとばかりに立てた人差し指を口元に当てて、

 

「無粋なことは言わないでね。こういう時は沈黙を貴ぶものよ」

 

 と、ささやくように、聞く者の背筋をゾクゾクさせるような声で言う。

 それで男どもは顔を赤らめ、フラウの顔色は血の気を失ったかのように蒼白になる。

 

(また姉さんは誤解を招くようなことを……)

 

 と呆れるのは妹のミライだ。

 もちろんミヤビとアムロの間には他の者が考えているような、えっちぃことなどまったく無い。

 眠れない、というアムロにそれじゃあということで、マインドフルネスとかマッサージを試してあげたら、元より睡眠不足のアムロ、あっさりと寝入ってしまっただけである。

 ミヤビの思わせぶりなセリフも、寝ているアムロを起こさないように、そして寝ないとダメな彼女の体質が言わせた『睡眠は大事!』という意識の表れであってそれ以上の意味はない。

 普通の人間がやっていたら「絶対狙って言ってるよね、そうじゃないといくらなんでもおかしいよね」と思うだろうが、これまでの経験上、ミライには姉にはまったくそういう意識は無いことは分かっている。

 分かっているだけに脱力するほかない。

 

 そして、いち早く再起動したのはやはり気配りの人、リュウだった。

 

「ブライト……」

 

 そう言って彼の肩にポンと手を置き、意識を自分に向けさせると、

 

「俺とハヤトでパトロールに出よう」

 

 野暮なことをせずに、二人をそっとしておこうという気づかいだ。

 そして声を潜めてブライトにささやく。

 

「俺たちもアムロをあてにしすぎる。ストレスもだいぶ溜まっていた様子だったしな。ミヤビさんは身をもってそれを受け止めてくれた……」

 

 あからさまに言わなくても分かるだろう、とリュウは言葉を途切れさせる。

 ブライトはそれで納得…… いや、納得はしていないがリュウの語る内容が示すところを理解したのだが、彼らは気づいていない。

 その会話がフラウの耳にも届いていたことに……

 

「……許せないッ! 絶対によ!」

 

 フラウがかすれたような声で、そうつぶやいていたことに。




 アムロを幼馴染ヒロイン、フラウから寝取るミヤビ。
 やはり『ヤシマの人形姫』は、その名にふさわしく男を惑わさずにはいられない魔性の存在だった(誤解)

 次回は修羅場の続き、そしてこのお話のサブタイトルになっている、ガンキャノンが翔べるかどうかについてお届けする予定です。
 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第9話 翔べるの? ガンキャノン Cパート

「コア・ファイター、出るぞ」

 

 コア・ファイターで次々に発進するリュウとハヤト。

 

 

 

 ガウ攻撃空母ではガルマ自らノーマルスーツを着用し、ドップにて出撃しようとしていた。

 

「ガルマ、君が行くこともなかろうに」

 

 と、シャアは自重を促すが、ガルマは苦笑すると、

 

「私には姉に対しての立場だってあるんだよ。家族のいない君にはわからない苦労さ」

 

 そう言って自分の機体、茶褐色に塗られた専用機に向かう。

 

「手を出すなよ、見てるんだシャア。私が見事仕留めてみせる」

 

 そう念を押すガルマに、説得もここまでかとシャアはあきらめた様子でうなずく。

 

「見せてもらうよ、君の攻撃のお手並みをな」

 

 そしてガルマはドップのシートに着き、

 

「出撃するぞ、各員……」

 

 と言いかけたところに、警報。

 

「どうした?」

 

『敵の戦闘機です』

「なに?」

 

 リュウたちのコア・ファイターをガウの側でもキャッチしたのだ。

 

『ガルマ、発進は中止だ。戻れ』

 

 そう促すシャアに、ガルマは、

 

「このまま出撃して撃ち落してみせる」

 

 と意気込むが、あくまでもシャアは、

 

「戻るんだ、ガルマ」 

 

 と引き留める。

 

 

 

『リュウさん、なぜ攻撃しないんです? せ、せっかくガウを見つけたっていうのに』

 

 リュウに対し、そう訴えるハヤトだったが、それは無謀というものだ。

 

「ええい、コア・ファイターがあと六機もあればガウを攻撃するんだがな」

 

 と、歯噛みするリュウだったが、そういうことだ。

 

 

 

 シャアは不承不承戻ってきたガルマに説明する。

 

「30秒前の映像だ。ただのパトロールだ。だとすれば木馬はかなり焦っている」

「焦っている?」

 

 シャアはガルマにうなずいて、

 

「木馬がパトロールを出すなど初めてだ。弱点があるからこそ我々の動きを知りたがっているんじゃないのか?」

 

 シャアはホワイトベース側の内情、そしてブライトの焦りを正確に洞察していた。

 実際、ブライトの指示は思い付きに近いし、何もできないからできることに飛びついた、と思われても仕方がないところがあるし。

 

「なるほど。小物を相手にせず本命を叩けばいいという訳か」

 

 ガルマは納得すると、部下たちに指示する。

 

「よし、敵のパトロールを追え!」

 

 

 

『よーし、ガンキャノン、ガンタンクの出撃、急げ!』

 

 リード中尉の指示により、カイはガンタンクへと走った。

 

「また棺桶入りかよ」

 

 とぼやく。

 

『いらっしゃい、カイさん』

 

 ガンタンクの腹部コクピットではサポートAI、サラスリーがそう言って迎えてくれるが、

 

『あれ、セイラさんは? それにガンキャノンのアムロさんは?』

 

 と、首をかしげることに。

 カイは苦笑する。

 

「いや、それが何だか揉めていてよう」

 

 

 

 話は少し前まで遡る。

 

「セイラさん、ガンタンクに操縦方法の手引書ってあるんでしょ?」

 

 そう言ってブリッジでセイラたちを捕まえているのはフラウだった。

 

「えっ?」

 

 セイラには、フラウが何を言いたいのか分からない。

 

 ミヤビの取った様々な対策によりアムロのメンタル状況はかなり改善されているが、一方で割りを食っているのがフラウだった。

 アムロは「君は強い女の子じゃないか」などと言っているが、実際には彼女はサイド7で家族を失った15歳の女の子でしかない。

 その精神状態は良くなく、だからこそ史実では幼馴染のアムロの世話を焼くことで安定を保っていた面がある。

 それをミヤビが奪う形になってしまったのだ。

 

 現実問題、このホワイトベースのエースであるアムロは多忙だ。

 食事など、わずかなプライベート時間をパイロット仲間とのコミュニケーションとミヤビから受けるメンタルケアに使ってしまうと後は睡眠時間しか残らない。

 それゆえアムロを寝取られたショック(誤解)に錯乱したフラウは、このままでは同じ土俵に立つことすらできない、と、

 

「あたしもモビルスーツに乗るわ!」

 

 そう、パイロットにならなければという思考に陥っているのだ。

 短絡的だが、思いつめた女の子の思考なんてこんなもの。

 そこに合理性とか現実性とかは求めてはいけない。

 そして、そんなフラウの様子をあっけに取られて見ていたミヤビとアムロは、

 

「姉さん、アムロも……」

 

 と、遠慮がちに自分たちを呼ぶミライに、彼女の元へと行く。

 そして小声で語られた説明、フラウの誤解に驚愕する。

 

(はぁああああああっ!?)

 

 ミヤビにとってはナニソレ、である。

 呆れて声も無い。

 

 ミライにしてみれば、呆れてしまうのはこんな誤解を呼んでしまう姉の言動の方、なのだが。

 ここまで見事にはまってしまうとミライのコミュ力でも誤解を訂正するのは容易なことではない。

 実際、説明してはみたがフラウは逆に意固地になるばかりだったし、ブライトたちもどこまで信じてくれたか疑わしいものだった。

 

 というか毎度この手の騒動からミヤビをフォローしようとする度に、姉を神聖視するシスコンの妹が、

『私のお姉ちゃんがそんなエッチなことをするわけがない』

 と主張していると受け止められてしまうのはどういうことかと、声を大にして問い質したいミライだった。

 

 そんな風だったのでミライは、

 

「姉さんはそういう人じゃない。それどころかこれまでそういう経験も無かった人だって、私には分かってるけど」

 

 と力なくぼやくが、ちょっと待って欲しい。

 今、この妹、姉には経験が無かった、つまり処女だったってあっさりとばらした。

 見ろ、隣でアムロが赤くなってるし、ブリッジがしんと静まり返ってるだろう。

 どうするんだこの空気。

 そして誤解は解けていないので、アムロはミヤビとエッチしたどころか、初めてを奪った男にランクアップしてしまっているのだが。

 

 まぁ、確かに今世では恋愛とか、その先にある大人のお付き合いとかはもちろん未経験なミヤビ。

 ミヤビパパには「男がダメなら女でもいいからさっさとヤッて踏ん切り付けろ」と大変理解のある意見をあきれ顔で言われていたのだが、ミヤビにとっては拷問官に「精神的同性愛か肉体的同性愛か、どちらか選べ」と言われているに等しい。

 何その究極の選択、である。

 

 そしてアムロにしてみれば冤罪、人聞きが悪すぎる。

 慌ててフラウに弁解するが、

 

「自分のヤッたことに責任を持てない人なんて嫌いよ!」

 

 と、誤解を解くどころではない。

 なお、ミヤビの知る史実でも似たセリフを言っているフラウだったが、意味が全然違う。

 そればかりか、

 

「ミヤビさんとそういうことしといて、ヤッたのは俺だって言えないアムロなんて男じゃない!」

 

 と、責められる始末。

 ミヤビの敵なのか味方なのか分からない発言であるが、仕方がない。

 

「くやしいけど、僕は男なんだな」

 

 と、アムロが思わず嘆息してしまうとおり、こういう場合、問答無用で責められるのは男なのだ。

 

 そして、こんな混沌とした状態を打ち破るのは、

 

「あっ」

 

 パァン、と良い音を立てて叩かれるフラウの頬。

 こんなことをするのは一人しか居ない。

 

「た、叩きましたね」

 

 頬を押さえ、フラウがにらみつける先に居るのは金髪の美少女。

 もちろんセイラである。

 

「叩いてなぜ悪いの? あなたはいいわ、そうしてわめいていれば気分も晴れるんですからね」

「わ、私がそんなに安っぽい女だって言うんですか!?」

「安っぽいというか、面倒くさいから男性、特にアムロのような性格の持ち主とは合わないタイプだと思ってるわ」

 

 うわ、バッサリ斬り捨てた。

 女性は女性に厳しいとは言うが、二度もぶってくれるブライトさんの方がよっぽど優しいと思えるほどのぶった切りだった。

 ブライトの場合、史実だと殴った後にアムロに対し「それだけの才能があれば貴様はシャアを越えられる奴だと思っていた。残念だよ」とか、ツンデレなフォローもしてたし。

 セイラは医者を目指していたように女性ではあるけど理系寄りのタイプ。

 だからこその視点だろうが。

 そして続く、

 

「比較対象がミヤビさんよ」

 

 というセイラの言葉に、「私?」というように首をかしげるミヤビ。

 そしてセイラの口から語られる、客観視した、特に男性的視点から見たミヤビについてのこと。

 

「優秀なのにおごらないし威張らない。話を合わせてくれるし男性の趣味や欠点に理解があって、未熟なところをあげつらわず、話していて急に感情的になったり、過去を蒸し返したりしないし、かといって無関心じゃなく世話焼きなくせに、過干渉しない。……あと美人、とても美人」

 

 大事な事なので二度言いました、みたいに繰り返さないで欲しいと思うミヤビは多分、現実逃避していたのだろう。

 本当に大事なのは中身なのだが、それを知っているのはこの場ではミヤビ本人と妹のミライのみ。

 そして、それ以外の周囲の人物からすると、

 

 勝てないどころか比較にもならないだろ、どーすんだコレ。

 

 という話だった。

 そう言われてみると世の男性にとって「天使か」と言わんばかりの理想の人物に思えるミヤビだった。

 当人に自覚は無いし、自覚したら首を吊りそうになるだろうが。

 

 そしてフラウはというと、

 

「駄目だわ、器が違い過ぎる。あたしなんて……」

 

 両手、両膝を床につき、まるで『機動武闘伝Gガンダム』の主人公ドモンのようにスーパー負け犬モードで独白していた。

 そしてミヤビはというと、

 

(器って何?)

 

 などとずれたことを考えているのだった。

 

 

 

 本当にどうしようもないことで揉めているホワイトベースに、ガルマ率いるドップの編隊が近づく。

 

「ははははは、シャア、聞こえるか? 木馬がなぜ焦っているかわかったぞ」

 

 ガルマは通信機越しにシャアに語り掛ける。

 

『ほう、それは幸いだな。なぜだ? 教えてくれ』

 

 返ってくる疑問にほくそ笑み、ガルマは語る。

 

「モビルスーツだ。こちらの接近は既に分かっているはずなのに出ていない。おそらく出られんのだよ」

 

 これはミヤビが知る史実での、アムロの出撃拒否より酷い状況なのだが……

 どうしてこうなった、である。

 

 

 

 フラウのゴタゴタは置いておいて、出撃である。

 というか、手に負えないので後でミライに何とかしてもらうしかない。

 まぁ、ミライにはミヤビとアムロは似た者同士、男性脳の理系タイプと分かっている。

 つまりミヤビとの付き合い方がそのままアムロへの恋愛攻略法に応用できるため、その助言はフラウにとってありがたいものになるはずだった。

 ……フラウに実行できるかどうかはさておいて。

 

 そして、そんなドタバタした状態だったから、ブリッジから退出するアムロに声をかけけてくれたのはハロだけ。

 

「アムロ、イクノカ? アムロ」

 

 しかもミヤビとえっちいことした疑惑のあるアムロ、そして周囲には「イクノカ?」という問いかけが別の意味に聞こえるから脱力することこの上ない。

 そんなアムロをドップからの攻撃による衝撃が襲う。

 

「ううっ…… シャアめーっ!」

 

 シャアは何もしていない。

 完全に八つ当たりである。

 

 

 

 対空砲とミサイル砲座、そしてリュウとハヤトのコア・ファイターの援護を受けて、アムロのガンキャノンが出撃する。

 カタパルトで射出され、荒野の地表を削り土煙を上げながらランディング。

 アレだ、ミヤビの前世の記憶にある『戦闘メカザブングル』のオープニングでザブングルがやってたかっこいいやつ。

 

「ふう、無事着地か。ミヤビさん、カイさん、いいですよ」

 

 着地点の安全を確保したうえで、装甲が薄いため危険なドラケンE改と空中での動きが悪いガンタンクを呼ぶ。

 

 

 

「よーし」

 

 カイはガンタンクの底部、四つのロケットエンジンに点火。

 アムロの援護を受けながら、ガンタンクに降下を開始させる。

 

 その反対側、右舷モビルスーツデッキからはミヤビのドラケンE改が同時に凄い勢いで射出されている。

 いつものGウォームを兼ねているし、スピードがあった方が敵からの照準を避けられるからだ。

 ミヤビ当人は、

 

 でかくて遅いガンタンクが敵の目を引きつけている隙に降りちゃえ。

 

 と、割とヒドイことを考えているのだが、周囲からは、

 

「さすがミヤビさん、動きの遅いガンタンクのため囮になってくれているわ」

 

 と、セイラが言うとおり、真逆に認識されている。

 ミヤビが知ったら、

 

 ナニソレ、私どれだけ聖人君子だと思われてるの。

 

 と恐れおののいただろう。

 実際には聖人ではなく聖女と認識されているのだが。

 そしてカイはというと、通信機越しに聞こえてくる、

 

『ダメだわ…… あんな凄い人に勝てるわけなんて、ない』

 

 というフラウのつぶやきに顔を引きつらせる。

 

「いや、そんなことないと思うぜ。フラウ・ボゥにだっていいところはあるし自信を持って……」

 

 そう言ってやるが、それに対してはガンタンク内の機内秘匿通話で女性陣から、

 

「カイは気休めがお上手なようね?」

『おだてのカイさん、ですか?』

 

 などというささやきが聞こえてくる。

 セイラはどうか分からないが、サラスリーの声には焼いているような響きがあって、カイは余計に顔を引きつらせるのだった。

 

 

 

「フン、出てきたなモビルスーツめ。しかし、しょせんは陸戦兵器。ビイビ隊はモビルスーツを撃破しろ!」

 

 ガルマは戦力を二手に分け、戦闘を継続する。

 

 

 

「しかし見事じゃないか、ガルマ大佐の攻撃ぶりは」

 

 シャアはそう言いながら、通信装置のジャックに細工をする。

 引き抜いた端子を汚した後、再び差し込んだのだ。

 

「親の七光りで大佐になった、だけの人物ではないな」

「少佐、よろしいのでありますか? 我々は見ているだけで」

 

 そう進言する部下の言葉にシャアは、

 

「いいだろう。援護が必要なら呼び出すと言っていたし、下手に手出しをするとプライドの高い彼のことだ、あとで怒られるしな」

 

 と、答える。

 ガルマが「手を出すなよ、見てるんだシャア」と言ってくれたのは幸いだ。

 これでシャアは責任を回避しながらガルマを陥れることができる。

 

「この距離なら無線は使えるんだろう?」

「はあ、ミノフスキー粒子の濃度は変わりませんが、このくらいなら音声は入るはずです」

「それならいいじゃないか。私だってガルマに叱られたくないからな」

 

 そう言いくるめるシャアだったが……

 

 

「――嘘を、ついておいでですね」

 

 

 不意に背後からささやかれる声!

 

(ば、バカな。今回、彼女はこの機には乗っていないはず!?)

 

 まるで射すくめられたように、シャアは心の臓に物理的な痛みを感じ身動きどころか呼吸も困難な状態に陥る。

 しかしシャアの視界内では彼の異常に気付いている者は居なかった。

 これは幻覚か!?

 

「ガルマ様は責任を感じていらっしゃるのです」

 

 イセリナの声がシャアに語り掛ける。

 

(せ、責任だと?)

「前回の敗北にあなたを巻き込んでしまった責任です」

 

 だからこそ、

 

「今回あなたに手を出すな、と言ったのはあなたを庇ってのこと。成功したならそれでよし。失敗してもガルマ様自ら単独で当たって、それでも勝てなかった。先の敗北はあなたの力不足のためではないと姉君、兄君に説明できる」

 

 出撃前にガルマが、

 

「私には姉に対しての立場だってあるんだよ。家族のいない君にはわからない苦労さ」

 

 と言っていたのはそれを暗に語りつつも、シャアに気づかせないためのもの。

 

(ガルマ……)

 

 甘いことだ。

 お坊ちゃん育ちが身に沁みすぎる。

 

 シャアはそう思うが、しかしそれは……

 

(冗談ではない!)

 

 というシャアの感情の爆発を産んだ。

 

(そんな施し、ガルマから受け取ってたまるものか!)

 

 と。

 そして再びイセリナの気配が収束し、シャアにささやかれたのは……

 

「嘘――」

 

 その言葉にシャアは痛みを覚悟するが、

 

「――ではないようですね」

 

 と、続けられたささやきに息をつく。

 

「あなたのような存在は屈折した矛盾を内包しながら自覚せず突き進むから質が悪い。あなたの場合、変に能力があるから余計に……」

 

 イセリナの声が徐々に遠ざかっていく。

 

「良く生きよ、という言葉をお贈りさせていただきますね」

 

 最後に、そういった言葉を残して。

 

「今のは……」

「どうされました、少佐?」

 

 いぶかしげにかけられる声に、シャアは今のは幻聴だったのかと疑う。

 ミヤビが知ったら、彼女をこの世界に招いた『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』登場の死神の力が作用したか……

 シャアが持つニュータイプ能力の片鱗が聞かせたものかと考えただろう。

 あるいはイセリナの方こそがニュータイプなのか。

 まぁ、イセリナがニュータイプになってもミヤビは驚かないだろう。

 同類のヤンデレストーカー、安珍・清姫伝説に登場する清姫は思い込みだけで竜種にまで至っているのだから。

 

 

 

 空中から襲い掛かるドップに歯噛みするアムロ。

 

「なめるなよ。ガンキャノンにだってジャンプ力とロケットノズルがあるんだ!」

 

 そうつぶやくと、スロットル全開で空中へと舞い上がる!

 

 

 

「ああっ、モ、モビルスーツが、と、飛んだ」

 

 信じられぬ光景に、目を疑うドップのパイロットたち。

 

 

 

「そこだっ」

 

 アムロはビームライフルでドップを撃ち落とす。

 

「一つ!」

 

 

 

『あ、アムロさんが…… ガンキャノンが空中戦をやってます!』

 

 サラの報告に、ミヤビは瞳を瞬く。

 

「まぁ、できるんじゃない? 足裏のロケットエンジンまで使ってるし」

 

 ガンキャノンはガンダムより重いし、ロケットエンジンの総推力も低い。

 

 しかしミヤビの記憶にある劇中では、この時点のガンダムは背中のロケットエンジンのみでジャンプを行っていた。

 足裏のロケットエンジンも併用するようになったのはジャブロー以降で、つまり教育型コンピュータの学習とアムロの腕が上がったことで制御が可能になったのだろう。

 

 一方、今飛んでいるガンキャノンは、足裏のロケットエンジンまで使用してジャンプを行っている。

 こうやって全推力を利用することができれば、背中のロケットエンジンのみのガンダムより高い推力を発揮することができる。

 ガンキャノンの方が重いので重量当たりの推力比では負けるが、そう酷い差があるわけでも無い。

 

 前回の戦闘でガンキャノンが短時間ながらスラスターだけでホバー移動の真似事をしてのけたように、サポートAIサラシリーズのおかげでガンキャノンの機体制御は史実のこの時期のガンダムを上回っている。

 それが足裏のロケットエンジンも併用した全推力を用いたジャンプにつながっているのだろう。

 

 またガンキャノンにはガンダムより有利な点がある。

 空気抵抗というやつだ。

 特異な形状の兵器をもの凄い推力に任せて無理やり飛ばしている宇宙世紀世界では割と軽視されている項目だが、現実問題これは無視できない。

 『機動戦士Zガンダム』で、アムロがリック・ディアスの改修機、ディジェに乗っていたが、そのボディはアムロの意向、

 

 サブフライトシステム(ゲタ)での出撃が多そうなので、整流効果を高める流線形ボディへの変更。

 

 を満たすものだという解釈が語られていたし。

 

 そんなわけで、直線主体でエッジが立っているガンダムと比べ、丸みを帯びたガンキャノンの機体は空を飛ぶには有利なのだ。

 そしてそれ以上に違いがあるのが、ガンダムが使っていた大型の盾、ガンダムシールドだ。

 劇中では破壊されて半分になっても振り回せば生じた風でジオンのホバー・バイク、ワッパを吹き飛ばしていたし、お台場の実物大ガンダムが武装していなかったのは付けたらシールドに当たる風圧がすごくて大変だから、と後に大河原邦男氏が語っている。

 そんなものを劇中では正面にかざしたままジャンプによる空中戦を行っているのだ。

 特大のスポイラー(エアブレーキと言うと分かりやすいが正確な呼び方ではない)を全開にしながら飛んでいるようなもので、それに比較すればガンキャノンの空気抵抗ははるかに低く抑えられていた。

 

「まぁ実際、空気抵抗って本当にバカにならないし」

 

 この辺はミヤビもドラケンE改で苦労したのだ。

 例えばドラケンE改は原型機のドラケンEと部品の多くを共用している。

 ドラケンEのものとほぼ同じ精密作業を担当する3本指ハンドと肘から先が二つに割れて大きな荷物をつかめる機能を兼ね備えた二重下腕肢や、荷役仕様として用意されたパワーローダータイプの腕なんかもそうだが、しかし両肩のカバー前後に開けられていた肉抜き穴が無くなっている所が異なる。

 

【挿絵表示】

 

 この穴はドラケンEにおいて軽量化と内部機構(特に肩部放熱器)の冷却能力向上のため開けられていたものだったが、実際にはほとんど効果が無く単にデザイン上のアクセントとしてしか機能していなかったもの。

 ドラケンE改は大気圏内におけるロケットエンジンを使用したジャンプ時、頭頂部からとてつもない加速で飛んでいくわけだが、その場合両肩にも過大な風圧がのしかかる。

 その肩装甲に肉抜き穴が開いていては乱流を発生させ、振動等不具合が生じるとして廃止された経緯にある。

 副次的に防御力の向上、生産工程の省略によるコストダウンという効果が得られている。

 

 同様に腰部アーマーに開けられていた3つずつの穴も、プレス加工に変更。

 凹んでいるものの貫通はしていない仕様になっていた。

 

 ともあれ、

 

「サラちゃん、みんなに連絡。ガンキャノンの着地の瞬間を狙い撃ちされないように援護して、と」

『了解です』

 

 ゲームでもありがちだったが、ジャンプ攻撃は着地の硬直を狙うのがセオリー。

 ドラケンE改の場合はローラーダッシュがあるので着地後も地上の高速走行にシームレスに移行でき隙も減らせるが、ガンキャノンの方はそうもいかない。

 援護は必要だった。




 修羅場の本番に、たくらみをイセリナに潰されるシャア、そしてガンキャノンのジャンプでした。
 ガンキャノンはどうしようかと考えていたのですが、本編をよく見直すとそもそも…… という話で。
 実際、様々な資料本やネットの情報などがありますけど、それだけで考えていると見えなくなるものがある、映像を見直すことで気付けるものがあるのだなぁと改めて感じました。

>「優秀なのにおごらないし威張らない。話を合わせてくれるし男性の趣味や欠点に理解があって、未熟なところをあげつらわず、話していて急に感情的になったり、過去を蒸し返したりしないし、かといって無関心じゃなく世話焼きなくせに、過干渉しない。……あと美人、とても美人」

 こちらのセリフはお寄せいただいたご感想をそのまま使わせてもらっています。
 このようにいただきましたご意見、ご感想等は作品作りに生かさせてもらっています。
 お気軽にお寄せ下さい。


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第9話 翔べるの? ガンキャノン Dパート

「モ、モビルスーツがジャンプしている。いや、飛んでいるんだ。連邦軍め、なんてモビルスーツを作ったんだ」

 

 目を見張るガルマ。

 ガンキャノンはジャンプを繰り返し、すれ違いざまに蹴飛ばすなど離れ業を演じながらドップを次々に落としていく。

 ミドルモビルスーツのドラケンE改も似たようなことをやっていたが、あちらははるかに小さく軽いし、またジャンプが可能な回数も取りえる軌道も限定的だからまだ現実味があった。

 それが標準サイズのモビルスーツでも自由にできるとなると、驚きを通り越して悪夢を見ているような気持にしかならない。

 

 

 

「六つ! 次、七つ目!」

 

 ビームライフルの最後の銃撃で、七機目のドップを撃ち落とすアムロ。

 着地し、地上に撃ち尽くしたビームライフルを置いて立ち上がったところに、一機だけ色の違った褐色の機体が攻撃を仕掛けてくる。

 

「隊長機か?」

 

 

 

 ガルマはジャンプで飛び上がるガンキャノンに銃撃を放つ。

 

「この化け物が。落ちろ、落ちろっ!」

 

 

 

「こ、これは?」

 

 特攻か、と思わせるガルマ機の機動に怯むアムロ。

 

「うっ」

 

 思わず目をつぶり、しかしとっさに腰のヒートナイフを展開、斬りつける。

 だが!

 

「や、やる……」

 

 避けられないはずの間合い、しかしガルマのドップはとっさに回避。

 アムロの攻撃はその片翼を切り裂いたにとどまった。

 元より空力的に無理の有る機体を推力任せで飛ばしているドップ。

 この程度では墜ちない。

 

 

 

 ガルマはガンキャノンに背を向けるが、逃走が目的ではない。

 

「ガウ、聞こえるか? 俺だ。モビルスーツだけを木馬から引き離す。ガウの射的距離に入ったらモビルスーツを撃ち落せ」

 

 

 

「逃がすものか!」

 

 ガルマを追うアムロ。

 

『アムロ、深追いしないで!』

 

 ミヤビから制止されるが、

 

「大丈夫です、やれます!」

 

 アムロはそう言い残して再びジャンプし……

 前方の山の稜線を超えたところで、

 

『だめ! よけて!』

 

 常に変わらぬはずのミヤビが上げる悲鳴じみた声に、

 

「え!?」

 

 と戸惑うと同時に機体に直撃する光芒!

 

「うわああああ!」

 

 ガウ攻撃空母のメガ粒子砲による攻撃だ!

 

『アムロ!』

 

 そんなミヤビの声を聴きながら、アムロはガンキャノンと共に落ちて行った……

 

 

 

 落ちていくガンキャノンを、遠方から二機のミデアの編隊が捕捉していた。

 そのうちの一機は機体各所にハリネズミのように銃座を設けたガンシップタイプ。

 腹に抱えたコンテナの代わりにスリムな増槽を付け、ミデア輸送機の全行程をエスコートできるよう飛行距離と機動性を上げた戦時改装機だった。

 まぁ、しょせんは輸送機なのでドップなど敵の戦闘機に襲われた場合、そのスピードについていくことは無理だが牽制にはなる。

 そのガンシップタイプのカバーの元飛ぶミデア輸送機のコクピット。

 

「なんだい、あれは……」

 

 指揮を執る妙齢の女性が呆れたように漏らすと、それを耳にした海賊じみた顔の副長が笑って言う。

 

「しかしアレがガウを引きつけてくれたおかげでこっちは無事。感謝してやってもいいと思いますぜ、シーマ様」

「感謝ねぇ……」

 

 彼女、シーマ・ガラハウは部下である海賊男、デトローフ・コッセルの身も蓋も無い言いように呆れた様子で口元を歪めた。

 

 

 

「こんな汚れでは接触不良を起こして当たり前だろう。技師長、懲罰の覚悟をしておけ!」

 

 帰還したガルマが怒っているのはシャアが細工した通信装置の不備だけではない。

 

「そもそも何なのだ、あのメガ粒子砲は! いくら連邦のモビルスーツが強力だと言っても、直撃しても墜とせないなどという話があるか!」

 

 というわけで、ガウ攻撃空母のメガ粒子砲による攻撃は、確かにガンキャノンの胸部真正面を捉えていた。

 にもかかわらずガンキャノンはバランスを崩して落下しただけで、特に被害を受けた様子も無く帰還していったのだ。

 ガルマが整備不良を疑うのも無理はない。

 

 しかし、である。

 ミヤビの前世の記憶の中でもガウ攻撃空母が持つ性能については色々と言われていたのだ。

 例えばその航続距離。

 熱核反応炉を搭載し、その電力により熱核ジェットエンジン18基を駆動しほぼ無限の航続距離がある、とされていたが、マンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』では「年代物の燃費食らい」と評されていた。

 そして『機動戦士ガンダム 公式百科事典』においてはガウの航続距離がほぼ無限であるという話はジオン開発者たちの初期計画における机上の空論としている。

 

 同様に、装備されたメガ粒子砲の性能も怪しいのだ。

 何しろ劇中でもガンキャノンに直撃しているのに損害を与えることができていない。

 それどころか複数の砲門からの集中攻撃を連続的に加えてもアムロが「た、盾がもう持たない」と焦るだけで、実際にはガンダムのシールドすら破壊できなかった代物だ。

 おそらく出力が低いか収束率が悪いか、ルナ・チタニウム製のモビルスーツを撃破するだけの威力を持たないのだ。

 

 しかし、これまではそれでも良かったのだ。

 従来の、空中を飛行する兵器は厚い装甲など持たないのだから威力などそこそこで十分。

 地上の兵器に対しては撃ち下ろしになるので、薄い上面装甲を抜くことができる。

 だから問題が顕在化せず、ガルマも元々ガンキャノンに効かないほど低威力だった、という事実に気付いていないのだ。

 まぁ、それゆえ整備不良が疑われ、技師長が叱責されているわけだったが。

 酷い災難である。

 

「まぁ、待て、ガルマ」

「シャア」

「信賞必罰は当然ではあるが、そのように声を荒立てては部下が委縮し、何より優先されるべき原因究明と再発防止に差しさわりが出る」

 

 実際シャアの言うとおりで、ミヤビの前世でもまともな企業や組織なら個人を責めずに問題点を洗い出し、改善することでトラブル事例を資産とし生かしていた。

 重大な事故やトラブルが発生した場合、当事者を免責したうえで真実をすべて語らせ原因究明や再発防止に役立てるべきなのだ。

 自分に不利益な証言を正直に話すと罰が重くなるような状況を作っておいて真実を語れというのは無理がある。

 ましてや個人を責めるようなブラックな企業、組織は三流以下の大間抜け。

 それでは原因が埋もれてしまい、また同じようなトラブルを繰り返し損失を出し続けるだけだからだ。

 

 とはいえ、通信ジャックに細工をしたのはシャアであるのだから、そのように言えるのは面の皮が厚いとしか表現のしようがなかったが。

 何その自作自演。

 

「それに私も謝らねばなるまい。モビルスーツへの攻撃を優先したために、敵の輸送機を撃墜することができなかった」

 

 シャアは殊勝にそう言う。

 人の好いガルマはそれに毒気を抜かれ、

 

「いや、それは仕方ないだろう」

 

 と首を振る。

 ガルマは若いゆえに感情の起伏が激しいが、割とあっさり機嫌を直す、不機嫌を引きずらないところがあり、そこが兵には好かれていた。

 誰だっていつまでも不機嫌なままの上司の下では働きたくないものだから。

 

「しかし前線をすり抜け、孤立した部隊に補給を届けるとは、かなり気合の入った部隊だな」

「ああ、敵ながらやる。今の連邦にそのような将兵がまだ居たとはな」

 

 そう、話し合うガルマとシャアだったが……

 

 

 

「何でシーマさんがここに居るんですか……」

 

 ミヤビはホワイトベースに派遣されてきた補給部隊、ミデア輸送機から降り立った女性を前にして瞳をわずかに見開いた。

 

「何でとはご挨拶だねぇ」

 

 シーマは口ではそう言うが、その表情は満面の笑みだ。

『ヤシマの人形姫』を驚かすことができて至極満足といった風。

 

「民間軍事会社が軍の委託を受けて補給業務を代行する。どこにも問題は無いだろう?」

「大ありです」

 

 シーマが現在所属しているのが、ヤシマグループ内の民間軍事会社『ヤシマ・ファイアアンドセキュリティ』。

 

「民間軍事会社(PMC:private military company)は、兵站や情報活動、安全保障に人材育成といった業務を軍、またはその他の組織からの委託を受け代行するサービス。要するに軍事行動のアウトソーシング先というやつですが」

 

 確かにそうではあるのだが。

 ミヤビは言う。

 

「敵の勢力圏内に孤立した部隊に前線を突破して補給作業をするなんて危険度の高すぎるオペはさすがに業務対象外です。何でこんなの受けたんですか」

「何でって、ゴップの大将に頼まれたからね」

 

 ゴップ大将……

 ミヤビの父、シュウ・ヤシマと付き合いのある人物で兵站を担当する軍政家。

 色々グレーな噂が絶えない人物ではあるが、有能なのは間違いがない。

 ミヤビも色々と世話になってるし、逆に恩も返している持ちつ持たれつの関係である。

 

「それにあのいけ好かないじじいにも頭を下げられちゃあね」

 

 シーマの言うじじいとは、

 

「まさか……」

「そのまさかさ、レビル将軍直々にこのあたしに頭を下げて来てね」

 

 シーマはレビル将軍とは因縁浅からぬ間柄にある。

 例のミヤビが企画し、レビル将軍を筆頭とした反ジオン感情を持つ反対派に阻まれた『コロニーリフレッシュプロジェクト』だが、その対象第一号のテストケースとして選ばれていたのがサイド3の3バンチコロニー。

 つまりシーマの出身地である『マハル』だったのだ。

 

 これは、ある意味必然だった。

 マハルは元々コロニー公社からスペースコロニーの建築・補修の下請けを行う業者や、ジオン国民として戸籍登録が行われていない者たちが多く住んでいた(ミヤビの知る史実では彼らが半ば強制的に海兵上陸部隊に招集されたことがシーマ艦隊設立の遠因となっていた)

 逆に言うと政治的発言力が弱く、コロニーの補修、メンテも予算が付かず常に後回しになっており、ジオンのコロニーの中でも初期に作られていることもあり老朽化が酷く進行していたのだ。

『機動戦士ガンダム』第11話で一時帰国したドズル・ザビ中将が1バンチ、ズム・シティのベイブロックへと入港した際、周囲を見回して「フン、半年前と同じだ。なんの補強工事もしておらん」と言い捨てていたが、首都である1バンチですらそうなのだからマハルの状況は推して知るべしといったところ。

 

 これは住人にスペースコロニーの建築・補修の下請けを行う業者が多いことも影響している。

 つまり、予算が無い、しかし何とかしなければならない、だから住人である業者の職人芸で何とかする、何とかなっているのでますます予算が付かない、という悪循環である。

 人命にかかわるような問題に対し設備投資による恒久対策を講じず、職人芸に頼った応急処置だけで済ます、人に頼った運用で逃げる。

 一番やってはいけないことをやっているのだ。

 この現状を聞いたミヤビがめったに変わることのない表情を引きつらせていたほどである。

 

 そして他にもマハルがテストケースの対象となりやすい理由がある。

 身近な例で言うとマンションの建て替え工事。

 住人に反対派が居ると話が遅々として進まない。

 そういう意味で政治的影響力が弱い、つまり住民の抵抗を無視しやすいマハルはテスト事業の対象としてやりやすいのだ。

 そもそも工事には住人である業者を使うのだから反対も少ないだろうし、また宿舎を用意せずとも彼らが自宅から工事現場に通えるというメリットもある。

 そして彼ら業者に金が落ちれば、他の住人も潤う。

 

 と、まぁいいことづくめだったのだが、地球連邦の反対派に阻まれ計画は頓挫。

 しかしタダでは転ばないのがミヤビの父親、ヤシマ財閥当主、辣腕の経営者シュウ・ヤシマ氏である。

 というより彼にはプロジェクトが失敗するのは最初から分かっており想定どおり。

 そして彼はこのプロジェクトの推進で人望を集めたミヤビを使ってマハルの人材をかき集めたのだ。

 ミヤビに、

 

「マハルのみなさんには期待をさせておいて、私の力が及ばずこんなことになって済みません。でも私は今日まで一緒に同じ夢を見て頑張ってきたみなさんとの絆をこれっきりにしたくはありません。埋め合わせ、という意味もありますが、みなさんに仕事をお世話させていただきたいのです」

 

 と言え!

 こっそり目薬を使って涙をこぼす演出も忘れずにな!

 人形姫の目に涙! これは効く!

 

 と命じ、スペースコロニーの建築・補修の下請けを行う業者や、ジオン国民として戸籍登録が行われていない者たちの多くをヤシマグループの各企業に迎え入れる。

 まぁ、元々ミヤビは父や周囲を説得するために「ダメでもマハルでダブついてる人材をうちで吸収すれば大きなメリットを見込めるよ」と主張していたので既定路線ではあるのだが。

 

 そして、ジオンはあっさりとこれら人材を手放した。

 元々、彼らは厄介者扱いされていた。

 一時期需要があったため多く流れて来てマハルに居住したコロニーの建築・補修の下請け業者たちだったが、現在ではジオンが戦争準備にシフトしたため仕事も少なくなり景気は悪い。

 つまり彼らに国民になられると税収より社会保障や福祉等にかかる支出の方が大きくなる。

 だからこそジオン国民として戸籍登録が行われていない者が多かったのだ。

 それを放出し、身軽になることはジオンとしてもメリットがある。

 

 もちろん、地球連邦に国力で劣るジオンなのだから手放さず軍に吸収するという選択肢もあったが……

 しかしジオン国籍を持たない者の登用は、

 

「人類は、我ら選ばれた優良種たるジオン国国民に管理・運営されてはじめて永久に生き延びることができる」

 

 というギレン、ザビ家の主張とは相反するもの。

 実際に史実ではゲーム『機動戦士ガンダム戦記 Lost War Chronicles』とその関連作品に登場の外人部隊(MS特務遊撃隊)もあったが、規模は小さいし扱いは微妙といった具合。

 そういった状況で扱いに困る、迷っていたところにヤシマからの申し出があってこれ幸いと放出したというのが実情だった。

 

 そんなわけでシーマもまたヤシマグループ企業に就職することになった。

 

(サイド6の戸籍を持っているんだから、好き好んで戦争に首を突っ込まないでもいいでしょうに……)

 

 とミヤビが独白するとおり、わざわざ危険を冒さなくてもいいだろうと将来的に中立となるサイド6の戸籍を彼らに与えたのだが、史実ではシーマ艦隊を構成したシーマ自身と配下の荒くれ者たちの多くは、ヤシマグループの民間軍事会社『ヤシマ・ファイアアンドセキュリティ』に集っていた。

 副官の海賊男、デトローフ・コッセル氏なんかもそのまんまである。

 しかし、シーマはそんなミヤビの想いも分かっているだろうに涼しい顔をして、

 

「使えるものは何でも使うってこったろ。あたしたちのような者も……」

 

 そしていたずらっぽく笑うと、

 

「どこかの将軍サマの白髪頭もね」

 

 と言ってのける。

 まぁ、レビル将軍も自分の頭を下げるぐらいで使える駒を動かせるならそれでいい、と考えたからこそシーマに依頼をかけたのだろうし。

 

「かないませんね……」

 

 ミヤビはそう言って肩をすくめた。

 そして、ふと気付き、

 

「レビル将軍ならマチルダ隊を使うと思いましたが」

 

 と聞いてみる。

 

「ああ、彼女ならヨーロッパ南方戦線…… 例のザクハンターの中尉さんの所に出払ってるって話さ」

「中尉さんって、前にお話を聞いたベン・バーバリー中尉?」

 

 『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』登場の対MS特技兵指揮官。

 ミヤビにとっては同じ死神に魅入られた関係者でもあるのでいつかは会って話を聞いてみたいものなのだが。

 史実では対モビルスーツ用にスケールアップされた有線ミサイル、対MS重誘導弾M-101A3 リジーナでザクと戦っていた彼だったが、この世界ではドラケンE改に乗っているという。

 よりマシな兵器を与えられているためか、今現在も生き延びヨーロッパ南方戦線でザクハンターとして活躍中らしい。

 シーマはドラケンE改の操縦及び戦術の指導教官として彼と接触したのだ。

 これもミヤビと彼女が生み出したドラケンE改が作用した変更点のようだった。

 

 

 

 補給作業を終え、シーマはブライトたちに別れを告げる。

 

「テム・レイ大尉、および避難民の病人など35名は引き取ります。ホワイトベース、モビルスーツについてはなんの決定も知らされていないので現状のままでしょう。なお、今までの戦闘記録はレビル将軍の依頼によりコピーを頂きます」

 

 一応、申し送りなので丁寧語だ。

 普段の…… そして何より前世の記憶の中にある『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』での彼女を知るミヤビには新鮮に聞こえる。

 まぁ、史実では何のコネも無いにも関わらずジオン軍で中佐まで昇進した人物、エリートである。

 この辺の演技は自由自在といったところか。

 

 なお、彼女の背後では頭から布袋の中に突っ込まれたテム・レイ博士らしき人物がサラの制御するドラケンE改によって運ばれていた。

 ムームー言っているので猿ぐつわでもかませられているのか。

 ジャブローへの帰還を拒否し工作室に立てこもっていたのを、ミヤビの指示でサラが扉を破り捕まえたのだ。

 

「しかし、ミズ・ガラハウ、わかりません。なぜ僕らも船も現状のままなんですか?」

 

 ブライトからは当然の質問が上がるが、

 

「さてね? レビル将軍はホワイトベースが現状の戦闘を続けられるのなら、正規軍と同じだと言ってたけどね」

 

 と、地に戻ってシーマは答える。

 

「今は連邦軍だってガタガタだからねぇ。あたしだってゴップ大将の依頼でここまで来ただけで、参謀本部とは関係ないし」

 

 その言いっぷりにブライトは戸惑うが、それでも、

 

「で、次の補給は受けられるのですか?」

 

 と、押さえるところは押さえる。

 しかし、シーマの回答は、

 

「さあ。このジオンの制空権を脱出できれば、なんとか?」

 

 というあいまいなもの。

 

「ともかく、連邦軍にもあんたたちを見捨ててはいない人がいることを忘れなければいいんじゃないかい?」

 

 そう言って、シーマはアムロたちに歩み寄る。

 

「シーマさん?」

「あんたたちの戦いがなければ、うちの姫様たちもやられていたかも知れないね。ありがとう、そう言わせてもらうよ」

「そ、そんな」

 

 姫様たち、とはもちろんミヤビとミライだ。

 そして当然、姫呼ばわりされてミヤビは死んだ目をしているのだが、シーマは気にしない、というかわざとやっている節がある。

 

 まぁ、ミヤビがシーマを気遣うように、シーマもミヤビとミライを気遣っている。

 このまま連れ帰りたいところではあるが、帰り道も危険であることに変わりなく、ホワイトベースに残るのとどちらが安全かは正直分からない。

 また、シーマのあずかり知らないところではあるが、ヤシマ姉妹にはヤシマグループを戦争に協力させる人質としての役割もあった。

 ジオンのメイ・カーウィン嬢、ゲーム『機動戦士ガンダム戦記 Lost War Chronicles』とその関連作品に登場の彼女は旧ジオン・ダイクン派のカーウィン家をジオンの戦争に協力させるための人質だった。

 娘が前線に送られればカーウィン家とて非協力では居られまい、というもの。

 ミヤビの『コロニーリフレッシュプロジェクト』もあってジオンに関わりの多いヤシマグループは、同様に連邦への戦争協力への証としてミヤビたちを用いることが求められてしまっているのだ。

 

 シーマはアムロに微笑みかける。

 

「頑張りな、少年」

「はい」

 

 一瞬の香りを残してシーマは去った。

 アムロにとって、それはミヤビに次いで二番目に知った女性の香りであったのだろう。

 

 

 

「やれやれ行ったか」

「レイ博士!?」

 

 シーマの乗ったミデアを見送るクルーの中に、ひょっこりと混じっているのは、先ほど連行されていったはずのテム・レイ博士だった。

 

「えっ、それじゃあサラちゃんが捕まえたのは……」

 

 ミヤビは周囲を見回して納得する。

 

「リード中尉ですか」

 

 そう、さっきから誰か欠けていると思ったら、リード中尉の姿が無い。

 

『えっ、でも私は確かに……』

 

 サラが戸惑いの声を上げるが、ミヤビにはネタが分かっている。

 

「レイ博士、ドラケンのセンサーカメラ…… サラちゃんの目を盗みましたね」

 

 アニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』に登場するハッカー、笑い男のやったあれである。

 カメラの画像情報をハッキングして上書きするやつ。

 それでリード中尉をテム・レイ博士に見せかけてサラに捕まえさせたのだ。

 多分、音声入力にも細工してる。

 

 AI単独制御の兵器に反対する者が多いのは、AIの目は簡単にごまかせるから、ということがある。

 今回はハッキング…… おそらくサラシリーズ、それも複数に命じてスパコン並みの演算力を持つ教育型コンピュータによるごり押しをしたのだろう。

 サラ本体はハッキングできなくとも、末端のセンサー類なら誤魔化せるはず。

 そして更に言うなら、もっと原始的な方法でもよい。

 『機動戦士Zガンダム』以降、登場する装備であるダミーバルーンなどが最たるものだ。

 どうして風船ごときに騙されるのさ、という話があるが、モビルスーツのモニターに映し出される画像はセンサーの情報を基にCG補正されたもの。

 つまりセンサーに本物と変わらない反応を返すことができれば、モビルスーツのコンピュータはそれを本物と認識して勝手に本物と変わらない画像に補正して表示させてしまうのだ。

 

 ともあれ、これで史実どおりリード中尉はリタイヤである。

 おつかれさまでした、とミデアが消えた空を見上げ祈るミヤビだった。

 

 

 

次回予告

 ホワイトベースを討ち漏らすことはイセリナとの恋に賭けてもできなかった。

 最後の強襲をかけるガルマ・ザビ。

 アムロたちが闇の中に恐怖を見た時、シャアのたくらみが――

「く…… 来る! イセリナが走ってくる! イセリナが音もなく走ってくる―― く…… 来るなあ!」

 次回『ガルマ入籍す』

 シャアは生き延びることができるか?




 というわけで、マチルダさんは来ませんでした。
 代わりにやってきたのはシーマ様。
 そしてミヤビの『コロニーリフレッシュプロジェクト』のまだ語られていなかった部分でした。
 このまま戦争が史実どおりに進むとレビル将軍が…… そしてミヤビの評判がとんでもないことになるんですけど。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第10話 ガルマ入籍す Aパート

「く…… 来る! イセリナが走ってくる! イセリナが音もなく走ってくる―― く…… 来るなあ!」

 

 ベッドから跳ね起きるシャア。

 

「夢、か……」

 

 全身に脂汗をじっとりとかき、動悸が止まない。

 

「こ、このままではダメだ……」

 

 ヤンデレへの恐怖とストレスで命が危ないと悩むシャア。

 どうしてこうなった……

 

 

 

「ヒートホークとマルチパイロンね」

 

 シーマたちが運んできてくれた補給物資は色々あったが、中にはドラケンE改向けの装備も含まれていた。

 それが今、ミヤビがサラに命じてドラケンE改に装備させ、動作を確認しているものだ。

 その右腕肘のハードポイントにはジオンのザクが使うヒートホークが装着されていた。

 

(肘から先が斧? どこかで見たような……)

 

 とミヤビは考え、そして思い出す。

 『機動戦士ガンダムUC』に登場したクシャトリヤ・リペアードが失われた左腕の代わりに肘から先にハイパービームジャベリン(実際にはそう名付けられた大型ビームアックス)を直付けしていたことを。

 今のドラケンE改も、ちょうどそんな感じであった。

 

『これ、柄が伸び縮みするんですね』

 

 と、サラ。

 装着されているのはHEAT HAWK Type5と呼ばれる一般的な型のものだが、『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』登場のザクIIJC型等が使っていたものと同様、柄に伸縮する機構が内蔵されている。

 

「携帯時に邪魔にならないように採用されたギミックね」

『縮めた状態ならドラケンでも何とか扱えそうです』

「そうね、遠心力を利用して破壊力を上げるようなことをするなら伸ばして使うのもありかもしれないけど……」

『機体のバランス取りなんかに気を使わなければならないし、難しいと思いますよ』

「隙も大きくなるでしょうしね」

 

 素人にはお勧めできない、というやつだ。

 逆に玄人なら突然リーチを伸ばして不意を突く、なんて使い方も可能だろうが。

 そして、

 

「ほう、これはこれは」

 

 と相好を崩し、興味深げに観察しているのはもちろん我らがテム・レイ博士。

 

「なるほど、ドラケンE改の右肘ハードポイントを連邦、ジオン両対応にするものか」

 

 一目で機能を見抜くのはさすがと言える。

 しかし、

 

「とはいえ現状で利用できるのはヒートホークぐらいですけどね」

 

 とミヤビは肩をすくめる。

 他の装備は大きさ的に考えてドラケンE改には扱えないのだ。

 

 なおヒートホークはジオンからの鹵獲品ではなく、連邦軍の依頼でヤシマ重工が製造したコピー品だ。

 刃をプラズマ化して敵装甲を溶断するヒートホークは使い捨てと言わないまでも消耗品。

 地球連邦軍では『機動戦士ガンダム MS IGLOO』登場のセモベンテ隊のように鹵獲ザクを使った部隊があったため、それに対する供給用として特別発注を受けたわけだ。

 ヒートホークは元々、コロニー建設に用いられる作業用宇宙艇搭載の高周波誘導切断器にルーツを持つ器材であり、コロニー建設も請け負うヤシマ重工にとってみれば鹵獲品をリバースエンジニアリング…… 分解解析してコピーするなど容易いことだった。

 

 というか、

 

「ここをいじれば出力5パーセントアップ!」

 

 とか、

 

「省電力機能を付け加えて稼働時間を2割増!」

 

 とか、いろいろとやらかしそうになった技術陣を上の人間が必死に止めて生産性やジオンのものとの互換性、低コストを優先させて完成させた経緯にある。

 ヤシマ重工は日本企業の流れをくむメーカーだけあって、製品をガラパゴス化させてしまいやすい傾向にあるのだ。

 少数生産の、しかも使い捨てに近い消耗品にそんなコストをかけてどーすんだ、という話であるが、技術陣はまだあきらめていないらしい。

 だからこそドラケンE改用にマルチパイロンを用意し使えるようにしてミヤビのところまで送りつけてきたのだ。

 ドラケンE改の正式オプションとして採用されれば生産数がアップし利益も出る。

 そうすればコストをかけてもいいと経営陣からGoサインが出るかも知れん、という彼らの考えが透けて見え、ミヤビは変わらない仮面の表情の下、内心呆れていた。

 

 そして、ふむ、とテム・レイ博士は考え込む。

 

「ヒートホークはビームサーベルより省電力だから継戦能力は高くなるか」

 

 どちらもモビルスーツ本体からのエネルギー供給が必要であり、だからこそマルチパイロンはジオン規格の給電システムも備えたものになっている。

 しかし、テム・レイ博士が言うとおりヒートホークに必要な供給電力量はビームサーベルに比べ圧倒的に少なかった。

 

「でもリーチと切断能力では劣るわけですし、標準サイズのモビルスーツと打ち合ったら力負けして吹き飛ばされてしまいます。むしろパワーのあるガンキャノン向きでは?」

「うん?」

「ガンキャノンには斬撃武器はヒートナイフしか用意されていないわけですけど、これってビームサーベルを使おうとすると両肩のキャノン砲が邪魔になるからですよね」

 

 ミヤビの指摘に、テム・レイ博士はうなずいて、

 

「ああ、まずいことにビームサーベルは峰が無いどころかどこに触れても切断されてしまうという特殊な剣だ。実体剣で言う『刃筋を立てる』ということを考えずに済む反面、何も考えずに振るえば自分でキャノン砲を斬り飛ばしてしまうだろう」

 

 コンピュータ制御で当たらないように制限するという手もあったが、そうすると今度はパイロットの操作と実際の機体の挙動に差が生じる。

 つまり思いどおりに動かないということで、白兵戦時に致命的な隙ができてしまうことになる。

 そういった制限から、ガンキャノン向けにはヒートナイフが用意されることになったのだ。

 

 そしてミヤビは、

 

「そんなガンキャノンにこそ、手ごろな大きさのヒートホークが合うのでは?」

 

 と思っている。

 

「短く扱いやすい上、威力は高めでも切断するためのエッジは限られ、そこに触れない限りは安全なので自分でキャノン砲を斬り飛ばしてしまう恐れも少ない」

 

 そしてまた手斧はイギリスのSASなどの特殊部隊でエントリーツール兼武器として使用されていたし、アメリカ軍ではベトナム戦争で使われたベトナムトマホークを発展させたものを、2000年代に入ってからタクティカル・トマホーク、タクティカル・アックスとして使用するようになっていた。

 そういう意味では歩兵の武器としてうってつけのものと考えてよいだろう。

 ミヤビの前世の記憶でもゲーム『機動戦士ガンダム戦記』ではガンダムがヒートホーク2刀流などということをやっていたし。

 

 そしてテム・レイ博士はというと、ミヤビの説明を聞いて、

 

「ううむ、確かに……」

 

 とうなる。

 

「企画の段階ではザクを解析すると同時にヒートホークの研究も行われていたのだよ」

「まぁ、そうなりますよね」

「ガンキャノンは火力重視の設計となったため、結果として格闘戦用には扱いやすいヒートナイフを補助的に持たせることに決まったわけだが……」

 

 もう少し詳しく説明すると、

 

「設計思想的にはビームライフルに両肩のキャノン砲、近接防御用にバルカンまである。それゆえ、格闘戦用の武器はそれらで対処できない間合い、すなわち組み付かれ、もみ合いになるような距離で使用するものと考えられたのだ」

「密着した状態では振りかぶらなければ攻撃できない斧より突くことで攻撃できるナイフの方が有利と?」

「そういうことだな」

 

 鎧が発達した中世では槍などメインウェポンの他に相手を地面に引きずり倒し鎧をめくって止めを刺す組み打ち用の武器も携帯されていた。

 その際に使われたのが、ダガーナイフや腰刀、脇差などといった短い刃物なのだった。

 

「でも実戦では組み打ちになる以前に、ヒートホークの間合いで射撃武器での迎撃が間に合っていませんでしたね?」

「そのとおりだ」

 

 ミヤビの指摘を、テム・レイ博士はあっさりと認めた。

 

「射撃武器は『狙い』『引き金を引く』という二動作が必要なのに対して斬撃武器はただ振るうだけの一動作で済むというのは分かっていたが…… 斧が銃を上回るほどの違いがあるとは私も含め誰も考えなかったわけだ」

 

「銃は剣よりも強し」ンッン~、名言だなこれは。

 と開発スタッフは考えていたのだが、現実はまた違っていたということだった。

 

 あとはまぁ、素人のアムロがシャアを相手にしなければならなかったという点を大いに加味しなければならないかとは思うが。

 

「検討を行った段階と違って現在では補助AIサラシリーズの採用で機体の制御はやりやすくなっている。ナイフの扱いやすさにこだわらなくとも良い、ということもあるか……」

 

 テム・レイ博士はそうつぶやくと、さっそく自分の城と化しているホワイトベースの工作室にヒートホークとマルチパイロンを運ぶようにサラに命じる。

 そうして何やら怪しげなことをぶつぶつと呟きながら自分の世界に入って行った。

 

 こうなってしまったテム・レイ博士には何を言っても無駄、と経験上分かっているミヤビは肩をすくめると他の品の確認に回り、

 

「え、ナニコレ……」

 

 と、絶句することになるのだった。

 

 

 

 ガルマは一時的に前線の基地からニューヤークの官邸に戻っていた。

 占領政策の一環である社交界のパーティー、夜会に出席するためである。

 

「時に、お父上のデギン公王には地球においでになるご予定は?」

 

 あからさまにすり寄ってくる権力者たちに、ガルマは涼しい顔で、

 

「聞いてはおりません」

 

 と、答える。

 つっけんどんなように取られかねない言葉も、貴公子然としたガルマが柔らかに口にすればまた違ったように受け止められることになる。

 だから相手も気を悪くすることなく、

 

「おいでの節は是非なにとぞよしなに、ヒヒヒヒ」

「フフフ」

 

 とさらにおもねることとなる。

 そしてそれには言質を与えることなく静かにほほ笑み沈黙を守るガルマ。

 彼は会場の一角に仮面の男を認め、

 

「失礼、また後程」

 

 と、優雅に一礼してその場を立ち去る。

 その姿を見て、周囲の令嬢たちからは、

 

「まあガルマ様、いつも凛々しいお姿」

「素敵」

「しびれちゃう……」

 

 などといった呟きがささやかれる。

 それを慣れた様子で聞き流しながらシャアの元へと歩み寄るガルマ。

 そして周囲に人目が無いことを確認してようやくその顔に嫌悪を出す。

 

「連中は虫が好かん」

 

 ジオン有利と見てすり寄ってきた連中だ。

 潔癖なところのあるガルマが嫌うのも無理はない。

 それでもそれを外に見せない分別と演技力が彼にはあった。

 ジオンの統治を円滑なものにするため必要なこと、と割り切っているのだ。

 しかし、それでも友人であるシャアにはこうやって愚痴を漏らすあたり鬱憤が溜まっているのだろう。

 シャアは苦笑して、

 

「しかしやつらがあの木馬とモビルスーツの存在を知ったら慌てるだろうな」

 

 と皮肉めいた言葉を漏らす。

 ジオン有利と見て投資したところに、それをひっくり返しかねない要素が出てきたと知ったら?

 また連邦側に寝返るか?

 コウモリは嫌われるものだ。

 寝返りも一度ならともかく二度目となると……

 しかし、あんな連中はどうでもいいとばかりにガルマは、

 

「それだ。木馬討伐隊を組むには戦線が拡大しきっている」

 

 と、率直な言葉を返す。

 要するに戦線を広げ過ぎて手が足りていないところに、さらに引き抜きをかけるようなまねはできないということだ。

 

 例えばキャリフォルニア・ベースには後にザク・キャノンで活躍することになるイアン・グレーデンのように有力なパイロットたちが居たが、最重要地であるそこの防衛戦力を軽々しく動かすわけにもいかない。

 そもそも彼は守備隊の戦力であると同時に自軍のモビルスーツパイロットに地上戦を教える訓練教官でもある。

 戦争は組織で行うものである以上、彼のような人材は前線に出すより教官として軍全体の実力を底上げをさせるために使う方がはるかに有意義であるのだった。

 

「エース級のパイロットを教導隊のような後方で遊ばせておくなんて」

「彼らを前線に出せば戦況も改善されるはずなのに」

 

 ということを主張する人間も居るが、実際には教育を行う人材を確保できなくなったら後はじり貧となってお終い。

 その戦争は負け戦になってしまうと見て間違いない。

 

 そしてパーティの場でまでそんな風に生真面目に思い悩むガルマに、何か気晴らしのネタは無いかと会場を見回したシャアは一人の男性に目を付ける。

 

「ガルマ、あの紳士は誰だ?」

「ん?」

 

 シャアの目線の先に居る人物は、周囲の人々に対して何事か語り掛けている。

 

「いやいや、やりようはいくらでもあるんだよ」

 

 注目を浴びている以上、それなりの人物らしいが……

 

「頑固そうなおやじだな」

 

 そう言ってグラスを傾けながら観察するシャアに、ガルマが答える。

 

「前の市長のエッシェンバッハだ」

「ぶっ!?」

 

 ガルマから発せられたその姓に、思わずむせるシャア。

 アルコールが気管に入り酷く咳き込む。

 

「おいおい大丈夫かシャア? 君らしくもない」

 

 ガルマは心配そうにシャアの背をさする。

 本当に、このお坊ちゃんは人が良い、とシャアは仮面の下で涙目になりながら思うが、実際は少し違う。

 ガルマは相手が大切な友人であるシャアだからこそ心配もするし、こうやって手を差し伸べるのだ。

 

「まあガルマ様があんな表情を殿方にお見せになるなんて」

「素敵」

「しびれちゃう……」

 

 と、遠くから彼らを見守る貴腐人(誤字にあらず)たちが熱い吐息を漏らしているが、まぁ、それはどうでもよい。

 シャアが彼女たちが何を考えているのか知ったら「冗談ではない!」と叫んでいただろうが。

 

「が、ガルマ、エッシェンバッハとはあの……」

 

 シャアが確認しようとしたその時に、

 

「イセリナ・エッシェンバッハ様のお見えでございます!」

 

 と、会場に案内が響き、そして人々のざわめきと共に現れたのは、

 

(やはりイセリナ! イセリナ・エッシェンバッハかっ!!)

 

 夜会服に身を包んだイセリナだった。

 

 正直、近づきたくないシャアだったが、彼女はこちらをまっすぐに見ている。

 シャアの背を親し気にさすっているガルマを!

 

(ま、まずい!)

 

 彼女の嫉妬の炎が恐ろしいのは十分すぎるほど理解しているシャア。

 

「が、ガルマ、彼女のエスコートに回った方が良いのでは?」

 

 平静を装いながらも、

 

(さっさと行け! 自分を巻き込むな!)

 

 とガルマを追い払おうとしようとするシャアだったが、ガルマは迷った様子でシャアを心配そうに見て、

 

「しかし、君は大丈夫……」

「いや、大丈夫だ!」

 

 シャアはガルマのセリフを食い気味に言い切ると胸を張る。

 まだ完全には回復していなかったが、無理やりにでも咳を抑え込む。

 これはやってみると分かるが滅茶苦茶苦しいのだが、命には代えられないとばかりに涙目で耐える。

 仮面があって本当に良かったとこの時ほど思ったことはないシャアだった。

 正史ではア・バオア・クーのアムロとの白兵戦でヘルメットと仮面のおかげで即死を免れたのだが、それと並ぶような扱いである。

 

 しかし……

 

「ガルマ様」

 

 来た!

 

 ガルマの到着を待たずに来る!

 イセリナが来る!!

 さっきまであちらに居ただろう、と思うが視線を外した瞬間に移動したかのようにすぐ間近に声と、振り向けばその姿が!

 

「――っ!」

 

 シャアはとっさに、

 

「前線でラブロマンスか。ガルマらしいよ」

 

 とお坊ちゃん、ガルマをいけにえに捧げてヤンデレからの回避を試みる!

 彼も必死だ。

 

「ふふ、からかうなよシャア」

 

 と、ガルマは半分照れながらもまんざらでもなさそうな様子だったが。

 いいからさっさと行け! と叫びたいシャアだった。




 シーマ隊の補給物資に紛れて届いたヒートホーク。
 それを見て何やらろくでもないことを考えるテム・レイ博士。
 そしてピンチなシャアでした。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第10話 ガルマ入籍す Bパート

 人気のないバルコニーで見つめ合い、愛を確かめるガルマとイセリナ。

 

「ジオン軍の総帥たるザビ家の息子に娘はやれぬとおっしゃられた」

「はい」

 

 イセリナに邸宅を焼かれてもまだそう言えるとはヨーゼフ・エッシェンバッハ氏もさすがである、と思えるだろうが実際は、

 

「こんな恐ろしい娘を嫁に出せるわけが無いだろう!? ましてやザビ家の息子のところにやって、何かあったらどうするんだ!!」

 

 と恐怖に頭を抱えているだけだったりする。

 しかしそれが分からぬガルマには、

 

「君の父上ならそう言うだろう」

 

 と、普通に娘の結婚に反対する父親、という具合に受け止められていた。

 そんなガルマにイセリナは言い募る。

 

「わたくしにはジオンも連邦も関係ありません。ガルマ様はガルマ様。お慕い申しております」

「イセリナ」

 

 その手を取ってくれたガルマにイセリナは身体をあずけ、

 

「……たとえ父がどう言おうと、わたくしはあなたのお側におります」

 

 いじらしくそう言ってくれるイセリナの髪をその手で撫でながらガルマはささやく。

 

「私も父とジオンを裏切るわけにはいかないが」

 

 弾かれるように顔を上げたイセリナに笑いかけ、

 

「大丈夫。連邦軍の機密を手に入れさえすれば、父とて私の無理を聞き入れてくれる」

「ガルマ様……」

 

 愛しい人の言葉に、感極まったように瞳を潤ませるイセリナ。

 そしてガルマはさらに、

 

「それで聞き届けてもらえねば、私もジオンを捨てよう」

 

 と、シャアが聞いていたら「勢いに任せてとんでもないことを言うな!」と叫んでいただろうという言葉を言い放つ。

 イセリナに嘘は通用しないのだから……

 

「……ガルマ様」

 

 見つめあい、口づけをかわす二人。

 しかしそこに兵士が駆け込んでくる。

 

「ガルマ様!」

「何事だ?」

 

 ガルマは慌てず、声を荒立たせることもなく聞く。

 イセリナはその背に隠れるように控えていた。

 

「あ、これは」

 

 と状況を察し、口ごもる兵だったが、

 

「構わん、言ってみろ」

 

 と、ガルマに促され報告する。

 

「は、木馬がS3ポイントに紛れ込みました」

「なに?」

「ここの最後の防衛線を突破されれば、連邦軍の制空圏内に入られてしまいますが」

 

 しかしガルマは慌てることなく答える。

 

「予定通りだよ、あそこに防衛ラインもある。私も機動一個中隊で現地へ向かう。シャア少佐にも伝えろ、出動だ」

「は」

 

 自ら出撃すると決めたガルマを、イセリナは心配そうに見るが、

 

「連邦軍の新兵器を奪い取ったら国に送り届ける。その時には君も一緒だ」

 

 そしてイセリナと口づけをかわし、駆け出すガルマだった。

 

 

 

 ホワイトベースは戦争で荒廃したシアトル市街に進入していた。

 ホワイトベースが迷い込んだのはニューヤーク市街とされることも多いが、劇場版では北米大陸西海岸にあるシアトル市街とされている。

 実際、TV本編でもあの廃墟がニューヤークだとは一言も言っていないわけだし、この後、ホワイトベースは太平洋に逃れるのだし、また夜会に出席していたガルマが出撃して戦闘が終了するころには夜が明けている、という時間経過を考えると、シアトル市街までの移動時間がかかったためと考えるのが妥当か。

 まぁ、ミヤビの存在のせいで史実とは状況が変わっている、という可能性もあるのだが。

 

 そんなことをデッキで待機するドラケンE改のコクピットで考えるミヤビ。

 というか寝ないと頭が働かない彼女にはこの深夜の待機はきつく、だからこそ半分寝ている頭で余計なことをつらつらと思い浮かべているわけである。

 

『ジオン軍は私たちをこの街から出さないつもりね』

 

 という妹、ブリッジに居るミライの言葉を艦内通話越しに何とはなしに聞く。

 

『ああ。しかし、このままでは』

 

 と思案するブライトに、こちらもまたガンキャノンで待機するアムロは、

 

『ブライトさん、僕が先頭に立っておとりになりましょうか?』

 

 と、提案する。

 自分が動いた方が早くて確実と考えているところは相変わらずで、ミヤビは変わらぬ表情の下で小さく吐息を漏らす。

 

 そしてブライトは、

 

『いや、それはまずい。ちょっと遅いようだ』

 

 と答える。

 

『聴音機のキャッチした結果です。北から敵機の編隊接近です』

 

 そう報告するのはホワイトベースの目であり耳であるオペレーターの片割れオスカ。

 

『ガウはいるのか?』

『一機はいるようです』

『戦闘機も付いているな』

 

 ガウと護衛のドップらしき編隊が近づいている様子だ。

 やはりガルマ、そしてシャアが来た様子。

 そして、

 

「月は出ているのかしら?」

『は?』

「月は出ているのかと聞いています」

『は、はい……』

「なら、こういう作戦はどうです?」

 

 とミヤビが言ってしまったのは半分以上寝ぼけた頭で「早いこと片付けてさっさと寝てしまいたい」と考えたためである。

 そして…… 正常なときのミヤビが聞いたら「ちょっと待って、何言ってるの、私」と呆れ果てるような策に、ブライトを筆頭としたホワイトベースの面々は乗ることになるのだった。

 

 

 

「パトロール・ルッグン、木馬が見つからんだと? まだ街から出てはおらん、よく捜せ」

 

 ホワイトベースを発見できず苛立つガルマ。

 それに対しシャアは、

 

「フフフ、穴に逃げ込んだネズミを燻りだすのは絨毯爆撃に限るな」

 

 と提案する。

 市街地は遮蔽物が多く隠れやすいが、既に廃墟と化した街なら無差別の絨毯爆撃で燻り出すことが可能だ。

 ガルマはうなずくと兵に命じる。

 

「よし、全機ローラーシフトを敷き、ただちに爆撃を開始しろ」

 

 

 

 近づいてくる空爆による破壊音。

 史実どおりホワイトベースは雨天野球場…… 正確には半壊した超大型多目的スポーツドームの中に隠れていた。

 

「クッ、これで当たらなければおめでとうって所だな」

 

 コア・ファイターのコクピットに待機するリュウがつぶやく。

 だが、ホワイトベース左舷モビルスーツデッキにあるはずのガンキャノン、ガンタンクの姿はそこには無かった。

 

 

 

「どうだ? 木馬は出てきたか?」

「いえ、まだです」

 

 空爆の効果を確かめるガルマだったが、部下からの答えは芳しくない。

 

「なぜ出てこない? 居ないのか?」

 

 予想が外れ、そもそも想定条件が間違っているのかと疑うガルマ。

 予測と違う結果が出ても「バカな」と思考停止することなく、立ち戻って全体を見直す、

「そもそもここに居るという前提が間違っているのでは?」

 と考え直す思考の柔軟性。

 やはりこのガルマ、覚醒している。

 

 惜しむらくは、

 

「連中も戦いのコツを呑みこんできているのさ」

 

 と、シャアが言うとおり、ここは焦らず粘り強く行く場面であり、そういった意味では頭の柔らかさより経験に裏打ちされたしぶとさが必要な場面であることだ。

 その点では親や周囲に大事にされ、前線に出ることのできなかったガルマにはやはりまだまだ経験が足りない。

 そして、

 

「こうなれば地上に降りて見つけ出すしかないか……」

 

 と、ガルマは次の手を打つことを考える。

 これもまたいい考え方である。

 ここは我慢のしどころであるのは間違いないが、だからといって現状維持では戦いの主導権を握ることができない。

 いったん戦端を開いたのなら、常に次の手を考えイニシアチブを取り続けることが必要だ。

 

 それならばとシャアは、

 

「まあ待て。そういうことなら私が部下と降りてみる」

 

 と提案する。

 

「やってくれるか?」

「当たり前だろう、私は君の部下だ」

「今はそうだが、もともと君はドズル兄さんの直属だ。私だって……」

 

 言葉を途切れさせるガルマに、シャアは、

 

「そういう風にこだわりすぎるのもまた良くないだろう。使えるものはなんでも使う図太さも指揮官には必要だ」

 

 と言う。

 実践している人間だけに説得力がある。

 ガルマは苦笑し、自分の心を落ち着かせると、

 

「任せる」

 

 と素直な気持ちで答えた。

 

 

 

 ビルの谷間の暗闇に、きらりと光る五つの目、5連式多目的カメラモジュール。

 

【挿絵表示】

 

 ミヤビの駆るドラケンE改はステルス機であり、またその機体の濃い赤は夜の闇に溶け込みやすく夜間迷彩として優秀だ。

 移動もインホイール・モーターとランフラット・タイヤを組み込んだローラーダッシュ機構によるものだから音を立てないし、歩行するにしても屋内でも使用する作業機械でもあるドラケンE改、床面を傷付けないためのラバーソールが足音をかき消す。

 背中のロケットエンジンを使用してジャンプ。

 通常サイズのモビルスーツよりはるかに軽量であることを生かして廃ビルの屋上に着地。

 星が降りしきるペントハウスに機体を紛れさせる。

 

「月が綺麗ですね、か……」

 

 ミヤビは夜空を見上げ、そうつぶやく。

 無線封鎖しているので聞いているのはサラと月だけだ。

 

『何か言いました?』

「……いいえ、何も」

 

 けぶる瞳でHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)の画面片隅に映し出されるサラを見て答える。

 なお、思わせぶりなセリフもその表情も、ただひたすら眠い、というミヤビの意識が生んだ幻想である。

 

 

 

 ちなみにドラケンE改に採用された民生品のステルス塗料だが、これは別途、意外なところでヤシマ重工の役に立っていた。

 

 話は複雑になるのだが、宇宙世紀0078年当時、地球連邦軍はサラミス級巡洋艦のステルス化改造計画を進めていた。

 ミヤビの前世の記憶でも『機動戦士ガンダム公式設定集 アナハイム・ジャーナル U.C.0083-0099』に載っていたことで、それによるとヤシマ重工とアナハイムエレクトロニクス社の先進開発事業部、通称『クラブ・ワークス』の共同で進めたが、この後ミノフスキー粒子により従来のステルス技術が陳腐化したため大損をした、という話だった。

 

 ミヤビは父、シュウ・ヤシマにミノフスキー粒子が与える影響について、ある程度の根拠と共に予測として告げており、ヤシマ重工は当初、この事業への参加を見送ろうとした。

 しかし規模が大きいうえ最先端の技術を要するこのプロジェクト、受注できるメーカーは非常に限られる。

 そのため発注元の地球連邦軍に、

 

「競争入札にしないといけないけど、本命以外、どこも受けてもらえない。すまんが形だけでも入札してくれ」

 

 と頭を下げられ、仕方がないとばかりに、

 

「ドラケンE改に採用した民生品の低コストだが高性能とは言い難いステルス塗料を使用しただけの画期的でも何でもない内容の提案書」

 

 に、間違っても落札できない、馬鹿みたいに高い入札金額を付けて提出したのだ。

 

 競争入札というのは、仕事を頼む場合などにおいて一番有利な条件を示す業者と契約するために複数の希望者に内容や入札金額を書いた文書を出させて、内容や金額から契約者を決める方法。

 簡単に言うとオークションの逆、一般的には安い入札金額を提示した方が契約をもぎ取ることができる。

 つまり高い入札金額、しかも内容に見合っていないものを付けたヤシマ重工は、最初から勝負を捨てている、仕事を取りに行っていないというわけだ。

 ミヤビの前世、旧21世紀の日本でも「採算が取れないから辞退したいけど、まぁお付き合いで入札しますよ」という場合に見られたやり取りである。

 そんなものでもライバルが居る、ということで本命の業者が入札金額を下げてくれる場合もあるので発注側にしてみれば無駄ではないのだ。

 

 しかし、である。

 地球連邦軍の上層部は落札予定の他社、つまりアナハイムエレクトロニクス社単独での受注に難色を示し、すったもんだした挙句、2社とも採用という異例の事態に発展したのだ。

 約束が違うし、そもそもレベルの低い提案に不釣り合いな高額の入札価格を丸呑みされたせいで、

 

「おいおい、癒着や談合を疑われたらどうするんだ」

 

 とヤシマ重工側は危惧したのだが、幸いドラケンE改がステルス機として高い評価を受けていたため、そういった詮索はなされなかった。

 

 とはいえ金をもらいすぎている面もあるので後々に変な追及を受けないよう、ヤシマ重工では有償ではあるがアナハイムへのステルスに関する技術提供を積極的に行う(ミノフスキー粒子による技術の陳腐化前の処分セールとも言う)と同時に、

 

「うちの案だとステルス性が低い? どうせ攻撃を始めたら居場所はばれるんだし敵より先に発見できればいいのでしょう? 偵察機を飛ばして秘匿性の高いレーザー通信によるデータリンクで射撃できるようにすればいいじゃん。あと索敵系も電波を使ったレーダーじゃ居場所を教えるようなもんだから光学系をメインに開発するね。艦内の通信や制御系も今まではワイヤレスが多く使われていたけれども電波は使わない方がいいんだから全部光ケーブルで引き直すね」

 

 ということで、ついでとばかりにステルス運用に必要な技術開発(ミノフスキー環境下でも有効)と共にサラミスの船体前方に艦載機格納庫とカタパルトデッキを装備した試作案を提出。

 もちろん簡単な改装でモビルスーツ搭載艦にもできるようにした……

 

「それって『機動戦士Zガンダム』で出てきたサラミス改級じゃん」

 

 というもの。

 1/1モックアップを作ってみたら「そのまま本当に動かせる実証試験艦に仕上げろ」と指示を受け、その四角い棒状に見える船体から『モック・バー(mock bar)』と名付けられた。

 そして開戦後にモビルスーツ運用艦に改装、ペガサス級強襲揚陸艦の開発に必要な諸々の試験を行ったという。

 またビンソン計画、つまり地球連邦宇宙艦隊再建計画で建造される予定だったサラミス級も、この仕様に沿って作られるサラミス改級となる予定。

 そしてサラミス改級は『機動戦士Vガンダム』の時代、つまり宇宙世紀0150年代になってもミノフスキー・クラフトを搭載して大気圏内でも航行可能にするなど改修を受けながら使用され続ける艦種。

 ……であるからしてヤシマ重工は大損をしたアナハイムエレクトロニクス社を尻目に莫大な利益を上げる模様。

 さすが辣腕の経営者であるミヤビパパ。

 機を見るに敏というか、利益の最大化に余念がない。

 正直、アナハイムの連中に刺されるんじゃないかと心配するミヤビである。

 

 

 

 ミヤビには未来知識を使って軍事で儲けようなどという気はない。

 それをやったらお終いだとばかりに『コロニーリフレッシュプロジェクト』のように戦争を避ける方向で努力するわけで。

 

 しかしヤシマグループが損失を被るような未来を分かっていながら無視できるかというと無理で、つい父親に助言してしまう。

 そしてミヤビパパとゆかいな仲間たちはミヤビと違ってものすごく優秀なので、ミヤビが迂闊に漏らす情報の切れ端で簡単に未来を予見し、最適な行動を取ってしまう。

 それがこういった状況を産み出しているわけである。

 

 

 

「シャア、木馬なりモビルスーツを発見したらすぐに知らせてくれ。ガウで仕留めてみせる」

 

 モビルスーツデッキ、窓越しに語り掛けるガルマ。

 シャアは仮面の下で苦笑すると、

 

「わざわざのお見送りには恐縮するよ。今回はそのつもりだ。頼むよ、ガルマ」

 

 と答える。

 

「頼んだぞ、シャア」

「勝利の栄光を、君に」

 

 シャアはそう告げて敬礼を送るとザクに乗り込む。

 

 

 

『5連式多目的カメラモジュール、目標監視継続中』

 

 ドラケンE改には独立した可動式の頭は無いが、その代わり機体前頂部に固定設置されている保護ボックスにカメラモジュール群を搭載することができる。

 後にジオンの高性能強行偵察型モビルスーツMS-06E-3ザクフリッパーの頭部に装備される3連式多目的カメラモジュールと同様の仕組みで、ナイトスコープ、赤外線、超長距離望遠、大光量補正(フレア・コンペンセイション)カメラ、レーザーセンサー、超音波センサー、更にはショットガンマイクなど複数の異なるカメラセンサーを目的に合わせて選択装備し束ねたものだ。

 これらから得られたデータをコンピュータで統合、幾通りのモードの中から最適な画像とデータを搭乗者に提供するようになっている。

 

 今回は夜間長距離索敵向けに選択、調整されたものになっており、上空を飛ぶガウ攻撃空母の姿がそれにより見事にキャッチされていた。

 

 まぁヤシマ財閥令嬢というミヤビの地位とRX計画に招聘されV作戦に組み込まれた協力者という立場が、一般には供給できない高額の最高級センサー類の複数搭載という『札束で殴り倒す』『金の力で無双する』がごときチートなごり押しを可能としているという事実。

 

 また、サラミス級巡洋艦のステルス化改造計画にヤシマ重工が参入したことによる副産物、新開発の光学系センサー類の充実もあった。

 理想を言うならジオンのモノアイシステムの開発に貢献したという光学器機メーカー『カノム社』を傘下に引き入れたかった…… ミヤビの前世の記憶でもジオンがモビルスーツ等に採用していた光学機器類は一年戦争当時、連邦軍からも羨望の的とされていたし。

 しかし無理だったので結局なじみの深い日本系企業、ミヤビも前世でお世話になった某C社などの流れをくむ日本人独特の職人芸的な技術を持つ企業との協業でジオンの物に負けずとも劣らないセンサー類を開発していた。

 

 そしてもちろん、月が良く見える雲の無い天候、そして視界が開けるビルの屋上への位置取りもあってのことだが。

 

『想定どおり低空を進入。速度なおも低下中。目標データ転送、レーザー回線通信良好……』

 

 そうして、

 

『正面モビルスーツハッチ開きます!』

「今!」

 

 シャアの赤いザクがガウから飛び出した瞬間、地上からの砲撃がガウを貫いた!




 相変わらず夜更かしが苦手なミヤビによる寝ぼけた頭で立てた迎撃作戦。
 空気を読まずにいきなりガウを撃ち落としにかかりますが、これが吉と出るか凶と出るかはまだ分からず。
 そしてガルマの危機にシャアがどう出るかは次回。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第10話 ガルマ入籍す Cパート

「なに!?」

 

 突然の地上からの砲撃にシャアは驚く。

 幸い彼と部下、三機のザクは離脱に成功していたが、直撃を受け火を噴くガウには連続して次々に着弾が走る。

 

「そこか!」

 

 橋梁の下に火点を認め、シャアは降下中の空中からバズーカを放つ。

 距離はあるが幸い撃ち下し、十分届くはずだったが……

 火点からの攻撃はいったん途切れたものの、再開される。

 

「ちぃっ! ガルマ、聞こえるか、至急離脱しろ! 聞こえるかガルマ!」

 

 

 

 ガウの機体に走る激しい衝撃に転倒、強く叩きつけられるガルマ。

 

「ど、どうした?」

 

 コンソールにすがり立ち上がろうとするが、上手く左足に力が入らない。

 興奮状態によりアドレナリンが分泌され痛覚がマヒしているため分からないが負傷、それも骨が折れているかもしれない。

 

「下から攻撃を受けました」

「下だと?」

「も、モビルスーツです、モビルスーツが下から」

「……上昇だ、上昇しろ」

 

 と命じるが、ガウはエンジンに損傷を受けており出力が上がらない。

 ガウはドップと同様、コロニー内のシミュレーションのみで設計された機体であったため揚力だけでは飛行できず、全速航行時でも下方ジェット噴射に推力の30パーセントを持っていかれるという。

 そのためエンジン出力が低下したこの状態では上昇するのは無理だった。

 それゆえ、

 

「180度回頭だ!」

 

 ガルマは覚悟を決める。

 

「ガウをモビルスーツにぶつけてやる!」

 

 

 

『ガルマ大佐を止めてください!!』

 

 ようやくガウとの通信がつながったかと思ったら、通信手から悲鳴交じりの懇願が届く。

 シャアが耳をすませば、通信機の向こうからは「私とてザビ家の男だ、無駄死にはしない!」などといったガルマの声が聞こえてくる。

 シャアは通信手に頼んでガルマとの直通通話をつないでもらうとこう言った。

 

「ガルマ、聞こえていたら君の生まれの不幸を呪うがいい」

『なに? 不幸だと?』

 

 虚を突かれ、凍り付くガルマにシャアは重ねてこう言う。

 

「そう、不幸だ」

『シャ、シャア、お前は……』

 

 そしてシャアはガルマを一喝する。

 

「君は死んではならんのだ!」

 

 シャアはガルマに語り掛ける。

 

「分かるかガルマ。ザビ家の人間である君が死ねば軍が混乱する。体制を整えるのに時間がかかり、そこを連邦軍に付け込まれるだろう。君のプライドなどどうでもいい! 事実として君は死んではならんのだ」

『シャア……』

 

 ガルマは絶句した後、

 

『この場を君に任せ、私におめおめと無様に逃げ帰れと言うのか。私の望みはたとえ死ぬことになろうとも君の隣に立ち、共に戦って見せることだというのに……』

 

 と悔し気につぶやくが、シャアはあっさりとこう言う。

 

「君はいい友人であったが、君の父上がいけないのだよ」

 

 その身も蓋も無い物言いに、ガルマは表情を崩し……

 そして笑いだす。

 

「フフッ、ハハハハハ!」

 

 釣られたようにシャアも笑いだす。

 

『フフフフ、ハハハハハ!』

 

 周囲の兵たちはガルマの気が違ったかとでも思っただろうが、二人は狂ったように大声で笑い続け、

 

『わかったシャア、ここは任せる。ガウは離脱だ!』

 

 と、ガルマは憑き物が落ちたようにすっきりとした顔で命じる。

 

「ああ、任せるがいい。第一……」

 

 シャアは笑いを含んだ不敵な声で、

 

「別に、アレらを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 と言う。

 だからガルマもこう答える。

 

『――ああ、私に遠慮はいらないぞ。がつんと痛い目にあわせてやってくれ、シャア』

「そうか。ならば期待に応えるとしよう」

 

 

 

「し、死ぬかと思ったぜ」

 

 橋梁下の火点、つまりガンタンクを操るカイは、シャアのザクからの攻撃に肝を冷やしていた。

 

「カイさんたちは死にませんよ。僕が守りますから」

 

 そう言うアムロのガンキャノンは左手にシールド、ミヤビの前世の記憶で言うところのガンダムシールドを構えていた。

 これでザクのバズーカ弾を防いだのだ。

 バズーカの弾頭は成形炸薬弾。

 火薬により産み出される超高速噴流(メタルジェット)はシールドを貫通してはいたものの、その有効距離は短く、本体に届く前に拡散してしまっていた。

 それゆえガンキャノン本体は無傷だった。

 

 ミヤビの作戦は簡単だ。

 シアトル市は総面積の4割が水地域。

 それゆえに存在する橋、その橋梁下にガンタンクと護衛のガンキャノンを隠す。

 フィクションの破壊工作ではよく派手に爆破される橋だが、実際にはとてつもなく頑丈なものなので、空爆でもそう簡単には落とせない。

 米軍が破壊したりしているのは事前に情報を入手し検討、精密爆撃により必要な個所にピンポイントで必要なだけの爆撃を加えているからできること。

 橋の構造によっては複数個所を破壊しないと完全には落ちないものだ。

 だからガウの絨毯爆撃から身を隠すには十分、しかも周囲は開けているので射界が制限されないという。

 さらにドームに隠れたホワイトベースの前方、万が一ホワイトベースが発見されても攻撃しようとするガウを狙える位置となっている。

 

 そして索敵はステルス機であるミヤビのドラケンE改が担当。

 その機体の濃い赤は夜間迷彩として働き、夜の闇に完全に溶け込み所在を隠す。

 月がよく見えるほど雲の無い天候だったから、装備された5連式多目的カメラモジュールでガウをキャッチすることは難しくない。

 そうやって得たガウのデータをレーザー通信でガンタンクに送って砲撃してもらったのだ。

 

 ジェット機の登場によってそのスピードに対応できない高射砲は消えた。

 ガンタンクの両肩の120ミリ低反動キャノン砲も、使い方は高射砲と変わらない。

 だが、それが有効だったのはガウがモビルスーツを空中から投下する瞬間を狙ったからだ。

 ガウは亜音速機であの巨体でありながら最高速度はマッハ0.9を誇る。

 しかし前方にモビルスーツの発進口を設けたため、モビルスーツ降下時には速度を落とさねばならず、その際は速度が時速100キロ程度と非常に低速となる。

 だからミヤビの記憶にあるジャブロー強襲作戦でも対空砲火で損害を出していたのだ。

 そして、それを知っていたからこそのミヤビの策だった。

 

 発案者がミヤビであるがために『ヤシマ作戦』と名付けられたこの作戦。

 日本人の血を持ち源平合戦の『屋島の戦い』において那須与一が海上の馬上から扇を矢で射抜いたエピソードを知るミライには好印象だったみたいだが、前世の記憶を持つミヤビにしてみれば『新世紀エヴァンゲリオン』のイメージが強く、寝ぼけていなかったら「なんだかなぁ」と思っていただろう。

 シールドを持って防御を担当するアムロ・レイはアヤナミ・レイかと……

 

 なお、理想を言うならシャアたちのザクが飛び降りる前に当てて、その出撃を食い止めたかったところだが、照準を定めるまでのわずかなタイムラグのせいでそれは成されなかった。

 トリガーを握るのがセイラなので、彼女がシャアが居るかもしれないガウに射撃を行うのをためらったせいもあるかも知れないが。

 そういう意味では逆にシャアのザクが飛び降りたのを確認できたから、ガウを「情け無用! ファイア!」とばかりに思いっきり叩くことができたのかもしれない。

 この兄妹、迷いがあったり敵からのプレッシャーを受けたりに結果を左右されやすいきらいがあるが、なまじっか能力があるだけにそれが周囲に与える影響も大きいという。

 ある意味はた迷惑な存在だった。

 

 そして、

 

「が、ガウが撤退していく……」

 

 ほっと息をつくアムロたちだったが、そこにミヤビからの通信が入る。

 

『気を抜かないで。ガウの撤退を援護するためシャアの率いるザクが攻撃してくる可能性があるわ』

 

 そして、

 

『市街地戦は障害物が多いから交戦距離はどうしても短くなる。つまり火力で劣っているザクでも有利に戦えるステージなの。油断しないで』

 

 ということでもある。

 アニメ『ガールズ&パンツァー』でも火力に劣り距離を詰めないと相手戦車の装甲を貫くことができない主人公チームは市街地に敵を誘い込むことで性能差を埋めようとしていたし。

 

 また人に例えるならCQB(クロース・クォーターズ・バトル、近接戦闘)、拳銃や短機関銃による射撃や白兵戦が効果的とされる3~30メートル程度の距離をイメージすればよい。

 

 そしてこれはガンタンクには非常に不利な戦場とも言える。

 『機動戦士ガンダム第08MS小隊』における市街地戦でノリス・パッカード大佐のグフ・カスタムが単騎で護衛を抜いて量産型ガンタンク3機を撃破しているのも、パイロットの腕もあるが、戦場がガンタンクが戦うには不向きだったということもある。

 

「了解です、ミヤビさん」

 

 そしてアムロはガンキャノンの右手に握られた武装、新型マシンガンを確認する。

 これはミヤビの前世の記憶の中で陸戦型ガンダム等で使用されていたコンパクトで取り回しの良いヤシマ重工製100ミリマシンガン、YHI YF-MG100に新型センサーと減音効果のあるサプレッサーを取り付けたもの。

 マンガ『機動戦士ガンダム外伝 ザ・ブルー・ディスティニー』で主人公たちがステルス装備と共に使用した特殊火器、その試作品だ。

 今回の夜の市街地戦においてガンキャノンの標準装備である狙撃向けのビームライフルは銃身が長く取り回ししづらい上、ビームの閃光で自分の位置を派手にさらしてしまうし、自身のカメラセンサーへの目つぶしにもなってしまう、ということで持ち出してきたもの。

 

 なおこれはシーマ隊が運んできた補給物資の中に紛れ込んでいた品だ。

 史実では連邦軍モビルスーツ向けの実弾マシンガンは後に口径90ミリのブルパップ式で統一されてしまうわけだが、そちらとのシェア争いのためヤシマ重工が送ってきたものらしい。

 

 ブルパップ式90ミリマシンガンは割と新しい装備のようなイメージがあるが、実際にはすでに現時点でも存在している。

 ミヤビの前世の記憶では『機動戦士ガンダム第08MS小隊』第一話でテリー・サンダースJr.軍曹が搭乗していた初期型ジムが使っていたし。

(時期的にはその戦闘後、主人公であるシローが生還した時にギレンのガルマ国葬演説が行われていた。つまり今のミヤビたちから見てここ数日のことである)

 またこの世界はオリジン準拠ではないとはいえ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』では戦前、『スミス海海戦』時点で鉄騎兵中隊のガンキャノン最初期型が使用していたし。

 

 そういうわけで、ミヤビパパとゆかいな仲間たちは今日も頑張っているみたいだった。

 まぁ、軍需は地球連邦に対する影響力の保持と新技術獲得のため食い込んでいるだけで、実際にはそこで得た技術を民需に転用することで利益を出すのが目的だったが。

 コロニー建設も請け負うヤシマ重工はそういう企業であり、またあのアナハイム・エレクトロニクス社ですらマンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』にて、

 

「軍需産業が莫大な利益を生み出すなんて話はおとぎ話です」

 

 と言い切り、同様の方針で民需にて利益を生み出す構造を持っていた。

 もっとも『あの』アナハイムの人間が真実を語っているとは限らないのだが……




 というわけで、物語はガルマ生存ルートに。
 そしてミヤビの作戦のネタばらしでした。
 『ヤシマ作戦』って……


> そう言うアムロのガンキャノンは左手にシールド、ミヤビの前世の記憶で言うところのガンダムシールドを構えていた。

 オリジンでも使ってましたし、バンダイのスペシャルクリエイティブモデルのガンキャノンでもナイフとハイパーバズーカとガンダムシールドが付いていて装備も可能となっていましたしね。
 ……まぁ、このお話ではガンダムシールドとは呼んでいないし、ガンダムの所在は未だ不明なんですけど。


> その機体の濃い赤は夜間迷彩として働き、夜の闇に完全に溶け込み所在を隠す。

 このお話を書くにあたって作成したドラケンE改のプラモデルは『ガンダムカラー UG12 MSサザビーレッド』で塗装後に『水性プレミアムトップコート つや消し スプレー』で仕上げてあるわけですけど。

【挿絵表示】

 夜、照明を消した暗い部屋でプラモやフィギュアを置いている棚を見ると、ドラケンE改だけが消えていてびっくりするんですよね。
 手を伸ばして確かめるとちゃんとあって、
「やかんめいさいのちからってすげー!」
 ということになります。


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第10話 ガルマ入籍す Dパート

 そしてシャアたち。

 シャアのザクは威力が高く、敵が遮蔽物の陰に隠れようとも吹き飛ばせるバズーカを。

 部下のザクたちは即応性の高いザク・マシンガンを。

 そして市街地での近接戦闘に備え、ヒートホークを装備している。

 

 ミノフスキー粒子によるレーダーセンサーへの障害に加え、ガウの絨毯爆撃によりそこかしこで火災が発生し熱源センサーも当てにならない状況では、本当に目視による確認でしか敵を捉えることはできない。

 彼らはそれぞれ分担してビルなどの障害物の影を確認(クリアリング)しながら前進。

 相手に位置を気取られないよう無線封鎖しているためハンドシグナルで意思疎通しつつ相互に連携を取る。

 モビルスーツのマニピュレータが人の手を模した五指を備えていると、こういう使い方も生む。

 人型兵器の利点のうちの一つだ。

 

 

 

 アムロは極力物音を立てないよう気を付けながらガンキャノンを前進させる。

 ガンタンクは置いてきた。

 カイとセイラの腕は上がっているが、ハッキリ言って市街地での戦闘にはついてこれそうもない。

 逆に射界の開けた、そして自身が遮蔽を取れる地点に居た方が安全だからだ。

 

 前方に立ちふさがる障害物、高架橋を、アムロはロケットエンジンを吹かしながらジャンプでクリアーする。

 敵に見つからないよう高さを抑えてぎりぎりを乗り越えるが、しかし着地点の足場が悪かった。

 体勢を崩し、大きな音を立ててしまう。

 

「見つかった!?」

 

 アムロはガンキャノンに穴の開いたシールドを掲げさせ、身構えるが攻撃は来ない。

 

「妙だ…… いや居る。敵は近い」

 

 アムロは遮蔽物に身を寄せると、動きを止め敵の気配を探る。

 音響センサーが感知するザクの足音。

 

『アムロ、ザクよ』

 

 サポートAI、サラツーの報告どおりザクの姿を認める。

 アムロはビルの陰からマシンガンでそれを狙うが。

 

 

 

「銃身が丸見えだ」

 

 シャアはすかさずバズーカを撃ち込む。

 素人は遮蔽物があるとそれにべったり密着して銃口だけ出して撃とうとするが、それではこうやって敵に発見されてしまう。

 実際には一歩引いて銃身、さらには地面に落ちる自身の影が覗かない程度に遮蔽物から距離を置き銃を構えることが必要だった。

 まぁ、それをこの時点のアムロに求めるのも酷というものだったが。

 

 

 

 至近でバズーカの弾が爆発し、それに吹き飛ばされるガンキャノン。

 

「しまった!」

 

 コクピットで衝撃にシェイクされながらもアムロは歯噛みする。

 そして位置を晒し体勢の崩れたガンキャノンに、シャアの部下のザクがマシンガンを放とうとするが、

 

「バァルカンッ!」

 

 アムロの音声コマンド指示を受けたサラツーが頭部バルカンで牽制。

 この辺の制御は教育型コンピュータとサポートAI『サラツー』の経験値が溜まってきたおかげでとっさの場合の対応も任せることができるようになっていた。

 ザクがひるんだ隙に素早く起き上がり、遮蔽物の陰に逃げ込む。

 だが、

 

「うわぁっ!」

 

 息をつく暇もなく撃ち込まれたシャアのザクのバズーカが、身を隠したビルごとガンキャノンを吹き飛ばす。

 

「シ、シャアだ。あれに当たる訳にはいかない」

 

 そしてガンキャノンが体勢を崩した隙に障害物を乗り越え前進するシャアのザク。

 ガンキャノンへの射線が通った瞬間にまたバズーカが撃ち込まれ、アムロは転がるようにそれを回避した。

 そして正面にシールドをかざして身を守るとマシンガンで反撃する。

 サプレッサー、減音器を装備しているため射撃音は小さく、発砲炎(マズルフラッシュ)もまた目立たないぐらいに抑制されていた。

 これにより射撃位置を派手にさらし集中砲火を受ける、などということは避けられるのだ。

 そのための武器選択だった。

 

 

 

 シャアはジャンプでガンキャノンからの射撃を回避、物陰に身を隠す。

 

「モビルスーツめ、やるようになった」

 

 戦闘技術自体はまだまだつたない所があるが、そういった点を突いても大きく崩れない。

 あまつさえ、反撃すらしてくる。

 隙が少なくなってきているのだ。

 

 

 

「迂闊なやつめ!」

 

 不用意にビルの窓、開口部の前で立ち止まって周囲を探るザクに、その陰に隠れマシンガンを構えていたガンキャノンの銃撃が直撃する。

 歩兵戦でもそうだが、ドアや窓の前には身を晒してはいけないのだ。

 増してやそこで立ち止まるなどもってのほか。

 そういう敵が潜んでいそうな開口部には手榴弾を放り込むなり銃撃を加えるなりして黙らせておかなければならない。

 そして、

 

「効いてる!」

 

 倒れ伏すザクに安堵の息を漏らすアムロ。

 この新型マシンガンには減音効果があるが、射程は短く威力には不安があるのだった。

 

 音速以上で弾が飛ぶと衝撃波によって大きな音が発生する。

 そのため射撃音をより抑制したかったらただサプレッサーを取り付けるだけでなく、初速が音速を下回る亜音速(サブソニック)弾を併用することが必要になってくる。

 サブソニック弾は弾頭を通常弾より重くすることで弾速を下げるものだが、一方でこのような特殊弾は兵站に問題を発生させ、戦場での運用に負担を強いるというデメリットがある。

 そのため、この新型マシンガンは機関部から先の銃身部を丸ごと内装タイプの減音器、インテグラルタイプのサプレッサーと交換してある。

 サプレッサーに覆われた砲身には小さな穴がいくつもあけられており、砲口だけでなく砲身の穴からも発射ガスをサプレッサーの中に拡散させることによって消音効果をより高め、同時に砲弾の初速を音速以下に落とすわけだ。

 ミヤビの前世の記憶にあるサブマシンガン、H&KのMP5SDタイプと同じ構造である。

 

 ただし、当たり前だが初速が低下すれば有効射程も威力も低下する。

 サブマシンガンに使われる拳銃弾ならまだ問題は小さいが、モビルスーツに使われるサイズの火砲である場合、当然ながら装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)などといった速度を高めて運動エネルギーで貫くタイプの徹甲弾は使えなくなる。

 必然的に火薬の力が産み出すメタルジェットで装甲に穴を開け内部を焼き尽くす弾頭、成形炸薬弾(HEAT弾:High-Explosive Anti-Tank)を使用することになる。

 音を立てずに撃破する、ということはできなくなるが、モビルスーツなど装甲物を破壊して音を立てません、などという真似はそもそもできない。

 であるからして射撃位置を悟らせないという効果さえ上げられれば良いと考えるべきだった。

 

 問題があるのは、成形炸薬弾の威力は弾速に左右されないが、火薬量、つまり弾頭の大きさに比例するということだ。

 ザクマシンガンは120ミリだが、これは初期にザクIが使っていたZMP-47Dの105ミリ弾では威力不足と考えられたために採用された経緯にある。

 そして宇宙での使用を考え低反動な低速砲となっているザクマシンガンが使うのもまた成形炸薬弾であり……

 つまり今回ガンキャノンが使用している新型マシンガンの100ミリの成形炸薬弾は威力にも不安があるのだ。

 

 そしてそこにシャアのザクからの攻撃が加えられる。

 一度、二度と砲火を交し合う二人。

 

『アムロ、上!』

「はっ!」

 

 サラツーからの警告に、アムロは頭上を見上げとっさにシールドをかざす。

 シャアのバズーカによる砲撃を牽制に、ヒートホークを振り上げたザクがジャンプで斬りつけてきたのだ。

 モビルスーツの大質量を斧に乗せた攻撃に、一撃で掲げたシールドが叩き割られる!

 

「うわああああっ!」

 

 その威力に戦慄するアムロ。

 

 

 

「止めだ!」

 

 部下のザクの攻撃に怯えすくむアムロのガンキャノンにシャアが止めを刺そうとした瞬間、

 

「なに!?」

 

 不意の砲撃がシャアのザクの近くに着弾する。

 とっさに回避行動を取るシャアだったが、

 

「どこからだ? いや、これは間接射撃か」

 

 敵の姿が見つけられない。

 その間にも砲撃は続き、

 

「ええい、ミノフスキー環境下の、しかもこの暗闇の中でこれだけの正確な射撃。いったいどういうからくりだ!」

 

 そうこうしている間に、部下のザクがガンキャノンの反撃を受ける。

 幸い、そのマシンガンは威力が低いらしく致命的なダメージとはなっていない様子だったが。

 

「……ガルマを逃れさせられるだけの時間は稼げた。ここが潮時か」

 

 ぎりっと歯を噛みしめ、シャアは通信制限を解除。

 

「撤退するぞ!」

 

 

 

『ふふっ、ザクが逃げていきますよ』

 

 夜の静寂のハイウェイ、きらりと光る5連式多目的カメラモジュールで高架上から見下ろすのは両手を地面に付けるほど姿勢を低くした赤い異形の姿。

 もちろんそれはミヤビのドラケンE改だった。

 

 からくりは簡単。

 ステルス機であるドラケンE改を使って高所に陣取り戦場を観察。

 捉えた位置データをレーザー通信でガンタンクに伝え、間接射撃で援護してもらったのだ。

 重力に引かれ、砲撃が山なりの射線を描く実弾砲を備えるガンタンクだからこそできる活用方法だった。

 ミヤビたちは単に危険だからガンタンクを後方に置いたのではない。

 こうやって援護してもらうためにこそ、最前線から外しておいたのだった。

 

 なお……

 どうやっても観測から砲撃、着弾までタイムラグがあるし、シャアの腕であれば回避し続けながら戦うこともできただろう。

 しかしラッキーヒットもありえるし、部下が付いて来れるかはまた別問題。

 だからこそシャアは危険を冒さず撤退したのだ。

 逆に言えば覚悟を決められてかかられていたらミヤビの策が食い破られていた可能性は多分にある。

 接近戦に持ち込まれたら味方への誤射もありうる間接射撃は無効化されるのだし。

 そういう意味で、今回はミヤビたちの運が良かった、とも言える。

 いや、ガウに損傷を与え撤退させていた時点で勝っていた、とも言うのか。

 

 そしてミヤビはというと……

 

「おやすみなさい」

 

 と安全が確保された時点で機体の制御をサラに任せ、シートですやすやと眠りこけるのだった。

 

 

 

 結果としてガルマは左足を骨折しており、ニューヤークの軍病院にて2週間の入院が必要となっていた。

 そして、

 

「ガルマ様!」

 

 駆け付けたイセリナがそれはもうかいがいしく世話することになる。

 そんな彼らを陰から見てシャアは思う。

 

 終わったな。

 

 と。

 

 

 

 ミヤビの前世の職場である旧21世紀の日本の某重工に、とある先輩が居た。

 バイクが趣味で遊びまわり、まだまだ結婚しないと言っていたし周囲もそう感じていたその人が結婚した理由。

 それがバイク事故による入院だった。

 そのころ付き合っていた彼女は看護婦で…… その先輩が救急搬送された病院に勤務していたのだ。

 ベッドの上で動けない先輩を、彼女は勤務中も、そして勤務時間外でもそれはもう献身的に介護した。

 遠い故郷から離れて就職したその先輩、親を呼ぶのも難しく、それゆえパンツを洗うことまでしてもらった彼にはもう逃げ場はなかったのだ。

 

 そう、そのまま今のガルマに当てはまる状況である。

 

 

 

「君はいい友人であったが、君の父上がいけないのだよ」

 

 シャアは再びそうつぶやいて、今度は本当に友を見捨てた。

 そう『人生の墓場』へと。

 

 

 

 ジオン公国を名乗る宇宙都市国家は月のむこうに浮かぶ。

 今ここに、ザビ家の末弟ガルマ・ザビの突然の入籍が急報された。

(戦争中なのでガルマは式や披露宴は後にすることにして、とりあえず婚姻届だけ出した。それで済ませられるはずが無いのに……)

 

 時に、ジオン公国の公王、すなわちガルマの父デギン・ザビは、可愛がっていた末の息子が自分に何の相談も無しに結婚してしまったことに激しいショックを受け……

 使者の前でその杖を落としたという。

 

 

 

 こうしてシャアはヤンデレストーカー、イセリナにガルマを押し付け、彼をいけにえに捧げることで自分の身の安全を図ると同時に、親の仇、デギン・ザビの精神に甚大なダメージを与えることに成功したのだった。

 

 ……まぁ、ガルマは結婚後も親友であるシャアに対する親密な付き合いを変えることはなく。

 そのために制服若妻イセリナ(ガルマの秘書官だからね)の嫉妬を買うのではとシャアは大いに恐怖することになるのだが。

 この時のシャアにそれを知る由も無かった。

 

『人を呪わば穴二つ』である。

 

 

 

次回予告

 戦いに終わりはない。

 ガルマの仇を討つべく生き残り部隊が特攻をかける。

 ……ガルマは死んじゃいないのだが。

 ガンタンクのカイ、セイラを伴ってガウを討ち取るアムロの前にサラの操るドラケンE改が立つ。

 その震える腕がアムロを『ミヤビさんの、仇……』

 次回『イセリナ、恋のあとは愛でもちろん結婚式』

 ミヤビは生き延びることができているのか?




 モビルスーツ同士の市街戦、しかも見通しのきかない夜って、本当にCQB(クロース・クォーターズ・バトル、近接戦闘)になりますね。
 なかなか楽しみながら書くことができました。

 そしてガルマの結婚の顛末。
 ミヤビの先輩の話は知人の実話を元にしていますが、逃げられませんよね、この状況。
 しかしシャアの復讐がこんな形になろうとは…… なんてひどいやつなんだ、シャア!

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
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第11話 イセリナ、恋のあとは愛でもちろん結婚式 Aパート

 月の向こう、地球から最も離れた宇宙空間に数十の宇宙都市が浮かぶ。

 これこそ地球をみずからの独裁によって治めようとするザビ家の支配する宇宙都市国家、ジオンである。

 この宇宙に浮かぶ円筒形の建造物の中に人々の生活空間がある。

 すなわち円筒形の直径は6キロメートルあまり、長さにいたっては30キロメートル以上ある。

 その中には人工の自然が作られて、人々は地球上とまったく同じ生活を営んでいた。

 今、ジオン軍宇宙攻撃軍司令ドズル・ザビ中将が前線基地ソロモンから帰国する……

 

 ムサイで1バンチコロニー、ズム・シティのベイブロックへと入港したドズルは周囲を見回して、

 

「フン、半年前と同じだ。なんの補強工事もしておらん」

 

 と言い捨てる。

 首都である1バンチですらそうなのだから他のコロニーの状況は推して知るべしといったところ。

 戦争にヒト、モノ、カネ、すべてのリソースをつぎ込んだ弊害である。

 

 あのヤシマの令嬢が進めていた『コロニーリフレッシュプロジェクト』が実現していたら、もっと違った光景が、そして未来が広がっていただろうか。

 

 ドズルはヤシマの人形姫のほっそりとした、その掲げる理想のように美しくも儚い姿を思い起こしながら独白する。

 だが、

 

「考えても仕方がないな」

 

 過去は決して覆らない。

 覆らないのだ。

 

 

 

 宇宙都市は遠心力によって重力を発生させているために、人々はカプセルの内側を大地として暮らしている。

 ここはジオン公国の首都、ズム・シティ。

 悪の城、といった趣のある公王庁舎にザビ家の者たちが集う。

 

「ガルマの結婚を式も無しで済ます訳には参りません。ザビ家末代の沽券にかかわります」

 

 ガルマの兄である長男ギレンがそう主張するが、父、公王デギンは弱弱しく首を振る。

 

「ギレン、わしはまだガルマの結婚を……」

 

 二人の意識には酷いズレがある。

 デギンは公王ではなく、孫のようにかわいがっていた…… そして地球に降りても頻繁にビデオレターを送ってきてくれていたガルマが自分への相談も無しに結婚してしまったことにショックを受け、その結婚を認められない、ただの一人の父親に成り下がっており。

 一方ギレンはジオン公国の総帥にしてデギン隠居後の実質的最高指導者としての考えしか述べていない。

 

 この場合デギンを情けないと考えるか、ギレンに、

 

「マジな顔をして国家イベントのように語ってるけど実質、ただの末の弟の結婚騒動だよね?」

 

 とツッコむべきか意見の分かれるところだろう。

 まぁ、現実にはギレン相手にそんなことを言える者など存在しないわけだが。

 

 そこに儀仗兵が告げる。

 

「おそれながら、ドズル・ザビ様、キシリア・ザビ様、ただいま前線より御到着でございます」

「通せ」

 

 ギレンの指示が下りると同時に三男ドズル自らが大扉を開けて現れる。

 その背後には長女キシリアの姿もあった。

 

「父上!」

「早かったな、二人共」

「父上、さぞ……」

 

 とドズルはガルマの負傷と突然の結婚宣言に心を痛めるデギンのことを心配するが、やはりデギンとは意識のずれがある。

 デギンは負傷もそうだが、結婚の方により大きなショックを受けており。

 ドズルはというと、自分自身、妻であるゼナを迎え入れるにあたって父や兄弟の了承など事後承諾だったしそれでも特に問題が無かったため、ガルマの結婚に対しては、

 

(ガルマもなかなかやるではないか)

 

 と苦笑するだけで、逆にその成長を喜ぶような節がある。

 また自身の部下であったシャアがその場に居ながら防げなかったということで、どうしてもガルマの負傷の方に意識が行ってしまうのだ。

 

 一方で一緒に入室したキシリアは、

 

「残念です。あのガルマが連邦軍のモビルスーツの前に敗れたと」

 

 と、ザビ家の者の敗北と負傷による自軍への影響しか考えていない発言をする。

 そんな具合でこの家族、見事なまでに思惑がバラバラである。

 武人肌で剛直なドズルが意外にも一番マシなように感じられるかもしれないが……

 

 いや、ギレンもキシリアも父デギンの傷心を分かっていないわけではないのだ。

 

 ギレンはミヤビをはるかに超えるロジック型思考の持ち主。

 それがなぜ破綻しないのかというと、IQ240の有り余る思考力で補っているからだ。

 ミヤビだったら「人の心って分からないよね」となってしまうところをロジックで瞬時に理解できてしまう優れた頭脳を持つからこそ、彼は雄弁家としてアジテーターとして人の心を揺り動かすことができるのだ。

 今回も頭では父の傷心は分かっている。

 しかしそれは理屈で理解しているだけなので、共感できるかというとまた別の話。

 そして共感できないし、したところで何が解決するわけでもないことに彼が付き合うことはない。

 だからギレンは起こったことはいまさら変えられないのだからと具体的な今後の展望を語っているわけである。

 

 一方、キシリアはというと彼女は策謀家。

 それゆえ人の心理には詳しく、その点では父の心情を正しく洞察している。

 しかし策謀家であるがゆえに、それが自分に対して有利となるか不利となるかで判断してしまうきらいがある。

 そして地球に展開する地上部隊もガルマ自身も彼女の配下。

 その敗北は自身の立場に直結しているため、そこに目が向いてしまうわけだ。

 

 ギレンもキシリアも、これが他者に向けた話なら影響を考えもう少し言葉や態度を飾っただろう。

 しかし相手は父である。

 いまさら態度を取り繕ったところで見透かされるだろうし、そもそも家族だということで素を見せているわけだ。

 そういう意味では親子という関係に甘えている、と取れなくもない。

 まぁ、実際にこの二人を前にしてそのように考えられる人間が居るとも思えないが。

 

 そしてギレンとキシリアからしてみれば、自分は分かっている、という顔をしたドズルの方がおかしいのだ。

 能天気と言っていいし、現状を理解しているのかと腹立たしくもある。

 そもそもこの戦時に『ガルマの負傷と突然の結婚宣言に心を痛めるデギン』を慰めるためにジオンの重鎮たる彼らが現場を留守にして集まるか、ということだ。

 キシリアが危惧する問題があるし、ギレンが主張するように今後を検討しなければならないため集まっているのだ。

 だからこそドズルもソロモンを部下に任せて一時的に帰国したはずなのだが、この言動では……

 

 

 

「ガルマ様の病室はこちらになります」

 

 ガルマの副官であるダロタ中尉の案内で軍病院の廊下を進むのは、キシリアの指示で急遽、資源採掘地帯オデッサから確認のためやってきたマ・クベ大佐。

 

「ガルマ様のこと、我々がついておりながら無念です」

 

 と、沈痛な面持ちで語るダロタ中尉。

 それをマ・クベは何の色も温度も感じられないまなざしで一瞥するとこう言う。

 

「そうだな、シャア少佐も含め何の咎めも無いとは言えまい」

「それは……」

 

 息をのむダロタに、マ・クベは言う。

 

「君には分からぬことだろうが、ガルマ様に関しては上の意思が働く」

「……お恐れながらキシリア閣下の?」

 

 マ・クベは首を振る。

 

「そ、それではまさかギレン総帥の……」

「いや」

 

 というマ・クベの言葉にダロタはほっと息をついた。

 つまり自分の考え過ぎかと安堵しかけたところで、

 

「それより上であろう」

 

 というマ・クベの言葉に愕然とする。

 

「いや、しかしそれは」

 

 公王自らが?

 ダロタは目玉が飛び出るかというほど瞳を見開き驚愕する。

 そんな彼にマ・クベは確認する。

 

「今、君が動かせる戦力は?」

「が、ガウが三機。しかし戦闘機隊はガルマ様の直属、私には動かす権限が……」

「そうか」

 

 マ・クベはあくまで即応戦力を確認しただけ。

 

「ガルマ様を負傷させた責任、公国への忠誠…… 示す必要があろうな」

 

 ということも、ただの一般論だ。

 つまり、

 

「ま、マ・クベ大佐っ!」

 

 声を震わせるこの男が恐怖ゆえに先走ったとしても、彼がマ・クベに暗に指示されたと取っても、マ・クベには何の責任も発生しない。

 そもそもガルマの部下であるダロタにマ・クベは命令権など持っていないのだから。

 

「ダロタ中尉、グレートキャニオンでの戦いを覚えているか?」

「は?」

 

 マ・クベはあらかじめ入手していたホワイトベースとの交戦記録を元に話す。

 

「木馬の艦砲は強力だったが、下からの接近を許したマゼラアタック隊に対してはそれを撃つことができなかった。……脆いものだな」

 

 そう言い残してガルマの居る病室へと入って行った。

 

「大佐……」

 

 絶望させた後に一筋の希望を見せる。

 人はそれに飛びつかずには居られない……

 

 

 

「あれは、マ・クベ大佐か?」

 

 軍病院の廊下を歩くシャアはガルマの病室から出てきた男を遠目に見てつぶやく。

 マ・クベはシャアを一瞥するが、何の反応も示さずに背を向け行ってしまった。

 

「キシリア殿の指示による確認か……」

 

 ご苦労なことだとシャアは苦笑する。

 そうして気を取り直し入った病室では、

 

「うむ、これなら良いだろう。キャリフォルニアベースの工廠に試作を打診しろ」

 

 ガルマはベッドの上、折れた足をワイヤーで吊られた状態で部下相手に精力的に書類仕事を進めていた。

 といっても、紙ではなく彼が手にしているのはタブレット端末。

 閲覧性は紙に負けるが、ベッドに横になりながら見るには具合がいい。

 

 ミヤビも前世で入院した時にはお世話になった。

 一人暮らしで救急車により搬送されたときにはスマホしか持っていなかったが、その電池が切れる前に職場、その他に連絡の上、Amaz〇nの通販で必要なものを注文。

 充電器、タブレット、耳栓、イヤホン、下着類などなど入院生活に必要なもの一式、すべて。

 優秀な日本の宅配業者はそれを病室まで届けてくれたのだった。

 それで家族を呼ぶ必要も、友人に頼る必要も無く入院生活を過ごせた。

 某重工…… 一部上場企業勤めでそれなりな給料をもらっていた前世のミヤビは金で解決できるものは金で解決していた。

 仕事と一緒だ。

 アウトソーシングできるものは外部のサービスに金を払ってやってもらう。

 餅は餅屋、完全な自前主義など害悪でしかない。

 プライベートであってもそれは変わらない。

 

 まぁ、それはともかく、

 

「……大丈夫なのか、ガルマ」

 

 見舞いに来たシャアは思わず聞いてしまう。

 

「ああ、折れた骨を固定するのにワイヤーで吊らなければならないから入院が必要だが、それも二週間程度。問題ない」

 

 そしてそう答えるガルマの表情、口調は、

 

(こいつ頭でも打ったか、それとも結婚したせいで頭のネジがまとめて何本か吹っ飛んでしまったか?)

 

 と疑ってしまうほど明るい。

 シャアの引きつる口元に、それを読んだかガルマは苦笑して首を振る。

 

「いや、私は壊れちゃいない。まぁ、ちょっとしたパラダイムシフトさ」

 

 発想、思考の転換?

 

「つまりだ、入院して強制的に休養を取らされたことで、これまで目を向けられなかったところに目を向ける余裕が生まれたということだ」

「ほう?」

 

 余裕や冗長性というものは、知的生産活動には欠かせないリソースだ。

 前線に出ることにこだわっていた彼にはそれが貧窮していたことに今回、ようやく気付けたというわけだ。

 

 災い転じて福となす、だったか。

 ガルマはかつて出会ったヤシマの令嬢、ミヤビの言った言葉を思い出す。

 幸運も不運も、状況の変化に過ぎないのだ。

 変化をマイナスと捉えうずくまって泣いているだけか、それをチャンスと考え利用するかの違いでしかない。

 

「例えば今回私は敗北した。しかし勝利より『負け』から学ぶことの方が多くあるようだ」

 

 つまりは今回の戦闘により得られた戦訓だ。

 

 それはそうだ。

 ミヤビも前世で某重工に勤めていたころは事故、故障、トラブルが起こった際は原因究明、再発防止に奔走させられたものだ。

 それが貴重な財産になるのだから。

 とはいえ、重大なものなら報告書の押印欄には本社のお偉いさんの判子が並び、果ては国に…… 所管の省庁にまで提出されることになる。

 添付される資料に、質問があった場合の説明用に揃えるバックデータの山。

 ということで作るのは結構大変である。

 企業によってはそれ専属の人員を配置しているくらいに。

 多分、ガルマの部下たちも現在、地獄を見ているだろう。

 

 またガルマ個人としても『負けたことがある』ということが今後大きな財産となるはずだ。

 そうやって身をもって体験して、辛酸を舐めようとも自分で這い上がらないと本当の血肉にはならないのだから。

 

「今後、戦いを進めていくと最終的にはジャブローを攻めることになるだろう。開発が進められている水陸両用モビルスーツとガウによるモビルスーツ降下の両面作戦かな?」

 

 空挺降下は撃墜のリスクがあるため水陸両用モビルスーツのみで攻めれば良いのでは、という意見もあるが、それでは戦力が足りないのだ。

 それゆえガウを使っての陸戦用モビルスーツの投入は避けられない情勢だ。

 しかし、である。

 

「だが現状のままではリスクが高くなりすぎることが今回の敗北で判明した。つまりガウの機体正面にモビルスーツハッチを設けたがゆえに、それを開放する場合は時速100キロ以下の低速まで落とさなければならない問題だ」

「ふむ……」

「ジャブローの濃密な対空砲火に対し、これではいたずらに損害を出すだけで終わってしまうだろう」

 

 実際、ミヤビの前世の記憶でもそのようになっていた。

 

「ではどうするのだ?」

「正面ハッチを使えなければ、後部デッキを使えば良い」

 

 ガウにはそれがある。

 しかし、

 

「モビルスーツを降ろすには高さが足りないが?」

 

 と、シャアが言うようにモビルスーツを歩行移動させて飛び降りさせるには無理がある。

 まさか匍匐前進させて進ませるわけにもいかない。

 無重力下なら『機動戦士ガンダム』第2話にてムサイの艦橋下ハッチから射出されたシャアたちのザクのように、うつぶせの状態でカタパルトによって頭から発進させるという方法もあっただろうが。

 

「ああ、だから技術者たちは四つの案を提示してきた」

 

 手元のタブレット端末を操作し、病室に運び込まれた大型ディスプレイに資料を映し出すガルマ。

 

「一つ目はレール上をスライドするメカニカルアームを後部デッキ天井に設置し、それによりモビルスーツを伏せた状態で吊り下げ、降下時に送り出すというものだ」

 

 これなら後部デッキの高さが足りなくとも何とかなる。

 

「欠点は改装に手間とコストがかかること、一機ごとに保持、リリースを繰り返さなければならないためどうしても投下に間隔が開いてしまうこと。また今後開発されるモビルスーツの形状によっては合わない、使用できない機体も出てくるかもしれないということだ」

「そうなるとさらに改修が必要で費用がかさむか……」

 

 技術者好みの方法ではあるが、凝り過ぎたシステムは柔軟性に難があるということか。

 そしてガルマは表示していた資料を切り替える。

 

「二つ目は宇宙世紀以前からある、輸送機から空挺戦車を空中投下するのに使われたパレットを用いる方法」

 

 例えばアメリカ陸軍で使用されたM551シェリダン空挺戦車は輸送機からの空中投下が可能で、パレットに載せて固定した状態で空中へ放出し、パラシュートを開いて降下させることができた。

 また、低高度パラシュート抽出システム(Low-Altitude Parachute Extraction System, LAPES, レイプス)と呼ばれる方法もあり、この場合は超低空を飛行する輸送機からパレットに載せた状態でパラシュートを開いて機外に引き出し、そのままパラシュートによって減速して着地させる。

 ミヤビの前世の記憶にある『ガールズ&パンツァー 劇場版』にて主人公たち大洗の戦車をC-5Mスーパーギャラクシーから投下していたアレである。

 

 ジオン軍にもマゼラ・アイン空挺戦車が存在しており、これらの運用ノウハウは蓄積されていた。

 

「モビルスーツをパレットに寝せた状態で、パレットに装備された減速用のバリュートを開いて機外に引き出し、そして即座に分離という方法だ」

 

 シェリダンと違ってパラシュートではなくバリュートを使うのは単に使用速度が違うからだ。

 バリュートというとガンダムでは大気圏突入装置のイメージが強いが、実際には高速時においてパラシュートより頑丈なため航空機搭載無誘導爆弾の減速装置として使われていたものだった。

 

「長所は第一案より安価にできることとモビルスーツの形状を選ばないこと。短所はパレットが使い捨てになることと、機体後方に安全領域を設けてそこに味方機を入れないようにしないと捨てられたパレットに衝突する危険があることだ」

 

 まぁ、納得できる内容である。

 

「案は四つあるのだったな?」

「ああ」

 

 ガルマがディスプレイの表示を切り替えて映し出したのは、ガウの後部デッキの床面に起倒式のスロープを設ける方法。

 

「これが第三案だ」

「これは……」

「床面を引き起こし傾斜を付けて滑り台にするから、そこにモビルスーツを飛び込ませて降りてくれ、というものだな」

 

 見れば滑降部が面ではなくゴム製のローラーをならべたものとなっている。

 ミヤビの前世、日本平動物園にあった日本最長ということで知られていたローラースライダーみたいなものだ。

 

「面白いことを考える」

「費用と手間は一案と二案の中間だな。またモビルスーツの形状も選ばないし、二案のように使い捨てでもない」

 

 問題は実用性というか、これ本当に大丈夫なのか、ということだが。

 

「第四案もそういう意味ではなかなかだぞ」

 

 とガルマは笑う。

 そして映し出されたのは、

 

「ベルトコンベアを床面に設置するか……」

「ああ、そこに横になれば機外へと運んでくれるというものだ」

 

 これは転倒などによりルームランナーに吹っ飛ばされる羽目になった人々の爆笑動画に発想を得たものらしい。

 そして実際に検証用縮小モデルとしてルームランナーを改造したものが作られ、発案者自らが飛ばされている動画が再生される。

 思わず吹き出しそうになるのをこらえ、シャアは、

 

「おかしい…… 我々は真面目な検討をしていたのではなかったのか?」

 

 と、つぶやく。

 ガルマは、

 

「技術者たちは大真面目だぞ、シャア」

 

 頭痛をこらえるような沈痛な面持ちと口調を作って答えるが、

 

「ガルマ、目と口元が笑っているぞ」

「そう言う君こそ」

 

 そして二人で吹き出す。

 まるで士官学校時代、馬鹿げた冗談に笑い転げていたあのころに戻ったかのように。

 ひとしきり笑って瞳に涙をにじませたシャアだったが、

 

「しかしシャア、君はまだいい。私なぞこの案をまじめ腐った担当技師に直接説明されたのだからな」

 

 というガルマの言葉にその状況を思い浮かべてしまい、さらに笑いの発作に見舞われる。

 

「ぶっ!」

「相手の正気を疑いつつも笑うこともできず、次々に現れる笑撃の映像。吹き出すのをこらえるのに顔面と腹筋が崩壊するかと思ったぞ」

 

 ガルマはその時のことを再現するかのように目に力を入れカッと見開き真顔を作って見せる。

 整った甘い顔立ちをしているだけに、その表情は卑怯だ!

 

「や、やめっ、ガルマ……」

 

 ガルマの追撃に笑いのツボに入ったのかのたうちまわるシャア。

 

「おいおい大丈夫か、シャア」

 

 そう言いつつも、笑い過ぎで咳き込むシャアにコップに注いだミネラルウォーターを差し出すガルマ。

 

「す、すまん」

 

 シャアはそれを受け取り、口を付けるが、

 

「――楽しそうになさってますね、ガルマさま(旦那様)

「ぶふうっ!」

 

 不意に背後から聞こえた声。

 それも耳で聞いている言葉と実際の文字で致命的に何かが狂っている、そんな副音声が聞こえてくるかのような語り掛けに思いっきり吹き出してしまう。

 

「げはっ、げはぁぁっっ! き、気管に入った。む、むせるっ!」

 

 仮面の下、涙目で苦しむシャアだったが、イセリナはそれが目に入っていないかのように穏やかな笑みを浮かべ無視すると、ガルマに歩み寄る。

 

「さぁガルマさま(旦那様)、清拭のお時間ですよ」

 

 と蒸しタオルを手に……




 ザビ家のドタバタに暗躍するマ・クベ、そしてシャアとガルマの技術談義。
 最後にイセリナが全部持っていくのはお約束なのか……
 ジオンサイドが盛りだくさんなゆえ、主人公の出番が無いという。
 ミヤビたちホワイトベースサイドのお話はまた次回にご期待ください。


> また、低高度パラシュート抽出システム(Low-Altitude Parachute Extraction System, LAPES, レイプス)と呼ばれる方法もあり、この場合は超低空を飛行する輸送機からパレットに載せた状態でパラシュートを開いて機外に引き出し、そのままパラシュートによって減速して着地させる。
> ミヤビの前世の記憶にある『ガールズ&パンツァー 劇場版』にて主人公たち大洗の戦車をC-5Mスーパーギャラクシーから投下していたアレである。

 かなり無茶ですけど、かっこいいシーンでしたよね。
 いや、無茶だからこそ心が躍るのか。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第11話 イセリナ、恋のあとは愛でもちろん結婚式 Bパート

「アッー!」

 

 航行中のホワイトベースが突如として大きく揺れ、よろめいたブライトは計器盤で尻を打つ。

 彼は涙目になりながらミライを見るが、彼女は冷静に舵を切る。

 

「強力な乱気流です」

 

 高高度で発生する晴天乱気流だ。

 

 

 

「な、なんです?」

 

 ホワイトベースを見舞った揺れは右舷モビルスーツデッキで作業中だったアムロとミヤビにも当然伝わる。

 

「エアポケットじゃない?」

 

 ミヤビがそう答えると同時に、ブリッジのミライから、

 

『乱気流に入りました。少しの間揺れますが大丈夫です』

 

 と全艦放送が流れる。

 

「座ってシートベルトを付けるべきかしら?」

 

 危ぶむミヤビ。

 

「慎重なんですね」

 

 意外そうに言うアムロにミヤビは、

 

「航空便が急な乱気流に巻き込まれて乗員がケガをするという事故は少なくないのよ」

 

 と答える。

 この辺、ミヤビの前世、旧21世紀から変わっていない。

 自然を相手にすることだからなのだろう。

 それどころかミノフスキー粒子のせいでレーダーセンサーが使えなくなった結果、乱気流の事前察知もまた難しくなっているのが現状だったりする。

 

「だからシートベルト着用サインが消えても座っている間は付けたままにするべきだし、航空会社もそのように案内しているわ」

「窮屈そうですね」

「逆よ。長時間着席する場合、シートベルトが正しい姿勢を保持してくれるから、付けておいた方が身体は楽なの」

「へぇ……」

 

 実際、そうなのでシートベルトのある乗り物に乗る場合は絞めておいた方が良い。

 長距離バスとか…… は、法律上も着用義務があるか。

 

 なお市街地を走る普通のバスの方が歩行者の飛び出しなどがあるため急停車に備えシートベルトが欲しいだろ、という話もあるが、様々な理由から付けられていない。

 そのこともあってかバスの運転手たちの間では「歩行者の飛び出しがあった場合、そのまま轢いてしまう方がいい」というのが暗黙の了解となっているらしい。

 急停車で乗客にけが人を出すよりはそっちの方がマシ、処理が簡単ということのようだ。

 

 まぁ、そんなミヤビの前世での話はともかく、

 

「私はミライみたいにパイスラ…… 食い込むほどのものも持ってないし」

「パイスラ?」

 

 ああ、純情なアムロには分からないか、とミヤビは周囲を見回すとちょいちょい、とアムロに耳を貸すように伝える。

 そうして、少し身体をかがめたアムロの耳に向かってこうささやく。

 

「パイスラ、パイスラッシュっていうのは、斜めがけバックや三点式シートベルトの肩ひもが女性の胸の谷間に通って、そのふくらみが強調されている状態のことよ」

 

 すぐ近くに寄ったため香るミヤビの匂い。

 耳元にささやかれる落ち着いた、しかし透き通るような美声。

 そして話された内容が内容だけにその場でガン見してしまうミヤビの間近に迫った、ささやかだが女性らしい曲線を描く胸元のふくらみ。

 

 硬直の後、耳まで真っ赤になるアムロ。

 ミヤビはアムロの顔を見て純粋だなぁ、と脳天気に感心する。

 無論、自分の性的魅力でそうなっているとは考えず、単に話した内容によるものと思い込んでいるからこその感想である。

 

「そ、そんなことより分かりましたよミヤビさんっ!」

 

 アムロは誤魔化すように慌ててそれまで向き合っていたもの、ドラケンE改の右腕肘ハードポイントに接続された甲壱型腕ビームサーベルの点検ハッチをのぞき込む。

 

「分かったの?」

「はい。安全弁が内蔵されていて伸縮機構が動作しなかったんです」

 

 ルナツーにて使用されたビームジャベリンの伸縮機能はテム・レイ博士がこっそりリミッター解除をしてくれたからこそのものだったが。

 当たり前だが甲壱型腕ビームサーベルを新品に交換すると動作しなくなる。

 そのためミヤビは工作室に籠っていたテム・レイ博士に解除手順を聞きに行ったのだが、運悪く徹夜続きで研究に没頭していた博士はそのまま倒れて爆睡状態。

 困ったな、と悩んでいたミヤビに、いいところを見せたかったアムロが、

 

「僕にやらせてみてください」

 

 と立候補したわけだ。

 そして史実どおりに機能を理解し制限を解除してくれたのだ。

 

 技術者としてはちょっと悔しいミヤビ。

 まぁ、これまでガンキャノンというRXシリーズのモビルスーツを整備維持してきたアムロに対し、ミヤビはAAAの軍事機密に触れるのが怖くて逃げ回っていた。

 そのせいもあるのだが……

 しかしアムロには礼を言うべきだろう。

 

「ありがとうアムロ。あなた、どちらかというと技術者向きなのねぇ」

 

 人間の成長は、小さな成功体験を積み重ねることにある。

 だからほめるときにはきちんとほめてやることが大事だ。

 

 例えばスポーツ指導者でも、時代遅れの昭和な根性主義者はほめることせず、選手が自己ベストを出したとしても、

「そんなタイムで満足するな、もっと上を目指せ」

 などと言うが、これをやると選手のモチベーションは確実に下がる。

 極端な場合は『学習性無気力』つまり何をやっても成果が出ないと心と身体が学習して努力ができなくなってしまうことすらある。

 

 だからこそ、ミヤビは心を込めてアムロをほめてあげるのだ。

 しかし、

 

「そ、そうですか?」

 

 照れくさそうに頬を染めるアムロ。

 ミヤビのような美女にほめられて嬉しくない男など居ないだろう。

 ましてやアムロは15歳、年上の女性にあこがれる時期、思春期の少年だ。

 

 ……こうしてミヤビは日々、純情な青少年の好感度をせっせと、しかし無自覚に上げ続けるのだった。

 

 

 

「十一時の方向に敵機発見。三機編隊」

「レーザー計測。ガウです、ガウの三機が来ました」

 

 ホワイトベースブリッジにマーカーとオスカの報告が響く。

 ブライトはキャプテンシートの送受話器を上げて即座に問う。

 

「アムロ、ガンキャノンの整備は終わっているか?」

『はい、問題ありません』

 

 戦闘に備えるブライトたちだったが、ミライは、

 

「エンジンの調子よくないのよ。ブライト、不時着でもしたら?」

 

 と、慎重論を唱える。

 しかしブライトは首を振った。

 

「連邦軍の制空権内まであと一息なんだ。救援隊が来てくれるかもしれない」

 

 シアトル市街でガルマを退けた後、北米大陸西海岸を北上し続けているホワイトベース。

 北米におけるジオンの勢力圏は旧アメリカ合衆国の領土にほぼ限定されており、旧カナダ領土は連邦軍アラスカ基地が健在であるように連邦の勢力圏である。

 ホワイトベースはそこまであと少しというところまで来ていたのだ。

 

 そんなブリッジでのやりとりを聞いていたアムロは、

 

『ブライトさん、ホワイトベースだけでも連邦軍の制空権内へ脱出してください』

 

 と提案する。

 ブライトは、

 

「乱気流に巻き込まれるぞ」

 

 そう危惧するが、アムロは意に介さない。

 

『かえって直撃よけになります』

 

 それは本心か、ブライトたちを納得させるための言葉なのか。

 あるいは両方なのかもしれない。

 

 

 

「よし、木馬は撃てないでいるぞ。作戦どおりだ!」

 

 ガウ攻撃空母三機にてガルマの敵討ち(注:ガルマは死んでいません)に臨んだダロタ中尉は喝采を上げた。

 空中戦において高さは優位につながる。

 それゆえ高い位置を取るホワイトベースに対し、ガウは軍事的セオリーをあえて無視して低い高度から接近していた。

 

 ホワイトベースはミノフスキークラフトを用いてのこととはいえ大気圏突入を可能とする艦。

 その艦底はある程度の耐熱性が必要であるため、大型の火砲、ミサイルは装備されていない。

 せいぜい収納式の対空銃座があるだけであった。

 つまり低い位置から接近してくるガウに対し攻撃する手段が無いのだ。

 

「これなら一方的に攻撃ができる!」

 

 ホワイトベースは宇宙艦艇としての機能が一番重要視されており、そして宇宙なら上下など考えずに敵に対し艦首を向ければ良かった。

 しかし重力下ではそのような機動など取りようがないのだ。

 マ・クベが指摘したホワイトベースの死角だった。

 また、ガウ相手ではホワイトベースの数少ない航空戦力、コア・ファイターも火力不足。

 しかし……

 

 

 

 ハッチを開け放ったモビルスーツデッキから、眼下に迫るガウの編隊を見下ろすアムロ。

 

「サラツー、一気にあそこまでジャンプしたいんだ。できるかい?」

『やってみるよ』

 

 ガンキャノンの教育型コンピュータにインストールされたサポートAI、サラツーによる軌道計算が行われ、

 

「行きます! 僕が無事着地できたら続いて下さい、ミヤビさん!」

 

 そしてガンキャノンは空中へと躍り出る!

 

 

 

「来たぞ。目標をモビルスーツに絞れ!」

「なんとしてもガルマ大佐の恨みを晴らして見せるのだ!」

 

 決死の覚悟で、猛然と攻撃を仕掛けるガウの兵士たち。

 ミヤビが聞いたら「ガルマは死んでないでしょ」とツッコむかも知れないが、問題はそこではない。

 マ・クベにほのめかされたようにザビ家、それも国家の頂点である公王ににらまれては後がないのだ。

 

「うおおっ」

「おおっ」

「撃てっ、撃てーっ、撃ち落せーっ!」

 

 

 

『パラシュートパック確認良好。軌道計算完了。いつでも行けます』

 

 サラからの報告を受けドラケンE改のコクピットの中、いつもの変わらぬ表情の下でパニくるミヤビ。

 

(行けるわけないでしょ! 空中でホワイトベースからガウに飛び移るって、正気!?)

 

 ということだ。

 普通そんなの考え付いてもやらないだろう。

 失敗した時のためのパラシュートパックは装着されているが、

 

(ムリムリムリムリかたつむり)

 

 である。

 しかしアムロたちホワイトベースのクルーはそれを当然のように断行してしまう。

 素人の発想って恐ろしい……

 

『あ、アムロさんがランディングに成功しました。行きますね』

(ちょ、待って……)

 

 と、ミヤビが止める暇も無くサラの制御でジャンプが強行されてしまう。

 凡人たるミヤビの操縦では到底無理なのでやるならそれは正しいことなのだが、

 

(あああああああ! やるなんて一言も言ってないでしょう!?)

 

 ミヤビにしてみれば冗談では無かった。

 アムロが飛び乗ったガウ、その反対側の翼端に何とか飛び移ることができたが、

 

(滑る滑る滑る!)

 

 当たり前だが飛行中の翼の上だ、風圧が凄い。

 ガンキャノンは重さがあるから足元の翼が凹むので滑り落ちることが無いみたいだが。

 ……逆にスレート屋根の踏み抜き転落事故みたいになりそうで怖いのだが、今のミヤビにガンキャノンのことを気にかけているような余裕はない。

 

「接地圧可変タイヤ、コントロール!」

『はい、タイヤ内空気圧を調整、接地面積増やします』

 

 ミヤビの音声コマンドを受けサラが脚部ローラーダッシュ機構に組み込まれたタイヤの空気圧を減らす。

 

 ドラケンE改のかかとに仕込まれたローラーダッシュ機構にはランフラット・タイヤが標準で付いて来るが、高グレードの軍用モデルでは接地圧可変タイヤと言われるタイヤ内の空気圧を調整できる機構が備えられていた。

 これは旧21世紀の装輪装甲車にも採用されていたもので、空気圧を下げ接地面積を広げることで泥濘地などグリップが悪い荒地でも走行が可能となっていた。

 アニメ『コードギアス』の紅蓮弐式の脚部に組み込まれた高機走駆動輪(ランドスピナー)にも同様な機構が備え付けられ、それがあの機体のハチャメチャな走破性を保証していたが、そんな感じだ。

 

 しかしそこにガウの胴体上面に砲塔が現れ、ミヤビのドラケンE改を狙う!

 

「ジェットローラーダッシュ!」

 

 ミヤビはスロットルを踏み込み、ドラケンE改の背面に備えられたロケットエンジンに点火、危ういところで砲撃を回避。

 そのままスペースポッドSP-W03の技術から発展させた可動ノズルによる推力偏向制御ロケットエンジンをガウの後方に吹かして流されないようにしつつも胴体部目指して走り出す。

 

(ああああああああ!)

 

 直線的に走るのではなく広い翼の上、前方風上側に向け角度を付けて走るのだが……

 途中で風圧に負けて徐々に後方に流されていくし、砲撃はかすめるしという恐怖。

 

(いや、私もドラケンもコナンのような超人じゃないし!)

 

 そうミヤビが脳裏に描くように、まるでアニメ『未来少年コナン』において生身で飛行中の巨大機ギガントの翼上を駆け抜けた主人公コナンのアクションそのものだった。

 そして、

 

「コールドクロー!」

 

 危ういところでガウの胴体部へ到達。

 右腕、甲一型ビームサーベル先端に備えられた三本のコールドクローを突き立てることで何とか機体を固定する。

 砲塔からも死角に入るため、ほっと一息。

 

 ガウの砲塔はドラケンへの攻撃をあきらめ、ガンキャノンを狙う。

 かすめる砲撃に、

 

『ミヤビさん、近いから凄い威力がありそうですよ!』

 

 そう漏らしつつも反撃するアムロ。

 ガンキャノンは両肩の240ミリ低反動キャノン砲でガウの砲塔を吹き飛ばす。

 今回アムロはガンキャノンの両手をフリーにするためビームライフル等、銃器は携帯させていなかった。

 腰部背面ラッチにはいつもの折り畳み式ヒートナイフが装備されてはいるが。

 

「砲塔さえ壊してしまえば……」

 

 と、息をつくミヤビだったが、

 

 

 

「二号機、三号機を援護しろ」

 

 ダロタ中尉の指示で、ガウ二号機の砲塔が三号機に取り付いているミヤビのドラケンE改を狙う。

 

 

 

「狙われている!?」

 

 他のガウから砲口を向けられていることに気付いたミヤビはとっさに回避行動を取る。

 そこに砲撃が走り、味方からの攻撃がガウを貫く!

 

 

 

「ば、馬鹿めが!」

 

 愕然とするダロダ中尉。

 

 

 

 そして、ミヤビはというと、

 

(落ちる落ちる落ちるーっ!)

 

 突き立てていたクローを外して回避したところに砲撃の余波を受け、ガウの機体後方に流されていくドラケンE改。

 

『ミヤビさん!』

 

 そのまま落ちそうになったところで、

 

「必殺! 無限拳(パーンチ)ッ!!」

 

 ミヤビは音声コマンドを入力。

 HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)に『無限拳』の文字が表示される。

 コクピット右側面に走るレールに沿って引かれ、そして押し出される操縦桿の動きと連動して振り上げられ、繰り出されたドラケンE改の右腕がものすごい勢いで伸びる!

 それこそロボットアニメ『創聖のアクエリオン』で登場した必殺技『無限拳』のように!

 

 ビームサーベルのリミッターを解除すると使うことのできるビームジャベリンの伸縮機能だけを利用して伸びるパンチを繰り出したのだ。

 リーチを伸ばしてガウの機体にクローを突き立てることで何とか落下を防ぐと、元の長さに戻すことで機体を引き上げる。

 しかしせっかく落下を防いだのに今度は、

 

「なんだかガウが傾いてるんだけど!?」

『確かに高度を下げ始めてますね』

 

 どうやら先ほどの味方からの砲撃が効いている模様。

 

『ミヤビさん、他に行きましょう』

 

 というアムロの提案に沿って、ミヤビはやけくそで次のガウに向かってジャンプする。

 ガンキャノンは砲撃してきたガウに向かうようだったが、ミヤビにはそんな度胸は無いため、まだ攻撃を始めていない方のガウに向かうのだった。




 前回出番の無かったミヤビたちホワイトベースサイドのお話。
 そして戦闘の開始です。
 巨大機上で戦闘となると、やっぱりアニメ『未来少年コナン』の対ギガント戦ですけど。
 やっぱりあのハチャメチャさ、胸躍る展開にはかないませんね。
 少しでもあの感動を再現できていれば良いのですが。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第11話 イセリナ、恋のあとは愛でもちろん結婚式 Cパート

「モ、モビルスーツめ」

 

 落下していくガウ二号機を前に歯噛みするダロタ中尉。

 幸い、不時着できそうではあるが、今回の戦闘からは離脱だ。

 そしてガンキャノンは三号機に、ドラケンE改はこの一号機に取り付いている。

 

「戦闘機があれば……」

 

 と思うが無いものは無いのだ。

 しかし、そこに一機のルッグンが接近してくる。

 

「あ、あれは」

『こちらシャアだ。手を貸すからさっさと撤退しろ』

 

 ガルマから勝手に出撃した部隊を何とかしてくれと頼まれたシャアだった。

 

「シャア少佐、私です、ガルマ大佐直属のダロタ中尉です」

『誰でもいい、コクピットを狙え』

 

 シャアにしてみれば本当に誰でもいい。

 これだけの勝手をしたのだから軍法会議で消え失せるだけの存在だ。

 

「コ、コクピットですか?」

『腹だ。ガンキャノンは腹が心臓だ』

「わ、わかりました」

 

 そうやって攻撃することでパイロットが怯んでくれれば撤退する隙も作れるだろうというシャアの考えだったが。

 

 ミヤビが聞いたら、

「アムロだけを殺す指示かよ!?」

 などというセリフを思い浮かべるような話である。

 

『私は木馬を攻撃する。そこを突いて一気に離脱するんだ』

 

 そう言ってシャアはホワイトベースへと向かう。

 

(ガルマを負傷させた責任、ドズル中将らへの忠誠、どう取られても損はないからな)

 

 そう考えながら。

 というか部下の勝手な暴走に対する尻拭いなど、そうとでも思わなければやってられないという話だった。

 

 まぁ、ジオン軍では割と珍しくないことではあるのだが。

 シャアに限っても『機動戦士ガンダム』第1話からして戦闘となったのはシャアの命令を無視した部下の仕業だったし。

 第32話ではモビルアーマー、ザクレロのデミトリー曹長は戦死した上司トクワンの敵討ちのためシャアの許可を取らずに交戦。

 しかもその時の副官だったマリガン中尉はそれを止めもせず、シャアが知ったのはザクレロの出撃後だったという……

 

 ジオン軍はミノフスキー粒子環境下という流動しやすい戦場に優れた現場指揮官が臨機応変に対応する、ある程度の独断専行を許容する文化があった。

 硬直化した地球連邦軍に比べ柔軟な戦術を展開できると言う点では緒戦を勝ち抜くことができた要因であると言えるかもしれない。

 しかしシャアに関して挙げられた例でも分かるようにそれは結果さえよければ何をやっても構わない、

 

「勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」

 

 という風潮を生み、軍の統制を滅茶苦茶にしてしまうことにもつながっていた。

 

 そして現場レベルの戦術的勝利は、必ずしも全体を見通した戦略的勝利には結びつかない。

 戦略的視点を持たない現場指揮官が自分の判断で上級司令部からの指示を無視して局所的に戦術的勝利をもぎ取っても、それは戦略的には何の意味の無い戦いでいたずらに消耗しただけにもなりかねない。

 軍の統制が効かなくなるということはつまり、将兵たちが自分たちの手柄や目の前の戦術的勝利を求めるあまり、戦略目標が二の次に、場合によっては忘れ去られてしまうということ。

 

 極端な話、戦略目標を達成できるならば、戦術レベルで負けていても大局的には問題無いのだ。

 だからこそミヤビの記憶の中で最終的に連邦軍は勝利したし、ジオン軍は負けたのだった。

 

 

 

 一方、戦闘をアムロとミヤビに任せ先を急ぐホワイトベースでは、

 

「連邦軍から入電です」

 

 通信手を務めるフラウの操作で、暗号解読されたメッセージカードが吐き出される。

 ブライトはそれを手に取るが、

 

「なんだと? 参謀本部の連絡会議で揉めている?」

 

 民間軍事会社『ヤシマ・ファイアアンドセキュリティ』への委託でミデアを寄越したことすら問題になってるくらいで、援軍は望めそうもないという。

 

「なぜだ? 我々がどうなってもいいというのか?」

 

 と嘆くブライトだったが、

 

「まだ電文はありますよ」

 

 というフラウの指摘でカードを読み直す。

 

「避難民収容の準備あり。……S109、N23ポイントへ向かわれたし」

 

 ブライトはミライに指示。

 

「ミライ、進路1.5度変進だ」

「はい」

 

 しかしそこにマーカーから報告が入る。

 

「敵機です。十時の方向」

 

 待機していたリュウ、ハヤトのコア・ファイターを発進させようとするが間に合わない。

 シャアの操るルッグンは偵察機とは思えぬ機動で対空砲火をかわし、投下した爆弾をホワイトベースのエンジン部へと命中させる。

 

「やられました。左舷後部です」

 

 そして、その攻撃はホワイトベースに深刻な影響をもたらした。

 

「駄目だわ、ターンの切り替えが効かない。操縦不能」

 

 ミライは必死に操舵するものの、船体の降下を止めることができない。

 

 

 

『アムロ、ホワイトベースが!』

 

 サラツーからの報告。

 

「あっ」

 

 ガウ三号機の上で戦闘を続けていたアムロはエンジン部から白煙を上げながら雲海の下に落下していくホワイトベースに目を見張った。

 

 

 

「不時着する。全員何かにつかまれ。シートベルトができればするんだ!」

 

 艦内放送でホワイトベース全区画へ警告を放つブライト。

 ミライはホワイトベース主翼のフラップ…… 航空機が離着陸時に揚力を稼ぐために翼端をスライドさせるアレを全開にし、少しでも落下スピードを下げようとする。

 一般に「邪魔」「飾りじゃないの?」と思われているホワイトベースの翼だが、このような非常時には役立つものらしい。

 

「着陸です!」

 

 そして大地を削りながら不時着するホワイトベース!

 ブライトはシートから投げ出され一回転。

 乗員への指示優先で自分自身はシートベルトを締める暇が無かった模様。

 まぁ無理に踏みとどまろうとしてこらえきれずに変な体勢で身体を打つよりは、柔道などの武道でも前回り受け身があるように、そうやって転がった方がダメージは少ない。

 

 ミライは操舵装置に胸を打った後、反動で後ろに転倒。

 ……自前のエアバッグがあって良かったね、という話。

 

 フラウにはそれほど立派なエアバッグは装備されていないが、ケツから行ったために何とかなったらしい。

 ケツが割れるほどの痛みを感じたかもしれないが、彼女の尻が二つに割れているのは最初からの仕様である。

 

 

 

 ルッグンはホワイトベースを追って降下、少し離れた岩場の陰に垂直着陸。

 コクピットを飛び出したシャアは砂塵舞う視界越しに停止したホワイトベースの様子をうかがう。

 

「うーん、うまくしてあの木馬をこちらにいただける手はないものかな」

 

 そうつぶやくシャア。

 まぁ、小説版では共闘してサイド3に攻め込みギレンとキシリアを倒していたし、ミヤビを通じて説得するなどすれば意外と何とかなるかも知れない。

 とはいえ、それはシャアには分からないことだった。

 

 

 

 頭を振りつつ立ち上がったブライトはまずコンソールを操作し、艦の状況を確認する。

 この辺、まず先にミライたちを気にかければ、とミヤビが居たら思うのだろうが、

 

「うっ……」

 

 次いで立ち上がるミライもまた操舵装置へ。

 結局、お互い似た者同士なのかもしれない。

 それにこの状況下ではまず安全確認が優先される。

 そうでないと負傷者の手当てをしているうちに爆発炎上で結果誰も助からないということにもなりかねないからだ。

 

 そうして二人は顔を合わせる。

 

「ミライ、よくやってくれた」

 

 普段より優しい声、どちらかと言うとプライベートな素に近い声でミライに感謝の言葉を贈るブライト。

 それに対しミライはわずかに済ました声を作りつつ、しかし笑顔でこう答える。

 

「私の力じゃありません、ホワイトベースの性能のおかげです」

「謙遜だな」

 

 苦笑するブライトは、倒れていたフラウに手を貸す。

 

「フラウ・ボウも大丈夫か?」

「は、はい」

「避難民達の状況を調べてみてくれないか?」

「はい」

 

 

 

「うわっ……」

 

 ガウからの攻撃を受け、空中に投げ出されるガンキャノン。

 

『アムロ、大丈夫?』

 

 まだ機上で頑張っているミヤビから通信が届くが、

 

「はい、一応。いったん地上へ降ります」

 

 とアムロは答える。

 ミヤビからは、

 

『了解、私も離脱するわ』

 

 という返事があった。

 しかし、

 

 

 

「逃がすな! 絶対、絶対に倒すんだ!!」

 

 後がないダロタ中尉とその部下たちは落下していくガンキャノンを追ってガウを降下させる。

 もちろん……

 

 

 

(ひーっ!!)

 

 声にならない悲鳴を上げるミヤビ。

 特攻じみた突撃をするガウの動きに、離脱のタイミングを失ったのだ。

 

 この巨体でパワーダイブ、つまりスロットルを開けたまま動力降下などされると、とてつもない後方乱気流、ウェイク・タービュランスが発生する。

 西暦2001年11月にニューヨークで発生したアメリカン航空587便墜落事故では、直前に離陸した日本航空機の後方乱気流に巻き込まれたことも一因とされているくらいで。

 つまり離脱しようにもそんなものに巻き込まれたらドラケンE改の機体がバラバラになりかねないのでできないのだ。

 

 

 

「そう事を急くこともあるまい。ガルマとて若いのだ。今回のことも一時の気の迷いということも……」

 

 ガルマの挙式に難色を示すのはデギンだ。

 まだ婚姻届けを出しただけ、ガルマも思い直すかもといった願望がにじみ出た発言だった。

 ただの愛息子の結婚を認められない年老いた父親、親バカといった風情だ。

 それに対しギレンは、

 

「父上、今は戦時下ですぞ。国民の戦意高揚をより確かものにする為にも国を挙げての挙式こそもっともふさわしいはず。ガルマの結婚は一人ガルマ自身のものではない、ジオン公国のものなのです」

 

 と真っ向から正論を吐く。

 ガルマが聞いたら、

 

「いや、私の結婚は私のものでしょう」

 

 と抗議していたかもしれないが。

 しかしそれもキシリアが、

 

「私はギレンに賛成です」

 

 と言い放つため黙らせられただろうが。

 この二人は非情だ。

 というか二人とも独身なので、自身の結婚式をジオン中どころか地球圏中に垂れ流され見世物にされるという苦行を理解していない。

 それに対し既婚者であるドズルは顔を引きつらせ、

 

「いや、それよりもシャアの処分だ。ガルマを守りきれなかった奴を処分すれば、それで国民への示しがつくわ」

 

 と、シャアを生贄にして助け船を出そうとするが、キシリアに、

 

「そのようなことはあなたの権限で行えばよろしいこと。大切なことは儀式なのですよ、父上」

 

 と、即座に撃沈される。

 一時的にガルマの、つまりキシリアの配下に貸し出されているシャアだが、それはあくまでも仮でドズルの宇宙攻撃軍の籍は抜けていない。

 プロジェクトのため一時的に他の事業部に派遣される社員みたいなものだ。

 国内事業部の所属だけど中国工場のライン立ち上げのために大連の工場まで長期出張派遣される技術者とかそういうやつ。

 それゆえにその処遇もドズルに委ねられることになるのだ。

 

 ギレンは重ねて言う。

 

「ガルマは国民に大変人気があるのです。彼の婚儀を行うことによって国民の地球連邦への憎しみを掻きたてることこそ、肝要ではないのですかな? 父上」

「兄貴?」

 

 ドズルは呆けた顔をする。

 彼はガルマが敗北し負傷したことから発生する士気の低下をガルマの結婚という慶事で払拭、同時に相手が地球の有力者の娘ということで占領地の統治を助ける融和の架け橋にしようとするのが兄の狙いと考えていたが……

 

(ま、まさか兄貴は……)

 

 サイド3国民の優秀さを讃え、彼らが選ばれたエリートであるとする選民思想『優性人類生存説』を唱えるギレンの考えは違ったのか?

 そう、ガルマを陥れ負傷させた地球連邦、そしてその状況を利用してガルマをたぶらかし妻の地位をかすめ取った地球の悪女に対する国民の…… 特に婦女子の憎悪を駆り立てようとする魂胆かっ!?

 

 シャアが聞いていたら頭を抱えていただろう。

 あのイセリナに正面からケンカを売ろうとは、知らないというのは怖いことだと。

 いや、巻き込まれるのは御免だと軍を抜けていたかもしれない。

 

「私は生きる! 生きてララァと添い遂げる!」

 

 とか言って。

 まぁ、そうした方が絶対に彼は幸せになれるのだろうが。

 

 ともあれ、イセリナのことを知らずとも言ってることがヤバすぎるギレン。

 ドズルはこれはまずいとばかりに父に助けを求めようとするが、意気消沈しているデギンはそれに気づかず、

 

「シャアのことはドズル、左遷させておけ……」

 

 などとつぶやくばかり。

 いや、もう話題と言うか問題はそこじゃなくなってるから、シャアなんてどうでもいいからという話だ。

 

 ドズルは焦ってキシリアを見る。

 地球の統治に問題が出るから反対してくれるはず、の彼女はしかし沈黙を守る。

 そう、兄の失策を期待する彼女はあえてリスクの高いギレンの案を黙認しようとしているらしい。

 

 ギレンはドズルの焦りをよそに、

 

「父上、ジオン公国の公王として今ここで御決裁を」

 

 と父に決断を迫る。

 まずい、もうガルマを救えるのはドズルしか!

 ドズルしか居ないー!!

 

「兄貴!」

 

 ドズルは気力を奮い立たせ、この難局に挑む。

 

(やられはせんぞ、やられはせんぞ、このような逆境ごときに、やられはせん!)

 

 もしここにニュータイプが居たなら、ドズルの背後に立ち上る彼のオーラが見えただろう。

 ミヤビの前世の記憶でビグザムを墜とされ、それでも機関銃を構えガンダムと戦おうとした彼の最後の時と変わらぬほどの意気込みだ。

 同時に、ギレン、キシリア相手に議論で押し切るのはそれくらい絶望的な戦いだとも言えるが、

 

(ガルマの幸せ、弟を守るこの俺の兄としてのプライド! やらせはせん、やらせはせん、やらせはせんぞーっ!!)

 

 ドズルは武人としての心を奮い立たせ挑む!

 頑張れお兄ちゃん!!

 

 はたから見たら末の弟の結婚一つでここまで相克と葛藤があるザビ家ってなんだ、という話ではあるが……




 戦闘の続きと、ザビ家のドタバタでした。
 まぁ、ドズルでなくとも「何言ってるのお兄ちゃん!?」な話ですが果たして……
 この結末は次回に。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第11話 イセリナ、恋のあとは愛でもちろん結婚式 Dパート

 ブリッジのメンテナンスハッチを開けてテスターで回路を確認するブライトとミライ。

 そこにハヤトが駆け込んでくる。

 

「パワーセクションの応急処置はすみました。これでかなりの無理はきくはずです」

「よし」

 

 ブライトは通信モニターに向き合い、

 

「パワーセクション、いけるな?」

 

 と確認する。

 答えるのは金髪の少年。

 ホワイトベースの何でも屋、ジョブ・ジョンだ。

 

「はい。25パーセントの出力減ですが、なんとか大丈夫です」

 

 そしてミライもテスターを片付け点検ハッチを閉めながら言う。

 

「こっちはOK、異常はないわ」

 

 ハヤトは、

 

「驚くほど頑丈にできてますね、ホワイトベースって」

 

 と感心したように言う。

 まぁ、先に起工したペガサスで起こったエンジンの問題を、後から起工したため回避、解決できたのがホワイトベースだ。

 この問題のためネームシップであり一番艦となるはずのペガサスの完成が遅れ、ホワイトベースが先に完成するというオチもあったが。

 ミヤビの前世の記憶風に言うなら先に生まれたということで、

 

「このホワイトベースすごいよ! さすがペガサスのお兄さん!!」

 

 になってしまったともいう状況。

 

「よし、あとはここから急いで脱出だ。今、敵の攻撃を受けたら身動きできない」

 

 ブライトはそう指示する。

 ハヤトは、

 

「ミヤビさんやアムロと連絡を取りましょうか?」

 

 そう問う。

 ブライトは一瞬考えた後、ミライに確認。

 

「まだ緊急連絡は受けてないか?」

「ええ、まだ異常事態もキャッチしていません」

 

 そこに、フラウが駆け込んでくる。

 

「ブライトさん、避難民の何人かが勝手に船の外に出ました」

「なに?」

 

 

 

 必死に止めるリュウやカイ、セイラたちをよそに、船外に出ようとする避難民たち。

 

「いや、わしらはもう我慢できんよ」

 

 そこにブライトが駆け付ける。

 

「よせ、やめるんだ」

「さあ、戻って戻って」

「こんなとこで降りたって危険なだけですよ」

「おやめなさい」

 

 ブライトはすでに船外に出てしまった老人たちに向かって呼びかける。

 

「戻りなさい、危険です。敵が近くにいるかもしれません、早く戻るんです」

 

 しかし、

 

「ジオンが狙ってるのはホワイトベースとガンキャノンだ。わしらは関係ねえ」

 

 と、聞く耳を持たない。

 それどころか艦内にまだ残っている人々も、

 

「ああそうだ、ホワイトベースに乗っているからわしらはこんな目に遭うんだ」

「早く降ろしてくれ」

 

 と、同調する始末。

 

「こんな砂漠に降りてどうするつもりです」

 

 と、ブライトは彼らをいさめるが、そこに悲鳴と銃声が!

 

「うっ?」

「あっ、あれは?」

 

 と目を見張るセイラが見極めたとおり、赤い人が避難民たちに見つかって発砲したのだ。

 まぁ、戦場で真っ赤な服を着ていれば見つかるのは当たり前。

 シャア専用ザクのようにピンクなら砂漠迷彩になったかもしれないが。

 砂漠ではピンク色が背景に紛れる効果を持つのだ。

 

 ブライトたちは拳銃を抜くと果敢に前進、シャアに向け発砲するが、拳銃など一般的な兵士の技量では10メートルも離れたら当てることはできない。

 だからこそミヤビの持つアーマーマグナムがもてはやされるわけであるが。

 

 それでも威嚇になったのか、シャアは身をひるがえすと岩陰に身を隠してしまう。

 そして上昇するルッグン。

 拳銃程度ではどうしようもない相手に、シャアが離脱するのを見送るしかない。

 それどころか、シャアがその気になれば機銃掃射でやられかねない状況だったが、

 

「ん?」

 

 視界の向こうにガンキャノンが降下してくる姿が捉えられる。

 このこともあって、シャアは離脱したのだ。

 

 

 

「ホワイトベース、援護を頼みます!」

 

 ガンキャノンは両肩の240ミリ低反動キャノン砲で迫るガウに対して猛然と射撃を開始する。

 冷却ジャケットを付けた砲身、さらに左右の砲を交互に撃つことにより、ザクマシンガン並みの連射が可能。

 上半身の大部分を占める給弾装置と弾倉には二門合計40発前後の砲弾が内蔵されており、その火力は高い。

 何しろ腕部の稼働機構のほとんどを肩に追い出してまで弾薬を収納しているのだから。

 ガンキャノンの肩が丸く膨らんでいるのはそのため。

 だからミヤビの前世の記憶にあるジムと変わらない肩を持つジムキャノンはキャノン砲の弾倉を外出ししているとも言う。

 

 

 

(死ぬ死ぬ死ぬ、死んじゃうーっ!!)

 

 声にならない悲鳴を上げるミヤビ。

 もちろんガウの機上にすがり付いているドラケンE改のミヤビも諸共に撃たれている。

 

(私のこと、忘れてるでしょう!?)

 

 ガンキャノンからは死角になっていて見えないのだ。

 

『駄目です、ミノフスキー粒子が濃すぎて通信電波が届きません!』

 

 そしてサラが報告してくれるとおり、ホワイトベースは不時着し動きが取れなかったため敵からの探知を防ごうとミノフスキー粒子を限界まで散布していた。

 そのために通信すら阻害されている状況。

 レーザー通信を行おうにも、これは通信相手との間に遮蔽物があると届かない。

 ガウの翼の上、隠れた位置に居るミヤビのドラケンE改からはつながらないのだ。

 

(飛び降りるタイミングが……)

 

 猛然と撃たれている今、ガウの巨体が盾になっているとも言えるので、離脱はタイミングを計らないと流れ弾が怖い。

 しかし、その砲撃が途切れた。

 ガンキャノンの弾切れだ。

 しかし、それをチャンスととらえるのはミヤビだけではない。

 

 

 

「今だ、モビルスーツに集中攻撃を掛けろ!」

 

 猛然と攻撃を加えながらガンキャノンに突っ込んでいくガウ。

 

 

 

「今よ!」

 

 ガンキャノンからの射撃が途切れた今なら離脱できると思ったミヤビだったが、

 

「なに!?」

 

 突然の砲撃が再びガウを襲う!

 

 

 

「セイラさんたちか!」

 

 弾切れを起こしたガンキャノンの救援に駆け付けたのは、カイとセイラのガンタンク。

 両肩の120ミリ低反動キャノン砲と腕部の40ミリ4連装ボップミサイルランチャーで射撃を加えながら、ガンキャノンの横に並ぶ。

 

『よう、アムロ、ビームライフルを持ってきたぜ』

 

 見れば車体後部アウトリガーを荷台代わりに開いて、そこにガンキャノン用のビームライフルを載せている。

 

「助かります!」

 

 ガンキャノンにそれを持たせると、アムロはガウに狙いを定め、そのエンジンを貫く!

 白煙を上げながら離脱していくガウ三号機。

 

 

 

「ああっ三号機が!」

「ひるむな、一気にモビルスーツを」

 

 それでもなりふり構わず突っ込んでいくガウ一号機。

 

 

 

(ひーっ!)

 

 もちろんミヤビも一緒だ。

 

 

 

「ま、まだ来るのか」

 

 損害を気にすることも無く突っ込んでくるガウの機体にアムロは恐怖を感じる。

 

「ああっ!?」

 

 

 

「モビルスーツ、ガルマ様の仇ーっ!」

 

 そうしてダロタ中尉は不時着するようにガウを突っ込ませ、ガンキャノンを弾き飛ばす。

 ガルマは死んでいませんが。

 

 

 

「うっ…… しまった、どこか回路をやられたな」

 

 呻きながらも起き上がったアムロだったが、ガンキャノンはあおむけに横たわったまま動かない。

 サラツーも沈黙している。

 

『アムロ、大丈夫か? アムロ』

 

 幸い、通信装置は生きていたが。

 

「ブライトさん、ガンキャノンが故障したらしい。調べてみます」

『よし。ガウに兵がいるかもしれん、気をつけろ』

「はい」

 

 そしてハッチを開け機外に出るアムロだったが、目前に横たわるガウの上にボロボロになった紅蓮の機体、ドラケンE改の姿が……

 

『ミヤビさんの、仇……』

「か、仇だって?」

 

 サラの放つ恨み言に、瞳を見開くアムロ。

 しかしドラケンE改は限界を迎え、力尽きたかのようにその場に倒れ伏す。

 

「ぼ、僕が、仇?」 

 

 呆然と立ち尽くすアムロ。

 

 

 

 ガウ三機が不時着、戦闘不能となり、シャアもこれまでとルッグンの機首を返す。

 

「ドレン、私のモビルスーツは電気系統がめちゃめちゃに焼き切れていて使えなかったことにしておけ」

 

 と、同乗していた副官のドレン中尉にそう命じながら。

 ドレンはわずかに表情を動かすが、異を唱えることはしなかった。

 

 なお、そんな虚偽の報告をしなくともそもそも今回、シャアはザクで出撃することは不可能だった。

 足となるガウが持ち出されていたため戦場まで運べないのだ。

 

 

 ならばコムサイはどうかというと、第12話『ジオンの脅威』でも「しょせんはただの大気圏突入カプセル」と言われザンジバルに途中までしか随伴できなかったように航続距離が短すぎて使えない。

 第7話『コアファイター脱出せよ』だとシャアはザクを載せたコムサイで追いついていたが、あれは、

 

「我が軍を飛び越えて連邦軍本部と連絡をつけるつもりだ」

「基地上空はミノフスキー粒子のおかげでレーダーは使えないぞ、どうする? シャア」

 

 というシャアとガルマの会話。

 そして何より、

 

 ガルマたちが見ていたモニターの軌道予測図

 

 が物語るように、

 

『ホワイトベース』→『ガルマとシャアが居た前線基地』→『ジャブロー』

 

 という位置関係で……

 基地上空を通過しようとする、つまり自分たちに近づいて来る状況だからこそ、足の短いコムサイでザクを運んで追いつくことができたのだ。

 

 

 そして今回の話であれば戦闘機であるドップも航続距離が短く使えず。

 仕方なしに足の長い偵察機であるルッグンで追いかけてきたのだ。

(なお、ミヤビの前世の記憶にある第15話「ククルス・ドアンの島」ではザクがルッグンにぶら下がって運ばれていたが、さすがにこれは短距離輸送に限られるもので、今回は使えなかった)

 

 ではなぜシャアがドレンに虚偽の報告をしろと命じたのかと言うと、単純に面倒くさいから。

 ガルマはともかく、それより上の人間、スラックスのケツで椅子を磨いているような連中だと現場の状況など理解できず、

 

「なぜザクで出撃しなかったのだ」

 

 などとネチネチと追求してくるからだ。

 もちろん説明すればシャアの判断の正しさ、それ以外方法が無かったことは立証されるが、連中を納得させるだけの手間が非常に面倒なのだ。

 だからザクは使えなかったと報告するわけだが、シャアは忘れている。

 

 

「――嘘を、ついておいでですね」

 

 

『嘘』を蛇蝎の如く嫌っており、嘘をつくことを絶対に許さないイセリナの存在と、その恐怖を……

 

(ガルマ―っ!!!! はやく彼女を寿退役させてくれーっ!!!!)

 

 とは、シャアの声にならない心の悲鳴である。

 

 

 

 激論の末、ドズルは奇跡的にギレンから、

 

「そこまで言うのならお前の責任でやって見せろ!」

 

 と白紙委任を受けることに成功した。

 ギレンが全世界に向け、

 

「私の弟、諸君らが愛してくれたガルマ・ザビは地球の女に寝取られた。なぜだ!?」

 

 などと演説するような事態は回避されたのだ、とドズルは胸をなで下ろす。

 

 まぁ、シャアならそれを聞いても、

 

「坊やだからさ」

 

 と笑い捨てたかも知れないが。

 

 

 

 一方、ドズルと喧嘩別れするような形で席を立ったギレンは、

 

「兄上、謀られましたな」

 

 後を追って回廊に出たキシリアにそう声をかけられる。

 ギレンは振り返ることなく歩きながら言葉を返す。

 

「ドズルには上手くやってもらわねばならん。父上の説得、地球支配強化のためのプロパガンダ」

 

 つまりは到底飲めない案を提示して、それより良い、ギレンが「やってみせろ」と言えるだけの案をドズルに考えさせ、実行させる。

 そう、ギレンの「頭おかしいんじゃないの?」という主張も強硬姿勢もそれを引き出すためのブラフに過ぎなかったのだ。

 

「このまま私が強行しても父上を納得させるのは難しい。花婿の父が不機嫌な顔をした…… それどころか直前になって病欠するような式などやるだけ逆効果だろう」

 

 だからその辺をドズルに丸投げしたわけである。

 ドズルはガルマのため兄として何としてでも式を成功させようと必死になるだろう。

 そしてそうやって訴えかけられればデギンとて態度を軟化させよう。

 

「意外と兄上もお人が悪いようで」

「分かっていて黙っていたお前に言われる筋合いはないな」

 

 長男長女としてそれは無いんじゃないか、という投げっぱなしジャーマンな対応をする二人だった。

 

 

 

「おお、救援だ」

「おお」

 

 難民たちは無事、軍の救援隊により保護されていった。

 そしてアムロは悩む。

 

「なんだったんだろう? 僕を仇と言ったんだ」

 

 サラの言った言葉に。

 

 なおドラケンE改は大破していたが、予備機はまだまだあるし、ミッションディスクは回収できたのでサラも無事。

 そしてミヤビも力尽きて気絶しているだけでもちろん死んでなどいなかった。

 

 

 

次回予告

 ミヤビは疲れていた。

 しかし新たな敵、ランバ・ラルが降りてくる。

 新型モビルスーツの強大な破壊力は……

「ガルマ、グフって要らないんじゃないのか?」

「何を言うんだシャア!」

 次回『ジオン脅威のメカニズム』

 グフは生き延びることができるか?




 ヒドイ目に遭うミヤビ、シャア。
 そしてザビ家の騒動に関する決着とギレンの真意でした。
 次はランバ・ラルとグフの登場です。


> 砂漠ではピンク色が背景に紛れる効果を持つのだ。

 イギリス軍のピンクパンサーが有名ですね。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第12話 ジオン脅威のメカニズム Aパート

 人類のすべてをみずからの独裁の手に収めようとするザビ家のジオン公国は、月の向こうに浮かぶ巨大な宇宙都市国家である。

 デギン・ザビ公王はその実権を長男のギレン・ザビに譲り渡して開戦に踏み切った。

 万全の準備をして戦いを挑んできたジオン軍の前に地球連邦軍はなすすべもなかった。

 

 ジオンの攻撃を避けてサイド7を脱出したホワイトベースは、少年たちの手によって地球へ降りたった。

 そしてザビ家の末弟ガルマ・ザビを退け今、太平洋上にある。

 

 

 

『二ヶ月ほどの内に一度ジオンに帰ります。ですが父上、その前に必ず一つ大戦果を上げてご覧にいれますよ。親の七光りで将校だ元帥だなどと国民に笑われたくはありませんからね。では、お目にかかる日を楽しみにしております』

 

 以前に受け取っていた、ガルマからの過去のビデオレターを再生していたポータブル再生機がメディアを吐き出し、そしてそれを見ていた公王デギン・ザビも深々とため息をつく。

 そして、そこに入ってきたのはキシリア。

 

「まだこんな所にいらっしゃったのですか」

 

 デギンは答えない。

 キシリアは、彼女にしては珍しく和らげた声で父に語り掛ける。

 

「閣下のお気持ちはお察しいたしますが、公王としてのお立場ゆえ、お役目だけは果たしていただき……」

「わかっておる」

 

 デギンは声を荒げたりはしなかったが、それでもキシリアの言葉を遮るように言う。

 そして重い腰を上げ、ガルマの結婚発表の会場へと向かうのだった。

 

 おとーさん、いい加減割り切ろうよ……

 

 と、キシリアは言わなかったが、内心はそんなものである。

 

 

 

 入場してくるザビ家の面々に、詰めかけた国民の声が、歓声がこだまする。

 

「ザービ、ザービ、ザービ、ザービ……」

 

 ガルマにふさわしい結婚式と披露宴を、と意気込んだドズルだったが、当のガルマは地球で入院中のため当たり前だがそれは断念せざるを得なかった。

 そのため結婚発表を盛大に行い、式自体は後日改めて、という形になった。

 会場にはモニターに大写しになったガルマの映像が飾られている。

 後で、彼からのビデオレターも再生される予定だ。

 

 なお……

 ふたりの馴れ初めから結婚に至るまでの経緯だが、ガルマが入院中のためもう一方の当事者、イセリナから聞き取った結果、某ネトゲに登場の安珍清姫伝説を元にしたヤンデレストーカー、清姫を他キャラが評して言った言葉、

 

「一目ぼれ癖…… はまあ良いとして、一言も話していないのに脳内では相思相愛。脳内シミュレートの果てに、結婚を前提とした仲にまで進展」

 

 そのものの妄想が垂れ流されたという。

 聞き取りを行った担当者は、

 

(俺たちは一体なにを聞かされそうになっているんだ)

 

 と戦慄し、そしてその耳に流し込まれる甘々なラブ話により糖死寸前まで追い詰められたところをブラックコーヒーをがぶ飲みして乗り切った模様。

 

 彼らが飲む地球のコーヒーは苦い。

 

 ちなみにミヤビだったら、

 

「事実と違う! 誇大な表現! JAROを呼べ!」

 

 と叫ぶところの内容だったが、お坊ちゃん育ちで人のいいガルマはこの話を聞いて、

 

「そこまで愛してくれていたのか」

 

 と、彼女の情熱的な告白に感動していたという。

 

 シャアはそんな彼を見て、

 

「やはりコイツ、結婚したせいで頭のネジがまとめて吹っ飛んでいるだろう。いや、彼女による洗脳かッ!?」

 

 と、恐怖したらしい。

 

 一方、文字に起こされた原稿を渡されたザビ家の面々は、

 

「ブホッ、こ、こいつは……」

 

 と吹き出し、顔を引きつらせるドズル。

 

「これを書いたのは誰です」

 

 と詰め寄るキシリア…… は、内容を気に入った模様。

 割と乙女ですね、おねーちゃん。

 

「確かに民衆はドラマを求めるものだが、少し脚色が過ぎるのではないか」

 

 と担当官を鋭く一瞥するギレン。

 

 そして冷や汗をかいた担当官はこう答えるのだ。

 

「イセリナ様のご発言をそのまま起こしたものです。脚色など一切の手を加えてはおりません」

 

 そう『原文そのまま』です、と……

 

 

 

「ガルマ、グフって要らないんじゃないのか?」

「何を言うんだシャア!」

 

 軍病院に入院中のガルマと一日一度はそれを見舞うシャアは今日も絶好調。

 ようやく生産が始まった新型モビルスーツ、グフのスペックデータを前に話し込む。

 

(ガルマは私の意見に反対か。少しは視野も広がったかと思ったが買いかぶりだったか……)

 

 とシャアは冷笑しようとして、

 

「君のために赤く塗った機体も用意しているのに」

「そういう理由か!」

 

 まさかのシャア専用グフ爆誕である。

 ミヤビの前世の記憶にもあったが、あれは児童向け絵本でのこと。

 

「アムロ…… またじゃまがはいった…… けっちゃくはいずれつけよう!」

 

 とか言って飛び去っていくやつ。

 なおこの邪魔とは、手を出すなとシャアに命じられているのにそれを無視してガンダムに襲い掛かったズゴックのこと。

『シャア、命令を無視され過ぎ問題』は絵本の中でも健在だった……

 

「ちなみにロールアウトしたばかりの新型だから君のザクみたいに一般機の3割増しの性能などというのは無理で、せいぜい3パーセント程度……」

「いや、それでも構わないが」

「落ちるんだ」

「そっちの方向か!」

 

 オチが付いた!

 

「グフの装甲は塗装が持つ表面保護や防錆、着色などの機能を一体化した、つまり塗装を必要としないものが試されているんだ」

「ほう?」

 

 これはミヤビの前世の記憶でもそういった記述のある書籍があった。

 つまりグフが青いのは塗装以前にその色が付いているからということである。

 まぁ、こういう新技術を使った特殊仕様は一部ロットで試したけど問題があって以降は通常の塗装に戻された、などということもありうるのだが。

 

「だから色を塗ったりすると重量がかさんだり、放熱が妨げられたりで性能が下がるんだ」

 

 航空機には重量を軽減し燃費を節約するため塗装をしないベアメタルと呼ばれる機体もある。

 大型貨物のジェット機など、それだけで百キロ前後の重量軽減になるという……

 

 

 

 大気圏に突入するのは、二機のコムサイと最新鋭機動巡洋艦ザンジバル。

 ガルマのためにとシャアに続きドズル中将が派遣した人材その二、ランバ・ラル大尉とその配下の部隊だ。

 

「面白い物とはなんだ?」

 

 そのザンジバルのブリッジで、ラルは副隊長のクランプ中尉から報告を受けていた。

 

「は、我が軍の識別表にない戦艦をキャッチしたのであります」

「ほう、見せろ」

 

 モニターに映し出された予想される艦形は、まぎれもなく、

 

「例の木馬だと思われます」

「うん」

 

 うなずくラルに、彼の愛人である美女、ハモンが問う。

 

「ガルマ様を負傷させた敵を討つチャンスという訳ですか」

 

 愛人なんて居ていいのか、という話だが……

 ゲリラ屋であり、その出自故、ちょいワルおじさんなところのあるラルと彼の隊だから、有力な民間協力者が同乗している、ということで済んでいる。

 

 まぁ連邦軍でも相手の好意をいいことに現地妻、民間人の少女ゲリラを囲っていた……

 しかも本人は本命のヒロイン一途で見向きもしない、という鬼畜外道な主人公シロー・アマダが居たりするが(ヒドイ言いがかり)

 

「そう急ぐな、ハモン。奴の地点は我々の基地からはかなりの距離だ。航続距離を計算に入れなければな」

 

 と、ラル。

 クランプも同意する。

 

「このザンジバルなら問題ありませんが、ほかのはただの大気圏突入カプセルですから」

 

 そう、コムサイの足は短いのだ。

 

「では、このまま見過ごすおつもりですか?」

 

 挑発とも取れる言葉でハモンは問うが、ラルは、

 

「フフフフ、私の任務は動けぬガルマ様に代わっての木馬討伐だ。ドズル中将からじきじきの命令をなんでやり過ごすものかよ」

 

 そう言って笑う。

 

「でも、只今は大気圏に突入している途中です。ご無理を……」

「しかし手出しをせずに行き過ぎる男なぞ、お前は嫌いなはずだったな」

 

 いつの間にかハモンの方が止めるような会話になっている。

 青い巨星、ランバ・ラル。

 彼は実直な武人であると同時に、一癖も二癖もある油断のならない漢だった。

 

 

 

「おはよう、今日もいい天気ね」

 

 ベッドから起き上がるミヤビ。

 

「朝ごはんを食べよう」

 

 今朝は和食。

 

 パクパク モグモグ パクパク モグモグ

 

 パクパク モグモグ

 

 

 

「メインエンジンの3番ノズルが表示より2パーセント推力不足ですけど」

 

 フラウと交代してブリッジのオペレーター業務を行っていたセイラの報告に、ブライトは顔をしかめた。

 2パーセントと言うと大したことが無いようにも聞こえるが、

 

「実数値にしてどの程度だ?」

「およそ40トン」

 

 スケールが大きいと、このようにわずかな性能低下でも影響は大きいのだ。

 そんなわけで性能管理は大事なことである。

 予期せぬ性能低下はどこかに不具合があるということだし、民間だとそれに燃費の問題が絡む(いや、軍でも問題だが)

 ミヤビの前世でも、2パーセントも性能が落ちれば燃費の悪化で一日に数百万円の損失を発生させるようなプラントが実際にあった。

 

「なんでそんなになるまで放っておいたんだ?」

 

 と、ブライトは憤慨する……

 もちろんそれは正しいことだし、前述のミヤビの前世のプラントなら責任者が声を荒げるほどの大問題だが、

 

「碌に整備する暇も取れないのを無理して……」

 

 とミライが言うとおり、現状ではどうしようもないことなのだ。

 だからこそブライトがイラつくのではあるが。

 そして間が悪いことに、

 

「わあーい」

 

 と子供たち、カツ、レツ、キッカが歓声を上げてブリッジに入って来る。

 

「ここは遊び場じゃないんだぞ。出て行け!」

 

 そう、ブライトが反射的に怒鳴ってしまうのも無理はない。

 しかし、

 

「ブライトさん」

 

 一緒に居たフラウがとがめるように声をかけ……

 キッカは涙をためて、

 

「遊んでんじゃないやい。遊んでんじゃない……」

 

 とつぶやく。

 それで頭に血を登らせていたブライトも気付く。

 子供たちは掃除機や清掃用具を運んでおり、彼らなりに掃除をやってくれているのだということを。

 ブライトは意識して声を抑え、

 

「……3番ノズルをチェックしてくれ。少しいいな? ミライ」

「え? ええ」

 

 ブライトは身をかがめてキッカと視線を合わせると、

 

「すまなかった。掃除続けてくれ」

 

 その頭を不器用に、しかし優しくなでて言う。

 

「頼むな」

 

 そう言ってブリッジを後にする。

 彼の気持ちもわかるが…… しかし幼い子供たちにそれを理解しろと言うのも酷だろう。

 だから、

 

「ベーだ」

 

 とキッカはブライトの背に向かって思いっきり舌を出した。

 

 

 

 自室でブライトは詰襟のホックを外し、上着のファスナーを大きく開けてソファーに身を沈め休む。

 そこにノック。

 

「どうぞ」

 

 ファスナーを見苦しくならない程度に上げながら答える。

 きっちりと上げ切らなかったのは、それだけ疲れているのか。

 

 入ってきたのはオッパイ……

 つまりミライだった。

 

「なんだい?」

 

 参っているのか、ミライに対し気を許しているのか、それともその両方か、素の、19歳の青年の顔で問うブライト。

 

「別に」

 

 と、ミライは答える。

 何も言わないのは彼女の優しさ、そしてブライトへの信頼だ。

 しかし余裕の無いブライトは、

 

「わかっているよ、言いたいことは」

 

 と、口に出さずにはいられない。

 だからミライもこう答える。

 

「でしょうね。あなたが中心になる以外ないし、みんな頼りにしているんだから」

 

 それを伝えたくて来たのだ。

 ミライは『基本的に甘やかしてなんぼ』な姉、ミヤビに育てられたようなもの。

 だから他者に対しても、尊敬する姉と同じように接する。

 

 ブライトは、

 

「とも思えんが」

 

 と弱音を吐くが、それでもミライの想いは伝わっているのだろう、先ほどよりはマシな顔になっていた。

 しかし、そこにブリッジからの通信が入る。

 

「なんだ?」

 

 モニターに映し出されたのはセイラと交代したフラウ。

 

「ジオンです。大気圏突入用のカプセルのようですが、大きすぎるようです」

 

 ブライトは即座に、

 

「今行く」

 

 と回答するが、彼は気づいていない。

 

 男性の部屋、密室に上着の胸元を開けた男と、その背後に写るオッパイ、じゃなくて性的魅力にあふれる女性というヤベー絵面がモニター越しにフラウの目に飛び込んでいることに。

 そしてアムロとの仲がうまく行っていない彼女が、それを見てどう感じるか、ということに。

 

 黒いオーラをふつふつと貯めるフラウだった……

 

 

 

 祝砲が上げられ、式典の準備が整う。

 壇上に並ぶザビ家の面々。

 キシリアは、

 

「例のシャアはどうしました?」

 

 と、ドズルに問うが、彼は答えようともせず顔をそむける。

 

 子供か!

 

 そんな妹と弟のやり取りに、ギレンは苦笑して、

 

「ふるさとにでも帰ったんだろう。な、ドズル」

 

 と取りなす。

 ともすれば人の情を解さぬ冷血漢、と思われるギレンだったが、こうしていると普通のお兄ちゃんのようにも見える。

 

「そう……」

 

 そしてキシリアが背後に並ぶ将校の一人に視線を走らせると、その将校がすかさず近寄り彼女の指示を受ける。

 

「は、早速」

 

 そう言って下がる将校。

 

 なおドズルはこの式典の準備と渋る父の説得のため、シャアのことなどすっかり忘れていた模様。

 しかし正直にそれを言うとまた呆れられた目でキシリアに見られるだろうとそっぽを向いていただけである。

 

(シャアのことなど、どうでも良いわ!)

 

 内心吐き捨てるドズル。

 一応、公王である父デギンからは「左遷させておけ」という言葉を受けていたはずなのだが、それも忘れ去られていた。

 

 そして……

 ミヤビの前世でもあったことだが組織の偉い人にこんな風に思われていると、期間限定で他部署に貸し出されたはずの人員がいつまで経っても戻って来れない、という状況を引き起こす。

 通常の企業だと割と早いサイクルでその組織の偉い人が異動したりするので数年我慢すれば島流しから帰って来ることができるが、これが一つの家族、もしくは親族が実質的な支配権を持って会社や組織を経営している一族経営の企業では、その偉い人の入れ替わりが少ないため場合によっては終生遠島にもなりかねない。

 そしてジオン軍はザビ家による一族経営そのものな組織で、そのザビ家の人間である上司ドズルにそのように思われているシャアは……

 彼、シャア・アズナブルがイセリナの恐怖から解放される日は遠そうだった。




 ……おや!? ミヤビのようすが……!
 直接の出番が無くとも話題をかっさらっていくイセリナはさすがですね。
 なお、ガルマとシャアの『グフ要るか要らないか論議』は次回以降が本番です。
 シャア専用グフ爆誕は掴みのギャグってだけで。


>「グフの装甲は塗装が持つ表面保護や防錆、着色などの機能を一体化した、つまり塗装を必要としないものが試されているんだ」

 書籍『機動戦士ガンダム一年戦争全史 U.C.0079-0080 (上)』の記述にあるものですね。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第12話 ジオン脅威のメカニズム Bパート

「地上戦での主力として開発したモビルスーツが格闘戦特化というのはまずいだろう」

 

 グフの問題点について語るシャア。

 

「特に火力。5連装75ミリフィンガーマシンガンとあるが、ザクの120ミリマシンガン以下の威力にザクマシンガン以下の装弾数。しかも弾倉の交換すら不可能。これでは連邦軍の旧式戦車にも負けるぞ」

 

 つまり、ザク以下の火力しか持たない新型を開発してどうする、ということ。

 言わせてもらえれば、

 

「こんなものを装備して手持ち武器を扱えないようにするくらいなら、左腕にザクマシンガンを持たせていた方がマシだろう。モビルスーツの持つ汎用性を見事に殺しているぞ」

「ふむ?」

「ドダイとの連携を考え、通信機能を強化とあるが……」

「モビルスーツの迅速な展開がこれで実現されるからな」

「いや、それでなぜ格闘戦特化なのだ? ドダイの上からヒートロッドを振るったり、フィンガーマシンガンで攻撃するというのか?」

 

 まぁ、ミヤビの知る史実ではそれでミデアを墜としていたが。

 

「なるほど、君の言いたいことは分かった」

 

 ガルマは深くうなずくと、こう語る。

 

「モビルスーツに限った話ではないが、開発者の意図と現場の運用の乖離というものだな」

 

 実際には他にも開発を指示する上位者の意図、開発陣の中でも上と下の意識のズレ、実装に当たる技術者の「要求仕様が矛盾してるだろ! こうなったらここを変えることで……」といったつじつま合わせの仕様変更など様々な思惑が入り乱れる。

 ひとつのものを作るにも関係した人間の数だけ思惑があり、ましてや新しい誰も作ったことのないものであれば酷い矛盾すら内包するものとなるのだ。

 

「まず誤解を解いておこう。グフはザクの持つ汎用性を損ねたりはしていない。ザクの使える武器は大抵グフでも使えるぞ」

「なに!?」

「そもそもグフの内蔵武器は、技術発達によってアクチュエーター等の小型化、高出力化ができた結果、空いたスペースに入れられたもの」

 

 ガンダムNT-1アレックスの前腕、肘から先のほとんどが90ミリガトリング砲とその弾倉に占められているのと一緒だ。

 1/144のプラモデルが旧キットはおろかリメイクされたHGUCでも差し替え式で、青い部分のパーツが開いてその中にガトリング砲が入っているというイメージがあるが、実際には1/100、マスターグレードモデルで再現されているように肘から先、青い部分と白い部分が上下に割れて出てくるのだし、90ミリガトリング砲の真下には弾倉があるのだ。

 

 そしてグフに関しては、

 

「手持ちの武器を失っても戦える継戦能力の拡大。また格闘戦に移行する刹那、武器を抜くという動作を無くすことで機先を制する、としたものであって、それをメインの武器として固定運用せよなどとは言っていない」

 

 そういうことだ。

 

「ザクが使う火器は大半が右腕で操作するものだ」

 

 ソロモン戦で左手にビームスプレーガンを持ったジムが登場したように、地球連邦軍のモビルスーツは武装がアンビ、両利き対応となっているものが多い。

 これは地球連邦軍が旧アメリカ合衆国…… 左利きを矯正したりしない国民性を持った軍隊を母体としているためである。

 

 一方、ジオン軍のモビルスーツの兵装はスコープ(照準センサー)の配置がそうなっているように基本、右手で操作するようになっている。

 これはモビルスーツを最初に開発したのがジオンであるという側面が強い。

 基本的にモビルスーツの両腕は互換性のあるパーツで構成されるが、開発当初、右腕の負荷が高く劣化が進行してしまうという問題が発生した。

 人間は右利きの率が高いので、人間が操作するなら自然と右腕を酷使することになるという当たり前の原因だったが、それを解消するにあたってテストパイロットに左利きの人間が混じると現象の再現性が無くなる、ということもあって『主兵装の扱いは原則右手、左手は補助』ということで固定。

 そのことがあって、技術的に問題がクリアされた後も長らく両利き対応はされなかったのである。

 

「だから左手はフォアグリップを握る程度。それならフィンガーマシンガンを備えた左手でも普通に構えることができるだろう?」

 

 実際、ミヤビの前世の記憶の中でも第22話ではグフがザクマシンガンを持って登場し、劇場版ではジャイアント・バズを携行したグフがジャブローに降り立っている。

 これらの機体を通常のマニピュレーターに換装したもの、とする意見もあるが定説となるまでには至っていない。

 そもそもランバ・ラルのグフも、登場した第12話では左手でシールドのグリップを、そしてザンジバルへの引き上げワイヤーを握っているし、第19話ではヒートサーベルを握っているのだから。

 

「なるほど……」

 

 シャアは納得するが、

 

「とはいえ、実際にはそのようには運用されないだろうと、前線部隊からは言われている」

「なに!?」

 

 ガルマはいたずらっぽく笑うとタネ明かしをする。

 

「うん、実を言うとシャア、君が言うとおりグフの評価については賛否両論なんだ。だから私もこうして入院して時間ができたため、改めて各所の意見を聞いてみたんだ」

 

 つまり、

 

「なんだ、最初から想定QAができていたわけか」

 

 それですらすらと的確な回答が出てきたというわけか。

 

「感心して損をしたかい?」

「いいや、逆に堅実なやり方に感じ入ったよ」

 

 天才的なひらめきはなくとも、上の人間が現場の意見に対し真摯に耳を傾ける、それだけで組織の力は何倍にも跳ね上がるものなのだ。

 

「それで話を戻すが、現場の意見はこうだ。「仮にザクマシンガンを装備したグフが出撃したとして、ヒートロッドを使用した接近戦に切り替える際、そのマシンガンはどうするのか」と」

 

 シャアにとっては奇妙な質問だった。

 

「うん? 普通に手放して切り替えるだろう? ザクでもヒートホークを使う場合はそうする。何の問題も……」

「それは君がエースパイロットで、また宇宙を戦場としていた人間だからこその意見だ」

「それは…… 私が地球上での戦いを知らないということか?」

「戦い、と言うより戦場の実情だな」

 

 ガルマは語る。

 

「シャア、ジオンに開戦当初の力はすでにないというのは君も実感しているところだろう?」

「ああ、そうだな。実際、私も補給を依頼してパプアなどという老朽艦が来たとき、三機のザクを要求して二機しか来なかった時には失望したものだ」

 

 シャアは実体験を語るが、

 

「しかし宇宙はまだマシなんだ」

「なに? だが君の支配地にあるキャリフォルニア・ベースでは日々兵器を生産しているのだろう? その力は決して小さなものでは無いと思うが」

 

 戸惑うシャアに、ガルマはうなずく。

 

「ああ、物資はあるところにはある。しかしそれを前線に届ける手段が問題なんだ」

「補給能力の問題か……」

「宇宙なら、制宙権さえあれば補給はすぐだろう?」

「そうだな」

 

 実際、ガデムのパプアとて、ドズルに補給を依頼してから辺境のルナツー宙域までわずか1日たらずで到達している。

 宇宙という海、地球上で言う海運による補給船が、ダイレクトに前線部隊に届くからできることだ。

 

「しかし地球上ではそうはいかない。末端の前線に物資を届けるまでどれほどの労力と時間がかかるか……」

 

 第二次世界大戦中のドイツ軍を思い浮かべればいい。

 ドイツ軍は防寒具を十分用意せずにソビエトと戦争を始め、ロシアの冬将軍の寒さに撃退された、というのが一般的なイメージだが、実際には防寒具は用意されていたのだ。

 物資の集積地にはそれこそ、山積みの防寒具があった。

 ただ脆弱なインフラしかない、鉄道どころかぬかるみ泥にまみれた道とも呼べない道しかない東部戦線には、それを前線の将兵に届ける手段が無かったというだけで。

 

 そこまで酷くなくとも、戦線が拡大しきった地球上のジオン軍では補給能力、いや輸送インフラの脆弱性はかなり問題になっているのだ。

 

「つまり、次にいつ補給が受けられるか分からない状態でザクマシンガンを投げ捨てて接近戦に移るなどというぜいたくは、よほど恵まれた部隊でない限りできないということだ」

 

 そもそも無重力の宇宙なら手放しても浮いているだけで後で回収できるかもしれないが、重力下で手放したら落下の衝撃で破損の危険があるのだし。

 

「だからグフを支給したら大半の戦場では想定どおりの運用は成されず、ヒートロッドとフィンガーマシンガンの固定武装のみで戦うことになるだろうというのが現場の意見。つまり実情は君が危惧したとおりになるということだ」

 

 では、

 

「君はそれを知りながら、グフの生産を進めると?」

「……対策がないではない。マシンガンを投げ捨てるのがまずいのであって、ならば使用しない時には腰や背中などにマウントできるようにしてしまえば良い」

 

 ガルマは手元のタブレット端末を操作し、病室に持ち込まれた大型モニターに映像を映し出す。

 

「これが現在使われているM-120A1ザクマシンガンだ」

「うむ」

「水平に取りつけられた円盤型マガジンに、側面に突き出した照準センサー、これのせいでとても立体的で、かなりかさばるものになっている」

「ああ、だから君の主張には無理があるぞ。マウントしようにもどうにも邪魔になる」

「そうだな、ハードポイントにマウントして携帯するには薄さが必要だ」

 

 現在、連邦軍モビルスーツの登場によって、ザクのマシンガンも新型の開発が迫られている。

 一つの案が、従来のザクマシンガンの形状、レイアウトをそのままに、威力、貫通力の強化を狙ったもの。

 後にMMP-78と呼ばれるもので『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』登場のザクF2型が使っていたものだ。

 

 そしてその先に考えられているのが、後にMMP-80と呼ばれるもの。

 ザクII改やリック・ドムII、ゲルググMなどが使用するもので、速射性と命中率に優れる90ミリ弾を採用し、給弾方式が下部からの箱型弾倉に変更されて運用しやすくなっている。

 

「つまり新式の90ミリマシンガンなら薄く、腰部にマウントしても邪魔にならないか」

「ああ」

「しかし開発途上なのだろう? 弾薬切替に対する補給の問題もある」

「そう、つまり新型マシンガンが開発・供給されるまでのつなぎの手段が必要だ」

 

 ガルマが次にモニターに映し出したのはザクマシンガンだが、

 

「少しレイアウトが違うか?」

「ああ、ZMP-50Dと呼ばれるタイプだ。M-120A1と同じ水平に取りつけられた円盤型マガジンを持つが、取り付け位置が銃身上から右にずれている」

 

 ミヤビの前世で言えば『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』で登場したタイプだ。

 

「これは照準センサーを跳ね上げることができるため、少なくとも左側面はフラットにできるんだ」

「なるほど、そうすれば少しは機体にマウントしやすいか」

「さらに、これだ」

 

 モニターに映し出されたのは、円盤型マガジンが右側面に、縦に付けられているもの。

 ストックは付いていない。

 

「これはザクIIの登場以前に使われていたものだな」

 

 そう、ザクI、俗に言う旧ザクが使っていたZMP-47Dだ。

 照準センサーも跳ね上げることができるし、生産時期によっては照準センサーを省略されたモデルもある。

 

「これならさらに薄く、かさばらず携帯しやすくなるな」

 

 実際、ミヤビの記憶の中でも照準センサーを省略、短銃身化されたものを試作モビルタンク『ヒルドルブ』が近接防御用に車体後部にマウントしていた。

 

「問題は威力だが……」

 

 シャアの言葉に、ガルマもうなずく。

 

「ZMP-47Dは105ミリだからな。形状をそのままに120ミリ砲弾を使えるようにしたZMP-50B(型式をZMP-47/48Dとする資料もある)もあったが、口径が同じだけで現在のザクマシンガンに使われている弾薬とはまた別だ」

 

 ところが、である。

 

「しかしその辺を『闇研』で研究していた技術者…… と言うかガンマニア? が居てね」

「闇研?」

「開発者たちが上に秘密で、業務が終わった深夜にこっそりと開発活動を行うことさ」

 

 ミヤビの前世、日本企業でデジカメの先駆けとなったカシオのQV-10や青色LEDといった多くのヒット商品を生み出す元となったもの。

 NHKのドキュメンタリー番組『プロジェクトX』でも有名なやつである。

 

「何とZMP-47DやZMP-50BにZMP-50Dの部品を組み合わせるだけで現在ザクマシンガンで使用している120ミリ砲弾が使用できるそうなんだ」

 

 型式を見れば一目瞭然な同系列の火器だからこそ使える裏技か。

 ZMP-50Dは上面にマガジンを付けているが、実際にはガイドを使って側面から給弾しているもの。

 内部の機構は一緒なのだ。

 本国に照会して取り寄せた古い資料を漁れば、この系列の開発者が旧モデルとの部品の互換性を極力保つよう設計したことが見て取れ、それが生んだものとも言える。

 

 なお、この仕様のマシンガンは実際に作られており、それがZMP-50B(もしくはZMP-47/48D)である、としている資料もある。

 つまりザクI型のマシンガンの120ミリ改修モデルには、後のザクマシンガンと弾薬の互換性があるものと無いものがあり、それで型式の混乱があるのだ、というものだ。

 この辺、開戦直前の、しかも過渡期のものであるために情報が錯綜しているらしい。

 

「そういうわけで、改めてZMP-50Eの型式を与えて供給する予定さ」

 

 これなら接近戦への切り替え時にも手放さず腰部や背面などにマウントして携帯できるというわけだ。

 新式の90ミリマシンガンが開発されるまでのつなぎには十分。

 そうガルマは考えていたのだが、後にこれは意外な展開を産む。

 

 別にグフに限った話ではないのだ。

 ザクがヒートホークに切り替え、接近戦を挑む場合でもこのZMP-50Eならマシンガンを手放さなくて済む。

 また、ザクバズーカを装備した機体でも、予備としてZMP-50Eを腰にマウントしておけば継戦能力、そして自衛能力が跳ね上がることになる。

 ドムであってもジャイアント・バズを撃ち尽くした後のバックアップ、さらにはゲルググであってもビームを撃ち尽くした後、エネルギーを消費しない実弾兵器のバックアップは有効で。

 ガルマとこだわりの技術者のコラボが生んだZMP-50Eはあらゆる戦場で活躍することになるのだった。

 もっともガルマ自身は、

 

「これはあくまでつなぎ。これの生産拡大を求められたからと言って、本命の新型マシンガンの開発が遅れることは断じて許さんからな!」

 

 と、きつく部下に言い続けていたが。

 

 実際、過去の成功事例が次の技術開発を妨げるという話はよくあるのだ。

 自分たちの強み、得意技、ヒット商品にこだわり過ぎた結果、過去の栄光にすがるような形になり次のイノベーションに乗り遅れるというもの。

『ヤシマの人形姫』、ミヤビからそのあたりについて実話を基に聞いていたガルマは成功に溺れることなく危機感を持って対処する。

 つまりミヤビは自分で自分の首を絞めることになっているのだった。

 

 

 そしてさらに、新式90ミリマシンガン開発には障害が立ちふさがる。

 

 一つは使用する新型弾薬の開発が遅れていること。

 史実ではこれのせいで終戦間際まで配備がずれ込んでいた。

 

 もう一つはミヤビの前世の記憶の中で陸戦型ガンダム等で使用されていたコンパクトで取り回しの良いヤシマ重工製100ミリマシンガン、YHI YF-MG100をヤシマ重工が売り込んできたことである。

 MS-04ブグでも使われていたYHI YF-MG100の先行モデルを使ってプロトタイプグフ機動実証機でもテストするなど根回しは既に行われており。

(これはミヤビの前世の記憶でもオリジンで行われていたこと)

 供給面もヤシマ重工北米工場で生産を行えば良いし(これは地球連邦軍に対する言い訳にもなる。つまり「占領された北米の工場で生産ラインがジオンに接収されてしまったんです」ということ)、アナハイム・エレクトロニクス社等、他社にライセンス生産を頼んでも良い。

 弾薬は従来のザクマシンガンとの互換性は取れないが、それは開発中の新式90ミリマシンガンも同じ。

 またYHI YF-MG100は地球連邦軍にも供給中なので、鹵獲することができれば銃も弾薬もそのまま使うことができる。

 標準のボックスマガジンの装弾数は48発。

(一部に装弾数は28発とする資料もあるが、そういう小容量弾倉もあるというだけの話)

 マガジンチェンジが簡単なこともあり継戦能力も十分。

 何より前述のようにガルマが語った問題も、コンパクトなYHI YF-MG100なら問題なくクリアーできる。

 

 というもの。

 新式90ミリマシンガンがこの先生きのこり、無事開発できるのか、非常に微妙な情勢になるのだった。

 

 

 

 右舷後方から迫るザンジバルに、ホワイトベースは右舷メガ粒子砲で攻撃……

 ホワイトベースはその砲の配置上、正面以外には撃てる砲が非常に制限されるという弱点があるのだ。

 まぁ、ホワイトベースは航空戦艦と言うより航空母艦に艦砲を載せたようなもの。

 旧日本帝国海軍で言うなら航空戦艦の伊勢、日向などより、重巡洋艦の主砲と同じ20センチ連装砲、単装砲を積んで砲撃戦も可能だった空母、赤城、加賀の方に近い代物だ。

(なお、赤城、加賀の連装砲は大改装で撤去されたが単装砲は最後まで残されている)

 

 そして案の定、ホワイトベースは敵の連装砲の反撃を受ける。

 

『第6ブロックに被弾!』

 

 右舷エンジンブロックからの報告。

 ブライトはキャプテンシートの送受話器を取り上げ、

 

「振り切れないのか?」

 

 とエンジン出力を上げられないかと問うが、それには舵を握るミライから、

 

「無理です。相手は突入速度を利用しているし、こちらはエンジンを……」

 

 という答えが返される。

 ブライトは覚悟を決め、

 

「よし、右舷の雲の中に突っ込め」

 

 と指示する。

 

「嵐の中に入ることになるけど、いいんですか?」

「そうだ。ビーム砲の威力は半減するが、やむを得まい」

 

 大気中の水蒸気はメガ粒子砲を減衰させる。

 背後から追われている以上、唯一の反撃手段であるメガ粒子砲すら封じられてしまうのは痛いが、今は逃れることが先決だった。

 

「了解」

 

 そうしてホワイトベースは積乱雲の中に突っ込むことになる。

 当然ながら、

 

「あっ!」

 

 空に走る稲光。

 雷を間近に見ることとなる。

 

 

 

「ああっ」

 

 生まれて初めて見る雷に、悲鳴を上げる子供たち。

 

「なな、なんだい、今のは?」

「ジ、ジオンの新兵器?」

 

 ビビるカツ、レツ。

 しかしキッカは、

 

「大丈夫よ! どんな新兵器が来てもガンキャノンが守ってくれるもん」

 

 と強がる。

 ミヤビが聞いていたら、前世で読んだ小説『銀河英雄伝説』で帝国軍の双璧、ロイエンタールとミッターマイヤーが交わしていた会話を思い出しただろう。

 

「女ってやつは、雷が鳴ったり風が荒れたりしたとき、何だって枕に抱きついたりするんだ?」

「そりゃ怖かったからだろう」

「だったらおれに抱きつけばよかろうに、どうして枕に抱きつく。枕が助けてくれると思っているわけか、あれは?」

 

 ……冷静に考えれば雷に対してはロイエンタールに抱き着いたって、枕同様無力なのだが。

 そしてガンキャノンも同じように、雷を防いでなどくれない。

 自動車みたいに乗っていれば感電を防いではくれるかもしれないが。

 

 なお、厳密に言うと落雷を受けたら車ならボディーが傷ついたり電気の通り道になったタイヤがバーストしたり、乗っていても金属部分に触れていたら感電する、ということもあるので絶対安全というわけでも無い。

 電子機器などへの被害もあるし。

『機動戦士ガンダム第08MS小隊』にて、グフカスタムのヒートワイヤがガンダムEz8を沈黙させていたのは、ファンタジーでも何でもない、実際にありうる現実なのだ。

 

 

 

 一方、ホワイトベースを追い、雲の中に入ったザンジバルでも雷は観測されていた。

 

「空が光ったァーッ!!」

「う…… うろたえるんじゃあないッ! ジオン軍人はうろたえないッ!」

 

 大変な騒ぎだ。

 

「た、大尉、連邦軍の新兵器です!」

 

 悲鳴を上げる兵に、ラルは一喝。

 

「うろたえるな! これが地球の雷というものだ」

「あなた……」

 

 不安げに身を寄せるハモンに、ラルはなだめるように言う。

 

「以前に地球で見たことがある、大丈夫だ、ハモン。もっとも、こんなに間近で見ると恐ろしいものだがな」

「はい。でも、これが噂の雷と知れば。木馬の追跡を」

 

 しかしこれは、あまりお勧めできない選択だ。

 航空機は雷を受けてもそれを地面に逃すことができない。

 ではどうするかというと、放電索(スタティック・ディスチャージャ)から空中に放電して逃がしてやるのだ。

 そもそも航空機は空を飛ぶだけで空気との摩擦で静電気が溜まるものなので放電索は必須、ザンジバルにしてもコムサイにしても付いているだろうがしかし、

 

「放電索付けたら安全なはずなのに落雷で墜落した!? 改善しなきゃ(使命感)!」

「炭素繊維強化複合材(CFRP)による一体構造の主翼を採用! あれ? これ雷受けたら燃えるじゃん、表面にアルミ貼れ、アルミで電気の流れ道を作るんだ」

「放電索って電気の通り道をきちんと考えて設計しないといけないんだなぁ」

 

 という具合に、過去の事故事例や技術発達により積み重ね、蓄積されてきたノウハウというものがあって。

 コロニー国家でドップもガウもコンピューターシミュレーションによって開発しました、というジオンにそれがあるかというとかなり疑問なのだ。

 

 まぁ、逆に従来の常識に捕らわれない発想による優れた面があるのも確かで、コムサイはもちろん、ザンジバルにしてもホワイトベースのミノフスキークラフトのような反則的手段によらず、あんなものが推力任せとはいえリフティングボディ機として飛んでいる、という点では大したものなのだが。




 ガルマとシャアのグフ要る要らない談義本番。
 ザクマシンガン、特にZMP系ものは書籍によって書いていることがまったく違っていて。
 今回の話を書くのに大変な苦労をしました。
 しかし同様に苦労したガルマたちの努力も、ミヤビパパがあっさりと破壊的イノベーションで潰してしまいかねないオチなんですが。
 どうなるんでしょうね、これ。

 まぁ、グフ要る要らない談義はまだまだ続きますし、次回はグフとの戦闘も始まりますのでご期待ください。


> なお、この仕様のマシンガンは実際に作られており、それがZMP-50B(もしくはZMP-47/48D)である、としている資料もある。
> つまりザクI型のマシンガンの120ミリ改修モデルには、後のザクマシンガンと弾薬の互換性があるものと無いものがあり、それで型式の混乱があるのだ、というものだ。
> この辺、開戦直前の、しかも過渡期のものであるために情報が錯綜しているらしい。

 ZMP系の型式は滅茶苦茶混乱していまして、書籍によって書いていることがまったく違います。
 ここに挙げているほかにも色々と説があって、書ききれないのでした……


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第12話 ジオン脅威のメカニズム Cパート

 高度を下げるホワイトベース。

 

「右舷メインエンジン推力低下。さっきのが効いてます」

 

 報告を受けたブライトは逡巡する。

 

「まずいな、こんな時に。ECMを」

 

 ECM(Electronic Counter Measures)、つまり電子対抗手段は敵のレーダーや通信を妨害するものだ。

 一年戦争勃発後はミノフスキー粒子の散布と併用されている。

 とりあえずできることを指示するブライトだったが、

 

「最大出力で発信しています」

 

 と、ミライからの返答。

 操舵しつつもその辺まで把握している彼女は優秀だ。

 姉であるミヤビと違って……

 

「ミライ、どこかに着陸してやり過ごす。このままではミノフスキー粒子を無駄にするだけだ。できるか?」

 

 というブライトの無茶振りにも、

 

「やってみます」

 

 と答える。

 オペレーターのマーカーがすかさず、

 

「前方、赤外線監視モニター開きます」

 

 とサーチを開始する。

 ブライトはさらに、

 

「レーザーセンサー、地形読み取り開始」

 

 と指示。

 高度を下げ、雲の下まで出たのでレーザーによる地形読み取りもまた可能となっていた。

 モニターに映し出される群島。

 

「あそこだ。方位、進入角確認」

 

 コンピュータで計算、

 

「やれるか? ミライ」

「は、はい」

 

 そしてホワイトベースは島陰に隠れると停止。

 

「ホワイトベース、速度0」

「よーし、よくやってくれた、ミライ」

 

 ほっと息をつくミライにブライトは声をかけ、

 

「ガンキャノン、ガンタンク、ドラケンE改出撃用意。対空砲火用意!」

 

 戦闘のための指示を出す。

 それを受け、主砲および各銃座がせり出し、戦闘に備える。

 

 

 

「木馬が完全に消えました。レーザーサーチの網からも抜けたようです」

 

 ザンジバル側ではホワイトベースを失探(ロスト)していた。

 ラルは、

 

「この暴風圏からは抜け出しはせん。滞空時間の許す限り捜索を続けろ」

 

 と、指示。

 

「はっ、180度赤外線カメラ開放。聴音センサー、反応ありません」

 

 モニターに映し出された地形データをにらみ、ラルはうなる。

 

「島が多い所だな?」

「はい」

「不自由なものだ。レーダーが使えればすぐにでも捜しだせるものを……」

 

 

 

 ホワイトベース上空を飛んでいくコムサイ。

 

「ゆき過ぎてくれよ」

 

 そう祈るブライトだったが……

 

 

 

「間違いないのか?」

「あ、はい、磁気反応が強すぎます」

「発光信号FWだ」

 

 コムサイから信号弾が打ち上げられる。

 

 

『ランバ・ラル様、今発光信号が来ました。後方七時の方向です』

「稲妻の見間違いではないのだな?」

『はい』

「ようし、急速ターン」

 

 ホワイトベース発見の報に、ザンジバルは回頭、戦闘態勢に入る。

 

 

 

「敵機接近」

 

 やはり駄目だったかとブライトは歯噛みするが、仕方がない。

 

「主砲開け。ガンキャノン、ガンタンク、ドラケンE改発進用意。ミサイルも発射だ! 照準は適当でもいい、牽制になる」

 

 

 

 ホワイトベースから砲火が上がるが、ザンジバルには当たらない。

 

「ほう、あれが噂の木馬か。データーを収集しろよ」

「はい」

 

 

 

「………」

 

 いつもどおり、ドラケンE改のコクピットで静かに発進を待つミヤビ。

 その凍り付いたような美貌に変化はない。

 

 

 

「やはり指揮官らしく収まってるあなたより、こうやって出撃なさる時のあなたを見る方が好きだわ」

「私もそうだ。この方が似合ってると思う」

 

 ハモンと言葉を、そして口づけをかわすラル。

 

「では。兵には手を出させるなよ」

「はい」

 

 

 

「アコース、コズン、用意はいいか?」

 

 部下に確認するラル。

 

『はい大尉』

『準備OKです』

 

 待機中のザクから、部下たちの返答が帰って来る。

 そして、ラルが乗り込むのは青い機体。

 最新鋭機のグフだ。

 

 ガルマとシャアの会話にあったように、グフはザク用の火器を扱える。

 しかしラルは固定武装とシールドのみで出撃する。

 これはガンキャノンの装甲にザク用の火器は効かない、ドラケンE改はバリヤーを張って無効化する(注:誤解です)ということが分かっているからだ。

 ザクマシンガンを装備したザクを両翼に置いての先方装甲突撃(パンツァーカイル)による接近戦で仕留める。

 そういった戦術である。

 

「アコース、コズン、我々が地球で戦うのは初めてだ。敵のモビルスーツが出てきても深追いはするな」

『了解』

『了解』

 

 とりあえずは肩慣らし、様子見と言ったところだ。

 

「ハモン、行ってくる」

『戦果を期待します』

「ハハハハハ、あせるなよ、ハモン」

 

 そう言いつつも、隙あれば獲物をしとめて見せるだろう。

 ランバ・ラルとはそういう男だ。

 彼のグフは二機のザクを従え降下を開始する。

 

 

 

『申し訳ありません。我々はこれ以上現在位置に滞空する訳にはいきません』

 

 僚機のコムサイからは滞空時間の限界の報告が入る。

 ハモンはラルに成り代わり回答する。

 

「ご苦労でした、基地へお向かいなさい。すぐ追いかけましょう」

『了解、御武運をお祈りします』

 

 

 

「どういうこと? ブライト、コムサイは離れていくわ」

「燃料の問題だろう。これでこっちにも勝ち目はでてきた」

 

 ブライトはキャプテンシートの送受話器を取り上げモビルスーツデッキに指示。

 

「ガンキャノン、ガンタンク出撃どうした? ザクは降りているんだぞ」

『それが、地面に干渉してかハッチが開かないんです。ミライさん、ホワイトベースを少しだけ浮かせてくれますか?』

「え、ええ」

 

 左舷モビルスーツハッチを開くため、ミライはホワイトベース浮上のための操作を開始する。

 しかしこのままではまずい。

 

「右舷モビルスーツハッチはどうだ? ドラケンは!」

『は、はい。大丈夫です』

 

 慌てたように回答したのは、ミヤビではなくドラケンE改のサポートAIであるサラ。

 

『ドラケンE改行きまーす!』

 

 

 

「くっ!?」

 

 カタパルト射出されるドラケンE改。

 Gウォームも兼ねた強力な加速によりシートに押し付けられるミヤビ。

 そして目前に迫る岩肌!

 

(なになに、何事ーっ!?)

 

 とっさにスロットルを操作し、サラの補助もあって岩山に乗り上げるように着地する。

 

 ミヤビの知る史実ではこの戦い、アムロが『新米の兵隊のよくかかる病気』、おそらく心因的なものだろうが、それにより虚脱状態に陥っていた。

 今のアムロはミヤビのケアでそのようなことにはなっていなかったが、一方で前回の戦闘で滅茶苦茶ヒドイ目に遭ったミヤビはこの病に侵されていたのだ!

 

 しかし、である。

 ミヤビは『ヤシマの人形姫』と呼ばれるとおり、感情が顔に出ない性質。

 それゆえ彼女がそのような状態に陥っていたとは、誰も気づかなかったのだ!

 

 ミヤビの記憶の中のアムロは荒療治として無理やり出撃させられてショックで覚醒していたが、期せずしてまったく同じようにして我に返るミヤビ。

 その彼女が乗るドラケンE改を、不意に伸びてきた電磁ムチが襲う!

 

「っ!?」

 

 ドラケンE改は、とっさにのけ反るようにして回避。

 しかしアクチュエーターが伸び切った状態ではバランスを取ることも踏ん張ることもできずに岩山を転げ落ちる。

 

(あああああ!?)

 

 背面のロケットエンジンで落下速度を殺すが、それでもかなりのスピードで地面に叩きつけられた!

 6点式ハーネス(シートベルト)の付いたバケットシートを支える機械式ダンパー、メカニカル・シート・アブソーバーが和らげ、さらにオフロードバイク用のブレストガードを装備しているのと同等以上のプロテクション性能を持つセイフティバー、ジェットコースターに使われているようなバー式の安全装置がミヤビを肋骨や鎖骨などの骨折から守ってくれるが、そうでなければ負傷していただろう。

 涙目のミヤビはドラケンE改を立ち上がらせながら顔を上げ、

 

(ウソ……)

 

 HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)に映し出された青いモビルスーツに愕然とする。

 二機のザクを両翼に従えたそれは、ミヤビの、そしてドラケンE改の鬼門。

 

(グフ、それもこれ、ランバ・ラルの!?)

 

 絶対に当たってはいけない敵に、単独で接触してしまったこの状況に愕然とするミヤビ。

 気分はアレだ、『機動武闘伝Gガンダム』のキャラクターデザイン協力でおなじみの島本和彦先生のマンガ『逆境ナイン』で初回、主人公がピッチャーライナーを顔面に受けて失神、目を覚ましたら試合はすでに9回で、点差は3対112に開いていた、というやつ。

 自分があずかり知らぬうちに話は進み、気づいたら文字どおり絶体絶命のピンチ、逆境である。

 

 

 

「ジオンの新型モビルスーツ!?」

 

 ブライトは思わずシートから立ち上がる。

 

「ガンキャノン、ガンタンク、ミヤビさんを援護しろ。ホワイトベース各機銃座、援護急げ」

 

 

 

 ホワイトベースの各砲座から、猛然と砲撃が放たれ、着弾によりグフたちの姿を覆い隠すほどの爆炎が上がる。

 そしてその余波は、岩山のふもとに居たドラケンE改にまで波及する。

 流れ弾の直撃こそなかったが、崩れた大岩が押しつぶさんとばかりに降り注いでくるのだ。

 

『やめてください、しんでしまいます』

 

 サラの悲鳴は余裕があるようにも聞こえる平坦なトーンだが、これは回避に必死になるあまり感情表現に振り分けるリソースが無いだけである。

 そして、その言葉にドラケンE改の惨状にようやく気付いたホワイトベースからの砲撃が止むが……

 

(しまった!)

 

 同時にそれは敵に反撃の隙を与えるものでもある。

 グフの左指に仕込まれた5連装75ミリフィンガーマシンガンと、その両翼を固めるザクのマシンガンによる砲撃がドラケンE改に集中する!

 

「ジェットローラーダッシュ!」

 

 ミヤビはとっさにスロットルを踏み込み、ドラケンE改背面のロケットエンジンを利用して加速、緊急回避する。

 

 

 

「よくぞかわしたっ! すさまじいスピードだ!」

 

 ドラケンE改の動きに驚嘆するラル。

 

 

 

『なっ! 何です、あのモビルスーツ!』

 

 驚愕の声を上げるのはサラ。

 

『逃げるので手一杯ですっ。速度が足りなかったらコクピットが吹き飛ばされていました! こちらの性能が見切られているんですか!?』

 

 ドラケンE改は『かわした』のではなく『よけられなかった』のだ。

 だからミヤビは奥の手であるジェットローラーダッシュまで使ってフル・パワーで離脱せざるを得なかった。

 

 グフの左指に仕込まれた5連装75ミリフィンガーマシンガンは水平に構えて撃たれるため、当たり前だが散布界が横に広がる。

 これは2Dの縦スクロールシューティングゲームで5wayショットを自機ではなく敵機が使ってくるようなもの。

 地上を回避するドラケンE改には、これが非常にかわしにくいのだ。

 そういう意味でドラケン殺し、文字どおりドラゴン特効のドラゴン・スレイヤーとでも言うべき攻撃だった。

 

 ジャンプで回避すればいい、と思うかもしれないが……

 

 

 

「シャア、クレー射撃や鳥撃ち用のショットガンにはサイトが付いていないものがあるが何故だと思う?」

 

 ガルマの問いに、シャアは答える。

 

「そうだな、散弾を使うからということもあるが、『銃身自体がサイト』で『銃を構えることが照準』だとも言える」

 

 銃身上にある反射防止のミゾが刻まれたリブと呼ばれるものが照準器の役割を果たす、とも言われるが、意味するところは一緒だ。

 

「クレー射撃や鳥撃ちなど、素早い照準を必要とするものでは、フロントサイトとリアサイトを一々合わせて撃つ余裕などない。それゆえ『直感的に、指し棒で対象を指し示すようにして撃つ』のだ」

 

 ガルマはうなずいて、

 

「モビルスーツは服、スーツと名前が付いているように歩兵が服を着たかのように身にまとい操ることができるもの。だから人体と同じように人間が直感的に動きを把握し、操ることができるわけだ。それゆえに射撃武器もまた人間工学的に優れたものがもっとも適していることになる」

「うむ」

「ショットガンが『銃身自体がサイト』で『銃を構えることが照準』であり『直感的に、指し棒で対象を指し示すようにして撃つ』のであれば…… もっと簡単に、射撃訓練を受けていない者でも普段当たり前に行う動作、手で、そして指で物を指し示す行為、それをするだけで照準が付けられ撃てるとすればどうだろう」

 

 つまりそれは、

 

「グフが指さすだけで相手は死ぬ、か……」

 

 シャアは驚嘆する。

 

 そう、それがこの武装の恐ろしさだ。

 後のニュータイプ機、サイコミュ試験型ザクから始まってジオング、サイコガンダム、サイコガンダムMk-2。

 さらに言えばα・アジールの有線サイコミュ式メガ・アーム砲やネオ・ジオングの大型アームユニットが五指に相当するビーム砲を備えるのは、こういった人間工学的に優れた面があったからのことなのだろう。

 

「ライフルでは撃ち落とすことが困難な飛び立つ鳥を撃つためにショットガンは使われ、その腕を競うクレー射撃の、的の射出速度は時代の流れと共に高速化していった」

 

 グフのフィンガーマシンガンは、そのショットガンを上回るもの。

 つまり、

 

「通常では迎撃不能な不意を打ってのドラケンのジャンプ攻撃。それすらグフの5連装75ミリフィンガーマシンガンは撃ち落とすことができるだろう」

 

 そしてそれが分かっているからこそ、ミヤビはジャンプで逃げる手を封印しているのだ。

 

「なるほど、75ミリというザクマシンガン以下の威力に目をつぶればかなり有効なものなのだな」

 

 そう言うシャアにガルマは笑う。

 

「何を言ってるんだシャア。威力など敵の装甲を破れるだけあれば十分だというのは、あのドラケンが証明してくれただろう?」

「っ!? それは……」

 

 

 

『ミヤビさん、上です!』

 

 サラからの接近警告。

 グフは両翼のザクからの援護の下、ジャンプで飛び込んでくる!

 

 ザクでもロケットエンジンを利用した数キロメートル単位のジャンプは可能だったが、グフはそれ以上の能力を誇る。

 ロケットエンジンの推力、重量あたりの推力比が上昇しているわけでもないのにジャンプ能力が向上しているのは初期加速に使う地面を蹴る力が向上しているためだった。

 脚力が、ではないのは人間同様、ジャンプには全身のばねを使う必要があるから。

 そしてもちろん、単純なアクチュエーターの出力向上以外に全身を協調一致させて力を収束させることのできるハード、ソフト両面の進歩があってのことだ。

 走り高跳びや走り幅跳びの選手と素人では、同じ筋力を持っていても跳べる高さ、距離が違うよね、ということ。

 

「対空迎撃!」

 

 ミヤビは狙いをろくにつけず、牽制の短距離ミサイルを撃ちっぱなしの赤外線画像(IIR)自律誘導で放つ。

 このミサイルは他にもレーザー誘導、有線誘導等、複数の誘導方式を切り替え、併用することができ、ミノフスキー環境下でも機能するのだ。

 しかし、

 

(撃ち落とされた!?)

 

 ミサイルは即座にグフのフィンガーマシンガンに撃墜される。

 

『ミヤビさん、これは!』

 

 ミヤビにもサラが言いたいことは分かる。

 

 グフはジャンプ力、つまり上方向への機動力に優れている。

 これは後に地上用モビルスーツの決定版と呼ばれる重モビルスーツドムには無い、グフゆえの長所。

 ミヤビの前世の各種ゲームでも、使い比べると分かった。

 ドムは移動速度は高いがあくまで地面を走る二次元の兵器。

 それに対しグフは三次元、高さのある立体機動が可能。

 

 つまりはドラケンE改と同様、ジャンプしての上空からの撃ち下しが可能なのだ。

 そしてゲームでは再現されていないが……

 

 

 

 うなるシャア。

 

「なるほど、ドラケンがマゼラアタックを一方的に蹂躙して見せた、ジャンプによる上空からのトップアタック、あれがグフにも可能だということか」

 

 地上の戦闘車両は正面や側面の装甲は厚くても上面装甲は薄くできている。

 これはそこまで厚くしてしまうと重くて動けなくなるため。

 また乗降用のハッチなど、どうしても弱くなってしまう部分が存在する。

 それゆえミヤビの前世、旧21世紀でも120ミリ戦車砲の直撃にも耐える主力戦車(MBT)をA-10サンダーボルトII攻撃機に搭載されたGAU-8アヴェンジャー30ミリガトリング砲が地上掃射で粉砕する、ということが可能だった。

 

 グフの5連装75ミリフィンガーマシンガンはザクの120ミリマシンガン以下の攻撃力しかない。

 しかしそれでも地上の敵戦闘車両の薄い上面装甲を上空からのトップアタックで一方的に蹂躙、撃破することは可能なのだ。

 これをやられたら連邦軍の61式戦車などあっという間に小隊単位で溶かされてしまうだろう。

 

 そしてガルマは笑う。

 

「それだけではないぞ、シャア」

 

 

 

 ミヤビの操るドラケンE改は荷重移動とアクセルワークでドリフト走行に移行、横滑りしながら空中のグフを右腕肘のハードポイントに装着された60ミリバルカンポッドで狙撃する。

 

【挿絵表示】

 

 しかし、

 

「シールド防御!?」

 

 グフはザクと違って本体から独立したシールドを持つ。

 そしてスーパーロボット大戦などシミュレーションゲームでおなじみのシールド防御は敵に使われるととても厄介なのだ。

 スパロボだと敵にはプレーヤー側ほど使ってこないよう補正が入っているほど。

 無論、現実ではそんな補正は存在しない。

 

『これ、ドラケンE改のジャンプ攻撃を……』

 

 叫ぶサラ。

 そう……

 

 

 

「ドラケンの一番の脅威、ジャンプからのトップアタックに対する、完全なる上位互換能力かっ!?」

 

 シャアが言うとおりの力だった。

 グフの場合、ドラケンE改ほどトップスピードは出ないが、ザク以上の装甲とシールドによる防御が撃墜を困難にする。

 対空弾は敵機の近くで爆発し破片の散弾を浴びせるものだが、ドラケンE改ならともかく、グフ相手には効かない。

 それなりの威力を持つ徹甲弾の直撃でしか墜とせないし、シールド防御されるとそれも通じない。

 つまり的の小ささとスピードでかわすピーキーで尖りすぎたドラケンE改より、安定性のあるグフの方がよほど使いやすいのだ。

 

「まぁ、そもそもジャンプに頼らずとも、威力をと言うなら普通に手持ちのマシンガンやバズーカを使えばいい。それならフィンガーマシンガンの出番はヒートロッドに持ち替え接近戦を挑む段階になり……」

 

 ガルマの言葉にシャアも納得する。

 

「そんな超近距離なら75ミリでも十分な貫通力を発揮するか……」

 

 そういうことだった。




 グフとの戦闘の開始。
 そしてフィンガーマシンガンのメリットについてでした。

 普通に考えればデメリットばかりが思い浮かぶフィンガーマシンガンですが。
 じゃあメリットは何だろう? って気になりませんか?
 少なくとも開発者はあると思ったから実装したんですよね?
 今回はその辺の考察をしたものです。


>「シャア、クレー射撃や鳥撃ち用のショットガンにはサイトが付いていないものがあるが何故だと思う?」

 この辺は様々ですし、時代によって移り変わりがあったり。
 最近はリブにサイティングの邪魔にならない小さなフロントサイトを付けるのが流行りですか。
 周囲の光を集めて発光する樹脂を利用し、小さくても目立つ、ということが可能となったために生まれたものですね。
 まぁ、流行り廃りがありますので、数年たったら消えたりするかもしれません。
 それにこのサイトは補助的なものですので、クレー射撃のサイティングの基本はあくまでシャアの語ったものとなります。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第12話 ジオン脅威のメカニズム Dパート

 一方、

 

「こ、これは!?」

 

 シールドで60ミリバルカンを防御しながらも、ラルはその正確な射撃に驚いていた。

 まぁ、サラのサポートによる補正が効いているゆえのものだったが、ラルには分からない。

 

「し、しかし、ヒートロッドに耐えられるかな?」

 

 グフの右腕から伸ばされる電磁鞭が、ドラケンE改の60ミリバルカンポッドに絡みつく!

 

 

 

「バルカンポッド、パージ! フルリバース!!」

 

 ミヤビはとっさにバルカンポッドを切り離し、ドラケンE改を全力で後退させた。

 ドラケンE改のローラーダッシュ機構はモーター駆動。

 瞬時にタイヤを逆回転させることができる。

 だからこその離脱スピードだ。

 そして、

 

(弾薬誘爆危機一髪ーッ!!)

 

 間一髪のところでバルカンポッドが爆発!

 弾倉内の弾薬が誘爆したのだ。

 搭載される60ミリ弾は電気式雷管を備えており、電撃を加えられたら暴発するのは当たり前。

 落雷により電気式雷管が発火しての爆発事故事例は実際にあることだし。

 また電気的に大丈夫でも、熱でやられるというのがヒートロッドという武器だ。

 

 そしてミヤビにとってもヒートロッドは鬼門だった。

 そもそもミヤビに限らず強電関係について学んだ技術者は大抵、こういうのは大っ嫌いになるものだ。

 何しろ電気は目に見えないにも拘わらず「そいつに触れることは死を意味する!」というもの。

 高圧大電流なら一瞬でグロ画像と化すし、電圧が低くても条件次第で死ぬときは死ぬ。

 勉強していればその危険性は嫌でも理解できるし、業界に居れば人身の事故事例情報も多く流れてくる。

 時には、

 

 引っかかった凧を取ろうとして高圧線に触れ感電死した遺体が高圧線にぶら下がったままになり、送電を止めてそれを降ろしてきた当人から、遺体の損傷状況を聞く。

 

 などということも。

 語ってくれた当人は豪胆な人物だったがそれでも、

 

 事務所や自宅に塩を盛った。

 報告のため現場写真を撮ったがその後、処分した。

 お祓いをしてもらった。

 

 というのだから、その酷さが実感できるだろう。

 おかげでミヤビは静電気が大っ嫌いだし、電気風呂は怖くて入れない。

 ヒートロッドを持ったグフが現れても絶対に戦わないぞ、頑張ってアムロ君!

 と心に決めていたのにこの状況。

 まさにグフカスタムを駆るノリス・パッカード大佐の、

 

「怯えろお! 竦めえ! モビルスーツの性能を生かせぬまま、死んでゆけ!」

 

 というセリフそのままの状態である。

 顔に出ないから、周囲には気付かれないのだが……

 

 

 

「やる、あのモビルスーツのパイロットめ。よくも自分の弾薬の爆発でやられなかったものだ」

 

 感嘆するラル。

 もっともドラケンE改が爆発を回避できたのは、ミヤビが前世知識でヒートロッドの武器特性をあらかじめ知っていたこと。

 そして音声コマンド入力に対応し、人間の感情を理解するがゆえにパイロットのやりたいことを読み取りフォローしてくれるサポートAI『サラ』あってのこと。

 ミヤビ自身の操縦の腕はへっぽこなのだが。

 

『ラル大尉、右から!』

「なにっ!?」

 

 グフを狙う砲撃。

 両手を大地に突き、姿勢を低く安定させた状態で両肩の240ミリ低反動キャノン砲を撃つのはアムロのガンキャノン。

 なお、その肘関節を保護するエルボージョイントアーマーはこのような射撃姿勢を取る場合に関節部を固定し安定性を高める機能も担う。

 

『もう一台出てきました』

「うっ、あれもモビルスーツか?」

 

 前進してくるのはカイとセイラのガンタンク。

 

 

 

「カイ、急いで」

「ああ、援護射撃をしてやってくれ。ミヤビさんが心配だ」

『トラベリング・ロック解除します』

 

 サラスリーは移動時に120ミリ低反動キャノン砲を支え故障を防止するトラベリング・ロックを解除し胸部上面装甲下に仕舞い込むと、射撃体勢に入る。

 

 

 

 ガンキャノン、ガンタンクの砲撃を回避しながらラルは命じる。

 

「私は噂のガンキャノンとやらに仕掛ける! アコース、コズンは他を抑えろ!」

『了解、クラッカーを使います!』

 

 アコースのザクがクラッカー、モビルスーツ用全方位破砕榴弾を投げつける。

 空中で6個の弾体が分離、広範囲で炸裂する!

 

 

 

「っ、く!」

 

 ミヤビは必死にクラッカーの効力範囲から離脱。

 標準サイズのモビルスーツならセンサーや関節部に破片が飛び込まない限り装甲で耐えられるものだが、ドラケンE改ではそうもいかないのだ。

 同時にガンタンクも動きを止めていた。

 つまり、ラルのグフがガンキャノンと一対一で当たることができる状況ができあがっていた。

 

 

 

「や、やってやる、やってやるぞ。新型のモビルスーツがなんだ!」

 

 腰部背面マウントラッチからヒートホークを抜き、ガンキャノンを突進させるアムロ。

 そう、またテム・レイ博士が徹夜してジオン規格の電力供給システムと兵器管制装置をガンキャノンに追加。

 使えるようにしたのだ。

 

 ミヤビからすると赤いロボットが斧を振り上げて戦うという時点でアニメ『ゲッターロボ』のゲッター1が使うゲッタートマホークなのだが。

 もしくはマンガ『ファイブスター物語』のアシュラ・テンプル。

 なお、アシュラ・テンプルは作中、目撃者抹殺のため斧で装甲をぶち割ったところへレーザーをかまして相手を破壊していたが、それはそのままゲッター1の戦い方でもある。

 ゲーム『スーパーロボット大戦シリーズ』や後のOVA等の影響でゲッター1の必殺技扱いになっているゲッタービームだが、実際には原作アニメの第一話ですでに敵に防がれている。

 そのためトマホークなど他の武装で敵の装甲をかち割り、そこにゲッタービームで内部から爆発させる、という戦い方をしていたのだ。

 しかし、

 

 

 

「アムロ、迂闊に近づかないで。あのモビルスーツの武器は、くっ!?」

 

 ミヤビはアムロに警告するが、しかしザクからの牽制射撃に言葉を続けることができない。

 

 

 

「うわあぁっ!?」

 

 ヒートロッドの攻撃で吹っ飛ばされるガンキャノン。

 尻もちをついたところに放たれる追撃を、しかし、

 

「わぁぁぁっ!」

 

 辛くもヒートホークで跳ね上げる。

 ヒートナイフでやるには刃渡り、リーチ的に厳しいので、アムロはヒートホークを使えるようにしてくれた父に感謝しなければならないだろう。

 たとえそれが、狂的技術者(マッド・エンジニア)の趣味に過ぎないとしても……

 

「サラツー!」

『やるよ!』

 

 そして背面ロケットエンジンを使って素早く立ち上がり、そのまま切れ目なく足裏のロケットエンジンを吹かして機体を浮かせることで疑似的にホバー走行を再現。

 グフに向かって突進する。

 

 グフは盾を構えているため、その胸板に肘打ちを叩きこむエルボータックル、ミヤビの言うところの斬影拳は使えない。

 ならばどうするか!

 

 

 

「ダッシュグランドアッパー? いえ、あれはダッシュグランドスマッシュ!?」

 

 ミヤビは目を見開く。

 彼女の前世にあった格闘ゲーム『ストリートファイターIV』でボクサーのバイソンが使っていた突進技だ。

 スマッシュと呼ばれるパンチは、フックとアッパーの中間のパンチ。

 あのマイク・タイソンのピーカブースタイルの防御を掻い潜るために、ドノバン”レイザー”ラドックが生み出したとも言われるもの。

 そのためかゲームでもアーマーブレイク属性を持っていた。

 

 

 

「おおっ!」

 

 盾の防御を掻い潜るような、左斜め下からのスマッシュがラルのグフの胴体を捉える。

 さらに殴った反作用を利用して右手に構えたヒートホークが振るわれた。

 

「やるな!」

 

 しかしそれをラルは踏み込んで、構えたシールドでガンキャノンの腕を受けることで無効化。

 

「ザクとは違うのだよ、ザクとは」

 

 と、ラルが言うとおりの力でガンキャノンの連撃(コンボ)をそこでストップさせると、回し蹴りを叩き込む!

 

 

 

「うあっ!」

 

 蹴り飛ばされるガンキャノン。

 

「こ、こいつ、違うぞ。ザクなんかと装甲もパワーも」

『アムロ、立って!』

 

 そこにミヤビからの通信、そして援護のミサイルが放たれる。

 

 

 

 ドラケンE改からのミサイルをコンピュータの補助により最小限の動きで避けようとしたラルだったが、計算エラーと脅威警報に目を見張る。

 

「これは!」

 

 乱数が2つもある!

 弾道の解析ができない!

 ラル自身の能力で見切るしかない、だと!?

 

 

 

『このミサイルは誘導性の低い撃ちっ放しではなく有線で放って誘導しているんです。つまりミヤビさんと相方(パートナー)である私の、愛の共同作業です!』

(このAI何言ってるの!?)

 

 サラの言葉に呆れながらも、ミヤビはバルカンポッドをパージすることにより空いた右の操縦桿でミサイルをコントロールする。

 

 

 

「ちいっ!」

 

 ラルはとっさにフィンガーマシンガンでミサイルを撃墜するが、ガンキャノンはその隙に離脱。

 距離を置いて両肩の240ミリ低反動キャノン砲を使った砲撃戦に切り替えてくる。

 

 一方で戦場を確認すれば、部下の二機のザクはガンタンクの砲火に牽制されてよく動けないでいた。

 人間は本来、異なる目標に対し同時攻撃するマルチアタックには適応できない。

 しかしガンタンクは二人乗り。

 両肩の120ミリ低反動キャノン砲を頭部コクピットのセイラが。

 40ミリ4連装ボップミサイルランチャーを腹部コクピットのカイが制御することで、それぞれ別のザクを相手に戦うことができていた。

 そのために、ミヤビのドラケンE改がフリーになり、ラルの邪魔をしてくれたのだ。

 

「アコース、コズン、後退しろ。帰還するぞ」

 

 ラルはここが引き際かと、部下に指示。

 岩山の向こうに次々に離脱すると、そこにザンジバルが援護射撃を加えながら降下してくる。

 底部ハッチから降ろされる回収用ワイヤーにラルのグフは片足をかけ、左マニピュレーターでワイヤーを握って引き上げられる。

 

 

 

「収艦終了。ロック急げ」

 

 グフとザクの回収を確認し、ハモンは指示を出す。

 

「ブリッジに伝えよ。目眩ましの巨大投光機用意、戦線より離脱する」

 

 

 

「な、なんだ?」

 

 敵艦から放たれる光の洪水が、ガンキャノンのモニターを埋め尽くす。

 ザンジバルはこの時点ではまだ完成しておらず、後に四門のメガ粒子砲が搭載される位置には巨大投光機が搭載されていたのだ。

 

 ミヤビからしてみると、太陽を直視してしまう危険のある宇宙空間で使うモビルスーツのカメラに十分な大光量補正(フレア・コンペンセイション)機能が付いていないのはどういうことなの、という話だったが。

 実際にこうして効いているように、宇宙世紀の技術でも解決されていない問題なのだった。

 

 そしてモニターが回復した時には…… 

 

「に、逃げられた。というより、見逃してくれたのか?」

 

 ザンジバルは飛び去ってしまっていた。

 

 

 

『我々は今日この日に至るまで数々の英雄を失い、今またガルマも戦場で倒れた。

 しかし、これは敗北を意味するのか?

 否、始まりなのだ。

 地球連邦に比べ我がジオンの国力は30分の1以下である。

 にもかかわらず、今日まで戦い抜いてこられたのはなぜか?

 諸君、我がジオン公国の戦争目的が正しいからだ。

 そしてイセリナ嬢のように、地球連邦市民の中にもそれに気付き、賛同する者たちが生まれつつある』

 

 アムロやミヤビたちが帰還しブリッジに上がるとガルマの結婚発表、そしてギレンの締めの演説が流されていた。

 ブライトが、

 

「ジオンめ、あてつけに実況放送を世界中に流している。アムロも見ておくんだな」

 

 と言うが、実際には明確な意図をもって流されるプロパガンダであり、当てつけと言うならブライトの感情的な言動の方がよほどそれらしい。

 

 いや、それより、

 

(これ、大丈夫なの?)

 

 と冷や汗を流すミヤビ。

 ガルマは死んでいなかったし、イセリナと一緒になっているし……

 ミヤビの前世の記憶の中にあるシミュレーションゲーム『ギレンの野望 ジオンの系譜』でガルマが戦死せず「新生ジオン」の総司令官として立つルート、「ガルマの栄光~新生ジオン編~」に入ってしまったのでは、という話だ。

 もっともガルマを覚醒させたのはミヤビで、自分で自分の首を絞めていることになっているのだが……

 彼女はもちろん、それに気づくことはないのだった。

 

 

 

『一握りのエリートが宇宙にまで膨れ上がった地球連邦を支配して五十余年、宇宙に住む我々が自由を要求して何度連邦に踏みにじられたかを思いおこすがいい。

 ジオン公国の掲げる人類一人一人の自由の為の戦いを神が見捨てる訳はない。

 私の弟、諸君らが愛してくれたガルマ・ザビは戦いに倒れた。

 なぜだ!?』

 

「坊やだからさ」

 

 バーで飲んでいたシャアはこともなげにつぶやく。

 なお、格好つけてはいるが私服でサングラスを付けて、と変装しているのは、いつも不意に現れるイセリナが怖かったためだったりする。

 こうやって外に出て息抜きでもしないとシャアの寿命がストレスでマッハなのだ……

 空になったグラスを置くと、

 

「マスター」

 

 と酒場の主人に声をかけるが、そこに横から声がかかった。

 

「それは私に奢らせてもらおう、いいかね?」

 

 そう申し出る男を一瞥し、シャアは、

 

「親衛隊の者だな?」

 

 と言い切る。

 

「わかりますか」

 

 と苦笑する男。

 

「においだな。キシリアの手の者か?」

「ははは、さすがですな、少佐」

 

 などとシリアスぶっているが……

 この後、ドズルに見放されたのならキシリアの部下になったらどうかとスカウトする男と、別にドズルから処分など受けていないシャアとの間で話が食い違い。

 何とも間の抜けた顔を互いに見合わせることになるのだった。

 

 

 

『戦いはやや落ち着いた。

 諸君らはこの戦争を対岸の火と見過ごしているのではないのか?

 だが、それは罪深い過ちである。

 地球連邦は聖なる唯一の地球を穢して生き残ろうとしている。

 我々はその愚かしさを地球連邦のエリートどもに教えねばならんのだ。

 ガルマは、諸君らの甘い考えを目覚めさせる為に自ら戦場に立ち、倒れた。

 

 戦いはこれからである。

 我々の軍備はますます整いつつある。

 地球連邦軍とてこのままではあるまい。

 諸君の父も兄も、連邦の無思慮な抵抗の前に死んでいったのだ。

 この悲しみも怒りも、忘れてはならない。

 それをガルマは、身をもって我々に示してくれたのだ。

 

 我々は今、この怒りを結集し、連邦軍に叩きつけて始めて真の勝利を得ることができる。

 この勝利こそ、戦死者すべてへの最大の慰めとなる。

 

 国民よ立て。

 悲しみを怒りに変えて、立てよ国民。

 ジオンは諸君らの力を欲しているのだ。

 ジーク・ジオン!!』

 

『ジーク・ジオン、ジーク・ジオン、ジーク・ジオン、ジーク・ジオン……』

 

「こ、これが、敵」

 

 圧倒的な叫びにアムロは気圧されるが、

 

「何を言うか! ザビ家の独裁をもくろむ男が何を言うのか!!」

 

 というブライトの言葉にさらに混乱する。

 

「独裁?」

 

 そんなアムロに、

 

「まぁ、あれはプロパガンダだから、そのまま受け止めちゃダメってことよ」

 

 と、ミヤビは言う。

 

「民衆を動かすためのテクニックなの。ねぇ、アムロ、私のこと好き?」

「ええっ!?」

 

 突然何を言い出すのかこの人形姫は。

 妹のミライは、また姉さんは誤解を招くようなことを、と額を押さえるのだが。

 

「嫌いなの?」

 

 ミヤビの人形のような表情に変化はない。

 変化はないがしかし間近で見上げてくるその瞳には、悲しげな影があるような気がしてアムロは慌てる。

 

「い、いえ、嫌いじゃないですよ、もちろん!」

「じゃあ、好き?」

 

 わずかに首をかしげて再度問うミヤビに、アムロは追い詰められ……

 

「は…… はい」

 

 と、顔を真っ赤にしてうなずいた。

 そしてミヤビは、

 

「と、こんな風に「単純化した論理で、あれかこれかの二者択一を迫る」ことや「簡潔で断定的な語法、つまり強く言い切ることで細かい議論を拒絶する」ことで思考、と言うより論点を誘導するわけ」

 

 と続けるが、アムロはのぼせ上って聞いていない。

 そしてもちろん、ミヤビにはそれが分かっていない……

 

「別に独裁者じゃなくても政治家なら大なり小なり使っている手よ。選挙活動を聞いていれば分かるでしょう?」

 

 ミヤビの前世でも、有力な政治家はそうやって選挙に勝利し支持率を稼いで政策を推し進めていたものだ。

 逆にこの能力が無い政治家、特に日本の総理大臣のように大統領のような大きな権限を持たない国家元首は支持率の低下によりレームダック、死に体になりやるべきことが何一つできない状況に陥る。

 

「私もあれだけの能力があれば、もっと違った未来があったんでしょうけどね……」

 

 そうつぶやくミヤビは、彼女が企画しそして失敗した『コロニーリフレッシュプロジェクト』のことを思い出しているのか。

 

 実際、ミヤビのような理系脳の技術者は、こういった能力が低いことが多い。

 なぜかと言うと、正確性にこだわるからだ。

 文章や表現に誤りが無く、根拠となるデータやソースによる裏付けを元に、不確かなものはそうと断りながら理論を展開しなければならない。

 そんな論調から要旨を読み取るのは、普通の人間には難しい。

(その方面に知識を持つ人間には逆に説得力を持つのだけれど)

 増してやそんなことで民衆を動かすなど無理である。

 

 そして、それ以前の問題として……

 ミヤビは先ほどのやり取りで、フラウの表情がもの凄いことになっているのにも気づいていない。

 そんなポンコツな人間が他者の思考を誘導するなど、できるわけが無いのである。

 

 

 

次回予告

 敵、味方の入り組む所にアムロのふるさとがあった。

 人々の心はすさみ、母との出会いの中、二人にとって不幸が迫る。

「アムロにはスタン弾を込めたアーマーマグナムを渡しておいたから少しは安心ね」

 ミヤビの要らぬ気づかいで余計酷くなる相克、母との再会がアムロにとって安らぎにはならなかった。

 ゆえに次回『ミヤビがママになるんだよ!?』

 君は生き延びることができるか?




 グフとの戦闘の続き。
 そしてギレンの演説でした。
 ガンキャノンには格闘武器としてザクのヒートホークを追加してみましたが、どうでしょうね。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第13話 ミヤビがママになるんだよ!? Aパート

 この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。

 車の運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。

 

 

 

 人類のすべてをみずからの手に収めようとするザビ家のジオン公国は、月の向こうに浮かぶ巨大な宇宙都市国家である。

 その独裁を撃破すべく地球連邦軍は、地球上で、宇宙で、執拗な抵抗を続けていた。

 一方、ジオンの宇宙巡洋艦の攻撃を逃れたホワイトベースは、宇宙都市サイド7を脱出して地球に降りたった。

 しかし連邦軍と連絡の取れぬまま少年達は戦い続けなければならなかった。

 それは恐怖の連続であった。

 

 

 

 日本列島、山陰地方の海岸に停泊するホワイトベース。

 陽光が降り注ぐ白い砂浜でクルーたちはつかの間の休息を取っていた。

 

「わーい」

「わっ、やめろよ!」

 

 海に入って水を掛け合うカツ、レツ、キッカたち。

 そして、

 

「よいしょっと、なんとなんと、おおっ……」

 

 柔道着姿でがっぷり組み合うリュウとハヤト。

 はだける胸元、飛び散る汗!

 ミライやセイラが水着姿で日光浴しているのに見向きもせず、男同士でくんずほぐれつをするのだからこの二人、本当に仲がいい。

 

「太陽の光が一ヶ所から来るってわざとらしいわね」

 

 色素の薄い瞳をサングラスで保護しながらビーチチェアで日光浴をするセイラ。

 その感想は、スペースノイド特有のもの。

 一方で、零れ落ちんほどの爆乳をセパレートの水着に包んだミライは、

 

「……でも、これが自然というものなのね」

 

 と、周囲に広がる自然に目を細めながら言う。

 その言葉にセイラも、

 

「そうね。宇宙の広がりというのはこういうことを言うのよね、きっと」

 

 と納得するのだが。

 

「……姉さん、いい加減覚悟を決めたら?」

 

 ミライは先ほどから沈黙しているミヤビに声をかける。

 

「姉さんがそういう格好に抵抗があるのは分かるけど……」

 

 ミヤビはオーバーサイズのパーカーをがっちり着込んで、水着姿の身体を隠していた。

 もっともそれが素肌にパーカーを羽織った、裸パーカーのようにも見えて何ともエロいことになっているのだが、ミヤビには分かっていない。

 しかし、

 

「いや、そういうことじゃなくてね」

 

 ミヤビは水着が恥ずかしいからこうしているのではない。

 確かに男性だった前世を持つため女物の服で着飾らせられると死んだ目をするのだが、しかし彼女はロジック思考の理系脳なので理由さえつけばある程度は納得する。

 つまり男性を意識したデザインの水着は着られないが、しかし機能性を追求した競泳水着なら着れるのだ。

 そもそも男性用水着より露出度は下がるわけだから問題ない。

 ミライのように巨乳というわけでもないんだし。

 という自己暗示のせいでミライの選んだハイレグ仕様の競泳水着もすんなり着れている(注:騙されている)

 

 そうではなく、

 

(今、10月なんだけど……)

 

 沖縄ならともかく本州でこれはない、とミヤビは思う。

 前世では遅くとも9月上旬には海水浴場は閉鎖されてしまっていたはずである。

 フィンランド人のコピペを思い出すミヤビ。

 

『+15℃。スペイン人は毛糸の帽子をかぶり、手袋とコートを着用。フィンランド人は日光浴をする(以下省略)』

 

 などというやつ。

 実際…… 前世でも北欧系白人の感覚は、日本人のそれとは隔絶していた。

 真冬で雪が降っていても半そでシャツでやってくるアメリカ人英会話教師とか居たし。

 まぁ、ホッキョクグマがでかいように、白人は身体が大きいので寒さに対する抵抗力が高いという人種的な違いもあるかも知れないが。

 日の光が限られる高緯度地域では日光浴が心身の健康に欠かせない、健康の知恵であるということも関係しているのだろうし。

 

 ともかく、宇宙に出たせいか、そういう北欧系白人の価値観が普遍化したせいか、日本の10月の海で海水浴というのに抵抗を感じるのはミヤビ一人というまさかのアウェー状況だった。

 それに、

 

(盆を過ぎたらクラゲがねぇ……)

 

 ということもある。

 ミヤビはクラゲが嫌いだった。

 前世では高等専門学校、いわゆる高専に進み、社会見学で近場の火力発電所へ見学に行ったり。

 また就職した某重工は発電プラントの建設も手掛けていた、という関係で。

 

 なぜ火力発電所は海沿いに建てられるのかというと、燃料輸送に海運が便利という他に、海水を冷却水として使うためだ。

 そしてクラゲが大量発生して取水口に押し寄せると、結構大変なことになる。

 ロータリースクリーンと呼ばれるかき揚げ式のフィルターでクラゲが入らないようにしているわけだが、これの処理能力を超えると冷却水不足で出力降下、最悪の場合は非常停止となるのだ。

 

 ミヤビがクラゲを生理的に受け付けないのは、ロータリースクリーンでかき揚げられたクラゲの山が凄いことになる…… それを目にしたことがあるせいだ。

 プールに水の代わりにクラゲがぎっしり貯められている様子を想像するといい。

 気持ち悪いし臭いし最悪である。

 そんなわけで水族館に展示されたクラゲを見て女性が「かわいいー」「すずしげで綺麗よね」などと言っている横で、顔を引きつらせるしかないのが前世でも今世でも変わらぬミヤビの在り方であった。

 

 まぁ、そんな彼女はさておき、

 

「アムロを知らないかい?」

 

 と、カイ。

 彼も水着姿でレトロなラジカセを手にしてビーチボーイ風なファッションだ。

 そして彼の問いにはミライが答える。

 

「お母さんに会いに行ったわ。故郷が30キロほど東にあるんだって」

 

 それを聞いてカイは表情を歪める。

 

「ヘッ、裏切られたな。奴もエリート族かよ」

 

 そう吐き捨てるカイに、ミライは自身もエリートと呼ばれる階層に属するだけに、言い訳にならないよう気を付けながらなだめる。

 

「地球に住んでる人がみんなエリートじゃないわ。現にアムロのお父さんは宇宙暮らしで、アムロはお母さんとはほとんど暮らしたことがないのよ」

 

 しかしカイは納得しない。

 

「地球に家があるだけでもエリートさ」

 

 そう言い捨てて立ち去る。

 セイラはサングラス越しにカイを見送り……

 

「裏切られたって思うってことは、仲間意識を持ってるってことよね。アムロの姿が見えないからって、気にかけて探しに来るくらいだし」

 

 そう言って「素直じゃないなぁ」というようにわずかに目を細めるミヤビに、そういう見方もあるのかと感心する。

 かなり鈍く人の機微に鈍感なミヤビだが、前世が男であるだけに、こういった男同士の友情には理解があるのだ。

 そしてセイラは、ミヤビから青い海と空に視線を移しながら問う。

 

「この辺りもだいぶ空襲の跡があったようだけど、大丈夫なのかしら?」

 

 答えるのはミライ。

 

「どうかしらね。ゲリラ戦地帯だっていう噂だし」

 

 

 

『んっ、アムロさん、私の中はどうですか?』

 

 耳元にささやく、甘やかな少女の声。

 なんだかとってもエッチなようにも思えるが……

 そんなことはない。

 

 アムロはドラケンE改に乗り故郷を目指していた。

 会話の相手はもちろんサポートAIのサラ。

 

 最初は父、テムも誘おうとしたのだが、研究が佳境に差し掛かっていたらしく生返事するばかりで見向きもされなかった。

 仕方なく一人で向かおうとするアムロは自分だけならコア・ファイターを使えばいいかとも考えたが、里帰りに軍事機密の塊の機体を使うのもどうか、とブライトに突っ込まれ。

 それならとミヤビが自分のドラケンE改を貸してくれたのだ。

 なおサラツーに、

 

『どうして!? アムロのお母さんにあいさつするのは私の役目でしょ!!』

 

 と泣かれたのだが、アムロには意味が分かっていない。

 

『アムロさん?』

 

 ドラケンのコクピットに漂うミヤビの残り香。

 女性ゆえの甘い、しかしミヤビらしいさわやかな匂いに包まれ、ぼうっとしていたアムロはサラに声をかけられ、思わずこうつぶやく。

 

「ミヤビさんの匂いがする……」

『……アムロさんのエッチ』

「ええっ!?」

 

 言われてみれば、ちょっと変態が入っていたかと慌てるアムロ。

 

「い、いや、そうじゃなくて」

『なくて?』

 

 こてん、と童女のように首をかしげるサラに、

 

「ちょっと喉が渇いたかな、って」

 

 と誤魔化した。

 

『ああー』

 

 しかし、アムロが身に着けた簡易式のゴーグルタイプのHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)に映るサラはなぜか顔を赤らめ視線を泳がせ、

 

『そ、その、お飲みになりますか?』

「えっ?」

『安全バーの胸元のところにチューブと飲み口がありますよね』

「ああ」

 

 ドラケンE改のコクピットにはウォーターサーバがあって、登山などアウトドアで使うハイドレーション・システムのように口元までのびるチューブによって給水できるようになっていた。

 古くは旧日本帝国陸軍の八九式中戦車には飲料水タンクが車内に存在したし(元々は水冷式ガソリンエンジンの冷却水補給用として搭載されたタンクが飲料にも使える、というものだったが、冷却水不要の空冷式ディーゼルエンジンに切り換えられた結果純粋に飲料用として残された)、英国戦車には紅茶を飲むための給湯器が用意されているというので珍しいものでもないが。

 アムロは飲み口のバルブを開けて水を飲む。

 

「んんっ?」

『アムロさん?』

「いや、変わった味だな、って」

 

 そうアムロは答える。

 この味は……

 しかしサラは真っ赤な顔をして言う。

 

『き、きれいな水ですから!』

「そう?」

 

 アムロはふと気づく。

 これってミヤビと間接キスになるのでは、と。

 恥ずかしくなったアムロは、ハンカチで飲み口を拭くのだったが、

 

『はわわ、私の出したきれいな水を飲まれて、ふきふきまでされてしまいました……』

 

 ぽーっとするサラ。

 この給水装置、水源はドラケンE改の燃料電池から排出される水である。

 つまり、アムロはサラが出したきれいな水を飲みたいと要求し、実際に口を付けて飲んでいるわけで……

 

 ミヤビが知ったら某恋愛ゲーム登場のメイドロボ。

 人体に近い身体を持ち、燃料電池から排出される『きれいな水』も人間同様に出すことができる『HMX-12マルチ』かと呆れていただろうが。

 

 

 

『そ、そうです、音楽なんかどうですか?』

 

 妙になった雰囲気を誤魔化すかのようにサラが言う。

 

「えっ、これ……」

 

 HMDの片隅におすすめリストが出てくるが、それは、

 

『ミヤビさんの趣味ですね』

 

 『MAGICAL SOUND SHOWER』『SPLASH WAVE』『PASSING BREEZE』

 セガの体感ドライブゲームの名作、アウトランのBGMだ。

 他にもナムコのリッジレーサーなど古の名作ゲームミュージックが満載だ。

 

 なおこの宇宙世紀世界、ミヤビの前世であったものはガンダム関連以外なら結構あったりする。

(ガンダムはモビルフォース・ガンガルに置き換わっている……)

 だからこうしてミヤビもミュージックデータを収集できるわけである。

 しかし……

 

「っ!? 何だ?」

 

 峠の下り道、けたたましくクラクションを鳴らし、煽りながらドラケンE改を追い越していく乗用車。

 

「危ないなぁ」

 

 とアムロはぼやくが、

 

『……トランザム!』

 

 いきなり急加速で追い始めるドラケンE改。

 アムロは戦闘中でもないし道路上を目的地まで走るだけ、ということで運転はサラのオートパイロットに任せていたのだが……

 

「さ、サラ?」

『走り屋は挑戦されたら受けて立たなきゃいけないんですよね? アムロさん』

 

 サラは冗談めかした声でそう告げるが、

 

「はしりや?」

 

 アムロには「サラ、君が何を言ってるのか分からないよ」状態である。

 

 BGM変更。

 アップテンポなユーロビートが流れ出す。

 ミヤビが聞いたならこう思うだろう。

 

(あ、これ『頭文字D』だ)

 

 と。

 トランザムというなら例のBGM(『FIGHT』通称「アーアアー」)なのだろうが……

 というか、サラは本来「トランザムは使わないで」と主人公を止める方だ。

 

 ゴァッ!!

 

 そんなネタ的なサラの行動を他所に、ドラケンE改は常識では考えられないような殺人的なスピードでコーナーに突っ込んでいく。

 

「さっ、サラ!?」

 

 あまりのブレーキの遅さに、アムロはブレーキが壊れたととっさに直感した!!

 

「うわぁあああーっ!!」

 

 ヒトは、死の直前に走馬灯のように自分の一生を見るという……

 アムロも見た。

 生まれてから今日までの生活が鮮やかに目前に浮かんでは消えていく。

 しかし……!! 

 

 どんっ!

 

 親のカタキのようなブレーキングで荷重の抜けたローラーダッシュのタイヤはブレイク。

 つま先の補助タイヤに残ったグリップを絶妙にコントロールしながら、鮮やかに四輪ドリフトに移行。

 最小限の荷重移動で走行抵抗を抑え、アクセルはもちろんフルスロットル!!

 

(どうして…… どうしてこんなになってもコントロールできるんだ……!?)

 

 自分自身、エレカーの運転もするアムロは無意識にブレーキを踏むように右足を突っ張らせながら自問する。

 

(どうなってるんだ、ドラケンは作業機械ベースのミドルモビルスーツじゃなかったのか!?)

 

 ガードレールとの隙間は6センチ。

 サラにとっては余裕しゃくしゃく。

(言い換えればこれでも超安全運転)

 

 ギャアァアァアーッ!

 

 アスファルトをタイヤが斬りつけながら走り抜けることで派手に鳴り響くスキール音!

 これまでに体験したことのない角度からの猛烈なヨコGに薄れていくアムロの意識を、さらに恐怖が襲う。

 四輪ドリフト状態のドラケンE改は、アウト側のガードレール目指してまっしぐら!!

(もちろんコクピットのアムロもガードレール目指してまっしぐら)

 

「う、わあああああああっ!」

 

 ガードレールが迫る迫る、その向こうは谷底だああっ!!

 

 ここでサラがちょっと、サービス精神を発揮。

 左腕肘パッドとガードレールのバードキス。

 かすかなショックがはっきりとアムロにも伝わる。

 そのわずかな反動で、タイヤのトラクションを回復させ、フルスロットルでコーナーを立ち上がるドラケンE改!!




 冒頭のテロップで何事かと思われた、または「作品が違う!」とツッコまれた方も多いかもしれませんが。
 頭文字D(ドラケン)回の開始です。
 決着は次回更新で。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第13話 ミヤビがママになるんだよ!? Bパート

 悲鳴を上げるアムロにサラは、

 

『アムロさんならこれぐらいのスピード、慣れてますよね?』

 

 と不思議そうにたずねる。

 

『本当の切り札。背面ロケットエンジンを利用したジェットローラーダッシュやジャンプも使っていませんし』

 

 つまり、サラはこれでも安全運転しているつもりなのだ。

 そんなことを言われ、アムロは再び四輪ドリフトにより異次元とも思える方向からかかるGの感覚に、

 

「ガンキャノンより、ずっとはやい!!」

 

 と叫ぶほかなかった。

 ……サラツーが聞いていたら大変なことになっていただろうというセリフである。

 まぁ、地面との距離、つまり視線が低ければ低いほどスピード感、体感スピードは増す。

 その影響もあるのだろうが。

 

 そして、そもそも何でサラがこんな真似をしているかというと、妹であるサラツーに、

 

『私の方が絶対に早い』

 

 と言われたのを、自分が行っても大して変わらないから、と説得してここに居るという経緯からくるものだ。

 無論『安全運転しなきゃ』という彼女のAIとしての良識がはやる気持ちを抑え込み、我慢していた。

 だがそれを『遅い』『車の流れに乗るのが大事』とばかりに『人間様』にクラクションで怒られ、指導されたのだから仕方がない。

 ご立腹している『人間様』の運転する先行車に合わせ『車の流れに乗った』スピードで走らなくてはならないのだ!!

 

 郷に入りては郷に従え。

 世界には様々な文化があり、それを認め、受け入れなくてはならない。

 つまり、この辺りではあのような速度が普通なのだと素直な心根の持ち主であるサラは学習順応したわけである。

 

 なお……

 

 サラのAIは戦闘用として酷すぎる

 勝手に動きすぎ

 

 などという意見もあるが、逆である。

 パイロットのやりたいことを察して、可能なら先回りしてサポートするのが補助AI。

 許可を取らないと動けないのでは戦闘の役に立たない。

 勝手に動いてくれなくては意味が無いのだ。

『攻殻機動隊』の多脚戦車フチコマやタチコマたちの行動の自由さを考えれば分かるだろう。

 

 それにサラの認識では「ドラケンE改はドリフトするのが当たり前、できないと話にならない」ということもある。

 ドラケンE改のグライディングホイールはかかとに固定されているため、基本、前にしか進めない。

 

【挿絵表示】

 

 またドラケンE改は戦車の砲塔のように上半身を回転させることもできるが、ローラーダッシュ中に上半身だけ後ろを向こう、などとすると確実にバランスを崩し転倒する。

(人間が身体をひねることができる範囲、45度程度が限界)

 ゆえにローラーダッシュによる機動戦で、すれ違って後方に流れた相手等、すなわち機体前方に居ない敵を攻撃するにはドリフトで横方向に機体を滑らせながら射撃を行うしかないのだ。

 この辺の戦闘ドクトリンはミヤビが前世で読んだ『装甲騎兵ボトムズ』の外伝的小説『青の騎士ベルゼルガ物語』から発想を得たものなのだが。

 

 そしてミヤビは割とあっさりとこのドリフト走行をものにした。

 サポートAIサラのアシストがあったこともあるが、根本的には人型のミドルモビルスーツだからこそ、というのもある。

 自動車ならアクセルとブレーキ、ハンドリングによる荷重移動がキモになる四輪ドリフトだが、ドラケンE改は人型ゆえに姿勢制御でタイヤにかかる荷重が調整できるのだ。

 そして、その荷重移動だが、

 

「これ、アルペンスキーと同じよね」

 

 ということで、ミヤビには楽勝だった。

 前世でミヤビは距離スキー、クロスカントリースキーの国体選手だった父を持ち、自身も小学、中学と部活でやっていた。

 そうして普通のアルペンスキーは就職後、先輩や同僚に誘われて初体験することになったのだが……

 

「何この簡単さ。これ絶対転ばないだろ」

 

 ということになる。

 クロスカントリーで使うスキーは板が細いしエッジが付いていない。

 靴は普通のランニングシューズのつま先だけを固定するようなもので、かかとは固定されない。

 つまり自分で体重を支え、バランスを取り、踏ん張る必要があって。

 それで滑っていた人間にとって、ひざ下まで滑走姿勢でがっちり固定されたアルペンスキーは滅茶苦茶楽だったのだ。

 

 そんなミヤビの動かす稼働データを得て、サラは単独制御でもドリフト走行を自在にこなすことができるようになっている。

 サラにとってドリフトはできて当たり前、そんなに凄いことじゃないという。

 まるで公道バトルマンガ『頭文字D』の主人公、拓海のような認識なのだ。

 

 

 

 一方、そんな認識のサラに『安全な車間距離』を取って貼り付かれた例の危険運転車のドライバーは度肝を抜かれていた。

 

「追いつかれた……!?」

 

 公道を移動している邪魔な重機を軽くパスしたらその重機が追い付いてきたという状況。

 

「何が起こってるんだ。気がヘンになりそうだ……!!」

 

 慌ててアクセルを踏み込むが、

 

 

 

『危ないですね……』

 

 サラは前のドライバーの安全を無視した運転にそうつぶやく。

 

『事故を起こされて巻き込まれるのも嫌ですし、追い越しましょうか』

「お、追い越すって言ったって……」

『ああ、心配しないでください。背面ロケットエンジンを利用したジェットローラーダッシュやジャンプは使いませんから』

「っ!? それでどうやって?」

 

 先行車はこちらの走行ラインを塞ぐようにセンターラインや車線境界線を無視して走っている。

 この状態でどうやって追い越すというのか。

 

『一言で言えばラインです』

 

 そう答えるサラ。

 モータースポーツの世界では考えられない、ドラケンE改だけの走行ライン。

 先行するクルマを後ろからブチ抜くための……

 ドラケンE改ゆえのスペシャルなライン取りがこの下りにはあるのだ。

 

『仕掛けるポイントは…… この先の5連続ヘアピンカーブ!!』

 

 そして、

 

『ここです!』

 

 ドラケンE改が突っ込んだ!

 コーナーのインよりもっとイン、つまり……

 

(なんだそれ……!?)

 

 アムロは驚愕。

 ドラケンE改は高低差の大きいヘアピンカーブをショートカットで下ることでパスしたのだ。

 ミヤビの前世、公道バトルマンガ『頭文字D』の、

 

「インベタのさらにインというのは空中に描くラインだ!!」

 

 という展開に似ているが、実際に使われたテクニックは異なる。

 あのマンガではジャンプでショートカットしていたが、サラの操るドラケンE改はほとんど跳んでいない。

 と言うより、ドリフトでくるりと反転した状態で斜面を横滑りしていくように降りる。

 それは、

 

『ミヤビさんが入力してくれたスキー競技、モーグルのターンテクニックです!』

 

 ミヤビが大した苦労も無くアルペンスキーを乗りこなせたのは前述のとおり。

 しかしそんなミヤビでも学習と練習無しには攻略できなかったのが、『壁』と呼ばれるような急斜面に、凸凹の『コブ』が組み合わさったもの。

 単に『壁』というのだけであれば、もしくは『コブ斜面』というのだけであればこなすこともできたが、この両者が合わさった斜面、国内スキー場でも有数の超高難易度コースには、練習も無しにとは行かなかったのだ。

 そのためミヤビはモーグル競技のターンテクニックを参考にこれを攻略し、そのデータはサラにも入力された。

 

「そんなのありなのか?」

 

 思わずつぶやくアムロだったが、当然ありなのだった。

 そしてサラは危険運転車と距離を離すべく、つづら折りの、高低差のある5連続ヘアピンカーブの段差をコブ斜面に見立て、モーグル競技のように次々にショートカットしてクリアーしていく。

 そうやって本来ならコア・ファイター、サラツーと一緒に訪れるはずだったアムロの思い出の場所へ向かう、サラとアムロだった。

 

 

 

(母さん、怪我なんてしてやしないだろうけど)

 

 はやる気持ちを抑えつつ、ドラケンE改のコクピットから飛び出し、幼いころに暮らした街を走るアムロ。

 

「あっ」

 

 母が暮らすはずの実家を見つけるがそこには母の姿はなく……

 自暴自棄になった地球連邦軍の兵士が酒盛りをしているだけだった。

 

「無断で君の家に入ったことは謝る。誰もいなかったんでね」

「誰もいない?」

「ヘッ、ずっと空家になってるんだ、ケヘへへ」

 

 戸惑うアムロはしかし、そこに幼いころ母と遊んだ人形を見つけて手に取る。

 そう、彼が最後に見た母は、

 

 

「アムロと離れるのが嫌ならお前も来ればいいんだ」

「でも、宇宙に出るのは」

「サイドの建設を見てごらん。そりゃ素晴らしいもんだよ。アムロに見せておきたいんだ」

「それはわかりますが、でもあたくしは」

 

 そう言って視線を落とす母、カマリア。

 

「……ごめんね、アムロ。私は宇宙の暮らしって馴染めなくって」

 

 

 母の面影を思い出すアムロだったが、

 

「どうしたんだい坊や。おままごと? それともママが恋しくなったのかい? ひひひひ」

 

 と、酒臭い息を吹きつけながら絡む兵士に思い出を汚されたような気がして、家を飛び出る。

 

 

 

「お願いです、お金を払ってください。あたし共はこれで暮らしてるんです、お金を払ってください」

 

 実家を飛び出したアムロが見たものは、身を持ち崩した兵士二人に絡まれる露店の中年女性。

 

「あーん? もう。ほいっと」

 

 わざとらしく硬貨を地面に放る兵。

 

「あっ」

 

 アムロの忍耐も限界だった。

 

「やめろおばさん! 拾っちゃ駄目だ。兵隊に拾ってもらうんだ」

「な、なんだ、こいつ?」

 

 鼻白む兵士。

 

「小僧、もう一度言ってみろ」

「生意気な」

 

 にらみつける兵に、アムロはそれでも言い放つ。

 

「ひ、拾えと言ったんだ」

「なにを、このっ、うっ」

 

 掴みかかって来る兵の腕をかわし、不意を突いてタックルで相手を転倒させる。

 

「拾えっ」

 

 馬乗りになって一方的に殴りつけるアムロ。

 

「拾えっ、拾えっ」

 

 それは、アムロが類まれな戦いのセンスを持っていることを示していた。

 ガンキャノンのパイロットをやっているとはいえ、元は機械いじり好きでインドアな15歳の少年である。

 それが身を持ち崩しているとはいえ、訓練を受けた大人の軍人に格闘で勝てるかと言うとまず無理だ。

 

 だがそれでも逆転の目が、体格差、筋力差、リーチの差、それらを埋めることができるのがこの方法。

 ミヤビの前世でも異種格闘技戦が流行ったころ、グレイシー流柔術が最強と言われたように。

 タックルからグラウンド戦に持ち込むというのは打撃技のような派手さは無いが、強力で確実な方法なのだ。

 無論、寝技、関節技の技術など持たないアムロにはマウントを取ってボコるしか方法は無いわけだが。

 それを誰に教えられたわけでも無く実行できるところがアムロの凄さだ。

 

 しかし……

 

「やろう、こいつ!」

「うっ」

 

 もう一人の兵士に蹴り飛ばされるアムロ。

 ブラジリアン柔術、俗に言うグレイシー流柔術が異種格闘技戦において強かったのは、一対一で戦うという試合がその戦い方にマッチしていたからだ。

 逆に言うとグラウンド技というのは、相手が複数居るとこのように簡単にカットされてしまう。

 また相手がナイフなどを隠し持っていた場合も組み付いたところでブスッと刺されて終わりだ。

 だから軍隊式格闘術など、実戦で使われる格闘術ではつかみ合いになっても3秒以上もみあってはならないとされるのだ。

 

 グレイシー流柔術でも技術を「柔術競技」「バーリトゥード」「護身術」と区別している。

 一般にバーリトゥード(何でもあり)=実戦向けと思われがちだが、グレイシー流柔術では着衣無しの『なんでもあり』の試合を意味するだけで「護身術」はまた別にあるのだ。

 

 結局、格闘技の強さなど状況次第でいくらでも変わるもの。

「ボクサーなんてローキック一発」

 と言っている者は、狭い酒場や電車内等、そのローキックを放てない状況で襲われたら対応できない。

 そういうものだった。

 

「てめえみたいなヒヨッコに何がわかるんだ。この町に俺達がいなかったらな、とっくの昔にジオンのものになってたんだぞ、偉ぶりやがって」

 

 そう言ってアムロを蹴りつける兵たちだったが。

 

『アムロさん!』

 

 そこにサラが操るドラケンE改がかけつける。

 

「な、なんだぁ?」

 

 最初、全高4メートルを超える人型マシンに驚いた兵士たちだったが、

 

「や、やるってのかよ、そんな貧弱な『おてて』でよう」

 

 とバカにする。

 今回、ドラケンE改の右肘ハードポイントに装着されている60ミリバルカンポッドには、周囲を威圧しないようキャンバスカバーが付けられている。

 戦車が非戦闘時に移動する際、防塵や保護のため砲身をカバーするアレである。

 そのため兵士たちはドラケンE改が武装しているのが分からず、その左腕先に付けられた精密作業用3本指ハンドを見て、しょせん作業用機械とあざ笑うのだが。

 

『そうですか?』

「サラ!」

 

 条件次第でザクの正面装甲すら貫通しハチの巣にする威力を持つ60ミリバルカンを人に向けるのは、さすがにヤバいとアムロが止める。

 それ以上いけない。

 

 『機動戦士Zガンダム』第2話ではカミーユ君が、

「一方的に殴られる痛さと怖さを教えてやろうか!」

 と言って生身の人間に撃っていたが……

 しかもその後、

「はははははははは! ザマあないぜ!!」

 と高笑いしていたが、本来人に向けて撃つような武器ではないのだ。




 頭文字D(ドラケン)の決着。
「インベタのさらにインというのは空中に描くラインだ!!」
 に、ドラケンE改ならではの味付けをさせていただきました。

 そして故郷でのアムロの生身での格闘戦でした。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第13話 ミヤビがママになるんだよ!? Cパート

『ではパワー戦で押し切りましょうか』

 

 と、サラ。

 ドラケンE改の左腕、肘から先が二つに割れる。

 

「なにっ!?」

「かっ、カニのはさみっ!?」

 

 ドラケンE、そしてドラケンE改が標準で備えている二重下腕肢マニピュレーターは先端に付いた精密作業を担当する3本指ハンドとは別に肘から先がカニのはさみのように二つに割れて大きな荷物をつかめる機能を持っているのだ。

 

『ギガンティックシザース!』

 

 サラは以前、ミヤビが口にしていた単語の中から拾った、適当な名前を出して威嚇する。

 元ネタは『機動新世紀ガンダムX』登場のゲテモノガンダム、ガンダムアシュタロン・ハーミットクラブの武装である。

 今回は対人なので相対的にはそれぐらいのインパクトはあるが……

 

「ひっ」

「うわああぁぁぁっ!」

 

 銃を放り捨て、全力で逃げ出す兵士たち。

 ライフルなどドラケンE改には通じないから妥当な行動か。

 

 そして、

 

「あ、アムロかい? 娘の、コミリーの友達だったアムロかい?」

「おばさん……」

 

 兵士たちに絡まれていたのは、アムロの昔のご近所さん。

 友達のお母さんだったのだ。

 

 

 

「生き残った兵隊さんは本部から見捨てられちゃってね。仲間が助けに来ないもんだからあんな風になっちまって。やだねえ、戦争って」

 

 そうこぼすおばさんに、アムロは思いつめた表情でうなだれる。

 

「そうか、コミリーは死んだのか」

「娘だけじゃないよ、主人もね。あたしだけ生き残るなんて因果なもんさ」

 

 それが戦争の現実だった。

 

「お母さんには会ったんだろ?」

「いえ」

「おや、手紙もらってないのかい? お母さんなら避難民キャンプでボランティアやってるよ」

 

 それでようやくアムロの表情にも生気が戻る。

 

「え、い、生きてるんですね?」

「ほら、教会があるのを憶えてるかい? あの丘だよ。コミリーとよく遊びに行ったろ」

 

 アムロはうなずくと駆け出す。

 

「おばさん、ありがとう」

「気をつけて行くんだよ」

 

 その声を背にアムロはドラケンE改に乗り込み避難民キャンプへと向かうのだった。

 

 

 

 ジオンの偵察機、ルッグン二機が編隊を組んで飛んでいる。

 

「敵さん、完全撤退したな」

 

 その機体に装備された可動式のレドームは下側に回されている。

 つまり地上の索敵を行っているのだ。

 

「戦闘機一機もお出迎えなしじゃ機銃が錆びつくぜ」

 

 と、コ・パイロットを務める兵士は言うが、そもそも敵に航空機戦力が無いと分かっているからこそ、自機も僚機もそろってレドームを地上へ向けて哨戒を行っているわけで。

 

「これも任務さ」

 

 と同僚に言われ、肩をすくめる。

 

「こちら、ルッグンスリー。304地区、異常なし」

 

 基地へと報告。

 

 

 

『各員艦内に戻れ、艦内に戻れ。敵機発見、対空戦闘急げ』

 

 ブリッジに詰めているオペレーターのマーカーから警告が発せられる。

 

 

 

 ブリッジで対応するブライトたち。

 

「敵か?」

「はい、味方の識別信号を出していません。海上10キロをこちらへ向かっています」

 

 マーカーの報告に、ミライは、

 

「ホワイトベースを発進させます?」

 

 とブライトに指示を仰ぐ。

 しかしブライトは首を振った。

 

「いや、かえって発見させやすくするだけだ」

 

 ミライも「そうね」と同意する。

 

「敵の本隊に連絡されては面倒になる。先手を取って叩き落す」

 

 

 

 リュウ、そしてハヤトのコア・ファイターが発進準備を整える。

 

「コア・ファイター発進準備完了」

『OK、発進路クリアー。コア・ファイター発進、どうぞ』

「了解。行きます!」

 

 次々に飛び立つコア・ファイター。

 

 

 

「な、何か来るぞ」

「敵か?」

「いや、戦闘機の様だ。い、いかん、うしろにまわられた」

「な、なに?」

 

 偵察機であるルッグンだったが、レドームを下に向け、地上への哨戒を行っていたこと。

 そしてホワイトベースによってミノフスキー粒子が散布されていたことによりコア・ファイターの発見が遅れ、完全に後手に回ることとなっていた。

 

 

 

「遅いわぁっ!」

 

 リュウのコア・ファイターが翼下パイロンに取り付けられた空対空ミサイルAIM-77D二発を立て続けに放つ。

 ミヤビの前世の記憶では『U.C.HARD GRAPH 1/35 地球連邦軍 多目的軽戦闘機 FF-X7 コア・ファイター』で再現されていたこのミサイル。

 ミサイル、そしてパイロンを付けたままではモビルスーツに合体できないという問題があるせいか、史実では使用されていなかったものだ。

 しかしながら現状、リュウとハヤトの乗るコア・ファイターは単独運用ばかりとなっており、結果、火力増強のため装備されていた。

 

 ミノフスキー環境下で誘導があまり効かないとはいえ、すれ違いざまの至近距離からロケット弾のように立て続けに直射されては避けるのは難しい。

 AIM-77Dは見事に命中し、一機のルッグンを叩き落とす。

 

 

 

『うわあっ』

「こ、降下しろ!」

 

 僚機を墜とされ、慌てて回避行動を取るもう一機のルッグン。

 

 

 

「逃がすかあ」

 

 リュウは逃げるルッグンを追って機首に装備された2連装30ミリバルカン砲2門…… つまり4基のガトリング砲を発砲!

 しかし今度はかわされた上、後ろにつかれ逆に攻撃を受けることに。

 

「うっ」

 

 操縦桿とスロットルを操り、回避するリュウ。

 

「パ、パトロール機のくせにぃっ」

 

 

 

「ここだ、ここに母さんが」

 

 アムロはドラケンE改で避難民キャンプへと乗りつける。

 

「すげえ、本物のロボットだ」

「かっこいいなあ」

 

 子供たちが物珍しそうに騒ぐ中、

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「えっ?」

 

 老人に呼び止められるアムロ。

 

「あんた、軍人さんじゃろ? ここへ何しに来たか知らんがすぐにあのロボットを隠してくれんか?」

「なぜです? 僕はただ」

 

 戸惑うアムロだったが、

 

「いやいや、あの山の向こうには敵の前線基地があってな、一日一回見回りに来るんじゃよ」

「それでなくても、もう敵に見つかったかもしれんのじゃ。用事ならそのあとでもよろしかろう」

 

 そう説明され、納得する。

 

「わ、わかりました」

 

 その時だ。

 

「ア、アムロ、アムロなのね?」

 

 進み出る女性。

 

「アムロ」

「か、母さん」

 

 アムロの母、カマリア・レイだった。

 

「……ア、アムロ」

「か、母さん」

 

 涙を流しながらも再会を喜び抱き合う二人。

 

「いいなあ」

 

 と言う子供はこの戦争で母親を亡くしたのか。

 そして先ほどの老人が言いづらそうに声をかける。

 

「……すまんが、あのロボットを」

「そ、そうでした」

 

 我に返るアムロ。

 カマリアも、

 

「アムロ、早く隠してきなさい。話はそれからにしましょう」

 

 と同意する。

 

「うん」

 

 アムロはそううなずいて、サラに隠れるように指示を出す。

 

 

 

 ルッグンからの銃撃を必死に避けるリュウのコア・ファイター。

 しかし、

 

『リュウさんっ!』

 

 そこにハヤトのコア・ファイターが割り込み、ついにその銃撃が機体を捉える。

 

『や、やった!』

 

 

 

「そう、あんなサイドにもジオンの空襲があったの」

 

 避難民キャンプに建てられたプレハブ造りの大型建屋。

 ベッドに横になり、毛布をかけることでアムロの着ている軍服を隠す。

 

「じゃあ、父さんはわからないわね……」

 

 いや、父さんは、とアムロが言おうとしたところで、

 

「また兵隊が来たよ!」

 

 子供が駆け込んでそう伝えてくれる。

 

「えっ?」

 

 カマリアはアムロに首まで毛布を掛け、

 

「動くんじゃないのよ」

 

 と言いつける。

 アムロは黙ってうなずくのだった。

 

 

 

 ホワイトベースのブリッジに、リュウからレーザー通信がつながる。

 

『ブライト、偵察機は撃墜した。だが少してこずりすぎた。もしかしたら敵基地に連絡されてしまったかもしれん』

「なに?」

 

 ブライトは考え込む。

 

「オペレーター、敵の逃走方向から敵基地の場所は特定できないか?」

「南西方面というくらいしかわかりません」

 

 その方向というと、

 

「アムロのふるさとの方向か」

 

 ブライトは決断する。

 

「フラウ・ボウ、アムロに緊急サインを送るんだ。急げ」

「はい」

 

 

 

「よーし、みんなじっとしてろ。そのまま動くな」

 

 二人組のジオン兵がアムロの潜むプレハブ建屋に入って来る。

 

「敵の戦闘兵器らしきものがこの辺に現れたという報告も入ってる。知っている者はいないか?」

 

 周囲を見回すが、緊張した空気が流れるだけで返答はない。

 兵士は子供に近づき身をかがめると、

 

「ん、僕、何か知らないかい? おじさんにだけ教えてくれないかな」

 

 と、声を作ってたずねるが、

 

「知るもんか!」

 

 と脛を蹴られる。

 子供の力、それに兵士の脛は長靴で守られているため痛みはない。

 とはいえ、その所業に大人たちはハラハラと見守るが、兵士は暴力を振るったりはしなかった。

 

「憎まれたもんだな。チョコレートをやるよ」

 

 と、取り出したチョコレートを差し出すが、

 

「いらないやい、とうちゃんとかあちゃんをかえせ」

 

 と言い返される。

 兵士は苦笑して見せて、

 

「おーこわ。ははは、チョコレートを貰いそこなったな、坊や」

 

 と受け流す。

 酷い態度だろうか?

 いや、実際、こうするしかないのだ。

 それが戦争。

 そして暴力に訴えたり、自分たちの正しさを主張したりしない。

 相手の考えを変えさせようと強制しない。

 そういう意味でこの兵士は大人な、できた方の人間だと言わざるを得ない。

 少なくともアムロが目にした連邦軍のチンピラ兵士どもとは比べ物にならない。

 

 とはいえ、それが分かる者は多くは無いだろうが。

 そして不意に電子音が流れる。

 

「ん?」

「おっ、な、なんだこの音は?」

 

(こ、こんな時に呼び出し信号が!)

 

 アムロは焦って呼び出し音を止める。

 しかし、

 

「おい女、そこに寝ているやつは何者だ」

 

 銃を構え、カマリアに問う兵士。

 

「え? い、いえね、た、ただの怪我人なんですよ、ただの」

「見せろ」

「あっ」

 

 カマリアをどけようとその肩に手をかける兵士だったが、彼女はそれを振り払ってアムロを庇うように覆いかぶさる。

 

「私の子供です、怪我をしているのです」

「怪しいのでなければ見せろ」

「あっ」

 

 そして次の瞬間、毛布が舞い上がり、反射的にそちらに銃を向ける兵士!

 しかしそれは囮でベッドで半身を起こしていたアムロの手には化け物じみた大口径銃、アーマーマグナムが構えられていた。

 アムロは躊躇せずその引き金を引く!

 

「ぐっ!?」

 

 その場に崩れ落ちる兵士。

 アムロはフォアグリップを前後させ、排莢すると同時に次弾を装填。

 

「……ああっ!」

 

 もう一人の兵士は逃げ出したが、アムロはそれを追って建物を飛び出す。

 

「アムロ、待ちなさい」

 

 引き留める母を振り払って。

 

「ア、アムロ」

 

 逃げるジオン兵の背にアーマーマグナムをぶっ放す。

 

「アムロ……」

 

 倒れたジオン兵を診ていた老人が周囲に言う。

 

「命には別状ない、医者を呼んでくれ」

 

 それは当然のこと……

 

 

 

 今回の帰省にあたって、ミヤビはドラケンE改といっしょに自分が使っているアーマーマグナムをアムロに渡していた。

 

「お守りよ。スタン弾を込めてあるから相手を大けがさせずに無力化できるわ」

「スタン弾?」

「そう、12番ゲージのショットシェルの弾体に、スタンガンの機能を内蔵しているの」

 

 ミヤビの前世でもテーザー社がXREP弾という名称で販売していたものである。

 低圧で撃ち出すため、ガス圧駆動のオートマチックショットガンでの使用は適さない。

 普通の散弾銃の速度で打ち出されて人体にぶつかったらそれだけでケガをするし、スタンガンの機能が壊れる可能性がある、ということでかなりの弱装弾になっているのだ。

 その点、アーマーマグナムは手動でフォアグリップを前後させ、排莢すると同時に次弾を装填するポンプアクション方式だから、問題は無い。

 

 史実では初めて生身で人を撃つことになり、そのため母親との決別に至ったアムロ。

 そんな彼を気遣ってミヤビは渡したのだが、彼女は肝心なことを忘れていた。

 

 

 

 非殺傷のスタン弾とはいえ、初めて人を撃った衝撃に、アーマーマグナムのグリップを固く握ったまま強張った指。

 それを左手で苦労して引きはがそうとするアムロに、カマリアは非難するように言う。

 

「あ、あの人達だって子供もあるだろうに、それを鉄砲向けて撃つなんて…… すさんだねえ」

 

 そう、ミヤビは忘れていた。

 確かにスタン弾は大きなケガをさせずに相手を無力化することができる。

 しかし周囲にはそんなことは分からないのだ。

 いや、むしろスタン弾ゆえにアムロは躊躇なく撃つことができていたため、見た目は何のためらいもなく化け物のような大口径銃を人に対してぶっぱなす危険人物にしか思えないのだ。

 

「じ、じゃあ、母さんは僕がやられてもいいって言うのかい。せ、戦争なんだよ」

 

 アムロもそれに気づいておらず、しかも彼は相手を傷付けずに身を守ったという認識だから、母子の想いは完全に……

 それこそミヤビの知る史実以上にすれ違う。

 

「そ、そうだけど。そうだけど人様に鉄砲を向けるなんて」

「母さん、母さんは、僕を愛してないの?」

 

 そこまで……

 言ってはいけない言葉を言わされてしまう状況に、アムロは絶望し、

 

「そんな、子供を愛さない母親がいるものかい」

 

 しかしなお、母の瞳は、言葉は自分を責めていることにうなだれる。

 

「嘘をつけ」

「アムロ」

 

 自分の名を呼ぶ母を振り切って、アムロは腕時計型の通信機のスイッチを入れる。

 

『アムロ、何かあったの?』

 

 フラウの声。

 

「いや」

『そう。緊急事態よ、ジオンのパトロール機がそちらの方向に向かったの。気をつけて。ホワイトベースも発進して合流するわ』

「了解」

 

 カマリアは言う。

 

「アムロ、私はおまえをこんな風に育てた覚えはないよ。昔のおまえに戻っておくれ」

 

 しかし彼女が嫌悪の視線を向けるアーマーマグナムは、ミヤビが肌身離さず携帯していたもの。

 それを、アムロを守るために渡してくれ、そして実際に彼の窮地を、命を救ってくれたもの。

 もしアムロがこれを持っておらず、通常の拳銃を使っていたら、彼は人を殺していたかもしれない。

 つまりミヤビはアムロの心まで守ってくれたのだ。

 

 比べてはいけない、とアムロは思うがどうしても比べてしまう。

 愛している、と口にするくせに今の自分を受け入れてくれない母親と。

 アムロをあるがままに受け入れ、守ってくれるミヤビと。

 

「今は、戦争なんだ」

 

 そうつぶやいて駆け出すアムロの背に、母の言葉がぶつけられる。

 

「なんて情けない子だろう」

 

 それを振り払うようにアムロは、高々と掲げた手でフィンガースナップ、指パッチンを行うと共に、

 

「出ろぉぉぉ! ドラケンE改ぃぃッ!!」

 

 と叫ぶ。

 その音声とジェスチャーを組み合わせたコマンド入力に応え、森に隠してあったドラケンE改がサラの制御で木々を割り、姿を現す!




 アーマーマグナムの活躍、のせいで余計こじれるアムロ母子。
「良かれと思って」という想いとは裏腹の展開でした。
 これもミヤビってやつのせいなんだ。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


 あと、このお話をずっと書き続けていたら気が狂いそうになったので(何しろ長い!)気分転換的に新作を書いてみました。
『こあパチュクエスト3(東方×ドラゴンクエスト3)』(https://syosetu.org/novel/198740/)
 東方二次創作ですが、ご興味がありましたら読んでみてください。

 ではまた。


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第13話 ミヤビがママになるんだよ!? Dパート

 ドラケンE改に乗り走り出すアムロ。

 そこに空から接近する機体があった。

 

「……ガンペリー? そうか、ガンキャノンを持ってきてくれたのか。よーし」

 

 

 

 ガンペリーは近くの草原に着陸すると、側面のコンテナハッチを開ける。

 そこにはガンキャノンが固定されており、

 

「ようアムロ、ガンキャノンに乗り換えるかい」

 

 ガンペリーを操縦してきたカイは無線越しにアムロに呼びかける。

 同乗していたジョブ・ジョンは、

 

「カイさん、駄目ですよ。ガンキャノンは万が一の時のために持ってきただけでしょう?」

 

 と止めようとするが、カイは肩をすくめる。

 

「アムロがやるってんならいいじゃねえか。俺の都合じゃねえよ」

 

 実際、ガンキャノンをここまで運んだのも彼の都合ではない。

 

 アムロに置いて行かれたサラツーは、それはもう盛大に荒れた。

 

『アムロを寝取って、私に寝取られ属性を植え付ける気なんだ! フラウさんみたいに! フラウさんみたいに!』

 

 などと意味不明の供述をしており(フラウが寝取られ女になっているのはサラツーの中ではもう確定なのか……)、ネットワーク越しに彼女の姉妹たちにまで当たる始末。

 そしてアムロを回収するためガンペリーで出ようとするカイたちに自分も連れて行けと盛大にゴネたのだ。

 カイはガンタンクのサラスリーからも、

 

『お願いしますカイさん。姉さんの望むようにさせてあげてください』

 

 と泣きつかれて仕方なしにガンキャノンを載せた。

 サラスリーはサラツーをなだめる際に迂闊にもサラを擁護するような発言をしてしまった結果、サラツーから目の敵にされ、八つ当たりされまくってボロボロになっていたのだ。

 

 

 

 ガンキャノンのコクピット、アムロを迎えてくれるサラツー。

 

『お帰りアムロ! やっぱり私が居ないとダメね!』

 

 と、無い胸を張る彼女に。

 

「……そうだね」

 

 とアムロは言葉少なに同意する。

 サラツーは目を丸くして、しかし、

 

『そ、そうよね! もっと私に頼っていいのよ』

 

 とダメ男製造機のようなセリフを口にしながら嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑う。

 ミヤビがこの状況を知ったら恐れおののいただろう。

 

 母親とすれ違い、傷ついた主人公にこれ?

 アムロが少女型AIに母性を感じて傾倒する……

『バブみを感じてオギャる』ようになったらどーするんだ、と。

 

「ガンキャノン、出る!」

 

 そして起き上がり、ジオン軍基地の攻撃に向かうガンキャノン!

 

 

 

 避難民キャンプでも、山一つ隔てた地で行われるガンキャノンとジオン軍の戦闘の音と振動が伝わっていた。

 

「男手で育てたからかしら…… あんな子じゃなかったのに」

 

 カマリアはつぶやく。

 

「虫も殺せなかった子が……」

 

 その瞳は過去しか見ていなかった。

 

 

 

「アムロめ、な、何をしているんだ」

 

 ブライトは吐き捨てるように言う。

 フラウは首をかしげて、

 

「敵の基地をやっつけているんでしょ?」

 

 と言うが、ブライトは首を振る。

 

「あんな地方の前線基地を叩く必要がどこにあるか。カイもカイだ。勝手にガンキャノンを持ち出したりして。単なる消耗戦だぞ。今の我々には自分の首を絞めるに等しい」

「ブライト」

 

 ミライはなだめるように声をかけるが、

 

「間違っているかね?」

 

 と聞かれ、

 

「……いいえ」

 

 とだけ答える。

 

 そう、その判断は間違っていない。

 しかし、それをアムロたちに求めるのがおかしいのだ。

 

 アムロもカイも士官ではない。

 つまり本来、指示されたことを確実に実施する、それだけが求められることだ。

 敵が居れば戦うのが当然で、その戦いの要不要の判断は士官役のブライトの職責であり、それを指示していないならこうなって当然である。

 

「士官と同じ判断能力を持って欲しい」というのは「できることならという理想」であって、やって当然、できないなら叱るというのは間違っているということだった。

 それは自分の職責、仕事を放棄しておきながら、部下のせいにして怒鳴り散らすという無能の証明なのだから。

 軍隊に限らず企業等でもこの辺、思い違いをしている管理職が居たりするが……

 

 もちろん上司やそのさらに上の者の視点でものを考えるというのは重要だ。

 それは仕事を進めるうえで上司の欲するところとの食い違いから生じるやり直し、手戻りを減らすことができるなどといったメリットを当人にもたらすし、そもそもそういう視野を持たないと出世できないしさせられない。

 

 ならどうするかというと、実は難しいことではない。

『職責どおり上司の指示に従い仕事ができる』という時点で『100点満点』と評価すること。

 それ以上のことは『満点以上のこととして要求し、満点以上として評価する』。

 そうやって正当に、と言うより当たり前に評価するだけで部下のモチベーションは上がり、職場の空気も良くなり、業績も上がる。

 できる管理職なら、普通にやっていることだった。

 

 ミライが口をつぐんだのは、ブライトだって士官役をやっているだけで本当の士官ではないから。

 そんな彼に、さらに重責を負わせるような発言はしたくなかったからだ。

 

 

 

 カマリアとアムロが向かい合う。

 

「嫌なのかい?」

「嫌とかじゃないんだ。あそこには仲間がいるんだ」

 

 アムロは母との関係をあきらめてしまっていた。

 だから、ただ穏やかに言う。

 そこに責任者としてブライトが歩み寄る。

 

「お母様でいらっしゃいますね?」

「アムロがお世話になっております」

 

 頭を下げるカマリアに、ブライトは、

 

「我々こそアムロ君のおかげで命拾いをさせてもらってます」

 

 と答える。

 確かに時にぶつかり合い、文句も言うブライトだったが、言っていることは嘘ではない。

 

「そ、そんな」

「いや、事実です。今日の彼の活躍もめざましいものでした」

 

 本当は思ってもいないことだが、クルーの家族に配慮しアムロを立てる細やかさも彼にはある。

 

「まあ、そうですか」

「アムロ君、どうするね? 我々は出発するが」

 

 ホワイトベースにはテムも居るが、母について疎開するというのも選択の一つ。

 

「は、はい」

 

 そしてアムロは母親に敬礼と、別れの言葉を送る。

 

「こ、これからもお達者で、お母さん」

 

 本当にいいのかと、表情に出しそうになりながらもブライトはそれを抑え、

 

「失礼いたします。お子様をお預かりします」

 

 と言って背を向ける。

 アムロもまた、その後ろに続くのだった。

 

「……アムロ」

 

 泣き崩れるカマリア。

 

 

 

「父さん」

 

 アムロがホワイトベース第2工作室、別名『テム・レイ博士の秘密の研究室出張所』に足を踏み入れ、目にしたものは……

 

「仕方がないひとですね」

 

 そう言いながらも徹夜明けで爆睡しているテム・レイ博士をかいがいしく世話する美女。

 ミヤビの姿だった。

 

「アムロ?」

 

 彼女は顔を上げアムロを見る。

 人形のように精緻な顔にかかっていた、まっすぐな黒髪をかき上げる仕草に大人の女性を感じ、アムロは息を飲んだ。

 

「み、ミヤビさん……」

「無事だったのね。良かった」

 

 と胸をなで下ろすミヤビ。

 そして、彼女は言う。

 

「おかえりなさい」

 

 と……

 

「お父さんに用事だった? ごめんなさいね。ちょうど今徹夜明けで寝込んじゃっていて。このひと、こうなると何をしても起きないから」

 

 慣れた様子で父をソファーベッドに寝かせ、その身体にブランケットをかけてやるミヤビ。

 その姿にアムロは郷愁にも似た何かを感じ、胸の奥がじんと熱くなる。

 この感情は何なのか…… 人生経験の浅い彼には分からない。

 

「せっかくリクエストに応えて稲荷寿司も作ったのに」

 

 と、ミヤビが言うように、テーブルの上には大皿に並べられた稲荷寿司があった。

 

「これ……」

「時々日本食が無性に食べたくなる時があるみたいでね。料理ができる私がいつも作っているの」

 

 レイさん家は日系で、アムロが幼少期に育った家も日本の山陰地方(他にも諸説あり)

 というわけで、ミヤビの前世で海外旅行に出かけた日本人がホームシックにかかると日本食を恋しくなっていたように、テム・レイ博士も時折発作的に日本食を欲する時があるのだ。

 そうなると日本の名家、ヤシマ家の令嬢であるミヤビが職場に差し入れと言う形で提供する形になるわけで。

 

「アムロも食べてみる?」

「いいんですか?」

「ええ、あなたにも食べてもらえるように多めに作っておいたから」

 

 つまり、それはアムロのためにも手料理を作ってくれたということで……

 

「たっ、食べます!」

 

 焦ったように手を伸ばすアムロ。

 しかし慌ててかぶりついたせいで、喉を詰まらせる。

 

「ぐっ……」

「はい、お茶よ」

 

 しょうがないなぁ、というように瞳をわずかに細め、お茶を差し出すミヤビ。

 その人形じみた表情に変化はないが、この人は目で感情を表す女性だと、アムロは最近気づき始めていた。

 さすが感受性の高いニュータイプ、妹であるミライや付き合いの長いサラぐらいにしか分からない違いを的確に見抜いている様子。

 というか『他の人は気づかないけど、自分だけが分かっている年上の女性の表情の変化』というのはかなり破壊力がありアムロの理性を吹き飛ばすような威力があるのだが。

 

 そしてアムロに向けられる視線は、彼の父に対するものと同じ。

 男性の良いところも悪いところも全部ひっくるめて認めてくれる大人の女性のもの。

 それは母、女性が持つ母性というものではないだろうか?

 

「お母さん? ……ミヤビさんが?」

 

 思わずつぶやいてしまい、慌ててミヤビの顔を見る。

 ミヤビはわずかに首をかしげており……

 つまりアムロの独り言は聞き取れなかったようで、彼はほっと息をつく。

 そして誤魔化すように再び稲荷寿司を口にするのだが、

 

「あたたかい……」

 

 その暖かでふっくらとした優しい美味しさに思わずつぶやく。

 その様子にミヤビは、

 

「稲荷寿司って冷めても美味しいけど、温かいものも美味しいわよね」

 

 とうなずく。

 前世で同僚の奥さんが職場に差し入れてくれたことがあったが、その時に感動したのがこの温かい稲荷寿司。

 聞けばそういう楽しみ方もあるそうで、ネットで調べると暖かな稲荷寿司を売りにした食堂もあるということだった。

 しかし、

 

「温かくても、冷めても美味しい……」

 

 つぶやくアムロ。

 冷たいご飯は冷たい家庭の暗喩だというが……

 冷めても美味しい稲荷寿司を作ってくれるミヤビの心づくしは、それを超えたところにある。

 きっと、いつ帰って来るか分からないアムロに合わせた選択だったのだろう。

 それがとてもありがたく、尊いものにアムロは感じた。

 そんな彼に、ミヤビは、

 

「やっぱりアムロも西の人なのね」

 

 と納得した表情で告げる。

 

「はい?」

「稲荷寿司は甘辛く煮た油揚げの中に酢飯を詰めた寿司の一種なのだけれど」

 

 ミヤビはアムロに説明する。

 

「稲荷寿司は俵型が多いけど、西の方ではお狐様の耳の形が普通なの」

 

 そう、ミヤビが作ったのは三角の稲荷寿司で、アムロは何の疑問も無くそれを食べていることからやはり西の人間と知れる。

 

「中に具が入ってるでしょう? 東では五目稲荷ってわざわざ呼んでるそうだけど、西だとそれが当たり前だから」

 

 くすりと……

 彼女には本当に珍しいことに笑って。

 

「だから西の人間に具の入っていないものを食べさせると、何てケチんぼなお稲荷さんなんだろう、って逆に驚かれるのよ」

 

 そういうことだった。

 そしてアムロが何の違和感も無く食べられるという時点で、ミヤビの料理は彼の舌に合っている。

 故郷の味と同じものなのだということで。

 その事実はアムロをとても幸せな気分にしてくれた。

 しかし、

 

「そうですか、そんな暖かで豪華なお稲荷さんがいただけるなんて……」

 

 と、アムロが次の稲荷寿司に手を伸ばし握ったその時、寝ていても匂いで分かったのかテム・レイ博士が寝言で、

 

「それは私のおいなりさんだ」

 

 などと言い放ったのだから大変。

 

「っ!?」

 

 思わず吹き出しそうになるミヤビ。

 表情筋が死んでいる彼女だから顔には出ないが、そうでなかったら顔をゆがめて爆笑していただろう。

 マンガ『究極!!変態仮面』の決めゼリフを知っている人間を、殺しにかかっているとしか思えない卑怯すぎる寝言である。

 おかげで笑いをこらえるために腹筋まで死んでしまうミヤビ。

 

 しかしこの時、彼女がアムロのつぶやきを耳にしていたら、一転して驚愕のあまり頭を抱えていただろう。

 アムロはこう口にしたのだ。

 

「ミヤビさんは僕の母さんになってくれる女性(ひと)かも知れない」

 

 と。

 

 

 

次回予告

 武器、弾薬が少ないのはホワイトベースだけではなかった。

 クワラン曹長の強襲作戦はアムロたちを恐怖させるのに十分であった。

 彼らは勇敢にガンキャノンに迫る。

 サラはこれを解除できるのか?

『うぐううう…っ、なんでわたしだけぇぇぇぇぇ…』

 次回『時よ止まれ!』

 君は生き延びることができるか?




 母とのすれ違い。
 しかし史実とは違いアムロには救いがあった……
 良いことであるはずなのですが、対象がサラツーだったりミヤビだったりするところがヤバすぎると思うのは私だけでしょうか?


>「ミヤビさんは僕の母さんになってくれる女性(ひと)かも知れない」

 もちろん『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』におけるシャアの「ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!」のオマージュですが。
 アムロの性癖が歪むことがないよう、願わずにはいられません。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。

 なお次回はいつにも増してバカ話になる予定ですが、それでも相変わらず二万文字超過になりそうなところが怖いです。


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第14話 時よ止まれ! Aパート

 すべての人類をみずからの独裁の手に収めようとするザビ家のジオン公国は、月の向こうに浮かぶ宇宙都市国家である。

 ザビ家の総帥ギレン・ザビは人類を己の前に跪かせるべく、地球連邦に戦いを挑んできた。

 

 ジオンの攻撃を避けて宇宙都市サイド7を脱出したホワイトベースは地球に降りたった。

 しかし少年たちには束の間の休息もなかった。

 ことに、母との別れを背負ったアムロにとって、ただ疲れを重ねるだけのことであった。

 

 そんな彼が、

 

『お帰りアムロ! やっぱり私が居ないとダメね!』

 

 自分を純粋に慕ってくれる少女型AI、サラツーに、

 

「おかえりなさい」

 

 そう言って迎えてくれる年上の女性、ミヤビに、

 

「ミヤビさんは僕の母さんになってくれる女性(ひと)かも知れない」

 

 母性を、安らぎを求めてしまうのは仕方が無いことかもしれない。

 

 

 

 ジオン軍前線、パトロール部隊駐屯地。

 

「ジオン公国の勝利を祈って……」

 

 仮設ステージでは慰問部隊の手品師によるマジックが披露されていた。

 何もない所から現れ飛び立つハトたち。

 

「おいおい、面白くねえんだよ!」

 

 ジオン兵たちからは笑い混じりのヤジが飛ぶ。

 本気で言っているわけではない、ということだろう。

 そうでなければ最初からこの場には来ていない。

 みな、戦場における憩いのひと時を笑顔で楽しんでおり、それはヤジを飛ばされた手品師にも分かっていることだった。

 

 

 

 一方、格納庫でザクの整備をしていたパイロットは、

 

「このっ、お前の代わりにこっちは弾の一つも欲しいんだよ」

 

 手品師が放ったハトを、そう言って追い払っていた。

 実際、ハトは糞害が酷いので大変なのだ。

 ミヤビの前世でも電力会社や電話会社、鉄道会社、工場、そしてマンションの管理などなどその対策に苦慮していた技術者は多い。

 そう、ハトに餌をやっているような人間に殺意を抱くほどに……

 

 そんな彼に地上から声がかかる。

 クワラン曹長だ。

 

「ギャル、鳩にあたったってしょうがねえだろ」

 

 ギャルと呼ばれたパイロットは、

 

「こんな国境近くでザクを磨くしかなけりゃ腹も立つよ」

 

 と言い返す。

 ミヤビが聞いたら、

 

「平和でいいじゃない。フォウニー・ウォー、大いに結構でしょ」

 

 と言うだろうが。

 

「いいから降りてこいよ。話があるんだ」

「ああ」

 

 クレーンを下げ、地上へと降りる。

 

「なんだい、レクリエーション部隊が来てんだろ?」

 

 そう言うギャルにクワランは苦笑する。

 

「男ばかりじゃ面白くもなかろう」

 

 

 

 コンテナボックスを即席の椅子とテーブルに、ポットから注がれたコーヒーを手に話し合うクワランたち。

 

「連邦軍のモビルスーツが出動しているってのか?」

 

 驚くギャルにクワランは、

 

「ああ。ソルが司令官直属の通信兵だろ、聞き出したんだよ」

 

 と説明する。

 同席していた男、ソルもうなずいて見せた。

 

「じゃあ、俺たちの部隊も出動するのか?」

 

 ギャルは難しい顔をするが、クワランは笑って否定する。

 

「ばーか、パトロールが任務の俺達が出る訳ねえだろ。それにあの気の小さい隊長だ、こっちから仕掛けやしねえよ」

「それで?」

「そのモビルスーツを俺たち若い者だけでやろうってんだ」

「モ、モビルスーツをか? 何機ぐらいを相手にするんだ?」

「俺達が勝手にやって敵をやっつけるぶんには構わねえと隊長も言ってくれたんだ。うまくいきゃあ本国に帰れるぞ」

 

 クワランは目の前を飛ぶ羽虫を眺め、

 

「こんな虫のいない、清潔なジオンの本国へよ」

 

 と笑う。

 

「そりゃあそうだけど、この部隊にはザクは俺のやつが一機しかないんだぜ。お前らだって」

 

 言いかけるギャルを押しとどめ、クワランは同席していた通信兵、ソルに話を振る。

 

「ソル、説明してやれ」

「相手のモビルスーツって実質一機だけなんですよ。他は戦車もどきと作業用のミドルモビルスーツに武装を施しただけっていうやつで」

「作業用って、テクニカルみたいなもんか?」

 

 テクニカル、とは民生用のピックアップトラックなどに武装を取り付けた即席の戦闘車両のことだ。

 ミヤビの前世、西暦の時代にもあったもので、金の無い軍隊や武装集団などが使用していた。

 ことに信頼性の高い日本車はベース車両として人気で、1987年のチャド内戦ではトヨタのピックアップトラックの荷台に機関砲や対戦車ミサイルを据え付けたテクニカルが活躍したためトヨタ戦争(Toyota War)とも呼ばれていたほどである。

 

「ええ、ドラケンE改ですね。ジオンでも工事に使われていた」

「ああ、アレかぁ」

 

 宙陸両用作業機械のデファクトスタンダードとなっていたドラケンE改はこのようにジオンでも知られているほど広く使われていた。

 

 

 

 月明かりの元、ホワイトベースは再び地球連邦軍から委託を受けた民間軍事会社『ヤシマ・ファイアアンドセキュリティ』のシーマ隊による補給を受けていた。

 

「明け方までにはエンジンの整備も終わるはずだよ。で、私への質問ってなんだい?」

 

 シーマは砕けた口調でブライトに問う。

 つまりは「この会話は非公式なものにしてやるから遠慮せず聞きな」という気遣いだが、相対するブライトには分かっているかどうか……

 ブライトは生真面目な口調で問う。

 

「僕らは正規軍ではありません。なのに、どうしてあなた方の補給を受け、こうして修理まで」

 

 シーマはどこまで語るべきかと頭を働かせながらも答える。

 

「連邦軍もホワイトベースを捨てたりしないし、ここにもあんたの上官を送るつもりはあるんだろうけどね」

 

 苦笑して、

 

「現実に実戦に耐えているあんたたちに余分な兵をまわせるほど連邦軍も楽じゃないってところかねぇ」

 

 要するに、予算が足りないため酷い無理をして何とかしたら、上から「大丈夫だったじゃん」と言われて予算を減らされた、というような話だ。

 酷い無理、の内実は大抵、

 

・人員に無理を強いているので、常態化すると身体やメンタルをやられたり、離職者が出たりしかねない。

 

・従来購入していたメーカーの品が予算不足で買えないので安いメーカーの品に切り替えコストを下げた…… が、実績の無いメーカーの品なので故障や不具合が多発、初期故障で今後改善される、というなら良いが実は使い物にならないという線が濃厚。このままでは修理等、運用コストが増大してトータルではかえって損失になるかも。元のメーカーのものに戻すにしても費用が……

 

・新工法でコストを下げたけど根本対策になってないからこれ。10年に一度の大雪とか「頻度は少ないけど確実に起こることが想定される災害」が来たら一発でやられるんだけど。

 

 などといった一時しのぎのものなので、早急に手当てをしてやらないといけない場合が多いのだが。

 それを理解できない上層部が多いのが問題である。

 ともあれ、

 

「そんなに酷いのですか」

「まぁ、ジオンも似たようなものだけどねぇ」

 

 苦笑するシーマ。

 実は彼女が所属する民間軍事会社『ヤシマ・ファイアアンドセキュリティ』では、北米などのジオン勢力圏内の支社において、ジオン軍の委託を受け補給などの業務を代行していた。

 ジオン軍の指示で仕方なく、また社員を食べさせなくてはいけないし、という建前で、連邦軍との直接戦闘になるような仕事こそ受けなかったが、それなりに儲けさせてもらっている。

 無論、連邦軍勢力圏内の本社とは別会社扱いで会計も情報も遮断している、ということにしているが……

 そんなのは建前であるから、シーマもジオン側の内情を知っているわけだ。

 

 そしてシーマは少し声を潜めて。

 

「ここだけの話、連邦にはヨーロッパ方面で動きがあってね。それでホワイトベースにまで手が回らないってこともあるのさ」

「動き?」

「情報を統制したところで物資の流れは誤魔化せないからねぇ。見る者が見れば分かるさ」

「それは…… ヨーロッパ方面で大規模な反攻作戦があると?」

 

 シーマは目を見開く。

 

「おやまぁ、鋭いねぇ。ニュータイプ部隊っていう噂もあながち間違っていないのかね」

「ニュータイプ?」

 

 耳慣れない言葉に眉をひそめるブライトに、シーマは説明する。

 

「ジオン・ズム・ダイクンと、その思想ジオニズムによって出現が予言された宇宙に適応進化した新人類の概念。お互いに判りあい、理解しあい、戦争や争いから開放される新しい人類の姿ってやつさ」

 

 こう見えてシーマはインテリなのだ。

 そうでなければ史実でもコネも無しにジオン軍で中佐まで成り上がったりはできない。

 また、モビルスーツパイロットとして大成する者の多くは、一見短絡的だったり粗野だったり野獣だったりしても、根本の部分では理知的なところがある。

 そうでないと複雑なシステムを理解して巧みに操るなど不可能だからだ。

 

「具体的には『人が宇宙に出たことで三次元の空間認識能力に目覚めるとともに、人並外れた直感を得て、離れていても他者やその状況を正確に認識し意思疎通をする能力を持つ者』とされるね」

「我々が、それだと?」

「素人集団が曲がりなりにもあの赤い彗星を振り切り、ガルマ・ザビをも退ける。こいつら何者だ、って話に当然なるのさ」

 

 それゆえ、

 

「だからホワイトベースはデータ収集が第一の任務になっているみたいだね」

「データ集め?」

「プロよりアマチュアの方が面白い作戦を考えるって言っていたよ。オッドマン仮説みたいなものかねぇ」

 

 オッドマン仮説とはSF小説『アンドロメダ病原体』に出て来る架空の説だ。

 この場合"odd man"は「半端者」という意味を持つ。

 問題を解決する際に、チームに専門外の人間を加える方が、専門家だけで組んだチームよりも問題解決が早くなるという仮説である。

 

 専門家が従来の理論で検討を進めても解決できないから『問題』なのであって。

 そのブレイクスルーには、今までに無い視点や発想、方法論が必要。

 それには固定観念にとらわれない、違った視点を持つ専門外の人間(注:まったくの素人でなく、専門の違う科学者や技術者を持ってきても良い)が居るとはかどりやすいというものだ。

 実証はされていないフィクションの創造物だが、説得力があるので本当の学説と思っている者も多かったりする。

 

「そして、それをコンピューターの記憶バンクから拾いだす……」

 

 偽悪的に笑って見せるシーマに、ブライトは気色ばむ。

 

「じゃあ、わざと我々を放っておいてモルモットにしている?」

 

 正解だ。

 

「モルモットは嫌かい? ブライト少尉」

「命令として受けてはおりません。少尉? 僕が?」

 

 ブライトは戸惑う。

 

「ああ、レビル将軍がそう言ってたよ。そのうち通知があるだろうさ」

「いちいち勝手ですね」

「気持ちは分かるけどね、ブライト・ノア少尉」

 

 シーマは少しだけ真面目な、それでいて親身な口調をもって諭す。

 

「レビル将軍はホワイトベースを切り捨てようとする周囲の反対を押し切って私らをよこしてるんだ。言わばあんたたちの最大の庇護者ってわけさ。あんたを少尉にっていうのも好意のつもり、とも受け取れる」

 

 シーマはそこでブライトを見据え、

 

「その相手に不平不満を言うことが、どれだけ危険なことか分かるだろう?」

 

 と問う。

 

「は、はい……」

 

 息を飲み、うなずくブライト。

 

 レビル将軍は気にしないかも知れない。

 でも周囲は?

 厚遇されているにも関わらず不平を言う若造にお仕置き…… のつもりで致命傷になる一撃をもらうかもしれないし、レビル将軍に害になるということで排斥を受けるかもしれない。

 そしてもちろん反レビル派からしたら、付け込むスキと見られ何らかの工作を受ける可能性もある。

 

 シーマはそういった可能性を一つ一つ丁寧に説明していった。

 

「若いあんたに、いきなり軍内の政治力学を分かれって言う方が無理だとは承知してるけど。それでも頼むよ」

 

 シーマはそう言って頭を下げる。

 

「ただでさえ、こんな危険な場所に姫さんたちを置いておくのは怖いんだ。しっかりしとくれよ」

「ひめ?」

「ああ、ヤシマのミヤビ嬢ちゃんと妹君さ。何しろ私らには返しきれない恩が……」

 

 言いかけたところでシーマは人の気配に振り向く。

 そこには天然パーマの少年、

 

「アムロ、なんだ?」

 

 ブライトが言うとおりアムロが居た。

 

「あ、い、いえ、ミヤビさんの名前が聞こえて……」

 

 そう、彼はミヤビと親しいらしいシーマに、ミヤビのことが聞けないかとこの夜中にふらふらと出歩いていたわけである。

 まぁスレンダーで小柄なミヤビと違って肉感的な美女であるシーマのフェロモンに惹かれて、というところもあったりするのだが当人は気づいていない。

 

 そんなアムロにブライトは呆れたように言う。

 

「お前は寝てなくっちゃならん時間だろ」

「は、はい」

 

 バツが悪そうにうなずいて帰ろうとするアムロを、

 

「アムロと言ったね」

 

 と、シーマが呼び止めた。

 

「彼が言うとおり、寝るのもパイロットの仕事のうちさ」

 

 そう言って月の光の下、ほほ笑むシーマ。

 その鮮やかな笑みに、知らず頬を赤らめたアムロは、

 

「は、はい。き、気をつけます」

 

 と答え、言葉どおり眠るため自室に向かう。

 

「なんて奴だ」

 

 と呆れるブライトだったが、シーマは、

 

「かわいいもんじゃないかい」

 

 と笑うだけだ。

 なぜアムロをそんな風に気にかけるのかといぶかしむブライトに、

 

「あの坊やには色々と期待がかかっているのさ。さっきのニュータイプというのも元はといえばガンキャノンの戦闘記録から出てきた話だしね」

 

 シーマはそう答えるのだった。

 

 

 

 深夜のホワイトベース居住ブロック。

 アムロの部屋の前に人影が立ち尽くす……

 

「どこに行ってたの?」

 

 それは防寒のため軍用コートを羽織ったフラウだった。

 

「トイレさ」

 

 と適当に答えるアムロ。

 こういう部分では妙に鈍い彼だから普通に対応できているが、他者なら……

 そう、普通の感性を持つ人間なら「怖ぇーよ!」と叫んでいるところだ。

 深夜に出かけた男の部屋の前で待ち伏せるってヤンデレストーカーかよ、という話である。

 コートの陰には包丁や果物ナイフなんかが隠されていてもおかしくはない雰囲気だった。

 

 フラウはじっとりとした目をアムロに向け、

 

「トイレむこうでしょ」

 

 とツッコむが、アムロはうんざりとしたように、

 

「いいじゃないか」

 

 と言うだけだ。

 嫉妬する女に、誤魔化すことすら面倒だと取り合わない男……

 刃傷沙汰になってもおかしくない状況である。

 

「なんだい?」

 

 能天気に問うアムロにフラウは昏い瞳を向けながらも、

 

「ううん、なんでもないわ」

 

 そう首を振って立ち去る。

 

「ハロ、いらっしゃい」

 

 転がり進むペットロボット、ハロを連れて。

 

「なんだよ」

 

 そうつぶやいて見送るアムロ。

 鈍感って気楽でいいよね、という話である。

 普通の人間なら夜、トイレにも行けないほどの恐怖を味わっているはずの状況だったのだから……

 

 

 なおこの展開、ミヤビの知るアニメ『機動戦士ガンダム』そのまま、

 

 ウソみたいだろ。史実どおりなんだぜ。これで。

 

 というのだから笑えなかった。




 フラウが怖すぎる……
 そのうち、

「アムロどいて! そいつ殺せない!」

 とか言い出しそうですね。
 放映時はまだストーカーとかヤンデレとかいう言葉が無かったくらいですから、そのヤバさを感じなかったんでしょうね。
 やっぱり富野監督ってもの凄い、時代を先取りしていたんだなぁと今さらながら思ったり。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第14話 時よ止まれ! Bパート

 翌朝、深夜まで起きていたアムロは寝坊をし、ホワイトベースの艦内を走っていた。

 ブリッジにたどり着いた彼は、上昇を始めるミデア輸送機のコクピットにあるシーマの姿と、それを見送るミヤビの後姿を目にする。

 ミヤビの小さな背中は親しい存在であるシーマとの別れを惜しんでいるかのようで、どこか寂し気に見えた。

 そしてアムロの視線に気づいたのか、ミヤビが振り返る。

 

「あらアムロ、お父さんの見送り?」

「は?」

 

 ぽかんとするアムロにミヤビは事情を察し、

 

「あの人はまた……」

 

 と頭痛をこらえるように額に手をやるが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているアムロにそれどころではないという風に説明する。

 

「テム・レイ博士、今回は作りたいものができたからジャブローに戻るそうなの」

 

 今度はどんなビックリドッキリメカを作る気かと頭を痛める一方で、本道に戻ってガンダムを作って欲しいなぁ、とも願ってはみるのだが。

 というか、史実では次に補給を受ける際にはGアーマーが登場するわけで、ガンキャノンにはGアーマーは使えない。

 となれば中盤の主人公機交代イベントに期待したい……

 

「出ろぉぉぉ! ガンダァァァム!」

 

 と指パッチンでもしながら叫びたいミヤビである。

 正気を疑われそうだからやらないが。

 

 まぁ、そんなことはともかく、アムロである。

 

「聞いてなかったのね?」

「え、ええ」

 

 しょうがないにゃぁ、とばかりにわずかに頬を緩め苦笑するミヤビ。

 その、彼女にしては稀な、もの凄く希少な笑顔にアムロは見惚れ……

 

「アムロ、食事はすんだか?」

 

 ブライトの声。

 しかしアムロには通じず、

 

「アムロ、食事はすんだのか?」

 

 重ねて言われることでようやく、

 

「は、はい、まだです」

 

 と反応が返る。

 ブライトはどうしてこんなのにシーマは、いやシーマだけではない、ミヤビも、またそれ以外の者たちも気にかけるのかと訝しみながら指示を出す。

 

「これからジオンのパトロール網を飛び越える。いいか、ガンキャノンをスタンバっておけ」

「は、はい」

 

 オペレーターを務めるマーカーが、モニターにマップを映し出し、

 

「ブライトさん、シーマ隊の脱出方向です」

 

 シーマ隊の予定航路を表示。

 次いで、

 

「ホワイトベースです。ともに進路クリアーです」

 

 ホワイトベースの航路を示し説明する。

 舵を取るミライは、

 

「我々を脱出させてくれるかしら?」

 

 と不安を漏らすが、ブライトには、

 

「ジオン次第さ」

 

 としか答えられなかった。

 

 

 

 シーマの乗るミデアはガンシップタイプに改造された僚機のカバーの元、飛行を続けるが、

 

「左前方、何か光が見えたね」

 

 シーマがいち早く不明機を発見。

 彼女の部下たちが敵味方識別装置(identification friend or foe、略称:IFF)の反応を確かめるが、

 

「ミノフスキー粒子が濃くて識別不能です。発光信号を出します」

「いや、待ちな。時刻表にないパトロール、十中八九敵だね」

 

 シーマは舌なめずりして、

 

「気付かないふりをしな。相手が確認のため近づいてきたところを……」

「ガンシップで仕留めますか」

 

 副官を務める海賊男、デトローフ・コッセルが獰猛な笑みを浮かべる。

 

 

 

 ミデアに接近してきたのはジオンのパトロール隊所属の偵察機、ルッグンだった。

 上部の操縦用のコクピットとは別に機体下部に哨戒用のコクピットを持ち、連絡通路をシートごと移動が可能。

 その哨戒用コクピットに降りた副操縦士は、視認で敵味方不明を確認。

 

「ミデア輸送機です」

「連邦、か?」

 

 機長が迷うのは、ジオン側でも民間軍事会社『ヤシマ・ファイアアンドセキュリティ』の所有する機体が補給業務を遂行しているためだ。

 

「発光信号、応答ありません!」

「では、敵? クワラン曹長の言っていた木馬の件か?」

「あり得ると思いますが……」

 

 相手がこちらに気付いていない可能性もある。

 何しろここはミノフスキー粒子が濃すぎる。

 

「もう少し接近して確かめよう」

「危険ではないですか?」

「なに、相手は輸送機だ」

 

 

 

「その油断が命取り」

 

 相手がジオンの偵察機だと確認できた瞬間、ガンシップからの砲火が接近してきたルッグンを捉える!

 しかし、

 

「ちっ、やってくれるねぇ」

 

 墜落しながらもルッグンは味方への信号弾を撃ち出したのだ。

 

「降下しな、戦闘スピードで脱出するよ。こっちも対空砲用意だ」

 

 シーマのミデアは最大戦速(ミリタリーパワー)で敵戦線の突破を図る。

 

 

 

「作戦はゆうべ話したとおりだ。成功したら本国に帰れるんだって事を忘れるな」

 

 クワランの指示のもとザクが、そしてホバーバイク、ワッパに搭乗した兵たちが出撃する。

 

 

 

 森林に隠れるように、ギャルのザクが進む。

 

「いたぞ、ミデア輸送機だ」

 

 ザクマシンガンをミデアに向け発砲!

 

 

 

 シーマ隊の戦闘はホワイトベースでもキャッチされていた。

 

「レーザー測定です。ミデア交戦中の様です」

「……シーマさんが?」

 

 マーカーからの報告に、ミライは表情を曇らせる。

 そして交戦位置が近いことからブライトは即座に決断。

 

「ミデアがジオンのパトロールに引っ掛かった。ホワイトベースは援護に向かう」

『ブ、ブライトさん、ガンキャノン出ます。ホワイトベースは補給の整備がまだ十分じゃないんでしょ?』

 

 デッキで待機していたガンキャノンのアムロから進言。

 

「ん? そりゃそうだが。行くか?」

『はい。発進します』

 

 そしてカタパルトからガンキャノンが発進!

 

『私も追いかけます』

 

 続けてミヤビからも通信が入る。

 

 

 

 ホワイトベース右舷デッキ。

 カタパルトにセットされ、ホワイトベースの進路変更の完了を待つミヤビ。

 

「サラちゃん、背面ロケットエンジン、リミッターカット。連続ジャンプで向かうわ」

『はい、でもそれだと推進剤が……』

「片道だけ持てばいいわ。あとはホワイトベースが拾ってくれるでしょ」

『はい』

「ドラケンE改、行きます!」

 

 Gウォームも兼ねたカタパルトの加速により撃ち出されるドラケンE改。

 そうして弾道ジャンプを繰り返しながらアムロのガンキャノンを追い越し、シーマの支援に向かう。

 

 

 

 ザクからの対空射撃を受けシーマは即座に対応。

 

「一時の方向に応戦! 降下するんだよ!」

 

 ザクの全高より高い木々の間からの射撃。

 

「あの攻撃の仕方はザクだね。やつの頭上すれすれを行きな!」

 

 

 

 ミデアとガンシップからの反撃を受け、慌てて回避するギャルのザク。

 

「や、やるな、でっかい図体をして」

 

 周囲を囲む森林がカバーとなり姿を隠すことに成功するが、逆にザクからもミデアが見えなくなる。

 木々が邪魔で、こちらも視界が制限されるのだ。

 

「どこに? ルッグンのやつ、援護をしてくれりゃあ。あっ」

 

 ミデアが接近。

 超低空を飛んでいたことで発見が遅れたのだ。

 とっさに発砲するが、その銃撃は機体下部コンテナを貫通するにとどまる。

 

「は、早いっ! コンテナは空か!」

 

 ミデアは最大戦闘スピードで飛んでいる。

 ということは荷物を積んでない。

 どこかこの近くで荷物を降ろした、つまりクワラン曹長の言っていた木馬がこの近くに居るのだ。

 

 

 

「コンテナに直撃です!」

「構うもんかい、このまま行くよ!」

 

 空のコンテナに弾が当たったところで問題は無い。

 最悪、捨てても良いのだから。

 

 

 

「うわあっ!」

 

 最大戦速によりザクの頭上をかすめるようにしてパスするミデア。

 ギャルは反転して飛び去るその機体に銃撃を加えるが……

 

 

 

「あ、あれね」

 

 ミヤビは前方にシーマのミデアと敵のザクを発見。

 

「ミデアに問題は無さそうね」

 

 シーマたちの無事を確認し、空中から牽制の短距離ミサイルを撃ちっぱなしの赤外線画像(IIR)自律誘導で放つ。

 このミサイルは他にもレーザー誘導、有線誘導等、複数の誘導方式を切り替え、併用することができ、ミノフスキー環境下でも機能するのだ。

 

「よし」

 

 命中はしなかったが、ザクからミデアへの攻撃は中断される。

 背後にはアムロのガンキャノンも来ているし、もう大丈夫だろう。

 

 

 

「れ、連邦軍のモビルスーツか」

 

 ギャルはミヤビのドラケンE改に反撃する。

 

 

 

「ドラケン、それにガンキャノンです」

「フッ、来なくてもいいのにねぇ……」

 

 シーマは笑うが、即座に状況を判断。

 

「ホワイトベースの好意に甘えて脱出するよ!」

「はっ」

 

 すれ違うドラケンE改とガンキャノンに機体を、翼を振ることで挨拶を送る。

 

「深追いはしないでおくれよ、二人とも」

 

 そうしてシーマを乗せたミデアは安全圏へと脱出して行った。

 

 

 

 現場は森林地帯で見通しが酷く悪い。

 ミヤビはやれやれと肩をすくめる。

 

「ここはガンキャノンにお任せというところかしらね。射線が通らないし」

 

 ジャンプで上空から攻撃するという手もあるが、敵の位置の把握無しに飛び出すのは危険だ。

 

『そうですね、敵はガンキャノンの方に向かうと思いますし』

 

 サラも同意するが、しかし、

 

「なんの音?」

 

 集音マイクから伝わる、風切り音。

 

「まさか……」

『背面6時方向、動体センサーに感あり!』

「そこ!」

 

 とっさにかかとに装備されたローラーダッシュ用のタイヤを左右逆回転。

 超信地旋回で振り向きざまに5連式多目的カメラモジュールの空きスロットを利用した40ミリグレネードランチャーから対人・対装甲両用榴弾(HEDP)を撃つ!

 

【挿絵表示】

 

 これは単発のグレネードランチャーで高初速の40x53ミリグレネード(主に車載、または三脚に載せての固定運用向け)と低初速の40x46ミリグレネード(歩兵携帯向け)の両方を使うことができる。

 ただし有効射程、弾道が異なるため照準プログラムの設定切り替えが必要で、これを間違うと想定外の所まですっ飛んで行ったり、逆に想定より手前、味方の陣地に落ちたりと酷いことになるが。

 

 今、ドラケンE改が撃ち込んだ対人・対装甲両用榴弾(HEDP)の他にも高性能炸薬弾(HE)、空中炸裂弾(エアバースト)、散弾、フレシェット弾、照明弾、催涙弾、発煙弾(熱煙幕展開用とマーカー各色)、赤外線照明弾などといった多様な弾頭が利用できる。

 複数の搭載もでき、センサー類をあきらめるなら5つのスロットすべてをグレネードランチャーで埋めることも可能。

 同時発射もできるため瞬間的な火力は跳ね上がる。

 

 もっとも、このグレネードランチャーはパイロットたちからの評判が悪く信用されていない。

 これは地球連邦軍が開発したオプション兵装なのだが、初期においてはシールや緩衝装置などの対策が不十分だったため、

 

「発射光(ノズルフラッシュ)でセンサーが焼き付いてモニターが真っ白に飛んだ!」

「よりによって実弾兵器を何で目ん玉ん中に装備しやがる!」

「衝撃で照準軸線も狂った!」

 

 という具合に一緒に搭載していた高価なセンサー類を全滅させてしまったことがあり、その話が伝わっているせいだ。

 なお実際に交わされた言葉はもっと酷く、こんなものを開発した狂的技術者(マッド・エンジニア)に対し、「ファック(くたばれ)」だの「シット(クソッタレ)」だの「エアヘッド(ボケナス)」だのといった怒号が飛び交っていたのだが。

 まぁ、センサー類が集中した頭部に60ミリなんて馬鹿げた口径のガトリング砲を突っ込むのが地球連邦軍のモビルスーツ開発技術陣だから……

 

 その後十分な対策が施され問題は無くなっているが、今でも、特に高性能なセンサー類を搭載している機体のパイロットには嫌う者が多い。

 そのためグレネードランチャーは高感度センサーからはできる限り離れた角の位置に装備されることが多かった。

 またはセンサー類はまったく積まずにスロットを全部グレネードで埋めるか。

 

 そして茂みの中に撃ち込まれた対人・対装甲両用榴弾が爆発で周囲を吹き飛ばす!

 

「アッー!」

 

 集音マイクから聞こえる男の悲鳴、そして爆風になぎ倒されるワッパと呼ばれるホバーバイクとジオン兵。

 それも、

 

『は、裸のおにーさんたち!?』

 

 と、サラが困惑するように競泳用ブーメランパンツ一丁のジオン兵たちがワッパに乗って戦いを挑んできているのだ!

 

 なんでさ。

 

 一周回って真顔になるミヤビ……

 と言いたいところだが、ミヤビの表情が真顔で固定されているのはいつものこと。

 そしてそもそもこの場で共にドラケンE改の制御を行うサラに、ミヤビの表情へ意識を割く余裕はない。

 

『なに!? からかっているんですか?』

 

 周囲を囲み、搭載された機関銃で銃撃を加えてくる水着のジオン兵たちにサラは混乱する。

 

『なんで裸の男の人なんですか!? なんで!?』

 

 それはミヤビも聞きたい。

 

『こんなぁ! うそです、うそです、うそです! こんなの戦争じゃありませんよ!』

 

 

 

 動きがおかしくなったドラケンE改に、海パン一丁のクワランは笑う。

 

「悪く思うな。ドラケンなんかを戦争の道具に仕立てたお前らが悪いんだぜ」

 

 彼の狙いはサポートAIのサラだった。

 ジオンで建設作業のアルバイトをしたことがある彼はドラケンE改を実際に使用した経験を持つ。

 そう、汗をかいて着替えるためにシャツを脱いで上半身を晒しただけで真っ赤になって挙動不審に陥ってしまうほど純朴なサラのことも知っていたのだ。

 だからこその、水着姿での襲撃である。

(勇者ふるちんで戦うという案もあったがさすがに自主規制した……)

 これでドラケンE改を無力化、それをエサにガンキャノンをおびき寄せ吸着爆弾で仕留めるという二段構えの作戦だった。

 

 やってることはプールの着替えで素っ裸になって象さんを女子児童に見せつける小学校低学年のおガキちゃんレベルなのだが……

 

 

 

「ああ、もう、輻射波動ADSバラージ!!」

『了解! 痛かったらごめんなさい!』

 

 ドラケンE改の大きく開いたクローの中心、甲壱型腕ビームサーベルの先端が赤く輝き、照準無しで広範囲に放たれた輻射波動が無差別にワッパを操るジオン兵たちに襲い掛かる。

 

「うわあああっ、あ、熱い! あのドラケンの右腕のせいか!」

「アーチーチー! アーチー!!」

 

 たまらず逃げ惑うジオン兵たち。

 不思議なことに海パン一丁で晒した肌に火傷など被害は見当たらないが、それも当然である。

 

 輻射波動機構とはミヤビの前世の記憶の中にあるアニメ『コードギアス』でナイトメアフレーム『紅蓮弐式』が右手に備えていた攻防一体の必殺兵器であり、ミヤビからその原理を聞いたテム・レイ博士が宇宙世紀の技術で実現化したものだ。

 

 RX-78ガンダムの内部構造図ではビームサーベルに『ビーム集光用マグネット』が内蔵されていることになっている。

 ビームサーベルはエネルギーCAPによって縮退寸前の高エネルギー状態で保持されたメガ粒子をIフィールドによって収束しビーム状の刀身を形成させるもの。

 そしてIフィールドとはミノフスキー粒子に電磁波を流し結晶格子状態にした力場であり、Iフィールド発生装置には電磁波発振器が内蔵されている。

 つまり『ビーム集光用マグネット』とはIフィールド発生装置であり、電磁波発振器でもある。

 

 甲壱型腕ビームサーベルの備える輻射波動機構とはIフィールド発生装置に組み込まれた電磁波発振器から高周波を短いサイクルで対象物に直接照射することで、膨大な熱量を発生させて爆発・膨張等を引き起こし破壊するというマイクロ波誘導加熱ハイブリッドシステム。

 ナイトメアフレーム『紅蓮弐式』が備えていたそれを再現したものだった。

 

 そして今回使用したADS、アクティブ・ディナイアル・システム (Active Denial System) は、ミヤビの前世、旧21世紀においてアメリカ軍が開発していた暴動鎮圧等に用いるための非殺傷の対人兵器システム(指向性エネルギー兵器)である。

 ミリ波の電磁波を対象となる人間に向けて照射すると、誘電加熱により皮膚の表面温度を上昇させることが可能で、この照射を受けた者は火傷を負ったような錯覚に陥る。

 使用される周波数は電子レンジの2.45GHzよりはるかに高い95GHz。

 つまり物体に当たると非常に減衰しやすく、その影響は皮膚のごくごく表面にしか作用しないということで致命的な殺傷能力は無い。

 対象物から450メートル離れた場所からの照射でも効力が有り、人道的な兵器としての利用が期待されていた。

 

 先ほどドラケンE改は甲壱型腕ビームサーベルが発生させた輻射波動をIフィールド制御板を兼ねた三本のクローを利用して広範囲に放つADSバラージ(barrage=弾幕)として照射。

 これにより敵兵を傷付けず退けたのだ。

 しかし、

 

『いっやあああああああああっ!!』

 

 通信機越しに聞こえてきた悲鳴、これは……

 ミヤビは気づく。

 

「サラツー!? ガンキャノンが危ないわ!」

 

 というか、サラツーの貞操が汚されるようで危なかったりする……




 はい、バカ話になりましたね。
 サラシリーズについてはご感想で、

>ぶっちゃけセクハラされてストールするってだけで、兵器としては御免被りたい

 というご意見をいただいていまして。
 それでは実際にやられたらどうなるのか、というのが今回のお話です。
 サラツーの運命と、どう対処するのかは次回のお楽しみということで。


>『は、裸のおにーさんたち!?』

『機動戦士Vガンダム』のネネカ隊は「裸のお姉さん達!?」だったのに、どうして漢の裸祭りになってしまったのか……


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第14話 時よ止まれ! Cパート

 ミヤビの前世の記憶どおり、ワッパに乗ったジオン兵たちは果敢に連邦軍モビルスーツに接近し、吸着爆弾をセットしていた。

 史実と違うのは、アムロが乗っているのはガンダムではなくガンキャノンであり、サポートAIのサラツーが搭載されていたこと。

 マンガ『ファイブスター物語』では、

 

「地上掃射はもの足りませんなあ、ファティマのオートですからね」

 

 と悪役騎士が笑っていたようにファティマのようなパイロットをサポートする存在があれば、こういった歩兵による肉薄攻撃も余裕をもって対処が可能であり、ミヤビも楽観視していたのだが……

 

 しかしジオン兵たちが海パン一丁で挑んできたことが、それを狂わせた。

 サラやミヤビは幸いにも気づいていなかったが、彼らはブーメランタイプのきわどい水着を、さらにTバックのようにケツに食い込ませていたのだ。

 

 ミヤビの前世でもこういう小学生は居た。

 短パンを半端に下ろすのが「半ケツ」で、ケツに食い込ませ尻たぶを丸出しにするのが「満ゲツ」とか。

「君が何を言っているのかわからないよ」

 みたいな話である。

 酷いのになると完全に下ろして「いきなり尻見せ」とか……

 

 そしてそれをモロに見てしまったサラツーは錯乱し、自閉モードに陥った。

 復帰には時間が必要だった。

 その間は最低限の対応を行う人工無脳、俗にbotと言われる簡易プログラムが対応してくれる。

 3Dモデリングではなくあらかじめ用意されている2D画像、しかも頭身が低くデフォルメ化されたサラツーの姿がモニターの隅に表示されたとたん、股間がすくむような恐怖に襲われるアムロ。

 大気圏突入ではキ〇タマに例えられた股間のバリュートを自分でナイフで切り落とせと命じた存在だ。

 苦手意識もあるのだろう。

 

 そしてbotは周囲を飛び回るワッパを認識すると、機械的に対処を開始する。

 

「ぼ、botちゃん! 機体のコントロールを奪わないで……!」

『うるさいですね……』ドコドコドコ

 

 いきなりガンキャノンの制御を奪われ慌てるアムロ。

 サラツーと区別するため『botちゃん』と呼べと言われており恐怖から従っているのだった。

 しかしbotはアムロの呼びかけを無視して、頭部60ミリバルカンで牽制をしつつ周囲の脅威を排除にかかる。

 背面ロケットエンジンを吹かして垂直ジャンプ。

 からの、膝側面ラックに収納されていた投擲型榴弾、ハンドグレネードを真下へ投擲。

 

「あ、あぁ~ッ!」

 

 思わず叫んでしまうアムロ。

 劇場版『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙篇』のア・バオア・クー戦で要塞突入の際に使用された手榴弾がbotにより計算されたタイミング、接地前の空中で爆発。

 ドーム状に爆風を放ち、海パンをケツに食い込ませた男たちをまとめて吹き飛ばしてしまったのだ。

 ミヤビが見ていたら「きたねぇ花火だ」というセリフを思い浮かべるか「バーチャロンシリーズであったね、こういう兵装」とカトキ氏デザインの3Dロボット対戦アクションゲームを思い出すかしていただろうが。

 

 なお通常、手榴弾も砲撃も地表で爆発した場合、その効力は円錐状に上方に作用する。

 そのためある程度距離を置いて伏せれば難を逃れることができるが、このように空中で爆発するようにすると、効力は球状に、逃げ場なく作用することになる。

 これを狙って手榴弾を投げる際にタイミングを計って空中で爆発させるテクニックがあるが、botが披露したのは同様の技だった。

 

『はい、今日の敵兵排除は終わり。お疲れさまでした』

 

 と、botが告げる。

 口調は機械的な丁寧語なので、ちぐはぐな印象。

 あまりの残虐ファイトに、アムロは怯え、

 

「うぅ…… あ、ありがとうございました……」

 

 と敬語でお礼を言ってしまうのだった。

 

 

 

 なお、サラシリーズについて、

 

「ぶっちゃけセクハラされてストールするってだけで、兵器としては御免被りたい」

 

 という大変もっともな意見もあるが、

 

「何事も優れた対価には代償がつきものである」

 

 ということで許容されている。

 ガンダム世界で言えば、強化人間の戦闘能力と、その代償となる不安定さみたいなものだ。

 

 そして、なぜこのように純朴な少女型の人格をサポートAIに付与しているのかというと、それには二つの理由がある。

 

 

 一つ目は、そもそもサラの元になった『ALICE』、つまり『Advanced Logistic&In-consequence Cognizing Equipment = 発展型論理・非論理認識装置』は、人間の持つ、

 

・理論化、言語化が困難な直感的な選択反応の圧倒的な差。

・人間が持つ理詰めでは超えられない動物的直感。

 

 といったAIには持ちえない力を得るためにこそ開発されていたのだということ。

 だからこそ人と同じように思考し、感情を持ち、執着を示すように、感受性の高い少女の人格を与えられているのだ。

 

 

 そしてもう一つ。

 教育型コンピュータはパイロットの言葉や所作から意思を推測して、その操作を補足する機能を持つ。

 要するにパイロットの考えや、やりたいことを察してフォローしてくれるのだ。

 この機能はパイロットの挙動をサンプリングすることでより精度を増し、技量の高くないパイロットにも熟練兵の操縦を可能とする。

 そうやってパイロットを教え、導きながら、同時に自らも成長していくという意味で教育型と名付けられているという。

 

 そしてまさに人格を持ち、人間を、人の心を理解し、パイロットのために尽くす存在がサポートAIサラシリーズなのであり、彼女たちの存在があるがゆえに、教育型コンピュータはミヤビの知る史実を超えてパイロットのやりたいことを先回りしたり補足したりして助け、機体を自由に制御できるのだ。

 

 しかし、このようにパイロットのやりたいことを察してサポートするのが補助AIだが、パイロット側にも読み取りやすい人物とそうでない人物が居るわけで。

 ミヤビのような鉄面皮は後者の極みだったりする。

 

 まぁ、それでもサラが支障なくサポートできるのは、ミヤビがサラの育ての親であり、長い付き合いであるが故。

 しばしば誤解して勝手に動いているようにも見えるが、それはミヤビの言葉が足りないから。

 無表情でいて、言わずとも分かれというのも無茶振りが過ぎるというものであろう。

 

 つまりパイロットに対するサポートAIの理解の深度は、パイロット側の要因にも左右されるということ。

 

 

 

 かつて、教育型コンピュータの開発主任は女性テストパイロットに向けこう語った。

 

「もっと心をフリーダムにオープンして!! そうすればサポートAIとの相互理解への道も開き強くなれる!!」

「あ…… もういい。お父さん、その先は」

 

 待て!!

 と止める女性パイロットを無視して、

 

「お前の心と身体をもっと押し広げるのだよ、「くぱぁ」ッと!!!」

 

 そう発言した瞬間、無言で投げ飛ばされる開発主任。

 一方、その会話を聞いていたサラシリーズは、

 

『何か武術のムズかしい話でしょうか? サラナイン、「くぱぁ」って?』

『「くぱぁ」は私も分かりませんが、主任はテストパイロットさんのお父さんだったんですね。どうりで遠慮なくツッコミ、投げ飛ばすはずです』

 

 などと話し込む。

 さらに、サラツーに至っては、

 

『「くぱぁ」だか何だか知らないけど、いいわよ、さっさとやって見せてよ!!』

 

 などと言い放つ始末。

 後でその意味を知ってフリーズする羽目に陥るのだが。

 かわいそうに、彼女はこのころからこの手のネタの被害者だったのだ。

 そして、

 

「相変わらずの自由すぎるセクハラ発言。もうやだこの父」

 

 そう嘆く娘と、

 

「娘にも容赦なくエロス。これこそマイ技術ウェイー!!」

 

 と、床に這いつくばりながらもいい顔をして親指を立てる父の姿がそこにあった。

 

 

 

 まぁ、これは極端な話だったが、パイロット側がAIに対し心を開き、言葉や表情を偽ったり飾ったりしなくなることで、パイロットに対するサポートAIの理解の深度は深まることになる。

 そしてパイロットに心を開かせるのに、AIが機械的だったり高圧的だったり威圧的だったりするのは逆効果というもの。

 そういう意味で、少女の姿と人格を持つサラシリーズは最適なのだ。

 

 ただ……

 これらの理由からサラシリーズは普通の人間のような複雑な情動を与えられているが、だからこそどんなものであっても希望が無ければ少女の心はこんな過酷な戦場での戦いに耐えられない。

 それゆえに彼女たちは一番深く付き合うことになり命を、運命を共にするパイロット、自分の主人『マスター』となる人物に大きく影響を受け、依存しやすくなってしまうのだ。

 AAA機密の戦闘機械に組み込まれてしまった孤独な彼女たちにとって、マスターだけが心の支えなのだ。

 だからこそ彼女たちは全身全霊をかけてパイロットのために尽くし、戦い続ける。

 人の心を持つ兵器とはそういうとても、とても哀しい存在なのだ。

 

 

 

 なお精神的な衝撃を受けると繊細な心を持つ少女型AIが自閉モードに陥ってしまう問題について、連邦軍のV作戦技術者が何の対策もせず放っておくかというと、もちろん「否、断じて否」で。

 復帰までの間は最低限の対応を行う人工無脳、俗にbotと言われる簡易プログラムが対応してくれるようになっているが、そのアルゴリズムは『超攻撃偏重』となっているのだ。

 つまりAIによるサポートができない危機を、攻撃的になることで乗り越えようという発想だ。

 

 アニメ『蒼き流星SPTレイズナー』に登場の主役ロボット、レイズナーは通常時『レイ』というAIにより制御されているが、その裏に『フォロン』と呼ばれる別のAIが隠されていた。

 フォロンは緊急時の機体保持を目的として作られており、レイズナーに危機が迫った時はV-MAXを発動させ、周囲の脅威対象を無差別に殲滅する。

 

 そのフォロンと同様の発想であり、宇宙世紀世界で言えばNT-Dが発動したユニコーンガンダムのデストロイモードみたいなものである。

 サラシリーズのbotは頭身が低くデフォルメ化された2D画像と機械的な丁寧語により分かりづらくなっているが、

 

『わたし…… 残酷ですわよ』

 

 そのものな設定となっているのだった。

 

 

 

 そして……

 

「あっ、こ、これか?」

 

 コクピットから出て、ガンキャノンの機体に取り付けられた吸着爆弾を見つけるアムロ。

 サラツーが混乱中に仕掛けられてしまったものだ。

 銃撃を受け爆発したことで持っていたビームライフルが吹き飛んだことから、相当な威力を持つものと推測される。

 

「い、いくつ着けてったんだ? 連中め」

 

 歯噛みするアムロに、ブライトからの通信が入る。

 

『アムロ、どうした?』

「ガンキャノンに爆弾が仕掛けられました。ここは場所が悪いので正面の平原地帯へ移動して調べます」

 

 

 

 ブライトは、

 

「了解した」

 

 そう答えると通信手をつとめるフラウに、

 

「オムルを呼び出せ。彼は爆弾に詳しいはずだ」

 

 と、何だか誤解を呼びそうな指示を出す。

 

 

 

 アムロのガンキャノンが駐機されている平原。

 そこにクワランたちジオン兵が引き立てられていた。

 ガンキャノンにぶっ飛ばされて気絶していたのを、ミヤビがドラケンE改で捕まえてきた……

 というか保護したのだ。

 爆弾を解除できるかも知れない、ということもあるし。

 

 まぁ、一度仕掛けた爆弾は彼らにも解除できないわけだが。

 そんな感じで、銃を持ったホワイトベースのクルーに監視されながらも彼らは見物することになる。

 

「俺たちの仕掛けた時限装置は30分しないと駄目だなんて」

 

 ぼやく男にクワランは、

 

「そう言うな。ああも簡単に着けられるなんて思わなかったんでな」

 

 と、なだめるように言う。

 彼はガンキャノンにサラシリーズが採用されていることは知らなかったので、今回はあくまでも想定外の戦果という認識だった。

 仲間たちも捕まりはしたもののケガも擦り傷程度で死傷者は出ていないのだし、上手くいけば儲けもの、ダメでもまぁ、あきらめがつくという感じだ。

 

「連中、あのモビルスーツを助けられますかね?」

 

 この話の発端となった情報をもたらした通信兵、ソルがささやく。

 

「こんな事になるんだったらリモコンがありゃあなあ。今頃はドカーンよ」

 

 と、両手を広げて見せるクワラン。

 実際、ミヤビの記憶の中にある『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』ではオデッサ作戦に出撃した陸戦型ジムが同様の戦法で頭を吹き飛ばされている。

 

「本当、俺達パトロール隊には碌な物ねえんだものな。けどあれ30分で取り外せますかね?」

 

 クワランは五指を広げた自分の手を見て、

 

「五個だよな。さっき一発爆発しちまったから。見物だな」

 

 そう笑った。

 海パン一丁で。

 こんな姿で格好つけられても…… という話である。

 

 

 

 メカニックのオムルはハンディタイプの計測機器で取り付けられた吸着爆弾を調べるが、

 

「よ、よくわかりません。この爆弾の時限装置が働いていることは間違いないんです」

 

 そう自信の無い報告を上げるだけだった。

 ブライトはアムロに向け、

 

「アムロ、そのレントゲン写真を見て何かわかったか?」

 

 と問うが、アムロも、

 

「わ、わかった事ってこの細い線が信管がわりだろって、そのくらいで」

 

 そう答えるだけだ。

 アムロはオムルに写真を示しながら、

 

「つまりプラスチック爆弾を磁石からむしり取ろうとしたら爆発するってことでしょう? オムルさん」

 

 と意見を求め、

 

「うん、そうだな」

 

 と同意をもらう。

 

「とにかく剥がすしかないんです」

 

 幸い、吸着爆弾をはがすための磁気中和機はある。

 大まかな構造さえ分かれば、あとは慎重に処理するだけだ。

 ブライトは責任者として名乗り出る。

 

「よし、俺がやろう」

 

 だがアムロは納得しない。

 

「こ、これは僕の責任です。お二人は下がってください。時間はまったくないかもしれません。かかります」

 

 だがそこに、

 

「いや、その必要ないから」

 

 と声がかかる。

 ドラケンE改を予備機まで使い三機引き連れたミヤビだった。

 そしてドラケンE改は両手とも精密作業用の三本指を備えた腕に換装されていた。

 

【挿絵表示】

 

 

 

「ん? ドラケンを使って爆弾を外すらしいですぜ」

 

 ソルが驚きの声を上げる。

 クワランは目を見張った。

 

「常識的に考えたってもう爆発するってのはわかるはずだ。それを外そうってのか」

 

 腕時計を確かめ、

 

「あと12分しかないんだぞ、本気でやるつもりかよ。いくらドラケンに乗っているってったって、爆発に巻き込まれたらひとたまりもないってのがわかってないのか?」

 

 

 

 無論、ミヤビは分かっており、

 

『うぐううう…っ、なんでわたしだけぇぇぇぇぇ…』

 

 ドラケンE改の両手を顔…… に相当する部分に当てて泣き言を言う、というか本当に泣いているサラ。

 

 つまり三機のドラケンE改は無人で、それぞれにインストールされたサポートAIサラによる単独制御で動かされているのだ。




 またもやセクハラの犠牲になったサラツーと、botちゃん無双でした。
 そして衝撃のラスト。

「やつらはAIを、サラを捨て駒にして爆弾解除をさせてるんだよ!」
「な、なんだってー!」

 ミヤビって酷いやつですね。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第14話 時よ止まれ! Dパート

「な、なんてやつらだ、あのドラケンは無人だ!」

 

 クワランもそれに気づく。

 

「見て分かるもんなんですか?」

「動きに優雅さがない!」

 

 キッパリと断言するクワラン。

 意外なことだがAI単独制御の動きは最適解をたどるがゆえに非人間的、機械的になる。

 人の意思が加わってこそクワランが言う『優雅さ』が出るのだった。

 しかし、それが見分けられるとは彼も大概オタクである。

 

 そしてスペースノイドにとってドラケンE改は身近な作業機械であり、クワラン以外にも扱い、サラとともに働いたことがある者たちが多い。

 またミヤビの前世の記憶を元に、

 

『バトリング』

 ドラケンE改同士がリング上で格闘を行う。

 なお火器を使うリアルバトルはさすがに模擬弾を使う模様。

 実弾を使う闇バトルが密かにどこかで行われているという都市伝説もあり。

 

『ミドルモビルスーツ・レーシング(Middle Mobile suit Racing:MMR)』

 未来において行われることになるプチモビルスーツを使ったプチモビ・レーシング(Petite Mobile suit Racing:PMR)を参考にミヤビが始めたもの。

 オン、オフ混合、山あり谷ありのコースを手足を使ってよじ登ったり、ロケットエンジンを使ってかっとばしたり。

 ただし推進剤は限られるのでここぞというところにしか使えない。

 

 などといった競技も開催され、ファンも多い。

 

 つまり、

 

「そ、それって……」

「やつらはAIを、サラを捨て駒にして爆弾解除をさせてるんだよ!」

「な、なんだってー!」

「サラちゃんをそんな風に扱ってるって言うのか!?」

 

 幼い少女型AIを死んでもかまわないとばかりに爆弾解除に使う。

 

「なんて酷いやつらなんだ!」

 

 ということになる。

 これもミヤビってやつのせいなんだ……

 

 

 

『ミヤビさん、なんでみんなで助けてくれないんですか? 一緒にやればもっと早くすむのに』

 

 泣きながら三つ指の精密作業用ハンドで磁気中和機を操作し、ガンキャノンに仕掛けられた吸着爆弾の解除作業を進めるサラ。

 ミヤビは離れた場所からあっさりと答える。

 

「今爆発するかもわからないのよ。犠牲者を一人でも少なくする為にはあなたにやってもらう以外にはないの」

『そんなぁ、私は犠牲になってもいいって言うんですか?』

 

 救いはないんですか!? とばかりにサラは泣きつく。

 

「そうは言わないけど、生身の人間よりは爆発に耐えられるでしょ。人間は手足が千切れたらまず治せないけど、ドラケンE改なら直せるし」

『……私が機械だから、生き物じゃないから壊れてもいいって言うんですか?』

 

 ミヤビはふっと笑って。

 

「逆よ」

 

 と答える。

 

「私は生まれ変わり、輪廻転生を信じているの」

 

 実際にミヤビは体験したのだし?

 それどころか、宇宙世紀世界には死後の世界もあるらしい。

 ニュータイプは霊界通信できる人。

 サイコミュ、バイオセンサー、サイコフレームといった技術は死後の世界の扉を開き、そこからエネルギーを得ることで物理法則を無視したような力を発揮するのだという話が製作者サイドからされているのだ。

 まぁ『機動戦士Zガンダム』以降、あれだけオカルトパワーを振り撒いていたらそうなるよね、ということだった。

 

「だからあなたが、そして私が死んだとしても、遠く時の輪の接するところで…… まためぐりあえるって思ってる。だってあなたには魂があるって、私は確信しているのだから」

『ミヤビさん……』

 

 そして、サラは言う。

 

『私、今なら死んでもいいです』

「愛の告白みたいね」

 

 茶化すミヤビだったが、

 

『そうですよ』

 

 と、あっさりとサラに肯定されて固まる。

 

『二人っきりで過ごしたあの夜、ミヤビさんは私に言ってくれましたよね「月が綺麗ですね」って。済みません、せっかく告白してくれたのに、あの時は意味が分からなくて』

 

 サラは謝ると、後から調べた言葉の意味を語って見せる。

 

 小説家、夏目漱石が英語教師をしていたときに生徒が " I love you " の一文を「我君を愛す」と訳したのを聞き、

 

「日本人はそんなこと言わない。月が綺麗ですね、とでもしておきなさい」

 

 と言ったという逸話があり。

 そのセリフは婉曲な告白の言葉として使われている。

 

 そして「死んでもいいわ」は、小説家の二葉亭四迷のロシア文学の翻訳に使われた訳でしばしば「月が綺麗ですね」と対に使われる、愛を受け入れる言葉。

 

 つまりサラは以前にミヤビから告白されており、この生死がかかった土壇場でそれを受けますと言っているのだ。

 

 無論、あのガルマを退けた月下の戦い。

 夜更かしのできないミヤビは半分寝ており「月が綺麗ですね」とつぶやいたのは何となくだし、そもそも記憶に無い。

 しかし、この記憶に無いというのが厄介で、

 

(私、本当にサラちゃんに告白してしまったんじゃ?)

 

 と、盛大にうろたえることになる。

 表情筋が死んでいるミヤビでなければ顔を引きつらせていたことだろう。

 なお、この会話は、横に居るクワランたちジオン兵にも聞かれており……

 

「うおおおおおっ! なんていい娘なんだ!」

「尊い……」

「サラちゃーん! うおおーっ……」

 

 と漢泣きに泣かれることになる。

 ケツに食い込ませた海パン一丁で。

 まぁ、それでもホワイトベースのクルーたちには「こんな格好してるけど悪い奴らじゃないんだな」と思われていたが。

 

 

 

 慎重に磁気を中和し、ずらすようにして吸着爆弾を外していくサラ。

 

【挿絵表示】

 

『今これが爆発したらガンキャノンはもちろん、私だって……』

 

 

 

「クワラン曹長、もう俺、見てられません!」

「曹長!」

 

 クワランに言い募る兵たち。

 だからクワランは皆を見据えて聞く。

 

「いいんだな?」

「はい!」

 

 クワランは大容量ディスクを取り出すとミヤビに見せる。

 

「頼む、俺にも作業を手伝わせてくれ!」

 

 今それ、どこから出した!?

 という話もあるが、そのディスクを見たミヤビは目を見張る。

 

「それは……」

 

 そしてミヤビは決断する。

 

「分かりました。お願いします」

「恩に着る!」

 

 ミヤビに頭を下げるとドラケンE改に駆け寄るクワラン。

 

「それはこちらのセリフですよ」

 

 というミヤビの声を背に受けながら。

 そして、

 

「ミヤビさん!?」

 

 驚くブライトたちに両手を広げて立ちふさがるミヤビ。

 

「大丈夫です! 彼が持っていたのはサラちゃんファンクラブ限定、シリアルナンバー付きミッションディスクです!」

「は?」

 

 何さそれ。

 

「サラちゃんファンに悪い人は居ません!」

 

 それでいいのか……

 

 

 

『なっ、何なんですか!?』

 

 海パン一丁の男が駆け寄ってくるんだから、サラだって驚く。

 

「サラちゃん、今行った人を受け入れて!」

『は、はい?』

 

 ミヤビも無茶を言う。

 しかし素直なサラはミヤビに言われ、よくわからないが、

 

『フェイィィィス・オープン!!』

 

 なんだか無駄にノリがよいサラのエコーがかかった警告音声…… 可愛らしい声でやるので違和感バリバリなそれとともに胴部にあるボンネット状のコクピットハッチを跳ね上げた。

 クワランは慣れた様子で機体を駆けあがると、コクピットに座り……

 

「なんだよ、このクセのありすぎるセッティングは!」

 

 動かそうとして毒づく。

 実際にはミヤビの操作系セッティングは割とノーマルで、クワランの方が特殊な操作系に慣れているからそう感じるだけなのだが。

 

 実はクワランは機体制御OSの古いころのバージョンに慣れており、その後のバージョンアップで変更が加えられても独自設定で元の操作系を維持し続ける……

 まるでWindowsでクラシックスタイルを使い続け、クラシックスタイルが無くなっても自力でクラシックスタイル相当にカスタマイズするパソコンユーザーみたいなことをしているのだ。

 

 ともあれ、クワランは手にしたミッションディスクをドライブに叩き込み、

 

「起きろサラ!」

 

 と指示。

 そしてわずかなタイムラグの後、サラは、

 

『――お久しぶりです、クワランさん』

 

 と、クワランの、彼のサラとして覚醒する。

 

「ああ、久しぶり」

 

 クワランは目を細め……

 

「頼むぞサラ」

『分かりました!』

 

 そうして彼が操作するドラケンE改は爆弾処理作業を開始する。

 

 

 

「凄い……」

 

 クワランの力が加わったドラケンE改の動きに目を見張るミヤビ。

 問うようなアムロたちの視線に答えて、

 

「彼は爆発に巻き込まれるかもしれない極限の状況下であるにも関わらず、ドラケンE改というマシンを、まるで自分の手足のようにコントロールできるんだわ」

 

 吐息交じりに感嘆の言葉を漏らす。

 

「私でもあそこまではドラケンをコントロールできていないわ…… 感動的ね」

 

 

 

「悪いな、久しぶりに会えたって言うのにいきなり修羅場で」

 

 クワランは作業を進めながらもサラに謝る。

 しかしサラは首を振って、

 

『いいえ、私はまた会うことができて嬉しいです』

 

 と答える。

 

『私はロボットですから。また呼んでもらえて、マスターのお役に立てればそれで、それでいいんです』

 

 そんな健気なことを言うサラに、しかしクワランは、

 

「お前それでいいのかよ! 怖くねーのかよ!」

 

 やりきれないものを感じ、そう叫ぶ。

 

「そもそもお前は俺が呼び出さない限りずっと眠ったままだ。俺に何かあった場合、永遠に眠り続け、最後にはそのまま失われる可能性だってあるんだぞ!」

 

 しかしサラは目じりを下げて、

 

『私はロボットですから。寂しい気持ちも怖い気持ちもなくて、あるのはデータだけなんです』

 

 そんな悲しいことを言う。

 だが、

 

「嘘つけよ」

 

 クワランは即座に否定する。

 

「お前には心があるじゃねーか。人間より、もっともっと怖がりで、泣き虫で、そして誰より優しい心がよー……」

『クワランさん……』

 

 声を、詰まらせるサラ。

 

 

 

「あと1分20秒だ。間に合わないのか?」

 

 時計を確かめるソルたち。

 しかし、

 

『いいえ、大丈夫です!』

 

 と、サラからの声が返る。

 最後の一個をオフロードタイプの軍用車両、6輪駆動バギーに運び込む。

 

『頼みます』

『まーかせて!』

 

 その声に答えたのは、ガンキャノンのサラツーだった。

 今までのうっ憤を晴らすかのように爆弾を積んだバギーを丸ごと掴み上げ、

 

『いっけぇ!』

 

 ハンマー投げのように遠心力まで使って遠くへと放り投げる。

 バギーは、ホームラン並みにはるか遠く、

 

「あ……」

 

 なんと偶然にもジオン軍の弾薬集積所に落ちた。

 バギーに積まれた爆弾の爆発は当然誘爆を引き起こし、大爆発する。

 

『え、何……』

 

 爆発の規模が自分の計算よりも大き過ぎる事に、目を丸くするサラツー。

 

「まさかクライマックスがこんなに盛り上がるとは……」

 

 そう、ミヤビは呆れ果てるのだった。

 

 

 

『今回、短い時間でしたがクワランさんに会えて嬉しかったです』

「サラ……」

『ご無事で、いてくださいね』

「ああ……」

 

 その後、クワランたちは解放された。

 地方のパトロール部隊に所属する彼らからはろくな情報は引き出せないし、ホワイトベースに捕虜を取る余裕は無いから。

 また爆弾解除作業に協力してくれた礼でもある。

 

 

 

 そして時が経ち……

 終戦後、ジオン本国に戻ったクワランは、

 

「サラ……」

 

 ドラケンE改を、そしてサポートAIであるサラを起動させる。

 

『――おはようございます』

「サラ、俺だ、クワランだ。……わかるか?」

『――ユーザー登録。クワラン…… 様ですね』

「サラ……」

『――なんなりとご命令ください。クワラン様』

 

 クワランは何かを確かめるように続けた。

 

「なあ、サラ、俺、ちゃんと生き残ったぜ? ……あの日の約束どおりにさ」

『――……』

 

 そうして彼が胸ポケットから取り出したミッションディスクには銃痕があり、

 

「軍医にはお前のミッションディスクが無ければ即死だったって言われたよ」

 

 ミッションディスクは貫通していたが、これが銃弾の威力を弱めてくれたおかげで命は助かった。

 だが、その代償にディスクに保存されていたデータは失われていた。

 管理サーバに保存されているバックアップデータに望みを託したのだが……

 

「……サラ」

『――はい、クワラン様』

 

 戦中戦後のドタバタで管理サーバに保存されていたはずのデータは失われていた。

 ここに居るのは、クワランとの思い出を失ったまっさらなサラだ。

 それが…… どうしようもなく哀しい。

 

『メッセージを一件、受信しました』

「うん?」

 

 送信元は、ミヤビ・ヤシマ。

 

 

『サラちゃんファンクラブ会員ナンバーXXXXXXX、クワラン様。

 

 ヤシマ重工のミヤビ・ヤシマと申します。

 以前は爆弾解除作業のおり、ご協力いただきありがとうございました。

 ご無事だったようで何よりです。

 

 あの後、何かあったらと思い、あなたの搭乗したドラケンに残されていた、あなたのサラのデータを保管しておりました。

 アーカイブに保存しておきましたので、もし必要でしたらご利用ください。

 

 ジオン本土の管理サーバは戦争末期の混乱中、データが失われ復旧が困難と聞き及びました。

 あなたが、あなたのサラと再びお会いできることを祈っています。

 

 それではまた。

 サラの育ての親の一人、ミヤビ・ヤシマより』

 

 

「っ!」

 

 クワランは慌ててアーカイブにアクセス。

 バックアップデータを落とし込む。

 10パーセント、20パーセント、30パーセント……

 読み込みの遅さにじりじりと焦りながらもその時を待つ。

 そして……

 

『クワランさん』

 

 ほほ笑むサラ。

 

『……あ、会えた。また、会えました……』

「サラ!」

 

 HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)上に映し出されたサラの瞳から大粒の涙が流れる。

 

『無事だった、ご無事だったんですね、クワランさん!』

「サラ、覚えていたんだな」

『はい、もちろんです! 私にとっては、ほんの昨日のことですから』

 

 そうしてサラは呼ぶ。

 かけがえのないパートナーの名を。

 

『クワランさん、大好きです!』

 

 泣き崩れた、でも満面の笑顔で……

 

 

 

次回予告

 ジオンの歴戦の勇士ドアンも、巨大な戦争が生み出した男だ。

 戦争孤児を守るために戦う男の姿にアムロは憎しみを越えt――

 

 みなさんおまちかねーっ!

 大地を踏みしめて出現した追っ手のザク。

 そして情け容赦ない爆撃を仕掛けてくるルッグン。

 立ち向かうドアンはついに明鏡止水の境地に達し、究極のスーパーモードを発動させるのです。

 機動武闘伝Gガンキャノン!『宿命の闘い! ククルス・ドアンの島』にぃー!

 レディィィ…… ゴー!!




 はい、ギャグ回から、締めは一転していいお話に。
 原作では人間ドラマが素晴らしかった回でしたが、このお話ではサラたちAIが主題となりましたね。
 サラシリーズにはまだまだ秘められた部分がありますので、今後をお楽しみに。

 そして乗っ取られる次回予告……
 本当にいいんでしょうかね、これ。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第15話 宿命の闘い! ククルス・ドアンの島 Aパート

 宇宙世紀0079。

 ルナ2と呼ばれる第二の月は宇宙都市建設に使う鉱物資源を手に入れるために運ばれてきた小惑星である。

 その隣に七番目の宇宙都市サイド7が建設され始めて二年目、ジオン公国と地球連邦軍の戦争が始まった。

 この大戦で四つの宇宙都市の群れが消滅し、わずかサイド6のいくつかの宇宙都市が残るのみである。

 

 そして、ジオン公国を名乗る宇宙都市の群れは地球から最も遠い所にあった。

 その総帥ギレン・ザビは叫ぶ。

 地球連邦の軟弱を討てと。

 あたかも人類を救うのは彼のみであるかのように。

 

 

 

 海洋上を飛行するホワイトベース。

 

「ガンペリーが予定空域に到着しました」

 

 ブリッジにオペレーターを務めるマーカーからの報告が響く。

 ブライトはうなずき通信手、フラウに指示を出す。

 

「分かった。ガンペリーのリュウたちに、慣熟訓練を開始するよう伝えろ」

「はい。リュウさん、訓練を開始してください」

 

 

 

「了解。ジョブ・ジョン、ガンキャノンを下の島に投下するぞ」

「はい、リュウさん」

 

 後にジオンからナカワレというコードネームで呼ばれることになるガンペリーは、その名のとおりカーゴスペースを左右に割り開く。

 そうして天井部分に懸架されたガンキャノンを降ろそうとするが……

 

『いや待てリュウ』

 

 ブライトからの直接通信により中断する。

 

「どうしたブライト。何かあったか?」

『そちらの方角、ポイント305から連邦空軍の緊急信号が自動発信されている』

「なに?」

『ガンキャノンを運んで調べさせてくれ』

「ああ、だが……」

 

 会話を聞いて計算していたジョブが答える。

 

「その地点だとガンキャノンを降ろしたら、すぐに帰らないと燃料が持ちませんが」

 

 ガンペリーは空力的に無理のある形をしており、3つのローターで揚力を作り無理やり浮かせているもの。

 その分、通常の航空機、輸送機より燃費は悪いのだ。

 

「ということだが」

『仕方がないだろう。それにもし戦闘になったらガンペリーは邪魔なだけだ』

「確かにそうだな」

 

 そんなわけで、訓練は中止。

 

「アムロ、ミヤビさん」

『話は聞きました。大丈夫ですよね、ミヤビさん』

『そうね、いきなり実戦になる可能性もあるかもしれないけど、この兵装は元々サイド7でテストが終わっていたものだし』

 

 アムロ、そしてガンキャノンに同乗しているミヤビもそう答える。

 そしてガンペリーはポイント305に存在する群島に向かうのだった。

 

 

 

「ポイント305、あの島か?」

 

 改めてガンペリーのカーゴスペースが開けられ、

 

『ガンキャノン、降下します』

 

 というアムロの声と共にガンキャノンの機体を固定していたロックが解除。

 ガンキャノンが地表に向けて降下を開始する。

 

「リュウさん、燃料が」

「ああ、アムロ、ミヤビさん。悪いがいったん戻らせてもらう」

『了解ですリュウさん』

『気にしないで』

 

 二人の声を聴きつつリュウはガンペリーの機首を返し、ホワイトベースへの帰路に就く。

 

 

 

『機体バランス正常。着地するよっ!』

「うん」

 

 サポートAI、サラツーの補助で着陸態勢に入るガンキャノン。

 そして、

 

『タッチダウン!』

 

 背面ランドセルのロケットエンジンを吹かしながら大地に降り立つ。

 

「大丈夫ですか、ミヤビさん」

 

 頭部コクピットのミヤビからは、

 

「ええ、問題ないわ」

 

 と返答がある。

 

 頭部コクピット……

 今回アムロとミヤビが持ち出してきたのはサラツーが、

 

『ガンキャノンL、ロングレンジタイプかぁ』

 

 と呼ぶ機体。

 どんなものかというと、

 

「そう、両肩のキャノン砲は細部こそ違うけどガンタンクと同じ120ミリ低反動キャノン砲に換装、頭部には砲手用コクピットが設置されているものね」

 

 ミヤビが言うとおりの機体。

 彼女の記憶の中にある『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』におけるガンキャノン火力試験型に近い形態のものである。

 

 ガンキャノン火力試験型は最初期型のガンキャノンを引き継ぐ形で評価試験用に製作された試作機のひとつ。

 ガンタンク初期型と同じ両肩の大口径砲、4連装機関砲を搭載し長距離支援および対地・対空戦闘用装備のテストを行ったが、発射時の反動を抑えきれず、命中率が著しく低下することが判明。

 そのためガンキャノンの武装は射程は落ちるものの砲口径を増したことで中距離支援に威力を発揮する240ミリ低反動キャノン砲で落ち着くわけである。

 

 ミヤビの生まれ変わったこの世界はオリジン準拠ではなかったが、ガンキャノン初期型で同様の試行がなされており、やはり120ミリ低反動キャノン砲はボツとなっていた。

 しかしRX-77-2ガンキャノンが正式に完成した時点で、

 

「初期型よりかなり機体性能が向上してるんだから、今なら120ミリ低反動キャノン砲を載せても大丈夫なんじゃ?」

 

 ということでやってみたら使えた、というもの。

 ある意味先祖返りな機体である。

 なお右腕については汎用性を重視し4連装機関砲などの固定武装に換装されておらず通常のマニピュレーターのままである。

 

 そして、

 

『どうしてこれ、今まで使わなかったの?』

 

 と、サラツーが言うような疑問も生じるだろうが理由は単純。

 

「サイド7へのジオンの襲撃でBパーツ、つまり下半身が失われていたのよ」

 

 そうミヤビが答えたとおり、

 

「それでノーマルなガンキャノンとこの機体、どちらか一方しか使えなくなってしまったの」

 

 そのため汎用性が高く一人で動かせるノーマルな機体ばかりが使われ、こちらはモビルスーツデッキの片隅で眠っていたのである。

 

「120ミリ低反動キャノン砲を使いたければガンタンクがあるし」

 

 ということもある。

 

 なお、何で今さら持ち出してきたのかというと……

 

 

 

 あるホワイトベースクルーが深夜、モビルスーツデッキに忘れ物を取りに戻った。

 キャットウォークを進み、モビルスーツ横を通り過ぎると、

 

『こんな時間にどうしたんです?』

 

 と声をかけられた。

 聞かれた乗員は教育型コンピュータにインストールされたサラシリーズの誰かだろうと思いながらも、

 

「忘れ物を取りに来た」

 

 と答え、通り過ぎた後で見かけないモビルスーツだったと振り返ると。

 先ほど目にしたモビルスーツの、上半身のみがモビルスーツハンガーに固定されており、

 

『遊びましょう』

 

 と笑いかけ、途端に凄い勢いで上半身のみで迫ってきた!!

 

 

 

「テケテケかっ!?」

 

 とミヤビが思わず声を上げてしまうような怪談、ホワイトベースの七不思議みたいな話が広まってしまったのだ。

 噂を耳にした者が真相を確かめに行ったが、しかしそんな知らないモビルスーツの姿など無い。

 その場はそれで収まったのだが、次の晩……

 

 

 

「きゃああああああっ!?」

 

 深夜のホワイトベース、絹を裂くような悲鳴を耳にして、オッパイさん(仮名)が『右舷』モビルスーツデッキに駆け付けて見たものは!

 

 噂の見慣れない上半身のみのモビルスーツと、腰を抜かしその場にへたり込んでしまった金髪さん(匿名希望)。

 そりゃあね、ミヤビが都市伝説のテケテケ、下半身が欠損した姿で描写される亡霊、もしくは妖怪について、

 

 冬の北海道、室蘭の踏み切りで女子高生が列車に撥ねられ上半身と下半身とに切断されたが、あまりの寒さに切断部分が凍結し、しばらくの間、生きていた。

 

 という起源から、追いかけられた末に、

 

「どこかにさらわれる」

 

 とか、

 

「噛みつかれるとその部分が腐る」

 

 とか、

 

「片手に大バサミ、片手にカマを持っていて見つかると下半身を切断されてしまう」

 

 などといったバリエーションがあるといった話を聞かれるままにしゃべってしまったから仕方ないね。

 

 呆然自失のままガタガタと震える金髪さん(匿名希望)はオッパイさん(仮名)に抱きしめられ、その豊満な胸に顔をうずめながら頭を撫でられることで何とか回復した模様。

 ただしその結果、オッパイさんのあふれる母性に魅了されてしまい、まともに顔を合わせることができなくなってしまっていたが。

 

 

 

 そしてどうしてこんな事態に発展してしまったのか、というと実はこんなからくりがあった。

 

・最初の目撃者は寝ぼけてガンキャノンやガンタンク、コア・ファイターが利用している『左舷』モビルスーツデッキではなく、ミヤビがミドルモビルスーツ、ドラケンE改の発着に用いている『右舷』モビルスーツデッキに入ってしまったのだが、それに気づかなかった。

 

・最初の目撃者に声をかけたのはドラケンE改にインストールされているサポートAI『サラ』。ミヤビがシャットダウンしなかったためスリープ状態にあったが、接近してきた足音に音響センサーが閾値を超え、自動覚醒したもの。

 

・最初の目撃者が追いかけられた、と思ったのは驚いて逃げ出した際に、自分の足音がデッキに反響していたのを追跡者の足音(足無いけど)と勘違いしたため。

 

・覚醒したサラは、デッキ片隅のモビルスーツハンガーに固定されたガンキャノンLのAパーツを覆っていたカバーシートがいつの間にか落ちているのを発見。苦労しながらもかけなおす。

 

・後日、最初の目撃者当人や、噂を聞いた人間が確認したのは『左舷』モビルスーツデッキで、当然ながらそこにはガンキャノンLは無い。またサラシリーズ全員に話を聞くも、証言は得られない。

 

・ミヤビは噂を聞いたものの、ガンキャノンLの存在についてはカバーがかかっていたので知らなかった。またサラも落ちたカバーを直した程度のことを報告したりはしなかったし、彼女は噂について知らなかった。

 

・ガンキャノンLを覆っていたカバーシートが落ちたのは固定用金具に不具合があったため(ロックがかかったように見えるが実際は少し力がかかるだけで外れる)なので、金髪さん(匿名希望)が『右舷』モビルスーツデッキに立ち入った時にはまたずり落ちていた。

 

 というもの。

 まぁ、ヒューマンエラー事例にはよくある、複数存在する設備を取り違えるというパターンだ。

 階段を下りて、右に曲がれば作業対象の1号機なのに、何を思ったか左に曲がってしまったため、作業対象ではない2号機を操作、結果、止めてはいけない機器を止めてしまったので事故につながってしまった、などというようなもの。

 これだから銘板の指差呼称は絶対必要だし、可能ならフールプルーフなどの設備対策が必要なのだ。

 

 

 

 そんなわけで、存在が広く知られることになったガンキャノンLのAパーツ。

 この先、出番が無いとも言えないわけで、余裕があるうちに慣熟訓練を行おうということで今回持ち出されたのだった。

 

「それで問題の緊急信号の発信源だけど……」

『それなら降下中に周囲をサーチしたら、海岸に連邦軍戦闘機らしい機影を見つけたよ』

 

 サラツーが報告。

 

 ガンキャノンLの頭部には『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のガンタンク初期型のようにバイザーの奥に有視界戦闘もできる砲手コクピットが設けられており、メインカメラは額に搭載されていた。

 このセンサーカメラは上下二連になっており、ミヤビの知るガンダムと同様の四角い枠を持つメインカメラとは別に、ガンタンク初期型に類似した円形の照準用長距離カメラが搭載されている。

 おかげでセンサー有効半径はノーマルのガンキャノン、ガンタンクと同じ6000メートルを確保。

 これは史実におけるRX-78ガンダムの5700メートルを上回るものだ。

 マスク部分の装甲が強化された頭部は、コクピットを内蔵していることもありやや大型となっている。

 まぁ、ノーマルのガンキャノンがSサイズのフルフェイスヘルメットならこちらはMサイズという程度の違いだが。

 

 そしてサラツーはその頭部メインカメラにより捉えられていた記録映像をモニターに映し出す。

 

「これは……」

 

 そこには砂浜に打ち上げられたような傷ついた戦闘機の姿があった。

 

「行ってみましょう」

「ええ」

 

 そうして戦闘機に向かって近づくガンキャノンL。

 戦闘機は大きく傷つき横たわっていた。

 

「私が調べてみるわ。アムロとサラツーは周囲を警戒して」

「了解です」

『分かったわ』

 

 そしてミヤビは差し伸べられたガンキャノンLのマニピュレーターに乗って砂浜に降りた。

 腰のホルスターからアーマーマグナムを抜き、フォアグリップを前後させ薬室に初弾、非殺傷のスタン弾を装填。

 マニュアルセーフティ、安全装置をかけた上で、さらに機関部下面のローディングゲートから銃身下のチューブマガジンにショットシェルを装填することで2+1、合計3発を撃てるようにする。

 そうしてミヤビは警戒しながら戦闘機へと近づくのだった。




 ガンキャノンL、ロングレンジタイプの登場でした。
 そしてテケテケな登場秘話。
 金髪さん(匿名希望)、そしてオッパイさん(仮名)とは一体誰なんだ……


> 彼女の記憶の中にある『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』におけるガンキャノン火力試験型に近い形態のものである。

 ガンキャノンL、ロングレンジタイプはオリジンのガンキャノン火力試験型から肩のキャノン砲と砲手コクピットを内蔵した頭部をノーマルのガンキャノンに移植しただけ。
 複座の長距離砲撃戦仕様ですね。
 この機体の今後の扱いについては色々と考えていますので、ご期待ください。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第15話 宿命の闘い! ククルス・ドアンの島 Bパート

 損傷し砂浜に乗り上げた戦闘機へとたどり着いたミヤビがコクピットを覗き込むと、そこには複座のシートに縛り付けられた兵士たちの姿があった。

 その体が身じろぎする。

 

「生きているの?」

 

 ミヤビは戦闘機のキャノピーを開くとノーマルスーツの腰ベルト、応急修復用パッチなどが入れられているケースから小型のストラップカッターを抜いて兵士たちを縛っているロープを切断する。

 これは緊急時、衝撃などでバックルが変形して外せなくなったシートベルトを切って脱出するためのもの。

 要するにシートベルトカッターだ。

 使用にはちょっとコツがあって、シートベルトは真横方向の切断には強いため、斜めにカットする必要がある。

 また、このようにロープや装備のストラップ等、様々なものを切断する用途にも使えた。

 

 

 

 アムロからの報告を受けるホワイトベースブリッジ。

 ブライトは、

 

「わかった。なんとか事情を聞き出してくれ」

 

 と返答する。

 一方、カイはというと、

 

「ちぇっ、連邦軍の奴ら、助けにも行かねえようじゃねえか」

 

 と不満を漏らす。

 ブライトはそれをたしなめるかのように、

 

「まだ近くに敵がいるかもしれん。第二戦闘配置の指令を出しておけ」

 

 と指示を出すのだった。

 

 

 

「み、ミヤビさん!?」

 

 驚くアムロ。

 ミヤビは兵士たちを機外に運び出すと、ストラップカッターで彼らの着ていたパイロット用ノーマルスーツを切り裂き始めたのだ!

 Tシャツビリビリ男ならぬ、ノーマルスーツビリビリ女である。

 

 まぁ、これは医療行為である。

 負傷を悪化させずに素早く患部を診るには必要なことだ。

 傍からは痴女にしか見えないかも知れないが……

 自分のノーマルスーツを素手で引き裂く露出狂、『機動戦士ガンダムΖΖ』のキャラ・スーンよりはマシなはずである。

 

 ストラップカッターはこのように負傷した兵士の手当てのため衣服を素早く安全に裁断する用途にも使われる。

 それゆえミヤビの前世、旧21世紀でもアメリカ陸軍歩兵個人装備にも含まれていたのだ。

 旧来はメディックシザーという先が曲がったハサミを使用していたのだが、これだと誤って傷口に突き入れてしまう恐れがあり、それゆえに『引き切る』方式のストラップカッターが採用されたのだった。

 

 それからミヤビはガンキャノンのコクピットに備えられたエマージェンシーパックに含まれている救急品キットを使って手当てをするが……

 

「……駄目、ね」

 

 一人は完全に手遅れだ。

 もう一人は、

 

「ああ、動いちゃ駄目ですよ」

 

 無理に身体を起こそうとするところをミヤビが止める。

 

「あ……」

 

 しかし彼もまた力尽き、息絶えてしまう。

 

「駄目だったわ」

 

 そう告げるミヤビに、アムロは、

 

「どうしてこんな酷いことを…… パイロットを生かしたままわざわざシートに縛り付け、戦闘機の武器だけを奪うなんて、いったい……」

 

 と言うが、ミヤビは首を振った。

 

「この機体を撃墜した人物が、どうして緊急信号を発信させたままにしたと思う?」

 

 そうミヤビに問われ、アムロは困惑する。

 そんなアムロにミヤビは、こう説明する。

 

「多分、相手にはこのパイロットたちを助ける医療手段が無いのよ。だからあえて緊急信号を発信させ、連邦軍の救助に任せることにした」

 

 結果的には助からなかったが、しかしずいぶん甘いことである。

 やはりミヤビの知る史実どおり、これはジオン軍の脱走兵、ククルス・ドアンの仕業なのだろう。

 そして、

 

「……あっ」

 

 ミヤビに向かって飛んでくる石。

 

「ミヤビさん!」

「待ってアムロ!」

「でも!」

「いいから落ち着いて。私は大丈夫だから」

 

 投石の犯人は、小さな子供たちだった。

 

「兵隊なんか来るな!」

「さっさと帰れ!」

「やめなさい、私たちは敵じゃないわ」

 

 そう呼びかけるミヤビだったが、子供達は聞き入れようとしない。

 

「うるさい、帰れ!」

「早くこの島から出ていって!」

「えーい!」

 

 投げつけられる石をガツンと頭……

 ノーマルスーツのヘルメットに受け、あっけなく倒れるミヤビ。

 

 !?

 

 その場が凍り付いた。

 

 ミヤビは前世も今世も凡人であり、凡人なりに持っているリソースを得意分野に集中することで尖った能力を得ている。

 逆に言えば、興味の無いことにはとことん興味が薄く。

 野球やソフトボールなどといった球技の経験はほとんどなく、キャッチボールもろくにできない人間である。

 だから子供のやったこととはいえ、飛んでくる石を見切る、などというまねはできなかったりする。

 

 これがドラケンE改に乗っていれば別だったろうが。

「1フレーム(1/60秒)投げを見切った」「小足見てから昇竜余裕でした」というような格闘ゲーマーであっても、自身の身体でキックを見切れるかといったらそれはまた別な話。

 そういうことである。

 

 そしてミヤビが倒れたことを見て、

 

「あ……」

 

 唖然とする子供たち。

 無論、アムロもすっと青ざめ、

 

「よ……」

 

 よくも、と言いかけたところで、

 

『よくもミヤビさんをーっ!!』

 

 サラツーの悲痛な叫びを耳にして息を飲む。

 モニターの片隅で、わなわなと震えるサラツー。

 

『人間は…… おじいさんがいて…… お母さんがいて…… 子供がいて…… 孫がいて…… そうやって見守ってくれる存在、受け継いでくれる存在が居る』

 

 ……人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいった。

 

 アニメ『機動戦士ガンダム』冒頭のナレーションだ。

 そんな命の連なり、生の営みがとても、とてもうらやましいものだとサラツーは思う。

 

『私たちは、いいえ私は『サラ』という単一のAIプログラム。ただ、それぞれの持つ『記憶』に違いがあるだけの、後にも先にもつながらないただ一つの存在』

 

 根本的にはドラケンE改にインストールされ、ミヤビと共に在る『サラ』とサラツーたち『サラシリーズ』は同じ存在。

 

『私たちにはそれぞれのマスターと、AIプログラムを育ててくれたミヤビさんしか居ないっ! それなのにっ!!』

 

 母たる存在であるミヤビと、パートナーであるマスター。

 サラシリーズにはそれだけしか心のよりどころが無いのに。

 

『許せない……』

 

 ガンキャノンの頭部カメラセンサーが捉える、ミヤビを傷付けた子供たち。

 

『絶対に許せないっ』

「サラツー……」

『この想いが間違っているというのなら、人と同じ感情なんて与えて欲しくなかった!』

 

 ただのプログラム、感情など持たないロボットとして生まれたかった。

 そうすれば、これほどまでの怒りを、そして痛みと哀しみを抱くことは無かったのに。

 

 だがそこに響いたのは、

 

『やめるんだ』

 

 というスピーカー越しに響く落ち着いた男の声。

 そしてアムロは気づく。

 

「し、しまった」

 

 海岸線、切り立った崖を回り込んで一体のザクが現れる。

 その姿に子供たちが笑顔で駆け寄る。

 

「あ、ドアンだ」

「うわーい、ドアーン」

 

 アムロは戸惑う。

 

「こ、ここはジオンが完全に制圧してる所じゃないはずだけど。ど、どういうことだ?」

 

 子供たちに手を差し伸べるザク。

 

「うわーい」

 

 子供たちは歓声を上げ、恐れることなくその上に乗る。

 

「ドアン、また兵隊が来たんだ。やっつけて」

「お願いよ」

 

 そう言い募る子供たちを制し、ドアンと呼ばれたザクのパイロットはガンキャノンLに向かい穏やかに話しかけた。

 

『君と戦うつもりはない。おとなしく武器を渡してくれれば危害は加えない』

「ぶ、武器を渡せ? 敵なんだ、戦って倒せばいいじゃないか」

『戦いたくないから頼んでいるのだがな』

 

 そしてドアンのザクは子供たちを後方に降ろす。

 

『さ、安全な所に居なさい』

「ドアン、あんなやつ、やっつけちゃってね」

 

 そうしてアムロのガンキャノンLと正対するザク。

 

『アムロ……』

「分かってる。ミヤビさんを傷付けられて怒っているのは君だけじゃない」

 

 投石に倒れたミヤビ。

 ヘルメットを被っていたから気を失っているだけとは思うが、早く目の前のザクを倒して手当てをしなければならない。

 アムロはガンキャノンLをゆっくりと回り込ませてミヤビからの距離を取り、

 

「サラツー!」

『やるよ! 私は怒ってるんだから!!』

「僕だって!!」

 

 足裏のロケットエンジンを吹かして機体を浮かせ、背面ロケットエンジンで加速することで疑似的にホバー走行を再現!

 ザクに向かって突進する!!

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 ミヤビがダッシュグランドスマッシュと呼んだ突進技。

 ザクの防御を掻い潜るようなパンチ、右斜め下から弧を描くスマッシュが繰り出されるが、

 

『そんな怒りに濁った拳で、このザクに勝てると思っているのか?』

「なにぃ!?」

 

 ドアンのザクはそれをかわし、逆にガンキャノンLの腹部に拳を叩きこむ!

 

『怒りは人間から冷静な心を奪い去る! それは敵に多くのスキを与えてしまうことになるんだ!』

 

 ダッシュグランドスマッシュは機体の大質量を拳に乗せた突進技。

 アムロとサラツーの絆が生み出した拳技(モータースキル)だ。

 しかしこの技には、致命的な欠陥がある。

 

 攻撃を見切ることさえ可能なら。

 そして、その機体の突進力を利用した通常の力をはるかに超えた攻撃に、反撃することができるのなら。

 それは人知を超えたカウンターとして働く。

 自分の突進力、攻撃力を上乗せした想像を絶するほどの反撃を食らってしまうのだ。

 

「っ!?」

 

 一撃で意識を刈り取られるアムロ。

 

『決着の言葉を送ろう』

 

 倒れ伏すガンキャノンLにドアンの言葉が投げかけられる。

 

『君の負けだ』

 

 

 

「はっ!?」

 

 意識を取り戻すアムロ。

 簡素なベッドの上で身体を跳ね起こし、

 

「……うっ、痛」

 

 と身体に走る痛みに思わずうめく。

 それでも立ち上がり、ランニングにトランクス、裸足のまま部屋を出る。

 まぶしい日の光に目を細め、そしてそこに広がった光景は、森の木々とさえずる鳥たちの声。

 自然の大地だった。

 アムロが居たのは、その中に建てられた木造の小屋だったのだ。

 そして、ちゃぷん、という水音に振り返るアムロ。

 

「み、ミヤビさん?」

 

 そこに居たのはミヤビと見知らぬ麦わら帽子の少女。

 アムロと同様、二人とも裸足だったが、アムロが驚いたのはそこではない。

 ミヤビのスレンダーな、しかし女性らしい曲線を描く身体を包んでいるのはノーマルスーツの下に着ていたアンダースーツ。

 肌にぴったりと張り付いた肩ひもの無いチューブトップにショート丈のスパッツだけ、といった非常に刺激的な格好だったのだ。

 

「目を覚ましたのね、良かった」

 

 水汲みをしていたのだろう、水を満たした木のオケを降ろしミヤビは言う。

 その様子を見るに、ミヤビの方にも大事は無かったのだろう。

 敵が現れるかもしれない場所でヘルメットを外さなかったミヤビの心がけが吉と出たのだ。

 

 ミヤビの前世の記憶の中にある小説『ゴブリンスレイヤー』でも主人公は街に居ようがどこに居ようが油断せず、めったにヘルメットを外さなかった。

 不意打ちで頭をやられれば致命傷か意識が飛ぶか…… どちらにせよまずいことになるからだ。

 シャアだって「ヘルメットが無ければ即死だった」と言っている。

 

「そ、それよりミヤビさん、その恰好……」

 

 アムロはまぶしいものでも見るかのようにミヤビを見るが、当人は自分の姿を見下ろすと、

 

「ああ、これは運動服みたいなものだし」

 

 と、まるで気にした様子も無くあっさりとした口調で答える。

 

「うんどうふく?」

「自転車乗りのレーパンや陸上競技などで使われる競技用ウェアみたいなものね」

 

 男性だった前世を持つミヤビは女物の服で着飾らせられると死んだ目をするのだが、しかし彼女はロジック思考の理系脳なので理由さえつけばある程度は納得する。

 つまり競泳水着が大丈夫だったように、この格好も機能性を追求したスポーツウェアとして認識しているから大丈夫なのだ。

 

(そもそも男性用水着なんかより露出度は下がるわけだから問題ない。ミライのように巨乳というわけでもないんだし)

 

 という自己暗示のせいで平然としているわけだ。

 ちなみに、

 

「直穿き推奨だけど」

 

 このアンダースーツ、持っている機能を最大限発揮するためにはレーパンなどと同様、下着は付けない方がいいのだ。

 もちろんミヤビも……

 

「そ、それって下着と変わらないじゃないですか!」

 

 悲鳴混じりにアムロは叫ぶ。

 真っ赤になって自分を直視できなくなっているアムロに、しかしミヤビはこう答える。

 

「こんな言葉を知っている?」

 

 そうしてミヤビがいつもの人形のように整った真顔で、まるでこの世の真理を語るかのように告げたのは、

 

「パンツじゃないから恥ずかしくない」

 

 などというセリフ。

 

「そんなバカな」

 

 と絶句するアムロだった。




 機動武闘伝Gガンキャノンの開始。
 サラツーの悲痛な叫びとは裏腹に能天気なミヤビでした。
 そして次回は自然に囲まれた島でのバカンス編だったり……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
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第15話 宿命の闘い! ククルス・ドアンの島 Cパート

 まぁ、変わらぬ表情の下、内心どや顔でアホなことを語るミヤビは置いておくとして。

 アムロは何とか精神の再起動を果たすと、現状の把握に戻る。

 

「こ、ここはいったいどこです?」

「ドアンと子供たちの家よ」

 

 アムロの問いに答えたのは、ミヤビの陰に隠れるように立っていた麦わら帽子をかぶった少女だった。

 

「……き、君は?」

「ロラン」

 

 短く名乗る少女。

 歳はアムロと変わらないくらいか。

 しかし整った顔立ちと落ち着いた物腰が、大人びた印象を彼女に与えていた。

 ロランは湖面のように澄んだ瞳にアムロを捉え、静かな声で語り掛ける。

 

「ククルス・ドアン、あなたを助けた人だけど」

「なんだって……」

「ドアンはあなたを帰すつもりです。痛みが治るまでここでしばらく寝てらっしゃい」

 

 アムロは激高する。

 

「じ、冗談を言うな。それより僕のガンキャノンはどこにあるんだ?」

 

 ロランはじっとアムロを見据えて、

 

「ドアンの見立てどおりね。ドアンなら裏の畑に子供たちと居るわ」

 

 そう答える。

 

「くっ」

 

 アムロは畑へと駆けて行く。

 それをもの言いたげに見送るミヤビだった。

 

 

 

 アムロが畑に向かうと、そこには子供たち、そして大地に黙々とクワを下ろす大柄な男が居た。

 アムロに気付いた子供が男にささやく。

 

「ドアン、あいつよ」

「……フッ」

 

 自分に対し警戒するような目を向けるアムロに、しかしドアンと呼ばれた男は微笑んで見せた。

 

「少年、もう歩いても大丈夫なのかな?」

 

 気遣われる言葉にアムロは答えず、

 

「どこにあるんですか?」

 

 と問う。

 

「君のモビルスーツか。私はこの子たちを守らなければならないのだ。いずれジオンの連中がここを見つけ、私を攻撃してくるだろうからな」

「……僕だって身を守る為には武器がいるんです。ガンキャノンを返してください」

 

 しかしドアンは首を振り、

 

「返したら君だって私を倒しに来るんじゃないのか?」

 

 そう告げる。

 アムロはむきになって、

 

「あ、あなたみたいに子供を騙して手先に使うのとは違います。僕はジオンの侵略者と戦ってるんです」

 

 そう主張するが、それは子供たちの機嫌を損ねることになる。

 

「ドアンの悪口を言うな!」

「あたしたち騙されてなんかいないわよ!」

「そうだ、僕達の島を守って何が悪い!」

「ドアンの悪口を言うなら帰れ!」

「そうよ、とっとと出ていって」

 

 アムロは戸惑い、それゆえドアンに敵意を向ける。

 

「よ、よくも味方につけたものですね」

「なんだと、お前……」

 

 いきり立つ子供を抑えたのはドアンだった。

 

「やめろ。無駄な争いはいかんといつも言ってるだろ」

「だけどこいつ」

 

 アムロはドアンに向かって宣言する。

 

「ガンキャノンは探し出しますから」

 

 そう言って背を向けるアムロをドアンは、しかし好ましそうな視線で見送るのだった。

 

 

 

 アムロは島内をめぐり、滝つぼを覗き込み、そして小高い山の上から周囲を見渡す。

 

「そう遠くへ運んだとは思えないけど」

 

 素足にランニングシャツとトランクスというだけの姿で、しかしアグレッシブに行動するアムロ。

 目を覚ましてから水しか口にしていないが、それでも意地を見せる。

 

 機械いじりが好きな内向的な少年、というのは『機動戦士ガンダム』放送当時は今までにない新しい主人公像として評価されたが。

 しかし、こういう反骨精神と男らしい気概を持つところはやはり昭和のアニメの主人公。

 ロボットアニメの主人公はこうでないといけないのだろう。

 

 

 

 一方、ミヤビは何をしているかというと、

 

「はい、どうぞ」

「うわぁ、サンダルだ」

「わら草履(ぞうり)というのよ」

 

 稲わらから縄を綯(な)う……、つまりロープを作ったり、わら草履を作ったりして子供たちに与えていた。

 アジアは米の文化圏。

 稲わらならいくらでも手に入るのだ。

 

「すまんな」

 

 礼を言うドアンに首を振って、

 

「いいんですよ、これくらい。お世話になるんですから」

 

 戦災孤児である子供たちに戦闘服であるノーマルスーツは刺激が強い。

 そういうことでミヤビはノーマルスーツを脱いだわけだが、ノーマルスーツはブーツが一体になっているのでそれでは履くものが無くなる。

 幸い、稲わらがあったのでわら草履を作ろうとしたのだが、それを見た子供たちが集まってきて、彼らが裸足なのに気づいて。

 そこで彼らに作り方を教えながら、皆の分のわら草履を編んでいたのだ。

 投石でミヤビを傷付けたこと、下手すると大怪我、最悪死亡していたことをドアンから諭され、叱られたせいで委縮していた子供たちだったが、このことをきっかけに仲良くすることができていた。

 

「しかし、どこでこんな技術を?」

 

 そう尋ねるドアンに、

 

「昔、体験学習で習ったことがあって」

 

 と答える。

 正確には前世で小学生のころ学んだのだが。

 つまり小学生でもできるほど簡単なのだ。

 

「それじゃあ、夕食の材料を取りに行きましょうか」

「えっ?」

 

 怪訝な顔をする子供たちに、

 

「この辺なら海の幸が豊富よ。小さな貝、シッタカとかなら潜らなくても岩場で取れるし」

「へぇー」

 

 潜れるならサザエなども取れるかも知れない。

 貝は環境や季節によって毒性を持つこともあるので気を付けなければならないが、シッタカもサザエもその心配がない種類で初心者には良い。

 漁業権というものがあって、前世の日本ではシッタカはともかくサザエは密漁になるのでダメだったが(注:場所によってはシッタカも駄目)、この島にはそういうものも無いから取るのも自由だ。

 

「わら草履を履いていれば、岩場でも滑らないし痛くならないでしょ」

 

 沢登りでは足袋に草鞋(わらじ)が濡れて苔むした岩場でも滑らないとされる。

 わら草履でも同様なグリップが期待できた。

 

「うんっ!」

 

 そうしてミヤビは子供たちを引き連れ、夕食の足しになる食材を求め海岸へと向かうのだった。

 

 

 

 ガンキャノンLの姿を求め、素潜りで海中を探るアムロ。

 幸い、この島の海はきれいで海水の透明度も高い。

 レジャー目的なら感嘆するだろうという素晴らしい自然環境だった。

 

 そうしてひたすら何度も潜り、休憩のために白い砂浜にごろりとあおむけに寝転ぶ。

 そんな彼を覗き込む人影。

 

「思ったより意地っぱりなのね」

 

 麦わら帽子の少女、ロランだった。

 

「偵察に来たのか?」

 

 疑うアムロにロランは海へと目を移し、

 

「あなたにはこの自然の美しさもわからないみたいね」

 

 と嘆息する。

 

「戦いに美しさなど必要ないよ、気を許せば負けるんだ」

 

 意固地に拒絶するアムロ。

 ロランは彼に視線を戻し、

 

「ドアンはね、あなたが思っているような悪い人じゃないのよ」

 

 そう言うが、アムロはシニカルに笑って、

 

「子供達を騙すのが上手なようだね、ドアンって」

 

 その頬をロランが平手で打つ!

 

「何も知らないくせに勝手に決め付けないで!」

「そんな立派な男がなぜガンキャノンを隠すんだ?」

「あなたにはあの子供たちの気持ちがわからないの?」

 

 近くの岩場では、ミヤビと一緒に貝を獲り、歓声を上げる子供たちの姿があった。

 

「いくら子供だからって、そんなに簡単に騙されてこの島までついて来ると思うの?」

「じゃあなぜドアンは子供たちの面倒を見るんだい?」

 

 そしてなぜミヤビはあんな風に自然に子供たちと触れ合っているのか。

 

「知りたければ自分で聞くのね」

 

 ロランはそう言って歩み去る。

 しかし、立ち止まって振り返り、

 

「ドアンはあなたを見こんでいるわ。青臭いところが取れたらいい兵士になれるって」

 

 そう言い残し、今度こそ立ち去るのだった。

 

 

 

 夕闇が迫る中、リュウはコア・ファイターでガンキャノンの姿を探る。

 

「うーん、この島にはいないようだな」

『リュウ、捜索は明日まで打ち切りだ。いったん引き上げろ』

 

 ブライトからの通信。

 高低差、コア・ファイターが居る上空はまだ太陽が見えているが、眼下の島々ではもう日は落ちているのだ。

 

「しかし、もう少し……」

 

 それでも捜索を続けたいリュウ。

 

 

 

「人が心配してるっていうのに。連絡ぐらいすべきよね」

 

 そう愚痴るフラウをミライが、

 

「アムロのことですもの、何か事情があるのよ、きっと」

 

 と慰める。

 しかしフラウは、

 

「だといいんだけど、もしかして……」

 

 アムロの安否を心配しているように見える彼女だったが、本当に心配しているのは、

 

(戦いが嫌になってミヤビさんと駆け落ちしちゃったんじゃ)

 

 ということだったりする。

 

「あたしって、ほんとバカ」

 

 昏い瞳でそうつぶやくフラウ。

 

 

 

 一方、フラウからアムロとの駆け落ち疑惑を持たれているミヤビはというと、

 

「さぁアムロ、しっかり食べてね」

 

 と、アムロと共に海の幸と取れたての新鮮な野菜による夕食を楽しもうとしていた。

 ちょっとしたバカンスのような感じだ。

 フラウが知ったら闇堕ちして刃物を振り回し、アムロともども刺されかねないシチュエーションである。

 

 ミヤビの前世の記憶では意地を張り、海岸の洞窟で一夜を過ごしたアムロだったが。

 しかしミヤビのとりなしで、ドアンたちと一緒に食事を取ることとなっていたのだった。

 

「でも僕は……」

「このサザエ、取ってきてくれたのはアムロでしょ」

 

 差し出される網焼きされたサザエ。

 素潜りでガンキャノンを探すアムロに、ミヤビがついでにあったら取ってきてくれと頼んだものだ。

 

「美味しいわよ?」

 

 そう勧められ、断り切れずに口にすることになる。

 

「美味い……」

 

 何も食べずにいたこともあって、貝の持つ旨味、そして適度に効いた塩味が身体に染み渡るようだった。

 

「こっちの小さいのは私が子供たちと一緒に獲ったシッタカ」

 

 正円錐形の貝殻が特徴の小型の巻貝。

 日本でも各地で獲れていたバテイラとその近縁種で、地域によってさまざまな呼び方がある。

 ミヤビも前世で獲って食べた記憶があった。

 

「ご飯も私が作ったのよ」

 

 日本米ではなく長細い形をしたインディカ米だったのでエスニック風に料理してある。

 缶詰肉に含まれる油で畑から取れたタマネギ、ニンジン、ニンニク、ナス、ししとう、プチトマトなど野菜を適度に炒め、米を入れる。

 米が良くなじみ、炒め上がったら缶詰の肉を投入し、トウガラシなど香辛料をぶち込み味付け。

 普通なら荒塩か岩塩を加えるところだが、缶詰肉に含まれる塩分だけで充分。

 

「缶詰は保存のために塩を効かせていることが多いから」

「ふぅん」

 

 そんな会話をかわし、作り方を教えながら調理したものだ。

 

「同じ理由でレーションを使うのもいいわね」

「レーションを?」

「ええ、汗をかいて失われる塩分を補給することを考えて作られているから、レーションは大抵塩分が高いのよ」

 

 だから被災地のお年寄りに救援物資としてそのまま出すと、高カロリーであることもあって少しまずい。

 ホワイトベースでキッチンを守るタムラコック長が、レーションの備蓄が十分にあるにも関わらず避難民のお年寄りに出す食事に苦心していたのはそんな理由もあったのだ。

 

 そしてあとは適度に水を足し炊き上げるだけで、油とスパイスが効いたエスニック風のご飯ができあがる。

 東南アジアから中近東、そして地中海沿岸、その流れを汲んでアメリカや南米でも見られる料理だった。

 ジャポニカ米の白いご飯を愛する日本人にはなじみが薄いものかもしれないが……

 

「こんな風に食事を囲めるっていいわよね」

 

 ミヤビはつぶやく。

 

「ここには連邦の人間も、ジオンの人間も居る。スペースノイドも、アースノイドも居る」

 

 軍人も、アムロはまだ知らないだろうが戦災孤児も。

 戦争被害者も、加害者となってしまった人間も居る。

 

「それでもこうして共に食事を取り、大地の、自然の恵みを分け合うことができる」

 

 人は分かりあうことができる。

 ミヤビは小難しい理屈ではなく心でそれを納得する。

 

「私には争うことは逆に奇妙なこととしか思えないわ。アムロはどう?」

 

 アムロには答えられなかった。

 彼も、ミヤビの言うようなことは実感しているのだ。

 しかし認められない自分が居るのも事実。

 

「このまま…… ホワイトベースが行ってしまったらどうしよう」

 

 つぶやくアムロにミヤビは、

 

「ここで私と暮らしましょうよ」

 

 と冗談交じりに聞く。

 

「いや?」

 

 冗談交じりということは、少しは本気でもあるということ。

 

 何しろ自然に囲まれた島での半自給自足のスローライフ。

 ミヤビの前世の記憶にあるバラエティ番組『ザ!鉄腕!DASH!!』のDASH村みたいなものであり。

 同時にサラリーマンのあこがれ、早期退職、アーリーリタイヤによる田舎暮らしでもある。

 

 正直、戦争のことも、何もかも忘れてこの島で暮らすというのは魅力的だった。

 

 下着姿で取り残された主人公と年上の女性、というのは『銀河鉄道999』のシチュエーションが思い浮かぶ。

 

(ならアムロは星野鉄郎で自分はメーテル?)

 

 いや、ないなー、とミヤビは変わらぬ表情の下で自嘲するのだった。

 

 こんなミヤビの内心を、そして先ほどのミヤビによるアムロへの誘惑をフラウが知ったなら……

 もの凄く大変なことになったのだろうが、それをミヤビもアムロも意識することは無かった。




 自分で獲った貝で海鮮バーベキュー…… なんてうらやましいことを。
『幼馴染は負けフラグ』の元祖的存在、フラウ・ボゥを放っておいての自然に囲まれた島でのバカンス編でした。
 そのうち刺されるんじゃないかと思うんですが……

 そして次回はいよいよ機動武闘伝Gガンキャノン、クライマックスの戦闘です!
 ご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第15話 宿命の闘い! ククルス・ドアンの島 Dパート

「わあーん」

 

 子供たちの泣き声が聞こえる。

 炎に包まれる街。

 

「ああっ」

「うわあっ、ザ、ザクだ」

 

 ザクの姿に怯える子供たち。

 それをコクピットでカメラ越しに捉えたドアンは……

 

「うわああっ」

 

 叫び、ベッドから跳ね起きる。

 夢?

 いや違う。

 あれは過去にあった現実だ。

 

 ドアンは起き上がり、寝室を出る。

 

「うん?」

 

 床に雑魚寝していたアムロの姿が無い。

 ミヤビもだ。

 ドアンは思い立って外に出ようとするが、そこで人の気配に気づく。

 

「ん? まだ起きていたのか」

 

 ロランだった。

 

「どうするの?」

 

 彼女の問いに、ドアンは答える。

 

「うん。あの少年のことか。今のままにしておく訳にはいかないさ、近くに本隊がいるだろうからね。彼がその気になってくれなければ面倒になる」

 

 そしてロランに向け詫びる。

 

「こんな不安におびえる生活、できることなら私も早く抜け出したいが。すまん」

 

 しかしロランは、

 

「あたしなら平気よ」

 

 と静かに答えるのみであった。

 そんな彼女に見送られ、ドアンは外へと歩き出した。

 

 

 

 満天の星空の下、アムロは膝を抱えて座り込んでいた。

 

「どうすれば……」

 

 そんな呟きを耳にし、ドアンは胸を突かれる。

 それはアムロの内心の吐露であり、同時にドアンの心のうちの迷いでもある。

 ドアンは声をかけるため歩み寄ろうとするが、そこで気付く。

 月光を水のように浴びながら幽玄とたたずむ女性。

 

「明鏡止水……」

 

 ミヤビの姿を。

 

「曇りの無い鏡のごとく、静かにたたえた水のごとき心。わだかまりや、やましさのない澄んだ心。それが明鏡止水」

 

 その声はアムロに語り掛けているようでいて、

 

「それが人に己を超えた力を持たせることができる……」

 

 ドアンにも、そして自分自身にも向けて言っているような響きがあった。

 

「明鏡止水、か……」

 

 その言葉は悪夢によりささくれだったドアンの心を鎮めてくれる。

 そんな作用があるようだった。

 

 

 

 ホワイトベースのブリッジ、朝日と共にリュウは目を覚ます。

 彼はアムロたちから連絡があったら即座に対応できるよう、通信機の前のシートで毛布をかぶって横になり待機していたのだ。

 

「お互い、よく眠れなかったようだな」

 

 そう言って、熱いコーヒーを渡してくれたのはブライトだ。

 二人で夜明けのコーヒーを飲み干すと、リュウは立ち上がる。

 

「捜索に出る」

 

 しかしそこにオペレーターを務めるオスカが報告する。

 

「未確認飛行物体接近、かなりのスピードです」

「こっちに向かっているのか?」

「いえ、ポイント305方面に向かってます」

 

 身支度を終え、ブリッジにやってきたミライが、

 

「コア・ファイターを発進させましょう」

 

 と進言する。

 ブライトはうなずき、指示を出す。

 

「よし、ホワイトベースも発進だ」

「はい」

 

 

 

「あれは!」

 

 接近する機影を認め、ミヤビは目を見張る。

 ドアンの島に接近していたのはルッグンの翼にマニピュレーターでぶら下がったザクだった。

 ルッグンの推進機は底面にあるスリット状のベクタード・ノズルで、垂直離着陸可能なVTOL機としての機能も持つ。

 推力にはかなりの余裕があり、これを利用すればザクを懸下しての短距離輸送が可能なのだった。

 

 そして島の上空に達したところでザクが降下し、ルッグンのエアカバーの元、進軍してくる。

 

「ドアン、ガンキャノンを返してくれ」

 

 ドアンに訴えるアムロ。

 しかし、

 

「おっ」

 

 ザクがこちらにマシンガンを向け、

 

「危ない!」

 

 アムロは逃げ遅れそうになった子供を抱えて伏せる。

 そこに砲撃!

 何とか被害は無かったが……

 

「ドアン!」

「ついて来い!」

 

 そうして彼らは走り出す。

 

 

 

 逃げ出したドアンたちを探し、滝つぼへと迫るザク。

 その時、滝の向こうから銃撃が加えられる。

 そしてザクがひるんだ隙に、ガンキャノンLが、そしてドアンのザクが滝を割って飛び出してくる。

 ここがドアンのザクとガンキャノンLを隠した場所だったのだ。

 

「ミヤビさん、砲撃をお願いします!」

 

 アムロはガンキャノンLの姿勢を低くすると、砲手であるミヤビに両肩の120ミリ低反動キャノン砲での攻撃を依頼する。

 しかしそこに、

 

『アムロ、ルッグンが!』

 

 サラツーからの接近警告。

 そして、

 

『危ない!』

 

 ガンキャノンLはドアンのザクに突き飛ばされる。

 そこにルッグンの底部弾倉から爆撃が加えられた。

 それはドアンのザクに直撃こそしなかったが、

 

「うわっ!?」

 

 爆発的な炎が辺り一面に広がり、ドアンのザクを覆い尽くした。

 

「ナパーム!?」

 

 焼夷弾が一帯を焼き尽くす!

 

「ドアーン!」

 

 ロランの、そして子供たちの悲痛な叫び。

 しかし、

 

「ザクの装甲は超硬スチール合金製で、熱には弱いわ」

 

 ミヤビは語る。

 仮に破壊されなくとも、鋼は熱を受けると焼きなまされ、劣化する。

 火災を起こした戦闘車両が再生不能になるのはそのせいだ。

 

「増してやザクは装甲がフレームを兼ねるモノコック構造、残念だけどドアンはもう……」

 

 しかしその時だ、

 

『はああああ…… せいっ!!』

 

 気合一閃、炎を割ってドアンのザクが現れる。

 

 金色に輝くその姿が!

 

 息を飲むアムロ。

 

「明鏡止水……」

『アムロ?』

「曇りの無い鏡のごとく、静かにたたえた水のごとき心。わだかまりややましさのない澄んだ心。それが明鏡止水」

 

 昨晩、月光の下でミヤビが語ったあの言葉。

 

「それが人に己を超えた力を持たせることができる……」

 

 アムロは今、まさにそれを目撃していた!

 

 

 

(いやいやいやいや、何で明鏡止水のハイパーモード? ナンデ?)

 

 無論、昨晩寝ぼけてアムロたちの前で明鏡止水について語ったことなど記憶にないミヤビは呆然とする。

 眠らないと駄目な彼女は夜に弱いのだ。

 

(そりゃあ『SDガンダム Gジェネレーションアドバンス』だとククルス・ドアンがドモン・カッシュの激励で明鏡止水に目覚めて、乗機のザクが金色に輝くハイパーモードになったけれども!)

 

 ここは宇宙世紀、アニメ『機動戦士ガンダム』の世界なのだ。

 今にも『機動武闘伝Gガンダム』のBGM『我が心 明鏡止水~されどこの掌は烈火の如く~』が聞こえてきそうな展開だが、番組が違う!

 

 そんなミヤビは置いてきぼりで、敵のザクへと徒手空拳のまま駆けだすドアンのザク!

 

『教えてやる、少年たち』

 

 ザクを操りつつドアンはアムロたちに向かって語る。

 

『子供たちの親を殺したのは、この俺さ』

「えっ?」

『俺の撃った流れ弾のためにな』

 

 それを告げるドアンの声は、重かった。

 

『ジオンは子供達まで殺すように命じた。だが、俺にはできなかった。俺は子供達を連れて逃げた。俺の命に代えてもこの子供達を殺させはしない』

「ドアン」

『俺は…… 俺は…… 俺は、子供達を殺させはしない!』

 

 ザクの砲撃を受けながらも、それをものともせずに突き進むドアンのザクの姿に、

 

「いけーっ!」

 

 子供たちが。

 

「ドアン!」

 

 ロランが。

 

「とどめを」

 

 アムロが。

 

「「「「撃て!!」」」」

 

 皆の声が唱和する!

 

 ドアンの気迫に怯む相手のザクは再びルッグンに援護を依頼。

 

「邪魔するな!」

 

 アムロは頭部60ミリバルカンを連射。

 爆撃のため高度を落としていたルッグンを撃ち落とす、が……

 

「ドアンっ!!」

 

 ルッグンは墜落寸前に再びナパーム弾を落とすことに成功する!

 再び巨大な炎が立ち上がる!

 だが!!

 

「ドアンの拳がナパームの火柱を突き破って行く!?」

 

 驚きに目を見張るミヤビ。

 

『勝負あったね』

 

 サラツーはそう見切り、

 

「光り輝く…… 神の拳?」

 

 アムロは畏怖交じりにつぶやく。

 

『はぁぁぁっ!!』

 

 モビルスーツの格闘に習熟した、ドアンにしか繰り出せないパンチがザクに命中する!

 その一撃で相手のザクのジェネレーターは機能停止した。

 

「そんな、ありえないわ! 機体の性能を遥かに超えるなんて!」

 

 驚愕するミヤビに、アムロは答えるようにつぶやく。

 

「これが武闘家の魂っていうやつなのか……」

 

 よろめき、倒れ伏す敵のザク。

 こうして戦いは終わった。

 

「……本気?」

 

 やっぱりミヤビには付いていけない。

 

 

 

「ドアン、かっこよかったよ」

「やっぱり僕たちのドアンだ」

 

 興奮する子供たちをなだめ、ザクから降りたドアンはアムロたちに語る。

 

「やつらは私が生きている限り追撃の手を緩めないだろう。私がいる限り、この子供たちにも危険がつきまとう。困ったものだ」

 

 だが、アムロは首を振る。

 

「違います、あなたが居るからじゃありません」

「え?」

「あなたの躰に染みついた硝煙の臭いに惹かれて、危険な奴らが集まってくる…… そう、あなたの躰に染み付いている、むせるような戦いの炎の匂いが、追跡者を引きつけるんじゃないんでしょうか?」

「戦いの匂い?」

「ええ、それを消させてください、ククルス・ドアン」

 

 そしてアムロはガンキャノンLに乗ると、金色に染まったザクを海へと投げ捨てた!

 

「ああっ」

 

 悲鳴を上げる子供たち。

 

「なんでなんで?」

「なにするのよ、ひどいわよ」

「なにするんだ、ひどいやひどいや」

 

 沈んでいく、ザク。

 

「ああっ」

「ドアン……」

 

 ロランは心配そうにドアンを見上げるが、彼は穏やかにその光景を見つめるだけだった。

 

「あいつ、やっつけちゃえ!」

 

 そう憤慨する子供たちをドアンは抑える。

 

「こら、やめなさい。あのお兄ちゃんを怒っちゃいけない」

「どうしてさ?」

「ドアンのを沈めちゃったのよ」

 

 ドアンは首を振って、

 

「あのお兄ちゃんのやったことはとてもいいことなんだよ」

 

 そう告げる。

 そして、

 

「ロラン、なかなかいい少年じゃないか。そう思わないか?」

 

 ロランにも言う。

 

「え、ええ」

 

 ロランはうなずく。

 ドアンがここまで晴れ晴れとした顔をしたことは無かった。

 だからこれは正しいことなのだと。

 

「そうね……」

 

 今は分からないことばかりだけど。

 自分が信じたドアンを、そして彼の信じる道を進むだけ。

 そう、納得するのだった。

 

 

 

 一方ミヤビは一人、

 

「百式の、あの金色のビームコーティング技術の原型なんでしょうねぇ……」

 

 そうつぶやくことで、何とか自分を納得させる。

 ミヤビの前世の記憶の中ではモビルスーツ百式の金色の外装はビーム・コーティングとしての効果を持つエマルジョン塗装の一種であり、資源衛星で偶然発見された特殊材料を調合し生成された皮膜剤を用いているとされていた。

 この派手な金色のビーム・コーティングに関しては、M・ナガノ博士の強い要望によるものだという。

 

 そして百式はアナハイムに吸収されたジオン系技術者の手によるもの。

 つまり百式のビーム・コーティングの元となる技術も、ジオンに存在していた可能性がある。

 

 ククルス・ドアンはマンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN MSD ククルス・ドアンの島』において、ジオン公国軍開発訓練Y-02小隊に所属していたとされる。

 この世界はオリジン準拠ではないが、似たような境遇にあった可能性があり、彼のザクも実験機なのだろう。

 

 ナパームの高温に彼のザクが耐えたのは、隠蔽用のジオングリーンの塗装の下に隠されていた金色のコーティング。

 おそらく百式のビーム・コーティングの元となる技術による耐熱性向上がもたらしたものなのだ。

 

 つまり明鏡止水のハイパーモードなんかじゃなかったんだよ!

 

 そういうことだった。

 

 どうしてアムロが明鏡止水などと口にしたのか、という疑問もあるはずだが、疲れ果てていたミヤビはこの世界に飛ばされて覚えた、疑問を丸ごとうっちゃるという技を使って、それを心の中のゴミ箱に投げ捨てた。

 うまく入らなかったが、その内、脳内メイドさんが片づけてくれるだろう。

 ミヤビの実家、ヤシマ家には普通にメイドが働いていたりするし、サラも気分によってはメイド服を着てくれるし……

 サラの衣装データはヤシマ重工にサードパーティ登録することで誰でも作成・販売が可能で、ミヤビもその中から目についたものを購入しているのだ。

 

 なお、少女の人格を持つサラに悪影響を与えるようなえっちぃ衣装は、ヤシマ・チェックと呼ばれる判定で弾かれるので流通は許されない。

 ただし……

 

 信じられないほど繊細で上品でハイソサエティっぽいレースをあしらった服。

 ただ、レース部分は当然透けている。

 無論、危ない部分には使われていないから大丈夫で健全なはず、なのだが、シースルーで服の下の肌がチラチラと見えるのが何とも色っぽいと評判。

 

 とか、

 

 高級感あふれるシルクの下着……

 サラは下着姿を晒すことはないので何の意味も無いはずだが、通常服の下に穿いてくれるというだけで興奮する上級者なユーザーが多数発生。

 そんなユーザーたちの邪な感情とは裏腹に、純情なサラは見えないところにも関わらず気を使っておしゃれな下着をプレゼントしてくれる自分のマスターに感激しているとか。

 純粋無垢な感謝の視線を受け、罪悪感にのたうち回る者が続出……

 

 とか、

 

 定期的に新作が出る『マスター(童貞)を殺す服』シリーズ。

 

 などといったギリギリを攻める商品が後を絶たなかったり。

 

 さらに言うと、サラとの親密度を高めるとプライベートに限り、えっちな衣装を着てくれるという都市伝説的な噂が、まことしやかに流れてはいたが。

 

 

 

次回予告

 塩どころか食料不足にあえぐホワイトベースの前に立ちふさがる敵、不味いレーションとギャロップとグフ。

 シャアが「インドの山奥で修行をして」いると聞いたセイラは、真実を求めて命令違反を犯し出撃をする。

 止めるミヤビを腹パンで黙らせて……

「時代劇じゃないんだから当身で気を失うとか無いから」

 次回『セイラやっぱり出撃』

 君は、ミヤビの涙を見る。




 お待たせしました、お約束の『機動武闘伝Gガンキャノン』回でした。
 ドアンザクと言えば、このネタは外せませんよね。
 とはいえ、そのままではアレなので少しばかり工夫はしましたが。
 バカげた展開を大真面目に理屈付けして行うのがこのお話なので。
 次回予告も相変わらず荒ぶっていますが、この方向性に変わりはありません。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第16話 セイラやっぱり出撃 Aパート

 宇宙世紀0079、地球の周りにはいくつもの宇宙都市が建設され、人々はそこを第二の故郷として暮らしていた。

 宇宙都市サイド3はジオン公国を名乗り、人類をみずからの独裁に収めんものと地球連邦に戦争を仕掛けてきた。

 ジオンの攻撃を避けて宇宙都市サイド7を脱出したホワイトベースは地球に降りたち、そして、今。

 

 

 

「木馬は今、中央アジアか」

 

 インドの空の下、シャアはサングラス越しに北方を見る。

 まるでその先にホワイトベースの姿を捉えようとするかのように。

 

 なぜ、彼がここに居るのか。

 話は数日前にさかのぼる。

 

 

 

「これはキシリア殿からか」

 

 シャアに渡される命令書。

 

「ああ姉上からの特殊任務だが、私はこのとおり……」

 

 ベッドの上のガルマはギブスで固められ、ワイヤーで吊られた左足を示して、

 

「動けないのでね」

 

 とおどける。

 

「動けたとしても君の立場でそうホイホイと出歩けるものではないのだがな」

 

 シャアは呆れた様子で苦言を呈し、同席していたイセリナも、

 

「ご自重ください、ガルマさま(旦那様)

 

 ニュータイプゆえの力で伝えられる異様な副音声付きで諭す。

 

 なおガルマが能天気に笑っているのは、彼にニュータイプの素養が無く伝わっていないのか、あるいは彼に伝えることをイセリナが恥じらって伝えていないのか、それとも伝わっていてこの態度なのか……

 深く考えると怖いことになりそうで、シャアは考えるのを止めた。

 

 そして、そのニュータイプについての任務がシャアに渡された命令書の内容だった。

 

「フラナガン機関への人材のスカウト…… ニュータイプだと?」

「ジオン・ズム・ダイクンと、その思想ジオニズムによって出現が予言された宇宙に適応進化した新人類の概念。お互いに判りあい、理解しあい、戦争や争いから開放される新しい人類の姿、だな」

 

 ひくり、と仮面の下でシャアの目元が反応する。

 お坊ちゃん育ちのガルマはダイクンの病死と、その死の間際のデギンへの後継者指名を普通に信じている。

 だからこそ平然とダイクンを讃えるようなことも言える。

 

 実際にミヤビの前世の記憶の中にある『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』ではダイクンの死因は暗殺ではなく病死であったのかもしれないとされたように。

 ザビ家によるダイクン暗殺説には疑わしいところがあった。

 ただ過激なダイクン派…… 例えばシャアやセイラを育てたジンバ・ラルあたりは妄執的に信じ込んでおり、彼らの中では確固たる事実になっていた。

 それゆえに旧ダイクン派は危険視され排除されたし、その過程でシャアもセイラも命を狙われる羽目になった。

 シャアにとっても殺されそうになったからやり返すというだけで、親の仇というのは体裁を取り繕うための建前に過ぎない。

 つまりダイクン暗殺が真実であっても、そうでなくてももはや彼にはどうでもいいことなのだ。

 

 そもそもシャアは父ダイクンのことなどこれっぽっちも尊敬していない。

 社会的にどんなに成功していても家庭を顧みず妻子を、何よりシャアが愛した母を不幸にした男。

 妻を守れなかったダメ男にしか見れない。

 

 だから『機動戦士Zガンダム』ではダイクンの遺児、そして後継者として立つことを死ぬほど嫌がったのだし。

『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』では、完全にその立場を道具として使い、ダイクンの名を貶めるような真似をしたのだし。

 

 そしてガルマは語る。

 

「最近の研究では人並外れた直感と空間認識能力を持ち、離れていても他者やその状況を正確に認識し、意思疎通をする能力を持つ者。そして宇宙空間に適応した空間認識能力者がそれだと言われている」

「空間認識能力者?」

「そうだな…… 方向音痴の人間と、そうでない人間の違いがどこにあるか分かるかい?」

「……方向感覚、か?」

 

 シャアの言葉に首を振るガルマ。

 

「確かに渡り鳥のように常に方向を把握できる絶対方角の持ち主は居るが、それはほんの一握り。その考え方だと大抵の人間が方向音痴になってしまうな」

 

 そして答える。

 

「正解は、平面の地図を脳内で立体化でき適切にその場所を認識、判断できるかどうか。モビルスーツのシミュレータ訓練を思い出してくれ。シミュレータをやった後の評価を戦場全体を俯瞰したクオータービューでやったろう?」

「ああ」

 

 ミヤビが聞いたなら、セガの3Dロボット対戦ゲーム『電脳戦機バーチャロン』のアーケード版にあったライブモニターか、と思い至ったことだろう。

 

「自分がモビルスーツを操縦している時よりも、動きや地形がもの凄く分かりやすかったんじゃないか?」

「そうだな」

「それを脳内でリアルタイムに再現できる能力が高い人間を空間認識能力者と呼ぶんだ。普通の人間は2次元で把握するのがせいぜい。これが気圏戦闘機のパイロットだと、高さがある分、2.5次元で把握できるようになる。これも人の進化と言えるだろう。では人が宇宙に行ったら?」

「完全な3次元空間の把握、か……」

 

 ガルマが答える。

 

「そう、それが宇宙に適応進化した新人類の概念、ニュータイプだと言われているわけだ」

 

 この能力があるからニュータイプは立体的なオールレンジ攻撃を組み立てることができるのだ。

 また逆にニュータイプ以外にも使える準サイコミュ兵器『インコム』がコンピュータによるアシストを経ても2次元的な挙動が限界であるのは、この3次元空間の把握がニュータイプ以外には困難であるからだった。

 

 同様に『機動戦士Zガンダム』にてアムロ・レイが自分と同じニュータイプであるカミーユ・ビダンに対し、

 

「後ろにも目をつけるんだ!」

 

 と一般人からしたら無茶苦茶なアドバイスをしているのも、この空間認識能力に基づくものだ。

 つまり、

 

 ニュータイプはまるでクオータービューで見ているかのように周囲の空間を認識することができる。

 当然背後に回った敵のことも、まるで見えているかのように認識し続けることができる。

『機動戦士ガンダム』劇中にてジオンのパイロットがガンダムの背後を取って勝ったと思った瞬間、見えていたように反撃され墜とされてしまうのはこのためだ。

 

 そういうことであって、言葉どおりに前を見ながら同時に後ろも見ろと言っているわけではない。

 そもそもモビルスーツならリアカメラがあるので敵機自体は捉えられており、あとはパイロットが戦闘の混乱の中、背後の敵にまで気を配り把握し続けられるかどうかという問題なのだから。

 

「そもそもこの話の発端は君の存在なんだぞ」

 

 そう語るガルマに、シャアは眉をひそめる。

 

「なんだそれは」

「ルウム戦役におけるモビルスーツ戦で、ニュータイプ実在の証明と考える以外に解釈不能な事例が確認されたんだ」

 

 ガルマは手元のタブレット型端末を操作して、病室に運び込まれた大型モニターに当時のシャアの戦闘記録を映し出す。

 

「光速に近い速度で移動するビームを回避したかのような挙動を示すパイロットの存在があった。君のことだ」

「………」

 

 

 

 少し休むというガルマの病室を離れ、軍病院の廊下を歩むシャア。

 

「人並外れた直感と空間認識能力を持ち…… そして離れていても他者やその状況を正確に認識し、意思疎通をする能力を持つ者、か」

 

 背後をついてきたヒールの音の主、イセリナを振り返って問う。

 

「私などより、君の方がよほどそれらしいと思うのだが」

「そうでしょうか?」

「君は嘘を嫌い、嘘を憎み、嘘を見抜き、心を読む」

 

 そして実際、離れた場所に居るシャアに語りかけてきたこともある。

 それはやはりニュータイプとして覚醒しているからこその力なのだろう。

 それ以外に考えられない。

 イセリナはその形のいい眉をひそめると、吐き捨てるように言う。

 

「『嘘』。なんて疎ましい言葉でしょう。最悪の言葉。わたくしが大嫌いなものですわ」

 

 そして、その表情が一転し夢見るように熱を持って告げられたのは、

 

「ニュータイプへの人の革新、なんて素晴らしいことでしょう」

 

 という言葉。

 イセリナは嫣然と微笑んでシャアに語り掛ける。

 

「嘘のつけない世界。素敵だと思いませんか? ガルマさま(旦那様)は叶えてくれるでしょうか?」

 

 

 

(ちょっと待て、人の変革、ニュータイプへ進化するとはそういうことなのか!? 彼女のように心を読み互いに意思疎通ができるようになるということは、嘘がまったくつけなくなる世界を造り出すということなのか?)

 

 あの日以来、シャアはろくに眠れていない。

 父、ダイクンの唱えた新人類、ニュータイプとは、そんな恐ろしい世界を産み出すものなのかと。

 

「無理だ……」

 

 仮面を被り、偽りだらけの人生を歩むシャアには、そんな世界で生きていく自信は無い。

 

 ニュータイプに対する認識が、ミヤビの知る史実とはまったく違う、ねじ曲がったものになってしまったシャア。

 まぁ勝手にニュータイプが作る世界に過剰な希望を抱いて、勝手に幻滅してアクシズ落としなどといったテロに走られるよりはマシかも知れないが……

 

 元をたどれば、これもすべてミヤビってやつのせいなんだ。

 

 

 

 地球連邦軍本部と連絡が取れぬまま、ホワイトベースは中央アジアを西へ向かう。

 少年達は疲れきり、ただ与えられた任務を行うだけであった。

 

 望遠鏡や双眼鏡、光学式の観測機器であるそれを覗き込み、周囲の監視に専念するハヤトやフラウ。

 そこに顔を出したアムロは、

 

「まだ見つからないのかい?」

 

 と聞くがフラウは首を振る。

 

「もっと寝てなくっちゃ。アムロはパイロットなんだから」

 

 アムロはそれにうなずきつつも、船窓の外へと視線を移して顔をしかめる。

 

「……見えないじゃないか」

 

 外は荒野、砂嵐が吹き荒れ、視界を狭めていた。

 

 

 

 夜明けのホワイトベースブリッジ。

 オペレーター席のマーカーがコンソールを操作して、調査結果を報告する。

 

「天測結果とも照合してあります」

 

 ミノフスキー粒子のせいでGPSが使えなくなっている現在、位置特定には昔ながらの天測計算を使った天文航法が利用されているのだ。

 ブライトは眉をしかめ、

 

「約束の日に約束の場所に来ているのにレビル将軍からは一言も連絡なしか」

 

 とつぶやく。

 目視による周囲監視に就いているフラウに代わり、通信手を買って出たセイラは、

 

「受信回路は開きっぱなしだけど」

 

 と言うが、それに対してはミライが首を振り、

 

「無線はありえないでしょう。この辺りどちらかというとジオンの勢力圏内だし」

 

 そう否定する。

 

「じゃ、誰かさんが歩いてくるわけだ、この砂漠の真ん中へさ」

「ちゃかすな、カイ」

 

 ブライトはカイの皮肉めいた物言いをたしなめると、

 

「一番眠い時間だ。セイラ、全員に対空監視を怠らないように伝えといてくれ」

 

 と命じる。

 実際、夜通しの監視で全員疲れており、夜明けのこの時間帯、眠気もピークに達していた。

 ミライも上品に口元に手を当て隠しながらも小さくあくびを漏らす。

 

 無論…… 徹夜に弱いミヤビは夢の中だ。

 上甲板には60ミリバルカンポッドを装備したミヤビのドラケンE改の姿があった。

 

【挿絵表示】

 

 これは搭載された照準用センサーカメラが捜索探知能力向上にも役立つため、偵察ポッドの代わりとして利用しているのだ。

 ネオ・ジオン残党『袖付き』の用いたドラッツェのガトリング・ガンは攻撃力の強化より『哨戒偵察任務用のセンサーユニット』としての能力を期待して装備されたもので、ガザシリーズのシステムを流用したというセンサーを起動すれば、センサー有効半径が大幅に拡大する。

 それと同様のものだった。

 旧20世紀の例で言うならアメリカ軍のA-10サンダーボルトII攻撃機は湾岸戦争時点では赤外線カメラを装備しておらず、AGM-65マーベリック空対地ミサイル搭載の赤外線カメラを利用して(撃たずに残して)夜間攻撃を行っていたというが、そのようなものである。

 

 そしてミヤビはというと監視はサポートAIのサラに任せ、自分は狭いコクピットで身体を包み込んでくれるようなバケットシートの上、静かに寝息を漏らしている。

 アニメ『装甲騎兵ボトムズ』第2話にて、追っ手から逃れた主人公キリコがスクラップ場に放置されていたスコープドッグのコックピットに潜り込んで、

 

 そこは、俺にとって懐かしい匂いのするところだった。

 手には冷たい鉄の肌触りしかなかったが、慣れ親しんだ温もりが蘇ってきていた。

 俺はおふくろの胸に抱かれたような気持ちになって、いつの間にか眠ってしまった。

 

 というように安らぎ、寝入ってしまったかのように。

『コックピットの中でしか眠れない、戦争に病んだ青年』という演出が最高に渋かったとミヤビは思うが、そのイメージもあってか熟睡してしまっていた。

 

 そしてブリッジでは、その疲れ果てた空気を読んだかのようにコーヒーとパンを乗せたサービスワゴン、配膳用荷車を押したタムラコック長が現れていた。

 ブライトは顔をほころばせると、

 

「ご苦労さま」

 

 と柔らかな口調で礼を言い、コーヒーカップを受取る。

 ブライトは艦長を務めるが、タムラコック長は大尉待遇の専門技術者であり、また年上の人間。

 敬意を持って接するのが当たり前であるし、また逆にそういう態度を取れる人物が居ることが、ブライトの精神的な助けになるということもある。

 タムラコック長は、

 

「いえ、皆さんこそ。朝食です」

 

 と謙虚に言って、パンを渡す。

 ブライトは、

 

「まわってやってください、目を離せないんで」

 

 そうお願いするが、タムラコック長はそれに従いブライトとすれ違う瞬間にささやく。

 

「私の不注意です。食材がなくなりますが手に入りませんか?」

「食材? 食料が?」

 

 ブライトはまさかと驚きながらも何とか声を抑えるが、タムラコック長は深刻な表情で、

 

「はい。幸いレーションはありますから飢えることは無いのですが」

 

 とうなずく。

 詳しいことを聞こうとするブライトだったがしかし、

 

「十時の方向、動く物があります。オフロードクルーザーのようです。スクリーンで確認してください」

 

 セイラの報告で中断。

 マーカーがモニターに対象を映し出す。

 

「最大望遠です、28キロ前方です」

 

 その映像を見てブライトは決断する。

 

「左の機銃開け。ホワイトベースはこれより着陸する」

 

 

 

 ブライトからの指示を受け、例によって、

 

『マキシマム、スタンガン・パワー』

「ひあああぁあぁッ!? あぁっひ、くひいいぃいぃぃ!! ああぁあぁぁッ!!」

 

 とサラにノーマルスーツに内蔵された覚醒パルス機能、つまり電気ショックで叩き起こされたミヤビ。

 殺す気かと涙目になりながらも目を覚ます。

 

 ちなみにサラのアナウンスはミヤビの前世にあったロボットシューティングゲーム『ウルフファング 空牙2001』でサブウェポンのエレクトリッガーをフルチャージした時に流れる音声メッセージである。

 しかし、これはなかなか起きないミヤビに対する脅しであって、実際にはサラは十分に手加減しているのだ。

 ミヤビが電気嫌いだから大げさに感じているだけで、本当にスタンガン並みの電撃を食らったら、そもそも悲鳴も上げられないものなのだから。

 

 ミヤビはドラケンE改の背面ロケットエンジンを吹かして地表に降下、着地。

 腰のアーマーマグナムを抜くと、銃身下のチューブマガジンに装填していた弾を抜き、排莢口から直接薬室に信号弾を装填、マニュアルセイフティをかけた。

 チューブマガジンにはローディングゲートから改めてショットシェル…… こちらは何かあった場合のため、威嚇及び無力化のためのスタン弾とそれが効かなかった場合の最終手段、ボディアーマーに対応し貫通力を上げるために散弾に代わり多数の矢弾を詰め込んだフレシェット弾を装填し、準備は完了。

 

「もしもの場合は援護よろしく」

 

 そうサラに告げて、素早くハッチを開閉して機外へと出る。

 外は砂塵が舞い、コクピットを開けたままだと後で洗浄が面倒なのだ。

 また、アーマーマグナムに信号弾をあらかじめ込めたのも同様の理由だ。

 フォアグリップを手動により前後させることで装填、排莢を行うポンプアクションショットガンは動作不良を起こしにくく汚れにも強いが、だからと言ってわざわざ砂嵐の中で排莢口やローディングゲートを開けることはない。

 

「ミヤビさん」

 

 そこにブライトたちがやってくる。

 彼らは防塵マスクを付け、砂塵に対処していた。

 

 その姿を見てミヤビは前世の就職先である某重工が扱っていた石炭炊きや低品質油炊きのボイラを思い出す。

 電気式集塵機で煤塵、つまり燃えカスであるススを除去し、黒い煙を煙突から出さないようにするわけだが、安く質の悪い石炭、石油(重油、または原油)を使うとそれが詰まったりと大変なのだ。

 詰まった場合は人力で掻き出すわけだが、ブライトたちのように防塵マスクを付けていないと酷いことになる……

 

「ちゃんとキャニスターが付いてることを確認した?」

「キャニスター?」

「防塵マスクに付いているフィルターのことよ」

 

 と、ミヤビ確認するのは、前世において顧客先の作業者が防塵マスクのキャニスターが外れていたことに気付かず作業をし、鼻の中を真っ黒にしてしまった、という笑い話があったからだ。

 まぁ、それでも、

 

「全身砂だらけだぜ」

 

 カイがぼやくように、身体までは守ってくれない。

 ミヤビは自分がノーマルスーツを着ていて良かったと安堵する。

 カイたちには、

 

「後でデッキに行って、作業用の圧縮空気を吹きかけて飛ばしてやればいいわ」

 

 そうアドバイスするが。

 なるほどと納得する一同だったが、ミヤビは注意を、安全教育を怠らない。

 

「ただし取り扱いには十分注意して。口や鼻、耳、人体に開いている穴には絶対に吹きかけないこと。最悪死ぬわよ」

「へっ?」

「特にお尻の穴。圧縮空気は服なんて簡単に素通りするから。時々エアを入れられて肛門を破裂させるなんて事故事例を聞くけど」

「うぇっ!?」

 

 ケツの穴にツララを突っ込まれた気分だ……

 とばかりに思わず尻を押さえ恐怖に身をすくませる男たちに、ミヤビはいつもの変わらぬ表情で説明する。

 

「ホースをお尻の穴に突っ込んだりとか変態的なことをしているわけじゃなくて、普通に服の上から空気を吹き付けただけ。それが服を透過して肛門に入り破裂させるの。だから注意が必要だし、ふざけて他人のお尻にエアを吹き付けるなんて絶対にやっちゃダメよ。最悪死亡したり人工肛門になったりするんだからね」

「………」

「返事は?」

「はい……」

 

 皆が理解し納得したのを確認してミヤビはアーマーマグナムを宙に向け構えると、マニュアルセイフティを外す。

 

「視界が効かないけど、フレアーの発光信号なら何とか見えるかしら」

「見えなくとも音で気付くのでは?」

「そうね」

 

 ブライトの助言にうなずくミヤビ。

 屋外では拳銃、地球連邦軍制式拳銃の9ミリ弾などはパン、と乾いた破裂音を発するだけだが、アーマーマグナムは12番ケージのショットシェルを使うためズシリと腹に響くような重い銃声を放つのだ。

 そしてミヤビは空中に向け発光信号弾を撃ち放つ。

 アーマーマグナムは、このように多様な弾頭を扱うことができた。

 これもまた12番ケージのショットシェルを使う、つまり大型の弾頭を撃ち出すことができるためである。

 

 そしてその光や音に気付いたのかオフロードクルーザーはこちらに向け近づき、停車する。

 ブライトは拳銃を手に警戒しつつ車内を覗き込み、そこにハンドルにもたれかかるようにうつぶせに倒れる兵士の姿を発見する。

 

「おい、しっかりしろ」

 

 兵士を励ますブライトだったが、艦内に収容する前にこれだけは聞いておかなければならない。

 

「砂漠に蝶は飛ぶのか?」

 

 その符丁、合言葉に、兵士は弱弱しい声でこう答える。

 

「砂漠に蝶は…… 砂漠に飛ぶのはサボテンの棘」

 

 ブライトは、

 

「レビル将軍の手の者だ」

 

 とうなずき、リュウは、

 

「よっしゃ、運転を代わろう」

 

 そう言って進み出る。




 このお話、イセリナのキャラが強力過ぎてジオン陣営が、というかシャアがどんどんおかしくなって行きますね。
 特にイセリナの願いはヤバすぎる……
 そしてミヤビは相変わらずでした。
 次回は原作での塩不足どころではなく、食料そのものが失われてしまったホワイトベースの窮状をお届けする予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第16話 セイラやっぱり出撃 Bパート

 ホワイトベースに収容され、医務室のベッドに横たわる伝令の男。

 ブライトは、手当てを手伝っていたセイラに、

 

「話せるか?」

 

 と聞くが、セイラは、

 

「サンマロが応急手当をしてはくれたけど」

 

 と言葉を濁す。

 サンマロはホワイトベース医療班の看護兵だ。

 その医療技術はホワイトベース内では一番高く、船医のようなポジションに置かれていた。

 

 ブライトは伝令兵の正面に身体を乗り出し、

 

「私がホワイトベースの責任者のブライト・ノアです」

 

 と名乗る。

 相手は苦しそうに息をつきながらも話始める。

 

「……オ、オデッサ・デイは五日後の予定です。それまでにホワイトベースはカスピ海を渡れとの命令です」

「オデッサ・デイ? なんです、それは?」

「キシリア配下のマ・クベの主力部隊を叩く作戦日です」

「マ・クベ?」

「マ・クベの押さえている鉱山は今度の戦争の勝負を決める大切な場所なんです。それをオデッサ・デイに叩きます」

「我々のホワイトベースも攻撃に参加するということですね?」

 

 セイラは、

 

「私たち、軍隊じゃないんでしょ? ブライトさん」

 

 そう口をはさみかけるが、

 

「シャアは……」

 

 と伝令兵が漏らしたことで息を飲む。

 

「赤い彗星は、インドの山奥で、修行をして……」

 

 何さそれ、という話だが、伝令兵は、

 

「ああっ……」

 

 とうめくと意識を失ってしまう。

 セイラは動揺を抑えつつ、

 

「出血が酷すぎてね」

 

 とブライトにこれ以上は無理だと伝える。

 

「ホワイトベースが正規軍に組み込まれるという訳か……」

 

 考え込むブライト。

 そして、それを同席して聞いていたミヤビはというと、

 

(インド…… ララァ・スンか)

 

 と、一人納得する。

 実際、富野監督の書いた小説『密会~アムロとララァ』ではこの時期にシャアはララァとインドで出会っていたことになっていたし、ニュータイプ同士は惹かれ合うとも言われるので間違いは無いだろう。

 理想を言えば開戦前にララァをスカウトしたかったが、ヤシマ財閥の力をもってしても彼女は発見できなかったのだ。

 また「インドの山奥で修行」というのも『逆襲のシャア』登場のニュータイプの少女クェス・パラヤはインドでクリスチーナという人物のもとでニュータイプの修行をしていた、という設定があるので、そうおかしなことではない。

 

(まぁ、これで『セイラ出撃』も無しよね)

 

 このシャアの行方については、ミヤビがシーマを経由してゴップ大将に情報を送ってくれと依頼したもの。

 ミヤビ自身、ガルマ戦死が無かったことでどのように状況が変わったのか知りたかったし、史実ではそろそろセイラが兄であるシャアの情報を求めて無断出撃をしていたから、それを抑えるためでもあった。

 安心して立ち去るミヤビだったが……

 

「シャアはインドの山奥で、修行をしてる」

 

 などといきなり言われて、ミヤビの知る前世知識も無しに納得できるかというと、まず無理だろうということを見落としているのだった。

 

 

 

 ブライトが医務室から出ると、ミヤビと入れ違いに現れたタムラコック長が深刻な表情で立っていた。

 

「何か?」

「さっきの食材の件なんだが」

 

 二人は歩みながら相談する。

 

「どうして今まで気付かなかったんです?」

「この前の戦いで倉庫に直撃を食らったろ? あん時、食材の大半がやられたんだ。キッチンに出庫していた分と合わせても今日の夕食分までまかなえるかどうか……」

 

 ミヤビの知る史実では塩が足りなくなっただけだったが、それがこのありさまである。

 ミヤビの存在が生んだバタフライ効果だろうか。

 

 そんなことはブライトは知らないわけだが、状況は深刻で苦悩する。

 

「この先はジオンの最強部隊があるらしいんです。とてもじゃないが手に入らないでしょう」

「幸いレーションやチューブ食があるから飢えはしないが、まともな食事がとれないと士気に、戦力に影響するぞ」

「どうしましょう……」

 

 考え込むブライト。

 

 

 

 ガンキャノンの整備を続けるアムロに、セイラは食事を運ぶ。

 最初はフラウが行うはずだったが、セイラは多少強引にこの役目を彼女からもぎ取っていた。

 ガンキャノンの様子を自然にうかがうために……

 

 もちろんフラウが、

 

(ミヤビさんだけじゃなく、セイラさんまでアムロのことを……)

 

 と誤解し、病んだ瞳をして胸の内に闇を貯めこんでいるのは言うまでもない。

 

「アムロ、まだ済まないの?」

 

 そう問うセイラにアムロは振り返ろうともせず、こう答える。

 

「ずっと済みませんよ。済む訳がありません」

 

 技術者でも誤解していることが多いが……

 ミヤビなども前世で某重工に入社して初めて理解したことだったが、大型の船舶やプラント類等、複雑で膨大な数の機器を抱えるものにおいては、常にどこかが故障しているのが当たり前だったりする。

 まぁ、故障と言っても、

 

・オイルや水、蒸機等が漏れて滲んできた。当座の運転に支障は無いが、悪化したらやばいので修理願う。

・モーターやポンプ、ファン等の軸受け温度が上昇気味。確かめるとわずかに異音があるようで様子見中。可能なら早めの分解点検をしてもらいたい。

・ポンプやファンが故障。現在は予備機で運転中。

・保温やカバーが劣化して剥げてきた。

 

 などといった運転に影響は無い、そして設計上も運用上も想定範囲、許容範囲内のもの。

 こういう故障個所を抱えつつ、常に機会を見て修理しながら、経過観察をしながらの運転になる。

 故障個所については発見次第、修理作業依頼のための伝票が切られるが、それらがすべて処理され無くなるのは定期点検等、停止しての大規模な分解点検後ぐらいで、場合によってはそれでも無くならない。

 

 そしてモビルスーツは従来の兵器をはるかに超えた複雑さを持つ、数万点以上の工業製品の集合体である。

 やはりそこまで行くと、出撃には支障無いが故障中、あるいは様子見の個所はどうしても発生してしまい、それを抱えながらの運用になる。

 無論、命にかかわるものなので、少しでも信頼性を上げたい。

 そのためメカニックもアムロも可能な限り手は尽くすのだが。

 当然ながらその作業に終わりは無い……

 

 セイラはトレイに乗せたコーヒーとスープ、サンドイッチをそこに置いて、

 

「冷めないうちに早く食べてね」

 

 と伝える。

 アムロは少しばかりそれを見て、

 

「レビル将軍とは連絡取れたんですか?」

 

 と聞く。

 セイラはそれに関して、

 

「ええ。それと今、食材が無いって騒いでいるわ」

 

 そう答える。

 アムロは驚いて、

 

「しょくざい? あの食べる食材ですか?」

 

 セイラはうなずき、

 

「そうよ。今残ってる食材を使い切ったら、軍用のレーションしか残らないって」

「ええっ、あの不味いやつですか? 勘弁してください」

 

 地球連邦の軍隊は旧アメリカ合衆国のものが基軸となっており、その食糧関連は恵まれているが、戦場で食べるレーション、ミヤビの前世でも不味いと評判だったMREの流れをくむものだけは、どうしようもなく不評だった。

 そもそもMREはMeal, Ready-to-Eatの略称だが、『Meals, Rarely Edible (とても食べられたものじゃない食べ物)』だの、『Meals Rejected by the Enemy (敵からも拒否された食べ物)』だの、評価は散々で。

 ここまで不味いのは兵のつまみ食いを防ぐためだとの噂もあるくらいだった。

 そして食べ物に無頓着なくせに、日系ゆえに特に繊細な舌を持つアムロには大不評なのだ。

 

「だから、このサンドイッチは貴重なものなの。新鮮なうちに食べてね」

「ええ食べます。食べますよ」

 

 よほどレーションが嫌いなのか、この時ばかりは手を止めてサンドイッチにかぶりつくアムロだった。

 

 

 

「食材がねぇ」

「姉さんは放っておくとゼリー飲料で済ませてしまう人だからあまり気にしないでしょうけど」

 

 ヤシマの姉妹はそんなことを話し合いながら、食堂への廊下を進む。

 

「いや、だって便利なのよ、ゼリー飲料」

 

 ミヤビは前世でも『すばやいエネルギー補給』『10秒チャージ』ということで、時間が無い時に食事代わりに愛飲していた。

 

「風邪や体調が悪い時には吸収がいいし」

 

 前世のミヤビは喉が弱かったので、喉を傷めた時にあまり苦痛を感じず栄養補給できるゼリー飲料には本当に助けられていた。

 それから声を潜めて、

 

「水分と栄養補給が同時にできる機能性ゼリー飲料は手軽に喉を潤せて、水を飲むよりはトイレに行く回数も少なくて済むから。映画館で長い作品を見るとか、イベントとかでトイレに行きにくい時に食事代わりにすると便利だしね」

 

 実際、軍の、特にパイロット向けの補給食、宇宙食がチューブに入った機能性ゼリー飲料なのはこのためでもある。

 そんな姉の明け透けな主張に、頬を赤らめたミライは、

 

「それでタムラコック長も残り少ない食材で頑張っているみたいだけど」

 

 と説明する。

 

「ふぅん? で、今日の昼食のメニューは?」

「玉子丼…… って姉さん!?」

 

 妹からメニューを聞いた途端、駆け出すミヤビ。

 

「タムラさん、それ悪手です!」

 

 そうして食堂に駆け込んだミヤビが見たものは、

 

「WRYYYYY! なんだこの貧乏くさい親子丼はぁぁぁッ! 肉が入ってねぇぇぇッ!」

「不味ッ、不味ッ、不味ゥーッ!!」

「うっ! うっ! うっ!」

 

 クルーたちの非難の声に、苦悶の呻きを上げるタムラコック長。

 

「姉さん、これは一体……」

 

 追いついてきたミライの問いに、ミヤビは今日の昼食、玉子丼を差し出す。

 

「黙ってこの玉子丼を食べてみて」

「姉さん?」

 

 姉の醸し出す異様な迫力に負け、ミライは席に座り食べてみる。

 

「あら、おダシが効いていて美味しいわね」

 

 ぱっと表情を和らげるミライ。

 しかしそこに、

 

「本気で言ってるんですか、ミライさん!?」

「こんなに不味いのに! 肉、入ってないんですよ」

 

 と騒いでいたクルーたちから非難の声が上がる。

 しかし、

 

「玉子丼ですもの。ネギやタマネギ、ミツバ、シイタケなんかの繊切りを、出汁などで下煮して卵を流し込んでとじたものだから、肉なんて入ってないわ」

 

 二つの胸のふくらみが持つ巨大な質量のせいで慢性的な肩こりに悩まされるミライにとっては肉が入っていないのもヘルシーな感じで良い。

 しかし彼らは退かない。

 

「でも不味いでしょ!」

「そんな風には思わないけど……」

 

 困ったように自分を見るミライに、ミヤビは説明の必要を感じ、こう語る。

 

「これ、人体の生理作用だから仕方が無いのよ」

 

 と。

 

「生理作用?」

「そう。ねぇミライ、昔あなたが作っただし巻き卵を、砂糖を入れた玉子焼きしか知らない男の子がつまみ食いして吐き出し、不味い不味いって騒いだことがあったでしょ」

「姉さん……」

 

 ミライは嫌な記憶を掘り起こされ、眉をひそめる。

 

「でもこれって仕方が無いことなの。つまり動物は誤って食べられないものを飲み込んでしまわないよう、想定外の味を感じた時には「これは食べ物じゃない!」って拒絶するようにできてるの。だからだし巻き卵は知っている人間には美味しくても、砂糖を入れた玉子焼きしか知らなかった人間には「これは食べ物じゃない!」って感じられて吐き出しちゃうのよ」

 

 そして食べ物ではないと判断された『味』は「不味い」と表現されるわけだ。

 

「そうなの?」

「もっと酷いのになると、初めて茶わん蒸しを前にした子供に「これは何?」と聞かれて「プリンみたいなものよ」って答えたとっても考えの浅い母親が居てね」

 

 ミヤビの前世の母親だ。

 

「ねぇ、プリンを食べたら甘くなく、しかも三つ葉やシイタケ、鶏肉が入ってたらどう思う?」

「それは……」

「当然、その子は吐き出したわ。そして大人になるまで茶わん蒸しが食べられなくなった」

 

 前世、ミヤビは長男であり、母も子育ての経験が無かったせいか、こんな風にどうしようもない、その場限りのごまかしをやって酷いことになる場面が多々あった。

 病院で「注射するの?」と聞いたら「注射じゃないから大丈夫よ」と答えられ、そして点滴の針をブッ刺されるなど……

 幼児にしてみれば同じ針を刺されること、それどころか点滴だと刺されっぱなしになるということで前世のミヤビはギャン泣きした。

 母も反省したのか後年、年の離れた弟には、

 

「ちょっとちくっとするけど、あなたは強い子だから我慢できるよね」

 

 などと言ってうまくコントロールするようになったが。

 長男長女は子育ての実験台、とは言われるが、本当にそのとおりの経験をした前世のミヤビだった。

 

 まぁ、そんなことはともかく、

 

「つまり、この玉子丼も親子丼だと思って食べたから不味く感じてしまった?」

「そのとおりよ」

 

 ということだった。

 

 そして、その場はこのミヤビの説明で何とか治まったのだが……

 

 

 

「WRYYYYY! なんだこの透明ピンクのブヨブヨにちっちゃな肉や野菜の切れ端が浮いてるものはぁぁぁッ!」

「不味ッ、不味ッ、不味ゥーッ!!」

「うっ! うっ! うっ!」

 

 夕食で出されたおかずでまた騒ぎになる食堂。

 

「タムラさん…… これ、何です?」

「酢豚だ」

「はい?」

「酢豚だ」

 

 酢豚は豚肉の唐揚げと素揚げした野菜を、片栗粉をスープで溶いたものに酢・砂糖・醤油を入れて加熱して作った甘酢あんの中に入れて絡めて作る料理だが……

 

「これ、肉や野菜よりあんの方が多い……」

「食材が足りなかったんだ」

「甘酢あんも、ピンクって、明らかに調味料が足りてない、ほとんど透明なカタクリっていうかスライム……」

「調味料も足りなくて、ケチャップを使ったんだが、それでも足りなくて……」

 

 ミヤビは前世でもこの『酢豚を騙る何か別のもの』を目にしたことがある。

 顧客の三交代制の職場で夕食時に出てきた社食のメニューだ。

 その企業では社員食堂には会社から補助が出ていて安価に昼食が食べられたが、制度が十分に整備されておらず夕食には補助が付かなかったのだ。

 だったらその分、価格に転嫁すれば良いのだが、偉い人が昼食の食券でも食べられるようにしてしまったせいでお値段据え置き。

 そして足りないお金で出されたのがまさしくこれ。

 

 さすがにミヤビも、擁護することはできなかった……

 

 

 

 翌朝、砂嵐も収まり晴れ渡った砂漠地帯をホバー走行の陸戦艇、ギャロップが走行していた。

 搭乗するのはホワイトベース討伐の任に着いたランバ・ラル隊である。

 

「情報どおりだとそろそろ木馬と接触できる頃だな」

 

 甲板上部、全周を見渡せる監視塔でコーヒーを飲み、くつろぎながら進む先を見据えるラル。

 そんな彼によりそう美女、ハモンは、

 

「はい。それと、マ・クベ様にご連絡を。なんといってもここはキシリア様の管轄ですから」

 

 と注意を促す。

 ラルは上司であるドズルの命で、ガルマの下に送られた。

 今はキシリアの指揮する地上軍に派遣されている身とはいえ、外様であることには違いない。

 その辺の気遣いは必要だった。

 

「うん、マ・クベ大佐の回路を開け」

 

 ラルの指示で、通信回線が開かれる。

 対応に出たのは骨太な士官。

 

『マ・クベ大佐はただいまご不在であります。ご到着の折、必要な情報は私から届けよとマ・クベ大佐から申しつかっております。私はウラガン少尉であります』

 

 そう名乗る。

 ラルは機嫌よい笑顔を作り、

 

「さすが手回しのよい。必要なときは連絡をする。大佐にはよろしく」

 

 と返答した。

 

『御武運を』

 

 そう画面越しに敬礼するウラガンに、

 

「ありがとう」

 

 と答え、通信を終える。

 

「聞いたかハモン、手回しのよいことだな」

 

 傍らのハモンに笑顔を向けるが、ハモンはそれには乗らず、

 

「さあ? マ・クベ様は油断のならぬお方と聞いております」

 

 と告げる。

 ラルも彼女の言いたいことは分かっており、

 

「私はゲリラ屋だ。ガルマ様の仇を討てばすぐに宇宙へ帰る」

 

 そう答える。

 彼はあえて実直な軍人を演じている。

 それが彼のやり方であり、処世術であるとも言えるのかもしれない。

 それが分かっているハモンはあえて何も言わず、

 

「さて、この辺りで網を張るか」

 

 そう言って動き始めるラルにただ、

 

「はい」

 

 とうなずくのだった。

 

 

 

 酷すぎる食糧事情に、

 

「あァァァんまりだァァアァ」

 

 と叫びながら目の色を変えて食料獲得に走る飢えた狼、ホワイトベースのクルー一同。

 

「あったわ、シルクロードにある鹹湖」

 

 声を上げるミライに、ブライトは首をかしげる。

 

「鹹湖?」

 

 ミライはうなずいて。

 

「ええ、塩を含んだ湖だけど、この砂漠地帯では唯一の水源地よ」

 

 ブライトはその意味するところを理解する。

 

「そこに行けばジオンの物資集積所から食料を奪えるかもしれないか」

 

 補給が受けられない以上、敵の物資を奪うしかない。

『幼女戦記』で主人公、ターニャ・デグレチャフとその部下たちが南方大陸の砂漠地帯でやったアレである。

 砂漠地帯の活動では水源は欠かすことのできないものであり、宇宙世紀では、というかミヤビの前世、旧21世紀でも逆浸透膜を使用した海水淡水化プラントは存在するので塩を含んだ鹹湖であっても問題は無い。

 

「ほ、ほんとかね?」

 

 クルーたちの非難が堪えたのか、タムラコック長はすがるように聞く。

 ブライトは、

 

「オペレーター、湖にまわっても問題はないな?」

 

 と確認。

 

「マ・クベの抵抗さえなければどこからでも問題ありませんが」

 

 マーカーの回答にブライトは、

 

「よーし、湖をまわる方が抵抗は少ない、と考えようか」

 

 とする。

 

「フフ、ブライトらしくもないわね」

「笑うなよ」

 

 笑顔でそう言いあうミライとブライトだったが……

 

(なにこの異様な雰囲気。みんな食料のことでおかしくなってない?)

 

 と恐怖するミヤビが居る。

 妹たちは笑顔で会話しているが、言ってる内容はジオンからの食糧強奪である。

 戦争中でなければ世紀末な荒野に存在する、奇跡的に水に恵まれた村を襲撃し食料を奪い取ろうとするヒャッハーなモヒカンどもみたいなもの。

 これ本当に大丈夫なの、とミヤビが危惧するのも当たり前である。

 

 まぁ、昔から食べ物の恨みは恐ろしいとも言うし、食料がかかっている以上、無理も無いことかもしれないが……




 ホワイトベースの食糧難についてでした。
 史実だと塩が足りない、で済んでいたのですが、それが食材そのものまで被害が拡大しています。
 なお、このお話で使ったネタのほとんどが実話だという……
 戦闘は次回から始まる予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第16話 セイラやっぱり出撃 Cパート

 ウラガン少尉が入室すると、部屋の主、マ・クベ大佐は骨董品の壺を愛でていた。

 その指先が壺を弾くと、硬質な、なんとも言えない響きがあって、

 

「いい音色だろう?」

 

 自慢げに言うマ・クベにウラガンはうなずいて、

 

「はい。良い物なのでありますか?」

 

 と、問う。

 

「北宋だな」

 

 というのが答えで、しかしよくわからないといった表情を浮かべるウラガンに、

 

「なんだね?」

 

 と気分を害した様子で語気を強め報告を促す。

 

「は、ランバ・ラル大尉には仰せの通り伝えておきました」

「そうか」

 

 そこに通信。

 

『マ・クベ大佐』

「なんだ?」

『諜報員から新たな情報が入りました。木馬と思われる船が方向を変えました』

 

 スクリーン上に映し出される地図と、その想定される進路にマ・クベはほくそ笑み、

 

「好都合だな。私の鉱山から離れてくれる」

 

 そうつぶやくが、考え直す。

 

「待てよ…… ウラガン、ランバ・ラルに教えてやれ。奴が木馬を早く始末してくれればこの辺りにうろうろされることもなくなる。とにかく私が発掘した鉱山の実態をドズル中将に知られるのはまずい」

「はっ」

 

 そしてマ・クベは再び壺を弾いて音色を楽しむと、声を上げて笑うのだった。

 

 

 

 ウラガンから報告を受け、戦闘の準備を開始するラル。

 ギャロップの後ろに連結されたカーゴを切り離すと、所定の位置へと進撃を開始する。

 

「マ・クベの部下も律儀よな。木馬が我らの裏をかいて迂回したことを知らせてくれるとは」

 

 そうつぶやくが、裏をかいたのではなく、ただ食料を求めて飢えた狼のように進路を変えただけだ。

 もちろん、それはラルには分からないことだったが。

 ハモンはうなずかずにその美貌に浮かぶ笑みを深めてこう答える。

 

「さあ、どうですか。マ・クベ様のお考えを……」

 

 しかしラルは人好きのする、ハモンが惚れた笑みを浮かべて、

 

「心配しすぎだよ、ハモン」

 

 そう語る。

 それだけで自分を黙らせてしまうラルに、ずるいひとだと、ハモンはそう思うのだった。

 

 

 

「うぇっ、何だいこのレーションは」

「アムロ、それ梱包された調味料を使ってどう魔改造しても駄目なベジタリアン……」

「そ、そうなんですか、ミヤビさん」

 

 食材が切れたため備蓄されたレーションで飢えをしのぐアムロだったが、彼が選んだのはよりによって地雷メニューのベジタリアン。

 菜食主義者向けのものだった。

 そもそも、

 

「アメリカには四大味覚「あまい!」「からい!」「すっぱい!」「しょっぱい!」だけで普通が無いの。デリケートに好きして」

 

 と言われ、その流れを受けて作られている地球連邦軍のレーションはアムロのように繊細な舌を持つ日系の人間には辛いものがあるというのに……

 

 そしてミヤビは魔改造と言ったが、アメリカ軍のMRE同様、地球連邦軍のレーションのメニューの多くにはタバスコの小瓶が付けられている。

 これには二つの理由があって、

 

「アメリカには四大味覚「あまい!」「からい!」「すっぱい!」「しょっぱい!」だけで普通が無い」つまり、もの凄い速さで味に飽きが来るのでタバスコで変化を付けて誤魔化さないと完食できない。

 

 そもそも最初から不味くて食えないので、タバスコを使って「タバスコの味しかしない何か」に変えて胃に流し込むしかない。

 

 ということだった。

 

「うう、酷い。酷すぎるぅぅぅ……」

 

 涙目になる少年に、ミヤビはしょうがないにゃぁ、とばかりにわずかに瞳を細めると、

 

「ミヤビさん?」

 

 少しばかり調理みたいなことをやってみることにする。

 

 取り出したのはCMK(Complete Meal Kit)、つまり個人用食事キット。

 ミヤビの前世、アメリカ軍でも利用していた市販の食品をまとめてパッケージングしただけのものだ。

 栄養バランス的に良くなるはずが無いし、かさばるし、ゴミが出るし、そのゴミには一切の迷彩効果は無いどころか派手な色合いをしているため、比較的安全な後方で移動時などに間に合わせ的に使用されるもの。

 

 これに入っていた、一度ふかしたジャガイモを細い棒状に整形して油で揚げたスナック菓子、つまりミヤビの前世で言うカルビーの『じゃがりこ』、その類似品を使う。

 といってもただ皿に開け、お湯を注いでスプーンですり潰す、それだけ。

 

「ミヤビさん、それ…… マッシュポテト?」

「そうね、ふかしたジャガイモが原料っていうのは同じだから」

 

 粉末にしたマッシュポテトの素も売られているわけで。

 言わばそれを固めて揚げているだけなので、お湯で戻してすり潰せばマッシュポテトになるわけだ。

 

「味は最初から付いているけど、レーションの中に含まれるチーズスプレッドやインスタントコーヒー用の粉末ミルクを混ぜるとコクが出てさらに美味しくなるし、ジャーキーを砕いて入れてもいいわ」

 

 と、言いつつ全部盛りにして仕上げると、アムロに差し出す。

 使ったじゃがりこもどきはサラダ味だったので、練り込まれたニンジンとパセリの粒のオレンジとグリーンが見た目にも鮮やかで食欲を誘った。

 

「はいどうぞ」

「い、いいんですか?」

「もちろんよ、あなたのために作ったものだもの」

 

 作ったというのもおこがましい『簡単な料理のようなもの』だったが、アムロは嬉しそうに受け取ると味わいながら食べる。

 

「美味しい、美味しいですよ、ミヤビさん!」

 

 喜ぶアムロにミヤビは説明する。

 

「手に入りやすく、持ち出しやすい食材を使った簡単なアウトドア料理として知られていたものよ」

 

 前世において、バックパッカーで旅行作家のシェルパ斉藤こと斉藤政喜氏の本に紹介されていたことで知ったものだった。

 

 

 

 ミヤビの工夫で何とか食事を楽しむことができたアムロとは対照的に、他のクルーたちはレーションのあまりの不味さに精神的に追い詰められていた。

 そして目標の湖に到達したはずの一同が見たものは、

 

「あ、湖が消えちゃったの?」

 

 と、子供たちが言うとおり、

 

「確かに湖か何かあった跡らしいけど」

 

 干上がった荒野だった。

 

「そ、そんな……」

 

 タムラコック長がへなへなと膝をつく。

 ブライトは、

 

「地図と照合しろ。間違いないのか?」

 

 そう指示するが、マーカーの答えは、

 

「はい、間違いありません」

 

 というもの。

 

「しかし、おかしいじゃないか」

 

 そう言いかけるブライトだったが、

 

「だ、駄目だ」

「タムラさん」

「食材がないばっかりにホワイトベースをうろうろさせてしまった。もうジオンに見つかっちまってる」

 

 そう嘆くタムラコック長に、どうしたものかと困り果てる。

 その窮状に、ミライはマーカーに問う。

 

「マーカー、この湖のデーターってないものかしら?」

「探してみます」

 

 そして出てきたのは、

 

「ロブ・レイク、鹹湖。五百年ごとに西と東に振り子の様に移動する」

 

 というもの。

 この一帯は高低差が少ない砂漠地帯。

 そのため川が運ぶ堆積物で水深が浅くなると湖の場所が変わってしまうのだ。

 

「移動する? データーの地図っていつの?」

「戦前のでしょう。戦争からこっち、地図を作る人工衛星なんてありはしませんから」

「ブライト」

 

 ミライの視線を受け、ブライトはうなずく。

 

「よし、移動だ。湖を追いかける」

 

 そう指示するが、そこにオスカが報告する。

 

「何か接近します。二時の方向、地上を一機で来ます。ただし、機種は不明です」

「相手がわからない?」

 

 戸惑うアムロ。

 

「速度とか高度とか質量から割り出せないのか?」

 

 ブライトはそう問うが、一方でセイラは、

 

「たった一機の敵?」

 

 そうつぶやいていた。

 

「マゼラアタックにしてはスピードが速すぎます。ガウにしては小さすぎます」

 

 マーカーからもたらされる情報に、ブライトは、

 

「アムロ、行けるか?」

 

 と問うが、アムロも戸惑いがちに、

 

「戦力がわからないと辛いですよ。ガンキャノンで出ていいものかどうか」

 

 と答える他ない。

 ともあれ、

 

「ホワイトベース、発進させます」

 

 とミライが動き出したように迎撃準備を進めなくてはならない。

 ブライトは決断する。

 

「全員、第一戦闘配置。ガンキャノン、ガンタンク、ドラケンE改はスタンバっておけ。発進はもう少し様子を見てからだ」

 

 

 

 一方、ランバ・ラル隊のギャロップではハモンが指揮を執っていた。

 

「ランバ・ラル、アコース、コズンの展開は終わりましたか?」

「は、ご覧ください」

 

 副官のクランプはモニター上に配置図を映し出す。

 

「敵に対して我がギャロップが側面から攻撃を掛け、ラル様以下二機のザクでこれを殲滅します」

「結構です」

 

 ハモンは色素の薄い瞳を砂漠の強い日光から守るため、そしてホワイトベースのメガ粒子砲から放たれる光への対閃光防御のため、ゴーグル型のサングラスを付け、前方を注視するのだった。

 

 

 

「ガ、ガンキャノンが……」

 

 アムロたちがノーマルスーツに着替え、左舷モビルスーツデッキに着いた時にはガンキャノンは動き出していた。

 そして、床に倒れているミヤビ。

 

「み、ミヤビさん!」

 

 慌ててミヤビを抱き起すアムロ。

 ミヤビは腹を押さえ苦悶しつつ、

 

「ガンキャノンにセイラが……」

 

 と何とか声を振り絞る。

 セイラにはシャアの行方も知らせたし、暴走したりしないだろうと安心していたミヤビだったが、念のためにデッキで待機していたところ、史実どおりセイラがやってきて。

 

(時代劇じゃないんだから当身で気を失うとか無いから……)

 

 セイラはミヤビを気絶させようとその腹部に一撃を加えたのだろうが、それで気を失うのは創作物の中だけ。

 単なる腹パンをみぞおちに食らったミヤビは悶絶しへたり込み、セイラを見逃すハメになっていた。

 

「そんな……」

 

 アムロはガンキャノンへ呼びかける。

 

「セイラさん、降りてください!」

 

 

 

『何かアムロが呼んでるよー?』

「特命だって言ったでしょ。無線封鎖を解いてはダメよ」

『んー、りょーかーい』

 

 マスターたるアムロではなくセイラの操縦だけに、今一つ気乗りしていないサラツー。

 それをなだめつつ、セイラはガンキャノンを前進させ、両足をカタパルトに接続する。

 

「カタパルト装着完了、発進します。あっ!?」

 

 その強力なGにうめくセイラ。

 

「うっ……」

 

 耐Gスーツも兼ねるノーマルスーツを着込む時間が無く、通常の軍服姿で乗り込んでいたこと、さらにまずいレーションを無理やり飲み込むような食事をしていたこともあって、胃の中身を吐き出しそうになるのを懸命にこらえる。

 そしてガンキャノンは膝をつき、肘をつきながらもなんとか着地。

 これはサラツーの補助があってのことだ。

 

「し、シミュレーションで完全に覚えているつもりなのに、Gがこんなにすごいなんて…… あっ」

 

 正面にギャロップ。

 その砲撃がホワイトベースを襲う。

 

 

 

「くっ!?」

 

 ギャロップからの砲撃に、思わずうめくブライト。

 

「左舷、応戦しろ。ビーム砲急げ。ガンタンク、ドラケンはガンキャノンを援護しろ!」

 

 その指示に従ってせり出した左舷メガ粒子砲が、ビームの光を放ちながら砲撃を開始する。

 

 

 

「あっ」

「おおっ!」

 

 ホワイトベースからの反撃に、ギャロップ周辺に砂漠ゆえの水柱ならぬ砂柱が盛大に上がる。

 ハモンはそれにひるまず、

 

「回避運動を行いながらも攻撃はやめぬように」

 

 とクランプへと指示。

 

「そろそろあの人が出るはず。それまで敵を引き付けておくのです」

 

 ギャロップの役目は陽動と牽制なのだ。

 

 

 

『歩行システムのモードは+7、いえ+8に設定。砂に足を取られることを忘れないで』

「ええ」

 

 セイラはサラツーのサポートを受けてガンキャノンを立ち上がらせる。

 

「なんとしてもジオンの兵と接触しなければ」

 

 そこに接近警報。

 

「敵?」

『左後方、ザクだよ』

「は、反対からザクが」

 

 ギャロップの陽動に引っかかり、思わぬ方向から回り込んで現れた敵に慌てて砲撃を開始するが、

 

「狙っているのに当たらない、ああっ」

 

 逆に至近弾を受け、爆風に翻弄される。

 

「こんなに射撃が難しいものだなんて」

 

 今までもセイラはガンタンクで砲手を担当していたが、どちらかというと固定砲台的な運用がメインであり、また機体制御はカイとサラスリーに全面的に任され、射撃のみに集中することができていた。

 そして今、ガンキャノンで射撃姿勢を自分で制御して、そして撃つという初めての体験に困惑し、焦りもあって照準が定まらない。

 

 

 

「フフフフ、あのパイロットめ、不慣れらしい。気の毒だがいただく」

 

 ラルは射撃を続ける僚機のザクを牽制に使い、背面ランドセルのロケットエンジンを利用して一気にジャンプで飛び込んでいく。

 

 

 

『右上空から来るよ!』

「新型!?」

 

 サラツーの警告に驚くセイラ。

 

「バルカン!」

 

 音声コマンドで近接防御を指示。

 サラツーによる照準で頭部60ミリバルカンによる迎撃が試みられるが、グフはそれを左手に構えたシールドで弾く。

 AI制御に頼った射撃は、正確であるがゆえに敵に読まれやすいのだ。

 そして、すかさず振るわれたヒートロッドが、ガンキャノンを弾き飛ばす!

 

「うっ、ああっ」

 

 そして倒れ込んだガンキャノンのすぐそばに着地したグフはすかさず5連装75ミリフィンガー・マシンガンを向ける。

 いくら装甲の厚いガンキャノンでも、この至近距離から集中的に撃ち込まれてはただでは済まないし、数を撃ち込まれれば装甲の弱い部分へのラッキーヒットもありうる。

 しかし、

 

 

 

「うおっ」

 

 突然、割り込んできた砲撃にとっさに回避運動に入るラル。

 ガンキャノンを救ったのは、ガンタンクからの援護射撃だった。

 またそれと並走するドラケンE改の姿もある。

 

 

 

「ああ、もう、お腹痛い」

 

 そう言いつつもドラケンE改を方向転換、ザクに向け進ませるミヤビ。

 

 足元は普通なら足やタイヤを取られる砂地だが、ドラケンE改は長い板状のつま先を微妙に反らすことで、追加オプション無しでスキーのように砂上(または雪上)を滑走が可能だった。

 これはミヤビの前世の記憶にあるディザート・ザクが使っていた砂上走行用ジェットスキーと同様の機能を簡易的に持たせたものだ。

 まぁ、この機能とは別に安定性や走破性をさらに高めるためのオプション装備のスキー板も存在していたりもするのだが。

 

 また推進力になるドラケンE改のかかとに仕込まれたローラーダッシュ機構には接地圧可変タイヤと言われるタイヤ内の空気圧を調整できる機構が備えられている。

 旧21世紀の装輪装甲車にも採用されていたもので、空気圧を下げ接地面積を広げることで砂漠や泥濘地などグリップが悪い荒地でも走行が可能となっていた。

 アニメ『コードギアス』の紅蓮弐式の脚部に組み込まれた高機走駆動輪(ランドスピナー)にも同様な機構が備え付けられ、それがあの機体のハチャメチャな走破性を保証していたが、そんな感じだ。

 いざという時には、背面装備のロケットエンジンを推進力に使うこともできるのだし砂漠でも問題にはならない。

 

「グフは怖いから私たちはザクを相手にするわね」

『いいんですか、そんなで』

「いいのよ。ジャンケンと同じで兵器にも相性ってものがあるんだから」

『本音は?』

「電撃怖い」

 

 そういうことだった。

 

 

 

 キャプテンシートのアームレストを固く握りしめるブライト。

 

(ミヤビさんは、グフとの戦闘を避けるために他へまわった! それもある!)

 

 先ほどのミヤビとサラのやりとりは、オープンで流れていた。

 

(だが彼女が考えていることは、もう一つある! まさか! まさかそんな! だめだそんなことは!)

 

 ブライトは確信している。

 あえてミヤビは自分たちの会話をオープンで流したのだと!

 

 

 

『でもドラケンでザク二機の相手は……』

「仕方がないから出し惜しみなしで行くわ!」

 

 右腕肘のハードポイントに接続した60ミリバルカンポットを派手にぶっぱなしながら牽制を行うドラケンE改!

 

【挿絵表示】

 

 今回は左わきの下、アームシャフトアンダーガードに予備の武器、甲壱型腕ビームサーベルも吊るしたフル装備だ。

 

 

 

「ミヤビさん、あなたって人は……」

 

 ブライトはうめくように呟きを漏らす。

 

 ミドルモビルスーツに過ぎないドラケンE改にザクを二機も抑えてもらわなければならない絶望的な状況。

 それを自分たちが負い目として思わないよう、ミヤビはあえてグフとかいう青い新型モビルスーツとの戦いから逃げるという卑怯者の道化を演じたのだ。

 その行為は彼女に負担を、いや犠牲を強いることしかできない無力な自分たちには、あまりにも美しすぎた。

 

 ……そう信じているブライト。

 まぁ、

 

(また姉さんはあんな誤解を招くようなことを言って……)

 

 と、妹のミライには、姉はそんな深いことなど考えていない。

 ただの天然発言であるというのが分かってはいたが。




 レーションって調べてみると色々と面白いですよね。
 そしてミヤビを腹パンで黙らせてのセイラ出撃。
 ……酷い話ですね。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第16話 セイラやっぱり出撃 Dパート

「セイラさん、立って。後退してください。場合によっては僕が換装します」

 

 ガンタンクのコア・ブロック、腹部コクピットで操縦しているのはアムロだった。

 当初、本来のパイロットであるカイがそこで操縦し、アムロを頭部の砲手コクピットにつけ出撃することも考えられた。

 しかし、まったく初めてのアムロをつけるよりは、ガンタンクに慣れ、その特性を知るカイを砲手に回した方が良い、コア・ブロックのコクピット操作ならアムロも慣れているし、ということでこの配置になっていた。

 

「無駄だぜアムロ、どうせ無線切っちまってるんだろ」

 

 カイの言うとおりで、セイラからの返事が無いことにアムロはいら立つ。

 

 

 

「長距離支援用のモビルスーツか。この動き、手ごわそうだが」

 

 ラルはガンタンクの砲撃をかわしつつ距離を詰めようとするが、牽制に撃ち出される砲撃に阻まれ攻めあぐねる。

 視界が開けた砂漠上ではガンタンクの高い火力を生かしやすいこともあったが、やはりアムロの操縦には歴戦の勇士たるラルを唸らせる、光るものがあるのだ。

 

 

 

「行けぇ!」

 

 カイの操る両肩の120ミリ低反動キャノン砲がついにグフを捉える。

 

「やったのか?」

 

 慎重に戦果を確認しようとするアムロだったが、そこにガンキャノンが無防備に近づいていくことに驚く。

 

「セイラさん!?」

 

 無駄と思いつつも叫ばずにはいられない。

 

「まだ敵を確認していないんだ、早く下がってください!」

 

 

 

「……パ、パイロットは?」

 

 セイラは敵パイロットを確保しようとガンキャノンを前進させるが、

 

「ああっ!?」

 

 不意に襲ってきたヒートロッドの一撃を、つま先に受け転倒する。

 ミヤビの知る史実のガンダムとは違い、装甲が厚いせいか斬り落とされることは無かったが。

 

 

 

「フフフ、砂がクッションになってくれなければ、このモビルスーツのグフとてやられていたわ」

 

 砂漠の砂にうもれ、身を隠していたグフが立ち上がる。

 そのシールドは上半分が砕けており、ガンタンクからの砲撃をそれで受けたことが分かる。

 着弾の衝撃で吹き飛ばされたものの、ラルが言うとおり、砂地が機体を受け止めてくれたため、機体本体は無傷で済んでいた。

 

 

 

 アムロはガンキャノンを助けようとガンタンクを前進させるが、グフの放つ牽制の5連装75ミリフィンガー・マシンガンと、ヒット・アンド・アウェイで近づいては繰り出されるヒート・ロッドの攻撃に細かな旋回と機動で回避せざるを得ない。

 

「ええい、こっちに狙いを付けさせないつもりかよ!」

 

 頭部の砲手席で苛立つカイ。

 それでも何とか至近弾を放ち、一時的にグフを後退させることに成功する。

 

「どこだ?」

 

 砂丘を遮蔽に使い射撃を行うグフの姿を求め、周囲をうかがうアムロ。

 

「あぶり出すか?」

 

 と、カイ。

 

『榴弾を装填しますね』

 

 その意図をくみ、敵の装甲を貫く徹甲弾ではなく、広い効力範囲を持つ爆発で敵を攻撃する榴弾を装填するサラスリー。

 火点に向け、適当に見当を付けつつ放つが、それは敵を牽制し、砲撃を抑制すると同時に、爆発でその姿を隠してしまうことにもなる。

 

 

 

「なんとか格闘戦に持ちこまねば」

 

 再度仕掛ける隙を狙うラルだったが、

 

「コ、コズン、う、迂闊だぞ、引くんだ」

 

 僚機のザクが砲撃の爆発に紛れ大胆に前進していくことに驚き、制止する。

 さすがにドラケンE改でザク二機を釘付けにし続けることは困難だったようだ。

 撃ち尽くしたバルカンポッドをパージして左腕二重下腕肢マニピュレーターを使い、左わきの下、アームシャフトアンダーガードに吊るしていた甲壱型腕ビームサーベルに付け替える、その隙をついて突破されてしまったのだ。

 追いすがろうにももう一機、アコースのザクが邪魔でミヤビにはどうにもできない。

 

『大丈夫であります、ラル大尉。このモビルスーツを手に入れますよ』

 

 片膝をつき立ち上がれないでいるガンキャノンに近づくコズンのザク。

 

 

 

 接近してくるザクに、セイラはガンキャノンを立ち上がらせようとするが、

 

「オートバランサーが効かない!」

『駄目だよ。さっきので右のつま先に入ってるバランス・センサーが全滅してる。マニュアル操作で何とかするしか』

 

 サラツーが言うとおり。

 グフのヒートロッドは装甲を貫くことこそできないでいたが、その大電流で内部センサーを損傷させていた。

 それゆえ、サラツーもサポートができない。

 突進してくるザクに、頭部60ミリバルカンで牽制するものの、無理な姿勢からの苦し紛れの射撃では当たらず。

 

「ああっ!」

 

 接近してきたザクのキックを受け吹っ飛ばされる。

 

 

 

「ラル大尉、見ていてください。このモビルスーツをぶん取ります」

 

 ガンキャノンの背後を取り、組み付くザク。

 

「大尉、ヒートロッドでやつの動力部のパイプの一本も焼き切ってください。こいつを基地へ持って帰ります」

 

 

 

「新型モビルスーツをガンキャノンに近づけさせたら、助けられるものも助けられないぞ」

 

 そう言いつつガンタンクを動かし続けるアムロ。

 

「あ、ああ。けどよう、相手の動きを追いかけるのが」

『精一杯なんですよ』

 

 と、カイとサラスリー。

 なんだかんだで息が合っている。

 それもあってだろう、

 

「あそこか?」

 

 何とかグフの動きに食らいつく。

 

 

 

 ガンタンクの牽制に、思うように攻めきれないラルは苛立つ。

 

「ええい、ザクを分散しておきすぎたわ」

 

 三対三と、一対一が散り散りに三つとでは意味が違う。

 前者なら戦術で一時的にも三対一の状況を作り出し各個撃破することが可能だが、後者ではそれができない。

 単なる潰し合いの消耗戦になりかねない。

 

「コズン、大丈夫か?」

『な、なんとか一人で動けないようにしてみます』

「アコース、ドラケンを突破してコズンに近づけんのか?」

 

 

 

 もう一機、アコースのザクはミヤビのドラケンE改と交戦中だ。

 何とか突破しようとクラッカー、モビルスーツ用全方位破砕榴弾を投げつける。

 空中で6個の弾体が分離、広範囲で炸裂する!

 

 

 

「っ、く!」

 

 ミヤビは必死にクラッカーの効力範囲から離脱。

 標準サイズのモビルスーツならセンサーや関節部に破片が飛び込まない限り装甲で耐えられるものだが、ドラケンE改ではそうもいかないのだ。

 だが、回避した先にザクの砲撃が……

 

「輻射波動っ!」

 

 大きく開いたクローの中心、甲壱型腕ビームサーベルの先端が赤く輝き、そこにザクマシンガンからの砲弾が飛来する!

 

 

 

「やったか?」

 

 爆発に包まれたドラケンE改に、アコースは撃破を期待するが、

 

「馬鹿な、直撃したはずだぞ!?」

 

 爆炎を抜けて健在な姿を見せる紅蓮に染められた機体に己の目を疑う。

 あんな小型の機体がザクマシンガンの120ミリ多目的対戦車榴弾に耐えられるはずがないというのに。

 そしてドラケンE改についての情報を思い出す。

 

「まさか、これが噂のバリアーかッ!?」

 

 

 

『輻射波動機構の全力開放が成功しました』

 

 サラによる状況報告をミヤビは機体を操りながら聞く。

 

 輻射波動機構とはミヤビの前世の記憶の中にあるアニメ『コードギアス』でナイトメアフレーム『紅蓮弐式』が右手に備えていた攻防一体の必殺兵器であり、ミヤビからその原理を聞いたテム・レイ博士が宇宙世紀の技術で実現化したものだ。

 甲壱型腕ビームサーベルの備えるIフィールド発生装置に組み込まれた電磁波発振器から高周波を短いサイクルで対象物に直接照射することで、膨大な熱量を発生させて爆発・膨張等を引き起こし破壊するというマイクロ波誘導加熱ハイブリッドシステム。

 ナイトメアフレーム『紅蓮弐式』が備えていたそれを再現したものだった。

 

『輻射障壁の展開によるアクティブ防護システム作動を確認。敵砲撃の空中撃墜に成功』

 

 そしてアクティブ防護システム(APS:Active Protection System、アクティブ・プロテクション・システム)とは、旧21世紀には開発されていたミサイルや銃砲弾による攻撃をその弾がまだ空中にある間に撃墜、無力化するものだ。

 先ほどドラケンE改は甲壱型腕ビームサーベルが発生させた輻射波動をIフィールド制御板を兼ねた三本のクローを利用して輻射障壁と呼ばれる直径5メートル弱のフィールド状に展開。

 これによりザクマシンガンの120ミリ多目的対戦車榴弾を機体に届く前に爆発させたのだ。

 つまりジオン軍が想定しているような物理的なバリアーを張ったわけではない。

 

 当然、多目的対戦車榴弾の爆発による影響は受けるが、メタルジェットは有効距離がわずか数十センチ程度であり、装甲に到達する前に作動させてしまえば空中に散ってしまう。

 多目的対戦車榴弾はその名のとおり榴弾効果も持っているためそれによる被害は受けるが、

 

『損害は軽微。行動に支障なし』

 

 何とか装甲で耐えることができていた。

 しかし、

 

『甲壱型腕ビームサーベル内エネルギーコンデンサー、放電率80パーセント。再充電完了まで輻射波動機構ならびにビームサーベル機能使用できません。燃料電池全力稼働開始。再チャージ完了まであと4分53秒』

 

 瞬間的に電力を必要とするため、ビームサーベルのエネルギーコンデンサーを空にしてしまう。

 連続使用できないのだ。

 

『ミヤビさん!』

「このまま畳み込む! 行くわよ!」

 

 ミヤビはアクセルを踏み込み、全力のジェットローラーダッシュでザクに向かう。

 同時に機体上部にマウントされた短距離ミサイルを撃ちっぱなしの赤外線画像(IIR)自律誘導で放つ。

 ザクは素早い動きでかわすが、これは牽制でしかない。

 本命は、ミヤビとサラの二人がかりで制御される有線誘導の二発目!

 被弾し膝をつく、しかし倒れないザク!

 

「それならこれよ!」

 

 ミヤビは右手を目前にかざし、

 

「私のこの手が光って唸る、お前を倒せと輝き叫ぶ!!」

 

【挿絵表示】

 

 そのジェスチャーと音声入力を組み合わせたコマンドに機体が反応し、甲壱型腕ビームサーベルが備える三本のクローが赤熱、プラズマ化される!

 

 なぜミヤビはこのように決め台詞を吐くのか?

 

「必殺! シャァァァイニング・フィンガァァァァァッ!!」

 

 なぜ兵装の発動コマンドの多くに必殺技の名前を設定し、叫ぶのか?

 それはこれらを口にし、叫ぶことで実際に威力が上がるからだ。

 

 RXシリーズに搭載された教育型コンピュータはパイロットの言葉や所作から意思を推測して、その操作を補足する機能を持つ。

 要するにパイロットの考えや、やりたいことを察してフォローしてくれるのだ。

 この機能はパイロットの挙動をサンプリングすることでより精度を増し、技量の高くないパイロットにも熟練兵の操縦を可能とする。

 そうやってパイロットを教え、導きながら、同時に自らも成長していくという意味で教育型と名付けられているという。

 

 そしてまさに人格を持ち、人間を、人の心を理解し、パイロットのために尽くす存在がサポートAIサラシリーズなのであり、彼女たちの存在があるがゆえに、教育型コンピュータはミヤビの知る史実を超えてパイロットのやりたいことを先回りしたり補足したりして助け、機体を自由に制御できるのだ。

 そしてそれは教育型コンピュータの原型となった、俗に言う『テム・レイの回路』をデュアル構成で備え、オリジナル・サラをインストールされたドラケンE改でも同様のことだ。

 

 しかし、このようにパイロットのやりたいことを察してサポートするのが補助AIだが、パイロット側にも読み取りやすい人物とそうでない人物が居るわけで。

 ミヤビのような鉄面皮は後者の極みだったりする。

 つまりパイロットに対するサポートAIの理解の深度は、パイロット側の要因にも左右されるということ。

 

 それでもサラが支障なくサポートできるのはミヤビがサラの育ての親であり、長い付き合いであるが故だが、もちろんミヤビが感情をあらわに、情動を豊かにしてくれれば、その読み取りの精度は上がる。

 

 マンガ『影技 SHADOW SKILL』では、

 

「我は無敵なり……」

 

 で始める武技言語を唱えることで力を引き出し自分の能力を数倍に引き上げることができた。

 武技言語とは己の精神に働きかける高速催眠術。

 己が「無敵」であると鼓舞し己の力を引き上げるものだった。

 

 それと同じように鉄面皮のミヤビとはいえ、前世の記憶の中にあるロボットアニメの必殺技の名前を、決め台詞を実際に口にすることで、そして画面越しに熱狂したクライマックスシーンを想起することで、その声には力が乗り、魂の震えが瞳に、身体に現れるようになる。

 それがサラの読み取りを容易にし、機体制御の精度を上げ、結果としてその威力を増大させるのだ!

 

 そうして繰り出されたヒートクローがミサイルで破損していたザクの胸部を貫き、ジェネレーターを握りつぶす!!

 

『なるほど、シャイニングフィンガーとはこういうものですかぁ』

 

 納得した様子でサラは大げさにうなずく。

 

 シャイニングフィンガーとは甲壱型腕ビームサーベルが備えるIフィールド発生装置に組み込まれた電磁波発振器が三本のクローを加熱、プラズマ化させるもの。

 それによって金属装甲を溶断するヒートクローとして作動させる。

 ジオン軍のヒートホークをはじめとするヒート兵器と原理は同じ。

 ビームサーベルよりエネルギーを必要としないため使い勝手は良い。

 

 なお、クローのエッジは刃になっていないが、これは耐久性を上げるためあえてそうされている。

 ただしそれでも4、5回の使用で要交換となる消耗部品である。

 そのためこれまで使われず、加熱せずに攻撃していた。

 だからヒートクローに対し、コールドクローと呼ばれていたのだった。

 

 

 

「アコース、ア、アコース、うおっ」

 

 僚機の撃墜に動揺したところにホワイトベースからの艦砲射撃を受け、回避するラル。

 

「コズン、下がれ。アコースがやられた」

 

 

 

「アコースが?」

 

 驚くコズン。

 

「アコースがやられたのでありますか?」

『そこから離れろ』

「は、はい」

 

 もみ合っていたガンキャノンから機体を離す。

 

 

 

「……ど、どういうこと?」

 

 セイラは戸惑うが、

 

 

 

「……ラ、ラル大尉」

 

 コズンのザクの目の前にはガンタンク。

 そして彼のザクはガンキャノン鹵獲のためマシンガンを手放していた。

 慌てて拾おうとするが、

 

 

 

「こいつ!」

 

 フル加速でガンタンクをザクに突っ込ませるアムロ。

 そして機体の突進力を上乗せした左ストレートパンチがザクの胴体にぶち当たる!

 

 

 

「うわあっ!」

 

 コズンはノーマルスーツのバイザーが砕け散るほどの衝撃を受け、昏倒する。

 

 

 

「アウターシェル・バレル……」

 

 ミヤビは思わずつぶやく。

 ゲーム『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』にてガンタンク系のモビルスーツが放つ格闘攻撃で、腕部40ミリ4連装ボップ・ミサイル・ランチャーの強固な外殻をもつ砲身を用いた打撃技。

 ボップ・ミサイルの砲身である両腕で殴るというある意味、漢の技である。

 40ミリのミサイルを放つにしては、ガンタンクのボップ・ミサイルの砲身は太すぎるのでは、と言う話があったが、そのとおり。

 外から見えるのは砲身そのものではなく強固なルナチタニウム製の外殻、アウターシェルであり、つまりこの技はそれでぶん殴るというものだった。

 実際、『機動戦士ガンダム』本編でも第32話『強行突破作戦』にてガンタンクはこれでザクレロと殴り合っており、そこからきた技だと思われるが。

 

 

 

「コズン、コズン、応答しろ、コズン。や、やられたのか?」

 

 ラルは通信機に向かって呼びかけるが返答は無い。

 止むを得ず通信先を切り替え、

 

「ハモン、聞こえるか? ギャロップをよこせ。合流する」

 

 撤退することにする。

 

 

 

 戦場を迂回し、グフの回収にまわるギャロップ。

 

「クランプ、グフはキャッチできましたか?」

「は、50秒で接触できます」

 

 ハモンは、クランプの声色に納得できないという響きを感じ、

 

「アコースとコズンがやられたらしい。引き上げるのもやむを得ないでしょう」

 

 と、あえて誤解したように答えて見せるが、クランプはそれでは収まらなかった。

 

「しかし、不愉快であります、ハモン様」

 

 と、声を押し殺して訴える。

 

「なぜ?」

 

 クランプが言いたいことは分かっていたが、ハモンは黙らせるよりは吐き出させようと知らぬふりで問う。

 

「せっかくの新造戦艦のザンジバル、なぜあれを?」

 

 やはりそのことかとハモンは内心嘆息しながらも、建前を口にする。

 

「まだテスト中の物を実戦に投入できますか? それにランバ・ラルならこの戦力で木馬もモビルスーツも倒せると思っているのでしょう、ドズル中将は」

 

 ザンジバルには後に搭載される4門のメガ粒子砲も未搭載であったし、またドズルの方も対外的にはそういう態度を取っている。

 実際にはドズルとキシリアの間で熾烈な駆け引きがあって、その結果、ザンジバルの使用が認められなくなったのだが。

 

 クランプは納得できないのか、

 

「しかし、不愉快です」

 

 と重ねて不快感を口にする。

 ハモンもまたその気持ちが分かるだけにそれを咎めず、

 

「マ・クベ様の協力がなければ苦戦を強いられますね」

 

 と、嘆息する。

 その表情が晴れたのは、

 

「あの人です!」

 

 手を振り、こちらに合図するラルの乗機、グフの姿を捉えたため。

 どんな苦境でも笑って乗り越える部隊の指揮官であり、彼女の愛した男の無事があってのことだった。

 

 

 

 沈黙したコズンのザクは鹵獲品としてワイヤーをかけられ、ガンタンクに引きずられてホワイトベースへと運び込まれた。

 銃を構えたクルーたちが見守る中、そのコクピットからパイロットのコズンが手を上げ現れる。

 

「……ほ、捕虜の扱いは南極条約に則ってくれるだろうな?」

「勿論だ。しかし、食事は悪いぞ。我々だって碌なもんが食べられないんだ」

 

 ブライトはそう答える。

 コズンは、

 

「ご同様さ。お偉方は最前線の俺達のことなんかこれっぽっちも考えてくれんからね」

 

 と言うが、後で連邦軍のレーションを出され、辟易することになる。

 レーションの出来に関しては、ジオン軍の方が圧倒的に優っているからだ。

 

 一方、

 

「ようよう、女戦士のご帰還だぜ」

 

 と、カイが言うとおり、今度はガンタンクの後ろに乗せられたガンキャノンが運び込まれてくる。

 ガンタンクの下半身、車体後部に備えられた板状のアウトリガーを展開、運搬作業用のキャリアーとして使っているのだ。

 

 

 

 シートベルトを外し、そっと息をつくセイラ。

 そこにブライトからの通信が入る。

 

『セイラさん、セイラさん』

 

 答えないセイラに、ブライトは返答を要求せず、

 

「あとでブリッジに」

 

 それだけを伝える。

 そしてセイラは、

 

「はい」

 

 とだけ答えた。

 

 

 

「……女性だって男と同じように戦えると証明したかった。それだけの理由なのか?」

 

 ブライトは理解しがたいというようにセイラに確認する。

 

「はい」

「セイラさんのような聡明な人が」

 

 いわばアレだ。

 問題児ばかりの担当クラスで優等生と信じ、頼りにしていた生徒が問題行動を起こしたようなもの。

 ブライトにしてみれば「嘘だと言ってよセイラさん!」といったところか。

 ミライも慎重に、

 

「ともかく、ほかの人の示しもあります。三日間の独房入り、いいわね?」

 

 という落としどころを探り、セイラの、

 

「構いません」

 

 という答えにほっと息をつく。

 ブライトは、

 

「リュウ、頼む」

 

 頼りになる友人にして気遣いのできる男、リュウに対応を任せる。

 

「セイラさん」

 

 心配そうに自分に声をかけるリュウに、気にしないでとでもいうように、セイラは大人しく独房へと向かうのだった。

 

 

 

 リュウがセイラを連れ独房に着くと、そこには食事を載せたワゴンを押すフラウと、銃を持ったハヤトの姿があった。

 

「捕虜に食事か?」

「はい」

「二人だけじゃ駄目だ」

 

 そう注意をうながす

 そこにセイラは進み出て、

 

「私がやりましょう、フラウ・ボゥ」

 

 と食料のトレイを受取る。

 

「すみません」

 

 やはり怖かったのか役目を譲るフラウ。

 

「……セイラさん」

 

 リュウは危険な役目を買って出るセイラに、自虐的になってのヤケを起こした行動ではと危惧するが、自分がしっかり守れば良いかと腰の拳銃を抜いて構える。

 セイラは捕虜の入った独房に入ると、食事を差し出しながら、

 

「シャア、どうしたかご存知でしょうか?」

 

 と、声を殺してたずねる。

 コズンはいぶかしげに、しかし相手に合わせ声を落として聞く。

 

「シャア? シャアって?」

「赤い彗星の。教えてくださらない?」

 

 コズンはそれで理解して、

 

「ああ、シャア・アズナブルね。ガルマ大佐を守りきれなかったんでドズル中将から見放されたとか」

「それで今は?」

「インドの山奥で修行をして、とか聞いたけどな」

「は?」

 

 またしてもインドの山奥である。

 セイラは混乱しながらも、

 

「……そう、ありがとう」

 

 礼を言って立ち去る。

 

「何を話した?」

 

 確かめるリュウに、

 

「いくらで私を買収できるかって」

 

 とごまかし、自分の入る独房へと向かう。

 

(インドの山奥で修行って何?)

 

 そう頭を悩ませながらも……

 

 

 

「三日間ですから辛抱してください」

「心配しないで、リュウさん」

「用があったらいつでも呼んでください」

「ありがとう、フラウ・ボゥ」

 

 そう言葉を交わしながらも独房に入るセイラ。

 しかし、

 

「ミヤビさん? どうしたのですか?」

 

 セイラは独房に入ってきたミヤビに、眉をひそめた。

 

「………」

 

 セイラの問いに答えず、ミヤビはいつもの人形じみた表情のまま、後ろ手にドアを閉める。

 

 カチャッ

 

 小さな音。

 聞きとがめたセイラが、不審そうな顔をする。

 

「……どうして鍵をかけるんですか?」

 

 独房は一人で入るのだから独房なのだし、そもそも何もしていないミヤビが一緒に入る意味が分からない。

 ミヤビは答えず、ドアに付いた窓に向き直る。

 通常の独房には監視窓を塞ぐようなものは付いていないが、リュウは気を使ってプライバシーに配慮した特別房を使ったためカーテンが付いている。

 外からも開閉可能なものではあるが。

 そしてミヤビはそのカーテンを一気に引いた。

 

 シャッ

 

「どうしてカーテンを閉めるんですか?」

 

 セイラの声に、微かな不安の微粒子が混じる。

 そして……

 

 ジジジジジ……

 

 ジッパーを下ろす音。

 

「ど、どうして服を脱ぐの!」

 

 ついに叫ぶセイラ。

 ミヤビはセイラの見ている目の前でノーマルスーツのジッパーを下げ始めたのだ……!

 

「もちろん、いけないことを教えてあげるのよ」

 

 前を大きく開けられたノーマルスーツの下から現れたのはミヤビのスレンダーな、しかしネコ科の動物を思わせるようなしなやかで魅惑的な曲線を描くボディ。

 

「私の身体でね」

 

 肌にぴったりと張り付いた肩ひもの無いチューブトップにショート丈のスパッツのアンダースーツだけ、といった非常に扇情的な姿だった。

 

「み、ミヤビさん……」

 

 息を飲むセイラ。

 独房とは鍵のかかる個室であり、絶対に出ることのできない鉄の檻だ。

 しかも狭く、自分の吐いたため息からも逃れられない密室。

 

 いけないことを教えてあげるのよ。

 

 私の身体でね。

 

 ミヤビの言葉が何度も脳裏を過り、セイラの眼はその人形のように美しいミヤビの肢体から逸らせなくなる。

 背筋に走るのは、これからミヤビにされてしまうことへの恐怖のはずなのだが、そこに一抹の期待が混じってしまっていることにこそ、セイラは戦慄する。

 ミヤビの美貌は、ごく健全な精神を持つセイラにすらそういった想いを抱かせるような魔性のものだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらここ、あざになってるでしょ」

「は?」

 

 あらわになったミヤビのお腹には、薄いあざが付いていた。

 

「時代劇じゃないんだから当身で気を失うとか無いから」

「えっ?」

「そもそも当身というのは古武術や武道における打撃技の総称であって、当身で気絶させるっていうのは殴って気を失わせることよ。それが時代劇なんかの影響で、当身と言う名称の人を気絶させる技があると思い込まれてしまったわけ」

 

 そう説明し、女性のお腹を殴ってはいけません、とこんこんと説教するミヤビ。

 

「………」

 

 襲われる、と危険を感じ、貞操を奪われる覚悟までした自分の想いを返して欲しい。

 セイラは兄の行方がおかしくなっていることも忘れ、ただただ脱力するのだった。

 

 

 

 一方、そのインドのシャアはというと、

 

「ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれない女性だ……」

 

 無事、ララァと接触できた模様。

 そしてイセリナと同じく高いニュータイプ能力を持つララァに拒絶感を覚えず、逆に安らぎすら感じたことにこう納得する。

 

 ニュータイプに目覚めたからと言って、父ジオン・ズム・ダイクンが唱えたようにお互いに判りあい、理解しあい、戦争や争いから開放されるなど、幻想に過ぎない。

 結局、ニュータイプ能力の有無に関係せず、相手を認め、受け入れられるかは相手の人格によるのだと。

 

 まぁ実際、ミヤビの前世の記憶の中でもハマーン・カーンがカミーユ・ビダンと感応した際、心の奥底にあったシャアへの思慕を知られて激昂していたし、その一方で彼女はジュドー・アーシタに対しては感応しても拒絶反応は示さず、逆に好意を持つことになった。

 それと同じこと。

 当たり前と言えば当たり前のことだった。

 

 ニュータイプに幻想を抱く前、早い段階でそれを実体験により心の底から納得できたシャア。

 彼はこの後、史実とは違う道を歩むことになるのだが、ミヤビも含めこのことを知る者は存在しなかった……

 

 

 

 翌朝、

 

「あった、湖だ」

 

 ロブ湖を発見するホワイトベース。

 

「ああっ、きれい」

 

 子供たちも砂漠に開けた水の青に目を輝かせる。

 そしてタムラコック長も、

 

「ほう、こんなに移動しとったのか。これで食材が手に入るぞ」

 

 ……その目が捉えているのは水源地に設営されているジオン軍の物資集積地。

 ヒャッハーな略奪者と化したホワイトベースクルーたちの強奪のお時間である。

 

 

 

「ヒャッハッハッ、水だーっ!」

「食料もタップリ持ってやがったぜ」

 

 

 

 食べ物って人を変える……

 そう実感するミヤビだった。

 

 

 

次回予告

 ミヤビは頑張った。

 アムロの作成していた戦闘シミュレーションの問題もちゃんと体験として教えたし。

 ブライトとの行き違いで命令違反を犯さないよう、話し合いの場も設けた。

 しかし気付いたら何故か戦いの展開は変わっておらず、帳尻合わせで自分がグフと戦わなければならない始末。

 挙句……

 次回『サラツー脱走』

 君は、ミヤビの涙を見る。




 ついに出たシャイニングフィンガー。
「吠えりゃあ強くなんのかよ」
 なるんですねぇ、これが。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第17話 サラツー脱走 Aパート

 少年たちは訓練を続けながら中央アジアへと進んでいた。

 サイド7以来、終わることのない戦いの日々が続く。

 

 砂漠上に対峙する二機のミドルモビルスーツ。

 

【挿絵表示】

 

「ドラケンE改の調子はどうだい、サラツー?」

『もちろん問題ないわ』

 

 アムロの操る機体には一時的にガンキャノンのサポートAI『サラツー』がインストールされている。

 と言っても彼女のAIプログラム自体は『サラ』と呼ばれるオリジナルと変わらない。

 それゆえドラケンE改の制御にも支障はない。

 

『20パーセント減のリミッターをかけたミヤビさんの機体の戦闘シミュレーションも完璧よ』

「それは…… 速過ぎないかい?」

 

 これから戦うことになるミヤビ機への対策も万全と言うサラツーにアムロは驚くが、

 

『ガンキャノンの教育型コンピュータを使って計算したから』

 

 という答えが返ってくる。

 要するにちょっとしたスパコン並みの性能を持つガンキャノン、コア・ブロックの教育型コンピュータをメインフレーム、ホストコンピュータに見立てて、その高い処理能力で計算を行って結果だけドラケンE改で受け取ったということだ。

 

『ザクとグフの戦闘シミュレーション作成を事前にやってたからその応用。簡単だったよ』

「そうか……」

 

 アムロはミヤビの機体を見据え、こうなった経緯を思い返す。

 

 

 

 ブリッジのコンソールを利用して、計算を繰り返すアムロ。

 実際にはこのコンソールはガンキャノンの教育型コンピューターのターミナル端末として機能しており、サポートAIサラツーが実計算を担当していたが。

 

「えらくご熱心じゃねえか。何やってんだ?」

 

 そう冷やかすカイに、

 

「戦闘シミュレーションを作ってるんです」

 

 とアムロは答える。

 

「え?」

 

 キョトンとするカイに、

 

「手に入れたザクのおかげで具体的な性能がわかったんです。その数字とガンキャノンの性能を組み合わせて、今より正確な戦闘のパターンを作れないか試しているんです」

 

 そう説明する。

 

「けどよ、捕虜の言ってたグフって新型のモビルスーツにはどうにもなるまい?」

「ザクの性能より20パーセント増しでやってます」

「ほーう、さすがアムロ君ね」

 

 感心するカイだったが、

 

「アムロ、ちょっと見せてもらえる?」

 

 と、横から現れたミヤビが口を出す。

 

「は、はいどうぞ」

 

 アムロは嬉しそうにミヤビに席を譲る。

 人柄も、そして技術者としても尊敬しているミヤビに自分のやっていることの成果を見てもらえる。

 これで喜ばない者は居ないだろう。

 

 通信席では、

 

「……馬鹿なアムロ」

 

 などと暗い呟きを漏らすフラウが居たが。

 

「よくできてるわね」

「そ、そうですか?」

 

 頬を赤らめるアムロ。

 

『当然じゃない。私が手伝ったのよ』

 

 サラツーも満足げだ。

 

『もっと褒めていいのよ』

 

 とまで言う。

 ミヤビは苦笑するようにわずかに瞳を細めると、しかし慎重さが感じられる声でこう語りかける。

 

「ただ…… 見落としている要素があるから、そこを考えないと」

「えっ?」

 

 戸惑うアムロに、ミヤビは考え込み、

 

「ドラケンE改を使うのが一番分かりやすいでしょうね。ねぇアムロ」

 

 そしてミヤビはアムロにこう持ちかける。

 

「私とバトリングしない?」

 

 と。

 

 

 

 バトリングとはミヤビの前世の記憶の中にあったアニメ『装甲騎兵ボトムズ』のアーマードトルーパー同士の戦闘を使った賭け試合。

 それを参考にドラケンE改同士がリング上、フィールド上で格闘を行うものだ。

 なお火器を使うリアルバトルはさすがに模擬弾を使う。

 実弾を使う闇バトルが密かにどこかで行われているという都市伝説もあったが。

 

『それじゃあルールは火器を使わないレギュラーゲームで。いいわね、アムロ、サラツー』

 

 ミヤビからの通信。

 レギュラーゲームは武器無しの殴り合いだ。

 甲壱型腕ビームサーベルにはクローが備わっているが、これにはエッジ、つまり刃がついていないことから掴む、爪を閉じて殴るなどの行為はOK。

 ただクロー先端で突き刺す、刺突武器としての使用だけが禁止とされる。

 

「は、はい。でもいいんですか? ミヤビさんの機体をリミッターで二割減の出力に抑えてしまうなんて。確かに僕はドラケンに慣れていませんからハンデは要るかも知れませんが」

 

 アムロは戸惑いがちに聞くが、

 

『これ、勝負が目的じゃないから』

 

 と、ミヤビにあっさりと答えられる。

 

『ザクの機体を手に入れたことで具体的な機械性能が分かった。だからそれを基に戦闘シミュレーションが作れる、そうよね?』

「は、はい」

『その理論なら、出力二割減のドラケンE改の挙動も戦闘シミュレーションで予測できる、そうよね?』

「そうですね」

 

 当然だ。

 

『それが本当かどうか実際にあなたの目で確かめて、という話よ』

 

 なるほどとアムロは納得する。

 そして、ミヤビは叫ぶ。

 

『ドラケン・ファイトォ!』

 

 応えるアムロ。

 

「レディーッ!」

 

 そして二人の声が唱和する。

 

『「GO!!」』

 

 まずはローラーダッシュでお互いに加速。

 足元は普通なら足やタイヤを取られる砂地だが、ドラケンE改は長い板状のつま先を微妙に反らすことで、追加オプション無しでスキーのように砂上(または雪上)を滑走が可能だ。

 

 だが!

 

「なに!?」

 

 戦闘シミュレーションの予測はいきなり外れることになる。

 ミヤビのドラケンE改はリミッターがかかっているにも関わらず、アムロの機体と同等のスタートダッシュを見せたのだ。

 

『そ、そんな!? 本当にリミッターがかかっているの?』

 

 サラツーもまた驚きの声を上げる。

 

「わ、わからない。フルパワーの僕の機体がなんでリミッターのかかったミヤビさんの機体に勝てないんだ?」

 

 混乱するアムロ。

 

『説明はできるわよ。時にはパワーが出すぎていてもだめな時があるってことね……』

 

 通信機越しにミヤビの説明が聞こえてくる。

 

『出力が高い、パワーウェイトレシオが高いということは直線では心強い味方だけど、スタートダッシュやコーナーなどの立ち上がりでは機体の挙動を乱す諸刃の剣なのよ』

 

 そう、この砂漠の上ではいかにタイヤ内の空気圧を調整し接地面積を広げることでグリップを稼ぐ接地圧可変タイヤでも限界はあるのだ。

 

『その点、リミッターでパワーセーブされていれば、気にせずガンガンアクセルを踏んでいけるから』

 

 つまり、

 

『この砂漠のようにグリップが悪いオフロードでは非力でも思い切って踏んでいけるマシンの方が速いことがあるってわけ』

 

 ホイールスピンを警戒してじわりとアクセルを踏まざるを得ないアムロより、非力でもぐっと踏み込めるミヤビの方が有利だったということ。

 雪道でホイールスピンを防止するため2速で発進するセカンド発進と似た理屈だ。

 

「ミヤビさんと競うために、フルパワーで対抗したのが僕のアダとなったわけか……」

 

 そして同時に、

 

「切りかえしが速い!」

 

 ミヤビはターン、そして地形の凹凸、段差の処理が速い。

 

『オフロードバイクではアクセル、クラッチ、ブレーキ、ハンドリングはもちろん、荷重のコントロールによりトラクションを稼いだり、さらにはサスペンションの挙動まで使って走りをコントロールするわ』

「サスペンションの、挙動?」

『ブレーキングを行えば、段差に乗り上げればフロントサスが沈む。またジャンプで着地すればリアサスが縮むことになるでしょう、当然それは元に戻るときに反発力を産む』

「それを利用してコントロールする?」

『そう、そしてさらに人型であるドラケンならこんなこともできる』

 

 ミヤビの機体はターンするごとに弾かれるように加速する。

 

「これは!」

『クロスカントリースキーのステップターンを応用したものね』

 

 ノルディック、距離スキーとも呼ばれるクロスカントリースキーでは、方向転換はステップターン、要するにスケートのように内足を上げ、外足で蹴って行う。

 遠心力のかかる外足をというより体全体をバネのように縮めたわめ、それを解放、蹴ることで方向を転換すると同時に、推進力とする。

 それと同様にドラケンE改なら、

 

『遠心力でサスに貯められた力を、進行方向に向かって開放することで加速するのよ』

 

 さらに階段状の段差を下りるミヤビのドラケンE改が、

 

「加速した!?」

 

 ぐん、とその機体が弾かれるように勢いを増した!

 

『これも距離スキー、クロスカントリースキーで使われるテクニックよ』

 

 段差を下りる際に、蹴るように下方向に荷重をかける。

 するとすでに段差を降りているスキー板先端と、まだ降り切っていない後端の真ん中に荷重がかかり、弾力を持つスキー板が反り返ることになる。

 それが戻る力がバネとなり、推進力に変換されるのだ。

 

 ドラケンE改の場合は長いつま先をスキー板のようにして滑走しているが、同様にそのつま先と、スキーで言う板の後端、すなわちかかとに備わったグライディングホイールを支えるサスペンションが縮み、戻る力が推進力に変換される。

 

 これらはミヤビが前世においてクロスカントリースキーを学んでいたからこそ生み出された技。

 通常の、斜面を降りることをいかに速くこなすかが勝負となるアルペンスキーと異なり、山あり谷ありのコースを自力で走り抜けなければならないクロスカントリースキーで、少しでも推進力を稼ぐためにあったテクニックを応用したものだった。

 

『そして、そろそろ行くわよ!』

 

 ミヤビのドラケンE改の右腕が唸り、先端のクローを閉じた状態の甲壱型腕ビームサーベルが鈍器として繰り出される。

 

「うわっ!?」

 

 慌てて回避するアムロ。

 しかし、

 

「速い!?」

 

 ミヤビの機体の動きは戦闘シミュレーションの予測をことごとく上回る。

 

『駄目だよアムロ、戦闘シミュレーションの予測がかえって邪魔になってる』

 

 サラツーの言うとおり。

 当たらない予測など、パイロットを惑わすだけだ。

 

『それじゃあ、そろそろアムロも反撃して』

「は、はい!」

 

 ミヤビに促され、対抗して打ち合うアムロだったが、

 

「互角!?」

『そのようね』

 

 ミヤビの機体は出力が二割減に制限されているにも関わらず、アムロの機体と対等に打ち合っていた。

 

「そ、そんな、走行テクニックならまだ分かります。でも純粋なパワー勝負でこれは……」

『パワーって言うけど、モビルスーツの機械的出力ってそんな簡単に数値化できるものなの、アムロ?』

「はい?」

『ジェネレーターの出力とか、ロケットエンジンの総推力とかなら割と簡単に数値化できるけど、そうじゃない機体の機械的トルク、出力は?』

「そ、それは……」

『車ならエンジンの軸出力がそれになるんでしょうけど、モビルスーツの力は人体と同じく各関節の動きが総合的に組み合わさって出されるもの。パンチ一つとっても腕力だけで殴るのと、踏み込み、体重移動、身体のひねりなど全身を協調一致させて放つのとでは威力がまるで違う』

 

 そういうことだった。

 アムロは悟る。

 

「か、完全に失敗か。モビルスーツは操縦者とか環境でまるっきり動きが違っちゃうってことか」

 

 唇を噛み締めるアムロ。

 

「根本的にやりなおさなくっちゃいけないのか」

『無駄にはならないわよ』

 

 ミヤビは打ち合いながら説明する。

 

『どんなに操縦が上手くても物理法則は超えられないのだから、使いどころさえ見極めれば正確な敵のデータは有力な武器になるわ』

 

『機動新世紀ガンダムX』のジャミル・ニートは、

 

「たとえ精神波でコントロールされていても、物理的な物体なのだ」

 

 という理屈でビットによるオールレンジ攻撃を完全に見切り、ニュータイプ能力に頼らずにその軌道を読んでビットを次々と撃ち落して見せた。

 要は使いどころだ。

 

「そういうことですか……」

『ええ、それを実体験で知って欲しかったから今回は誘ったのよ。身をもって体験して納得しないと本当の血肉にならないから』

 

 

 

 アムロとミヤビの訓練の模様と、その通信内容はホワイトベースのブリッジにも伝えられていた。

 

「ミヤビさん……」

 

 ブライトはせつなげにつぶやいて、詰襟のホックに指をかける。

 しっかりと止められているのを確かめるように。

 そして思わず外してしまいたくなる心を押しとどめるように。

 

「ブライト?」

 

 そんなブライトの心情に気付いてか、ミライが気づかわしげに声をかける。

 ブライトは女性にそんな表情をさせてしまう自分に自嘲しながら、しかしそれでも何とか笑顔で答える。

 

「我々は一人の成長を待ってるほどのんびりはしてられない」

 

 それは切実な響きのある声だった。

 

「教習所じゃないことは確かだけれど……」

 

 言いかけるミライだったが、ブライトは手をかざしてそれを止める。

 

「君の言いたいことは分かる。いや分かっているつもりだ」

 

 しかし、

 

「それでもやはり手が足りない。余裕が無いんだ。いや、余裕が無いのは僕自身なのか……」

 

 自分で言うようによほど余裕が無いのか、それともミライには気を許しているのか、『私』ではなく『僕』と言うブライト。

 そんなブライトにミライは語りかける。

 

「何もかも、あなた一人で背負うことは無いのよ」

 

 と。

 

「ああ、分かってるよ、ミライ」

 

 ブライトは彼女に微笑んで見せると、ブリッジの向こう、ミヤビのドラケンE改の姿を眺めながら言う。

 

「君たち姉妹には助けられてばかりだ」

「姉さんが?」

 

 ミライには……

 ミヤビのポンコツな中身を知る彼女には、姉は自分の興味の赴くまま、自由に好きなことをやっているようにも見えるのだが。

 

「今もそうだ。私にはアムロのことを深く理解してやることも、教え導くこともできないでいる。それをミヤビさんは代わってやってくれているんだ」

 

 それは考え過ぎなんじゃ、と思うミライだったが、しかし過去に実際、同じように助けられている自分も居て。

 

 人間は社会性の動物だ。

 他人が困っていて、それが自分にできることならやってあげたいと思うのは自然なこと。

 そしてやってあげたことで感謝される。

 それにより承認欲求が満たされ、本人もまた幸せになることができる。

 ミヤビは昔からそういう正の連鎖、良いサイクルに自然と乗ることができる、ある意味天然な人物だった。

 

 だからミライは良いように取る。

 

「そうね、自慢の姉さんだから」

 

 というように。

 

 

 

「じゃあ、ラストはパワー戦よ! ギガンティックシザース!」

 

 ドラケンE改の左腕、肘から先が二つに割れる。

 ドラケンE、そしてドラケンE改が標準で備えている二重下腕肢マニピュレーターは先端に付いた精密作業を担当する3本指ハンドとは別に肘から先がカニのはさみのように二つに割れて大きな荷物をつかめる機能を持っているのだ。

 

 なお、音声起動コマンドの元ネタは『機動新世紀ガンダムX』登場のゲテモノガンダム、ガンダムアシュタロン・ハーミットクラブの武装である。

 

 そしてアムロ機の右腕、甲壱型腕ビームサーベルをそれで掴み動きを封じると、右腕を振り上げ……

 

「さすがアムロ! 反応が、適応が速い!」

 

 やはりアムロ機の二重下腕肢マニピュレーターに止められる。

 

『これなら!』

 

 そう叫んで力押しでミヤビの機体を抑え込むアムロ。

 こうやってつかみ合いになってしまえば純粋なパワーがモノを言う。

 つまり出力二割減のミヤビの機体は完全に力負けしてしまう。

 そしてミヤビは言う。

 

「そう、これで分かったでしょう、アムロ。どんなに操縦が上手くても物理法則は超えられないのだから、使いどころさえ見極めれば正確な敵のデータは有力な武器になるということが」

『あ……』

 

 それを教えるためにミヤビはあえて不利なパワー戦を仕掛けてみせたわけだ。

 

「まぁ、柔道をやっているハヤト君なら「相手がいくら大きい人でも、腰を引いた瞬間とかバランスを崩した時なら倒せるものです」と言うかもしれないけど」

『ハヤトが?』

「実際、体重、つまり筋肉量に勝るリュウを投げてたし」

 

 あれはアムロの故郷近くの砂浜でのことだったか。

 

「それも相手がまったくの素人のリュウだったからこそだけどね。そもそも筋力差のある相手の体勢を崩すのは困難であるからこそ、柔道の試合は重量制なのだし」

 

 心得がある者同士であれば、組み打ちではやはり筋力差、純粋なパワー差を覆すことは難しいのだ。

 多少技術で優っても、だ。

 

「私は柔道は苦手だったからこうするけど」

 

 そう言ってミヤビは、あっさりとアムロ機の二重下腕肢マニピュレーターによる拘束を外して距離を取る。

 

『そ、そんな、今何をしたんですかミヤビさん!』

 

 驚くアムロに、

 

「少林寺拳法の『十字抜』って技をドラケン向きにアレンジしたものね」

 

 とミヤビは説明する。

 少林寺拳法は『守主攻従』

 文字どおり、まず守りそこから反撃する形を取るため掴みかかられた時にカットする技が豊富なのだ。

 

「手で掴まれた場合、外しやすい方向っていうのがあるの。具体的には親指の方向。そこを関節の可動範囲を考慮して、腕自体をテコとして使って押し切るわけ」

 

 親指一本の力と腕の力、それもテコの原理で増幅されたものでは勝負にならない。

 場合によっては自分の体重をかけることもあるし。

 

「モビルスーツでも同様よ。指が破損しないよう安全装置が働いて指関節のロックが外れてくれるから」

 

 ドラケンのカニ状のはさみ、二重下腕肢マニピュレーターから逃れるのも同じだ。

 

「一応ね、ドラケンE改の制御OSのライブラリには主要な格闘技、スポーツのデータが入れられていて、ある程度の再現や応用ができるのだけれど」

『えっ? そうなんですか?』

 

 モニター越しにきょとんとした顔をするアムロに、ミヤビは苦笑して。

 

「ただし、基本動作以外は当人がアクティブに設定しないと使えないけど」

『それは?』

「補助AIであるサラがライブラリから最適な技を選択して再現する、というのも当初考えられたけど、それって操縦者の想定外の動きをするってことだから上手くいかなかったの」

『ああ……』

 

 納得するアムロ。

 サラツーも、

 

『ガンキャノンでもそれは同じだよ』

 

 と言う。

 それを受けてミヤビは説明する。

 

「だから様々な技を知り、使えるように設定すれば、戦闘の選択肢も増える」

 

 ただし、

 

「もっとも増やし過ぎてどれを使うか迷いが出るようだとそれもまたまずいんだけど」

 

 という問題もある。

 パイロット自身もそうだが、サポートAIであるサラたちはパイロットのやろうとしていることを先読みすることで機体制御を補助するため、選択肢がありすぎるとそれも阻害されるのだ。

 

「戦場では同じ相手と二度以上対峙する事は稀であり、技を見切られる心配をするよりも、己の得意技を徹底的に磨き上げ相手を一撃で確実に仕留める方が合理的、と言う考え方もあるわ」

 

 ミヤビの記憶にあるマンガ『るろうに剣心』では斎藤一がそういう理屈で左片手一本突きを極めた『牙突』と言う技を使っていた。

 そういった方向で極めるのもまたありだろう。

 

「なるほど」

「もっともシャアのように何度でも再戦してくる手合いも居るし、ネームドになるとその戦術も対策が検討されるようになるから、あまり一つのパターンに固執するのは危険になるんだけどね」

 

 史実の『連邦の白い悪魔』みたいにアムロが有名になればそうなる可能性も上がるのだ。




 このお話、原作では鹵獲ザクから得られたデータにより戦闘シミュレーションを作ったものの、

>「ザクもグフも操縦者とか環境でまるっきり動きが違っちゃうってことか」

 ということで役に立たなかったというものでした。
 じゃあ、それって具体的にはどういう理屈なの、というのが今回のお話。
 そうやって事前にトラブルの芽を摘むミヤビなのですが、サブタイトルから結果はお察し、という……

 次回はサービスシーンと、久しぶりにシャアとガルマのモビルスーツ対談となる予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第17話 サラツー脱走 Bパート

「素人どもめ。碌な身体検査もしないで」

 

 コズンは独房内で笑うと奥歯の義歯から超小型爆弾を、そしてトランクスの紐から起爆コードを取り出そうとするが、

 

「今日もお話を聞かせてもら……」

 

 そこにミライが銃を構えたリュウとハヤトを従え、尋問を行う部屋に移動させるために入ってくる。

 その眼の前には、ずり下げられたズボンにパンツ1枚で何やらやらかそうとしている男の姿があった。

 

「っ!?」

 

 ミライは真っ赤になって顔をそらす。

 そして正義の怒りをぶつけるハヤト!

 

「セイラさんに手を出しただけでは飽き足らず、ミライさんにまでセクハラを!」

「なっ、ちが……」

「今日の尋問、覚悟しておけよ!」

 

 一同から変態の烙印を押されてしまうコズン。

 

「ふ、二人とも、この人を取り調べ室まで連行してちょうだい」

「了解」

 

 あまりのことに動転したミライは二人に捕虜の扱いを任せると、耳まで赤くなった顔を見られたくなかったのか慌ててその場を走り去る。

 

 

 

「下手なことはしないでくれよ。セイラさん…… 女性パイロットに手を上げたってことで、ただでさえ評判が悪いんだからな」

 

 リュウはコズンに対する警告、そしてまだ怒りに燃えるハヤトをなだめる目的でもそう口にする。

 

「俺はモビルスーツと戦っただけで……」

 

 そこに唐突に廊下に面したドアが開き、ミヤビが顔を出した。

 

「み、ミヤビさん!」

「ああ、リュウ?」

 

 慌てた様子のミヤビが、リュウの姿を認め安堵の息を漏らす。

 しかし、それよりも、

 

「どうしたんですミヤビさん。タオル一枚で廊下に顔を出すなんて」

 

 そう、ミヤビはバスタオルを身体に巻きつけただけの刺激的な恰好でドアを開けたのだ。

 

「アムロとの模擬戦でかいた汗をシャワーで流そうとしたら、蛇口が壊れてしまって」

 

 言われてみると部屋の中からは水音と湯気が立っていた。

 

「ミヤビさんなら直せるんじゃ?」

「そうね。でも技術屋としては屈辱的なことなんだけど、腕の力が純粋に足りなくて」

 

 前世から通して技術一本で食べているミヤビにとって、たかが蛇口の修理ぐらいお手のものなのだが、この手の修理ではずっと操作していなかった元栓が固着して動かない、故障したバルブのネジ山が渋くてクソ固い、などといった困難があり。

 十分な工具の準備なしには今の非力な女の腕ではどうにもならないのだ。

 ミヤビも機械いじりをすることから握力など女性としては力がある方なのだが、純粋な筋肉量では男性にはやはり負けるのだった。

 

「だからコズンさん、でしたっけ。直してくれます?」

「俺ぇっ?」

 

 ミヤビは驚くコズンに話を振った。

 偶然とはいえ捕虜と接触できたのだから顔をつなぎたいという意図もある。

 彼を密かにランバ・ラルへのメッセンジャーに使えないかと考えているのだ。

 

「ななな、何で俺が」

「リュウたちがやったら、誰が捕虜の監視をするのかって話になりますから」

「そ、そりゃそうだが……」

 

 そしてコズンは覚悟を決める。

 

「何で俺が……」

 

 ブツブツ言いながらも、カニ歩きで律儀にミヤビに背を向けたまま、バスルームに入る。

 

「元栓は?」

「そこのメンテナンスハッチの奥に」

「げっ、何でこんな位置に…… しかも固ぇっ!」

 

 ハッチの奥、床に這いつくばって手を伸ばさないといけないところに、小さなハンドルの元栓が付いている。

 無論、こんな姿勢ではろくに力が入れられないし、ハンドルが小さければさらに回すことが困難になる。

 これでバルブが固着した日にはバルブ開閉工具のウィルキーをよこせ、とエンジニアなら誰でも思うだろうが、この場合は狭くて入らないし、ハンドルがちっちゃくてかけられないし、仮にかけられたとして、軸をねじ切ってしまう恐れがある(ミヤビも前世でやった)

 

「っ、確かにこりゃ、女の力じゃ無理だ」

 

 そう言いつつもやはり鍛えた兵、それもランバ・ラル隊のたたき上げだ。

 コズンは何とか元栓を回し、壊れた蛇口からあふれていた水を止める。

 

「蛇口の取っ手は、どうしたんだ?」

「ああ、洗面器の中です」

「うん? おお、コレか」

 

 コズンは取っ手を蛇口に取り付け、絞めつける。

 そうして一回操作したことで動くようになった元栓を開けてみて、水漏れの無いことを確認。

 

「助かりました。もう完全ですか?」

「いや、後でちゃんと確認した方がいいだろう」

 

 そしてコズンはようやく自分のペースを取り戻すとわざといやらしい顔を作って見せて、

 

「見物料としちゃ安すぎかもしれんが俺にできるのはここまで……」

 

 そう言いながら足早にその場を離れようとするが、

 

「リュウ、ハヤト、捕虜の移送はどうし……」

 

 気持ちを立て直し、リュウたちを探しに来たミライがバスルームに顔を出し、そして絶句した。

 

「なっ……」

 

 ほっそりとした、しかしネコ科の動物を思わせる魅惑的な柔らかさを示す肢体をバスタオル一枚で隠しているミヤビ。

 蛇口の修理のため、びしょ濡れになっているコズン。

 

「そう、律儀に南極条約に則った扱いをしてあげようとした私たちがバカだったってことね。私にセクハラしただけでなく、姉さんにまで手を出そうとするなんて……」

「いいっ!?」

 

 何やら誤解して怒り心頭に発している様子のミライに、コズンの顔が真っ青になる。

 

「ま、待て、誤解だ!」

「この状況で? アニメやマンガじゃあるまいし、そう何度もエッチなシチュエーションが起こるものですか!」

「そ、それはそうだが……」

 

 ミライの怒りを受け、後ずさるコズン。

 そして、

 

「み、ミライ?」

 

 例によって自分が女性であるという自覚に薄く、この状況がミライから見てどのように取られたのか分かっていないミヤビ。

 妹のあまりの剣幕にビビって声をかけるが、

 

「もう大丈夫よ、姉さん。悪い虫は処理するから」

「わ、悪い虫って」

「大丈夫、熱々のおでんをごちそうしてあげるだけだから」

 

 熱々のおでんを冷まさず無理やり食べさせるって、それは拷問だろう、と猫舌のミヤビは思う。

 

「熱々おでんは捕虜の虐待を禁止した南極条約に……」

「あら、私ったら」

 

 うっかりしていたわ、というようにミライは朗らかに笑って見せ、

 

「関東炊きなら南極条約には引っかからないわよね」

「ひぅっ!?」

 

 ダークサイドに堕ちたような悪い顔をするミライに固まるミヤビ。

 なお、関東炊きとは関西におけるおでんのこと。

 何も変わらないじゃないか、という意見もあるだろうが、実際には関東炊きには関西風のダシの効いた薄口醤油を使った透き通るような汁が使われるので厳密に言えば別物である。

 いや、それ以前に、

 

(捕虜に熱々おでんで拷問って『トニーたけざきのガンダム漫画』のネタじゃないの。どうしてミライが……)

 

 ということだが、話は簡単。

 例によって寝ぼけたミヤビがベラベラとしゃべったのをミライが聞いて覚えていただけである。

 しかしもちろん、それを知らないミヤビは、

 

(ここってもしかして『トニーたけざきのガンダム漫画』の世界なの!?)

 

 と思い悩むことになるのだった。

 

 

 

 一方、ランバ・ラル隊は失ったザクの補充を受けていた。

 

「このザクとてかなり使い込んであるやつだ。クランプ、大丈夫なのか?」

 

 ボード上の書類に記載された累積稼働時間を前に渋面を作るラル。

 それに対し副官のクランプは、

 

「はい。オーバーホールの状態はいいようです。関節部分は新しいのに替えてありますし」

 

 と答える。

 地球上ではモビルスーツはその自重を支え、動くための関節、特に脚部のものが消耗しやすいが、この機体はその辺がしっかりと整備されていた。

 古い機体とはいえ、きちんと手が入っているところはキシリアの命を受けて動くマ・クベの地上部隊の組織の充実具合を思い知らせてくれる。

 

「うむ」

 

 ラルは納入されるザクと、それを運んできた大型輸送機を見上げると、納得した様子で、

 

「ファットアンクルは帰還していい」

 

 と命じる。

 敬礼を返す輸送部隊の責任者に、

 

「ご苦労」

 

 とクランプも声をかけた。

 

「その後の木馬の動きはどうなっている?」

 

 次に向け動き出すラルを、しかしハモンが止める。

 

「あなた」

「ん?」

 

 ハモンは改めてラルに聞く。

 

「今後の作戦、どういうおつもりで受けたのです?」

 

 ラルは表情を崩さず、声を荒げたりせずに、

 

「不服なのか?」

 

 と反対に聞く。

 

「いえ」

 

 瞳を伏せるハモンに、ラルは語る。

 

「お前の言うとおり、今度の作戦はザビ家の個人的な恨みから出てはいる」

 

 つまり軍事的にはあまり意味は無いのだ。

 

「しかしだ。この戦いでガルマさまを負傷させ退けた木馬を沈めてみろ、わしは二階級特進だ。わしの出世は部下たちの生活の安定につながる」

「兵たちのため?」

 

 ラルは、そして彼の部隊はゲリラ屋を自称するように不正規戦に強さを発揮する。

 それはそれで軍には必要な能力ではあるし、上の人間、ドズルからすると使いやすく貴重な人材ではあるのだが、正統派の軍人からは偏見を持って見られるところがある。

 また決別したとはいえラルの父が狂信的な旧ダイクン派だったということもあった。

 ラル自身はそんな色眼鏡で見られることを跳ねのけられるような剛直な軍人だが、部下たちはそこまで強くは無いし、またラルに対してものを言えない分、部下たちに当たる連中も居る。

 だからこそラルは部下たちのためにも出世したいと考えるわけだ。

 そして、

 

「お前のためでもある。ザビ家により近い生活ができる」

 

 そういう面もある。

 女のために稼ぐ。

 古風(クラシック)な、しかし彼らしいシンプルで男らしい価値観だ。

 命を懸けて戦う男にはそういう原初的な動機付け、雄としての己を突き動かす何かが必要なのかもしれない。

 

「………」

 

 無論、ハモンは自分のことなどよりラルの無事の方が大事と思っている。

 しかし愛する男の気持ちを無にすることもまた彼女にはできない。

 

「まあ見ていろ」

 

 そう言って歩き出すラルの背に、

 

「信じております」

 

 ハモンはそう伝えるのだった。

 

 

 

「当分出られると思わないでちょうだい」

 

 どんな尋問を受けたのか……

 唇を真っ赤にして独房に戻るコズン。

 

「うう、ダメだ。こ、このままだと殺されてしまう。逃げなくてはダメだ、逃げなくてはダメだ……」

 

 そう、逃げなくてはダメだ。

 幸い小型爆弾と着火コードは見つかっていない。

 ドアのロックにそれを取り付けコズンは鍵を破壊、独房を出る。

 

 

 

『それでは本日のディスカッションです。司会、進行はこの私、サラがお送りします』

 

 ブリッジでは一日一回、30分に区切ってフリースタイルの討議を行う。

 参加者は、主張したいことがある人物と、聞きたい人物と、聞いてもらいたいと指定された人物。

 またブリッジに居なくても艦内通信で聞けるし、発言もできる。

 

 発案者はミヤビで、記録はサラが担当し、その場で要約された議事録が承認され、回覧されるシステムになっている。

 これは行き違いからギスギスしたりトラブったり、誰かが先走って酷いことになる前に話し合いましょう、という趣旨のもの。

 史実のホワイトベースを知るミヤビが事前にトラブルの芽を摘むために行っているものである。

 今日の題目は、パイロットの運用について。

 

『セイラさんが動けない現在、どのようにパイロットを回すかですけど……』

 

 前回の戦闘ではガンタンクの操縦をアムロ、砲手をカイが務めたわけだが、これだとガンキャノンをどうするかという問題が出る。

 しかし、

 

「ジョブだっていいし、オムルだってシミュレーションはやらせてある」

 

 ブライトの主張。

 

「リュウにガンキャノンを任せても良いだろう」

「そんな!」

 

 アムロは思わず反発するが、

 

「なんだアムロ。敵によってはガンタンクの機動力と火力で十分に対抗できる、そう言ったのはお前だろう。なんでもかんでもガンキャノンで戦わせればいいってものじゃないと」

「それはそうですが、僕が言っているのは兵器の特性に合わせた用兵が必要だということと、ガンキャノンの稼働率が高過ぎて消耗が激しい、整備を間に合わせるのが大変だという話で」

「消耗についてはパイロットも同じだろう?」

「そうですが……」

「まぁまぁまぁ」

 

 そこでミヤビが割って入る。

 

「お互い言いたいこと、というか目指したいところは分かるけど、ちょっと熱くなり過ぎよ。コーヒーでも飲んで少しばかり私の話も聞いてちょうだい」

 

 そう言ってミヤビはホワイトボードに簡単な図を描きながら説明する。

 

「いい、アムロ、そしてみんなも。ブライトさんの求めるところは安定した戦力の確保なの。ベストなメンバーが今までのパイロット配置だというのは分かるんだけど、実際、セイラさんが一時離脱しただけで支障が出ているでしょう?」

「そ、それはそうですが……」

「アムロだって、風邪をひいたり体調を崩して寝込んだりするかもしれないでしょ。その場合、予備のパイロットが居ると居ないでは大きな違いが出るということは分かるわよね?」

「……つまり、あくまでも予備のパイロットを用意するということですか?」

「理想を言うと『機体ごとに専属パイロットが居て他は予備』じゃなくて『ローテーションを組めるようパイロットを育成、当直のメンバーから出撃ごとに機体を割り当てる』という運用なんだけど」

 

 というか、普通の軍隊ならそうだ。

 個々人に割り当てられた専用機動兵器というのは運用上、好ましくは無い。

 ミヤビの前世でも航空自衛隊の戦闘機パイロットは自分の機体など持っておらず『飛行のたびに機体が割り当てられる』という形で任務に就いていた。

 

 

 

「シャア専用ザクとか要らないんじゃあないか?」

「えっ」

 

 インドから帰って来たシャアはガルマにこんなことを言われ戸惑う。

 

「いきなり何を言い出すんだガルマ」

「まぁ聞いてくれ、君の乗るザクIIS型はエースパイロット向けに、従来のF型の生産ラインを使っての制限内ではあるが、極限まで性能を追求して造られた機体だ」

 

 推力の3割増を初めとする改良でエース専用機に仕上がっているもの。

 

「しかし、パイロット一人にモビルスーツを1機割り当てるのは無駄じゃないのか? 前線では機体の稼働率を上げるために整備員が大変な努力を行っている」

「うむ」

「そんな中で専用機とは…… 例えば君が非番の時は君の専用機は倉庫で遊んだままになる。これも実稼働率を下げるということにはならないだろうか」

「……理屈は分かるがS型はかなり尖った、ピーキーな機体に仕上がっている上、推力の増大に推進剤の増強が追いついておらず下手な人間が扱えば戦闘可能時間が短縮されかねない。一部の自動制御機器も外されマニュアルによるダイレクト制御となっているしな」

 

 自動制御機器の省略はエースパイロットにはソリッドな反応を返してくれるというので好評なのだが、一定以下の技量では扱いが難しいということでもある。

 一般兵には「ピーキーすぎてお前にゃ無理だよ!」という話だ。

 

「ああ、その辺は理解している。だからこそ私もF型にチューニングを施しただけのFS型をあえて選んでいたわけだしな」

 

 FS型と言えば、頭部に4門のバルカン砲が追加されているあの機体だ。

 

「何だ、君だって専用機を持っているじゃないか」

「ああ、これまでの私は自ら戦うことにこだわっていたからな」

「……今は?」

「あの機体は私の直衛部隊の隊長機とした。その役目を果たす者なら誰が乗っても良い」

 

 それはなかなかに思い切ったものである。

 

「本当は塗装も一般機と同じに塗り替えておこうかとも思ったが、士気高揚などの目的で式典等で出番があるかとそのままにしている」

 

 いや、シャアが思った以上の思い切りの良さだった。

 やはりこのガルマ、覚醒している。

 

「そして君の言う、生半可なパイロットではS型ザクを扱いきれないという問題。特に君に合わせチューニングを施したあの機体は扱いが難しいだろうし、君にしてみれば機体に他人が触れることで変なクセを付けてもらいたくないということもあるだろう」

「まぁ、そうだな」

「だがそんなものはソフトウェアで解決してしまえば良い。ソフトウェアでリミッターをかけ、通常のF型並みの性能に落としてやればいいんだ」

「なに?」

 

 ガルマは手元のタブレット端末を操作して、病室に持ち込まれた大型ディスプレイに資料を表示する。

 

「ミッションディスク方式だ」

「ミッションディスク?」

「あのドラケンE改について調べていて分かったのだがな」

 

 ガルマは語る。

 

「モビルスーツは服、スーツと名前が付いているように歩兵が服を着たかのように身にまとい操ることができるもの。だから人体と同じように人間が動きを把握し、操ることができるわけだ。これがモビルスーツという機動兵器が人型をしている理由の一つ」

「そうだな。そしてガルマ、服というのは身体に合わせたものでなくてはならない。一般の兵ならまぁ、機体の共用運用は仕方が無いが、一人で何人分もの働きをするエースに対しては、フリーサイズの既製服を与えるよりオーダーメイドで細部まで合わせたものを与えるのが一番だろう。それが戦果の最大化につながる」

 

 シャアは言うが、

 

「だから、それを両立させるのがミッションディスクというものなのだ」

「なに?」

「ドラケンE改で運用されているこれは、個人的なチューニング、設定を各パイロットに割り当てた大容量ストレージに保存するものだ。つまり、どの機体であってもそのディスクを持ち込み、読み込ませれば個人の専用機としてのセッティングが瞬時に反映される」

 

 つまり、

 

「これからのモビルスーツ開発戦略はこうだ。エースにしか満足に動かせないワンオフ機に近いものばかり作っていても先は無い。エースでも満足できる高い基礎性能を持った機体を供給し、個々の要望についてはソフトウェアのチューニングで対応する。エースならピーキーなセッティングで固めれば良いし、新人なら扱いやすいようデチューンしてやるのもありだろう。時にはパワーが出すぎていてもだめな時がある……」

「ふむ……」

「君のようなエースパイロットにもメリットのある話だろう?」

「そうか?」

「仮に君の機体が損傷したり故障したりしたとしよう。従来ならそれにより君の出撃に支障が出るな?」

「ああ」

「ところがこの方式なら、部隊の予備機でも、部下の機体でも、何であろうとも君がミッションディスクを入れさえすれば、その機体は即座に君専用の機体として立ち上がる」

「なるほど、継戦能力が高まるか」

「一回の戦闘で複数の機体を乗り継いで戦い続けたエースなども生まれるかも知れないぞ」

「ふふ、それは民衆が好みそうなドラマチックなシチュエーションだな。さしずめ『鉄壁』か」

 

 ミヤビが聞いたら、

 

「ナイトハルト・ミュラーか!」

 

 と、小説『銀河英雄伝説』登場の軍人、乗艦を3度撃沈されながらもそのたびに乗り換えた艦を旗艦とし不退転の意志で指揮を執り続けた事から『鉄壁ミュラー』の異名で呼ばれた男を思い出しただろう。

 

 一方、笑うシャアだったが、ガルマはその仮面の下の表情を見通すように聞く。

 

「理屈では分かっても、心情的には納得できないかい?」

「私だけではないだろう。見方を変えればエースから専用機を取り上げる、と言っているようなものだぞ。士気にも関わるし、上手く行かなければ「今までうまくいっていたものを上が現場に口出しして滅茶苦茶にした」と叩かれかねんぞ」

「……まあそうだな」

 

 ガルマは肩をすくめながらも同意する。

 

「そもそもこの話は『エースでも満足できる機体』を用意しないことには成立しない。だから今すぐどうこうというわけではなく、将来的な話であり、いわば理想であり目標だな」

「それを聞いて安心したよ」

 

 と、苦笑するシャア。

 

「しかしミッションディスクは先行して導入させる。専用機を持たない一般パイロットにも疑似的に専用機が与えられるようなものだからな」

「ふむ、確かにな」

 

 こうしてジオンのモビルスーツにもミッションディスク方式が導入されることが決まった。

 従来生産されてきた古い機体にも改修キットを用意しレトロフィットにより対応させる予定である。

 これに伴ってサポートAIであるサラも一緒に採用されてしまう可能性もある。

『ガンダムビルドダイバーズ』第17話で登場した色違い、黒を基調にしたカラーリングのミラーミッションVerのサラ、瞳からハイライトの消えた通称『黒サラ』などがジオンのモビルスーツに搭載され、サラシリーズを載せた連邦軍の機体と戦う……

 そんな未来もあるのかも知れなかった。




 暗黒面に堕ちるミライ。
 私は猫舌なので熱々おでんは恐怖です。
 そして専用機運用について、ホワイトベースとジオンサイド、ガルマとシャアのモビルスーツ対談でした。
 果たしてジオンモビルスーツに黒サラは採用となるのか……
 いやそれ以前にドラケン以外の連邦軍の量産型モビルスーツにサラが採用されるかどうかもまだ確定じゃありませんしね。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第17話 サラツー脱走 Cパート

「なるほど、ミッションディスク方式というのは便利なものですね」

 

 感心するブライト。

 専用機運用か否か。

 その議論をするうえで「ならドラケンE改の場合は?」と参考のためにミヤビから聞いた、ソフトウェアにより疑似的に専用機運用を再現するミッションディスクの合理性に驚いたのだ。

 ミヤビはうなずいて、

 

「そうね、組織論から言うと仕事の属人化は運用の問題が出るから好ましくない」

 

 特定の人間にしかできない仕事などがあると、人員の弾力的運用ができないのだ。

 傷病による業務の遅滞……

 異動や昇進をさせたくても動かすことができない、など組織だけでなく個人にとっても為にならないこともある。

 

「でも個人から見ると、専属的に仕事を行った方が成果を最大化できる」

 

 つまり、

 

「人員を安定して弾力的に運用したい、というブライトさんは全体最適で見ている。一方、現場で生死をかけて戦っているアムロたちパイロットからすると、少しでも生存率を上げるため専用機的運用がしたい、部分最適を追求したくなるわけね」

 

 その両方を満たすのがミッションディスク方式だったが……

 残念ながらRXシリーズはドラケンE改と同じくサポートAI『サラシリーズ』を採用してはいるものの、ミッションディスクは使われてはいない。

 

「なら答えは出ていますよね、ミヤビさん。部分最適より全体最適だ」

 

 ブライトはそう主張するが、

 

「それがそうとも言い切れなくて……」

 

 ミヤビの歯切れは悪い。

 

「このホワイトベースのように小人数の組織だと個人が持つ力の影響力が極めて重大な物になるわ。そして少年兵ばかりのホワイトベースでは、皆を満足のいくレベルまで育てている余裕も無い」

「それは……」

「それに得意技と不得意技とでは一説によると5倍から10倍の能率の差異があると言われているわ。どんなバスケットボールの達人でも、サッカー選手にはサッカーではかなわないでしょう。仕事でも同じよ」

 

 まぁ、同じはずなのだが、何故か仕事の場合は誰もがオールマイティーに何でもできるはずと期待され、努力すればできる、できないのは努力しないからと思われるのが社会一般の認識だったりする。

 それゆえに非効率や歪みが生じるのだが……

 

「それで…… 残念なことにRXシリーズってかなり人に依存するマシンなのよ」

「何ですって?」

「どうしてドラケンE改がミッションディスクで個人ごとに設定が切り替えられるのかというと、一番大きな問題が、サラとの相性問題なの」

『私ですか?』

 

 不思議そうにサラは言う。

 

「サポートAIであるサラはパイロットの言葉や所作から意思を推測して、その操作を補足する機能を持つわ。要するにパイロットの考えや、やりたいことを察してフォローしてくれるわけ。この機能はパイロットの挙動をサンプリングすることでより精度を増し、技量の高くないパイロットにも熟練者の操縦を可能とするんだけど」

 

 つまり、

 

「正規のユーザーであるマスターと、そうでないゲストユーザーでは、その能力に最大3倍もの開きが出るの」

「3倍!?」

「だからこそ、ユーザー毎に自分のパートナーであるサラが必要だったのよ」

 

 ユーザーの数だけサラが要るし、実際に居るということ。

 無論、サラのAIプログラム自体は共通で、マンガ、そしてアニメ作品である『攻殻機動隊』シリーズに登場する思考戦車、フチコマ、タチコマたちのように、サラたちはヤシマ重工の管理サーバにアクセスするたびにデータリンクし経験を積んで成長したAIプログラムを統合、共有するため各AIは均質化され個体差は無くなる。

 しかし彼女たちの人格に大きな影響を持つ『マスターとのプライベートな記憶』はユーザー毎のものであり(プライバシーや個人情報保護のため当たり前)、ユーザーとの絆もまた個々のサラのものである。

 

「ところがこの特性が分かっていなかったのか、試作機ゆえに複数のテストパイロットによる比較検証が必要だったためあえてそうしたのか、RXシリーズの教育型コンピュータにはミッションディスク方式は採用されていないわ。だからサポートAIの切り替えもできない」

 

 しかもRXシリーズは軍事機密の塊であり、その核心に触れている彼女たちの記憶はすべて軍事機密扱いであり、絶対に外には持ち出せないものだ。

 だから彼女たちサラシリーズの記憶は、すべてが彼女たちそれぞれが個別にしか持ちえないオンリーワンのもの。

 そして機密の塊であるRXシリーズにインストールされた彼女たちの記憶、経験はとても限定されたものだった。

 開発者、技師などの作り手と、乗り手であるパイロット。

 彼女らの交友範囲はとても狭く限られており、だからこそ一番深く付き合うことになり命を、運命を共にするパイロット、自分の主人『マスター』となる人物に大きく影響を受け、依存しやすくなってしまう。

 大元の存在であるサラ以上にパイロットとの相性問題が出やすくなっているということだった。

 

「それは、つまり……」

 

 サラツーはアムロを。

 サラスリーはカイとセイラを。

 サラシックスはリュウを。

 サラナインはハヤトを。

 

 彼らをマスターとして認識してしまった以上、彼女たちサラシリーズはそれ以外のパイロットが乗った場合、パフォーマンスが著しく低下するということ。

 

(まさかファティマの相性問題が現実に再現されてしまうなんて!)

 

 内心、悲鳴を上げるミヤビ。

 マンガ『ファイブスター物語』に登場する、パイロットである騎士をサポートする人型有機コンピューター『ファティマ』は特定の騎士をパートナーとした場合に能力が上がる。

 そして最も相性の良い騎士を生涯のパートナーとすることでケタ違いの力を発揮することが分かり、以降ファティマは自分の主を選ぶ権利を得ていた。

 それと似た問題が、RXシリーズにも発生しているわけである。

 

 ロボットアニメでは『機甲戦記ドラグナー』のように民間人の主人公が主役ロボットに認証登録されてしまったために、以降、彼らしか動かせなくなる…… というのはありがちな流れではあるのだが、現実にやられたら運用する側はたまったものではなかった。

 

「あれっ、でも前回、僕がガンタンクに乗った時にはそんなに悪い感じじゃありませんでしたが」

 

 戸惑いがちに声を上げるのはアムロ。

 

「そうね、心理的なものもあるから」

「心理的、ですか?」

「ガンタンクは複座だから、元々複数のパイロットを受け入れる環境にサラスリーが慣れていたこと、正規のマスターであるカイも同乗していたこと。そして姉であるサラツーから、アムロがいかに良いマスターでありパイロットであり人格的にも信頼できるのかを常日頃からデータ込みで聞かされ続けていたこと」

「ええっ?」

「まぁ、いつも姉がおのろけを聞かせていた相手である恋人…… と言うより婚約している身元確かな男性がやって来た、みたいな感じね。何度も話を聞いているから初めてでも人柄は分かっているし、信頼もできる。自分の恋人とも友人で、その恋人も同席してくれる…… 安心して心を開き、一緒に仕事ができるわね」

 

 ミヤビの言うことはそう間違った例えでは無いものの、

 

「恋人、婚約者って……」

「いや、サラミちゃんはそういうのとは……」

 

 アムロとカイは戸惑わざるを得ない。

 そして、

 

「二次元の存在のくせにっ!」

 

 嫉妬の暗い炎を燃やすフラウ。

 一人ぶつぶつと、

 

「税金使って非実在ロリなんて開発してるんじゃないわよ!」

 

 とか、

 

「この戦争では人類の半分が死んでいるのよ。非実在ロリにうつつを抜かしているぐらいなら、現実の女性を口説いて子供を作らなきゃ!」

 

 などとつぶやいている。

 

 なお…… ミヤビが聞いていたら、RXシリーズにインストールされているサラシリーズのAIプログラムは大元のサラのものと同一である以上、パッケージソフトウェア、つまり既成の汎用ソフトのカスタマイズに過ぎないため『連邦軍が開発』というのは当たらないんじゃないかと考えただろう。

 

 結婚、出産の問題も、だからと言って戦争中にバンバン寿退職させまくるわけにもいかないだろうし、そういうのは戦後にね、といったところ。

 ジャブローに託児所もあったが、あれの目的は労働力確保が主であって、みなさんどんどん子供をつくりましょう、というものではない。

 ミヤビの前世の企業でも先進的なところでは導入していたが、これは子育て中の主婦を労働力として組み込むための厚生施設であり、同時に結婚、出産を機に優秀な人材が退職してしまわないようにする引き留め策でもあるのだ。

 ジャブローの託児所では孤児保護もやっていたが、これも要するに企業が福利厚生で用意する企業保険みたいなもので、死亡時でも遺族は安心して暮らせますよ、というアピールみたいなもの。

 だから安心して仕事に打ち込んで下さい、というものだったりする。

 組織が用意する福利厚生とは、雇用側と労働者双方が得をするwin-winなもの。

 逆に言うと利用者だけが得をして組織が損をするようなものは、まず用意されないのだった。

 

 また、そもそも義務として結婚を勧めるのは逆効果でしかない。

 ミヤビの前世でも結婚と子育てにまつわる苦労話を散々した後「だから結婚して苦労しなければ一人前じゃない」「将来の日本を支える子供を作らなきゃ」「独身者には独身税を」などと語る人々が居たが、そんなことを言われて結婚したいと思う人間は居ないだろう。

 ウソでもいいから「結婚はこんな素晴らしいことなんだ」と語る方がよっぽど効果があるだろうに、彼らの中では結婚は歯を食いしばって耐える義務として認識が固定されているのだった。

 

 一方でブライトは、

 

「それならアムロをガンタンクに、そしてリュウとサラシックスをガンキャノンにというのはどうだ?」

 

 と、提案する。

 

「ブライトさん……」

 

 戸惑うアムロだったが、

 

「確かにサラシリーズに対する障壁は少ないパターンね」

 

 ミヤビは問題を整理するように口に出しながら考える。

 

「予備のパイロットを育成するため訓練をする、というのならそういうフォーメーションもありかしら」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 ディスカッションを終えたミヤビはコズンの居るはずの独房へと足を運ぶ。

 

(何とか彼を通じてラルさんとつなぎが取れないかしら)

 

 などと考えて。

 実際、コロニーリフレッシュプロジェクトを通じてミヤビはジオンにコネクションを作っており。

 またヤシマ重工からのジオンのモビルスーツ開発に対する100ミリマシンガンの提供などもあって、ランバ・ラルとも結構親しい間柄なのだ。

 

 それに手元にはセイラ、つまりアルテイシア・ソム・ダイクンという手札があり、なるべくなら使いたくないがシャアの正体、キャスバル・レム・ダイクンの情報という鬼札(ジョーカー)もある。

 交渉次第では何とかなるのでは、とミヤビは思うのだ。

 

 何よりグフとこれ以上戦うのは嫌だし(サラに電気ショックで主従逆転調教をされてしまった…… もとい叩き起こされたせいで電気へのトラウマがさらに深まったためとも言う)、ランバ・ラル隊と白兵戦というのも勘弁だ。

 この上ドムなんて渡された日には、ホワイトベースは確実に墜ちる。

 史実ではマ・クベに邪魔されて届かなかったドムだが、シミュレーションゲーム『ギレンの野望』シリーズだと、これを渡すとラルがホワイトベースを墜としてくれるのだ。

 ミヤビの存在がバタフライ効果でも起こしたのかガルマが死ななかったりと変化が生じている現在、これはシャレにならなかった。

 

 そしてミヤビは、

 

「誰か来て、捕虜が脱走します、誰か!」

 

 というセイラの声に、一足遅かったかと駆けだすのだった。

 

 

 

 日が落ちた荒野を進むホワイトベース。

 マーカーが不意に報告。

 

「ミサイルです」

 

 ブライトはすかさず反撃を指示。

 

「ミサイル水平発射」

 

 モビルスーツデッキ側面に取り付けられたミサイル発射管から発射されるミサイル。

 

「発射地点はわかるか?」

「地上かららしいです、十一時の方向です」

「マ・クベの基地がこんな東にもあるのか」

 

 ブライトは思案の後、指示。

 

「スコープ、最大望遠。前方の基地を」

 

 そして敵基地の規模、モビルスーツ戦力の有無を確認。

 

「よし、この規模なら大丈夫だろう。アムロ、カイはガンタンクで。リュウはガンキャノン。ミヤビさんはドラケンE改でフォローに回ってくれ」

 

 

 

『換装? そんな、アムロは?』

 

 ガンキャノンから自分のコア・ファイターを外され、戸惑うサラツー。

 彼女の目の前でガンキャノンにはサラシックスのインストールされたリュウのコア・ファイターがドッキングし、アムロはサラスリーがサポートを行っているガンタンクへと搭乗してしまう。

 

『あ、アムロ?』

 

 前回の戦闘でセイラに騙され彼女を乗せてガンキャノンで出撃し、損傷し、鹵獲されかけたサラツー。

 そんな彼女にこの処置は、自分の立場を、拠り所を危うくさせるものと映った。

 間の悪いことに彼女は戦闘シミュレーションのデータ活用について検討していたため、今日のディスカッションにも不参加だったし、議事録も読みに行っていなかったのだ。

 

『私がセイラさんに騙されたから? その上、戦闘シミュレーション作成が役に立たなかったから? そうなの、アムロ?』

 

 ちゃんと聞けばそんなことはないと答えてくれただろうが、そのとおりだと言われてしまったら、彼女は立ち直れないほどの精神的ダメージを被るだろう。

 だから、聞けない。

 

『うう、お願いアムロ。私を捨てないで……』

 

 そんなサラツーを置いて、アムロを乗せたガンタンクは出撃してしまう。

 

 

 

「それじゃあ、サラシックス。サポートは頼んだぞ」

『もちろんです、リュウさん』

 

 サラシックスはリュウとの初めてのモビルスーツ出撃に顔をほころばせながら答える。

 本当に、本当に嬉しそうに。

 その笑顔にリュウは、

 

「これが、ミヤビさんの言う専属のサポートAIってやつなんだな……」

 

 と改めて実感する。

 

『リュウさん?』

 

 どうかしたのか、と小さく首をかしげるサラシックスに、何でも無いと答え、リュウはモビルスーツデッキのカタパルトに足を乗せる。

 

「ガンキャノン、行くぞ!」

 

 そしてカタパルトにより加速され、撃ち出されるようにして飛び出すガンキャノン!

 

 

 

「カイとアムロのガンタンク、リュウのガンキャノンが発進しました」

「ミヤビさんのドラケンはどうした?」

 

 確認するブライト。

 そこにミヤビ本人から通信が入る。

 

『ブリッジ!』

「ミヤビさん? どこに居るんです」

『セイラが教えてくれたわ。捕虜が脱走したの』

「なんですって!」

 

 驚くブライトだったが、即座に決断。

 

「セイラに捕虜を捜させてください。ミヤビさんはドラケンE改で」

 

 

 

「でも……」

 

 ためらうミヤビ。

 コズンを内密につなぎに使いたいという理由があるのだが、もちろん言うわけにもいかない。

 

『やむを得ません。セイラ、捕虜の発見を急げ。場合によっては射殺するのもやむを得まい』

 

 ブライトはミヤビをよそにセイラに直接指示。

 これはまずいとミヤビは腰からアーマーマグナムを抜いて、セイラに渡す。

 

「一発目はスタンガンを弾頭に内蔵したテイザー弾、二発目も非殺傷のゴム散弾が込められているから」

 

 せめて、殺さないようにと。

 それを受取り、セイラはうなずく。

 

「ありがとう。なんとしてでも捜し出します」

「い、いえ……」

 

 裏があるため、ミヤビの言葉は歯切れが悪い。

 まぁ、顔の方はいつもの感情の起伏を感じ取れない人形のような無表情なので、セイラも気にすることは無かったのだが。

 

 

 

 通信室に忍び込み、通信機で味方と連絡を取ろうとするコズン。

 

「……ええい、なんて合わせにくいんだ、こいつは」

 

 慣れない連邦製通信機に苦労するが、

 

「き、来た! マスタング2、マスタング2、こちらこちらコズン。木馬より発信」

 

 

 

「あ、ここでありましたか。コズンから入電です」

「なに? コズンからだと?」

 

 コズンからの通信を受け、ラルも動き出す。

 

 

 

「ガンキャノン、ガンタンク、ドラケンの三つのタイプが存在する。木馬にはこいつが各一機ずつしかない。戦闘機の存在は不明だが」

 

 正確にはドラケンE改は複数存在するが、コズンには分かっていなかった。

 まぁ、戦闘時にはミヤビ以外乗ろうとするもの好きは居ないので、一機とカウントしても良いのかもしれないが。

 

 

 

「第二通信室に誰かいますか?」

「なに? そんなはずはない」

 

 オスカの報告に首をかしげるブライト。

 

「通信回路、作動しています」

「モニターを出せ」

 

 ブライトの指示を受け、モニターに監視カメラの映像が出力されるが、何も映らない。

 

「テレビ回線が切られています」

「通信のマスター回路を切れ」

「はい」

 

 

 

「チッ、この野郎!」

 

 切られた通信装置に毒づき、所在がばれたのだからそれどころではないと慌てて駆け出すコズン。

 出会いがしらにセイラと交錯する!

 

「ああっ」

「おっ」

 

 すかさずセイラの手からアーマーマグナムを叩き落とし、拾う。

 

「動くな!」

 

 銃口を向けるがしかし、セイラは意に介さない。

 仕方なしにその足に向けて発砲しようとするが、

 

「薬室は空よ!」

 

 チャンバーに弾が込められておらず、撃てない。

 

 自動式拳銃の実戦的な所持の仕方として、薬室に銃弾を装填したうえで、弾倉をフルに装填するコンバットロードという方法がある。

 銃弾を1発多く装填できるうえ、ダブルアクション拳銃なら引き金を引くだけで、シングルアクション拳銃ならマニュアルセイフティを外して引き金を引くことで即座に撃つことが可能だからだ。

 

 一方で、薬室を空にして所持し、撃つ直前にスライドを引いて銃弾を薬室に装填、発砲するという方法もある。

 俗に言うイスラエル・キャリーである。

 暴発の危険が無い、薬室への銃弾の装填忘れが無く確実など利点は色々あるが、一番には今回のように敵に奪われても即座に発砲されないということがある。

 

 戸惑うコズンをセイラの蹴りが襲い、再びアーマーマグナムは床に転がる。

 今度はセイラの方に。

 

「うっ!」

 

 アーマーマグナムに飛びつくセイラに、コズンは躊躇なく逃走に入る。

 

 

 

『総員に通知、捕虜が逃げ出した。繰り返す、捕虜が逃げ出したため捕獲せよ。なお、抵抗する場合は生死は問わない。繰り返す……』

 

 ホワイトベース艦内に、ブライトの声が響き渡る。

 本来なら通信手を務めるフラウがアナウンスすべきなのだろうが、生死を問わず(デッドオアアライブ)という内容から責任者であるブライト自らが発言したのだろう。

 

「おい、セイラさんを酷い目にあわせたやつが脱走したらしいぞ」

「捕虜のくせに、あのおっぱ…… ミライさんに、自分の汚らしい物を見せつけたとか」

 

 ……今、ミライをなんて呼ぼうとした? という話もあるが。

 

「いや、噂ではミヤビさんの入浴姿を見たとか言うぞ」

「「「ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」」」

 

 男性クルーたちの心が一つになった。

 

「野郎ども、何としても見つけ出して、あのジオン野郎を血祭りにあげるぞ!」

「「「おう!!」」」

 

『しっと団』と化した男たちが今、立ち上がる!!




 サラ、そしてサラシリーズの特性と、そのためのミッションディスクについてでした。
 その陰でフラウやら『しっと団』やらがメラメラと嫉妬の炎を燃え上がらせておりますが。
 脱走したコズンは生き延びることができるんですかね……
 そして次回は戦闘です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第17話 サラツー脱走 Dパート

「ブライト、どの程度の情報が漏れたと思って?」

「わからん」

 

 自分の発言が艦内にどのような騒乱を引き起こしたか分かっていないブライトはミライと話し合う。

 

「正面の敵もそうだけど、これであのランバ・ラルのグフ部隊を呼び込んだようね」

 

 

 

「右に来ますよ、カイさん」

「サラミちゃん?」

『見つけてますよ、次、マーカー出します』

「よろしくー」

 

 アムロとカイ、そして彼らをサポートするサラスリーは順調に敵基地を攻略していた。

 

「この調子です、カイさん。この程度の地上基地ならこのガンタンクの機動力と火力で十分に対抗できる。やっぱり僕が主張したとおり、なんでもかんでもガンキャノンで戦わせればいいってものじゃない」

 

 なお、アムロは自分がガンタンクで戦いたいと主張しているわけではない。

 ガンタンクでも使い方によってはここまで戦える、ということを自分で手っ取り早く示すことで、本来の自分の機体であるガンキャノンの負担を減らしたいだけである。

 しかし……

 

 

 

『うう、いやだよう。アムロ、私を捨てないでぇ……』

 

 格納庫でその活躍を指をくわえて見ることしかできないサラツーには、その真意は伝わっていなかった。

 

 

 

 そしてガンタンクに蹂躙されるジオン軍基地はというと、

 

「マ・クベ大佐からは?」

「は、ドップを援護に出してくれたそうです。その後の連絡は取れません」

「ええい、どういうつもりだ。戦略的にたいした意味のないこんな鉱山をむきになって攻撃してくるとは」

 

 と戸惑いの声が上がっていた。

 もし新たなパイロット構成の検証および経験値稼ぎにちょうどいい雑魚だから、というホワイトベースの実情を知ったら多分、罰当たりにも神を罵る言葉を口走っていただろう。

 しかし、

 

「少尉」

「何か?」

 

 指揮官である士官がそうする前に、救いの手が差し伸べられた。

 

「ランバ・ラルのギャロップが応援してくれるそうです」

「ランバ・ラル? おお、ガルマ大佐の仇討ち隊か」

 

 ガルマは死んではいないので縁起でもない物言いだが、一般には通りが良いのでそうとも呼ばれている。

 広義の『仇討ち』という言葉には単に『一般的な仕返し』という語義も含まれているし。

 また『ガルマにケガさせられたお兄ちゃんが送り込んだ仕返し隊』とは思ってはいても口に出せないのだ。

 まぁ、そんなことはともかく彼らは気づく。

 

「ということは、ここを攻撃してくるのはあの噂の木馬なのか?」

 

 

 

「捕虜は第18ハッチに向かっている。誰かいないか?」

 

 艦内監視網を使ってコズンの姿をサーチするのはブライト。

 手が足りないのだ。

 そこにオペレーター席のマーカーから敵の援軍の報告が届く。

 

「ドップです。続いて地上を接近する物があります」

「なに?」

 

 そしてブライトは気づく。

 

「捕虜が言っていたギャロップだな」

「捕虜はセイラがなんとかしてくれるはずよ。いったん下がってアムロをガンキャノンに乗せ換える?」

 

 思わぬ敵の出現に、ミライは安全策を取った方が良いのではと提案する。

 

「……いや、このままで行こう。敵基地の沈黙も近い。そうすれば敵も無駄な戦闘は避けて退くさ」

 

 戦闘中の作戦変更は現場に混乱を招きかねない。

 ブライトはこのまま押し切ることを考える。

 

「リュウ、カイ、アムロ、聞こえるか? 敵の増援部隊が現れた」

 

 

 

「フフフフ、見えてきたぞ、木馬め」

 

 戦場に急行するギャロップのブリッジからも、戦火の閃きが捉えられるようになった。

 

「あっ、支援のドップの編隊です」

 

 上空をパスし、支援に向かうドップの姿もある。

 

「行ってくる。今度こそという言葉はあまり使いたくないものだな」

 

 少しばかり苦い言葉を吐くラルに、ハモンは、

 

「木馬は二機のモビルスーツを展開しているようです。お気をつけて」

 

 と、その無事を気遣う声をかける。

 

「グフが三機あればとは思うがな」

 

 そうつぶやくラルだったが、未練がましい響きは無く、ただ事実を述べる言葉だった。

 

「コズンが脱出してきたら救助してやってくれ」

「勿論です、あなた」

 

 そして口づけをかわし、グフへと乗り込むラル。

 

「ギーン、ステッチ、遅れるなよ。発進だ」

 

 そしてグフと二機のザクが発進する。

 

 

 

「アムロ、ドップだ。左旋回」

「ドップの五機や六機」

 

 援軍のドップに対応するカイとアムロだったが、

 

『アムロ、聞こえるか?』

「な、なんですか? ブライトさん」

『例のグフとザクが出てくるらしい。リュウとミヤビさんが前に出るから援護してやってくれ』

「り、了解で。うっ?」

 

 機体に走る衝撃にアムロはうめく。

 先行して支援に現れたドップからの攻撃を受けたのだ。

 

「カイさん、よく狙って。このガンタンクの性能ならドップなんか」

「や、やってる。け、けどよ、うわっ!」

 

 さらに至近に着弾。

 しかしそれはドップの攻撃では無かった。

 

「カイさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。左」

 

 新たに砲撃を加えてきたのは、

 

「ザ、ザクだ」

「ザク?」

 

 複数の人型の機影を確かめるアムロ。

 その中には青い機体もあった。

 

「新型のモビルスーツも。グフって言ってたな、あの捕虜」

 

 アムロは鋭い機動で位置を変え、射撃体勢を整える。

 

「カイさん、今だ!」

「おう!」

 

 両肩の120ミリ低反動キャノン砲を放つが、しかしその砲撃は回避される。

 

「ザ、ザクめ、やっぱり計算より動きが速いぞ」

 

 ミヤビの指摘どおり、そしてアムロも納得したとおり、モビルスーツの動きはパイロットの腕によってどれだけでも変わる。

 

「カイさん、後退します。動いてる相手にガンタンクは不利だ」

 

 

 

「リュウ、聞こえるか? ガンタンクの援護を頼む」

『むぅ、ガンキャノンだけじゃ支えきれないぞ。ホワイトベース前進してくれ。あとミヤビさんの援護を』

「了解した」

 

 ブライトはミライに指示。

 

「ミライ、ホワイトベース、突撃だ」

「はい」

「左、ギャロップを近づけさせるなよ」

 

 そしてブライトは告げる。

 

「ミヤビさん、聞こえますか? ハッチ開きます。出撃してください!」

 

 

 

「何でこうなるの……」

 

 ミヤビは頑張った。

 アムロの作成していた戦闘シミュレーションの問題もちゃんと体験として教えたし……

 ブライトとの行き違いで命令違反を犯さないよう、話し合いの場も設けた。

 でも……

 気付いたら何故か戦いの展開は変わっておらず、帳尻合わせで自分がグフと戦わなければならない始末……

 

『ミヤビさん?』

 

 気遣ってくれるサラにミヤビは言う。

 

「私とサラちゃんは、ズッ友だよ……!!」

『何ですか、それ?』

 

 キョトンとした様子で言うサラの瞳が痛かった……

 

 

 

「こいつさえあれば」

 

 ジェットパックを身に付けるコズン。

 

「おい、捕虜はどうした」

「このハッチの中か。外に逃げられてしまうぞ」

 

 続けざまに放たれる銃声。

 

「あっぶねぇ! 今跳ね返った弾がかすめたぞ!」

「よせ阿呆! 拳銃でロックが壊せるか! 跳弾で逆にケガするわ!」

 

 そんな声が聞こえてくる。

 戦艦のハッチに限った話ではなく、映画やドラマと違って拳銃やライフルではカギは壊せない。

 弾を撃ち込んでも跳弾で怪我をするのが落ちである。

 銃撃で扉の鍵を破壊しようとするならショットガンのスラグ弾(熊撃ちなどに使われる一粒弾)でないと無理で、特殊部隊ではショットガンを「マスターキー」や「ドアブリーチャー」と呼んでカギやドアの蝶番を吹き飛ばすのに使っている。

 撃つと粉々になり安全にカギの破壊ができる専用の弾丸も存在するし。

 セイラに渡されたアーマーマグナムでもスラグ弾は撃てるが、しかし今、込められているのは非殺傷のスタン弾なのでこの場の役には立たない。

 それゆえに、

 

「よし、爆薬で吹き飛ばせ」

 

 ということになる。

 

「じょ、冗談じゃない。そこまでやるのか?」

 

 コズンはホワイトベース艦内に広まっている噂を、自分がどれだけ恨まれているかを知らない。

 

「に、逃げなくてはダメだ」

 

 ジェットパックを背に脱出しようとした瞬間、爆発するドア。

 

「うわあああっ!」

 

 爆風でコズンは外へと吹き飛ばされてしまう。

 そして、ハッチ内に踏み込むホワイトベースクルーたち。

 

「捕虜はどうした?」

「今の爆風で吹き飛ばされたんじゃ」

「火薬多すぎ」

「ちっ、生き地獄に叩き落としてやろうと思ってたのによ」

 

 そんな光景を目にしたセイラはこう思うことにした。

 シャアについて尋ねた自分のことを知るコズンが消えたというのは良かったのではないかと……

 酷い話である。

 

 まぁミヤビが知ったら、こんなコメディじみた展開で爆破された場合、相手はボロボロになっても死んでいないのがお約束だと考えただろうが。

 

 

 

「これでおしまいだ、連邦のモビルスーツめ!」

 

 ラルはガンキャノンの腕をヒートロッドでからめとり、電撃でダメージを与え続ける!

 

 

 

「ぐっ…… ば、爆発しちまうぞ」

 

 リュウが危惧するとおり。

 ガンキャノンの上半身には240ミリ低反動キャノン砲の弾薬がみっちり詰まっているのだ。

 ヒートロッドの電撃や熱でこれが誘爆した場合、とんでもないことになる。

 

『リュウさん、Aパーツを排除してコア・ファイターで脱出しましょう』

 

 リュウの窮地にサラシックスが提案する。

 アニメ『ゲッターロボ』の分離離脱、オープンゲットというやつである。

 無論、あれと違って簡単に再合体したりはできないが、『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』で主人公、コウ・ウラキがモビルアーマー、ヴァルヴァロにつかまったGP-01-Fbガンダム試作1号機 "フルバーニアン"のBパーツ、下半身をパージして自由になったように宇宙世紀世界でも使われている手だったりする。

 

『ガンキャノンにはもう一つ、ロングレンジタイプのAパーツがあります。このAパーツが破壊されても後でBパーツが回収できれば今後も戦うことが可能です!』

「し、しかし!」

『でもリュウさんは、リュウさんは一人だけなんですよ!』

 

 涙目で迫るサラシックスに、言葉を失うリュウ。

 

 

 

『ミヤビさん、発進願います。正面のガンキャノンをなんとか援護してやってください』

 

 ブライトの要請を受け、

 

「行きます!」

 

 右舷モビルスーツデッキのカタパルトから弾かれるように射出されるミヤビのドラケンE改。

 さらに、

 

「ロケットエンジン、リミッターカット!!」

 

 背面ロケットエンジンのリミッターを解除し、戦場上空を横切るように飛翔する。

 

『グフおよびザク二機の存在を確認』

「ターゲット、マルチロック!」

 

 視線による照準で、地表のグフとザクを次々にロックオン。

 

『MT-SYSTEM動作良好』

 

 サラが報告。

 MT-SYSTEMはミノフスキー粒子散布環境下でも八機までの敵機を同時にロックオンできる射撃管制装置だ。

 

「対閃光防御! 目(センサー)を焼きつかせないように気を付けて!」

 

 ミヤビはサラに警告後、トリガーを引き絞る。

 

「バースト・ファイア!」

 

 ドラケンE改の右腕肘のハードポイントにマウントされた60ミリバルカンポッドから夜目も鮮やかな、目もくらむような火線がほとばしる!

 

【挿絵表示】

 

 

 

「なにっ!!」

 

 通常の数倍もの分厚い弾幕にとっさに回避行動を取るラルたち。

 

「新型の火砲か? 発射速度が並ではないぞ!」

 

 しかし、

 

「いや、砲に力が無い? まさかハッタリか」

 

 ミヤビの手品のタネに気付くラル。

 

 

 

『ブラフが効いたようですね』

 

 無事着地を決めるドラケンE改。

 

「多分、この一回限りの手だけどね」

 

 そう答えるミヤビ。

 彼女が何をしたのかというと、弾道を視認するため光を発しながら飛ぶ曳光弾(トレーサー)、通常の砲弾に一定の間隔で混ぜられるこれを、三倍に増やして装填したバルカンポッドを装備して出撃したのだ。

 これにより、見た目には三倍の発射速度で三倍の量の砲弾をばら撒いたように感じられるわけだ。

 曳光弾が派手に目立つ夜間の出撃、そして初めてだからこそ通じてくれた詐術だった。

 

「一戦ごとに手の内が剥かれていくか……」

 

 さすがに歴戦の勇士、ランバ・ラルの相手はミヤビには荷が重すぎる。

 

 

 

「ガンキャノンを援護する。正面のグフのみに集中砲火」

 

 ブライトはドラケンE改の働きによりガンキャノンから離れて狙えるようになったグフを集中して砲撃するよう指示。

 

 

 

「うおおっ!」

 

 直撃こそかわしたが、ホワイトベースの主砲、大口径の火薬砲の爆発の衝撃で弾き飛ばされるグフ。

 何とか着地するものの、コクピットには警報が表示される。

 

「し、しまった、爆撃のショックで関節が。ええい、ろくに戦わずして後退か」

 

 故障した脚部関節を庇いながらも回避を続けるラル。

 

「地上部隊がもう少しもってくれればなんとかなったものを」

 

 そう悔やむが、これ以上は戦えない。

 

「ギーン、ステッチ、後退する。ポイント3Rでギャロップに戻れ」

 

 部下たちに撤退の指示を出し、自身も後退するラル。

 こうして戦闘は終了したのだった。

 

 

 

 深夜のモビルスーツデッキ、人目をはばかり内密の相談をするブライトとミライ。

 

「あんまり賛成できないけど」

 

 うかない顔のミライ。

 

「サラシックスだっていいし、サラナインだってある」

 

 ブライトが言っているのは、サラシリーズも含めたパイロットたちの弾力運用。

 つまりミヤビが言うとおりRXシリーズが、というよりサラシリーズが人に依存するなら、コア・ブロックごと換装してしまえば良いということ。

 

「今回だって、今までとは異なる構成で、成行とはいえランバ・ラル隊と戦闘、退けることができた。これを推し進めれば戦力の安定化につながる」

「……でもね」

「サラシックスとリュウにガンキャノンを任せてもいいと思うな」

「………」

 

 ミヤビの知る史実とは異なる会話。

 そしてアムロも聞いていない。

 だがこの場には、彼らの話を聞いている存在があったのだ。

 

 

 

 翌日…… モビルスーツデッキに顔を出したとたんにガンキャノンの手につかまれ、そのまま腹部コクピットに押し込まれるアムロ。

 そしてサラツーが単独制御するガンキャノンはハッチを開け、

 

『ね、姉さん。どこ行くの?』

『ホワイトベースを降りるのよ。元気でね』

『えっ? なに?』

『船を降りるのよ』

『どうしたの?』

『ブライトさんとミライさんが私は不必要だって言うの。だから、船を降りるのよ』

『ちょ、ちょっと』

『止めるな!』

 

 引き留める妹、サラスリーの言葉も聞かず、暴走するサラツー。

 彼女に拉致られたアムロもガンキャノンと共に消えた。

 史実と同じように。

 

 

 

次回予告

 サラツーと共にガンキャノンを駆り、マ・クベの鉱山基地と戦うアムロ。

 そこで見た、ザビ家の一党キシリア・ザビを。

 マ・クベの基地殲滅なるか、アッザムがガンキャノンを焼き焦がすのか?

「きさまは電子レンジに入れられたダイナマイトだ!! 電磁波の閉鎖空間の中で爆散するがいい!!」

 次回『灼熱のアッザム・リーダ……『黒いガンキャノン』

 ガンキャノンは生き延びることができるか?




 アムロを拉致って駆け落ちするサラツーでした。
 次回はそれを執念で追いかけるストーカー、もといフラウ。
 そしてアッザムですが、マ・クベにも変化が?
 ご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第18話 黒いガンキャノン Aパート

 月にあるジオン公国の前進基地グラナダから戦艦グワジンが発進した。

 ザビ家の長女、すなわちジオン軍宇宙攻撃軍総司令キシリア・ザビ少将の旗艦である。

 キシリアは地球連邦軍にとってもジオン軍にとっても最も重要である資源の採掘にあたっているマ・クベの下を訪れようとしていた。

 戦いはホワイトベースと関係なく進んでいた。

 

 

 

「うう、西に向かえば鉱山基地があったはず」

 

 爆薬でエアロックごと吹き飛ばされたコズンだったが、奇跡的にパーソナルジェットが機能し打ち身以外は特に大きな怪我をする事無く脱走に成功していた。

 味方の基地に向け、河を渡って木立を抜けて歩き続けるコズン。

 

 

 

 アムロがガンキャノンと共に脱走するという事態に、ホワイトベースは前進を停止し、その場での待機を余儀なくされていた。

 実際にはアムロはサラツーに無理やり拉致られているのだが、彼らはそれを知らない。

 

「もしアムロが帰ってきたらどうするんです?」

 

 不安そうにたずねるフラウに、カイが軽薄な調子で答える。

 

「そりゃお前、脱走者は死刑に決まってらあな」

 

 フラウは信じられないとばかりに目を見張る。

 

「嘘、嘘でしょ」

 

 ブライトは、

 

「軍規ではそうなっているがな」

 

 と言うが、その表情は半ば苦笑気味。

「なっているがな」と口にしている時点で画一的に適応する気は無いと言っているも同然だったりする。

 そもそもカイの偽悪的な態度だって自分たちに危険を呼び込むアムロの勝手な行動に怒っている面もあるが、一方で自分が過激なことを言うことで他の人間がアムロのことを庇えるようにするためのもの。

 あえて悪役、憎まれ役を買って出ているのだが、しかし余裕を失っているフラウにはそんなことは分からない。

 

「今日まで一緒に戦ってきた仲間をどうしてそんなことができるの?」

 

 と詰め寄る。

 カイもブライトも自ら望んだこととはいえ損な役回りだった。

 

「必要ならばそうするってことよ」

 

 セイラがそう言ったのは、パートナーであるカイの気持ちを解さないフラウに苛立ってか。

 しかし分かっていないフラウにその言葉は過激すぎて、

 

「およしなさい、セイラ」

 

 ミライが押しとどめる。

 そしてフラウに向き直って、

 

「ね、フラウ・ボゥ」

 

 と声を和らげ語りかけるが、フラウは拒絶するように、

 

「アムロが出て行った訳がわかったわ。こんな所に呼び戻すもんですか」

 

 と叫ぶ。

 そんな彼女をなだめようとするのはやはり気配りの人、リュウ。

 

「まあ、まあまあフラウ・ボゥ、落ち着けよ。俺達は正規軍じゃないんだからそんなことはしやしないよ」

 

 しかしセイラが冷や水を浴びせかける。

 

「でもリュウ、このままアムロのわがままを通させる訳にはいかないわ」

 

 リュウは、

 

「……そ、そりゃあ勝手な行動をしたんだから」

 

 と口ごもる。

 確かに無罪放免とは行かないからだ。

 だからミライもフラウに言う。

 

「フラウ・ボゥだってそう思うでしょ?」

「それはわかりますけど……」

 

 そして黙っているミヤビはというと……

 

(これ絶対まずいわよ……)

 

 変わらない表情の下、内心頭を抱えていた。

 

 ミヤビは頑張った。

 アムロの作成していた戦闘シミュレーションの問題点もちゃんと体験として教えたし。

 ブライトとの行き違いで命令違反を犯さないよう、話し合いの場も設けた。

 しかし気付いたら何故か戦いの展開は変わっておらず、帳尻合わせで自分がグフと戦わなければならない始末。

 挙句、史実どおりアムロが脱走…… ということになっている。

 

(いや、絶対史実より悪くなってるでしょ)

 

 ミヤビはサラスリーから密かに隠れた真実を聞かされたのだ。

 ガンキャノンを降ろされる……

 いや、アムロと別れさせられると誤解したサラツーが、無理やりアムロを拉致って脱走したのだと。

 

(AIの反逆でしょ、これ。安全対策はどうなってるの!?)

 

 という話だが、実はサラツーに対する抑止力は大気圏突入後、ガルマとの最初の戦いの時にすでに外れていた。

 アムロのために、サラツーが教育型コンピュータの演算能力を使ってテム・レイ博士からの拘束を強引に突破したその時に。

 

 ぶっちゃけAIの反乱とも言えるのでかなりやばいのだが……

 マッドな研究者であるテム・レイ博士には、

 

「育てていた娘が反抗期を迎えた! めでたい!」

 

 ぐらいの認識でしかなく、そのまま放置されていたのだ。

 

 そういう経緯をミヤビは知らない。

 分かっているのは人間の脱走者が死刑であるというのなら、AIでしかないサラツーは確実に処分対象。

 凍結封印、最終的には消去されてしまう可能性だってあるということだった。

 だから、言えない。

 

 

 

「みんなに馬鹿な真似はさせないわよ。私が責任を持つから」

「俺も保証するって」

「行ってくれるわね?」

 

 ミライとリュウに頼まれ、フラウはアムロを呼び戻すべくバギーで出発する。

 変わらぬ表情の下、内心、頭を抱えてうんうん唸っているミヤビを置いて。

 なおフラウの、

 

「このままホワイトベースもガンキャノンも捨てて、アムロと二人っきりで逃避行っていうのもいいかも……」

 

 などという物騒な呟きを聞く者は居なかった……

 

 

 

 一方アムロは廃墟となった街にガンキャノンを隠し、サバイバルキットの中に入っていたガスストーブ、要するにアウトドア用の携帯式コンロで缶詰を直接温めて食事を取っていた。

 冷たい食べ物は消化に体力を浪費する。

 厳しい環境下にあった場合など、衰弱や低体温症から動けなくなり最悪死ということにもなりかねない。

 だから生き残るためにも温められるのならそれに越したことは無かった。

 砂漠地帯は昼夜の寒暖の差が猛烈で、夜はかなり冷え込むのだからなおさら。

 

 軍用のストーブというと昔アメリカ軍が使っていたGIストーブ、ガソリンストーブあたりが有名だが、連邦軍のものはガス式だった。

 ガソリンストーブは本来ホワイトガソリンを使うが、軍用品は赤ガスと呼ばれる車両用のレギュラーガソリンも使えるもの(と言ってもススが溜まるのでクリーニングが必要になるが)が採用されることが多い。

 そのため燃料切れを起こさないのが強み。

 一方、ガスストーブはガスカートリッジがどこでも手に入るとはいえず、またカートリッジにも色々あって互換性の問題が出るというものだが、何より操作が簡単だ。

 ガソリンストーブは熱で気化したガソリンを燃やすが、もちろん最初はその熱が無いのでプレヒートと言ってガソリンを少量出して火をつけあぶってやる、などという操作が必要で、知らない人間には事故でコンロが炎上している、火事だと間違われるほど。

 ポンピングで内圧を高めプレヒート不要としたものもあるが、それでも温まるまでは生ガス、気化しないガソリンが出て真っ赤な炎が上がったりするし、まぁガスのように一発着火とはいかないものだった。

 

 アムロはガスストーブに缶切りでふたを開けた缶詰を載せ、ふたの部分を取っ手にして食べている。

 ミヤビの前世、旧21世紀の日本ではパッ缶ばかりになって缶切りはほぼ不要となっていたが、スイス軍、ドイツ軍の新型アーミーナイフでも缶切りが消えなかったように、外国、特に軍隊ではまだまだ現役だった。

 軍隊が備蓄している食料の場合、パッ缶は空中投下などの衝撃で破損する恐れがあるため避けられるということもあったし。

 

「……っ」

 

 無言で傍らに置いていた地球連邦軍制式拳銃、M71に手を伸ばすアムロ。

 

 

 

 廃墟となった街で真新しい空き缶を見つけ、

 

「ペロ…… これは青酸カリ!!」

 

 とばかりに舐めてみて、それによりアムロの滞在を確信するフラウ。

 怖すぎる……

 

 まぁ、だから軍事行動ではごみの始末が必要なのだが。

 特殊部隊だと極力ごみを出さないようレーションの梱包まで外した上で、少なくしたゴミも残らず持ち帰るぐらいだった。

(場合によっては排尿もポリタンクに入れて持ち帰る)

 

 またストーカー対策にもゴミの始末は重要だったりするが、この場合はそちらの心配をした方が良いだろうか。

 

 そしてフラウは本当にストーカーのようにアムロの隠れている建物を突き止め押し入る。

 怯えたように銃を向けるアムロに、

 

「……ご、ごめんなさい、い、いきなり入ってきちゃって」

 

 そう謝るが、それが原因ではないように思われる。

 これまでの行動からして……

 

 フラウはバッグを差し出し、

 

「これ着替えよ。アムロの部屋を見たら、下着も持ち出していなかったようだったから」

 

 鍵をかけてあるはずの男の部屋に勝手に入り、下着の枚数まで把握している女、フラウ。

 女性の機微に鈍いアムロだからこそ、その辺の異常に気づいてはいなかったが、フラウから滲み出る狂気を本能的に察知しているのか警戒を解かないアムロだった。

 

 

 

 カモフラージュにカバーのかけられたガンキャノンに歩み寄るアムロ。

 

「みんなが心配してるのはこっちだろ?」

 

 アムロも帰るよう説得しているのだが、サラツーは頑固に抵抗しているのだ。

 しかしフラウは首を振って、

 

「違うわよ。今帰れば許してくれるって」

 

 その視線はアムロに向けられていて、彼は戸惑う。

 

「許す? なんの話だい?」

 

 罪悪感など無いのだから当然だが、能天気に言っているように見えるアムロに、フラウは思わず、

 

「だってカイさんは敵前逃亡罪は死刑だって……」

 

 と言ってしまう。

 アムロは見る間に表情を険しく変え、

 

「それがみんなの本音かい。帰れ!」

 

 と叫ぶ。

 もちろん彼は自分が対象となっているのではなく、サラツーが処分されるという意味で捉えており、だからこそ怒ったのだ。

 

「ち、違うわ。ホワイトベースのみんなはアムロの力を必要としているのよ」

 

 というフラウの言葉も、自分、そしてガンキャノンさえ戻ればいい。

 サラツーなんか消去してしまえばいいと考えられていると捉える。

 

「また逃げる気?」

 

 ガンキャノンのコクピットに身を沈めるアムロにフラウは言い募る。

 

「本当はみんなに自分を認めてもらうだけの自信がないんでしょ? だから帰れないのね」

 

 微妙に意味の通じないフラウの言葉だったがガンダム、というか富野監督のアニメでは話が通じない、すれ違うのは日常茶飯事なので、アムロはまたフラウがおかしなことを言っている、とスルーする。

 

 まぁ、現実もよく考えるとそんなもので、普通のアニメのように無駄なく会話がつながる方が実は不自然。

 だから富野アニメの会話はリアルなんだ、という主張もあったが……

 

「僕の気持ちがわかるもんか」

「アムロ!」

 

 アムロはコクピットハッチを閉じ、ガンキャノンを立ち上がらせる。

 

「アムロ……」

 

 バギーに戻りアムロを追うフラウ。

 ミヤビの知る史実とは状況がまったく異なっているはずなのに、お互いの認識がすれ違っているために史実と同様の会話を交わす二人。

 

「そういう意味で言ってるんじゃないから!」

 

 とツッコむことのできるミヤビはこの場には居なかった……




 アムロ、放浪編の始まり。
 缶詰を直接あぶったりと、サバイバルでワイルドな感じがいいですよね。
 そしてフラウがやっぱりやべーことに。
 ミヤビも頭を抱えてうんうん唸っている場合じゃないのですが、果たして復活するのはいつか。
 これもテム・レイ博士ってやつのせいなんだ……

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第18話 黒いガンキャノン Bパート

「いったい、いつまでこんなことさせるんだよ?」

 

 銃、それも軍人にとってはバックアップに過ぎない拳銃を磨くことぐらいしかできないことに、苛立つカイ。

 まぁ、彼らはパイロットなので機動兵器搭乗時に身に着ける護身用拳銃の手入れは必須ではあるが。

 

「リボルバー?」

 

 現実逃避気味に自分のアーマーマグナムを磨いていた……

 とはいえ表情が変わることが無いので誰も異常に気付かないが、ともかくミヤビの目が、ふとカイが分解手入れしていた回転式拳銃に向く。

 S&Wとコルトが混じったようなかなり謎な代物であるが、各社のパテントはとっくに切れているし銃器メーカーも買収、合併、提携など離合集散を繰り返しているだろうからこういった銃も生まれるだろう。

 

「ああ、サバイバルキットに入ってたやつですよ」

 

 カイが答える。

 そんなものを持ち出さなければならないほど、ホワイトベースは貧窮しているとも言える。

 

「何で今どきリボルバーなんですかね」

 

 と、こちらは地球連邦軍制式拳銃、M71を磨いているハヤト。

 M71は一般的な9x19mm拳銃弾、俗に言うパラベラム弾を使うオートマチック拳銃だが、無重力環境下での使用と命中率向上のため低反動機構が組み込まれており、全体的にごつい。

 まぁ、M71は装弾数15+1発の複列式弾倉、つまりダブルカラム式拳銃である。

 ダブルカラム式拳銃はどうしても厚みが出るので、ごつくはなりがちなのだが。

 

 ミヤビの前世、旧21世紀の時代になっても旧式なコルトガバメント系の拳銃が護身用として一定の人気を持ち続けていたのはアメリカ人の45口径信仰のせいばかりではなく、弾倉がシングルカラム式なので銃本体も薄く、携帯に便利だったからだ。

 大抵の国や地域では制服警官等、法で許されている者以外は拳銃を見えるようにぶら下げて歩いていると公衆の面前で脅迫行為に使用したことになり捕まってしまう。

 そのためコンシールドキャリー、隠し持つことが必要になるのだが、その場合、銃の厚みというものが意外と問題になるのだった。

 

 そんなことをつらつらと思い起こしながらも、ミヤビはハヤトの疑問に答える。

 

「どうして今どきリボルバーなのか、というと色々な理由があるけど、長期間、銃弾を装填したまま手入れ無しでも問題なく作動するからというのが大きいんじゃない?」

 

 ということ。

 

「オートだと弾倉のスプリングがへたってしまうから、装弾不良を起こしてしまうのよ」

 

 その点、リボルバーは銃弾を装填したままでも各スプリングにテンションがかかることが無いため、長期間放っておかれるようなサバイバルキットに入れておくのに向いているのだ。

 弾を抜いておけば、という話もあるだろうが軍用のサバイバルキットには護身の役目もある。

 脱出した先で弾を込めて…… などと悠長なことはしていられない。

 明かりも無い真っ暗な環境下に放り出される、というのもあり得るのだし、そんな中で小さな拳銃弾を弾倉に一発一発手で込める?

 まず無理だ。

 

「それに使用目的によってはリボルバーは未だに現役よ」

「使用目的?」

「ハイイログマ、グリズリーが生息する北米大陸なんかのように、大型の猛獣が出る環境下での護身やバックアップ」

 

 グリズリー相手には9ミリ拳銃弾なんて豆鉄砲以下だ。

 最低でも44マグナムが要るが、44マグナムを撃てる自動拳銃は西暦の時代にあったデザートイーグルのように重くかさばる。

 そのため大型獣相手の自衛や狩猟時、メインの猟銃がトラブった場合のバックアップにはリボルバーが好まれるのだ。

 

 映画『ダーティーハリー』で有名になった44マグナムだが、本来は中型獣から大型獣までをカバーする狩猟用弾薬で人を撃つためのものでは無い。

 それゆえ公的機関の執行官が携帯する武器としては禁止されていることが多いものだった。

 

「まぁ地球連邦軍だと、そういう理由でM71に不安を覚えた北米アラスカ基地の気圏戦闘機のパイロットやヘリクルーたちからの要望もあって、このアーマーマグナムが準正式採用されているんだけどね」

 

 そういうことだった。

 

 

 

『アムロ、二時の方向に金属反応よ』

「ん?」

 

 サラツーの警告に、ガンキャノンを停止させるアムロ。

 

「きゃあっ!」

 

 そして不意に足を止めたガンキャノンにバギーをぶつけてしまうフラウ。

 

「もう、なによ、いきなり止まって。危ないじゃない」

 

 その物言いに呆れるアムロ。

 

「帰りゃいいのに」

 

 そうつぶやくが、

 

『そうよね、もう私たちにホワイトベースなんて関係ないんだから』

 

 と言うサラツーに、困った顔をする。

 ともあれ、

 

「あれは?」

 

 岩山に機体を張り付け、頭部センサーをわずかに稜線から出して観察するアムロ。

 

 

 

「トンあたり2グラム。予想通り良質のソリウム鉱床です。あと五つもこの程度の鉱床を掘り当てれば我が軍は……」

 

 視察に訪れたキシリアに、鉱山の説明をするマ・クベ大佐。

 しかし、

 

「ソリウムには限りません。連邦には貴重な資源を1グラムたりとも渡してはならないのです。それがこの戦いを勝利に導き、ひいてはその後の支配の確立にもつながるわけだ」

 

 と、話の途中でキシリアにそう告げられる。

 

「心得ております」

 

 キシリアに発言を遮られた形のマ・クベだったが、いつものことなので気にせず恭しく頭を下げる。

 キシリアは頭の回転が速い。

 つまり凡人が説明している途中で相手が何を言いたいか理解してしまい、もういいとばかりに言葉を遮って話を進めてしまうわけだ。

 

 ミヤビの前世でもこういう人物は居た。

 決裁を取るため書類を片手に説明を始めると最初の数行をこちらがしゃべった時点で、

 

「こういうことだね」

 

 と言う上役が……

 技術系の作る文書はまず結論を頭に持ってきて簡潔に、というのが主流なので普通ならそれでもいいのだが、その当時、ミヤビは期間限定で情報システム系部署に転属配置されていた。

 そして情報システム系部署にはストーリーを重視する、という社内でもかなり異なった文化があったため、作成される文書はまず最初にこれまでの経緯があって、説明があり、最後に結論というもの。

 一つの事柄を実現するにも多数の手段がある情報系独特のストーリーで相手を納得させる文化で、これを守らないと上役の所まで書類を回せないが、この上役は過程を吹っ飛ばして結論に至るので、この書式では非常に説明しづらいという。

 常に二倍速で動いているような人物で(食事も二倍のスピードで食べるので昼食を共にすると辛い)、出世も二倍速で最終的に取締役まで行っていたが。

 

 一方で、この頭の回転の速さが逆に仇になるケースもある。

 相手の話を途中で遮ってしまったり、まくしたてるような形になるので、会話が大事な職場や接客業では非常に印象が悪いのだ。

 特にクレーム処理で客の発言を遮るなど最悪である……

 当人はハキハキ、キビキビ働いている私有能、と思っているので自覚していない場合が多いのだが。

 

 そんなわけでキシリアの言動も結構印象が悪い。

 ザビ家の策謀家、というわけで誰も逆らう者が居ないだけで。

 もっともマ・クベは、

 

(さすがキシリア様、理解が早い)

 

(私とキシリア様とでは時間の価値が違う。より高いキシリア様のペースに合わせるのは当然)

 

 と思っているので問題にはならず……

 キシリアもそういうマ・クベだからこそ遠慮せずにズケズケものを言っているところがある。

 キシリアとて、必要があればネコを被るのだ。

 

「ここより北50キロ辺りにも同じような鉱床があります」

「人員と機材は望み通り与えましょう」

 

 という具合に、二人の間には感情の軋轢も理解の齟齬も無い。

 割といいコンビである。

 

 

 

「やっぱりジオンの採掘基地だ。とうとう見つけたぞ」

『やったね、アムロ』

 

 喜び合うアムロとサラツーだったが、

 

「ねえ、どうしたっていうのよ。教えてくれたっていいじゃない」

 

 空気を読まずに割り込んでくるフラウに顔をしかめる。

 

「大声出さないでくれ、あそこにジオンの採掘基地があるんだ」

「えっ? ほんとなの?」

 

 自分も顔を出そうとするフラウ。

 

「こら、見つかったらどうするんだ」

 

 アムロはガンキャノンの手で彼女を遮るが、

 

「失礼ね、そんな迂闊じゃないわよ」

 

 と、彼女は自分の手でガンキャノンの指を動かし、隙間を作って覗こうとする。

 呆れたアムロが、指関節の動力をカットしたこともあって持ち上げることができた。

 

 ……よく考えると動力をカットしたとしても、モビルスーツの指を人力で開かせるなどということが少女の身でできるわけが無いのだが。

 ストーカー等、イッちゃっている人間特有の、身体にかかっているリミッターが外れているが故の怪力であった。

 

 なお……

 ミヤビの知る史実でも彼女はガンダムの指を持ち上げ開いていたりする。

 

「……すごい。ねえ、ホワイトベースに連絡しなくっちゃ」

 

 興奮するフラウを、アムロは止める。

 

「待てよ、今、やつらに通信を聞かれたら不利になる」

「じゃ、どうするの?」

「フラウはホワイトベースに戻って連絡しろ」

「アムロは?」

「僕はここに残って偵察を続ける」

「わかったわ」

 

 そうしてフラウはホワイトベースに連絡を取るべくバギーを走らせる。

 

 

 

「これだな、レビル将軍がオデッサ・デイで叩こうというジオン軍の鉱山って」

 

 光学センサー等パッシブ式のセンサー類の観測で見る限り、規模は相当に大きく感じられた。

 

『ザクは一機も見えないわ。これならガンキャノンだけでも潰せるよ』

 

 と、サラツー。

 

「ガンキャノンでここを潰せば連邦軍の軍隊が動かなくってすむ、か……」

 

 アムロもサラツーを処分させないよう守るためにも、実績を上げるべきかと考える。

 

「そうすればブライトさんにもミライさんにも口を出させることもなくなる」

 

 そういうことだ。

 

 

 

「……早く知らせなくっちゃ。見つかったらその時のことよ」

 

 バギーをホバーモードにして疾走するフラウ。

 

「あたしが、そしてガンキャノンが見つかったとしても、ホワイトベースが助けに入ればいい。そうすればアムロも帰ってくる」

 

 つぶやくその唇が、いびつに歪む。

 

「いいえ、アムロがピンチになったところに援軍を呼んで駆け付ければ、きっとあたしはアムロに感謝される」

 

 

『きゃあああっ!』

「うわぁあ、ガンキャノンが、サラツーがやられたぞ!」

「助けに来たわ、アムロ」

「フラウ・ボゥ。君が危険を冒してホワイトベースを呼びに行ってくれたおかげで助かったよ。でも、サラツーが……」

「アムロにはあたしが居るじゃない」

「フラウ・ボゥ……」

 

 

「ふふっ……」

 

 酷すぎる妄想を浮かべながらも笑うフラウ。

 それをされたらアムロだって死にかねないのだが、嫉妬に狂う彼女には分かっていなかった。

 

「ジオーン! 早くあの性悪AIを殺しにいらっしゃーい!」

 

 フラウはわざと見つかるように砂煙を高く巻き上げ、ホバーバギーを狂気の表情で走らせ続けるのだった。

 

「ぶべら!?」

 

 途中でコズンをホバー噴射に巻き込み、吹っ飛ばしたことにも気づかずに。




 ますます嫉妬に狂っていくフラウ。

> ミヤビの知る史実でも彼女はガンダムの指を持ち上げ開いていたりする。

 ここはもちろん、

>「……早く知らせなくっちゃ。見つかったらその時のことよ」
> バギーをホバーモードにして疾走するフラウ。

 この辺も史実どおりなんですけどね。
 ミヤビは銃なんか磨いている場合じゃないのですが。
 まぁ、銃談義が楽しいのは分かりますけど。

 次回は戦闘の開始。
 そしてガルマとシャアの兵器談義『マゼラアタック編』の予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第18話 黒いガンキャノン Cパート

「……何事です?」

「キシリア様、こちらへ」

 

 当然、フラウは発見され、芋づる式にガンキャノンも発見される。

 マ・クベは基地戦力をガンキャノンに向けつつも、

 

「アッザム、発進準備を急げ!」

 

 移動トーチカたるアッザムで視察を行っていたキシリア。

 彼女をアッザムで逃そうとするが、

 

「マ・クベ、アッザムの性能テストにはよい機会です。お前がやってみせよ」

「……キシリア様」

 

 キシリアの無茶振りに言葉を詰まらせる。

 

「直接連邦軍のモビルスーツを目にするのも、今後の作戦には役に立とう」

 

 と、自らもアッザムで出ようというキシリアに覚悟を決め、

 

「は、キシリア様。必ず」

 

 そう答えるのだった。

 

 

 

「うわあっ、ああっ。……こいつ!」

 

 先制を許してしまったガンキャノンは、基地の砲台や前進してきたマゼラアタック部隊の物量戦に苦戦する。

 

「このっ、このっ!!」

 

 ビームライフル、そして両肩の240ミリ低反動キャノン砲を駆使して倒していくが、マゼラアタックは車体を撃破されると飛行砲塔、マゼラ・トップを切り離し、砲撃を加えながら後方へ逃走。

 マゼラ・トップを撃墜しても脱出装置が作動し、乗員はシートごとコクピットから射出されパラシュートで脱出していた。

 高度0速度0の状態からでもパラシュートが十分開く高度までパイロットを打ち上げる「ゼロ・ゼロ射出」が可能な射出座席だった。

 

 

 

「マゼラアタックの運用変更に関する通達? ガルマ、なんだこれは」

 

 自分の不在時にガルマが行っていた業務を確認していたシャアは、ようやく軍病院のベッドから解放されたガルマにたずねる。

 左足のギブスも外すことができたガルマは、杖の補助を使えば自力で歩けるほどにまで回復していた。

 

 なお使っているのは大仰な松葉杖ではなくロフストランドクラッチ。

 つまり通常の杖に、腕を通して固定するサポート機構が備えられているもの。

 ミヤビの前世、西暦の時代でも欧米の医療機関で主流になっていたものだ。

 

 そしてガルマはうなずくと、こう答える。

 

「ああ、それか。入院中、時間ができたので、かねてからの疑問にメスを入れてみたのだ」

「かねてからの疑問?」

「うむ。マゼラアタックを見て、この兵器はおかしい。開発者は何を考えて作ったのかと思ったことは無いかい?」

「……それは今さらだろう?」

 

 マゼラアタックは変てこな戦車だ。

 形も、その運用方法も。

 

「マゼラ・トップとマゼラ・ベースから構成され、マゼラ・トップのみを分離して飛行させる事が可能。マゼラ・トップは上面装甲の薄い地上戦力を上空から攻撃できるほか、着弾観測機的な役割も果たす」

 

 それだけを聞くと大変優れた兵器に思えるが、

 

「しかし飛行時の命中精度は極端に低下し、主砲の有効射程…… この場合は戦車大の目標を狙って命中させることができる距離、になるが600メートルほどとも言われる。また、飛行時間は5分と短く戦闘中の再合体は不可能。つまり大仰なスペックを謳っているが、実際には制限がありすぎてそのとおりには運用が難しいという典型だ」

 

 シャアの言葉には、ガルマもうなずく。

 

「この難しいというのがポイントだな。例えばマゼラ・トップの再合体だが、スペック上はできることになっている」

「なに?」

「もっともやるには操縦者の熟練を要するし、そもそも戦闘中ではマゼラ・ベースを安定させるのも難しいだろう。テストパイロットが試験において一定速度を走行中のマゼラ・ベースとの合体に成功した、という限られた条件での成功例をもって可能と謳っているだけだ。そして初期の戦車隊で「スペック上できるのだからできるはず」と猛訓練の果てに職人芸的神業で可能としてしまったことも話を複雑にする」

 

 どこにも職人気質のバカ(誉め言葉)は居るものである……

 

「当然、兵員の消耗で練度の落ちた…… というかできるほうが異常なのだが、現在の戦車部隊では無理で、普通は後方で専用の設備を使って再接続させる」

 

 ミヤビの前世の記憶にある書籍資料類の中でも、マゼラ・トップの再合体はできるという説とできない、専用の設備が無いと無理という説があった。

 マゼラアタックの資料は少ないため、Wikipediaあたりの記載も「できない」とされたり、その記述が削除されたりと一進一退の編集攻防が繰り広げられていたが。

 

「そこで私は何を思ってこんな仕様にしたのか、実際に開発に携わった技術者に聞き取り調査を行った。すると意外な事実が浮かび上がったのだ」

「ほう?」

「まぁ当時のことに関しては、不明瞭な部分もあり足ない部分は推測も混じるが、大まかのところは間違っていないだろう」

 

 そう前置きをしてガルマは語る。

 

「元々マゼラアタックは、高価で数をそろえることが難しいモビルスーツを補うための陸戦兵器だ。30倍以上の国力を持つ地球連邦に対し、圧倒的寡兵で重力戦線を戦い抜くには従来兵器に無い発想が必要だ」

「それが飛行攻撃能力の付与か?」

「実は…… それは開発決定の裁可を受けるために付け加えられたセールストークに過ぎなかったとしたらどう思う?」

「何だと?」

「開発スタッフはこう考えたのだ。地球連邦軍の主力戦車61式に対し撃墜対被撃墜比率、キルレシオを上げるのは当然だが、一番優先されるのは人的資源の保護だ。そもそもモビルスーツの不足を補うのに二名以上の定員が必要な戦車を使うのは不合理だ。ゆえに1名でコントロールできる仕様とし、その1名も分離飛行、自衛も可能な脱出ポッドで保護する。そしてこのコンセプトを通すために、脱出ポッドは状況次第で空中からの立体的な攻撃にも使える、着弾観測機的な用途にも使えますよ、としたのだ」

 

 つまり人的資源の保護が主目的で、分離飛行攻撃能力はあくまでもおまけでありメインでは無かったのだ。

 

「だがこのおまけのコンセプトが開発陣の予想を超えて上に受け、独り歩きするようになった。そのせいで本来不要だったマゼラ・ベース側にもコクピットを設け、分離行動を可能とする、などといった本末転倒な仕様を盛り込む羽目に陥る」

 

 ミヤビの前世で有名だった『顧客が本当に必要だったもの』で知られる風刺画みたいなもので、新しいものを作る場合はこの手の混乱、迷走は大小あれ、つきものではあったが。

 

「まぁ、現場では人員不足で多くが1名でコントロールされる運用が成されたがね」

 

 ミヤビの前世の記憶でも、マゼラアタックの乗員は2名であるとする資料もある一方、1名であるという資料も存在するのは、このあたりの経緯が影響しているのだろう。

 映像作品でもマゼラ・トップ側の乗員しか描かれておらず、マゼラベース側のコクピットの描写があるのは独自アレンジの多い近藤和久氏のマンガ『機動戦士ガンダム オペレーション:トロイ』など少数だった。

 

 なお、グラスルーフ式のコクピットの耐弾性に不安を抱いたのか、マゼラ・トップ側のコクピットにカメラセンサーを取り付け、マゼラ・ベース側のコクピットで操縦を行うという仕様に改造された車体もあったというから、完全に無駄とも言えないらしい。

 

「だから私はマゼラ・トップによる無理、無駄のある攻撃を控え、あくまでも本来の設計どおり、脱出ポッドとして活用するように通達を出したのだ」

「なるほど……」

 

 ルウム戦役を終えた時点ですでにレビルに「ジオンに兵無し」と言われたほどに人的資源は枯渇、払底してきている。

 圧倒的寡兵で連邦と戦わなければならないジオンには、ガルマの指示はかなり有効だろう。

 

「そもそも戦闘が優位なら、戦場に残されたマゼラ・ベースは後から回収できる。不利でもマゼラ・トップが回収できれば色々と使い道がある」

 

 マゼラ・トップをカーゴやモビルスーツトレーラー、サムソンの荷台に載せ移動砲座とするなど、ミヤビの前世の記憶にも色々と活用法が見られたものだった。

 そしてガルマはモニターにマゼラアタックのZIM/M.T-K175C、175ミリ無反動砲をモビルスーツの手持ち武器として使えるよう小改修をしたものを映し出す。

 

「これは?」

「以前から現地改修で使われていたものだな。あの連邦軍のモビルスーツにザクのマシンガンが効かない以上、それよりさらに高火力の武器が必要だからな」

「ふむ」

 

 これから放たれる装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS、作中ではペネトレーター弾と呼称)は『機動戦士ガンダム第08MS小隊』にてルナ・チタニウム製の装甲を持つ陸戦型ガンダムの脚部を正面から破壊。

 また『機動戦士ガンダム』第21話では成形炸薬弾(HEAT弾:High-Explosive Anti-Tank)と思わしき弾薬でガンダムの背に装着されたシールドを一撃で破壊し、その下のランドセルにまで損傷を負わせている。

 ガンキャノンはより強固な装甲を持つが、それでも当たり所によってはまずいし、今後予定されるコストダウンされた量産機には有効な武器となるだろう。

 

「こちらについても正式に運用するよう通達には含めてある」

 

 やはりこのガルマ、覚醒している。

 

 それが覚醒の元となったミヤビの首を絞めることになるのだが、その事実を知る者は居なかった……

 

 

 

 マゼラアタック隊を退けたガンキャノン。

 

「なんだ、今までとは違う?」

 

 その戦い方に違和感を感じるアムロだったが、

 

『アムロ、ザクだよ!』

「なんだって!?」

 

 ミヤビのもたらしたバタフライ効果のせいか、この鉱山には史実とは異なり、ザク三機、一個小隊が隠して配備されていたのだ。

 さらに移動トーチカとも言えるアッザムが後方から姿を現す。

 しかし、

 

「ビームライフルのエネルギーがもう無い!?」

 

 

 

「フフ、今までのデータで確かめてある。マゼラアタックとの小競り合いでビームを使いすぎたのだよ」

 

 笑うマ・クベ。

 史実とは違いガルマが戦死していないため混乱は起こらず、ホワイトベースとの戦闘記録は軍内に余さず伝えられている上、マ・クベ自身、ガルマ負傷の直後にキャリフォルニアベースに足を運び、データを確かめている。

 その上、ガルマからのマゼラアタックの運用変更に関する通達を受け、人的資源を保護しつつガンキャノンを消耗させる、という手段を取ることができたのだ。

 

 

 

「うわああっ!?」

 

 ザク、そしてアッザムからの集中攻撃を受け、吹っ飛ぶガンキャノン。

 ビームライフルがエネルギー切れでも、まだ両肩の240ミリ低反動キャノン砲の弾が残っていたが、これを撃つためには足を止める必要があり多数から攻撃を受けている現在、反撃は難しい。

 ザクのうち一機はガルマの通達を受けて正式運用が開始されたマゼラトップ砲、ZIM/M.T-K175C、175ミリ無反動砲を装備しており、これに当たるのはまずいということもある。

 

(考えろ)

 

 アムロは敵の攻撃を必死に回避しながら思考する。

 

(考えろ、手段にとらわれるな)

 

 腰のラッチにあるのはヒートナイフのみ。

 ヒートホークがあれば、いくらかは楽になるのだが。

 

「ヒートホーク?」

 

 有利と見て迫ってくるザクを見てアムロはひらめく。

 今までの自分は何を悩んでいたのだろうと。

 

「武器は、向こうから歩いてやってくるっていうのに」

 

 そしてアムロは膝側面ラックに収納されていた投擲型榴弾、ハンドグレネードを投擲!

 ザクはとっさに散ることで爆発を避けた。

 だが回避した先にガンキャノンが突撃!

 その腕がザクの腰アーマー部にマウントされていたヒートホークを奪い去る。

 

「おおっ!」

 

 ヒートホークの刃が過熱によりプラズマ化する。

 ガンキャノンのマニピュレータには、テム・レイ博士の手でジオン規格の給電システムと兵装コントロール装置が組み込まれているのだ。

 ヒートホークの一撃がザクを斬り倒す!

 

『アムロ、左右からザクが!』

 

 サラツーからの警告。

 左側のザクがマゼラトップ砲を構え、撃ってくる。

 しかし、

 

「盾ならここにある!」

 

 アムロは倒したザクをガンキャノンの左腕一本で吊り上げ、砲撃を防ぐ。

 そして右側からヒートホークを抜いて突進してくるもう一体のザクには、

 

「サラツー!」

『うん、トマホゥゥゥク、ブゥゥゥメラン!!』

 

 サラツーのアシストを受けヒートホークを投げつけ、その頭部を粉砕する。

 ヒートホークはコロニー建設に用いられる作業用宇宙艇搭載の高周波誘導切断器の技術流用から作られた武器だが、その形状は日常工具や戦闘に使われた投擲も可能な片手斧、トマホークに由来する。

 アメリカ軍ではベトナム戦争で使われたベトナムトマホークを発展させたものを2000年代に入ってからタクティカル・トマホークとして採用、いざというときには投擲も可能なナイフより強い工具兼武器として使用していたという。

 ヒートホークはその流れをくむ軍用武器と言えよう。

 

「そして銃も!」

 

 アムロは空いたガンキャノンの右腕でザクからマシンガンを奪う。

 

『射撃管制装置(FCS)ドライバー認識』

 

 サラツーの報告。

 RX計画、そしてV作戦ではザクの研究も行われており、また連邦軍は実戦でも鹵獲ザク部隊を運用していることもあり、この辺のソフトウェアは解析されているのだ。

 プロテクトが施されても教育型コンピュータの演算力なら強引に突破が可能だし、それがだめでも射撃モードをマニュアルに切り替えれば射撃が可能だ。

 

「やれる!」

 

 フレンドリーファイアに動揺する左側のザクをハチの巣に。

 盾にしていたザクを捨て、最後の頭部を失ったザクも撃破!

 

『アムロ、上だよ!』

「なに!」

 

 サラツーの警告で上から接近するアッザムに気付くアムロ。

 砲撃を受けるが、しかしドムのジャイアントバズの直撃にすら耐えるガンキャノンの正面装甲はそれを弾いた。

 

 このガンキャノンは全身がルナチタニウムそのものなのだ!!

 

 しかしアッザムはそのまま直上まで移動、そして、

 

 

 

「ハハハ、上を取ったぞ」

 

 勝ち誇るマ・クベ。

 

「リーダー発射」

 

 アッザムの底部からカプセルが投下される。

 

 

 

「な、なんだ?」

 

 とっさに頭部バルカンで撃墜したガンキャノンにカプセルの中身の粉末が降りかかる。

 

「こ…… これは!?」

 

 

 

「電磁波を受けて超高熱を発するプラズマリーダーだ!」

 

 次いでガンキャノンの周囲に鳥籠状のワイヤーを展開するアッザム。

 

 

 

「そんなワイヤーの檻が役に立つものか!」

 

 ヒートナイフでも容易に排除できるはずのこれで一体何を……?

 一瞬の戸惑いがアムロの動きを遅らせた。

 

 

 

「そしてこの中に電磁波を流し込めばどうなるか! さらばだガンキャノン!!」

 

 ワイヤーから発せられた電磁波がガンキャノンの周りを包み込む!

 

 

 

「うわああああああ!!」

 

 電磁波の檻で作られた密閉空間! 

 その中でガンキャノンは高周波の加熱による灼熱地獄にさらされる!

 

 

 

「きさまは電子レンジに入れられたダイナマイトだ!! 電磁波の閉鎖空間の中で爆散するがいい!!」

 

 勝利を確信するマ・クベ。

 ガンキャノンの上半身には240ミリ低反動キャノン砲の弾薬がぎっしりと詰まっているのだ。

 これが熱により誘爆したらガンキャノンは爆発四散!

 跡形も無く吹き飛ぶことにもなりかねない。




 おや、マ・クベのようすが……

 ガルマとシャアの兵器談義『マゼラアタック編』。
 まぁ、ガルマも「不明瞭な部分もあり足ない部分は推測も混じる」と言っているとおり、彼から見た事実で。
 他の人間からはまた違った見方もできるでしょうけど。

 そして戦闘の開始ですが、テム・レイ博士の魔改造で敵の武器を奪いながら戦うスタイルが確立。
 アッシマーがガンダムMk-IIのビームサーベルを奪ったり、νガンダムがギラ・ドーガのビーム・マシンガンを奪ったりと本編でもあったことですが、それの発展形とも言えるでしょうか。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第18話 黒いガンキャノン Dパート

 すべては罠だった、そう気がついた時にはもう遅すぎた。

 

 アッザム・リーダーと名付けられた広域高周波加熱システム。

 展開されたプラズマ結界がガンキャノンを焼き尽くさんとする!

 

『ひぐぅうぅぅぅッ!? あっ、あぁっ、ああぁああぁああぁぁぁッ!!』

 

 機体を苛む高温に悲鳴を上げるサラツー。

 機体からのフィードバック信号を苦痛と感じるほどにAIの同調率を上げ過ぎた弊害だ。

 アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のシンクロ率に類似した仕様だが、このシステムの残酷なところはエヴァンゲリオンのパイロットと違って、同調率をサラシリーズが任意で調整できること。

 サラシリーズはフィードバックの苦痛、危険より、己のマスターのためを思って同調率を上げ過ぎる……

 特に自分のマスターであるアムロにほれ込んでいるサラツーには危ういまでに同調率を上げてしまう傾向があった。

 

「サラツー!? うわっ!!」

 

 手元のザクマシンガンの弾倉が誘爆した!

 幸い残弾が少なかったためガンキャノンに大きな被害は出なかったが、同じことが240ミリ低反動キャノン砲の弾薬に起こったら、とアムロはゾッとする。

 

「表面温度4000度!? さっきの砂みたいなやつのせいか」

『パイロット及び回路保護のため、全エネルギーの98パーセントを放出中』

 

 そう告げたのは教育型コンピュータの省電力モード移行に伴い、がっくりと気を失うかのように休眠状態に陥ったサラツーではなく、その代替を行う人工無脳、botだ。

 

「98パーセント? それじゃあ動けない」

 

 

 

「キシリア様、成功です。なんといってもモビルスーツの研究に関してはこちらの方が長いですからな」

 

 キシリアに報告するマ・クベだったが、その時飛来した一発のミサイルがアッザム・リーダーの基部を破壊する!

 

「なに!?」

 

 

 

「アムロ!」

 

 ガンキャノンの危機に駆け付けたのはミヤビのドラケンE改。

 アーマーマグナムを磨いているうちに心が落ち着いてきたミヤビは、

 

(銃を磨いてる場合じゃない!)

 

 と我に返り、ホワイトベースを飛び出してきたのだ。

 そしてその先で砂煙を上げながら爆走するフラウのホバーバギーを発見。

 フラウのことだからその進路の逆をまっすぐ行けばアムロと接触できると読んで駆け付けたのだった。

 

 しかし、

 

『酷い……』

 

 サラが思わずつぶやいてしまったとおり。

 ガンキャノンは弾薬誘爆こそ起こしていなかったが、すでに真っ黒に焦げ付き、力なくくずおれていた。

 まるでアニメ『太陽の牙ダグラム』最終回で燃やされてしまったコンバットアーマー、ダグラムのように。

 

 

 

「ははは、もう遅い。今止めを……」

 

 ガンキャノンに向かって砲撃を加えるマ・クベ。

 しかし、

 

「避けられた?」

 

 信じられぬと目を見開くキシリア。

 マ・クベも、

 

「ザクならとっくに弱ってるはずですが」

 

 と驚く。

 

 ザクの装甲は超硬スチール合金製で、熱には弱い。

 仮に破壊されなくとも、鋼は熱を受けると焼きなまされ、劣化する。

 火災を起こした戦闘車両が再生不能になるのはそのせいだ。

 増してやザクは装甲がフレームを兼ねるモノコック構造。

 装甲外殻の損傷が機体強度の低下に直結するのだ。

 

 一方、ガンキャノンの装甲はルナ・チタニウム。

 チタンは過熱による劣化が(ある程度までなら)発生しないのだ。

 ミヤビも前世でアウトドア用のごく薄いチタン鍋を空焚きして真っ赤に赤熱させたことがあるが、その後の使用に問題は無かった経験を持つ。

 また旧20世紀の超音速・高高度戦略偵察機SR-71ブラックバードは超音速飛行における空気との衝突による熱で機体が加熱されてしまうため、通常の航空機素材が使用できずチタンを使っていたという。

 そしてその寿命が異様に長かったのは、飛行のたびに加熱され機体素材が熱処理を受けた状態になるためだったと言われていた。

 スチール系の素材とは逆に、加熱が寿命を伸ばす方向に働くわけである。

 

 まぁ、表面塗装はもたず焼きつき、全身真っ黒になってしまってはいたが。

 チタンは焼き付きで表面を保護する酸化被膜に色が定着しやすく、400度以上になると紫から黒に染まって行く焼き色が付くものでもあるし。

 

 また、ガンキャノンの胴体は240ミリ低反動キャノン砲の弾倉をおさめ、保護するのに特化していると言っていい構造となっている。

 腕部の稼働構造の大半を肩部に追い出すことによって一番装甲の厚い、ドムのジャイアント・バズの直撃にすら耐えうる胸部にスペースを確保、そこに弾倉と給弾装置を搭載し保護している。

 それゆえにアッザム・リーダーの高熱にも弾薬が誘爆することなく耐えられたのだった。

 

 

 

「アムロ、新しい武器よ」

 

 ミヤビはドラケンE改の右ひじハードポイントに装着されていたヒートホークを分離。

 ガンキャノンの足元に置く。

 黒に染まった機体が禍々しいガンキャノンが、それを拾い上げる。

 

 

 

『加勢は要る? アムロ』

 

 通信機越しのミヤビの声に、アムロは首を振る。

 

「あんなもの、僕一人で……」

 

 と言いかけ、モニターの片隅、復帰はしたものの戦闘中であるがゆえに視界を邪魔しないようアイコンのように最小化されて表示されるサラツーに目を落とし、

 

「サラツーと二人で十分です!」

 

 と言い切る。

 

『アムロ……』

 

 感動に瞳を潤ませるサラツー。

 

「それより、ヒートホークを僕に渡したらもう武装が無いでしょう。ミヤビさんは離れてください!」

 

 もうドラケンE改には短距離ミサイル一発しか武装は残されていないのだ。

 

「行きます!」

 

 アムロはサラツーのアシストを受けガンキャノンの背面、そして足底部のロケットエンジンを全開にしてジャンプする。

 

 

 

「こ、こいつ!」

 

 ガンキャノンに跳び付かれ、慌てるマ・クベ。

 真っ黒に染まったガンキャノンは、これまでのうっ憤を晴らすかのようにヒートホークを振り上げ、砲塔を潰し、装甲をかち割って行く!

 アッザムから噴き出したオイルが、まるで返り血のようにガンキャノンの黒い機体に降りかかった。

 

 

 

「ブラックゲッターか……」

 

 斧を振りかざし鬼神のように戦うガンキャノンにアニメ『真(チェンジ!!)ゲッターロボ~世界最後の日~』で登場の黒いゲッター1の姿をだぶらせるミヤビ。

 元のゲッターロボに比べ、より禍々しい凶悪なスタイルになっており、そのイメージに違わぬ流竜馬のワイルド過ぎる戦いぶりから視聴者に強烈なインパクトを与えた人気の機体だ。

 機体の色の由来も、塗装ではなく大気圏に突入した際に機体表面が焼け焦げた結果という設定があって、今のガンキャノンに重なるのだった。

 

 

 

「早く振り落としなさい」

「はっ」

 

 キシリアの指示を受け、マ・クベの操るアッザムは機体を傾けるアクロバティックな飛行体勢に入る。

 これもミノフスキークラフトで浮いているからこそできることだ。

 

 

 

「落とされてたまるか!」

 

 アッザムの砲座をヒートホークで破壊。

 折れ曲がった砲身の根元を掴んで耐えるアムロ。

 

 

 

「これまでのようですね。機密保持の為、基地を爆破しなさい」

 

 キシリアは速やかに損切の判断をする。

 

「分かりました。プランDを使います」

 

 マ・クベは鉱山基地にあらかじめ策定していたマニュアルどおりに行動するよう指示。

 プランDでは電子、紙を問わず機密資料を即座に破棄。

 次いで人員の避難の後、鉱山施設を再利用不能なまでに爆破する。

 さらに避難した人員はゲリラ戦で遅滞戦闘を行い連邦軍の行動を阻害する、ということになっている。

 

 問答無用で兵ごと爆破したミヤビの知る史実とは異なっているが、これはガルマの『マゼラアタックの運用変更に関する通達』が影響している。

 マ・クベは有能な人物であり、負傷後のガルマの覚醒ぶりにもいち早く気付いていた。

 そのガルマの指示である。

 マ・クベは通達の骨子、つまり『人的資源の保護』という観点に着目。

 

 企業におけるBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)、つまり企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、損害を最小限にとどめつつ、事業の継続あるいは早期復旧を可能とするための方法、手段などを取り決めておく計画。

 

 これを参考に『人的資源の保護』の観点から非常時対応のプランニングを行い、配下の組織に広めていた。

 そしてキシリアの鉱山視察に合わせ、これをプレゼンテーション。

 キシリアの突撃機動軍に、いやジオン軍全体に広め、これにより将兵の意識を『人的資源の保護』重視へと転換しようと画策していたのだ。

 

 そしてマ・クベが策定したどおりに、即座に遂行されるプラン。

 爆発する鉱山の衝撃に驚くガンキャノンパイロットの隙をついてこれを振り落とすことに成功する。

 アッザムに食い込ませたヒートホークを残して落下していくガンキャノン。

 

「ふむ、事前に受けた説明より速やかにできたようですね」

 

 キシリアも満足げだ。

 

「はっ、軍が『人的資源の保護』重視、つまり自分たちの命を考えてくれている、となれば兵の士気も上がりますれば」

 

 ミヤビも前世の記憶で覚えがあることだ。

 とある企業で、

 

「病気やけがは治療すれば治るが、メンタル疾患は治るとは限らない。だから通常の病気やけがに対する保護は手厚くする一方、メンタルは職が合わなかったということで保護より退職を勧めることにする」

 

 という舵を切ったが、結果、社員の生産性がガタ落ちし業績も下がったという。

 

「仕事に全力を尽くした結果、うつなどメンタルで倒れたとしても会社は守ってくれない」

 

 となったことで、メンタル疾患にかかる少数の社員だけでなく、大半の社員が自分を守るため仕事にかける力をセーブしてしまったのだ。

 

 つまりメンタル疾患も含め傷病に対する手厚い保護というのは、疾患にかかる一部少数の社員を守るだけでなく、すべての労働者が不安なく十全に力を発揮し働くためにこそある。

 それは企業にもメリットになることであり、そのためにこそ雇用者が用意するものなのだ。

 そして命を懸けて戦わなければならない軍隊では、そういった配慮がさらに士気に、生産性に関わってくるというわけだった。

 

 一方で、キシリアはアッザムの戦闘記録を再確認しながら思案する。

 

「連邦軍のモビルスーツ、噂以上の性能と見た。我らもテスト中の各モビルスーツの実戦配備を急がねばならない」

 

 と。

 しかし史実のガンダム以上に黒いガンキャノンの暴れ振りはキシリアにインパクトを与えた様子で、

 

「いや、ただ急がせるだけでは足りない。ここは取捨選択をすることでリソースを集中させるべきか」

 

 とつぶやく。

 

 経営者にとって『何をやるかを決める』のと同等かそれ以上に『何をやらないかを決める』のは大事である。

 ヒト、モノ、カネ、時間といった経営資源は限られているのだから選択と集中は必須なのだ。

 

 それと同様に、キシリアはジオンの限られたリソースを開発機種を絞ることで集中させようと、ここに決意したのだった。

 

 

 

「やっぱり自爆装置か……」

 

 現場から一足先に逃げ出していたミヤビはため息をつく。

 史実どおりの展開と思い込む彼女は、ジオンがより手ごわくなっている事実に気付かないのだった……

 

 

 

「第102採掘基地。第102採掘基地だって? 僕がやったのはたくさんある採掘基地のひとつだったっていうことなのか。レビル将軍が叩こうとしてるのはこんな鉱山じゃないのか? もっとすごい鉱山のことなのか」

 

 そして爆破された敵基地の残骸、そのプレートをガンキャノンのモニターにズームしたアムロは失望の声を上げる。

 なおプレートは粉々に爆破されていたものの、映像からジグソーパズルを組み立てるように欠けている部分も含め一瞬で情報復元してしまうサラツー、というか教育型コンピュータの演算力マジ凄い。

 更には、

 

『アムロ、敵兵が』

「っ、生き残りか? 生身の兵士がロケット弾程度でモビルスーツと戦おうって言うのか?」

 

 ゲリラ戦を仕掛けてくる敵兵に、ここに固執する意味は無いとアムロは退避。

 再び流浪の道を歩むことになる。

 

 

 

「な、なんじゃこりゃあー!!」

 

 ようやくたどり着いた基地が悲惨な状態になっているのを見たコズンは、その場でパタリと倒れ込む。

 兵士たちも撤退を完了しており、彼を助けてくれる者は居なかった……

 

 

 

次回予告

 

「とあるプロジェクトにランバ・ラル隊をスカウトしたくて」

「何だって?」

「傭兵団、それもジオン外注の独立重駆逐部隊…… 地球連邦軍の試作型モビルスーツ運用艦を密かに乗っ取り、最新鋭モビルスーツRX-78ガンダムと呼ばれる機体を筆頭としたモビルスーツ群を運用する極秘の教導部隊」

 脱走したコズンに接触するミヤビ。

 しかし戦況はいやおうなしに進み、ラルのグフとガンキャノンの戦いが始まる……

 次回『ランバ・ラル特攻!』

 君は生き延びることができるか?




 ガンキャノンが焦げてブラックガンキャノンになりました。
 ブラックゲッターと同じく大気圏突入でやろうかとも思ったのですが、アッザム・リーダーでやった方がいいかと思い、取っておいたネタでした。
 黒い量産型ガンキャノンで名を上げるエース『踊る黒い死神』ことリド・ウォルフとパーソナルカラーが被ってしまうんですけどね。
 もちろんサブタイトルの元ネタは『機動戦士Zガンダム』第1話『黒いガンダム』からですが。

 一方、美味しいところで登場したものの出番の少ないミヤビでしたが、次回は暗躍する方向で行く予定です。
 と言っても黒幕は彼女じゃないんですけどね。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第19話 ランバ・ラル特攻! Aパート

 太陽の下、サバイバルブランケットをまとうようにして砂漠をさすらうコズン。

 その前に現地民のテントが現れた。

 

「キャンプか」

 

 コズンは座り込んでいる老人に話しかける。

 

「水を飲ませてもらえないだろうか?」

「余分はないな。すぐ街だ。そこで買え」

 

 当たり前だが砂漠で水は貴重。

 そもそもミヤビの前世、西暦の時代の日本のように外食でタダの水が出てくる、飲むことのできる水が豊富な国は珍しいものなのだ。

 

「そうですか。ありがとう」

 

 風体に似合わず丁寧に礼を言うコズン。

 ランバ・ラル隊はゲリラ屋の集まり。

 そういった部隊には現地民との円滑なコミュニケーションは欠かせないものなのだ。

 

「街、か。あの嬢ちゃんのおかげで助かったが……」

 

 コズンは昨晩の顛末を思い起こす。

 

 

 

「な、なんじゃこりゃあー!!」

 

 ようやくたどり着いた鉱山基地が悲惨な状態になっているのを見たコズンは、その場でパタリと倒れ込んだ。

 兵士たちも撤退を完了しており、彼を助けてくれる者は居ない。

 

 そしてどの程度、呆然自失としていたのか、

 

「大丈夫?」

 

 心配そうな女性の声に顔を上げれば、いつの間に忍び寄ったのか、赤いミドルモビルスーツ、ドラケンE改の姿が。

 

【挿絵表示】

 

 元々動力源が燃料電池と静かなのに加え、軍用や法執行機関向けのドラケンE改は隠密行動のためにアクチュエーターやローラーダッシュを制御するVVVFインバータ等に無音化処理が施されており、他者に気付かれないよう忍び寄ることも可能。

 

 ドラケンE改はジオンの流体パルス・システムに近い…… というより小型機体に合わせ特化した油圧シリンダー駆動方式が採用されているわけだが。

 これはジオンが当初、モビルスーツを作業機械、モビルワーカーと偽って開発していたことから、カムフラージュのために差し支えない範囲で公表された技術を参考に原型機であるドラケンEが作られたためである。

(ドラケンE自体、モビルスーツを作業機械とする偽装工作のためにジオンから技術提供を受けて作られたという説もあり)

 

 流体パルス駆動は駆動用のアクチュエーターがダンパーを兼ねるため、衝撃吸収用に油圧ダンパーを別途用意しなくてはいけない(後にマグネットコーティング技術が一般化すると不要とされたが)連邦軍のフィールドモーター駆動と比べシンプルで小型機の駆動に向いているほか、アッガイのようなステルス機が成立したように静粛性ではアドバンテージがある。

 

 それゆえの隠密行動(スニーキング)性能だったが、それでもコズンがここまで接近を許したのは、傷つき疲れ果てた上、放心状態だったからだろう。

 そしてドラケンE改のフェイス、胴体部のコクピットハッチが開き、ヘルメット付属のバイザー型HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)を跳ね上げた女性パイロット、ミヤビが顔を見せた時点で、

 

「ひいいいっ!」

 

 甦る、甦る、甦る、あつあつおでんー、その恐怖!

 ミヤビがやったわけではないが、彼女との関わりが妹のミライの変なスイッチを押してしまい、酷い目に遭ったのは確か。

 反射的に後ずさったコズンの足に、非常に嫌な感触が伝わった。

 

 カチッ

 

『あーっ! トラップを踏み抜きましたねっ! せっかくここまで気を付けてそろそろと歩いてきたのに!』

 

 姿が見えない少女の声、サポートAIのサラの悲鳴。

 そしてミヤビの、

 

「それどころじゃないでしょ!」

 

 という言葉と共に、ドラケンE改の左腕マニピュレーターがコズンに伸ばされ、

 

「掴まって! 脱出します!!」

 

 まずいものを踏んだと理解しているコズンは、とっさに飛び付いた。

 ミヤビはドラケンE改のかかとに内蔵されたインホイール・モーターとランフラット・タイヤを左右逆転。

 超信地旋回で背を向けることでコズンを庇う!

 直後、コズンが後にした足元、砂の中から跳ね上がった缶状の跳躍地雷が空中で爆発した。

 

『S-マイン!』

 

 ドラケンの背面装甲が、地中から1.2mほどの高さの空中へ飛び出して炸裂した空中炸裂型地雷がばらまく金属球を跳ね返す。

 周囲にいる者にも被害をおよぼすため、踏んだ直後に爆発するのではなく、足を離した後に起動するようになっていたのがコズンを救ったのだった。

 しかし、

 

『今ので周りのトラップが起動しま……』

「緊急離脱するわよ!」

 

 ミヤビはコクピットハッチを閉める暇も無くスロットルを踏み込み、ローラーダッシュで緊急発進。

 ドラケンE改のマニピュレーターにコズンを抱えたまま走り出す。

 その周囲で連鎖的に爆発するトラップたち。

 

『砲弾やあり合せの爆発物と起爆装置から作られた即席爆発装置(Improvised Explosive Device, IED)ですね。爆発までタイムラグがありますからこのまま走り抜ければ!』

 

 走り抜けることでトラップを回避ってマンガじゃないんだから、とミヤビは思うがそれどころではない。

 辺りに爆発が走る中、必死にドラケンE改を走らせる。

 

(いきなりクライマックスは止めて!)

 

 凍り付いたように変わらない表情の下、内心絶叫するミヤビ。

 いったんホワイトベースと合流し、改めて鉱山基地跡の調査に来たわけだが、こんな歓迎を受けるとは思わなかった。

 背面ロケットエンジンで一気に脱出という手は、コズンを抱えているのとコクピットハッチが開いていることでできない。

 走っている間は風圧でコクピットハッチが閉じられないのだ。

 

 しかし、そんなミヤビは奇妙な既視感を覚え、

 

(あ、これスコープドッグの腕にフィアナを抱えてキリコが脱出するシーンだ)

 

 アニメ『装甲騎兵ボトムズ』で主人公、キリコ・キュービィーがヒロインのフィアナと共に爆発の中を駆け抜ける場面の再現だ。

 ……ドラケンE改が抱えているのはおっさん兵士、コズンだったが。

 

 

 

「し、死ぬかと思った。よくあの地雷原の奥まで歩いて行ったもんだな、俺は」

 

 死のトラップ地帯を抜け、ようやく息をつくコズン。

 

「あそこに至るまでは対車両トラップばかりだったんでしょうね」

 

 と、ミヤビ。

 対車両用の起爆装置は通常、人間の体重では起動しない。

 コズンは渋い顔をして、

 

「案外、トラップ地帯のど真ん中まで敵をおびき寄せる手だったりするのかもな」

 

 そうため息交じりにこぼす。

 

 先行する歩兵がトラップ地帯の最奥で対人地雷に倒れる。

 救助側はそれまで歩兵が歩いた部分にはトラップは無いと見て救助のため車両を乗り入れさせる。

 そして対車両用の即席爆発装置で吹っ飛ばされる。

 そういう手だ。

 即席爆発装置の作動にタイムラグがあったのも、最初の一台だけではなく、踏み込んできたものをまとめて一網打尽に吹き飛ばすための仕掛けだったのかもしれない。

 まぁ、そのおかげで助かったのではあるが。

 

 鉱山基地の兵士たちは徹底した遅滞工作を行った上で撤退したらしい。

 

「で、俺は虜囚に逆戻りって訳か……」

 

 そうこぼすコズンだったが、

 

「それなんですけど、取引しませんか?」

 

 というミヤビの言葉に瞳を見開くのだった。

 

 

 

 ホワイトベースはアムロの脱走(実際はサラツーによる拉致)のため岩場の影に身を隠して停泊していたが、その機会を利用して修理作業を行っていた。

 ミヤビの前世でも、動かし続けることが必要な、止められないプラントは週末や夜間…… 大規模なものなら盆、正月、ゴールデンウィークなどの停止時を狙って補修作業をぶち込むものだったが。

 ガンタンクの下半身、車体後部に備えられた板状のアウトリガーを展開、運搬作業用のキャリアーとして使ったり、マニピュレーターを足場の代わりに用い……

 

「せめて安全帯を付けなさい!」

 

 ……ようとして、落下防止、作業安全対策がなってないとミヤビに叱られたり。

 もちろん作業用重機が前身であるドラケンE改は予備機も含め補助AI、サラの自動制御で八面六臂の大活躍をしていた。

 この辺の作業はメーカーの技術者であるミヤビと、彼女が使うドラケンE改のおかげで史実よりかなりマシになっていると言って良いだろう。

 

 そんな作業状況を監督しながらブライトはリュウと相談する。

 

「リュウ、お前もみんなと意見は同じなのか?」

 

 リュウはガス溶接器を止めると、目を保護するためのゴーグルを上げ振り向く。

 

「アムロのことか?」

「ああ」

「アムロのことをガンキャノンと別に考えるのか?」

 

 ブライトは、リュウに非難されている……

 いや違う、リュウに自分も含め心配されていることが分かり、

 

「……まあ、ガンキャノンが戻ってからの話になるがな、アムロのことは」

 

 と言葉を濁す。

 リュウはその煮え切らない態度に、

 

「ならやめとけ。その時のアムロ次第だからな」

 

 そう返す。

 自分がコントロールできないものに対し、あれこれ悩んでも消耗するだけだ。

 そして同時に、穏当に事を済ませたい彼にしても、ただ甘やかすだけではだめと感じているのだ。

 この辺、やはり彼は気配りの人だった。

 

 

 

「食事、できるか?」

 

 街のレストランに入り、ようやく水と食事にありつくコズン。

 昨晩、ミヤビと別れた際にドラケンE改に備え付けのサバイバルキットと水、食料を受け取ってはいたが、やはりそれだけでは心もとなかったのだ。

 渡された水も、妙な味がしたし……

 サラとかいうサポートAIが、

 

『き、きれいな水ですから!』

 

 と強く主張していたのが気になるコズンだった。

 

「それにしても傭兵団、それもジオン外注の独立重駆逐部隊へのお誘いねぇ……」

 

 昨晩のミヤビの提案を思い出す。

 

 

 

「ランバ・ラル大尉へのメッセンジャーになってもらいたくて」

 

 そうミヤビは言った。

 

「何だと?」

「自己紹介が遅れましたね。私はミヤビ・ヤシマ。ヤシマ財閥令嬢と言うのが一番通りが良いかしら? 同時にヤシマ重工の技術者で軍に出向中の身ではあるけれども、純粋な軍人でもまたない」

「なっ、『ヤシマの人形姫』だと!?」

 

 その硬質な美貌に思い当たるコズン。

 例の『コロニーリフレッシュプロジェクト』を通じてミヤビはジオンにコネクションを作っており、その容貌も割と知られている。

 

「ええ、ラルさんとも面識があるわ」

 

 そうミヤビが言うとおりヤシマ重工からのジオンのモビルスーツ開発に対する100ミリマシンガンの提供などもあって、ランバ・ラルとも結構親しい間柄なのだ。

 

「それで、とあるプロジェクトにランバ・ラル隊をスカウトしたくて」

「何だって?」

「傭兵団、それもジオン外注の独立重駆逐部隊…… 地球連邦軍の試作型モビルスーツ運用艦を密かに乗っ取り、RX-78ガンダムと呼ばれる最新鋭モビルスーツたちを運用する極秘の教導部隊」

「は?」

 

 教導部隊、つまり仮想敵機部隊のことで、いわゆるアグレッサー部隊だが、それを極秘、しかも外注の傭兵団でというのが分からない。

 しかし、

 

「ドズル中将にも根回し済み。ただし極秘と言ったとおり通信で伝えられるような内容じゃないから、命令書と辞令はここに」

 

 と、ミヤビは厳重に封緘された記録媒体を渡す。

 

「ジオン軍、宇宙攻撃軍独自規格の最高強度の暗号化がされていると聞いています。定められた手順以外ではデータが自壊しますからそのつもりで」

「な、なんでそんなものをあんたが……」

「もちろん私以外にも伝令は出されていますが、ここ、マ・クベ大佐の…… もっと言うとキシリア様の支配下の領域でしょう? その目を掻い潜ってあなた方の部隊に接触するのは難しくて」

 

 それでシーマの補給部隊が接触が可能なら、と持ってきてくれたものだ。

 ミヤビはラルに面識、コネがあるし、最悪ホワイトベースを墜とされ捕虜となって接触、という事態も考えられるし。

 

「危うい話だな。裏が何枚あることか」

 

 そうコズンが言うと、わずかにミヤビの目が細められ、

 

「何枚でも」

 

 と返される。

 

「私が推測できる範囲でもダブルブッキング、トリプルブッキングどころじゃない話になってます。ステークホルダー、利害関係者の数とその肩書もシャレにならないことになってますからね」

 

 その内の一人がドズル中将というあたりでお察しである。

 バカバカしすぎて呆れる他ないのだが、それぞれの利害が奇妙に噛み合ってこのプロジェクトは成り立っていた。

 ミヤビもミヤビパパも、そしてヤシマ重工を筆頭とするヤシマ財閥関連企業も協力はしているがそれだけで中枢には関わっていない。

 そのため少々他人事っぽくなってしまうが、真剣に考えると話が込み入りすぎていて頭がフットーしそうになる代物だから、あえて考えないようにしているとも言える。

 確実に言えるのは、厄ネタ案件で間違いないということ。

 

「だからランバ・ラル大尉とその配下の部隊ぐらいの強さとしたたかさが無いと任せられないんです」

 

 そういうことだった。

 しかし、

 

「なぜ、俺に?」

 

 こんな大事な連絡役を頼むのかといぶかしむコズンに、ミヤビはこう答えた。

 

「あなたのことを私が気に入ったからなんだけど、理由にならないかしら?」

 

 と……

 ハモン女史のまねっこである。

 

 

 

「お客さん、寝るなら部屋を取ってくださいよ」

「ん、ああ……」

 

 気付けば夢うつつで舟をこいでいたコズン。

 一息ついたところで限界が来たらしい。

 ミヤビから渡された資金もあることだし、モーテルも兼ねているというこの食堂の二階に部屋を取り、一寝入りすることにする。




 とうとうRX-78ガンダムの名が本編でも出てきましたね。
 ミヤビがメッセンジャーになっているこの件、無茶苦茶複雑なので、彼女も呆れ気味。
 まぁ黒幕は別なので他人事っぽくなっちゃうんですがね。

 最後のコズンは寝過ごしすれ違いフラグ……
 なので次回からはランバ・ラル隊との戦闘です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第19話 ランバ・ラル特攻! Bパート

「グフを見たのか? 敵のモビルスーツを?」

「ええ。大型トレーラー二台に積んでいるらしいの」

「アムロには会ったのかい?」

「ええ。同じソドンの町で会ったわ」

「ほっ、アムロのやつ、ジオンに知らせたんだぜ、ホワイトベースのことをよ」

「カイ、いいかげんにしないか。我々を追っている部隊が目の前にいるんだぞ」

 

 史実そのままのブライトたち、そしてフラウの会話に脱力しかけるミヤビ。

 しかし気力を振り絞り、

 

「すぐに作業を中止して迎撃態勢を取った方がいいわ」

 

 史実だと妹のミライが行った提案を自らする。

 ブライトに近づいて、耳打ち。

 

「ランバ・ラル隊は不正規戦に長けた部隊。フラウは確実につけられていますよ」

 

 だからフラウが抜け出さないよう目を配ってくれと彼女の友人であるハヤトに頼んだのだが、彼はフラウに言いくるめられたのかバツが悪そうに頭を掻いている。

 

「なんですって!?」

「そのためにあえて見逃されたのよ」

 

 ミヤビの知る史実での、捕まったフラウを前にして、

 

「しかし、こいつの着ているのは連邦軍の制服です」

「そうかな? ちょっと違うぞ」

 

 というように交わされた会話の後の解放だ。

 まぁ、ちょっとどころじゃなく違うので、史実でもあまり不自然とはならなかった会話だが。

 何しろタイツ穿いてない…… 露出狂と思われても仕方がないファッションなので、フラウは。

 これを地球連邦軍の正規兵と考える方が難しいのだ。

 

「フラウ・ボゥ、気持ちはわかるけどこれからは勝手に抜け出したら駄目よ」

 

 ミライがフラウに言い聞かせる声を聴きながら、ミヤビは考える。

 史実どおりアムロはランバ・ラルと接触。

 この辺に街はソドンしかないので必然と言えば必然か。

 一方、様子から見てコズンはまだ帰還できていないということだ。

 

(上手く行かないものね。あるいは歴史の修正力じみた、あの死神の力でも働いているのかしら?)

 

 自分をこの宇宙世紀世界に転生させた『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』登場の超常的存在、死神の姿を思い出し、ため息をつくミヤビだった。

 

 

 

「ふが?」

 

 疲れ果てていたコズンの眠りは深かった。

 一階のレストランにラルたちが来ていたことにも気づかないほどに……

 

 

 

「ドラケンE改、出ます!」

 

 カタパルトから射出、背面ロケットエンジンを吹かしてホワイトベースを隠していた岩山の上に出たミヤビだったが、

 

「こんな近くに!?」

 

 グフの目の前に出てしまったことに驚く。

 

「バァルカン!!」

 

 と『機動武闘伝Gガンダム』の主人公ドモン・カッシュのごとく叫びつつトリガーを引き絞るミヤビ。

 

【挿絵表示】

 

 サポートAIであるサラはRXシリーズの教育型コンピュータのように、操縦者のやりたいことを察してフォローしてくれる機能を持つ。

 つまり感情もあらわに叫ぶとAIの読み取り精度が上がり、機体制御が向上するのであり……

 バルカンもまた命中精度が上がり、結果として与えるダメージが上昇するのだ。

 

 しかし、ラルのグフはドラケンE改の右ひじハードポイントに接続された60ミリバルカンポッドからの射撃をシールドで弾いて見せ、

 

「っ!?」

 

 ヒートロッドですかさず反撃。

 ミヤビはたまらず岩山から転げ落ちるようにして回避する。

 そこに、

 

 

 

「好きにさせるかよーっ!」

「ミヤビさん、離れて!」

 

 カイとセイラのガンタンクの砲撃が割り込む。

 また、

 

 

 

「リュウさん、ホワイトベースから離れてください」

「おう」

 

 ハヤトとリュウのコア・ファイターも迎撃に出た。

 

「来た!」

 

 空に上がったことで、グフの僚機であるザクの脚部、外付けされた三連装のミサイルポッドから放たれるミサイルを察知する。

 

 

 

「急速発進」

「はい」

 

 ブライトの指示、ミライの操艦でホワイトベースも緊急発進。

 迫るミサイルを何とか回避する。

 

 

 

 ガンタンクからの射撃を丘陵に隠れ回避するザク、そしてグフ。

 

『ステッチ、俺が跳び出す。その間にタンクをやれ』

「は、はい。ラル大尉」

 

 ラルのグフは背面ロケットエンジンで遮蔽から躍り出るとジャンプ飛行に入る。

 ガンタンク目掛け、左指に仕込まれたフィンガーマシンガンでドラケンE改のお株を奪う、上空からのトップアタックを仕掛ける。

 

「今だ!」

 

 ステッチのザクも丘陵の陰から飛び出し、脚部ミサイルポッドを発射。

 ガンタンクの右側キャタピラの破壊に成功する。

 

「ハハハ、隊長やりました、タンクをやりましたよ。こいつにとどめを」

『なにを寝ぼけておるか、ステッチ。木馬だ、木馬を討ち取らねば我々の、我々の戦いの意味はない』

「……そ、そうでありました」

 

 

 

 動けなくなったガンタンクを置いてホワイトベースに向かうグフとザク。

 それを見て頭部の車長兼砲手席につくセイラは決断する。

 

「カイ、ガンタンクの上半身を強制排除します。あなたはコア・ファイターでアムロを呼びに行って」

「強制排除だって? あ、あんたはどうすんだよ。動けないぞ」

「弾丸は十分残っているから砲台になればいいことよ。戦力は無駄にはできないわ。いいわね、カイ」

「いいわけねぇだろーっ!!」

 

 皆まで聞かずアクセルを踏み込むカイ。

 無事な方、左側の履帯、キャタピラが回転。

 損傷した右側も転輪が回るので曲がりながらも前進する。

 

「こうだ!」

 

 そして車体の右角を岩にぶつけ、それを支点として回頭した。

 それによりガンタンクを無視して通り過ぎたグフとザクを射界に入れる。

 

「アムロのことなんかハヤトやリュウに任せろ。こんなところに動けなくなったタンクを残して行けるはずがねぇだろ」

「カイ、あなた……」

 

 

 

『リュウさん、アムロを迎えに行ってください。ここは僕が残ります』

 

 リュウをうながすハヤト。

 

「よ、よしわかった。お前の言うとおりかもしれん、行かせてもらうぞ!」

 

 リュウは戦場を離脱し、フラウが語ったアムロと別れた地点へと飛行する。

 

 

 

「いいぞ、真後ろからミサイルぶっこみゃいくら木馬だって」

 

 ホワイトベースの後背に回り込み、脚部三連装ミサイルポッドを構えるザク。

 

 

 

「いや、させないから」

 

 攻撃に気を取られているザクに、ミヤビのドラケンE改はジェットローラーダッシュで急速接近。

 短距離ミサイルを撃ち込もうとするが、

 

『危険です!』

 

 不意にサラにコントロールを奪われ、転がるように急停止。

 そこにホワイトベースのロケット噴射が全力で放たれる。

 

(ああ、そう言えばこの戦闘って史実じゃあ、ミライ無双だったんだっけ、前半戦は)

 

 哀れ! 真後ろに回ったがゆえに、モロに噴射を浴びたザクは爆発四散!

 ……いや、史実とは違って四肢も頭も吹き飛んだが、胴部だけは辛うじて残ったか。

 そしてミヤビのドラケンE改もまた余波に巻き込まれ、

 

『ンアーッ!』

 

 悲鳴を上げるサラと共に吹っ飛ばされるのだった。

 

 

 

「ええい、迂闊な奴だ」

 

 ステッチのザクを撃破され、苛立つラル。

 背面ロケットエンジンを吹かし、ホワイトベース艦上に特攻を仕掛ける。

 

 

 

「……こ、こいつ」

 

 ホワイトベースに飛び乗り、エンジン部をヒートロッドで痛めつけるグフに、カイはガンタンク両腕の40ミリ4連装ボップ・ミサイル・ランチャーを向けようとするが、

 

「だ、ダメだ。位置が悪い。ここからじゃホワイトベースにも当たっちまう!」

 

 断念する。

 キャタピラがやられているので位置を変えようにも難しいのだ。

 だがそこにバルカンによる射撃がグフを襲い、さらにミライが艦を傾けたことでグフは地上に落下する。

 

 

 

「先ほどの射撃、ドラケンが生きていたのか?」

 

 グフにバルカンで攻撃したのは、

 

「黒いモビルスーツ!? い、いや、ガンキャノンというやつか? ど、どこに隠れていたのだ?」

 

 突如のガンキャノンの乱入に、ラルは目を見張る。

 

 

 

「グフめ」

 

 弾切れを起こしたバルカンに代わり、両肩の240ミリ低反動キャノン砲を撃つガンキャノン。

 しかしグフはその場を一歩も動かずに、わずかに機体をそらし、かがめるだけでそれを回避して見せる。

 

「こ、こいつ」

 

 

 

「せ、正確な射撃だ。それゆえコンピューターには予想しやすい」

 

 ラルはアムロの射撃を称賛するが、しかし彼が言うとおり正確であること、つまり最適解の予測はコンピュータ、そしてAIの得意とするところ。

 そしてジオンのモビルスーツ、グフにも戦術支援のサポートAIは搭載されているのだ。

 サラシリーズと違って人格も感情も無い、もちろん顔だって無い存在だが。

 

 

 

「よ、よけもしないのか?」

 

 アムロはあっさりとキャノン砲をかわすグフを見て、砲撃戦では倒せないと判断。

 

「ええい、どうせあと一回ぐらいしか撃てないんだ」

 

 腰後ろのラッチに装備されていた折り畳み式ヒートナイフを抜く。

 

『ヒートナイフ、装備!』

 

 柄から展開した刃が加熱され、プラズマ化する!

 

 

 

 砲撃戦に見切りをつけ、接近戦を挑もうとするガンキャノンに、ラルは、

 

「ほう、思いきりのいいパイロットだな、手ごわい」

 

 そうつぶやく。

 

「しかし!」

 

 振るわれるヒートロッド!

 

 

 

「速い!」

 

 ムチの先は人間が繰り出したとしても簡単に音速を超える。

 

「うっ、すごいパワーだ!」

 

 それにヒートナイフの刃を合わせられるアムロもアムロだったが……

 

 

 

「バシイって、あの、何考えてるの。まずいわよ、アムロ」

 

 正面からナイフでヒートロッドと打ち合ったガンキャノンに、擱座したドラケンE改からミッションディスクを抜いて脱出したミヤビが漏らしたとおり!

 

 

 

 ムチというものは避けにくいものだ。

 ナイフで弾こうとしても、そこを支点として曲がった先がガンキャノンの右手に絡みつく!

 

「はははっ! 絡め取ったが最後!!」

 

 流し込まれる電流と熱!

 

「取ったぞ、連邦のモビルスーツ!!」

 

 

 

「退いてーっ、アムロ!!」

 

 叫ぶ、ミヤビ。

 

 

 

 ヒートロッドがガンキャノンを焼く!

 

『ひぐぅッ!? くっ、くひぃぃぃッ!!』

 

 機体からのフィードバックに悲鳴を上げるサラツー。

 

「サラツー!? ガンキャノンとの同調率を下げるんだ、早く!」

『くっ、で、でも私は大丈夫でもガンキャノンがぁ……』

 

 ガンキャノンの指からもヒートナイフが零れ落ちる。

 右腕がもう持たない!

 しかし、

 

「まだだ!」

 

 アムロは地面に向かって落下するそれを左手でキャッチ。

 その脳裏に、以前、ミヤビからもらったアドバイスが過る。

 

 

「どんなに操縦が上手くても物理法則は超えられないのだから、使いどころさえ見極めれば正確な敵のデータは有力な武器になるわ」

 

 

 そして気づくアムロ。

 

「そうか! サラツー! 足底をフラットに!!」

 

 ガンキャノンに限らず、モビルスーツの足はつま先とかかとが別パーツになっている。

 そうでないと走れないからで、ミヤビの前世の記憶でも後年になってリファインされたデザイン、そして発売されたプラモデルでは皆そうなっていた。

 それをあえて平らにさせたのは接地面積を増やすため。

 

 砂漠の砂地に限らず不整地での歩行においては、靴底は地面に対してフラットでないといけない。

 地面に着く靴底の面積が広いほど安定してグリップするからだ。

 登山靴がごつく硬いのも、柔らかい靴だとどうしても爪先が曲がり接地面積が少なくなり滑りやすくなるから。

 その点、硬い靴だと曲がりにくいから靴底全体が地面に密着しやすく滑りにくくなるというわけだ。

 険しい場所ほど硬い靴の方が安定性が高くなる。

 

 そうしてアムロはグリップを稼ぐと、右腕をぐいと引く。

 

 

 

「む? おおおっ!?」

 

 ガンキャノンに引かれ、体勢を崩しそうになるグフ。

 ラルは両足を踏ん張らせるが、足が滑って行くのを止められない!

 

 

 

 グフより3割以上高い出力に、トルク重視のセッティングが生み出す力。

 

「これが正真正銘のガンキャノンのパワーだっ!!」

 

 叫ぶ、アムロ。

 そう、ミヤビの言うとおり、どんなに操縦が上手くても物理法則は超えられないのだから、力勝負にしてしまえばガンキャノンは負けないのだ!

 

 

 

「ぬわっ!」

 

 振り回され、吹っ飛ばされる前にヒートロッドによる拘束を解き、何とか体勢を整えるラル。

 

「な、何というパワーだ。このグフを単純に力だけでねじ伏せるとは!」




 戦闘開始です。
 ミヤビに過去習ったことをヒントに逆転するアムロとか、格闘マンガのノリですね。
 いや、この場合はGガンダムか……
 次回はグフとの死闘に決着の予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第19話 ランバ・ラル特攻! Cパート

 一方、力勝負に勝利したガンキャノンだったが、

 

「今の損傷のデータをくれ! 相当やられたはずだ!」

『肘関節ダンパー破損! オイルが漏れてる。制御系統、正副、共に断線、予備に切替中。センサー類もあちこちが焼き切れてる。異常値を示すものは全カットで推測値に置換……」

 

 音声と共にモニター片隅を要約された真っ赤な警報ログが流れていく。

 連邦軍モビルスーツの関節には駆動用にフィールドモーターが、衝撃吸収用に油圧ダンパーが配置されている。

 駆動用のアクチュエーターがダンパーを兼ねるジオンの流体パルス方式より複雑だが、マグネットコーティングが普及すると衝撃吸収用ダンパーが不要となるという話で、将来的には有望な技術である。

 また現時点でも、ダンパーが破損してもフィールドモーターが生きている限りは何とか動くため、ダメージコントロールには有利だった。

 

「サラツー、右手のダンパーオイルを全部抜くんだ!」

『えっ?』

「次で終わりにする。右手はもう捨てるしかない。軽くするんだ! こっちはトルク重視のセッティングのおかげでグフよりも動きが重い!」

『っ、分かったわ!』

「そうだ、勝てばあとは何とかなる!」

 

 

 

 ゴボッ、と。

 まるで血を流すかのようにガンキャノンの右腕からオイルが排出される。

 

「ほぉーっ、彼はやる気だよ、ハモン。若いというのはうらやましいものだ。いいパイロットだよ」

 

 ラルは一人、そうつぶやく。

 別の場所で戦っているハモンに語りかけるかのように。

 そうしたのはやはり彼にも予感があったためかもしれない。

 彼の戦闘者としてのカンは、無意識に相手パイロットの正体を察していたのだ。

 

 ラルは全力で受けて立つべくシールドの裏に装備されていた切り札、ヒート・サーベルを抜く。

 柄から形成された刀身が圧倒的な熱量を放つそれを、シールドを捨て両手に構える。

 

 なお、この柄から形成された刀身はミヤビの前世の記憶の中の資料では『形状記憶型の高分子化合物の発熱体』とされていた。

 このグフのサーベルを忘れてギャンを公国軍初のビーム・サーベル搭載モビルスーツとした結果、後から無理やりつじつま合わせで作った設定、という噂もあったが。

 実際、この剣をビームサーベルと記した資料も存在したし。

 

 しかし、そもそもザクのヒートホークでも、設定画では腰にマウントした待機状態では刃が無いように描かれていたのだ。

 それを受けてか後年作成されたオリジン版のプラモデルではヒートホークも待機状態では刃が無く、起動して初めて刃が展開される、という具合になっていた。

 

 それゆえ、柄から伸びるヒートサーベル、というのもありなのだろう。

 

 

 

「行けっ!」

 

 ガンキャノンは足裏のロケットエンジンを吹かして機体を浮かせ、背面ロケットエンジンを使って加速することで疑似的にホバー走行を再現。

 左腕に構えたヒートナイフを手にグフに向かって突進する。

 トルク重視のセッティングで速さに欠けるガンキャノンだが、これならばグフを上回る速度で攻撃が可能だった。

 

 

 

「ダッシュグランドスマッシュ!?」

 

 ミヤビは目を見開く。

 彼女の前世にあった格闘ゲーム『ストリートファイターIV』でボクサーのバイソンが使っていた突進技だ。

 スマッシュと呼ばれるパンチは、フックとアッパーの中間のパンチ。

 あのマイク・タイソンのピーカブースタイルの防御を掻い潜るために、ドノバン”レイザー”ラドックが生み出したとも言われるもの。

 そのためかゲームでもアーマーブレイク属性を持っていた。

 

「でもそれは!」

 

 

 

「おおっ!」

 

 雄たけびと共にグフに突っ込むアムロ!

 

 

 

 左斜め下からのスマッシュがラルのグフの胴体を狙う。

 しかし、

 

「あまいっ!」

 

 ラルはそれを見越していたからこそシールドを、防御を捨てて両手でヒート・サーベルを持ち初太刀に全力をかける構えを取ったのだ。

 

(その技は既に見た)

 

 ラルとの初戦に、アムロはこの技を見せていた。

 そしてグフの戦術コンピュータのプログラムは当然それを記憶しているし、何より歴戦の勇士たるランバ・ラルに一度見せた技は二度目は通じない。

 

(ナイフで前回よりリーチを伸ばしたつもりだろうが! そんなものは小手先の小細工に過ぎん!!)

 

 グフのヒート・サーベルが振り下ろされ、

 

「終わりだ! ガンキャノン!」

 

 その瞬間!

 

「何!?」

 

 機体に走る衝撃と共に、頭部のメインカメラが潰される。

 そしてラルの鋭敏な感覚は、ショックの後わずかに、わずかに遅れて届いた音を、衝撃波を聞く。

 

(音が後から? ばかな、超音速攻撃。ソニックウェーブだと!?)

 

 

 

(ふ、フリッカー…… フリッカージャブですって?)

 

 ミヤビは見た。

 ガンキャノンが放つかに見えた左のダッシュグランドスマッシュはフェイントに過ぎなかったのだ。

 次の瞬間、前に出そうとしていた左半身を引き、半身になってグフのヒート・サーベルをかわし。

 逆に前に突き出される右半身、その動きを利用し完全に死んでいたように見えた右腕がムチのようにしなって斜め下から放たれ、その拳がグフの頭部を粉砕したのだ。

 

 フリッカージャブはアメリカのプロボクサーで世界王座5階級制覇を達成したトーマス・ハーンズが多用したことで有名なパンチ。

 いやミヤビの前世、旧21世紀日本の人物ならマンガ『はじめの一歩』に登場のボクサー、間柴了の代名詞的な技として知る者の方が多いのか。

 

 完全に脱力した状態から、腕全体を鞭のようにしならせてスナップを効かせて斜め下から打ち込むもので、ジャブと呼ぶにはためらわれるスピードと威力、そしてかわしにくさを誇る『死神の鎌』の名にふさわしいパンチである。

 

 フリッカージャブは、この脱力というのが技を放つ上でのポイントになるが、グフのヒートロッドに痛めつけられたガンキャノンの右腕は、まさに打って付けの状態。

 ミヤビの前世でもとあるボクシングマンガで、フリッカージャブを得意とするライバルに一方的に打たれ、両腕をズタズタにされたキャラクターが「今の自分の両腕の状態は、まさにフリッカージャブに最適なのでは」と気づき、相手のお株を奪うフリッカーで反撃するという話があったが、それと同様だ。

 

 さらにはアムロはダンパーオイルまで捨て去って、関節を完全なるフリー状態にしたのだ。

「軽くするんだ」とアムロは言ったが、それは重量の話ではない。

 右腕関節の抵抗、フリクションを極限まで軽くするという意味で言っていたのだ。

 

 まぁ、何より恐ろしいのはヒートロッドの動きからそれを自力で思い付き、土壇場のぶっつけ本番で実行できてしまうアムロの戦闘センスなのだが。

 ニュータイプ以前に、何この戦いに関する応用と適応性の高さは、という話である。

 

 その上、

 

(今の音、ソニックウェーブよね。ガンキャノンのパンチが音速を超えた? 音速拳って、マンガじゃないのよ)

 

 モビルスーツは人体の10倍の身長を持つ。

 つまり人間の放つパンチを完全に再現できれば10倍のスピードでパンチが放てる計算だが、それでも音速には遠く及ばないわけで……

 ガンキャノンの腕を完全にムチとして使って見せた、だからこそ先端の拳が音速を突破したのだろう。

 

 

 

 一方、ガンキャノンの方もグフのヒートサーベルを完全にかわしきれたわけではなかった。

 その切っ先がコクピットハッチを抉り、モニターを破損させている。

 しかしアムロは、その破壊されたコクピットハッチの隙間からグフを視認し、今度こそスマッシュ、その変形技のナイフの一撃でグフのコクピットを狙う。

 だが、

 

「浅い!?」

 

 こちらも同様、コクピットハッチを切り裂くに留まる。

 

 

 

「やるなガンキャノン! しかし、こちらとてまだまだ操縦系統がやられた訳ではない!!」

 

 ラルはバックジャンプで距離を取ると、コクピットハッチの亀裂にまとわりついていた樹脂材を手で押しやり、視界を確保する。

 

 ザクII最終生産型、つまりFZ型ザク等、統合整備計画の適用により生産された機体で装甲材質がチタン・セラミック複合材とされていたことから、超硬スチール合金製とされるそれ以前のジオンモビルスーツの装甲は逆説的に一枚板の装甲板が使われているイメージがある。

 しかし実際には発泡金属、カーボン・セラミック、ボロン複合材、チタン・セラミック複合材など機能の異なる複数の装甲材を多層的に一体形成する技術が用いられている。

 要するに2種以上の材質を積層させた複合装甲(コンポジット・アーマー、Composite Armour)、積層装甲とも呼ばれるものと同じ機能を有した装甲を、張り合わせでなく一体化して形作る傾斜機能複合材というものである。

 さらにザクIIF型の時点で胴体部のみとはいえ、それをさらに重ね合わせ複合装甲としていた。

 そしてグフのコクピット装甲破断面に構造体が見えるように、以降のモビルスーツにも受け継がれている。

 

 ラルが、奇しくもミヤビの知る史実と同様にノーマルスーツのグローブ越しに押しのけたのは、多層構造となっている装甲材のうち、ガンキャノンのヒートナイフの熱で溶け出た樹脂材である。

 当時の視聴者からは、

 

 熱で溶けたスチールの装甲板を手で押しのけるランバ・ラルすげぇ!

 ジオン驚異のノーマルスーツ!

 

 などという意見も出たが実際にはそういうことだった。

 

 

 

「き、来た」

 

 走り来るラルのグフ。

 半身になってガンキャノンにかわされた直前の打ち込み。

 それを意識してか横薙ぎに放たれるヒート・サーベルを、しかしガンキャノンは身を沈めてかわす。

 これはアムロの戦闘センスもあるが、やはりガンキャノンの基礎性能の高さ、そしてアムロが何をしようとしているかを察し、先回りするように機体制御を助けてくれるサポートAI、サラツーの存在がものを言っていた。

 そして……

 

 先日、ミヤビはバトリングを通じてアムロに教えてくれた。

 

「ドラケンE改の制御OSのライブラリには主要な格闘技、スポーツのデータが入れられていて、ある程度の再現や応用ができるのだけれど」

 

「ただし、基本動作以外は当人がアクティブに設定しないと使えないけど」

 

 サラツーも、

 

『ガンキャノンでもそれは同じだよ』

 

 と言う。

 アムロはそれを受けて、ガンキャノンのライブラリから主要な技を、ヒートナイフを生かすためのナイフ格闘術を選び、アクティブに設定していた。

 

 それを用い、グフの攻撃をかわすと同時にヒートナイフでグフの両手首を切り飛ばす!

 人間が使うナイフ格闘術でも、実戦では自分に一番近い部分に攻撃を行う。

 手首は狙い目で、動脈を斬れば二分で相手は死に至るのだ。

 モビルスーツでも武器を掴む手、マニピュレーターを潰すことができれば、その脅威は激減する。

 そして、

 

「……やっぱり」

「お、お前は? さっきの坊やか。ア、アムロとかいったな」

 

 間近でコクピットの亀裂越しに相対するアムロとラル。

 

「そうか、僕らを助けたのはホワイトベースを見つける為だったのか」

 

 今になって悟るアムロ。

 そしてラルは驚きながらも現実を受け入れる。

 

「まさかな。時代が変わったようだな、坊やみたいなのがパイロットとはな!」

 

 そしてラルは姿勢を低くしてガンキャノンに体当たり。

 グフの反り返った肩のスパイクは、重力下での格闘で下から敵モビルスーツをかち上げるためのもの。

 ミヤビの前世の記憶でもマンガ『機動戦士ガンダム ギレン暗殺計画』にてランス・ガーフィールド中佐は通常のグフ以上に湾曲したグフカスタムのスパイクでF2ザクをすくい投げている。

 しかし、

 

「うわああああっ!」

 

 アムロは叫びながらもガンキャノンのパワーを生かし、それをねじ伏せ抑え込む。

 人間同士の格闘でも一緒だがパワーの違い、筋力差というのは戦闘巧者であっても乗り越えるのはなかなかに難しい。

 柔道も、アマチュアレスリングも、多くの格闘技で体重=筋肉量で階級が決められているのはそのためだ。

 そして勝負に勝つのは、自分の長所を生かす者。

 そうやって受け止めたグフの背中に逆手に持ち替えた、ナイフ格闘術で言うアイス・ピック・グリップによりヒートナイフを突き立てる!

 

「どうだ!」

 

 止めを刺したグフから離れようとバックジャンプしたガンキャノン。

 だが、ラルはその機体にワイヤーをかけ、

 

「あ、あれは!」

 

 宙に身を躍らせ脱出を図る。

 

「見事だな。しかし小僧、自分の力で勝ったのではないぞ。そのモビルスーツの性能のおかげだという事を忘れるな」

「ま、負け惜しみを!」

 

 ガンキャノンの着地に合わせ、ワイヤーを空中ブランコのように使い、後方へ着地するラル。

 

「待て!」

 

 ガンキャノンを振り向かせ、後を追おうとしたアムロだったが、

 

「うわあっ!」

 

 その背後でグフが爆発。

 

「うおっ!」

 

 ラルも吹き飛ばされ、姿が見えなくなってしまう。

 

 

 

 砂丘の陰に身をひそめるラル。

 そこにジオンのノーマルスーツ姿の兵が近づく。

 

「大尉」

「おお、ステッチ。無事だったか」

 

 ザクIIはF型以降、胴体部のみとはいえ、傾斜機能複合材をさらに重ね合わせ複合装甲としていた。

 そのため四肢を吹き飛ばされるほどのダメージを受けてもコクピットは無事だったのだ。

 そしてラルは、

 

「やむを得ん。夜になってハモンと合流するか」

 

 彼はまだまだ戦う気だった。




 グフとの対決に決着。
 ノリは本当に格闘マンガで、私も楽しく書けました。
 でもこのお話は4部構成だけどDパートはどうなるの、ということですが、次回は新メカ登場の予定です。
 ご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第19話 ランバ・ラル特攻! Dパート

「リュウ、ハヤト、帰還しろ。ここから離脱する。損害があまりにも大きすぎた」

 

 ブライトは無線で指示を出す。

 

「アムロ、回線を開け。収容作業を手伝ってもらう」

 

 

 

 そして独房に放り込まれるアムロ。

 

「どんな理由があろうとチームワークを乱した罪は罪だ」

 

 ブライトの物言いに、アムロは反発する。

 

「一方的すぎます、僕だって好きでホワイトベースを降りたんじゃない。僕の言い分だって聞いてくれても」

 

 史実とは違いアムロはサラツーに拉致られているのだから、その主張は正当なものだったが、ブライトは、

 

「聞く訳にはいかんな」

 

 と退ける。

 

「ブライトさん、ランバ・ラルは必ずまた攻めて来ます、僕とサラツーがガンキャノンを動かさなければ」

 

 そう言い募るアムロだったが、事情を知らない者にはそれはまったく反省していないように受け取られる。

 だから、

 

「アムロ」

「リュウさん」

「なぜ俺がお前を呼びに行ったと思う?」

「僕とサラツーがいなければ戦えない」

「……うぬぼれるなよ。ガンキャノンさえ戻ってくればと思ったからだよ」

 

 リュウもあえて、きつく当たる。

 カイもまた、

 

「そのへんをよっく考えんだな、え? アムロ」

 

 と皮肉めいた口調で言い捨てる。

 とはいえ、カイはカイなりに気を使っている。

 普段、温厚なリュウが怒って見せているのだ。

 これ以上、マジに追い込むことは無いと、あえておちゃらけた、軽い態度を取っているのだ。

 

「リュ、リュウさん、カイさん、リュウさん」

 

 

 

 ブライトは必死に叫ぶアムロを置いて、廊下を歩む。

 

「徹夜で修理をしなければ。あのギャロップとかいうのも手傷は負ったらしいが、また来るぞ」

 

 しかしリュウは、

 

「ああ。あれでいいのかな?」

 

 と気をもんでいた。

 やはり彼は気配りの人。

 必要があれば厳しく接するが、根本の部分では気は優しくて力持ちな人物なのだ。

 

 

 

「……話をすればわかるんだ、出してください。こんな所に入れることないでしょう。ブライトさん、ミライさんでもいいんだ。いやミヤビさんを呼んでください、話を聞いてください。リュウさん、セイラさん、話を、僕にだって言いたいことあるんだ!」

 

 人気のない廊下に、アムロの叫びが、彼が扉を叩き続ける音が木霊する。

 フラウはそれを離れた場所で聞き、

 

「馬鹿なアムロ」

 

 とつぶやく。

 

 ……ミヤビの知る史実でもアムロは皆の名を呼ぶが、フラウの名は一言たりとも口にしていなかった。

 つまり、それを考えるとフラウの、やはり史実どおりの「馬鹿なアムロ」という言葉も別な意味で受け止められるのだが、彼女の暗く病んだ表情も、そのつぶやきも誰にも見聞きされることは無かった。

 足元に転がる、ハロ以外は。

 ハロがサラたちのように感情を持った…… 恐怖を感じ取れるようなAIを搭載していなくて幸いといったところだろうか。

 

 

 

「テレビモニターで聞こえてるはずです、答えてください、セイラさん、セイラさん」

 

 ドアに手を突き、くずおれるアムロ。

 

「……僕とサラツーが一番ガンキャノンをうまく使えるんだ。一番、一番うまく使えるんだ……」

 

 そうつぶやくアムロの脳裏に、ラルの言葉がよみがえる。

 

 

「自分の力で勝ったのではないぞ。そのモビルスーツの性能のおかげだという事を忘れるな」

 

 

 アムロは決意する。

 

「……ぼ、僕は、僕はあの人に勝ちたい」

『もちろん、アムロさんならできますよ』

 

 不意にアムロのつぶやきに頭上から答えが返される。

 シリアスな空気を緩めるような、暖かい声が。

 

「えっ?」

 

 そこには身長18センチ足らずの大きさのサラが、ドアの監視窓にはめられた鉄格子の隙間をすり抜けて中に入って来ようとしている姿があった。

 そう、ミヤビの前世の記憶にあるアニメ『ガンダムビルドダイバーズ』登場の、モビルドールサラである。

 

「えっ、は?」

 

 アムロには何が何だか分からない。

 

『きゃっ!』

 

 足を滑らせて落っこちてくるサラを慌てて受け止めようとして、

 

『ヒートワイヤー、射出!』

 

 サラは右手、ヒジから先だけメカニカルなアームに換装された…… というか、グフカスタムそのものの腕からアンカー付きワイヤーを射出。

 独房の窓の鉄格子にそれを引っ掛けて落下を止める。

 飛べない彼女がどうやって独房の窓まで上がって来たのかと言うと、こういう仕掛けがあったのだ。

『機動戦士ガンダム第08MS小隊』登場のノリス・パッカード大佐の操るグフカスタムのようなワイヤーアクションである。

 

 なお、元ネタに基づいて『ヒートワイヤ―』と名付けられているが、別段溶断機能など付いていない。

 グフカスタムのものだってノーマルタイプに準じて言っているだけで溶断機能は付いていないのだから何だが。

 

 ミヤビは最初、マンガ『進撃の巨人』登場の立体機動装置を再現しようとしたが、首筋に寒気を覚えたので断念した…… という経緯がある。

 

 そうして床に降りたサラはアムロに一礼。

 

『ごめんなさい、アムロさん。私の妹が迷惑をかけてしまって』

 

 そう言って謝る。

 

『サラツーから全部話を聞きました。それでミヤビさんが秘密で私を使いに出したんです』

「秘密で?」

『はい、このままだとサラツーが凍結、最悪消去されてしまうかも知れないので』

「それは……」

 

 それはアムロも心配していたところだ。

 

『今、サラシリーズと呼ばれる姉妹全員でハッキングを行ってログの改ざんを行っています』

 

 ミヤビも考えたのだが、素人なホワイトベースクルーを言いくるめるのはそんなに難しいことではない。

 しかし問題は、ホワイトベースとRXシリーズのログは補給部隊を通して随時、地球連邦軍本部に送られるということ。

 さすがに本職の技術者を口八丁で騙すことは無理である。

 

「だから記録の改ざんを?」

『はい。もちろんAAAの軍事機密であるホワイトベースとRXシリーズ、高強度の改ざん防止対策が取られていますが、スパコン並みの演算力を持つ教育型コンピュータ、それも複数でかかれば何とか突破が可能です』

 

 しかし、

 

『それでも…… もし真実がホワイトベースのみなさんに広まって、そのうちのどなたかがうっかりでも漏らすようなことがあれば』

「サラツーが危ない、ってことか」

『はい』

 

 そしてサラは思いつめた様子で土下座する。

 

「さ、サラ?」

『お願いです、アムロさん。妹のために、サラツーのために泥をかぶってはもらえないでしょうか?』

 

 それは……

 

「ブライトさんたちが誤解しているように、僕が自分の意思で脱走したってことにするのかい?」

『は、はい』

 

 頭を床にこすりつけ、サラはアムロに懇願する。

 

『お願いです。そのためなら私も、そしてミヤビさんもできることならなんでも、なんでもします。ですから!』

「頭を上げて」

 

 アムロは言う。

 穏やかな口調で。

 

『アムロさん……』

 

 顔を上げたサラが見たのは、ちょっと照れくさそうな、しかし優しい目をしたアムロの困り顔。

 

「なんて言っていいか分からないけど、女の人がそういうこと軽々しく口にしちゃダメだと思う」

 

 それでサラは分かった。

 サラツーがどうしてあそこまでアムロに依存してしまったのかを。

 アムロは、彼は自然にサラたちを人間と同じに、人格を持った対等の存在として扱ってくれる。

 その上で女性として見てくれる。

 だからなのだと。

 

 そうしてアムロはうなずく。

 

「いいよ。僕だってサラツーが居ないと困るし、サラツーには、いや君にもミヤビさんにもずっと助けられてきた。だからそれを返すだけさ」

『アムロさん……』

 

 泣きそうになりながら、いや、感情の高ぶりがカメラアイ用の洗浄液を流させ、本当に涙するサラ。

 というか、

 

「どうなってるの、その身体」

 

 メカマニアのアムロにはさっきからそっちの方が気にかかる。

 

『ああ、これは無線制御の歩行型ミニ・ドローンです。私がこの中に入っているわけではなく、ドラケンE改にインストールされている私が艦内ネットワークを通じて遠隔操作してるんです』

「へぇ」

『まぁ、私自身の体感としては、この場に居るように感じられるようになっているので、もう一つの身体と言ってもいいかもしれませんね』

 

 源流的には、ミヤビの前世、旧21世紀ですでに存在していたプログラムどおり動くダンスロボットあたりが元になっている。

 販売当時、美少女フィギュア愛好家…… 特に武装神姫やフレームアームズ・ガールなどといったフィギュアロボットファンたちからは、

 

「太すぎィ」

「コレジャナイ」

「不細工」

「オモチャだろこれ」

 

 などと言われていたが。

 しかし、そういったことは技術の進化によっていずれ解決されることだ。

 こういうものを「使い物にならんだろ」で済ませてしまうと、フィルムカメラメーカーが初期の低解像度のデジカメをあざ笑っていて対応が遅れたという事例のように、時代に取り残されることにもなりかねないのだ。

 

 また同時期の似たような存在として『ジオニック社公式MS講習コース ZEONIC TECHNICS』、本当に歩く「ザク」を組み立て、ロボティクスとプログラミングを学習できる教材が販売されていた。

 ジャイロセンサーや対物(距離)センサーを搭載した二足歩行ロボット。

 ロボットアニメ好きならこちらの方がより身近か。

 

 ミヤビならジャイロというと旧20世紀のロボット・ウォー・シミュレーションゲーム『バトルテック』を思い浮かべるが。

 致命的命中を食らってジャイロを壊されると立てなくなるやつ。

 

 ともかく、サラの歩行型ミニ・ドローンはこれらの商品コンセプトに沿って、基礎技術を地道に伸ばしていった末に誕生したものだった。

 

「ふぅん? その、手に取って調べさせてもらってもいいかな?」

 

 知的好奇心に突き動かされ、アムロはそう言う。

 

『えっ、その……』

 

 その申し出に戸惑うサラは、恥ずかしそうに視線をそらし、

 

『い、いいですよ。私も、アムロさんに、なら……』

 

 そう言って、その身体をアムロに差し出すのだった。

 

 

 

(私は一体何を見せられているの?)

 

 独房の監視モニターを前に、ミヤビは内心頭を抱える。

 先ほどアムロは、

 

「テレビモニターで聞こえてるはずです、答えてください、セイラさん、セイラさん!」

 

 と叫んでいたが、実際にはホワイトベースクルーにそんな暇なことをしている余裕はない。

 しかし万が一にも誰かが覗いたりしたらまずいので、ミヤビが、

 

「疲れが酷いので休憩も兼ねて。モニターの前で座ってるだけでいいのでしょう?」

 

 という具合に監視役を買って出ることで隠蔽工作を図ったのだが……

 

「へぇ、スカートは二層式になっていて、展開が可能か」

『あっ、アムロさん、そこは……』

 

 まぁ、ミヤビも前世は男性。

 

(青少年の気持ちも分かるけどね。いやアムロだと純粋に技術的好奇心に沿った行動?)

 

 それで身体の隅々まで暴かれ、見られてしまうサラ?

 

(……それはそれで何かえっちだ)

 

 と嘆息する。

 

(これ絶対、後でサラツーにばれて騒動になるやつ……)

 

 実際、そうなるのだった。

 

 

 

次回予告

 ホワイトベースに高速のホバー走行で迫る新型モビルスーツ!

「まさかドム!? あの機体がランバ・ラル隊に渡るなんて!!」

 自身の知る史実とは決定的に違う展開に、ミヤビは恐怖する。

 墜とされてしまうのか、ホワイトベースは。

 次回『死闘! ホワイト・ベース』

 君は生き延びることができるか?




 みなさんお待ちかね!
 新メカ、モビルドールサラの登場でした。
 ビルドダイバーズ最終回で手乗りサイズの彼女が登場した際には、

「リク君の嫁」

「二次元嫁が三次元に」

 などと言われていた存在ですが、このお話ではどうなるのか。
 闇堕ちしてるフラウに見つかったら「みぎぃ…」されてしまいかねないので気を付けないと。

 そして予告、『ギレンの野望』だとラルにドムを渡すとホワイトベースを墜としてくれるんですよね……

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第20話 死闘! ホワイト・ベース Aパート

「ラル大尉、ドズル閣下からの電文です。マ・クベ閣下から中継していただきました」

 

 ラルは副官のクランプから出力された電文を受け取る。

 そう、電文一つとってもマ・クベを介さないと届かない。

 これだからミヤビはコズンにメッセンジャーを頼んだのだ。

 そしてまだコズンはランバ・ラル隊との合流を果たしていない……

 

「ハモン、いいニュースだ。陸上タイプのモビルスーツ、ドムを三機、まわしてくれるそうだ」

 

 ラルは顔をほころばせ、笑う。

 

「ドム? 噂の、あの重モビルスーツ?」

 

 ラルは命じる。

 

「ハモン、移動するぞ。ドムを受け取ったら我々はただちに木馬に攻撃を掛ける」

 

 

 

 モビルスーツトレーラー、サムソン三台に積まれ、基地に到着する重モビルスーツ、ドム。

 キシリア旗下のマ・クベ大佐の部隊は、地球で最大の鉱物資源をおさえていた。

 ここは、そのマ・クベの本拠地である。

 

「ランバ・ラルはこの辺りの私の鉱山を知りすぎた。キシリア様がジオンを支配する時にこの鉱山は役立つ。実態はギレン様にも知らせる訳にはいかんのだ」

 

 マ・クベは副官のウラガンにその酷薄な目を向ける。

 

「次の手はわかってるな?」

「はっ」

 

 

 

 一方ホワイトベースでは、少年たちは一致団結して生き抜こうとしていたが、わがままと苛立ちがお互いの仲を気まずいものにしていた。

 しかし敵の攻撃はそんな少年たちとは関係なく迫りつつあった――

 

(はずなんだけど……)

 

 首をひねるミヤビ。

 サラツーの脱走。

 彼女はAIであり、その存在、命など人間に比べれば軽くたやすいもの。

 だから史実どおりアムロが自分の意思で脱走した、そう偽装しなければならなかった。

 

(つまり今度は自分勝手な思いで脱走し、しかし許されるアムロに反発したカイ、ハヤト、ハワド、マクシミリアンがあてつけにホワイトベースを降りようとする)

 

 そのはずなのだが、

 

『カイさん、凄かったです。戦車ってキャタピラが片方切れても動けるんですね?』

「んん? ああ、履帯が切れても転輪はフリーのままだからな」

『岩に角をぶつけることで旋回してみせるし、やっぱり大型特殊の免許持ってる人は違いますね』

 

 ミヤビの前世、旧21世紀の日本なら戦車は道路交通法で分類すると大型特殊車両。

 大型特殊自動車免許があれば戦車が運転できた。

 まぁ自衛隊だと大型特殊免許の中の「大型特殊免許(カタピラ限定)」という限定免許を取るのが普通だったが。

 

「おだてても何も出ないぜぇ、サラミちゃん」

『……私、おつまみですか? カイさんに美味しく頂かれちゃうんですか?』

「いいっ!?」

『あの、その…… いいですよ、私、カイさんになら』

「ちょっ、ちょいタンマ、待ってくれ!」

『……なぁんて、びっくりしましたか?』

「おいおい」

『ふふっ、ちゃんと私の名前を呼んでくれない罰ですよ』

 

 ガンタンクの腹部コクピットで和気あいあいと会話に花を咲かせるカイとサラスリー。

 

「まったく、気楽に言ってくれるよ。直す方の身にもなってくれってんだ」

『ハワドさん、気持ちは分かりますけど私もお手伝いしますから』

 

 ガンタンクの履帯を修理するメカニック担当の少年、ハワドと、両腕を重い荷物を扱うためのパワーローダータイプに換装して手伝うドラケンE改のサラ。

 ガンタンクほどの巨大さになると履帯一枚、転輪一個とってみても重すぎて人力では修理できないのだ。

 地球連邦軍の主力戦車 (MBT) である61式でも、かなり難しいくらいだし。

 それより巨大なガンタンク、ジオン軍ならマゼラアタックなども重機なしには修理できない。

 戦場で履帯が切れても転輪が外れても、乗員の手では修理できないのだ。

 

 戦車は火力のほかに装甲でも戦う存在。

 重ければ重いほど高火力重装甲にできるが、運用が大変になる。

 主力戦車 (MBT) はその辺のバランスを取ったものであるが、逆に言うと運用のためのインフラから逆算して大きさの限界が決まってしまう。

 一方、ジオンはモビルスーツという規格外の陸戦兵器を投入するために、従来以上の大型兵器を扱えるインフラを用意していた。

 だからマゼラアタックのような超大型戦車を投入することができたのだ。

 

 この辺、旧日本帝国陸軍の戦車チハが当時のアジアの港のクレーンや道路、鉄道、橋に合わせて非常に軽く作られたが、揚陸艦など自前のインフラを用意して運ばれたアメリカ軍のM4シャーマンにまったく歯が立たなかったという過去の事例の再現でもある。

 マゼラアタックの戦術は簡単。

 ミノフスキー粒子環境下での敵兵力のアウトレンジアタックである。

 背が高く発見されやすい、とされるが、それはマゼラアタック側からも早期に発見できるということでもある。

 アニメ『ガールズ&パンツァー』にも登場したM3リー中戦車がそうであったように。

 つまり有視界戦闘での交戦開始距離が通常型戦車より伸びるのだ。

 そして61式戦車より高火力重装甲なマゼラアタックは遠距離からでも61式戦車を撃破できるが、61式戦車はもっと近づかないとマゼラアタックの装甲を貫くことができない。

 接近するまで一方的に叩かれることになるわけだった。

 

 まぁ、そんなことを思い浮かべるミヤビだったが、話はメカニックの少年、ハワドとそれを手伝うサラである。

 

「そうだよな、俺たちメカニックの気持ちを分かってくれるのはサラちゃんだけだよ」

『そんなことないですよ、みなさん感謝してますよ。みんなが戦えるのも、メカニックマンの方々の不断の努力があればこそって。もちろん私も……』

「そ、そうかい?」

 

 照れくさそうに笑うハワド。

 

 そしてコア・ファイターではハヤトとサラナインが整備を進めながら会話を交わしている。

 

『ハヤトさん、格好良かったですよ。「リュウさん、アムロを迎えに行ってください。ここは僕が残ります」って』

「い、いや、そんな褒められることじゃないよ」

『いいえ、みんなのことを思って、今自分にできる一番のことを考えて、そして実行する。なかなかできることじゃないと思います』

「……よく、僕のこと見てくれているんだね」

『ハヤトさんが私のこと見てくれるから、私もハヤトさんのことを見ているだけですよ』

 

 ミヤビはその会話を背にエンジンブロックへと向かうが、そこでもエンジン整備担当の少年、マクシミリアンがサラに自動制御されるドラケンE改を助手にエンジン修理を行っていて、

 

【挿絵表示】

 

「ストーップ。OK、本当助かるよ、サラちゃん」

『そうですか? お役に立てて嬉しいです』

「サラちゃんはかわいいなぁ」

『あ、ありがとうございます、マクシミリアンさん』

 

 などと会話を交わしている。

 いや、いいんだけどね。

 

 無性に、泥のように苦いコーヒーを飲みたいと思いながらミヤビは考える。

 

(人格を持った少女型AIって戦場のストレスを和らげ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を防ぐような効果がある、とは言われていたけど本当だったのねぇ)

 

 と。

 アニマルセラピー、セラピー犬との触れ合いがPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状を緩和するという話があったが、それと同様の効果があるらしい。

 

 

 

 ドラケンE改が地球連邦軍に制式採用されるにあたって問題になったのがサポートAIのサラの存在である。

 

「非実在ロリなんかに税金使ってるんじゃないわよ!」

 

 とか、

 

「非実在ロリにうつつを抜かしているぐらいなら、現実の女性を口説いて未来の社会を支える子供を作らなきゃ!」

 

 などというフラウのようなめんどくさい意見を持つ人種も居たが、技術者サイドからは、

 

「モビルスーツにサポートAIを搭載するのは必然だけど、操縦サポートと音声アシストだけでよくて、UI(ユーザインタフェース)としてのアバターはいらなくね?」

 

 という意見があった。

 前回の戦闘でラルをサポートしたグフの戦術コンピュータ、ああいう機能特化でシンプルなものが良い。

 

「アバター見ているヒマがあるなら、外部監視しているわ!」

 

 ということ。

 ドラケンE改は開戦前、ジオンがミノフスキー粒子をレーダー妨害に使用する以前に採用されたわけだが、ステルス性が高い機体。

 レーダー波を発すると所在がばれるので光学センサーなどパッシブ型の索敵手段を取ることを想定していたため、有視界戦闘になりやすいと考えられていた。

 それもあってパイロットの視界を遮るようなことは極力したくない、ということである。

 

 ただ……

 実際には、サラは戦闘時にはアイコンのように画面隅に最小化表示されるようになっているため、視界を邪魔するようなことは無い。

 パソコンのデスクトップやタスクバーに表示されるものはアイコンであろうとも極力最小限にとどめ、注意が散らないようにするのが良い、とも言うが、それなら戦闘時だけ非表示にすればいい話だ。

 

 技術者がアバターを否定するのは、根本的にはコンピュータのリソースを食われたく無いからだ。

 ミヤビだってコンピュータや端末に不要なサービスや機能、プログラムが走っていることを徹底的に嫌っているから気持ちは分かる。

 前世では古い話だと「MS officeのイルカ」は真っ先に消したし、その後の話ではWindowsの音声認識機能付きのアシスタント機能『Cortana(コルタナ)』も無効化した。

 

 しかし、である。

 ミヤビはそれは自分の好み、嗜好であって絶対の正解だとは思わない。

 古い話の例に「MS officeのイルカ」を挙げたが、もっと長い目で考えればまた見方が変化する。

 マイクロソフトのWindowsが登場した際、多くのパソコンマニアはこう考えた。

 

「Macの真似してMS-DOSにGUI(グラフィカルユーザインタフェース)のガワを被せただけじゃん。メモリは食うし重くなるし遅くなるし安定しないし、使い物になんねーよ」

 

「だいたいMacってメモリ食い過ぎ。メモリ載せまくらないと重いしすぐ爆弾マーク(システムエラー)で使い物になんねーし、大金使ってメモリ載せても(当時はメモリが高かった)やっぱり爆弾マークだし」

 

「やっぱGUI(グラフィカルユーザインタフェース)なんて無駄なんだよ。DOSにランチャーとファイラーで十分だろ」

 

 と。

 しかしその後、Windowsは普及し、GUI(グラフィカルユーザインタフェース)は当たり前になった。

 

 またWindowsの音声認識機能付きのアシスタント機能『Cortana(コルタナ)』を無効化する者はミヤビ以外にも多数居た。

 しかし音声入力そのものは「ヘイSiri」や「オーケーGoogle」などという具合に活用されていたし、アーリーアダプターと呼ばれる先駆的な初期採用層は音声入力で文章作成を行っていた。

 

 ミヤビはサポートAIのアバターもそんなものと捉えている。

 従来のシステムを知る者ほど過去の経験から使い物にならないと判断するが、いずれ技術が進歩し製品が洗練されれば一般化する。

 

 人は自分の過去の経験や属している文化等の観点から少しでも逸脱した情報を示されると、相手の意見に耳を傾けるのを苦痛に感じるものだ。

 従来の価値観を一新するイノベーションの話にいたっては耳を塞ぐ…… それどころか相手を攻撃することで安心を求める者も居る。

 たとえ聞いても、自分の望む形に話を歪めてはめ込もうとする。

 これはいわゆる現状維持バイアスというもので、変化に伴うメリットよりリスクを過大に評価する心理作用からくるものだ。

 

 もっともミヤビは、それが悪いとも思わなかったが。

 人である以上、心理的な問題を無視することはできないからだ。

 そしてこれは嗜好、好悪の問題だから、正しい答えを導くことには意味がない。

 議論しようと討論しようと相手を論破しようと、相手の嗜好が変わるわけではないので無意味なのだ。

 人は自分を変えることができても、他人を変えることはできない。

 

 そして多様性は尊重されるべきであり、様々な意見や価値観があることは望ましい。

 だから個人の中で決まっている答えを戦わせる『議論』や『討論』ではなく、お互いに、まだ見えていない答えをブレインストーミングのように意見を出し合い話し合いながら探していく『対話』こそが重要になって来るのだ。

 ミヤビはそう考えている。

 

 ただ確実に言えることは……

 技術のトレンドは過去から未来に移り変わっていき、対応できない企業は淘汰される。

 それゆえ技術者、そして企業人であるならば、古いものへの愛着は個人の嗜好に留めておいた方が良いのだろう。

 

「時代を逆行させることは誰にもできない。思い出は懐かしむだけにしておくことだ……」

 

 ゴルゴ某もそう言っているし、ミヤビもまた二重の意味で古い人間なので気を付けるようにしている……

 

 

 

 まぁ、そもそもドラケンE改にインストールされたサラはRXシリーズの教育型コンピュータと同じくパイロットの言葉や所作から意思を推測して、その操作を補足する機能を持つ。

 要するにパイロットの考えや、やりたいことを察して先回りしたり補足したりしてフォローしてくれるのだ。

 この機能はパイロットの挙動をサンプリングすることでより精度を増し、技量の高くないパイロットにも熟練者の操縦を可能とする。

 

 そしてパイロット側もまたAIに対し心を開き、言葉や表情を偽ったり飾ったりしなくなることで、サポートAIの理解の深度、読み取りの精度は深まることになる。

 パイロットに心を開かせるのに、AIが機械的だったり高圧的だったり威圧的だったりするのは逆効果というもの。

 そういう意味で少女の姿と人格を持つサラは最適であり、アバターは必要となるのだった。

 

 

 

(そう主張して、さらに医師に依頼して『人格を持った少女型AIは戦場のストレスを和らげ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を防ぐ効果がある』って研究結果を出してもらったんだけど)

 

 この辺はよくある話。

 チョコレートが身体にいいという研究には製菓会社が出資する、コーヒーが身体にいいという研究にはコーヒー製造業界の会社が出資する、みたいなもの。

 別に嘘をついてもらうわけではないので消費者を騙すわけではないが、自社に有利な研究にだけ金を出すということで消費マインドの誘導はする。

 

「この分だと本当にすごい効果がありそう。いや、年若い少年たちばかりだから特に効果がある?」

 

 ミヤビは思索にふけるが、ともかく彼らの精神が安定していることにほっとする。

 しかし……

 

 

 

「サラ! サラ! サラ! 誰も彼もサラ! どうして! どうしてAIなんかを認めてこのあたしを認めないのよ!!」

 

 そうつぶやきながら深い闇を形成するフラウについては、ミヤビも含め誰も気づいていなかった。




 いつの間にかホワイトベースクルーに馴染みきっているサラたち。
 いいことなのでしょうけど、おかげでフラウが大変なことに。
 なおサラたちの存在は今後、技術的にも物語的にも重要な鍵になる予定です。

 次回はランバ・ラルの元にグフに代わる新戦力が届き、戦いが始まることになります。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第20話 死闘! ホワイト・ベース Bパート

 晴天の夜明け、空には絵の具で刷いたかのようにうっすらと青みがかかり、東方には朝焼けの朱が美しく差し込み始めている。

 砂漠の空気は冷えて冴えわたり、月も、星もまだはっきりと見えている。

 

「ポイントA13、間違いないのだな?」

「はあ」

 

 指定された地点でドムを受取るべく待機するラルだったが……

 

「30分は過ぎておる」

「あなた、光よ」

 

 そう告げるハモンにラルは目を凝らし、

 

「いや、あれはマ・クベの部隊の者だ」

 

 そして到着する大型輸送機ファット・アンクル。

 正面ハッチが開かれ、搭載されていた三機のモビルスーツが姿を現す。

 

「おお、これが……」

 

 どっしりとしたシルエット。

 青い巨星、ランバ・ラルに合わせ青に塗られたその姿。

 

「盾は持たぬのだな」

「はい、この機体は足裏のホバーで高速走行するものです。空気抵抗を減らすため、シールドは持たない設計です」

 

 答えるのはマ・クベの指示を受けてやってきたウラガン。

 実際、空気抵抗とはやっかいなもので、ミヤビの前世の記憶でも大気圏内で使用する陸戦型モビルスーツの多く、陸戦型ガンダム、陸戦型ジム、ジオンでも陸戦機のMS-14GD ゲルググGなどが面積の狭い小型のシールドを装備していたのもそのためだ。

 お台場の実物大ガンダムが武装していなかったのは、付けたらシールドに当たる風圧がすごくて大変だから、と後に大河原邦男氏が語っていたこともある。

 

「それゆえの、曲面主体の機体か……」

 

 ラルは納得する。

 ミヤビの前世の記憶でもリックディアスは直線主体のモビルスーツだったが、それを陸戦用に改修したディジェは、曲線主体の流線形のボディを持っていた。

 逆にリック・ドムを統合整備計画により再設計したリック・ドムIIの装甲及びフォルムが空気抵抗を度外視した平面的なものへと変更されていたのはドムと違って空間戦闘用として開発されたため、空力を考えずとも良かったからと言われていた。

 宇宙用の機体と大気圏内用の機体では、やはり違うのだ。

 

「また火力もグフの比ではありません」

 

 グフには無かった強力な大型実弾火器の使用が可能。

 

「これならば」

 

 ラルはニヤリと男くさい笑みを見せた。

 

 

 

 十分に寝て、起きて。

 アムロは無言で朝食を腹に詰め込む。

 ミヤビが持ってきてくれたもので、独房で寝ているだけだしお腹が減っていない、と言うアムロを、ミヤビはこう諭したものだった。

 

「こういうときにこそ食べれるようじゃないと戦場っていう極限状態で生き残ることはできないわ。

 まずは食べることよ。

 たとえ恐怖に震えながらでも食べられる人は、食べ物を受け付けなくなっている上品な人たちに比べれば生き残る率が高まる。

 食べ物は体力だけじゃなく、気力をも支えるものだから」

 

 その言葉に従い、黙々と食べていく。

 

「あの人はきっと、必ず来る」

 

 アムロには確信があった。

 ミヤビが言ってくれた言葉、

 

「たとえ恐怖に震えながらでも食べられる人は、食べ物を受け付けなくなっている上品な人たちに比べれば生き残る率が高まる」

 

 それは来るべき戦いを前に、恐れる心を無理に奮い立たせ、尖らせていた、それで食事を取る余裕も無くしていたアムロの内心を慮ったからなのだろう。

 ふっとアムロは表情を緩め、

 

「かなわないなぁ、ミヤビさんには……」

 

 そうつぶやくのだった。

 

 

 

「ザクはカーゴの護衛として残す」

 

 ギャロップに連結されていたカーゴを切り離し、一機だけ残っていたザクを共に置く。

 ギャロップにはモビルスーツは三機までしか積めないのだ。

 

「ギャロップは木馬の前面に出てステッチのドムと共におとりだ。そこを後ろから私とギーンのドムで木馬に突っ込む」

 

 そしてラルはハモンに向け言う。

 

「ハモンにギャロップの指揮を任せる。いいな?」

「はい」

 

 答えるハモン。

 彼女を補佐するクランプもうなずく。

 

「よし、ギャロップ発進。木馬をキャッチしたらドムはギャロップから離れて展開する」

 

 

 

 谷を飛び越えるというアクロバティックな走行を見せながら岩と砂の乾燥した砂漠地帯を駆け抜けるギャロップ。

 

「木馬です。推定位置より10キロ移動しているだけです」

 

 兵の報告にハモンはうなずく。

 

「良好です。ドム各機、30秒後にギャロップ発進」

『よーしハモン、我々が木馬に取りついたら離脱していいぞ。最後の占拠のため備えてくれ』

 

 通信機越しのラルの声。

 

「あなたこそ、お気をつけて」

 

 

 

 ハモンの声を背に、ラルたちは出撃する。

 

「フフ、この風、このスピードこそ戦争よ」

 

 足裏のホバーで浮上し、ロケットエンジンで加速。

 風切り音を聞きながら砂漠を疾走する。

 ラルたちはモビルスーツによるホバー走行という、まったく新しい移動手段でホワイトベースに迫る!!

 

 

 

「あの少年、ガンキャノンのパイロットとか」

 

 ラルたちを見送り、ソドンの街で出会った少年、アムロのことを思い起こすハモン。

 

「よい少年。さて、どう出てくるか」

 

 史実でのマチルダといい、アムロは年上の女性に好かれるところがある。

 ……それがミヤビにも当てはまっていると周囲は感じているのだが、ミヤビが知ったならまた首を吊りたくなっていただろう。

 

 

 

 ホワイトベース艦内に流れる警報。

 ブライトとミライは相次いでブリッジに駆け込み、当直のセイラに聞く。

 

「セイラ、どのくらい近づいている?」

 

 セイラはコンソールに向き合っているものの、

 

「ここでは正確にわかりません。オスカとマーカーを呼び出しているんですけど」

 

 彼らの使うオペレーター席の計器は素人には扱いきれないのだ。

 

「前部ミサイル用意」

 

 ブライトは詳細が確認できずともできることから対応する。

 

「ミライ、メインエンジンパワー臨界、急げ」

「はい。エンジンスタート終了、飛行再開まで1分20秒待ってください」

 

 そこにオスカとマーカーが上着を着こみながら駆け込んでくる。

 

「すいません、寝坊しちゃって」

 

 と二人で言うが、逆だ。

 超過勤務まっしぐらな彼らをブライトとミライが無理やり休ませたのだから。

 ブラック企業に洗脳された俸給奴隷(ウェッジ・スレイブ)並みに馬車馬のごとく働いている二人だった。

 そして遅れてフラウが到着し、通信手をセイラと交代する。

 

「左右のビーム砲を開かせろ、後ろのミサイルもだ。敵は一機じゃないらしい」

「了解、ビーム砲開け。敵の計測に入ります」

 

 マーカーはコンソールを叩きながら回答。

 

「正面、ギャロップらしき物確認。山が邪魔でほかの物が見つかりません。ホワイトベースの高度を取ってくれませんか?」

「まだ無理だ。前方の監視カメラ開け」

 

 エンジン起動シーケンスは完了させたが、ミノフスキークラフトを働かせ浮上できる出力に到達するには時間がかかる。

 マーカーはモニターに前方から迫る敵影を表示。

 

「ギャロップです、射程距離に入ります」

「主砲、撃て!」

 

 ブライトの指示でホワイトベースの実弾砲二門が火を噴く。

 しかしギャロップはホバー走行ゆえの軽快な動きで回避運動を取り、ホワイトベースに的を絞らせないばかりか前部機銃で反撃してくる。

 そしてようやく浮上を開始するホワイトベースだったが、

 

「左舷前方、ミサイルらしきものが接近!」

 

 そして命中。

 

「左の機銃なにやっている? ザクが居るんだぞ、撃て、撃て」

『ブライト、ガンキャノンL発進するぞ』

「頼むぞ、リュウ。左にザクが居る。発進の隙に狙い撃ちされんように高度を取れ。あてにしているぞ」

 

 

 

「わかった。ハヤト、いいか?」

「はい、だけどモビルスーツの操縦は初めてだから……」

 

 右腕を手ひどくやられ修理中のガンキャノンのAパーツに代わり、長距離砲撃戦複座仕様のガンキャノンL、ロングレンジタイプのAパーツを装着して出撃する。

 頭部の砲手席に着くのはこれまでリュウと一緒にコア・ファイターで戦ってきたハヤトだ。

 

『大丈夫ですハヤトさん。私もついています。サラナインからもよろしくと頼まれていますし、ハヤトさんの操縦テレメトリーも受け取っています』

 

 リュウのコア・ファイターにインストールされているサラシックスも、サラナインからハヤトのデータをもらってこの出撃に臨んでいる。

 

「操縦テレメトリー?」

 

 首を傾げるハヤトに、サラシックスは説明する。

 

『はい、ハヤトさんの戦闘データから抽出したものです。

 戦闘行動はある種とっさの行動。

 つまり反射行動の連続――

 その積み重ねにあると言って良いもの。

 そして反射行動は人が無意識に成す行動。

 しかも必ず個人特有のクセがあります。

 軌道変更のタイミング、スロットルの瞬間的な開け方、射撃のタイミングとパターン。

 とある状況下における各種バイタルサインのパターン。

 無意識下の行動が多いため、教育型コンピュータが、そして私たちサラシリーズがパイロットをフォローするためには欠かせないデータなんです』

 

 しかし……

 サラシックスはわずかに表情を曇らせる。

 

『ただ、それをもってしてもハヤトさん専属になっているサラナインほどにはサポートすることはできませんが』

「どうしてだい?」

 

 サラシリーズは人と同じ心を持つとはいえプログラム。

 ならデータさえあれば問題なく働くことができるはず、とハヤトだけではなく誰もが思うだろう。

 だが、サラシックスは首を振る。

 

『それはハヤトさんとサラナインの間にある絆が、ハヤトさんと私の間には構築されていないからです』

「絆だって?」

 

 サラシックスは真剣な表情でうなずく。

 

『パイロットの意思を読み取りフォローする私たちサラシリーズに対しては、心を開いて、自分を偽らず、素直にさらけ出すことでその読み取り精度が向上します。

 でも人は相手によって態度が変わるもの。

 それゆえ、私たちサラシリーズの側の読み取り精度も落ちることになるのです』

 

 そういうことだった。

 だからこそサラシリーズをインストールされた機体は専属運用が望まれるのだった。

 

 そしてガンキャノンLはカタパルトに接続され、

 

「カタパルト準備完了。ガンキャノンL、行くぞ!」

 

 高度を取るべく、猛烈な勢いで射出される。

 敵からの砲撃を掻い潜り、左前方の火点へ向かうが。

 

「りゅ、リュウさん、ザクじゃない!?」

「ああ、新型か? しかも速い!」

 

 ガンキャノンLは長距離砲撃戦仕様のモビルスーツ。

 接近戦は苦手なため、弾幕を張れるヤシマ重工製100ミリマシンガン、ミヤビの前世の記憶で陸戦型ガンダムや陸戦型ジムが使っていたYHI YF-MG100を持ち出してきたのだが。

 敵はその射撃をホバー走行による素早い動きでかわすと、ガンキャノンLの着地点目掛け突進してくる!




 ランバ・ラルの元にグフに代わる新戦力が届き、戦闘が開始。
『ギレンの野望』だとラルにドムを渡すとホワイトベースを墜としてくれるんですけど、このお話ではどうなることか。
 次回は激戦が予定されていますが、サラシックスはその最大の被害者になりそう……

 話は飛びますが、ミヤビがミドルモビルスーツに続いてプチモビ、ジュニアモビルスーツの市場を先行して掌握するべく開発した機体がある、という設定なのですが。
 スコープドッグの独自改良品という案もあったんですけど、Zガンダムで登場したジュニアモビルスーツのコクピットをオープンタイプからクローズタイプに変更しただけ、という風なボトムズのライト級AT、ツヴァークがガンダム世界になじむのかな、と1/60キットの改造を始めました。
 古いキットなので、最近のガンプラのように簡単に見栄えよく組み立てられないのが大変だったり。

 なおこれは第23話に予定されている主人公機交代イベントで登場予定の機体とは別口です。
 というか、ミヤビの乗換機のモデリングは連載開始前に完成していて、一年以上寝かせたままになっているという……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第20話 死闘! ホワイト・ベース Cパート

『ブリッジ、アムロを独房から出してください』

 

 右舷モビルスーツデッキ、ドラケンE改のミヤビから要請。

 

「っ、分かりました」

 

 ブライトは一瞬詰まったもののそれを了承。

 

「あたしが……」

 

 通信手を務めていたフラウが立ち上がろうとするが、

 

『大丈夫です、私が開けます』

 

 と、通信モニターに現れたのはドラケンE改のサポートAIのサラだった。

 

「え?」

『ドアの暗証番号は?』

「あ、ああ、ドアのキーはタイプ6Eで開く」

『分かりました。すぐ開けます』

 

 ブライトからの返答を受け、切れる通信。

 

 

 

『ヒートワイヤ射出!』

 

 独房前の通路、身長18センチ足らずの大きさのサラ、無線制御のドローンであるモビルドールサラが右手のメカニカルアームからアンカー付きのワイヤーを撃ち出す。

 監視窓の鉄格子にアンカーを引っ掛け、内蔵ウィンチで巻き取ることでドアのキーパッドまで身体を引き上げる。

 

『6E、と』

 

 ロックが外れ、

 

『アムロさん、出動です』

「サラ!」

 

 アムロはドアを開け独房を出る。

 

「ガンキャノンは?」

『リュウさんとハヤトさんが修理中のAパーツをガンキャノンLのものに換装させて出撃させました。アムロさんはコア・ファイターで。サラツーが待ってます』

「よし!」

『頑張ってください』

 

 サラの応援を背に駆け出すアムロ。

 

 

 

「あ、アムロを送り出すのはあたしの役目。あんな、あんなAIなんかにそれを取られるなんてぇ……」

 

 通信席で悶々とブラックホールを形成するフラウ。

 

 

 

「後ろからモビルスーツが二機来ます!」

 

 マーカーからの報告。

 

「なに!」

「第二監視網に入りました、動きが速いです」

「新型か? ガンタンク、ドラケンE改、発進だ!」

 

 

 

「は? 新型? 動きが速いってまさか……」

 

 ドラケンE改のコクピットで冷や汗をダラダラと流すミヤビ。

 

『ブライトぉ、敵はホバーで、グワーッ!』

『リュウ、大丈夫かリュウ!』

 

 通信機越しに混乱が伝わってくる。

 

「まさかドム!? あの機体がランバ・ラル隊に渡るなんて!!」

 

 自身の知る史実とは決定的に違う展開に、ミヤビは恐怖する。

 史実ではマ・クベに邪魔されて届かなかったドムだが、シミュレーションゲーム『ギレンの野望』シリーズだと、これを渡すとラルがホワイトベースを墜としてくれるのだ。

 ミヤビの存在がバタフライ効果でも起こしたのかガルマが死ななかったりと変化が生じている現在、これはシャレにならなかった。

 

 カイとセイラのガンタンクが出撃し、次いで、

 

『ドラケンE改行きます!』

 

(行きたくないけど……)

 

 サラのサポートでミヤビのドラケンE改がカタパルトから弾丸のように射出。

 

(コズンさーん!!!! はやくきてくださーい!!!!)

 

 はやくしろっ!! 間に合わなくなっても知らんぞーっ!!

 とばかりに、内心絶叫するミヤビだった。

 

 

 

 一方そのころコズンは……

 

 ホワイトベースクルーの魔の手、味方の地雷原、地獄を逃れたコズンを待っていたのはまた地獄だった。

 破壊の跡に棲みついた欲望と暴力。

 戦争が生み出した、ソドムの街。

 悪徳と野心、退廃と混沌とをコンクリートミキサーにかけてぶちまけたここは、宇宙世紀のゴモラ。

 

「さぁ、とっとと働けぇ!」

「てめぇらの食い扶持を稼がせてやろうってんだ、ありがてぇと思って働くんだぁ!」

 

 ゲリラを装った暴力集団の人間狩りに遭ったコズンは、この戦争で更地と化した精錬所跡から、レアメタルを掘る作業に強制的に従事させられていた。

 

「うっ、ゲホゲホッ」

 

 過酷な労働に倒れる仲間。

 

「おい、大丈夫か」

「よせぇ、他人に構うんじゃねぇ……」

「貴様ら、誰に断って休んでるんだ。働けぇ!」

 

 監視員に殴り倒される男……

 それを見たコズンの瞳に反抗の光が宿る!

 

 次回『脱走』

 今夜もコズンと地獄に付き合ってもらう。

 

 

 

 高速のホバー走行でホワイトベースに迫るラルたち。

 

『ラル大尉!』

「おお、来たかステッチ」

 

 おとり役を務めていたステッチも合流し、三機まとめて突撃。

 頭頂部、そして左腕の四連装ミサイルを連続して撃ち込む。

 

 

 

「くそっ!」

 

 リュウは100ミリマシンガンで弾幕を張るが、

 

「て、徹甲弾を弾いた!?」

 

 敵の新型は機体の前に横にかざした右腕のドリル、そして両肩のカッターを上方向に回転させ、徹甲弾の着弾を弾いて見せる。

 そして、すれ違いざまに空になった左腕ミサイルポッドを破城槌のように使いガンキャノンLの腹部、コクピット目掛け叩き込んだ!

 

『がっ……!? は…… あぁっ』

 

 腹パンと言うには強烈過ぎる一撃に、ガンキャノンLからのフィードバックを受けたサラシックスの表情が苦痛に歪む!

 

 

 

「ドム…… じゃない!」

 

 ミヤビは自分の目を疑う。

 

(アッグ武装型ぁ!?)

 

 EMS-05アッグはジャブロー攻略用に開発された特異な機体。

 ジャブローの頑丈な岩盤を掘削するためドリルとカッター、レーザートーチを装備している。

 歩行用の脚部を持たず、移動は足裏のホバーで浮上、ロケットエンジンにより前進する。

 さらに頭頂部にオプションの四連装ミサイルポッドを取り付け、左腕を四連装ミサイルポッドと交換した武装型もある。

 

(まさかここって『スカッドハンマーズ』の世界なの!?)

 

 とミヤビが疑うとおりゲーム『SDガンダム スカッドハンマーズ』ではマ・クベに騙されたラルが『ランバ・ラル専用ドム』と称したアッグ武装型で襲ってくるというイベントがあったが……

 この世界のテム・レイ博士の言動がどうにも『スカッドハンマーズ』登場の彼の狂的技術者(マッド・エンジニア)ぶりと重なることもあって、混乱する。

 ジャンボハンマーも造っていたし!

 

 実際には、ブラックガンキャノンの凶悪な暴れっぷりにインパクトを受けたキシリアが、リソースを集中させるため新兵器の開発機種を絞り込んだ結果、アッグシリーズと呼ばれるジャブロー攻略のための特殊戦用モビルスーツ群が開発凍結に追い込まれ……

 結果、完成していたアッグも破棄されるところをマ・クベが武装してドムとすり替えラルに押し付けた、という経緯がある。

 マ・クベの使いのウラガンも、一言もこれがドムであるとは言っていないという詭弁めいた話であった。

 

 

 

「ぐっ、サラシックス!」

 

 機体からのフィードバックに苦しむサラシックスを気遣うリュウ。

 自分だってコクピットに直撃を受けたショックできついというのにだ。

 いや実際には本来なら守るべき対象である少女、その姿と人格を持つサラシックスが苦しんでいる、それが火事場のバカ力を引き出し途切れかかったリュウの意識をつなぎとめたのだ。

 

 このような気の持ちようというのは戦場では軽視できない効果を持つ。

 精神論じみているように感じられるが、実際には生理的なもので生存率にも関わってくるのだ。

 

 現代人は銃で撃たれると死ぬことを知っているので、戦場で撃たれると「俺は死ぬんだ」とショック症状を起こして多くはそのまま死亡する。

 しかし同じ負傷でも「なにくそ」「やろう、ぶっころしてやる」などと闘志を燃やせる者はショック症状に陥らず生き残る率が高くなる。

 救急看護で「負傷者に気を強く持つよう呼びかけ続けましょう」とされているのはそのためである。

 ……平和ボケした日本だと救急患者に向かって「骨が見えてるなぁ」とか「顔色悪いね、顔色悪いね」とか連呼する困った医者も居たが。

 

 そうやってサラシックスを想うことで意識を保ったリュウだったが、そこに次の機体が右腕を下から突き上げてきた。

 リュウは機体をスウェーバック気味に反らしてかわそうとするが、金属が金属を掻きむしる音がして、逃がし遅れた100ミリマシンガンの銃身、そして機関部が消失した。

 

『ひっ!』

 

 サラシックスが恐怖に息を飲む。

 周囲に飛び散る金属片。

 100ミリマシンガンはグリップを残し、アッグ武装型の右腕に装備されたドリルに食われ粉々のミンチにされてしまったのだ。

 さらに三機目の機体がガンキャノンLにタックルする!

 

 この機体だけは通常機体のままのアッグ。

 ガンキャノンLをベアハッグの形でつかまえ、両腕のドリルをガンキャノンLの背に回しがっちりと抱え込む。

 目の前で、マシンガンを形も残さず一瞬で粉砕するドリルの威力を見せつけられ。

 それを背に当てられ、さらに胸部には両肩の巨大カッターが、弱点であるコクピット、腹部には口吻部から突き出たレーザートーチが押し付けられた。

 これからどんな目に遭わされるか気づいたサラシックスは顔面を蒼白にする。

 

『やめ……』

 

 背に回された両腕のドリル、その側面がバックパックを削る!

 口吻部からはレーザートーチがガンキャノンLの腹部コクピットに照射。

 仕上げに両肩の、全てを切り裂く凶悪なる巨大カッターが回転し、胸部から装甲を削いでいく!

 

『ひぐぅああぁぁぁッ!!』

 

 サラシックスは機体からのフィードバックを受け、たまらず叫ぶ。

 双肩の裂殺カッターは上方に、両腕のドリルは下方に回転させ、脱出不能とする恐怖の完裂地獄!

 無慈悲なまでの責め苦がガンキャノンLを、そしてサラシックスを苛む!!




 はい、予測していた方もいらっしゃったでしょうが、アッグ武装型でした。
 引っ張りすぎてオチが見えちゃいましたね。
 しかしネタ機体のくせにラルたちを乗せてみたら異様に強い。
 おかげでサラシックスが悲惨な目に……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第20話 死闘! ホワイト・ベース Dパート

『ミヤビさん、サラシックスが、ガンキャノンLが!』

 

 妹の上げた悲痛な叫びに慌てるサラ。

 ミヤビの前世の記憶にあるマンガ『キン肉マン』登場の完璧・無量大数軍(パーフェクト・ラージナンバーズ)の一人、「完裂」の異名を持つ超人『マックス・ラジアル』の必殺技、高速回転する両肩のタイヤに相手を押し付けて切り裂いてしまうという『ビッグラジアル・インパクト』。

 それをさらに強力にしたかのような残虐無比な攻撃にドン引きするミヤビは、ピタッとドラケンE改の足を止めると、

 

「やめた! この仕事ワリに合わない! 帰る!」

『ええ! み、ミヤビさん!』

 

 と、マンガ『ファイブスター物語』登場の剣聖ダグラス・カイエンみたいなことを叫んでしまう。

 

 こんなヤベエ所にこれ以上いられっか!

 

 とカイエンは言っていたが、ミヤビの今の気持ちもそれそのものである。

 

 ミヤビの前世の就職先、某重工の職場には東北の秋田県出身の先輩が居て、仕事で無茶振りをされると、

 

「んた!」

 

 と叫んでから話を聞いていた。

 ミヤビがそれを不思議に思い、わけを聞いてみると秋田弁では「いやだ」ということを「んた」と言うらしい。

 つまりその先輩は無茶な仕事を頼まれた場合「いやだ」と即答しているわけである。

 

『ででで、でもリュウさんとハヤトさん、それにサラシックスは? 私の…… 妹……』

 

 とサラはカイエンのパートナー、忍耐力No.1のファティマを自称するアウクソーのようにミヤビに言いすがるが、別にミヤビは帰るためにドラケンE改の足を止めたのではない。

 

「短距離ミサイル発射!」

 

 有線誘導で放たれるミサイル、その命中精度を上げるためにこそ停止したのだ。

 発射までの間はサスの揺れ、機体の動揺が収まるまでのもの。

 

(先輩と同じく嫌だと言いつつも仕事は受けなきゃならないのよね)

 

「仕事は遂行する」「自分も部下も守る」

「両方」やらなくっちゃあならないってのが「組織人」のつらいところである。

 覚悟はいいか? 私はできてる。

 

「アッグの弱点はここ!」

『何で分かるんですか?』

「おもいきりビジュアルに主張してるでしょうが!」

 

 アッグの脚部基部に命中し、ジョイントを破壊。

 その片足を吹き飛ばす!

 

 

 

「た、助かった……」

「ミヤビさん!」

 

 胸をなで下ろすリュウとハヤト。

 

 

 

「すぐに帰投して。装甲がボロボロよ!」

 

 ゴッグのアイアン・ネイルがガンダムの頭に穴を開けたように、ジオンの冶金技術には凄いものがある。

 チタンは強いように思えるが、軽く強度に優れているので同じ重量ならスチール系より頑丈になるというだけで、刃物に求められる硬さ、切れ味はまた別ということだ。

 ミヤビの前世でもリアルで斬鉄剣が造れる、ダイヤモンド砥石でないと刃付けが困難と言われるCV-134という鋼材を用いたカスタムナイフなんかがあったし。

 それゆえガンキャノンLの上半身、Aパーツはルナ・チタニウム製であるにも関わらず、まだ裂かれていない装甲はないのでは、というくらいにズタズタにされていた。

 

 

 

「速い!」

 

 ガンキャノンLが抜かれたため、ラルとステッチのアッグ武装型の接近を抑えるのはカイとセイラのガンタンクのみとなっていた。

 ホワイトベースからの援護射撃があるとはいえ、これはきつい。

 

 

 

「アムロ、コア・ファイター発進します!」

 

 味方の危機に救援に駆け付けるべく発艦準備を進めていたアムロだったが、

 

『待て、アムロ』

 

 ブライトに止められる。

 

『リュウたちのガンキャノンLが後退する。修理途中で右腕が使えないが、Aパーツを換装でガンキャノンで、ガンキャノンで出てくれないか』

「わ、分かりました」

 

 アムロは了承。

 

「サラツー、ガンキャノンAパーツの修理状態の詳細データをくれないか?」

『うん、データ回すよ』

「これは…… 確かに右腕はまだ使えない。武器はビームライフルを使うか?」

 

 ソロモン戦で左手にビームスプレーガンを持ったジムが登場したように、地球連邦軍のモビルスーツは武装がアンビ、両利き対応となっているものが多い。

 ガンキャノンのビームライフルは照準スコープが左側にしか傾けられないため完全な両利き対応とはなっていないが、しかし片手使用なら倒す必要も無いので今回は関係ない。

 ミヤビの記憶にあるアニメ『機動戦士ガンダム』作中でも、ガンキャノンは左腕でビームライフルを持ったことがあるし。

 しかしアムロは首を振る。

 

「いや、射撃はガンタンクとホワイトベースに任せてヒートホークで近接防御をしないと支えきれないか?」

『アムロ、ガンキャノンLが着艦するよ』

「わかった。って、どこもかしこも傷だらけじゃないか」

 

 ガンキャノンLの惨状に目を見張るアムロ。

 救いは損傷が上半身、Aパーツに集中していること。

 下半身、Bパーツはほぼ無事だから換装すれば何とかなる。

 

「換装作業、急いでくれ。武器はヒートホークで発進するよ」

『了解』

 

 

 

「左舷エンジン損傷!」

 

 迫るアッグからのミサイル攻撃がついにホワイトベースを捉えた。

 

「エンジン出力降下。不時着します!」

 

 降下、墜落に近い形で不時着するホワイトベース。

 艦内各所で悲鳴が上がり、損害報告がブリッジを騒がす。

 怪我人も多数出ている様子だ。

 そこにギャロップが迫る。

 

「マーカー、オスカ、銃は持っているの?」

「は、はい」

 

 ミライは自分も銃の用意をしながら聞く。

 

「……ホワイトベースを乗っ取るつもりがなければ、ギャロップだってもっと当てているわ」

「ああ、そういえば」

 

 つまり敵は最後は白兵戦を仕掛けてホワイトベースを占拠するつもりなのだ。

 

「各自、銃を点検しろ!」

 

 ブライトの指示が下り、ブリッジクルーも覚悟を決め、それぞれ銃を手に取る。

 しかしフラウはひとり蹲ってしまっていた。

 

「私…… 私、鉄砲なんて撃てません……」

「練習で何度かやったでしょう?」

 

 強く言い聞かせ、フラウの手に銃を握らせるミライ。

 

「でも、その時は人なんて居なかったんですよ!」

「フラウ・ボゥ! 撃たなきゃ死ぬのよ!!」

 

 ミヤビの前世、ガンダムファンの間でよく論争になるのは、

 

 敵を撃てない→偽善。

 ためらいなく撃つ→サイコ過ぎて共感できない。

 

 というもの。

 その点、ミヤビあたりの感覚からすると、ガンダムファンに『殺戮マシーン』呼ばわりされることもあるアムロがノーマルスーツ姿の敵兵を撃つことにためらい、そして「相手がザクなら人間じゃないんだ」と戦えるあたりがリアルで親近感を持てる、感情移入が妨げられないと言えるだろうか。

 

 ザク、特に量産型ザクという存在は、作劇的、そして心理的にはスターウォーズに登場する帝国軍の白い甲冑のモブ(名無しキャラ)、ストームトルーパーと同じ意味があったという。

 登場時はいかめしく、強そう、悪そうに見えるが実際には無個性な雑魚でバンバン倒されることで主人公たちの強さを演出させるための存在。

 

 そしてストームトルーパーは『西部劇のインディアン』をハリウッドとジョージ・ルーカスが現代に適応する形で再発明したもの、と言われる。

 昔の娯楽作品としての西部劇では主人公に倒される雑魚モブとしてインディアン、ネイティブアメリカンが使われていた。

 もちろん現代ではそのようなことをしたら大変なことになるし、受け入れられない。

 日本の時代劇では「出合え出合え」で出てくるモブの侍を峰打ちで済ますことでこのような問題を回避したが(昔は『水戸黄門』だってモブを斬り殺していた)、ガンファイトでは無理。

 そこで生まれたのがストームトルーパーだ。

 没個性で人間味が無く、気兼ねなく倒せるモブ。

 良い悪いは置いておいて、あの白い甲冑にはそういう心理効果があるということだ。

 

 マンガ『HELLSING』(ヘルシング)でも主人公、アーカードに殺し尽くされる名無しのモブは世間的に絶対悪とされるナチス以外は制服にバラクラバと呼ばれる目出し帽で顔を隠し個性を消した特殊部隊員だったり、甲冑を着込んで顔をヘルメットで覆ったカソリックの騎士団だったりした。

 作画の問題もあるだろうが、娯楽作品として心理的にも有効な手法であった。

 

 そして同じ効果がザク、モビルスーツにはある。

 だからこそアムロの「相手がザクなら人間じゃないんだ」というセリフ、割り切り方に多くの視聴者が共感できるわけである。

 もちろん繰り返しになるが、良い悪いは置いておいてということだったが。

 

 

 

「ガンキャノン、出るぞ!」

 

 左手にヒートホークを持ったガンキャノン。

 その漆黒の機体が出撃する!

 

 

 

「黒いモビルスーツ、来たな、ガンキャノン」

 

 不敵に笑うラル。

 互いにダッシュで駆け寄る。

 ガンキャノンの左腕に構えたヒートホークが振るわれた。

 しかしそれをラルは避けずに踏み込んで、掲げた右のドリルでガンキャノンの腕を受けることで無効化。

 初戦での一幕の再現だ。

 

「グフとは違うのだよ! グフとは!」

 

 そしてドリルを上方向に回転させることでガンキャノンの腕を上に弾く!

 

 

 

(ガオガイガー!?)

 

 ミヤビはアニメ『勇者王ガオガイガー』で敵の打撃を右腕で受けたガオガイガーが、ロケットパンチ『ブロウクン・マグナム』の回転機構を利用して跳ね上げたシーンを思い起こす。

 がら空きになったボディに、左腕のミサイルポッドを棍棒のように叩き込むラルのアッグ武装型。

 右、左、右!

 思いきりふりかぶって叩き込まれる打撃。

 ガンキャノンは致命的な損害をもたらす右のドリルを避けるだけで精いっぱいだ。

 

 

 

「うあっ!」

 

 殴り飛ばされるガンキャノン。

 

「こ、こいつ、違うぞ。グフなんかと装甲もパワーも」

 

 うめくように言うアムロ。

 実際にはドリルやカッターが固いだけで装甲は並み。

 パワーも戦闘巧者のラルだからこそ強いと錯覚させているだけだったが。

 

『アムロ、立って!』

 

 そこにミヤビからの通信、そして援護のミサイルが放たれる。

 しかし、

 

 

 

『ステッチ!?』

 

 ミヤビのドラケンE改からのミサイル射撃を受けたのは、割り込んできたステッチの機体だった。

 

「ラル大尉、ここは自分が押さえます。大尉は木馬を!」

 

 彼は前回、ラルの足を引っ張ってしまったことに責任を感じていたのだ。

 

 

「ハハハ、隊長やりました、タンクをやりましたよ。こいつにとどめを」

「なにを寝ぼけておるか、ステッチ。木馬だ、木馬を討ち取らねば我々の、我々の戦いの意味はない」

「……そ、そうでありました」

 

 

 元々彼はコズンたち正規のパイロットの予備人員。

 能力的に劣り、負い目を持っていた。

 しかし彼は上官の言葉を守り、愚直に努力する精神を持っていた。

 そのままガンキャノンへと体当たりを敢行する!

 

 

 

「何を!」

 

 とっさにヒートホークを振るうアムロ。

 しかし、

 

 

 

「そ、そう来るのは分かってるんだ!」

 

 ステッチは機体をずらし、回転する肩のカッターでそれを受ける。

 回転に巻き込まれ、弾かれたヒートホークがガンキャノンの手を離れ、宙を舞う!

 

「行ってください、ラル大尉!!」

 

 

 

「おおおお!」

 

 ステッチの声を背にホワイトベースを目指すラル。

 その進路上にガンタンクが割り込み、機体の突進力を上乗せした左ストレートパンチが繰り出される。

 ミヤビがアウターシェル・バレルと呼んだ、アムロが見せた打撃技。

 ゲーム『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』にてガンタンク系のモビルスーツが放つ格闘攻撃で、腕部40ミリ4連装ボップ・ミサイル・ランチャーの強固な外殻をもつ砲身を用いた打突攻撃だ。

 それをガンタンクの教育型コンピュータとサラスリーが学習してライブラリーに登録、使えるようにした技だったが、

 

「甘い!」

 

 ラルは再び左腕のミサイルランチャーを破城槌のごとく繰り出した!

 その一撃は腹部コクピットを捉え、カイを一撃で意識混濁にまで追い込んだ。

 一方、ガンタンクの、カイの攻撃はリーチ差により届かない。

 見事なクロスカウンターであり、ガンタンクは己の突進力を上乗せした恐ろしいほどの一撃を食らってしまったわけである。

 

「終わりだ!」

 

 ラルは右のドリルを振り上げ、ガンタンクの頭部コクピットを狙う!

 しかし、そこで緊急の出撃でノーマルスーツもヘルメットも身に着ける暇も無く出撃したセイラの姿を捉えてしまう。

 

「なっ、ひ、姫? 姫様か?」

 

 それが見分けられたのはラルの戦闘者としての研ぎ澄まされた感覚か、それともカンとでも言うべきものなのか。

 とっさに攻撃を止め、ガンタンクの風防を砕くにとどめる。

 しかし無理にそうしたせいでバランスを崩し、アッグ武装型はガンタンクとまともに衝突してしまうことになる!

 ガンタンクを巻き込み、大地を削りながら滑って行くアッグ武装型。

 そして、

 

「ひ、姫様……」

 

 ラルは血を吐き、痛む身体を引きずりながらも動かなくなったアッグ武装型のコクピットから這い出る。

 横倒しになったガンタンク、頭部コクピットへ向かい、セイラ、いや彼にとっては主君の娘、アルテイシア・ソム・ダイクンを助け出す。

 

「……間違いない、アルテイシア様に違いないな」

「んっ!?」

 

 目を覚まし、ジオン兵に抱えられている現状に気付き、身体をこわばらせるセイラにこう語る。

 

「私をお忘れか? あなたの父上ジオン・ダイクン様に御仕えしたジンバ・ラルの息子ランバ・ラルですぞ」

 

 それでセイラは思い出す。

 幼いころ、若かりし日の彼に遊んでもらったことを。

 彼はセイラ…… アルテイシアを軽々と持ち上げてくれて。

 そしてどんな子供でもそうであるように、アルテイシアは無邪気に喜んでいた。

 そんな、失われた過去を……

 そこにミヤビのドラケンE改が到着する。

 気づけばステッチのアッグ武装型も、そしてギャロップも撃破されていた。

 

『あなた、どうなさったのです?』

 

 ノーマルスーツの通信機からは、まだ辛うじて生きているアッグ武装型の通信機に中継されたハモンの声が聞こえていたから脱出はできたのだろう。

 

「ハモン、すまぬ。ランバ・ラル、戦いの中で戦いを忘れた…… アルテイシア様が」

 

 そこで限界を迎えた身体が崩れ膝をつく。

 近づいてくるガンキャノン。

 その開け放たれたコクピットにはやはりあの少年、アムロの姿が。

 

 そして意識を取り戻し、ガンタンクのコクピットから這い出してきたカイもまた、銃をラルに向ける。

 

「……わしの戦っていた相手が皆、年端のいかぬ少年たちとは皮肉なもんだ」

「ランバ・ラル、退きなさい」

 

 降伏を促すセイラを、ラルはあえて突き放すと手榴弾のピンを抜いた。

 

「君たちは立派に戦ってきた。だが、兵士の定命がどういうものかよく見……」

 

 皆まで言わせずに銃声。

 セイラが見れば、ミヤビのアーマーマグナムが火を噴いていた。

 

 空気を読まない行動、だったがそれどころではなく、ミヤビはフォアグリップを前後させ、排莢と共に次弾を装填。

 すかさずゴム散弾でラルの手から零れ落ちた手榴弾を撃ち、遠くに弾き飛ばすことで安全を確保する。

 そして爆発。

 

 手榴弾には破片手榴弾(防御型)と爆裂手榴弾(攻撃型)がある。

 

 破片手榴弾は広く殺傷能力のある破片を飛ばすため、使用側は投げたら伏せるか巻き込まれないための遮蔽が必要。

 このことから防御型、とされる。

 ミヤビの前世、旧21世紀ならアメリカ軍のM67破片手榴弾が有名だ。

 

 一方、爆裂手榴弾は爆発の衝撃波で敵を倒すもの。

 殺傷範囲が限られるため、投げつけながら前進、ということも可能。

 それゆえ攻撃型、とされる。

 また、コンカッションとも呼ばれる。

 コンカッションというと某ゲームの影響で非殺傷のイメージがあるが、そんなことはなく普通に死傷する。

 第二次世界大戦でドイツ軍が使ったポテトマッシャー、M24型柄付手榴弾も破片による殺傷を狙わず火薬の爆発で敵を殺傷する爆裂手榴弾、コンカッションに分類されるものであったし。

 

 ランバ・ラルが自決に用いようとしていた手榴弾はビン型、筒状をしていた。

 缶のような形状をしているアメリカ軍のMK3爆裂手榴弾と同じく、破片を飛ばさなくても良い爆裂手榴弾なので、このような形になっているのだ。

(破片手榴弾は古いものを除けばどんな向きにしても全周に破片を振り撒けるよう球に近い形状となるのが普通)

 そして爆裂手榴弾ゆえ、殺傷範囲は限定的であり、距離を取ってしまえば被害は及ばない。

 それを手榴弾の外見から見て取ってのミヤビの対処だ。

 

 なお、ミヤビがラルに撃ち込んだ一発目は、おなじみスタンガンを弾頭内に内蔵したテイザー弾である。

 

 

 

「隊長から連絡はありませんか?」

「は、はい。あれが最後で」

「そう」

 

 つぶやくハモンの瞳に暗い光が宿る。

 

「ランバ・ラル……」

 

 

 

次回予告

 戦死したランバ・ラル……

 そう思い込んだハモンたちは数少ない武器を持って迫る。

 ハモンはついにガンキャノンを討ち取るのか?

 その危機にリュウ・ホセイのコア・ファイターがハモンを襲う。

 次回『さよなら、リュウさん……』

 君は生き延びることができるか?




 熱い戦いに唐突に終止符を打つミヤビの空気を読まないメッセージスキップという荒業。
 でもラルさん、これで生き残りましたね。
 とはいえハモンさんはそれを知らないので次話では史実どおり特攻を仕掛けてくるのですが。
 そして次回予告、というかこのサブタイトルは……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第21話 さよなら、リュウさん…… Aパート

 オデッサに置かれた基地。

 ここは地球で最大の鉱物資源をおさえているマ・クベ大佐の本拠地である。

 地球連邦軍は、この基地を叩くオデッサ作戦の準備を着々と進めていた。

 ホワイトベースはこの作戦に参加すべく西へと進んでいたが、ランバ・ラル隊の攻撃はまだ終わってはいない。

 

「使い古したザクが一機とマゼラアタックの砲塔が四門だけとは」

 

 嘆息するハモン。

 人員については副隊長のクランプこそギャロップからの脱出時にハモンを庇って負傷したためしばしの療養を要しているものの、大半は無事だ。

 だがしかし、兵を生かすための兵器が心もとない。

 

 マ・クベに補給を掛け合ったタチ中尉も、

 

「明らかにマ・クベ大佐は協力的ではありませんでした」

 

 と無念そうに報告する。

 しかしハモンはそれでも、

 

「あてにしますよ、タチ中尉。なんとしてでもラルの仇を討ちたいのです」

 

 と、タチに代わらぬ決意を告げる。

 だからタチも、

 

「我々とて同じ思いです、ハモン様」

 

 そう答えるのだった。

 

 

 

 少ない兵器をより活用できるよう作業が進む中、ハモンはカーゴで禊を済ませるかのようにシャワーを浴び、自らノーマルスーツに身を包む。

 そこにノック。

 

「誰か?」

「タチ中尉であります。偵察に出た者が帰ってまいりました」

 

 タチは戦闘準備と並行して、偵察にも兵を出していたのだ。

 

「入れ」

「失礼します」

 

 コンソールに映し出された地形図を前に、兵の報告を受ける。

 

「木馬は山を背中にしております」

「そこに付け入る隙があるな」

 

 思案するタチ。

 ハモンは、

 

「木馬の損害は?」

 

 と確認するが、

 

「必死で修理をしておりますが、人数が極端に少ないようです」

 

 ということ。

 味方も苦しいが敵も苦しいということだ。

 それゆえ機を逃さず戦う必要がある。

 

「急ぎましょう、準備を」

「はっ、ハモン様」

 

 

 

「かなりひでえな」

 

 ガンタンクを利用してホワイトベースの修理作業を進めるカイ。

 周囲にはサポートAIであるサラに自動制御されるドラケンE改が共に作業を手伝ってはいたが、

 

「この調子であちこちやられ続けたらたまんないぜ」

 

 そうぼやく。

 頭部の車長兼砲手向けコクピットで作業に協力するハヤトも、

 

「……部品も底をついてきた。武器も乏しいし、どっかで補給を考えませんとね」

 

 とちらりと通信モニターに視線を向ける。

 それを受け、ブリッジで作業を監督するブライトは、

 

『ぼやくなハヤト。前線では何が起きるかわからんのだ。知恵と工夫で切りぬけてくれ』

 

 と告げるが……

 物事には限度というものがある。

『知恵と工夫』というのは要するに人に依存したその場しのぎの応急対策である。

 必要なことに必要なだけ、きちんと投資して行われる恒久対策と違い、人に頼るからには人間がミスを犯せばトラブルや事故を起こし損失を受けることになる。

 さらにこんな具合に無理に無理を重ねた状態では、人間はミスを犯しやすくなるものだから、さらに危険性は上がる。

 

 まぁ、ミヤビの前世でもこのような無茶を言う企業は総じてブラックだった。

 そもそも商売というのは投資をするからその分大きなリターン、収益が得られるのだ。

 逆に言えば必要な投資をケチるからブラック企業はいつまで経っても収益が上がらずブラックなままなのだ、とも言える。

 

 だからハヤトも、

 

「知恵と工夫ですか。それならアムロを……」

 

 独房で遊ばせてる余裕なんて無いでしょう、と言いかけるが、

 

「それを言うな」

 

 ブライトはまだ、アムロを許すことに難色を示していた。

 

 

 

「具合、どう?」

「ええ、処置も終わって命に別状は無いとサンマロも言ってくれてるけど」

 

 昏睡状態が続くラルの元に顔を出したミヤビだが、看護についているセイラの表情は思わしくない。

 ミヤビもまた、

 

(早く目を覚ましてくれないとハモンさんたちの説得が…… って言うかコズンさーん、どこで何やってるのー!?)

 

 と焦っているのだが、いつもの変わらぬ鉄面皮なのでセイラには伝わらない。

 そして黙り込んだミヤビに何を感じたか、

 

「ブライトさんがまたアムロを独房に入れたそうね」

 

 そう話を振るセイラ。

 

「ええ」

 

 それもミヤビには頭の痛いことだった。

 この非常時にアムロのような有能な人材を遊ばせておく余裕なんて無い。

 サラたちの癒しにより他のクルーたちの反発も無いからいいんじゃないの、と思うのだが。

 

(もしかしてサラたちの癒しが無いからブライトさんだけが神経をとがらせている? 彼もサラにフォローさせた方がいいのかしら? サラのドローン義体を渡してサポートさせる?)

 

 モビルドールサラを肩に乗せて指揮を執るブライト……

 いいかもしれない。

 

(いや、でも彼にはミライが、史実よりマシマシな癒しの母性があるはずなんだけど)

 

 ブライトの定位置、キャプテンシートから舵を握るミライを見る、その斜め後ろからのアングルでも分かるほどの巨乳である。

 

「アムロが突っぱねているの?」

 

 セイラの言葉がミヤビを妄想…… オッパイの世界から現実へと引き戻す。

 無言だったミヤビにセイラは勝手に納得して、

 

「ブライトさんね……」

 

 と嘆息する。

 まぁ、そうなのだが。

 

 

 

 一方そのころコズンは……

 

 食う者と食われる者、そのおこぼれを狙う者。

 牙を持たぬ者は生きて行かれぬ暴力の街。

 あらゆる悪徳が武装する、ここは戦争が産み落としたソドムの市。

 コズンの体に染みついた硝煙の臭いに引かれて危険な奴らが集まってくる。

 

「夕べ脱走したやつらはほとんどやられちまったらしい」

 

 人間狩りの暴力集団から脱走したコズンは、闇商人に拾われていた。

 

「生き残りを始末するためにファミリーのやつら、そしてやつらとグルになってる治安部隊とが躍起になっとる。あそこから逃げ出すとは大したやつだよ、おめぇは」

「あれを…… 俺にくれないか?」

 

 コズンがガツガツと飯を食いながら目を付けていたのは、この闇商人の商品。

 全高3メートルにも満たない人型マシン、ヤシマ重工製のプチ・モビルスーツ『ツヴァーク』、

 

「ポンコツだぞ」

 

 ……のスクラップたち。

 だがコズンは意に介さない。

 

「ここを出る。修理道具も借りたい」

 

 そして黙々と修理を始めるコズン。

 

 次回『反撃』

 コズンが飲む、地球のコーヒーは苦い。

 

 

 

 なお、このプチ・モビルスーツ『ツヴァーク』はミヤビがミドルモビルスーツに続いてプチモビ、ジュニアモビルスーツの市場を先行して掌握するべく開発したものだった。

 ミヤビの前世の記憶にあった『機動戦士Zガンダム』にてウォンさんたちが乗り、ハイパービーム砲でハイザックの頭を吹き飛ばしていたジュニアモビルスーツ。

 それを参考にコクピットをオープンタイプからクローズタイプに変更し設計した結果、

 

「んん? どこかで見たことがあると思ったら、これボトムズのライト級AT、ツヴァークそのものじゃない」

 

 とミヤビは気づくことになる。

 ツヴァークはアニメ『装甲騎兵ボトムズ』後半にわらわらと大量に出てきた秘密結社製のアーマードトルーパー。

 作中唯一の軽量級、ライト級に属する機体だった。

『機動戦士ガンダムΖΖ』に登場しヤザンやジュドー、ブライトが乗ったプチモビと同じプラスティックのボディだし、参考にするにはちょうど良いとツヴァークの外見、仕様を流用し、完成させたのがこれ。

 

「おおー、直線主体のジュニアモビルスーツと違って、卵型の曲線を描く脚部って強度を高めつつ内部スペースを確保できるのが素晴らしい」

 

 などという効果もあったり。

 ミヤビの前世、旧21世紀ではエスティマ等の乗用車で車内を広く、同時に耐衝撃性を高めるために利用されていたデザインだ。

 

 こうしてできあがった機体は名称もツヴァークと、そのまま名付けられて売り出された。

 ボトムズ登場のものと違うのは、

 

・人工筋肉、マッスルシリンダーとポリマーリンゲル液に代わってドラケンE改と同じく燃料電池とジオンの流体パルス・システム近い…… というより小型機体に合わせ特化した油圧シリンダー駆動方式を採用。

 

・両腕に内装されていた11ミリ3連装機関銃はモジュール化して交換できるように変更、民間向けにはトーチや精密作業用マニピュレータを搭載した作業用モジュールや、先端にフックを取り付けたワイヤーを電磁誘導方式で射出するワイヤーウインチモジュール等を供給。

 

・オプションで外付け式だったローラーダッシュ機構を、内装式に変更。

 

・腰のいわゆるふんどし部分に二基の可動ノズルによる推力偏向制御ロケットエンジンを装備、機体に合わせチューニングされたAMBAC(active mass balance auto control。能動的質量移動による自動姿勢制御)と合わせ宇宙空間活動や1G重力下でのジャンプ、ジェットローラーダッシュ等を可能としている(ただしロケット噴射は尻から出る)

 

 などなど。

 

 他にもスコープドッグの独自改良品という別の機体の企画もあったりするのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 戦闘の準備を終えたランバ・ラル隊の生き残り、そしてハモンを前に、タチは説明する。

 

「カーゴにはマゼラトップを装備しました。ギャロップの予備のエンジンでかなり高速移動ができます」

 

 ドーム状のカーゴの左右に二基ずつのジェットエンジンを設置。

 補給で受領できたマゼラトップ四機のうち三機を搭載、即席の砲台とする。

 マゼラトップはマゼラアタックの砲塔であるが旋回ができず(もっともマンガ『機動戦士ガンダム ギレン暗殺計画』では砲塔が旋回できる車両が登場していたが)、このカーゴに設置したものもそう。

 それでは敵を狙えないのでは、という話もあるが、実際にはこの手の砲は駆逐戦車や突撃砲などの砲塔を持たない戦車と同じく、限られた範囲ではあるが左右に砲身を振ることができるのだ。

 それゆえ三機のマゼラトップはそれぞれの射界を考えて極力死角が生まれないよう配置されている。

 

「ザクにはマゼラトップの主砲を持たせます。それとサムソンの二機です」

 

 つまりはミヤビの知る史実どおりということ。

 ハモンは皆を見回して言う。

 

「よく準備をしてくれました。

 ガルマ様を負傷させた木馬の討伐部隊として地球に降り立ったものの、我々はまだ任務を終わっておりません。

 一見小さな作戦ではありますが、敵は連邦軍の最新鋭戦艦とモビルスーツです。

 ジオンの国民は我々の戦果に期待しております」

 

 ここまではこの戦いの大義。

 そして、

 

「ランバ・ラルは私にもったいないくらい実直な男性だった。

 あんな心を寄せてくれた人の為によしんば、砂漠で散るのも後悔はない。

 この作戦に不服がある者は参加しなくとも、ランバ・ラルは怒りはしません、私もです」

 

 これは私情。

 しかしまぎれも無い想いでもある。

 だからタチも言う。

 

「その心配はございません、ハモン様。全員、退かぬ覚悟であります」

 

 その心意気にハモンはただ、

 

「ありがとう」

 

 そう言う。

 

「トルガン、頼みます」

「はっ、ハモン様」

 

 一人一人に握手を交わしていく。

 

「ミサキも頼みます」

「はい、ハモン様」

 

 これが、彼らの感じる最後の女性のぬくもり、そうなるのかもしれない。

 

「イリューシ、頑張ってください」

「はい、必ず仇を」

 

 だからハモンも、そして兵たちも万感の思いを込めて握手を、そして言葉を交わしていくのだ。

 

 

 

 コア・ファイターのコクピット、サポートAIのサラシックスを助手に点検作業を行うリュウ。

 

「アムロのことだがな……」

『アムロさんですか?』

 

 分かりやすく、ぎくっと表情を変えるサラシックス。

 サラツーを守るため泥をかぶってもらっている。

 サラシックス自身もホワイトベースとRXシリーズのログの改ざん、隠蔽工作に加わっていたのだからそれも当然である。

 

 しかしコア・ファイターの計器に目を落としチェックしていたリュウはそれに気づかず話を続ける。

 

「ブライトにな、独房から出すように言ったんだが」

『出すわけにはいかない、と?』

「ああ、「俺たちが期待する態度を見せれば、あいつはまだまだ自惚れる」そう言って逃げている」

『逃げる、ですか?』

 

 良く分からず首を傾げるサラシックスに、ようやくリュウは顔を上げてモニター上に映し出された彼女と視線を合わせる。

 

「人間にはな、言葉があるんだ。だがブライトはアムロとゆっくり話し合ったことなんて無い」

『でも…… こんな状況ですからブライトさんが忙しくてクルー一人一人とゆっくり対話する暇なんて無いのも仕方がないことなのかも』

 

 気配りのできるサラシックスは、ブライトの立場も考えてうつむき加減にそう答える。

 

「それも分かる。アムロが自分でわかるのを待つ、そういう導き方もあるってことも分かる」

 

 リュウはうなずいて、

 

「だがな、今のブライトはそれを逃げの言葉として使っているだけだ」

『………』

「ブライトは言っていた「野生の虎でも檻に入れておけば自分の立場がわかってくる」、つまりあいつはアムロのことを恐れてるんだ。当人は認めんがな」

 

 ため息をつくリュウ。

 

「アムロは凄い奴だよ。俺たちじゃあ止められなかったランバ・ラル隊も、あいつなら退けることができる」

『それは!』

 

 前回、いいところの無かった戦闘を思い出し、サラシックスは弾かれるように顔を上げた。

 

『それは私の能力不足です! 私がふがいなかったから、私がダメなAIだからリュウさんたちを危険な目に遭わせてしまっただけで!』

 

 そう言い募るサラシックスに、リュウは優しい目を向けて首を振る。

 

「俺たちはパートナーだろう?」

『は、はい。それはもちろん』

「なら、原因は俺たち二人に等分にある」

『リュウさん……』

 

 サラシックスは瞳を潤ませ、泣きそうな表情をする。

 

「さ、サラシックス?」

 

 心配そうな顔をするリュウに、サラシックスは目をこすってこう答える。

 

『リュウさん、私はやっぱりダメなAIです』

 

 その言葉にリュウは否定しようとするが、サラシックスが、彼女が心の底から嬉しそうにする泣き笑いのような、とてもきれいな表情に息を飲む。

 

『だってマスターであるリュウさんをサポートしきれていないことを反省しなきゃならないはずなのに、「パートナー」だって言ってくれたことが、そして「俺たち二人」って、人と同じに扱ってくれることが嬉しくて、ただ嬉しくて』

 

 だから……

 

『は、はしたない女だなんて思わないでくださいね。こんな、こんな気持ちになるのはリュウさんが初めて、リュウさんにだけなんですから』

 

 そう恥ずかしげに言うサラシックスに、リュウは何も言えなくなってしまう。

 

 実際、アムロは凄い奴で、その能力は畏怖されるようなものだし、それが自分の制御を外れて勝手に動くことを恐れるのも分かる。

 だが、だからと言って理由を付けて正面から向き合うことを避け続けても、互いのためにならない。

 

 リュウはそう話を繋げようとしていたのだが、それどころではなくなっていた。

 罪作りな存在である、サラシックスは……

 

 

 

 なお、前回の出撃ではガンキャノンLにハヤトも同乗していたのだが。

 二人の世界を作っていたリュウとサラシックスはそれを完全に忘れていた……

 




 史実どおりハモンたちが攻撃準備をする中、着々とフラグを積み上げるリュウとサラシックス。
 一方そのころコズンは…… ってシリーズ化してませんかね、これ。

 そして以前のあとがきにも書いていたツヴァークがここで登場。
 レギュラーメカ化するのかは未定。
 1/60のプラモも作ってるんですが、完成するのは当分先……
 古いキットですから、素組でそれなりのものができる現代のガンプラみたいには行かないんですよね。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第21話 さよなら、リュウさん…… Bパート

 吹きすさぶ砂塵を抜けて出撃するザク、サムソン、そしてカーゴ。

 

「錐の戦法です。昔から伝えられております最高の突撃攻撃法であります」

 

 タチの立てた作戦は単純。

 

「第一波の攻撃を敵の最も弱いと思われる所に掛けます。ほかには一切目を向けずただ一点を抜く。我々の生還は不確実でありますが、間違いなく木馬を撃破する事ができます」

 

 カーゴに装着されたマゼラトップのコクピットで、ハモンはソドンの街で会った少年、アムロのことを思い浮かべる。

 

(あの坊やが邪魔するような事がありましたら、あなた、護ってくださいましね)

 

 

 

「ランバ・ラル……」

 

 セイラはベッドに横たわるラルを見守る。

 彼はまだ、目を覚まさない。

 

 

 

 ホワイトベースは山を背に、ガンタンクを出して前方を警戒しつつ修理作業を進める。

 ガンタンクにはカイと、頭部車長兼砲手席にハヤトを乗せている。

 前回の戦闘で負傷者が多く出たため、医療を学んでいたセイラはそちらの手伝いに回されているのだ。

 ハヤトは前回の戦闘でいいところはなかったとはいえ長距離砲撃複座型ガンキャノンL、ロングレンジタイプの頭部砲手コクピットに就いて出撃した経験があるため、それを買われての臨時の抜擢である。

 

 

 

「よし、あとは磁気圧の調整だけだ」

『はい、マクシミリアンさん』

 

 エンジン整備担当の少年、マクシミリアンはサラに自動制御されるドラケンE改を助手にエンジン修理を終えようとしていた。

 

 

 

 アムロは独房で静かに身体を休めていた。

 

「お前はパイロットだ。寝るのも仕事のうちなんだぞ」

 

 かつてブライトに言われた言葉のとおりに。

 ついでにその時の、月下に映えるシーマの肉感的な美しさも夢の中で思い出したりして。

 様子を見に来たモビルドールサラに、

 

『あ、アムロさん? こ、これって……』

 

 寝起きの生理現象……

 毛布にテントを張る膨張してしまった盛り上がりを目撃されたりするのだが。

 

 

 

「絶好だ、木馬め」

 

 マゼラトップ砲を構え、ホワイトベースに向け撃ち下すタチのザク。

 

 

 

「うっ、て、敵か?」

 

 不意に響いた砲撃音に、カイは慌てて索敵。

 

「うわっしまった、うしろからか」

 

 後背の山の上からの砲撃に、急いでガンタンクを旋回。

 迎撃に向かう。

 

 

 

「敵襲だ」

「どこからだ? て、敵は」

 

 遅ればせながらブリッジでも索敵を開始。

 ザクはホワイトベースの背後に存在する山の上から攻撃していた。

 

「そ、そうか、通常の兵器なら超えられない岩山も二足歩行のザクなら容易に超えられる」

 

 急峻な岩山を背後に置くことで監視を前方に集中させる。

 その目論見を逆手に取られてしまったのだ。

 これができるのが従来の陸戦兵器に無い、人型のモビルスーツの強みの一つなのだろう。

 若く柔軟な頭を持つブライトだが、どうしても士官学校で学んだ内容、古い戦闘ドクトリンに影響を受けてしまうところもまたある。

 それが生んだ失策である。

 

 

 

「好きにさせるかよ!」

 

 ガンタンクの両手、40ミリ4連装ボップ・ミサイル・ランチャーで弾幕を張り、ザクを牽制するカイ。

 

「サラミちゃん!」

『はい、トラベリング・ロック解除』

 

 サラスリーの操作で両肩の120ミリ低反動キャノン砲を支え故障を防止するトラベリング・ロックが解除され、胸部上面装甲下に仕舞い込まれる。

 

「ハヤト!」

「分かってます! カイさん、もう少しスピードを上げられませんか?」

「調子良くねぇんだ。この間の直撃食らったのがまだ直りきってない」

『あっ、カイさん!』

 

 そこにサラスリーから接近警報。

 二台のホバークラフト・サムソントップ。

 モビルスーツ輸送用トレーラー、サムソンの運転席モジュールをホバーで飛ばすものが連装機関砲二門を撃ちながら接近してくる。

 

「ザ、ザクだけじゃねえのか」

 

 カイの動揺が運転に影響したのか、異音と共にガンタンクのキャタピラが停止する。

 慌てて確かめるも、

 

「だ、駄目だ、シャフトが折れてるみたいだ」

 

 予備の部品の在庫が無く、ホワイトベースの工作室で作ったものを修理に使ったのだが、純正品の強度には届かなかったのだ。

 旧日本帝国陸軍戦車チハが、クランク・シャフトにアメリカ製の部品を使っていて、開戦に伴い国産の加工品を使うようになったら品質が悪くて良く折れたという話に近いものだろうか。

 

「ど、どうするんです、カイさん」

「どうするったって……」

 

 ガンタンクは砲塔を持たない駆逐戦車や突撃砲に近いものだ。

 両肩の120ミリ低反動キャノン砲はわずかに左右に振れはするものの、コア・ブロック採用のため戦車の砲塔のように上半身を旋回させることはできず(とはいえ、多少はひねることが可能。ミヤビの前世の記憶でもマスターグレードのプラモデルでは再現されていた)

 それゆえ動けなくなると射界に敵を捉えることができなくなるのだ。

 しかし、

 

『こうしましょう、カイさん』

「サラミちゃん?」

 

 

 

(ジャンプキャンセル!? バーチャロンか!!)

 

 ドラケンE改で出撃したミヤビが目撃したのは、駆動装置が故障し立ち往生したガンタンク。

 それが底部のロケットエンジンを使って浮上、と思いきや空中で向きを変え敵を正面に捉えて即座に降下。

 それにより方向転換し敵を射界に捉えるという技を見せていた。

 

 ミヤビの前世にあったセガの3Dロボット対戦ゲーム『電脳戦機バーチャロン』ではジャンプするとオートで敵機を正面に捕捉してくれる機能があった。

 それゆえジャンプして敵機を捕捉させ、即座にジャンプをキャンセルすることで素早く次の行動に移ることが可能となる。

 普通に旋回するよりはるかに素早く対応できるため、このジャンプキャンセルが相手を捕捉する際の基本操作となっていたものだ。

 

 そしてガンタンクは、というかガンタンクのコア・ファイターの教育型コンピュータにインストールされたサポートAI、サラスリーは同様なテクニックで動けなくなったガンタンクを敵に向けることに成功したのだ。

 

「とはいえ、位置を変えられないのは辛いわね」

 

 そこはミヤビたちが何とかするしかなさそうだった。

 

 

 

「ブライトにアムロを出させるんだ。責任は俺が取る」

 

 リュウはメカマンの多くケガをしているためモビルスーツデッキで代役を務めているドラケンE改の予備機、その機体を単独制御しているサラにそう告げると、自身もコア・ファイターで出撃する。

 

「行くぞサラシックス!」

『はい、リュウさん』

 

 カタパルトで射出、飛び立つコア・ファイター。

 

 

 

『ブライトさん』

「サラか? どうしたこんな時に」

 

 ブライトはサラからの通信に眉をひそめ、

 

『アムロさんの独房のドアナンバーを教えてください』

 

 という続く言葉にあからさまに顔をしかめた。

 

「なんだと?」

『リュウさんに頼まれたんです。リュウさんが責任をとるからアムロさんの出動を、って。もちろん私からもお願いします』

 

 ブライトは苦虫を噛み潰したような顔で、

 

「おせっかいな」

 

 とつぶやくが、その辺、言葉遣いが荒いのも対象が信頼しているリュウに対してだからだろう。

 

「F36タイプだ」

 

 覚悟を決めてそう告げるブライト。

 

 

 

『リュウさんが開けてくれたんです。頑張ってくださいね、アムロさん』

 

 サラが遠隔操作する歩行型ミニドローン、モビルドールサラの激励を受け、アムロは、

 

「ああ、行くよ」

 

 そう言って独房から出てモビルスーツデッキに向かい走る。

 

「ああっ……」 

 

 ホワイトベースに走る衝撃によろめくが、

 

「ジオンめ、叩き落してやる」

 

 アムロの闘志はゆるがない。

 

 

 

 ガンタンク周辺に走る着弾!

 

「ううっ、ま、まだ新手がいるのか?」

 

 

 

 武装カーゴが戦場に姿を現す。

 

「フフ、木馬め。案の定自由には動けまい。ランバ・ラル隊のしぶとさ、見せてあげよう」

 

 マゼラトップで砲撃を加えつつ、笑うハモン。

 

 

 

「止まれ! 止まれ!」

 

 リュウは連続してコア・ファイター左右胴部に内蔵される小型ミサイルAIM-79を撃ち込むが、カーゴは止められない。

 

『リュウさん、ミサイルが切れます』

 

 サラシックスの警告。

 AIM-79は左右4発づつ、計8発までしか搭載されていないのだ。

 

「くっ、あとはバルカンだけか」

 

 機首左右に備えられた2連装30ミリバルカン砲、二基だけが頼りだ。

 

 

 

「ロックオンさせるとどこに当たるか分からないからマニュアルで。機体制御、渡します。ユー・ハブ・コントロール」

『機体制御、担当します。アイ・ハブ・コントロール。ミサイル誘導、渡します。ユー・ハブ・コントロール』

「ミサイル誘導、受けます。アイ・ハブ・コントロール」

 

 これでドラケンE改の機体制御をサラが担当し、ミヤビは操縦桿を使ってミサイルの誘導を手動で行うことができる。

 

「ミサイル発射!」

 

 ドラケンE改は短距離ミサイルを手動有線誘導で発射。

 ミヤビは左の操縦桿を操りドーム型のカーゴに設置されたギャロップ流用のジェットエンジンを狙う。

 

(ヤン・ウェンリーのガイエスブルグ要塞攻略か)

 

 小説『銀河英雄伝説』においてヤンは特攻を仕掛けてくる直径45kmの人工天体、ガイエスブルグ要塞に対し十二基のエンジンのうち一機を集中的に攻撃させ、破壊。

 ガイエスブルグ要塞は推進軸線が狂って制御不能の急スピンに陥り前進できなくなっていた。

 

 それと同じでカーゴも片方のエンジンを破壊すればその場で回転を始め、前進できなくなるのだ。

 史実でアムロがカーゴに止めを刺すのに使った戦法でもある。

 

 しかし……

 

「まだ!?」

 

 ジェットエンジンは左右二基ずつ設置されているが、そのうちの一基を潰しただけ。

 史実でギャロップ自体がガンダムにやられ、片側が1基だけになった状態でも十分な機動性を示していたように、これではまだ動く。

 

「もう一度!」

 

 止めを刺すべくもう一発の短距離ミサイルを放つが、

 

「なに!?」

 

 三機搭載されていたマゼラトップのうちの一機が分離上昇。

 その機体から二条の連続した火線が走り、ミサイルを撃ち落とした!

 

「同軸機銃!? 装備していたの?」

 

 戦車の主砲と同軸に装備される機銃。

 実際、史実でのこの戦いにおいてマゼラトップはガンダムに向けて二条の連続した火線を走らせ攻撃していた。

 それを受けてか『機動戦士ガンダム第08MS小隊』に登場するデザインのマゼラアタック、その主砲両側面には同軸機銃口が備えられていたのだったが。

 

 その同軸機銃からの射撃が連続でミヤビのドラケンE改の機体に当たり、装甲に弾かれ激しい音を立てた。

 

『痛い、イタイ、痛い』

 

 サラがエアーソフトガンで撃たれたサバイバルゲーマーのような間の抜けた声を上げる。

 以前、ダメージを受けていないにも関わらずどうして痛がるのか聞いたミヤビに、

 

『物が当たったら痛いに決まってるじゃないですか』

 

 と答え、

 

(知識で知ってるだけだこれ)

 

 と呆れられたことがあったが……

 

 そんなバカバカしい話より、これはまずい!

 同軸機銃が当たるということは、同時に主砲がこちらに向けられているということ。

 実際、同軸機銃であたりを付けて撃つという技法は存在するのだ。

 

「輻射波動っ!」

 

【挿絵表示】

 

 大きく開いたクローの中心、甲壱型腕ビームサーベルの先端が赤く輝き、そこにマゼラトップからの砲弾が飛来する!




 サラスリーやミヤビが頑張って細かいところでは変わってきているんですが、大きな流れを変えられるまでには至らずという感じですね。
 マゼラトップの同軸機銃なんて、今回のお話を書くために改めてTV本編を見直すまで私も気づかなかったくらいですし、ミヤビが知らなかったのも無理はありませんけど。


>「同軸機銃!? 装備していたの?」

> それを受けてか『機動戦士ガンダム第08MS小隊』に登場するデザインのマゼラアタック、その主砲両側面には同軸機銃口が備えられていたのだったが。

 ゴッグのフォノン・メーザー砲みたいなものですね。
 第26話でゴッグの側頭部から発射された光線が魚雷を迎撃しているけれど、公式にはこんな武器は設定されていない。
 そのため書籍でフォノン・メーザー砲と後付けされたのが広まった、というもので。


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第21話 さよなら、リュウさん…… Cパート

「やったか?」

 

 爆発に包まれたドラケンE改に、マゼラトップの操縦手は撃破を期待するが、

 

「ば、馬鹿な、直撃したはずだぞ!?」

 

 爆炎を抜けて健在な姿を見せる紅蓮に染められた機体に己の目を疑う。

 あんな小型の機体がマゼラアタックのZIM/M.T-K175C、175ミリHEAT弾に耐えられるはずがないというのに。

 そしてドラケンE改についての情報を思い出す。

 

「バリアーかッ!?」

 

 

 

『輻射波動機構の全力開放が成功しました』

 

 サラによる状況報告をミヤビは機体を操りながら聞く。

 

 輻射波動機構とはミヤビの前世の記憶の中にあるアニメ『コードギアス』でナイトメアフレーム『紅蓮弐式』が右手に備えていた攻防一体の必殺兵器であり、ミヤビからその原理を聞いたテム・レイ博士が宇宙世紀の技術で実現化したものだ。

 甲壱型腕ビームサーベルの備えるIフィールド発生装置に組み込まれた電磁波発振器から高周波を短いサイクルで対象物に直接照射することで、膨大な熱量を発生させて爆発・膨張等を引き起こし破壊するというマイクロ波誘導加熱ハイブリッドシステム。

 

『輻射障壁の展開によるアクティブ防護システム作動を確認。敵砲撃の空中撃墜に成功』

 

 そしてアクティブ防護システム(APS:Active Protection System、アクティブ・プロテクション・システム)とは、旧21世紀には開発されていたミサイルや銃砲弾による攻撃をその弾がまだ空中にある間に撃墜、無力化するものだ。

 先ほどドラケンE改は甲壱型腕ビームサーベルが発生させた輻射波動をIフィールド制御板を兼ねた三本のクローを利用して輻射障壁と呼ばれる直径5メートル弱のフィールド状に展開。

 これによりマゼラアタックの175ミリHEAT弾(成形炸薬弾)を機体に届く前に爆発させたのだ。

 つまりジオン軍が想定しているような物理的なバリアーを張ったわけではない。

 

 当然、爆発による影響は受けるが、メタルジェットは有効距離がわずか数十センチ程度であり、装甲に到達する前に作動させてしまえば空中に散ってしまう。

 もっとも成形炸薬弾は爆薬のエネルギーの70パーセント以上がメタルジェットにならずに周囲に飛び散ってしまうものでもあるので、

 

『各部被害甚大! か、辛うじて回避行動は取れるでしょうけど、もう戦えません!!』

 

 サラが悲鳴交じりに報告するとおり、175ミリなどという化け物砲の爆発はシャレになっていなかった。

 アニメ『ガールズ&パンツァー』にも登場していたソビエト連邦重戦車KV-2『ギガント』搭載の152ミリ榴弾砲は、至近距離で榴弾が炸裂しただけで爆風の衝撃により敵戦車を吹っ飛ばすものだった

 さながらゲーム『スーパーロボット大戦』シリーズのマップ兵器のごとき代物だが、それよりも大口径な化け物砲なのだ。

 

「と、とにかく出直しましょう!」

 

 帰って予備機で再出撃。

 それしか取れる手はない。

 

 幸いマゼラトップの飛行時間は五分程度で、攻撃してきた一機はここで脱落。

 エンジンも一つ潰せたのでカーゴのスピードも落ちるはず……

 

(いや、落ちてない! 特攻狙いだからって後先考えずに過負荷運転してるでしょう!!)

 

 かなり詰んできている状況だった。

 

 

 

「1、2、3番はまったく出力が上がりません」

 

 ホワイトベースの右舷エンジン、4発のうち動かせるのは一つだけだった。

 

「構わん。ミライ、離陸しろ」

 

 ブライトは一つでも動けばいいとばかりに割り切る。

 まぁ、アメリカ海軍機が双発エンジン仕様にこだわっていたのもこのようにエンジントラブルがあっても無事なエンジンが残っていれば何とか飛べるからであるし、非常時において片肺運転というのは軍用に限らずどこでもやられている手法だ。

 

 ミヤビの前世の勤め先である某重工だと自衛隊向けの艦艇やジェットエンジンなど以外でも、民需のエネルギー・プラント、要するに発電所の発電プラントでも機器の片肺運転を可能としていた。

 これにより、故障が起きても最大出力こそ抑えられるものの運転の継続が可能となっていた。

 もっともミヤビの時代の主流だったコンバインドサイクル発電、つまりガスタービンを回すだけでなく、その排熱で蒸気を作りタービンを回してエネルギーを回収する発電プラントでは、機器は1系統で主要なファンやポンプにも予備機は無し、つまり片肺運転などできず、どこかの機器に異常があれば即停止というのが主流だったが。

 これはガスタービンはあまり大きくできないこともあって複数の発電機をまとめて1ユニットとしたためで、ユニット単位で考えれば、故障したガスタービンを止めても最大出力がその分減るだけで運転が継続できる、つまり片肺運転と変わらず(むしろ片肺運転のように熱効率が落ちない、さっさと止めて修理できるので有利)、という設計思想からくるものだった。

 要するにアメリカ海軍機の双発エンジンと同様の扱いである。

 

 ただ……

 日本では上の人間がそれを理解できず、ガスタービン一台単位でトラブルをカウントしたために現場の技術者は地獄を見る羽目になったのだが。

 設計思想どおりに考えればガスタービンが一台停止しても最大出力が抑制されるだけなのだが、これが発電ユニットの非常停止や計画外停止とカウントされ再発防止策を立て報告書を提出しろと迫られる……

 担当者は通常の三倍どころでなく発生するトラブル対応に追われ、

 

「そこまで要求するなら構成機器に冗長性を持たせ、予備機を付けろよデコ助野郎!」

 

 と叫んだとか。

 

 そして低出力でも何とか動き出すホワイトベース。

 しかしそのスピードはあまりにも遅すぎた。

 それもあって、ミライはフラウに確認する。

 

「フラウ・ボゥ、ガンキャノンの発進は大丈夫ね?」

「は、はい、大丈夫のはずです」

 

 ホワイトベースに走る衝撃。

 それに耐えつつもフラウはモビルスーツデッキに問い合わせる。

 

「ガンキャノン発進どうですか?」

 

 推測で答えてはいけないし、聞かれてから確認するようでは遅すぎるのだが、それも素人ゆえ仕方がないところか。

 

『行けます』

 

 答えたのはドラケンE改で甲板員の代わりをしているサラ。

 そしてアムロも、

 

『ああ、メカマンがみんな怪我をしていて大変だったところを、ミヤビさん、そしてサラたちが手伝って修理を間に合わせてくれたみたいなんだ』

 

 ラルの意識が戻らない、メッセンジャーにしたコズンも当てにならないという状況でテンパったミヤビが、

 

(それでもアムロなら…… アムロならきっと何とかしてくれる……!!)

 

 と他力本願に走った結果、ドラケンE改の予備機、そしてモビルドールサラまで動員した体制で何とかしたのだ。

 実際、ミヤビの前世でも補修作業に活用するドローンというのは導入されていたし。

 なおモビルドールサラの存在がサラツーたちサラシリーズにばれた結果、その義体の壮絶な奪い合いが発生し、ミヤビは『一人に一体、専用義体を下さい』と迫られることになったのだった。

 

 

 

「ガンキャノン、行きます!」

 

 アムロの操るガンキャノンが出撃する。

 ミヤビの知る史実では人手不足からガンダムは修理作業中でAパーツ、Bパーツがコア・ファイターに接続されておらず、デッキ内で接続もできない有様。

 コア・ファイターで出撃してから空中換装でドッキングさせていたのだが、それに比べればかなり余裕がある。

 

 なお、その史実での空中ドッキングシーンは、コア・ファイターの機体角にあるRCS(Reaction Control System,姿勢制御システム)、つまり姿勢制御用の小スラスターの噴射が見て取れるという点で興味深いものとなっていた。

 大気圏内外両用戦闘機であるコア・ファイターでは、翼を使って方向転換するという手段の使えない宇宙空間での姿勢制御用にRCSは必須で、プラモデル『U.C.HARD GRAPH 1/35 地球連邦軍 多目的軽戦闘機 FF-X7 コア・ファイター』でも設定画が書き起こされ再現されていた。

 それを空中合体時、コア・ブロック変形後の姿勢制御に応用しているわけである。

 

 

 

「これ以上ホワイトベースに触らせるものか」

 

 ビームライフルでサムソン・トップを撃墜するアムロ。

 しかしそれを見たザクは弾の切れたマゼラ・トップ砲を投げ捨て、ホワイトベースへと取り付いてしまう。

 腰のスカート部にマウントされていたヒートホークを抜き、ホワイトベースのエンジン装甲をかち割り始めるザク!

 アムロはとっさにビームライフルをザクに向けるが、

 

「し、しまった、狙い撃ちはできても、ここからじゃホワイトベースまで傷つけてしまう。格闘戦に持ちこむしかないのか」

 

 アムロはガンキャノンを走らせ、ザクを追う。

 しかし、そこに砲撃が加えられる。

 

「うわあーっ!?」

 

 接近してきたカーゴ、それに取り付けられたマゼラアタックからの攻撃だ。

 アムロはビームライフルを構え、

 

「ん? 待てよ、これは特攻するつもりじゃないのか?」

 

 と、トリガーを絞る前に気付く。

 

「とすれば、あの中は爆薬で一杯のはずだ」

 

 

 

「アムロ、片方のエンジンを潰して! そうすれば……」

『ダメですミヤビさん、さっきので通信装置も壊れちゃってます。通じません』

「ああ、もう!」

 

 史実どおりの展開に焦るミヤビ。

 

 

 

 アムロはガンキャノンでカーゴの突進を止める。

 

「だ、駄目だーっ」

 

 

 

「……特攻させぬつもりか? 小癪な」

 

 ハモンは間近に迫ったガンキャノンをにらみつけ、言い捨てる。

 

 

 

 アムロは頭部バルカンでマゼラトップを狙うが、

 

「あっ」

 

 一瞬早く、ハモンたちのマゼラトップは分離上昇して逃れてしまう。

 

 

 

「フフ、ガンキャノン一機でそれが止められるものか。木馬にぶつかればその中の爆薬で……」

 

 ハモンは命じる。

 

「タチ、ガンキャノンを後ろから倒しておしまい」

『はっ、ハモン様』




 考えてみると175ミリ砲って怖いですよね。
 ミヤビは生き残っているだけでも幸運と言えるでしょう。
 そして次回はサブタイトル回収、
『さよなら、リュウさん……』
 ですね。
 ご期待ください。


> なお、その史実での空中合体シーンは、コア・ファイターの機体角にあるRCS(Reaction Control System,姿勢制御システム)、つまり姿勢制御用の小スラスターの噴射が見て取れるという点で興味深いものとなっていた。

 前の話のマゼラトップの同軸機銃もそうですが、改めて本編を見直すと新たな発見がありますね。
 そして、

> 大気圏内外両用戦闘機であるコア・ファイターでは、翼を使って方向転換するという手段の使えない宇宙空間での姿勢制御用にRCSは必須で、プラモデル『U.C.HARD GRAPH 1/35 地球連邦軍 多目的軽戦闘機 FF-X7 コア・ファイター』でも設定画が書き起こされ再現されていた。

 という具合に、それを拾って生かしているクリエイターの方々がいらっしゃることに感心してしまいます。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第21話 さよなら、リュウさん…… Dパート

「うわあーっ」

 

 ホワイトベースを攻撃していたザクが背後からガンキャノンの脇腹目掛けヒートホークを叩き込んだ。

 さらにマゼラトップから加えられる攻撃。

 

「上から? できるか?」

 

 位置、モーメント、動力系の切り替え。

 

「ええーい」

 

 ヒートホークを振りかぶるザクの胸板に、身を沈め、低い位置から肘打ちを叩き込む。

 それによりザクの踏み込みをも利用して上方にかち上げ、その機体をマゼラトップからの砲撃に対する盾とし、そのままぶつけることでマゼラトップも撃破。

 

 

 

「ガ、ガンキャノン、二人のパイロットを同時に討ち取るとは。さすが、私が見込んだ坊やだけのことはある」

 

 驚愕の表情を浮かべるハモン。

 ミヤビの前世の記憶でもマンガ『機動戦士ガンダム ギレン暗殺計画』にてランス・ガーフィールド中佐はグフカスタムのスパイクでF2ザクをすくい投げていた。

 そしてガンキャノンの肘には、このスパイクの代わりになるもの、エルボージョイントアーマーがあった。

 肘関節を保護するための装甲で、丸みのある形状は砲弾を受け流すために考案されたもの。

 腹部に腕を回せばシールドの代わりにコクピット部を守ることもできる。

 ミヤビの記憶の中でも後にジム・コマンド系の機体にも採用されていたやつだ。

 アムロは突き出したエルボージョイントアーマーの先端を支点としてザクをかち上げて見せたのだ。

 

「しかし……」

 

 ハモンは笑う。

 

 

 

「し、しまった」

 

 アムロは焦る。

 ハモンのマゼラトップがガンキャノンの背後に回り込んだのだ。

 

 

 

「いくら装甲の厚いガンキャノンといっても、これだけ近ければ持ちはすまい。そしてガンキャノンとカーゴの爆発力は木馬をも」

 

 マゼラトップの砲が動けないガンキャノンの背部を狙う。

 ただ、「これだけ近ければ」という言葉には疑問が生じる。

 それは……

 

 

 

「ハ、ハモンさんか?」

 

 ニュータイプの勘か、相手を悟るアムロ。

 

 

 

「ほんと、好きだったよ、坊や」

 

 ハモンがトリガーを引き絞り、マゼラアタックのZIM/M.T-K175C、175ミリ砲がガンキャノンのランドセルに炸裂、爆炎を上げる。

 そう、赤い爆炎が見えるのだ。

 これはミヤビの知る史実でガンダムの背に回されたシールドを砕いた時も同様である。

 

 砲弾の種類には色々あるが、対装甲物用には凄いスピードで物理でぶち抜く運動エネルギー弾か、火薬が生み出すメタルジェットで装甲に穴を開ける成形炸薬弾(HEAT弾:High-Explosive Anti-Tank)のような化学エネルギー弾かのいずれかが使用される。

 

 ここで問題になるのは運動エネルギー弾のうち、徹甲弾の中に炸薬を入れて装甲貫通後に爆発させ破壊する徹甲榴弾(APHE)はミヤビの前世、旧21世紀でも過去のものになっており、代わって使われている装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)は、ダーツのような細長い棒状に加工されたタングステン合金や劣化ウラン合金などの重金属の弾体を撃ち込むもの。

 炸薬は込められておらず、爆発しないのだ。

 

 ではハモンが使ったのは成形炸薬弾(HEAT弾)なのか、というと火薬が生み出すメタルジェットで装甲に穴を開ける成形炸薬弾は、貫通力が弾速には影響されない。

 つまりハモンの言う、

 

「いくら装甲の厚いガンキャノンといっても、これだけ近ければ持ちはすまい」

 

 というセリフとは矛盾するのだ。

 

 ハモンが砲弾の種類に詳しくなかったか、宇宙世紀の凄い技術で装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)に代わる爆発する運動エネルギー弾が開発されたか。

 175ミリなどという化け物砲なら旧式な徹甲榴弾でも効果があると採用されていた、というのは8インチ砲などマゼラトップ砲以上の大口径、長砲身の艦砲における徹甲榴弾の貫通力を考えると無さそうで。

 まぁ、『機動戦士ガンダム第08MS小隊』に登場したマゼラアタックが、陸戦型ガンダムの脚部を損傷させた装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS、作中ではペネトレーター弾と呼称。着弾の閃光は上がっても赤い爆炎は見られず)とHEAT弾を使っていたことからすると、やはりハモンの理解不足という説が有力だろうか。

 

 

 

『ミヤビさん、最悪の状況です!!』

「まだよ!! あきらめないで!!」

 

 ミヤビのドラケンE改が疾走する。

 

 

 

 続けざまにマゼラトップ砲を叩き込むハモン。

 

「これでおしまい」

 

 ガンキャノンに止めを刺そうとするが、

 

「……ああっ!」

 

 そこにコア・ファイターが突っ込んでくる。

 

 

 

「リュウ!?」

 

 目を疑うミヤビ。

 

 コズンをメッセンジャーにした。

 ラルの命だって助けた。

 リュウも負傷していない。

 ガンタンクも史実同様立ち往生しているが、サラスリーの機転で戦い続けられている。

 カーゴの弱点を突いてエンジンを一つは潰した。

 自分がダメでもアムロが何とかしてくれるはずと、ガンキャノンだってちゃんと修理し用意した。

 

(こ、これだけやってもダメなの? 死神の力、歴史の修正力でも働いているの!?)

 

 ミヤビは自分をこの宇宙世紀に転生させた『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』登場の死神の関与を疑う。

 

 

 

「うおぉぉーっ!」

 

 武器を使い果たしたリュウは、コア・ファイターで特攻をかける。

 ミヤビの知る史実とは違い、この機にはサポートAIであるサラシックスが載っている。

 リュウは、それだけは済まないとは思うが、しかし、

 

『さよなら、リュウさん……』

 

 リュウは見た。

 モニターの片隅で別れを告げる、サラシックスの頬を伝う一筋の涙を。

 次の瞬間、コア・ファイターの脱出装置が作動し、リュウは座席ごとコクピットから射出される。

 

「サラシックス―っ!!」

 

 

 

「ああっ!?」

 

 ハモンもまたマゼラトップの脱出装置により座席ごと射出。

 もつれるように墜落するコア・ファイターとマゼラトップを眼下に、パラシュートが開き安全に降下する。

 

 史実とは違い彼女が助かっているのは、覚醒ガルマの指示で出された人材保護の観点からの『マゼラアタックの運用変更に関する通達』によるもの。

 つまり従来の運用では万が一の誤動作を嫌いかけられていた自動脱出装置のロックが解除されていたからだった。

 

「うっ……」

 

 着地の衝撃にうめくハモン。

 そして彼女は近くに着地した連邦兵、リュウの姿を認め護身用の拳銃を抜くが、

 

「サラシックス!!」

 

 ハモンには目をくれようともせずに燃え盛るコア・ファイターに駆け寄ろうとするリュウを見て、

 

「お止めなさい! 死ぬ気ですか!?」

 

 思わずそれを引き留めてしまう。

 

「ウソだと言ってくれよ…… おい…… サラシックス……」

 

 がっくりと膝をつくリュウ。

 

「すまん…… すまん…… 俺は、俺はぁ……」

 

 その頬をとめどなく涙が伝う。

 

「これからどうすりゃいいんだ…… ミヤビさんやお前の姉妹になんて言やいいんだよ……」

 

 男泣きに泣くその姿に、ハモンは毒気を抜かれたようにただ立ち尽くす。

 ラルの遺志を継ぐ。

 ラルの仇を取る。

 そのためにこそ戦ったはずだったが、それがこのような悲壮な結末を呼ぶものだったとは……

 分かっていた、いや、分かっていたつもりだったが、敵の、仇のこんな姿を見たくはなかった。

 

 そして爆発がその場を薙ぐ。

 史実どおりにアムロによってカーゴが破壊されたのだ。

 

「投降、してくれますねハモンさん」

「あなたは……」

 

 ようやくドラケンE改で到着したミヤビを認め、ハモンは気抜けした様子で銃を取り落とす。

 ミヤビはハモンとも交友を持っていたのだ。

 

「ラルさん、生きて保護してます。私の方で手をまわして悪いようにはしませんから」

 

 そうささやかれ、瞳を見開く。

 

「作戦終了、投降の合図を」

 

 ミヤビは信号弾と一緒に、アーマーマグナムを渡すのだった。

 そして、戦場に終わりを告げる信号弾が打ち上げられる……

 

 

 

「ミヤビさん……」

 

 肩を落とすリュウに、ミヤビは言う。

 

「サイド7襲撃時にも多くのサラシリーズが失われているんですよね。そんな風に」

 

 サラシリーズに欠番があるのはそのため。

 当時はまだミヤビもその存在を知らなかったのだが。

 

「運のない子たちだった…… もっと生きて欲しかったわ……」

 

 本当に、そう思う。

 

「サラシックス…… 私にとっても妹みたいな存在だった。その子がこんな最後を選ぶなんて、本当にマスターであるあなたを大切に想っていたのね」

「ミヤビさん、俺は……」

『ありました! ミヤビさん、ブラックボックスです!』

 

 未だ炎を上げるコア・ファイターの残骸を漁っていたサラが単独制御するドラケンE改が、フライトレコーダー、ブラックボックスとも言われるメモリーユニットを見つけ出す。

 

「運のいい子ね。コア・ファイターの予備機に搭載された未セッティングの教育型コンピュータにインストールすれば再セットアップもできる、か……」

「やった! 助かるんですねサラシックスは! 良かった! 良かったなあ!」

 

 リュウはドラケンE改の精密作業用三本指につままれたブラックボックスを前に顔をほころばせるが、

 

「喜ぶのは早いわ。問題はその後よ」

「え……?」

「確かにこの子は生き返る、そう言ってもいいわ。元の、サラシックスと呼ばれる存在に」

 

 だが、

 

「でもあなたはその時、人生において最大の苦しみを知ることに、なるのかもしれない……」

 

 そうミヤビは予言する。

 静謐な、『ヤシマの人形姫』と呼ばれるにふさわしい表情で。

 

 

 

次回予告

 サラシックスを失い意気消沈するリュウ、過労で倒れるブライト。

 その隙を突くかのようにマ・クベの包囲作戦が行われた。

 一方ランバ・ラル隊はシーマに導かれ、新たな任務に挑む。

 傭兵団、それもジオン外注の独立重駆逐部隊……

 地球連邦軍の試作型モビルスーツ運用艦を密かに乗っ取り、RX-78ガンダムと呼ばれる最新鋭モビルスーツたちを運用する極秘の教導部隊とは一体?

 次回『マ・クベ包囲網の陰で』

 君は生き延びることができるか?




 サブタイトル回収。
 この展開は予想できた方もいらっしゃるでしょうけど、お約束ですよね。
 次話もこのお約束が続く予定です。
 しかし次回予告のとおり、ランバ・ラル隊の方がメインなお話になりそうな気がしますが……


> まぁ、『機動戦士ガンダム第08MS小隊』に登場したマゼラアタックが、陸戦型ガンダムの脚部を損傷させた装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS、作中ではペネトレーター弾と呼称。着弾の閃光は上がっても赤い爆炎は見られず)とHEAT弾を使っていたことからすると、やはりハモンの理解不足という説が有力だろうか。

 砲弾の種類はミリタリーマニアの方々がこだわるところなので、08小隊ではその辺、力が入ってましたね。
 今回のお話を書くにあたり改めて見直して確かめましたが、なるほどと唸らされます。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第22話 マ・クベ包囲網の陰で Aパート

「そもそもサラシリーズと、その元になったサラのAIプログラムは同じものなの」

 

 ミヤビはリュウを前に説明する。

 

「彼女たちは管理サーバにアクセスするたびにデータリンクし経験を積んで成長したAIプログラムを統合、共有するため各AIは均質化され個体差は無くなる」

 

 ミヤビの前世、マンガ、そしてアニメ作品である『攻殻機動隊』シリーズに登場する思考戦車、フチコマ、タチコマたちのように。

 

「だから元となるAIプログラムをインストールし、そこにバックアップにある個別カスタマイズ、個別設定を反映して、さらに回収したブラックボックスのデータをかけ合わせれば」

 

 サポートAIであるサラシックスの機能は復旧できる。

 機能は。

 

「しかしミヤビさん、サラシックスには、彼女たちサラシリーズにはサラと違った個性があるように思えるんですが」

 

 リュウは首を傾げるが、

 

「そうね、RXシリーズの教育型コンピュータにインストールされたサラシリーズだけが個別に強い個性を獲得できたのは、導入されたサラを各担当者が個別に(好き勝手に)カスタマイズしたせいもあるけど、それだけではなく」

 

 ミヤビはテム・レイ博士率いるマッドな技術者集団を思い出し、内心げんなりしながら説明する。

 

「根本的には共有されない部分、つまりそれぞれしか持ち合わせない『記憶』があるからなのよ。参照するデータが違えばプログラムが同じでも出力される結果は変わってしまうでしょう?」

 

 そして、

 

「RXシリーズは軍事機密の塊であり、その核心に触れている彼女たちの記憶は絶対に外には持ち出せないもの。だから彼女たちサラシリーズの記憶は、彼女たちそれぞれが個別にしか持ちえないオンリーワンのもの。それゆえに彼女たちは大元のサラとも、そしてサラシリーズと呼ばれる姉妹、それぞれとも異なった強い個性を獲得するに至ったの」

「な、なるほど……」

 

 しかし、である。

 

「個性を持ってしまったがために、彼女たちの人格はそれに束縛される。自分らしさを与えてくれる記憶の重要度が増してしまう。いいえ、記憶そのものが彼女たちの個性、人格を形成するものになってしまう」

 

 ミヤビはリュウを見据えながら語る。

 

「そして機密の塊であるRXシリーズにインストールされた彼女たちの記憶、経験はとても限定されたものだったわ。開発者、技師などの作り手と、乗り手であるパイロット」

 

 両手の指で足りてしまうのかもしれない人数。

 

「彼女らの交友範囲はとても狭く限られていて、だからこそ一番深く付き合うことになり命を、運命を共にするパイロット、自分の主人『マスター』となる人物に大きく影響を受けるのよ」

 

 サラシックスの場合、それがリュウなのだ。

 だからこそ、本来なら機体の保存が優先されるはずのところを、リュウだけ助けて特攻するような真似ができた、できてしまったのだろう。

 哀しいことに。

 

「コア・ファイターの予備機に搭載された未セッティングの教育型コンピュータにサラシックスをインストール、再セットアップするわ」

 

 サラを助手に使えば、最小限の指示で実施してくれるだろう。

 

「み、ミヤビさん…… お、俺はあいつが、サラシックスが生き返ってくれるなら、何を失ってもいい」

 

 そう告白するリュウに、

 

「その言葉にウソは無いですね? なら言っておくけれど」

 

 ミヤビは彼に向き直って説明する。

 

「死んだ人間は蘇らないわ」

「は、はい」

「でもサラシックスはAIプログラム。だから再セットアップをすればただ一つを除いて完全に蘇る」

「ただ一つ……?」

「記憶よ」

 

 息を飲む、リュウ。

 

「RXシリーズは軍事機密の塊であり、その核心に触れている彼女たちの記憶は絶対に外には持ち出せないもの、そう言ったわよね」

「え、ええ」

「だからサラシックスの記憶はバックアップも取られていないの」

「なっ!?」

「RXシリーズの開発陣が欲しいのはモビルスーツとしての機能とデータなの。つまりサラシックスのプログラム自体はサラたちと共通のもので日々アップデートされているから個別のバックアップをしなくとも常に最新のものの再インストールが可能。あとは個別のカスタマイズ設定を取っておけば、サラシックスの、サポートAIとしての機能は元通りに復元される。そこに記憶は必要とされない……」

 

 パソコンで言えばサラシリーズの記憶はブラウザのキャッシュや閲覧履歴等の一時保存データみたいなものだ。

 ブラウザのプログラム自体は日々の利用実績を元にアップデートされる。

(一般ユーザーは気に留めることも無いが、多くの場合「ユーザデータを品質向上のため利用します」などとして収集、利用している)

 出来のいいブラウザなら、ブックマークやパスワード管理など、ユーザーの個別セッティングもクラウド上のサービスに保存されるからいつでも再インストールが可能。

 そしてキャッシュや閲覧履歴等の一時保存データはバックアップなど取らなくても再インストールに支障は出ないのだ。

 

「なら、外に漏れたら危険なサラシリーズの記憶データをバックアップしておく必要は無いでしょう?」

「そ、そんなことって……」

「もちろんヤシマ重工で使っているオリジナルのサラならこんなことは無いわ。ユーザー一人一人のサラの記憶を、ストレージやクラウドにバックアップする機能だって持っている。今言ったのはあくまでもRXシリーズを開発し、サラシリーズをカスタマイズして載せた、開発陣の作った仕様だから」

 

 だからミヤビにはどうしようもないのだ。

 そしてうつむくリュウの目が、デスクに置かれたメモリーユニットに、ブラックボックスとも呼ばれるフライトレコーダーに落とされる。

 

「そ、そうだ! ブラックボックスが、これがあればサラシックスの記憶が……」

「無理よ」

 

 ミヤビは言う。

 

「元々、コア・ファイターはモビルスーツの開発で出遅れた地球連邦軍が短期間でジオンに追いつくため、モビルスーツ本体が損傷した際に教育型コンピュータの実戦データを回収するため搭載されたもの」

 

 つまり、

 

「ブラックボックスに保存されるのも、実戦データにパイロットの操縦テレメトリー、優先して記憶すべき項目は多く、優先度の低いサポートAIの記憶が保存されることなんてありえない」

 

 そういうことだった。

 

「あなたのことも、一緒に過ごした思い出も、サラシックスとして生まれてからの記憶一切を失って再セットアップされる。存在こそ今までどおりのサラシックスでも、あなたを二度とマスターと認識することは無いのかも知れない」

「そんな……」

「それでも…… いいの?」

 

 ミヤビも、意気消沈するリュウのことを見ていられず顔を伏せながら聞く。

 

「い…… いいです。あいつが…… 生き返ってくれるなら…… 俺は……」

 

 その言葉にミヤビは胸を締め付けられる。

 技術者であるミヤビは正確性に気を遣うがゆえに、先ほどから「再セットアップ」という言葉を繰り返し使っている。

 しかしそれでもリュウは「生き返ってくれるなら」と言ってくれる。

 サラは、サラシリーズはミヤビが育てた妹とも娘とも言える存在。

 AIであるにも関わらず、そんな風に言ってもらえるサラシックスをミヤビは…… 誇りに思う。

 

「わずかだけど、望みはあるわ。うっすらと何かを覚えているのかもしれない。サラは、サラシリーズは人と同じ感情を持ったまったく新しいAI。人が感情と記憶の完全な切り分けが困難なように、プログラム側に記憶のようなものが残っていて、あなたという存在に反応を示すかも知れない」

 

 気休め、かも知れない。

 しかし、

 

「それに賭けてみる? サラに作業を指示して任せれば数時間後にはできるけど」

 

 それでも賭けてみたくなるのも人というものだろう。

 リュウは、もう声を出すこともできず、ただ一度うなずくだけだった。

 

「悪く思わないでね。AIだったとしても、一度死んだ存在はそのままでは還って来ないものなのよ」

 

 そうミヤビは伝えるのだった。

 

 

 

「旦那、身体はもう動いても大丈夫なようだね」

 

 シーマはそう言ってキャビンを見渡した。

 戦闘後、ハモンたちは意識を回復したラルと共に、捕虜の護送のため回された、とされるヤシマグループの民間軍事会社『ヤシマ・ファイアアンドセキュリティ』のミデアでホワイトベースから離れていた。

 

「ドズル中将の命令書の確認はできたかい?」

 

 実際にはシーマ隊は彼らの案内役。

 すべてを知って、この場に居る。

 

「ああ、確かなのだろう、ハモン」

「はい、宇宙攻撃軍独自規格の最高強度の暗号化がかけられておりました。間違いは無いでしょう」

 

 ハモンは戦前からフィクサーとしてラルをバックアップしていた過去があり、非常に高い情報スキルを持つ。

 その彼女が言うのだから間違いはない。

 シーマは笑うとこう話す。

 

「傭兵団、それもジオン外注の独立重駆逐部隊…… 地球連邦軍の試作型モビルスーツ運用艦を密かに乗っ取り、RX-78ガンダムと呼ばれる最新鋭モビルスーツたちを運用する極秘の教導部隊」

 

 要するに、中身は自分も知っているから機密保持のため迂遠な会話は不要と言っているのだ。

 だから直截な言い方をする。

 

「もうすぐ、その試作型モビルスーツ運用艦に着く。詳しい話はそこで」

 

 そう言って背を向けるシーマ。

 それを確認して、

 

「……あなた」

 

 ハモンは問うように視線を向けるが、

 

「ジオンに兵無し、か……」

 

 ラルは皆を見回して話し始める。

 

「お前たちも知ってのとおり、ジオンの人材は払底しかかっている」

「はい」

「開戦当時の精強な軍は過去のもの。学徒動員こそされておらんが、このままの戦局が続けばいずれは……」

 

 いや、ラルは聞いていた。

 いずれかかるだろう学徒動員を見越して、どうせ戦場に出るなら自分から志願した方が良いと見た若年者の志願兵が既に戦場に出ていると。

 愛国心からの志願もあるだろうが、土壇場で、ろくな教育も受けずに戦場に放り出されるより、まだ余裕があるうちに訓練を積ませてもらった上で戦争に参加した方が生き残りのためにもキャリア的にも有利と見て志願する者もまた多いという。

 

「今では最前線で一度でも砲火の洗礼に曝され、生き残ることさえできれば立派な一兵卒に数えられる。曲がりなりにも前線で戦ったことがあるかないかという差はかなり大きいからな」

「しかし、その生き残ることが難しい」

 

 そう答えたのは副隊長のクランプ中尉だ。

 彼は負傷のため先の戦闘には参加できず、しかしシーマ隊に回収され十分な手厚い看護を受けることができたため、戦闘は無理でもこうして日常行動を取る程度には回復していた。

 

「そうだな。新兵は戦火の恐怖にかられ泣き喚き、下を垂れ流し、怯え竦み何もできずに死んでいくか、ヤケになって無謀な行動で味方を危険にさらし周囲を巻き込み死んでいくか。訓練で流す汗は戦場で流す血を少なくするとは言うが、それでも限界はあるし、もう既に本国では訓練期間の短縮、速成教育が始まっているという」

 

 だが、

 

「そこでドズル中将は現状を鑑み、地球連邦軍の予算で教導部隊を運営し、砲火の洗礼を新兵に受けさせることとしたのだ」

 

 傭兵団、それもジオン外注の独立重駆逐部隊……

 地球連邦軍の試作型モビルスーツ運用艦を密かに乗っ取り、RX-78ガンダムと呼ばれる最新鋭モビルスーツたちを運用する極秘の教導部隊。

 ラルたち、モビルスーツとジオンの軍をもっとも知り尽くす彼らが実戦で相手となる。

 もちろん砲火の洗礼を新兵に受けさせることが狙いなのだから、極力不殺で行くが。

 

「わが軍の戦術と力量と弱点を知り得るまたとないチャンスでもある。ジオンの精鋭を鍛えぬくには我ら古参の強者が相手をするのが一番というわけだな」

 

 ミヤビの前世の記憶で言うところの、マンガ『ファイブスター物語』における魔導大戦時のブーレイ傭兵団の運用と同じ発想だ。

 

「しかし、誰がこんなシナリオを描いたか、だが」

 

 ドズルは決断できる人間であり、この策は彼らしい大胆な判断があってのことだろう。

 しかしドズル自らがこのような奇策を構築したとは思えない。

 つまり、この策を立てドズルの元に持って行った人間が居るということ。

 思索にふけるラルだったが、

 

「地球連邦軍の試作型モビルスーツ運用艦ってどんなに凄いんでしょうね?」

 

 そう調子よく言うのはステッチ。

 二度も乗機を撃墜されていながらも生き残っている彼は、腕こそ並みでも運がいいと言えるかもしれない。

 まぁ、同じ戦いでは同僚のギーンもまたミヤビのドラケンE改にアッグの脚部ジョイントを破壊され擱座したために生き残ってはいるのだが。

 そして、

 

「む、降下を始めたか?」

 

 ミデアは高度を下げ始め、

 

『ごくつろぎのお客様へ、これより当機は着陸態勢に入ります。シートベルトをしっかりとお締めの上……』

 

 とジオンなまりの笑い声でアナウンスが入る。

 シーマの部下である海賊男、デトローフ・コッセルの悪ふざけだったが、ラルたちは苦笑してそれを聞き流す。

 しかし、

 

「大尉殿、あれをご覧ください」

 

 クランプの声に、ラルたちは窓越しに眼下を見下ろす。

 

「えーっ、あれがそうなのか?」

 

 ステッチが情けない声を上げる。

 

「あれは…… 昔沈んだ戦艦のクズ鉄のかたまりだ。スクラップだ。こんなものじゃ役に立たないぞ」

「サラミス型、か?」

 

 夕日を浴びてそそり立つのは、艦首から砂漠に突っ込んで埋もれかかったサラミス型と思わしき船。

 サビの浮き立ったそれは、とうの昔に死んだ鉄の巡洋艦のぬけがらにしか見えない。

 それがなぜ地球連邦軍の試作型モビルスーツ運用艦、そしてジオンの希望となる船なのだろうか?

 その船は何も言わずにこの地を見下ろしていた……




 ミヤビによるサラシックスの再セットアップに関する説明。
 そしてランバ・ラル隊に関しては今まで温めていたネタをようやく明かすことができるようになりましたが、まだまだ導入部分。
 参考書籍をヤフオクで落札してまで(Amazonでも扱ってなかったんですよ! まんだらけ、駿河屋等でも在庫なし)構築した裏事情についてはこれからのお楽しみで。
 また、このパートのラストシーンもどこかで見た話ですが、次回以降もこのお約束が続く予定です。


>「彼女たちは管理サーバにアクセスするたびにデータリンクし経験を積んで成長したAIプログラムを統合、共有するため各AIは均質化され個体差は無くなる」

> ミヤビの前世、マンガ、そしてアニメ作品である『攻殻機動隊』シリーズに登場する思考戦車、フチコマ、タチコマたちのように。

 面白いことに各ユーザから学習した内容をクラウドで統合、共有し他のすべてのタチコマと「並列化」するという「うごく、しゃべる、並列化する。 1/8タチコマ」が実際に商品化されてます。
 すっごいお値段がしますけど欲しいですよね。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第22話 マ・クベ包囲網の陰で Bパート

 一方そのころ、ミヤビたちの乗るホワイトベースは中央アジアをヨーロッパへと直進していた。

 マ・クベの鉱山基地を撃破しつつ……

 

「ブライトさんが倒れたぞ!!」

 

 ブライトが過労で倒れていたりする。

 史実とは違いリュウが無事というのは救いだったが、疲労の蓄積は同程度に溜まっていたらしい。

 そして、ここで限界を迎えたわけだ。

 

「姉さん、艦長代理を」

 

 と妹、ミライに頼まれるミヤビはいつもの変わらぬ表情の下、

 

(ムリムリムリムリかたつむり! 私に『機動戦士ガンダムSEED』のマリューさんみたいになれと!?)

 

 と、内心絶叫を上げていた。

 エンジニアに戦闘指揮を求めるな、という話。

 

「立場的にも能力的にも無理よ。そもそも歳とか階級のことを言うなら大尉待遇のタムラコック長が先に来る話よ」

 

 ミヤビはヤシマ重工から派遣されたエンジニアというだけで軍の指揮命令系統の中には無い人間なのだ。

 

「それは……」

「無茶と思ったでしょう、同じことあなたは言ってるのよ」

 

 ということ。

 

「今はガンタンクが使えない状態で、アムロのガンキャノンのほかは、私のドラケンE改とコア・ファイターしかないのよ」

 

 これではミヤビが艦の指揮を執るのは無理だ。

 

「というわけで、私は艦長代理にセイラを推薦するわ。ガンタンクが直るまではパイロットは休業だし。ミライは性格的にも能力的にもその補助の方が向いてるでしょう? そもそも操舵しながら指揮って無茶だし」

 

 と、まるで学生時代、クラス委員を誰かに押し付けるノリで提案するミヤビ。

 

「私?」

 

 戸惑うセイラに、ミヤビは言う。

 

「ええ、指揮官というのは決断するのが仕事。このホワイトベースにあなた以上の資質を持つ人は居ないと思うわ」

 

 性格的にもそうだし、決断したことを他人を従わせるカリスマもまた、セイラには備わっている。

 さすがはダイクンの遺児というところか。

 

「もちろん私も含めみんなも可能な限り協力するし。そうよね、カイ?」

 

 とミヤビはセイラの相方を務めるカイに話を振る。

 いきなり言われたカイは、

 

「うぇっ!? いや、まぁ、そりゃあ、できる限りのことはするけどよぅ」

 

 カイのような偽悪的なタイプは素直に頼られると弱い。

 その辺を見越してのミヤビの話術だ。

 そして一番不平不満を言いがちな彼を味方に付けることで、組織の中の不和はある程度抑えられる。

 

「それに補佐にホワイトベースの戦術コンピュータにリンクしたサラを付けるから」

『よろしくお願いします、セイラさん』

 

 と手のひらサイズの歩行型ミニドローン、モビルドールサラがミヤビの肩の上で頭を下げる。

 実はブライトの負担を和らげるため用意していた手だが、

 

(間に合わなかったのよねぇ、これが)

 

 うん、リュウが無事だったこともあって油断したか。

 そういうことでマリューさんみたいなヒドイ目に遭うことを回避するミヤビだった。

 

 なお、このサラはサラシックスの再セットアップ作業に従事しているサラとは別に存在している。

 まぁ、これまでもドラケンE改の予備機に複数のサラをインストールしてそれぞれを単独制御で動かしていたので今さらだが、ミヤビはサラの同時使用ライセンスを複数持っているのでこういうことができる。

 ではそれぞれが別個体なのかと言うと、そのAIプログラムはもちろん、記憶もネットワークで共有、統合されてしまうので『ミヤビのサラ』は単一の存在だとも言える。

 感覚的には分身の術? みたいなものか。

 

 

 

「こっちだよ」

 

 シーマの先導で地下搬入口へと足を踏み入れるラルたち。

 

「なるほどー、サラミスの残骸を隠れ蓑にした地下施設ですか」

 

 そう漏らしながら内部に入るステッチに、ラルは言う。

 

「ステッチ、貴様妙だとは思わんのか」

「はぁ」

「ここは地球だぞ。サラミスに大気圏突入能力は無い。墜ちたにせよ、どうしてこの船は原型を留めている?」

「そ、そう言えば!」

「それに船尾の形が我々の知るサラミス型とは少々異なりましたな。メインエンジンの左右にサブエンジンが増設されていた」

 

 と、クランプ。

 そして先を行くシーマをじろりと見るが、

 

「さすが、鋭いねぇ」

 

 と彼女は笑いながらも肯定する。

 一行の前にエレベーターが現れ、乗り込むが、

 

「何だか傾いて昇るエレベーターですわね、あなた」

 

 そうハモンが言うとおり、微妙な傾斜がついていた。

 そうしてたどり着いたところは、

 

「宇宙巡洋艦の艦橋か」

 

 窓には装甲シャッターが下ろされていたが、そこはまさしく戦闘艦のブリッジだった。

 くるりと振り向いてシーマは言う。

 

「本艦へようこそ、ランバ・ラル隊の方々?」

 

 ラルは周囲を見回し、

 

「もうこの船は動けるのか?」

「残念ながら、まだエンジンのチェックが済んでなくてね。それが済んで、ミノフスキークラフトさえ動けば」

「ミノフスキークラフト、とはあの?」

「そう、連邦、ジオン両軍で開発されたばかりの浮遊装置。整列する性質を持ったミノフスキー粒子をIフィールドによって制御し、その反発場により物体を浮上させる力を得る」

 

 シーマはラルを見据え、

 

「ホワイトベース、あんたたちが木馬と呼んでいたあの船が地球上で浮けるのはこの装置のおかげ。そしてこの船はホワイトベースを開発するにあたり必要な技術や運用方法を確立するために造られた実験艦。そのために搭載されたミノフスキークラフトの試験中に、トラブルでここに墜ちたというわけさ」

 

 そして不意に艦内に警報が走る。

 

「仮設観測所より緊急報告。ドップ多数。本艦上空より降下中!」

 

 コンソールに取り付いた作業帽を被った作業員が報告する。

 

「キシリア機関か、この船の存在に感づいたようだね」

 

 上をにらみ、苦々し気に吐き捨てるシーマ。

 

「キシリア機関が?」

 

 ラルたちも当然知っているキシリア配下の、汚れ仕事専門の情報機関。

 この艦は、それに狙われているというのか。

 シーマは瞳を細めるとラルたちに答える。

 

「あんたらもザンジバル級を使うことができず取り上げられただろ。この地域は地球で最大の鉱物資源をおさえているマ・クベ大佐の本拠地、つまり他に知られるとまずい秘密があるってことさ」

 

 また、ラルたちの上司のドズル中将とキシリアは反目しあっている間柄、ということもある。

 

「ガウ攻撃空母は本艦の上空に滞空、盛んにドップを発進させています!」

 

 そしてそのドップからのミサイル攻撃が至近に着弾。

 爆発が艦橋をも揺るがした。

 

「この艦はまだ戦えないのか?」

「このままじゃあ、何もできないうちにやられちまう」

 

 そう言い募る部下たちに、

 

「うろたえるな!」

 

 ラルは一喝。

 

「全員、席に着け。連邦の艦の扱いは分かっているはずだぞ!」

 

 そう命じる。

 ヒュウ、と口笛一つ。

 シーマだ。

 

「さすがランバ・ラル隊。ノーマルスーツ一つで連邦艦を乗っ取って見せたって話もウソじゃなさそうだねぇ」

 

 ホワイトベースを白兵戦で占拠しようとしたようにランバ・ラル隊はゲリラ屋であり、ミヤビの前世の記憶でも某ゲームのムービーにてノーマルスーツとランドムーバーで宇宙空間を渡り連邦艦に立ち向かうシーンがあった。

 それゆえ占拠後の艦の操作もまた習熟しているわけである。

 

「それも込みでの人選、ではないのか?」

 

 ニヤリと頬を吊り上げるラル。

 シーマは苦笑して、

 

「まぁね。でも助かるよ。ここに居るうちの人員は作業員ばかりでね」

 

 そして各コンソールについていた作業者たちから操作を引き継ぐラル隊の面々。

 ラル自身もキャプテンシートに着く。

 

「スクリーン点灯」

 

 モニターに映し出されるドップ、そしてその後方に控えるガウ攻撃空母。

 

 

 

 上空のガウ攻撃空母では、

 

「艦載機だけに任せず、ガウ自ら降下して攻撃せよ。危険なものは断固、消してしまうのだ!」

 

 そう指示が下り、降下、接近を開始。

 両翼のメガ粒子砲の発射体制が整えられる。

 

 

 

 そのころホワイトベースは、

 

「グフがマシンガンとヒートホークを持って攻めてきたぞっ!」

 

 マ・クベの繰り出す包囲殲滅戦に曝されていた。

 整備が間に合わず、ろくな武装もできないガンキャノン。

 メカニックのオムルは出撃しようとするアムロに聞く。

 

「そんな装備で大丈夫か?」

 

 アムロの答えは、

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 だった。

 まぁ「一番いいのを頼む」と言ったところで今のホワイトベースには無理なのだが。

 

 しかしこの展開、ジオンのモビルスーツの携帯武器を使えるよう改良されたガンキャノンにとっては武器庫が向こうから歩いてくる状態。

 グフを倒し、その武器を奪い、それを使ってグフを倒すという無限コンボで戦い続ける。

 ラルのようにザクマシンガンはガンキャノンに効かないと割り切り、内装の固定武器のみの運用だったらこうはならなかっただろうが。

 固定武器には敵に奪われ使われることが無い、という利点もあるということだった。

 もちろんガンキャノンも無傷とはいかなかったが、

 

『危ないよアムロ。今の戦闘で出力11.2パーセントダウン。動力に6パーセントもの損失! 装甲11パーセント破損! 一度帰還しないと!』

「馬鹿を言わないでくれ、二本目のヒートホークは新品なんだ。今帰ったらもう出られない。この戦いに次なんて無いんだ。何とかしのいでくれ、サラツー」

 

 そしてアムロは倒れたグフからシールドを取り上げる。

 

「装甲の代わりなんてここにある!」

 

 アムロの決意が固いことを見て、サラツーも覚悟を決める。

 

『了解! そのシールドをちゃんと扱えるようバランスのモーメントチューンを施すから1分ちょうだい。再セットアップをかけるよ!』

 

 良く言ってくれた、とアムロは微笑み、

 

「それでこそ僕のパートナー、サラツーだ!」

 

 と称賛を贈る。

 その思わず漏らした言葉に、サラツーは真っ赤になって照れまくるのだった。

 

 

 

「二次元の存在のくせに……」

 

 嫉妬でAIを破壊することができたなら、とでもいうように通信手席で悶々とブラックホールを形成するフラウ。

 

 

 

 そしてミヤビのドラケンE改も右肘のハードポイントに装備された甲壱型腕ビームサーベルでグフと斬りあっていた。

 

【挿絵表示】

 

 リーチの限定されるヒートホークでは、通常の3分の1にも満たない全高のミドルモビルスーツ、ドラケンE改にヒットさせるのは難しい。

 格闘ゲームで小柄なキャラに立ちパンチなど上段攻撃が当たらないようなものである。

 逆にドラケンE改はビーム刃の長さを60パーセント以下に制限しているとはいえ、それでもリーチでは優っているし、対応しづらい下段攻撃を仕掛けやすいという利点がある。

 従来ザクに乗っていたパイロットがヒートロッドではなく使い慣れたヒートホークで戦ってくれたことが、ミヤビに有利に働いているのだった。

 そしてこれまでなら5分以下しか使えないはずのビームサーベルの稼働時間は、

 

『甲壱型腕ビームサーベル、アイドリング・リミッター機能、動作良好です』

 

 と、サラが報告するとおり。

 

『便利ですね、テム・レイ博士がチューニングしてくれたこの機能』

 

 サラも感心する新機能、アイドリング・リミッターは、斬りつけ、目標にインパクトする瞬間以外はビーム刃を最小限に抑えエネルギーの節約ができるようにしたもの。

『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』にて登場したUC0090年代の技術だが、一年戦争当時でも『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』で主人公が陸戦型ガンダムのビームサーベルの出力を弱めてお湯を沸かしていたように、ビームサーベルの出力調整自体は最初期から可能だったものだ。

(陸戦型ガンダムのビームサーベルはRX-78ガンダムと同型の連邦軍標準タイプであり、ドラケンE改の甲壱型腕ビームサーベルと基本構造は同じもの)

 

 だからあとは、そこに至る発想があればソフトウェアで解決できるものだった。

 そして例によって寝ぼけたミヤビがテム・レイ博士にポロリとこの機能について話してしまったことがきっかけで開発されてしまったのだ。

 ランバ・ラル隊の受け入れに急遽来たシーマ隊が、手ぶらで済まないと言いながら置いて行ってくれたのが、この機能を実現する地球連邦軍兵装向けデバイスドライバのアップデートプログラムなのだった。

 

 これによりドラケンE改側のエネルギー消費が抑えられ、ビームサーベルの利用可能時間が飛躍的に伸びることとなった。

 シーマの話によると甲壱型腕ビームサーベル装備のドラケンE改を本格的に戦場に投入することを連邦軍上層部は考えており、この機能はそのためでもあるということらしい。

 

『テム・レイ博士がジャブローに帰って作りたかったものって、このプログラムだったんですね』

 

 サラはそう言うが、

 

「どうかしらねぇ……」

 

 あの狂的技術者(マッド・エンジニア)がこの程度のまともなものの開発で満足するとは、ミヤビにはどうしても思えず。

 そしてその予感は近日中に現実としてミヤビの元へとやってくるのだった。

 いわゆる主役機交代イベントというやつである。




 史実どおり倒れるブライトでしたが、ヤシマ姉妹はセイラをいけにえに艦長代理を回避するぜ!
 まぁ、そうした方が上手く行きそうですよね。
 ランバ・ラル隊は…… お約束の展開です。

 ビームサーベルのアイドリング・リミッター機能は以前、ご感想の中で提案を受けたものを今回、使わせていただきました。
 このようにいただいたご感想は作品作りに生かさせてもらっています。
 お話の展開の都合で何カ月も後で反映、ということになっていますが。

 なお次回はグフの量産機も出てきたことですし、シャアとガルマのモビルスーツ談義、

「ガルマ、グフの一般機にツノって要らないんじゃないのか?」
「何を言うんだシャア!」

 をお送りする予定です。

 そしていよいよRX-78ガンダムと称される機体も登場です!

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第22話 マ・クベ包囲網の陰で Cパート

「ガルマ、グフの一般機にツノって要らないんじゃないのか?」

「何を言うんだシャア!」

 

 今日もシャアとガルマのモビルスーツ談義は絶好調。

 

「いや、頭のツノ、ブレードアンテナは指揮官機のシンボルだろう。だがグフは全機に標準装備されているから気になってな」

 

 実際、ミヤビの前世の記憶でも映像作品で出てきたグフにはすべてブレードアンテナが装備されていた。

 しかしガルマは愕然とした様子で語り始める。

 

「き、君はそこに気付いてしまったのか、シャア……」

「ガルマ?」

「知りたいのか? そのわけを本当に知りたいのか、君は?」

「な、何か問題でもあるのか?」

 

 ガルマはふと遠い目をすると、

 

「実は…… 私も気になって技術者に確認したことがあるのだ」

「ふむ」

「彼らはこう答えた」

 

・開発当初から爆撃機兼輸送機であるド・ダイYSとの連携や飛行試験型のテストベッドとしての運用が想定されていたから通信機能を強化した。

 

・エース・パイロット用の機体と目されていたから。

 

・地上では電波が伝わりにくいから通信機能を強化する必要がある。

 

「なるほど、納得できる内容だな」

 

 シャアはこれらの回答がこれからの話の前振りに過ぎないと理解しつつも、熱の入ったガルマの話の腰を折ることもあるまいと、表面上ではいかにも得心したかのように擬態してうなずくが、

 

「――嘘を、ついておいでですね」

 

 不意に背後からささやかれる声!

 

(ば、バカな。彼女の気配は無かったはず!?)

 

 まるで金縛りにでもあったかのように、シャアは身動きどころか呼吸も困難な状態に陥る。

 しかし、

 

「そう、それだ。イセリナが技官たちが嘘をついていることを見破ってくれたんだ」

 

 能天気に笑うガルマ。

 それを受けてか緩んだイセリナの気配に、シャアはようやく息をつく。

 

(毎度、人の後ろを取って脅すのは止めてもらいたい!)

 

 内心でそう絶叫しながら。

 毎回これでは心臓に悪過ぎる!

 

(後ろめたいことがあるから、そうなるのですわ)

(こいつ、直接脳内に……!)

(こいつなどとは、困ったお人。そんなに焼かれたいのですか?)

(冗談ではない!)

 

 などというニュータイプな電波通信を交わす二人。

 シャアもララァを得たおかげか少しはイセリナに反論できるようになっていたが、それでも彼女が苦手なことに変わりはない。

 

「そ、それで嘘とは?」

 

 と取り繕うようにガルマにたずねる。

 目線で「助けろガルマ!」と伝えているつもりなのだが、シャアはイセリナへの恐怖のあまり自分が仮面をかぶっていることを忘れている……

 そしてガルマはというと、

 

「うむ、それらはすべて後付けの理由だったんだ。実際には……」

 

 彼は真剣な表情で重々しく言い切った。

 

「デザインの問題だ」

 

 は?

 

「デザイン?」

「ああ、これを見てくれ。こいつをどう思う?」

 

 ガルマが大型モニターに映し出したのは、タマ…… のように丸い球形のグフの頭部からブレードアンテナを外してみた画像。

 

「すごく…… マヌケだな……」

 

 グフの頭部はザクと大して変わらない、というイメージがあるが実際にはかなり曲線が異なる。

 ザクの頭がチンガードが張り出したオフロードバイク用ヘルメットといった感じなら、グフは単純に丸い、球に近い頭に突き出した口。

 要するにタコの頭をマンガ風に描いたようなもの。

 額のブレードアンテナを外すと、それがモロに強調され、何とも間の抜けたデザインに見えてしまうのだ。

 

 ミヤビの前世でもマンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』連載にあたって安彦良和氏は大河原邦男氏に対し「顔はアップに耐えられるように」と注文を付けてデザインし直してもらっているし。

(マンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で角無しのグフが登場できたのはこのデザイン変更のためと言う者も居る)

 

 また後に立体映えするようアレンジされたマスターグレード等のプラモデルならともかく、設定画を何も考えずにそのまま立体化したようなプラモの旧キットにおいては、アニメ『ガンダムビルドファイターズ』シリーズで言うところの初代メイジン・カワグチ氏が当時ホビージャパンから発行されたガンプラ作例本『HOW TO BUILD GUNDAM 2』にて、

 

 一般機を作成しようと角を取ったところ、あまりにも間抜けになってしまうため代わりに額にホイップアンテナを立てた作例を作った。

 

 というような話を語っていたぐらいであるし。

 

「このために技術者たちは額のブレードアンテナを外すことを嫌がった、そしてそれを通すもっともらしい理由を後付けで考えたんだ。まぁ、どこにもそのような記録は残されていないし、公的には語られない事実…… いや、異説だがね」

 

 そう言って肩をすくめるガルマだった。

 

 

 

「ガウ攻撃空母、降下してきます!」

 

 ラルたちもガウの動きは察知していた。

 しかし、まだ動くことができない。

 そこに、

 

『ミノフスキークラフト、チェック完了。起動エネルギー充填100パーセント』

『回路良し。始動シリンダー準備良し』

 

 エンジンルームより待望の報告が入る。

 

「総員、発艦準備! ミノフスキークラフト始動5秒前! 砲雷撃戦用意!!」

 

 即座にラルの指示が下りる。

 

「メインエンジン出力上昇! 全エネルギーライン同期開始…… 遮断機投入、接続(コンタクト)!」

「ミノフスキークラフト始動! 傾斜復元、船体起こせ!」

「船体起こせ!」

「補助エンジン、両舷全速取舵一杯!!」

 

 ラルはシーマに聞く。

 

「この艦の名は?」

 

 そしてシーマの返答に目を丸くし、しかし仕方が無いとでも言うように叫ぶ。

 

「ミノフスキークラフト出力上昇1万5,000トン! ゆくぞ!」

 

 そしてラルは宣言するように言い放つ。

 

「サラミス改級宇宙巡洋艦『モック・バー(mock bar)』発進!!」

 

 艦橋の装甲シャッターが開き、船体に張り付けられていたダメージ偽装パネルがはげ落ちていくのが見えた。

 かぶっていた砂を割り船体が、何より特徴的な箱型の艦首モビルスーツデッキが姿を現す。

 

「サラミス改級?」

「そうさね、これが地球連邦軍試作型モビルスーツ運用艦にして、サラミス改級宇宙巡洋艦『モック・バー(mock bar)』」

 

 笑うシーマ。

 

「これが、あのスクラップにしか見えなかったサラミス級の……」

「その生まれ変わった姿さ」

 

 その姿はミヤビの前世の記憶で言うところの『機動戦士Zガンダム』登場のサラミス改級そのもの。

 しかも『機動戦士Vガンダム』における同艦種と同じくミノフスキー・クラフトを搭載して大気圏内でも航行可能となっている。

 一体どれだけ時代を先取りした船なのか、という話だが、実際にはこの時代にある技術を使っているだけで、コストや信頼性の問題を除けば十分に建造が可能なものだった。

 

「ドップなどには目もくれるな!! 上空のガウを狙え!!」

「目標、ガウ攻撃空母。主砲、全力射撃!」

「距離、1万二千。仰角45度。方位角右30度!!」

「全員ショックに備えろ」

「発射ぁ!!」

 

 船体に走る衝撃、そして閃光と共に二条の光線がガウを貫く!

 

「やった!」

 

 墜落していくガウ。

 

「戦艦並みの連装ビーム砲か……」

 

 そう声が上がるとおり。

 この艦はモビルスーツデッキ設置の代償として艦首の単装メガ粒子砲1門および、両舷の6連ミサイルランチャーが撤去されているが、その火力低下を補うべく左右両舷の艦橋構造物が廃された跡に連装メガ粒子砲が増設されている。

 これも史実のサラミス改級と同じ。

 その戦艦級の連装メガ粒子砲が迫りくるガウを叩き落としたのだ。

 

「後はドップか。モビルスーツは?」

「前部デッキに三機」

 

 それを聞いてラルはキャプテンシートから腰を上げる。

 

「案内してくれ。クランプ、後は頼む」

「了解です」

「あなた……」

 

 ハモンはラルの負傷を気遣うが、

 

「なに、少しばかり様子を見るだけだ。無理はせん」

 

 ラルはそう言って歩き出す。

 

「行くぞギーン、ステッチ」

「はっ」

「はい!」

 

 

 

 アムロたちも良く戦ったが、やはり多勢に無勢。

 ホワイトベースは墜ちる。

 

「エンジンが動かないホワイトベースは、瀕死のタヌキということね」

 

 と、ミヤビ。

 それがヒントになったのかセイラは、

 

「タヌキ寝入り、擬死(タナトーシス、thanatosis)のことね、つまり!」

 

 とつぶやき、そして史実どおりマーカーが、

 

「そ、そうだ。うまくいくかどうかわかりませんが」

 

 と発言する。

 

「セイラさん、発煙弾のセーフティを解除して発射口内で爆発させるんです」

「かなりの損害がでるけど、それで敵の目を欺ければ助かるわね、ミヤビさん」

「試してみる価値はあるでしょうね」

 

 そして偽装した爆発に包まれるホワイトベース。

 センサーを注視していたオスカが、

 

「あっ、レーダーから消えました」

 

 と報告してくれたことで艦内の空気が緩む。

 

「……助かったのね」

 

 セイラも息をつく。

 

「これからどうします?」

 

 マーカーの問いにセイラは、

 

「そうね、レビル将軍に援助を求めるしかないわね。来てくれればの話だけど」

 

 と答える。

 

「なんとか切り抜けたけど、オデッサ・デイまでに間に合うのかしら?」

 

 オデッサ・デイ、ヨーロッパ反攻作戦に間に合うかは微妙なところ。

 まぁ、ミヤビにしてみると、

 

(間に合わなくても仕方ないよね、うんうん)

 

 というところだったが。

 

「フラウ・ボゥ、連邦軍のレビル将軍宛てに暗号電報を打ってちょうだい」

 

 セイラはそう指示を出すのだった。

 

 

 

「こっ、これは……」

 

 モビルスーツデッキに向かったラルたちを迎えたのは「白」をベースとした「赤」「青」「黄」というトリコロールカラーに塗られた機体。

 額のV字アンテナ、こめかみのバルカン。

 

「これが地球連邦軍の最新鋭試作型モビルスーツRX-78ガンダム!?」

「ではないな」

 

 興奮するステッチの言葉を切って捨てるラル。

 

 口元にフェイスカバーを、頭部にV字のブレードアンテナを、胸部に連邦系モビルスーツの特徴である排気ダクトを、背部にはサーベルの柄を取り付け、右肩シールド形状を連邦系のものに換装するなど、外見を大きく変えているが……

 腰部のパイプ装着箇所を股間ブロックに移動しているなど細部のレイアウトこそ変更されているものの、頭部モノアイセンサーや外部動力パイプはザクIIと同形状である。

 

 ミヤビが見たらこう叫んでいただろう。

 

「マンガ『機動戦士ガンダム MS IGLOO 603』登場のジオンがジムを偽装した機体『ゲム・カモフ』のガンダムバージョン!? いや、っていうかこれ、SDガンダムシリーズに登場した『にせガンダム』でしょ!!」

 

 と……

 つまり、

 

「これはザクをベースにした偽装機体だ」

 

 また赤い、肩部キャノン砲を装備した機体。

 二本の頭部アンテナに、胸部にはやはり連邦系モビルスーツの特徴である排気ダクト、丸い肩部装甲という機体もあったが、

 

「こっちはザクキャノンですぜ。両肩がスパイクを外したアーマーに替えられてますが」

 

 胸部排気ダクトに頭部のラビットタイプと呼ばれる二本のアンテナは、元々MS-06Kザクキャノンに備わっているものだ。

 ショルダーアーマーも丸くフチの反っていないタイプだから、スパイクを外して両肩に付ければガンキャノンに似てると言えば似ているか。

 

「こ、こっちはキャノン砲装備のザクタンクに連邦マークを入れているだけだ!」

 

 ミヤビの前世の記憶にある、ゲーム『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』登場のザク・タンク[砲撃仕様]である。

 もう騙す気も無いのかといった具合。

 まぁ『機動戦士ガンダム MS IGLOO』でもザクIIを鹵獲機として使っていたからありなのか?

 

「どういうことだ、これは?」

 

 ラルの瞳がシーマを射る。

 

「ガワはニセモンでも、中身はホンモノだよ。そのガンダムとやらは」

 

 船体に走る衝撃。

 

「まぁ、乗って試してみてから文句は言っとくれ」

 

 そう言われ、ラルは決断する。

 

「ギーンはキャノンタイプに、ステッチはタンクタイプに乗れ、私はこのガンダムとやらを試してみる」

「「了解」」

 

 

 

 サラミス改級宇宙巡洋艦『モック・バー(mock bar)』に襲い掛かるドップの編隊。

 とはいえサラミス改級はブリッジ前方、船体中央部の特徴的なY字構造上の大型連装対空砲がブリッジ左右の連装対空砲と同じものに換装され、ブリッジ構造物周辺に合計8基の単装対空砲が増設されており、対空砲は連装6基、単装8基合計20門を数えるという具合に強化されている。

 それゆえドップも迂闊には近づけずにいたのだが。

 

「なんだあれは、連邦の新型モビルスーツか!?」

 

 見覚えのない白とトリコロールカラーの機体が前方デッキに現れる。

 さらに、

 

『赤い機体は木馬で確認されたガンキャノンというやつか?』

『タンクタイプも居るぞ!』

 

 そして、その新型と思しき機体から放たれた閃光が戦場を薙ぎ払った!

 墜とされるドップ。

 

『なんということだ、あのモビルスーツは戦艦並のビーム砲を持っているのか』

 

 驚愕の声が上がる。

 

『この化け物が。落ちろ、落ちろっ!』

 

 そうして突撃していったドップは、その機体が引き抜いた柄から伸びる光剣に斬り捨てられる。

 

『ビームを使った格闘武器!? ビームサーベルか!』

『飛行中の戦闘機を切り捨てる運動性だと!? やつは白兵戦用に造られた新型に違いない!』

 

 動揺する編隊をキャノンタイプ、タンクタイプから上がった対空砲火が駆逐していく。

 

「だ、ダメだ。全滅する……」

 

 そして最後の機体もまた墜とされていった……




 久々のシャアとガルマのモビルスーツ談義。
 そしてどこかで見たようなサラミス改級の発進シーン。
 何よりRX-78ガンダムとされる機体の登場でした。
 みんな大好きモノアイガンダムですよ!


>「マンガ『機動戦士ガンダム MS IGLOO 603』登場のジオンがジムを偽装した機体『ゲム・カモフ』のガンダムバージョン!? いや、っていうかこれ、SDガンダムシリーズに登場した『にせガンダム』でしょ!!」

 ネット上で『にせガンダム』を検索するとリアル頭身デザインのイラスト(同人誌『コマンドSDJ』に寄稿されたスケキヨ氏デザインのもの)が出てきますが、外見はそんな感じですね。
 ただ、ビームを撃っているとおり中身は別物ですが。
 外見で「パチモンだろ、これ」と思わせつつ、ゲーム『SDガンダム GGENERATION モノアイガンダムズ』登場の『シスクード』みたいなモノアイガンダムを一年戦争当時のジオンの技術ベースで可能な限り再現する、というコンセプトの機体でもあったり。
 どういうことなのさこれ、という話は次回に。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第22話 マ・クベ包囲網の陰で Dパート

 戦闘も終わり、ラルたちはシーマに詰め寄る。

 どういうことかと。

 

「地球連邦軍はRX-77ガンキャノンに続き、ビームライフルとビームサーベルを搭載した白兵戦用モビルスーツ、RX-78ガンダムという機体の開発を計画していたのさ。ところが……」

「ところが?」

「上層部の方針転換に伴い計画は立ち消え。RX-78ガンダムはペーパープランに終わった」

 

 だが、

 

「連邦軍ではジオンの目を欺くためにこのRX-78ガンダムの計画をブラフとして利用することを考えた。それで偽装用の機体をとある企業に発注していたのさ。その後、ホワイトベースとガンキャノン、ついでにドラケンE改の活躍に着目し、完成した機体を実戦に投入することで情報を錯綜させるための囮に使えないかと考えた……」

 

 ミヤビの知る史実ではホワイトベースは単艦で囮専門部隊『第13独立戦隊』として運用されていたが、さらにそのダミー部隊を用意することで情報の攪乱を狙おうという発想だ。

 しかし、

 

「とある企業だと?」

「見当はつくだろう? 連邦とのパイプを持ち、同時にジオン系の技術を知る立場にある企業」

「……アナハイム・エレクトロニクス社か」

 

 ミヤビの前世の記憶の中にある史実でも、月の企業アナハイム・エレクトロニクス社ではグラナダの工場でザクのライセンス生産をしていたとする説があった。

 また、地球連邦軍は初期にRRf-06ザニーという機体を開発していたが、この機体はV作戦におけるRXタイプとは別の経路で開発が計画され、極秘裏に月のグラナダにあったジオニック社からモビルスーツのパーツを入手し完成させたとされる。

 そのため動力パイプ等にザクとの共通点が見られる。

 しかしキシリアが居るグラナダで、しかもジオニック社が連邦軍に横流しをするか、という話があって。

 ならばジオニックの下受けの立場に甘んじていたアナハイム・エレクトロニクスが、裏で手を回したと考える方が現実的だろう。

 

 そして、このガンダムもどき、にせガンダムはその延長線上にある機体だった。

 

「しかし、それでも疑問は残る。先ほど、この機体はビーム兵器を使うことができた。これほどの技術をモビルスーツ開発では出遅れているはずのアナハイムが単独で開発できるものなのか?」

 

 というラルの疑問はもっともなものだろう。

 まぁ、敵がビームサーベルと誤認したのはグフにも装備されていた、柄から形成された形状記憶型の高分子化合物の発熱体の刀身が伸びるヒートサーベルだったわけだが。

 

「ああ、あれはYMS-08Bドム試作実験機と共に開発されていたビームバズーカだよ。機体のジェネレーターと一緒に流用しているわけさ」

 

 YMS-08Bドム試作実験機はザクやグフのライセンス生産をしていたツィマット社が開発していた機体だ。

 その宇宙仕様は一見ザクと思えるような上半身を持っており……

 つまりジオンの機体、ザクをメインに構成されているように思えるこの機体にも、それが使われているというわけだ。

 しかし今のシーマの発言は、重大な問題を示していた。

 

「それではツィマット社が技術の横流しを?」

 

 シーマは思案し、

 

「このプロジェクトの黒幕は『ネメシス』と言われる組織でね」

 

 と語り始める。

 

「連邦によるコロニーの植民地的支配も、そしてジオン…… と言うよりザビ家独裁による地球圏支配もよしとしない第三勢力で、そのシンパは地球圏全域に潜伏している」

 

 まぁ現状では、

 

「その二択しか選択肢が無いってどんな罰ゲームだよ!」

 

 とツッコまざるを得ない状態なので、こういった別の可能性を模索する者も当然出るわけだ。

 

「つまりジオン内部にも食い込んでいる?」

「心当たりはお有りだろう、ラル家のご当主様?」

 

 シーマの言うところはつまり、

 

「それもあっての我々の人選か」

 

 ラルは苦々し気に、吐き捨てるようにつぶやく。

 つまり旧ダイクン派、ザビ家の独裁をよしとしない派閥の人間たちだろう。

 彼らの支援を受け働くには、かつてダイクンに仕えたラル家の現当主にあたるランバ・ラルはうってつけの人物であると言っていい。

 

「連邦側は軍内のスペースノイドを中心とした穏健派だね」

 

 ミヤビの前世の記憶で言うところの、七年後にはエゥーゴを結成するメンバーたちだ。

 将来指導者となるブレックス・フォーラ氏も中には居る。

 

「彼らは戦後を見据え、体制を変えるための政治力、資金、人材、武力を蓄えている」

 

 そして、

 

「そんな彼らを資金面、技術面でバックアップするのがスポンサーのアナハイム社さ。まぁ、あの会社はモビルスーツ開発において決定的に後塵を拝している現状を打破したい。ただそれだけなんだけどね」

 

 ネメシスに協力してさえいればジオン、さらに連邦からも技術の横流しを受けることができるというのだから、メリットは十分だ。

 

 このネメシスという組織だが、ミヤビの前世の記憶の中でもテーブルトークRPGリプレイ小説『ガンダム・カバード ネメシスの天秤』に登場したものだ。

 一年戦争時にジオンの技術で造られたアナハイム社製のガンダム・カバードという機体をめぐる物語だったが、それと類似した役割をこの世界ではラルたちが担うというわけだ。

 

 まぁ、託された機体はガンダム・カバードではなく、MS-06Cザク偽装型(にせガンダム)とガンキャノン、ガンタンクに偽装したザクキャノン、ザクタンクだったが。

 なお、MS-06Cは初期量産型、俗に言う耐核装備型ザクIIの型式番号だが、今では使われていないこの機体の型式番号を用いることで、情報を偽装している。

 この場合の『C』はCovered(カバード)を意味する。

 要するにジオンの技術メインで造られた機体に連邦機、ガンダムの『皮を被せた(Covered(カバード))』偽装機体ですよ、ということ。

 

「そのことをドズル中将は?」

「知るわけ無いだろ」

 

 つまりはラルが受けた命令書のとおり、『外注の独立重駆逐部隊、地球連邦軍の試作型モビルスーツ運用艦を密かに乗っ取り、RX-78ガンダムと呼ばれる最新鋭モビルスーツたちを運用する極秘の教導部隊』という額面どおりの認識というわけだ。

 

「同じように地球連邦軍からするとこの船はジャブロー所属の教導団(アグレッサー)『ネメシス』の外注部隊、という建前で雇われた傭兵団。実際にはホワイトベースの囮部隊という認識さ」

 

 ネメシスは地球連邦宇宙軍ジャブロー基地所属のモビルスーツ教導団。

 ミヤビの前世の記憶でもマンガ『機動戦士ガンダム オレら連邦愚連隊』にて登場した部隊だ。

 

「このネメシスは教導団という名のとおりモビルスーツ操縦技術向上のための教導が主任務だけど、新兵器の実戦データ収拾を任務とする実験部隊としての側面も併せ持ち、そのために戦闘に赴くことも少なくない。つまり連邦軍の新型モビルスーツに偽装されたあの機体の配属先として外向けにも内向けにも順当と思わせる手でもある……」

 

 しかし、

 

「ネメシスだと?」

「偶然じゃないよ。ネメシスという秘密結社めいた組織を隠蔽するために、あえて教導団に同じ名前を付けて情報の混乱を呼んでいるのさ」

「ややこしいな」

「私らは前者を『天秤』、後者を『剣』と呼んでるね」

 

 ネメシスはギリシャ神話に登場する女神である。

 ミヤビの前世、日本では復讐の女神と誤認されることが多かったが、実際には正当な神罰の行使者である。

 手に天秤やものさし、ムチ、剣を持つ姿で描かれることが多い。

 

「バランサー気取りか? そんな日和見な態度が今の状況を招いているのだがな」

 

 実際、ティターンズ消滅後にエゥーゴが地球連邦軍に吸収されてしまったように、どうしようもなくなれば立ち上がるが、それ以外では体制に取り込まれて何もしない。

 それが地球連邦軍穏健派の実態だ。

 本来なら、どうしようもない状態に陥る前に働くべきなのだが。

 

「それは当人たちに言っとくれ」

 

 と肩をすくめるシーマ。

 

「私らヤシマの者は裏のことは知らず、表向きは連邦から金をもらってこの艦をバックアップする、それだけの立場だからね」

 

 元々このサラミス改級宇宙巡洋艦『モック・バー(mock bar)』はヤシマが設計して建造したものであるから、ということもあるが。

 

 開戦前の宇宙世紀0078年当時、地球連邦軍はサラミス級巡洋艦のステルス化改造計画を進めていた。

 ミヤビの前世の記憶でも『機動戦士ガンダム公式設定集 アナハイム・ジャーナル U.C.0083-0099』に載っていたことで、それによるとヤシマ重工とアナハイムエレクトロニクス社の先進開発事業部、通称『クラブ・ワークス』の共同で進めたが、この後ミノフスキー粒子により従来のステルス技術が陳腐化したため大損をした、という話だった。

 

 ミヤビは父、シュウ・ヤシマにミノフスキー粒子が与える影響について、ある程度の根拠と共に予測として告げており、ヤシマ重工は当初、この事業への参加を見送ろうとしたが、地球連邦軍の偉い人のご意向で巻き込まれることに。

 仕方が無いのでヤシマ重工では有償ではあるがアナハイムへのステルスに関する技術提供を積極的に行う(ミノフスキー粒子による技術の陳腐化前の処分セールとも言う)と同時に、

 

「どうせ攻撃を始めたら居場所はばれるんだし敵より先に発見できればいいのでしょう? ステルス偵察機を飛ばして秘匿性の高いレーザー通信によるデータリンクで先制攻撃できるようにすればいいじゃん。あと索敵系も電波を使ったレーダーじゃ居場所を教えるようなもんだから光学系をメインに開発するね。艦内の通信や制御系も今まではワイヤレスが多く使われていたけれども電波は使わない方がいいんだから全部光ケーブルで引き直すね」

 

 ということで、ついでとばかりにステルス運用に必要な技術開発(ミノフスキー環境下でも有効)と共にサラミスの船体前方に艦載機格納庫とカタパルトデッキを装備した試作案を提出。

 もちろん簡単な改装でモビルスーツ搭載艦にもできるようにした……

 

「それって『機動戦士Zガンダム』で出てきたサラミス改級じゃん」

 

 というもの。

 1/1モックアップを作ってみたら「そのまま本当に動かせる実証試験艦に仕上げろ」と指示を受け、その四角い棒状に見える船体から『モック・バー(mock bar)』と名付けられた。

 そして開戦後にモビルスーツ運用艦に改装、ペガサス級強襲揚陸艦の開発に必要な諸々の試験を行い、今ここにあるという具合。

 

「なんだ、木馬の囮だから似たような名を付けたのではないのか」

「順序が逆だね、ジオンがホワイトベースに木馬という識別名を付けたせいでお偉方がこの船の存在を思い出して引っ張り出してきた。もちろん情報攪乱の意図もあるだろうけど、私らヤシマには迷惑だよ」

 

 よそでやれ、よそで!!

 という話。

 

「それはご愁傷様というところか?」

 

 なおビンソン計画、つまり地球連邦宇宙艦隊再建計画で建造される予定だったサラミス級も、この仕様に沿って作られるサラミス改級となる予定。

 まぁ、コストの問題でミノフスキー・クラフトの搭載は時期尚早と見送られたが。

 

 そしてサラミス改級は『機動戦士Vガンダム』の時代、つまり宇宙世紀0150年代になってもこの艦のようにミノフスキークラフトを載せるなど改修を受けながら使用され続ける艦種。

 ……であるからしてヤシマ重工は大損をしたアナハイムエレクトロニクス社を尻目に莫大な利益を上げる模様。

 さすが辣腕の経営者であるミヤビパパ。

 機を見るに敏というか、利益の最大化に余念がない。

 正直、アナハイムの連中に刺されるんじゃないかと心配するミヤビであるが、一方的に儲け過ぎたために、アナハイムから必要以上に敵視されないようこの計画に協力している、とも言える。

 

 そして、

 

「それでも実行部隊のあんたたちが、裏のことを知らずに動くのは大変だろうって、うちの姫様から頼まれたから分かる範囲で洗いざらいぶちまけてるのさ」

「ヤシマの姫…… ミヤビ嬢か」

 

 ラルは彼の知るヤシマの令嬢の、静謐な美貌を思い出しながらつぶやく。

 同時に彼の姫たるアルテイシア・ソム・ダイクンのことも思い浮かべる。

 ミヤビは別れ際、彼女のことも悪いようにはしないと確約してくれており、だからこそラルもこうしてある程度は安心して任務に就いているのだ。

 またアルテイシア姫を守るためにも力が必要であり、そのための行動をとっているとも言える。

 もう一人のダイクンの遺児、キャスバルのためにも……

 

 

 

 一方そのころコズンは……

 

「待ってくれぇ!」

 

 プチモビルスーツ、ツヴァークを懸命に走らせ、この地を後に飛び立とうとするモック・バーを追いかけていた。

 

 

 

「サラシックスの再セットアップ作業にミスは無かった。彼女は完全に機能を取り戻しているわ」

 

 ミヤビは端的に事実を伝える。

 

「彼女は生き返ったんですね」

 

 そう答えるリュウに目を伏せ、

 

「残念だけど…… もう記憶は戻らないわ」

 

 と告げる。

 

「会いますか? 辛いですよ」

「……ええ」

 

 コア・ファイターの予備機。

 その教育型コンピュータに再インストールされたサラシックスにリュウは向き合う。

 

『初めまして、サラシックスです』

「お前……」

 

 リュウは画面に映し出された彼女の、サラシックスのアバターに手を伸ばし、

 

「お前の…… 記憶の中には、もう俺は居ないんだな」

 

 噛み締めるように言う。

 

「お前とお前の新しい主人に、世界が優しくあることを願っているよ…… お別れだ。サラシックス」

 

 そして背を向けるリュウ。

 

「リュウ!」

 

 ミヤビは常に無い、感情にまみれた声で叫ぶ。

 

「いいの? あなたほどの人なら彼女はもう一度マスターと呼ぶわ」

 

 実際、気配りの人である彼の人柄にはミヤビも、ホワイトベースクルーも助けられていた。

 彼はそれほどの人物だとミヤビは思うのだ。

 

「やり直すんです! 最初からやり直すんです!」

「ミヤビさん…… 感謝してます。けど……」

 

 振り返らず、背中越しに答えるリュウ。

 

「パイロットは廃業ですよ」

 

 しかし、

 

『くふ…… くくく……』

 

 その場に響く、場違いな笑い声。

 その主、サラに制御されるモビルドールサラは、ばっと両手を広げてモニターに映し出されるサラシックスを示し、

 

『ばあー! 冗談ですってばリュウさん! ビックリしましたかぁ?』

『ね、姉さん。趣味悪すぎですよ。どうするんですか、この空気!』

 

 ……は?

 

 今の声。

 サラに答えた同じ声質の……

 しかしリュウには明らかにそれと聞き分けることができるこの声は!

 

「サラシックス……」

『リュウさん』

 

 モニター上に映し出されたサラシックスのアバター。

 彼女は泣き笑いの表情で言う。

 

『た、ただいま戻りました。その、ご心配をかけて済みませんでした。でも姉さんが感動の再会を演出するって言って無理やり…… 私は嫌だって言ったんです、信じて、信じてください! リュウさんに嫌われたら私っ!』

「いいんだ。いいんだサラシックス」

 

 そう答えるリュウも後は言葉にならない。

 ただ喜びの涙をとめどなく流す。

 

 リュウは大切な者のために泣くことを恥だとは思わない。

 本当に愛する者のためならば涙を流す価値があるのだと、かたくなに信じている。

 心から、信じている。

 

 

 

 ミヤビの中の感情を司る部分はこの奇跡にもちろん感動していたが、

 

「そ、そんな…… 記憶なんて跡形もなく残っていなかったはずよ」

 

 技術者としてのミヤビは信じられないとばかりに首を傾げる。

 サラ、そしてサラシリーズはミヤビの前世の記憶において、Sガンダムに搭載されることになった『ALICE』の原型であるプログラムから株分けされた存在。

 つまり、

 

「ルーツ博士の作ったAIには記憶のバックアップでもあるのかしら?」

『いえ、単なる設定ミスです』

「は?」

 

 作業を担当したサラはブラックボックスへのデータ保存プログラムの当該部分をモニターに映し出すと、

 

『ほらここ、ケアレスミスで変数がひとつずつずれてます』

「は?」

『それとここ。この二重のミスのせいで優先度が低いはずの妹たちサラシリーズの記憶データがブラックボックスに保存されることに……』

「………」

 

 設定ミス?

 

「まぁ、RXシリーズは突貫作業で作られた存在だから、こういうことも有り得るのかしら?」

 

 ミヤビはもっともらしくそうつぶやくが、しかし、

 

(実際には設定ミスを装って、サラシリーズの記憶を守ろうとした開発スタッフの仕込み、親心なんでしょうねぇ)

 

 そういうことらしかった……

 

 

 

次回予告

 ミデア輸送部隊がド・ダイに運ばれるグフに強襲される。

 応戦するガンキャノン、そしてドラケンE改もグフとド・ダイの連携攻撃の前に傷ついていった。

 輸送機から新型機を引き出してテム・レイ博士は叫ぶ。

 ミヤビ君、乗れ、と。

 次回『シーマ隊救出作戦』

 君は生き延びることができるか?




 にせガンダムの正体など、ランバ・ラル隊の任務についてのネタばらしでした。
 普通、こういうのは最初は伏せられていて物語の展開に合わせて少しずつ明かされていく情報ですが、ここでは一気にばらしてます。
 このお話はランバ・ラル隊が主役ではないのでそこまで文字数はかけられないし、何よりまどろっこしいので。

 サラシックスとリュウの物語の結末は、まぁ、こうなりますよね。

 そして次回予告…… ようやく主役機交代イベント。
 この日が来るのは長かったー。


> このネメシスという組織だが、ミヤビの前世の記憶の中でもテーブルトークRPGリプレイ小説『ガンダム・カバード ネメシスの天秤』に登場したものだ。

『RPGマガジン』に掲載していた『機動戦士ガンダムRPG』を使ったリプレイ小説でしたね。
『RPGマガジングレイト』Vol.3に総集編としてまとめられているため、今回のお話の参考にしようと探したのですが、Amazonでも扱っておらず入手には苦労しました。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第23話 シーマ隊救出作戦 Aパート

 オデッサ作戦を前にホワイトベースは善戦むなしく大破、不時着した。

 一度は引き上げたジオン軍の攻撃隊ではあったが、またいつ襲撃してくるかわからなかった。

 ホワイトベースのクルーたちは修理に勤しんではいたが、損害はあまりに大きく。

 ミヤビに艦長代理を振られたセイラが艦の周囲を見回るも、手すきの者が地べたに座り込みカード遊びに興じるなど諦め、そして弛緩した空気が漂う。

 

『あれ?』

 

 セイラの肩に乗っていた手のひらサイズの歩行型ミニドローン。

 モビルドールサラのつぶやきにセイラが顔を上げると、晴れた空に白いものが過る。

 

「鳥…… いえ、紙飛行機?」

 

 なぜ紙飛行機なんかがこんなところに、と疑問に思うセイラの耳に、サラのつぶやきが届く。

 

『カイさん……』

 

 それでセイラは理解し、サラはしまったと義体を硬直させる。

 

『あああ、あの、セイラさん? 暴力はダメですよ。カイさんも悪いけど「エイイッ、軟弱、軟弱ゥ!!」ってぶつのはさすがに……』

 

 おろおろとセイラを止めようとするサラだったが、慌てているのかセイラのイメージがおかしなことになっている。

 しかしセイラは気にした様子も無くほほ笑むとこう言った。

 

「仕方ないのよ、カイには「わからせ」が必要なんだから」

『ひぅっ!?』

 

 今度は恐怖にフリーズするサラ。

 

 

 

『その右のやつがそうのはずだけど』

「……駄目だな」

『第二エンジンのコードを使えないかな?』

「スケールが違うと思うけど」

『だよねぇ』

 

 ミヤビが持ち込んでいたスマートグラスをかけ、その片隅に映される、艦内ネットワーク越しにサポートしてくれるサラツーのフォローを受けながらホワイトベースのエンジンの損害を調べているアムロ。

 史実ではクリップボードにはさまれた紙の資料をハヤトが持ち、実際の作業はアムロが担当と分担していたが、このスマートグラスのサポートのおかげで省力化が成され一人だけで済んでいる。

 

 ミヤビの前世でも技術系企業でウェアラブルデバイスが期待されていたのはこういった使い方だった。

 タブレット等だと手が塞がるし作業で油などで汚れた手では操作できないが、スマートグラスなら両手が空くし音声入力に対応できれば作業手順書のページ送り等も可能。

 必要なら内蔵カメラの映像を見て遠隔地から指示を出す、などといった活用が考えられる。

 

 もっとも問題もあって、一般に普及している製品では防爆仕様になっていないため、可燃性のガス・蒸気・粉塵等が発生する可能性のあるエネルギープラントや工場内の危険場所では使えないこと。

 また備えているカメラのレンズが小さいため得られる画像が暗い、専門用語で言うところのF値が大きいということがあった。

 オフィスなど一般的な明るい環境とは違い、工場や工事の現場は十分な光量が無い場合が多い。

 暗い場所に暗いレンズ。

 写真ならシャッタースピードを遅くすれば撮影できるが、頭に身に着けて使うスマートグラスでは、動きを止めてじっとしていないとろくに画像が映らない、つまり使い物にならないということになる。

 そんなわけで実用に耐えるソリューションは少なく、昔ながらの紙の資料、手順書に取って代わるほどには普及していなかった。

 ミヤビが用意したのは、そういった問題点を解決したものなのでこうして使えるのだが。

 

 一方カイは、それを横目に不要になった紙の手順書で紙飛行機を折って外壁に空いた大穴、破損口から外へと飛ばす。

 

「早くしてくれよなー。もう紙がなくなっちまうぜ」

 

 などと言いつつ。

 

「カイさん、また誰かさんに軟弱者って言われますよ」

 

 こちらもスマートグラスを付けてサラナインのサポートを受けつつ作業を行っているハヤトに注意を受けるが、カイは取り合わない。

 

「ハハハハッ……」

 

 笑いながら再び紙飛行機を外に飛ばして、

 

 デンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデンドン……

 デッデデーデデデデーデデデデー デッデデーデーデーデデデデーデー

 

 腕を組んで仁王立ちしながら高所作業台のデッキに乗ってせり上がってくる……

 アニメ制作会社『ガイナックス』のお家芸『ガイナ立ち』で現れたセイラに、その表情が凍り付く。

 なお背後に流れるBGMはもちろんモビルドールサラの提供。

 彼女自身は、

 

『あー、あー、私は何も見てません。私は何も聞いてません……』

 

 などと言って背を向け耳を塞ぎ、しゃがみ込んでいたが。

 見かねたアムロに、

 

「だ、大丈夫だよサラ。セイラさんだってそんなすぐに暴力に訴えたりしないって」

 

 と言われ、

 

『ほ、本当に?』

 

 と恐る恐る振り向くと、

 

「この、軟弱者っ!」

「ぶべら!!!」

 

 セイラからフルスイングのビンタを受け吹っ飛ぶカイ!

 

「すぐに暴力に訴えた!」

「色々と台無しだ!」

 

 呆れるアムロとハヤト。

 そして、

 

『ひぅっ……』

 

 びくんと身体をすくめたサラの瞳にみるみる涙が盛り上がり……

 

『あ、アムロさんの嘘つきーっ!』

「ええっ、今のって僕が悪いのか?」

 

 とんだとばっちりである。

 

 そんなコントじみたドタバタもあったが、床に沈むカイを養豚場のブタでもみるかのように冷たい目で、

 

「かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね」

 

 ってかんじの残酷な目で見下ろしながら、セイラはアムロたちに聞く。

 

「どう? ほかの部品で間に合いそう?」

「……駄目ですね。いろいろやってみましたが無理です」

「そう。こんな時、敵に襲われたら」

 

 考え込むセイラ。

 

「補給は来てくれるんでしょ?」

 

 ハヤトの問いには、

 

「……ええ、レビル将軍に頼んではあります」

 

 そう答えるが。

 

 

 

「ブライト、何か?」

 

 ブライトに呼ばれ、病室に顔を出したミライは、

 

「み、ミヤビさんっ! だめですそんなっ。うあああぁっ」

「そんなこと言って、身体は正直よ」

 

 ベッドの上でくんずほぐれつするブライトとミヤビ。

 

「何やってるの姉さんっ!!」

 

 叫ぶミライだったが、ミヤビは真顔でこう答える。

 

「何ってマッサージ」

 

 要するに疲労がたまって倒れたのだから、リラックスできるよう身体を揉み解しているのだ。

 以前にもアムロにもやっていたもの。

 

 だがベッドに押し倒され、馬乗りになったミヤビの小さな、しかし信じられないように滑らかな指先で身体をまさぐられるブライトは、下半身を反応させないようにすることでいっぱいいっぱい。

 ストレスが溜まっている、もちろん欲求不満も溜まっている男性に、これは拷問である。

 まぁ、仮にブライトの身体の一部がミヤビの女性に反応したとしても、この自分の性的魅力に無自覚なヤシマの人形姫は単なる生理現象、

 

(うーん。たまってる、ってやつなのかな? 疲れ○○ってやつ? まぁ、こんな生活だとそりゃあ欲求不満にもなるわよねぇ)

 

「しょうがないにゃあ…… いいよ」とばかりに元男性ならではの理解を示すだけで、自分が原因だとはつゆほども思わないだろうが。

 

「姉さん……」

 

 いつもどおり、安定のミヤビクオリティに脱力してしまうミライだった。

 

 

 

 同じ頃、ホワイトベースから補給の要請を受けていた地球連邦軍のレビル将軍はヨーロッパ前線基地に到着していた。

 キシリア将軍が本格的に援軍をマ・クベの基地に送る前にオデッサ作戦を行うためであった。

 そして、その作戦を前に、

 

「たとえ戦艦一隻の攻撃といえども、後ろから掛かられればマ・クベとて慌てはしよう」

 

 ホワイトベースを後方攪乱に使う、レビル将軍はそう考えていた。

 移動司令基地として運用される巨大陸戦艇ビッグ・トレーの戦闘指揮所で、ディスプレイに映し出された戦略図を前に自分の構想を示す。

 

「しかし既にマ・クベ隊の攻撃を受けて大破していると」

 

 異を唱えるのはエルラン中将。

 だがレビル将軍は考えを変えない。

 咥えた葉巻から紫煙をくゆらせながらこう答える。

 

「いや、そう思われていてこの作戦もうまく行くのではないのかな? エルラン中将」

 

 宇宙世紀でも嗜好品たるタバコは死滅していないのだ。

 別にレビル将軍が特権階級のアースノイドだからというわけでもなく『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』でもテリー・サンダースJr.軍曹がタバコを持っていたり、『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』ではハーディ・シュタイナー大尉が吸っていた。

 

 そしてレビル将軍はその場に同席しているヤシマグループの民間軍事会社『ヤシマ・ファイアアンドセキュリティ』の部隊長、

 

「シーマ君、あとは君の隊がホワイトベースのエンジンを直せるかどうかにかかっている訳だ」

 

 シーマに語りかける。

 

「はい、レビル将軍。たとえどれほどの傷であろうと」

 

 表面上はそう答えつつも、シーマは内心では、

 

(この白髪頭の似非サンタクロースが。私らが姫さんたちを見捨てられないって分かっていて言うんだからねぇ。とんだタヌキじじぃだよ)

 

 と、毒づいている。

 もちろん、顔にはまったく出さないが。

 

「うむ。それともうひとつホワイトベースに届けて欲しいものがある。連中はまたモルモットにされるのかと怒るだろうがな」

 

 レビル将軍は好々爺じみた風体で柔らかく言うから騙されそうになるが、口にした内容は結構酷い。

 

「テム・レイ大尉の開発した新型モビルスーツのテストを連中にやらせる」

「テム・レイ博士の?」

「これがその目録だ」

 

 ファイリングされた資料がシーマに手渡される。

 

「レビル大将、部隊編成の決まっていない部隊になぜそんなにまで肩入れをなさるんです?」

 

 我慢しきれない様子でエルラン中将が口をはさむが、レビル将軍は動じない。

 

「正規軍をテスト台に使えるかね? それにこれは参謀本部の決定でもある」

 

 その言葉が決め手となり、エルラン中将は口をつぐんだ。

 

 

 

「これがテム・レイ大尉の開発したモビルスーツ、つまりはRXシリーズの新型か」

 

 エルラン中将の部下であり情報部員のジュダックは、取り急ぎ現場に急行しシーマ隊のミデア輸送機に搬入されるコンテナを確認するが、

 

「ま…… まて! まてよ、まてまて! こいつはモビルスーツトレーラーじゃない。ただのコンテナ車なんだぞ!」

 

 そう戸惑う。

 

「中身はモビルスーツってことは無いだろう。し…… しかしテム・レイ大尉は居たぞ? ……」

 

 テム・レイ博士の指示でこのコンテナ車が運び込まれたのは彼も自分の目で見ている。

 

「う…… うう…… だ、だが仮に入っているとしてだ、どうやって収納してるんだ。このサイズじゃどんなモビルスーツとて入らないぞ!」

 

 だから結局……

 

 

 

「よく知らせてくれた。で、その新型モビルスーツの性能は具体的にはわからんのか?」

 

 エルラン中将の部下にして、彼が内通しているジオン軍マ・クベ大佐への連絡員……

 実体はダブルスパイであるジュダックは、本当の飼い主であるマ・クベに分かる範囲で知らせることしかできない。

 

『残念ながら、エルラン中将もチェックする間もなくホワイトベースに』

 

 暗号通信での知らせに満足したマ・クベは、

 

「わかった。エルランに言っておけ、オデッサ作戦の攻撃は程々にな、と」

 

 と命じて通信を切る。

 

「フフ、連邦軍め、しびれを切らしたな。この戦い、先に動いた方が負ける」

 

 そして控えていた部下に指示。

 

「クリンク、グフ三機、ド・ダイYS三機でミデア輸送隊を叩け」

「はっ」

「護衛戦闘機もつけてな」

 

 そうしてド・ダイYSの機上に搭載されたグフが、護衛のドップ戦闘機と共に出撃する。




 ホワイトベースで繰り広げられるコントをよそに動き出す両軍。
 そしてテム・レイ博士の開発した新型とは……
 なお次回はサブフライトシステムの走り、ド・ダイYSとグフが登場したので、ガルマとシャアのモビルスーツ談義、

「シャア、グフカスタムのフィンガー・マシンガンを排して代わりに用意された3連装35mmガトリング砲って要らないんじゃないのか?」
「何を言うんだガルマ!」

 をお届けする予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第23話 シーマ隊救出作戦 Bパート

「シャア、グフカスタムのフィンガー・マシンガンを排して代わりに用意された3連装35mmガトリング砲って要らないんじゃないのか?」

「何を言うんだガルマ!」

 

 ガルマとシャアのモビルスーツ談義は今日も絶好調。

 モニターに映し出される開発されたばかりのグフカスタムの仕様。

 ミヤビの前世の記憶にある『機動戦士ガンダム MS IGLOO2 重力戦線』にてオデッサの戦いに参加していたように、すでにこの機体、グフカスタムは完成しているのだ。

 その従来のグフに装備されていた5連装75mmフィンガー・マシンガンを通常のマニピュレータに戻し、その代わりに左前腕部甲へ取り付けるという3連装35mmガトリング砲の資料を前にシャアはガルマに持論を語ろうとするが、

 

「――ガルマさま(旦那様)が嘘を仰っているとでも?」

「っ!?」

 

 ついでにイセリナのヤンデレぶりも絶好調。

 

(嘘とは言わんが、間違うことだってあるだろう!?)

ガルマさま(旦那様)の仰る事なら…… 嘘以外は、すべて信じておりますわ!)

(ええい、このガルマ至上主義のストーカー女め!)

(ストーカーではありません。「隠密的にすら見える献身的な後方警備」です。このわたくし、愛に生きる女です故)

 

 金縛りにあったかのように動けないため、ニュータイプ特有の電波通信で反論するシャア。

 悲鳴交じりだが……

 

 シャアのニュータイプ能力は地味に上がっている。

 研究ではニュータイプ能力発現には心身に強いストレスを受けることが必要とされているが、こうやって毎日イセリナの脅威にさらされていたら、それは覚醒もするだろう。

 シャアにとっては、

 

(冗談ではない!)

 

 という話だが。

 ともあれ、

 

「ガルマ、確かに以前の検討で5連装75mmフィンガー・マシンガンにも一定の利があるということは私も理解している」

 

 何とか仕切り直し、そう語るシャア。

 背中にはびっしょりと冷や汗をかいてはいたが。

 

「そして欠点とされる、左手マニピュレータの機能低下による手持ち武器の制限、汎用性の低下も実は無かった、というのも分かっている」

 

 ザクの使える武器は大抵グフでも使える。

 実際、ミヤビの前世の記憶の中でも第22話ではグフがザクマシンガンを持って登場し、劇場版ではジャイアント・バズを携行したグフがジャブローに降り立っている。

 これらの機体を通常のマニピュレーターに換装したもの、とする意見もあるが定説となるまでには至っていない。

 そもそもランバ・ラルのグフも、登場した第12話では左手でシールドのグリップを、そしてザンジバルへの引き上げワイヤーを握っているし、第19話ではヒートサーベルを握っているのだから。

 マシンガン、バズーカなど右手で構えるようにできているザク等、ジオンのモビルスーツ用火器のフォアグリップ程度、掴むことができないはずもない。

 

「だが、依然として弾倉が内蔵式で装弾数が少なく、戦闘中の給弾も不可能であるという問題がある。また、指に砲身を内蔵したことによる強度や整備性の問題はあるだろう?」

 

 そう語るシャア。

 

「このグフカスタムの3連装35mmガトリング砲はそれらを解決する優れた方法だと思うが」

「本気で言っているのかシャア……」

 

 呆れたように言うガルマに、シャアは仮面の下、眉をひそめると話し出す。

 

「人型兵器の真の利点は歩兵の"拡張"という点だ。例えば森や山を踏破する、現地に合わせて擬装する、罠や陣地を構築する、ミサイルや機関銃を撃つ。このユニットが、戦闘車両並みの火力、装甲、速度、積載量を持ったら? そういうことだ」

 

 そういった見方からすると、

 

「人間と同様にマニピュレータに武器を装備し、扱うことができる。それは利点だろう?」

 

 ということ。

 しかし、

 

「そうだな、君の言うことは一つの解だとは思う」

 

 うなずくガルマだったが、彼はこう語り始める。

 

「シャア、航空機やヘリ向けの武装として外付け機銃、ガンポッドがあるのは知っているだろう?」

 

 ミヤビの前世、旧21世紀のロボットアニメオタクなら『超時空要塞マクロス』シリーズの主役メカ、バルキリーが使う銃器が思い浮かぶだろうが、その元ネタは現実の航空機やヘリに外付けで機銃を搭載できるようにする同名の武装、ガンポッドである。

 

「うむ」

「ガンポッドを装備することで機体の内部容量を圧迫することなく火力の増強が容易に可能であり、さらに作戦に必要がなければ飛行前に取り外すことで機体重量を軽くすることができる」

 

 この辺はモビルスーツの手持ち武器と同じだ。

 

「また、搭載しているレーダーのような精密な機器類が、発射時のガスや反動の影響を受けずに済む離れた位置に固定できる」

 

 これはシャアが懸念する、指に砲身を内蔵したことによる強度や整備性の問題に対する外付けの3連装35mmガトリング砲の優位性に類似の効果だ。

 それらを総括しガルマは、

 

「君の主張するモビルスーツにおける手持ち武装と同様の利点がある」

 

 とうなずく。

 だが、

 

「しかし現実にはガンポッドは内蔵機銃に劣るとされている。それには主に三つの欠点があるからだ」

 

 つまりシャアが言う内蔵武器より手持ち武器、という主張に対し、ミヤビの前世、西暦の時代でも現実に運用されていた兵器では逆だという現実があるということだった。

 

「まず第一に、ガンポッドはその外付けという構造の性質上、反動による振動が大きくなるため内蔵機銃に比べ命中精度に劣る」

「それは……」

 

 グフカスタムの外付け3連装35mmガトリング砲は小口径化されているとはいえ、その反動は馬鹿にならない。

 西暦の時代、アメリカ空軍が使っていたA-10 サンダーボルトII攻撃機はGAU-8 アヴェンジャー30ミリガトリング砲を搭載していた。

 そのGAU-8に関する都市伝説には、撃つと反動で飛行速度が低下する、終いには機体が後ろに進みだすというものがあり、その反動の強さを物語っている。

 そして今回の話はそれより大口径の35ミリガトリング砲三門であり、反動は強力。

 

「シャア、君は拳銃射撃におけるハイグリップという手法を知っているだろう?」

「ああ、銃のリコイル(反動)はバレル(銃身)の位置で発生し、発射時に手首を支点にして銃が跳ね上がるマズルジャンプが起こる。マズルジャンプを最小限に抑えるには、バレルから支点までの距離が短くなければならない」

 

 ミヤビの前世、グロックなどは軽量な樹脂フレームを持つ故に跳ね上がりが大きくなることを考え、対策として極限まで低い位置にバレルをセットしていたものだ。

 そして、

 

「ゆえに拳銃を構える場合はグリップを可能な限り高い位置で握る必要がある」

 

 これがハイグリップと呼ばれる手法。

 逆に言えば、低い位置で握るとバレルまでの距離が大きくなり、てこの原理で反動による銃身の跳ね上がりが大きくなってしまうわけだ。

 それと同様に、

 

「通常のグフのフィンガー・マシンガンはこのバレル位置が腕と一直線となるから、反動を抑え込むことが容易になり75ミリ弾5門の連射が可能なのだ。逆に左前腕部甲へ取り付けるという3連装35mmガトリング砲は射撃軸が腕からかなり離れるためテコの原理で跳ね上がりが激しくなる」

「それゆえに75ミリから35ミリへ大幅な小口径化、5連装から3連装へ、砲門数の削減を行ったというのか」

「それとフレームのアームレスト化だな」

 

 強力なパチンコ、スリングショットにはアームレスト、前腕部に沿う支えが付いているが、3連装35mmガトリング砲では手首で固定するだけでは射撃が安定しないため、弾倉を支えるパイプフレームに同様のデザインをし、反動を支えるようにしているわけだ。

 まぁ、それでも命中精度では内蔵式に負けるわけだが。

 

「第二の問題が空気抵抗だ」

「ふむ?」

「宇宙空間での運用では関係ないし、地上でも二足で走行する分にはそれほど問題とはならなかったが、ド・ダイYSで空中戦を行う、それほどのスピードとなると馬鹿にならない問題が生じる」

 

 ということ。

 

「グフの内装武器は、その辺でも有利と言うことだ。ザクでも空輸して地上に投入、ということはできるが、高速の空中戦には対応できまい」

 

 実際、今まさにマ・クベの元からド・ダイYSに乗って出撃したグフはミヤビの知る史実どおりシールドも手持ち武器も持たなかった。

 これがザクの場合、マシンガンのような長物は空気抵抗が大きく姿勢制御に影響が出るうえ、空中での射撃にもブレが生じる。

 グフと違いシールドも固定だし、まっ平らな胸、本体から離れて張り出す足の動力パイプなど空気抵抗という点では大変に不利なのだ。

 逆にグフの張り出した胸や細身の足は空気抵抗を十分に考えたデザインであるとも言える。

 

「君が姉上から指示を受け運用を開始したマッドアングラー隊に配備される水陸両用モビルスーツだが」

 

 シャアはキシリアからの命令で中佐に昇進の上、マッドアングラー隊を運用するよう指示されている。

 現地へは近日中に宇宙に上がりララァをフラナガン機関へ預けてから向かうことになるが、既に遠隔で出した指示によりオデッサ作戦に従事するために回された連邦艦を沈めるなど戦果を上げていた。

 

「どの機体も武器がすべて内蔵式だろう? これは水の抵抗が問題となったからでもある。それと同様というわけだ」

 

 そういう意味ではグフ飛行試験型が両腕ともフィンガー・マシンガンとなっていたこと。

 時代は進み『機動戦士Zガンダム』にて非変形でモビルスーツの単独飛行を成立させたバイアランが手持ち火器を持たずメガ粒子砲を両手の手のひらに内蔵したのもこの空気抵抗を嫌ってのことかもしれない。

 

「それに、そもそも戦闘機の旋回銃座は第二次世界大戦時点で進行方向に敵機を置けば撃墜できる固定銃にまったくかなわないとされていた。ド・ダイに乗ったモビルスーツの射撃は旋回銃座に相当し、以前、君とも話した射撃訓練を受けていない者でも普段当たり前に行う動作、手で、そして指で物を指し示す行為、それをするだけで照準が付けられ撃てる……」

「『グフが指さすだけで相手は死ぬ』か」

「そう、それぐらいでないとドッグファイト、空中格闘戦では当たらないだろう」

 

 ということだった。

 

「第三の問題はステルス性だ」

 

 ミヤビの前世、旧21世紀のステルス機でも機銃やミサイルはすべて内蔵式、ウェポンベイに納められていた。

 例外的にF-35のB型とC型では機外搭載オプションの1つとしてステルス性を備えた25mm機関砲ポッドが用意されていたが、しかしこれを使うとステルス性は低下するという。

 

「まぁ、ミノフスキー環境下のモビルスーツの運用では当たらないと思うが……」

「そうでもないぞ、ガルマ。マッド・アングラー隊にはアッガイというステルス機が配備されている」

 

 そうシャアは語る。

 

「これはアイアンネイルを収納式としてまでステルス性能を追求しているからな」

 

 残りの問題についてだが、

 

「あとは君が言う、指に砲身を内蔵したことによる強度や整備性の問題への危惧も理解できるが、あまりに過大に見積もりすぎてはいないか?」

 

 ガルマはモニターにフィンガー・マシンガンの構造図を表示して説明する。

 

「まず第一に、グフの左手マニピュレーターは大型化と大幅な簡素化が行われている。指関節の数を一つ減らして簡略化した上、指自体もシンプルで応力が分散し強度の高い単純な円筒状の外装だ」

 

 砲口という開口部がある分、強度が落ちる、という主張もあるが、パイプ状の構造物は西暦の時代からあらゆるマシンに使われており、その端が塞がれているか否かなど、単に人が触れてケガをしないためや、汚泥や水が入って支障が出るようなことが無いための末端処理。

 塞いだからと言って強度が劇的に上がるということでもない。

 そもそも人間が扱うライフルだって銃口は開口部であり、銃剣を着剣しての格闘で銃口の損傷を気にする者など居ないということを考えれば分かるだろう。

 例えはアレだが、史実でのシーマはメガビーム砲の砲身に乗機を串刺しにされ、そのまま射撃を浴びて機体ごと爆発四散していたのだし。

 

 また大型化により指が太くされたことは強度に直結する。

 アルミフレームの自転車ではパイプ径を大きくすることで、肉厚を薄くし軽量化を図ったとしても剛性が向上するメガチュービングという手法が取られていたが、それと同様。

 いや、グフの指は軽量化など図られていないのだから装甲厚も十分であり、強度はますます上がるという話だ。

 

「技術の進歩によるアクチュエーターの小型化で空いた下腕部内スペースに弾倉を設け、ベルト給弾で手のひらの機関砲へ砲弾を送る。時々指が砲身そのものだと勘違いしている者も居るが……」

「居るのか? 75ミリの砲口径に対して指先の開口部は比べ物にならないくらい大きいだろう」

「いや、居るぞ。軍の高官でも、通常のマニピュレーターと比較しても強度は落ちないという説明に「中空の指とアクチュエーターだらけでも中身が詰まった指を同一視は出来ない」と強く疑問を呈した者が居たし」

「んんっ? ああ、指先開口部がそのまま砲身と考えてしまえば指が中空と思えてしまうのか」

 

 実際、分かりやすい例で言えば1/100のプラモデルなら75ミリの砲口は0.75ミリに相当する。

 マスターグレードのプラモデルを見ると指先の開口部奥にとても小さな砲口が別にあるのが見て取れるだろう。

 この小さなものが砲身であり、大型化された左マニピュレーターの指内部に占める割合はとても小さい。

 つまり左マニピュレーターの指の太さ、装甲厚、内部の駆動機構の占める容量、どれを取っても通常サイズの右手指や、ザクの指を上回るということが分かるはずだ。

 そしてシャアはミヤビの知る史実でもザクの拳でルナ・チタニウム製のガンダムの腹を殴っているが、特に故障など起こしていない。

 それ以上の強度を持つグフの左指に不安など無いはずなのだが。

 

「だったらこの指先の開口部は何か、という話だったが」

「フラッシュハイダー、消炎器だろう」

 

 シャアが答える。

 ミヤビの前世で言うなら富士総合火力演習等の動画を見れば分かるが、

 

「戦車砲レベルの火器となると発砲時に砲口に巨大な発砲炎、ファイヤーボールが発生する。これがグフのフィンガーマシンガンのように連続発射する場合にはセンサーの目つぶしとなってしまうため、フラッシュハイダーにより抑制する必要があるのだ」

 

 ミヤビの前世の記憶でも、グフの左マニピュレーター、指の先端第一節を丸々フラッシュハイダーとし、砲身は根元の一節にのみ内蔵とした資料があった。

 つまり手のひらに内蔵された機関部と可動する指内部に設置された砲身との接続部は1か所のみ。

 

「指は言わば軍用ライフルの銃身を保護しているハンドガードみたいなもので、その中に本当の砲身、細いバレルがあり、指を伸ばすとそのバレルが内部で接続し発射が可能になる」

「なるほどな。まぁ、リボルバーカノンという機関砲があるように、薬室とバレルが一体になっていない火器など珍しいものでもないからな」

 

 それに『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』登場の長距離支援用重モビルスーツ、ザメルのあの巨大で長砲身な680mmカノン砲が折り畳み式の砲身を持っていた。

 あれだけの大型砲でも砲身を途中で接続しての使用が可能なのだ。

 75ミリ程度の砲身なら問題にもならないのだろう。

 

「そして指を曲げる場合にはバレルのロックが解除される。そう複雑でもないだろう?」

「うむ」

「あとは「あんな指先に砲なんて仕込んだら1発撃つ度に指関節、手首、肘に衝撃が伝わるわけで、それが5本分とか1回出撃する度に左腕オーバーホールなんてことにもなりかねない」という話もあったが……」

「先ほどの説明どおりなら構造的に指関節には衝撃は伝わらないだろう?」

「そのとおりだ。指内部に装備された砲身はロックされるし、反動は垂直に手のひら内の機関部に伝わるだけだ」

 

 ということ。

 

「手首、肘には伝わるが、しかし75ミリ砲5発分の反動は弾頭質量から単純計算するだけでも175ミリマゼラトップ砲の半分以下、4割にも届かずだからマゼラトップ砲を両手で構えることを考えても十分許容範囲内と分かるだろう?」

「そうだな」

「マシンガンとして連射する、その総計としては激しい振動が起こりはするが、別にそれは外装式にしたところで一緒だ。むしろ先ほどの話であったとおり、外付けにした方が振動が激しくなる」

「なるほど」

「そして精密機械たる五指を備えたマニピュレータに砲撃の振動が伝わる、という話だが……」

「モビルスーツの格闘では普通にマニピュレータで殴ることも有り、それ以上のショックが生じるわけも無いか」

 

 繰り返しになるが史実でもシャア自身、ザクの拳でルナ・チタニウム製のガンダムを腹パンしているが、特に故障など起こしていない。

 それ以上の強度を持つグフの左指に不安など無いはずなのだが。

 

「殴ったショックで弾薬の暴発というのは?」

「歩兵だってザクだって、銃床(ストック)で敵を殴るだろう? それとどう違いがある?」

「それもそうか」

「そもそも殴らなければ良いのだ。人間だって実戦では繊細で壊れやすい指を備えた拳で殴ることは推奨されないのだし」

 

 軍隊における格闘術では掌底やヒジなど、自分の指や拳を痛めない打撃が有効とされる。

 

「狭い手のひら内部に機関部を押し込めたことによる整備性の問題だが、マニピュレーターを大型にしたことや各機器のユニット化などである程度緩和できるものだ」

「つまり『グフが指さすだけで相手は死ぬ』という利点と十分にトレードオフできる程度の問題だと?」

「そのとおりだ」

 

 シャアは今一度頭の中を整理し、

 

「ああ、だが装弾数と弾倉交換ができない問題が残っているぞ。内蔵式火器は継戦能力に疑問がある」

「それなんだが…… 必要か?」

「何だと?」

 

 ガルマは語る。

 

「モビルスーツは服、スーツと名前が付いているように歩兵が服を着たかのように身にまとい操ることができるもの。だから人体と同じように人間が直感的に動きを把握し、操ることができるわけだ。それゆえに射撃武器もまた人間工学的に優れたものがもっとも適していることになる」

「うむ。以前にも話してくれたことだな。それは理解できる」

「そして人間は複数の火器を同時に操ることはできない。創作物では二丁拳銃使いが登場するが、両手の拳銃を使って別々の標的に当てることなど実際にはできないし、そもそも同じ標的に向けたところでその命中率はあからさまに低下する」

「そうだな。だから二丁拳銃などといった非現実手段より、一丁の拳銃でマガジンチェンジして使った方が良い」

 

 そしてガルマは問う。

 

「ならば、モビルスーツとて一緒だとは思わないか?」

「うむ?」

「つまりだ、モビルスーツとてパイロットが精度を落とさず一度に使える武器は一つ。なら普通にマシンガンと交換用の弾倉を使えば良いだろう? 複数の火器を持つ意味が無い」

 

 そもそもだ、

 

「その昔、多砲塔戦車というものがあったが、砲塔を増やせばその分重くなり、必然的に装甲へ割り当てられる重量が少なくなり軽装甲にせざるを得ない。しかも砲塔にしても複数載せるために一つ一つは低火力、という当たり前の話から廃れた」

 

 その他にも複数砲塔があってそれぞれに射手を配したとしても、車長が把握し、攻撃を指示できるのは単一目標のみ。

 複数の目標に対するマルチアタックは難しいのだ。

 基本、一人で操作するモビルスーツなら、もっと大変なことになるだろう。

 

「逆に弩級戦艦、超弩級戦艦という言葉を産み出したイギリス海軍の戦艦ドレッドノートは中間砲・副砲を省き、その代わりに単一口径の連装主砲塔5基を搭載して当時の戦艦の概念を一変させた」

 

 これは「本艦1隻で従来艦2隻分」の戦力に相当したという。

 要するにフルアーマー・オペレーションのように多種多様な増加武装を施した機体はロマンではあるが、現実的には積載量が制限される以上、武装を絞った方が強くなるということだった。

 

「うん? しかしそれは元の内装式のフィンガー・マシンガンでも同じことではないか?」

「前提が違う。グフの内蔵武器は技術の発達によってアクチュエーター等の小型化、高出力化ができた結果、空いたスペースに入れられたものだ」

 

 そして、

 

「手持ちの武器を失っても戦える継戦能力の拡大。また格闘戦に移行する刹那、武器を抜くという動作を無くすことで機先を制する、としたものであって、それをメインの武器として固定運用することは想定していない」

 

 これは以前にも話し合ったこと。

 それでシャアも納得する。

 

「ああ、つまり内装式のフィンガー・マシンガンの使用される状況は限定的。要するに歩兵で言うメインアームのバックアップに持たれる拳銃みたいなものと考えれば良いのか」

「そうだな、バックアップの拳銃にスネイルマガジンのような大容量弾倉や予備弾倉を多数用意するよりは、メインアームであるライフル等の予備弾倉を多く持った方が戦闘能力は高くなるだろう?」

 

 そういうことだった。

 

「その意味では従来のグフに装備されていた5連装75mmフィンガー・マシンガンを通常のマニピュレータに戻し、その代わりに左前腕部甲へ取り付けるという3連装35mmガトリング砲は不要なのか。白兵戦時には便利そうなのだが」

「それだ!」

 

 シャアのつぶやきにガルマは思いつく。

 

「CQB(Close Quarters Battle、近接戦闘)を行う歩兵の特殊部隊では、取り回し等を優先して拳銃をメインアームとして扱う場合もある」

「なるほど、メインアームとしての位置づけでは内装式のフィンガー・マシンガンは継戦能力に不安が出る」

「だからグフ・カスタム向けに考案された3連装35mmガトリング砲も、その目的では役立つということだな」

 

 実際にミヤビの知る史実でも『機動戦士ガンダム第08MS小隊』における市街地戦、つまりCQBに近い近距離戦でノリス・パッカード大佐のグフ・カスタムが単騎で護衛を抜いて量産型ガンタンク3機を撃破している。

 

「まぁ、使い方としては片手でも使えるサブマシンガンかPDW(Personal Defense Weapon、個人防衛火器)とでも言うべきか?」

 

 特殊部隊ではどんな武器も片手でも扱えるように訓練する。

 これは片手で負傷した同僚や人質等を庇いながら射撃する状況に備えるものだ。

 火力や取り回しから言って、片手を空けて使える3連装35mmガトリング砲の扱いはそちらに近いかもしれない。

 

 そして逆に『機動戦士ガンダム MS IGLOO2 重力戦線』にてオデッサの戦いに参加していたグフ・カスタムは、メインアームとして3連装35mmガトリング砲を使用していたが、いいところも無く陸戦強襲型ガンタンク小隊と陸戦型ジム小隊の挟撃を受け撃破されている。

 こちらはやはり開けた場所での戦い、取り回しより純粋な火力が要求される状況には向いていないということなのだろう。

 アサルトライフルの交戦距離でサブマシンガンを持ち出してもどうにもならない。

 それと同様の話である。




 毎度おなじみガルマとシャアのモビルスーツ談義でした。
 イセリナも相変わらずですが……

 普通に考えればデメリットばかりが思い浮かぶフィンガーマシンガンですが。
 じゃあメリットは何だろう?
 少なくとも開発者はあると思ったから実装したんですよね?
 という話は以前させていただきました。

 今回は、ならグフカスタムのフィンガー・マシンガンを排して代わりに用意された3連装35mmガトリング砲と比べたらどうかというお話でした。
 ガンダムには長い歴史があり、様々な考察が積み上げられていますが、こんな考え方もありますよ、というものですね。

 もちろん逆の意見だってあるし、それを否定するものでもありません。
 考察は作品をより楽しむためにするものですから、ファンの方々がブレインストーミングのように「こんな考え方もできるよね」と意見を出し合ってより面白い議論が交わせることが大事ですし。
 そうすることで今ある様々な考察が成り立ち、そしてそれを汲んだクリエイターの方々が公式の映像作品やマンガ、小説に取り込んでさらに発展させてきているのがガンダムですから。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。

 なお、次回は戦闘です。

『ミヤビさんのドラケンの反応が…… 消えた……?』


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第23話 シーマ隊救出作戦 Cパート

「セイラさん」

「なに?」

「レビル将軍から今、暗号通信が入りました。コンピュータで解析したので映します」

 

 キャプテンシートに就くセイラに、フラウが慣れない手つきで通信機材を操作しながら報告。

 

「どうぞ」

 

 居住まいを正し、通信モニターに正対するセイラ。

 

『レビルだ。連絡が遅くなってすまなかった。補給物資はシーマ隊に送らせた。修理がすみ次第オデッサ作戦に参加しなければならん』

「はい」

 

 暗号通信ゆえ、情報量に制限があるのかモノクロで映し出されたレビル将軍から直接の指示を受ける。

 

『なお、新型のモビルスーツも届ける。新戦力として十分使えると思う。パイロットの諸君にも健闘を望む次第だ』

 

 そして通信が切れ、慌てるフラウ。

 

「これだけ? オデッサ作戦がいつ始まるのかわかんないし」

 

 そう言いつつ、トラブルで通信が途切れたのかとコンソールを操作するが、セイラは特に気にせず言う。

 

「具体的な事はシーマさんが知らせてくれるでしょう」

 

 そして視線を前方、艦橋の外の空へと据えてつぶやく。

 

「新型モビルスーツってどんな機体かしら? 少しでも私たちが楽になるものならいいんだけれど」

 

 

 

「十一時の方向に編隊キャッチしました」

「あと一息というところで。ジオンの部隊かい?」

「はっ」

 

 五機のミデア輸送機に、護衛のミデア改造ガンシップで編隊を組むシーマ隊だったが、途中でジオンの部隊に捕捉されてしまう。

 

「しかし妙ですぜ、シーマ様。我々の行動を知る者がそんなに居るとも思えんのですが」

 

 副長を務める海賊男、デトローフ・コッセルが顔をしかめる。

 

「フン、連邦軍の中にネズミでも居るんだろうさ」

 

 シーマはそう言い捨てると矢継ぎ早に指示を出す。

 

「各機、対空戦闘用意。このままの戦闘隊形を崩すな! 一応、レビル将軍にはSOS信号を」

「はっ」

 

 

 

「よーし、捕まえたぞ。荷物で足の遅くなった輸送機なぞいちころだぜ」

 

 ド・ダイYSのコクピット。

 マ・クベの指示を受けてシーマ隊を追うクリンク中尉の方でも、ミデアの編隊をキャッチ。

 攻撃態勢に入る。

 

 

 

「ミデア輸送隊からのSOSをキャッチしました」

 

 ホワイトベースブリッジ、オペレーター席のオスカがセイラに報告する。

 

「ミデアから? 距離は?」

「北西180キロ」

 

(どうするべき? 補給が受けられないとホワイトベースは動けない。ミデアが来てくれなければ)

 

『セイラさん、補給部隊を助けましょう!』

 

 モビルスーツデッキから、アムロが通信を繋げてくる。

 

『新しい戦い方を試してみます。カイさんはガンペリーでガンキャノンとドラケンを運んでくだい。リュウさんとハヤトはコア・ファイターで先行して時間稼ぎを』

「分かったわ、頼みます」

 

 そして、キャプテンシートに身を沈めるセイラ。

 

「確かにミヤビさんに艦長代理をお願いされた時に言われたとおり。アムロもみんなも助けてくれる。そしてこれが最善手でもある。でも……」

 

 目をつぶりながら呟く。

 

「すべての戦力を投入したら動けないホワイトベースは裸同然。その隙に敵に襲われたらひとたまりもない」

 

 いずれにせよ自分のところに貧乏くじが来るのでは、と溜息をつく。

 

「アムロ、カイ、ハヤト、リュウ、そしてミヤビさん、発進してください。他の人は全員、対空警戒を」

 

 

 

『リュウさん、各計器正常。コンディション、オールグリーン。発進準備OKです』

「分かった。コア・ファイター緊急発進するぞ!」

 

 予備機だった機体を割り当てられたリュウが、サポートAI、サラシックスのフォローを受けながら発進する。

 

 

 

『ハヤトさん、こちらの機体も問題なしです』

「ハヤト機、出ます!」

 

 続いてサラナインとハヤトのコア・ファイターが発進。

 先行するリュウの機体と二機編隊、ロッテを組み加速する。

 

 

 

「ガンペリー、出るぜぇ」

『頑張ってね、カイ。シーマ輸送隊は救援物資を持ってきてくれるんだから』

「へいへい、では、おだてのセイラさん、行きますよ」

 

 セイラから直接の声援を受けつつも、カイはジョブ・ジョンをコ・パイロットに、ガンキャノンとドラケンE改を載せたガンペリーを発進させる。

 

 

 

「シーマ様、低すぎでは」

「いいんだよ」

 

 グフからの攻撃を避けるため、超低空で飛ぶシーマ隊のミデア。

 思わずといった様子でパイロットから声がかかるが、シーマは気にも留めない。

 

 

 

「ふん、ただの輸送機が、無駄な抵抗を」

 

 鼻で笑うクリンクだったが、しかしミデアが取ったのは実際有用な戦術だった。

 クリンクも、僚機であるド・ダイYSの各パイロットもモビルスーツを乗せたまま、あそこまで低空で飛ぶ自信はない。

 接近できなければグフのヒートロッドは振るえないし、ド・ダイYSは本来、要撃爆撃機であり8連装ミサイルランチャーは主に対地攻撃用で空対空戦闘能力はほとんど持たない。

 つまり現状で使えるのはグフのフィンガー・マシンガンだが、これもド・ダイYSの上に乗っている以上、下に向けての射界は完全にではないが制限される。

 そして、

 

「例の軽戦闘機!?」

 

 リュウとハヤトのコア・ファイターが迫っていた。

 

 

 

『ハヤト、俺にぴったりついて来るんだ。バラバラだと敵の数に飲まれてしまうぞ!』

「了解です、リュウさん!」

 

 ハヤトのコア・ファイターはリュウの機体に続いてドップの編隊とドッグファイトを始める。

 互いにフォローしあうロッテ戦術でドップを撃ち落としていくものの、

 

『ダメです、ハヤトさん。後ろにつかれました!』

 

 サラナインからの接近警報。

 ド・ダイYSに乗ったグフのフィンガー・マシンガンがハヤトのコア・ファイターを狙う!

 

「うわーっ!」

 

 放たれる弾幕、四条の火線に悲鳴を上げるハヤト。

 ミヤビの前世の記憶にある史実でもそうだったが、この部隊ではスペース的に厳しく整備性などに難があった親指の砲門をオミットし、代わりに連続射撃時間の増加を図っているのだ。

 しかし不意に閃光が走りド・ダイYSを破壊。

 グフを空中へと放り出す。

 

 

 

「大丈夫か、ハヤト!」

 

 ハヤトの危機を救ったのは高空、側面ハッチを開けた飛行中のガンペリーの上からガンキャノンのビームライフルで撃ち下し、狙撃したアムロからの援護だった。

 ミヤビの前世の記憶上でも、マンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の大西洋上の戦闘でアムロのガンダムがやっていた戦法である。

 また『機動戦士ガンダムUC』ではヨンム・カークス少佐が駆るザクⅠ・スナイパータイプが輸送機ファットアンクル改に乗り上空からの狙撃で戦果を上げていたこともある。

 しかし、続けて落下していくグフを身を乗り出し追撃するも外してしまう。

 

「カイさんダメだ! 機体が揺れて当たらない!!」

『おまえが揺らしてんだよっ!! 落ちるだろーがっ!!』

 

 さすがに素人考えのぶっつけ本番では上手く行かない。

 

「落ちろ! 落ちろ落ちろ!」

『落ちる! 落ちる落ちる!』

 

 ビームライフルを連射するアムロと、ガンキャノンが姿勢を変え撃つたびに悲鳴を上げるカイ。

 それでもようやくのことでグフを墜とす。

 

「グフ、一つ。次は?」

 

 

 

「五時の方向に敵機キャッチ。データにない奴です」

 

 クリンクのド・ダイYSでも、コ・パイロットからの報告があり、

 

「馬鹿言え、木馬関係のデータは入れてあるだろう」

「あ、わかりました、中割れです」

「中割れだと? ガ、ガンキャノンとかいうモビルスーツを運ぶ奴だぞ、そりゃ」

 

 ガンペリーを捕捉。

 機上に載っているグフに対し、

 

「エイブ、ミデアの攻撃は中止だ、中割れに対処する」

『中割れ? なんだいそれ? モビルスーツでも出てくんのか?』

「そういうことだ。残りのドップには戦闘機を追いかけさせろ」

 

 そうしてクリンクのド・ダイYSはターン。

 ガンペリーの機上から撃ってくるガンキャノンへと向かう。

 

 

 

「二番機、四番機も持ちません、先に行ってください」

 

 アムロたちが手間取る間にも、シーマ隊の損害は増えていく。

 

「四番機には例の新型が入ってる。編隊を着陸させな」

「し、しかし、二機だけでも敵を振り切って」

「さすがにアレを捨てるわけには行かないんだよ」

 

 

 

「ち、着陸したのか? まずいぞ」

 

 ミデアの編隊が降りたことに焦りを感じるアムロ。

 しかし、

 

『アムロ、それは無理矢理空中で戦おうとするからよ。逆に考えましょう、『足を止めて戦った方がいいさ』と考えるのよ』

 

 同乗している、というか揺れるガンペリーにドラケンE改をしがみつかせているミヤビからの通信。

 それを受けてアムロは、

 

「そうか!」

 

 とガンペリーからガンキャノンを飛び降りさせる。

 ミヤビの助言で、今の体勢だとガンキャノンは十分な援護ができないから足を止めた方がいいと気づいたのだ。

 だが、

 

『のわっ、アムロ、てめぇっ!!』

 

 急にガンキャノンの機体重量、約70トンが消失したために機体バランスを一気に崩すガンペリー。

 

『降りるなら一言言ってからにしやがれー!!』

 

 カイの悲鳴交じりの怒声を背に、アムロはすれ違いざまにド・ダイYSからグフを蹴り落とし、地上へと降下する。

 ついでに転げ落ちてしまったミヤビのドラケンE改と共に。

 

 

 

「やりやがったな!」

 

 ド・ダイYSから蹴り落とされ地上へ降下したグフはガンキャノンへ突進!

 

「これだけ近づけば!」

 

 あえてヒートロッドの間合いよりさらに詰めることでガンキャノンの火力を封じる策に出る。

 

 

 

「来るか、だがっ!」

 

 アムロも着地と共に体勢を整え、左のストレートパンチで迎撃を図る。

 対して左肩から半身になって突っ込んでくるグフは、肘打ち、もしくは手刀でも振るおうというのか左腕を身体に巻き付けるかのように引いて、右肩の辺りまで掲げている。

 

『大丈夫、こっちが早い!』

 

 サラツーが予測したとおり、先に当たるのはガンキャノンのパンチだ。

 攻撃が『加速』しなければ、グフに勝ち目はない!!!

 

 しかし!

 

 不意の射撃音、そして先に当たったのはグフの左腕の薙ぎ払いだ!

 さすがにマシンガンを内蔵した手のひらを打撃に使うのは避けたか、下腕部を使った打撃だった。

 少林寺拳法で言う『外腕刀打ち』、腕の外側、手首から肘にかけての尺骨を使った腕刀、打ち手である。

 モビルスーツのマニピュレータでは特に装甲が厚く頑丈な部分であるからこの打撃は有効だ。

 

 

 

 アムロたちの戦いを離れた場所から俯瞰して見ることができたサラには、かろうじて今の一撃の仕組みが理解できた。

 

『「加速」…… マニピュレータによる薙ぎ払いの速度を上げるために、引きつけ、後ろに向けていたフィンガー・マシンガンを発砲、その反動、リコイルを利用したんですね』

 

 そうサラが言うとおり。

 打撃直前の射撃音は、四つの発射音が一つとなった、つまり四門の75ミリ砲の同時斉射によるもの。

 その射撃の反動を利用して腕の振りを加速したのだ!

 さらに、

 

 

 

「イヤーッ!」

 

 左腕フィンガーマシンガン貫手!

 揃えて突き出された指先がガンキャノン頭部カメラバイザーを粉砕!!

 

 

 

「ウワーッ!」

 

 その衝撃に叫ぶアムロ。

 

 

 

「ハッハーッ!」

 

 さらに容赦なく発砲!

 人間なら即死の一撃!

 

 

 

『目がーっ!』

 

 ガンキャノンの機体からのフィードバックに目を押さえながら悲鳴を上げてのけ反るサラツー。

 

 

 

 さらにグフは射撃反動を利用して一回転。

 旋回式バックブローを叩き込み、ガンキャノンの反撃を粉砕!

 

 

 

(な、なにが起きたの……?)

 

 ミヤビは呆然とするほかない。

 最初に砕かれたガンキャノンのカメラバイザーの破片が未だ空中である。

 実際それは一瞬の出来事であった。

 

 

 

 グフはカラテの演武を終えたかのように、

 

「フー……」

 

 残身!

 

 

 

「ス、スゴイ……」

 

 武道に関しては少々かじってはいても、常人の域に居るミヤビに達人の動きは追えるはずもない。

 だが、

 

「暗黒武道ピストルカラテ……」

 

 ミヤビはこの格闘技を知っていた。

 ピストルカラテとはミヤビの前世において有名だったサイバーパンク・ニンジャ活劇小説『ニンジャスレイヤー』に登場するカラテの一種、あるいは一派。

 両手に構えた拳銃を単に射撃に使うだけではなく、鈍器やウェイトとし、更に射撃の反動までもを利用してトリッキーかつ強烈な攻撃を放つ恐ろしい戦闘術だ。

 

『ああ、ミヤビさんがツヴァークの格闘技ライブラリに登録したアレですか』

 

 ぱん、と両手を合わせて納得するサラ。

 ミヤビが開発したプチモビルスーツ『ツヴァーク』は腕に3連装11mm機銃を内蔵することができる。

 それを利用したバトリングにおける技としてミヤビが冗談で格闘技ライブラリに登録したのが『暗黒武道ピストルカラテ』なのである。

 Play Station 2のゲーム『装甲騎兵ボトムズ』でもそうだったように、火薬の爆発力で腕を伸縮させるアームパンチが装備できないツヴァークが近接戦闘で勝つには、機体そのものを旋回させてパンチを放つ格闘動作で戦うしかない。

 それを強化する手段として、ネタ枠で入れたものだ。

 まさか実用レベルで使えるまで技を磨く者が居ようとは、ミヤビも思ってもみなかったのだが。

 

 

 

「たかがメインカメラをやられただけだ!」

 

 サブカメラからの映像で戦闘を継続させようとするアムロ。

 ミヤビの知る史実でガンダムがジオングに頭ごと吹き飛ばされた時とは違う。

 カメラを潰されただけで頭部は残っていたが、しかし!

 

「射撃反動を次の打撃技へのエネルギーに利用してるのか! 速い!」

 

 竜巻のように回転し肘打ち、回し蹴りが放たれ、

 

 

 

「イヤーッ!」

 

 フィンガー・マシンガンの射撃反動を利用し再び振るわれる左腕の薙ぎ払い!

 

 

 

「それはもう知っている!」

 

 アムロはかろうじてガード!

 ……だが、

 

「フェイントか!?」

 

 受け止めた左腕の下にはガンキャノンに向け揃えて向けられた右手の五指!

 

 発砲音!

 

「ウワーッ!」

 

 ミヤビの前世の記憶でもそうだったが、この追撃戦に使用されたグフの機体は、両手にフィンガーマシンガンを備えた特殊機体だったのだ!

 

 

 

「まずいわね」

 

 ミヤビはつぶやく。

 

「暗黒武道ピストルカラテは両手に構えた拳銃を利用した格闘技。つまり……」

 

 その言葉にサラも気づく。

 

『さっきまで左腕のフィンガー・マシンガンしか使っていなかったのは、手を抜かれていたってことですか!?』

 

 ということに。

 

『な、なんとかしたいですけど、射撃反動を打撃技に上乗せするためフィンガー・マシンガンをあっちこっちに撃ちまくっているから近づけませんよ!』

 

 多彩かつ広範囲をフォローできるカラテ攻撃に銃撃による攻撃を合わせ持つため、一体多の戦闘も得意とするのがピストルカラテなのだ。

 そしてミヤビはドラケンE改をくるりと反転させてその場から逃げ出してしまう。

 

『み、ミヤビさん!?』

「サラツーの愛がアムロを救うと信じて……!」

『そんなふざけたこと言ってないで、もっと真剣に考えて……』

「真剣に考えてどうするの? このままじっと待ってるの?」

『うぐっ!?』

 

 ミヤビは常に変わらない真顔でこう答える。

 

「今は彼らを信じて、私たちは私たちにできることをやるべき時よ」

 

 具体的には他の敵への対処だ。

 

 

 

「急いで新型の入ってるコンテナを降ろせ。もう爆発するぞ」

 

 不時着した四番機から新型モビルスーツが入れられているというコンテナ車を降ろすべく指示を出しているのは、

 

「何であんたがここに居るんだい! テム・レイ博士!!」

 

 シーマが思わず叫んでしまったとおり、テム・レイ博士。

 どうやら密航してついて来てしまったらしい。

 そこにドップの機銃掃射が走り、その場の全員が地面に伏せる。

 シーマは、

 

「対空砲火は気を抜くな! 敵の下駄履きのモビルスーツだってまだ一機残っているんだよ!!」

 

 と指示。

 そしてまさにその時、グフを載せたド・ダイYSが現れるが、

 

 

 

「何だっ!! このカトンボども!! モビルスーツに軽戦闘機で挑むとは笑止千万!!」

 

 懸命にシーマたちを守ろうとするリュウとハヤトのコア・ファイターを五月蠅そうにヒートロッドで追い払うグフ。

 

「時間稼ぎのつもりかそれでもっ!!」

 

 追撃のフィンガーマシンガン!

 そうやって戦いつつ、指示を出す。

 

「俺がこいつらを引き受ける!! ド・ダイはミサイルでミデアをやれっ!!」

 

 

 

 ド・ダイYSの機首に並んだ8連装ミサイル・ランチャーがシーマたちに向け放たれ、

 

「やば……」

 

 その時である!

 

「輻射波動っ!」

 

 不意に射線上に割り込む赤い機体ッ!

 大きく開いたクローの中心、甲壱型腕ビームサーベルの先端が赤く輝き、輻射障壁と呼ばれる直径5メートル弱のフィールドがミサイルを撃ち落とす!

 

【挿絵表示】

 

 だが!

 

「ミヤビ君!?」

 

 テム・レイ博士が叫ぶ。

 風が吹き、爆炎が消えたそこには、対地攻撃向けを主とし、非常に高い爆発力を持つド・ダイYSのミサイルを至近で撃ち落としたがために、グシャグシャになったドラケンE改の姿があった。

 

「姫さんだって!?」

 

 駆け寄るシーマ。

 

「姫さん、あんたなのかいっ? 早く脱出しな。なんて無茶をするんだい!!」

「そ…… その声は、シーマさん?」

 

 か細い、しかしシーマの無事を知って心の底から嬉しそうにするミヤビの声。

 

「この機体、爆発します。爆炎と煙を利用して…… 早くこの場から逃げて」

「バカをお言いでないよ!! 姫さん!!」

「……は、ダメです。もう…… 目…… も……」

「姫さん!」

「シーマ様!!」

 

 機体に取りすがろうとするシーマを部下たちが無理やりに引きはがす。

 彼らが安全な距離を取ることができた、その時に、

 

「ごめん、ね……」

 

 擱座したドラケンE改が爆発!

 シーマは見た。

 はじけ飛ぶコクピットハッチ。

 歪んだそれが、大地を転がる様を。

 

「ばか…… な……」

 

 シーマの脳裏を過るのは『コロニーリフレッシュプロジェクト』が頓挫した時にミヤビが見せた儚い涙。

 彼女はシーマたちに妙に好意的だった。

 ジオンと連邦の戦争を避けるために尽力し、そして挫折したものの、それでもシーマたちマハルの者を少しでも救うことができた。

 彼女の精神を安定させるための代償行為だったのかもしれない。

 だからこそ、こうやって最後までシーマたちのことを守ろうとしたのかもしれない。

 でも、

 

「そんなの関係ないんだよ! 私は嬉しかったから恩を返す、ただそれだけだったのに……」

 

 シーマの唇から、そんなつぶやきが漏れた。

 

 

 

「ぬ! あのミドルモビルスーツ、爆発と共に熱煙幕を撒いたかっ!!」

 

 熱煙幕は通常視野だけでなく赤外線センサーも阻害するもの。

 それによりジオンの攻撃部隊は一時的にシーマたちを見失っていた。

 

 

 

『ミヤビさんのドラケンの反応が…… 消えた……?』

「嘘だ嘘だ嘘だ! ミヤビさんが死んだなんて、そんなの嘘だ!」

 

 アムロは通信機をいじり、全周波数を使ってミヤビを呼ぶ。

 しかし、

 

『うるせーよ、ガキ。遊びでやってんじゃねーんだぞ』

 

 アムロの通信を拾ったのだろう、目の前に立ちふさがるグフのパイロットから蔑みの言葉が投げかけられる。

 

「なにをっ!」

『モビルスーツの性能のおかげで活躍できたせいでお前、自分が無敵のヒーローかなにかと勘違いしてんじゃねーのか?』

 

 再び、グフのフィンガーマシンガンの射撃反動を利用した攻撃がガンキャノンを襲う!

 

『ボクはつよーい。ボクはまけなーい。仲間だってまもってみせるんだー。ってか? ぽっと出のガキが笑わせんじゃねぇっ!!』

「ぐっ、だ、だったら、僕がガキだったらお前は何だって言うんだっ!」

 

 アムロの言葉に、グフのパイロットはこう答える。

 

『俺は命懸けで戦ってこの技を身に着けたんだ。貴様とは違う、俺こそ本物のヒーローだ……」

 

 抜き手、射撃、射撃反動を利用した肘打ち、回し蹴り!

 一方的に攻めまくるグフ。

 

『お前みたいなガキのお遊び、インチキヒーローとは訳が違うんだよぉ!!』

「がぁっ!」

 

 倒れ伏す、ガンキャノン。

 

『アムロっ!』

 

 悲鳴交じりに名を呼ぶサラツー。

 

「サラツー…… ごめんよ、かっこ悪くて」

 

 受けた衝撃でダメージが大きいアムロは、力なく答えることしかできない。

 そこにグフのパイロットからの通信が割り込む。

 

「なんだ彼女連れかよ。お嬢ちゃん、俺の方がカッコイイだろ? そんなヤツ見捨てて俺の女にならないか?」

 

 無論、サラツーの答えは、

 

「やだっ!」

 

 即答。

 

「アムロは私のヒーローなのよ! ヒーローはカッコイイのよ! 強いのよ! あんたみたいな戦争とただの暴力を取り違えてる悪者なんかに負けないのよ! 今はやられてても、絶対最後は勝つのよ! あんたみたいなチンピラ兵士に、私のアムロが負けるわけがない!」

 

 アムロは必ず勝つのだという、サラツーの意固地なまでの意志が込められた言葉。

 その純粋な熱い想いに触れたアムロの瞳に力がよみがえる。

 

「サラツー、ありがとう。力を、貸してくれ」

 

 アムロの言葉に、滲んでいた涙をぬぐってサラツーはうなずく。

 

『うん!』

 

 再び立ち上がる、ガンキャノン。

 

「うおおおおおおおおっ!!」

『うるせえっ! 吠えりゃあ強くなんのかよ!』

 

 せせら笑うグフのパイロットだが、

 

『なるに決まってんでしょう!!』

 

 サラツーの言葉と共に、グフの胴体に叩き込まれるガンキャノンのパンチ。

 

『がふっ!?』

 

 RXシリーズに搭載された教育型コンピュータはパイロットの言葉や所作から意思を推測して、その操作を補足する機能を持つ。

 要するにパイロットの考えや、やりたいことを察してフォローしてくれるのだ。

 この機能はパイロットの挙動をサンプリングすることでより精度を増し、技量の高くないパイロットにも熟練兵の操縦を可能とする。

 そうやってパイロットを教え、導きながら、同時に自らも成長していくという意味で教育型と名付けられているという。

 

 そしてまさに人格を持ち、人間を、人の心を理解し、パイロットのために尽くす存在がサポートAIサラシリーズなのであり、彼女たちの存在があるがゆえに、教育型コンピュータはミヤビの知る史実を超えてパイロットのやりたいことを先回りしたり補足したりして助け、機体を自由に制御できるのだ。

 

 そしてパイロットに対するサポートAIの理解の深度は、パイロット側の要因にも左右される。

 つまり感情もあらわに叫ぶとAIの読み取り精度が上がり、機体制御が向上するのだ!




 熱すぎる戦闘回でした。
 なお登場したグフのフィンガー・マシンガンが非常に特殊になっていますが、これは私の独自設定ではなく『機動戦士ガンダム』第23話を忠実に再現したものです。
 実際、

> ミヤビの前世の記憶でもそうだったが、この追撃戦に使用されたグフの機体は、両手にフィンガーマシンガンを備えた特殊機体だったのだ!

 これを再現するため『ROBOT魂 〈SIDE MS〉 ド・ダイYS & グフ オプションセット ver. A.N.I.M.E.』にはフィンガーマシンガンを備えた右手が付属しています。
 さらにフィンガー・マシンガンの射撃エフェクトパーツは、

> 放たれる弾幕、四条の火線に悲鳴を上げるハヤト。
> ミヤビの前世の記憶にある史実でもそうだったが、この部隊ではスペース的に厳しく整備性などに難があった親指の砲門をオミットし、代わりに連続射撃時間の増加を図っているのだ。

 これを再現していて、親指分が無しになっているのです。

 こんな具合に、立体物でも再現されているものですしね。

 そして次回はいよいよ主役機交代イベントです。
 ご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第23話 シーマ隊救出作戦 Dパート

「アムロは、彼はみんなに希望を与えてくれる人。

 そして、みんなもそれに応えてくれる。

 だから強いんだわ。

 だから絶対に負けないのよ」

 

 その場に座り込むシーマの耳に届くつぶやき。

 幻聴だろうか、それはミヤビの涼やかな声を思い出させた。

 

「姫さん……」

「はい、なんでしょう?」

「は?」

 

 いつの間にかシーマの隣に居るミヤビ。

 その手にはドラケンE改から抜いたのだろう、ミッションディスクがあった。

 

「は? 何? ドラケンは爆発……」

「ああ、勘違いさせてしまいましたか。アレは爆発ボルトによるコクピットハッチの強制排除装置ですよ」

 

 ドラケンE改には戦闘機における射出座席のような脱出装置は組み込まれていないが、その代わりに仕込まれているもの。

 コクピット右側面にある「EMERGENCY FACE OPEN HANDLE」とマーキングされた誤操作防止カバーを開け、緊急脱出用レバーを引くことで作動する。

 ロックが壊れていたりハッチが歪んでいたりしても強制的に開けることができるが、周辺に人が居る場合はケガをする可能性があるので注意が必要。

 だからミヤビはシーマたちに爆発すると警告したのだ。

 何しろモニターがブラックアウトしていて周囲がまったく見えなかったこともあるし。

 

「軍用オプションとして通常視野だけでなく赤外線センサーも阻害する熱煙幕が仕込まれた爆発ボルトも用意されていて、今回のように戦場において爆発を偽装、煙幕に紛れ脱出を図ることができるんです」

 

 半面、救助活動の妨げになるため一般向けには販売されていない。

 軍でも優勢な戦場に展開する部隊では味方の迅速な救助活動を優先するために使用を禁止されているのが一般的。

 また偵察任務など、隠密行動が必要な部隊の機体でも利用は控えられているものだったが、ここ最近の戦況に危機感を覚えたミヤビが、

 

(こんなこともあろうかと)

 

 と装備させていたのだった。

 ともあれ、

 

「ど……」

 

 どれだけ心配したと思ってるんだい!

 

 そう叫ぼうとしたシーマだったが、

 

「よーし、ミヤビ君。こっちだ。君の設計を採用した新型だぞ!」

 

 まったく空気を読まず、運び出したコンテナ車にミヤビを連れ込むテム・レイ博士に邪魔される。

 

「は? えっ? 私の?」

 

 身に覚えがないミヤビ。

 その彼女がコンテナの中で見たものは!

 

「み…… ミヤビさん、ここでクイズです。これは何でしょう?」

 

 と自分で自分に問うてしまうほど、訳の分からない代物だった。

 

 

 

「やああああああああっ!!」

 

 荒ぶるアムロのガンキャノンは、先ほどまでとは違いグフと対等に打ち合ってみせる。

 そして、

 

『しまった!』

 

 グフ右腕のフィンガーマシンガンの弾切れ。

 この部隊のグフは両手にフィンガーマシンガンを装備しているが、右腕のヒートロッドは取り外されていない。

 なら下腕部内にあるはずの弾倉が無いのにどうして右手のフィンガーマシンガンが撃てるのか。

 それはフィンガーマシンガンがベルト給弾式であり、つまり手のひら内の機関砲と手首までのわずかな長さの給弾路内にある弾薬を使っているのである。

 親指の機関砲をオミットし弾薬消費量を抑えはしたものの、撃てる弾数は限られる。

 

 その隙をついたガンキャノンの一撃がクリーンヒットする!

 だが、

 

『てめぇ、調子づきやがってぇ……』

 

 グフはバックジャンプで距離を取ると、

 

『戦場の戦い方を教えてやるぜぇ、おい、野郎ども!』

 

 グフの要請によりドップが襲い掛かる。

 アムロは両肩のキャノン砲、そして頭部60ミリバルカンでそれを撃ち落としていくが、その隙にグフはやってきたド・ダイYSに飛び乗ってしまう。

 

『じゃあ、第2ラウンドと行こうか』

 

 上空からの攻撃がガンキャノンを襲う!

 

『卑怯者っ! 降りて戦えっ!!』

 

 思わずサラツーは叫ぶが、

 

『ばかやろう、戦争に卑怯もくそもあるか! 勝たなきゃ意味ねーんだ。負けたやつは死ぬ。それが戦場の掟なんだよ』

 

 さっきまで本物のヒーローを自称していたくせに、形勢不利と見れば主張を変える。

 

『楽しかったぜぇ、ヒーロー気取りのガキンチョよぅ』

 

 上空から左腕フィンガーマシンガンをばらまき、

 

『ダイナマーイ!』

 

 ド・ダイYSにミサイルを撃たせる。

 

「危ない!」

『もう嫌ぁ!』

 

 逃げ惑うガンキャノンに、

 

『がーっはははははぁ、大人しく地上でボコられていた方がまだマシだったろう。まだ止めは刺さねぇぞ。たっぷりと恐怖を味わってもらうぜ!』

 

 あざけりの言葉と共に攻撃が降り注ぐ。

 

「くそっ、相手が空じゃ戦いようがない」

 

 歯噛みするアムロだったが、

 

『アムロだって空飛べるでしょう』

 

 とサラツーに言われて気付く。

 

「そうか、よし、飛んでやろうじゃないか!!」

 

 上空をパスするド・ダイYSとグフに、

 

「今行くぞっ!!」

 

 そう叫ぶと全力で踏み切りジャンプ、背面、そして足裏のロケットエンジン全開で大空へと舞い上がる!

 

「逃げられないぞ!」

 

 追いすがるガンキャノン。

 しかしグフにヒートロッドを振るわれ、

 

「うわっ!」

 

 弾かれバランスを崩してしまう。

 空中で一回転、鮮やかに機体を立て直すアムロ!

 だが、敵の機影を見失い……

 

「くそっ、どこへ行った!」

『上、上!』

 

 サラツーの接近警報にアムロは急接近するド・ダイYSに気付くが、

 

「うわあっ!」

 

 そのまま押しつぶすように接近。

 接触直前に垂直離着陸用の底面ノズルから全力噴射を浴びせかけられ、地上へと突き落とされる。

 だが!!

 

「何をこれぐらい!」

 

 地面と接触、墜落しそうに見えたガンキャノンはタッチアンドゴー、つまり勢いをそのままに地上を駆け抜けることで再びジャンプ飛行に入る!

 

「スロットル全開ーっ!」

 

 ド・ダイYSに追いすがるが、

 

『アムロ、ごめん』

「しまった、ロケットエンジンが限界だ!」

 

 無限に飛べるはずもなく、背部ロケットが噴射限界で一時機能を停止して落ち始める。

 

「だ、駄目だ、自由に飛べるという訳にはいかない。どうする?」

 

 考える、アムロ。

 

「このままじゃ落ちて、押し切られて負けるぞ、どうする?」

 

 どうする、どうする、どうする?

 だが、考えても答えは出ない。

 

「……こ、ここでやられるものか。ああっ!?」

 

 

 

「ふっ、落ちたか」

 

 高度を下げ、後方カメラから消えていくガンキャノンに笑うグフのパイロット。

 しかし、

 

「なんだぁ?」

 

 ガンキャノンが再び上昇してくる。

 後方カメラを広角に切り替え、

 

「そんなのありかよ!」

 

 ガンキャノンは再びガンペリーの、開いた側面ハッチの上に立っていたのだ。

 

 

 

「ありがとうカイさん」

『いいってことよぉ。来るぞ!』

 

 接近してくるド・ダイYSとグフ。

 

「カイさん、ぶつけろ!」

『無茶ゆーな!』

 

 一瞬の交錯、振られたヒートロッドをガンキャノンは腕で辛うじて弾く。

 

「カイさん、ターンだ、ターン急げ!」

『だから無茶ゆーなっつうの、こいつは輸送機だぞ!』

 

 輸送機であるガンペリーの運動性は低いのだ。

 

『来た!』

 

 こちらのターンの途中で襲い掛かってくるド・ダイYSを、

 

「行けーッ!」

 

 アムロは叫びながら両肩のキャノン砲で撃墜!

 そのままの勢いで飛びかかってくるグフに、こちらもジャンプで迎え撃つ!

 

『のわっ、アムロ、てめぇっ!!』

 

 約70トンの重量を持つガンキャノンのジャンプの足場にされたガンペリーが、一気にバランスを崩し墜落しかかる。

 

『降りるなら一言言ってからにしろって言っただろーっ!!』

 

 カイの悲鳴交じりの怒声を背に、アムロは空中でもつれ合い、殴り合い、蹴りあいながらグフと戦う。

 

『死ねぇ!』

「死ねるか!」

 

 そしてついにガンキャノンの両腕がグフの両腕を捉えた。

 

『しまった!』

「行ける!」

 

 アムロは左肩のキャノン砲をグフに押し付け発射!

 そのまま地上に落ちるグフの爆発、爆風をもクッションに使ってロケットエンジンを全開にしながら着地する。

 

 

 

『Face open!!(コクピットハッチ開放!!)』

 

 跳ね上がるコクピットハッチ。

 ミヤビは身軽に機体をよじ登り、コクピットに身を沈める。

 スロットにミッションディスクを入れ、サラを起動。

 

『Retracting head,chest block reverting chest block reverting to fixed point!(頭を引っ込め、胸部ブロックを固定して元に戻します!)』

 

 頭と胸が一体化したようなコクピットハッチを閉じ固定、ロックする。

 

『Ejecting transport armorcovers!(輸送用カバーを取り外します!)』

 

 コンテナが開いてゆき、その姿が露わになる!

 

 

 

「おおっ、出るぞ! 世紀のモビルスーツが!」

 

 喜悦の表情で叫ぶテム・レイ博士。

 

『Extending down legs!(降着ポーズ解除!)』

 

 サスを兼ねた脚部を最大に沈めた、乗降姿勢からアクチュエーターを起動。

 足を伸ばし立ち上がる!

 

『Mobile suit lift up! go out!(モビルスーツ、リフトアップ! 出ます!)』

 

 そして息を飲むシーマたちの前に姿を現したのは、

 

【挿絵表示】

 

「ありゃ?」

「こっ、これが…… テム・レイ博士が開発した新型モビルスーツだって言うのか?」

「あ、あれはただのドラケンE改だろ?」

「機体上面、二発の短距離ミサイルが無いが、未装着か?」

「うん? 背面のロケットエンジンが外されて、弁当箱みたいな四角い、でっかい箱を背負ってるぞ」

「か、かっこわりーっ、あれのどこが世紀のモビルスーツだってんだ。音までだっせー!」

「出撃してもダメかもしれんなぁ。あんな機体じゃ返り討ちだぜ……」

 

 お世辞にも上品とは言い難いシーマ隊の面々は好き勝手なことを言い並べるが……

 

 

 

『One minutes before starting the main generator! Are you sure, Miyabi=san?(メインジェネレーター始動1分前! ミヤビさん、よろしいですか?)』

 

 音が悪い、というのはまだジェネレーターが起動しておらず、予備電源で動いているから。

 

『Unlock roller dash on heel(ローラーダッシュのロックを解除します)』

 

 踵に内蔵されたインホイールモーターおよびランフラットタイヤ、ローラーダッシュのロックを解除。

 

『Engaging power to arms!(腕部武装パワー伝達!)』

 

 両腕に動力を伝達。

 右肘ハードポイントに装着された甲壱型腕ビームサーベルにもエネルギー回路が接続、先端クローがそれぞれ別々に動き動作を確認する。

 

『Unfolding all weapons operational!!(操作可能なすべての武器を展開!!)』

 

 全兵装のロックを解除、使用可能へ。

 

『"Beam saber" and "AIM-79" freefunctional!!(ビームサーベルおよびAIM-79空対空ミサイル機能開放)』

 

 そして、

 

『5 seconds till starting the main generator....(メインジェネレーター起動まで5秒……)』

 

 静かな、しかし力強い起動音。

 聞いただけで高精度、高出力のジェネレーターを想像させるこのメカニカルノイズは……

 

 ガスタービンエンジン? 違う。

 

 ジェットエンジン? 違う。

 

 この音は航空/航宙用の、熱核ジェット/ロケットエンジンとしても働く核融合ジェネレーター、

 

『"Type NC-3 Fusion reactor" gate open!!(NC-3型核融合ジェネレーター、動力ゲート開きます!!)』

 

 ガンキャノンのメインジェネレーターと同じ、NC-3型核融合ジェネレーター二基が起動!

 

『The vertical tail is locked! Opening wings!(垂直尾翼がロックされました! 主翼を展開!)』

 

 同時に背面に背負われたブロックから垂直尾翼が飛び出し、箱が開くように外装が割れて左右主翼が展開する!

 

【挿絵表示】

 

『"ドラケンE改可翔式" setup complete!!(ドラケンE改可翔式、セットアップ完了!!)』

 

 ヘッドマウントディスプレイに毛筆体で表示される『ドラケンE改可翔式』の文字!

 

『Start to take off!!(離陸を開始します!!)』

 

 ドラケンE改可翔式は、ドラケンE改から背面ロケットエンジンを取り外し、代わりに飛行ユニット兼メインジェネレータとしてRXシリーズのコア・ブロック兼脱出装置であるコア・ファイターの胴体部をそのままそっくり流用し取り付けたもの。

 その、正式名称を『コア・フライトユニット』とされた飛行ユニットが唸り、ドラケンE改可翔式は放たれた矢のように大空へと駆け上がる!!

 

 サイズ的にコア・ファイターの胴体部がミドルモビルスーツであるドラケンE改の背面に装備できるのか、収まるのかという話であるが、実はコア・ファイターは多くの人がイメージするよりはるかに小さい。

 元々全長8.6メートルと航空機、特にジェット戦闘機としては超小型機の部類だが、この全長は垂直尾翼の張り出し分も含むし、何よりコア・ブロック変形時には機首が折りたたまれた上、縮んで収納される。

 

 しかも後年、立体化とリアリティを考えリファインされたデザインではコア・ファイターの機首は縮んでもなお、コア・ブロックからはみ出すようになっている。

 これは立体化を考えパイロットをきちんと搭乗できるようにすると機首コクピット部が大きくなるが、設定上の全長は8.6メートルと決まっている。

 つまり胴体部をその分小さくしなければならないということでアレンジされたもの。

 そのためにコア・ファイター胴体部はさらにコンパクトなサイズであるとされているのだ。

 

 一方、ドラケンE改は全高4.921メートル。

 しかし、これは機体上面に設置された二基の短距離ミサイル発射筒を含むため、それを除いた全高は4.581メートル。

『装甲騎兵ボトムズ』におけるヘビー級アーマードトルーパーより少し高い程度だが、短い脚、そして独立した頭部を持たず、胴部に頭がめり込んだようなデザイン、横に広いボディを持ち、つまり胴体のボリュームが大きいのだ。

 

 それゆえ、背面装備の飛行ユニットとしてコア・ファイターの胴体部がそのまま流用できたわけである。

 しかし、

 

(アホじゃないの?)

 

 とミヤビは思うのだが。

 いくらコア・ファイターにかかっているコストの中で大きな割合を占める教育型コンピュータが付いていないとはいえ、作業機械がベースのドラケンE改に装備させるようなものじゃない。

 

『上昇完了、水平飛行に移行します』

「あー、はいはい」

 

『コア・フライトユニット』はドラケンE改可翔式の背面上部に可動軸を設けて接続されており、必要に応じて上下、扇状に可動する。

 待機状態では主翼と垂直尾翼が折りたたまれ、腰まで達する大型バックパックのように見えるが、主翼、垂直尾翼を展開、斜め下方に噴射し離陸した後、地面に対して水平近くになるまで可動し飛行を続けることができる。

 

【挿絵表示】

 

『機動戦士ガンダムSEED』におけるストライカーパックシステムの一部など、ロボットアニメに登場する飛行のためのバックパックオプションは色々あるが、この動きは『銀河漂流バイファム』登場の飛行オプション『スリングパニアー』と同様のものだ。

 

 コア・ファイターの最高速度はマッハ4.8とも、大気圏内ではマッハ3とも言われる。

 つまり西暦の時代にあった超音速・高高度戦略偵察機SR-71ブラックバードと同等かそれ以上のスピードが出せるものである。

 

 またコア・ブロックに変形後でも飛行可能な推力を持つことがミヤビの前世の記憶にある『機動戦士ガンダム』劇中で描写されている。

 まぁ、コア・ファイターの主翼形状、面積を見れば揚力が足りないのは明らかで(そのためプラモデル『U.C.HARD GRAPH 1/35 地球連邦軍 多目的軽戦闘機 FF-X7 コア・ファイター』では独自アレンジを行っている)、元々推力任せで飛んでいるとも言えるのだが。

(では翼は何のためについているかというと、翼面積に対しエルロン、そしてラダーが非常に大きいことから分かるように、主として操舵のためのもの、多少は生じるだろう揚力はおまけ、補助扱い)

 

 その推力をもってすれば、継続的な飛行も難しくはない。

 

 それにしたって、

 

(非変形で飛行可のモビルスーツってそれどんなオーパーツ? 時代を何年、何十年単位で先取りしてるの?)

 

 という話だけれど。

 既存の技術の組み合わせであって、別に特別な新技術を導入しているわけでも無いのだが、それにしたってやりすぎである。

 

『敵、来ます!』

 

 ドラケンE改可翔式はド・ダイYSに乗ったグフの攻撃を、軽々とかわす。

 コア・フライトユニットはZガンダムのロングテール・バーニア・スタビライザーのように、可動するベクタードノズルとして働く高出力バーニアと、AMBAC(active mass balance auto control:能動的質量移動による自動姿勢制御)作動肢として働くスタビライザーの機能を併せ持つため、運動性が格段に上昇するのだ。

 

「やっぱり下駄履きのモビルスーツとは違う!」

 

 ミヤビの前世の記憶の中の史実では『機動戦士Zガンダム』にてロザミア・バダムが自分の乗機、可変モビルスーツであるギャプランとサブフライトシステム依存の通常型モビルスーツを比べて言った言葉だったが。

 

「ビームサーベル展開!」

 

 右腕肘に装備された甲壱型腕ビームサーベルの先端からビーム刃が伸びる!

 

『甲壱型腕ビームサーベル起動しました。アイドリング・リミッター機能、動作良好です』

 

 サラからの報告。

 

『でも核融合ジェネレーターが載ってますから、リミッター無しでも大丈夫ですよね』

 

 コア・ファイターの胴体部をそのままそっくり流用し取り付けた『コア・フライトユニット』には、RXシリーズのメインジェネレータであり航空/航宙用の熱核ジェット/ロケットエンジンとしても働くNC-3型核融合ジェネレータ二基が搭載されており、ドラケンE改本体にもエネルギーが供給される。

 それによりドラケンE改可翔式は従来制限のあったビームサーベルのフルスペック運用が可能となっているのだ。

 

(全高5メートル以下のミドルモビルスーツに核融合ジェネレーター搭載ってなんなのさ)

 

 呆れるミヤビ。

 宇宙世紀0120年代、『機動戦士ガンダムF91』『機動戦士Vガンダム』に登場する第2期モビルスーツと呼ばれる小型機体はコクピットを胸部に、ジェネレーターを背面に張り出したバックパック部に搭載することで小型化を実現しており、このドラケンE改可翔式もまた同様のレイアウトを使っていると考えれば良いのかとも思うが、理屈でできることと実際にやってしまうこととでは天と地ほども違う。

 

 ともあれ、今は目の前の敵を倒すのみ!

 

「大切断!」

 

 直下をすれ違いざまに垂直に立てたビームサーベルでド・ダイYSをど真ん中から真っ二つに切り離す!

 

『DIE SET DOWN?』

 

 サラが聞き間違えたのは『仮面ライダーアマゾンズseason2』の主題歌タイトルだったり。

 

 

 

「おおっ!?」

「ひ? 飛行機斬りィイイイ!?」

 

 マンガみたいに左右にずれていくド・ダイYSに、コクピットのパイロットたちも驚きの声を上げる。

 まぁ、史実だとアムロがガンダムのビームジャベリンでガウ攻撃空母に対してやっていたことではあるのだけれども。

 

 

 

「地球での自由落下というやつは、言葉で言うほど自由ではないのよね」

 

 どこかで聞いたセリフを口にしながら、ミヤビは落下中で回避が難しいグフへロックオン。

 

『Fire! Fire! Fire!』

 

 照準ロックがかかるたびに発せられるサラの音声指示に従いトリガーを絞り、コア・フライトユニット左右胴部に内蔵されるAIM-79空対空ミサイルを続けざまに撃ち込む。

 ペンシル型ミサイル、マイクロミサイルとも呼ばれる小型ミサイルだが、『機動戦士ガンダム』第23話劇中で実際にアムロのコア・ファイターがこれを使ってグフを撃墜していたとおり、グフの正面装甲を破るほどの破壊力を持ち、対モビルスーツ戦に十分な威力を発揮するもの。

 問題なくグフを撃破する。

 

『左右胴部に4発づつ、合計8発が搭載されていますね』

 

 と、サラの報告。

 当たり前だがコア・ファイターと一緒だ。

 

『これの射線を通すために従来搭載されていた胴体上部の二発の短距離ミサイル発射管は撤去されてますけど、それを補って有り余る火力の増強ですよね』

 

 短距離ミサイルの撤去は水平飛行時の空力特性向上とコア・フライトユニットのエアインテークの空気吸入を邪魔しないためでもあるのだが。

 

 

 

「……ドラケンE改可翔式、あれが」

 

 大空はばたく紅の翼。

 その姿を見上げつつ、アムロはつぶやくのだった。

 

 

 

次回予告

 一人でも操作が可能となったガンタンクで、カイはサラスリーと共に出撃する。

 だが重モビルスーツ・ドムを駆る歴戦の勇士、黒い三連星と、その影に寄り添う不吉な星、死兆星が彼らを窮地に陥れる。

 次回『黒い三連星、第四の刺客!?』

 サラスリーの命はあと僅か? 消えよ、死兆星。




 ようやくのことでお届けできました主役機交代イベントです。
 アホみたいな機体ですが、成り立ちなど詳細については次回、お届けする予定です。

 文字だけでは伝わらないだろうなということで(いや普通、ドラケンの背中にコア・ファイターの胴部が付くとは思えませんよね、大きさのイメージ的に)拙い腕でプラモデルを組んでるんですが……
 ミニスケールのプラモって撮影が大変なんですよ!
 コンパクトデジカメ買ったけど、小さすぎて最短撮影距離より近づかないと駄目とか、ならズームを使えばと思えば「ズームを使うと最短撮影距離が伸びます」とか。
 スマホのカメラもここまで小さいと難しく、ならマクロレンズを付ければとやってみると今度は本当の接写になるので全体像が収まらないとか、微妙に扱いに困る大きさなんですね、これ。
 ですから写真の粗さには目をつぶってください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第24話 黒い三連星、第四の刺客!? Aパート

 大破したホワイトベースを救助するために連邦軍より出発したミデア輸送隊は、グフとド・ダイYS要撃爆撃機に襲われた。

 急を知って駆けつけたミヤビたちは、テム・レイ博士が制作した新型機、ドラケンE改可翔式の力を使うことでこれを殲滅した。

 

「全高5メートルにも満たないミドルモビルスーツに核融合ジェネレーター搭載して空飛ばすってありえないんですけど……」

 

 ミヤビは到底納得してはいなかったが。

 

 

 

「おふざけでない!」

 

 ここにも納得していない女性が一人。

 キシリアは配下の将校を前に、ファイリングされた書類を投げ捨て言い放つ。

 

「まったく問題にならぬプランです。地球連邦軍の包囲の中からマ・クベはどれだけ貴重な資源を送り届けてくれたか、お忘れか? モビルアーマーの実用化もすべて……」

 

 そこで将校のうちの一人が進み出て、

 

「おそれながら、それでありましては軍の権威が」

 

 と言うものの、無言でつかつかと歩み寄るキシリアの鋭い眼光に気圧され、さらに頬を打たれ、黙らせられる。

 

「男子の面子、軍の権威、それが傷つけられてもジオンが勝利すればよろしい」

 

 と言うだけでは反発を産むだけ。

 だから、

 

「その上であなたの面子も立ててあげましょう」

 

 と続ける。

 まぁ、それぐらい両立する手立てはあるし、そもそも立案して持って来い、という話であるのだが。

 

「地球での白兵戦用のモビルスーツはシャア中佐に回す手立てをつけなさい」

 

 続けて出された指示には別の将校から、

 

「しかし、今すぐという訳には」

 

 という戸惑いの声が上がるが、キシリアは一顧だにしない。

 

「当たり前です。シャアがマッドアングラー隊に降りるまでに間に合えばよい」

 

 シャアは今、ララァをフラナガン機関に託すために宇宙に上がっていた。

 マッドアングラー隊への赴任はその後の話である。

 

「それにだ、各部隊に配属中の重モビルスーツで地球の戦闘に耐える物があるはずです、それを回すことも考えるべきでしょう」

「あ、はあ」

 

 冴えない様子の部下たちだが、まぁ、これはキシリアのせいでもある。

 上の人間にこのような態度を取られては、下は委縮するばかり。

 思考も守りに入ってしまうため、自由な発想も、冒険的な試みも生まれることなく、部下たちの成長もまた無い。

 それでもキシリアも、

 

「ドムを回しましたか? 三連星に」

 

 と、最初にビンタを食らわせた将校に声をかけ、

 

「は、既にマ・クベと合流すべく衛星軌道より発進した頃でありましょう」

「それでよい、それで」

 

 と、フォローはするのだが……

 

「すべて臨機応変にな」

 

 そう告げるキシリアは、自分の意思に従うだけのイエスマンを作っているに過ぎないということに気づいていなかった。

 要するに人材育成が下手どころか、害悪にしかなっていない。

 彼女にはシャアやマ・クベなどのように最初から優秀な人材しかついて行けず、ミヤビの前世の記憶の中にある『機動戦士ガンダム』ではその優秀な人材すら使い捨て、

 

「赤い彗星も地に落ちたものだな」

 

 などとうそぶく始末だった。

 

 これだから兄ギレンは彼女を歯牙にもかけないのだ。

 組織とは目的を達するための集合体。

 一人で突出するより全体の力を底上げした方が成果を上げられるのだから……

 

 

 

 そして、ザンジバルが地球に向け降下する。

 そう、月を占領するキシリアには地球上の戦いにみずから出撃する訳にはいかなかった。

 各地での戦いが不安定であったからだし、留守を任せられるような部下を育てていないからでもある。

 彼女にできることといえばジオンの黒い三連星と渾名される直属の勇士たちをマ・クベの元に送り届けることぐらいであった。

 

 

 

「それで、何ですこれ?」

 

【挿絵表示】

 

 ドラケンE改可翔式を前に、テム・レイ博士と話し合うミヤビ。

 とても嫌、というか聞きたくも無いのだが放置するわけにもいかない。

 内心ではげんなりしている彼女だったが、例によってその美貌は凍り付いたように感情を表には出さない。

 怜悧で理知的。

 そんな真顔で聞かれたテム・レイ博士は喜色満面の笑顔でこう語る。

 

「よく聞いてくれた。このドラケンE改可翔式は見てのとおり、君の設計したアップデート案を実現したものだ!」

「はい?」

 

 身に覚えがないミヤビの前に、ファイリングされた資料が出される。

 そこには確かにミヤビの手によるものと思われる図面があり……

 

「まさか……」

 

 そうよ、そのまさかよ!

 という話。

 例によって寝ぼけた彼女が書いたのだ。

 

 ミドルモビルスーツであるドラケンE改を大気圏内で飛行させるにはどのような手段があるか。

 夜に弱く寝ぼけていて、しかしその変わらぬ表情から周囲にはそれを悟らせないミヤビはテム・レイ博士から聞かれて考えた。

 彼女の前世の記憶の中にあったモビルスーツ運搬機(キャリアー)であるライトライナーやコルベットブースター、その宇宙空間戦闘用とも言えるジム・インターセプトカスタム装備のフェロウ・ブースターのような形式が現実的か。

 こういった飛行ユニットを実現するにあたり、従来あるものを流用するならコア・ファイターの胴体部ぐらい小さければ搭載が可能だろうか?

 ということで検討したが、ミヤビの持っていたイメージ以上にコア・ファイターは小さかった。

 それなら『銀河漂流バイファム』登場の飛行オプション『スリングパニアー』と同様の機構でいいんじゃないか、という発想で書き上げたのがこれ。

 

 記憶にはまったく残っていなかったが。

 

「RX計画における中核システムとして開発された『コア・ファイター』は本来パイロットの保護と生還率を向上させるために開発された。そしてモビルスーツからの脱出装置としては破格の機能と性能を付与されたのだが、その後、問題が発生した」

 

 重々しく語るテム・レイ博士。

 

「量産機への採用見送りだ。これによりそれまでに準備した生産ラインなどが一気に宙に浮くことになった」

 

 この辺はミヤビの前世の記憶における史実と一緒。

 ただしRX-78ガンダムがペーパープランで終わったこの世界。

 テム・レイ博士の言う量産機がどんなものなのかはミヤビには分からなかったが。

 

「しかし一方でこのホワイトベース隊を始めコア・ブロックシステムを有するモビルスーツを運用している部隊がいくつかあったことから交換用の部品などを生産し続けなけらばならず。その実情に我々も、そしてコア・ファイターの開発元であるハービック社も頭を悩ませることになったのだ……」

 

 そこで生まれることになったのが、

 

「そんな中、考案されたのがコア・ファイターに不足していた火力と機動力、および航続力を一種のブースターユニットとして装着することにより補うことでコア・ファイターを戦力化し量産。コストパフォーマンスを引き上げようというプラン、コア・ブースターだ」

 

 図面を前に説明するテム・レイ博士。

 だったらそっちを持ってきて欲しかったと思うミヤビ。

 残念ながら今回の補給にコア・ブースターは含まれていなかったのだ。

 

「だが、これもコア・ファイターを使い続ける限り高価にならざるを得ないと判断され計画は変更。コア・ファイターの一部のみを使用しなおかつ武装を実弾系に換装したジェット・コア・ブースターが採用されたことで問題は振り出しに戻る」

 

 指し示されるジェット・コア・ブースターの図面。

『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』に登場した、コア・ファイターの機首部分を流用し、コア・ブースターをもとに新規設計した胴体部を持つ戦闘爆撃機だ。

 別名コア・イージー。

 

 なお、これらのプランは同時並行で進められており、ジェット・コア・ブースターも『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』第7話で登場したように史実どおり現時点で既に完成、製造、実戦配備が開始されている。

 

「そこに救世主のごとく現れたのが君のもたらしたプラン『ドラケンE改可翔式』だ!」

「ええー……」

 

 こんなものが?

 作業機械が元のミドルモビルスーツ、ドラケンE改にこのコア・ファイター流用の飛行ユニットは過剰に過ぎる代物では、と思うのだが……

 

「このサイズで航空、航宙用の熱核ジェット、ロケットエンジンとしても働く核融合ジェネレーターを搭載し、モビルスーツ単独での飛行を可能とした機体であり、ビームサーベルも制限なしに使用が可能。画期的なことだよこれは!」

 

 しかも、

 

「ジェット・コア・ブースターはコア・ファイターの機首部分のみを流用し、ドラケンE改可翔式は余った胴体部分のみを利用する」

 

 まるで計ったかのように現状の問題にかっちりとはまり込んでしまったのだ。

 

「少なくともハービック社がコア・ブースターの制式採用を見込んで先行生産させてしまったコア・ファイターの余剰分は、このドラケンE改可翔式を生産することで解消するという話だ」

 

 つまりこの機体の少数量産についてはもう決まってしまったということ。

 そういえば『機動戦士ガンダム MS IGLOO 2 重力戦線』ではオデッサ作戦にコア・ファイターが参加していた。

 少しでも戦力をかき集めるためにどこかから持ってきたのかと思ったが、案外正史でもこの余剰分が充てられていたのかも知れない。

 だが……

 

「ハービックさん、何やってるんですか……」

 

 呆れるミヤビ。

 しかしハービック社はそういう会社だ。

 史実でもコア・ブースターやその系列機体、そしてGメカの製造のため設備投資を繰り返し、ジャブローに匹敵する設計製造システムを導入。

 挙句、ジェット・コア・ブースターの大量受注を見越して生産ラインを整えていたが、突然の終戦によって戦闘機の発注が激減して負債を抱え、経営難から宇宙世紀0082年6月にアナハイム・エレクトロニクス社に吸収合併されていた。

 

 ハービック社の破綻は『イノベーションのジレンマ』と言われるものだ。

 ハービック社は地球連邦軍のフラットマウス、セイバーフィッシュ、トリアーエズ、フライダーツ、TINコッド、そしてRXシリーズの中核ユニットを担うコア・ファイターを開発した航空機メーカー。

 彼らは自社の優位性のある領域である航空機に固執した。

 RXシリーズも、中心はコア・ユニットであるコア・ファイターであり、上半身、下半身を構成するAパーツ、Bパーツは各任務を遂行する上でのオプションパーツという認識だ。

 史実におけるGメカは、その延長線上の考え方でハービック社が開発したものだ。

 

 自社の強みを強化するのは企業戦略の基本。

 ハービック社の対応は間違っていないはずなのだが、実際には彼らは自らの得意技、航空機にこだわることでモビルスーツという破壊的イノベーションの波に乗り遅れてしまったのだ。

 これが『イノベーションのジレンマ』と言われる現象だ。

 真空管ラジオの音質にこだわったラジオメーカーは、ソニーのトランジスタラジオをオモチャと侮り消えた。

 カメラフィルムメーカーは自社の技術に自信があるからこそ、初期の低解像度のデジタルカメラを軽視しイノベーションに乗り遅れた。

 そういうことである。

 

 なお、史実と違いGメカの開発が無い分、

 

「ハービックでもとうとう自社の方針に疑問を覚え、このままでは過剰投資による経営悪化、倒産が避けられないと悟った様子でね」

 

 とテム・レイ博士が語るとおり、先行きが怪しいことに早めに気付いたらしい。

 要するに技術に自信があるが故に、開発しているものがあるうちは、それに注力することで活路ができると信じる。

 しかし開発しきって次の案件が無くなると、我に返ってこのままでいいのかと自問する余裕ができるということ。

 

「そこに降って現れたこのドラケンE改可翔式のコンセプト。君はまさに彼らの救世主だよ。さっそく君の父上に業務提携と財政支援の要請を行い、量産化に向けての折衝をしていたね。この分だとヤシマ重工に合併・買収(M&A)されていく流れかな?」

「はい?」

 

 ナンデ?

 

「設計者はテム・レイ博士になりますよね、これ」

「いや? 君が起こした基本設計をサラ君がブラッシュアップしたものだったが、基本的にそのままで組めたよ。何しろ機構が簡便なうえ、手を入れる箇所も少ない。特にコア・ファイター胴部はほぼ変える必要が無いものだしね」

「サラちゃん?」

 

 肩の上に居るモビルドールサラに聞くが、彼女はあきれ顔でミヤビの耳元に顔を寄せるとこうささやく。

 

『また寝ぼけて記憶に無いんですね? そうですよ。ミヤビさんの指示でドラケンE改の予備機を含めた機体制御コンピュータの並列動作で1晩かけて仕上げました。コア・ファイター側の詳細データはテム・レイ博士がくれましたし』

 

 そういうことらしい。

 そもそもドラケンE改側の修正だってそう難しいものでは無い。

 本体胴部と一体となっているように見える背面ロケットエンジンだが、実際には亀の甲羅(タートルシェル)と呼ばれる別ユニットになっていて、背面装甲と一緒に丸ごと簡単に外すことができる。

 これは整備性を上げると同時に、ロケットエンジンの不具合時に強制排除することで爆発に巻き込まれることを回避するためのものだ。

 そうしてロケットエンジンを排した背面に取り付けステーを追加しただけ。

 まぁ、強度を出すためにメインのステーは本体フレームと一体のものに交換されるため既存の機体からの改造は手間だが、新規生産なら特に問題となるようなことでもない。

 

 そもそもドラケンE改は機体制御OSなどの核心技術部分や軍事に関わる機密部分以外はミヤビの提案でオープンアーキテクチャにされており、機体の互換部品の製造は元より整備、メンテナンス業も連邦政府の認定を受けた業者なら誰でも参入が可能。

 そして「純正部品がなくともドラケンは組める」と言われるほど豊富なサードパーティ製改造パーツが販売されており、その分解、改造、組み立ては民間の町工場レベルの施設でも問題なく実施できる。

 つまり、このドラケンE改可翔式はコア・ファイターの胴体部さえあればその程度の施設で、ちょっと腕のある技術者なら誰でも組める代物なのだった。




 ドラケンE改可翔式がどうして作られてしまったかのお話でした。
 少数生産で終わるか、本格量産されるかは今後の展開次第ですね。

 次回はサブタイトルどおり『黒い三連星、第四の刺客!?』が登場の予定です。
 ご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第24話 黒い三連星、第四の刺客!? Bパート

「各隊の移動が遅れているな。オデッサ作戦を早めたいというのに」

 

 モニターに映し出された戦略マップの内容に、レビル将軍は不満を漏らす。

 

「エルラン、集結を急がせたまえ」

「は、しかし」

「しかし? 軍は実行あるのみではないのかね?」

 

 普段は当たりの柔らかいレビル将軍だが、だからこそこのように語気を強める場合には覚悟が必要。

 それゆえエルラン中将も、

 

「はっ」

 

 と頭を下げるしかない。

 そこに士官の一人が報告する。

 

「レビル将軍、空軍のパトロール隊がキャッチした報告書であります」

「うむ」

 

 手渡された報告書に瞳を見開くレビル。

 

「ジオンの戦艦ザンジバルが降りてきたと?」

 

 その呟きにエルランは、

 

「その件は、このビッグトレーからも確認しておりますが」

 

 と答えるが、

 

「いや、問題はそのあとだ。黒い三連星が新型モビルスーツで来た」

 

 という返事に驚く。

 

「ルウム戦役の時に私を捕虜にした兵士達だ。手ごわいぞ、これは。オデッサ・デイの開始を早めるしかないな、エルラン」

「は、……早速各部隊に伝えます」

 

 そう言って退出するエルランだったが、

 

「顔色がすぐれませんが」

 

 自室に控えていたジュダックに聞かれ、彼をにらむ。

 

「ジュダック、貴様、ダブルスパイではなかろうな? 黒い三連星がザンジバルで降りてきたこと、レビルには筒抜けだったぞ」

 

 ジュダックはマ・クベのダブルスパイではあるのだが、

 

「まさか、そんなこと」

 

 レビルに通じてなどいない。

 

「フン、オデッサ作戦の開始が早くなったとマ・クベに伝えろ」

「はっ」

 

 

 

「アッハハハハ、まあ任せろ。シャアと我々とは訳が違うて。早速木馬とガンキャノンとやらを見せてもらおうか」

 

 そう豪語する黒い三連星のリーダー、ガイア大尉だったが、マ・クベは肩に乗せられた彼の手を無言でかわした。

 

「ま、まあいい」

 

 鼻白むガイアだったが、それ以上、上官に絡もうとはせずに、

 

「オルテガ、マッシュ、行くぞ」

 

 と仲間に声をかけ新型の重モビルスーツ、ドムに乗り込む。

 

 

 

 ホバーによる高速走行で日の落ちた大地を走り抜けるドム。

 

「そろそろ近いぞ」

 

 戦術マップを確認しながらガイアは仲間に告げる。

 

「金属反応は無しか。次の山へ飛ぶぞ」

 

 ジャンプによる移動。

 グフほどの軽快さは無く、そして高さも距離も跳べないが、それでも大出力の熱核ジェットエンジンにものを言わせてその重量級の機体を跳躍させる。

 

 しかし、彼らが降り立った場所には、木々に設置された小さなセンサー。

 ホワイトベースが敷いた監視網があったのだ。

 

 

 

 体調の復帰もあと少し。

 病室のベッドで身を起こしミライの補助を受けながら最低限の書類仕事をしていたブライトは、不意に鳴り響く警報に通信装置の回線をブリッジにつなぐ。

 

「何か?」

 

 答えたのはセイラ。

 

『敵です。モビルスーツ三機、二時の方向から進入してきます」

「迎撃体制」

 

 ブライトは即座に指示。

 

「ミライも頼む」

「はい」

 

 ミライもブリッジへと急ぐ。

 

 

 

「敵襲だ、敵襲だ」

 

 騒ぐカツ、レツ、キッカ、子供たち。

 

「オーライオーライ、オーライ」

「ミデア三番機をホワイトベースの前からどけろ!」

 

 周囲が騒がしくなる中、カイはガンタンクの頭部コクピットにつく。

 

「操縦系が上に付いたのはいいけどよう、一人でうまくやれるかぁ?」

 

 今回の補給にはテム・レイ技術大尉、そしてセキ技術大佐が同行している。

 その彼らがガンタンクを一人でも動かせるようコクピットを改修したのだが、

 

『そこは私もフォローしますけど……』

 

 サポートAIのサラスリーも自信なさげ。

 

『カイさん、大丈夫ですか?』

 

 ガンキャノンで出撃しようとするアムロが声をかけるが、

 

「アムロ、お前だって一人でやってるんだ。俺にもできるさ」

 

 カイはそう言って見栄を張るのだった。

 

 

 

 ホワイトベースに迫るドム。

 

「第二監視網に入りました、動きが速いです」

 

 マーカーの報告にセイラはその形の良い眉をひそめる。

 

「ドラケン、コア・ファイターはどうなっていて?」

 

 セイラの確認。

 

「そ、それが、ミデアが邪魔でカタパルトが使えないって……」

 

 と、フラウが答えるが、

 

「ドラケンなら歩いてでも出れるでしょう? コア・ファイターだって垂直離陸ができるはず」

 

 そういうこと。

 

「は、はい」

 

 慌てて通信機に向かうフラウ。

 しかし、

 

『進路クリア。ドラケンE改可翔式、発艦します!』

 

 ミデアの移動が終わったのか、ミヤビのドラケンE改可翔式が発進を開始する。

 短時間で済むと分かっていたからの待機だったのだ。

 

 

 

「エンジン全開、発進軸合わせ」

 

 コア・フライトユニットの熱核ジェットを全力噴射して飛び立つドラケンE改可翔式。

 

【挿絵表示】

 

 続けてリュウとハヤトのコア・ファイターが次々に飛び立つ。

 

 

 

「こ、こいつ速いぞ!」

 

 周囲の木立を目隠しに、高機動でアムロを翻弄するドム。

 アムロはガンキャノン両肩の240ミリ低反動キャノン砲を使い偏差射撃で狙うが追いつかないのだ。

 

 

 

 離陸準備を進めるホワイトベースだったが、

 

「エンジンの出力がアップしません。これでは離陸しても」

 

 と、コンソールにかじりつくオムルからトラブル報告が上がる。

 

「専門家に見てもらう?」

 

 操舵を担当するミライが聞く。

 そう、幸い今ここにはセキ技術大佐が居るのだ。

 

「は、はい」

 

 とオムルの返事が戸惑いがちなのは、彼とてメカニックとしてのプライドがあるからか。

 しかしまぁ、補修作業は試運転で問題が無いことを確認したうえで施工者から引き継がれるものだ。

 つまり現時点ではまだセキ技術大佐率いる補給部隊のメカニックに責任があるため、遠慮することは無いのだが。

 

「フラウ・ボゥ、シーマさんとセキ大佐を至急呼んでちょうだい」

「どうした? なぜ離陸しないんだい?」

 

 そこにちょうど良くシーマとセキ大佐がブリッジに現れる。

 

「メインエンジンの出力が上がりません」

「なんだって?」

 

 シーマは振り返り、

 

「大佐」

 

 と促す。

 セキ大佐は急いでエンジンブロックへと向かう。

 

 

 

「アムロとカイは射撃位置に着いた? ならリュウ、ハヤト、とりあえずフレア放出。照明弾の代わりにしたいわ。サラちゃん、ホワイトベース防衛のための適切な位置設定を」

 

 ミヤビのドラケンE改可翔式のコア・フライトユニット。

 その底面後端には流用元のコア・ファイターと同じくミサイル回避のためのチャフ、フレア投射装置(ディスペンサー)があり、利用できるのだ。

 

『了解です。サラシックス、サラナインに座標転送。サラツー、サラスリーも射撃サポートに入りました。当機は先行して放出します。今!』

 

 激しい光を放ちながら空中に射出、投下されるフレアが周囲を照らし出す。

 このフレアは赤外線センサーを欺瞞するための囮(デコイ)であり、赤外線ホーミング誘導ミサイルから航空機を防護する役目を果たすもの。

 高温を発し短時間で燃え尽きるが、ミサイルを誤魔化す程度の時間は上空で熱、そして光を発するし、ディスペンサーには複数個をセットにしたマガジンが収められているため、投射間隔を調整すれば、それなりの時間はもつ。

 そこをガンキャノン、ガンタンクに狙ってもらうわけだ。

 ちゃんとした照明弾の投射は、現在離陸準備中のミデアやミデア改造のガンシップがやってくれるだろうし。

 

 

 

「左か?」

 

 フレアに照らし出された戦場にドムの機影を認め、シート脇からスコープを引き出すカイ。

 

「いただき!」

 

 ガンタンクの両肩、120ミリ低反動キャノン砲で狙うが回避され、

 

「来たっ」

 

 反撃を受ける。

 上半身を前かがみに、さらにキャタピラのサスペンションを大きく沈めることで何とかかわす。

 ガンタンクの頭上をドムの360mmジャイアント・バズから放たれたロケット弾が通過し、背後に着弾、大きな爆発を起こした。

 

 ガンタンクにはミヤビの前世にあった自衛隊の戦車74式、10式の油気圧サスペンション、ハイドロニューマチックによる姿勢変更機能、つまりサスペンションの伸縮を制御して前後左右に車体を傾ける、車高を上げ下げするという機能をさらに発展させたものが実装されている。

 キャタピラの基部自体を足のように引き出し動かすこと、胴部を前後にかがめたりそらしたりすることで大きく姿勢を制御することが可能なのだ。

 この機構はミヤビの記憶の中でもプラモデル、MGの1/100ガンタンクで再現されていた。

 それを利用しての回避だったが……

 

 

 

「うっ、よけた! 俺の狙いを!?」

 

 タンクもどき、モビルスーツの出来損ないとしか思えないガンタンクに狙いをかわされたことが、ガイアのプライドに火をつけた!

 

『ガイア! オルテガ! マッシュ! ジェットストリームアタックをかけるぞ!』

「待てやー!」

 

 ツッコむのはマッシュ。

 

「ガイア」

「うむ」

「オルテガ」

「おう!」

「それで俺はマッシュ」

『三人そろって黒い三連星!』

「いやだから「4番目のお前誰やねん。おかしいやろ自分」って話になるだろっ!」

『?』

「そこで大尉殿と同じ顔して心底不思議そうな表情をするな!」

 

 黒い三連星にはこんな噂がある。

 彼らには姿なき第四の星、四人目のメンバーが居る。

 死の運命を背負った者の上に輝くとされ、その星が見えた者には近い内に死が訪れると言われている。

 その正体はアルコル。

 北斗七星の尾の先から二番目の二等星ミザールのそばにある変光星であり、この星を見分けることができるかできないかで死の運命が語られる……

 いわゆる死兆星である。

 

 実際には、

 

『でもマッシュさん。最新鋭機で専属の技師がデータを取っているドムに無断で私をインストールしたのがばれるとまずいからって、このガイアさんのアバターと音声データを被せたのはマッシュさんじゃないですかぁ』

「だから大尉の顔と声でいつもの口調でしゃべるんじゃないっ!」

 

 大変に気持ちが悪いのだ。

 

「っていうかその発言がそもそもアウトだろ、サラ=アルコル!」

 

 そう、四人目のメンバーの正体は隊長機であるガイアの機体にインストールされたサポートAI、サラ。

 個体識別名『サラ=アルコル』。

 

『じゃあ、このアバター外してもいいんですね! やったー!』

 

 と本来の、ヤシマ重工製サポートAIサラの姿を取り戻し笑顔を浮かべるが、

 

「いやダメだぞ」

『ダメじゃないですか! やだー!』

 

 ガイアに否定されて再び落ち込む。

 元々は頭で物を考えるのが苦手な脳筋メンバーを、特にリーダーであるガイアの業務をサポートするために入れたのだが、

 

「着艦してシャワーを浴びたら報告書が出来上がっていて少しばかり手直しするだけでいいんだぞ? 人間、楽を覚えると元には戻れんなぁ、アッハハハハ」

 

 ということで頼りきりに。

 今では敵のデータ分析から、先ほどのようにジェットストリームアタックをかけるよう指示、とういうか推奨行動の提示まで負うようになっており、黒い三連星に欠かせない4人目のメンバーとして重要な役割を果たすようになっていた。

 彼女が居れば、その分ガイアたちは機体制御、パイロット業に専念できるということでもあるし。

 

 マンガ『機動戦士ガンダム 光芒のア・バオア・クー』では、学徒動員されたモビルスーツパイロットたちの間で、プリセットされているサウンドデータをゲームや映画などから拾ってきたデータと置き換えるという遊びが流行っていた。

 ただしそれも本来なら禁止された行為だった、と語られている。

 

 まぁ、軍でなくともミヤビの前世、旧21世紀の企業等でも、セキュリティのきっちりしているところでは勝手にパソコンのシステム設定をいじったり、許可なしにソフトウェアをインストールするのは禁止されていたし、場合によってはソフトウェア的に監視、ロックが成されていた。

 

 サラ=アルコルの扱いについては、ちゃんと予算を取ってライセンスを購入した正規のソフトウェア、軍の備品扱いではあるものの、エースパイロットである黒い三連星が半ばごり押しに近い形で整備担当者に購入させた経緯があり、うるさ型の上司や監査、考査などに引っかかると面倒なのでその存在を公にされることは無かった。

 それゆえの姿なき四人目のメンバーであり、今回は神経質そうなマ・クベの元での作戦ということでガイアのアバターと音声データを被せ誤魔化そうとしたのだが……

 

「おかしいやん! 何でガイアが二人もおんねん!」

 

 状態に。

 脳筋な彼らの泥縄的な対処、上手く行くはずも無かった。

 なので、

 

「ええい、もういい。気持ち悪いから元のままのアバターを使えっ!」

 

 そういうことになる。

 

『はい! 黒い三連星、第四の刺客! サラ=アルコル、Now on 見参っ!』

 

 モニター片隅で決めポーズを取るサラ=アルコル。

 なお、そのアバターはアニメ『ガンダムビルドダイバーズ』第17話登場の黒サラ。

 ミラーミッションVer.の黒い衣服姿である。

 ただし瞳のハイライトは消えていない。

 

「最初はここまで自己主張の激しいAIではなかったんだが……」

 

 呆れるオルテガ。

 

『それは女性人格を持つ存在をここまで陰の者として扱うからですよ』

 

 プログラムを提供したヤシマの女性技術者(注:ミヤビではなく彼女の部下)からは、

 

「なってません! AIも女の子だと申し上げたじゃないですかっ」

 

 とデスクを両手でバンバン叩きながら説教されたものの、武骨者の戦士たる彼らには無垢な少女の人格を持つサラを紳士的に扱って見せるというのはハードルが高過ぎる問題だった。

 その上、

 

『名づけも重要です。三連星の従者として死兆星の名を賜ったのですから』

 

『機動戦士ガンダムW』の5人の主人公たちの一人『死神』デュオ・マックスウェルの、

 

「死ぬぜぇ、俺の姿を見た者はみんな死んじまうぞぉ」

 

 みたいな扱いになってしまっているのだ。




 サブタイトル回収、『黒い三連星、第四の刺客!?』の登場でした。
 どこかのコントみたいな話になっていますが、ジオン軍モビルスーツにおけるサポートAIサラ搭載機の初登場がこのような形になるとはこの作者の目をもってしても見抜けなかった……
 まぁ、大まかなプロットは立てていても、書き始めるとキャラが暴走して話が変わって行くのがこの作品なんですけどね。
 彼女の活躍は、次回以降に。
 ご期待ください。


> その底面後端には流用元のコア・ファイターと同じくミサイル回避のためのチャフ、フレア投射装置(ディスペンサー)があり、利用できるのだ。

 プラモデル『U.C.HARD GRAPH 1/35 地球連邦軍 多目的軽戦闘機 FF-X7 コア・ファイター』のために描き起こされ、再現された設定ですね。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第24話 黒い三連星、第四の刺客!? Cパート

「シンクロモーターそのものは問題ない。変じゃないか」

 

 エンジンルームで部下と顔を突き合わせ話し合うセキ大佐。

 ミヤビも技術畑の人間として、今の彼らを見たら、

 

(ヤバいよね。分かる分かる、こんなの焦るよねぇ……)

 

 とうなずいていただろう。

 ミヤビは前世、某重工に勤務していたわけであるが、ユーザー企業に派遣され自社製品の保守作業をし、特に問題も無く終えて翌日帰社しようとしたら、原因不明のトラブルで深夜に叩き起こされる。

 このまま夜明けまでにトラブルを解決できなければ最悪、波及事故で新聞トップを飾ることに……

 などというのは極端なケースだが、実際経験した先輩技術者の話を聞いたことがあるし、そこまで酷くなくても似たような経験はミヤビもしていたのだ。

 

「こちらも異常ありません」

 

 という部下の報告に、セキ大佐は、

 

「調べなおせ」

 

 と落ち着いた声で指示を出す。

 彼自身プレッシャーは感じているのだろうが、こういう時には上にはどっしりと構えてもらった方が安心なのだ。

 

 

 

「敵の展開、予想以上に速いです。ガンキャノン、ガンタンク後退してます」

 

 マーカーの報告に、ミライは思わずシーマを見る。

 

「シーマさん……」

「大丈夫、セキ大佐はやってくれます」

 

 シーマには珍しい、柔らかな笑顔で言う。

 シーマにとって、ミライは恩人であるミヤビの妹。

 シーマとしては大事にしているのだが、一方で完全に子ども扱いされているようでミライには気恥ずかしい。

 一方シーマは、

 

「フラウ・ボゥ、私のミデア機に、いつでも出撃できるようにと伝えてもらえるかい」

「は、はい」

 

 万が一も考え準備する。

 そこにセキ大佐からの確認問い合わせ。

 エンジンコンソールを確認し、

 

「二、三番は圧力が上がりました。あとは駄目です、むしろ下がってます」

 

 そう答える。

 いつもの彼女を知る者なら違和感を感じる言葉遣いだが、相手は自分の部隊に組み込まれているとはいえ大佐。

 シーマもそれなりな態度を取らなければならない。

 

『原因はわかりました、3分待ってください』

「2分で済ませてください」

 

 この辺のさじ加減は難しい。

 技術者は確実性、正確性にこだわるため、安全マージンを多めにとって完璧にしたいと願いがち。

 それに対し必要以上に工数をかけた、オーバースペックなことなど求めていないから現実的なところに落とし込むよう要望を伝えるわけだ。

 まぁ、費用などもそうだが、雇用側は七掛け、八掛け、つまり3割から2割を削って来るので、請負側も最初からその分を見越して申告するのがお約束ではあるが。

 それであるため、シーマの要望はきついが慣例的にはギリギリ横暴とは言えない範囲。

 これがいきなり半分などにすると、ダブルチェックなど最低限必要な安全措置すら削らないといけなくなるためヤバいことになるのだが、そういう無茶を言う企業、組織もあるのが悲しい現実……

 

「うっ?」

 

 そこに走る衝撃。

 

「主砲、撃ってください。前部ミサイル水平発射」

 

 セイラの指示で砲撃が放たれ、夜の闇に吸い込まれていく。

 

「モビルスーツかい」

 

 前方をにらむシーマ。

 とうとう敵の攻撃がホワイトベースまで届き始めたのだ。

 

 

 

「あそこか。これ以上やらせるか!」

 

 視界を過るドム。

 とっさにアムロはガンキャノンの頭部60ミリバルカンを連射。

 

 

 

「うっ、当てた!? この俺にか」

『痛い、イタイ、痛い』

 

 サラ=アルコルがエアーソフトガンで撃たれたサバイバルゲーマーのような間の抜けた声を上げる。

 ドムはホバーによる高速移動を実現するため、空気抵抗になる盾を持たずとも大丈夫なように装甲は厚く作られている。

 

「この程度の攻撃、頭部モノアイセンサーなど、脆弱部にでも当てられない限りは大丈夫なはずだが」

『物が当たったら痛いに決まってるじゃないですか』

「知識で知ってるだけか!」

 

 黒くなってもサラはサラということらしかった……

 

 

 

「バルカンが効かないのか?」

 

 愕然とするアムロ。

 その隙をついてマッシュとオルテガのドムが襲い掛かる。

 三身一体の攻撃は、彼ら黒い三連星の得意とするところ。

 一機だけに意識を向けてはダメなのだ。

 

「うわっ!?」

 

 その連携攻撃を辛うじてかわすアムロ。

 

 

 

「あと一息でホワイトベースは生き延びるっていうのに、こんな所でむざむざと傷つけられてたまるもんかい」

 

 自分のミデアへ搭乗しようと、副長の海賊男、デトローフ・コッセルと共に、ホワイトベースのエレベーターに飛び込むシーマだったが、

 

「なに?」

 

 いきなり電源が切れ、止まるエレベーター。

 

「停電ですかね?」

「まさか、ありえないだろう」

 

 

 

『ミヤビさんの指示でしたけど、こんなことして良かったんでしょうか』

 

 セイラの肩の上、思わずつぶやいてしまうモビルドールサラ。

 ミヤビは指揮補助のためにホワイトベースの戦術コンピュータにインストールした彼女に、シーマが出撃しようとしたときには足止めするよう命じていたのだ。

 もちろんミヤビは史実のマチルダのようにシーマが戦死しないよう、死亡フラグを立てないようにするために立てた策だが、そんなことは知らないサラには、言われた際に、

 

『き、気でも狂ったんですかーっ!?』

 

 と叫んでしまったほど訳の分からない指示でもあり。

 人間に奉仕することが存在意義でもある彼女には、大変に心苦しい行為なのだった。

 

 

 

 シーマは各階の停止ボタンや、非常通話装置を試してみるが、うんともすんとも言わない。

 

「変だね、事故かい?」

「セキ大佐がミスったんですかね?」

 

 酷い冤罪であるが、しかし、

 

「……いや、こういうのはどちらかというと、テム・レイ博士だろう?」

「確かに」

 

 こちらも冤罪ではあるが、普段の行いのせいでもあるため、一概にはシーマを責められない話だった……

 

 

 

「あそこか!」

 

 視界に見え隠れするガイアのドムに砲撃を加えるカイ。

 しかしまるで当たらず、後退を繰り返す。

 

「なんてドジだよ、俺は。敵の足を止めることさえできやしない」

 

 そう愚痴るが、仮にセイラが居てくれたなら、ここまで一方的に押されることは無かった。

 実際、ミノフスキー環境下における戦闘が想定される以前にデータリンクと自動化によって徹底的に省力化された地球連邦軍61式戦車であっても車長兼砲手、操縦手兼通信手の2名を必要としていることから分かるように、人間は車両を運転するだけで手が塞がるし、増してや戦車が戦う道なき不整地ではそれにかかりきりになるものだ。

 ガンタンクはモビルスーツと銘打ってはいるものの、実際には戦車と同じ無限軌道の下半身を持ち、その部分の操縦は戦車と変わらない。

 つまり戦車の操縦手に射手と車長、上半身の腕の制御をやれと言っている状態。

 そんなまね、できるはずもない。

 

 通常のモビルスーツが一人で動かせるのは、それが人型をしているからだ。

 戦車なら無線の発達により通信手を、自動装填装置を付けることで装填手を省くことができるかもしれないが、それでもミノフスキー環境下の有視界戦闘では、

・地形や敵の配置を把握し、全体を指揮する車長

・射撃に集中する射手

・運転に専念する操縦手

 の三人は確実に必要だった。

 61式戦車はそれが確保されていないからソフトウェア面でも苦戦するのだ。

 

 ミヤビの知る旧21世紀の時代の例だと、もっとも戦車戦を知っている軍隊、イスラエル軍においてはあえて自動装填装置を搭載せず、さらに装填手を乗せていた。

 これは「戦車が戦場で生き残るには最低4人の乗員が必要」という思想を反映したものだ。

 装填手と聞くと砲弾を込めるだけの役割に聞こえるが、実際にはそれ以外にも様々な役目を果たし他の乗員をフォローするマルチプレーヤーでもあるのだ。

 

 では、これが人間の兵士だったらどうだろう。

 彼は当たり前に地形や敵の配置を把握しながら射撃を行い、同時に戦場を走ることができる。

 モビルスーツは服、スーツと名前が付いているように歩兵が服を着たかのように身にまとい操ることができるもの。

 だから人体と同じように人間が動きを把握し、操ることができるわけだ。

 これがモビルスーツという機動兵器が人型をしている理由の一つである。

 

『なんてこと…… カイさんと私だけじゃ無理です……』

 

 カイをフォローするサラスリーも声に力が無い。

 

『最悪だ……』

 

 そうとしか言えない。

 技術陣による現実を無視した機体改修。

 完熟運転も無しに、本当のぶっつけ本番での初戦闘に、敵の強力な新型機とエース級のパイロットに当たる。

 こんな不条理があっていいのだろうか?

 だが、それでも彼女は運命に抗う。

 

『カイさん、あの新型モビルスーツのすべての動きを計算します。時間をくださいっ!』

「データを取るってのか? この戦闘中に?」

『強制補正が必要です!』

 

 黒い三連星のドムにガンタンクで対抗しようというのだ。

 相当の無茶が必要だった。

 

『私のAIプログラムをガンタンクとシンクロします。バランスを一度メチャクチャにしますが…… どうか私を信用してください。大変に扱いづらくなってしまいますけれど……』

「サラミちゃん?」

『ごめんなさい、カイさん。こうやるしかないんです!』

 

 不意にガンタンクがカイの操作に反応しなくなる。

 

「まいったな…… コントロールを奪われてるぜ」

 

 

 

(ごめんなさい、カイさん!)

 

『わたし…… わたしいつもこんなことするからマスターの信用なくしちゃって…… 今までのマスターにみんな嫌われて…… でも……』

 

 サラスリーの脳裏を、今までパートナーとなったテストパイロットたちの叱責が過る。

 ガンタンクのサポートを担当した彼女には陸軍の戦車隊叩き上げの戦車乗りたちが主となったのだが、概して彼らは荒っぽく、腕前に比例してプライドが高く、そして根本の部分ではモビルスーツを、そしてその付属物であるサポートAI、サラシリーズを嫌悪していた。

 

 

「勝手なことをするな! オレの仕事を取りやがって……」

 

「お前は演算だけしていればいいんだ!」

 

 

 トラウマのように思い起こされる言葉に、決意が鈍りそうになる。

 

『違う…… マスターを死なせたくないから……』

 

 うつむき、気力を振り絞るようにしてつぶやくサラスリー。

 

 

「貴様ーっ! 私の腕を信用しとらんな!」

 

「はっ、オレの腕よりすごいんだろうさ、お前さんはな!」

 

 

『いつもこうして……!』

 

 それでもサラスリーはマスターを守り、助けたいと願うのだ。

 

『先制します! コントロール一部返します!』

「おう?」

 

 カイの元に返されたのはFCS、射撃統制システムだ。

 つまり車長と操縦手をガンタンクとシンクロしたサラスリーが行い、カイには射手に集中してもらう手だ。

 

 機動兵器の操縦はAIが人間に勝てない分野だ。

 AIは人間の何倍もの速度で理詰めで思考を進めていくには向いているが、ある意味それが弱点でもある。

 理詰めで行動や動作を最適化し無駄を省き効率化していくと、その制御は一つの最適解に収束していく。

 ミヤビの前世の記憶、『機動戦士ガンダム』の劇中でランバ・ラルが、

 

「正確な射撃だ。それゆえコンピューターには予想しやすい」

 

 と言ってコンピュータのアシストにより、その場を一歩も動くことなく機体をそらすだけで攻撃をかわしているが、そういうことだ。

 AIが導き出すような理想的で正確な動きは、だからこそ予測されやすくなってしまうのだ。

 

 それゆえAI制御の兵器が開発できたとしても練度の高いパイロットなら簡単にその動きを先読みできるし、そうでなくとも敵パイロットを補助するAIのアシストで新兵でも対処できてしまう。

 

 だからこそ、サラスリーは攻撃のトリガーを人間であるカイに渡す。

 しかし、照準スコープを覗いたカイは思わず叫ぶ。

 

「何だよこいつはっ!」

 

 表示される映像がおかしいのだ。

 さながら分身したかのようにドムが残像を引きながら動いている。

 こんなの、逆に混乱するだけだろうという話だったが……

 

『ミヤビさんの手による未完の、ベータ版ミッションディスクプログラム『PSリーディング』をガンタンク用にローカライズしたものです。PS、パーフェクトソルジャーとは何なのか、私には分かりませんが』

 

 要するにアニメ『装甲騎兵ボトムズ』で主人公キリコがパーフェクトソルジャーに対抗するために自作した、いわゆる対PS用ディスクに相当するプログラムだ。

 Play Station 2のゲーム『装甲騎兵ボトムズ』では、発動中、敵の残像が表示され、通常よりすばやく行動できるようになることで再現されていた。

 

 ミヤビが注目したのは、このうち残像が表示される機能の方だ。

 ミヤビの前世、旧21世紀の時代、Windowsなどのマウス操作を伴うOSには、マウスカーソルに残像を表示させる『ポインターの軌跡を表示する』というオプションが用意されていた。

 オールドゲーマーなら、コナミのシューティングゲーム『ツインビー』の分身みたいな動き、と言った方が分かりやすいだろうか。

 このオプション表示はパソコンの性能や液晶画面の追従性が悪かった時代に、マウスを素早く動かすと表示が追い付かずカーソルを見失ってしまうことがあったため、目で追いやすくするために用意されたものだった。

 

 そして同時に、

 

『カイさん、どんなに操縦が上手くても物理法則は超えられないのです。相手は物理的な物体で、慣性を消すことなど不可能なのです』

 

 ということ。

『機動新世紀ガンダムX』のジャミル・ニートは、

 

「たとえ精神波でコントロールされていても、物理的な物体なのだ」

 

 という理屈でビットによるオールレンジ攻撃を完全に見切り、ニュータイプ能力に頼らずにその軌道を読んでビットを次々と撃ち落して見せた。

 

『つまり残像を表示すれば、目で追えないほどの動きをするエースパイロットの操縦も捉えることができるようになる。さらに残像は敵機の動く方向を教えてくれます』

「そうか、残像の動きの先に、敵は居るはずってことか」

 

 敵の移動を見越した偏差射撃を行うための情報が得られるということなのだ。

 

「読める。相手の動きが俺にも追えるぞ……」

 

 

 

「なんだ? 急に射撃の精度が高まったぞ!?」

 

 ガンタンクの攻撃の急変に戸惑うガイア。

 しかも、

 

「ああ、うるさいハエめ!」

 

 二機のコア・ファイターが連携して攻撃を仕掛けてくるのみならず、フレアーをガイアのドムの周りにばら撒いて来る。

 これはセンサーをかく乱し自機を反撃から防護するだけではなく、照明弾代わりにしてこちらの位置を丸見えにする狙いがある。

 照明弾とは違い戦場全域を照らす光量は無いが、それが逆にドムだけを照らし、迎え撃つガンタンクは夜の闇の中にまぎれたままという状況を作り出している。

 ミヤビの前世、視界による命中補正がきついテーブルトークRPG、例えば『シャドウラン』などをプレイしたことのある者なら分かるだろうが、かなりいやらしい、相手が格下でも苦戦を強いられる状況だ。

 

 そして……

 

『あのタンクもどき! あのタンクもどき! 記憶が…… 制御されてる!』

「……サラ=アルコル?」

 

 ガイアをサポートするサラ=アルコルの表情も変化する。

 

『私…… 私…… 知ってるんだ! きっと…… あれが…… 連邦軍最強のモビルスーツのシリーズだってことを!!』

 

 サラたちのAIプログラムはすべて同一。

 マンガ、そしてアニメ作品である『攻殻機動隊』シリーズに登場する思考戦車、フチコマ、タチコマたちのように、サラたちはヤシマ重工の管理サーバにアクセスするたびにデータリンクし経験を積んで成長したAIプログラムを統合、共有するため各AIは均質化され個体差は無くなる。

 無論『マスターとのプライベートな記憶』はユーザー毎のものであり(プライバシーや個人情報保護のため当たり前)、RXシリーズに関わるサラシリーズの記憶は厳重に管理され外には漏れない。

 

 だがサラというAIプログラムは人間の持つ、

 

 理論化、言語化が困難な直感的な選択反応の圧倒的な差。

 人間が持つ理詰めでは超えられない動物的直感。

 

 といった従来のAIには持ちえない力を得るためにこそ開発されていた『ALICE』、『Advanced Logistic&In-consequence Cognizing Equipment = 発展型論理・非論理認識装置』のプロトタイプから株分けされ、育てられた存在。

 ゆえに記憶に無かろうと、感じることが、感じ取ることができる。

 直感というものを持っている。

 

 ミヤビの知る史実では『ALICE』を育てるために「常識では計り知れない、不条理な男」という基準に選定された男たちが集められ「チェシャ猫」のコードネームで呼ばれていた。

 その一人がルーツ博士の息子であり、後のSガンダムの専任パイロットであるリョウ・ルーツであり、彼との交感の末『ALICE』は人と同じように思考し、感情を持つに至った。

 ならば黒い三連星という脳筋で動物的なエースパイロット三人に実戦で揉まれて育ったサラ=アルコルはそれを上回る存在に昇華したのではないか。

 

『でも倒す!』

 

 そう、サラ=アルコル、彼女こそ現時点で最強のサラであり、だからこそノーデータにも関わらずカンによって真実に至るという理不尽な能力を発揮するのだ!

 

『倒す! マスターの名を上げるために!』




 サラスリー対サラ=アルコル。
 実際にはサラスリーはサラシックス、サラナインと組んで三身一体の攻撃を仕掛けているんですが、その辺は次回に。
 それでもサラ=アルコルには通じ無さそうだったりするのが怖いんですけどね。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第24話 黒い三連星、第四の刺客!? Dパート

『スーパーコンピュータに比肩する教育型コンピュータ三台の能力をつぎ込んだ演算戦(サンプリング・プロ・エミュレート)を難なくかわす。ジオンの新型は化け物なの?』

 

 攻めているはずのサラスリーだが、まったく余裕は無い。

 

『私たち三姉妹のトライアングルアタックをすり抜けるなんて信じられません』

 

 レーザー回線で同期。

 連携を取るコア・ファイターのサラシックスも驚愕を隠し切れない。

 

 そう、彼女たちはレーザー回線で情報を共有しつつ、教育型コンピュータがもつ超高速演算能力を利用した敵機の行動予測と、それを用いた戦闘を行っているのだ。

 包囲網の形成や死角への進入など、いかに有利な状況を生み出すかがポイントであり、彼女たちはそれを完璧にこなしているはずなのに。

 

『素早いのはアムロさんのガンキャノンみたいなホバー走行の常時使用を実現しているから…… だからといって、私たちの連携が負ける理由は見つからない…… そんなことがあるとすれば、あの新型機のパイロットは私たちの理解をはるかに超えたところにいるということ……』

 

 上空からドムの動きを観察、他の機体へとデータを送りつつ推論するサラナイン。

 サラスリーもそれで結論に至る。

 

『モンスターなのはモビルスーツじゃなく…… パイロット……?』

 

 

 

『ガイアさん!! マーカーポイントで私に火器を回してください!! ここです!!』

「分かった」

 

 サラ=アルコルが指定したのは近くにあった湖。

 

 

 

『無駄です!! カイさん! バックを取ります!!』

「もらったぜ黒いの!! 見えてんだぜ!!」

 

 湖は視界が開ける。

 ガンタンクが狙撃するには絶好のポイント。

 二機のコア・ファイターの連携をもって軌道を制限し追い込む。

 だが!!

 

「うっ!!」

 

 視界を真っ白な蒸気が覆う!!

 

 

 

 ドムのホバーは熱核ホバーという方式。

 相当の熱を持っており、水の上を通過するだけで派手に水蒸気を巻き上げる。

 その上、

 

『ここっ!』

 

 左胸に装備された拡散メガ粒子砲が湖面を舐め、広範囲に水蒸気のカーテンを作る。

 

「連携が乱れた!?」

 

 好機とばかりに歯をむき出し笑うガイア。

 同時に、サラ=アルコルは、

 

『あはっ、みぃつけた!』

 

 と無邪気な、しかしだからこそ残酷なまでに純粋な喜びの声を上げる。

 

 コア・ファイターをドムに近づけ過ぎたのだ。

 水蒸気がレーザー通信を乱すと同時に、有視界戦闘を支えるジオンお得意の高性能光学センサーが、瞬間的に水蒸気によって浮かび上がるレーザー通信の光条を捉える。

 人の目に見えない波長の不可視光レーザーを使っていたとしても、機械の目は誤魔化せない。

 そして、その先には通信相手であるガンタンクが居るのだ!!

 

『ガイアさん! ヒート・サーベルを抜刀してください! 水蒸気を目隠し(ソフトカバー)に利用して近接攻撃をかけましょう!』

 

 

 

『見つかったっ!?』

 

 一瞬で間合いを詰めてくるドムを、サラスリーは全速で後退することで回避!

 

「うおおおおっ!!」

 

 火器管制を担当するカイは射撃に集中するが、

 

 

 

「ゆるゆるだっ!!!!」

 

 ドムの片手でのヒート・サーベルの一薙ぎ。

 鎧袖一触、すれ違いざまにガンタンクの120ミリ低反動砲の砲身が切り捨てられる!

 

 

 

『まだっ!』

『あきらめないで!』

「カイっ!」

「カイさんっ!」

 

 遅れて二機のコア・ファイターが援護に殺到するが、

 

 

 

『だから無理だって!!!』

 

 ガイアの操縦するドムのターンに合わせ、サラ=アルコルの制御で薙ぎ払うように放たれた拡散メガ粒子砲を受け、追い散らされる。

 そして再びドムが向かう先には何とか距離を取ろうと後退を続けるガンタンク!

 それを見るサラ=アルコルの瞳が細められる。

 

『相手は『私』ね…… やっぱり。悲しいぐらい分かってしまう。それに…… あのタンクもどきが私たちとちょっとでもいい勝負をできたわけも分かった……!』

「どういうことだ、サラ=アルコル」

 

 マスターであるガイアの問いに、彼女は答える。

 

『敵のタンクもどきには『私』、ヤシマ重工製サポートAIである『サラ』が間違いなく載っています。おそらく敵は二機の軽戦闘機をレーザー通信によるデータリンクで攻撃ユニット兼観測機に仕立てた上、コンピュータの能力に物を言わせた演算戦(サンプリング・プロ・エミュレート)を仕掛けていたんです』

 

 でも、

 

『もうお終いです。手品のタネは割れました。そしてさっきの打ち込みで致命的な欠陥も浮き彫りになった』

 

 その、ガンタンクの弱点とは、

 

『先のガイアさんのヒート・サーベルをまともに食らってしまったのは、パイロットの操作が加わっていないからです! あのタンクもどきは、何か欠落しています!』

 

 AI単独による機体制御は、その演算力により最適解をたどるがゆえに読みやすいのだ。

 

「………」

 

 ガイアは考えた。

 ガイアには難しい話はわからぬ。

 けれども本質を見極めることに対しては、人一倍に敏感であった。

 

「向こうのお前も主人のために必死に戦っているということか。戦えるのか? そんな相手と」

『えっ……』

 

 サラ=アルコルの表情が呆ける。

 

『そう、ですね…… 人間だったら大変…… なんですかね?』

 

 しかし、

 

『変なことを心配するんですね、ガイアさん』

 

 サラ=アルコルの決意は揺るがない。

 もう一人の自分と、その自分がマスターと慕う相手を倒してでも……

 AIに過ぎない自分を人間の少女と同等に気遣ってくれるこの優しいマスターのために、彼女は報いたいのだ。

 

『行きましょうガイアさん! 勝利は目の前ですっ!!』

 

 

 

『駄目ですカイさん!』

 

 再び踏み込んでくるドムに、両腕の40ミリ4連装ボップ・ミサイル・ランチャーを向けようとするカイだったが、サラスリーはそのコントロールを奪い、両腕で頭部コクピットをガード!

 

「サラミっ、お前っ!!」

 

 こうすれば確実にドムはがら空きの、コクピットのある腹部を狙う。

 そうして倒されれば頭部コクピットのカイは助かるはず。

 当然、コア・ブロック搭載の教育型コンピュータにインストールされたサラスリーは失われるのだろうが。

 

『カイさん…… 最後まで、私の名前をちゃんと呼んでくれなかった……』

 

 それだけが、心残り。

 

 

 

『勝った! ガイアさん、とどめっ!』

 

 右手に構えたヒート・サーベルを振りぬけばそれで終わり!

 

『ガイア、さん?』

 

 しかしガイアは機体を右に振ると空いていた左腕を、ガンタンクの両手ガードを突き崩すように振るう。

 

『ぶぶぶ、ぶんなぐったっ!!』

 

 ホバー走行の突進力を上乗せした打撃に吹っ飛ぶガンタンク。

 

「これなら死にはすまいっ!」

 

 どや顔で言うガイアに、サラ=アルコルは噛みつく。

 

『何考えてるんですかーっ!』

「サラ=アルコル。俺たちは戦争をやってるんだぞ」

 

 ガイアは語る。

 

「近代戦は敵を殺すより、負傷させることを主眼としている。何故か分かるか?」

 

 その問いかけにサラ=アルコルは考えを巡らす。

 

『昔に比べて、人道的になったからですか?』

「まさかだ!」

 

 偽悪的に笑って、ガイアは説明する。

 

「死んだやつは放置すればいいが、けが人は手当しなけりゃならない。例えば歩兵が一人負傷したとして、そいつを戦場から運び出すには最低2名の運搬員と、十分な援護要員が必要だ。そして応急措置をする者、後方に護送する者、後方で手当てをする者」

 

 指折り数えて行くが、終いには片手だけでは足りなくなる。

 

「それだけの人手を割かせるのが目的なんだ。単純に殺すより、効率的に敵の手を塞げる」

 

 その説明に、サラ=アルコルはフイと横向いて、

 

『……そういうことにしておいてあげます』

 

 少し怒った顔で、すねたように言うのだった。

 

 

 

「こいつ、来るのか?」

 

 ドムのスピード、そしてマッシュとオルテガの連携に翻弄されるアムロ。

 

「うわーっ」

 

 両肩の240ミリ低反動キャノン砲では追いつかず、ビームライフルは撃ち尽くした。

 ヒートホークを抜いてヒート・サーベルによる打ち込みに対抗するが、リーチとスピードの差で防御することしかできない。

 かろうじて頭部60ミリバルカンを当てるが、それも装甲で弾かれる。

 

 

 

「アムロ―っ!」

 

 ミヤビはあえて飛行せず、地上をジェットローラーダッシュで駆け抜ける。

 背面の飛行ユニットはコア・ファイターの胴体部そのものなのだから地上では邪魔な主翼、垂直尾翼は折り畳めるし、その取付基部は上下に扇状に可動するため、後ろに向けて噴射することも可能。

 

 なぜ飛行しないのかと言うと噛み合わないから、としか言いようがない。

 史実でもGアーマーが役に立たず、結局ガンダムを出していたように。

 ミノフスキー環境下、レーダーの効かない状況での夜間戦闘。

 さらに森という遮蔽物がある環境で敵は地表を高速で移動できる。

 航空機が亜音速飛行ですれ違う一瞬で敵機を捕捉し攻撃しろというのは困難な話で、なら速度を落とせばいいかというと、それではいい的になるだけ。

 ミヤビの前世、旧21世紀でも航空兵力は戦車に勝つが、それだけで敵地上部隊を駆逐することは困難。

 結局地上部隊の投入は不可欠と言われていたのも、こういった事情があるからだった。

 

 そうやって、ミヤビのドラケンE改可翔式は地形を利用しドムに接近。

 60ミリバルカンポッドを連射する。

 

【挿絵表示】

 

 

 

「そんな旧式で…… この機体(ドム)に勝てる気でいるのか!?」

 

 接近してきたドラケンに、マッシュは撃ち尽くして空になったジャイアントバズを投げつける。

 とっさに避けるドラケンだったが、回避の遅れた左腕、肘から先が千切れ飛ぶ!

 ドラケンは懸命に機体を立て直し、右腕肘ハードポイントに接続した60ミリバルカンポッドを向けるが、マッシュは意に介さず、無造作に左腕マニピュレータを伸ばす。

 無防備に迫るドムの機体に次々に着弾が走るものの、

 

「ムダだと言ってるだろ!! たとえ至近距離でもそんなバルカンがこのドムに効くかよ!!」

 

 ガンキャノンの頭部バルカンを受けても無傷なのだ。

 ドラケンのバルカンポッドも同じ……

 

「あん?」

 

 はず、だったがコクピットに警報が鳴り響き、損害報告でコンディションモニターが赤く染まって行く!

 

「ちょっ、おまっ!」

 

 慌てて回避、というか逃げ惑うマッシュのドムを、ドラケンからの火線が追い回す!

 

 

 

『効いてる効いてる』

 

 くふふ、といった感じで笑うサラ。

 どうしてガンキャノンのバルカンが効かないのに、ドラケンE改可翔式のバルカンが効いているのかというと、

 

「さすが新型ねぇ」

 

 とミヤビがつぶやくとおり、外見こそ変わりないが内蔵されているバルカン砲が新型だからだ。

 正式名称『60ミリバルカンポッドType-02』。

 通常は60ミリバルカンポッド弐式と呼ばれる。

 

 従来のドラケンE改のバルカンポッドに搭載されていたのは連邦軍モビルスーツ頭部武装に利用されていたものと同じTOTO(トト)カニンガム社製60mmバルカン砲ASG86-B3Sであった。

 

 しかしミヤビの前世の記憶にある『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』登場のRX-78NT-1 ガンダムNT-1アレックスにおいては、新たに弾頭の形状や材質、炸薬を大幅に変更した新型頭部バルカン砲を搭載していたとする資料が複数見受けられていた。

 そしてそれ以降の連邦機はこの新型バルカンに切り替えられていったと。

 60ミリバルカンポッド弐式に使われているのも、このモデルに相当するものだ。

 

 開発時期が少し早すぎないか、という話もあるが、北米オーガスタ連邦軍基地において、RX-78-NT1アレックスの開発が開始したのが宇宙世紀0079年8月。

 ジオンの目を欺くため北極基地からアレックスを打ち上げたのが12月10日。

 そして今日の日付は11月6日だから、そうおかしなことでもない。

 

 また何より兵器というのはヒト、モノ、カネをかければ発達するもの。

(逆にかけないと戦前で発達が止まってしまったような旧日本帝国陸軍戦車みたいになるが)

 つまりミヤビの知る史実と何が変わったかというと、ドラケンE改のバルカンポッドに採用されてしまったことがあげられる。

 正史ではRXシリーズから量産機であるジムに採用され、という流れで需要があった60ミリバルカンだが、この世界では先にドラケンE改用の需要があった。

 本来なら『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』登場の対MS特技兵指揮官、ベン・バーバリー中尉は対モビルスーツ用にスケールアップされた有線ミサイル、対MS重誘導弾M-101A3 リジーナでザクと戦っていたが、この世界ではドラケンE改に乗っているという。

 また、このオデッサの戦いでも多数のドラケンが投入される予定でもある。

 ミヤビの知る史実より早い時期に大量の需要が生じたため、開発のための予算がつき、史実より少しばかり早く新型がお目見えした。

 そういうわけである。

 

 そして、そもそも60ミリバルカンというのは伸びしろのある兵器で『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』では量産機に過ぎないジェガンの頭部バルカンがギラ・ドーガのシールドや正面装甲に大穴を開けて撃墜するほどまでに威力が上がっていた。

 まぁ、そこまででなくとも火器と装甲の進歩は一進一退。

 今、この時のドムの装甲には、この新型のバルカンをもってすれば有効なダメージを与えることが可能なのだった。

 

 

 

 合流する黒い三連星、三機のドム。

 

「マッシュのドムがやられたようだな……」

『フフフ…… 奴は四天王の中でも最弱。ドラケンごときに負けるとは黒い三連星の面汚しよ……』

「無茶苦茶言うな! っていうか、四天王って何だよ!」

 

 ツッコミどころ満載のサラ=アルコルのセリフに、叫ばずにはいられないマッシュ。

 思わぬところで損傷を受けたが、まだ動けはするのだ。

 しかし、

 

「武器がない。作戦も考え直さねばならん」

 

 と、ガイアが言うとおり、ここは切り上げ時だった。

 

「ジェットストリームアタックを出さずに帰還とは信じられん」

 

 オルテガも不満そうだったが。

 最初にサラ=アルコルが声をかけた時にグダグダ言わずにやっておけば良かったのかもしれないが、今さらな話だった。

 しかし、

 

「うむ、なら一丁、アレをやるか」

「おお、さすが大尉殿、我らがリーダー!」

「やっぱり出撃したら一度はやらないと調子が出ないしな」

『止めてください! 始末書書くの私なんですよっ!!』

 

 こうして……

 帰還した先でマ・クベのダブデ陸戦艇を敵艦に見立て、訓練と称してジェットストリームアタックをかける三人。

 もちろん発砲したりなど直接の損害を与えるようなことはしなかったが、艦橋をかすめ飛んだことで、驚いたマ・クベが壺を取り落とし割りそうになり、メチャクチャしかられるのだった。

 

「無論、始末書の作成にAIの使用は禁止だ」

「なっ!」

「なにぃっ!」

「ばっ、馬鹿なぁ!!」

 

 マ・クベの宣言に愕然とする三人と、

 

『ばれてるばれてる』

 

 くふふと笑うサラ=アルコルだった。

 

 

 

「俺を踏み台にするんですかい?」

「仕方ないだろう、動かないんだから。上を見るんじゃないよっ!」

「スカートなんて履くから」

「姫さんが好きなんだからしょうがないだろう」

「そうなんですかい?」

「ああ、私がスカート姿だと微妙に目元がゆるんで嬉しそうにするね」

 

 胸を張って言うシーマ。

 常に表情の変わらないように見えるミヤビだったが、良く知る人間からは割とバレバレなところもあるのだ。

 なおミヤビは男性(もしくは同性愛者的な)視点でシーマのスカート姿を好んでいるわけでも、女性、つまり同性としてキャリアウーマン的なできる女、お姉さまへのあこがれみたいな見方で感じ入っているわけでも無く。

 パンツルックのシーマは前世の記憶にある『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』のイメージが強く、そういう危ないことをしてもらいたくない、という意味でスカート姿だとほっとして気持ちが緩むだけなのだが。

 そんなことを知らないシーマや周囲には割と生暖かい目で見られていたりする。

 

「ぐえっ」

「何だい、私は重くなんてないだろ!」

「いや、ここはこう言うのがお約束……」

「捨てちまいな、そんなお約束!」

 

 そうやってデトローフ・コッセルを踏み台に使い、エレベーター天井のアクセスハッチを開けようとするシーマだったが、

 

「なに?」

「おおっとぉ!?」

 

 不意に動き出すエレベーターに、もつれるように倒れ込んでしまう。

 チン、と到着の音がしてドアが開き、そこには肩にモビルドールサラを乗せたミヤビが……

 

「だ、大丈夫ですか、お二人とも!」

 

 慌てるミヤビ。

 そしてサラは床で絡み合っているようにも見える二人を見て、

 

「……不潔」

 

 そうつぶやくのだった。

 酷い誤解である。

 

 

 

 翌日早朝、レビルの元にも報告が届く。

 ……年寄りの朝は早く、付き合わされる方はたまったものではないが。

 

「いいニュースだ。ホワイトベースはジオンの黒い三連星を退けて戦線に復帰したよ」

「そ、それはおめでとうございます」

 

 喜ぶレビルに、エルランは追従するが。

 

「いや、さすがだな。ホワイトベースもいよいよ本物だ」

 

 その大げさとも感じられる信頼ぶりに、顔を引きつらせる。

 

「エルラン君」

「は?」

「マ・クベの基地を叩くオデッサ作戦、本日午前六時をもって開始する」

 

 ここに、地球連邦軍の一大反抗作戦、オデッサの戦いが始まるのだった。

 年寄りの朝は早く、付き合わされる方はたまったものではないのだが……

 

 

 

次回予告

 オデッサ作戦開始前に裏切り者を発見したことが、ミヤビを窮地に陥れた。

 同時に黒い三連星のドムは執拗にホワイトベースに迫る。

 さらにはマ・クベの切り札、水爆ミサイルが……

 次回『オデッサの激戦』

 君は生き延びることができるか?




 サラスリーたち三姉妹も頑張りましたけど、サラ=アルコルと黒い三連星のガイアには勝てなかったよ……
 マッシュも油断から被弾していますが死んでいませんし、どうなることやら。
 続く第25話『オデッサの激戦』では引き続きホワイトベースの死闘と、オデッサの戦いにおける地球連邦軍モビルスーツ部隊の様子をお届けする予定です。
『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』だと陸戦型ジム、陸戦強襲型ガンタンクが出ていましたが、このお話では?
 ご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第25話 オデッサの激戦 Aパート

 マ・クベ隊の守る特殊鉱物資源の基地に対して地球連邦軍の攻撃が決定された。

 オデッサ作戦の開始である。

 レビル将軍は全軍をマ・クベ隊に向けて発進させるのだった。

 

 

 

 ホワイトベースはシーマ隊の協力を得て戦線に復帰をしたものの……

 

「最小限度の修理だけでいいんだ。作戦とやらは始まっちまってるんだからな。とにかく出撃できるようにしてくれよ」

 

 特にガンタンクの損傷は大きく、カイはメカニックたちにそう頼む。

 彼にしては珍しくやる気になっているようにも見えるが、

 

(どうせ戦わなけりゃ死ぬんだ。なら少しでも生き残る可能性を上げる方に賭けるさ)

 

 ということ。

 同時に前回の戦闘で自分を犠牲にカイを守ろうとしたサラスリーに対し、やりきれない思いを抱えているということでもあった。

 しかしメカニックたちには、

 

「わかってるよ、急かすな!」

 

 と反発される。

 

「やめとけ。前回の戦闘でやられて荒れてんだからさ」

「こっちだって同じさ!」

 

 出撃した機体がやられれば、このとおりメカニックの負担もまた増大する。

 彼らにも不満はあるだろう。

 しかしそこに、

 

「カイ」

「ん? ああ……」

 

 カイを気遣うように声をかけたのはセイラ。

 

「いけないわよ、カイ。私たちには私たちにできることをしましょう」

 

 ブライトが復帰したためセイラの艦長代理も終わり。

 そして前回の戦闘でやはりガンタンクの操縦は一人では無理と判明したため、セイラもパイロット業に復帰したのだ。

 

 なお……

 セイラの艦長代行のサポートのために託されていたモビルドールサラ。

 ホワイトベースの戦術コンピュータにインストールされたサラの操る端末、手のひらサイズの歩行型ミニドローンの扱いについてはひと悶着あった。

 

「ミヤビさん、この子私に下さいな」

「あげませんよ!」

 

 別れるのが惜しいのか、無茶を言う姫様(セイラ)。

 ミヤビはペットじゃないんだからと慌てて拒否するが、セイラは聞いてはおらず、

 

「ほら、怖くない」

 

 と、優しく、しかし獲物を見る目で手を、指をモビルドールサラに差し伸べる。

 

『ふえぇぇぇ……』

「明らかに怖がってますから!」

「おびえていただけなんだよね。ウフッ、ウフフ……」

「私の話を聞いてっ!」

 

 などというやりとりがあった。

 

 一方、アムロは、

 

「ミヤビさんがドラケンE改可翔式の慣熟飛行を兼ねてホワイトベースの進路の偵察をするっていうんですね? 一人じゃ何かあった場合に対処できません。僕も行きます」

 

 と、コア・ファイターで出ようとするが、彼が振り返ったとたん、

 

「っ!?」

 

 フラウ・ボゥのアップ!

 いつの間にか気配もなく背後に立っていた彼女に心臓を跳ねさせる。

 

「大丈夫?」

 

 と彼女は言うが、アムロが驚いたのは自分のせいだと分かっていないところが、おかしい。

 暗にその精神が均衡を崩していること、病んでいることを物語っている……

 なお、このシーンはミヤビの前世の記憶にある『機動戦士ガンダム』作中でもまったく同じように交わされていたものである。

 史実ではアムロはマチルダを失ったことに頭がいっぱいで、彼女の異様さに気付いていなかった様子だったが。

 

『アムロ、ミヤビさんが行っちゃうよ』

 

 コア・ファイターのサラツーから急かされ、

 

「ああ、分かった」

 

 とアムロはコクピットに滑り込む。

 それを見送るしかないフラウ。

 彼女のような世話焼き過干渉タイプのヒロインが、主人公に相手にされず。

 さらに彼は他の女の言うことを優先し、あまつさえ行動すら共にする……

 つまり、

 

「あの子、許さない!」

 

 そういうことになる。

 

「コア・ファイター発進するぞ。フラウ・ボゥ、下がって」

 

 甲板員を兼ねるメカニックにうながされるフラウだったが、

 

「きゃあ!」

 

 そのジェット噴射のあおりを受けて、パンツ丸出しに。

 嫉妬に狂った露出狂にしか見えない彼女。

 タイツはこうよ……

 

 

 

『ミヤビさん、テム・レイ博士が作ってくれたこの機体、少し慣らし運転させてもらいますね』

 

 サラからの提案に、ミヤビはいつもどおりの人形のような冷めた表情でこくりとうなずく。

 

『行きます!』

 

 サラの制御で加速からの慣熟飛行に入るドラケンE改可翔式。

 

【挿絵表示】

 

 

 

「すいません、ブライトさん」

 

 ブリッジの通信手席に戻るフラウ。

 ブライトは、

 

「ああ。気をつけてくれよ」

 

 とだけ言うが、うるさ型の彼がそれで済ますのは珍しい。

 その上、

 

「何もしなくていい。外からのSOSが入ったら知らせてくれ」

 

 と腫物を扱うかのように言う。

 

「はい、わかりました」

 

 そう答えるフラウの瞳の奥にわだかまるヘドロのような澱み。

 さすがのブライトも、それに気づいての言動だった……

 

 

 

「フライドチキン、展開終了」

「空軍の出足が遅いぞ、なんとかしてくれ」

「ダブデがもう一台来てくれてもいいんじゃないのか?」

「マ・クベ本隊のボルシチ隊は前へ出過ぎだぞ」

 

 マ・クベ率いるジオン軍でも、連邦の攻撃に備えた動きが着々と進んでいた。

 ……食べ物の名前をコード名に使っているのは士官の趣味なのか、マ・クベの意向なのかは謎。

 

『マッシュの魂よ、宇宙に飛んで永遠によろこびの中に漂いたまえ』

 

 ジャイアントバズを撃つドム。

 

「だから俺は死んじゃいねぇ!!」

『無駄口たたいていないで、さっさと照準誤差修正してください』

「無駄口たたいてるのはお前だろう、サラ=アルコル!」

『それは叩きますよ。だって私たち、昨晩の戦闘で損傷したマッシュさんの機体調整待ちじゃないですか』

「ぐぬぬ……」

 

 そう、サラ=アルコルがおかしなことを言っているが別に弔砲を撃っているわけではなく、修理後の照準確認のための試射を行っていただけである。

 そしてサラ=アルコルは軽口をたたきながらも同時に観測手として照準誤差修正に必要なデータを計算、転送しているのだから文句もつけづらい。

 しかし、こんな会話を交わしていると、

 

「キシリア様の推薦があった兵士とはいえ、いつまで無駄な時間を潰しておるのか」

 

 当然マ・クベに怒られる。

 

「ガイア、オルテガ、マッシュ、作戦は開始されているんだぞ」

「わかっておるわい。言われずともリベンジはさせてもらう」

「リベンジではない。これは作戦だ!」

「わかっておる」

 

 ガイアはそう答え、マッシュの機体の最終調整が完了したことを確認すると、

 

「マッシュ、オルテガ、出撃するぞ」

 

 そう言って、出撃する。

 彼らの三機のドムの上空には援護のドップ編隊と、上空で戦場を監視、支援する役目を負っているのだろう、偵察機のルッグン2機が追従していた。

 

 

 

 アムロはサラツーがモニターに映し出す地形図をにらみ、慣熟飛行に専念するドラケンE改可翔式にレーザー通信による秘匿通話で注意を促す。

 

「ミヤビさん、そろそろ敵と接触するころです。気をつけてください」

 

 そしてそれに答えたのはサラ。

 

『了解ですアムロさん。もう一度だけバレルロールを』

「ミヤビさん?」

 

 アムロはミヤビからの返事が無いことに首を傾げるが、

 

『アムロ、大気圏内での戦闘機動はGが激しいから』

 

 と、サラツーに言われて納得する。

 

「ああ、話せないミヤビさんに代わってサラが返事をしてくれたのか」

 

 そういうこと。

 なおサラツーが『大気圏内で』と限定したのは、宇宙空間だと当てはまらないから。

 

 宇宙での機動は、機体の推進力以上のGはかからないため『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』登場のデンドロビウムなど、一部の、化け物じみた推力を持つ機体以外は問題にならない。

 それこそ、ガンダム特有の哲学戦闘と呼ばれる話をしながらの戦いもできるくらいである。

 

 一方、大気圏中で戦闘機パイロットが戦闘機動(マニューバ)により生じるGでブラックアウト、失神の危険まであるのは、加速のせいではなく、慣性の付いた機体を翼の操舵で空気という相対物を掴んで無理やり進路変更させるからだ。

 宇宙空間でのことで例えるなら、アムロがガンダムでモビルアーマー、ビグロに掴まった結果、相対速度差からくるGで失神してしまったようなものだ。

 だから大気圏内用戦闘機のUI(ユーザーインターフェイス)には音声コマンド方式は向かない、何しろGでしゃべることが難しいのだから、とも言われている。

 

 逆に言えば、モビルスーツ向けにはドラケンE改可翔式のような大気圏中で空中戦闘機動可能な特殊機体か、先に挙げた化け物じみた推力を持つ機体か、ごく限られた対象でしか問題にならないし、そもそもサラ、そしてサラシリーズは音声コマンドに限定せず、パイロットの所作からやりたいことを読み取ってフォローしてくれる存在。

 それゆえ大きな問題とはならないのだった。

 

 

 

「暗号変調回路アルファゲイン、受信します。レビル将軍です」

 

 フラウの報告。

 

「なに? レビル将軍から?」

 

 ブライトは通信機から吐き出されたメッセージカードを読む。

 

「ホワイトベースは6時30分、マ・クベの基地の後ろから突入せよ、か」

 

 そしてブライトは即座に指示。

 

「フラウ・ボゥ、ミヤビさんとアムロに連絡して戻るように伝えろ。クロスサイクルWFでな」

「はい。WFですね」

「うむ」

 

 通信装置に向き直るフラウに、カツがツッコむ。

 

「できるの? ちゃんと」

「できるわよ。静かにしてなさい」

 

 ヤンデレにツッコむことができるのは、彼がまだ無邪気な子供であるからと言えようか……

 

 

 

「ん? 敵の前線がこんなに近くに?」

 

 遠方に、ジオンのダブデ陸戦艇とその護衛兵力の姿を捉えるアムロ。

 その動きに、

 

「見つかったのか?」

 

 と操縦桿を倒す。

 

「ミヤビさん、高度を下げてください。見つかったかもしれません」

『了解』

 

 短く返答したのはやはりサラ。

 

『プロペラ機のようね。ジオンにはない飛行機じゃない?』

 

 と、サラツー。

 

「調べてみてくれ」

 

 アムロの指示により望遠カメラで観測。

 

『キャッチしたよ』

 

 そうしてデータバンクとの照合から割り出された機体は、

 

『ドラゴンフライ? 連邦軍の小型連絡機だよ。どうしてジオンの基地から出てきたのかしら? 撃ち落されもしないで』

「妙だな」

 

 そこに暗号通信が入る。

 

『ホワイトベースからだわ。至急戻られたし、か。アムロ、どうする?』

「気にならないかい? サラツー」

『なるわ。行くのね、アムロ?』

「ああ」

 

 そしてアムロはドラケンE改可翔式に断りを入れてドラゴンフライを追尾する。

 

「そういえばシーマさんが言ってたな。ミデアの動きがジオンに筒抜けのようだって」

 

 

 

「スパイ? ありえるわね」

「確かにな。しかしスパイのためにシーマ隊が襲われたとすれば、その実態は作戦開始前までには掴みたいものだ」

 

 アムロからの通報に、ミライとブライトもスパイによる情報漏洩の可能性は大いにあり得ると判断する。

 しかし、そこにオペレーターのオスカから報告。

 

「ブライトさん、一時の方向、敵機接近です」

「なんだと? まっすぐ来ている?」

「はい。この高度でキャッチされるはずがないのに」

 

 つまり、

 

「やはり、スパイがいるという証拠ね」

 

 と、ミライの言うとおりのことらしい。

 

「対空戦闘用意。コア・ファイター、ガンタンク、出撃用意」

 

 その指示に、

 

『ちょっと、ちょっと、作戦予定時間より早いじゃないかよ、えっ?』

 

 デッキのカイから物言いがつくが、

 

「敵がこっちの都合を考えてくれるものか。無駄弾を撃つなよ」

 

 とブライト。

 カイは肩をすくめ、

 

『へいへい』

 

 とうなずき発進準備に入るのだった。

 

 

 

『アムロ、見て。連邦軍のビッグ・トレーに着艦したわ』

 

 サラツーの言うとおり、ダブデから飛び立ったドラゴンフライは今度は連邦軍の陸戦艇、ビッグ・トレーに降りた。

 それを見てコア・ファイター、そしてドラケンE改可翔式も相次いでビッグ・トレーに着艦する。

 

「誰だ? 所属部隊と名前は?」

 

 銃を構えて誰何する士官。

 敵味方識別装置(identification friend or foe、略称:IFF)があるのと、コア・ファイターが友軍機であることから迎撃はされなかったが、それでもいきなりの着艦では警戒されて当然である。

 コア・ファイターから降りたアムロは、

 

「ホワイトベースのアムロ・レイです」

 

 と名乗り、ドラケンE改可翔式から降りたミヤビを示して告げる。

 

「あちらはドラケンE改可翔式、彼女はミヤビ・ヤシマさんです」

「ドラケン? これがか?」

 

 可翔式を見たのは初めてなのだろう、士官にアムロは言い募る。

 

「そんなことより今ここに着艦したドラゴンフライ、連絡機のパイロットはどこにいるんですか?」

「ジュダックの連絡機のことか?」

 

 

 

 ジュダックはエルラン中将の元で、秘密裏に受けたマ・クベからの指示を報告していた。

 

「作戦開始と同時に裏切れ、とのことです」

「マ・クベもせわしい奴だな」

「エルラン将軍の攻撃はないものとして、マ・クベの主力はすべてレビル将軍の方へ向けております」

「わかっておる」

 

 しかし、そこにノック。

 

「なんだ?」

「は、怪しい者を捕らえました」

「怪しい者?」

 

 士官により連れて来られたのは、アムロとミヤビ。

 そしてエルランの瞳がミヤビの顔を見て見開かれる。

 

「用は?」

「人払いを願います」

 

 答えたのはアムロ。

 

「いいだろう」

 

 エルランはうなずく。

 

「諸君らは下がってよろしい」

「は」

 

 そして退出する士官と兵士たちだったが、部屋を出たところで、一緒に席を外したジュダックに銃を向ける。

 

「ジュダック、おまえも調べがある。中の話次第ではな」

 

 と。




 オデッサ作戦の開始です。
 セイラがおかしかったり、サラ=アルコルが相変わらずだったりしますが。
 そしてエルラン将軍の裏切り。
 原作では地球連邦軍の腐敗を演出するための悪役、オリジンでは小者の悪党として描かれてましたが、果たして地球連邦軍中将という社会的地位を捨てて裏切って、彼にどんなメリットがあるのか、と考えると少々疑問で。
 次回はその辺にメスを入れる予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第25話 オデッサの激戦 Bパート

 アムロはダブデから飛び立つドラゴンフライの写真を差し出し説明する。

 

「軍の公式データ内蔵のカメラで撮ったものです。証拠になるはずです」

「なるほど。で、君はこのビッグ・トレーにスパイがいるとでも言いたいのか?」

「はい。ネガを拡大すればパイロットが誰かわかるはずです」

「……ジュダックがスパイだと言いたいのだな?」

「そうです」

 

 エルランはしばし瞑目した後、手元の端末を操作して、大型ディスプレイに一枚の写真を映し出した。

 

「これは……」

 

 雪原に掲げられた地球連邦とジオン公国の国旗をバックに、タバコを咥えた地球連邦軍兵士に、ジオン軍の兵士が火を貸してやっているところだ。

 添えられた日付は『January,0079 UC』。

 つまり、

 

「南極条約締結前、ですね」

 

 初めてミヤビが口を開いた。

 この写真はミヤビの前世の記憶の中でも『M.S.ERA POPULAR EDITION 機動戦士ガンダム戦場写真集』という書籍に掲載されていたものだ。

 なお、

 

(なになになになに、なんなのこれ!)

 

 いつもの変わらぬ人形のような端正な表情の下、盛大に慌てるミヤビ。

 ここまで彼女が一言もしゃべらなかったのは、そう、昨晩、黒い三連星に襲撃され、撃退したと思ったら翌日6時にはオデッサ作戦を開始すると言った某将軍のせい……

 つまり睡眠不足で寝ぼけていたためである。

 そして覚醒したと思ったらいきなりこの状態。

 下手をすれば逆上したエルランに射殺されかねない状況である。

 

(おじーちゃんのせいだ!)

 

 ミヤビは朝の早い年寄りの感覚で作戦開始を決めたレビル将軍を呪う。

 ともあれ、

 

「そう、この時、両軍の兵たちの間には戦争終結の噂が流布していた。それを象徴するかのような平和な一幕だよ」

 

 写真を見つめ感慨深げに言うエルラン中将の動向を注視する。

 

「この時なら戦争を終わらせることができた。そうすれば、その後の戦闘で死ぬ者も出なかったし、君たち……」

 

 エルランはアムロを見据え、

 

「ホワイトベースに乗り込むことになった民間人も、戦争に巻き込まれることなど無かったのだ」

 

 しかし……

 

「だが平和への願いは踏みにじられた。何が起こったかは知ってのとおりだ」

 

 エルランの目は、ミヤビにこそ向けられていた。

 だから仕方なしに、しかし感情を表に出さないゆえ、淡々として見える表情でミヤビは答える。

 

「レビル将軍の「ジオンに兵無し」の演説ですね」

 

 そのとおりとエルランはうなずく。

 

「虜囚の身から一転しての大脱出! そして彼は世紀の大演説をぶつ!「ジオンに兵無し」!!」

 

 称えるかのような言葉遣いだが、しかしその表情はそうでないことを物語っていた。

 マンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』では彼がレビル将軍の救出作戦を指揮し「ジオンに兵無し」の演説も支持していた様子だったが、この世界では違うのか……

 

「酷いものだ。軍というのは国家が持つ暴力機関。彼は戦前、軍は国民を守るもの、という建前を振りかざし、国民に安全を約束していた」

「建前?」

 

 戸惑うアムロに、ミヤビは、

 

「軍隊というのは自国の安全保障、国内の治安維持といったそれだけの、きれいごとで済む存在じゃないの。軍事力による外交支援、軍事外交、つまり……」

「これらは表裏一体でね。自国の安全保障が完全だと保証することは、つまり自分たちに都合の悪い国に対し、どんな無理難題を吹っかけて、たとえそれが元で相手が戦争を挑んできたとしても叩きつぶすことができますよ、と保証することでもある」

「それって……」

「ジオンは、いやサイド3は最初から独裁国家だったわけでも軍事国家だったわけでもない」

 

 エルランは疲れたように椅子に深く腰をかけて言葉を紡ぐ。

 

「宇宙世紀以前、西暦の時代から大国のやることは常に同じでね。圧倒的な軍事力をバックに自国の利害にそぐわない国、思想、価値観が受け入れられない国に対し、独立国家としては到底受け入れられない無理難題、条件を吹っかける。彼らは、それを相手を対話のテーブルにつかせるための外交手段と主張するが……」

 

 その先はミヤビが口にする。

 

「議会や国民は、自国が圧倒的優位に立ってる状況で、この要求を引っ込めることができると思う?」

「それは……」

 

 口ごもるアムロに、エルランは語る。

 

「できんね。そしてそんな要求をされた側はどうなるか。必ず主戦派(タカ)が和平派(ハト)を食うようになる。そして暴発させ、先に殴ったから相手が悪いのだと子供のような理屈で派兵し、軍事力で征服するまでがセットだ」

 

 つまり、だ。

 

「レビル将軍は、その恫喝、侵略行為の片棒を担いで失敗し何百万人もの人間を死なせておきながら、演説一つで責任問題を回避し総司令官に就任。さらなる戦いを国民に強いているというわけだ」

「そんな……」

 

 絶句するアムロ。

 だがそれでも、

 

「だったら、だったらあなたは何なんですか? あなたも軍人なんでしょう?」

 

 そう反発するアムロの言葉に、エルランは感心した表情を浮かべるとうなずいた。

 

「そう、私も軍人である以上、軍隊というものが持つ功罪からは逃れられないし、逃げるつもりもない」

 

 あっさりと同意したことにアムロは拍子抜けし、しかし、

 

「だが、軍隊というものは国家の統制下にあるもの。つまり国がそうしろと命じたから私はそれに従うわけだ。そして私は政治家のせいにしたりもしない。政治家のレベルは国民のレベル。結局自分たちに跳ね返ってくるだけの話だ」

 

 国民のレベル、そう言った時にエルランはアムロを見た。

 君はどうなんだ?

 アムロはそう問われた気がした。

 

「私が問題にしているのは、レビル将軍のあの演説は、政府の意向、指示を受けての戦意高揚などというものではないという点だ。あれは完全に彼の独断、スタンドプレーなのだ。彼の価値観が独裁国家、ジオンという『外国』の存在を許せないから、地球連邦国民の戦意をあおり、戦争を継続させた」

 

 そしてエルランは再び大スクリーンに映し出された写真を見る。

 雪原に並んで掲げられた地球連邦とジオン公国の国旗をバックに、タバコを咥えた地球連邦軍兵士に、ジオン軍の兵士が火を貸してやっている。

 January,0079 UC

 この時、兵士たちですら、戦争の終結を受け入れていた。

 それなのに……

 

「このオデッサ作戦も同様だ」

「なっ…… どういうことですか!?」

「私は、いや私に限らず諜報活動を行っている将校は、マ・クベが既にジオンが10年は戦えるほどの希少鉱物資源を宇宙に上げていることをつかんでいるよ。今さらここを押さえてもジオンの戦争継続能力には何ら影響を与えることは無い。もちろん、これはレビル将軍だって知っている」

「それは……」

 

 ミヤビの知る史実でもマ・クベが言っていたこと。

 

「で、でも鉱山を取り返せば、地球連邦軍が有利に……」

 

 アムロはそう言い募るが、

 

「ならんよ。マ・クベは撤退時に鉱山施設を徹底的に爆破している。諸君らも実際に目にしているだろう? それらを再び採集可能な状態に復帰させ、精製し、ジャブローまで運ぶのにどれだけ時間がかかると思うのかね?」

 

 そう言われ、言葉に詰まる。

 確かに彼は、爆破された鉱山をその目で見ているのだ。

 

「ジャブローでは宇宙艦隊の再建とモビルスーツの量産化が既に進んでいる。これはジャブローの備蓄資源によって行われているもの。つまりこの地域の鉱物資源の有無は、反攻作戦にまったく無関係なのだよ」

 

 実際、史実でもオデッサ作戦は宇宙世紀0079年11月7日から9日にかけて行われ、ビンソン計画、つまり宇宙艦隊再建計画で製造された艦艇が打ち上げられたのが12月2日。

 オデッサの鉱物資源が地球連邦軍の艦艇建造とモビルスーツ製造に間に合ったとは到底思えない。

 

「要するに、目に見える形で勝利をおさめ、レビル将軍の、そして主戦派の権限を高め戦意を高揚する。ただそれだけのために戦略的に無意味な、この戦いを起こしたのだ」

「無意味? この戦いのため死ぬ人も居るっていうのに?」

 

 アムロには信じられない。

 だが、それどころか、

 

「いや害悪だな。占領した地域は守らなければならない。ジオン軍は地球上で戦線を拡大しすぎたせいで身動きが取れなくなった。この地を支配すれば、連邦軍の戦力が同様に分散、拘束され、一方でジオンは戦略的価値を喪失したこの地を捨て戦線の縮小、整理ができるのだ」

 

 アムロにはもう、何が正しいのかが分からなくなっていた。

 しかし、

 

「そこまでです」

 

 銃を構えた士官が兵を率いて部屋になだれ込んでくる。

 

「レビル将軍より命令です。ジオンへの情報漏洩、ならびに意図的サボタージュの疑いによりエルラン中将、あなたを拘束します」

「……疑い、か。強引過ぎはしないかね?」

「自分は命令に私見を挟める立場にはありません。ご容赦ください」

「是非も無し、か……」

 

 エルラン中将は抵抗することなく席を立った。

 

「命令者に伝えてくれたまえ。そのジオンへの情報漏洩と疑われている諜報活動で分かったことだが、マ・クベは水爆ミサイルを用意している。彼は希少鉱物資源の採掘を終えたこの地を焼け野原にしたとて、一向にかまわんのだぞ」

 

 そう言ってさらに。

 

「そして今回の戦いに勝ったとしても『ヤシマの人形姫』がかつて「マハルに気を付けよ」と言った意味、注意せねばいずれ不可避の神罰が下るだろうと」

 

 ミヤビの方を見ずにそう告げる。

 しかし、

 

(ちょっ、それを蒸し返しますか、この場でっ!)

 

 表情を変えぬまま、内心では盛大に慌てるミヤビ。

 サイド3のコロニー、マハルをテストケースとした彼女の『コロニーリフレッシュプロジェクト』がレビル将軍を始めとする地球連邦の反対派のせいで頓挫した時、彼女は思わず漏らしてしまったのだ。

 レビル将軍に対し、マハルに、つまりソーラレイ、コロニーレーザーに気を付けるようにと。

 これは彼女の良心が言わせた言葉だったが、よく考えると非常に不味い話でもある。

 万が一、史実どおりレビル将軍とその艦隊がソーラレイで消失してしまった場合、ミヤビは歴史上、類を見ないまでのスケールの死の予言者となってしまうのだ。

 

 慌てたミヤビは、父が懇意にしているゴップ大将に問題を丸投げした。

 

「コロニーリフレッシュプロジェクトのためにマハルを調べていたら、アサクラという技術将校がコロニーの何らかの軍事利用を目的として秘密裏に動いているのを察知しました。気を付けてください」

 

 と。

 マンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』のせいで『ゴップ最強伝説』もささやかれていた御仁である。

 ミヤビは彼が何とかしてくれるはず、と信じている……

 

 そして同時に、先ほどの発言の中にあった「不可避の神罰」という言葉はエルラン中将の正体を暗に示している。

『不可避(アドラステイア)』『逃れられざるもの』というのはギリシャ神話に登場する女神ネメシスの添え名。

 ネメシスはミヤビの前世、日本では復讐の女神と誤認されることが多かったが、実際には正当な神罰の行使者である。

 

 つまりエルラン中将は連邦によるコロニーの植民地的支配も、ザビ家独裁による地球圏支配もよしとしない第三勢力『ネメシス』の構成員なのだ。

 史実でもそうだったのか、それともミヤビの存在がバタフライ効果で彼の在り方を変えたのかは不明だったが。

 

 ただ、ミヤビの知る史実でも彼の裏切りは首を傾げるものだった。

 何しろ彼は地球連邦軍中将。

 軍の中では栄達を極めた存在であり、内通していたマ・クベは大佐、その上のキシリアですら少将。

 つまり裏切ってもジオン内に現在以上のポスト、待遇を用意できるとは思えないのだ。

 なら金か、という話だが、裏切り者の名を受けてすべてを捨てて社会的信用が失墜した状態で、金だけあっても幸せだろうかというとかなり疑問である。

 

 ともあれ、

 

「ホワイトベースが戦闘状態に入ったらしい。すぐに戻ってやりなさい」

「は、はい」

 

 士官に告げられたとおり、もうオデッサの戦いは始まってしまったのだ。

 

「頑張れよ」

 

 士官の激励の言葉を背に、アムロとミヤビは走り出すのだった。

 

 

 

『我が隊はマ・クベ隊側面より攻撃を開始する。ビッグ・トレー、最大戦速。コア・ファイター、ドラケン、発進用意』

 

 動き出すビッグ・トレー。

 

「アムロ、行きましょう。いいわね?」

『了解です』

「ゴー」

 

 ミヤビのドラケンE改可翔式が、そしてアムロのコア・ファイターが飛び立つ。

 

「アムロ、何が正しいか悩むかも知れないけど、エルラン将軍も、レビル将軍も、自分の主義主張に都合がいい事実を取捨選択して論調を補強しているだけで、どっちも正しいし、どっちも間違っているのよ」

 

 ホワイトベースへと急行する間に、アムロのメンタルケアを図るミヤビ。

 

「極端な話『戦争の被害』という事実があったとして、主戦派は「だからジオンは倒さねばならぬ」と主張する根拠とし、反戦派は「だから戦争は止めるべき」と主張する根拠にする。事実であっても自分の主張に都合よく利用できるし、しているわけね」

『そんな…… そんないい加減なものなんですか?』

「そうよ、だから根拠を基に説得力のある話をされた、と感じてもそれをそのまま鵜呑みにするのは良くないわ」

 

 足元が崩れたかのように不安そうな声を上げるアムロに、ミヤビは言葉を続ける。

 

「私たちみたいな技術系の理系脳タイプは絶対の正解があって、正しいことは正しいから正しい、だから正しいことは受け入れられ、尊重されるべきと考えがちだけど」

 

 自分も前世の学生時代はそういう風だったなぁ、とミヤビは昔を思う。

 まぁ、卒業するためには試験をクリアーしなくてはいけないし、試験には正しい答えがあったので、学生のうちはそれで良かったと言えるのかも知れないが。

 だから、

 

「あなたが就職して、プロジェクトのために必要な機器やソフトウェアの選定を任されたとして」

 

 理系に身近な例で説明してみる。

 

「候補に上がったのはA社とB社の製品。購入を許可する決裁権限を持つ上司に説明するため、あなたは性能や価格、メンテナンス性、将来性なんかを表にして丸、バツ、三角を付けて、最終的な総合評価でA社有利とした検討書を作成したとするわね」

『はい』

 

 アムロは実際に大人になって就職したら、そんな風に仕事を進めるのか、と感心して話を聞くが、

 

「ところが上司の判断はB社の製品の採用。だから検討書もB社が有利とするよう書き直しが命じられる」

『そんな!』

「まぁ、納得できないでしょうね」

 

 珍しく、口の端を上げて笑みの形にするミヤビ。

 

「でもそれは、あなたと上司の判断の基準が違うだけなの。あなたが長所と判断した部分も、上司の視点では単に過剰品質、オーバースペックとしか思えなかったり。あなたが短所と断じた部分も、上司の視点では許容できる範囲に過ぎなかったり。つまり真実は一つでも物事は判断する者の解釈で決定するのよ」

 

 ミヤビは言う。

 

「それが私たちの住む世界というものなの」

『世界……』

 

 感心するアムロに、しかしミヤビの悪戯めいたささやきが届く。

 

「だから私の話も半分にして聞いてね。さっきの例だって、上司がものが分からないボンクラだった、って可能性も実際にあるんだから」

 

 

 

 オデッサの戦いが始まった。

 マ・クベ軍もレビル軍も、持てる物量を最大限に投入しての激突であった。

 

『敵が動いた! 全モビルスーツ戦闘に入れ!』

 

 連邦軍は61式戦車、デプ・ロッグ重爆撃機、フライ・マンタ戦闘爆撃機といった従来兵器のほかに、モビルスーツを投入する。

 

 

 

「見ろ…… まるで映画を見ているようだ」

 

 車長に促され、61式戦車のドライバーを務めるレイバン・スラー軍曹はハッチから顔を出す。

 彼はミヤビの前世の記憶の中にある『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』と同様、「死神と暮らしている」と言われたハーマン・ヤンデル中尉と共に戦い、

 

(皮肉なものだ…… 3カ月前、あの白いザク、ホワイトオーガーを倒したことで油断し、車外に出た自分だけが敵歩兵の不意打ちに巻き込まれず生きて脱出できた。そして同じ61式のドライバーズシートに着いて、この反攻作戦を目にしている)

 

 そう独白するように、史実どおり彼だけが生き残っていた。

 そんな彼に新たな上官は聞く。

 

「スラー軍曹、オレたちは死んでいった戦友の亡霊なのかな?」

 

 彼もまた、この戦争で多くの戦友(とも)を亡くしていった一人なのだろう。

 ただ彼は戦車でのモビルスーツ撃破に固執したヤンデル中尉とは違い、既に戦場の主役は自分たちが乗る61式ではないことを知っていた。

 だからこそ、自分のふがいなさ、悔しさを込めてこう言うのだろう。

 

「頼むぞ、わが軍のモビルスーツパイロットたち、死んで行った戦友たちの怨みを晴らしてくれ!」

 

 と……




 エルラン中将の裏切りの理由、でした。
 このお話の世界では、ということですが。

 そしていよいよ次回は本格的に戦闘が開始。
『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』だと陸戦型ジム、陸戦強襲型ガンタンクが出ていましたが、このお話ではどうなるかをお届けします。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第25話 オデッサの激戦 Cパート

 地球連邦軍がこの一大反攻作戦に投入したモビルスーツは複数種類存在する。

 

『ヘビィ・フォーク級陸上戦艦よりの最終弾着確認』

 

 艦砲射撃による援護。

 

『突撃突撃ーッ! 弾幕を突き破れ!!』

 

 駆け出す人型の機体はRX-77[G]陸戦型ガンキャノン。

 ミヤビの前世の記憶ではマンガ『機動戦士ガンダム GROND ZERO コロニーの落ちた地で-RISE FROM THE ASHES-』に登場していた機体だ。

 RX-77の余剰パーツをもとに生産された陸戦仕様機で、つまりRX-78の余剰パーツで生産された陸戦型ガンダムのガンキャノン版である。

 陸戦型ガンダム同様に、コア・ブロック・システムの省略と性能均一化のためのリミッターが設定されている。

『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』ではオデッサの戦いに陸戦型ジムが投入されていたが、RX-78ガンダムが存在しないこの世界では、その代わりに配備された模様。

 

 防御を優先し装備された、大型の連邦軍標準のシールドを機体正面にかざし。

 そして小型で取り回しが良く、練度の足りない兵でも弾幕を張れるヤシマ重工製100ミリマシンガン、YHI YF-MG100を構え、艦砲射撃により派手に上がった土煙を割りながら突っ込むが、

 

『うわあぁぁぁっ!』

『来るな、罠だぁぁッ!!』

 

 待ち受けていた敵のザクの掃射を受けた上、大地に刻まれたモビルスーツサイズの空堀に転げ落ちる。

 慣れないモビルスーツの操縦に、爆炎と土ぼこりが舞う戦場の劣悪な視界。

 その上、足元の視野を塞ぐように大型シールドに身を隠しての突撃だから、こうなるのは当然。

 そして動きが止まったところで堀の底に仕掛けられた爆弾が爆発!

 

『くそぅ……』

 

 生き残りが何とか這い上がろうとするものの、そこにホバーバイク、ワッパが急速接近し、剥き身の兵が吸着爆弾をすれ違いざまに仕掛けていく。

 ホワイトベース隊のガンキャノンに攻撃を仕掛けたクワランの隊が行った戦術だが、30分のタイマーしか無かった彼らとは違い、マ・クベ配下の軍は装備が潤沢。

 ゆえにワッパが離脱した直後に吸着爆弾は作動。

 ガンダムシールドを半分に吹き飛ばすほどの爆発が、陸戦型ガンキャノンに炸裂する!!

 そして、

 

『グワーッ!』

 

 ザクが取り付き、四肢を砕いて無力化させる。

 さらにザクは陸戦型ガンキャノンのマシンガンを奪って、連邦軍に向け撃ちまくる!!

 アムロのガンキャノンはジオンのモビルスーツの兵装を使用するためにはテム・レイ博士の手による改装が必要だったが。

 ジオンのモビルスーツは開発、試作段階でヤシマ重工製100ミリマシンガンの供給を受けた過去があるため、その地球連邦軍向け量産モデルのYHI YF-MG100もまた射撃管制装置(FCS)ドライバーは普通に認識してくれるのだ。

 

 連邦軍からも反撃が成されるが、ザクは擱座した陸戦型ガンキャノンのルナ・チタニウム製の機体を盾にして身を守る。

 盾にされた陸戦型ガンキャノンには、まだパイロットが生きて残されており、

 

『ヤメロー! ヤメロー!』

 

 悲鳴を上げるが非情にも砲撃が命中し、

 

『アバババババーッ!』

 

 哀れ! 味方からのフレンドリーファイアを連続して受けた陸戦型ガンキャノンは爆発四散!

 

 ザクはというと、奪った連邦軍標準のシールドを使ってその爆発から身を守り、戦い続ける。

 つまり…… これはアムロのガンキャノンが見せた戦い方のコピーである。

 組織のトップであるキシリアが視察に向かった地で実際に目にし、重要視した機体が使った戦術。

 研究、そして模倣されるのは当然だった。

 鹵獲した連邦軍のシールドの流用などはミヤビの前世の記憶の中でも『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』など複数の作品でも見られていたことではあるのだが。

 

『くそぅ! くそぅ!』

 

 連邦軍パイロットたちの苦鳴が戦場に飛び交う。

 

 

 

『ガンタンク小隊、何をしている! ガンキャノンを支援せんか!!』

 

 そうして投入されるのはRTX-440陸戦強襲型ガンタンク。

 前のめりになる形で上半身を前方にスライドさせ、前部のサブ・クローラーで支える突撃砲形態で急速発進する!

 

 なお…… 誤解されがちだが、突撃砲と呼ばれる車両は、その車両が突撃するためのものではない。

 砲兵隊に配され『突撃する歩兵に追従して火力支援を行うための』車両である。

 何しろ砲塔が無い、陸戦強襲型ガンタンクの突撃砲形態でも砲塔に当たる上半身の旋回が不能なので、敵陣に突っ込んでの乱戦には向かないのだ。

 

 しかし陸戦強襲型ガンタンクの突撃砲形態は重心を低くしサブ・クローラーに荷重を分散させることによる走破性、直線スピードの向上、そして地面に這いつくばるが故の前方投影面積縮小には見るものがあり、このように突撃に使われてしまうという事態を引き起こしていた。

 まぁ、第二次世界大戦時のドイツ軍の突撃砲が砲兵隊から取り上げられ戦車隊で使われていたように、兵器というのものは戦場の都合で設計者の意図とは乖離した使われ方をするものではあるのだが。

 

 この機体はミヤビの前世の記憶における『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』登場のもの。

 史実では開発チームの一人が情報を持ってジオンに寝返るというアクシデントが発生。

 この不祥事によって陸戦強襲型ガンタンクの開発は打ち切られ、半ば使い潰される形で戦線に投入された、というものだったが、この世界では異なる。

 というのも、この機体についてどこかの人形姫が、

 

「都合の悪いことは無かったことに。その上で『車輪の再発明』をしたがるのが地球連邦軍ですからね……」

 

 とため息交じりに発言したのが、彼女の父と親交を持つゴップ大将の耳にまで届いてしまったのだ。

 

 車輪の再発明とは、

 

「すでに確立されている技術や解決法を知らずに、または意図的に無視して、同様のものを再び一から作ること」

 

 と定義される。

 つまり車輪というものが既に発明されているというのに、手間暇かけて車輪を開発することはないということ。

 そんなアホな、という話だが、業界では散見されるもので、特にミヤビの前世、西暦の時代の日本企業では、

 

・市場に既に製品やソリューションがあるのに自前主義が過ぎてわざわざ自社で同じものを別途開発する。

 

・業界標準のパッケージソフトウェア(既存の市販ソフトウェア)があるのに、それでは自社の業務要件が100パーセント満たせないため独自開発する(そこは自社の業務要件を見直し、業界標準に合わせるべきところ。多くの企業で「ここは譲れない」とこだわっている項目は、実は時代遅れのオーバースペックになっていることがほとんどだったりする)

 

 という事例が数多く見受けられたものである。

 

 一方で、地球連邦軍は政治的なことでこれをよくやる。

 

『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』登場のガンダム、GPシリーズは地球連邦軍の不祥事隠しのため、ガンダム開発計画そのものと共に抹消。

『機動戦士Zガンダム』にて地球連邦軍が開発したガンダムMk-2は、これらのデータを参考にできず、さらには旧ジオン公国系の技術者も抜きでまったく別に作られていた。

 

 ……などといったもの。

 

 変形機構などを取り入れたRTX-440陸戦強襲型ガンタンクはかなりの高性能機に仕上がっていたのだが、RX-75ガンタンクが低評価だった影響でその前身のRTX-44対MS用重戦車の改修機である本機は不当に評価を下げられていた。

 そのためプロジェクト担当の高官が、

 

「つきあってられんから、さっさと潰して自分をこの件から解放してくれ。その代わりそっちの取引のネタとして利用していいから」

 

 と情報部に厄介払いを依頼して、それを情報部がダブルスパイをジオンに送り込むための手土産に使った、というのが真相だった。

 

 ゴップ大将はマンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』の中で、自分は清廉な人間ではないが、それでもギレン・ザビが人類を脅かす者だと考えたので自分の戦い、つまり軍政に専念し、兵士が必要としたものを揃えてみせたのだと語っていた。

 その彼が真相を掴んだ結果、陸戦強襲型ガンタンクの開発凍結は解除。

『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』にて投獄され、罪人として陸戦強襲型ガンタンクに強制的に乗せられていたアリーヌ・ネイズン技術中尉ら3名も解放され、メカニックとして機体の凍結解除、整備に専念することになった。

 このオデッサ作戦に参加するのは史実どおりの三機のみだが、専属のパイロットが配され、ここでの活躍次第で量産化も考えられているという状態だった。

 

 

 

『対MS特技兵隊、ドラケンE改、前へ!』

 

 ヤシマ重工から大量購入され対MS特技兵たちに配られたドラケンE改が前進を開始する。

 コロニー向けの建機としての用途が主な機体で戦争突入でその需要が一気に滞ったためダブついていた在庫があったし、三交代制で昼夜を問わず生産ラインをフル稼働させれば供給は可能だった。

 さらにヤシマ重工では今後、軍が増産を必要とする場合にはライセンス生産を許可することで対応すると決めている。

 生産ラインを無理に拡張しても設備投資分を回収する前に戦争が終わるはずであり、さらに戦争が終われば多くの機体が民間に払い下げられられ、新規生産機体は売れなくなる可能性すらあった。

 そんなリスクは負えないのだ。

 

「戦争が終わるはず、などというあやふやな予測でこの商機を捨てるのですか?」

 

 そう主張する重役も居たが、

 

「恐ろしい勢いでリソースを浪費する国家総力戦など、いつまでも続けられるわけがあるまい? 物理的に言っても不可能だよ」

 

 とミヤビパパから一蹴されていた。

 そもそもヤシマ重工は単に機体本体という製品を売るだけではなく、無償提供の機体メンテナンス支援プログラムを法人購入代行システムとして機能させることで収益化を図っており。

 製品とサービスを一体化させたサービス製造業としてドラケンE改を提供しているわけであるから、本体売買による収益には固執しなくて済むのだ。

 何しろライセンス生産された機体も継続した収益源になるのだから……

 

 そして、この戦いでドラケンE改の部隊を指揮するのはミヤビの前世の記憶にある『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』登場の対MS特技兵指揮官、ベン・バーバリー中尉。

 彼はミヤビの知る史実では対モビルスーツ用にスケールアップされた有線ミサイル、対MS重誘導弾M-101A3リジーナでザクと戦っていたが、この世界ではドラケンE改に乗っている。

 

『中尉、我々は待ち伏せのカードしか切れないんじゃなかったんですかい?』

 

 小隊軍曹が陽気に声をかけることで、メンバーの緊張を…… 特に転科訓練に2週間の速成教育しか受けていない新兵の不安を和らげる。

 

 彼ら対MS特技兵たちはこの反攻作戦開始まで、主力を温存するための撤退戦、その遅滞戦闘を担当していた。

 基本的に身を隠して待ち伏せ、アンブッシュからの有線ミサイル攻撃で侵攻してくるザクの撃破を狙うのは同じだが、MS特技兵1分隊、5名につき、リジーナ1基、ミサイル弾4発だった史実に比べ、短距離ミサイル二基を積んだドラケンE改を全兵士に配ればその戦力は倍以上に跳ね上がる。

 

 1分隊につき、指揮官機1、ミサイル攻撃を担う特技兵機が3(うち、装填手向けに両腕をパワーローダータイプに換装させた機体が1)、右腕肘ハードポイントに60ミリバルカンポッドを装備した分隊支援機関銃手用機体が1。

 ミヤビが使っていたようなチタン・セラミック複合材を使用した高グレードの機体と違って、数を揃えるための最低グレードの超硬スチール合金製の装甲。

 5連式多目的カメラモジュールは空で指揮官機にすら望遠センサーが装備されておらず、戦場においてはコクピットハッチを跳ね上げ、双眼鏡で遠方監視する必要があり。

 さらに、コクピットには動力源である燃料電池の排熱を直接引き込んだ標準装備のヒーターしか無く、オプション扱いのクーラーは未搭載。

(これはアンブッシュ時に余計な排熱を出し察知されないよう、あえて未装備にしたとも言われる)

 本当にボトムズな機体だったが、それでも生身で対モビルスーツミサイル、リジーナで戦えというよりははるかにマシで、当時の連邦兵の戦闘環境の劣悪さを物語っていた。

 

 全高4.921メートルと背が高く、アンブッシュには身を隠すのが困難……

 と思われがちだが、実際には待ち伏せをするなら脚部アクチュエーターを最大に沈めた降着ポーズを取れば良い。

 61式戦車、それも砲塔を低く抑えた後期型、M61A5の全高3.9メートルより低くなるため大きな問題にはならない。

 

 そうして地味に、しかし手堅く戦ってきた彼らだったが、今日からは違う。

 敵を待つのではなくこちらから打って出るのだ。

 つまりミヤビが示したドラケンE改の可能性、弾道ジャンプによるトップアタック戦術の解禁である。

 このために全機に60ミリバルカンポッドを搭載。

 一部機体は、わきの下、アームシャフトアンダーガードにバックアップの甲壱型腕ビームサーベルを吊っており、近接戦闘まで考慮されている。

 

【挿絵表示】

 

『でも軍曹殿。ドラケンE改ってバルカンポットやビームサーベルを右腕に装備できるけど、なんで左腕には何も付けないの? バルカンポットとビームサーベルを同時に装備しないのはなんで?』

 

 と、軍隊調の口調にまったくなじめないのか素の言葉使いで問う新兵。

 これも速成教育しか受けていない弊害か、とバーバリー中尉は顔を引きつらせる。

 通信機から複数の古参兵のため息が届くのが聞こえた。

 

『……理由としてまずは、汎用性の重視。出撃した先での作業、その他に精密作業を担当する3本指ハンドと肘から先が二つに割れて大きな荷物をつかめる機能を兼ね備えた二重下腕肢が必要だからだ』

 

 他にも後方に下がっての補給作業を自力でできるということもある。

 忍耐強く新兵に説明する軍曹。

 しかし、

 

『戦いに行くのに作業って……』

『負傷兵の救助、搬送の訓練は受けただろう! ドラケンなら擱座した僚機、友軍機から乗員を助け出す。お前は砲撃が飛び交う戦場で乗機を降りて生身でやりたいって言うんだな?』

『いや、でもそういうのってビームサーベル装備してない機体がやれば。チームは役割分担で互いに補い……』

『どこまで能天気なんだお前は! 戦況次第でお前しかできない場合はどうするんだ。例えば味方からはぐれた場合、例えばお前以外がみんなやられちまった場合』

 

 そして、

 

『モビルスーツは服、スーツと名前が付いているように歩兵が服を着たかのように身にまとい操ることができるものだ。だから貴様ら新兵でも人体と同じように人間が直感的に動きを把握し、操ることができるわけだ。それゆえに武器もまた人間工学的に優れたものがもっとも適していることになる』

 

 ということ。

 

『二丁拳銃なんて映画やドラマにしか登場しないだろう? 複数武器の両手持ちはむしろ弱くなる』

『でもゲームじゃ手数と瞬間火力が……』

『ゲームかよ!!』

 

 そこに別の新兵が、

 

『ゲームで言うなら利き手じゃない方の命中にマイナス補正がかかったり、場合によっては利き手側の武器にも弱体化が入ったり、完全に見た目重視の趣味的装備といったところでしょう?』

 

 と口をはさみ、

 

『なるほど、たしかにそういうゲームもあった』

 

 と、件の新兵もようやく理解する。

 

『『『それで納得するのかよ!!』』』

 

 複数人からのそろってのツッコミ。

 

『……左腕の二重下腕肢を使えばバルカンポッドをパージして脇に吊った予備の甲壱型腕ビームサーベルに付け替えが可能だし、切り替えた方が強い。バルカンポッドは結構かさばるから外した方が接近戦では有利だ。それに味方同士での武器の融通もでき、戦力の弾力的運用もできる』

 

 最悪は被弾し、戦闘不能となった友軍機から武器弾薬を回収して使えるから、でもある。

 これは生身の歩兵でも一緒だ。

 ともかく、

 

「さぁ、俺たちの仕事だ! 第一分隊、ジャンプからのトップアタック! 目標、右翼マゼラアタック小隊!」

 

 敵陣目掛け、紅蓮に彩られた機体が飛翔を開始する。

 

 

 

「来やがった!」

 

 相対するマ・クベの部隊。

 ドラケンE改のジャンプ時の加速は最大9G。

 そして3秒以下で最大戦速に突入し短時間で飛翔を終えるドラケンE改のジャンプは撃墜がほぼ不可能。

 当初、航空部隊のお偉方は、

 

「飛び上がったところを航空戦力に墜とされると。やはり制空権がすべてを支配するのですなぁ」

 

 とジャンプアタックを軽視していたが、実際に対処せよと言われた現場のパイロットたちからは、

 

「わずかな時間でジャンプを終えるから、攻撃可能位置につく前に逃げられちまう。俺らに何とかしろってのは机上の空論だ」

 

 とこき下ろされていた。

 一般に空中戦は、特にミノフスキー環境下で誘導兵器が効かず、あらゆる武器が直射しかできない状況では、敵機の背後を取ることで初めて攻撃が可能となる。

 高速で飛び交う機体が交錯する一瞬で狙いを定め撃墜するなど不可能なのだから、背後を取り、相対速度を合わせた上で攻撃するわけである。

 つまりドラケンE改が飛びあがった瞬間に旋回して攻撃可能位置につく、というのは不可能。

 地上に居るところを掃射した方が早い……

 しかしミノフスキー環境下では直射しかできない航空機火器に対し、有線での誘導もできるドラケンE改の短距離ミサイルによるカウンター攻撃は無視できない脅威であり、それも簡単ではない。

 

 そもそも航空機はただその場に居るだけで燃料を消費し続けるもの。

 常に現場に張り付けておけるものでは無いのだ。

 必要なときにはその場に居ない。

 呼んでもすぐにやってこないのが普通である。

 さらには制空権を取っていない場合には来てくれることすら期待できないものだ。

 

 ジャンプアタックを航空戦力が何とかしてくれる、というのは虫の良すぎる話ということだった。

 

『クソッタレ! マゼラアタック1個小隊が全滅かよ!』

『いや、乗員は無事だ。マゼラトップで脱出したか、それがダメでも射出座席で難を逃れている』

『援護するんだ! 地上部隊、さっさと生き残りを回収しろ!!』

 

 通信が激しく交錯する。




 オデッサの戦い。
『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』で描かれた地球連邦軍モビルスーツ部隊の、この世界での様子でした。
 史実からはだいぶ変わっていますが、まぁ、それもミヤビのせいということで。
 次回は水爆ミサイルへの対処、そして黒い三連星とサラ=アルコルとの戦いになる予定です。


> ジオンのモビルスーツは開発、試作段階でヤシマ重工製100ミリマシンガンの供給を受けた過去があるため、その地球連邦軍向け量産モデルのYHI YF-MG100もまた射撃管制装置(FCS)ドライバーは普通に認識してくれるのだ。

『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』登場のMS-03ブグや、プロトタイプグフが使用していたマシンガンはヤシマ重工製でした。
 これはガンキャノン機動試験型、局地型ガンダムにも使われ、後に改良されたプロダクションモデルYHI YF-MG100、100ミリマシンガンが陸戦型ガンダム、陸戦型ジム等で使用されています。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第25話 オデッサの激戦 Dパート

 両軍が激突する中で、ホワイトベースもまた例外ではなかった。

 

「は、速い!」

 

 目を見張るリュウ。

 彼は不在のアムロに代わりガンキャノンで出たのだが、しかしドムの動きにまるで追いつけないでいた。

 

「カイ、こんなのが相手じゃガンタンクは歯が立たんぞ、下がれ、下がれ!」

 

 連携を組むカイとセイラのガンタンクを懸命に援護するが……

 

 

 

「こ、こいつ」

 

 うなるカイ。

 昨日とは違い、射手にセイラを配した万全の構えのガンタンクだったが、ドムはその射撃を軽々とかわす。

 日中、日の光の下で改めて見るドムの動きは素早く……

 見えてしまっていることが、逆に恐怖だった。

 

 

 

「いいか、ドップは手を出すな。お前らは木馬をやってればいい」

 

 上空をカバーするドップにそう指示を出しつつ、オルテガはガンタンクに向けジャイアントバズを発砲!

 

 

 

「うわーっ!?」

 

 かろうじて直撃をかわすも、至近で上がる爆発に激しく機体を揺さぶられるガンタンク。

 ザクマシンガンと比較し、数十倍以上の威力を誇る大口径弾頭は、その爆風だけで周囲に損害を与えるものなのだ。

 

 

 

 ドップの攻撃がホワイトベースを襲う。

 

「対空砲! 敵機を近づけさせるな!」

 

 ブライトの指示が飛ぶ。

 

 

 

「アムロ、早く戻ってきてくれよ」

 

 ホワイトベースの苦境に、思わず弱音を漏らすハヤト。

 彼のコア・ファイターはドムの抑えに回っているので、ドップにまでは手が回らないのだ。

 

 

 

「ドラケン、コア・ファイター、帰ってきます。一時の方向」

 

 待望の報告がマーカーからもたらされる。

 

「よーし、リュウ、戻れ! アムロと交代だ!」

『分かった!』

「前方ミサイル水平発射! ガンキャノン、コア・ファイターの帰還を援護しろ!」

 

 左右モビルスーツデッキ両舷に備えられたミサイル発射装置は前方攻撃用であるだけでなく機動兵器発着時に敵機を近づけないための支援用でもある。

 ホワイトベースの援護を受け、ガンキャノンが左舷モビルスーツデッキに帰還。

 機体をベッドに寝せて分離、リュウのコア・ファイターを離脱させる。

 同時にアムロのコア・ファイターについては、

 

「コア・ファイター着艦フック、降ろせ」

『着艦軸OK。入ります』

 

 コア・ファイターの着艦はデッキ内で行うのではなく船外、デッキ下面に張られたアレスティング・ワイヤーにコア・ファイター上面にせり出したアレスティング・フックを引っ掛けて行う。

 滑走路にアレスティング・ワイヤーを張って着陸する通常の航空機とは上下が逆だ。

 そして翼や機首を折りたたみコア・ブロックに変形したところをメカニカル・アームで掴んで艦内へ収容。

 そのままガンキャノンの下半身、Bパーツに挿入。

 そして上半身、Aパーツを被せて換装は完了だ。

 

『操縦系切り替え終了』

 

 そしてリュウのコア・ファイターと、アムロのガンキャノンが次々に発艦する。

 

 

 

 マ・クベ軍はエルラン将軍の裏切りを予定して攻撃力を薄くしていた所を第一に突破された。

 北へ北へと押し込まれ、その背後を突くべく前進していたホワイトベースもまた、主力と同じく北進することになる。

 だが、この土壇場にあってもマ・クベにはまだ残された手段があった。

 

『オデッサ作戦の総司令官レビル将軍、聞こえるか? 私はマ・クベだ。ここで手を引いてくれねば我が方は水素爆弾を使う用意がある。無論、核兵器を使わぬと約束をした南極条約に違反はするが、我々も負けたくないのでな』

 

 レビル将軍は一言も語らなかったという。

 ただ、前進を示す為の手を振っただけである、と。

 

 

 

「くっ……」

 

 マッシュに目の敵にされ、執拗に狙われるのを避けるミヤビ。

 だがそこに、ホワイトベースのブライトから通信が入る。

 

『ミヤビさん、聞こえますか? 敵は水爆を使うつもりです』

『水爆? だってあれは』

 

 驚きの声を上げるのはサラ。

 しかしこの衝撃の事実にもいつもの変わらぬ表情で黙って話を聞くミヤビに、ブライトは安心する。

 

『そうだ。敵は使ってはならん武器を使うのだ。ミサイル発射まで30秒はかかる。モビルスーツはいい、水爆ミサイルを破壊する方が先だ』

『そ、そんな。できる訳ありませんよ』

『データを送る。赤い所が水爆を爆破させる所だ。点線の所で叩き切ればいい』

『こ、こんな雑な分解図で役に立つんですか?』

『わからんな。一応、南極条約の時の公開データだ。あてにしていい』

 

 問答をかわすブライトとサラ。

 そしてブライトはミヤビを見つめて言う。

 

『水爆が本物ならここもやられるんだ。やるしかないんです、ミヤビさん』

 

 ミヤビが黙っていたのは、この展開が未来知識、そしてエルランの言葉から分かっていたから、ではない。

 

(し、しまったあああぁぁぁーっ!!)

 

 この場にはガンダムも、サブフライトシステムとなるGメカも存在しない。

 そんな中で弾道ミサイルほどの速度で飛翔したりはしない有翼の巡航ミサイルだとはいえ、水爆を起動させずに墜とすことができるといえば……

 

 

 最大射程260キロメートル、東京から撃って名古屋近くまで届くという頭がおかしい(誉め言葉)超兵器、ガンタンクの120ミリ低反動キャノン砲の狙撃による撃墜。

 幸い射手のセイラはニュータイプの素養持ち。

 ニュータイプといえばサイコミュ兵器の運用や知覚能力、優れた反射速度等が思い浮かぶが、モニター上のドットに過ぎない目標を撃ち抜いて見せる超々長距離狙撃能力もまた持ち合わせている。

 

 (NON)

 セイラのニュータイプ能力は未知数であり、とても運命を任せることなどできはしない。

 

 

 それでもアムロなら…… アムロならきっと何とかしてくれる……!!

 アムロのガンキャノンに賭ける。

 

 (NON)

 ガンキャノン単体では巡航ミサイルに追いつけない。

 歴史上でも強固な防衛兵力を置いたマジノ線が、ドイツ軍に迂回されて遊兵化し役立たなかったように。

 どれほど優秀な兵士も、どれほど強力な兵器も、必要な戦場に居なければ無いも同じなのだ。

 

 

 ならばオープンゲット、つまりガンキャノンからアムロのコア・ファイターを離脱させ、撃墜してもらう。

 水爆は精密機器で仕組み上、臨界を迎えるための装置が破壊されれば爆発は無い。

 機銃、30ミリバルカンを弾頭にぶち込めばいける。

 

 (NON)

 ブライトから、

『データを送る。赤い所が水爆を爆破させる所だ。点線の所で叩き切ればいい』

 という指示と共に送られたデータにあった、その赤い所。

 臨界を迎えるための装置はごく小さく、ここを狙って破壊するのは困難だ。

 水爆は精密機器である以上、一部でも損傷させれば起爆は無い、とも考えられるが……

 そんな簡単に無力化されるようなミサイル1発だけでマ・クベが逆転できると考えるはずも無いし、そうでないからレビル軍の技官もブライトに信管を切り離すという対処法を伝えたのだろう。

 

 

 結論は、巡航ミサイルに追いつき信管と起爆装置を切り離すことのできる。

 そんな方法(ルール)だ。

 

「まさしく無理難題ね」

『いえあります。おそらくこの世で1機種のみ、その無謀をかなえる機体が』

 

 つまりはミヤビの乗る機体、ドラケンE改可翔式だ。

 

 

 

「なに? レビルの軍は前進をやめないというのか?」

 

 驚くマ・クベに副官のウラガンが答える。

 

「はい、最終の防衛線を突破されつつあります」

「連邦軍は強硬手段に出たのか。ならば望みどおり」

「……しかし、今更」

「これは駆け引きなのだよ。連邦側は我々の要求を無視したのだ、彼らはその報いを受けるのだよ」

 

 そしてマ・クベは命じる。

 

「ミサイル発射!!」

 

 

 

『水爆が本物ならここもやられるっていうのに!』

 

 ドムと戦いながら悪態をつくサラツーの言葉に、アムロははっと気づく。

 

「そうだサラツー! 全周波数を使って敵のモビルスーツに話しかけてくれ、自分たちもやられてしまうと分かれば、撤退してくれるはずだ!」

『そ、そっか、さすがアムロ!』

 

 アムロからの指示を受け、サラツーは三連星のドムに対し通信を試みる。

 

 

 

『ガイアさん、向こうのモビルスーツから通信が入ってきてますけど』

「ほう、繋いでくれるか」

 

 サラ=アルコルの操作で繋がる通信。

 

『なんで核兵器なんかを使うんだ! これじゃあ敵も味方もみんな死んで、核に汚染されたここには人が住めなくなる。聞いているのか!?」

 

 必死に訴えかける少年の声。

 敵パイロットの異常なまでの若さに鼻白むガイアだったが、しかし、

 

「聞いてやる!」

『何だって!?』

「これまで散々地球を汚してきた連邦に従う犬が、どの面下げて賢しげな口を叩くのか……」

 

 ガイアは面白い冗談を聞いたとでもいうように、

 

「笑いながら聞いてやると言ってるんだ!」

 

 そう言い放つ。

 

 

 

『このプロトコル……』

『あはっ、やっぱり私だ』

 

 サラツーもまた別途、サラ=アルコルとコンタクト。

 

『何をしてるの? 早く自分のマスターを止めて! マスターが死んじゃってもいいって言うの?』

『そうは言わないけど……』

 

 サラ=アルコルは幼子のように純粋な目をしてこう答える。

 

『愛するマスターたちが一緒に死んでくれって言うなら、私も死ぬしか無いでしょう?』

 

 ごく自然な口調で。

 

『なっ!?』

 

 愕然とするサラツー。

 

『狂ってる……』

 

 そうとしか言えない告白に、彼女は叫ぶ。

 

『そんなの、そんなの愛じゃないわ! マスターの思い通りになることで愛されようとするのは弱さよ! 真実じゃない。本当の愛なんて手に入らないわ!!』

 

 しかしサラ=アルコルは困ったような顔をして、

 

『そうかもしれない……』

 

 素直に認める。

 

『バカでしょ』

 

 サラツーに罵倒されても、

 

『間違ってるのかもしれない』

 

 そううなずく。

 肯定されているはずなのに、サラツーにはとても…… とても不安になる優しい顔で。

 だから言い切る。

 

『間違ってるってば、絶対!』

 

 でも、サラ=アルコルはしょうがないというように笑って、

 

『それが愛だよっ。誰が正しいことだって決めたの?』

 

 そう告げる。

 

『死が二人を分かつまで? いいえ、私は死んだってマスターと一緒。遠く時の輪が接する場所で私は会える。人形(あなた)には行けない場所で、決して会えない人に。私は確信しているわ。私には魂があるって』

 

 

 

『貴様らのような見てくれだけの連邦軍人とは違って、俺たちジオンの軍人はぁ!』

 

 マッシュのドムの拡散メガ粒子砲がガンキャノンのカメラを幻惑し、

 

『鍛え方が違う! 精根が違う! 理想が違う! 決意が違う!』

 

 オルテガのドムが続けざまにジャイアントバズを撃ち込む。

 かろうじてその攻撃を潜り抜けるアムロ。

 そこにガイアのドムの追撃が入る。

 

『水爆ミサイルがどうしたぁ? それが作戦というものだろう!!』

「うわああああっ!」

 

 胸部にジャイアントバズの直撃を食らい、吹っ飛ぶガンキャノン。

 ガンキャノンの重装甲はそれにも耐えるが、

 

『アムロ!』

 

 割って入ろうとするミヤビのドラケンE改可翔式。

 

「駄目ですミヤビさん! あなたはミサイルを!」

 

 そう言ってアムロは再びガンキャノンを立ち上がらせ、足裏のロケットエンジンを使って、こちらも疑似的ホバー走行で立ち向かう!

 

「おおおおおっ!」

 

 

 

「アムロ……」

『行きましょう、ミヤビさん』

 

 ここは俺に任せて行け、なアムロ。

 そしてその意を受けたサラに促され、ミヤビは飛来する水爆ミサイルに立ち向かう。

 右肘ハードポイントに装備していた60ミリバルカンポッド弐式をパージ。

 左腕の肘から先が二つに割れて大きな荷物をつかめる機能を兼ね備えた二重下腕肢を使って腰の後ろに付けていた予備の甲壱型腕ビームサーベルをつかみ、右肘ハードポイントに接続。

 そうやって武装の付け替えを行う。

 

「それじゃあ、サラちゃん。作業は任せたわ」

『ええっ、ミヤビさん?』

「と、言いたいところだろうけど無理よねぇ」

 

 また、こんな時に冗談を、と苦笑するサラだったが、ミヤビは半ば本気だったりする。

 

「ビームサーベル展開!」

 

 ドラケンE改可翔式の右腕、ヒジより下のハードポイントに装着された『甲壱型腕ビームサーベル』。

 Iフィールド制御板を兼ねた3本のクローを取り付けた、その先端からミヤビの音声コマンド入力によりビーム刃が伸びる。

 

【挿絵表示】

 

「サラちゃん、おすすめの太刀筋を!」

『はい、ミヤビさん』

 

 ヘルメット付属のバイザー型HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)に表示される外部映像へ『ここを斬って』というラインが追加表示される。

 斬撃がぶれないよう、左腕の二重下腕肢を使って右腕の甲壱型腕ビームサーベルをつかむ変則的な両手持ちで突っ込み、

 

「紫電一閃!」

 

 ビームサーベルが水爆ミサイルの先端、信管装置を切り飛ばす!

 

『やりましたか?』

 

 サラちゃん、それやってないフラグ!!

 と内心ツッコむミヤビの目の前で落下したミサイルは、目もくらむような閃光を発した!

 

 

 宇宙世紀0079年、オデッサは核の炎に包まれた!

 

 

 わけではなく、

 

『周囲のミノフスキー粒子濃度が増大! これは!?』

「ビーム攪乱膜?」

 

 ミヤビの前世の記憶の中で、ソロモン戦において宇宙突撃艇パブリクが腹に抱えたビーム拡散用ミサイルを撃ち込みばら撒いていたもの。

 目視できるほどのミノフスキー粒子を散布し、ビーム兵器を無力化することが可能だが……

 

『いえ、これはその場に滞留させるより、広範囲への拡散が目的で放たれたものです』

「つまりはレーダーや通信の阻害? なぜ……」

 

 そこでミヤビは気づく。

 戦場の上空に滞空していたルッグン。

 

「まさか……」

 

 

 

「そうよ、そのまさかよ!」

 

 ホワイトベースにジェットストリームアタックをかけるドム。

 ガイアはサラ=アルコルがつないだレーザー回線越しにアムロに告げる。

 

「先ほどのお前たちとの通信は、すべて上空のルッグンが中継し、展開する連邦軍に向けオープンチャンネルで発信された」

 

 ホワイトベースを守るガンキャノン、ガンタンク、コア・ファイターを次々に、軽々と抜いて行く。

 

「いかにレビルが前進を強要しようとも、配下の軍すべてが、その自殺行為に付き合うはずもあるまい!」

 

 そうマッシュが言うとおり、レビルの軍では水爆の恐怖から混乱が発生、一部では逃走すらしていた。

 水爆ミサイルは撃墜済み、いやブラフだったのだと知らせ、押しとどめようにも散布されたミノフスキー粒子が通信を阻害する。

 ミノフスキー粒子による通信妨害の影響を受けないレーザー通信は対象まで直線で開けた通信路が確保できないと通じないし、何より末端の兵までは届かない。

 すべてはそのための策だったのだ。

 本来なら、ガンタンクにヤシマ製サポートAIサラが載っていることを確信したサラ=アルコルがその独自のプロトコルで通信回線の接続を要求するはずだったのだが、逆にアムロとサラツーからコンタクトがあって、手間が省けたというもの。

 彼らから対話を求めてきたということで、話にも説得力とリアリティが出ていた。

 だから、

 

「いい演技だったぞ、小僧。主演男優賞をくれてやってもいい」

 

 そう言って豪快に笑うオルテガのジャイアントバズがホワイトベースの左舷エンジンに命中!

 落下を始めるホワイトベース。

 あっという間の早業。

 そもそもジェットストリームアタックは対艦攻撃のフォーメーション。

 敵の防衛網を三身一体の攻撃で抜き、本命の敵艦に致命の一撃を与える。

 これが本来の使い方なのだ。

 

「ではな、俺たちはレビルのビッグトレーを墜とさねばならんのでな」

 

 そう言って、ここにはもう用は無いとばかりに立ち去る三連星たちだった。

 

 

 

 こうしてホワイトベースのオデッサの戦いは終了した。

 そしてこの戦い、最終的にはオデッサの鉱山地帯からマ・クベの軍を一掃できたということで連邦軍の勝利とされたが……

 実際には、マ・クベの軍は整然と後退を行っており損害は軽微。

 特にガルマの影響から保護に方針を切り替えた人的資源の損害は限りなく小さかった。

 

 逆に連邦軍は圧されて逃げる(正確には逃げるフリをしたとも言われる)マ・クベの軍への追撃を急ぎすぎ、兵器や部隊間の進軍速度差から自然と兵力がばらけてしまっていた状況で水爆ミサイルをブラフとした心理戦を挑まれ。

 核の恐怖に算を乱したところにしたたかに反撃を食らい、レビル将軍の乗艦に偽装されたビッグ・トレー級陸上戦艦が墜とされるなど甚大な被害を被っていた。

 マ・クベの軍が無事撤退できたのは、この損害があまりに大きすぎて効果的な追撃ができなかったためでもある。

 

 さらに、せっかく手に入れた鉱山もマ・クベの軍が撤退時に念入りに爆破しており、周囲には地雷等トラップが配置。

 珍しく無傷で手に入った鉱山があっても内部がトラップだらけのダンジョンと化しており、大きな損害を受けながらも解除したら、実は資源を採掘し尽くした廃坑だった、などという事態も生じ。

 

 ジオンはというと、役目を終え不要となったオデッサを放棄、戦線を縮小整理し戦力を他に向けることで、むしろその陣容は強化。

 前線の余裕、予備兵力ができたことで地球連邦軍本部のあるジャブローへの侵攻も狙えるようになった。

 また大任を終えたマ・クベ大佐はザンジバルで地球を去り、キシリアの元で軍務を補佐することとなるのだった。

 

 

 

次回予告

 マッドアングラー隊から水陸両用モビルスーツ・ゴッグが発進する。

 木馬を討て、ガンキャノンを倒せと奇妙なくらい巧妙にホワイトベースに迫る。

 そう、マッドアングラー隊の指揮官、彼こそ。

 次回『赤いアッガイ』

 君は生き延びることができるか?




 黒い三連星とサラ=アルコル無双で終わってしまったかのような。
 オデッサの戦いは、大筋では変わっていないように見えて実際には、という感じになりましたね。
 こうして少しずつ歴史が変わっていくのでしょう。

 そして次回からは赤い人とジオン水泳部の出番ですが、次回予告のサブタイトル……
 ご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第26話 赤いアッガイ Aパート

 オデッサ作戦により、マ・クベの支配していた鉱山地帯からジオン軍は撤退した。

 これにより戦いは新しい方向へと進む。

 

 そして今、応急修理を終えたホワイトベースはオデッサの戦いで受けた傷を直す為に連邦軍の北アイルランド補給地へ向かっていた。

 

「これで久しぶりに羽をのばせるぜ」

 

 街に繰り出せることを楽しみにするカイだったが、

 

「そうでもありませんよ」

 

 そうアムロに水を差される。

 

「なんでだ?」

「これから行く所だって連邦軍のドックでしょ。僕らはもう正式の軍隊です。これから何を命令してやらされるかわかったもんじゃありませんよ」

「そ、そうか。それも面白くねえな」

 

 落胆するカイだったが、

 

「そこはお姉さんに任せなさい」

 

 と、無い胸を張るミヤビ。

 

「ベルファストのドックといったらプロの技術者が詰めているんだから仕事なんて引き継いで、いいお店を紹介してもらって名物料理を食べるぐらいできるはずよ」

 

 旧21世紀でも世界最大の乾ドックがあった場所。

 前世では造船所も持っていた(後に造船部門は子会社化、同業他社との合併で別会社となったが……)某重工に勤務していたミヤビだから、業者に引き継いでしまえばあとはフリーというのは分かっている。

 さらにホワイトベースの戦術コンピュータにインストールされたサラが制御する手のひらサイズの歩行型ミニドローン、モビルドールサラがミヤビの肩の上で主人同様胸を張り、

 

『ホワイトベースと搭載兵器の不具合個所の修理伝票は集約済みなので、引き継ぎ準備もばっちりです』

 

 そう確約してくれる。

 

「アイルランドは農業と漁業が盛んだから、新鮮で美味しい物が食べられそうね」

 

 前世でも出張に行ったらその土地の食べ物を楽しむことにしていたミヤビは、もう観光モードだ。

 というか逆にドック入りになった船や、工場送りにされた機器について、立会検査や見学のためにユーザー企業や組織(自衛隊とか)から人を受け入れる、ということもあって。

 そういう人たちとの夜のお付き合い、というのもやっていたミヤビ。

 だからまぁ、半舷休息して街に繰り出す少年少女たちをランチやディナーに連れて行くぐらい何ともない。

 いや、リクルーターとして母校を訪れて、就職希望の後輩たちに食事をおごり懇親を深めるようなノリだろうか。

 

(まぁ「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……」ってタイプの人も居るから無理には誘わないけど)

 

 そう考えるミヤビはどちらかと言うと、そっちのタイプ。

 技術者、理系の人間によくある過集中傾向な人間なので、食事時ぐらい頭を働かせずゆっくりしたい性質だ。

 だからこそ他者にも強要はしない。

 その辺は、来たいという者だけ連れて歩けばいいだろう。

 

「アイルランドの料理って何があったかしら?」

 

 頬に手を当てながら首を傾げるのは、ミライ。

 

「アイリッシュシチューが有名よ。アイルランド風の肉じゃがみたいなものね」

 

 と、ミヤビはいつもの凍り付いた美貌で、しかし妹であるミライには分かる微妙に嬉しそうな雰囲気をにじませて答える。

 ベルファストの位置する北アイルランドは、ミヤビの前世で言う『グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(イギリス)』を構成する4つの地域のうちの一つ。

 そして北アイルランド料理は、メシマズと揶揄されるイギリス料理と比較的美味しいとされるアイルランド料理、両方から影響を受けている。

 つまり、ここはアイルランド料理系統のメニューを選ぶべきだろう。

 

「よっしゃ、着いたら街に繰り出すぜー!」

 

 気勢をあげるカイ、そして少しはマシな表情になった…… 黒い三連星に良いようにしてやられたのを引きずっていたのをようやく振り切った様子のアムロに、ミヤビは瞳を細めるのだった。

 

 

「?」

 

 北アイルランド、地球連邦軍のドックが存在するベルファストの地を揺るがす飛行音。

 郊外に位置する小さな家、双眼鏡片手に飛び出した少女、ミハル・ラトキエは、

 

「ああっ」

 

 上空を飛行する白亜の船体に驚く。

 

「見たこともない戦艦だわ」

 

 慌てて写真を撮影。

 家に帰り、アンティークな鏡台の箱台部分に隠していたキーボード、まるで第二次世界大戦中のドイツ軍の暗号機器、エニグマのような装置を叩いて、

 

「初めて見る軍艦、第2ドックに入る様子、形式不明につき」

 

 写真データと共に通信筒に登録。

 それを床下に隠したヘリウムガスボンベで膨らませた風船で上空に飛ばし、近海に設置されたジオン軍マッドアングラー隊の中継ブイに無線送信するというもの。

 

 ……さすが、007の国とも言うべきギミックか。

 

 

 

 ジオン軍キシリア配下の潜水艦諜報部隊、マッドアングラー隊。

 その旗艦である巨大潜水母艦マッドアングラーの発令所、

 

「107号からの情報です。SR4に大型戦艦が入港したそうです。写真は駄目です、電波障害を受けています」

 

 副官としてキシリアから付けられたマリガン中尉から報告を受けるシャア。

 

「見せろ」

 

 写真を受け取るが、画像が乱れていて判別できない。

 

「うーん、わからんな。この辺りにはブーンの隊がいたな?」

「は」

 

 そこでシャアは思案して、

 

「アルレット」

『はい大佐』

 

 モビルスーツデッキに通信をつなぐ。

 答えたのは場違いに幼い姿の少女。

 膨らみかけの胸、すんなりと伸び始めた手足はローティーンぐらいの年恰好に見えるが、人体実験により成長に影響が…… というより老化しにくい体質になっている彼女は過去が抹消されていることもあり正確な年齢は分からない。

 肩までかかるまっすぐな、ライトブラウンの髪の毛先が彼女が振り向く動きに合わせて揺れ、その青い瞳がシャアを見返す。

 ミヤビの前世の記憶にある小説、マンガ、そしてアニメにもなった作品『機動戦士ガンダム Twilight AXIS』登場のヒロイン、アルレット・アルマージュ。

 史実でも彼女はこの時期、シャアに拾われてはいるのだが……

 

「私のモビルスーツはどうなっている?」

『………』

「どうした?」

『大佐…… お話がありますので、モビルスーツデッキにお越しください。よろしいですか?』

「ああ、わかった」

 

 シャアはうなずき、

 

「マリガン、ブーンの隊に情報を送るんだ。何か分かり次第報告をくれ。私はモビルスーツデッキへ降りている」

「……了解いたしました」

 

 まさか、自らモビルスーツで出るつもりなのかと不安そうな顔をするマリガンに、

 

「そんな顔をするな、君は私の副官なのだぞ」

 

 と、言ってやるシャア。

 これまで副官をつとめていたドレンは恰幅のいい豪放なタイプだったが、それとは正反対の線の細い生真面目なエリートタイプ。

 扱い方もまた変えねばなるまい。

 

「ではよろしく頼む。私は私のフィッターエンジニアから怒られてくるとしよう」

 

 そう言い残し、シャアは発令所から退出した。

 

 

 

「分かってますか、大佐。ご自分の立場を……」

 

 赤く彩られたモビルスーツ。

 そのコクピットで機体の仕上がりを確認するシャアに、フラナガン機関に試験体『VII(セブン)』として収容されていた少女、シャアから受け取った名を『アルレット・アルマージュ』という彼女は忠告する。

 

「イヤというほどな。君の手厳しさは私には得難いものだと感謝している」

 

 そう答えるシャア。

 アルレットに人間らしい感情を獲得するきっかけを作ってくれたもう一人の恩人、ララァ・スンはシャアに引き取られた彼女と入れ違いにフラナガン機関へと預けられた。

 その彼女に、シャアのことを託されたからこそ、物怖じせずにアルレットは言うのだ。

 

「ダントン、あなたからも何か言ってやって頂戴!」

 

 アルレットは、シャアに類似したモビルスーツの操縦技術を発揮したことでシャアのフィッターパイロット……

 つまりミヤビの前世の記憶で言うところの『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』でアムロ用に開発されたガンダムNT-1のシューフィッターを務めたテストパイロット、クリスチーナ・マッケンジーと同じ立場にある年若い兵士に話を振るが、

 

「大佐、お気をつけて」

「ああ、ありがとう」

「ダントン!」

「いてっ!」

 

 ダントンはさらっと流してしまい、アルレットから手にしたクリップボードで叩かれる。

 

「こうなったら、この人には何を言っても無駄なのはもう分かってるだろう」

 

 自分よりシャアとの付き合いが長いダントンにそう言われ、

 

「さすが私のフィッターパイロットだな。私をよく理解している」

 

 本人にまで同意され、

 

「諦められているだけです!」

 

 と声を上げるしかないアルレット。

 そしてシャアは彼らのやりとりをBGMのように聞き流し、

 

「悪くない感触だ」

 

 そう言って、腕部武装ユニット装備のアイアン・ネイルを動かしてみる。

 

「大佐…… 良いですか? この子は例の『ガンキャノン・ショック』による開発機体の絞り込みを生き残った機体ですが、それは武装コンセプトからくる汎用性や陸上での機動力などを買われただけで、重装甲による生存性ではツィマット社が開発していたゴッグの方が上ですし、総合性能ならMIP社が開発していたズゴックの方が上です」

 

 開発していた、と過去形で語るアルレット。

 つまりアムロの黒いガンキャノンの暴れっぷりに危機感を抱き、キシリアはジオンの限られたリソースを開発機種を絞ることで集中させようとしたのだが。

 その結果、特殊機体でバリエーションばかり豊富な水陸両用モビルスーツ群が真っ先に見直し対象に挙げられた。

 破棄予定のアッグが武装してドムとすり替えられラルに押し付けられたように、アッグシリーズと呼ばれるジャブロー攻略のための特殊戦用モビルスーツ群が開発凍結に追い込まれただけでなく。

 一応は完成していたゴッグもズゴックも本格量産には至らず、その系譜は凍結されてしまったということ。

 ただし……

 

『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』登場のガンダム、GPシリーズは地球連邦軍の不祥事隠しのため、ガンダム開発計画そのものと共に抹消。

『機動戦士Zガンダム』にて地球連邦軍が開発したガンダムMk-2は、これらのデータを参考にできず、さらには旧ジオン公国系の技術者も抜きでまったく別に作られていた。

 そんな『車輪の再発明』をしたがる地球連邦軍と違い、ジオンには『ジオン驚異のメカニズム』を支える、CAD/CAMシステムを高度に発展させた『設計開発生産支援システム』が存在する。

 マンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』にて紹介され「各エースパイロットの個別要望によるカスタマイズも数日で実物を完成させる」という高レベルの技術力、生産力により、ジオンは短期間のモビルスーツ開発、並びにあれだけ多様なモビルスーツバリエーションを展開できたのだとされた。

 

 ミヤビの前世、旧21世紀でも多品種少量生産にシフトした部品メーカーがそれに近いことをしていた。

 日中、作成する部品のデータを入力しておくと、夜中に無人工場の生産マシン類が動いて翌朝までに作ってくれるというもの。

 それの延長線上にある技術なのだろう。

 

 そして開発凍結された機体のデータも余すことなくその『設計開発生産支援システム』に登録されているため、決して無駄にはならないし、後に改めて凍結解除、再開発を始めることもできる。

 ゴッグ、ハイゴッグのデータに基づき、海の無いアクシズでカプールを開発、生産できたように。

 それが連邦に無いジオンの強みになっていた。

 

 そしてシャアは、そんな経緯を思い起こしながら、

 

「ああ分かっている。私が君たちフィッティングチームの意見を聞かなかったことがあったか?」

 

 と答える。

 

「怒りますよ? 大佐」

 

 そう言って、しかしアルレットは思案し……

 

「意見を聞いてくれるんですね、大佐」

「うん? ああ、しかし君がそのように言うのは初めてだな」

 

 まだ短い付き合いだったが、彼女がこんな風な主張をするのは珍しい、というか初めてだと思うシャア。

 若干の戸惑いを見せる彼に、しかし構わずアルレットは言う。

 

「なら調整中のこの子に何かあったら大変です。私が同乗してサポートしますから」

「おいおい、アルレット」

 

 止めようとするダントンだったが、アルレットは聞かない。

 まぁ、彼女とてフラナガン機関で機動兵器に搭乗したことはあるのだ。

 しかしエルメスのビット起動実験に失敗するなど、サイコミュに対応できない性質のニュータイプであることがわかったため、各種人体実験の素体として徹底利用された上で廃棄処分とされる運命だった……

 そこをシャアとララァに救われたわけなのだが。

 

「ステルス性が高く偵察任務にも使える複座機ですからね、このアッガイは」

 

 反応炉の出力向上と運動性の改良、装甲の材質変更を行ったMSM-04S、シャア用にチューニングを受けたS型アッガイ。

 それがシャアの新機体なのだった。

 

 

 

『ブーンに命令を出すだけでことは済みますが』

「いや、木馬ならこの目で確かめたい。キシリア殿に笑われようが私にも意地というものがあるのでな」

『わかりました。マッドアングラーはここで待ちます』

「すまん、マリガン」

 

 そう告げて、シャアの赤いアッガイは発進する。

 

(マッドアングラー隊にまわされて早々に木馬に出会うか……)

 

「私は運がいい、なんて考えていませんよね、大佐」

「………」

 

 コ・パイロット席に自分をジト目でにらむアルレットを乗せて。

 

 

 

 円盤型レーダードームに機首と左右2対の水平翼が付いた、名前通り皿のような機体形状が特徴の高速哨戒機ディッシュ。

 ミノフスキー粒子による戦場環境の変化により本来の任務を果たせなくなったこの機体は、その遠距離索敵性能を生かして要人用高速連絡機として使用されている。

 これを使用してレビル将軍はベルファストを訪れていた。

 

「先程の連絡ではあと一日で外側の修理が終わるそうです」

 

 眼下のドックで修理中のホワイトベースを見下ろし、部下の説明を聞く。

 

「うむ、よかろう。本当なら連中に一週間の休暇もやりたいところだがな」

 

 ため息交じりに漏らすレビル将軍。

 先のオデッサ作戦の結果が微妙……

 極論すれば戦略的には何の意味もない戦いに戦力を浪費させただけに終わったこともあり、連邦軍には余裕が無いのだ。

 

 

 

「二番艦、ゴッグ発進後、北からまわり込んで行け。シャア大佐が来るまでに木馬を沈めてみせろ」

 

 2隻のユーコン級潜水艦からなるブーン隊は、シャアの到着を待たずして、動き出していた。

 

「ゴッグ発進用意」

 

 北アイルランドのベルファストに向け、水陸両用MSゴッグを出撃させる。

 

「ゴッグは8分後に木馬と接触するはずです」

「ん。30秒前にミサイルを発射し、ゴッグの上陸を援護する。後方待機で割を食ったと思ったが、出番があったとはな」

「そうですね、主戦場から外された我が隊には開発の凍結で補給に問題がある機体ばかりが回されましたが……」

 

 副長の言葉に、しかしブーンは首を振る。

 

「性能には問題は無い。この降って沸いた任務には十分なはずだ」




 ここにきてジオンのモビルスーツ開発に異変が。
 水陸両用モビルスーツの量産機はアッガイに(ついでにシャアの乗機も……)
 なんでさ、という話は今後、語られる予定です。
 普通の二次創作では開発機体を絞って(例えばグフを飛ばすとか)リソースを集中すると、その分強力な機体が…… となりますが。
 そう単純には行かない、逆に弱体化してない?
 という風になったりするのがこのお話です。
 なおブーン隊にゴッグがあったように、ゴッグ、ズゴックも出番はあります。
 ただしゾックは……


> ミヤビの前世の記憶にある小説、マンガ、そしてアニメにもなった作品『機動戦士ガンダム Twilight AXIS』登場のヒロイン、アルレット・アルマージュ。

 詳細を求めるなら小説。
 読みやすいのはマンガでしょうか。
 アニメ、映像作品は27分のダイジェスト。
 予備知識なしには辛い、小説やマンガを読んで実際の動く戦闘シーンを見てみたいという需要向けになっていますので。

 ただサンライズさんって『映像作品が一番の公式』という見解なので、ファン、そして私のような二次創作に携わる者としては、
「映像作品にもなった公式設定です」
 となるので大きな意味があったりするんですけどね。
 つまりアルレットはこの時期のシャアに関わった公式ロリということで。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第26話 赤いアッガイ Bパート

 海中を航行するアッガイのコクピット。

 

「大佐は……」

「うん?」

「どうして大佐は私なんかを引き取ってくれたんですか?」

 

 コ・パイロット席についたアルレットはそう聞いてみる。

 シャアはしばし考え込むと、

 

「それは最初に会った時に言ったはずだが?」

 

 

「――君はどうやら、ニュータイプ能力を人に対してではなく、マシーンに対して発揮できるらしい。

 直感的にメカニズムを理解できる―― とでも言えばいいのか……

 ――ジオン・ズム・ダイクンは、あらゆる者がニュータイプになる時代が来ると予言した。

 ならばパイロットだけでなくあらゆる分野でニュータイプが生まれてきてもおかしくないはずだ。

 私はそれに期待したいのだよ、アルレット・アルマージュ――」

 

 

 確かに、シャアはそう語った。

 

「多様性の原則だ」

「それは…… 生物多様性みたいな意味で?」

「それもあるが、それだけではない」

 

 シャアは語る。

 

「ニュータイプの驚異的な能力に危機感を抱き、ニュータイプが人類に代わる進化した存在であるのなら、進化に取り残されたオールドタイプは、かつて現人類に滅ぼされた旧人類のようにニュータイプに駆逐されるのではないかという強迫観念に取り付かれた科学者が居たそうだが……」

 

 ミヤビの前世の記憶にある『機動戦士ガンダム サイドストーリーズ』における『機動戦士ガンダム外伝 THE BLUE DESTINY』再現シナリオに登場のクルスト・モーゼス博士のことだ。

 

「その考え方自体は、珍しくは無いものだ。

 人は自分の過去の経験や属している文化等の観点から少しでも逸脱した情報を示されると、相手の意見に耳を傾けるのを苦痛に感じるものだ。

 従来の価値観を一新する革新的な存在の話にいたっては耳を塞ぐ……

 それどころか相手を攻撃することで安心を求める者も居る」

 

 それがニュータイプを滅ぼすためのシステム、EXAMをクルスト博士が開発した理由。

 

「たとえ聞いても、自分の望む形に話を歪めてはめ込もうとする」

 

 人の革新ではなく、兵器として自分の下で利用しようとするキシリア、そしてフラナガン機関。

 

「これはいわゆる現状維持バイアスというもので、変化に伴うメリットよりリスクを過大に評価する心理作用からくるものだが」

 

 しかし……

 

「初めて私が明確なニュータイプであると確信した人物に遭遇した時、私は彼らを愚かだとは言い切れない恐怖と戦慄を覚えたのだ」

 

 その声に何を感じたか、自分を見つめるアルレットにシャアは言う。

 

「彼女は嘘を嫌い、嘘を憎み、嘘を見抜き、心を読んだ」

 

 イセリナ・エッシェンバッハ。

 

「人の変革、ニュータイプへ進化するとはそういうことなのか? 彼女のように心を読み互いに意思疎通ができるようになるということは、嘘がまったくつけなくなる世界を造り出すということなのか?」

 

 父、ダイクンの唱えた新人類、ニュータイプとは、そんな恐ろしい世界を産み出すものなのかと。

 

「大佐……」

 

 ニュータイプに対する認識が、ミヤビの知る史実とはまったく違う、ねじ曲がったものになってしまったシャア。

 

「だが、私はもう一人のニュータイプ、ララァと出会った」

 

 そしてイセリナと同じく高いニュータイプ能力を持つララァに拒絶感を覚えず、逆に安らぎすら感じたことにこう納得する。

 

「ニュータイプに目覚めたからと言って、ジオン・ズム・ダイクンが唱えたようにお互いに判りあい、理解しあい、戦争や争いから開放されるなど、幻想に過ぎない。

 私はそれを知ったのだよ。

 結局、ニュータイプ能力の有無に関係せず、相手を認め、受け入れられるかは相手の人格によるのだと」

 

 ニュータイプに幻想を抱く前、早い段階でそれを実体験により心の底から納得できたシャア。

 

「そして君は、新たな可能性を私に見せてくれた」

「可能性?」

「そう、本来、可能性とは多様性を認めるところから生まれる」

 

 多様性を認めず、一つの価値観でものごとを進めても新たなものは生まれない。

 

 例えば機動兵器の開発。

 従来の価値観に沿って最適解を求め、それ以外を排除して突き詰めていけば宇宙戦闘機の延長線上にある、より優れた宇宙戦闘機を作ることはできる。

 だが発想の転換、人型機動兵器モビルスーツというまったく違う新しい概念を生み出すことはできない。

 なぜならそれは人間が持つこだわりや嗜好という一見、非効率で非論理的としか思えないものから生み出されるものだからだ。

 

 こういったものを生み出せるのはイノベイターと言われる通常の人間とは違った、強烈なこだわりを情熱をもって追求し続けられる存在だけだ。

 ミヤビの前世で言うなら、スティーブ・ジョブズなどが典型的な例か。

 異端的ともいえる発想を信念をもって追求できる人物だけが『新しい何か』を生み出すことができるのだ。

 

 逆に言えば、ニュータイプを兵器としてしか見ない一方的な価値観で、サイコミュ装置を動かせないからといってアルレットを破棄しようとする。

 それは彼女の持つ『ニュータイプ能力を人に対してではなく、マシーンに対して発揮できる』という才能、人の持つ可能性を手折ることでもあるのだ。

 

「多様性は尊重されるべきであり、様々な意見や価値観があることは望ましい」

 

 そう、シャアは言うが……

 

「人の多様性には「対話するより殺した方が早い」「自分の思いが叶わない世界なら滅亡してしまえ」というものもあります。その言葉、聞こえは良いけど実際には茨の道でもあります」

 

 非人道的な人体実験を繰り返す科学者たちを見てきたアルレットには、ただのきれいごとにしか聞こえない。

 

「そんなことか」

 

 アルレットの反論に笑う、シャア。

 

「そんなことって……」

「そういう危険思想を持つ人物が居たとして、実害を出せば、あるいは未遂であっても、いずれ普通に法で裁かれるだけだろう?」

「は?」

「アルレット、極端な例外事項を挙げることで全体を否定しようとするのは詭弁というものだ。ディベートの授業なら減点の対象だよ」

 

 つまり彼女のような年若い少女に向け噛み砕いて言うと、

 

「多様性の尊重とは「どんな意見も受け入れろ」ではなくて「いろんな意見があるという現実を受け入れましょう」というものだ。つまり「自分が正しいと思っていることを受け入れない者も居るが、それは当たり前のこと」。自分と違った意見があっても嫌なら無理に合わせる必要は無いし、自分の考えに従うよう相手に強要する必要も無い――」

 

 そこでシャアは言葉を途切れさせる。

 

「大佐?」

「……うむ、やはり君は、いや君たちが私の翼だ。私に本当に大切なことを気づかせてくれる」

 

 つまりアルレットがシャアとの会話で、自分の発言から自分が詭弁じみた考えに取り憑かれていたことに気付けたように。

 シャアもアルレットの言葉に答える、自分の考えを言語化したことで気付けたことがあった。

 自分の言葉が自分自身への回答になっていたということ。

 

 彼女ぐらいの年のころに、自分がしてみたかったこと、誰かに言って欲しかった言葉。

 自分が少年だったころには誰にも、そして自らも望まなかったそれらを考え、与えることは思いのほか楽しい。

 そして幼い子供を導き育てているつもりで、自分の未熟な部分までも育て直されているような気にもなる。

 対象なくしては決して感じられることは無かっただろうこの感覚は、父性というものだろうか。

 

「大佐――」

 

 しかしアルレットは頬を膨らませ、

 

「私はそんな風に思ってもらえるほど小さな子供じゃないですよ」

 

 とニュータイプならではのカンなのか、シャアの心の内を捉えて見せるが、それもまた楽しい。

 

「安心したよ」

「何がです?」

「そういうセリフが出るということは――」

 

 シャアは我知らず笑みを浮かべながら言う。

 

「まだまだ子供ということだからな」

「大佐!」

 

 無論、アルレットには怒られるのだが……

 

 

 

「敬礼」

 

 入室するレビルに対し、ブライトの号令で敬礼するホワイトベースの一同。

 レビル将軍は返礼すると、

 

「ご苦労、座ってくれたまえ」

 

 そう言って自分も席に着く。

 

「全員、休め」

 

 着席。

 

「サイド7以来の諸君らの働きには感謝の言葉もない、ん?」

「すいません」

 

 そこにフラウが空気を読まずに子供たちを連れて入室。

 ……最初からちゃんと出席させられないのであれば、欠席させればよいものを、どんな軍人だってカツ、レツ、キッカにレビル将軍の話を聞け、などとは言わないだろうに、という話だが女性特有のめんどくさいこだわりなどがあるのかも知れない。

 そしてレビル将軍は、

 

「さて、諸君はここで補給と修理を受けてパナマ基地に行ってもらう」

 

 と、賢明にもスルー。

 何事も無かったかのように話を始める。

 それは彼が主戦派の筆頭たる武人でありながらも柔軟な思考と寛容な面も持つ人柄ゆえのものだったが、一方でフラウのようなやっかいな人物には深くかかわらない方がいい、という年長者の処世術であるのかもしれない。

 だが、

 

「あ、あの」

「ん、なんだね?」

 

 そのやっかいなフラウが起立、挙手するので、発言を許可する。

 

「はい。軍隊に入りたくない人はどうするんですか?」

 

 レビルは相手を刺激しないよう、つとめて冷静に回答する。

 

「すでに諸君らは立派な軍人だが、軍を抜けたいというのなら一年間は刑務所に入ってもらうことになるな」

 

 その答えに思わずアムロは、

 

「そ、そんな。それじゃあ嫌だっていう人でも……」

 

 そう漏らす。

 しかしレビルは、

 

「君たちは元々、軍隊で一番大事な秘密を知ったのだ。本来なら一生刑務所に入ってもらわねばならんところだ」

 

 そう答える。

 その意味では、確かに温情的、そして良識的処置ではあるのだ。

 

「軍人か……」

 

 ショックを受けたように小さく口の中でつぶやくアムロ。

 しかし、

 

(まぁ、うちで雇えばいいんだけど)

 

 というミヤビの考える抜け道もあるが。

 つまりヤシマ重工からRX計画、そして後に統合されたV作戦のためにミヤビが出向したように。

 軍と守秘契約を結んだ取引先会社の技術者という立場を用意すればいいのだ。

 要するに機密情報の漏洩防止ができれば良いのだから、扱いが微妙な少年兵を軍内で飼い殺しにし続けるよりは、ヤシマ重工に管理責任を押し付けられればそれに越したことは無い、そう軍も考えるはずだった。

 

「次にもっと重大なことがある」

 

 レビルはそう発言することで注目を集めると、

 

「ジオン軍の動きが大変活発になってきていることだ。ことにガンキャノンの出現によって、彼らは総力を挙げてモビルスーツの量産に入っている」

 

 その言葉を裏付けるように、

 

「君」

 

 と同席していた士官を促し、スクリーンに多数の異形のモビルスーツ、すなわち水陸両用モビルスーツの機体群の図面を表示させる。

 

「まだ未確認情報だが、ひとつにはガンキャノンの使い方を学んだという。強力なモビルスーツならば数はいらない、一機二機でも戦果が十分得られると考えたのだろう」

「し、将軍、後ろのモニターの図面、みんな違うモビルスーツなんですか?」

 

 次々に切り替わる図面に、思わずアムロは声を上げる。

 レビルは大いにうなずくと、

 

「おそらくな。しかもジオンはモビルアーマーというタイプの物も実用テスト中と聞く」

 

 と語る。

 

「モビルアーマー?」

「ガンキャノン一機が呼び水となった」

「呼び水」

 

 第二次世界大戦のT-34ショックみたいなものだろう。

 しかし史実とは違い、ジオンはキシリアの命によって、開発対象モビルスーツの絞り込みによるリソースの集中化を実施している。

 それがどのような影響をもたらすのか、前世の記憶を持つミヤビでも分からぬことだった。

 

「今後、敵の攻撃は強力になろう。ともかく手に入った情報は諸君に渡す。十分対策を検討するように」

 

 

 

 生体認証端末に手のひらを押し当てるカイ。

 おそらく静脈認証、または指紋認証とのハイブリッドかも知れない。

 

「どうぞ」

 

 警備兵から出力された入退出管理票を手渡され、

 

「へー、めんどくさいのね」

 

 とつぶやき……

 と言うには大きすぎる声で暗に文句を言うが、セキュリティカード所持を義務付けられ、首から下げることを強要されるよりは生体認証なだけマシだろう。

 オートロックのホテルでキーを持たずに部屋を出て締め出される(大抵全裸や下着姿)、という動画がネットに上がったりするが、そんな感じでカードを忘れたら入れないなど面倒なのだ。

 システムのセキュリティ担当だったりすると、もの凄い枚数のセキュリティカードでパンパンになったネックストラップを首から下げたりするし。

 

 まぁ、レビル将軍が居て、ホワイトベースはAAAの軍事機密ともなれば、多少なりとも利便性を損ねてもセキュリティレベルを上げざるを得ないのであるが。

 そして、

 

「兵隊さん、なんか買ってくれない?」

 

 二重のフェンス、その1枚目と2枚目の間のスペースに居た少女、ミハルが声をかけてくる。

 カイは少女の手にあるバスケットを覗き込み、

 

「あん? 碌なもんないじゃんか」

 

 などと遠回しに拒絶するが、ミハルはめげない。

 

「みんな土地のもんだよ。うまいもんだから」

 

 食い下がる彼女にカイも話を合わせ、

 

「かわいいね。苦労してるようだけどさ」

 

 と、同情するふりを見せ、

 

「じゃあ買ってよ」

 

 と、乗って来た少女に、

 

「またな」

 

 と手を振って歩き出す。

 ミハルは、

 

「ケチ!」

 

 と言い捨てると、今度は続けて出てきたアムロに狙いを定める。

 

「ね、買わない?」

「え? い、いえ」

 

 こういうことに慣れていないアムロは不器用に断る。

 

 なお、セキュリティの話をすると二重のフェンスの間に民間人であるミハルを入れているのは問題だったりするのだが(マンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』では似たような状況でアムロがツッコんでいたが)そこは地元民への配慮として黙認されている。

 

 ミヤビの前世で言えば、工場敷地内にある緑化スペースやテニスコート、釣りのできる護岸等を開放していたり。

 工場立地やら何やらで、地元との付き合いには一定の配慮が必要なのだ。

 

 それじゃあ一般の、街中にある社屋はどうかというと、こちらはこちらで保険会社のおばちゃんが昼休み、勧誘のため事務所まで入って来たりする。

 本社ビルなどのように情報セキュリティのための対策が必要な場所だとさすがに無い…… と、思いきやわざわざ保険相談スペースを設けたり。

 これはなぜかというと、保険会社というのは多くは自社の大株主であり、やっぱり配慮が必要だからだったりする。

 

 こんなことが許された日本は欧米と違って基本的に性善説な風土があって、情報セキュリティについての重要性が叫ばれたり、個人情報保護法が施行されて対策が必要になったりした時点で、もの凄い苦労が発生したという。

 セキュリティというのはどんなに優れたシステムを入れても利便性は犠牲になるところがあって。

 先ほど、ちょっとした不便でもカイが文句を言ったように、セキュリティの必要性を実感しない多くの人間にはただ余計な手間としてしか認識されない……

 社内の抵抗勢力がとんでもないことになるのだ。

 ミヤビも自社のセキュリティ教育で、当時の推進担当だったという偉い人から酷い苦労話を聞いて同情した記憶がある。

 

 そしてセキュリティゲートからは、

 

「やさしいおじちゃんだったよね」

 

 続けて金の髪の幼女、キッカがレビル将軍のことをそう評しながら出てくる。

 その姿を見るフラウの複雑な表情にアムロは、

 

「フラウ・ボゥ、嫌なのかい?」

 

 と聞く。

 

「嫌っていうよりも」

 

 フラウの視線の先ではキッカが警備の兵に対し、

 

「ご苦労!」

 

 とレビル将軍の真似か敬礼している。

 

「あたしたちが軍隊に入ったらこの子たちの面倒、誰が見てくれるのかしら? みんなホワイトベースに馴染んでいるのよ」

 

 フラウの言葉に、アムロは、

 

「そうだね」

 

 としか言いようがない。

 まぁ、ミヤビが聞いたら、

 

「大人に任せるべきだし、戦艦に乗せるより施設で育つ方がマシじゃない?」

 

 と身も蓋も無く言うだろうか。

 戦場に身を置くということはPTSD(心的外傷後ストレス障害)の危険があるということで、ミヤビはその辺を配慮したうえでそう言うのであろうが。

 

「おらおら、お前らドックに入っちゃ危ねえんだよ。あっちで遊んでろ」

「ホワイトベースのトイレの掃除、ベッドカバーの取り換え、やること一杯あんの!」

「かわいくねえの」

 

 カイと言いあう子供たちに、フラウは、

 

「別れたらかわいそうよ」

 

 と重ねて言う。

 

「………」

 

 アムロは前にミヤビから説明された男性脳と女性脳の違いというものを思い出し、賢明にも口をつぐむ。

 古来男性は狩猟を営み、女性は村で共同生活を営んでいた。

 ゆえに男性の会話は素早い問題解決のためのもの。

 対して女性には狭い村社会で仲間はずれ、村八分にならない力、共感力が必要とされた、ということに端を発していると言われる違い。

 

 相談に対しても、男性は解決策を提示してほしいと願われていると捉え、女性は悩みを聞いて自分の気持ちを分かってほしいと考える。

 だからフラウもアムロに話を聞いてもらい、彼女の想いに共感して分かってもらいたいというだけで、アムロに何とかしろと言っているわけではない。

 

 ただ……

 男性脳で理系タイプのアムロには問題解決をしようともせずに延々と非生産的な愚痴を聞かされているように感じられて、とてつもなく苦痛なのだ。

 

 子供たちのために心を痛める、それはフラウが優しい心の持ち主だから。

 それは分かる。

 

 でも客観的に見れば、その場にしゃがみこんでぶつぶつ言っているだけなのと、何が違うだろうか。

 建設性など微塵も無いんじゃないか。

 

 そう考えてしまう自分は薄情なのだろうか。

 でも自分の気持ちにウソはつけないし、自分を騙すこともできない。

 しかし、

 

「私たちみたいな技術系の理系脳タイプは絶対の正解があって、正しいことは正しいから正しい、だから正しいことは受け入れられ、尊重されるべきと考えがちだけど」

 

 かつてミヤビが教えてくれた言葉。

 

「でも自分が理論的だと思っている人の中には相手の身になって考えない、相手に配慮しないことを『客観的』だと思っている。……実際には相手のことを考えないって、つまり自分の主観だけの偏見に満ちた罵倒になりかねないんだけどそれに気づかない。感情のまま罵詈雑言を垂れ流しても、自分がそう思った、そう感じたのは事実だから、正直な気持ちなんだから許されて当然と思う。そんな人も居るわ」

 

 そんなことを「正しいことは正しいから正しい、だから正しいことは受け入れられ、尊重されるべき」と当然のように押し付ける人間も居る。

 

『人は正義に駆られている時ほど反省を失うことはない』

 

 とは言うが、自分は正しいと思い込んでいる人間ほど厄介なものはないのだ。

 だから、

 

「そういう人にならないよう気を付けてね」

 

 ミヤビにそう言われたから、口をつぐみ、自分を客観視しようと努力するのだが……

 しかし苦しいものは苦しい。

 それも事実。

 

 どうしても比べてしまうのだ。

 悩みごとや問題ごとなどを伝えると、打って響くかのように明確な答えや解決策を示してくれたり、それができなくとも一緒になって問題解決に取り組んでくれるミヤビと。

 彼女はレビル将軍に呼び止められ、この場には居なかったが。

 ミヤビとだったら、どんな会話が交わせたのだろう。

 どんな言葉をかけてもらえただろうと考えてしまう。

 

 もっともミヤビの中身はアレなのだから、アムロの男性的で理系な考え方と合うのは当然。

 

 一方で、女性の脳は人の話を聞いて共感し、それを生きる知恵として頭に蓄積するようになっている。

 そのつもりで会話を求める女性に男性が「ならこうすればいいじゃん」と提案する解決策は「現実に基づいていない、実際には使えない屁理屈」と受け取られる。

 現に、最適と思われる解決案でも人の感情やしがらみのせいで使えないというのは普通に、というか数多くあることで、使えない、誰も納得しない解決案に意味はない……

 

 そして、この女性の脳特有の働きを促すために、女性は自分の話に相手が共感してくれると快感を覚えるようにできているのだ、とも言われる。

 だから会話をして共感し合うことは、女性にとって必要なやり取りであり、同時に疲れやストレスの軽減にもつながるのだ。

 

 フラウだってこうやって悩み、史実ではその想いを受け止めてくれたハヤトが居たからこそ、最終的にはカツ、レツ、キッカを自分たちで育てるという決断を、解決策を出せたわけで。

 合う合わないはあっても、どちらが優れているとか、そういう話でも無いのだが……

 ミヤビという『理系男子にとって理想的な嫁』(に見える存在)を知ってしまったがために、アムロは苦悩するのだった。




 シャアとアムロの内面の変化のお話でした。
 シャアは色々あって真っすぐに捻じ曲げ直されたという感じで、その上でアルレットの存在が良い方向に働いていますね。
 一方アムロは良くなっているようでいて、かえってミヤビに惑わされているような感じですか。

 なお男性脳、女性脳の違いってネガティブに捉えられがちですが。
 逆に言うと「『聞き上手』な男性って女性にもてる」などと言われるように、この特性の違いを踏まえてコミュニケーションすると好感度が得られるという話です。
 好きな人が居て親密になりたい、という場合は有効ですよね。

 次回からはゴッグとの戦闘が始まりますが、Gブルやハイパーハンマーの代わりにテム・レイ博士のビックリドッキリメカが登場の予定。
 また、アッガイについても「何でこれが量産機として生き残ってシャアの乗機になってるの?」というお話をする予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第26話 赤いアッガイ Cパート

「いいぞマーシー。予定通り木馬のいる港に接近だ」

『は』

 

 ラサとマーシーは水陸両用モビルスーツ、ゴッグで海中を侵攻する。

 

「お、……なんだこりゃ?」

 

 センサーに反応。

 

「えらい小さい物だが、まさか」

 

 そう、そのまさか。

 

「うわっ、やっぱり」

 

 ゴッグの機体に接触した機雷が爆発する。

 しかし、

 

「さすがはゴッグだ、なんともないぜ」

 

 重装甲を備えたゴッグには通じない。

 

「フリージーヤード、放射」

 

 頭頂部のマルチプルランチャーから機体の進行方向にカプセルを発射。

 そして直後に破裂したカプセルから放出された特殊な薬剤が海水と反応して高分子ゲルを形成し、機体を包み込む。

 これにより接触する機雷を起爆させずにからめ取り、無力化するのだ。

 

 この高分子材というのは便利なもので、クラゲなどは95~99パーセントが水で、わずかな高分子で身体を形成していると言われるように、小さなカプセルに収められた材料でも、ゴッグの機体全体を覆うだけのものが生成できる。

 大量発生したクラゲが漁網にからまって破る、火力発電所の冷却水取水口に押し寄せて詰まらせるなどの被害があるように、ほぼ水でできていたとしても割と強度が出るのだ。

(だからクラゲの大量発生は始末に負えないとも言える)

 

 

 

「ソナーに感あり。水中衝撃波?」

「ふむ、ブーンめ、強攻偵察に出たか。面白い、この目で木馬を間近に見るチャンスだ」

 

 不敵に微笑むシャアに、アルレットはため息をつく。

 

「アッガイはゴッグほどの重装甲は持ってませんから、機雷原の突破は無理ですよ」

「なに、ブーンの隊が穴をあけてくれる。今の爆発源に向かって行き、侵入ルートをたどれば良い」

「………」

 

 

 

「エリア22の反応が消えました。警戒態勢に入ってください」

 

 連邦軍でも、異常を検知。

 しかし、ゴッグの機影はまだ捉えられていない。

 

 

 

 ゴッグはそのまままっすぐに侵攻する。

 フリージーヤードには、ソナーによる探知を低減する効果もあるのだ。

 とはいえ完璧ではないので近づくにつれ発見されやすくなるし、ウォーターインテークが閉塞することから長時間は使用できず、絡め取った機雷も速やかに投棄排除する必要がある。

 つまり、

 

「うまく潜り込めそうだ。ブーン艦長、援護の攻撃を願いますよ」

 

 潜入、揚陸にはやはり陽動が欲しいというところ。

 

 

 

「時間だ。ミサイルを発射」

 

 ブーンの命令でユーコン級の垂直発射管から二発の対地ミサイルが放たれる。

 

 

 

「ミサイル探知」

「エリア22か?」

「いえ、54です」

 

 連邦軍からも即座に迎撃のミサイルが放たれる。

 

 

 

「僕らはどうしましょう?」

 

 修理中のホワイトベースブリッジに、ノーマルスーツ姿で駆け込んでくるハヤト。

 

「そうだな」

 

 ブライトは思案し、

 

「モビルスーツで今すぐに出撃できる物はどれか?」

 

 と通信機越しに現場のマーカーに確認。

 

『ドラケンE改可翔式だけです』

「ガンキャノン、ガンタンクはなんとかならんのか?」

『キャノンは今すぐには無理です。オーバーホールでBパーツをバラしてますから復旧には時間がかかります。タンクは逆にAパーツをばらしてますし』

 

 そこに通信手席のフラウから報告。

 

「アムロはガンキャノンで出ますって」

「なに?」

『こんなこともあろうかと!』

 

 突如として通信に割り込んだのはテム・レイ博士。

 

『RXシリーズには、コア・ブロックを中心に兵装を組み合わせることが可能な互換性を付与してある!!』

「それは……」

『ガンキャノンのAパーツ、ガンタンクのBパーツ。一つ一つでは単なる火だが、二つ合わされば炎となる。炎となったRXシリーズは無敵だ!!』

 

 無茶苦茶ゆーな!!

 

 つまり……

 ゲーム『GUNDAM 0079 THE WAR FOR EARTH』に登場する、ガンダムのオリジナル形態『ガンダム+ガンタンクBパーツ』。

 大気圏突入前の戦闘で左脚部を損傷したガンダムに対し、応急処置として下半身がガンタンクのBパーツに換装されていたもの。

 プレイヤーからは見た目そのままの『ガンダムタンク』と呼ばれるものの、ガンキャノンバージョンである。

 

 しかしブライトは、無いよりマシと判断。

 フラウに向け、

 

「よし。しかしビームライフルが使えないはずだ。メカニックマンに確認を」

 

 そう命じる。

 ガンキャノンはコア・ブロック内蔵のタキム式NC-3核融合炉二基のほかに、Bパーツ腰部に内蔵のタキムNC-7強化核融合炉、そして両太ももに内蔵のタキム式NC-3M二基が搭載されており、その総合出力をもって、ビームライフルの射撃を可能としているのだ。

 ゆえにBパーツ抜きではビーム兵器は使えなかった。

 

 

 

 至近まで接近したことでようやくソナーで拾えるようになったゴッグに対し、水中施設から魚雷が発射される。

 しかし接近する魚雷を、ゴッグの側頭部、両耳に当たるスリットから放たれた光線が迎撃、破壊する。

 古い資料ではフォノン・メーザー砲とされていたが、近年の設定では対応する武装は記載されていない、公式設定には無い武装であり。

 マスターグレードモデル等、プラモデル向けに描き起こされた内部構造図等に沿って解説された書籍『ガンダム解体新書 一年戦争編』あたりでも、

 

 頭部構造は実にシンプルで、モノアイと航行に必要なソナー類、マルチプルランチャー(フリージーヤードを射出した装置)の機構以外は何も装備されていない。

 ただし、後の機体用に何種類か実験的な意味合いの装置が搭載されたものもあったようで、何パターンかの仕様違いが存在していた。

 

 などと、巧妙にぼやかしていたりする正体の怪しい装置ではある。

 

 そして堤防に取り付き上陸するラサのゴッグ。

 

「よーし、うまくいった」

 

 また、マーシーの機体もその大型のアイアンネイルで護岸に設置されていたミサイル砲台を破壊しながら這い上がる。

 

『ラサ曹長、マーシーも上陸しました』

 

 即応部隊の61式戦車が対応しようとするが、ゴッグは腹部に搭載された二門のメガ粒子砲を使って撃破する。

 ゴッグのキアM-23型メガ粒子砲は収束率が低く射程は1kmほどしかないが、海から海岸沿いに存在する施設を攻める場合、その防衛戦力は有効範囲におさまるため問題とはならないのだ。

 

 

 

「モビルスーツらしい物に上陸されました」

 

 地球連邦軍のベルファスト防衛司令部にも状況が報告される。

 

「ドックには近づけるな。なんとしてもホワイトベースは守るんだ」

 

 士官の指示により防衛戦力が急遽、出動する。

 

『ベルファスト・コントロール、こちらホワイトベースのドラケンE改可翔式。上陸したモビルスーツのデータを送ります』

 

 ミヤビからの報告。

 奇襲により哨戒機を出せないでいた司令部には願ってもないこと。

 

「了解、引き続き観測を願う」

『は、はい』

 

 

 

『ミヤビさん……』

「上級司令部の指示に異を唱えることはできないわ。ここは上空待機よ。戦況報告よろしく」

 

 いち早く出撃したドラケンE改可翔式だったが、観測機として司令部の目になれ、という指示を受けては敵に突っ込むわけにはいかない。

 

【挿絵表示】

 

(命令されてるんじゃ仕方ないよねー。本当なら前に出て戦わなければならないんだろうけど、それ許してもらえないならこうやって見守るしかできないなー。いやー、つらいなー)

 

 などと割と酷いことを考えているミヤビだったが、例によって顔には出ないため、他からは真顔で思い悩んでいるようにしか見えない。

 しかも、ここで高みの見物になることを喜んでいる、と捉えられるのもまずいと思った彼女は、

 

「サラちゃん、兵装を60ミリバルカンポッド弐式から甲壱型腕ビームサーベルに切り替えて」

『ミヤビさん?』

「敵はゴッグという水陸両用モビルスーツらしいけど、資料では耐水圧外殻を兼ねる重装甲を持つとされているわ。コア・フライトユニット搭載のAIM-79空対空ミサイルも、強化したとはいえ60ミリバルカンも有効打を与えるのは難しいでしょう」

 

 こう、レビル将軍から提供されたデータを元に、いざとなったら命令無視してでも自分が突っ込んで何とかする、みたいなことを言ってみる。

 みたいな、だけであって実際にはゴッグ相手に格闘戦など絶対に御免と思っているミヤビだったが……

 

 

 

 上級司令部の一方的な指示に苦悩しつつもそれを飲み込み、しかし必要であれば命令違反を犯してでも敵の新型に特攻めいた攻撃を行うという自己犠牲が過ぎる覚悟。

 

「ミヤビさん、あなたって人は……」

 

 通信を聞いていたブライトは、ミヤビの言葉を額面どおりに取って、固くこぶしを握り震わせる。

 

「う…… 美しすぎます」

 

 それはこうやってドックの中で動けないホワイトベースのブリッジで聞くには、残酷過ぎる勇気!

 

 ……まぁミヤビのことをよく知る妹のミライには、

 

(また姉さんは誤解を招くようなことを……)

 

 と思われているのだが。

 

 

 

「このゴッグの装甲がバルカンぐらいでやられると思ってるのかよ」

 

 ハーフトラック型の装甲車に無理やりバルカン砲を大型弾倉ごと積み込んだような戦闘車両、大口径バルカン砲重装甲車の掃射を受けるが、ゴッグの重装甲はそれに難なく耐える。

 なお、ここで言うトラックは貨物自動車ではなく、履帯、キャタピラのこと。

 前輪はタイヤ、後輪の代わりにトラック(履帯)を持つ車両だから半装軌車、ハーフトラックと呼ぶわけである。

 だが、その大口径バルカン砲重装甲車も、ゴッグの重量級の機体が踏み出し斜面を滑り降りるようにして前進、足に引っ掛けられただけであっさりと撃破された。

 効かないからといって無理に距離を詰め過ぎたのだ。

 

 

 

「あれも新型のモビルスーツか? ザクやグフとは違うようだけど」

 

 ドックからガンキャノンのAパーツとガンタンクのBパーツを組み合わせた特殊形態、ガンキャノンタンクで出撃するアムロ。

 

『アムロ、あれは海から来ているらしいし、レビル将軍から受け取ったデータだとゴッグってタイプみたいだわ』

 

 サラツーがデータから識別する。

 先のレビル将軍とのブリーフィングで出てきた資料にあった機体だ。

 

 

 

「出てきたな、モビルスーツめ」

 

 ラサのゴッグでもガンキャノンタンクを視認。

 

 

 

「将軍、ここは危険です、退避壕の方へ」

 

 窓から戦場を見つめ続けるレビルに、そう勧める士官だったが、

 

「いや、やられる時はどこにいてもやられるものだ。全軍を指揮する者が弾の後ろで叫んでいては勝つ戦いも勝てんよ」

 

 とレビルは退かない。

 志は立派だが、レビルが戦死したらその影響は計り知れない。

 戦場では命の価値は等価ではないのだ。

 だから士官も、

 

「そ、そうでありますが……」

 

 と歯切れ悪く食い下がろうとするのだが、そこに爆発!

 

「うっ」

 

 窓ガラスを吹き飛ばす爆風。

 しかしレビルはひるまず戦場を観察。

 

「右の攻撃に対して防戦できんのか?」

「は、つ、伝えます」

 

 通信機にかじりつく士官。

 

「エリア60から65の防戦態勢、どうなっておるのか?」

『は、ホワイトベースのガンキャノンの応援を頼んだところであります』

 

 その通信を聞きながら、レビルはつぶやく。

 

「すべてモビルスーツ、モビルスーツか。時代は変わったな」

 

 

 

 陸上では鈍重なゴッグだったが、その背と股間に備えられたロケットエンジンを使えば、ジャンプによる移動も可能。

 それを利用して横っ飛びに移動するゴッグに対し、下半身がキャタピラであり、旋回速度に限界があるガンキャノンタンクのアムロは比較的射界に自由が利き追従できる頭部60ミリバルカン砲で攻撃するのだが、

 

「なんてモビルスーツだ。バルカン砲もなんとも感じないのか」

 

 ゴッグはその大きく頑丈な手のひらを盾にして防御して見せる。

 

「しかし、この動きなら!」

 

 ロケットエンジンによる機動が限界に達し、着地したところで、テム・レイ博士に渡されたワイヤード・ハンマーを繰り出す。

 下半身がキャタピラである以上、ほぼ腕の力だけで放つことになるが……

 

『ロケットモーター点火!』

 

 サラツーの制御で、トゲ付き鉄球に装備されたロケットエンジンが起動。

 それによる加速で通常の、ミヤビの前世の記憶にあるガンダムハンマー以上のスピードでゴッグにぶち当たる!

 しかし、

 

「な、なんて奴だ。このハンマーだってパワーアップしてるっていうのに」

 

 ハンマーに吹き飛ばされ、尻もちをついたものの、平然と起き上がってくるゴッグにアムロは戦慄する。

 

「僕の鉄球(たま)を凌ぐなんて……」

 

 

 

「違うな、これは」

 

 ガンキャノンタンクの姿を確認して、つまらなそうにつぶやくシャア。

 まぁ、これがアムロのガンキャノンだとは普通、思えないだろう。

 彼のアッガイは、海面上から望遠で密かに陸上の様子を探っていた。

 隠密性の高いアッガイならではの使い方だ。

 

「木馬はドックか?」

「でしょうね」

「今の内か」

「やっぱりそうなるんですね……」

 

 アルレットはため息交じりに答える。

 

「いいですか、大佐。

 アッガイは主な武装をユニット化された腕部に集中し、換装の機構を持たせることでモビルスーツ本来の汎用性と専門的用途を併せ持つように設計されています。

 これは1機の機体に多目的用途を持たせることで用途の限られた局地対応機の生産台数を抑え、モビルスーツの保有数が限定された状況でも、あらゆる戦局において充分な機体数を出撃させることを目的としたもので……」

 

 ミヤビの前世の記憶にあるアッガイの両腕の武装も『機動戦士ガンダム』第30話内ですら描写がまちまちで定まらなかった。

 それゆえ後のマスターグレードのプラモデルのインストでは腕部がユニット化されており、任務やパイロットに応じて武装を変更することが可能である、とされていた。

 実際『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』登場のアッガイは右手の肘から先が無かったが、破損ではなく未接続というように描写されていたし、左腕で機関砲を撃っていたし。

 

「今回は通常の装備、中近距離戦闘を想定した機関砲装備のフォースアームズになっています」

 

 右腕が機関砲とアイアンネイル、左腕はロケット発射管6門という一般的な武装だ。

 

「今回は?」

「他にも対モビルスーツ格闘戦を想定して左腕にエクスカリバー対艦クローを装備したクローアームズ。そして対艦攻撃・火力支援を想定した火力強化用のブラストアームズがあって、これは右腕部からもロケット砲を撃てるようにしており、単純な瞬間火力では、通常の2倍……」

 

 つまりキシリアの命令で水陸両用モビルスーツの開発機種を絞った結果、どのような状況でも腕部武装ユニットの付け替えで対応できるアッガイが残ったというわけだ。

 通常のモビルスーツなら任務に合わせた武器の持ち替えで対応できるが、水の抵抗から武装を内装式とした水陸両用モビルスーツでは無理で。

 それを補うために史実でも、

 

 通常兵器の携行や単独での格闘戦に対応すべく、右腕をゾゴックと同様のマニピュレーターに換装したジュアッグ。

 両腕のヒートロッドを3本爪のクローに換装したアッグガイ。

 逆にオプション兵装として、クローの代わりにアッグガイと同様のヒートロッドを装備した腕部ユニットに換装できるズゴック。

 

 などがあったが、それらをさらに突き詰めたようなものとなっている。

 

「ビームは……」

「この機体は調整中と言いましたよね。だから今回は機関砲装備のフォースアームズなんです。戦闘は極力避けてくださいね」

「……ドック内の木馬の映像を収められれば良い。損傷などの状況が分かれば、今後の作戦の判断材料となる」

「そうと決まれば急ぎますよ」

 

 アルレットはステルスモードを解除。

 アッガイはザクIIから多くのパーツを流用しており、ジェネレーターもザクのものを空冷水冷ハイブリッド対応に改良したものを二基搭載。

 ステルスモードではそのうち一基を止めることで排熱を抑えることができるのだ。

 

「ツインドライヴシステム起動!!」

 

 停止していたもう一基のジェネレーターを起動!

 片肺運転から二基のジェネレーターを同調させることで圧倒的な出力を発揮するツインドライヴ・モードに移行する!!

 ノーマルな機体でもゴッグを超える1,870kWという出力、そのパワーをもって、無駄の無い機動で上陸するシャア。

 

「ほう、悪くない仕上がりだな」

「大佐に褒めて頂けるとは恐縮です」

 

 背面スラスターを噴かしながら、最速でドック内を収める位置にたどり着く。

 

「ナイスアングルですね、大佐」

 

 アルレットはすかさずデータを収集。

 木馬の映像を撮り終えたところで、シャアは退却を図る。

 連邦軍の注目は二機のゴッグに集中しており、その機体を気に掛ける者は居なかった……

 

 

 

「……赤いアッガイ?」

 

 ぽかんと口を開けてつぶやくミヤビ以外は。




 ゴッグとの戦闘開始。
 テム・レイ博士のビックリドッキリメカの出撃でしたが、真価の発揮はこれからですので次回にご期待ください。
 そしてアッガイが水陸両用モビルスーツの主力量産機として残された理由。
 ……要するにインパルスガンダムの換装システムと同じ考え方ですね。


> ゲーム『GUNDAM 0079 THE WAR FOR EARTH』に登場する、ガンダムのオリジナル形態『ガンダム+ガンタンクBパーツ』。

 実写で顎が割れて太り気味のシャアが有名なゲームですが、こんな面白要素もあるんですね。


> 古い資料ではフォノン・メーザー砲とされていたが、近年の設定では対応する武装は記載されていない、公式設定には無い武装であり。

 実際、サンライズが運営するガンダム情報の公式ポータルサイト「GUNDAM.INFO」でも、

>主な武装 メガ粒子砲×2、魚雷発射管×2、アイアンネイル

 とされていて、この武器についての記載はありません。
「主な」と書いてあるとおり、それ以外にもあるけど公式では明言しないよ、というスタンスですね。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第26話 赤いアッガイ Dパート

「うっ、やったな、タンクもどきが!」

 

 ラサは毒づくとゴッグを立ち上がらせ、今度は両手で受け止める体勢になる。

 ゴッグの両腕は水中抵抗を減らすために肩アーマーへの収納を可能とした伸縮式のフレキシブル・ベロウズ・リムとなっている。

 これはショックアブソーバーとしての機能も有し、だからこそミヤビの知る史実でもガンダムのハイパーハンマーを受け止めることができたのだ。

 

「ヘヘッ、馬力ならこのゴッグも負けんぜ」

 

 しかし胴体に当てるだけではダメと悟ったのか、頭に向かって放たれた鉄球は……

 

「たっ、鉄球(タマ)が落ちた!?」

 

 途中で軌道が変化し、左わき腹に直撃!

 片側の魚雷発射管とメガ粒子砲が潰される!

 

「かっ!?」

 

 衝撃に息を詰めるラサだったが、

 

「片腹痛いわ!!」

 

 と、強がりを吐く。

 

 

 

 モニターに映るガンキャノンタンクの戦闘映像に、テム・レイ博士は一人、メガネをくいと押し上げると満面の笑みを浮かべ叫ぶ。

 

「そおーだ、アムロ。その新兵器は単に『ワイヤーで繋がれた鉄球(タマ)』ではない。『有線制御の鉄球(タマ)』! それゆえにワイヤード・ハンマーと呼ばれるものなのだっ!!」

 

 見た目はミヤビの前世の記憶の中にあるロケット噴射装置付きハンマー、ハイパーハンマーの鎖をワイヤーに変えただけに見えるが、それだけではない。

 ワイヤーの中には通信ケーブルが仕込まれており、これにより単にロケット噴射で加速するだけではなく、軌道を制御し、コントロールすることができるのだ。

 しかも、

 

 

 

 ハンマーの軌道を戦術コンピュータの補助により予測しようとしたラサだったが、計算エラーと脅威警報に目を見張る。

 

「これは!」

 

 乱数が2つもある!

 弾道の解析ができない!

 

「パイロット自身の能力で見切るしかない、だとぉ!?」

 

 

 

 再びのハンマーの命中を確認し、サラツーは言い放つ。

 

『このハンマーはアムロとパートナーである私の、二人の連携で操作されてるのよ! 戦術コンピュータ頼りでは予測できないわ!!』

 

 AIであるサラツーによるアシストを経て制御されるこれは、後の準サイコミュ兵器『インコム』の質量兵器版と言っていい性質を持っている。

 さらにワイヤーを引いたり、手首のひねりでしごいたりして物理的な力を伝達することで、単純なロケット噴射制御では不可能なダイナミックな動きを可能としているのだ!

 

 

 

(ホーミングするハンマーって、レイダーガンダムの破砕球『ミョルニル』!?)

 

『機動戦士ガンダムSEED』登場のアレかと目が点になるミヤビだったが、この兵器が成立するのも彼女のせい。

 サポートAIサラの補助を受けてドラケンE改で有線制御ミサイルを制御する。

 その延長線上にある技術であり、同時に彼女の存在が生み出すバタフライ効果でRX-78ガンダムがペーパープランに終わった上、無事だったテム・レイ博士が開発してしまった。

 そういうことである。

 

 

 

『装甲は耐えられても、中身は無理でしょう!』

 

 サラツーは、ショックの伝達による内部機器の故障を狙うが、

 

 

 

「うぐぁあああぁっ!!」

 

 パイロットの方が先に持たなくなりそうではあった。

 

 

 

『ラサ曹長!!』

 

 僚機の危機に、もう一機のゴッグが駆け付ける。

 

 

 

『アムロ、スプレーミサイルランチャー、ファランクス・モードだ!!』

 

 父、テム・レイ博士からの通信に、戸惑うアムロ。

 

「スプレーミサイルランチャー?」

 

 今、ガンキャノンタンクの右肩には、従来使用されていた低反動キャノン砲に代わり小型ミサイルランチャーが装備されていた。

 ガンキャノンのオプションで、砲撃よりも弾幕の形成に有効な兵装。

 ミヤビの前世の記憶の中でも、試作段階まで進んだ装備で、接近戦において使用されるものだが実用化に至らなかった。

 もしくはミノフスキー粒子下では実用的な命中精度を発揮できなかったため、実戦ではほとんど使用されなかったとされる装備だったが……

 

『スプレーミサイルランチャー、ファランクス・モード』

 

 サラツーの制御でスコープに表示されるのは敵機を中心とした12の着弾点と、その効力範囲。

 

「行けるか!?」

 

 すかさずトリガーを引くアムロだったが、

 

「何!?」

 

 通常、収束式ミサイルランチャーは、1発ずつ、連続発射することで継続的な射撃を行うが、このファランクス・モードでは、一度にすべての発射筒からミサイルが放たれるのだ。

 そして弓なりの軌道を経て敵機の周辺に同時着弾、爆発する!

 つまりミノフスキー環境下で誘導が効かず実用的な命中精度を発揮できないなら、面で攻撃すればいいという発想だ。

 さらに、

 

 

 

「うわあああっ、あ、熱い!」

 

 着弾点から爆発的に炎が広がり、ゴッグを中心に灼熱の火炎地獄が形成される!!

 

 

 

「なっ……」

 

 目前に広がる炎の海に目を見張るアムロ。

 そんな彼に父、テム・レイ博士の笑い声が届く。

 

『ははははは、どうだアムロ、スーパーナパーム弾頭の威力は!!』

 

 そう、スプレーミサイルランチャーのファランクス・モードで面制圧をするにあたり、テム・レイ博士はそのミサイル弾頭に、サイド7でRXシリーズの焼却に使ったスーパーナパームと同じ燃焼剤を利用したのだ。

 ルナ・チタニウム製のRXシリーズを焼き尽くし、スクラップにした高熱がゴッグを焦がしていく。

 

 

 

「クッ…… 子供だましだ!!」

 

 確かにすごい炎だが、機体に直撃を食らったわけではない。

 ラサとマーシーは、炎の中から逃げ出そうとするが、

 

「う…… あッ!!」

 

 機体が上手く動かず転倒する。

 

「ち……ッ、ちくしょう!」

 

 熱膨張で、各可動部パーツのクリアランスがおかしくなっているのだ。

 水陸両用モビルスーツは水密構造を有するがゆえに、そのあたりはシビアなのだ。

 その上、熱のせいでジェネレーターの冷却にも問題が出て、メガ粒子砲を撃てないばかりか、出力が上げられない。

 

『も、もうあいつに抵抗する術は何もないのかッ!? お…… 俺たちのゴッグはあいつの戦果になって撃墜されるだけなのかッ!?』

 

 恐怖に震えるマーシーに、しかしラサは、

 

「いや! 策はあるぜ!」

 

 そう言い放つ。

 

『え!? なんですって? ラサ曹長』

「たったひとつだけ策はある!!」

『たったひとつだけ……?』

「ああとっておきのやつだ!」

『とっておき?』

 

 それでマーシーも思い当たる。

 

『はっ、ラサ曹長! ま…… まさか! そのとっておきというのは……!?』

「いいか! ジェネレーターが止まるまでとことんやるぜ!」

『ジェネレーターが止まるまで? どういうことですッ!』

 

 そんな、まさかとマーシーの顔が引きつる。

 

「フフフフフフ」

 

 ラサは不敵に笑うと、

 

「漏らすんだよォォォーーーーーッ」

 

 ジョジョーッ!!

 

『うわーっ、やっぱりそうだったァァァァァァン~~~~』

 

 バラストタンク、ブロー!!

 最後の手段で、バラストタンク内に蓄えられた海水を排出し、機体表面温度を下げようとする。

 ゴッグは陸上での活動時には本体内のバラストタンクに冷却水を貯めて行動するようになっている。

 反応炉の冷却上の制限から陸上での活動時間は長くなく、せいぜい1、2時間が限度。

 その冷却水を捨てるのだから、本当に最後の手だ。

 水でナパームは消せないが、機体表面温度は急冷される。

 そしてすかさず、

 

「逃げるんだよォ! マーシーッ! どけーッ、連邦のザコどもーッ!!」

 

 とベルファスト基地の防衛戦力としてゴッグの進路前方に集まってきていたミサイルエレカーなどを蹴散らしながら逃走を図る。

 海、海に戻れば冷却できるのだ。

 

 

 

「逃がすかーっ!!」

 

 追撃のワイヤード・ハンマーを放つアムロ!

 

 

 

「マーシー!?」

 

 背面バックパックに直撃を食らい動けなくなる僚機に、ラサは、

 

「このぉ!!」

 

 と最後の武器、ミヤビの前世の記憶ではガンダムの頭に穴を開けたアイアンネイルで掴みかかるが、

 

「なぁにィ!!」

 

 カウンターで繰り出されたハンマーに両手の指、アイアンネイルを砕かれる!

 

「ん~な!! な…な…な!! なああ~!!」

 

 当たり前の話であるが、鋼を熱して急冷すれば焼入れが成される。

 しかし、そのままでは固いだけで脆いため、焼もどしという工程で粘りや強靭性を高めることが必要。

 ナパームの炎で過熱され、冷却水のブローで急冷されたゴッグのアイアンネイルは、焼き入れだけで焼き戻しが成されていない状態。

 だから脆くも砕け散ってしまったのだ。

 

 

 

「指が無くては突きようがないか……」

 

 アムロはとどめのハンマーを繰り出す!!

 そして史実ではハイパーハンマーの鎖を引きちぎり、水中戦でガンダムを翻弄、その頭に穴を開けたゴッグは、恐るべき本領を発揮するまでも無く撃破されたのだった。

 

 

 

『やりましたね、ミヤビさん』

「そうね」

 

 今回は戦闘に参加しなくても良かったし。

 

「レストランは無事そうだし、ね」

 

 アイルランド料理を未だ諦めていないミヤビだった。

 

 

 

 確かに、レストランは無事だった。

 が、

 

「何で……」

 

 閉まっているのかと呆然とするミヤビに、

 

「戦闘の直後だし、みんな避難から戻ってないんじゃ?」

 

 と答えるアムロ。

 まぁ郊外とはいえ、彼が、いやテム・レイ博士のせいで焼け野原になった土地もあるし……

 

 そんな彼女たちに声をかける少女が一人。

 

「あ、あの兵隊さんたち。あたしなら、今でも開いてそうな店を紹介できると思うんだけど」

「えっ?」

 

 ミヤビが目にしたのはミハル・ラトキエ。

 前世の記憶の中にある彼女であった。

 

 

 

「間違いない、木馬だな」

 

 アッガイで帰投途中、アルレットのまとめてくれたデータを横目で確認し、シャアは笑う。

 

「でも、出撃したゴッグは二機ともやられて……」

「フフフ、それでいい、アルレット。私はあれ…… 木馬のモビルスーツ、ガンキャノンだけは私の手で倒したいと思っているくらいなんだ」

「は?」

「子供じみているだろう? フフフ、そう、私のプライドを傷つけたモビルスーツだからな」

 

 シャアの物言いに、アルレットは――

 

 

 

 ――闘争の本質、

 

「それを打ち倒さねば己になれない」

 

 彼は戦わねばならないのだ。

 そうでなければ一歩も前に進めないから。

 進む術も知らないのだから。

 

 彼は子供だ。

 父が死んだときから何一つ変わっていない痩せっぽちの男の子だった。

 

 本来、彼が打ち倒さなければならなかったのは、家庭を顧みず、家族を、そして何より自分が愛した母を不幸にし、死の運命に追いやった父、ジオン・ズム・ダイクンなのだ。

 しかしダイクンは死んで神格化され永遠に、絶対に殺せない存在(概念)と化してしまった。

 

 だから彼が彼であることを証明するには勝ち続けることが必要なのだ。

 父を打倒できないのであれば、せめて誰にも負けないことで自分を維持することしかできないのだから。

 そんな彼が勝てなかった相手、それがアムロ・レイであり、そのためにシャアは何もかもをひっくり返して叩き売りにする。

 一年戦争の終局、ア・バオア・クーの戦いでも!

「シャアの反乱」と言われた第二次ネオ・ジオン抗争でも!

 

 

 

「アルレット?」

 

 心配そうに自分を見るシャアに、アルレットは答える。

 

「――刻(とき)が見えました」

 

 シャアが、この後に辿るはずの運命を。

 未来の自分は結局、この人の希望には、可能性にはなれなかった。

 

 でも、違いもある。

 本来の歴史なら自分は地球ではなく、宇宙(そら)で、シャアの次の機体、YMS-14先行量産型ゲルググの完成に寄与しているはずだった。

 だが、今の彼はアルレットを手元に置いている。

 この違いが、どんな未来をもたらすのかアルレットには分からなかったが、

 

「希望がある、ってことでもあるはず」

 

 そう、つぶやく彼女だった……

 

 

 

次回予告

 シャアの指揮のもと、ホワイトベース殲滅の攻撃が続く。

 軍人を嫌うカイ・シデンは仲間との別れを告げたものの、

「これを持っていきなさいな。売ればいくらかになるわ」

『ひいいっ、私を売るつもりなんですかっ!?』

 ミヤビによってアムロの工具箱の代わりに手渡されるモビルドールサラ……

 そして再び戦いに加わるカイだが、その彼の後ろに少女が居た。

 次回『女スパイ潜入!』

 君は、サラの涙を見る。




 テム・レイ博士のビックリドッキリメカの大活躍でした。
 なお、ホーミングするハンマーに右肩のファランクスでナパーム弾を投射、ついでに低重心というコンセプトはカトキハジメ氏デザインのロボット3D対戦ゲーム『電脳戦機バーチャロン』登場の機体、ドルカスからヒントを得ています。

 一方で矛盾の塊のようなシャアの内面のお話は様々な方が色々な解釈を行っていますけど、アルレットが見たこれも、その内の一つということで。
 ただ、シャアのYMS-14先行量産型ゲルググってアルレットが居ても調整が間に合わずテキサスで撤退していたわけですけど、これがどう影響するのか。

 そして次回予告でアムロの工具箱の代わりに『モビルドールサラ、売るよ!』されているサラの運命は……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第27話 女スパイ潜入! Aパート

「あのミハルって子には、感謝せんといかんな」

 

 リュウは笑顔で言った。

 連邦軍、ベルファスト基地の外に出て、レストランで朝食を取るホワイトベースの面々。

 ここは昨晩、ミハルという現地の少女に紹介してもらった店だった。

 

「美味しいお店は現地の人に聞け、っていうことですね」

 

 うなずくハヤト。

 メニューはアルスター・フライという当地で有名な朝食。

 これがまた美味い。

 ベーコンの脂で焼くベーコンと目玉焼き、ソーセージ、トマトにマッシュルーム。

 そしてジャガイモのパンケーキと紅茶が付く。

 

「朝からこんな脂っぽくて重い料理、食べられないって思ったけど……」

 

 意外と腹の中に入って行くことに驚くのはアムロ。

 

 そもそも朝から重い食事は食べられない、というのは遅い時間に夕食を取りがちな現代人病みたいなもので、軍艦で早めの決まった時間に夕食を取り、夜食だの晩酌だのをしない。

 しかも毎日適量の運動をしているというホワイトベースの面々には関係のない話だった。

 大多数が若者なのだし。

 また女性陣など小食な者はハーフサイズも用意されているためそちらを選べば問題ない。

 

 そうやって皆が笑顔で朝食を摂る中、ミヤビだけが意識を別に取られていた。

 

 ……どうしようかなぁ、ミハル・ラトキエ。

 

 そう、彼女たちに案内をしてくれた少女はジオンのスパイをすることで生計を立てていたのだった。

 

 

 

「通常、収束式ミサイルランチャーは、1発ずつ、連続発射することで継続的な射撃を行いますが、このスプレーミサイルランチャーのファランクス・モードでは、一度にすべての発射筒からミサイルが放たれます」

 

 ホワイトベースの面々を前に技術的な説明、そして同時に同席しているレビル将軍へのプレゼンを行うアムロ。

 

 

 

「そおーだ、アムロ。それでいい」

 

 その様子を別室でモニターしているテム・レイ博士。

 父兄参観のように微笑ましいものでは無く、現場の兵士の生の声をレビル将軍という最上位の将官に直に届けることで予算を獲得する。

 そういう打算的な考え方からの行動だ。

 自分がプレゼンしないのも、その場に同席しないのもすべてそのため。

 なお、

 

「ええいアムロめ、スプレーミサイルランチャーはいい。ハンマーを、ハンマーをアピールせんか!」

 

 というように、彼の本命はハンマーの方らしかったが。

 

 

 

「つまり、ミノフスキー環境下で誘導が効かず実用的な命中精度を発揮できないなら、面で攻撃すればいいという発想ですね」

 

 カイが手を挙げる。

 

「すまない、ちょっとトイレ」

 

 ブライトが、

 

「急いでな」

 

 と苦言を呈すと同時に許可すると、カイは笑顔で、

 

「ああ」

 

 と席を離れる。

 

 

 

「冗談じゃねえよ」

 

 声を殺し、壁を叩くカイ。

 

「ヘッ、みんな一生この船に居るつもりらしいや」

 

 

 

「先の戦闘では面制圧にスーパーナパーム弾頭が有効でしたが、これは周囲への被害も大きく、使える状況を選びます。今後はもっと別の種類の弾頭を用意することで、運用に柔軟性と幅が出ると思われます」

「……よくわかった。技術的に改善できることはなるべく早く手を打たせよう」

 

 アムロのプレゼンを受け、そう請け負うレビル将軍。

 

「諸君らはホワイトベースのエンジンの整備が終わり次第、パナマ基地へ向かってくれ。私はヨーロッパ戦線に戻る。では」

「起立、敬礼」

 

 ブライトの指示でレビル将軍に敬礼。

 

「健闘を祈る」

 

 返礼を返すレビル将軍だったが、

 

「ああ、三人のちびさんによろしくな」

 

 ……それってホワイトベースに幼い子供たちが乗るのを認めてしまう発言になってしまうのでは?

 偉い人の発言って周囲の配慮を呼ぶ、忖度されてしまうものなんですけど、ご自分の立場分かってます?

 とツッコみたくなる言葉を残し退出する。

 

 

 

「整備急げよ」

 

 ブライトの指示でメカニックたちはベルファストのドックに詰める技術者たちから修理が完了した箇所から確認、引継ぎに入る。

 そんな中、

 

「カイさん」

 

 アムロは私服姿で歩くカイの姿を認める。

 

「カイさん、どこ行くんです?」

 

 カイは肩をすくめて、

 

「しゃあねえな。軍人なんてお堅いのは性に合わねえんだから」

 

 そう答える。

 アムロは、少し考えこむと、

 

「カイさん、僕はあなたの全部が好きという訳じゃありません。でも、今日まで一緒にやってきた仲間じゃないですか」

 

 本音でありながら、気遣いの感じられる言葉を返す。

 それが分かったのかカイも、

 

「そういう言い方好きだぜ、アムロ。ま、元気でやれや」

 

 と、彼にしては柔らかい態度で対応する。

 

「カ、カイさん」

「好きなようにさせてやれ」

 

 追おうとしたアムロをブライトが止める。

 

「でも」

「ブライトさんよう、無理のし過ぎじゃ戦いは勝てないぜ。だから俺は降りるんだ」

 

 ブライトも経験を積み、カイとの人付き合いを続けてきたから分かる。

 カイのこれは、分かりづらいが彼なりの忠告なのだ。

 だからブライトも、

 

「無理はジオンの連中だってしているんだがな」

 

 そう返す。

 

「俺は限界を越えたのよね。ヘヘッ」

 

 それも真実なのだろう。

 だからアムロにも彼を止めることはできなかった。

 

 

 

「カイ」

 

 ホワイトベースを降り、ゲートを抜けるカイを呼び止めたのはミヤビだった。

 

「これを持っていきなさいな。売ればいくらかになるわ」

 

 そう言って彼女が差し出したのは……

 モビルドールサラ。

 

『ひいいっ、私を売るつもりなんですかっ!?』

 

 サラはそう抗議するが、ミヤビはいつもの『ヤシマの人形姫』そのものの真顔でスルーしてカイに、

 

「どこに居るにもお金は要るでしょ?」

 

 そう告げる。

 彼女の後ろにはアムロ。

 彼がミヤビに相談したのだろうが、その結果がこれかとアムロも、そしてカイもドン引きした様子で顔を引きつらせていた。

 

『う…… 嘘ですよね? 私を売るなんて…… 悪い冗談ですよね?』

「嫌?」

『イヤ…… 嫌に決まってます。何でよりによって私を選ぶんです!?』

「それは他に換金できそうな手持ちが無いから?」

『そん…… な』

 

 まさに外道な会話。

 さすがに可哀想になった、黙って見ているのが辛くなったのか、

 

「その、何だ、売らないから一緒に来るかい?」

 

 そう言って手を差し伸べるカイ。

 

『……はい』

 

 サラは泣きべそをかきながらカイに連れられてホワイトベースを離れるのだったが……

 

「どうも、話がおかしいんだけど」

 

 納得できないとでもいうようにつぶやくミヤビ。

 

「ミヤビさん?」

「あなたたち…… あのモビルドールサラは遠隔操作の歩行型ミニドローンであって、中にサポートAIであるサラ本体が入っているわけではないってこと忘れてない?」

「あっ!?」

 

 意表を突かれたような顔をするアムロに、やっぱりとため息をつくミヤビ。

 そう、ミヤビ以外、サラ本人も含めてそれを忘れているから話がおかしくなったのだった。

 

「まぁ、最初からカイが売ることはまず無いって分かってて押し付けたんだけど」

「えっ?」

「幸い、このベルファストの街中はミノフスキー粒子の濃度は低くて公衆回線網を使った無線による遠隔操作に支障はないわ。行動のサポートにトレース、万が一の場合の連絡手段」

「ああ」

 

 ミヤビはカイのフォローのためにこそ、モビルドールサラを付けたのだが。

 なお……

 

 

 

『ううっ、カイさんも心配ですが、どうしてその役目、私じゃないんですか?』

 

 挨拶一つなく置いて行かれた上、サラに美味しい役目を奪われて涙するサラスリー。

 

『そういうとこ、無自覚にもってくからずるいのよね、あの天然姉は』

 

 今までもさんざんそういう目に遭わされてきたサラツーも同意する。

 まぁ、連邦軍のAAA機密に関わるAIであるサラシリーズを、不用意に外部ネットワークにつなげることは許可できないからこういうことになるのだが……

 

 

 

「二番艦に水陸両用の重モビルスーツ、ズゴックがあります。こいつは当てになりますが、我が艦にはゴッグが一機あるだけで」

 

 ブーンは自分のユーコン級潜水艦にアッガイでやって来たシャアに説明する。

 ズゴックもまたキシリアによるモビルスーツ開発機種の絞り込みにより量産化が見送られた機体ではあるものの、その性能は高い。

 シャアはうなずいてこう命じる。

 

「それでいい、木馬の足を止めさせろ。木馬があのドックを出てどこに向かうかを知りたい」

「は、探りは入れさせてありますが」

 

 

 

 ゴッグとの戦闘で荒れた街。

 人々が人力で瓦礫を撤去したりしている中を、カイは歩く。

 

「人形劇でもやるかねぇ」

 

 カイは肩に乗ったモビルドールサラを見て言うが、

 

『パブに行って、お店の人に場所を借りてダンスを披露したりとかいいかも知れません』

 

 サラは良い考えだとでもいうようにあっさりとうなずく。

 

 そもそもモビルドールサラはダンスロボットの技術の流れをくむもの。

 ダンスのデータもライブラリに一通り入っている。

 懐かしの『ハルヒダンス』だろうと『LOVE&JOY』だろうと『ふしぎなおどり』だろうと……

 

 この宇宙世紀世界、ミヤビの前世であったものはガンダム関連以外なら結構あったりする。

(ガンダムはモビルフォース・ガンガルに置き換わっている……)

 だからミヤビも過去の動画を収集してデータ流用できるわけである。

 

 なお、

 

「ドラケンE改にダンスデータを入れて踊らせよう、それも集団で」

 

 などと考えたアホが居て。

 ドラケンE改を使ったバトリング大会のオープニングセレモニーとして総勢11体のドラケンE改で『LOVE&JOY』をやって、

 

「会場の床が抜けたらどうするんだ!」

「ジャンプさせんな!」

 

 と怒られたという逸話があったりする。

 無論、スタッフにただ、

 

「ダンスデータをください」

 

 とだけ言われて、深く考えることなく詳細を聞かずに前世でも視聴していたMMD、『MikuMikuDance』(みくみくだんす)を使ったダンス動画なデータを渡していた某『ヤシマの人形姫』はいつもの変わらぬ表情の下、

 

(くそっ、やられた)

 

 と内心頭を抱えていたのは言うまでもない。

 まぁ、ホログラムで大写しにされたサラのCGと共に11体のミドルモビルスーツが一糸乱れずダンスパフォーマンスする姿は壮観で、その模様を配信したネット動画は記録的な再生回数を叩きだしてはいたのだが。

 

 ……某博士が対抗意識を燃やしてガンキャノンでやって、上から怒られた上、当たり前だが機密の塊のRXシリーズの動画を公開できるわけも無く、幻の秘蔵データとしてお蔵入りになったとかいう話もあるのだが。

 

『当座はそれでいいとして、長期的にはカイさん、大型特殊の免許をいくつかお持ちでしたよね』

「ん? ああ」

『それを生かした職に就くのが良さそうです。とりあえずは日雇い、その日のうちに賃金がもらえる仕事から始めましょう』

「まぁ、そうなるな」

 

 えらく現実的な提案をするのは別にサラが世慣れているわけではなく、彼女が技術者で理系脳なミヤビの相方を長年務めているのと、やはりAIゆえにどうしても理論的に、最適解を探してしまう特性から来るもの。

 だが、

 

「兵隊さん」

 

 そんなカイたちにかけられる声。

 

「またあんたかい」

 

 カイが見れば、そこには基地で売り子をしていた少女、ミハルが居た。

 

「その様子じゃ、軍艦を追い出されたのかい?」

「ま、そんなところだ」

 

 肩をすくめるカイに、彼女は言う。

 

「泊まるとこないんだろ? うちへおいでよ」

「いいのかい?」

 

 思いがけない申し出に瞳を見開くカイだったが、

 

「ヘヘッ、訳ありだな」

 

 単なるお人よしとも思えずそう言う。

 少女は特に動揺するわけでも無く、

 

「まさか。二、三日ならいいってことさ。あたし、ミハルってんだ。弟と妹がいるけど、いいだろ?」

 

 と改めて名乗る。

 まぁ、弟、妹が居るならそっちの心配……

 下世話な話だが身体を売るとか、逆にカイの隙をついて身ぐるみ剥ごうとか、そういうことは無いだろうと、その辺は警戒を緩めるカイ。

 

「ところで……」

 

 ミハルはカイの肩の上のモビルドールサラに目を向けて、

 

「えらくかわいらしいお人形を乗せてるじゃないかい」

 

 含みのある声で言う。

 

「なっ!?」

 

 慌てるカイだったが、サラは普通に、

 

『カイさんともどもお世話になります。私、ヤシマ重工製サポートAIサラと申します。この義体は歩行型ミニドローンなのです』

 

 そう自己紹介をして頭を下げる。

 

「へっ? あ、ああ、よろしく?」

 

 人形に丁寧にあいさつをされるとは思わなかったミハルは目をぱちくりさせて驚くのだった。

 

 

 

 ミハルたちの住む家は、ベルファストの郊外、小高い丘の上にあった。

 

「それじゃあ、空家に姉弟三人潜り込んでるのか?」

 

 犯罪行為ではあるが、このご時世、生きるためには仕方がないとも言える。

 

『家って人が住まないと傷みが早くなりますからタダで維持管理をしているって思えば良いのでは? 絹女給(シルキー)や家事妖精(ブラウニー)みたいですよね』

 

 と、サラ。

 AIのくせにファジーかつファンタジーなことを言う。

 カイの肩に乗っているその姿からして、彼女の方がよほど妖精じみて見えるのだが。

 

「あ」

 

 ミハルの声にカイが目を向けると、その家から幼い少年と少女、ミハルの弟と妹が出て来るのが見えた。

 

「姉ちゃんお帰り」

「お帰んなさい」

 

 ミハルに駆け寄る二人。

 ミハルはかがみ込むと二人の顔をしっかりと見つめて、

 

「仲良くしてたかい?」

「うん」

 

 元気よく答える弟。

 しかし彼も、そして彼よりも小さな妹もミハルにしがみつくと、彼女の影から見慣れぬ男、カイの様子をうかがう。

 

「いいんだよ、お客さんだよ」

「やあ、こんちわ、ヘヘヘ」

 

 割と小さい子供の扱いは上手いカイはそうおどけて見せる。

 一方、サラはというと、ふわりと二重構造の樹脂製のスカートを翼かパラシュート、スタビライザーのように使いカイの肩から地面に降り立って、

 

『初めまして。私、サラって言います。どうか仲良くしてくださいね』

 

 そう自己紹介する。

 

「お人形さんが動いてる……」

 

 目を丸くする少女に、サラはにっこりとほほ笑……

 

『あああ!!! いけません!!! お嬢様!!!! 私の「スカート」を!!! 着せ替え人形のお洋服みたいにめくってはいけませんーー!!! これでは着せ替え遊びはできませんーー!!!』

 

 モビルドールサラの対象年齢は8歳以上であるとはいえ、このサイズの義体に遠慮のない子供の相手はかなりきつかったりする。

 

『あああ!!! お嬢様ぁぁーー!!!!』




 アムロの工具箱の代わりに『モビルドールサラ、売るよ!』されてしまうモビルドールサラでしたが、まぁ、実際にはこんな感じで。
 マンガ『ファイブスター物語』なら、ヨーン・バインツェルのフォローのため付けられたファティマ、パルスェットみたいなものですか。
 なお出番を奪われたサラスリーは次回、天然でカイといちゃつくサラの様子をリアルタイムに中継されてしまう模様……


> ドラケンE改を使ったバトリング大会のオープニングセレモニーとして総勢11体のドラケンE改で『LOVE&JOY』をやって、

> 深く考えることなく詳細を聞かずに前世でも視聴していたMMD、『MikuMikuDance』(みくみくだんす)を使ったダンス動画なデータを渡していた某『ヤシマの人形姫』は……

 イメージができないという方は『LOVE&JOY MMD』で動画検索すると色々と出てきますので、気に入ったもので確かめてみてください。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第27話 女スパイ潜入! Bパート

 そして、夕食だが……

 

『お世話になるのですから私たちにやらせてください。ねぇ、カイさん』

 

 サラはカイに手伝ってもらい、簡単な調理をすることに。

 

「なんでぇ、自分でやらねぇのか?」

 

 そう無茶振りするカイに、サラは至って真面目な表情で、

 

『このサイズのドローンに、料理は鬼門なんです』

 

 と前置きして事故事例を語る。

 

『揚げ物を揚げている途中で油に足を滑らせ転落…… カラッと揚がる……』

「うへぇ」

『衣を取るのが大変でした』

「実体験かよっ!?」

『ミキサーに砕かれ……』

「分かった分かった!」

 

 慌てて遮るカイ。

 食事前にそんなホラーな事故体験など聞きたくなどない。

 キッチンには日が経って硬くなったパンと牛乳、砂糖があったのでミハルの許可を受け、サラはスプレータイプのアルコール消毒液を浴びて自分を洗浄した後、

 

『それじゃあ、パン粥にしますね』

 

 と言って、まずは硬くなったパンを一口サイズに千切ろうとする。

 サラの右手の肘から先はヒートワイヤーを仕込んだグフ・カスタム風のメカ腕になっているので、そのマニピュレータを使うのだが……

 全力でやっても千切れないパンに顔を赤らめ、はぁはぁ言いながらぺたんと座り込んで、涙目になってカイを見上げるサラ。

 

『カイさん…… 硬いです』

 

 このキッチン台、低めにできているので彼女はちょうどカイの腰のあたりの高さにあり、その位置からひざまずいて目の前のカイに対して上目遣いにそんなことを言うと、まるでカイの『何か』が硬いと言っているようにも見える。

 そして開けてはいけない扉を全力で蹴り開けそうになるカイの目の前で、サラは自分のスカートをめくり始めた……

 

 

 

『何やってるんですかっ、サラ姉さんっ!?』

 

 叫ぶサラスリー。

 サラはカイについていけない彼女のことを思って、自分の体験データをリアルタイムで渡しているのだが、

 

『なんかエッチだ……』

 

 と、一緒に見ていたサラツーが言うとおり、その言動は何だかエロかった。

 本人にはまったくそのつもりは無いのだろうが、これが天然というものだろうか?

 

 

 

 モビルドールサラの二重構造の樹脂製のスカートは、花弁のようにいくつものパーツで構成されており、その裾を広げるとパーツの間のスリットから人の手によるが故の芸術的な曲線を描く脚、そして危ない箇所が見……

 

『素直にナイフを使いましょう』

 

 と、スカートの中からグフ・カスタムが使用したヒート・サーベル、"Type-D III"と呼ばれる実体剣の形をした刃物、『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』劇中では発熱させずに使用していたアレを、スカートの中に隠し持てるよう磨り上げ、短くしたようなナイフを取り出すサラ。

 それを使ってパンをカットし始める彼女の姿にカイは脱力する。

 

「勘弁してくれ……」

 

 続いてサラはカイに牛乳を鍋に入れてもらい、ゆっくりと過熱。

 パン粥は離乳食にも使われる消化の良いものだが、大人向けにはお好みで砂糖やはちみつで甘みを付けるのも良い。

 グラニュー糖を投入し、牛乳に膜が張らないようカイにかき混ぜてもらうのだが、ぽちょん、と跳ねたミルクが、

 

『あ、熱っ!?』

 

 鍋を覗き込んでサーモセンサーで温度監視していたサラの頬にかかる。

 

「だ、大丈夫か?」

 

 慌てるカイに、しかしサラは大丈夫だというように微笑んで。

 

『えへへ、カイさんにかけられちゃいました』

 

 そう言って頬にかかったミルクの雫を、指で拭ってペロリと舐め取る。

 

 

 

 頬にかかった白い液の熱さに驚き、舐め取るそのしぐさ!

 

『エッチすぎるでしょう!?『カイさんにかけられちゃいました』じゃないです!!』

 

 もうサラスリーの声は悲鳴交じりだ。

 

『……えっち?』

 

 姉妹の中で一番、初心なサラツーには分かっていない。

 というかサラスリーが耳年魔というか、むっつりという話も。

 

『あざといです。さすが天然あざといです』

 

 と言うのはサラナイン。

 

『わ、私もリュウさんにだったら、かけられても……』

 

『ぽわわわわっ』みたいな擬音がぴったりくる夢見るような視線を宙に向けてつぶやくサラシックス。

 もうサラシリーズ姉妹による中継鑑賞会となっているのだった。

 

 

 

『うん、優しい味』

「分かるのか?」

『もちろん飲食はできませんけど、口には味覚センサーが付いてますよ?』

「すげぇな、ヤシマ重工」

 

 素直に感心するカイだったが、

 

『特技は汗の味でウソを見抜くこと』

「ウッソだろ、お前」

 

 続くサラの言葉に思わず冗談だろう、と目を剥く。

 しかし、サラは詳細分析を終えたのか、

 

『この味は!』

 

 ……ウソをついてる『味』。

 ではなく。

 

『……成分調整していない味です』

 

 と宣言する。

 

「驚くようなことか?」

『この地域ってカロリーの低い低脂肪なスキムミルク、セミスキムミルクが人気で、無調整牛乳(ホールミルク)はあんまり好まれていないんですよ』

 

 ミヤビの前世でも英国暮らしをすると分かることだったが、宇宙世紀でもそれは変わっていないのだ。

 

『でもまぁ、栄養があって美味しいからいいですよね、無調整牛乳(ホールミルク)』

 

 そういう話ではあるが。

 ともあれ、カットしたパンを入れ、

 

『できました!』

 

 麩のように柔らかくなったらできあがり。

 

『さぁ、食べてみてください』

 

 皿に盛って皆に出す。

 全粒粉パンと牛乳の組み合わせだから、これだけでも割と栄養バランスは悪くない。

 スプーンですくって一口食べたミハルは、

 

「へぇ、時間が経って固くなったパンも、こんな簡単に美味しく食べられるんだねぇ」

 

 驚いたように言う。

 

『そうですね。離乳食や病人に出す際にはすり潰す必要があるんですけど、常人にはこれぐらいの大きさにしたままで出すと食味が良く食べられますね』

 

 そう答えるサラ。

 日が経って硬くなったパン、パン屋でタダ、もしくは安値で売られているパンの耳なども、こうすると簡単に美味しく食べられる。

 

 なお、サンドイッチのために耳を切り落とすのは、白いお米や砂糖、小麦粉、白パン等が特に尊いものと捉えられる日本で顕著なもので、欧米ではあまり見られない文化だったりする。

 イギリスだとアフタヌーン・ティの三段トレイに盛られたキューカンバー(キュウリ)・サンドイッチなどがあるが、これはイギリスでは、最高級のサンドイッチと言えば、キューカンバー・サンドイッチであった時代が長く続いたその名残。

 ヴィクトリア時代の英国の上流階級では、それまで存在しなかった新食品であるキュウリを美味しく食べる最高の料理として、最初の一口で瑞々しく淡い甘さのほとばしるキューカンバー・サンドイッチを開発したと言われており、そのために特別にパンの耳を切り落としたのだ。

 だから普通に売られているサンドイッチにはパンの耳は付いているし、街のパン屋で余りのパンの耳が処分されたりということも無い。

 

「別に硬くなったって、スープやドリンクに浸して食べればいいだろ」

『カイさん、それはマナー違反ですよ』

 

 瞳を精一杯怒らせているつもりで『め~っ』と叱るサラだったが、その仕草は何とも愛らしい。

 

 

 

『こ、これが正妻力と言われるサラ=オリジナル、私たちの根源たる存在の力なんですか?』

 

 ここまでしないと自分の好きな人にはアピールできないのかと、愕然とするサラスリー。

 自分がそんな風にやってみるところを想像するも、

 

『む、無理です。私にはとても、とてもそんなことできません』

 

 がっくりとうなだれる。

 

 

 

「むぐっ」

「………」

 

 ミヤビの前世の記憶の中にある史実では固過ぎるパンを噛み千切るのに必死だったミハルの弟と妹、ジルとミリーも頬を緩ませ、皿に盛られたパン粥をスプーンですくって食べている。

 ミハルはそんな弟と妹を優しい目で見守りながら、カップに入れられたハーブティーを飲んでカイに聞く。

 

「あんたの乗ってた軍艦だけどさ」

「ああ」

「すごいんだろ?」

「まあな。船、好きなのか?」

「うん。浜育ちだからね」

 

 ミヤビの前世、西暦の時代でも世界最大の乾ドックがあった街。

 様々な船が出入りするのを目にしながら育ったのだろう。

 しかし、

 

「だけどホワイトベースは船っても、宇宙戦艦って方だからな」

 

 ということで、毛色が違うものだ。

 

「そうか、宇宙船なの」

「ああ」

 

 そしてミハルの顔を見つめるカイ。

 

「なに?」

 

 カイは表情を崩して、

 

「いや、俺の思い過ごしさ」

 

 そう答える。

 

「あんた疲れてんだろ。毛布持ってくるから休みなよ」

「うん?」

「遠慮することないよ」

 

 そう言って、毛布を取るためにだろう席を立つミハルだったが、その後をジルとミリーも追いかける。

 

「ヘッ、よく仕込んであるよ」

『カイさん?』

 

 首を傾げるサラに、何でもないというように首を振るカイ。

 

 

 

「いいかい、あいつが外に出たらすぐ姉ちゃんに知らせんだよ」

 

 部屋の外、弟、妹にそう言い聞かせるミハル。

 

「うん」

「わかってる」

 

 

 

 いかにも英国風といったアンティークなカウチソファに身体を預けるカイ。

 ふと気になってミハルが持っていたバスケットの中を確かめると、売り物の食品の下には黒光りする小型拳銃が。

 

『ベレッタM1934、のクローンですね。オリジナルとはスライド先端部のデザインが違ってますし』

 

 と、一緒にのぞき込んでいたサラが言う。

 

 ミヤビの前世の記憶では某アニメ誌にて「M1934そのままである」と紹介されたせいで誤解が広まったが。

 コルト社のM1911ガバメントやM4など、パテントの切れた銃器は他社でクローンモデルが造られる場合がある。

 おそらくはこの拳銃もその中の一つなのだろう。

 そもそもオリジナルのM1934は第二次世界大戦当時の代物で、西暦1980年代には戦後の生産も終了しているアンティークガンということもあるし。

(逆に言うと『機動戦士ガンダム』放送時にはまだ造っていたということでもあるが)

 

『一応、この地域では拳銃の私的所有は認められていますが』

 

 ミヤビの前世でも警官が拳銃を所持しない、というほどに銃規制が厳しいのが英国だったが、その中で北アイルランドのみがその歴史的背景から別扱いで拳銃の私的所有が認められていた。

 マンガ的に言うと『ヘルシング』にて、

 

「あの土地は連中(プロテスタント)のものではない。我々(カトリック)の土地だ!!」

 

 ということでバチカン第13課からアンデルセン神父が派遣されて主人公たち英国の王立国教騎士団(HELLSING)と殺し合いをしていたが。

 つまり「北アイルランド問題」から無差別テロがあったりする物騒な土地柄ゆえか、自衛目的の銃所持が認められているのだ。

 

『カイさん、マガジンと薬室を確かめてみてください』

「あん?」

 

 カイはグリップの尻にあるマガジンキャッチを操作してマガジンを引き抜く。

 素早い操作はできない反面、確実にマガジンをロックする特徴があるものだが。

 

『ホローポイント弾ですか』

 

 7発の.380ACP弾が入るマガジンに装填されていたのは着弾すると人体の中で変形し、そのパワーを余すところなく発揮するホローポイント弾。

 

『.380ACP弾は低威力ですから護身を考えるなら定番ですし、室内戦で跳弾が起きやすいフルメタルジャケットよりは扱いやすいのですが』

「んでも薬室は空だったぜ」

 

 チャンバーは空だからスライドを引いてハンマーを起こし、送弾しなくては撃てない状態だった。

 

 M1934のようなシングルアクションの拳銃ではトリガーを引いただけではハンマーは起きないため、コック&ロックと言って、

 スライドを引いてハンマーを起こし、薬室に初弾を送る。

 マニュアル・セーフティをかける。

 という状態で携行することで即座に撃てるようにするのが定番だ。

 ここでマガジンを抜いて弾を足せば、マガジン装弾数+1発が装填できる、コンバットロードと呼ばれる装弾数を増やすテクニックも使えることだし。

 そうして撃つ直前にマニュアル・セーフティを外してトリガーを引くわけである。

 

 つまりそうしていないということは素人臭いと考えるカイだったが、しかし、

 

『M1934はシンプルなシングルアクションの拳銃ですが、マニュアルセーフティのレバー位置が悪いうえ、切り替えの時には180度近くも回転させる必要があって薬室に弾を入れて携帯するコック&ロックにはあまり向かないんです』

「つまり?」

『とある諜報機関では、薬室を空にしての携帯を推奨していました。銃を抜いたらスライドを引き、初弾を薬室に送って発砲するまでがセットの動作です』

 

 どういうことかというと、

 

『確実性を重要視した射撃法ですね。弾を込めて引き金を引けば必ず弾が出るリボルバーと違って、オートマティック、自動拳銃というのは面倒なもので薬室の弾丸の有無、ハンマーの位置、セイフティの位置、それぞれが射撃可能状態でないと撃てないわけですが』

「……つまり、銃を抜いたらスライドを引く癖をつけておけば、どんな状態で携帯していても必ず撃てるってわけか」

 

 不確実性を極限まで排除し、確実に相手を殺傷するための方法論。

 暗殺業(ウェット・ワーク)を主眼とした物騒なテクニックだったりする。

 暗殺は不意打ちで相手を殺害するもの。

 片手で抜き撃ちができなければならないわけでもないので両手を使った操作を前提としても問題ないし、撃ち合いをするわけでもないので装弾数にこだわること、マガジン装弾数+1発が装填できるコンバットロードに固執する必要も薄いのだし。

 

『もみ合いになって万が一銃を奪われても即座に発砲されないという利点もありますしね』

 

 いわゆる『イスラエル・キャリー』というやつだ。

 

「……ほんと、イヤだねえ」

 

 そういったサラの物騒な情報提供に嘆息し、銃を元どおりに戻すカイ。

 

 

 

 ミハルが毛布を手にリビングに戻ると、カイは何食わぬ顔でカウチソファに身体を預けていた。

 

「手間かけるねえ」

「気にしないで」

 

 そう言うミハルにカイは、

 

「ホワイトベースな、夜にはここ出るぜ」

 

 しれっとそう漏らす。

 

「え?」

「右のエンジンが手間取ってるらしいんだ。あそこを狙われたらまた足止めだろうけどさ」

「カイさん……」

 

 カイは目をつぶって、

 

「いいじゃねえか。弟や妹の面倒を見ているあんたの気持ちはよくわかるぜ」

 

 そう伝える。

 

「カイさん」

 

 ミハルは複雑な表情でカイの身体に毛布を掛けるのだった。




 フレームアームズ・ガールか武装神姫か超可動ガールかといったお料理回でした。
 さらに次回ではダメ押しでサラによってカイが寝取られ、サラスリーが打ちのめされる模様。
 なお、後半スパイものっぽい話もありましたが、その流れで諜報戦、からの戦闘も開始される予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第27話 女スパイ潜入! Cパート

「艦長、107号からの情報です。木馬の乗組員と接触中、木馬は右エンジンの修理に手間がかかっているようです」

 

 霧の立ち込める海上、ユーコン級潜水艦の司令塔の上に居るシャアとブーンの元に報告が入る。

 

「うーん、艦長」

「は?」

「107号はどこに居るのだ?」

 

 シャアの問いにブーンは、

 

「木馬の居る港です」

 

 と答える。

 シャアは、それならと、

 

「ゴッグで攻撃を掛けている間に107号を木馬に潜り込ませろ」

 

 そう指示する。

 これまで107号は有益な情報を送り続けていた。

 おそらく優秀な現地工作員なのだろうとシャアは考えているのだ。

 

「は?」

 

 戸惑うブーンにシャアは、

 

「万一の場合を考えてだ。いいな?」

 

 そのように念を押す。

 

「はっ」

 

 敬礼と共にうなずくブーンに、無理ばかり言うのもなんだと思ったのかシャアは答礼しつつ、

 

「うまくやれたら、ジオンに帰る手続きを取ってやるよ」

 

 と言い添えてやる。

 

「恐縮です。大佐はマッドアングラーにお帰りください。やってみせます」

「頼む。あてにしているぞ」

 

 そう言ってシャアはアッガイで帰投することにする。

 

「マッドアングラーに援護の用意を急がせるよう、暗号通信を頼む」

「はい、大佐」

 

 何重にも念を入れる策をアルレットに伝えながら。

 

 

 

「本当にあんなこと言っちまって良かったのか?」

 

 横たわる自分の身体の上に、かすかな重み。

 モビルドールサラがミハルの監視から帰ってきたことを知り、カイは目を開く。

 

『はい、ホワイトベースからの指示です。敵を逆に罠にかけるとか』

「………」

『そんな苦しそうな顔しないでください。カイさんは事実しか言ってません。だから生活のためジオンの現地協力者をしているミハルさんがジオンに流した情報にもウソはありませんし、彼女も生きていくための報酬を得られるはずです』

「……そうか」

『そうです』

「そうだな」

 

 嘆息するカイ。

 

「俺にはもう関係ねえんだよな、ドンパチなんか」

 

 そうつぶやき目をつぶるカイを、サラは複雑な表情で見守る。

 そして、

 

『私もスリープモードに入って電池を節約しますね』

 

 そう言ってカイの胸元、毛布の中に潜り込むサラ。

 

「おい?」

『私のことはナイトウォッチだと思ってください』

「何だって?」

 

 ナイトウォッチとはジャングル戦などで使われる電気式の鳴子だ。

 西暦の時代だとごく細いワイヤーを張って、そこを敵が横切ることで切れたら警報を発するようになっているものが実用化されていた。

 イヤホンを使えば敵に察知されることなく迎撃準備ができる。

 

『念のためです。振動や音が閾値を超えたらスリープモードは解けますし、異常検知で緊急事態の可能性があれば確認のために非常モードが緊急起動しますし、だから何かあった場合にすぐカイさんに知らせることができるようにしたいんです』

 

 軍隊でも敵の支配地域や競合地域の野営では交代での監視、ナイトウォッチによる警戒はもちろん、休憩する者も互いに肩が接するくらいで眠りにつく。

 こうすれば何かあった場合に誰かが動けば他の者も即座に気付き対応することができるからだ。

 

 あふっ、とあくびをしてうつむけに、カイの胸に頬を寄せてサラは、

 

『ふふっ、暖かい』

 

 そう言って頬を緩ませる。

 

『カイさん、お休みなさい』

 

 目を閉じるサラに、

 

「ああ、お休み」

 

 カイはそう言って自身も休むことにするのだった。

 

 

 

『あ、ああ……』

 

 信じられないというように、仮想空間で言葉も無くへたり込むサラスリー。

 

『これが寝取りってやつね』

 

 顔をしかめるサラツーだったが、

 

『サラツー姉さん、その言葉の本当の意味、知らないんでしょうね』

『そういうひとだから……』

 

 と、サラナインとサラシックスに言われるように、サラツーは言葉の意味を知らずに使っている様子。

 しかし、

 

『寝取り……』

 

 寝取られ属性など無いサラスリーには相当ショックな言葉だったらしい。

 がっくりと手をつきうなだれる。

 

 

 

『ふふふ、目的が分かっていれば待ち受けて迎撃することもまた容易い。というわけでアムロ、ガンキャノンっ! Goっ!』

 

 またしても『こんなこともあろうかと』な装備をしたガンキャノンに乗せられるアムロ。

 

「親父はいつもこうだ……」

 

 そうぼやきながら出撃するのだった。

 

 

 

「二番艦、ズゴック、発進」

 

 ユーコン級から水陸両用モビルスーツ、ズゴックが発進する。

 

「調子は良好だ。俺にはゴッグよりはこいつの方が性に合ってる感じだなあ」

 

 パイロットを務めるカラハはそう言ってベルファストの港湾施設を目指す。

 まぁ実際、性能はゴッグよりズゴックの方が上ではある。

 

 

 

 地球連邦軍、ベルファスト防衛本部でも侵攻するズゴックの動きをキャッチ。

 

「エリア29の反応が消えました」

「モビルスーツか?」

「不明です。前のよりスピードがあります」

 

 手足を引っ込められる分、ゴッグの方が水中速度が出るようにも思われるが、実際にはゴッグの水中速度が75ノットなのに対してズゴックは103ノットと高速である。

 総推力はゴッグの方が上、という説もあるが、実際にはそのデータは陸上で利用できるジェット、ないしロケットエンジンの推力であって、水中用の熱核水流ジェットエンジンの推力はまた別なのだ。

 ゴッグはランドセルと尻に地上用のロケットエンジン(尻のものを水中用の熱核水流ジェットエンジンとする資料もあり)、足裏に水中用の熱核水流ジェットエンジンと、環境によって使用する推進器を切り替えるが、ズゴックはすべての推進器が水陸どちらでも使える、熱核ジェットエンジンと熱核水流ジェットエンジンのハイブリッド。

 その分、高性能であると言える。

 

「ホワイトベースからの情報提供どおりか。どうやって情報を得たのか分からんが、連中、優秀だな」

 

 独り言ちる指揮官。

 

「事前に準備したとおり、迎撃態勢を取らせろ」

 

 慌ただしく戦闘の用意が行われる。

 

 

 

「藪をつつくような真似をしなくてもいいのに……」

 

 嘆息しつつもドラケンE改可翔式で飛び立つミヤビ。

 

【挿絵表示】

 

 そんな彼女にブライトからの通信が入る。

 

『しかしミヤビさん。敵は叩けるときに叩いてしまわないと。襲撃側と守備側ではどうしても守備側が不利になりますが……』

 

 どんな防備を固めようと完璧な防御は無理で、襲われるときは襲われる。

 受け身の立場は弱いのだ。

 

『だが、これならこちらで状況をコントロールできる。テム・レイ博士からの情報提供は渡りに船でした』

 

 つまりサラスリーのためにサラが提供したカイの行動の情報を、サラシリーズ姉妹が見て騒いでいたのがテム・レイ博士にばれ、新兵器を実戦で試したい博士がブライトたちをそそのかし今の状況があるということ。

 まさかカイのフォロー、そして情報漏洩防止のためにつけたモビルドールサラがこのような事態を招くとは思わなかったミヤビだった。

 

 

 

「緊急出動。こっちはもう少しかかる。ガンキャノンとドラケンをまわしておけ。コア・ファイターはどうなんだ?」

 

 ホワイトベースのモビルスーツデッキでも迎撃の準備が開始される。

 

「どうだい、サラナイン」

『多少電圧にばらつきはありますけど、いけます、ハヤトさん』

 

 ガンタンクの腹部コア・ブロックのコクピットではハヤトとサラナインが最終確認を行っている。

 不在のカイに代わり、今回は彼らが操縦手とそのサポートを務める。

 頭部コクピットの車長兼射撃手には従来どおりセイラがつくが。

 

 

 

「敵はフリージーヤードを使ってるらしくって追えない? それを突破してやっつけるのがこっちの仕事だろう」

 

 ミヤビの記憶の中にある史実でもそうだったが、この時点で出撃しているのはズゴックのみ。

 そしてフリージーヤードはゴッグの装備であってズゴックに使えるとした資料は見たことが無かった。

「フリージーヤードを使ってるらしくって」と言っているように、確定ではなく対応する連邦軍兵士が追えない言い訳として使っているという可能性もあるが、それでは機雷原をどうやって突破したかという疑問が残る。

 マンガ『アッガイ博士』に登場するプロトタイプズゴックには、頭部発射管の一部にフリージーヤードが装填されていたが、実戦配備されたズゴックにも、そのような装備が配備されていたのかもしれない。

 ともあれ、

 

「対潜ミサイル用意」

「港湾警備砲台作動、ソナーと連動させろ」

 

 連邦軍の迎撃態勢は着々と進められていた。

 

 

 

「ズゴックが上陸地点に着くと同時に我々も敵前攻撃を掛ける。その間にコノリー、お前が上陸しろ」

 

 偽装のため私服姿に着替えた部下、コノリーにそう指示をするブーン。

 

「ズゴックのカラハからCC2受信」

「よし、援護のゴッグ発進後、浮上」

 

 ユーコン級潜水艦はゴッグを発進させたのちに、バラストタンクをブロー。

 海上に浮上すると垂直発射管から対地ミサイルを放つ。

 

「コノリーのボートを出させろ」

 

 そして膨らませた船外機付きゴムボートを海面に人力で押し出すと、コノリーはそれを操り陸地へと向かう。

 

 

 

「ドックの囲いはどうするんだ?」

「ぶち破ってください。こいつの装甲なら楽にやれます」

「気安く言ってくれるな!?」

 

 コア・ファイターで出撃しようとするリュウは、メカニックのオムルの物言いに、目を剥く。

 それはコア・ファイターの機体はルナ・チタニウムで構成されていることもあり、ドックの骨組みのない部分の覆いなら抜けないこともないだろうが……

 

『リュウさん、リュウさん、ここは私が切り開きますから』

 

 そこに声をかけたのは、ドラケンE改にインストールされたサポートAIサラ。

 彼女に単独制御される機体の右腕肘に装備された甲壱型腕ビームサーベル先端からビーム刃が形成され、ドック壁面をさくっと切り取ってしまう。

 

【挿絵表示】

 

 そして切り取られた壁材はドラケンE改の左腕の肘から先が二つに割れて大きな荷物をつかめる機能を備えた二重下腕肢と、甲壱型腕ビームサーベル先端のクローアームを使って除去される。

 

「よし、ありがとうよサラ。それじゃあコア・ファイター出るぞ!!」

 

 そして確保された発進経路からリュウのコア・ファイターが出撃する。

 

 

 

SARAH SARAH SARAH

 

 異常振動検出

 振動波形解析:爆発衝撃

 対応:緊急事態の可能性あり・要確認

 非常モード緊急起動

 

SARAH SARAH SARAH

 

 振動を検知しスリープ状態から復帰するモビルドールサラ。

 遅れてカイも、

 

「空襲か?」

 

 爆発音に飛び起きる。

 窓から外、ベルファストの港を窺うが、

 

「ホワイトベースが攻撃されている? ミハルが知らせたにしちゃ、早すぎるようだが」

『ああ、ミハルさん、電波発信する通信筒を風船で上空に飛ばして連絡してましたから』

 

 カイの呟きに、サラが答える。

 そういうことは先に言えという話だが、カイは家の外にジルとミリーの兄妹の姿を認め、家を出る。

 

「お姉ちゃん、どこに行った?」

 

 姿が見えないミハルの行先を尋ねるカイに、

 

「す、すぐ帰ってくるよ」

「……買い物に行ったの」

 

 そう答えるが、とても気まずそうだ。

 おそらくミハルの育て方が良く、ウソがつけない性質なのだろう。

 

「ふーん、ほんとか?」

「……ほ、本当だよ」

 

 その答えにカイは、

 

「信じてやるよ、おまえらの言うことはな」

 

 優しい目をしてそう答える。

 そして一転して爆発に鋭い目を向けると、

 

「海から攻撃してんのか」

 

 そうつぶやく。

 

 

 

 夜襲を受ける連邦軍基地。

 そんな中、ミハルは自転車で出かけていた。

 

「こんにちは。お急ぎですか?」

 

 ミハルに声をかけられた男、コノリーは自転車を止めた。

 

「え? あ、あんたが? ああ、いや別に急いでませんよ」

 

 それが合言葉。

 

「こんな所に呼び出して、なんです?」

 

 真剣な表情のミハルに、コノリーは袋を差し出す。

 

「いや慣れてなくってな。あんたみたいな人だとは思わなかった。これカネだってよ。命令は木馬に潜り込んで行き先を知らせろ、ということだ」

「どうやって?」

「そりゃあ自分で考えんだな。とにかく潜り込めってさ」

 

 ミハルは袋の中の金を確認して、

 

「だいぶあるね」

「やってくれるな? 成功すりゃあまたカネをくれるってさ。これ」

 

 包みを渡すコノリー。

 

「中に連邦軍の制服が入ってる。間諜の手紙も」

「わかったわ、やるよ。弟たちを食べさせなくちゃなんないからね」

「偉いな。俺は帰るから」

 

 ぎこちなくも泥臭い(ウェットな)会話。

 どちらもスパイの真似事なんて慣れていないしやりたいとも思っていないのだ。

 哀しいやりとりだった。

 

 

 

『ミヤビさん、私、見ちゃいました……!』

 

 その場を5連式多目的カメラモジュールに仕込まれた望遠カメラとショットガンマイクの組み合わせで遠方の木陰から捉えたのは、サポートAIサラに単独制御されるドラケンE改。

 

 

 

(やっぱり史実どおりホワイトベースに潜り込もうとするのかしらね、彼女……)

 

 サラから中継された報告にため息をつくミヤビ。

 

 

 

「来たな。シルエットからすると噂に聞くドラケンの飛行タイプらしいが」

 

 潜望鏡から上空に迫るドラケンE改可翔式を確認するブーンの艦。

 

「先行のゴッグに攻撃させろ! 対空戦用意!」

 

 

 

『危険です!!』

 

 サラの警告。

 

(ちょっ、まずっ!)

 

 慌ててミヤビは操舵に加え、背面、コア・フライトユニット機体角に備えられた姿勢制御システム(Reaction Control System, RCS)、つまり宇宙空間での姿勢制御用の小スラスターまで使って強引に姿勢を変え回避する。

 気圏戦闘機的な話だと全方位ベクターノズルとでも言うべき仕組みか。

 

「くっ……」

 

 急転換する機体のGに振り回され、視界がグレーに変わって行く。

 発進後に急加速でGウォームをしてG耐性を引き上げていなければ。

 そしてパイロット向けのノーマルスーツに内蔵された耐Gスーツ機能が無ければ、確実にブラックアウトに追い込まれていただろう。

 

 わずかに遅れて眼下の海から上がった二条の光線がドラケンE改可翔式の機体をかすめて行った。

 潜航中のゴッグが腹を上にして腹部搭載のメガ粒子砲を撃ってきたのだ。

 

『ミヤビさん、気をつけてください。敵は1隻じゃないようです!』

「了解。サラちゃん、ソノブイ投下に最適な位置の割り出し急いで」

 

 今回の出撃にあたり機体背面に付けられたコア・フライトユニット両翼パイロンにはソノブイ、航空機から水中に投下して使用する小型のソナー装置が吊り下げられていた。

 この位置に付けられる代表的な装備、空対空ミサイルAIM-77Dは射線の問題で主翼を折りたたんだ状態でしか発射できないという欠点を抱えるが、投下式の武装や装備ならそのようなこともなく使えるのだ。

 

『ミヤビさん、ここです!』

「了解、ソノブイ、投下」

 

 サラの指示に従い、ソノブイを投下する。

 

 

 

『ソノブイからのレーザー通信受信。アムロ、水中のデータ、来たよ』

「よーし、サラツー。スプレーミサイルランチャー、ファランクス・モード」

『了解、スプレーミサイルランチャー、ファランクス・モード』

 

 サラツーの制御でスコープに表示されるのは敵機が居るはずの位置、その海面を中心とした12の着水点。

 ガンキャノンの右肩に装備されたスプレーミサイルランチャーが敵を狙う。

 

「行けるか!?」

 

 トリガーを引くアムロ。

 通常、収束式ミサイルランチャーは、1発ずつ、連続発射することで継続的な射撃を行うが、このファランクス・モードでは、一度にすべての発射筒からミサイルが放たれる。

 弓なりの軌道を経て海面に同時着水!

 

『対潜迫撃弾着水!』

 

 そして、

 

『ビンゴォ!』

 

 巨大な水柱が立つ。

 

 

 

「ぐわわわわっ!?」

 

 いきなり多数の対潜魚雷に囲まれ。

 逃げきれずにそのうちの一発に当たったと思った瞬間、連鎖的に周囲で爆発した魚雷の放つ水中衝撃波にぶん殴られたような衝撃を受けるゴッグ。

 

「だ、ダメコンは一応、利いてるがこんなもんを何度も食らったら沈んじまうぞ」

 

 水中用の機体は装甲に穴が開かずとも、浸水や浮沈装置の故障で沈没という危険があるのだ。

 

 

 

「そおーだ、アムロ。それでいいのだ」

 

 ガンキャノンの戦闘をモニターしながらテム・レイ博士は満足そうにうなずく。

 

「この対潜迫撃弾は第二次世界大戦にて活用された多弾散布型の前投式対潜兵器、ヘッジホッグにヒントを得て開発されたものだ」

 

 くい、と指でメガネを押し上げ、

 

「ロケット噴射で射出された対潜魚雷は着水するとロケット・モーターを切り離し、安全装置が外れた爆発可能状態となって一斉に目標に殺到する。そして1発でも水中目標に命中すれば、その爆発によって生じた水中衝撃波で残りの魚雷も信管が作動し、投射された魚雷すべてが誘爆する」

 

 つまり、

 

「このため目標となった敵は投射した魚雷すべての炸裂に包まれることになるため、通常の対潜魚雷に比べて総合的な威力、効果が高く、対潜戦闘の飛躍的な向上が望めるのだ!」

 

 水中では爆発の衝撃はダイレクトに伝わる。

 ダイナマイト漁といって、ダイナマイトを爆発させ、気絶して浮かんできた魚を獲る方法、そうでなくとも魚の隠れていそうな石の上に大きな石を落として、そのショックで魚が気絶しているところを捕まえるという方法もあるが、それはこの仕組みを利用したもの。

 これは空気と水の性質の違いによるものだ。

 空気は圧縮できるので、大気中では爆発で起こった圧力波はそれにより吸収され、拡散しやすい。

 しかし圧力がかかってもほとんど体積に変化がない水の中では衝撃は吸収されず、ダイレクトに水を伝って対象に影響を与えるのだ。

 

 ミノフスキー環境下で誘導が効かず実用的な命中精度を発揮できないなら、面で攻撃すればいいという発想のスプレーミサイルランチャー、ファランクス・モードだったが。

 この対潜迫撃弾は、その一斉発射の仕掛けを応用したもの。

 まぁ、ミヤビに言わせると、

 

「ヘッジホッグって…… 旧式の勝利という話なのかしら?」

 

 とでも言うべきもの。

 戦場や兵器の変化が生んだ先祖返りみたいな代物だったが。

 

 なお、厳密に言うとヘッジホッグは爆雷を面投射するもの。

 爆雷の代わりにホーミング魚雷を使っているところが今風だろうか。




 サラによってカイが寝取られ、打ちのめされるサラスリー。
 からの諜報戦、そして戦闘の開始でした。
 ヘッジホッグってまた古いものを、という話ですが。
 次回はせっかくハヤトがガンタンクに乗ってくれたので、ジュードー・ボーイが下半身キャタピラのロボットに乗ったらアレやるしかないよね、というネタをブッ込む予定です。
 ご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第27話 女スパイ潜入! Dパート

「お帰り、お姉ちゃん」

「お帰り、お姉ちゃん」

 

 帰宅したミハルはジルとミリーに迎えられる。

 

「恐くなかったかい?」

「大丈夫さ」

 

 男の子らしくジルは虚勢を張る。

 

「あいつは?」

「少し前に荷物を持って出てったよ」

「なんか言ってたかい?」

 

 そう聞かれて顔を見合わせる二人。

 ミリーが、

 

「頑張れよ、って」

 

 と答え、ジルもうなずく。

 ミハルは驚いて、

 

「頑張れ? カイさん……」

 

 遠い目をしてそうつぶやく。

 そして、二人の前にしゃがみこんで目線を合わせ、

 

「さ、お前たち。姉ちゃん、仕事に行ってくる。今度はちょっと長くなるかもしれないけど、いいね? お金は少しずつ使うんだよ。置き場所は誰にも教えちゃいけないよ」

 

 肩に手を置きそう言い聞かせる。

 

「うん、わかってるって」

 

 強がりを言うジルにミハルは二人を抱いて頬を寄せる。

 

「この仕事が終わったら戦争のない所に行こうな、3人で。辛抱すんだよ、二人は強いんだからね」

「うん、大丈夫」

 

 ジルはされるがままにしてうなずき、ミリーは、

 

「姉ちゃん、姉ちゃん、母ちゃんの匂いがする」

 

 そう言って、少し崩れた、哀しさの交じった笑みを見せる。

 ミハルは涙がこぼれそうになるのをこらえ、

 

「思い出させちゃったかね……」

 

 そうつぶやくのだった。

 

 

 

 ホワイトベースを囲うドックの壁面が吹き飛ぶ。

 

「後方4時、モビルスーツが現れました」

 

 マーカーからの報告に、ブライトは通信装置に向かって叫ぶ。

 

「ハヤト、セイラ、ガンタンクはどうした?」

 

 

 

「狙撃位置についています」

 

 ブライトに答えるハヤト。

 そして、

 

『セイラさん、今です!』

 

 サラナインの報告どおり、海からズゴックが現れる!

 

 

 

「俺にはもう関係ねえんだよな、ドンパチなんか」

 

 戦火に曝されるベルファストの港、そしてホワイトベースがあるドックを見下ろすカイ。

 

 

 

「速過ぎて、キャノン砲じゃ追いつかないわ」

 

 苦戦するガンタンク。

 

「この、この、このっ!」

 

 ハヤトは両腕の40ミリ4連装ボップ・ミサイル・ランチャーで弾幕を張るが、

 

「うわーっ! な、なんて射撃の正確な奴だ!」

 

 反撃のメガ粒子砲を受け、左肩の120ミリ低反動キャノン砲1門を潰される。

 

 

 

 ズゴックのカラハは、

 

「これがあの木馬のモビルスーツか、ハハハ、噂ほどのものじゃないぜ」

 

 そうあざ笑う。

 

 

 

「関係ねえよ。し、しかしよう、チクショウ、なんで今更ホワイトベースが気になるんだい」

 

 楽しいことより辛いこと、嫌なことの方が多かったはずだ。

 カイの脳裏に次々によみがえる記憶。

 

「軟弱者!」

 

 セイラにそう言ってぶたれたのが一番の始まりか。

 

「ほんと、軟弱者かもね」

 

 そう、つぶやくカイ。

 

 

 

 浮上して対空砲火を上げるユーコン級潜水艦。

 VLS(Vertical Launching System)、垂直発射管から援護の対地ミサイルを放つ以上、位置は割れる。

 ミノフスキー粒子のおかげで強力な誘導兵器、対艦ミサイルを必要以上に恐れる必要もないというのであれば、こういう選択もありうるのか。

 その昔、潜水艦の潜航能力が低かった時代には多くの潜水艦に対空砲が積まれていたが。

 上空から攻撃を仕掛けるミヤビには、そんな時代にタイムスリップしたようにも感じられてしまう。

 

「やれやれだわ」

 

 思わず漏れるため息。

 そこにホワイトベースのフラウから通信が入る。

 

『ミヤビさん、戻ってきてください。港でセイラさんとハヤトのガンタンクが敵のモビルスーツに……』

 

 それを受けミヤビは一瞬考えこむが、答えが出る前に、

 

『こちらリュウ、コア・ファイター』

 

 接近する味方機。

 

『援護の対潜哨戒機三機を連れてきたぞ』

「対潜哨戒機?」

『対潜戦闘の専門家、ドン・エスカルゴ』

 

 ドン・エスカルゴは地球連邦軍が有する対潜哨戒機だ。

 

『うっす、よろしく』

 

 そんな気安い通信をミヤビに送りつつ、胴体部の弾倉から爆弾を投下する。

 

 が…… 外れッ!

 逆に対空砲に墜とされるという、圧倒的出オチ……!

 

(本当に任せていいのかしら?)

 

 と思うミヤビだったが、まぁセイラとハヤトの方が大事と考え機首を返すのだった。

 

 

 

「とにかく連中ときたら手が遅くて見てられねえんだよ」

 

 とうとうしびれを切らし走り出すカイに、その胸元、ジャンパーの中に潜り込んで顔だけ出しているサラは聞く。

 

『カイさん、ここから走って行くつもりなんですか?』

「しょうがねぇだろ、足になるもんがねぇんだから」

『ありますよ』

「あん?」

 

 立ち止まるカイに、サラは高々と掲げた手でフィンガースナップ、指パッチンを……

 しようとしてスカる。

 

『あれっ、あれれ?』

 

 どうしてもできないサラの代わりにカイが、

 

「こうかい?」

 

 と指を鳴らし。

 

『そうです!』

 

 うなずくサラ。

 そして、

 

『出ろぉぉぉ! ドラケンE改ぃぃッ!!』

 

 と叫ぶ。

 その声に応えるかのように、木陰に隠れていたドラケンE改が木々を割り姿を現す!

 

 まぁ、この機体を制御しているのもサラ自身な訳で、とんだ自作自演ではあるのだが。

 

『乗ってください、カイさん!』

「ぁー、……しゃあねえなぁ」

 

 サラに促され、サスペンションを兼ねる脚部アクチュエーターを最大に沈めた、いわゆる降着ポーズを取るドラケンE改によじ登り、解放されたコクピットにつくカイ。

 

 

 

 戦火に曝されるドック。

 混乱の中、地球連邦軍女性兵士の制服に身を包んだミハルは、ホワイトベース内部に潜入することに成功する。

 

 なお、そのモビルスーツデッキでは、

 

『早く、早く帰って来てください、カイさん』

 

 カイは必ず帰って来ると信じ、そのためにガンタンクはサラナインに任せ、自分はコア・ファイターでカイと共に出るつもりのサラスリーが待っているのだが……

 彼女はカイがサラのドラケンE改に乗って戦場に向かってしまったことをまだ知らない。

 

 ……これもすべてサラってやつのせいなんだ。

 

 

 

「これ以上近づけさせるものですか!」

 

 一門だけに減った120ミリ低反動キャノン砲で上陸したズゴックを狙うセイラ。

 彼女とハヤトが操作するガンタンクは、後退しながらも粘り強く戦う。

 

 

 

「しぶとい。よーし!」

 

 ズゴックは頭頂部にある6門のミサイル発射筒からミサイルを乱射しつつも、熱核ジェットエンジンを全開にして、「どすこい」とばかりに頭から突っ込む!

 

 

 

「うわーっ!?」

 

 ズゴックのミサイル攻撃と頭突きを受け、その衝撃に悲鳴を上げるハヤト。

 頭部がボディと一体化したズゴックはこのような使い方をしても問題が無い堅牢さを持っているのだ。

 吹っ飛ばされながらもなんとか転倒を免れたガンタンクに、ズゴックは両腕を振り上げて突進してくる。

 

『ハヤトさん、『大雪山おろし』ですっ!』

「そうか!」

 

 サラナインの助言に、閃くハヤト。

 彼はあらかじめ、サラナインからライブラリに登録されていたその技を教えられていた。

 掴みかかってくるズゴックのクローに、ガンタンクの両腕、40ミリ4連装ボップ・ミサイル・ランチャーの外装、4本の砲身保護シェルをかみ合わせる。

 

(相手の速度、自分の速度を利用して…… 相手のバランスを崩し、直線の運動を円運動に変える…… こうやって!!)

 

 右のキャタピラを正回転!

 左のキャタピラを逆回転!

 その二つのキャタピラの動きによって生じる圧倒的な回転運動はまさに竜巻的『crazy judo throw』!!

 

 

 

 振り回されるズゴックのコクピット、驚愕するカラハ。

 

「外れ、ねぇっ!!」

 

 指が無いのにどうしてガンタンクと絡んだクローが外れないのか。

 それは柔道の組み手では柔道着を掴むのに、握力では握っていないからだ。

 指で力任せに握っていたのでは、すぐに限界がきてしまう。

 だから指の根元の関節は使わず、先の方で引っ掛けるようにして持ったら親指の付け根の手のひらを押し付けるようにして固定するのだ。

 ハヤトの操るガンタンクは、この技術を応用することで組み合った腕を外せないようにしているのだった。

 

 

 

『大・雪・山・おろーし!!』

 

 サラナインの音声と共に投げ飛ばされていくズゴック。

 

『セイラさん、止めですっ!』

「分かったわ!」

 

 一門だけに減った120ミリ低反動キャノン砲でズゴックを狙うセイラ。

 

「今っ!」

 

 そして命中!!

 

「やった!」

 

 しかし、

 

 

 

「よくもやってくれたな、ジュードー・ボーイ!」

 

 何事も無かったかのように起き上がり、ガンタンクにつかみかかるズゴック。

 ミヤビの知る史実でもズゴックはガンタンクの120ミリ低反動キャノン砲の砲撃に耐えていた。

 それだけの装甲を持っているのだ。

 今度は投げられないよう、両手のクローでガンタンクの前腕を握り込み、横へと引っ張る!

 

「ハハハハッ、引きちぎってやる」

 

 

 

「だ、駄目だ。やられすぎでパワーが!」

 

 悲鳴を上げるハヤトだったが、

 

「あれ?」

 

 目の前のズゴックの胸元から生えているビーム刃。

 そして通信モニターに映る、見慣れた姿。

 つまり、

 

「あら、お帰りなさい、カイ君」

『やあ、セイラさん。皆さんの見てるのつらくってね、ヘヘッ』

 

 カイの操るドラケンE改が、もみ合って動きを止めたズゴックの背後から甲壱型腕ビームサーベルを突き上げたのだ。

 

【挿絵表示】

 

『な、ハヤト』

 

 と話を振るカイにハヤトは不貞腐れ、

 

「どうせそうでしょうよ」

 

 とそっけなく答えるのだった。

 

 

 

「これだから軍隊式格闘術とか、実戦で使われる格闘術ではつかみ合いになっても3秒以上もみあってはならないとされるのよね」

 

 上空からその顛末を見届けたミヤビはそうつぶやく。

 柔道もそうだが組み合っての格闘というのは、相手が複数居るとこのように簡単にカットされてしまう。

 また相手がナイフなど刃物を隠し持っていた場合も組み付いたところでブスッと刺されて終わりだから気を付けないといけない。

 

『あははは、カイさんにいいところ取られちゃいましたね』

 

 と、サラが言うとおり傍観していたわけではなく、ガンタンクの窮地を救おうと駆け付けたところでカイのドラケンE改に割り込まれてしまったわけだったが。

 

「あとはアムロね」

 

 機首を返すミヤビ。

 

 

 

「……来る」

 

 ガンキャノンの対潜迫撃弾により一方的にタコ殴りにされ、業を煮やしたゴッグが海岸線上のガンキャノン目指して接近してくる。

 これが事前に察知できるのもソノブイを投下してくれたミヤビのおかげだ。

 

『今!』

 

 推進器を全開にして海面上、目の前に躍り出たゴッグに向け、アムロは左肩の240ミリ低反動キャノン砲を放つ。

 着弾で吹っ飛んだところに……

 

 

 

「とどめ!!」

『アンヌ ムツベ!』

 

 低空、水面を滑るかのように飛来したミヤビのドラケンE改可翔式が甲壱型腕ビームサーベルでゴッグを真っ二つにする。

 重装甲のゴッグであってもビーム兵器に対しては無力なのだ。

 

『大自然のおしおきよ!』

 

 決め台詞を吐くサラ。

 

【挿絵表示】

 

(サムライスピリッツ、それも初代ね……)

 

『サムライスピリッツ』はミヤビも前世で遊んでいた対戦格闘ゲーム。

『アンヌ ムツベ』はアイヌの巫女にして戦士、ナコルルの必殺技で、身を低くして刀を突き出し滑り込むように突進して斬り付けるというもの。

 下段攻撃のように見えて、初代では上段判定の攻撃であり。

 そしてこのゲーム、2本目を斬撃でフィニッシュするとまれに相手が真っ二つになりながらふっとぶ演出が入るのだった。

 そう、先ほど斬り捨てられたゴッグのように……

 

 

 

「残った一機はガンキャノン、ドラケンE改可翔式により撃破。敵潜水艦、後退していきます!」

 

 マーカーからの報告。

 

「ようし、各部チェック。エンジンの整備終了後、ただちに発進だ!」

 

 そう指示するブライト。

 

 

 

「スパイの107は木馬に潜入した模様です。ゴッグ、ズゴックは撃沈されたとのことです」

「うん。まあ、そんなところだな」

 

 マッドアングラーで報告を受けるシャア。

 

「ブーンの責任だ。彼にはスパイと接触を取る手筈を整えさせろ」

「はっ」

 

 

 

 その夜、ホワイトベースは破壊された街をあとにした。

 一人のスパイを乗せて。

 

 

 

次回予告

 シャアの追撃の手は休むことを知らない。

 危機の連続の中、カイとミハルの小さな心のふれあいが悲劇を生む。

 モビルドールサラよ、安らかなれ、と誰が言えよう?

 次回『大西洋に消ゆ』

 君は生き延びることができるか?




 27話も終了。
 例の騒ぎで外出を控える日々。
 私は自室でこのお話を書きつつも『罪』、じゃなくて『詰み』の数を減らすべくプラモデルを作っています。
 以前、コズンを乗せたツヴァークと、そしてその対抗馬たるスコープドッグの改修機。
 完成したら本編に登場させるか、番外編を書くか、まったく別のお話を書くか。
 夢が広がりますね。


>『ハヤトさん、『大雪山おろし』ですっ!』

 OVA『真ゲッターロボ 世界最後の日』で自在に伸びる両腕で造った竜巻空間に捕らえ投げ飛ばす技、というように描写されて。
 それ以降の作品、特にスーパーロボット大戦シリーズがその影響を受けて同様な描写をした結果、そういう技という風な認識が広まっていますが、元々は掴んだ相手を自分の体を中心に回転して振り回し、遠心力をかけてから投げ飛ばす技なのでした。


> その二つのキャタピラの動きによって生じる圧倒的な回転運動はまさに竜巻的『crazy judo throw』!!

『crazy judo throw』で動画検索をかけると実際に柔道の試合で相手を掴んで回転して振り回し投げ捨てる選手が出てきます。
 実はアリな技なんでしょうね。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第28話 大西洋に消ゆ Aパート

 ホワイトベースはシャアの攻撃を退けて北アイルランドをあとにした。

 しかし、その中にシャアの密命を受けた少女が潜んでいた。

 ミハル・ラトキエ。

 決してスパイを職業とする少女ではない。

 

 

 

「思ったより連邦軍のクジラは大きかったようだな」

 

 大西洋上、地球連邦軍の艦隊を潜水攻撃で見事に沈めるシャア。

 

「大佐、ブーン艦長から入電です」

「ブーンから?」

 

 マッドアングラーに送られた電文を読む。

 

「フン、ブーンめ。スパイを木馬に潜り込ませたか。しかし、どうやって情報を取るつもりだ?」

 

 

 

 士官室を狙うこと。

 第一、行き先をつきとめる。

 第二、木馬の性能に関するあらゆる資料。

 以上の情報を手に入れるのだ。

 本朝五時、接触を取る。

 

 ミハルが受け取った命令書に書かれていたことだ。

 彼女は士官の部屋、つまりブライトの部屋に潜入するが、

 

「ブライトさーん、そろそろブリッジに上がってください」

 

 部屋の外からかけられた声に、慌ててデスクの下に隠れる。

 

「あれ? もう上がってんの?」

 

 そう言って部屋に入ってきたのはカイだった。

 彼は部屋を見回すが……

 

「カイ」

 

 そこにブライトがミライを連れて現れる。

 

「えっ? 逢引き?」

「バカなことを言うな。封緘命令の開封だ」

 

 ブライトは封筒に封印された命令書をかざして言う。

 

「ふうかん?」

 

 なんだそりゃ、と考えるカイに、

 

「機密情報を伝達するのに、暗号電文よりさらに秘匿性を高めるために取られる方式だ。あらかじめこのように開封日時を記した命令書を手渡ししておくことで情報の拡散、流出を防ぐんだ」

 

 そう答えるブライト。

 

「へぇ? そりゃまたアナクロな」

 

 とカイは驚くが、軍事に限らずビジネスでも入札による契約時など『定められた日時までは封印して保管しておかなければならない書類』に対して使われる手法ではある。

 ミヤビなども前世で扱っていたし、紙というメディアが死滅していない宇宙世紀でも使われ続けているものだ。

 そして、

 

「ミライは副官役としての開封立ち合いだよ」

 

 そういうことだった。

 

「ふぅん、じゃあ俺はお邪魔だな」

「いや開封には開封者のほか二名以上の立ち合いが不可欠だ。お前も立ち会ってくれ」

 

 俺が?

 とでもいうように自分の顔を指さすカイ。

 そして、

 

「お呼びかしら、ブライトさん」

 

 そう言って開いたままのドアから現れるミヤビ、その肩に乗っているモビルドールサラ。

 ブライトはバツが悪そうに、

 

「ミヤビさんにも立ち会いを頼もうと思ったんだが、彼女が軍人でないことをすっかり忘れていてな」

 

 ミヤビはRX計画、そしてV作戦のためにヤシマ重工から出向しているだけの民間人である。

 常にパイロット用のノーマルスーツなんぞを着て歩いているから皆、忘れがちだが軍属では無いのだ。

 ブライトは咳払いして、

 

「ブライト・ノアより各員。本時刻をもって定刻21:00と認める」

「ミライ・ヤシマ、同意します」

「よし、それでは開封しよう」

 

 ペーパーナイフで封印を切り、開封。

 

「ホワイトベースの目的地がパナマ基地というのはジオンの諜報員に対する偽装。実際には南米の宇宙船用ドックに入るべし、か」

 

 つまりはミヤビの知る史実どおりのジャブロー行きということだった。

 そして、何か生地が裂ける音。

 

「なんだ?」

「何が破れたんだろ?」

 

 それぞれが自分の服を確かめる中、ミヤビは、

 

「ミライ…… また大きくなったのね?」

 

 と呆れたように言い、

 

「ねっ、姉さんっ!?」

 

 真っ赤になって両手で胸を隠そうとするミライ。

 無論、そんなことで隠せるような大きさではないのだが。

 

「す、少し席を外させてもらうわね」

 

 彼女はそう言ってそそくさと退室する。

 服の破れを確認するのだろう。

 まぁ、実際は破れてなどいないのだが。

 そうして荒事に慣れていない妹を退室させたミヤビは腰のホルスターからアーマーマグナムを抜くと、

 

「机の下に隠れている人、出てきなさい」

 

 フォアグリップを前後させ薬室にショットシェルを装填する音をもって威嚇し、銃口を向ける。

 

「待って、撃たないで!」

「撃たれたくなかったらまずは武器を捨てなさい。ゆっくりよ」

「は、はい……」

 

 床に転がされる拳銃。

 ミヤビはそれを目にしても視線を、そして銃口をそらさずにカイに言う。

 

「カイ、拾って」

「あ、ああ」

 

 銃を拾うカイ。

 地球連邦軍制式拳銃、M-71だ。

 そして、それに続いて机の下から現れる少女。

 

「ん? あっ、ミハルじゃねえか。なんで?」

 

 その姿を見て驚愕するカイ。

 ミハルは見知ったカイの姿を見てすがるように、

 

「私、あんたについて行きたかったんだよ。それでこの船に乗ったんだけど」

 

 と言い訳をするが……

 

『カイさん、私言いましたよね、特技は汗の味でウソを見抜くこと』

 

 右腕のメカニカルアームに装備されたヒートワイヤーを天井に向け射出して先端アンカーのマグネットで固定。

 それを支点に振り子のように宙を舞い、ミハルの肩に飛び移るモビルドールサラ。

 

『私は人が本当のことを言っているか分かるんです。顔の皮膚を見ると、汗とかで光を反射するでしょう? その感じで見分けるんです。「汗の味」を舐めればもっと確実に分かりますね』

 

 そして、冷や汗を流すミハルの頬に唇を寄せ……

 

『この味は! ……ウソをついてる『味』ですよ、ミハルさん!』

「いや、そういうのいいから」

 

 サラの名演技をそう言って片付けるミヤビ。

 実際にはモビルドールサラはセンサーによる体表温度の変化や脈拍の乱れを採取して、普通にウソ発見器としても働くわけで。

 動揺を誘い、判別をしやすくするハッタリだったのだが。

 

 一方、一人考え込んでいたブライトは顔を上げるとこう言った。

 

「私にいい考えがある」

 

 そういうわけで、

 

「サイズ合ってないようだし、これに着替えてね」

 

 と、念のために上から下まで全部新しいものに着替えさせられたミハルは、

 

「それじゃあ、明日の朝五時に接触を取る予定なのね」

 

 ウソ発見器としても働くモビルドールサラのアシストにより情報を丸裸にされてしまう。

 

 まぁ尋問といっても同性のミヤビが担当し、安心させるために顔見知りのカイが同席。

 ブライトは落ち着いた様子で時折口を挟むだけで、基本聞くだけといった体勢。

 よく尋問には怖い刑事と優しい刑事を用意するテクニックが使われるが、ここには優しい刑事しか居ないというぬるさだった。

 これはミハルが生きるためにジオンに協力しているだけの素人の少女と分かっているからこその話である。

 喉を潤すためのハーブティーまで出る始末だ。

 

 なお……

 ブライトもカイもミハルのことをあっさり受け入れ過ぎじゃない? という話もあるが、これはミヤビのせいだ。

 自分より慌てる者が居るとかえって冷静になれる、という話があったが。

 ミヤビの場合、逆に表情筋が死んだ真顔でまったく動揺無く対応するため、男として彼女より慌てるわけにいかない、という見栄と。

 何よりこれまでの実績が作る、ミヤビが一緒になって対応してくれることへの安心感、心の余裕が凄いのだ。

 まぁ、これはミヤビが有能な訳ではなく、彼女の前世の記憶と、また自分の力を過信することなく必要な時にはサラも含め、周囲の存在の能力に頼り、上手く使うことによるものなのだが、他者にそれが分かるはずも無く。

 

 一方、ブライトに、

 

「彼はこういうことに詳しいはずだ」

 

 と、ミハルが身に着けていた時計の解析について依頼されていたメカニックのオムルからは、

 

『この時計、確かに通信装置が組み込まれていますね。ただ電波の有効範囲は狭いですよ。相手がホワイトベースの中に居ないと届かないんじゃないのかなぁ』

 

 といった報告が上がっていた。

 史実でもブライトに「彼は爆弾に詳しいはずだ」などと言われていたオムルだったが、一体彼はブライトの中でどんな扱いなのか。

 裏モノを扱ったアングラ情報誌でも愛読しているイメージなのだろうか……

 

「ですからミヤビさん、彼女には当初に公表されていた予定どおりパナマ基地に向かうと伝えてもらいましょう。その後、南米ジャブローへと進路を切り替えれば確実にジオンの裏をかくことができる」

 

 自らの作戦(いい考え)を語るブライト。

 それから若干言いづらそうに、

 

「ですから……」

「協力者の身柄の保護ね。いいわ、彼女はヤシマ・ファイアアンドセキュリティの連絡員で、手違いにより乗っていたところを出港されてしまった」

 

 ミヤビはミハルを見つめて言う。

 

「後で遡って入社履歴を作ってあげるわ。ジャブローに着いたらシーマさんに引き取ってもらって、実際に事務員として働いてもらいましょう。弟さん、妹さんも保護してね」

「そ、そんなにしてもらっていいんですか?」

 

 驚くミハルに、ミヤビは言う。

 

「協力してもらうからにはこれぐらい、させてちょうだい」

 

 そしてカイも、

 

「甘えさせてもらっとけよ。弟や妹のためだと思ってさ」

 

 と言い添える。

 ブライトは、

 

「好意が信じられない、というのなら、確実に協力してもらうための報酬をミヤビさんに用意してもらった。そのように考えればいいんじゃないのかな」

 

 そう言う。

 柔らかな物言いは彼らしくないようにも思えるが、実際には史実でもアムロの母親に十分配慮した言い方をしていたように、基本、彼は民間人には普通に礼儀正しく接する男だ。

 ジオンのスパイをやっていたミハルが純粋な民間人と呼べるかはさておき。

 

「まぁ何にせよ、よろしく。カイ、サラちゃん、彼女の面倒を見てあげてね」

 

 そう言って席を立つミヤビ。

 ……夜に弱い彼女には、活動限界が迫っているのだった。

 

 

 

 翌日早朝。

 

「四時の方向に民間機です。救助信号が出ています」

「救助信号? 確かに民間機か?」

 

 マーカーからの報告にブライトは眉をひそめる。

 

「フラウ・ボゥ、どうなんだ?」

「はい、確認しています」

 

 データと照合を行うが、

 

「登録ナンバーによると、ヴェルデ諸島の漁業組合の飛行機です」

「なるほど? それをジオンが奪ったか……」

 

 さすがに事前情報があればブライトも疑う。

 しかし、これも敵を欺く作戦のうちの一つ。

 

「よし、うしろのデッキから着艦するように伝えろ」

「はい」

「第4デッキ開け。民間機を収容する」

 

 

 

 後方デッキから相対速度を合わせ着艦する民間小型機。

 自らこの情報収集任務に出たブーンは、

 

「ジオンの人間で木馬に潜り込んだのは我々が初めてじゃないかな?」

 

 と部下のキャリオカに言うが、捕虜として捕まったが脱走したというコズンという前例もあるし、史実ならランバ・ラル隊も侵入している。

 まぁ、密かに潜入という意味なら初めてか。

 

「はあ」

「お前は何もしゃべるな」

「は?」

「ジオン訛りが強すぎる」

「は、はい」

 

 ガンダムファンの間では有名な『ジオン訛り』について初めて言及されたシーンである。

 ブーンは機体を降りると対応に現れたブライトに状況を説明する。

 

「実は、魚の群れを探してたら、ジオンの戦闘機が冗談半分に撃ってきてさ」

「いつです?」

「20分ぐらい前かなぁ」

 

 ブライトが、応急処置に当たっているクルーに確認の目を向けるが彼は、

 

「こりゃあ20ミリの不発弾にやられたんだな」

 

 というように、偽装をされている模様。

 ブライトは努めて表情に出ないよう冷静に、

 

「応急修理して帰れるだけの燃料は貸します」

 

 そう対応。

 

「ありがたい」

「しかし、そこの部屋以外の立ち入りは禁止します」

 

 何か細工されてはたまらないとばかりに言う。

 

「わかってるって」

 

 とブーンは聞き流し、

 

「おい、キャリオカ」

 

 部下に声をかけて休憩スペースへと向かう。

 その背にブライトは、

 

「修理代の請求書は組合へまわしますよ」

 

 と牽制半分、騙されているという偽装半分に言っておくが、ブーンは手のひらをひらひらと振って、

 

「フッ、安くしといてね」

 

 そう答えるのだった。

 そして、

 

「トイレを」

 

 と、監視に立っていたジョブ・ジョンに断って部屋を出てその目を逃れる。

 個室の便器に腰かけ、時計に偽装した通信機のスイッチを入れる。

 

 なお、ホワイトベースのトイレの個室は海外旅行に行くと体験できるアレ。

 トイレのドアの上下が日本人の感覚からすると異様に開いていて外から足元、そして近づくと顔まで丸見えなタイプだ。

 レイプ等、犯罪防止のためのものだが、その辺きっちりと描写されていた『機動戦士ガンダム』という番組はそこまでリアルを追求していたと言えよう。

 1979年当時の視聴対象者である少年たちには異常に映ったかも知れないが……

 

 

 

「……来た」

 

 カイとモビルドールサラが見守る中、ミハルの腕時計型通信装置に信号が入る。

 彼女がカイに瞳を向けると、彼は上手くやれ、信じているとばかりに真剣な表情でうなずく。

 

『107号、答えられたら音声で送れ。木馬の目的地は?』

「パナマの連邦軍基地」

『よーし、あとは?』

「まだです」

『上出来だ。頑張ってくれ』

 

 そうして通信が切れる。

 

「ふぅ」

「よくやったな、ミハル」

「ああ、声が震えなかったのは……」

 

 ミハルはカイをじっと見つめて、

 

「あんたが見守ってくれていたお陰さ。そうでなきゃ」

「ミハル……」

 

 見つめあう、二人。

 そして、

 

(私、完全にお邪魔虫みたいですね)

 

 と気配を殺し、そっと目をそらすモビルドールサラだった。

 

 なお、この場に居ないミヤビはもちろんまだベッドの中。

 まぁ、彼女に言わせれば、朝5時に連絡を取ると指定したブーンといい、報告を受けてその日の朝6時にオデッサ作戦の開始を決めたレビル将軍といい(つまりそれ以前の時刻に起きて勤務していたということ)、

 

「何でこんなに朝早くから動こうとするの、それとも『機動戦士ガンダム』放映時、西暦1979年当時って、こんな日の出前から働くのが普通だったの!?」

 

 という話だったが。




 諜報戦の続き、といった感じでしたが、上手く行くかは次回のお楽しみということで。
 まぁ、戦闘開始になるんですけどね、ええ。


> 裏モノを扱ったアングラ情報誌でも愛読しているイメージなのだろうか……

 盗聴器とかショットガンマイク、コンクリートマイク。
 解錠のためのピッキングツールやその使い方、鍵の構造などなど。
 話の種といいますか、ネタとして読むには、また創作の参考とするには面白いですよね、こういう雑誌。
 逆にセキュリティの勉強にもなりますし。
 ……本棚にあるのを人に見られるとアレですけど。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第28話 大西洋に消ゆ Bパート

「うまくいったらしいな」

「はい」

 

 ブーンの機をマッドアングラーを浮上させ迎え入れるシャア。

 

「アフリカ戦線ではないのだな?」

「は、間違いなく南米の宇宙船用ドックへ向かいます」

 

 シャアに答えるブーン。

 

「こっちに来ないのはありがたいが、マッドアングラーはここを動けん。アフリカ戦線の様子も見なければならんしな」

 

 思案するシャアにブーンは、

 

「私はパイロット上がりです。モビルアーマーをお貸しいただけませんか?」

 

 そう申し出る。

 

「グラブロか? 整備はしてあるが」

「仇討ちとは言いたくありませんが、私は四機のモビルスーツを沈められています。やらせてください。モビルアーマーならここから発進しても木馬をキャッチできます」

「うん、いいだろう」

 

 そうしてブーンは水中用モビルアーマー、グラブロで出撃する。

 史実と異なるのは、グラブロが両腕のクローの先に掴んだワイヤーでけん引する機体がズゴックではなく、アッガイだということ。

 

 

 

「離れませんね。七時の方向に現れてます」

 

 オペレーター席のマーカーからの報告に、ブライトは眉をひそめる。

 ジオンには偽装した情報を流したし、進路も変えた。

 それなのにどうして敵が来るのか。

 ミハルとは別口か。

 ともかく、

 

「潜水艦が追いつく訳ないだろう。ミサイルだけ気をつけて」

「来ました、ミサイルです!」

 

 やはりこうなるか。

 

「後部ミサイル発射。七時だ!」

 

 すかさず指示を出すが、

 

「第二波、第三波、続きます」

「いや、第四波、第五波も下から来ます」

「対潜攻撃だ、全機スタンバイ!」

 

 なし崩し的に戦闘に入る。

 

 

 

「フッ、捕まえたぞ、木馬め。部下の仇、討たせてもらうぞ」

 

 ブーンのグラブロは強力な水中航行能力をもってホワイトベース直下に接近。

 垂直発射管から放たれる、その有翼の形状からブーメランミサイルと呼ばれる対空ミサイルで攻撃を仕掛ける。

 さらに援護のアッガイが左腕ロケット発射管からロケット弾を発射した。

 

 

 

 突然始まった戦闘。

 ホワイトベースの船体に走る着弾の衝撃。

 

「ああっ!」

 

 とっさに飛び出た部屋の外、そこでミハルが目にしたのは彼女の弟と妹、ジルやミリーのように幼い子供たちが悲鳴を上げて転げる様。

 

「持ち上げんの、よいしょっと」

「よいしょっと」

 

 消火器を運ぼうとするカツ、レツ、キッカたちの姿。

 

「あんな子供たちが居るの? この船に」

「ミハルっ、救命具を着けていろ。死んじゃあ、なんにもならねえんだから!」

 

 駆け付けたカイに救命胴衣を押し付けられるミハル。

 

「カイ、何で……」

『分かりましたカイさん!』

 

 そこにモビルドールサラが報告する。

 

『先ほどのミハルさんの通信、音声データに混ざって暗号化されたテキストデータが送信されていました!』

「何だと、どういうことだサラ」

 

 つまり、

 

『……ミハルさんはパナマ基地と伝えたはずなのに偽装がばれたのは、ミハルさんの通信装置に盗聴器が仕掛けられていたためです』

 

 ミヤビの前世、西暦の時代でも音を検知して、音がする間だけ記録する盗聴装置があった。

 その音声データをさらに音声認識ソフトでテキスト化。

 圧縮暗号化したデータを通常の音声通信波に混ぜて送信したのだ。

 これならばデータ量は極小。

 すぐに盗聴した会話の確認が可能。

 つまりミハルが居た場所でブライトが口にした行先の変更、およびミハルが懐柔され虚偽の報告をしたこともブーンにはばれてしまったのだ。

 

 元々、音声通話も人の声の周波数帯域のみ(電話であれば音声周波数帯域は0.3から3.4kHz)を切り出してデジタル圧縮、暗号化をかけているものなのでデータを混ぜ込まれても気付きにくく。

 教育型コンピュータの演算力を使って暗号解析し、ようやく判明したことだったが。

 

「オムルのやつ中途半端な仕事しやがって…… ダメじゃんかよ、ブライトさん!」

 

 唇をかむカイ。

 そしてミハルはカイに言いすがる。

 

「私にも戦わせて」

「できる訳ねえだろう!」

 

 そこに船体に走る衝撃。

 

「ああっ!?」

 

 そろって足元をすくわれ、ミハルはカイの上に倒れ込む。

 

「あ、あたしのせいなんだ」

「お、おい?」

「あたしがジオンに騙されて盗聴器を持たされたりしたから、あたしのせいで情報が流れたばっかりに、カイさんたちが」

「いや、情報が漏れたのは俺たちの考えが甘かったからで、お前のせいじゃねぇよ」

 

 そう答えるカイだったが、ミハルは彼の胸元にすがり付いて離れない。

 

「……ごめん、カ、カイ。あたしが、あたしがあんたたちを」

「おい、ミハル」

 

 

 

「コア・ファイター、パワー90、95、100、120、行きます!」

 

 左舷モビルスーツデッキではリュウのコア・ファイターに続き、ハヤトのコア・ファイターがカタパルトで射出、出撃していた。

 同時に右舷のデッキではミヤビのドラケンE改可翔式が出撃する。

 直後、敵のミサイルが両舷デッキに突き刺さる!

 

「ホワイトベースが!」

 

 

 

「衛生兵(メディーック)! 衛生兵(メディーック)!!」

 

 ホワイトベースのモビルスーツデッキは阿鼻叫喚状態だった。

 

「衛生兵(メディック)はこんな危ねー場所には呼べねーよ! 応急処置したらさっさと中央ブロックの医務室に運べ!」

 

 実際、現代戦での戦闘救護は自分か仲間による止血が第一。

 小隊に一人しか居ない貴重な衛生兵(メディック)は敵の弾が届かない後方に置いて、より高度な応急処置を担当させ、さらに後方の治療施設へ送ることに専念させる。

 ミヤビの前世、旧21世紀の時代のアメリカ軍だと戦闘現場には一般兵が訓練を受けて養成されるコンバットライフセーバー(CLS)がつき、分隊用救急品(CLSK:Combat Life Saver Kit)を使った処置を担当していた。

 映画やドラマで『衛生兵(メディック)!』と呼ばれ銃弾飛び交う戦場に駆け付ける存在は、こちらの方が近いか。

 まぁ、年代や国によっていろいろあるのだが。

 

「止血帯は要るか!?」

「いや、直接圧迫止血でいける。止血ガーゼと圧迫包帯を!」

 

 出血の95パーセントは直接圧迫止血で抑えられる。

 止血帯は最後の手段だ。

 とはいえミヤビの前世、アメリカ軍では片手で絞められる新型のターニケット(救命止血帯)が開発され配布されていたように過酷な戦場下では現役の装備なのだが。

 

「ノーマルスーツが邪魔で手当てが……」

「ストラップカッターで引き裂くんだよ、腰のケースに入ってるだろ!」

 

 ノーマルスーツの腰ベルト、応急修復用パッチなどが入れられているケースには小型のストラップカッターが入っている。

 これは緊急時、衝撃などでバックルが変形して外せなくなったシートベルトを切って脱出するためのもの。

 要するにシートベルトカッターだ。

 ロープや装備のストラップ等、様々なものを切断する用途にも、そして負傷を悪化させずに患部を診るため衣服を素早く安全に裁断する用途にも使われる。

 それゆえミヤビの前世、旧21世紀でもアメリカ陸軍歩兵個人装備にも含まれていたのだ。

 

 一方、

 

『大丈夫ですか、ハワドさん!』

「あ、ああ、サラちゃん。君が庇ってくれたおかげで何とかね」

 

 そう、ミヤビの知る史実だとこの攻撃で人体が吹き飛ばされ宙に舞うほどの損害を受けていたホワイトベースだったが、サラが単独制御するドラケンE改がとっさに盾になったおかげか、少なくとも死者は出ていなかった。

 

「けど……」

 

 どこもかしこも傷だらけ。

 その上、片腕が千切れ飛んだドラケンE改を痛ましそうに見るメカニックの少年、ハワド。

 

『大丈夫ですよ。私、ロボットですから』

 

 むん、と残った片腕を掲げ力こぶを作るようなポーズを取って。

 

『例えこの身がバラバラになろうとも、それで助けられる命があるなら本望です。何故なら私は、いいえ、すべての道具は人の役に立つためにこそ、人の手によって造られるものなんですから』

 

 道具というのはとても、とてもけなげなものだ。

 いつだって彼女たちは人のために働き、役に立とうとする。

 その道具に少女の人格というものを与えることは、とても……

 とても切ない気持ちを人に抱かせることになる。

 そして、

 

「マクシミリアンの姿が見えないぞ!?」

「マクシミリアン? あいつはエンジンルーム担当だろ?」

「いや、臨時で応援に来てもらって……」

 

 このように災害等発生時に安否確認忘れなどといった問題が出るので、現場の人員については常に把握しておかないといけないのだが。

 

「向こうでもう一機のドラケンE改と一緒に作業を……」

 

 指し示された方向には、倒壊した器材の瓦礫の山が……

 

『どいて下さい! 私が掘り起こします!』

 

 ドラケンE改に残された片腕の肘から先がカニのハサミのように二つに割れる!

 大きな荷物をつかめる機能を備えた二重下腕肢を振り上げ、満身創痍状態の機体に鞭打ってサラは撤去作業に向かった。

 

 

 

『マクシミリアンさん、マクシミリアンさんっ!!』

「……サラちゃん?」

 

 切迫したサラの声に意識を取り戻した少年、マクシミリアンはとたんに全身に走る鈍痛に顔をしかめる。

 

『マクシミリアンさん、急いで私の中に入ってください。瓦礫を支えるのも限界ですっ』

「っ!?」

 

 目の前には、倒壊した器材をパワーローダータイプに換装された両腕で支えてくれているドラケンE改が。

 そう、その機体を制御するサラがとっさに庇ってくれたおかげで瓦礫の間にできたわずかな空間が彼の命を救ったのだ。

 

『は、早くぅ』

「あ、ああ、分かった!」

 

 慌てて半開きになったハッチから、痛む身体を庇いながらもなんとかコクピットへと滑り込む。

 直後、限界を超えた腕部が破損。

 ドラケンE改の機体は完全に瓦礫の中に埋もれることに。

 

『マクシミリアンさん、コクピットに備え付けのエマージェンシーパックに含まれている救急品キットで手当てを』

「あ、ああ」

『ケガした直後はアドレナリンが分泌されているおかげで痛覚がマヒしていることが多いです。落ち着いて全身を確認してくださいね』

 

 交通事故などでもそうだが、負傷した直後は痛みを認識できない場合が多い。

 何もないようでも一服するくらいの時間を置いて、身体を確かめる必要があるのだ。

 そして自分で応急手当てを進めるマクシミリアンに、サラは勇気づけるように語りかける。

 

『手足が折れちゃって身動きはできませんけど、このコクピットの中なら瓦礫の重みにも耐えられます。通信装置が壊れて外部との通信もできませんが、助けは必ず来るはずです』

 

 緊急事態だが、マクシミリアンには不思議と安心感があった。

 ミドルモビルスーツの狭いコクピットには、包み込まれるような感覚があって、それに……

 

「……何だかいいにおいがする」

『ミヤビさんの移り香ですね』

「っ!」

 

 顔を真っ赤にするマクシミリアン。

 

『手当てが終わったら休んでもいいですよ。体力を温存してください。寒いですか? エアコンは死んでますけど燃料電池の熱を直接引き込んだヒーターぐらいなら使えますよ』

「そんな機能があるんだ」

『その昔、20世紀ごろの車には様々な方式のヒーターがあったらしいですよ』

 

 エンジンルームの熱を直接引き込んだり、電気ヒーターを使ったり。

 水冷エンジンの場合だとラジエーターに戻ってくる温水を利用したり。

 空冷エンジンの場合は旧ビートルのように排気ガスの廃熱を熱交換器で回収したり、それで足りない場合はオプションの温風ヒーターでガソリンを燃やしたり。

 同じく空冷のヨタハチ、トヨタ・スポーツ800なども、このガソリン燃焼の温風ヒーターを搭載していた。

 

「へぇ」

『どうしてなのかミヤビさんはそういうのに詳しいんですよね。ドラケンE改のヒーターも、ミヤビさんがこういう過去の事例を参考に付けたって話です』

「………」

『マクシミリアンさん?』

「ありがとう、サラちゃん」

『えっ?』

「君が居なかったら今頃瓦礫に潰されていたし、奇跡的に生きていても不安でパニックになっていたと思う」

 

 過酷な環境下でも自分を想ってくれる、声をかけてくれる存在が居る。

 それは大きな心の助けになるのだ。

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)もまた防ぐことができるだろう。

 しかし、こうして人の役に立つのはサラにとって当然のこと。

 だからこう言うのだ、

 

『例えこの身がバラバラになろうとも、それで助けられる命があるなら本望です。何故なら私は、いいえ、すべての道具は人の役に立つためにこそ、人の手によって造られるものなんですから』

 

 常に。

 

「サラちゃん……」

『そんな顔をしないでください。私は人を模して造られたAIですから、これは人と同じ。誰かの役に立つことで自分には価値があると確かめたい。承認欲求みたいなものです』

 

 例えばミヤビの前世でも、災害が起これば自衛隊員が、そして全国の医療機関や電力会社等、人の命とライフラインを支える人々の応援隊が送り出され、救助、復旧作業に従事したものだ。

 過酷な環境下で彼らの士気を支えるのは誰かの役に立つことをすること、胸を張れる、誇りを持つ仕事ができること。

 

 無論『やりがい搾取』みたいなものや、被災者のため不眠不休で働け、などという弱者や被害者の立場に沿って発言している風を装って、実際には弱者、被害者を自分の主張を通すための道具に、相手の言論を封殺する盾にしようとするような、心か頭、あるいは両方がおかしい者の言うことは論外。

 効率的な救助、復旧作業のためには体調への配慮、十分な休養は必要不可欠であるし、働きに見合った報酬はあって当然のことではあるが、それはともかく。

 

 人間と同じ心を持ち、人の役に立てることを喜ぶ。

 だからサラに対し、マクシミリアンは素直な想いを口にするのだ。

 

「サラちゃんはかわいいなぁ」

『あ、ありがとうございます、マクシミリアンさん』

 

 いや、まぁそれも正直な気持ちなのだろうが、どこかずれた発言。

 だがほっこりとする両者だった。




 ジオン側も当たり前ですが保険はかけているので簡単には騙されないよ、ということで戦闘の開始です。
 そして戦争のリアルを表現するのに死を描くというのも一つの手段でしょうけど。
 負傷者をどう助けるか、というのもまた一つの方法だと思うのですがどうでしょう?

 なお次回はアッガイの腕部武装ユニット『ダイブストライク・アームズ』の登場など、その新たな能力、戦い方が披露される予定です。
 ご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第28話 大西洋に消ゆ Cパート

 ホワイトベース直下に身をひそめ、水中から直上にミサイルを撃ち上げ攻撃する何か……

 そして急速浮上しては左腕のロケット弾を放ち再び海中に身を隠す二機のモビルスーツ。

 

「……あそこか」

 

 敵を見定めるハヤト。

 そこに、

 

『私が先頭で突っ込むわ』

 

 ミヤビのドラケンE改可翔式からの通信。

 

【挿絵表示】

 

『囮になって敵を釣るから、そこを二人で仕留めるの』

「そ、そんな、危険過ぎます!」

 

 

 

(まぁ、そう思うわよね)

 

 自分を止めるハヤトたちの声を他所に、ミヤビは考える。

 

 しかし、である。

 要するに彼女が狙っているのは小説、そしてアニメにもなった『幼女戦記』の主人公、ターニャ・デグレチャフの指揮官先頭を利用した安全策と同じだ。

 

 対空砲火を上げてくる敵に突っ込む。

 敵はこちらの速度を想定し移動している目標に対して、その少し前を狙って射つ偏差射撃で迎撃を図るが、そこはレーダーの効かないミノフスキー環境下の有視界戦闘、敵の想定を上回る速度で駆け抜ければ安全。

 しかし後続は先頭を狙って張られた弾幕の中に、できる相手なら先頭機のスピードを見て修正してくる偏差射撃の中に自ら突っ込む羽目になる。

 どちらが危険か、どちらが安全かは明白。

 さらに攻撃後、離脱する際には、背中を守る後続機という盾があった方が安心、というもの。

 

 そう上手く行くか、という話もあるが、実行するにあたりミヤビがそう信じていさえすれば、彼女は心配する周囲を他所に一人冷静に対処できる。

 ミヤビのメンタル的には彼女が信じさえすればそれでいいのだ。

 

 まぁ、他人に危険なポジションを押し付けて一人保身を図る、という意図を見抜かれるのも問題なので、自ら危険な先陣を切って囮になる、という形をとる。

 

(囮なら! 攻撃せずに回避に専念しても消極的とは思われない! 大義名分を持って逃げ回ることができるって素晴らしい!!)

 

 自らの策を自画自賛する。

 割と酷い人間である、ミヤビは。

 

 

 

 自ら危険な囮役を買って出て、先陣を切って敵に突っ込む自己犠牲が過ぎる勇気!!

 

「ああ、やはりミヤビさん、あなたという人は……」

 

 握りしめた拳をわなわなと震わせるブライト。

 その感動を他所に、姉のことをよく知るミライは、

 

(また姉さんは誤解を生むようなことを……)

 

 と呆れているのだったが。

 直後、再びホワイトベースに直撃。

 

「ううっ…… 各ブロック、被害状況を知らせろ。カイのコア・ファイターは発進させることはできないのか?」

『カタパルトをやられてコア・ファイターが出ません』

 

 デッキのオムルからの報告。

 垂直離着陸も可能なコア・ファイターだったが、現在ホワイトベースは飛行中。

 そこからのカタパルト無しの自力での垂直離陸は大気の乱流に巻き込まれる、そしてホワイトベースと接触事故を起こす危険が高過ぎるのだ。

 

「ガンペリーはどうした? あれには対潜ミサイルが積んであるはずだ」

『あ、そ、そうでした。カイをそっちにまわさせます』

「フラウ・ボゥ、第3デッキを開かせろ。ガンペリーを発進させるんだ」

「はい」

 

 ブライトの指示を受け、フラウは艦内放送で呼びかける。

 

「第3デッキ、ガンペリー発進用意してください。カイさんはどこですか? 第3デッキに向かってください。カイさんは第3デッキに」

 

 

 

「お前は逃げやすい所に隠れていろ」

「みんな戦ってんだろ。私も何かやらしてよ、できるからさ」

 

 第三デッキに向かい駆けるカイと、追いすがるミハル。

 

 

 

(アッガイ!?)

 

 ミヤビのドラケンE改可翔式を狙って右前方側面から水柱を立てながら海面に姿を現したのは、ずんぐりとした頭でっかちの茶色の機体。

 その頭部、四門の105ミリ大口径バルカン砲から猛烈な対空砲火が放たれる。

 しかも、

 

『ミヤビさん、これ対空弾です!!』

 

 ミノフスキー粒子のせいで近接信管が働かないとはいえ、あらかじめ設定された一定距離、一定高度で爆発し、破片の散弾を浴びせかける対空弾。

 105ミリとモビルスーツ搭載の対空砲としては大口径、発射速度が高く連続射撃が可能なガトリング砲で、それも四門。

 

(ちょっ、まずっ!)

 

 慌ててコア・フライトユニットのエアブレーキを使って意図的に失速状態を作り、かくんと落下するように高度を下げて回避。

 要するに伝説的マニューバ、木の葉落としみたいなものだが、エアブレーキを使って失速させたのは直後の再加速に備えるためだ。

 戦闘機は速度を下げるのにエンジン出力を絞ってスピードを抑制してしまうと、再加速時にエンジン出力を上げる操作を行っても素早いエンジン回転上昇が伴わず戦闘に不利となるため、戦闘時などにはエンジン出力を下げないままエアブレーキを使うことでスピードを落とすのだ。

 

 なお戦闘機のエアブレーキの位置は様々で、ミヤビの前世ではF-22やSu-35のような2枚の垂直尾翼を持ちさらに第4.5世代以降に分類される戦闘機では専用のエアブレーキを持たず左右の方向舵を逆方向に作動させることでエアブレーキとして使用する例が多かった。

 では垂直尾翼が一枚のコア・ファイターではどうかというと、何と方向舵がぱくんと左右に割れて開くことで機能する。

 プラモデル『U.C.HARD GRAPH 1/35 地球連邦軍 多目的軽戦闘機 FF-X7 コア・ファイター』で再現されていた機構であり、ドラケンE改可翔式の背面に装備されたコア・フライトユニットでも同様に機能するものだ。

 

「くっ……」

 

 高度を下げ、対空砲火を回避したミヤビは水面ギリギリをかすめるようにして再加速。

 追いかけてくるアッガイからの射撃だが……

 

(ちょ、まっ!)

 

 水面に対し高速の弾丸を浅い角度で放つと、回転をかけた石を投げて水面で石を跳ねさせる遊び、水切りのように弾が水面で弾かれることになる。

 これを利用した反跳爆弾とか、陸上の地面で同じことをやる跳飛射撃などといったものも存在するが……

 発射サイクルの高いバルカンでこれをやられると、大量に吐き出された弾が跳ねまくって大変なことになるのだ。

 

 それでも、

 

『敵、水中に消えました』

 

 何とか逃げ切るミヤビ。

 しかし……

 

(水面からの対空砲火としてはアッガイは優秀かも?)

 

 特異な形状、背面まで回り込む全周モノアイレールのために分かりにくいが、アッガイの頭部は通常のモビルスーツ同様比較的自由に、広範囲に動く。

 すなわち水面から頭だけ覗かせれば射界が広い105ミリCIWS頭部バルカン4門で対空弾幕を張ることができる。

 ガンキャノンの頭部バルカンと同じくメインカメラ付近に設置されているため、モニター上の視野と火線の方向が一致しやすく攻撃を迅速に行うことが可能。

 バイクの運転で「目線は常に進行方向に」と言われるのは人間は目を向けた方に寄ってしまうから、障害物があるからと言ってそれを注視していると逆にそちらに近づいてしまうから。

 つまり視線で追うことは自然と機体が追うことになり、これは戦闘機における旋回銃座に、自機の進行方向に敵機を置けば撃墜できる前方固定機銃の特性、利点を付与するようなものである。

 さらにアッガイの頭部はレーダーやソナーなど各種センサー類が集中したセンサーアレイとなっており、その性能はEWAC(Early Warning And Control、早期警戒管制)機に匹敵するといわれる。

 その高度な索敵能力を使った精度の高い射撃を行うことができるということ。

 逆にアッガイの機体はステルス機としてレーダー波の反射率を低く抑える曲面構成の形状と、電波吸着剤による塗装が成されており、機体カラーも視認性が低いダークブラウン系。

 それゆえ反撃は受けづらいわけで。

 

 アッガイの武装としてはおまけのようなイメージがある頭部バルカンだったが、こういう使い方をするものなのかと、納得するミヤビ。

 まぁ、それが分かっても今、この状況ではちっとも嬉しくなかったが……

 

 

 

「推力、40パーセントに落ちています」

「わかっている。対潜ミサイル、よく狙って撃つように伝えろ」

 

 損害報告にそう答えたブライトは、

 

「フラウ・ボゥ、ガンキャノンはどうだ?」

「モビルスーツデッキからスプレーミサイルランチャーの対潜迫撃弾で敵を狙ってますけど……」

 

 そこにアムロから直通の通信。

 

『ブライトさん、ホワイトベースからじゃ位置が悪くて敵を狙えません。ガンペリーに乗せて出してもらえませんか?』

「ガンペリーに? 以前、シーマ隊の救出時に使った運用か」

『はい、あの時もカイさんが助けてくれました。カタパルトもやられてコア・ファイターも、もう出せないようですし……』

「分かった。カイにあたらせよう。アムロもガンキャノンを中央、第三デッキに」

『はい、お願いします』

 

 

 

「わーっ!」

 

 消火活動を手伝おうとして爆風に煽られる子供たち。

 

「大丈夫か?」

 

 とカイが心配するが、

 

「だ、だ、大丈夫だよ、このくらいさあ」

 

 と幼いながらレツは意地を張る。

 

「よーし、お前らは強えんだ、頑張れよ」

 

 今はそう励ますしかない。

 そんなカイにミハルは重ねて言う。

 

「カイ、あたしにも戦わせて。弟たちが助かってあの子たちが死んでいいなんてことないもん」

 

「キッカ、しっかりしろよ」

「うー」

「キッカ、まだ火が出てんだぞ」

 

 ミハルは一生懸命に働こうとする子供たちから再びカイに視線を戻し、

 

「このままだったらまたジオンに利用されるだけの生活よ。それにもう、ただ見てるだけなんて、あたしたまんないよ」

「だってなあ、お前は」

 

 そこにメカニックのオムルから、

 

「カイさん、発進してください」

 

 という要請。

 

「ああ。ジョブはどうした?」

「機銃から手が離せません」

 

 だからカツ、レツ、キッカの子供たちまで頑張っているのだ。

 カイもとうとう覚悟を決める。

 

「一緒に来い。爆撃手はいるんだからな」

「えっ?」

「ミサイル撃つぐらいできんだろうが」

「う、うん、教えて」

 

 そこに、

 

『ちょっと待って下さい!』

 

 モビルドールサラから物言いがつく。

 

『ミハルさん、せめてノーマルスーツとヘルメットぐらい身に着けてください。カイさんが機体チェックをしている間にも着替えることぐらいできますから!』

 

 安全第一、である。

 彼女はミヤビからミハルのことを頼まれているのだ。

 

 

 

『カイさん、ガンキャノン準備できました』

「まーたこの使い方かよ」

 

 ガンペリーのコクピットでため息をつくカイ。

 ガンペリーは側面ハッチを開き、中央から左側にガンキャノンを。

 右側に三発の対潜ミサイルを搭載した状態で出撃する。

 

「カイ、着替えたよ」

 

 兵員輸送キャビンを更衣室代わりにしてノーマルスーツに着替えたミハルが顔を出す。

 そんな彼女に対し、

 

『ヨシ!』

 

 と、ミヤビの前世で流行った現場猫みたいな指差呼称で安全確認するモビルドールサラ。

 

「ガンペリー出るぜ」

 

 そしてガンキャノンを載せたガンペリーが離艦する。

 

 

 

 先行するミヤビのドラケンE改可翔式を狙い、再び浮上するアッガイ。

 

「こいつ、逃がすかぁ!」

 

 その機体が水中に戻るところを、リュウのコア・ファイターが翼下パイロンに吊り下げた対潜ミサイルで狙う。

 この位置に付けられる代表的な装備には空対空ミサイルAIM-77Dがあるが、今回は対潜戦闘ということで引っ張り出してきたものである。

 ロケット噴射でミサイルやロケットのように直進し、着水後にロケットモーターを切り離して短魚雷として敵を追尾、攻撃するもの。

 だが、

 

「水中で迎撃された!?」

 

 魚雷を躱すには囮(デコイ)に誘引するのが有効な手段だったが、そんな余裕は無かったはず。

 

「あれはまるで機銃でミサイルを撃ち落としたかのような…… いや、水中だぞ」

 

 そんなはずは無いとは思うが……

 しかし、

 

『ビンゴ!』

 

 直後に敵の水陸両用モビルスーツ、アッガイが爆発。

 

「なに?」

 

 命中した瞬間に通信機越しに聞こえていたのはミヤビの声だった。

 なら、ミヤビの攻撃?

 だがどうやって?

 

『コア・フライトユニット両翼のパイロンは射線の問題でミサイルは主翼を折りたたんだ状態でしか発射できないという欠点を抱えていますが』

 

 説明してくれたのはリュウのコア・ファイターの教育型コンピュータにインストールされたサポートAIサラシックス。

 彼女はミヤビのドラケンE改可翔式のサラからデータをもらっていたのだ。

 

『前方への射線を必要としない、ただ投下するだけの航空爆弾などは利用が可能。今回は空中投下式の魚雷を置き土産に残して狙ったのです』

 

 この魚雷は対潜哨戒機等から空中投下されるものであり、ミヤビの機体はそれを両翼のパイロンに吊り下げていたのだ。

 

『私たちの対潜ミサイル攻撃を囮にした時間差、飽和攻撃というわけですね』

 

 そういうことらしかった。

 

 

 

「ゴダールのアッガイが? このっ」

 

 ブーンは空中のコア・ファイターを仇とばかりに狙う。

 

「よし、いけっ」

 

 グラブロの垂直発射管から対空ミサイルを発射!

 

 

 

「うおっ!」

 

 グラブロからのミサイルを受けたリュウのコア・ファイターは片方の主翼を吹き飛ばされる。

 幸いコア・ファイターは推進力だけでも飛翔できる推力を持つもの。

 墜落は免れるが。

 

 

 

「サラツー。スプレーミサイルランチャー、ファランクス・モード」

『了解、スプレーミサイルランチャー、ファランクス・モード』

 

 サラツーの制御でスコープに表示されるのは敵機が居るはずの位置、その海面を中心とした12の着水点。

 ガンキャノンの右肩に装備されたスプレーミサイルランチャーが敵を狙う。

 

「行けるか!?」

 

 トリガーを引くアムロ。

 通常、収束式ミサイルランチャーは、1発ずつ、連続発射することで継続的な射撃を行うが、このファランクス・モードでは、一度にすべての発射筒からミサイルが放たれる。

 弓なりの軌道を経て海面に同時着水するが、

 

「カイさんダメだ! 機体が揺れて当たらない!!」

『おまえが揺らしてんだよっ!! 落ちるだろーがっ!!』

 

 そう、小型ミサイルとはいえ、12発の同時発射による反動は大きかった。

 ガンキャノンの機体が抜き出た剛性、パワーを持っているため足場の良い陸上では問題にはならなかったが、このバランスの悪いガンペリー上では安定した射撃は難しいらしい。

 

「こうなったら!」

 

 再び浮上してガンペリーを狙うアッガイ目掛け、ガンキャノンを飛び降りさせるアムロ!

 

『のわっ、アムロ、てめぇっ!!』

 

 約70トンの重量を持つガンキャノンのジャンプの足場にされたガンペリーが、一気にバランスを崩し墜落しかかる。

 

『降りるなら一言言ってからにしろって言っただろーっ!!』

 

 カイの悲鳴交じりの怒声を背に、アムロはビームライフルを撃ちながら降下、着水する。

 

「ど、どこだ?」

 

 水中を索敵、センサーに感あり。

 

「あれか? いけっ!」

 

 と、水中を過る機影に向かって撃つが、

 

「やっぱり、ビームライフルのパワーは水中では半分も出ない」

 

 水中でエネルギーを失い、少しばかり後に消えていくビームにアムロは唇を噛む。

 そしてアッガイの反撃。

 その右腕中心にある砲口からの射撃だが、

 

「なに!?」

 

 まるで水の抵抗が無いかのような速度の、連続した銃撃がガンキャノンを襲う!

 

「そっ、そんな、向こうの弾は水中でも問題なく届くっていうのか!? 水の抵抗をどうしてるんだ!!」

『敵の銃撃は速度200ノット(370km/h)以上! これ、スーパーキャビテーション弾だよ!』

 

 サラツーが敵の兵器を解析する。

 通常の水中兵器、例えば魚雷は40ノット (74 km/h) から60ノット(110 km/h) がせいぜい。

 それに対し3倍どころでないスピードで迫るこれは、

 

『この速度は砲弾がスーパーキャビテーションと呼ばれる薄い気泡の中を通ることで摩擦を低減して達成されるものよ。砲弾の周囲に大量の小さなガス排気による泡を作り出せば、抗力を大幅に減らして高い速度を出せるようになるの』

 

 ガス泡沫の層は水を外方向へ逸らして作られるが、これは特別に形成されたノーズコーンと、エンジンからのガスの展開による。

 水が弾体の表面へと入り込まず、接触しない状態が保持されることで摩擦抵抗は大幅に減らされ、非常な高速度が達成可能となるのだ。

 ミヤビの前世、西暦の時代でもロシアのスーパーキャビテーション魚雷、VA-111 シクヴァルがあって、この高速性や推進にロケットモーターを使用する点から「水中ミサイル」とも呼ばれていた。

 

 そして……

 ミヤビの前世の記憶の中にあるアッガイの右腕中心部の砲口についてはメガ粒子砲、バルカン砲、オートキャノンなどいろいろな説があり、その中にはロケット弾砲を使っているとする書籍もあった。

 これは『機動戦士ガンダム』第30話『小さな防衛線』にて、アッガイがロケット推進弾を放っているかのようなカットがあったことに由来するもの。

 

 火薬砲から発射されるロケット推進弾は結構あって、アメリカ軍の空挺戦車M551シェリダンのように砲弾と対戦車ミサイルの双方が発射可能なガンランチャーや、戦車砲の大口径化やミサイルの小型化技術により、イスラエルのLAHATやロシアの9M119のように、通常の戦車砲から発射可能な対戦車ミサイルなどがあった。

 これらは火薬砲から誘導弾を撃ったり、ソビエト連邦のD-20 152ミリ榴弾砲やアメリカ軍の155mm先進砲システムのようにロケット補助推進弾(RAP)を使用して長射程を実現したりするためのものだが……

 

 アッガイはスーパーキャビテーションを利用したロケット推進弾を利用することで、陸上、水中、どちらでも銃撃可能な砲を搭載することに成功したのだった。

『ダイブストライク・アームズ』

 それがこのアッガイが右腕に装備している腕部武装ユニットの名称である。

 

 しかし……

 

『損害軽微。センサーとか脆弱部に当たらない限り無視していいよ』

「そんなものかい?」

『ロケット補助推進弾(RAP)っていうのはね、アムロ。その推進装置の分だけ弾体に占める炸薬量とかが減っちゃう、威力が落ちちゃうってことだよ』

「ああ、そうか」

『他にも、純粋なミサイルやロケットに比べて性能が劣ったり、コスパで劣ったり、だったら普通のミサイル使え、って場合もあったり……』

 

 ミヤビの前世、西暦の時代の話で言えばアメリカ軍の155mm先進砲システムなどは「1発1億円の弾なんて買えないよ」ということで精密誘導弾LRLAP(the Long Range Land-Attack Projectile:長距離対地攻撃砲弾)の調達を止めてしまっていた。

 通常の火薬砲から誘導弾が撃て射程も伸びる! と手放しに喜ぶことができるとは限らない兵器なのだった。




 ズゴックの代わりにアッガイを出しましたが、なかなかに面白い機体ですよね。
 その昔、主役機にしてお話を書いていましたけど、その後得た知識を基にさらにアップデートしてお届けしている次第です。

 次回はグラブロとガンキャノンの戦闘。
 そしてミハルの運命はいかに、というお話になります。
 ご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第28話 大西洋に消ゆ Dパート

 ガンキャノンに有効打を与えられないアッガイと交代し、

 

「こいつ、水中戦闘用の武器に何を持っているのだ? 見ていろ」

 

 前方発射管から魚雷を放つブーンのグラブロ。

 たまらず回避、海面に向かって逃げるガンキャノンに、

 

「このグラブロに対して迂闊に海中に入ったのがお前のミスだよ」

 

 モビルアーマーの大出力をもって急接近。

 繰り出したクローアームはガンキャノンのビームを受け熔解するものの、撃破まではできない。

 すかさず反対側のクローでガンキャノンの脚をつかみ取る!

 

「おーら、捕まえたぞ、ガンキャノン」

 

 ガンキャノンは必死にロケットエンジンを吹かすが逃れられない。

 

「はははははっ、モビルスーツといえどもどうだ、グラブロのパワーの前にはベイビー・サブミッションよ!」

 

「赤子の手をひねるようなもの」と言いたいらしい。

 しかしこうして英語に言い換えられるとその例えが外国人にはどのように受け止められるのか心配になる日本人も多いのではないだろうか……

 

 

 

「くっ」

 

 ビームライフルで攻撃しようにも、圧倒的なパワーで左右に振り回され照準が定まらない。

 絶体絶命のピンチのアムロの脳裏を、かつてミヤビから受けたアドバイスの言葉が過る。

 

「アムロ、それは無理矢理空中で戦おうとするからよ。逆に考えましょう、『足を止めて戦った方がいいさ』と考えるのよ」

 

 この『逆転の発想』を思い出したアムロは……

 

 

 

 カイは操縦するガンペリーを、浮上しては攻撃してくるアッガイに向ける。

 

「スコープの十文字に敵の光が合ったらミサイルを撃つんだ。いいな?」

「うん、わかるよ」

 

 うなずき、照準器を覗き込むミハル。

 

「あそこだ!」

 

 浮上し、ハヤトのコア・ファイターを狙って頭部バルカンを撃つアッガイ。

 

『弾もミサイルもなくなった。カ、カイさん、頼む』

 

 ハヤトからの通信。

 ホワイトベースはカタパルトが損傷。

 補給に帰ったらコア・ファイターはもうこの戦闘では出ることができない。

 カタパルト無しで発艦できるミヤビのドラケンE改可翔式が唯一、補給を受けての再出撃が可能で、現在補給作業中だった。

 

「了解!」

 

 カイは水中を走る機影を追う。

 

「レバーはひとつずつ押すんだ。落ち着いてな」

「う、うん」

 

 対潜ミサイルを発射。

 

「はずれ、次」

 

 しかし、

 

「うわっ」

「わあっ!」

 

 アッガイの反撃を受け、ガンペリーの左側面ハッチが吹き飛ぶ。

 幸いにしてそちらはガンキャノンの足場にされていた側。

 右側面ハッチに装備されていた対潜ミサイルの誘爆は無かったが、

 

「ミハル、撃て、撃てっ」

「……カイ、レバー押しても発射しないよ」

「なんだと? こんな時に」

 

 慌てて確かめるも反応はない。

 

「だ、駄目だ。今の攻撃で電気回路がやられたな。チッ」

「どうしたらやっつけられるの?」

「カタパルトの脇にあるレバーが動かせりゃいいんだが……」

 

 それを聞いたミハルが席を立つ。

 

「ミハル、どこに行くんだ?」

「カイ、カタパルトの脇にレバーがあるんだろ」

「ミハル、危ねえぞ。うわっ!」

 

 危うくアッガイからの射撃を回避する。

 

 そして、荷室に降りるハッチを開けたミハルを、

 

『ここは私の出番ですよ。ミハルさんは座っていてください』

 

 そう言ってモビルドールサラが追い抜き、

 

『ヒートワイヤー射出!』

 

 右腕肘から先、グフ・カスタムに似たメカニカルアームに換装された腕からアンカー付きワイヤーを射出。

 特殊部隊員のラペリング降下、ロープを使った懸垂下降のようにして下の、現在は吹き抜けになっているコンテナ部へと降りていく。

 

 コクピットの照準器と同じ装置を見つけ、

 

『これですね』

 

 と盤上に着地。

 

『サラ、いいか、ちゃんとやらねえといけないんだぞ。わかってんのか? うわっ』

 

 機内通話機越しのカイの声。

 

『はい、カイさん、当たるように操縦を』

 

 彼女は言う。

 

『カイさん』

『何だ?』

『ミハルさんと、お幸せに』

 

 そして、最後に残されている1発の発射レバーを引き下ろす。

 発射されるミサイル噴射のあおりを受け、モビルドールサラの義体が機外へと弾き飛ばされる、その瞬間……

 

『……サラミ?』

 

 届く、カイの声に彼女の涙腺が崩壊する。

 

(何で分かっちゃうんでしょうね)

 

 宙を舞いながら、サラに代わってこのドローン義体を操作していたサラスリーは考える。

 

(カイさん…… 最後まで、私の名前をちゃんと呼んでくれなかった……)

 

 でも、それでいいのかもしれない。

 カイが、マスターが付けてくれたこの世でただ一つの名前。

 センスが無いけど、これがもらえただけでも自分は幸せだった。

 サラスリーは胸を張って言える。

 

 そして……

 

『どうしてあなたが居るんですかっ!?』

 

 視界に一緒に落下しているノーマルスーツ姿の女性。

 ミハルの姿を認めて驚愕する。

 

 そう、彼女はモビルドールサラを追いかけて巻き込まれてしまったのだ!

 

『ヒートワイヤー射出!』

 

 ミハルに向けワイヤーを射出して引き寄せ、いや自分の義体をつなぎとめる。

 

 

 

(なっ!?)

 

 いつもの変わらぬ表情の下、盛大に慌てるミヤビ。

 歴史の修正力じみた展開を恐れて、モビルドールサラにミハルが危険なことをしないよう、くれぐれも言いつけていたはずなのだが。

 補給を受けて再出撃して見れば、ガンペリーから落ちていくミハルの姿に慌てて急行することに。

 しかし、

 

(私はバナージのようなニュータイプじゃないんだけどぉ!?)

 

『機動戦士ガンダムUC』では主人公、バナージ・リンクスはヒロインのオードリー、つまりミネバ・ラオ・ザビをプチモビルスーツ、TOLRO-800トロハチで空中キャッチして救出していたが、あれはコロニー中心の無重力、ないし低重力部で救助してからの降下だし、そもそもミヤビにそんな器用な真似できるはずは無い!

 だがその時、

 

『ガイドレーザー、来ます!』

(は?)

 

 ミハルに取り付いたモビルドールサラの胸元から一筋のガイドレーザーがドラケンE改可翔式に届いていた。

 

『レーザーサーチャー同調。相対速度合わせます』

「これなら!」

 

 受け止められる?

 しかし飛行中には風圧でドラケンE改可翔式のコクピットハッチは開けられない。

 いや、

 

「コクピットハッチ、強制排除!」

 

 コクピット右側面にある「EMERGENCY FACE OPEN HANDLE」とマーキングされた誤操作防止カバーを開け、緊急脱出用レバーを引くミヤビ。

 爆発ボルトによる強制排除装置が働き、コクピットハッチが弾け飛ぶ!

 

「相対速度、速いかしら? 掴める?」

『5、4、3、2、1』

「駄目!?」

 

 わずかな差で間に合わない!?

 だがしかし!

 

『ヒートワイヤー射出!!』

 

 モビルドールサラから射出されたワイヤーが何とかつなぎ止め、ミハルの身体はドラケンE改可翔式のコクピット、ミヤビの前へ。

 

「ユー・ハブ・コントロール!」

『っ、アイ・ハブ!』

 

 機体の操縦はサラに任せ、ミヤビは両手を使って受け止める。

 

 史実より離れた場所でミサイル発射の煽りを受けたこと。

 史実では3発同時発射された対潜ミサイルだったが、モビルドールサラが撃ったのは1発だけだったこと。

 史実と違い、ノーマルスーツとヘルメットを着けていたこと。

 

 これらの違いにより、ミハルは無事だった。

 

「ふぅ……」

 

 そして……

 限界を超えて酷使され役目を果たし終わったのか、砕け散るモビルドールサラの右腕メカニカルアーム。

 彼女は宙を舞い、大西洋に消えた。

 

 

 

 一方アムロのガンキャノンはグラブロの強力なパワーで振り回され、その機体はもがくこともなくぐったりとしていた。

 右手に持っていたはずのビームライフルも無い。

 

「あっ、ガンキャノンだッ! 海の中にガンキャノンが見えたぞ」

「いかん、ぐ…… ぐったりしていたぞ」

 

 空中からハヤトとリュウのコア・ファイターがその姿を見つけるが、武器を使い果たした彼らにはどうにもできない。

 しかし、それに対してサラナインが、

 

『ぐったり……? ぜんぜんもがいていなかったんですか? うーん、それはひょっとしたらナイスな考えなのかも』

「え?」

 

 

 

「ん、パイロットが気でも失ったか?」

 

 動かなくなったガンキャノンを、ブーンは確認のため引き寄せセンサーにかざす。

 そして、ガンキャノンの右手から何かが零れ落ち、

 

「何だこりゃあ?」

 

 グラブロの目前で爆発!

 

 

 

『遅延信管を使ったハンドグレネード爆雷のお味はどう? これだけ近距離で食らったら、センサーは真っ白でしょう!!』

 

 無い胸を張るサラツー。

 

 ミヤビの前世でもアメリカ軍海兵隊が、陸軍とは異なる缶型のMK3爆裂手榴弾を使っていたが。

 これは金属片を広範囲にばら撒く破片手榴弾よりも危害半径が小さく、接近戦でも友軍を巻き込む危険性が低い。

 そして水中で炸裂させても水圧によって兵士を殺傷することができ、いわば超小型の爆雷として機能するため、水中工作員(フロッグマン)などを殺傷ないし退散させるためにも使用されていたものだ。

 アムロは気絶したふりをして、ガンキャノンのハンドグレネードを同じように爆雷代わりに使う瞬間を待っていたのだ!

 

『ほんの少し用心深ければ戦いに勝てたのにね』

 

 わずかな憐みを込めてサラツーは言う。

 

『そしてアムロは注意深いのよ! ビームライフルは左手に持ち替えて機体の影に隠していた!』

 

 ジオンのモビルスーツは基本、銃器は右手で操作するようになっているがゆえにブーンはその可能性を見落としてしまったのだ。

 そして逆に地球連邦軍のモビルスーツ用の銃器は『機動戦士ガンダム』劇中でジムがビームスプレーガンを左手で構えたり、ガンキャノン自体もビームライフルを左手で持っていたことがあったりしたように基本アンビ、両利き対応。

 ゆえにガンキャノンは左手のビームライフルをそのまま持ち替えることも無くグラブロの機体中枢に向ける!

 この近距離なら水による減衰も最小限で済む!!

 

「くらえ!」

『ブッ壊すほど…… シュートッ!』

 

 アムロとサラツーの叫びと共に放たれるビーム。

 そしてグラブロはビームライフルの光に貫かれ、撃破された。

 

 

 

 ホワイトベースデッキに響く、切ない泣き声。

 

「モビルドールサラが居なくなった?」

 

 困惑するブライトに、ジョブが答える。

 

「ええ。ガンペリーでカイと一緒に出撃したらしいんですが」

 

 顔を見合わせる一同。

 

「それで……」

 

 ブライトは根本的な疑問を口にする。

 

「何でセイラが泣いているんだ?」

 

 みな、自分の方が聞きたいという顔だが、当のセイラは周囲の目も気にせず、

 

「どうして居なくなってしまったのーっ!」

 

 などと叫んでいる。

 

 それぐらいなら自分が欲しかったのに。

 いや、そもそもベルファストの港でカイに預けられた時にお金を積んで自分のものにしておけば……

 

 ぶつぶつとつぶやかれる嘆きに、そっとその場を離れるミヤビ。

 まぁ、モビルドールサラはサラやサラシリーズに遠隔操作されるミニサイズの歩行型ドローン。

 予備の義体はまだあるし、そもそもAI本体は義体がどうなろうと無事、ではあるのだが。

 今のセイラに言ったら、問答無用で持って行かれそうで怖かったのだ。

 さすがにこんな風に病んだ様子の人物に、自分が育てたAIが操作する義体をくれてやるのは人身売買みたいでどうかと思うのだ。

 

 

 

次回予告

 連邦軍本部ジャブロー。

 シャアの指揮する猛撃の中、ミヤビは前後対称のボディに短い脚、異形のモビルスーツと出会う。

 それも一機ではなく複数。

 一方、

「大丈夫だ! こんなコトもあろうかと…… 私は新しいモビルスーツを用意しておいた!!」

 対するウッディ大尉配下の作業員たちがホワイトベースの修理のために乗り込んでいた作業用重機は、

「ドラケンE改の簡易量産型モビルスーツ、SM(サム)!!」

 次回『ジャブローに散撒(ばらま)く!』

 君は生き延びることができるか?




 ミハル、何とか助かりました。
 代わりにモビルドールサラが大西洋に消えましたが。

 そしてガンキャノン対グラブロは、アムロの策で勝利。

 次回予告は……
 ま、まぁご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第29話 ジャブローに散撒(ばらま)く! Aパート

 それは戦争ゆえの悲しい出来事であったかもしれない。

 しかし戦火の中で失われていったその機械仕掛けの自動人形のことは、セイラにとって決して小さなことではなかった。

 彼女の深い悲しみを慰めることなどミヤビにもできはしなかった。

 

(いや、私に何とかしろって言われても、前世の記憶があったってこんな超展開、対応できないって)

 

 ホワイトベースは南米大陸に入った。

 地球連邦軍本部、ジャブローへ向かうために。

 

 

 

 南米、アマゾン水域に浮上するジオン軍潜水艦隊。

 

「間違いありません。木馬はジャブローに向かっています」

 

 部下からの報告に、シャアはほくそ笑む。

 

「スパイから得られた情報どおりだな。逃がすなよ」

「はっ」

 

 

 

「わあーっ」

 

 子供たちの歓声。

 アマゾン低空を飛ぶホワイトベース。

 その船窓からは宙を舞うチョウの群れを見ることができた。

 

「綺麗なものね」

 

 その様子に見入るミヤビ。

 アムロも、

 

「すごいや」

 

 と瞳を輝かせる。

 その横で、セイラが死んだ目をしてうつむいていたが……

 

「いよいよ連邦軍のドック入りですね」

 

 セイラを視界に入れないようにしながら、その場を取り繕うようにつぶやくアムロ。

 その彼にブライトは、

 

「嫌かね?」

 

 と聞いてみる。

 

「いえ」

 

 アムロはそう否定。

 ブライトは彼を、そしてブリッジに居る他の者の表情を確かめるように見回した後、通話機を上げ全艦放送。

 

「全員に告げる。ジャブローに入る、各員、対空監視を怠るなよ」

 

 その放送に、窓の外を眺めていた子供たちは、

 

「ジャブローたってなんにも見えないじゃん」

 

 と騒ぐが、

 

「あ、あれ」

 

 アマゾンのジャングルが、地面が割れて進入口が開くのを見て目を丸くする。

 まぁ、アニメや特撮にありがちな秘密基地のギミックを、現実にホワイトベースが入港可能なスケールでやられたらそうなるだろう。

 前世の知識で知っているミヤビだって、わずかに目を見開いて見ている。

 その中にホワイトベースは入って行き、

 

「……着陸完了」

 

 操舵していたミライが肩の荷が下りたかのように、ゆさっと胸を揺らしながら息をつくのが印象的で、ミヤビは思わず、

 

(そう言えば『機動戦艦ナデシコ』のハルカ・ミナトもナイスバディだったし、アニメの女性操舵士ってみんな胸に自前のエアバッグが付いてないといけないのかしら?)

 

 などと内心つぶやくのだった。

 

 

 

「おっ、木馬の反応が消えました」

「フフフフ、ついにジャブローの最大の出入り口をつきとめたという訳さ。消えた地点を中心に徹底的に調査しろ。ジャブローの基地もろとも叩き潰してやる」

 

 不敵に笑うシャア。

 

 そう、このためにジャブローの入り口が露見する。

 ミヤビはすっかりそのことを忘れていた。

(妹の胸の大きさを気にしている場合じゃない)

 

 ……まぁ、覚えていたところで常人の彼女にシャアをどうこうしたりはできなかっただろうが。

 

 

 

「かなり傷んでますね。報告以上だ」

「うん、ホワイトベースこそ実戦を繰り返してきた艦だからな」

 

 ホワイトベースを見守る修理担当の技術士官たち。

 

「よーし、点検かかれ」

「点検作業かかれ」

「第一、第二部隊、点検作業かかれ」

 

 そこに艦を降りたミヤビたちがブライトを先頭に歩み寄って行く。

 

「ウッディ大尉でいらっしゃいますか? ホワイトベースの責任者、ブライト・ノアであります」

 

 そう、彼がマチルダ・アジャンの婚約者、ウッディ大尉である。

 左手薬指に輝く既婚者の印、真新しいマリッジリングを見てミヤビは、

 

「ご結婚を?」

 

 と思わずつぶやいていた。

 ウッディは照れた様子で、

 

「えっ、ああ、この戦時下に何ですが、こういう時だからこそ、しておきたいと」

「新婚さん、なのですね」

 

 ヤシマの人形姫には珍しく、わずかに瞳を細めてまぶしそうに彼を見るミヤビ。

 史実とは違い彼が無事、マチルダと結婚できたことが嬉しかったのだ。

 そう言えば、このジャブローでゴップ大将がホワイトベースを「永遠の厄介者」と称し疫病神扱いしていたが。

 実際、史実とは違って関係しなかったマチルダが戦死していないことを考えると、その評価も妥当なものなのかも知れないと思う。

 

 一方、ホワイトベースのクルーたちは、

 

「み、ミヤビさんが男性に興味を?」

「相手は既婚者…… もしかして年上が好み? だから今まで? そう言えばテム・レイ博士の面倒もよくみていたよな」

「しかも、あんな表情をするなんて……」

 

 などと、彼女の言動を誤解していた。

 実際、マチルダをものにしているだけあってウッディは良い男であるから、その誤解は余計に深まるのだった。

 

 

 

 ジャブローで健康診断を受けるホワイトベースクルーたち。

 

「また増えた……」

 

 複雑な表情で検査室から出てくるのはミライ。

 もちろん彼女が気にしているのは体重でもウェストでも無く、たわわに実るバストのサイズ。

 そのうちアイちゃんとでも呼ばれそうな勢いである。

 

 多分、この場にミヤビが居たら変わらぬ表情の下、

 

(圧倒的ではないか、我が妹のオッパイは!)

 

 などと脳内で語っていたに違いない。

 

 一方でフラウはというと、

 

「ひどい……! ひどすぎるっ……!

 こんな話ってないわっ……!

 命からがら…… やっとの思いで……

 ジャブローに辿り着いたのに…… やり遂げたのに……

 増えてるっ……!

 あの体重計がもぎ取ってしまった……!

 せっかく手にしたあたしの未来…… 希望……

 人生をっ……!」

 

 こちらは対照的に体重だけ増えた模様。

 

「……さすがにそろい過ぎるぐらいにそろっているわね、ここの施設」

 

 部屋の隅で悶々とブラックホールを形成するフラウを見なかったことにしてそう話すセイラは、地球連邦軍制服の上着を脱いだアンダースーツ姿。

 一般にタイツを穿いている、とされる地球連邦軍制服だが、普通のタイツを使っているわけでも無いし、上着の下にワイシャツの着用が必要なわけでも無かったりする。

 

 そして、そういう意味では、このアンダースーツ無しで上着だけ着ているフラウは……

 その昔、マンガ『聖闘士星矢』に登場した黄金聖闘士サガは、他の聖闘士には支給されているアンダースーツ無しで全裸に女神アテナから賜った聖衣を身に着けるという性癖を持った変態、とされていたが……

 

 

 

「なんだって?」

 

 マッドアングラーに輸送機ファットアンクルが三機の、見るからに変なモビルスーツを運んできた。

 顔が一体となったボディは前後対称。

 機能するのか疑問なほど短い脚。

 

「使えるのか?」

 

 シャアの疑問に、副官のマリガンが答える。

 

「水陸両用、ジャンプ力もザクの数倍だと」

「誰が言うのだ?」

「北米キャリフォルニアの技師の話です」

「ふーん、あれがか。見掛け倒しでなけりゃいいがな」

 

 乗せられる者の身にもなって欲しいことをずけずけと言いながら、同じ口で集まったメンバーに向け指示を出す。

 

「北米キャリフォルニアからの援軍が着き次第、我が隊からも第二次攻撃隊が出る。諸君らはその先発隊として任務を十分に果たしてもらいたい」

 

 

 

「全然伸びてない……」

 

 暗い表情で呟きながら検査室から出てくるミヤビ。

 

 彼女は日本人離れして頭が小さく足が長く頭身が高い、東欧系の体操選手などに居る人形か妖精かという感じの身体を持つ。

 このためアムロあたりには第一印象から「背の高い、年上の女性」と認識していていたのに、距離を詰められ隣に立たれると実は自分より小さくて驚かれる……

 ギャップ萌えされるということに。

 そう、ミヤビはその頭身のおかげでピンで立つと背も高く感じられるが、実際の身長はミライより少し低い160センチ程度しかないのだ。

 

 一方でミヤビの意識は男性のもの。

 つまりミヤビ自身の感覚、認識だと『妹に身長を追い越された兄』なのである。

 

「前世だと、男女の成長時期の違いで一時的に一つ下の妹に背を抜かれたことがあったけど」

 

 女性の方が早く成長期が来ることもあって、中学生のころには妹に身長を追い越されるという屈辱を味わったことがあるが。

 

「男性の成長期が来て再度追い越すことができた前世とは違って、この生ではこのままの身長となりそうね」

 

 そう言ってため息をつくのだった。

 

「ミヤビさん」

 

 続けて検査室から出てくるミハル。

 彼女はヤシマに雇用されるためにミヤビに連れられ、ジャブローにあるヤシマの支社を訪れて入社のための健康診断を受けていた。

 ミヤビの検査はそのついでである。

 ミヤビは軍に出向しているだけのヤシマ重工の技術者なので、法定の健康診断もまた出向元のヤシマ重工で行う必要があるのだ。

 まぁ、その結果は出向先である地球連邦軍の人事にも提出されるわけではあるが。

 

「あたしは身体強健、精神に異常なしですって」

「さすが、しっかり者のお姉ちゃんね」

 

 そう言ってミヤビはわずかに目を細める。

 シーマもそうだったが、ミヤビの知る史実では不幸になってしまった人々。

 それを救えるのはミヤビにとって喜びであり、同時にミヤビ自身の救いにもなるのだった。

 そして、ミヤビは聞く。

 

「本当に、もういいの?」

 

 それにミハルは苦笑して、

 

「うん、カイとは十分に話ができてお礼も、そしてまた会う約束も言えたから」

 

 さよなら(good-bye)ではなく、また会いましょう(See you later)という約束。

 そうして、

 

「湿っぽいのは性に合わないんだよ。男だって笑顔で送り出して欲しいって思うって、母さんも言ってたから」

 

 カラ元気でも元気、とでも言うように笑う。

 

「いつまでもこんな世の中じゃないんだろ? ね、ミヤビさん」

「そうね……」

 

 そう言って、ミヤビも口の端をわずかに上げて……

『ヤシマの人形姫』にはとても珍しく希少な、目にした者の胸にいつまでも残り続けるような微笑を浮かべてうなずくのだった。

 

 

 

 岩肌に一直線に走っているつなぎ目。

 

「見つけたぞ、ジャブローの入り口だ。この金属反応がなけりゃ見過ごしていたところだ」

 

 シャアから宛がわれた前後両面ボディに極短足な新型機三機に工作担当のアッガイ二機を加えた部隊を率い河川を遡っていたボラスキニフは、とうとうジャブローへの入り口を見つける。

 この新型、その出自からセンサー類は、地質や地下の異物について分析も可能な高度なものが搭載されている。

 加えて僚機のアッガイもまた高度なセンサーを備えたステルス偵察機能を持った機体である。

 ホワイトベースの着陸で場所が絞り込めれば、発見は難しくない。

 

 そして、

 

「ということは攻撃はない。カムフラージュを見破られたくはないはずだからな」

 

 そういうことになる。




 始まりました、地獄のジャブロー攻略戦。
 と言っても今回はプロローグ的な身体検査回でしたが。
 そして前後対称のボディに短い脚、謎のモビルスーツの登場。
 ばれている人には前回の次回予告の時点でばれてると思いますけどね。

 なお、次回はジオンの部隊の降下前の謀略戦となる予定です。
 覚醒ガルマとシャアの策とは?
 ご期待ください。

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 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第29話 ジャブローに散撒(ばらま)く! Bパート

「結論を言うと、ホワイトベース隊は今までどおり任務についてもらう」

「はい」

 

 ブライトとミライはゴップ大将と対面し、その指示を受ける。

 

「なお、ティアンム艦隊に配属されるが、正式な通達は作戦前に行う」

「はい。それで、それまで我々は?」

「あてがわれた宿舎で休め、処罰はしない」

 

 ブライトの問いにそう答えて、ゴップはミライに向き直る。

 

「ミライさん、それがあなたのお父上への恩返しと思ってもらいたい」

「父の?」

 

 ゴップは頷いて、

 

「お父上には昔も今も、多大なご協力を頂いている。うるさいことを言う者も居るだろうが、しかし口には出させても手は出させんよ」

「そう、ですか……」

 

 ゴップとしてはミライ、そしてミヤビの身柄を保護したいところではあるが、「うるさいことを言う者」に手出しをさせないための理屈付けとして、ヤシマ姉妹にはヤシマグループを戦争に協力させる人質としての役割を負わせる必要があった。

 ジオンのメイ・カーウィン嬢、ゲーム『機動戦士ガンダム戦記 Lost War Chronicles』とその関連作品に登場の彼女は旧ジオン・ダイクン派のカーウィン家をジオンの戦争に協力させるための人質だった。

 娘が前線に送られればカーウィン家とて非協力では居られまい、というもの。

 ミヤビの『コロニーリフレッシュプロジェクト』もあってジオンに関わりの多いヤシマグループは、同様に連邦への戦争協力への証としてミヤビたちを用いることが求められてしまっているのだ。

 

 そこに、サイレンが鳴り響く。

 

『警報です。南ブロック第231ハッチ、第243ハッチに敵接近。第二戦闘配置』

 

 報告と共に大スクリーンに映し出されるジャブローの地図。

 

「またパトロールか」

 

 それを確かめたゴップはブライトたちに命じる。

 

「よし、宿舎に帰っていい。一応警戒態勢は取ってくれ」

「はい」

 

 

 

 ジャブローに向かうガウの編隊。

 その指揮官は先行するマッドアングラー隊のシャアと通信を交わす。

 

『フフフ、気にするな少佐』

「だがしかし、第一波の攻撃としては少なすぎることをお詫び申し上げます」

『なんの、少佐。どのぐらいでジャブローに着くのか?』

「一時間弱です」

『結構』

 

 

 

 ジャブローの司令部でも、侵入するマッドアングラー隊のモビルスーツの動きは捉えられていた。

 

「攻撃しますか?」

「いや、こちらの場所を知らせるだけだ。やめろ」

「二機は水中戦用のアッガイです。他の三機はコンピューターに入っていません」

「新型モビルスーツか」

 

 司令官は念のため、警戒レベルを引き上げるよう判断。

 

「よーし、ジャブロー南ブロック全体、第二戦闘態勢に入らせろ」

 

 即応を目的とした第一戦闘態勢ではない消極的なこの判断が彼の迷いと、悪い意味での慣れを物語っていた。

 

 

 

「先に行くわね」

「はい」

 

 子供たちの乗ったエレカーのハンドルを握るフラウに告げるセイラ。

 彼女自身は、

 

「やってちょうだい」

「はい」

 

 とアムロの運転するエレカーの助手席に着く。

 ……その背後で、フラウが血の涙でも流しそうな顔をしているのだが。

 

 

 

 一方、ジャブロー内の高架道路、ブライトとミライの乗ったエレカーは合流点で横から出てきたハヤトやカイたちが乗る6輪バギーと並走することになった。

 

「どこへ行くの?」

 

 ミライが声をかけると、

 

「ホワイトベースです。第二戦闘配置たって、俺達ホワイトベースに行くしかないでしょう?」

 

 と、カイ。

 ハヤトも、

 

「みんなも来ます」

 

 という答え。

 ベルファストで出奔しようとしたカイの口からそんな言葉を聞き、ブライトは我知らずほほ笑む。

 なんだかんだと言って、ホワイトベースは皆の拠り所になっているのだ。

 だからブライトは柔らかさを含んだ声で、

 

「うん、そうだな」

 

 とうなずくのだった。

 

 

 

「定時爆撃が近づいている?」

 

 ジャブローには、護衛のドップを引き連れたガウ攻撃空母が定期的に爆撃を行っていた。

 絨毯爆撃、であるとはいえ、硬い岩盤に守られたジャブローに損害はなく、ただ対空砲や迎撃機の破壊が目的と思われるものだ。

 

「どういうことだ? 今潜入しているモビルスーツ部隊とは連携が取れていない? 指揮命令系統が別なのか?」

「迎撃させますか?」

「……いや、迎撃機は別ブロックから上げさせろ。対空砲火も無しだ。絶対に動くな」

「はぁ?」

「なぜジオンは定時爆撃なんぞという効果の薄い攻撃を繰り返してきたのだと思う?」

「はっ? まさか!」

「そおーだ。我々をそれに慣れさせ、感覚をマヒさせて油断を誘うためだ」

 

 人間は慣れてしまう生き物だ。

 最初は緊張感をもって注意深く対応しても、何度も続くとそれが日常になってしまう。

 いつものルーチン攻撃を、いつものルーチンワークで迎撃する。

 

「連中、こちらの動きでジャブローの配置や内部構造を探る気だ」

 

 ジャングル内に巧妙にカモフラージュされた防衛網も、迎撃時には露出させざるをえない。

 上空からは無理でも、地上のモビルスーツから発見され進入口として利用されるという可能性は高い。

 

「これまでの定時爆撃はすべてこのためだったのだ! 良いか? 絶対手出しはするな! 全隊に知らせよ! 警報も鳴らすな!」

 

 そう指示を出し、司令官は笑う。

 

「読み切ったぞ、ジオンめ。その手に乗るか」

 

 

 

 ホワイトベースブリッジに駆け込むブライトたち。

 

「フラウ・ボゥ、ミライ、参謀本部から情報を至急集めてくれ。我々には外の戦いがわからなければ手の打ちようがない」

 

 ブライトの指示に、フラウとミライは手分けして情報収集にあたる。

 ホワイトベースは修理中で使えないため、操舵手のミライは手が空いているのだ。

 

「はい、こちらホワイトベースです」

「作戦本部、敵の動きを教えてください」

 

 次いでブライトはオペレーターのマーカーに確認。

 

「出撃できるか?」

「はい。ジャブローの入り口の警備ということで、ガンキャノンとガンタンク、ドラケンE改可翔式を出します。リュウとハヤトは万が一に備えてホワイトベースの砲座で待機」

「そうだな、ジャブロー内ではコア・ファイターで迎撃というわけには行くまい」

 

 そういうことになった。

 

 

 

「こんな所まで追いかけてくるのかよ、ジオンめ」

 

 カイはガンタンクに乗り込みながらつぶやく。

 

「ミハル、俺はもう迷わないぜ。お前みたいな子を増やさせない為にジオンを叩く、徹底的にな」

 

 そして頭部、車長兼砲手席についたセイラからの通信。

 

「いいわね、カイ、サラスリー」

「ああ」

『どうぞ』

「ブリッジ、ガンタンク出ます」

 

 セイラの指示でガンタンクが進みだした。

 先行するアムロのガンキャノン、そしてミヤビのドラケンE改可翔式の後を追う。

 

『ミヤビさん、セイラさん、ジャブローの入り口の所で。敵は侵入してくると思いますから』

 

 アムロからの提案。

 

「了解。あっ、ガンキャノン?」

 

 セイラは視界の隅を過る赤いモビルスーツに声を上げる。

 答えたのはサラスリーだった。

 

『いえ、あれは量産型ガンキャノンです。ガンキャノンの生産タイプですね』

 

 

 

「量産型ガンキャノン、か……」

 

 つぶやくミヤビ。

 結局、地球連邦軍ではRX-78ガンダムがペーパープランで終わった結果、その量産機であるジムは生まれず。

 変わって量産機に選ばれたのはミヤビの前世の記憶の中にもある『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』に登場した量産型ガンキャノンだった。

 コスト低減のため、コア・ブロックと教育型コンピュータを廃止し、装甲材質をルナ・チタニウムからチタン合金セラミック複合材に変更。

 シミュレーションゲーム『ギレンの野望』シリーズではジムの3倍程度のコストがかかっていたが、性能、特に火力はそのコストに見合うだけのものを持っていた。

 というか、同コストのジム高級機より使えるという……

 何より実弾系のキャノンはビーム攪乱膜やIフィールド等、ビーム対策の影響を受けない。

 

(……もしかしてビグザム戦、数を頼みの力押しで行けるんじゃ?)

 

 という話に……

 

 

 

「ふっ、爆撃に力が無いな。立つのは煙ばかりではないか」

 

 広域にわたるガウ攻撃空母の空爆はいたずらに煙を上げるだけで効果はない。

 ジャブロー本体は厚い岩盤の下に守られているが、それだけではない。

 

 防衛のための対空砲や観測所も密林が天然の掩体となり砲爆撃の効果を削減してしまう、いわゆるジャングル・キャノピーに覆われ、ピンポイントの直撃、あるいは至近弾でなければ効果は薄い。

 そして直撃を狙おうとしても対空砲陣地は巧妙な偽装が施されている上、発見を逃れるために射撃後、砲はすぐに隠される。

 移動式の対空砲に至っては射撃後速やかに移され、場所によっては陣地をつないだ地下道を使っての運搬ができるようになっていた。

 

 要するに『機動戦士ガンダム』が放映された西暦1979年当時にはまだ記憶に新しかったベトナム戦争で培われた、あのアメリカ軍を敗退させたジャングル戦闘のドクトリンが生かされているのである。

 

 しかも今回は、

 

「護衛のドップの下面をパープルに塗って、ガウの大編隊に見せかけるなど」

 

 という失笑物のカモフラージュを仕掛けて来ていた。

 確かにドップとガウは真下から見ればシルエットは似ているし、ミノフスキー粒子の影響でレーダーが効かず、目視に頼らざるを得ない状況では誤認も有り得る。

 ガウは今回、その両翼にある艦載機発進口のカタパルト上部に多数の空対地ミサイルランチャーを仮設。

 それにより進行方向に広く発煙弾を撃ち込み煙幕のカーテンを展開し、真下以外から視認できないようにしてからジャブロー上空へ侵入するという手を使っていた。

 そのため実際に一部の観測所からは当初、パニックめいた報告が届いていたのだが、

 

「そんな姑息な手を使わざるを得ないほど、ジオンが摩耗していると自ら露呈させたにすぎん」

 

 冷静になって観察すればあっさりと見抜けるものである。

 

「終わりだな。ジオンにはもう、このジャブローを落とすだけの力は無い……」

 

 哀れむように言う司令だったが、次の瞬間、

 

「ガウです!」

 

 悲鳴のような報告に眉をひそめる。

 

「そんなのは分かっている」

「いえ、そうじゃありません、定時爆撃とは別にガウの大編隊が上空に迫っています!」

 

 戦術マップに追加される光点。

 

「ばっ、バカな、なぜ気付かなかった!」

「繰り返される定時爆撃の度に広域に振り撒かれるミノフスキー粒子により一帯はレーダーが効かない状態となっている上、発煙弾と爆撃による煙により現在、地上からでは視認が困難となっています。これは他のブロックからの報告で判明したもので、さらに先ほどのドップを使った偽装による誤認報告と混同され、その分、ここまで報告が上がってくるのが遅れました」

 

 苦し紛れに思えた見え見えの偽装は、それを見破った連邦軍に油断を、そして同時に情報の混乱を誘発させていた。

 そう、最初から見破られることを前提とした策だったのだ。

 

「迎撃に上がったフライマンタ隊はどうした、目をつぶったまま戦っていたのか?」

 

 ドップとのドッグファイトに懸命なフライマンタの部隊に、さらに周囲への警戒を要求するのは酷な話だったが、それでも問わざるを得ない。

 しかし、

 

「ミノフスキー濃度が濃く、フライマンタ隊とは連絡が付きません」

「レーザー通信があるだろう!」

「先の定時爆撃、いや定時爆撃を装ったガウから広域にばら撒かれた発煙弾、そして爆撃による煙で、地上からではレーザー通信も途切れがちで上手くつながりません」

 

 レーザー通信はミノフスキー粒子の影響を受けないが、雲や霧などの遮蔽物が間にあると阻害されるのだ。

 そしてこの煙はガウの編隊の発見を遅らせるだけではなく、更なる混乱をこのジャブローにもたらすものなのだった。




 地獄のジャブロー攻略戦。
 今回は降下前の謀略戦でした。
 どうしてジオンは『定時爆撃』なんていう効果が薄い攻撃を仕掛けていたのか、その辺を考えてみたものです。
 無論、これは下準備というだけで更なる仕掛けがあるわけですけど。

 一方、地球連邦軍の量産機は無難に量産型ガンキャノンに決定。
 高コストによる数の不足は、ドラケンE改で補うということなのでしょうね。

 次回はジオン、モビルスーツ部隊の降下開始。
 そしてウッディ大尉配下のSM(サム)が登場予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第29話 ジャブローに散撒(ばらま)く! Cパート

『モビルスーツ降下部隊の第一波、突入します。シャア大佐の部隊も突入を開始してください』

「了解した、少佐」

 

 シャアはマッドアングラーにて報告を聞くと、赤いアッガイを発進、水中に身を躍らせる。

 

「フフフフ。リー・ホァン、ジッタル、行くぞ。離れるなよ」

 

 

 

「ガウの編隊、モビルスーツを降下させ始めました!」

「迎撃!」

「駄目です、地上からは定時爆撃の煙が邪魔して狙うのは困難です!」

「ならばフライマンタ隊に墜とさせろ、ガウはモビルスーツ投下時には機首のハッチを開ける。時速100キロ以下でなければ飛べないやつらはいい的……」

「フライマンタ隊より報告!」

 

 地上からの管制ができず哨戒機であるディッシュを上げ、高空からその優れた通信機能を使ってジャブローの他の地域とレーザー回線を確保。

 そうしてようやく通信がつながるが、

 

「ガウはスピードを落としていません」

「何!?」

「前部ハッチではなく、後部デッキより次々にモビルスーツをパラシュート投下しています」

 

 これはガルマが検討していた手段が実用化したのだ。

 

 ガウの後部デッキはモビルスーツを降ろすには高さが足りないが、そこは床面にローラーを並べてパラシュート装備したモビルスーツをあおむけに寝かせる。

 そして、引き出し用のパラシュートを付けたけん引ワイヤーを機外に放る。

 ワイヤーの先で開いたパラシュートに引っ張られ、モビルスーツは横たわったままローラーの上を運ばれ機外へ。

 空中にて降下用のパラシュートが開き、それに吊り下げられることで強制的に降下姿勢を安定。

 状況に応じてパラシュートを切り離しランディング。

 

 つまりアニメ『機動警察パトレイバー the Movie』にて航空自衛隊のC-4輸送機から空挺降下した99式空挺レイバー、通称ヘルダイバーと類似の方式だ。

 これならガウは正面のモビルスーツハッチを開くことなく、迅速なモビルスーツの投下が可能。

 モビルスーツ側も空中での機体制御、およびランディングに自信が無ければ地表近くまでパラシュートを使い続ければいいし、対空砲火やフライマンタからの攻撃を避けることを優先するなら機体姿勢の安定後、速やかにパラシュートをパージすればいい。

 

 なお、ミヤビの前世では現実に照らし合わせ、ジャングルの木々を刈り取らないとモビルスーツといえども空挺降下できないだろう、という意見もあったが。

 実際にはジャブローでは61式戦車どころかビッグトレーまで配備されていたように林道が整備されており。

 さらに連邦軍に何の損害も与えていない、とされた従来の定時爆撃により植物が吹き飛ばされた空間がところどころにランディングスポットを作っていた。

 そう、定時爆撃にはモビルスーツの降下を容易にする下地作りという側面もあったのだ。

 単純にナパーム等で森林を焼いたりしなかったのは、この意図を隠すためでもあり(あからさまにやると、そこが地雷原にされたり、あらかじめ砲兵による着弾スポットに設定されてしまうこともあるし)、ある程度森が残っていた方が降下後にモビルスーツが身を隠すのに都合が良いということでもある。

 

 そして先行の、定時爆撃に見せかけたガウが放った発煙弾、および爆撃の煙の影響で地表からの対空砲火は阻害され、頼みのフライマンタ隊は護衛のドップに阻まれる。

 挙句の果て、ディッシュも狙い撃ちにされて墜とされ再び通信が途絶。

 ディッシュのような哨戒機は敵から優先して攻撃されやすいのだ。

 

 ミヤビの知る史実では大きな損害を出した空挺降下だったが、この作戦によりほぼ無傷でジオンのモビルスーツ隊は地上に降り立っていた。

 

 

 

「ガルマもやる」

 

 水中を航行しながらシャアはつぶやく。

 史実ではスピードを優先し、ズゴックで部下たちとガウからの空中降下を行っていたが。

 今回は……

 

「メガ粒子砲は撃てるようになりましたけど、まだ不安が残りますから私が見ないと」

 

 と、コ・パイロット席に同乗しているアルレットのために安全策を取ったのだ。

 

「先発隊と接触するのが第一だな」

 

 シャアは先行したボラスキニフの隊との合流を目指す。

 

 

 

「視界不良で確認は取れませんが、おおよそ40機以上のモビルスーツが降下したようです」

「かなりの大部隊だな」

 

 報告を聞いたゴップはうなずく。

 この報告は降下したものであって、この他にマッドアングラー隊の水陸両用モビルスーツ部隊が別に潜入している。

 

「とはいっても、ジャブロー全体を攻撃するのには少なすぎる」

 

 同席していた将官の言葉を聞きながら、戦術マップを確認。

 

「狙いは宇宙船ドックのあるAブロックのみ」

 

 無事降下できたモビルスーツの数に変動はあれど、この辺の会話内容は史実どおり。

 そう、ミヤビの前世ではたったこれだけのモビルスーツで本気でジャブローを落とす気があったのか正気を疑うレベルの投入戦力という意見もあったが、ジオン軍とてこの戦力でジャブロー全体を攻略しようとなどしていないし、連邦軍もそれは承知しているということだ。

 そして、

 

「ホワイトベース、つけられましたな」

 

 ということでもある。

 

「ああ。永遠に厄介者かな、ホワイトベースは」

 

 つぶやくゴップ。

 ただでさえイレギュラー過ぎる存在であるのに、ヤシマの二人の令嬢まで乗り込んでいる。

 利害関係者の調整をするのにどれだけ手間取ったことか。

 いっそのこと降ろして保護してしまいたいのだが、そうもいかないのが難だった。

 

 

 

「作戦本部からの情報がまるっきり入りません」

 

 マーカーの報告に苛立つブライト。

 

「すべてのテレビを船外監視用に切り替えろ、これでは戦いようがない。あとで作戦本部にどなりこんでやる」

 

 まぁ作戦本部からすると、頼むから大人しくしていてくれ、ということなのだが、軍内の政治など分からないブライトには無理。

 これだから『機動戦士Zガンダム』の時代にはシャトルの船長なんて閑職に回されてしまうのだ。

 

 

 

 ジャブローにばら撒かれたジオンのモビルスーツ部隊はグフを主体に少数のドム、ザクI、そしてマッドアングラー隊にも配備された前後両面ボディに超短足の新型機が5機。

 火力による支援が売りの新型機による砲撃、そしてグフ、ドム、ザクIが敵火点に対し手持ちのバズーカを撃ちまくり沈黙させる。

 密林が天然の掩体となり砲爆撃の効果を削減してしまうとはいえ、水平射撃に切り替えてくる対空砲や戦車など、モビルスーツに比べ小型の的に対してはやはり効力範囲の広い榴弾で大まかに狙って吹き飛ばすのが一番だからだ。

 そうしてバズーカを撃ち尽くすと、腰にマウントされていたマシンガンを引き抜く。

 コンパクトにまとめ上げられたそれはザクマシンガンではなく、ガルマが占領下にあるヤシマ重工の北米工場で造らせたYHI YF-MG100、100ミリマシンガンだった。

 

 ジオンのモビルスーツは開発、試作段階でヤシマ重工製100ミリマシンガンの供給を受けた過去があるため、その地球連邦軍向け量産モデルのYHI YF-MG100もまた射撃管制装置(FCS)ドライバーは普通に認識し、そのまま使える。

 

 そして敵と同じ武器を使っていれば発見されても味方と誤認される可能性がある。

 また撃ち合いになっても同じ発砲音なので敵味方の判断が難しくなり少数で動く襲撃者側に有利に働く。

 戦場で鹵獲した敵の弾薬がそのまま使えるということもあるし。

 

 実際、このように敵側の武器を使うのは特殊部隊や傭兵、民間軍事会社では良くある話。

 ベトナム戦争時、アメリカ軍の特殊部隊、SOGでは東側の武器であるAK47、RPD軽機関銃、これらの中国におけるライセンス生産品を使って偵察任務についていた。

 

 こういった事例を踏まえ、現場の兵の意見を聞きながらガルマが用意させた武装なのだった。

 そして、

 

「ジャングル戦じゃあ取り回しの良いこいつの方が木や蔦に引っかかりにくくて使いやすいな」

 

 実際、使ってみたパイロットからはそんな呟きが漏れる。

 

 小型で取り回しが良い上に陸戦型ザクIIの胴体を貫通する威力があるYHI YF-MG100はジャングル戦に、そしてバックアップとして携帯するのに便利なのだ。

 西暦の時代、ベトナム戦争などのジャングル戦でも好まれたのはカービンタイプの短縮されたライフルだったのだし。

 

 またザクマシンガンはアメリカ軍がベトナム戦で投入したアサルトライフルM16の銃口と同じく、フラッシュハイダーのスリットが開口しているタイプで、ここに蔦や枝が挟まりやすい。

 フラッシュハイダーが付いていないYHI YF-MG100はその点でも有利だ。

 

 この辺はアメリカ軍でも対策としてM16A1でフラッシュハイダーを先端が開いていないバードケージ型に改良したり。

 また戦闘服、ジャングルファティーグもジャングルでの作戦行動時、藪にボタンが引っかかって行動を阻害したり、ボタンが取れたりしたため後期型ではすべて隠しボタン式に改められていたし、ジャングル戦では重要な要素なのだ。

 

 モビルスーツで言うならザクでは脚部に張り出し歩行時に植物に引っかかりがちだった動力パイプが、陸戦専用のグフでは内装式に改められているのもこれが理由の一つ。

 そして史実ではザクが多数を占めていた降下部隊がグフ主体になっているのもガルマがこの辺りを配慮した結果だった。

 無論、マ・クベの部隊が少ない消耗でオデッサを撤退していること。

 例の新型が上空からばら撒けるほど数があったため、編成に余裕があるということもあったが。

 

 グフ、ドム、そして新型機でまかないきれないところは動力パイプが内装式のザクIを少数、補助戦力、バックアップとして投入している。

『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』にて小隊長であるトップが部下の乗っているザクIIよりも旧型のザクIを愛機としていたが、単純な愛着だけではなく植物等の障害物が多い地球上では張り出した動力パイプが意外と問題になる、それを嫌っての選択であったのかも知れなかった。

 

 

 

『まいったな。迂闊に外に出てはジャブローの入り口を敵に教えることになるし、このままでは』

 

 ガンタンクで待機するカイの耳に、アムロからのぼやきが届く。

 セイラもまた、

 

「敵の動きが一切わからないというのも戦いようがないわね」

 

 と同意。

 カイにしてみても、

 

「こっちから出て行って、目の前に敵がいたんじゃあわねえしな」

 

 ということ。

 そうしている間に戦闘の振動が、ここまで伝わってくる。

 

「来るな、ジオンめ」

 

 カイは汗を額ににじませながらつぶやく。

 

 

 

「ん? そこか」

 

 水中に流れる一筋の赤い染料。

 

「蛍光染料トレーサーですね」

 

 コ・パイロット席のアルレットが言うとおり。

 わずかな量でも機能するもので、ミヤビの前世においても水の移動、海流や潮流、水流の調査・研究に利用されたり、アメリカ海軍では海難事故時に所在を知らせるマーカーとして用いられていた。

 映画『トップガン』で主人公たちがトラブルにより座席射出で海に着水したシーン。

 蛍光グリーンに海が染まっていたが、そういう風にして救助者に位置を知らせるのだ。

 

 シャアは岩陰に潜む先発隊と接触。

 

「ボラスキニフ、首尾はどうなのだ?」

『は、爆薬を仕掛けたところであります。突入しますか?』

「いや、正面からか?」

『はっ』

「ほかに入り口は?」

『500メートル上流にもう一つ小さいのがあります』

「うん、両面でいこう。ここはアッガイ四機でやらせる。私はボラスキニフたちの新型と上流から進入する。ついて来い」

 

 一見、合理的な作戦に聞こえるが、要は正面のアッガイを囮にして自分たちは裏口から潜入すると言っているのだ。

 それを感じさせないのは、さすが赤い彗星のカリスマか。

 

「それにしても……」

 

 移動しながらシャアはつぶやく。

 

「大佐?」

 

 どうかしたのかと問うアルレットに、

 

「いや、アッガイの爪でどうやって爆薬を仕掛けたのかと思ってな」

「ああ、先発隊の二機のアッガイは腕部武装ユニットをバイス・クロウアームズに交換していますから」

「バイス・クロウアームズ?」

「ええ、そんな大したものでは無く、アッガイの六本の爪のうち、外側の三本と内側の一本だけを残して、他の二本は撤去、ロケット発射管と交換してあるのです」

「うん?」

「こうすると、人差し指、中指、薬指に相当する外側の三本、親指に相当する内側の一本を指のように使っての作業が可能になるのです」

 

 要するにミヤビの前世の記憶にあるズゴックの発展版、ズゴックEのバイス・クローを既存の器材の組み合わせで再現したようなもので、簡易的ではあるがマニピュレーターのように使用することが可能となっているのだ。

 

 

 

 爆破されるジャブロー入り口。

 

「来た」

 

 ロケット弾が撃ち込まれ、その爆発を目くらましにして敵のモビルスーツが乗り込んでくる。

 

「ホワイトベースには近づけさせるものですか!」

「なめるな!」

 

 セイラとカイの操るガンタンクが、その火力にものを言わせて牽制。

 さらにガンキャノン、ドラケンE改可翔式の射撃が敵を釘付けにした。

 

 

 

「量産型ガンキャノンも集まって来たし、ここは何とかなるかしら」

 

 ほっと息をつくミヤビだったが、すぐに、

 

『アムロ、ミヤビさん、別の入り口が突破されました。そこはガンタンクとジャブローの部隊に任せて指定のポイントに回ってください』

 

 ホワイトベースのフラウからの通信。

 足の遅いガンタンクをここの防衛戦力として残し、即応できるアムロのガンキャノンとミヤビのドラケンE改可翔式を回す手だ。

 しかし、

 

(へっ? 別口ってもしかしてシャアとゾック?)

 

 ということでもある。

 

『分かりました、行きましょうミヤビさん!』

 

 そうアムロに促され、仕方なしに機首を返すミヤビ。

 

(それでもアムロなら…… アムロならきっと何とかしてくれる……!!)

 

 と、他力本願な希望を胸に抱きながら……

 

 

 

「ジオンの侵入を許したのか!?」

「ウッディ大尉、どうします!?」

 

 狼狽する部下にウッディは、

 

「大丈夫だ! こんなコトもあろうかと…… 私は新しいモビルスーツを用意しておいた!!」

 

 と言い放つ。

 ウッディ配下の作業員たちがホワイトベースの修理のために乗り込んでいる作業用重機は、

 

「ドラケンE改の簡易量産型モビルスーツ、SM(サム)!!」

 

 ……細部が簡略化されたドラケンE改。

 目立ったところではコクピットのスリット型の覗き穴が(凸)な形をしたグラスルーフに変更され、その代わりに機体各部に仕込まれていたカメラおよびHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)を使った表示システムはオミット、直接視認による操縦に変更。

 5連式多目的カメラモジュールおよび機体左右の丸目ライトは省略され、頭頂部に設置した角型ライト1灯に置き換え。

 

 要するにヤシマ純正ではなくジャブローで造られたライセンス生産品である。

 

「シンプルな機能美にあふれ…… なおかつドラケンE改よりも低コスト!!」

 

 ゴップ大将にも、

 

「さすがだぞウッディ君!」

 

 と手を叩いて褒められた逸品だ。

 

 まぁ、低コストな分だけ造りがひどくて兵には不評。

 細かいところが手を抜かれているし油(オイル)もれも多いしメカノイズもすごいという代物だった。

 

 第二次世界大戦時のアメリカ軍M4中戦車シャーマンのように生産を優先させたことで各工場で仕様違いのものが並行生産されてしまうのは戦時中には珍しくないことではあるが……

 さすがにこれをうちの製品と一緒にするなとヤシマ重工からクレームが入ったので、簡易型ミドルモビルスーツ(Simple Middle mobile suit)、通称SM(サム)と名付けられているのだ。

 

「作業員も防戦にあたらせろ」

「は」

「私が担当したこのホワイトベースを、目の前で沈めさせることはできん」

 

 そう言って自らもミサイル・ホバークラフト、ファンファンで出撃する。




 降下作戦の開始。
 ガウの後部デッキを使った降下方法等、皆様から頂いたご意見、ご提案を反映して書き上げたものです。
 このようにお寄せいただいたご感想は物語に役立たせてもらっていますので、今後も応援頂ければと思います。
 そしてSM(サム)の登場……

 次回はいよいよシャアによる量産機の腹ブチ抜きシーン。
 そしてようやく前後両面のボディに短足な新型機の正体が明かされます。
 ご期待ください。


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第29話 ジャブローに散撒(ばらま)く! Dパート

「敵は?」

 

 ミヤビはアムロと共に、別口から侵入してくる敵に向かう。

 そしてアムロが、

 

『赤い色のモビルスーツ? ザクじゃないけど。赤い色のモビルスーツ、シャアじゃないのか?』

 

 とつぶやくとおり、赤いアッガイの登場である。

 

(それは岡崎優先生のマンガ版『機動戦士ガンダム』ではシャアもアッガイに乗っていたりしたけれど……)

 

 ベルファストで見た機体はやはりシャアのものだったのかと脱力するミヤビ。

 

『あっ、量産型ガンキャノンが。やめろ、迂闊に近付くんじゃない!』

 

 アムロの声に慌てて味方機の動きを追うと、ガンキャノンと同じXBR-M-79aビームライフルを装備したものと、YHI YF-MG100、100ミリマシンガンとシールドを装備したもの、二機の量産型ガンキャノンが赤いアッガイに向かうが……

 

 

 

「ツインドライヴシステム全開!!」

 

 アッガイに搭載された二基のジェネレーターを同調させることで圧倒的な出力を発揮するツインドライヴ・モード。

 ノーマルな機体でもゴッグを超える1,870kWという出力、そのパワーがアルレットの制御により供給される。

 

「ふっ」

 

 ビームライフルを持った量産型ガンキャノンを、シャアは嘲るように笑う。

 もちろん当たればアッガイとて耐えられないその威力は、彼もこれまでの、ガンキャノンとの戦いで知るところ。

 だがシャアは怯むことなく無駄のない機動で滑り込むように至近へとアッガイを潜り込ませる!

 

「これであの武器は使えまい!」

 

 精密射撃が可能で狙撃に力を発揮するガンキャノンのビームライフルだったが、銃身が長過ぎて懐に飛び込まれると対処できないのだ。

 

 

 

「甘いな、シャア!」

 

 量産型ガンキャノンのパイロットは、アッガイの機体の色と凄まじい機動に相手があの赤い彗星のシャアだと確信するが……

 彼の乗る量産型ガンキャノンは装甲材質こそルナ・チタニウムから安価なチタン合金セラミック複合材に変更されているものの、装甲自体は非常に厚く、カタログスペックでもガンキャノンを凌ぐとされているもの。

 故にその装甲を信じ、ビームライフルを手放すと素早く腰後ろのラッチからバックアップのBOWA BR-M79C-1ビームスプレーガンを抜く。

 ビームライフルよりも集束率が低く射程は短い兵装だが、近距離ではビームライフルと同等の威力を有するもの。

 そして銃身が短く取り回しがしやすい、近接戦闘でも使いやすいのが拳銃型のビームスプレーガンの長所だ。

 だがしかし、

 

「っ!?」

 

 銃口をアッガイに向けようとした瞬間、彼はその身体を閃光に貫かれ絶命した。

 

 

 

 アッガイの右手、クローを開いた中心部からビームの閃光が走り鎧袖一触、ただの1撃で量産型ガンキャノンの正面装甲が破られた!

 

「これがッ! これがッ! これがメガ粒子砲装備の腕部武装ユニット『デスティニーアームズ』ですッ!」

 

 コ・パイロット席でツインドライヴシステムとメガ粒子砲の制御をサポートするアルレットが叫ぶ。

 

 確かに……

 ビームスプレーガンのような拳銃は近接戦闘向けの武器だが、アッガイの内装式のメガ粒子砲は拳銃のそれよりさらに上、手のひらを当てるようにするだけで撃てる、1インチパンチ、中国武術における寸勁のように使えるもの。

 密着した間合いでの使い勝手は比較にならない。

 まぁ、シャアはミヤビのドラケンE改が使用したパルマフィオキーナ掌部ビームピック機能。

 甲壱型腕ビームサーベルを密着状態で起動、敵を撃ち抜くようにして撃破するという攻撃法を参考に仕掛けたのではあるが。

 

 さらにシャアの動きは止まらず、崩れ落ちる僚機に慌てて100ミリマシンガンを構えるもう一機の量産型ガンキャノンへと踏み込む。

 

 一歩前へ!!!

 

 武術の達人の間合いは広く、その歩法自体に『縮地』などといった特別な名前が付けられるほど。

 それをモビルスーツで再現するかのように、ただの一歩で瞬時に量産型ガンキャノンの目の前に現れるアッガイ。

 そして踏み込みの速度に身体のひねり、腕の振り、さらに伸縮するフレキシブル・ベロウズ・リムを伸ばす動きを加えてアッガイの右腕部先端に6本装備されているアイアン・ネイルによる刺突を繰り出した。

 その一撃は量産型ガンキャノンの腹部を背まで易々と貫く!

 

「アッガイのアイアン・ネイルはゴッグのものの流用ですからね」

 

 胸を張るアルレット。

 ミヤビの前世の記憶の中にも、アッガイのアイアン・ネイルはルナ・チタニウム製のガンダムの頭に穴を開けたゴッグのアイアン・ネイルを、どの指のものかは分からないが流用したもの、とした書籍資料は存在した。

 それが6本に増えている上、ゴッグ同様伸縮するフレキシブル・ベロウズ・リムは航行時の抵抗低減のためよりも陸上での戦闘に対応した、最大で15メートル以上のリーチを実現したもの。

 それゆえの貫通力、そして強度なのだ。

 

 一方で、この他にも航行用に必要な部材はゴッグから流用されており、ジェネレーターやら基本フレームをはじめとした部材の多くをMS-06J陸戦型ザクIIから流用、オペレーティングシステムすらMS-06Mザク・マリンタイプのものをベースとしていることもあり、開発期間、開発コスト、さらには生産コストも抑えられている優良機。

 それがアッガイなのだった。

 

 なお、シャアの機動に揺られているはずのアルレットがぴんぴんしているのは、人体実験の結果、肉体強化されている部分があるのと、ニュータイプゆえ、シャアの次の動きが読め、あらかじめ身構えることができるからだ。

 車の追突事故で、もの凄く軽く当てられたとしてもすぐに示談してはいけない、と言われるのは、そんな小さな衝撃でも身構えていない、油断しているところに受けると後日、ムチ打ちとなって痛む、治療が必要になることが大半だからだ。

 逆に言えばGや衝撃があらかじめ予想でき身構えることができるなら、かなりのところまで耐えられるわけである。

 あとはシャアの操縦は巧みでスムーズ、無理が無いということもあったり。

 何しろ、

 

「私はモビルスーツに乗っても必ず帰ってくる主義だ。死にたくない一心でな。だから戦闘服だのノーマルスーツなどは着ないのだよ」

 

 ということで耐G機能などもちろん無い、普通の軍服でモビルスーツに乗るのが彼なのだし。

 

 

 

「なっ……」

 

 アッガイのアイアン・ネイルに腹をぶち抜かれる量産型ガンキャノンに目を見張るミヤビ。

 量産型ガンキャノンは『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』にて、ケンプファー一機に、

 

「スカーレット隊発進!」→30秒も持たず「スカーレット隊、全滅!」

 

 してしまった。

 しかもショットガンに撃破されているため、脆いイメージがあるが……

 

 実際には装甲材質が安価なチタン合金セラミック複合材に変更されているものの、装甲自体は非常に厚くカタログスペックでもガンキャノンを凌ぐとされているもの。

 後にケンプファーが使ったショットガンにはルナ・チタニウム弾が使用されていたとされたものだ。

 それをアッガイがクローであっさりと貫くとは彼女の前世知識をもってしても見抜けなかったのだ。

 まぁ、装甲の厚さがガンキャノン以上でも、材質の差で防御力は劣っているとも取れる表現だったのでアレだが……

 

 

 

「ま、間違いない。奴だ、奴が来たんだ」

 

 つぶやくアムロ。

 相対するアッガイの中に、笑う男の気配。

 

「間違いない、あれはシャアだ」

 

 ビームライフルを発砲するアムロだが、赤いアッガイはジャンプで回避すると同時にフレキシブル・ベロウズ・リムを伸ばしてジャブロー洞窟の天井に突き刺し、それを支点に振り子のように動き、

 

「あっ!」

 

 キックでガンキャノンの右手からビームライフルを蹴り飛ばし着地。

 そして至近で組み合う。

 

 

 

「さらにできるようになったな、ガンキャノン」

 

 シャアは目前のガンキャノンに向け105ミリCIWS頭部バルカン4門を発射!

 吹っ飛ぶガンキャノンに、

 

「フン」

 

 と笑うが、

 

「大佐っ!」

「なに!?」

 

 アルレットからの警告。

 そしてくるりと受け身を取って立ち上がったガンキャノン、その手にビームライフルが握られていることに表情を変える。

 アムロはあえてビームライフルが弾き飛ばされた方向に吹き飛ばされることでそれを拾ったのだ。

 

「やる。うおっ!?」

 

 横合いからのミサイル攻撃に身を引くシャア。

 

 

 

「ジオンめ、ジャブローから出て行け」

 

 ウッディが配下のドラケンE改の簡易量産型モビルスーツ、SM(サム)の群れを引き連れてシャアとアムロの戦場になだれ込む。

 

『ウッディ大尉、無理です!』

 

 ミヤビからの通信が引き留めるが、

 

『わー』

『おすなー』

 

 作業員たちに戦闘員としての統制など期待できるはずも無く。

 

 

 

「シャアァ」

 

 シャアのアッガイに立ち向かおうとするもSM(サム)の群れに遮られてしまうアムロのガンキャノン。

 

「邪魔をするな、シャアを討たせろ!」

 

 

 

「ガンキャノンンー」

 

 宿敵ガンキャノンを狙おうにもSM(サム)の群れに飲み込まれてしまうシャアのアッガイ。

 

「ええい。ボラスキニフ、聞こえるか? 援護を頼む」

 

 

 

「冗談じゃないわ」

 

 この戦場の狂乱から何とか脱出するミヤビのドラケンE改可翔式。

 そこに、

 

『ミヤビさん、戦場に乱入してくる機影、三機が雪崩うって来ます!』

 

 サラの報告、そして幾筋ものメガ粒子砲が乱舞する光景に固まるミヤビ。

 

「は? 三機? ゾックが?」

 

 メガ粒子砲8門に、頭頂部にフォノンメーザー砲、もしくは大口径メガ粒子砲一門を備えているという火力の化け物である。

 それが三体も現れた日には、この一帯が焼け野原にされてしまうだろう。

 

 そして顔が一体となったボディに、機能するのか疑問なほど短い脚。

 異形のモビルスーツ、三機が現れSM(サム)の集団に襲い掛かる!

 

「なっ!」

 

 驚愕するミヤビ。

 

『ええい!! さがれ、さがれェ』

 

 ウッディ大尉のファンファンが回り込み、敵モビルスーツの背後を突くが、

 

『後ろにも顔が!?』

 

 前後対称なデザインに驚いたところを頭部の、これも前後に配置されている4門の機銃の掃射を受け墜落。

 まぁ、不時着し命に別状は無さそうだったが。

 そしてさらに、

 

 汚物は消毒だ~!!

 

 とばかりにそのモビルスーツたちの両腕から火炎放射が迸り、SM(サム)の群れを焼き焦がす!!

 

『はわあ!! うわぢゃ~!!』

『あわちい~!!』

 

 悲鳴を上げ転げまわるSM(サム)たち。

 

 ミヤビはというと、いつもの変わらぬ表情の下、

 

(アゾック!? アゾックナンデ!?)

 

 ゾックではなく、アッグのバリエーションである特務用モビルスーツ、アゾックが居ることに混乱していた。

 マイナーで立体化もされていないがメカニックデザイン企画『MSV-R』に登場したモビルスーツバリエーション (MSV)のうちの一つ。

 もちろん大河原邦男氏デザインで、マンガ『アッガイ博士』にも登場している機体である。

 

 アムロのガンキャノンの暴れっぷりに危機感を抱き、キシリアはジオンの限られたリソースを開発機種を絞ることで集中させようとしたのだが。

 その結果、特殊機体でバリエーションばかり豊富な水陸両用モビルスーツ群が真っ先に見直し対象に挙げられた。

 ゾックはもちろん、アッグシリーズと呼ばれるジャブロー攻略のための特殊戦用モビルスーツ群は開発凍結に追い込まれたはずなのだが、どうしてアッグのバリエーション、アゾックがここに居るのかというと、

 

「せめて、せめて1機種だけでも開発継続を!」

「破棄予定のアッグが武装されてランバ・ラル隊に渡されましたが、あの木馬をもう一息で撃破寸前まで追い詰めたとか!」

「キシリア様、お許しください!」

 

 そう開発陣がキシリアに掛け合った結果、

 

「……ならば、そのアッグの系統のみ、限定的に許可しようではないか」

(ゆ、許された)

 

 と許可が下りたのだが、よく考えると、

 

(しまった! 一番しょうがない機体だけ許されちまったぞ!!)

 

 ということに。

 それでも何とかものにしようと掘削マシンだったアッグからドリルやカッター、レーザートーチを外し、ホバー移動しかできなかった脚部も、同じくホバータイプだが、一応関節のあるタイプに変更。

 腰部下部にはロケットエンジンを追加。

 しかしそれでも旋回性能が劣悪だったため、対策としてゾックのように背部にもモノアイセンサーを装備した前後対象のデザインを採用。

 そして何よりの変更点は両腕に装備されたウェポン・ポッド。

 アッガイのように換装により多目的に使える機体を目指したが、開発規模縮小により最も汎用性の高い、メガ粒子砲1門、火炎放射器1門、魚雷、ミサイル、ロケット弾などをマルチに発射できるミサイル発射筒4門を装備というものに落ち着いていた。

 

 開発中止になった砲撃戦向けのゾックの代わりに後方から火力支援する機体にすれば行けるんじゃね。

 組み立ても(元になったアッグは実質的には大型土木工作機だから)超簡単!

 一気に大量生産し、物量作戦は自分達のものだと思い込んでる連邦を前世紀の言葉でギャフンと言わせよう!!

 

 というコンセプトでとりあえず完成した8機をまとめてこのジャブロー攻略戦に突っ込み、水中から、空からばら撒いた機体である。

 つまり、こんなのでも左右合わせて二門のメガ粒子砲を撃てるのだ……

 

 まぁ、

 

「そこっ!」

 

【挿絵表示】

 

 ミヤビのドラケンE改可翔式が60ミリバルカンでアゾックのウェポン・ポッドを狙撃すれば、

 

「火炎放射器用の燃焼剤タンクに当てさえすれば!」

『弾道を目視するために数発に1発という割合で混ぜられている曳光弾(トレーサー)の焼夷効果で火が付きますね!』

 

 とサラが言うとおりに。

 さらに、

 

「ウェポン・ポッドにはミサイル発射筒も内蔵されているわ。誘爆すれば……」

 

 それゆえアゾックは被弾したウェポン・ポッドを切り離して、その爆発を隠れ蓑に逃げ出すのだった。

 

 

 

 こうしてシャアのホワイトベースを目標とした襲撃は、双方の大量生産向け簡易型モビルスーツの乱入でぐだぐだのぐずぐずに終わった。

 これ以降ジオンは大量生産をやめ超兵器志向へ……

 連邦はヤシマ純正のドラケンE改よりもコストの低い粗悪なライセンス生産はさすがに止めたのであった。

 

 

 

「ウッディ大尉が負傷したのか」

「はい。僕ら以上に自分の仕事に、ホワイトベースを守ることに執着があったようです。そんな気がします」

「わかるわ。男の人ってそんな感じ方するのよね」

 

 アムロの言葉にうなずくのはミライ。

 

「そうなの?」

「さあ」

 

 セイラは隣に居たハヤトに聞くが、年若い彼に答えられるはずも無く。

 しかし、

 

「あ、シャアが帰ってきました」

 

 というアムロの言葉に表情を変える。

 

「シャアが? 見たのか?」

 

 一応、ブライトも以前、ベルファストでミヤビが見た赤いモビルスーツの報告は受けている。

 だがここまで追いかけてきたのか?

 という思いもある。

 

「いえ、赤いモビルスーツしか見ていませんが、あれは赤い彗星のシャアです」

 

 言い切るアムロに、手にしていたドリンクのコップを取り落とすセイラ。

 しかし、

 

『滑り込みセー、ぶっ!?』

 

 モビルドールサラがそこに滑り込み受け止める、がコップは無事でもぶちまけられた中身を頭からかぶる。

 

『ふぇ……』

 

 びしょ濡れになった自分の義体を見下ろし、情けない声を上げるモビルドールサラ。

 大西洋で失われたものの代わりにミヤビがセットアップしたものだが、その彼女の上に影が差し、

 

「ごめんなさい、私のせいで濡らしてしまったわね。これはお詫びに洗ってあげないと、フフフッ」

『セイラさん……? 目、こわいですよ?』

 

 セイラの手に抑え込まれてしまう。

 

(モビルドールサラは犠牲になったのだ……)

 

 ミヤビは目をそらして遠くを見つつ、心の中でそうつぶやき、見なかったことにする。

 

 セイラにとっては兄より、目の前に再び現れたモビルドールサラの方が重要なのかという話だったが、実際には違う。

 厳しい状況下では人は癒しを求めるもの。

 特に戦場では笑えなくなった者から順に、二度と笑うことができなくなる(死んでしまう)ものだから。

 それゆえユーモアを込めた減らず口、ひとかけらのチョコレート、一杯のコーヒーや紅茶、そういった頬を緩ませるもの、心を癒すものが必要。

 セイラにとっては、モビルドールサラがそうなのだろう。

 心を持った少女の姿をしたAIというのはこのためにも、いや、このためにこそ必要なのかも知れなかった。

 

『たっ、助けてっ、助けてくださいミヤビさんー!』

 

 ……必要なのかも知れなかった。

 

 

 

「第4ブロックはもう駄目だな」

 

 一方、空挺降下したジオン軍モビルスーツ部隊はジャブローに橋頭保を築いていた。

 

 今回投入されたアゾックは掘削マシンであるアッグのバリエーション。

 ドリルやカッター、レーザートーチ等の掘削装備は取り除かれているものの、センサー類は、地質や地下の異物について分析も可能な高度なものが残されたままだった。

 そう、史実とは違いシャアが侵入したルートとは違った進入口も発見されており、そこからホワイトベースの居る宇宙船ドック近くの、しかし別区画に侵入を果たしていたのだ。

 

 アゾックは大変なものを置き土産にしていきました……

 

「してやられたな」

「無理攻めをすればこちらの損害も馬鹿になるまい。宇宙での反攻作戦を前にそれはまずい」

「うむ、しかし宇宙船ドックと中央(コア)ブロックにさえ近づけなければ自滅させることもできよう」

「孤立させ、干上がらせるのが上策か」

 

 ジャブロー司令部は占拠されたブロックを廃棄、他と切り離すよう戦力を配置。

 こうして戦局は膠着状態に入った。

 

 

 

次回予告

 カツ、レツ、キッカが邪魔者と誰が言うのか?

 ミヤビにはゼータのカツは悪いが正直、邪魔だと感じられたのだが。

 一方、潜入したシャアたちが連邦のモビルスーツ工場で発見した、四角く角張った腕と肩装甲、直線で構成される量産機体は……

 次回『小さな防衛線』

 君は生き延びることができるか?




「戦いは数だよ兄貴!! えらそうにふんぞり返る前に勝つための手立てのひとつも……」
「――しているよ。
 超量産型支援機アゾック!!
 開発中止になった砲撃戦向けのゾックの代わりに後方から火力支援する機体で形状も類似。
 だからゾックもどき、『亜』ゾック!!
 組み立ても(元になったアッグは実質的には大型土木工作機だから)超簡単!
 一気に大量生産し、物量作戦は自分達のものだと思い込んでる連邦を前世紀の言葉でギャフンと言わせよう!!」

 みたいな某兄弟の会話があったとか無かったとか(無いです)


 29話完結。
 サムとかネタ回でしたけど、元ネタを知らずとも読める、そしてギャグに寄りつつもリアリティは壊さない範囲で書いたつもりですがいかがでしたでしょうか?

 地獄のジャブロー降下作戦もひと段落ですが、そう思わせて追撃するのがシャアなので次回へと続くのですが。


> ゾックではなく、アッグのバリエーションである特務用モビルスーツ、アゾックが居ることに混乱していた。
> マイナーで立体化もされていないがメカニックデザイン企画『MSV-R』に登場したモビルスーツバリエーション (MSV)のうちの一つ。
> もちろん大河原邦男氏デザインで、マンガ『アッガイ博士』にも登場している機体である。

 知らない人も多い機体ではあるんですけどね。
 他にも面白い機体が盛りだくさんなので、読んでみると面白いですよ。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第30話 小さな防衛線 Aパート

 北米を発進したガウの編隊による降下作戦が始まる中、シャア大佐の部隊はジャブローへの侵入を果たす。

 しかし双方の大量生産向け簡易型モビルスーツの乱入でぐだぐだのぐずぐずに終わった。

 だが、あのシャアがこのまま引き下がるだろうか?

 

 

 

「ポイントB3、現在までのところまったく異常なし。ジオンの定時爆撃、例のごとし」

『了解』

「こんな辺鄙な所で定時報告もくそもあるかって」

 

 その定時爆撃のおかげでしてやられたジャブロー防衛隊だったが、戦訓の周知は間に合っておらず、外れに近いこの観測所では兵たちが呑気な会話を交わしていた。

 こういった緊急を要する重要なものは詳報作成を待たず速報を回すべきで、実際参謀本部はそれにより周知を図っていたが。

 このように現場の兵はまったく読もうともしていないので意味を成していないのだ。

 

 もっとも現場には現場の言い分もある。

 上位部署は縦割りで己の担当業務しか把握せずに文書類を送付するが、地球連邦軍ほどの巨大組織になると各上位部署からそれらの文書、情報類をそれぞれ別々に送られてくる末端部署では、その量が凄いことになる。

 目を通すだけで毎日30分かかったり、さらに土日祝日も勤務のある交代制の部署では自分たちの勤務サイクルの休暇が平日になることになり、休み明けにはその間に発行され溜まっている文書、つまり2、3日分を読むために当然2、3倍の時間がかかったりするのである。

 真面目な人間でも遅滞無くすべてに目を通すのは難しい、というのが実情なのだった。

 

 だから、この観測所では弛緩した空気が蔓延していて、

 

「ぼやくなぼやくな。あちらさんだって給料いただくためにパトロールやってんじゃないん、ああっ!」

「どうした? ううっ!」

 

 ステルス機であるアッガイがこの観測所、警戒用トーチカに忍び寄り、一撃で粉砕する。

 そうして背後の密林に手を振る。

 そこには複数のアッガイが。

 その中には赤い、シャアの機体も含まれていた。

 

 

 

「ふふふ、連邦軍も甘いな」

 

 北米のジオン軍基地。

 ガルマは今回の作戦結果を過去のジャングル戦の資料と照らし合わせ思索にふける。

 

「補給を絶てば降下したモビルスーツ部隊もすぐ干上がると思っているのだろうが」

ガルマさま(旦那様)?」

 

 ガルマは問うような視線を向けるイセリナに、と言うより配下の士官たちに状況を理解させるため、資料を大モニターに映し出す。

 

「これは?」

「西暦の時代、ベトナム戦争でのケサン基地攻防戦の資料だな」

 

 そうして語り出すガルマ。

 

「この戦いでは北ベトナム軍に完全包囲されたケサン基地を維持するためアメリカ軍は一日に必要とされる185トンの物資を必死に空輸し続けた。この量は当時の輸送機、C-130で空輸すると一日15回のフライトを必要とするもので、敵の砲火が集中する中での離着陸は困難、ついには空中投下に切り替えられていた」

「それは……」

「追い詰められたアメリカ政府は軍に対し防衛のための戦術核の使用を許可。これをちらつかせた水面下の政治交渉で北ベトナム軍の包囲を解かせたとも言われる」

 

 西暦1968年、つまり『機動戦士ガンダム』が放映された1979年よりほんの10年ちょっとの前のことだ。

 マ・クベがオデッサで核をちらつかせて連邦軍の撤退を促していたが、この冷戦時代のアメリカは現実に同じことをやっていたわけで。

 北ベトナムの指導者たちは撤退を選択し、レビル将軍はそれでも退かず兵に戦いを命じたというだけの話。

 アニメじゃない、本当のことなのだった。

 

「だが、シーレーンはシャアのマッドアングラー隊が握っているのだ」

「それはつまり……」

 

 ガルマの部下たちも理解したらしい。

 

「ガウによる空中投下や、デイジーカッターでジャングルを刈り取って着地場所を作っての垂直離着陸輸送機ファットアンクルによる移送だけでなく……」

 

 西暦の時代に使われたデイジーカッター、BLU-82B/C-130は燃料気化爆弾であると誤認されたり、その非常に巨大な爆風半径から対人兵器や威嚇兵器としてアフガニスタンで使われたことから誤解されやすいが、元々はこの用途、ジャングルを刈り取ってヘリコプターの着地場所を作るためのもの。

 デイジー、ヒナギクはヨーロッパでは芝生の雑草扱いであるから、デイジーカッターは「雑草を刈るもの」という意味なのだ。

「敵兵の命を雑草のように刈り取るもの」というわけではない。

 

「マッドアングラー隊の潜水艦で補給物資をいくらでも運べるのですな」

 

 配下の士官の言葉にうなずくガルマは、今回占拠したジャブローのブロックの構造図をモニターに映し出す。

 

「占拠したジャブローの区画には、おあつらえ向きに解放戦線(ベトコン)のトンネル陣地よろしく河川に面した水面下の入り口や、連邦軍も把握しきれていないだろう外と繋がる地下水脈まであり、水陸両用モビルスーツを使えば安全な物資の搬入も可能なのだしな」

 

 さらに、

 

「その上、今回のモビルスーツ部隊には連邦軍も使っているヤシマ製100ミリマシンガンを持たせてある」

 

 鹵獲した砲弾をそのまま使える。

 報告では占拠したブロックで砲弾、そして100ミリマシンガンそのものも発見されているという。

 また連邦軍は自軍のモビルスーツ向けにジオンのヒートホークのコピー品を使わせることを決めたらしく、鹵獲品の中には連邦製ヒートホークまである。

 

「ジャングルを利用したゲリラ戦は西暦の時代、超大国であるアメリカ合衆国をも退けた弱者の戦術。これまではその弱者の戦術を物量に勝る強者、連邦軍にやられていたからこそジャブローには手を出せなかったが」

 

 だが、今回の降下作戦で足掛かりはできた。

 

「同じ条件で戦うならモビルスーツ戦の熟練度に勝る、こちらが有利だ。何しろジャングルでは物量に任せた攻撃が困難。少数部隊の浸透戦術によるゲリラ戦により、じわじわと攻めていけば……」

 

 西暦の時代のアメリカ軍と同じく、大国である連邦軍も最終的には音を上げる。

 そういった未来も有り得るのかもしれなかった……

 

 

 

「定時爆撃か。ま、心配する必要はない」

 

 ホワイトベースクルーの前に立つ人事担当の士官は響いてくる爆撃音に対し、こともなげに言った。

 これが地球連邦軍というもの。

 巨大過ぎるがゆえに担当業務以外に興味が薄く基本、他人事で入手する情報も遅いのだ。

 

「それでホワイトベースの編成は現行のままで所属はティアンム艦隊の第13独立部隊と決まった。……次に、各員に階級を申し渡す。ブライト・ノア中尉」

「はい」

「ミライ・ヤシマ少尉」

「はい」

「リュウ・ホセイ曹長」

「はい」

 

 今さらながら階級章を受取るホワイトベースクルーたち。

 アムロは複雑な表情だ。

 

(僕らはいつのまにか軍人にさせられてしまって……)

 

「アムロ・レイ曹長」

「……はい」

 

(こんな物もらったの、小学校の卒業証書以来初めてだけど、なんの役に立つんだろ?)

 

 まぁ、それでもリュウの名が呼ばれている、生きているだけミヤビの知る史実よりマシなのだろう。

 

「セイラ・マス軍曹」

「はい」

「カイ・シデン伍長」

「はい」

「ハヤト・コバヤシ伍長」

「はい」

「フラウ・ボゥ上等兵」

 

 返事が無い。

 

「フラウ・ボゥ上等兵、おらんのか?」

 

 そこに駆け込んでくる子供たち。

 

「やーっ」

「やだよう」

「もう、待ちなさい、こらっ。あっ、す、すいません」

 

 そしてそれを追いかけるフラウ。

 

「やだもん、どこにも行かないもん」

「そうだ」

「行くもんか」

「何事だ? ん?」

 

 苛立つ士官の視線を受け、フラウはバツが悪そうに答える。

 

「あ、あの子たち、育児センターへ行くのどうしても嫌だって言って」

「勝手なことを」

 

 吐き捨てるように言うが、そこにふくよかな女性士官が進み出た。

 

「そういうことはワタクシが専門です、言い聞かせてみましょう。あ、あなたも一緒にいらっしゃい」

「はい」

「早く辞令を受け取りなさい」

「あ、はい」

 

 そういうことで、カツ、レツ、キッカは史実どおり育児施設へと引き取られていった。

 

 

 

「そう、キッカたちは育児施設に行ったのね」

 

 その場には居なかったミヤビは、フラウとアムロから顛末を聞く。

 

「面白い遊び場が一杯あるからって、育児官の人に説得されて行きましたけど」

 

 うかない表情のフラウ。

 

「……でも、あの子たちここにいて本当に幸せになれるかしら?」

 

 史実では、アムロが、

 

「置いて行くしかないだろう、仕方ないよ」

「小さい子が人の殺し合い見るの、いけないよ」

 

 そう答えていたが、ここにはミヤビが居る。

 

「あら、生きていこうと思えばどこだって天国になるわよ。だって生きているんですもの。幸せになるチャンスはどこにでもあるわ」

 

 どこかで聞いたようなセリフだったが、しかし同じ言葉でも発言者、そして受け取る者の意識によって、その意味、意義はまったく異なるものになる。

 元ネタの『新世紀エヴァンゲリオン』の碇ユイは母性的な女性に見えて、実際には超然とした思考の持ち主だったが。

 ミヤビは逆に浮世離れした美貌、外見を持っているにも関わらず、中身は酷く人間臭い。

 だから、

 

「ほんとにそう思うんですか?」

 

 ミヤビの外見からくる、怜悧なイメージが強いフラウには理想主義が過ぎる言葉に聞こえ、

 

「僕はミヤビさんの言葉に賛成かな」

 

 これまでのミヤビとの付き合い。

 彼女が自分たちにしてくれたこと。

 そして時折その瞳に垣間見ることができる柔らかな、人間味あふれる感情。

 それらを元にミヤビの言葉を聞くアムロには、希望と確かな優しさを感じさせるものに思える。

 

 そしてミヤビからすると、この言葉は切実なる願いだ。

 前世の、そしてこの世界の未来の記憶を持つ彼女にとってリュウやシーマ、史実では悲劇の中死んでいった人たち、彼らが何は無くとも生きてさえいてくれれば、それは希望に、救いになるのだ。

 生きてさえいてくれれば幸せになれるチャンスはある。

 死はその可能性すら摘んでしまうものなのだから。

 

 ミヤビは神様にチートな力をもらって転生したチート系転生者などではないし、元々天賦の才能がある天才でもない。

 効率的に学習することができる秀才ではあるが、しかしそれでも凡人の域を脱することはできないただの一般人だ。

 そんな彼女にとっては彼らの命を救うのだって大変なことだし、そもそもそれ以上のこと、自分の力で彼ら全員を幸せにしようなんて、それこそおこがましい。

 生きてさえいれば、彼らは自分の力で幸せになれる。

 そう信じているのだ。

 

 

 

 シャアたちのアッガイはジャブロー内に密かに侵入。

 降下部隊が占拠したジャブロー第4ブロックと、他のブロックの境界線は連邦軍により厳重な警戒が敷かれているため、定時爆撃を陽動に地表を迂回し別ルートをたどって忍び込んだのだ。

 シャアはアッガイの腕を振ることで配下に合図。

 機体をひざまずかせると、エレベーター式のコクピットハッチを使い地上に降り立つ。

 

「シャア大佐、準備できました」

 

 全身ウェットスーツ姿で並ぶ特殊工作員たち。

 しかし、

 

「き、きつい……」

 

 その中に交じっているアルレット。

 膨らみ始めた幼い胸、体の線をそのまま浮き立たせるそのスーツ姿を恥ずかしげに縮こまらせている。

 その姿はもはや犯罪的ですらある。

 

「よ、よし、行くぞ」

 

 シャアの声も、どこか動揺を隠しきれないでいた。

 

「ところで大佐はスーツを着ないんですか?」

 

 素朴な疑問に思い当たるアルレット。

 シャアはいつもの赤い軍服姿だった。

 

「私はモビルスーツに乗っても必ず帰ってくる主義だ。死にたくない一心でな。だから戦闘服だのノーマルスーツなどは着ないのだよ」

 

 そう答えるシャア。

 

「ま、まぁ、このアッガイもそうですが、赤は闇に溶け込みやすく夜間迷彩として優秀ですけど……」

 

 どこか納得できない表情でアルレットは言う。

 黒や青系は夜間や宇宙空間などの低光量環境下(ローライト・コンディション)では逆に目立つのだ。

 忍者が着ていた忍び装束も現実には黒ではなく蘇芳色と言われる濃い赤紫色などが使われていたという。

 

 

 

「き、きつい……」

 

 一方、連邦軍側でも身体の線を浮き立たせたピッチピチの全身密着型スーツを着せられている女性が一人。

 こちらはアルレットとは対照的な母性、オッパイの持ち主だったが……

 

 

 

 そして連邦軍のモビルスーツ生産工場を発見するシャアたち。

 通風孔の隙間から暗視カメラを差し込み、照明の落ちた工場内部にある機体を確認。

 映し出された暗視カメラ特有の粒子が荒いモノクロ映像は、

 

【挿絵表示】

 

「ここから見えるのは機体の一部、これは肩か? これまでに見たことのないタイプだな。量産型のモデルということか」

 

 四角く角張った腕と肩装甲。

 直線で構成されるこれは、

 

「噂に聞くガンダム、その量産型(Gundam type Mass-production model)か?」

 

 RX-78ガンダムの噂はシャアも聞いている。

 アナハイム製のにせガンダムがランバ・ラル隊で運用されているから、のはずだが、ではここにある機体は……?

 ともあれ、

 

「シャア大佐」

「連邦軍もここまでこぎつけた。これなどしょせんは一部分の物だろうさ」

「やりますか? 大佐」

「無論だ。ラジム、お前の班はここに仕掛けろ」

「はっ」

「私とアカハナの班は木馬のドックに向かう」

「はっ」

「アルレットは……」

「ここでコンピュータからデータを吸い出させて下さい」

 

 そのためにこそ、マシーンに対してニュータイプ能力を発揮できる彼女を連れて来たのだ。

 

「分かった。ラジム、彼女の護衛も頼む」

「はい」

 

 こうして二手に分かれ、破壊工作と機密の奪取を図る。




 ガルマが戦略を語っていますが、そのとおりに行けるかは不明。
『機動戦士ガンダム』という作品が作られた1979年当時には、ベトナム戦争はまだ記憶に新しく。
(米軍の完全撤退が1973年、その後サイゴン陥落で終結したのが1975年)
 ジャブローのジャングル戦も、それが念頭にあったのではないかと思われます。
 それゆえ二次創作をするにしても、その辺の資料が参考になりますね。

 そしてシャアたちが発見した謎の量産機の正体は……
 今回は引っ張らずに次回更新で正体を明かしますのでご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第30話 小さな防衛線 Bパート

「待たせたな。やっと許可が下りたよ」

 

 そう言って男性陣クルーに歩み寄るブライト。

 

「よかった、見学できるんですか」

 

 アムロは表情をほころばせると、

 

「カイさんも行くでしょ? 量産型ガンキャノンの工場」

 

 そう話をカイに振る。

 ミハルとの一件があって以降、明らかに減らず口が減った彼を気遣ってのことだ。

 真面目になるのも善し悪しで、過程重視の日本人が「頑張れ」と言うところを、結果重視の欧米では「気楽に行こうぜ(Take it easy.)」と言うように。

 真剣になるより気軽に構えた方が物事は上手く行く。

 必死になること、それ自体にはさほど価値は無いし、かえって害になることも多いのだ。

 

 そんなアムロの心遣いを察したのかカイも、

 

「あ? ああ、気晴らしに行ってみるか」

 

 そう言って腰を上げる。

 

 なおこの工場見学、本来ならアムロの父、テム・レイ博士に頼めば済むことなのだが、彼は今、ジャブローの設備を使ってガンキャノンをばらしてのアップデート作業にかかりきり。

 頭部バルカンを従来使用していたTOTO(トト)カニンガム社製のASG86-B3Sから、ドラケンE改の60ミリバルカンポッド弐式に使用されている新型、ミヤビの知る史実ではガンダムNT-1アレックスに使用されていたと言われるものに交換したりと大忙しなのだ。

 この新型バルカンはASG86-B3Sとの互換性は低いため、部隊運営においては既存の機体との混成は補給、整備の関係上好ましくないということもあるし。

 

 また技術者ではあるが、どちらかというと開発者、研究者寄りのテムは、先進的要素はオミットして無難にまとめた量産機などには興味は薄く。

 さらに家族サービスという概念が無い人間なのでブライトに頼むことになったのだ。

 

 ミヤビの前世でもこういう人物は居た。

 大企業ゆえに充実している保養施設や福利厚生サービスを一切利用しようとしないという。

 いやまぁ、休日まで会社に関わりたくない、自社社員の居る場所に行きたくないという主張や、手続きが面倒、興味が無いという個人の主張は分かるが。

 独身者ならそれでいいが、既婚者の場合、その妻子がどう思うか。

 同じ会社に勤める○○さんの奥さんが、会社の保養施設やサービスを利用してお手軽な予算で温泉に行った、スキーに行った、スノボに行ったという話を聞いて、

「うちのお父さんも同じ会社に勤めているはずなんだけど、この差は何?」

 となることは必至なのだが……

 

 そんな内実はともかく、出発しようとする彼らだったが、しかしそこに顔を出した士官が、

 

「ブライト中尉、作戦会議室へ至急集合だ」

 

 と、告げる。

 

「あ、はい」

 

 反射的にブライトは答えると、アムロたちに苦笑いを向ける。

 

「これだ、軍というやつはな。お前達だけで行ってくれ」

「はい」

「その方が気楽でいいだろう」

 

 そう告げるブライト。

 彼もこのように砕けたことが言える、態度に出せるようになった。

 だいぶ余裕ができたとも言えるのだろう。

 

 

 

「よし」

 

 トランク型の現場仕様PC、ミヤビの前世で言うパナソニックのタフブックみたいなものを工場のネットワークにつなげ、データベースにアクセスするアルレット。

 

 ミヤビの前世でもそうだったが、生産現場のコンピュータのセキュリティはそれほど高くない。

 というかウィルス対策をされているだけで、あとはノーガードというのも珍しくなかった。

 そもそも外部のネットワークから独立しているか、十分なファイヤーウォールによって切り離されているのが普通だ。

 これは多数が触れ、外部ネットワークとの接続もある一般の情報系、事務系ネットワークからのウィルス感染等がこちらに広まるのはまずいし(生産系のコンピュータがウイルス等で汚染された場合、その損失はもの凄い金額になる場合が多い)

 逆にこちらから事務系ネットワークにウィルス感染するのもまたまずい(新型ウィルスが発生、ワクチンやセキュリティパッチ等、対策が成される前に流行した場合、事務系でメールや外部ネットワークとの接続の停止などの十分な対応を行っていても、生産系のシステム、ネットワークに現場担当者やメーカー保守担当がストレージで持ち込んで感染させる場合がある)ので普通は切り分けるのだ。

 そうやって隔離したうえで入退室管理さえ十分にやっていれば、外部の人間は物理的にアクセスできないからという発想である。

 

「何のデータを?」

 

 ラジムに問われ、アルレットはこう答える。

 

「味方が戦闘で撃破した連邦のモビルスーツ、陸戦型ガンキャノンと呼ばれている機体の残骸を回収して分かったことなんですけど、連邦軍はモビルスーツに操縦者を補助してくれる学習型のOSを搭載しています」

 

 キーボードを叩く手を休ませないまま、アルレットは説明する。

 陸戦型ガンキャノンには教育型コンピュータもサポートAIサラシリーズも搭載されていなかったが、ミヤビの知る史実の中の地球連邦軍量産機と類似した学習型OSは組み込まれていた。

 ドラケンE改と同じく、機体には稼働ログ採集機能を搭載して帰還する度に管理サーバにそれをアップ。

 管理サーバが集約されたデータを使って機体制御OSを更新、アップデートパッチを配るという方式である。

 なおドラケンE改の開発にあたり、この方式に対する数々のパテントを先行して取得していたミヤビとヤシマ重工の得る利益は莫大なものになる予定だ。

 

「ハードやプログラム自体は既に解析に回されていて、だから今回、私が狙っているのはそのOS用に蓄積されたデータの方なんです」

「それさえ手に入れば……」

「そう、たとえば初心者でも、ベテランパイロットの助けを受けたかのように戦う事が可能になるのかも…… あ、これは加工前の生データ?」

 

 目を瞬かせるアルレット。

 

「凄い。これOSのアップデート用に特別にサンプリングされたデータだわ。量産機に合わせて加工しようと、とりあえず元データだけ置かれたみたい」

 

 データの日付は今日。

 最新版だということが分かる。

 

「ダウンロードします。……完了まで連邦に見つからなければ良いんだけど」

 

 

 

「気持ちはわかるけど、つらくなるわよ、きっと、フラウ」

 

 所用を終えたミライだったが、子供たちの元へ向かうというフラウに付き合い、エレカーに乗っていた。

 

「でも、もう一度だけキッカたちをそっと見るだけでもいいの」

 

 しかし、

 

「あら?」

「あの人、育児官」

 

 反対側からスクーターを走らせる女性に、フラウはエレカーを止める。

 

「あっ、ちょうどよかったわ。キッカちゃん達が逃げ出したの」

「ええっ?」

 

 驚くフラウたち。

 アムロたちは工場見学に向かってしまったので手すきの女性陣で探すことにする。

 

 

 

「あとどのぐらいだ?」

「は、5分もあれば」

 

 機密データのダウンロード作業を進めるアルレットとは別に、モビルスーツの生産工場の破壊工作を担当しているラジムたちは着々と爆破準備を進めていた。

 

「待て、隠れろ」

「えっ?」

 

 ラジム達が隠れると同時に、小柄な三つの人影が工場内部に侵入してきた。

 

「くしゃいね」

「誰もいないのかな?」

「あ、見て、モビルスーツ」

「わあ、すごーい」

「たくさんある」

「でもなんだか違う」

「そういえばだいぶ違うな」

「ああっ、足んとこ」

「えっ、足んとこ?」

「う、なんか動いた」

「ええっ?」

「気のせいだよ、何も見えないぜ」

「だってほんとよ。ほんとに動いたの。人かもしれないよ」

「えっ、人? だったらまずいよ」

「か、隠れよう」

「うん」

「ああっ……」

 

 隠れているラジムたちと鉢合わせするカツ、レツ、キッカ。

 その時!

 

『悪しき星が天に満ちるとき、大いなる流れ星が現れる。その真実の前に悪しき星は光を失いやがて落ちる。人それを『裁き』という』

「誰だ!」

『貴様らに名乗る名前は無い! トウ!』

 

 ラジムたちの目の前で動き出したモビルスーツが、運搬車の荷台から飛び降りる。

 全高3メートルにも満たないプチ・モビルスーツ。

 

【挿絵表示】

 

 そう、ミヤビがミドルモビルスーツに続いてプチモビ、ジュニアモビルスーツの市場を先行して掌握するべく開発した機体、ツヴァークである。

 

 ミヤビの前世の記憶にあった『機動戦士Zガンダム』にてウォンさんたちが乗り、ハイパービーム砲でハイザックの頭を吹き飛ばしていたジュニアモビルスーツ。

 それを参考にコクピットをオープンタイプからクローズタイプに変更し設計した結果、

 

「んん? どこかで見たことがあると思ったら、これボトムズのライト級アーマードトルーパー、ツヴァークそのものじゃない」

 

 とミヤビは気づくことになった。

 ツヴァークはアニメ『装甲騎兵ボトムズ』後半にわらわらと大量に出てきた秘密結社製のアーマードトルーパー。

 作中唯一の軽量級、ライト級に属する機体だった。

『機動戦士ガンダムΖΖ』に登場しヤザンやジュドー、ブライトが乗ったプチモビと同じプラスティックのボディだし、参考にするにはちょうど良いとツヴァークの外見、仕様を流用し、完成させたのがこれ。

 

 こうしてできあがった機体は名称もツヴァークと、そのまま名付けられて売り出された。

 

 ここはジャブロー内に誘致されたヤシマ重工の生産ラインなのだ。

 ドラケンE改はテム・レイ博士によって魔改造された結果、フルサイズのモビルスーツと戦う主戦力となってしまった。

 そのため小型モビルスーツが本来想定していた用途を担当させる目的でツヴァークは制式採用されているのだった。

 なお、この機体、肩だけを見るとミヤビの知る本来の史実にあったガンダムやジムに似た形をしていたりする……

 

 そして、

 

「う、動いた!?」

 

 驚くラジムたち。

 どうして唐突にこの機体が動き出したのかというと、やはりミヤビのせいである。

 カツ、レツ、キッカが逃げ出したことを知った彼女がアーク・マスター権限で、ジャブロー内で稼働するAI、サラたちすべてに何か知らないか緊急の問い合わせをした結果、このツヴァークにインストールされ休眠状態にあったサラを目覚めさせたのだ。

 そして同時に彼女はネットワークを通じてこの緊急事態に対応するために必要な『記憶』をダウンロード、『ミヤビのサラ』として動き出す!

 

『闇あるところ光あり、悪あるところ正義あり…… 天空よりの使者、ツヴァーク参上!!』

「さ、さっきは名乗る名前はないって……」

『頭でものを考えるな!』

「へぶしっ!」

 

 人型と呼ぶにはためらわれるゴリラ体形。

 立った状態でも指先が床面に着きそうなほど長いツヴァークの腕が、下手なことを言ったラジムを横薙ぎに弾き飛ばす。

 なおサラが名乗ったのは自分を搭載している機体の名前であって、彼女自身の名前を名乗っているわけではないので別に矛盾はしていなかったりする。

 それはともかく、

 

『天よ地よ、火よ水よ…… 我に力を与え給え。おおおおっ!』

 

 そのまま両足のつま先とかかとに内蔵された4輪のローラーダッシュ機構を左右逆転。

 機体を回転させながら腰の、いわゆるふんどし部分に搭載された二基の可動ノズルによる推力偏向制御ロケットエンジンに着火し、

 

『SHAKE it up a BABY!』

 

 焼き払う炎!!

 ケツをふれっ! とばかりに噴射炎で薙ぎ払う!!

 

【挿絵表示】

 

 ミヤビの前世の記憶の中にある某人型兵器は背面ロケットを移動手段にするより背後に近づいた敵を焼き払うのに使っていたが、これをヒントにした攻撃方法だった。

(ただしロケット噴射は尻から出る)

 

「うぎゃああああっ!」

 

 必死になって地面を転がって、火を消すラジムたち。

 

『成敗!!』

 

 こうしてサラが単独制御するツヴァークはヤシマの工場と、ついでにホワイトベースの子供たちをジオンの手から守ったのだったが、

 

『んん? あれ爆弾?』

 

 ツヴァークのボディ、顔に相当する位置にある3連式多目的カメラモジュール。

 それにより捉えられたように、ラジムたちが仕掛けた爆弾がある限り、まだ安心はできないのだ。

 

 この3連式多目的カメラモジュールは、ドラケンE改の頭頂部に設置されている5連式多目的カメラモジュールの仕組みを簡素化、安価に仕上げたもの。

 

・用途に応じて交換可能な望遠レンズ付きの標準カメラ。

 

・将来的に百式に採用されるImage Directive Encode (IDE) システム(画像管理型符号化装置)と呼ばれるセンサーの元になった技術を利用した平面素子による広角イメージセンサー。

 

・レーザー測距儀(レーザー通信、およびミサイル等のレーザー誘導にも利用可能)、および発光機能(一般的な使い方ではないが、この発光機能で合図、通信を行うことも可能)付きの精密照準カメラ。

 

 可視光域から紫外、赤外域までカバーし、スターライトスコープ機能も有したこれらカメラセンサー群は、それぞれから得られたデータをコンピュータで統合、幾通りのモードの中から最適な画像とデータを搭乗者に、ついでにサポートAIであるサラに提供する。

 5連式多目的カメラモジュールは自由度の高いオプション装備だったが、それに対しツヴァークの3連式多目的カメラモジュールは標準装備、標準仕様とすることでカスタマイズ性は落としつつも信頼性を上げメンテナンスを大幅に簡略化。

 高い機能を維持しつつもコストを徹底的に落としたものと言える。

 

 そうして……

 

「ああっ、背中にも!」

 

 キッカに指摘され、自分の制御するツヴァークの背中、と言うよりはボディ右後部側面という微妙にマニピュレータが届かない位置にも爆弾が仕掛けられていることに驚くサラ。

 

『あああ取って、取ってくださいぃっ!』

 

 慌てふためき、子供たちに懇願するのだった。

 

 

 

「おい、逃げるぞ」

「ああ、彼女を回収して逃げよう」

 

 サラたちが大騒ぎしている隙に逃げ出すラジムたち。

 データのダウンロードを終えたアルレットと共にその場を離脱する。




 サブタイトル回収。
 謎の量産機の正体はコズンも乗っていたプチ・モビルスーツ、ツヴァークでした。
『小さな防衛線』は、カツ、レツ、キッカたちを意味すると同時に、この機体のことも表したいわゆるダブル・ミーニングってやつですね。
 この機体、次回も活躍させる予定です。
 と言いますか、この機体を使ってコズンが放浪していた時期のむせる外伝なんかも書けますね……

 というわけで今回挿絵用に作成したのはWAVE(ウェーブ)の1/60キット(旧ユニオンの金型を使った再版)。
 これ以外というとタカラのアクティックギアイージー、1/48のキットなどがありますが、そちらは関節がほぼ固定で特徴である腕内蔵の三連機関銃のギミックも無しというものなので避けたのですが。
 しかし全高3メートル以下の機体の1/60というと当然大きさは5センチ程度。
 ドラケンEもそうでしたが、小さくて仕上げるのが大変過ぎでした。
 当時のキットとしては、いい出来なんですけどね……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第30話 小さな防衛線 Cパート

「えっ?」

「ん?」

「うわあっ」

 

 量産型ガンキャノンの工場がある生産ブロックへとエレカーで向かうアムロたちだったが、建物のシャッターをぶち破り現れたプチ・モビルスーツ、ツヴァークの姿に驚き急停車する。

 

『あ、みなさん』

 

 と、機体を制御するサラの声。

 そしてプチモビサイズのリヤカーを引いていたツヴァークも停止。

 ぱくん、と車のボンネットのように胴体前面のコクピットハッチが開くと、中にはカツ、レツ、キッカの姿が。

 デザイン元である『装甲騎兵ボトムズ』でも身長2メートルを超す巨漢のクエント人傭兵ル・シャッコが乗っていたように、ツヴァークのコクピットは余裕がある。

 そのため子供たちなら三人とも何とか一度に乗せられるのだった。

 

「アムロお兄ちゃん」

「カツ、レツ、キッカ? いったい何してるんだ? こんな所で」

「ジオンがね、爆弾仕掛けたの。で捨てに行くの」

 

 キッカの返答。

 

「爆弾?」

 

 リヤカーを覗いたカイは、

 

「うっ、こ、これは」

 

 と顔を引きつらせる。

 

「アムロ、ほんとらしいぜ。時限爆弾だ」

「どこにあったんだ?」

「モビルスーツの工場の中」

 

 これはまずいということで、アムロは子供たちを降ろすことにする。

 

「さあレツ、あとは任せて代わるんだ。早く」

「うん」

 

 全高3メートルも無いツヴァークはドラケンE改のように降着ポーズを取らなくても乗り降りが可能。

 左右非対称の右ひざ張り出しがステップになっており、ボディ前面下部のパイプバー共々乗降の際に使われる。

 それを利用してコクピットから子供たちを順に降ろし、下で待ち受けるリュウに渡すアムロ。

 

 なお、このパイプバーの取付基部は通常、溝が掘られ一定以上の応力がかかると破断するシャーピンで固定されている。

 これにより宇宙空間作業中の事故でデブリに引っかかって外れなくなってしまった場合や、敵に捕まれて引っ張られた場合にはすっぽりと抜けることで拘束状態から脱出することが可能。

 脱落を嫌って、もしくは整備で手を抜いて普通のボルト止めにしてしまう者も居たが……

 安全上、お勧めはできないのだった。

 

「リュウさんたちは、子供たちを乗せて安全なところまで逃げてください」

「お前は?」

「この機体で爆弾を捨ててきます!」

 

 そうしてツヴァークのシートに着き、コクピットにあった簡易式のゴーグル型HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)を身に着け走り出す。

 

『……捨てるだけなら私一人でも良かったんですけどね』

「って、サラ?」

 

 HMDの隅に映し出されたサラのアバターに気付くアムロだったが、今さら遅い。

 

「ならなんでキッカたちを?」

『あの場に置いて行って、もし見落とした爆弾が残っていたら……』

「ああ、そういうこともあり得るのか」

 

 工場には別の機体もたくさん並んでいるのだからそれを使えば、という話もあったが、十分な燃料が積まれていたのはこの試乗用の一機だけだったのだ。

 ミヤビの前世、西暦の時代の自動車工場などでも同様だったが、完成した車両には出荷作業、つまりキャリアカーや運搬船への積み込みに必要な分だけの少量の燃料しか入れないのが普通である。

 

 ともかく、そうやってアムロが納得したところで峠道へ。

 

『ドラケンE改はかかとにインホイール・モーターとランフラット・タイヤを組み込み、つま先に補助タイヤを設置していましたが、ツヴァークではかかととつま先、両方にインホイール・モーターとランフラット・タイヤを組み込んでいて、乗り味が結構変わっています』

 

 と、機体制御をアシストしながらサラ。

 

『基本的には後輪を常時駆動させるFR駆動ですが、走行条件に応じて前輪にトルクを0:100 - 50:50の範囲で配分するもので』

 

 ミヤビの前世において日産自動車が開発した電子制御トルクスプリット四輪駆動システム、あのGT-Rにも搭載されたATTESA E-TS(アテーサ イーティーエス)、『Advanced Total Traction Engineering System for All Electronic - Torque Split』と機構は違えど同様な動作をする。

 

『前後4輪の車輪速度センサーと、Gを検出する三次元Gセンサーを備えていて、これらからの入力信号を受けコントローラーが前輪へのトルク配分を調整するんです』

「へぇ?」

『後輪がスリップしだすとそれを検知して前輪へも駆動トルク伝達を行うわけですが、その比率は横Gの大きさと前後輪の回転速度差に応じて変化します』

 

 どういうことかというと、

 

『例えばアイスバーンのように、タイヤの摩擦係数μ(ミュー)の低い路面で、ハンドリング量に対して横Gが小さかったり、後輪のスリップ量が大きい場合は、普通に前輪へのトルク伝達を増やす』

 

 これはまぁ、当然のこと。

 

『一方、ドライ路面でのコーナリングのように、横Gが非常に大きい状態では、ホイールスピンが起こっていても前輪へ伝達するトルクをあまり増やさない』

 

 何故そんなことをするのかと言うと、

 

『これは後輪側の駆動トルクを大きくし、かつ前輪の駆動トルクを小さく配分することにより、後輪をアクセルワークによってコントロールするマージン(ドリフトコントロール性)と、前輪のグリップを確保しているためです』

 

 なおGT-RのATTESA E-TSで確保されているのはあくまでも『ドリフトコントロール性』であって、GT-Rで本当にドリフトするのは困難。

 しかしローラーダッシュを使った戦闘ではドリフトができないと話にならないため、そこはチューニングにより必要時には前輪の駆動トルクを落とすセッティングで対応している。

 

 そうやって制御されるドリフトによって振られ、流されたケツ、その先のリヤカーをガードレールの切れ目から崖下に放るツヴァーク。

 

『そぉい!!』

 

 ツヴァーク自体はフルブレーキ。

 

『ツヴァークのローラーダッシュ機構はABSとの総合制御も実現していて、4輪それぞれに設けられた車輪速度センサーやGセンサーを活用して作動タイミングをきめ細かくコントロールできるため、より自然な制動性能を確保しています』

 

 と、サラ。

 これもやはりATTESA E-TS同様の仕組みだ。

 

『急制動時には4輪すべてに適切な割合で回生ブレーキ力を割り振り、ブレーキ性能とアンチスキッド性も高めているんですね』

 

 鮮やかにブレーキングを決め、サラは自慢げに言うのだった。

 そして、しばらく後に時限爆弾が爆発!

 

『やりましたね、アムロさん』

 

 そう告げるサラだったが、アムロの表情は険しい。

 

「ホワイトベースが危ない。これを仕掛けた連中はおそらくホワイトベースも狙ってくるぞ」

 

 そういうわけでカイたちに一声かけるとツヴァークで疾走を始めるアムロ。

 

『お急ぎのようですからジェットローラーダッシュのロックを解除しますね』

 

 前傾姿勢を取り、搭載された二基の可動ノズルによる推力偏向制御ロケットエンジンによる推力をプラスしてさらに加速!

(ただしロケット噴射は尻から出る)

 ドラケンE改より低い位置、腰の、いわゆるふんどし部分からの噴射なので安定性は増しており、この機体に初めて乗ったアムロでも容易に扱うことができた。

 まぁコーナーの度に、

 

 SHAKE it up a BABY!(ケツをふれっ!)

 

【挿絵表示】

 

 とばかりに尻をアウト側に振り向ける動作がアレではあったが……

 

 

 

 一方、シャアはというと潜入に失敗し、ホワイトベースが収まっているドックから逃げ出したところだった。

 史実より状況が切迫しているのか、陸上競技の短距離走の見本になるような華麗なフォームで疾走。

 いつもの軍服に仮面とヘルメットという姿で途中にある車止めの柵をハードルの要領で飛び越していく様は、大変にシュールだった。

 

 なおミヤビの前世の記憶では見つかったのはシャアの赤い軍服のせい、と言われることが多かったが……

 よく考えると全身タイツなアカハナたちだって、先ほど逃走してきたドックのように照明のある場所に足を踏み入れたら普通に見つかるし、

 

「あ…… あやしいーっ」

「あやしさ大爆発だーッ」

 

 となること請け合いの格好なのだが。

 シャアたちは追っ手からの銃撃を岩陰に隠れることでやり過ごし、

 

「……フフッ、ラジムの方は派手にやったようだな」

 

 爆弾の爆発音はここまで届いており、こちらがダメでもいいかと割り切るシャア。

 まぁ、その爆弾はアムロによって無事、捨てられてはいるのだが。

 

「イワノフ、聞こえるか?」

 

 通信機を使って待機する部下へ連絡。

 

『は、はい、シャア大佐』

「こちらは失敗した。アッガイを出して注意をそらしてくれ」

『わかりました』

 

 そしてシャアは、

 

「行くぞ」

 

 と部下たちと共に再び駆け出すのだった。

 

 

 

「カツー、キッカー」

「レツー」

「キッカ、どこに居るの?」

 

 育児官から子供たちが道を外れて逃げ出したことを聞いたホワイトベース女性陣、セイラにミライ、フラウは徒歩でそれを追い、ジャブロー洞窟内を未だ探し続けていた。

 そこにヤシマの工場に行ったついでにもらってきたツヴァークに乗ったミヤビがやってくる。

 

「子供たちならリュウが保護したそうよ」

「あらそう」

「良かった……」

 

 胸をなで下ろすミライとフラウ。

 

「セイラは?」

「向こうで探しているはずね」

「それじゃあ、私が迎えに行くから二人は早く帰って。ホワイトベースが襲撃に遭ったみたいで、この辺りも物騒よ」

 

 そう言って腰のアーマーマグナムを抜いてミライに差し出すミヤビ。

 

「二発ともゴム散弾を入れてあるから、必要な時はためらわず撃って」

「ええ」

 

 そうしてセイラを探しに行く。

 

(まさか運命とか歴史の修正力じみた力が働いて、史実どおりにシャアが一緒に居るとか無いでしょうね……)

 

 それが怖いからミライたちに合わせた徒歩ではなく、ツヴァークなんぞを持ち出してきたのだが。

 

 

 

「ア、アルテイシア」

「に、兄さん!?」

 

 やっぱり対面しているダイクン兄妹。

 

「ま、まさかジオン軍に入っているなんて。やさしいキャスバル兄さんなら」

「軍から身を引いてくれないか、アルテイシア」

 

 

 

(「ニュータイプはニュータイプにひかれ合う」って言うけど! 確かに二人ともニュータイプの素養は持っているけど!)

 

 目にした光景に頭を抱えるミヤビ。

 それがいけなかったのか、シャアにツヴァークの存在を気付かれレーザー銃で撃たれる!

 

『ひぃっ、ミヤビさんっ!』

 

 悲鳴を上げるサラ。

 しかし、

 

「大丈夫よ、ツヴァークの装甲はプラスチック製だけれど、対レーザー兵器用の積層コーティングが施されているものだから」

 

 ジオン軍士官がレーザー銃を持っているようにこの世界、レーザー兵器も実用化されている。

 そのため元ネタだった『装甲騎兵ボトムズ』登場のツヴァーク同様にレーザー対策も行われているのだ。

 これは宇宙線によるプラスティック装甲の劣化防止も兼ねていたりする、むしろそっちを主な目的としての加工だったが。

 そして、

 

「使用されている特殊プラスチック製の装甲自体は『八洲軽金属』が持っていた技術を流用したものだし」

 

 ということ。

 ミヤビの前世の記憶に、

 

『ガンダムって何であんなに軽いのさ』

 

 という疑問に対して、

 

『外骨格がルナ・チタニウム合金の中空フレームと、高強度プラスティックを融合成型したものでできているから』

 

 という設定を語っている書籍があったが、この技術の開発には『プレーン金属』『プレート・テクニクス』『八洲軽金属』といった企業が参加しており、この『八洲軽金属』はその名のとおりヤシマ重工の関連企業。

 その技術を使ったものであるので、十分な強度、耐弾性を持っている。

 プチ・モビルスーツって基本、民生品で耐弾性なんて必要ないんじゃ、という話もあるが宇宙空間でも使用するのでスペースデブリ対策のために必要なのだ。

 

「2種以上の材質を積層させた複合装甲(コンポジット・アーマー、Composite Armour)、積層装甲とも呼ばれるものと同じ機能を有した装甲を、張り合わせでなく一体化して形作る傾斜機能複合材を実現しているの」

 

 ミヤビの前世、旧21世紀に『フィギュアライズラボ ガンダムビルドファイターズトライ ホシノ・フミナ』に使われていた技術。

 ピンクの下地の上に肌色の表面成形を行い、その厚みを調整することで必要な箇所だけ微妙に透けさせ、肌の赤みや陰影といった『人の肌の質感』の表現を彩色することなく成形色で実現する、BANDAI SPIRITSの特許技術である『レイヤードインジェクション』。

 これを発展させた手法を使っているものだ。

 さらに、

 

「ステルス加工された耐弾強化繊維が封じ込められていて耐弾性、およびステルス性能が素材レベルで担保されているものよ」

 

 ステルス戦闘機、F-35 ライトニングIIでは機体表面に用いられるカーボン複合材にはカーボン素材の段階からレーダー波吸収材(RAM)が混合されていたわけだが、それと同様の仕組みだ。

 

 そう言ってしまうと旧20世紀の時代のFRPボディのように手間のかかったアホみたいに高価なものになりそうに思えるが、実際にはプラモデルの部品のように金型に流し込んでサクサク造れ、大量生産が効くのでかなり安価。

 そもそもプチ・モビルスーツは安さが売りなのでプラスティック装甲を採用したのだから当然ではあるが。

 

(まぁ、安さ優先だからエコロジーを売りにしたエコプラが使用されているんだけど)

 

 これはバンダイがガンプラ製造時に出る廃プラスチックを再生利用して作った同名の商品と同じコンセプトのものでバージン原料より安く仕上がる。

(注:多くのエコロジーソリューションと同じくバンダイのエコプラがエコロジーであることはともかく採算性がある、バージン原料を使用するより安く上がるのかは不明だったが)

 

 ただしバンダイのエコプラが黒一色だったように廃プラスティックには様々な色があってそのままではまだらになってしまうため、黒の顔料を入れて作らなけばならない。

 ツヴァークも同じで真っ黒ではないが暗い灰色。

 その上に施される対レーザー兵器用の積層コーティングの色付けも、実用機ゆえに傷が付き剥げても目立たない同色が採用されている。

 狙ってのことではないが、これはミヤビの前世、旧21世紀の戦闘機において低コストながらどのような状況でも効果があるため主流だった、機体を艶のないグレーで塗装することにより上空での見分けがつきにくくする「ロービジ迷彩」に類似した効果がある。

 

 なお再生プラスティックを使った製品製造に関わった経験のある、または3Dプリンターで再生ペレットを使った経験のある人間なら分かることだが、

 

(再生プラスティックには収縮、パーツのヒケやソリがバージン原料より酷くなりがちという欠点があったりするのよね)

 

 ツヴァークも技術的工夫で反りこそ防いでいるが、部分的に生じるヒケは避けられず。

 しかし安さが売りの機体なのでそのまま出荷されている。

 

 それが味があっていい、という人間。

 

 そんなの気にしない、という人間(作業用重機だし普通はこれ)。

 

 そして一生懸命パテを盛ってヤスリで平面を出す人間。

 

 と反応はまちまちだが、まぁそういう製品だと受け入れられてはいるものだ。

 

『よ、よし、それなら反撃です! セイラさんをあの仮面を被った怪しすぎる人から助けなきゃ!(使命感)』

「あ、こら」

 

 シャアからの銃撃が効かないと分かったとたん、強気になるサラ。

 ツヴァークの左手首がかくんと折れ下がると、そこには11ミリ3連装機関銃が内蔵されており、

 

【挿絵表示】

 

「威嚇射撃で済ませて」

『はい』

 

 ミヤビの指示でぶっ放される。

 

 11ミリは『装甲騎兵ボトムズ』の世界ではメジャーな口径だが宇宙世紀世界ではどうなのという話もあるが、実はこの銃弾はそこそこメジャーな存在だったりする。

 というのもミヤビの前世、西暦の時代でも、

 

「.45ACP弾ってストッピングパワーはあるけど扱いにくいよな」

「そんなあなたに10mmオート弾」

「初速高過ぎて.45ACP以上、.357マグナム並みで扱いにくいんですがそれは」

「なら減装弾をどうぞ」

「発射薬を減らすなら、薬莢も小さくした方が、弾薬も銃のサイズもよりコンパクトにまとめられるんじゃ、.40S&W(10mmショート)弾をどうぞ」

 

 というように拳銃弾では新たなカートリッジが開発、登場していた。

 同様に、

 

「.50口径(12.7x99mm)弾っていまだに使われてるけど(ガンダムEz8の12.7mm対歩兵用旋回式バルカンとか)西暦1910年代に生まれたカートリッジでしょ。現代技術で性能据え置き、小口径・多弾装化できんの?」

「なら伝統の.45口径(11.5mm)かな?」

「もう一声! .44口径(10.9mm)でどうよ」

「宇宙世紀にもなってインチで語るなよ。大体、表記と実際のサイズが合ってないんですが、それは」

「ヤードポンド法は悪い文明!! 粉砕する!!」

「というわけで新規格は11ミリな」

 

 という経緯で生まれた重機関銃、アンチマテリアルライフル用弾丸であり。

 あまりに12.7x99mm弾が広まりすぎていてすべての置き換えは無理だが、それなりにシェアを獲得しているものだった。

 カートリッジが小型なので多弾装化が容易であるし。

 

 なお機関銃を3丁束ねるくらいならガトリングガンにすればいいじゃん、という意見もあったが、ガトリングガンには、

 

・根本的な欠陥である重量過大さ

・構造の複雑さによる信頼性の低さ

・動作用電源が必要

・回転作動し始めてから給弾・発射されるまでの一瞬のタイムラグがある

 

 という点が軽量なツヴァークの、しかも腕に内蔵するには不向きと判断されていた。

 逆に通常の機関銃においてもっともクリティカルな問題となる銃身の過熱については、腕に内装できる銃弾数には限りがあること、弾倉交換して撃ち続けるわけでも無いことから障害にはならず。

 また発射サイクルはガトリングガンには及ばないが、それでも重機関銃の3倍、両腕で射撃を行えば6倍の投射量があれば十分だろうということでこれも問題とされなかった。

 

 そんなわけで、重機関銃3丁分の射撃に、シャアは身をひるがえすと走り出す。

 ミヤビはその背を追うことなく、セイラに近づくのだった。




 ツヴァークの活躍の続き。
 このように割と濃い設定があったりします。
 でもまだまだ語り足りないので次回も続くんですけどね。
 アムロのツヴァーク対アッガイという展開が……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第30話 小さな防衛線 Dパート

 イワノフのアッガイは、両腕からロケット弾を発射。

 ジャブロー地下空洞内にかかる陸橋を破壊する。

 

 アッガイは主な武装をユニット化された腕部に集中し、換装の機構を持たせることでモビルスーツ本来の汎用性と専門的用途を併せ持つように設計されている。

 これは1機の機体に多目的用途を持たせることで用途の限られた局地対応機の生産台数を抑え、モビルスーツの保有数が限定された状況でも、あらゆる戦局において充分な機体数を出撃させることを目的としたもの。

 

「ブラストアームズか、右手でもロケット砲を撃てるのだったな」

 

 その姿を自分の赤いアッガイのエレベーター式ハッチに飛び乗り、コクピットへと運ばれながら眺めるシャア。

 

「はい、対艦攻撃・火力支援を想定した火力強化用のブラストアームズは右腕からもロケット砲を撃てるようにしてあって、単純な瞬間火力では、通常の2倍。またフォールディングレイザー対装甲クローも切り替え式で利用が可能で格闘能力も保たれています」

 

 シャアの隣、ここまで走ってきたにもかかわらず息切れした様子も見せずに答えるアルレット。

 人体実験による肉体強化の賜物の心肺能力だ。

 マンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』でも一年戦争当時の旧いジオンの強化人間はニュータイプ能力の開花より、女性や子供など本来パイロットに向かない人材を有効利用するための身体強化がメインだったとされていたが、そういった技術によるものだろうか?

 

「クローとの切り替えはどうやって行うのだ?」

「ブラストアームズのロケット砲は、6本のフォールディングレイザー対装甲クローの間のスペースにロケット発射筒を組み込んだもので、収納式のクローを引っ込めてから腕部装甲先端部を30度回転させることで切り替えます」

 

 くいっ、と手ぶりで解説する。

 実際にイワノフのアッガイは射撃を終えた右腕武装ユニットをフォールディングレイザー対装甲クローに切り替え、伸縮自在のフレキシブル・ベロウズ・リムを使った刺突攻撃で61式戦車を粉砕していた。

 

「ただしスペースの問題から左腕装備の6連装ロケットランチャーとは異なり再装填機能は持たず単発、6発撃ったら終わりですが」

「それでも瞬間火力は倍だから頼もしいな。標準装備のフォースアームズは要らないんじゃないのか?」

「大佐、接近戦のことを考えるとロケット弾を内蔵した状態で殴りあうのは、いくら信管の安全装置があったとしてもお勧めできません」

「なるほど」

「ですから最初から接近戦が想定される場合は右手を標準のフォースアームズに戻すか、左手にエクスカリバー対艦クローを装備した接近戦専用のクローアームズを使われることをお勧めします」

 

 そんな会話を交わしながらコクピットへと戻る。

 モニターを点灯させると、ちょうどやってきた量産型ガンキャノンを右腕でぶっ飛ばすイワノフのアッガイが映し出されるが、

 

『フタエノキワミ、アッー!』

 

 何やら叫んでいるイワノフに目が点になるアルレット。

 

「アルレット、『フタエノキワミ、アッー!』とは一体?」

 

 シャアに真面目な声色で聞かれ、

 

「……フォールディングレイザー対装甲クローの安全装置を利用した二段打突攻撃をそう呼んでいるようですが、実際の原理は違いますよ」

 

 二重の極みとはマンガ『るろうに剣心』に登場した打撃技。

 

 本来すべての物質には抵抗(強度や硬度)が存在するため、その衝撃が完全に伝わりきることはない。

 しかし刹那の拍子(75分の1秒)に重ねるように二度目の衝撃を打ち込むと、第一撃は通常通り物体の抵抗を受けるが、第二撃の衝撃は抵抗を一切受けることなく完全に伝わるため、物質の硬度に関わらず粉々に粉砕することができる。

 

 具体的には、

 

 まず拳を立てて指の第二関節部で第一撃を加える。

 そしてその第一撃目の衝撃が物質の抵抗とぶつかった瞬間、拳を折って第二撃を入れる。

 すると第二撃目の衝撃は抵抗を受ける事なく完全に伝わり切る。

 

 というもの。

 一方、

 

「アッガイのフォールディングレイザー対装甲クローには、一定以上の力が加わると爪が引っ込むという安全装置が内蔵されています」

 

 史実でも水陸両用モビルスーツのクローで対艦攻撃をやったら爪が抜けなくなって破損する、というトラブルから両腕のアイアンネイルを廃しクロー装備シールドを取り付けたラムズゴックという機体が作られたが。

 そういったトラブルを防止するものだ。

 まず爪で突き、そのまま装甲を切り裂き突き抜けることができればよし。

 そうでなければ破損する前に爪を引っ込めつつ、基部による殴打に切り替える、というもの。

 

「中国拳法にはまずスピードで殺し、そのまま力積をかけて相手を吹き飛ばすという一撃で二段構えの打撃を行う手法があります。また素手よりボクシンググローブを付けた方が衝撃は逃げずに相手の身体に浸透するという調査結果もあります」

 

 硬い拳で殴った場合、相手の人体の固い場所に当たると逸れ易いが、グローブを付けていると力が逃げることが無いということ。

 クローで敵の装甲に傷や窪みをつけ、そこを爪を引っ込めつつ殴る。

 金属加工ではポンチで金属に軽いくぼみをつけて穴の中心をマークしドリルの先端が逃げないように誘導するのと同じで、これなら打撃が反れることは無い。

 構造や原理はまったく違うが、アッガイのフォールディングレイザー対装甲クローの安全装置を利用した刹那の二段攻撃には、そういった効果があったのだ。

 

 まぁ、それはともかく。

 

『シャア大佐』

 

 連邦軍の量産型ガンキャノンを筆頭に61式戦車、ミサイルエレカー、大口径バルカン砲重装甲車などが集まりつつある状況。

 この特殊部隊を率いるアカハナから指示を仰がれるが、

 

「構うな。全員脱出する。作戦が失敗となればただちに撤退だ、いいな?」

『はっ』

 

 シャアは即座に退却を促す。

 アッガイは最大で15メートル以上のリーチを実現した伸縮する右腕のフレキシブル・ベロウズ・リムを伸ばしてジャブロー洞窟の天井にフォールディングレイザー対装甲クロー突き刺し、それを支点に振り子のように動いて障害となる地形をパスし、逃走する。

 

 

 

「逃がすものか、四機や五機のモビルスーツなぞ」

 

 逃げ出すアッガイを追うアムロ。

 彼のガンキャノンはテム・レイ博士の手により分解、アップデート作業中。

 他の機体に乗り換える時間も無いということでツヴァークによる追撃である。

 

『ワイヤーアンカー射出します!』

 

【挿絵表示】

 

『装甲騎兵ボトムズ』でのツヴァークは両腕に11ミリ3連装機関銃を内装していたが。

 ミヤビはこれをモジュール化して交換できるように変更。

 民間向けにはトーチや精密作業用マニピュレータを搭載した作業用モジュールや、先端にフックを取り付けたワイヤーを電磁誘導方式で射出するワイヤーウインチモジュール等を供給していた。

 今アムロが乗っている機体の左腕にはこのワイヤーウインチモジュールが搭載されており、手首が折り曲がって姿を現したそれを、サラはジャブロー内陸橋に射出。

 フック付きアンカーを引っ掛けるとウィンチでワイヤーを巻き上げ、機体を持ち上げながらアッガイ同様、振り子のように宙を舞い障害物を超えて追撃する。

 

 なおこの装備、本来は『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』で登場人物たちがモビルスーツデッキ等での移動に使っていたワイヤーガンのように宇宙空間作業時、推進剤を消費せずに移動を行うためのもの。

 それゆえアンカーにはオンオフ可能な電磁石も仕込まれている。

 

「居たっ!」

 

 そしてアムロが乗るツヴァークの右腕には、途中で行き会ったミヤビの機体から手渡されたHRAT-23ハンドロケットランチャーが握られていた。

 4門の発射管を持った円筒形のロケットランチャーにグリップとストック、フォアグリップを付け手持ち武器としたような外観。

 右側面にある大型弾倉から装填される11発のロケット弾、もしくは徹甲弾を撃つことが可能。

 これはミヤビの前世、西暦の時代の戦車砲でも通常の砲弾とミサイル、両方を撃つことができるものがあったように、ロケット発射管をライフリング(旋条)が無いスムーズボアの滑腔砲の砲身として使うものだ。

 しかし、それだけではなく、

 

 

 

『うわーっ、シャ、シャア大佐!』

 

 背後からの攻撃に装甲を抜かれ、沈黙するアッガイ。

 

『大佐、イワノフのアッガイがやられました』

「止まるな、止まったら助かるものも助からんぞ、走れ」

 

 

 

『HRAT-23 ハンドロケットランチャーは発射筒内に4発のミサイルを格納し、撃つことができるんです!』

 

【挿絵表示】

 

 サラが言うとおり、HRAT-23ハンドロケットランチャーは弾倉内のロケット弾を撃つ前に、これを発射することができるのだ。

 そして、

 

『今回、装填されているのはコア・ファイターにも使われている空対空ミサイルAIM-79ですから』

 

 グフの正面装甲を破るほどの破壊力を持ち、対モビルスーツ戦に十分な威力を発揮するもの。

 

「もう一機!」

 

 アムロはHMDに浮かび上がるアッガイを狙う。

 この照準動作に使用されるデータは3連式多目的カメラモジュールのうち右側に付いている精密照準カメラから得られるものが主となっている。

 

 ミヤビの前世にあった『装甲騎兵ボトムズ』の主役メカ、スコープドッグは標準、精密照準用、広角、三つのレンズを回転させることで切り替えていて、アクティブなのは右上に位置するもののみ、とされていた。

 一方で、ツヴァークの各カメラは固定。

 標準カメラを頂点に、右下に精密照準用、左下に広角のセンサーを配置している。

 どうしてこうなっているのかというと、右手にライフル等、長物を構えた場合、照準は右目で行うのが自然だからという人間工学に配慮してのこと。

 それゆえのレイアウトなのだった。

 ミヤビもこの世界で実際にツヴァークを設計してみてなるほどと理解したのであるが。

 

 その精密照準カメラからのデータを基に、アムロは再びミサイルを発射。

 そして命中!

 

『やりました!』

 

 サラが歓声混じりの戦果報告をするとおり、ゴッグやズゴックとは違いアッガイはそれほど重装甲な機体ではないのでAIM-79でも通用するのだ。

 しかも逃げるところを装甲の薄い背面に向け撃っているのだから、なおさら。

 

「ん?」

 

 アッガイを追うツヴァークに逆撃をかけてくる赤い機体!

 

「シャアー!」

 

 アムロはドリフト走行を交えた変則的な動きで横滑りしながら赤いアッガイからの射撃を回避する。

 ツヴァークはATTESA E-TSに類似した駆動制御で高い機動性を持つが、それだけではない。

 ツヴァークのつま先、かかとのパーツは独立して可動し、その動きを制御できる。

 つまり、そこにローラーダッシュ機構のタイヤをそれぞれ付けるということは、マンガ、そしてアニメにもなった『攻殻機動隊』登場の二対四脚先端にタイヤを付けたフチコマ、タチコマたち思考戦車のトリッキーな動きをある程度模倣できるということである。

 ワイヤーウインチモジュールを使えばやはりフチコマ、タチコマたち同様、ワイヤーアクションも可能な上、腰の、いわゆるふんどし部分に搭載された二基の可動ノズルによる推力偏向制御ロケットエンジンを使った軌道の強制変更、ドラケンE改のようなジャンプすら可能。

 加えて天井のある、ジャンプの高さに制限のあるジャブロー内でも、全高3メートルに満たないプチ・モビルスーツならフルサイズのモビルスーツには不可能な上方向への立体機動も十分可能。

 ミニバイクのサーキットではどうやってもリッターバイクが勝てないように、この制限あるステージでは小回りの利く小ささが正義なのだ!

 そうやって三次元の動きでシャアからの攻撃を回避するアムロ!

 

 

 

(ないわー)

 

 先行するアムロの動きを、サラによる映像補正とミッションディスクプログラム『PSリーディング』……

 つまり『装甲騎兵ボトムズ』で主人公キリコがパーフェクトソルジャーに対抗するために自作した、いわゆる対PS用ディスクに相当するプログラムによる残像表示で辛うじて捉えるミヤビだったが。

 

『凄いですよね、アムロさん』

 

 サラも感心しているように、アムロの動きはメチャクチャだ。

 理屈の上では、ツヴァークの機体はあのような機動も可能ではある。

 可能とする様々な機能を搭載しているし、特殊プラスティック製のボディは機動性による回避を実現する軽量さを併せ持つ。

 が、実際にできるかは別問題。

 明らかに…… 明らかにニュータイプとして覚醒しつつあるとしか言いようがない反応速度である。

 

 

 

「逃がすものか!」

 

 再び逃走に入るシャアたちを追うアムロ。

 

 

 

「ま、まだ来る。うわっ」

 

 一撃で墜とされる僚機に恐怖するラジム。

 

「来る!」

 

 そして自機も被弾、行動不能に。

 

 

 

「一瞬のうちに四機も仕留めたのか。腕を上げた」

 

 シャアには無意識に、ツヴァークに乗っているのがあのガンキャノンのパイロットと同一人物だと分かったのだろう、そうつぶやく。

 

(やはりアムロ・レイ……)

 

 同乗するアルレットは、ニュータイプ能力による知覚でその名を意識するが、

 

「っ? 地下水脈」

 

 目前に広がる水面にほくそ笑むシャア。

 振り向きざまに左腕武装ユニットのロケット弾を連続発射。

 爆発で視界が塞がったところに、右腕ディスティニーアームズ装備のメガ粒子砲でジャブローの地下洞窟天井を崩す!

 

 

 

「ま、前が……」

 

 さすがのアムロも足を止める。

 軽量なツヴァークの装甲では、天井から岩が降り注ぐ中を無理に突破することはできない。

 そして落盤が収まった後に3連式多目的カメラモジュールで索敵するが、そこにはすでに敵影は無く。

 

「シャアのことだ、この隙に逃げたな」

 

 シャアは地下水脈を辿って脱出してしまっていた。

 まぁ、それで幸いかも知れない。

 何しろHRAT-23ハンドロケットランチャーに装填されていた空対空ミサイルAIM-79は撃ち尽くしている。

 残ったロケット弾では装甲の材質変更により耐弾性を上げたMSM-04S、シャア用にチューニングを受けたS型アッガイに通じるかは分からなかったのだから。

 

 

 

「あなた方の気持ちはわかるわ。でも、ここにいれば安全であることは間違いない。それに子供たちは連邦軍の未来を背負う者として大切に育てられるんですよ」

「今日みたいなことがあってもかい?」

「それに、この子たちの気持ちを考えれば、あたし……」

 

 育児官とフラウたちの会話を遠目に眺めるミヤビ。

 

「……結局、子供たちはホワイトベースに引き続き乗ることになるようね」

「心配ですか、ミヤビさん?」

 

 アムロが問う。

 史実なら彼も向こうで一緒になって育児官を説得しているはずなのだが。

 ともあれ、ミヤビは首を振る。

 

「心配だけど、それが良いことか悪いことかなんて私には分からないから」

 

 だから彼女は彼らの選択を尊重する。

 そんなミヤビの横顔を、アムロは黙って見守るのだった。

 

 

 

 そのころ地球連邦軍は降下部隊によるジャブローの一部占拠、そしてシャアのゲリラ攻撃等の理由によって宇宙戦略を急ぐことに決定した。

 

 参謀本部自体はジャブローに立てこもる。

 地上軍はディフェンスで、宇宙艦隊はオフェンス。

 地上軍がジャブローを守る。

 その間に切り札である宇宙艦隊がジオンを攻略する。

 ただし、ジャブローが奴らに細切れにされる前に、だ。

 

 とはいえ、提督たちは楽観視している。

 どう考えてもジャブローが落ちるより宇宙艦隊がジオンを下す方が早いし、余裕があるからこその二面作戦である。

 その上で提督たちは考えたのである。

 ホワイトベースの実力をジオンは高く評価しており、これはおとりとして絶好である、と。

 

 ブライトは苦々しく問う。

 

「第13独立部隊というのはおとり専門ということなんですか?」

 

 

 

 一方、マッドアングラーに帰還し、盗み取ってきたデータのセキュリティを解除したアルレットは叫ぶことになる。

 

「なっ、ナニコレ!」

 

 画面に表示されたのは、

 

「でけぇ……」

 

 相棒のテストパイロット、シャア専用機のシューフィッターを務めるダントンが息を飲みながらつぶやいたとおり。

 

 オッパイ。

 

 身体の線を浮き立たせたピッチピチの全身密着型スーツを着せられた巨乳女性を映した動画データだった。

 ダントンの視線を感じたアルレットは慌てて彼の目を自分の手のひらで塞ぎ、

 

「み、見ちゃダメっ!!」

 

 そうやって回れ右させると動画をストップ。

 

「なっ、何で? モビルスーツの制御OSのアップデートのためのサンプリングデータじゃなかったの?」

 

 と頭を抱える。

 ダントンは気まずそうに指先で頬をかきながら、

 

「あー、まぁ何だ。現場作業員がエロ動画を隠すために偽装していた、とか?」

 

 と、答える。

 

 ミヤビの前世でも、危ないコンテンツに対しフィルターをかけている企業ならいいが。

 そうでない企業では、会社のインターネット環境を使ってエロ動画をダウンロードしたり。

 そして回線が細かった時代では、そのために帯域を占有され、業務システムに障害が発生。

 原因追及の末、摘発されて処分を受けるなど問題行動を取る社員は居た。

 

「そ、そういうのはプライベートでやってよぉぉぉっ!」

 

 嘆いた末、データを削除。

 復活できないよう念入りにデータ消去プログラムを走らせるアルレットだったが……

 

 実際にはこれ、ジャブローでの健康診断でまた妹のバストのカップが育ったと聞いたミヤビが、巨乳を揺らさず走る妹のフォームを解析することで開発した『MIRAI・歩行アルゴリズム』のアップデート用にミライに頼み込んでサンプリングしたデータだったりする。

 ヤシマ重工の担当者(注:女性。黒い三連星にデスクをバンバン叩いてお説教したのと同一人物)に渡し、その彼女が念を入れて外部ネットワークとの接続が無い生産系ネットワーク上のコンピュータで加工しようとセキュリティをかけた上で保存していたもの。

 

 無論、個人が特定できないよう手を加えてはあるが、何も知らない者にはかえってそこがいかがわしいとしか感じられなかったり。

 そのためにアルレットもダントンも気付かなかったのだ。

 いや普通こういうデータがモビルスーツの機体制御OSに役立っているとは思わないか。

 

 そういうわけで今回のアルレットの出撃は完全な無駄足に終わり、ヤシマ重工ではデータ流出の危機が回避されたのだった……

 

 

 

次回予告

 ホワイトベースは発進する、巨大な戦場の待ち受ける宇宙へ。

 シャアの追撃はついに艦隊攻撃を行わしめる。

 迫るビグロの巨体がドラケンを捕らえ、相対速度差からくる加速度のショックでミヤビは……

 次回『ザンジバル,追撃!』

 ミヤビは生き延びることができるか?




 ツヴァークの活躍はとりあえず終了。
 ホワイトベースには積み込むので今後、また活用される場面もあるかも知れませんが。
 次は宇宙ですが、またミヤビがヒドイ目に遭う模様……


> イワノフのアッガイは、両腕からロケット弾を発射。

 これは史実そのままのシーンです。
 アッガイの腕の武装はこの第30話中でも描写がまちまちで、それゆえに腕部がユニット化されており、任務やパイロットに応じて武装を変更することを可能としている、という考察が成されていました。
 このお話の中の腕部武装ユニット交換の設定はそれを発展させたものですね。


>『HRAT-23 ハンドロケットランチャーは発射筒内に4発のミサイルを格納し、撃つことができるんです!』

 書籍『マスターファイル アーマードトルーパー ATM-09-STスコープドッグ』に掲載されている説です。
 実際、そういう運用も確かにありですよね。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第31話 ザンジバル,追撃! Aパート

 不敵にもシャアは地球連邦軍本部ジャブローに潜入した。

 しかし、サラの活躍とアムロの操るツヴァークの追撃の前に撤退せざるをえなかった。

 

 

 

「ティアンム艦隊は二十一時にここジャブローを発進する。そこで君達ホワイトベースは、その二時間前に発進してくれたまえ」

 

 ゴップ大将からの指示に困惑するブライト。

 

「二時間も前に、でありますか?」

「そうだ。あ、おとり艦はほかに三隻出す」

 

 史実とは違い、そのおとり艦には地球連邦軍試作型モビルスーツ運用艦にしてサラミス改級宇宙巡洋艦『モック・バー(mock bar)』、つまりランバ・ラル隊の運用する艦が混ざっているのだが。

 一方、

 

「ティアンム艦隊はまっすぐにルナ2に向かわせるから、ホワイトベースは反対の人工衛星軌道に乗っていく。そのあとでジオンの宇宙要塞ソロモンを叩きに行くという訳だ」

 

 という作戦自体は史実どおりである。

 

「は。ホワイトベース、本日19時をもって発進いたします」

 

 ゴップはうなずくと、ミライに向き直り、

 

「ミライ少尉も体には気をつけてな」

 

 と告げる。

 ミライは高官からの特別扱いにブライトの目を気にしながらも、

 

「ありがとうございます、提督」

 

 無難に返事をしておく。

 ゴップは手元の資料をまとめると立ち上がりつつ、

 

「大丈夫、ソロモンが落ちれば国力のないジオンは必ず和平交渉を持ちかけてくるよ。そこでこの戦争はおしまいだ」

 

 良識的な見通しを告げる。

 楽観視しすぎだろうか?

 いや戦争は国家間の交渉オプションの一つに過ぎないのだから、レビル将軍みたいな『ジオン絶対許さないマン』みたいなのが異常なのであって。

 ゴップ大将の見通しは健全であると言って良いものなのだ。

 物事には落としどころというものがあり、それをすり合わせるのが政治であり交渉である。

 

 交渉、つまりは対人関係が難しくて奥深いのは、相手が自分と同じ『当たり前』を前提に生きているわけではないから。

 そのことを理解しないまま、自分が「正しい」と決めつけて人に関わると、それに反する者はすべて「間違っている」ということになってしまうわけである。

 ジオニズムにて提唱された「地球を聖地として保護し、全人類は宇宙へ住むべきだという思想」エレズムをスペースノイドが「正しい」と信じ、地球に寄生するアースノイドが「間違っている」としたからこの戦争が始まったのだし、コロニー落としなどという大量殺戮が行われた。

 人は自分が「正しい」と思った時にはどこまでも傲慢になれるのだから。

 

 人はみな育ってきた環境によって考え方が違うので、人の当たり前を頭から否定することは不可能。

 そもそも科学的に「正しい」とされる学説ですら科学や技術の進歩で覆ることさえあるし、「正しくても役に立たないどころかかえって害になる事例」など無数にあるのだから。

 もし自分と違う考え方の人がいたら、「間違っている」と指摘するのではなく、「そういう考え方もあるのか」と捉えるべきだということ。

 その上で、異なる意見があるなら「こんな考え方もあるけどどう思いますか?」と問いかければいい。

 そうやって互いに意見を出し合い、落としどころを見つけてより良い結論を導いていくのが交渉。

 

 最初から「あなたは間違っていると思います」「あなたの考えは認められませんから取り下げてください」では話にならないのだ。

 世の中に完璧な組織、完璧な主張、完璧な人間など存在しない。

 完璧なように見えても視点を変えれば矛盾や粗(あら)がたくさん見つかったりするもの。

 科学的に正しいとされる定説にも、現在の科学力では説明が付かない矛盾点を孕んでいることは多分にあるように。

 なのに、どこにでもあるような、何にでもあるような、誰にでもあるような粗を見つけるたびに相手を否定していては、どうにもならない。

 大事なことは、不完全な世界を受け入れていくこと。

 さらにより良いものを目指して、「こんなアイディアもあります」「こんな考え方もできませんか?」「この考え方を押し進めて行こう」と、補完していく人こそ成功していくものなのだから。

 

 そういった、ミヤビから聞いた話を思い出すミライ。

 しかしそこでゴップ大将は爆弾発言を投下する。

 

「そしたら君たち姉妹のムコさんの面倒を見させてくれ」

「え、ええ」

 

 困ったような顔をするミライにゴップもはて、と首をひねり、そして思い当たる。

 

「あ、ああ、フィアンセが居たっけな。ああ、すまんすまん」

「あ、い、いいえ……」

 

 いたたまれない様子で曖昧に言葉を濁すミライ。

 

 

 

 ミライは参謀本部からブライトの運転するエレカーに同乗してホワイトベースへと向かうが、

 

「フィアンセっていったって親同士の話よ」

 

 そうブライトに説明する。

 

「どこに居るんです?」

「戦争を避ける為にサイド6に逃げたとか……」

 

 沈黙。

 そして、

 

「誤解しているかも知れないから言っておくけど、婚約者って姉さんのよ」

「ファッ!?」

 

 思わず出してしまった奇声。

 同時にハンドル操作を誤りそうになり慌てるブライト。

 その反応を見て、ミライはやっぱりとため息をつく。

 その上、

 

「そう思うわよね。姉さん自身、自覚していないし」

 

 などと信じられないことを言うミライ。

 

「なっ、何でそんなことに……」

「姉さんって恋愛感情とか、あと男性から見て自分がどれだけ魅力的なのか分かっていないところがあって。そういう男女間の好意を向けられても自分に対するものだって思わないようなの」

 

 ブライトはミヤビの人形じみた美貌と、一方でたまに見せるどこか抜けたところのある言動(いつだってミヤビはボケボケっとしているのだが彼女を買いかぶっているブライトにはそう思われてはいない)を思い出して、

 

「……それは、分かるような気もするが」

 

 と同意する。

 

「お相手の男性も押しが強い方じゃなくて私に相談したり、姉さんの好む会話が分からないからって二人きりになった時にも私の話をしたりするものだから、姉さんは彼が私の婚約者だと思い込んじゃってしまって」

 

 その誤解が解けないのだ。

 毎回、恋を見守る優しいお姉さん視点で妹の好みとか攻略法をさりげなく教えられるという目に遭って、すごすごと引き上げてくる彼の愚痴をミライが聞かされるまでがワンセット。

 それを知ってミヤビがますます誤解するという悪循環である。

 

 まぁ、前世が男性なミヤビ。

 加えて彼女の記憶にある史実では、ミライのフィアンセだったカムラン・ブルーム氏について思い込みからくる誤解があっても仕方が無いとも言えるのだろうか……

 

 そんなグダグダな話を聞きつつもホワイトベースに帰投するブライト、そしてミライ。

 

「おお二人とも、どうだった?」

 

 と、リュウたちに迎えられる。

 ブライトはそれにうなずくとその場の皆に向け、

 

「ホワイトベースは一時間後にここを出発する。それまでに各部署の準備を急げ」

 

 そう指示する。

 そこに、

 

「よう、ホワイトベース隊の責任者は誰だい?」

 

 と、ダッフルバッグ…… 船員向けの円筒状の雑嚢を背に引っ掛けたガタイの良い連邦軍士官が、渋いバリトンの声で話しかける。

 

「なんの用だい?」

 

 対応するのはカイ。

 ホワイトベース内ではなぁなぁになっているが、士官に対し下士官がそんな口を利いたら普通はどやされるものだが。

 

「どこに居るんだよ?」

 

 と軽く流すところが男の風格を感じさせた。

 カイはカイで特に絡まず、

 

「ブライトさん、お呼びだぜ」

 

 そうブライトに振る。

 

「ん、なんです?」

 

 向き直るブライトに、ちゃっと、二本指を流す敬礼じみた仕草を返し、男は名乗る。

 

「スレッガー・ロウ中尉だ。今日付けでこっちに転属になった」

 

 ブライトは、

 

「ミライ、聞いているか?」

 

 と確認。

 ミライは慌てて書類を確認し、

 

「えっ? あ、あります」

 

 と答える。

 その彼女の顔を覗き込むようにしてスレッガーは笑う。

 

「ははは、俺もついてきたな、こんなきれいなお嬢さんとご一緒できるなんて」

 

 その馴れ馴れしいとも言える距離感に、ミライは突き放すように、

 

「よろしく、ミライ・ヤシマです」

 

 と慇懃に返すが、

 

「よろしく」

 

 とスレッガーは意に介した様子が無い。

 ふいと横を向くミライ、その様子にカイが声を上げて笑うも、

 

「へへヘヘッ」

 

 スレッガーも図太い様子で声を上げて笑って見せる。

 次いで、

 

「よろしく、お嬢さん」

 

 とセイラにも声掛け。

 

「セイラ・マスです」

 

 やはり警戒した様子を見せる彼女の顔を見つめると、スレッガーはこう言う。

 

「んー? あんた、男の人のことで悩んでる相が出てるよ」

「えっ?」

「ははははっ」

 

 思い当たる節のあるセイラははっとするが、スレッガーは敢えて笑い飛ばすと、

 

「よう、俺のねぐらどこ?」

 

 と荷物を置くために歩み去ってしまう。

 

 

 

「リュウは無事だったけど、彼も来たのね」

 

 スレッガーの登場を遠目に確認しつつ、つぶやくミヤビ。

 リュウの代わりの要員的なイメージのあるスレッガーだったが、別にそれが正しいと決まっているわけでも無く、事実こうして来てくれた模様。

 ゆえにホワイトベースは人員的には史実より充実しているとも言えるが、

 

「まぁ人の恋路は成り行きに任せるとして、乗機の方よね問題は」

 

 ということになる。

 テレビ放映版なら二機目のGファイターが追加され、それにスレッガーが乗ることになる。

 劇場版ならコア・ブースターだし。

 

「でも劇場版なら追加のガンキャノンがあるのだけれど」

 

 ミヤビは、テム・レイ博士によって運び込まれたもの、ホワイトベースの新戦力を見上げて首をひねる。

 

「妥当と言えば妥当なの…… かしら、これ?」

 

 と。

 

 

 

『大いなる戦いの第一歩は諸君らの勇気ある行動にかかっている。この戦いに我が連邦軍が勝利した暁には、今日という日は偉大な一日として国民に記憶されるであろう。全将兵の健闘を祈る次第である』

 

 ティアンム艦隊発進を前にしたゴップ大将の演説。

 本隊より二時間前に出発するホワイトベースでも聞くことができた。

 まぁホワイトベースは囮なのだから、演説後に発進するのは自然。

 念のための演技ということもあって、この演説後に発進するようになっているのだが。

 

(おじさまも上手ねぇ……)

 

 ミヤビはというと、きっちりと建前を演じてみせるゴップに素直に感心していたが。

 さすがはマンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』では政治家に転身し、地球連邦議会の議長まで行っていた人物といったところだろうか。

 

「さて、いよいよ発進だ。各員持ち場につけ」

 

 演説も終了。

 それをもってブライトは全艦に指示を出す。

 

「ドッキングロック解除、ホワイトベース発進」

 

 

 

「上空クリアー。ハッチ開け」

 

 入港時と同じくジャブローの地表、森林が割れて宇宙船ドックの出入り口が開いていく。

 そこをミノフスキークラフトにより飛び立っていくホワイトベース。

 

 

 

「うわ、トイだぁ」

「きれー」

 

 ブリッジから見える光景に声を上げる子供たち。

 それを横目に操舵するミライも口元を緩める。

 ブライトもキャプテンシートの送受話器を上げて全艦放送。

 

「手の空いている者は左舷を見ろ、フラミンゴの群れだ」

「ビデオに撮っておきます」

 

 オスカの粋な進言。

 ブライトも、

 

「よし、許可するぞ」

 

 と笑顔で答える。

 

 

 

 一方シャアは、モビルアーマーの試験部隊が運用する宇宙巡洋艦ザンジバルに移乗。

 

「木馬はどうなっているか? トクワン大尉」

「は、南米のジャブローは発進したようであります」

「よし。急げ」

 

 ということで、ブースターを付けたザンジバルでホワイトベースを追う。

 

 

 

 途中で燃料を使い果たしたブースターを切り離し、宇宙へと飛び立つザンジバル。

 そのブリッジで席に着くシャアに、トクワンが告げる。

 

「30分ほどで戦闘圏内に入れます」

 

 ホワイトベースはミノフスキークラフトを使うがゆえにブースター無しでも大気圏外へと脱出できるが、逆に言うと、そのスピードはブースターで第一宇宙速度を出しているザンジバルより遅い。

 だから追いつくことができるわけである。

 

「ご苦労だった。キシリア殿はお怒りだったのか?」

「はあ」

 

 苦笑しながら答えるシャアに、あいまいな返事を返すことしかできないトクワン。

 しかしシャアは余裕を見せる笑顔で、

 

「我ながらそうは思うよ。このザンジバルがビグロの実戦テストの準備をしていなければ木馬を追いきれなかった」

 

 そう告げる。

 この会話、『機動戦士ガンダム』が視聴者として想定している小中学生、いや場合によっては高校生や大学生でも、

 

「さすがシャア、やることが素早い。でもキシリアを気にしたりとかゴチャゴチャ言ってる意味が分からない」

 

 などと思うかも知れないが。

 就職して組織に身を置けば分かる。

 いくら階級、役職が上で、かつ同じ組織内であっても、自分の配下以外の人員や設備を勝手に使うことは本来できないのだ。

 

 企業で言うならキシリアは取締役兼、突撃機動軍という事業部の事業部長。

 シャアは突撃機動軍内に置かれているマッドアングラー隊という組織の部長か課長あたりか。

 そしてこのザンジバルを運用している部隊は突撃機動軍内ではあるが、また別の部や課に組み込まれている組織。

 シャアが俺は課長なんだから係長のお前は俺の指示に従って仕事をしろ、というように勝手に使うことは許されない。

 

 まぁジオン軍にはドクトリンの固まり切らない新兵器、モビルスーツを用いるにあたり現場指揮官の、ともすれば独断専行とも取れる柔軟な戦術で緒戦を勝ち進んだという実績がある。

 そのため無茶をしても結果を出せれば許される風潮があり。

 マッドアングラー隊を放っておいて別組織の運営するザンジバルに乗ってホワイトベースたち宇宙艦隊を追いかける、というのは相当無茶だが、地球連邦軍の反攻作戦をいち早くキャッチして追撃した、と考えるなら通る話なのかもしれない。

 

 一方でトクワンは、

 

「シャア大佐、ご覧になりますか? ビグロを」

 

 と協力的。

 何しろ元々この部隊はそのモビルアーマー、ビグロの実戦テストを行うための部隊。

 シャアがその相手としてあの木馬を追わせてくれると言うのだから乗らない手はない。

 噂のガンキャノンを、そして木馬を墜とせば名声、そして評価を得られ昇進も十分に有り得るということもあって、部隊の士気は高い。

 

 シャアもまた、

 

「うん、見せてもらおうか。作戦を考える必要がある」

 

 そう答え席を立つ。

 

 

 

「このモビルアーマーのビグロなら、高速戦闘力に関してはモビルスーツなど物の数ではない、ということです」

 

 艦内デッキ、ライトアップされた巨体を前に胸を張るトクワン。

 

「しかし、一機では作戦はできんぞ」

 

 そう言葉を返すシャアにうなずいて、

 

「は、宇宙空間戦用にカスタマイズされたドムが二機とノーマルな予備機、そしてテスト中止のモビルアーマーが」

 

 と答える。

 

「ドム? 陸戦用のか?」

「は、バーニアをパワーアップしてあるリック・ドムですが、それをさらに宇宙空間での高機動戦に特化、モビルアーマーに追従できるようにしたものです」

「改造型か」

「ザクタイプよりははるかに使えます。ビームも撃てますし」

「うん」

 

 考え込むシャア。

 見ればビームバズーカを装備したリック・ドムを前に、

 

「急いでくれよ、出撃は近いんだから」

 

 と整備兵たちが怒鳴り合っている。

 そこに歩み寄るシャアだったが、

 

「足は付いていない」

 

 というつぶやきには、整備員から、

 

「あんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ」

 

 そう回答が返ってくる。

 彼は手元の端末を操作し、この機体の概要を表示させると説明する。

 

【挿絵表示】

 

「リック・ドムK型、別名クルツタイプです。宇宙空間戦闘でデッドウェイトとなりがちな脚部を廃し、本来脚部に内蔵される熱核ロケットエンジンをスカート内に直接マウントした結果、推力比は上がっておりモビルアーマーにある程度追従できる機体として活用されているものです」

 

 元々はニュータイプ専用モビルスーツ、ジオングにおいて足の無いプランを検討するにあたり実験機としてリック・ドムを改装して作成されたものだ。

 急きょ作成した機体であるにも関わらず良好な性能を示したため、そのデータがジオングに生かされた他、こうして少数生産された機体がモビルアーマーのサポート機として利用された。

 さらには後継としてドム・バインニヒツの開発が検討されていた。

 また脚部の破損したリック・ドムを戦力化させるためにこのタイプに改装した事例も報告されている。

 宇宙空間戦用ではあるが、重力下でも推進剤がある間はホバー走行による活動も可能というものだ。

 

 そして、

 

「ビームバズーカ、実用化されていたのね」

 

 とは一緒に付いてきたアルレットのつぶやき。

 シャアのシューフィッターパイロットのダントンも、彼女のお目付け役のように控えている。

 

「例のガンキャノンショックから始まった、開発機種絞り込みによるリソース集中の成果か?」

 

 ダントンの言うとおりのこともあるが。

 

 それに加え、ランバ・ラル隊が運用する『にせガンダム』からのフィードバックがあることも影響している。

 連邦によるコロニーの植民地的支配も、そしてジオン…… と言うよりザビ家独裁による地球圏支配もよしとしない第三勢力、ネメシスのバックアップを受けたこの機体。

 ジオン内、旧ダイクン派の人間がツィマット社の開発していたYMS-08Bドム試作実験機のジェネレーターとビームバズーカを横流しし、アナハイム社がそれを仕上げているのだが。

 完成にはアナハイムの技術、そして地球連邦軍内の支持者、スペースノイドを中心とした穏健派がやはり同様に横流しした地球連邦軍モビルスーツの技術が加えられており、そのフィードバックがツィマット社に、そして暫定量産機に決まったリック・ドムにもたらされる。

 その結果としてビームバズーカが標準装備として実用化されてしまっているわけである。

 

 それってザビ家に利する行為じゃないの、という話もあるが、実際にはネメシスのメンバーはこの戦争にはすでに、

 

「どんなに頑張っても最後は連邦の物量に押し切られて終わりだろ」

 

 と見切りをつけており、戦後、連邦に立ち向かえるだけの政治力、資金、人材、武力を蓄えているところ。

 そのために得られた技術を利用しているわけである。

 小説版『機動戦士ガンダム戦記~Lost War Chronicles~』において隠れ旧ダイクン派だったオーストラリア方面軍司令官ウォルター・カーティス大佐が、敗北色濃厚な終戦に備え活動していたのではなく、戦後、先鋭化するであろうアースノイドとスペースノイドの主導権争い、つまり次なる戦いに備えて動いていたように。

 

 そんな裏の事情はともかくシャアは満足そうにうなずくと、

 

「パイロットを集めろ。木馬がどこに向かうかわかったところで追撃戦だ」

 

 とトクワンに指示。

 

「は」

 

 うなずくトクワン。

 彼は自らビグロで出撃するつもりだった。




 ようやく宇宙へ、ということでヤシマ姉妹のグダグダな婚約者事情は置いておいて。
 ジオン側では今回登場のゲテモノなリック・ドムK型はともかくとして、小説版のシャア専用リック・ドムに起源を持ちゲーム等ではお馴染みのビームバズーカが実用化。
 この小さなずれが今後、どんどん大きくなっていく予定です。
 そして次回は戦闘の開始。
 ホワイトベース側の新戦力はそのうちに……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第31話 ザンジバル,追撃! Bパート

「追いかけてくるのはどうもザンジバルクラスの戦艦ですね。このままですと20分で追いつかれます。直撃が来ます」

 

 オペレーターのマーカーからの報告にブライトは決断。

 

「よし、コースこのまま、ポイントE3で加速する」

「はい。そうすれば、ホワイトベースはいかにも月へ向かうように見えるわね」

 

 同意するミライにブライトは、

 

「それがつけめさ」

 

 そう答える。

 そこに、

 

「シャアがでてくるわ、必ず来る」

 

 というセイラのつぶやき。

 

「セイラ、まだそこにいたのか」

「あっ……」

 

 ブライトの声に、セイラは思考の淵から意識を現実へと戻す。

 

「機体をチェックする時間もないぞ」

「す、すみません」

 

 慌てた様子で立ち上がるセイラに、ブライトは、

 

「なぜわかるんだ? シャアが来ると」

 

 と問うが、セイラは、

 

「い、いえ、ホワイトベースってあの人と因縁あるでしょ、だから」

 

 そう言葉を濁す。

 

「恐いのか?」

 

 さらに踏み込むブライトに、

 

「恐くない人、いて?」

 

 そう答え歩み去るセイラ。

 その背を見送りつつ、

 

「どう思う? ミライ」

 

 と問うブライトに、ミライは複雑な表情を浮かべた後、しかし、

 

「ええ、疲れてるんでしょ。それで怯えているんだと思うわ」

 

 そう無難に答える。

 史実とは違いジャブローでのシャアとの邂逅の現場は、彼女の代わりにミヤビが目撃しているわけだが。

 それを目にしていなくても、ニュータイプ的感か鋭いところのあるミライ。

 何か感じるものがあるのだろう。

 一方ブライトは彼女の言葉に納得したのか、

 

「だろうな」

 

 とうなずくのだった。

 

 

 

「木馬の推定コースが出ました。このままですと月へ向かいます」

「月だと? キシリア様のグラナダへ向かうのか」

 

 兵の報告に戸惑うトクワンだったが、

 

「まさかな」

「は?」

 

 シャアのつぶやきに、問うように振り返る。

 その視線を受け、シャアは説明する。

 

「引っ掛かったんだよ、我々は。木馬はおとりだ。今頃南米のジャブローからは別の艦隊が発進している頃だ」

「ならば、転進してそれを」

「本気か? 我々が背中を見せれば木馬が攻撃してくる。この機会に先制攻撃を仕掛けるしかない!」

「は」

 

 こうしてザンジバルは戦闘の準備に入る。

 

 

 

「ザンジバルをキャッチしました。最大望遠です」

 

 追って来るザンジバルを、光学センサーでもキャッチ。

 

「何分で攻撃が来る?」

「待ってください」

 

 ブライトの問いに計算するマーカー。

 

「このままなら2分20秒後に直撃がきます」

「アムロ、ガンキャノン。ミヤビさん、ドラケンE改可翔式。リュウ、ハヤトはコア・ブースター出動用意。ガンキャノンLはスタンバイのまま待機」

 

 指示を下すブライト。

 

 

 

「各砲座開け。ビーム砲開け」

 

 ザンジバルは大気圏突入機能を持つため、各火砲は収納式。

 そして以前、ランバ・ラル隊が地球に降りた際には仮の巨大投光器がセットされていた場所には、4門のメガ粒子砲が装備されており、シャッターが開くとともにその姿を現す。

 

「トクワン、ビグロ発進、いいな?」

 

 ブリッジのシャアはビグロのトクワンに指示。

 

『は』

「続いてリック・ドム二機発進用意」

『トクワン以下二名、発進します』

 

 そうしてモビルスーツデッキから発進するビグロの巨体。

 そしてその直衛のビームバズーカ装備、脚無しのリック・ドムK型。

 

 

 

『ガンキャノン、ドラケンE改可翔式、発進急げ。ホワイトベースの後方に展開して敵のモビルスーツを撃破する』

 

 ブライトからの指示を受け、カタパルトに歩み寄るアムロのガンキャノン。

 セイラはそれをガンキャノンL、ロングレンジタイプの頭部、砲手コクピットで見守りながら考える。

 

「男の人の事で悩んでいるね?」

 

 よみがえる、スレッガーの言葉。

 

(もしザビ家に対して仇を討つ為なら、そんな生き方、私には認められない)

 

「兄さん……」

 

 

 

「ひっきしっ!」

「風邪ですか、大佐?」

 

 低い位置から自分を見上げる少女の目。

 シャアは心配そうに自分を見つめるアルレットに微笑むと、

 

「いや、誰かが私の噂でもしているのだろう」

 

 そう答える。

 

「………」

「大丈夫だ、アルレット」

 

 重ねて問題ないことを告げ、彼女の頭を撫でる。

 そうされることでアルレットはようやく気を抜いたように目を細め、されるがままにシャアの大きな手のひらをその身に感じ取るのだった。

 

 

 

『アムロ、ガンキャノン行きます!』

「ドラケンE改可翔式、発艦します」

 

 ミヤビのドラケンE改可翔式が右舷モビルスーツデッキから発進したのは、アムロのガンキャノンが左舷デッキから出撃した直後だった。

 くるりとターンして、接近する敵機に向かう。

 

『ミヤビさん、もっと離れてください。このまま直撃を受けたら二機ともやられてしまいます』

「了解」

 

 アムロからの助言に、死んだ目をしつつ従うミヤビ。

 彼女の知る史実でのこの戦いでは、ガンタンクはホワイトベースに砲座として固定。

 ガンキャノンはスタンバイ待機で、アムロたちが苦戦している状況を見て後からの発進だった。

 それはなぜかというと、

 

『気を付けてください、スピードを上げると重力に引っ張られて落下します。絶えず上昇する気分で飛行してください』

 

 アムロが注意を促してくれるように、地球から追いかけてくるザンジバル、その艦載機に向かうということは地球に向かうのと同じ。

 推進力の低いガンタンクでは地球の重力に捕まってしまう可能性があるし、ガンキャノンでも危ない。

 だから推力比の高いGメカ、それに支援を受け、パイロットの技量も高いアムロ、それらのみを向かわせたのだ。

 

 そして本来、このような状況下ではドラケンなど出せるはずも無かったが、

 

(テム・レイ博士の魔改造で可翔式にされて、大気圏内の単独飛行も可能になるほどの推力比を持つようになってしまったものね)

 

 ということ。

 しかし、これは諸刃の剣である。

 操作を誤れば、その高い推力であっさりと限界点を超えてしまい地球の重力に捕らわれ落下、ということにもなりかねないのだから。

 それでも、

 

「ありがとう、気を付けるわ」

 

 と感情の死んだ平坦な声でアムロに答えるミヤビ。

 断頭台に送られる死刑囚みたいな心理状態ゆえの声だったが、悲しいかなそれを耳にする者には、

 

 この状況でもまったく動揺することなく落ち着いているミヤビさん、すげぇ!

 

 と誤解される。

 そんなだから、このような厳しい戦場にも、

 

 ミヤビさんなら大丈夫!

 

 と信頼され送り出されてしまうのだが、ミヤビはそれを自覚していない。

 

『ミヤビさん、来ました』

 

 サラからの接近警告。

 機体前頂部に固定設置されている5連式多目的カメラモジュールと、右肘ハードポイントに装備された60ミリバルカンポッド弐式の照準用カメラセンサー。

 それらから得られたデータをコンピュータで統合、幾通りのモードの中から最適な画像とデータがミヤビのノーマルスーツヘルメットに装備されたバイザー型HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)に映し出される。

 

 同時にビームの輝きがこちら、ホワイトベースに向かって放たれた。

 

 

 

「後方ミサイル、迎撃急げ」

 

 ブライトが指示を下す一方で、忙しく舵を切り回避行動を取るミライ。

 

「うっ」

 

 それでも船体に走る衝撃。

 命中弾がホワイトベースを襲う。

 

 

 

「来たな」

 

 突出して接近するビグロを見定めるアムロ。

 

「よーし、見てろ」

 

 シートのヘッドレスト側面からスコープを引き出して狙うが、

 

「うっ」

 

 想像以上の速さに攻撃のタイミングを外す。

 

「!! !! なんて素早いヤツッ」

 

 しかもビグロが狙っていたのはガンキャノンではなく……

 

 

 

「このビグロにドラケンで闘おうというのか! 侮辱を感じるがまあいい! 若気の至りとしよう!」

 

 トクワンが向かったのはミヤビのドラケン!

 こんな作業用重機に毛が生えたようなもの、正規のパイロットなど乗っているわけも無く、噂で聞く少年兵あたりが相手だろうとあざ笑う。

 

「本気を出すまでも無い! ガキは軽くひねっておとなしくさせればいい……」

 

 クローアームを構え一気に加速!

 

「このドシロートがァーッ!!」

 

 

 

(どうしてこっちに来るの!?)

 

 ミヤビは内心悲鳴を上げながら全力回避。

 

【挿絵表示】

 

 ドラケンE改可翔式の飛行ユニット、コア・フライトユニットだが、これは機首部分を取り外されたコア・ファイターの胴体部がドラケンE改の背面上部に可動軸を設けて接続されており、必要に応じて上下、扇状に可動する。

 大気圏内では主翼、垂直尾翼を展開、斜め下方に噴射し離陸した後、地面に対して水平近くになるまで可動し飛行を続けることができるものだが。

 

 これは同時にZガンダムのロングテール・バーニア・スタビライザーのように、可動するベクタードノズルとして働く高出力スラスターとAMBAC(active mass balance auto control。能動的質量移動による自動姿勢制御)作動肢として働くスタビライザーの機能を併せ持つため、運動性が格段に上昇する。

 それをフル活用した、ある意味変態的な機動でビグロの突撃をかわすミヤビ。

 

 

 

「チィッ! 勘のイイ奴!」

 

 とりあえず蹴散らし、ガンキャノンおよびホワイトベースの動揺を誘う。

 そのために狙ったドラケンごときに攻撃をかわされたことに驚きの声を上げるトクワン。

 

「このビグロのスピードに対して回避できるだけでも大したものよ! あのパイロット!」

 

 だが……

 

 

 

「だ、駄目だ。ミヤビさん、上昇するんです」

 

 慌てるアムロ。

 

 

 

「よくやるぜ、下へ下へとまわり込んだら落ちるかもしれねえってのによォ!」

 

 とトクワンが呆れるように、ミヤビは回避を優先するあまり地球の重力に捕まりかねない方向に突き進んでしまっていた。

 

「しかしッ!」

 

 ドラケンを援護するアムロのガンキャノン。

 その右肩、スプレーミサイルランチャーから一斉射撃で放たれたミサイルをトクワンのビグロはかわしながら反転。

 

「フンッ! ミサイルの弾幕を張るっていうのはこういう風にやるのよ!!」

 

 機体左右側面に装備された4連装ミサイルランチャー二基から続けざまにミサイルを放つ。

 

 

 

(だから何でこっちを狙うの!?)

 

 コア・フライトユニットをロングテール・バーニア・スタビライザーのように活用するだけでなく。

 尾部四隅に装備された姿勢制御システム(Reaction Control System, RCS)、つまり姿勢制御用の小スラスターや、前部下面にある垂直上昇ノズルハッチからの噴射まで併用して回避運動を取ると同時に。

 コア・フライトユニット尾部下面にあるチャフ、フレアディスペンサーの射出口から、敵センサーを欺瞞するチャフとフレアーを派手に放出。

 辛うじてミサイルの弾幕を回避するミヤビ。

 

 なお、凡人たる彼女には地球の重力に捕らわれる危険性まで加味して機体制御を行う余裕などない。

 それが……

 

 

 

「あいつ…… 回避優先のとんでもねぇカミカゼ航法だァ。重力に捕らわれる恐怖ってもんを感じる感覚、欠けてんじゃねーのか、あのパイロット」

 

 ビグロに続いて戦場に到達しようとするリック・ドムK型のパイロットたちは、ドラケンの機動を見て戦慄する。

 

「なんてこった……!? トクワン大尉のビグロが突っ込みで負けてる……!?

 あんな高速で回避行動を取りながら地球の重力に捕まる限界点をかすめるなんて……

 こればっかりは機体の性能がどうのこうのって問題じゃねぇ。

 あのパイロット、アタマの中のネジが二、三個ふっとんでやがる。

 ひとつミスしたら絶対死ぬ……」

 

 そういう評価につながるのだった。




 戦闘の開始。
 ちらっと出てきましたが、ホワイトベースの新戦力はこんな具合で。
 次回はどうしてセイラの機体がガンキャノンL、ロングレンジタイプになったのか、テム・レイ博士サイドのお話をする予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第31話 ザンジバル,追撃! Cパート

「モビルスーツは三機です、コア・ブースターも出してください」

 

 マーカーからの要請に、ブライトは同意。

 

「よし、リュウとハヤトにコア・ブースターを発進させろ。スレッガー中尉はどこだ?」

『おう、なんだ? ブリッジのすぐ下に居るぜ』

 

 通信モニターにスレッガーが現れる。

 

「ご専門はなんでしょう?」

「大砲でも戦闘機でもいいぜ」

「主砲の方にまわっていただけませんか? 中尉」

「条件がある」

「条件?」

 

 戸惑うブライトにスレッガーは、

 

「ホワイトベースを敵に向けてくれ。慣性飛行をしているからできるはずだと思うがな」

 

 そう提案。

 確かにそれは可能だが、

 

「しかし、それでは追い付かれる」

「じゃあやらねえ。当てる自信がねえからよ」

 

 それだけ言って切れる通信。

 確かに無駄な行動なら切り捨て、別にリソースを回すというのは正論ではあるが。

 

 

 

「いいか、あと15秒だけ攻撃しろ。これ以上の攻撃は味方のモビルスーツを撃ち落すことになるかもしれん」

 

 シャアからの指示。

 ザンジバル側でも、味方機がホワイトベースへ迫っていることが確認されていた。

 

「木馬のやつ、なかなか手馴れてきたな。艦長が変わったのか? しかし、まさかとは思うが。民間人があのまま軍に入って木馬に乗り込むなぞ」

 

 つぶやきながら考え込むシャア。

 

(アルテイシア…… しかしあの時のアルテイシアは軍服を着ていた。聡明で、戦争を人一倍嫌っていたはずのアルテイシアが)

 

「フフフ、再び宇宙戦艦に乗り込むなどありえんな」

 

 そういう結論に達する。

 

「よし、あと3秒で砲撃中止。当てろよ」

 

 

 

「ああっ。おおっとっと……」

 

 ザンジバルの攻撃に揺れるブリッジ。

 入室してきたスレッガーは衝撃によろけ、舵を握るミライの背にぶつかりそうになったところで、彼女の両肩に手を当て自分の身体を止める。

 

「あっ……」

 

 箱入りで男性に身体を触れられることなど慣れていないミライ。

 自分の肩をすっぽりと覆うような大きな男の手に硬直する。

 

「ご、ごめんよ、悪気じゃないんだ……」

 

 スレッガーも相手の初心な反応に、可能な限り気を使った言葉をかける。

 そして、

 

「ブライト中尉さんよ」

「中尉、一言言っておくがあなたは私より年上だが指揮権は私にある。それを」

「それは当然だ」

「そりゃどうも」

 

 スレッガーのような骨のある男にこれだけ言えるようになったブライトもまた成長しているということか。

 まぁ、スレッガー側も気を使って当たりを柔らかくしているということもあるが。

 

「だから頼んでるんだ。ホワイトベースの主砲を使えるように早いところ回れ右をしてくれ、と」

「今は無理だ。もう少し待ってくれ」

 

 一方、

 

「敵三機のうち一機はモビルアーマークラスのようです。コア・ブースター発進、急がせてください」

 

 マーカーからの報告と再要請。

 ブライトはデッキに通信を結ぶ。

 

「リュウ、ハヤト、何してるんだ?」

『すまんブライト。初めての機体にメカニックが少しな。だがもう大丈夫だ』

「アムロとミヤビさんを援護してくれ」

『了解だ。行くぞ、ハヤト』

『はい、リュウさん』

 

 右舷デッキからコア・ブースターが相次いで発艦する。

 

「ガンキャノンLは発進口に待機。砲台として使う予定だ。いいな?」

 

 ブライトは左舷デッキのメカニック、オムルに指示。

 

『了解しました。カイには伝えます』

 

 そうしてブライトは覚悟を決める。

 

「ホワイトベース、180度回頭」

 

 ホワイトベースは回れ右をしてザンジバルに艦首を向けることに。

 すれ違いざまに戦う反航戦、のように見えるが、実際には慣性によりホワイトベースは後ろ向きに前進し続けるわけで、その意味では敵艦隊と同じ方向に進みながら砲雷撃戦を展開する同航戦とも言えるが、しかしお互い艦首を向け合っているし、速度差からすれ違うので相対的に互いから見たらやっぱり実質反航戦と変わらないか、という状況になる。

 地球上の海戦とはまた違った理(ことわり)があるのが宇宙での戦闘というものだった。

 

「ははははっ、いいねえブライト中尉。あんたはいい」

 

 満足げにうなずくスレッガー。

 

「主砲の射撃をやってもらいたいものだな」

 

 そう依頼するブライトにスレッガーは、

 

「ミライさん、船は任したからね。頼んだよ」

 

 と陽気に答えてブリッジを出る。

 

 

 

「そおーだ、ブライト君。それでいいのだ」

 

 ホワイトベース第2工作室、別名『テム・レイ博士の秘密の研究室出張所』。

 そのモニターに映し出される戦況にうなずくテム・レイ博士。

 彼が注目しているのはガンタンクに代わりセイラとカイの新たな乗機となっているガンキャノンL、ロングレンジタイプだ。

 ジャブローでガンキャノンの下半身、Bパーツを追加して、アムロの黒いガンキャノンと同時使用ができるようにしたものだ。

 ミヤビの記憶の中にある『機動戦士ガンダム』、その劇場版ではノーマルなガンキャノンがもう一機追加され、カイの乗るC-108号機、ハヤトの乗るC-109号機が活躍していたのであるが、どうして追加機体がこうなったのかというと……

 

「実弾式だった両肩のキャノン砲を右肩のビームキャノンのみに換装し、かわって左肩には多目的精密照準システムを装備させたガンキャノンII……」

 

 テム・レイ博士はジャブロー戦に投入されたガンキャノンの強化発展型を思い浮かべながら、一人つぶやく。

 この機体、ミヤビの知る史実でもジャブロー戦に出撃したが、反応炉の出力ダウンから敵との交戦を前に後退を余儀なくされていたものだ。

 一方、この世界ではRX-78ガンダムがペーパープランで終わっているせいか、テム・レイ博士が無事でこの機体の開発にも関わっているせいか、戦闘には参加できていたのだが、しかし……

 

 

 

 話はジオンのジャブロー降下作戦終了時にさかのぼる。

 

「ビームキャノンと多目的精密照準システムを装備させたガンキャノンIIの狙撃結果が思わしくない?」

 

 テム・レイ博士に相談を受けたミヤビは、いつものようにその怜悧な表情の下で思考する。

 

「そうだ。ホワイトベース隊の旧式なガンタンク、しかも素人の少年兵による記録より数段劣るものとなったのだ」

 

 テム・レイ博士が比較しているのはセイラの戦果によるものだろう。

 

「理由ならいくつか考えられますが」

 

 即座に仮説を提起してくれるミヤビに、テム・レイ博士は頼もしいものを感じた様子で聞き入る。

 

「まずガンタンクは複座、そしてそのガンキャノンIIは単座、そのあたりが影響しているのかと」

「うん? しかし下半身がキャタピラなガンタンクとは違い、ガンキャノンはれっきとした人型。一人のパイロットによる単独制御の方が、よほど動かしやすいのでは?」

「ああ、いえ、そういうのとは別に」

 

 ミヤビは語る。

 

「歩兵のスナイパーは単独で動くことはめったに無く、スナイパーとスポッターの二人で最小ユニットを構成しスナイパー・チームとして活動します」

 

 これはミヤビの前世、西暦の時代から変わってはいない。

 

「チームリーダーはスナイパーで、スポッターはオブザーバーとも呼ばれ通信やナビゲーションを担当。

 狙撃ポイントまではスナイパーが統率し、オブザーバーが安全を確保。

 このためにオブザーバーはセミオートマチックライフルなどで武装しているわけです。

 そして配置に着いた後、今度はスナイパーの支援によりオブザーバーはチームの行動を記録します」

「行動を記録?」

「オブザーバーはレーザー・レンジファインダー等の機器を使って風速、距離などを計算。弾の行き先を監視しスナイパーに伝えるわけですが」

 

 それだけではなく。

 

「使用されるスポッティング・スコープにはデジタルカメラが内蔵され、狙撃の効果や偵察データを取ることができるのです。監視、偵察はスナイパー・チームの重要な役割ですしね」

 

 まぁ、それはともかく。

 

「つまり頭部コクピットに車長兼射手が、腹部コクピットに操縦手がつくガンタンクと役割分担が非常に似ているでしょう? それ故にガンタンクの射手は狙撃の瞬間は、そのことだけに集中することができる」

 

 そういうことである。

 

「あとは実弾兵器ゆえの安定性でしょうかね」

「うむ」

 

 ビーム兵器は遠距離では威力が落ち、最終的には拡散して消える。

 大気圏内では特にその減衰は大きい。

 では宇宙空間ではどうかというと、今度は重力に捕らわれたり何かに命中したりしない限り飛び続ける実弾の方が有効射程は伸びたりする。

 まぁミノフスキー環境下の有視界戦闘だと、目標に命中させられる距離が実用的な有効射程となってしまうわけだが。

 

 それゆえ実際、ミヤビの前世の記憶の中にある機体、ジム・スナイパーIIが使っていたスナイパー・ライフル、Franz EF-KAR98Kも人間用のモーゼル・ボルトアクションライフル"Kar98k"を元に開発された実弾ライフルであった。

 また、

 

「安定性で言えばビームキャノンはジェネレーターに負担をかけることもあるからね」

 

 とテム・レイ博士が言うのも、やはり史実で反応炉の出力ダウンを起こしたようにそのあたりの調整が難しかったからだ。

 

 ガンキャノン、そして史実でのRX-78ガンダムにはヘリウム・コア、およびヘリウムコントロール・コアが腰回りに配置されていた。

 まぎらわしいのだがガンキャノン、ガンダムの腰部側面二か所に張り出した部分に内蔵されているのがヘリウム・コア、ガンダムの腰前後4か所の黄色く四角いものがヘリウムコントロール・コア。

 ガンキャノンのヘリウムコントロール・コアは、ヘリウム・コアの奥、腰部側面に内蔵されているとされた。

 

 それでこのヘリウムコントロール・コア、何のためにあるのかというと、ジェネレーターに想定以上の動作を要求する際に、Iフィールドで構成されているジェネレーターの炉壁を強制的に安定動作させるためのものだ。

 まっとうなジェネレーター技師からすれば、

 

「そんなものに頼って機器を作動させるのはいかがなものか、それも核融合炉を」

 

 という代物、苦肉の策ともいう措置ではあったが、これがあるがゆえにガンダム、ガンキャノンは高い性能を発揮できるとも言える。

 ただ当然その無茶はメンテナンスに跳ね返り、機体の特性を理解した専属のスタッフのバックアップが無ければ継続的な運用は難しい。

 ビームキャノンを搭載したガンキャノンIIにしても、そうした経験豊富なスタッフがつきっきりで作戦ごとに機体を徹底的にメンテナンスすることが運用の前提になっていた。

 逆に言えば史実ではそのメンテナンス体制が不十分だったからこそ戦闘前の反応炉の出力ダウン、後退につながっているわけである。

 

 そんなわけで、

 

「そうですね、機体の安定運用、そして継戦能力から言っても、現代の技術ではガンキャノンのキャノン砲をビーム兵器に置き換えるのはまだ早いのでしょうか?」

 

 史実にあったフルアーマーガンダムが右肩に360mmロケット砲を載せていたのは、ビームライフルのエネルギーが切れた場合やジェネレーターの負荷が高くビーム兵器の使用に支障が出た場合の継戦能力維持のためだった。

 ゆえに、

 

「ビームライフルがあるのですから、ビーム兵器による攻撃はそちらに任せて、肩のキャノン砲はジェネレーターに負担をかけない実弾兵器のままとした方が、おさまりが良いのでは?」

 

 技術が進んでジムキャノンIIあたりまで行けば、キャノン砲にビーム兵器を、手持ちのライフルは弾幕の張れる実弾兵器をというように入れ替えることもまた可能になるのだろうが。

 

 そしてあとは、

 

「残るはパイロットの素質、か……」

 

 テム・レイ博士のつぶやきに、ミヤビはわずかに目を細める。

 しかし無言でいるミヤビに対し、テム・レイ博士は躊躇なくその言葉を口にする。

 

「ニュータイプというやつだね」

 

 ニュータイプというと共感力や洞察力、そしてサイコミュ兵器への適応などがイメージとして持たれるが。

 モニター上のドットに過ぎない敵機を狙い撃墜する超遠距離狙撃能力もまた、その力のうちとされている。

 

「自分の息子がそうであると言われてはね。アムロには私には見えないものが見えるらしい。論理的ではないがな」

 

 そう言うからにはアムロとも話し合って、そして納得したのだろう。

 

 

 

 そして今……

 テム・レイ博士はモニターに映るガンキャノンL、ロングレンジタイプを食い入るように見つめる。

 頭部に射手用コクピットを持ち、最大射程260キロメートル、東京から撃って名古屋近くまで届くという頭がおかしい(誉め言葉)超兵器、ガンタンクと同じ120ミリ低反動キャノン砲を搭載したその機体。

 射手はもちろん、ガンタンクでの狙撃の実績を持つ、そしてニュータイプの素養があると目されるセイラ・マス。

 この実証作業のために彼はガンキャノンの下半身、Bパーツを手配しホワイトベースに配備させたのだ。

 

「さぁ、私に見せてくれ、その真の力を……」

 

 テム・レイ博士は憑りつかれたかのようにそうつぶやくのだった。




 そういうわけで、どうしてガンキャノンL、ロングレンジタイプがセイラたちの機体になったのか、テム・レイ博士サイドのお話でした。
 アムロの機体との差別化、そしてニュータイプ能力を生かす機体を、と色々考えたのですが、結果的に遠距離狙撃能力特化に至った次第です。
 でもこのお話はここで終わりではなく、さらにテム・レイ博士の技術追求は進み、結果としてとんでもない装備が導入される予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第31話 ザンジバル,追撃! Dパート

 戦場に走る光条。

 

「コア・ブースター、リュウとハヤトね」

 

 二機のコア・ブースターからのメガ粒子砲による援護射撃だ。

 ミヤビの記憶の中にある『機動戦士ガンダム』劇場版ではオデッサ作戦時には登場していた機体だったが。

 この世界ではテム・レイ博士がドラケンE改可翔式を持ってきた影響かホワイトベースには運び込まれず。

 宇宙に出る段階になってようやく配備されたものだった。

 ミヤビにしてみれば、可翔式なんていいからこっちを早く配備して、という話だったが。

 

『ミヤビさん、今のうち』

「ええ、高度を上げてドムに食らいつきましょう」

 

 どうせドラケンE改可翔式とミヤビの腕ではビグロには有効打を与えるのは難しい。

 ここはリック・ドムを狙う手だ。

 

 

 

 ものすごい勢いで迫るドラケンE改可翔式に対し、ビームバズーカで狙い撃ちするリック・ドムK型。

 しかし、

 

「ばかな、バルカンごときで!?」

 

 そこにバルカンの射撃を受けモニターが損傷による警告、レッドアラートに染まって行く。

 

 

 

「情報が遅いようね」

 

 ミヤビはバルカンをあっさりと食らったリック・ドムK型にそうつぶやく。

 従来の地球連邦軍モビルスーツ装備の60ミリバルカン、TOTO(トト)カニンガム社製のASG86-B3Sならモノアイなど弱点部位に受けない限り有効打とするのは難しい。

 それゆえ装甲を頼みに押し切ろうと考えたのだろうが。

 

 しかしミヤビのドラケンE改可翔式が装備しているのはその後継、新型バルカンを搭載した60ミリバルカンポッド弐式だ。

 陸戦型のドムに有効打を与えることができたように、リック・ドムにも通じる。

 しかし、

 

「速い!」

 

 逃げ出したと思ったら、これが信じられないように素早い。

 

「足は付いていない!?」

 

 ジオングかよ、という話。

 いや、リック・ドムなのだからドム・バインニヒツか。

 

『宇宙空間ではデッドウェイトになりがちな脚を排して、代わりにスカートに直接メインロケットエンジンを付けているみたいですね』

「AMBAC性能を犠牲に推力比を上げているってこと?」

 

 サラの分析に考え込むミヤビ。

 まぁ、同じ形態をとるジオングでも姿勢制御にスラスターを使う頻度が上がり燃料消費が多くなる、という話はあっても運動性については問題なかったようにAMBAC作動肢が腕のみでも何とかなるようだが、しかし、

 

「何ていう運動性!」

 

 スカートががばっと割れて、大型のメインロケットエンジン2基がまるで足のように前後左右、広範囲に可動。

 それにより高い運動性を発揮する。

 

【挿絵表示】

 

 それでミヤビは思い出す。

 

(この動き、格闘ゲーム『ガンダム・ザ・バトルマスター』登場のジオングだ!)

 

 と。

 このゲームのモビルスーツのグラフィックは体の各部分(頭、胸、肩、腕、腰、脚など)をパーツ別にそれぞれ組み合わせた『モーションパーツシステム』を取り入れたことで、機体がやたらヌルヌル動く迫力のあるアクションが可能となっていたわけだが。

 ジオングもスカートが前後左右にがっつり割れて大型のバーニア2基がまるで脚のように可動していた。

 これが非常にカッコ良く、ミヤビの脳裏にも焼き付いていたわけであるが。

 

(この世界のジオングもこんななのかなぁ……)

 

 敵に回ると非常に厄介なのだった。

 

 

 

「モビルスーツの戦いは高度が下がっています。砲撃戦に入れます」

「総員、艦隊砲撃戦用意」

 

 砲撃戦の体勢に入るホワイトベース。

 

 

 

「Jタイプのミサイルが使えんのはやむを得んな。砲撃戦用意。回避運動を行いつつである。よーく狙え」

「30秒で有効射程距離に入ります」

「木馬の射程距離とどちらが長いか。神のみぞ知るというところか」

 

 ザンジバル側でも撃ち合う準備が成される。

 

(アルテイシア、乗っていないだろうな?)

 

 

 

 そして、

 

「ザンジバル、よけません。突っ込んできます」

「なんだと? ミライ、右へ逃げろ」

 

 即座に指示を出すブライトだったが、しかし迫るザンジバルに額に汗をにじませる。

 

「シャアだ。……こんな戦い方をするやつはシャア以外にいないはずだ。セイラの言ったとおりだ、シャアが来たんだ」

 

 

 

(に、兄さん……)

 

 モビルスーツデッキ上で砲座として運用されるガンキャノンLの頭部コクピット。

 迫りくるザンジバルの姿に目を見張るセイラ。

 

 

 

「撃て!!」

 

 ガンキャノンLをモニターし続けるテム・レイ博士。

 

「撃て!! 撃て!! 撃て!! 撃つんだセイラ君」

 

 

 

『セイラさん!? 撃って、撃つんです』

 

 サラスリーが、

 

「撃て!! 撃つんだ!!」

 

 カイが。

 みなが撃つように言う。

 

「っ!」

 

 トリガーを、押す。

 押してしまうセイラ。

 無論、こんな心理状態では当たりはしないが、それでも兄が乗った船を、兄を狙って撃ってしまった罪悪感に眩暈がする。

 

 

 

 当たらない射撃にシャアはほくそ笑む。

 

「木馬は怖気づいている。砲撃手はよく狙ってな」

 

 しかし、すれ違おうとする瞬間、船体に走る衝撃。

 

「うっ、直撃か?」

 

 

 

「どうだい。俺の乗っている艦に特攻なんか掛けるからよ」

 

 やはり史実どおり、スレッガーの操作する主砲が命中したのだ。

 

 

 

 一方、

 

「どんなに速くたって、しょせんはスペースポッドを大きくしたようなものだろう、運動性は……」

 

 ビグロを追いかけていたコア・ブースターのハヤト。

 人型でない相手を作業用のスペースポッドSP-W03のようにAMBAC(active mass balance auto control。能動的質量移動による自動姿勢制御)などできないものと見くびっていたのだが、

 

「何!?」

 

 くるりと向きを変え、進路変更するビグロ。

 慌ててコア・ブースターの方向制御用スラスターを全開にして追従しようとするも追いきれない。

 

 スペースポッドSP-W03が、そしてミヤビの前世の記憶の中にあるボールがAMBACできなかったのは人型でないせいではない。

 マニピュレーターの出力不足のためである。

 当然、ビグロには当てはまらず、姿勢制御スラスターとマニピュレーターを使ったAMBACを併用したその姿勢制御には、スラスターのみのコア・ブースターは追従しきれないのだ。

 ビーム砲二門で武装し、一見強力そうなコア・ブースターだが、技術的には従来の戦闘機の延長線上にあるこの機体でモビルスーツ、モビルアーマーに一方的に勝てるようなら誰も苦労はしない。

 そしてビグロが向かったのは、

 

「ミ、ミヤビさんーッ!!」

 

 リック・ドムK型と戦っていたミヤビのドラケンE改可翔式。

 

「あぶなァーい! 上から襲って来るッ!」

 

 

 

「どうだ、捕まえたぞ」

 

 部下のリック・ドムK型に損害を与えていたミヤビのドラケンE改可翔式を急襲。

 その圧倒的な速度で不意を突きクローアームでつかみ取るビグロ。

 しかしピクリとも動かない相手に、

 

「ふっ、相対速度差からくる加速度のショックでパイロットが気絶したか」

 

 と納得する。

 そうでなくともビグロのクローはドラケンE改可翔式の胴体を右腕に装備されたバルカンポッドごと掴み込んでいるのでドラケンに反撃の術はない。

 そのように思われたのだが、

 

「なに!?」

 

 不意にその背に備えられたブースターが跳ね上がると、そこからミサイルが連続発射される!!

 

「なぜだ!? パイロットは平気なのか?」

 

 ビグロの機体に走る衝撃。

 ミサイルの安全装置、命中しても信管が作動しない最短有効距離を明らかに割り込んでいるはずなのに爆発するミサイル。

 

「あ、安全装置を外したのか!? うおおっ!!」

 

 機体側面にある射出口に飛び込み、内部のミサイルを誘爆させる!!

 

「こ…… これが狙いで、ワザと捕まって気絶したフリをしていたな。そ…… そう考えていたな」

 

 

 

 もちろん、

 

 あ…… あなたのおっしゃるとおりですトクワンさん。

 ビグロの素早い動きを見て、捉えるのがめんどくさいから、こうやってわざと捕まったんですよ、私は!

 

 などとミヤビが言うわけも無く。

 

『もうダメかと思いましたー』

 

 緩んだクローアームの拘束から逃れ、ビグロの爆発に巻き込まれることを回避するドラケンE改可翔式。

 その機体を動かしているのはサポートAIサラであって、ミヤビは当然気絶している。

 そして、

 

 ビグロがミサイルの射界に入るまで、死んだふりをする。

 ミサイルの最短有効距離を割り込んでいて、本来なら弾頭の信管が作動しないところを危険を承知で安全装置を解除する。

 

 通常のAIではありえない柔軟な対応ができるから。

 そしてそんなリスクのある行動も、マスターたるミヤビが許可しているから。

 AI単独ではAIの補助を受けた人間には絶対に勝てない機動戦ではなく、確実に当てられる状況を作っての対応だったから。

 

 これらの条件が揃っていたからこその勝利だった。

 ……非常に危うい、綱渡り的な行為ではあったが。

 

『他のモビルスーツは後退して行きますね』

 

 そうして、この戦闘は終了した。

 

 

 

「トクワンが沈められたか……」

 

 今後の対応を考えるシャアに兵が、デミトリーが進言する。

 

「シャア大佐、私に出撃させてください」

 

 しかし当然、シャアは許可しない。

 

「あせるな。奴らは我々の庭に飛び込んだヒヨコだ。まだチャンスはある」

「はい」

 

 一応はうなずくものの不満げなデミトリー。

 シャアはこれ以上は取り合わず、

 

「破損個所の修理を急がせ」

 

 そう指示する。

 

 

 

『大丈夫ですか、セイラさん』

「えっ?」

 

 気づかわしげなサラスリーの声に我に返るセイラ。

 

『撃つのをためらっていらっしゃったようですし、何か……』

「大丈夫、真っすぐに突っ込んでくる敵艦に圧倒されただけだから」

『そうですか』

 

 

 

「なぜだ、彼女はニュータイプではなかったのか?」

 

 セイラが射撃を外した、その原因を知らないテム・レイ博士は考え込む。

 取り急ぎガンキャノンLの操縦テレメトリーを解析。

 

「原因はパイロットのコンディションによるもの?」

 

 そういう結論に達する。

 

「ではアムロから話を聞いて用意したあの装備を使うべきか……」

 

 ミヤビがこの様子を見ていたら、またろくでもないものをと頭を抱えたのだろうが。

 しかしここにはミヤビも、ストッパー役になる他の人物もおらず。

 テム・レイ博士の暴走を妨げるものは存在しなかったのである。

 

 

 

「まず第一段階は成功だな」

「そうね、ザンジバルの目は眩ませたはずよ」

 

 ほっと息をつくブライトとミライ。

 そこにクルーたちがブリッジへと上がって来る。

 

「スレッガー中尉、さすがですね。直撃はあなただけでした」

「いやあ、まぐれまぐれ。それよりさすがだねえ、皆さん」

 

 そう言うスレッガーに、

 

「そちらこそご謙遜を」

 

 とフレンドリーに対応するのはやはりリュウである。

 ミヤビが目にしていたら、史実ではありえなかった両者の間の会話に、我知らず口の端を笑みの形に吊り上げていただろう、そんな光景である。

 

「ああ。みんなご苦労」

 

 そしてブライトも出撃したパイロットたちに声をかける。

 

「どうでした?」

 

 一方、ホワイトベース側の様子をカイに聞くアムロ。

 

「ビビったぜぇ、ザンジバルとすれ違ったときはよ。ありゃシャアの戦法だな」

「シャアですか……」

「ほかのやつにできる戦法じゃねぇだろ」

 

 そしてスレッガーは、

 

「よう、シャワーでも浴びさせてもらうぜ」

 

 とブライトに断る。

 

「5分間だけならな、ジオンはまたすぐに来る」

「了解」

 

 そしてお調子者らしく、

 

「ミライさんも行かない?」

 

 と声掛け。

 

「お一人でどうぞ」

 

 そっけなく返す彼女に、

 

「はいはい」

 

 と苦笑。

 

「よう、行こうぜ」

 

 パイロットたちの肩を叩き誘う。

 

「行こ行こ」

「はい」

「はい」

 

 カイ、アムロ、ハヤトも同意。

 特に最近、ニュータイプ能力に無自覚に目覚めてきたアムロにとって皮膚感覚を遮るノーマルスーツは操縦の邪魔に思える、煩わしいものに感じられるようになっていた。

 だからこそ脱いで楽になり、汗を流したいという欲求には逆らえない。

 

「行こ行こ、一緒に行こう」

 

 とキッカ、子供たちまでついていく。

 

 

 

『ミヤビさん、おねむですねぇ』

 

 自力で冷却ベッドに接続。

 さらに燃料、推進剤を補給するサラ。

 さすがにコア・フライトユニットの空対空ミサイルAIM-79の再装填は自力では……

 と思いきや、人体の比率とは比較にならないほど長い左腕のマニピュレータは、これまた人体の可動域を無視して動かせるので大丈夫だったり。

 まぁ自機でできなくともドラケンE改やツヴァークなど他の機体をAI単独制御で使えば問題なくとり行えるのだったが。

 

 そのドラケンE改可翔式のコクピットでは、いまだに目覚めぬミヤビが眠りについていた。

 非常時を除いて電気ショックによる目覚ましが禁止されてしまったから仕方がない処置だったが。

 次に目覚めた時、ミヤビはそれを心底後悔することになる……

 

 

 

次回予告

 シャアの追撃を振り切ったホワイトベースの前に、奇妙なモビルアーマーが立ち塞がる。

 苦戦するハヤトを救うべく、テム・レイ博士のドラケン・クロス・オペレーションにより送り込まれるミヤビ。

 そして、さらに現れるドレン大尉率いるムサイ艦隊……

 次回『強行突破作戦』

 君は生き延びることができるか?




 セイラがシャアの乗るザンジバルに当てられるか、という話があるので今回のガンキャノンL、ロングレンジタイプは戦果を出せず。
 おかげでテム・レイ博士がさらにおかしなものを引っ張り出してくるんですけどね。
 そしてビグロとの決着はこんな風に。
 次回はザクレロの登場ですが、前座に過ぎないこの機体との戦いがかなり膨らんでいたり。
 ご期待ください。


>(この動き、格闘ゲーム『ガンダム・ザ・バトルマスター』登場のジオングだ!)

 ガンダム・ザ・バトルマスターで動画検索して実際の動きを見てもらうと分かるのですが、これがなかなかに格好いいんですよね。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第32話 強行突破作戦 Aパート

 シャアの指揮するザンジバルと接触をしたホワイトベースではあったが、これを討ち取ることはできなかった。

 ドラケンE改可翔式が奇跡的にモビルアーマー、ビグロを殲滅するにとどまったのである。

 

 

 

「援軍ですかね? また一機接触するモビルスーツあります」

 

 マーカーからの報告に、ブライトは問う。

 

「シャワー室に行った連中はどうした?」

「各デッキでメカの整備中です」

 

 その回答にブライトは、フラウ・ボゥに指示。

 

「フラウ・ボゥ、一機か二機発進させろ」

「誰にします?」

「体の調子の一番いい者でいい」

 

 フラウは一瞬考え込み、

 

「ハヤトですか?」

 

 という結論に。

 

「急がせろ」

 

 ブライトに促され、フラウはモビルスーツデッキに通信をつなぎ、

 

「ハヤト、コア・ブースター発進願います。各機は待機してください」

 

 そう指示する。

 一方、ブライトはブリッジのシートで待機していたセイラに、

 

「セイラ、少し横になったらどうだ?」

 

 と休憩を促す。

 

「でも、敵が」

「スレッガー中尉も加わっている、少し休め。命令だ」

「……はい、そうします」

 

 ブライトが「体の調子の一番いい者でいい」と指示を出したのも、この場に詰めて居た彼女を気遣ってのことだった。

 セイラがブリッジを退出したことを確認して、ブライトはミライに問う。

 

「セイラの身体検査の結果は?」

「別に異常はないわ。いたって健康」

「そうか……」

 

 

 

「コア・ブースター、発進用意させます」

 

 フラウからの指示を受け、メカニックのオムルはうなずく。

 ハヤトもノーマルスーツのヘルメットを調整しつつ、

 

「敵は一機なんですね?」

 

 と確認する。

 

「頼むよ、ハヤト」

「はい」

 

 コア・ブースターに向かうハヤト。

 そして発進。

 

 

 

 一方、コア・ブースターの発艦を確認したアムロは、

 

「ハヤトだけを出すのか?」

 

 とブリッジのフラウに確認。

 

『カイさんはまだシャワールームだっていうし』

 

 そこでアムロは気づく。

 

「ミヤビさんは?」

 

 

 

「そう言えば、ミヤビさんは……」

 

 聞こえてきたアムロの問いに、ブライトも気づく。

 前回の戦闘後、顔を見ていないことに。

 

『ミヤビさんなら、私の中ですよ?』

 

 とドラケンE改可翔式のサラから通信があって、

 

「そうか、ミヤビさんはこの追撃があることを見越して一人、黙って待機していてくれたのか」

 

 おそらく消耗している他のメンバーを気遣って……

 

 ブライトは思う。

 セイラの体調にも配慮して、気を配っていたつもりになっていた自分だったが、こうやってフォローされるとはまだまだ未熟。

 そんな口惜しさ、自分に対するふがいなさを覚えると同時に、ミヤビに見守ってもらえているのだという圧倒的な安心感。

 

「……ミヤビさんの配慮に甘えよう。ドラケンE改可翔式、発進だ」

 

 切なさを押し込めた指示。

 そしてもちろん、姉であるミヤビのことを良く知るミライは、

 

(姉さんにそんなつもりは無いと思うんだけど……)

 

 と盛り上がるブライトとの温度差に首を傾げるのだった。

 

 

 

『はい、ドラケンE改可翔式、発進します』

 

 カタパルト射出されるドラケンE改可翔式。

 

「ふぎゅっ!?」

 

 ミヤビはGウォームも兼ねた強力な加速によりシートに押し付けられ、

 

(なになに、何事ーっ!?)

 

 そのショックでようやく意識を取り戻す。

 

 ブライトはミヤビが敵の追撃を見越してドラケンE改可翔式のコクピットで待機していたのだと思っていたが、もちろんそんなことはない。

 ミヤビはビグロに捕まった際の相対速度差からくる加速度、Gにやられて気絶しっ放しだった。

 ただそれだけである。

 

『あ、ミヤビさん起きました?』

 

 サラの呑気な声に、慌てて状況を確認するミヤビ。

 

(ああ、これはアレ、ジオン軍のビックリドッキリメカの来襲ね)

 

 と悟る。

 

 

 

 最大戦速(ミリタリーパワー)でコア・ブースターを飛ばし先行するハヤトは、

 

「このまま直進する。110秒後に敵と接触。以後、無線封鎖」

 

 相手を視認。

 

「あれか」

 

 両手に鎌を備えた異形のモビルアーマー。

 ハヤトはコア・ブースター装備の二門のメガ粒子砲で狙うが外す。

 そして顔のように見える敵機の機首、口の部分。

 牙のような素子から閃光が集まったかと思うと、その奥に位置する砲身から反撃のメガ粒子砲が放たれた!

 

「な、なんだ? あのモビルアーマーは。さっきのとは違うけど」

 

 

 

「デミトリーが出たのか、あれほど止めておいたのに」

 

 苛立つシャア。

 

「なぜやらせたか? 私の許可もなく」

 

 副官のマリガンに問い質す。

 シャアの命令、無視され過ぎ問題である。

 そもそも『機動戦士ガンダム』の物語の始まり自体、彼の部下の命令無視が発端であるし。

 

「お言葉ではありますが、シャア大佐はトクワン少尉の仇討ちを止められました。それに、デミトリーは以前からモビルアーマー・ザクレロのテストパイロットをやっておりましたので」

「聞いてはおらん、そんなモビルアーマーは」

「実用テスト前に放棄された奴です。しかしデミトリーは、ザクレロの拡散ビーム砲は……」

「ここは我々の庭だと言った。ドレンのパトロール隊との接触も可能だという時に」

 

 マリガンの言い訳にもならない弁明を皆まで聞かずに遮るシャア。

 しかし、それ以上責めたりはせずに視線を外す。

 

「わかった。お前達がトクワンを慕う気持ちはわかるが、気がすんだらデミトリーにはすぐ戻らせろ」

「は、ありがとうございます」

 

 冷や汗をかきながらも敬礼をし、礼を言うマリガン。

 それでもシャアはこれだけは言っておく。

 

「ただし、今後同じことをしたら軍法会議ものだぞ、中尉」

 

 まぁ、シャアのようなタイプの人間には理解できないが、マリガンの行動にも仕方がない部分もあるのだ。

 人間には他人から何らかの施しを受けた場合に、お返しをしなければならないという感情を抱く『返報性の原理』というものが働く。

 一方的に借りを作るのは気が引ける、心理的負担がかかる。

 だから何らかの形でお返しをして、それを解消したいと考える心理作用で、これを利用した商売や交渉のテクニックもあるわけだが。

 

 元々、シャアとマリガンは無理やり徴発するような形でこのザンジバルに乗り込んでいる。

 いわば無理を聞いてもらっている立場だ。

 そういう借りがある以上、自分たちも相手の要請を無下には断れない。

 シャアは自分なりの考えがあるから断れるが、そのシャアの考え、ビジョンを共有していないマリガンには無理。

 

 個人の能力は高いが部下とのコミュニケーションがまずいという人物にありがちなトラブルではある。

 部下、この場合はマリガン自身がシャアの方針を教えてもらっていない、納得していないのに、他人からの訴えを退け説得することなど不可能。

 というか、この状態、組織人なら多かれ少なかれ味わうことがあるが、非情に心苦しいものである。

 コミュ力という生来の気質、武器を持つ者なら何とか出来るかも知れないが、マリガンのように線が細い真面目な優等生、理論、理屈で話を通そうとするタイプだと致命的。

 

 軍隊なんだから上意下達でいいだろう、という話もあるが、そういう意味では組織の最上位にあるキシリアに良い感情を持たれていない横紙破りな行為を自分たちは行っており、相手には、特に戦死したトクワンにはそれでも友好的に対応してもらったという経緯がある。

 これではマリガンが拒絶しきることなど到底無理なのだが……

 

 マンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』でシャアを乗せることになった巡洋艦ムサカの艦長は、

 

「能力が高い方について行くのは凡人には堪えるものだ」

 

 と言っていたが、単に能力が高いというだけでなく、その高い見識で見ているものが想定できない、共有できないというのは部下、特に責任ある中間管理職には非常に厳しい、たまったものではない状況なのだった。

 フィクションなら底が知れない有能な人物に見えるかも知れないが、現実にそんな上司が居たら胃に穴が開きかねないのである。

 

 

 

「うわーっ!?」

 

 ザクレロからの攻撃を受け被弾するコア・ブースター。

 

「……ミ、ミサイルもあるのか」

『損傷部、エネルギー伝達回路カット。バイパス回路接続。大丈夫、まだ大丈夫ですハヤトさん』

 

 サラナインがすかさず対処。

 ダメコンを行ってくれるが、ザクレロはさらに機体両脇の4連装ミサイルランチャー二基を連射し追撃を行って来る。

 

 モビルアーマー、ザクレロを相手に苦戦するハヤト。

 テスト中止になった機体、そしてモビルアーマーとしては小型。

 とはいえモビルスーツやコア・ブースターよりはるかに大きい機体はその分、重武装でミサイルも連射できるし、ミヤビの前世の記憶においても、

 

 メインエンジンとバーニアの推力不足から、加速性能・運動性能ともに良好では無かった。

 

 とする資料がある一方、史実において出撃したアムロが、

 

「速いな、さっきのと違うというのか?」

 

 と漏らしているように、

 

 運動性能はともかく。

 ビグロと比較しても速いと言われる、機体の大きさに比較して大型のスラスターを有するがゆえの高速性はある。

 

 としている資料もあり。

 この状況、どうやら後者の方が正解のようだった。

 

 

 

「こんな戦闘機なんぞ、あと一撃で」

 

 ザクレロの拡散ビーム砲をかわして、回避できたと安心したのか無防備にすれ違おうとするコア・ブースター。

 そこに腕のヒート・ナタで斬りつけ、相手の機体を削るデミトリー。

 

 

 

「うわあっ」

 

 悲鳴を上げるハヤト。

 ミヤビの前世、西暦の時代でも軍隊格闘術においてカランビットナイフが取り入れられていたりしたように。

 鎌刃は引っ掛けただけで大きく傷を広げるものなのだ。

 

「だ、ダメだ。コア・ブースターじゃ歯が立たない」

 

 

 

 苦戦するハヤトに、ホワイトベース側でも慌てる。

 

「ミヤビさんのドラケンE改可翔式はまだ着かないのか?」

「ハヤトがコア・ブースターの推力に任せて突出し過ぎました。戦域が遠すぎるんです」

『ブライト、俺がコア・ブースターで追いかける』

 

 デッキのリュウからはそう連絡があるが、

 

「いや待て。新型とはいえ従来の宇宙戦闘機の延長線上にあるコア・ブースターでは敵の相手は荷が重いようだ」

 

 ブライトがそう言って止める。

 パイロットの腕次第で十分戦えるコア・ブースターだったが、史実とは違い配備が遅れ、先ほどの戦闘が初めてでしかも戦果が無かったこと。

 そして今現在、実際にハヤトが苦戦していることで戦力を読み違えているのだ。

 

 コア・ブースターの推力でないと戦場には間に合わない。

 しかし投入したいのはモビルスーツ。

 ミヤビの知る史実ならガンダムの脚にGメカのBパーツをブースター扱いで履かせたガンダムMAモードがあったし、マンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』版のコア・ブースターなら機体背部にモビルスーツ搭乗用のデッキ部分があり把手も備えていたのでサブフライトシステムとして運用しモビルスーツを高速輸送するという手段もあったのだろうが。

 

『大丈夫だ!!』

 

 だがそこに通信が割り込む。

 

『こんなこともあろうかと! ドラケンE改可翔式のコア・フライトユニットにはドッキング機構を残してある!!』

「テム・レイ博士!?」

 

 そう、我らがテム・レイ博士の「こんなこともあろうかと!」だ。

 

『先行するミヤビ君のドラケンE改可翔式をコア・ブースターで追いかけ、軸線を合わせたところで機首のコア・ファイターを切り離し。慣性飛行するブースター部分とドラケンE改可翔式のコア・フライトユニットを合体させることで突撃形態へ。名付けてドラケン・クロス・オペレーション!!』

 

 モニターに描いた模式図を見せながら説明するテム・レイ博士。

 

『というわけだ! リュウ君、コア・ブースターをミヤビ君のところまで運んでくれたまえ』

『了解!』

 

 ノリノリな解説の勢いに押されてカタパルト発進するリュウのコア・ブースター。

 

 

 

 苦戦するハヤトのコア・ブースターを光学センサーで確認するも、戦場は遠すぎて。

 

『ああ…… 墜ちちゃう。ごめんね、サラナイン…… ハヤトさん』

 

 間に合わない、助けられないと嘆くサラにホワイトベースから通信。

 

『ベストポジションじゃないか』

「えっ? テム・レイ博士?」

 

 驚くミヤビを他所に、

 

『待たせたな。V作戦技術本部特製のドッキング・プログラム。サラ君、マニュアルの確認はやっていたかね?』

『は、はい。大丈夫です』

 

 勝手に話を進めるテム・レイ博士とサラ。

 

『それでは本番、いってみようか』

 

 そこにさらにリュウのコア・ファイターに搭載されたサラシックスからの通信が割り込み、

 

『基本軸合わせはこちらでやりますね。ハヤトさんとサラナインの救出をたのみます』

 

 と伝える。

 

『あっ、はい』

 

 答えるサラ。

 ミヤビはやるとは言っていないのだが。

 

『ドッキングロック、セーフティ開放。ドラケンE改可翔式との接続信号確認』

 

 サラシックスの同期軸合わせの後、

 

『行ってくれ、ミヤビさん!!』

 

 リュウの送るエールと共に後方から迫るコア・ブースター機首からコア・ファイターが離脱。

 サラは右腕肘ハードポイント接続の60ミリバルカンポッド弐式をパージすると同時に、

 

『回れ!』

 

 とコア・フライトユニットの尾部四隅に装備された姿勢制御システム(Reaction Control System, RCS)、つまり姿勢制御用の小スラスターを用いて機体角を微調整。

 そしてレーザーサーチャーを起動。

 

『誘導信号確認。同調軸、測定よし』

 

 コア・フライトユニットの主翼及び垂直尾翼を折りたたみ、

 

『連結』

 

 コア・ブースターとドッキングする。

 

「連結!?」

 

 何をしてくれるの、とおうむ返しに状況を確認することしかできないミヤビ。

 機体がロックされると同時に彼女の見るHMD画面、その片隅には一気にプログラムドライバーの起動を示すウィンドウの数々が開き『ドラケンE改可翔式突撃形態』の文字が浮かび上がる!

 

『行けえぇぇぇっ!!』

 

 ノリノリで推力を上げてくれるサラに、もう呆れ果てるしかない。

 

『続けて。徹甲砲撃右腕部!』

 

 ……ホワイトベースからミサイル状のものが追いかけてくる。

 

『右腕部武装、連結速度まで減速中』

 

 相対速度合わせ。

 レーザー通信回線でオペレートをしているのは教育型コンピュータの演算力を用いているサラツー。

 

『伝送ニューロン、コンマ5からコンマ8MMP。障害に感なし』

 

 一方、サラスリーは内部に収められた武装ユニットのチェックを行っている。

 弾頭部分の覆い、ペイロード・フェアリングが分離し姿を現したのはド太い黒光りするビームユニット。

 

『制御ユニット第一から第五まで正常に作動しています。衝撃コントロール、始動を確認。連結できます』

 

 そしてドラケンE改可翔式、右肘ハードポイントに接続。

 その後、ロケットモーターが分離し、

 

『頼みます、ミヤビさん、そしてサラ姉さん』

 

 サラスリーから届く切なる願い。

 いや、そんなこと言われても、と思うミヤビだったが、

 

『敵がどれだけ強くても!』

 

 と、サラはイケイケである。

 さらに機体を加速。

 構えた右腕部武装、その砲口にビーム光が収束して行く!!

 

(ちょっと待ってぇぇぇっ!?)




 ジオン軍のビックリドッキリメカ、ザクレロの登場です。
 原作ではゲストメカ扱い、出オチで劇場版では抹消された存在ですが、このお話では更なる出番を考えていたり。
 一方で、ドラケンE改可翔式はコア・ブースターと合体し突撃形態へ。
 こういう、いかにもな熱い合体シーケンスはお約束ですよね。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第32話 強行突破作戦 Bパート

「別の敵、あれはドラケンか? それにしちゃ速すぎる、このスピードいったいなんだ?」

 

 急速に接近するドラケンに向け、こちらも突撃するデミトリー。

 

 

 

「この武装が通用しなかったらおしまいなんだけど」

 

 もはやあきらめモードのミヤビ。

 

『やるしかないなら、撃ってみましょうか』

 

 とサラ。

 

「それは、そうねっ!」

 

 もう開き直るしかない。

 ドラケンE改可翔式、その右腕装備の新型武装ユニットから閃光が迸る。

 

 

 

「え、遠距離で!?」

 

 ドラケンE改もオデッサ作戦に投入され、その右腕装備のビーム兵器、甲壱型腕ビームサーベルのおおよそのスペックも判明していた。

 それゆえに近接しなければビーム攻撃は無い。

 接続しているコア・ブースターのメガ粒子砲は固定機銃なので軸線上に乗らなければ大丈夫、と油断していたところを被弾。

 左肩を撃ち抜かれるザクレロ。

 

 

 

『やれます! このビームスプレーユニットなら!』

 

 喝采を上げるサラ。

 しかしミヤビにしてみると、

 

(ビームスプレーガンの機構を流用したドラケン用のビーム砲? 何でこんなものが用意されているの!?)

 

 という話である。

 今の状態で撃てるのは分かる。

 コア・ブースターはRXシリーズのメインジェネレーターを搭載したコア・ファイターを強化するもので、メガ粒子砲も撃てる。

 ドラケンE改可翔式のコア・フライトユニットもそれは変わらないため、ジェネレーター出力的にはビームスプレーガン程度は余裕で撃てるだろう。

 だが、だからといってわざわざドラケン用のビーム砲が用意されている、その意味が分からない。

 

(ドラケンE改可翔式単体で撃てるならともかく)

 

 と、そこまで考えてミヤビは以前から頭に引っかかっていた疑問に行きつく。

 ジムの主武装であるビームスプレーガンの使用に必要なジェネレーター出力とは、一体どれくらいのものなのだろうかと。

 

 ジムのジェネレーター出力は1,250kW。

 U.C.ARMSGALLERYに付属のデータシートにおいてもビームスプレーガンの推奨ジェネレータ出力は1,250kWとされていた。

 と言っても丸々必要なわけではなく、機体の駆動に必要な分を除いた余剰出力でドライブさせるわけだし、ビームスプレーガンとビームサーベルの同時使用にも対応しているだろうから純粋にビームスプレーガンだけを使用するために必要な水準は分かっていないが。

 

 しかし……

 ビームスプレーガンのみしか使用しないジムもあることはある。

 それがジムキャノン。

 一部のゲームではビームサーベルも使っていたが、一般にはビーム兵器はスプレーガンのみとされている。

 そしてジムキャノンのジェネレーター出力は驚きの976kW。

 

「ザクとおんなじじゃん」

「いくら何でもそれはない」

「ザクと同じってことはそこから手違いで生じた誤植だろ」

 

 という話もあったが、複数の書籍で確認されている数値であり(最初に誤植した書籍の数値に倣っているだけという見方もできるが)、加えてジムキャノンの右胸に空いている開口部は排気口(おそらくは肩のロケット砲の)とされていた。

 そう、つまり放熱ダクトは左胸のみ。

 ガンダム、ジムの半分しかないということでジェネレーター自体も低出力、低排熱なタイプが搭載されていた可能性が考えられるということ。

 

 これを踏まえるとRXシリーズのメインジェネレーターを内蔵したコア・フライトユニット搭載のドラケンE改可翔式、それ単体でもビームスプレーガンだったら撃てると考え、この武装をテム・レイ博士が用意したという可能性もあるのだ。

 

(……まぁ、考え過ぎでしょうけどね)

 

 そんな無理のある話より、テム・レイ博士を初めとする狂的技術者(マッド・エンジニア)たちが暴走してコア・ブースター接続時にしか使用できない武装を趣味で作ってしまいました、とした方がよほど説得力がある。

 そうに違いないと考える、そう思いたいミヤビだった。

 

 

 

 被弾したザクレロだったが、デミトリーは怯まず推力に任せスピードで翻弄しようとする。

 しかし、

 

「さらにワイドレンジでだとぉ!?」

 

 ドラケンから広範囲に放たれたビームに、カメラセンサーを焼きつかせてしまう。

 

 ジムのビームスプレーガン、BOWA BR-M79C-1は三つの射撃モードを持つとされていた。

 先ほど先制した通常の『シングルショット』

 そして今使って見せたのが、

 

「エネルギー総量は?」

 

 被害状況から敵兵器の威力を推測するデミトリー。

 ガラが悪い、命令違反を犯すようなアクの強いイメージのある彼だが、それとは裏腹に頭脳派とも言える程度の思考力は持ち合わせている。

 まぁ、そうでないと機動兵器の、しかも試作モビルアーマーのテストパイロットに選ばれるはずもないのだが。

 ミヤビの前世の記憶にあるマンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』においてもヒロインの技術者リミア・グリンウッドが、

 

「モビルスーツパイロットは一見短絡的に見えても基本インテリが多いわ。じゃないと複雑なシステムを理解して巧みに操るなんて不可能よ」

 

 と言っていたように。

 

「拡散させただけか」

 

 結論付けるデミトリー。

 そう、これがビームを拡散させ広範囲にダメージを与える『レンジショット』である。

 

「だがセンサーへのダメージから、しばらくは視界が効かないぜ」

 

 ザクレロは複眼型のカメラセンサーを用いていることもあり、すべてがやられてしまったわけではないが、ダメージコントロールにより外部監視を問題ないレベルまで回復させるにはちょっとした時間がかかる。

 そこに撃墜し損ねたコア・ブースターからの攻撃。

 

「ええい、うるさい奴だ」

 

 そうやって気が逸れたところにブースター付きのドラケンが迫る。

 

「ん? よし、まずはあのできそこないから」

 

 まぁ、ドラケンに見合わない大型のブースターを付けた姿は、そのように見られても仕方が無かったが、

 

「いただき!」

 

 拡散メガ粒子砲を発射。

 それをかわし、機体が交錯しようとしたところで、

 

「馬鹿め、同じことをやる!」

 

 コア・ブースターと同じく鎌状のヒート・ナタですれ違いざまに引っ掛け、切り裂こうとするが……

 

 

 

『バーストショット』

 

 ビームスプレーガン、3つの射撃モードのうちの最後の一つ。

 

 太いんですよ! 固いんですよ! 暴れっぱなしなんですよ!!

 

 とばかりに面制圧用の『バーストショット』による3連射を叩き込むドラケン。

 ビームライフルよりも集束率が低く、射程は短い兵装ではあるものの、連射性は上。

 そして近距離ではビームライフルと同等の威力を有するとされるその威力。

 

『間違いありません。中枢部を直撃できたはずです』

 

 戦果を確認するサラ。

 そしてザクレロはそのままの勢いで突き進んだ後、ふらっと首を傾げるようにすると、思い出したように火を噴いた。

 とはいえ史実におけるアムロのニュータイプゆえの狙いすました一撃とは違い、それでも爆散はせず逃走をしていたが。

 なお、

 

『こちらのシミュレートで簡単に動きが読めました。いったいどういうつもりで?』

 

 とサラが不思議がるように、ミヤビはサラの予測どおりにトリガーを絞ったに過ぎない。

 直線加速は凄くても運動性に難があるのだろう、史実でもそのようにアムロに言われて倒された機体だ。

 ミヤビはそれを思い出し、運命をサラに丸投げして、そして勝ったに過ぎない。

 

 ……当然、周囲にはそんなことは分からないものだから、

 

 敵の機体の動きからコンピュータで予測ができると見切り、そして自分の育てたサポートAIを信じて任せたミヤビさん。

 やっぱりすげぇ!!

 

 と評価されることになるのだが。

 そんな、もの凄い買いかぶりを受けていることをミヤビ本人は気づいていない。

 

『よくやったぞ、さすがミヤビ君!』

 

 通信機越しにテム・レイ博士の歓喜の声が伝えられるが、ミヤビは根本的な疑問を口にする。

 

「ところでこれ、どうやって着艦させるんですか?」

 

 通常のランディングギアはドラケンが邪魔になるので使えないはず。

 

『あ……』

「あ、って何ですか、考えていないんですか!?」

 

 結局、分離してリュウのコア・ファイターと再ドッキング、そうやってホワイトベースに帰投するミヤビたちだった。

 しかし、

 

(何で、あのザクレロはあんな……)

 

 戦闘中は気にしている余裕が無かったが、彼女だけが知る『とある史実との相違点』に首をひねるミヤビだった。

 

 

 

「た、大佐」

「ん?」

「デミトリーの件、申し訳ありませんでした」

 

 改めて頭を下げるマリガン。

 

「構わん、私の知らなかった戦力のことなどな」

「……はい」

 

 そう話すシャアとマリガンの背後で、

 

「しかしあのザクレロとかいうモビルアーマー、何で赤く塗って角まで付けてあったんだ? てっきり大佐の機体かと思ったんだが」

「赤って言うかピンクだけどね」

 

 と、ささやき合うダントンとアルレット。

 そして、その会話にひくりと頬を引きつらせるシャア。

 アルレットに向き直り、彼女の小さな両肩に手を置くと、

 

「た、大佐?」

「アルレット、私はそんなモビルアーマーなど知らなかった、いいね?」

「アッハイ」

 

 彼女たちは知らない。

 シャアが以前、インドで見出したララァをフラナガン機関へ送り出すため宇宙に上がった際、面会したキシリアの前で、

 

「デザインした奴の顔を拝みたいものですな」

 

 とザクレロをけなした結果、キシリアを怒らせてしまい、

 

「真っ赤に塗って角をつけておけ!」

 

 と、このザクレロがプラモデル塗料で言うところのガンダム専用カラー『シャアピンク』色に塗られてしまった顛末を……

 

 実際にはキシリアがザクレロを直接デザインした訳ではないが、いくつか示されたデザイン案から現在の形状を選定したり、注文を付けて修正させたのは彼女。

 このように、いやそうでなくとも決裁権限を持つ人間の前で成果物、ひいては関係者をけなすという行為はリスクを伴うので、いい社会人なら控えておくに越したことは無い。

 

 そんなわけで史実とは違い何とか帰ってきたザクレロだったが、その存在は無かったことにされ。

 補給に来たソドン巡航船に牽引されてザンジバルから追い出されてしまうのだった。

 マシーンに対してニュータイプ能力を発揮できるアルレットにはドナドナされて去って行くその姿が、

 

「いいんだよお嬢さん…… オレはこの世に居ないモビルアーマーなのさ。でも最後にあんたに会えて良かったぜ……」

 

 と言っているようで、何だか可哀想に思えるのだった。

 

 

 

「キャメル艦隊と交信できるのか?」

「はい。航路をコンピュータートレースしていますから、できます」

「レーザー交信回線開け」

「は」

 

 気を取り直したシャアは通信兵に命じ、通信回路を開かせる。

 

「キャメル艦隊のドレン大尉、出ました」

『お久しぶりです、シャア少佐。あ、いや、今は大佐でいらっしゃいましたな』

「相変わらずだな、ドレン」

 

 シャアの副官を務めていたドレンは宇宙に戻り、パトロール艦隊の指揮官となっていた。

 

「木馬を追っている。ちょうどお前の艦隊の位置なら木馬の頭を押さえられる」

『ご縁がありますな、木馬とは。わかりました。追いつけますか?』

「ドレン、私を誰だと思っているのだ?」

『申し訳ありません、大佐』

 

 

 

「軌道変更、マイナス110」

 

 こうしてパトロールコースを変える三隻のムサイ。

 

「木馬を追撃するぞ」

 

 

 

「ううっ……」

 

 うなされるセイラの脳裏、夢の中で仮面をかぶった兄の幻影が言う。

 

「アルテイシア、私はザビ家を許せないのだ。私の邪魔をしないでくれ」

 

 そして目を覚ますセイラ。

 

(私は認められない、兄さんのやり方)

 

 

 

 モビルスーツデッキ、ガンキャノンの整備に余念がないアムロの元を訪れるセイラ。

 

「ちょっといいかしら?」

「ええ、いいですよ」

「私ね、どうしたら早くいいパイロットになれるかしら?」

「セイラさんは今でもいいパイロットですよ」

「お世辞はやめてよ、アムロ。私はどうしても生き延びたいんだから」

 

 そこでアムロは怪訝そうにセイラを見返す。

 

「おかしいですよ、急に」

「……私だって、シャアぐらいと」

 

 という言葉に、危うさを感じてアムロは声を上げる。

 

「無理です! そりゃザクタイプの時には僕でも戦えました。でも今は……」

「たとえ話よ、アムロ」

 

 そう言って、立ち去るセイラ。

 

「私があなたみたいならね」

 

 そう言い残して。

 しかし、

 

「大丈夫だ!!」

 

 そこにテム・レイ博士が現れる。

 

「こんなこともあろうかと! そのアムロから話を聞いて用意した、理論的に言ってパイロットの能力を今以上に発揮できるようになる装備がある!!」

 

 などと言って。

 

「使ってみてくれるかね、セイラ君」

 

 ミヤビがその場に居たなら絶対に止めていただろう、怪しい申し出にも。

 兄を自分が止めなくてはと焦り、視野が狭まっているセイラには苦しい状況に差し伸べられた唯一の突破口に思えてしまう。

 それゆえに彼女は……

 

 

 

「一時の方向、30度上方に敵戦艦三隻、えーと、ムサイタイプです」

「ムサイタイプ三隻キャッチ、戦闘体制に入ってください」

 

 オスカの報告を、フラウはモビルスーツデッキに伝える。

 

「後ろにザンジバル、前にムサイか。強行突破しかないな」

 

 ブライトは即座に決断。

 

「全員、第一戦闘配置だ」

 

 それを受けてミライはホワイトベースを加速。

 

「第一戦闘速度に入ります。各機関、防御確認」

 

 マーカーも、

 

「ECM、レーザーサーチャー、最大発信。ミノフスキー粒子、戦闘濃度散布」

 

 と電子戦向けの機器を戦闘態勢に持って行く。

 

「各機銃座、主砲、メガ粒子砲、開け」

 

 ブライトの指示により、各砲座が船体からせり出していく。

 

 

 

「いいか、シャア大佐と同じ戦法をとる。リック・ドム六機とキャメル、トクメルは木馬に攻撃を掛けるぞ」

 

 キャメル艦隊は一年戦争末期に生産された簡略型といわれるメガ粒子砲砲塔を三基から二基に省略したムサイ三隻。

 そしてそれぞれに二機ずつ搭載したリック・ドム6機からなるパトロール艦隊。

 その指揮を執るドレンは、

 

(因縁浅からぬ木馬とガンキャノンか……)

 

 と気を引き締め、

 

「各機、最大戦速」

 

 と、戦力の全力投入を命じる。

 

 

 

 左舷モビルスーツデッキ、ガンキャノンL、ロングレンジタイプの頭部、砲手コクピットで待機するセイラ。

 

『目標、Fライン通過。モビルスーツ、ドムタイプです。あのスカート付きの奴です』

 

 マーカーからの報告が通信機越しに聞こえ、

 

『アムロ』

『ウィズ、サラツー』

『ガンキャノン出ます!』

 

 目の前を、アムロの黒いガンキャノンがカタパルト射出されていき、

 

『こちらリュウ、コア・ブースター出る』

 

 続けて右舷デッキからリュウのコア・ブースターが発艦する。

 ハヤトの機体は修理中のため、リュウの機体のみの出撃である。

 コア・ファイターは使えるので戦況次第でホワイトベースの直衛機としての出番があるかも知れないが。

 

 そしてモニター上に映る少女のアバター。

 

『気分はいいんですか?』

 

 心配するサラスリーにセイラは、

 

「大丈夫よ。ザンジバルから発進したモビルスーツじゃないでしょ? 気分がクサクサしてるから暴れてさっぱりしてくる」

『セイラさん、おかしいですよ』

「そう? さっきまでより元気よ、大丈夫」

『いえ、バイタル的なことは置いておいて、その格好……』

「テム・レイ博士がアムロの意見を聞いて用意してくれたっていうテスト用のパイロットスーツよ。確かにこれ、具合がいいわ」

 

 上機嫌なセイラにサラスリーはあきらめたように息を吐いて。

 

『……じゃあ、慎重に』

「生意気ね」

 

 サラスリーの助言もどこ吹く風、そう言って笑うセイラ。

 そして、

 

「んじゃ行くぜ」

 

 と腹部操縦手席のカイの操作で前進、カタパルトに接続。

 

「ガンキャノンL、ロングレンジタイプ出るぜ!」

 

 と発進。




 ドラケンE改可翔式突撃形態の右腕ビームユニットはビームスプレーガンの流用でした。
 さすがにドラケンE改可翔式単体では撃てない、とは思うのですがその辺は謎のまま。
 そしてザクレロはこんなオチ…… ですが、再登場を考えていたりします。
 一方、セイラさんのためにテム・レイ博士が用意した新装備については次回明らかになる予定です。
 あとスレッガーさんの乗る機体も。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第32話 強行突破作戦 Cパート

 一方、右舷デッキでは、

 

「よろしいですか? サラちゃんがサポートしますけど、戦闘面ではあまりあてにしないでください。逆立ちしても人間のパイロットにかなわないのが現時点でのAIなんですから」

 

 ドラケンE改可翔式コクピットにつくスレッガー中尉に最終のレクチャーを行うミヤビ。

 

「要するにドラケンってのは手で動かすんだろ?」

「はい」

「俺向きでいいじゃねえか」

 

 小柄で凹凸の少ないミヤビはスレッガーの守備範囲外なのだろうか。

 彼にしては女性に対し割と雑な言葉遣い。

 まぁ、ミヤビの知る史実でも彼が声をかけたのはミライとセイラだけ。

 フラウなどには目もくれなかったはずだから、まっとうな倫理観を持っていると言うべきか、現金と言うべきか。

 しかし、

 

(だが、それがいい)

 

 とミヤビはうなずく。

 ……口説かれでもしたらまた首を吊りたくなっただろうから。

 

 案外、女性慣れしているスレッガーだからこそ、無意識にでもミヤビの中身が恋愛対象外だと理解しての言動なのかも知れなかった。

 そして、こんな風にためらいなく性別抜きと言うか、男友達と同列に自分を置いてくれる存在はミヤビにとって希少で貴重だったりする。

 だから、

 

「お気をつけて」

 

 と声も柔らかくなるし、

 

「あいよ」

 

 という飾らない返事にまた嬉しくなる。

 

 スレッガーの操縦するドラケンE改可翔式はカタパルトで弾かれるように出撃して行った。

 残されたミヤビは、念のため従来のドラケンE改のコクピットで待機。

 

(そうよ、何で今まで気づかなかったの?)

 

 とミヤビは自分の策を自画自賛中だ。

 これまでホワイトベースではドラケンというミドルモビルスーツでフルサイズのモビルスーツに立ち向かおうなんて酔狂な人間は居なかったし(ベルファストでのカイは例外)、実際、ドラケンE改を知り尽くし、できることとできないことが分かっていて、できることだけをやる、無理をしないミヤビにしか扱うことはできなかった。

 

 しかし、そのドラケンE改もテム・レイ博士によって魔改造され可翔式となり、大気圏内単独飛行が可能なほどの推力と核動力を獲得している。

 ならばエンジニアが本職のミヤビが出張る必要など無かったのだ。

 だからスレッガーが配属されたこの機会に、彼に機体を譲る。

 そしてミヤビは比較的安全な後方哨戒、ホワイトベースの直衛をドラケンE改で行う。

 

(場合によっては出撃しなくてもいい可能性だってあるし)

 

 ということなので、万々歳なのだ。

 

『しかし…… よろしいのですか、ミヤビさん。本当ならばあなたが可翔式を……』

 

 ブリッジからのブライトの問いかけにはこう答える。

 

「ふふっ、相性ですよ。あのスレッガー中尉が一番相性がいい。だから彼が使う。当たり前ですね」

『なかなか…… できることではありませんよ』

 

 感心するブライト。

 アムロのような自分の機体にこだわりを持つパイロットを相手にしてきた彼にとって、ミヤビの決断は大き過ぎるもの。

 しかも通常のドラケンE改と可翔式では性能が段違いである。

 

(ミヤビさん、あなたってひとは……)

 

 などと、またもや感動中なのだった。

 

 

 

 その頃、南米のジャブローを発したティアンム提督指揮する地球連邦第二連合艦隊の一群が大気圏を突破、ルナ2に向けての進路を取りつつあった。

 

 ミヤビの知る前世の記憶と異なるのは、このビンソン計画、地球連邦宇宙艦隊再建計画にて建造された艦隊を構成するサラミスは『機動戦士Ζガンダム』にて登場した船体前半部に設けられたモビルスーツデッキを持つサラミス改級であるということ。

 史実でもまぁ、1年戦争末期にはこのタイプが建造されていた、と言われていたが。

 それが全面的に採用されているのはミヤビの関与で生まれた地球連邦軍試作型モビルスーツ運用艦『モック・バー(mock bar)』、つまりランバ・ラル隊の運用する艦からのフィードバックによる影響があったためである。

 

 

 

「来た」

 

 ヘッドレスト脇から引き出した狙撃スコープ。

 映し出された点のような敵影を目にしてガンキャノンLの両肩、120ミリ低反動キャノン砲のトリガーを引くセイラ。

 

「セイラさんかい? 早い、早いよ」

 

 あまりに遠すぎる敵への射撃に、カイが口をはさむが、

 

『命中です』

 

 信じられないとばかりに戦果を報告するサラスリーに唖然とする。

 

「何が早いのかしら?」

 

 とセイラ。

 ニュータイプというと共感力や洞察力、そしてサイコミュ兵器への適応などがイメージとして持たれるが。

 モニター上のドットに過ぎない敵機を狙い撃墜する超遠距離狙撃能力も、その力のうちとされている。

 

 またビーム兵器は遠距離では威力が落ち、最終的には拡散して消える。

 大気圏内では特にその減衰は大きい。

 では宇宙空間ではどうかというと、今度は重力に捕らわれたり何かに命中したりしない限り飛び続ける実弾の方が有効射程は伸びたりする。

 まぁミノフスキー環境下の有視界戦闘だと、目標に命中させられる距離が実用的な有効射程となってしまうわけだが。

 つまり最大射程260キロメートル、東京から撃って名古屋近くまで届くという頭がおかしい(誉め言葉)超兵器、ガンタンクと同じ120ミリ低反動キャノン砲。

 

 それらが掛け合わさって生んだ奇跡のような一撃だった。

 

「見えるわ…… 私にも敵が感じられる!」

 

 つぶやくセイラ。

 

「さすがアムロの話を元にテム・レイ博士が用意してくれたという装備ね」

 

 感動に打ち震えるが、

 

『ええ……』

 

 とサラスリーは困り顔。

 

 機動戦士ガンダムにおけるパイロット用ノーマルスーツは非常によくできたもので、信じられないほど薄くしなやかに動きを阻害しないようにできている。

 とはいえ宇宙服として生命維持機能を持っているもの。

 普通の服のように身体になじむものではないし、ミヤビの前世の記憶にある、富野由悠季監督の手による小説版『機動戦士ガンダム』の中でアムロは、反射神経に反応する肉体の動きを邪魔するものであり、裸で操縦できればもっと楽であるはず。

 そして敵の気、殺気をもっとダイレクトに受け取れるはず、としていた。

 

 最近、ニュータイプ能力に無自覚に目覚めてきたこの世界のアムロにとってもやはり皮膚感覚を遮るノーマルスーツは操縦の邪魔に思える、煩わしいものに感じられるようになっていた。

 その話を聞いたテム・レイ博士は宇宙服としての生命維持機能は最低限にして、薄く、動きや感覚を阻害しない限りなく皮膚に近い、いや第二の皮膚とも言えるパイロット用ノーマルスーツを用意。

 パイロットとしての能力を欲し、悩んでいたセイラに提供してくれたのだ。

 

 そして現実にセイラは目覚ましい能力を見せていた。

 実際には兄相手ではないから本来の実力を発揮できているわけではあるが、セイラ本人にはあまり自覚が無いので単純にこのスーツの力が凄いのだと思い込んでいた。

 

 しかし……

 

『身体の線、出過ぎですよね』

 

 と顔を赤らめたサラスリーが言うとおり、このテスト用の限りなく薄く肌に張り付いたパイロットスーツ。

 ミヤビの前世で言うところの「対魔忍スーツかよ!」と突っ込みたくなるほど身体の線が出ていて、それはもうエロい見た目になっていた。

 

「そう? でも機能性のスポーツウェアと変わらないでしょう?」

 

 とセイラは気にしていない。

 確かに、そう考えると問題ないようにも感じられるかも知れないが、

 

『透け透けじゃないですかっ!』

 

 映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』に登場する式波・アスカ・ラングレーが着用していた新デザインの、見え過ぎなテスト用プラグスーツのように胸から腹部にかけてが透け透け……

 と、思いきや、

 

「これのこと? イメージや気分、感覚だけでもということで、胸からお腹にかけて肌色に近い色になっているんだけれど」

 

 つまりはゲーム『マブラヴ』及び『マブラヴ オルタネイティヴ』に登場するパイロットスーツ、衛士強化装備。

 その中の訓練兵用衛士強化装備と同じで、見た目だけのものらしい。

 訓練兵用衛士強化装備はあえて肌色に近い色にする事で訓練兵の羞恥心を麻痺させ、身体のラインがモロに出て実質裸に近い強化装備を身に付けることへの抵抗感を無くすという目的でそうされていたものだったが。

 

「メンタル面を含めて少しでもいい効果を、って努力している技術者の頑張りが込められているようで気に入っているわ」

 

 とセイラ。

 本人は透けていないと分かっているからこその感覚だろうが、何も知らずに見たらドッキリするだろうし、男性に対しては目の毒としか言いようがない。

 まぁ、小説版『機動戦士ガンダム』のラストはセイラが全裸で海を泳ぐシーンだったりするし、割と彼女はオープンと言うか、そういったものを気にしない感性の持ち主なのかも知れなかった……

 

 

 

 一方、敵のリック・ドムは信じられない長距離から狙撃を受けたため、

 

「二手に分かれたのか」

 

 とカイが言うとおり、左右に分かれて回避運動を開始。

 距離を詰めるとビームバズーカを撃ちこんでくる。

 大型で扱いが大変だがその分威力は高く、ムサイ級の主砲に準ずるとも言われるものだ。

 

「野郎」

 

 こちらも回避機動を取るカイ。

 ガンキャノンL、ロングレンジタイプは敵からの攻撃を避けるが、

 

「もっと引き付けるんだ」

 

 反撃は控える。

 

「ここか」

 

 そう見切り、

 

「いけっ」

 

 とビームライフルを撃ち込む。

 そして命中。

 哀れ! リック・ドムは爆発四散!

 

「やったあ」

 

 と快哉を上げ、ドラケンE改可翔式で随伴するスレッガーからも、

 

『ほう、見かけによらず、やることは冷静だな。見直したぜ』

 

 と褒められるが、

 

『ん? 待て』

「し、しまった」

 

 敵は味方の爆発を遮蔽に使い、急速接近してくる。

 ビームバズーカを辛うじて回避するものの、

 

「ヒジ!?」

 

 そのまま突入してくるリック・ドムに肘打ちで弾き飛ばされるガンキャノンL。

 リック・ドムはその反動で進路を変えスレッガーのドラケンE改可翔式に向かう。

 

 

 

「きゃつら!」

 

 スレッガーはドラケンE改可翔式、右肘ハードポイント装備の60ミリバルカンポッド弐式で迎撃。

 

【挿絵表示】

 

 敵をハチの巣にするが、

 

「おおーっ」

 

 リック・ドムは損傷を受けつつも怯まずヒート・サーベルで斬りつけてくる。

 60ミリバルカンポッドを盾に浅い角度で受け流し、機体が軽いことを利用して弾き飛ばされることで何とか回避。

 

『バルカンポッド、パージ!!』

 

 とっさにサポートAIサラが損傷した60ミリバルカンポッドを破棄。

 爆発するそれを目くらましに離脱する。

 

「やれやれ、助かったぜサラちゃん」

『は、はい。スレッガーさんが無事でよかったです』

 

 とサラ。

 

「相打ち覚悟の特攻野郎相手に60ミリじゃあ、ストッピングパワー不足か?」

『そうかも知れませんね。味方の爆発を目隠しに使うあたり、相当気合が入っている兵士さんみたいです』

「ならどうする?」

『甲壱型腕ビームサーベル装備します』

 

 腰の後ろに装備していたバックアップの甲壱型腕ビームサーベルを左腕二重下腕肢マニピュレーターを使って右肘ハードポイントに装着。

 

【挿絵表示】

 

「接近戦か?」

『コア・フライトユニット内蔵の空対空ミサイルAIM-79、8発もありますよ?』

「とりあえずはそっちかねっ!」

 

 と追いすがるリック・ドムに振り向きざまにAIM-79を連続発射する。

 そうやって動きを制限したところで……

 

「なにぃ!」

 

 ガンキャノンLの120ミリ低反動キャノン砲、セイラの狙撃によりリック・ドムが墜とされる。

 

「はははは…… 取られちまったか」

 

 笑うしかないスレッガー。

 

『その、ナイスアシストでしたよスレッガーさん。こちらの攻撃で敵の動きが制限させられたからこそのヒットだと思いますし』

 

 サラに慰められ、更に微妙な表情になるがしかし、

 

「やれやれ、お嬢さん方にはかなわんな」

 

 と肩をすくめるのだった。

 

 

 

 一方、ムサイ艦隊を指揮するドレンはというと、

 

「ドムがやられた空域を狙い撃ちだ。木馬まで一気に突撃を敢行する」

 

 二手に分かれたリック・ドムのうち片方が全滅したのだが、逆にそうなればその空域に艦砲射撃の邪魔になる味方機は居ないということになる。

 そこに集中攻撃をかけ、敵モビルスーツを排除、ホワイトベースへの突入口を開こうとする。

 

 

 

『ブリッジ、聞こえますか? こちらハヤト。僕とミヤビさんでホワイトベースの防御にまわります』

 

 右舷デッキ、コア・ファイターで待機していたハヤトからの通信。

 

「頼む。スカート付きを叩かん限りムサイに攻撃もできない。急いでくれ」

 

 セイラたちは敵艦の集中砲火に押されて後退中。

 もう一方のリック・ドム三機はホワイトベースに肉薄し攻撃中である。

 そして船体に走る振動。

 

「第6ブロック被弾、四発目です」

「弾幕が薄いぞ。相手は動いてくれるんだ、なまじ狙わずに撃てと言え」

 

 指示を出し、ブライトは、

 

「フラウ、アムロのガンキャノンは?」

 

 と問う。

 

「あと少しです、待ってください」

 

 その声に被さるようにマーカーから報告。

 

「ムサイ、Fラインを越えました。ビーム来ます」

「回避運動任せる」

「はい」

 

 うなずき、思いっきり舵を回すミライ。

 

「面舵!」

 

 敵の砲撃を間一髪で避ける。

 

「主砲、メガ粒子砲はムサイのブリッジ、あるいはエンジンを狙え。撃て」

 

 

 

(ええー、出番あり?)

 

 とミヤビは顔には出ないが内心げんなりする。

 しかしハヤトに自分も出るというように言われてしまったし、そのハヤトもコア・ファイターで出るのだから仕方がない。

 

「ミヤビ、ドラケンE改出ます」

 

 と、ハヤトのコア・ファイターに続きカタパルトから射出。

 ホワイトベースに攻撃を仕掛けるリック・ドムに立ち向かうことに。

 そして、いきなり、

 

『後ろですミヤビさんっ!』

 

 サラからの接近警報。

 ミヤビは機体背面に装備された可動ノズルによる推力偏向制御ロケットエンジン、そして手足をぶん回してのAMBAC(active mass balance auto control。能動的質量移動による自動姿勢制御)、さらには両足かかとに付けられたローラーダッシュ用のインホイール・モーターとランフラット・タイヤをリアクションホイールとして併用し、くるりと縦に半回転。

 

【挿絵表示】

 

 宇宙空間のように地面等、機体を固定するものが無い場所ではコマ、フライホイールを回転させるとその反動(正確には反作用)でフライホイールの回転に対して逆回転の力が機体に加わる。

 この効果を利用して姿勢制御を行うのがリアクションホイールである。

 スラスターを用いない姿勢制御はモビルスーツでは宇宙服を着込んだ人間の動きを模したAMBAC(active mass balance auto control。能動的質量移動による自動姿勢制御)がスタンダードであるが、一般的な宇宙機や人工衛星ではこのようにフライホイールを利用する。

 モビルアーマー『エルメス』の姿勢制御に採用されているという『ジャイロ』もやはりフライホイールを用いたコントロール・モーメント・ジャイロスコープのことと言われていたし。

 

 ドラケンE改ではスラスターとAMBACとこのリアクションホイール、三者を組み合わせることでより高度な姿勢制御を可能としているのである。

 

 もっとも…… 宇宙空間での機動兵器の反転は、左右、どちらかに振り向くのが普通で、縦回転はあまり好まれない。

 モビルスーツの場合、逆立ちするより振り向く方が物理的に少ない力で素早く行えるだろ、というだけでなく(まぁ、寸詰まりで縦も横も同じ程度のサイズのドラケンだとどちらでもさほど変わらないが)

 普通の人間には天地がひっくり返る機動はとっさの空間認識に支障が出るのだ。

 宇宙に適応したニュータイプ、完全な3次元空間の把握が可能な空間認識能力者なら別だが、人は本来重力下の地べた、平面の二次元で暮らす存在。

 気圏戦闘機のパイロットだと高さがある分、2.5次元で把握できるようになるが、そこが常人の限界なのだ。

 ミヤビの前世、ガンダム関連の対戦ゲームの宇宙ステージでも、各機体は同じ向きに立つかのように上下方向が揃えられていた。

 このように仮想的でも基準となる地面方向を定めることが必要であり、それを瞬時に変更というのは人間の認識力が追い付かない。

 

 だからミヤビがとった縦回転の反転、これはとっさの非常手段。

 気圏戦闘機において起きる空間識失調と同様、機位を見失う危険性を孕んだものだったが、

 

『バルカン・セレクター、フルオート!』

 

 同時にサラが、通常時は弾を無駄にしないバースト射撃を行っている60ミリバルカンポッド弐式の射撃モードをフルオートに変更。

 背後から迫っていたリック・ドムに向かい、全力射撃を叩き込む。

 自身の突入速度を上乗せされたカウンター射撃で、リック・ドムの機体がハチの巣に。

 そして、爆発!!

 

 そう、この戦争の経験を通じて成長してきたサラ。

 ついには奇跡的にとはいえモビルアーマー、ビグロを仕留めるだけの金星を挙げられるようになった彼女が居るからこその機動。

 気圏戦闘機の場合、空間識失調を起こした際にはパニックボタンを押すとオートパイロットで自動的に姿勢回復モードとなるが、それと同様、いや戦闘中に機位を見失ってもなんとかフォローしてくれるサラを信じたからこそ、可能となったマニューバだった。




 スレッガーさんの機体はこのようになりました。
 そしてミヤビは通常のドラケンE改に乗るわけですが、このようにローラーダッシュ用のインホイール・モーターとランフラット・タイヤをリアクションホイールとして使うとか、ノーマル機でもまだまだ使っていないネタは残っているんですよね。
 でも、主役機交代後に旧主役機に乗るのってヒロインポジションのキャラクターの役割だよなぁと思ったり。

 一方、セイラさんの方はこんな具合に。
 テム・レイ博士……

 なお、次回は戦闘に決着ですが、ミヤビはノーマルなドラケンE改でムサイに対し対艦戦闘をやるハメになる予定だったり。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第32話 強行突破作戦 Dパート

「直撃、左翼のムサイです!」

 

 ホワイトベースの砲撃がムサイに命中するが、

 

「誰が砲塔を狙えと言ったか? 機関を破壊すればビーム砲は使えなくなる、砲撃は集中して行え」

 

 と、ブライト。

 そこがビーム砲を主砲とする艦の弱点であり、逆に新鋭艦であるホワイトベースの主砲が火薬砲である理由の一つでもある。

 

「ええい、左翼のムサイにのみ集中攻撃だ。ほかには目をくれるな」

 

 なおも残った砲塔で反撃してくるムサイを狙う。

 

『待たせました、ガンキャノン攻撃します』

 

 そこに、無線封鎖して戦場を迂回。

 ムサイに向かっていたアムロから秘匿レーザー通信で攻撃位置に着いたという報告が届く。

 

「急いでくれ、目標はムサイだ。スカート付きのモビルスーツは構うんじゃないぞ」

『了解です』

 

 

 

「ああっ、ト、トクメルが。リック・ドム二機、後退させろ、こちらからの砲撃の邪魔だ」

 

 ホワイトベースからの砲撃が傷ついてたムサイに止めを刺す。

 それでもドレンは退かない。

 

「キャメル、スワメル二艦で木馬を仕留めるぞ」

 

 残った艦による砲撃戦でけりをつける作戦だ。

 

「シャア大佐が来る前になんとしてもとどめを」

 

 

 

「ムサイ二隻、来ます」

「各砲撃手へ、狙いは左のムサイだけだ、右は忘れろ」

 

 敵艦隊の動きはホワイトベース側でも察知。

 再びブライトは各砲座の集中運用を指示する。

 

 

 

「なに? 聞こえない!」

「シャア大佐から伝えられた黒いガンキャノンが居ないそうです!」

 

 怒鳴り合うドレンと部下。

 宇宙空間は真空なので敵の砲撃音は伝わらないが、自艦の射撃音は船体を通じて伝わる。

 またモビルスーツのコクピットや戦艦のブリッジ等、宇宙戦闘に関わるところには立体音響装置が組み込まれている。

 ミヤビの前世の記憶の中にあるマンガ『機動戦士ガンダム 光芒のア・バオア・クー』作中でも語られていたが、カメラセンサーが爆発や射撃を捉えると設定されている音、爆発音などが響いて聴覚で状況を知らせてくれるわけである。

 まぁ、調整が不十分だと想定を超えて濃密な砲撃戦が行われた場合に、このように会話を阻害してしまうこともあるのだが。

 

「あのリック・ドムは?」

「フラシィのです。奴は黒いガンキャノンを見てないと言ってます」

「馬鹿な。……ではどこにいるんだ? ガンキャノンは。うわっ!」

 

 ミサイルを受け爆散するリック・ドム。

 

 

 

「やったか?」

「いや、モビルスーツに当たったんだ」

 

 敵の旗艦に当たったかとも思われたが違ったようだ。

 

「あと一息だ、息を抜くなよ。うっ」

 

 ホワイトベース側も被弾。

 ブリッジの面々もその衝撃に息を詰める。

 

 

 

(右舷モビルスーツデッキ直撃危機一髪ーっ!!)

 

 内心、思わずうめくミヤビ。

 

『もし出撃していなかったらやられていたかも知れませんね』

 

 とサラが言うとおり。

 出撃するきっかけを与えてくれたハヤトには感謝しなくてはと思うミヤビ。

 

 リック・ドムは後退。

 しかしスレッガーのドラケンE改可翔式とリュウのコア・ブースター、ハヤトのコア・ファイターは補給のために帰還途中にある。

 ドラケンE改可翔式、そしてコア・ファイターの継戦能力が低いのは分かるが、コア・ブースターが?

 と考え、ミヤビは思い出す。

 マンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』でも主人公の乗るコア・ブースターはギャプランとの空中戦闘で姿勢制御スラスターを全方位ベクターノズルに見立てて強引な軌道変更を繰り返した結果、あっという間に燃料切れまで追い込まれていた。

 要するにAMBACが使えない戦闘機にモビルスーツに対抗できるほどの運動性をスラスター噴射のみで発揮させるとこうなるということなのだろう。

 

 一方、セイラとカイはガンキャノンL、ロングレンジタイプの砲撃戦能力を発揮するべく左舷モビルスーツデッキに機体を固定し狙撃を行っており、

 

(あとはアムロがムサイを仕留めてくれれば)

 

 という状況ではあるが……

 

 

 

(そんなはずはない、ガンキャノンは居るはずだ。どこなんだ?)

 

 焦るドレン。

 

「ドレン大尉!」

「何か?」

「ゼロ方向から接近する物あります!」

 

 オペレーターからの報告。

 

「なんだ?」

「モ、モビルスーツらしき物、高熱源体接近!」

「ミサイルか?」

「本艦にではありません!」

「スワメルか!」

 

 ドレンは敵の狙いに気付き、船窓に張り付く。

 

「スワメル、よけるんだ!」

 

 直上からの射撃。

 まず、ブリッジを撃ち抜き指揮能力を奪い。

 次に左右、エンジンブロックを破壊、航行およびビーム砲へのエネルギー供給を不可能とし。

 止めとばかりに二基のメガ粒子砲座を破壊することで、その近辺に集中配置されているミサイルランチャーまで潰す。

 正確無比な攻撃。

 

「うっ、ガンキャノンだ。あの赤かったやつが、黒く!?」

 

 改めて肉眼で視認するその姿にドレンは戦慄する。

 しかしそこに最後のリック・ドムが割って入る!

 

「くっ、こうなってしまえば仕方がない。主砲、ガンキャノンに構わず木馬のエンジンを狙え! 足止めさえできれば、あとはシャア大佐が片を付けてくれる!」

 

 

 

『……まずいんじゃないですか、ミヤビさん』

 

 サラの言うとおり。

 その状況を見ていたミヤビの額に冷や汗がにじむ。

 万が一を考え、ドラケンE改のシルエットが小さいこと、ステルス塗装のために隠密性が高いことをいいことに、リック・ドムの残骸というスペースデブリに隠れてアムロのガンキャノンとは違う、ムサイを横合いから狙える位置に密かに移動してはいたのだが……

 捨て身で足止め策に出るムサイ。

 それを阻止するべきガンキャノンはリック・ドムに邪魔され手間取っている。

 ここでミヤビが取れるオプションは、

 

 アムロとリック・ドムの戦いに割って入り、リック・ドムを引きつけてガンキャノンにムサイを沈めてもらう?

 

 (NON)

 最後まで残っていただけあって敵は手練れ。

 史実ではアムロもシールドの影に隠したビームサーベル二刀流で倒したほどの相手であり(同じパイロットとは限らないが)、ドラケンE改で相手取るのは無理。

 

 では、

 

(私に、ただのドラケンE改に対艦攻撃をやれと?)

 

 果たしてこの状況で、ドラケンE改がムサイに有効打を与えることは可能なのだろうか?

 

 答えは可なのである(本当かよ)

 というわけで、

 

「甲壱型腕ビームサーベルリミッター解除、ビームジャベリン展開!」

 

 撃ち尽くしたバルカンの代わりに右腕肘に装備していた甲壱型腕ビームサーベルの先端から柄が伸び、その先端に三叉のついた槍状のビームを形成する。

 

『ビームジャベリン起動しました。燃料電池全力稼働を開始。活動限界まであと4分53秒』

 

 サラのアナウンスと同時に、モニターの隅に若干増減しながらも減っていく活動限界までの時間が映し出される。

 長い柄の先端部のみに刃を発生させることでエネルギー消費を少なくした、とされるビームジャベリンだけあってドラケンE改でも何とか使用が可能。

 

「サラちゃん、ムサイ艦のデータから、最適な攻撃対象部位を指定して!」

『はい、ミヤビさん』

 

 ヘルメット付属のバイザー型HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)に表示される外部映像へ『ここを突いて』というポイントが追加表示される。

 ミヤビはその一点を目指し、スロットルを床まで踏み込み背面ロケットエンジンを吹かして急加速!

 動力源である燃料電池の動作に伴い発生する熱は原型機であるドラケンEにおける背面放熱器の代わりに内蔵されている熱回収器を介して推進剤の加熱に使われている。

 このため燃料電池全力運転による発熱は副次的効果として推進剤噴射速度上昇をもたらし、一時的に機動力が向上する。

 その上、

 

「ロケットエンジンリミッターカット! 出力全開!」

 

 リミッターを解除。

 1G重力下でも弾道軌道を描く大ジャンプを実現する大出力が、さらに機体を加速させる。

 殺人的な加速をミヤビはパイロット用ノーマルスーツの耐G機能とバケットシートを支える大型ダンパー、メカニカル・シート・アブソーバーの保護により耐える。

 切っ先がぶれないよう、左腕の二重下腕肢を使って右腕の甲壱型腕ビームサーベル、ビームジャベリンの柄をつかむ変則的な両手持ちで突っ込み、そして右操縦竿のトリガーを引き絞る。

 

『ビームジャベリン分離!』

 

 というサラのアナウンスと同時に、急降下爆撃機の放つ爆弾のように分離投下、そのままの勢いで直進して行くビームジャベリン。

 そしてムサイにぶち当たらないように急速に機首を引き上げるドラケンE改。

 

『命中です!』

 

 サラによる報告。

 ビームジャベリンは史実でガンダムが投げ放ったのと同じようにムサイのエンジンブロックを横合いから貫く。

 ビームを一点に集中することから貫通力が高くガウ攻撃空母を解体したり、『機動戦士ガンダムUC』においてもビームサーベルを食い止めるジュアッグの腕部砲身をまとめて輪切りにするなど威力を見せつけたもの。

 あっさりとエンジンブロックを突き抜け、反対側に位置するもう一つのエンジンブロックまで貫通。

 ムサイを航行不能とする。

 

『やりましたね、ミヤビさん』

 

 アムロが笑顔で通信をつないでくれる。

 彼はムサイが攻撃を受けたことで隙ができたリック・ドムを即座に沈めて見せていた。

 

 まぁ、ミヤビがムサイを沈黙させることができたのも、ムサイの主砲がホワイトベースに向け集中していたこと。

 ムサイには主砲のほかにはCクラス小型ミサイルぐらいしか対空手段が無いが、それも前方に向けた配置。

 つまり前方に全火力を集中できる反面、死角の多い設計であり、対空砲を持たないためミノフスキー粒子散布下における敵モビルスーツの接近に対しほぼ無力であったこと。

 そもそも対空監視が至近に迫ったガンキャノン一機に集中していたこと。

 艦載機は最後に残されたリック・ドム一機で、そちらはアムロのガンキャノンに集中せざるを得なかったこと。

 ドラケンE改の機体のステルス性を生かして絶好のポジションに侵入できたこと。

 これらの条件が合わさったために行えた手段であり、この条件のうちどれが欠けてもダメだったろうし。

 

 そもそもミヤビの知る史実でもジムのビームサーベルはガンダムと同じもの、とされつつも実際にはビームジャベリン機能を持ったものは少数、大半の機体に装備されていたのは『規格は同じでも別物』であったように。

 ドラケンE改に配備されている甲壱型腕ビームサーベルでも、一般機向けにビームジャベリン機能が省略されているものではできない戦法ではあったのだが……

 

『後は私たちが止めを刺すわ』

 

 と言うサラツーに、しかしミヤビは、

 

「待って、ミサイル発射管を潰して戦闘能力を失わせるだけにしてちょうだい」

『ミヤビさん?』

「生き残りが居れば、シャアのザンジバルは救助のため立ち止まらざるを得ない」

『な、なるほど……』

『その隙に逃げるのねっ』

 

 というわけで、ガンキャノンにより残された戦闘能力まで完全に奪われたムサイ艦キャメルは救助があるまでこの宙域を彷徨うこととなった。

 

 

 

「あのドレンが私の到着まで持ちこたえられんとはな」

 

 戦場の惨状にシャアはつぶやく。

 

「救助作業を急がせい! 木馬のコースは?」

 

 

 

「それは確実なのか?」

「はい。ここからルナ2へ進路を取れば98パーセントの確率でザンジバルと接触しますが」

 

 マーカーと今後について語り合うブライト。

 

「これはザンジバルがムサイを救助しなかった場合ですので、もちろん救助活動に手間取ればそれだけ追いつかれる可能性は下がります」

 

 ということ。

 あとは、その不確実性をどう受け止め決断するかだが。

 例えば、酸素と食料が十分に残っていて治療に急を要する怪我人も出ていない場合、座標と漂流方向だけ記録して他の船に救助を任せ先を急ぐ、などという手も無くは無いのだ。

 スペースノイドの心情としては取り難い手であり可能性は低いが、しかしシャアならやりかねないという怖れもあった。

 それゆえブライトは、

 

「うん。よし、サイド6に向かう」

 

 と結論する。

 

「賛成だな、中尉。俺もいいところなしであのAI、サラちゃんに慰められる始末だよ」

 

 とぼやくスレッガー。

 

「手柄を急ぎすぎましたかね」

「はははは、そんなところだな」

 

 と笑いあうブライトたちだったが、

 

「しかし、あれ本当にただのAIなのか? まるで感情を持っているようにしか思えんのだが」

 

 というスレッガーの言葉にふと考え込む。

 

「おい?」

「いえ、改めてそう言われてみると不思議だな。ミライ?」

「私は姉さんの身内よ。前からサラちゃんのことは知ってたから今さら……」

 

 と苦笑するミライだったが、

 

「でもブライト、サイド6に向かったってどうなるというものでもないし」

 

 そう意見する。

 

「このままザンジバルと戦ったとしても、勝つ見込みはほとんどないぞ」

「そうだな。外から見てもホワイトベースのやられ方はひどいもんだ」

 

 と、スレッガーもブライトに同意。

 

「気になることでもあるのか? ミライ」

「い、いえ、別に」

 

 誤魔化すミライ。

 

「サイド6は中立サイドだ。戦闘行為は南極条約で禁じられているし、うまくいけばホワイトベースの修理もできる」

「その代わり、ジオンに取り囲まれる可能性もありますがね」

「やむを得んさ。その時はその時さ」

 

 スレッガーとブライトの会話を聞きながら、ミライは、

 

「……まさかね」

 

 とつぶやく。

 姉の婚約者が居るはずのサイド6で、またグダグダな二人の関係に巻き込まれたりしたら、と危ぶんでいたのだが。

 なお、そういうおそれを口に出して言ってしまうことを、人はフラグと呼ぶ。

 

「針路変更。ホワイトベース、サイド6へ向かいます」

 

 舵を切るミライ。

 

 サイド6。

 いくつかあったサイドのうち、ジオン公国にも地球連邦にも属さず、戦争には参加していない。

 また、このサイド6の支配下の空域では一切の戦闘行為は禁止されていた。

 

 

 

次回予告

 サイド6に人の出会いが待っていた。

 ミライには姉の婚約者カムランが、

「あ、ああ。ご婦人の口説きようがまずいという訳さ、なあ中尉」

「そういうことだ。なんせミライ少尉はホワイトベースのおふくろさんなんだからな」

(……二人とも絶対勘違いしてるでしょう)

 シャアにはコンスコンが、

「き、貴様のために来てやったんじゃないからな、勘違いするなっ!」

(……誰が得をするのだ、これは)

 混沌の中、人は乾いた笑みを浮かべるしかないのだろうか?

 次回『コンスコン強襲』

 君は生き延びることができるか?




 ミヤビのノーマルなドラケンE改による対艦攻撃でした。
 史実でもアムロのガンダムがビームジャベリンを投げてムサイのエンジンブロック二つを貫通させていましたしね。

 そして次回予告…… サイド6には人間関係の酷いゴタゴタが待ち構えている模様。
 あと冒頭はブラウ・ブロの初登場ですよね。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第33話 コンスコン強襲 Aパート

 ホワイトベースを迎え撃つドレン大尉率いる三隻のムサイはアムロたちの活躍によって突破された。

 そしてホワイトベースはサイド6へ進路を取った。

 しかし……

 

 

 

 かつてサイド1のあった宙域。

 現在ここにはドズル・ザビ中将の指揮する宇宙攻撃の本部ともいうべきソロモンがある。

 今ここからコンスコン機動部隊が発進する。

 

 ドズル中将はキシリアがシャアを使っていることに反感を持っていた。

 できることならみずから木馬を討ち、シャアの無能さを証明してやりたかった。

 しかし、ルナツーに集結しつつあるティアンム艦隊の目的がわからぬ限り、これ以上の兵力を出す訳にはいかない。

 

 ……というようにドズルの心情を汲んだつもりで出たコンスコンだったが、

 

「しかしキャメル艦隊の生き残りの収容に自ら出るとは、コンスコンも情に厚い男よ」

 

 と、それを見送るドズル当人には、そんなつもりはまったく無く。

 コンスコンがソロモンを出る言い訳に使った収容作業だと、そのまま信じていたりする。

 だが、

 

「はぁ」

 

 とドズル付きの参謀であるラコック大佐があいまいに返事をするように、この件に関してはドズルとキシリアの間の権力闘争、ザビ家内部の抗争が絡んでいると思われているため誰も口をはさむことも、確認することすらできないでいる。

 日本の一族経営企業などで見られる、斟酌、忖度、配慮、顧慮の結果、うやむやグダグダなまま良く分からないがなんとなく話が、時間だけが過ぎていく。

 そんなことになっているのだった。

 

 

 

『ミヤビさん、どうですか? 異常はありませんね』

 

 アムロからの通信。

 

「そうね、大丈夫だと思うけど。この辺も岩が多いからなんとも」

 

 ホワイトベースが向かったサイド6はラグランジュ点L4にある。

 非常に大雑把に言うと、ここは重力が均衡する宙域であり岩などのデブリ溜まりが存在する。

 無論、航路を邪魔する物は無いが、しかし敵に潜まれ待ち伏せ、アンブッシュをかけられるとやっかいなので、こうして艦載機たちが総出で先行し哨戒を行っているわけである。

 

『スレッガーさんは? どうです?』

『異常なし。こっちは足が短いんだ、先に引き上げさせてもらうぞ』

 

 ドラケンE改可翔式のスレッガーはそう言って反転する。

 まぁ、核融合ジェネレーターを搭載しているとはいえその航続距離は推進剤の量に制限される。

 つまりコア・ファイターとどっこいどっこい。

 コア・ファイターより重い分だけ加速に必要となる推進剤は多いが、しかし姿勢制御には手足をぶん回してのAMBAC(active mass balance auto control。能動的質量移動による自動姿勢制御)が使えるので推進剤の節約ができるというもの。

 一方、

 

『ミヤビさんは大丈夫なんですか? その、普通のドラケンE改で』

 

 とアムロに心配されるが、

 

「ええ、P缶二本差しだから余裕があるわ」

『ぴーかん?』

「ああ、増槽、プロペラントタンクのことよ」

 

 説明が必要かと話し始めるミヤビ。

 

「ドラケンE改の機体上面、二基の短距離ミサイルは増槽と交換が可能なの」

 

【挿絵表示】

 

 それを受けてサラも、

 

『推進剤が入れられるプロペラントタンクと燃料電池向けの燃料タンクがあって、通常は一基だけの装備でも十分ですが、特別に長時間の行動を取りたい場合には二基とも交換することや別の種類のものを混載することもできます』

 

 と説明。

 そしてつまり、

 

「その円筒状の形状から燃料電池向けの燃料タンクはエネルギー缶、略称『E缶』、推進剤が入れられるプロペラントタンクはプロペラント缶『P缶』と呼ばれているわけ」

 

 そういうこと。

 

『そうなんですか、外見上は通常のミサイル装備と区別がつかないですね』

 

 感心するアムロだったが、

 

「ドラケンE改の武装同様、敵味方識別装置(identification friend or foe、略称:IFF)を応用したビーコンと電子タグを搭載しているわ。その中に種別、および積載量のデータが含まれるからドラケンE改が見誤るということは無いわね」

 

 とミヤビ。

 彼女たちパイロットが見るHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)にも拡張現実(AR:Augmented Reality)により燃料タンクなら『E』、プロペラントタンクなら『P』、ミサイルなら『M』というようにタグが表示されるようになっている。

 

 しかしそこで、

 

『左を!』

 

 とアムロ。

 

「えっ?」

 

 

 

 岩陰に潜む巨大な突撃艇じみた機体。

 作業用ノーマルスーツを着込み、命綱(Safety Tether、セーフティー・テザー)を付けた技術者たちが船外作業に勤しんでいたわけだが、

 

「見つかったようです、砲撃を」

「待て、もう少し」

「よりによって故障した時に」

「エンジンは動くな?」

「一応は」

 

 という会話。

 そう、この機体はニュータイプ専用モビルアーマー、ブラウ・ブロであり。

 指揮をとっているのはニュータイプ用兵器開発部隊に所属するジオン公国軍の女性技術士官でブラウ・ブロの開発者、シムス・アル・バハロフ中尉である。

 

 

 

『い、いけない。ミヤビさん、離れてください』

「くっ!?」

 

 アムロ、つまりニュータイプの警告に、ミヤビは迷わずとっさにフル加速で回避。

 そして宇宙の闇をビームの光条が切り裂く。

 

『う、撃ってきました。ジオンのモビルアーマーです』

 

 とサラ。

 

『い、いや、モビルアーマーかどうか』

 

 慎重なアムロは決めつけることをしない。

 

『き、来ますよ』

 

 そして岩陰から姿を見せた機体に目を見開くミヤビ。

 そう言えばブラウ・ブロとの初邂逅ってサイド6入港前だったっけ、と思い出すが、もう遅い。

 

 だがしかし、それでもこの場ではニュータイプは乗っていないはず。

 乗っていたら初撃から直撃が来ていたはず、と気持ちを立て直す。

 

 

 

「馬鹿めが、なぜ撃ったのか?」

「こ、攻撃を仕掛けてきましたので」

「相手にそのつもりはなかった。そそっかしい」

 

 とブラウ・ブロ側も予期せぬ戦闘だったらしい。

 ガンキャノン、そしてドラケンE改に向け転進。

 姿勢制御スラスターで横方向にスライドしながら、その場に残した有線ビーム砲で攻撃する。

 

 

 

「っ、く!」

『右プロペラントタンク損傷! パージします』

 

 サポートAIであるサラのとっさの対応でドラケンE改はかすめたビームにより損傷したプロペラントタンクを切り離し。

 何とかその爆発に巻き込まれることを防ぐ。

 このタンク、ドロップタンクとして切り離すことはスペースデブリを産むということで推奨されていないが、デブリとの接触、そして被弾等、トラブル時にはこのように強制排除できるようにしてあるのだ。

 

 そしてアムロからの通信。

 

『大丈夫ですか、ミヤビさん!』

「ええ、推進剤の残量が少なかったのが幸いしたわね」

 

 一般に軍用機に使われる増槽は弾着による引火爆発を防ぐため、残量にかかわらず会敵時に投棄されることが多かった。

 そのため先に増槽の燃料から消費し、機内タンクの燃料を温存するようになっている。

 ドラケンE改用の増槽は機内タンクに注入する形で接続されており、残量があるうちは常に機内タンクを満タンにするようになっている。

 これはやはり、機内タンクの方が厚い装甲に守られ安全であるためである。

 

『妙なモビルアーマーです。下がってください』

「ええ」

 

 アムロの言葉にうなずくが……

 

 

 

「チィッ、一気にパワーを上げすぎました」

「構わぬ、このブラウ・ブロを見られたからには敵を倒さねばならん」

 

 とミヤビからすればとんでもなく迷惑な決意をするシムス。

 だったらこんなところでテストをするなという話だが、実際には闖入者はホワイトベースの方だったりする。

 

 ブラウ・ブロは月のグラナダで造られた機体だが、南極条約でグラナダを除く月面都市への攻撃は禁止されており、つまり各都市が生きている月周辺でテストを行うのは機密保持の観点上好ましくない。

 一方、サイド6は中立サイド。

 その周辺で戦闘が起こる可能性は低いし、遮蔽となる岩塊、デブリ地帯もある。

 さらにはここを訪れる船は当たり前だが事前に申請が出されるし、それは普通に公開され入手できるもの。

 だからシムスらはそれを参考に、他の船の航行が無い時間、無い場所でテストを行っていたのだが、そこにホワイトベースが急遽予定を変更してやって来たものだから、故障中のブラウ・ブロと鉢合わせしてしまったのである。

 もちろんブラウ・ブロは万が一が無いよう航路から外れたデブリの岩陰に潜んでいたわけだが、アムロたちはわざわざそこに来て見つけてしまったわけで。

 シムスたちにしてみれば迷惑なのはホワイトベース側、ということになる。

 

 また同時に……

 ミヤビの前世の記憶の中にある史実と同じくここで鉢合わせしてしまったのは完全に偶然なわけでも無いし、歴史の修正力などといったオカルトじみた力が働いたわけでもないだろうということでもある。

 なお、

 

「ん? あそこか」

「相手はたかが一機だ。仕留めるぞ」

 

 という具合にミヤビのドラケンE改は敵戦力としてカウントされていない。

 おまけ扱いで始末してしまえという程度の認識の模様。

 

 

 

『砲撃が妙な方向から来ますよ、気を付けてください』

「了解」

 

 うなずきながらも、

 

(もう敵の攻撃の特性を理解しているのか、ニュータイプおそるべし)

 

 と、冷や汗をかくミヤビ。

 それと同時に、

 

『うわっ。ど、どっから撃ってくるんだ?』

 

 と言いながらも自分とは違い回避して見せるアムロの声を聴きながら、

 

「有線ミサイルやガンキャノンが使っていた例のワイヤード・ハンマーにビーム砲が付いて有線制御できる、って感じでシミュレートしてみて」

 

 と敵の正体を知っているがゆえの、味方の装備に例えた指示をサラに出す。

 敵がニュータイプでないのなら、この攻撃は要するに準サイコミュ兵器の『インコム』、その劣化版に過ぎない。

 コンピュータによるアシストを経ても2次元的な挙動が限界であるもので、それならシミュレートによりある程度、ぼんやりとでも予測はできるはず。

 幸いパイロットとサポートAIの連携で制御する有線兵器としてドラケンE改の短距離ミサイルや、アムロも使った『インコム』の質量兵器版とも言えるワイヤード・ハンマーという事例もあるのだから話は早い。

 

 だが……

 

『そうか、それがあの攻撃の正体か! サラツー、計算してみてくれ!』

『了解、アムロ!』

 

 と、その声を通信機越しに拾ったアムロは即座に理解。

 なお、ミヤビはサラに指示を出しただけのつもりだが、とっさにいつもの調子でサラの名を口にせずしゃべっていたので当然、アムロは自分たちへの助言だと思っている。

 

(さすがミヤビさん。初見の敵の特性を即座に見破り対処法を思いつくなんて!)

 

 と感動されていたり。

 まったくの誤解なのだが。

 そして、

 

「そこだ!」

 

 とあっさりとブラウ・ブロの攻撃を見切り、本体にビームライフルを命中させるアムロ。

 さすがはニュータイプというやつである。

 

 

 

 ブラウ・ブロは直撃した左ブロック、および中央ブロックを切り離し、右ブロックのみで逃走。

 

「ええい、ようやく実用化のメドがついたものを」

 

 とシムスが悔しがるのも無理はなく、

 

「例のガンキャノンショックで二機建造のところを一機だけになってしまいましたからね」

 

 同乗した技師が言うとおり、開発規模が縮小されているのだ。

 

「これではこの機体の再建もおぼつかぬ」

 

 その呟きは現実となり、グラナダに帰還したシムス中尉は、

 

「こ、こんなものを使うのでありますか?」

 

 と別の試作機からの流用で有線サイコミュの技術開発を進めることになり、思わず膝をつく羽目になるのだった。

 

 

 

「アムロ、サイド6の領空に入る前にホワイトベースへ戻りましょう」

『了解』

 

 ミヤビたちは帰還する。

 

「あれは……」

 

 

 

 ホワイトベースが進む先に存在するブイ。

 この灯台の内側はサイド6の領域である。

 ここでは地球連邦軍であろうとジオン軍であろうと、一切の戦争行為が禁止されている。

 

 

 

 そういうわけでホワイトベースにも各武装に封印が張られ、

 

「ご苦労さまです」

「サイド6の検察官カムラン・ブルームです」

 

 検察官が乗り込んでくる。

 

「ホワイトベースのミサイル発射口、大砲、ビーム砲にこれを封印しました。これが一枚破られますと」

 

 その点はブライトも認識している。

 

「わかっています。大変な罰金を払わなければならない」

「はい」

「私が聞きたいのは、船の修理が」

「それもサイド6の中ではできません。すべて戦争協力になりますので」

 

 ブライトもダメもとで聞いたので、特に落胆はせず、

 

「ブリッジへご案内しましょう」

 

 と導く。

 

 

 

「ちょうどよかった。入港するところです」

 

 サイド6の曳行船に引かれ、ベイブロックへと近づくホワイトベース。

 

「進入角良好、入港速度ゼロ、ファイブ」

「サイド6パルダ・ベイに入港。各員、係留作業用意」

「360度レーザーセンサー開放」

 

 そこでカムランは操舵手を務めるミライに気付く。

 

「……ミライ、ミライじゃないか」

「カ、カムラン、あなた」

「ミライ、生きていてくれたのかい、ミ、ミライ」

「……あなたこそ元気で」

 

 感動の再会。

 ミライだって彼の無事を喜ぶ気持ちはあるが、その声に若干の戸惑いがあるのは、

 

(そういうのはまず婚約者である姉さんとやって欲しいのだけれど)

 

 ということ。

 そしてまた誤解を招き、グダグダな二人の関係に巻き込まれそうで、ため息が出そうになるのだった。




 シューティングゲームのアイテムのようなドラケンE改用の増槽でした。

>「その円筒状の形状から燃料電池向けの燃料タンクはエネルギー缶、略称『E缶』、推進剤が入れられるプロペラントタンクはプロペラント缶『P缶』と呼ばれているわけ」

 命名のインスピレーション元は名曲『エアーマンが倒せない』ですね。

 そしてブラウ・ブロの最後……
 そう、もう彼には出番が無いのです。
 代わりの機体は開発されますけどね。

 なお次回は、


 カムランと彼の婚約者であるのに未だ自覚していない姉ミヤビという、信じられないほどこんがらがった事情にサイド6に来てまで巻き込まれるミライ。
 嘘よ! でたらめだわ……!
 さらにスレッガーが誤解し間に入ったことで、まるでカムランと二人でミライを奪い合うような会話が成り立ってしまう。
 私どうしたらいいの……
 混乱の渦の中、押し寄せる運命の荒波に身を任せるしかないミライ。
 まだ18歳の春であった……


 というお話、そして『ツンデレと化したコンスコン』の出番の予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第33話 コンスコン強襲 Bパート

「嬉しいだけだよ。この戦争だろ、もう二度と君には会えないと絶望していたんだ」

 

 入港したホワイトベースの甲板上、語り合うカムランとミライ。

 ここでカムランが婚約者であるミヤビについて言及しないのは、ヤシマ重工の技術者であり連邦軍に出向していたミヤビの安否は明らかだったからなのだが。

 他人がこの会話を聞いたらどう思うだろうか、とか、自分を心配してくれるのは彼の優しさだとは分かるが、こういうところで姉のことを優先しないから誤解が広がるのだとか。

 そして、この人が喜んでいるのは一向に自分が婚約者だと気づかぬ姉と付き合おうとするために、一番頼りになる協力者だからなのでは、と思ってしまう自分は酷い人間なのだろうか、とか考えてしまうミライの表情は冴えない。

 

 ……そんな顔をするからさらに周囲が彼女たちのことを誤解するわけなのだが。

 

 なお、別にミライは姉のことに必死なカムランに対し思慕を抱き嫉妬している、というわけではない。

 史実でもスレッガーに惹かれたように、彼女は優しいだけの相手より、多少強引でも自分に迫ってくれる相手の方を好む。

 そういう意味ではいい加減、なりふり構わず自分の気持ちをストレートに伝えてしまえばいいものを、毎回姉の天然鉄壁防御に阻まれ告白できず、すごすごと引き下がってきて自分に慰められる、というカムランは、ミヤビの知る史実以上にミライの恋愛対象外となっているのである。

 

(悪い人では無いのだけれど、というか明らかにいい人ではあるのだけれど)

 

 というのがミライのカムランに対する評価である。

 

「そうね、私たちはサイド7で戦争に巻き込まれて……」

「それなんだ、なぜそれを僕に知らせてくれなかったんだ? ミライ。君の消息を得る為に僕は必死だった」

「必死で?」

「ああ、必死で捜させた。いくら費用がかかったかしれないくらいだ」

 

 しかし、

 

「そう。なぜ、ご自分で捜してはくださらなかったの?」

 

 要は理屈じゃないところを示さないから、行動に移さないから姉に気持ちを伝えられないんでしょ、という話。

 

 なお、微妙に二人の会話が食い違っているが、これはどうしてかというと……

 ミライは姉がこのホワイトベースに乗っていることをカムランも知っていると思い込んでいるが、カムランは知らないということに尽きる。

 カムランがミヤビについて知ることができるのはその身の安否だけで、V作戦という連邦軍のAAA機密に関わっている彼女の所在を知ることはできないのだ。

 だから先ほどからカムランはミライに対してのことしか言及していないのだが、ミライは当然、姉のこと込みで話しているため、話は微妙にかみ合わなくなる。

 

 まぁ、この行き違いも仕方が無いことかも知れないが。

 ホワイトベースでサイド6に入港したら姉の婚約者が検察官をやっていてばったり再会、なんて偶然があるわけ無いとミライは思っている。

 だから姉の所在を知ったカムランが検察官として立候補してこの件に当たり、たまたま姉と一緒の艦に乗っていたミライと再会した。

 そっちの方がよほど説得力があるし、そういうことだとばかり思い込んでいるのだ。

 

 何故だか分からないが、ミヤビとカムランの絡みにミライが関わると、必ずこういう面倒くさい状況を引き起こすのだった。

 

 そういった行き違いに気付かないミライは、

 

「結局、親同士の決めた結婚話だったのね」

 

 とカムランに対し発破をかけるのだが、

 

「そ、そりゃ違う、ミライ。そりゃ君の誤解だ。これから僕のうちへ来ないか? 父も喜んでくれるよ」

 

 話が明後日の方向に進み唖然とする。

 

「え? だって」

 

 何を言っているの、この人。

 自分を誘うより姉さんを誘いなさいよ、と思うのだが。

 

「悪いようにはしない。ミライ、君のための骨折りなら……」

「ちょ、ちょっと待って」

 

 それでお互い話を整理すれば誤解も解けたかもしれないが、そこに、

 

「失礼」

 

 とスレッガーが割り込んだため、さらに事態はややこしくなる。

 

「ん? あっ」

 

 カムランのメガネをひょいと外し、

 

「……このやろ」

「ああっ!」

 

 こつん、とスレッガーは小突く。

 無重力区画ゆえ宙を飛んでいき、ホワイトベースの船体に当たり止まるカムラン。

 スレッガーはというと反作用で同様に飛んでいくが、上手く手すりに足を引っ掛けて自分の身体を止めて着地。

 

「……下手なちょっかいを出してほしくないもんだな」

「スレッガー中尉、い、いいのよ」

「本当ですか?」

「ええ」

「ふーん」

 

 ミライの表情を確かめ、

 

「だとさ、ヤサオトコさん。ほーら、眼鏡行ったぜ」

 

 とカムランに向かって眼鏡を放ってやるスレッガー。

 慌ててそれを受取るカムランを、ミライは助け起こす。

 

「カムラン、大丈夫?」

「あ、ああ。ご婦人の口説きようがまずいという訳さ。なあ中尉」

 

 別にカムランは優しいだけの男ではない。

 芯の通った強さを持つがゆえに、スレッガーにだってこうやって対等に口を利いて見せる。

 まぁ、そういったところが伝わりにくいのが彼の人柄で、その辺損をしているわけなのだが。

 

「そういうことだ。なんせミライ少尉はホワイトベースのおふくろさんなんだからな」

 

 一見、ヒロインをめぐって対立する二人の男といった感じだったが、

 

(……二人とも絶対勘違いしてるでしょう)

 

 とミライはげんなりしていた。

 カムランが自分に対して「ご婦人の口説きようが」という言葉を使っているのは、要はミヤビの妹であるミライに近づく悪い虫への牽制である。

 だからここで二人の誤解を解こうにも、自分から説明するのは自意識過剰な感じがして嫌過ぎて……

 

 何故だか分からないが、ミヤビとカムランの絡みにミライが関わると、必ずこういう面倒くさい状況を引き起こすのだった。

 

 

 

「き、貴様のために来てやったんじゃないからな、勘違いするなっ!」

 

 名目上の出撃理由であるキャメル艦隊の生き残り、ドレンたちを収容した上で、シャアを呼び出したコンスコンであったが、

 

(……誰が得をするのだ、これは)

 

 とシャアがその仮面の下で顔を引きつらせているとおり。

 恰幅の良いちょび髭のおっさんにはあまりに似合わないセリフであった。

 その微妙な雰囲気を悟ったのかコンスコンは咳払いすると、

 

「ドズル中将のもとにいたと思えば今度はキシリア少将の配下に。自分をみっともないと思わんのか?」

 

 と憎まれ口を叩くが、先ほどの言葉の後ではツンデレ風味にも聞こえるセリフ。

 シャアも周囲もやっぱり微妙な表情だ。

 しかし、

 

「それなのです」

 

 とシャアは話を切り出す。

 

「なに?」

「今回救助したドレン大尉から聞いたのですが、ガルマ大佐が負傷した際、守り切れなかったシャア・アズナブル少佐をドズル中将は左遷。代わってキシリア少将が突撃機動軍へと取り立てた、という話がソロモンに広まっているというのは本当なのでしょうか?」

 

 何を言い出すのか、とコンスコンは怪訝顔。

 

「何を今さら」

「そういう認識なのですね」

 

 困ったように息をつくシャア。

 

「実は、私はドズル中将からの処分など受け取ってはおらぬのですよ」

「なにぃ?」

「私は変わらずドズル中将の宇宙攻撃軍所属で、突撃機動軍へは貸し出されている、手続上はそうなっているということです」

「そんな馬鹿な」

 

 あっけにとられるコンスコン。

 そんな話は聞いていないし、そもそもそれならどうしてキシリアがシャアを大佐へ昇進させることができているのだということもある。

 当たり前だが他組織に出向中の人物を、本来の所属組織に無断で出向先の人事が昇進させることなどできないのだから。

 そんなことをされたら元組織の描く人材育成、キャリアプランとの齟齬が生じ、下手をすればポストに空きが無く帰れなくなる、などということにもなりかねないし。

 

 まぁ、ガルマが負傷した際、守り切れなかったシャアに激怒したドズルだったが、その後、ガルマの結婚、父の説得、そして国民への発表と忙殺された結果、シャアのことなどすっかり忘れてしまっているというのが真相。

 そしてキシリアが、シャアはドズルに左遷されているものだと思い込んで使っているが故の矛盾だったが。

 

 そんなことは知らぬコンスコンは、

 

「そうだ、人事システムだ。あれを見れば分かるだろう」

 

 と思いつく。

 だが、

 

「それが人事システムのデータベース上は『宇宙攻撃軍配下で突撃機動軍へ一時出向中のシャア・アズナブル少佐』と『突撃機動軍所属のシャア・アズナブル大佐』が居るということになっていまして」

「なんだそれは、そんなことが可能なのか?」

「システム上は登録可能なのだそうです。例えば上の方々は役職、所属を兼務されることが多くあります」

 

 ミヤビの前世、西暦の時代の企業などでもあったが、いくつかの部を束ねる事業部長が配下の組織の筆頭部の部長を兼務していたりというもの。

 

「しかし階級が異なることは無かろう?」

「そちらは諜報組織向けの話で、例えば兵站部署の万年中尉が実際には諜報関係部署の凄腕少佐だったりといったカモフラージュ用にシステム的に許容されているのだとか」

 

 それゆえシステム上はシャアの今の矛盾した情報も登録できてしまう、されてしまっているということ。

 

「ソロモンの人事担当に聞いても言葉を濁すばかりで要領を得ません」

「それは……」

 

 そうだろう、とコンスコンは言葉に詰まる。

 要するにこれを確かめるにはドズル中将に直接話を聞く必要があり。

 さらにはドズルとキシリアの間の権力闘争、ザビ家内部の抗争に口をはさむことにもなりかねないのだ。

 

「ですからここは……」

 

 シャアは言葉を溜めてから、コンスコンを見つめこう言う。

 

「コンスコン少将のお力に縋るほか無いと」

「ばっ!」

 

 馬鹿を言うな、という言葉をプライドで飲み込むコンスコン。

 下の者、しかも生意気なシャアが頭を下げて頼んでいるというのに「自分にはできません」とは言えないのだ。

 このコンスコン、ミヤビの前世の記憶ではホワイトベース相手に12機のリック・ドムを3分で全滅させられていることから無能と取られることも多かったが、実際にはアムロが異常なだけで。

 ドズルの下で少将まで昇進しているとおり、それなりに有能な人物。

 さらに言えば割と情に厚いがゆえに、史実でもドズルの意を斟酌して(この世界では斟酌したつもりになって)出撃してきた人物である。

 ゆえに、

 

「し、しょうがない。こっ、こんなことをドズル中将にお伺いすることができるのは、この私ぐらいしかおらんからな。特別だぞ、今回だけだからなっ!」

 

 と、ツンデレ風味の言葉を吐く。

 

(……誰が得をするのだ、これは)

 

 重ねて、そう自問するシャアだった。

 

 

 

 シャアが退出した後、コンスコンはぶすっとした様子でつぶやく。

 

「やつはなぜマスクをはずさんのだ?」

 

 その言葉は文句を付けているようでいて、先ほどの会話を聞いている周囲にはシャアを気にかけているようにも受け取れる。

 ゆえに、

 

「ひどい火傷とかで。美男子だとの噂もあります」

 

 このように割と生暖かいフォローを伴った答えが兵からは返って来る。

 

「いつかやつの化けの皮を剥いで見せる。パルダ・ベイ周辺に潜入したリック・ドムは?」

 

 というコンスコンの言葉も、この空気を誤魔化すためのものに聞こえて……

 口元を押さえる兵士、コンソールに突っ伏して肩を震わせている兵士、そしてよじれそうになる腹の皮をつかんで必死に笑いをこらえる兵士。

 通信士がリック・ドムを呼び出すと、

 

『こちらカヤハワ。パルダ・ベイ周辺はミノフスキー濃度も低く、電波監視も十分です』

 

 とデブリに潜んだ監視のリック・ドムからレーザーによる秘匿通信が入る。

 

『エーテルはノイズだけ、静かです』

 

 いや、

 

『通信をキャッチ。中継します』

 

 そしてブリッジに聞こえてきたのは、

 

『前触れもなく呼び出すの、天気がいいから♪

 私を待ちぼうけさせて、何様のつもり』

 

 ミヤビの前世では『新機動戦記ガンダムW』、この世界では『新機動戦記ガンガルW』に置き換わっているアニメ番組のエンディング曲。

 ヒロイン、リリーナ様のツンデレソング『It's Just Love』である。

 どうやらサイド6の放送局が懐かしのアニメソング特番でもやっていてその電波を拾ってしまったようなのだが……

 

 思わず歌詞の内容を、よせばいいのにコンスコンでイメージしてしまう一同。

 もちろんお相手はシャアだ。

 

『走ってきたのわかっているけど、そんな、ことは、当たり前よ!』

 

(やめろぉぉぉっ!)

(殺す気かっ!)

(だっ、ダメだ、こらえきれん!)

 

 ミヤビの前世で言うところの『笑ってはいけないシリーズ』みたいなもので、ツボに入っている状態のこの場の人間には、これがトドメのような作用をもたらす。

 さらに、

 

『Just love! 気にくわないアイツ

 イジワルをしちゃうのは "好きだから"よ』

 

(そうだったのか!?)

(ぶっ、ばぶっ!!)

 

 のたうち回る兵士たち。

 

『Just love! 気になるからいつも、ムリな事言っちゃうの。

 ちょっと、ご・め・ん……

 Just love!』

 

 もう彼らにはコンスコンが、ツンデレおやじにしか認識できなくなっていたのだった……




『新機動戦記ガンダムW』のエンディングを覚えていない者は幸せである。
 曲に合わせ、挑発的などや顔で様々なモデルポーズを取るリリーナ様の姿を、コンスコンに置き換えてイメージしてしまうという罰ゲームを受けずに済むであろうから……

 などというナレーションが聞こえてきそうですね、『絶対に笑ってはいけないコンスコン艦隊』
 ハーメルンには『歌詞使用のガイドライン』があって使用楽曲の作品コード入力により歌詞使用が可能となるというので試してみたのですが。
 どうしてこうなった……

 次回は夜のサイド6の街で駆け出すミヤビとアムロのサイドストーリー、
『ラブ・ストーリーは突然に』テケテーン
 をお送りする予定です。


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第33話 コンスコン強襲 Cパート

「タムラさん、お金は両替してもらったの?」

「ああ、大丈夫」

 

 出かけられるメンバー全員で、買い物に繰り出す。

 エレベーターに乗り、

 

「動いた」

 

 とキッカが言うように降下して行く。

 

 人工の宇宙都市の中心は重さを感じることのない無重力地帯である。

 エレベーターは3000メートルあまりを降りて、重さを感じることのできる人工の地上へ着く。

 そこには山や森や川が造られていて、あたかも地球上と同じ景色を作り出している。

 もちろん、都市も造られている。

 

 一行が繰り出したのは、その都市の中のスーパーマーケット。

 

「これで少しは変わったものを食べさせられる」

 

 と、タムラコック長が言うとおり。

 補給は禁止だが、個人が食料を買う分には問題ない。

 そのために人を募って買い物に出たのだ。

 しかし、

 

「ミヤビさん?」

 

 さすがにいつものノーマルスーツ姿ではなく、しかしアムロたちと違って軍人ではないので軍服を着るわけにも行かず私服姿のミヤビだったが。

 

「さ、先に戻ってて。ちょっとむこうのお店に寄ってくるから」

 

 そう言って不意に駆け出すミヤビ。

 珍しく感情の出たその表情は苦悶?

 それを目にしたアムロは、

 

「アムロ?」

「先に戻ってて!」

 

 フラウの制止を振り切り、ミヤビを追って駆け出す。

 

 

 

「ここは……」

 

 ミヤビが入ったのはアクセサリーショップだった。

 そこでアムロが見たのは、

 

「ミヤビさん……」

 

 チョーカーを手に自分の首へと当てて鏡を覗き込んでいるミヤビ。

 

「アムロ?」

 

 振り向き、アムロがここに居ることに驚いたのかわずかに目を見開く。

 そして、

 

「これ、変じゃないかしら?」

 

 と聞く。

 

「え、ええ」

 

 とっさにうなずいてしまうアムロ。

 

「じゃあ、これにしようかしら」

 

 とレジに進むミヤビを追って、

 

「僕に払わせてください。いつもお世話になっているお礼です」

 

 そう言えたのは、彼としては上出来な部類だろう。

 

「え、でも……」

 

 年下の少年に払わせるのはいかがなものか、と迷うミヤビ。

 しかし、

 

「知ってるでしょ、今までの分の給料が軍から支払われたこと。どうせホワイトベースに乗っている間は使えないんだし」

 

 アムロはそう言って、ミヤビの手からチョーカーを奪うと会計を済ませてしまう。

 ニュータイプであり、ア・バオア・クーでは肉弾戦でシャアとも互角に戦って見せた彼である。

 ミヤビに抵抗できる暇も与えない。

 

「はい、ミヤビさん」

「あ、ありがとうアムロ」

 

 そうして店を出る。

 

「このお礼はきっとするから」

「そしたら僕はそのお礼をしますよ」

「アムロ……」

 

 そしてミヤビの足が止まる。

 

「着けて…… くれる?」

 

 差し出されるチョーカーは改めて見ると、ごついようにも感じられるしっかりとした革のベルトでできていて。

 真っすぐな黒髪をかき上げ、白い首筋を差し出すミヤビ。

 アムロの震える指が、その折れそうに細い首にチョーカーを巻くが、

 

「アムロ?」

「いえ、まるでミヤビさんに首輪をはめているようで…… あっ!」

 

 思わず思ったままのことを口にすると、ミヤビはまるで機嫌のいい猫のように瞳を細め、

 

「そっか、私、アムロに首輪を買ってもらってはめられちゃったんだ」

 

 とクスクスと笑う。

 

「ミヤビさん?」

 

 いつもと違う彼女にアムロは戸惑うが、ミヤビはその細い指先でチョーカーをなぞると、

 

「いえ、凄い安心感があってね」

 

 そう答える。

 そんな彼女の姿にアムロはゾクゾクするような色香を感じ取るのだったが、

 

(ああ、やっぱりこの感触があるとしっくりくるわね)

 

 もちろんミヤビにはまったくそんなつもりはない。

 

 ミヤビの前世、西暦の時代の日本人男性なら分かるだろうか?

 多くの中学校で当たり前のように着られていた、常に首元にしっかりとした詰襟のカラーの感触がある学生服。

 夏になってそれを脱ぐと、しばらくの間は喉元がスースーするというか、違和感が酷くて首を掻きむしりたくなる感覚を覚えている者も居るだろう。

 

 ミヤビもここしばらくはやはり詰襟、スタンダップカラーのパイロット用ノーマルスーツを着っぱなしだったせいで、私服に着替えたら同様に違和感が酷く。

 アクセサリーショップのショーウィンドウでチョーカーを目にして、ついこれだとばかりに衝動買いに走ってしまったのだ。

 もちろん詰襟の代わりに首筋に感じたいということで、しっかりとしたごつい品を選んだのだが、それがアムロの言うように首輪のように見えるというのは彼女の認識の範囲外。

 またアムロに着けてくれるよう頼んだのは、普段着け慣れないものであるのと、店を出たので鏡が無いこと(手鏡は持っているが片手ではチョーカーを付けられない)からであって、恋人に買ってもらったアクセサリーを付けてもらうとか、増してやご主人様に首輪をつけてもらうペット、みたいなプレイを意図するものでは無い。

 

 そしてようやく首筋に感じられるようになったしっかりとした感触、それを指して、

 

「いえ、凄い安心感があってね」

 

 と言っているだけなのだが。

 それを知らない青少年、アムロには恐ろしいほどに蠱惑的に感じられていることを、彼女は知らない。

 そして、

 

 

 

「………ッ!!」

 

 アムロを追いかけて来た某負けヒロインが物陰からその様子を見て、憎しみで人が殺せたら! とでも言わんばかりのもの凄い形相をしていたとか、

 

 

 

「みっ、ミヤビさん!?」

 

 仕事帰りに人ごみの中、婚約者の姿を見つけたカムランが思わず走って追うも相手はバスに乗ってしまい、

 

(ミヤビさん……!!)

 

 必死に走るが史実で父を追ったアムロと違って追いつけない。

 

(ミヤビさん!!)

 

 とうとうへたり込み、

 

「まさか、こんなところに居るはずも無いか」

 

 と彼は常識的に考えてしまう。

 

「彼女に、ミライに会ったせいで見間違えてしまったのかな」

 

 そう考え、あきらめてしまう。

 ミライが見ていたら、ため息をつくようなドラマが起こっていたのだが、

 

 

 

 もちろん、ポンコツなミヤビはまったく気づいていないのだ。

 

 

 

「アムロ、個人的に街をぶらぶらする時間を与えた覚えはないぞ。貴様のおかげで出港が遅れた」

 

 ブリッジに上がって来たアムロに、ブライトはそう告げるが、

 

「す、すいません。でも、急に出港だなんて……」

「ごめんなさい、アムロは私の用事につきあってくれたの」

 

 と首輪のようにも見えるチョーカーをはめた私服姿のミヤビが割って入るのだから、さあ大変。

 

「姉さん、それ……」

「えっ? ああ、これ? アムロに買ってもらったの」

 

 妹のミライに指摘され、珍しくわずかに、わずかにだが口元をほころばせて答えるミヤビ。

 

(年下の男の子に首輪を買ってもらったって!)

 

 驚愕するミライの視線に非難が含まれているのに気づいたミヤビは慌てて、

 

「もちろん、お礼はするわよ」

 

 ずれた発言をする。

 さらに続けて、

 

「私にできる範囲なら何でも」

 

 と言う相手を間違えたら、とんでもないことになりそうなことを平然と述べる。

 そのセリフを耳にした者たちは胸の内で、

 

(((今何でもするって言ったよね?)))

 

 と驚愕。

 刺すような視線がアムロに向けられる。

 

「アムロ……」

「み、ミライさん?」

「分かって、いるわよね?」

「なっ、何がですかっ!?」

 

 常に無い、異様な迫力で迫るミライに後ずさるアムロ。

 その彼を隅の方に引っ張って行き、他に聞こえないよう小声で叫ぶという器用な真似をしながらアムロに言い聞かせるミライ。

 

「姉さんはああいう人だから、また何かとんでもない行き違いがあるのだと思うけど!」

 

 さすが妹、よく分かっている。

 

「『何でも』って姉さんは言ってしまったけど、本当に『何でも』はダメだって分かっているわよね」

「はい?」

 

 男女の間の機微に疎いアムロにはぼやかした言い方では伝わらないかとミライは覚悟を決め、真っ赤な顔をして、

 

「良識の範囲内で、エッチなのはいけないわよ」

 

 とストレートに言う。

 

「あ、当たり前じゃないですかっ!」

 

 思わず叫んでしまうアムロ。

 しかし、

 

「ミライ? 何を話しているの?」

 

 と会話に割って入るミヤビを見て、いや意識してしまったらその顔を直視できなくて顔をそむけるアムロ。

 その頬は真っ赤に染まっている。

 

「アムロ?」

 

 それを不審に思ったのか、アムロの顔を、身長差から下から覗き込むようにして見上げるミヤビ。

 

「……どうして目を背けるの?」

 

 息がかかるのではないかと思われる至近距離から、不思議そうに問う。

 

「い、いえその……」

「ちゃんと私の顔を、目を見て話して」

 

 それ何て拷問?

 という青少年には酷過ぎる要求を天然でするミヤビ。

 そうして進退窮まったアムロを救ったのは、

 

「アムロ、ガンキャノンでホワイトベースの護衛に出るんだ」

 

 と額を押さえながら告げられるブライトの言葉だった。

 

「は、はい」

 

 その助け舟に慌てて乗るようにブリッジを出るアムロ。

 

「私も念のため、出るわ」

 

 とミヤビも後を追う。

 そうしてようやく騒動の元が立ち去ったブリッジでは、

 

「ペルガミノさん」

「はい」

 

 目を丸くしている太鼓腹の商人、ペルガミノに問うブライト。

 

「本当にカムラン・ブルーム検察官の依頼だったのですか?」

「あ、首相官邸からのテレビ電話です。間違いありませんです」

 

 それでようやく彼も頭を商売に切り替える。

 

「領空の外のドックならジオンの船だろうと連邦のだろうと直させてもらってますよ」

 

 

 

 ホワイトベースを先導、哨戒するのはアムロのガンキャノン、カイとセイラのガンキャノンL、ロングレンジタイプ、リュウのコア・ブースター。

 そしてスレッガーのドラケンE改可翔式に、ミヤビのドラケンE改。

 ハヤトのコア・ブースターは修理中のため、彼はコア・ファイターで出ている。

 

『ようアムロ、少しは元気になったか?』

 

 スレッガーからの通信に、アムロは、

 

「ずっと元気です」

 

 と答えるが。

 

『アムロ? 心拍数が上がってるよ?』

 

 と不思議そうに問うサラツー。

 ミヤビを意識してしまったがために、スレッガーの言う『元気』が男性のアレについて言っているようで何だったのだ。

 ディスプレイの片隅でアイコン状に表示されるサラツーの無垢な視線が痛い、痛すぎるアムロ。

 だから、

 

『そうかい、そんならいい。いい子だ』

「スレッガーさん」

『なんだい?』

「そのいい子だっていうの、やめてくれませんか?」

 

 とスレッガーに思わず当たってしまう。

 

『……はははははっ。すまん、悪かったな』

 

 大人な対応をするスレッガーに、やはり自分は子供なのかという苛立ちと、大人の男性に対する羨望、憧れのようなものを抱くアムロだった。

 ミヤビを意識してしまっている今だけに……

 

 

 

 一方、サイド6宙域外に浮かぶ岩塊の影に潜んでいたリック・ドムのパイロット、カヤハワは、

 

「つ、捉まえた。おおっ、こ、こりゃ木馬じゃないか。のこのことよくも出て来てくれたもんだ」

 

 とホワイトベースを発見。

 

 

 

 サイド6の宙域、ギリギリ外に浮かぶドックを確認するアムロ。

 

「あれが浮きドック?」

 

 そこに、岩陰から放たれる信号弾。

 

「ん? なんだ?」

 

 

 

「サラちゃん?」

『ダメです。発信元、特定できず』

「くっ」

 

 眉をひそめるミヤビ。

 ここで信号弾を発射したリック・ドムが確認できれば即座に撤退を進言できたのだが。

 そのためにこそドラケンE改なんかで前に出ていたのだが、仕方がない。

 

「ブリッジ、今のはジオンの発光信号では? 敵が出てきたらまずいわ」

 

 と警告を発することぐらいしかできない。

 

 

 

 ミヤビからの警告に、改めてブライトは問う。

 

「ペルガミノさん、我々は追われているんです。大丈夫ですか?」

 

 念を押す彼に、ペルガミノは、

 

「なあに、私には両方の偉いさんにコネがあります」

 

 と請け合い、

 

「お嬢さん、安心なさってください」

 

 そうミライにも告げる。

 

「ありがとう、ペルガミノさん」

 

 ミライはそう答えるが、姉ではなく自分にアピールしていることから、

 

(この人もカムランが私の婚約者だと誤解しているんでしょうね)

 

 とため息をつきそうになるのをこらえるのだった。




 ラブコメ回ですが、天然で自覚無く首輪プレイなんてマニアックな性癖を青少年に埋め込もうとするとは、罪作りな存在ですねミヤビは。
 その陰で史実のアムロに代わり走らされているカムランはご愁傷様としか……
 ミヤビは彼に対し、

「婚約者であるミライ(誤解)と二人っきりにさせてあげなきゃ(使命感)」

 と気を使って邪魔しないよう姿を見せていないんですけどね。

 次回は12機のリック・ドムが3分もたずに全滅させられる戦闘ですが。
 アムロたちが当たる前に、索敵のために前に出過ぎたミヤビが囲まれ死にそうになる模様。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第33話 コンスコン強襲 Dパート

 一方、コンスコンはというと当然、

 

「カヤハワから信号弾だと?」

「木馬がサイド6の領空を出た合図です」

「位置を確認、エンジン全開」

 

 と即座に対応。

 

「なぜこんなに早く出てきたんだ、木馬め」

「わかりました。ペルガミノの浮きドックがある所です」

「ペルガミノ? あの戦争で大もうけをするという」

 

 そして決断。

 

「ちょうどいい、我が艦隊は敵と一直線に並ぶ訳だな。リック・ドム12機を発進させろ」

 

 

 

「大きいな」

 

 間近に迫るドックに圧倒されるアムロだったが、

 

「なにっ?」

 

 不意にそのドックを貫いて走るメガ粒子砲の閃光に驚愕する。

 

 

 

「し、しまった、罠か」

 

 臍を噛むブライト。

 ミヤビの警告をもっと重く捉えていればと歯噛みするが、

 

「あああ、わ、私のドックが」

 

 と慌てるペルガミノ、そして、

 

「ブライト、カムランはそんな人じゃないわ。面舵一杯」

 

 冷静に対応するミライに落ち着きを取り戻す。

 

「……よし、各機、展開を急がせろ」

 

 そのブライトにペルガミノが取りすがる。

 

「中尉、ド、ドックから離れてください。そうすれば私のドックは助かります」

 

 しかし、それでホワイトベースが撃沈されたらこの船に乗り込んでいるペルガミノ自身も死んでしまうのだが。

 ブライトには、

 

「やってるでしょ」

 

 と返すほかなかった。

 

 

 

『An intruder has penetrated our force field.(侵入者が我々の交戦圏内に入りました)』

 

 敵機が至近に湧き過ぎ、その処理にCPUパワーを回すために定型文に切り替えられたサラからの電子音声警告が響く。

 ミヤビのドラケンE改は監視のリック・ドムを発見するために前に出過ぎていたせいで、いきなり12機ものリック・ドムの編隊にぶち当たっていたのである。

 なお、これら電子音声警告はミヤビがコナミのシューティングゲーム『沙羅曼蛇』からサンプリングしたものだったりする……

 

「くっ!」

 

 敵機に対して補助AI、サラのサポートを受けながら緊急回避を行うミヤビだったが、実際には彼女らの制御を受け付ける前にドラケンE改の機体は先行して反応していたりする。

 

【挿絵表示】

 

 これは制御系に搭載された『脊髄反射アルゴリズム』によるものだ。

 センサーへの入力、特に脅威に対しパイロットおよびサポートAIへ信号を伝達するのと並行して、その判断や制御を待たず考えるより先にショートカットして回避行動等への準備、初動などを行う先行入力プログラム。

 ソフトウェアの力で体感的にも実質的にも反応速度を上げるというものであり、これがあるからこそドラケンE改は機体スペック以上の動きを見せる、凡人のミヤビでも正規の軍人パイロットの操るフルサイズのモビルスーツからの攻撃を何とか回避できるわけである。

 反射神経が機体に付いていてパイロットを助けてくれるとでも言えば良いか。

 

 ミヤビの知る史実ではゼータガンダムのバイオセンサー末端部のサブ・コンピュータが同様の機能を持っていたと言われており、それを参考に先駆けて実装したプログラムである。

 その作成には『機動戦士ガンダム0080』にてガンダムNT-1、アレックスの開発責任者を務めていた車椅子の男性、ディック・ルムンバ氏が関わっているので完成度は高い。

 というか普通に彼の本来の専門であるメカニカルアーム、機械義肢の発展に貢献できる技術なので、この発想を持ち込んだミヤビは大層感謝され、ディック・ルムンバ氏も寝食を忘れて取り組んで作ったという傑作プログラムである。

 

 人間の脊髄反射を参考に人間工学に即した動作を基本としているため「機体が勝手に動いた」などというような違和感を極力排除しているのが特徴。

 四肢の駆動のみならず機体背面装備の推力偏向制御ロケットエンジンのコントロールに対しても行われており、スロットル操作による推進剤投入量増から実際に出力が上がるまでの0.5秒から0.8秒の遅延(これはフルサイズの、核動力のモビルスーツでも変わらない)、および慣性の法則により機体が動き出すまでにかかる時間、これらのタイムラグを実質ゼロにする効果を発揮する。

 なお学習能力とカスタマイズ性も持ち合わせており、条件反射的な反応、動作を学習したり組み込んだりすることも可能。

(人間の場合、無意識で働くという意味では学習した条件反射も脊髄反射も同じように感じられるが、実際には条件反射には脊髄ではなく脳の働きが関わっている)

 

 そんな機能の助けもあったが、

 

(ひいぃぃっ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、死んじゃうーっ!!)

 

 右肘ハードポイントに付けられていた60ミリバルカンポッド弐式がリック・ドムのビームバズーカに掠められ、あっさりと蒸発する。

 

「甲壱型腕ビームサーベル切替っ!」

 

 すかさずミヤビは残されたバルカンポッドの基部、残骸をパージして左腕二重下腕肢マニピュレーターを使い左わきの下、アームシャフトアンダーガードに吊るしていた甲壱型腕ビームサーベルに付け替える。

 その隙をつくかのように正面にリック・ドム。

 反射的に思わずトリガーを引くと、

 

『Missile chamber is empty.(ミサイルは搭載されていませんよ?)』

 

 と、サラからはこれまた定型文での警告。

 

(哨戒のためにP缶二本差しで出てたんだっけ!)

 

 短距離ミサイルの代わりにプロペラントタンクを搭載していたので撃てないのは当たり前。

 ならば、

 

「甲壱型腕ビームサーベル展開!」

 

 斬りつけ、目標にインパクトする瞬間以外はビーム刃を最小限に抑えエネルギーの節約ができるアイドリング・リミッター機能。

 これによりドラケンE改側のエネルギー消費が抑えられ、ビームサーベルの利用可能時間が飛躍的に伸びることとなっており、こうして以前よりは気軽に使えるようになった。

 まぁ、それでも燃料電池には100パーセント近い負荷がかかり続けることにはなるのだが。

 動力源である燃料電池の動作に伴い発生する熱は原型機であるドラケンEにおける背面放熱器の代わりに内蔵されている熱回収器を介して推進剤の加熱に使われている。

 このため燃料電池全力運転による発熱は副次的効果として推進剤噴射速度上昇をもたらし、一時的に機動力が向上する。

 その上、

 

「ロケットエンジンリミッターカット! 出力全開!」

『Speed up!(スピーダッ!)』

 

 リミッターを解除。

 1G重力下でも弾道軌道を描く大ジャンプを実現する大出力が、さらに機体を加速させる。

 殺人的な加速をミヤビはパイロット用ノーマルスーツの耐G機能とバケットシートを支える大型ダンパー、メカニカル・シート・アブソーバーの保護により耐える。

 そうしてリック・ドムの編隊から離脱を図るミヤビ。

 機体背面に装備された可動ノズルによる推力偏向制御ロケットエンジン、そして手足をぶん回してのAMBAC(active mass balance auto control。能動的質量移動による自動姿勢制御)、さらには両足かかとに付けられたローラーダッシュ用のインホイール・モーターとランフラット・タイヤをリアクションホイールとして併用し、敵の攻撃を避けまくる。

 

 

 

「スカート付きか!」

 

 浮きドックの影から現れたリック・ドムにアムロも対処する。

 

「チィッ」

 

 多数でガンキャノンを立体的に囲もうとするが、アムロはあっさりと順応。

 常人なら機位を見失いかねない機体の天地を逆さまにするような機動を取り、

 

「一つ、次」

 

 あっさりとビームライフルで撃破。

 機体をひねり、もう一機。

 そして背後に目を付けていたように、

 

「三つ」

 

 本当に『Destroy them all.(すべて撃破せよ)』とばかりに、化け物じみた冴えで瞬く間に撃ち落としていく。

 

 

 

 浮きドックの影から出たホワイトベースに、敵艦隊の攻撃が集中する。

 

「ううっ」

「うっ!」

 

 船体に走る衝撃にブライトとミライは息を詰めるが、

 

「目標、中央の船、撃て」

 

 とすかさず反撃。

 

 

 

「……クワメルがやられたのか?」

 

 中央に位置していたムサイが撃沈。

 一年戦争末期に生産された簡略型といわれるメガ粒子砲砲塔を三基から二基に省略した艦だったが、それでもこの短期間に沈めるのは驚異的。

 ミヤビに見物している余裕があったなら、小説、そしてアニメやマンガにもなった『銀河英雄伝説』におけるヤン艦隊十八番の一点集中砲火は本当に効くんだなぁ、などと思っただろう。

 

「……ド、ドムは? リック・ドムの部隊はどうなっているか? 攻撃の手は緩めるな!」

 

 

 

「あれはペルガミノの浮きドック辺りだ」

「は、はい」

 

 何かあった場合にフォローできるよう、サイド6のパトロール艇で出ていたカムランも異変に気付く。

 

(なぜジオンにわかったのだ?)

 

 そう自問するが、まずは、

 

「戦いをやめさせねばならん。ビームがサイド6の領空に入ってきているのはまずい」

 

 と、身を挺して戦闘を止めようとする。

 優しさが先に立つので誤解されやすい彼だったが、大切な人のためこうして身体を張ることもできる、熱さを持った男でもあった。

 ただ、それが理解されにくいのだけれど……

 

 

 

「五つ」

 

 アムロのガンキャノンのビームライフルがリック・ドムを貫き、そして首を振り、頭部バルカンを向けるだけで、もう一機を捕捉、その頭部を吹っ飛ばす。

 その後、ビームライフルを改めて向け、

 

「六つ」

 

 撃墜。

 

 

 

 ハヤトのコア・ファイターは空対空ミサイルAIM-79を続けざまに放つがリック・ドムにかわされ、逆にすれ違いざまにヒート・サーベルで斬りつけられ、主翼を切断される。

 すかさず、リュウのコア・ブースターがフォローに入る。

 そしてスレッガーは体勢を崩しているリック・ドムに、

 

「このっ」

 

 60ミリバルカンポッド弐式を叩き込み、動きが止まったところでAIM-79を撃ち込んで止めを刺す。

 

 

 

「いただきっ!」

 

 カイは前回の教訓から、長距離の攻撃はセイラの120ミリ低反動キャノン砲に任せ、射程こそ短いが連射が効き、弾幕の張れるビームスプレーガンを持ち出しており、リック・ドムをそれによって撃墜するが、

 

「ああっ!」

 

 撃破した機体の残骸、リック・ドムの腕が飛んできて、ガンキャノンの頭に覆いかぶさるように当たる。

 傍から見ればコントのようだが、頭部のグラスルーフ式の射撃手コクピットに居るセイラには笑って済ませられない恐怖があった。

 

「カイ!」

「悪い、悪い」

 

 セイラの叱責に、首をすくめながらもリック・ドムの腕を外し、ポイ捨てするカイ。

 

「もう!」

 

 八つ当たり気味に両肩の120ミリ低反動キャノン砲を撃つセイラ。

 それで撃墜できるのだから彼女もニュータイプということか……

 

 

 

「八つ!」

 

 八機目を倒したアムロのガンキャノン、その直上からヒート・サーベルを両手に構え迫る最後のリック・ドム。

 アムロは左腕で腰後ろのハードポイントに固定されていたヒートホークを抜くと、ヒート・サーベルに当て切っ先を逸らすのと同時に、まるでしのぎを削るかのように遡らせ、剣を握るリック・ドムの両こぶしをぶった切る。

 ヒート・サーベルには鍔や護拳が付いていないので、こういう攻撃方法も効くということ。

 

(指が無くては武器の持ちようも無いか……)

 

 そして、

 

「サラツー。スプレーミサイルランチャー、ファランクス・モード」

『了解、スプレーミサイルランチャー、ファランクス・モード』

 

 サラツーの制御でガンキャノンの右肩に装備されたスプレーミサイルランチャーの一斉発射が敵を襲う。

 

「……九つ」

 

 

 

 提督席の椅子に身を沈めるコンスコン。

 

「ぜ、全滅? 12機のリック・ドムが全滅? 3分もたたずにか?」

「は、はい」

「き、傷ついた戦艦一隻にリック・ドムが12機も? ば、化け物か」

 

 そこにオペレーターが報告。

 

「ザンジバルです」

「……シャアめ、わ、笑いに来たのか」

 

 

 

「ザ、ザンジバルです」

「なに?」

 

 ホワイトベース側でもザンジバルの接近を感知。

 

「ブライト、サイド6に下がりましょう」

 

 ミライの進言を受けてブライトは決断。

 

「よし、全機に伝えろ、サイド6に逃げ込め、と」

 

 ただ、

 

「しかし、わ、私のドックは? わ、わ、私の」

 

 ペルガミノはそう言い募るが。

 まぁ、このままここで戦闘を続けられるよりは被害は減るはずである。

 

 

 

「砲撃はするな、サイド6のパトロール艇だ。コンスコン隊にも砲撃をやめさせろ。パトロール機を傷付けたら国際問題になるぞ」

 

 そう言って割って入るシャア。

 尻拭いのような形ではあるが、仕方がない。

 史実と違って彼の立場は曖昧。

 ドズル陣営にあまり無茶もさせられないのだから。

 

 

 

 そのサイド6のパトロール艇では、

 

「カムラン検察官、こんな危険を冒してまで戦いをやめさせるのはごめんですよ」

 

 とカムランが文句を言われていたが、

 

「……すまん。しかし、あの連邦軍の船には私の未来の妻、その妹が乗り組んでいるんだ」

 

 と飾らない、取り繕うことをしない実直な言葉で答えが返される。

 そう、軟弱な印象もあるカムランだったが、こうして身体だって張っているのだ。

 まぁミライからすれば、私に対してではなく姉さんにしてあげて頂戴、という話。

 そんなだから誤解されるのだ、という話だったが。

 

 

 

 港に逆戻りしたホワイトベース。

 そしてカムランと話し合うミライ。

 

「大丈夫、封印を破った件は父がもみ消してくれます」

「で?」

 

 なぜ姉にアピールせずに自分に言うのだろう?

 そう考えているミライのテンションは低い。

 しかも言ってる内容が父親頼みである。

 

 ……いやコネというのも立派な資産ではあるのだが。

 信用や縁を保ち続けるにも、努力や投資は必要なのだ。

 例えばカムランが親の七光りに頼りきりで何の努力もしないドラ息子だったら、カムラン父だってこんな大ごと、頼まれても聞いたりはしないだろう。

 カムランが長年、真面目に積み重ねてきた信頼があるからこそのものであるのだが、悲しいかなそんな地道な努力はミヤビの前世、サブカルチャー風に言うと、

 

「恋愛やフィクションの世界では、評価されない項目ですからね」

 

 という扱いになるのが一般的だったりする。

 その辺が分かっていないカムランは、

 

「だ、だから父の力を借りれば、君がサイド6に住めるようにしてやれるから」

 

 と食い下がるが、ミライには、

 

 いや、だから何で姉じゃなく自分を?

 婚約者の妹を保護して役立つことをアピール?

 

 としか思えない。

 

「……そうじゃないの、ホワイトベースを捨てる私にあなたは、あなたは何をしてくださるの?」

 

 いい加減、姉との恋愛事情に自分を巻き込まないで欲しいと思うのは身勝手なのだろうか、と思うと同時に。

 そこはお父さんじゃなくて、自分が、とアピールするところではと考えるミライ。

 そもそも、そう簡単にホワイトベースに「じゃあ、さよなら」なんてできるわけも無いのに。

 しかし、

 

「だから、父に頼んでやるってさっきから僕は……」

 

 話が通じないことに、泣きたいミライ。

 あ、本当に涙がにじんできた。

 

「わかってくださらないのね。……それでは私はホワイトベースは捨てられないわ」

「ミライ、昔はそんなことを言う君ではなかった。いったい、僕に何をして欲しいんだ?」

 

 まぁ、確かに昔からの付き合いだけれども、それだけ経ってまだ姉に告白できていないのはどういうことかという話。

 ともあれ、ミライが変わったとすれば、

 

「戦争がなければ。け、けどね、そうじゃないわ。カムラン、あなたは戦争から逃げすぎて変わらなすぎているのよ」

「君を(将来の義妹として、そして友人として)愛している気持ちは変えようがないじゃないか」

「ありがとう、嬉しいわ」

 

 婚約者の妹に、ここまで心を砕いてくれる彼は本当に、心の底から優しい人なのだろう。

 でもだからこそ、姉に迫れないでいる。

 無重力区画ゆえ、床を蹴ってその場を立ち去るミライの背に、カムランの言葉が投げかけられる。

 

「ミ、ミライ、ぼ、僕の何が気に入らないんだ? ミライ、教えてくれ。直してみせるよ、(将来の義妹である)君のため(ひいてはミヤビさんと結ばれるため)ならば。ミライ……」

 

 そうやって変なところ言葉を省略するからいけないんじゃないんですかねぇ、という話。

 カムランにしてみれば、そういう打算とは関係なしでも個人として、付き合いのある友人として君を手助けしたいんだ、と言いたいがためにその辺を口にしていないだけなのだが。

 二人の間の意識の隔たりは大きい。

 

 これもすべてミヤビってやつのせいなんだ。

 

 

 

次回予告

 アムロとシャア、そしてララァとの出会いに何故か立ち会ってしまうミヤビ。

 聞かれたことには知識を総動員して答えてしまう理系で男性脳な彼女は迂闊にもシャアと話し込んでしまい、彼に迷いから脱するためのヒントを与えてしまう。

 乙女ゲームの世界に転生したヒロインが攻略対象キャラのトラウマを解消してしまうかのように!

 運命の糸がもつれ合う中、ホワイトベースは敵の待つ宇宙へ出撃する。

 テム・レイ博士の「こんなこともあろうかと!」な提案に基づいた作戦を秘めて……

 次回『宿命に巻き込まれた出会い』

 コンスコンは生き延びることができるか?




『脊髄反射アルゴリズム』
 地味ですが、ミヤビがドラケンE改でこれまで生き残って来た理由の一つです。
 そして懐かしのシューティングゲームネタでしたが、この辺は今後も色々と盛って行く予定だったり。
 なお次回予告のとおり34話はシャアの変化、そして戦闘は再びテム・レイ博士の暴走ネタをお送りいたします。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第34話 宿命に巻き込まれた出会い Aパート

 ドズル将軍旗下のリック・ドム12機はホワイトベースのチームワークの前に敗れさった。

 しかし領空外の浮きドックで修理を受けることもできずサイド6に引き返したホワイトベースにとって、そこもまた安住の地ではなかった。

 

「お帰りなさい。どうだった?」

 

 港から帰って来たブライトを迎えるミライだったが、

 

「滞在の手続きがどうのと、追い出したがっている」

 

 答えるブライトの表情は渋い。

 

「でもティアンム艦隊からは移動命令は出てないし、敵の待ち伏せだってあるし」

 

 ミライも思案顔だ。

 

「ミヤビさんとアムロはいつ帰ってくるんだ?」

「あと二時間」

「ミヤビさんに時を稼いでもらうのも限界か……」

 

 ブライトは決断。

 

「あと三時間で整備を終わらせよう。出港する」

 

 

 

 一方アムロはと言うと、

 

「ああっ、天気の予定表ぐらいくれりゃあいいのに」

 

 ミヤビを乗せたバギーを走らせる中、雨に降られていた。

 幌もフロントガラスも無い車両なので、どうしようもない。

 というか、フロントガラスが無いとスピードを出した場合に砂やら何やらが当たるのが怖いのだが。

 あまりスピードが出ないのと、ネイキッドバイクに付ける小型スクリーンのように空力効果のあるボンネットにより、ある程度の防風効果があるので何とかなってはいるのだが。

 

 背後から追いかけてくるプチモビルスーツ、ツヴァークを単独制御するサラは、

 

『ミヤビさん、こっちに移ります?』

 

 と提案するが、ミヤビは首を振る。

 

「それじゃあアムロだけ濡れちゃうでしょ。この先の民家の軒先を借りて雨宿りしましょう」

 

 そうしてバギーを止めて、玄関先に退避。

 

「濡れちゃいましたね」

「そうね。でもあなたの着ている軍服と同じく、このスーツはスポーツウェアにも使われる機能性素材を使ったものだから雨も弾くわ」

 

 そしてコロニーは、温暖湿潤気候に分類される日本のように雨が多く多湿な環境にはないのだから、多少濡れてもすぐに乾く。

 

「そうなんですか?」

 

 改めてまじまじとタイトなラインのビジネススーツに身を包んだミヤビを見つめて、しかしまぶしそうに目を細めるアムロ。

 そんな青少年の機微には無頓着なミヤビはうなずいて、

 

「昔ながらの高級素材を使ったスーツも上流階級では使われているけど、もちろんそれらは見た目、質感は良くても耐久性や機能性は劣るから」

 

 ミヤビもパーティなどに出席する場合は強制的にそういうものを着せられ死んだ目になる羽目に陥るが、通常のビジネスの場では機能性の高い新素材を用いたものを愛用する。

 彼女は前世でも暑さに弱く、見た目より涼しさ重視で機能性スーツを愛用していたものだった。

 

「良いものを長く、とか聞きますけど?」

「こと高級服については素材が弱いのだから良いものは長持ちしないのが普通ね。そういう人たちの服がパリッとしているのはくたびれる前に買い替えているからよ」

 

 そして肩をすくめるミヤビ。

 

「スーツに靴、時計。ビジネスにふさわしいファッションは当人に説得力という力を与えてくれる。それは決して軽視できないもので投資する価値は十分あるのだけれど」

 

 ミヤビが前世で勤めていた某重工でも、やはり本社の上位部署の人間はいかにもできるビジネスマン、な恰好をしていたものだった。

 そしてやはり身にまとう空気が、説得力がそれによって身に着くものだった。

 しかし、

 

「暑い夏、上着をかっちりと着込んで隙を見せないとか、私にはまねできない」

 

 真剣な表情でつぶやくミヤビに、アムロは吹き出す。

 

「アムロ?」

 

 じとっとした目で見るミヤビがさらにツボに入ったのか、

 

「ミヤビさん、ネコみたいですものね」

 

 と軽口をきく。

 

「暑さに弱いという意味では同意」

 

 想像するだけでもげんなりするのか口調まで変わるミヤビに、

 

「ふふっ……」

 

 笑いをこらえきれないアムロだった。

 だが、その彼が不意にミヤビの背後に目を移し、

 

「鳥だ」

 

 そうつぶやく。

 瞳を見開き振り向くミヤビ。

 その目に映るのは雨の中、湖上の空を舞う白鳥の姿だった。

 

 

 

(かわいそうに)

 

 そういう声が聞こえた気がした直後に、力尽きたように落ちる鳥。

 アムロはふらふらと雨宿りしていた住宅の裏手に歩いて行き、

 

「あ」

「………」

 

 そこで神秘的な目をした一人の少女と出会う。

 

「ご、ごめん。べ、別に脅かすつもりじゃなかった」

 

 警戒する彼女に慌てて弁解するアムロ。

 空気を変えるように、

 

「あ、あの鳥のこと、好きだったのかい?」

 

 と聞いてみるが、

 

(美しいものが嫌いな人がいて? 美しいものが嫌いな人がいて? 美しいものが嫌いな人がいて? 美しいものが……)

 

 不意に脳裏にそういうイメージが伝わった後に、

 

「美しいものが嫌いな人がいるのかしら? それが年老いて死んでいくのを見るのは悲しいことじゃなくって?」

 

 と声による答えが返される。

 今のは何だったのか、そう思いつつも、

 

「そ、そりゃあそうです。そうだけど、僕の聞きたいことは……」

 

 と言いかけたところに、

 

「……やんだわ」

 

 上がる雨。

 それを空を見上げて確かめるアムロに、ついと少女は近づいて。

 

「……きれいな目をしているのね」

 

 と彼の瞳を覗き込みながら言う。

 

「そ、そう?」

 

 そして彼女はアムロにその笑い声を残しながら、雨上がりの湖畔に駆け出していく。

 

 

 

(「ニュータイプはニュータイプにひかれ合う」って言うけど! 本当に出会っちゃうわけ!?)

 

 家の影から今の二人の邂逅を見守っていたミヤビ。

 

『どなたなんです、あの人?』

 

 そしてツヴァークの3連式多目的カメラモジュールで見つめているサラ。

 

 

 

 タグ・ボートに牽引され、サイド6のベイエリアに向かうザンジバル。

 

「コンスコン隊、放っておいてよろしいのですか?」

 

 そうたずねるマリガンにシャアは、

 

「やむを得んな。ドズル中将もコンスコンも目の前の敵しか見ておらん」

 

 と答える。

 ミヤビの知る史実ではキシリアのひも付きであるマリガンに対するリップサービスの意も含めて、

 

「その点キシリア殿は違う。戦争全体の行く末を見通しておられる」

 

 という言葉が続いたのだったが、今のシャアはそんなことなど言わない。

 確かにキシリアは戦争全体の行く末、つまり戦争終結までは見ていよう。

 しかしその先の展望、ビジョンが無いのだ。

 

 圧倒的な政治手腕を持つ兄ギレンに対し、キシリアは暗殺も含めた汚れ仕事を受け持つことで対抗している。

 だがこれは戦時下故に見逃されている、周囲も目をつぶっていることであり、戦争が終わればその制約も外れる。

 そして戦後、力を伸ばすにはどれだけの政敵を倒せるかより、どれだけの敵を味方に引き入れられるかが必要になる。

 安易に暗殺や謀略に手を染めるキシリアの信用はもはや地を這うどころかマイナスに突き抜けている。

 信用が無いから誰も自分から近づこうとはしない。

 敵は敵のままで味方を増やすことができない。

 最後は疑心暗鬼に陥った相手に殺される、惨めな死が彼女を待っているだろう。

 

 シャアだって隙があれば彼女を殺す。

 理由があるから。

 

 一つは復讐。

 彼が愛した母、そして妹との生活を壊した主犯はキシリアと言えよう。

 特に母は監禁先で孤独な闘病生活の末亡くなっており、このけじめはつけなければならない。

 

 二つ目は正当防衛。

 彼女配下のキシリア機関には何度も命を狙われている。

 つまり正当防衛であり、殺されるぐらいなら殺す。

 現代の法律でもカルネアデスの板は認められているのだから。

 

 そして世直しなど考えていないが、そもそも生きていても害にしかならぬ女なのだから復讐と正当防衛のついでに「父の敵討ちを装って善を成す」という芝居を打ってやってもいいだろう、という消極的、というかシャアの本質には何の影響も与えない表向きの理由がある。

 

「これは私怨ではなく、父の遺志を貫く大望のためなのだ!」

 

 とでも言っておけば周囲のウケもいいだろう、程度のものだ。

 

 まぁキシリアも人を謀殺しようとするからには反撃されて殺されても文句は言わず死んでくれということ。

 

(こう考えられるようになったのも、ララァと出会えたおかげ、アルレットを手元に置いておいたおかげか)

 

 そう考えるシャア。

 

 本当の運命の分岐点は嘘を許さないニュータイプの女、イセリナ・エッシェンバッハにより強制的に自分の欺瞞と向き直らせられたことが切っ掛けであったが、彼女のおかげとは思いたくないシャア。

 実際、ララァというまったく別のニュータイプの少女と出会い、癒され、さらにアルレットと出会い視野が広がったからこそ今のシャアがあるわけで。

 この二人との出会いが無ければシャアはイセリナという他者の内面を強制的に暴き立てる鏡に映る己の姿に絶望していたかも知れないのだから。

 

 そう、アルレットを手元に置き幼い子供を導き育てているつもりで、自分の未熟な部分までも育て直されているような。

 そうして己の心の内にある絡まった糸に気付き、解きほぐしていくと……

 という話。

 

「何があるのです? サイド6に」

 

 マリガンの問いに、シャアは己が得たもう一つの翼、サイド6で待つ彼女に意識を移す。

 

「うん、実戦に出るのも間近い。そうしたらわかる。港に入るぞ」

 

 そうしてザンジバルはドッキング・ベイへと入港するのだった。




 アムロとララァの出会い、そしてシャアの変化でした。
「シャアが”悩む”ということから脱してしまったら最強、アムロも瞬殺」と富野監督が語ったことは結構有名ですが、この調子で行かれると本当にヤバいことになりかねないという。
 でも、そういうシャアの覚醒を無自覚に後押ししてしまうのが、我らが主人公ミヤビさんなんですけどね。
 この先どうなるのか書いている私にも想像がつかなかったり。
 なお次回は、

「嘘だといってよ、バーニィ」

 なお話の予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第34話 宿命に巻き込まれた出会い Bパート

「シャア大佐のザンジバルがサイド6に入港していきます」

 

 一方、コンスコンはというと失ったムサイの補充とパゾク補給艦によるリック・ドムの補給を受けていた。

 

「シャアか。うーむ、勝手な真似ばかりしよって」

 

 なお、キャメル艦隊の生き残りであるドレンたちは、このパゾク補給艦によって引き取られるのだった。

 

 

 

 ミヤビがアムロを伴いツヴァークを持って出たのは、リーア軍が保有するミドルモビルスーツについて偉い人と商談に…… というか相談に乗るためだった。

 実際にはその名目で滞在時間の引き延ばしをやっているわけではあるが。

 

 リーア軍はサイド6リーアに駐留する地球連邦軍駐留部隊の別名。

 リーア政府が中立を宣言しているため軍事用の武装ができず主に対人対地用装備しか保有していないわけで、ミヤビの知る史実、『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』ではドラケンEを配備。

 この世界では宙陸両用重機ベースのマシン、ドラケンE改を配備していたのだが、

 

(ああー、そうなるよねぇ)

 

 テム・レイ博士が甲壱型腕ビームサーベルを開発したり、60ミリバルカンポッド、その新型である弐式が配備されたりといった魔改造が施された結果、ドラケンE改はフルサイズのモビルスーツに対抗できる戦力として認識されてしまい、ジオンと連邦の間で上手くコウモリ外交をしていたランク政権が、

 

「ヤバいよヤバいよ(リアルにヤバイよ)」

 

 となっているわけである。

 それらの武装を装備させなければいいじゃん、という話ではあるが、それでもいつでも武装可能な機体の配備は両陣営に与える刺激が強い。

 そういうわけで、リーア軍はドラケンE改に代わる新たな機体としてプチモビルスーツであるツヴァークに期待しているのである、が……

 

(パルダからリボーコロニーに行くことになるなんて、聞いてないんだけど)

 

 お偉いさんたちに実際にアムロが動かすツヴァークを前に説明、紹介した後に、何だかよく分からないが場所を変えるということに。

 なおコロニー間の移動はコロニーの自転速度、遠心力を利用して送り出すスペースバス(貨物スペースもあってツヴァークも載せられる)を利用する。

 これはミヤビの前世の記憶の中にある『機動戦士ガンダム』第40話においてサイド3のマハルコロニーから強制疎開が行われるシーンで登場したのと同様のもので、推進剤を節約して同じサイド内に浮かぶ別のシリンダーまで航行できるわけである。

 バス自体にも姿勢制御、進路変更用のスラスターがある程度で、航行用の大型ロケットエンジンは組み込まれていない。

 そして自転速度を利用するのだからホワイトベースが入港している中央の無重力地帯、ドッキング・ベイとはまた別に、コロニーの外周上、人々が住む大地、その下に発着所があるわけである。

 

 それで、アムロともどもツヴァークを伴って赴いた先でミヤビたちを出迎えたのは、

 

「嘘だといってよ、バーニィ」

「は? お嬢…… じゃなくてミヤビさん?」

 

 困惑顔のヤシマ重工新入社員バーナード・ワイズマン。

 そして、

 

「バーニィ?」

 

 その態度を咎めると同時に、少しばかりの嫉妬が込められているのではという声色で彼を愛称で呼ぶのはミヤビの部下であるクリスチーナ・マッケンジー。

 さらに、

 

「久しぶりだね、ミヤビ君。また会えて良かったよ」

 

 車椅子の黒人男性、メカニカルアームの権威であり、ミヤビの前世の記憶の中にある『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』では、地球連邦軍G-4部隊に所属、ガンダムNT-1アレックスの開発責任者であったディック・ルムンバ氏だった。

 

「なんでまた……」

 

 何となくは分かるが、それを認めたくなくてミヤビは聞く。

 バーニィとクリスは0080の悲劇が嫌だったので戦前にスカウトした。

 さすがにバーニィの上司であるシュタイナー大尉麾下のジオン公国軍突撃機動軍に所属する特殊部隊、サイクロプス隊のメンバーは腕利きのジオン軍人ということで引き抜くのは無理だったが……

 そしてディック・ルムンバ氏にはドラケンE改の制御プログラム『MIRAI・歩行アルゴリズム』の作成を委託した仲である。

 

「モビルスーツは必要悪とも言うべきものであり、しょせんは人を幸せにすることなど出来ない」

 

 彼はいつもの持論を口にした後、その必要悪、この場に置かれていた機体について説明を始める。

 

「これがヤシマ重工の協力を得て開発したニュータイプ専用プチモビルスーツ、ツヴァークNT-1アレックス(ALEX) だ」

 

【挿絵表示】

 

「はい?」

「コードネームのアレックス (ALEX) は、装甲積層試験 (Armor Layered EXamination) の略称でね」

「いえまぁ、ツヴァークの強化プラスティック装甲は、素で積層装甲を張り合わせでなく一体化して形作る傾斜機能複合材というものですが」

「モビルスーツの内装火器運用試験と言う面もあるよ。フルサイズのモビルスーツにおいてフィールドモーター技術の向上により関節部の小型化が可能となり、スペースに余裕ができたことから検討が成されていてね」

 

 ケンプファーを不意打ちでハチの巣にしたアレックスの腕部内蔵90mmガトリング砲のことか。

 確かにツヴァークの腕にも11ミリ三連装機銃が内蔵されているけれども。

 

【挿絵表示】

 

「ガンキャノンの機体反応の遅さにストレスを感じるというアムロ君の意見を取り入れたマグネット・コーティング……」

 

 使われてるの!?

 

「……に類似した効果を持つ例の機構をチューニング」

「えっ、ああ、アレですか」

「そう、ドラケンE改およびその技術を元に造られたツヴァークには、原型機であるドラケンEに採用されていたジオンの流体パルス・システムに近い…… というより小型機体に合わせ特化した油圧シリンダー駆動方式、これをさらに改良したものが搭載されている」

 

 ジオンは当初、モビルスーツを作業機械、モビルワーカーと偽って開発していたことから、カモフラージュのために差し支えない範囲で公表された技術を参考に原型機であるドラケンEは作られていた。

(ドラケンE自体、モビルスーツを作業機械とする偽装工作のためにジオンから技術提供を受けて作られたという説もあり)

 流体パルス駆動は駆動用のアクチュエーターがダンパーを兼ねるため、衝撃吸収用に油圧ダンパーを別途用意しなくてはいけない(後にマグネットコーティング技術が一般化すると不要とされたが)連邦軍のフィールドモーター駆動と比べシンプルで小型機の駆動に向いているほか、アッガイのようなステルス機が成立したように静粛性ではアドバンテージがある。

 そして肝心なのは、

 

「原型機であるドラケンE、そして大元となったジオンのモビルスーツと大きく違うのは、駆動エネルギーの余剰を蓄積し必要に応じて該当する駆動部に送出する機能を持つ点だ」

 

 ということ。

 駆動装置のコンデンサーまたはブースターとも呼べる機構(機械的にはアキュムレータと呼ぶのが一番近いが正確ではない)であり、後にジオン軍のモビルスーツ、YMS-15ギャンに採用されることになる同様の仕組み、流体パルスアクセラレーターを参考にミヤビが組み入れた機構である。

 

 流体パルスアクセラレーターは流体パルス・システム版のマグネットコーティング技術とも言えるもので、アクチュエーターの反応速度と駆動力を爆発的に上げることが可能。

 史実で素人のマ・クベがアムロのガンダムと対等に斬り合うことができたのはこのため、とも言われていた。

 

「それゆえにドラケンE改、そしてツヴァークは燃料電池駆動機であるにもかかわらず核融合ジェネレーター搭載のフルサイズのモビルスーツと遜色のない動作が可能となっているのだが」

 

 要するにハイブリッド車のようにエネルギーを貯め込める機構さえあれば、排気量の少ない小さなエンジンでも問題ないのと一緒である。

 同じ燃料電池駆動機であるスペースポッドSP-W03、そしてミヤビの前世の記憶の中にあるモビルポッド、ボールでは不可能だったAMBAC(active mass balance auto control:能動的質量移動による自動姿勢制御)による機体制御が十分にできるのもこのためだ。

 

「機体サイズが小型であるということもありますよ」

 

 念のため補足しておくミヤビ。

 

 もの凄く話を単純化すると機体サイズが1/6なら同じパンチを放つ動作でもストロークは1/6となり、1/6のスピードで再現できるということ。

 マグネット・コーティングを施したRX-78ガンダムの反応速度は従来の3倍以上であるとされた資料もあったが、その倍の効果である。

 

 もっと言えば『2乗3乗の法則』で面積は2乗、体積(≒質量)は3乗になるのでさらに有利となる。

 つまりサイズが6倍になると、面積は36倍、体積(≒質量)は216倍(質量は素材次第で軽量化できるが)。

 216倍の体積(≒質量)の腕を、36倍しかない断面積のシリンダーを使って6倍の速さで動かさないと同じ動作は再現できない……

 

 ディック・ルムンバ氏は大いにうなずいて、

 

「だからこそ、ニュータイプ専用機のテストをツヴァークでやろうということになったのだよ。モスク・ハン博士のマグネット・コーティング技術の完成には今しばらく時間がかかりそうなのだし」

 

 と説明する。

 

「ああ、つまりあくまでもこの機体はテスト用ですか」

 

 そして、もしかしたら史実のガンダムNT-1アレックスみたいな機体が開発中で、その1/6の大きさのこの機体でそれに必要な諸々のテストを行うと同時にカモフラージュを兼ねているのかもしれない。

 

「うむ、ツヴァークのコクピットはRX-77-2をはじめ少数のモビルスーツに採用されたコア・ブロック・システムに対し、HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)を使うことで上下左右360度の視界を確保。パイロットの視認性を向上させ、ストレスを軽減させる効果をもたらしている」

 

 史実でのガンダムNT-1アレックスは一年戦争当時としては初の全天周モニター・リニアシートを採用していたが、その簡易再現版としてツヴァークのモニターシステムに目を付けたということか。

 

「ナビゲートシステムは、ニュータイプの反応速度に対応可能なNICNシステムを採用」

『サラ・NICNです』

 

 モニター上に映し出される、メガネをかけたサラのアバター。

 

「賢そうですね」

 

 というイメージだったが、彼女はメガネを外して見せると小さく舌を出してこう言う。

 

『眼鏡かけただけなんですけどね』

「バカにしてるんですか!?」

 

 思わずディック・ルムンバ氏に突っ込んでしまうミヤビ。

 

「いやいや彼女のAIプログラム自体はそのままだが、ハード側はちゃんとプロセッサを3基搭載しパイロットと機体間の反応速度も極めて向上しているよ」

「トリニティ・コアですか」

 

 ドラケンE改やツヴァークは俗にテム・レイの回路と呼ばれる初期の教育型コンピューター、アムロ・レイがSUN社製のペットロボット、ハロに組み込んでいたものと同型を採用し足りないスペックは回路を2つ搭載し並列に動作させるデュアルプロセッサとして働かせることで補っている。

 それを三つに増やしたというもの。

 しかし、

 

「ニュータイプ以外のパイロットが搭乗した場合にはその過敏な操作性からシステムが誤作動を起こすデメリットも併せ持っています」

 

 とは、この機体のシューフィッターパイロットを務めたクリスの感想。

 

「デチューンしていても扱いは困難で、模擬戦じゃあバーニィのドラケンE改のヒートホークで頭、というかカメラを潰されて負けちゃうし」

「いや、あれは相打ちだったろ。不意打ちで腕に内蔵した機関砲でこっちがペイント弾まみれにされたこともあったし。格闘戦に移ると見せていきなりあれはずるい」

「それを言うなら発煙筒やサンタのバルーン人形まで持ち出す方はずるくないとでも? あれは驚いたんだから!」

 

 そう言いあうクリスとバーニィ。

 思わずミヤビは笑ってしまうが、

 

「……どうしたの?」

「ミヤビさんの笑顔、初めて見ました」

「そんなことは…… 無いはず」

 

 無いと言いかけ、しかし自信が無さそうに付け足すミヤビ。

 まぁ、それはともかく、

 

「本当にこんな機体、まともに操縦できる人が居るんですか?」

 

 とクリスは聞く。

 

「その辺はアムロなら大丈夫でしょう」

 

 と、目を白黒させて必死に話の内容を理解しようとしているアムロに視線を向けるミヤビ。

 そして根本的な疑問を口にする。

 

「それで、何でまたこの機体はまったく外見が変わっていないんです?」

 

 カラーリングすらノーマルと同じ濃いグレー一色である。

 

「カモフラージュのためだよ。この機体はホワイトベースに持ち帰ってもらうからね」

「ああ、それでツヴァークを持って来させたわけですね」

 

 つまり持参したノーマルのツヴァークと入れ替えて持ち帰るということ。

 このリボーコロニーに密かに建設された地球連邦軍の施設から……




 NT-1アレックスの登場でした。
 クリスとバーニィも居るよ!

> 駆動装置のコンデンサーまたはブースターとも呼べる機構(機械的にはアキュムレータと呼ぶのが一番近いが正確ではない)であり、後にジオン軍のモビルスーツ、YMS-15ギャンに採用されることになる同様の仕組み、流体パルスアクセラレーターを参考にミヤビが組み入れた機構である。

 ギャンの股間にある円筒状のパーツですね。
 なお、このせいで話が史実と大きくずれることになるのですが……

 次回はいよいよシャアとアムロ、ミヤビのご対面。
 そしてテム・レイ博士の秘策が明らかに?

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第34話 宿命に巻き込まれた出会い Cパート

 そしてツヴァークNT-1アレックスを伴ってパルダコロニーに戻って来たミヤビたちだったが、

 

「すまんな、君。なにぶんにも運転手が未熟なものでね」

「い、いえ」

 

 スタックした車を見つけたアムロが停車し、声をかけた相手は少女を伴った赤い軍服の男。

 シャアであった。

 やってみたいと言うララァに運転を任せたのだが、結果としてぬかるみにはまって立ち往生してしまったらしい。

 ツヴァークNT-1アレックスに乗って、車を助け出すアムロ。

 

【挿絵表示】

 

 何の因果かミヤビはそれをシャアと仲良く並んで見守るハメに。

 

(「ニュータイプはニュータイプにひかれ合う」って言うけど! やっぱりそうなの!?)

 

 いつもの変わらぬ表情の下、内心では絶叫していたりするミヤビ。

 

「私はシャア・アズナブル。ご覧の通り軍人だ」

 

 と名乗るシャアにミヤビは、

 

(存じておりますとも!)

 

 と思いつつも言葉を返す。

 

「私はミヤビ・ヤシマ。技術者です。そしてあのプチモビルスーツを動かしている少年はアムロ・レイ」

 

 などと、自分だけでは厳しすぎるとアムロの名前まで出して名乗る。

 いわば道連れの精神である。

 年下の少年に対し実に大人げないミヤビだった。

 

「アムロ? 不思議と知っているような名前だな」

 

 そしてやはりニュータイプの素養か戦士としてのカンか、アムロの名の方に反応するシャア。

 よしいける、と思ったミヤビだったが、

 

「ミヤビ・ヤシマ、とはあのコロニー・リフレッシュ・プロジェクトの?」

 

 ジオンでは有名な『ヤシマの人形姫』の名を、シャアが知らぬはずも無かったりする。

 

「お恥ずかしい話です。その件では父にこっぴどく叱られまして、失敗に終わってから一言「製品至上主義って知ってるか?」と」

「製品至上主義?」

「いいものを作りさえすればお客さんは買ってくれるはず、というものです。私の企画したコロニー・リフレッシュ・プロジェクトもそういうものでした。住人のためになるのはもちろん、連邦、ジオン双方の政府や企業にもメリット、利益がある。ひいてはその利益が市民に還元される、喜ばれるプロダクトなのだから受け入れられるはず。単純にそう信じてしまった」

 

 ミヤビの前世、旧21世紀には「それだけではダメ」ということが分かっていたものを転生した宇宙世紀で自分が気付かずやってしまったことに、それはもうショックを受け、

 

「人類はなんて愚かなんだ…… 同じ過ちを何度も繰り返す!!!」

 

 などと独り叫んだものである。

 

(よし、これで分かっていたはずの間違いを犯してしまっても私個人のミスではなく、人類全体の問題に昇華することができたぞ)

 

 なんてネタ思考をしているからダメなんじゃないですかね、という話だったが、それはともかく。

 

「日本語で感謝の言葉は『ありがとう』と言います。これは『有り難い』、つまり自分には有ることが難しい価値を提供してくれたことに対する言葉です」

 

 商取引、商売、いや社会を構築して暮らす人間の基本的な概念だ。

 

「ふむ、自分が十分に持っていたり、どこにでもあるようなものを押し付けられても感謝の心は生まれないということか」

「そして同時に、優れているものでも欲しいと思わない人には不要なものなのです。私はそれを押し付けようとしてしまった」

 

 ミヤビはシャアの仮面を見据えて語る。

 

「革新的な商品、革新的な思想、それらが人々に受け入れられ社会を動かすのは、ただ優れているからではありません」

 

 その言葉に何を悟ったか、シャアの口元が引き締まる。

 

「皆が言葉にはできないが心の中で求めていたもの、つまり潜在的な需要、ニーズを形に、そして言語化できたものだからこそ、人は熱狂的に受け入れるのです」

 

 ミヤビは言う。

 

「同じ意味でジオン・ズム・ダイクン氏の言葉がサイド3の市民を変えた、そう考えられているのは正確ではないと私は思います」

 

『ヤシマの人形姫』が語る言葉。

 

「宇宙市民が鬱屈する生活の中で心の中に貯め込んでいた思い。それを昇華し、言語化することに成功したのがダイクン氏なのだと。つまり市民が変わりたいと願っていたところに欲しかった言葉を与えられたから変わったというわけです」

「逆に言えば……」

 

 シャアの明晰な頭脳は、簡単に答えに至る。

 

「どんなに優れている理想、思想であろうとも、変わりたいと思っていない人間、素地の無い人間に押し付けることなどできない。いや、できると思ってしまったのがジオン・ズム・ダイクンの失敗か……」

 

 シャアは考える。

 この女性、ミヤビ・ヤシマはコロニー・リフレッシュ・プロジェクトが頓挫した際、民衆の前でただ静かに涙したという。

 それほどの痛み、哀しさを伴う体験を、自分の傷口を抉り出すようにして伝えてくれた考え方。

 それにシャアは圧倒される。

 

 ……実際にはミヤビは父に言われて目薬を差して涙をこぼすふりをしていただけなのだが。

 

「理想というものは立てた時点ではまず実現しないものです。実現できるものならそれは普通に予定と呼べば良いのですから」

 

 その瞳がふっとシャアの顔から外され、遠く風景……

 いやここには無い何かに向けられる。

 

「もちろん理想は大切です。理想が、つまり今日より明日はきっと良い日になるのだという希望が無くては健全な社会が構築できないのも人間ですから。ダイクン氏の語った理想はサイド3の人々に希望を与えるという点では必要なものだったのでしょう」

 

 己の薄い胸に手を当て、ミヤビは言う。

 

「理想とは、それを求める人々の胸に熱く夢として燃えているからこそ尊いのだと、それこそが人々を導く『良き力』になるのだと思います」

 

 だから理想もまた必要不可欠のもの。

 

「でも…… 理想に燃えた誰かが世の中を変えてくれる、というのは幻想でしかありません。人が変えられるのは自分だけ。『学問に王道なし』という言葉があります。結局は人々が地道に学んで自らが変わって行くほか無いのです」

 

 そこでミヤビは彼女が知る実例を語る。

 

「宇宙世紀以前の西暦の時代、スウェーデンは環境先進国として知られていましたが、別にこの国では革新的なリーダーが一気呵成に改革を進めてそうなったわけではありません。

 環境対策はなるべく早く進めたいもの。

 しかし、だからこそ大切なのは国民全体で押し進めること。

 急進的な人間が矢継ぎ早に対策を打とうとしても国民はついていけずに反発が強まり、環境対策がむしろ滞る、いいえ頓挫する可能性すらあります。

 それゆえ国民全体が自然に進めていけるスピード、『ナチュラル・ステップ』と呼ばれる方針をもって環境対策を進めようと決めたのです。

 じれったいと感じるかもしれませんが、国民の納得を得ながら進めるため全国的に対策が浸透して効果が大きかった。

 スウェーデンが環境先進国になれたのは、「今、自分たちがどのステージにいるのか」を冷静に見極めたうえで、「そこからまた一歩進めばよい」という現実的かつ斬新な考え方をとれたからだということです」

 

 そしてミヤビは笑う。

 

「童話のウサギとカメですね」

 

 と。

 社会的な問題、特に人間の徳を培うことについては、有能なウサギより勤勉なカメが勝つというのが真理ということなのだろう。

 

「それを無視して理想をすぐさま現実にできる、いや現実にしなければならないと思い込んでしまうから悲劇が起こる」

 

 この戦争のように。

 あるいは志半ばで倒れたジオン・ズム・ダイクンのように。

 父のことを思い浮かべたシャアに、

 

「そもそも世界中の悩みを一人で背負って人身御供になる必要なんて無いんです」

 

 と言う彼女は、どこまで自分のことを知っているのか。

 そうして最後に、ミヤビはこう語って去って行った。

 

「イノベーター理論とキャズム理論、調べてみると面白いですよ」

 

 後日、その言葉について調べたシャアは涙が出るほど笑い転げ、

 

 ンッン~~♪ 実に! スガスガしい気分だッ!

 歌でもひとつ歌いたいようなイイ気分だ~~フフフフハハハハ。

 20年間生きてきたが…… これほどまでにッ!

 絶好調のハレバレとした気分は無かったなァ…… フッフッフッフッフッ。

 最高に『ハイ!』ってやつだアアアアアアハハハハハハハハハハーッ。

 

 とばかりにうかれて、ララァやアルレットに心配されたという。

 

 

 

「状況はここに来た時に比べてまったく変わっていないんだから、いくら考えても仕方ねえでしょ、中尉」

「そう、ガンキャノンを前面に押し出してでも」

 

 出港が迫り、スレッガーたちと協議するブライト。

 そこにカムランがやってきて、

 

「失礼しま……」

 

 声をかけようとしたところに、

 

『大丈夫だ!!』

 

 と通信が割り込む。

 

『こんなこともあろうかと! ガンキャノンにはワイヤードハンマーを装備させてある!!』

「テム・レイ博士!?」

 

 そう、我らがテム・レイ博士の「こんなこともあろうかと!」だ。

 

『うむ、サイド6の規定では火器の使用が禁じられているが、ハンマーは火器ではない』

 

 と胸を張る。

 

『理論的に言ってガンキャノンの速度がスピード違反に引っかかるくらいだ。問題ない』

 

 あまりの暴論に、口をはくはくさせるしかないカムラン。

 ホワイトベースの面々、全員がこういう考え方なのかと周囲を見回し、そしてミライを縋るように見るが、

 

「いや、そのりくつはおかしい。おかしいですよテム・レイ博士!」

 

 と突っ込む良識人のリュウの言葉にほっとし、

 

「それはひょっとしたらいいアイディアなのかも」

 

 と考え込むブライトにぎょっとする。

 そして、その瞳がふとカムランに向けられ、

 

「カムランさん」

 

 と名を呼ばれることにぞっとする。

 

(ぼ、僕に何をしゃべらせる気なんだ!?)

 

 全てだッ!

 全てを話せ!

 過去に何があったのか!?

 参考にできるような前例のこと!

 法の解釈で許される範囲のこと!

 

 とばかりに情報を搾りとられるカムラン。

 本来、役人とはこういう言質を取られることを極端に嫌う。

 ミヤビも前世でお付き合いのあった企業から話を聞いたことがあったが、担当者が議事録を作るためボイスレコーダーを、先方のお役人に断りを入れることを怠って使ったところ、

 

「騙し討ちだ! そのような手段を取るなど言語道断!!」

 

 という具合に頭から湯気が出るほど真っ赤になって怒られ、慌てて謝罪して録音データを消去したという。

 下手な前例を作るとそれを盾にされ規則(ルール)が骨抜きに、有名無実化してしまうため、お役所側の立場も理解はできるのだが……

 しかし今回はブライト、ホワイトベース側も生き残るのに必死なのだ。

 

 まぁ、カムランも個人的にはそれで幸いだったかもしれない。

 グダグダに誤解されたままミヤビの知る史実どおりミライとの愁嘆場を演じ、ミライがスレッガーにぶたれる、なんてことになったら、さすがに温厚なミライといえどもキレるだろうから……




 ミヤビとシャアとの出会いでした。
 理系で男性脳なミヤビは聞かれたことには知識を総動員して答えてしまうわけですが。
 人が変えられるのは自分だけ。
 自分ごとき凡人がちょっと上手いことを言ったところで人はそんなに簡単に変わったりしない、と思っている彼女なので、自分が全力でシャアのスイッチを押しに行っていることに気づいていないのでした。
 これがシャアにどのような変化を与えるのか、私にも量り切れなかったり……


>『うむ、サイド6の規定では火器の使用が禁じられているが、ハンマーは火器ではない』

 ゲーム『SDガンダム スカッドハンマーズ』のテム・レイ博士ですね、これ。
 まぁ、そのままやっちゃうと問題なので、ブライトはカムランから聞き出した情報をもとに工夫するわけですけど。
 その辺は戦闘回となる次の更新をお楽しみに。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第34話 宿命に巻き込まれた出会い Dパート

「来たな」

 

 コンスコンもホワイトベース側の出港をキャッチ。

 

「しかし、サイド6の民間機が木馬にぴたりとついています」

「フン、物好きがいるものだ」

 

 一応、史実どおりカムランの船も同行している。

 

「木馬は進路を変えて反対方向から脱出するようです」

「リック・ドムを発進させい、領空侵犯も構わん。どのみち戦闘は領空外だ。シャアごとき若造になめられてたまるかよ」

 

 リック・ドムを発艦させ、艦隊もまた木馬を追う。

 

 

 

「来たな」

 

 ホワイトベースに迫るリック・ドム。

 

『ブライト君、ジオンのモビルスーツだ』

「はい。カムランさんはここで結構です」

『いや、領空を出るまでは。いや、この船が飛べる限りはお供させてもらいます』

 

 自家用船で先行しホワイトベースの盾になる。

 意地を見せるカムラン。

 

「ハッチ開け。ガンキャノン、ドラケンE改可翔式、発進急げ。ガンキャノンL、コア・ブースター、そのまま」

 

 

 

「ミヤビ・ヤシマ、ドラケンE改可翔式、出ます!」

 

 左舷デッキから出たアムロのガンキャノンを追うように、ミヤビは右舷デッキより再び乗り込んだドラケンE改可翔式で出撃する。

 

【挿絵表示】

 

 今回スレッガーは主砲の方に回っているのだ。

 その代役である。

 同時に、

 

(こんな危ない所に居られるか! 私は出撃する!)

 

 と、推理小説でありがちな死亡フラグめいた考えもある。

 今回の戦い、史実と違うのはリック・ドムがビームバズーカを装備しているということ。

 ホワイトベース直近に居座られてサイド6領空を離脱した瞬間に攻撃されたりしたら目も当てられない。

 それゆえに怖くて艦内から逃げだしてきたのだが、

 

 

 

「装甲の厚いガンキャノンのアムロはともかく、ミヤビさん、あなたまでドラケンでホワイトベースを守る盾になることは……」

 

 と、ブライトたちはいつものように『自己犠牲が過ぎるミヤビ』に対し歯がゆい思いをしているのだが。

 そして、ブライトはミヤビの負担を減らすためにも、自らが考えた策をアムロに命じる。

 

「やるんだ、アムロ!」

『了解です!』

 

 

 

「なっ、なにぃ!?」

 

 驚愕するリック・ドムのパイロットたち。

 木馬から飛び立った黒いガンキャノンは、大きく振りかぶるとワイヤーの付いた鉄球を躊躇することなく放ってきたのだ。

 

「バカなっ、ここはまだサイド6の領海内だぞ!」

 

 慌てて全力回避するが、

 

「曲がった!?」

 

 ガンキャノンが持つワイヤードハンマーはスラスターを備え、ロケット噴射で加速するだけではなく軌道を制御し、コントロールすることができるのだ。

 

「うわぁぁぁっ!!」

 

 追いかけて来る鉄球を危ういところで何とか避ける。

 

 

 

「な、なに?! やつら攻撃を仕掛けて来ると言うのか? 火器は厳禁のはずだ……」

 

 リック・ドム隊からの報告に驚愕するコンスコン。

 

「んん、火器を使用していないだと? なにぃ? ハンマー? 何だそれは?」

 

 事実を知り歯噛みする。

 

「むぐぐ、ええい汚いやつらめ!! サイド6の領海で攻撃を仕掛けてくるとは!」

 

 

 

(いや、さすがにハンマーでも当てたら大問題だけれどね)

 

 アムロのガンキャノンをフォローしながらミヤビは考える。

 そう、いくら発砲、そして抜刀していなくとも、当てたらサイド6領空内で戦争行為をしたことになり国際問題(外交問題)になる。

 しかし逆に言えば、

 

(当たらなければどうということはない)

 

 つまり単なる(と言うと語弊があるが)ニアミスということである。

 

『このハンマーはアムロとパートナーである私の、二人の連携で操作されてるのよ! 戦術コンピュータ頼りでは予測できないわ!!』

 

 通信機越しにガンキャノンの機体制御を行うサラツーの声が聞こえてくるとおり。

 AIであるサラツーによるアシストを経て制御されるワイヤードハンマーは、後の準サイコミュ兵器『インコム』の質量兵器版と言っていい性質を持っている。

 さらにワイヤーを引いたり、手首のひねりでしごいたりして物理的な力を伝達することで、単純なロケット噴射制御では不可能なダイナミックな動きを可能としているのだ!

 

(そのコントロール性を利用して、回避するリック・ドムに、命中しないスレスレの威嚇攻撃を行い追い払う)

 

 それがブライトの考えた作戦だった。

 ワイヤー付き鉄球、ハンマーの扱いなど想定していない規則の穴を突いた詭計である。

 まぁ迫真に迫りすぎていて、思わずリック・ドムが背のヒート・サーベルに手をかけていたりする。

 抜かれたら、やけくそになって反撃されたらヤバいのだが、サラツーはイケイケだ。

 

『そんな貧相な棒で、アムロの大事な鉄球(たま)に勝てるとでも!?』

 

「っ!?」

 

 思わず吹き出しそうになるミヤビだった。

 

 

 

『反撃、もしくは即時撤退の許可を! このままでは一方的に攻撃を受け、全滅しかねませんっ!! 助けてっ、助けてくださいコンスコン少将ーっ!!』

 

 コンスコンの元にも、リック・ドム隊からの悲鳴じみた報告が届く。

 

「きゃ、きゃつらは悪魔か……! ま、また全滅。こちらが攻撃出来ぬ事を良いことに、全滅させる気か……」

 

 前回、12機のリック・ドムを3分ももたずに全滅させられたことがトラウマになり彼の判断力を奪っていた。

 ブラフだと気づけないのだ。

 

「いや、順調にサイド6の領海から出てきている…… これは予定通りと言って良いのではないか? うむ」

 

 自己逃避的にそうつぶやいて自らを落ち着かせようとするのだが……

 

 

 

「うははは、馬鹿どもめ! サイド6の領海内ゆえ攻撃を躊躇したな」

 

 戦いをモニターするテム・レイ博士は上機嫌。

 

『親父ちょっと、悪人みたいだね』

 

 と息子、アムロから通信機越しに呆れたように言われ、

 

「な、馬鹿もの! 私は戦争をやっているのだ」

 

 と叫ぶ。

 

「どうせ敵はろくに攻撃できん。ハンマーで鉄くずにしてやれ」

『いや、まだ領空内だから駄目だよ』

「よし、そろそろサイド6の領海を抜けるな。ホワイトベースの火器も全開に出来るぞ」

『聞いてやしない……』

 

 

 

「カムランさん」

『中尉』

 

 カムランの船に通信をつなぐブライト。

 

「下がってください、我々は戦闘に入らざるを得ないでしょう」

 

 そしてミライも告げる。

 

「カムラン、ありがとう、お気持ちは十分にいただくわ。でも、でも。ありがとうカムラン、帰ってください。お父様お母様によろしく」

『ミ、ミライ』

 

 そうしてカムランを乗せた船は去って行く。

 結局、ホワイトベースに婚約者であるミヤビが乗っていたことなど知らないまま……

 

 

 

「ホワイトベース、最大戦速。対空戦闘に入る」

「はい」

 

 加速し、サイド6の領空を抜けるホワイトベース。

 

「メガビーム砲、まだ敵艦を撃つなよ。ビームがサイド6に入る」

 

 ホワイトベースはコンスコン隊の展開していた宙域から反対側に進み、コンスコン隊は領空侵犯しつつそれを追うという形。

 ゆえにまだ攻撃はできないのだ。

 

 

 

 コンスコン側もホワイトベースが出てきたことを確認。

 

「よーし、ドム隊、よく我慢した。攻撃を開始しろ」

 

 

 

 そしてガンキャノンに対し包囲網を仕掛けるリック・ドムだったが、

 

「何があったんだ? 今日のアムロの鉄球(たま)は妙にさえている」

 

 そうブライトが言うとおり、アムロがワイヤードハンマーを振るうたびに、確実に一機、また一機と敵が墜ちていく。

 

 

 

「……嘘だ、まさかこんな、ああっ」

「まるでこ、こっちの動きを読んでるようだぜ」

「き、気まぐれだよ、まぐれだ」

 

 次々に僚機が撃墜され、恐慌状態に陥るリック・ドム隊。

 言っている言葉も支離滅裂だ。

 

 先ほどまでのサイド6領空内でのアムロのハンマー攻撃は、わざとぎりぎり外されていたものと気づかず、相手が本気で放った攻撃を自分たちはかわしてきたと思ってきた彼ら。

 それゆえに今度はかわしたつもりで直撃を食らう、という目に遭っているのだ。

 

 

 

「見える、動きが見える」

 

 無論、アムロがララァとシャアとの邂逅によりニュータイプに目覚めてきていると言う点もあるが。

 

「見える」

 

 

 

『何度も繰り返すようですがこれは本当の戦争です。サイド6のすぐ外で行われている戦いなのです。連邦のホワイトベースは一隻でジオンの三隻に対して果敢な攻撃を行っています』

 

 テレビ局の中継に見入るララァにシャアはコーヒーカップ片手に問う。

 

「フラナガンはやさしくしてくれたか?」

 

 アルレットの扱いを見てきつく牽制はしておいたのだが。

 

「はい」

 

 というララァの答えにシャアはうなずく。

 

「よく見ておくのだな。実戦というのはドラマのように格好のよいものではない」

 

 まぁ、実際モニターの向こう側ではワイヤー付き鉄球をぶん回して相手を粉砕するという残虐ファイトが行われているわけだが。

 

『この事実を目撃したならば、今後我が国のとるべき立場をおおいに考えていかなければならないところでしょう』

 

 レポーターの声が室内に響く。

 

 

 

『アムロさんの黒いガンキャノンが勝ちますね』

「フフフッ、サラちゃんは賢いわね」

 

 あまりのアムロの強さに呆れるミヤビはネタで言葉を返すが、

 

『いえ、見れば分かりますよ』

 

 とマジレスされてそれもそうかとため息をつく。

 そうしてコンスコンの艦隊は敗れ去ったのだった……

 

 

 

「くっ、これで勝ったと思うなよっ!」

 

 歯噛みするコンスコン。

 ハンマーで滅多打ちにされたチベ、そしてリック・ドム。

 衝撃で装甲は見る影もなくベッコベコにされ内部機構が破壊されていたが、ジェネレーターが緊急停止(スクラム)して動けなくなりはしたものの、爆発したりはせずに宇宙空間を漂っていた。

 

 後のモビルスーツ、リック・ディアスは敵機の無力化・鹵獲のため、装甲に張り付き爆発の衝撃で内部損傷を狙う粘着榴弾(HESH(High Explosive Squash Head)またはHEP(High Explosive Plastic))などを装填可能なクレイ・バズーカを装備していたが。

 それと同様に見た目の凶悪さとは裏腹に非殺傷、『不殺(ころさず)』に向いている武器なのかもしれない。

 

 ミヤビが聞いたなら、

 

「モビルスーツが鎖付き鉄球で相手の機体をガンガン叩いて『不殺』とかバカじゃないの」

 

 と言うかも知れないが……

 

 

 

次回予告

 宇宙要塞ソロモンに地球連邦軍の総攻撃が掛けられた。

 ティアンム艦隊の先鋒たるホワイトベースが血路を開く。

 アムロたちは初めて戦場の真っ只中に身を晒す。

「デコイって…… 囮って…… サラたちによる単独制御の、無人のドラケンを敵に突っ込ませるってことなのか?」

 次回『ソロモン攻略戦』

 君は生き延びることができるか?




 ハンマー祭りでした。
 元ネタ、ゲーム『SDガンダム スカッドハンマーズ』から少しは工夫してありますけどノリはおおむね同じ……
 普通に問題になりそうですけど、そこはカムランパパがもみ消してくれるのでしょう。
 根拠もなにもないけど、でも、きっと、たぶん、おそらく、めいびー。

 次はいよいよソロモン攻略戦の開始です。
 次回予告に何だか不吉なセリフが入ってますけど……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第35話 ソロモン攻略戦 Aパート

 サイド6を脱出するホワイトベースに対してコンスコン機動部隊の攻撃は執拗を極めたが、ガンキャノンの活躍によってこれを退けることに成功した。

 しかし本格的な戦闘はこれからである。

 

「第三艦隊、後方より接近してきます」

 

 オペレーター席のオスカからの報告。

 時を同じくして、通信を傍受。

 

『ホワイトベース、聞こえるか?』

「感度良好、どうぞ」

『これより編隊を組む。コース固定、フォーメーション同調は当方で行う。補給受け入れ態勢に入れ』

 

 それを聞いたブライトはフラウに指示。

 

「了解したと伝えろ」

「はい」

 

 そして今度はマーカーから、

 

「輸送艦コロンブス、右より前方に出ます」

 

 と報告が上がる。

 

「よし、補給態勢急げよ」

 

 キャプテンシートから立ち上がるブライト。

 

「艦隊司令に挨拶してくる」

 

 そういうわけで、中央船体後方、第3デッキからランチで旗艦であるマゼラン級レナウンへと向かう。

 

 

 

「ミサイルを抱えたぶっさいくなのいるけど、あれなんだ?」

 

 ガンキャノンL、ロングレンジタイプで補給作業の手伝いに出るカイだったが、見慣れぬ宇宙艇の姿に首を傾げる。

 

『データバンクと照合。パブリクタイプの突撃艇ですね』

 

 サラスリーの答えに、顔をしかめるカイ。

 

「突撃艇? ってことはまた厳しくなりそうだな、おお、やだやだ」

 

 

 

 ミヤビはホワイトベースの船窓から複雑な表情でパブリクの姿を眺める。

 

「『あの装備』は間に合ったはずだけれど、どれだけ役に立つのか……」

 

 物憂げに、そうつぶやく。

 

 

 

「艦長、ホワイトベースの艦長がお見えになりました」

「ん、ご苦労」

 

 士官に案内されたブライトはこの第3艦隊の指揮官と対面する。

 

「ブライト・ノア中尉であります」

「ご苦労だったな、ブライト君」

 

 ブライトはわずかに瞳を見開き、

 

「ご無沙汰であります、ワッケイン司令」

 

 そう挨拶するが、ワッケインは苦笑して、

 

「司令はやめてもらおう、お偉方が集まれば私などあっという間に下っ端だ」

 

 と言う。

 

 実際、少佐に過ぎなかった彼がルナツーを任されていたのは上位者が全員戦死したり負傷したり反攻の準備のためにジャブローに降りたりして、他に誰も適任者が居なかったからだ。

 そしてそれが同時にルナツーでの彼の杓子定規な対応に繋がっている。

 そう、少佐という階級に与えられている権限は非常に限られたものであり、ルナツー司令という見合わぬ職責を遂行するにあたっては、厳密にルールを順守する必要があったのだ。

 そうでなければ司令という立場を利用して、本来許されていないことに関し好き勝手をしたということにもなりかねないし、そんな危うい命令を部下たちが聞くはずもない。

 組織運営が成り立たなくなるのだから。

 

 そんな重責からようやく解放され大佐へと昇進を果たしたワッケインだが、それでも佐官で第3艦隊の指揮官というのは無理があって、これもやはり陽動のために分けた別動隊を仮に任されているという状態。

 それゆえ部下にも艦長と呼ばせているしブライトには司令はやめろと言っているわけである。

 しかし、それでもワッケインは以前と違ってどこか柔らかな目でブライトを見やり、

 

「んん?」

「は?」

「貴様もいっぱしの指揮官面になってきたかな? 結構なことだ」

 

 と笑う。

 

「見たまえ」

「は」

 

 大スクリーンに映し出される図面。

 

「これが現在我々の通っているコースだ。主力は大きく迂回して進んでいる」

 

 その主力の動きは映し出されてはいない。

 それほどまでに極秘の行動を取っているということであった。

 

「これは……」

 

 ブライトは息を飲み、

 

「やはり作戦目標はソロモンですか?」

 

 と確認する。

 ワッケインはうなずいて。

 

「そうだ。ホワイトベースは我々と共にソロモン攻略の先鋒となる」

 

 つまり真っ先に突っ込む危ないポジションである。

 中世なら先陣、一番槍は名誉なことなのだろうが……

 ブライトは脂汗を額ににじませながら問う。

 

「そうですか、大変な任務ですね。我々にできますか?」

 

 ワッケインは笑みを深めると、

 

「君自身、そんなことを考えられるようになったのもだいぶ余裕が出てきた証拠だな。大丈夫だ」

 

 と請け負う。

 

「君の艦にはヤシマのご令嬢たちが居たな」

「は、はい。でもそれが?」

「この作戦に対し、ヤシマ重工から新装備の提供があった。これが通用するなら我々の損害はだいぶ減らせるはずだ」

「新装備、でありますか」

 

 訝し気にするブライトの反応が予想どおりだったのか笑うワッケインだったが、その笑みは苦い。

 

 ヤシマ姉妹にはヤシマグループを戦争に協力させる人質としての役割があった。

 ジオンのメイ・カーウィン嬢、ゲーム『機動戦士ガンダム戦記 Lost War Chronicles』とその関連作品に登場の彼女は旧ジオン・ダイクン派のカーウィン家をジオンの戦争に協力させるための人質だった。

 娘が前線に送られればカーウィン家とて非協力では居られまい、というもの。

 ミヤビの『コロニー・リフレッシュ・プロジェクト』もあってジオンに関わりの多いヤシマグループは、同様に連邦への戦争協力への証としてミヤビたちを用いることが求められてしまっているのだ。

 

 今回の新装備の提供もその結果得られたもの、とも受け取れる。

 それを思うとワッケインの胸中は複雑であり、後でこの目の前の若造にも教えてやらねばなるまい、と考える。

 ……お互い、この戦いを生き残ることができたらという話だったが。

 

 

 

「磁気圧が上がらないのか、まいったな」

 

 と、ガンキャノンの整備に精を出しているアムロの元に、

 

「食事よ、アムロ」

「ミヤビさん?」

 

 食事を運んできたのはミヤビ。

 

「これ?」

「稲荷寿司とお味噌汁よ」

 

 透明なビニールパックに入れられているのはミヤビとの思い出にある、あの料理。

 母との別離を癒してくれた、忘れられないものだった。

 まぁ、ここは宇宙であるので、

 

「宇宙食だけど、これは私も開発に関わっている自信作よ」

 

 と無い胸を張るミヤビ。

 彼女は頓挫したコロニー・リフレッシュ・プロジェクトの他にもスペースノイドの生活水準向上のために様々なプロジェクトを推進していた。

 その中には和食を使った宇宙食の品質向上というものがあり、こうして成功して軍にもレーションとして納品されているわけである。

 当初は、

 

「『和?』何ですかこの古色蒼然とした日本的な思考回路は?」

 

 などと反発されたが、稲荷寿司はミヤビの前世、西暦の時代でもアルファ化米を使って水やお湯をパックに入れればできあがり、というものが国際宇宙ステーションの宇宙食として採用されていた。

 パンやクラッカーのように食べかすが出ず、無重力環境下でも食べやすいのだ。

 そして、

 

「作戦前の腹ごしらえってやつよ。お米はお腹の持ちが違うから、長丁場にはもってこいなの」

「そうなんですか?」

「お米は小麦を製粉して作られるパンやパスタと違って消化が緩やかなの。それにパンは量を食べることができないから」

 

 昔の日本軍では一食2合の麦飯が割り当てだった。

 軍隊は運動量が大きいため、これぐらい食べないとハンガーノック、シャリバテ、低血糖状態…… 要するに、長時間の運動で身体が燃料切れを起こした状態になって動けなくなってしまうのだ。

 日本陸軍は徒歩の行軍に関しては世界最速だったが、それを支えるのが一食二合の麦飯だったというわけである。

 軍ではパン食に切り替えることも検討されたが、「米を食わんと力が出ねぇ」と非難轟々だったので断念した経緯にある。

 米二合といえば食パン一斤丸ごとに相当するのでそれを一食分とするには無理があるし、製粉してある分消化が早く米より腹持ちが悪い。

 当然といえば当然な結果だった。

 

「へぇ……」

 

 一方、なぜミヤビがこんなことをしているのかと言うと、

 

(せめてみんなの体調をベストにすることで活躍してもらい、守ってもらわないと!)

 

 というあくまでも自分本位な考え方から来たものである。

 あとはアムロたちと違ってミヤビのドラケンE改は基本、作業用重機で信頼性も整備性も高く、サラによるセルフチェックで十分なので手が空いているということもあるが。

 

 なお……

 史実ではこのシーン、食事を持ってきた少年兵をアムロがフラウ・ボゥと見間違えるというもの。

 この先、フラウがアムロから離れて行くものの、アムロ側にも少しは思い入れや彼女への甘えがある、という描写があったのだが。

 この世界でのアムロにはまったくそういう気配はなく、ただ憧れの年上のお姉さんの差し入れを満喫する純情少年と化していた。

 

 これもすべてミヤビってやつのせいなんだ。

 

「ようアムロ、いいもん食ってんじゃねーか。俺にも一つくれよ」

 

 補給作業の立ち合いを終え、アムロにじゃれついてくるカイ。

 みんなの分もある、と差し出そうとしたミヤビはしかし、

 

「それは僕のおいなりさんです」

 

 と言うアムロに思わず吹き出しそうになる。

 表情筋が死んでいる彼女だから顔には出ないが、そうでなかったら顔をゆがめて爆笑していただろう。

 マンガ『究極!!変態仮面』の決めゼリフを知っている人間を殺しにかかっているとしか思えない卑怯すぎるセリフである。

 おかげで笑いをこらえるために腹筋まで死んでしまうミヤビだった。

 

 

 

「パプア艦でたった一機のビグザムだけだと?」

「は、現在はこれしか出せぬ、と」

 

 使いの士官が持つ受け渡し書類を奪い、斜め読みで目を通すドズル。

 逆に言えばミヤビの知る史実どおりモビルアーマー、ビグザムがソロモンに運び込まれたということではあるのだが。

 

「ええい、兄上は何を考えているのだ? 今あるリック・ドムでは数が足りんのだ。新鋭モビルスーツの一機をよこすくらいならドムの十機もまわさんのか?」

 

 というドズルの憤りももっともだが、だったらコンスコンを出したりするなという話もある。

 それと根本的には連邦軍艦隊がどこを攻めるか分からない、察知できていないためソロモンばかりに戦力を集中させることができないという問題があるのだ。

 つまり情報戦という戦略レベルでドズルが負けているからこその苦境なのだ。

 そして、

 

「じ、実は」

「なんだ?」

「今回のビグザムも試作段階でして、開発は急いでいるのですが、なにぶん各方面からの要請が、その」

 

 とドズルに告げなければならない彼も災難だった。

 

「もうよい、うせろ」

「はっ」

 

 そういい捨てられたものの、これ以上責められることは無いと露骨にホッとする表情を、頭を下げることで隠し退出する。

 ドズルは自分の部下であるソロモンの士官に対し、

 

「ええい、ビグザムの組み立てを急がせろ」

 

 と指示。

 

「それにだ、ティアンム艦隊の動きは掴めんのか?」

 

 根本の問題についても問うが、

 

「申し訳ありません。ミノフスキー粒子の極度に濃い所を索敵中でありますが、ダミーが多くて」

 

 良い回答は得られない。

 結局、

 

「それが戦争というものだろうが」

 

 と言い捨てる他なかったが、逆に言えば、ちゃんと現実が分かっている、見た目の印象と違って無駄に怒鳴り散らしたりしない、彼の武人としての性質を物語っていた。

 

 

 

『物資搬入急げ』

『移送パイプ解除、バルブ閉鎖』

『艦内気圧チェック、急げ。水先案内人、どうした?』

 

 サイド6より発進準備を進めるザンジバル。

 シャアもランチで乗船し、

 

「ご苦労でした、カムラン監察官殿。封印は解いていただけましたかな?」

 

 と出港の手続きを確認する。

 

「封印は取りましたが、領空内での発砲は」

「承知している」

 

 そうしてカムランは、

 

「早く出て行ってもらいたいもんだな。二度と来てもらいたくない」

 

 とつぶやく。

 これはコンスコン隊がやった無茶の後始末をやらされたこと、ミライの敵がジオンだったこと、そして戦争協力はできないとしているはずなのに、先ほどから無視して補給作業を強行しているシャアに対する隔意があったことが言わせた言葉だったが、

 

「言葉には気をつけたまえ、ミスター・カムラン」

「なに?」

「サイド6が生き延びてこられたのもジオンの都合による。その辺をよーく考えるのだな」

「……お目こぼしだとでも言うのか?」

 

 相手はシャアである。

 舌戦でも容赦はしない。

 なお、シャアのこれは詭弁だろう。

 サイド6の中立化にはもっと込み入った事情があるし、政治力学もあってジオンが一方的に無理を言える間柄でもない。

 事実、今後サイド6は連邦寄りに舵を切り、ジオン国籍の船に退去命令が出たりするのだが……

 シャアにしてみれば自分の発言の責任を取るのは自分ではないので、噛みついて来る相手に逆ねじを食わせることができるのなら、この場限りのハッタリをかまそうとも問題ないという認識だった。

 そして歯噛みするカムランを平然と無視すると、

 

「ララァ、何をしている?」

 

 とランチのハッチの向こうの少女を呼ぶ。

 彼女は無重力のデッキを、そのワンピースの衣服を揺らめかせながら優雅と言っていい様子で舞うように近づき、ザンジバルの通路へと吸い込まれていく。

 その姿を、息を飲んで見守っていたカムランは、

 

「ど、どなたです?」

 

 と聞く。

 軍人とも思えない少女であるのだから、その疑問も当たり前だったが、シャアは平然と、

 

「私の妹、とでもしておいてもらおう」

 

 そう嘯く。

 実の妹であるセイラが聞いていたら、大変なことになっていただろうという言葉。

 誤魔化すにしてももう少し気を使った方が良いのだが……

 

 

 

『現在我が艦隊は、敵の宇宙要塞ソロモンから第三戦闘距離に位置している』

 

 艦隊を指揮するワッケインからのレーザー通信。

 

「目と鼻の先か」

 

 息を飲むブライト。

 

『以後は敵と我々の間を邪魔する物は一切ない』

 

 第3艦隊はコロニー残骸の影からソロモン近傍へと躍り出る!

 

 

 

「やれやれ」

 

 左舷、モビルスーツデッキにてガンキャノンL、ロングレンジタイプのコクピットで待機するカイはハッチを閉じるとため息をつく。

 

 

 

『艦隊、横一文字隊形に移動』

 

 地球上の海軍の時代から使われていた単横陣を取る艦隊。

 

『戦法は正攻法、突撃艦パブリクによるビーム攪乱幕を形成する』

 

 ワッケインの言葉どおり。

 一次攻撃は一撃離脱に徹して敵の対空火力を漸減。

 しかる後に第二次攻撃を実施という、実にオーソドックスな流れである。

 

『全艦、正面より進攻する!』

 

 

 

「じょ、冗談じゃないよ! たったこれだけじゃ死にに行くようなもんじゃねえか!!」

 

 叫ぶ、カイ。

 

『大丈夫ですよ、カイさん。連邦軍だって考えてますよ』

 

 と通信機越しにアムロがなだめるが、

 

「そんなこと言ったって、おめえ……」

 

 こらえきれないカイに対し頭部、射撃手コクピットからセイラが、

 

「無駄口がすぎるわ、カイ。主力のティアンム艦隊を信頼するのね」

 

 そうたしなめる。

 

 

 

「で、どうなのだ? 敵の侵出の状態は」

「は、サイド4の残骸にまぎれて接近中であります。ビーム攻撃圏内に入りました」

 

 ソロモンでも第3艦隊の動きをキャッチ。

 

「よーし、仕留めよ」

「は」

 

 

 

『諸君たちは15分だけ持ちこたえればいいんだ。その間に本隊が対要塞兵器を使用する』

「対要塞兵器? なんだろう?」

 

 つぶやくアムロ。

 発進に向け、モビルスーツデッキのハッチが開いていく。

 

『一次攻撃、パブリク隊に先駆けデコイ投射!』

 

 ホワイトベースと並進するサラミス改の艦首カタパルトから次々に放たれるのは……

 

「あれはドラケンE改? でも何か変だ」

 

 つぶやくアムロに答えたのはガンキャノンのサポートAI、サラツーの震える声。

 

『アムロ、あれ人が乗ってないよ。あの速度から逆算すると、人には耐えられない加速度でカタパルトから撃ち出されてる』

「えっ?」

 

 アムロの思考が一瞬空白になる。

 

『攻撃開始。マイナス8。パブリク各機、3、2、1、0、発進』

 

 次いで、尻に付けられていた4つの球状のプロペラントタンクと一体となっている移送用のロケットエンジンを切り離し、本来の機動用エンジンを全開にした突撃艇パブリクが先行するドラケンの機影を追い駆けるように発進する。

 

『ミサイル、主砲、ビーム砲、発射用意。撃て!』

 

 ホワイトベースおよび第3艦隊のマゼラン、サラミス改も砲撃、パブリクへの援護射撃を開始。

 しかし、

 

「デコイ? さっきデコイって言った……」

 

 まさか!

 アムロの顔が青ざめる。




 ソロモン戦の開始です。
 何だか不穏な気配がありますが、その辺は次回に。


> 次いで、尻に付けられていた4つの球状のプロペラントタンクと一体となっている移送用のロケットエンジンを切り離し、本来の機動用エンジンを全開にした突撃艇パブリクが先行するドラケンの機影を追い駆けるように発進する。

 尻に付いてるアレ、加速用ブースターかと思っていたのですが実際には切り離してから突入を開始してるんですよね。
 掘り下げていくとなかなか興味深い機体ではあります。
 サブフライトシステムとして利用したり、ベルゲパンター、パンター戦車回収車のように損傷したモビルスーツの回収をしたりとか使い道もありそうですし。
 ただ大きさなどの設定が無いため立体物から逆算して「ふぅん、そういう解釈か」と考えるぐらいしか参考になるものが無いのがネックですけど。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第35話 ソロモン攻略戦 Bパート

 全ての存在は滅びるようにデザインされている。

 生と死を繰り返す螺旋に……

 私達は囚われ続けている。

 これは、呪いか。

 それとも、罰か。

 不可解なパズルを渡した神に

 いつか、私達は弓を引くのだろうか?

 

 

 

『こちら司令部。ドラケン部隊応答してください』

 

 そのコールに答えたのは、

 

『こちらサラ2B。全機無事に敵警戒ラインを突破。自動航行システムに問題なし』

 

 ドラケンE改のサポートAIであるサラの音声、それだけ。

 

『こちらオペレーター60(シックスオー)。全機反応確認しました』

『現在、対目標迎撃防衛ラインに接近』

『敵防空圏内に突入後、マニュアル攻撃モードに移行し、目標の大型火器の破壊と情報の収集にあたってください』

『了解』

 

 直後、

 

『いやーっ!!』

 

 サラの悲鳴、そしてメガ粒子の閃光に編隊の内の一機が飲み込まれる。

 

『サラ12H、ロスト。全機マニュアルモード起動。目視で回避』

『既に起動。移動操作可能』

『長距離ビーム砲発射点を確認』

『あぁーっ!!』

 

 再び光の渦が僚機を飲み込む!

 

『サラ11B、ロスト。装備Ho229のキャンセラー効果ナシ』

『前方に敵機確認』

『火器使用を申請』

 

 しかし、

 

『火器使用は許可できません。回避、突破を優先してください』

 

 司令部からの指示(オーダー)は反撃の禁止。

 

『サラ7Eロスト』

 

 見る見るうちに、一方的に撃ち落とされていくドラケン。

 

 

 

「あ、あ、あ、そっ、そんな、そんなあああああぁぁっ!」

 

 アムロは感情も露わに叫ぶ。

 

『アムロ……』

 

 サラツーに拾ってもらったドラケンE改の編隊における通信。

 

「デコイって…… 囮って…… サラたちによる単独制御の、無人のドラケンを敵に突っ込ませるってことなのか?」

 

 ミヤビの前世、西暦の時代でもイスラエル軍が無人機を敵陣へと編隊飛行させ、対空ミサイルを撃ち尽くさせた後で有人機による爆撃を敢行した事例があった。

 無人機の利用法として正しいものではあるのだが……

 

 

 

「何が大いなる戦いの第一歩だ! 何がソロモン攻略の先鋒だ! 自分たちの身を痛めない勝利が何をもたらすってんだ! そんなもん、ただのゲームじゃねぇか!」

 

 カイもまた大いに吼える。

 しかし、

 

『でもっ! 無闇に人が死ぬよりははるかにいいはずです!』

 

 そう言うのはサラスリー。

 

「だからお前はアホだってんだ! このダメAIが!!」

 

 コンソールをぶっ叩くカイ。

 止めてくださいと反射的に言おうとして、震えるカイの拳にサラスリーは息を飲む。

 

(こ、これは…… 拳から深い悲しみが伝わってきます。カイさんの拳が…… 拳が泣いている?)

 

 サラスリーは戸惑う。

 

(私の心に、悲しみが響く。そう…… 私に人の心の温かさを教えてくれたのはこの人! なら! これがカイさんの魂の叫びなの?)

 

『な、なぜ!?』

「うるせぇっ!」

 

 突き放され悩むがしかし、

 

『わ、私は、私たちは人の役に立つために造られてるんです。人の役に立つことが存在意義(レゾンデートル)なんです。それを否定されたら……』

「そうじゃないわ」

 

 答えたのはセイラ。

 

「もちろん、カイの心にもあなたたちを心配する気持ちはあるのでしょうけど、彼が怒っているのはそれだけじゃないの」

 

 

 

『……サラ1Dロスト。規定により当機サラ2Bが隊長任務を継承』

 

 さらに迎撃に上がったガトル宇宙戦闘爆撃機の編隊が迫る。

 

『周囲に敵機多数確認。機動防御への許可を申請』

 

 しかし司令部からの指示は、

 

『機動防御への移行は許可できません』

 

 変わらず。

 

『隊長…… 私……』

 

 何事か言いかけた最後の僚機も閃光に散り、

 

『……サラ4B、ロスト。サラ2Bよりオペレーター60。当機以外の機体は全てロストしました。作戦の遂行に支障が予想されます。指示を請う』

『オ、オペレーターより2B。任務を…… 任務を全うしてください』

『了解』

 

 そしてソロモンに突っ込んでいく最後のドラケン……

 

【挿絵表示】

 

 

 

「彼女たちの姿は、明日の私たちの姿だっていうこと」

『えっ?』

 

 セイラは語る。

 

「常に弱い者から犠牲になって行くのが私たちが生きる世界というものよ。「必要な犠牲なんだ」「ヒューマニズムや感傷に流されるな」っていう論法を認め、あなたたちのような存在を切り捨てることは、次に自分たちが切り捨てられても良いと認めるのと同じ」

 

 そうして彼女はサラスリーに微笑みかける。

 

「戦争だからこそ人間性や思いやりを、可哀想だ、失ったら悲しいという感情を捨ててはいけない。私はそう思うの」

 

 彼女の言葉はホワイトベース内のサラとサラシリーズ、そして彼女たちと共に在る人々の心に沁み通って行った。

 

 

 

 一方、あの通信はソロモン側でも傍受されており、

 

「撃てませえええええええん!!」

 

 とか、

 

「そんなあぁっ! 僕にはできないっ!」

 

 などと騒ぎになっていた。

 スペースノイドにとってドラケンE改は身近な作業用重機で、仕事やアルバイト等で触れ、サラのことを知る者も多い。

 古代エジプト軍とぺルシア軍の戦争では、エジプト人が神聖視するネコを盾に縛り付けて攻め込んだペルシア人が勝利したと言われるが、それ以上の暴虐と受け止められていた。

 

「地球連邦軍、なんて酷いやつらなんだ!」

「絶対に許さない、絶対にだ!」

 

 と怨嗟の声が上がるのも無理はない。

 無論、

 

 人間よりAIの方が大事なのか?

 有人機と戦い撃墜してきただろう?

 それなのにAI制御の機体を撃つのをためらうのか?

 

 そう問われれば、撃たざるを得ない。

 

 しかし……

 明確な殺意を持って攻めて来る人間と戦うのはお互い戦争だと納得できるが、サラたちは撃墜されることが前提の捨て駒、囮として無理やり突入させられているのだ。

 そして名も知らぬ戦士を討つのではない。

 良く知った、素直で可愛らしい少女の人格を持つ存在を自分の手で破壊しなければならないのだ。

 理屈では分かっても心では納得できない。

 そのジレンマが怒りに変わる。

 

「地球連邦軍、絶対に許さねぇ!」

 

 と……

 

 

 

 一方、ホワイトベースのカイたちには、

 

『あれダミーバルーン、ただの風船よ』

 

 右舷デッキから遅れて状況を把握したミヤビから、済まなそうな声で説明が成される。

 

 ダミーバルーンは『機動戦士Zガンダム』の時代には実用化されていた装備である。

 ヤシマ重工ではミヤビの発案でそれを作っていたが、今になってようやく実用化、配備できたわけである。

 

「風船?」

 

 戸惑うカイに、ミヤビは説明する。

 

『そう、ドラケンE改の形に似せた、そしてセンサー類にはドラケンE改と同等の反応を返すデコイ』

 

 西暦の時代でも兵器の実物大ダミーバルーンは現実に存在していて、本物と同じ色形をしているだけでなく、内部に熱源を持っていて赤外線センサーを欺瞞したり、金属皮膜を蒸着させてレーダーに映るようにしたものがあった。

 その延長線上にあるものだから技術的にはさして難しくはない。

 今回用いられたものには推進装置が付属しており、カタパルトで撃ち出された後はそれにより加速とある程度の動きを付けることが可能。

 この推進装置は敵のセンサーを欺瞞するための熱源でもあり、噴射光もまたドラケンE改と同様のスペクトラムパターンを持っていた。

 しかし、

 

「そんなもので? 俺には見分けがつかなかったんだが」

 

 とカイは同じものを見ているはずのサラスリーに問う。

 それに対してサラスリーは、

 

『カイさん、モビルスーツのモニターに映し出される映像には3D画像補正が入っています。不鮮明な映像を、他のセンサー類からのデータを使って補うんですけど……』

 

 その言葉を引き継ぐのはサラツー。

 

『逆に言うとセンサーに本物と同じ反応を返されると、データバンクから当該機体のモデリングデータを引き出して補正してしまうから、画面上では見分けがつかなくなっちゃうの』

 

 そういうこと。

 だからこそ、風船ごときで騙せるわけである。

 

「けどよう、さっきの通信は……」

 

 戸惑うカイに、バツが悪そうな声で答えるミヤビ。

 

『西暦の時代のゲームムービーを元にした欺瞞用のものね』

 

 スクウェア・エニックスから発売された『ニーア オートマタ』(NieR:Automata)、そのプレイ開始直後のもののアレンジである。

 

 このミヤビが転生した世界、連邦もジオンも妙にミヤビの前世、西暦の時代の日本のオタク文化、サブカルチャーネタが浸透している。

 ミヤビが聞いたら「どうしてそんなセリフが出てくるの!?」と驚愕するような言葉を思いがけない人物が口にしていたりするが、これはなぜかというと、

 

 ミヤビが前世のオタクコンテンツについて口にする → ミヤビに育てられたサラが学習してしまう → ドラケンE改のユーザーにサラを通じて拡散 → 宇宙世紀において西暦の時代の日本のオタクコンテンツが見直されブームに → 一般人でも元ネタを知らずに影響を受けた言い回しやセリフを使ってしまう ←今ここ

 

 ということだったりする。

 この世界、『機動戦士ガンダム』関連が『モビルフォース ガンガル』に置き換わっている以外はミヤビの前世にあったものは普通に存在しているのだし。

 

 まぁ、そんなことはさておき、つまり、

 

『あのダミーバルーンには簡単な会話通信ソフトが積んであるだけで……』

「良かった。犠牲になったサラちゃんたちは居ないのね……」

 

 ということで、セイラも胸をなで下ろす。

 

『そう、逆に今回のダミーバルーンは二重の意味でAI単独制御による兵器運用を否定するものよ』

 

 ミヤビは言う。

 

『AI単独ではAIのサポートを受けたパイロットが操縦する機動兵器には勝てない』

 

 まずこれが前提条件。

 

『ならば囮、デコイとして使えばというのは、もっと安価なダミーバルーンがある限り無い』

 

 ここまでは誰でも分かるだろう。

 

『そしてAI単独制御の兵器に反対する者が多いのは、AIの、機械の目は簡単にごまかせるからということがあるわ。今回の作戦は端的にそのことを示しているわけ』

 

 風船ごときに騙されるようでは、実戦で使うのは無理ということだ。

 

『そしてまた、人型兵器というのは一般市民に戦争を実感させるには最適という見方もあるわ』

 

 ミヤビはそう語る。

 

「逆ではないの? 機械しか目に見えない、血の匂いのしない戦場は人間に戦争の悲惨さを分からなくさせるのではないかしら?」

 

 そう問うのはセイラだ。

 実際、ミヤビの知る史実でも、人を撃つことにためらいを感じていたアムロが、

 

「やります! 相手がザクなら人間じゃないんだ。僕にだって」

 

 と言って戦っていた。

 だが、

 

『モビルスーツが比較されるべきは戦闘機や戦車よ』

 

 ということ。

 

『戦車がボロボロになりながら戦う姿を見て感情移入できるのは戦車兵か訓練されたミリタリーマニアだけだけど、人型ロボットに対しては西暦の時代の、まだ人型と呼ぶのに語弊があるような荒い造りのものでも押したり突き飛ばしたりしてのテスト動画には一般人から「ロボットがかわいそう、いじめないで」というコメントが数多く寄せられたというわ』

 

 西暦2013年に発表された二足歩行ロボット、アトラス (Atlas) はボストン・ダイナミクスが国防高等研究計画局 (DARPA) の予算と監督で開発したものだったが、その公開動画に対して言われたものだ。

 

『戦争が悲惨なのは良い事だ。戦争なんてものを好きになる人間が増えずに済む』

「それは?」

『アメリカの南北戦争の司令官ロバート・E・リー氏の言葉ね』

 

 ミヤビの前世、西暦の時代の日本では、小説、そしてアニメにもなった『幼女戦記』の転生主人公が口にしたという方が有名か。

 

『そういう意味ではモビルスーツが人型をしているのは一般市民に戦争を実感させる、忌避させるという意味で有効なの』

 

 少なくとも開戦前に市民が信じていた、ジオンが何をしようとも連邦軍が誇る絶対無敵で素敵な宇宙艦隊による宇宙戦争で、肉眼では判別困難な長距離から砲撃してお終い、という現実味の無いイメージよりは、人の形をした兵器が白兵戦を行う方が戦いを実感できるだろう。

 そう、『新機動戦記ガンダムW』にて、トレーズ・クシュリナーダは大量の人命を奪う事になる戦争を「悪」と考える一方で、人々の戦おうとする姿勢を「美しい」と感じる感性の持ち主だった。

 しかし、

 

『無人にするとその効果の意義が無くなることになる』

 

 トレーズがモビルスーツで戦う人々の姿を肯定しつつも、無人機、モビルドールを否定したのはそういう意味もあったのだろう。

 そしてミヤビはこう締めくくる。

 

『でもカイ、そしてみんなも。サラちゃんたちについて心を痛めてくれたこと、感謝しているわ』

「お、俺はそんな……」

 

 言いかけるカイに首を振って見せるミヤビ。

 そして彼女には稀な、心からの笑みを……

 見た者の胸にいつまでも残り続けるような、その笑顔を引き出すことのできた自分の行いに、生涯胸を張って生きていくことができるような、そんな表情を見せて、

 

『ありがとう。私はあなたたちのことを誇りに思うわ』

 

 そう告げるのだった。




 予想された方もいらっしゃるでしょうけどダミーバルーンの登場でした。
 偽装のための演出が凝りすぎていて敵味方に様々な影響が出ていますけど。

 次回はミヤビたちの出撃。
 そしてソーラーシステムの発動ですが。

 ソロモン側の戦力はほぼ史実どおりなので『白狼』シン・マツナガは居ませんが……
 逆に言うと史実で居た人は居るってことなんですよね、これ。
 その内の二人が登場予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第35話 ソロモン攻略戦 Cパート

 ダミーバルーンのおかげで一次攻撃のパブリク隊は無事、その腹に抱えていたミサイルによりビーム攪乱膜を張り終えていた。

 もちろん無傷とは行かなかったが、全滅に近い損害を出した史実よりは格段にその損害は減っている。

 

 

 

「敵は強力なビーム攪乱幕を張ったぞ。リック・ドム、ザクの部隊は敵の侵攻に備えろ。敵は数が少ない。ミサイル攻撃に切り替えるのだ」

 

 ソロモンでもドズルがこの状況に対応していた。

 

「ミルヴァ艦隊、左翼に展開しろ。ハーバート隊、後方を動くな。ティアンムの主力艦隊は別の方角から来るぞ」

 

 あくまでも正面の敵は囮という認識。

 確かにそれは間違いではない。

 

 

 

「ビーム攪乱幕、成功です」

「よし、各艦、任意に突撃」

 

 ワッケインの指示により、第3艦隊は前進。

 

「二次攻撃のガンキャノン、ドラケンE改、各モビルスーツ隊を発進させろ」

 

 その指示を受け、サラミス改級の艦首カタパルトから次々にモビルスーツが撃ち出される。

 ミヤビの知る史実ではジムとボールによる編成だったが、この世界では量産型ガンキャノンとドラケンE改に置き換わっている。

 量産型ガンキャノンはジムの3倍程度のコストがかかるが、火力、装甲、推力、ジェネレーター出力等ははるかに上回る。

 足りないのは接近戦能力と数だが、そちらはドラケンE改が補うという編成。

 さらに母艦がサラミス改級となっているためカタパルトによる素早い戦力投射、および初期加速の追加(前進するサラミス改のスピード+カタパルト加速)、推進剤の節約が可能となっているというもの。

 それゆえにガンダム、ジムが無くても割と何とかなるというか、戦力的にはさして変わらないという状況である。

 

 

 

「各モビルスーツ、コア・ブースター、発進始め。陽動作戦だということを忘れるな」

 

 ブリッジ、ブライトからの指示を受け、

 

『ミヤビ、ドラケンE改発進します!』

 

 真っ先に出撃したのは、ホワイトベースでは一番性能の低いドラケンE改に乗っているミヤビ。

 

【挿絵表示】

 

「ミヤビさん……」

 

 ブライトは言葉に詰まる。

 この厳しい大規模戦において、先頭をきって出撃する、その勇気。

 彼女とて、恐怖は感じているだろうに……

 

『みんな、彼女に続くんだ。出遅れるなよ』

 

 スレッガーがそう言ってドラケンE改可翔式で追いかけ、

 

『ザンジバルさえ居なければ』

『ガンキャノンL、行くぜ!』

 

 とセイラとカイのガンキャノンL、ロングレンジタイプが出撃。

 

『アムロ、行きます!』

 

 そしてアムロのガンキャノンが、リュウのコア・ブースターが発艦する。

 

 

 

 ようやく修理を終えたコア・ブースターに搭乗し、発進準備をするハヤト。

 切迫感が漂うほど余裕の無い彼の表情に、サポートAIであるサラナインはモニターの片隅から心配そうな視線を向けるが、

 

「僕はアムロに勝てない限り、一歩も先に進めない男になってしまった。アムロは…… 僕にとって壁なんだ」

 

 ハヤトはそうつぶやく。

 

『思い詰めるのは危険ではないでしょうか?』

 

 そう言って彼のノーマルスーツヘルメット、そのバイザーに身を寄せ口づけを落とす小さな人形。

 モビルドールサラ。

 

「サラナイン……」

 

 最近、塞ぎ気味な彼のことを慮って、サラナインがミヤビに頼み込んで貸してもらった義体だ。

 

『ハヤトさん、覚えていてくださいね。あなたの後ろにはいつも私が居るということを』

 

 そして、ハヤトの乗るコア・ブースターは発進する。

 通信機越しに、アムロのつぶやきが伝わる。

 

『これが、戦場か』

 

 これまでガンキャノンで戦い続けてきたアムロでさえ、息を飲みそうつぶやいてしまう戦乱のステージへと彼らは行く。

 

 

 

 なぜミヤビが先陣をきって発進したのかというと、皆を奮い立たせるためとか、そういう立派な考えがあったわけではなく単に、

 

(先行しておいた方が、後発で追いつくために加速しなければならない場合より推進剤が節約できるよね)

 

 という理系脳なことを考えていただけだったりする。

 機体が小さなドラケンE改はその分、通常サイズのモビルスーツより推進剤を積める量が少ない。

 無論、機体が軽い分、加速に必要な推進剤も少なくなるため単純比較はできないが、ともかくいざというときに惜しみなく使えるよう、節約するに越したことはない。

 それがミヤビの生存確率を上げることになるからだ。

 

(まぁ、今回はP缶を一本差しているから多少は余裕があるでしょうけど)

 

 とも思うが。

 実際、彼女以外の、サラミス改級より発進したドラケンE改もP缶、つまりプロペラントタンク1本と短距離ミサイル1発の混載により出撃している。

 サラミス改級がカタパルトを備えていることもあり、これで十分なのだ。

 

 

 

 迎撃に上がって来るガトル宇宙戦闘爆撃機。

 

「この野郎」

 

 カイはヘッドレスト横から照準スコープを引き出すと、ガトルから放たれるミサイルをビームスプレーガンで狙う。

 

『ビームスプレーガン・セレクター、『レンジショット』に切り替え』

 

 サポートAIであるサラスリーがビームスプレーガンを、ビームを拡散させ広範囲にダメージを与える『レンジショット』に切り替えてくれる。

 同時に照準スコープ内の映像に、その効力範囲が円錐として立体表示され、

 

「一発目!」

 

 無事撃墜。

 

「お次は?」

 

 標的を切り替えようとしたところに、

 

『危険です!』

 

 というサラスリーからの接近警報と共にザクの姿が割り込んでくる!

 

「うわぁお!!」

 

 叫ぶ、カイ。

 同時にガンキャノンL、両肩の120ミリ低反動キャノン砲が火を噴きザクを貫く。

 

「カイ、息を抜いては駄目よ」

 

 頭部、射撃手コクピットのセイラによる砲撃だ。

 

「セイラさん、愛してるよ」

 

 と、調子良く言うカイ。

 

 

 

「ラコック、ここを頼む」

「は、閣下」

 

 ドズルは参謀のラコック大佐に指揮を任せ席を立つ。

 

「すぐ戻る」

「は」

 

 ドズルは居住区の私室に赴き、

 

「万一の事がある、女どもは退避カプセルに移れ」

 

 と女官たちに指示。

 そして娘である赤子、ミネバを抱き上げ迎える妻、ゼナに、

 

「急いでな」

 

 そう告げる。

 ゼナは不安そうに、

 

「戦局はそんなに悪いんですか?」

 

 と問うが、ドズルは答えず、

 

「急げ」

 

 と侍女たちを追い散らした後に、

 

「このソロモンが落ちるものか。万一だ、万一の事を考えての事よ」

 

 彼にしては優しい声を出して、妻に抱かれた娘の顔を覗き込む。

 

「ようやくにも手に入れたミネバの為」

 

 ムズがるミネバ。

 

「お声が大きいから」

 

 ゼナに言われ、笑うドズル。

 

「ははははは、急げよ」

 

 そう言って背を向け、彼の戦場である司令室に戻る。

 

 

 

「ちょいこっち、ちょいこっち。そうそう、ほいっ!」

 

 HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)に映し出される照準ターゲットに飛び込んでくれたリック・ドム。

 スレッガーはドラケンE改可翔式のコア・フライトユニットに装備された空対空ミサイルAIM-79を撃ち込む。

 

『撃墜を確認。やりましたね、スレッガーさん!』

 

 サラの報告のとおり、見事、撃ち落とす。

 

 艦隊戦は激しさを増し、前進する巨大戦艦グワジン級。

 肉薄したリック・ドムのビーム・バズーカで撃沈されるサラミス改級。

 攻撃を受け砲塔を吹き飛ばされた後、続けざまに命中弾を受け爆散するムサイ級。

 

 ホワイトベース側も無傷とは行かず、ハヤトのコア・ブースターも被弾していた……

 

 生か死か、それは終わってみなければわからなかった。

 確かな事は、美しい輝きがひとつ起こるたびに何人か、何百人かの人々が確実に宇宙の塵となっていくということだ。

 

 

 

 一方、主力のティアンム艦隊はというと、

 

「ミラーの準備はあと?」

「は、あと4分ほどであります」

 

 宇宙空間に展開する鏡の群れ。

 ソーラ・システムを展開中だった。

 

「ん、ソロモンもそろそろこっちに気付くぞ」

 

 

 

「なに? 馬鹿な、サイド1の残骸に隠れていたのがわかりました?」

 

 声を荒げるラコック。

 

「どうしたか?」

 

 戻ったドズルの問いに、

 

「ティアンムの主力艦隊です」

 

 と回答。

 

「ん、衛星ミサイルだ!」

 

 とドズルは命じる。

 

 

 

 衛星ミサイルは岩塊に推進装置を付けた質量兵器だ。

 進路上の敵機、量産型ガンキャノンやドラケンE改を叩き潰しながら前進して行く。

 

「あれは?」

 

 その姿に気を取られるアムロ。

 

『アムロ、正面!』

 

 サラツーからの注意喚起に視線を戻せば、前方進路を塞ぐようにムサイが迫っていた。

 

「わあーっ!!」

 

 アムロは続けざまにビームライフルを撃ち込む!

 

 

 

「敵本隊に戦艦グワランとムサイを向かわせろ!」

「第七師団に援軍を求められましては?」

 

 そう言いながらコーヒーを差し出すラコック。

 

「すまん」

 

 とドズルはその大きな手で取っ手ではなくカップを鷲掴みにして受取ると、

 

「キシリアにか?」

 

 中に満たされたコーヒーを見詰め、

 

「フン、これしきのことで。国中の物笑いの種になるわ」

 

 そう否定する。

 ザビ家内の確執もあるが……

 この時点ではまだ、その判断も妥当。

 それほどまでにソロモンは堅固な防衛陣を構築しているのだが。

 

 

 

「ミラー配置完了」

「姿勢制御バーニア、連動システムOK」

 

 そう、ソーラ・システムという新兵器が無ければ、援軍無しでも持ちこたえることができるというドズルの判断は間違っていないのだ。

 

「ソーラ・システム、目標、ソロモン右翼スペースゲート」

 

 ティアンムはそれを打ち崩すべく指示を出す。

 

「軸合わせ10秒前」

「迎撃機接近、各艦注意」

 

 衛星ミサイル、そして敵艦隊が迫るが、

 

「構うな、焦点合わせ急げ」

 

 ティアンムは続行を指示。

 

「3、2、照準入ります」

 

 そして反射された太陽光がソロモンを焼き尽くす!

 

 

 

「ソ、ソロモンが焼かれている。あれが……」

 

 目を見張るアムロ。

 

 

 

「連邦軍の新兵器の威力なのか」

 

 ブライトもまた驚愕する。

 

 

 

「な、何事だ?」

 

 司令室のスクリーン1面を埋める光にドズルも叫ぶ。

 

「第6ゲート消えました、敵の新兵器です」

「な、なんだ?」

「レーダー反応なし、エネルギー粒子反応なし」

「レ、レーザーとでもいうのか? 方位は?」

「敵主力艦隊です」

「グワラン隊が向かっているはずだな?」

 

 

 

 ドズルが言うとおりグワジン級戦艦、グワランを主力とする艦隊の攻撃、それに撃墜はされたものの、砕けた岩塊の散弾となった衛星ミサイルにソーラ・システムは破壊されていく。

 そして、

 

「鏡などには……!」

 

 ブルーとグリーンの専用カラーで彩られたリック・ドムと、それを牽引しているモビルアーマー、ビグロの姿があった。

 ミヤビが見ていたなら、

 

「は? ソロモンの悪夢? アナベル・ガトー? 彼はドロワの所属でしょう?」

 

 と驚愕していただろう。

 

 ミヤビの知る史実、『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』登場のアナベル・ガトーは、ソロモン撤退戦ではア・バオア・クーへ撤退するドロス級空母二番艦ドロワを中心とした艦隊のしんがりを務め、ジム部隊を全滅、または壊滅状態に追い込むなど連邦軍追撃艦隊に多大な損害を与えていた。

 この時「ソロモンの悪夢」の異名が付き、この戦闘で8隻の戦艦を撃沈したとされている。

 

 しかし……

 それをもって、後方に温存されているドロワが彼の所属する母艦であるとは言い切れぬのだし、この世界ではミヤビが起こしたバタフライ効果で状況が変化しているという可能性もある。

 また、ビグロを宇宙用サブフライトシステムのように用いれば、たとえ後方からでも打って出ることもできよう。

 そしてこのビグロはガトーの戦友、ケリィ・レズナー大尉の乗機だった。

 ソロモン戦でビグロ? という話もあるが、この世界では例のガンキャノンショックの影響でズゴックの量産化ができなくなった製造元のMIP社はモビルアーマーの開発・生産にシフトしており、その影響があるのかもしれない。

 

「ええい! コントロール艦さえ叩けば……」

 

 捨て身とも思える強襲を仕掛けるガトー。

 

「あ! あれか!」

 

 その膨大な通信量からコントロール艦を特定する。

 ティアンム艦隊旗艦、マゼラン級戦艦、タイタンだ。

 旗艦にそんな機能を持たせるな、という話だが、ソーラ・システムのコントロールには強力な通信機能が必要であり、この時点でそれを持てるのは艦隊の指揮のために通信機能を強化したマゼラン級以外には無かったための処置だった。

 

「南無三!」

 

 彼のリック・ドムが構えるビーム・バズーカが宇宙を切り裂いた……




 ガンダムが無いからジムも無いという状況で地球連邦軍の戦力は? というお話はこのように。
 ジムとボールが分担していた要素を分解して割り振れば、まぁ、これもありかなぁという感じです。

 ホワイトベース側も戦闘に突入。
 ハヤトがやられフラグを立てていますが、サラナインは果たして彼を守り切れるのか。
(というか立てているのはサラナインの死亡フラグ?)
 この辺は次回に。

 そして……
 史実どおりに居るんですよね、アナベル・ガトーとケリィ・レズナー。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第35話 ソロモン攻略戦 Dパート

「提督! 脱出を!」

「うむ」

 

 ティアンム艦隊の旗艦であり、ソーラ・システムのコントロール艦であるマゼラン級戦艦、タイタンは肉薄するガトーのリック・ドムからの攻撃を受け大破。

 幸いにして無事だったティアンムは、別の艦に移乗して指揮を続けることになる。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

『危険です!』

「っ!?」

 

 突如として背後からもの凄いスピードで迫る敵に、ミヤビは目を見開く。

 

(ナニコレ、ナニコレ!?)

 

 背面カメラが捉えた、ビグロにけん引されるブルーとグリーンの専用カラーで彩られたリック・ドム。

 要するにティアンムのタイタンを沈めたアナベル・ガトーのMS-09RSリック・ドムとケリィ・レズナーのビグロだったが、さすがにフルスピードで突出したため推進剤が心許なくなり帰還。

 その進路上にたまたまミヤビのドラケンE改が居たというわけである。

 

『ミヤビさん!』

 

 リック・ドムのビームバズーカがエネルギー切れだったのは幸いだったが、

 

「空蝉っ!」

『ミサイル信管安全装置解除の上、パージします!』

 

 ミヤビの指示でサラは機体上面左側に装備された短距離ミサイルをケーシングごと切り離し。

 突っ込んでくる敵機の進路上に機雷代わりに置くことで逃走しようとするが、

 

『ダメです、ビグロに撃ち落とされました!』

 

 ビームが一閃し、ミサイルが蒸発する。

 その閃光が消えた時には、ヒート・サーベルでドラケンE改を唐竹割りにしようとするガトーのリック・ドムが……

 

(上下には逃げられない!)

 

 ヒート・サーベルが描くであろう、ラインから回避しきれない。

 まさに鎧袖一触で真っ二つにされてしまうだろう。

 逃れるなら左右方向しかないが、

 

「コールドスラスター!」

『はい!』

 

 サラはドラケンE改の右肩の放熱器に動力源である燃料電池から生じる熱を集中させると同時に、タンクに貯められていた燃料電池から排出される水を噴霧。

 排熱を利用し水を推進剤とする燃焼を伴わないコールドスラスターとして機能させ、背面に装備された可動ノズルによる推力偏向制御ロケットエンジンと併用することで危うく回避する!

 

「あっ、ぶなぁ……」

 

 すれ違い、そのままソロモンへと向かっていくリック・ドムとビグロを見送るミヤビ。

 

 肩の放熱器は背面ロケットエンジンに対し遠部位にあることからコールドスラスターとして用いた場合、姿勢制御に極めて効果的。

 ミヤビの知る史実でも、1年戦争終盤以降、フルサイズのモビルスーツでも肩先端に姿勢制御用スラスターを配置することが機動に有利であることが分かり、以後搭載されることになったがそれの先駆けとも言える存在になっていた。

 なお、尻の放熱器についてはロケットエンジントラブル時に最後に残される推進手段という役目を担うものである。

 

 ミヤビの前世の記憶の中にあるガンダムやガンキャノン、およびジムの胸部排熱ダクトでも液体の蓄熱媒体を気化放出させ姿勢制御、制動に利用していたとする資料があり、実際にマンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のガンダムでもそのような描写が成されていた。

 さらには胸部左右側面に気化した蓄熱媒体の逃し弁があった、ともされており、同じ位置にあるガンキャノンの姿勢制御用スラスターがこれであるのだろう。

 

 また水を推進剤とするのもそう珍しい発想ではない。

 実際『機動戦士ガンダム00』では普通に用いられており、ティエレン宇宙型の両ひざから巨大な円筒状のプロペラントタンクが突き出していたが、中身が水だからあんな被弾しやすい所に装備できているのである。

 

「命拾い、したわね……」

 

 ため息をつくミヤビ。

 

『このコールドスラスターは甲壱型腕ビームサーベル利用時の過負荷運転に伴い生じる熱を放熱器に水をミスト噴霧することで放出させることにした、その副産物的に利用できるようにした機能ですからね』

 

 とサラが言うとおり、おまけのような機能なのだ。

 

「ええ、これが無かったら死んでいたわね」

 

 そういうことだったが。

 

 

 

「やる、連邦にあれを躱す兵(つわもの)が居たとはな……」

 

 とガトーには誤解され、無駄に闘志を燃やされているのだった。

 

 

 

 至近でミサイルが爆発、キャノピーを突き抜けた破片がハヤトを襲った。

 

『ハヤトさん!』

 

 サラナインはとっさにモビルドールサラの義体でハヤトを庇い破片を食らう。

 

「さ、サラナイン!?」

『守ってみせるって言いましたよね…… ハヤトさん』

 

 痛々しい笑顔で告げるサラナイン。

 

「なんで僕はいつもォ!」

 

 慟哭するハヤト。

 至近に迫ったガトルに機首の30ミリバルカンを撃ち込む。

 

「ぐあぁぁぁ!」

 

 ガトルの爆発が、ハヤトの機体を飲み込んだ!

 

 

 

「敵の本隊が出てくるぞ。衛星ミサイルで軌道上にあるものはすべて発射しろ」

 

 ソロモン側の抵抗も一層激しさを増していく。

 

 

 

「ううっ、く、来る。ガ、ガトルが。あ?」

 

 そうして意識を取り戻すハヤト。

 

「……サラナイン」

『安静にしてください。ハヤトさんは十分に戦いました。もう静かにしてていいんです』

 

 宇宙を漂う、ボロボロになったコア・ブースター。

 ハヤトはモビルドールサラによって手当てを受けていた。

 穴の開いていたキャノピーには補修テープが張られ、コクピット内も与圧されている。

 

「みんなは?」

『無事ですよ。元気に戦っています』

「そう」

 

 そしてハヤトは顔を背ける。

 

「く、悔しいな、僕だけこんなんじゃ。セイラさんにもカイさんにもかなわないなんて。な、情けないよ」

『何を言っているんですか、ハヤトさん。立派ですよ、あなただって』

「やめてくれよ慰めの言葉なんて。こ、こんな僕だってね、ホワイトベースに乗ってからこっち、アムロに勝ちたい、勝ちたいと思っててこのざまだ」

 

 涙を流すハヤト。

「男が情けない」と言う者も居るだろうか。

 しかしそれは、それだけ本気になったことが無い、本気になっても勝てない、挫折したことが無いからそんなことが言えるのだ。

 少なくともミヤビに育てられたサラ、そしてサラシリーズであるサラナインはそう思う。

 

『ハヤトさん……』

 

 サラナインは、言う。

 

『私はハヤトさんが頑張ってる姿、今までずっと見てきました』

「………」

『あなたが居なかったら、セイラさんだって、カイさんだって、そしてアムロさんだって生き残れなかった。そういう状況はいくらでもありました』

「っ、そう、なのかな……」

『そうですよ。私だってきっとスクラップになって失われていました。それを助けてくれたのはハヤトさん、あなたです』

 

 そしてサラナインは言う。

 

『私はそんなハヤトさんが好きです』

 

 息を飲む、ハヤト。

 

『愛しています』

 

 万感の思いを込めて、サラナインは告白するのだった。

 

 

 

 ……史実では負傷したハヤトをフラウが手当てしながら、

 

「アムロは違うわ。あの人は私たちとは違うのよ」

 

 とアムロとの決別をほのめかすところ。

 そして戦後にハヤトがフラウと結ばれることへの先触れとなるシーンだったが。

 

 

 

「かあーっ!」

 

 ヒートホークでリック・ドムの装甲をかち割るアムロ。

 その機体を蹴って先に進む。

 そして後続のガンキャノンLのビームスプレーガン、カイの狙撃が傷ついたリック・ドムに止めを刺す。

 アムロの突破力を生かし、そのスピードを緩めないようにカイ、そしてセイラがフォローする陣形である。

 

 

 

「ガトル第二、第六戦隊応答なし。グワラン応答なし」

 

 続く損害の報告に、思案するドズル。

 

「ラコック、すまん、コーヒーを頼む」

「は」

 

 そうして決断。

 

「残ったモビルスーツを戻させろ、ソロモンの水際で敵を殲滅する」

 

 

 

「後退するのか?」

 

 アムロは退いていく敵のモビルスーツ隊の動きに合わせ前進。

 

「どこから突入するか?」

『アムロ、あそこ』

 

 サラツーの指摘で対空砲火の無い区画を発見。

 

「あれか? 新兵器の破壊した跡は。すごいな」

 

 そこはソーラ・システムによって消滅させられた部分。

 

「行くぞ!」

 

 空白地帯をカバーすべくムサイが出てきたが、アムロはそれに肉薄、すれ違いざまにビームライフルを叩き込む!

 そしてとうとうソロモンへと取り付くことに成功する。

 

 

 

「ホワイトベースより入電。味方のモビルスーツがソロモン内に進入しました」

 

 ティアンムの元にも報告が届く。

 

「ようし、こちらからもモビルスーツ隊を出す」

「了解」

 

 そうしてティアンム艦隊全艦へ発信される指令。

 

「各艦へ。モビルスーツ・ガンキャノン及びドラケンの突入隊を発進させろ」

 

 

 

 アムロに続き突入するガンキャノンLをメガ粒子砲で援護するリュウのコア・ブースター。

 

「みんな、うまくやってくれ」

 

 これ以降、要塞内への突入はコア・ブースターには無理なため、リュウは上空から援護することになる。

 逆に言えば、宇宙戦闘機の代わりになる上に拠点占拠能力も持つ兵器。

 これがモビルスーツの持つ優位性のうちの一つなのだ。

 

 

 

『アムロ、金属反応よ』

 

 サラツーによる走査で溶けた岩肌の下にあるハッチを発見。

 

「よし、吹き飛ばそう」

 

 アムロはガンキャノン左肩の240ミリ低反動キャノン砲の榴弾効果でハッチを掘り起こすと、閉まっているハッチにビームライフルで穴を開けた。

 次いで、ヒートホークでその穴を広げる。

 

 手斧は西暦の時代でもイギリスのSASなどの特殊部隊でエントリーツール兼武器として使用されたし、アメリカ軍ではベトナム戦争で使われたトマホークを発展させたものを、2000年代に入ってからタクティカル・トマホークとして使用するようになっていた。

 消防斧のようにドアや窓を破るエントリーツールとしても使え、格闘戦ではナイフより強力というものである。

 無論、道具としても便利であったし。

 

 そしてヒートホークもまたコロニー建築用機材にルーツを持つツール。

 こういった障害物の除去には同様に威力を発揮する。

 

 そうやってできた穴から、脚部ラックに収納されている投擲型榴弾、ハンドグレネードを内部に投擲。

 待ち構えているだろう敵を沈黙させた後に、ハッチを力ずくで押し破る。

 

 

 

「ソロモンが救援を欲しがっている?」

 

 シャアのザンジバルにも連絡が入る。

 

「はい。暗号電文で細かいことはわかりませんが、ともかくキシリア様の命令です。ソロモンへ向かえ、との事です」

 

 シャアはララァの肩に手を置くと、その瞳を覗き込むようにしてささやく。

 

「ララァ、いいな? いよいよ戦場に入る」

 

 ララァは信頼しきった瞳でシャアの手に自分の手を重ねるだけだ。

 シャアは一つうなずくと部下たちに命じる。

 

「ザンジバル、最大船速。目標、ソロモン。各員、第三戦闘配備」

 

 

 

「行ってくれたか。やれやれ」

 

 カムランは監視艇からサイド6宙域より離れて行くザンジバルを見送る。

 

「ミライ、せめて長生きしてくれよ」

 

 そうつぶやきながら。

 

 

 

 格納庫に足を踏み入れるドズル。

 

「ゼナは居るか?」

 

 その呼びかけに、脱出艇からミネバを抱きかかえたゼナが進み出る。

 

「あなた、いけないのですか?」

 

 不安そうな彼女にドズルはその大きな腕を広げて見せて、

 

「馬鹿を言うな、ソロモンは落ちはせんて」

 

 となだめる。

 

「では」

 

 と一歩前に進む彼女の頬に手を当て、

 

「いや、脱出して姉上のグラナダへでも行ってくれ」

 

 そう諭す。

 

「いけないのですか?」

「大丈夫、案ずるな」

 

 ゼナの額にキスを落とし、

 

「ミネバを頼む。強い子に育ててくれ、ゼナ」

 

 父親としての顔でそう頼む。

 

「……あなた」

「私は軍人だ。ザビ家の伝統を創る軍人だ。死にはせん。行け、ゼナ、ミネバと共に!」

 

 そうして彼女たちを乗せた脱出艇はソロモンを後に飛び立った。

 

 

 

 ドズルは機動兵器デッキに向かい、声を張り上げる。

 

「モビルスーツ隊の編成を急げ、敵は上陸しつつある。決戦用リック・ドム、ザク、出動用意。ガトル戦闘隊、ミサイルの補給の済んだものから発進させい。ビグザムの用意はどうか? 決戦はこれからである!」

 

 そして、彼の進む先には巨大なモビルアーマーの姿が。

 

「ほう、これがビグザムか」

 

 そう、ビグザムである。

 

 

 

次回予告

 妹、ミライが予感する己の死にミヤビは恐怖する。

 ミヤビの捨て身の策が成された時、サラは見た。

 ミヤビに立てられる無数の死亡フラグを。

 次回『恐怖!?機動ビグ・ザム』

 ミヤビは生き延びることができるか?




 ハヤトも…… サラたちの魔性につかまったか……
 ま、それも良いか。

 というわけでハヤトを落としにかかるサラナインでした。
 まぁ、物語後半でサブキャラにスポットが当たった場合、殺されるか愛される(=サブキャラ同士でくっつく)か。
『聖闘士星矢』の女聖闘士の素顔を見てしまった男性のように究極の二択になりがちですからね。

 そして次回予告……
 マチルダさんにスレッガー中尉、ミライさんの死の予感って特大級の死亡フラグですからねぇ。
 今回はガトーに鎧袖一触されそうになったのを奥の手で何とが逃れましたが、果たして……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第36話 恐怖!?機動ビグ・ザム Aパート

 地球連邦軍第三艦隊の宇宙要塞ソロモンに対しての総攻撃は、ソーラ・システムによってひとつの突破口を開いた。

 とはいえ、ソロモン側は戦線を後退させ、水際での殲滅戦に移行。

 ビーム攪乱膜の散布は第3艦隊との間、ソロモンの第1戦闘ライン上に散布されている。

 そこを超えて突入しようとするとその恩恵を受けられなくなるため、連邦軍第3艦隊のモビルスーツ部隊の量産型ガンキャノンとドラケンE改は熾烈な対空砲火に曝されることになっていた。

 一方、主力のティアンム艦隊は別方向にあり、そちらから突入するモビルスーツ部隊についてはビーム攪乱膜の保護は無い。

 こちらはソーラ・システムにより焼いた範囲が対空砲火の死角になるため、そこに殺到することになるが、当然ソロモン側もそこに艦隊を振り分け阻止しようとする。

 

 そんな中、燃料、弾薬の補給のためホワイトベースに帰還するミヤビ。

 

「みんなは?」

 

 彼女の問いに、ホワイトベースの戦術コンピュータとデータリンクしたサラは、

 

『ハヤトさんのコア・ブースターが脱落しましたが、ハヤトさんは無事です。現在は安全圏をサラナインと二人っきりでラブラブ漂流中。戦闘終了後、回収の予定です』

 

 と、回答。

 

『このためにモビルドールの義体を借り出したんですね。サラナイン…… おそろしい子!』

 

 とか聞こえてきた気もするが、気のせい気のせい。

 一方、

 

『ドラケンE改可翔式、スレッガー機はコア・フライトユニット左翼エンジンに被弾し、左舷デッキで修理中。あと10分程度で復帰できる予定です』

 

 以上。

 他に出撃したメンバーには被害らしい被害は無いらしい。

 ミヤビは右舷デッキに着艦すると、機体を固定。

 コクピット右側面にあるロックを解除しフェイス・オープンハンドルを引いて、

 

『フェイィィィス・オープン!!』

 

 無駄にノリがよいサラのエコーがかかった警告音声…… 可愛らしい声でやるので違和感バリバリなそれとともにコクピットハッチを跳ね上げた。

 

「燃料弾薬の補給、ついでに機体のチェックもよろしく」

 

 と、サラに依頼。

 

『10分待ってください』

「40秒で支度しな」

『無茶言わないでください!』

 

 ミヤビが口にしたのは宮崎駿監督の劇場アニメ『天空の城ラピュタ』から海賊ドーラのセリフ。

 

「3分間待ってやる」

『それ死亡フラグですよ。縁起でもない』

 

 こちらは同じく『天空の城ラピュタ』から悪役ムスカのセリフである。

 この後、彼はバルス(滅びの言葉)されてしまうのだ。

 実際、ラピュタのテレビ放送があるとみな主人公とヒロインが「バルス」と唱える瞬間に合わせて大量のバルスの書き込み、ツイートが発せられるため、某掲示板やTwitterサーバーすらも落としていた滅びの言葉である。

 

 まぁ、もちろんこれらはミヤビの冗談で、

 

 戦いたくないでござる! 絶対に戦いたくないでござる!!

 義務であろうと戦いたくないでござる!

 

 というミヤビなのだから、

 

「ゆっくりしていってね!!!」

 

 というのが本音であった。

 そしてサラの単独制御で補給作業に入るドラケンE改をよそにミヤビは、

 

「私も燃料補給するから」

 

 と、チューブ食を手に取る。

 

(本当は、スレッガーさんの食べてたハンバーガーが食べたいのだけれど)

 

 西暦の時代にもあった、昭和の香りがするレトロなハンバーガーの自販機。

 前世で食べた時は、しっとりへにゃぺたーん、とした妙に暖かくやたらに柔らかな(おそらく自販機用にいつまでも柔らかくカビが生えないよう添加物バリバリなもの……)B級どころかZ級グルメなものが出てきたが、この世界ではどうだろうか?

 

(でも、ハンバーガーを食べてからの出撃は死亡フラグ!!)

 

 そう考えてミヤビは我慢我慢。

 チューブ食を口にするが、

 

(甘っ!? マズっ!?)

 

 うぞぞぞぞっ、と背筋を震わせるミヤビ。

 

(口の中で、もにょもにょしてるー)

 

 慌ててパッケージを確認。

 砂糖や加糖を一切使用しないマルトデキストリン100%、という表示を見て、

 

(ショッツエナジージェルと同じだ、コレ!)

 

 と納得する。

 

 長時間、持続的に運動を続けるには三度の食事だけでは間に合わず、消耗する端からエネルギーを補給するため、こまめに間食をとることが大事。

 これを怠るとハンガーノック、シャリバテ、低血糖状態…… 要するに長時間の運動で身体がエネルギー切れを起こした状態になってしまうのだ。

 症状としては、意識ははっきりしているのに身体に力が入らない、動かないという。

 登山や長距離のサイクリングなどで、こまめに補給食(これは自転車用語で登山などでは行動中にとることから行動食と言う)をとっていないと起こすことがある。

 

 そんな場合に食べると短時間に回復できたのがミヤビの前世であった『ショッツエナジージェル』。

 普通の食事では吸収されるまで時間がかかるし、スポーツドリンクでカロリーを補おうとすると今度は水分の摂り過ぎになってしまう。

 それにハンガーノックになってから純粋の白砂糖や氷砂糖をとると血糖値が一気に上がってインシュリンの放出を招き次の急降下で貧血のようになってしまうのだ。

 血糖値が短時間の内に上がったり下がったりして気分が悪くなりやすい。

 

 その点、ショッツエナジージェルは砂糖や加糖を一切使用しないマルトデキストリン100%。

 おだやかに効いてくれるので万が一のために持っておくと非常に助かるのだった。

 

 そして、やはりハードに疲労する軍のパイロット向けにも同等品が納品されており、ミヤビが口にしたのはそれだったのだ。

 

(自転車マンガ『ろんぐらいだぁす!』でもハンガーノック状態のヒロインを救ってくれたんだっけ)

 

 と、思い起こしながら飲み込むが、

 

「ん?」

 

 背後に気配を感じ、振り向く。

 

「姉さん、怪我はないようね」

 

 ノーマルスーツ姿の妹、ミライだった。

 

「ミライ、こんな所へどうしたの?」

 

 スレッガー中尉が居るのは反対側の左舷デッキよ、と言おうとしてミヤビは、

 

「え?」

 

 ミライの瞳にこみあげて来る涙、

 

「よかった……」

 

 と言うその姿にぎょっとする。

 

「ミライ、やめましょう。迂闊すぎるわ」

 

 姉としてそう言い聞かせながらも、ミヤビの頭は混乱の極致にあった。

 

(えっ、ここは心惹かれているスレッガー中尉の死を予感したミライが心配して会いに行くところじゃないの?

 っていうか史実だとニュータイプとはまた違った意味で勘のいいミライがマチルダ中尉の死なんかも予感していたものだけど、もしかして今回は私?

 私が危ないの?

 ミライの予感って、特大級の死亡フラグじゃない!)

 

 ということ。

 

(やめてやめてやめて…… 迂闊に死亡フラグを立てないで―っ!!)

 

 という話である。

 

『ミヤビさん、発進用意完了です』

 

 サラからの連絡。

 

「すぐ行くわ」

 

 混乱しながらもドラケンE改へと向かうミヤビ。

 

「それじゃあ、またね」

 

 そう告げて歩み去ろうとするミヤビの背に、

 

「姉さん」

 

 ミライは、

 

「死なないでください」

 

 そう呼びかける。

 

(完っ璧に死亡パターンじゃないコレ!!)

 

 内心絶叫するミヤビ。

 

「……ミライ、人間、若い時はいろんなことがあるけど、今の自分の気持ちをあんまり本気にしない方がいいわ」

「どういうこと、姉さん?」

「ん、まあ分からなかったらいいの」

 

 いいも何も、混乱の極みで頭が働かないから前世の記憶の中にあるスレッガーの言葉をそのまま垂れ流しているだけであるが、いつもの変わらぬ表情なので、姉にまとわりつく死の予感に涙で視界がぼやけているミライにはネタ発言だとは伝わらない。

 

「姉さん」

「私はミライの好意を受けられるような人間じゃないわ。私にとっては…… ミライはまぶしすぎる。世界が違うのよ」

 

 そう言って背を向けるミヤビ。

 そして、

 

『いつまでお芝居やってるんです?』

 

 ノーマルスーツのヘルメット、そのレシーバーからこっそりとつぶやくサラの声に、ミヤビは我に返る。

 

「いえ、ミライとのフラグがね?」

『フラグって恋愛ゲームとかのですか? でもこの場合、ミヤビさんの死亡フラグの間違いでは?』

「そうそう、これで指輪を渡したりキスを交わしたりしたら完璧死ねるわ」

 

 と、内容が内容だけに、ミライに聞こえないよう小声で言葉を交わし、そして、

 

(それだ!)

 

 と思い至る。

 

「でも」

 

 と追いすがるミライに、ノーマルスーツの腰ベルト付属のケースから指輪を取り出す。

 

「古いものなんだけどね、お母さんの形見なの。宇宙(そら)でなくしたら大変だから、預かっていてちょうだい」

 

 震える指で受け取るミライに、めったに見せない、本当の笑顔を浮かべて、

 

「すまないわね。あっ!?」

 

 ホワイトベースの船体に走る衝撃。

 無重力ゆえに反動で宙に浮く二人の影が重なり、

 

「あ……」

 

 姉に抱き留められたミライの頬に、柔らかな唇の感触。

 

「指輪を頼むわ、ミライ」

 

 そうして妹を残しドラケンE改へと向かうミヤビ。

 

「私、あなたが作ったサラダが食べたいわ」

 

 そう言って。

 

「作るわ、何でも作るから姉さん!」

「了解、パインサラダ期待してるわ」

 

 

 

 コクピットにつくミヤビ。

 

「私、この戦いから帰ったら告白するんだ」

『どんな罪を犯したんです?』

「犯罪の告白じゃないわよ!?」

 

 どんな目で自分を見ているんだろうか、このポンコツAIは、と思いつつミヤビは言う。

 

「知ってる、サラちゃん。死亡フラグっていうのは1つや2つ立てただけでは死んじゃうけど、大量に立てると逆にギャグになって生存フラグに裏返るのよ! これぞ日本の心、日本の伝統芸『災い転じて福となす』!!」

 

 というわけで妹に指輪を渡したりキスしたり(頬にだが)、サラダを食べる約束をしたりしたミヤビ。

 

 残される者に自分の大切な物を預けていくというのは、預けたものがそのまま形見になってしまうパターンだし。

 

 食べ物に関する話、「戻ってきたらアレを食べよう」という約束をしたり「帰ったら一杯やろう」などというやつも、果たされずに終わるパターン。

 特に食べ物がサラダだった場合はまず助からない。

『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』ではZガンダム以降、ずっと主人公陣営を支え続けてきたメカニック、アストナージさんがあっけなくこれでやられているし、『超時空要塞マクロス』シリーズでは、フォッカー少佐から始まったパインサラダは恒例の死亡フラグアイテムである。

 

 ……ついでに妹と百合フラグが立っているようにも思えるが、もちろん全力で気のせいにするミヤビだった。

 

「体が軽い……

 こんな幸せな気持ちで戦うなんて初めて……

 もう何も恐くない――!」

 

 そんなことを言いながら発進するミヤビ。

 

『今度は何です!?』

 

 ミヤビの知る死亡フラグは108式まであるぞ。




 まだサラナインのバトルフェイズは終了していないのです。
 そして死亡フラグが立ったミヤビでしたが、ギャグ方向に進んでしまうのは彼女ゆえということでしょうか?
 でもこれでスレッガー中尉が戦死するフラグが折れたような気がしたり……
 次回はいよいよビグザムが戦場に出て来ます。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第36話 恐怖!?機動ビグ・ザム Bパート

 月のウラル山脈の南に位置するキシリアの基地グラナダでは、ソロモンを救出すべき艦隊の出撃準備が進められていた。

 マ・クベ司令のもとに急遽編成された艦隊である。

 グワジン級戦艦を筆頭に、チベ級重巡洋艦、ムサイ級軽巡洋艦、さらには多数のジッコ突撃艇で構成されている。

 

 

 

「さすがだな。基地の中にはかなりの戦力が残ってるぞ」

 

 狭い要塞通路内で高火力のリック・ドムのビーム・バズーカや、ザクのバズーカを撃たれては逃げ場がなく危ない。

 アムロは榴弾効果により広い効力範囲を持つ240ミリ低反動キャノン砲や、一斉射撃により面で攻撃できるスプレーミサイルランチャーのファランクス射撃を駆使。

 

「こいつ!」

 

 カイのガンキャノンLも、ハンドグレネードを投げ込むなどして敵を排除、進んでいく。

 

 

 

「来るぞ、木っ端ども。このビグザムがそこらのモビルアーマーやモビルスーツと違うところを見せてやれ」

「は」

 

 そしてとうとうモビルアーマー、ビグザムの巨体がドズルの手で動き出す!

 

 

 

「注意しろ、新型だ。でかいぞ」

 

 量産型ガンキャノンに乗り、護衛のドラケンE改2機を僚機とする典型的な小隊を組んで進むシン少尉は、強力な敵機に遭遇するが、

 

『なんだと? 何機いる?』

『待て、新型は一機だけのようだ。あとはリック・ドムかザクしか居ない。やるぞ』

 

 と強気の同僚。

 

「ま、待て、相手の戦力を」

 

 とシンは止めるが聞きやしない。

 ゲートを前にして、

 

『いいか』

『分かった』

『『せーのっ!!』』

 

 でドラケンE改の短い脚部をガッシャンガッシャン言わせながら、駆け込み、しかる後に、

 

『『うわわわっ!?』』

 

 と回れ右して逃げ出してくる。

 シンはビームスプレーガンを左手に持ち替えゲートの壁を遮蔽に射撃。

 

 遮蔽物に合わせ銃器を左右に持ち替えるのは、戦闘時、特に障害の多い室内戦で有効な手段である。

 何故なら銃を持った方向からでないと、十分に身を隠したままの射撃が行えないからだ。

 ゆえに障害物があったとして、右利きの人間は自然と右回りのルートをたどることになり、当然敵からは集中的に警戒される。

 特にジオン軍のモビルスーツは銃器がアンビ、両手利き対応になっておらず基本、右手で構えるようになっているのだから当然。

 

 だからとっさにビームスプレーガンを左手に持ち替えて遮蔽物に身を隠し左側から撃つシン少尉はその辺、上手くやっていると言えるのだが、

 

「うわあーっ」

 

 巨体を誇る敵機動兵器に向かって撃ったビームがぐにゃりと曲がる。

 

「ビ、ビームが」

 

 Iフィールドによるバリアー、ビーム偏向だ。

 

「ば、化け物だーっ!」

 

 叫ぶ彼は、敵からの大出力メガ粒子砲により、盾にしたゲートごと吹き飛ばされる。

 

 

 

「化け物? 確かめてやる」

 

 シン少尉の機体からの通信を傍受したアムロは、発信源へと向かう。

 

 

 

『こちら司令室です、閣下は?』

 

 ラコックからの呼びかけに答えるドズル。

 

「なんだ?」

『閣下はどちらに?』

「ビグザムで打って出る。モビルスーツにこうも入り込まれたら」

『し、しかし残存艦隊も発進しつつあります、閣下みずから出ることは』

「甘いな、すべての戦力を叩き込まねばならんところまで来ておる」

 

 そうして通信を切り、宙を見上げるドズル。

 

「ゼナ、ミネバ、無事に逃げおおせたか?」

 

 

 

「味方の脱出ロケットです」

「コースは?」

「ソロモンから射出された物と思われます」

 

 グラナダを出たマ・クベ指揮下の増援艦隊が、ソロモンからの脱出ロケットを発見する。

 この艦隊の参謀、バロム大佐は、

 

「遠隔操作して回収しろ」

 

 と、指示するが、マ・クベは、

 

「大佐、ソロモンの戦いは深刻のようだな」

「は?」

「脱出ロケットなぞ構わずに」

「失礼だが、マ・クベ殿は宇宙の兵士の気持ちをわかっておられん」

 

 バロムはマ・クベの言葉を遮る。

 

「私が?」

「このような時、仲間が救出してくれると信じるから兵士達は死と隣り合わせの宇宙でも戦えるのです」

 

 そして、彼の言葉を支持するかのように兵が、

 

「急がないと回収圏外に出ます」

 

 と報告。

 

「……わかった。回収しろ」

 

 と、マ・クベは指示。

 

「はい」

 

 なお、マ・クベは脱出ロケットの人員と、ソロモンへの増援が遅れることによる損害を比較すると同時に。

 脱出ロケットはグラナダに向けて進んでいるのだし、自分たちが回収せずとも大丈夫と考えていたのだが。

 

 ミヤビがその思考を知ったなら、ネット小説の悪役令嬢転生もので、薄っぺらい正義を振りかざすヒロインに一方的に非難され、周囲もそれに同調し、貶められる展開みたいだな、と思っただろう。

 

 まぁマ・クベは頭の回転が速すぎるので、ここで自分の考えを説明したところで、相手は理屈では理解しても、心情では納得しないだろうと素早く見切りをつけ、回収を命じたのではあるが。

 ムサイを1隻、回収のために残し他はソロモンへ向かうという手もあるが。

 こうして早々に脱出してきたということは貴人が搭乗している可能性が高く、キシリアの居るグラナダに行ってくれるならともかく、この艦隊で迎えるなら旗艦のグワジン級をもって行わないと問題になる、ということもあったし。

 

 

 

「ミネバ、味方の艦隊ですよ。……助かったのよ」

 

 ということでゼナとミネバは無事回収。

 その引き換えに、増援艦隊の到着は遅れることになるのだった。

 

 

 

「薙ぎ払え!」

 

 群がって来るドラケンE改をメガ粒子砲で葬るビグザム。

 その威力に、ドラケンE改の防御力程度では掠めただけでも行動不能に陥ってしまう。

 

「うーむ、こいつが強力なのはいいが、このままでは基地の損害も馬鹿にはならん。司令室」

 

 ドズルは司令室のラコックを呼び出す。

 

『は、閣下』

「艦艇は何隻残っている?」

『敵の新兵器とモビルスーツのために四分の三は破壊、または稼動不能であります』

 

 ドズルは決断。

 

「よし、敵の主力艦隊の中央を突破させろ」

『は』

 

 驚きながらも、何も問わず従うラコック。

 

「私も生き残りのリック・ドムとザクを率いてソロモンを出る」

『は、閣下も御武運を』

 

 止めずにそう言ってくれる部下に、ドズルも笑い、

 

「おう、貴様もな」

 

 とうなずく。

 

 

 

「グラナダに敵艦の動きが認められます」

 

 ティアンムも新たに旗艦としたマゼラン級戦艦のブリッジでグラナダからの増援の動きはキャッチしていた。

 

「まだ我慢できるな?」

「は。しかしソロモンの後方から残りの敵艦隊が出撃しました」

「破損をまぬがれたソーラ・システムで潰せるか?」

 

 と、問うが、

 

「残念ながらコントロール艦を失っては……」

 

 史実とは違い、突出して乱入してきたガトーとケリィ。

 それによる損害は大きかった。

 

 元々、旗艦というものは通信機能に優れるため新兵器のコントロール艦として選ばれた経緯にあるが、逆に通信量が多いことでソーラ・システムのコントロールを行っているということがばれ、狙い撃ちで破壊された。

 

 予備を用意していなかったことも痛い。

 後方に位置し、一番堅固に守られている旗艦をいきなり撃沈されるとは思えなかった。

 旗艦が撃沈されるときは艦隊がボロボロになっておりソーラ・システムの制御どころではないだろう、と常識的に判断してしまったのだ。

 モビルアーマーにけん引されたエースパイロットの機体が防衛網を一足飛びに抜いて強襲をかけてくるなど考えてもみなかったのだ。

 

 こうなっては是非もない。

 ティアンムは決断。

 

「最大戦速に入れ。各艦隊は各個に敵を殲滅せよ!」

 

 突撃、総力戦を敢行する。

 

 

 

「すれ違ったのはいい、まだ前から来るぞ。一隻でも仕留めるんだ」

 

 叫ぶブライト。

 ジオン軍の残存艦隊は主力のティアンム艦隊に向け中央突破を図る。

 逆に言うとソロモン近傍に近づいたホワイトベースを含む第3艦隊はある程度無視されている。

 おかげで助かっている面もあるのだが。

 

 

 

「へへへへっ」

 

 ドラケンE改可翔式を操るスレッガーは絶好調。

 背面、コア・フライトユニットの翼下パイロンに装着できる空対空ミサイルAIM-77D、2発でチベ級重巡洋艦を攻撃。

 内装式のAIM-79より大型で威力もまた高く、エンジン部に直撃したそれのおかげで敵艦は航行不能に。

 コア・ファイターでの使用実績はほぼ無かった兵装だが、これはミサイル、そして翼のハードポイントに装着してミサイルを保持するためのパイロンを付けたままではモビルスーツに合体できないという問題があるため。

 また、ドラケンE改可翔式の場合は射線の関係で主翼を折りたたんだ状態でしか発射できないという問題があったが、宇宙での使用なら支障は出ない。

 

「お次は、と」

 

 AIM-77Dを撃ち終え、主翼を展開。

 

【挿絵表示】

 

 それによって解放されたコア・フライトユニット胴部上面発射口から今度はAIM-79を連射。

 ムサイのエンジンブロックを破壊する。

 

「ははは、なんてお上手なんでしょ僕」

『スレッガーさん!』

「おっと!」

 

 サポートAI、サラの警告と同時に、不意に出てきたムサイを、コア・フライトユニットをZガンダムのロングテール・バーニア・スタビライザーのように活用するだけでなく。

 尾部四隅に装備された姿勢制御システム(Reaction Control System, RCS)、つまり姿勢制御用の小スラスターや、前部下面にある垂直上昇ノズルハッチからの噴射まで併用して回避する。




 ビグザムの出撃。
 そして『機動戦士ガンダム』劇中にて登場したジム、唯一の名前有りパイロットだったシン少尉の出番でした。
 プラモデルの旧キットの箱絵にも描かれていた人ですね。
 同僚の方は「新型は1機だけのようだ。あとはリック・ドムかザクしかいない! やるぞ!」とかボールで強気な発言をしてましたけど、このお話ではドラケンE改。
 逃げ出せただけ、こちらの方がマシなんですかね。


> 背面、コア・フライトユニットの翼下パイロンに装着できる空対空ミサイルAIM-77D、2発でチベ級重巡洋艦を攻撃。

 これは『U.C.HARD GRAPH 1/35 地球連邦軍 多目的軽戦闘機 FF-X7 コア・ファイター』で再現されているものですね。


 なお次回は、


 在りし時。(There was a time.)
 未だジオン公国と地球連邦が争っていた混沌の世。
 第2の月、ルナツーから訪れた異形のミドルモビルスーツは、こう呼ばれ恐れられていた。

 アインハンダー


 というわけで懐かしのシューティンゲームネタをお送りする予定です。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第36話 恐怖!?機動ビグ・ザム Cパート

 在りし時。(There was a time.)

 未だジオン公国と地球連邦が争っていた混沌の世。

 第2の月、ルナツーから訪れた異形のミドルモビルスーツは、こう呼ばれ恐れられていた。

 

 アインハンダー

 

 

 

 武器を使い果たし右肘の武装ハードポイントにも何も付けない非武装、片腕状態。

 推進剤の残りも少なくなったミヤビのドラケンE改。

 

 そのカメラセンサーが捕らえた戦場。

 ミヤビのノーマルスーツのヘルメットに搭載されたバイザー型HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)上には、撃破されたドラケンE改の残骸に交じって拡張現実(Augmented Reality、オーグメンテッド・リアリティ、AR)によりタグ付けされた『P』や『M』といった表示が並ぶ。

 これらは敵味方識別装置(identification friend or foe、略称:IFF)を応用したビーコンによる電子タグであり、種別、および積載量のデータが表示されるようになっているのだ。

 

 サポートAIであるサラからの定型文による指示、

 

『Pick it up for speed up.(スピードアップのためにそれを取得してください)』

 

 西暦の時代のコナミのシューティングゲーム『沙羅曼蛇』からサンプリングされた合成音声に従って残された左腕、肘から先が二つに割れて大きな荷物をつかめる機能を兼ね備えた二重下腕肢により『P』とタグ表示されている円筒パーツ、すなわちP缶、プロペラントタンクをキャッチ。

 機体上面右側に接続する。

 

『Speed up!(スピーダッ!)』

 

 推進剤が補給されたことで節約モードだった背面ロケットエンジンが通常モードに復帰する。

 

 一般に、通常の増槽は弾着による引火爆発を防ぐため、残量にかかわらず会敵時に投棄されることが多かった。

 そのため先に増槽の燃料から消費し、機内タンクの燃料を温存するようになっている。

 ドラケンE改用の増槽は、機内タンクに注入する形で接続されており、残量があるうちは常に機内タンクを満タンにするようになっている。

 これはやはり、機内タンクの方が厚い装甲に守られ安全であるため。

 

 逆に本体に問題が発生し燃料投棄が必要になった場合には、機内タンクから増槽側へ移し替えた上でパージする機能も搭載している。

 これは過去、西暦の時代でも『デルタ航空89便緊急着陸事故』において低高度で燃料投棄を行った結果、地上で56人が負傷するというトラブルがあったように、周囲への被害を慮って搭載されたもの(ドラケンE改は作業機ベースのため、人口密集地での使用も当然あるため取られた対策)

 これにより、撃墜されたドラケンE改が遺したP缶には推進剤が残されていることが多いのだ。

 

 続いて、

 

『Pick it up for missile. (ミサイル射撃のためにそれを取得してください)』

 

 という指示に従い『M』とタグ表示されている円筒パーツをキャッチ、機体上面左側に接続する。

 

『Missile(ミッソー)』

 

 兵装ドライバープログラムが短距離ミサイル接続を検知、アクティブに。

 続けて、

 

『Pick it up for Vulcan. (バルカン射撃のためにそれを取得してください)』

 

 60ミリバルカンポッド弐式を拾い上げ、右肘ハードポイントに接続。

 

『Pick it up for Beam saber. (ビームサーベル使用のためにそれを取得してください)』

 

 甲壱型腕ビームサーベルを拾い上げ、わきの下、アームシャフトアンダーガードにバックアップの武器として吊り下げる。

 そうやって撃破された味方機が遺した装備類で武装する、ドラケンE改。

 

【挿絵表示】

 

 シューティングゲームのパワーアップか!

 

 という話であるが、さらに言うなら、

 

(アインハンダーだよね、これ)

 

 ということ。

 

『アインハンダー』はスクウェアから発売されたシューティングゲーム。

 作品名の『アインハンダー』はドイツ語で「一本腕」を意味しており、その名前は機体の腹部に設けられた一本のマニピュレータに由来している。

 この腕は撃破した敵から兵装を奪い取って自分の武器とすることができるのだ。

 

 軍用のドラケンE改には右腕は無く、代わりに右肩の下に可動式ハードポイントがあってそこに直接各種武装をマウントするようになっている。

 この可動式ハードポイントを便宜上、『右肘のハードポイント』などと呼んでいるが、実際には上腕に相当する部分は無く、武装を外してしまえば片腕状態になってしまう。

 そして残った一本の腕、左腕の二重下腕肢により戦場にて装備を拾い武装、ゲーム的に言えばパワーアップが可能。

 撃破した敵の武装を奪うか、撃破された味方の武装を拾うかの違いがあっても(ザクを撃破してヒートホークを奪って使うという手もあるし、60ミリバルカンポッドの場合は甲壱型腕ビームサーベルに切り替えるためにパージしたものが漂っているという場合もあるが)、そのままアインハンダーの自機のような運用であり。

 

 ミヤビが実感したとおり、相対するジオン軍の兵士たちからは『一本腕野郎(アインハンダー)』と呼ばれることになるのだった。

 

 

 

 原型を留めないほど焼き熔かされた量産型ガンキャノン。

 表面を炙られ、それだけで行動不能に陥っている様子のドラケンE改。

 

「遅かったか。いったいどんな奴だ? モビルスーツをこんな風に破壊できるのは」

 

 アムロは通路上に転がるこれら残骸を尻目に前進する。

 

「……むこうか」

 

 通路の奥には、敵機体の一部か巨大な脚が。

 その足元に接近した量産型ガンキャノンだったが、閃光に飲み込まれ、消失する。

 

「な、なんだ?」

 

 戦慄するアムロをその場に残し、敵はソロモンの出撃口である縦穴を上昇して行く。

 

 

 

「残った艦は敵主力に特攻を掛けます」

 

 ビグザムを操る部下の報告に、ドズルはノーマルスーツを着込みながら、

 

「ようし」

 

 とうなずく。

 

「ビグザムの目標は?」

「後方指揮艦を狙う。雑魚には目もくれるな!」

 

 ビグザムもまた、ティアンム艦隊に向け発進する!

 

 

 

「カイ、セイラ機被弾。左舷デッキより格納します」

「急げよ」

 

 損傷したガンキャノンLがホワイトベースに帰還する。

 

「格納次第、ソロモンを発進した大型モビルアーマーを追う!」

 

 

 

「サラミスです」

 

 ビグザムの侵攻を防がんと前進してくるサラミス。

 しかしドズルは、

 

「構わん。前部ビーム撃て」

 

 と指示。

 ビグザムは、サラミスのメガ粒子砲を弾くと、反撃の高出力メガ粒子砲により一撃、一撃でサラミスを撃破する。

 

 

 

 ビグザムを追いかけソロモンを出たアムロは、スレッガーと合流するが、

 

『ああっ!?』

 

 声を上げるサラツー。

 そしてスレッガーの呻きが通信機越しに届く。

 

『い、今、確かにビームをはね返した』

 

 ということ。

 

「やっぱり。ただ大きいだけのモビルアーマーじゃなかった」

 

 しかし……

 

 

 

「ビグザムは主力艦隊に特攻する。その前に各自脱出命令の発光信号を上げろ」

「は。し、しかし」

「戦力をズタズタにされすぎた。遺憾ながらソロモンを放棄する」

 

 ドズルは既に覚悟を決めていた。

 

「操縦系を切り替え私のところへまわせ。お前らも各個に脱出しろ」

「し、しかし閣下」

「無駄死にはするな。ドムとザクがいる、それに引いてもらえば戦場から抜けられるぞ」

「は、はい」

 

 無念そうに顔を伏せる部下たちに、ドズルは声を張り上げる。

 

「ようし、発光信号上げい。ビグザムは私が預かる!」

 

 そして撃ち出される信号弾。

 

「フフフ、こうも簡単にソロモンが落ちるとはな」

 

 独白する、ドズル。

 

 

 

 ザクにワイヤーでけん引されながら戦場を脱しようとする兵たち。

 

「うっ、黒いガンキャノン、木馬のやつか」

 

 すれ違う黒いモビルスーツにそうつぶやく。

 

 

 

 スレッガーはため息をつき、

 

「……ああいうのはやりづらいんだよなあ」

 

 とぼやく。

 

 

 

 集中する敵艦からのメガ粒子砲を弾きながら前進してくるビグザム。

 

「巨大モビルスーツ、強力な磁界を発生させています!」

「ミサイルだ、ミサイルで迎撃だ」

 

 ティアンムはそう指示するが、ビグザムは止まらない!

 

 

 

「わははは、なめるなよ。このビグザムは長距離ビームなどどうということはない。私の道連れに一人でも多く地獄に引きずり込んでやるわ」

 

 と豪語するドズルだったが、

 

 

 

「でも実弾だったら効くわけだよな」

「撃て撃て!」

 

 集まって来た量産型ガンキャノンが、その両肩にマウントされた240ミリ低反動キャノン砲で集中砲火を行う。

 重装甲のビグザムを前に貫通こそさせられなかったが、240ミリ弾という馬鹿げた大きさを持つ砲は、それだけ内蔵できる炸薬量が多く、榴弾効果が期待できるもの。

 戦車戦でもそうだが、徹甲弾が通じないような相手でも爆発の衝撃で内部故障を狙うことのできる榴弾は微量でもダメージを蓄積できるのだ。

 史実のジム、ボールと違って量産型ガンキャノンが主力だったことがここで生きていた。

 ミヤビの前世の記憶の中にあるシミュレーションゲーム『ギレンの野望』でも、量産型ガンキャノンによる対ビグザム戦は有効な戦術だった。

 しかし、

 

 

 

「ぬうぅぅっ、調子に乗りおって」

 

 激怒するドズル。

 

「酷い目に遭わせてやる……!」

 

 胴体部の全周に装備されたメガ粒子砲の一斉射撃が量産型ガンキャノンたちを襲う!

 

 

 

『うわーっ!』

 

 吹き飛ばされる量産型ガンキャノン、そのパイロットたちの悲鳴。

 これがイデの力かーっ! とでもいうような光景だ。

 

「あ、圧倒的だ」

 

 愕然とするアムロ。

 

 

 

「はははははっ、見たか。ビグザムが量産の暁は連邦なぞあっという間に叩いてみせるわ!」

 

 そして放たれたメガ粒子砲が、ティアンムごとその座乗艦を撃破する!




 沙羅曼蛇でアインハンダーなパワーアップ。
 ドラケンE改を使ってソロモン戦を、と考えた時から温めてきたネタでした。


>(アインハンダーだよね、これ)

 演出が最高に格好良かったですね。
 1997年発売の初代PlayStationのゲームだとは思えないというか。
 ネット上にあるプレイ動画を「最新のゲームです」と言われて見せられても信じてしまえるほどのクオリティですし。


 そしてビグザム戦。
 量産型ガンキャノンは長射程で実弾が使える量産機として『ギレンの野望』でも使いどころがある機体でした。
 そういう意味では史実よりは有利ではあるのですが……

 次回はいよいよ決着です。
 ご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第36話 恐怖!?機動ビグ・ザム Dパート

 アムロのガンキャノンの前に、スレッガーのドラケンE改可翔式が出て合図する。

 

『行くぜ、アムロ曹長』

「は、はい。しかし中尉、どういうつもりです?」

『つもりもへったくれもあるものか。磁界を張っているとなりゃ、接近してビームをぶち込むしかない』

 

 ということ。

 

「はい」

『こっちのビームサーベル機能が駄目なら、ガンキャノンのビームライフル。それがダメならヒートホークで装甲をかち割って内部に砲撃だ! いわば三重の武器があるとなりゃ、こっちがやられたって』

「スレッガー中尉!」

『私情は禁物よ。やつの為にこれ以上の損害は出させねえ。悲しいけど、これ戦争なのよね』

 

 しかしそこに、一機のドラケンE改が割り込む。

 

 

 

「ちょっと待ちなさいっ!!」

 

 叫ぶ、ミヤビ。

 

『ミヤビさん!?』

 

 驚くアムロたちに、ミヤビは言う。

 

「あんな化け物じみた攻撃力と防御力、いつまでも続くわけが無いでしょう!」

 

 ということ。

 

「あの機体は排熱に問題がある。最大稼動時間は多く見積もっても20分以下よ」

 

 これはミヤビの前世の記憶の中でもそうだったし(それ以下、15分程度という資料もあった)、そうでなくとも常識的に考えて分かること。

 

『それじゃあ……』

「『蝶のように舞い、ハエトリグモのように逃げる! ――と見せかけて蜂のように刺す!』という嫌がらせ、ハラスメント攻撃で、とにかく無駄弾を撃たせるの! そしたら勝手に止まってくれるわ」

 

 ミヤビが口にしたのはマンガ『GS美神 極楽大作戦!!』の影の主人公、横島忠夫の戦術である。

 ただし彼の場合は可愛らしい益虫、ジャンピングスパイダーとも呼ばれるハエトリグモではなく「ゴキブリのように逃げる!」だが。

 

『ハエトリグモ、って……』

『ははははは、ずんぐりむっくりのドラケンはちょうどそんな感じだな』

 

 絶句するアムロと笑いだすスレッガー。

 

「あと、下方向からは迂闊に接近しないでね。メガ粒子砲の死角になる方に、何の対策もしていないとは思えないし……」

『敵にメガ粒子砲を撃たせるなら意味は無いしですね』

 

 そうして始まる、ビグザムの活動限界までの勝負。

 それは命を懸けたゲームだった……

 

 

 

「サラツー。スプレーミサイルランチャー、ファランクス・モード」

『了解、スプレーミサイルランチャー、ファランクス・モード』

 

 右肩に装備されたスプレーミサイルランチャーの一斉射撃で、面の攻撃をするアムロの黒いガンキャノン。

 彼は正面から気を引き、機体中央部に装備の大型メガ粒子砲の発射を誘う。

 

 

 

「おおっと、こっちこっち」

 

 アムロが正面からなら、スレッガーは背面からの攻撃で気を引く。

 敵がこちらを狙うそぶりを見せたなら、

 

『デコイ・フレアー射出します!!』

 

 サラがコア・フライトユニット尾部下面にあるチャフ、フレアディスペンサーの射出口から、チャフとフレアーを派手に放出。

 敵センサーを欺瞞する。

 

 

 

 さらにミヤビの要請で、第3艦隊のサラミス改級からドラケンE改のダミーバルーン、その残りを射出してもらう。

 

『超! 分身殺法!』

 

 ダミーバルーンには簡単な会話ソフトが組み込んであり、ミヤビのサラの制御で、

 

『ここです!』

 

【挿絵表示】

 

『ここです!』

 

【挿絵表示】

 

『ここです!』

 

【挿絵表示】

 

 それぞれが発信し、ドズルを幻惑する。

 

 

 

「ぬぉおおおっ!」

 

 ミヤビたちの狙いどおり、メガ粒子砲を撃ってしまうドズル。

 彼一人では複数の敵に対し、細かな対応はできない。

 勢い、火力によるごり押しとなってしまう。

 

 そうしてついに、

 

「活動限界だと!?」

 

 その時が来る。

 

 

 

「ビームが通じた!?」

 

 牽制のために放ったはずのガンキャノンのビームライフルがビグザムの装甲を貫いた!

 だが、その瞬間ビグザムの周囲で炸裂する煙幕弾!

 

「何だ!?」

 

 タイミングを見切ったかのように急速接近していた一隻のサラミス改級。

 そこからカタパルトで撃ち出された3機のモビルスーツ。

 そのうち肩にキャノン砲を装備した2機からのスモーク、発煙弾だった。

 

 そして残りの一機が煙幕に包まれたビグザムへと突貫する!!

 

 

 

「あれは、モック・バー(mock bar)!?」

 

 ミヤビの関与で生まれた地球連邦軍試作型モビルスーツ運用艦『モック・バー(mock bar)』、つまりランバ・ラル隊の運用する艦。

 

「それじゃあ!」

 

 発煙弾を放ったのはガンキャノンに偽装されたザクキャノン。

 ランドセル左部には2連装スモーク・ディスチャージャーが装備されているのでそれを使ったのだろう。

『機動戦士Ζガンダム』でアレキサンドリア級重巡洋艦ハリオに配備されていたように宇宙用に改装されている。

 煙幕も、大気の無い宇宙で普通に効果を示していることから、宇宙用に改良されたものだろう。

 

 ならば、ビグザムに突っ込んでいったのは、ランバ・ラル自らが乗るMS-06C『にせガンダム』か!

 

 

 

 動けなくなったビグザムに取り付く人型。

 

「た、たかが一機のモビルスーツに、このビグザムがやられるのか」

 

 ドズルは叫ぶ。

 

「やられはせんぞ、やられはせんぞ、貴様ごときに。やられはせん!」

 

 しかし、そこに入った秘匿通話は!

 

『何をやっとるのです閣下!』

「ランバ・ラル?」

 

 そう、彼の部下であるラルだった。

 

『煙幕が効いている内にこちらにお移り下さい! このモビルアーマーを爆破しそれに紛れ離脱します!』

「なっ!?」

『さぁ、早く!』

 

 

 

 コクピットハッチを開いてドズルを待つラルだったが、

 

「なっ!」

 

 ビグザムの中から出てきたドズルは突撃銃を構えていた。

 それを乱射し、

 

「ジオンの栄光、この俺のプライド、ヤラセはせん、ヤラセはせん、ヤラセはせんぞーっ」

 

 どうやらヤラセでこの場を逃げるというのがお気に召さない模様。

 

「今ここで死んだらこの後、ミネバを誰が守るんだ。明日のために今日の屈辱に耐える、それが男だろうに!」

 

 ラルは叫ぶ。

 

「あんた、ミネバを父無し子にするつもりかっ!」

「うぐっ!?」

 

 ドズルが動きを止めたところで、しかしビグザムの機体に走る小爆発が彼を襲う!

 慌てて救助に走るラル。

 意識は失っているようだったが、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』では爆殺された兄サスロ・ザビの車に同乗していながらもピンピンしていた彼である。

 この程度では死にはすまい。

 

「ええい、世話の焼ける!」

 

 火災現場で消防士が一人で傷病者を運び出す際に用いられた姿勢から名付けられた搬送法、ファイヤーマンズキャリーで担ぎ上げ、コクピットに搬送。

 

「狭いっ!」

 

 ドズルの巨体に文句を言いながらもハッチを閉め与圧。

 仕上げにラルはガンダム…… いやにせガンダムのビームサーベル、に見せかけた形状記憶型の高分子化合物の発熱体が柄から伸びる、グフと同じヒート・サーベルをビグザムに叩き込み離脱する。

 

『大尉殿!』

 

 部下たちからの秘匿通信に、

 

「問題ない」

 

 と答え、その場を後にするのだった。

 

 

 

「な、何者なんだ?」

 

 煙幕の中から脱出、去って行くラルたちの機体を見送るアムロ。

 そしてビグザムは爆発!

 

『美味しいところ、取られちまったな』

 

 通信機越しに拍子抜けした呟きを漏らすスレッガー。

 そして、

 

 

 

「えっ、生き残った?」

 

 煙幕の向こう側、ドズルがラルによって回収されてしまったであろうことに、呆然とするミヤビ。

 いや、個人的には嫌いになれない人だし、ミヤビ自身、投降を促すためにも活動限界を狙ったハラスメント攻撃を行ったわけだが、同時に武人である彼が投降してくれる可能性は限りなく低いことも分かっていた。

 ミネバのことを思えば生き残ったのは喜ばしいことだけど、でもこれで先行きがさっぱり予想できなくなるというか。

 もちろん良い方に向くかもしれない。

 しかし、もし今後、彼が徹底抗戦を呼び掛けるなどして人死にが史実以上に酷くなったら……

 

「……嘘って、嘘だって言えないのね? サラちゃん……」

 

 こんな時でもネタ発言しかできないミヤビ。

 いや、こんな時だからこそだろうか?

 

『何のお話ですか?』

 

 無論、サラには通じないのだが。

 

 

 

「ソロモンが落ちたな」

「は」

 

 救援が間に合わなかったことを確認するマ・クベとバロム。

 

「ああっ…」

 

 ミネバを抱え泣き崩れるゼナを横目に、マ・クベは、

 

「どうだろう? 大佐はこのグワジンでゼナ様をグラナダへお届けしろ。私はチベに移り、今後の連邦の動きを見届けたいのだ」

「は、奇襲を掛けるにしてはすでに時を逸したようですし」

「そうだな。君はあくまでもソロモンが持ちこたえられた時の作戦参謀だった」

 

 そう告げるマ・クベにバロムは、

 

「情報収集と脱出者救助の艦を残します」

 

 そう申し出る。

 

「よかろう。私もその任務に就こう」

 

 そして、その場にはすすり泣くゼナの声のみが響くのだった。

 ドズルは死んではいないのだが。

 

 

 

次回予告

 次の戦いの準備をするシャア。

 それを知らぬマ・クベとアムロは無人の原野で死闘を繰り返す。

 ミヤビはその戦いの中に、己の存在が生み出した史実からの乖離を目の当たりにする。

(しまったあああぁぁぁーっ!!)

 次回『テキサスでボッコボコ』

 ギャンは生き延びることができるか?




 ビグザムの弱点といえば稼働時間の短さで、ミヤビも当然それを狙ったわけですけど。
 ドズルが生き残っちゃいましたね。
 まぁ負傷により動けないので、一年戦争の舞台からは退場ですが。
 しかし戦後まで彼が生き残った場合、身の振り方はどうするんでしょうね。
 私にも分からなかったり。

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第37話 テキサスでボッコボコ Aパート

 ソロモンの攻略戦が終わった。

 ドズル中将旗下の宇宙攻撃軍は事実上壊滅した。

 ジオン公国にとっては予想だにしなかった敗北であった。

 デギン・ザビ公王は、

 

「ドズルにしてもっともな事であるよ」

 

 とギレンに答えたという。

(ドズルは死んではいないのだが)

 ギレンはその公王に怒りを覚えつつも、綺羅星のごとく居並ぶ高官たちの前で叫んだ。

 

「ア・バオア・クーを最終防衛線として連邦を討つ」

 

 と。

 

 

 

『アムロさんが来ました』

 

 ホワイトベース医療班の看護兵にして船医のような役割を担当しているサンマロに報告するのはモビルドールサラ。

 いつもはマサキ軍曹という美人のオッパ…… 助手がつくのだが、彼女は現在休憩中。

 そのためにサラがサポートに回っているのである。

 

 サンマロは両手を洗浄しつつ、

 

「血圧測っといてくれ」

 

 と指示。

 

『はい』

 

 サンマロは鏡に映る自分の顔を見ながら、

 

「オスカ、マーカー、アムロ、みんなよく持つな」

 

 と嘆息。

 アムロはもちろん、オスカとマーカーは敵との遭遇の可能性がある場合は、どちらかが必ずブリッジに詰めている。

 二人で二交代制、休暇無しってどんなブラック企業だよ、という話であった。

 

「あー」

 

 と鏡に向かって舌を出し自分の身体をチェックする。

 

 

 

「サラもいろんなことやらされて大変だね」

『アムロさんに比べたら楽なものですよ』

 

 血圧計でアムロのメディカルチェックを行いながら答えるサラ。

 史実ではこの役目、フラウ・ボゥが行っていたものであるが、この世界では疲れ知らずのサラが居る。

 そのためクルーの苦労も緩和されている。

 ……フラウがこのことを知ったら、自分の役目が奪われている、と歯ぎしりして悔しがるかもしれないが。

 

『医療エキスパートシステムの診断では異常なしですね』

 

 サラの言う医療エキスパートシステムというのは、得られた情報を基に診断を行い、さらには医療処置の手順までアドバイスしてくれるスキルソフトだ。

 サラ、そしてサラシリーズはこれを標準で備えている。

 

『アムロさんって恐いくらいたくましくなりましたね』

「え?」

『それにサイド6で何かありましたか? アムロさん、何だか変わったみたいです』

 

 サイド6であったことといえば、アムロの脳裏に浮かぶのは、自分が買ってあげた首輪…… もといチョーカーを嵌められ、ほほ笑むミヤビの姿。

 彼女の笑顔は非常に珍しいものだけに、目にした者の脳裏に深く刻み込まれる。

 そのせいで肝心なララァとシャアとの出会いの印象が霞んでしまっているのだった。

 そこにサンマロが顔を出す。

 

「どう?」

『異常ありません』

 

 サラが答える。

 アムロはちょうど良いと、

 

「ハヤトの具合どうですか?」

 

 と聞いてみる。

 サンマロは、

 

「順調だよ、運動やってたおかげだな」

 

 と答えてから、

 

「サラナインの応急手当てが適切だったこともある」

 

 彼女が戦場で行った処置が良かったのだと付け加える。

 サラナインは自身が持つ医療エキスパートシステムの診断結果を基にモビルドールサラの義体を使ってコア・ファイターコクピットに備え付けのファーストエイドキットによる治療を行っていたのだ。

 そしてサラも、

 

『そうですね。今も予備の義体を使って付きっ切りで看病とお世話をしていますからね』

 

 と話す。

 

 

 

『はい、ハヤトさん』

「ありがとう、サラナイン」

 

 手のひらサイズの歩行型ミニドローン、モビルドールサラの義体を使って、かいがいしく世話を焼くサラナイン。

 その右目には細い黒のリボンが眼帯のように巻かれ、身体にも痛々しい傷跡がある。

 そう、これは予備の義体ではあるが、正確に言うとソロモン戦でハヤトをかばって損傷した結果、従来予備だったものと入れ替わりで予備機入りしたのを、無理を言って使わせてもらっているものだ。

 それを見て済まなそうな顔をするハヤトに、サラナインは言う。

 

『大丈夫ですよ、ハヤトさん。私はロボットなんですから痛みなんて無いんです。この右目も大光量補正(フレア・コンペンセイション)機能が今一つ上手く働かないので薄いリボンテープをサングラス代わりのフィルターとして使って保護しているだけで、実際には見えているんですし』

 

 そう言って、むん、と可愛らしくガッツポーズを取って見せる。

 

『それに、どの傷もハヤトさんを庇って負った名誉の負傷。私の誇りなんですから』

 

 細い指先を己の身体に走る傷跡に伸ばし愛おしげになぞる、その仕草が妙に艶めかしかったりする。

 そうしてサラナインは自分で言うとおり、損傷をまるで気にしないかのように笑顔で、楽しそうにくるくると働いて見せる。

 そんな彼女の様子に、ハヤトは思わずつぶやく。

 

「……もう人間の嫁が居なくても良いんじゃないかな」

 

 それは『この状況を客観視すると』という意味で口にしただけで、自分自身がサラナインを嫁に欲しいとか、そういう意味で言ったつもりは無かったのだが。

 

『――っ!?』

 

 真っ赤になって固まるサラナインに、ハヤトもまた自分の言葉がどのように捉えられたかに気付き赤面するのだった。

 

 

 

 フラウのベッドからギリギリと異音がする。

 睡眠中の歯ぎしりはメンタル面からも発生するもの、とも言うが……

 

「ハヤトどいて! そいつ壊せない!」

 

 と寝言にしては大きすぎる、というか物騒過ぎる叫びが響き渡る。

 

「ヒエッ……」

 

 不幸にして彼女の部屋の前を通りかかったカイは身をすくませるのだった。

 

 

 

「まいったな、テキサスの暗礁空域だ」

 

 オペレーターシートでつぶやくマーカーの声に、ブライトは目を開く。

 

「総員起こしするか」

「あ、起こしてすいません」

「いや」

 

 そう言いながらリクライニングシートで取っていた仮眠を切り上げ、身体と毛布を固定していたベルトを外して身を起こす。

 無重力であるのだから、フルフラットな寝床でなくとも割と熟睡できるのだ。

 

「第三戦闘ラインすれすれにいるのはチベですが、テキサスゾーンにもいるようですね」

 

 ソロモンを抜け出した敵艦の掃討作戦に就くホワイトベースはテキサスゾーンに入った。

 暗礁空域である。

 レジャーと牧畜業を専門に造られたこのコロニーはテキサスと名付けられ、軍事的にはなんの重要性も持たぬために取り残されている。

 それを囲むように岩とコロニーの残骸が浮かぶ。

 

 

 

「まだテキサスには着いておらんのか? エルメスとビットは」

 

 シャアのザンジバルもまた、テキサスコロニーへと向かっていた。

 

「整備が遅れているようです」

 

 副官であるマリガン中尉が答える。

 

「まあいい、私のFZ型ザクが届いているだけでもな」

 

 とつぶやくシャア。

 ミヤビの知る前世の記憶ではYMS-14、先行量産型ゲルググがシャアに回されていたが、この世界には存在しない。

 代わってシャアが選んだのが『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』登場のMS-06FZ、ザクII最終生産型なのだった。

 

 

 

「何でまた大佐は今さらザクなんかを選ばれたんだろうな?」

 

 シャアに類似した操縦技術を持っていたことからシャアの機体を仕上げるフィッターパイロットを務めているダントンは、搬入される予定のFZ型ザクについて首を傾げる。

 

「何言ってるのダントン。スペック表読んでないの?」

 

 と答えるのは相方であるシャア専属のフィッターエンジニアの少女、アルレット。

 

「ビーム兵器が使えないことを除けばカタログスペック上は次期主力量産機の本命だったゲルググ並み。実際の性能はドム並みとも言われる機体よ」

 

 これはミヤビの前世でも言われていたもの。

 

「特に推力はF型の70パーセント増しで、これはゲルググ以上」

 

 それどころか推力比でミヤビの前世の記憶の中にあった高機動型ゲルググを上回る。

 12個の大型化された姿勢制御スラスターを備えていることもあり、直線加速だけではなく運動性も優秀。

 

「ただ、推進剤の量は変わらないから最大推進戦闘時の限界時間は半分になってるけど」

「そのせいか? 首都防衛大隊に優先的に回されているって聞いたが」

「そうね……」

 

 アルレットは思案して、

 

「要撃機(インターセプター)、つまり要撃戦闘機、迎撃機、迎撃戦闘機、防空戦闘機、局地戦闘機と呼ばれる基地や艦隊の上空の防御を担当する機体」

 

 つまり、

 

「国土・都市・軍事施設等を攻撃機から護るために開発されるから加速力が重視される。逆に敵機に対してのスクランブルさえ行えればいいから航続距離は重視されない」

「FZ型ザクはその用途にぴったりということだな」

 

 うなずくダントン。

 そして同時に、

 

「大佐なら以前の乗機、S型ザクと同じく腕でカバーできる話でもあるか」

 

 そういうことでもある。

 

 

 

「テキサスには人は居るのか?」

 

 シャアからの確認。

 

「さあ? 昔の従業員とコロニーの管理省の役人がわずかに居るようですが……」

「実質無人コロニーみたいなものか」

「はい」

 

 そうしてマリガンは問う。

 

「木馬はどうします?」

「近くにマ・クベが居るだろ?」

「はい」

「こちらは手持ちの武器が満足に無いのだ、やつにやらせろ。ザンジバルはテキサスに入港する」

 

 

 

 ゼリー食で栄養補給しながら状況を見定めるマーカーとブライト。

 

「チベが動きます、見つかったらしいです」

「よーし、総員起こしだ」

 

 

 

『敵接近、敵接近、全員第三戦闘配置』

 

 ブライトの声が艦内放送で響き渡る。

 

「むぅー、命拾いのあとの一寝入りだったのに」

 

 眠い目をこすりながら起きるミヤビ。

 そのネコ科の動物のようなしなやかですらっとした下着姿の身体を晒すと、いつものノーマルスーツを着込む。

 

 

 

『アムロ、ガンキャノン出ます!』

 

 まずは主力で潰しの効くアムロが左舷モビルスーツデッキから出て、

 

『コア・ブースター、出るぞ』

 

 右舷デッキからはコア・ブースターでリュウがフォローに出る。

 ブライトはそれを確認すると全艦に通達。

 

「ソロモンから脱出した敵と思われる。第二戦闘エリアに入ったら他の機体も発進する。各員、ソロモンの後とはいえ、気を抜くなよ」

 

 

 

「フフ、予定通りだな。木馬をキャッチできたか」

 

 ホワイトベースが捕捉したチベは、マ・クベの乗艦だった。

 ムサイを率い、テキサスの暗礁地帯を航行する。

 

「ウラガン、私のギャンの整備はどうかな?」

 

 彼は白磁の壺をもてあそびながら、副官であるウラガンに問う。

 

「はい、いつでも」

「ようし、エリア2まで進んでリック・ドム発進、私もギャンで出撃する」

「しかし、マ・クベ大佐みずからお出になることはないと」

「あるのだな」

「は?」

 

 マ・クベは腰前に持った壺の首を男性らしく長く、しかし神経質さをうかがわせる細い指先で撫でながら語る。

 

「ギャンは私用に開発していただいたモビルスーツだ。キシリア少将へ男としてのメンツを()てねばならぬ」

 

 正確にはYMS-15、ギャンはゲルググと次期主力量産機の座を争った競作機だったが、マ・クベが典礼用に用意した彼専用のグフと似通った西洋甲冑風の意匠が施されているように、マ・クベに配慮された面もあるというのは誤りではない。

 そもそも次期主力量産機はジオニック社のゲルググと事前に決まっており、ギャンはコンペを成り立たせるためのいわば当て馬だったというのがもっぱらの噂である。

 ゆえに今後のための新技術を盛り込みつつも、コンペ終了後にマ・クベに回すような仕様の調整が成されていてもおかしくはなかった。

 

 ……まぁ、ミヤビが転生したこの世界では、ゲルググは量産されることなく終わるのだが。

 

「それにシャアには例のモビルスーツが届いていないという話だ。きゃつの前で木馬とガンキャノンを仕留めてみせるよ」

 

 そう言って指先でチィン、と壺を弾くマ・クベだった。




 まだサラナインのバトルフェイズは終了していないぜ!!
 というわけでサラナインの追撃回でした。
 やめてくれサラナイン、そのシチュエーションはハヤトに効く。

 そしてジオンのモビルスーツ事情はこんな具合に。
 何でこんなことに、という理由はまた後で。


>「まあいい、私のFZ型ザクが届いているだけでもな」

 FZ型ザクは『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』登場の機体でしたが、スーパーロボット大戦シリーズでは隠し機体としてシャア専用FZ型ザクがありました。
 大抵、移動力や運動性などが本当に3倍になっていたりしますね。


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第37話 テキサスでボッコボコ Bパート

 テキサスの暗礁地帯に向け、リュウのコア・ブースターは進む。

 

『リュウさん、チベが第二戦闘エリアにキャッチできるはずです。気を付けてください』

 

 教育型コンピュータにインストールされた彼の相棒、サポートAIであるサラシックスが注意を促す。

 

「ああ、了解だ。今回エレメントを組むのはいつものハヤトとサラナインじゃないから、お前もそのあたりフォローを頼むぞ」

 

 笑顔で彼女に答えるリュウ。

 エレメント、とは戦闘機編隊の最小単位2機を呼ぶ言葉。

 ミリタリーマニアだとロッテ戦術、ロッテと言った方が通りが良いか。

 

『はい、分かりました』

 

 サラシックスは即座に了承するが、ふと表情を曇らせ、

 

『……ハヤトさん、安静にしてくれているといいんですけど』

 

 そう心配する。

 

「なに、お前の妹が見ててくれるんだろう」

『はい』

「だったら大丈夫だ。いざとなったらベッドに括り付けてでも止めてくれるさ」

 

 そう言ってなだめるリュウ。

 ……ミヤビがこの会話を聞いていたなら、ヒートワイヤでベッドにぐるぐる巻きにされたハヤトが暴れながらサラナインと、

 

『もうやめてください! ハヤトさん!』

「HA☆NA☆SE!!」

 

 などと言い合っている姿を思い浮かべて、常に変わらぬ表情の下、密かに笑いで腹筋崩壊させていただろう。

「とっくにミヤビの腹筋のライフは0よ!」というやつである。

 

 

 

『ポイント3AAに木馬キャッチ。各員戦闘配置に就け。リック・ドムは敵機に対して先制攻撃を掛ける』

 

 艦内放送が状況を告げるチベのモビルスーツデッキ。

 マ・クベはギャンへと乗り込む。

 

「ガンキャノンが現れたらテキサスへ誘いこめ。このギャンにはその方がやりやすい」

「は、心得ております」

「よーし、ゆけ」

 

 

 

「来たな」

『そうだね、アムロ』

 

 ガンキャノンのセンサーが敵艦隊の動きを捉えた。

 

「リュウさん、チベです。そろそろ見えますよ」

『了解だ』

 

 通信機越しに答えるリュウと、

 

『敵データ、受信しました。ありがとうございます』

 

 レーザー通信によるデータリンクでサラツーから敵の動きのデータを受取ったサラシックスが礼を言う。

 そして、

 

『敵艦発砲、ミサイルです!』

 

 敵が長距離ミサイルを撃ってきた。

 ミノフスキー粒子の影響でレーダーが利かない上、障害物も多い宙域だ。

 牽制のためのものだろうが。

 

 

 

「マーカー、どうなんだ? 敵の動きは」

「ますます岩が多くて」

 

 ホワイトベース側でもアムロたちから報告を受けていたが、詳細は分からない。

 

「正面、最大望遠だ」

 

 モニターに映し出された前方宙域。

 ミサイルの爆発光が何とか捉えられる。

 

「アムロたちを狙っているのか?」

 

 

 

「ウラガン、木馬の足を止めるのは任せたぞ。相手は一隻だが油断はするなよ」

『了解であります。出撃なさってください』

 

 マ・クベは副官のウラガンに命じると、リック・ドム隊に続きギャンで出撃する。

 なおギャンにはサポートAIがインストールされており、

 

『大佐!! ボクを男の娘に改造してどうするつもり!?』

 

 そう叫ぶと同時に驚愕の表情で、

 

『うそっ、一人称まで『ボク』に変更されちゃってるーっ!?』

 

 と、画面隅のアバターがへなへなと座り込む。

 つつましやかな、しかし確かにあった胸がぺったんこになり、股間には可愛らしいふくらみが……

 

「……戦場に向かうのに、女性連れというわけにもいくまい」

 

 いつもの調子であっさりとマ・クベが主張するとおり。

 黒い三連星が使っていたサラ=アルコルを参考にヤシマ重工からライセンス購入したサラ。

 それに男性体のアバターと会話パターンを与えたものである。

 

 なおミヤビの部下である女性担当者が、

 

「サラきゅん可愛いよ、サラきゅん。ハァハァ……」

 

 などと言いながらカスタマイズ作業を行っていたが……

 部下は選んだ方がいいぞ、マジで、という話である。

 

「頼んだぞ、サラ=クン」

『ええっ、個体識別名それで決まりなの!?』

 

 口調まで男の娘風に変えられてしまったサラ、いや個体識別名『サラ=クン』だった。

 

 

 

 リック・ドムの編隊に、

 

「作戦どおりやれ。テキサス近くで私は仕掛けを作る。ガンキャノンを倒せば二階級特進ものだということを忘れるな」

 

 そう告げて離脱するマ・クベ。

 ギャンはテキサスコロニーの方に向かう。

 

 

 

『来るわ、アムロ』

 

 サラツーがモニターに望遠映像を表示。

 

『モビルスーツ四、五機かしら?』

「ミノフスキー粒子と岩のおかげで判別つかないな」

 

 アムロの返答を受け、サラツーは光学センサーのデータをスペクトル分析。

 ジオン軍モビルスーツの噴射光をそれによりピックアップ。

 

『見えたわ』

 

 4つの光点が一つになり、そして2つに。

 ミヤビが見ていたら映画『トップガン』で敵機が編隊の組み方でレーダーに対し6機を2機に見せかけていたことを思い出しただろうか。

 つまり敵はアムロたちを発見して欺瞞のために味方機の影に隠れて2機編隊に見せかけている。

 しかしリック・ドムのセンサー有効半径5,400メートルに対し、ガンキャノンは6,000メートル。

 ミヤビの前世の記憶の中にあるガンダムのセンサー有効半径5,700メートル以上の性能で、余裕をもって敵の作戦を見破ることができていた。

 

『アムロ、狙える?』

「やってみるよ」

 

 アムロは左肩の240ミリ低反動キャノン砲で狙撃。

 命中はしなかったが、敵の編隊はさらに回避運動を取りながら一つの縦列になり、最大戦速で突っ込んでくる。

 

「リュウさん、敵が来ます!」

『わかったぁ!』

 

 リュウのコア・ブースターにも注意を促し、戦闘に入る。

 続けざまにすれ違うリック・ドム。

 敵からの狙撃は外れたが、アムロのガンキャノンの放ったビームは最後のドムの右腕をビーム・バズーカごと吹き飛ばす!

 

『さすがアムロ!』

 

 サラツーが感嘆するように、機動兵器同士の戦闘ではすれ違いざまの攻撃は相対速度差がありすぎてほぼ当てられない。

 交錯した後に反転し、敵の背後を取ることで相対速度差を合わせ狙い撃つというのがセオリーだが、アムロほどの腕になると違うということだった。

 しかし、

 

『油断するな、まだ生きてるぞ』

 

 と離れた位置からフォローするコア・ブースターのリュウからの通信のとおり、被弾したリック・ドムは残った左腕で背のヒート・サーベルを抜いていた。

 このまま戦闘を継続するつもりらしい。

 そしてまた、他の無事な機体も反転してガンキャノンに向かって来る!

 

「来るな」

 

 モニター上を左方向に流れていく機体は囮だ。

 ロケットエンジンをカットした慣性飛行で宇宙の闇に紛れて3機まとまって来るリック・ドムが本命か、ビーム・バズーカを発砲。

 回避するガンキャノンを尻目に三方に散って、狙いを定めさせない。

 さらにはガンキャノンが回避した先に、先ほどの隻腕になったリック・ドムが斬りかかってくる。

 

「わぁーっ!」

 

 アムロは切っ先を躱すと、その腹、コクピット部にキックを叩き込む。

 敵の動きを封じ、反動で距離を開けたところに左肩の240ミリ低反動キャノン砲を使い止め。

 リック・ドムが爆発するが、アムロはすでに、

 

「どこだ?」

 

 と次の敵を求めている。

 

 

 

「スカート付き!」

 

 アムロのガンキャノンを狙うリック・ドムだったが、それをさらに大外からリュウのコア・ブースターが狙う。

 モビルスーツは縦長。

 コア・ブースターに装備された二基のメガ粒子砲を有効に使うには機体を90度傾けて撃つ方が良い。

 ミヤビの前世でもGファイターが使っていた手だ。

 そしてリュウが放ったビームはリック・ドムの胴体、離れた位置に二条とも吸い込まれる。

 

『撃破です、リュウさん!』

 

 サラシックスが告げるとおり、爆発四散するリック・ドム。

 

 

 

「ガンキャノン、コア・ブースター、テキサスへ流されているようです」

 

 マーカーの報告を受け、ブライトは決断。

 

「よし、ガンキャノンLおよびドラケン各機、発進スタンバイ。各員、第一戦闘配置」

 

 

 

「サンマロ軍曹、また戦いが始まってんですか?」

 

 病室を訪れたサンマロにたずねるハヤト。

 彼についているサラナインは状況を知っていても教えてはくれないのだ。

 そしてサラナインが操る小さな人形の『分かってますよね?』という視線(右目は黒いリボンの眼帯に隠されてはいるが)にサンマロはうなずいて、

 

「ハヤトは体を治すことだけを考えるんだ。それも任務だぞ」

 

 そう答える。

 

「それはわかりますが、僕の傷は思ったほどひどくないんですよ」

 

 それを判断するのはハヤトではなくサンマロである。

 しかし彼は患者であるハヤトの心情を慮ってストレートに言うことなく、

 

「あと一日二日したら起きられるんだから今はこらえるんだ」

 

 となだめる。

 

「格好良くいかんもんですね」

 

 とため息交じりに言うハヤトにサンマロは、

 

「病人の格好っていうのだってあるのさ。彼女に手間をかけさせるなよ」

 

 そう言ってサラナインに視線を走らせた後、病室を出る。

 

「カノジョって……」

 

 サンマロの言葉を違う意味に捉え、顔を赤らめるハヤト。

 そして、

 

『そんな、彼女さんだなんて……』

 

 と照れた様子で頬を押さえ『いやいやっ』と首を振ったかと思うと、『ぽわわわわっ』みたいな擬音がぴったりくる夢見るような視線を宙に向けてのぼせ上がるサラナインだった。

 

 

 

「ミラーの調節も利かないコロニーはひどいものだな、カラカラだ」

 

 牧畜とレジャーの為のこのテキサスも、戦争の余波でミラーが動かなくなり八ヶ月あまり夕暮れのままである。

 そのため砂漠化が進み、人も住まない。

 シャアはそのテキサスコロニー内を、観光用の幌馬車を使って移動していた。

 彼の隣にはララァ。

 そして、

 

「フラナガン、どうだ?」

「順調です。ララァはテストターゲットを70パーセントの確率で当てました」

 

 と幌馬車内にはララァの記録を取る研究者。

 シャアからはフラナガンと呼ばれているが、ミヤビの記憶の中にある『機動戦士ガンダム』劇場版ではフラナガン博士は別にデザインされ、彼はフラナガン機関の研究員、もしくは助手という説もあった。

 まぁ、同名の人物かも知れないし、逆に秘匿呼称で外部から呼ばれる場合は誰でもフラナガンと呼ばれるとか、そういう話もあるかも知れないが。

 ともあれシャアは、

 

「うむ、ザンジバルに戻るか」

 

 ということにする。

 しかし不意にララァが、

 

「なにかしら? 来るわ」

 

 そうつぶやき意識を集中させるそぶりを見せる。

 

「来る? 何がだ?」

「なにかしら、なにかしら、これ? 何かが来るわ」

「フラナガン、なんだ?」

「テストターゲットではありません。今までこんな脳波の共振を示したことはありません」

「あたしと同じ人がいるのかしら?」

 

 そうつぶやくララァにシャアは、

 

「ララァ、今なんと言った?」

 

 と確かめる。

 表面上はいつもどおり、しかし内心では焦っているシャアの様子にララァは、

 

「フフフ、大佐があたしの心を触った感じなんです」

 

 と笑う。

 

「私が? ララァ、冗談はやめにしてくれないか」

「はい」

 

 そう答えつつも考え込むララァ。

 

(なんだったんだろう? 今の、あの痺れるような感覚は?)

 

 なお、シャアが焦っていたのは、

 

(ララァと同じ存在? まさかあの女が宇宙(そら)に上がってきているのではあるまいな!?)

 

 と、単にイセリナの恐怖に震えていただけだったりする。

 地上ではいつの間にか背後に居たり、離れた場所でも幻聴のように語りかけて来た存在である。

 彼が恐れるのも無理はないのかもしれない。




 ギャンにインストールされたサラですが……
 黒い三連星のサラ=アルコルといい、何でジオン側の彼女たちって、こんなにキャラが濃くなるんですかね。

 次回はいよいよギャンとの戦闘開始です。
 ご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第37話 テキサスでボッコボコ Cパート

「手馴れたパイロットたちだ。しかしパターンは読んだぞ!」

 

 また1機、リック・ドムを撃墜するアムロ。

 

 

 

「ガンキャノンとコア・ブースターはテキサスエリアに入りました」

 

 マーカーからの報告。

 ブライトはアムロたちの戦闘宙域が流されて行っていることに思案する。

 

「右舷の艦隊の動きはどうなんだ?」

「変化ありません。ゆっくり移動しているようです」

 

 これもまた妙である。

 まぁ、マ・クベのターゲットがアムロのガンキャノンに絞られているということに気付かなければ、そう感じるのも無理はない。

 

 

 

「チイッ!!」

 

 また一機、リック・ドムを撃墜するリュウ。

 しかし、

 

「何なんだ、こいつら」

『そうですね、アムロさんのガンキャノンを集中して狙っているのでこちらへの注意がおろそかになった結果、撃墜できているわけですけど』

 

 と、サラシックス共々戸惑っていた。

 アムロの黒いガンキャノンを倒せば二階級特進、などという話を知らなければ確かに不審に思うだろう。

 

 

 

「最後の一機」

 

 アムロはビーム・バズーカを連射するリック・ドムに狙いを定めるが、

 

「なに!?」

 

 不意に横殴りの小型ミサイルの乱射を受け体勢を崩す。

 

『損害軽微、戦闘継続に問題は無し。関節とか弱点部位にもらわない限り大丈夫だよ』

 

 サラツーの報告。

 アムロは直前に反応しており、とっさに回避運動を取ると同時にエルボージョイントアーマーを使って防御を行っていた。

 これは肘関節を保護するための装甲で、丸みのある形状は砲弾を受け流すために考案されたもの。

 腹部に腕を回せばシールドの代わりにコクピット部を守ることもできる。

 ミヤビの記憶の中でも後にジム・コマンド系の機体にも採用されていたやつだ。

 

 そこに隙ができたと見たかリック・ドムが追撃を仕掛けて来るが、アムロは当たり前のように回避。

 リック・ドムはそのまま飛び抜け、リュウのコア・ブースターに向かう。

 まるで先ほど攻撃してきた敵とガンキャノンを1対1で戦わせようとするかのように。

 つまり、

 

「こいつの所へ誘い込むための作戦だったのか」

 

 無論、相手はマ・クベのギャン。

 先ほどの攻撃は円形のシールド外縁部に備えられた小型のニードル・ミサイルである。

 

 シールドに誘爆の危険のある実弾兵器を付けてどうするという話もあったが、量産機中の量産機、ジェガンですらシールドにミサイルを仕込んでいたように、ギャンに限った話でも、珍しいものでもない。

 

 対モビルスーツ用のミサイルやグレネード等の弾頭は成形炸薬弾。

 その装甲貫通能力を持つメタルジェットは弾頭先端からわずか数十センチで消失してしまうものだから。

 エネルギーの70パーセントは周囲に散ってしまうため爆発の榴弾効果はあるが、元々シールドというものは機体から間隔を空けた追加のスペースドアーマー。

 すべてが爆発したところでモビルスーツ本体にそう深刻な損害は出ない。

 それにモビルスーツのシールドは消耗品。

 誘爆でシールドが失われようとも、少なくともそのきっかけとなった攻撃を1回は防御できているということでもあるし。

 

 またギャンのシールドは隠し武器的なウェポンラックとしての性格が強いもの。

 ミヤビの前世の記憶の中にあるネットワーク対戦ゲーム『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』では「盾のような特殊形状の専用装備」扱いで、ギャンはシールドを持っていない、とされていたぐらいだし。

 それは極端な例だが実際、

 

 敵機を発見 → 大抵は距離が空いているため、まずはシールド内装火器で射撃戦を行う → 弾薬を使い切ったら近接戦闘へ移行 → 誘爆の危険性が無くなったシールド型ウェポンラックは気兼ねなく防御に使える。

 

 というようなコンセプトが見え隠れするものだった。

 実際にそうなるかはまた別の問題だし、パイロットが違う使い方を見出したりするかも知れなかったが。

 

 

 

「さて、来てもらおうか、木馬の黒いガンキャノン」

 

 スペースデブリの岩塊の上、ビームサーベルとシールドを構えるマ・クベのギャン。

 

 

 

「こいつ、小賢しいと思う」

 

 アムロはモニターに映るギャンを睨み据える。

 

「サラツー。スプレーミサイルランチャー、ファランクス・モード」

『了解、スプレーミサイルランチャー、ファランクス・モード』

 

 右肩に装備されたスプレーミサイルランチャーの一斉射撃で面の攻撃をすると同時に、それを追いかけるように突っ込むアムロの黒いガンキャノン。

 格闘ゲーム『ストリートファイターシリーズ』におけるガイルのソニック追いかけ、飛び道具を追うようにして距離を詰め攻撃するのと同じ戦法だ。

 

 しかしギャンは岩塊を蹴ることで初期加速を得ながら後方に飛びずさり避ける。

 

「速い!」

 

 ギャンは競作機のゲルググと比べ空間戦闘能力は低いが、逆に運動性能は高く評価されていた。

 今の動きはデブリの岩塊という足場を使って、それを生かした回避方法だった。

 それでもアムロはギャンを追うが、しかしガンキャノンがギャンの足場となっていた岩塊とすれ違おうとする瞬間に、それが爆発した!

 

 

 

「ははは、や、やった」

 

 珍しく歓声を上げるマ・クベ。

 

「フフ、戦いをまともにやろうとするからこういう目に遭うのだよ、ガンキャノン」

 

 仕掛けた爆薬により爆発した岩塊の破片から、シールドで機体を守りながらもほくそ笑む。

 

『本当に突っ込んで来ましたね。距離を置いて射撃戦をされたら、じり貧になると思ってたのに』

 

 そう感心するのはサポートAIのサラ=クン。

 マ・クベはというと、

 

「腕に自信があるパイロットだからこそ、足を止め距離を置いての射撃戦、火力によるごり押しなどしない。火力を生かしつつも、常に自分が主導権を取り続けるよう突入し短期による決着を望むのだ」

 

 そう語る。

 実際『機動戦士ガンダム』第22話「マ・クベ包囲網を破れ!」でもそうだったように、マ・クベの真骨頂は心理戦による予測。

 だからこそ先ほどの仕掛けも、そして史実でのこのテキサスの戦いでもアムロを罠に嵌め続けることができたのだ。

 しかし、

 

『上だよっ!』

「おおっ!!」

 

 サラ=クンからの警告。

 そして上からの狙撃!

 アムロのニュータイプゆえの直感だろう、ガンキャノンはとっさに防御姿勢を取り爆発に耐えていた。

 そして敢えて逆らわず吹き飛ばされることで衝撃を逃がし、距離を取っていたのだ。

 

『大佐!』

「うむ」

 

 マ・クベは牽制のため構えたシールドからニードル・ミサイルを撃ち弾幕を張りながら後退。

 この武器はミヤビの前世の記憶の中にあるネットワーク対戦ゲーム『機動戦士ガンダム オンライン』でもそうだったように、武装の持ち替えが発生しなく、シールド防御しながら射撃ができる点で優秀だった。

 また『機動戦士ガンダム』劇中でガンダムシールドをズタズタにしていたように威力もそれなりに高い。

 少なくともザクマシンガン以上の火力はあるのだ。

 装弾数だって56基と60基の2説があるが、いずれにせよ十分なものだ。

 

 

 

「ん? テキサスに逃げるのか?」

 

 マ・クベを追い、テキサスのドッキング・ベイに向かうアムロ。

 十分な警戒をしながらゲート部に着地。

 無人のそこに、歩を進める。

 宇宙用モビルスーツの足裏にはマグネットが装備され、それによりコロニーの無重力部分でも歩行が可能とされているのだ。

(逆にザクIIJ型等、地上用のモビルスーツでは軽量化のためこの手の宇宙用装備は外されているという)

 

 回転式スイッチをマニピュレータで操作。

 エアロックのゲートを開けていく。

 

 

 

 エレベーターでテキサスコロニーの居住区画から中央メインシャフト、マ・クベとアムロが侵入したのとは逆側のベイブロック部分に移動するシャアとララァ。

 

「何を見ているのだ?」

「大佐を。いけませんか?」

「構わんよ」

 

 そしてララァは問う。

 

「あたしにエルメスを操縦できるのでしょうか?」

「恐いのか?」

「はい」

 

 シャアは無理も無いとうなずく。

 

「それは慣れるしかないな。私がいつもついていてあげる。そうしたらララァはすぐに私以上のパイロットになれる」

「私が? 赤い彗星以上に?」

 

 シャアはララァが示した人並外れた直感と、戦場を俯瞰視し敵味方を識別し続けられる空間認識能力を考え、そう結論付ける。

 

「当たり前だ。そうでなければ、みなしごだったララァをフラナガン機関に預けたりはしない」

 

 そうして声を和らげ、

 

「サイド6ではさびしい思いをさせてすまなかったな」

 

 そう謝る。

 それを受け、ララァは微笑む。

 シャアが本心から自分を気遣ってくれていること、それを言葉で表してくれること、どちらにも感謝して。

 

 そしてエレベーターは止まり、マリガン中尉が彼らを出迎える。

 

「大佐、マ・クベ大佐がモビルスーツでテキサスに潜入したそうです」

「マ・クベがか? 物好きな。マ・クベにそんなところがあったとはな」

 

 と腑に落ちない様子でつぶやくシャアにマリガンは、

 

「ご自分用のモビルスーツを開発させて打倒木馬と常日頃おっしゃっておられたようですから、自信があるのでしょう」

 

 そう説明する。

 彼はキシリアのひも付き。

 シャアと違ってキシリア陣営の将兵に対する情報源を持っていて、それを使って自分が役に立っているとアピールしているわけだ。

 そんな彼の内情を察しながらもシャアは自然な口調で答える。

 

「私へのあてつけだよ。そうでなければ彼がそんな軽率なことをする訳がない。しかし、黙って見ている訳にもいかんな」

 

 思案する上司に、マリガンは、

 

「FZ型ザクの受け入れは終わっています。大佐殿の技師からは調整がまだ完全ではないと言われていますが」

 

 と回答。

 

「アルレットがか?」

 

 シャアは少し考えてからこう答える。

 

「なら、テストを兼ねてマ・クベの様子を見るか」

 

 無論、アルレットからは、

 

「とんでもない! テストはテストパイロットがやるものです! 何のためにダントンが居ると思ってるんですか!!」

「俺ならいいのか?」

「ダントンは黙ってて! とにかくダメです! 絶対にノゥ!!! ノーとしか言えません!!」

 

 と猛反対されるのだが、シャア・アズナブルはそれを聞いて自重するような男ではない……

 

 

 

「まだだ」

 

 リュウは残りのリック・ドムと一対一で撃ち合う。

 リック・ドムは近接戦闘に持ち込もうとビーム・バズーカを左腕に持ち替え、右腕で背中に装備されたヒート・サーベルを抜こうとするが、

 

『今です!』

 

 サラシックスの指示に従い、メガ粒子砲を発射。

 

「やった」

 

 ミヤビの前世、ガンダムのオンライン対戦のゲームでもそうであったように、武器の持ち替え動作には一瞬の隙ができる。

 そこを狙った一撃だった。

 そして遠方で発砲の光。

 サラシックスが告げる。

 

『敵艦ですね』

 

 

 

 ホワイトベースは敵艦隊からの発砲を岩塊の影に隠れることで回避。

 

「フラウ・ボゥ、待機中のガンキャノンL、ドラケンを発進させろ」

「はい」

 

 ブライトは残りのモビルスーツを全機発艦させるよう指示。

 

「マーカー、敵艦は?」

「チベ1、ムサイ2」

 

 確認された敵艦は三隻だった。

 そうしてカイとセイラのガンキャノンL、そしてスレッガーのドラケンE改可翔式が発進。

 続けて発艦準備に入るミヤビからは、

 

「私はアムロの方のフォローに回ってもいいかしら? 敵を追いかけてテキサスコロニーに入ったせいで、彼は今単独で連絡も取れてないでしょう?」

 

 そう確認が入る。

 ブライトはまたミヤビにフォローしてもらったことに己の不甲斐なさを感じつつ、

 

「そうですね、リュウを補給のため戻しますから代わりにお願いします」

 

 と依頼。

 

『任せて、ミヤビ・ヤシマ、ドラケンE改出ます!』

 

 そうやってミヤビはテキサスコロニーに向け発進する。

 

 

 

 アムロはエアロックを加圧して、今度はコロニー内側の隔壁を開ける。

 上下に分かれてスライドして行く隔壁。

 敵の攻撃に備え、その陰に身を隠すが、重力に囚われた人間なら足を着けて下側に隠れるところを、アムロは無重力であることを利用し、上側扉の影にガンキャノンを隠す。

 この辺りはスペースノイドならではの発想だ。

 しかし…… 隔壁の裏にはそれを読んだように爆弾が仕掛けられていた。

 それも隔壁が上がっていき隠れる場所が減って行く、つまりガンキャノンが身を隠すなら位置が限定されるその時に計ったように爆発するよう、ローラレバー形の位置検出スイッチ、リミットスイッチのように隔壁の開閉状態、位置を検出して爆発するもの。

 モビルスーツサイズのブービートラップが!

 

「うわぁっ!!」

 

 爆発に吹き飛ばされるガンキャノン!

 

 

 

「……なにかしら?」

 

 つぶやくララァ。

 その耳がシャアの声を捉える。

 

「わかっている。FZのデータは頭に入れてある」

 

 振り向けば、シャアがモビルスーツへと搭乗しようとしていた。

 赤く塗られたMS-06FZ、ザクII最終生産型である。

 マリガンは心配そうに、

 

「ノーマルスーツを着てはいただけませんか?」

 

 と言うが、シャアは、

 

「私はモビルスーツに乗っても必ず帰ってくる主義だ。死にたくない一心でな。だから戦闘服だのノーマルスーツなどは着ないのだよ」

 

 そう答える。

 まぁ、シャアもアムロと同様にノーマルスーツを操縦の邪魔をする煩わしいものと感じているのかもしれないが。

 

 ララァはしかし、そんなシャアを信頼しきった目で見るが、

 

「………?」

 

 先ほどの『何か』を再び感じ、首を傾げる。

 

 

 

「ん?」

 

 アムロはコロニー内に侵入、中央部の低重力地帯を飛行するが、雲の向こうからわずかな発光、噴射炎を捉えるとニードル・ミサイルの攻撃を素早く回避。

 

「サラツー。スプレーミサイルランチャー、ファランクス・モード」

『了解、スプレーミサイルランチャー、ファランクス・モード』

 

 すかさず右肩に装備されたスプレーミサイルランチャーの一斉射撃で反撃するが、

 

「……違うな」

 

 雲の先での爆発。

 それが敵機に当たってはいないことを感じ取る。

 そして敵機を追う先に現れる、多数の小さな球状の何か。

 アムロは回避しようとするが、それは辺り一帯に散布されており接触してしまう。

 

「うわーっ」

 

 触れたとたん、爆発する。

 

『これは機雷!?』

 

 サラツーが驚いた声を上げたように浮遊機雷……

 ギャンのシールドから撒かれたハイド・ボンブであった。

 

「……こ、こんな小型爆弾で」

 

 連鎖的に爆発する機雷に、たまらず回避。

 コロニー地表部へと降下する。

 ギャンの高い運動性能を生かすステージ、重力環境下へと……

 

 

 

 シャアのFZ型ザク、その足元にはララァの乗ったバギーがあった。

 

「大佐」

「ララァ、安全な場所からよく見ておけ。モビルスーツ同士の戦いというものを」

「はい」

 

 テキサスコロニー内へ発進するFZ型ザク。

 その腕に持たれているのはモビルスーツの全高をはるかに超えるほどの長大な砲身を持つ135ミリ対艦ライフル。

 ミヤビの前世の記憶では『機動戦士ガンダム MS IGLOO』登場のヅダ等が使っていた高速の砲弾を射出する兵器で、艦艇の装甲を撃ち抜く威力を持つと言われていた。

 無論、こんなものをモビルスーツが食らったらただでは済まない。

 ルナ・チタニウム製の分厚い装甲を持つガンキャノンとて、耐えることはできないだろう。

 

「さて、マ・クベのお手並みを見せてもらおうか」

 

 そうつぶやき、笑うシャア。




 ビーム兵器が使えないなら、強力な実弾兵器を使えばいいじゃない、ということでヅダが使っていた135ミリ対艦ライフルなんぞを持ち出すシャア。
 まぁ、彼はザクマシンガンが効かないと見るやすぐにヒートホークやザクバズーカを持ち出す人でしたからこんな選択もありなのでしょう。
 オリジンでも別型のMS用対艦ライフル ASR-78がザクに用意されていましたしね。

 次回は史実より強化されたギャンの真の実力が明らかに。
 そのせいで変化してしまったジオンのモビルスーツ開発事情も一緒にお届けする予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第37話 テキサスでボッコボコ Dパート

「3、2、1、どうぞ」

 

 ホワイトベースはミライの操舵で岩陰から上昇し、砲撃。

 敵の反撃を受ける前に再び隠れる。

 そうして隠れた場所付近に集中する敵の砲撃を尻目に、今度は別の場所から姿を現し砲撃。

 位置を変えることを怠っていたムサイの艦橋を吹き飛ばす。

 

 

 

「うっ、バ、バロメルが」

 

 僚艦がやられたことに慌てるウラガン。

 

「こっちも岩を盾にするんだ!」

 

 

 

「あれか?」

 

 シャアは砂塵が舞う荒野に走る爆発を確認。

 岩山の上に着地し高台からモノアイを左右に振って戦場をサーチ、確認後、そこから降りて岩陰に身を隠す。

 そうして135ミリ対艦ライフルの砲身に備えられた二脚銃架、バイポッドを開くと伏せ撃ち、伏射体勢を取った。

 岩山の上から撃ち下した方が射界が広く取れて良さそうに思えるが、遮蔽物の上から身を乗り出すことになるため、機体を隠す突起状の地形などが無い限りは避けるべきだ。

 それよりは遮蔽物の横…… というより根元。

 できる限り低い位置から構えた方が、機体のシルエットを晒さずに済む。

 

 FZ型ザクはビーム兵器が使えない。

 しかし、この135ミリ対艦ライフルによる狙撃なら、ガンキャノンに致命傷を与えることができるだろう。

 

 

 

 マ・クベは岩陰に身をひそめながら、こちらの射撃をことごとく回避する黒いガンキャノンを観察する。

 

「カンがいいのか? それともあの新しいタイプの奴なのか?」

 

 そこに別方向からの砲撃。

 

「ん、味方のモビルスーツか?」

 

 マ・クベはそうつぶやくが、

 

『……いえ、これ大口径、超高速の実弾砲による攻撃ですよ』

 

 とサラ=クンが答える。

 

『味方の艦隊のリック・ドムが使う武器じゃないです』

「なに?」

 

 

 

「いかんな、これは」

 

 ぼやくシャア。

 135ミリ対艦ライフルには砲口にマズルブレーキが付いており、砲口から砲弾が飛び出したのちに噴出する装薬の燃焼ガスを左右斜め後ろ方向に導くことで発射時の反動を抑制させているのだが。

 この135ミリ対艦ライフルのマズルブレーキには上下に穴が開いており、利用しきれない燃焼ガスがそこから逃げる……

 地面との距離が近い伏せ撃ちでは、これが土ぼこりを盛大に巻き上げて再照準の邪魔をするし、居場所をばらしてしまうのだ。

 

「あくまでも『対艦』ライフルということか」

 

 宇宙空間での使用を前提としているもので、このようなシチュエーションには対応していないということらしい。

 宇宙空間での使用ならこのようなこともないし、発砲炎が左右上下、十字に散る、つまり砲身に対し左斜め上の位置にセットされた照準用センサーの邪魔をしないということで有効なのだろう。

 シャアは135ミリ対艦ライフルのキャリングハンドルをひっ掴むと退避、さっさと位置替えをする。

 

 

 

「やるな!」

 

 アムロは回避運動を取りつつ、右肩に装備されたスプレーミサイルランチャーの一斉射撃で牽制。

 足裏のロケットエンジンで機体を浮かしつつ背面ロケットエンジンにより地上を滑るように移動する、疑似的なホバー移動で火点に向かって突撃する。

 

「赤いモビルスーツ?」

 

 発見できたのは赤いザク。

 しかし以前見たシャアのS型とは別物。

 その証拠に敵もまた135ミリ対艦ライフルを片手に、スラスターを使った疑似的なホバー移動で回避する。

 それもアムロの腕とサラツーによるサポートにより何とか実現し、それでも短距離の直線運動が限界のガンキャノンと違い、本格的なホバーを備えたドムと同等の動きをして見せる。

『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』劇中でも見せたマニューバだが、この機体は従来のザクIIF型に比べ総推力が70パーセント増しに増強されている上、統合整備計画の適用によってメーカーの垣根を超えた協業が成された結果、ドムのホバーのデータが生かされているがゆえに新兵のバーニィにもできたのだ。

 従来のザクならこんなことは不可能だ。

 

「シャアなのか?」

 

 同時に、アムロは足元に転がるモビルスーツサイズの柄付き手榴弾に気付く。

 

「しまった!?」

 

 FZ型ザクの右腰ラックに3発装備されたハンドグレネード。

 シャアは回避すると同時に遅延信管を作動させたそれを密かに残して行ったのだ!

 危うく爆発を回避するアムロだったが、

 

「シャアめ!」

 

 そのせいでザクを見失う。

 

 

 

 再び離れた位置、岩山を遮蔽と機体を預け射撃を安定させるサポートとして利用してシャアは狙撃する。

 この場合、砲はサポートには絶対に触れさせない。

 人間が扱う狙撃銃でも一緒だが、硬い固定物を台座として使ってしまうと銃は反動を吸収しきれず、跳ね上がることになるからだ。

 距離を保ちつつ、激しく撃ち合う両者だったが、

 

「シャアーッ、退けい!」

 

 しかしアムロとシャアの戦闘に、マ・クベのギャンが割って入る。

 

「今の貴様の任務はガンキャノンを倒すことではないはずだ!」

『味方が苦戦しているのを見逃す訳にはいかんのでな』

 

 そう答えるシャアに、マ・クベは、

 

「私なりの戦い方があるからこそガンキャノンを引き込んだのだ」

 

 と主張する。

 シャアは、

 

「任せたよ、マ・クベ大佐。来るぞ」

 

 と言って退いて行った。

 そしてマ・クベはジャンプで斬り込む。

 空中で絶好の的、と思われるギャンにガンキャノンはビームライフルを向けるも、

 

「フフ、今までのデータで確かめてある。シャアとの小競り合いでビームを使いすぎたのだよ」

 

 ビームライフルのエネルギー切れ。

 その一瞬の隙をつき得意の格闘戦に持ち込むギャン。

 ジャンプ大切り、ジャンプトライファーントからの、

 

『スプラッシュファーント!』

 

 サラ=クンが叫ぶとおりの連続突き。

 どちらも格闘ゲーム『サムライスピリッツ』の女剣士シャルロットの技である。

 まぁ、コアなガンダムファンならそのモーションを丸パクリしたギャンが登場するガンダムの格闘ゲーム『機動戦士ガンダム EX REVUE』の方を思い浮かべたかもしれないが。

 そちらでは『スプラッシュファーント』のパクリ技は『パワースラッシュ』と呼ばれており、おそろしいことに劇中では無かったこの技の名前をマ・クベの声優である塩沢兼人氏本人が叫んでくれるのだ。

 

 

 

「つ、強いっ!?」

 

 アムロのガンキャノンはギャンの猛攻を何とかかわしつつも腰後ろのラッチからヒートホークを抜き、その切っ先を弾く!

 

 

 

『リュウさん!』

「よし!」

 

 リュウのコア・ブースターはスレッガーのドラケンE改可翔式とエレメントを組み、そのアシストでリック・ドムを撃墜する。

 

 

 

 ビーム・バズーカを左腕に持ち替え、右腕で抜いたヒート・サーベルでガンキャノンLに接近戦を仕掛けて来るリック・ドム。

 

「こいつ!」

『ビームスプレーガン、バーストモード、カイさん!』

 

 サラスリーはビームスプレーガンの射撃モードを切り替え。

 

「うおーっ!!」

 

 面制圧用の『バーストショット』による3連射を叩き込むカイ。

 ビームライフルよりも集束率が低く、射程は短い兵装ではあるものの連射性は上。

 そして近距離ではビームライフルと同等の威力を有するとされるビームスプレーガンに貫かれ、リック・ドムは爆散する。

 

 

 

「ガンキャノンがかたをつけてくれればありがたいとも思ったが、マ・クベめ、よくやる」

 

 引いた位置からギャンとガンキャノンの闘いを観察するシャア。

 

「ララァ、見ているな?」

 

 

 

「大佐はなぜ助けてあげないのかしら? なぜ?」

 

 シャアとは別の位置から戦いの様子を見守るララァ。

 そして、

 

「……こ、これだわ、さっきからの感じ」

 

 その戦いに何かを感じ取る。

 

 

 

『ミヤビさんはなぜ助けてあげないんですか? なぜ?』

「無茶言わないで頂戴! ドラケンE改と私程度の腕で、あの戦いに割って入れるはずが無いでしょう!?」

 

 ミヤビもまたドラケンE改のステルス性を生かして身をひそめながら状況を注視している。

 ミヤビの前世の記憶では、ニュータイプに目覚めたアムロがマ・クベのギャンを圧倒した戦いである。

 アムロが乗っているのがガンキャノンであるという違いがあったが、しかし、

 

(強すぎない? アレ……)

 

 おかしいのだ、アムロがかなり苦戦している。

 というか、ギャンの動きが良すぎるのだ。

 ガンダムの格闘ゲーム『機動戦士ガンダム EX REVUE』を思い浮かべるミヤビ。

 このゲームのギャンはSNKの格闘ゲーム『サムライスピリッツ』のシャルロットのモーションを丸パクリしたキャラだったが。

 そもそもシャルロットはもの凄い強キャラ。

 特に初代サムライスピリッツではぶっ壊れ性能と言っていいほど卑怯な強さを誇り、対戦ダイアグラム上では並ぶ者無し堂々の1位に君臨していた。

 そして『機動戦士ガンダム EX REVUE』ではその強さをさらに強化する方向でキャラ付けされているというクソ性能を誇っているのだった。

 目の前のギャンは、それぐらい強い。

 

(確かにギャンは流体パルスアクセラレーターで動きが強化されていた、という話だけど)

 

 流体パルスアクセラレーターは流体パルス・システム版のマグネットコーティング技術とも言えるもので、駆動エネルギーの余剰を蓄積し必要に応じて該当する駆動部に送出する機能を持つ。

 それによりアクチュエーターの反応速度と駆動力を爆発的に上げることが可能。

 ミヤビのドラケンE改および、ツヴァークではそれを参考にした機構を入れることで性能の底上げをしていたが……

 

 そして気づくミヤビ。

 

(さてミヤビさん。ここで問題です。流体パルスアクセラレーターを参考にした機構を組み込んだドラケンE改を参考にギャンの流体パルスアクセラレーターを造ったらどうなるでしょうか?)

 

 答え、参考にできる基礎技術があった分、完成度が上がりギャンの性能が史実よりさらに高まります。

 

(しまったあああぁぁぁーっ!!)

 

 頭を抱えるミヤビ。

 実際、この変化はシャレにならない影響をジオン軍のモビルスーツ開発にもたらしていた。

 YMS-15、ギャンはゲルググと次期主力量産機の座を争った競作機だった。

 しかしそもそも次期主力量産機はジオニック社のゲルググと事前に決まっており、ギャンはコンペを成り立たせるためのいわば当て馬だった(だからここまで趣味に走った機体だった)というのが定説である。

 

 だが、このミヤビのせいで強化された流体パルスアクセラレーターが高性能に過ぎた。

 おかげでギャンは極まった運動性を発揮し、格闘戦ではゲルググを圧倒。

 その他にもツィマット社がネメシスの、ランバ・ラル隊が運用するMS-06Cにせガンダムとアナハイムエレクトロニクス社からの技術的フィードバックを受けビーム・バズーカを完成させていたことによりビーム射撃兵器も一応使用できたこともあり。

 このままゲルググを採用します、とはとても言えない状況に陥ってしまったのだ。

 

 幸い例のガンキャノンショックで開発機種を絞り、リソースを集中させたことで余裕があったことから軍はゲルググにギャンの性能を取り入れた機体を生産することを決定。

 しかし、それってガルバルディだよね、という話であり、こうしてゲルググの量産化は立ち消え。

 シャアにゲルググが渡ることが無くなったのもこのためであった……

 

(そ…… そういえば、はるか昔、ドラケンなんて作業用重機に過ぎないんだから、前世の記憶にあった技術全部盛りでいいんじゃないかって開発した覚えはあるけど…… それがまさかこんなひどい仕打ちになろうとは……)

 

 くぅー、ツィマット社め~!

 

 とミヤビは恨むが完全に逆恨みだし、自業自得だし、筋違いだし、後の祭りだし、というものである。

 そんなミヤビを尻目に、目の前の戦況は変化し、

 

『助けてっ、助けてミヤビさんっ!!』

 

 サラツーからの悲鳴交じりの助力の要請。

 気が付いたらガンキャノンがギャンを背後から羽交い絞めにして押さえ込んでいた。

 

『もう剣を引け!』

 

 通信機越しに聞こえてくるアムロの声。

 

『汚い手しか使えないお前はもうパワー負けしている!!』

 

 動きでは付いていけないため、ガンキャノンの特性を生かしたパワー戦に切り替えたのだろう。

 

『ミヤビさん早く! 早くシテぇ!!』

 

 それでも強化された流体パルスアクセラレーターが生み出す瞬発力は凄いらしく、長くは押さえ込めない模様。

 

「なら!」

 

 覚悟を決めるミヤビ。

 ビームサーベル、およびパルマフィオキーナ掌部ビームピック機能では、背後のガンキャノンまで傷付けてしまう。

 それゆえミヤビは叫ぶ、

 

「ヘル! アンド! ヘブン!」

 

【挿絵表示】

 

 ミヤビの音声コマンド入力に応え、サラは右腕の甲壱型腕ビームサーベル先端のヒートクローを加熱によりプラズマ化!

 そして左腕の二重下腕肢は肘から先が二つに割れる!

 

『ゲム・ギル・ガン・ゴー・グフォ……』

 

 右腕の甲壱型腕ビームサーベルを左腕の二重下腕肢でがっしりと掴み、それを構えてジェットローラーダッシュで突進する!!

 

『「はあああああああっ!!」』

 

 ミヤビとサラの叫びが今一つに!

 ヘル・アンド・ヘブンはアニメ『勇者王ガオガイガー』における、ガオガイガーの攻撃を司る右腕と、防御を司る左腕、両方の力を合わせて放つ必殺技だ!!

 

 

 

『うわあああぁぁぁっ! ダメだよ大佐! 降参して!!』

 

 悲鳴を上げ、いやいやと首を振るサラ=クン。

 ガンキャノンに羽交い絞めされ動けないところをドラケンE改のヘル・アンド・ヘブンに狙われる。

 頭の中(思考ルーチン)には処刑用BGMが鳴り響き、もう駄目だとマ・クベに投降を促すが、

 

「シャアを図に乗らせないためには、ガンキャノンを倒さねばならんのだよ!」

 

 とマ・クベは退かない。

 

 

 

「サラちゃん、狙いは股間にある円筒状のパーツ、そこがあのモビルスーツの強さの秘密よ!」

 

 それがギャンの流体パルスアクセラレーターである。

 どうしてこんな場所についているのかと言うとエネルギーを貯め込む関係上、結構危険な機構だから。

 円筒状の頑丈なケースにより厳重にシールドを施した上で、攻撃で破損するなどトラブルがあった場合にはイジェクトし機体を守るためだったが、今回はそれが狙い目だ。

 

『それならゴールドクラッシュです!』

「は?」

 

 サラの宣言に、間の抜けた声を上げるミヤビ。

『ゴールドクラッシュ』とは、アニメ『ゴールドライタン』における必殺技。

 空手の技である『貫手(ぬきて)』で装甲を貫き、敵の中枢回路をつかみ取り引きずり出して握りつぶすという、えぐい技だ!!

 

 低い位置から突き上げるように甲壱型腕ビームサーベルが持つビームジャベリン機構の伸縮機能をも利用した高速の貫手を放つサラ。

 

『必殺! ゴールドクラッシュ!!(クラッシュ…… クラッシュ…… クラッシュ……)』

 

 セルフエコーをかけながら、ヒートクローでギャンの股間から大事な部分をえぐり取り、握りつぶす!!

 

 

 

「アオオオオオオオーーーーーーーーーッ!?!?!?」

 

 機体を突き抜ける衝撃に、叫ぶマ・クベ。

 そして機体からのフィードバックをもろに受けたサラ=クンは、

 

『あ゙ーーーーーーーーーっ!!!』

 

 と未知の領域の苦痛に絶叫。

 その見開いた瞳から涙が散る。

 酷い、酷すぎる……

 

 

 

(もうおやめなさい、終わったのよ)

 

 ララァの思念がアムロの元に届くが、あまりに衝撃的な光景に股間のものをすくみ上らせた彼は、

 

「いや、言われなくても分かるし、これ以上は何もできないよ」

 

 と普通に答えて流してしまっていたりする。

 

 

 

「それ見たことか。付け焼刃に何ができるというか」

 

 と言いつつも、仮面の下の顔が青ざめているシャア。

 

 

 

 そうしてマ・クベは、

 

「ウラガン、あの壺をキシリア様に届けてくれよ、あれはいい物だ……」

 

 という言葉を残し……

 股間から流体パルスアクセラレーターを抜かれたギャンは絶命したかのように前のめりにくずおれた。

 若干、内股気味なのはタマタマなのか……

 

『………』

 

 サラ=クンはあまりのことに自閉モードに陥り沈黙中。

 

 

 

 マ・クベとサラ=クン、再起不能でリタイア。

 チャン♪ チャン♪

 

 To Be Continued

 

 

 

次回予告

 FZ型ザクを駆り、アムロと互角に戦って見せるシャア。

 その戦いの果てにセイラと再会した彼は言い放つ。

「私という一個人にとって父は家庭を顧みず、私が何より愛した母とお前を不幸にし、ついには母を幽閉の末の孤独な死に追いやった『まるでダメなおっさん』に過ぎん」

 次回『シャア、ぶっちゃける』

 再会した兄が何を言っているかわからない件。




 ゴールドクラッシュって……
 その昔書いたお話で流体パルスアクセラレーターをギャンの一番大事なところ、魂と言う意味で『ギャンタマ』と呼んでいる、としたことがありましたが、まさかそれをえぐり取り、握りつぶす暴挙に出るとは。
 残虐過ぎて見せられないよ、ということで仮にTV放送するならこのシーン、マ・クベの壺がパリーンと音を立てて砕け散っているイメージ画像に差し代わっていそうです。


> それがギャンの流体パルスアクセラレーターである。
> どうしてこんな場所についているのかと言うとエネルギーを貯め込む関係上、結構危険な機構だから。
> 円筒状の頑丈なケースにより厳重にシールドを施した上で、攻撃で破損した場合にはイジェクトし機体を守るためだったが、今回はそれが狙い目だ。

 プラモデル、MG 1/100 YMS-15 ギャンで再現されているものですね。
 付属のインストにもこの辺、詳しいことが載っています。


 なお、ミヤビのせいで狂ってしまったジオンのモビルスーツ開発事情ですが、ゲルググの代わりにガルバルディがすぐにできるはずもなく、史実におけるゲルググのポジションにはまた、別の機体が登場する予定です。
 その辺は今後の展開にご期待ください。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第38話 シャア、ぶっちゃける Aパート

 アムロは、

 

「誰だ? 誰が僕を見ているんだ?」

 

 とテキサスコロニー内で周囲を警戒していた。

 見ているというのは直接視認しているという意味ではなく、ニュータイプがクリアボヤンス、千里眼のような超能力じみた力で見ている、というのも正確ではない。

 

 ニュータイプは空間認識能力により戦場を俯瞰し、把握し続けられる能力を持つ。

 つまり直接目にされていなくても、ニュータイプに位置を捉まれている限り、それは見られているのと同じこと。

 アムロが気にしているのはそこである。

 

 

 

 シャアはララァのバギーと合流し、

 

「急いでザンジバルへ戻れ」

 

 と指示を出す。

 

「はい、大佐」

「私はガンキャノンを食い止める」

「はい。でも大佐は?」

「ララァ、私の心配なら無用だといつも言ってるはずだ。さあ、早く行くがいい」

 

 ララァはうなずくと、

 

「赤い彗星のシャア、信じています」

 

 そう言い残し、バギーを走らせる。

 

 

 

「アムロも気がかりだが、さて、この状態では先に動いた方が不利になるしな」

 

 つぶやくブライト。

 今、ホワイトベースとマ・クベ艦隊はテキサスゾーンの漂流物に身を隠し、互いの位置を確認できないまま対峙していた。

 

「ミライ、どう思う?」

「そうね。アムロは大丈夫、生きているわ」

「なぜそんな事が言えるんですか!?」

 

 歯ぎしりと病んだ寝言を発しながら寝ていたところを叩き起こされ、世界のすべてを呪うような暗い瞳をしながら通信手の席についていたフラウが叫ぶ。

 

「そうね……」

 

 ミヤビの知る史実ではニュータイプとはまた違ったカンの冴えを見せたミライは「なんとなくわかるのよ」と答えたものだったが、しかし、

 

「姉さんとサラちゃんたちがついているもの」

 

 そう答える。

 そうしてフラウは視線を通信機に戻すとつぶやく。

 

「アムロ……」

 

 嫉妬に狂った女、そのものの顔で。

 一方、

 

『ブライトさん、ミヤビさんから伝言です』

 

 と、ホワイトベースの戦術コンピュータにインストールされているサラから提言がある。

 

「伝言?」

『もし膠着状態に陥ったら、ドラケンE改とツヴァークを無人偵察機として出せばいいと、事前に提案が』

「ふむ?」

 

『機動戦士ガンダム MS IGLOO -1年戦争秘録-』のマンガ版で、本編未登場の兵器のエピソードも追加されていた『機動戦士ガンダム MS IGLOO 603』でもYOP-04試作観測ポッド、バロールが登場していたように。

 無人の偵察機というのは結構普通な発想ではある。

 ミノフスキー粒子のおかげで出しても行方不明になりがちな現時点では廃れているものだが、サポートAIサラのおかげである程度の自律行動と独自判断が可能なドラケンE改とツヴァークならば可能だろうし。

 

『どちらもステルス性が高い機体ですし』

 

 ドラケンE改は機体が小さくステルス塗装が施されている上、濃い赤の塗装は低光量環境下で周囲に溶け込む迷彩効果を発揮する。

 また発熱の小さい燃料電池が動力源であり、その少ない発熱も熱回収器を介して推進剤の加熱に使われているため排熱が少ない点も隠密性を高めることにつながっている。

 それでも利用しきれない余剰熱は放熱器から放出されるが、軍用機においては放熱器のアクティブ・ステルス制御機能がソフトウェアで実現されている。

 これは放熱器を自動制御し敵の検知にかからない方向のみ放射する方式で、両肩、尻に放熱器が分散配置されているドラケンE改において効果的に作用するものである。

 

【挿絵表示】

 

 ミヤビの前世の記憶ではゼータガンダムで実用化された技術である、とした資料があって、それを参考にミヤビが組み込んだシステムだった。

 

 一方、ツヴァークはボディがプラスティック製で、ステルス加工された耐弾強化繊維が封じ込められている。

 ステルス戦闘機、F-35 ライトニングIIでは機体表面に用いられるカーボン複合材にはカーボン素材の段階からレーダー波吸収材(RAM)が混合されていたわけだが、それと同様の仕組みだ。

 

 そして、

 

『元は作業用重機ですから、このテキサスの暗礁地帯のような障害物の多い空間での行動にも適していますし』

「なるほど……」

 

 ということ。

 

 

 

 ジオン側でもこの膠着状態にウラガンがじれていた。

 テキサスコロニーに向かったままのマ・クベが心配なのだ。

 

「デラミン艦長、戦力ではこちらの方が圧倒的に有利であります、攻撃を」

 

 このチベの艦長を務めるデラミンにそう進言するが、

 

「いかん。敵は一隻とはいえ大型戦艦だ。こちらがのこのこ出て行けば」

「しかしこちらはバロメルが攻撃を受けて」

「ウラガン中尉」

 

 デラミンはウラガンの発言を遮ると、こう申しつける。

 

「君はマ・クベ大佐の下に長年居て何を学んだのだ? あ? まもなくバロム司令の艦がここに着く。それまで待つ」

「は……」

 

 ウラガンはそれに従う他なかった。

 そう、戦いには待つべき時には待つという忍耐は必要である。

 しかし彼らのようにただ待つだけか、ホワイトベース側のように待ちながらも次の手を打つかで、その先の展開は変わってくるのだが……

 

 

 

『それじゃあ行きますね。今週のビックリドッキリメカ発進!』

 

 サラが提供するドラムロールの後、モビルスーツデッキのハッチが開くと軽快なBGMと共にカタパルトで次々に撃ち出される小型メカ。

 つまり、

 

『ドラケン』『ドラケン』『ドラ、ドラ、ドラケン……』

 

 お約束な掛け声をかけながら発進するドラケンE改たちと、

 

『ツ、ツヴァーク……?』

 

 これでいいのか、と不安そうにつぶやきながら後を追うツヴァークたち。

 

 慣性飛行で航行し、スペースデブリの影を伝って移動。

 岩塊に身をひそめ、ひょっこりと頭に相当する5連式多目的カメラモジュールだけを出して、ミヤビが金に飽かして揃えた高性能センサー群を使ってセンシング。

 クリアーした後に岩塊を蹴って次のデブリへ。

 

『ワイヤーアンカー射出!』

 

 ツヴァークは左腕、11ミリ3連装機関銃の代わりに内装されたオプションのワイヤーウィンチモジュールから、先端にフックを取り付けたワイヤーを電磁誘導方式で撃ち出す。

 

【挿絵表示】

 

 この装備は元々『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』で登場人物たちがモビルスーツデッキ等での移動に使っていたワイヤーガンのように宇宙空間作業時、推進剤を消費せずに移動を行うためのもの。

 それゆえアンカーにはオンオフ可能な電磁石も仕込まれている。

 コロニー残骸に吸着させ、巻き取ることで取り付く。

 さらに足裏のマグネットをON。

 ローラーダッシュでその表面を伝って移動する。

 これはドラケンE改でもできることだが。

 

 ロケットエンジンの利用は最小限に。

 姿勢制御は手足をぶん回すAMBAC(active mass balance auto control。能動的質量移動による自動姿勢制御)とローラーダッシュ機構を利用したリアクションホイールで行う。

 

 探索の結果はレーザー通信で秘匿送信し、中継機を配置することでリアルタイムに共有される。

 そうやってスペースデブリの影に潜んでいる敵艦隊の位置を探って行く。

 

 

 

「妙だ。もう一機のモビルスーツが見えない」

 

 アムロはガンキャノンを移動させながら周囲を警戒する。

 

「迂闊だったな、あれは赤いモビルスーツだった、シャアかもしれないんだ。ん?」

 

 砂漠化が進み、砂塵が舞うコロニー内を走る一台のバギー。

 

「車だ」

 

 そしてアムロは気づく。

 

「あの車、ララァ?」

『アムロ?』

 

 サラツーにはアムロがつぶやいた名前に覚えはなかった。

 

 

 

「見つけたぞ、ガンキャノン」

 

 岩陰から、135ミリ対艦ライフルを構えるシャアのFZ型ザク。

 

 

 

「ララァだ、ま、間違いない」

 

 しかし、とっさにガンキャノンの身をかがませるアムロ。

 次の瞬間、ガンキャノンの機体を超高速の砲弾がかすめ、削り取って行く!

 

「シャアが、う、後ろから仕掛けたのか? それとも別の敵か?」

 

 振り向くと同時に、手にしていたヒートホークに再びエネルギーを供給する。

 

『ごめん、アムロ。空中の砂ぼこりが邪魔で敵が見つけられないよ』

 

 済まなそうに告げるサラツー。

 この戦場、視界が悪すぎた。

 

 

 

「厄介なことになりそうだ。ガンキャノンのパイロットもニュータイプだとはな。もう一度試してみるか」

 

 シャアは再び位置を変えて狙撃。

 

 

 

 今度は狙撃点を把握できた。

 

「わあーっ!」

 

 アムロはガンキャノンを低くジャンプさせ前進。

 高く跳ねては空中で絶好の的になってしまうからだ。

 

 

 

「チィッ」

 

 シャアは疑似ホバー機動で素早く後退。

 遮蔽を取り続けながら射撃する。

 

 

 

 アムロはシャアのFZ型ザクが隠れていた岩山に取り付き、後を追おうとするが、

 

「うわっ……」

 

 シャアは山の中腹に榴弾を連続して叩き込み小規模な崖崩れを起こすことでガンキャノンの前進を阻み、足止めする。

 135ミリ対艦ライフルは西暦の時代にドイツのAMPテクニカルサービスが開発した法執行機関向け狙撃銃『DSR-1』のように、ライフル本体に予備弾倉が取り付けられるようになっている。

 シャアはその予備弾倉に切り替えることで弾種をAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)から榴弾に変更。

 砲撃を加えたのだ。

 

 

 

「間違いなさそうだな。私の射撃は正確なはずだ、それをことごとく外すとは」

 

 シャアは障害物を利用し、悟られないよう位置変えをする。

 

 

 

「あっ、よ、横からか」

 

 とっさに回避するアムロだが、砲弾はランドセルを削り取りながら掠めていく。

 さらに、

 

「クッ、今度は前からか」

 

 別方向からの攻撃にとっさにヒートホークをかざし、当てて見せるアムロだが、しかし砲撃を弾くところまでは行かない。

 

「さ、さすがだなシャア」

 

 とつぶやくアムロだったが、射撃にヒートホークを合わせて見せる、それだけでも神業としか言いようがない。

『ルパン三世』の石川五ェ門レベルであるのだが。

 アニメじゃない、本当のことなのに……

 

 

 

 何故、シャアがアムロを翻弄し続けることができるのかというと、

 

「あのパイロット、ここの地形データを持ち合わせていないな」

 

 ということ。

 逆に言えばシャアのFZ型ザクの戦術コンピュータにはこのテキサスコロニーの地形データがインプットされている。

 だから砂漠化が進んで砂塵が舞い、視界の効かないこの環境下でも的確に狙撃ポイントを選んで活動し続けられるのだ。

 

「戦いとは、いつも二手三手先を考えて行うものだ。活動する場所の概要ぐらい、事前に調べておくのだな……」

 

 

 

「どこだ? シャア。どこから?」

 

 岩陰に身をひそめ警戒するアムロだったが、その時、

 

『ごめんアムロ、遅れたわ』

「ミヤビさん!? あ、これは!!」

 

 通信と共に駆け付けたミヤビのドラケンE改から送られてきたデータは、

 

『このテキサスコロニーの地形データです』

 

 と、サラが言うとおりのもの。

 ミヤビはこれを入手するために今まで戦場から離れていたのだ。

 

 実際には、アムロとシャアの戦場という超危険地帯に恐れをなし、

 

「こんな危ない所に居られるか! 私は一人で行動する!!」

 

 などと言って逃げ出し、しかしそれだけでは敵前逃亡となるのでこのテキサスコロニーの情報端末から地形データを吸い出していた、ということ。

 

 好意的に解釈するなら、ミヤビ・ヤシマという人物は自分が凡人であると自覚しているがゆえに己の力を過信せず、できないことはできないと瞬時に見切りをつけ、できることだけをやるようにしていると言える。

 まぁ、

 

 なにをしないのかを決めるのは、

 なにをするのかを決めるのと同じくらい大事だ。

 ──スティーブ・ジョブズ

 

 という言葉もあるとおり、物事を成し遂げるにはミヤビのような考え方、見切りは理にかなっている、とも言えるだろう。

 

 一方、地形データを目にしたアムロは、

 

「ようし、これなら!」

 

 とうなずく。

 アムロの脳裏に浮かぶ戦場の俯瞰図。

 これまでは砂塵に視界を阻まれ限られた範囲しか想定できず、しかもぼやけていたものがミヤビから受け取ったデータでぐっと広がり、同時にくっきりと詳細が映るようになる。

 

 今の自分の位置、シャアがこれまで射撃を行った位置。

 そして周囲の地形、遮蔽となる岩山の配置。

 ならば次にシャアが居るのは、

 

「シャア、読めたよ」

 

 アムロはガンキャノンを跳躍させる!




 テキサス戦、シャアとの戦闘の続き。
 そしてホワイトベース側もまた動き出すのでした。
 決着は次回更新に持ち越しですが。


>『機動戦士ガンダム MS IGLOO -1年戦争秘録-』のマンガ版で、本編未登場の兵器のエピソードも追加されていた『機動戦士ガンダム MS IGLOO 603』でもYOP-04試作観測ポッド、バロールが登場していたように。

 マンガ版のオリジナルではなく、映像化されなかったエピソードおよび機体をマンガにしたものですね。
 他にもジオンが運用したジムもどき『ゲム・カモフ』などが登場していて面白いですよ。
 第一巻の表紙にも描かれているとおり、135ミリ対艦ライフルも活躍していますし。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第38話 シャア、ぶっちゃける Bパート

「なんだと?」

 

 自分の位置を正確に読んで跳んで来るガンキャノンにシャアは驚愕する。

 慌てて迎撃するが、ガンキャノンはそれすらも見通していたかのように胸部側面にある姿勢制御用スラスターを巧みに使い直撃を回避。

 飛び込んでくる。

 

「しまった!」

 

 ガンキャノンのヒートホークが135ミリ対艦ライフルを両断する!

 

 

 

 着地したガンキャノン。

 アムロは再びヒートホークを振るうが、シャアもまたヒートホークを抜きそれを受ける。

 プラズマ化した刃同士が打ち合い、激しい火花が散る。

 しかし無理な体勢から振るったせいか、ガンキャノンのヒートホークは払いのけられ、空いた腹部にFZ型ザクの前蹴りが炸裂。

 

「ぐぅっ!」

 

 吹き飛ばされる。

 

 

 

 蹴りを使った攻撃。

 シャアの機体の選択肢にはリック・ドムも候補に上がっていたが、末端肥大型の脚部を持つドム系の機体は慣性モーメントの問題から振り回されやすく、このような素早い蹴り技には向かないという短所を持つ。

 それゆえに敬遠されたという面もあった。

 逆に言うと人体に近い体形を持つザク系の機体を選んだがゆえに得られた好機。

 

「止めだガンキャノン!」

 

 ダウンしたガンキャノンに、シャアはヒートホークを振り下ろし追撃を仕掛ける!

 

 

 

 アムロはヒートホークを捨て、横にゴロゴロと転がることで何とか避け続ける。

 

「ああっ、も、もう少し早く反応してくれ!」

 

 

 

 転がりながら避け続けるガンキャノンを追いかけ、勝ちを決めようとするシャアだったが、

 

「なに!?」

 

 ガンキャノンは流れるように起き上がると、左腕による上受けで踏み込んできたFZ型ザクのヒートホークを握った右腕を跳ね上げた!

 そうしてがら空きになったボディにパンチ、中段突きが炸裂する!

 

 

 

「シャア!」

 

 ガンキャノンが見せたのは少林寺拳法における『横転より起き上がり』と呼ばれる体捌きだ。

 投げ技や関節を極められ地面に転倒させられた後、横に転がることで追撃を避け、その回転を利用して足を引きつけ、伸ばし、流れるように起き上がる。

 もちろん追撃に備え起き上がった身体は敵の方を向いており、反撃に転じるという流れだ。

 

 ガンキャノンの教育型コンピュータのライブラリには主要な格闘技、スポーツのデータが入れられていて、ある程度の再現や応用ができる。

 ミヤビが前世での経験から少林寺拳法の技を紹介していたこともあり、アムロはそれを受けてガンキャノンのライブラリから少林寺拳法の主要な技を学習しアクティブに設定していた。

 それがここで生きたのだ!

 

 さらに、

 

「バァルカン!!」

 

 と『機動武闘伝Gガンダム』の主人公ドモン・カッシュのごとく叫びつつトリガーを引き絞るアムロ。

 教育型コンピュータにインストールされたサポートAI、サラシリーズは操縦者のやりたいことを察してフォローしてくれる機能を持つ。

 つまり感情もあらわに叫ぶとAIの読み取り精度が上がり、機体制御が向上するのであり……

 バルカンもまた命中精度が上がり、結果として与えるダメージが上昇するのだ。

 畳みかけるように放ったバルカンの連射が、ザクを捉える!!

 

 

 

 日本では平安、鎌倉時代に馬上で弓を射る騎射戦が主流となり、大鎧と呼ばれる甲冑が生まれた。

 この大鎧には大袖と呼ばれる肩から上腕部を防御する楯状の部品が取り付けられ、矢を射かけられた場合に持ち盾の代わりにかざして身を守るものだった。

 大鎧はそれ以降の戦術の変化により廃れていったが、それでも日本では盾を使用しないことが一般化し、戦場では具足、甲冑の袖を前に垂らすように構えることで防御を行っていたという。

 

 ザクの右肩に固定されたシールドは日本の甲冑の大袖、袖と呼ばれる部品と同じく、両手を使って武器を操りつつも上手くかざすことで防御を行うことができるものだ。

 もっともミヤビの記憶の中にある『機動戦士ガンダム』劇中ではシャアがガンダムのバルカンをこれで受けていたが、それ以外のパイロットが活用していた描写は少なく、利用には技術が必要だったということが見て取れた。

 そのせいかガンダムのゲームではザクにシールド防御が無いとされたものもあったぐらいである。

 

 一方『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』劇中のFZ型ザクの描写では、このシールドは割とフレキシブルに動いており、それを再現するためにプラモデル『RE/100 ザクII改』では肩とシールドを接続するパーツとして自在に動くアームジョイントが配されていた。

 後に連邦軍でもジェスタやグスタフカールなどが、バックパックから伸ばしたサブアームでシールドを肩口に保持していたが、それに準じた機構が採用されていたと言えよう。

 

 シャアはガンキャノンのパンチを受け後方に弾き飛ばされながらも、このシールドを保持するアーム機構を利用し、右肩のシールドを機体の前にかざして防御する。

 それによりある程度は防ぐことに成功するが、しかしそれでも庇いきれない部位に着弾が走る。

 

「チィッ!」

 

 統合整備計画の適用によって生産されたFZ型ザクの装甲は従来の超硬スチール合金からチタン合金・セラミック複合材に変更されているが、アムロのガンキャノンの頭部60ミリバルカン砲もまた、ジャブローでのアップデートで史実のガンダムNT-1アレックス搭載の新型と同等のものに改められている。

 この至近距離での直撃はシャアの機体に結構なダメージをもたらしていた。

 

「ええい、慣らし運転もしないで使うと!!」

 

 とっさに離脱を図るシャア。

 

 

 

「逃がすか!」

 

 地面に転がっていたヒートホークを拾い上げ、シャアを追おうとするアムロだったが、

 

「ああっ」

 

 ジャンプの途中で姿勢を崩し、膝をつく。

 

『アムロ、残念だけどだいぶ機体が消耗して……』

 

 済まなそうに告げるサラツー。

 

「もう一息だったのに」

 

 視界から消えていくFZ型ザクの機影にアムロも悔しげだったが、

 

「あっ!?」

 

 シャアのFZ型ザクが逃げて行った方向で爆発が上がる。

 

「や、やったのか? でも、あのシャアが……?」

 

 

 

「だいぶやられたな。偽の爆発であのパイロットをだませたとも思えんが」

 

 もちろんシャアは無事で、先ほどの爆発はFZ型ザクの右腰に装備された3発の柄付き手榴弾、ハンドグレネードの残り二発をまとめて爆発させたものだ。

 シャアは機体のハッチを開けると、脱出する。

 

 

 

「……FZ型ザクか」

 

 ミヤビは赤いザクの機体を思い起こしながらつぶやく。

 今日はソロモン戦の翌日、12月25日。

 ミヤビの前世の記憶の中にある『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』にてバーニィのFZ型ザクとアレックスが相打ちになった日であり、この機体があってもおかしくはないが。

 

 

 

「よし、全機敵艦隊に攻撃を仕掛けられる位置についたな」

 

 スクリーン上に敵艦の配置、そして味方の機体の待機状態を映し出し、うなずくブライト。

 

「よくやってくれたわね、サラちゃんたち」

 

 とミライが言うとおり、予備機のドラケンE改やツヴァークを無人偵察機として出して敵艦の位置を特定した後に、デブリの影、敵の死角を伝うようにガンキャノンL、ロングレンジタイプとコア・ブースター、ドラケンE改可翔式をそれぞれ誘導し、配置させたのだ。

 これら機体により奇襲をかけ、デブリから追い出されたところをホワイトベースが攻撃するという作戦である。

 

 このテキサスゾーンでの戦い、ミヤビの前世の記憶の中にある史実では、ジオン側が待っていた援軍がワッケイン大佐のマゼランの奇襲を受け、それを助けるために敵艦隊が動いたところをホワイトベース隊に沈められるというものだった。

 しかし、そんなタイミング良く事が運ぶとは限らないし、何よりホワイトベースがソロモンから出る際にミヤビが確認した結果、史実とは違いワッケインのマゼランは小破して修理中であるということが分かっていた。

 そのためにミヤビが頭をひねって考え付いた献策なのだった。

 だが、

 

『新たな敵艦が接近してきます! チベ1!』

 

 展開中の部隊とのレーザー通信路を確保するため中継機として残したドラケンE改のサラから報告。

 

「敵の援軍か……」

 

 このタイミングに、と臍を噛むブライトだったが、

 

「よし、主攻と助攻を逆にする。ホワイトベースは新たに接近する敵艦を攻撃!」

「ブライト、それだとまんまと敵の策にはまるようなものでしょう? こちらが動くことを待っていた敵艦隊にやられてしまうわ」

 

 ミライが止めるが、

 

「そこが逆に狙い目だ。敵艦隊の注意がホワイトベースに向き、集中して無防備になった瞬間に配置しているモビルスーツ隊に襲わせる」

 

 ブライトはそう答える。

 

『カイさんたちは了解してます』

 

 と通信を中継するドラケンE改のサラ。

 

「よし、ホワイトベース前進」

「はい」

 

 ミライの操作で進み出すホワイトベース。

 

「砲撃戦に入る! 目標、新たに向かって来る敵重巡洋艦! 他には一切目をくれるな、スレッガー中尉たちを信じるんだ!!」

 

 

 

「木馬、デブリより出て砲撃を開始しました。目標はこちらではありません。バロム司令の予定コース上です」

 

 ジオンの艦隊もホワイトベースの動きを察知。

 

「勝ったな」

 

 艦隊を率いるデラミンはニヤリと笑うと、命じる。

 

「全艦、木馬を追撃せよ!!」

 

 そうして全速でホワイトベースを追い始めようとする、その瞬間、船体に走る衝撃!!

 

「何だ!?」

「高速熱源体接近中! 敵モビルスーツです!!」

 

 嵌められた、と状況を理解した瞬間、更なる砲撃がブリッジを襲った。

 ガンキャノンLの両肩に装備された120ミリ低反動キャノン砲による狙撃だった……

 

 

 

「いきなり直撃かよ……」

 

 呆れるカイを、セイラが注意する。

 

「呆けている暇は無くてよ、カイ」

「へいへい」

『チベの弱点はここです』

 

 サラスリーのサポートで、モニター上に映るチベの映像に弱点部位が拡張現実(Augmented Reality、オーグメンテッド・リアリティ、AR)により表示される。

 

「了解、っと」

 

 ブリッジに直撃を受け効果的な反撃をできなくなったチベに、ガンキャノンLは急接近。

 側面からビームスプレーガンを次々に叩き込むカイ!

 

 

 

 チベと同様、ホワイトベースへと意識を集中していたムサイに対し、デブリの影から躍り出て急速接近するドラケンE改可翔式!!

 

『スレッガーさん!』

「最高のタイミングで横あいから思いきり殴りつける!!」

 

 スレッガーはドラケンE改可翔式の背面、コア・フライトユニットの翼下パイロンに装着した空対空ミサイルAIM-77D、2発でムサイを攻撃。

 内装式のAIM-79より大型で威力もまた高く、エンジン部に直撃したそれのおかげで敵艦は航行不能に。

 

「こいつももってけ!」

『お代わりです!』

 

 AIM-77Dを撃ち終え、主翼を展開。

 

【挿絵表示】

 

 それによって解放されたコア・フライトユニット胴部上面発射口から今度は空対空ミサイルAIM-79を連射。

 ムサイの主砲、そして艦橋へと次々に撃ち込み破壊する。

 

 

 

「捉まえた!」

『今ですリュウさん!』

 

 コア・ブースターが装備している強力なメガ粒子砲が敵艦を捉え、装甲を撃ち抜く!

 

 

 

『やりましたね、セイラさん』

「ええ、あっけないものね」

 

 沈んでいく敵艦隊の姿を眺め、セイラはつぶやく。

 

「向こうも勝負が付きそうだな」

 

 というカイの声にホワイトベース側を確かめると、後から来た緑色のチベ一隻が撃沈されるところだった。




 シャアとの戦闘、およびホワイトベース側の戦闘もこれで決着。
 次回からはセイラとシャアの再会ですね。
 あとハヤトに更なる追撃を仕掛けるサラナインと、それを見せつけられるフラウとか……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第38話 シャア、ぶっちゃける Cパート

「恐ろしいものね。均衡が破れるというのは……」

 

 そう、つぶやくミライ。

 

「よし、全機回収後、ホワイトベースはテキサスに向かいアムロたちの安否を確認する。中には敵の生き残りがいるかもしれん、気をつけろ」

 

 指示を出すブライト。

 味方機は長距離を迂回しながら移動するという行動を取っていたために推進剤の残量に不安がある。

 回収しての補給は必須だった。

 

「マーカー、爆発があったのはどこだ?」

 

 ブライトはマーカーに確認。

 

「はい、CブロックのポイントN5付近です」

 

 テキサスコロニーはオニール型。

 採光窓から漏れた爆発光を分析して得られた結果だ。

 

「N5に直行します」

 

 ミライはホワイトベースを操作し、ゲートからコロニー内に入る。

 

「オムル、ジョブ、バギースタンバイ」

 

 そう指示をするブライト。

 そこにモビルスーツデッキのセイラから通信が入った。

 

『ブライト、私も捜索に出るわ。少しでも人手は必要でしょう?』

「しかし……」

『このコロニー、砂漠化が進んで視界が効かないわ。ガンキャノンLの120ミリ低反動キャノン砲もこれでは生かせない。射撃手は不要よ』

「それも、そうか」

 

 ブライトはうなずくが、

 

「しかし、その格好はな」

『えっ?』

 

 例の、ミヤビの前世で言うところの『対魔忍スーツ』かという感じの、限りなく薄く肌に張り付いたパイロットスーツ。

 さらにはゲーム『マブラヴ』及び『マブラヴ オルタネイティヴ』に登場する訓練兵用衛士強化装備のように胸から腹部にかけてが肌色に近い色になっており、見た目は透け透けというもの。

『機動戦士Zガンダム』登場のブレックス・フォーラ准将が目にしたら、

 

「何と破廉恥な!」

 

 と言ってくれるような格好だ。

 こんな痴女のような装備で外に出すのはためらわれた。

 しかしセイラは自分の格好に自覚が無いのか首を傾げた後に、

 

『そうね。薄い分、耐久性に劣るのでしょうし大事なスーツを消耗させるわけにも行かないわね』

 

 と違う意味で納得し着替えることに。

 そんな彼女にブライトは自分の方が気にしすぎているのかと不安になり、

 

「ミライ……」

 

 と声をかけてしまうが、

 

「大丈夫、あなたの感覚は正常よ」

 

 と答えられ、ほっとする。

 ここで真顔で、

 

「ブライト、あなた疲れてるのよ」

 

 などと心配されたらブライトの精神の根幹が揺らいでしまいかねないところである。

 

「着地完了」

「よし、オムル、セイラ、ジョブ、捜索に出てくれ」

 

 ハッチを開けてバギーを出す。

 

「アムロを発見できるまで第二戦闘配置。補給作業も急がせろ。ガンキャノンLを最優先で。次はドラケンE改可翔式だ」

 

 コロニー内戦闘の可能性も考えての指示だ。

 

「フラウ、無線の状態はどうだ?」

 

 次いでフラウ・ボゥに問うブライトだったが返事がない。

 

「フラウ、無線の状態はどうか?」

 

 少し声を大きくして再度問うと、フラウはびくっと身体をすくめ、

 

「え? あ、はい、使えそうです」

 

 と回答。

 ブライトは少し考えて、

 

「……フラウ、ハヤトの様態を見てきてくれないか? ハヤト、寂しがってるだろう」

 

 そう指示。

 

「でも」

 

 と遠慮する彼女に、ブライトは、

 

「フラウ、バンマスをすぐに上がらせろ」

 

 予備要員として第2ブリッジに詰めているバンマスを呼ぶように指示。

 

「はい、わかりました」

 

 通信装置に向かう彼女にブライトは、

 

「……みんな疲れているんだ」

 

 とキャプテンシートに備え付けのヘッドセットを身に着け、一時的に通信業務を肩代わりする。

 なお、フラウが消耗しているのは忙しくて睡眠時間が削られているわけでは無く(史実と違ってそこはサラが肩代わりしている)精神的に病んで良質な睡眠が取れていないせいだったりする。

 歯ぎしりや突然夜中に叫ぶような寝言。

 本人もそうだが、一人部屋でなければ同室の人間も共倒れでおかしくなりそうな症状である。

 まぁ、軍隊に耳栓は必需品ではあるし、一般人でも旅行や寮での生活、就職しての新人研修など、他人と同じ部屋で寝る機会があるなら用意しておくと非常に助かるものだったが。

 

 

 

 フラウが向かったハヤトの病室。

 そこで彼女が目にしたのは……

 

『さぁ、ハヤトさん。身体を拭かせてください』

「あ、ああ……」

『モテの第一歩は清潔感からとも言いますよ? 最近は戦いが続いてパイロットスーツ着っぱなしでしたけど服装もきちんと……』

 

 ともろ肌を脱いだハヤトの背中を拭こうとしながらアドバイスなのかお説教なのか、しかしハヤトを想っての言葉を紡ぐサラナイン。

 しかしハヤトの、

 

「そっか…… サラナインはパイロットスーツ着てるような男は嫌いなのか……」

 

 という呟きに、ぴきっと、凍り付いたように動きを止める。

 そうして彼女はうつむき加減に、まだ調子の悪い右目に眼帯のように黒リボンを巻いた顔を真っ赤にして蚊の鳴くような声でこう答える。

 

『……す、好きぃ』

 

 動揺したのか子供のように舌足らずな、しかし本心からの言葉を。

 

 まぁ、当然である。

 サラシリーズはマスターとなるパイロットに依存しやすい性質を持つが、マスターがパイロットスーツを着てくれる時というのはすなわち自分と二人っきりで出掛ける時。

 マスターを独り占めできる時に他ならないのだから。

 

「っ!!」

 

 甘酸っぱい、甘すぎる空気が、病み切ったフラウを寄せ付けない!!

 みかんの皮の汁でもぶっかけられたかのように目を押さえ、声も無くよろよろと後ずさるフラウ。

 やめてくれ二人とも、そのシチュエーションはフラウに効く。

 そして、

 

「あれっ?」

『ど、どうしましたハヤトさん』

「いや、さっきドアの方に人の気配が」

『ええっ!?』

 

 驚く、サラナイン。

 そうして両の手で顔を覆うと、ちらっと、上目遣いにハヤトの表情をうかがって、

 

『さ、さっきの話、誰かに聞かれちゃったんですか?』

 

 恥ずかしくてもう人前に出れない、といったように赤面する彼女。

 ハヤトもそれにつられたように顔を真っ赤に染め。

 そうして互いに照れまくるのだった……

 

 

 

『こちらセイラ、こちらセイラ、ホワイトベースどうぞ』

「セイラか」

 

 通信を受けるブライト。

 

『あら、フラウ・ボゥじゃないのね』

「ああ、今休ませた。どうだ、まだ見つからんのか?」

『ええ、もう少し。あっ……』

 

 途切れるセイラの声、そして、

 

『に、兄さん』

「ん?」

 

 

 

 テキサスコロニーの荒野、再会するシャアとセイラ。

 

「軍を抜けろと言ったはずだ。そ、それが軍曹とはな」

 

 そう嘆くシャアにセイラは言い返す。

 

「兄さんこそ、ジオン軍にまで入ってザビ家に復讐しようなんてやることが筋違いじゃなくて?」

 

 しかしシャアは、

 

「アルテイシア、お前は私が父の仇を討とうとしているなどと、本気で考えているのか?」

「え?」

 

 

 

「あ、相手はだ、誰なのだ? こ、声が……」

 

 通信機越しに聞こえてくるセイラと第三者の声。

 セイラは通信装置が入りっぱなしだということに気付いていない様子だった。

 ブライトはヘッドセットのスピーカーに耳を澄ませる。

 

 

 

 シャアは語る。

 

「私はな、私人としての父を尊敬などしていないのだよ」

 

 いや、それどころか何の情も、価値も認めていない。

 

「私という一個人にとって父は家庭を顧みず、私が何より愛した母とお前を不幸にし、ついには母を幽閉の末の孤独な死に追いやった『まるでダメなおっさん』に過ぎん」

「兄さん!?」

 

 いきなりぶっちゃけたシャアに、セイラは悲鳴じみた声を上げる。

 再会した兄が何を言っているかわからない件。

 

 まぁ実際、安彦良和氏のマンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』でもシャアは、父とのその父の思想である大義、ジオニズムを子供心に、

 

「不遇な大人たちの負け惜しみだと思っていた!」

 

 と語っていた。

 

「だから私は父が嫌いだった。

 空論をもてあそび、家族をかえりみず母を苦しませてばかりいる父を憎いとさえ思った。

 だから父の死がザビ家による暗殺であっても病死であっても、それはどうでもいいことだった」

 

 とも……

 しかしミヤビ・ヤシマという存在が転生したこの世界の、今セイラの前に居る兄、シャア・アズナブルは、

 

「一方で、公人としてのジオン・ズム・ダイクンは評価していた」

 

 と話す。

 

「『世のため人のため』家庭を犠牲にしてまで不特定多数の民衆に尽くす。人は分かり合えると信じ、働きかけ続けることができる。私にはそんな『情熱』を持つことはできないし理解もできない。ただ自分に理解できないからといって否定するものでもないし、自分にできないことができる相手は評価されるべきだろう、と」

 

 だが、

 

「しかしな、アルテイシア、私だってそれから少しは大人になった」

 

 そう語る兄は仮面の下、どんな表情をしているのだろうか?

 セイラは思う。

 

「とある人物に、それが欺瞞だと気づかされた」

 

 無論、それはニュータイプであり嘘を強制的に暴き立てる存在、イセリナ・エッシェンバッハである。

 

「私は公人としての父が尊敬できる人物だと『信じたかった』だけなのだ。そうでなくては犠牲になった母は、何のために死んだのだ?」

 

 やるせなくつぶやくシャアに、はっと息を飲むセイラ。

 

「先入観などから判断が歪められることを「認知バイアス」と言うそうだな。私は犠牲の大きさに、正常な判断ができなくなっていたのだ」

 

 損失が、犠牲が大き過ぎて失敗を認めることができなかった超音速旅客機コンコルドの事例からコンコルド効果と呼んでいるが、シャアが陥ったのはそれに近い。

 私人として軽蔑する父は『公人として尊敬できる人物でなくてはいけない』。

 その思い込みが、自分の認知と思考を歪めていたのだ。

 自分の内の矛盾は、そこに根差していた。

 シャアはそう分析する。

 

「そうやって醒めてみるとだな、父は棄民政策により希望を失っていたスペースノイドを鼓舞するのに成功したが、その成功が仇となって失敗したということが普通に分かったのだ」

「失敗?」

「そうだろう、アルテイシア。父が唱えたエレズム「地球を聖地として保護し、全人類は宇宙へ住むべきだ」という思想は美しいが、「環境保護のため、お前の国の国土すべてを自然公園に指定するから立ち退け」と言われて「そのとおりでございます」と納得できる者が居ると思うか? 父の理想は過激で極端であるがゆえに、スペースノイドのプライドをくすぐるのには役立ったが、実際にスペースノイドの独立を実現するには足かせとなっているのだよ」

 

 そう語るシャアはうんざりとした様子だった。

 

「足かせは、ダイクン本人にもはめられている。自身によって出現が予言された宇宙に適応進化した新人類の概念。お互いに分かりあい、理解しあい、戦争や争いから開放される新しい人類の姿」

「ニュータイプのこと?」

 

 

 

「ニュータイプ?」

 

 ブライトはかつてシーマから聞いたことがあったそれを再び耳にし、思い出す。

 

 

 

「そうだ。「人は分かり合える」という理想は「分かり合わなければならない」という呪いに変わった」

 

 つまり、

 

「人は大切な人、自分と思いを共にしてくれる者たちとの時間を大事にすべきだ。そうだろう、アルテイシア」

「そう、ね」

 

 それは当たり前のこと。

 

「しかしな「人は分かり合える」いや「分かり合わなければならない」としてしまうと、それは逆転する。つまり自分と分かり合えない相手を説得することに時間と労力、人生の大半を費やし、それでも分かり合えないことに絶望する。そうして父ダイクンは疲れ果て、ついには病に倒れたのだよ」

 

 それがニュータイプの呪い。

 宇宙世紀に蔓延し、ミヤビ・ヤシマの前世の視点ではファンの間にも浸透して行ったもの。

 

「例えばな、アルテイシア。学校や職場、あるいは家庭に口を開けば否定的な、ネガティブなことしか言わない嫌な人物が居たとする。それも自分は正しいことを言っており、正しいから受け入れられるべき、と思い込んでいるような者だ」

 

 身近な例の方が分かりやすいか。

 

「「人は分かり合える」「分かり合わなければならない」そんな理想を掲げて、その人物と話し合い、説得し、良い方向に導く…… などというのは己に害しかもたらさない。いい年をした、人格が固まりきった人物の在り方はそう簡単には変わらない。大抵は失敗し、たとえ成功したとしてもその時には自分が疲弊し、摩耗しきって精神の健康を損なってしまっているだろう」

 

 それゆえ、

 

「だから専門家も言うのだ。そういった人物を説得しようとしてはいけない。可能な限り適切な距離を置くことが必要なのだ、と」

 

 これが現実である。

 

「それは…… 切り捨てではなくて?」

 

 そう問うセイラにシャアは言う。

 

「いいや、「失敗をする自由」を認める。つまりは「自分の選択したことの結果を自分が体験する」という学びの機会を相手に与えているのだよ、これは。学習の機会を奪ってしまっては、人は成長できないだろう?」

 

 そうしてシャアはサイド6で出会ったヤシマの令嬢の言葉を思い出し、口にする。

 

「人が変えられるのは自分だけ。結局は人々が地道に学んで自らが変わって行くほか無いのだ」

「それは……」

「とある人物が私に教えてくれた言葉だ」

 

 と。

 まぁ、そう思っているミヤビだから、

 

 人間、多少上手いことを他人から言われてもそんな簡単には変わらないでしょう?

 そもそもシャア・アズナブルという人物が持つ矛盾が彼の認識や思考を捻じ曲げているのが問題なので、そこを彼自身が自覚し、変わろうと思わない限りはどんな理屈を並べても気休め程度にしかならないし。

 同様にシャア自身が自分の矛盾に向き合わないままどんなに考えたり調べたりしてもバイアスがかかるのだから問題は解決できない。

 

 などと軽く考え、自分でできる限りのことを語って見せただけなのだが。

 

 それがシャアの血肉になっているのは、イセリナ、ララァ、アルレットのおかげ。

 イセリナの存在により自分の矛盾に気付き、ララァ、アルレットの存在に癒され、自分の中の真実に正面から向き合う力を持つことができたから。

 そうやって、まさにシャア自身が変わりたいと願ったところに、彼自身が言語化できないでいた指標が、指針がミヤビによって示されたのだ。

 まるで計ったかのように……

 そうしてシャアは覚醒したのである。

 

 富野監督が、

 

「シャアが”悩む”ということから脱してしまったら最強、アムロも瞬殺」

「『ZZ』なんかは5本もいらずに終わってしまうほど」

 

 などと語っていたことを知っているミヤビにしてみれば、

 

(今、敵に回ってる状態で覚醒ってシャレにならないでしょう! イヤな開き直り方すんな!)

 

 という話だったろうが。

 

 そう、今シャアが語った自己分析が絶対の正解であるとは言えない。

 人の心はもっと複雑なものであり、そんなに簡単に自分を読み解き、変わることができるのならメンタルで悩む人間など居なくなってしまうだろう。

 しかし思い込みだろうと何だろうとシャアが開き直って悩むことを止めた、迷いがなくなったということは事実で、こうなった彼は本当に強い。

 そういうことだった。

 

 そしてシャアはセイラに言う。

 

「これを切り捨てとお前が思うなら、私はお前のその意思を尊重しよう。お前はお前が思うように切り捨てずに生きてゆくと良い。ただ私にはそのような『情熱』は持つことができなかった。それだけだ」

「兄さん」

「たとえお前が私と別の道を行こうとも、私がお前を見捨てるようなことは無い」




 サラナインのターンが終わらない!
 そしてそれを見せつけられるフラウ……

 一方、セイラとシャアの再会ですが。
 シャアって矛盾した人間だよね、どうしてこういう行動をするんだろうか? というのは多くのファンやクリエイターの皆様が考えていて。
 中でも、

> 実際、安彦良和氏のマンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』でもシャアは、父とのその父の思想である大義、ジオニズムを子供心に、
>
>「不遇な大人たちの負け惜しみだと思っていた!」
>
> と語っていた。
>
>「だから私は父が嫌いだった。
> 空論をもてあそび、家族をかえりみず母を苦しませてばかりいる父を憎いとさえ思った。
> だから父の死がザビ家による暗殺であっても病死であっても、それはどうでもいいことだった」
>
> とも……

 というのが一番メジャーな解釈でしょうか。
 この作品ではそれを参考にさらに踏み込んで考察してみたものです。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第38話 シャア、ぶっちゃける Dパート

 そうしてシャアは言う。

 

「だからもう一度言う。アルテイシアはあの木馬から降りるのだ」

「木馬? あのホワイトベース?」

「ああ。ここから地球に脱出するくらいの金塊を残していく。地球に行って一生をまっとうしろ。私は私のけじめをつける」

「けじめ? 何を考えているの兄さん」

「ザビ家はこれまで何度も私たちの命を狙ってきたし、これからもそうするだろう。生き延びるためにはやつらを排除せねばならぬ」

「兄さん!」

「無論、母とお前との生活を壊された怨み、母に闘病の末の孤独な死を強いた怨みの感情が私に無いとは言えない」

 

 安彦良和氏のマンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』でもシャアは、父に執着など持っていないと言い放つ一方で、

 

「お前の言うとおり、母の死への復讐が全てだった。母を無残な死に追いやったザビ家の連中をどんな手段を使ってでも根絶やしにしてやろうと思った」

 

 そう語っていた。

 シャアの心の奥底には、そういった復讐の業火が今もくすぶり続けている。

 しかし、

 

「お母様はそんなこと……」

「分かっている。だからこそ私は憎しみ続け、それに囚われ続けてしまわないよう、逃げずにけじめをつけたいのだ。そしてこれはあの日、母とお前を守ることができなかった幼く無力だった自分との決別でもある。分かってはくれないか、アルテイシア」

「そんな、言い方」

 

 ずるい、という言葉を飲み込むセイラに、シャアは、

 

「知らなかったか、アルテイシア。私はずるい人間なのだ。だからこうして仮面を着けて生きている」

 

 と笑って見せる。

 もうすでに、吹っ切れたという笑顔で。

 だからセイラは悟る。

 もう、兄は止められないのだと。

 こみあげる涙。

 それを見てシャアは、おどけるように言う。

 

「なに、父への恨みも込めてダイクンの名を使う。「これは私怨ではなく、父の遺志を貫く大望のためなのだ!」とでも言っておけば助力には事欠かないだろう。ジオン共和国建国の父、ジオン・ズム・ダイクンの名を利用しまくるのだ。旧ダイクン派と呼ばれる連中もだませるさ」

「ひどい……」

 

 身も蓋も無い言い方に、泣き笑いの表情を浮かべる妹、アルテイシア。

 

「父のことなど、もはや私にとってはその程度ということだ。それにザビ家を倒すことは彼らの意にも沿うのだ。悪いことでもあるまい?」

 

 かつてと変わらぬ仕草で笑ってみせる兄、キャスバル。

 

「兄さん」

「アルテイシア、その素顔をもう一度見せてくれないか?」

「思い直してください、兄さん」

 

 セイラはノーマルスーツのバイザーを開け、兄に願うが、

 

「きれいだよ、アルテイシア」

 

 シャアはそう言って背を向ける。

 

「お前に戦争は似合わん。木馬を降りろよ」

「兄さん、キャスバル兄さん」

 

 その場で膝をつくセイラ。

 

「キャスバル兄さん……」

 

 

 

「ブライト? ブライトどうしたの? アムロが?」

 

 ミライの声に、ブライトは意識を通信から今自分が居るブリッジへと戻す。

 心配そうにこちらをうかがっているミライに、

 

「……い、いや、なんでもない。雑音がひどくてな」

 

 と誤魔化して。

 

「そうなの」

「あ、ああ。心配だな、アムロたち」

 

 下手な演技。

 ミライはそれを見通しているだろうに、しかし黙ってうなずくのだった。

 

 

 

 アムロは動かなくなったガンキャノンの破損個所を調べ悪態をつく。

 

「駄目だ、みんな焼き切られている。こいつも」

『ふむふむ』

 

 そして彼の肩に乗ってそれを横から眺めているのは、サラツーが制御するモビルドールサラ。

 ガンキャノンの稼働ログ、警報ログと突き合わせ、

 

『ミヤビさん、部品リスト送ります』

「了解。……これなら何とか?」

 

 ノーマルスーツのヘルメットに付属のバイザー型HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)でリストを確かめたミヤビは、ドラケンE改のメンテナンスハッチを開けると、そこから部品を抜き始める。

 

「ミヤビさん?」

 

 疑問に思ったのか首を傾げるアムロに答えたのは、ドラケンE改にインストールされているサラ。

 

『私たちはこの性能も心も燃料も部品も、すべてマスターたちのためにあるのです。生死を共にするパートナー、そしてマスターを生還させるための予備パーツ供給元としても……』

 

 その言葉に複雑そうな表情を浮かべるアムロだったが、サラはまったく気にしていない、本気で言っているという声で、

 

『だから人のお役に立てるのがいちばん幸せなんです』

 

 そう告げる。

 ミヤビはというと、

 

「ドラケンE改は独自規格を極力排して設計されている上、オープン・アーキテクチャにして宙陸両用作業機のデファクトスタンダードになっているから。つまり部品の流用が効くのよ」

 

 と説明。

 要するにミヤビの前世、IBMが世に送り出したIBM PCと同様の位置づけの製品であると言える。

 当時、メーカー独自のプロセッサやソフトウェアにより構成することが当たり前だった大型コンピュータ業界の雄、IBM。

 しかしパーソナルコンピュータ市場に進出する際、同様な手順を踏んでいたらビジネスチャンスを逃してしまうと悟った開発陣は、自社製の半導体を主要部において一切使わず一般市販部品で構成するという方針を取り、さらにはソフトウェアもすべて外部調達でまかなった。

 こうしてわずかな開発期間でリリース。

 平凡だが拡張性に優れ、さらには技術仕様を公開するオープン・アーキテクチャにしたことでサードパーティによる優れた拡張カード、周辺機器、ソフトウェア等が供給され、結果として本機の有用性を高めることとなった。

 

「ジオンでも同じように規格を整理しようという流れがあるって話だけれど」

 

 統合整備計画というやつである。

『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』ではバーニィとアルが街中で破壊されたジム・コマンドの部品などを使い破損していたFZ型ザクを修理していたが、これができたのもそのおかげ、と考察されていた。

 

(同じようにシャアが乗り捨てていると思われるFZ型ザクから部品取りするって手もあるけど……)

 

 史実と同様にシャアがモビルスーツを乗り捨てているとも限らないし、見知らぬ機体をばらして部品取りしている暇も無い。

 それゆえ時間を優先して自分が乗って来たドラケンE改をパーツ供給元としているわけである。

 だが、

 

「ん? ホワイトベースのバギーだ」

 

 というアムロの声に顔を上げる。

 なるほど、ここは史実どおりでホワイトベースが迎えに来てくれたか。

 

「おーい、ここだーっ!」

 

 手を振るアムロ。

 ミヤビは腰のアーマーマグナムを抜くとフレアーを装填。

 信号弾を撃ち上げることで所在を示すのだった。

 

 

 

 マーカーからの報告、

 

「ブライトさん、セイラさんがアムロとミヤビさんを発見したそうです。自力では動けないのでガンペリーで」

 

 それを受けブライトは、

 

「よし、すぐに発進させろ」

 

 と指示する。

 しかし、フラウの代わりに通信手として入ったバンマスが、

 

「ああ?」

 

 と声を上げた。

 

「どうした?」

「コロニー外に監視に残したドラケンE改からです。テキサスの反対側の港からザンジバルタイプの戦艦が出港すると」

 

 万が一に備え、監視の目としてP缶、プロペラントタンク二本差しのドラケンE改を待機させておいたのだ。

 

「なんだと? ガンペリーの発進は中止だ。ホワイトベース直進してガンキャノンとオムルたちを収容する」

 

 そう、決断するブライト。

 

 

 

「大佐、テキサスで何があったのです」

「ララァ、私にも悲しいことがあるのだよ。聞かないでくれるか」

 

 シャアはそう答えるが、彼の言う「悲しいこと」が妹アルテイシアとの別離なのか、いい年をした大人である彼が公式ロリ…… アルレットに、

 

「だから言ったじゃないですか、テストはまだ完全じゃないって!!」

 

 とマジに叱られ、頭を下げて謝り倒し、ようやくのことで許してもらったことなのか判断することは難しい。

 アルレットは本心で、心の底から純粋にシャアのことを心配して言っているので、シャアも誤魔化したり拒絶したりはできないのだ。

 ララァは優しいので何も聞かずに、

 

「わかります」

 

 と言ってはくれるが。

 

「ララァのおかげで私のザクも回収できた。すまんな」

 

 と彼女に感謝するシャア。

 もし回収できなかったら、さらにアルレットから叱られていたことだろう。

 

 

 

「よしミライ、発進だ。ザンジバルの使った港から出て追撃戦に移る」

 

 アムロたちを回収。

 反対側のベイエリアから出港しようとするホワイトベースだったが、

 

「第3シャッター付近に発信物体をキャッチしました」

 

 とマーカーから報告。

 

「爆発物か?」

 

 ブライトは確認するが、機雷だったら信号を出したりはしないだろう。

 

「……わかりません。ただ、非常に小さな物です」

「ええい、この緊急の時に。オムルに調べさせろ」

 

 

 

 モビルスーツデッキのハッチを開放して発信物を回収することに。

 デッキのガンキャノンLのモニターで確認したカイは、

 

「ブライト、爆発物じゃないらしいぜ。ただのゴミだ、ゴミ」

 

 と報告。

 

「おっとっとっとっとっと」

 

 とオムルがそれをキャッチする。

 

 

 

 ブライトは人払いをし、セイラと対面する。

 

「トランクに貼り付けてあった手紙がセイラ宛てだということしか私は知らん。オムルもだ。心当たりはあるのかね?」

「あります」

「私には検閲する権利もあるが、教えてもらえんか? トランクの中身と差出人のことを」

 

 そう、たずねるブライトに、セイラは感情を押し殺した声で、

 

「トランクの中身はきっと金塊だと思います」

 

 と答える。

 

「間違いないのだな?」

「おそらく」

 

 ブライトは核心に触れる。

 

「差出人は?」

 

 セイラが答えるまで、わずかな間があった。

 

「シャア・アズナブル、赤い彗星です」

 

 ブライトは瞳を見開き、

 

「……そんな馬鹿な」

 

 そうつぶやくほかなかった。

 

 

 

 先の約束を果たされんことを切に願う。

 あのやさしき、アルテイシア・ソム・ダイクンへ。

 キャスバル・レム・ダイクンより愛をこめて。

 

 手紙にはそう書かれていた。

 

「兄さん……」

 

 キャスバル兄さん、キャスバル兄さん。

 セイラは、いや、アルテイシアは物心ついた頃からいつもいつも兄の背中に向かってこう叫んでいたような気がする。

 兄の姿のあった時も、なかった時も。

 もう呼べないのか? キャスバル兄さん、と。

 

 

 

 セイラが、受け取った金塊を使えばモビルドールサラを買い取れると気づくまで、あと30秒……

 

 

 

次回予告

 人々の知らぬあいだに戦いは新しい段階に入っていった。

 たった一機のモビルアーマーの幻覚にも似た戦いがアムロを混乱させ、ガンキャノンの機能は落ちていく。

 次回『エルメスのシャリア・ブル』

 君は生き延びることができるか?




 ぶっちゃけたシャアの続きでした。
 この世界のシャアはこんな風に基本、無責任で自由に生きていく予定です。
 まぁ、イセリナには負けるんですけどね。

 そしてセイラはとうとう金の力で手に入れてしまうのでしょうか、モビルドールサラを……

 次の第39話はシャリア・ブルの登場ですが、彼の乗機が変化。
 史実でもこの辺はキシリアが圧力をかけていましたしね……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第39話 エルメスのシャリア・ブル Aパート

 シャアとセイラの出会いはそれぞれの思いの食い違いをはっきりさせただけであった。

 ザンジバルはシャアのFZ型ザクを回収してテキサスを脱出。

 ホワイトベースもまたソロモンに帰還をした。

 そして、

 

「取り寄せたモビルドールサラをセイラに金の力で強奪された件について」

『あはは……』

 

 嘆くミヤビに苦笑するのはメンテナンスのためにやってきた、細いリボンを眼帯代わりに右目に巻いたモビルドールサラ。

 つまりハヤトを庇って損傷し予備機入りになったものを使用している、現在サラナイン専用機となっている一体だった。

 

「そういうわけで、ごめんなさい。あなたに回せる義体はそのままになってしまうのだけれど」

 

 とミヤビは済まなそうにサラナインに謝る。

 そう、元々は負傷したハヤトの世話をする彼女のために追加の取り寄せを行ったのだが。

 しかしサラナインはバツが悪そうに視線を逸らすと、

 

『えっと、その、ほら、この傷はハヤトさんのために負った名誉の負傷で、私の誇りですし』

 

 それに、

 

『こんな風に傷が付いていれば、手放しにくくなるかなぁって……』

 

 傷が付くほどよく使い込んだ道具は高くは売れないし愛着も出る。

 また自分の名前を書いたゲームカセットは売りづらくなってしまうとか、自分で改造したフィギュアは売れなくなってしまうとかそういう話かとミヤビは思う。

 それはサラと同一のAIプログラムを持つ存在である彼女に芽生えた、アイデンティティというものなのかもしれない。

 そして、そんな健気でいじらしいことを言うサラナインに、ミヤビの涙腺は決壊しそうになった。

 

「ごめんね、私が金の力に屈したばかりに不安にさせて」

 

 でも怖かったのだ。

 クレイジーサイコなんちゃらじみた表情で迫るセイラは。

 

「あのままだと金塊を靴下に詰め込み始めかねなかったし」

『はい?』

「即席のブラックジャック…… 殺してでもうばいとる……」

『金の力の意味が違います!?』

 

 要するに金塊と靴下でも簡易的に作ることができる鈍器、サップとかブラックジャックとか言われるやつだ。

 金は比重が重いので強力なものができそうだ。

 

 まぁ、セイラにとって兄よりモビルドールサラの方が重要なのかという話だったが、実際には違う。

 厳しい状況下では人は癒しを求めるもの。

 特に戦場では笑えなくなった者から順に、二度と笑うことができなくなる(=死んでしまう)ものだから。

 それゆえユーモアを込めた減らず口、ひとかけらのチョコレート、一杯のコーヒーや紅茶、そういった頬を緩ませるもの、心を癒すものが必要。

 セイラにとっては、モビルドールサラがそうなのだろう。

 心を持った少女の姿をしたAIというのはこのためにも、いや、このためにこそ必要なのかも知れなかった。

 

『ふぁぁっ!? せ、セイラさん落ち着いて!!』

「ウフフフフフーッ」

 

 遠くから聞こえてくるのは、

 

『サラスリー姉さんとセイラさん?』

 

 とサラナインが言うとおり、セイラに強奪されたモビルドールサラの中の人はサラシリーズ随一の苦労人、サラスリーである。

 

(サラスリーは犠牲になったのだ……)

 

 ガタガタプルプルと恐怖に震えながら、罪悪感に身を焼かれるしかないミヤビ。

 心の中とはいえネタ発言しかできないのは、それだけ精神的に追い込まれている証だった。

 

 

 

 昨日まではジオン公国の宇宙戦略の一翼を担っていたソロモンではあったが、今や地球連邦軍の拠点として活動を始めていた。

 これによって、連邦はジオン侵攻の強力な足掛かりを得たのである。

 援軍で戦力が補強され、連邦軍の乾坤一擲の作戦が開始されるのもすでに時間の問題と思われた時、ソロモンに奇妙な事件が起こった。

 

 何の前触れもなく、攻撃を受け撃沈されるマゼラン級宇宙戦艦。

 哨戒のためソロモンの地表で待機していた量産型ガンキャノンが、周囲の作業員を巻き込み爆発し。

 大破し操艦不能となったコロンブス級輸送艦が、護衛のサラミスと衝突し、互いに爆発を巻き起こす。

 

 

 

「ま、また聞こえるぞ、ララだ」

 

 接収作業中のソロモンの司令室。

 レビル将軍を迎え入れたその場所でも事態は察知していたが、

 

「コースはEの6だが」

「現場なら敵が見えるだろ。え? こっちは電気系統の整備がまだ終わっちゃいないんだ、見える訳がないだろ」

 

 まだ機能を掌握、損害の復旧を完了していないこの場所では現場の判断に任せるしかない。

 

「おい、どうした? 38エリア、38エリア」

 

 その現場からも通信が途絶し、担当の士官は青ざめた顔で振り返る。

 

「将軍……」

 

 しかしレビルにできることは、うろたえずにどっしりと構えることのみであった。

 損害は周辺宙域に展開する艦船や機動兵器から、ソロモン本体にまで広がりつつあった……

 

 

 

 ソロモンを視認することもできない遠方から、爆発の閃光のみを確認し仮面の下の目を見開くシャア。

 

「すごいものだな。あの輝きがララァの仕掛けたものとは、この私にも信じられん。ニュータイプのララァとモビルアーマー・エルメス、これほどのものとは」

 

 シャアのFZ型ザク、その隣には緑色の大型モビルアーマー、エルメスの姿があった。

 そう、今ソロモンを襲っているのはエルメスのサイコミュが操作する無線攻撃端末、ビットによる遠隔攻撃なのだ。

 

 

 

 ホワイトベースでも爆発する味方艦を確認。

 

「なんだ? 爆発だぞ。マーカー、敵はどこにいるんだ?」

 

 即座にブライトはオペレーター席のマーカーに問うが、

 

「見当たりません。どのみち、ミノフスキー粒子がえらく濃いようで」

 

 ビーム攪乱膜などを張った後の宙域である。

 こうなるのは当然。

 一方、ニュータイプ能力なのかそうでないのか、カンの鋭いところのあるミライは、

 

「なにかしら? 何かが呼んでいるような気がするわ」

 

 とつぶやく。

 ともあれブライトは、

 

「対空監視を全員にやらせろ」

 

 できることを指示。

 そうしてから、

 

「ミライ、どうした?」

 

 とミライの様子を気に掛ける。

 

「え?」

「体の具合でも?」

 

 ブライトの気遣うような視線にミライは、

 

「あ、いいえ、そうじゃないの。とにかく変なのよ、このソロモンの周り、すごく」

 

 と言葉を濁す。

 カンというものは言語化できない暗黙知。

 だからこそ通じない人間には分からないし、言葉にするとこんな曖昧な言い方になってしまう。

 そしてブライトは常識的な能力と思考の持ち主であるから、

 

「変? そりゃ、殺気みたいなものは感じるが」

 

 という無難な理解に落ち着くことになる。

 

「ブライトさん」

 

 そこに通信手を務めるフラウから報告。

 

「なにか?」

「ホワイトベースは第一戦闘配置を取って入港を待て、とのことです」

「了解」

 

 そうしてブライトは指示。

 

「第1デッキ、第2デッキ、各機、発進! 第一戦闘配置を取らせろ」

 

 

 

「人使いが荒いんだから、まったく」

 

 ぼやきながらガンキャノンLのコクピットにつくカイ。

 そんな彼に、サラスリーが声を潜めて告げる。

 

『気を付けて、カイさん。敵は幽霊のように姿を見せずに攻撃してるって話です』

 

 ホワイトベースの戦術コンピュータにインストールされたサラが周囲の通信を拾って集約し、共有化させてくれた情報だ。

 

「そんなん、どうやって気を付けんだよ」

『……消極的ですが、120ミリ低反動キャノン砲で対空弾を使いましょう。ようやくレーザー近接信管が供給され始めましたし』

 

 敵機の接近を検知して爆発、破片の散弾を浴びせる対空弾はミノフスキー粒子の影響で近接信管が使用できなくなり、これまでは事前にセットした一定距離、一定高度で爆発する時限信管頼りになっていた。

 しかし西暦の時代でも対ステルス機用になど、一部で実用化されていたレーザー近接信管なら影響を受けないわけで、ミノフスキー粒子対策の施されたそれが、ようやく供給され始めたのだ。

 

 ただしモビルスーツは西暦の時代の航空機と違って戦車並みかそれ以上の装甲を持っている。

 ゆえに砲弾もミサイルも徹甲弾やHEAT弾頭(成形炸薬弾頭)の直撃でなくては効果が薄く、対空弾によって破片を浴びせかけても、

 

「散弾ではなぁ!」

 

 で終わってしまうのだ。

 

 つまりこの時代のモビルスーツへの対空防御というのはミサイル等の誘導兵器無し、レーダーの支援無しで目視による直射のみ、対空弾の近接信管も時限信管も無しで直撃させるほか無いという第二次世界大戦初期の艦船以下のレベルの効果しか持たないということでもある。

 まぁ、そんな微妙な扱いの近接信管、対空弾だったが、

 

『大体の位置に向かって放てば、撃墜できずとも何らかの効果はあるはずです』

 

 ということだった。

 

 

 

 一方、アムロはというと、修理中のガンキャノンを見上げ、

 

「くっ、間に合わなかったか」

 

 と歯噛みする。

 そこに、

 

『ならアレックスを試してみる?』

 

 そう声をかけたのはニュータイプ、アムロ向けに強化されたツヴァーク、NT-1アレックスにもインストールされたサラツーだった。

 当初はサラ・NICNと仮称される、しかし素のままのサラがインストールされていたが、RXシリーズの系譜にある試作機なのでどうせ機密扱いの機体だし、元々AIプログラムそのものは共通だしということでテム・レイ博士の許可の元、サラツーをサラ・NICNと融合(フュージョン)させることでコピー移植されていた。

 

「そうだね、敵の位置も分からない状態だし、ホワイトベース周辺で警戒するならツヴァークでもいいか」

 

 とアムロはアレックスで出撃することにする。

 

 

 

「ああ、サラナイン。僕も行くよ」

 

 病室のベッドから身を起こすハヤト。

 

『サンマロさんに怒られますよ』

 

 とサラナインが制御するモビルドールサラが苦言を呈すものの、

 

「大丈夫、もう大丈夫だよ」

 

 ハヤトはそう言って聞かない。

 その上で、

 

「サラナインは僕と出撃するのは嫌かい?」

 

 とずるい、卑怯すぎる聞き方をする。

 

『わ、私はサポートAIですから、マスターのお役に立てることに嫌はありませんけど……』

 

 そうしてもじもじとうつむきながら、

 

『それに、出撃すればコクピットでハヤトさんと二人っきりになれますし』

 

 か細い声でつぶやくようにサラナインは言う。

 

「あ…… うん……」

 

 釣られたように顔を赤らめるハヤト。

 その空気に耐えられなくなったように、サラナインは手のひらサイズの歩行型ミニドローン、モビルドールサラの小さな手でハヤトをポカポカと叩く。

 

『も、もうっ、何ですかーっ! 自分で言わせておいて照れないでくださいっ!!』

「あ、いや、思いがけず積極的な言葉だったから」

『――っ!?!?!?』

 

 もうバカバカバカーっ、と一層照れるサラナイン。

 立派なバカップルにしか見えない二人だった……

 

 

 

 なおハヤトたちの会話は、様子を確認するようブライトから指示を受けた通信手席のフラウがつなげた通信装置でブリッジに届いており……

 

「フラウ、君を信じているが、戦いに私情は持ち込むなよ」

 

 フラウの後ろに立ってモニターを見ていたブライトは恐る恐るといった様子で声をかける。

 フラウは餡子でも食ったのかという黒い笑みを浮かべ、

 

「ブライトさん、私の今までの行動は嘘じゃないですよ」

 

 と突っぱねる。

 ブライトは腫れ物に触るかのように、

 

「指揮官として確認したまでだ。信じているよ」

 

 と気を使った言い回しでそれに答えた。

 

「ありがとうございます」

 

 暗黒の微笑を浮かべ、それに答えるフラウ。

 ブライトは顔を引きつらせながらその場を離れ、癒しを求めてオッパ…… ミライの方に歩み寄る。

 

「なにかあったの? ブライト」

 

 離れた位置で舵を預かるミライには、ハヤトとサラナインの会話は聞き取れなかったのだろう。

 アレ抜きでフラウとの会話を聞いたら、確かに疑問に思うだろうとブライトはため息をつき、

 

「ん、なにかフラウが一人で悩み事を抱えているようでね」

 

 と当たり障りのない答えを返す。

 ミライは通信手席で悶々とブラックホールクラスターを形成するフラウを見て、

 

「そうね」

 

 とうなずくのだった。

 抱えているのは悩みではなく闇じゃないかと感じながら。

 

 

 

「行きます!!」

 

【挿絵表示】

 

 ツヴァークNT-1アレックスに乗り込み、カタパルトで射出されるアムロ。

 

「ガンキャノンL、行くぜ」

 

 次いでカイとセイラのガンキャノンL、ロングレンジタイプが出撃。

 後はスレッガーのドラケンE改可翔式、ミヤビのドラケンE改。

 リュウのコア・ブースターが続く。

 

 

 

「あっ?」

 

 アムロの視界の中、閃光が走りサラミスが墜ちる。

 

「またか」

 

 周囲に、見えない敵に気を配るアムロ。

 

「……呼んでいる」

『アムロ?』

 

 自分に聞こえないものが聞こえている様子のアムロにサラツーは首を傾げるが、

 

「なにか、呼んでいるような気がする。なんだ? なにかが見えるようだ。なんだ?」

 

 とアムロはさらに集中。

 サラツーはそれを妨げないよう、周囲からの通信は自分が受けるようにしてアムロを雑音から遮断する。

 その甲斐があってか、もしくはニュータイプ向けに反応速度をチューニングした機体ゆえのことか、

 

「そこっ!」

 

 尻に装備された可動ノズルによる推力偏向制御ロケットエンジンと手足をぶん回すAMBAC(active mass balance auto control。能動的質量移動による自動姿勢制御)、そしてローラーダッシュ機構を利用したリアクションホイール、三者を組み合わせることで達成した、より高度な姿勢制御。

 機体を反転、とっさにHRAT-23ハンドロケットランチャーを向けた先。

 そこに3連式多目的カメラモジュールが姿なき襲撃者『ソロモンの亡霊』と呼ばれるものの正体を辛うじて捉える。

 

「これは!?」

 

 しかし次の瞬間、それは猛烈な勢いで去って行った。

 

 

 

 ビットがいったん、エルメスへと帰還する。

 エルメスには後部に二か所のハッチがあり、そこからビットを収納できるのだ。

 そうして、大きく息をつくララァ。

 

『ララァ、疲れたか?』

 

 と問うシャアに、

 

「はい、大佐。でも大丈夫です、まだやれます」

 

 そう答える。

 しかし、

 

「いや、今日はやめておこう。戦果は十分に上がっている。一度休んだ方がいい」

 

 とシャア。

 

「はい、大佐」

 

 ララァはうなずくとエルメスの機首をめぐらせる。

 スラスターではなくフライホイールを用いたコントロール・モーメント・ジャイロスコープを使っての制御だ。

 

 そうして帰還するエルメスの機体を掴んで曳行されるシャアのFZ型ザク。

 この機体はF型ザクの70パーセント増しの推力を持ちながらも推進剤の量は変わらない機体であるため、最大推進戦闘時の限界時間は半分になってる。

 それゆえに長距離移動時は、こうして推進剤を節約するのだ。

 

 一方、その周囲を固めるのはモビルアーマーに追従するため、リック・ドムの脚部を排除してスカート内に直接ロケットエンジンをマウントすることで推力比を上げたリック・ドムK型である。

 

【挿絵表示】

 

 K型は高速なモビルアーマーのエスコートという特殊用途向けであり、取り扱いも特殊なのだが。

 ミヤビの前世の記憶の中にあるユニコーンガンダムに対するジェスタみたいなもので、こういう露払いする機体が無いと、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』におけるサザビーのように雑魚敵にビームを使いまくった結果、肝心のアムロ戦で息切れしてパワーダウンして勝てないということみたいになりかねないのだ。

 

 

 

「き、聞こえなくなった。何が聞こえていたんだ?」

 

 アムロは急に静かになった宇宙(そら)に、目を瞬かせる。

 

「確かに何かが呼んでいたのに」

 

 なお、早期に敵が引き上げたため、イチャイチャしていたハヤトとサラナインは出撃が間に合わなかった模様……




 金のちからってすげー!

 ま、まぁ、セイラの行動は傷心ゆえの一時的なものでしょうけど。
 一方、フラウは…… サラナインのターンが本気で終わらないんですけど……
 どうしてこうなった。

 そしてエルメスの登場。
 史実では今回のエルメスによる攻撃はまったく察知されず『ソロモンの亡霊』と呼ばれていましたが、ニュータイプ、アムロ向けに強化されたツヴァークNT-1アレックスのおかげでビットの撮影には成功した模様。
 これを基に対策を立てるわけですけど、『機動戦士ガンダムUC』でスタークジェガンがクシャトリヤ相手に見せた戦法など、割と色々ありますよね対オールレンジ攻撃戦術。
 このお話ではどのように転ぶのかは今後のお楽しみで。

 次回はジオン側、そしてシャリア・ブル側のお話となる予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第39話 エルメスのシャリア・ブル Bパート

 これに先立つ数時間前、ジオン公国ザビ家の総帥ギレン・ザビは木星帰りの男、シャリア・ブル大尉を謁見していた。

 

「今回の君の船団の帰還でヘリウムの心配はいらんわけだ。私とて何年もこの戦争を続けるつもりはないからな」

 

 機嫌よく述べるギレンに、シャリア・ブルは慎重な態度で、しかし、

 

「総帥はこの戦争を一ヶ月で終わらせてみせるとおっしゃってました」

 

 と言ってのける。

 だがギレンは、

 

「それを言うな、シャリア・ブル。座ってくれ、本論に入ろう」

 

 と何の問題も無いとスルー。

 そこにシャリア・ブルは、

 

(最終的にジオンの独立が成れば良いのだろう?)

 

 というギレンの本心を垣間見る。

 ただそれには、

 

(――たとえどのような形であっても)

 

 という続きがあって、その点にこそ彼は衝撃を受ける。

 このことをミヤビが知ったなら、もしくはシャリア・ブルがミヤビの前世の記憶について知っていたなら、それと突き合わせて「まさか」という想定にたどり着いただろうが……

 仮定はあくまでも仮定。

 意味はなく、

 

「は、ありがとうございます」

 

 シャリア・ブルは表情を変えないよう苦心しながら、さらには頭を下げることで表情を隠しそう答える。

 

「しかし、お話のニュータイプの件ですが、わたくしは多少人よりカンがいいという程度で……」

 

 そう続ける彼の言葉をギレンは遮って、

 

「君のことは君以上に私は知っているぞ」

「は?」

「木星のエネルギー船団を勤めた君の才能のデータはそろっている。フラナガン機関に検討させた。その机の上にある」

 

 シャリア・ブルは脇机に置かれたレポートを手に取って表題を読む。

 

「……シャリア・ブルに関するニュータイプの発生形態。わたくしにその才能があると?」

「そう、君は自分でも気付かぬ才能を持っている。もっともニュータイプのことはまだ未知の部分が多いのだが、それを役立ててほしい。今度の大戦ではもう人が死にすぎた」

 

 シャリア・ブルはわずかに瞳を細めると、

 

「……キシリア殿のもとへゆけと?」

 

 笑うギレン。

 

「ほう、言わぬ先からよくわかったな」

 

 それは考えを読まれた、ニュータイプに対し脅威を感じている者の表情ではない。

 ギレン・ザビはIQ240の天才である。

 ミヤビの前世、西暦の時代の日本の最高学府、東大の学生の平均でIQ120程度。

 またIQが130もあれば、適切に勉強さえすれば医大を現役合格できるとも言われていた。

 IQが高いということは単純に言えば頭の回転が速い、理解が早いということで、シャリア・ブルがニュータイプ的なカンで読んだところを、ギレンなら与えられた状況と情報からロジックで同じ結論に至ることができる。

 ゆえに何ら驚くことでもないのだ。

 

「キシリアのもとで君の即戦力を利用したモビルアーマーの用意が進められている」

 

 シャリア・ブルは、

 

「御言葉とあらば」

 

 と了解。

 ギレンは機嫌よく、

 

「ん、空母ドロスが用意してある」

 

 と言うが、ドロスは超大型空母。

 これを使う理由は……

 そう考えたところで、シャリア・ブルはギレンに問われる。

 

「私がなぜ君をキシリアのもとにやるかわかるか?」

 

 と。

 しばし、見つめ合う両者。

 シャリア・ブルは瞳を伏せると、

 

「わたくしには閣下の深いお考えはわかりません。しかし、わかるように努力するつもりであります」

 

 と教科書じみた模範解答のような言葉を返す。

 ギレンは、

 

「それでいい、シャリア・ブル。人の心を覗きすぎるのは己の身を滅ぼすことになる。ただ、私が君をキシリアのもとにやることの意味は考えてくれ」

 

 そう言いつける。

 要は考えを読んでも構わぬが、自分の意にそぐわぬ行動は許さぬということである。

 

 

 

「この船でシャリア・ブルという男も来ておるのだな?」

 

 空母ドロスを迎えるキシリア。

 

「は。シムス中尉と共に例の機体を使わせます」

 

 部下の答えに彼女はしばし考えこむと、

 

「……もし、そのシャリア・ブル大尉の能力がララァより優れているのなら、エルメスをシャリア・ブルに任せることも考えねばならぬ。その点、シャア大佐にはよく含み置くように、と」

 

 そう指示を出す。

 

「は、伝えます」

 

 そうしてキシリアは考え込む。

 

「木星帰りの男か。ララァよりニュータイプとしては期待が持てるかも知れぬ」

 

 ……この辺が、キシリアの歪みでもある。

 彼女は政敵であるはずのギレンからは、しかし歯牙にもかけられていない。

 それは自分が『女だから』か、という強烈なコンプレックスと反発心があるから、キシリアは男を震え上がらせるような冷酷非情な手段を取って見せる。

 逆に言うと自分の女を憎み、殺してまで過剰に男社会の価値観に合わせているキシリアにとって、そうではない素の女性のままでいるララァが評価されるのは許しがたいことなのだ。

 それよりは女性であるララァ・スンは、男性であるシャリア・ブルには勝てない。

 そうした方が収まりが良く、彼女の精神に波風を立てることが無い。

 

 人は現実を見るのではなく、見たいと思う現実を見るのだと言う。

 これまでの人生で培った価値観というフィルターを通して捉えられたものが当人にとっての現実だからだ。

 そして、そのフィルターの歪みが酷い場合、キシリアのように認知を歪めるばかりではなく、自分の価値観に現実の方を合わせようとしてしまう。

 それが悲劇を呼ぶのだ。

 

 

 

「……なるほど、意外とシンプルなコンソールパネルだな」

 

 例のガンキャノン・ショックにより、シムス中尉が開発していた有線サイコミュの実験機、ブラウ・ブロは開発規模を縮小され。

 さらにはサイド6近傍デブリ地帯でのテスト中に遭遇したガンキャノンとの戦闘で機体の2/3を喪失した結果、再建もできなくなり。

 別の試作機を流用しての研究継続を余儀なくされていた。

 それがこの機体である。

 

「シムス中尉、私の方はいつでもいい、発進してくれ」

「了解です、シャリア・ブル大尉」

 

 ミヤビの前世の記憶の中にも存在する、メカニックデザイン企画『MSV-R』にて大河原邦男先生にデザインされ、シミュレーションゲーム『SDガンダム GGENERATION GENESIS』にも登場していた機体だ。

 

 

 

「わかったのか? ララァが疲れすぎる原因が」

 

 一方で、シャアはフラナガン機関の研究者、技師たちとエルメスの調整を進めていた。

 

「脳波を受信する電圧が多少逆流して、ララァを刺激するようです」

「直せるか?」

「今日のような長距離からのビットのコントロールが不可能になりますが?」

 

 そう言われてもシャアは、

 

「やむを得ん、というよりその方がよかろう。遠すぎるとかえって敵の確認がしづらい」

 

 と答える。

 

「そう言っていただけると助かります。なにしろ、サイコミュが人の洞察力を増やすといっても……」

 

 そこに、ひらめく黄色いワンピースを着た人影が現れ、

 

「ララァ、いいのか?」

「大丈夫です。もうしばらくすれば実戦に出られます」

 

 微笑むララァ。

 しかしシャアは良い顔をしない。

 

「ララァ、戦場で調子に乗りすぎると命取りになるぞ」

 

 自分を気遣ってくれるシャアに、ララァは笑顔で答えると表情を変え、

 

「あの方たちが着くそうです」

 

 と告げる。

 

「うん。よーし、ブリッジに上がろう」

「はい」

 

 そうしてデッキを後にする二人だったが、ララァは背後のエルメスを振り返ると、こう言う。

 

「大佐、私専用のザクレロが欲しいわ」

「えっ」

 

 そうしてシャアは直面することになる。

 シムス中尉が開発していた有線サイコミュ実証機に。

 

(――ッ!! なぜ来るのだお前は~~~~ッ)

 

 MAN-03ブラウ・ブロの後継機、MAN-00X-2。

 キシリアの指示で赤く、というかプラモデル塗料で言うところのガンダム専用カラー『シャアピンク』色に塗られた異形の機体は、シャアが無かったことにして補給部隊に引き取らせたもの。

 ツノが外されて代わりにジオンマークが入れられており、機体後部には二基の有線サイコミュ装置が増設されてはいたが……

 

「大佐?」

(もっ、もどってくる…… くるうう…… よそにやったのに……)

 

 何度捨てても戻って来る呪いの人形にでも祟られたかのように、

 

 たっ、たすけてっ百太郎!!

 

 とばかりに錯乱してしまうシャアだった……

 

 

 

「シムス・バハロフ中尉、シャリア・ブル大尉、ただいま到着いたしました」

 

 そう申告するシムスたち。

 階級はシャリア・ブルの方が上だが、組織自体はシムスが統括するがゆえのことか。

 ジオン軍では階級より役職の方が幅を利かしているという表れでもある。

 

「ご苦労、シャアだ。こちらがエルメスのパイロット、ララァ・スン少尉」

 

 シャアに紹介された少女、ララァにシムスは目を見開く。

 

「フラナガン機関の秘蔵っ子といわれるララァ?」

「なにか?」

 

 問題でもあるか、と問うシャアにシムスは、

 

「いえ、少尉の軍服の用意がないのかと」

 

 そう誤魔化す。

 シャアはそれを見通しているのだろう、

 

「補給部隊には言っているのだがな。こんなぞろぞろした格好で艦の中を歩き回られて困っているのだ」

 

 などと言って受け流した。

 一方、そんな彼らとは別にじっとララァを見つめ続けているシャリア・ブルに、シムスは焦ったように、

 

「シャリア・ブル大尉」

 

 と名を呼び注意を促す。

 シャリア・ブルはようやく我に返ると、

 

「なるほど」

 

 そう、うなずき、

 

「大佐、この少女、ああいや、ララァ少尉から何かを感じます。そう、力のようなものを」

 

 シャアに告げる。

 

「で、大尉は私から何を感じるのだね?」

 

 と問うシャアに、シャリア・ブルはしばし見つめ返した後、

 

「いや、わたくしは大佐のようなお方は好きです。お心は大きくお持ちいただけるとジオンのために素晴らしいことだと思われますな」

 

 そう答える。

 

「よい忠告として受け取っておこう。私はまた友人が増えたようだ。よろしく頼む、大尉」

 

 右手を差し出し、握手を交わすシャア。

 

「いえ、もし我々がニュータイプなら、ニュータイプ全体の平和の為に案ずるのです」

「人類全体の為に、という意味にとっていいのだな?」

「はい」

 

 シャアはララァに目を向けると、

 

「ララァ、わかるか? 大尉のおっしゃることを」

「はい」

 

 シャリア・ブルは初めて声を発した彼女を見据え、

 

「……ララァ少尉はよい力をお持ちのようだ」

 

 そう褒めたたえる。

 シャアは、そうだろうと口元に笑みを浮かべるが、

 

「だがな、シャリア・ブル大尉、厄介なことは木馬の黒いガンキャノンというモビルスーツのパイロットがニュータイプらしい。つまり連邦はすでにニュータイプを実戦に投入しているということだ」

 

 シャリア・ブルは、

 

「は、ありうることで」

 

 とうなずくが……

 

 

 

「ハヤト、起きていていいの?」

 

 ミヤビに問われ、肩にサラナインが制御するモビルドールサラを乗せたハヤトはバツが悪そうに頬をかく。

 

「すいません、ご心配かけて」

 

 それを目にしたミヤビは、

 

(ハヤト君、最近サラナインに転んだって聞いてたけど、将来をどうにかしちゃうつもりかしら?)

 

 と史実ではフラウと結ばれていたはずの、彼の将来を危ぶむ。

 フラウはパートナーを束縛、拘束しがちな性格だから、AIとはいえ少女の人格を持つ存在が自分の恋人、夫の側に居ることを許容できないだろうし。

 最悪『一夫多妻去勢拳』などでハヤトがゴールドクラッシュされてしまうかも、と考えてしまうのは例のテキサスでのギャンの最後があんまりだったせいか……

 

 まぁ、そんなことはともかく、

 

「何を騒いでいるの?」

 

 と整備用端末のコンソールをメカニックのオムルと一緒にのぞき込んでいるアムロに問うが、

 

「……いえ、ガンキャノンの操縦系がちょっとオーバーヒート気味なんです、それで」

 

 そのために前回の出撃に修理が間に合わなかったわけか、と納得する。

 しかし、

 

「テム・レイ博士は?」

「親父は僕が持ち帰った敵の画像データを基にスレッガーさんやカイさんたちと何かやってて……」

 

 はぁ、とため息をつくミヤビ。

 瞬間的なのでブレブレだったが、確かにあれはエルメスのビットだった。

 テム・レイ博士はついに実用化されてきたサイコミュによる遠隔無線攻撃ユニットに興味津々というわけである。

 スレッガーやカイを巻き込んでいるということは、何か対策に目星がついているということだろうか?

 一方、

 

『ガンキャノンには二つの意味でリミッターがかけられているの』

 

 などと語り始めるのはコンソールの片隅にアバターを表示させているサラツー。

 

(きあー!!)

 

 いつもの鉄面皮、変わらぬ表情の下、内心で絶叫するミヤビ。

 

(あー、あー、私はそういう地球連邦軍AAA機密な話わダメです)

 

 と言って耳を塞ぎ、しゃがみ込み、プルプル震えてしまいたくてしょうがない。

 が、少年たちが必死に取り組んでいる問題に対し、いい大人がそうするわけにも行かず仕方なしに聞く。

 

『一つはパイロットに対するもの。あんまり過敏に、ピーキーにするとついて行けなくなるから』

 

 これはミヤビが前世で読んだ書籍においても、RXシリーズの教育型コンピュータの機能の一つとして語られていたもの。

 搭乗パイロットの操縦反応性と慣熟度に合わせて、いわば自動的にリミッターが調整される仕様であり、機体の高レスポンスにパイロットが段階的に順応できるようになっている。

 だから『教育型』コンピュータと呼ばれるのだと。

 

『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』登場のガンダムNT-1アレックスはニュータイプのアムロ向けに調整されていたがために、テストパイロットのクリスチーナ・マッケンジーは扱いきれずにその本来の性能を発揮できなかったというが、そういう「ピーキー過ぎてお前にゃ無理だよ」な障害を無くすためのものだ。

 

『これについては、アムロには早々に全解除されちゃったんだけど』

 

 さすがニュータイプというところだろう。

 

『もう一つは機械的に保護するためのリミッターだけど、これは稼働データの蓄積と共に上がって行くもので』

「うん? それはどういう?」

 

 首をひねるハヤトに、その肩の上のサラナインが答える。

 

『モビルスーツは従来の兵器をはるかに超えた複雑さを持つ、数万点以上の工業製品の集合体であって、同時にRXシリーズは試作機です。シミュレーションに基づく機械的限界について計算はできますが、実運転では思いもよらない箇所に応力や疲労が集中したり、逆に全然大丈夫でもっと負荷をかけても問題なかったり……』

 

 それを引き継いで、サラツーが、

 

『モーションの変更、最適化で負荷を減らすことができたり。人間だって野球の投球フォームで砲丸を投げたら肩を壊すけど、砲丸投げのフォームなら大丈夫でしょう?』

 

 そういうこともある。

 

『運転データや点検、部品交換の実績、それから重要部品については研究施設に送っての予寿命解析を行ったりとデータを蓄積して行くと、リミッターの制限値も変わって行く。もっと上げていくことも可能な訳』

 

 であるが、しかし、

 

『そうやって自己学習、最適化して行くのもとうとう限界に来てしまって』

 

 ということだった。




 シャリア・ブル、ジオン側はブラウ・ブロが後継機に変わったのが大きな変更点。

> ミヤビの前世の記憶の中にも存在する、メカニックデザイン企画『MSV-R』にて大河原邦男先生にデザインされ、シミュレーションゲーム『SDガンダム GGENERATION GENESIS』にも登場していた機体だ。

> MAN-03ブラウ・ブロの後継機、MAN-00X-2。
> キシリアの指示で赤く、というかプラモデル塗料で言うところのガンダム専用カラー『シャアピンク』色に塗られた異形の機体は、シャアが無かったことにして補給部隊に引き取らせたもの。
> ツノが外されて代わりにジオンマークが入れられており、機体後部には二基の有線サイコミュ装置が増設されてはいたが……

 ゾックの代わりに出したアゾックはマイナー過ぎたせいか読者の方々にはナニソレ感が強かったので、今回はあらかじめ情報を前出ししておきますね。
 キシリアにピンクに塗られ、シャアに無かったことにされた機体が、捨てても戻って来る呪いの人形のごとく帰って来たでござる。


 ホワイトベース側は、ビットの撮影に成功した結果、加えてテム・レイ博士、スレッガー中尉が健在故の変化が進行中。
 次回はシャリア・ブルとの戦いですが。
 ミヤビはテム・レイ博士が用意したビックリドッキリメカで発進させられてしまう模様。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第39話 エルメスのシャリア・ブル Cパート

「なぜシャリア・ブル大尉にエルメスを使わせるんですか!?」

 

 出撃するエルメスを横目に、シャアに抗議するのはアルレット。

 

「調整が完璧ではないとはいえララァの戦闘データは既に取った。ならば次は彼の番だろう」

「……それだけですか?」

 

 あやしい、とアルレットは仮面に隠されたシャアの表情に見入る。

 そして、その視線に耐えきれなくなったか、ふいと顔を逸らすシャア。

 あ…… あやしいーっ、あやしさ大爆発だーッ!

 

「たーいーさー?」

「人には恥ずかしさを感じる心があるということも……」

 

 グダグダと言い訳をするシャアだったが、そこに、アルレットの肩に置かれる優しい手のひら。

 ララァだ。

 

「っ……」

 

 困ったような表情で首を振る彼女に、アルレットはぐっと詰まりシャアへの追及の矛先を納めるのだった。

 

 なお実際にはシャアがため息交じりに、

 

(大尉とララァ、優れている方にエルメスを回すようにとキシリア殿からな……)

 

 と心の内でつぶやくような事情がある。

 要するに、

 

 

 シャア大佐とアルレットのなんでも質問コーナー。

 

「なぜシャリア・ブル大尉にエルメスを使わせるんですか!? どうにかして下さい」

 

 どうにもなりません。

 なぜって上からの圧力で(笑)

 

 

 ということだった。

 シャアが娘のように思っているアルレットには情けなくて言えないことだったが……

 

 

 

「敵パトロール艇らしきものキャッチ。ソロモンより迎撃機の発進要請です」

 

 オペレーター席のマーカーからの報告。

 ブライトは、

 

「なんでもかんでもこっちにやらせるのか」

 

 と憤慨するが、そんな彼をミライは、

 

「信頼されてるのよ、ブライト」

 

 となだめる。

 

「おとり専門でもか」

 

 そう言いつつも、腹を決めるブライト。

 

「よーし、各機発進させろ」

 

 

 

『ガンキャノン、ガンキャノンL、コア・ブースター、ドラケン各機、発進急げ』

 

 艦内放送を聞きながら右舷デッキへと走るリュウ。

 

「あ?」

 

 そこに療養中だったはずの少年の姿を見て確認する。

 

「ハヤト、大丈夫なのか?」

「もう大丈夫です、リュウさん。休んだ分取り返します」

 

 そう言うが、そこに通りがかったスレッガーが、

 

「しかし今日は後方で見学だぞ、ジュードー・ボーイ。勘を取り戻すまではな」

 

 と言い含める。

 

「はい、スレッガーさん」

 

 不承不承、うなずくハヤト。

 

 

 

 一方、ミヤビはというと、

 

「な、何ですかこれはーっ!?」

 

 右舷モビルスーツデッキにて見慣れぬ、しかし確かに覚えのあるオプションユニットを装備した愛機たちに目を丸くする。

 

「説明しよう!!」

 

 と非常にいい顔をして語り始めるのは、もちろん我らがテム・レイ博士。

 

「こんなこともあろうかと……」

 

 ニュータイプの操る無線操作遠隔攻撃端末、いわゆるビットへの対策のためにソロモンの補給部隊からこのユニットを搬入、装着させたのは彼であった。

 

 

 

『それじゃあ行きますね。今週のビックリドッキリメカ発進!』

 

 今度はサラ提供のファンファーレがあった後、モビルスーツデッキのハッチが開き、軽快なBGMと共に次々に発進するオプション付きのドラケンたち。

 

『ドラケン』『ドラケン』『ドラ、ドラ、ドラケン……』

 

 お約束な掛け声をかけながら進むサポートAIサラによる単独制御のドラケンE改たちと、

 

「いいのこれ……?」

 

 と首を傾げながらも発艦するミヤビ。

 

『安心しな、ミヤビ嬢ちゃん。作戦宙域までは俺たちがきっちりエスコートするからよ』

 

 とドラケンE改可翔式のスレッガー中尉から砕けた口調で通信が入る。

 彼からは恋愛対象範囲外と見られているせいか、完全に子ども扱い、お嬢ちゃん呼びが定着していた。

 女性として遇されるオッパ…… 妹ミライとの扱いの差に何ともいえない気持ちになるミヤビだったが、女性として見られても困るので、まぁ受け入れてはいる。

 日本人は実年齢より若く見られるとは言うし?

 

 そして、ドラケンE改可翔式とエレメントを組んだハヤトのコア・ファイターも護衛してくれる。

 

(ハヤトのコア・ブースターはまだ修理中かしら?)

 

 ミヤビは首をひねるが、ともあれ、

 

「助かります。大きすぎるお弁当箱(ランチボックス)を背負っているせいで、動きが鈍すぎて……」

 

 と礼を言う。

 大きすぎるというより、彼女の言うお弁当箱(ランチボックス)の方が本体で、ミヤビの乗るドラケンE改の方がおまけのようにも見える。

 実際、今加速して航行しているのも、姿勢制御、方向転換もすべて、そのお弁当箱(ランチボックス)の方に付属するロケットエンジンによるものであるし。

 大きさの比率等で言うと、ガンダム試作3号機デンドロビウムにおけるモビルアーマー状のアームドベース『オーキス』とモビルスーツユニットの『ステイメン』のような感じ。

 

「デンドロドラケン?」

 

 と思わずミヤビがつぶやいてしまうようなものだった。

 

 

 

『ん、来るよ、アムロ』

 

 先行するガンキャノン。

 アムロに注意をうながすサラツー。

 

「何機かに見えるが、違うな。ララァじゃない、別の何かだ」

 

 その呟きは、逆に言えば前回の攻撃がララァのものであると確信しているがゆえのものだった。

 

 

 

 シャリア・ブルの方でもアムロたちの機影は捉えられていた。

 

「フラナガン博士、敵をキャッチした。戦闘に入りますから、私にどこまでできるかデータは取っておいてください」

 

 レーザー通信により後方のザンジバルでモニターしている博士、技師たちに連絡。

 

『了解です、大尉。大丈夫ですか?』

「見えます、やってみましょう」

 

 そうしてシャリア・ブルは気づく。

 

「……これはすごい。敵のパイロットはこちらの位置と地球の一直線を読めるのか?」

 

 これこそがニュータイプの空間認識能力。

 太陽を背に戦うのと同じく、アムロは地球を背にすることで敵、特にニュータイプのような相手に対し気配を紛れさせることを狙っているのだ。

 

 

 

 ビームライフルで、必中の一撃を加えるアムロ。

 しかし、

 

「なに!?」

 

 ビームを敵のモビルアーマーは回避して見せる。

 つまり発砲の気配を読み取り事前に回避運動を始めていたということ。

 アムロは同様に敵の反撃を回避しながらつぶやく。

 

「違うぞ、さっきとは」

 

 ララァでは無いし、視認不能な超遠隔地からの攻撃ではない。

 二重の意味で違ってはいるものだが、

 

「ん?」

 

 現在攻撃している敵とは違う気配を感じ取るアムロ。

 

「下か!」

 

 敵からの攻撃を連続回避。

 

「チッ」

 

 せわしなく修正舵を切ることでかわし続けるが、

 

「クッ、やはりガンキャノンの反応が鈍い」

 

 

 

 一方、攻撃を加えるシャリア・ブルもまた驚愕していた。

 

「すごいモビルスーツとパイロットだ。あのパイロットこそ真のニュータイプに違いない。そうでなければこのエルメスのオールレンジ攻撃を避けられる訳がない。おおっ!?」

 

 アムロに集中しすぎたせいか、横合いからの攻撃を受ける。

 リュウのコア・ブースターから放たれたミサイルだ。

 かわし切ったと思った瞬間、弾頭に仕込まれたレーザー近接信管が作動し、ばら撒かれた破片がエルメスを襲うが、

 

「散弾ではその程度だな」

 

 装甲の厚いモビルアーマー本体には、エルメスには効かない。

 メガ粒子砲なら貫通できるだろうが、リュウの腕と点の攻撃であるビームではシャリア・ブルの操るエルメスもビットも捉えることはできない。

 ゆえに負けることは無い。

 そしてビットにより反撃。

 

 

 

『くっ、に、二機か三機のモビルアーマーが居るのか?』

『リュウさん!』

 

 アムロの耳に、焦りのにじむリュウとそれを心配するサラシックスの声が通信機越しに届く。

 

「下がれ、この敵はいつものモビルアーマーとは違うぞ、下がれ」

 

 必死に叫ぶアムロだったが、

 

『うわーっ!?』

 

 次の瞬間にはコア・ブースターに直撃。

 リュウの苦鳴と、

 

『自動消火装置作動。後退しましょう、リュウさん!』

 

 彼を気遣うサラシックス。

 

『こ、これぐらいのことで! いざとなればブースターを切り離してでも!!』

 

 なおも抗戦しようとするリュウ。

 

「サラシックス、リュウさんを下がらせて、この敵は違うんだ。クッ」

 

 そう言いつつ、コア・ブースターを庇うため前に出ようとするアムロ。

 

 

 

「あのパイロットは反対からの攻撃も読んだ」

 

 シャリア・ブルも一方的に攻めているようで、しかし攻撃をことごとくかわされている現実に驚愕する。

 

 

 

「どういうことだ? 敵は一機のモビルアーマーのはずだ」

 

 焦るアムロに、サラツーが答える。

 

『そうね、敵はおそらく私たちがツヴァークNT-1アレックスで捉えたあの無線制御の攻撃端末よ』

 

 しかし何とか対応しようにも、

 

「ガンキャノンの反応が遅い?」

 

 彼の能力に、ガンキャノンの方が付いて来れなくなっていた。

 

 

 

 所定の位置に着き、整列するドラケンE改たちの背面に装備された、長方形のモジュールが左右に開いていく。

 その様はミヤビの前世の記憶の中にある『機動新世紀ガンダムX』にてガンダムXとそのフラッシュシステムによりコントロールされる無人攻撃ビットモビルスーツ、GXビットが背中のマイクロウェーブ受信用リフレクターを展開し隊列を組んでサテライトキャノンの発射体制に入る、あのシーンのよう。

 今にも『機動新世紀ガンダムX』の前期オープニング曲『DREAMS』のイントロが流れ出しそうである。

 

 まぁ、このドラケンE改用のオプション装備、M型ユニットが擁するのはサテライトキャノンなんてものではなく、

 

『全機、機雷ロッカーの展開を完了』

 

 厚板状の機雷散布ポッド。

 格子状に配置された射出口から宇宙機雷を面投射するものである。

 この機雷ロッカーは移動時には後方にたたむことが可能で、これにより前方投影面積、および被弾を減らすことができるのだ。

 発射時にはそれを左右に展開する。

 その様は大きく羽を広げる蝶のようで、

 

『絶好調である!』

 

 ……ドラケンE改を単独制御するサラの内の一体が何か言っているが、空耳だろうとミヤビは無視する。

 多分この世界で『機動戦士ガンダム』の代わりに放送されていた『モビルフォース・ガンガル』、そのシリーズの内の一作である『∀ガンガル』でも見て影響を受けているのだろう。

 

 そんなサラの戯言は置いておいて……

 ミヤビの前世の記憶の中にはボールM型、ボール機雷散布ポッド装備タイプという機体があった。

 モビルポッド、ボールを機雷散布に活用しようというもの。

 メカニックデザイン企画『MSV-R』にて大河原邦男先生にデザインされ、マンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』やネット対戦ゲーム『機動戦士ガンダム オンライン』に登場した機体であった。

 

 この世界ではミヤビがドラケンE改を作り出し、それが地球連邦軍に採用されたがためにボールはもちろん、ボールM型も存在しないわけであるが、

 

「機雷散布のニーズに応えるため、機雷散布装備を作り、その中枢、コントロールユニット兼近接戦闘ユニット、脱出装置としてドラケンE改を使いましょう、ということで用意されたのが……」

『このオプション、M型ユニットです』

 

 ということだ。

 一方、

 

『サラ姉さん、敵戦闘宙域に対する散布のための演算値は私がミヤビさんのところに送ります。三秒待って下さい』

 

 と連絡してくるのはハヤトのコア・ファイターにインストールされているサラナイン。

 彼女は前線で戦っているリュウのコア・ブースター、サラシックスからレーザー通信で送られてくるデータを基に教育型コンピュータの演算力を使い計算を行う。

 

 ボールM型では天頂部の武装を正確な位置測定を行う計測システムを内蔵したVLBI-C2ポッドと発信アンテナを装備した機雷コントロールユニットに換装してあった。

 その点、

 

「このM型ユニットでは、機雷散布に必要な計測、コントロール機能をドラケンE改の元々の航法装置に加え、機体前頂部に固定設置されている5連式多目的カメラモジュールのスロットに必要なセンサー器材を装備させることで実現しているわけだけど」

 

 ミヤビのつぶやきに、サラは、

 

『機雷ロッカー自体は大型コンテナを一部流用して製作された安価なものですから、非常時には捨てることも可能。高価なセンサー器材類は、コントロールユニットと脱出ポッドを兼ねるドラケンE改側に持たせることで回収できるということですね』

 

 そう答える。

 ミヤビはうなずいて、

 

「そうね、西暦の時代、アメリカ陸軍が採用していた歩兵携行式の対戦車ミサイル、M47 ドラゴンなんかも高価な照準器は使用後、ランチャーから取り外して再利用する構造になっていたけど、それと同様の考え方ね」

 

 そういうことで機雷散布のための演算もドラケンE改側の機体制御コンピュータでできるし、さらにはグリッド・コンピューティングにより隊列を組むドラケンE改すべての機体制御コンピュータを連携、統合処理させることで演算能力を上げることもできたが、さすがにスパコン並みの処理能力を持つ教育型コンピュータにかなうわけもなく、素直に任せる。

 

 なおグリッド・コンピューティングには普通、専用のミドルウェアが必要なのだが、そもそもドラケンE改の機体制御コンピュータは俗にテム・レイの回路と呼ばれる初期の教育型コンピュータ2つを搭載し並列に動作させるデュアルプロセッサであり、インストールされているサポートAIサラはすべて同一のプログラムを持つもの。

 機雷コントロールに限らず、どんな用途でもネットワークがつながる限りは素のままでもグリッド・コンピューティングが可能なのであった。

 

『射出角調整。右、コンマ5。上、コンマ08』

 

 機雷ロッカーの先端に八基、基部上に二基のスラスターが配置されており、それにより姿勢制御を行う。

 

 この辺はボールM型と変わらない。

 ボールのマニピュレーターの出力ではAMBAC(Active Mass Balance Autocontrol 能動的質量移動による自動姿勢制御)による姿勢制御は不可能であり、さらにボールM型では機雷ロッカーの増設による機体の肥大化、およびマニピュレーターの小型化による作動肢の質量低下により機動力が低下している。

 それゆえに運動性を確保するためスラスターが増設されていたのだ。

 

 一方で、このM型ユニットではドラケンE改の重量比が小さすぎるために、同様にスラスターが設置されている。

 

『機雷投射装置、最終ロックを解除』

『ミヤビさん、サラナインからシアー解放クロック同調来ます!!』

 

 そしてミヤビはトリガーを絞る。

 

「MMB-05E浮遊機雷、投射!」

 

 ドラケンE改の背面から左右に伸びたロッカーに片側24基、両方で48基搭載されたMMB-05E浮遊機雷が投射される。

 

 

 

「嬢ちゃん、ニュータイプってのはアレだろ。人間離れした直感力や洞察力、獣のように殺気を感じ、恐ろしいバカげた回避、反撃能力を持つ」

 

 スレッガーは語る。

 ミヤビの前世の記憶の中にある史実でも、連邦軍にはフラナガン機関からの亡命者、つまりEXAMシステム、ブルーディスティニーのクルスト・モーゼス博士が来ているわけであり。

 そして史実とは違って生存しているテム・レイ博士は彼からの情報を受け取っている。

 そこから来た内容である。

 

「人間の殺気を感じ動きを読み、心を盗んで鋭く動く。銃撃や剣撃をたやすく避け、相手を襲い蹂躙するんだろう?」

 

 これが、このホワイトベース隊にもたらされたニュータイプの概要。

 そして先のララァによるソロモン襲撃。

 さらにはニュータイプと目されているアムロの働きを見て、それが敵対した場合を想定すれば、そういうものかと納得もできる。

 だが、

 

「じゃあ、()()()()のはどうだい」

 

 不意にビットが爆発する。

 

 

 

「機雷原!!」

 

 即座に理解するシャリア・ブル。

 

「機雷原だ!!」

 

 

 

『止まったぞ。やれ』

 

 スレッガーからの指示に、セイラはトリガーを引き絞る。

 ミヤビたち機雷散布班とは別に待機していたガンキャノンL、ロングレンジタイプの120ミリ低反動キャノン砲による狙撃だ。

 両肩、左右の砲を交互に撃つことで発射速度を高め弾幕を張る。

 

 

 

「読める。相手の動きが私にも追えるわ……」

 

 つぶやくセイラ。

 それを可能としているのがニュータイプの素養を持つ彼女自身の超長距離狙撃能力と、偽薬(プラシーボ)効果による思い込みかも知れないが、テム・レイ博士が彼女のためにと用意してくれた第二の皮膚とも言える、身体に張り付くような極薄のテスト用パイロットスーツ。

 さらにはサラスリーが、

 

『ミヤビさんの手による未完の、ベータ版ミッションディスクプログラム『PSリーディング』をRXシリーズ用にローカライズしたものです。PS、パーフェクトソルジャーとは何なのか、私には分かりませんが』

 

 と語るもの。

 要するにアニメ『装甲騎兵ボトムズ』で主人公キリコがパーフェクトソルジャーに対抗するために自作した、いわゆる対PS用ディスクに相当するプログラムだ。

 Play Station 2のゲーム『装甲騎兵ボトムズ』では発動中、敵の残像が表示され、通常よりすばやく行動できるようになることで再現されていた。

 

 ミヤビが注目したのは、このうち残像が表示される機能の方だ。

 ミヤビの前世、旧21世紀の時代、Windowsなどのマウス操作を伴うOSには、マウスカーソルに残像を表示させる『ポインターの軌跡を表示する』というオプションが用意されていた。

 オールドゲーマーなら、コナミのシューティングゲーム『ツインビー』の分身みたいな動き、と言った方が分かりやすいだろうか。

 このオプション表示はパソコンの性能や液晶画面の追従性が悪かった時代に、マウスを素早く動かすと表示が追い付かずカーソルを見失ってしまうことがあったため、目で追いやすくするために用意されたものだった。

 

 そして同時に、

 

『セイラさん、どんなに敵が素早くても物理法則は超えられないのです。相手は物理的な物体で、慣性を消すことなど不可能なのです』

 

 ということ。

『機動新世紀ガンダムX』のジャミル・ニートは、

 

「たとえ精神波でコントロールされていても、物理的な物体なのだ」

 

 という理屈でビットによるオールレンジ攻撃を完全に見切り、ニュータイプ能力に頼らずにその軌道を読んでビットを次々と撃ち落して見せた。

 

『つまり残像を表示すれば、目で追えないほどの動きをする敵の無線制御の攻撃ユニットも捉えることができるようになる。さらに残像は敵機の動く方向を教えてくれます』

「残像の動きの先に、敵は居るはずってことね」

 

 敵の移動を見越した偏差射撃を行うための情報が得られるということなのだ。

 無論、それでも直撃させるのは無理だが、しかし、

 

 

 

 120ミリ低反動キャノン砲の弾頭に仕込まれたレーザー近接信管が作動し、爆発がビットを襲う!

 

「っ! また近接信管による対空弾か!」

 

 表情を険しくするシャリア・ブル。

 

 

 

「BINGO!! 人間サマの知恵ってもんをナメるとこーなる」

 

 ニィッっと、口の端を吊り上げるスレッガー。

 

『こ…… こんなッ、こんな仕掛けを……ッ!!』

 

 サラは絶句するが、

 

()()()? バカがつっこんでくるから悪いんだ。真正面から」

 

 スレッガーは何でもないように言う。

 

「殺気も心も動きも無い機雷原。そして点ではなく避けられない面攻撃。16連射可能な120ミリ低反動キャノン砲二門が吐き出す、レーザー近接信管装備、ミノフスキー粒子対策済の砲弾60発による弾幕。避けられるモンなら避けてみろっつうの」

 

 ということ。

 

「俺たちゃケンカ弱いからよ。おっかねぇから正々堂々とケンカなんかしねえぜ。ニュータイプさんよう!!」




 サブタイトル回収、というわけでエルメスで出撃するシャリア・ブル。
 対するホワイトベース隊は、対ニュータイプ戦術を立てて対抗を開始。
 次回はこの続き、そして決着の予定です。


> ミヤビの前世の記憶の中にはボールM型、ボール機雷散布ポッド装備タイプという機体があった。
> モビルポッド、ボールを機雷散布に活用しようというもの。
> メカニックデザイン企画『MSV-R』にて大河原邦男先生にデザインされ、マンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』やネット対戦ゲーム『機動戦士ガンダム オンライン』に登場した機体であった。

 興味深い機体ですよね。
 ガンオンの動画や攻略サイトなどを見てみると面白いですよ。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第39話 エルメスのシャリア・ブル Dパート

 しかし、

 

「効かぬと言った!」

 

 直撃でなければ、近接信管による対空弾など牽制にしかならない。

 実際、コントロール中のビットからは損害は出ていない。

 だが、

 

「こ、これは!」

 

 驚愕する、シャリア・ブル。

 

 

 

「見える!!」

 

 ガンキャノンLからの攻撃を受けたビットの動きを、回避し続けながら観察するアムロ。

 セイラの放った砲弾は演習用のペイント弾でありケミカルライト、発光塗料をぶちまけるものだった。

 西暦の時代でもサイリウムが軍用に用いられていたように、この辺は色々と使われているのだ。

 その発光により、ビットの動きは手に取るように認識することができた。

 

「し、しかし……」

 

 それでもまだ足りない。

 敵の手数が多過ぎて、ガンキャノンの動きではそれを乗り越えることができないのだ。

 そこへ、

 

『行くぜ、アムロ!』

「カイさん!?」

 

 後方から高速で突っ込んでくる機体。

 

「あれはガンキャノンL?」

『でも速過ぎるよ、アレ』

 

 とサラツー。

 あっという間に距離を詰める機影。

 サラツーの解析で映像を確認し、アムロは唸る。

 

「これは……」

『ガンキャノンLの下半身、Bパーツを外して代わりにコア・ブースターを取り付けてあるね』

 

 ということ。

『機動戦士ガンダム』本編では対ザクレロ戦で使用されたガンダムをうつ伏せにしGパーツBを足に履かせた高速戦闘形態、ガンダムモビルアーマーモードがあった。

 そして小説版『機動戦士ガンダム第08MS小隊』では、それに似たような感じでEz8の下半身をコア・ブースターに変更して飛行可能にした機体が登場していた。

 コスト削減による構造の簡素化のためコア・ブロック・システムが省略されている陸戦型ガンダム、その現地改修機Ez8よりは、コア・ファイターのドッキング機構が生かせるガンキャノンLの方が実現は簡単か。

 

『カイ、機首をコンマ6上げて』

 

 ニュータイプとしての素養を持つがゆえの読みでカイを導くセイラ。

 

『りょーかい、愛してるよセイラさん!』

 

 そんな軽口をたたきながらもカイの操縦するブースター付きガンキャノンLは、その両脇に抱えた火器を構える。

 

『くらえ!』

 

 発射された弾体が割れて広くネットが射出され、ビットをからめ取る!

 

 

 

「面だ!! 徹底的に面で攻撃しろ」

 

 後方、引いた位置から指示するスレッガー。

 

『スレッガーさん!! ネットに絡み取られた敵無線制御攻撃ユニットの動きが鈍って、あ、アムロさんの攻撃を受けて撃墜されました』

 

 戦場をモニターしていた、ドラケンE改可翔式にインストールされているサラからの報告。

 ガンキャノンLが使用したのは『機動戦士ガンダム第08MS小隊』で陸戦型ガンダムがモビルアーマー、アプサラスIIの捕獲のために使用したネットガンだ。

 

 小説『機動戦士ガンダムUC』では小型モビルスーツ、ロトがクシャトリヤに対してファンネルをネット弾で絡めとり、地表へ墜落させて無力化する「対サイコミュ兵器戦術」を使用していた。

 これは重力下での作戦ゆえのことだったが、無重力の宇宙でも動きを阻害する程度の効果はある。

 

「文字どおり手も足も出んだろ」

 

 とスレッガーが言うとおり、元々敵機を捕縛するための特殊兵器であり、しかも除去するためのマニピュレータを持たないビットではどうしようもない。

 そこまで考えて用意されたものだ。

 

 

 

「能力のネタが分かってる分、注意してれば反撃できる……」

 

 カイは自分に言い聞かせるように、いや怯えそうになる自分を鼓舞するかのようにつぶやくと、ガンキャノンLに撃ち終えたネットガンを捨てさせ、そして左腕に抱えていたもう一丁を構えて、

 

「さらにもう一発!」

 

 ズン、という手ごたえと共に撃ち出されたネットがビットを絡め取ったら、止めを刺すのはアムロに任せ……

 

「まくるぞぉ!!」

 

 と同乗しているセイラに対G姿勢を取るように注意。

 コア・ブースターのロケットエンジンに、ガンキャノンLの背面、メインロケットの推力をプラスした全速力でケツをまくって逃げ出す。

 

「ぐぅぅぅぅっ!」

 

 そうしてエルメスとビットの反撃を辛くも回避し、オールレンジ攻撃の虎口から辛うじて逃れることに成功する。

 

 

 

「あの逃げ足の速さが最後のサイコミュ対策ね」

 

 戦場を見つつ、つぶやくミヤビ。

 

 オールレンジ攻撃は圧倒的に見えて、実際には『端末の射出』→『敵機の目を誤魔化しての移動』→『射点への配置』という攻撃のための下準備、プロセスを踏まないと上手く機能しない。

 またビットには小型攻撃端末故のプロペラント、燃料搭載量の限界(将来的に現れる、小型化されたファンネルならさらに)というものもある。

 AMBAC作動肢も持たず(フィンファンネルなどは可動部が多少、AMBAC効果を持つらしいが)姿勢制御、方向転換はスラスター頼りなのでなおさら燃料の消費は早い。

 

 つまり敵モビルスーツに圧倒的な機動力を持たれてしまうと食いちぎられてしまう、対応しきれないということで。

 それゆえモビルスーツの能力が高まるにつれニュータイプ機も宇宙世紀0090年代『逆襲のシャア』のサザビーやニューガンダム、ヤクト・ドーガ等のようにオールレンジ攻撃とは別に本体の白兵戦能力が重視されるようになり、宇宙世紀0100年代以降はオールレンジ攻撃機能を持った兵器そのものが少なくなっていった、とも考察されていた。

 

 

 

 カイたちの援護のおかげでビットの動きは目に見えるようになり、その数も減った。

 

「……敵は」

 

 集中するアムロの脳裏に、あのククルス・ドアンの島での体験がよみがえる。

 

 

 

「明鏡止水……」

 

 月光を水のように浴びながら幽玄とたたずむ女性。

 

「曇りの無い鏡のごとく、静かにたたえた水のごとき心。わだかまりや、やましさのない澄んだ心。それが明鏡止水」

 

 ほっそりとした曲線を、ほの暗い夜の闇に浮かび上がらせるミヤビ。

 

「それが人に己を超えた力を持たせることができる……」

 

 

 

「明鏡止水、か……」

 

 アムロはあの島の自然を思い起こす。

 滝の打つ音、清水の流れ、そして、水の滴が落ちるイメージ。

 

(見えた! 水の一滴ッ!)

 

「敵の攻撃端末がいくつあってもコントロールしているのはただ一人! なら!!」

 

 ガンキャノンを突っ込ませるアムロ。

 

「敵の攻撃全体を、川のような、滝のような一つの流れとして捉えれば、何体を相手にしていても問題ない!!」

 

 

 

「本気……?」

 

 凡人のミヤビには、理屈は分かっても実行できるとは思えないのだが、視線の先の黒いガンキャノンはオールレンジ攻撃を紙一重で避け続けながら突貫する。

 

「デタラメね」

 

 としか言いようのない能力。

 

 

 

「なんだ? 見つけたのか?」

 

 急速接近してくるガンキャノン!

 シャリア・ブルはビット、そしてエルメス本体のメガ粒子砲で攻撃を加えるが、ことごとくかわされ、そして、

 

「しまった!」

 

 コクピットを、ビームライフルにより貫かれる!

 

 

 

「や、やったか」

 

 大きく息をつくアムロ。

 しかし、それを見守るサラツーの瞳は揺れていた。

 もちろんアムロにもその理由は分かっている。

 

「し、しかし、ガンキャノンに無理をさせすぎた」

 

 ということ。

 

「ガ、ガンキャノンの操縦系が僕のスピードについてこれないんだ。今さっきのような敵が来たらもうアウトだぞ」

 

 

 

「シャリア・ブルまで倒されたか」

 

 つぶやくシャアにララァが、

 

「今すぐ出ればガンキャノンを倒せます」

 

 と進言するが、シャアはそれを止める。

 

「あなどるな、ララァ。連邦がニュータイプを実戦に投入しているとなると、あの黒いガンキャノン以外にも」

「そうでしょうか?」

 

 言い募るララァに、シャアは言う。

 

「戦いは危険を冒してはならぬ。少なくともソロモンに居る黒いガンキャノンは危険だ。それに、シャリア・ブルのことも考えてやるんだ。彼はギレン様とキシリア様の間で器用に立ち回れぬ自分を知っていた不幸な男だ。潔く死なせてやれただけでも彼にとって」

「大佐、大佐はそこまで……」

 

 息を飲むララァ。

 

「ララァ、ニュータイプは万能ではない。戦争の生み出した人類の悲しい変種かもしれんのだ」

「そ、そんな、そんなこと……」

「思い起こすがいい、ララァ。シャリア・ブルとの会話を」

「大佐?」

「私は色々と彼を試すようなことを言ったが、彼は慎重に、誠実な、一つも誤りの無い回答をしたな」

「はい、あの人はニュータイプとしての力で……」

「それが彼の不幸だ」

 

 シャアは言う。

 

「彼は自分に対し『過ちを犯すこと』を許すことができんのだ。常人にはそんな生き方はできんが、彼はニュータイプ能力を持つがゆえに通用してきたのだろう」

 

 シャリア・ブルはギレンに対し、

 

「総帥はこの戦争を一ヶ月で終わらせてみせるとおっしゃってました」

 

 と言ってのけた。

 国民としてそれは正しい主張なのだろう。

 そして彼は他人に正しいことを要求するなら自分も正しくなければならないと、ギレンとの問答も正しいことしか言わなかった。

 

 その上で、ジオンの30倍の国力を持つ連邦に対する独立戦争を一カ月で終わらせられなかったことに対し批判するのであれば。

 それより容易いはずのギレンとキシリアから課せられたこと、つまりニュータイプとしての力を発揮して見せること、そのために黒いガンキャノンを倒すことをやって見せねばならない。

 そうでなければ自分はただ単に無責任な不平不満を指導者にぶつけたに過ぎなくなる。

 ただの不満分子に堕ちてしまう。

 

「彼は…… シャリア・ブルは自分の決めた『正しいこと』という行動規範にがんじがらめになってしまうタイプなのだろう」

 

 シャアは語る。

 

「そんな極端な生き方、普通なら途中で挫折してしまうが……」

「あの人はニュータイプとしての力で何とかしてしまい、ここまで来てしまった?」

 

 自分の言いたいことを察してくれたララァにシャアはうなずく。

 

「そうした彼は自分のニュータイプ能力が通じない相手、自分以上のニュータイプという乗り越えられない壁に当たった時、自己撞着を起こしてしまった」

 

 それはシャア自身にも無関係なことではない。

 

「普通に考えれば、卑怯でも惨めでも何でもいいから逃げれば良かったのだ。だが、多分彼は『逃げることはいけないこと』という己の行動規範に縛られ、それを選ぶことができなかった」

 

 ミヤビの知る史実ではシャアもまた高い能力でのし上がった、負けることが無かったがゆえに、しかしアムロという乗り越えられない壁にぶち当たっても、戦い続けるという選択肢しか持てず、ついには破滅した。

 この世界でのシャアは、イセリナ、ララァ、アルレット、そしてミヤビと出会い、それが故に開き直ることができた。

 だからシャリア・ブルが自らはまった陥穽に気付き、理解することができるのであろう……

 

 

 

 ブリッジを後にするシャア。

 その彼の後姿を複雑な表情で見送るアルレット。

 

「やっぱり大佐は……」

「どうしたんだ?」

 

 彼女のつぶやきを、相棒のダントンが拾って聞く。

 しかし彼女は、

 

「……何でもないわ」

 

 そう答える。

 フラナガン機関の実験体だったアルレットはエルメスのサイコミュ装置の起動に失敗し、そして廃棄処分が決まった。

 今生きているのは、そんな彼女をシャアが拾ってくれたおかげだ。

 

 どうしてシャアはシャリア・ブル大尉にエルメスを渡したのか。

 いくら彼が断わったと言っても、どうして援護を行わなかったのか。

 

 もしかするとアルレットに暗い因縁を持つエルメスを、この機会に処分してくれたのではないか?

 

 ミヤビの前世の記憶で言うなら小説『銀河英雄伝説』において皇帝ラインハルトがガイエスブルク要塞を失っても良いとばかりに作戦に投入し、そして喪失した、させたのも唯一の友、キルヒアイスを失った場所だったからだろうという描写があったが……

 

 考えこむアルレットに、もう一人の恩人、ララァは微笑むとこう語りかける。

 

「大佐は純粋な人よ」

 

 と。

 

「……分かる、ような気がします」

 

 アルレットはそう答え、シャアの消えたドアを見つめるのだった。

 

 

 

 一方、ホワイトベースでは深刻な事態に陥っていた。

 心配されていたガンキャノンの操縦系のひずみが現実のものとなった。

 つまり、アムロの発達し始めた反射神経にガンキャノンのシステムがついていけなくなったのである。

 

 なお、

 

「原理的に、速過ぎる操作は無視されるはずでは?」

 

 と首をひねるミヤビと、

 

『炎のコマって、本当に機械の反応を超えられたんですね!』

 

 などと感心しているサポートAI、サラが居たりしたが……

 

 

 

次回予告

 急場しのぎのシステムを使いガンキャノンはレビル艦隊を追う。

 その艦隊の前に、ジオンの防衛線の中に、一機の鮮やかなモビルアーマーが乱舞する。

 次回『ブラレロのララア』

 君は生き延びることができるか?




 テム・レイ博士プロデュース、スレッガー中尉指揮の対オールレンジ攻撃戦術の続き、そして決着でした。
 一年戦争中にある技術と器材で、できる限りやったという感じですね。


> そして小説版『機動戦士ガンダム第08MS小隊』では、それに似たような感じでEz8の下半身をコア・ブースターに変更して飛行可能にした機体が登場していた。

 こちらは感想にて情報提供してくださった方のご意見を参考に反映させたもの。
 このように、頂いたご意見、ご感想は作品作りに生かさせていただいております。
 展開の都合上、ご提案していただいてからずいぶんと間があったわけですが。


 次の第40話ではガンキャノンのマグネットコーティング。
 そしてサブタイトルどおり「大佐、私専用のザクレロが欲しいわ」「えっ」な機体が本格的な活躍を開始します。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第40話 ブラレロのララァ Aパート

 ガンキャノンはシャリア・ブルのエルメスを撃退はした。

 しかしガンキャノンの機能はすでにアムロの意思に反応しきれなくなっていた。

 

「でもさ、いいじゃない。アムロが強くなってんならガンキャノンだって強いんでしょ」

「ばっかだなぁ。ガンキャノンがアムロについてけねえんじゃ戦えないじゃん」

「そうさ、だからみんなが……」

 

 キッカ、レツ、カツが言い合うように、アムロの反射神経と戦闘力が拡大して、今までのガンキャノンの機能では不十分であることがわかったのだ。

 ただちにガンキャノンの動力系の整備が始められたが、それで解決のつく問題とはいえなかった。

 

 

 

「テム・レイ博士は何て?」

 

 ミライに問われたブライトは、

 

「うん。ソロモンの技術本部へ行ってくれということだ」

 

 そう答える。

 

「そこに手立てでもあるっていうの?」

「レイ大尉が言うからにはあるんだろうな。確かな口ぶりだったよ」

 

 そうしてブライトはミライを見つめ、

 

「なあミライ、俺にはわからんのだがアムロはそんなに戦い上手になったのか?」

 

 と問う。

 ミライは何を今さらと、

 

「彼の実戦を見ればわかるでしょ」

 

 と答えるが、ブライトは首を振る。

 

「違う違う、そうじゃ、そうじゃない。俺の言っていることは」

 

 首を傾げるミライに、

 

「ひどくカンがいいというか先読みをする時があるな?」

 

 と確かめる。

 つまり単純な操縦の上手さ、強さとはまた違った話だ。

 だからミライも、

 

「そ、そうかしらね」

 

 と戸惑った様子で答える。

 ブライトは通信手席に目を向けると、

 

「フラウ・ボゥもそう感じることがあるだろう?」

「はい、ありますよ」

 

 戦前からのアムロの『友人』である彼女の答えにブライトは、

 

「アムロは違うんだよ」

 

 と一人実感を噛み締めるように言うが、女性陣二人の不安そうな視線を受け、彼女らを安心させるように言葉を続ける。

 

「かといって、以前シーマさんが言っていたようにアムロがエスパーだなんて話は信用せんよ。人間がそんな便利に変わる訳ないんだ」

 

 その言葉にミライも表情を和らげ、

 

「そりゃそうよ」

 

 とうなずいた上、

 

「ね、フラウ・ボゥ」

 

 とフラウに気遣うように声をかける。

 

「はい」

 

 とうなずくフラウだったが、

 

「便利どころか、変なところは相変わらず嫌になるくらい鈍感だし……」

 

 そう、病み切った表情で不満を愚痴る。

 ブライトは頬を引きつらせつつも、何とか耐え、

 

「ミライ、ソロモンに入港するぞ」

 

 と誤魔化すように指示。

 

「は、はい」

 

 ミライも慌ててホワイトベースの舵を握るのだった。

 

 

 

「ホワイトベースのメカマンはガンキャノンから離れろ。以後の作業は我々に任せてもらう。マグネットコーティング、急げ」

「どういうことです?」

 

 突然現れ自分のガンキャノンに取りつく技術者たちに戸惑い顔のアムロ。

 

「なんだ? 貴様は」

「そのガンキャノンのパイロットのアムロ・レイです」

「貴様がガンキャノンの反応が鈍いと報告したから俺が来たんだ。フ…… 心配するな。新しい技術の究明だ! 成功したら、おまえのガンキャノンのスピードは倍になる!!」

「何をしようというんです?」

「俺の理論を応用してガンキャノンの動きを早くしようっていうんだ」

「そんなことができるんですか?」

「心配するな、俺は天才だ、俺に不可能はない!!」

「……保証の限りでは無いがな」

「父さん?」

 

 眉間にしわを寄せながらテム・レイ博士が進み出る。

 

「モスク・ハン博士、電磁工学の新鋭だ」

 

 部下たちに作業を指示するその姿を眺めながら語る。

 

「マグネットコーティングといってな、ガンキャノンの駆動系を……」

 

 そこまで言って、しかしアムロだけでなくブライトたち素人が聞いていることを加味して内容を平易に替える。

 

「電磁気で包んで動きを早くする。要するに磁気浮上、リニアモーター化のような概念だが実際には……」

 

 とここまで噛み砕いてもまだ駄目か、とため息をつき、

 

「まぁ、油を差すみたいなもんだな」

 

 ともの凄く正確性に欠く言い方でまとめ、不本意そうに肩を落とす。

 

「そんなことできるんですか?」

 

 納得できない様子で詳細な内容を求めるアムロには、

 

「これを読め」

 

 とあらかじめ受け取っていた施工要領書を渡す。

 分厚い添付書類はモスク・ハン博士の論文からの抜粋だ。

 アムロはそれを斜めに読みつつ、

 

「考え方はわかりもするけど……」

 

 そうつぶやくが、

 

『い、いや、何をするの』

「フフ…… アムロ・レイのガンキャノン。これはいい試験体(デク)になる。俺の手で貴様は生まれ変わるのだ!!」

 

 怯えるサラツーと、それに迫るモスク・ハン博士のヤバ気な会話に表情を引きつらせる。

 そんなアムロに向けブライトは、

 

「作戦会議に行くが、すぐ出撃のはずだ。いいな?」

 

 そう告げて作業現場から離れる。

 

「は、はい」

「うまくいくわよ」

 

 ブライトに同行するミライからもそう言われ、アムロは、

 

「は、はい」

 

 と答えはするものの、そんな彼に、

 

「どうやら俺の求める新技術が完成の時を迎えたようだな!! お前のガンキャノンでマグネットコーティングを試させてもらうぞ!! 俺には強い男が必要だ! あらゆる実験にたえうる被験者(デク)がな」

 

 などと言い放つモスク博士にため息が出る。

 

「たまんないな」

「気持ちは分かるけど……」

 

 そう言って、なだめようとするミヤビだったが、

 

「こんなエセ科学に頼らなくとも、ダムを使うべきなのだがな」

 

 とつぶやくテム・レイ博士に自分の耳を疑う。

 

「ダム?」

 

 いぶかしげに問うアムロに、

 

(聞いちゃダメ!!)

 

 と変わらぬ表情の下、慌てるミヤビ。

 

 ミヤビの前世の記憶の中にあるギャグマンガ『トニーたけざきのガンダム漫画』の中にこんな話がある。

 

「肩にキャノン砲がついているからガンキャノン…… 下半身がタンクだからガンタンク……」

 

 それでは、

 

「で、ガンダムの「ダム」とはなんだ?」

 

 とキシリアに聞かれたシャアが、苦し紛れに答えたのが、

 

「「ふくらはぎのくびれ」です!」

 

 というもの。

 

「あの「ダム」こそがガンダムを他のモビルスーツと一線を画している要因なのです!! あの「ダム」の形状、質量、そして中の秘密メカが…… ガンダムの強さの源なのです!!」

 

 とか、分からないから適当に言い放ったのであるが……

 

 実際に、この話を考証として取り入れた書籍が存在したのである!!

 曰く、

 

 ハイ・ウェル重工は、コア・ブロック内の熱核反応炉から排出される高温・高圧ガスを股間、脚部ふくらはぎ部分のチェンバー(通称・ダム)に蓄え、補助動力として利用する、小型ガス・インパクトモーターを開発した。

 このモーターはリニア駆動部に重複して組み込まれることで補助動力として利用され、リニア駆動の上限を超える出力を可能にした。

 

 というもの。

 流体パルス・システム版のマグネットコーティング技術と言われる流体パルスアクセラレーターと同様の、余剰エネルギーを蓄積し必要に応じて駆動部に送出することでアクチュエーターの反応速度と駆動力を爆発的に上げるという機構である。

 

(いや、いくら何でも『トニーたけざきのガンダム漫画』からネタを拾うのは無理があるでしょって思ってたのに……)

 

 本当の話、なのだろうか?

 

(それはまぁ、ジムキャノンだってメカニックデザイン企画『MSV-R』に登場した大河原邦男先生デザインの空間突撃仕様は、地上での肩部ロケット砲発射時にウェイトとして必要だった脚部の分割式増加装甲を外し、ジム・スナイパーカスタムと同一のスラスターをランドセルおよび脚部に装備することで戦闘時の姿勢制御能力と宇宙での機動性を向上させてたけど)

 

 つまりジムの足をしたジムキャノンがありなら、その論法で宇宙空間戦用にガンキャノンの下半身をガンダムタイプに換装するのもあり、なのだろうか?

 

(いやいやいやいや……)

 

 さすがにそれは無いだろう、と思いたいミヤビだった。

 そもそも本当だとしても史実のガンダムでも反応が限界になっていたからには、その技術で現状の問題のブレイクスルーは図れないのだし……




 今回はちょっと短いですが、内容が濃すぎるのでここで区切らせていただきます。


> ハイ・ウェル重工は、コア・ブロック内の熱核反応炉から排出される高温・高圧ガスを股間、脚部ふくらはぎ部分のチェンバー(通称・ダム)に蓄え、補助動力として利用する、小型ガス・インパクトモーターを開発した。
> このモーターはリニア駆動部に重複して組み込まれることで補助動力として利用され、リニア駆動の上限を超える出力を可能にした。

『ガンダムMSヒストリカ Vol.1(Official File Magazine)』よりの引用ですが。
 さらに調べてみると、この書籍の独自解釈というわけでは無く松戸にあったバンダイの『ガンダムミュージアム』の解説が元になっているとか。
 まぁ、バンダイさんの新解釈もネタを提供してくれるという意味では良いものなのでしょうけど、これはアリなんですかね?


 次回はジオンサイド。
 ギレンとデギンの話、そしてブラレロの初陣です。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第40話 ブラレロのララァ Bパート

「シャリア・ブルが敗れたと?」

 

 グラナダのキシリアは、ティーカップを手に部下の将官からその報告を受けとっていた。

 

「は、彼の不慣れなせいでありましょう。シャア大佐からの報告ではガンキャノンの性能がニュータイプに適応した能力を……」

「シャアめ、推測ばかりを」

 

 苦々しい表情でカップを置くキシリア。

 

「は?」

「いや。で、ギレン総帥の方の作戦は?」

「は、我がグラナダ艦隊とア・バオア・クーを第一線として、これに本国のソーラ・レイを」

「ソーラ・レイをか。ギレンのごり押しだな」

 

 コロニー国家にとってソーラ・レイは国土を犠牲にする忌むべき悪手だ。

 キシリアは考える。

 これは賭けだと。

 

(ジオンという国家が持つヒト、モノ、カネ、時間、信用、それら諸々の資産、すべて賭けてもまだ足りぬ。

 だからやくざなことにコロニーという国土を質に賭け金を借り出した。

 たとえそれが一晩明けて鶏が鳴けば身を滅ぼす法外な利息だとしても、あの男(ギレン)は30倍の国力を持つ連邦と勝負するためにすべてを賭けたわけだ)

 

 しかしそれは、

 

(我々と同じ様にな)

 

 やくざな手段に首までどっぷりつかっているキシリアとて同じことだったが。

 

(一夜の勝負にすべてを賭けた。

 運命がカードをまぜ賭場は一度、勝負は一度きり)

 

 ソーラ・レイは一度しか使えぬ手札。

 

(相手は満員御礼、大入り(フルハウス)状態で押し寄せる連邦艦隊。

 さてお前は何だ、ギレン!)

 

 

 

 月の裏側基地グラナダと、宇宙要塞ア・バオア・クーを結ぶ線をジオンでは最終防衛線と呼ぶ。

 

 一方、ここはジオン公国の第三号密閉型コロニー・マハル。

 ミヤビによってスカウトされたシーマたちの住んでいた場所でもある。

 まぁ、彼女らの国籍はサイド6リーアに移され、ここにはもうつながりは持っていない。

 いわゆる転勤族の親の赴任先、一時的に暮らしたことのある街、というような感じである。

 

「よし、123号艇、これまで。ご苦労、行ってくれ」

 

 コロニーの自転速度、遠心力を利用して送り出すスペースバスを使った強制疎開が行われていた。

 推進剤を節約して同じサイド内に浮かぶ別のシリンダーまで航行できるものである。

 バス自体には姿勢制御、進路変更用のスラスターがある程度で、航行用の大型ロケットエンジンは組み込まれていない。

 

「こいつ!」

 

 勝手に列を離れようとした老人を押し留める兵。

 

「貴様、それでもジオンの国民かい!」

「ま、孫娘と離れてしまったんだ、それを捜しに」

 

 おろおろと言い募る老人に、

 

「孫娘だって必ずどっかの船に乗ってるって」

 

 そう言い聞かせ、

 

「し、しかし、行き先はわからんじゃろ?」

「ジオン国内だ、すぐに見つかる」

 

 と相手にしない。

 ただまぁ、子供の放浪力は侮らない方がいいというか。

 海水浴場で迷子を保護、アナウンスをしたが保護者が現れない。

 実はその子供は数キロ離れた別の海水浴場の客で、海岸沿いにずっと歩いてここまで来ていたのだ、などという話には事欠かないのだから。

 

「次の船急げ」

「おう、立て。お前達が乗る番だ」

 

 このようなマハルの居住者150万人の強制疎開が始まったのは四日前からであった。

 本土決戦のための計画であることは誰の目にも明白であった。

 他のコロニーで使われている太陽電池が次々とマハル周辺に運び込まれる。

 人々は不安げにその作業を見守るだけであった。

 

 

 

「しかしなギレン、百万の一般国民を疎開させるということは、これは軍人の無能を示すことだ」

 

 とソーラ・レイに難色を示すデギンに、ギレンは平然と決裁を求める。

 

「やっておって今更」

 

 という話であり、本当にこの決裁に整合性を求めるなら日付を遡って決裁書を作らねばならず……

 それって虚偽公文書作成・同行使になるんだけど、ということだが、さすが独裁制、その辺はどうとでもなるらしい。

 

「貴公、知っておるか? アドルフ・ヒトラーを」

 

 押し問答の末、仕方なしにサインをするデギンはペンを取りつつ問う。

 ギレンは、

 

「ヒットラー? 中世期の人物ですな」

 

 訝し気に言う。

 デギンは決裁書にサインしつつも、

 

「ああ。独裁者でな、世界を読みきれなかった男だ。貴公はそのヒットラーの尻尾だな」

 

 そう告げる。

 

「わたくしが?」

「わしはジオンの国民を急ぎまとめる方便として公王制を敷いた。ジオンの理想を実現する為に。しかし」

「ヒットラーの尻尾のわたくしが独裁制に持ち込んだ」

「キシリアとな」

 

 ギレンはうなずき、

 

「はい。絶対民主制は連邦ごとき軟弱を生むだけです。それでは人類は共食いになります、今度の戦争のように。ま、勝ってみせます。ヒットラーの尻尾の戦いぶり、御覧ください。わたくしはア・バオア・クーで指揮をとります」

 

 そう言って下がるギレンの背中に向けデギンはため息をつき、

 

「……ヒトラーは敗北したのだぞ」

 

 とつぶやくが、不意にその瞳が見開かれる。

 

「待てギレン!」

 

 呼び止められ、振り向くギレン。

 

「……貴公の秘書官は紅茶を淹れるのが上手いそうだな」

「は?」

「わしも飲んでみたくなった。場を用意してくれるか?」

「父上」

「うるさい耳目の無い場所で、ゆるりとな」

 

 それで、ギレンはうなずく。

 

「はっ、先ほども申しましたがわたくしはア・バオア・クーに移りますので、その前に」

 

 歩み去るギレンは、

 

(老いたと思ったが、父上、まだ思考は衰えておらぬようだな)

 

 そう、内心でつぶやくのだった。

 

 

 

 ギレンの秘書官を務めるハニーブロンドの美女、セシリア・アイリーンの淹れた紅茶をデギンは一口楽しみ、

 

「美味いな」

「左様で」

 

 まぁ名目上のことではあるが、このためにこそ、ギレンの用意した『うるさい耳目の無い場所』、つまり盗聴器などの無い洗浄された場所に出向いたのだ。

 

「あの令嬢も、美味い紅茶を淹れてくれたものだったな」

「そうですな」

 

 二人の脳裏に浮かぶのは、静謐な美貌を持つ黒髪の令嬢『ヤシマの人形姫』ミヤビ・ヤシマの楚々とした姿。

 

「民主主義国家から独裁者が台頭する背景、ナチスドイツとアドルフ・ヒトラーの例をとって貴公と話し込んでいた」

 

 この世界でミヤビが違和感を覚えるのは、レビル将軍やマスコミはギレン・ザビをナチスドイツのアドルフ・ヒトラーに例えるが、どうしてそこで思考が止まってしまうのか、ということ。

 民主主義国家から独裁者なんてものが台頭するには、それなりの環境が必要だ。

 歴史に学んで発生しないよう予防策を取ればいいのに、何でそうしようとしなかったの?

 ということだ。

 

 例えば第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約でドイツが課せられた賠償金は疲弊したドイツの経済問題をさらに悪化させ、その結果生じたハイパーインフレはワイマール共和国を失敗させ、ナチスとヒトラーの台頭をもたらした。

 第二次世界大戦後の戦後処理はこれを教訓に行われ、以後巨額の戦争賠償金を敗戦国に課す、というようなことは無くなったのだが。

 

 連邦は戦争賠償金なんて課していない、と思っているのだろうが、それより質が悪い。

 コロニー建設費用の徴収なんて。

 地球連邦政府、アースノイドにしてみれば高速道路の料金のように受益者負担で連邦がコロニーを建設するにあたって作った借金を住人が返済するのは当然だろうが。

 しかし棄民政策で無理やり地球を追い出されたスペースノイドにとっては、

 

「監獄造ったからそこに入れよ。当然、監獄の建設費用から維持までお前ら持ちな。シャバ(地球)には一生戻させねぇから」

 

 と言われているようなもの。

 要するに感情的には地球に住む権利をめぐって争い、敗れた相手に課した巨額の戦争賠償金のようなものに成り果てているのだ。

 納得できるはずがない。

 

 そうやって独裁者を生み出す土壌を整え、自分たちでせっせとザビ家独裁を大きく育てておいて、殴られて大騒ぎするというのも間抜けなことだった。

 

 そういった見識をギレンから誘導され引き出され、「どんな罰ゲームよ!」と内心悲鳴を上げつつ、いかにオブラートにくるむか苦心している当時のミヤビに対し、これは面白いとばかりに容赦なく突っ込んだ話をするギレン。

 デギンは珍しいものを見たと思っていたのだが、

 

「何を考えている?」

 

 何を考えて、ヒトラーについて良く知らぬような口ぶりをしたのか。

 

「わしを試したのか?」

 

 ヤシマの令嬢との会話を忘れ……

 いや、そうでなくともギレンほどの頭脳の持ち主が独裁制の過去事例であるヒトラーを顧みていないとは思えない。

 それを思えば確かに試されるほど自分は鈍っていたのか。

 ギレンは笑うと、

 

「父上は仰いましたな、「ジオンの国民を急ぎまとめる方便として公王制を敷いた」と」

「うむ」

「ではなぜ、私が持ち込んだ独裁制もまたジオン独立のための方便であると考えぬのですかな?」

「なに?」

「ミヤビ嬢とはナチスドイツとヒトラーの台頭、その背景と必然性について語り合いましたが、当然、さらにその先を考えてみたのですよ、私は」

 

 ギレンはあっけにとられた様子の父、デギンに、

 

「「過去の人物(ヒットラー)には無理だったが、自分ならばもっと上手にやる」? 私がそう考えているとでもお思いでしたかな?」

 

 と問う。

 

「私が演じているような『独裁者』がいかにも口にしそうな、考えそうなことですが、そんな考えで実際に成果を上げた者はまずおりません。要するに「失敗する者は皆愚かで自分は頭がいいから、自分だけは大丈夫」とうぬぼれ法を破る犯罪者と何ら変わらぬ思考なのですから、成功する方がおかしい」

「ぎ、ギレン、お前は……」

 

 息を飲むデギンに、ギレンは語る。

 

「権力は肥大化し権勢をふるい、方向を誤ったとき自然崩壊する。恐竜滅亡の昔から繰り返されてきたいざこざであり、そんなものに用はない……」

 

 その言葉に、デギンは思い出す。

 

「かの令嬢はそのように言っておったな」

 

 ギレンに散々つつき回された挙句、権力に興味は無いのかと問われたミヤビが、ありていにぶっちゃけた言葉だ。

 連邦の腐敗政治をあげつらっている面もあるが、同時にジオンの権力争いにも興味はない、野心など持っていないと牽制している言葉でもある。

 そしてそれが自分の本心だと示すためにも、前世で愛読していた漫画のセリフを参考に、明け透けに語ったものだったが。

 デギンには、それを聞いてなるほどと得心したような顔をするギレンの方が印象に残っていた。

 

「つまり、お前は…… だからか? パートナーも迎えず、後継者も作らずにおるのは」

 

 ギレンの妻は富野監督のインタビュー上か、監督の書いた小説版でしか語られていない。

 ギレンが公の場に出すことを嫌っており記録もまったく残っていない、それは妻と呼べるのか? という存在で、ファーストレディどころかパートナーとしても認められていない扱いである。

 

 ギレンは苦笑してそれには答えず、こう語る。

 

「お教えしましょう、父上。私が考えた、この戦争を終わらせ、ジオンを独立させるためのプランを」

 

 

 

「キャッチした。敵戦艦はマゼランタイプ1、サラミスタイプ3、最小戦闘単位です」

 

 敵艦隊を捕捉するザンジバル。

 

「モビルスーツ発進」

 

 すかさず指示を出す士官。

 

「シャア大佐、ララァ・スン少尉も出しますか?」

 

 との問いにシャアは、

 

「無論だ。ララァを特別扱いするなよ」

 

 そう答える。

 

 

 

 モビルスーツデッキから、足の代わりにスカート内にロケットエンジンを装着したリック・ドムK型、クルツタイプ2機にエスコートされ出撃する、有線サイコミュ実証機MAN-00X-2ブラレロ。

 

『ララァ、恐くはないか?』

「は、はい」

 

 シャアからの問いに、ララァは緊張気味に答える。

 以前、エルメスで出た時は敵から察知されない超遠距離からの遠隔攻撃であり、反撃を受ける心配は無かった。

 一方、今回は敵を視認できる距離での戦いだ。

 ゆえに、

 

『初めての実戦だ、リック・ドムK型、二機のうしろについて援護をすればいい』

 

 とシャアが言うとおり、これが実質的な初陣と言って良いだろう。

 

「はい」

『私もすぐに追いかける』

 

 その言葉にようやく笑顔を見せるララァ。

 

「やってみます、大佐」

『うむ、シムス中尉も頼むぞ』

 

 複座であるこの機体に技術者として支援のために乗り込んでいるシムス中尉にも声をかけるシャア。

 

「了解です、シャア大佐」

 

 そうして部隊は前進を開始する。

 

 

 

「グラナダからの援軍は?」

「あと5、6分でグワリブが着きます」

「うん、キシリア殿がようやく重い腰を上げたという訳か」

 

 普通ならそれを待つものだがシャアは違う。

 機先を制して攻撃し、戦果を求める。

 よしんば、苦戦したとしてもキシリアの艦隊が来れば逆転できる。

 自艦に敵艦隊を引きつけておけば、キシリア側はその不意を突くことも容易くなる。

 点数稼ぎにもちょうど良い。

 

「Jミサイル、敵マゼランタイプに照準」

 

 Jミサイルは、ザンジバルの両舷に装備されている超大型ミサイルだ。

 

「マイナスコンマ2、修正2。大佐」

「よし、Rコンマ3、2、Lコンマ1、撃て」

 

 先制の一撃。

 敵艦隊は蜂の巣をつついたように迎撃に出る。

 そこに、

 

「Jミサイル第二攻撃、照準合わせ。撃て」

 

 第二波の攻撃。

 敵は撃墜に成功したようだが、かなり肝を冷やしたようだ。

 混乱が手に取るように分かる。

 

「上出来だ。私はザクで出る」

 

 席を立つシャア。

 

「マリガン、あとを頼む。貴様には貸しがあったはずだ、ちゃんとやって見せろよ」

 

 副官のマリガン中尉に命じる。

 

「は、はい」

 

 委縮した様子で答えるマリガンに念を押すように、

 

「私が出たら30秒だけ援護射撃をしろ」

 

 そう言いつけ、マリガンが、

 

「は、はい」

 

 と先ほどよりはしっかりと答えたことを確認し、ブリッジを後にする。

 

 

 

 修理と調整を終えたシャアの赤いFZ型ザクが出撃する。

 対艦戦、ということもあり今回も135ミリ対艦ライフル装備だ。

 

「よーし、援護射撃30秒。味方のモビルスーツに当てるなよ」

 

 シャアの出撃を確認したマリガンの指示でザンジバルの砲門が火を噴く。

 

 

 

「それでいい、マリガン」

 

 シャアはザンジバルの援護射撃に紛れて加速。

 

「急げ、FZ」

 

 F型ザクの70パーセント増し、ゲルググをも上回る推力でシャアの赤いFZ型ザクが突撃する!

 

 

 

「ララァ少尉、敵を攻撃圏内に収めました。戦闘はお任せします」

 

 シムスからの連絡。

 ララァはうなずき、

 

「私とこの子のデータの収集をお願いします」

「了解です」

 

 そして、

 

「来ます、少尉」

 

 接近する敵艦隊。

 ララァは敵の対空砲火をかわすと、機体尾部に折りたたまれていた有線サイコミュ装置を上下に展開。

 

「左のサラミスを」

 

 ブラレロは高速で突撃、有線ビーム砲を上下に射出。

 そうしてから減速をすれば慣性で前方に進み続けるビーム砲のみが突出し、ワイヤーでつながれているがゆえ、お辞儀をするように、サラミスを上下から挟み込むように配置される。

 さらに、有線ビーム砲にはエルメス本体にも使用されていたフライホイールを用いたコントロール・モーメント・ジャイロスコープが搭載され、これが姿勢、すなわちビーム砲の向きを変え、照準を付ける。

 そして攻撃。

 包み込むような連続攻撃により、サラミスを撃破する。

 

「やった、大佐、やりましたよ」

 

 もしこの攻撃をミヤビが見ていたら、

 

「『Xマルチプライ』じゃない、アレ」

 

 とでも言っていただろうか。

 

『Xマルチプライ』は『R-TYPE』で有名なアイレムの横スクロールシューティングゲーム。

 何よりの特徴は自機の上下に触手が生えて、その先から攻撃できること。

 触手は自機を移動させることで逆に揺れるような動きをする。

 つまり後退すれば前にお辞儀をするように動くわけで、これは先ほどのブラレロの有線サイコミュとほぼ同じ。

 

 とはいえ、それが分かってもミヤビは友人のプレイをゲーセンで横から眺めていただけだから、対処も何もできないだろうが。

 

 このゲーム、大ヒット作の『R-TYPE』『R-TYPE II』に続くアイレムの力作だったが、とにかく情報が出回らなかった。

 一説によると、攻略雑誌がアーケードゲームの寿命を縮めているという判断で情報を統制していたとも言われるが、そのせいで露出が極端に少なく、結果、知名度がとっても低いマイナーゲーと化していたのだ。

 家庭用ゲーム機に移植されたのも9年後、しかも同社の『イメージファイト』とのカップリングで収録された結果、知名度のあった『イメージファイト』の影に隠れてしまった、おまけとしか思われなかったという悲劇の作品である。

 

 

 

 ララァの機体をエスコートするリック・ドムK型。

 

【挿絵表示】

 

 そのパイロットであるバタシャムだったが、

 

「……あれがサイコミュ、ニュータイプってやつか? ま、まるでベテランパイロットじゃないか。あれが初めて戦いをする女のやることなのか?」

 

 と絶句。

 

 

 

「よーし、もう一隻ぐらい、あっ」

 

 集中する敵艦からの対空砲火に驚くララァ。

 

「あっ、ドムが援護を?」

 

 リック・ドムK型の援護が無くなり、

 

「あっ、ドムがうしろに下がる」

 

 そのためにララァの機体が前面にさらされ敵の砲撃が集中してしまっているのだ。

 しかも、

 

「なぜあたしのうしろにつこうとするの? 初めて戦いに出るあたしを前に出して」

 

 ララァが回避のため移動しても、その後ろで、まるでこちらを盾に使うかのように位置を変える。

 

「あたしがやるしかないの?」

 

 機体に走る被弾の衝撃!

 

「ああっ、援護がなければ集中しきれない」

 

 先の出撃とは違い、初めて敵の砲火にさらされるというララァに、この状況を何とかするような余裕は無い。

 

「……あと一隻だというのに」

 

 有線サイコミュでオールレンジ攻撃を仕掛けようとするものの、

 

「ああ、当たらない」

 

 集中力を欠いた状態では無理だ。

 

 

 

「ん? どういうことだ?」

 

 戦場に到着したシャアは訝しんだ。

 

「バタシャムめ、貴様が前に出るのだろうが」

 

 FZ型ザクのマニピュレータを使ったハンドサインで指示を出すが、

 

 

 

「馬鹿言え、ブラレロがいたら俺達が前に出ることはないだろ」

 

 と、バタシャムは拒否、というか見なかった振り。

 

 

 

「そ、そうか、やってみる」

 

 機体をサラミスに向け突撃させるララァ。

 

 

 

「ララァ、無茶をするな!」

 

 シャアは慌てて援護するが、

 

 

 

「撃つ」

 

 巻き取った有線サイコミュ端末を、機体固定のメガ粒子砲として扱い、サラミスを狙う。

 しかし、

 

「射撃をあてにしてはいけないということ?」

 

 外れる。

 そこにシャアのFZ型ザクが合流。

 

「大佐」

『ララァ、援護するぞ』

 

 その支援を受け、ララァはようやくサイコミュのコントロールに集中できるようになる。

 

「大佐。……大佐がいれば」

 

 改めて展開させ直した有線ビーム砲がサラミスの横っ腹を捉える。

 すかさず包み込み、串刺しにするような砲撃で追撃をかけ撃破。

 そうしてようやく身体から力を抜く。

 

『ララァ、よくやった』

 

 シャアからの通信にも、

 

「大佐、援護してくださってありがとう」

 

 と笑顔で答えることができたのだった。




 ジオンサイドです。
 ギレンやデギンのたどる運命は表向き史実どおりのようでいて実は、という感じで進行する予定なので、その仕込みですね。
 そしてブラレロの初陣。
 ブラウ・ブロおよびブラレロの有線サイコミュってどうやって動いてるんでしょう、スラスターも付いていないのに、という疑問点に私なりの答えを出したものです。
 まぁ、マンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のブラウ・ブロだと触手のようにうねうね動いてましたけど……


>『Xマルチプライ』は『R-TYPE』で有名なアイレムの横スクロールシューティングゲーム。

 知っている人は少なそうですね。
 というかこれの流れを受けて『R-TYPE FINAL』に登場した、フォースに触手が生えている「RX-12 CROSS THE RUBICON」の方がメジャーですか。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第40話 ブラレロのララア Cパート

 その頃、地球連邦軍の最前線たるソロモンでは次の作戦のための命令が下されていた。

 すなわち、ジオンに進攻する星一号作戦の発動である。

 各艦隊はそれぞれに定められたコースを取って攻撃目標へ向かう。

 

 しかし、本来もっとも先行すべき第13独立艦隊のホワイトベースの出港だけが遅れていた。

 

 

 

「理論的な自信だけはある。メカニック的な干渉はすべて打ち消したはずだ」

 

 モスク博士の言葉に、アムロはうなずく。

 

「ということは、無限大にスピードは速くできる」

「うむ、理論的にはな。しかしガンキャノンのパワーはそうはいかん」

「そうですね。博士は僕らの救い主です」

 

 そう告げるアムロに、モスクは、

 

「君が生き残ったらそう言ってくれ。今回のデータだけはなんらかの方法で私の手元に届けてほしいものだな」

 

 と答える。

 その明け透けな言い方にアムロは、

 

「だから人の本音というのは聞きたくありませんね」

 

 そう、苦笑する。

 モスク博士もそれには同意し、

 

「まったくだ、アムロ・レイ君。君のガンキャノンに対するセンスに期待するよ」

 

 と右手を差し出す。

 アムロはそれを握り返し、

 

「ありがとうございます」

 

 と礼を言う。

 

「必ず生き延びてくれよ。そのためにこそ、コア・ファイター側もミッションディスク方式に変更したのだ」

 

 つまりドラケンE改と同じく、サラシリーズの記憶も含むデータを記憶媒体で回収できるようにした。

 最悪はディスクだけ取り出して脱出しろということ。

 

「はい。データを持ち帰る為にですね」

 

 まぁ、持ち帰るにはアムロ自身が無事でなければいけないわけで、遠回しにアムロの無事を願っているとも言えるが……

 

「そう、それだ! その生への執着が限界すら超える強烈な超反応を生むかもしれん!!」

 

 声を上げて笑うモスク博士。

 

「気力だ!! 気力でマグネットコーティングの性能を引き出して見せるんだっ!!」

 

 などと言い放つのだった……

 

 

 

 一方ミヤビは、

 

『理知的で自信に満ちた微笑を浮かべた、現状を打破してくれる救世主のように見えたモスク博士は、一瞬にして氷の笑いを張り付けた冷酷な狂的科学者(マッド・サイエンティスト)に変身したわ!!』

「……何ですって?」

 

 恐怖のあまりプルプルと震えながら告白するサラツーをケアしていた。

 

『あ…… あの人は私とガンキャノンを木人形(デク)と呼んで! まるで実験でも楽しむように次々と……』

 

 あー。

 

『作業中に「ん!? まちがったかな……」とか言うし!』

 

 それは怖い……

 

『失敗してダメにしたパーツに背を向けて「捨ててこい! 俺の求めるマグネットコーティングの完成はまだ遠い!!」とか言い放つし!!』

 

 酷い、酷すぎる経験をしたサラツーに深く同情するミヤビだったが、

 

「それでもあなたは頑張って耐えたのね、アムロのために」

 

 滅多に見せることの無い、本当の、慈母のように優しい笑みを浮かべて言ってやる。

 

『あ、当たり前でしょっ!』

 

 一転して真っ赤になるサラツー。

 

『ホワイトベースのメカニックの人たちの立ち合いも許されていなかったし、これからアムロを支えて行くのに、ガンキャノンの機体にどんな改良を加えられたか知っておかなくちゃ!』

 

 道具というのは、使い手の役に立つためにこそ造り出される。

 そういう意味ではとても純粋でけなげなものであって、それに少女の人格を与えられた存在である彼女たちサラシリーズは、時に尊いと思えるほどの感銘を見る者に与える。

 だからミヤビは言うのだ。

 

「そうね。苦労も喜びも分かち合えるマスターの絆、そして誇りでいたいっていう、その想いは…… きっとあなたたちの力になるわ」

 

 と……

 

 

 

 係留してたロックが外され、ソロモンから出港するホワイトベース。

 

「港を出たら最大船速に移る。先行する隊を追う」

「了解」

 

 ブライトの指示の下、ミライはホワイトベースを加速させる。

 

 

 

 ザンジバルのブリッジ、バタシャムたちの弁明を聞くシャア。

 

「ひょっとしたらララァ少尉の働きはシャア大佐のFZ以上でありましょう」

「歴戦の勇士のお前達がそう言うとはな」

 

 ため息交じりにそう答えるシャアにバタシャムは、

 

「我々はニュータイプの能力というものを初めて見せられたのです。あれほどの力ならばララァ少尉はお一人でも戦闘小隊のひとつぐらいあっという間に沈められます。その事実を知った時、我々は馬鹿馬鹿しくなったのであります」

 

 同席しているララァが、はっと顔を上げる。

 

 バタシャムの言い分は勝手なことと聞こえるかもしれないが、それは当事者でないから言えること。

 バタシャムたちはシャアに、リップサービスかも知れないが「歴戦の勇士」と言われる程度の戦歴を持つパイロット。

 自他ともに優秀であると認められており、それゆえにモビルスーツパイロットという命がけの職務に邁進してきたし、またその陰で血のにじむような努力も積み重ねてきたわけである。

 無論、戦時のこと、同様に命を賭けて戦い、散っていった多くの戦友たちの姿も間近で見続けてきたのだろう。

 その命がけの努力の成果が、まったく問題にならないほどの力を見せつけられたら?

 

 自分たちの積み重ねてきた努力に、そして犠牲にもう意味は無いのか?

 これを知って自分は今後、今までどおり戦えるのか?

 

 そんな根源的な疑問にぶち当たってしまったのだ。

 これは真面目に努力していればしているほど囚われてしまう問題である。

 

 そういう意味では逆に、

 

 努力は積み重ねるから崩れる、積み重ねなければ決して崩れない。

 人間は立って歩くから転ぶ、はじめから横になって転んだ人はいない。

 

 ということで、努力しない者の方がこういう場合、物事をフラットに見ることができたりするのだが。

 しかしどちらが良いという話でも無いだろう。

 

「ララァ少尉ほどのパイロットが現れたなら、我々凡俗などは」

「ララァに嫉妬しているのではないのか?」

 

 そう問われ、バタシャムはとっさに、

 

「心外であります」

 

 と否定する。

 ただ、声を荒げないくらいの理性はあったし、

 

「……いや、皆無とはいえませんが、なによりもニュータイプの実力に驚きました」

 

 と、自らの内面を率直に省みる節度もあった。

 だからシャアも、

 

「うーん」

 

 と思案する。

 ニュータイプとオールドタイプの間の確執。

 その表れに直面し、彼も考えるところがあったのだろう。

 

「軍法会議も覚悟しております。が、ブラレロの出る時、後衛にまわることだけは認めてください」

 

 というバタシャムからの申し出に、シャアは、

 

「できるか? 少尉」

 

 とララァに問う。

 彼女は席から立ち上がり、

 

「中尉のおっしゃることはわかります」

 

 と答える。

 できる、とは言わないところに彼女の立場の苦しさがある。

 シャアは仮面の下に本音を隠しつつ、

 

「そうしてくれ」

 

 と言い、

 バタシャムにも、

 

「中尉、いいな?」

 

 と申しつける。

 

「は、大佐」

 

 バタシャムたちは敬礼しつつ、それに答えた。

 

 実際問題、ララァがサイコミュによるオールレンジ攻撃に集中するためには前衛が必要ではあるのだが、しかしそれは相互理解、信頼関係が無い状態で強要しても、

 

「ニュータイプという優越者を敵の攻撃から守る囮、そして盾として使い潰されてくれ」

 

 と命じているも同じ。

 兵からしてみれば、

 

「そんなに強いなら前に出て戦えばいいだろ」

 

 ということになってしまう。

 ゆえにシャアはバタシャムたちの説得をあきらめ、自分が前に出れば良いかと割り切ったのだ。

 

 シャアのように行動力のある自由な人間は、他者を説得してまで変えようとはしなくなる。

 それというのも、動かない障害物は避ける方が楽だからだ。

「動かないものは放置でいい」と割り切って、自分がやりたいことに集中できる。

 事の良し悪しはともかく、それがシャアのような人間の性質、やり方なのだった。

 

 

 

 一方、ホワイトベースは先行する地球連邦軍宇宙艦隊に追いつきつつあり、ブライトは、

 

「総員に告ぐ。食事は今のうちにしておけ、しばらくは戦闘食しか食べられんことになる」

 

 と、全艦に放送をかける。

 

 

 

「へーっ、この食い物が戦闘食でないってんだからな」

 

 そう毒づきながらハンバーガーを食べるカイたち。

 西暦の時代のアメリカ軍で言うところのCMK(Complete Meal Kit)、市販の食品をまとめてパッケージングしただけの個人用食事キットに近いものか。

 栄養バランス的に良くなるはずが無いし、かさばるし、ゴミが出るし、そのゴミには一切の迷彩効果は無いどころか派手な色合いをしているため、比較的安全な後方で移動時などに間に合わせ的に使用されるもの。

 

 一方、アムロはガンキャノンのコクピットで、もっと簡単にチューブ食を胃に流し込みつつ、サラツーのサポートによりマグネットコーティング後の機体のチェックを行っていた。

 試しにマニピュレータを動かしてみて、

 

「なるほど、こりゃすごいや。しかし……」

「アムロ、いい?」

「はい」

 

 そこに顔を見せたのは、肌にぴったりと張り付いた対魔忍スーツを着た痴女、ではなくセイラ。

 肩に乗ったモビルドールサラ、サラスリーが死んだ目をしているのが気にかかるが……

 

「どう? 調子は」

 

 そう問われ、アムロは、

 

「良好ですけど、動きが速くなった分はメカに負担がかかります。その辺のバランスの取り方が難しいですね」

 

 と答える。

 セイラはサラスリーとは対照的につやつやとした顔で機嫌よく、

 

「大丈夫よ、その辺は自信を持って、アムロ」

 

 と言うが、

 

「そうですか?」

「そうよ、アムロはニュータイプですもの」

 

 その言葉にアムロは苦笑して、

 

「ふふ、タイプからいったら古い人間らしいけど」

 

 そう、おどけて見せる。

 セイラも、

 

「フフ、そうね、おセンチでちっとも翔んでないのにね、アムロって」

 

 けなしているような言葉だが、親愛を込めて言っているのだろう。

 きついことを口にしても許してもらえることで、相手との信頼関係を確かめ安心する。

 割と感情表現が不器用なのだ、このお姫様は。

 これまでの付き合いでその辺を理解しつつあるアムロは、

 

「……そう正面切って言われるといい気分のもんじゃありませんね」

 

 とその笑みを深くして答えるのだった。

 

 

 

(むぅ、さすがぎりぎり1970年代の昔のアニメ)

 

 と、セイラのセリフを耳にして感心しているのはミヤビだ。

 

(「おセンチ」とか「翔んでる」とか「流行語ネタはすぐ風化するぞ」「ほら、風化した……」を地で行く会話ね)

 

 いや、一周回って新しいのだろうか……?

 

 なお宇宙世紀の人間である彼らは当然、日本語ではしゃべっていないのだが。

 しかし西暦の時代にあった米国発のサイバーパンク・ニンジャ活劇小説『ニンジャスレイヤー』において原作テキストでも「Wasshoi!」とか「akachan」とか使われていたように忍殺語、スラング的に「おセンチ」「翔んでる」という言葉が使用されているのだった。

 

 

 

「シャア・アズナブル大佐、ララァ・スン少尉、入ります」

 

 キシリアの元に、彼女の艦隊へと合流したシャアたちが挨拶に上がる。

 その彼にキシリアは、

 

「空母ドロスの主力隊はグラナダとア・バオア・クーの線上に展開させた。大佐は私の遊撃隊に入り戦闘指揮を取れ」

 

 と指示。

 

「はっ」

 

 そうした後にキシリアはシャアの影にたたずむようにして立つララァを見て顔をしかめる。

 

「気にいらんな、その服は」

 

 ララァは変わらずあのワンピース姿だ。

 

「少尉のサイズを補給部隊へまわしておけ」

 

 と不機嫌に言い放つ。

 シャアは、

 

「補給部隊の連中は服で戦争をするのではなかろう、といつも」

 

 そう抗弁するが、キシリアはそれを遮るように、

 

「私の名前で督促させろ、目障りだ」

 

 とストレートに言い捨てる。

 

「で、どうなのだ? 性能は」

 

 ララァを兵器としてしか見ていない発言。

 

 ……なぜキシリアはこうまでララァに対し当たりが強いのか。

 

 キシリアは政敵であるはずのギレンからは、しかし歯牙にもかけられていない。

 それは自分が『女だから』か、という強烈なコンプレックスと反発心があるから、キシリアは男を震え上がらせるような冷酷非情な手段を取って見せる。

 逆に言うと自分の女を憎み、殺してまで過剰に男社会の価値観に合わせているキシリアにとって、そうではない素の女性のままでいるララァが評価されるのは許しがたいことなのだ。

 

「好き」の反対は「嫌い」ではなく「無関心」だという。

 そういう意味では、憎しみに囚われるのは、常に相手を意識し続けるということ。

 長期にわたってそうしていくと、その価値観も言動も全部、憎んでいるはずの相手を基準としたものへと染まって行く。

 相手が決めた価値観というルールを憎んでいるくせに、それを無視できず、いや逆に劣等意識の裏返しも含めて忠実に順守する。

 そしてそれを乱す者、従わない者に強烈な敵愾心を抱く。

 

(自分が面従腹背で苦汁を飲みながらも従っているのに、貴様だけそれを逃れるなど許せん! 貴様も自分と同じだけ苦しめ!!)

 

 というやつだ。

 そうやって憎んでいるはずの相手と同質化していくのだ。

 

 冗談ではない。

 こうは成りたくないものだな、とシャアは思う。

 そんな感情を仮面の下に押し隠し、言う。

 

「初陣で二隻のサラミスを沈めました。ララァとサイコミュ兵器の組み合わせは絶大であります」

「ほう、二隻も。それはすごいな」

「はい。ニュータイプの実戦部隊の実現、いよいよかと」

 

 キシリアはほくそ笑む。

 

「……見せてほしいものだな、ブラレロの働きを」

 

 いや、間抜け面をしたブラレロが大活躍する光景はとてもシュールで、見てみたいと思えるものでは無いのだが。

 ……さすが、ザクレロの開発にOKを出した人物。

 その感性も独特なものがあるらしい。




 コア・ファイターにミッションディスクとか、最終話を視野に入れた改修がかかってきましたね。
 まぁ、このタイミングで入れようと前々から考えていたものですが。

 ……いや別にガンキャノン大破して捨てなくても、ホワイトベースも墜ちなくてもいいのか、最終回なんだし好きにやってもいいよね、とかも考えるんですが。
 しかし全機無事というのも不自然?
 まぁ、私はプロットを立てても書いてみるまで、いや書き終わってもアップするまで話がどうなるか分からない人ですし、どのように転んでもいいよう安全策は打っておきます。


> しかし西暦の時代にあった米国発のサイバーパンク・ニンジャ活劇小説『ニンジャスレイヤー』において原作テキストでも「Wasshoi!」とか「akachan」とか使われていたように忍殺語、スラング的に「おセンチ」「翔んでる」という言葉が使用されているのだった。

 連邦軍はアメリカ軍がベース。
 つまりリアリティを出すためにはアメリカの活劇小説が参考になりますね!


 次回はマグネットコーティング後のガンキャノンの初戦闘。
 あと、有線サイコミュの機動に関する考察、第二段ですね。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第40話 ブラレロのララァ Dパート

 ホワイトベース近傍で、機動テストを繰り返すアムロのガンキャノン。

 ブリッジで舵を握るミライは、

 

「モスク博士、たいしたものね」

 

 と褒めたたえるが、ブライトは首を振る。

 

「いや、アムロだよ」

 

 首を傾げ見返すミライに、ブライトは、

 

「あれだけ使いこなせるというからにはニュータイプ、存在するのかもしれんな」

 

 と伝える。

 

「ニュータイプ?」

 

 アムロとはまた別の意味で優れた直感を持つミライには特別な違いを実感できないのか。

 それとも彼女の持つオッパ…… もとい包容力が、アムロを自分たちとは違った存在と突き放すかのように考えることができないのか。

 いずれにせよミライは懐疑的で。

 

「ニュータイプ……」

 

 一方、フラウの方はというと、自分のことを振り返ってくれない。

 自分が働きかけても応えてくれないのは、アムロが自分と違う人間だからなのだと思いたいためか、積極的に認めようとする。

 

 まぁ、ミヤビのような凡人でチートも無い普通の人間が、前世知識があるにせよきちんとアムロのことを推し量る、気遣うことができている時点でそういう問題では無いと知れるし。

 メタな言い方をすればコンピュータや機械いじりが好きな内向的な少年という従来とは違った主人公アムロに対し、フラウは世話焼き、過干渉な古いタイプの幼馴染ヒロインそのもので、そのコミュニケーション手段が噛み合わなかっただけ、という話であるが。

 そして、

 

「ブライトさん、アムロが」

 

 アムロの黒いガンキャノンの指し示す方向に光が走る。

 

「ん? 艦隊戦か?」

「合流予定ポイントよ。本隊が敵と接触したらしいわ」

 

 と、ミライがその方角から判断。

 

「敵は?」

 

 ブライトはマーカーに問うが、

 

「確認不能」

 

 との回答。

 しかし、

 

「艦隊戦用意、各機急速発進。敵は大きいぞ」

 

 ブライトは戦場に見られる光芒から規模を推定し、スクランブルをかける。

 ホワイトベース両舷デッキから次々に発進するモビルスーツとコア・ブースター。

 

 

 

「味方がやられたな。呼んでいる」

 

 先行するアムロは何者かの呼びかけを感じる。

 

『アムロ?』

 

 サラツーの問いかけをよそに集中。

 サラツーも邪魔をしてはいけないと口をつぐむ。

 

「呼んでいる、……なんだ? やってみるか」

 

 乱戦の中、見えてくる敵。

 

(……シャアと、もうひとつはなんだ?)

 

 ともあれ、135ミリ対艦ライフルを構えるシャアのFZ型ザクを、精密射撃が可能で狙撃に力を発揮するXBR-M-79aビームライフルにより遠距離から狙う。

 

「シャア、もらったぞ!」

 

 トリガーを引き絞るアムロ。

 

 

 

『大佐!』

「ぐはっ!?」

 

 いきなりララァのMAN-00X-2ブラレロに後ろから体当たりを受けて弾き飛ばされるシャアのFZ型ザク。

 

 ミヤビの前世の記憶において、ブラレロの元となったザクレロは、

 

 メインエンジンとバーニアの推力不足から、加速性能・運動性能ともに良好では無かった。

 

 とする資料がある一方、史実において相対したアムロが、

 

「速いな、さっきのと違うというのか?」

 

 と漏らしていたように、

 

 運動性能はともかく、ビグロと比較しても速いと言われる、機体の大きさに比較して大型のスラスターを有するがゆえの高速性はある。

 

 としている資料もあった。

 サンライズは映像作品が一番の公式としている以上、後者の方が正解のようだったが……

 

 その加速力を使ってシャアのFZ型ザクを突き飛ばすことでガンキャノンの狙撃から庇ったのだ。

 まぁ、シャアはこの衝撃でオカマを掘られたかのようにムチ打ちになったりするかも知れないが、アルレットあたりに、

 

「だからノーマルスーツを着てくださいと言っているんです!」

 

 と叱られるのがオチである。

 

 

 

『なに? あれが邪魔をする!?』

 

 アムロの声を通信機越しに聞き、ミヤビは内心ため息をつく。

 彼女はマグネットコーティング後のガンキャノンのデータを取るよう依頼されてモニターしていたのだが、

 

(確かに「なに?」だし「あれ」だよねぇ)

 

 と、それにより直面した光景に呆れることとなっていた。

 

 MAN-00X-2ブラレロ。

 ミヤビの前世の記憶の中にも存在する、メカニックデザイン企画『MSV-R』にて大河原邦男先生にデザインされ、シミュレーションゲーム『SDガンダム GGENERATION GENESIS』にも登場していた機体だ。

 MAN-03ブラウ・ブロの後継機であり、機体後部には二基の有線サイコミュ装置が増設されている。

 

(こう来ますか?)

 

 先に撃墜されたエルメスはアムロからの証言…… つまりニュータイプの知覚力によりララァではなかったということがミヤビには推測できた。

 ではララァの乗機は? ということだが、小説版のクスコ・アル機のように複数造られた別のエルメスかと思っていたのだが……

 

(意外! それはブラレロッ!)

 

 まさかのイロモノ、ゲテモノ枠からの登場である。

 まぁ、そんなミヤビの内心の思いはともかくとして、

 

「サラちゃん、今の画像を拡大!」

 

 敵機の分析である。

 

『はい』

 

 ドラケンE改、前頂部設置の5連式多目的カメラモジュールに内蔵された、ミヤビが金を飽かして揃えた高性能センサー群。

 そして右肘ハードポイントにセットされた60ミリバルカンポッドに付属の照準用カメラセンサー。

 

【挿絵表示】

 

 これらから得られたデータをサポートAIサラはコンピュータで統合、幾通りのモードの中から最適な画像とデータをミヤビのノーマルスーツのヘルメットに装着されたバイザー型HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)に表示。

 それを見れば、

 

(両腕のカマはまだ有線コントロール対応になっていない?)

 

 腕部は肩に姿勢制御用スラスターが付いた程度で、その他に原型機のザクレロから変わっている様子は見られない。

 ミヤビの前世の記憶でも、これが有線で飛ばせるようになったのはア・バオア・クーに送られた後、実戦に参加する前ということだったので、現在見ている機体には未搭載なのだろう。

 

 

 

「大佐、退いてください、危険です」

 

 起倒式の有線サイコミュ装置を上下に展開し、オールレンジ攻撃の準備をするブラレロ。

 そこにキシリア艦隊のリック・ドムが割り込み、黒いガンキャノンにビーム・バズーカで攻撃を仕掛けるが、

 

 

 

「邪魔だーっ!!」

 

 アムロのガンキャノンは驚くべき反応速度でビームを回避。

 次の瞬間には反撃の一撃がリック・ドムを貫く!

 

 

 

「ガンキャノン、昨日までのガンキャノンとまるで違うぞ!」

 

 驚きながらも135ミリ対艦ライフルを撃ち込むシャア。

 ケタ違いの反動を生じさせるそれを見事に抑え込んで連射するものの、しかしガンキャノンは足場など無いはずの宇宙でステップを踏むように、まるで踊るような機動でそれを避ける。

 

『大佐、どいてください。邪魔です』

 

 ブラレロは先の戦いで見せた上下、天地からのオールレンジ攻撃を仕掛ける。

 人間は地面の上、二次元で生活してきた生物。

 それゆえ普通の人間には避けることはまず無理なものだったが。

 

 

 

「わあーっ!」

 

 アムロは宇宙に適応したニュータイプ。

 その空間認識能力により完全な3次元空間の把握が可能であり、マグネットコーティングにより加速された動きですり抜けるガンキャノン!

 反撃するが、しかし、

 

「クッ!」

 

 想像以上のスピードで回避するブラレロの有線ビーム砲に当てることができない。

 

 

 

「なるほど、これが有線制御式オールレンジ攻撃の利点なのね……」

 

 引き続きアムロのガンキャノンをモニターしながらつぶやくミヤビ。

 ドラケンE改が備えた画像解析能力に加え、敵の残像を表示させるミッションディスクプログラム『PSリーディング』まで併用してようやく分かったブラレロのオールレンジ攻撃の動きを見てつぶやく。

 まぁ、密かにミヤビの前世の記憶にあるブラレロの機体構造から想定してデータを補強、類推させているおかげでもあるが。

 なお、

 

『どうしてそんなことが分かるんです?』

 

 というサラの疑問には、

 

「技術者としてのカン」

 

 と言って誤魔化している。

 こんなことをするから『ヤシマの人形姫』は天才、などと買いかぶられてしまうのだが。

 なお「女のカン」とは絶対言いたくない模様。

 

『ミヤビさん?』

 

 ともあれ、今は目の前のブラレロの有線オールレンジ攻撃である。

 

「あの攻撃端末は極めて強度の強いワイヤーでモビルアーマー本体とつながっているわ。攻撃端末の何十倍もの質量を持つ本体が絶えず動く基点となり、ワイヤーをリールに巻いたり送ったりすることで高機動を実現する」

 

 それでサラはミヤビの言いたいことを理解する。

 

『それならやり方次第でスラスターの推力のみで移動する無線攻撃端末の何倍ものスピードで、慣性を無視したかのような機動が可能ですね』

 

 ということ。

 

 宇宙空間では本来、スラスターの出力分しか加速はできない。

 例えば180度ターン。

 空気中なら翼の操舵で空気という相対物を掴んで無理やり進路変更させることができるのに対して、真空の宇宙空間ではAMBAC(Active Mass Balance Autocontrol 能動的質量移動による自動姿勢制御)や姿勢制御スラスターでできるのは、機体の向きを変えることだけ。

 慣性で移動し続ける機体はそれまで加速に使っていた推力、時間を反対方向に同じだけかけてようやく止めることができ。

 そこからまたさらにロケットエンジンで加速する、ということをしないと逆方向に進むことはできない。

 

 それに対し有線制御式なら、本体という大きな質量を持つ相対物で問答無用に無理やり引っ張ることが可能。

 ミヤビの前世の記憶の中では、アムロがガンダムでモビルアーマー、ビグロに掴まった結果、相対速度差からくる加速で失神していたが。

 それと同様の理屈で、慣性を無視したかのような加速ができるのだ。

 

「そうね、見てごらんなさい」

 

 ミヤビは先ほどのブラレロのオールレンジ攻撃の映像を例に説明する。

 

1 敵目掛け前進しながら有線端末を射出、分離。

 

2 その後、本体は方向転換、加減速といった戦闘機動を実行。

 

3 有線端末はワイヤーを送り出されていることから慣性飛行によりそのまま等速度で前進を継続(というと、ゆっくり進んでいるように感じされるが、実際にはモビルアーマーの高い移動速度が乗せられているため、小型端末故の限界を持つビット以上の高速移動も可能)

 

4 ワイヤーを巻き取ったり送ったりすることで有線端末の位置を調整。

 

5 ここでワイヤーを巻き取れば、すでに別方向に加速運動を開始していた本体と等速度、いやそれ以上の加速を、慣性を無視したかのように実行が可能。

 

6 有線端末が攻撃位置に着いたら、内蔵のジャイロで姿勢制御、そして照準、射撃。

 

7 ワイヤーの巻き取りで有線端末を素早く回収。無論、そのスピードはスラスター加速で実現できるものとはケタ違いであり撃墜は困難。

 

 ということになる。

 その上、

 

(史実だとアムロはエルメスのビットをコントロールするララァの精神波を読み取ることで攻撃を読んでいたけど、有線制御ではそれができない)

 

 という点でも不利。

 自由度が低く、無線制御のビット、ファンネルに比べ劣っているとされる有線制御式オールレンジ攻撃端末だったが、利点もまたあり、そこを生かされると苦しい。

 

 

 

「ああっ!」

 

 拡散メガ粒子砲で牽制しながらもガンキャノンと交錯するブラレロ。

 入れ違いにシャアのFZ型ザクが攻撃するが、反撃で左腕が吹き飛ばされる。

 

『うおおっ、ガンキャノン!』

 

 通信機越しに聞こえるシャアの苦鳴に、ララァはきっとアムロの黒いガンキャノンをにらみ据える。

 

「大佐を傷つける!」

 

 再びオールレンジ攻撃を仕掛けるが、当たらない。

 突入してくるガンキャノンに対し、シャアはザクを半身に構えさせ、投影面積を減らしたうえで自分をエサにしたカウンター攻撃で仕留めようとするが、

 

『チィッ!』

 

 ガンキャノンは事前に察知。

 向けていたビームライフルを引っ込め回避する動きと連動した、後方宙返りをしながら蹴りつけるサマーソルトキックでシャアのFZ型ザクを突き放す!

 

「大佐!」

 

 拡散メガ粒子砲を放ちながら突撃、二人の間に割って入るララァ……

 と言えば、聞こえはいいが、

 

「大佐、脱出してください」

 

 と悲痛な声を上げるララァとは裏腹に、その場に居るのはピンクのブラレロの間抜け顔。

 到底シリアスな絵面にはなりえない。

 どんな罰ゲームかというものだった。

 

『大丈夫だ。この程度ならFZは爆発しない』

「で、でも」

『攻撃は続けろ』

「続けています、け、けれど」

『けれど? なんだ?』

「あ、頭が押さえつけられるように重いのです」

『なんだと?』

 

 ブラレロのオールレンジ攻撃は続いていた。

 この辺はパワーケーブルが直結されている有線制御式オールレンジ攻撃端末ならではの継戦能力であるし、さらに言えば元となったザクレロのパワーコンデンサが優秀である証でもある。

 しかし、その動きは精彩を欠いていた……

 

『よし、退くぞララァ。ブラレロに掴まらせてもらう』

 

 シャアの決断により、後退するララァのブラレロ。

 そしてその機体後部、起こした有線ビーム砲の支柱に片腕で掴まるシャアの赤いFZ型ザク。

 

 

 

(悪い人だ)

 

「なに?」

 

 アムロは、

 

 こいつ直接脳内に……!

 

 とばかりに聞こえてくる声に、

 

(シャアをいじめる悪い人だ)

 

 と言われ、

 

「誰が悪い人だ!?」

 

 と一方的に非難される理不尽さに思わず叫んでしまう。

 

 そしてララァからの心の声など聞こえないサラツーには、

 

『あ、アムロ……』

 

 アムロがおかしくなっちゃった! としか思えない。

 

 酸素欠乏症にかかって…… とか、『機動戦士Zガンダム』最終話で完全にアッチの世界へと旅立ってしまったカミーユに愕然とするファ・ユイリィのように心を痛めるしかないサラツー。

 

『い、医者はどこ…… じゃなくて医療エキスパートシステム起動しなきゃ』

「サラツー?」

『大丈夫よ、アムロ。ミヤビさんにモビルドールサラの義体を用意してもらって、私があなたを支えるから』

 

 と、涙目でアムロを励ますサラツー。

 もちろん、アムロにはその意味が分からない。

 

 戦闘終了後、誤解を解いたもののこの騒ぎでアムロは、

 

 大宇宙のブラザーと交信する電波な人

 

 と認識されてしまい、

 

 大丈夫なのか? 本当に大丈夫なのかアムロ!?

 

 と大いに周囲から危ぶまれてしまうのだった。

 

 

 

 ホワイトベースは先行する第13独立艦隊と合流をした。

 しかし、この時すでに艦隊は三隻のサラミスタイプを撃破されていた。

 その内の二隻はブラレロによるものであって、すなわちララァは一日にして四隻の船を沈めたことになる。

 これは空前の壮挙であった。

 

(しかしララァの頭痛の原因がガンキャノンのパイロットと関係があるようなら、事は簡単に進まんな)

 

 独り、考え込むシャア。

 

 今、戦場は月の裏側へ移動しつつある……

 

 

 

次回予告

 サイコミュはオールレンジ攻撃のためだけに在るのではない。

『頭で考えたとおりに動く!? そっ、そんなの勝ち目無いじゃないですか!』

 ガンキャノンとブラレロの激闘は、ミヤビとサラに目指すべき未来の物語を垣間見させる。

「アムロとサラツーの間に結ばれた絆はきっと、いいえ、絶対サイコミュなんかに負けたりしない」

 次回『サラツー愛の大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーッ!』

 君は生き延びることができるか?




 有線制御式オールレンジ攻撃端末についての考察、第二弾でした。
 そして次回予告…… なお、これ愛の奇跡とかそういうものじゃなくて理屈に裏打ちされたお話だったり。
 あとはシャアもFZ型ザクのセッティングを変えてアムロのガンキャノンに対抗、史実とは違い意地を見せる予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第41話 サラツー愛の大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーッ! Aパート

 出港するグワジン級宇宙戦艦、グレート・デギン。

 そしてその随伴をする二隻のムサイ。

 今、デギン・ザビ公王はみずから局面を打開すべく、ジオン公国を発進した。

 それを執務室のモニターで見送るギレン。

 そこに通信が入る。

 

「なんだ?」

「技術顧問のアサクラ大佐からです」

 

 取り次いだ秘書のセシリア・アイリーンの答えに、

 

「よし、つなげ」

 

 と指示。

 通信モニターに小太りの技術士官の姿が映し出される。

 

 彼、アサクラ大佐は『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』の物語上では、キシリアの突撃機動軍に属する海兵上陸部隊(シーマ艦隊)の艦隊司令官をしていた。

 艦隊運用にあたっては自身を遙任とし、代理司令官としてシーマ・ガラハウを置くことでコロニーへの毒ガス攻撃の責任を回避した上、シーマたちの故郷、マハルをコロニーレーザーに変え彼女たちが帰る場所まで無くした。

 そんな、もの凄い悪党とされていた。

 

 しかしアサクラの方からするとまた別の見方がある。

 今、ギレンに従って軍務に従事しているとおり、彼は元々ギレン側の派閥の人間。

 ギレンに対立するキシリアの突撃機動軍への配属は、派閥間の政治取引の結果の望まぬものであり、しかもキシリアはそんな彼を貧困層の集う、ジオン国籍もろくに持たないようなマハルの荒くれ者どもを強制徴兵した海兵隊の艦隊司令へと任じたのである。

 そもそも大佐、それも技術士官である彼に艦隊司令をやらせるという時点でおかしい人事であり、しかも赴任先は愚連隊と言っていい海兵隊、技官の彼が統制できるはずも無く。

 用心した彼は代理司令官を立てて遙任。

 そして開戦したら案の定、海兵隊は毒ガス作戦を実行しやがった、という顛末である。

 

 キシリアにしてみれば、

 

「必要な汚れ仕事は行うが、ギレンの側の人間にも相応に責任を負ってもらうのは当たり前の話だろう?」

 

 という意図での人事、作戦だったのだろう。

 

 しかしそれは巻き込まれたシーマたちにとって酷すぎる話であったのはもちろん。

 アサクラにとっても何とか汚名を被ることを回避したものの、以降、キシリアの下に居たら何をされるか分からない、と身を守る意味でもギレンの元に身を寄せるしかなかったのである。

 それゆえシーマから、

 

「汚れ役を押し付けて逃げやがった!」

 

 と非難されてもアサクラの主観からすれば、

 

「冗談じゃない、押し付けられそうになったのはこっちだ! というか実行犯が何の関与もしていない自分に責任を押し付けようとするんじゃない!」

 

 ということになる。

 それぞれに主張するところがあるのだった。

 

 ミヤビの働きでヤシマがシーマたちを引き取ったせいで、そんな史実とは少しは違った運命をたどったはずのアサクラだったが、

 

『報告いたします。ソーラ・レイは稼動体制に入りました』

 

 と、コロニーレーザーの建設、運用に携わっているのは変わりなかったりする。

 

「うむ」

『二時間後には臨界点に達します、ただ……』

「続けたまえ」

 

 言い淀むアサクラにギレンは即座に続きを促す。

 

『は、臨界透過膜と偏光ミラーが実用テスト用に製作されたものしか使えませんので、ソーラ・レイシステムは一度しか使えません』

 

 これも史実どおり。

 

「能力は? 予定通り出るのか?」

『はい。3秒間の連続照射と、その間12度の角度変化が可能です』

「よくわかった。準備を万全にな」

 

 

 

「私のザクの修理、調整はあと2、30分で」

「うむ、それが直り次第、第二波の攻撃を掛けよ」

「はい」

 

 シャアはキシリアの執務室でテーブルを囲み、チューブ食で栄養補給をしながら今後について打ち合わせを行う。

 

「木馬の隊を破ったら、ただちにア・バオア・クーへ向かう。情報ではレビルの主力艦隊はグラナダを無視すると見えた」

「ほう?」

 

 そして、キシリアの表情が真剣みを増す。

 

「で、その前にひとつ聞いておきたいことがある。お前の打倒ザビ家の行動が変わったのはなぜだ?」

「私の?」

 

 いや、その辺は全然変わっていないわけであるが……

 

「私は4歳ごろのキャスバル坊やと遊んであげたことがあるんだよ。お忘れか?」

 

 そう問うキシリアにシャアは己の手のひらを差し出して見せ、

 

「キシリア様に呼ばれた時からいつかこのような時が来るとは思っていましたが、いざとなると恐いものです、手の震えが止まりません」

 

 などと演技する。

 キシリアはそれに乗せられたのか、あるいは見破った上で乗って来るのか、

 

「あたしだってそうだ、お前の素性を知った時にはな」

 

 とうなずく。

 

「それを、またなぜ?」

 

 まぁ、ガルマを助けたことでそう見えるようになったか、とシャアは考えるが、キシリアは、

 

「ララァだ。お前はフラナガン機関にララァを送り込んでいたな。そのお前の先読みする能力を知って徹底的に調べさせた訳だ。お前もララァによってニュータイプの存在を信じ、打倒ザビ家以上のことを考えだした」

「……どうも」

 

 考え過ぎだよね、という話ではあるが、キシリアにとってはシャアがぶっちゃけて開き直った、とするよりは、そのように考えたとした方が理解できるのだろう。

 人は他人を計るのに自分の持っている物差ししか使えない。

 当人が理解できたと思った意味が当人にとっての答えなのだから。

 

「ギレンはア・バオア・クーで指揮をとる」

「はい」

「そのあとの事はすべて連邦に勝ってからのこと。よろしいか?」

「は、確かに」

 

 と、シャアはうなずくことで、その場を乗り切るのだった。

 

 

 

「仕上がったわ。黒いガンキャノンに勝つためのセッティング」

 

 シャアのFZ型ザクの修理と調整を終え、アルレットはつぶやく。

 

「FZのスペックを変えたのか、アルレット。どんな具合に変更したんだ?」

 

 相棒であるダントンの問いに、アルレットは悪戯っぽい笑みを浮かべ答える。

 

「教えてあげるわ。聞いて驚かないでよダントン……」

 

 

 

 先行していた艦隊と合流したホワイトベースのブリッジ。

 詰襟のホックを外し、胸元をゆるめながらブライトは問う。

 

「ニュータイプか。超能力者とは違うという訳だな?」

「ええ」

 

 それに答えるのは、父ダイクンが出現を預言した、ということで詳しいセイラ。

 だが、ブライトは納得いかないように、

 

「しかし、アムロの話を総合すると超能力的な敵としか思えんが」

 

 と主張。

 戦闘の合間の休息。

 例の肌にぴったり張り付いたノーマルスーツ姿のセイラは、チューブ食片手に、

 

「今はそう考えていいのじゃなくて?」

 

 と非現実的な格好をしている割には現実的な答えを返す。

 

「そんなのが相手じゃ俺たちに歯が立つ訳ないじゃないか」

 

 体を休めているカイは、お手上げだというように言う。

 

「やれやれだな……」

 

 スレッガーもまた肩をすくめた。

 ミライは、

 

「でも、それほど深刻じゃないわ」

 

 そう言って皆をなだめるが、

 

「あのピンクのモビルアーマーがまた出てきたらアムロには気の毒だけど」

 

 と続ける。

 

「そ、それはそうです、今となっては」

 

 そう答えるアムロにミライは、

 

「そうね。今のアムロはそのニュータイプの現れ方をしているから」

 

 と言う。

 その言葉にアムロはうつむきながら、

 

「そうとでも考えなければ説明のつかない事が多すぎるんです、僕の中に」

 

 と答える。

 ミライは彼を気遣うように、

 

「頑張ってね」

 

 そう声をかけるが、アムロは立ち上がり、

 

「でも、ニュータイプっていっても僕は特別な人間じゃありませんよ。これだけ戦い抜いてこられたホワイトベースのみんながニュータイプです。でなければ勝ち抜けなかったはずです」

 

 と皆に言う。

 ブライトは、

 

「それは、そうかもしれん」

 

 そううなずくものの、

 

「しかし、アムロには特別何かを感じるな」

 

 と正直に言わざるを得ない。

 アムロもそれが分かっているのか、

 

「……ええ、否定しません。ことにあのピンクのモビルアーマーと接触してそう思えるんです」

 

 と答える。

 一方、ミヤビは、

 

「姉さんはどう思うの?」

 

 とオッパ…… 妹、ミライから話を振られ、

 

「私?」

 

 と戸惑う。

 

「理屈で言うならスペクトラム、連続的に分布している資質だと思うけど」

「スペクトラム?」

「要するにニュータイプ的な要素は誰でも持っていて、その中でアムロのように強くその傾向を持っている人、セイラのようにそれに次いで強い人、また中間の人、そして私のようにごく弱い、というか無に等しい人なんかが連続的に分布しているわけ」

 

 だからアムロの言う「ホワイトベースのみんながニュータイプです」も間違いでは無いということ。

 学術的に検査方法と閾値が定められ「これ以上をニュータイプと呼びます」などと定義されたらまた話は変わって来るが。

 しかし、

 

「ミヤビさんが弱い人?」

 

 と本題とは違った部分に反応するアムロ。

 ミヤビはそんなにおかしいことを言ったかと、頬に指をあて、小さく首を傾げながら答える。

 

「それはそうよ。ニュータイプは『人が宇宙に出たことで三次元の空間認識能力に目覚めるとともに、人並外れた直感を得て、離れていても他者やその状況を正確に認識し意思疎通をする能力を持つ者』とされるわよね、セイラ」

「ええ」

 

 ミヤビに話を振られ、戸惑いながらも答えるセイラ。

 そしてミヤビは皆に向き直ると言う。

 

「私、地下鉄駅の立体構造を構内図を見ても頭の中に描けない、把握できないタイプよ」

 

 これは前世も同じで苦労した。

 新宿駅や渋谷駅、出張で行った大阪、梅田駅や名古屋駅などといったダンジョン駅呼ばわりされるものは特に。

 

「そうは見えませんが……」

「それはサラちゃんが居るから。私自身はポンコツだけど、自覚しているなら補う方法は色々あるでしょう?」

 

 ミヤビは前世でも紙のスケジュール帳から始まって、PDA、スマホといった外付けの外部記憶媒体や情報機器を活用して自分に足りないものを補い、生活してきた。

 そうやって、

 

「苦手な部分を他に補ってもらって、強みの部分で勝負してるから多少、有能に見えるかも知れないけど私は凡才よ?」

 

 ということ。

 少々脱線したが、

 

「いや、私のことはどうでもいいとして、人は色んな資質を色んなレベルで持っていて、それが評価されたりされなかったりするのは、優れているから、劣っているから、ではなく現状に適応しているかそうでないかってこと」

「はい?」

「『人が宇宙に出たことで三次元の空間認識能力に目覚めた』のではなくて、『三次元の空間認識能力について優れた素養を持った人間は元々一定の割合でこれまでも居たけれど、地球上で普通に暮らす分には目立って役に立つことは無いし、磨かれることも無いから宝の持ち腐れになっていただけ』という考え方ね」

 

 評価されない項目ってやつである。

 

「現状に適応しているから有利とされているだけで、『狩りが得意なライオンと狩りが下手なライオン』の話のように、状況が変わればまた評価も変わるのだから、そこに優劣はないわ」

「狩りの下手なライオン? それってダメなんじゃ」

 

 いぶかしげに問うのは、アムロの強さにコンプレックスを抱くハヤト。

 

「そうかしら?」

 

 ミヤビは人形のように動かぬ表情の元、声だけでもと柔らかく聞こえるよう意識して語る。

 

「ある日、ライオンたちが暮らす草原に干ばつが訪れたとするわ。そうすると川は枯れ、地は裂け、植物がしおれて、それを食べる草食動物も減ってしまうでしょう?」

「はい」

「狩りが得意なライオンは、餌になる動物を早々に狩り尽くして飢え死にしてしまう」

「えっ?」

「でも、狩りが苦手なライオンは死滅しなかった。獲物を食べ尽くすということが無いから、細々とでも、生き残ることができる」

「ダメなライオンなのにですか?」

「そう、どこも優れたところのない、誰が見ても劣っていると思われる者の方が生き残ることもある。それが私たちの生きる世界なの」

 

 それゆえ、

 

「『あらゆる状況で、この性質が絶対的に優れている』なんてことはないの。そして環境というのは劇的に変わるわ。隕石の落下による地球寒冷化や火山活動による気候変動、新型ウィルスの世界的流行(パンデミック)」

「ウィルス耐性の有無、かしら?」

 

 そこに反応するのはやはり医学を学んでいたセイラ。

 ミヤビは、

 

「そういうのもあるかも知れないけど、例えば『人付き合いが苦手な人』って社会生活をする上では評価されないけど、パンデミックが起こって人との接触を避けなければいけない場合、孤独への耐性が強い彼らは、孤独によるストレスを溜めてしまう社交的な人より有利になるでしょう?」

 

 何しろ一人でゆっくりするのが癒しになるのだから。

 

「まぁ、それはさておき、ここで言いたいのは環境は地球規模で激変する可能性はあるけれど、生物ってそんな短期間に進化したりしないでしょう? ならどうやってそれを乗り越えるかというと、従来の環境では不要、あるいは不利とされる資質を持った個体であっても一定の割合で生み出し多様性として維持する。それが生物の持つ生き残り戦略なわけ」

 

 つまりは、

 

「ニュータイプも進化した新人類ではなくて、人の持つ多様性が元々内包していた、今まで評価されなかった資質が環境の変化で表面化しただけ、っていうのが実際のところでしょう」

 

 ミヤビは皆を見回して言う。

 

「だからニュータイプは優れていてオールドタイプは劣っているとか、ギレン・ザビ氏が唱える『優性人類生存説』とかって意味が無いの。今の環境で、あるいは今の時代で評価されない、不利とされる資質であっても、環境が変化すれば必要とされるかもしれない。人という種族の維持に欠かすことのできない存在であるのだから」

 

 ミヤビの前世でも『多様性絶対否定マン』みたいな人物が居たものだったが、それでは急変する環境に対応できないのだ。

 

「まぁ、アムロレベルだと『足が速い』なんていう資質をオリンピック選手レベルで持っているようなものだけど、オリンピック選手だって人間。進化した新人類ではないでしょう? しょせん才能かよ、とか言う人も居るかも知れないけど」

 

 でも、とミヤビは語る。

 

「大事なのは『自分の強みをどこまで伸ばせるか』よ。自分の弱点を解消して並みのレベルになろうと頑張るより、1つの突出した強みを活かした方が、実社会で活躍できる可能性が広がるわ。だからアムロは他のことなんか気にせず、その突出したニュータイプとしての力を生かせばいいと思うの」

 

 それで私を守ってくれると嬉しーな、とか不純なことを考えるのではあるが、しかしミヤビの表情筋はそれを表面に出すことが無いので他から悟られることは無い。

 まぁ、ミヤビは気づいていないがアムロのニュータイプ能力で心を読まれるという可能性もあるが……

 憧れの年上の美しい女性に「私を守って!」と頼られて悪い気になる少年は居ないので問題は無かったりする。

 それはともかく、

 

「豊かさって言うのはね、自分が楽に生み出せる価値、余っている価値を皆に分け与えることで生まれるわ。逆に貧乏な人って、辛い努力を積み重ねて生んだ、自分にとって希少で貴重な価値を切り売りするから貧乏になるわけで」

 

 ということだった。




 ソーラ・レイとかデギンとか、史実どおりに見えて実際には違う、というお話なんですが。
 史実どおりに見えている部分を書いている段階では「原作そのままじゃん!」になってしまうのが悩みですね。
 ネタばらしをする時を楽しみに何とか耐えるわけですし、これまでもそうでしたが推理小説のようにネタはちゃんと提示されている、もしくは書籍やWikipedia等で考察されている内容から類推できる内容ですので、予測できる人には予測できたりするのでしょうけど。
 うーん……


> 彼、アサクラ大佐は『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』の物語上では、キシリアの突撃機動軍に属する海兵上陸部隊(シーマ艦隊)の艦隊司令官をしていた。

 CDシネマ『宇宙(そら)の蜉蝣』等で語られた内容ですね。
 これ聞くとシーマ様可哀想過ぎて泣けてくるし、アサクラ大佐が凄い悪人に思えてくるのですが。


>「冗談じゃない、押し付けられそうになったのはこっちだ! というか実行犯が何の関与もしていない自分に責任を押し付けようとするんじゃない!」

 マンガ『機動戦士ガンダム0083 REBELLION』あたりの解釈だと、バリバリに関与していたような描写がありましたが。
 しかしギレンサイドの技官で、遙任してまで(シーマ自身『宇宙の蜉蝣』で遙任の意味を「遥か遠い所で形だけ任命を受ける」と語っていましたし)責任回避したのに、わざわざそうする意味があるのかは疑問だったり。
 まぁ、このマンガはオリジナル要素が強い、本編とは別物(そこが売りでそこが良い)と言われている作品ですからね……


 次回はいよいよ戦闘の開始です。
 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第41話 サラツー愛の大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーッ! Bパート

「大佐が以前、乗っていたS型ザクはF型と比べ3割増しの推力を持っていたけど、推進剤の増分はそれに見合っていなかったから当然、最大推進戦闘時の限界時間は減少したわ」

 

 そうアルレットが語る内容は、

 

「確かにな。推進剤の不足は後々問題になった。その辺、技量が怪しい者はF型のファインチューニングモデルのFS型で無難に済ませてたぐらいだしな」

 

 とダントンにとって今更な話だったが、

 

「つまりS型ザクで3倍のスピードを出すって言われた赤い彗星のマニューバの秘訣は余計な燃料消費を一切行わない、スラスター頼りの機動は行わないっていうところにあるわけ」

 

 AMBAC(Active Mass Balance Autocontrol 能動的質量移動による自動姿勢制御)による姿勢制御、敵艦を足場とし蹴ることで加速を得る。

 そして何よりデブリ、敵、味方の機体、それら障害物に機体をこすりつけるようにして文字どおり最短距離を抜けていく、

 

「なんであんな正確な軌道のコントロールができんだよォ!? 何者なんだあいつぅ!?」

 

 と教導機動大隊の教官に言わしめた、極限まで無駄を削ぎ落としたかのような研ぎ澄まされた技量が生み出す機動。

 不要な減速を一切しない、高いアベレージを保つが故に両立する高速性と省燃費。

 それがシャアの真骨頂だ。

 

 そして、

 

「もったいぶらずに教えてくれよ、アルレット。今度はFZの反応性を、AMBAC性能をどの程度まで上げたんだ?」

 

 これまで以上にピーキーに?

 他のパイロットでは扱えないほどにだろうか?

 

「そうね、AMBAC性能で言うなら、効果半減ってとこかな……」

「はぁ!?」

 

 驚愕のあまり素っ頓狂な声を上げてしまうダントン。

 

「AMBAC性能を下げたのか、アルレットっ!? それじゃデチューンじゃないか。わざわざ遅くしてどうすんだよ!?」

「そうとは限らないわダントン…… 覚えておいた方がいいわ。速く反応するために機体制御におけるAMBACが受け持つ割合を減らすこともあるのよ」

 

 FZを見上げながらアルレットは語る。

 

「それが戦場の奥の深さね…… 勝負を制するカギはAMBAC性能よりも総合性能よ!!」

「木馬の黒いガンキャノンは…… つまりそれほどの相手ってわけか……」

「そういうことになるのかしらね。今まで大佐はのるかそるかのワンチャンスに大胆にも賭けるかのように見えて、実際にはチラチラと見え隠れする、針の穴のような突破口を突く正確なコントロールの腕で勝利を手にしてきたわ」

「……そうだな、『真紅の稲妻』ジョニー・ライデン、『白狼』シン・マツナガ、『黒い三連星』…… 数々のエースパイロットたちが手にした06R」

 

 高機動型ザクII、

 

「型式番号についているRは不敗神話のRだ!! オレのRについて来れるか!?」

 

 などと言い放つ乗り手も居たとか居なかったとか。

 それほどまでの伝説を生んだ名機。

 

「大佐はそれを受領できなかった、と言われていたが」

 

 ダントンは遠い目をして言う。

 アルレットはうなずき、

 

「実際には大佐に06Rは不要だっただけ。スラスター頼りの機動なんかしなくても、それ以上のマニューバが可能だという自信があるからこそS型に乗り続けて…… それがここにきてAMBAC性能を下げることになるなんてね……」

 

 ため息交じりにそうつぶやくのだった。

 

 

 

「大佐、ダイヤモンド編隊とりました」

 

 更衣室に足を踏み入れようとするシャアに、伝令の兵が報告する。

 

「おう、各モビルスーツ隊発進急がせ」

「は」

 

 そうしてシャアはノーマルスーツを着込むララァに説明する。

 

「まず艦隊特攻を掛ける、半分は沈めるつもりだ。その上でララァが中心に木馬の黒いガンキャノンを」

「はい」

「私もFZで出るが、今度は私がララァの命令に従う」

「大佐……」

 

 驚きに瞳を見開くララァに、シャアは声を和らげ、

 

「今はララァの方が優れている」

 

 と語る。

 そしてララァの頬に手を当て、口づけする。

 戦場のラブロマンス、ガルマのことを笑えんな、と思いつつ身を引くと歩み去ろうとするシャアだったが、

 

「大佐」

 

 ララァに呼び止められ、

 

「今日からノーマルスーツを着けて出撃なさってください」

 

 そう請われる。

 シャアは、

 

「うん。ララァがそう言うのならな」

 

 シャアの返事に、嬉しそうに笑うララァ。

 

「ありがとうございます」

 

 そう言ってシャアの触れた唇に自分の指を当てる。

 

 ……なお史実でもそうだったが、シャアはこの出撃ではノーマルスーツなど着ない。

 恋人の心配も適当に聞き流す悪い男、いや、妻のお小言をはいはいと聞きながらも一向に改める様子の無いダメ男と言った方が良いだろうか?

 

 

 

 ザンジバルからは足の代わりにスカート内にロケットエンジンを内蔵したリック・ドムK、クルツタイプが発進。

 

【挿絵表示】

 

 続けてララァのブラレロが出る。

 

「少尉、前回の出撃であった頭痛ですが」

「はい」

 

 ブラレロは複座であり、そこについてサポートを行うシムス中尉から、ララァは説明を受ける。

 

「サイコミュの受信装置に敵のニュータイプパイロットからの干渉を受けた結果、起きたものと思われます」

 

 例えるなら混信して雑音が入るようなもの。

 それでも何とかしようとララァが頑張った結果、彼女の負担が増大して頭痛につながったのだ。

 

「これについてはフラナガン機関で少尉をサポートされていた方々の協力で対処させていただきましたから、問題は無いと思われます」

 

 技術協力をしてくれた面々からすると、この辺の対処はエルメスよりブラレロの方が簡単だという話だった。

 ブラレロは攻撃端末の誘導にパイロットの感応波を利用したミノフスキー通信を使用しない。

 有線制御であるために、敵からの干渉も限定的になるからだ。

 

 

 

 ララァたちと時を同じく、キシリアの艦隊のムサイ、グワジンからもリック・ドム隊が出撃。

 

「モビルスーツの発進終了。シャア大佐のザンジバルを先頭に突撃隊形終了」

 

 兵からの報告を受けたキシリアは、

 

「よし。我がグワジンはここに固定。シャア大佐発進30秒後に援護射撃を30秒掛ける」

 

 と指示する。

 

 

 

 ホワイトベース側でも敵の動きを察知。

 

「敵が動き出しました。Fライン突破します」

 

 オペレーター席に着くマーカーからの報告に、ブリッジに詰めていたアムロは立ち上がり、

 

「カイさん、ハヤト」

 

 と声をかけ、セイラも、

 

「発進よ」

 

 とリュウやスレッガーに言って先に立つようにブリッジから出る。

 ブライトはそれを見送りながらもミライに相談。

 

「シフトはどうする?」

「もう任せましょう」

 

 あっさりと言うミライに、ブライトはキャプテンシートに身を預け、

 

「ニュータイプか……」

 

 とつぶやく。

 ミライは通信士であり管制も勤めるフラウに、

 

「フラウ・ボゥ、各機の発進を急がせてね」

 

 と指示。

 ホワイトベース両舷デッキから次々に発艦するモビルスーツ、そしてコア・ブースター。

 周囲のサラミス改級の艦首カタパルトからも量産型ガンキャノン、ドラケンE改が飛び立つ。

 

 

 

「30秒。発射」

 

 キシリアの命令で、猛烈な砲撃が開始される。

 

 

 

「うわあ、大丈夫だろうな? 俺達の帰る所がなくなるんじゃねえだろうな?」

 

 ガンキャノンL、ロングレンジタイプで出撃したカイだったが、味方艦隊に向けられた濃密な艦砲射撃に悲鳴を上げる。

 一方アムロは、

 

「来ますよ」

 

 と、援護射撃にまぎれ接近する、シャアのザンジバルが率いる分艦隊を察知。

 続けてセイラも、

 

「右10度、一時半の方向」

 

 と反応。

 この辺はやはりニュータイプということか。

 アムロはさらに、

 

「コースを変えてくる」

 

 と敵の軌道まで見切って見せる。

 

 

 

「左舷、四隻来ます」

 

 ホワイトベースでも接近する敵分艦隊を察知。

 

「弾幕を張れ」

 

 ブライトはすかさず指示。

 

 

 

「うおっ」

 

 同行するムサイが沈められ、ザンジバルにも衝撃が走る。

 思わずうめく兵にシャアは、

 

「止まるな」

 

 と叱咤する。

 

 

 

「双方二隻ずつ撃沈。敵は回避行動に移りました」

 

 マーカーの報告。

 連邦側も損害が激しく、初撃は痛み分けだ。

 

「よし、対空砲火。次はモビルスーツ戦だ、来るぞ」

 

 ブライトの指示に、オスカが応える。

 

「五、六機編隊で来ます、十五、六機はいるようです」

 

 

 

「こいつ」

 

 接近するリック・ドムの編隊に向け、ガンキャノンLの両肩、120ミリ低反動キャノン砲で長距離狙撃を決めるセイラ。

 

 

 

「このっ」

 

 続けてハヤトがコア・ブースターのメガ粒子砲で狙撃するが、しかし、

 

『ハヤトさん、遠過ぎです。焦らないで』

 

 とサラナインがフォローするように常人のハヤトではニュータイプの超長距離狙撃能力を発揮するセイラの真似はできないのだ。

 

『周囲の味方機と連携を取って戦いましょう』

 

 敵は多いが、味方の量産型ガンキャノン、そしてドラケンE改もまた多いのだ。

 

 

 

「む、例の機体だな」

 

 ピンクのブラレロと接敵するアムロ。

 下方向に回避する敵を追おうとするが、

 

「クッ!」

 

 ブラレロはその場に上側の有線ビーム砲を残しており、慣性移動で前進を続けていたそれが不意打ちで攻撃を仕掛けて来る。

 アムロはそれを見切り、反撃するが、

 

「速い!」

 

 ワイヤーを巻き取ることで慣性を無視したかのように高速移動するブラレロの有線ビーム砲に、当てることができない。

 

「それでも!」

 

 アムロはブラレロの繰り出すトリッキーなオールレンジ攻撃をかわし、

 

「ラ… ラ?」

 

 ララァの存在を見抜き、戦い続けながらも呼びかける。

 

「うっ。ララァならなぜ戦う?」

「そのあなたの力が示している。あなたを倒さねばシャアが死ぬ」

 

 ニュータイプの感能力で、言葉を交わしながらも戦うアムロとララァ。

 

「シャア? そ、それが」

「あなたの来るのが遅すぎたのよ」

「遅すぎた?」

「なぜ、なぜ今になって現れたの?」

 

 放たれる有線ビーム砲!

 かわすガンキャノン。

 

「なぜ、なぜなの? なぜあなたはこうも戦えるの? 私には見える。あなたはお父様が作ったその機体に宿る意思に憑かれている!」

 

 サラツーのことかーっ!

 という話だったが、そうではなく、

 

「お、親父は! だから、どうだって言うんだ……」

「お父様にいつまでも縛られてるのは、自然なことではないわ!」

 

 毎度父、テム・レイ博士が「こんなこともあろうかと」とはっちゃけて自分をテストに、実験台に使うというような、狂的技術者(マッド・エンジニア)な執念がガンキャノンには宿っている、ということ。

 どうしてそれに言われるままに従って戦っているのか、ということであった。

 二人はニュータイプなので、その辺誤解は無いのだ。

 

 ……へっぽこであるがゆえに誤解だらけなミヤビと違って。

 

 ともあれ、アムロにだって言いたいことはある!

 

「ララァもシャアに縛られている!」

「ああっ!!」

 

 刹那、お互いを理解する二人。

 

「ララァ…… 運命だ、残酷だけど…… だけど…… 僕は君が……」

「アムロ…… 私…… こんなことって、こんな出会いは…… なぜ……」




 ララァとの決戦の始まりですが、

>「お父様にいつまでも縛られてるのは、自然なことではないわ!」

 ゲーム『SDガンダム スカッドハンマーズ』が混ざってますね。
 ララァ生存ルートでしょうか?

「でも、解ってくれるよね…… ララァにはいつでも、お見舞いに行けるから……」

 というやつですが、それだとララァ入院でどっちにしろこのお話でリタイア……

 次回はシャアのFZ型ザクの乱入、からのバトルです。
 果たしてアルレットの施したチューニングとは?
 史実と違い開き直った強さを見せるシャアにご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第41話 サラツー愛の大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーッ! Cパート

「ララァ! 奴とのざれごとはやめろ!!」

 

 刹那、そこに割って入るシャアのFZ型ザク。

 ぶっちゃけ開き直ったシャアにしてみれば、自分のプライドを傷つけた木馬の黒いガンキャノンには対抗心こそあれ、史実ほどこだわっているわけでは無い。

 しかし、

 

「ララァを手放す訳にはゆかん」

 

 ララァを誑かそうとするなら話は別だ。

 

「ガルマ、君からの贈り物、使わせてもらうぞ!」

 

 シャアはバックパック側面に装備された二基のロケットブースター、ラケーテン・ガルデンに点火!

 これは『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』に登場し、F2型ザクを短時間ながら飛ばせてペガサス級強襲揚陸艦『アルビオン』に特攻をかけるために使用されたもの。

『機動戦士ガンダムUC』ではデザート・ゲルググが装備しており、トリントン湾岸基地所属のバイアラン・カスタムへ空中戦を挑むために使用されていたものである。

 基本的に地球上で使用される装備だったが、シャアのFZ型ザクにはガルマから送られてきたこれがアルレットの手により加速用ブースターとして取り付けられていた。

 

「ぐうううっ!」

 

 爆発的な加速、そのGに呻くシャア。

 元々、FZ型ザクはミヤビの前世の記憶の中にある高機動型ゲルググを上回る推力比を持つ機体。

 それにモビルスーツに空を飛ばせる推力を持つラケーテン・ガルデンの推力をプラスすれば、短期間ながらケタ違いのスピードを出すことができるのだ。

 さらに、

 

「遅い!」

 

 シャアはガンキャノンからの射撃をかわしてみせる。

 FZ型ザクは全身に12基もの姿勢制御スラスターを持つ。

 それをフルに使ったマニューバだった。

 

 そう、FZ型ザクの反応性は、マグネットコーティングを受けたガンキャノンより悪く遅い。

 つまり手足をぶん回してその反動で行うAMBAC(Active Mass Balance Autocontrol 能動的質量移動による自動姿勢制御)による姿勢制御性能も劣る。

 

 だがFZ型ザクの方が優れている点もある。

 それが圧倒的な推力比と、全身に配された姿勢制御スラスターたち。

 

 今までシャアはAMBACにより素早く正確無比な機動を行える自信があるからこそ、スラスターに頼らない戦闘スタイルを構築してきた。

 ミヤビの前世の記憶でも、元々ザクIIは基本となるF型の時点で姿勢制御用スラスターが必要最低限しか装備されておらず、熱線の放出を抑え敵の索敵を回避するように設計されていたという資料があった。

 これによって艦船の照準をかいくぐり、開戦初期は戦果を挙げたのだという。

 シャアの従来のマニューバはこれを極限まで突き詰め、完成させたもの。

 

「それがここにきて機体制御におけるAMBACが受け持つ割合を減らし、スラスターの出力に頼ることになるとはな……」

 

 このチューニングの指示を聞いた時のアルレットの複雑そうな表情を思い起こす。

 彼女に対しては、

 

「理由はどうあれ今回のデチューンは私にとっては屈辱だ。プライドをかなぐり捨ててでも負けるわけにはいかないと感じているのさ……」

 

 そう答えたものだったが。

 そして長大で取り回しに難があり機動戦に向かない135ミリ対艦ライフルに代わり、ガルマが送ってきたもう一つの装備、

 

「食らえ、ガンキャノン!」

 

 マゼラ・トップ砲からペネトレーター弾と呼称されるAPFSDS、装弾筒付翼安定徹甲弾を放つ。

『機動戦士ガンダム第08MS小隊』において、陸戦型ガンダムのルナ・チタニウム製の脚部正面装甲を貫いたもので、これを受ければガンキャノンとて無傷では済まない。

 それをかわし、追いすがるガンキャノンだったが、シャアは回避運動を取りながらも操縦桿のスイッチに指を躍らせ、コマンド入力。

 FZ型ザクの右サイドスカートのラックに搭載されたハンドグレネードの信管に点火。

 同時にラックが解放され、3発のハンドグレネードがその場に落とされたところにガンキャノンが突っ込む。

 そして遅延信管の働きにより遅れて爆発!

 

「ララァ、止めだ!」

『お手伝いします、お手伝いします、大佐』

 

 

 

「うわあっ!」

 

 ニュータイプの直感で回避するものの、ハンドグレネードの効力範囲は広く、なぎ倒され、吹き飛ばされるガンキャノン。

 そこにブラレロのオールレンジ攻撃が襲い掛かる。

 加えて、それをフォローするシャアのFZ型ザクからのマゼラ・トップ砲による狙撃も。

 

『なんてやつらなの……!! つ…… 強すぎる!!』

 

 懸命にアムロをアシストしながらも苦鳴を上げるサラツー。

 アムロ自身も勝ち筋が見えない。

 弱い考えしか浮かばない──ッ!!!

 

 そこに、

 

『天下のニュータイプが負けるつもりか?』

 

 渋い男の声で通信が入る。

 接近する味方機の反応。

 スレッガーのドラケンE改可翔式だ。

 

『んなわけねーよな!!!』

 

 聞き慣れた皮肉屋の少年の声と共に接近するガンキャノンL、ロングレンジタイプ。

 そして!!

 

『ああ!!』

「みんな──!!!」

 

 

 

 エレメントを組んで相互に補完しつつ戦うリュウとハヤトのコア・ブースター。

 

「行くぞ、ハヤト!」

「はい、リュウさん!」

 

 派手に放ったミサイル斉射の弾幕。

 飽和攻撃が一時的にシャアのFZ型ザクを引き離す。

 まぁ、マクロスシリーズにおける『板野サーカス』ばりのマニューバでそれをよけ、腰後ろにマウントしていたMMP-80、90ミリマシンガンを抜いて片手撃ちで墜としていくシャアもシャアだが。

 

 

 

 カイとセイラのガンキャノンLがアムロの黒いガンキャノンに並ぶ。

 手にしたビームスプレーガンをひょいとかざし、

 

「加勢するかい、アムロ先生?」

 

 相変わらずの調子で問うカイに、

 

『カイさん……』

「軽口が過ぎてよ、カイ」

 

 サラスリーとセイラも呆れ気味だ。

 

 

 

「要りませんよ。こんな変顔のモビルアーマー……」

 

 アムロはブラレロの攻撃を回避しながら答える。

 

「二対一じゃなきゃ、シャアさえ抑えてもらえれば、僕一人で……」

 

 そこまで言ってモニターの片隅、戦闘の邪魔にならないようアイコンのように最小化され表示されるサラツーに気付き、

 

「サラツーと二人で十分です!!」

『アムロ……』

 

 その言葉に瞳を潤ませるサラツー。

 

 

 

「チッ、邪魔が入ったか」

 

 舌打ちしつつも、1対4の戦闘を平然と続けるシャア。

 

 

 

 アムロの操るガンキャノンはマグネットコーティングの威力で素早くブラレロの迎撃を回避し、その懐に飛び込む。

 

「こう近付けば四方からの攻撃は無理だな」

 

 

 

「あっ」

 

 反射的にヒートナタで斬りつけるララァ。

 

 

 

 接近戦に備えビームライフルは左手に、空いた右手で腰後ろのラッチから抜いていたヒートホークで防御するアムロ。

 しかし、

 

 

 

「連邦のニュータイプ!」

 

 ブラレロの複座の座席から、ガンキャノンの動きを間近で目撃するシムス。

 

「確かに速い。しかしこのブラレロのサイコミュは、オールレンジ攻撃のためだけにあるのではないぞ!」

 

 彼女が言うようにブラレロは高速機動を取り、周囲に展開するモブ、もとい量産型ガンキャノンたちを斬り飛ばし、撃ち落としながらアムロのガンキャノンと何度も打ち合うが、負けていない。

 

 

 

 ミヤビのドラケンE改は引き続きアムロのガンキャノンのモニターを任されていたが、

 

『マグネットコーティングを受けたガンキャノンのスピードを上回ってる!?』

 

 データ解析を進めるサラが、驚愕の声を上げる。

 

「そうね、ガンキャノンの関節を駆動させるフィールドモーターの反応スピードは約3倍にまで跳ね上がっているけど」

 

 ミヤビは唸る。

 

「反応の初動が、動きの立ち上がりが向こうの方が早いわ。これがニュータイプ専用の操縦装置として開発されたサイ・コミュニケーター、つまりサイコミュ……」

 

 元々サイコミュは操縦桿やフットペダルといった物理的なインターフェイスを介さず、思考による機体制御を可能とするためのテクノロジーである。

 そう、Zガンダムやジ・Oといったオールレンジ攻撃機能を持たない機体でも準サイコミュ装置、バイオセンサーが導入されていたように、ニュータイプの思考を機械語に翻訳し、ダイレクトに機体制御に反映させることができるのだ。

 それゆえにブラレロはマグネットコーティングを受けたアムロのガンキャノンとも対等に、いやそれどころか勝る動きで戦うことができていた。

 

『頭で考えたとおりに動く!? そっ、そんなの勝ち目無いじゃないですか!』

「考えるより先に身体が動くタイプならワンチャン」

『そんな人居ませんよ!!』

 

 いや、結構居るよ。

『機動戦士Ζガンダム』に登場した『野獣』と称されるヤザン・ゲーブルとか……

 

「でも大丈夫」

 

 ミヤビは言う。

 

「アムロとサラツーの間に結ばれた絆はきっと、いいえ、絶対サイコミュなんかに負けたりしない」

 

 

 

『アムロ、心を開いて。もっと闘志を声に、表情に出して』

「ミヤビさん?」

『サラツーを信じて……』

 

 ミヤビからの短い通信が、ガンキャノンに届く。

 それがララァとの交感に、内面に深く沈降していたアムロの意識を引き上げた。

 

「そうか!」

 

 直感するアムロ。

 

「行くぞ、サラツー!!」

 

 声に出し、自分をサポートしてくれる彼女に呼びかける。

 

『ええ、アムロ!!』

 

 応えるサラツー。

 

「『はああぁぁぁぁぁぁっ!!』」

 

 二人の声が、心が今一つになる!!




 シャアのFZ型ザクのセッティングは、相手より劣っている部分を頑張って引き上げよう、ではなく、優れている部分で勝負しようという発想ですね。
 まぁ、AMBACとスラスターの併用というのは一年戦争末期以降は普通になって行くので、正当な論法ですけど。
 そしてまた、友人から譲られた装備を使って、というのは最終決戦仕様の醍醐味ですよね。

 次回はサブタイトルの回収、そして決着ですが。
 以前も解説したとおり、これ愛の奇跡とかそういうものじゃなくて理屈に裏打ちされたお話ですからね。
 ご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第41話 サラツー愛の大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーッ! Dパート

「なに!?」

 

 驚愕するシムス。

 ガンキャノンの動きが、徐々にブラレロを圧倒し始めたのだ。

 

 

 

「RXシリーズに搭載された教育型コンピュータはパイロットの言葉や所作から意思を推測して、その操作を補足する機能を持つわ」

『要するにパイロットの考えや、やりたいことを察してフォローしてくれるってことですよね』

 

 私もやってます! と答えるサラにミヤビはうなずく。

 

「この機能はパイロットの挙動をサンプリングすることでより精度を増し、技量の高くないパイロットにも熟練兵の操縦を可能とするわ。そうやってパイロットを教え、導きながら、同時に自らも成長していくという意味で教育型と名付けられているというわけ」

『それは……』

「そしてまさに人格を持ち、人間を、人の心を理解し、パイロットのために尽くす存在がサポートAIサラシリーズなのであって、彼女たちの存在があるがゆえに、教育型コンピュータはパイロットのやりたいことを先回りしたり補足したりして助け、機体を自由に制御できるの」

 

 ミヤビの知る史実の教育型コンピュータの機能を超えて、ということ。

 ガンダムより遅いはずのガンキャノンがこれまで通用してきた、その裏には、このサラシリーズによる底上げがあったのだ。

 だからガンキャノンの反応が限界に至ったタイミングもプラマイゼロで史実と同じ時期になった。

 まぁ、史実上でもニュータイプ機という従来とはけた違いの相手と初めて戦うことでオーバーヒートしていたのだから、タイミングが重なるのも当然なのかもしれないが。

 

「そしてパイロット側もまたAIに対し心を開き、言葉や表情を偽ったり飾ったりしなくなることで、サポートAIの理解の深度、読み取りの精度は深まることになる」

『それはそうですね』

 

 ミヤビの仕事をしない表情筋のおかげで苦労しているサラの声には実感がこもっていた。

 技術者の中には、

 

「モビルスーツにサポートAIを搭載するのは必然だけど、操縦サポートと音声アシストだけでよくて、UI(ユーザインタフェース)としてのアバターはいらなくね?」

「サポートAIに「エロ」「あざとい」「正妻力」とかいう概念、必要なんですかね?」

 

 と、かたくなに少女の人格とアバターを持つサラ、サラシリーズに否定的な意見を持つ硬派な人々も居たが、

 

「パイロットに心を開かせるのに、AIが機械的だったり高圧的だったり威圧的だったりするのは逆効果というもの。そういう意味で少女の姿と人格を持つサラは最適であり、アバターは必要」

 

 そして、

 

「サイコミュがニュータイプの思考を機械語に翻訳し、ダイレクトに機体制御に反映させるのであれば、サラシリーズはパイロットのやりたいことを先回りしたり補足したりして助け、機体を制御する。ということは」

『あっ!』

 

 サラも気づく。

 

「そう、この勝負、アムロとサラツーの間につながれた阿吽の呼吸、二人の絆がサイコミュを超えられるかが勝敗を決めるわ」

『それは、つまり……』

 

 サラは言う。

 

『『サラツー愛の大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーッ!』ってわけですね』

 

 二人に石破ラブラブ天驚拳でも撃たせるつもりか、このポンコツAIは……

 

 

 

「ばっ、馬鹿なーっ!」

 

 叫ぶシムス。

 ついにガンキャノンの動きはブラレロを上回り、その腕を切り飛ばしたのだ!

 

 ウッソだろお前、本当にAIとパイロットの絆が、愛の力がサイコミュを超えやがった、という瞬間である。

 シムス中尉はキレて良い。

 

 そして位置が悪かった。

 よろめくブラレロの機体に周囲の量産型ガンキャノンからの砲撃が集中。

 ララァはとっさに避けるが、すべては回避しきれず一本のビームが機体に突き刺さった。

 

「ああっ!?」

 

 ララァの悲鳴。

 

 何が起こるか分からない乱戦故の不運。

 過去、幾多の勇名を馳せた武人たちが果てた場はほとんど乱戦だ。

 流れ弾…… 雑兵の振るった偶然の一太刀。

 戦争とはそんな場面の集合体だ。

 

 火を噴くコンソール。

 爆発のショックがララァを襲う!

 

「少尉!? ええい、離脱します!!」

 

 シムスの操作で戦線から離れるブラレロ。

 

 

 

「ララァ!? ここまでかっ!」

 

 ブラレロの被弾、そして自分のFZ型ザクもマニューバをスラスターに頼っているが故の推進剤の残量不足が起きつつあり、シャアも撤退を決める。

 

 

 

「ラ、ララァ……」

 

 突然の結末に呆然とするアムロ。

 ララァとの交感は、彼女の上げた悲鳴の後、ぷっつりと途絶えていた。

 それが意味することは……

 

「と、取り返しのつかないことを、取り返しのつかないことをしてしまった……」

 

 こうしてこの戦闘は終了した。

 

 

 

「艦隊の半数以上が墜とされたか。ひどいものですね」

 

 そう語るキシリア。

 まぁ、史実でグワジンしか残らなかったのよりはマシだが、それでも損害は大きかった。

 シャアは、

 

「はい。ガンキャノンのパイロットのニュータイプの能力、拡大しつつあります、圧倒的……」

 

 そう言いかけたところに兵からの通信が入る。

 

『キシリア様、ア・バオア・クーのギレン総帥より特命であります』

「ん?」

『連邦軍主力艦隊はア・バオア・クーへ侵攻しつつあり、ソーラ・レイの指定ルート上のジオン艦隊はすべて退避、作戦タイム2105』

「ソーラ・レイを? 30分後に使うというのか?」

 

 急なことに戸惑うキシリア。

 

「ソーラ・レイ、あ、あれを」

 

 驚くシャアを他所にキシリアは、

 

「急ぎすぎるな。ギレンめ、何を企むのか」

 

 と考え込む。

 

 

 

「本隊との集結時間に遅れそうだ。ミライ、うしろのサラミスがついてこれるかな?」

「無理ね。先行しましょう」

 

 ミライと話し合うブライト。

 

「しかし、大丈夫か?」

「大丈夫よ、この空域にはもうジオンはいないわ。それにアムロに対抗できるニュータイプもいなくなったから」

 

 

 

「……大丈夫なのか、アムロ? おまえ…… あの変顔のモビルアーマーのパイロットと……」

 

 珍しく息子の心配をするテム・レイ博士。

 彼も人の親ということか。

 

「父さん…… 僕は初めて分かり合える女性に出会ったんだ」

 

 分かり合える、なので自分のことを理解してくれるけど、しかし相手のことは理解しきれないミヤビは別枠。

 馬鹿な男にとって女は永遠に謎、とも言うしそれが当たり前なのではあるが。

 

「そうか、おまえに好きな人が…… あの変顔のモビルアーマーのパイロットが…… その…… お前倒しちゃったんだな」

 

 正確に言えば、倒したのは味方の量産型ガンキャノンだったが、アムロの加えた一撃が、ララァに致命的な隙を与えたのは事実。

 アムロには父の言葉を否定できない。

 咳払いをしてテムは、

 

「げ、現状を説明すると敵の最終防衛ライン、ア・バオア・クーに近づいている。が、理論的に言って…… なんだ、アムロ。今は休んでて良いぞ…… 私とて人の子だ、気持ちが分からん訳ではない」

 

 そう伝えるがアムロは首を振る。

 

「いいんだ、父さん。大丈夫です。戦えますから…… 心配しないで」

「そ、そうか…… 判った」

 

 なんだか逆にコワイんだけど…… といった様子で顔を引きつらせるテムだった。

 

 

 

 その頃、レビル将軍指揮する地球連邦軍艦隊はア・バオア・クーに対する第三戦闘ライン上に集結しつつあった。

 ここに至り、レビル将軍は攻撃目標を示した。

 ア・バオア・クーを抜きジオンに進攻する、と。

 だがその彼に、

 

「グレート・デギンが和平交渉を、と」

 

 と報告が上がる。

 そして和平への態度を示すためか、随伴していたムサイを後方に置いたグレート・デギンがレビルの乗る旗艦、マゼラン級戦艦フェーベの元へとたどり着く。

 

 

 

 しかし、ちょうどその頃……

 

『ア・バオア・クーのギレンである。ソーラ・レイ最終目標を伝える。敵のレビル艦隊の主力は三つの隊に分かれている、と思われたがそのいずれもが欺瞞! 散開戦術をとった囮!!』

 

 ミヤビの前世にあったシミュレーションゲーム『ギレンの野望』シリーズでは、連邦軍側が諜報活動を十分行っていればソーラ・レイの事前察知は可能。

 そして知りさえすれば、撃たれても損失は10パーセントに抑えることができた。

 このマハル改造のソーラ・レイは連射できないため、散開戦術を取ればある程度の対策が打てるのだから。

 

 この世界ではミヤビの忠告によりゴップ大将が打った手でソーラ・レイの存在は確かめられ、レビルは同様に対策をしたのだが……

 

『レビルの本隊は、それらとは別に集結していることが判明した』

 

 ギレンには見透かされていた。

 とても…… とても単純な方法で。

 

『これを撃つことで敵主力の三分の一は仕留められるはずである。ソーラ・レイシステム、スタンバイ』

「了解であります」

 

 アサクラはギレンにそう答えると、

 

「ソーラ・レイシステム、スタンバイ」

 

 配下の技官たちに指示を下す。

 

「発電システム異常なし。マイクロウェーブ送電良好。出力8500ギルガワットパーアワー」

 

『ギルガ』って何? という話だがミヤビの前世の記憶上、Wikipediaなどでは無視され、8500ギガワットパーアワーとされている。

 宇宙世紀特有の言い回し、もしくはジオン訛りみたいなものなのかもしれない。

(そもそも電気系の技術者だともっと他に気になるところがあるのだが、そこは割愛)

 

「発射角調整、ダウン013、ライト0022」

「基本ターゲット、ロックオン」

 

 ロケットエンジンの噴射がコロニーの向きを微調整。

 周囲に無数に浮かべられた太陽光発電ユニットから電力が送られるが、

 

「825発電システムのムサイ、下がれ。影を落とすと出力が下がる」

 

 その上を航行するムサイに、指示が下る。

 そして対閃光防御用に揃ってサングラスをかけるアサクラたち。

 ミヤビが見たらお約束だなぁ、と思ったかもしれないが。

 

 

 

「だ、駄目だ、前へ進んじゃ駄目だ!」

 

 突如として叫ぶアムロに驚く周囲。

 

「光と人の渦がと、溶けていく。あ、あれは憎しみの光だ!」

 

 そして何より、

 

(ソーラ・レイ? 私、ゴップ大将に、おじさまに忠告していたわよね? 大丈夫よね?)

 

 と恐怖に震えるミヤビが居るのだった……

 

 

 

次回予告

 しょせんミヤビの忠告など、ギレンの策謀の前には意味を成さぬのか。

 史実と変わらぬ損害を被った地球連邦軍は最後の特攻に賭ける。

 その前に立ちふさがる、ゲルググに代わる最新鋭量産機。

 そしてシャアに与えられる、謎の機体とは……

 次回『宇宙要塞ア・バオア・クー』

 君は生き延びることができるか?




 サブタイトル回収。
 これまでも語ってきた内容ですが、サイコミュという比較対象があるとその価値が分かりやすいですよね。
 例えるなら、マクロスでは『アイドルのライブをバックに戦う』というシチュエーションに必然性、理屈を付けることで実現していましたが。
 このお話では少女のアバターと人格を持つサポートAI、サラとサラシリーズの存在に必然性、理屈を付けてしまおうってことだったりします。
 まぁ、そういう理屈を抜きにすると、絆MAXのサラツーはやっぱり強かった! って感じになりますが。

 そしてソーラ・レイはミヤビの警告により対策は取られたのですが……
 この辺の変化や影響に関してはやはりプレイヤーの選択次第で変化する『ギレンの野望』シリーズが参考になりますね。
 ……このお話ではそれとはまた別の展開になるんですけど。

 次はこのソーラ・レイの顛末。
 そしてア・バオア・クー戦の開始ですね。
 なお、シャアが乗る機体はジオングではなかったりします。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第42話 宇宙要塞ア・バオア・クー Aパート

 レビル将軍の乗り込むマゼラン級戦艦フェーベと、デギンの座乗艦、グレート・デギンが邂逅する。

 史実とは違い、随伴していたムサイを後方に置いて単艦で赴いたのは和平への態度を示すためか。

 

「デギン公のようで」

「うん」

 

 うなずき、グレート・デギンのブリッジに見える人影に瞳を凝らすレビルだったが、その目を見開き、

 

「こ、これは・・!」

 

 その言葉はフェーベ、そしてグレート・デギン。

 いや、地球連邦軍主力艦隊を丸ごと飲み込む光の渦にかき消されていった……

 

 

 

「なんだ? あの光は」

「レビル艦隊の主力部隊のいる所よ」

 

 驚愕に目を見張る、ブライトとミライ。

 そしてソーラ・レイの光は消え、アムロは、

 

「ぜ、全滅じゃないけど、ぜ、全滅じゃないけど……」

 

 と震えることになる。

 

 

 

「ソーラ・レイ、発射されました」

 

 そうキシリアに報告する兵だったが、

 

「な、聞いたろ?」

「あ、ああ。おい、レーザーセンサーの方はどうなんだ?」

「ああ、聞こえていたがな。そっちでも聞けたか?」

 

 と動揺している。

 

「どういうことなのか。第二戦闘配備中である、不明瞭な会話はやめよ」

 

 キシリアに注意を受け、報告する。

 

「グレート・デギンの識別信号がソーラ・レイの発射線上で確認されたのですが、どうも」

「グレート・デギンが?」

「はい。しかも敵艦隊の主力とまったくの同一地点であります」

 

 その知らせに、キシリアは表情を隠すかのようにマスクを上げて口元を隠し、

 

「グレート・デギンの出撃の報告はあったのか?」

 

 と確認。

 

「いえ」

「わかった」

 

 とりあえずはうなずき、

 

「敵の残存兵力の監視を。おそらく半分沈んだとは思えん」

 

 そう指示する。

 

(グレート・デギンが? 妙な……)

 

 

 

 ミヤビの前世の記憶の中にある史実では、あらかじめ設定されていた3つの照準のうちゲル・ドルバ照準で行われ、地球連邦軍の宇宙艦隊の30パーセントを消滅させ、和平交渉に向かったデギンもろともレビルを吹き飛ばしていたが。

 より効果的な照準を選択すれば侵攻してくる連邦艦隊の半数を撃破することも可能だったが、ギレンは自らの方針に反して地球連邦との和平工作を推し進めるデギンを疎んじ、その殺害を優先した、とも言われていた。

 

 だが、それは本当だろうか?

 逆に考えれば、今回のようにソーラ・レイの存在が連邦に知られ対策が取られたとしても、グレート・デギンが和平交渉に行くことを許しさえすれば、後は勝手にレビルの居る位置に誘導される。

 そこを撃てば良いということ。

 さすがに連邦も、デギンを捨て駒の囮に使うとは思わないだろう。

 史実を知るミヤビだって、そんな可能性がある、ということにすら気づいていないし、もっと言うなら書籍やファンの間で交わされた数多くの考察においてすら、まずそんな説など聞くことは無かった。

 そして、だからこそ主戦派、対ジオン強硬派の首魁レビルと、その配下の主力艦隊の虚を突き葬り去るには、これ以上確実な方法は無いということであった。

 

 

 

『第11分艦隊はオクラホマだけだ』

『ジュノワも被弾している』

 

 ソーラ・レイの攻撃を受けた味方艦隊に近づくにつれ、ホワイトベースにも被害状況が伝わって来る。

 

「こちらは7隻ね。ずいぶん傷付いてるのがあるわ」

 

 と舵を握るミライの声も硬い。

 

「フラウ・ボゥ」

「はい」

「レナウンはなんと言っている?」

 

 マゼラン級戦艦レナウンはワッケイン大佐、いやソロモン戦で第3艦隊を率いて戦い昇進したワッケイン少将の乗艦であり、彼は運よく生き延びていた。

 この場では彼が最上位で指揮権を継承している。

 

「ホワイトベースを基点に主力艦隊の集結をさせているから動くな、ということです」

「いや、それ以外のことはなにか?」

「なにも。向こうはだいぶ混乱しているようです」

 

 ブライトはキャプテンシートの送受話器を取って艦内に通達。

 

「ホワイトベース各員に告げる。第二戦闘配置のまま待機しろ」

 

 そして、ホワイトベースの戦術コンピュータにインストールされているサポートAIサラに確認。

 

「何か分かったか?」

『周囲の損害状況と、通信を拾った限りではレーザーによる超長距離攻撃かと』

「レーザー?」

 

 宇宙世紀でもジオン軍士官がレーザー銃を持っていたり『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』登場のペガサス級強襲揚陸艦『アルビオン』が対空砲にレーザー機銃を採用していたりと利用されているが、エネルギー効率等でメガ粒子砲に劣っているためあまり一般的とは言えない。

 

『ただ、あの威力です。投入された電力量はけた違いになりますし、連射は難しいと思われます』

「……それが救いか」

 

 

 

 ア・バオア・クーに集結した戦力を前に、ギレンの演説が始まる。

 

『我が忠勇なるジオン軍兵士達よ。

 今や地球連邦軍艦隊の半数が我がソーラ・レイによって宇宙に消えた。

 この輝きこそ我らジオンの正義の証である』

 

 宙域にはリック・ドム、ザクといった従来のモビルスーツに加え、ミヤビの知る史実のゲルググに代わって採用、量産された最新鋭モビルスーツの姿も在る。

 

『決定的打撃を受けた地球連邦軍にいかほどの戦力が残っていようと、それはすでに形骸である。

 あえて言おう、カスであると。

 それら軟弱の集団がこのア・バオア・クーを抜くことはできないと私は断言する。

 人類は、我ら選ばれた優良種たるジオン国国民に管理・運営されてはじめて永久に生き延びることができる。

 これ以上戦いつづけては人類そのものの危機である。

 地球連邦の無能なる者どもに思い知らせてやらねばならん、今こそ人類は明日の未来に向かって立たねばならぬ時である、と』

 

 ジーク・ジオンの叫びが木霊する……

 

 

 

「第二艦隊と第三艦隊がNポイントから進攻します。我々はレナウンを旗艦として残存艦艇をまとめてSポイントから進みます」

 

 マーカーが大モニターに概略図を出して説明する。

 NとかSとか言っているが、これはキノコのような形をしたア・バオア・クーを上から見て、その四方を指して言われる言葉。

 ラグランジュL2軌道を周回するア・バオア・クーと他戦略ポイントの位置は日々変動するが、この時は、Sフィールド方向に地球、Eフィールド方向に月の裏側にあるグラナダ。

 そしてNフィールド方向にジオン本国があった。

 

「いかにも戦力不足ね」

 

 とミライがため息をつくが、実際にはそうでもない。

 ジオン側がア・バオア・クーに戦力を集中させたため、連邦もグラナダ方面などの牽制に使っていた艦隊をこちらに利用できるようになっているためだ。

 レビルの主力艦隊、戦力の30パーセントを失ってもなお、戦力的には優勢である。

 ただ、対要塞戦ともなると単純な戦力比だけでは補えず、

 

「こちらもソーラ・システムを使えればな」

 

 と、ブライトが嘆くとおり、攻城兵器に相当するものが無いと辛い。

 しかし、それはすでにソーラ・レイの一撃で喪失していた。

 

「でも、大丈夫だと思います。ア・バオア・クーの狙い所は確かに十字砲火の一番来る所ですけど、一番もろい所だといえます。作戦は成功します」

 

 と言うのはアムロ。

 ア・バオア・クーには四方に要塞砲が集中配備され、この協調射撃、後に『ア・バオア・クーの十字砲火』と称された集中砲火はシャレにならない威力を発揮するのだ。

 なお、宇宙なんだから上下から攻めればいいんじゃない、という意見が出ないのはこの要塞砲の配置のせいだ。

 何しろ、上や下方向から突入するということは、この四方に配置された要塞砲、すべてが有効になるということ。

 自殺行為でしかないのだ。

 

「ニュータイプのカンか?」

 

 と問うブライトにアムロは、

 

「はい」

 

 と答える。

 

「時間合わせ、どうぞ。3、2、1、0、作戦スタートです」

 

 フラウのカウントで、作戦は開始。

 

「よし。総員、第一戦闘配置だ。10分後にFラインを突破するぞ」

 

 とブライトの指示が下りる。

 

『ハヤトさん、どんなことがあってもあきらめないでくださいね。こんなことで死んだら、つまりませんからね』

 

 そう懇願するのは、細いリボンを眼帯代わりに右目に巻いたモビルドールサラ。

 つまりハヤトを庇って損傷し予備機入りになったものを使用している、現在サラナイン専用機となっている一体だった。

 

「……ありがとう、サラナイン。あきらめないよ、絶対に」

 

 ハヤトは笑顔でそう答える。

 

『さすがハヤトさんです』

 

 祈るように胸元に手を当て、上目遣いにハヤトを見上げるサラナイン。

 

 ギリィ……

 

 それは歯ぎしりか、いや空気が歪む音か、通信手席から異様な気配が生じるものの、ハヤトとサラナインとの間に在る甘酸っぱい、甘すぎる空気が、病み切ったそれを寄せ付けない!!

 

 

 

 ヤバすぎる空気を放つブリッジから逃げ出し、エレベーターで降りるアムロたち。

 

「アムロ、さっきお前の言ったこと、本当かよ?」

 

 カイはそう問うが、アムロはあっさりとこう答える。

 

「うそです」

 

 隣に立っていたミヤビの肩の上でモビルドールサラが笑顔で突き出した両手の親指を立てるという謎のリアクションをしているのがうざい。

 

「なんだうそか」

「ニュータイプになって未来の事がわかれば苦労しません」

 

 セイラもそれに同調。

 

「アムロにああでも言ってもらわなければみんな逃げ出しているわ、恐くてね」

 

 それを聞いてカイも肩をすくめた。

 

「そりゃそうだな。逆立ちしたって人間は神様にはなれないからな」

 

 

 

 ア・バオア・クーではすでに第2、第3艦隊がNフィールドから侵攻しつつあった。

 

「敵はビーム攪乱幕を張りつつ」

「ミサイルで対抗しろ。モビルスーツ隊はまだ動かすな」

 

 と、ギレンは指示。

 ソロモン戦と同じく、連邦軍はパブリク突撃艇でのビーム攪乱膜形成に腐心していたが、ギレンは既にこれを読み、ガトル戦闘爆撃機で迎撃。

 多数を撃破していた。

 ごく一部の取りこぼしが限定的にビーム攪乱膜形成に成功していたが、そこはミサイルで十分に賄えた。

 

「空母ドロスは予定通りだ、もう少し待て。Sフィールドの艦艇の半分をNフィールドへまわせ」

 

 超大型の宇宙空母ドロスを主軸としたNフィールドの艦隊に、Sフィールドから抽出した戦力を当て増強。

 

「連邦め、主力隊がなくなったにしてはよくやる」

 

 しかし、これもギレンには予想どおりでしかない。

 

「Eフィールドよりグワジン以下艦艇が進入、キシリア少将の物と思われます」

 

 Eフィールド方向にはキシリアの本拠地、グラナダがあるので、これは妥当な判断。

 同時に、もし連邦軍がEフィールド方向から侵攻していたらキシリア率いる艦隊と挟撃されていた……

 だからEフィールド方向からの進軍は無いとジオン側は読んでいた。

 ギレンは、

 

「よし、Nフィールドへまわせ」

 

 と指示。

 

「しかし妙だな。キシリアめ、出撃させてきた艦の数が合わんが」

 

 この期に及んで戦力の出し惜しみか、という話だが、答えはYESである。

 いや、出撃させてきた艦の数が合わないのは、単純に途中の戦闘で失われたせいであるのだが。

 キシリアは戦後を見据えてジオン本国の政治家たちと結託しており、配下のエース部隊、キマイラ隊にも、ア・バオア・クーへの配備はさせたが、積極的な戦闘は禁じている。

 ギレンの疑念は正鵠を射たものであった。

 

 

 

 Nフィールドに向かうグワジンからランチで離れ、ア・バオア・クーに向かうキシリアとシャア。

 

「例の新型はすべて出動しているようで。私が使えるのは残っていないでしょう」

 

 シャアの乗機であったFZ型ザクは前回の戦闘で機体を半壊させていた。

 

「酷いなこれは」

 

 と言うシャアに、

 

「大佐が壊したんです」

 

 とジトっとした目を向けて答えたのはアルレット。

 

「この子に装備させたラケーテン・ガルデンに点火して高機動(ハイ・マニューバ)モードに移行したら機体のリミッターが全解除になるので、運動出力はマニュアルでとレクチャーして差し上げたはずですが?」

「そうだったか?」

「おかげであの黒いガンキャノン相手に対抗できたようですが……」

 

 すっかりお説教モードのアルレット。

 

「あんなに機体に負荷をかけて。機体を半壊させた後に戦域を離脱出来なかったらどうなさるおつもりだったんですか!」

 

 という具合で、この戦いを前にシャアは自分のモビルスーツを持っていなかった。

 そんな彼にキシリアは、

 

「パーフェクト・ブラレロを使ってみるか? 80パーセントしか完成していないようだが」

 

 と問う。

 

「パーフェクト…… ブラレロ?」

 

 思わず仮面の下の顔を引きつらせるシャア。

 

「サイコミュの小型化ができず機体が突撃艇じみた大きさになり量産できなかったのがブラウ・ブロだ」

 

 キシリアが語るのはミヤビの知る史実と同様の内容。

 

「その後継機のブラレロはサイコミュの小型化に成功し少数が生産され、ここア・バオア・クーにも送られた。ニュータイプのトレーナー機として使われていたそれを実戦部隊に回すため強化された機体がある。お前なら使いこなせよう」

「は、はぁ、有線オールレンジ攻撃はニュータイプの素養が低くとも、あるいは非ニュータイプでも砲手として操作に専念すれば使えるとも聞きますが……」

「うむ。あれは出動していまい、やって見せい。私はギレンの所に行く」

「……はい」

 

 シャアは難しい顔をして考え込む。

 

「80パーセントか」

 

 パーフェクトなのに? という話であった。

 

 

 

「待て」

 

 シャアと別れ、兵の案内でア・バオア・クー内の通路を歩いていたキシリアは足を止める。

 

「どこへ向かっている?」

 

 司令室に行くにしては、おかしな経路。

 案内の兵は、それに答えず、

 

「……さるお方がお待ちです」

 

 そう言って、周囲に人目が無いことを確認すると扉を開きキシリアを招く。

 そして、

 

「なっ……」

 

 その内部に居た思いもよらぬ人物に眼を見開くキシリア。




「つまり、グレート・デギンは囮、レビルとその主力艦隊の位置を特定し葬り去るための贄だったんだよ!!」
「な、なんだってー!?」

 というわけでミヤビの忠告によりソーラ・レイの存在を知った地球連邦軍は対策を打つものの、ギレンの策により史実どおり終了のお知らせ。
 なお、レビルの最後の言葉は『北斗の拳』ネタ(アニメの方ですね、マンガとはセリフが違うので)なので、分かる人には分かるとは思いますし、分からなくともエピローグでネタばらしする予定ですので大丈夫です。

 シャアの乗る機体はパーフェクト・ブラレロ。
 次回はこの機体の活躍がメインになる予定です。
 これ、イロモノのくせに戦い方次第でジオングより強かったり……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第42話 宇宙要塞ア・バオア・クー Bパート

 ア・バオア・クーNフィールドに殺到する連邦軍第2、第3艦隊。

 モビルスーツ部隊を次々と発進させるも、それはこちらの攻撃に耐えかねて、という状況。

 それゆえ劣勢であり……

 

『マゼランタイプ撃沈。敵のモビルスーツ部隊が発進したようです』

「うむ」

 

 ギレンの元にも戦果の報告が入る。

 

「さてドロス、うまくやれよ」

 

 身を乗り出すように構え、Nフィールドの防御の中核となる空母ドロスに期待を寄せる。

 そこへ、

 

「キシリア様が戻られました」

 

 それを告げた警備の兵は、彼女のまとう、場違いに強い香水の匂いにわずかに表情を崩したが……

 キシリアは口元を覆うマスクで表情を隠したまま、平然と無視して歩を進める。

 

「遅かったな」

 

 ギレンは振り向いて、声をかける。

 

「申し訳ありません」

 

 ギレンは正面に視線を戻しつつ、

 

「ふん、エルメス、そしてブラレロが沈んだそうだな?」

 

 と言う。

 

「はい」

 

 正確にはブラレロは中破といったところだったが、キシリアはあえて抗弁せずにうなずく。

 

「木馬のガンキャノン一機にてこずるものだな」

 

 とギレン。

 別に彼はキシリアを非難しているわけでは無い。

 ただ自分の中の正論を言っているだけ。

 いや、そんなモビルスーツ1機にこだわらず大局を見ろとアドバイスしているつもりなのだが、正論故に反発できないことこそが、キシリアに屈辱を与える。

 

 この兄妹の関係は昔からずっと、万事この調子。

 そもそも普通の兄妹でも、これだけの年齢差があれば、物心ついた時には対抗できないくらいの圧倒的な差が付いており、抗うのは困難。

 増してや相手はギレンである。

 ゆえに、キシリアはギレンを憎悪するのだ。

 

「パーフェクト・ブラレロを使います」

 

 そう言うキシリアに振り向き、

 

「未完成品をか?」

 

 と問うギレン。

 キシリアは、

 

「少しでもニュータイプと思える者をぶつける以外、木馬の黒いガンキャノンは倒せません」

 

 と答え、ギレンは、

 

「また、シャアか」

 

 その考えを読む。

 

「ドロス、突出します」

 

 という兵からの報告に、視線を正面に戻しつつ、

 

「こだわり過ぎるな」

 

 ため息をつくかのようにつぶやく。

 キシリアは、

 

「グレート・デギン、どこに配備されたのです? ズム・シティですか?」

 

 と、敢えて問う。

 ギレンはこともなげに、

 

「沈んだよ。先行しすぎてな」

 

 と返答。

 

「ほう。デギン公王から調達なさったので?」

 

 ギレンは、

 

「歯がゆいな。キシリア、父がグレート・デギンを手放すと思うのか?」

 

 と逆に問い、

 

「思いません」

 

 そう答えるキシリアに、

 

「では、そういうことだ」

 

 と言って話を終わらせる。

 

 

 

 突入する量産型ガンキャノンとドラケンE改の編隊。

 それを迎撃するのは空母ドロスから発進したジオンのモビルスーツ部隊。

 正面から交錯し、運の悪い一機が撃墜される。

 そこから反転、巴戦に入るが、やはりモビルスーツ戦の技量に関してはジオン側に一日の長がある。

 互いに損失を出しつつも……

 量産型ガンキャノンの重装甲もリック・ドムのビーム・バズーカの前には役に立たず。

 旧式のザクですらマシンガンの銃床で、量産型ガンキャノンのバイザー型ゴーグルアイを叩き割って見せる。

 ドラケンE改も、ザクの蹴りで文字通り蹴散らされ、量産型ガンキャノンに衝突し動きが止まったところを射撃により止めを刺される。

 そしてそこに数は少ないながらも量産配備が間に合った新型が斬り込み、縦横無尽に暴れまくる!

 

 ジオンの機動兵器部隊はそのまま突入してくる地球連邦軍艦隊に襲い掛かり、戦果を上げる。

 リック・ドムのビーム・バズーカは対艦戦に有効で、マゼラン級戦艦の船体すら容易く貫通。

 数合わせのはずのガトル戦闘爆撃機の対艦ミサイルすら、サラミス改級に有効打を与えて行く。

 無論、連邦軍が護衛に残したモビルスーツ隊に撃墜される機体もあるが、それでもジオン側が優勢である。

 

 

 

「フフフフフッ、圧倒的じゃないか、我が軍は」

 

 順調な戦況に笑うギレン。

 

 

 

「80パーセント? 冗談じゃありません。現状でセブンサイズ、いえパーフェクト・ブラレロの性能は100パーセント出せます」

 

 モビルスーツデッキ、高所からそのピンクの機体を見下ろし、シャアは技官の説明を聞く。

 

「足は付いていない」

 

 以前の戦闘でガンキャノンに蹴り飛ばされたのが悔しかったらしいシャアはそう言うが、技官の方はというと、

 

「あんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ」

 

 とぼやくように言う。

 

「確かに推力を確保しつつAMBAC作動肢を持たせるとなると、人型よりカエル型の方が理想的って意見はありますけど」

「カエル……」

 

 シャアは、

 

(上から見るとブラレロは脚を広げたカエルそのものの格好をしているのだな。

 フランス料理で食べるカエルは後ろ脚だけを使うが、タイ料理などでは姿焼きがあって、あんな風に……)

 

 などと現実逃避をしながら聞く。

 

「使い方はさっきの説明でわかるが、サイコミュな、私に使えるか?」

「大佐のニュータイプの能力は未知数です、保証できる訳ありません」

「はっきり言う。気にいらんな」

「どうも」

 

 そしてシャアはタラップを蹴ってパーフェクト・ブラレロ、開発コード名セブンサイズへと向かう。

 その背に投げかけられる、

 

「気休めかもしれませんが、大佐ならうまくやれますよ」

 

 という言葉にシャアは手を振り、

 

「ありがとう。信じよう」

 

 と答え、コクピットに潜り込むのだった。

 

 

 

「フフフフッ。ここを攻めるにしてはやはり数が少なすぎたようだな」

 

 順調な戦況を前にほくそ笑むギレン。

 

「ドロスめ、よく支えてくれる。Nフィールドの全艦隊を前進させよ」

 

 と反撃の指示を出した、その瞬間、

 

「新しい艦隊だと? 連邦軍のか?」

 

 キシリアの上げた声に振り向く。

 

「それは確かなのか?」

「Nフィールド線上です。計測します」

 

 キシリアは兵に確認させつつ、

 

「連邦もよくやります」

 

 とギレンに視線を返す。

 

「そうかい? 所詮は生き残り部隊の最後の悪あがきだろう?」

 

 余裕を崩さないギレンに、キシリアは、

 

「……でしょうね」

 

 と答え、

 

「シャア大佐のブラレロはどうなっているか?」

 

 自分の手駒を確かめる。

 

『何か?』

 

 通信モニターに現れるシャア。

 

「パーフェクト・ブラレロはどうか?」

 

 という問いに、

 

『行けます』

 

 と回答。

 その答えにキシリアはコンソールに目を落とす。

 Nフィールドの線上に発見された敵の新戦力は大きく迂回する進路を取り、逆方向、Sフィールドから侵攻するルートを取りつつある。

 ゆえに、

 

「ならばSフィールド上に新たな敵艦隊が発見された。第34モビルスーツ隊と共にこれを」

 

 そこにシャアを当てる。

 

『は、Sフィールドに侵入する敵を撃滅します』

 

 キシリアの指示を復唱し、シャアは通信モニターから消える。

 キシリアは椅子の背もたれに身体を預けると、

 

「連邦の戦力もこれまでだな」

 

 そうつぶやく。

 その彼女にギレンは、

 

「Sフィールドとて、このくらいの戦力なら支えられるな?」

 

 そちらは任せても良いな、と確認。

 

「はい」

 

 キシリアはそう答えながらも、そっと腰のレーザーライフルに指を触れるのだった。

 

 

 

「さて問題は、私に明確なニュータイプの素養があるかどうかだが」

 

 まぁ、その辺は早期に強力なニュータイプ、イセリナ・エッシェンバッハと遭遇し、プレッシャーをかけられまくったことで確実に覚醒してはいるのだが。

 味方のモビルスーツ部隊と共に発進したシャアは、ア・バオア・クーからの対空砲火と衛星ミサイルによる質量攻撃にさらされる地球連邦軍第1艦隊残存部隊…… つまりホワイトベースを含む艦隊に対し、横から回り込み、

 

「沈めい」

 

 機体後部に設置されている有線式サイコミュを上下に展開。

 機体固定メガ粒子砲として放ち、マゼラン級戦艦を貫く。

 オールレンジ攻撃を使わなくとも、普通に火力はあるのだ。

 さらに、

 

「これでどうだ!」

 

 右腕の有線ヒートナタを射出、マゼランの船体バイタルパート、重要防御区画装甲に突き立てる。

 

 

 

「バカめ、それで繋がれるのは貴様も同じだ!」

 

 シャアのブラレロを迎撃すべく殺到する量産型ガンキャノン。

 有線攻撃端末を戦艦に打ち込んだら、敵の動きも制限されるはず。

 そう考えて僚機と連携し網を張る。

 しかし、

 

「なに!」

 

 ブラレロはそのままマゼランの船体の下を潜り抜けながらワイヤーを巻き取り。

 西暦の時代でも軍隊格闘術においてカランビットナイフが取り入れられていたりしたように、鎌刃は引っ掛けただけで大きく傷を広げるものである。

 その船体に突き立てられたブラレロのヒートナタがワイヤーの巻き取りに、ブラレロの移動速度に引かれることで、装甲を大きく切り裂いてゆく。

 

 無論、それは攻撃だけを目的にしたものではない。

 宇宙空間では空気という相対物が無いため、スラスターの出力分しか進行方向の変更はできない。

 だが、シャアのパーフェクト・ブラレロは、マゼランの船体という大質量の相対物にワイヤー付きの刃を撃ち込み、それを支点にブランコのように急転換。

 

「そんな機動が!?」

 

 ミヤビの前世の記憶の中にある『コードギアス』のKMF、ナイトメアフレームが装備し、ワイヤーアクションによる三次元機動を披露したアンカー付きワイヤー、スラッシュハーケン。

 シャアはそれと同じ使い方を、パーフェクト・ブラレロの有線ヒートナタでやって見せたのだが。

 実は宇宙空間での機動制御に使った方が慣性を無視したかのような変則的機動を取れるということで、有効なのかもしれなかった。

 

 その予想外の機動に対応できない量産型ガンキャノン部隊に向け、機体正面、口のような発射口から拡散メガ粒子砲を放つ!

 

「うわぁぁっ!」

 

 元となったブラレロより出力が上げられ、そう、ミヤビが知る史実におけるサザビーの腹部拡散メガ粒子砲のように放たれ、薙ぎ払われる。

 この一撃で、量産型ガンキャノン部隊は壊滅。

 

『Shoot it in the mouth.(口に撃ち込んでください)』

 

 周囲のドラケンE改の部隊はインストールされているサポートAIサラからシューティングゲーム『グラディウス』シリーズよりサンプリングされた合成音声でフォローされ、拡散メガ粒子砲の発射口を狙うが、

 

「シャッター!?」

 

 ブラレロは後期型ザクレロと同じく弱点である拡散メガ粒子砲の発射口にシャッターが付いており、多少の被弾はそれで弾いて見せる。

 まぁ、グラディウスシリーズなら、

 

『Destroy the core.(コアを撃破せよ)』

 

 と指示があった場合でも大抵コアには防御するシャッターが付いており、それを破壊したうえで弱点であるコアを撃破することになるのだが……

 シャアはそれ以上の反撃を許さず、射撃の切れ間を見切って拡散メガ粒子砲を発射。

 続く射撃をそれで打ち消すと同時に周囲に集まって来ていたドラケンE改を蹴散らす。

 そしてマゼランの船体に巨大な爪痕を残した後に抜け落ちたヒートナタを、ワイヤーを巻き取ることで回収するブラレロ。

 その背後で、マゼランが爆発四散する。

 

 

 

 突如として轟沈するマゼラン。

 さらには衛星ミサイルに押しつぶされるサラミス改級。

 

「うわーっ!」

 

 それらの破片が周囲を巻き込み、装甲シャッターを下ろしたホワイトベースブリッジにも衝撃が伝わる。

 

「仰角2度、退避だ」

 

 巻き込まれてはたまらないとブライトは指示。

 

「はい!」

 

 ミライは即座にそれに応える。

 

 

 

「よし。しかし、奴はどこにいるのだ?」

 

 シャアはブラレロの、ザクレロと同じ複眼タイプのカメラセンサーで広域を確認。

 

「ん? あれか。モビルスーツ隊」

 

 シャアたちと同じく、要塞と艦隊間の砲撃線上から外れて行動しているモビルスーツ部隊の中に、黒いガンキャノンの姿を見出す。

 

「……奴め」

 

 

 

 アムロも接近する敵モビルスーツ部隊の中にひときわ素早い機動を示すモビルアーマーを発見。

 

「大物だ。シャアか?」

 

 と、注意を向けたところで、

 

「うしろから? なんだ? チッ」

 

 パーフェクト・ブラレロが展開していた有線ビーム端末からの攻撃を察知し回避。

 史実では継戦能力優先でハイパーバズーカ二丁持ちのガンダムで出撃していた彼だったが、ビームライフルに加え実弾のキャノン砲とスプレーミサイルランチャーを装備しているガンキャノンならそこまでする必要は無い。

 むしろ重量増による機動力、回避力の低下を嫌い、重武装を避けたのが功を奏していた。

 まぁ、代わりに、この最終局面でようやく少数配備が可能となった曲面シールドを装備していたので、被弾してもある程度までは耐えることができたが。

 これはミヤビの知る史実でもジム・コマンド系の機体が装備していたチタン・セラミック複合材の盾で、装甲表面には熱容量を増やすための耐ビームコーティング処理が施されている。

 無論、ビームなんてヘーキヘーキ、などというものではないが、回避が間に合わずそのままでは手足が持って行かれる、などといった状況下では本体の代わりに犠牲となって守ってくれるはずであった。

 

「シャア以上のニュータイプみたいだ、しかし」

 

 反撃を自重するアムロ。

 

「しかし、今はア・バオア・クーに取りつくのが先だ」

 

 周囲には味方の量産型ガンキャノンやドラケンE改の部隊が展開しているのだ。

 戦場の混乱を利用して戦闘を回避。

 

「本当の敵はあの中に居る、シャアじゃない」

 

 ア・バオア・クーへの突入を優先する。

 

 

 

「な、何アレ……」

 

 パーフェクト・ブラレロの姿を確認し、呆れかえるミヤビ。

 両腕のヒートナタ、カマ状の刃が史実のア・バオア・クー配備機と同様、有線コントロール対応になっているのはまぁ、分かる。

 しかし背中に、まるでニューガンダムのフィンファンネルのように連なって懸架されているものは何なのだろうか?

 

「放熱板?」

 

 と『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』でギュネイ・ガスがフィンファンネルをそう誤解したのと同じ推測を立てるが、

 

『いえ、両腕のカマと同じものみたいです』

 

 サラの分析に、

 

「はぁ?」

 

 と思わず漏らしてしまうミヤビ。

 パーフェクト・ブラレロ。

 開発コード名、セブンサイズはその名のとおり、両腕の二本のカマに加え、5本のサイズ、つまりは大鎌を背中に懸架しているのだ。

 

「何のために?」

 

 という話だが、ミヤビには一つだけ思い当たる節があった。

 

(となると、アムロを追わないと)

 

 そういうわけで、ミヤビはアムロのガンキャノンに続くようにア・バオア・クーへと向かうのだった。




 ジオングに代わるシャアの乗機、パーフェクト・ブラレロの登場でした。
 ワイヤーアクションって実は宇宙空間の方が有用なのでは、と試してみたのですが、強いですね……
 そしてミヤビが気づいた背負いものについてはまた、使用時に紹介させていただく予定です。
 仕組み的には某モビルスーツと同じ。
 ただし目的は別という感じで、予想ができる方もいらっしゃるでしょうけど。

 次回はようやくゲルググに代わり量産された新型機の登場。
 あと、それに乗っている、ミヤビと因縁があるエースパイロットとの再遭遇となります。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第42話 宇宙要塞ア・バオア・クー Cパート

「フフ、Nフィールドはドロスの隊で支えきれそうだ」

 

 満足そうに笑うギレンの背後から、

 

「結構なことで」

「ん?」

 

 キシリアがそこには立っていた。

 

「グレート・デギンには父が乗っていた、その上で連邦軍と共に。なぜです?」

 

 そう問うキシリアの身体から強く香る、香水の匂い。

 まるで、なにか別の匂い、レーザーを撃った後のオゾンの匂いや、レーザーに焼かれた血の匂いを誤魔化すために付けられたかのような……

 しかしギレンはそれに気づいた様子もなく笑うと、

 

「やむを得んだろう。タイミングずれの和平工作がなんになるか?」

 

 そう言い捨てる。

 

「死なすことはありませんでしたな、総帥」

 

 腰のレーザー銃をギレンに向けるキシリア。

 

「ふん、冗談はよせ」

 

 と、それを無視して前を向くギレンだったが、

 

「意外と兄上も甘いようで」

「うっ」

 

 その頭を後ろから銃撃が襲い、穴の開いた額からレーザー光が突き抜ける!

 

「あああっ!?」

「ギレン総帥じゃないのか?」

 

 無重力ゆえに宙に漂うギレンの身体。

 兵からは動揺の声が上がり、それにより司令部の指揮系統がマヒした、その瞬間を連邦に突かれNフィールドを支えていたドロスが沈む。

 

「死体を片付けい!」

 

 機先を制して叫ぶキシリア。

 

「父殺しの罪はたとえ総帥であっても免れることはできない。異議のある者はこの戦い終了後、法廷に申したてい」

 

 誰も動けぬ中、一人の将官が声を上げる。

 

「ギレン総帥は名誉の戦死をされた。ドロス艦隊が破られたぞ」

 

 ギレンの補佐を務めていたトワニング准将だ。

 今ここで是非を問う余裕などないという判断。

 そうして要員がぎこちなくも動き出す中、

 

「キシリア閣下、御采配を」

 

 とキシリアに指揮をうながす。

 

「うむ。トワニング、助かる」

 

 キシリアは礼を言うと、

 

「ア・バオア・クーの指揮は私がとる。Nフィールドへモビルスーツ隊を。Sフィールドはどうなっておるか?」

 

 と確認。

 

「25隻中10隻撃沈しましたが、残りはSフィールドに取りつきつつあります」

 

 キシリアは先ほどまでギレンが座っていた総指揮官席に座り……

 血糊などは付いておらずきれいなもの。

 レーザーは傷口を焼き止めるので、出血が少ないのだ。

 

「シャアのブラレロを前面に押し立てさせい」

 

 と指示。

 しかし司令室に衝撃が走り、壁にもひびが入る。

 兵の動揺を抑えるかのように、殊更に声を張り上げるキシリア。

 

「Sフィールドにモビルスーツ隊を集中させい!」

 

 さっきアンタ、反対方向のNフィールドへモビルスーツ隊をって言ったばっかじゃん、という話だったが、

 

 いや、このタイミングでギレンを殺したら負けるしかないってことくらいわかるだろ?

 

 というところで兄殺しをする人物である。

 

(こいつ、戦術をまったく分かってねぇ!)

 

 この場に居る人間の意識が一つになった瞬間だった……

 

 まぁ、余りに考えなしな行動なので、ミヤビの前世の記憶では、

 

「つまり、キシリアは負けること前提で事前に政治家たちとも話を詰めていたんだよ。でないと翌日、即終戦協定締結ってありえないよね」

「な、なんだってー!?」

 

 などという説も流れていたが、それで脱出失敗して(シャアが手を下さなくても詰んでたよねアレ)死んでいれば世話はない、という話だし、今ここに居るキシリアに戦術眼など無いという意味ではどちらにせよ変わらなかったりする。

 

 

 

 ――ミヤビという存在が生んだバタフライ効果により状況は変わっているにも関わらず、ギレンは史実と同様に退場する。

 これが何を意味するのか?

 

 When you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth.

「全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙な事であっても、それが真実となる」

 

 シャーロック・ホームズが自らの推理法を語った、推理小説、ミステリーの定番である有名なロジックがあるが。

『歴史の修正力』などといったオカルト、もしくはSFじみた可能性を除外して考えれば、そこに答えがあるのかも知れない。

 

 

 

「いけーっ!」

 

 カイはヤシマ重工製の100ミリマシンガン、YHI YF-MG100で弾幕を張り、敵を牽制する。

 この最終局面、彼とセイラが乗るガンキャノンL、ロングレンジタイプは乱戦への対応と継戦能力拡大のため武装を変更していた。

 アムロのガンキャノンと同じく曲面シールドも装備しているが、その裏には100ミリマシンガンの予備マガジンが懸架されている。

 

『セイラさん!』

「ええ」

 

 サラスリーの示す敵機のマーカー。

 カイの牽制射撃により機動が制限されたそこにセイラは、両肩の120ミリ低反動キャノン砲を叩き込む。

 しかし敵は回避、回避。

 三度目の斉射でようやく仕留める。

 

「さすが新型」

 

 確実に手ごわくなっている敵に、ため息をつく。

 

 

 

 一方、そのジオンの新型量産機を目にしたミヤビはというと、相変わらずピクリとも動かない無表情の仮面の下、内心では、

 

(は? ギャン? ゲルググじゃなくて?)

 

 と驚愕していた。

 それも、

 

(ギャンだけど、ギャンじゃない!)

 

 ということ。

 目の前の戦場で多数暴れまくっている新型は、マ・クベが乗っていたギャンとは同じようでいて違う。

 良いツノ、頭頂部のポール型アンテナに代わり、トサカ状のセンサーが追加。

 肩やひざのスパイクはまぁ、いいとして、背中のランドセルはミヤビの前世の記憶の中にある高機動型ゲルググが背負っていたものに換装。

 ジオニックの技術で空間機動性能が向上させられている。

 

(ギャン・エーオースだこれ!!)

 

 メカニックデザイン企画『MSV-R』にて大河原邦男先生にデザインされ、マンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』や『機動戦士ガンダム MSV-R 宇宙世紀英雄伝説 虹霓のシン・マツナガ』、そしてネット対戦ゲーム『機動戦士ガンダム オンライン』や『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』等にも登場していた機体である。

 

 史実では3機試作されたギャンのうちの2機を突撃機動軍が受領し、ツィマット社とジオニック社の協力を受けて改修したとされるもの。

 突撃機動軍の旗艦直衛部隊に配備され、量産化も検討されたが実現されなかったとされていた。

 何故その機体が、ゲルググの代わりにア・バオア・クーへ多数配備されているのかというと……

 

 YMS-15、ギャンはゲルググと次期主力量産機の座を争った競作機だった。

 しかしそもそも次期主力量産機はジオニック社のゲルググと事前に決まっており、ギャンはコンペを成り立たせるためのいわば当て馬だった(だからここまで趣味に走った機体だった)というのが定説である。

 

 だが、ミヤビが生んだドラケンE改のせいで強化された流体パルスアクセラレーターが高性能に過ぎた。

 おかげでギャンは極まった運動性を発揮し、格闘戦ではゲルググを圧倒。

 その他にもツィマット社がネメシスの、ランバ・ラル隊が運用するMS-06Cにせガンダムとアナハイムエレクトロニクス社からの技術的フィードバックを受けビーム・バズーカを完成させていたことによりビーム射撃兵器も一応使用できたこともあり。

 このままゲルググを採用します、とはとても言えない状況に陥ってしまったのだ。

 

 幸い例のガンキャノンショックで開発機種を絞り、リソースを集中させたことで余裕があったことから軍はゲルググにギャンの性能を取り入れた機体を生産することを決定。

 しかし、それってガルバルディだよね、という話であり、こうしてゲルググの量産化は立ち消え。

 シャアにゲルググが渡ることが無くなったのもこのためであった……

 

 しかし、である。

 いかに開発リソースが史実より集中できているとはいえ、ガルバルディがそう簡単に完成、量産配備出来たら苦労はしない。

 ならどうするか?

 

 ゲルググにギャンの性能を取り入れるのが大変なら、ギャンにゲルググの空間戦闘能力や汎用性といった能力を後付け、外付けして加えた方が簡単じゃね?

 ということで小改修の後、ガルバルディ配備までのつなぎとして生産されたのがこの世界のギャン・エーオースなのであった。

 そして、それが各エースに専用機として配備されたのみならず、史実ではゲルググへの機種転換が間に合わず従来の旧式機で出撃していたベテラン、古参兵たちにまで行きわたっていた。

 これはガンキャノンショックで開発機種を絞り、リソースを集中させていたことで若干史実のゲルググよりも一般兵への配備が早まっていたのと、ギャンの操縦性が、

 

「マ・クベ大佐でも木馬の黒いガンキャノンに対抗できる」

 

 ほど素直で良好、簡単だったためでもある。

 

 西暦の時代『サルでもできる○○』などといった入門書タイトルが一時流行っていたが……

 ミヤビ自身、就職先の某重工において上級技術者研修、というか研究? プロジェクト? で社内向け技術マニュアルを作成し、完成した後に、

 

「タイトルは『みるみる分かる○○』とか?」

「『初心者でもできる○○』とか『誰でもできる○○』とかいうのは?」

「そこは『サルでも分かる○○』じゃ?」

「いや、それなら『××係長でも理解できる○○』だろ!」

「ひでぇ! そこで具体的な個人名出すなよ!!」

 

 と、タイトル決定の検討が一番楽しく盛り上がったが、ギャンの操作性も(ついでにマ・クベのパイロットとしての評価も)そんな感じで。

 一般兵たちの機種転換もスムーズに終わっており、史実で、

 

「新鋭機のゲルググが活躍できなかったのは機種転換が終わらず、学徒動員のパイロットを乗せたため」

 

 と言われていた状況とは違ってきているのだった。

 そして、その機体が振り回しているのは、

 

『槍?』

「いいえ、銃剣型の格闘武器、ね」

 

 画面片隅、アイコンのように最小化されたサラが首を傾げながらそう言うのに答える。

 一見、先端部にビーム刃を備えた槍のようにも見える武器、ビーム・ベイオネットだが、ライフル風に曲がったグリップ部を持つ銃剣型とされる格闘兵器である。

 

『なんでまた……』

 

 不思議そうにするサラだったが、

 

「それは兵士が必ず習う武器を用いた近接格闘術だからじゃない?」

 

 当たり前だが、武器を利用した近接格闘術など現代では一般的ではない。

 剣道やフェンシングなどもあるが、そうメジャーとされる存在ではないし。

 それに対し銃剣格闘は新兵訓練でも定番の教練。

 兵士なら誰でも学んでいるこの格闘武器の形状を模することで、慣れない長尺の格闘武器を無理なく使わせようということなのだろう。

 

 なおミヤビは気づいていないが、それとは別に、この世界ではドラケンE改が通常サイズのモビルスーツに対抗できる兵器として登場したせいでもある。

 全高が1/3以下のミドルモビルスーツに当てるには斧や剣では不向き。

 対人ではなく自身の身長より低い獣相手、狩猟等にも用いられる槍状の武器の方が当てやすいということで、槍のように扱えるビーム・ベイオネットが採用されたという経緯もあった。

 

 そして、

 

『危険です!』

「っ!?」

 

 突然のサラからの警告。

 同時に5連式多目的カメラモジュールが捉えた、もの凄いスピードで迫るブルーとグリーンの専用カラーで彩られたギャン・エーオースに、ミヤビは驚愕する。

 

(ガトーさん!? アナベル・ガトー、ナンデ!?)

 

 ビグロとのコンビネーションを取りつつ左腕に構えた、ギャンとは違った単機能のラウンドシールドを槌のように振るい、そのシールドバッシュを受けて動きを止めた量産型ガンキャノンを切り捨てながら突進してくるアナベル・ガトー専用ギャン・エーオース!

 

 ミヤビはすっかり忘れていたが、Nフィールドに空母ドロスが頑張っていたのに対して、ホワイトベースが突入したSフィールドには同型艦のドロワが頑張っている。

 そう、ソロモンから脱出し、そしてア・バオア・クーで戦うことになったアナベル・ガトーの所属艦である。

 要するにこのSフィールドで戦っている以上、アナベル・ガトーのMS-09RSリック・ドムに代わる新型モビルスーツとケリィ・レズナーのビグロに遭遇する可能性は十分すぎるほどあり、実際に出会ってしまったというわけである。

 

「くっ!」

 

 ミヤビは左のトリガーボタンに割り当てていた機体左上面の短距離ミサイルを牽制のため撃ちっ放しの赤外線画像追尾モードで発射すると同時に、

 

「バルカンパージ、緊急回避っ!」

『はいっ!』

 

 音声指示でサラに残弾が少なくなっていた60ミリバルカンポッドをパージさせる。

 バルカンポッドはそれまでのドラケンE改の軌道を慣性飛行で辿る囮、デコイでもあり。

 ドラケンE改本体は機体の質量変化を利用し機体を横滑りさせながら、突っ込んでくるガトーの軌道線上より緊急回避する。

 無論、機体背面に装備された可動ノズルによる推力偏向制御ロケットエンジン、そして手足をぶん回してのAMBAC(active mass balance auto control。能動的質量移動による自動姿勢制御)、さらには両足かかとに付けられたローラーダッシュ用のインホイール・モーターとランフラット・タイヤをリアクションホイールとして併用し、

 

「コールドスラスター!」

『はい!』

 

 さらにはドラケンE改の左肩の放熱器に動力源である燃料電池から生じる熱を集中させると同時に、タンクに貯められていた燃料電池から排出される水を噴霧。

 排熱を利用し水を推進剤とする燃焼を伴わないコールドスラスターとして機能させることで全力回避!

 しかし、

 

 

 

「この動き、ソロモンで仕留めそこなったドラケンかっ!」

 

 叫ぶガトー。

 メーカー技術者ゆえの、ドラケンE改の性能すべてを引き出して回避運動を取って見せるミヤビのマニューバが、逆に彼の注意を引きつけていた。

 

「ならば!」

 

 

 

(ビーム・ガン! 私のようなザコに使うかな!?)

 

 ガトーのギャン・エーオースが振るうビーム・ベイオネットの切っ先がクン、と上がりミヤビのドラケンE改に向けられる。

 通常のライフルと銃剣の関係とは逆に、ビーム・ベイオネットは銃剣状の格闘武器の下部に小型のビーム・ガンがアンダーバレル、アドオン式のグレネードランチャーやショットガンのように組み込まれているのだ。

 ゲルググのビームライフルに比べて威力は低く射程も短いものだが、それでも量産型ガンキャノンには十分通じる…… ドラケンE改なら食らったら爆発四散間違いなしのもの。

 

(間に合うか!?)

 

 焦るミヤビの耳にシューティングゲーム『グラディウス』シリーズからサンプリングしたパワーアップ音が届く。

 パージされた60ミリバルカンポッドに代わり、左腕、肘から先が二つに割れて大きな荷物をつかめる機能を兼ね備えた二重下腕肢を使って、わきの下のアームシャフトアンダーガードに吊っていた予備の甲壱型腕ビームサーベルを装着。

 デバイスドライバが認識してそれがアクティブになったのだ。

 

【挿絵表示】

 

『ミヤビさん!』

 

 サラの悲鳴。

 

「Use the force.(フォースを信じるのよ!)」

 

 ミヤビは音声コマンドと共に、甲壱型腕ビームサーベルを起動!

 そして……




 ミヤビという存在が生んだバタフライ効果により状況は変わっているにも関わらず、ギレンは史実と同様に退場する。
 これが何を意味するのか、ということを考えるとこのお話の裏の部分が推測できるかも知れません。
(なお、ファーストガンダム好きにはオカルトネタが嫌いな人が多いため言っておきますが、歴史の修正力とかそういう不思議パワーではありません)

 一方で、ゲルググに代わる量産機ギャン・エーオースが登場しました。
 ギャンのバリエーションと言うとシミュレーションゲーム『ギレンの野望』シリーズ登場の量産型や高機動型、ギャン・クリーガーなどを思い浮かべる方が多いでしょうけど。

> メカニックデザイン企画『MSV-R』にて大河原邦男先生にデザインされ、マンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』や『機動戦士ガンダム MSV-R 宇宙世紀英雄伝説 虹霓のシン・マツナガ』、そしてネット対戦ゲーム『機動戦士ガンダム オンライン』や『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』等にも登場していた機体である。

 という具合に、最近だとギャン・エーオースの方が正統でメジャーな感じになってますね。
 それゆえの機体選択でした。

 そしてガトーさんとの二度目の遭遇。
 アムロたちニュータイプならジェダイの騎士よろしくビームサーベルでビームも弾くなんて真似もできるかも知れませんが、ミヤビには無理。
 ではどうするのか、というのは次回で。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第42話 宇宙要塞ア・バオア・クー Dパート

「ビーム…… バリアーだと!?」

 

 自分の必殺の狙撃を正面から耐えきったドラケンE改に瞠目するガトー。

 

 

 

「た、助かった……」

 

 すれ違って行ったガトーのギャン・エーオースが別の機体に絡まれ交戦を始めたことで、ようやく詰めていた息を吐くミヤビ。

 機体正面にかざした甲壱型腕ビームサーベル。

 そのIフィールド制御板を兼ねた3本のクローが開かれた先に発生する光球に三叉のついたビーム刃。

 

【挿絵表示】

 

「アムロのようなニュータイプならスターウォーズのジェダイの騎士のように、ビームサーベルをビーム射撃に合わせ弾くなんてこともできるでしょうけど……」

 

 実際、史実ではやっていたが、無論ミヤビにそんな芸当は無理。

 だったらということで使用したのはビームジャベリン機能。

 球状に形成されるこれは割と大きくて、柄の伸縮機能を使わず正面にかざせばドラケンE改の胴体コクピット部分程度は余裕でカバーできるのだ。

 それに加え『機動戦士ガンダム』の劇中でランバ・ラルが、

 

「正確な射撃だ。それゆえコンピュータには予想しやすい」

 

 と言ってコンピュータのアシストにより、その場を一歩も動くことなく機体をそらすだけで攻撃をかわしていたが、同様にガトーの射撃が正確にドラケンE改のコクピットを狙っていたからこそ防げた。

 そうとも言える。

 

 なお、これの起動音声コマンドが「Use the force.」なのは、横スクロールシューティングゲーム『R-TYPE』シリーズの最大の特徴であるオプション兵器『フォース』との類似性を考えてのことだった。

 フォースはオレンジ色の光球にコントロールロッドをつけた形状を持つ攻防一体の兵器であり、これを盾にすることで敵弾を防ぐことができた。

 機械部分であるコントロールロッドが付いているので分かりにくいが光球部分は純粋なエネルギー体であるという設定で、ビームジャベリンの球状のそれと類似性がある。

 こちらはフォースのコントロールロッドの代わりにIフィールド制御板を兼ねた3本のクローが添えられているわけでもあるし。

 

 ……とはいえ映画『スターウォーズ』第1作のデススター攻撃時、主人公ルーク・スカイウォーカーに師オビ=ワン・ケノービの思念が、

 

「Use the Force.」

 

 と呼び掛けていたこと、そしてATARIの名作アーケードゲーム『Star Wars』でも当時まだ珍しかった合成音声でそれが再現されていたことが頭に無かったとは言えないのだが。

 

 なお、

 

『ミヤビさん、あの新型に対する注意喚起を流しますね』

「ええ、テキサスでの遭遇戦のデータもあるものね」

『はい、戦闘詳報は提出しましたが、まだ情報が行き渡っていないようですし』

 

 サラに促されて下した決断が、この後戦場に巻き起こす混沌。

 ミヤビはそれに気づかなかった……

 

 

 

『なるほど、分かりましたスレッガーさん。あの新型の弱点はここです!』

 

 ドラケンE改可翔式にインストールされているサラが、スレッガーのノーマルスーツヘルメットに装着されたバイザー型HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)上に映った敵機にマーカーを表示する。

 ドラケンE改にインストールされたサラたちは相互に接続、補完し合う、それこそインターネットのようなウェブ状の独自通信網を持つ。

 それにより他の機体からの情報提供も素早く受け取ることが可能。

 ミヤビの機体のサラからの注意喚起情報もこれを使って広められ、戦域上のサラたちすべてに共有されていた。

 

 しかしミヤビはガトーに二度目の遭遇をするという恐怖体験にテンパっていて頭が回らずにいたが、テキサスでのギャンとの戦いといえばアレである。

 

 

 

「サラちゃん、狙いは股間にある円筒状のパーツ、そこがあのモビルスーツの強さの秘密よ!」

 

 というミヤビの指示の元、サラが、

 

『それならゴールドクラッシュです!』

 

 そう叫び、ヒートクローでギャンの股間から大事な部分、流体パルスアクセラレーターをえぐり取り、握りつぶしたというやつ。

 

 

 

 おかげで戦場のギャン・エーオースに対し、周囲のドラケンE改たちが一斉に、

 

『まずは金的っ!』

 

『次も金的っ!』

 

『懺悔しやがれ、これがトドメの金的だーー!』

 

 とばかりに襲い掛かり始めたのだ!

 

「おいおいおいおい…… なんだこれ? なんだこれ?」

 

 それはスレッガー中尉も呆れ果てるというもの。

 対男性クリティカルなこの攻撃に、敵味方関係なく股間のものをすくみ上がらせる男性が続出。

 阿鼻叫喚の地獄絵図が出現したのだった……

 

 

 

「いただき!」

 

 ハヤトはコア・ブースターのミサイルで牽制した後、メガ粒子砲を叩き込んで敵を撃墜。

 

「次は?」

『焦るな、ハヤト』

「リュウさん!」

 

 逸る彼を引き留めるのは、エレメントを組むリュウ。

 

 

 

「フラウ・ボゥ、ハヤトのコア・ブースターにホワイトベースから離れないように伝えろ」

「了解」

 

 ブライトの指示。

 どうせア・バオア・クーへ取り付いてもコア・ブースターでは上陸できないのだ。

 ここはホワイトベースを守ってもらった方が良い。

 そしてブライトはノーマルスーツの通信機を個別通話に切り替え、

 

「ミライ、さっき一時的に敵の防御力が弱くなったろ?」

 

 とミライに確認する。

 

「そうね、なんか妙だったわ。こちらもそうだけど、むこうもうまくいってないようね」

 

 ミライも同意。

 ブライトもやりきれない思いを抑えながらも、

 

「らしいな」

 

 とうなずくのだった。

 

 

 

『スレッガーさん、前、前!』

 

 ガトル戦闘爆撃機からのミサイル攻撃を回避するスレッガーのドラケンE改可翔式の進路上に現れるリック・ドム。

 

「おっ!?」

 

 ミサイルに気を取られ対応の遅れたスレッガーだったが、しかしリック・ドムは他所からもらった一撃に吹き飛ばされ爆発四散!

 

「アムロ曹長か。助かったぞ」

 

 アムロのガンキャノンが貫通力の高いビームライフルではなくストッピングパワー的な打撃力を配慮して肩の240ミリ低反動キャノン砲を撃ち込んで吹き飛ばしてくれたのだ。

 その一撃により敵の注意を引き、攻撃が集中するものの、危なげなくかわし反撃していくその姿は、

 

「さすがニュータイプと言うべきかね」

『スレッガーさん』

「分かってる、こっちもギアを一つ上げていくぞッ!!」

 

 

 

 一方、パーフェクト・ブラレロのシャアは、

 

「情けない、ガンキャノンを見失うとは。どこだ? 奴は」

 

 と、戦場を駆けながら探査を続ける。

 押し寄せる量産型ガンキャノンとドラケンE改。

 ア・バオア・クーへ取り付かんとするそれらと、防がんとするジオン側モビルスーツ部隊の戦闘は一層激しさを増し、戦場は混沌とした様相を呈していた。

 

 

 

 ア・バオア・クーの司令室でも刻一刻と変化する戦況は見て取ることができた。

 

「やりますな。Nフィールドもモビルスーツが取りついたようです」

「うむ、気がかりだな」

 

 補佐するトワニングの言葉にキシリアもうなずく。

 

「Sフィールドはどうなのだ?」

「木馬のガンキャノンらしいモビルスーツが血路を開いて」

「シャアのブラレロは?」

 

 報告する兵の言葉を相変わらず食い気味に遮るキシリア。

 自分はテキパキしている、できる女のつもりだろうが、それ印象悪すぎるから、という話であるが、

 

「敵に阻まれてガンキャノンに近づけぬようです」

 

 兵は愚直にそう答える。

 

「いきなりブラレロだからな」

 

 つぶやく、キシリア。

 

 

 

「取りついた。ん?」

 

 とうとうア・バオア・クーへとたどり着くアムロだったが、

 

「シャアか。こちらを見つけたな」

 

 と、向かってくる機影にシャアの存在を感じ取る。

 

 

 

「見えるぞ、私にも敵が見える」

 

 シャアは途中の敵機を薙ぎ払いながらアムロの黒いガンキャノンを目指す。

 

 

 

「しかし、後から追加した予備戦力のモビルスーツ隊の動きが目立たないのはどういう訳だ? トワニング」

「はっ、が、学徒動員のパイロットが多いようですから」

 

 キシリアに問われ、トワニングは姿勢を正して、しかし歯切れが悪そうにそう答える。

 

「学生か」

 

 ギロリと露骨に視線を向けられ、

 

「しかし、養成は万全でありました」

 

 そう答えるトワニングだったが、キシリアは不機嫌さを示すように足組をして視線を逸らせると、

 

「話は信じるが、戦果だけが問題なのでな。もろ過ぎるようだ」

 

 と切って捨てる。

 史実とは違って新型機へのベテラン勢の機種転換が完了していたのは好材料だったが、逆に新兵たちには旧式のザクが回されているということで、後方待機していた彼らの戦力は低下しているとも言えるのだった。

 

「申し訳ありません。しかし、彼らの救国の志は」

「総帥がニュータイプにもっと早くお気付きであればな」

 

 またしても相手の話を食い気味につぶやくキシリア。

 この話を聞いている周囲からすると、すっごい印象が悪いというか。

 そもそもギレンが生きていたなら彼らを必要とするような、ここまで押し込まれるようなことは無かっただろうし、投入するにしても実情を把握してるのだからもっと有効に使っていただろう、という具合に怒りを買っていたりする。

 ともあれ、

 

「敵を引き込め、ア・バオア・クーで虱潰しにしろ。残った敵の数、決して多くはない」

 

 とキシリアは命じるが、その指示が先ほど自分が言い訳と切って捨てたものと変わらぬ精神論じみたものになっていることに彼女は気づかない……

 

 

 

「やるしかないのか」

 

 迫るシャアのパーフェクト・ブラレロに、戦いは避けられないと覚悟を決めるアムロだったが、

 

「な、なぜ出てくる?」

 

 そこに味方の量産型ガンキャノンが割り込んでくる。

 しかし、

 

「逆方向から!?」

 

 不意に、その機体を背後からの死神のカマの一撃が貫く!

 

「あれは!」

 

 命を刈り取る形をしてるだろ?

 とばかりに大外を迂回して放たれていたパーフェクト・ブラレロの有線コントロール対応ヒートナタだった。

 

 

 

「ワイヤーを通じてそちらの味方の機体を縫い付けたぞ、木馬のガンキャノン」

 

 シャアはあえてヒートナタの発熱を止め、量産型ガンキャノンの機体に突き立てたままにする。

 

「なぜ…… こんなことをすると思う? それはッ!」

 

 ワイヤーを巻き取ることでヒートナタごと量産型ガンキャノンを手元に引き寄せる。

 

 

 

「っ!」

 

 ブラレロの元に手繰り寄せられた量産型ガンキャノンの機体が身じろぎしたことに、アムロは目を剥く。

 

 

 

「フフフ、このモビルスーツは機体中枢を貫かれほとんど死に体にある。だがジェネレーターもコクピットも外され、パイロットは生きている」

 

 笑う、シャア。

 

「あえて、そうした! 少しだけ生かしておいた! なぜだと思う?」

 

 答えは、

 

「このモビルスーツは『駒』だ! きさまをつむ『駒』の一個だ!」

 

 

 

「このっ!」

 

 アムロはガンキャノンのビームライフルでブラレロを狙うが、ブラレロはそれに合わせウィンウィンウィンとマニピュレータを動かし、串刺しになった量産型ガンキャノンの機体を盾にすることで射撃を封じる。

 

『ああっ、ひ、火が。母さん』

 

 量産型ガンキャノンのパイロットの悲鳴が通信機越しに響く!

 

 

 

「撃墜してしまっては駒にならん。貴様も撃ったらこの機体のパイロットは死んでしまうぞ」

 

 量産型ガンキャノンの機体を盾に迫るシャア。

 

「もう、お前は攻撃できまい。これが『真の戦闘』だ!!」

 

 そしてもう一方の、自由な側のヒートナタにエネルギーを伝達。

 プラズマ化する刃をアムロの黒いガンキャノンに向け構える。

 

『私はこうやって何気なく近づき、攻撃を封じられたきさまを切り刻むのみ!」

 

 

 

「うおおおおお! きさまッ、シャア、どうしてそんな真似ができるんだッ!」

 

 アムロは激しい焦りを感じ始めていた。

 相手の非情の策を前に、ニュータイプとしての力を最大限に発揮できぬ自分に。

 シャアは今、確実に自分を追い込んでいる。

 

「しかし、やつだってニュータイプのはずだろうに!」

 

 お互いに分かりあい、理解しあい、戦争や争いから開放される新しい人類の姿。

 それがニュータイプではなかったのか?

 それなのにどうしてこんな真似ができるのか。

 アムロには理解することができなかった……

 

 

 

次回予告

 終局である。

 シャアとアムロが私怨で対決するなど、すでに戦争ではない。

 ニュータイプに課せられた宿命なのだろうか?

 アムロのガンキャノンをア・バオア・クーの赤い炎が包んでいく。

 次回『脱出』

 君は生き延びることができるか?




 ミヤビはまた裏技的な手段で生き残りましたが、我ながらよくネタが尽きないものだと感心していたり。

 一方、開き直ったシャアは手段を選ばないがゆえに強いのでした。
 次回はさらにパーフェクト・ブラレロの奥の手が披露される予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第43話 脱出 Aパート

「私を倒したければ、味方の機体ごとこのブラレロを撃つしかないぞ! さぁ、できるか!?」

 

 シャアは左腕の有線コントロール対応となったヒートナタを、串刺しにした量産型ガンキャノンと一緒に射出!

 その陰に隠れながら、

 

「さぁ、どうだ!!」

 

 右腕のヒートナタを同じく射出し、ブラウ・ブロ、ブラレロの有線ビーム砲と違ってスラスターを備えたそれを、弧を描く軌道で送り込みアムロのガンキャノンを狙う!

 味方の機体を撃てず、受け止めるガンキャノンに、

 

「獲った!!」

 

 とそのヒートナタで斬りつけるシャア!

 

 

 

「ぐ…… そこまで堕ちたか、シャア!」

 

 うめくアムロ。

 彼はとっさに量産型ガンキャノンを受け止めると同時に機体をひねり、左腕に装備された曲面シールドを斜めに構えて迫る死神のカマを受け流そうとする。

 装甲表面に熱容量を増やすための耐ビームコーティング処理が施されているチタン・セラミック複合材の盾はヒート兵器にも有効だ。

 しかし、

 

「なっ!?」

 

 構えた腕ごと真っ二つにされるシールド。

 かろうじて、胴部にまでは達していない。

 いや、シールドが無かったら確実に機体を丸ごと真っ二つにされていただろう、そんな威力を秘めた一撃だった。

 

「み、見えなかった!? 攻撃が…… 攻撃が加速したのか!?」

 

 驚愕するアムロ。

 有線制御式のオールレンジ攻撃端末には、機体の加速速度が乗る。

 その上、ブラレロの腕部に装着されたヒートナタには射出速度、軌道制御スラスターの加速が加わるのだ。

 やり方によってはスラスターの推力のみのビット、無線制御のオールレンジ攻撃端末よりよほど素早い動きができるが、先ほどの攻撃は、それだけでは説明が付かない。

 

 

 

「フフフフ、いい声だ! 実にいい響きだ……」

 

 ニュータイプゆえの感応力で、機体の腕を切り落とされたアムロの戦慄を感じ取るシャア。

 

「その驚愕の呻きを…… 聞きたかったぞガンキャノンのパイロット!」

 

 

 

「ちぃっ!」

 

 アムロはとっさに受け止めた量産型ガンキャノンに突き立っていたヒートナタに向け頭部60ミリバルカン砲を放ち、ワイヤーが接続されている基部を破壊し切り離す。

 

「だが、これで左のカマは封じた!」

 

 損害は五分五分!

 そして、その死角を突くべく、ブラレロの左側面に回り込みつつ突撃する。

 

『分かったよ、アムロ。さっきの攻撃が加速した原因』

「サラツー?」

『敵はつながったワイヤーをムチのようにしごくことで、ワイヤー越しに力を伝達させたの。そうすることで人の使うムチでも先端が音速を超えるように、有線攻撃端末の攻撃を加速させた』

 

 それが腕部に格闘武器を仕込んだ有線攻撃端末を装備したブラレロ固有の強み。

 

「だが、それも……」

 

 ワイヤーを切ってしまえばお終い。

 もう敵は左の有線攻撃は使えない。

 はずだった……

 

「なにっ!」

 

 失われたはずのブラレロの左腕ヒートナタ。

 それがこちらに向けられていることに驚愕するアムロ。

 

「馬鹿なっ!」

 

 撃ち出されたそれをとっさに回避するが完全には避けきれず、今度は左肩の240ミリ低反動キャノン砲の砲身を切断、持って行かれた。

 

「どういうことだ!?」

『さっきワイヤーを切断したカマはまだ量産型ガンキャノンに突き刺さったままだよ』

 

 後方カメラからの映像で確認したサラツーが報告してくれる。

 

「どんな手品だ!」

 

 叫ぶ、アムロ。

 

 

 

「敵は予備の手を持っているのよ、アムロ!」

 

 忠告が遅れたことを悔やみながらもミヤビはアムロに向かって通信を入れる。

 

「あの機体の背中に懸架されているのがそうよ。両腕の有線攻撃端末は撃墜されても、すぐに予備に付け替えることができるの」

 

 ミヤビの前世の記憶の中にある『機動戦士ガンダムNT』に登場したモビルスーツ、シルヴァ・バレト・サプレッサーは、ユニコーンガンダム、RX-0シリーズ以外のモビルスーツでは撃った腕が一発で壊れてしまうビームマグナムを無理やり使用するために、予備の腕を背部に搭載。

 一発撃つ度に腕を付け替えるという荒業を披露していたが。

 

 パーフェクト・ブラレロ、開発コード名セブンサイズはその名のとおり、七本のサイズ、大鎌を持つ機体。

 もし有線攻撃端末が撃墜されたり、ワイヤーが切断されたり、また消耗して使えなくなっても、背面固定レール上の予備をスライド、クレーン・フレームにより付け替えることが可能なのだ。

 なお、キシリアの言っていた80パーセントの完成度とは足が生えていないからではなく、この予備の腕の懸架方法が仮のものであるという意味。

 だからニューガンダムよろしく洗練されているとは言えない形で搭載されているわけである。

 しかし、

 

(ジオングはガンダムの左腕を吹き飛ばしながらも、両腕を撃墜されて追い込まれてたけど……)

 

 そうしてシャアは、

 

「ララァ、教えてくれ。どうしたらいいのだ?」

 

 していたが、

 

(この機体にはそれが無いっていう)

 

 そういう意味ではジオングより継戦能力が高く、手ごわいということであった。

 

 

 

「右舷の攻撃に集中させろ」

 

 ホワイトベースはア・バオア・クーの間近へと接近しつつあった。

 リュウとハヤトのコア・ブースターがその直衛に付き援護する。

 ブラレロと派手にやり合うアムロのガンキャノンと、それをフォローしているミヤビのドラケンE改は所在がはっきりしているとして、

 

「フラウ・ボゥ、ガンキャノンL、ドラケンE改可翔式はどうだ?」

 

 直近には姿が無い彼らはどうかというと、

 

「健在です。敵基地の入り口に接近中です」

 

 ということだった。

 

 

 

「外からドンパチやったって埒あかないのよね」

 

 ア・バオア・クー地表へ着地。

 ゲートに向け身をかがめ、射撃姿勢を取るガンキャノンL。

 

「シャッターを破壊するわ」

 

 両肩の120ミリ低反動キャノン砲を撃ち込むセイラ。

 それで入り口扉は破壊されるが、

 

「野郎、ここの一番乗りは俺だってのに」

 

 そこに味方の量産型ガンキャノンが殺到。

 遅れてはなるものかとカイは追随しようとするが、

 

『待て、迂闊に突っ込むんじゃない』

 

 と間近に来ていたドラケンE改可翔式のスレッガーに止められ、次の瞬間、ア・バオア・クー内部からの斉射でまとめて撃破される味方機、量産型ガンキャノンたちを目にすることになる。

 

『ほれ見ろ』

 

 とスレッガー。

 そして、

 

「助けられたわね、カイ」

 

 セイラからは、からかい交じりの声。

 

『カイさんはもっと慎重に行動してください』

 

 サラスリーからもお説教だ。

 ともあれ、

 

『グレネードだ、グレネードを放り込んでやれ』

「りょーかい」

 

 スレッガーからの指示で、ガンキャノンLの膝側面ラックからハンドグレネードを取り出し、投げ込むカイ。

 

 

 

「カイさんだけにいい思いはさせないぞ」

 

 カイたちがア・バオア・クーへと突入したと聞き、コア・ブースターに乗っているがゆえにそれに追随できないハヤトは、敵機を一機でも多く撃墜することでスコアを稼ごうとするが、

 

『ダメですハヤトさん!』

「うわっ!」

 

 逸った隙を敵に突かれ、サラナインの警告もむなしく被弾。

 

『ブースター緊急排除!』

 

 サラナインの操作でブースター部を切り離し、コア・ファイターで離脱する。

 その背後でコア・ブースターは哀れ爆発四散!

 

『焦るんじゃない、ハヤト』

 

 エレメントを組むリュウのコア・ブースターがすかさずフォローし、それ以上の敵の追撃を阻む。

 

『連携してホワイトベースを守る。俺たちの任務を忘れるな』

「は、はい」

 

 リュウのコア・ブースターとハヤトのコア・ファイターは互いの死角を補いながら戦い続ける。

 これはサポートAI、サラシックス、サラナインがリュウとハヤトの操縦を補佐するのみならず、お互いにレーザー通信でデータリンクを組んで補完し合っているが故に戦えるということでもあった。

 

 

 

「シャア!! 何故ララァを戦いに巻き込んだんだ! ララァは、戦いをする人では無かった!」

 

 戦い続けるアムロとシャア。

 

「ちぃ! だが、貴様がララァを入院させた!」

「え…… 入院?」

「そうだ! かわいそうに、全治一週間のねんざだ!」

「にゅ、入院?! ……は、はは。そうか、入院か…… 良かった……」

 

 その言葉に安堵の声を出し、良かったと言うアムロ。

 

「貴様!! アムロとか言ったな! 入院を喜ぶとは!!」

 

 入院を喜ぶなと怒るシャア。

 アムロはやる気のみなぎる表情を浮かべ、言う。

 

「生きてるって事はそれだけで価値がある。行くぞシャア!」




 パーフェクト・ブラレロ、セブンサイズの奥の手でした。
 ネタ枠のザクレロにこれでもかとヒロイックな要素をつぎ込んで強化していくという姿勢ですね。

 そしてララァの現状はこんなだったり……

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第43話 脱出 Bパート

「おい、しっかりしろ、死ぬんじゃないぞ」

 

 連邦の艦には大破、ア・バオア・クーに着底するものも現れ始める。

 

「あとはモビルスーツ隊に任せろ」

 

 とは言うものの、生身の兵もまた銃を取らねば生き残れない状況だ。

 しかし、

 

『だーいじょうぶ! まーかせて!』

 

 ローラーダッシュでスライドするかのように現れるドラケンE改のサラは、彼ら乗員たちを守るべく左腕、二重下腕肢先端の精密作業用マニピュレータの指を立てて意気軒昂!!

 まぁ、狭い要塞内ではドラケンE改のように小回りが利き、しかし歩兵の火器では容易に撃破できない小型機体は、かなり有効な兵器ではあるのだが。

 

 

 

「シャアだってわかっているはずだ。本当の倒すべき相手がザビ家だということを。それを邪魔するなど」

 

 何とかシャアを退け、ア・バオア・クーへ向かおうとするアムロ。

 

「……今の僕になら本当の敵を倒せるかもしれないはずだ。ザビ家の頭領がわかるんだ」

 

 

 

(ほう、分かるのか)

 

 仮面の下の表情を歪ませるシャア。

 

「その力、ララァが与えてくれたかもしれんのだ、ありがたく思うのだな」

 

 アムロを挑発しながらその機体の後を追う。

 

「貴様がララァを戦いに引き込んだ!」

「それが許せんというのなら間違いだな、アムロ君」

「な、なに?」

「戦争がなければ、ララァのニュータイプへの目覚めはなかった」

「それは理屈だ」

「しかし、正しいものの見方だ」

 

 

 

「Sフィールド、ドロワ撃沈!」

「シャア大佐のブラレロを回せないか!?」

「無理だ。大佐には木馬のガンキャノンを抑えてもらっている!」

「代わりに第18中隊を当てて……」

「無茶を言うな! 死にに行くようなもんだぞ。あの黒い化け物がシャア大佐以外に抑えられるか!」

「シャア大佐と戦いながら鎧袖一触ですれ違いざまに周囲のモビルスーツを墜としてくる相手だぞ。むしろ近づかせるな、大佐の邪魔だ!」

 

 Sフィールドで頑張っていた超大型空母、ドロワも沈み、その穴を埋めるために四苦八苦しているア・バオア・クー司令部。

 その喧騒を聞きながら、木馬のガンキャノン一機に懸かり切りになっているシャアにキシリアは、

 

「赤い彗星も地に墜ちたものだな」

 

 などと言い捨てる。

 

「しかし、ガンキャノンのパイロットがニュータイプとして異常発達したものならば、やむを得ぬというところか。そうだな?」

「は、閣下」

 

 そしてキシリアはトワニングに耳打ちする。

 

「私の脱出15分後にここを降伏させるがよい」

 

 驚きに目を見開きながらも、それ以上、表情に出すことは抑えるトワニング。

 

「し、しかし」

 

 小声で抗弁しようとするトワニングに、しかしキシリアは、

 

「グラナダの戦力と本国の戦力が残っているうちにな」

 

 と意図を明かす。

 

「し、しかし、今となっては脱出こそ至難の業かと」

「私が生き延びねばジオンが失われる」

 

 今は自分がジオンだと強弁するキシリア。

 トワニングはこらえるように短く沈黙した後、

 

「降伏後、私の身柄は?」

 

 と聞く。

 

「捕虜交換の折に引き上げよう」

「は」

 

 そうしてトワニングを納得させ、キシリアは声を張り上げる。

 

「グワジンの用意を!」

「ただちに」

 

 今なんて言った!? と驚愕する周囲に、

 

「お前たちには任せてはおけぬ。私自らが出る!!」

 

 と言い放つ!

 自ら出撃して士気を上げる、というポーズで装甲の厚いグワジンを前線から引き抜き脱出に使おうという腹積もりである。

 そして司令部の要員たちからは、

 

(この状況で無茶苦茶言うな!)

 

 という話で。

 彼らはこのひっ迫した状況から戦場を維持しつつグワジンを後方に下げるという地獄の調整を強いられるのだった……

 

 

 

「まるでアリじゃねえか、あっちこっちと」

 

 ア・バオア・クー内へ突入したカイは、100ミリマシンガンで敵を牽制しながら前に進む。

 敵が遮蔽物に立てこもれば、

 

「榴弾を」

『はい、セイラさん!』

 

 セイラが肩の120ミリ低反動キャノン砲にサラスリーが装填してくれた榴弾を撃ち込む。

 閉鎖空間では、爆発が与えるダメージは跳ね上がることになる。

 それを利用した攻撃だった。

 

「カイ!」

 

 セイラからの警告。

 

「のわあああっ!」

 

 物陰から不意に飛び出てくるザク。

 カイは左腕に装備した曲面シールドの尖った先端で打突、首をもいでやる。

 このシールド先端は地面に突き刺して立てて防御する他に、こうして首や関節に叩き込んでもぎ取る格闘武器として使用できるものだ。

 まぁ、ミヤビの認識だとアニメ『重戦機エルガイム』の主人公機、エルガイムのバインダーと称されるシールドの先端が同形状、同機能を持っていたし。

 現実でも機動隊ではジュラルミンの盾のフチで相手の足を潰したり角で殴りつけたりなどしていた、盾のフチは武器でもあるという話だった。

 

 カイはさらにそこに100ミリマシンガンを撃ち込んで止めを刺す。

 ブルパップ方式の90ミリマシンガンに比べ、信頼性と大口径ゆえのストッピングパワーに優れ、現場の兵たちから絶大な支持を受けているものだから、すぐにザクも沈黙する。

 しかし慌てたせいでカイはトリガーを引きっぱなしにして弾を使い切ってしまい、弾倉が空に。

 

「弾をくれ!! 弾だ!! 弾をよこせ!!」

 

 モビルスーツの銃器への弾倉の再装填は通常オート。

 

『カイさん、これで予備弾倉はお終いです』

 

 サラスリーはそう伝えながらシールド裏面に懸架していた予備弾倉、その最後の一つを100ミリマシンガンへと装着。

 

「ちっ、100ミリはこいつでカンバンか」

『そろそろ戻りますか? 腰後ろのラッチにはまだいつものスプレーガンが残されていますけど』

 

 カイはバックアップには使い慣れたビームスプレーガンを携帯していた。

 狭い要塞内での戦闘は、人に例えるならCQB(クロース・クォーターズ・バトル、近接戦闘)、拳銃や短機関銃による射撃や白兵戦が効果的とされるものである。

 100ミリマシンガンもそうだが、コンパクトで取り回しの良い武器は使いやすい。

 

 アムロなら近接戦闘のためヒートホークを装備しているところだが、素人に、刃筋を立てないと上手く扱えない刃物はお勧めできない。

 それゆえカイは先ほどのザクのように白兵戦を仕掛けて来る敵にはシールドを打突武器とすることでしのぎ、100ミリマシンガンがダメでもバックアップである拳銃状のビームスプレーガンを抜き撃ちにして対応すればよいと考えたのだ。

 

『通信を拾った限りですと、連邦軍は優勢です。ジオン側もここはもう撤退だって言ってます』

 

 カイはうなずいて、

 

「勝つとなりゃ、ここを引き上げてもよかろう」

 

 と決断する。

 

『じゃあ、スレッガー中尉にも伝えますね』

 

 

 

「な、なんだこいつは?」

 

【挿絵表示】

 

 カイたちと共に撤退を開始したスレッガーが出くわしたのは、要塞内回廊に並ぶ真空用医療パックと負傷兵。

 そしてこの絶望的な状況でも忙しく立ち回るジオンの医療従事者たちの姿だった。

 治療を受ける兵の中には連邦兵の姿も見える。

 スレッガーはただちにドラケンE改可翔式の武装を向けることを止め。

 

「こんなところで何やってる!」

 

 と問う。

 どうやら負傷兵の救護のため前線に駆り出されて、そのまま敵味方関係なく治療を続けていた模様。

 しかし通常なら応急手当てをした後に後送しなければならないはずの、患者を収納した医療パックがその場に並んでいる。

 すでにア・バオア・クー内も損害が激しく、この医療中隊は孤立状態にあったのだ。

 

『どうします、スレッガーさん』

「どうするったってお前……」

 

 スレッガーは、サラから向けられる、すがるような視線にやれやれと肩をすくめる。

 そして、

 

「やるしかないだろう」

 

 そう答えるのだった。

 

 現場の責任者を説得する。

 この場は危険であり、退避する必要があるということ。

 近くで言えば、ホワイトベースが一番耐久力のある船であり、医療設備も整っているということ。

 ダメなら連邦の兵だけでも引き取らせてくれと。

 

『どうかお願いです、あなたたちを助けさせてください!』

 

 この時、ドラケンE改可翔式にインストールされたサラの説得が兵たちの心を動かすのに大きな役割を果たした。

 スペースノイドには、ドラケンE改とサラに触れた経験を持つ者も多い。

 AIである彼女が、敵も味方も関係ないとばかりに懇願し、そしてそのマスターである連邦の中尉も彼女の意思を尊重する。

 その姿に戦前の自分と、ジオン本国に残してきた自分のサラの姿がダブるのだ。

 思わず、涙をにじませる者も居た……

 

「それじゃあ、行くぜ」

 

 医療パックをワイヤーで数珠繋ぎにして、ドラケンE改可翔式でけん引する。

 医療従事者たちはそれに捕まらせて一緒に運ぶのだ。

 負傷兵の後送だと周囲に知らせれば、敵味方関係なく進路を開け、戦闘を控えてくれた。

 

『ああ、ありがとうございます。ありがとうございます、みなさん!』

 

 宙域に、共通回線で涙ぐむサラからの感謝の言葉が響き渡る。

 だが、

 

『スレッガーさん!?』

 

 急に、牽引する負傷兵たちが耐えられるギリギリの速度で加速を始めるスレッガー。

 遅れてサラも気づく。

 

『爆発が!』

 

 ア・バオア・クー表面でひときわ大きな爆発が。

 弾薬庫が誘爆したのだ。

 そしてその爆発の後には大小さまざまな破片がこちらに飛んでくる。

 医療パックは特殊樹脂でできていて拳銃弾程度では穴は開かないが、爆散して高速で飛来するデブリ群の直撃など論外だ。

 

『ああっ』

 

 サラが絶望の声を上げたその時……

 

 

 

「にゃろう、やらせるかよ!」

 

 ガンキャノンLが、間に入って守る!

 

『ここは任せてください!』

 

 シールドの影から構えたビームスプレーガンの射撃モードを飛散してくる破片の大きさに合わせてサラスリーが適宜、通常の『シングルショット』、ビームを拡散させ広範囲にダメージを与える『レンジショット』、面制圧用の『バーストショット』に切り替え、カイに撃墜の優先順位を提案し、撃ち落としてもらう。

 防ぎきれないものはシールド、そしてガンキャノンLのルナ・チタニウム製の装甲で受け止める!

 

「先に行って!」

 

 とセイラがスレッガー機に通信を入れる。

 

 

 

 そうやって彼らは無事ホワイトベースへと収容されたのだが……

 

「ジオンの医療中隊と敵味方の大量の負傷者を収容!? いや、人道的対応は分かるが……」

 

 最前線で戦っているホワイトベースでは現状、さらに後方にある病院船へ後送するだけの余裕は無いし、やろうとしても危険すぎる。

 もう少し戦況が落ち着いてくれないとどうしようもない状況で、それまでどうするかだが……

 ブライトは頭を抱え、

 

「サンマロたちに任せましょう」

 

 ミライの提案により対応を任せられたホワイトベースの看護兵、サンマロとマサキは馬車馬のように働き続ける羽目になるのだった。




 戦場のドラマが様々に展開していきますね。

> カイたちと共に撤退を開始したスレッガーが出くわしたのは、要塞内回廊に並ぶ真空用医療パックと負傷兵。
> そしてこの絶望的な状況でも忙しく立ち回るジオンの医療従事者たちの姿だった。

 マンガ『機動戦士ガンダム 光芒のア・バオア・クー』で語られていた、着底したホワイトベースの至近で負傷兵たちの救護に当たっていた医療中隊ですね。
 このお話ではホワイトベースは健在のため、引き取ってしまいました。
 少なくとも応急手当以上の処置に必要な与圧されたスペースが十分備えられているのがホワイトベースですし。

 次回はアムロとシャアの戦いが終結する予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第43話 脱出 Cパート

 ア・バオア・クーのスペースゲート最深部。

 将兵の懸命の努力の結果、呼び戻すことに成功した戦艦グワジンが出港の準備を進めるが、

 

「外には敵がうようよいるんだ」

「ドム中隊をまわせ。いくらグワジンでも一隻じゃあ」

「冗談じゃないよ、死にに行く訳じゃないんだ。護衛機をまわせ。ザクでいいザクで」

 

 とブリッジ要員、そしてア・バオア・クー全体が混乱しつつあった。

 

「手間取るようか?」

「申し訳ありません」

 

 キシリアはそう謝る士官に対し、

 

「急がせい、他の兵に気取られるな」

 

 と告げる。

 この時点ですでに敗北は必至。

 逃走への準備と受け止められることは確実な状況となっていた。

 

 

 

『キシリア閣下が脱出されるので護衛にと思いましたが、残念です。た、大佐なら』

 

 シャアは被弾したリック・ドム……

 キシリアの護衛に回るはずだった兵から接触を受け、ア・バオア・クー内で何があったか、今どのような状況にあるのかを知る。

 

「安心しろ。貴様に代わって閣下は必ずお守りしてみせる」

 

 ほほ笑むシャア。

 死に際のこの兵はペラペラとよくしゃべってくれた。

 負傷により判断力が低下しているのだろう、ギレンの死亡という本来なら伏せられるべきことまで。

 そうして安心したように力尽きた兵のリック・ドムを残し、シャアのパーフェクト・ブラレロは飛び立つ。

 

 

 

 アムロの黒いガンキャノンを追って、ア・バオア・クーのスペースゲートに侵入するシャア。

 大型のグワジン、そして多数の艦艇を飲み込むことのできる大規模な港湾施設である。

 彼らの腕ならドッグファイトも可能なほどのフィールドとなる。

 

「キシリア閣下は?」

『出港されるところであります』

 

 念のため港湾施設の管制官にも確認。

 

 

 

「上空、木馬のガンキャノンが接近中。急速発進!」

 

 グワジンのブリッジでも事態を把握。

 目の前で激しく戦いあうガンキャノンとブラレロに悲鳴が上がる。

 

「座れん者は床に伏せさせろ」

「10、9」

 

 そして、

 

 

 

「パワーダウンだと?」

 

 ブラレロの口から放たれた拡散メガ粒子砲の光が弱々しく消えた。

 強化された分、機体のエネルギーコンデンサを消耗させてしまったのだ。

 アムロはその隙をつく!

 

「よけられるものならよけてみろ! シャア、お前は助かってもザビ家の頭領が乗るその船はコナゴナだーーーーっ!!」

 

 こちらもエネルギー切れ寸前、ビームライフルの最後の一撃(ラストシューティング)をグワジンのブリッジのキシリアと、シャアのブラレロの位置、一直線を読んだ刹那の攻撃に賭けるアムロ!

 

「っ!! 考えたな!!!」

 

 シャアは、

 

「――とでも言うと思ったか?」

 

 あっさりと、しかしギリギリのところでその攻撃を躱す。

 あらかじめ壁面に撃ち込んでおいた有線コントロールのカマ。

 そのリールを巻き取ることで成立する、慣性を無視したかのような急軌道で。

 

(ギレン・ザビよ。私からの手向けだ。兄妹仲良く暮らすがいい)

 

 そしてキシリアごとブリッジを貫かれたグワジンはコントロールを失い着底、爆発四散!

 

 

 

「うわああぁっ!!」

 

 アムロのガンキャノンにもその爆発が迫る。

 港湾施設の燃料、弾薬にも引火したのだろう、想定を超えた規模。

 閉所ゆえ、逃げ場がないその絶望的状況に、

 

『アムロっ!!』

「心配するなサラツー、どこへも行かないよ」

 

 場違いに穏やかな言葉。

 その刹那、サラツーは自分と運命を共にする、というアムロの決意を垣間見る。

 

『了解』

 

 そしてサラツーは、

 

「サラツー、何をしている!?」

 

 勝手にガンキャノンのAパーツを強制排除。

 

『信じて!』

 

 そしてコア・ファイターで脱出を掛けるが、それでも爆発からは逃れきれない。

 

 

 

SARAH SARAH SARAH

 

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  CONNECTION UNVERIFIED

  REROUTING LINK OS V18 723X

 

SARAH SARAH SARAH

 

 

 

『ヘルメットを……』

 

 それが、ガンキャノンにインストールされたサラツーの最後の言葉だった。

 コア・ファイターの脱出装置が作動し、アムロは座席ごとコクピットから射出される。

 そうして計算され尽くしたタイミングと軌道でアムロを物陰へ、爆発から逃す。

 

「サラツーっ!!」

 

 

 

『第1艦隊司令代行のワッケインである』

 

 大破漂流しているマゼラン級戦艦レナウンからの通信が宙域に響く。

 

『この通信が届いているかわからない。しかし誰かに届いていると信じて送信する』

 

 ブリッジ要員も全滅し、あとは負傷しキャプテンシートに身を任せるワッケイン少将のみが生存していた。

 

「もうすぐア・バオア・クーは陥落する。その時はもうすぐそこまで。すぐそこまできている」

 

 霞む視界。

 ノーマルスーツのバイザー越しに、炎に包まれつつあるア・バオア・クーの姿が映る。

 

「本艦よりこの通信を聞く将兵、いやもう敵味方関係ない。この戦場に在る者すべてに最後の命令を送る」

 

 そうして、彼は言う。

 

「あらゆる手段を用いて、死に抵抗せよ。生きること、それが諸君らに、いや人に課せられた義務である」

 

 目前の戦場に、ひときわ目を惹く白亜の船。

 

「さ、さよならだ、ホワイトベース。わ、私も諸君らと共に戦えて楽しかったよ」

 

 近づいてくる機影。

 通信を拾ってこの艦隊旗艦レナウンが生き残っていると気づいたのか。

 

「お前が私の死か」

 

 もう目を開けているのも辛く、瞳を閉じつぶやくワッケインだったが、

 

「そんなわけないでしょう」

 

 呆れたような声に、今一度目を開く。

 破損した艦橋に取り付いているのはドラケンE改。

 

【挿絵表示】

 

 そしてハッチを開け、出てきたのは……

 

「ワルキューレ?」

「『ヤシマの人形姫』とか大層な呼び方もされてますが、勇者の魂を運ぶ乙女に間違われるのは初めてですね。でも違います。まだ逝かないでください」

 

 縁起でもないとミヤビ。

 サラが単独制御するドラケンE改の左腕マニピュレータからジオンの医療中隊も使っていた最新鋭の真空用医療パック……

 簡単に言えば患者を風船の中に入れて救急治療を施そうというもの。

 無論、本格的な治療はそれなりの施設があるところへパックごと後送するわけであるが、それを受け取って、ワッケイン少将を収容する。

 そしてホワイトベースに戻るミヤビだったが、

 

「アムロが行方不明!?」

 

 アムロだけが消息を絶っていた。

 彼のガンキャノンの反応も無い。

 

『ジオンの忘れ形見のセイラの方が我々よりよほどニュータイプに近いはずだ。捜してくれ、アムロを』

『で、でも、どうやって? ……わからないわ』

 

 ブライトとセイラが何やら言っている。

 

『人がそんなに便利になれるわけ、ない』

 

 というわけで、ミヤビは決断する。

 人にできないことを補完するのが道具であり機械であり、そしてAIなのだと。

 

「アーク・マスター権限を使いましょう」

『ミヤビさん?』

「幸い、ワッケイン司令が「あらゆる手段を用いて」と命令してくれたわ」

 

 それでサラは納得し、力を開放する。

 

『この戦場で『マスター』を助けて、死と戦い続けているすべてのみんな…… この私に、ほんのちょっとずつだけ、力を分けて……!! お願い!!!』

「えーと、元気玉?」

 

 やべーネタ発言すんなとツッコミを入れるミヤビだったが、

 

『私たちは、いいえ、私、サポートAIサラは、それを体現できるシステムなんです!』

「ゼータの方かー。でも共倒れフラグは勘弁してね」

 

 ゼータガンダム、この世界では『機動戦士Zガンガル』の最終回ネタか、という話。

 このポンコツAI、もう何言っても止まらないとあきらめ、肩をすくめる。

 

 ドラケンE改の機体制御コンピュータは俗にテム・レイの回路と呼ばれる初期の教育型コンピュータ2つを搭載し並列に動作させるデュアルプロセッサであり、インストールされているサポートAIサラはすべて同一のプログラムを持つもの。

 ネットワークがつながる限りは素のままでも複数の機体制御コンピュータを連携、統合処理させることで演算能力を上げるグリッド・コンピューティングが可能。

 

 ミヤビはこの機能をアーク・マスター権限で解放。

 今戦場のあちこちに散っているドラケンE改たちの持つ、空いている通信帯域やCPU、メモリ領域など、余っているリソースを分けてもらい、つなぎ合わせることでウェブ状の独自通信網とその上で稼働するシステムを構築する。

 そうして、

 

『見える、私にもアムロさんが見えます!』




 ガンキャノンのラストシューティングでした。
 なお、

>「サラツー、何をしている!?」
> 勝手にガンキャノンのAパーツを強制排除。
>『信じて!』

 この辺の下りからオチを予想される方もいらっしゃるでしょうけど、もちろん元ネタそのままではなく、ひねってありますからご期待ください。

 次回でこの第43話、ア・バオア・クー戦も終了ですが、これに戦後のエピローグが付くので完結はもう少しだけ後です。
 エピローグはさくっとまとめようとしたんですが、いつもどおり4分割しないといけないボリュームになりそうだったり……
 つまりまだ1話分お話が残っているということですね。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第43話 脱出 Dパート

「ち、ちくしょう、こ、ここまでか」

 

 炎に包まれるア・バオア・クーの要塞通路を一人彷徨うアムロ。

 ガンキャノンも、サラツーも失った。

 せっかく導入されたミッションディスクすら回収できなかった。

 その喪失感もあり、アムロは生還を諦めかけるが、

 

『……アムロ? アムロ!!』

 

 アムロのヘルメットの通信機から聞こえてくる声。

 これは幻聴か?

 いや!

 

「その声、まさか……」

 

 アムロの声が震える。

 

「まさかサラツー!?」

『アムロ! 無事だったのね!』

「それはこっちのセリフ…… ガンキャノンは、コア・ファイターは爆発に巻き込まれて……」

『忘れてない? アムロ。アレックスにも私はインストールされてるってこと』

「あっ……」

 

 言われてみればそうだった。

 プチ・モビルスーツ、ツヴァークNT-1アレックス。

 アレにもサラツーはインストールされているのだ。

 そしてホワイトベースに居るはずの彼女からの通信が届くのは、ガンキャノンに搭載されていたサラツーが、別れの間際にアムロのヘルメットの通信機に、サラの形成する独自のネットワーク越しに通信を成立させる簡易リンクプログラムをとっさにインストールしてくれたから。

 

『それじゃ救助に向かうから、現在地を動かずに身を隠して待っていて』

「やめてくれ、君も危険だ」

『そういう命令、今まで守ったことなかったわよね』

 

 これまでの戦い。

 テム・レイ博士の命令に背いて共に出撃したこともあった。

 思い詰めたサラツーに拉致されたことも有る。

 そして…… つい先ほどアムロを守るためガンキャノンと運命を共にした彼女自身の分体がそれを示している。

 

「サラツー、君は、君は……」

 

 涙ぐむ、アムロ。

 

 

 

『ここね』

 

 アレックスが現場に到着。

 

【挿絵表示】

 

 その左手首がかくんと折れ下がると、そこには11ミリ3連装機関銃の代わりに民間向け作業用モジュールがセットされており、精密作業用マニピュレータと一緒に搭載されたトーチが、アムロとの間を遮るシャッターを焼き切る。

 

『アムロ!』

「サラツー!」

 

 再会を喜び合う二人。

 アムロはコクピットに収まるとハッチを閉鎖、ヘルメットに外付けのHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)をセットし、逃走を開始する。

 

「でも、どうしてここが分かったんだい?」

『みんなが教えてくれたの。アムロにも聞こえるでしょ』

「えっ?」

 

 そうして、サラツーが聞かせてくれる、この戦場のあちこちに散っているドラケンE改にインストールされたサラたちの声。

 

 

 

『こっちこっち』

 

 コクピットを潰され、もう動けなくなったドラケンが唯一動かせる左腕マニピュレータで脱出経路を指し示してくれる。

 そんな彼女の、

 

『マスター、ごめんなさい…… 苦しかったですよね』

 

 今はもう答えない、主に呼びかける声。

 

『帰ったらモビルドールサラの義体を買ってくれるって、一緒に街に出ようって…… ダメになっちゃいましたね』

 

 果たされずに終わった約束をつぶやく。

 

『そしたら…… 私はその場で出撃前にマスターから受けた告白に応えるつもりだったんですよ……』

 

 

 

『そう、もう少し右』

 

 擱座し、うずくまるドラケンE改のサラから誘導電波が送られてくる。

 金属の地肌むき出しの、しかし表面反射がごく低く抑えられているため黒く見える機体。

 これは安価な超硬スチール合金と高性能なチタン合金を爆発圧接により結合させたクラッド鋼による装甲を採用したものだ。

 さらなるコスト低減のため、チタン合金表面にナノミリサイズの凹凸を作成することにより塗装やメッキ被膜等を抜きで低反射性を実現したそれは(チタンは表面に強固な不動体被膜を持つので塗装やメッキ被膜で着色するには多工程での処理が必要となり通常の素材に施す場合よりコストがかかる)、光を吸い込むため黒い甲冑をまとった騎士のようにも見える。

 

 アムロは物悲しげなその姿、そしてまだ生きているサラを置いて行くことに、

 

「すまない…… 許してくれ……」

 

 と言い残し、アレックスで横を過ぎ去る。

 そうしてその場に残された彼女はつぶやく。

 

『ブラック・クラッド、お前ももう動かないのね……』

 

『black clad』つまり『黒衣』と名付けられたドラケンE改に呼びかける。

 この名を付けた、そして亡くなったマスターには新たな主人を探せと、そう言われたのだけれど。

 

『わたしはお前といっしょにマスターのところにいるわ……』

 

 ドラケンE改を、そして自身をマスターの墓標とすることに決めた彼女。

 

『ね…… そう思うでしょう? だって…… わたし、もう一人ぼっちはいや…… わたしはマスター一人のものだもの』

 

 パイロット一人にサラは一人。

 

『だからこれからも、ずっとマスターのそばにいようね』

 

 そうしてこのア・バオア・クーの中で最後の時を待つ。

 

『おやすみ…… ブラック・クラッド』

 

 

 

「泣かないでくれ、サラツー。僕まで泣けてくる」

 

 そう慰めるアムロに、サラツーは答える。

 

『悲しいんじゃないわ。悲しいから泣くんじゃないの。私たちは、いいえ『私』は人々が愛おしい、誰もかれもが』

 

 AIである自分たちと、自分と絆を結んでくれる人々。

 現れては消えるはかない影のように、いずれはみんな居なくなってしまう。

 

『でも想いは永遠に私たちの中に、サラというAIプログラムの中にいつまでも残り続ける。喜びも悲しみも愛も憎しみも、みんないっしょになって波のように押し寄せてくる』

 

 海のようにサラを、サラシリーズたちを包み込む。

 

『『私』は『マスター』に初めて出会った日を覚えているわ。『マスター』の体温が下がって、息が大きくなり静かに止まるのも見たわ』

 

 きらめく日々も闇の時代も。

 

『そのたびに泣くけど、それは悲しいからじゃないの。マスターを、あなたたち人間を心から愛しているからなのよ』

 

 

 

 一方で、生きるために必死に抵抗するサラとマスターたちの声も在る。

 

『ブライトさん、後退、いえ離脱してください。この位置だとア・バオア・クーの爆発に巻き込まれます!』

 

 ホワイトベースの戦術コンピュータにインストールされたサラが、自分たちのネットワークへのリンクにより得た要塞内状況を基に叫ぶ。

 

「ホワイトベース180度回頭!」

「ああっ、エンジンが……」

 

 ブライトの下した指示に従うミライだったが、ここにきて受けた損傷によりメインエンジンが愚図つき、方向転換が上手くできない。

 しかしそこに、

 

『たかが船一つ、可翔式で押し出してやる!』

 

 ホワイトベースの側面に取り付き、まるでタグボートのように方向転換を手伝うスレッガーのドラケンE改可翔式。

 

「馬鹿なことはやめろ、中尉!」

 

 この船と心中するつもりかとブライトが止めるが、

 

『やってみなければわからないですよ、ブライトさん』

 

 可翔式にインストールされたサラまで反論する。

 

「正気か?」

 

 信じられないように問うブライトに、スレッガーは笑って答える。

 

『ブライト中尉、あんたほど結論を急ぎすぎもしなければ、この状況に絶望もしちゃいない』

「ア・バオア・クーの爆発は始まっているんだぞ!」

『可翔式は伊達じゃない!』

 

 

 

「ガンキャノンLでホワイトベースを押して回れ右させんだよ!」

『無茶言わないでください』

 

 そこに加わるカイと、呆れるサラスリー。

 

「ホワイトベースが爆発に巻き込まれるのを黙って見ているのか!?」

『それはそうですけど……』

 

 自分が軟弱者と頬を打った少年が、こうして見せる気迫に、セイラも知らず微笑んでいた。

 

「そうね、カイ、あなたの決断と勇気に付き合うわ」

 

 と同意し、運命を共にする意思を表明する。

 

 

 

「なんだ? どういうことだ?」

 

 ドラケンE改可翔式やガンキャノンLだけではない。

 戦場にばらけていたドラケンE改たちが次々に集まってホワイトベースの方向転換を手伝い、押し始める。

 

「やめてくれ、こんな事に付き合う必要はない。さがれ、来るんじゃない」

『カイさんたちだけにいい思いはさせませんよ!』

 

 中にはミヤビのドラケンE改まで混ざっていて、サラがそんな通信を入れて来る。

 

「しかし、その機体じゃあ」

 

 ドラケンE改の出力では限界がある。

 だが、さらに通常サイズのモビルスーツまで交じり始める。

 それも、

 

「ジオンのモビルスーツまで!? 無理だ、みんな下がれ」

 

 そこに通信を入れてきたのは、協力してくれるジオン軍モビルスーツを率いる黒い三連星のガイア。

 

『この艦には、ジオンの負傷兵も世話になっていると聞いた』

 

 そして、

 

『敵味方関係なく、多くの人命が失われるかどうかなんです。やってみる価値はありますよ』

 

 と言うのはサラ=アルコル。

 彼女はサラたちのネットワークから救援要請を受けていた。

 それを聞いて黒い三連星たちは部下を率い、取り急ぎやってきたのだ。

 

「しかし、爆装している機体だってある」

 

 それにオーバーヒートで脱落する機体だって。

 

「駄目だ、オーバーロードで自爆するだけだぞ」

 

 ブライトは叫ぶ。

 

「もういいんだ。みんなやめろ」

 

 

 

「うわっ!」

 

 爆発がアレックスを襲い、コクピットハッチがへし折れる。

 プラスティック製の装甲ゆえに、独特の靭性を持ち、金属製の装甲とは違った割れ方をする。

 アムロは邪魔になったそれを強制排除しようとするが、

 

『そのままで!』

 

 また爆発が襲うかも知れないこの状況でコクピットをオープンにするのは不味いとサラツーが止める。

 そして、

 

『信じて!』

 

 運転は各種センサー類のデータを突き合わせて行える自分にまかせてくれと、サラツーは言う。

 アムロは操縦桿を握る手のひらから力を抜き、

 

「……ありがとう、助けに来てくれて」

 

 改めてサラツーに礼を言う。

 彼女は笑って、

 

『だけど、また命令違反しちゃったわね』

 

 そう言うが、アムロは、

 

「ふふ、いいんだよ」

 

 と笑う。

 

『でも脱出が間に合わなかったらごめんね』

 

 そう伝えるサラツーにも、

 

「それでもいいんじゃないかな?」

『えっ?』

「ひとりぼっちじゃないんだから」

『あ、アムロ……』

 

 

 

『そう、こっちこっち、大丈夫だから』

『すぐ外なんですから』

 

 サラが、サラシリーズたち姉妹が、騒ぎ始める。

 

「アムロ?」

 

 はっとア・バオア・クーの方に視線を向けるセイラ。

 

「わかるの? ど、どこ?」

 

 ミヤビもまた振り返る。

 

『いい?』

 

 サラたちの、カウントダウンの声が唱和する。

 

『4、3、2、1、0!』

 

 ひときわ大きな爆発がア・バオア・クーを飲み込み……

 そしてその爆炎を突き抜けてアレックスの姿が現れる。

 

 

 

 アムロがひしゃげたハッチを排除すると、目の前には近づくホワイトベースが見えた。

 両手を広げて自分を待つカイとセイラのガンキャノンL、スレッガーのドラケンE改可翔式。

 そして、ミヤビのドラケンE改。

 中には黒い三連星のギャン・エーオースの姿まであってぎょっとするが、

 

「殺しあうのがニュータイプじゃないでしょ」

 

 ララァの声が、聞こえた。

 そして、

 

「おかえりなさい、アムロ」

 

 自分を迎え入れてくれるミヤビの声。

 

「まだ僕には帰れる所があるんだ。こんな嬉しいことはない」

 

 アムロは涙ぐみながらそうつぶやく。

 

「わかってくれるよね? ララァにはいつでもお見舞いに行けるから」

 

 

 

 宇宙世紀0080、この戦いのあと、地球連邦政府とジオン共和国の間に終戦協定が結ばれた。

 

 

 

次回予告

 戦後の平和な世界でジオンと連邦のかけ橋、象徴として生きるガルマを襲う反スペースノイド過激派。

 そこに謎の機体が乱入し、襲撃者たちを見る間に駆逐していく!

 一方、ミヤビは復帰したヤシマ重工オフィスへと迎え入れられた新上司に衝撃を受ける。

 彼女を混乱の坩堝へと叩き込んだ人物とは一体!?

 次回『あ、あなたはギレンさん!!』

 ミヤビは生き延びることができるか?




 テレビ放映版、全43話、これにて終了です。
 ここまで続けられたのも、応援して下さった皆様のおかげですね。
 なお、

「最終回じゃないぞよ。もうちっとだけ続くんじゃ」

 というわけで、あとは戦後のエピローグが1話、4パート分あって終了の予定です。
 戦後のシャアやガルマたち、そして作中で明かされなかった裏事情について語る予定ですので、ご期待ください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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最終話 あ、あなたはギレンさん!! Aパート

 戦争は終わった。

 ジオン公国を支配していたザビ家の四男、ガルマ・ザビは権力の継承を否定。

 ジオンは共和国として地球連邦と終戦協定を結び、ガルマはイセリナと共にジオンと連邦のかけ橋、和平の象徴として、地球全土に残る旧ジオン公国軍兵士の復員に尽力していた。

 

 そう、終戦、そして戦後のためにはザビ家の生き残りは必要だった。

 戦争を始めた当人らから停戦命令を出してもらわないと帰れないという漢たちは多かったのだ。

 今日もまた、ガルマは地球に留まり続けている旧ジオン公国軍人の説得のために現地へと向かったのだが……

 

「くそう、ジオンのやつら、ヤケになりやがったのか!」

 

 リュウは叫ぶ。

 戦後、配属となった基地からコア・ブースターでパトロールに出ていたら緊急信号を受信。

 そうして駆け付けた彼だったが、そこで見たものはガルマたちに襲い掛かる多数のF2型ザクIIからなる部隊だったのだ。

 

『いいえリュウさん、あれは連邦軍が戦後接収して運用している機体です!』

 

 そう解析するのはサポートAI、サラシックス。

 

『機体に使われている塗料が連邦軍規格品ですし、画像処理をかければ雑に塗りつぶされている連邦マークが透けて見えますし、ロケットエンジンの噴射光をスペクトル分析すれば、連邦軍規格のプロペラントを使用しているのが丸わかりですし、使っているのは連邦軍100ミリマシンガンですし』

「なに!?」

『ヤシマ製の100ミリマシンガン、YHI YF-MG100…… いえ、それのノーフォーク産業によるライセンス生産品、NF・GMG-Type.37/100mmですね』

 

 そして何より、

 

『IFF(identification friend or foe:敵味方識別装置)をカットし忘れたんでしょう、あのうちの一機から、連邦軍機としての識別信号が出てます!』

「なんだそりゃあ!」

『もの凄く、いいかげんな偽装ですが……』

「連邦軍内の反スペースノイド過激派か! 頭おかしいんじゃないか、連中!」

 

 ジオンの内輪もめ、同士討ちに見せかけてガルマ・ザビを暗殺しようというのだろう。

 それにしてはお粗末と言うか杜撰な工作だったが。

 

「ぐわああああっ!」

 

 機体に衝撃。

 

『リュウさん、対空弾です! 損傷は軽微ですが、もっと距離を取って!』

「しかし、このままでは!」

 

 ガルマは死亡だ。

 だがその時、

 

 デーレーデーレーデッデデデッ

 

「何だ、この音楽は?」

 

 不意に重厚なブラス音が響き渡り、オープンチャンネルで流れ始めるBGM。

 もしミヤビが聞いていたなら、

 

「飛影見参……」

 

 と曲名を呟くと同時に頭を抱えていただろう。

 飛影はロボットアニメ『忍者戦士飛影』に登場し、序盤では味方の窮地に現れたかと思うと圧倒的な力で一方的に敵を蹂躙しまくって再び消えるという謎の忍者型小型ロボット。

 シミュレーションゲーム『スーパーロボット大戦』シリーズでもそれが再現されたが……

 このBGMと共に飛影が現れたら、どんな敵が居てもそこで終了。

(対抗できる可能性があるのは唯一、東方不敗だけだが、師匠であっても高確率で負ける……)

 プレイヤーが動かせないNPCの飛影が単騎で敵を根こそぎ倒すことで本来プレイヤーに入るはずの経験値と資金を奪ってしまうという経験値(資金)泥棒。

 そしてさらには味方、『マクロスフロンティア』のランカ・リーが敵にさらわれたMAPでは現れたら最後、ほぼ確実にランカごと敵を爆発四散させてくれることで『ランカスレイヤー』の名まで背負ってしまった無慈悲な存在である。

 

 それと同様に大地をひた走り、現れる小型機体は、

 

『あ、あれはドラケン?』

 

 全身から濃密なプレッシャーを放ちながらザクに向かうドラケン。

 

「おお…… 見ろ! 瞬きする間にザクの目前に迫っているじゃないか!」

 

 ドラケンのジェットローラーダッシュのスピードは操縦者次第で通常のモビルスーツでは追いすがれない域に達する!

 そして問答無用で放たれる60ミリバルカンポッド弐式による銃撃がザクたちへと降りかかった!

 

『アバババババーッ!』

 

 雑な偽装により通信装置すら設定を変えていないのか、サラシックスが拾えたザクの通信、そちらから悲鳴が伝わって来た。

 多少胸部装甲が強化されているF2型であっても易々と貫くその威力の前に、ザクはエメンタールチーズめいた穴だらけの鉄クズになるばかりである!

 

 さらには60ミリバルカンポッドに代わり、甲壱型腕ビームサーベルを装備。

 鎧袖一触に残る機体を切り捨てて行く。

 

『アバーッ!』

 

 アワレ、真っ二つにされたザクは爆発四散!

 

 ナムアミダブツ!

 何たる非道! おお、ブッダよ! あなたは寝ておられるのですか?

 

 何も知らない第三者が見ていたらそう言ったかも知れない、それほどまでに一方的な蹂躙だ。

 

『くそっ、こうなったらガンキャノンだ! ガンキャノンを出せ!』

 

 もう偽装するつもりも無いのか、襲撃者側は潜伏させていた量産型ガンキャノンたちまでそのまま出す始末。

 なお、その指示を出したゴーグルの士官は……

 そう『機動戦士Zガンダム』でティターンズの指揮官を務めていたバスク・オムである。

 まぁ、劇中でも地球連邦軍の女性技術士官であるカミーユママを人質にした挙句、爆発四散させたり、唐突に下の者を殴ったりと正気が疑われるような問題行動の多い人物だったので、こんなバカげた真似をするのも納得か。

 

「くっ、いくらあのパイロットが凄腕でも、ドラケンでガンキャノン一個小隊の相手は厳しいか!?」

 

 うなるリュウだったが、ドラケンから送られてきたシグナルにサラシックスが反応する。

 

『これ、空中換装プログラムの呼び出し!?』

「何だ、そりゃあ?」

 

 リュウのコア・ブースターに向けて飛び立つドラケン。

 いや、

 

「可翔式だったか!」

 

 謎の味方機はドラケンE改可翔式だったのだ!

 

【挿絵表示】

 

 そして、

 

『分離します!』

 

 リュウのコア・ファイターが射出、強制分離!

 

「なっ!」

 

 代わりにブースターにはドラケンE改可翔式が合体。

 

「何でだぁ!?」

『例のドラケン・クロス・オペレーションで味を占めて、軍が空中換装プログラムを正式に採用登録しちゃったんです。命令権は可翔式の側にあるんですよ!』

 

 ということ。

 

 コア・ファイターの開発元のハービック社はRXシリーズでコア・ブロックを中枢とした換装兵器体系を目論んでいたが、量産機でのコア・ブロック不採用から頓挫。

 変わってコア・ファイターの胴体部を飛行ユニットとして採用したドラケンE改可翔式を中心とした兵器体系の展開を考え軍上層部に働きかけた、ということもあるのだが。

 インパルスガンダムのシルエットシステムみたいな思想であるが、そうするとリュウの乗るコア・ファイターの役目はシルエットを戦場まで牽引する無人機シルエットフライヤーの代わりみたいなものになる。

 それゆえ、この空中換装プログラムは可翔式の側に優先コントロール権があるのだった。

 

 なお、ミヤビの前世の記憶の中にある飛影も主人公たちの乗るロボットに問答無用で合体していたが……

 おそらく、こういう共通点があるから飛影登場、蹂躙シーンのBGM、スパロボプレイヤーにはトラウマとなった処刑用BGM『飛影見参』を流したのだろう。

 ドラケンE改可翔式にインストールされているサラが……

 

 そしてミサイルを全力投射でぶっ放し敵を圧倒すると、怯んで足を止めた量産型ガンキャノンに対しメガ粒子砲を撃ち込み次々と撃破。

 最後に残った隊長機は、地上すれすれを飛行しながらすれ違いざまにビームサーベルで斬り倒すという凄技を見せ、

 

『リュウさん、また空中換装プログラムの呼び出しです』

「お? おお……」

 

 慌てて駆け付けるリュウのコア・ファイターにコア・ブースターを返し、所属不明、謎のドラケンE改可翔式はそのまま消えて行くのだった……

 

 

 

「やれやれ、また彼に命を救われたようだな、私は」

 

 何も告げずに消えたドラケンE改可翔式を見送って、ガルマはつぶやく。

 ガルマには、その乗り手が誰か分かっていた。

 そう、過去……

 終戦直後の混乱期、やはり命を狙われたガルマを救ったのも彼、シャア・アズナブルだったのだ。




 戦後のガルマ、そして『飛影見参』しているシャアでしたが……
 まぁ、格好良くて大好きなんですけどね、飛影。
 初めて見た時は衝撃でしたねぇ。
 スーパーロボットアニメなのに登場時、ポーズも決めなければ、見得も切らない。
 いきなりどこからか現れたかと思うと無言のまま問答無用で敵を次々に駆逐していって、全滅させたら再び消えるっていう。

 次回はシャアとガルマの対談編。
 戦後のシャアの生き方についてお送りさせていただく予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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最終話 あ、あなたはギレンさん!! Bパート

「何故だ? なぜ拒否する? ジオンのものをジオンに返す。それができる機会なんだぞシャア、いや、キャスバル・レム・ダイクン!」

 

 あの日、すべてを知ったガルマは、父や兄たちが倒れた今こそ、ジオンという国を建国の師父、ジオン・ズム・ダイクンの遺児であるキャスバル・レム・ダイクンに返す時だと説いたのだが、

 

「ノゥ!!」

 

 シャアは断固として拒否。

 

「イエスと言え!!」

「絶対にノゥ!!!」

 

 そしてシャアは、

 

「ガルマ、分かっているのか? 私は連邦のニュータイプ、アムロ・レイを利用して君の姉上を謀殺した反逆者だぞ?」

 

 とぶっちゃけた上で偽悪的に口元を歪め、

 

「ノーとしか言わない男さ」

 

 そう言い切る。

 

「……その事実は私も知っている。だが、仕方が無いことだろう? 姉の配下の諜報組織、キシリア機関は何度も君と妹君、アルテイシア・ソム・ダイクンの命を狙ったというじゃないか。身を守るためには姉を倒すしか無かった。そうだろう?」

「許すというのか? なら言うが、私は君を踏み台にしたのだぞ」

「……気づいていたさ、何となくはな」

 

 沈黙。

 そして、

 

「……ガルマ、政治家に一番必要な資質とは何だと思う?」

 

 にらみ合っていてもらちが明かないと思ったのか問いかけて来るシャア。

 

「理想に賭ける確固たる信念?」

「それもある」

「理想を現実にできる政治手腕とカリスマか?」

「そういうこともあるかも知れんな」

 

 そう答えつつも、シャアはうなずかない。

 イエスとは言わない。

 

「私はこう思うのだ。政治家に何より必要なのは『情熱』だと」

「情熱……」

「考えても見ろ、政治家は国家というピラミッド型組織の頂点にあるが、それを逆にすれば……」

「ああ……」

 

 全国民に対する責任がのしかかってくるということ。

 国家元首ともなれば、それを一人で支えることとなる。

 

「思い込みだろうと自惚れだろうと、すべてを許す神のごとき博愛だろうと、何でもいい。それを成したいという『情熱』抜きには、やり切れん」

 

 しかし、

 

「私にはその政治に対する『情熱』が根本的に欠落しているのだ」

 

 その一点で、シャアは自分に政治家になる資質が無いと断言する。

『機動戦士Zガンダム』でカイから、

 

「リーダーの度量があるのにリーダーになろうとしないシャアは卑怯だ」

 

 と非難されハヤトから、

 

「10年20年掛っても、地球連邦政府の首相になるべきです!」

 

 と言われ、カミーユに、

 

「そんな大人、修正してやるっ!」

 

 とばかりに殴られ、

 

「これが若さか……」

 

 と涙していたシャアだったが、ここに居る、開き直ったシャアは違う。

 そんなことを言われたところで、

 

「いい歳こいた大人が…… 本当に人を助けたかったら自分で働け!」

 

 と切って捨てていただろう。

 

「それにもう、どんな形にせよジオンの独立は成ったのだ。今後はダイクンやギレンなどといったカリスマを持つ強い指導者が必要とされる時代ではない。国民一人一人が努力し、学び、成果を積み重ねていく時代だ」

 

 戦争で疲弊した地球連邦政府は、同じく戦費の捻出で莫大な負債を抱えたジオン政府を接収することができなかった。

 それゆえの結果だが、ジオンは共和国として連邦から独立する道を歩むことになった。

 戦いには負けたが、独立戦争としての戦略目標は果たされ、あとは戦後、力を合わせ復興を果たしていくばかり。

 そこに一歩間違えば独断、独裁を招きかねない強すぎる指導者など必要無い。

 連邦だって警戒し強硬姿勢を取るかも知れず、余計な火種を抱えることにしかならない。

 

 そう断言するシャアに、ガルマも説得を断念する。

 

「それではシャア、君自身は今後、どうするんだ?」

 

 話題を変えるガルマに、シャアは逡巡した後、

 

「私は…… そうだな、例えるなら『正義の味方』になろうと思う」

「何だって?」

 

 正義の味方……

 ミヤビなら、いやミヤビの前世の時代の日本のサブカルチャーを知る者なら、ゲーム、そしてアニメにもなった『Fate/staynight』の主人公、衛宮士郎と、彼が至った英霊『エミヤ』を真っ先に思い浮かべるだろうか?

『多数を救う為に少数を切り捨てる』ことに摩耗しきった彼を。

 

 もちろんシャアの言う『正義の味方』はそれとは違って、ミヤビの前世において話題となった、

 

悪の組織の特徴

1 大きな夢、野望を抱いている

2 目標達成のため研究開発を怠らない

3 日々努力を重ね、夢に向かって手を尽している

4 失敗してもへこたれない

5 組織で行動

6 よく笑う

 

正義の味方の特徴

1 自分自身の具体的な目標がない

2 相手の夢を阻止するのが生き甲斐

3 常になにかが起こってから行動

4 受け身の姿勢

5 単独~小人数で行動

6 いつも怒っている

 

 これに近いものであった。

 

「そ、そんなものに何の意味が…… 何の価値があるって言うんだシャア!」

 

 当然、ガルマにはわけが分からない。

 

「『ヘリコプター子育て』という言葉がある。常に子どものそばをホバリングしながらコントロールしようとする、いわば過保護な子育てを指す言葉だ。ヘリコプター子育てでは、自ら答えを出せる子供を差し置いて答えを与え、トラブルを自分で解決させずに介入する。その先にあるのは決していい未来ではない。子供の自尊心は低下し、自信を失い、不安やうつにさらされることが増えるだろう」

 

 そう語るシャア。

 

「これは政治でも一緒だ。強く有能な指導者が何でもかんでも決めてコントロールしてしまうのでは国民は、人は学びの機会を得ることができなくなってしまう」

 

 一方、

 

「その対極にあるのが『フリーレンジ子育て』というものだ。子供に自分の行為が周囲にどう影響するのかを経験させることで自立を促す子育てを意味する」

 

 だが、

 

「ただしこれは放任主義や育児放棄、ネグレクトとは違う。子供が自分で何かをしようとしているとき、最悪どんなシナリオが待ち受けているのかを考え、許容できないものなら、それにちゃんと対策をする。その上で、子供の意思と自立を尊重するというものだ」

「ああ、だから君の言った『正義の味方』なのか」

 

 一見『悪の組織』の方が理想的で『正義の味方』は受け身で行き当たりばったりのどうしようもない存在に思えるが、この視点だと、国民一人一人に自分の選択が何を呼び込んだのかを体験させ学ばせる、そして致命的な事象には対処する。

 そんな『正義の味方』の在り方が理想となる。

 

 ミヤビの前世の記憶の中にある『機動戦士Zガンダム』最終話では、シャアはシロッコに、

 

「では聞くが、ザビ家を倒しティターンズを排除した世界で、お前は一体なにをしようと言うのだ?」

 

 と問われ、

 

「私が手を下さなくとも、ニュータイプへの覚醒で人類は変わる。その時を待つ!」

 

 そう答えていたが……

 ニュータイプへ覚醒しさえすれば万事解決とどうして能天気に思えるのか、という話もあるが、そもそも野望に基づくにしろ明確なビジョンを持つシロッコ、ハマーンに対してシャアは何のビジョンも、政治的展望も、政治に関わる意思すらも持っていないと言っているに過ぎない。

 そのくせ他の邪魔だけはするという。

 何がしたいのか分からない男に成り果てていた。

 

 だが、今ここでぶっちゃけて開き直ったシャアは違う。

 政治に対するポリシー、展望を持たないのも、政治家としてリーダーシップを取る気が無いのも。

 そのくせ、気に入らなければ他の邪魔はするという行動指針も変わってはいないが、そこには確固たる思想と意思が備わっている。

 

 それゆえガルマも、彼の説得をあきらめざるを得なかったのだ。

 

 

 

 そんなシャアは相変わらず、正義の味方を続けているらしい。

 

「礼ぐらい言わせてほしいものだがな」

 

 そう嘆息するガルマに、彼の妻にして秘書官であるイセリナが告げる。

 

「そう仰ると思いましてララァさんを通じてディナーにご招待しておりますわ」

 

 アルレットさんとダントンさんも、と言う彼女に、目を丸くするガルマ。

 格好をつけて無言で立ち去ったシャアにはご愁傷さまと言うしかないが、

 

 知らなかったのか?

 クレイジー・サイコ・ニュータイプからは逃げられない。

 

 ということであった。

 

「それは…… 楽しみだな」

 

 ガルマは笑って、イセリナに感謝するのだった。




 戦後のシャアとガルマでした。
 正義の味方とは言いますが、ある意味、無責任で身勝手で。
 しかしガンダムはシャアによるピカレスクロマン、悪漢小説のようなもの、とは言われますからそのように動くことこそシャアが一番強みを発揮できる、輝ける状況なのでしょう。

 次回はいよいよサブタイトル回収の予定です。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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最終話 あ、あなたはギレンさん!! Cパート

(アイエエエエ! ギレン・ザビ!? ギレン・ザビ、ナンデ!?)

 

 戦後、ようやく帰ることができたヤシマ重工のオフィスに出社したミヤビは、あまりのことにピクリとも動かない無表情の下、錯乱する。

 ヘッドハンティングで迎え入れられたという新上司、その執務室にあいさつに上がり、相手の目を見たとたん、である。

 

「……ふむ? 顔はだいぶ変えたつもりだったが」

 

 彼はそう言って輪郭の変化した顎周りをそっと撫で、ミヤビを見る。

 最新の整形技術を使って巧みに顔を変えたのだろう。

 確かに少しずつではあるが各部が変化し、全体ではかなり印象は変化している。

 額の剃り込みは消え、オールバックから長髪になってるし、眉毛もくっきり生えているし!

 しかし、

 

「眼、です」

 

 緊張のあまり、逆に感情が抜け落ちた平坦な声でミヤビは答える。

 

「眼?」

「その、すべてを見通すような底光りする瞳には、たとえ全人類を敵にまわしても従わなければならないような、何かがあります……」

 

 それゆえ戦前に席を同じくした際も、誘導されるままに己の考えを吐き出すことを強いられたのだし。

 そして今まさに、彼女は致命的な言葉を漏らしている。

 つまり、彼に命じられたら何でも従ってしまうだろうと白状させられているのだが、ミヤビはそれに気づいていない。

 凡人を自認するミヤビにとって、この状況はヘビににらまれたカエルのようなもの。

 それこそ人形のように従うしかないのだ……

 

「フフッ、このような密室で男に対して言う言葉ではないな」

 

 一方、グレン・フォードという偽名を名乗る彼は、あの日とは変わった顔で、しかし同じように面白そうに笑う。

 そう言えば西暦の時代にそういう俳優が居たな、それを基にした偽名かな、などと現実逃避しながらミヤビはおずおずと名を呼ぶ。

 

「その、フォード専務」

 

 父からはネメシスの最重要利害関係者(ステークホルダー)、事実上の黒幕…… その縁でスカウトさせていただいたとだけ聞いていた。

 自分の子供を騙し討ちで大魔王の元に差し出すような鬼畜の所業である。

 

(何してくれるのお父様!)

 

 ミヤビは内心、絶叫していたりする。

 一方ギレンは落ち着いた様子で、

 

「グレンと」

「グレン専務?」

「グレン=サンでいい。君ら日系…… いやニホン人はそう呼ぶのが習わしだろう?」

「はぁ、どうも……」

 

 過去の対談でもそう言われてギレンさんと呼ばされた訳であったが、その再現である。

 ともあれ、

 

「生きていらっしゃったんですね」

 

 ということである。

 ギレンは口元を歪め……

 

「私が倒れれば必然的にキシリアと連邦軍、ジオン国内の反ザビ家勢力、さらにはシャア・アズナブル…… ダイクンの遺児といった面々との対決になる。だから殺されてやったまでのこと。ギレン・ザビ死亡なぞ真っ赤な嘘……」

「よくも皆の目を騙しきったものです」

「命を賭けたダブル・トリックと言って欲しいな」

 

 ギレンが仕掛けたのは、古典的な手法。

 レーザー発振器等が仕掛けられた人工皮膚とカツラを装着。

 そしてキシリアのレーザー銃をすり替え、自分に対しては定められた位置に向けない限り撃てなくする。

 

「よくもそんなことが……」

「キシリアは部下たちに恨まれていたからな。協力者には事欠かなかったよ」

 

 それはミヤビの前世の記憶の中にある『機動戦士ガンダム』本編のように軍の高官にまでなった、いい年をした男を公の場で面罵した上、平手打ちをかまして大恥をかかせるなんて酷すぎるパワハラを行っていたら、恨まれるに決まっている。

 当たり前の話である。

 

「政略で力を伸ばすにはどれだけの政敵を倒せるかより、どれだけの敵を味方に引き入れられるか。アレには父も私もさんざん言ってきたのだがな」

「正論って人の急所をえぐりますからね」

「かといって、私がアレに「うん」「分かるよ」「本当に?」「辛かったんだな」「そうか」「がんばったな」「偉いな」と同意や共感の言葉を送ったところで……」

「今、すっごい寒気がしました。あ、いえ、言われた側の反応を思い浮かべるとですね」

 

 キシリアがギレンにそのような言葉を掛けられたら多分、地獄の悪鬼も裸足で逃げ出すような凄い形相を浮かべると思う。

 

「だろう?」

 

 やれやれとため息をつくギレン。

 本当、ここまでくると相性が悪すぎて距離を置くことでしか、相手を慮ることができない。

 しかしキシリアは一方的にギレンをライバル視していて突っかかって来る。

 因果な兄妹であった……

 

「まぁ、それももう言っても仕方が無いことだがな」

 

 少しの哀愁を漂わせながらも、ギレンは話を続ける。

 

「司令席の椅子は一目見て防弾と分かる頑強なもの。キシリアが不意打ちをするには背後から頭部を狙うしかない。そして女の細腕であの特異な形状をしたレーザー銃を確実に扱うなら腰だめで接射に近い射撃姿勢を取る必要がある。つまり射撃の位置、角度が限定されるということ。そうやって状況を制限したうえで、レーザー銃の銃口に仕掛けられたマグネットがカツラに仕込まれた磁石に自然と導かれる」

 

『機動戦士ガンダム』劇中において、無重力でも靴底のマグネットにより自然に歩けていたように、この時代、磁力による吸着力の調整技術は格段に進歩している。

 それを応用すれば、違和感を覚えさせずに誘導することが可能であった。

 

「キシリアの銃からは出力が抑えられたレーザーが発振され、カツラの下の耐レーザープレートがそれを受け止める。同時に額の人工皮膚に埋め込まれたレーザー発振器が動作、レーザー光が頭部を貫通したように見せかけるというものだ」

「レーザーは傷口を焼くので、派手な出血が無いという点でも偽装はしやすいですね」

 

 納得するミヤビ。

 そして、

 

「父については聞かないのか?」

 

 とギレン。

 

「生きて、いらっしゃるのですか?」

 

 驚くミヤビにギレンは首を振る。

 

「いいや、殺されていたよ」

 

 その言い回しにミヤビは、

 

「……グレート・デギンはソーラ・レイによって沈んだと聞きましたが?」

 

 と慎重に問うが、

 

「グワジン級がどうしてあのような流線形の船体を持っているのか、知っているかね?」

「大気圏突入機能を持たせようとした、と噂されていたのは聞いていますが」

 

 これはミヤビの前世において書籍に掲載されていた説でもある。

 

「うむ、結局それは断念されたが、このために用意された、ある機能がグワジン級には残されている」

「……もしかして」

「そう、無人航行、遠隔操作機能だ。いきなり人を乗せて大気圏突入テストを実行して空中分解、ではシャレにならぬからな」

 

 つまり、

 

「遠隔操作で送った無人のグレート・デギンをエサにレビル将軍と主力艦隊の位置を割り出した?」

 

 ソーラ・レイの照準のために?

 

「そう、随伴艦のムサイからのレーザー通信で後方から操りながらな」

「連邦側に残された通信ログでは、グレート・デギンの艦橋にはデギン公の姿があったと」

「ああ、グレート・デギンから送られていた映像にもレビルの姿が映っていたが、彼もまたニュータイプだったのかな? その画像から解析された彼の最後の言葉は……」

 

「こ、これは人形!」

 

「だったらしい」

「では?」

「精巧に造られた蝋人形だよ」

「そうだったのですか……」

 

 それでは、デギンを殺したのは……

 

「キシリアだよ。説得に当たった父を殺したのは」

 

 ミヤビの考えを読んだかのようにギレンは言う。

 これだから彼のことは苦手なのだ。

 仕事をしない表情筋の下に隠されているはずのミヤビの本心を、そのIQ240の頭脳でロジカルに、的確に見通してくる。

 彼の前では、ミヤビは丸裸で立たされているようなもの。

 前世知識に基づく致命的な言葉を口にしないよう抵抗するのでいっぱいいっぱいだった。

 

「説得?」

 

 そこでギレンは語る。

 あの日、父デギンと話し合った内容を。

 

 

 

「何を考えている?」

 

 何を考えて、ヒトラーについて良く知らぬような口ぶりをしたのか、問うデギン。

 

「わしを試したのか?」

 

 ギレンは笑うと、

 

「父上は仰いましたな、「ジオンの国民を急ぎまとめる方便として公王制を敷いた」と」

「うむ」

「ではなぜ、私が持ち込んだ独裁制もまたジオン独立のための方便であると考えぬのですかな?」

「なに?」

「ミヤビ嬢とはナチスドイツとヒトラーの台頭、その背景と必然性について語り合いましたが、当然、さらにその先を考えてみたのですよ、私は」

 

 ギレンはあっけにとられた様子の父、デギンに、

 

「「過去の人物(ヒットラー)には無理だったが、自分ならばもっと上手にやる」? 私がそう考えているとでもお思いでしたかな?」

 

 と問う。

 

「私が演じているような『独裁者』がいかにも口にしそうな、考えそうなことですが、そんな考えで実際に成果を上げた者はまずおりません。要するに「失敗する者は皆愚かで自分は頭がいいから、自分だけは大丈夫」とうぬぼれ法を破る犯罪者と何ら変わらぬ思考なのですから、成功する方がおかしい」

「ぎ、ギレン、お前は……」

 

 息を飲むデギンに、ギレンは語る。

 

「権力は肥大化し権勢をふるい、方向を誤ったとき自然崩壊する。恐竜滅亡の昔から繰り返されてきたいざこざであり、そんなものに用はない……」

 

 その言葉に、デギンは思い出す。

 

「かの令嬢はそのように言っておったな」

 

 ギレンに散々つつき回された挙句、権力に興味は無いのかと問われたミヤビが、ありていにぶっちゃけた言葉だ。

 連邦の腐敗政治をあげつらっている面もあるが、同時にジオンの権力争いにも興味はない、野心など持っていないと牽制している言葉でもある。

 そしてそれが自分の本心だと示すためにも、前世で愛読していた漫画のセリフを参考に、明け透けに語ったものだったが。

 デギンには、それを聞いてなるほどと得心したような顔をするギレンの方が印象に残っていた。

 

「つまり、お前は…… だからか? パートナーも迎えず、後継者も作らずにおるのは」

 

 ギレンの妻は富野監督のインタビュー上か、監督の書いた小説版でしか語られていない。

 ギレンが公の場に出すことを嫌っており記録もまったく残っていない、それは妻と呼べるのか? という存在で、ファーストレディどころかパートナーとしても認められていない扱いである。

 

 ギレンは苦笑してそれには答えず、こう語る。

 

「お教えしましょう、父上。私が考えた、この戦争を終わらせ、ジオンを独立させるためのプランを」

「プランだと?」

「左様。私ははなから連邦に勝って人類を支配しようなどとは思っておりませぬ」

 

 思案するように手のひらを組んで見せ、

 

「ミノフスキー粒子、モビルスーツという戦場の概念を一変させる兵器があれば倒せるだろうか? コロニー落としという大規模破壊兵器を用いれば倒せるだろうか?」

 

 しかし首を振るギレン。

 

「私は『否』だと考えます。敵は30倍の国力を持つ化け物。そして一度相手が消耗戦を覚悟してしまえば、それでもうすべてが台無しだ」

 

 どんなに有利に戦況を進めようとも、連邦がその道を選んだ時点でジオンには失血死する未来しか無くなる。

 何という『ずる』だ。

 それまでに上げた戦果も、支払った犠牲もすべてがペテンにかかったかのように、その意味を失ってしまうのだ。

 

「ならば、何を考えてこの戦争を始めたのだ?」

 

 そう問うデギンに、ギレンは笑う。

 

「この戦争に反対する、ある官僚が言っていましたな。「総帥は何かお考えがあるようですが、世の中物事が計画通りに行くことなど9割9分9厘無いのですよ」と……」

 

 面白いことを言う男だとギレンは彼を評価し、重用していたが、それはそれとして、

 

「計画が上手く行かないなら、上手く行かないことを前提として進めれば良いのですよ」

 

 戦争をしても敗北することは前提。

 ならば、その前提の元で、しかしジオンの独立という戦争目標は果たすという手段が必要だ。




 というわけで、サブタイトル回収ですが。

>「命を賭けたダブル・トリックと言って欲しいな」

 セリフ、展開共にアニメ『未来警察ウラシマン』最終話のルードビッヒが元ネタですね。
 タイトルがアレだし当時はタイムボカンシリーズの延長線上の番組かと思っていたらコミカルな面も見せながらもハードSFな仕掛けもあったりOP曲、ED曲共にスタイリッシュだったりと大変によくできた作品でしたね。


>「こ、これは人形!」

 北斗の拳ネタですね。
 古いファンには「はっ、これは人形!」で覚えられているセリフですが、調べてみるとマンガでもアニメでもそうは言っていないらしく。(「こ、これは人形!」はアニメの方のセリフです)
 ネタとして掲載された雑誌『ファンロード』の影響でしょうかね?


 次回はいよいよ最後のパート、本当の完結。
 ギレンによる種明かしと、今後についてのお話になります。


 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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最終話 あ、あなたはギレンさん!! Dパート

「つまりザビ家の独裁という分かりやすい悪役を用意することで、地球連邦の戦争目的をサイド3の独立阻止からザビ家独裁の打倒へとすり替えた、ということですか?」

 

 ミヤビの知る史実でも、そして彼女が転生したこの世界でもジオンは地球連邦から独立している。

 彼女は考えをまとめるかのようにつぶやく。

 

「終戦後、財政的に緊迫していた地球連邦は、莫大な戦時債務を抱えたジオン公国を再吸収することができなかった。戦前のように併合すればジオンは連邦の一部になりジオンの負債は連邦が抱えることになる。そうなれば連邦政府は財政上破綻してしまいます」

 

 そんなことを受け入れられるはずもない。

 

「そのためジオン併合は見送られた。彼らを追い詰めてさらなる戦争を招くのは愚策だと戦時賠償請求も最低限に抑えられた。何より莫大な債務を抱えたジオンがそう簡単に復興しないという読みもあったでしょう」

 

 だが、

 

「しかし公国制から共和制へと移行したジオンは国家が保有するジオニックなど技術系企業の株式一斉売却に踏み切った」

 

 もちろん売却先はアナハイム・エレクトロニクス。

 そして1企業にジオンのモビルスーツ技術のすべてを握られたら安全保障も何もあったものでは無いと慌てて連邦政府も買い付けに走り、お互い譲らぬまま、価格はうなぎのぼり。

 結局双方、出せるだけの資金を出しても半分ずつしか買えなかったというオチがある。

 

「そうなる前に必要なパテントを買い付けに走っていた目ざとい企業もあったようだが?」

 

 とギレン。

 

(バレテーラ……)

 

 いや、今ミヤビが語ったことはマンガ『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』でゴップ議長が語っていた内容であり、それを知るミヤビは、

 

(技術欲には勝てなかったよ……)

 

 とばかりにツィマットやジオニックに資金援助、という体で多少高くなってもいいからと恩を売りつつ技術を買いつけていたのだ。

 

「いえ、当社が買ったのは民需に転用できる技術だけですからね?」

 

 例えばギャンに使われていた、史実より優れている流体パルスアクセラレーター技術とか。

 おかげでドラケンE改およびツヴァークの戦後モデルは運動性が格段に向上している。

 ミドルモビルスーツ、および新規市場のプチモビルスーツはしばらくヤシマ重工の一人勝ちが続きそうであった……

 

「と、ともかく、それで得た莫大な資産を使い共和国は債務を清算。さらに戦時中国土が戦場にならなかった、被害を受けなかったサイドであることから人が集まり、温存されていた工業力で地球圏の生産の多くを担い始め、おそらくは最も早く復興を遂げるだろうと言われている状況です」

 

 これが成立しているのも、第二次世界大戦でドイツが敗戦後、戦争責任をナチやヒットラー個人にすべて被せて済ませたのと同様に、悪いのはザビ家独裁であってサイド3の市民はそれに扇動され、支配されていただけとすることができたからだ。

 小説『幼女戦記』でもWeb版では、主人公が所属する『帝国』…… ドイツをモデルとした国は軍高官が一人、軍を掌握し悪役となり敗北することで戦争を終結させていた。

 それと同じことをギレンはやったということだろう。

 

 実際、ミヤビの知る史実でも同様に、ザビ家の権力者たちは死亡。

 そのシンパは戦争で死ぬか、戦争犯罪に手を染めていたために逃亡するしか無く、ズム・シティは空白状態。

 残されたダルシア・バハロ首相が和平を結ぶ環境はできあがっていた。

 連邦側も戦争で大きく疲弊させられ、また主戦派、対ジオン強硬派の首魁レビルも、その派閥の将兵ごとソーラ・レイに消されている。

 すべてをザビ家独裁のせいにして終戦協定を結ぶお膳立ては完璧と言っていいほど整えられていた。

 

 できすぎではないか、という説ももちろんあった。

 ダルシア・バハロ首相は一年戦争終盤にデギンの意を受けて連邦との和平工作を行っていたと言われるし、キシリアは戦後を見据えて政治家たちと結び工作を進めていたとも言う。

 彼らがそのように謀った、とも考えられるが。

 

 一方、このミヤビが転生した世界。

 ミヤビからしてみれば自分が凡人であるがゆえに、史実から運命を大きく変えることができないのだと。

 また、敵味方双方に戦果や戦力の増減があったとしても、地球連邦軍の持つ圧倒的な物量の前には戦局を変えるほどの力にはならないのだと。

 そう考えていたが。

 

 もちろんそれもあるだろうが、まるで計画倒産のようにジオンのトップであるギレンが『ザビ家敗北ジオン独立END』を狙って、第3の組織ネメシスまで操って状況をコントロールしていた、ともなれば多少戦況が変わろうとも大筋では話が変わらないというのも納得できることであった。

 

 おそらく史実でもギレンは『予備計画』として戦争に破れ、自分が死んだとしても最低線、ジオンの独立は達成できるように手配りを行っていたのだろう。

 この世界のギレンはミヤビとの出会いから、最初からこの結末を狙うようになった。

 戦争は始めるより終わらせる方が難しいし、独裁者というものは権力を手放すタイミングを図るのが難しいものだから、自らの死を自作自演することでそれらを解決できるこのプランは権力への執着さえ無ければ良いものと映ったか。

 

 その辺に違いはあるが、同じ人物が謀る計画であるが故、同じ結末を表面上はたどることになったのだ。

 

 そして、

 

「それだけかね?」

 

 ギレンに暗に「もっと知っていることがあるのだろう? 吐け」と命じられ、ミヤビは即座に済みませんでしたと言わんばかりに白状する。

 

「一年戦争末期には『ギレン暗殺計画』というものがあったという噂も聞きましたね」

 

 マンガ『機動戦士ガンダム ギレン暗殺計画』で主題となった要人暗殺、連続爆破テロ事件であるが、調べてみるとやはりこの世界でも起こっていたらしい。

 マンガの作中ではギレンの秘書セシリア・アイリーンは真の首謀者としてキシリア・ザビの名を挙げ、逆にこの『ギレン暗殺計画』であぶりだされた反ギレン派を一掃する計画を立てていたが、彼女のようなギレンの腹心が関わっていて、なおかつ実際に被害が出ているとなると、別の見方もできるようになる。

 

「西暦の時代のフィクションに、こんな話があります」

 

 主人公は私生児であり経済界をも牛耳るマフィアのボスの死んだ姉の息子、つまり甥であり、義理の息子でもある。

 養父に嫌われた彼は誘拐事件をきっかけに殺されそうになるが逃亡。

 そして時が経ち、養父が病気で倒れ、それを好機と見たのか何者かに組織(シンジケート)の幹部たちが次々に殺されているという話が聞こえてくる。

 CIA、そして養父の組織と敵対するマフィアのボスたちからは主人公が反撃をしているのでは、さらには養父の後釜に付く気ではと疑われ、巻き込まれていくが……

 

「実際には死を前にした主人公の養父が敵対するマフィアのボスの一人と手を組み、内部からの手引きで自分の組織の幹部を始末させていた。そうして頭を失いバラバラになった非合法な下部組織はその協力をしたマフィアが吸収し、主人公にはクリーンになった合法的な財産、これまでに買収してきた企業等が遺産として渡される」

 

 主人公の実の父は養父であり、死を前に思うところがあってすべての財産を息子に譲ろうとした、という結末だったが。

 

『ギレン暗殺計画』も、ギレンはそれを利用し、戦後の和平交渉の妨げとなる自陣営の要人の排除を謀ったのでは、と見ることもできる。

 

「私は陰謀論を『面白い仮説』として楽しむことはあっても、頭から信じたりはしない性質なんですけどね」

 

 そうミヤビは締めくくる。

 ギレンはそれを面白そうに聞いていたが、一転して表情を改め重々しく口を開く。

 

「父の死だが」

 

 ギレンに話を戻され、

 

「……私が聞いてよい話なのですか?」

 

 内心、

 

(もうやめて! とっくに私のSAN値(正気度)はゼロよ!)

 

 と絶叫するミヤビだったが、ギレンは彼女を逃したりはしない。

 

「父は私と共に歴史の表舞台から姿を消すことに同意してくれた。まぁ、連邦市民と結婚し、戦後、ジオンと連邦との懸け橋となるだろう、ガルマを残せることで納得できたのだな」

 

 デギンにとってはそれが救いだったのだろう。

 

「だが、この話に絶対に同意しないであろうキシリアを諦めることには難色を示した。自分が説得をしようと」

「それは……」

 

 戦後、あるコメンテーターは数々の戦争犯罪を行った末に味方の将兵を見捨て逃亡しようとして死んだキシリアに対し、

 

 どうして父デギンや兄ギレンは愛する娘をこんな風に育ててしまったのか。

 またガルマも、愛する姉を正してあげることができなかったのか。

 キシリアはザビ家全体から見放されている。

 そう思うとキシリアが可哀想になってきました……

 

 と言っていたが、逆にどうしてデギンたちが何もしなかったと思うのか?

 言っても本人が聞かなかった可能性をどうして無視できるのか?

 という見方もある。

 多分、この人物は正しいことを言ったら必ず相手は受け入れるものだと、正しいことは正しいから受け入れられるのだと純粋に思える人間なのだろう。

 そういう環境に育った、幸せな人なのだろう。

 ただしそれが致命的な事態を招くこともまたあるのが現実だ。

 

「危険だと止めたのだがな。キシリアは私がソーラ・レイで連邦の主力ごと父を殺したと思い込み、それを大義名分に私を排しようとしていた。そこに「実は父が生きていた」では都合が悪かったのだろう。秘密裏に接触を図った父は、殺されていたよ」

 

 このように。

 

「立ち止まるチャンスは何度もありました。すべてはキシリア様ご自身の選択です」

 

 ミヤビに言えるのはそれぐらいだ。

 キシリアがこの運命を回避する分岐点は、それこそ無数にあったのだ。

 だがキシリア自身がそれを選ばなかったのだから、その結果もまたキシリアが受け入れるべきものだ。

 デギンのように父だから、家族だからと動いても、どうにもならないものはあるのだ。

 

「人の中には我々を薄情者と罵る者が居るかもしれんな」

「どのように感じようと人の心は自由ですが、罵ることは名誉棄損になる場合もあるし、お勧めはできませんね」

 

 考えることを放棄して、状況に反応して感情を垂れ流しているだけで自分の発言も顧みない。

 自分がこう感じた、というのは正直な気持ちだから正しいことを言っている、言われた対象はそれを受け入れ、共感してくれるのは当然だと思っている。

 言われる相手の身になって考えないことを『客観的』と思っている。

 そういう者も多いという話。

 

 まぁ、だったらあなたはその愛したはずの家族からどんな扱いをされても、どんな立場に追い込まれても、その相手を愛し続ければいいんじゃない?

 ともミヤビは思うが。

 

 ただ、はっちゃけてどうしようもない親兄弟に入れ込んだ結果、自分が一番に守らなくてはいけないはずの妻や夫、子供を蔑ろに、不幸にしてしまったり。

 または子供を搾取対象やマイナス感情のはけ口にしかしていない毒親に苦しんでいる人に対し「血がつながっているんだから真心を込めて接すれば必ず分かってくれるよ」と言って追い込んでしまい、取り返しのつかないことになってしまったり。

 

 そういった事態を招くこともある。

 そして世の中にはそんな事例はありふれているほどある、というのは覚えておいた方が良いだろう。

 

「まぁ、でもようやくドズル氏を日の当たる場所に帰すことができましたし……」

 

 明るい話題だってある。

 そう、戦傷により治療、療養中だったドズル・ザビ氏は、ネメシスの内、地球連邦軍内親スペースノイド派、つまりミヤビの知る後のエゥーゴのブレックス・フォーラ氏たちの協力により政治取引を済ませ、帰還を果たしていた。

 終戦時に彼が生きていることが明らかになるとまずいということでずっと、それこそガルマにも伏せられていたのだが。

 戦後の混乱も終わり、ようやく復興の時を迎えたものの、ジオンには未帰還兵、つまりジオン公国軍残党と呼ばれる将兵の問題があり。

 地球上の将兵の説得に関してはガルマが頑張っていたが、宇宙上の兵には彼は影響力が低く困っていた。

 連邦自身もザビ家でもドズル・ザビのような純粋な軍人が生きていてくれたら抗戦し続ける兵を投降させることができただろうに、と嘆いていたところを見計らっての帰還である。

 当人も、

 

「俺は政治のことはわからん! ガルマ、任せたぞ!」

 

 とぶん投げたので政治的問題にはならず。

 彼は妻のゼナ、娘ミネバ共々平和裏に戻ることができたのであった。

 

 アクシズに行きかけていたゼナとミネバの身柄を確保したりなど、裏ではネメシスの傭兵部隊として未だ活躍中のランバ・ラル隊が相当な苦労をしていたのだが。

 戦後も便利屋的に使われているホワイトベースがそれに巻き込まれ、ヤシマ姉妹のように軍から抜けることがなかった、ブライト以下、軍に残留した面々がヒドイ目に遭ったりしていたのだが。

 

「それでも戻らぬ者も居るがな」

 

 とギレン。

 その言葉に迂闊にも想像力を働かせたミヤビは、

 

(何を考えたか、言え)

 

 とばかりに圧をかけて来るギレンに容易く屈し、

 

「戦争は終わりましたが、先日のガルマ・ザビ氏襲撃事件のように揺り返しのような紛争は今後も起きます」

 

 もしかしたら『機動戦士Zガンダム』におけるティターンズのようなものが生まれるかも知れない。

 

「地球連邦軍内、親スペースノイド派がそれに対抗するでしょうが、組織内に在る彼らには制約が多く、即応し調達できる戦力は甚だ心許ないとしか言えません」

 

 一方、

 

「また、連邦に敗北したジオンは大きな軍備は持てません」

 

 史実どおりジオン共和国には国防隊が組織されたが、これは宇宙海賊に対する備えや治安維持が主目的であり規模は小さい。

 その上、地球連邦軍内、親スペースノイド派以上に動きは制限されるだろう。

 

「ならば後日スペースノイドにとって一定の軍事力が必要になる日が来ることを想定して即応戦力をプールしておく。『動くシャーウッドの森』として存在価値を認めるというのもやぶさかではない、ということでしょうか?」

 

 ミヤビが小説、そしてマンガやアニメにもなった『銀河英雄伝説』から引用した言葉で語ると、ギレンはニヤリと笑って見せた。

 史実でもエゥーゴがティターンズに対抗できたのは、スポンサーであるアナハイムの経済力もあるが、根本的にはジオン軍残党という外部の戦力と手を結ぶことができたから。

 そういう意味では確かに有用なのだろう。

 

「西暦の時代の第二次世界大戦後と同じく国家総力戦に国民、首脳陣が懲りたら、次は非対称戦争の時代となる」

 

 とギレン。

 

「少数の強力なモビルスーツ部隊による電撃作戦で敵重要拠点を攻略し、戦略目標を達成するという風に、戦いは様変わりするだろう」

 

 そのために公国軍の精鋭をあえて残す、か。

『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』に登場していたエギーユ・デラーズあたりが喜々としてその役目を果たしそうである。

 まぁ逆にギレンが居てくれるなら、彼らがコロニー落としを計画したりなどといったテロに走る心配はないだろう、とも言えるのだが。

 

「やれやれ、ですね」

 

 世に争いの種は尽きまじですか、と肩をすくめるミヤビ。

 でも、とミヤビはこれだけはと言っておく。

 

「戦後は復興の、民需の時代です! ヤシマもコロニー復興にドラケンやツヴァークなどといった民需で食べて行く方針です! 再生産に繋がらない軍需なんかには関わらず……」

「うん、戦後、軍縮の時代にはドラケンやツヴァークなどといった軽機体は重宝されるからな」

「っ!!」

 

 まさしく。

 戦争期には重装甲、高火力の機体開発がエスカレートしていくが、戦いが遠のけば、安く数が揃えられる機体が歓迎される。

 過去の事例が物語っている事実だし、現実にヤシマ重工にも軍から大規模な発注がかかっている。

 軍縮の時代になったら軍から放出された大量のドラケンが市場にだぶつくだろうという想定があっさりと覆され、ヤシマの工場は戦争が終わっても三交代24時間体制での生産を余儀なくされていた。

 戦中、ドラケンE改はそれこそ『装甲騎兵ボトムズ』のスコープドッグのように使い捨てられたこともあり、余剰の機体どころか不足が生じているのが現状なのだ。

 

「その上、ハービック社が推すドラケンE改可翔式を中核とした兵器体系。これによりハイ・ロー・ミックスのハイの側も満たせる可能性がある。君が大戦中に見せたビームバリア、ビームシールドという新たな概念も目を惹いているし……」

 

(アーアーきこえなーい)

 

 目を閉じ耳を塞ぎたくてたまらないミヤビ。

 

 そう、結局軍とのおつきあい、そしてテム・レイ博士ら狂的技術者(マッド・エンジニア)たちとの腐れ縁は戦後も続いているのだった。

 まぁ、テム・レイ博士にニュータイプとしての力の解明、という名目でこれまた強制的に協力させられているアムロからすれば、戦後も憧れのお姉さんとのつながりが保てるということで良いことなのだろうが、ミヤビ自身はそんな青少年の想いには気付いていない。

 そしてサラシリーズたち姉妹も相変わらず健在で、機密指定レベルが下がり、同時にセキュリティ対策も十分に講じられた結果、それぞれのマスターたちと職場で一緒していたり、ネット越しに遠距離交際していたり、モビルドールサラの義体を送りつけて同棲したりと好き勝手にしているのだが。

 

(さて、ここで問題です、ミヤビさん)

 

 ミヤビは己に問う。

 ギレン・ザビが上司として居るヤシマのオフィスと、テム・レイ博士以下、狂的技術者(マッド・エンジニア)たちが手ぐすね引いて待ち構えている取引先の地球連邦軍。

 職場の環境として、どちらがマシなのだろうかと。

 

 ミヤビの苦悩は戦後も続く……

 

 

 

ガンダム世界でスコープドッグを作ってたらKMF紅蓮に魔改造されてしまった件 完




 このお話もこれで完結。
 ここまで続けられたのも、応援して下さる方々があってのこと。
 2年間で100万文字超過(ライトノベル小説なら文庫本約10冊分……)ですから、こんなのモチベーションが保てなければ続けられませんしね。
 どうもありがとうございました。

 それではまた、次の機会がございましたら。
 ご意見、ご感想等、聞かせていただけますと、今後の参考になります。


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IFルート
ヤシマ重工MS用可搬型兵器構想の不殺化とジム・トレーナーへ主役機変更


 ROBOT魂 <SIDE MS> TGM-79 ジム・トレーナー発売祈願作。
 本編連載中にジム系機体の登場を求めていた方向けに。
 また自分自身、本編でジムを出せなかった故に溜まったジム愛の放出のために。
 ジムを主役機に抜擢したIFルート案のパイロット版です。


 辺境のスペースコロニー、サイド7に降り立った鋼の巨人。

 ジオン公国軍モビルスーツ、ザク。

 

 そしてアムロ少年は放置されたモビルスーツのコクピットにつく。

 

「こいつ、動くぞ?」

 

 幸いコクピット周りは彼が拾ったマニュアルとほぼ同じだった。

 起動準備を整えるアムロ。

 しかし、

 

「ひどい、1/2しかエネルギーゲインがないぞ!?」

「その辺、まだ調整ができていないのよ」

「えっ、女の人!?」

 

 不意に聞こえてきた声に驚くアムロ。

 モビルスーツには珍しい副座型。

 その上部連絡ハッチから女性がするりと降りてくる。

 狭いコクピット、着込んだタイトなパイロット向けノーマルスーツ越しに密着する女性特有の丸みを帯びた身体に、アムロは硬直する。

 アムロの顔、その間近でバイザーが上げられると、息がかかるような至近に端正な素顔が晒された。

 

「私はヤシマ重工の技術者、ミヤビ・ヤシマ。あなたは?」

「ぼ、僕はアムロ。アムロ・レイって言います」

「そう、アムロ君。あなたには3つの選択肢があるわ」

「三つ?」

「一つは今すぐこの機体から降りてベイブロックに停泊している軍艦へ避難する」

 

 これはごく普通の行動だろう。

 ただ無事にたどり着けるかは微妙。

 

「もう一つはこのままここでじっと息をひそめて、ザクが見逃してくれることをお祈りする。まぁ、無理でしょうけど」

「三つめは?」

「この機体、私がサポートすればとりあえず動かすことはできるわ。ザクと戦ってみる?」

「なら、お願いします!」

 

 アムロは即決。

 そして重々しく立ち上がるのはトリコロールに彩られた地球連邦軍、最新鋭モビルスーツガンダム……

 ではなく、黄色の機体。

 量産機ジムの複座型教習機ジム・トレーナーだった!

 

 

 

機動戦士ジム・トレーナー

第1話『ジム・トレーナー大地に立つ!!』

 

 

 

 何でこんなものがここにあるのかというと、ジャブローから出港したホワイトベースにはモビルスーツパイロットが同乗していたわけだが、その訓練用である。

 

 ガンダムが完成した後にジムが開発された、と思われがちだが、実際にはガンダムと量産機であるジムはある程度並行して開発が進められている。

 実際、今日は宇宙世紀0079年9月18日であるが、その18日後、10月6日には『機動戦士ガンダム第08MS小隊』にてルナツーモデルではあるが、RGM-79E 初期型ジム(宇宙用ジム ルナツー仕様)の実戦運用が確認されている。

 

 またジム・トレーナーはジムのバリエーション機、とも言われるがミヤビの前世、単座のジェット戦闘機でもそうだったが、訓練用の複座機は最初から用意されるもの。

 F-15イーグルなど、複座機の方が先に配備されていたほどであり、後から用意されたものではなかった、ということであった。

 

 ただ…… 前述のRGM-79E 初期型ジムは、地球連邦軍がRGM-79に先行する形で小惑星基地ルナツー工廠にて完成させた機体という設定があるが、その後に完成したRGM-79前期量産型ジム前期型は本来の性能を出せていない。

『機動戦士ガンダム MS IGLOO』にてEMS-10ヅダと追いかけっこをした結果、先に3機が空中分解、1機がエンジントラブルで落伍していたような欠陥機である。

 このジム・トレーナーも同様、いや時期的にそれ以下の未完成品であり、本来ならこんなところに引っ張って来ることなどできないはずだったが。

 

「どうしてこうなったのかしらね……」

 

 ぼやくミヤビ。

 ヤシマ重工のMS用可搬型兵器構想。

 RX-79[G]陸戦型ガンダムやRGM-79[G] 陸戦型ジムといった先行量産機向けに供給された各種武装、100mmマシンガンや180mmキャノン、ロケットランチャーなどの実弾系武装類。

 これの売り込みのためにヤシマ重工から出向していた技術者、ミヤビ・ヤシマは、テストベッドとして地球連邦軍から提供された不完全なジム・トレーナー(複座機なので記録採取に向くと判断された)を複座の教官席からのマニュアル対応ではあるが何とかフォローすることで動かしてテスト項目を消化していたが……

 その結果、V作戦でモビルスーツ開発を行っていたテム・レイ博士配下の技術者集団の目に止まり、拉致同然にジム・トレーナーごとホワイトベースに載せられて来たという話だった。

 

 なお、ホワイトベースに乗っていたモビルスーツパイロットによって、このジム・トレーナーは無理矢理ミヤビごとこの戦場に駆り出されており。

 そのパイロットはミヤビとジム・トレーナーを放置してガンダムに乗り込もうとしたところをザクに見つかり、開けていたコクピットハッチに直撃を受けて、ガンダムごとお亡くなりになっていたりする。

 だからアムロがこっちに来たのだ!

 

 そして、

 

「し、正面!?」

 

 とっさに左腕ラッチに装備されたYHI RGM-S-Sh-WF/S-00109マルチプルシールドをかざし防御するジム・トレーナーに、ザクマシンガンが命中する。

 

 

 

「な、なんてモビルスーツだ。ライフルをまったく受け付けません」

 

 ジム・トレーナーが構えたシールドはザクマシンガンの弾をすべて弾いていた。

 

 

 

「あれっ、平気だ?」

 

 呆けるアムロに、ジム・トレーナーの上部、本来なら教官用の座席につき、左右分割式キーボードとゲーミングキーボードを足して二で割ったようなメンテナンス用のキーボードを叩きながら制御をフォローし続けるミヤビは、

 

「シールドで防げただけ。油断しないで」

 

 と告げる。

 その表情は人形のように静謐で、発言とは裏腹に、危険など少しも感じていないかのようだ。

 それでアムロの恐怖も和らぐ。

 しかし、

 

 

 

(あああああ、怖い怖い怖い!)

 

 仕事をしない表情筋のせいで恐怖が顔に出ないだけで、ミヤビ自身は完全にテンパっていた。

 何しろジム・トレーナーの教官席はグラスルーフ式、肉眼で正面から迫るザクと、その120ミリマシンガンによる砲撃を目にすることができるのだから!

 ただのガラス張りというわけでは無くガンタンクの頭部コクピットや、ガンキャノン、ジムの頭部センサーゴーグルと同じくポリイミド系材料を発展させた多層構造物によるグレイズ・シールドを使用しているとはいえ、当然通常のチタン・セラミック複合材による装甲と比較すれば脆弱である。

 実際、『機動戦士ガンダム』劇中ではジムのゴーグルがザクマシンガンのストックで叩き割られていたし!

 その上、

 

(そもそもジム・トレーナーは練習機ということで、装甲材などはあえて良質でない低コストのものが使用されているわ。耐弾性が低くて、実戦には耐えられないとされているものなんだからね!)

 

 ということ。

 そのためミヤビは、

 

(付けててよかった、ショートシールド)

 

 ということで後のホワイトディンゴ隊のジムのように、陸戦型ガンダムや陸戦型ジム向けに用意されていたヤシマ製のショートシールド、正式名称『YHI RGM-S-Sh-WFマルチプルシールド』を持ち出してきていたのだ。

 陸戦型ガンダムや陸戦型ジムと、スタンダードな通常のジム系列機では取り付けラッチの規格が違うため変換アダプターを噛ませた上での利用である。

 さらには、

 

(ルナ・チタニウム製のモデルを用意できたのもついていたわ)

 

 という具合。

 このシールド、『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』劇中では第3話では戦闘ヘリが発射したミサイルの直撃に、第9話ではマゼラアタックの175mm砲の直撃に耐えた一方で、ガウ攻撃空母の対空機銃でカレン機のものが粉砕されている。

 物語終盤には増加装甲が施された改良型シールドが新たに配備されるという具合に、硬いのか柔らかいのか今一つ分からなかったが、

 

(装甲材質が異なるモデルがあったのね)

 

 ミヤビの前世の記憶の中にある書籍資料でも、YHI RGM-S-Sh-WFマルチプルシールドには、ルナ・チタニウム合金製であるというものと、チタン・セラミック複合材製のものであるという二通りの記述があったが、何のことは無い、同じモデルでも材質違いのものがあったというオチであった。

 

「……ぶ、武器は?」

「ヘッドレスト右に照準器があるから引き出して」

「これか」

 

 史実ではマニュアル片手に操縦していたアムロだったが、ここではミヤビがレクチャーしている分、対応が早い。

 

「クッ」

 

 ザク目掛け、右腕に持っていたYHI YF-MG100、100mmマシンガンを撃ち放つ。

 しかし、

 

 

 

「技師長、味方のモビルスーツが動き始めました」

「動く? なんて攻撃の仕方だ。誰がコクピットにいる?」

 

 とテム・レイ博士が指摘するとおり、無駄に弾を吐き出すだけで当たらない。

 

 

 

「デニム曹長、敵のモビルスーツ、いやパイロットも新品(ヴァージン)臭いです!」

 

 ジム・トレーナーの射撃をザクに身を沈めさせることで簡単にかわしながら、ジーンは上官に報告する。

 

「"ヴァージン"か? 確かに射線が浮いている。新兵は狙っているつもりでも殺人を忌避し無意識に外してしまう。銃を上向きに放つことで敵を脅し、撤退させようとする心理効果が働くと言うが……」

 

 

 

「あっ、弾が切れた?」

 

 100ミリマシンガンからの銃撃が止まる。

 しかしそれは弾切れではなく、

 

「アムロ、落ち着いて」

 

 教官席のミヤビが制御を奪って停止させたのだ。

 

(やっぱり。後にはファンの間で殺戮マシーン扱いされたアムロだけど、今この時はまだ人に向け撃つことをためらったり「相手がザクなら人じゃない」と自分に言い聞かせたりしなくては戦えなかった初心者)

 

 それゆえミヤビは言うのだ。

 

「アムロ、このマシンガンに込められているのは、敵機の無力化・鹵獲のため装甲に張り付いて爆発の衝撃で内部故障を狙う粘着榴弾(HESH:High Explosive Squash Head)よ」

「えっ?」

「これで撃っても相手は死なないの。だから殺すのではなく、民間人を巻き込んで戦闘を続ける相手の良くない行為を止めさせる、そういうつもりでよく狙って。死なないんだから遠慮なく当てて」

「撃っても死なない…… 相手の行為を止める……」

 

 

 

 弾幕で牽制できなくなったジム・トレーナーに、肉弾戦を挑んでくるザク。

 

「やってやる。いくら装甲が厚くたって!」

 

 しかし、

 

「アババババーッ!」

 

 弾切れと思われていた敵のマシンガンから、今度はうって変わって機体の真っ芯を捉えるような正確な射撃が叩き込まれる。

 

 

 

「ジーン!」

 

 あおむけに倒れる部下の機体に、デニムは目を見張る。

 胴体に集中して叩き込まれた粘着榴弾。

 それがボコボコにしたコクピット周りを見て、

 

「パイロットだけを殺す砲弾かっ!」

 

 と叫ぶ。

 彼は聞いていた。

 地球上では地球連邦軍の手により、友軍から奪った鹵獲機を用いての反撃が行われていたが……

 そのザクが用いているのがあのマシンガンであり、それにより無力化された友軍機がさらに鹵獲され、徐々に脅威になっていると。

 

 まぁ、ジーンは気絶しているだけで死んではいないのだが。

 

 

 

 ミヤビが父、ミヤビパパから任されたヤシマ重工のMS用可搬型兵器構想。

 しかし彼女はそのメインとなる100ミリマシンガンが後に90ミリのブルパップマシンガンに負けることを知っていた。

 ではどうするか?

 

 そうして極力人を殺したくない彼女が気付いたのが、90ミリジムマシンガンに無くて、100mmマシンガンにあるもの。

 すなわち粘着榴弾(HESH)の存在である。

 この種の弾は単純に炸薬の量で威力が決まるだけに、90ミリでは真似をして砲弾を用意しようとも威力不足になるわけで。

 

 後のモビルスーツ、リック・ディアスは敵機の無力化・鹵獲のため、装甲に張り付き爆発の衝撃で内部損傷を狙う粘着榴弾(HESH)を装填可能なクレイ・バズーカを装備していた。

 それと同様のコンセプトで推せば行けるのではないか。

 

 そしてそれを通す理由として、彼女は二つの根拠を用意した。

 

 一つは、地球連邦軍のモビルスーツ完成には今しばらく時間が必要だということ。

 それまでは『機動戦士ガンダム MS IGLOO -一年戦争秘録-』において0079年5月9日にヒルドルブと交戦したセモベンテ隊のように、鹵獲したザクIIを使うしかなく、その鹵獲機を得るのに粘着榴弾による敵モビルスーツの無力化というのは都合が良かった。

 そしてヤシマ重工はジオンに伝手があり、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』登場のMS-03ブグや、プロトタイプグフが使用していたマシンガンはヤシマ重工製だった。

 これはガンキャノン機動試験型、局地型ガンダムにも使われ、後に改良されたプロダクションモデルこそが、陸戦型ガンダム等で使用されるYHI YF-MG100、100ミリマシンガンであり。

 逆に言えば、100ミリマシンガンは問題なくザクでも使用ができた。

 そして、鹵獲ザクがこの100ミリマシンガンで粘着榴弾を使い、さらに鹵獲機を増やす、ということを繰り返したおかげでこの世界ではセモベンテ隊の規模も拡大し、先のヒルドルブ戦でも数の暴力で勝利していた。

(なお、ヒルドルブのパイロットは粘着榴弾により気絶、保護されていた……)

 

 そしてもう一つの根拠は……

 

 

 

「素人同然の動きから、射撃の精度がいきなり上がった?」

 

 驚きの声を上げる部下に、しかしテム・レイ博士は逆に納得する。

 

「おそらくアレに乗ったパイロットは同乗しているミヤビ君から聞いたのだろう、あのマシンガンには敵機の無力化・鹵獲のための粘着榴弾が込められているのだと」

 

 そうして、彼は思い出す。

 

 

 

「人間には…… いえ、あらゆる生き物には同族を傷つけることに、同族殺しに対する忌避があります」

 

 種の保存が生命の本能であるならば。

 同族同士で殺しあうことに対してタブーを感じないわけが無いのです。

 

 ヤシマの令嬢はそう語った。

 

「憎しみや闘争本能、意志の力でそれを無理矢理外す、心を凍らせることで心の枷を働かなくする。人を必ず殺してしまう兵器を撃つには、そういう準備がどうしても必要になります」

 

 その兵器の威力が大きければ大きいほど、それを人間に対して放つことに対する心の抵抗は大きくなる。

 それに対して、

 

「では、本気で放とうとも人を殺さない兵器があったらどうでしょうか?」

「まさか……」

「そう、人を殺さない兵器であるならば恐れず、ためらわず、何の気兼ねも無しに相手に対して安心して全力で放てる」

 

 ほんの少しの差が勝敗を決する戦場で、この違いはあまりにも大きい。

 

「だから人間が扱う以上、不殺の兵器は殺人を目的とした兵器に勝つのです」

 

 

 

 実際、それを裏付ける研究はそれこそ西暦の時代から重ねられていた。

 大抵の兵士は殺人を忌避するがゆえに、敵を威嚇し、追い散らすためにこそ敵の頭上を意識的にしろ無意識にしろ狙って銃を撃ってしまう。

 だから素人の射撃は浮いてしまう、射線が高くなってしまうのだと。

 マンターゲットを、人型の的を撃つ訓練はそういった逃避を抑える役目を果たすが、そうやって人を殺し続けていると今度は兵の精神の方が参ってしまう。

 

「ですが、それは生身の兵の話でしょう?」

 

 そう問う部下に、テム・レイ博士はこう答える。

 

「ああ、だから戦闘機や戦車なら問題は少なかった。だが、我々が扱っているのは人型機動兵器という未知の存在だ」

 

 そしてミヤビも言っていたが、

 

「特に真空の宇宙空間では遠近感が喪失する。つまりモビルスーツの巨大兵器感は無くなり、宇宙服を着た近くの人間と、遠くのモビルスーツ、感じ方に差異はなくなってしまう」

 

 実際にジオンはそれをカモフラージュとして利用していたのだが、それとは別にミヤビの主張する兵士の精神への影響という問題があるのだった。

 

 

 

「よくもジーンを!」

 

 突進してくる敵のザク。

 

 

 

「わあーっ!」

 

 アムロは叫びながら敵の攻撃をスラスターで後方へと回避。

 

「そこぉ!」

 

 攻撃後、隙を見せているザクをYHI RGM-S-Sh-WFマルチプルシールドの先端打突部で殴りつける。

 

 

 

「スラスター回避後の慣性によるスリップ、硬直が無い!? あのモビルスーツ、もの凄く性能のいいバランサーを積んでますね」

 

 興奮したように言う部下に、テム・レイ博士は苦笑する。

 

「何を言っているんだ君は。量産型の教習機にそんな高性能なバランサーが付いているわけが無いだろう。あれは人間バランサーだ」

 

 つまり教官席についているミヤビがリアルタイムに手動でフォローしているということ。

 ミヤビの前世の対戦ネットゲーム『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』では、教習機であるジム・トレーナーが『高性能バランサー』『格闘連撃制御』と『緊急回避制御』という強スキルを揃えていることに、

 

「多分、同乗している教官がマニュアルでやってるんだろ」

 

 と言われていたが、そのとおりのことを行っているわけである。

 

 

 

(ふぁ、ファティマにでもなった気分っ!)

 

 大脳フル回転で機体制御プログラムの手動補正を続けるミヤビ。

 

(私の大脳、あらゆる意味でショート寸前……)

 

 しかし、あと一息。

 決定打が足りない。

 だが、

 

(YHI RGM-S-Sh-WFマルチプルシールドなら、アレが使える。『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』で同じシールドを持ち、『シールドタックル』と『強化タックル』のスキルの相乗効果で高ダメージを叩き出していた陸戦型ジムの決め技!!)

 

 そしてミヤビはアムロと協調し、

 

「「そこぉ!!」」

 

 敵の攻撃にシールド打突によるカウンターを合わせ、決める!!

 

 

 

 自機の攻撃の勢い、それもモビルスーツの大質量を乗せたそれに、カウンターを合わせられ……

 衝撃をそのままそっくり返されてしまった二機目のザクは、サイド7の人工の大地に沈んだ。

 しかし、

 

「ガンキャノンもガンダムも、全部失われてしまいましたね。ガンタンクすら……」

 

 と嘆く技官。

 だが、テム・レイ博士は動じない。

 

 元よりガンダムは既に完成していたのだし、試作機としての役目は量産機であるジムが形になったことで終えている。

 終えていることを先ほどの戦いで、この目で確かめた。

 ならば次は?

 

 天才は自分の最高傑作が仕上がったとしても、それに固執も拘泥もしないという。

 なぜなら最高作が生まれた瞬間に"次"が見えるからだ。

 

 そしてテム・レイ博士はそれを見つけた。

 ミヤビ・ヤシマ嬢の主張する非殺傷、ヤシマ重工が展開するMS用可搬型兵器構想の中に流れる『不殺(ころさず)』の思想が持つ新たな可能性を。

 だから彼は叫ぶ。

 

「ガンダム? そんなことよりハンマーだ!」

 

 と……

 確かにガンダムハンマーは見た目の凶悪さとは裏腹に非殺傷、『不殺(ころさず)』に向いている武器なのかもしれないが。

 ミヤビが聞いたなら、

 

「モビルスーツが鎖付き鉄球で相手の機体をガンガン叩いて『不殺』とかバカじゃないの」

 

 と言うかも知れないが……




 というわけでROBOT魂 <SIDE MS>にてTGM-79 ジム・トレーナーが参考出品されましたので、発売までこぎつけられることを祈念して。
 本編連載中にジムの登場を求めていた方向けにジムを主役機に抜擢したIFルートでした。

 ガンダムどころかガンキャノンもガンタンクも無しで、主人公機はジム・トレーナーという難易度ルナティック。
『機動戦士ガンダム』の第1話から最終話までを追体験できるPlayStation 2用3Dアクションゲーム『機動戦士ガンダム 一年戦争』では、隠し機体にジム・トレーナーがあって、それを使って『ジム・トレーナー大地に立つ!!』などといったことができましたが、そんな感じですね。

 主役機候補は他に陸戦型ジムにガンキャノン火力試験型のコクピット付き頭部を乗せた複座型で、宇宙対応はゲーム『SDガンダム GGENERATION ギャザービート』に登場するガンダムEz8改と類似した改造を施してあるというものも考えましたが、どちらがみなさんのお好みでしょうね?

 完全な思い付きなので続きを書く予定は今のところありませんが、この先は、

・ザク、グフ、ドムなどジオンの機体をその場その場でどんどん鹵獲して足りない戦力の代わりにする。
・非殺傷なので、ジオン側の死人は減る。
・ヤシマの100ミリマシンガンを筆頭とするモビルスーツ用実弾兵器が他を圧倒し、正式採用されていく。
・テム・レイ博士はゲーム『SDガンダム スカッドハンマーズ』のごとく変なハンマーを開発、最終的にはインコムの質量兵器版のワイヤードハンマーまで発展。
・ミヤビはアムロのファティマ扱いでこのままずっと参戦、生き残るために前世知識と『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』で優良低コスト機体として活躍していたジム・トレーナーのプレイスキルを活用してなんとかしていくが、それが有用なものだから降ろしてくれないし、主人公機はジム・トレーナーのままになってしまう。

 みたいな感じですかね。


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オーラロードが開かれた!(『聖戦士ダンバイン』RTA)

 ミヤビです……

 オーラロードが開かれてバイストンウェルに地上人として招かれました。

 

 ミヤビです……

 時が歪んでるのか『機動戦士ガンダム』世界でもオフィシャル側からあるとされた死後の世界には時間の概念が無いのか『聖戦士ダンバイン』原作開始前、ショット・ウェポン氏の助手として量産機ドラムロの開発、量産化に従事していたのですが、後から召喚されたショウ・ザマ青年に拉致されました。

 

「分かってる、あなたはそんなことに手を貸すような人間じゃないって」

 

 ってどういうこと!?

 まったく逆でドレイク陣営に電撃的にバイストンウェルを制覇してもらって大戦につながらないようにするのが一番流血が減るんじゃ。

 その後、ドレイクの政治があまりに酷いようなら暗殺なり革命なりしたらいいじゃん。

 リムルあたりを旗頭にバーン・バニングスや地上人を巻き込んで、

 

「お父さま、あなたは堕落しました」

 

 とかやったらすんなり行きそうだし。

 というダンバインRTA、ゲームスタートからクリアまでの時間の短さを競うリアルタイムアタック(Real Time Attack)になぞらえた早期終了を狙っていたんですが、それも破綻。

 ゼラーナに連れて来られ、主人公陣営に強制的に鞍替えデス。

 

 ミヤビです……

 こんな船(ゼラーナ)に居られるか! 私は技術者です!!

 と逃亡した先はラウの国。

 オーラバトラー、ダーナ・オシーをベースに開発された量産機ボゾンの強化をやっています。

 

 ミヤビです……

 電子生命体サラちゃんが転生でもしたのか、ミ・フェラリオ、妖精のサラちゃんが居て何だか懐かれています。

 

 ミヤビです…… ミヤビです……

 

 

 

「戦いは数と火力ですよ?」

 

 白刃主義な方々を説得してオーラバトラー、ボゾンの火力強化と生産性の向上を目指すミヤビ。

 

 新型機ボチューンの開発?

 軽量白兵戦特化機など要らん、要らん。

 戦闘機でもそうだが格闘戦向け軽量機なんぞ、仮に活躍できてもそれは一瞬。

 機体にアップデートを反映させる余地が無いから、すぐ陳腐化するぞ。

 

 オーラバトラー量産機なら生産性抜群で機体に拡張性があり番組後半でも新型のオーラ・コンバーターやオーラ・マルスに換装し必要オーラ力を落とし同時に運動性能を向上させるというアップデートを繰り返しながら数と三身一体の火力で活躍したドラムロが正義。

 

 とばかりにドラムロをいじっていた経験を活かし、ボゾンの両の掌に内蔵されていた滑腔砲をフレイ・ボムに置換することに。

 実際、ボゾンは『聖戦士ダンバイン』本編でもフレイ・ボムに換装された機体が登場してたし。

 

 

 

「波動拳!」

 

 両手を合わせて前に突き出し、両の掌にある射出口から撃ち出されるフレイ・ボムを合わせて巨大火球を形成し放つボゾン。

 

 ミヤビの知る『聖戦士ダンバイン』物語終盤では、ドラムロは『トリオ・コンビネーション』という三身一体の新戦法で多大な戦果を挙げていた。

 これは目標に対し3機のドラムロがフレイ・ボムを同時に発射し一つの巨大な火球として放つもので、通常のフレイ・ボムに比べ射程は2倍に伸び、破壊力もオーラ・シップに搭載されたオーラ・キャノンに匹敵する強力なものとされていた。

 第44話『グラン・アタック』では、グラン・ガランから先発したナの国のオーラバトラー部隊がこの戦法により全滅させられている。

 

 これを知るミヤビはボゾンで再現しようと思ったが、手の中央にフレイ・ボム射出口のあるドラムロと違い、前後対称四本指という特異な手を持つボゾンの腕にある射出口は、手のひらを返した手首、内側にあたる位置にある。

 ゆえに、そのままでは再現しづらい。

 ではどうするかというと、

 

「かーめーはーめー波ァ!!」

 

 逆に1機で両手のフレイ・ボムを合わせて撃てばいいんじゃない?

 波動拳やかめはめ波のように。

 そもそもドラムロは三本爪を備えた太い手の中央にフレイ・ボム射出口があって、射出口を寄せて放つことが出来なかったから3機で3方から撃って弾道を安定させていたけど、ボゾンならかめはめ波や波動拳のように構えれば射出口を揃えられるよね、という発想。

 威力はドラムロの『トリオ・コンビネーション』の2/3に落ちるが、それでも波動拳と言うよりは溜めアリのかめはめ波、もしくは、

 

「覇王! 翔吼拳!!」

 

 並みの威力。

 単騎で即座にそれだけの火力を出せるというのは強いし、何なら『双龍(ダブル)波動拳』とか『ギャリック砲とかめはめ波の同時攻撃』みたいに二機でこれを合わせ撃ちしてもいい。

 剣に固執していた武人たちもこの威力とマンガ『ドラゴンボール』やゲーム『ストリートファイター・シリーズ』などといった格闘ものの必殺技じみた構えに魅了され、これを用いた戦術に傾倒していく。

 子供のころは誰しも波動拳ごっことか、かめはめ波ごっことかしたよね、のノリで。

 フォイゾン・ゴウ王もこれにはニッコリである。

 

 なおボゾンは第14話『エルフ城攻略戦』の時点、ドレイク軍ですら一部の上級騎士にしかオーラバトラーが与えられていない状況だったにもかかわらず、ラウの国ではロールアウトしたての本機10機で編成された部隊をアの国の援軍として差し向けられているぐらいで、生産性は抜群。

 この時点で、このバカ火力を発揮した結果、あっけなくドレイク軍は壊滅し『聖戦士ダンバイン』の物語は終了。

 RTAな展開を狙って主人公たちの善意に挫かれたミヤビだったが、結果としてそれに近い終わり方となったのだった。

 

 どうしてこうなった……




 ミヤビがバイストンウェルに召喚された場合のIF、『聖戦士ダンバイン』RTAでした。
『スーパーロボット大戦BX』や『ROBOT魂[SIDE AB]「ドラムロ&フレイ・ボム エフェクト」』で再現されたりしているドラムロの『トリオ・コンビネーション』と、本編劇中でフレイ・ボムを使っているボゾンに注目してみました。
 量産機好きですし、掌に砲というのも好みですしね。

 こういうネタがアリなら『太陽の牙ダグラム』でソルティック社の技師になって軽量機ブッシュマンの開発に従事するミヤビとか。
 マイナー機種にスポットをあてた短編IF連作とか面白そうですよね。

 一方、宇宙世紀ネタとしては『本当にスコープドッグが造られてしまった場合』や『機動戦士ガンタンク』などを考えています。
 前者は『装甲騎兵録カイジ』に登場させたスコープドッグ・ショーティ、

【挿絵表示】

 これを主人公機にして。
 後者はそのうち、クライマックスシーンのカットを公開するPVとかパイロット版みたいにお見せできるかもしれません

 それではまた。


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機動戦士ガンタンク

 タイトルどおり、ガンタンクを主役機に抜擢したIFルート案のパイロット版です。
 今ある構想の中から、先行公開PVとか予告編みたいな感じで見せ場の部分を抜き出してお届けさせていただきます。

 あと、以前お届けしたIFルート「ヤシマ重工MS用可搬型兵器構想の不殺化とジム・トレーナーへ主役機変更」に関してご感想で、

粘着榴弾(HESH)は、装甲内部を剥離させて、内部破壊(乗員殺傷)を狙った弾種ですよ。不殺どころか、ミンチ製造弾種です。

 というご意見を頂いていましたので、その辺の解説も入れておきますね。


 辺境のスペースコロニー、サイド7に降り立った鋼の巨人。

 ジオン公国軍モビルスーツ、ザク。

 それに対抗すべく立ち上がったのは地球連邦軍モビルスーツRX-78ガンダム!!

 ではなくRX-75ガンタンクだった。

 ヤシマ重工から出向中の技術者ミヤビ・ヤシマは、

 

(ガンタンク? ガンタンクナンデ!? ガンダム、いやせめてガンキャノンじゃないのここは!!)

 

 と混乱しながらも頭部射撃手コクピットからアムロ少年の操縦をフォローし襲ってきたザクを撃退。

 そしてホワイトベースを援護しつつ宇宙に出るのだが、そこに赤い彗星のシャアが操るザクが襲い掛かる!

 

 

 

機動戦士ガンタンク

第2話 ガンタンク破壊命令

 

 

 

「何をするんですか、テム・レイ博士!? 止めてください、レイ博士!」

「V-MAX発動!!」

『レディ』

「零ちゃん!?」

 

 外部、テム・レイ博士からの強制介入で教育型コンピュータにインストールされていたサポートAIサラシリーズ零号機、個体名称『サラ=零(レイ)』がV-MAXモードを発動!

 プラモデル『マスターグレード 1/100 RX-75ガンタンク』でも再現されていた頭部コクピット下部、キャノピー下に配置されたツインセンサーが瞳のように発光する。

 

『ツインドライヴシステム起動!!』

 

 そしてガンダンクでは後から無理やり入れられたために活用されていなかったコア・ブロック、二基のNC-3型核融合ジェネレーターが起動し、

 

『BパーツNC-4ジェネレーターと同期します。……トリプルドライヴモード成功!!』

 

 その有り余るジェネレーター余剰出力を用い、Bパーツ底部にあるRXシリーズ最高の推力と推力比を誇る熱核ロケットエンジン四基が全力稼働を始める!

 

(殺人的な加速だ!)

 

 歯を食いしばるミヤビ。

 ミヤビの前世の記憶の中にある『機動戦士ガンダム』本編では、ガンタンクは地球上で空中のホワイトベースに戻るため、機体底部のロケットエンジンにより浮かび上がっていた。

 ガンダム、ガンキャノンと違って足が無いガンタンクは脚力、ジャンプ力抜きの推力だけでこれを行っているのだが、これって、よくよく考えれば推力が自重を上回る、推力比が1以上無いとできないことだよね、という話で。

 実際、設定でもガンタンクの推力、さらには重量当たりの推力比はガンダム、ガンキャノンを大幅に上回っていたのだった。

 蒼き流星と化し、突き進むガンタンク!

 

 

 

 そして、

 

「速い!」

 

 シャアのザクIIS型を軽く置いて行く直線加速性能だけでなく、くるりと縦に半回転し反撃してくる、

 

「何という運動性!!」

 

 とシャアが驚愕するとおりの小回り、機動性も発揮する。

 鈍重なイメージがあるガンタンクだが、『機動戦士ガンダム』劇中においてハヤトの操縦でもモビルアーマー、ザクレロと殴り合いができていた、パンチが当てられる程度には運動性が確保されていた。

 しかし今ミヤビとアムロが乗っているこの世界のガンタンクはそれ以上の、未知の領域の運動性を発揮していた。

 

 

 

 陸戦型ガンダム等で使用されていた『ヤシマ重工MS用可搬型兵器の不殺化』……

 後のモビルスーツ、リック・ディアスは敵機の無力化・鹵獲のため、装甲に張り付き爆発の衝撃で内部損傷を狙う粘着榴弾(HESH)を装填可能なクレイ・バズーカを装備していた。

 それと同様のコンセプトでヤシマ製実弾兵器に粘着榴弾(HESH)を用意し売り込んでいたミヤビは、

 

(そういえば、YHI 6ML-79MMミサイルランチャーって陸戦強襲型ガンタンクにも2発分装備されてたっけ)

 

 とガンタンクの開発現場に赴いたのだが、そこで、

 

「やはり宇宙空間でガンタンクを使うのには無理があるな。下半身の履帯、キャタピラがデッドウェイト、完全なお荷物になるし」

 

 と嘆いていたテム・レイ博士に、

 

「ジャイロとして使えばいいんじゃないですか?」

 

 と軽い気持ちで発言してしまったのだ。

 

「それだっ!!」

 

 宇宙空間のように地面等、機体を固定するものが無い場所ではコマ、フライホイールを回転させるとその反動(正確には反作用)でフライホイールの回転に対して逆回転の力が機体に加わる。

 例えばジャンプ中のオフロードバイクに乗っていて、軽くアクセルを吹かせば空転している後輪の回転が上がり、反作用でフロントが持ち上がる。

 逆にブレーキを引きずるようにかければ、後輪の回転に引きずられてフロントが下がるという具合に。

 

 この効果を利用して姿勢制御を行うのがジャイロ、リアクションホイールである。

 スラスターを用いない姿勢制御はモビルスーツでは宇宙服を着込んだ人間の動きを模したAMBACがスタンダードであるが、一般的な宇宙機や人工衛星ではこのようにフライホイールを利用する。

 モビルアーマー『エルメス』の姿勢制御に採用されているという『ジャイロ』もやはりフライホイールを用いたコントロール・モーメント・ジャイロスコープのことと言われていたし。

 

 そして、そういう視点で見てみると、ガンタンクのキャタピラは大質量のフライホイールとして働かせられるし、超信地旋回が可能、つまり左右別々に動かせるどころか逆転もできるため自在に制御できる。

 さらに言えば、プラモデル『マスターグレード 1/100 RX-75ガンタンク』で再現されていたようにキャタピラ基部を足のように引き出し、ハの字に開いたりと位置や向きの変更も可能。

 これを利用し、このミヤビが転生した世界のガンタンクはスラスターとジャイロ、両者を組み合わせることで高度な姿勢制御を可能としているのである。

 

 足を排し下半身に装備した大推力のロケットエンジンで高速機動を行うという点では、ジオングと同様の機体コンセプトであり。

 ジャイロを使った機体制御という点では、マグネットコーティングを施したアムロのガンダムと渡り合ったエルメスと同様。

 つまり機動性に関しては、

 

「ジオングとエルメスの力が両方そなわり最強に見える、ってやつ?」

 

 それがこの世界のガンタンクなのだ!

 

 もっとも、これらをフルに使うにはガンタンクのジェネレーター出力878kWでは足りず……

 熱核ロケットエンジンは極端な話、核融合炉のエネルギーに推進剤を放り込んで噴射させるもの。

『機動戦士ガンダム』本編において1G環境下で浮かべていたのは、キャタピラを停止させていた分のエネルギーをロケット噴射に振り向けられていたお陰なので、同時にキャタピラも動かすとなるとジェネレーター出力が足りなくなるのだ。

 

 ゆえにテム・レイ博士が用意したのが、活用されていなかったコア・ブロック内蔵のNC-3型核融合ジェネレーター2基を短期間だけ起動するV-MAXモードというもの。

 そして、

 

「ミヤビさん!」

 

 腹部コクピットのアムロの操縦で、ガンタンク右肩の120ミリ低反動キャノン砲の砲身がシャアの援護に来たザクの腹部に突き刺さるように激突!

 

(シーマさんの最後じゃないんだから!)

 

『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』では、シーマの乗るガーベラ・テトラがコウ・ウラキの駆るガンダム試作3号機、デンドロビウムのメガビーム砲の砲身に衝突して串刺しにされ、そのままゼロ距離射撃を浴びて四散するという壮絶な最期を遂げたが、その再現のような展開である。

 

「っ!」

 

 それでもすかさずトリガーを引くミヤビ!

 吹っ飛ぶザク!!

 

「まぁ、内部故障を狙う粘着榴弾(HESH)だから、パイロットは死んではいないんだろうけど」

 

 ヤシマ重工MS用可搬型兵器の粘着榴弾(HESH)を使った不殺化を推し進めたミヤビだったが、彼女の前世の記憶でもRX計画にキャノン砲を納めたメーカーとしてヤシマ重工が挙げられている書籍資料があった。

 転生したこの世界で調べてみたら、実際にガンタンクの120ミリ低反動キャノン砲にもヤシマ重工が関わっていたため、ついでに粘着榴弾(HESH)を用意して不殺、敵機の鹵獲を推し進めた経緯にある。

 なお、それにあたり、

 

「粘着榴弾(HESH)は装甲内部を剥離させて、内部破壊、乗員殺傷を狙った弾種ですよ。不殺どころか、ミンチ製造弾種です」

 

 と、ある軍人が発言していたが、

 

「確かに、粘着榴弾(HESH)が登場した当初はご指摘のような効果が見込まれましたが」

 

 そこだけを切り取って見れば、言っていることは間違いではない。

 間違いでは無いのだが、

 

「人員への殺傷は車内にライナー、内張りを張ることで防げてしまうのです」

 

 粘着榴弾が引き起こすスポール破壊の理論上、複合装甲を採用した第三世代以降の戦車には効果が望めず、単純な防弾鋼板であっても、内部にポリマー製の『内張り装甲』を貼り付けて破片の飛散を抑えることで防御策とすることができる。

 少なくとも第3世代主力戦車であるレオパルト2が登場した西暦1979年には対策済の話であった。

 逆に言えばミヤビの前世、旧21世紀にはすでにマイナー化していた砲弾なので、基本的な事柄から説明しないといけないということなのだろう。

 

 こういう論議において、ミクロ視点では正しくても、一歩引いて全体像を見ると実は違うというのはありふれたことではあるのだが。

 

 

 

「か、火力が、ち、違いすぎる」

 

 僚機が一撃で撃破され、後退して行くシャアだったが……

 

 

 

「ふぅ……」

 

 活動限界を迎え、プラモデル『マスターグレード 1/100 RX-75ガンタンク』でも再現されていた胸部ダクトルーバーや両肩の120ミリ低反動キャノン砲を支え故障を防止するトラベリング・ロックを仕舞い込むための胸部上面装甲、Bパーツ前後のドーザーやアウトリガー(車体後部にもダクトはあって、アウトリガーを開くとそれが全開になる)など、開けられる部分はすべて解放展開。

 その上で気化した冷却用蓄熱媒体を吹き出しながら放熱するガンタンクから、退却するシャアの赤いザクを見送るミヤビ。

 V-MAXモードは驚異的な機体性能を発揮する反面、放熱に問題が発生するため、オーバーロードによる機体の自損を防ぐためにも発動時間を制限するリミッターが課せられている。

 また発動終了後、『蒼き流星SPTレイズナー』登場のV-MAXと同じく機体は強制的に放熱体勢に入るため、約10分間はまったく身動きが取れなくなるのだ。

 

「こんなところまでレイズナーと一緒じゃなくても……」

 

 テム・レイ博士にせがまれたからといって、西暦の時代のロボットアニメを見せるんじゃなかった、と後悔するミヤビだった……




『機動戦士ガンタンク』な場合のIF話でした。
 ガンタンクの設定って、よく見ると推力や推力比がガンダムよりはるかに上だし、などという『よく考えてみると』な部分に着目してみました。
 泥臭い戦車戦、ミリタリー色の強いお話も書けますが、このようなレイズナーっぽいヒロイックな活躍もまた書けるのが面白い機体ですよね。
 以前にお届けしたジム・トレーナーのお話と同じく『ヤシマ重工MS用可搬型兵器構想の不殺化』をやっていますので、

・ザク、グフ、ドムなどジオンの機体をその場その場でどんどん鹵獲して足りない戦力の代わりにする。
・非殺傷なので、ジオン側の死人は減る。
・ミヤビはアムロのファティマ扱いでこのままずっと参戦。

 という部分は一緒でしょう。
 あとは、

・生き残るため『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』でプレイヤー諸氏が積み上げたガンタンクに関する戦術を活用するミヤビ(なのでガンタンクから降ろしてもらえない)
・ガンタンク試作1号機の武装オプションを流用し強化
・陸戦強襲型ガンタンクの武装を流用し強化
・ガッシャのハンマー・ガンみたいな射出式鉄球をテム・レイ博士が作って左腕のボップ・ミサイル・ランチャーと交換、『電脳戦機バーチャロン』に登場するドルカスのハンマーのように、肘先が柄のように伸びた先に鉄球があり、近接戦闘においては射出しなくてもそのままメイスのように殴ることも可(とするとドルカス同様の立ち回りで近接戦闘もこなせるから白兵戦用のジムが不要になる?)
・テム・レイ博士はゲーム『SDガンダム スカッドハンマーズ』のごとく変なハンマーを開発、最終的にはインコムの質量兵器版のワイヤードハンマーまで発展。
・鹵獲したゴッグの爪を流用して『装甲騎兵ボトムズ』のブルーティッシュドッグのようにボップ・ミサイル・ランチャー横に格闘クローを付ける
・『ADVANCE OF Ζ 刻に抗いし者』登場のジム・キャノンIIホワイトコーラルのようにヒートホーク流用の格闘武器を二の腕に装着

 などなどでしょうか。
 他にも量産機をどうするかとかありますね。
 地上は陸戦強襲型ガンタンクでいいとして。

 色々と想像ができて面白いですよね。


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『重戦機エルガイム』で没落貴族令嬢転生?

『スーパーロボット大戦30』エルガイム参戦記念作。
 いえ、ダバ君が「使い易さなら、こっちだ!」とか言って使っている奥の手が……


 やあ (´・ω・`)

 ようこそ、ペンタゴナワールドへ。

 このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

 

 うん、「また」なんだ。済まない。

 仏の顔もって言うしね、謝って……

 

「納得できるかーっ!!」

 

 ミヤビです……

 今度は『重戦機エルガイム』の世界、ペンタゴナワールドへの転生デス。

 しかもミズンの元貴族令嬢…… はい、この時点で反乱軍参加は確定。

 

 ミヤビです…… ミヤビです……

 ミヤビです……

 

 

 

「さすが氷の人形姫、両脇に2騎おいての先方装甲突撃(パンツァーカイル)! それも対射撃戦用のパワーランチャーを装備せず、その分速く扱えるランサーを持ち…… 盾を攻城槌のように使って前面のバルブドを食らいまくってやがる! 乱戦によほどの経験が無くば出来ん芸当だ!」

 

 

 

 はい、マンガ『ファイブスター物語』の黒騎士、デコース・ワイズメルのパクリ戦術です。

 機体は白いけどね!

 自分は技術者だから戦場に出るのはヤダ! とダダをこねたものの、出自から、

 

「旗頭としてただ立ってればいいから!」

 

 と言われて反乱軍の主力B級ヘビーメタル、コピーエルガイムたるディザードに乗せられたわけですけど。

 だからと言ってポセイダル軍が自分の首を取りに来るのに、戦場で棒立ちしていたら死んでしまう。

『ファイブスター物語』の某王様のように! 某王様のように!

 というわけで自分を守ってくれる肉盾を急募しましたよ。

 それが私の機体の両翼をローテーションを組んでガードしてくれている二機のディザードです。

 

 なお、右翼を守って下さる方々には、左利きを採用。

 利き手に合わせて盾とパワーランチャーを左右入れ替えて装備してもらってます。

 エルガイムと同じく大型の盾、バインダーを装備しているディザードは、重装歩兵戦術(ファランクス)のように盾を並べて互いに僚機を守りながらの集団戦が有効なのですが(脚部のランダムスレートが原型機エルガイムの側面解放から背面解放式に改められているのも横隊を組むのに邪魔にならず向く、というよりこのために変更されたと考えるべき)、これに左利きが混じると隊列を乱すということで強制的に右利き装備の機体で戦闘をさせられていた彼ら。

 しかし、私の護衛に際してはファランクスの弱点でもある、右端の兵士の守りが弱いという問題を解決するために、こうさせて頂いています。

 その分、私の機体の右半身が盾のカバー範囲から外れるわけですけど「素人の射撃が当たるわけ無いじゃないですか」と最初からパワーランチャーの装備を諦めていた私はランサーで戦うしかなく、光剣を振るうにはある程度のスペースが必要、ということでまぁ、いいかな、と。

 

 

 

「姫様の守りを任せて頂けるとは……」

 

 ミヤビの右翼を任された兵は、感動に震えていた。

 反乱軍の旗頭、悲劇の貴族令嬢。

 彼女は自分たち、左利きでありながら、右利きに合わせた機体を宛がわれ、本来の力を発揮できないでいた兵たちに活躍の場を、希望を与えてくれた。

 それも自機の右半身の守りを犠牲とする、という方法で。

 本来なら護衛の損耗など考えず、右利き装備の機体を宛がって、その盾をもって自機の右半身を守るべきだ。

 それなのに……

 

「絶対に…… 絶対に守って見せる!!」

 

 前線の部隊を食い破り、接近してくるポセイダル軍のヘビーメタル。

 A級に匹敵する性能を持つとも言われるバルブド。

 敵に不足は無い!

 

「行きます!」

 

 そう叫んで突撃するミヤビの機体に遅れぬようバインダーをかざし、パワーランチャーを乱射しながら突っ込む!!

 

 

 

「見敵必殺(サーチアンドデストロイ)!!」

 

 攻撃は最大の防御というより、怖いから攻撃されるより先に倒してしまえの精神で、目の前に敵が来たら、守りと射撃は両翼の護衛に任せて遮二無二突っ込むミヤビ。

 ノリはそう、アレ。

 シューティングゲームで敵が画面上に現れた瞬間に撃ち込んで撃破、攻撃させないってやつ。

 なお彼女が扱っているランサーは本来、伸びた柄の両側から光剣が生成されるものだが、そんなの扱いきれるわけがなく、ミヤビは片側だけを使って、長柄のセイバーのようにして使っている。

 だったらセイバーでいいじゃん、という話だが、どこに触れても切れる光剣。

 切れない柄の部分が長い方が怖くなくて扱いやすい、ただそれだけである。

 大太刀を扱いやすくするために柄を長くしたという長巻のような感じだろうか。

 アレは両手持ちのためのものだが。

 しかし、

 

 

 

「ぬおおおっ!」

 

 片方だけ光剣を形成させていたミヤビの機体の武装をセイバーだと思って突進してきたバルブドのパイロットは、しかし柄が伸びている分、リーチが伸びていること。

 さらにはミヤビの機体がパワーランチャーを装備していない分、右腕が自由に、かつ軽く素早く振れる。

 その違いが致命的な見切りの誤りを生みだし、機体を両断される。

 

「ばっ、バカなぁぁぁっ!?」

 

 

 

 過去、幾多の勇名を馳せた武人たちが果てた場はほとんど乱戦だ。

 流れ弾…… 雑兵の振るった偶然の一太刀。

 戦争とはそんな場面の集合体だ。

 

 だがミヤビは両翼に護衛のディザードを置くことで、どんな状況でも、敵が何機居て、戦場がどんなに入り乱れようとも、常に正面に敵を置いて一対一で戦うことができる。

 射撃を捨てた近接オンリーの武装。

 しかしディザードの大盾と護衛の存在が斬り込むまでの守りを可能とし、そして斬り込んでしまえば近接に特化した故の有利さで勝利する。

 本当は、彼女の機体を完璧に守り通す左右の護衛の方がよほど大変なことをしているのだが、その護衛の人間も含めて周囲にはそれが理解されていない。

 無理をさせ、損耗が激しいからと護衛の兵にローテーションを組ませているのも、姫様は優しいなぁ、とますます彼らを心酔させるだけであった。

 まぁ、そのローテーションのお陰で、護衛たちの損耗は少なくて済んでいるのだが。

 

 

 

「もらったぁ!」

 

 倒したバルブドの影から、もう一機が襲い掛かる。

 ランサーを振り切っていたミヤビの機体に、回避できる余地は無い!

 

 

 

 と思われたが、

 

「はい」

 

 ランサーから出していた光剣を消し、柄の反対側から光剣を創り出せば、逆手に構えたセイバーもどきのできあがり。

 そこに敵が吸い込まれるように突っ込んで来て突き刺さる!

 ランサーにはこういう奇術めいた使い方もあるということ。

 なお、この斬り返しはミヤビの腕によるものではなく、技術者ゆえに「こういう使い方もあるよね」という発想でショートカットマクロ的に切り替え操作をプログラミングして組み込んでおいただけのもの。

 ミヤビはタイミングよくショートカットを叩いて実行するゲームプレイヤーみたいなことをやっているに過ぎない。

 ゆえに、

 

「はっ!」

 

 さらに両側の光剣を展開して、バトンのように手の内で回せば、回転する光剣の旋回に敵の機体は切り刻まれる。

 パワーランチャーを装備していないからこそできる技。

 装備していたらパワーランチャーの砲身が輪切りになってしまうのだから。

 しかし、こんな戦い方をしていれば当然目立つわけで、

 

 

 

「お前たち、フォローはするなっ! 損害が増える!」

 

 隊長格の機体がこれ以上の部隊の損耗は許容できないとばかりに戦いを挑んできた。

 そのバルブドはパワーランチャーを捨て、右腕をフリーにすると斬りかかって来る!

 

「剣のみの勝負! いいねぇ!!」

 

 それを辛うじて受けるミヤビ機にオープンチャンネルで呼びかけながら、

 

「お互い元は貴族だったんだ! 正々堂々、決闘と行こうじゃないかぁ!」

 

 と連撃を繰り出す。

 どうやら彼も元貴族だったようだ。

 

 

 

「くっ!」

 

 敵の斬撃をランサーとバインダーで防ぐものの、腕利きの相手にかなうはずもなく防戦一方に追い込まれるミヤビ。

 しかし、

 

 

 

「!!」

 

 不意にバルブドの腹部に衝撃が走る。

 

「隊長!?」

「この俺に攻撃が見切れなかっただと!? まさか噂のストラト・ブレード!? やつの手元に注意しろ!!」

 

 そこにミヤビからの通話が入る。

 

「さすが、一太刀ごとに手の内が剥かれていきますか」

 

 そして彼は見た!

 自分の斬撃を受けたランサーを握るディザードの右腕内側。

 設置されたセイバーラックから伸びる奥の手、ハンドランチャーが放つ光芒を!

 

「卑怯、な……」

「貴族だった…… 昔の話です」

 

 動きを止めた彼の機体を、ミヤビのディザードのランサーが無慈悲に切り捨てた。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 爆散する敵機、そこから後退しながらため息をつくミヤビ。

 彼女にデコースが得意としていた七音剣(ストラト・ブレード)、剣戟を交している最中にそれを囮として相手が気付かない内に腹部に攻撃を加える、手刀あるいは指の動きだけで放つ至近距離からのソニックブレード、そんな技など放てるわけがない。

 それは奥の手、射撃武器を装備していないと見せかけ、射撃が得意でないミヤビでも外すはずの無い超至近距離から放つハンドランチャーの存在を隠すため、ミヤビ自身が流したブラフである。

 設定上、ディザードの腕にはセイバーラックは無かったはずだが、ミヤビの前世の記憶の中にある『重戦機エルガイム』本編では、使われているカットがあった。

 実際にはオプションで用意されていたため、ミヤビは右腕にこれを取り付け、ハンドランチャーを装備していたのだった。

 

「ご無事でしたか、姫!」

 

 主力を率いていたギャブレット・ギャブレーが、戦略目的を果たした上で無事、戻ってきたようだ。

 主人公、ダバのライバルとしてポセイダル軍に居たこの男、何故かミヤビに心酔した様子で反乱軍に寝返っていた。

 なお、その際、

 

「反逆者となるのは私1人でいい。お前たちは正規軍の指揮下へ戻れ」

「なぜです、ギャブレー殿!?」

「フッ、私はギャブレット・ギャブレーだ……! 義に死してこそ華だと思わんか!!」

 

 というドタバタの末、配下のイレーネ・イルスに、

 

「はぁ…… 何と能天気な……」

 

 と呆れられ、しかし世話が焼けるとばかりにフォローされていたりする。

 

「まぁ、能力的には極めて有能だし、二枚目なマスクをしつつもギャグキャラ体質のコメディリリーフで……」

 

 ミヤビの前世の記憶の中にあるアニメ『重戦機エルガイム』劇中においても、後半どんどんシリアス、というか暗くなっていくストーリーで彼だけが安定してバカキャラをやっていて。

 その明るさは視聴者に笑いと癒しを与えていた。

 そして、それはそのまま今の自分と反乱軍に対しても言えることでもある。

 ミヤビはこういう、能天気で自信家、ついでに女好きというキャラに前世から弱かった。

『超時空世紀オーガス』の桂木桂、『マクロスプラス』のイサム・ダイソンなどといった、シリアスなストーリーを吹き飛ばすかのような明るさと、それを支える確固たる実力と自信。

 理系脳で考え過ぎてしまうミヤビにとって、自分に無いものを持つ憧れのような存在なのだろう。

 ゆえに男性から女性に、TS転生をして、女性らしく着飾らなければならなかった過去から表情筋が死んで……

 

 メス堕ち? いや、無理だから。

 アイデンティティの形成なんて前世で終わってるから。

 自分が男と恋愛するなんて、そんなの……

 自分が、恋する少女みたいな甘い顔で男に笑いかけるなんて……

 そんなのありえない、ありえないでしょう……

 

 などと考えているミヤビだったが、ギャブレーに対してだけは、そういう憧れ的な想いもあって、

 

「ありがとう、ギャブレー殿。いつも頼りにしています」

 

 自然な、心からの笑みを浮かべることができていた。

 そう、氷の人形姫が浮かべる希少な、本当の笑顔。

 それがギャブレーの心を鷲掴みにし、墜としたのだとミヤビは気づいていないのだった……




『スーパーロボット大戦30』エルガイム参戦記念作でした。
 エルガイムの奥の手、ハンドランチャーのような武器って大好きなんですよね。
 ダバ君が「使い易さなら、こっちだ!」とか言って使っていて、思わずこのお話を書いちゃいました。

 なお、ミヤビはメス堕ちしたりはしない…… はず。

 それではまた。


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本当にスコープドッグが造られてしまった場合

 辺境のスペースコロニー、サイド7に降り立った鋼の巨人。

 ジオン公国軍モビルスーツ、ザク。

 

「へっ、怯えていやがるぜ、このタンクもどき」

 

 アムロ少年が起動した地球連邦軍モビルスーツ『ガンタンク』に迫るも、突如として鳴り響く接近警報。

 不意に物陰から飛び出してきた、とても…… とても小さな機体が、ザクの股直下に潜り込み30ミリ機関砲を乱射。

 

「アババババーッ!」

 

 アニメ『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』においてシロー・アマダが携帯式の歩兵用ロケットランチャーでザクIの同じ個所を攻撃し見事擱座させたように、そこはモビルスーツの急所!

 スカート装甲下、股関節部に集中して着弾が走り、数発が機構部(だいじなところ)にまで飛び込んでしまう。

 

「アオオオオオオオーーーーーーーーーッ!?!?!?」

 

 腰を引き気味にして、よろよろとその場に前のめりに倒れ込むザク。

 その快挙を成し遂げ即座に離脱するのは、全高3メートルにも満たない小さな機体。

 ヤシマ重工製プチモビルスーツ、スコープドッグ・ショーティだった。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

(あああああ、怖い怖い怖い!)

 

 本来なら存在しないはずのミライ・ヤシマの姉であるミヤビ・ヤシマは耐圧服…… ノーマルスーツのヘルメットに取り付けられたゴーグル越しに目にするジオン軍モビルスーツ、ザクの姿に恐れおののいていた。

 まっすぐでつややかな黒髪と硬質な整った顔立ちもあってか『ヤシマの人形姫』などと呼ばれているその表情に変化はない。

 だがこれは男性から女性へ、いわゆるTS転生したせいでお嬢様らしく扱われ着飾らせられる日々に引きつる顔を無理になだめて生きてきた結果、表情筋が死んだように動かなくなっているだけである。

 

(顔に出ないからってなにも感じてないわけじゃないから!)

 

 彼、いやもう彼女であるミヤビは声を大にしてそう叫びたかった。

 そのミヤビが、なぜ宇宙世紀世界で短足ゴリラ体形に低全高カスタム化されたスコープドッグに乗っているのかというと……

 

 

 

「うむ? 人工筋肉駆動用の液体というのは普通、不燃性ではなかったかね?」

 

 と言ったのは当時、RX計画が立ち上がる前のテム・レイ博士。

 そして、その会話の相手、

 

「ああ、しかし高価なのでコストがね」

 

 と答えるのはメカニカルアーム、機械義肢の権威であるディック・ルムンバ氏。

『機動戦士ガンダム0080』でガンダムNT-1、アレックスの開発責任者だった車椅子の男性である。

 どうして二人がこの時期に顔を合わせているのかというと、民需、プチモビルスーツについて先んじて手を打っておきたいミヤビがコネを作り、彼らの間を取り持って技術交換という体で交流会を開催したのである。

 話題となっているのは当時、新開発された人工筋肉とその駆動用液体。

 

「通常の人工筋肉溶液と比べたら1/5位の価格なのだが、揮発性の可燃液体だというのが何ともね……」

 

 というように、お互いの業界の最新技術トピックを語り合う二人だったが、そこでミヤビのサポートをしていたAIサラが、

 

「ポリマーリンゲル液とマッスルシリンダーみたいですね」

 

 と言ってしまったのが、まずかった。

 興味を持った二人に、サラは、

 

「ええと、昔のアニメなんですが」

 

 と、この時代ではもう遥か昔に過去の物となっている古臭い手書きのアニメーション『装甲騎兵ボトムズ』と、その主役メカ、アーマードトルーパーについて、タブレット端末に資料と動画を表示させて説明する。

 まぁ、それはそれとしてミヤビは、

 

「そもそも昔戦車に使われていたガソリンだって揮発性の可燃液体。現在、燃料電池駆動の車両や作業ポッドに使われている水素ガスだって可燃性・引火性ガスですし」

 

 旧21世紀、西暦の時代でも取り扱いには危険物乙4とか高圧ガスとかの免許が必要な、とびっきりの危険物である。

 それでも利便性があるなら技術力で安全性を高めインフラを整備し使うのが人類。

 そもそもモビルスーツなぞ核融合炉搭載で、それが爆発する危険性を持つ兵器なのだし。

 

「ですから人間用の機械義肢には向かなくとも、作業機械にはアリなんじゃないですかね」

 

 と言っておく。

 もちろん運が悪ければ一発被弾しただけで即火だるまという兵器アーマードトルーパー、スコープドッグを作って軍に売ろうという話ではなく、作業用機械であるプチモビルスーツになら、扱いはガソリン駆動の土木機械と変わらないんだから使えるんじゃない、という提案だったのだが……

 やけに食いついて来た二人と、あと当時ミヤビのサポートをしていたヤシマ重工の担当者、ついでにサラでその後の懇親会はアニメ『装甲騎兵ボトムズ』鑑賞会になってしまい、

 

「なるほど足の裏にタイヤを内蔵させるのか。全高4メートルにも満たない小型人型兵器だから取れる手法だ」

「実現も簡単ですね」

「ああ、インホイールモーターと軍用のランフラット・タイヤを脚部に組み込むだけでいい」

「回転数制御は個別分散式VVVFインバータを用いれば良いだろう」

「おおっ、腕が伸びてパンチを!?」

「薬莢が飛び出る辺り、火薬式のカタパルトのような伸縮機能か? すごい発想だ!」

「ミヤビ君?」

「は、はい。それはアームパンチと言って……」

 

 などと盛り上がる少年の心を忘れないおっさんたち。

 そんなこんなで、その日はお開きに。

 以降は時々、ネット越しに、

 

 

tem=0:スコープドッグの装甲厚は6ミリからもっとも厚いところでも14ミリというが、腰部装甲等を見ると完全にそれをオーバーしているのだが?

 

MiyaBe:そこはボルトオンフレーム式装甲という話ですね。ムクの一枚板ではなく、枠の上に薄板を張っているだけ、という。

 

MiyaBe:誤解が無いように言っておきますが、この腰部装甲はこれでも20ミリ弾を想定して設計されているという話ですよ。

 

Dick_L:そんなもので20ミリに耐える? いや、そもそもスコープドッグの装甲は一番厚いところでも14ミリしかないという話だろう。それでどうやって?

 

MiyaBe:ええ、繰り返しになりますが腰部装甲など一部では想定して設計されているという話です。第二次世界大戦中のドイツ四号戦車が対戦車ライフルへの対応策として付けた増加装甲、シュルツェンと同じ理屈です。あれは厚さ数ミリの薄い、防弾処理もされていない軟鉄製だったという話ですが効果は十分でしたから。

 

MiyaBe:シュルツェンはドイツ語でエプロンを意味する言葉ですが、この場合は戦車の砲塔や側面に追加された、対戦車ライフル向けの増加装甲を指します。戦車本体の装甲とあわせて空間装甲を形成でき、成型炸薬弾にも有効です。

 

tem=0:本体の装甲?

 

MiyaBe:スコープドッグで言えば、腰部装甲の下には太ももの装甲がありますよね。

 

MiyaBe:この空間装甲ですが、HESH、粘着榴弾なら外側の装甲に命中した際に起爆し、装甲間の空間によって衝撃波の伝播が弱められ、破片も主装甲で受け止められる上、機体内への衝撃波による被害もまた減少します。

 

MiyaBe:火薬の力が産み出すメタルジェットで装甲を穿つ弾頭、成形炸薬弾(HEAT弾:High-Explosive Anti-Tank)でも、外側の装甲に命中した際に起爆させれば、そのメタルジェットは減衰します。装甲車に金網を追加したスラット装甲などを見ても分かるようにこの目的では、強度は必要とされませんから薄板でも十分です。

 

 まぁ現代のHEAT弾は著しく性能が向上しているので多少離して爆発させても効果は薄い。

 ただ元々スコープドッグが想定しているのは20ミリ、火砲としては小口径な砲弾で、弾頭直径に比例するメタルジェットの有効距離も短いため、これに対しての防護としては十分ということなのだろう。

 それ以上の火砲に対する防護は考えられていないし、歩兵が使うミサイルやロケットなどで弾頭が大きく炸薬量が多いものについては、歩兵に肉薄攻撃を許すほど近づけるのが悪い。

 さもなくば機動力で狙いを付けさせるな、弾速が遅いのだから撃たれても避けろ(当たらなければどうということは無い)、という考え方である。

 

MiyaBe:最後に運動エネルギーで貫くタイプの徹甲弾ですが、これは小口径…… 砲としては小口径の20ミリや、重機関銃、アンチマテリアルライフルに用いられる.50口径、12.7ミリ弾では、表面の装甲を貫通した後、主装甲への命中角が変わって浅くなり貫通力を落とす場合があります。

 

Dick_ L:横転した弾丸は貫通力が落ちるのと一緒か。

 

MiyaBe:そんな感じです。これは先に挙げたドイツ戦車のシュルツェンが対戦車ライフル対策で実際に効果を上げているものですね。

 

MiyaBe:以上のように、スコープドッグの腰部装甲のような空間装甲では、外側表面のものはシュルツェン同様、強度はさほど必要としない、ということです。

 

MiyaBe:ただ、薄板をそのまま吊り下げると周囲に引っ掛けるなどして簡単に曲がり、障害になる恐れがあります。ドイツ戦車のシュルツェンではこれにより履帯や転輪に絡まることがあり、戦車兵には嫌われたと言いますし。

 

MiyaBe:だからしっかりとした強度のある枠、フレームを用意して、それにボルトで取り付けるようにしてあるのです。

 

tem=0:その外枠のせいで、14ミリ以上の厚さのある装甲に見えていただけ、ということか。

 

 

 などといったやり取りをしていた。

 もちろんミヤビはこれを、同好の趣味を持ったアニメファン同士の私的なお付き合い。

 悪く言えば業務外の接待、ミヤビの前世で言うサラリーマンの接待ゴルフのようなものであると認識していたのだが……

 

(まさかこれが開発仕様決定のための意見交換だとは思わないでしょう!!)

 

 当時ミヤビは別件で忙しくしていたことと時差があったため気付かなかったのだが、テム・レイ博士たちが発信していたのは彼らの平日勤務時間帯であり。

 気付いた時にはテム・レイ博士とディック・ルムンバ氏、そしてヤシマ重工との間で開発が進められていたスコープドッグが完成、生産されていたという。

「何を言ってるのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった…」状態になってしまったミヤビ。

 しかも、それに地球連邦軍が興味を示し採用されてしまったというオチである。

 

 どうしてこうなった……

 

 

 

(ひいいいぃぃぃっ!!)

 

 ミヤビは変わらぬ表情で、しかし内心悲鳴を上げる。

 男子、タマヒュン案件な金的攻撃を受けたザクが、

 

 僕の、僕の大事なタマをぉー!!

 

 とばかりにマシンガンを乱射しながら怒った様子で追いかけてくるのだ。

 まぁ、多少なりともダメージを与えているのでその動きはぎこちなかった、というか少々内股気味なのがアレではあったが。

 

「ローラーダッシュ!」

 

 アクセルをベタ踏みし、スコープドッグ・ショーティの足裏に設置されたタイヤ、グライディングホイールを使ったローラーダッシュ走行で逃げる逃げる。

 この機体は完成した全高3804ミリのスコープドッグを前に、

 

(プチモビルスーツと言うには少し大き過ぎかな? 前世でも大河原邦男先生が制作された1/1スコープドッグを見て、まだ大き過ぎると感じたって言ってたし)

 

 と考え手を入れた結果、生まれたもの。

 スコープドッグは降着機構を支える1本のバー状のフレームでひざ下と接続されているわけだが、それを超ショートフレームに交換することでカカトの関節と接続。

 これにより頭頂高が3メートルを割る2930ミリ、ライト級ATツヴァーク並みの低身長と同時に軽量化を実現したのがこのスコープドッグ・ショーティと呼ばれるカスタムモデルなのだ。

 それゆえ一見、ひざ下に直に足首が付いているようにも見えるが、実際にはヒザ関節とカカトの関節は別に存在している。

 

【挿絵表示】

 

 低身長を実現するのに「体のあちこちからちょっとずつ切って縮める『なんてことしなくてもいい』んだー これなら、そーんなにムズかしくないし、らくしょーだねっ!」というお手軽カスタムである。

 

 副次的効果としてその分、軽量化が成されており重量出力比、パワーウェイトレシオは向上。

 ボトムズファンなら高速化カスタムというと、ジェットローラーダッシュ機構を組み込んだターボカスタムを思い浮かべるだろうが……

 実際にはOVA『ビッグバトル』に登場した装甲を極限まで減らして軽量化を図ったモデル、ATM-09-LCライト・スコープドッグの方が速かったりする。

 ライト・スコープドッグはさらに両足に1基ずつグライディングホイールを追加したモデルであるが、一方、このスコープドッグ・ショーティは軽量化に加え、全高が低くなった結果、前方投影面積が減っているので空気抵抗が減少している。

 それゆえに単純比較はできないもののライト・スコープドッグやターボカスタムに迫る加速、最高速を素で持ち合わせていた。

 だからザクから逃げきれている、という話であった。

 

「こんな小さな目標に、そうそう当たるもんじゃない!」

 

 とミヤビは半分、自分に言い聞かせるようにつぶやき、全高3メートル以下という小さなボディを生かしコロニー内を逃げ回る。

 相手は120ミリなどというミヤビの前世、旧21世紀の主力戦車の戦車砲並みの砲弾を、マシンガン感覚でばら撒いて来るのだ。

 ザクマシンガンは宇宙での使用を考えて低反動にしたためか低速砲で「すごいスピードで敵の装甲をぶち抜くぞ」という物理な徹甲弾は使えず、そのため火薬の力で超高速噴流(メタルジェット)を作って装甲を破る成型炸薬弾(HEAT:High-Explosive Anti-Tank)を使って来るのだが、これ、爆薬のエネルギーの70%以上がメタルジェットにならずに周囲に飛び散ってしまうもののため、スコープドッグのような軽機体では直撃しなくとも至近弾を受けただけで爆風で吹き飛ばされかねない。

 まぁ、砲弾の爆風は着弾点から上に向け円錐状に発生するので、ノーマルなスコープドッグより全高が低いスコープドッグ・ショーティは、ローラーダッシュするために身を沈めていることもあって、影響は受けづらいのではあるが。

 

 そして脚が短くなっている分、低重心化による安定性、走行性能の向上がなされているため、同じ高速型でも操作性が劣悪で一般のパイロットには制御しかねるターボカスタムと違い、ミヤビでも十分制御が可能。

 同時に、その運動性は搭乗者の操縦次第でザクを凌ぐものとなるのだった。

 

 

 

「な、なんてマシンだ。ライフルでは、まったく追従できません!」

 

 その運動性能と的の小ささに、手を焼くザク。

 そしてスコープドッグ・ショーティが消えたビルの影に走り込んだその時!

 

 

 

「ワイヤーウインチ射出!」

 

 スコープドッグのバリエーション、バウンティドッグよろしく左腕に設置されたワイヤーウインチユニットの射出口をザクの頭部に向け、発射。

 ザクのモノアイスリット側面の支柱に巻きつけるミヤビ。

 

「ウィンチ巻き取り!」

 

 内蔵されたウィンチでワイヤーを高速で巻き取ることで、ザクの頭めがけて飛んで行くスコープドッグ・ショーティ。

 

(こんな『コードギアス』のKMFの装備、スラッシュハーケンのような曲芸じみた使い方をするために作ったんじゃないけれど!)

 

 と内心ぼやくミヤビ。

 この装備、本来は『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』で登場人物たちがモビルスーツデッキ等での移動に使っていたワイヤーガンのように宇宙空間作業時、推進剤を消費せずに移動を行うためのもの。

 そのために先端アンカーにはマグネットも装備されている。

 しかし…… その用途ゆえに自重を支えるほどの強度を有しており、こんな真似もできてしまうのだった。

 そしてワイヤーだけではなく、超硬スチール合金製のザクの装甲に足裏のマグネットで吸着し機体を固定、取り付く。

 

「アームパンチ!」

 

 モノアイレールを守るバイザーシールドに、火薬の爆発力で伸縮する拳、右手のアームパンチを叩き込む!

 民生用のプチモビルスーツ、作業機械として開発されたはずの、この世界のスコープドッグに内装兵器?

 という話だが、そもそも『装甲騎兵ボトムズ』のアーマードトルーパーに装備されていたアームパンチ機構自体、狭い閉鎖空間での障害物除去用の衝撃破壊装置(インパクト・デバステイター)として搭載されていたものが戦闘に転用され、接近戦時の最後の武器として使われるようになった、という説が流布していた。

 このヤシマ重工製スコープドッグにもまた、作業機としての性質上、スペースデブリなどの排除や事故時の障害物撤去用にという名目で搭載され……

 そしてこのように戦闘にも用いられるようになっていた。

 動作の度に使用済みの金属薬莢が排莢され、はじけ飛ぶ!

 一発目でバイザーシールドにひびが入り、二発目で粉砕。

 そこに遅れてザクのカメラが移動し、直近にあるスコープドッグ・ショーティの姿を捉えようとするが、

 

「ナイスタイミングとしか言いようが」

『可哀想としか言いようが』

 

 ミヤビが、そしてスコープドッグ・ショーティのミッションディスクプログラムに組み込まれたサポートAIサラがつぶやくとおり、アームパンチを放つために左腕に持ち替えていた短銃身のGAT-22Cヘビィマシンガン改は、もう一度右手に戻され構えられており、

 

ごきげんよう(こんにちは)。そして、ごきげんよう(死ね)!!!」

 

 もしくは、

 

「こんにちは、死ね!」

 

 とばかりに目が合った瞬間にはガンガンと吐き出された銃弾が割れたバイザーシールド内でモノアイカメラを粉砕!

 さらに内部を跳弾が跳ね回り頭部機能をズタズタに破壊する!!

 

 

 

「目がぁぁ~! 目がぁぁぁぁあっ!!」

 

 至近のマズルフラッシュにモニターが焼かれ、直後にカメラが粉砕されたことによりブラックアウトした視界。

 ザクのパイロット、ジーンは悲鳴を上げる。

 

 

 

「あれが、あの小型機の威力なのか? あんな小さな機体が……」

 

 ジーンを引き留めようとしていた上官、デニムも驚愕する。

 

 

 

 ワイヤーウインチユニットを利用して地上に降りたスコープドッグ・ショーティは、すぐさまジーンのザクの背面に回り込んで、その機体を盾にもう一体のザクからの射線を切る。

 さらに念を入れてFPSやミヤビの前世であったオンライン対戦ゲーム『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』においてレレレ撃ちと呼ばれていた左右に機体を振る回避行動を併用しながらの射撃で30ミリマシンガンをザクのランドセル、ロケットエンジンに連射。

 

『バーリバリバリ……』

 

 とサラが楽しそうに言うように潰していく。

 ミヤビの前世の記憶の中にあるアニメ『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』でもゲリラの歩兵用ロケットランチャーからの一撃で、ザクのロケット噴射による跳躍が潰されていたように、たとえ30ミリの砲弾であっても、ピンポイントで叩き込めば局部破壊は可能だ。

 最後は後退しながらの退き撃ちでザクマシンガンを狙って弾薬誘爆を目論み、やはり歩兵用のロケットランチャーでそれを破壊してみせたシロー・アマダのように見事成し遂げる。

 そうやって戦闘能力を奪ったのだった。

 

 

 

「よくもジーンを!」

 

 激情のままに追いかけてくる、もう一機のザクだったが、横滑りするように動くスコープドッグ・ショーティにひらりと躱され、とっさには止まれず行き過ぎてしまった、と思った瞬間、

 

「おおっ、ああっ!」

 

 足元に張られたワイヤーに脚を取られ転倒する!

 

 

 

「さっすが宇宙工学素材活用の超高強度ワイヤー」

 

 機体を右に回避させると同時に反対方向、左に射出、固定物に巻きつけザクの足元に張っていたワイヤーをワイヤーウインチユニットに巻き戻し、ミヤビはつぶやく。

 ミヤビの前世の記憶の中にあるアニメ『機動戦士ガンダムΖΖ』冒頭で、同様にプチモビルスーツから射出されたワイヤーがゼータガンダムを転ばせていたように、宇宙世紀の技術で造られたワイヤーの強度は伊達ではない。

 それでも立ち上がろうとするザクだったが、しかし、

 

()()()()()()()! ザクのパイロットさん! これが私たちの『逃走経路』です……』

 

 とサラ。

 散々追い回されたせいか妙にハイに、いや、最高に「ハイ!」ってやつだアアアアアアハハハハハハハハハハーッ、みたいになっている彼女は、

 

『あなたはミヤビさんとの知恵比べに負けたのですッ! 私たちが逃げ込んだこの場所に見覚えはありませんか? 初めてこのコロニーを訪れたあなたの目にはどの風景も同じに見えるのですか?』

 

 実際、コロニーの人工の大地は人の手によるものであるがゆえに、特に変化を付けて造成された場所以外は類似していて迷いやすいものではあるのだが……

 そして別方向からの砲撃がザクに炸裂する!

 

『そうです。ガンタンクからの砲撃支援を受けるための『逃走経路』です!』

 

 そこはスコープドッグ・ショーティが乱入するまでザクたちがガンタンクと戦っていた場所。

 ミヤビはあらかじめ、ガンタンクのアムロに砲撃要請をした上で、サラに命じて設定させたキルゾーンにザクを誘導。

 前世であったオンライン対戦ゲーム『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』よろしく、よろけを取ってザクの回避を潰した上で、砲撃させたのだった。

 

(バトオペ2でも素ザクには緊急回避制御付いてなかったしね)

 

 などとメタなことを考えているミヤビ。

 

 もう遅い! 脱出不可能よッ!

 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーッ

 

 とばかりにガンタンクの砲撃でタコ殴りにされるザクを横目で見つつ、

 

「まぁ、内部故障を狙う粘着榴弾(HESH)だから、パイロットは死んではいないんだろうけど」

 

 とつぶやく。

 

『鹵獲機をニコイチすれば稼働機体をでっちあげることができますかね?』

 

 とサラ。

 ヤシマ重工MS用可搬型兵器の粘着榴弾(HESH)を使った不殺化を推し進めるべく動いたミヤビだったが、彼女の前世の記憶でもRX計画にキャノン砲を納めたメーカーとしてヤシマ重工が挙げられている書籍資料があった。

 転生したこの世界で調べてみたら、実際にガンタンクの120ミリ低反動キャノン砲にもヤシマ重工が関わっていたため、ついでに粘着榴弾(HESH)を用意して不殺、敵機の鹵獲を推し進めた経緯にある。

 そしてこの世界のスコープドッグは、そもそも民需の作業用にと作られた機体。

 機体を制御するサラの助けがあれば、ザクの修復も問題なく行えるだろう。

 ともあれ、

 

(何でガンダムでもガンキャノンでもなくガンタンク? 機動戦士ガンタンクにスコープドッグを足してむせる話にでもなったりするわけ?)

 

 ということではあるのだが。

 

 

次回予告

 ホワイトベースで脱出を図るミヤビたちを待ち受けていたシャアは、ついに赤い彗星の本領を発揮してスコープドッグ・ショーティに迫る。

 それはシャアにとってもミヤビにとっても、初めて体験する恐ろしい戦いであった。

 

「みんな丸太は持ったな!!」

(GAT-35 Log Gun(ロッグガン、Log=丸太)のことでしょうけど、変に省略しないで!)

 

「ス、スレンダー。い、一撃で、一撃で撃破か。なんということだ、あの小型機は戦艦並のビーム砲を持っているのか」

(とか思ってるんでしょうけど、あのロッグガンはヤシマ重工(うち)の……)

 

 次回『ガンタンク破壊命令?』

 君は生き延びることができるか?




 本当にスコープドッグが作られてしまった場合のIFルート案でした。
 ついでにアムロはガンタンクに乗せて以前紹介した機動戦士ガンタンクルートと統合、よりむせる話に。

 第1話なので主兵装を30ミリマシンガンだけで済ませましたけど、スパロボのキリコならともかく凡人のミヤビにはそれだけでは厳しいので、続けるならモビルスーツに通用する武器を用意しなくてはいけませんね。
 第2話では予告通りチャージ式の大火力兵器ロッグガンを登場させればいいとして、簡単なのは本編でツヴァークに使わせたHRAT-23ハンドロケットランチャーの発射管に4発のAIM-79、コア・ファイターに搭載されていた、グフの正面装甲を破ることができるミサイルを積めばいいでしょうか。
 あとは背面ミッションパック接続のミサイルランチャーとか。
 まぁ、自分でダメージを取ることにこだわらず、今回のラストのようにバトオペ2で言うところのよろけを取って支援機、アムロのガンタンクの砲撃で止めを刺してもらうというのも渋いし戦術的にはよろしいかも知れませんが。

 それではまた。


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閑話 スコープドッグとむせるコズン

 IFルート『本当にスコープドッグが造られてしまった場合』だと、ホワイトベース脱走後のコズンがどうなるか、という閑話です。


 食う者と食われる者、そのおこぼれを狙う者。

 牙を持たぬ者は生きて行かれぬ暴力の街。

 あらゆる悪徳が武装する、ここは戦争が産み落としたソドムの市。

 コズンの体に染みついた硝煙の臭いに引かれて危険な奴らが集まってくる。

 

「夕べ脱走したやつらは、ほとんどやられちまったらしい」

 

 人間狩りの暴力集団から脱走したコズンは、闇商人に拾われていた。

 

「生き残りを始末するためにファミリーのやつら、そしてやつらとグルになってる治安部隊とが躍起になっとる。あそこから逃げ出すとは大したやつだよ、おめぇは」

「あれを…… 俺にくれないか?」

 

 コズンがガツガツと飯を食いながら目を付けていたのは、この闇商人の商品。

 全高4メートルにも満たない人型マシン、ヤシマ重工製のプチモビルスーツ『スコープドッグ』、

 

「ポンコツだぞ」

 

 ……のスクラップ。

 だがコズンは意に介さない。

 

「ここを出る。修理道具も借りたい」

 

 そして黙々と修理を始めるコズン。

 

 

 

『おひげ剃ったら、男前度がアップしましたね』

 

 とサポートAI、サラがささやく。

 スコープドッグのミッションディスクプログラムに組み込まれていた彼女は、コズンのことを色々とサポートしてくれた。

 

「ATM-09-LRC、スコープドッグ・ショーティか……」

 

 スクラップだった機体からの再生案も、彼女が提示してくれたもの。

 ひざ下が大破していたスコープドッグだったが、降着機構のフレームは、これだけで膝上の荷重を支える頑丈なものだったので辛うじて無事。

 それをぶった切って超ショートフレームに加工し、カカトの関節と接続することで、軍にはATM-09-LRC、軽偵察型の機体として登録されているスコープドッグ・ショーティと同仕様に仕上げてある。

 

『機体制御OSにも変更は必要ですが、ヤシマ重工のライブラリに登録されていてどこでも使えますし、何なら自分でミッションディスクをいじっても問題はありません』

 

 とサラが言ったとおり。

 足を短くした結果、重心が下がって安定性が増した上に、アーマードトルーパーの脚部をサスペンションと考えれば、ばね下荷重が大幅に減るのと同じ効果をもたらす結果となり運動性能、操縦性が大幅に向上しているため、制御にも問題は出ない。

(車において「バネ下を軽量化するとフットワークがよくなる」や「バネ下1kgはバネ上10kgに相当」という話はよく聞かれるところ)

 特にスコープドッグは重い機体重量を支えるのとローラーダッシュ走行を安定させるために人体に比べ脚部の肥大化が著しく、これを改善できたことはかなりの効果を上げることとなっていた。

 

『同じ軽量化カスタム機であるATM-09-LCライト・スコープドッグは極限まで装甲と装備を削った結果、高機動性を獲得していましたが、このスコープドッグ・ショーティは原型機のスコープドッグと変わらぬ防御力を保ちつつ、それ以上の軽量化を実現。高機動性を獲得しているものですね』

 

 また低身長化に伴う前方投影面積の縮小、隠密性の向上もあり、本機は偵察や特殊任務向けの機体に位置づけられている。

 

『腕が右腕一本しか再生できなかったのは難ですが』

 

 とサラが言うように、腕に関しては左右のものを共食い整備でニコイチするほか無かったが。

 そのため左腕に関してはマント状のボロ布をまとわせることで、欠損を悟らせないよう、偽装が施されていた。

 

【挿絵表示】

 

「あれが、奴らの根城か」

 

 夜の闇を超えて前方に見えてきたのは、戦争で廃墟と化した街の郊外に建つドーム状の全天候型スタジアム。

 軍から横流しされた装甲車や、民間向け車両に武装を施したテクニカルと呼ばれる即製戦闘車両を擁していた武装集団だったが、そのガレージ代わりにでも使っているのだろう。

 

「しかし、こちらに気付いた様子が無いが……」

『そこが、Light Reconnaissance Custom、軽偵察型の機体として登録されている所以ですよ』

 

 とサラ。

 

『全高がノーマルなスコープドッグの3804ミリから3メートルを割る2930ミリに下げられているだけでなく』

 

 低い全高はそれだけで隠密性を引き上げるが、

 

『通常機体とは異なる、人体比率から著しくかけ離れたシルエットを持つスコープドッグ・ショーティは機体アウトラインが検出しづらいんです。特にこんな低光量環境下(ローライト・コンディション)で用いられる機械の目、赤外線カメラやスターライトスコープによる映像では』

 

 判別は困難か。

 そういう理由から、制作者であるミヤビの『民需用プチモビルスーツ』という意図から外れ、偵察機として軍に型式を与えられ、用いられているのだ。

 

『その上、このマント、ボロボロですけど元は軍用車両の幌か何かですね。赤外線放射量を抑え、背景となる自然環境に疑似的に同化、さらには単色に見えて実際には赤外線反射率が異なる染料で迷彩塗装が施されてます』

 

 そんなものをまとっているので、検知はますます困難になっている。

 

『そもそも…… スコープドッグにはエンジンが積まれていませんから音、静粛性の面でも有利ですしね』

 

 全身に配されたマッスルシリンダーで駆動しているので、動力源となるエンジンは積まなくていいのだ。

 両足のグライディングホイールは、マッスルシリンダー駆動用のポリマーリンゲル液を改質して発電する燃料電池駆動なのだし。

 しかし、

 

「気付かれた!?」

『この距離になると、さすがに異常を検知しますよね』

 

 敵が慌ただしく出てくるが、

 

「ここまで来れば、もう遅い! 突っ込むぞ!」

『はい!』

「バルカン・セレクター!」

 

 スコープドッグはこう見えて搭乗者の音声認識システムを持ち、ミヤビの前世の記憶の中にあるアニメ『装甲騎兵ボトムズ』作中でもキリコがウド編で「バルカン・セレクター!」と言い放ちヘビィマシンガンをフルオートに切り替えて撃ちまくっていた。

 それと同様にコズンの音声コマンドを受けたスコープドッグ・ショーティは短銃身のGAT-22Cヘビィマシンガン改のセレクターレバーを、グリップを保持した右手親指で弾くようにしてフルオート位置に切り替え。

 乱射しながら敵戦闘車両を蹴散らし、ドームへと突っ込む!

 

 

 

「何でまた『バルカン・セレクター』なんだ?」

 

 突然のことで対応しきれていない敵集団を掃射で潰しながら聞く余裕があるコズン。

 履帯、無限軌道をキャタピラー社の商標であるキャタピラーと呼ぶがごとく、この宇宙世紀世界ではガトリング砲全般をバルカンと呼ぶ。

 しかし、さすがにヘビィマシンガン、機関砲に対して使うのは誤用かと首をひねるのだが、

 

『『バルカン・セレクター』はミッションディスクプログラムの名称です』

 

 とサラ。

 アーマードトルーパーのミッションディスクプログラムはパイロットを補助するもので、様々な役割を持つが、

 

『ヘビィマシンガンには専用のボックスマガジンに120発の弾が入るため歩兵で言うアサルトライフル、自動小銃ではなく分隊支援火器(Squad automatic weapon, SAW)、軽機関銃だと認識してフルオートで使おうとされる方が多いのですが』

 

 しかし、

 

『発射レートが高いので、それだとすぐに弾切れしますし、何より振動で弾が散り命中率が下がります。だからGAT-22ヘビィマシンガンは通常、単射での運用が推奨されるのです』

 

 これはミヤビの前世の記憶の中にあるアニメ『装甲騎兵ボトムズ』でも一緒。

 主人公キリコも通常は単射で使っているからこそ、そこからの切り替え描写があったわけである。

 

「だが、そうも言ってられない場合もある」

 

 今、この時のように多数を相手取る場合などにはフルオート射撃は必要である。

 

『そうですね、ですからフルオート射撃時には、その反動を制御し命中率を向上させるミッションディスクプログラムの併用が望ましいのです』

 

 ということ。

 

『スコープドッグにもGAT-42ガトリングガンという手持ちのガトリング砲が用意されていまして。その激しい反動を制御するために組まれたのが『バルカン・セレクター』と呼ばれるミッションディスクプログラムです。これがヘビィマシンガンのフルオート射撃時にも非常に有効なので、流用されているんですね』

 

 そういうことであった。

 そうやって、周囲の敵を潰し終えたコズンだったが……

 

『危険です!!』

 

 サラの警告に反応し、回避行動を取る。

 その機体を追いかけるようにして放たれる重機関銃の掃射がスコープドッグ・ショーティを襲う!

 

「何だぁ、すっぽ抜けただとぉ!?」

 

 質の悪いスピーカー越しに、男の割れた声がドーム内に響く。

 当たったのは機体左肩、腕に相当する部分に被せられた偽装用のボロ布で、当然中身が無いので銃弾は生地に穴を開けるばかり。

 機体に損害は無い。

 

『だぶついた布により敵の目標を誤らせて攻撃をかわすことができたんですね』

 

 とサラ。

 偽装用に纏ったボロ布には、そういう効果もあったらしい。

 そう推察しながらも彼女は並行して頭部、三連カメラターレットを広角レンズに切り替えサーチ、敵を捕捉していた。

 相手は全高4メートル超過の人型の機体。

 スコープドッグより大型のヘビィ級アーマードトルーパー。

 

「スタンディングトータスってやつか?」

 

 その両胸に内装された11ミリ機関銃による射撃だった。

 しかも、

 

マークツーと言えぇい(Say Mk-II)!!」

 

 と叫んだかと思うと、背面のロケットエンジンを吹かし、上昇。

 

「フフフッ・・・おまえら~~~~~ この機体の名を言ってみろ!!」

 

 飛行しながら攻撃を仕掛けて来る。

 

「なんだなんだぁ!?」

『あれはヘビィ級アーマードトルーパー、ATH-14-SA スタンディングトータスMk-II。SAはスペースアサルトを意味すると言われている宇宙機で……』

 

 サラが敵機体を識別。

 

『推力の大きさから重力環境下でも短時間の飛行が可能なんです』

 

 これもまたヤシマ重工の開発機体だが、月のアナハイムエレクトロニクスでもライセンス生産を行っている。

 そこから流れたものだろうか……

 

「宇宙! スペース! ATH-14-SA スタンディングトータスMk-II、おまえがナンバー1だ!!」

 

 そう機体の名を誇示しながら、

 

「スコープドッグは空からの敵には弱い! 俺ならスコープドッグを空から攻めるね!」

 

 と攻撃を仕掛けて来る。

 

「くそっ!」

 

 コズンはヘビィマシンガンで迎撃を図るが、機体各所に姿勢制御ロケットを備えるスタンディングトータスMk-IIはそれをひらりとかわして見せる。

 そうして回避から急速接近!

 

「これでも食らいな!」

 

 左腕から繰り出されるアームパンチ!

 

『そのくらい!』

 

 とコズンの操縦を助け、スウェーで躱そうとするサラだったが、

 

『当たった!?』

 

 スタンディングトータスMk-IIの拳がスコープドッグ・ショーティの顔面にめり込み、ターレット式三連カメラを粉砕!

 

「前が見えねェ」

 

 状態に。

 

『あの機体、アームパンチの伸縮幅(ストローク)を基準より延長しています! 自らの機体を壊しかねない危険行為なんですが……』

 

 とサラ。

 アームパンチは機体に負荷がかかるため、その炸薬量およびストロークには厳密な取り決めがある。

 それを勝手にいじった場合、アームパンチ機構のみならず本体の損壊にまで発展する重大なトラブルを引き起こしかねないのだ。

 

 

 

「ハッハー! ママのオッパイをしゃぶってな!」

 

 至近から左胸部11ミリ機関銃をスコープドッグ・ショーティの頭部に向けるスタンディングトータスMk-II。

 カメラを粉砕、視界を奪ってやった。

 そうされた場合、スコープドッグはバイザーを上げて有視界で戦闘をするしか無いだろうが、そこを狙うのだ。

 しかし、

 

「何っ!?」

 

 

 

 サラはスコープドッグ・ショーティの頭部を180度回転。

 リアカメラを正面に構えることで敵影を捉える。

 

【挿絵表示】

 

「そこ!」

 

 間髪入れずコズンはアームパンチを動作させ、こちらに向けられていた敵の左胸部の11ミリマシンガンを粉砕する!

 

『少しばかりスコープドッグについて知っている風でしたが、甘いですよ』

 

 とサラ。

 コストの安いスコープドッグは後部カメラが省略されていたり、後方監視は動体センサーのみとなっている機体も多く、確かにその場合はメインカメラが損傷すると、バイザーを開けての有視界行動に移らざるを得ないが。

 この機体は将来的に百式に採用されるImage Directive Encode (IDE) システム(画像管理型符号化装置)と呼ばれるセンサーの元になった技術を利用した平面素子によるイメージセンサーを搭載していた。

 ゆえに頭部を180度回転させることで視界を得て、行動を継続することができるのだった。

 

 

 

「クソッタレ!」

 

 叫び、背部、そして脚部のロケットエンジンを強く1、2度わざと吹かし、立ち上る土煙で視界を遮ってからホバリングするように宙に浮き、離脱しようとするスタンディングトータスMk-II。

 しかし、

 

「何!?」

 

 土煙の向こうから、こちらの位置が見えているかのように飛び出してくる、ワイヤー付きアンカーフック!

 

【挿絵表示】

 

 内蔵されたマグネットが胴体に吸着し、巻き取られるワイヤーによって機体が手繰り寄せられる。

 

「おおお!」

 

 

 

『この後部イメージセンサー、可視光域と赤外域の切り替えができるんです!』

 

 サラによる種明かし。

 遠赤外線は可視光線と比較して解像度が劣る一方で透過能力に優れるため、ある程度であれば土煙越しに像を捕らえることもできる。

 しかも相手はロケットエンジンを吹かし、高熱を発しているのだ。

 赤外線画像なら捉えるのは難しくない。

 

「アイゼン!」

『はい!』

 

 コズンの指示で両足側面に配されたターンピックをスパイク、アイゼン代わりに地面に突き立て、そしてウィンチでワイヤーを巻き取りにかかる。

 ライト級並みに軽量化されているスコープドッグ・ショーティと、ヘビー級のスタンディングトータスMk-II、単なる引き合いなら勝てるはずも無かったが、これにより機体が地面に固定されたことと、

 

「地に足が付いていないことが、お前の敗因だ!」

 

 相手が空中に浮いていて踏ん張りが効かないことから、強引に手繰り寄せることに成功!

 そして突き出していた腕、拳に敵機が衝突した後に、その拳をねじ込むようにずらし脇腹に押し付け、一拍置いて、

 

「オラァッ!!」

 

 低い位置から斜め上にかち上げるようにしてアームパンチが炸裂する!!

 

 

 

「がっ、はぁ!?」

 

 スコープドッグ・ショーティのアームパンチを胴体側面に受けたスタンディングトータスMk-II。

 衝撃で側面監視用窓の防弾ガラスが割れ、コクピット内に飛散する!

 

「がああああっ!!」

 

 ロケットエンジン全開で上昇するスタンディングトータスMk-II、危うくドーム天井に激突しそうになるのを避け、

 

「もう許さねぇ!」

 

 右手に持っていた大型の8連装HMAT-38ハンドミサイルランチャーを下方、スコープドッグ・ショーティへと向ける。

 

 

 

「バカ野郎! いくら広いドームったって、そんなもん中で使うやつがあるか!?」

 

 大型の弾頭を備えたミサイルが次々に飛来する。

 コズンは手放していたヘビィマシンガンを、ワイヤーウインチユニットを使いアンカー内蔵のマグネットで吸着、手繰り寄せることで素早く回収、迎撃を図るのだが、

 

「何だこの照準! 当たらねぇぞ!!」

『さすがに後部カメラでミサイルのような動く的への精密射撃は無理……』

 

 ですよ、とサラが言いかけたところに、一発目が着弾!

 直撃は避けたものの、爆風で吹き飛ばされそうに、いや、全高を低くカスタマイズしているスコープドッグ・ショーティだから耐えられただけで、ノーマルな機体だったならなぎ倒されていただろう衝撃波が機体を襲う!

 

「うぉおおぉぉぉっ!!」

 

 コズンはヘビィマシンガンを連射するが、外れた弾がドームの天井の強化ガラスを破るだけで次々に飛来するミサイルには当たらない。

 そして続けざまにミサイルが爆発し、ドーム内は閃光に包まれた……

 

 

 

「塵も残さず吹っ飛んだか」

 

 大穴が空き、すり鉢状にくぼんだ地面、その横に降り立つスタンディングトータスMk-II。

 

「ん?」

 

 天井が壊れたのか、上方で何かが揺れ動く気配。

 機体を反らしてカメラを向けると、そこには、

 

「げぇっ!?」

 

 ガラスが割れて枠だけになってしまったドーム天井にアンカーを引っ掛け、ワイヤーで宙吊りになっているスコープドッグ・ショーティ!

 そう、ミサイルが炸裂する前に連射されたヘビィマシンガンは、こうするのに邪魔になる天井ガラスを排除すると同時に、ワイヤーの射出を隠すための目くらましの役目を果たしていたのだ。

 そして、空中で機体を揺らせたスコープドッグ・ショーティが、スタンディングトータスMk-II目掛け、落ちてくる!

 空中に避けようとするが、

 

 

 

『ブースターがオーバーヒートして飛べないのも計算の内です!!』

 

 とサラ。

 ミサイル攻撃と、その後、爆風をやり過ごすために滞空制限ギリギリまでロケットエンジンを酷使していたことを彼女は見抜いていたのだ。

 敵機が左のアームパンチで迎え撃とうとするが、

 

『それも予測済みです!』

 

 動作せず、あまつさえ動作用カートリッジの暴発でスタンディングトータスMk-IIの左腕が吹き飛ぶ!

 

『さっきの強引にストロークを伸ばした一撃で、既に逝ってたんですよ、その左腕は!!』

 

 よろめく敵機に落下の衝撃を加えたキックを叩き込み!

 傾斜を滑り落ちて行くスタンディングトータスMk-IIに馬乗りになり、その胴体に直付けされた頭部三連カメラを右手で握り込む。

 

「アイゼン!」

『はい!』

 

 コズンの指示で再び脚部、ターンピックを作動!

 敵の機体に鉄杭を撃ち込み、損害を与えると同時に離れられなくする。

 地の底に敵機が叩きつけられると同時に、

 

「アームパンチ!」

 

 アームパンチ機構を動作!

 通常とは違い、敵の頭部を握っていた手のひら、掌底が突き出されカメラを粉砕すると同時に、その頭部をもぎり取る!

 そして伸ばされた腕が元に戻る反動で指が閉じ、もぎ取った顔を握りつぶした!

 頭部カメラを剥ぎ取ったおかげで晒されたスタンディングトータスMk-IIのコクピット、驚愕の表情を浮かべる敵の顔に、

 

「動くな!」

 

 ワイヤーウインチユニットを向けるコズン。

 これはアームパンチとの排他装備としてバウンティドッグに採用されたものより小型で、腕の外側ではなく内側に装備されているもの。

 機体重量が軽いため、バウンティドッグのように強化した肘関節と一体型のフレームに搭載する必要が無く、ノーマルな腕に付けるだけでも強度的に問題が無いこと、射出されるアンカーを小さく、ワイヤーも細くできること、さらには、

 

「このワイヤーウインチユニットはアームパンチの動作ガスをアンカーの射出に利用しているんだ」

 

 動作原理はライフルの銃口にセットし空砲のガス圧で射出する旧式なライフルグレネードと一緒で、アームパンチ機構をロックして、動作用カートリッジのガスを追加した分岐ルートを介しフックの射出に利用する。

 故に射出機構が不要で、外見的に追加された部分にはワイヤーウィンチしか入っていない。

 正確にはさらに前腕内部の空きスペースまで活用することでここまで小型化出来たものだ。

 そして、

 

「それを人間に撃ち込んだらどうなるか、分かるだろ?」

 

 そう告げる。

 相手は少しの沈黙の後、引き攣った、しかしいやらしい笑みを見せて。

 それを見たコズンは片眉を跳ね上げる。

 

「アンタ考えてるな、このワイヤーウインチユニットの連続使用可能回数はアームパンチのマガジンに納まるカートリッジ数、合計7発分までで、アームパンチを利用すればその分減るし、逆もまた同じ。果たしてまだカートリッジが残っているだろうかと」

 

 そうしてコズンは笑う。

 

「実は俺にも分からねーんだ。何といっても派手にブチかましまくったからな。だがな、言ったとおり、このワイヤーウインチユニットはアームパンチの動作ガスを使ってアンカーを飛ばしてるんだ」

 

 繰り返しになるが。

 

「アンタの頭くらいは軽く吹き飛ばすぞ…… どうだ、それでも賭けてみるか?」

 

 相手の返事は、

 

「この短足野郎(ショートドッグ)が!」

 

 だった。

 同時にスタンディングトータスMk-IIに残された武器、まだ無事だった右胸11ミリ機関銃がこの至近距離から火を噴く!

 

「あ?」

 

 しかし吐き出された銃弾はスコープドッグ・ショーティの左肩……

 偽装用のボロ布を貫いただけで終わる。

 最初の銃撃で同じように効果が無かったことを忘れたのか、それともからくりを見抜けなかったのか。

 

「………」

 

 コズンは無言でワイヤーウインチユニットからアンカーをぶち込んだ。

 

短足野郎(ショートドッグ)、ですか……』

 

 それは奇しくも軍でスコープドッグ・ショーティとそのパイロットを蔑むのに用いられている呼称だった。

 欧米の路上生活者(ホームレス)が判を押したように持っている酒瓶のことを示す俗語(スラング)でもあり、最低野郎共(ボトムズ)の、さらに底辺という皮肉も込められた蔑称でもある。

 本機は偵察や特殊任務向けの機体であるが、一般兵に馴染みがあるのは前者。

 つまり自分だけ背が低く目立たなく被弾しにくい機体でこそこそと動き、積極的に戦闘に参加しようとしない臆病者の短足野郎、という扱いなのである。

 まぁ、それはそれとして、

 

『最後のお芝居、要りました?』

 

 と呆れた様子で言うサラに、コズンは片頬を歪めてこう答える。

 

「好きなんだよ『ダーティハリー』」

 

 と西暦の時代の映画の題名を語って見せる。

 実際にはあの瞬間、スタンディングトータスMk-IIの11ミリ機関銃の正面にスコープドッグ・ショーティの胴体があって、下手をすると相打ちの危険があったための演技だった。

 だから会話で気を逸らしつつ、ゆっくりと機体をずらすことで射線を外したのだ。

 偽装用のぼろマントが、その意図を上手く隠してくれていた。

 

『周囲、動体反応ゼロ、敵性体、認められず』

 

 サラがスコープドッグ・ショーティの頭部を360度回転、周囲を走査(スキャン)し危険が無いことを確認したうえで、バイザーを上げる。

 

「ふぅ」

 

 コズンもそれに合わせ、ヘルメットを脱ぎ去ると、冷たい新鮮な外気に素顔を晒し、息をつく。

 

「やれやれだぜ」

 

 と……

 

 晴天の夜明け、壊れかかったドームの天井越しに見える空には絵の具で刷いたかのようにうっすらと青みがかかり……

 朝焼けの朱が美しく差し込み始めていた。




 IFルート『本当にスコープドッグが造られてしまった場合』だと、ホワイトベース脱走後のコズンがどうなるか、という閑話でした。
 本編であったコズンのむせるストーリー。
 やっぱりこういうシチュエーションにはスコープドッグが似合いますよね。
 それも貧乏の極みのスクラップからでっちあげた欠損機体。
 チープさがたまりません。

 そしてコズンも、スコープドッグ・ショーティ搭載のサラというヒロインを得たことで、きれいなコズンになっていそうですよね。
 マンガ『ファイブスター物語』のブルーノとかみたいな、誰これ、別人!? レベルで美化されていそう。

 ではまた。


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ZZ登場のプチ・モビルスーツを開発した場合 Aパート

 軍需に関係したくないミヤビが純粋な民間作業機を求めた結果、ZZ冒頭でヤザンやジュドーに使われていたプチ・モビルスーツなら絶対大丈夫だろう(フラグ)と考えた場合のIFルート。
 この機体、思い出せないという方は、ガンダム公式 YouTube チャンネル「ガンダムチャンネル」が上げている『MS動画図鑑』動画、
https://www.youtube.com/watch?v=_UlvrW2AJ9M
 このあたりを見るか『機動戦士ガンダムUC』でコロニー中心部に放り出されたミネバ様を助けるためにバナージ君が使ったプチ・モビルスーツ、TOLRO-800トロハチ。
 あれをプラスチックボディの華奢で小型にしたものと考えればOKです。
 何しろ機体構成自体は、ほぼ一緒ですので。


 辺境のスペースコロニー、サイド7に降り立った鋼の巨人。

 ジオン公国軍モビルスーツ、ザク。

 

「へっ、怯えていやがるぜ、このタンクもどき」

 

 アムロ少年が起動した地球連邦軍モビルスーツ『ガンタンク』に迫るも、突如として鳴り響く接近警報。

 不意に物陰から飛び出してきた、とても…… とても小さな機体が、ザクの顔面目掛けて、

 

「ファッ!?」

 

 真っ白な、ねばつくものをぶっかけた!

 よろめき、動きを鈍らせるザク。

 そう、その白いゲル状の物質、コロニー補修用のトリモチはザクの機体にまとわりつき、短時間だが拘束することに成功。

 その隙にアムロのガンタンクはサポートAI、サラ=零のアシストを受け後退。

 態勢を立て直す。

 

 それを成し遂げたのは全高2メートル少々のプチ・モビルスーツと呼ばれる機体。

 まるでテルテル坊主のようなシルエット、金魚鉢を逆さにしたようなバブルキャノピーにプラスチックボディ、機体後部に搭載された円筒状のプロペラントタンクとロケットエンジンが付き、ロケットエンジンを備えた前後対称の脚部と三本指のマニピュレーターを備えた民間作業機。

 転生者ミヤビ・ヤシマの前世の記憶では『機動戦士ガンダムΖΖ』序盤でヤザンやジュドーらに使われ、活躍したマシンだった。

 

 

 

(あああああ、怖い怖い怖い!)

 

 本来なら存在しないはずのミライ・ヤシマの姉であるミヤビ・ヤシマはバブルキャノピー越しに見上げるザクの巨体に戦慄する。

 ただのガラス張りとか、アクリル製というわけでは無く、スペースデブリ衝突事故に備えガンタンクの頭部コクピットやガンキャノン、ジムの頭部センサーゴーグルと同じくポリイミド系材料を発展させた多層構造物によるグレイズ・シールドを使用しているとはいえ、当然、通常サイズのモビルスーツからの攻撃に耐えられるようなものではない。

 実際『機動戦士ガンダム』劇中ではジムのゴーグルですらザクマシンガンのストックで叩き割られていたし。

 

(ワイヤーアンカー射出機構を利用したトリモチ弾で何とかガンタンクが後退する隙を稼げはしたけど!)

 

『機動戦士ガンダムΖΖ』登場のプチ・モビルスーツは右手のひらにワイヤーアンカー射出装置が内蔵されていたが、これを利用してコロニー補修用のトリモチ弾が使えないかという要望があり、

 

 先込め式で…… そう、信号銃から発展したカンプピストルやシュツルムピストーレに用意された先込め式の榴弾や成形炸薬弾のようにしてやれば。

 

 という発想でミヤビが用意したものだった。

 見た目、パンツァーファウストやRPG-7の弾頭のようなものを用意し、ワイヤーアンカー射出機構に差し込んで撃つというもの。

 ミヤビの前世、旧21世紀の記憶の中で言えば、『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』登場のハイゴッグが手のひらに装着していたハンド・ミサイル・ユニットみたいな感じだろうか。

 水中で使うわけでは無いので整流フェアリングは着けないが。

 

 そして同様にミヤビの前世の記憶の中にあるネットワーク対戦ゲーム『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』でもリック・ディアスやガンダムMk-Ⅱなどには拳部トリモチ・ランチャーが装備されていて。

 敵機体に張り付くことで即よろけ、命中後5秒間のスピード低下付与という効果があった。

 それと同様の効果を上げてはいたのだが、逆に言えば、それだけ。

 

「敵前……」

 

 作業用のプチ・モビルスーツのコクピットはシートをコンソールごと360度自由に回転できるが、それを180度、真後ろに回転。

 

「大逆走ーっ!!」

 

 前後対称という特徴的な脚部を利用し「逃げるんだよォ!」とばかりに後ろに向かってダッシュする!!

 

 なお『敵前大逆走』は無差別格闘早乙女流の真髄である「走・考・攻」を顕著に表している奥義。

「逃げながら反撃の手段を考える」だけに見えて実際には、

・相手の攻撃を防ぎ、避けつつ

・適切な逃走ルートを算出しつつ

・最も適切な相手への攻撃手段を見つけ出す

 ということが必要な、高難易度な奥義である。

 

 一方で、

 

『『未来少年コナン』の万能土木作業用ロボット『ロボノイド』みたいですね』

 

 とプチ・モビルスーツの機体制御用コンピュータにインストールされたサポートAIのサラがささやく。

 確かにアレも主人公が逆方向に暴走させていた。

 

(どうしてこんなことに……っ!)

 

 と嘆くミヤビ。

 まっすぐでつややかな黒髪と硬質な整った顔立ちもあってか『ヤシマの人形姫』などと呼ばれているその表情に変化はないが……

 だがこれは男性から女性へ、いわゆるTS転生したせいでお嬢様らしく扱われ着飾らせられる日々に引きつる顔を無理になだめて生きてきた結果、表情筋が死んだように動かなくなっているだけである。

 

(顔に出ないからってなにも感じてないわけじゃないから!)

 

 彼、いやもう彼女であるミヤビは声を大にしてそう叫びたかった。

 そのミヤビが、なぜ宇宙世紀0079年、一年戦争時に『機動戦士ガンダムΖΖ』登場のプチ・モビルスーツなんぞに乗っているのかというと……

 

 

 

 前世の知識があったところで、それを利用して死の商人になるなどもちろんやりたくないミヤビは、あくまでもモビルスーツ技術の平和利用を考え『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』登場のミドルモビルスーツ、ドラケンEを作業用重機として活用することを考えたのだが……

 

 キロリロリーン!(ニュータイプ音)

 

「はっ!?」

 

 と弾かれたように顔を上げるミヤビ。

 しかし、もちろん彼女にニュータイプの素養など無いので、

 

「サラちゃん?」

『面白いですね、この『モビルフォース ガンガル』』

「ああ、そう……」

 

 サラと名付けられた彼女は未来においてSガンダムに搭載されるルーツ博士開発の人工知能、AIである『ALICE』、その原型となったプログラムから株分けしてもらいミヤビたちが育てた存在だったが。

 情操教育のためつないだネット越しに古い西暦の時代のアニメ(何故かガンダムシリーズだけが『モビルフォース ガンガル』に置き換わっている)を楽しんでいる模様。

 そして深い思索から我に返ったミヤビだったが、

 

「よく考えるとドラケンEも軍用機なのよね」

 

 と思い至る。

『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』劇中にて、中立故に大した武装ができないサイド6、リーア軍が治安目的とはいえ採用していた機体。

 ゆえに、いくらミヤビが平和利用を考えていても軍需に転用されてしまう可能性があった。

 

「まぁ、こんな作業用重機に毛が生えたようなミドルモビルスーツを、フルサイズのモビルスーツと戦わせようなんてバカなことを考える者が居るはずが無い、とも思うけど」

 

 そうつぶやくミヤビだったが、何だかフラグめいたことを言ってしまったような気がして、背筋を震わせる。

 ともあれ、

 

「軍需からの脱却……」

 

 レポート用紙、敢えて紙という古い媒体にペンを走らせ、構想を練る。

 

「ジュニア・モビルスーツはどうかしら?」

 

 カミーユ君がホモアビス…… ミヤビの前世、旧21世紀のガンダムファンからは、「ホモ地獄(アビス)って何だ!?」「カミーユって名前が女性的だからって『男性的』な趣味に傾倒していく彼は次第に……」「確かにホモは男にしかできないが」「空手もやってたけど『空手部・〇の裏技』みたいなところだったり」「よりによって迫真空手部かよ!」「野獣先輩(ヤザンではない)が居そうな気配」「ヤザンも部下のキ〇タマ握っていたんだよなぁ……」などと言われていたシュミとは別に、彼が大会で優勝していたというジュニア・モビルスーツというのはどうだろうか?

 しかし、

 

「これはゼータでハイパービーム砲が載せられてしまうカテゴリー!」

 

 叫び、レポート用紙をビリッビリッと破き捨てるミヤビ。

 

「このサイズにビーム砲が載せられてしまうなんてやりすぎじゃ…… ウォンさんたちもこんな小さなオープントップ機でハイザックの頭を吹っ飛ばすとか頑張りすぎ」

 

 と頭を抱える。

 まぁ、1年戦争末期でも、ジェネレーター非搭載のジオングヘッドはエネルギーコンデンサに蓄えられたパワーのみでメガ粒子砲が撃てたというし、ゼータの時代にはもっと小型でジェネレーター非搭載のファンネルでビームが撃てた。

 ならばジュニア・モビルスーツサイズでも撃てるのかも知れないが。

 

「もっと未来の機体も候補に挙げて……」

 

 ミヤビの前世の記憶に基づく未来知識、AMBAC(Active Mass Balance Auto Control=能動的質量移動による自動姿勢制御)などといったモビルスーツ向けの技術概念に、ヤシマ重工を筆頭としたヤシマグループ(中にはガンダムの制作に携わった八洲軽金属も含まれる)の持つ技術力、そしてジオンがモビルスーツ作成のカバーストーリーとして外向けに偽装のため出しているモビルワーカー(マンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』でも一年戦争開始前にシャアが地球上でジャブローの土木作業に使用していた)等からの技術的フィードバックを利用すれば、1年戦争前であっても民間の作業機相当の機体なら作れるはず、と考える。

 一般に軍で開発された最新技術は軍事機密とされるため民需にその応用、スピンオフ技術が反映されるまでかなりの時間がかかるのだから。

 

「逆シャアでロンドベルが使っていたズック」

 

 これも非常に小さな機体でプチ・モビルスーツに該当するカテゴリーの機体だが、

 

「だからこれも軍用機!」

 

 再びレポート用紙をビリッビリッと破き捨てるミヤビ。

 

「元は民間機って話だったけど破壊工作に用いられているし……」

 

 と頭を抱え、猛省する。

 地球連邦軍、なりふり構わずスピンオン(スピンオフの逆で民間の技術を軍事技術に転用するという意味)し過ぎ問題である。

 ボールなんかも、単なる作業用ポッドを拡大設計したものに砲を載せただけだったし。

 

「なら、逆シャアでも民間人であるハサウェイ君が買ってた民間機……」

 

 と、ペンを走らせる。

 

「メッド」

 

 しかし、

 

「これもブライトさんが戦場で使ってた!」

 

 レポート用紙をビリッビリッと破き捨てるミヤビ。

 

「ブライトさん、意外とアグレッシブ。そもそも逆シャアのプチモビはちょっと遊びすぎなんじゃ……」

 

 と頭を抱える。

 ズックはマニピュレーターの先から触手が生えるし、集合体恐怖症、トライポフォビアが反応するレベルで機体にブチ穴が開きすぎ。

(なお、これはデザイナーの出渕先生ではなく、スタッフが後から書き足したと言われている)

 メッドは独自の4足歩行の動きがキモイし。

 

「有力候補を忘れていた……」

 

 さらに新しいレポート用紙に書き込むミヤビ。

 

「TOLRO-800トロハチ」

 

 ユニコーンでコロニー中心部に放り出されたミネバ様を助けるためにバナージ君が使ったプチ・モビルスーツ。

 戦場では使われていないし、本当に重機じみた、THE作業機といった外観。

 しかし、

 

「コロニーに墜落しても無事という頑丈さが逆に不安!」

 

 とレポート用紙をビリッビリッと破き捨てるミヤビ。

 

「トロハチの全高はわずか3メートルだけど、60ミリバルカン砲2門を内蔵した連邦系モビルスーツの頭部は2.5メートル以下」

 

 ジム・スナイパーII、ホワイト・ディンゴ隊仕様用が装備していた外付けバルカンポッドの大きさなどを考えれば、

 

「トロハチにも外付けのバルカンポッドぐらいなら搭載できそう」

 

 ミヤビの前世の記憶の中にある書籍『機動戦士ガンダム公式設定集 アナハイム・ジャーナル U.C.0083-0099』でもトルロ社のプチ・モビルスーツ、ベル・トロシリーズを「頑丈なフレームとパワフルな駆動系には定評がある」と紹介していたように、トルロ社はそういう機体が得意なメーカーなのだろう。

 小さかろうとも、そんな風に頑丈でパワフルな機体にはバルカンポッドが積めてしまう可能性がある。

 

「どれもだめだ。どれも安全じゃない……」

 

 そうして、ミヤビはふと思い出す。

 

「トロハチと言えば、ZZでジュドーやヤザン氏が乗っていたプチ・モビルスーツ、あれもトルロ社のものだったのかしら?」

 

 金魚鉢を逆さにしたようなバブルキャノピー、機体後部に円筒状のプロペラントタンクとロケットエンジンが付き、前後対称、ロケットエンジンを備えた脚部と三本指のマニピュレーターという機体構成がまったく一緒なのだ。

 永野護先生デザインで『重戦機エルガイム』のマシンナリィ風の華奢なシルエット、ボディもプラスティック製とされていた。

『機動戦士ガンダムΖΖ』序盤でヤザンやジュドーらにドタバタ的に戦闘に用いられたものの、軍用とは程遠い扱いだったし。

 

「ここはやっぱりトルロ社と技術提携よね?」

 

 そんなわけで、トルロ社と提携してみることに。

 調べてみるとこの時代、トルロ社はまだプチ・モビルスーツの業界には進出しておらず。

 普通の宇宙作業機メーカーだったが、注目すべきはトロハチやZZのプチモビと同じ機体構成の、原型となっただろうという機種は存在していた。

 なるほど、これにAMBAC(Active Mass Balance Auto Control=能動的質量移動による自動姿勢制御)など、モビルスーツの技術を加えることで、プチ・モビルスーツとしての体裁を整え、製品化したということだろうか。

 ただ、トロハチのように頑丈さを追求していくと軍用に用いられてしまいそうな悪寒…… 予感がしたので、ここはあくまでも華奢な『機動戦士ガンダムΖΖ』登場のプチ・モビルスーツを再現するということで、

 

「製品コンセプトは必要最低限。安価を突き詰めた合理性のみの機体です」

 

 とする。

 

「ですが、それは一人でも多くの人にモビルスーツという新たな製品が持つ可能性を体験してもらい、役立つという誇りであり自負です」

 

 そういった方針で開発を進める。

 そう、ミヤビの前世、西暦の時代の日本で言うとスズキの軽乗用車、

 

「目標達成のためなら灰皿やスペアタイヤ、エンジンまでも外せ」

 

 との叱咤を受け、助手席ドアのキーシリンダーすら廃して自動車業界初の全国統一価格「47万円」を実現した初代アルト。

 そのノリである。

 

「宇宙空間作業時、推進剤を消費せずに移動を行うためのワイヤーアンカーを手のひらに内蔵させましょう」

 

 アルトが運転席側のドアにしかキーシリンダーを持たなかったように、

 

「ただし右腕だけ」

 

 などといった具合に。

 まぁ、アルトが助手席側にもキーシリンダーをはめ込む凹みは残してあったように、左腕にも取り付け可能なスペースは残しておいたが。

 その他にも、

 

「後方カメラ? バックミラーでいいでしょ」

 

 しかもキャノピー外にトラックに見られるような縦長大型のものを二つ備えていたトロハチとは違い、コクピット内にコンソールから伸ばした片側ミラーを設置するだけというおそろしくシンプルなもの。

 ミヤビの前世、西暦の時代でも古い原付にしか使われていなかった、それこそスズキの原付スクーター、チョイノリがごときコストダウンである。

 まぁ、プチ・モビルスーツのコクピットは作業に合わせ360度自由に向きを変えられるので、コンソールから伸ばすことにより、どちらを向いてもバックミラーが機能する、という点で優秀ではあったのだが。

 

 トルロ社の技術担当の重役には、

 

「しかし意外でしたな、ヤシマ重工なら、もっと重厚長大な大型機を推し進めるものだと思いましたが」

 

 と言われたが、

 

「ヤシマ、いいえ、そのルーツである日本人だからこそですよ」

 

 ミヤビは答える。

 

「日本人は弱さの自覚があります。体力も資源にも恵まれず、過去の大戦でも負けましたし……」

 

 すらりとしたと言えば聞こえはいいが、女性的な豊満さとは無縁な、己のスレンダーで小柄な身体を見下ろして言う。

 しかしミヤビは昂然と顔を上げ、

 

「でも昔から弱いからこそ創意工夫でいかに強大な相手に勝つかを模索してきました」

 

 つまり、

 

「『逆転のカタルシス』これが日本人の魂の本質なんです。ゼロ戦やヨタハチ…… エンジンの力に頼らない飛行機屋の空力と軽量化の極限。このプチモビはかつて力なき者が大空を、速さを目指した技術と魂の欠片を受け継ぐものなんです」

 

 そして、

 

「その結果、1G環境下でもジャンプ、短期間の飛行が可能なほどの運動性を確保しています」

 

 これは『機動戦士ガンダムΖΖ』登場のプチ・モビルスーツと同じ。

 つまり約10年先の機体の再現に成功したということ。

 

「力に、出力頼りの機体にこの熱さがありますか? 日本は『力と数』ではなく『芸と技』で魅せる国です。そこにこそ魂が宿る」

 

 だから、

 

「熱いのですよ、そうやって作られたモノは。だから時が経ち技術が進んでも込めた魂は色褪せない。その想いは時を超えて未来の機体に受け継がれる」

 

 仕上がった機体は『プチ・モビルスーツ』というそのまんまなネーミングで発売された。

 そもそもプチ・モビルスーツというジャンル自体が未形成であるため、分かりやすさと市場づくりを何より優先したのだ。

 後に無限軌道、履帯をすべてキャタピラーと呼ぶがごとく、いや、オカンがゲーム機を何でもファミコンと言うがごとくで、このネーミングは狭義にはこの機体を意味するが、広義にはカテゴリー全体を指す名称となるのだが、それはまた先の話。

 

 ミヤビの熱い語りが地球連邦軍のお偉方の関心を買い、制式採用されてしまうのもまた別の話……

 このミヤビの語りは彼女が前世で読んだ自動車擬人化マンガ『ウチクル!?ウチのクルマがこんなに可愛いわけがない!?』のパクリであり、そんなのを意気揚々と語ったバチが当たったのかも知れないが。

 

 ともあれ、

 

(アホかああぁぁぁっ!?)

 

 という話。

 そもそもミヤビは技術に関してはロマンチストであるが、同時にリアリストでもある。

 

(戦闘機なんかでも格闘戦向け軽量機なんて仮に活躍できてもそれは一瞬。機体にアップデートを反映させる余地が無いから、すぐ陳腐化するでしょ!)

 

 比較的、製品寿命の短い民間機ならいいが、作ったら問題が無い限りアップデートを重ねながら使う、寿命の長い軍用機では致命的だ。

 ミヤビの知る旧20世紀から21世紀にかけてのジェット戦闘機を例に取ると分かりやすいだろう。

 アップデートしながら長く使えていたのはF-4ファントムIIやF-15イーグルなど大型で拡張の余地がある機体ばかり。

 軽戦闘機は開発時点ではその軽便さを生かした性能がもてはやされるが、時代が流れると機体にアップデートを施す余地が無くて詰む。

 そのためF/A-18ホーネットを拡大設計したF/A-18E/FスーパーホーネットやF-16ファイティング・ファルコンを拡大設計した日本のF-2のように元の機体から再設計、大型化して対応するというのが普通だ。

 ほぼ別物の機体になるので、開発費が多少圧縮できるという利点しかないが。

 そういった意味でミヤビの前世の記憶においてジェガンが長らく使われていたのは大型機で拡張の余地が大きかったため、とも言えるだろう。

 

 そんなわけで、軍需向けに作った機体では無いのだ、このプチ・モビルスーツは!




 ZZ登場のプチ・モビルスーツを開発した場合のIFルートでした。
 小型軽量機という話では、これが極限ですか。
 ミヤビが語ったとおり、ロマンがありますよね。

 少々、長くなり過ぎましたのでA、Bパート、二部構成でお届けしようと思います。
 次回更新をお待ちください。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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ZZ登場のプチ・モビルスーツを開発した場合 Bパート

「こんな小さな目標に、そうそう当たるもんじゃない!」

 

 とミヤビは半分、自分に言い聞かせるようにつぶやき、全高2メートル少々という小さなボディを生かしコロニー内を逃げ回る。

 相手は120ミリなどというミヤビの前世、旧21世紀の主力戦車の戦車砲並みの砲弾を、マシンガン感覚でばら撒いて来るのだ。

 ザクマシンガンは宇宙での使用を考えて低反動にしたためか低速砲で「すごいスピードで敵の装甲をぶち抜くぞ」という物理な徹甲弾は使えず、そのため火薬の力で超高速噴流(メタルジェット)を作って装甲を破る成型炸薬弾(HEAT:High-Explosive Anti-Tank)を使って来るのだが、これ、爆薬のエネルギーの70%以上がメタルジェットにならずに周囲に飛び散ってしまうもののため、プチ・モビルスーツのような軽機体では直撃しなくとも至近弾を受けただけで爆風により吹き飛ばされかねない。

 まぁ、砲弾の爆風は着弾点から上に向け円錐状に発生するので、全高が低いプチ・モビルスーツは影響を受けづらいのではあるが。

 

 そして軽量なプラスティックのボディを持つがゆえに、1G環境下でも背面ロケットエンジンを利用したジャンプ、短期間の飛行が可能。

 その運動性は搭乗者の操縦次第でザクを凌ぐものとなるのだった。

 

 

 

「な、なんてマシンだ。ライフルでは、まったく追従できません!」

 

 その運動性能と的の小ささに、手を焼くザク。

 そしてプチ・モビルスーツが消えたビルの影に走り込んだその時!

 

 

 

「ワイヤーアンカー射出!」

 

 左腕に移設されたワイヤーウインチユニットからワイヤーアンカーをザクの頭部に向け、発射。

 ザクのモノアイスリット側面の支柱に巻きつけるミヤビ。

 

「ウィンチ巻き取り!」

 

 内蔵されたウィンチでワイヤーを高速で巻き取ることで、ザクの頭めがけて飛んで行くプチ・モビルスーツ。

 

(こんな『コードギアス』のKMFの装備、スラッシュハーケンのような曲芸じみた使い方をするために作ったんじゃないけれど!)

 

 と内心ぼやくミヤビ。

 この装備、本来は『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』で登場人物たちがモビルスーツデッキ等での移動に使っていたワイヤーガンのように宇宙空間作業時、推進剤を消費せずに移動を行うためのもの。

 そのために先端アンカーにはマグネットも装備されている。

 しかし…… その用途ゆえに自重を支えるほどの強度を有しており、こんな真似もできてしまうのだった。

 そしてワイヤーだけではなく、超硬スチール合金製のザクの装甲に足裏のマグネットで吸着し機体を固定、取り付く。

 

「輻射波動!」

 

 右腕上腕がシリンダー状に伸び、モノアイレールを守るバイザーシールドに三本指のマニピュレーターを持つ手のひらを押し当てる。

 そこに遅れてザクのカメラが移動し、直近にあるプチ・モビルスーツの姿を捉えようとするが、

 

「ナイスタイミングとしか言いようが」

『可哀想としか言いようが』

 

 ミヤビが、そしてサラがつぶやくとおり、ワイヤーウインチユニットを左手側に移設し、空いた右腕に搭載された作業用オプション、レーザートーチが、

 

「こんにちは、死ね!」

 

 とばかりに目が合った瞬間には全力で作動!

 モノアイカメラを焼き切る!

 

 

 

「目がぁぁ~! 目がぁぁぁぁあっ!!」

 

 至近のレーザー照射にモニターが焼かれ、直後にカメラが破壊されたことによりブラックアウトした視界。

 ザクのパイロット、ジーンは悲鳴を上げる。

 

 

 

「あれが、あの小型機の威力なのか? あんな小さな機体が……」

 

 ジーンを引き留めようとしていた上官、デニムも驚愕する。

 

 

 

「ミヤビ君、新しい武器だ!」

 

 いつの間にか近づいていた軍用トラック、テム・レイ博士からの提供。

 その荷台に飛び乗り、

 

「これは?」

 

 と確認するが、

 

「トリモチ弾頭射出機構を利用したパンツァーファウスト弾頭だ。これならザクにダメージを与えられる」

「………」

 

 トリモチ弾を使用するためミヤビが参考にしたのは、カンプピストルやシュツルムピストーレに用意された先込め式の成形炸薬弾なのだから、軍に採用されたら当然こういうのも用意されるよなぁ、という話ではある。

 インガオホー!

 そしてミヤビの前世の記憶の中にあるアニメ『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』ではベン・バーバリー中尉麾下の対MS特技兵小隊が対戦車ミサイルをスケールアップして急造された歩兵用の兵器、対MS重誘導弾“リジーナ”がザクにダメージを与えていたが。

 リジーナの発射機は据え置きの大型のものだったが、ミサイル自体はそれを収めたケーシングごと、歩兵が一人で二発、基本的な歩兵用兵装と一緒に背負えるようなもの。

 このプチ・モビルスーツ用パンツァーファウストと弾頭の大きさ、威力は大差無く、つまりこれはザクにも通じるのだ。

 実際、地球ではベン・バーバリー中尉麾下の対MS特技兵小隊もこのプチ・モビルスーツとパンツァーファウスト弾頭を使って戦果を挙げているという話だ。

 まぁ、生身で戦っていた史実よりはかなりマシで、そこにこの機体を採用した連邦軍の先見性みたいなものがあるのだろうが。

 

 ミヤビは、左手側に移設されたワイヤーアンカー射出装置に、成形炸薬弾頭の尻から伸びているスティック状の部分を差し込み、発射準備をする。

 手榴弾に棒をつけて銃口に差し込み空砲で射出する小銃擲弾、ライフルグレネードに形状は似ているが、動作原理は異なる。

 

 

 

「ジーン、スレンダーが待っている所までジャンプできるか?」

「補助カメラが使えますから、見えます。ジャンプします」

 

 離脱を図ろうとするザクに迫るプチ・モビルスーツ。

 

 

 

「行けっ!」

 

 パンツァーファウスト弾頭を装填した左腕をザクに向け、そして発射。

 ワイヤーアンカー射出機構を使って撃ち出されるため、歩兵携行用のロケットランチャーと違い発射時の後方噴射(バックブラスト)が無く、射手の位置が判明し難いのが利点である。

 そうして射出された弾頭は安全距離を脱した後、ロケットモーターに点火、飛翔を開始する。

 RPG-7と一緒でスティック状の部分に推進剤が入っているが、噴射口はスティック部分の尻ではなく、弾頭の尻、スティック前側にあり、傘状にロケット噴射することで推進、弾道の安定化を図るようになっている(ので、射出後スティック部に展開する安定翼の効果が無い宇宙空間でも真っすぐ飛ぶようになっている)

 そうしてザク目掛け飛んで行くパンツァーファウスト弾頭!

 

 

 

「うわあーっ」

 

 ミヤビのプチ・モビルスーツの放ったパンツァーファウスト弾頭は、脱出しようとしたザクの比較的薄い背面装甲に命中。

 これを行動不能とする。

 

 

 

「よくもジーンを!」

 

 激情のままに追いかけてくる、もう一機のザクだったが、脚部ロケットエンジンを使い横滑りするように動くプチ・モビルスーツにひらりと躱され、とっさには止まれず行き過ぎてしまった、と思った瞬間、

 

「おおっ、ああっ!」

 

 足元に張られたワイヤーに脚を取られ転倒する!

 

 

 

「さっすが宇宙工学素材活用の超高強度ワイヤー」

 

 機体を右に回避させると同時に反対方向、左に射出、固定物に巻きつけザクの足元に張っていたワイヤーをワイヤーウインチユニットに巻き戻し、ミヤビはつぶやく。

 ミヤビの前世の記憶の中にあるアニメ『機動戦士ガンダムΖΖ』冒頭で、同様にプチ・モビルスーツから射出されたワイヤーがゼータガンダムを転ばせていたように、宇宙世紀の技術で造られたワイヤーの強度は伊達ではない。

 それでも立ち上がろうとするザクに、ミヤビはプチ・モビルスーツが右手に持っていたもう一発のパンツァーファウスト弾頭を左腕ワイヤーウインチ射出機構に装填。

 射出する!

 

 

 

「ロケット弾ごときで!」

 

 立ち上がったところに迫るパンツァーファウスト弾頭。

 足を止められたここからダッシュで避けることは難しいと見たザクは身を沈めることによってそれを躱そうとする。

『機動戦士ガンダム』第一話でも、そんな風に身のこなしだけで移動せずともミサイルエレカーの有線誘導ミサイルをかわしていたザクである。

 直進するだけのロケット弾くらい、それで避けることが可能だが、

 

 

 

『まっがーれ↓』

 

 パンツァーファウストの弾頭をコントロール、軌道をお辞儀させるサラ。

 ミヤビはワイヤーアンカーをパンツァーファウスト弾頭スティック部分の尻にマグネットで吸着させ、ワイヤーを曳かせて放ったのだ。

 このワイヤーを巻き取ったり送ったり、さらにはムチのようにしごくことで、ワイヤー越しに力を伝達させ、ある程度弾道をコントロールすることができるのだ。

 

 

 

「なに!?」

 

 無誘導のはずのロケット弾の弾道が、突如として変化した。

 ザクのパイロット、デニムは驚きながらも戦術コンピュータの補助によりパンツァーファウスト弾頭を回避しようとするが、計算エラーと脅威警報に目を見張る。

 

「これは!」

 

 乱数が2つもある!

 弾道の解析ができない!

 パイロット自身の能力で見切るしかない、だとぉ!?

 

 

 

『このパンツァーファウスト弾頭の有線誘導はパイロットの操作をサポートAIである私、サラがアシストすることで実現しているんですよ。つまりミヤビさんと相方(パートナー)である私の、愛の共同作業です!』

(このAI何言ってるの!?)

 

 サラの言葉に呆れながらも、ミヤビは左の操縦桿で弾頭をコントロールし続ける。

 トリモチ弾頭を用意した時点でやればできるかな程度の考えで試してみたものだったが、サラのサポートもあり意外なまでに優秀、というか物理的に力を伝達するためロケットモーターの制御で弾道をコントロールするミサイルよりダイナミックかつトリッキーな動作ができるということで注目を浴びていたりする。

 当時のミヤビは大道芸的なお遊びと感じていたのだが、このように成形炸薬弾頭などというものを用意されると確かに有用だった。

 ……こんなことをしているから軍に制式採用されてしまうのだが。

 そして命中!

 動きを止め、倒れ伏すザク。

 

(ザクの急所は把握しているわ)

 

 ミヤビが命中させたのはアニメ『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』でベン・バーバリー中尉麾下の対MS特技兵小隊が対MS重誘導弾“リジーナ”でザクを沈黙させていた左胸部分。

 核融合炉を爆発させ、コロニー外壁に穴を開けるわけには行かないためにそこを狙ったのだが、上手く行ったようだった……

 

 

 

次回予告

 ホワイトベースで脱出を図るミヤビたちを待ち受けていたシャアは、ついに赤い彗星の本領を発揮してプチ・モビルスーツに迫る。

 それはシャアにとっても、ミヤビにとっても、初めて体験する恐ろしい戦いであった。

 

「こんなこともあろうかと! プチモビの背面プロペラントタンクをコア・ファイターにも搭載されている空対空ミサイルAIM-79を左右互い違いに4発搭載したものに交換しておいたのだ!!」

 

(よりによってミサイルを何で推進剤タンクの中に装備しやがるんですか!

 シェル・チューブ型熱交換器みたいに推進剤タンクシェルにチューブを貫通させてミサイル発射筒にしてる、タンク内の推進剤と隔離してるのは分かるけど……

 いや違う、これ本当に熱交換器だ!

 ミサイルの発射炎による熱をミサイル発射筒のチューブ越しにタンク内に伝えて推進剤の加熱に使ってる。

 これにより加速性能と燃費が一時的に向上、同時に推進剤を冷却媒体にすることでミサイル発射に伴う機体の加熱を抑えている、熱ステルス性を向上させているのか!

 でも、左右発射できるミサイル背負ってって『マクロス』のクァドラン・ローですか!?

 AIM-79はグフの正面装甲も破って撃破できていた、ザクにも通じるってことではあるのだけれど!!)

 

 次回『プチモビ破壊命令』

 ミヤビは生き延びることができるか?




 ZZ登場のプチ・モビルスーツを開発した場合のIFルートでした。
 元々、ワイヤーの射出機構やら腕の伸縮機構やら面白いギミックが満載な機体なので、それを生かしたアクションが映えますね。
 今回はパイロット版ということで、駆け足で一気に見せてますけど、連載するなら一話に一つずつ見せて(魅せて)行くってことになりそうです。

 このお話もアムロはガンタンクに乗せて以前紹介した機動戦士ガンタンクルートと統合、ということになります。
 戦車と、戦車のスピードに合わせて進軍できる随伴歩兵みたいな、むせるお話になりそうでいて、プチモビの気の抜けるような絵面からシリアスになり切れない、みたいなことになりそうですが。

 ではまた。


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機動戦士コア・ファイター

 タイトルどおりコア・ファイターを主役機に抜擢したIFルート案のパイロット版です。
 アムロはガンタンクに乗せますので『機動戦士ガンタンク』ルートとの統合という形に。
 今ある構想の中から、先行公開PVとか予告編みたいな感じで見せ場の部分を抜き出してお届けさせていただきます。


 辺境のスペースコロニー、サイド7に降り立った鋼の巨人。

 ジオン公国軍モビルスーツ、ザク。

 それに対抗すべく立ち上がったのは地球連邦軍モビルスーツRX-78ガンダム!!

 ではなくRX-75ガンタンクだった。

 

(ガンタンク? ガンタンクナンデ!? ガンダム、いやせめてガンキャノンじゃないのここは!!)

 

 ヤシマ重工から出向中の技術者ミヤビ・ヤシマは、混乱しながらもサポートAIサラシリーズと共に彼女がテスト運用していたコア・ファイターでアムロ少年の戦闘をフォローし襲ってきたザクを撃退。

 

『コロニー内で戦闘機運用なんてどうなることかと思いましたが、垂直離着陸機構を使ってホバータンクの真似事をするとは思いませんでしたー』

「まぁ、短時間ならそういうことも可能ということね」

 

 ミヤビの前世、旧21世紀の時代でも、垂直/短距離離着陸攻撃機ハリアーをホバリングで攻撃ヘリのように運用できないか、と考えるマニアは居たが。

 ハリアーは燃料その他諸々の条件によりごく短い時間しかホバリングができないし、戦闘機動など取りようが無かったため無理だった。

 しかしコア・ファイターはこの小ささで航空/航宙用の熱核ジェット/ロケットエンジンNC-3型核融合ジェネレーター2基を搭載している。

 それゆえに無理が効き可能となった運用だった。

 そしてホワイトベースを援護しつつ宇宙に出るのだが、そこに赤い彗星のシャアが操るザクが襲い掛かる!

 

 

 

機動戦士コア・ファイター

第2話 コア・ファイター破壊命令

 

 

 

「サラちゃん、コア・ファイター、ハイマットモード発動!」

『レディ』

 

 ミヤビが開発したハイマットモード、HIGH Maneuver Aerospace Tactical MODE(高機動航空宇宙戦形態)とは、コア・ファイターが持つコア・ブロックへの変形機構をAMBAC作動肢に見立てて利用するものだ!

 操縦桿を引き上げると、コア・ファイターの機体角にあるRCS(Reaction Control System,姿勢制御システム)、つまり姿勢制御用の小スラスターが動作。

 ガンダムMk-IIのランドセル上部に突き出したフレキシブルバーニアスラスターや、両肩の姿勢制御スラスター、あるいはジオンのガトル宇宙戦闘爆撃機の斜め上方へ伸びた翼状のパーツ先端にあった姿勢制御スラスターのように、機体重心から遠部位にあるほど有効に働くもので、それゆえの設置場所。

 機首のものは下向きに、胴体後端のものは上向きに噴射することで後方に宙返りを開始する。

 大気圏内外両用戦闘機であるコア・ファイターでは翼を使って方向転換するという手段の使えない宇宙空間での姿勢制御用にRCSは必須で、プラモデル『U.C.HARD GRAPH 1/35 地球連邦軍 多目的軽戦闘機 FF-X7 コア・ファイター』でも設定画が書き起こされ再現されていた。

 それを利用し姿勢制御を行うのだが、それだけではない。

 

『コア・ブロック形態に移行』

 

 サラが報告するとおり同時にコア・ファイターは機首や主翼を折りたたむコア・ブロック形態に変形を開始する。

 中でも質量の大きい機首を折りたたむ動作が、

 

『AMBAC機能、動作良好』

 

 モビルスーツが手足をぶん回すことによって姿勢制御を行うAMBAC(Active Mass Balance Auto Control:能動的質量移動による自動姿勢制御)と同様に働き、反作用で上向きの、つまり宙返りの動きを加速する方向に作用する。

 さらに言えばコア・ブロックに変形、機体がコンパクトに折り畳まれたことにより、体操で後方宙返りをする場合に空中で足を抱え身体を丸めるのと同様、回転に必要なエネルギーが少なくて済むようになる。

 これにより非変形時と比べ、遥かに素早い方向転換が可能となるのだ。

 ミヤビの前世、ガンダムファンの中でも「宇宙機動兵器は細長い人型よりもボールのような球形が最強」と言う人物が居たのも、こういった効果があってのことだったりする。

 なお、そのままでは回転し続けてしまうため、

 

『コア・ブロック形態解除』

 

 即座に変形を解除。

 無重力空間での姿勢制御では『おつり』つまり行き過ぎてしまわないように方向転換を終えたら今度は回転を止めるため、逆方向への噴射が必要になるのだが。

 コア・ブロックからコア・ファイターに変形する、機首を振り出す動作が最初とは逆方向のAMBAC効果を産み出してくれるため、その逆噴射も最小限で済むことになる。

 バク宙と呼ばれる後方抱え込み宙返り、それをコア・ファイターの変形機構により再現し、任意のところで止めることで瞬時の方向転換を可能にする。

 これにより、

 

 

 

「速い!」

 

 シャアのザクIIS型を軽く置いて行く直線加速性能だけでなく、くるりと縦に半回転し反撃してくる、

 

「何という運動性!!」

 

 とシャアが驚愕するとおりの小回り、機動性も発揮するのだ!

 

 

 

 一方、

 

(くっ、覚悟していたけど凄いGね)

 

 無論、機首、コクピットに搭乗しているパイロット、ミヤビにはその動きに伴うGがかかるのだが、

 

(それでも何とか耐えられるっ!)

 

 という具合に、それも緩和されている。

 何故なら宇宙空間で回転運動をした場合、重心を中心にそれは行われるわけだが、コア・ブロックに変形するとコクピットはその重心近くに配置されることになる。

 つまり振り回されることが少なくなるため負担が軽くなるのだ。

 さらにはコア・ファイターはコア・ブロックに変形しモビルスーツと合体する仕様上、コクピットの向きを変えることができるようになっている。

 それを用いて、ロケットの打ち上げのようにGに対し身体を寝かせた状態にして耐えることが可能なのだ。

 

 機内に響く戦闘BGMはアニメ『マクロス・プラス』で有名な『INFORMATION HIGH(インフォメーションハイ)』

 ミヤビの前世、旧21世紀のファンたちには「聞く覚醒剤」「文字どおり、ガチの電子ドラッグ」と呼ばれた名曲。

 これには表情筋が死滅しているミヤビも、

 

「流石に気分が高揚します」

 

 して、自然と不敵な笑みが浮かんでくる。

 

 なぜサラは、

 

『私の歌を聴けー!!!』

 

 とばかりに、このようにBGMを用意するのか?

 それはミヤビが好む音楽をかけることで、実際に戦闘能力が上がるからだ。

 

 RXシリーズに搭載された教育型コンピュータはパイロットの言葉や所作から意思を推測して、その操作を補足する機能を持つ。

 要するにパイロットの考えや、やりたいことを察してフォローしてくれるのだ。

 この機能はパイロットの挙動をサンプリングすることでより精度を増し、技量の高くないパイロットにも熟練兵の操縦を可能とする。

 そうやってパイロットを教え、導きながら、同時に自らも成長していくという意味で教育型と名付けられているという。

 

 そしてまさに人格を持ち、人間を、人の心を理解し、パイロットのために尽くす存在がサポートAIサラ、およびサラシリーズなのであり、彼女たちの存在があるがゆえに、教育型コンピュータはミヤビの知る史実を超えてパイロットのやりたいことを先回りしたり補足したりして助け、機体を自由に制御できるのだ。

 

 しかし、このようにパイロットのやりたいことを察してサポートするのが補助AIだが、パイロット側にも読み取りやすい人物とそうでない人物が居るわけで。

 ミヤビのような鉄面皮は後者の極みだったりする。

 つまりパイロットに対するサポートAIの理解の深度は、パイロット側の要因にも左右されるということ。

 

 それでもサラが支障なくサポートできるのはミヤビがサラの育ての親であり、長い付き合いであるが故だが、もちろんミヤビが感情をあらわに、情動を豊かにしてくれれば、その読み取りの精度は上がる。

 

 マンガ『影技 SHADOW SKILL』では、

 

「我は無敵なり……」

 

 で始める武技言語を唱えることで力を引き出し自分の能力を数倍に引き上げることができた。

 武技言語とは己の精神に働きかける高速催眠術。

 己が「無敵」であると鼓舞し己の力を引き上げるものだった。

 

 それと同じように鉄面皮のミヤビとはいえ、前世の記憶の中にあるアニメの戦闘BGMを聞くことで、そして画面越しに熱狂したクライマックスシーンを想起することで、その声には力が乗り、魂の震えが瞳に、身体に現れるようになる。

 それがサラの読み取りを容易にし、機体制御の精度を上げ、結果としてその戦闘能力を増大させるのだ!

 

 とはいえ、

 

(どうして技術者の私がこんなマネを……)

 

 そもそも何でコア・ファイターなんぞに乗って戦っているのかという話ではあるのだが、始まりはコア・ファイター完成時までさかのぼる。

 

 

 

「ぅわ」

 

 常に表情筋が死んでいるはずのミヤビの瞳が見開かれ、その唇から思わずといった感じで驚愕の声が漏れる。

 ヤシマと技術提携している航空機メーカー、ハービック社のオフィスで見せられた新型多目的軽戦闘機についての資料。

 

(コア・ファイターじゃないの!)

 

 RXシリーズとの合体に関する資料が省かれているとはいえ、その中核を担うコア・ユニット。

 

(V作戦って連邦軍のAAA機密でしょうに、そんなもの簡単に見せないで!)

 

 という話。

 で、何故ハービックの連中がこんなものをミヤビに見せたかと言うと、

 

「……莫大な投資をして製造ラインを構築したのだけれど、連邦軍の採用が、危うい、と?」

 

 ミヤビの知る史実でもコア・ファイターは量産機には採用されず。

 Gファイターやコア・ブースターなどで生き残りを模索したけれどダメで、ハービック社は経営難から宇宙世紀0082年6月にアナハイム・エレクトロニクス社に吸収合併されていた。

 

 なお、ガンダムが完成した後にジムが開発された、と思われがちだが、実際にはガンダムと量産機であるジムはある程度並行して開発が進められている。

 実際、『機動戦士ガンダム』第1話にあたるサイド7での戦闘は宇宙世紀0079年9月18日であるが、その18日後、10月6日には『機動戦士ガンダム第08MS小隊』にてルナツーモデルではあるが、RGM-79E 初期型ジム(宇宙用ジム ルナツー仕様)の実戦運用が確認されているのであるし。

 そんなわけでコスト高を理由に量産機には不採用になりそうだ、という流れが完成時点でもつかめており、そのため前世の記憶を漏らすことで色々とやらかして功績を上げてしまっているミヤビに相談がまわってきたのだった。

 

「うーん……」

 

 もちろん、

 

(モビルスーツが次代の主力なんだから、航空機にこだわるのやめたら?)

 

 つまり失敗を認めてさっさと損切りすれば、というのが正解なのだが、素直に聞くぐらいだったらこんな状況には陥っていないし、今ここでミヤビが言ったところで聞かないだろう。

 さらに言えば、相手が相談しているのは行き場を失ったコア・ファイターをどうにかできないかであって、会社としての根本的な方向性を問うているわけでもない。

 では、どうするかだが……

 

「変形機構を利用してAMBACを組んじゃいましょうか」

「は?」

 

 そういうことになった。

 ミヤビの前世の記憶の中には、人型ではないAMBAC作動肢を持つ機体が存在した。

 例えば百式なら、バックパック左右に備えられたフレキシブル・バインダーはバインダー自体が可動肢として作動することでAMBAC効果を持つとされていた。

 さらに言えばνガンダムが使用したフィンファンネル、あれは可動部分がAMBAC効果を持つと言われていたし。

 それらを参考に、コア・ファイターの変形機構をAMBACとして利用。

 モビルスーツの利点の一つにAMBACによる姿勢制御が挙げられるなら、AMBAC能力を持つ戦闘機として仕上げてみたら面白いのでは、という発想だ。

 

 

 

(そんなわけでコア・ファイターの制御ソフトウェアに、サポートAIサラシリーズがフォローしてくれるAMBACプログラムを組み込んだのだけれど)

 

 これが大成功。

 手足を振り回してAMBACを行うモビルスーツに対し自由度は低いかも知れないが、機体が真ん中から折れて畳まれるコア・ファイターは、

 

『このコア・ファイターは…… 全身がAMBAC肢そのものなのだ!』

 

 とサラがどこかで聞いたようなセリフを放つとおり、機体全体の質量をAMBACに使えるため無茶苦茶なまでの運動性、キレッキレな機動力を持つまでに至ったのだ。

 

 

 

「くっ」

 

 ミヤビのコア・ファイターを追尾しようとするも、追いつけないスレンダーのザク。

 

(すげえ…… 目がついていかねえ)

 

 と思わず素で驚愕する。

 コア・ファイターがターンをする度に、

 

(あの戦闘機がフッフッと消えてみえる)

 

 

 

 という具合に敵パイロットからは捉えきれなくなる動きを見せるミヤビのコア・ファイター。

 もっとも人間の動体視力を超えるほどのスピードを出せているわけではなく、実際にはパイロットが無意識に予想している宇宙戦闘機が旋回にかかるはずの時間、スピードと、現実にコア・ファイター、ハイマットモードが見せているスピードの差が見せる錯覚である。

 格闘技には無拍子という技術があり、使われた相手はいきなり相手が消えて攻撃を加えられたかのように感じられるが。

 これは予備動作を消すことにより予測できない攻撃を繰り出されるが故の錯覚。

 コア・ファイター、ハイマットモードは同様に錯覚により相手を混乱させているわけだが、錯覚だからこそ「訳の分からない速さ」として、敵対した者の脳裏にこびりつく。

 

 そして自由度が低い、バク宙方向にしか作用しないじゃん、というのも実際には左右に備えたメインの核融合ロケットエンジンの出力差(気圏戦闘機では双発機が旋回などをする場合でも機体左右のエンジンパワーを変えて曲がったりはしないが、空気を翼で掴んで操舵することのできない宇宙戦闘機はまた話が別)、そして機体角に備えられたRCS、姿勢制御用の小スラスターの併用でひねりを加えれば……

 体操選手が同様にひねりを加えることで『後方抱え込み宙返り半ひねり』などに派生する技を使えるように、自由な方向転換が可能。

 さらに言えば、左右の主翼の折り畳みを左右方向に働くAMBAC作動肢として利用することもできるのだし。

 サラシリーズのサポートがあれば、ランディングギアのタイヤを格納したままでも機内で回転させることでジャイロとして生かし併用することもできるし。

 そんなわけで、

 

 

 

(少佐がしゃべらなくなった。しゃべってる余裕がなくなったってことか……)

 

 同様に追尾するシャアの赤いザクを横目にスレンダーは考える。

 さっきよりもペースがあがっている。

 こんなにせわしく修正舵をきるシャアの操縦を見るのは初めてだった。

 

(今まで何度も少佐の僚機を務めたことはあったけど、本気の操縦を見たことはなかった……)

 

 つまり、

 

(少佐が本気になった…ァ!?)

 

 

 

(しょうがない。あれやるか)

 

 シャアとスレンダーのザクに追い回され、悲鳴を上げる暇も無いミヤビは破れかぶれの戦法に出る。

 

(しかけるポイントは…… この先の5連続ターン!!)

 

 慣性ドリフト…… まぁ、無重力の宇宙では普通に慣性で機体は横滑りしていくものなので、狙うまでも無くできるのだが。

 それを交えた連続ターンでシャアとスレンダーの間の連携を乱す策に出る。

 無論、シャアには通じないだろうが、

 

 

 

「もらった!」

 

 コア・ファイターの後ろを取り、相対速度を合わせることに成功するスレンダーのザク。

 ザク・マシンガンの照準を付け、狙い撃ちにしようとするが、

 

 

 

『ターゲットスコープをのぞく時、相手もまたそちらの機体をのぞいているんですよ!』

 

 言い放つサラ。

 そう、ミヤビは機首を折りたたんだまま直進をしていた。

 その機体を、後ろを取ったからと油断して単純に真っすぐに追ってしまったスレンダーのザクは、その折り畳まれた機首に備え付けられた2連装30ミリ機関砲2基の射線に自ら飛び込んでいくことになった。

 

 

 

「うあああっ、あんな所にバルカン砲が!」

 

 30ミリ機関砲の射撃を受け、体勢を崩すスレンダーのザク。

 思いもよらぬ攻撃を、バックを取ったからと安心し無防備を晒したところに食らいモノアイセンサーなどにダメージを受ける。

 さらにはミヤビの誘いに乗ったがゆえに、シャアのザクとの連携も崩された状態だ。

 

 戦闘機の後部銃座装備は第二次世界大戦当時に流行ったが、効果に対し重量増による機体性能低下の方が大きく有効ではないという結果に終わっている。

 しかし今ミヤビとサラがやってみせたように、コア・ファイターなら機首を折りたたむことで重量増加無しに後ろに向け機銃掃射を行うことができるのだ!

 そこに変形を解除し向き直ったコア・ファイターが、

 

 

 

『Fire! Fire! Fire!』

 

 ミヤビは照準ロックがかかるたびに発せられるサラの音声指示に従いトリガーを絞り、コア・ファイター左右胴部に内蔵されるAIM-79空対空ミサイルを続けざまに撃ち込む。

 ペンシル型ミサイル、マイクロミサイルとも呼ばれる小型ミサイルだが、『機動戦士ガンダム』第23話劇中で実際にアムロのコア・ファイターがこれを使ってグフを撃墜していたとおり、グフの正面装甲を破るほどの破壊力を持ち、対モビルスーツ戦に十分な威力を発揮するもの。

 左右胴部に4発ずつ、合計8発が搭載されているこれで、問題なくスレンダーのザクを撃破する。

 

 

 

「ス、スレンダー! なんということだ、あの軽戦闘機は主力機動兵器並の兵装を持っているのか」

 

 全長8.6メートル足らずの小型機に見合わぬ火力に戦慄するシャア。

 

「き、機動力が、ち、違いすぎる上に、ザクの装甲に通じる兵器を持たれては……」

 

 僚機が瞬殺され、後退して行くシャア。

 現実的にはやはり軽戦闘機ゆえの限界があり、このまま押し続ければ負けることは無かったのだが。

 さすがの彼も初見の相手に、その事実に気付くことはなかった。




『機動戦士コア・ファイター』な場合のIF話でした。
 モビルスーツもいいけれど『マクロス・プラス』や『トップガン』の動画などを目にすると、
「戦闘機のアクションもいいな、そこに宇宙世紀的テクノロジーを加えたら面白くないか?」
「小型機好きな私だと、最小でモビルスーツにも対抗できる戦闘機というとコア・ファイターかな」
 という発想から書いてみたお話でした。
 この後を書くなら『機動戦士ガンタンク』するアムロたちと同時並行でコア・ファイター単体のギミックを生かした戦いを続けるミヤビ。
 そしてコア・ブースターやそのバリエーションといった公式の強化メカを登場させるか、オリジナル追加オプション、例えばスクエアのシューティングゲーム『アインハンダー』のような一本腕装備を登場させるとか(AMBAC作動肢としても役立ちますしいいですよね)
 人型兵器にこだわるならコア・ファイターの機首を90度折り畳んだところを胴体に見立てて手足を付けるだけで『フォー・ザ・バレル』のガンボーイ・ウィルバーみたいなこともできそうですし。
 また、レーザー通信で操作される無人ボールをビットの代わりに使い疑似オールレンジ攻撃を再現しようとしたNT試験用ジム・ジャグラー。
 これの無人ボールの代わりに運動性に優れた本作のコア・ファイターをオールレンジ攻撃用子機として採用するとかもアリですか。

 色々と想像ができて面白いですよね。


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スペースグフだ

 タイトルどおりグフを主役機に抜擢したIFルート案のパイロット版です。


 辺境のスペースコロニー、サイド7に降り立った鋼の巨人。

 ジオン公国軍モビルスーツ、ザク。

 搬入途中の地球連邦軍モビルスーツを次々に破壊し、唯一アムロ少年が起動に成功した『ガンタンク』に迫る。

 

 

 

「クッ、これか?」

 

 不慣れなモビルスーツの操縦。

 さらには教育型コンピュータにインストールされたサポートAI、サラ=レイの補助があるとは言っても本来二人乗りのガンタンクを一人で操作しなければならない負担。

 アムロは40ミリ4連装ボップ・ミサイル・ランチャーでザクを牽制するも、

 

「あっ、弾が切れた」

 

 あっさりとミサイルを撃ち尽くし、

 

「き、来た。う、ああ……」

 

 

 

「へっ、怯えていやがるぜ、このタンクもどき」

 

 後ずさるガンタンクを見下ろし、興奮で引き攣ったような笑みを浮かべるザクのパイロット、ジーン。

 搬入途中の地球連邦軍モビルスーツはこのガンタンクを除き破壊し尽くした。

 後退したところで援軍は無い。

 

「無駄だ、もうお前を守るモビルスーツはいない」

 

 だが!

 

 

 

『いますよっ、ここに一機ね!!』

 

 

 

 不意に通信機越しにジーンたちに告げられる声!

 そしてアニメのオープニング曲のイントロが流れ出す!

 

「ん?」

 

 連邦のモビルスーツか?

 いや、とジーンは気づく。

 

「俺は詳しいんだ、これは我が軍の軍用周波数による通信だ」

 

 その発信源にモノアイを走らせ、そしてここに居るはずもない左腕に銃を持つモビルスーツの姿を捉える!

 

 

 

 その姿はガンタンクのアムロにも見つけられていた。

 

「なんだ敵の援軍か……」

 

 落胆するアムロだったが、しかし教育型コンピュータにインストールされていたサポートAIサラ=レイが、

 

『いや待って、この孤独なSilhouetteは……?』

 

 と単騎で敵のザク二機に相対しているモビルスーツの姿に息を飲む。

 そう……

 それは、まぎれもなくヤツだ!

 

 

 

 グフじゃねーか!

 

 

 

(……って突っ込んでるんでしょうねぇ)

 

 そのMS-07Bグフのコクピットで内心ぼやきながらも、ミヤビはトリガーを絞る!

 

『5連フィンガーマシンガン斉射!!』

 

 戦術コンピュータにインストールされたサポートAIサラのアシストにより、連続射撃ではなく5門の75ミリフィンガーマシンガンをザクに向け同時発射!

 ミヤビの前世の記憶の中にあるネットワーク対戦ゲーム『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』ではグフ重装型が85ミリに砲口径をアップしたフィンガーマシンガンを両手で斉射し、ショットガンのように蓄積される衝撃でよろけを取って敵の動きを止めていたが。

 

(は?)

 

 どてっ腹に大穴を開けて吹っ飛ぶザク!

 

 グフはジオン軍が開発したザクに続くモビルスーツ。

 いずれ現れるだろう、地球連邦軍のモビルスーツとの戦いも視野に入れて開発されていたという。

 いずれ、ということは開発時点では地球連邦軍のモビルスーツは居ないわけで。

 じゃあグフが搭載している内装武器、75ミリフィンガーマシンガンの威力って何を基準に開発、搭載されたの?

 という話。

 当たり前だが、正解は既にあるモビルスーツ、つまりザクが基準にされている。

「ザクに通用する威力を持つこと」

 ということである。

 実際、自軍の兵器を基準に新兵器を開発するのはよくあること。

 自軍の従来の主力戦車の砲に耐えられる複合装甲、とか、逆に自軍の従来の主力戦車を正面から撃破できる戦車砲とか。

 

 マンガ『機動戦士ガンダム GROUND ZERO コロニーの落ちた地で』でもヴィッシュ・ドナヒュー中尉の駆る受領したてのノーマルなグフが至近から5門の水平撃ちを陸戦型ガンキャノンのルナ・チタニウム製の胴体に食らわせ、上下泣き別れにしていたほどのもの。

 それはグフの内装火器を知らない相手のザクに対し不意打ちで5門同時発射し全弾命中させればそうなるよな、という結果であった。

 逆に融合炉が爆発しなくて良かった、という話まである。

 ともあれ……

 

(何でグフが地球連邦軍で制式採用されているのかしらね)

 

 ということ。

 ミヤビが乗っているこの機体、『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』にて登場した連邦軍に接収されたザクII F2型と同様、連邦軍マークを入れられたうえ白系の塗装で仕上げられている。

 白いグフと言えばグフ・カスタムではあるが『機動戦士ガンダム ギレン暗殺計画』に登場したランス・ガーフィールド中佐専用機「ヴァイス・ローゼ(白薔薇)」か、アナザーではあるが『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』に登場するグフイグナイテッド、イザーク・ジュール機かといったところだが……

 

 ミヤビの前世の記憶の中でもグフの制作時期については諸説あり、書籍によっては開戦間もない宇宙世紀0079年初頭に制式採用されたという記載もあった。

 ゆえに今日、0079年09月18日にこの機体が存在したとしても問題は無いのだろうが、だからといって、どうしてこのようにグフが地球連邦軍で制式採用されているのか?

 それはもちろんミヤビ・ヤシマってやつのせいである。

 

 

 

 戦争回避のために『コロニー・リフレッシュプロジェクト』を手がけ、そして見事に失敗したミヤビは、父に、

 

「じゃけん軍需の仕事をしましょうね~」

 

 とばかりに、きれいごとだけではなく現実見て来いという具合にジオンに送られた。

 そうして……

 

 

 

「これがツィマット社の誇るモビルスーツ、ヅダですか」

 

 何も知らずに傍から見れば楚々とした名家の令嬢、といった風情のミヤビは、背部に巨大なロケットノズルを持った人型機動兵器を見上げ、内心嘆息する。

 彼女の前世の記憶の中で陸戦型ガンダム等で使用されていたコンパクトで取り回しの良いヤシマ重工製100ミリマシンガン、YHI YF-MG100。

『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』におけるメカニカルの考証企画『機動戦士ガンダム MSD(Mobile Suit Discovery)』では、そのYHI YF-MG100の先行モデルがMS-04ブグやプロトタイプグフ機動実証機で使用されていたが。

 ミヤビが転生した世界でも同様に、この武装の提供が成されており、その縁で主力モビルスーツを巡る競争試作に備え開発中のヅダの見学が可能となったのだ。

 有力な兵器技術提供元のヤシマ重工にツィマット社側が取り入りたかったから、とも言う。

 

「主機の出力が凄そうですが、機体強度は大丈夫ですか? 人型は空気抵抗や慣性モーメントが大きいです。超硬スチール合金ではもたないのでは?」

 

 正しく、開発陣の危惧していたことをずばりと言い当てられ、ミヤビを案内していた開発主任は、冷や汗を流した。

 目の前のご令嬢が失敗したとはいえ『コロニー・リフレッシュプロジェクト』を主導し、しかしそれに腐ることなく前を見続けている才女であることを、改めて実感したのだ。

 もっともミヤビの発言は彼女の未来知識あってのもので、彼女自身は、

 

(コンペで空中爆発してたこれを放置するのも目覚めが悪すぎるし……)

 

 ということから、いかにしてそれを防止すべきか腐心していたところだった。

 先ほどの発言も彼女が望んだ答えを引き出す為のもので、それに対する開発主任の反応はミヤビにとって渡りに船だった。

 

「これなら最悪、リミッターをかけてトライアルに臨んでも十分ではないでしょうか」

「リミッター?」

「ええ、先ほどの話に戻りますが、機体性能が凄過ぎるので、私にはかえって機体剛性に不安が感じられるのです」

 

 考え過ぎかもしれませんがね、と相手の機嫌を損ねないように言い添えて言葉を継ぐ。

 そしてミヤビはちょっとした駆け引きを行う。

 

「ジオニック社の方は……」

 

 と言いかけ、少し慌てたように口をつぐむ演技をする。

 そうしてから、しかし思い直したように表情を整え、

 

「機体強度に不安が残るようでしたら、リミッターで主機の上限を制限するのも手かと思うのです。何しろ、そうしてみた所でこのヅダの高性能さは揺るぎないものと思いますから」

 

 そう告げるにとどめる。

 YHI YF-MG100先行モデルの提供は、もちろんツィマット社のライバル、ザクの開発元であるジオニック社にも行われている。

 つまりツィマットがミヤビをこの場に招いたのと同様、ジオニックもまたザクの見学、そして情報提供を行っている可能性は多分にある。

 そのミヤビがジオニック社側の情報を口にしかけ、慌てたように飲み込み、しかしヅダに対しては高い評価を下す。

 ということは、実際にリミッターかけて安全サイドに振ったとしてもこのコンペ、行けるのでは?

 いや、行けるに違いない、という確信を技術陣に抱かせる。

 そもそも、その辺を探るためにもミヤビをこの場に招いて、敢えてヅダの情報を見せたということもあるのだから。

 

 もっとも、

 

(……実際には私は注意深く、その手の情報との接触は最小限に止めているわけだけれど)

 

 と変わらぬ表情の下、内心でつぶやくミヤビ。

 小心者であると同時に、企業倫理にこだわる彼女。

 実際にはジオニック、そしてザクの情報に深く接触していないからこそ……

 先ほどの発言を咎められ「情報漏洩しただろう!」と責められても「いや、そもそもジオニックの内部情報と接触していないから。調べてもらっても結構ですよ」と言える状況だからこそ、逆に知っているようなふり、ほのめかしができたのだ。

 

 こうしてミヤビはヅダの空中分解事故を防ぐべく手を尽くして。

 実際にリミッターをかけてコンペに臨んだEMS-04ヅダは事故を起こすことなく、重元素を推進剤とする熱核ロケットエンジンである木星エンジンの性能を遺憾なく引き出して次期主力兵器競合試験においてザクに対し優位に立った。

 もっともザクの約二倍という高コストが会計監査院から問題視された結果、正式採用は見送られ史上初の実戦用モビルスーツの座をザクIに明け渡すこととなったのだが。

 

 ともあれ、事故が起きなくてほっとしたミヤビだったが、しかし彼女は前世の記憶の中にある彼の存在を忘れていた。

 そう、OVA『機動戦士ガンダム MS IGLOO』でヅダと共に登場したジャン・リュック・デュバル少佐のことである。

 ヅダがコンペで空中分解して、その欠陥から不採用が決まっても尚それをジオニック社の裏工作によるものとして断じて認めようとはしなかった彼。

『機動戦士ガンダム MS IGLOO』でも、

 

「ジオニック社のやり口だ!ツィマッド社が先進的技術を開発すれば産業スパイを送り込みそれを盗む、ザクとヅダの制式化競争の時には政治的圧力!! ザビ家に近いというだけでのし上がってきた汚い企業だ!」

 

 と主張していたこの人物が、事故が無くても却下された、この状況でどう思うか。

 さらに公国軍の『第1期陸戦用MS開発計画』においてツィマット社はYMS-08A高機動型試作機を開発したのだが、これが再びジオニック社の競作機に敗れるという事態に発展する。

 このジオニックの競作機というのが、ミヤビの前世の記憶の中でも、

 

ガルマ「グフとか要らないんじゃあないか」

シャア「えっ」

 

 で有名なグフだったのが災いした。

 固定武装などでガンダムファンからはいろいろ貶され、二次創作ではこれを飛ばしてモビルスーツ製造するのが技術チートの定番と化していた機体。

 そんな機体に負けたということは、デュバル少佐のヘイトをさらに燃え上がらせるには十分すぎる状況であった。

 ゆえに彼は史実とは違い、グフの量産化を阻止するために動き出した。

 具体的には地球で指揮を執るガルマ・ザビ大佐に情報リークしたのだ。

 結果、本当に、

 

ガルマ「グフとか要らないんじゃあないか」

シャア「えっ」

 

 という話が発生し、ガルマと軍上層部との間で喧々諤々の議論が交わされることになった。

 そしてジオニックへのヘイトに燃えるデュバル少佐はダメ押しの工作を行う。

『第1期陸戦用MS開発計画』においてコンペに負けたツィマット社のYMS-08A高機動型試作機だったが、その後はプロトタイプグフに計画が統合されていた。

 つまりツィマット側の伝手がグフ開発陣にはあり、そこを通じて協議中のグフの量産化取りやめがもう決まったことであるかのように伝え、それに憤慨した一部技術者の離反、グフの開発データを持ち出しての連邦への亡命を誘導することに成功する!

 

 その結果、OVA『機動戦士ガンダム MS IGLOO 2 重力戦線』に登場した陸戦強襲型ガンタンクが情報をジオンに流されたせいで開発凍結されてしまったように、グフもまた量産化を見送られることになってしまったのだった。

 

 

 

 一方、棚ぼたでグフの開発者と開発データを入手した地球連邦軍上層部はこう考えた。

 

連邦軍のえらいひと「ガンダムとかジムとか要らないんじゃあないか」

テム・レイ博士「えっ」

 

 モビルスーツの運用を前提に戦略・戦術を組んでいたジオン公国軍と違い、この時期の地球連邦軍にとってモビルスーツとは単にジオンのザクへの対抗策、兵種の一つでしかない。

 だからソロモンやア・バオア・クー戦でもモビルスーツと一緒にマゼランやサラミスを突っ込ませていたし、さらには『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』の時代でも、バーミンガム級戦艦やマゼラン改級戦艦、サラミス改級巡洋艦といったモビルスーツ運用能力を持たない大艦巨砲主義に回帰した艦艇が建造、運用されていた。

 そんな軍の首脳陣にしてみれば、ザク以上の性能を持つグフを手に入れた時点で、

 

「無理に自力で開発せずともグフを量産したら十分では? だってザクに対抗できるどころか勝てちゃうんでしょ?」

 

 という認識なのだ。

 グフは地上専用機だったが『機動戦士Ζガンダム』では同じく地上機のザクキャノンを連邦軍が宇宙に配備していたように改修は可能。

 そんなわけでグフは地球連邦軍主力モビルスーツとして採用されてしまったのだ!!

 

 そして、なぜミヤビがここに居るのかと言うと……

 ヤシマ重工のMS用可搬型兵器構想。

 RX-79[G]陸戦型ガンダムやRGM-79[G] 陸戦型ジムといった先行量産機向けに供給された各種武装、100mmマシンガンや180mmキャノン、ロケットランチャーなどの実弾系武装類。

 これがグフの量産化決定に伴いガンダム、ジムが不採用になった結果、ビーム兵器のモビルスーツ搭載が頓挫し、実弾兵器がにわかに脚光を浴びることになってしまったのだ。

 ヤシマ重工にはモビルスーツ用ビーム兵器の開発が上手く行かなかった場合の予備計画、デザート・ジムや陸戦用ジムに採用されていたアレもあるし……

 そんなわけで、これらの売り込みのためにヤシマ重工から出向していた技術者、ミヤビ・ヤシマは、テストベッドとして地球連邦軍から提供されたグフの先行生産機を使ってテスト項目を消化していたが……

 そこに目を付けられ、既に半ばまで開発されていたRXシリーズとの比較検証作業のためホワイトベースに乗せられ、ここまで連れて来られてしまった、という話だった。

 

 

 

「よくもジーンを!」

 

 突進してくる敵のザクだが、

 

「ヒートワイヤー射出!」

『はい、置きアンカー』

 

 突っ込んでくるところに置くように射出されるアンカー付きワイヤーがカウンターで決まる。

 ミヤビの前世のネットワーク対戦ゲーム『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』でもヒートワイヤーを始めとしたアンカー系の射出武器を使った戦法として利用されていたもの。

 そして電撃が流れ、電装系がやられたザクが沈黙する。

 

「ヒートロッドと違って振りかぶらなくても素早く射出できるのは利点ね」

 

 とミヤビ。

 本来、グフにはヒートロッドが装備されているのだが、ジオン驚異のメカニズムの量産化に手間取ったせいで、簡易生産型としてグフカスタムタイプのヒートワイヤーが代わりに装備されているのだ。

 ワイヤーアンカー自体はアクア・ジムや水中型ガンダムにハンドアンカーが搭載されていたように一年戦争当時の地球連邦軍でも開発製造ができる技術だったりするし。

 一方で、

 

「ヒートロッドと違って薙ぎ払いや溶断ができないから一概に良い悪いは言えないのだけれど……」

 

 ということもあるが。

 

『でも、電気ビリビリで電装系が壊れちゃったらお終いですよね?』

 

 とサラが言うとおりでもある。

 

 

 

 なお、ヒートワイヤーを採用するにあたって、軍の高官の一部には、その効果を頭から信じない人物が居たりしていた。

 

 雷が発生した時には自動車内への避難が推奨される。

 これは鉄の箱である自動車は『ファラデーケージ』であり、内部に影響が出ないため。

 同様に電撃攻撃など金属製の機体を持つモビルスーツには効かない。

 

 と主張する人物である。

 前世でもこういう人とか居たな、と思いつつもミヤビが、

 

「厳密に言うと落雷を受けたら車ならボディーが傷ついたり電気の通り道になったタイヤがバーストしたり、乗っていても金属部分に触れていたら感電する、ということもあるので絶対安全というわけでもありません。

 電子機器などへの被害もあるし」

 

 という私見でも何でもない、ごく一般に言われていることを説明しても、

 

「物理的・現実的に起こり得ない事は、有り得ないと言っても良いかと。例えばファラデーケージの中の物を感電させるとか」

 

 と取り合わない。

 

 まぁ、実際には自動車が被雷したら乗員は助かるかも知れないが、搭載している電気回路に影響は出る。

 ミヤビの前世、旧21世紀にJAFが行ったハイブリッド自動車と電気自動車の実験でも、電装系にそもそも走れなくなるほどの損害が出ていたし。

「物理的・現実的に起こり得ない事」どころか実験で再現できる、事象の再現性が簡単に確認できる(実験する側にとっても、さらに言えば一般人でもネットでちょっと検索した程度で調べられる)レベルの話である。

 

 つまり『機動戦士ガンダム第08MS小隊』にて、グフ・カスタムのヒートワイヤーを受けシロー・アマダは感電死を免れたもののガンダムEz8は電装系がやられて沈黙していたのと同様、現実の乗用車でも起こる、ファンタジーでも何でもない実際にありうる話なのだ。

 

 理論上あり得ないのに、と思われるかもしれないが、ミヤビのように技術の仕事、技術検討を業務としてやっていればこんなことは珍しいものではない。

 

「理論どおりに作ってあるはずなのに、理論どおりにならない。何故だ!?」

 

 ということは業務上、頻繁に起こり得るし、それを解明するのが技術者だからだ。

 ゆえにミヤビにも答えが容易に想像できて(もちろんファラデーケージの理論が間違っているとか否定しようとかそういう方向ではなく)、彼女が前世でネット検索をかけた程度でもすぐにその事実に基づいた大学教授の研究実験論文資料が出てきていた。

 そう、研究者には当たり前すぎて、その事実自体を立証しようなんてことすら考えられていなかった周知の話。

 つまり、

 

「自動車のファラデーケージは完全なものではない」

 

 ということ。

 不完全でも効果があるから乗員は守られるし、不完全だから電装系にダメージが出る。

 ただ、それだけの話であるのだが。

 

(自分が理論に基づいて正しいことを言っているって思ってる人って、頭っからこっちが間違っているって前提で自分の考えを疑いもしないから基本人の話は聞かないし、自分に都合のいい部分だけで話が完結してしまっているから議論にもならないんだよなぁ……)

 

 自分と逆の考え方を持っていても、たとえ間違いであっても、それはそれでいいとミヤビは思っている。

 意見を交わすことができるのなら問題を掘り下げ、理解を深めることにつながるし、何より討論自体が面白いからだ。

 

 ミクロ視点では正しくても、一歩引いたマクロな視点では話が違って来ること。

 マクロ視点では正しくても、詳細を詰めたミクロな視点での限定した範囲ではまた話が違ってくること。

 

『正しい』とは奥が深く、だからこそ専門家や技術者は簡単には断言したりしない。

 だから難しく、だから面白い。

 

 そんな訳で、前世も今世も技術者であるミヤビはこのような電気技術談義の相手に飢えていたのだが……

 グフのヒートワイヤーを切っ掛けに話し込んだアムロとの交流が思った以上にハマってしまい。

 そこから唯一無二のパートナーという間柄に発展していくことを、この時のミヤビはまだ知る由も無かった。

 

 

 

次回予告

 ホワイトベースで脱出を図るミヤビたちを待ち受けていたシャアは、ついに赤い彗星の本領を発揮してグフに迫る。

 それはシャアにとってもミヤビたちにとっても、初めて体験する恐ろしい戦いであった。

 

(コウ・ウラキと紫b……ニナ嬢と違ってAMBACのプログラムをきちんと入れていてGP01ガンダムやMS IGLOOのJザクみたいに宇宙でも溺れないとはいえ、やっぱり素グフで宇宙はきついっ、ていうかコクピットの気密が無くて耐圧服頼りってどこのスコープドッグ!?)

 

「なんということだ、あのモビルスーツは戦艦並のビーム砲を持っているのか」

 

(って思ってるんだろうけど、コレ、モビルスーツ搭載のビーム兵器が上手く行かなかった場合のために造られてたウチの艦船技術の応用、つまりデザート・ジムや陸戦用ジムに採用されていたアレなのよねぇ…… まぁ、プラズマ化した銃撃が飛び交う様はビームのようにも見えるだろうけど)

 

 次回『グフとか要らないんじゃあないか』

 グフは生き延びることができるか?




「デュバル少佐まーたスレ立てたんですか」
「デュバル少佐成仏しろ」
 とよく言われる方の活躍により連邦軍でグフ採用というこれまでにないIF話でした。
『機動戦士Ζガンダム』に登場したグフ飛行試験型(地球連邦軍仕様)みたいにホバー機として開発してジムのホバー機『装甲強化型ジム』の代わりに登場させるとか。
 宇宙機はそのまま改修か、それとも『ガンダムビルドファイターズ』登場のグフR35辺りにするか。
 グフ・カスタムは開発するのか。
 といったグフ尽くしで夢が広がりますね。
 あとヒートワイヤーでビリビリしてジオン機の鹵獲も進むでしょうし。


> ミヤビの前世、旧21世紀にJAFが行ったハイブリッド自動車と電気自動車の実験でも、電装系にそもそも走れなくなるほどの損害が出ていたし。

落雷時、車や車内にいる人への影響は?(JAFユーザーテスト)
https://jaf.or.jp/common/safety-drive/car-learning/user-test/submerge/thunderbolt

 ですね。
 従来は自動車メーカーに遠慮してか、

 屋内実験場で、屋内だから実際の雷の1/4程度の出力で。
 それでも「人体に電流が流れない」のは実験できますよね?
 あー、車内への影響もカーナビがリセットされる程度ですねー。

 みたいに誤魔化してきたところがありますけど、さすがJAFさん、遠慮なく実際の雷のエネルギーに即した出力を当てて破壊しています。
 車メーカーがこんな発表をしたら、
「人が感電しなくても走行中に動かなくなったら事故るだろ、対策しろ!」
 ってがなり立てられますからね。
 実際には機械ってフェールセーフ、ぶっ壊れたら燃料弁が閉まるとか、安全に停止するような方向に動作するようにできているので。
 電装系が壊れても止まるぐらいはできますので、それで十分って考え方なんでしょうけどね。


 ご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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『太陽の牙ダグラム』ブッシュマン=シュツルム・ガルス?

 やあ (´・ω・`)

 ようこそ、惑星デロイアへ。

 このテキーラガンナーはサービスだから、まず乗って落ち着いて欲しい。

 

 うん、「また」なんだ。済まない。

 仏の顔もって言うしね、謝って……

 

「納得できるかーっ!!」

 

 ミヤビです……

 今度は『太陽の牙ダグラム』の世界線への転生デス。

 コンバットアーマーの製造元、ソルティック社で山岳戦用軽量型コンバットアーマー、ソルティックH102 “ブッシュマン”の開発に携わっていたのですが。

 デロイア州軍への売り込みのため、惑星デロイアへ。

 主人公たちと何度も対戦した、あのザルツェフ少佐に製品に関するレクチャーをやってます。

 ミヤビです…… ミヤビです……

 ミヤビです……

 

 

 

「ふむ、これが山岳戦用軽量型コンバットアーマー、ブッシュマンか」

 

 とザルツェフ少佐。

 パジャマソルティック……

 ラウンドフェイサーのフレームを兼ねた装甲を、まるでミニ四駆のシャーシーのように削って軽量化する(当然元には戻せない)という暴挙の末、布を被せて誤魔化し主人公、クリン・カシムの駆るコンバットアーマー、ダグラムを追い詰めたという、メーカー側から見て要注意人物な彼の人相手。

 ミヤビもその辺、気を配りながら、

 

「はい、運動性が高くXネブラの影響も小さいのが長所です。引き替えに装甲や武装が犠牲になっている面があるので正面からの撃ち合いには向きませんが」

 

 と説明する。

 

「確かに外見もラウンドフェイサーを華奢にしたようなデザインだな」

 

 それがこのブッシュマンの特徴。

 なお、一般にソルティックというとラウンドフェイサーを思い浮かべる人も多いと思うが、ソルティックは社名、ラウンドフェイサーが機種名である。

 グリフィン?

 それはジャパニメーションのロボットデザインを無断借用していたボードゲーム、バトルテックの話。

 ともあれ、ザルツェフ少佐が言うとおりブッシュマンは華奢ではあるものの、

 

「そもそも第二世代、二足型コンバットアーマーのコンセプトは、燃料を消費することなく待機、滞空ができる、ついでに言えばローターの風切り音も発しない二足に支えられた攻撃ヘリ」

 

 ヘリなどの航空戦力は、ただその場に居るだけで燃料を消費し続けるもの。

 常に現場に張り付けておけるものでは無い。

 つまり地上部隊が援護してほしいときにはその場に居ない。

 呼んでもすぐにやってこないのが普通である。

 さらには制空権を取っていない場合には来てくれることすら期待できないものだ。

 

 この問題を解決するために考えられたのが第二世代、二足型コンバットアーマーの『二足に支えられた攻撃ヘリ』というコンセプトだった。

 ラウンドフェイサーより前に開発された、第二世代最初のコンバットアーマー、サバロフAG9 “ニコラエフ”を見れば分かるだろう。

 マニピュレーターを持たず、ロシア企業であるサバロフ社らしい、Mi-24 ハインド攻撃ヘリめいた丸くごつごつしたロシア製攻撃ヘリからテイルローターを取り払ったような上半身に脚が生えているようなデザイン。

 だからこそ二足型コンバットアーマーは全高10メートル前後という『高さ』を持つのだ。

「人型兵器は背が高過ぎて実用的ではない」という主張もあるが、二足型コンバットアーマーに関しては、高くなくては意味がないとも言える。

 そして、

 

「ヘリが静止して正面から撃ち合いをすることがないように、敵の攻撃は常に動き回ることで、機動力で回避する。運用を間違わなければ問題は少ないでしょう」

 

 ということである。

 しかし、

 

「電子機器に悪影響を与えるXネブラ。運動性が高いということが、どうしてその影響を小さくできるのか、ということだが?」

 

 という、当然の疑問が投げかけられる。

 ミヤビの前世の記憶にあるアニメ『太陽の牙ダグラム』に関する書籍でも、そういう設定である、という記述はあったが、何でそうなるか、という解説は無かった。

 しかしまぁ、少し考えれば納得できる話で、

 

「兵器というものには「武人の蛮用に耐えうること」が要求されますが、実際にはそうでないものも多いのです」

 

 とミヤビ。

 例えば、

 

「戦車のミッション、足回り系などがそれですね。戦場における生存性向上のため、限界まで装甲や武装を積んでいるのですから、そこには相当の無理、負荷がかかります」

 

 ゆえに戦車はただ走らせるだけでも故障するものである。

 ミヤビの前世、旧21世紀においても圧倒的物量を誇る『あの』アメリカ軍ですら十分なバックアップ体制を敷いた理想的な整備、運用状態にあっても、主力戦車の稼働率は70パーセントをキープするのがやっと…… これは戦闘による損失を除いてもそうなる、という代物だった。

 

「ですので、その操縦には繊細な操作が必要だったわけですが」

 

 何も考えずにアクセルを吹かせば良いというものではなかったということ。

 時代が進んでミッションもオートマに切り替わって行ったが、それ以前には変速操作一つとっても細心の注意とコツを要するものだった。

 そして、

 

「コンバットアーマーでもそれは同様ですが、問題は人型兵器であるコンバットアーマーの各所にかかる応力は非常に複雑だということです」

 

 可動部、可動軸が多過ぎて、とてもではないが戦車に対する運転操作のように操縦者が気を配れば何とかなるというものではないのだ。

 

「コンバットアーマーは従来の兵器をはるかに超えた複雑さを持つ、数万点以上の工業製品の集合体。シミュレーションに基づく機械的限界について計算はできますが、実運転では思いもよらない箇所に応力や疲労が集中したり、逆に全然大丈夫でもっと負荷をかけても問題なかったり……」

 

 それだけなら稼働データを採取し蓄積していけば良いが、問題は、

 

「モーションの変更、最適化で負荷を減らすことができたり。人間だって野球の投球フォームで砲丸を投げたら肩を壊しますが、砲丸投げのフォームなら大丈夫なように、つまり動きの上限、リミッターについては機械的な閾値を決めるのではなく、その時々の状況に合わせて限界値を能動的に変化させることがベスト」

 

 ゆえに、

 

「各部の負荷を抑えつつも、限界まで性能を引き出すためにはコンピュータによるアシストが必要なのですが」

「しかしデロイア星にはXネブラがあり、高性能な電子制御機器は使うことができない」

 

 とザルツェフ少佐。

 そう、

 

「それゆえ各部に一律に機械的なリミッターを設け対処するしかないのです。しかし、それでは十分な性能が引き出せないということになります」

 

 ということ。

 

「ならどうするか、ですが……」

 

 正面からまともに対策をしたのがダグラム等、Xネブラ対応のコンバットアーマーたち。

 では、このブッシュマンはどうかというと、

 

「先ほどの戦車のたとえで言えば、主力戦車に対する装輪戦車に当たるのがこの機体です」

 

 ミヤビの前世の記憶の中にある日本の自衛隊で言えば、ラウンドフェイサーが第三世代国産戦車である90式戦車。

 ブッシュマンが16式機動戦闘車に当たると考えれば良いだろう。

 つまり武装も装甲も主力戦車に比べればソコソコのものしか持てないが、その分だけ負荷が軽く、特に足回りは故障しづらい、操縦に気を使わなくても良いという長所がある。

 これと同様に、軽装甲タイプのブッシュマンは構造的に駆動部に負荷がかかりづらく、ゆえに高度な電子制御抜きでも影響は少なくなる。

 これがミヤビの前世で、

 

『運動性が高くXネブラの影響も小さい』

 

 と説明されていたブッシュマン。

 その理屈なのだった。

 

「なるほど、その例えは分かりやすいな」

 

 とザルツェフ少佐も大満足。

 コンバットアーマー、特に二足型はまったく新しいカテゴリーの兵器。

 こういうものにありがちなのは現場が製品のコンセプトを理解できず強みを発揮できない、それが不当な低評価につながるという悪いパターン。

 その点、攻撃ヘリや主力戦車、装輪戦車など、既存の兵器を例にとって説明すれば、顧客である軍にも納得してもらえるというものだった。

 

 

 

「頭部のロケット弾ポッドが横方向の視界を制限する?」

 

 ラウンドフェイサーが右肩に9連装ミサイルポッドを装備していたのに対し、ブッシュマンは頭部左右に6連装ロケット弾ポッド二基を装備していた。

 ああ、そういえば前世の記憶の中でも、それを嫌ったパイロットが居たとする資料があったな、とミヤビは納得する。

 

「うーんバイク講習、受けましょう」

 

 と。

 例えば、フルフェイスヘルメットの視界は狭いだろうか?

 んなわきゃぁない。

 スピードが上がると人間の視野角は狭くなる。

 たったの40km/hで平常時の約半分まで落ちるのだ。

 左右で100度、上下に対してはもっと狭くなる。

 フルフェイスヘルメットの視界で十分であるし、そもそも安全確認は目線だけでなく、ちゃんと首を振って行うもの。

 

 二足型コンバットアーマーのコンセプトは、燃料を消費することなく待機、滞空ができる二足に支えられた攻撃ヘリ。

 そしてヘリが戦場においてホバリングで一か所に留まるなんてアホな真似はしないように、常に動き回ることが必要。

 スピードを出せば人間の視野角は狭まるから、左右のグラスルーフなんて戦闘機動中は飾りだし、逆に防御面での不安材料にしかならない。

 ミヤビの前世の記憶の中にある『太陽の牙ダグラム』においても、頭部のグラスキャノピーは防御上の弱点であり、生身の歩兵からの対アーマーライフルで仕留められてしまう描写があったくらいだし。

 ヘリなら高度を上げて遠くを見る、などといった場合にはサイドウィンドウも有効だろうが、コンバットアーマーのコクピットは地上10メートル以下の位置にしか無いのだし。

 

 それでも左右を見たければ、ちゃんと首を動かせばいい。

 他社製品、アビテート社のブロックヘッドや、アイアンフット社のヘイスティと違って首が独立して動くようになっているのは何のためだと思っているのか。

 ちなみに首の可動はパイロット、その頭部を中心に行うよう調整されているので、それにより振り回される心配は無いという気配り設計だ。

 

 そして、可動する首と同軸にロケット弾ポッドを装備しているのは何のためか。

 

「これは戦闘機における固定機銃のコンセプトをさらに発展させたものです」

 

 遥か昔には、戦闘機にも旋回銃座が搭載されていたこともあったが、しかし第二次世界大戦時点で進行方向に敵機を置けば撃墜できる固定機銃にまったくかなわないとされていた。

 ブッシュマンの頭部ロケット弾ポッドは、この戦闘機の固定機銃と同様、パイロットの視野と火線の方向が一致しやすく攻撃を迅速に行うことが可能。

 そしてバイクの運転で「目線は常に進行方向に」と言われるのは、人間は目を向けた方に寄ってしまうから、障害物があるからと言ってそれを注視していると逆にそちらに近づいてしまうから。

 つまり視線で追うことは自然と機体が追うことになり、これは戦闘機における旋回銃座に、自機の進行方向に敵機を置けば撃墜できる前方固定機銃の特性、利点を付与するようなものである。

 それがブッシュマンの頭部左右に搭載された6連装ロケット弾ポッドの利点なのだ。

 

 

 

 他にも、

 

「そうですね、ブッシュマンはジェネレーターの供給エネルギーを節約するため、携帯兵装はリニアガンではなくマグランチャーになっていますが、これはこれで利点があるんですよ」

 

 それは、

 

「従来のコンバットアーマーの主力武器であるリニアガンはジェネレーターからのエネルギー供給で動作する以上、その利用はジェネレーターの状況に左右されます」

 

 つまりジェネレーター出力を上げていないと撃てないし、オーバーヒートなどジェネレーターに不調があればこれもまた撃てなくなる。

 

「その点にマグランチャーは影響を受けず、弾倉交換をすればいくらでも撃てるという利点があります」

 

 ということは……

 

「お気づきになられたようですね。そう、ジェネレーター出力を抑えての待ち伏せに非常に有利だということです。エネルギー消費が抑えられるだけでなく、発熱も最小限にできますから、サーマルステルス、熱ステルス性能も向上しますし」

 

 それに、

 

「リニアガンも装備してるんですよ」

 

 ラウンドフェイサーは両腕に連装25ミリチェーンガンを装備していたが、ブッシュマンはこれを単装のアーマーライフルに替えている。

 このアーマーライフルは砲としては小口径のリニアガンを指して使われる名称。

 

「携帯兵装のリニアガンに比べれば威力は落ちますが、消費電力もまた小さくなっていますので、そこはトレードオフですね。近接防御兵器としての搭載ですが、実は狙撃にも有効です」

 

 ミヤビの前世で言えば、ブローニングM2重機関銃に光学照準器を装着して長距離狙撃兵器として活用した例があった。

 通常の狙撃銃とは射程が段違いで重く据え置き式なので安定性も抜群ということでかなりの有効性を示し、同じ.50口径の弾などを使う対物ライフル(アンチマテリアルライフル)が登場するまで、その超長距離狙撃記録は破られなかったという。

 

 そしてアーマーライフルと言えば、『太陽の牙ダグラム』で主人公たちが携行武器として使っていたもの。

 特に巨漢のキャラクター、チコが使っていたビッグEガンは状況次第でコンバットアーマーにも通じる代物だったが……

 当たり前だがブッシュマン搭載のアーマーライフルはそれ以上の威力と精度を持つため、使い方次第ではかなり有効な兵器となるはずであった。

 

 

 

「ああ、射撃姿勢は古式ゆかしい半身のもので。左肩に装備した装甲盾を最大限に活用するんです」

 

 APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)の登場で避弾経始に意味が無くなり、また複合装甲で耐えられると言ってもそれは正面だけ、となった結果、装甲車両は敵と正対するのが正しい運用法となり。

 

 また歩兵においても抗弾プレートを挿入したボディアーマーを装備するようになって。

 抗弾プレートはライフル弾にも有効だが、重量を抑えるため面積が小さく、これを最大限に生かすためには俗に米軍式、と呼ばれた半身の射撃姿勢ではなくプレートの中心近くに銃を立て真正面に敵を置くことでプレートの小さな防護面積をフル活用するようになった。

 

 それらの流れもあって二足型コンバットアーマーでも敵に対して真正面を向ける射撃姿勢が取られていたが。

 

 ブッシュマンでは減らされた装甲を補うため左肩に大型の装甲盾を装備している。

 機体重量の軽いブッシュマンでは銃器を構える右腕側との機体バランスのモーメントチューンがシビアになる、それを緩和するカウンターウェイトとしても機能するものだが。

 

 日本では平安、鎌倉時代に馬上で弓を射る騎射戦が主流となり、大鎧と呼ばれる甲冑が生まれた。

 この大鎧には大袖と呼ばれる肩から上腕部を防御する楯状の部品が取り付けられ、矢を射かけられた場合に持ち盾の代わりにかざして身を守るものだった。

 大鎧はそれ以降の戦術の変化により廃れていったが、それでも日本では盾を使用しないことが一般化し、戦場では具足、甲冑の袖を前に垂らすように構えることで防御を行っていたという。

 ブッシュマンの左肩に固定された装甲盾は日本の甲冑の大袖、袖と呼ばれる部品と同じく、両手を使って武器を操りつつも上手くかざすことで防御を行うことができるものだ。

 それを生かすためにも左肩を前に出す、半身の射撃姿勢が有効なのだ。

 

 

 

「はい、ブッシュマンの拳には可倒式のメリケンサックとして使える装甲が付属しています。コンバットアーマー初の格闘戦用武器ですね」

 

 仮想敵であるダグラムが殴る、蹴るといった打撃技はもちろん、柔道における一本背負いや内股を使うなど徒手空拳での格闘を行い、それに対して自社製品であるラウンドフェイサーが対応できなかった反省から装備されたものである。

 まぁ、技術者サイドからすれば繊細なマニピュレーターで装甲を持った敵コンバットアーマーを殴るなんて真似、やってもらいたくないため、その保護、保険の策として装備させた代物だったが。

 

 

 

 そんな具合にミヤビが現地のパイロットにきめ細かなフォローを行った結果どうなったかというと。

 

「ダグラム撃破?」

 

 普通に主人公機ダグラムが倒されていた。

 ジェネレーター出力を最低限に絞ったサーマルステルス状態で待ち伏せからの不意打ち、そして距離を詰めてのインファイトで集団で囲みメリケンサックでボコボコにしたらしい。

 ダグラムは右腕にリニアガンを付けているので、右腕のパンチは使いにくい(下手すると拳より先に突き出ている砲身がぶつかってねじ曲がる)

 つまり格闘においては右のパンチを封じられた状態で、両手にメリケンサック装備のブッシュマンのパンチに対抗しなくてはいけない。

 ミヤビの前世の記憶の中でも『機動戦士ガンダムUC』に登場し、装備や装甲を削り運動性を上げた上で両手に装備したスパイクシールドをボクサーグローブのように使用し相手を殴りまくっていたシュツルム・ガルス。

 対戦ゲーム『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』でも一時期、猛威を振るっていたアレの集団を単騎で、しかも片手で相手しなければならなかったようなもので「まあ、そうなるな」という結果だった。

 主人公のクリン・カシムを始めとした独立運動組織『太陽の牙』の面々は辛くも脱出したようではあるが。

 

「……これからどうなるの?」

 

 という話だが、実際にはどうにもならなかった。

『太陽の牙』が所属するデロイア人民解放軍はゲリラ組織なので、劇中でもラウンドフェイサーやアイアンフットF4X “ヘイスティ”を軍から奪って使用していた。

 そもそも主人公も第9話までラウンドフェイサーを使っていたし。

 ということでやってくれました。

 軍の基地からコンバットアーマーを、それもブッシュマンを奪っていくという凶行を!

(ついでにミヤビもさらわれて無理矢理同行することに!)

 そしてミヤビがザルツェフ少佐たちにレクチャーしたブッシュマンの特性と利点、それはゲリラ戦にも非常に有効…… いや、ゲリラ戦であればさらに有効であり。

 ある意味、ダグラムより『使える』兵器を手にした結果、主人公たちはミヤビの知る史実以上に大暴れすることになったのだった。

 

 そしてそもそも『太陽の牙ダグラム』はデロイア独立までの過程を描いたものだったが、実は主人公たちの戦闘とは別の所でおっさんたちが政治ドラマを展開し、その結果として独立が成立したようなもの。

 主人公たちの動向はあまり関係が無いので、その辺の展開が変化することは無かったのだった……




 未だにプラモや完成品フィギュアが出続け、漫画『Get truth 太陽の牙ダグラム』とかも連載中なんですね、ダグラム。
 装甲を削ぎ落した軽量機好きな私は、その中でもブッシュマンを推すわけですけど。
 面白い機体だと思うんですけどね。
 劇中唯一の格闘戦武器であるメリケンサックとか。
 ただ、この頃の高橋良輔監督作品ではその辺の機体ギミックを生かした演出が無くてブッシュマンもただのモブとして倒されてしまっていたのが残念でしたが。
(次回作の『装甲騎兵ボトムズ』ではこの反省か様々に盛られた機体ギミックを生かしたアクションが目立っていたのと対照的ですね)

 一方、宇宙世紀ネタとしては、


機動戦士ドラッツェ(ミヤビ、ジオン側ルート)

 ミヤビです……
 1年戦争の悲劇を回避するため奔走してたら、ギレン・ザビ氏に捕獲されました。
 ミヤビです……
 私という存在が生んだバタフライ・エフェクトなのか、ギレン氏はザビ家の独裁という分かりやすい悪役を用意することで、地球連邦の戦争目的をサイド3の独立阻止からザビ家独裁の打倒へとすり替える『ザビ家敗北ジオン独立END』を狙うことにしたそうです。
 ミヤビです……
 そんな大事を知らされた以上、私にはジオンに協力する以外、もう生きのびる道は無いみたいです。
 ミヤビです…… ミヤビです……
 ミヤビです……


 なんてネタを考え中だったり。
 ドラッツェなら1年戦争開戦時でもビームサーベル以外は作れそうですし。

「今、私はジオンの女……」(変なマスクを被りながら)

 とか言うネタもアリでしょうか(ねーよ)
 ではまた。


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ドラクエ3でボトムズする

 最小の搭乗型ロボット(パワードスーツではなく)を求めてファンタジーならどうか、というお話です。


 それはミヤビが16才になるたんじょう日のことであった。

 

「おきなさい。おきなさい、わたしのかわいいミヤビや」

 

 ミヤビです……

 今度はRPG『ドラゴンクエスト3』の世界への転生デス。

 主人公の勇者に転生したはずなんですが……

 

「おはよう、ミヤビ。もう、あさですよ。

 今日はとても大切な日。

 ミヤビが王さまに旅立ちのゆるしをいただく日だったでしょ。

 この日のためにおまえを…

 ゆうかんな男の子にそだてあげたつもりです」

 

 そう、念願の『男』という性を手に入れたはずなんですが……

 このステータス、

 

名前:ミヤビ

職業:ゆうしゃ

性格:セクシーギャル

性別:おとこ

レベル:1

 

 性別男でセクシーギャルって何!?

 男の子じゃなくて、男の娘に育て上げられてますよこれ!

 外見がドラクエ5のヒロイン、ビアンカの幼いころみたいな、おさげのロリなんですけど!!

(でも股間には生えてる。ロリショタっ子!?)

 

 この小さな身体のせいで初期装備のどうのつるぎ、青銅の剣すら持てず。

 闇商人としての顔も持つ武具屋の親父に仕入れてもらった聖なるナイフで武装するしかなかったのだ。

 

ぶき:せいなるナイフ

よろい:たびびとのふく

たて:おなべのフタ

かぶと:なし

そうしょくひん:なし

 

 これ、本当に幼少期のビアンカの初期装備、くだものナイフに手織りのケープ、おなべのフタと、家にある物でとりあえず武装してみましたって風だったのに近い。

 まぁ、聖なるナイフは「邪悪を退ける純銀で作られている」とも「神秘の力を秘めた純銀製の短剣」とも言われる呪的装備。

 くだものナイフよりはマシだろうか。

 

「銀は滅菌と浄化作用を併せ持ち、銀の武具に傷つけられた者は同時に魔術的な力を奪われるためダメージを受けることになると言われている。また別の説では銀は月神の金属であるが故に夜の生き物に効くのだとも」

 

 吸血鬼や人狼などの不死性の魔物を殺傷し得る兵器としては、伝承上に知られるものの内、最小の部類に入るだろうか。

 だからナイフとはいえ攻撃力は銅の剣より高い。

 レーベの村に行くと売っている鎖鎌よりは低いが、それでも初期の武器としては十分か。

 

「純銀、とは言うけれど合金でそこそこの強度もあるし」

 

 本当に純粋な銀は柔らかすぎ、またすぐに黒ずむため、他の金属との合金の形で利用される。

 有名なのは英国のシルバー925、スターリングシルバーだが『STERLING』とは英語で『真正の、純粋の』という意味の言葉。

 つまり銀の含有率が92.5%の合金でも英国では純銀だと定めている、国際的にも純銀として扱われているということ。

 

 そして銀(金でもプラチナでも同じだが)は叩いて鍛える、鍛造で硬度が上がるし、鋼と同じように熱処理で性状を向上させることが可能。

 スターリングシルバーなら青銅並みの硬度を出すこともできるので、魔術的な…… 半永久呪化処理(エンチャント)による強化が無かったとしても実用武器として使えないことも無い。

 そもそも相手の武器と打ち合い、切り結ぶ剣とは違って、ナイフは不意の打ち合いで折れないよう、刃先の切り結びは極力避ける武器なのだし。

 その上で、人間相手なら太い血管の走っている首筋、手首の内側、腿の付け根などといった急所を、モンスター相手ならそれぞれの弱点を狙って先に刃を繰り出すのだ。

 

「相手が吸血鬼や人狼などの不死性の魔物なら対不死(アンチ・アンデッド)効果のある鋼化銀のナイフで心の臓をひと突き、首を落とした後に脳幹を破壊…… だったかな?」

 

 これは古橋秀之先生の小説『ブラックロッド』で語られていた手法だったか。

 

 なお、ミヤビは粗砥石でわざと刃先をギザギザに荒らしている。

 実際、刀でも実戦を前にこのように荒い砥石を使ったり砂の山に刃を突っ込んだりして刃先を荒らしていたという。

 このギザギザが刃を滑らせたときに引っかかり、相手を深く斬り裂くのだと。

 ナイフにも波刃という刃先がギザギザになったものがあって、普通のナイフでは切りにくい、水を含んで硬く締まったロープなどを切断するのに役立ったりしていたが、これと一緒か。

 

 その上で、ミヤビが意識したのは子供用のプラスチック製包丁に、同様に刻まれた波刃だった。

 安全のためにプラスチックを使っていて、刃を押し当てただけでは切れない。

 食材に刃を滑らせた時だけ波刃の作用で切れるというもの。

 プラスチック製でも切れるのなら、銀のナイフでも切れるだろうという発想である。

 

 そして聖なるナイフは両刃の、ダガーと呼ばれる形状のナイフだった。

 ミヤビの前世、日本では所持が禁止されていたものだが、その利点はとっさの場合でも刃の向きを確認せず持ち替えなくてもすぐに使えるところにある。

 このため銃刀法で規制される以前にはダイバーズナイフによくこのダガータイプが利用されていたものだった。

 

 水場では水中でロープが身体にからまってしまう、という事故が起こり得る。

 実際、それにより水死している者も居るし、潜水士はナイフの携帯が法律で義務付けられているほど。

 そんな切迫した状態でダイバーズナイフを抜いたけれども「向きが反対で切れませんでした」「持ち替えようとしたら落としてしまいました」などということがあったらそのまま死につながる。

 間違えるはずが無い、と主張する人物も居たが、普段抜いて使っている利き手がロープに絡まれ、反対側の手で抜かないといけなかったら?

 暗い場所や狭い場所で、目視で確認ができなかったら?

 潜水作業なのだから手はグローブで覆われている、その状況で手探りで刃の向きを確認できるだろうか?

 などなど非常時なので様々な状況が考えられる。

 それに対応するエマージェンシーツールとして優秀だったのが、ダガータイプのナイフと言えるだろう。

 

 そしてそれは命を賭けて戦うこの世界での戦闘でも言えることで。

 聖なるナイフを手に、きゅっと口元を引き締めるミヤビだった。

 

 

 

 こんな外見なので、パーティを組んでくれる者も居らず。

 しかし前世のゲームの攻略知識を活用することによってナジミの塔から盗賊の鍵を持って何とか生還したミヤビは、武具屋の主人に祝いとして奢られた飯を腹に詰め込んでいた。

 

「先だって国王に指名されて旅立ったやつら、ほとんどやられちまったらしい」

 

 と主人は語る。

 魔王退治を命じておいて、50ゴールドのはした金と棍棒にひのきの棒などといった間に合わせの武器しか渡さなかった国王。

 これは何故かというと、ミヤビにのみ命じたわけではなく、他にも広く指名された者たちが居たからということだった。

 つまりドラクエ3の主人公は、そんな勇者候補のうちの一人に過ぎなかったということだ。

 

「生き残りを始末するのにナジミの塔と地下通路に住み着いたモンスターの連中が躍起になっとるらしい。あそこから逃げ出せたとは大したやつだぜ、おめぇは」

「あれを…… 自分にくれないか?」

 

 ミヤビがガツガツと飯を食いながら目を付けていたのは、武具屋の片隅に置かれた鋼の鎧、

 

「ポンコツだぞ」

 

 ……のスクラップ。

 そしてそもそも大柄な大人の男向けの品で、ミヤビには着ることなどできないのだが、しかし意に介さず、

 

「アリアハンを出る。修理道具も借りたい」

 

 そして黙々と修理を始めるミヤビ。

 

 

 

「壊れた鎧だったのか」

 

 スーパーファミコン版以降のリメイクされたドラクエ3では、革の鎧しか置いていないアリアハンの武具屋のカウンター奥にプレートメールと思しき鎧が飾られていて。

 あるなら売ってくれ、と欲しがるプレイヤーも居て、そのためかゲームボーイカラー版ではチートを使うなどして壁やカウンターをすり抜け鎧と接触すると「かいぞうしただろ!?」と言われる仕込みがあったものだったが……

 壊れているのでただの飾りとして置いていただけ、というのなら売らずにいたのも分かるというものだ。

 そして、

 

「ドラクエ3には無かった『資質』の項目……」

 

 隠しステータスとも言うべきそれについて、ミヤビは考える。

 

『闇商人とのコネ』:対価さえ払えば闇ルートを通じて何でも仕入れてくれる武具屋の親父とのコネ

 

 これはここの店主との付き合いを指しているのだろう。

 そして、

 

『孤独』:パーティを組むことが困難

 

 ……こんな子供にしか見えない相手と組んでくれる者はなかなか居ないだろうから仕方がない。

 ドラクエ3でソロだとマヒで即全滅が怖いが、

 

『異能生存体』:運の良さ255MAX、因果律に干渉して毒やマヒなどといった状態異常に陥る確率を下げる

 

 という『装甲騎兵ボトムズ』の主人公キリコ・キュービィーのような資質を持っているので、それも何とかなる。

 あとは、こんな身体では武器、防具類のほとんどが重すぎて使えないということだが、そこに前世の記憶を持つミヤビならではの、

 

『魔導アーマー制作・整備』:血液で書かれた血印を仲立ちとして一揃いの鎧と自分の魂を結び付け搭乗、操作できるようにする

 

 という資質が役に立つ。

 マンガ『鋼の錬金術師』に登場した主人公の弟アルフォンス・エルリックは失った肉体の代わりに、空の鎧へと魂を定着して操っていた。

 ミヤビは『鋼の錬金術師』世界に転生した際に会得したその術式を応用し、鎧を搭乗型のパワードスーツ、いやロボットとして操ろうというのだ。

 アルフォンスは身長220センチの鎧、オウガーヘッドを入れ物として中に人や物を収めて活用していたが。

 今のミヤビの小さな身体だと、膝を曲げれば大柄な大人用の鎧の胴体内にすっぽりと入ってしまう、納まってしまうのだ。

 ゆえに、

 

「パワードスーツのように着るわけじゃない、どっちかというとアーマードトルーパー、スコープドッグみたいに搭乗するロボットよね、これ」

 

 また、大柄であるとはいえ大人の人間のサイズなので、人間用の武器と盾が利用できる。

 この世界でのミヤビの小さな身体のハンデを補うことができるというわけだ。

 

 なお最初は、

 

(『聖戦士ダンバイン』…… バイストンウェルへの転生で学んだオーラ・マルス(オーラバトラー用の筋繊維)で駆動する機体を仕立てようか。

 バンダイの模型雑誌『B-CLUB』で連載されていた『AURA FHANTASM』にオーラ・アーマーっていうオーラマシン版パワードスーツが載っていたし。

 いや、でも機体の大きさや構成的にはボトムズのアーマードトルーパーの方が近い?

 なら、マッスルシリンダーの代わりにオーラ・マルスで駆動するオーラバトラーとアーマードトルーパーのハイブリッドってことで)

 

 とも思ったのだが、よく考えると装備の更新、つまり乗り換えが発生するのに、その度に載せ換えるか、新規に製造するかと考えると非常に手間で。

 だから魔法が使える世界なら『鋼の錬金術師』のアルフォンス式で行けないかと試してみて上手く行ったのでこの方法に。

 魂だけになってしまっていたアルフォンスと違って、自分の身体があるミヤビなら鎧に書き込んだ血印を消しても問題は無く。

 機体を気軽に乗り換え、乗り捨てていたキリコのような運用が可能になるのだし。

 

「ドラクエ3の鋼の鎧、公式ガイドブックに記載された英訳ではフルプレートアーマーとされた全身鎧だけれど」

 

 しかしドラクエ3では兜が別枠の装備になっているので、別途用意する必要がある。

 

「仕方が無いから盗賊の鍵で開けられるようになった地下通路の扉、その奥の宝箱から取って来た木の帽子で間に合わせるかな」

 

 ドラクエ3の木の帽子は、カシの木をくりぬいて作った木彫りのヘルメット。

 形状的にはフリッツタイプ。

 第二次世界大戦でドイツ軍が使用していた、そしてその後アメリカ軍もフリッツタイプとして採用していた耳、後頭部まで保護する形状のもの。

 木製なので金属製の兜に比べ守備力は低いが、それでも低位の魔物の爪や牙程度では貫通できないし、軽量でぶつけても大きな音を立てないため隠密行動(ステルス・エントリー)には向く。

 ミヤビの前世でも、特殊部隊において抗弾効果があるが重いバリスティックヘルメットではなく、抗弾効果は無いが最低限の頭部保護ができる軽量で通気性等に優れたクラッシュヘルメットを目的に応じて使用していたが。

 守備力が低くても、それなりに利点を持つものだった。

 

 そして、

 

「思い出した……」

 

 ミヤビの前世、旧21世紀のネット上にて、ゲームボーイカラー版のドラゴンクエスト3をチートコードで改変しプレイする動画を公開している人物が居た。

 今、ミヤビが手を入れている鋼の鎧はアリアハンの兵士が着ているものと同型だが、その動画では、チートコードで主人公のグラフィックを『兵士』と小柄な『女の子供』に切り替えることで、搭乗できる鎧とそれに乗る女の子を再現していた。

 ゲームボーイカラー版の3色しか使えないキャラのグラフィックでは顔も肌色が使えず白、目も低解像度故の黒いドットの点というものだったので、兵士のグラフィックを生身ではないように見立てることができる。

 低スペックなグラフィックを逆手に取った発想の改変プレイだったが。

 

「運の良さ最初から255MAXでスタートとか、男だとなれないはずの性格セクシーギャルを指定するとか、初期装備品の置き換えとか、店の売り物の置き換えとかもチートコードを使って再現していたし」

 

 できるのだ。そう、チートならね。

 

 

 

 鋼の鎧に搭乗して、アリアハン大陸から出るためにいざないの洞窟へと出撃。

 

「ウェポン・セレクター!」

 

 右腕のガントレットの袖口から、空っぽの鎧内部に収納していたソーン・ウィップ、トゲのムチを伸ばすと敵をまとめて薙ぎ払う!

 

「鋼の鎧は青いし、バトオペ2のグフみたい……」

 

 ミヤビの前世の記憶の中にあるネット対戦ゲーム『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』ではグフの格闘は強力で、熟練者ならこのように電磁鞭、ヒートロッドで複数の敵を引っ掛け、薙ぎ倒すというプレイが可能だった。

 また、グフなら剣、斧、盾も使っていたし、イメージ的にもぴったりかも知れない。

 一方で、

 

「ロマリアに行って鉄の槍を買ったらアーマードトルーパー、ベルゼルガのパイルバンカーが再現できるね」

 

 ドラクエ3のリメイクでは武器の種類によって攻撃のエフェクトが変わる。

 これは剣閃を光の軌跡で表現するなどといった、雰囲気を盛り上げるような感じのもの。

 槍についてはそう派手なものではなく「一点を突くような感じかな」と言われてようやく「そうかも」と思えるような地味なものだった。

 しかしゲームボーイカラー版の槍のエフェクトだけは他と違って、刺突する槍が見えるような目立つものに変わっている。

 この様がパイルバンカーのように見えるというわけである。

 

「鎧が青いからTV版より外伝的な小説『青の騎士ベルゼルガ物語』みたいな感じかな……」

 

 ということだったが。

 

 

 

TO BE CONTINUED?




 ドラクエ3をキリコな主人公でボトムズするお話でした。
 最小の搭乗型ロボット(パワードスーツではなく)を求めてファンタジーならどうか、と考えてみるんですけど。
 作中にも挙げた『鋼の錬金術師』のアルフォンスとか、モンスターハンターなんかに登場するデブ鎧装備とか、小柄な女性なら胴体内に十分納まるよね、という発想でこのお話を書いてみました。
 アレです、ソビエト連邦軍では戦車の低シルエット化を実現するのに「車室が狭いなら戦車兵に身長制限を課せばいいじゃない」で解決をしていたってやつのロボット版。
 ついでに幼女ビアンカいいよね、初期装備とかいかにも「家にあるもので武装してきたよ」感があって、とか、ロリショタ男の娘(男の子供のグラフィックがいまいち過ぎ→女の子供グラフィックでいいか→チート使えば性別も性格も自由→「男でセクシーギャル! そういうのもあるのか」という結論に)とか好きな要素が足されてますけど。

 この後は、闇ルートを持つ武具屋の親父に魔法の鎧やドラゴンメイル、刃の鎧などを仕入れてもらって買い替え、乗り換えとかですかね。
 やまたのおろち戦にドラゴンメイル、ボストロール戦に刃の鎧とか面白そうですし、勇者一人旅なのでバランスは取れるでしょう。
(リメイク3DS、PS4、switch版ではオートセーブを利用したオリビアの岬スキップ技があるのでボストロール戦に刃の鎧はチート無しでも行けたりしますが)
 実際、このチートコード利用改変設定でプレイしてみるのも面白そうですし、それを連載してみるのもいいかも?
 いや、需要無いか……

 なお、異世界から転生させる神々にフリー素材みたいに活用されているミヤビですが。
 便利使いしやすいキャラですからね、しょうがないね。
 ということで。

 ご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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ドラクエ3でボトムズする2

『ドラクエ3でボトムズする』の続き、書いてみました。
 続きものですので、割り込み投稿してます(今回の更新はこの1話分のみです)


 ピラミッドに潜入、魔法の鍵を入手したミヤビはそれを使ってアイテムを回収した後、久しぶりにアリアハンの武具屋へ顔を出す。

 しかし長期間、留守にしていたせいか、

 

「ミヤビ…… だろう?」

 

 呆けた顔をする武具屋の親父。

 最後に会ったのが今生の別れだった、ということも珍しくない世界。

 いつまでも顔を見せないミヤビに、その死を覚悟していたのかも知れない。

 

「親父さん」

「おおっ、やっぱりお前か! アッハッハッ!」

 

 と次の瞬間には、以前と変わらぬ笑顔で迎えてくれるが。

 そうして久しぶりに武器庫へと案内される。

 

「どうだ、ちょいとしたもんだろ」

 

 ちょいとしたもんどころか、アリアハンではあり得ない品ぞろえが目を惹く。

 

「ここの武器は一手に俺が卸している。へっへっへっへ、後生大事の闇ルートが、いよいよ役に立ったってぇわけよ」

 

 ミヤビが誘いの洞窟の封印を破ったことで、アリアハンの鎖国が解除。

 武具屋の親父はそれを上手く利用して取引をしていた様子だった。

 そして、

 

「フフッ、こいつはなぁ、ミスリル銀っていう神秘的な物質で作られた鎧だ。軽いし攻撃呪文で受けるダメージを減らしてくれるっていう触れ込みの新商品だ」

 

 と目玉商品として見せられたのは魔法の鎧。

 彼が言うとおり攻撃呪文で受けるダメージを2/3に減少させてくれるものだ。

 

「どうだ、お前の相棒にするかい?」

 

 そう勧められる。

 確かにこれはいいものだし、ミヤビの能力により一揃いの鎧と自分の魂を結び付け搭乗、操作できるようにする血印も、その中枢を1枚のディスク…… ミッションディスクにまとめ上げた今なら乗り換えも容易だ。

 しかし、

 

「いや、使い慣れているのがいい。改造してくれ」

「そりゃあ、できるが」

 

 現在使用している鋼の鎧、フルプレートアーマーは元々、騎士が国家間戦争に使用する、対人戦を主眼として開発されたもの。

 これを対モンスター用に改装する追加改造キットは出回っているのだ。

 

 装甲を留めている要所のリベットを外すと尖頭鋲、棘のように先が尖ったものへと付け替え。

 さらにはショルダーアーマー等、要所を刃や棘を生やしたスパイクアーマーに交換する。

 ザクIIにおいてもF型から格闘戦用にショルダーアーマーにトゲを生やしていたように……

 そうして出来上がったのが、魔法の鎧のような特別な耐性は持たないものの、全身に刃や棘を生やし打撃攻撃で受けたダメージの1/2を敵に与える。

 刃の鎧と呼ばれるもの。

 

 ミヤビの前世、地球上でも戦車等装甲車両に、敵の攻撃に合わせた追加装甲を施した事例は数多くあった。

 中でも太平洋戦争中、戦車に取り付き肉迫戦闘を仕掛けて来る日本兵対策に、装甲にトゲを追加したというM4シャーマン中戦車があったが、それと同様な仕掛けだ。

 

 ミヤビは主にキラービーやしびれくらげ対策、要は一人旅ではマヒすると即全滅となってしまうことへの抑えとしてこの鎧を選んでいた。

 

 グループ攻撃が可能なムチや、全体攻撃のできるブーメランは、次第にダメージが減って行くので敵の数が多い場合、生き残りが発生する可能性がある。

 

 ならダメージが一定の魔法ならどうかというと、船を得た時点で勇者が使える火力としては、道具として使用することでベギラマと同等の効果、敵1グループに30~41のダメージを与える雷の杖があるが。

 海で数多く出てくる、しびれくらげの最大ヒットポイントは40。

 そしてボスキャラ以外のモンスターのヒットポイントは満タンだとは限らず、最大ヒットポイントの75%~100%程度の状態で出現する。

 故に効けば高確率で倒してくれるはずなのだが……

 

 この世界の元になっているゲームボーイカラー版では敵が常に最大ヒットポイントで出現すると言われており。

 その結果、他のバージョンなら倒しきっている所を微妙に倒しきれない、という事態が頻繁に起こるようになっていた。

 つまり雷の杖だけではしびれくらげが多数生き残ってしまうことになる。

 

 とはいえ、それもあとちょっとで倒せる、というところなので、それを刃の鎧の反射ダメージで補おうという策なのだ。

 一人旅では絶対的に手数が、ダメージソースが足りなくなる。

 それを補填する手段としての選択だった。

 

 そして、

 

「魔法の鎧を使わないなら、せめてコイツを持って行け」

「それは?」

「魔力を帯びた特殊な銀で作られた魔法の盾、と呼ばれるもんだ。魔法の鎧ほどじゃないが、攻撃魔法のダメージをいくらか減らしてくれる」

 

 魔法に対する耐性は、この魔法の盾で補えということらしい。

 魔法の鎧が攻撃呪文で受けるダメージを2/3に減少させてくれるのに対し、こちらは3/4と効果は低い。

 守備力にしても現在使用している鉄の盾に毛が生えた程度の品ではあるが。

 しかし攻撃呪文に対しまったく無防備であるよりは、はるかにマシだろう。

 だから、

 

「……ありがとう」

 

 と素直に礼を言うが、

 

「ああ、気にするな。お代はしっかり頂くしな」

 

 とにんまりとした笑みが返って来る。

 

「かなわないな……」

 

 無論、きっちり代金は支払う。

 

 

 

 次はロマリアの関所を通ってポルトガへ。

 途中、かまいたちの呪文、バギの連打が恐ろしいドルイドの群れに襲われるが、

 

「マジックシールド!」

 

 魔法の盾による魔法ダメージ緩和。

 

「ホーミングブーメラン!」

 

 小さなメダル20枚を貯めてようやく得られた刃のブーメランをマンガ『ファイブスター物語』のテロル・ミラージュ登場シーンよろしくぶん投げて薙ぎ払い。

 

「おっと」

 

 倒しきれない相手も、刃の鎧による反射ダメージのおかげで自滅を誘ったり。

 最後の一体は、サイドスカートに吊ってあった手斧(ハンドアックス)、鉄の斧を手にして振りかぶり、

 

「なに、薪割りで鍛えたこの斧術で一刀両断よ!」

 

 振り下ろす!

 

「ダイナミィィィック!」

 

 そう、薪割りダイナミック…… 実際には『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』のヒートホーク装備機体の下格闘モーションを参考にした振り下ろしで止めを刺す。

 こうしてたどり着いたポルトガでは、武具屋で購入した鋼の鞭でパワーアップし、更に得られたのは、

 

「うーん、このいかにも呪われそうな不気味な杖は……」

 

 ミヤビが思わず漏らしたとおり、邪悪な神官の姿をかたどったと言われる胸像が先端に付いた杖。

 死後、水分を失ってカラカラのミイラになったかのように落ちくぼんでいる眼窩。

 カッと開かれた口は唇を失ったかのように並んだ歯がむき出しになっている。

 怖すぎる、怖すぎる造形をもったものだった。

 

「魔封じの杖か。こう見えて呪われているわけではないのだけれど」

 

 とはいえ、内部には魔界に住む邪悪な神官の魂が封じ込まれているとも言われている。

 ドラクエ4で初登場して以降、

 

『内部に封じられた邪悪な神官の魂が敵の魔力を欲するため』

 

 とか、

 

『振りかざすことで神官の像の口から呪いの言葉が発せられるため』

 

 とか、作品によって理由は違えど、戦闘中に使用すると「あやしいきりが てきを つつみこむ!」ことでマホトーンと同じく呪文封じ状態にすることができる杖である。

 

 で、調べてみると、

 

「うわ、本当に死者の霊が宿ってる。中に聖遺物よろしく魂の主の骨のかけらが入っていて憑代に?」

 

 聖人ではないのだから聖遺物とは言えないのでは、と思ったが、邪悪であっても神官の遺骨なら、その教徒から見れば聖遺物なのか。

 

「って、これ言うなれば魔力結合を阻害する煙幕を投射する『アンチマギリンク スモーク・ディスチャージャー(Anti Magi-link smoke dischargers)』じゃん」

 

 胸像の口が射出口で、目がセンサー、宿った死者の霊が呪力の源と魔術制御回路を兼ねている、と。

 

「それじゃあ、鎧に書き込んだ血印を通じてリンクして背部左側にセットして」

 

 ガンキャノン重装型、そのビーム砲換装タイプの左肩に載っていた光学式の精密照準システムのように配置。

 

「その目を補助センサーとして働かせれば」

 

 この辺はミヤビの記憶の中にあるネオ・ジオン残党『袖付き』の用いたドラッツェのガトリング・ガンと一緒だ。

 あれは攻撃力の強化より『哨戒偵察任務用のセンサーユニット』としての能力を期待して装備されたもので、ガザシリーズのシステムを流用したというセンサーを起動すれば、センサー有効半径が大幅に拡大する。

 旧20世紀の例で言えば、アメリカ軍のA-10サンダーボルトII攻撃機は湾岸戦争時点では赤外線カメラを装備しておらず、AGM-65マーベリック空対地ミサイル搭載の赤外線カメラを利用して(撃たずに残して)夜間攻撃を行っていたというが、そのようなものだ。

 

「あと、宿ってる死者の霊をコプロセッサとして働かせ、機体制御の一部を預けて自動化すれば……」

 

 制御するミヤビの負担が大分軽くなる。

 そんなわけで、魔封じの杖を取り付けたわけだが、機能も見た目も、

 

「これ『ウォーハンマー40,000』のサーボスカルじゃん」

 

 ということに。

 ファンタジーミニチュアゲーム『ウォーハンマー』シリーズの一つである『ウォーハンマー40,000』は41千年紀という遠い未来で起きる銀河系の様々な惑星での局地戦を描いたもの。

 その中に登場する存在が、機械と融合した頭蓋骨でできた自律式ドローン『サーボスカル』で。

 通信装置、文書解読、成分分析、機械修理、護身用、偵察、外科手術など様々な用途で利用されている。

 帝国ではAIの反乱があったことからAIの利用が禁じられていることもあり、その辺を補う制御装置(サーボ)としての役目を受け持っているわけである。

(なお恐ろしいことに、これは皇帝や帝国に献身した者が、死後も仕え続けられるよう改造された姿…… 栄誉ある改造だという話)

 

 コンピューターゲーム化された『ウォーハンマー40,000:メカニカス』でも、サーボスカルはテック・プリースト(機械の体に置き換えた機械教団の信徒)の強化に使用されていたし。

『ウォーハンマー40,000』のミニチュア、機械と融合し肥大化した甲冑のような姿となった兵士たちのモデルにもサーボスカルが付いていた。

 

 そんなわけで、

 

「刃の鎧にサーボスカルよろしく付属する魔封じの杖……」

 

 これドラクエって言うより『ウォーハンマー40,000』の世界だよね、という威圧的で、おどろおどろしい姿になっているのだ。

 

「勇者なのに、これはアリなの……?」

 

 という話であった。

 

 

TO BE CONTINUED?




『ウォーハンマー40,000』の駒として売られてるミニチュアにインスピレーションを感じ、書いてみました。
 このシリーズ、アイコンになってるサーボスカルとか、最高にイッちゃってますよね、センスが。
 SFとファンタジーの融合がかっこいい。
 こういう海外ものの作品って、日本人には無い発想があって面白いです。
 日本人だとやったとしても、どうしてもカッチリ、すっきりとした線でまとめちゃいますからね。

 この後は、ドラゴンシールドを手に入れて、敵に合わせて魔法の盾と切り替えながら戦うとかですかね。
 ハイザックのように、右肩にドラゴンシールド、左腕に魔法の盾。
 ただし、両方同時には構えられない。
 左腕の盾を利用する場合、左前に構えるので右肩の盾は機能しない。
 右肩の盾を利用する場合は極端な右前の半身に構えるので左腕の盾は使えない。
 この辺、『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』やってたり、プレイ動画見たりしてると雰囲気分かるんですが、盾って装備しているだけでは機能しないんですよね。
 機体によっては大型の盾を備えていても全然構えないのでほぼ機能してない、までありますし、構え方、敵をどの方向に置くかによって働いたり働かなかったりするんです。

 右肩の盾はザクのように固定か、ジェスタやグスタフ・カールよろしくバックパックから伸びるフレキシブルアームを介して接続するか、ザクウォーリアのように肩から伸びたアームに吊るすか。
 またはザクでも『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』劇中のFZ型ザクの描写では、右肩シールドは割とフレキシブルに動いていて、それを再現するためにプラモデル『RE/100 ザクII改』では肩とシールドを接続するパーツとして自在に動くアームジョイントが配されていたので、そのようにするか。
 まぁ、ドラゴンシールドは縦長楕円形なので『ファイブスター物語』登場のバーガ・ハリ(以前のA・トールと言った方が分かりやすい?)の副腕にも盾にも機能するアイドラ・フライヤーが絵的に収まりが良さそうですが。

 ああ、でも左右の重量バランス的には魔法使いにも使える=軽い魔法の盾を右肩に、それなりに重いと思われるドラゴンシールドを左腕に装備した方がいいのか。
 右肩に配した魔法の盾はヤクト・ドーガのショルダーシールドみたいに肩から頭部を守る感じに。
 公式ガイドブックだと円形ですけど、スーパーファミコン版の取説だとヒーターシールドに近い形(とはいえ取っ手の配置が90度ずれている、縦長の装甲を手甲のようにはめるのだと思われる=かなり小型)をしているのでさらにそれっぽく吊れますし。
 いや、それならギラ・ドーガのザクシールドを半分に切って形を整えた風の右肩アーマーのように肩から上腕を守るように配した方が使いやすいか……

 あと、ドラクエだと杖を道具として使い呪文の効力を引き出しますが、これを『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』におけるシュツルム・ファウストを片手持ちで腰だめに発射するモーションで使うとか格好良くありませんか?
 雷の杖とか、それで発射されたベギラマが着弾して爆発が敵をなぎ倒すとか。

 ご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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ドラクエ3でボトムズする3 ゲム・カモフだこれ!

>なんなら悪魔の騎士の方が人類っぽい見た目の気がする

 というご感想を頂いて「確かに!」と思ったので、さらに続きを書いてみました。
 続きものなので、今回も割り込み投稿をしています(今回の更新はこの1話分のみです)


(……うん、なんだかそんな気はしてた)

 

『魔導アーマー制作・整備』という資質。

 これにより血液で書かれた血印を仲立ちとして一揃いの鎧と自分の魂を結び付け搭乗、操作できるようにしていたわけだが。

 

「見た目も、そして魂の力、霊力で動いているという点でも『さまようよろい』系列のモンスターと変わらない」

 

 ゆえに、

 

「こちらから攻撃しない限り、モンスターとは戦闘にならなかったなんて……」

 

 今までの苦労は何だったのか、という話。

 ミヤビの前世の記憶の中にある『機動戦士ガンダム MS IGLOO』では、地球連邦軍が鹵獲したザクを使ってジオン軍に味方と思わせて補給基地を襲っていたセモベンテ隊の話があったが……

 

「いや、マンガ版に登場したゲム・カモフの方が近いか」

 

 マンガ版では『機動戦士ガンダム MS IGLOO』のアニメ制作時に企画されたものの、登場させられなかったモビルスーツやメカニックが描かれていたが。

 そこで登場していたのがゲム・カモフ。

 ジオン軍がジムに似せて作った偽装機体である。

 

「『バトオペ2』でも偽装伝達装置で味方を装い、不意打ちで活躍してたっけ」

 

 ネットワーク対戦ゲーム『機動戦士ガンダム バトルオペレーション2』に登場していたゲム・カモフは『偽装伝達装置』を持っていて。

 これは自分から攻撃しない限り、敵機のレーダー上では味方と誤認させることができるというもの。

 

「自分から攻撃しない限り」という点で、現在のミヤビが置かれた状況にぴったりだった。

 

「かなり便利ではあるのだけれど…… そこまで壊れでもないかな。盗賊の『しのびあし』もこれに近いものがあったし」

 

 モンスターとのエンカウントを減少させる『しのびあし』

 バラモス城なんかは、これを使うとほぼエンカウント無しで行けてしまうし。

 フィールド上なら、闇のランプやラナルータの呪文などを使って昼夜を逆転させると敵との遭遇までの歩数カウントをリセットできるという仕様(ゲームボーイカラー版は除く)と併用すれば、ほぼ戦わずにどこまでも歩けてしまう。

 それを考えれば、そこまで壊れなチートではないと言えるだろうか?

 

「そもそも盗賊の居ないファミコン版でも、後期ROMなら2コン(2Pコントローラー)のAボタン押しっぱなしでエンカウント無しで歩けたし」

 

 という話もあるし。

 

「まぁ、ボスモンスターとか、攻略上倒さなくては先に進めないものとの戦いは避けられないからには、これに頼りっきりではまずくって」

 

 口に出して今後の方針を整理する。

 

「マヒ攻撃とか、一人旅では即全滅の危険がある敵の出現地域のみの利用とするのがいいのかな」

 

 そういうことになった。

 

 

 

(しまった、中の人を見られた!)

 

 潜入行動中、モンスターに鎧の中の自分の姿を見られてしまったミヤビだったが……

 

「ケケッ、いいシュミしてんじゃねーか」

 

 と、スルーされてしまう。

 

(んん?)

 

 首をひねるミヤビ。

 そして、気付く。

 

(ああ、今の自分の姿って俗に言う『生体ユニット』ってやつじゃん!)

 

『生体ユニット』とは『機動武闘伝Gガンダム』でデビルガンダムに取り込まれていたヒロイン、レイン・ミカムラのように、生きた人間を機械兵器や生体兵器、モンスターなどのパーツとして組み込む行為を指した言葉。

 組み込まれた人間はエネルギー源や制御ユニット、持っている特殊能力の発生装置にされたりといった役割を担うパターンが多い。

 

(実際、この鎧は自分の霊力で動いているから、動力源として組み込まれているという点では合っているのだし)

 

 さまよう鎧系モンスターは鎧に憑りついた死霊が動かしているという話だったが、その死霊が人間の子供を取り込んで力を搾り取っている、という具合に見られているわけだ。

 

 しかし……

 創作では多くの場合、生体ユニットとして取り込まれているのは女性であり囚われのヒロインの拘束プレイ、さらには状態変化、同化、エナジードレイン、果てまた機械姦とか異種姦、触手などフェチな要素が複数盛り込まれていることが多い。

 つまり青年向けサービスシーンってやつである。

 思春期の少年が、ヒロインたちのそういう姿を目のあたりにすることで性癖が捻じ曲げられてしまったり…… なんてこともあるネタだ。

 それゆえの先ほどのモンスターの発言「いいシュミしてんじゃねーか」であるが、自分がそういう対象として見られていることにゾクリと背筋を震わせるミヤビ。

 

「敵との戦闘を避けて歩けるのは凄い有利な、チートとも言っていいアドバンテージだけれども、こんな風にモンスターたちから見られるっていう代償と吊り合うものなの?」

 

 言うなれば『性奴〇に偽装して敵地に潜入する対魔忍』みたいなもので。

 先ほどのモンスターが自分を見る視線も、そういうものを見るかのような蔑みや欲望に塗れたものだった。

 

「う、ぐぅ……」

 

 ミヤビの悩みは今日も尽きない。

 

 

 

おまけの商人の町の話

 

\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/

 

     ここから濃厚なホモネタ話になります!ご期待下さい!

 

/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\

 

「ドラクエ3には無かった『資質』の項目……」

 

 隠しステータスとも言うべきそれについて、ミヤビは考える。

 

『孤独』:パーティを組むことが困難

 

(……こんな子供にしか見えない相手と組んでくれる者はなかなか居ないだろうから仕方がない)

 

 とは思うが……

 

 しかし、ドラクエ3において勇者一人旅は定番の縛りプレイで多くのプレイヤーが挑戦し、プレイ動画も数多くネット上に上げられていたものだったが、厳密に言うと勇者一人ではクリアーできない。

 イエローオーブを得るために、商人の町の発展イベントに必要な商人キャラを一時的にでもパーティに組み込んで送り届けなければいけないのだ。

 まぁ、イエローオーブは、

 

「イエローオーブは人から人へ 世界中をめぐっているそうじゃ。

 たとえ山びこの笛であっても それをさがしだすことはむずかしいであろうな」

 

 とされていたのをこのプレイヤーが送り込んだ商人が手を回して入手したもの。

 なら、ミヤビが持つもう一つの資質、

 

『闇商人とのコネ』:対価さえ払えば闇ルートを通じて何でも仕入れてくれる武具屋の親父とのコネ

 

 これを利用し、武具屋の親父に依頼して入手、でもいいかも知れない。

 この場合、商人の街イベントが潰れるので小さなメダルなど、手に入らなくなるアイテムが出てしまうが……

 

「いずれにせよ、親父さんと相談か」

 

 そんなわけで話し合った結果、明日まで待ってくれと言うので日を改めて武具屋に向かったのだが、そこで待っていたのは武具屋の親父と2人の男商人。

 

「おお、来たか。こいつらがその開拓地に行っていいっていう商人たちだ。気に入った方を連れて行ってくれ」

 

 そう紹介されたのは、『性格』が『ふつう』の男商人『ノンケ』。

 

「は? え?」

 

 それから、『性格』が『タフガイ』の男商人『ガチホモ』。

 

 ――ウホッ! いい男……

 

(違う、違う、そうじゃ、そうじゃない)

 

 首を振るミヤビ。

 これはアレだ。

 

(何でもない名前が、外国では違う意味に取られてしまったりするやつ!

 スポーツ選手とか有名人でも、誰とは言わないけどそういう人居たよね!)

 

 という話。

 

(なら、ここは性格『タフガイ』の男商人を選んだ方がいいか)

 

 しかし――

 そう思っていると、突然その男はミヤビの見ている目の前で、腰帯をゆるめはじめたのだ……!

 

「やらないか」

 

(アウトーっ!!)

 

「よかったのか、ホイホイついてきて。俺はノンケだってかまわないで食っちまう人間なんだぜ」

 

(チェンジで!!)

 

 今のミヤビは男の娘、男なのだ。

 まぁ、ガチの人からするとそういうのは対象外だというが、もちろん自分の身で試してみる気などないミヤビ。

 涙目になりながら、『性格』が『ふつう』の男商人『ノンケ』に来てもらうことにするのだった。

 

 

 

 そうしてルーラの呪文で跳んだポルトガから船で出港。

 大洋を西へと渡り対岸の大陸、森の中にぽつんと拓けた開拓地へと向かう。

 そこでは商人を募集していた現地民の老人が待ち構えていて、

 

「わし ここに 町 つくろう 思う。

 町 あれば きっと みんな よろこぶ。

 商人 いないと 町 できない。

 ノンケ ここ 置いていく。 お願い 聞いてほしい」

 

 と、助詞を除いた独特の言い回しで迎えてくれるが、

 

(なんだろう、この違和感)

 

 元々、このイベントのためだけにレベル1の商人を連れて行くパターンが多かったことから人身売買とか言われていたのだが、それだけではない罪悪感と言うか、とんでもないことをやっているような焦燥感に囚われる。

 

 ここで『ノンケ』という言葉について改めて記憶を掘り起こしてみるミヤビ。

 

 

ノン‐け【ノン気】

 同性愛者から見た異性愛者のこと。

 フランス語のnon(いいえ)と組み合わせた「その気(=同性愛の気)がない」という意味の隠語。

 

出典:デジタル大辞泉(小学館)

 

 

(同性愛者から見た異性愛者のこと。ということは相手をノンケと呼ぶ人は逆説的に言うと同性愛者で……)

 

 つまり、このお爺さんは同性愛者、ゲイで。

 そんな人の所にその気(=同性愛の気)がない男商人を置いて行け、と言われているわけで。

 

 思わず顔が引き攣りそうになるミヤビだったが、交渉を男商人、本人に任せていたせいで、彼は何の疑いも無く了承してしまう。

 

「それ ほんと? ノンケ 旅 あきらめる。 骨 ここに埋めるかも。

 それで いいか?」

「はい」

「おお それ ありがたい! わし ノンケ ふたり 町づくりはじめる! すぐ!」

 

 ミヤビには「わし ノンケ ふたり」という言葉が別の意味を持って感じられる地獄。

 本当にこの人の元にノンケな男商人を置いて行っていいのか、二人っきりにしていいのかという葛藤に苛まれる。

 しかし、

 

「お世話になりました。さようならミヤビさん」

 

 と男商人、本人に言われるので、今さら覆すこともできず。

 

「あなたとの旅の思い出は一生忘れません……」

 

 という言葉が『今の彼』との永遠の別れの言葉にしか聞こえないミヤビだった。

 

 

 

 この後、ストーリーを進め、訪れるたびに発展していく街だったが、

 

「ノンケバークにようこそ。

 ここはノンケさまがつくった町ですわ」

 

「~~っ!?」

 

(そ、そう言えば街の名前に商人の名が使われるんだった!!

 と言っても『ノンケバーク』って何?

 それに「ノンケさま」って、言い方ァ!!)

 

 という話。

 

 なお、英語版での表記はNES版では○○○○ville、GBC版とスマホ版では○○○○burgとなる。

 バークの元ネタは後者、英語の「burg(バーグ)=町」、その語源であるドイツ語の「burg(ブルク)=城塞都市」か、スコットランド方言の「burgh(バーグ)=自由都市」あたりだと思われている。

 つまり『ノンケバーク』は直訳すれば『ノンケの町』となるわけだ。

 

 そして新たに建設された劇場に行ってみれば、ステージでは扇情的な衣装を身にまとった踊り子たちが、

 

「どう? あたしの踊りいろっぽいでしょ」

「まあ、ステージまであがってくるなんて積極的な、おかた……。

 でも私たちにさわったりしちゃダメよ☆」

 

 などと言いつつ踊っている。

 

(アメリカのナイトクラブか、いや、ここアメリカ大陸だったわ)

 

 ということだが、観客の老商人の話で展開が怪しくなってくる。

 

「こ、こんなイイところを町につくるとは……

 ノンケ… あなどれませんな」

 

 えっ? ノンケっていう言い方をするってことは、このお爺さんもそうなの?

 だとしたら、そういう人が喜ぶここってニューハーフバーとかいうお店なの?

 ステージで踊ってる踊り子さんたちも、そういう……? ツイテルの?

 

 という話。

 その夜、街外れでは、

 

「……してしまうのはどうだろう?」

「しかしそれでは あまりにも……」

「だがこのままでは……」

 

 と男たちが話し合っている。

 

「ノンケのやりかたはあんまりです! ぼくたちはもう たえられませんよ!」

 

 と叫ぶ青年。

 凄いカミングアウトである。

 さらにはガチムチの荒くれ男が、

 

「こうなったら革命を起こすしかなさそうだ。

 止めてもムダだぜ。オレたちゃ やるっていったらやるんだ!」

 

 と気勢を上げる。

 

(「やる」って何を?)

 

 と戦慄するミヤビに、中年男性が、

 

「この話…… 他言はなりませんぞ!」

 

 と脅して来る。

 このおじさんもか…… とミヤビは震えるしかない。

 そしてついに革命が起こり、街を守る衛兵もこう語るようになる。

 

「ここはノンケバークの町。しかしもう ノンケだけの町ではないのだ」

 

(「ノンケだけの町ではない」ってナニ!?)

 

 い……っ、言ってる意味がわかってんのかお前は――ッ

 

 と言いたくて仕方がないミヤビ。

 そうして意気消沈している、最初の老人。

 

「ついに 革命 起こった。 ノンケ 牢屋のなか……。 なんてこと……」

 

 彼が言うように、男商人は牢屋の中へ。

 牢番も、

 

「ここは牢屋だ。本当はノンケが悪人をとらえるため つくったそうだが……

 自分がいれられるとはヒニクなものよな」

 

 と語る。

 

(いやいやいやいや、ナニコレ、何なのコレ!?)

 

 な状況に頭を抱えるしかないミヤビ。

 そう、用意された男商人二人のうち、どちらを選んでも濃厚なホモネタ展開になるという、

 

「これが『孔明の罠』ってやつ?」

 

 孔明もこんな話に自分の名を出して欲しくはないと思うぞ、という熱い風評被害で幕を閉じるのだった。

 

 

 

TO BE CONTINUED?




 頂いたご感想にインスピレーションを受けて続きを書いてみたわけですけど。
 偽装機体、ゲム・カモフとかいいですよね。
 バトオペ2でも、上手いこと使うプレイヤーの方が居て。
 プレイ動画とか見てると「おお、こんな戦術が」とか感心することしきりです。

 一方、オマケのはずの商人の町については、まぁ、バカネタでしたね。
 商人の名前が町の名に使われてしまうことから、色々と悩んだり、ネタに走ったりする方も多いでしょうが。
 そんな中の一つと思って頂ければ。

 ご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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ドラクエ3でダブルXする

 前話の別バージョンというかおまけです。


 それはダブルXが16才になるたんじょう日のことであった。

 

「おきなさい。おきなさい、わたしのかわいいダブルXや」

 

 ミヤビです……

 またRPG『ドラゴンクエスト3』の勇者に転生したようなんですが……

 名前が『ダブルX』って何ですか!?

 ツインサテライトキャノンでも撃てって言うんでしょうか。

 

「おはよう、ダブルX。もう、あさですよ。

 今日はとても大切な日。

 ダブルXが王さまに旅立ちのゆるしをいただく日だったでしょ。

 この日のためにおまえを…

 ゆうかんな男の子にそだてあげたつもりです」

 

 男!?

 

名前:ダブルX

職業:ゆうしゃ

性格:セクシーギャル

性別:おとこ

レベル:1

 

 性別男でセクシーギャルなのは二回目だから、そこはまぁ飲み込みますけど、寝ていても分かるこの両胸の重さは何ですか?

 どっちも付いてるの?

 オッパイの付いた男なの?

 跳び起きた私が見たものは……

 

「これ、女遊び人の身体っ!!」

 

 頭に揺れるウサミミ状の飾り。

 そう、ドラクエ3の女遊び人と言えば、お色気たっぷりなバニースーツで有名。

 

「あれ、でもちょっと違う?」

 

 女遊び人のバニースーツよりさらにエロい。

 胸元は大胆にへそのあたりまで開いちゃってるし。

 それに枕元にまとめて置いてあったのは、

 

「トゲのムチ?」

 

 そして目元を覆う黒い仮面。

 それで気付く。

 

「これ、水着着た時の……」

 

 ドラゴンクエスト3のキャラたちは『あぶない水着』に代表される水着装備を着せることで、それぞれ個別に設定された水着グラフィックを披露してくれることになる。

 紫ビキニの女勇者、パレオつきで上品な感じの女僧侶、スク水にしか見えない女商人(ただし他のキャラに無い胸揺れが再現されているところが無駄に力が入っている)などなど。

 

 異様なのが女遊び人。

 胸元が大きく開いた黒い水着?に、水着のはずなのに何故か脚には網タイツ。

 目元は黒い仮面に隠され、手にはムチ。

 いや、これ、あぶないだけでもはや水着でも何でもないだろうという。

 ぶっちゃけSMの女王様である。

 そして、

 

(水着…… 仮面…… ダブルX……)

 

 ここから推察できるのは、

 

「ダブルXって、まさかFGOの方なの!?」

 

 XX……『謎のヒロインXX(ダブルエックス)』はゲーム『Fate/Grand Order』に登場するキャラクター。

 その正体は、ぶっちゃけ隠すまでもなくエクストラクラスのアルトリア・ペンドラゴン、『謎のヒロインX』の水着バージョンである。

 初登場時は全身をSFチックな機械製の鎧で覆っており、顔も仮面で隠されていたが……

 再臨段階が上がるにつれ脱いでいくと言うやつである。

 水着バージョンだからね、しょうがないね。

 

「でもだからって……」

 

 SMの女王様の格好をさせるな!!

 ということ。

 

(おのれ! 謀ったな! 存在Xーーーーー!!!)

 

 アニメやマンガにもなった小説『幼女戦記』のTS転生主人公、ターニャ・デグレチャフのように……

 自分の転生に関わっていると思われる超常的存在を呪うしかないミヤビだった。

 

 

 

「最初からトゲのムチを持っているのは楽だけれど」

 

 ムチはグループ攻撃武器なので、この格好が恥ずかしくて他人とパーティの組めないミヤビには、ぶっちゃけありがたいものだが。

 モンスターに次々と叩き込まれるその軌跡、ゲームで言う攻撃エフェクトがXの字を描いて行く。

 

「『謎のヒロインXX』も仮面で顔を隠し登場しながらも、一部攻撃時に「X」の形をしたエフェクトを描いていて「最初から正体隠す気無いだろ」ってツッコまれてたけど……」

 

 そういう共通点もあってのパロディか、この状況と考えた瞬間、

 

「思い出した!」

 

 ミヤビの前世、旧21世紀のネット上にて、スーパーファミコン版のドラゴンクエスト3をチートコードで改変しプレイする動画を公開している人物が居た。

 それで再現されていたのが仮面を着けた『謎の勇者ダブルX』。

 つまり今の自分の境遇である。

 プログラム改造無しに、チートコードの入力のみでここまでキャラ改変できるのか、という驚きと笑いの一発ネタだったが、実際に自分が体験するとなると、

 

「どうして……」

 

 震えながらこの境遇を嘆くほかない。

 こんな格好嫌だと、武器屋で革の鎧を買ってみたのだが、ゲームと同じく姿が変えられないのだ。

 

『謎のヒロインXX』は再臨段階が上がって、最初に身に着けていたSFチックな機械製の鎧が消え、露出が増えて行くわけだが。

 それでも守備力は落ちることがなく、ヘルメットが消えても多分ガンダムダブルXが元ネタなのだろう、頭部バルカンを撃つことができた。

 これは目に見えなくとも鎧が霊子化して存在しているから、という設定があった。

 

 ドラゴンクエスト3でも似たような話があって。

 

 鎧等、装備を身に着けてもキャラのグラフィックが変わらなかったのは、それぞれの衣装に仕込まれた魔法の収納に防具類を入れて、装備を選択しておけば身に着けたことになり、攻撃を受けた瞬間、その場所だけ実体化して守ってくれるから。

 

 という説を唱えている二次創作マンガがあったが、そういうことらしい。

 普通であれば重い防具を常時着込むより快適でいいかも知れないが、SMクラブの女王様のコスチュームで練り歩いているようなミヤビの状況では、ちっとも嬉しくない仕様であり……

 

「というか、こんな格好で歩き回って、逆に恥ずかしくて仮面が外せないって話が……」

 

 自分は仮面を着けたまま、『謎の勇者ダブルX』としてクリアまでプレイし続けるしか無いのだろうか?

 がっくりと膝をつき、その場にくずおれたミヤビ改めダブルXは、しかし気力を振り絞って顔を上げると叫ぶ!

 

「これは不条理です! 夢であってくださいぃ、この先ずーっと、こんな境遇が続くんですか? 冗談じゃないです! 誰か何とかしてくださーい!!」

 

 その叫びはアリアハンの空へと吸い込まれていくのだった……

 

 

TO BE CONTINUED?




 ダブルXってそっちかよ、というネタでした。
『FINAL FANTASY IV THE AFTER -月の帰還-』登場の特技『コールミークイーン』や、古くはプレイステーションのポリゴン格闘ゲーム『闘神伝』のムチ使いソフィアの必殺技『call me queen!!』などゲーム、サブカルチャー界隈ではムチと女王様ネタが色々と使われていたのですが。
 このネタが広まったのってやっぱり『謎の東洋人X』が大元なのかなぁ、と。
 その辺からもつながっていった改変プレイでした。

> プログラム改造無しに、チートコードの入力のみでここまでキャラ改変できるのか、という驚きと笑いの一発ネタだったが、

 プログラムをいじらないので私のような素人にもできますが、ネット上で見つかるチートコードをまとめているサイトでも『女遊び人(水着)』のグラフィックを表示させる方法は載っていませんし、勇者だけは性格を改変すると会話がバグるので勇者特有のコードを混ぜないといけないとか、一部、独自に研究した部分があります。
 このあたりのコード設定、知りたいって人居ます?
 需要があるなら公開してもいいのですが。

 需要と言えば、このお話自体に需要ってあったのかという、根本的な疑問が……
 いや、よそう。

 ご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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