とある吸血の上条当麻 (Lucas)
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序章
1話 出会い


3月30日・夜

 

 

 

ツンツン頭の少年が上機嫌で街を歩いていた。

 

「今日の上条さんはいつもとは一味違いますのことよ」

 

春休みの真っ最中、しかも中学生から高校生になる直前で、こんな時間帯になるまで遊んでいたのだから、上機嫌なのも当然かも知れないが、彼の場合は少し一般的な事情とは違った。

 

「今日は財布も落とさなかったし、犬の尻尾も踏まなかったし、スキルアウトに絡まれることも、スキルアウトに誰かが絡まれてる場面に出くわすこともなかった。1度も不幸に見まわれなかったなんて、今日は上条さんにとって記念すべき日ですのことよ」

 

普通、財布を落とすのも、犬の尻尾を踏むのも、スキルアウトに絡まれるのも、そうそうある出来事ではないはずなのだが、この少年こと上条当麻にとって、それらは日常だった。

 

悲しいかな“不幸”は彼の代名詞とまで呼べそうなほどで、切っても切れない縁があるのだ。当人にとっては要らないどころか、願い下げな縁ではあるが。

 

そして、それらの不幸に見まわれることもなく、上条は今日という日を無事に終えようとしていた。

 

 

しかし、上条は忘れていた。

こういう日に限って、いつもよりも大きな“不幸”が現れるということを。

 

 

 

「お姉さん、綺麗だね」

 

「俺たちと一緒に遊ばない?」

 

 

上条が歩いていると、路地裏の方から柄の悪そうな男の声が聞こえてきた。

 

覗いてみれば案の定、1人の女性がスキルアウトと思しき男たちに囲まれていた。

 

「ハァ…不幸だ…」

 

お決まりの台詞を吐きつつも、上条は彼らに爪先を向ける。

 

なんだかんだ言っても、困っている人をほったらかしには出来ない性格なのだ。

 

(ん~、外人さん…なのか?)

 

上条は歩を進めながら考える。

 

上条が見つめる渦中の女性。

髪の毛と両の瞳は眩い金色で、肌は透き通るほどに真っ白だ。

おそらく…というか、ほぼ間違いなく外国人だろう。

 

年齢はおそらく20代半ば、何を思ったのか、こんな路地裏には似つかわしくない真っ赤なドレスに身を包んでいる。

 

(スキルアウトは…1、2、3…4人か…)

 

正面から戦いを挑めば、十中八九返り討ちだ。

加勢を期待しようにも、場所の所為か時間帯の所為か、人っ子一人見当たらない。

更に、路地裏は入り組んでいて見通しが利かないため、奥からスキルアウトの仲間が出てくる可能性すらある。

 

(殴り合いはやめといた方がいいな)

 

そう結論づけた上条は、とある作戦を携えて、スタスタと女性の方へ向かっていった。

 

 

 

(ハァ…めんどくさいな…)

 

一方、絡まれている女性の方は、焦る様子も緊張する様子もなく、ただただスキルアウトたちの言うに任せて立っていた。

 

「ねえ、お姉さん」

 

「聞こえてる?ていうか、通じてる?」

 

「日本語わかんないの?」

 

「Can you hear me?」

 

「それおかしいだろ」

 

「ハハハハッ」

 

もちろん、わかった上で無視を決め込んでいるのだが、頭の鈍いスキルアウトたちに、そんな彼女の考えを理解しろと言う方が無茶というものである。

 

(もう、手っ取り早くやっちまおうかな…)

 

イライラしてきた彼女はそんなことを考える。

 

(ったく、アレイスターの奴め。あんな野郎の口車に乗って、こんなとこまで来るんじゃなかったか…)

 

「ハァ…」

 

嘆息した彼女は、ゆっくりと手をスキルアウトたちの方へ向ける。

 

(殺さない程度に…。全治1ヶ月くらいになるように…)

 

物騒なことを思い描きつつ、スキルアウトたちを撃退しようとした時、彼女のことを呼ぶ声がした。

 

「こんなところにいたんですか。探しましたよ、お姉さん。もう、はぐれないで下さいね」

 

気さくに手を振りながら、彼女の方へとやってくる少年。

黒くツンツンと立った髪の毛が特徴的だ。

 

「さあ、行きましょう」

 

少年は女性に手を伸ばす。

 

しかし…。

 

「誰かな?君は」

 

彼女はそんな少年に見覚えはなかった。

 

 

(ああ!チクショー!わかってましたけどね!一瞬、このまま成功するかとは思いましたけど、不幸な上条さんにそんなラッキーが巡ってくる訳ないですよね!)

 

彼女を連れ出そうとした少年・上条当麻は頭を抱える。

 

知り合いのふりして、女性を自然な流れで連れ出そう。

それこそが彼の作戦だったのだ。

 

しかし、空気を読まない女性の一言で、その作戦は水泡に帰した。

尤も、いきなり見ず知らずの男に知り合い面されても、対応できる女性など、まずはいないだろうが。

 

 

「ちょっと~!話あわせて下さいよ。ここから連れ出す作戦が台無しじゃないですか」

 

取りあえず女性に文句を垂れる上条。

 

「ああ、そうか。君は私を助けようとしてくれたのか。それはすまなかったね」

 

「今更、気づいても手遅れですのことよ。ハァ…不幸だ…」

 

しかし、彼女と言い合ったところで状況が好転するはずもない。

 

「おい!誰だ?テメエ」

 

スキルアウトたちが一斉に上条を睨み付ける。

 

(ヤバいヤバいヤバい)

 

このままでは、上条はボコボコにされた挙げ句、4月1日の朝をいつもの病院のベッドの上で迎えることとなるだろう。

 

 

どうでもいいが、病院に“いつもの”などという修飾語が付いていることからも、上条の不幸さがわかって泣けてくる。

 

 

(こうなったら…)

 

そこで、上条は最後の策に打って出る。

 

「失礼しましたー!」

 

上条は右手で女性を掴むと、脱兎のごとく駆け出した。

 

左手を掴まれ、引っ張られる形となった女性は、一瞬だけキョトンとした表情を浮かべた後、面白そうに上条と共に走り出した。

 

後には、呆然として立ち尽くすスキルアウトだけが残される。

 

 

「おい!追うぞ!」

 

数秒遅れて、我に返った1人が口を開く。

 

「お、おおー!」

 

他の3人も彼に和し、逃げた男女の追跡を開始した。

 

 

しかし走り出してすぐに、彼らのうちの1人がとある少年とぶつかってしまった。

 

「うおッ!」

 

突き飛ばされたかのように、身体が真後ろに飛ぶ。

 

「何すんだ!テメエ!」

 

後続が、ぶつかられた少年にガンを飛ばす。

 

「あァ?」

 

対して、少年はさほど感情の籠もっていない声で返した。

 

「ぶつかって来たのはそっちだろォがよ」

 

「知るかよ!こっちは今、虫の居所が悪いんだ!」

 

「はァ?八つ当たりじゃねェかよ」

 

「うるせえ!」

 

3人同時に少年に襲いかかる。

 

 

しかし、相手が悪すぎた。

 

 

「ギャァァァァァァ!」

 

数秒後、スキルアウトたちの断末魔が路地裏にこだました。

 

 

 

数分後

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ…」

 

上条当麻は両手を膝につけながら呼吸を整えようとしていた。

 

「どうやら、もう追っては来ないようだね」

 

対して、女性の方は息を切らすどころか、汗もかいていなかった。

 

「そうみたい…ハァ…ですね…ハァ…」

 

息を切らしながら受け答えする上条を、面白いものを見つけたような顔で女性は見つめる。

 

そして、上条の息が整ってきた頃を見計らって話し掛けた。

 

「それにしても、不良に絡まれていた、見ず知らずの私を助けるなんて、最近じゃ珍しい好青年だね。実に勇気がある。ありがとう」

 

「いやいや、当然のことですよ」

 

「そうかな?なかなか出来ることじゃないと思うよ。ひょっとして、いざとなったら超能力を使うつもりだったとか?自分の力に自信があったから不良を恐れなかったのかい?」

 

「いえいえ、まさか。上条さんは、“無能力者(LEVEL0)”ですのことよ」

 

「えっ?」

 

そこで彼女は驚いたような声を発した。

 

(じゃあ、さっきの感覚は何だっていうんだ?コイツの右手で触られた途端に魔力が練れなく…)

 

「あの~。どうして、そんな難しい顔をしてらっしゃるのでせうか?」

 

彼女が悩んでいると、その表情を見た上条が心配げに話し掛けてきた。

 

(おっと、顔に出ちゃってたか…)

 

「いや、すまない。少し考え事をしていただけだよ。ところで無能力者というのは本当なのかい?さっき右手で触られた時に妙な感覚がしたのだけれど」

 

気になって仕方がない彼女は探りを入れるように言葉を紡ぐ。

 

「ああ…。ひょっとして、お姉さんって能力者だったんですか?」

 

「うん、そうだよ」

 

話の続きを聞けそうだから、嘘をつく。

 

(まあ、超能力も魔法も似たようなもんだろ)

 

「それなら多分、俺の右手の力の所為だと思いますよ」

 

「右手の力?でもさっき無能力者と…」

 

「嘘じゃないですよ。何回、検査しても結果はLEVEL0。でも、俺の右手には生まれつき、“どんな異能の力でも打ち消す力”があるんです」

 

「異能を打ち消す!?」

 

女性が目を見開いて聞き返す。

 

「ええ」

 

「信じられないな…」

 

「本当なんですがね…」

 

「では、ちょっと試してみてもいいかな?」

 

「試す?」

 

「簡単だよ。右手を前に出してくれ」

 

「こうでせうか?」

 

上条が言われた通りに右手を上げる。

 

「そうそう」

 

パキーンッ!

 

女性が声を発した次の瞬間、ガラスの割れるような音が辺りに響いた。

 

「うぉ!?」

 

上条が驚いたように1歩後ずさる。

 

「ほ~。すごいな、これ…」

 

女性の方は面白そうな表情こそ浮かべているが、驚いたような様子はない。

 

「お姉さんが何かしたのでせうか?」

 

「うん、そうだよ。君の言うところの“異能の力”をぶつけてみたんだ」

 

「ああ、“試す”ってそういう意味でしたか。いきなりだったからビックリしましたよ」

 

「ハハハ、すまなかったね」

 

女性は笑いながら上条に謝る。

 

「しかし、漸くこれで得心いったよ。こんなすごい力があれば、不良4人くらいは恐るるに足らないという訳か」

 

フゥと嘆息するように、つまらなそうに女性は上条に言う。

 

しかし、上条はそれを否定した。

 

「いやいや、俺の右手は異能を消すだけだから、LEVEL0のスキルアウトたちには効果ないんですよ」

 

「あっ…」

 

女性はハッとしたような声をあげる。

 

「確かにそれもそうだね。じゃあ、何故私を助けに来たんだい?」

 

「だから言ったじゃないですか。困ってる人を助けるのは当然のことだって」

 

「ふぅ~ん。まるで、どこかのヒーローみたいなことを言うんだね」

 

「いやいや、俺はヒーローなんかじゃないですよ。困ってる人がいたらから、勝手に助けたいと思って、勝手に助けただけなんです。だから、お礼なんて要りませんし、ましてやヒーローになんてなれませんよ。自分のやりたいことを、やりたいようにやっただけなんだから。俺はヒーローなんかじゃなくて“偽善使い(フォックスワード)”なんですよ」

 

「“偽善使い”ねえ…。フフフフフフフフフハハハハハハハハハ…」

 

女性が突然狂ったように笑い出した。

 

(能力があったから来た訳でもなければ、ヒーロー気取りの馬鹿でもないってか。いいね、いいね、最高だよ。“偽善使い”に、“神殺しの右腕”か。コイツだよ、私が探してたのはこういう奴だ)

 

(え、ええっ?上条さんが何か変なことを言ったでせうか?“偽善使い”って、そんな大笑いするほどのことですか?ちょっと中二っぽかったでせうか?)

 

「なあ、君の名前は?」

 

突然、哄笑を消した女性が上条に問い掛ける。

 

「名前?」

 

「そう、名前だよ。君の名前を教えてくれ」

 

「上条です。上条当麻」

 

「そうか。上条…神浄討魔か…。やっぱり君は面白いな」

 

「はい?」

 

頭に疑問符を浮かべる上条を、彼女は返答する替わりに抱き寄せた。

 

「え、ええっ!ちょっと、お姉さん!」

 

上条が顔を赤くして離れようとするのを気にとめる様子もなく、彼女は彼の耳元で囁く。

 

15歳の男子、しかも喧嘩慣れしている上条の腕力を以てしても、彼女を引き剥がすことはかなわなかった。

 

「私の名前はね…、“ミナ=ハーカー”というんだよ」

 

言い終えると、彼女は上条から一瞬だけ身体を離し、彼に向かって笑い掛けた。

 

(綺麗だな…)

 

その笑顔は上条の目を釘付けにしてしまうほどの美しさを放っていた。。

 

「私はずっと君を…君のような人間を探していたんだ」

 

上条が理解できない言葉を必死に咀嚼しようとしているうちに、彼女は再び彼の耳元に顔を近づけてきた。

 

「恨むな、なんて言わないよ」

 

言うが早いか、彼女は上条の首筋に“牙”を突き立てる。

 

「あ、う…、あ…」

 

避けることも叫ぶことも出来ぬまま、上条の意識は闇へと沈んでいった。

 

 

 

この日、かつて世界最強と謳われた吸血鬼がこの世から姿を消し、とある物語のヒーローは辿るはずのなかった運命へと最初の1歩を踏み出した。

 

 

 

「フフッ…」

 

そして、それを見てほくそ笑む人間が1人…。




ミナの設定はあまりブラム・ストーカーに沿ってはいません。名前だけ借りた感じです。
格好は、全盛期の忍ちゃんをイメージして下さい。

感想は良不良どちらでも書いて頂けると嬉しいです。


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2話 夏休み開始

7月19日・夜

 

 

「不幸だー!」

 

いつもの台詞とともに夜の学園都市を走る、ツンツン頭の少年がいた。

というのも、ファミレスで見知った女子中学生と話す柄の悪そうな男たちがいたので助けようと思ったのだが、思った以上に大人数だった男たちを撒くのに苦労しているうちに現在にいたるわけだ。

 

(よ~し。結構人数減ってきたな。あと一息で逃げ切れるか)

 

「ちょろっと~」

 

「ん?」

 

唐突に呼ばれて振り返ると、そこにいたのは追いかけてくる不良ども…ではなく、女子中学生1人だけ。しかも前髪からビリビリと紫電を走らせて何だか臨戦態勢っぽい。

 

「あの~、御坂さん。追って来てた連中は?」

 

「焼いといた」

 

恐る恐る問い掛けるも予想通りの言葉をあっさり返された。

上条の努力も水の泡である。

そう彼はこの女子中学生こと御坂美琴を助けようとしていたわけではない。逆だ。不良の方を助けようとしていたのである。

 

「まったく、不良助けるために走り回るとか、熱血教師気取り?」

 

(まあ、全力疾走くらい何㎞したところで疲れないのですが)

 

「不幸だ」

 

「聞けやこら~!!」

 

ビリビリッ!

 

「うぉっ!!」

 

いきなり飛んできた電撃を右手で防ぐ。

 

パキーンッ!

 

「危ねぇだろ!」

 

「どうせアンタには効かないでしょうが!まったく、ホントどうなってんのよ?私の電撃が効かないなんて」

 

「効かないからって会うたびに電撃放ってくるな!もう、いい加減わかっただろ?お前の電撃は俺には効かないって」

 

「…確かにそうね」

 

(おっ!ついに諦めてくれるのか?)

 

「やっぱり全力はマズいって心のどこかでブレーキかけてたのかもしれない」

 

(あれ?)

 

「そうよね。そんなんじゃダメなのよね」

 

(残念でした。上条さんの不幸はバリバリ健在のようです、こんちきしょー!)

 

「こ・れ・が・わ・た・し・の…」

 

「ちょっ、ちょっと!ビリビリ落ち着け!」

 

「…全力だー!!!」

 

「ギャー!!!」

 

 

その日第7学区に雷が落ち、広範囲に渡る停電が発生した。

 

 

 

7月20日

 

 

健全な学生なら誰もが待ちわびる夏休みの初日。

そんなめでたい日の朝…というよりもう昼と呼べる時間帯だが、この物語の主人公・上条当麻はうだるような暑さの中、目を覚ました。

 

「うぅ…。太陽光が眩しい…。溶ける…。浄化される…」

 

普通は歓迎すべき晴天だが彼には例外である。むしろ、じめじめした曇り空の方が肌にあっているのだろう。

 

『お~い。しっかりしろ、当麻』

 

え?誰が喋ってるのかって?

確かにこの部屋にいるのは上条当麻ただ1人。だが明らかに彼の台詞ではない。そもそも音が出ていない。感知できるのは上条と読者のみなさんだけです。

答えは上条の頭の中にいる人だ!

 

『おう。おはよう、ジェーン。真夏の太陽はさすがに身にこたえるな』

 

『そりゃそうだろう。お前だって、れっきとした吸血鬼。マスターほどの大吸血鬼から受け継いだその強力な力がなかったら、その光に身を晒した時点でアウトだ』

 

 

さて、上条がジェーンと呼んだこの女について説明しよう。

彼女は、上条に力を引き渡し(押し付けて)、この世を去った女吸血鬼・ミナ=ハーカーの置き土産であり、使者であり、最後の眷属であり、上条の相談役である。

ミナは上条に力を渡す際に1人分の人格を作り出し、それに幾つかの命令を出した。それがジェーンである。

 

それ以来、ジェーンはずっと上条の中のもう1つの人格として存在している。

 

上条とジェーンは別々の人格であるため、思考や感情が他方に影響することはない。しかし、相手が喜んでいる、怒っている、といった漠然とした心持ちなら感じることができる。

 

上条とジェーンは記憶と知識を共有している。因みに、吸血鬼は血を吸うことで相手の記憶と力を自らのものとする。つまり数百万人もの血を吸ったミナ=ハーカーの莫大な記憶と知識が上条とジェーンの頭の中に詰め込まれているいるのである。これこそ、さっきから上条の携帯に小萌先生からのラブコールが来ない原因である(携帯は踏んでいません)。なんとこの上条の成績は超優秀で、小萌先生と難しい科学の話が出来るほどなのだ。

 

上条とジェーンは声を出さずに会話が出来る。所謂、念話である。上条には理屈はわからないが、やろうと思えば出来る。呼吸の仕組みを知らなくても息ができるのと同じだ。さっきからこれで話している。というより、これ以外に意思疎通の手段はない。

 

 

『つっても、押し付けられただけなんだけどな』

 

『まだ言うのか?お前だってマスターの記憶を持っているんだから、そうした経緯も理由もわかるだろ?と言うか、この話自体もう何回も繰り返しているじゃないか』

 

『そうだな。そしていつも俺は言う。“理由はわかるが、納得は出来ない”と』

 

『やれやれだ』

 

ジェーンの言う「マスター」とは勿論ミナ=ハーカーのことである。

 

どうしても避けては通れないので、今2人も話していた、ミナ=ハーカーの「経緯」と「理由」とは何なのかをここで話しておこう。

 

 

ミナはドラキュラ伯爵に血を吸われ、吸血鬼となった。

吸血鬼の力の強さは主─すなわち、自らの血を吸い吸血鬼とした吸血鬼─の力の強さに従って変わる。

つまり、ドラキュラという強力な吸血鬼によって吸血鬼とされたミナはその瞬間からほとんどの吸血鬼を凌駕する力を持っていた。

そして、力が強くなるに従って強くなるものがある。吸血衝動だ。吸血鬼は人の血を吸うから吸血鬼なのだ。その衝動・欲望には逆らえない。人間が飢餓感に耐えられないように。

この吸血衝動がミナを苦しめた。強力すぎる力を持ったミナは、太陽に身を晒そうと、銀十字で胸を突こうと、首を切り落とそうと、死を迎えることが出来なかった。そして、吸血衝動に逆らえるわけもなく人を襲い続けた。優しい彼女は無関係の人間を襲うよりはましだと考えて、専ら魔術師たちを襲った。自分を殺してくれるかも知れないという儚い願いもあった。

しかし、彼女は強すぎた。どんな魔術師もろくな手傷も負わせられずに散った。

 

そして、彼女は現実を受け入れた。人の血を吸い、闘争の嵐の中を行く、吸血鬼としての現実を。そうして幾年もの時が流れた。

 

そんなある日、彼女はそれまで感じたことのない不思議な感覚を味わった。ずっとのしかかっていた重荷を肩からおろしたような、そんな感覚を。

そのすぐ後、彼女は驚くべき知らせを耳にする。「吸血鬼ドラキュラが死んだ」

彼女は愕然とした。あの強力な吸血鬼が狩られたという驚くべき出来事と、主の加護を無くしたことにさえ気付かないほどに自分が多くの血を吸ったということに。

だが、それと同時に僥倖でもあった。「ドラキュラを狩れるほどの人間がいるなら私も死ぬことが出来る」

彼女はそのドラキュラを倒したという魔術結社の情報を集め、彼らのいる土地に駆け付けた。

 

そこで結社の構成員から聞かされた。「自分たちを纏めていたリーダーはドラキュラと相討ちで殺された。彼以外にも戦闘力の高い構成員はほとんど死んだ。彼ら抜きでの我々の力など、そこら辺の魔術師と大差がない。我々ではミナ=ハーカーほどの吸血鬼はもう殺せない」と。

 

彼女は絶望した。

 

そしていつもの食事と同じように、結社の生き残りを食らいつくした。

 

だが、彼女はそんな彼らの知識の中から探り当てた。自分ほどの吸血鬼でも死ねるであろう方法を。

 

その方法こそ、彼女が上条に為したものだ。「吸血鬼としての力を他人に全て明け渡す」

 

しかし、彼女はすぐに死ぬことが出来なかった。やはり優しすぎたのだ。自らの力が及ぼす影響を考えた。核爆弾より余程危険な自らの力について考えてしまった。

その辺の人間に渡そうものなら世界は滅んでしまうだろう。

ただ善良なだけの人間に渡しても御し切れないだろう。自分がこの力を御せたのは、そういう才能があったからだ。その才能に目を付けたからこそドラキュラは彼女の血を吸ったのだ。

 

その日から彼女の旅が始まった。

自分を殺すための旅。

器を見つけるための旅。

 

そうして数十年が経った。

ドラキュラが消えたことで、実質、世界最強の吸血鬼となった彼女だ。初めの頃は各国の腕自慢の吸血鬼狩り(ヴァンパイアハンター)に襲撃された。もちろん、全て殲滅した。

しかし、彼女には目的ができた。故に、儚い願いのために魔術師を襲うことはしなくなった。

また、医学の発達も彼女に恵みをもたらした。輸血パックだ。これがあれば吸血衝動から人を襲う必要がない。生の血より味も質も落ちていて、渇きを満たすには大量に必要だったが、それでも人を殺さずに済む方法だった。

 

そうして、人を襲うことをやめた彼女を誰もが忘れた。

 

科学技術の発達により、かつては光の差さなかった場所にも灯りがともされ、この地上から暗闇が少なくなった。

住処を失った吸血鬼たちは互いに殺し合い急速に数を減らしていった。

太陽光を克服した強力な吸血鬼たちも魔術師に次々と狩られた。

 

こうして吸血鬼が絶滅へと向かう中、彼女はひたすらに器を探し続けた。

他の吸血鬼のことなど知ったことではなかった。別に親しかったわけでもない。

 

そして時計の針は4ヶ月前まで進んだ。

誰もが忘れた彼女を探し出した「人間」がいた。

アレイスター=クロウリー。

学園都市の統括理事長である。

彼は彼女を殺そうとはせず、ただ自分の街に招き入れた。

彼女も「学園都市のように特殊な場所の人間なら或いは」と考え、その招待に応じた。

 

そして、上条当麻と出会った。




禁書目録篇を始めるつもりが、すっかりミナ=ハーカーの昔語りになってしまった。ちょっと触りだけ紹介しようと思っただけだったのに…。

次回はインデックスさん登場します。


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第1章 禁書目録篇
3話 魔導書図書館


『ところで当麻』

 

『ん?』

 

『ベランダに誰かいるぞ』

 

『何だって!?』

 

『いや、気づけよ!吸血鬼なんだから人の気配には敏感はずだぞ?』

 

『あぁ、言われてみればそんな気がしないでもない…かも?』

 

『私が感じていることは、お前も感じるんだから、もっと気を付ければ分かるだろうに…』

 

『さて、じゃあベランダに誰がいるのか確認するとしますか』

 

『流すなよ。っておい!そんな不用心にいきなり開けるな!』

 

ジェーンが心配して止めるのも気にせずにベランダに出る上条。そこには謎の「白いもの」が…。

 

『あれ?俺、布団干してたっけ?』

 

『いや。あれは…』

 

白いものをよく見てると、どうやら服のようである。それも学園都市ではまず見ることのない修道服。フードの下からは綺麗な銀髪が覗いている。

 

『…人間だぞ』

 

「…ぉ」

 

『あ!起きたみたいだ』

 

「おーい。大丈夫か?」

 

「お腹すいた」

 

「え?」

 

「お腹すいたって言ってるんだよ」

 

「目覚めて第一声がそれかよ!」

 

 

吸血鬼・上条当麻の家にはまともな食糧はないので、取りあえずベランダからやって来たシスターには防災用の乾パンで我慢してもらった。

その際、停電による冷蔵庫の故障で輸血パックのストックが全滅していることを知った上条は「不幸だ」といつも通り呟いた。

 

 

「うぅ~。乾パンだけじゃ物足りないかも」

 

「贅沢言うな」

 

「冷蔵庫には何も入ってないの?」

 

「食える物はな。ところで何でうちのベランダに干されてたんだ?」

 

「干されてたんじゃないよ。落ちたんだよ。ホントは隣の建物に飛び移るつもりだったんだけど失敗しちゃって」

 

「飛び移るって。自殺志願者ですか?」

 

「違うもん!私は神の教えに忠実なシスターだから命を粗末にしたりしないんだよ!」

 

「じゃあ何で?」

 

「仕方なかったんだよ。追われてたからね」

 

「追われてた?誰に?何で?」

 

「魔術結社だよ。名前までは分からないけど。狙いは私が持ってる魔導書だと思う」

 

「魔導書だって?手ぶらに見えるけど?」

 

「ちゃんと持ってるんだよ!10万3000冊の魔導書!」

 

「なんですと!?」

 

『なぁジェーン。10万3000冊って…』

 

『あぁ。私も驚いてるよ。だがアレ以外にはないだろう』

 

『こんな子供に…』

 

「な、なぁ。お前、名前なんていうんだ?」

 

「あっ!そういえばまだ名乗ってなかったね。私の名前はインデックスっていうんだよ」

 

『残念ながらアタリらしいぞ?当麻』

 

「魔法名はDedicatus545。“献身的な子羊は強者の知識を守る”って意味だね」

 

『こいつは禁書目録。10万3000冊の魔導書の知識を全て記憶している、イギリス清教の魔導書図書館だ』

 

『それにしたって何でこんな科学サイドのド真ん中にいるんだ?』

 

「ねぇ、ちょっと」

 

『さっき追われてるって言っていたじゃないか』

 

『魔術結社から逃げるために学園都市に逃げ込んだってことか?』

 

「聞いてるのかな?」

 

『多分そういうことだろ。この街の警備は何だかんだ言ってザルだからな。簡単に入れただろうさ』

 

『でもザル過ぎて追っ手もついて来ちまった、と』

 

「無視はヒドいんだよ!」

 

『だが、イギリス清教と学園都市は同盟関係のハズだ。何故ほったらかしになっているんだ?そこだけが解せない。保護して送り返せば恩を売れるだろうに』

 

『ん~。難しいことは分からないけど、取りあえず助けるっきゃねぇだろ』

 

「ねぇっば!」

 

『またそれか…。お前は人間やめても人助けが好きだな。若干イカレてるとも取れるぞ、ここまで来ると』

 

『俺は偽善使いだからな』

 

「うぅ~。難しい顔して黙ったまま、完全無視なんだよ。こうなったら…」

 

『相手は教会の人間だから吸血鬼だとバレないように気をつけろよ』

 

『分かってるって』

 

ガブッ!

 

「ギャー!痛い痛い痛い!」

 

「ようやく反応したんだよ!まったく、目の前にいる人を無視なんてヒドいんだよ!」

 

インデックスに頭を噛まれた上条は叫びながらも、必死に彼女を押しのけた、右手で。

 

パーンッ!

 

「「『えっ?』」」

 

あまりのことに3人同時にマヌケな声をあげてしまう(1人は声出てないけど)。

インデックスの修道服が吹き飛んだのだ。下着を着けていないため全身が露わになる。

みるみるうちにインデックスの顔が羞恥で赤く染まっていく。

 

「あ~、ええっと…」

 

「見ないでー!」

 

ガブッ!

 

再び上条の頭に噛みつくインデックス。

 

「不幸だー!」

 

 

数分後

 

 

「出来たー」

 

布団を被って修道服をどうにか繕おうとあくせくやっていたインデックスだったが、どうやら何とかなったらしく声をあげた。

 

が、

 

「着るの?そのアイアンメイデン」

 

バラバラの修道服を安全ピンで留めただけという斬新なスタイルになってしまっている。

 

「まぁ、そんなことはさて置いてな、インd…」

 

「そんなこと!?私のこと裸にしておいて“そんなこと”で済ますつもりなのかな?とうま」

 

「うっ…」

 

どうにか話題を逸らそうとする上条だったが失敗だったらしい。

 

「悪かったよ。でもしょうがないだろ?破けちまったもんはさ。まさかそれが霊装だなんて思わなかったんだよ。言ってくれたら俺も触らないように気を付けたけどさ」

 

「それはつまり、私の所為だと言いたいのかな?とうまは。いくら不思議な力が右手に備わってるからって許されることじゃないんだよ」

 

「違う違う!そんなつもりはなかったんだ。ただ、修道服のことより、これからどうするか考えた方がいいんじゃないかって思っただけだ。追われてるんだろ?」

 

「う~ん。それは確かに正論かも」

 

「だろ!そこでだ。俺はこれから病院に行かなきゃいけないんだ。お前、ここで大人しく待ってられるか?」

 

因みに病院に行く目的は血液の確保である。このまま血を飲まなかったらインデックスを襲いかねないからだ。

 

「ううん。いいよ。すぐに出て行くから」

 

「それはダメだ。また襲われたらどうすんだよ?」

 

「教会に行けば保護してもらえると思うから大丈夫だよ。それに、ここにいたら迷惑かけちゃうし、この修道服の魔力で探査魔術を掛けてるみたいだから」

 

「それなら尚更ここにいろよ。危ないじゃねぇか」

 

「じゃあ私と一緒に地獄の底までついて来てくれる?」

 

インデックスは上条を見つめながら笑顔でそう言った。

普通なら迷うところであろうが吸血鬼・上条当麻は迷わない。

 

「あぁ!ついて行ってやるよ。地獄の底でも神の国でも、お前を守ってやるよ」

 

(こんなことを今さっき出会った相手に言ってしまえるって、一体こいつの頭はどうなってんだ?というか、この台詞プロポーズみたいだな。また、フラグ立てるつもりかよ、天然ジゴロめ)

 

何やらジェーンが物言いたそうだが、上条はまったく気付いていない。

 

「ホントに?」

 

「あぁ」

 

「ホントにホントに?」

 

「あぁ、ホントにホントだ」

 

「ふっ…」

 

「ふ?」

 

「ふえーん!」

 

突然インデックスは上条の胸に飛び込んで泣き出した。

 

「えぇっ!何故泣くのでせう?上条さんが何か言ってはいけないことを言いましたか?」

 

(何でこんな鈍感野郎にどいつもこいつも惚れるんだろう?まったく、少しは女心をわかるようになれよ、いい加減に!)

 

またジェーンが黒いことを考えているが…あれ?ちょっと嫉妬混ざってない?これ。

 

「違うもん。嬉しいんだもん」

 

見知らぬ敵にずっと追い回され、ボロボロになっていた心に上条の優しさが響いたのだろう。

その後しばらく上条の部屋からは幼女の泣き声が聞こえていた。

このことがまた、あらぬ誤解を生むことになるのだが、それはまた違うお話である。

 

ビクッ!

 

「い、今なにか不幸な出来事が起こるような予感が…」

 

 

約30分後

 

 

現在、上条は学生寮へ向けて走っている。

 

 

あの後、決して部屋から出ないようにとインデックスに言いつけて病院へ向かった。

 

ぶっちゃけ限界が近かった。

真夏の太陽で体力の消耗がいつもより激しく、何より目の前には幼気な少女である。

吸血衝動をどうにか抑え込んでいたが、あれ以上インデックスと2人きりの状況が続いたらマズいことになっていたかも知れない。

追われているインデックスを1人で部屋に残してきたのは、そういうワケだ。

 

カエル顔の医者から輸血パックを貰い、早速牙を突き立てて1パック空にした。

そして、当面の分のストックと冷却用のクーラーボックスを受け取った。

やけに準備がいいと思えば、停電があったのでこうなるかも知れないと思ってあらかじめ用意していたらしい。

 

 

こうして現在にいたる。

 

すると、もう少しで学生寮に到着するというところで怪しい人物を発見した。

真っ黒の神父服に身を包んだ、身長2mほどの男。肩まで伸びた真っ赤な髪、右目の下にはバーコードのような刺青、十指全てにゴテゴテした指輪をはめ、耳には大量のピアスがつけられている。近づくと香水の匂いまでした。

 

この男を怪しいと言わずして何と言う。

 

上条は確信した。この男は魔術師だ。

そして、学園都市には何人もいないであろう魔術師が偶然、インデックスがいる場所の近くにいることなどまず有り得ない。

 

(こいつがインデックスの追っ手か…)

 

上条は肩から提げたクーラーボックスを道の端に置き、怪しい男に近づいていった。

 

「おい!お前!」

 

「ん?何かな?こう見えても僕は忙しくてね。君のような学生の相手をしている暇はないんだよ」

 

「インデックスを狙っているのはお前か?」

 

「ッ!そうか!アレが何故、学生寮なんかにいるのかと不思議に思ってたんだよ。君が匿っていたのか」

 

「その言葉は肯定と取るぜ、魔術師」

 

「ほう。こちら側のことを知っているのか。アレから聞いたんだな。残念だよ。これで君も殺さないといけなくなった。それさえなければ生かしておいてあげても良かったんだけどね」

 

「ごちゃごちゃうるせぇよ!取りあえず、お前なんかにはインデックスは渡さない」

 

上条の言葉に対して、ふっと小さな嘲笑で返したあと、男は唐突に告げた。

 

「ステイル=マグヌス、と名乗りたいところだけど、ここはFortis931と言っておこうか」

 

「魔法名か…」

 

「そう。よく知っているね。でも、本来の意味とは少し違う。僕にとってこれは“殺し名”かな」

 

そう言ったステイルは間髪入れずに魔術を発動させる。

 

「炎よ、巨人に苦痛の贈り物を!」

 

ステイルの手から生まれた炎剣が上条の体に襲いかかる。

 

 

パキーンッ!

 

乾いた音が鳴ったかと思うと、跡形もなく炎剣は消え去った。

 

「何!?」

 

ステイルの顔に動揺の色が浮かぶ。

 

「ぬるすぎるぞ!魔術師!」

 

上条は手を止めたステイルに一直線で迫る。

我に返ったステイルは、手持ちのルーンのカードを辺り一面にバラ撒き、早口で詠唱を開始する。

 

「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ。それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。その名は炎、その役は剣。顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ!」

 

撒かれたカードの上から炎の巨人が出現する。

 

「魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 

どうにか間に合ったとはいえ、仕込みが充分ではなかったためか、3000℃には達していない、不完全なものである。

しかし、それでも人を焼き殺すには充分であった。

充分なハズだった。

 

パキーンッ!

 

突っ込んで来た上条が右手を振るい、魔女狩りの王を消す。

 

しかし、一瞬で復活した。

一端立ち止まり、魔女狩りの王を見据える上条。

再び右手で消すが、またもや復活する。

 

その様子を見ていたステイルは効果があったと見て、やや余裕を取り戻した。

ところが、それは長く続かなかった。

 

「カードの方を潰さないとダメみたいだな、こいつは。でもそれより、術者を仕留めた方が早いか」

 

上条はそう呟くと、なんと、跳躍して魔女狩りの王を楽々と跳び越えてステイルの目の前に着地した。

人間の身長を上回る魔女狩りの王を助走もろくにしないで跳び越えたのだ。

これを見たステイルは慌てて後ずさるが遅すぎた。

 

「お前がこれ以上インデックスを傷つけようっていうんなら、まずは、そのふざけた幻想をぶち殺す!」

 

上条の右ストレートがステイルの顔面に突き刺さり、そのまま意識を刈り取った。

 

 

この時、ステイルがもう少し冷静だったなら気付いたかも知れない。

 

上条の瞳が赤く輝いていたことに。




はい!
インデックスとの出会いからステイル戦まで書くことが出来ました。
戦闘シーンの描写がつたないのはご容赦下さい。


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4話 聖人

7月20日・夜

 

 

上条とインデックスはファミレスにいた。

 

ニコニコと嬉しそうなインデックス。

涙目で「不幸だ」と呟く上条。

苦笑いの店員。

そして、有り得ないほど長いレシート。

 

どういう状況かは言わずもがなだろう。

 

 

その帰り道

 

 

「うっぷ。さすがにお腹いっぱいかも」

 

「そのおかげで上条さんの財布に暮らしてらした諭吉さんがお引っ越しされたんだけどな。不幸だ…」

 

『おい、当麻。あれで良かったのか?』

 

『あぁ、ジェーンか。良かったも何も、奢ってやると言った手前、もう食べるなと言えないだろ』

 

『そっちじゃなくて、あのステイルとかいう魔術師の方だよ。お前、気絶させただけでそのまま放置してきたじゃないか。案の定、ファミレスに行く前に見た時は、逃げたのか回収されたのかして、もういなかった』

 

『殺すつもりはなかったからな。あれ以外にやりようがないだろ?』

 

『そこだよ。なんで殺さなかった?インデックスを守るんなら殺した方が良かっただろ』

 

『そんなことしたらステイルが不幸になるじゃないか。俺はヒーローじゃないんだよ。それに悪役だって、いつまでも悪役でいなきゃいけない理由もないだろ?』

 

『どうせ、そんなことを言うんだろうとは思ってたがな。まぁ、お前がいいと言うんだからいいだろう。ただ、魔法名を名乗った相手に手を抜いて戦うってのはどうなんだ?』

 

『俺は善人でもないからな』

 

『それも言うと思ってたよ。じゃあ、次の質問だ。インデックスに追っ手と戦ったことを教えないのか?』

 

『あぁ、教えない。心配させたくないからな』

 

『ったく』

 

(お前は充分にヒーローで善人だよ、当麻)

 

最後の思いを口に出すようなことはしないジェーンであった。

 

 

 

同時刻

 

窓のないビル

 

 

文字通りこのビルには窓も扉もない。大能力者(LEVEL4)相当の空間移動能力者(テレポーター)がいなければ出入りすることもできない史上最硬の要塞だ。

 

そんなビルの中に、赤い液体で満たされた巨大な円筒器があった。

 

その中に浮かぶ、緑色の手術衣姿の人影。

 

それは「人間」としか表現しようのないものだった。

 

男のようにも女のようにも見える。

大人にも子供にも見える。

囚人にも聖人にも見える。

「人間」として全ての可能性を手に入れたのか、それとも全ての可能性を捨て去ったのか。

どちらにせよ「人間」という言葉以上に彼─ということに取りあえずはしておこうか─を表現するのに相応しい言葉はないだろう。

 

そんな彼は顔に微笑を浮かべながら愉快そうに、誰にともなく─というより誰もいない─話し始めた。

 

「やはりステイル=マグヌスごときでは太刀打ち出来ないか。予想通りだ。仮に吸血鬼としての力がなくとも“幻想殺し(イマジンブレイカー)”があれば充分に勝てただろう。だが、本番はここからだ。次の相手は東洋の聖人。さあ。吸血鬼としての本領を見せてもらおうか、上条当麻」

 

 

 

これまた同時刻

 

学園都市内のどこか

 

 

「うっ…」

 

苦しそうな呻き声と共に、ルーンの魔術師・ステイル=マグヌスは目を覚ました。

 

「起きましたか、ステイル」

 

声のする方を見ると、彼の同僚がいた。

長い髪をポニーテールに括り、Tシャツに片方の裾を根元までぶった切ったジーンズ、腰には愛刀・七天七刀という奇抜な格好の日本人女性─

 

「神裂か…」

 

─東洋の聖人こと神裂火織だ。

 

「ええ。倒れていたところを回収しました。負傷は左頬に痣がある程度でしたが、一応、回復魔術を施しておきました。一体、誰にやられたのですか?あなたほどの魔術師が」

 

「さあね?普通の学生にしか見えなかったんだけど、僕の炎剣をかき消して、助走なしで5mほどの高さまで跳びあがる、なんてとんでもない曲芸を披露してくれたよ。あれが能力者ってやつなのかな」

 

「超能力は1人につき1つしかないという話でしたが…。まあ、いいでしょう。それより、何故この街の学生と交戦するような事態になったのですか?」

 

「単純な話だ。そいつが、今インデックスを匿ってるんだよ。つまり、少し前の僕たちと同じ立場というわけさ」

 

「そういうことでしたか…。しかし、我々には、もうあまり時間がありません」

 

「君が出る、ということかい?それは」

 

「ええ。念のため、何者なのか調べてから行くつもりですが」

 

 

こうして夜は更けていく。

 

 

 

7月21日・夜

 

 

昨日、ステイルという魔術師と交戦した上条は、報復があると考えて1日中警戒していたが、結局なにもないままに、また1日が過ぎようとしている。

 

『今日は来ねぇのかな?魔術師』

 

『そうとも限らない。彼らも私たちと同様、闇の住人なんだ。本格的に動き出すのは夜中からだよ』

 

『何にしろ、来るなら来るで早くしてほしいもんだ』

 

『ん?別にお前が焦る理由もないだろ?こっちはイギリス清教が迎えを寄越すまでインデックスを渡さなければいいだけなんだから』

 

『確かにそうなんだけどな。それにどっちかって言えば、俺が待ってるのもそれだ。でも、今のところは全然来ないだろ?とにかく、俺は早く片を付けたいんだよ』

 

『だから一体何を焦ってるんだ?』

 

『このままインデックスを置いといたら、食費の所為で上条さんは破産なんですよ!』

 

『そんな理由か…』

 

『“そんな理由”だと!?貧乏学生の上条さんにとってこれがどれほど大変なことなのか、ずっと一緒にいるんだからわかるだろ!』

 

『はいはいそうですね』

 

『流された!?』

 

緊張感のかけらもなく頭の中で漫才を繰り広げる上条とジェーンであった。

因みに、今インデックスは風呂に入っているところであり、部屋の中にはいない。

 

そんな時、吸血鬼としての本能がこの学生寮で起こる異変を感じとった。

 

『人の気配がなくなってる?』

 

『どうやら人払いの結界が張られたらしいな。つまり…』

 

『お出ましってことか』

 

そう結論付けた上条は、インデックスに気付かれないように外に出る。

もし、ステイルが来た場合、室内戦では大惨事確定だからだ。主に上条の部屋の家具家電が…。

もし、まだ見ぬ2人目が来るとしてもステイル並みの力があると考えた方がいいので、とにかく戦闘は屋外で、それもインデックスから遠すぎない場所で、というのが上条とジェーンが話しあった結果出した結論である。

そして、上条は寮から少し離れた、それでいてインデックスの気配を感じられる位置の、開けた場所に出た。

 

 

(調べた結果、彼は無能力者ということでしたが、一体どういうことなのでしょう?)

 

そんな上条の様子を、8.0の視力を使って遠方から見る神裂は悩んでいた。

 

(意図的に情報が隠されているということでしょうか?)

 

今日の朝、ステイルを倒したという学生について知るために資料を取り寄せた。

資料が届いたのは昼だったのだが、その内容にはステイル共々驚かされた。

 

 

上条当麻 男子 高校一年生

能力:“LEVEL0”

 

 

何の能力も持たない一般学生が魔術師、それもステイルほどの実力者を倒したという話を、そのまま鵜呑みにする方がどうかしている。

おそらくは何かしらの事情で隠蔽されているのだろうが、だからと言って自力で調べるような時間はない。

 

そうして、疑問を残したまま現在に至るわけである。

 

(開けた場所でじっとしているということは、やはりこちらの動きに気付いたと考えるべきなのでしょうね。しかし、目的はあくまでインデックスの“保護”です。取りあえず話し合い、それでわかる相手ならば良し。戦うのはそれが失敗してからです。では、そろそろ行きますか)

 

 

上条はしばらくじっと待っていたが、こちらに向かってくる人影に気付いた。

 

「あんた、ステイルの仲間か?」

 

「はい。神裂火織と申します」

 

「俺は上条当麻だ」

 

「ええ、知っていますよ。神浄の討魔。良い真名ですね」

 

「そりゃ、どうも」

 

『「知っていますよ」か…。俺のこと調べてきたってことかな』

 

『だろうな。今日1日動きがなかったのはそういうわけだろう。だが問題ないだろう。お前のことを書庫(バンク)とかのデータで見たところで意味がない』

 

「率直に言います。魔法名を名乗る前に彼女を保護したいのですが」

 

「彼女ってのはインデックスのことだよな?」

 

「勿論そうです」

 

「“保護”ねぇ。あんたの仲間は端っから喧嘩腰だったけどな」

 

「それについては彼の落ち度だったと言えるでしょう。しかし、こちらにも事情があったとだけは言っておきます」

 

「そうかよ。でもなぁ、女の子1人を寄ってたかって追い回すような連中にインデックスを渡すつもりはないぞ」

 

上条は右足を半歩下げ、腰を落として構えをとる。

 

「そうですか。仕方ありませんね。それならばこちらも相応の態度で応じるとしましょう」

 

そう言うと神裂は七天七刀に手を掛ける。

 

「魔法名を名乗る前に彼女を保護したいのですが」

 

瞬間、まったく同時に7本の斬撃が上条に襲いかかる…が、まわりの地面を切り裂いただけで上条には当たらない。

 

「すげぇな。刀抜いたところが見えなかったぞ」

 

「私の七天七刀が織り成す七閃の斬撃速度は一瞬と呼ばれる時間に七度殺すレベルです。普通の人間には見えなくて当然です。しかし、当てるつもりがないと察知して回避も防御もしなかったあなたには少々驚きました」

 

「“普通の人間”ねぇ…」

 

「もう一度問います。魔法名を名乗る前に彼女を保護したいのですが。あぁ、今度は当てますよ」

 

再び上条に七閃の斬撃が迫る。

 

まず回避不可能の攻撃だ。調整しているので少し血が出る程度で済むだろうが、それでも確実に当たるだろう。

神裂はそう思っていた。しかし、それは大きな誤りであった。

 

上条は彼女の言う“普通の人間”とは大いに異なるものであることを彼女はこれから思い知らされる。

 

「よっと」

 

「なっ!?」

 

上条は軽くステップを踏むようにして動いて、七閃を全てかわしてみせた。

いや、それだけではなかった。

 

「速すぎて見えない居合い抜きに見せかけて、本当は7本のワイヤーによる同時攻撃か」

 

そう言う上条の左手から血が滴っている。攻撃を受けたのではない。では何故か?

 

「素手でワイヤーを掴んだ!?」

 

そう。回避したのち、左手で1本掴んでみせたのだ。

 

「子供騙しだな、神裂よぉ」

 

「くっ…」

 

「今度はこっちから行くぜ!」

 

言うと同時に上条は神裂目掛けて飛び込んだ。

しかし、聖人・神裂火織にしてみれば欠伸が出る速度だった…が。

 

「ぐはっ…」

 

上条の拳が神裂をとらえた。

 

(加速した!?)

 

神裂は突っ込んで来た上条を余裕をもって避けたのだが、その瞬間、上条は加速して神裂に殴りかかったのだ。

それも、神裂がかわせないほどにまで加速して。

 

「俺のこと甘く見すぎだ」

 

「どうやら、そのようですね」

 

(出来れば名乗りたくはありませんでしたが…)

 

「Salvare000─救われぬ者に救いの手を─!」

 

「ようやく本気か。いいぜ、かかって来いよ」

 

「もう、どうなっても知りませんよ。魔法名を名乗ったからには全力でやらせて頂きます。…七閃!」

 

三度、上条はワイヤーに襲われるが、全てくぐり抜け神裂に向かう。武器を持たず、魔術も使えない上条は、とにかく相手に近づかないと勝ち目がない。

 

しかし、神裂も馬鹿ではなかった、効かないとわかっている攻撃を考えなしに出すほどには。

 

「唯閃!」

 

今度こそ本当に刀を抜いて斬りかかる。

しかも唯閃は、神裂の聖人としての究極の技だ。速度・威力とも申し分ないどころか、人間相手にはお釣りがくる、“神を裂く”ほどの攻撃だ。

そして、七閃をかわさせることで敵を確実に仕留めるというのが七天七刀の真髄である。

 

だが、今度こそ神裂は驚愕した。

 

上条は横一文字の斬撃をブリッジする要領でかわし、足で七天七刀の刀身を蹴り上げた。そして、そのまま後方に一回転して体勢を立て直し、がら空きになっている神裂の腹に拳を突き刺した。

 

明らかに人間の動きではない。それどころか聖人の中でも今の動きができる者は何人いるだろうか。

 

神裂は取りあえず上条から距離をとるため後ろに大きく跳んだ。

 

「神裂、お前ひょっとして聖人なのか?」

 

上条は追いかけるかわりに問い掛ける。

 

「そんなことまで知っていましたか…。その通りです。私は世界に20人といない聖人のうちの1人です。それ故に戦闘能力は人間の比ではないはずなのですが、あなたは何者なのですか?」

 

神裂も上条に対して最大の疑問を投げかける。

だが、上条が真面目に答えるはずもない。

 

「ただの不幸な男子高校生だよ」

 

「答える気はないようですね」

 

「まあな。そんなことより、お前はどうするんだ?もう勝負は見えただろ?」

 

上条は「手を引け」と言外に示す。

しかし、神裂には譲れない理由があった。

 

「私は、こんなところで負けるわけにはいかないのです」

 

そう言って七天七刀を振るい、上条に迫った。

 

 

その後の展開は言うまでもないだろう。

 

最終的に神裂は倒れ、上条は無傷に等しい状態だった。




神裂戦終了です。上条さんの戦闘力上がってるので原作とは真逆の展開です。

どうでもいいですが、ストライク・ザ・ブラッドの古城と上条って似てる気がする。
これって俺だけ?


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5話 竜王の殺息

7月21日・夜

 

 

上条は足元に倒れている女性を見下ろしていた。

先程まで自分と交戦─と言うにはあまりに一方的であったが─していた聖人・神裂火織を。

 

『まさか、聖人なんてもんまで出てくるとはな』

 

『別に意外でもないだろ。イギリス清教に喧嘩売ろうって奴らなんだからな』

 

『それもそうか。にしても案外あっさり勝てたな』

 

『当たり前だ。お前の力は、かのミナ=ハーカーと同じなんだからな。それにマスターが血を吸った魔術師の中には聖人だっていたしな』

 

『つくづく自分が人間じゃなくなったんだって思い知らされるよ。ところでジェーン』

 

『なんだ?』

 

『お前、こいつが私利私欲でインデックスみたいな小さい女の子を追い回すような奴に見えるか?』

 

『見えないな、確かに。それに無理やり戦わされてるようでもなかった。つまり…』

 

『何かあるってことだよな。俺たちが思ってなかったような何かが』

 

『かもしてないな。だが、だからってどうするつもりだ?この女が何を考えてるのかなんて、わからないだろ』

 

『いや、わかる。あるだろ?1つだけ。魔術も超能力も使えない俺にも、相手の心を覗く方法が』

 

『まさかお前、この女を吸うつもりか?とうとう、生き血を吸うのか?マスターから力を継いで以来4ヶ月間、輸血用の血液しか飲まなかったお前が?自分のやりたいことだと嘯いて、人間をやめても人助けはやめなかった、偽善使いの上条当麻が?こんなところでいきなり自分の眷族をつくろうってのか?どういう風の吹き回しだよ?そいつは』

 

『そんな大袈裟に言うな。ちょっと傷口舐めるだけだ。眷族なんかつくらねぇよ』

 

『なんだよ。拍子抜けだな』

 

『お前が1人で盛り上がってただけだけどな』

 

そう言ってジェーンとの念話にけりを付けた上条は、気を失っている神裂の手から七天七刀を奪った。

神裂は上条に殴られただけだったので、派手な戦闘だったのにも関わらず、身体に出血しているようなところはなかった。

つまり今から傷をつける必要があるのだ。

 

上条は神裂の左手の親指の先に七天七刀で小さな傷をつけると、歯を立てないように気をつけながら、その傷を舐め始めた。

 

ちょっと変態っぽいが上条に邪な気持ちは一切ないので気にしてはいけない。

 

そうして、神裂の血を吸うことで、彼女の記憶を手にした上条は知った。

 

彼女が、かつて天草式十字凄教を率い、女教皇(プリエステス)と呼ばれていたことを。

彼女が、仲間たちの死に心を痛めて、イギリス清教に移ったことを。

彼女が、ロンドンでインデックスという名の少女と出会ったことを。

 

そして、インデックスの命が後6日で尽きることを。

 

 

 

7月22日・朝

 

 

「とうま!わたしはすっごく心配したんだよ!昨日、お風呂から出たら部屋にいなかったんだから!」

 

「わかった、わかった、わかりましたよ、インデックスさん。すいませんでしたって何度も言ってるじゃねぇか。そろそろ勘弁してくれよ」

 

「ふんっ!」

 

「不幸だ」

 

昨夜、神裂を倒した上条が部屋に帰ってみると、おろおろした様子のインデックスがいた。それも素っ裸で。

そして、上条が無事に帰ってきたと確認したあと、自分が服を着ていないことに気づき、顔を真っ赤にして、上条に噛みついたのだ。

その後はひたすら、先程のように、説教をくらっていた上条であった。

 

しかし、そんな上条の意識は全く違う方向に向いていた。

 

『完全記憶能力か…』

 

『まぁ、そうでもなければ10万3000冊の魔導書の暗記なんて無理だろうから、当然と言えば当然だな』

 

『それにしたって、それが原因で死ぬなんて…』

 

『…くだらない嘘っぱちをよく信じたもんだな、あの2人』

 

『いや、俺たちだって完全記憶能力のことを知らなかぅたら騙されたかもしんねぇぞ?あの最大主教(アークビショップ)、相当なやり手だな』

 

『なんたって“雌狐”なんて呼ばれるくらいだからな。嘘でも何でも慣れたもんなんだろうよ』

 

『でも、インデックスが記憶を消す前は苦しみ出すってのも事実みたいだしな』

 

『そりゃ、例の雌狐がインデックスに“首輪”を掛けてるってことだろ。大事な禁書目録なんだから、それくらいはしてることだろうさ』

 

『要するに、その“首輪”を俺の“右手”でぶち壊しちまえばいいって話だな』

 

『そういうことだ。だが、どこに術式を刻んであるかが問題だ。手で触れられない場所なら、その時点でアウトだ』

 

『まぁ、そこは見つけてからの問題だな。にしても、どこなんだ?』

 

『まず、目に付くところにないのは確定だ。2回も裸を見たし、神裂に至っては一緒に風呂にまで入ってたが、それらしいものはなかった』

 

『となると限られてくるな。口の中か鼻の穴か、それとも本当に触れる場所にはないのか』

 

『それしてもどうやって調べる?体中、触りまくるか?』

 

『上条さんはそんな変態みたい真似はしません!レントゲンでも撮れば、どこにあってもわかるだろ』

 

『また、あのカエル先生に頼むのか。あいつは本当に何者なんだろうな?吸血鬼も魔術も知ってるなんて』

 

『さあな。でも悪い人じゃないんだし、大丈夫だろ』

 

『このお人好しめ。でもそうなると、今度はどうやって医者に見せるかが問題だぞ』

 

『うぅ…』

 

しばらく悩んでいた上条だったが、不意にひらめいたようだ。

 

『そうだ!そうだよ。簡単なことじゃねぇか』

 

『おっ!何か思いついたのか?』

 

『ふふん。今日の上条さんは、いつもとは違いますのことよ』

 

『まさか、正直に話すとか言わないよな?』

 

『なっ、何でわかった!?』

 

『逆に、今までそれに思い至ってなかったお前に驚いてるよ。それじゃダメだから考えてるのかと思ってたよ。そんなんでいいなら、ととっと話せ』

 

『上条さんはどうせバカですよ』

 

「なあ、インデックス」

 

「ん?何かな?とうま」

 

「お前、ひょっとして、1年以上前の記憶がなかったりするのか?」

 

「え?何でわかったの?」

 

「やっぱり、そうなんだな」

 

「うん。1年くらい前、気付いたら日本にいて、昨日の晩ご飯も思い出せなかった」

 

「そうか。インデックス、お前に話さなきゃいけないことがある」

 

そう言うと、上条は話し始めた。

 

2人の魔術師と交戦したこと。

彼らがイギリス清教の人間で、インデックスの敵ではないこと。

上条の右手のこと。

そして、完全記憶能力のこと。

上条は全て話して聞かせた。

勿論、自分が吸血鬼だということは隠して、神裂が上条に話したことにしておいたが。

 

話を聞き終えたインデックスは、ショックを隠せない様子だったが、しばらくして少し落ち着くと、上条に向けてこう言った。

 

「とうま。何か隠してるでしょ」

 

「何でそう思う?」

 

「だって、いくらなんでも聖人を倒しちゃうなんておかしいんだよ。それに、そんな人たちが簡単に話すとは思えないんだよ」

 

「やっぱりそう思うよな」

 

(いくらなんでもバレるよな)

 

「でも…」

 

「ん?」

 

「わたしはとうまのこと信じるよ」

 

「え?だって今…」

 

「確かにおかしなところはあったけど、とうまはわたしを助けてくれたでしょ。だから信じる」

 

「インデックス…」

 

「どうしても言えないことなんしょ?だから、とうまが話そうと思うまでわたしは待つんだよ」

 

「そうか…。ありがとう、インデックス。それじゃあ、早速行くか?病院に」

 

「うん!」

 

 

 

同日・昼ごろ

 

 

「どうやら、喉の奥にルーンが刻んであるようだね」

 

インデックスのレントゲン写真を見ながら、カエル顔の医者が上条たちに説明する。

上条の思った通り、事情を話したらすんなり応じてくれた。

 

「これなら肉眼でも見えるじゃないかな。大きく口を開けてくれるかい?」

 

「はい。あ~ん」

 

指示に従ってインデックスが口を開く。

そこには、気持ちの悪い色のルーン文字があった。

 

「うん、もういいよ。これが原因と見て間違いないだろうね。まぁ君の“幻想殺し”なら簡単に壊せるだろう」

 

「幻想殺し?」

 

「君の右手のことだよ」

 

「なるほど。ありがとうございました、先生」

 

「気にすることはないよ。君もその子も僕の患者だからね、助けるのは医者の務めだよ」

 

「なんだか、かっこいいんだよ、せんせー」

 

「よし!それじゃあ帰りますか」

 

「うん!」

 

上条とインデックスの顔は明るい。もうすぐ片付くと思っているのだから当然だろう。

だが、彼らは忘れていた。

世界も運命も彼らにそこまで優しくないということを。

 

 

 

同日・夜

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「よし!それじゃ、やるか」

 

「うん!」

 

 

病院から帰った2人は、すぐにルーンを消そうとはせずに、しばらく話をしていた。

インデックスが上条のことを知りたいと言い出したのだ。

だから上条は話した。自分の不幸な半生を。

 

道を歩けば犬に追いかけられ、お遣いに行けば財布をなくし、一緒に遊んだ友達は必ずと言っていいほど怪我をし、近所で“疫病神”と忌み嫌われるようになり、挙げ句の果てには借金苦の男に逆恨みで刺された。

 

そんないつも通りの話を。

 

上条の話を聞いていたインデックスは言った。

 

『とうまって右手の力が神様のご加護とかも消してしまってるんじゃないの?』

 

そうして話しているうちに夜になってしまったので、取りあえず夕飯にしたのだ(食費のダメージを減らすべく自炊です)。

 

そして現在にいたる。

 

 

「インデックス、口開けろ」

 

「うん」

 

上条が右手をインデックスの口に入れる。ぬるりとした感触に少々戸惑うも、喉の奥をつくように手を押し込む。

そして、奥のルーン文字に触れた。

 

バキッ!

 

嫌な音が鳴ったかと思った瞬間、上条は部屋の反対側まで吹き飛ばされていた。

突然のことに驚くも、すぐさま体勢を立て直した上条はインデックスを見る。が、今度こそ本当に驚かされた。

 

「警告、第三章第二節」

 

インデックスの2つの瞳に赤く光る魔法陣が浮かび上がり、機械的な声がインデックスの口から発せられている。

 

「Index-Librorum-Prohibitorum─禁書目録の“首輪”、第一から第三まで全結界の貫通を確認。再生準備…失敗。“首輪”の自己再生は不可能。現状、10万3000冊の“書庫”の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」

 

『魔力はないんじゃなかったのかよ!』

 

『おそらく、これのために全て注ぎ込んでいるから、普段は使えないんだろ。ローラ=スチュアートは私たちが思っていたより、ずっとずる賢かったってわけだ』

 

『くそっ!』

 

「結界を破壊した魔術の術式を逆算…失敗。該当する魔術を発見出来ず。対侵入者用の特定魔術(ローカルウェポン)を組み立てます」

 

『だが、これ以上の細工はもう流石にないだろう』

 

『つまり、こいつをどうにかすればハッピーエンドってことだよな』

 

「侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み合わせに成功しました。これより“聖ジョージの聖域”を発動、侵入者を迎撃します」

 

インデックスの瞳に浮かんでいた魔法陣が拡大した。

 

「“竜王の殺息(ドラゴンブレス)”だと!?」

 

魔法陣を読みとった上条は驚きのあまり声をあげるが、そんなことをしても状況は変わらない。

 

空間に亀裂が入り、そこから大質量の光の柱が現れる。

 

上条は右手を突き出して防ぐが、その威力は幻想殺しの処理能力をはるかに上回っていた。徐々に右手に食い込んでくる。

 

『当麻!これじゃあ、ジリ貧だぞ!』

 

『わかってるけど動けねぇんだよ!』

 

このままでは幻想殺しでさえ突き破り、光の柱が上条を飲み込んでしまうだろう。しかし、右手をどかすわけにもいかないため逃げられない。

上条とジェーンは打開策を考えるが、何もしないうちに竜王の殺息が右手を消し飛ばし、上条の全身を包み込んだ。

 

結果、上条は跡形もなく消え去り、部屋のドアがあったところには巨大な穴があいた。

 

「侵入者の破壊を確認しました。“聖ジョージの結界”の発動を停止しま…」

 

「「インデックス!!」」

 

インデックスが言い終える前に、上条の部屋に2人の乱入者が現れた。

神裂火織とステイル=マグヌスだ。

 

「今のは竜王の殺息…。一体どうなっているのですか?あなたは魔力を持たないはずでしょう?インデックス!それに上条当麻はどこに行ったのですか?」

 

「落ち着け…と言いたいが無理だろう。だが、考えろ神裂。どう見ても今の彼女は普通じゃない。大方、あの雌狐が仕込んでいた防護魔術か何かが発動して上条当麻を蒸発させたってところじゃないかな」

 

「ですが、彼女は魔力を…」

 

「これに使うために普段は出せないだけなんだろう。まったく、やってくれるよ」

 

ステイルは神裂に自分の考えを話すが、彼の顔も落ち着いているようには見えない。当たり前だ。彼が守ると決めた彼女がこんな姿になってしまっているのだ。落ち着いてなどいられるはずもない。

そんな時、インデックスが声をあげた。

 

「新たな敵兵の存在を確認しました。ステイル=マグヌスと神裂火織と確認。これより、この2名の迎撃に移行します」

 

「どうやら近付く人間は全て敵と認識するようです。厄介ですね」

 

「どうする?」

 

「どうもこうも、止めるしかないでしょう」

 

「そりゃそうか。やれやれ、インデックスの命を助けるはずが、彼女に殺されそうになるとはね」

 

毒づきながらも、ステイルがルーンのカードを撒こうとした、その時だった。

 

「ちょっと待った」

 

突然、彼らの後ろで声がした。

思わず振り返ると、そこには上条当麻がいた。

竜王の殺息で死んだはずの上条当麻がいた。

目を閉じたまま、こちらに顔を向けて立っている。

 

「あ、あなたは…」

 

「ん?神裂か。“死んだはず”って言いたそうだな。もうすぐ何でかわかるよ」

 

上条は軽く流したが、驚いているのは神裂だけではなかった。

 

「敵兵・上条当麻の存在を再確認。竜王の殺息による破壊から復活したものと推定」

 

インデックスも僅かに動揺しているように見える。

 

「以上の行為が可能な魔術を検索…」

 

「する必要ねぇよ」

 

インデックスの声に合わせて上条が言う。

そして、ゆっくりと瞼を開いた。

 

「これ見ればわかるだろ?」

 

そこには、禍々しく真っ赤に光る瞳があった。



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6話 解放、そして別れ

7月22日・夜

 

とある高校の学生寮 上条の部屋

 

 

この部屋にいる全員─勿論、上条自身は除くが─が上条に目を向けていた。

 

「上条当麻を吸血鬼と断定。破壊に最も有効な魔術を組み立てます」

 

インデックスは相変わらず機械的な声を出し続けているが、神裂とステイルは上条を見たまま、驚きのあまり動けない。

 

「上条当麻…何故…」

 

そんな中、やっと神裂が口を開いた。

 

「何故、裸なのですか!?」

 

「そこですか!?もっと吸血鬼がどうこうっていう真面目な話かと思ったら、まさかのコメディパートでしたか!」

 

「ええい!黙れ、貴様!」

 

ステイルも神裂に便乗するようだ。

 

「今すぐ、そのはしたないものを隠しなさい!」

 

「彼女は一度見たものは忘れられないんだぞ!トラウマにでもなったらどうするつもりだ!」

 

お前ら、その記憶を消そうとしてたんじゃねぇのかよ。とツッコミたいところだが、この2人の剣幕に圧されてそれどころじゃない。

 

言っておくが、上条が全裸なのは竜王の殺息で消し飛ばされたからである。肉体─右手も含めて─は再生するのだが、服までは再生しないのだ。普通の吸血鬼なら、服くらい簡単に出せるのだが、上条は幻想殺しの所為でそれが出来ない。

 

「ちょっ、2人とも落ち着け!取りあえず話を…」

 

「問答無用です」

 

「何も言うな。そして動くな。100万か1000万か知らないが、中身が尽きるまで焼いてやる」

 

「対象にとって最も効果的な魔術の組み合わせに成功しました。命名、“神よ、教えに背きし者たちにもどうか慈悲を”。発動まで62秒」

 

神裂は七天七刀に手を掛け、

ステイルはルーンのカードを壁と床に貼り付け、

インデックスは新たな創作術式の発動準備に入った。

どうやら上条の味方はいないようだ。

 

そんな時、上条の後ろで声がした。

 

「マスター!土御門元春の部屋からお召し物を持って参りました!」

 

そこにいたのは1匹の犬だった。

全身真っ黒な毛に覆われた、体長1mほどの大型犬。

背中には赤黒く浮かぶ魔法陣。

そして、口にはアロハシャツと短パンをくわえている。

 

「おう!ご苦労さん、クロ」

 

上条は受け取った服を着ながら、彼の忠犬・クロを労う。

 

「い、いえ!勿体なきお言葉でございます!」

 

多少、噛みながらも元気よく答えるクロ。因みにメスだ。

 

「新たな敵兵を確認。ソロモン系の魔術により召喚された悪魔、“地獄の黒犬(ブラックドッグ)”と断定。優先順位は現状では最下位と判断。“神よ、教えに背きし者たちにもどうか慈悲を”の発動準備を進めます。発動まで39秒」

 

さて、幻想殺しを持つ上条がどうやって召喚魔術を使ったのか説明しよう。

先ほど上条は竜王の殺息により、1度は完全に消滅した。

その後、吸血鬼の再生能力を駆使して肉体を再構築したのだが、この時、肉体は一気には再生しなかった。つまり頭から順番に、首、肩、胸、腕…と再生していったのだ。

そこで、頭が再生してから右手が再生するまでの間に魔術を使ったのだ。

因みに、吸血鬼の肉体再生は、魔術や超能力に属する類の力ではないので、幻想殺しで消されることはない。また、右手がないうちは幻想殺しの効果は一時的に切れ、右手の再生に伴って復活するらしい。

 

「よし!服着たぞ!これでようやく上条さんの話を…」

 

「あなたは吸血鬼だったのですか!上条当麻!」

 

「遅っ!明らかに言うタイミングが違わないでせうか?神裂さん」

 

「失礼しました。あまり…その…そういうものは見たことがなかったので…。少々、気が動転していました」

 

「ああ、僕もだよ。いや、済まなかったね」

 

「テメェは絶対、俺に殴られた仕返しのつもりだったよな?ステイル。はぁ、不幸だ」

 

「マスター!元気出して下さい!」

 

「発動まで28秒」

 

「さて。君のことは後日、“必要悪の教会(ネセサリウス)”総出で狩りにくるとして。そろそろ、状況を説明してくれるかい?上条当麻」

 

「今、あっさりととんでもないこと言ったな、おい」

 

「マ、マスターはそんなことじゃやられません!」

 

「発動まで21秒」

 

「まあ、いいか。クロ、この2人に状況説明」

 

「り、了解しました!お二方!私の目をまっすぐ見てください!」

 

「そう言われて、素直に応じると思うのかい?何かの魔術にかけるつもりだと疑うのが、当然じゃないか?」

 

「いえ、ここは応じた方が良いでしょう」

 

「神裂?」

 

「彼ならばそんな小細工を弄さずとも、我々を倒すことなど容易いでしょう。それに、彼は現在のインデックスが選んだ、彼女のパートナーなのでしょう?」

 

「ちっ!分かったよ、信用してやる!」

 

そう言うと2人はクロの目を覗き込んだ。

 

「では…」

 

「よし、いいぞ」

 

「いきます!記憶転送!」

 

上条の合図で、クロが魔術を発動させると、クロの両目に浮かんだ魔法陣が、神裂とステイルの目に飛び込んだ。

その瞬間、2人の脳内に情報が雪崩れ込む。

そして、彼らは理解した。インデックスを取り巻く状況を。

 

「そうか。僕たちは、もうこの子の記憶を消さなくてもいいのか」

 

「まさか、彼女を救うチャンスがこんな形で訪れようとは」

 

「まったく、皮肉なもんだよ。神にいくら願っても叶わなかった願いが、たった1人の吸血鬼によって叶えられるなんてね」

 

やや呆けたように呟く2人。そんな彼らに上条が問い掛ける。

 

「どうする?神の教えに従って俺と戦うか?それとも…」

 

「今更、それを聞くのですか?」

 

「ああ。お前らの口からはっきり聞きたい」

 

上条はあくまで明確な意思表示を彼らに促した。

そして、彼らもそれに応じる。

 

「誰も救わないような神よりも、私はあなたを信じます」

 

「僕もさ。君に頼るなんて癪に触るが、彼女のためだから我慢することにするよ」

 

ステイルはやはり素直になりきれないようだ。

だが、これで3人の思いは1つになった。

 

「発動まで5秒。4,3,2,1,0…」

 

「それじゃあ、やりますか!」

 

「“神よ、教えに背きし者たちにもどうか慈悲を”発動します」

 

インデックスが新しい魔法陣を組み上げるが、そんなことは気にせずに上条は彼女めがけて突撃する。聖人を上回る速度でだ。

 

(これで、幻想殺しをインデックスに叩き付けて終わりだ!)

 

しかし

 

「かわされた!?」

 

上条の右手がインデックスに触れる直前に、彼女の体が視界から消えた。

 

「マスター!」

 

「後ろです!上条当麻」

 

クロと神裂に呼ばれて振り返ると、こちらを向いたインデックスがいた。

そして、魔法陣から何かが出てこようとしている。細い木の棒のような何かが。

 

「魔女狩りの王!」

 

インデックスが何かをしようとしていると察したステイルが、魔女狩りの王で彼女を背後から狙うが…

 

「新たな術式の発動を確認。…術式の逆算に成功しました。曲解した十字教の教義をルーンにより記述したものと判明。現状、脅威とはなり得ないと判断」

 

「なっ!」

 

インデックスは一瞥することもなく、防御してみせた。

そして、魔法陣の上で何かが完成した。

細い木の棒のような何かは、次の瞬間消えたかと思うと、上条の胸の中心に突き刺さっていた。

 

「ぐはっ!白木の杭か。それも、ご丁寧に祝福儀礼済み。しかも瞬間移動で飛ばしてくるとは恐れ入ったよ。さっきの攻撃、かわしたのもそれか」

 

これが禁書目録が導き出した、確実に“幻想殺しを持つ吸血鬼を葬る”方法である。

幻想殺しを避けるための瞬間移動による回避と攻撃。そして、祝福儀礼済みの白木の杭で心臓を一突きにすれば吸血鬼は灰に帰す。

完璧に思える。実際、10万3000冊はそう結論付けた。

 

 

パキーンッ!

 

「ただの吸血鬼なら危なかったな」

 

上条が右手で白木の杭を掴んで打ち消した。

 

「この攻撃方法は対象への効果が見られません」

 

インデックスが上条を殺せなかった理由は単純。前提条件の間違いだ。

“幻想殺しを持つ吸血鬼”なら、今の攻撃で殺せただろう。

だが、上条は“幻想殺しを持つ、ドラキュラの眷族の力を継ぐ吸血鬼”だった。祝福儀礼や白木の杭ごときでは殺せない。

 

上条が再びインデックスへの突撃の構えを見せる。

白木の杭が通じない以上、この狭い部屋では瞬間移動も限界がある。

 

「“神よ、教えに背きし者たちにもどうか慈悲を”を第2段階へ移行します」

 

インデックスはそう宣言すると、声にならない歌声をあげた。

すると、それに呼応するように、部屋中に金色に光る文字が現れ、真昼のように上条を照らす。

光を浴びた上条の全身─右手以外─がドス黒い色に変化して、目と耳からは血が吹き出した。

 

「上条当麻!」

 

神裂が思わず声を上げるが、インデックスはさらに先ほどの白木の杭を量産して上条へと瞬間移動させる。

 

しかし、二の矢を受けるような上条ではなかった。吸血鬼としての回復力を総動員してダメージから復活した彼は、瞬間移動の直前に横に転がり杭をかわす。

 

「白木の杭、祝福儀礼、聖句に太陽の光と来たか。流石は禁書目録といったところかな。それにしても、それが全て通じないとは彼の方も大概か。ふぅ~」

 

魔女狩りの王の攻撃が全く通じず、上条らの動きを目で追うことも出来なくなり、完全に蚊帳の外に置かれたステイルは煙草に火を着けつつ、そう呟いた。

 

「今度はこっちから行くぞ!インデックス!」

 

上条が2度目の突撃を敢行する。

 

「七閃!」

 

ステイルとは違い、上条の動きに対応できる神裂がワイヤーでインデックスの回避先を限定する。

 

「クロ!」

 

「イェッサー!感覚遮断!」

 

さらに、クロが自身の影を伸ばしてインデックスのことを覆った。

 

そして、ワイヤーの隙間をぬって1人の吸血鬼が飛び込んだ。

 

「いいぜ、神様。この物語(せかい)が、アンタの作った奇跡(システム)の通りに動いてるってんなら、まずは、その幻想をぶち殺す!」

 

上条が右手で思いっきりインデックスを殴りつけ…たら、大変なことになるので、わざと頭に掠らせる。

 

「…警、こく。最終…章。第、零…。“首輪”、致命的な、破…壊…再生、不可……の」

 

インデックスの声がぎこちなく続き、そして途切れる。

糸が切れた人形のように崩れ落ちる彼女を、上条が慌てて抱きとめるが、穏やかに眠るような彼女の顔を見て、ようやく息を付いた。

どうやら終わったらしい。

 

 

 

7月23日

 

 

「じゃあね。ばいばい、とうま」

 

「ああ。さよなら、インデックス」

 

壮絶な決戦から一夜明けた上条の部屋で、別れを告げる男女がいた。

インデックスと上条当麻だ。

 

あの後、インデックスが目覚めてから色々あった。

 

まず、神裂とステイルとの顔合わせ─2人が号泣して謝り出したので大変だった─。

 

次に、インデックスの今後についての話し合い。これが大モメになった。

インデックスは上条と暮らしたいと主張したが、当の上条が反対したのだ。

 

『インデックス。俺は吸血鬼だ。お前らとは相容れない存在なんだ。それに、いつお前の血を吸いたくなるか、わかったもんじゃない』

 

それからもインデックスはかなり渋ったが、結局は必要悪の教会に戻ることに同意した─勿論、神裂とステイルが最大教主に目を光らせておくことを条件に─。

 

その後も、上条のこと─教会には黙っておくことに決めた─。インデックスが破壊した諸々についてのこと─イギリス清教が修繕費を賄うことになった─等々、話し合うことは多かった。

 

 

そして、現在

 

 

「上条当麻。あなたから受けた恩はいずれ返します」

 

「神裂、真面目すぎるって。俺は俺のやりたいようにやっただけだ。気にするな」

 

「ふぅ~。今回は共闘したが、これで僕たちが友達同士なんてことは有り得ないからな。取りあえずは黙っているが、君が人を食ったという話を聞けば、必ず焼き殺しに来てやる。覚悟しておけ」

 

「わかってるよ、ステイル。そんなことより修理代の方をしっかり頼むぞ」

 

「また、困ったことがあったら来てもいい?」

 

「本当に、他にどうしょうもない時だけな。元気でやれよ、インデックス」

 

「うん!」

 

そして3人の十字教徒は吸血鬼の元から去っていった。

 

『また、お前には何の得にもならない結末になったな、当麻』

 

『これでいいんだよ。別に、何かを望んでいたわけじゃない』

 

『そうか…』

 

『でもまぁ、久しぶりにクロとも会えたし、何もなかったってこともないだろ?』

 

『お前は前向きだな』

 

『それだけが上条さんの取り柄ですのことよ』

 

 

 

こうして、幻想殺しの少年と禁書目録の少女との物語は終わりを迎えた。




禁書目録篇終了です。

一応、解説を
「地獄の黒犬」と書いて「ブラックドッグ」と読みます。「地獄のブラックドッグ」ではありません。
インデックスが使った、対吸血鬼用の創作魔術「神よ、教えに背きし者たちにもどうか慈悲を」は「教えに背きし者たち」=吸血鬼で、「慈悲」=殺すってことです。別に上条さんが全裸だからどうこうって訳じゃありません。

感想欄に「インデックスは上条に預けられるの?」という質問を頂きましたので、ここで答えます。預けられません。
吸血鬼とキリスト教(=十字教)は、本来相容れないものです。死して歩き回る吸血鬼ほど教義を犯しているものはありません。詳しくはアンデルセン神父に聞いて下さい。
そんな吸血鬼である上条は管理人たりえません。
それに吸血衝動を抱える上条が女の子と2人暮らしを容認することもないと思います。
そんな訳でインデックスにはイギリスに帰って頂きました。

次は三沢塾篇です。インデックスがいないので入りは、かなり原作と違います。
「吸血殺し」対策も固まりつつあるので大丈夫だと思います。


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第2章 三沢塾篇
7話 スキルアウト


8月8日・昼

 

第7学区・路地裏

 

 

 

「ちくしょー!何なんだよ!こいつら!」

 

叫びながら銃を撃っているのは浜面仕上。

この学区のスキルアウトを束ねるグループのNo.2だ。

 

「落ち着け、浜面。喚いたところで始まらん」

 

銃を撃ちながらも、あくまで冷静に浜面をたしなめるのは、彼らのリーダー・駒場利徳だ。

フランケンシュタインのような顔だが、心優しい人物である。

 

「でもよぉ、駒場のリーダー。これで落ち着けってのは無理があるだろ」

 

大口径のマグナムを3点バーストさせながら、リーダーに物申すのは言うのは服部半蔵だ。

そして、彼ら3人の後ろには、同じように銃を撃っているスキルアウトたち。

 

ここまで大規模な銃撃となれば警備員でも驚きそうなものだが、彼らの目の前には、もっと驚くべき光景が広がっていた。

 

グールの群れだ。

 

本来オカルトとは無縁な学園都市─いかに路地裏と言っても、その一部であることに違いはない─に、ホラー映画からそのまま飛び出して来たような、グールの群れが現れたのだ。

 

「こいつら、頭が吹き飛ぶまで撃たねえと止まりやがらねえ。まるで映画のゾンビみてえだ」

 

当然、グールなど知らない─もしくは実在するとは思っていない─スキルアウトたちはパニックである。

それでも、アジトに立て篭もり、あまつさえ進行を妨げられているのは、駒場のリーダーシップのなせる業だろう。

それでも長く持ちそうはない。弾薬には限りがあるし、もし尽きれば、みな我先にと逃げ出すだろう。それに、対するグールたちは続々と溢れてくる。まるで無限に発生し続けているかのようだ。

 

「夢なら早く覚めてくれ」 

 

浜面のもう何度目かわからない呟きは、無数の銃声にかき消されていく。

 

 

 

 

同時刻

 

第10学区

 

 

 

「終わりだ!」

 

かけ声とともに、上条は吸血鬼の顔面に拳を叩きつけ、そのまま脳みそを押しつぶした。

同時に、辺りを埋め尽くしていたグールが灰になる。

 

『一体どうなってるんだ?』

 

『学園都市での吸血鬼及びグールの大量発生。こんなことは前代未聞だ。生き残った吸血鬼が全部、この街に集まってるって言われても、今なら信じるな』

 

『路地裏はスキルアウトが衛星からの監視を避けるために光を閉ざしてるから、吸血鬼にしてみれば絶好の狩り場になってる。このままじゃスキルアウトは皆グールにされちまうぞ』

 

『落ち着け、当麻。もうほとんどの吸血鬼は殺した。残るは第7学区に何匹かいるだけだ。勿論、グールは数に入れてないがな』

 

『じゃあ、取りあえず行くか』

 

そうして上条は駆け出した。

 

 

 

 

数分後

 

第7学区・スキルアウトのアジト

 

 

 

どうにか持ちこたえていた駒場たちであったが、とうとう防御を破られてしまった。

グールがアジト内になだれ込み、スキルアウトたちの阿鼻叫喚と銃声が空間を満たす。

 

悪運尽きたか、真っ先に捕まったのは浜面だった。

今にも噛まれるかと思われたその時、1人の乱入者が現れた。

 

「すごいパーンチ!」

 

「ギャーーー!!!」

 

突然の暴風─みたいなもの─によってグールたちが蹴散らされた─浜面は巻き添え─。衝撃に耐え切れなかったのか、そのまま灰になる─浜面は灰に埋もれたが、どうにか生還します─。

 

スキルアウトたちがアジトの入口を一斉に見つめると、そこには拳を前に突き出して立つ1人の男。

 

「これしきのことでやられるとは、根性無しどもが!」

 

白ランに旭日旗Tシャツ、そして鉢巻き。いかにも不良グループのリーダーといった格好だが、彼はスキルアウトではない。

 

「この“第7位(ナンバーセブン)”・削板軍覇が全員の根性を入れ直してやる!」

 

「第7位だと!?おい、おま…」

 

「親玉はあっちか!」

 

駒場が話し掛けるが、全く気にも止めず、削板は指差した方向へ文字通り飛んでいった。

 

「駒場のリーダー!」

 

「ああ。まさか超能力者に助けられるとはな」

 

そう呟く駒場の顔は心なしか明るかった。

他のスキルアウトたちは、助かったことに安堵し、溜め息と歓声を上げている。

 

 

「誰か助けてくれ~」

 

浜面が掘り出されるのはもう少し先である。

 

 

 

アジトの近くの路地裏

 

 

「お前らみたいな吸血鬼が、なんで学園都市に集まってるんだ?」

 

この一帯のグールを操っていたと思しき吸血鬼を睨み付けながら、上条は問い掛ける。

 

「はあ?お前、俺らと同類のくせに気付いてないのか?血の臭いに引き寄せられたに決まってんだろ。とびきり美味そうな臭いがしたんだよ、この街からな」

 

「俺は何にも感じねぇぞ」

 

「ああ。今は止まってる。だが、ここ何日か途切れ途切れにするんだよ」

 

「そうか」

 

「で?お前は俺に何の用だ?まさか、その質問だけじゃないだろ?」

 

「いや大したことじゃねぇよ」

 

「あ?」

 

上条は瞬間移動のごとき動きで吸血鬼に近づき、そのまま右手を胸の中心に突き立てた。

 

「今、済んだよ」

 

逃げるどころか、腱一本動かす暇もなく、吸血鬼は灰となった。

 

『なあ。“美味い血”ってどういうことだと思う?』

 

『さあな。処女や童貞の血は美味いし、聖人みたいに強い力を持つ人間の血も美味いが…』

 

『確かに、神裂のは美味かったな。でも、この街の壁を越えてまで吸いにくるほどじゃないよな』

 

『ああ。ひょっとしたら吸血衝動を駆り立てるような魔術や超能力、もしくはそんな体質の人間が現れたのかも知れない』

 

『つまり、わかんないってことだよな』

 

『仕方ないだろ。マスターの記憶の中にないんじゃ、お手上げだよ』

 

『結局は自分で確かめるしかないか…』

 

上条がさっきの吸血鬼の遺した言葉について考えていると、そんな悩みをド派手に吹き飛ばして、あの男が現れた。

 

「すごいパーンチ!」

 

「うおっ!」

 

パキーンッ!

 

削板の挨拶替わりの攻撃を、とっさに幻想殺しで防ぐ。

初めての体験に若干驚く削板だったが、そんなことでは臆しはしない。

 

「この削板軍覇の“念動砲弾(アタッククラッシュ)”を消すとは、なかなかの根性だ!」

 

『こりゃまた、暑苦しいのが来たな』

 

『全くだ』

 

「だが、弱い連中に人形をけしかけるような腐った根性は、この俺が叩き直してやる!」

 

「待て待て。それは俺がやったんじゃ…」

 

「問答無用!」

 

「えぇ~っ!」

 

ドーンッ!

 

パキーンッ!

 

「聞けよ、おい!」

 

「むっ!さっきよりも強くしたが、まだ通じないとは…」

 

「お~い!聞こえてますか?」

 

「こうなれば、こっちも全力でいくぞ!」

 

「だから聞けって!」

 

「超すごいパーンチ!!!」

 

ドカーンッ!

 

「だから効かねえよ!って、瓦礫が!ギャー!不幸だー!」

 

攻撃自体は防げたが、衝動で崩落したビルに押しつぶされる上条。

吸血鬼になっても通常運転な彼であった。

 

「ん?1㎞先から女の子の悲鳴が!『だいたい、だいじょうぶ』だと!?なんて気丈な!素晴らしい根性だ!今行くぞ!」

 

どこからかヒーローを呼ぶ声を聞きつけて飛んでいく削板。

こちらも通常運転である。

 

 

 

 

数分後

 

 

 

「ちくしょー。なんだったんだ?あいつ。人の話もろくにきかねぇで」

 

瓦礫から這い出した上条は、路地裏を歩きながら毒づいていた。

勿論、ビルの瓦礫程度では死なない、というか傷一つ残さない彼なのだが。

 

「よう。相変わらず不幸そうだな、カミやん」

 

路地裏から出ると、そこには彼の同級生がいた。

金髪グラサン、そしてアロハシャツという悪目立ちする格好。

デルタフォースの一角・土御門元春だ。

 

「よう、土御門か。今、忙しいから遊びの誘いならパスだぞ」

 

「連れないぜい、カミやん。禁書目録と戦ってる時に、血を吐きながら“人払い”をして、皆を避難させた、影の功労者にかける言葉はないのかにゃー?」

 

「へいへい。能力開発受けてるのに魔術使ってご苦労様でした。で?もう知ってたとは言え、俺に魔術の話題を振ったってことは、何か本題があるんじゃないのか?」

 

「まあな」

 

そう言うと土御門の顔から笑みが消え、仕事用の表情が浮かぶ。

 

「このところの吸血鬼騒ぎについての話だ」

 

「何か知ってるのか?」

 

「当たり前だ。俺は多角スパイだぞ。だが、今回は警告だけだ」

 

「何?」

 

「何も教えないってことだ。もうすでに必要悪の教会が動いてる。手を出すことはない。それに、吸血鬼がこの件に首を突っ込むのは、リスクが高すぎる」

 

「つまり、黙って見てろってことか?」

 

「その通りだ。別に誰かに頼まれた訳じゃないんだ、関わるな」

 

「そうか…」

 

上条はそこで1度、言葉を切る。

そして、真っ直ぐに土御門を見つめて言い放った。

 

「俺は今回も関わるぞ、土御門」

 

「何?」

 

「俺は、いつも誰かに頼まれたから行動する訳じゃない。自分でやりたいと思うから行動するんだ。今回だって、俺が見てないところで誰かが不幸になってるんだろ?だったら俺は首を突っ込む。その結果、俺がどうなろうとも、だ」

 

それを聞くと、土御門はやれやれといった様子で肩をすくめて言った。

 

「カミやんなら、そう言ってくれると思ってたぜい。だから言っただろ?俺に出来るのは『警告』だけだ。兎に角、気をつけるようににゃー」

 

それだけ言うと、土御門は上条の元から去っていった。

 

上条も路地裏から離れて歩き出す。

 

『面倒くさい奴だな』

 

『多角スパイなんて難しい立場にいるんだ。あいつにも色々あるんだろうさ』

 

『そう言うもんかね~』

 

土御門の警告を受けてなお、呑気にジェーンと話す上条。

 

しかし、次の瞬間、彼の目が意思に反して真っ赤に染まる。

 

「ぐっ…」

 

今まで感じたことのないほど強力な吸血衝動によって、力が無理やり覚醒させられたのだ。

 

思わず、自分の体を抱えてうずくまる上条。

そうでもしないと、理性が振り切れて駆け出してしまいそうだった。

 

しばらく、そのまま理性と本能の戦いを強いられていた上条だったが、やがて衝動はおさまった。

 

『“美味い血”ってのは、これのことか…』

 

『だろうな。私たちでさえ、この為体だ。あいつら、下級の連中なら壁の外からでも飛んでくるだろうさ』

 

『それにしても何なんだ?ホント。急に来て、急におさまるなんて…』

 

『お前も言ってただろ。“自分で確かめるしかない”さ』

 

『だよな。じゃあ、行くか』

 

『ああ』

 

 

こうして、物語は次の段階へと進む。



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8話 吸血殺し

8月8日・夜

 

三沢塾前

 

 

 

先ほどの“臭い”の元を探して上条はここまでやって来たのだが、驚くべきものを目にした。

 

学園都市内でも有名な進学予備校・三沢塾。それはいい。問題はその前で起こっている出来事だ。

 

ローマ正教の騎士団が剣を上に向けている。それだけで充分おかしな光景だが、次の瞬間、紅蓮の槍が空から降ってきて三沢塾を倒壊させた。

 

「グレゴリオの聖歌隊!?」

 

上条が思わず声を上げる。

 

“グレゴリオの聖歌隊”はローマ正教の最終兵器。3333人の修道士が一斉に祈りを捧げることで魔術の威力を激増させる。

「世界のどんな場所でも正確に灰燼に帰す」というふれ込みだが、それ故にそうそう使用が許可される魔術ではない。

 

『あんなもんで攻撃してどうするつもりだ?』

 

『そりゃ、いつも通り“神に逆らう愚者をその肉の最後の一片までも絶滅”させようってんだろ。教会は相変わらずさ』

 

『それにしたって、あんな魔術を使うなんてどうかしてるぞ』

 

『確かにそうだ、と言いたいところだが、見てみろよ』

 

『ん?』

 

『連中が何で焦ってたのかわかった』

 

『どうなってんだよ…』

 

見ると、グレゴリオの聖歌隊で倒壊したはずの三沢塾が先ほどまでと同じように、無傷で建っていた。

 

騎士たちは絶望めいた呟きをもらしている。

 

『グレゴリオの聖歌隊が効かなかったのか?』

 

『いや、効いてはいただろ。実際、1度は倒れたんだ。そこから、再生したんだよ。私たち、吸血鬼と同じようにな』

 

『何があるってんだよ、あの中に』

 

『さあな』

 

『やっぱ、行くしかないか』

 

『土御門は行くなって言ってたが、それでも行くんだな?』

 

『当たり前だ。学園都市に吸血鬼が集まってる原因があそこにあるのは間違いないんだ。調べるっきゃねぇよ』

 

そう言って前に出る上条だったが、そこである人物を見つけた。

黒い肌に金髪碧眼、ゴスロリ風な服装。

 

会ったことも見たこともない女性だ。しかし上条は知っていた。

彼女はシェリー=クロムウェル。

イギリス清教・必要悪の教会所属の魔術師だ。

 

神裂の記憶の中で見たのだ。土御門がスパイだと知っているのと同じように、シェリーのことを上条は知っている。

 

 

どうやら、ローマ正教の様子を観察していたようだが、例の結果を見て彼女もこれから動くらしい。

 

「ステイルの野郎、めんどくさい仕事押し付けやがって」

 

独り言の内容を聞くに、本来はステイルが来るはずだったらしいが、命令無視したようだ。大方、インデックスのそばを離れたがらなかったのだろう。容易に想像がつく。

 

『ステイルたちはロンドンみたいだな』

 

『あの不良神父、仕事しろよ!』

 

『何怒ってんだよ、ジェーン。インデックスを守るって約束守ってるってことじゃねぇか』

 

『まあ確かにそうなんだがな…』

 

「当麻がまたフラグ立てたらどうしてくれるんだよ!」とは言えないジェーンであった。

 

 

「おい、お前」

 

「はい?」

 

突然、シェリーが上条に話し掛けてきた。

 

「ちょっと、こっち来い」

 

「はあ」

 

『俺のこと知ってんのか?』

 

『いや、会ったことはないはずだ』

 

疑問を抱えつつも、言われた通りシェリーのところへ行く上条。

あと数mという距離にまで近づくと、シェリーが大声で言った。

 

「ここはイギリス清教が預かる。お前らはとっととローマに帰れ」

 

「必要悪の教会!」

 

「貴様ら、他人の獲物を横から掠める気か!」

 

騎士たちがシェリーに、いやシェリーと上条に向かって言い返す。

どうやら、シェリーの仲間だと思われたようだ。

 

「エリス!」

 

「何だ!?」

 

事情を飲み込めない上条を余所に、シェリーは騎士たちの足元をゴーレムで崩すと、彼らが混乱しているうちに塾の入口まで行き、振り返ると上条に向かって言った。

 

「こいつらの足止めは任せたぞ、ステイル」

 

どうやら囮役にされたらしい

 

「女を先に行かせるとは、流石は英国紳士だな。だが、我らの使命を妨げると言うのならば排除する!」

 

「いや、待て!俺は…」

 

「かかれー!」

 

「俺はステイルじゃないし、必要悪の教会の魔術師じゃない」と言いたい上条であったが、誰も聞いてはくれないらしい。

このまま彼らの相手をするしか、なさそうだ。

 

取りあえず叫んでおこう。

 

「不幸だー!」

 

 

 

 

約10分後

 

 

 

ローマ正教の騎士団を誰1人として殺さずに、10分で無力化するという離れ業をやってのけた上条は三沢塾の中に入った。

 

普通の学習塾の玄関にしか見えない。いや、訂正しよう。ある1点を除いては、普通の学習塾の玄関にしか見えない。

では、ある1点とは何か?

 

柱だ。

この空間のほぼ中央に位置する太い柱。それ自体は問題ない。

しかし、それにもたれかかる人影は、とてつもない違和感を放っていた。

先ほどの騎士たちと酷似した装いの人物。恐らく彼も騎士なのだろう。

そんな彼が柱を背にして座っている。

大量の血を流しながら。

 

明らかに致死量だと見とった上条が駆け寄るが、全くといっていいほど反応を示さない。

どうやら手遅れのようだ。もう回復魔術でさえ、彼を救うことは叶わないだろう。

 

上条は、傷口を見つけると、そこに顔を近づける。

 

「許してくれよ」

 

そう呟くと、彼の傷口を舐めた。

そして、記憶を手に入れる。

これで上条にも今回の事件の全体像が見えた。

同時に、この騎士の全てを知った。

 

「Grande lavore.(よくやった)」

 

上条は斃れた騎士の手を取り、彼の母国語で話しかける。

 

「敵はとる。ゆっくり休め(イタリア語)」

 

僅かだが、反応があった。上条が持つ手に力が戻る。

しかし、一瞬のことであった。そのまま、彼は息絶えた。

 

「Amen(神の御加護を)」

 

最後にそう付け加えると、上条は手を放し、塾の奥へと進む。

 

『吸血鬼に看取られるなんて、あの騎士は天国に行けないんじゃないか?』

 

『でも、あの一瞬は幸福だったはずだ。俺はそう信じる』

 

『また“偽善”か?』

 

『そうだ』

 

『それにしても、“敵はとる”か。大見得切ったもんだよ』

 

『戦う理由が増えちまったな。そんなことより、敵のこと考えようぜ』

 

『元“隠秘記録官(カンセラリウス)”にして、チューリッヒ学派の錬金術師・アウレオルス=イザード』

 

『そして、そいつに軟禁されている、“吸血殺し(ディープブラッド)”・姫神秋沙』

 

『厄介だな。アウレオルスはともかく、姫神ってのは厄介だ』

 

『確かに危ないな。土御門が警告しに来た理由も分かったよ。“吸血鬼を呼び寄せ、自らの血を吸った吸血鬼を灰にする”能力か。最近の吸血鬼騒動と、例の吸血衝動の原因はこれだな』

 

『どうする?今、感じないからには、能力を抑えてるんだろうが、いざ戦うとなると、相当不利だ。まあ、わざわざ吸血鬼を呼んだんだから、すぐにはやられないだろうが…』

 

『幻想殺しは効くと思うか?』

 

『おそらく、としか言えないな』

 

『だよな。それにアウレオルスの方も、厄介には違いないだろ。情報だと未完成ってことになってるが、グレゴリオの聖歌隊の一件を見る限り、“黄金錬成(アルス=マグナ)”は完成してる。世の中、何でも自分の思い通りなんて、チートだろ』

 

『そりゃまあ、歴代の錬金術師たちが求め続けてきたものなんだから、チートにもなるさ。でも、これはお前の右手で万事解決だろ』

 

『それもそうか…。やっぱり、吸血殺しの方だな、問題は』

 

『あれだけ離れた場所でも効果があったんだ。もし、同じ建物内だったら、まず間違いなく吸っちまうぞ』

 

『う~ん…』

 

悩みながらも歩を進める上条。すると、前からシェリーが歩いて来た。

 

「おい、シェリー。テメェよくもやってくれたな」

 

軽い口調で話し掛ける上条だったが、シェリーからの返事がない。

それに何やら様子がおかしい。目は虚ろで何も見ていない、足は真っ直ぐ玄関へと向いている。

 

『錬金術師に記憶でも消されたらしいな』

 

『本当に何でもありなんだな』

 

幻想殺しで記憶を戻そうかとも思ったがやめておいた。

諸々の説明が面倒な上、シェリーが居ようが居まいが状況はあまり変わらないからだ。

 

『で?吸血殺し対策はどうするんだ?』

 

『取りあえず、出たとこ勝負だな』

 

『やっぱりそれか。死ぬなよ、当麻』

 

『わかってるよ。さて、人の気配がするのはここだな』

 

『塾長室か。何と言うか…ベタだな』

 

『よし!開けるぞ』

 

上条が扉を開けると、そこには、緑色の髪をオールバックにした男性と、巫女装束で首から十字架をさげた黒髪ロングの女の子がいた。

言うまでもなく、アウレオルス=イザードと姫神秋沙だ。

 

「瞭然。ようやくか。待ちわびたぞ、カインの末裔」

 

アウレオルスはそう言って、上条を迎えた。



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9話 黄金錬成

8月8日・夜

 

 

 

三沢塾の塾長室で、錬金術師と吸血鬼が対峙していた。

 

「なあ、お前は何でこんなことをしたんだ?」

 

「漠然。取り留めもないことを聞く。だが、答えよう。一重に我が悲願を成し遂げるため」

 

「そんなに永遠の命が欲しいのか?もう既に黄金錬成なんてものを手に入れたお前が」

 

「それは。違う」

 

そこで1人の少女が2人の間に入った。

 

「彼は私利私欲で動いたわけじゃない。だから。私は協力している」

 

「協力?聞いてた話と違うな」

 

「彼が現れるまで。確かに。私は監禁されていた。この塾の人たちに。でも。今は違う。私は自分の意思でここにいる」

 

「そうか。で?その目的ってのは何なんだ?」

 

「悄然。少々長い話になる。だが、聞いて欲しい」

 

アウレオルスはそこで1度言葉を切って、こう続けた。

 

「完全記憶能力を知っているか?」

 

「ああ、知ってる」

 

上条が僅かに動揺する。

完全記憶能力。あの少女を思い出す。あまりに最近のことだ。

 

(偶然であってくれよ)

 

その望みが叶うことはなかった。

 

 

その後のアウレオルスの言葉は、神裂がローラ=スチュワートから受けた説明とほぼ同じだった。

それに彼はこう付け足した。

 

「だが、吸血鬼ならば。永遠に知識を蓄えて生き続ける吸血鬼ならば、彼女を救うことが出来る」

 

この男は、なんと哀れなのだろう。

その少女は救われている。もう既に、目の前にいる吸血鬼の少年によって。彼が求めた吸血鬼によって。

 

「フフフフフフ…ハハハハハハ!」

 

だから、思わず笑ってしまった。

 

「呆然。何故笑う?何がおかしいと言うのだ?カインの末裔よ」

 

「だってよぉ。あんまりにも偶然が重なり過ぎだろ、これは。おかしくて笑いもするさ」

 

「偶然?偶然だと?なにが偶然だと言うのだ?」

 

話がわからないのか─わかるはずもないが─アウレオルスは上条を問いただす。

 

「夏休みの初日、俺の部屋のベランダにシスターが引っかかってたんだよ」

 

そして上条は語り出す。

もう少女は救われたのだと、お前はもうヒーローにはなれないのだと。

 

「フフフフフフ…ハハハハハハ!」

 

上条の説明を聞き終えると、今度はアウレオルスが笑いだした。まるで発狂したかのように…。

 

そして、ポケットから金の鏃を取り出し、首に刺したかと思うと、こう叫んだ。

 

「倒れ伏せ!侵入者!」

 

この場において、黄金錬成の支配下にある場所において、彼の言葉は絶対だ。

 

当然、倒れろと言われた侵入者・上条当麻は床に倒れ…なかった。

 

パキーンッ!

 

替わりに乾いた音が室内に響き渡る。

 

見ると、上条は右手で頭を抑えている。

 

「唖然。我が黄金錬成が破られただと!?」

 

「“唖然”はこっちの台詞だ。いきなり何しやがる?」

 

だが、アウレオルスは答えない。苦々しげな表情を浮かべるだけだ。

上条も返答は期待していなかったし、必要ともしていなかった。

 

要するに、アウレオルスは自暴自棄になっているのだ。

己の全てを賭けたと言っても良い、“インデックスの救済”という願い。それが達成される目処がついたと思った矢先に“これ”だ。気が触れもするというものだろう。

 

そんなアウレオルスの前に1人の少女が立ちふさがった。

 

「もうやめて」

 

姫神秋沙だ。目に決意を浮かべて、アウレオルスと上条の間に立つ。

しかし、アウレオルスは止まらない。

 

「必然。もう吸血鬼も吸血殺しも必要ない」

 

そして、また新たな鏃を首に刺し、静かに告げた。

 

「死ね」

 

しかし、姫神は死ななかった。

上条が、その右手で姫神の後頭部に触れている。

 

幻想殺しに黄金錬成は通用しない。

 

「愕然。その右手、聖域の奇跡でも内包するか!」

 

「そんなところさ。さてと、それじゃあやろうか?アウレオルス=イザード。自分じゃ止められないって言うんなら、俺がお前の幻想をぶち殺してやる」

 

「敢然。威勢はいいが忘れているぞ、吸血鬼!貴様の前に立つ女の能力を」

 

「ダメ!」

 

姫神が叫ぶが、もう遅い。

 

「効力を失え!ケルトの十字架!」

 

姫神の首に掛かっていたケルト十字が砕ける。

これこそが、彼女の吸血殺しの力を抑えていたのだ。

そして、それがなくなった今、彼女は再び吸血鬼を殺す者となる。

 

「いや。私はもう。あんなことはしたくない。もう殺したくない」

 

「大丈夫だ、姫神」

 

しかし、三度アウレオルスは驚愕する。

吸血鬼が吸血殺しを噛もうとしない。まるで、そんな能力など存在しないかのように。

 

そして、吸血殺しを幻想殺しで封じている吸血鬼・上条当麻がアウレオルスに近づく。

 

アウレオルスは怪物を見た子供のように顔を歪ませる。

そして、通じないと知りながらも、叫び続けた。

 

「消えろ!」

 

上条当麻は消えない。

 

「去れ!」

 

上条当麻は去らない。

 

「止まれ!」

 

上条当麻は止まらない。

 

「死ね!」

 

上条当麻は死なない。

 

 

そして、姫神の手を引きながら、上条がとうとうアウレオルスを射程内におさめる。

 

「そんなにすげえ力があるなら、もっと世の中の為になるようなことしやがれ!2度と“死ね”なんて唱えるな!」

 

そして、左手を振りかぶると、容赦なくアウレオルスの顔面に拳を突き刺した。

 

 

 

 

「一体どうなってんだよ?こりゃ」

 

黄金錬成の効果がなくなったのか、シェリーが塾長室に戻って来て呟いた。

 

「おい、シェリー。とっととアウレオルスを連れて行ってくれ。それと、吸血殺し対策に何か持ってないか?」

 

姫神と手を繋いだ上条が呼びかける。

姫神の顔が赤いのだが、上条は気付いていない。

 

「あ?お前はさっきの…。まあ、いいか。ほれ。最大主教からの預かりもんだ。首から提げとけ」

 

そう言うと、姫神にケルト十字を差し出した。

先ほど砕けたものと同じ効果があるのだろう。

 

「エリス!」

 

そして、ゴーレムを使って、気絶したアウレオルスを抱え上げる。

 

「うぅ…」

 

その時、アウレオルスが目を覚ました。

上条が身構えるが、彼は穏やかな顔で、こう言った。

 

「Honos628─我が名誉は世界のために─」

 

「魔法名か?」

 

「当然。その通りだ。さらばだ、少年」

 

「俺の名前は上条当麻だ」

 

「そうか。ではさらばだ、上条当麻」

 

「ああ。あばよ、アウレオルス=イザード」

 

「おら。とっとと行くぞ」

 

そして、アウレオルスは連れて行かれた。

 

 

部屋には上条と姫神の2人だけが残される。

 

「私…」

 

不意に姫神が呟いた。

 

「行く当てがない」

 

「はい?」

 

「このままだと。野宿することになる」

 

「あの~、姫神さん?」

 

「あなた。こんな女の子にそんなことされる気?」

 

「でも、俺の部屋に泊める訳にもいかないし…」

 

姫神の無茶ぶりにたじろぐ上条だが、「じ~」という効果音が聞こえそうなほど姫神に見つめられ、とうとう折れた。

 

「わかったよ。どうにかしてやる」

 

 

 

 

8月9日・夜明け前

 

 

 

「それで?上条ちゃんはどういうつもりなのですか?」

 

現在、上条と姫神は、上条の担任である小萌先生のアパートにいた。

 

「いや、だからですね。こいつが行く当てがないって言うもんだから。ほら、先生だって、前に居候してた子がいなくなって寂しいって言ってたじゃないですか」

 

「それとこれとは話が違うのですよ!大体、こんな時間に何をやってたのですか?」

 

「いや、それはですね…。ええっと…」

 

小萌の追及から逃れられない上条であったが、しばらく唸っていると、ため息とともに小萌が話し出した。

 

「まあ、上条ちゃんがいい子なのは先生がよ~く知っているので、今日のところはこれでいいのですよ」

 

「本当ですか?」

 

「はい。先生に二言はないのです。姫神ちゃん、そういうことで、今日からは先生の家にいるといいのですよ。居候は大歓迎なのです」

 

「わかった。ありがとう」

 

「さあさあ、今日はもう寝るのですよ。上条ちゃんは家に帰って下さいね」

 

「はい。それじゃあ、またな、姫神」

 

そう言うと上条は出て行った。

 

「ねえ」

 

残された姫神が小萌に話し掛ける。

 

「はい?」

 

「彼はいつも人助けをしているの?」

 

「そうなのですよ。上条ちゃんはとってもいい子なのです。先生の自慢の生徒です」

 

「そう…」

 

 

 

『人間じゃないのに…。どうして、そんなに強く生きられるの?』

 

アパートまでの道中、そう問うた姫神に上条は、特に気負った顔もせず答えた。

 

『別に。やりたいことをやってるだけだよ。今回は、姫神を助けたかったから助けただけだ』

 

 

 

(彼は強い)

 

吸血鬼の力など関係なく、姫神はそう思った。




三沢塾篇終了です。

中条さんは出しませんでした。
吸血鬼の右腕落としたところで、再生しちゃいますしね。

次の絶対能力者進化計画篇が終わったら、原作のストーリーを離れてまとめに入るつもりです。


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第3章 絶対能力者進化計画篇
10話 自販機


8月20日・昼

 

第7学区

 

 

 

「あち~」

 

ツンツン頭の男子高校生が、クーラーボックスを肩に提げながら歩いていた。

 

太陽の光をいっぱい浴びて元気なさげである。

当然だ。彼は吸血鬼なのだから。

 

今日も、輸血パックを病院に取りに行く必要さえなければ、1日中ずっと家にいるつもりだったのだ。

 

そんな彼が、ふらふらしながら、近道すべく公園を通りかかると…。

 

 

「チェイサー!」

 

自動販売機に蹴りをいれている女子中学生・御坂美琴を見かけた。

正確に言うと、さっきの蹴りは“常盤台中学内伝・おばあちゃん式ななめ45度からの打撃による故障機械再生法”なのだが、流石の吸血鬼もそんなことは知らない。

 

知り合いなので、取りあえず挨拶しておく。

 

「おっす、ビリビリ」

 

「ビリビリ言うな!」

 

ビリビリッ!

 

パキーンッ!

 

条件反射的に、飛んできた電撃を右手で防ぐ。

 

「私には御坂美琴って名前があるって言ってんでしょうが!」

 

「わかったよ。危ないから、いきなりビリビリするな。あと、自販機にはちゃんと金入れろよ」

 

「アンタにはどうせ効かないじゃない!それに、こいつには前に1万円飲まれたんだからいいのよ!」

 

「そういう問題じゃねぇだろ」

 

どうやら、上条へも自販機へも接し方は変えないようだ。

 

(こいつ、本当にお嬢様なのか?)

 

上条が、何度目か分からない疑問を頭に浮かべていると…。

 

「お姉様~」

 

「げっ!」

 

後ろから、常盤台中学の制服を着た、ツインテールの女子が走ってきた。

 

 

上条を見た途端に顔色を変えた。

 

「お、お姉様…。そんな…。本当に…」

 

「ん?」

 

「殿方と逢引きを~!!!」

 

「なっ!」

 

美琴が驚きの声を漏らすが、ツインテールの少女は止まらない。

 

突然、上条の目の前に瞬間移動すると、彼の手を取って言った。

 

「はじめまして、殿方さん。私、お姉様の露払いにして、唯一無二のパートナー・白井黒子と申します。もし、お姉様にちょっかい出そうというのなら、まず私を通して頂きませんと…」

 

突然、女の子に手を取られ、上条は吸血衝動が来ないように、必死に気を落ち着けるが、黒子は違う意味に取ったらしい。

 

「あらあら、この程度のことでどぎまぎなされるなんて」

 

そして美琴に向き直り、言い放った。

 

「浮気性の危険がありましてよ!」

 

さっきから、顔を真っ赤にして俯いていた美琴だったが、この一言で何かが振り切れたらしい。

 

「ア・ン・タ・に・は」

 

バチバチと体中から紫電が迸る。

 

「このヘンテコが私の彼氏に見えんのかーーー!!!」

 

ドーンと小規模な雷が落ちるが、瞬間移動で街灯の上まで逃げた黒子は、全く別のことを考えていた。

 

(本来ならば、とっととあの類人猿にはご退場頂いて、お姉様をエスコートしてさしあげるところですが、ここままウブなままだと将来、お姉様に変な虫がつくやもしてません。その点、あの人畜無害そうなお猿さんならば心配いらないでしょう。それに…)

 

黒子は美琴に微笑を向けながら、決して聞こえない声で呟いた。

 

「元気になられたようですね、お姉様」

 

最近、美琴の無断外出・無断外泊が続き、しかも日が経つにつれて元気をなくしていく美琴に、心配を募らせていた黒子だったが、この様子を見る限り、もう大丈夫なようである。

 

 

「こら~!黒子!下りてきなさい」

 

対する美琴は黒子に向かって叫び続けていた。

 

(私は別にこんな奴のことなんて、何とも思ってないんだから)

 

ツンデレとは難儀なものである。

 

 

「それでは、私はこの辺で失礼いたしますが、くれぐれも一線だけは越えぬように。それでは、お姉様」

 

それだけ言うと、シュンという音とともに、黒子は瞬間移動でどこかに消えてしまった。

 

 

残されたのは、顔を真っ赤にした美琴と、きょとんとした表情の上条である。

 

「へ~。テレポーターとか初めて見た」

 

相も変わらず鈍感な上条は、黒子の言葉を聞いても、なお美琴の気持ちには露ほども気づいていなかった。

とは言え、まだ美琴も自分の気持ちが何なのかには気づいていない状態なのだが。

 

 

そんな時、再び美琴を呼ぶ声がした。

 

「お姉様」

 

「またかよ」

 

美琴より速く反応した上条が振り向くと、そこには美琴と瓜二つだが額に軍用ゴーグルをつけた少女がいた。

 

「増えた!?御坂2号!?」

 

「妹です、とミサカは答えます」

 

「ええっと、御坂の妹で一人称が“ミサカ”なの?ややこしくないか?」

 

「ミサカの名前はミサカですが、とミサカは言い張ります」

 

「ひょっとして御坂ミサカ?いや、そんな訳ないよな」

 

上条と御坂妹(仮)が話していると、突然美琴が声をあげた。

 

「アンタ一体!」

 

あまりの剣幕に上条がたじろぐ。

 

「こんなところで何やってんのよ?」

 

幾分柔らかくはなったが、それでもまだ詰問調で美琴が問う。

 

「“何”と言われたら研修中です、とミサカは答えます」

 

それを聞くと、美琴の顔をに深い影が差した。

 

「お~い、妹。色々話したいこともあるし、こっち来ようか」

 

口先だけは明るく美琴が誘う。どうやら上条には聞かせたくないらしい。

 

「いえ、ミサカにもスケジュールが…」

 

「いいから!来なさい」

 

有無を言わさず、美琴は妹を引っ張って行った。

 

 

『複雑なご家庭なのかな?』

 

『それだけには見えないな』

 

疑問を残しつつも、家路を急ぐ上条であった。

 

 

寮のすぐ近くまで来たころ、考え事の所為か、彼は足元のボールに気付かず、思いっきりすっ転んでしまった。

 

「いてて。不幸だ」

 

『今回は単に不注意なだけだろ』

 

 

「何をしているのですか…」

 

そんな時、話し掛ける声が聞こえたので首を回すと、シャンパンゴールドの髪に常盤台中学の制服、そして額には軍用ゴーグルという格好の少女がいた。

 

「と、ミサカは問い掛けます」

 

(御坂?)

 

一瞬、御坂美琴かと思った彼だが、そのとき一陣の風が吹き、少女のスカートを浮かせる。

 

(青白のストライプ…。あれ?さっき自販機蹴ってた時は短パン履いてたよな)

 

「ああ。お前、妹の方か。てっきり御坂かと思ったよ。本当にそっくりだな」

 

『なんてところで見分けをつけてるんだ!?お前は!ゴーグルがあるだろ、ゴーグルが!』

 

「はい、とミサカは肯定します。ところで、何をしているのですか?とミサカは再度問い掛けます」

 

「今から家に帰るとこだよ」

 

「では、その大きなクーラーボックスは何なのですか?とミサカは新たな疑問をぶつけます」

 

「内緒だ」

 

そう言うと上条は立ち上がり、クーラーボックスを提げ直す。

 

「それじゃあ、またな、御坂妹」

 

「さようなら、とミサカは別れの挨拶をします」

 

 

そうして彼女と別れた上条は、大急ぎで寮の部屋に戻り、荷物を置くと、またとって返した。

 

『なあ、ジェーン。感じたよな?』

 

『ああ、もちろんだ』

 

『『あいつから血の臭いがした』』

 

それも明らかに自分の血ではない。外側から浴びたようであった。

きれいに洗い流されてこそいたが、吸血鬼である上条にははっきりわかった。

 

それに加えて、先ほどの姉妹間の会話だ。明らかに美琴の様子はおかしかった。とても“複雑なご家庭”という言葉では済ませられないほどに。

 

 

御坂妹を見つけるのに、それほど時間はかからなかった。1度嗅いだ血の臭いを逃すような上条ではない。

 

そして、吸血鬼の運動性能と視力を駆使して尾行する。並みの視力ならば遥か前方の点としか、御坂妹を認識できない距離からだ。

ひょっとしたら、スパイである土御門ですら、尾けられていると気付かないかもしれない。

 

そうしてしばらく尾行してみたが、特に怪しい行動はなかった。いや、なさすぎたと言うべきかも知れない。

どこかの店に入るわけでも、家に帰るわけでもなく、御坂妹は只管に街を歩き続けた。

そのまま夕暮れ時になり、家路を急ぐ人々で通りが混み合ってきた。

 

その時、不意に御坂妹の動きが変わった。

いきなり走り出したかと思うと、見通しの利かない路地裏に入っていく。

臭いだけでは心許ないので、仕方なく上条も路地裏に入る。

 

しかし、その先で御坂妹は上条を待っていた。

 

「幼気な少女の後を尾けるとは、あなたは俗に言う変質者なのですか?とミサカは不安に満ちた顔で変質者(仮)に問い掛けます」

 

「ちげぇよ!変質者(仮)ってなんだ!それに、表情なんてちっとも変わってないだろうが!」

 

突然の変質者認定に、当初の目的も忘れてツッコむ上条。

 

しかし、コメディパートはここまでだったようだ。

 

 

「あなたの所為でミサカは今回の“実験”のサポートという大事な務めを果たせませんでした、とミサカは文句を言います」

 

「実験?」

 

気になる単語を聞き取り、御坂妹に聞き返す。

 

「はい。実験です」

 

そのまま返されたので、さらに追及する。

 

「その実験ってのは何なんだ?何をするものなんだ?」

 

「ZXC741ASD852QWE963'」

 

「は?」

 

「今のパスをレコード出来ないということは、あなたはやはり実験の関係者ではないのですね。よって情報は明かせません、とミサカは主張します」

 

「ちっ!」

 

『実験か…。例の血の臭いと関係あると思うか?ジェーン』

 

『多分そうだろう。それに、よく見てみると、こいつは一挙手一投足が一般人とは別物だ。まるで軍人みたいだよ』

 

『軍人?じゃあ、尾行に気付いたのも…』

 

『そういう訓練を受けてるってことなんだろうな。どうやら、また面倒な厄介事に首を突っ込んでしまったらしいぞ』

 

『はあ、不幸だ』

 

頭の中で嘆息する上条だったが、頭の中で会話をしていたのは彼だけではなかった。

 

『あなたの情報のお陰で助かりました。危うく、無関係な一般人を巻き込んでしまうところでした、と“10032号”は“10031号”に感謝を述べます』

 

『礼には及びません。最悪“第10030次実験”の失敗もあり得る事態だったのですから“妹達(シスターズ)”全員の共通の危機だったと言えるでしょう、と“10031号”は分析します』

 

『それにしても、彼は一体何者なのでしょうか?と“13577号”は疑問を提示します』

 

『どうやらお姉様のお知り合いのようですが、それ以上の情報は皆無ですね、と“10289号”は現状を確認します』

 

『書庫での検索が完了しました。彼の名前は上条当麻。ごくごく平凡な無能力者の男子高校生のようです、と“18523号”は報告します』

 

『彼は大した情報を持っているようではありませんし、報告通り無能力者ならば、最悪の場合は我々だけでも排除することは可能でしょう。脅威になり得るとは思えません、と“17378号”は意見を述べます』

 

『そうですね。では、反対意見もないようですので上条当麻のことは放置するという方針でいきます、と“10032号”は結論を纏めます』

 

御坂妹も上条と同じく脳内で、他人と話していた。

そして、そこでの議論で決めた通りに彼女は行動する。

 

「それでは、そろそろ失礼します、とミサカは暇を告げます」

 

「あっ、おい!ちょっとま…」

 

「もし、これ以上付いて来るのであれば、警備員に通報しますよ、とミサカは警告します」

 

「うっ!」

 

上条の言葉を遮り、御坂妹は殺し文句を告げる。これでは上条は─というより誰も─付いてはいけないだろう。

 

「わかったよ。それじゃあな」

 

諦めた様子の上条は、別れを告げると路地裏から出ていった。

 

「ふぅ~。危ないところでしたが、どうにかなりました。さて、早く“研究所”に帰りましょう、とミサカは一人言ちます」

 

上条の背中を見送った御坂妹もその場を後にした。

 

いつの間にか陽はすっかり傾いていた。

 

 

 

 

同時刻

 

窓のないビル

 

 

 

「フフフ。予定通りだ。危うく、もう実験場に辿り着いてしまうのではないかとひやひやしたが、“計画”に狂いはない」

 

統括理事長・アレイスター=クロウリーは今日もビーカーの中でほくそ笑んでいた。

 

「相変わらず趣味が悪いな、アレイスター」

 

そんな彼に話し掛ける人物がいた。

 

「貴様のその笑いを見てると反吐が出る」

 

言葉汚く自らの雇い主の1人を罵ったのは、必要悪の教会の陰陽師、兼学園都市のスパイ、兼その他さまさまな組織に雇われる多角スパイ・土御門元春だ。

 

「そう言うな、土御門。“とあるイレギュラー”のお陰で、“計画”がかなり早く進行しているのだ。私とて上機嫌にもなるさ」

 

「その為に“滞空回線(アンダーライン)”まで使って、自ら幻想殺しの観察か。余程、“計画”とやらにとって重要なんだろうな」

 

滞空回線とは、学園都市内に5000万機以上も散布されているナノサイズ─正確には70nm─のシリコン塊のことだ。それらは収集した情報を相互に共有し、巨大なネットワークを築いている。

アレイスターが学園都市内での情報収集をする際の要を担っているものだ。

 

「さて、どうだろうな」

 

当然のことのように、アレイスターは土御門の質問をはぐらかす。実際答える義務はないし、土御門とて素直に話す情報を鵜呑みにするつもりはなかった。

 

その後、十字教勢力の動向を一通り報告し終えた土御門は帰っていき、アレイスターが1人残された。

 

そして、こう呟いた。

 

「“重要”か…。そんな言葉では足りんよ。あれが無ければ、我が“計画”は成就し得ない。そして“彼女”もな…」

 

その後、しばらくアレイスターの笑い声が空間に響いていた。

 

彼の言う“彼女”とは誰のことか?

この疑問に答えられる人間は彼自身のみである。




絶対能力者進化計画篇スタートです(^^)/

妹達の検体番号は適当にふっただけなので、気にしないでください。


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11話 妹達

8月21日・夕方

 

 

 

「よう!また会ったな、御坂妹」

 

御坂妹(命名・上条)が、研究所の外に出ると、昨日出会ったツンツン頭の少年がいた。

「また会った」などと言っているが、おそらく待ち伏せていたのだろう。

 

「さて、警備員に電話を…」

 

「ストーップ!」

 

「何でしょう?昨日、警告は済ませたはずですが、とミサカはポケットに手を伸ばします」

 

「あの後、俺はちゃんと家に帰った。お前のことを尾けたりなんてしてない」

 

一応、事実である。

あの後、上条は寮に戻り、臭いだけの追跡に専念した。なかなか難しいのだが、そう離れた場所にまでは行かなかったので、こうして場所を特定できたのだ。

 

だから、御坂妹との約束は守っている。一応は。

 

「では何故ここがわかったのですか?とミサカは当然の疑問を口にします」

 

「それは…。ええっと…」

 

しかし、こう問われると返答に困ってしまう上条であった。

言い訳くらい考えとけよ!

 

そんな時、横の茂みからニャ~という鳴き声がした。

 

「おお!子猫か!?可愛いな!」

 

これ幸いとばかりに、子猫に話題を変えようとする上条。

普通なら失敗して、お決まりのフレーズを叫ぶことになるのだが、どうやら御坂妹は猫好きだったらしい。

上条などそっちのけで、猫を見つめている。

 

「子猫…」

 

彼女は“姉”と“姉”との思い出に、思いを馳せていたのだが、そんなことは知る由もない上条であった。

 

 

その後、幻想殺しで御坂妹の電磁波─美琴同様、“電撃使い(エレクトロマスター)”である彼女は常に帯びている。これを猫は嫌うらしい─を封じて、猫を抱っこさせてやったところ、とても懐いた。より正確に言うと、子猫は御坂妹に、御坂妹は上条にとても懐いた。

 

それから2人と1匹─御坂妹に“いぬ”と名付けられた─で遊びに行った。

ゲームセンターに行き─御坂妹は“ゲコ太”なるカエルのマスコットにご執心だった─、買い食いをし─ひよこ型のお菓子を食べると、本物だと思っていた御坂妹から電撃をくらった─、その他、色々なところに行った。

 

そうこうしているうちに、陽が暮れてきた。

 

『おい、当麻。最初の目的を忘れてないか?』

 

『ん?実験ってのが何なのか調べるんだろ。だから、こうして心を開いてくれるように上条さんはですね…』

 

『さっきの研究所にカチコミかけた方が早いだろ』

 

『上条さんは乱暴なやり方は好みませんのことよ』

 

『はあ。毎度のことだが、お前は優しいが甘すぎる。吸血鬼の力を無闇に振るわないのはいいが、いざって時には躊躇わないでくれよ、頼むから』

 

『わかってるさ』

 

(いや、お前には無理だよ。このままじゃな)

 

上条の返答を聞いても安心しないジェーンであった。

 

 

「喉が渇きました、とミサカは暗にジュースをねだります」

 

考え事をする上条に、御坂妹─今日1日で随分と図々しくなった─が話し掛けてきた。

 

「ん?ジュースか?ええっと、自販機は…」

 

「あそこです、とミサカは指差します」

 

「どこだ…って遠いな!」

 

「ざっと500m先でしょうか。頑張って下さい、とミサカは励まします」

 

「はあ、不幸だ」

 

と言いつつ、それでも行くのが上条当麻という男である。

 

しかし、この判断は大間違いだった。

 

5枚連続で100円玉が吐き出されるという更なる不幸を乗り越えた上条が、元いたところに戻ってみると、御坂妹はおらず、いぬだけが脇の茂みにうずくまっていた。

 

慌てて、臭いを辿って追いかける。

 

少し離れた路地裏へと続いていたが、近づくと、より強い臭いが漂ってきた。まるで、血が撒き散らされているような。

 

頭に浮かぶ、最悪のシチュエーションを必死に打ち消しながら路地裏を覗いた上条が見たのは、想像以上に凄惨な有様だった。

 

 

吹き飛んだゴーグル、血に染まった制服、そして何より、体が弾けたのかと思うほどに原型を留めていない、少女の死体。

それでも、残った顔とシャンパンゴールドの髪が、これが誰なのか、いや誰であったのかを、憎たらしいほど如実に示している。

 

 

しかし、上条の予想の斜め上を行く事態がさらに起こった。

 

数十人─見えないところにはもっといるのだろうが─の御坂妹が曲がり角の向こう側から現れたのだ。

 

「御坂…妹?」

 

「はい、とミサカは肯定します」

 

「お前らは…」

 

上条の声が震えている。無理からぬことだろう。こんな状況に陥れば動揺もする。

 

「お前らは一体…」

 

「我々は“妹達(シスターズ)”」

 

対する御坂妹の声はいつも通り単調だった。

 

「御坂美琴お姉様のDNAから作られた、体細胞クローンです」

 

「クローン…。一体…、一体実験って何なんだ!?」

 

「ZXC741ASD852QWE963'」

 

「くっ…。またかよ」

 

思わず叫ぶ上条に対して、またもやパスの認証を要求する御坂妹。

 

「こうなったら、こんなことしでかした野郎を見つけ出して、問いただしてやる!」

 

『無理だな』

 

『何?』

 

新たに行動目標を定めて気合いを入れる上条だったが、思わぬところから待ったがかかった。

 

『血の臭いが続いてない』

 

『嘘だろ。こんな殺し方で、返り血浴びてないってのかよ』

 

『信じられないが、事実だよ』

 

上条の驚きも尤もである。

辺り一面、地面も壁も血の海なのに、犯人に返り血が1滴もかかっていないなどと、ドラマに出てくるマヌケな刑事でも思わないだろう。

 

しかし、吸血鬼である上条が後を追えない以上は確実だった。

“この”御坂妹を殺した犯人は返り血を浴びなかったのだ。

 

 

ガサゴソという作業音に反応して、上条は思考の渦の中から帰還した。

見ると、妹達が死体と血痕の後片付けをしているところだった。

 

「実験のサポートってこのことかよ…」

 

苦々しく上条が呟くが、この場にいる誰も相手をしない。

 

『当麻』

 

いや、1人いることにはいるのだが“この場”という言葉は相応しくないだろう。彼女はいつでも上条の中にいるのだから。

 

『なんだ?ジェーン』

 

『研究所だ』

 

『研究所?』

 

『そう。“あの”御坂妹が昨日帰って、今日出てきた研究所』

 

『そうか!そこなら…』

 

『実験とやらのデータもちゃんとあるだろうさ』

 

『よし!』

 

やることを決めると後は早かった。

 

路地裏から飛び出し、人外な速度で研究所へと駆ける。

 

 

 

 

数分後

 

 

 

上条は例の研究所に到着した。

 

迷うことなく、玄関から侵入する。

 

すると、いきなり身体が炎に包まれた。

 

「おいおい。噂の侵入者ってのはこんなに弱かったのかよ?“アイテム”から逃げきったとか言ってなかったか?あの研究者たち」

 

“発火能力者(パイロキネシスト)”と思しき少年が奥から現れて、つまらなそうに呟いた。

 

パキーンッ!

 

しかし、そんな余裕をかましている場合ではなかったようだ。

彼の炎がかき消され、中から無傷の少年が現れる。

 

「冗談だろ!?俺の炎が…」

 

「ごちゃごちゃ、うるせぇ!」

 

モブなオリキャラは引っ込んでろと言わんばかりに、上条が右手を顔面に叩きつける。

一撃で意識が飛んでしまったようだ。ピクリとも動かない。

 

気絶したことを確認すると、すぐに奥へと足を進める。

 

その後も3人の能力者─いずれも大能力者クラス─が、上条を止めるべく現れたが、時間稼ぎもろくに出来ずに、全員沈められた。

 

そして、迷いながらも、1時間もしないうちに、上条は研究所の最奥部まで辿り着いた─途中、数人の研究者と擦れ違ったが、襲ってこないので無視した─。

 

上条を出迎えたのは、情けなくもビクビクと足を震えさせる中年の男性科学者だった。

 

「くそっ!自腹切って“暗部”を雇ったってのに、屁のつっぱりにもならないじゃないか!」

 

“暗部”とは、学園都市の公に出来ないような仕事を請け負う者たちのことだ。

この街の性質上、そのうちの多くは少年少女で、尚且つ能力者である。

暗部に入る理由は、人それぞれだが、大多数は望まずして入っているという一点では一致を見るだろう。

 

そんな、普段の上条ならば聞き漏らすはずもない単語が出て来たが、今の上条の耳には届かない。完璧に冷静さを欠いていた。

 

 

「おい!」

 

「ひぃっ!」

 

上条は今にも失禁しそうな研究者ににじり寄ると、睨みつけながら、こう言った。

 

「死にたくなかったら、シスターズに関する資料を全部出せ」

 

「は、はいっ!」

 

勿論はったりなのだが、効果抜群だったようだ。

研究者は、ほんの数分で全ての資料をプリントアウトして、上条に差し出した。

 

それまでは“シスターズ”の漢字表記さえ知らなかった上条が、遂に彼女たちの全貌を捉える。

 

 

資料にはこうあった。

 

───────────────────

“妹達”を運用した“絶対能力者(LEVEL6)”への進化法

 

学園都市には7人の“超能力者(LEVEL5)”が存在するが、“樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)”の予測演算の結果、まだ見ぬ“絶対能力者”へ辿り着けるものは第1位・“一方通行(アクセラレータ)”1名のみと判明した。

 

この被験者に通常の“時間割り(カリキュラム)”を施した場合、“絶対能力者”に到達するには250年もの歳月を要する。

 

我々はこの“250年法”を保留とし、実戦による能力の成長促進を検討した。

 

特定の戦場を用意し、シナリオ通りに戦闘を進める事で成長の方向性を操作する。

 

予測演算の結果、128種類の戦場を用意し、“超電磁砲”を128回殺害する事で“絶対能力者”に進化する事が判明した。

 

しかし、“超電磁砲”を複数確保するのは不可能である為、過去に凍結された“超電磁砲量産(レディオノイズ)計画”の“妹達”を流用してこれに代える事にする。

 

武装した“妹達”を大量に投入する事で性能差を埋める事とし2万体の“妹達”との戦闘シナリオをもって、“絶対能力者”への進化を達成する。

───────────────────



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12話 操車場

8月21日・8時頃

 

第7学区・鉄橋

 

 

 

「助けてよ…」

 

御坂美琴は泣いていた。

別に、本当に助けて欲しかった訳ではない。

口から勝手に出て来ただけだ。

 

しかし、ヒーローは必要とされるところに現れるものである。

 

 

「何やってんだ?お前」

 

上条当麻が目の前に立っていた。

 

本当は直接、実験が行われる操車場に向かうつもりだったのだが、途中で、今にも自殺しそうな顔した美琴を見かけてやってきたのだ。

 

 

「何よ?いきなり」

 

しかし、美琴は今更ヒーローには縋らなかった。

 

「何してようが私の勝手でしょ。夜遊び程度でアンタにとやかく言われる筋合いな…」

 

「やめろよ」

 

軽口で済まそうとするが、上条の低い声に遮られる。

 

「やめるって何を?今更…」

 

美琴の言葉が途中で途切れる。

上条が手に持っていた資料を美琴に見せたからだ。

 

「御坂妹のことも、妹達のことも全部知ってる」

 

「アンタ…」

 

 

しばし呆然としていた美琴だったが、再び口を開く。

 

「あ~あ。アンタ一体何者よ?昨日、私のクローンに会ったばっかりなのに、そこまで辿り着けるなんて探偵になれるわよ」

 

相変わらずの軽口とは正反対に美琴の心は暗かった。

 

(お節介焼きのアンタは、こんな計画許せないわよね。アンタから見れば私はDNAを提供した実験の協力者。私を糾弾しに来たって訳か…。まあ、いいや。事実は違うけど結果だけ見れば同じこと。それならいっそ、誰かに責められた方が楽にられるかも…)

 

「それで?アンタは私を許せないと思ったの?」

 

美琴は問い掛けるが、上条の答えは予想だにしないものだった。

 

「何言ってんだ!心配したに決まってんだろ!」

 

「う、嘘でも、そう言ってくれる人がいるだけ、ましってとこかしらね…」

 

「嘘じゃねぇよ」

 

美琴の言葉に対し、資料を握り潰した上条が叫ぶ。

 

「嘘じゃねぇっつってんだろ!」

 

そして、続けて上条は言う。

 

「お前は絶対、死なせない」

 

「へ?」

 

あまりに突拍子もないことを言った上条の台詞に、いや自らの心を見透かして言ったような台詞に、美琴の心が揺れる。

 

「この資料には、185手でお前が一方通行に負けるっていう予測演算が載ってる。お前、これを乱すために死ぬつもりだっただろ」

 

「何で…」

 

「あんな顔を見れば、誰だって気付くっつうの」

 

「でも…、もうそれ以外に…」

 

「あるだろ?もう1つ、簡単な方法が」

 

「え?」

 

「一方通行が最強じゃなくなればいい」

 

「それって、どういう…。まさか!?」

 

「ああ。俺が一方通行と戦う。そして、倒す」

 

「駄目よ、そんなの!あいつは世界中の軍隊を敵に回してもケロリとしてるような化物なのよ!それに、もうこんなことに罪のない人を巻き込めない!私1人の命で1万人が救われるなら素晴らしいことじゃない!」

 

「俺はお前に死んでほしくないんだ」

 

「私には…。みんなが笑って終われるハッピーエンドがあったとしても、そこに行く資格なんて、私にはないんだから!1万人も犠牲にした元凶が、始末をつけなきゃいけないのよ!」

 

落ち着いた声で諭すように話す上条に対して、美琴は自分の思いをぶちまける。

黒子にも、佐天にも、初春にも、母親にも、父親にも、明かさないと決めていた思いが、とうとう堰を切って溢れ出した。

 

しかし、次の上条の一言で黙ることになる。

 

「御坂。お前は楽になりたいだけだろ」

 

「…え?」

 

「そんなに、今回のことに責任を感じてるんなら、簡単に“死ぬ”なんて言うな!ちゃんと生きろ!償いたいなら、まず生きろ!お前が死んだら悲しむ人だっているだろう!」

 

上条に思いを見透かされた美琴は言い返せない。

それ以前に、今の上条に物申せる者などいないだろう─どこぞの第7位ならいざ知らず─と思わせる程の気迫だった。

それほどに思いが乗った言葉だった。とても、15歳の少年が言える言葉ではない。まるで100年以上生きた男が話しているようだった。

 

こうして美琴は上条に全てを託した。

 

 

「大体、お前の作戦なんて、再演算されたら終わりだって気づかなかったのかよ?」

 

ふと、上条が美琴に問い掛ける。

そこまで周りが見えていなかったのだろうかと気になったのだ。

 

「再演算なんて出来ないわよ」

 

「ん?」

 

美琴の言葉を解せない上条が疑問符を浮かべる。

 

「だって私が壊したから、樹形図の設計者」

 

「はい!?」

 

あまりにとてつもないことに、上条が驚く。

 

「うん。本当は偽の予測をさせてから壊すつもりだったんだけどね。流石に時間がなかったから、ただ壊したの」

 

「へ~…」

 

改めて、目の前の少女が、LEVEL5の第3位・超電磁砲であることを認識した上条であった。

 

 

 

 

同日・8時29分

 

第10学区・操車場

 

 

 

コンテナの上に白髪赤眼の少年が座っていた。

白いのは髪だけではなく、Tシャツの袖先から覗く細腕の肌も女性が羨む程に真っ白だった。おそらく、全身がそうなのだろう。

 

そんな彼がこの街の230万人の頂点に君臨する、最強の能力者だと言われて誰が信じるだろうか?

 

そんな彼が1万人以上もの少女をその手にかけた殺人者だと言われて誰が信じるだろうか?

 

しかし、哀しいかなどちらも真実である。

 

彼はLEVEL5の第1位にして、まだ見ぬLEVEL6へ至るための実験の被験者である。

 

その能力は“ベクトル変換”。

能力名は“一方通行”。

文字通り、運動量・熱量・電気量などのベクトル、すなわち力の向きを変える能力だ。

普段は力の向きを“反射”に設定しているので、どんな攻撃も彼には届かず跳ね返っていく。

人間に触れば、血流や生体電気を操り、10031号のような惨殺死体をも作り出す。

そんな汎用性と、本人の演算能力の高さ─並みの人間が1万人集まっても適わない─が第1位たる所以だった。

 

本名は不詳─当人曰わく忘れたらしい─だが、研究者たちは“一方通行”と呼び、他の者もそれに倣った。

今では、それこそが本当の名前のようになっている。

 

 

彼は今、1人の少女を見下ろしていた。

 

今まで彼が殺してきた少女たちと同じ顔。そして今夜、死体の山の一番上に積まれる予定の少女だ。

 

実に10032人目である。

 

彼女たちは、彼に殺されるためだけに生まれてきた。

そして、次々にその本懐を遂げて死んでいった。

 

目の前の少女も“実験開始”までの時間を秒読みしている。その目に何の感情も浮かべることなく。

 

 

いつも通りの虐殺劇。そう思っていたが、今夜はそうはいかないようだ。

 

「オイ!」

 

少女の秒読みを遮って話し掛ける。

 

「この場合、実験ってのは、どォなっちまうンだァ?」

 

「この場合とは?」と問い掛けようとした少女・ミサカ10032号だったが、真横に目を向けて事情を理解した。

 

部外者の乱入だ。

 

ツンツン頭の少年がこちらに向かって走って来ている。

 

「どうして…」

 

思わず呟く10032号に、一方通行が食ってかかる。

 

「部外者連れ込ンでンじゃねェよ!」

 

そのまま殴りつけようとするが、くだんの部外者の方が早かった。

 

「歯、食いしばれ!」

 

乱入者・上条当麻の右拳が一方通行の頬を捉える。

 

 

(あり得ねェ)

 

一方通行が最初に抱いた感想はそれだった。

常時、反射の膜で覆われた彼に拳は届かない。それが当然だった。

しかし、目の前の男の拳は反射を突き破ってきた。

こんなことは初めてだった。

 

しかし、第1位の脳みそは伊達ではない。拳が危険ならば、と後ろに高速移動─靴底にかかる力の向きを変えた─して、距離をとろうとする。

 

しかし、上条の膂力がそれを許さなかった。即座に追いつき、再び拳を振りかぶる。

 

一方通行は慌てて上に逃げる。

空中ならば拳は届かないという考えからだ。

 

しかし、上条は一方通行の予想を遥かに超えていた。

 

コンテナを蹴り、三角跳びで一方通行がいる高度にまで跳び上がると、彼の腹に右拳を叩き込む。

 

美琴の心配は大きく裏切られる。

戦いは上条有利の状態で始まった。

 

しかし、いつまでも黙って殴られている一方通行ではない。

 

上条に殴られながらも、状況を読み、一瞬の隙をついて、石や鉄骨を飛ばして反撃する。

 

上条の拳を何発も受けても、倒れないとは体型に似合わず打たれ強いようだ。

 

 

それでも、上条の有利は動かないかと思われた。

 

「あの一方通行を押してる?」

 

先ほど到着した美琴がこんなことを呟いたのも当然だろう。

 

そんな時、突然何かに気づいたように、一方通行の唇が歪んだ。

 

瞬間、上条の身体が吹き飛ばされる。

 

突風だ。

 

「くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかこけききくくくききかきくこくくけくかきくこけくけくきくきくきこきかかか」

 

理解不能な音を発する一方通行が“大気の流れ”に干渉して突風を起こし、上条を吹き飛ばしたのだ。

 

常人ならば、大怪我は免れない距離を飛んだ上条だったが、そんなことで彼は止まらない。

吸血鬼の回復力などなくても彼ならば動けただろう。

 

すぐに立ち上がり、一方通行を見据えるが、主導権を持っているのは、もう既に上条ではなかった。

 

 

「あンじゃねェか。目の前のクソをぶち殺せるもンがここによォ」

 

一方通行が、今度は鎌鼬のような風を起こす。

これはどうにか右手で防いだ。

 

しかし、その次は無理だった。

 

「なら、こンなのはどォだ?三下ァ!」

 

まるで弾丸のように、空気がピンポイントで襲いかかってきたのだ。

 

上条は心臓を“撃ち抜かれ”地面に倒れる。

 

だが、そんな傷は問題にならない。

何故なら彼は吸血鬼、それもミナ=ハーカーの力を継ぐ吸血鬼なのだ。

心臓の穴くらいなら、すぐに塞げる…はずだった。

 

どれだけ待っても傷は塞がらず、何かを耐えるかのように上条は苦悶の声をあげる。

 

彼の意思を無視するかのように、両目が赤くなったり黒に戻ったりを繰り返す。

 

思わず、駆け寄ろうとする美琴だったが、御坂妹がどうにか押し止める。

 

 

 

上条が陥っている状況を簡単に表すならば“空腹”だ。

 

今日1日─いや、半日か─を振り返ってみよう。

 

まず御坂妹とデートして、大能力者4人組の暗部組織を黙らせ、第7学区から第10学区まで駆け抜けた─途中、鉄橋に寄り道─。しかも、真夏の太陽の下である。

 

そして、問題はもう1つあった。

 

彼は御坂妹の前で輸血パックを開けられただろうか?

答えは否だ。

 

つまり、彼は昼から飲まず食わずでここまで来たのだ。

 

吸血衝動を抑えるのが限界にきている。

まして、周りには処女が2人に童貞が1人だ。

 

もう、血を吸いたくて仕方がないのだ。

 

そんな衝動を必死に抑えているのだ。攻撃も回復も疎かになって当然だ。

 

 

そんな彼の頭の中で声がした。

 

『だから言っただろう?当麻。“いざって時には躊躇うな”ってさ』

 

『いやだ。生き血は吸わない』

 

『だよな。お前はそういうやつだ。知ってたよ。だから…』

 

そこでジェーンは一瞬間をおいた。

 

『体を借りるぞ、当麻』

 

『おい!待て!』

 

上条の制止を振り切り─衝動を抑えるのに必死で精神的に弱っていたから簡単だった─、ジェーンは意識を乗っ取った。

これでジェーンが体を動かし、上条は頭の中から出られない。

つまり、普段とは逆の構図だ。

 

 

「さあ、第2ラウンドを始めようか?童貞坊や」

 

上条、いやジェーンはそんなことを言いながら立ち上がると、左手で右腕を掴む。

 

「本気で行くぞ!」

 

そのまま右腕を引きちぎり、吸血鬼の魔力を開放した。




ちょっと原作通りの台詞が多いかもです。
大丈夫ですよね…。

竜王の殺息の時に、学生寮を壊したくなかったので、樹形図の設計者も壊せませんでしたが、ここは美琴に頑張ってもらいました。

そろそろ吸血鬼の全力を書いてみたいと思います。上条だと優しくて上手くいかないので、ジェーンに替わってもらいました。
次回は一方通行が大変なことになりますが、悪しからず。


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13話 超能力者vs吸血鬼

8月21日・夜

 

第10学区・操車場

 

 

 

「どォいうつもりだァ?」

 

一方通行は当惑していた。

 

実験に突然の乱入者があった。

驚くべきことに、その乱入者は自分の反射を破った。

破れるのは右腕のみだったようだが、運動能力が尋常ではない彼は自分を圧倒した。

しかし、風を操ることで、今度は逆に自分が彼を圧倒し始めた。

そして、自分の攻撃が彼の急所を捉えて、彼を地に倒した。

 

ここまではいい。

 

多少のイレギュラーこそあれ、自分は彼より強かったということだ。

 

しかし、彼は起きあがった。

 

何か気に障る言葉が聞こえた気がしたが、それは無視しよう。

 

そして、彼は切り札であるはずの右腕を自ら落とした。

 

何がどうなっているのかわからない。

 

 

それは一方通行だけではなかった。

 

 

「どうして…」

 

御坂美琴も同様に悩んでいた。

 

いつも自分をイラつかせた彼の右手。

それは一方通行をも打ち破れるものだった。

 

それを見せつけられて歓喜した。

 

彼なら一方通行を倒してくれる。

そう確信した。

 

しかし、一方通行はやはり強かった。

 

彼は地に倒された。

 

駆け寄ろうとしたが妹に止められた。

振り切ろうともしたが、彼女の表情を見てやめた。

 

そんな時、彼は起きあがった。

 

だが、様子がおかしかった。

 

いつもとは違う言葉遣い。

いつもとは違う表情。

 

そして、彼は切り札であるはずの右腕を自ら落とした。

 

どうなっているのかわからない。

 

 

敵同士である2人が奇しくも同じ言葉を頭に浮かべた時、上条が動いた。

 

 

パチンとフィンガースキップの音が操車場に響く。

 

キーキーキーキーキーキーキーキーキーキーキーキーキーキーキーキーキーキー

 

それを合図に、どこからともなく大量の蝙蝠が現れた。

彼らは一斉に上条の元に集まり、彼の体を覆い隠した。

 

それ程、間を置かずに蝙蝠たちは飛び去っていき、上条の体が再び露わになる。

 

しかし、そこにいたのは上条ではなかった。

 

眩しいほどに鮮やかな金髪金眼。

息を呑むほどに艶やかな真っ赤なドレス。

透き通るほどに美しい白い肌。

 

見る者が見れば気付いただろう。

彼、いや彼女の姿は、かつて最強と謳われた女吸血鬼・ミナ=ハーカー、そのままであった。

 

 

「Black Dogs!」

 

上条、いやジェーンが叫ぶと、彼女の影から、真っ黒な犬が現れた。

彼女の使い魔である地獄の黒犬たちだ。

それも10匹以上も。

 

「あの白モヤシを殺れ」

 

「Ma'am,yes ma'am! My master!」

 

ジェーンの命令で一方通行に襲いかかる。

 

 

「なめてンじゃねェぞ!三下がァ!」

 

あまりの出来事に呆然としていた一方通行だったが、自分に矛先が向いたことで態度を一変させる。

 

踊りかかってきた犬たちを反射で迎撃する。

 

普通の攻撃よりも奥に入ってきた感じがしたが、それでも弾き返すことには成功した。

 

 

「へぇ。そんな攻撃でも返せるのか」

 

対するジェーンは余裕たっぷりな笑顔を崩さない。

 

犬を“あちら側”へ返すと、左手を空に向けて掲げる。

そして、左手を一方通行の方へ振り下ろした。

 

背筋にゾクリとした感触が走った一方通行は後ろに跳び退く。

 

一瞬遅れて、紅蓮の槍が彼の立っていた場所を焼いた。

 

 

ローマ正教の最終兵器・グレゴリオの聖歌隊。

1人の人間には絶対に扱えない代物だが、数百の生命を蓄えた彼女には造作もなく使える。

 

 

「何だよ、かわすなよ、最強。ご自慢の反射はどうした?」

 

操車場にクレーターを作った彼女は平然と問い掛ける。

 

「何なンだよ、今のは!?」

 

自分の反射を突き破りかねない攻撃を受けた一方通行は、彼女の問い掛けを無視して叫ぶ。

 

「それじゃあ、今度はこれで行くか」

 

まるで一方通行の叫びなど聞こえていないようにジェーンは呟く。

 

すると、彼女の前に見覚えのある魔法陣が現れた。

それも嫌な思い出の部類に入る“あれ”が。

 

「竜王の殺息」

 

ジェーンの言葉と共に、魔法陣から光の柱が飛び出し、真っ直ぐ一方通行に向かった。

 

「うおォォォォォォ!」

 

正体不明の光の柱に両手を当てて迎撃を試みる一方通行だったが、あまりの質量に押し切られそうになる。

実際、掌が焦げ始めてきた。

 

(俺は死ぬのか?こンなところで)

 

そんな考えが一方通行の脳内を支配する。

 

銃を前にしても、戦車を前にしても、軍隊を前にしても、感じることのなかった死への恐怖を、一方通行が初めて感じた瞬間だった。

 

 

(力が争いを呼ぶのなら、戦う気も起きなくなる程の絶対的な存在になればいい。そうすれば…)

 

一方通行は実験を始めた時のことを思い出す。

 

強すぎる力を持ってしまった彼は他人を傷つけた。

そこにいるだけで他人を傷つけた。

相手の悪意を反射して他人を傷つけた。

 

だから“無敵”を目指した。

誰も悪意さえ向けないような存在になりたかった。

 

だから妹達を殺した。

 

あの頃は自分が最強だと信じて疑わなかった。

 

(何なンだよ、こいつは?)

 

だが、今、彼の目の前には化物がいた。

 

彼女は、今、一歩として動かずに、自分のことを死の淵まで追い込んでいる。

 

(嫌だ)

 

彼は拒絶する。

 

(死にたくない。嫌だ。死ぬのは嫌だ)

 

初めて感じた死への恐怖を、彼は拒絶する。

 

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)

 

そんな思いが彼の頭を埋め尽くす。

 

 

「ihbf殺wq」

 

一方通行が理解不能な言葉を呟いたかと思うと、彼の背中から謎の“黒いもの”が吹き出す。

まるで翼のようなそれは、ジェーンの放った竜王の殺息を押し返す。

 

それを見てジェーンは嗤った。

 

「何だ、やれば出来るんじゃないか!」

 

心底、愉快そうに叫んだ彼女は竜王の殺息を放つのをやめた。

 

「rnvg滅lafxq屠ksl」

 

「よっと!」

 

理解できない言葉と共に飛んでくる“黒翼”を軽くかわすと、後ろへ跳ぶ。

 

「さあ!遊ぼうじゃないか!」

 

ジェーンがそう言うと、彼女の影から何かが溢れ出した。

 

真っ赤に染まったそれはまるで濁流のようだったが、中には人間のように見えるものが蠢いている。

その濁流は一方通行へと向かった。

 

「etvkgj河yofp死a」

 

当然、黒翼が防御するが、物量が圧倒的だった。

掻き消されながらも、徐々に一方通行に近づいていく。

 

そして、とうとう一方通行を飲み込まんばかりにまで肉迫した。

 

その時、再び一方通行の体に異変が起こった。

 

黒かった翼がみるみるうちに、白く変わり、頭の上には光を放つ輪が現れる。

 

神々しく輝く“白翼”はあっという間に“濁流”を掻き消した。

 

「はあァァァァァァァァ!」

 

一方通行の言葉が、僅かながら人間性を取り戻したが、その姿はまるで“天使”のようだ。

 

「フフフフフフッ!ハハハハハハッ!」

 

それを見たジェーンは、先ほどにも増して高い哄笑をあげる。

 

「いいね!最高だよ、一方通行!白モヤシなんて言って悪かった。2度言うまいよ」

 

そして、目を真っ赤に染め上げ、牙を尖らせた彼女は一方通行へ飛びかかろと、足に力を込める。

 

が、

 

その瞬間、ぐらりと彼女の体が傾く。

 

「何だよ、もうか。これから面白くなるって時なのに…」

 

元は“空腹”な状態から始まったのだ。少々、遊びが過ぎたというところだろう。

 

「しょうがないか。このまま理性が飛んでいってもつまらない」

 

そう呟くと、再び一方通行を見つめる。

 

「じゃあな。久しぶりに楽しめたよ、一方通行」

 

そう言うとジェーンの影の形が変わる。

 

いきなり膨れ上がったかと思えば、一方通行を“白翼”ごと飲み込んだ。

 

 

「おいおい、今度は何なンですか?」

 

突如、暗闇を飲まれた一方通行はそう呟いた。

 

“黒翼”を出していた時は意識が飛んでいるような状態だったが、“白翼”を出してからは多少意識が戻っている。

 

先ほどから壁─と呼べるかも怪しいが─に“白翼”をぶつけているのだが一向に手応えがない。

 

すると、突然周りに無数の目が現れた。

四方八方から、ギロリと彼を睨みつけている。

 

「どォなってやがンだァ?」

 

彼の呟きは反響することもなく消えていく。

 

そして、次に現れたのは口だった。

たった1つだけ現れた、巨大なそれは彼に近づいてくる。

 

何故かはわからないが、一方通行にははっきりとわかった。

 

“あれからは逃げられない”と。

 

彼は“白翼”をしまう。頭の輪も消えた。

そして最後にこう呟いた。

 

「何やってンだ?俺」

 

そして、一方通行は食われた。

 

 

ジェーンは影を元に戻す。

一方通行がいた場所には、もう誰もいなかった。

 

「ふぅ、童貞の血は格別だな。それにLEVEL5の第1位なんて、人並み外れた力があるんだから当然か」

 

彼女の顔は満足そうだった。

 

 

「あ…あぁ…」

 

「ん?」

 

言葉にもなっていない声を聞きつけて、ジェーンはそちらに顔を向ける。

 

「アンタ、一体…」

 

御坂美琴だ。

かなりビビっているようだが、最後まで見届けたらしい。

隣にいる御坂妹も、普段は全く変わらない表情を僅かに強ばらせながらもジェーンを見ている。

普通の女子中学生なら卒倒しそうなシーンもかなりあったが、この2人は相当気が強いらしい。

 

「ああ、お前か。すまん、途中からすっかり忘れてたよ」

 

そんな美琴に対して、いつものように軽い口調で話し掛けるジェーン。

 

「取りあえず一方通行は殺したぞ。これで実験は中止される。よかったな」

 

「アンタは…」

 

「私か?心配しなくても当麻とは違うものだよ。あいつはこんなことはしない。敵だろうが殺したりはしない。まあ、そんなことはいいだろう。私は帰らせてもらうぞ」

 

そう言うと、彼女は上条の右腕を拾う。

瞬間、鍍金が剥がれるように上条当麻の身体が現れる。

 

「あ、待っ…」

 

「じゃあな」

 

美琴が止めようとするのも聞かず、ジェーンは飛んでいってしまった。

 

 

「アンタ、一体何者なのよ?」

 

美琴は呆然と呟いた。

 

「お姉様…」

 

そんな彼女に話し掛ける声があった。

御坂妹ことミサカ10032号が美琴を見ている。

 

「アンタ…」

 

そこで美琴は考えを切り替えた。

 

(そうよ!しっかりしなくちゃ!だって私は姉なんだから!)

 

そして、目の前にいる“妹”に手を差し出す。

 

「行こっか」

 

「あの…」

 

「いいから来なさいよ」

 

それは、奇しくも昨日と同じ台詞だった。

しかし、昨日の暗い顔はなかった。

そして美琴はこう続けた。

 

「アンタは私の妹でしょ」

 

その言葉を聞いて10032号は手を伸ばす。

 

「はい、お姉様」

 

“姉”の手をとった彼女の顔は、ほんの少しだけ笑っているように見えた。




絶対能力者進化計画篇終了です。

超能力者vs吸血鬼なんてタイトルですが、完璧にワンサイドゲームになってしまいました。
今回の目標は吸血鬼の全力を書くということでしたのでしょうがないですよね?
一方通行ファンの皆様にはごめんなさいです。

次からは前にも言ったようにオリジナル展開になります。
と言っても原作を下敷きにするのでそこまでオリジナル要素は強くないです。どうしても出したいキャラもいるので…。

それでは、次回からよろしくお願いします。


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第4章 女王艦隊篇
14話 天草式


8月26日

 

イタリア・キオッジャ

 

 

 

「何なのよな?これは」

 

とある民家の玄関先で、天草式十字凄教教皇代理・建宮斎字は呟いた。

 

「どうしたんですか?建宮さん」

 

そんな彼に話し掛ける少女がいた。

ショートヘアに二重瞼が印象的な彼女はピンク色のシャツと白いジーパンに身を包んでいる。

 

「おお、五和か。実は変な荷物が届いたのよな。それも女教皇(プリエステス)様宛てに」

 

「女教皇様宛て?」

 

二重瞼の少女・五和はオウム返しをして首を傾げる。

 

「妙ですね。私たちがここにいることを知ってる人は限られていますし、イギリス清教からは特に連絡もありませんでした。それに何ですか?この大きな荷物」

 

確かに五和の言う通り、建宮が指差す箱はかなり大きい。人間でも入れそうだ。

 

「う~ん。気になるところだが、女教皇様への荷物である以上は勝手に開ける訳にもいかんのよな。まあ、外から調べた限りでは危険物じゃないことは確かだから、そう騒ぐことでもないんだが」

 

「なら、女教皇様の帰りを待つしかないんじゃないですか?ちょっとインデックスさんと買い物に出掛けられただけですし、もうすぐ帰ってきますよ」

 

そう彼女が言った矢先に玄関のドアが開いた。噂をすれば影とはよく言ったものである。

 

「ただいまなんだよ」

 

まず、インデックスが元気いっぱいに挨拶しながら入ってくる。

 

「只今戻りました」

 

次いで入ってきたのは神裂だ。

いつも通り、Tシャツに片方の裾を切ったジーンズという格好だ。

さぞ街中で人目を引いたことであろう。

 

そして、予定にない3人も現れた。

 

「邪魔するぜい」

 

金髪グラサンにアロハシャツという、いかにも怪しい奴と言った格好の男が入ってくる。

こんなに悪目立ちするスパイも他にいないだろう。土御門元春だ。

 

「お帰りなのよな」

 

「お帰りなさい、インデックスさん、女教皇様。土御門さんもご一緒だったんですね」

 

「ええ」

 

「買い物の途中であったんだよ」

 

「ああ。本当は直接ここに来るつもりだったんだがにゃー」

 

 

「随分と賑やかですね、教皇代理」

 

そんな時、奥の部屋から新たな人物が現れた。天草式の一員・対馬だ。

 

「ああ、お帰りなさい女教皇様」

 

「はい。対馬、皆を集めてもらえますか。土御門が話があると」

 

「わかりました」

 

彼女は一旦奥の部屋に戻り、他の天草式のメンバーを集めて戻ってきた。

牛深、野母崎、香焼、諫早、浦上の5人だ。他は外に出ているらしい。

 

「それでは土御門、先ほどの話の続きを。助っ人を呼んだとのことでしたが」

 

「そうだにゃー。対ローマ正教ならこいつほど役に立つ奴はいないぜい。それに、ここにいる全員が会いたがってる奴だにゃー」

 

「お前さん、そいつを随分かってるらしいな」

 

「それに“全員が会いたがってる”ですか」

 

「いったい誰なの?もとはる」

 

「それは見てのお楽しみってやつだぜい」

 

「じゃあ、その人はいつ来るんですか?」

 

五和の問い掛けに土御門が不敵に微笑む。

そしてこう言った。

 

「もう来てるんだにゃー」

 

「え?」

 

「それだよ、それ。ねーちん宛てでここに送った荷物の中だぜい。因みに学園都市から直送だにゃー」

 

土御門の言葉に一瞬、場が凍りついた。

 

「土御門、それはつまり、その助っ人とやらを箱詰めにして、ここに郵送したと言うことですか?」

 

「それ以外にどう聞こえたのかにゃー?」

 

「大変です!」

 

「早く開けるのよな!」

 

「は、はい!」

 

「そんなに慌てなくても大丈夫なんだけどにゃー」

 

土御門はそう言うが、その場にいる全員が慌てていた。

そりゃそうだ。学園都市からイタリアまで箱詰めで人間を輸送なんてしたら普通、窒息死だ。

 

しかし、包みを解いた途端に全員の動きが止まった。

 

中に入っていたのは“棺桶”だった。

 

「なる程、そういうことでしたか」

 

事情を察したらしく神裂が呟いた。

 

「そうだぜ、ねーちん」

 

土御門が、神裂の言葉を肯定しながら、棺に手を掛ける。

 

「俺は呼んだ助っ人は…」

 

そして蓋を開け放った。

 

「上条当麻だ」

 

そこにはツンツン頭の少年がいた。

 

 

「ふぁ~あ…」

 

大きく欠伸をしたかと思うと上条当麻は目を開けた。

 

「おお。もう着いたのか?」

 

そして、上体を起こして周りを見渡す。

 

「よう、神裂。久しぶりだな。それにインデックスもいるのか。元気にしてたか?後は天草式のメンバーか?」

 

彼なりに状況を分析して話し掛けるが、全員彼を見つめたまま─土御門はにやにやしているが─動かない。

 

「あの~、上条さんの顔に何か付い…」

 

「とうまだー!」

 

お決まりの台詞を吐こうとした彼だったが、突然飛びついてきた白い物体に言葉を遮られる。

上条が救った修道女・インデックスだ。

 

「おお、インデックスよしよし。落ち着け」

 

「上条当麻。助っ人とはあなたのことでしたか」

 

次に口を開いたのは神裂だ。

 

「そうだ。つっても土御門からはお前が困ってるってことしか聞いてないけどな」

 

「それだけで遥々こんなところにまで来たのですか?あなたは」

 

「ああ」

 

「まったく…」

 

「とうまはやっぱりとうまなんだよ」

 

神裂とインデックスは再会を喜んでいるようだったが、ここにいるのは彼女たちだけではなかった。

 

「女教皇様。やっぱり彼が“例の彼”なのよな?」

 

恐る恐ると言った感じに建宮が口を挟む。

 

「ええ、そうです」

 

「そうか…」

 

そして、上条に向き直ってこう言った。

 

「お前さんが女教皇様の心を攫っていった吸血鬼。上条当麻なんだな!」

 

「はい?」

 

「なっ!建宮!何ということを!」

 

顔を真っ赤にして反論を試みる神裂だったが、上条の方はきょとんとした表情を浮かべている。

 

そして、建宮以外の人間の中にも彼女の味方はいなかった。

 

 

「ほう、彼が…」

 

「例の女教皇様の思い人…」

 

「やだ、意外とイケメン…」

 

 

天草式の面々は、ひそひそと─聖人の耳にはだだ漏れだが─上条について好き勝手に言い合っている。

 

「あなたたちいい加減に…」

 

「俺は建宮斎字だ。天草式十字凄教の教皇代理っていうのが肩書きなんだが、要は女教皇様の代わりって訳よ。後ろにいるのはお前さんの推測通り、天草式のメンバーたちだ。この二重瞼が可愛いのが五和、ポニーテールなのが浦上、貧入だが脚線美が綺麗なのが対馬、一番若いのが香焼、反対に歳とってるのが諫早、残りの2人のうち背が高い方が牛深、低い方が野母崎だ」

 

「ああ、よろしく。上条当麻です」

 

「聞きなさい!」

 

神裂を無視して互いに自己紹介をする面々。

対馬が建宮を睨みつけているがほうっておこう。

 

そこで土御門が声をあげた。

 

「はいはい、自己紹介も済んだことだし、そろそろ仕事の話に入るぜい」

 

「いや、その前に1つ確認しなくちゃいけないことがある」

 

しかし上条がそれを遮った。

 

「俺は吸血鬼だぞ。十字教徒が仲良くしてていいのか?そもそも、何で秘密にしてあるはずのことを全員知ってるんだ?」

 

当然の質問だった。

吸血鬼と十字教は決して相容れることがない。

そして上条が吸血鬼であることは、インデックス、神裂、ステイルの間だけの秘密であるはずだったのだ。

 

「まず後者から、カミやんが吸血鬼だってことはイギリス清教の雌狐に早々にバレてた。そもそも、あの3人があの女の前で隠し事をするってのが不可能だったんだぜい」

 

こちらは意外とわかりやすい理由だったようだ。

 

「前者については私から。天草式十字凄教の教えは、私の魔法名と同じく“救われない者に救いの手を”。つまり…」

 

「つまり、本来神から見捨てられた存在である吸血鬼だって救ってみせるってことなのよな」

 

神裂の言葉を建宮が引き継いで言う。

 

「そうか。それならいいんだ。土御門、話を進めてくれ」

 

いや良くはない。十字教としては怪しい考えだ。

もし神裂が上条以外の吸血鬼と出会っていたら話は違っただろう。

それか、もし神裂が上条にほ…。これは彼女の名誉の為に言わないでおこう。

 

しかし、上条は信頼することに決めたらしい。

彼のお人好しは、人をやめたくらいでは治らないようだ。

 

 

「それじゃあ、説明するぜい。まず、ここはイタリアのキオッジャだ。現在、この近海でローマ正教の大規模魔術が発動されようとしている。名を“アドリア海の女王”。知ってるか?カミやん」

 

「ローマ正教の対ヴェネツィア攻撃用の切り札。発動されれば、ヴェネツィアとそれに関わったものが全て破壊される」

 

「そうだ。その魔術を発動させる為に必要な霊装・アドリア海の女王がこの近海に潜んでいる。今回の任務はローマ正教の企みを防ぐことだにゃー。わかったか?カミやん」

 

「わかった。いくつか質問していいか?」

 

「もちろん」

 

「この家は誰のだ?急造の隠れ家にしては生活感が溢れてるぞ」

 

「オルソラ=アクィナスというローマ正教の、いえ元ローマ正教のシスターのものでした。彼女は今回の企みの情報を我々に流して、ローマ正教を抜けました。心優しい女性です。同じローマ正教の人間とはいえ、ヴェネツィアを消してしまうなんてことは許せないとのことでした。事が終われば、イギリス清教に移る予定です」

 

「じゃあ次の質問。何で神裂と天草式が一緒にいるんだ?確か、神裂は天草式を抜けたんじゃなかったか?」

 

「それなら簡単なのよな。ステイル=マグヌスと2人だけじゃあ、インデックスを守るのが難しいと感じた女教皇様が我々を頼ったのよな」

 

確かに2人だけでは、任務が重なった時などにインデックスを1人にしてしまう─ステイルは命令無視もやっていたようだが─。

 

「だから、今の“天草式”の正式名称は“イギリス清教所属”天草式十字凄教だ」

 

そう言う建宮の顔は明るい。それは他のメンバーも同じことだった。

神裂と、彼らの教皇と同じところにいられるのが嬉しいのであろう。

 

「そうか。じゃあ最後の質問だ。今、ローマ正教がヴェネツィアを消し飛ばして、何か得するのか?」

 

これが最大の疑問だった。

アドリア海の女王が造られた頃ならば、いざ知らず、現在のローマ正教にとって、ヴェネツィアを消すことは利益になるのだろうか?

 

土御門の返答は簡潔だった。

 

「しない」

 

「それが問題なんだよ。だから私も出てきたんだよ」

 

そしてインデックスが言葉を繋いだ。

 

「10万3000冊の中に答えがあるかも知れないから」

 

「そうか…」

 

それを聞いた上条は考え込むように目を伏せた。

そして唐突にこう言った。

 

「狙いはヴェネツィアじゃないのかもな」

 

「何?」

 

思わぬ意見に、思わずその場にいた数人が聞き返した。

 

「そう考えた方が自然だろ?例えばロンドン、例えば学園都市。ローマ正教に都合の悪い街なんて幾らでもある」

 

「しかし、アドリア海の女王の照準を任意に変えることなど…」

 

「できる。何にでも裏道ってのはあるもんだ。仮に、アドリア海の女王の中に“普通じゃない”魔力の流れを作り出したら?当然、照準は狂う。そして、その狂いを上手く調節出来れば好きな街を攻撃できるって訳だ」

 

「しかし、普通じゃない魔力の流れなんて…」

 

「簡単だ。人1人の精神を壊せば、それで魔力の流れは狂う」

 

上条の意見に全員が押し黙る。

上条が言ったことが可能だとすればローマ正教は核爆弾に匹敵する脅威を有していることになる。

すんなりとは受け入れられないだろう。

そんな時、とある少女が口を開いた。

 

「できるかも」

 

10万3000冊の魔導書の知識を持つ少女・インデックスだ。

 

「とうまが言った方法なら、アドリア海の女王の照準を変えられるかも知れない」

 

「そうですね」

 

更に続く声が出た。

 

「上条当麻の意見が現状では最も現実的でしょう」

 

神裂火織だ。

彼女が支持した以上、この場は決した。

これより彼らは、ヴェネツィア破壊阻止ではなくアドリア海の女王撃破の為に動くことになった。

 

 

「こりゃあ、思ったよりも厄介なことになって来たな」

 

「どっちにしても止めれば勝ちってことには変わりねぇだろ?」

 

「確かにその通りなのよな。いやあ、これで女教皇様が惚れた訳がわかったのよな」

 

「た、建宮!あなたはまだそんなことを…」

 

「ねーちん、いい加減に素直になったらどうだ?」

 

「土御門、あなたまで…」

 

「おいおい、いい加減にしてやれよ。神裂みたいに綺麗な人が俺みたいなのを好きになる訳ないだろ」

 

(カミやん、何故気づかないんだ)

 

(これほどまでに鈍感とは、女教皇様の先が思いやられるのよな)

 

 

ローマ正教の狙いは暴けても、女性の気持ちには露ほども気づかない上条であった。




オリジナル展開って言っておきながら、女王艦隊篇やります。

まだ話は8月なので法の書の一件は丸々なかったことになってます。
天草式は神裂に呼ばれてイギリス清教に行って、
オルソラは女王艦隊を理由にローマ正教を離れ、
アニェーゼたちはいまも普通の武装シスター隊です。
まあ、アニェーゼが人柱になるのは変わりありませんが。

上条さんは、いつもの超音速旅客機じゃなくて、棺桶に入れて郵便配達でした。吸血鬼要素を出したかったので。


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15話 人柱

8月27日・夜

 

キオッジャ・オルソラの家

 

 

 

「教皇代理!」

 

天草式のメンバーとインデックスが夕食をとっているところに、1人の少年が血相を変えて飛び込んで来た。

 

「出ました!“女王艦隊”っす!」

 

飛び込んで来た少年・香焼が建宮に叫ぶ。

 

“女王艦隊”とは、くだんのローマ正教の戦艦型霊装“アドリア海の女王”を旗艦とする艦隊のことだ。

 

ずっと探していたそれが、遂にヴェネツィアの海に姿を現したのだ。

 

「聞いたな?お前さんたち。行くぞ!」

 

「はい!」

 

建宮の号令で一斉に出撃する天草式。

僅かに遅れて、上条とインデックスも続く。

 

因みに土御門はいない。学園都市に帰った。彼は面倒臭い立場なので仕方がない。

 

 

 

同時刻

 

アドリア海の女王・甲板上

 

 

 

「シスター・ルチア…」

 

甲板を埋める251人のシスターたち。

その中でも、まだ幼い赤毛のシスターが隣にいる金髪長身のシスターにおどおどしながら話し掛ける。

 

「いい加減に聞き分けなさい、シスター・アンジェレネ。シスター・アニェーゼにとっても名誉なことなのです」

 

彼女たちはアニェーゼ隊と呼ばれる、ローマ正教の武装シスター隊の1つだ。

名前の示す通り、アニェーゼ=サンクティスという名のシスターが彼女たちの指揮官だ。

しかし、現在は金髪長身のシスターことルチアが指揮を執っている。

 

「そ、それはわかってます!でも…」

 

何故か?

それはアニェーゼがこの計画の“中枢”、と言えば聞こえがいいが、要するに計画の“人柱”に選ばれたからだ。

昨日の上条は実に冴えていたと言えるだろう。

ローマ正教の計画は彼の言葉そのままに学園都市を、引いては科学サイドを滅ぼすことだ。

 

「あなたの気持ちも分かりますが、それ以上は言ってはいけません」

 

自分たちのリーダーが人柱にされる。

死にはしないが、確実に精神は破壊されて廃人となる。

アンジェレネの表情は暗い。

それを宥めるルチアの顔とて明るいとは言えない。

いや、彼女たちだけではない。この場にいる全員が刑の執行を待つ死刑囚のような顔をしていた。

 

「はい…」

 

しかし、彼女たちはローマ正教のシスターである。

上から命令が来れば、異教徒を倒すべく命を散らす時もある。

そう自らの心を抑えつけて、霊装“刻限のロザリオ”の警備の任務についている。

それが彼女たちの仲間を壊してしまう物だと知っていても。

 

 

 

数分後

 

キオッジャ

 

 

 

「全員、来ましたね」

 

近くの浜辺に着くと、今夜の出回りを担当していた神裂たちが待っていた。

 

「あれか?」

 

「はい」

 

そして、水平線から少し手前の位置に淡く光を放つ帆船が見えている。

遠くて視認するのは困難─聖人の神裂と吸血鬼の上条は例外だ─だが、1隻や2隻ではないことはわかる。

 

「あれが女王艦隊です。そして、あの中心に…」

 

「…アドリア海の女王があるはずなんだよ!」

 

「よし!それじゃあ、始めるか!」

 

「合点なのよな」

 

そう言うと建宮が、ポケットから紙を取り出して海へと放る。

その紙はあっという間に木造船へと姿を変えた。

 

「“紙は木から生まれ、木は船をも造る”ってな」

 

天草式の魔術だ。

他のメンバーも次々に船を生み出している。

 

 

彼ら天草式の本質は“隠匿”。

日本で十字教信仰が認められなかった時代を生き延びるために、自然とそういう方向に特化したのだ。

故に、長い詠唱や目立つ魔法陣を必要とすることがない。

その替わり、日常的な動作や仏教的な儀式の中に魔術的な要素を持たせている。服装や歩幅、歩数といったものに、だ。

他にも、武装がレイピア、ドレスソード、海軍用船上槍(フリウリスピア)などと多彩なのも魔術に関係があるらしい。

 

 

「全員乗り込むのよな!」

 

「それでは上条当麻。最後に聞きますが、作戦通りで良いのですね?」

 

「ああ。大丈夫だよ」

 

「そうですか。それでは、作戦開始です!」

 

「とうま!気をつけてね」

 

「わかってるよ、インデックス。行ってくる!」

 

そう言うと上条は、少し後ろに下がって助走をつけた後、海に向かって跳躍した。

とは言っても跳び込んだのではない。

超人的な─そもそも人間ではないが─運動能力を駆使して、4,5km先だと思われる女王艦隊まで跳んだのだ。

 

 

しばらく間を置いて、上条が1隻の帆船に飛び乗った─相手は落ちてきたと思っただろうが─。

 

「出発だ!」

 

それを確認すると天草式も岸を離れた。

 

 

彼らの作戦はシンプルだ。

 

上条が先行して敵を混乱させて、天草式が船で接近する。そして、全員でアドリア海の女王を沈める。

 

当然、反対意見も多かったが、上条は押し切った。

神裂は最後まで反対したが、1ヶ月前に上条に敗れたことを出されては折れるしかなかった。

 

上条がこんな作戦を提案した目的は、天草式が来て本格的な戦闘が始まる前に片を付けることだ。

それが最も犠牲が少ないと上条は結論付けたのだ。

 

因みに、インデックスも天草式の船に同乗している。

彼女は一緒に行くと言って譲らなかった。

最終的に神裂を涙ながらに見つめたので、やっぱり彼女が折れた。

 

 

(心配なんだよ、とうま)

 

(何でも1人で背負い込むことは誤りですよ、上条当麻)

 

(女教皇様をあっさり退けたという実力を見せてもらうのよな。そして、女教皇様の婿に相応しいかどうか…)

 

(相当にお強いということでしたがやはり心配です、上条さん。このモヤモヤした思いは何なのでしょうか?)

 

それぞれの思いを乗せて、船は戦場へと進む。

 

 

 

同時刻

 

女王艦隊

 

 

 

守備側の旗色はよくなかった。

 

いきなり空から少年が落ちてきたかと思うと、次々とシスター隊を撃破してアドリア海の女王がある方へ一直線に進んでいった。

 

そして遂に、彼はアドリア海の女王の甲板に取りついた。

 

「来たれ。十二使徒のひとつ、徴税吏にして魔術師を打ち滅ぼす卑賤なるしもべよ!」

 

上条がアドリア海の女王に跳び移った途端、詠唱と共に頭の上から金貨の詰まった袋が降ってきた。

幻想殺しを使うまでもなく、横に跳んでかわす。

 

「総員、集中攻撃です。あの異教徒を殺しなさい!」

 

ルチアが指示を出しながらも自分の得物を構える。

それは車輪だった。馬車に付いているような木製の大きな車輪だ。

彼女がそれを地面、もとい甲板に叩き付けると、弾けたように木片が上条目掛けて襲いかかった。

 

これは、車輪伝説というものを下敷きにした魔術。

古代、処刑道具として使われていた車輪だったが、敬虔な聖職者を処刑しようとすると、その車輪が壊れて吹き飛んだ。

そういう伝説が元となっているのだ。

 

しかし、上条はこれも横に跳んでかわした。

 

そこに249人ものシスターからの攻撃が加えられる。

赤青黄緑…。カラフルな光が闇夜に浮かび上がるが、上条にそれを楽しむ余裕はない。

膂力をフルに使って攻撃をかわし、どうしても不可避なものは幻想殺しで打ち消す。

 

別に当たってもすぐに回復するレベルの魔術だったのだが、出来れば吸血鬼であることを隠したい上条は当たるわけにいかなかった。

 

そんな時、上条がシスターたちに言い放った。

 

「人柱はお前たちの隊長か?」

 

「なっ?」

 

いきなりのことに全員の手が止まる。

それは紛れもない事実だった。

 

「やっぱりそうか」

 

「何故?」

 

ルチアの問い掛けに上条は丁寧に答える。

 

「その1。今回の計画に人柱が必要なんじゃないかって当たりをつけてた」

 

最初の問い掛けは誘導尋問であったらしい。

シスターたちは人柱がいることを認めてしまった。

 

「その2。こんな大規模魔術の操作に必要なんだから、隊長クラスの奴が人柱なんじゃないかって思ってた」

 

いかに精神を壊して魔力の流れを乱しても、その量が足りなければ意味がない。

 

「その3。お前たちの連携が良くない」

 

隊長抜きでの戦闘なのだから、連携が取りにくくなるのは当然だ。

尤も、上条ほど豊富な戦闘の“記憶”を持つ者でなければ気付かない程度であったが、それでも旗艦の守備には弱すぎだった。

 

「それで、お前らは何でこんなことやってんだ?」

 

「何だと?」

 

「なんで、自分たちの仲間を壊しちまう霊装を守ってんだ?って聞いてんだよ!」

 

「うぅ…。そ、それは…」

 

「それによって、主の敵を一斉に葬り去れるのです!その礎となる彼女の魂は神の国へ…」

 

「行くって本気で信じてんのか?こんなむちゃくちゃなことが神の意思だって、本気で信じてんのか?」

 

「黙れ!異教徒!」

 

「お前らは仲間と神の教えとどっちが大切なんだ?そもそも、こんな大量虐殺を神の教えだって言い張る協会を信じるのかよ!」

 

「黙れ、黙れ、黙れ!」

 

「いい加減に目を覚ませよ、お前ら。さっきから攻撃がおざなりすぎる。そいつのことが気になってしょうがないんじゃないのかよ」

 

「彼女は“殉教者”となって、その魂は神の国へと運ばれる!貴様のような異教徒には到底理解できない素晴らしいことなのです!」

 

「そうかよ。じゃあそいつは俺が助けてやるよ。お前らは端から見守ってろ」

 

「なっ!」

 

「それが嫌だってんなら、自分が本当は何をしたいのかちゃんと考えろ!神を言い訳にして逃げるな!」

 

「ふ、ふざけ…」

 

ルチアは尚も言い募ろうとするが、その時ドーンという爆音が響き、言葉を遮られる。

天草式も艦隊に取りついたようだ。

 

「お前らの惨めな幻想は俺がこの右手でぶち殺して来てやるよ!」

 

そう言うと上条は甲板に右手を叩きつける。

パキーンという音と共にその部分に四角い穴が開いた。

すべてが氷で造られているこの艦隊は、幻想殺しで魔術を消されると簡単に壊れてしまうのだ。

 

「おい、待て!」

 

ルチアの制止を無視して、上条は穴からアドリア海の女王の内部に侵入した。

 

「シスター・ルチア…」

 

アンジェレネの再びの問い掛けにルチアは答えない。

 

「あんな異教徒の言うことなど…」

 

ブツブツと呟く彼女の声はアンジェレネの耳には届かなかった。

 

 

一方アニェーゼは、艦内で刻限のロザリオの起動を待っていた。

女王艦隊が出撃した時点で、既にほとんどの準備は整っていたので、もう秒読み段階と言ってもよかった。

 

そんな中、彼女はルチアやアンジェレネたちと出会った頃のことを思い出していた。

 

 

彼女はホームレスだった。

神父であった父親が殺され、路上生活を強いられていた。

 

そんな時、ローマ正教に拾われた。

 

そして、教会でルチアやアンジェレネたちと出会い、共に育った。

 

彼女の部下251人のうちのほとんどはここで出会った少女たちだ。

 

 

「ったく、未練がましいってもんですよね」

 

しかし、そんな思い出はもうすぐ消えてしまう。刻限のロザリオの発動と共に。

 

 

自分の部下はこれからどうなるのだろう?

 

『主の教えより重要なことなどありません』

 

厳格なルチアなら、自分に替わってシスター隊を纏めていけるだろう。

 

『私はチョコラータ・コン・パンナがいいです!エスプレッソの替わりに甘いココアを…』

 

甘い物好きで甘えん坊なアンジェレネ。

彼女とて一人前のシスターだ。

自分がいなくとも大丈夫だろう。

 

 

そうだ。きっと大丈夫だ。

だから、自分はシスターとして、彼女たちの隊長として、役目を全うしなければいけないのだ。

 

アニェーゼは、ずっと前に出したはずの答えをもう1度思い返した。

 

 

その頃、上条はアドリア海の女王の中で1人の司教と相対していた。

重そうな法衣を纏って首に大量の十字架を巻いた彼は、上条に嘲るような笑みを送った。




一方通行を殺したことに対して反発が予想以上に激しくてめげそうです。
でも、ご感想はどんなのでも歓迎しますので遠慮なく書いて下さい。

この際だから言っておくと、ヒロインは美琴にするか無しでいくかのどっちかですのでご留意下さい。


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16話 十字架と吸血鬼

8月27日・夜

 

 

 

法衣姿の男・ビアージオ=ブゾーニは上条に向かって話し出した。

 

「貴様が情報にあった“右手”の小僧か」

 

「だったら何だよ?」

 

「承服出来ないねぇ。神の恵みを拒絶する。だが、もう1つ確かめねばならんことがある」

 

「何?」

 

「十字架は悪性の拒絶を示す!」

 

ビアージオが叫ぶと同時に首に巻かれていた十字架を投げつける。

すると、十字架は人間大にまで巨大化して上条に襲いかかった。

 

「そんなもん」

 

上条が右手で殴りつけると乾いた音と共に十字架は消滅する。

しかし、第2、第3と次々に飛んでくる十字架を次第に防ぎきれなくなり、とうとう左手を使ってしまった。

幻想殺しが無くとも押し退けることくらいは可能だと思ったのだが、十字架に触った途端に左手が無くなった。

 

「クソッ!」

 

慌てて右手で十字架を殴るが、肘から先が溶けたように消えてしまった。

しかし、すぐに吸血鬼の力で再生させる。

 

上条を見るビアージオの目が変わった。

 

「そうか。十字架によって身体が溶け、そしてその再生能力。貴様、吸血鬼だな!」

 

「ああ、そうだよ」

 

「断じて認めん!我が眼前にアンデッドが存在し、聖職者の祈りを妨げ、神の奇跡を破壊する。我らが主の定めし唯一の理法を外れた者を、私は断じて認める訳にはいかん!これを許して、何が十字教だ、何がバチカンだ!貴様は今ここで、このビアージオ=ブゾーニが直々に地獄へ送ってやる!」

 

上条が怯む程の迫力で叫んだビアージオは、再び十字架を手にする。

 

「十字架はその重きをもって驕りを正す!」

 

今度は、上条の頭上に十字架を投げた。

十字架は紫色の光を放ち、上条に降り注ぐ。

 

「ぐはっ!」

 

「十字架は神の敵を退ける力を持っている。吸血鬼にはさぞ辛いだろうな」

 

「この野郎…」

 

「十字架は悪性の拒絶を示す!」

 

起き上がろうとする上条の先を制してビアージオは三度十字架を投げつける。

巨大な十字架が上条にのしかかった。

 

「貴様は震えながらではなく、藁のように死ぬのだ!」

 

そう言うと、また新たな十字架を手にするが、そこで部下から通信が入った。

 

「ビショップ・ビアージオ!敵の本隊がアドリア海の女王に取り付きました!」

 

「ええい、五月蠅い(やかましい)!そんなもの、シスターたちに任せておけ!私は忙しい!」

 

「そ、それが…」

 

「何だ?」

 

「そのシスターたちが裏切りました!」

 

「何だと!」

 

 

 

その時、甲板上では味方であったはずのアニェーゼ隊が敵に寝返ったことで、ローマ正教側は混乱していた。

 

「七閃!」

 

「七教七刃!」

 

「“TTTL(左方に変更)”」

 

「おらおら!女教皇様と五和に遅れをとるな!」

 

そんな中、神裂が、五和が、インデックスが、そして建宮たちが、次々と武装シスター・神父隊を撃破していく。

 

インデックスが発した理解不能なアルファベットの羅列のように思える言葉は“強制詠唱(スペルインターセプト)”と呼ばれる術だ。敵の魔術に干渉して狙いを逸らしたり、自壊をさせたりするもので、大量の知識を有する彼女の専売特許といったような術である。

 

 

「シ、シスター・ルチア…」

 

一方、裏切ったシスターの1人・アンジェレネはおどおどした様子でルチアに話し掛ける。

 

「またですか?シスター・アンジェレネ。私がシスター・アニェーゼ救出を提案した時、あなたを含めて全員が賛成したではありませんか」

 

「で、でも…」

 

「勿論、主の教えに背く訳ではありません。敬虔なシスターであるシスター・アニェーゼが犠牲となるような魔術の方こそ、主の教えから外れているのです」

 

「は、はい!」

 

ごり押し気味な理由だが、それでもルチアはアニェーゼを助けることを選んだということだろう。

他のシスターたちの表情も、先ほどとは正反対に輝いていた。

 

 

「ちっ!異端どもに乗せられおったか。使えん奴らめ!」

 

報告を受けたビアージオは歯軋りする。

 

「そいつらが自分で決めたことだろうが。仲間を助けるってよ」

 

そんな彼に、起き上がった上条が言う。

 

「助ける?助けるだと?笑わせるな!シスター・アニェーゼは殉教者として、忌々しくも世界の半分を覆っている敵を絶滅する礎となるのだ!ローマ正教徒として、これ以上ない名誉だ!」

 

「テメェ!一体どれだけの人間が学園都市にいると思ってんだ!」

 

「人間だと?異教のサルが230万いるだけじゃねぇか!」

 

「ビアージオ!」

 

自らの友人をサル呼ばわりされ、上条はビアージオに踊りかかる。

 

「十字架は悪性の拒絶を示す!」

 

ビアージオは十字架を手にとって魔術を使う。

 

「もう当たるかよ!」

 

「なめるなよ!フリークス!」

 

「なっ!」

 

今度は十字架が延びた。

ビアージオが左右の手に1本ずつ持った十字架が、真っ直ぐに上条へと向かって延びる。

意表を突かれた上条は、辛うじて1本打ち消すが、もう1本に頭を弾かれた。

 

「十字架はその重きをもって驕りを正す!」

 

倒れた上条に十字架が雨のごとく降り注ぐ。

 

「十字架は悪性の拒絶を示す!」

 

攻撃の手を休めないビアージオは、さらに巨大化した十字架で上条を周辺ごと埋め尽くした。

 

「私は刻限のロザリオを守る。貴様らは敵を足止めしておけ!」

 

そして、上条に背を向けると足早に去っていった。

 

 

「一体、何がどうなっちまってんですかね?」

 

アニェーゼの口から疑問が出る。

刻限のロザリオはもうすぐ起動される。

だが、先ほどから戦闘音と思しきものが徐々に近づいてきている。

 

そんな時、ビアージオ=ブゾーニが部屋に入ってきた。

そして、彼女にとって衝撃的なことを告げた。

 

「君の部下たちが裏切ったぞ」

 

「何ですって!?」

 

「大方、君が殉教するのを阻止するためだろう」

 

「なんて馬鹿なことを…」

 

「全くその通りだ。刻限のロザリオは間もなく起動される。どちらにしろ間に合わん」

 

そう言って彼は、この部屋に浮かぶシャボン玉のような物体に目を向ける。

それこそが刻限のロザリオだ。

今も神父たちが作業中だが、完了するまで幾許もなさそうだ。

起動させればアニェーゼを中に入れ“壊した”後にアドリア海の女王を発動させて、計画は完遂される。

 

そんなことを考えている彼のところに、侵入者と裏切り者が現れた。

 

「シスター・アニェーゼ!」

 

「シスター・アンジェレネ…」

 

「シスター・アンジェレネにシスター・ルチア、それと極東の異端どもにイギリス清教の禁書目録か」

 

「あなた方の計画は我々が何としても阻止します」

 

「東洋の聖人か。わざわざご苦労なことだが、この計画はやめる訳にはいかんのだよ。それとな、お前らの仲間のあの吸血鬼。私が黙らせておいたから、助けには来ないぞ」

 

「とうまを!?」

 

「吸血鬼ですって!?」

 

それぞれ違うところで驚く一同を尻目に、ビアージオは魔術を発動させる。

 

「シモンは神の子の十字架を背負うッ!!」

 

瞬間、インデックスとアンジェレネが倒れた。他の者もそれぞれの得物を床に立てて身体を支えているが、まるで上から抑えつけられるような感覚に苦しんでいる。

 

「神の子がゴルゴダの丘を登った時、その体力は重い十字架を運ぶことが出来るほど残ってはいなかった。では神の子はどうやって丘を登った?」

 

「で、弟子だったシモンが替わりに運んだんだよ」

 

「その通りだ。流石はイギリス清教の魔導書図書館だな」

 

「つまり、これは他人にかかっている重さを敵に肩代わりさせる魔術ってことなのよな」

 

「そうだ。異端とはいえ十字教の端くれというだけのことはあるな。さあ、これで如何に聖人の膂力があるといえども、貴様らの勝ちの目は減った。大人しく皆殺しにされろ」

 

ご丁寧に自分の魔術を解説したビアージオ─異端者など敵ではないという気持ちの発露だろう─は、また新たに十字架を手にする。

そして彼の敵にとどめを…

 

「十字架は悪性のき…」

 

「唯閃!」

 

「ぐあッ!」

 

…さすことは出来ず、壁まで吹き飛ばされた。

 

「聖人の真価は、常人とは比にならないほどの高い身体能力ではありません」

 

神裂は七天七刀を鞘に戻しながら呟く。

 

インデックスとアンジェレネは立ち上がり、他のメンバーもちゃんとした姿勢で立っている。ビアージオが倒されて魔術が解けたようだ。

 

「聖人とは、神の子の性質を持って生まれた人間のことです」

 

「だから、さっきの魔術だとかおりは動けなくなるどころか、身体が軽くなっちゃったんだね」

 

「ええ、その通りです」

 

「それにしても…」

 

「どうしました?建宮」

 

「峰打ちとはいえ、唯閃を使うのはやり過ぎなのよな」

 

「なっ!」

 

建宮が言うと天草式も続く。

 

「すっごい飛びましたもんね」

 

と、対馬。

 

「壁にめりこんでますよ」

 

と、牛深。

 

「これ生きてるんすか?」

 

と、香焼。

 

「息はしているみたいですよ。辛うじて」

 

と、五和。

 

「し、しょうがないでしょう!動けるのは私だけだったのですから。あれ以上、何かされる前に決着をつけなければ…」

 

「まあ、上条当麻がやられたと聞けば仕方ないのよな」

 

「そんなことは関係ありません!そ、それより…」

 

「やっぱり、かおりもとうまが好きなんだね」

 

「インデックス!?」

 

「負けないんだよ!」

 

「だ、だから違うと…」

 

建宮のみならずインデックスにまで言われた神裂は、先ほどまでの凛々しさはどこへやら、必死に誤魔化そうとするが、渦中の少女の言葉に遮られた。

 

「どうして助けに来ちまったんですか?」

 

「シスター・アニェーゼ…」

 

「私はそんなこと命令も頼みもしませんでしたよ。どうして…」

 

「あなたを失いたくないからに決まっているでしょう?シスター・アニェーゼ」

 

「シスター・ルチア。厳格なあなたまでどうしちまったんです?極東宗派と仲良く共同戦線なんて、らしくないじゃないですか」

 

「そんなことは問題にもなりません。私やシスター・アンジェレネだけではなく、このシスター隊全員にとってあなたは必要なのです。あなたを殺せと言うような教会などいくらでも裏切ります。これは神の教えではなく、我々が選択した我々の意志です」

 

ルチアがアニェーゼに覚悟の程を吐露する。

 

「シスター・ルチア、あなたは…」

 

「だから、一緒に帰りましょうよ!」

 

ずっと黙っていたアンジェレネも、拙いながらに自分の思いを告げる。

 

「私はもっと、シスター・アニェーゼといたいです!まだまだ一緒にいたいんです!」

 

「あなたたちは本当に…」

 

2人の思いを聞いたアニェーゼはゆっくりと話し出す。

 

「わかりましたよ」

 

「えっ?」

 

「一緒にいるって言ってるんですよ!」

 

「シスター・アニェーゼ!」

 

彼女の答えを聞いたアンジェレネは涙目で跳びついた。

 

「全く、本当にしょうがないですね」

 

そう言いながらも、アニェーゼはアンジェレネの頭を撫でる。

 

「それで?あんな厳格だったシスター・ルチアがこんなこと言うようになったのは、どこの誰のお陰なんですかねぇ?」

 

「し、シスター・アニェーゼ!?」

 

「えっと…。黒い髪の毛でツンツンした髪型の男の人で…。すごくカッコよくて…」

 

「ほうほう。とうとう、シスター・ルチアもそういう感情が分かるようになりましたか」

 

「シスター・アニェーゼ!何を言っているのですか!それとシスター・アンジェレネ!今すぐその口を閉じなさい!」

 

どうやら、いつも通りの彼女たちに戻ったらしい。

 

 

「あれって上条当麻のことですよね…」

 

「さっき会ったばかりの相手に…」

 

「女教皇様、ライバルは多そうなのよな…」

 

「だからいい加減に…」

 

 

その会話の内容が、思いがけず飛び火したようだが、取りあえずは置いておこう。

 

 

彼らがそんな風に呑気に話していたその時、突然壁が赤く光り出した。

 

「私はもうお仕舞いだ…」

 

見ると、気絶していたはずのビアージオが目を覚ましている。

 

「ビアージオ=ブゾーニ!?」

 

「最早、計画は成就すまい。せめて、この場にいる者たちだけでも道連れに…」

 

「自爆でもするつもりか!全員、外に出るのよな!」

 

「間に合うものか!言っておくが、もう私にも止められん。今となっては、この艦の中枢を破壊でもしない限りは止まらん!」

 

そう言うとビアージオは狂ったように笑い出した。

 

「ハハハハハハハハッ!これだけの主の敵を葬れるのなら、この艦とて無駄遣いとはならんだろう!そして私も…」

 

「“主の敵”って?例えば、こんな右手のことか?」

 

しかし、そこに最大級の主の敵が現れた。

 

「貴様!あれほどの十字架を受けておいて、もう動けるのか!」

 

慌ててビアージオが十字架を構える。

 

「十字架は…」

 

しかし、言い終わらないうちに、頭を殴られたような衝撃を受ける。

 

「調子に乗ってんじゃねぇですよ!」

 

アニェーゼが自分の得物である“蓮の杖(ロータスワンド)”を床に叩きつけている。

 

“蓮の杖”は、杖の象徴するエーテル(第五物質)が万物に似ているという特性を使い、偶像の理論を応用して、杖が受けた衝撃や傷を瞬間移動して敵を攻撃するものだ。

 

 

「その幻想を…」

 

ビアージオをかわした上条が右手を振りかぶって刻限のロザリオを狙う。

 

「…ぶち殺す!」

 

パキーンという乾いた音が響き、アドリア海の女王は霊装としては完全に破壊された。

 

 

こうして、ローマ正教の計画は打ち砕かれた。

 

一件落着!

 

 

 

(上条さん…)

 

(上条さん…)

 

(上条当麻…)

 

(上条当麻…)

 

上条が新たにフラグをぶっ立てたのは言わずもがなである。




女王艦隊篇終了です。

あんなに強かった上条ですが、魔術ののった十字架とは相性が最悪かなと思って負けさせました。“悪性”そのものみたいな存在ですからね、吸血鬼は。

次章からは完結に向けてのオリジナルストーリーです。
もう、上琴にしちゃおうかなと思ってます。


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第5章 暗部襲撃篇
17話 世界を守る


8月31日・朝

 

 

 

ファミレスで4人の少女がテーブルを囲んでいた。

 

「皆さん!また面白い都市伝説を見つけましたよ!」

 

声高に言い出すのは黒髪ロングの少女・佐天涙子だ。

どうやら、また怪しげな話を仕入れてきたらしい。

 

「またですか?佐天さん」

 

冷めた声で返すのは花飾りを頭に載せた初春飾利だ。

例によって、彼女の前にはパソコンと特大サイズのパフェが置かれている。

 

「何度も言いますが、学園都市で都市伝説なんてナンセンスですの」

 

初春に言い添えるのは、変態テレポーターこと白井黒子だ。

肩をすくめて首を左右に振っている。

 

「そうでしょう?お姉様」

 

「え、ええ!そうね。この街の科学で証明出来ないことなんてないんだから」

 

黒子に促されて口を開いたのは御坂美琴だ。

“悩み事”の所為で最近上の空になることが多いらしい。

 

「確かに眉唾ものですけど、結構証拠らしいものも多いんですよ、今回のは」

 

「で?今度は何なんですか?」

 

「ずばり“吸血鬼”です!」

 

「はい?」

 

初春と黒子が呆れた様な声をあげる。

当然だ。何故ならここは学園都市。科学で何でも解決出来る街なのだ。吸血鬼などというオカルトの入り込む余地はない。

少なくとも、大部分の住民たちはそう思っている。

 

しかし、いつもなら2人と一緒に佐天にツッコむであろう美琴の様子が少しおかしかった。

否定するどころか、興味を持ったようにすら見える。

 

「8月の最初のころ、スキルアウトの発砲事件が多かったって、初春も白井さんも言ってましたよね?」

 

「はい」

 

「確かにそうですの。警備員の領分だからと、我々“風紀委員(ジャッジメント)”の出動は許されず仕舞いでしたので、結局、現場を見ることはありませんでしたが」

 

“風紀委員”とは、学生たちによって構成される治安維持組織であり、初春と黒子はこれに所属している。

当然と言えば当然だが、教師たちで構成される“警備員”よりも権限の幅は狭いらしい。

 

「じゃあ、その発砲事件で死体が1つも出てないって話は知ってますか?」

 

「知ってますよ。結構、大きな銃撃戦になってたみたいなのに、死人が1人も出なかったって」

 

「でもね。その発砲事件が起こった辺りのスキルアウトの数は減ってるみたいなの」

 

「大きな騒ぎを起こしたところだから、しばらくは大人しくしてようってことじゃないの?」

 

「確かに、これだけならそうとも考えられます。でも、警備員の先生が目をつけてたスキルアウトが姿を見せなくなったり、一般学生がスキルアウトだった知り合いと会わなくなったりって証言も出てるんです。そして、ここからが話の大事なところですよ!」

 

佐天が場を盛り上げるべく声のトーンをあげる。

 

「事件の渦中にいて、連行されたスキルアウトの中に“化け物がいた”って証言する人が続出したんです」

 

「言い逃れするにしては、おかしな台詞ですね」

 

「でしょ?それも1人や2人じゃないし、頭が変になった感じでもなかったんだって。“撃っても死なない化け物に襲われた”、“化け物に噛まれた仲間が化け物になった”、“路地裏にゾンビが現れた”、“ゾンビは日光を浴びると灰になった”なんてことを色んな人が言ってて、実際現場には大量の灰があったんだってさ。太陽光を浴びて灰になるなんて、映画にでてくる吸血鬼そのものじゃない?」

 

「そんなもの、精神系能力者のイタズラではありませんの?ただ単に怖い夢を見ていただけということでは?」

 

「まあ、確かにそうかも知れないんですけどね。他にも“LEVEL5が吸血鬼狩りをしていた”とか“ツンツン頭の吸血鬼が守ってくれた”とか“吸血鬼が第1位を殺した”とか色々あって面白くないですか?」

 

「そんなくだらないオカルト話など何とも思いませんの」

 

「“吸血鬼”ねぇ…」

 

「おやおや、御坂さん。ひょっとして気になってます?」

 

「えっ?いや、私は別に…」

 

「じゃあ、もっと話を続けますよ」

 

「駄目ですよ、御坂さん。佐天さんが勢いづいちゃったじゃないですか」

 

「アハハハハ、ごめんなさい」

 

「まったくお姉様ったら」

 

そうは言うものの、美琴は佐天の話が気になっていた。“ツンツン頭の吸血鬼”と“吸血鬼が第1位を殺した”ことの噂が特に。

 

理由は言うまでもなく、8月21日の操車場の一件だ。

 

あれから、上条を見つけて問いただそうとしたのだが、結局、現在に至るまで出会うことはなかった。

 

それならばと、第3位としての電子戦能力を駆使して、色々調べたみたのだが、こちらも手詰まりだった。

 

そんな時にこの話を聞き、思わず食いついてしまったのだ。

 

「体を変化させ、使い魔を使役し、力をふるい、心を操り、体を再生させ、他者の血をすすり、己の命の糧とし、悠久の時を生き続ける。それが吸血鬼です」

 

美琴は佐天の言葉について考える。

常の彼女ならば笑い飛ばしてしまいそうなことだが、今は大真面目だった。

 

彼女は考える。

 

 

“体を変化させ…”

 

途中で女性の姿になった。

 

“使い魔を使役し…”

 

変な犬のようなものが現れた。

 

“力をふるい…”

 

一方通行を無能力で圧倒するほどの身体能力を持っていた。

 

“体を再生させ…”

 

胸の真ん中に空いた穴が塞がった。

 

ここまで考えると、彼は本当に佐天の言う吸血鬼のようだ。

 

 

(アイツは一体、何なのよ?)

 

考えるが答えは出ない。

吸血鬼だと認めてしまえば簡単だが、オカルトを信じない美琴には無理だった。

 

しかし、佐天の都市伝説も時には役に立つものだ。

 

そのまま真昼まで話が続いたりしなければ、美琴も素直にそう思えたであろう。

 

 

 

同日・昼

 

 

 

(何とかしなければ)

 

街を歩くとある少年がいた。

とても思いつめたような顔をしている。

 

(何とか、御坂さんを“あの男”から遠ざけないと)

 

表情さえ違えば、さぞや異性から好かれ、同性から疎まれる、整った顔をしているのだろう。

なんと言っても、ミスターサワヤカと名高い、あの“海原光貴の顔”なのだから。

 

(あの男は危険すぎる)

 

しかし、彼は海原光貴ではない。

この顔は仮のものだ。任務のために奪ったものだ。

 

彼の本当の名はエツァリという。

正体はアステカの魔術師で、任務とは“とある勢力”の調査だった。

 

(御坂さんは、自分が守らなければ)

 

調査はもう終了していた。

すでに“脅威なし”との報告を済ませている。

 

では何故彼はここにいるのだろうか?

 

(上条当麻は危険だ)

 

彼の調査した勢力とは、通称“上条勢力”。

文字通り、上条当麻を中心とした勢力のことだ。

 

しかし、彼は学園都市におり、勢力の大半を占める魔術師たちとは離されている。

勿論、会えない訳ではないが、当面の脅威ではない。彼自身の戦闘力そのものは脅威ではあるが。

 

(御坂さん…)

 

ところが、彼は調査を進めるうちに、調査対象だった1人の少女に心奪われてしまう。他ならぬ御坂美琴に。

 

それこそが、彼が未帰還である理由だった。

 

ひとえに愛する人が、傷つかないようにするために。

 

(吸血鬼に近づいてはいけない)

 

 

そうして歩いていると、美琴がファミレスから出てくるのが見えた。

更に都合よく、友人たちとは別れて1人になるらしい。

 

エツァリは美琴を追い掛けた。

 

 

 

「ハア、佐天さん話長いんだから…」

 

「御坂さん」

 

ぼやきながら街を歩く美琴に話し掛ける声があった。

 

「海原光貴?」

 

「はい。こんにちは、御坂さん」

 

勿論、彼は海原ではなくエツァリなのだが、美琴はそんなこと知る由もないし、知られてはいけない。

 

しかし、彼はそのルールを破るつもりでここまで来たのだ。

 

いつもの笑みを消して、“魔術師”としての表情を浮かべる。

 

「上条当麻は危険な男です」

 

「えっ?」

 

「彼はとても危険なんです」

 

「ちょっと…」

 

「いいですか?御坂さん。彼に関して色々な情報を手当たり次第に集めたり、彼を探して街を歩き回ったりしてはいけません」

 

「何でそんなこと知ってんのよ!」

 

「言えません。信用しなくてもいいので、自分の言葉だけでも頭に留めておいて下さい。上条当麻は危険です。決して近づいてはいけません」

 

「え、ええっと…」

 

美琴の頭の中は大混乱だった。

手掛かりに行き詰まって、とうとう吸血鬼なんてオカルトまで信じそうになってた時に、知り合いから“アイツ”の名前が出てきたのだ。頭の中がぐにゃぐにゃになってきた。

 

そんな時、悪目立ちする男子3人組が通りかかった。

 

 

「ボクぁ落下型ヒロインのみならず、義姉義妹義母義娘双子未亡人先輩後輩同級生女教師幼なじみお嬢様金髪黒髪茶髪銀髪ロングヘアセミロングショートヘアボブ縦ロールストレートツインテールポニーテールお下げ三つ編み二つ縛りウェーブくせっ毛アホ毛セーラーブレザー体操服柔道着弓道着保母さん看護婦さんメイドさん婦警さん巫女さんシスターさん軍人さん秘書さんロリショタツンデレチアガールスチュワーデスウェイトレス白ゴス黒ゴスチャイナドレス病弱アルビノ電波系妄想癖二重人格女王様お姫様ニーソックスガーターベルト男装の麗人メガネ目隠し眼帯包帯スクール水着ワンピース水着ビキニ水着スリングショット水着バカ水着人外幽霊獣耳娘まであらゆる女性を迎え入れる包容力を持ってるんよ?」

 

「青髪はぶれないにゃー」

 

 

青髪と金髪が何やらおかしなことを話しているが、美琴の意識はもう1人にしか向いていなかった。

 

 

「ショタまでかよ…」

 

 

黒髪にツンツン頭の少年がいた。

彼女が探していた少年がいた。

目の前の少年が近づくなと言った少年がいた。

 

遂に上条当麻が御坂美琴の前に現れた。

 

海原ことエツァリの忠告など一顧だにせずに、美琴は上条の元に駆け寄り、

 

「ようやく見つけたわよ!」

 

タックルして押し倒した。

 

「いってぇな。って、御坂!?」

 

「さあ、あの夜のこと説明してもらうわよ。やるだけやって、私のことはほったらかしなんて許さないんだからね!」

 

美琴は操車場の一件について問いただしたつもりだったのだろうが、上条の連れの2人はそうはとらなかったようだ。

 

「カミやん。このかわええ子、誰や?」

 

「あ、青髪?さっきまでの明るい顔と声はどこへ行ったんだ?」

 

「おい、カミやん。俺にも説明してほしいぜい。この子と一体ナニやったんだ?」

 

「土御門、顔が仕事モードになってるぞ。あと“何”の発音がおかしくなかったか?」

 

「そんなことはどうでもいいにゃー!カミやん、“あの夜”って何のことだ?」

 

「そうやで、カミやん。“やるだけやって”“ほったらかし”って何のことや?」

 

「ふ、2人とも落ち着いて、取りあえず俺の話を…」

 

「問答無用や!」

 

「鉄拳制裁だにゃー!」

 

「不幸だー!」

 

怒れる同級生から熱い拳を受けた上条であった。

 

「明日の学校でも覚悟しとくんやで」

 

しかも、まだ終わりではないらしい。

2人はドシドシという音が聞こえてきそうな足取りでどこかへ行った。明日にはクラスメートの全男子に情報が回っていることだろう。

 

「ちょろっと~」

 

「何だ?」

 

「“何だ”じゃないわよ!こっちはアンタに聞きたいことが山ほどあるんだからね!いつまでも待たせてんじゃないわよ」

 

「でもな、ビリビリ。さっきのはお前が招いた不幸なんだぞ」

 

「そんなことはどうでもいいのよ!」

 

その時、ずっと様子を見ているだけだったエツァリが動いた。

 

「御坂さん、離れて下さい」

 

それだけ言うと、取り出した黒いナイフを空に向ける。

すると、上条の近くに停まっていた車がバラバラになった。

 

「ちょっと、何すんのよ!」

 

「当てるつもりはありませんでした。ただの威嚇ですよ」

 

「お前…」

 

「はじめまして上条当麻。海原光貴と取りあえずは名乗っておきます」

 

「白昼堂々何の用だ?」

 

「簡単ですよ。あなたを殺そうと思いましてね」

 

「殺すって…」

 

「一般人の前でか?穏やかじゃねぇな」

 

「関係ありませんよ。これが自分の任務ですから」

 

突然のことに動けない美琴を余所に、エツァリはナイフを再び構え、上条も身構える。

 

次の瞬間、ナイフが光り、上条が立っていた場所を抉り、上条はエツァリを路地裏まで突き飛ばした。

 

昼間とはいえ、ただの魔術師が吸血鬼と戦えばこんなものだろう。

 

そして上条はエツァリを追いかけて路地裏に入っていった。

 

通りには呆然とする美琴だけが残された。

 

 

「ここなら“トラウィスカルパンテクウトリの槍”は使えないだろ?」

 

「こんな場所まで突き飛ばしたのは、そういう訳でしたか」

 

“トラウィスカルパンテクウトリの槍”とはエツァリが使っていた黒いナイフのことだ。金星の光を反射して、映した物体を分解することが出来るものである。

故に、光の入らない場所ならば使えない。

 

「じゃあ、御坂もいないことだし腹割って話そうか?お前は何しに来たんだ?」

 

「何を?さっき言った通りです。あなたを殺しに…」

 

「“腹割って”って言っただろ。正直に言えよ。吸血鬼を殺すにはどう考えても武力が足りないし、まして御坂に“離れろ”なんて言う必要もないしな」

 

「何の話かわかりませんね」

 

「そうか。それじゃあ当ててやる。お前は俺に殺されたかったんだろ?」

 

「なっ!」

 

「お前、御坂のことが好きなんだろ?」

 

「何を言っているんですか!そんなことあるわけないでしょう!自分はあなたを調査しに来て、御坂さんは調査対象の1人に過ぎ…」

 

「はい、ダウト!今“調査”って言ったな。やっぱり目的が違うんじゃねぇか」

 

「くっ…。嵌めましたね」

 

「お前が素直じゃないからだよ。仕方ねぇだろ」

 

「はあ。そうですよ。今回の自分の任務は“上条勢力”つまり、あなたとあなたの周辺人物の調査です。いえ、でした。もう任務は終わっているんですよ。先日“脅威なし”と報告を済ませました。しかし、調査の途中で自分は彼女と出会ってしまったんです」

 

「それが御坂だったって訳か」

 

「ええ。自分は彼女ほど素晴らしい女性を知りません。しかし所詮は叶わない願いだと分かっていました。自分は偽りの身ですからね。ですが、せめて彼女を幸せにするくらいはしたかった」

 

「だから俺から遠ざけようってか」

 

「ええ。あなたほどの吸血鬼は単体でも争いを呼ぶ。その渦中から彼女を離したかったんですよ。ですが口で言っても聞いてはもらえなかった。だから…」

 

「あいつの目の前で、俺に自分を殺させようとしたってことか。効果薄だと思うけどな。あいつはわからないことがあったら、とことん調べ尽くすタイプだろ」

 

「わかっていますよ。つまりは賭けだったんです。まあ、ここまで読まれていたとあっては自分の大負けですがね」

 

「お前も面倒くさい奴だな」

 

「立場上仕方がなかったんですよ。さて、自分はもうこの街から去らなければなりません。1つ約束してもらえますか?」

 

「何だ?」

 

「“御坂さんを何としても守る”と」

 

「“御坂に近づくな”じゃないのか?」

 

「それは無理ですよ。彼女をあなたから遠ざけるのは諦めます。だから、約束して下さい」

 

エツァリが真っ直ぐ上条に視線を向ける。

そして上条が口を開いた。

 

「俺は…」

 

ゆっくり噛み締めるように話す。

 

「御坂美琴とその周りの世界を守る」

 

フッと海原の顔が緩む。

 

「そうですか。ああ、本物の“海原光貴”の居場所は警備員に通報しておきましたので、もうすぐ見つかると思いますよ。それでは」

 

エツァリは満足げな表情でその場を去った。

 

上条も踵を帰して路地裏を抜ける。

 

 

 

彼らの会話を美琴が盗み聴いていたとも知らずに。




新章突入です。
取りあえずはエツァリの話です。
次話からは話動かしますので。

あと、この話は上琴にすることにしました。
そんなに色濃くは出さないつもりなので嫌いな人にも読んで頂きたいです。


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18話 新学期

上条とエツァリがとある約束を交わしていたころ、窓のないビルでは1人の“人間”が顔を歪めていた。

 

「一方通行を吸ったか。やはり、そう思い通りになるものでもないな。まあいい。“計画(プラン)”は加速している。それならば、こちらで微調整くらいはせねばな」

 

そう言うと統括理事長・アレイスター=クロウリーはとある通信回線を繋いだ。

 

「“猟犬部隊(ハウンドドッグ)”、木原数多」

 

学園都市の闇が上条に迫っていた。

 

 

 

いや“学園都市の”というのは誤りだった。

 

 

 

「吸血鬼だと!?」

 

聖ピエトロ大聖堂の中で驚きの声をあげる老人がいた。

彼の名はマタイ=リース。現職のローマ教皇だ。

 

「そうよ」

 

そんな彼にタメ口、どころか上から目線で話しかける女がいた。

顔には数え切れないほどのピアス、着ている服は全て黄色という格好の彼女は“神の右席”という組織の一翼を担い“前方のヴェント”と呼ばれている。

彼女は今、とある命令書へのサインを求めている。

 

「アドリア海の女王がぶっ壊れる前に情報が来たのよ。学園都市の例のガキは吸血鬼だって」

 

表向き、ローマ教皇はローマ正教のトップである。

しかし、神の右席はローマ正教の最暗部であり、その権限は教皇以上のものがある。

 

「しかし、吸血鬼といってもただの1匹に、教皇名の討伐命令も、まして神の右席も大袈裟過ぎはし…」

 

「ワラキア公ヴラド3世」

 

教皇の言葉を遮って、ヴェントはとある男の名を告げる。

それによって教皇の顔付きが変わった。

 

「あれはとうの昔に死んだ筈ではないか」

 

「そうよ。吸血鬼・ドラキュラはもう死んでいる。でも、その眷属は?史上最強の吸血鬼の唯一の眷属はどうだったかしら?」

 

「ウィルヘルミナ=ハーカーか。この名もドラキュラが狩られて以来、聞かなくなったがな」

 

「それがいたのよ。学園都市に」

 

「何だと!?」

 

「どこの誰か知らないけど、ウィルヘルミナ=ハーカーの魔力を探知した奴がいたのよ。8月21日の学園都市で」

 

「何ということだ…」

 

教皇は思わず天を仰ぐ。

 

「一体どうやってそんな大物を抑えているのだ?学園都市は」

 

「知る訳ないでしょ。それに案外イギリス清教の方かも知れないわよ。実際、女王艦隊を潰したのは“必要悪の教会”と“上条当麻”だったんだし。ほら、とっととサインしなさいよ」

 

「いや、しかし、そんな大物を狙うのならば…」

 

「“よく考える必要がある”とか言う気じゃないでしょうね。神の右席が書けって言ってるんだからアンタの考えなんて関係ないのよ。敵対するものは叩いて潰すのが私のやり方」

 

そう言って目の前に突き出された命令書に、マタイ=リースは渋々といった具合に自分の名前を書く。

 

こうして『吸血鬼・ウィルヘルミナ=ハーカー及び上条当麻を早急に抹殺せよ』という命令が、ローマ教皇の名のもとに出された。

 

 

こうして、科学サイドと魔術サイドの両最暗部より、上条当麻はターゲットとなった。

 

 

 

そして、もう1ヶ所。

 

 

 

「女教皇様には本当に申し訳ないのよな。しかし、我ら天草式十字凄教は決断したのよな」

 

ロンドン近くの日本人街にある天草式の拠点で、元教皇・神裂火織と現教皇代理・建宮斎字が膝をつきあわせて話している。

 

建宮から呼び出された神裂が、到着してからの第一声があれだ。

 

恐らくは、難しい問題なのだろうと察した神裂も堅い表情になる。

 

「謝る必要などありません。今更あなたたちの教皇には戻れませんから」

 

「そう言ってもらえるとありがたいが、我らは女教皇様への裏切りにも等しい行為をしようとしているのよな」

 

「建宮。あなたがそこまで言うほどのことなのですから、私はとやかく言うつもりはありません。どういうことなのか説明して下さい」

 

「実は…」

 

建宮がゆっくりと口を開く。

余程、言い難いことなのだろう。

 

「我ら天草式十字凄教は…」

 

神裂がゴクリと唾を飲み込む。

 

「上条当麻への…」

 

唐突に上条の名を持ち出した建宮は、その後の言葉を一気に言いきる。

 

「五和の恋を応援することにしたのよな!」

 

「はい?」

 

真面目な顔をしていた神裂だったが、思わず表情を崩して聞き返す。

しかし、建宮は止まらない。

 

「女教皇様の気持ちは皆知っていたのよな。しかし!あんな乙女な顔をした五和を見たのは初めてだったのよな」

 

「あ、あの…」

 

「それで応援しなくて仲間と呼べるだろうか。いいや、呼べんのよな!」

 

「建宮?何か悪い物でも食べたのですか?」

 

あまりに真剣な調子で語る建宮を心配し始めた神裂だったが…。

 

「女教皇様も上条当麻を想っているのを知っておいて、こんなことをするのは裏切りだということはわかっているのよな。本当に申し訳ない」

 

「それは違うと言っているでしょう!」

 

結局、いつものように怒鳴るはめになった。

 

 

 

こうして、学園都市、ローマ正教、イギリス清教という三勢力が上条当麻を狙うこととなった。

1つだけ“狙う”の意味がおかしいようだが…。

 

 

 

9月1日・朝

 

とある高校

 

 

 

「どうしてこうなった…」

 

新学期初日、始業式の前のホームルーム中に上条当麻は唖然としていた。

 

今朝、教室に入ったら、男子全員から謂われのない罪で鉄拳制裁を受けた。

 

それはいい。悲しいがいつものことだ。

普通の男子高校生の拳では上条はろくにダメージも受けない。

 

『転校生の姫神秋沙。よろしく』

 

アウレオルスの一件で助けた姫神がクラスメートになった。

 

それも問題ない。

小萌先生は預けたからにはこうなると思っていた。

 

 

しかし今、上条の、というよりクラスメート全員の目の前に、いる筈のない少女がいた。

 

「転校生の天草五和(あまくさ・いつわ)です。よろしくお願いします」

 

ショートヘアに二重瞼が特徴的な女の子。

 

『なんか天草式にいた五和って子とそっくりだな』

 

『現実逃避してる場合じゃないだろ、当麻。あれは間違いなく天草式にいた五和だ』

 

『やっぱり、そうか。そうですよね、そうなんですねの三段活用!』

 

『毎度思うが、その口癖面倒くさいな』

 

『何で魔術サイドの人間がここにいるんだよ!』

 

『お前流に言うところの“不幸の前兆”ってやつだな』

 

『そうだよな、やっぱり。はあ、不幸だ』

 

 

「今回の転校生は2人ともカワイイ女の子なのです。喜べ野郎ども。残念でしたね子猫ちゃんたち。それじゃあ、姫神ちゃんも五和ちゃんも席に着いて下さいなのです」

 

上条の苦悩を余所に、小萌先生が持ち前の明るい調子で話を進める。

そして、着席を促された2人が一番後ろの席に向かう途中に、上条の側で立ち止まった。

 

「上条くん。久しぶり」

 

「よろしくお願いします、上条さん」

 

「ああ、久しぶり、2人とも」

 

女子2人の転校というイベントに浮かれていた男子たちだったが、この台詞を聞いて石のごとく動きを止める。

 

そして一瞬の後に、一斉に上条を睨み付けた。

それはもう、睨むだけで人を殺せそうな視線だった。特に青髪ピアスのが怖い。

 

「カミやん、許すまじ…」

 

「また上条かよ…」

 

「何であいつばっかり…」

 

「あの馬鹿は、本当に…」

 

「上条くんがまた…」

 

「私の気持ちは届かないのかな…」

 

「あの野郎、死ねばいいのに…」

 

「一体どういう関係なんだろう…」

 

「きっと上条くんが危ないところを…」

 

「上条くんが不良から助けたとか…」

 

「階段で転びそうなところを助けてくれたとか…」

 

「俺に春は来ないのか…」

 

「わかってるな?お前ら…」

 

「始業式の後に…」

 

「小萌先生がいなくなったら…」

 

「また面白くなってきたにゃー」

 

教室がヒソヒソ声に溢れかえる。

 

合間合間に男子たちの不穏な計画が聞こえてきた。

訳知りの土御門は面白がって助けはしないらしい。

 

もう、言うことは1つしかないだろう。

 

「不幸だ…」

 

 

放課後、校舎内に上条の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

「大丈夫ですか?上条さん」

 

「ああ、いつものことだよ」

 

現在、上条と五和は食堂にいる。

戦闘職である五和が心配するほど、先ほどの上条は酷い状態だった。

因みに、怒れる男子たちは通学路に出て上条を探している。

上条が校門を出た後に、また校舎に戻るというトリッキーな動きで撒いたからだ。

それ故、ここはしばらく安全な筈だ。

 

「それで?何でここにいるんだ?まさか、ただ転校してきただけって言わないよな」

 

「勿論、違いますよ。私の任務は上条さんの護衛です」

 

「護衛?」

 

「はい。女王艦隊の一件がありましたから、ローマ正教から刺客が来るかも知れませんので」

 

「情報漏れたのか?俺がいたことは極秘だとか何とか土御門が言ってけど」

 

「いいえ。だから“もしも”の話です」

 

「それにしたって、ローマ正教に襲われても別に大丈夫だと思うぞ。そんな簡単にやられないって」

 

「確かにそうなんですが、建宮さんが“行け”と。最大教主からの命令でもあるらしいです」

 

「ふ~ん」

 

もちろん、これは五和と上条をくっつけるべく建宮が頑張った結果である。ローラ=スチュアートまで抱き込むとは大したものだ。

 

「ところでさ五和、お前能力開発どうするんだ?」

 

能力開発を受けてしまうと、魔術は使えなくなってしまう。より正確に言うと魔術を使うと身体にダメージを受けてしまうのだ。

土御門元春も他聞に漏れずそのジレンマを抱えている。いつぞや、血を吐きながら人払いの結界を張ったのがいい例だ。

 

「それならちゃんと考えてあるみたいですよ。なんでも、私は“原石”ということになっていて”詳しく調べるまでは能力開発をさせないように”ってお達しが出てるそうです」

 

“原石”とは、学園都市で人工的に作ったのではない、天然物の能力者のことだ。

人工のものとは方向性が異なる能力らしいので“調べるまで開発をするな”という指令が来ても疑う者はいない。LEVEL5の第7位・削板軍覇の能力などは、数多の科学者が正体を突き止めることに匙を投げるほどだ。

 

「そうか、良かった。土御門みたいになるんだったら何とかして帰さないとなって思ってたんだ」

 

「建宮さんはそんな酷い人じゃありませんよ。上条さんはやっぱり優しいんですね」

 

「そうか?当たり前のことだろ」

 

そうは言っても、上条の“当たり前”は少々度が過ぎている。

上条が当たり前という行為で、一体何人の人間が救われてきたのかは言うまでもないだろう。

 

 

 

「それで?話って何?」

 

その頃、“救われた人間”の1人である御坂美琴はカエル顔の医者の病院にいた。

 

「実はお姉様に会って頂かなければならない人がいるのです、とミサカは告げます」

 

そして、美琴を呼び出した、彼女の“妹”・御坂妹ことミサカ10032号は、美琴を奥にある病室まで案内する。

 

「あ!お姉様だ、ってミサカはミサカはいきなり飛びついてみたり!」

 

「ええっ!」

 

病室のドアを開けると、小さな人影が飛びかかってきた。

慌てて引き剥がすと、そこには美琴の幼少期と瓜二つの幼女がいた。

 

「はじめまして!ミサカの名前は“打ち止め(ラストオーダー)”だよ。“検体番号(シリアルナンバー)”は20001号、“妹達”の最終ロットとして製造されたの、ってミサカはミサカは元気よく自己紹介してみる!」

 

「“打ち止め”?」

 

「そうです。この幼女は全てのミサカの司令塔たる上位個体なのです、とミサカはチビな上位個体を鼻で笑いながらお姉様に報告します。フッ」

 

「ちっちゃくないよ、ってミサカはミサカは憤慨してみる!」

 

「え、えっと、どういうこと?」

 

話についてこれていない美琴に御坂妹が説明する。

 

 

打ち止めは妹達の最後の個体である。

 

妹達が反抗した場合に抑えるための制御盤のようなものである。

 

数日前、天井亜雄という研究者に特殊なウイルスを打ち込まれ、妹達を暴走させそうになっていた。

 

天井からは逃げ出したようだが、行方知れずになっていた。

 

今朝、誰かが見つけてこの病院に届けられていた。

 

誰が見つけたのかは分からない。

 

ウイルスは削除済みであった。

 

天井は捕獲され警備員に引き渡された。

 

現在はカエル顔の医者と芳川桔梗という研究者が面倒を見ている。

 

 

大まかにはこんなところだった。

 

ウイルス云々の件では唇を噛んでいた美琴だったが、説明を聞き終わった後に荒れるようなことはなかった。

元気そうな打ち止めが目の前にいるのが大きかったのだろう。

 

「そっか、また妹が増えちゃったわね」

 

「そうですね、とミサカは肯定します」

 

「ねえお姉様遊ぼうよ、ってミサカはミサカはお姉様の手を引っ張ってみる!」

 

「え、えっと…」

 

「構いませんよ。今日は上位個体を紹介するためにお呼びしただけですので、とミサカはお姉様にお子様の相手を押し付けたいという思いを隠して言います」

 

「隠せてないけど。じゃあ遊ぼっか」

 

「うん、ってミサカはミサカは大きな返事!」

 

 

 

元気に遊ぶ打ち止めだったが、彼女の頭の中では、天井のものとは違うウイルスが発動の時を待っていた。



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19話 猟犬部隊

9月1日

 

 

 

「ったく、人使い荒ぇな、チクショー」

 

黒塗りのバンの車内で、白衣姿の男が紫煙をくぐらせていた。

金髪と顔いっぱいにいれた蜘蛛の巣の様な刺青が特徴的な彼の名は木原数多。

学園都市の暗部組織“猟犬部隊(ハウンドドッグ)”の指揮官である。

 

「昨日、クローンの頭にウイルスぶち込んだところじゃねぇか。もう次の仕事かよ」

 

そう言いながらもアレイスターからの指示書に目を通している。

 

「にしても、アレイスターの野郎はいよいよイカレちまったのか?このウニ頭の右腕がそんなに大事とはな」

 

『木原さん、標的A見えました。現在、徒歩で移動中』

 

「よし、そのまま監視しとけ。俺がやるからお前らは手出しするな」

 

『了解』

 

部下からの通信に、上司への愚痴を引っ込めた彼はバンから降りた。飾り気のない、一昔前の型の狙撃銃を抱えて。

 

 

 

「ところで、上条さんの吸血鬼としての力ってどのくらいなんですか?」

 

下校中、五和は隣を歩く上条に問い掛けた。

上条は怒れる男子たちの熱い拳を浴びたところなので少しげんなりしているように見える。

 

「ん?そうだな…」

 

上条は漠然とした問いに少し答え方を悩む。

 

「あっ、ごめんなさい。デリカシーのないこと聞いて」

 

「いや、大丈夫。別に答えたくないから黙ってた訳じゃないから」

 

「そうなんですか?」

 

「そうそう。どう答えればいいのかわかんなかっただけだから」

 

上条が答えないのを違う意味にとった五和を宥めつつ、上条は考える。

 

『“どのくらい”って言われてもな』

 

『吸血鬼の力といえば、身体能力、再生能力、使い魔、読心操心、念動力ってとこだろ?その辺教えてやればいいんじゃないか?』

 

『そうだな』

 

「えっとな、俺の“右手”知ってるだろ?」

 

「はい。“幻想殺し”ですよね。魔術も超能力も、異能の力ならなんでも打ち消すんですよね」

 

「そう。だから念力は使えないし、読心も操心も出来ないし、使い魔も呼び出せない。全部、魔力がないとダメだからな。できるのは身体の強化と再生くらいだ」

 

「じゃあ、右手がなかったら他のもできるんですか?」

 

「ああ、念力も読心も操心も使ったことはないけどな」

 

「使い魔はいるんですよね?」

 

「犬、猫、狐、馬、烏、蛇、蟲…。他にもいっぱいいるぞ」

 

「やっぱりすごいんですね」

 

 

歩きながら会話をする2人だったが、彼らを遠くから監視する黒い人影には気づいていなかった。

 

 

 

「よし、来やがったな」

 

木原数多はスコープを覗きながら呟く。

彼が見る先には、先ほど“標的A”と呼ばれた人物がいた。

 

そして、彼はゆっくりと引き金を絞る。

パンと乾いた音がしたのち、“彼女”の胸に赤い花が咲いた。

 

「回収しろ」

 

短くそれだけ指示すると、彼はバンに戻って目的地へと向かった。

 

 

 

「銃声!?」

 

五和と話していた上条だったが、吸血鬼の聴覚が日常では聞く筈のない音を捉えた。

 

「おい、五和…」

 

隣にいる少女に話し掛ける上条だったが…

 

「銃声なんてしましたか?」

 

彼女には聞こえなかったらしい。

おそらく数km離れた場所から聞こえてきたのだろう。コンクリートジャングルではまず聞こえまい。

 

「何があったんだ?」

 

 

 

「何?これ…」

 

美琴は自分の胸に手を当てて呆然と呟いた。

 

打ち止めたちと別れて病院を出た彼女は寮に戻るべく歩いていたのだが、突然胸に衝撃を感じて立ち止まると、赤い液体が自身から流れ出していた。

 

徐々に体の力が抜けて地面に倒れこんでしまう。

 

(私死ぬのかな…。“あの実験”の元凶は私なんだし、当然の報いかな。一方通行の次は私か…)

 

そんなことを考えながら、彼女の意識は闇に呑まれていった。

 

そこに1台のバンが停まり、中から現れた、黒尽くめの戦闘服に身を包んだ人間たちが、彼女を回収してどこかへ走り去った。

 

 

 

「あの~、上条さん?」

 

いつまでも明後日の方向に顔を向けている上条に、おずおずと五和が話し掛ける。

 

「ああ、悪い。なんか向こうの方から銃声が聞こえたんだ。多分、警備員だよ」

 

「私には聞こえませんでしたが…」

 

「俺の耳は聖人みたいに遠くの音でも拾えるからな」

 

「そうでしたね」

 

「止まって悪かったな。行くか?」

 

「はい」

 

しかし、そんな彼らの行く手を遮って黒塗りのバンが現れた。

中から戦闘服を着た人間が降りてくる。

 

「誰だ?」

 

上条の問いには答えず、彼らを取り囲む。

 

その中の1人が上条たちに、モニターのようなものを向けた。

 

『よう、はじめまして』

 

モニターの電源が入ると、顔中に刺青のある男が映し出された。

 

「木原数多!?」

 

「何だ?俺のこと知ってんのかよ」

 

木原数多は一方通行の能力開発を担当していた科学者だ。

それ故、上条は彼を知っている。

 

「何の用だよ?」

 

『手っ取り早く言うとだな、会いに来てほしいんだよ』

 

「は?」

 

『いやマジで。素直に聞いてくれんなら、こっちもめんどくさいことしなくて済むんだよ。ああ、場所はここだ』

 

数多の声にあわせて、モニターの端に地図が現れる。1ヶ所赤く光っているところが彼の居場所なのだろう。

 

「行くわけねぇだろ。そんな見え見えの罠」

 

『だよなぁ。だから来たくなるようにしてやったぜ』

 

そう言うと、カメラの前からどく。すると、モニターに血みどろで倒れている美琴が映った。

 

上条の目つきが変わる。

 

「テメェ!」

 

『早く来ねぇと“超電磁砲”が死んじまうぞ。じゃあな』

 

それだけ言うとモニターは切れてしまった。

 

上条の目が見る見るうちに赤く変色する。

 

「上条さん!」

 

五和が止めようとするがどうにもならない。

 

「五和!」

 

「え?きゃあ!」

 

五和をお姫様抱っこのように抱えた上条は、猟犬部隊を蹴散らして、数多の指定した場所へ真っ直ぐ駆け出した。

当然ビルにぶつかるが、屋上まで飛び上がり、そのまま進む。

 

 

 

「はあ!何がLEVEL0だよ。とんでもねえ野郎じゃねぇか!」

 

部下から報告を受けた数多は面白そうに大声で叫ぶ。

 

「木原さん!このままでは何分も経たないうちに…」

 

「わかってるに決まってんだろうが!クズが一人前に口きいてんじゃねぇぞ!大体、そうでもしねえと超電磁砲死んじまうじゃねぇかよ」

 

「は、はい!」

 

部下を下がらせると、美琴を見下ろしながら呟く。

 

「それにしてもアレイスターの野郎、第3位殺しかけてまで何やろうってんだ?」

 

もちろん即死するようなところは撃っていないが、それでも病院に連れて行かなければ死ぬのは時間の問題である。

 

「木原さん!来ました!」

 

「いちいちやかましいんだよ。作戦通り動きやがれ!」

 

部下に乱暴に指示を出すと、彼はその場を後にした。

 

 

 

「あそこだな」

 

「上条さん落ち着いて下さい!」

 

一方、上条は数多が指定したポイントにある研究所を見つけていた。

 

腕の中の五和の制止は一向に聞いていない。

 

罠だとはわかっているが止まるつもりは一切ないようだ。

 

 

そのまま、研究所の壁をぶち抜いて中に入る。

 

血の臭いを辿り、1分も経たないうちに美琴を見つけ出した。

 

「五和、回復魔術でなんとかなるか?」

 

「はい!ちょっと離れていて下さい」

 

幻想殺しを避けるために上条を遠ざけると、五和は術式を書き始めた。

 

その時、部屋の端を白衣が横切った。

 

「おい、待て!」

 

それを目に留めた上条が追いかける。

 

「五和、御坂を頼んだぞ!」

 

「上条さん!危ないですよ!」

 

止めようとする五和の声は上条には届かない。

 

上条が追いかけ出すと、身体強化系の能力を使っているような速度で逃げ始めた。

上条の膂力でさえ、なかなか追いつけない。

 

「待てって言ってんだろうが!」

 

ウニ頭の吸血鬼と、金髪白衣の男の追いかけっこが始まった。

 

そのまま研究所から出た2人は、人気のない路地裏を駆け回る。

 

そして、数分が経過した頃、行き止まりに当たったらしく上条の前で、動きが止まった。

 

 

『捕まえた!』

 

『おい当麻!頭冷やせ!』

 

先ほどから頭の中で叫び続けるジェーンでさえも上条は止められなかった。

 

 

木原数多を追い詰めたと思った上条は、そのまま白衣を掴んで引き剥がす。

 

その時ようやく気が付いた。

 

目の前にいる男をよく見つめると、金髪と白衣は木原数多の特徴そのままだったが、顔が全くの別人だった。

トレードマークの刺青はなく、ビクビクと怯えた表情を浮かべている。

 

「チクショー!」

 

 

上条が悔しさのあまり叫んだ一瞬のちに、路地裏に爆音が響きわたった。

 

 

 

「単純な野郎で楽勝だったな」

 

原型がわからないほどにバラバラになった上条と白衣を見ながら数多は笑う。

 

「クレイモア対人地雷10個による超局地殲滅用攻撃ねえ。随分ぶっ飛んだ命令だな、おい。アレイスターは右腕持ってこいって言ってたが、こりゃあ無理だな」

 

正確に言うとクレイモアには銀球が仕込んであったのだが、そんなことは知らない。

 

「で?何でお前は生きてんだよ」

 

数多は自分と同じ格好をした部下に問い掛ける。

囮にした、身体強化系の能力者だ。

作戦では彼も上条と共に爆発の渦中にいる筈だったのだが、その寸前で路地裏から飛び出てきた。まるで投げ飛ばされたかのように。

 

「まあ、いいか。標的は始末したんだし。殺しちまったらそれはそれだって命令だったしな」

 

そう言って引き揚げようとする数多だったが、部下が怯えた声で彼を呼び止めた。

 

「き、木原さん。これ…」

 

「お?何だ何だ?」

 

部下に促されて上条の身体を見下ろした彼は、また面白そうに笑い出した。

 

「頭も心臓も潰されてんのに再生してんじゃねぇか!どうなってんだよ、おい!こりゃあ、超能力なんて代物じゃねぇぞ!」

 

理解出来ない事象を前にして、実に面白そうな数多だったが、上条の頭がほぼ再生すると表情を変えた。

 

「クレイモアでバラバラ殺人は認めるけど右腕は持ってこいってのはこういうことかよ」

 

そう言うと、持っていた拳銃を使って上条の頭を再び潰す。

 

「おい、お前ら。コイツの頭が再生してきたら撃って潰せ。そのうち右腕が再生するだろうから、そしたら切断しろ」

 

頭がなければ動かないだろうと判断した彼は部下たちに指示するが、誰1人動かない。目の前の現象に頭がついていけていないようだ。

 

「おい聞いてんのかよ」

 

見かねた数多は最も近くにいた部下の頭に拳銃を突きつけ、無造作に引き金を絞った。

乾いた音が響き、撃たれた部下は地面に崩れ落ちる。

 

それで漸く我に返った部下たちは数多の指示の通りに動き始めた。

 

 

「ったく使えねぇな」

 

しばらくしてから部下の1人が、切り落とした右腕を持ってきた。

 

「よし、上出来だ。後は…」

 

オレンジ色の液体で満たされた、透明な筒の中に上条の右腕を入れて蓋を閉める。

 

 

そこに1台の車が入ってきた。

中から黒スーツとサングラスを身に着けた男たちが降りてくる。

 

「おう、ご苦労さん」

 

数多の軽口には答えようともせずに、右腕を回収して走り去った。

 

 

「面白みのねぇ連中だな。おい、引き揚げるぞ。そのガキは爆破して、もう1回バラバラにしておけ。追い掛けられたらたまんねえからな」

 

「上条さん…」

 

「あ?」

 

そこに1人の女子高生がやって来た。

 

「ああ、お前コイツと一緒にヤツじゃねぇか。超電磁砲と付き合ってんのかと思ってたら、まだ女いたのかよ」

 

「よくも…」

 

数多の軽口には耳を貸さず、五和はカバンの中から、3つに折った海軍用船上槍(フリウリスピア)を取り出して組み立てる。

 

「よくも、上条さんを!」

 

怒りのままに数多に向かっていく五和だったが、脇腹に大穴を穿たれて横に吹っ飛ばされる。

一瞬遅れて銃声が辺りにこだました。

 

「どいつもこいつも周りが見えてねぇな」

 

面白くなさそうにそう呟いた数多と、彼の指揮する猟犬部隊は、上条の身体を再度吹き飛ばすと、その場を後にした。



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20話 留め具

「フフフ、素晴らしい。猟犬部隊はなかなか役に立ったな」

 

アレイスター=クロウリーは満足げに微笑んでいた。

 

ここ、窓のないビルにいる人間は彼1人だけだ。

そのため、彼の呟きに答える者などいない…筈だった。

 

「随分と焦っているようだね?アレイスター。もう私を呼ぶとは」

 

アレイスターにビーカーの隣から話し掛ける者がいた。

 

「“薬”と思って“計画(プラン)”に組み込んだ物がここにきて“劇薬”となりつつあるのだ。私とて焦りもするさ」

 

「そうでなくとも、かなり本来のものから逸れてきていたように思うがね」

 

アレイスターと極めてフラットな調子で話す彼女、いや彼の名はエイワスという。

 

彼は金髪の光り輝くような長身の持ち主でゆったりとした白い服を纏っている。

 

とても人間離れした見た目の彼だが、本当に人外の存在である。

 

彼はかつてアレイスター=クロウリーに“知識”を授けた天使─とは少し異なるがそれに近いもの─だ。

 

「とうとう幻想殺しの右腕まで切り落とすとは、どう収集をつけるつもりなのかな」

 

「何、心配はいらない。巧くすれば、このまま最終局面まで持ち込める」

 

「もう破綻する寸前といったところなのだろう?少しはスピードを落とさないとゴールに着くまでに倒れてしまうのではないか」

 

「倒れる前にテープを切れればそれでいい」

 

「まあ、私としてはどちらでも構わないのだがね」

 

そう言うと、エイワスはどこへともなく姿を消した。

再びアレイスター1人が残される。

 

「フフフ。猟犬部隊が果たせなかった役割もあるが、次は“神の右席”か。次こそは…」

 

ローマ正教の最暗部でさえ、彼の掌の外にはないらしい。

 

 

 

9月2日

 

 

 

上条当麻は五和のが眠っているベッドの横に立っていた。

先ほどまでは人工呼吸器を外せない状態だった彼女だが、今はすやすやと寝息をたてている。

撃ち抜かれた腹には傷痕さえ残っていない。

 

他ならぬ上条が治したのだ。

 

吸血鬼の、無限とも言われる魔力をもってすれば、単純な回復魔術でもここまでのことができる。

 

魔力の生成を阻害していた幻想殺しはもうない。

彼の右腕と共になくなった。

この右腕を再生することは叶わない。

どこかに右腕が存在する以上、新たに生やすことは出来ず、また、魔術を拒絶する幻想殺しは探すことさえ出来なかった。

 

しかし、彼の顔に深い影が差している原因はそれではないだろう。

 

 

「はあ…」

 

“不幸だ”とは言わず、ただ溜め息をついて、上条は病室を後にした。

 

 

 

「あれ?」

 

御坂美琴は病院のベッドで目を覚ました。

 

「生きてる…」

 

自分は死んだのだと思っていた彼女は、まだ寝ぼけたような調子で呟くが、病室から出ようとしている上条の後ろ姿を認めて飛び起きた。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

廊下に出て上条を呼び止める。

 

「御坂…」

 

上条はやや驚いたように振り返った。

 

『もう起きたのか』

 

『生命力(マナ)をやりすぎたな、当麻』

 

「今日こそは説明してもらうわよ。アンタ一体何者なの?」

 

『治したら、そのまま行こうと思ってたのにな』

 

「だから何度も言ってるけど、上条さんはただの高校…」

 

「吸血鬼って何よ!」

 

いつも通りに誤魔化そうとする上条を遮って美琴が言う。

 

「何でお前が…」

 

「海原と話してるの聞いたのよ」

 

「そうか…」

 

「いい加減に、本当のこと…」

 

「なあ、御坂」

 

今度は逆に上条が美琴の言葉を遮る。

 

「何よ?」

 

「昨日、お前が撃たれたの俺の所為なんだよ」

 

「え?」

 

「海原も言ってたんだろ?俺には近づかない方がいい」

 

そこで美琴は漸く気づいた。

上条の服の右の袖が膨らんでいない。

肘から下が綺麗になくなっている。

 

「アンタ、その腕…」

 

案じる美琴の言葉には反応せず上条は続ける。

 

「今回はどうにかなったけど、次があったら死んじまうかも知れねぇんだ。だから…」

 

「嫌よ!」

 

「御坂?」

 

「アンタは何でいつもそうなのよ!自分が傷ついてるってのに他人のことばっかり。周りが心配してるってのがわかんないの!いい加減、教えなさいよ!アンタは一体何を抱えてるの!何を秘密にしてるのよ!右腕に何があるの!吸血鬼って何のことなの!答えるまで諦めないわよ、私は」

 

「はあ…」

 

美琴の言葉を聞いた上条は、1つ溜め息をつくと彼女に近づく。

 

「な、何よ…」

 

「御坂、俺の目を見ろ」

 

「ど、どういうこと…」

 

「いいから!」

 

照れて顔を真っ赤にした美琴だったが、上条の目を見た瞬間に表情が変わった。

上条の目は、美琴の顔とは違い、禍々しく赤く染まっていた。

 

「忘れろ。もう寝とけ」

 

上条が言うと、赤色が美琴の目に写り込むと、表情をなくした美琴は踵を返し、病室のベッドの上に横になった。

 

『良かったのか?もうアイツはお前のことを思い出さないぞ』

 

『そうでもしねぇと、また巻き込んじまうだろ』

 

『なあ当麻、そんなに気負うこともないだろ。ちゃんと傷も残らないところまで治ったじゃないか。五和の方だって同じことだ』

 

『俺がいなかったら、端から傷つくこともなかったじゃねぇか』

 

『お前、アイツの世界を守るんじゃなかったのか?お前だってその中に入ってるだろ』

 

『俺がいない方があいつは安全だろ』

 

『あのなあ…』

 

言い募ろうとするジェーンだったが、前方から現れた少女に上条の意識は向いていた。

 

「どうしたんだ?御坂妹」

 

「おや、あなたは…」

 

「御坂なら眠ってるぞ。急ぎの用なのか?」

 

「お姉様が撃たれたと聞いて駆けつけたのです、とミサカは報告します」

 

「それにしちゃあ遅くないか?この病院に住んでるんだろ?」

 

「何故あなたがそれを知っているのですか?とミサカは疑問を呈します」

 

「御坂から聞いたんだ」

 

本当は記憶を読んだのだが、平然と誤魔化す。

 

「それで?俺の質問の答えは?」

 

「実は上位個体が原因不明の高熱を出していて、他のことに気を回す余裕がなかったのです、とミサカは返答します。上位個体というのは…」

 

「打ち止めのことだよな。御坂から聞いたよ。原因不明ってのが心配だな。俺も行くよ。病室はどこだ?」

 

 

御坂妹から病室を聞いた上条は、打ち止めの元にやって来た。

御坂妹は美琴の様子を見て、後から来るらしい。

 

中に入ると、打ち止めが苦しそうに息をしながら眠っていた。

 

上条は左手を打ち止めの額に当て、次いで自らの額を当てる。

そして上条の意識は、打ち止めの頭の中に沈んでいった。

 

ミナ=ハーカーの魔術的知識と一方通行の科学的知識を駆使して頭の中を解析する。

 

しばらくすると、上条は口を開いて、何かの魔術の詠唱を行った。

 

上条が離れると、打ち止めがゆっくりと目を開いた。

 

「あ!ヒーローさんだ!ってミサカはミサカは胸にダイブしてみたり…って、あわわわわッ!」

 

「おっとっと、まだ動いちゃ危ないぞ」

 

前のめりに転びかけた打ち止めを上条が咄嗟に支えた。

 

「何があったのですか?とミサカは驚きを隠しながら問い掛けます。上位個体が…」

 

そこに、美琴を見舞ってきたらしい御坂妹がやって来た。

 

「治しといたよ。後は任せたぞ、御坂妹」

 

そう言うと上条は彼女の脇をすり抜けて病室を出ようとするが、そこでふと何かに気付いた、いや思い出した。

 

「あ、忘れるところだった。なあ御坂妹、お前たちの記憶って“ミサカネットワーク”ってので繋がってるんだったよな」

 

“ミサカネットワーク”とは、妹達が、その“電撃使い(エレクトロマスター)”としての能力を用いて構成しているネットワークのことだ。彼女たちはこれによって記憶を共有している。

 

「はい、とミサカは肯定します」

 

「それじゃあ…」

 

上条は御坂妹の目を覗き込む。

御坂妹の目が赤く染まった。

 

「じゃあな」

 

それだけ短く告げると、上条は病室から出ていった。

 

 

「一体どうやったんだい?」

 

病室を出たところでカエル顔の医者が待っていた。

 

「あの子の脳の容量を増やしたんですよ。かなり負荷がかかってましたから」

 

「随分と無茶苦茶なことをしたものだね。普通の魔術師には無理だと思うがね」

 

「吸血鬼か魔神でもなきゃ無理ですよ。脳の構造を変えるなんて荒業は」

 

「そうかい。流石に大したものだね。君、ここで医者をやらないかい?」

 

「はい?」

 

「君の力ならどんな患者でも助けられると思うね。ここで僕を手伝ってくれるなら、どこかへ行って面倒事に巻き込まれることもなく、人助けが出来るだろう?」

 

「俺の不幸体質のことは知ってるでしょう?ここにいたら…」

 

「僕に迷惑をかけるとでも?」

 

「“患者に”ですよ。俺がその場にいるだけで人が死ぬかも知れないんですよ?」

 

「ん~」

 

「先生は良くても、俺はこんな風に人が集まるところに留まるつもりはないですよ。普通の場所と違って、一歩間違えたら死んじまう人がいるところにはね」

 

「そうかい。まあ、いつでも来るといい。いくら怪我をしないといっても君は僕の患者なんだからね」

 

「いいえ、もう来ないと思いますよ。輸血用の血が必要な時以外は」

 

そう言うと上条は彼の前から去っていった。

 

 

「医者だというのに患者を救えないとはね」

 

誰もいなくなった廊下に、彼の悲しげな言葉が響いた。

 

 

 

「お姉様!」

 

「白井さん、走ると危ないですよ」

 

正面玄関を出ようとしたところで、上条は超電磁砲組の3人とすれ違った。

美琴の見舞いに来たのだろう。

 

「あれ?」

 

そこで佐天が立ち止まって上条をかえりみる。

 

「どうしたんですか?佐天さん」

 

「あの人、右手が…」

 

しかし、上条の姿はもうそこにはなかった。

 

 

「見つかったか?」

 

病院を出たところで上条が声をあげる。

周りに人はいないが、決して独り言ではない。

 

上条の足下にカシャカシャと気持ち悪い音をたてながら、ムカデのような虫が寄ってきた。

 

「勿論ですとも、マスター」

 

「そうか。ご苦労様」

 

報告を聞いた上条がそう言うと、大量の蟲が街中から集まり、彼の影に収まった。

全て上条の使い魔である。

 

とある人物の捜索に差し向けたものだったが、見つかったために戻したのだ。

 

そして上条は“木原数多”がいると聞いた所へ飛んでいった。

 

 

 

「何だ?」

 

けたたましく鳴り響く警報を聞きつけた木原数多は、部下に通信を送った。

 

『侵入者です。昨日のガキが…』

 

「ああ?場所が割れたのかよ。手筈通りに迎撃しろ。死なねえにしたって足止めくらいできるだろ」

 

『了解しました!』

 

 

数多からの指示を受けた猟犬部隊は、アジトの玄関扉を壊して侵入してきた上条を、柱の影から覗き見ていた。

 

上条が数歩進んだところで、1人が手に持っていたスイッチを押す。

 

昨日と同様に、クレイモアの一斉起爆が上条に襲いかかり、付近は爆煙に包まれた。

 

しかし、キュイーンという高い音がすると、傷1つ負っていない上条の姿が再び現れる。

 

「撃て!撃ち殺せ!」

 

誰のともつかない号令と共に、猟犬部隊は一斉に銃を撃つ。

 

しかし、再び高い音が辺りに響き、発射された銃弾はそのまま銃口に吸い込まれていった。

次々と銃が弾け飛ぶ。

 

「どけ」

 

上条はたった一言だけで猟犬部隊を黙らせる。

しかし、効かないと知りつつもすぐに攻撃を再開した。

もし彼らがこんなことで持ち場を放棄すれば、後で数多に殺されてしまうのだから死に物狂いだ。

 

銃、手榴弾、地雷などなど、次々と攻撃が加えられる。

 

「クソッ」

 

上条の影が伸びて、一瞬で猟犬部隊を呑み込む。

また元の形に戻った時には辺りを静寂が支配していた。

 

「寝てろ」

 

気を失った彼らには一瞥もくれず、上条は木原数多のもとへ向かう。

 

 

 

「一方通行の反射を使えるたあ、大したもんじゃねぇか。いよいよぶっ飛んだ野郎だな、おい」

 

上条が数多の部屋に入ると、たった1人で待ち受けていたらしい彼が笑いながら話し掛けてきた。

 

「お前の腕はここにはねぇぞ」

 

「いらねえよ、そんなもん」

 

「あ?」

 

上条の右腕があった部分に、黒い霧のような物が現れ、腕の形をなした。

 

「はっは!何だよ、そりゃあ!理論の“り”の字もわかんねえぞ!」

 

あくまで愉しげに笑う数多の頭を、上条の“右腕”が捕まえる。

 

「何だよ。どうするつもりだ?敵でも殺せねえアマちゃんのくせによお」

 

昨日、囮役を助けたことを知っている数多は、その状態でも余裕の表情を崩さない。

 

「うるせえよ」

 

しかし、上条は耳を貸さず目を赤く染め上げた。

それに呼応したかのように数多の目が赤く染まる。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

断末魔のような叫び声をあげる数多だが、上条は術を解かない。

 

「あ、あぁ…」

 

しばらくすると叫び声がやむ。

数多の目から色が消えている。

 

最早、彼は脱け殻となっていた。

 

それを確認した上条は右腕を消した。

数多の身体が崩れ落ちる。

 

「殺しゃしねえよ」

 

 

『らしくないな、当麻』

 

『何がだよ、ジェーン』

 

『敵だっていつまでも敵って訳じゃないんじゃなかったのか?』

 

『コイツが敵じゃなくなると思うのか?』

 

『思わないよ。でも、だからって殺しちまうようなお前じゃなかっただろ』

 

『殺しはしなかったぞ』

 

『コイツは死んでるよ。もう人間としては生きられない。おい、しっかりしろよ。右手がなくなって、お前の吸血鬼性を抑えてた留め具がなくなったんだ。気をしっかり保たないとマスターみたいに戦い続けのクソみたいな暮らしが待ってる。わかってるだろ』

 

『ちゃんとしてるさ』

 

『いいや、お前はもうガタガタだよ』

 

 

「上条当麻!」

 

自分を呼ぶ声に上条が振り返ると神裂が立っていた。

 

「神裂か。五和の見舞いか?」

 

「え、ええ。確かにそのために来ましたが…」

 

「だったら病院だ。早く行ってやれよ」

 

突っぱねるように告げた上条は、神裂の横を抜けて出て行った。

 

「そんな目で私を見るのですか…」

 

神裂と話す上条の目は、終始真っ赤に染まったままだった。

 

 

 

「ん…、ああ…」

 

上条と数多の再戦から数時間後、五和は目を覚ました。

 

「おお!五和が起きたのよな!」

 

周りを見ると神裂を始め、天草式の一同が揃っていた。

 

「建宮さん…。上条さんは?」

 

五和が尋ねると、建宮は渋い顔をした。

 

「答えてください、建宮さん」

 

「上条当麻は…」

 

五和が催促するとゆっくりと話し出した。

 

「右腕をなくしたのよな」

 

「そんな…」

 

五和は愕然としたが、二の句には更なる驚きが待っていた。

 

「上条当麻がこのまま吸血鬼として闇に呑み込まれるようなら殺せ、と最大主教から命令が出てる」

 

「え?」

 

「上条当麻は今まで右腕が魔力を殺していた。だから脅威度は低かったのよな。しかし、今はその右腕がない。あいつは好きな時に、虐殺だろうが大量破壊だろうが簡単にできるようになった。学園都市の人間だからある程度は様子を見るが、もし人を殺したり生き血を吸ったりした時には、必要悪の教会の総力をもって上条当麻を殺しにかかるそうだ」

 

「酷い…」

 

「実際、何時間か前に木原数多という科学者を精神的に壊したらしいのよな。顔に派手な刺青を入れた男だ。知ってるか?」

 

「はい。昨日、上条さんを襲った人です」

 

「やっぱりな。その時、女教皇様が現場に行ったんだが、酷い荒れようだったそうなのよな」

 

五和は神裂の方を見る。彼女も沈んだ顔をしていた。

 

「我らは上条当麻を殺すはめにならないように、神に祈るくらいしか出来んのよな」

 

 

 

「また吸血鬼が出たのであるか?」

 

「ええ。吸血鬼のものらしき魔力が見つかったようです。ただウィルヘルミナ=ハーカーのものとは異なるものだったようです。つまり…」

 

「魔力を持たないはずの上条当麻が魔力を出したのか、まだ見ぬ3人目がいたのかってことでしょ。今更、状況は変わらないんだからとっとと行くわよ」

 

天草式が五和を舞っていた頃、神の右席のうちの3人、すなわち、前方のヴェント、左方のテッラ、後方のアックアは日本に入国していた。

学園都市へ到着するのも、もうすぐである。




右腕についての説明をしておきます。
上条は幻想殺しを持っていますが、右腕がなくなった時は再生させられます。吸血鬼が身体を再生させるのは魔術とは違うものなんだとご理解下さい。
ただ、右腕が切れた時は、切断面をくっつけないと元に戻せません。幻想殺しの所為で、離れた場所にある右腕を呼び寄せることは出来ませんし、新しく作ろうにも、右腕は一応存在するのだから、それも出来ません。


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第6章 神の右席篇
21話 隻腕


9月3日

 

 

 

「上条くん。その右手どうしたの!」

 

登校して来た上条を見て、姫神は動転したような声をあげた。

 

「おはよう、姫神。先生から聞いてないのか?」

 

「カミやんと五和ちゃんが、一昨日の帰り道で事故に遭うたとしか聞いてへんよ」

 

上条の姿を認めた青髪もやって来た。

 

「そうか。俺の右手はその事故の所為だよ。五和はまだ入院してるけど大丈夫だ。怪我してる訳じゃねえよ」

 

クラスメートたちが上条の右の袖を見つめる。

肘から下には中身がなくヒラヒラとしていた。

 

「それで上条、お前は大丈夫なのか?」

 

余りにあっけらかんとした上条を心配して、委員長気質の女の子・吹寄制理が話し掛ける。

 

「ちょっと不便だけどな。大したことはねえよ」

 

そんなことを話していると、担任の先生が教室に飛び込んできた。

 

「上条ちゃん!大丈夫なのですか!先生は心配で心配で…」

 

合法ロリ教師こと月詠小萌は目に大粒の涙を浮かべながら上条を見つめる。

余程、気に病んでいたのだろう。

何とも生徒思いの教師である。

 

「大丈夫ですよ、小萌先生。ほら、この通り」

 

上条は左腕をグルグル回して大丈夫だとアピールする。

 

「強がっちゃって…。上条ちゃん、成績はよくても、やっぱりおバカちゃんなのです」

 

そう言って上条に微笑む小萌先生であった。

 

 

因みに、上条が登校したことを喜んでいたのは小萌だけではなかった。

 

 

『取りあえず、ちゃんと学校には通うつもりみたいで安心したよ』

 

『一晩中、お前が頭の中でうるさかったからな。まるで不良を更生させようとする熱血教師みたいに』

 

『お前が“真っ当な”吸血鬼にならないように頑張ってるんだよ、私はな。お前は優しい奴なんだから、“ミナ=ハーカー”の二の舞にはしたくないんだよ』

 

『心配しすぎだって』

 

『木原数多を殺った時のお前は、かなり危ないところまで行ってたと思うけどな』

 

ジェーンは、上条がとうとうキレてしまったのではないかと案じていたのだが、必死の呼び掛けの甲斐もあってか、彼は誰の血を吸うことも、誰かを殺すこともなかった。

 

『力を持つ者には戦いが付いて回る。だが、それを受け入れたら、お仕舞いだ。自我はねじ曲がり、戦いを受け入れるどころか、求めるようになってしまう。当麻、“ミナ=ハーカー”にはならないでくれよ。戦闘狂(ウォーモンガー)の上条当麻なんて見たくない』

 

これがジェーンの言い分だった。

 

 

 

「上条くん。一緒に帰ろう」

 

何はともあれ、1日の授業が終わった後、姫神が上条を誘った。

 

「ああ、別に構わないぞ」

 

「そう。良かった」

 

 

 

「上条くん。右手はどうなったの?」

 

学校から少し離れ、人が減ってきた頃に姫神が切り出した。

 

「朝言っただろ?事故で…」

 

「嘘。それなら治せるはず。誰かに取られたの?不思議な力のあるあの右手」

 

「姫神…」

 

『しようがないか…』

 

『おい、馬鹿はよせよ』

 

上条は両目を赤く染める。

“それについて考えるな”とでも命じれば、彼女とてこれ以上の詮索をすることはないだろう。

 

今の上条はかなり神経質になっていた。

美琴と五和が凶弾に倒れたことで、自身の不幸体質について、長らく忘れていた気持ちが蘇ったのかも知れない。

とにかく、自分の内面に踏み込んでこられることを極端に恐れていた。

 

「その目で。私を見ないで!」

 

しかし、普段とは大違いに声を荒げた姫神に、思わず元に戻してしまう。

 

「ごめんなさい。その目で私を見た“人”はみんな。私が殺してしまうから」

 

“吸血殺し”を持つが故に、彼女は数多(木原は関係ない)の吸血鬼を、その意思に反して殺してきた。

そんな彼女が、自分の恩人兼想い人である上条が、吸血鬼の片鱗を見せるのを良しとする筈がなかった。

 

「答えたくないことを聞いたのなら。別に答えなくてもいい。もう。聞かないから」

 

「悪い」

 

『そんなポンポン人の頭弄るもんじゃないぞ』

 

『俺の“不幸”に巻き込みたくないんだよ』

 

『人の記憶を消したり、意志を曲げたりってのは、殺しちまうことと大差ないんだ。いい加減にしろよ、当麻』

 

『わかってるよ』

 

 

 

上条と姫神が話していた頃、学園都市のゲートに3人の侵入者が現れた。

しかし、“警備員(アンチスキル)”は無反応だ。

それもその筈、彼らは全員、気絶していた。

 

「他愛ないわね」

 

「ヴェントの“天罰術式”の効果は流石ですねー。異教徒どもがあっという間に静かになります」

 

「無駄な戦いをせずに済むのは良いことなのである」

 

 

“天罰術式”とは、ヴェントに対して敵意・悪意を抱いた者を距離・場所を問わず昏倒させるという魔術である。

彼女の、舌につけた鎖と十字架の霊装と、“神の火(ウリエル)”としての性質があって初めて使える。

 

 

神の右席のメンバーは、人間が生来持っている“原罪”を可能な限り薄めることによって、人間よりも天使に近い身体的・魔術的性質を持っており、4人それぞれが四大天使の性質に対応している。

 

ヴェントは“神の火・ウリエル”

テッラは“神の薬・ラファエル”

アックアは“神の力・ガブリエル”

 

そして、この場にはいないもう1人

右方のフィアンマは“神の如き者・ミカエル”

 

ただし、“原罪”とは“知恵の実”のことでもあるため、彼らは普通の人間が使える魔術を使えない。

例外もあるのだが、それには後ほど触れよう。

 

 

そんなこんなで、フィアンマを除く神の右席は学園都市まで吸血鬼狩りに来たのであった。

 

堂々と正面ゲートから侵入してきたにもかかわらず、辺りは思いのほか静かだった。

 

まあ、当然だろう。

対応しようと現れた警備員たちは端から天罰術式にやられて気絶しているし、彼らが情報を送っていれば、それを介してヴェントを見た人間にも天罰術式の効果が現れる。

 

今、この街の防衛機構は完全に止まっていた。

 

 

「現在、吸血鬼の魔力が発せられている座標が送られてきたのである」

 

探索班からの通信を受けたアックアは2人に言った。

 

「ミナ=ハーカー?」

 

「いや、もう一方だけようである」

 

「チッ!めんどくさいわね」

 

「自らの眷属がやられれば、もう一方も出てくるでしょう。焦る必要などありませんねー、ヴェント」

 

「それもそうね」

 

「では、また魔力が絶たれぬうちに急ぐのである」

 

彼らは真っ直ぐ上条の方へと向かっていた。

 

 

 

「み~さ~かさ~ん」

 

「げっ…」

 

その頃、美琴は面倒な人物と出会ってしまっていた。

 

「撃たれたって聞いて心配してたわぁ」

 

「そりゃ、どうも」

 

長く伸ばした金髪、星マークが光る瞳、長身痩身、そして中学生とは思えないふくよかな胸。

 

彼女の名は食蜂操祈という。

 

美琴と同じく常盤台中学の生徒にして、LEVEL5の第5位である。

能力名は“心理掌握(メンタルアウト)”。心理操作系では最強と謳われている。

 

「連れないわねぇ」

 

因みに美琴は彼女のことが嫌いだ。

直情型の美琴と、陰湿な性格の食蜂は反りが合わない。というより、美琴が一方的に受け付けない。

 

「それにしても、御坂さんの回復力は流石だわぁ」

 

「人を何だと思ってるのよ?腕のいい先生が治してくれたからに決まってんでしょ」

 

「そうは言っても、私だったらそんなに早く治らないと思うけどぉ」

 

「アンタに体力がないからでしょ、それは」

 

「ひどいわぁ」

 

軽口を叩く食蜂だったが、そこでふと何かに気づいたようだ。

 

「ねぇ御坂さん」

 

僅かに食蜂の声色が堅くなる。

 

「最近“精神攻撃”か何か受けた?」

 

「は?そんなことあるわけないじゃない」

 

LEVEL5の電撃使いである美琴は、常に電磁バリアを纏っているため、食蜂ですら精神に干渉することは出来ない。

尤も、会話の内容からして何かしらを感じとることは出来るようだが。

 

「ふ~ん。それもそうよねぇ」

 

「アンタまた何か企んでるの?」

 

「まさかぁ。ところで御坂さん…」

 

食蜂は何となく、不思議なことに関わっていそうな名前を挙げる。

 

「“上条”先輩は元気ぃ?」

 

これに想像以上に大きな魚がかかった。

 

「誰よ?そいつ」

 

「え?」

 

美琴の知らない筈のない名前である。少なくとも食蜂はそう思っていた。

 

「ええっと、黒髪でツンツン頭で…」

 

「だから誰よ?」

 

嘘ではないように食蜂は思った。

心は読めなくても美琴は顔に出しやすいタイプなだけに分かりやすい。

 

「そう…」

 

悩ましげに食蜂は顎に手をやる。

 

「またね、御坂さん」

 

「え!ちょっと…」

 

唐突に告げると、止めようとする美琴は無視して、食蜂は去っていった。

 

 

「上条先輩の不思議力は侮れないわねぇ」

 

美琴には聞こえないように呟く食蜂であった。

 

 

 

「あれであるな」

 

神の右席の3人は、遂に上条を視認した。

 

「どうやら上条当麻は右腕をなくしたようであるな」

 

「なるほど、魔力が探知できたのもそれで説明がつきますねー」

 

「んじゃ、ちゃっちゃと始末しちゃいましょうか」

 

「待つのである、ヴェント。隣に民間人らしい少女がいるのである」

 

「どうせ異教徒なんでしょ?関係ないわよ」

 

そう言うと、アックアには耳を貸さず、ヴェントは手に持っていたハンマーを振るう。

突風が生まれ、上条と姫神へ向かう。

 

「早まるな、ヴェント」

 

「これは聖戦なのですよ、アックア。異教徒の犠牲など気にしている場合ではありませんねー」

 

「テッラ、貴様もか…」

 

テッラもヴェント周りの被害に気を配るようなことはしない。

彼らの頭の中にあるのは“神の敵の抹殺”という目的だけだ。

 

 

 

「姫神、危ない!」

 

対して、姫神と歩いていた上条は、ヴェントの放った突風に気付き、姫神を掴まえて後ろに跳んだ。

 

「誰だ!」

 

姫神を背に庇いながら、上条は風の来た方向を睨みつける。

目は真っ赤に染まっていたが、後ろの姫神には当然見えない。

 

上条の視線の先には、奇抜な格好の男女が3人いた。

 

「魔術師か」

 

「そんなところである」

 

曖昧に返すとアックアは“金属棍棒(メイス)”を取り出す。

5mを超えるそれをいとも簡単に片手に持った。

 

「聖人か?」

 

「その通りである」

 

「アックア。くっちゃべってないでとっととやるわよ」

 

上条と話すアックアをヴェントが戒めるが、名前を出したのはまずかったようだ。

 

「アックア…」

 

名を聞いた上条は考える。

 

 

『イタリア語で“水”だよな』

 

『ああ。それに、アイツらの格好よく見てみろよ。わかりやすく色分けしてあるぞ。青、緑、黄色だ』

 

『とうとう、ローマ正教が本気になったってことか』

 

 

「お前ら、神の右席か!」

 

「おや、バレてしまいましたねー」

 

ことここに至って、上条は敵の大きさを認識した。

 

「姫神!後ろに走れ!」

 

「で。でも…」

 

「いいから行け!」

 

渋る姫神だったが、上条の剣幕に圧されて従った。

 

姫神を見送った上条は眼前の3人を睨みつける。

 

「心配せずとも民間人を巻き込むことは本意ではないのである」

 

「信じねえよ、悪いけどな」

 

上条はアックアの言葉を一蹴した。

しばし双方睨み合いが続いたが、テッラが沈黙を破った。

 

「アックア。もういいのでは?あの女もかなり離れましたねー」

 

「うむ」

 

促されたアックアがメイスを構える。

そして、一直線に上条に向けて跳んだ。

 

「当たらねえぞ!」

 

一の太刀を上条は難なくかわすが、そこで後ろから突風が吹いた。

咄嗟に横に跳んでかわす。

 

見ると、ヴェントがハンマーを振るっていた。

そして彼女の舌からさがる鎖と十字架が揺れていた。

 

「その十字架をハンマーで叩いたら、叩いた方向に風が吹くのか?」

 

「さあ?どうかしらね!」

 

言いながらハンマーを振るうヴェントだが、突風は上条の予測通りに吹いてくる。

 

その間にもアックアはメイスを振るうので、上条は聖人の攻撃と突風を同時に避け続けることになったが、まだ余裕の表情だ。

 

「今度はこっちから行くぞ!」

 

上条がそう言うと、彼の影から黒い犬が現れて3人に向かっていった。地獄の黒犬だ。

 

「仕方ありませんねー」

 

そのとき、攻撃に参加していなかったテッラが動いた。

 

「優先する。人体を上位に、悪魔を下位に」

 

“犬”は、彼らに襲いかかった瞬間に消滅してしまった。

 

訝しむ上条を待たず、テッラは更に唱える。

 

「優先する。聖人を上位に、吸血鬼を下位に」

 

アックアが上条に襲いかかる。

 

「芸がねえな」

 

またも避けようとする上条だったが…

 

「遅いのである!」

 

「なっ!」

 

今度はメイスが上条を捉えた。

 

「ぐはっ!」

 

上条の全身が、まるで弾けたように裂けた。

 

 

まだまだ彼らの戦いは始まったばかりである。



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22話 渦外

窓のないビル

 

 

 

「どういうつもりだ?アレイスター!」

 

土御門元春はビーカーの中にいる統括理事長を怒鳴りつけていた。

 

「上条当麻の右腕を切断したかと思えば、次は神の右席と戦わせるだと?正気か?」

 

「そう大きな声を出すな、土御門」

 

対するアレイスターはいつも通りの平坦な口調だった。

 

「これしきのことは超えてもらわねばなるまい。一方通行がいない今となっては上条当麻の成長を早急に促す必要があるのだ」

 

「それで死んだらどうするつもりだ?対魔術師に効果絶大だった幻想殺しはないんだぞ」

 

「そのときはそのときだ。“右腕”だけで“計画”を進めるさ。尤も、ミナ=ハーカーの力を持っていて簡単に破れることはないだろうがね」

 

「くっ…。相変わらずのクソ野郎だな」

 

「私に悪態をつくのは構わないが、くれぐれも手出しをしてくれるな。イギリス清教にも徹底させろ。特に、今あの病院にいる彼らにはな」

 

「仕事はきっちりやってやるよ。この街には大事なものがあるからな」

 

「土御門舞夏のことか?」

 

「貴様がその名を口にするな」

 

土御門舞夏は土御門元春の義妹である。

 

「そう感情を高ぶらせるな。何もしはしないさ」

 

「地獄に堕ちろ」

 

フフフと笑うアレイスターに捨て台詞を吐いた土御門は、テレポーターに連れられて去っていった。

 

 

 

カエル医者の病院

 

 

 

「上条当麻の援軍に行ってはならないとはどういうことですか?」

 

五和の病室で、ローラ=スチュアートからの命令を携えてやって来たステイルは、神裂に問い詰められていた。

 

「あれはローマ正教の最高戦力なのですよ。右腕を失った上条当麻を単独で戦わせなどしたら…」

 

「…暴走して、血を吸って、僕らの敵になるだろうね、十中八九」

 

ステイルは煙草をくわえて、至って冷静に答える。

 

「では何故…」

 

「吸血鬼を庇って最大宗派を敵に回すつもりなのかい?神裂」

 

最大宗派とは、十字教の中で最も信徒が多い宗派、すなわちローマ正教のことだ。

 

「それは…」

 

「待つんだよ」

 

言い澱む神裂だったが、その時、ステイルと共に来ていたインデックスが口を開いた。

 

「とうまを信じて待つんだよ。とうまは強いから、神の右席なんてへっちゃらなんだよ」

 

「インデックス…」

 

「そうですよ!上条さんが負ける訳ないですよ」

 

「五和…」

 

「私は上条さんを信じます。神の右席にも、自分の心にも、あの人はきっと勝ってくれます」

 

ベッドの上の五和もインデックスに倣った。

 

「五和はこの通りな訳だし、女教皇様も覚悟を決めないといかんのよな」

 

建宮が神裂を見る。

 

「わかりましたよ」

 

神裂も観念した。

自分より年下の2人に、みっともない姿は見せられない。

 

「上条当麻を信じて待ちましょう」

 

 

 

聖ピエトロ大聖堂

 

 

 

「そろそろアイツらが会敵した頃か」

 

「フィアンマ!?」

 

アックア・ヴェント・テッラVS上条当麻の戦いの行方を案じていたローマ教皇・マタイ=リースに、不敬にも後ろから話し掛けたのは、神の右席のリーダー格・右方のフィアンマだ。

セミロングで痩せ型の男性である。

 

「今までどこにいた?」

 

「面白い術式を考えた奴がいたからな。あの3人がいないうちに調整していたんだよ」

 

「面白い術式だと?」

 

仲間をほったらかしにしておいて調整する術式とは如何なものなのだろうか?

尤も彼は、他の神の右席、もといローマ正教徒を仲間とは思っていないのであろうが。

 

「ああ。俺様が面白いと言うのだから間違いない」

 

「一体、何を企んでいるのだ?フィアンマ」

 

「ローマ教皇ごときに言う必要はないだろう?俺様は“神の右席”の“神の如き者”だぞ」

 

「“ローマ教皇ごとき”か…」

 

仮にも数十億の信徒の頂点にいる人物にかける言葉ではない。

 

「これから学園都市に行ってくる」

 

「とうとう神の右席が総出で吸血鬼狩りか。お前が動くということは上条当麻とは余程重要なのだろうな」

 

「いや、これっぽっちも興味はない」

 

「何だと?」

 

「さっき来ていた報告によると、あの男は右腕を失ったらしい。幻想殺しを持たない、ただの吸血鬼などに興味はない。さっき言った魔術を試してみたいだけだ。俺様が到着する頃には、いい具合に準備が整っているだろうからな」

 

「今から行っては間に合わぬのではないか?神の右席が3人もいるのだぞ。それとも吸血鬼の灰でも必要な魔術なのか?」

 

「いや違うさ。必要なのはもっと別の物だ。そのためにアイツらを死地に送ったんだからな」

 

マタイ=リースは自分の耳を疑った。

 

(今、この男は何と言った?)

 

「まあ、何も本当に死ぬ必要はないさ。動けない程度になっててくれさえすればいい」

 

「い、一体何の話をしているのだ?」

 

「分かるように話しているつもりだがな。俺様の術式には“神の右席”の肉体が必要なんだよ。しかも、今なら敵地のど真ん中で発動させられる」

 

「お前は自分の仲間を贄にすると言うのか!」

 

マタイ=リースは大声をあげる。

 

「ヴェントあたりもやっていたと思うがな。俺様が“世界を救う”ためには必要なことだ」

 

対して、フィアンマは平然と言い放つ。

 

「それを聞いて、行かせると思っているのか!」

 

「俺様を止められると思っているのか?」

 

「一から一二の使徒に告ぐ。数に収まらぬ主に仰ぐ。満たされるべきは力、我はその意味を正しく知る者、その力をもって敵が倒れることをただ願う!」

 

マタイ=リースがローマ教皇としての魔術を使う。

 

サッカーボールのような牢獄が現れてフィアンマを閉じ込めた。

 

 

これは“傷つけぬ束縛”という魔術。

 

物理的な束縛ではなく、相手の肉体と精神を切り離し、その肉体の中で永劫に空回りさせるというものだ。

例え、常識外の怪物だろうがこの束縛からは逃れられない。

 

これが、聖ピエトロ大聖堂とバチカンそのものが巨大霊装として何重にも強化したローマ教皇の力だ。

 

 

しかし、一瞬で消し飛ばされた。

 

嵐のごとく衝撃波が吹き荒れ、教皇は柱に叩きつけられる。

 

「俺様の“聖なる右”に、その程度のものが通用すると思っているのか?」

 

フィアンマが何をしたか?

“右腕”を振っただけだ。

 

「尤も人の身では扱い切れないがな」

 

“聖なる右”は、フィアンマの“神の如き者”としての力。

どんな邪法だろうが悪法だろうが、問答無用で叩き潰し、悪魔の王を地獄の底に縛りつけ、1000年の安息を保障した“ミカエルの右手”の力だ。

 

当然、人間には扱い切れない。

 

「すぐに空中分解してしまうのは、やはり難だな」

 

小さく呟くと、倒れた教皇には一瞥もくれずに歩き去った。

 

 

 

学園都市

 

 

 

「わーい、わーい、ってミサカはミサカは元気になった喜びを全身で表現しつつ走ってみたり」

 

「走っては危ないですよ、とミサカはお子様な上位個体を注意します」

 

熱が収まり動けるようになった打ち止めは、ミサカ19090号を引き連れて、学園都市を歩き回っていた。

 

もうすっかり元気な様子である。

 

頭の中では、依然として木原数多がアレイスターの指示で書き込んだウイルスが稼動中なのだが、上条のお陰で問題なく生活できているようだ。

 

「あ!展望台発見!ってミサカはミサカは猛ダッシュ」

 

「聞いてはいないのですね、とミサカは嘆息します。ハア…」

 

尤も、世話役の妹達としては良いことばかりでもないらしいが。

 

「おー!すごく遠くまで見えるよ。19090号も早く早く!ってミサカはミサカは急かしてみたり」

 

「そう急ぐこともありませんよ、とミサカは…、おや?何やら事故でもあったのでしょうか?とミサカは数km先で上がる粉塵に目を向けます」

 

「むー。何かドンドン言ってて大事みたい、ってミサカはミサカは身を乗り出してみたり」

 

「危ないからやめて下さい、とミサカは上位個体の肩を持って引き留めます」

 

「あ!あれは!ってミサカはミサカは思わぬところに知り合い発見!大変だよ、19090号!ヒーローさんが変な人たちに襲われてるよ!」

 

煙の中に上条の姿を認めた打ち止めは19090号に呼び掛ける。

 

「“ヒーローさん”とは誰のことでしょう?とミサカは問い掛けます」

 

しかし、キョトンとした声で返されてしまった。

 

「ヒーローさんはヒーローさんだよ、ってミサカはミサカは言い張ってみたり。ミサカたちを助けてくれた“上条当麻”さんだよ!」

 

19090号は首を傾げるばかりである。

 

「み、ミサカネットワークに繋いで!」

 

埒が開かないと見た打ち止めは、ミサカネットワークで記憶の共有を試みる。

 

「ミサカネットワーク全体に攻撃の後がある…」

 

ネットワークに潜った打ち止めは呆然と呟いた。

 

「下位個体全員の記憶が、ヒーローさんと関わるところだけ綺麗に書きかえられてる」

 

「ではなぜ上位個体のものは無事なのですか?とミサカは質問します」

 

「多分、下位個体を通して攻撃したからだと思う。だから、私の方までは届かなかったんだよ、ってミサカはミサカは分析してみる。待ってて、私のバックアップを送るから。ん~」

 

打ち止めが力むように唸った数秒後、ミサカネットワークは元の状態に戻った。

 

「情報の受信を確認しました。ミサカたちは大変なことを忘れていたようですね、とミサカは呟きます。しかも、前後の状態を見る限り、犯人は上条さん自身のようですね」

 

「ミサカたちから記憶を消してどうするつもりだったんだろう?ってミサカはミサカは頭にハテナマークを浮かべてみる」

 

「それは本人に聞くしかないでしょう。とはいえ、まずは恩人の救出が先でしょう、とミサカはネットワークを駆使して学園都市内の全ミサカに召集をかけます」

 

「うん!早く行こう、ってミサカはミサカは走り出してみたり」

 

「あ!戦闘力の低い上位個体は待機を…」

 

「いいから早く!ってミサカはミサカは風になってみたり~」

 

「聞いてはいませんか…、とミサカは再度嘆息します。ハア…」

 

 

 

「まったく、何だったのよ…」

 

そのころ、食蜂と別れた─というより置いていかれた─美琴も街を歩いていた。

 

「上条…」

 

聞いたことのない名前である。

しかし、どうも胸につかえたようで気持ち悪い。

 

「ああ!もう!むしゃくしゃするわね!」

 

鬱憤を晴らすべくゲーセンにでも行こうかと考えていた美琴だったが、その時遠くの方でドンと大きな音がなった。

 

「事件?」

 

美琴は音のした方向へと歩を進める。

 

世のため人のための行動だ。別に暴れたかったからじゃない…と思う。

 

 

 

多くの人間が、上条を中心に動き始めていた。

 

 

 

「優先する。小麦粉を上位に、吸血鬼を下位に」

 

「クソッ!」

 

そして、様々な人間が動き始める中、上条当麻は神の右席相手に苦戦していた。

 

『あの爬虫類顔が何かしてやがるな』

 

“爬虫類顔”とはテッラのことだ。見た目通りの呼び名である。

 

『“優先する”って言ってるし、魔術も言葉通りの効果なんだろ。“吸血鬼”と“人間”の異種戦だから、この手のは分が悪いぞ』

 

『“吸血鬼を下位に”って言われたら、一方通行の反射も効かなくなったり、聖人と風が不可避になったり、オマケに小麦粉─か?これ─で防御されたり、面倒くせえな!』

 

そんな訳で、先ほどから防戦一方といった具合の上条である。

 

『このままじゃジリ貧だぞ。魔術使ってやっちまえよ』

 

『そんなこと言ったって、こんなに攻められたら、詠唱も魔法陣も碌に出来ねえだろ』

 

『単純なのならどうにかなるんじゃないか?出力を増やせば威力は出せるだろ』

 

『そんなことしたら殺しちまうかも知れねえだろ』

 

『そうか。“いつも通りで安心した”って言いたいところだが、この調子じゃ血が減りすぎるぞ。今の内にやっちまわないと手遅れになる。魔術も超能力も、使うたびに吸血衝動が強くなるんだからな。それに、さっきから何回、身体再生させた?』

 

『5回くらいか?』

 

『いくらなんでもそろそろキツいぞ。やるならやっちまえ。神の右席なんて連中なんだから、そうそう死にはしないよ』

 

『でも…』

 

「優先する。風を上位に、吸血鬼を下位に」

 

「またか!クロ!」

 

「はい、マスター!」

 

不可避だとわかっている上条は使い魔を盾にする。

 

「風を上位に、悪魔を下位に」

 

しかし、すぐにテッラの言葉によって押しきられてしまう。

 

「聖人を上位に、吸血鬼を下位に」

 

「はあ!」

 

「この!」

 

突っ込んでくるアックアに対して、上条はコンクリートを叩き割って投げつける。

当然躱されるが、一瞬できた隙に上条はテッラへ向けて石を蹴飛ばす。

 

「優先する。小麦粉を上位に、石を下位に」

 

防御されるが、それによって吸血鬼と聖人の優先順位は元に戻った。

上条はアックアの攻撃を躱す。

 

 

先ほどから同じような繰り返しで凌いでいる上条だったが、そろそろ限界が近そうだ。

尤も、限界を超えて上条が自制をなくしたら、危ないのは神の右席の方なのだが。

 

 

「優先する…」

 

 

しかし、そんなことを理解していない彼らは攻撃を休めない。

恐らくフィアンマはわかっていて伝えなかったのだろう。



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23話 暗躍

9月3日

 

 

 

上条VS神の右席(フィアンマ以外)の戦いは膠着していた。

 

前衛・アックア、中陣・ヴェント、後衛・テッラという戦術で上条を追い詰めていた神の右席だったが、今一つ決め手に欠けた感があり、止めをさせないでいた。

実際、しばらく上条に攻撃を躱され続けている。

使い魔を盾にして、その隙にテッラを攻撃し“優先”を変更させるというパターンが出来てきていた。

 

「近接が無理ならこれでどうであるか」

 

そんな中、アックアが動いた。

 

彼の頭上に巨大な氷柱が現れ、上条に向かう。

 

「優先する。氷を上位に、吸血鬼を下位に」

 

「クソッ!」

 

そう言いつつ、上条が手をかざすと大量の烏が氷柱に体当たりし、砕いた。もちろん、上条の使い魔だ。

 

だが、そこへアックア本人が突っ込んでくる。

 

「優先する。聖人を上位に、吸血鬼を下位に」

 

「ぐはっ!」

 

使い魔を氷柱の防御に使った上条はアックアを防げなかった。

彼の身体がバラバラに吹き飛ばされる。

 

即座に再生するが、いよいよ血が足りなくなってきているらしく、表情は堅い。

 

「今の普通の魔術じゃないのか?」

 

そんな中、上条はアックアに問う。

 

「その通り、神の右席の為に調整されたものではないのである」

 

「じゃあ、なんで使えるんだ?」

 

「聖母の慈悲は厳罰を和らげる」

 

「聖母…。そういうことか」

 

「わかったのであるか?」

 

「“聖母が天罰を弱める”ってのを拡大解釈してるんだろ?“神の右席は人間の魔術を使えない”ってルールを弱くしてる」

 

「その通りである」

 

上条は渋い顔をする。

 

これで攻撃のリズムが変わった。

聖人であるアックアはただでさえ厄介なのに、この上、魔術まで使ってくるとなると辛い。

 

「ぼうっとしてんじゃないわよ!」

 

「風を上位に、吸血鬼を下位に」

 

しかし、考える暇を与えず攻撃が飛んでくる。

 

ひとまず使い魔でどうにかするが、その時、上条の後ろで声がした。

 

「ヒーローさん!ってミサカはミサカは大きな声で呼んでみたり!」

 

「打ち止め!」

 

ミニ御坂こと打ち止め(ラストオーダー)が上条の方に手を振りながら走ってきていた。

その後ろには妹達が1人付いてきている。

 

「何で…」

 

記憶を消したと思っている上条にとっては理解できないことだったが、逡巡している暇をくれるような敵ではなかった。

 

「アンタたち、コイツの知り合い?」

 

ヴェントが打ち止めたちに話し掛ける。

 

「そうだよ。だからヒーローさんに手を出す奴はミサカた、ちが、た…あれ…」

 

ヴェントに指を差して堂々と返答しようとした打ち止めだったが、言葉の途中で倒れてしまう。

同時に19090号も倒れた。

 

ヴェントの天罰術式の効果が出たのだ。

 

「テメエ!」

 

「うっさいわね」

 

上条に攻撃が当たらずイラついていたヴェントは打ち止めたちに向けてハンマーを振るう。

 

「ヴェント!」

 

「そう大声を出すこともありませんねー、アックア。所詮、異教徒の死体が増えるだけです」

 

アックアの制止を聞く筈もなく、生み出された突風が気絶した2人に襲いかかる。

 

一瞬のちに、ドンという音がして打ち止めのいた辺りが煙に包まれる。

 

「ぐっ…」

 

しかし、彼女たちには傷一つ付いていなかった。

上条が身を呈して庇ったからだ。

背中には巨大な爪で引っ掻かれたような裂傷がある。

 

「テメエら…」

 

上条は振り向きつつ、唸るような声を発する。

 

その時、ピンとコインを弾くような音が辺りに響いた。

 

「アンタたち、私の妹に何してくれてんのよ!」

 

見ると、御坂美琴が神の右席に対して右腕を突き出して立っていた。

その掌には、弾いたコインが今にも落ちてこようとしている。

 

彼女の能力名は“超電磁砲(レールガン)”。

その由来たる大技が放たれようとしていた。

破壊力は本物のレールガンと同等どころか勝っている。

 

「おや?超能力者のご登場ですねー」

 

対する神の右席は余裕の表情だ。

 

それもその筈、彼らはローマ正教の最終兵器たる人間たちだ。

艦載兵器で殺せるのならば上条とてこんなに苦労はしない。

手を出せば危険なのは美琴の方であろう。

 

しかし、美琴がレールガンを撃つことはなかった。

 

カンと音をたててコインが地面に落ちる。

 

美琴が発射をやめたのではない。

やめさせられたのだ。

 

美琴の体は宙に浮き、そこへ向けて上条が左手を翳している。

 

「ち、ちょっと!下ろしなさいよ!」

 

喚く美琴をそのまま念動力で引き寄せる。

 

「何で邪魔したのよ!」

 

「あんなことしてる暇があるんなら、妹を病院に連れてってやれ!」

 

つっかかってくる美琴に対して、上条も大声で返す。

 

「アイツらぶっ飛ばさなきゃ気が済まないじゃない!」

 

「LEVEL5が戦おうって場所に、気絶したまま置いとくつもりだったのか?」

 

「そ、それは…」

 

即断即決、後先は考えない美琴の直情思考は、良く働くこともあるが、今回は悪く働いたようだ。

 

「アイツらは代わりにぶん殴っといてやるよ。早く行け」

 

「でもアンタ、その傷…」

 

美琴は右腕と背中を見やりながら言う。

 

「このくらい大丈夫だ。俺を信じろ」

 

しかし、上条の一言で懸念を引っ込める。

 

(コイツなら大丈夫よね)

 

そんなことを思いながら、打ち止めを脇に抱え、19090号を背負った─女子中学生の筋力では無理なので生体電気を操作して筋力を強化した─美琴はふと気が付いた。

 

「あれ?私とアンタって会ったことあったっけ?」

 

「…いや、ないと思う」

 

上条は僅かな沈黙の後に静かに答えた。

 

「そう」

 

(じゃあ、何で私、安心できたんだろう?)

 

「早く行けって」

 

「わかった。気を付けてね」

 

「ああ」

 

そのまま足早に去っていく美琴を上条は見送った。

 

「もう限界であるか?吸血鬼」

 

「傷が再生していませんねー」

 

上条の背中の傷を指してアックアとテッラが言う。

 

先ほどから再生する気配がない。

 

「ああ、これか…」

 

しかし、上条の様子に変化はない。それどころか、より落ち着いたようにさえ思える。

 

『もう限界だな』

 

『かっこつけて女の子助けたりしたからだ』

 

長引いた激戦ですり減っていた上条。打ち止めたちを庇ってさらに深い傷を受けた。

 

 

本人の言葉通り限界だった。

 

 

「治したら“終わり”みたいだったからな」

 

最後にそう告げる。

瞬間、背中の傷が塞がった。

 

しかし、上条の様子がおかしい。

 

目はこれまでにないほど爛々と光り、口元は醜悪につり上がり、唇の間からは鋭い牙を口内に覗ける。

 

吸血・殺人に対する自制を保っていられないほどに血を失った上条の“鬼”としての姿がそこにあった。

 

 

 

「ハハハ、いいぞ。俺様の読み通りだ」

 

そして、その上条を遠方から見る男がいた。

右方のフィアンマだ。

 

ビルの屋上から双眼鏡を手に─科学の産物を持っているだけでヴェントならキレそうなものだが─上条ら4人の様子を眺めている。

 

「さあ、踊れ踊れ」

 

右席の3人が窮地に陥っていると理解しているにも関わらず、実に愉快そうに微笑んでいる。

 

 

学園都市に着くのが早すぎるって?

右方の右手は規格外なのだからツッコんではいけない。

 

 

 

「何だか様子が変わったわね」

 

上条の状態を正しく認識していないヴェントはまだ余裕の表情を崩していない。

 

「そろそろ、とどめとするのである」

 

アックアはそう言うと上条目掛けて跳躍した。

 

「優先する。聖人を上位に、吸血鬼を下位に」

 

もう何度目かもわからない繰り返しだが、今回は違う展開が待っていた。

 

「フッ」

 

上条は鼻で笑うように小さく息を漏らすと消えた。

 

「何!?」

 

正確に言えば“霧”に化けただけなのだが、見えなくなったのには変わりない。

 

「これなら、どうであるか!」

 

アックアの頭上に大量の水が集まる。

そこから矢のように水が飛び出し、辺り全体に降り注ぐ。

 

「水を上位に、吸血鬼を下位に」

 

見えないなら“面”攻撃で潰すという、極めて単純な行動だ。

 

「ぐは…」

 

呻き声が聞こえたすぐ後に、霧が集まって“上条当麻”を形どった。

 

「そこか!」

 

すかさずアックアが飛びかかる。

 

「聖人を上位に、吸血鬼を下位に」

 

しかし、メイスが当たった途端に、上条が大量の蝙蝠に変わった。

 

「ダミーであるか!」

 

「上!」

 

ヴェントがテッラの真上を指差すと、急降下している上条の姿があった。

 

「惜しかったですねー。優先する。小麦粉を上位に、吸血鬼を下位に」

 

上条が肉迫する前にテッラが防御をとる。

しかし、上条は小麦粉の壁に触れることなく、テッラの横に着地し、すぐさま再度の跳躍の構えをとりつつ言った。

 

「なあ、粉塵爆発って知ってるか?」

 

そして、跳躍すると同時に指を鳴らしながら、たった一言だけ、詠唱とも言えないような言葉を発する。

 

「“燃えろ”」

 

爆音が、パチッというフィンガースキップの音を掻き消す。

テッラは死んではいないにしろ、戦線復帰は不可能だろう。

 

「はあ!」

 

そこにメイスを振り上げたアックアが飛び込んでくる。

 

「遅えよ」

 

しかし、上条の背から“黒翼”が現れメイスを消し飛ばした。

 

「じゃあな!」

 

上条の右肘から黒い右腕が生えてアックアを殴り飛ばした。

数kmほどの飛距離を叩き出しそうな軌道である。

 

そして笑いながら、上条は最後に残ったヴェントに顔を向ける。

 

「この!」

 

ヴェントはハンマーで十字架を叩こうとする。

 

その前に、上条が足元の瓦礫を蹴飛ばして舌と繋がった鎖を断ち切った。ベクトル操作で速度が増しているのでライフル弾より速い。

 

次いで、使い魔である蟲がヴェントのハンマーに群がる。

 

慌てて手を離したヴェントは武器を失ったが、正しい判断をしたと言える。

蟲が離れると無惨に変わり果てた姿のハンマー現れた。

 

丸腰のヴェントに上条が接近する。

 

「近づくな、吸血鬼!」

 

叫ぶヴェントだったが、上条は拳で黙らせる。

 

そして、ヴェントの身体を掴まえると、ゆっくりと牙を首筋に近づけていく。

 

即座に噛みつかなかったのは僅かな抵抗心の所為だろうか?

しかし、もう本人の意志云々で避けられるレベルのものではなかった。

 

 

その時…

 

 

ペチッ!

 

 

…何だかマヌケな音が、上条の頬から聞こえた。

 

何かが頬に当たったと認識した上条が僅かに視線をずらすと、赤い液体が入った密封パックが視界に入った。

 

欠片だけ残った理性を振り絞り、ヴェントの身体から手を離して、落下していく“それ”を掴んだ上条は、穴も開けずにそのまま口の中に放り込む。

血液が吸血鬼の喉を潤した。

 

理性を取り戻した上条が、輸血パックの飛んできた方向に目をやると、セーラー服姿で黒髪ロングの転校生の姿が見えた。

 

「姫神…」

 

「カエル顔の。ハァ。ハァ。先生から。ハァ。貰ってきた」

 

息切れが激しい彼女は肩からクーラーボックスを提げている。

 

 

上条に逃げろと言われた姫神だったが、あの後急いで病院に行き、輸血パックを確保して戻ってきたのだ。

運良くカエル医者と出会えたので、面倒くさい言い訳を考えることもなく輸血パックを入手出来たのだった。

 

 

「助かったよ。マジで危なかった」

 

「見てたから知ってる。間に合わないと大変だから。遠かったけど投げてみた」

 

「悪いな。怖がらせちまったか?」

 

「大丈夫」

 

上条の吸血鬼としての姿をまじまじと見せつけられた姫神だったが、気丈にもそう答えた。

 

 

 

カエル医者の病院・五和の病室

 

 

 

「はあ~」

 

上条を見守っていた─直接は見えないので天草式の魔術を使用─一同は、溜め息をついていた。

 

「いやあ、危なかったのよな」

 

「私はとうまを信じてたんだよ!」

 

「上条さん…。よかったです」

 

「五和、泣くものではありませんよ」

 

そんな中、電話で指示を受けたらしいステイルが口を開いた。

 

「“神の右席を回収しろ”と、今になって学園都市が言ってきた」

 

「このタイミングで…」

 

「最大教主からも許可が出ている。目を覚まさないうちに行った方がいいだろうね。いろいろ思うところはあるけどさ」

 

「早く行くんだよ!」

 

「インデックス、そんなに慌てることはありませんよ」

 

「そう言うかおりはなんで窓から出ようとしているのかな?」

 

「そ、それは…」

 

「わ、私も…」

 

「五和、お前さんはケガ人だから寝てないといかんのよな」

 

「も、もう治りました!」

 

「いかんのよな!五和。そんなことを言っては後から上条当麻に看病してもらうという計画が…」

 

「あ!そうでした!」

 

「取りあえず、天草式は出動して上条当麻を確保してくるのよな!神の右席なんてどうでもいい!」

 

「はい!」

 

「ゴホン、ゴホン。なんだか風邪みたいなんだよ。とうまに看病してもらえば治るかも…」

 

「イ、インデックスまで…。わ、私も薄着の所為で体調が…」

 

「残念ながら、ねーちんは聖人だから風邪なんて引かないにゃー」

 

「つ、土御門…。いつの間に…」

 

「そんなねーちんにプレゼントだぜい。じゃーん!その名も“堕天使エロメイドセット”!」

 

「な、なんというものを…」

 

「む。強調された胸元、翼を模した背中の飾り、頭には輪っか、オマケにメイドだと!?土御門、今すぐそれをよこすのよな!五和に着せる!」

 

「だ、だめなんだよ!いつわばっかりズルいんだよ。私が…」

 

「ハッハッハ。お前さんの胸ではとても無理なのよな。ギャー!!!頭に噛みつくな!」

 

「許さないんだよ!」

 

「悪く思うな建宮。俺はねーちんに付くぜい」

 

「くっ…。何故だ?」

 

「そんなの面白そうだからに決まってるんだにゃー」

 

「土御門。今すぐそこに直りなさい」

 

「ね、ねーちん、落ち着くんだにゃー!七天七刀なんて、普通の人間の俺には…」

 

「大丈夫です。確かあなたには回復系の超能力があったでしょう。遠慮なくやらせて頂きます」

 

「LEVEL0だにゃー!」

 

 

「やれやれ、さっきまでとは大違いだね」

 

喧騒から一歩下がり、ステイルは煙草に火を付ける。

 

「病院内は禁煙です」

 

しかし、病室前を通りかかった白衣の男に没収されてしまった。

 

「規則ですので」

 

そう言うと、黒縁眼鏡を掛け、顔に胡散臭い笑みを貼り付け、右手にゴツいジュラルミンケースを持った白衣の男は歩き去った。

 

「医者?それとも科学者か?」

 

それを見送ったステイルは、答えのない疑問を口にしつつ、新しい煙草に火を付けた。

 

 

 

学園都市内・とある廃ビル

 

 

 

「手酷くやられたな、アックア」

 

「フィアンマであるか…」

 

上条に、文字通り飛ばされたアックアは人の寄らない場所に身を潜め、ダメージを回復させようとしていた。

 

「もうすぐ、動けるようになるのである」

 

皮肉にも上条のお陰で、天草式には見つかっていないアックアだった。

 

「流石に“二重聖人”の回復力は凄まじいな。だが、もう動く必要はない」

 

しかし、そんな彼にフィアンマは笑いながら告げる。

 

「どういう意味であるか?」

 

アックアの問いには答えず、フィアンマは懐から魔法陣の描かれたカードを取り出し、アックアを中心にして並べた。

 

「フィアンマ!」

 

「御使の一つ。我は神の如き者なり。ソロモンより抜粋。テウルギア。我が捧げし供物により人の世に来たれ。神の力。後方の青色。水の象徴。月の守護者。神々の国より降りて我が力となれ」

 

フィアンマが唱えると、カード間に輝くが走り、アックアを中心に巨大な1つの魔法陣をなした。

 

「面白いだろ?天使を人間が降臨させる魔術だ」

 

「貴様はそれでも十字教徒か!ゲホッ!」

 

起き上がろうとしたアックアが血を吐いた。

 

「あまり騒がない方がいいぞ。まあ、なんにせよ結果は変わらんがな」

 

「誰がこんな…」

 

「ん?“隠秘記録官(カンセラリウス)”の下っ端だ。俺様にも使えるようにしたのは俺様自身だがな。眼鏡を掛けた東洋人…日本人だっか。確か名前は、ほ…、ダメだ、思い出せん。忘れた。気持ち悪い笑いを浮かべた奴だったな」

 

フィアンマが呑気に話す間にもアックアは至るところから血を流していた。

 

「さらばだ、後方のアックア。俺様が世界を救う礎となって死ね」

 

 

 

カエル医者の病院・打ち止めの病室

 

 

 

必要悪の教会の魔術師一同の喧騒とは逆にここの空気は重かった。

 

たった今、妹達が上条について美琴に説明したところだ。

 

「じゃあ、さっきのアイツが…」

 

「はい。上条当麻さんです、ミサカは肯定します」

 

「何で、私…」

 

“忘れてたんだろう”と美琴が言葉を続ける前に、病室の扉が開いた。

 

「御坂美琴さん?」

 

黒縁眼鏡で白衣の男が立っていた。

 

「アンタ誰よ?」

 

「“冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)”から言われて来ました。記憶をなくされたそうですね」

 

“冥土帰し”とはカエル医者の通称だ。

彼の名を出されて、美琴は警戒を解いた。

 

「戻せるの?」

 

「もちろんです」

 

そう言いながら、彼はジュラルミンケースを開く。

中にはヘッドギアのような物が入っていた。

 

「恐らく記憶は“消えた”のではなく“思い出せない”ようになっているはずです。自分が開発したこの装置を…」 

 

「やる!」

 

「まだ説明の途中ですが。いいのですか?」

 

「失敗するの?」

 

「当然しません」

 

「じゃあいい。やって」

 

「わかりました」

 

彼はヘッドギアを美琴に着けた。

 

「アンタ名前は?」

 

スイッチを入れる直前に美琴は聞いた。

 

「星九朗(ほし・くろう)と言います」

 

端的に答えた彼はヘッドギアのスイッチを入れる。

 

僅かに脳に負担を感じた後、美琴の記憶が元に戻った。

 

 

美琴は思い出した。

 

 

不良に絡まれた時に、割って入って来た上条を思い出した。

 

セブンスミストで爆発から皆を守った上条を思い出した。

 

誰が救ったかなんて関係ないとスカした上条を思い出した。

 

河原で決闘と称して戦った上条を思い出した。

 

一晩中追いかけ回した上条を思い出した。

 

上条を狙って鉄橋で雷を落としたことを思い出した。

 

自販機を蹴るなと戒めた上条を思い出した。

 

黒子に手を掴まれて顔を赤くした上条を思い出した。

 

鉄橋で泣いていると、絶望の淵から救いだしてくれた上条を思い出した。

 

化け物のようになって一方通行を圧倒した上条を思い出した。

 

偽海原が上条に近づくなと言ったのを思い出した。

 

偽海原が上条を吸血鬼と言ったのを思い出した。

 

偽海原に上条がとある約束をしたのを思い出した。

 

自分には近づくなと言った上条を思い出した。

 

怖いくらいに赤い目をした上条を思い出した。

 

不思議な右腕で電撃を消す上条を思い出した。

 

 

上条のことが好きだったことを思い出した。

 

 

御坂美琴は上条当麻のことを思い出した。

 

 

「もう逃がさないわよ」

 

ヘッドギアを外した途端に美琴がそう呟いたのを聞いて、星と名乗った科学者は口元を僅かに吊り上げた。




文字数1.5倍でお送りしました。

どうしても天草式を出すとあの手のボケに走ってしまう不思議。
シリアス調な話だったんですがね…。

御使堕し篇はやりませんでしたが、ここで天使登場です。
次回は“全力上条さんVSガブリエル&フィアンマ”の戦闘シーンに。


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24話 天使と悪魔

9月3日

 

 

 

冥土帰しの病院・打ち止めの病室

 

 

 

「もう逃がさないわよ」

 

記憶を取り戻した美琴が呟く。

そして、いざ行かん!とばかりに立ち上がるも、その場に倒れてしまった。

 

「お姉様!」

 

呼びかける声には応えない。気絶しているようだ。

 

「脳に負荷がかかりましたから、しばらくは休まれた方がよろしいです」

 

心配する妹達に星は、相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべながら答えた。

 

「それでは、自分はこれで失礼します」

 

「ありがとうございました、ミサカ10032号はミサカたちを代表してお礼を言います」

 

「ありがとね、ってミサカはミサカはお礼を言ってみたり」

 

「礼など要りません。自分は仕事をしただけです」

 

御坂妹と打ち止めに礼を言われた星はジュラルミンケースを持って病室から出ていった。

 

 

 

「上条当麻、心配しましたよ」

 

「神裂か。他の皆も来てくれたんだな」

 

上条VS神の右席の戦闘が起こった場所に、先ほどまで五和の病室にいた必要悪の教会のメンバーが集まっていた。

神の右席を回収する任務…にかこつけて上条に会いに来たのだ。

 

一応、ヴェントとテッラは拘束してはいるのだが、誰もそっちは気にしていないようだ。

 

「上条さん、良かったです」

 

「私はとうまを信じてたんだよ」

 

「上条当麻、お前さんはやはりいい男なのよな」

 

因みに五和も来ている。

 

 

『看病してもらうという作戦はどうするのよな。撃たれたのは大変なことだが利用しない手はないのよな』

 

などと建宮は言っていたのだが、五和はじっとしていることが出来なかった。

 

 

「何はともあれひとまずは一件落着だな。アックアがどっか行っちまったけど」

 

「現在捜索中です。しかし、仮に発見出来なくとも、2人は確保できていますから問題ないでしょう」

 

「そんなもんなのか?」

 

「そんなもんだにゃー。さて、真面目な話なんてここまでだぜい。どうせアックアは見つからないだろうから、2人を拘束した時点でお仕事は終了だにゃー。今日こそはねーちんがカミやんを…」

 

カチッ

 

「ね、ねーちん。ただの冗談だにゃー。そんなすぐに七天七刀に手なんて伸ばすもんじゃないぜい」

 

「先ほどの病室の一件ではまだ懲りていませんでしたか」

 

「待て待てねーちん。俺が、イギリスで右も左もわからなかった頃のねーちんを助けたことを忘れたのか?」

 

「た、確かにそれは…」

 

「フフン。わかったらとっとと堕天使エロメイドにやるんだにゃー」

 

「それとこれとは…」

 

顔を真っ赤にした神裂に土御門は耳打ちする。

 

「きっとカミやんも喜ぶと思うぜい。どうするんだ?ねーちん。恩人2人にいっぺんに恩を返せるチャンスだにゃー」

 

「上条当麻が…喜ぶ…」

 

さっきまでの赤い顔はどこへやら、神裂が思い詰めたような表情でブツブツ言い始めた。

 

(このまま、ねーちんが堕天使エロメイドセットを着れば、カミやんはどんな顔するかにゃー)

 

見事に、嘘つき蝙蝠・土御門元春の掌で踊らされている。

 

 

「とうま、とうま。どこかにケガしてたりしないのかな?」

 

「そうです。上条さん。本当に大丈夫ですか?私が看病して差し上げますよ」

 

一方、“看病される”から“看病する”へ作戦を変えたらしい、インデックスと五和は上条に猛アタックしていた。

吸血鬼だから血を飲みさえすれば、ケガも病気もしないということは忘れているようだ。

 

 

(何。この人たち…)

 

そして彼らを見る姫神は当惑していた。

 

(みんな上条くんの女友達?違う。私と同じで気づいてもらえないだけで、みんな上条くんのことが好きなんだ)

 

上条を振り向かせるのは至難の業だと再認識した姫神であった。

 

(大丈夫。私には彼を“助けた”というアドバンテージが…)

 

 

 

窓のないビル

 

 

 

現在、このビルには誰も来ていない。

故に、ここにはアレイスター=クロウリーただ1人…ではなかった。

くだんのビーカーが空っぽである。

 

アレイスター=クロウリーが窓のないビルにいなかった。

 

そこに1人の人間が現れる。

瞬間移動のように突然現れた。

 

白衣、黒縁眼鏡、ゴツいジュラルミンケース。

美琴に星九朗と名乗った科学者だった。

 

「おかえり。君がここを出るとは珍しいね」

 

その彼に、これまた突然現れたエイワスが話し掛ける。

 

「出られるのだから偶には出るさ」

 

「ところでいつまでその姿でいる気だい?」

 

「フッ」

 

エイワスの言葉に僅かな笑いを漏らす─これはいつもの胡散臭い笑みではなく人間味のあるものだった─と“星九朗”の身体が光り出し変形を始めた。

 

光が収まった時、その場に立って、いや浮いていたのは…

 

「おかえり。“アレイスター”」

 

学園都市の統括理事長・アレイスター=クロウリーその人だった。

 

「ローマまで行ったり、記憶を呼び醒ます装置を作ったりとご苦労なことだね」

 

「いよいよ大詰めなのでね。仕上げくらいは自分の手でやるさ」

 

「君にそんな拘りがあったとは。知らなかったよ」

 

「まさか。それが最も確実だからさ」

 

「そうだろうね。君の考えていることくらいは、私にも何とはなしにわかるさ」

 

“しかしね”と言ってエイワスは続ける。

 

「私にはとても成功するとは思えないのだが」

 

「ミナ=ハーカーのお陰でかなり進んだと同時に、彼女の所為でかなり狂ってしまったからね。1700年かけるつもりだったのが、もう最終局面だ」

 

「そして、これを逃せば1700年かけても修復は不可能。随分と揺らいだものだね」

 

「やはり“吸血鬼”などというイレギュラーを入れたのは失敗だったか。尤も、私は最後に失敗するつもりはないがね」

 

「私にはどうもわからないね。こんなことではどうしようもないだろう」

 

「そこが私とあなたの違いさ。私は未だに“人間”だからね」

 

「そうかい」

 

アレイスターの“計画(プラン)”が、良くも悪くも1つの結果を出そうとしていた。

 

 

 

「何だ?あれ」

 

上条当麻一行は全員が空を見上げていた。

 

少し離れた場所から、天に向かって光の柱が伸びている。そして、徐々にその輝きを増していた。

 

 

『さっきから上条さんの不幸センサーがけたたましく鳴っているのですが』

 

『奇遇だな、私のもだ。こりゃヤバいのが来るぞ』

 

『不幸だ…』

 

『しっかりやれよ。輸血パックはまだ残ってるから多少の無理もきかせられるだろ』

 

 

上条がジェーンと話している間にも、光の柱は輝きを増し続けていた。

中心部分が太ってきたように思える。

 

「何が起こってるのよな?」

 

建宮の問いに答えられる者はここにはいない。

 

その時だった。

一瞬で光の柱が中心部分に収束し、巨大な球体を形作った。

目を灼かんばかりの光線が辺りにバラ撒かれる。

 

「見るな!」

 

誰ともなく叫んだが、もう既に全員が目を覆っていた。

しかし、上条に至っては目を覆う左腕が焦げ始めている。

 

「聖属性のものってことかよ!あの中身は!」

 

上条がそう言った数秒後、光は引いていった。

 

全員が光の来た方向へと視線を送る。

 

そこには、人間のようで人間ではない者がいた。

 

人型だが、身体は真っ白、ところどころに葉脈のような金色の線が入っている。

そして何よりも目を引くのは頭の上だ。

光り輝く輪があった。

 

「天使…」

 

誰かが言った。

 

その通り、正解だ。

 

彼らが目にしているのは天使。

“この世界”とは身体が合わないためか不完全だが、間違いなく“天使”そのものである。

 

 

誰もが茫然自失で立ちすくんでいると、彼女─天使は両性だが─が、上条たちに手を向けた。

 

「mlv敵qbjozg認ct識fhy」

 

彼女がひどくノイズが入った声を発した。

その瞬間、上条たちの足元が吹き飛んだ。

 

「うおー!」

 

耐えられたのは人間ではない上条だけだった。

魔術師たちは全員倒れ込んでいる。皆、重傷どころか死にかけだ。

 

「“治れ”」

 

上条は回復魔術を発動させる。

全員をカバーできるほどに大きな魔法陣が地面に現れ、倒れた仲間たちに“生命力(マナ)”の供給を始める。

 

普通ならこんな単純な魔術では傷が治ることなど有り得ないが、吸血鬼の膨大なマナがそれを可能にする。

 

みるみるうちに傷が治っていった。

 

「何だったんだい?今のは」

 

起きて早々にステイルが口を開いた。

 

「何って“天使”だよ」

 

堅い表情の上条がステイルに答えた。

 

「どっかの馬鹿が召還したみたいだな」

 

「天使を召還?はっ!馬鹿を言うなよ、吸血鬼。そんなこと出来るはずが…」

 

「とうまの言う通りかも」

 

「インデックス?君まで何を…」

 

「“レメゲトン”だよな、インデックス」

 

「うん。あれなら悪魔から天使まで、好きなものを使役できるんだよ。少なくともそういう触れ込みの魔導書であることは間違いないね」

 

「そんな物を研究する魔術師がいたら間違いなく抹殺されるだろう。天使を使役するなんて…」

 

「確かにね。詳しく調べないと、いくら魔導書に載ってたところで魔術は使えないから」

 

「悪魔を召還するのは出来るぞ。俺が、というかミナが使い魔を出すのは“それ”だったからな。まあ、何にしてもヤバいな。あれ“本物”だぞ」

 

その場の全員が息を呑んだ。

彼らは皆─上条と姫神以外─十字教徒だ。

天使の素晴らしさも知っているが、恐ろしさも知っている。

神話の時代より、幾つの文明が“あれ”に破壊されてきただろうか。

 

そして、目の前で空中に佇む彼女は彼らに問答無用で攻撃してきた。

敵だと思わなければならない。

 

人間と天使で勝負になるだろうか?

否だ。

 

「全員、下がってください」

 

しかし、神裂火織は刀を抜いた。

 

「女教皇様!?」

 

「すぐに退いて下さい。時間を稼ぐくらいのことは出来るはずです」

 

そう告げると、神裂は七天七刀を構えて天使に向かって…

 

「ちょっと待つのよな」

 

…いこうとしたところで建宮に止められた。

 

「我ら天草式十字凄教は常に女教皇様と共にあるものなのよな。そうだろ?お前ら」

 

「おー!」

 

「あなたたちは…」

 

天草式のメンバーも全員が武器を手に神裂の周りに集まった。

 

「まったく、しょうがないね」

 

ステイルは煙草に火をつけて悪態をつきながらも、ルーンのカードを懐から取り出した。

 

「かおりにばっかりいいかっこはさせないんだよ」

 

インデックスも退くつもりはないようだ。

 

「じゃあ、みんな頑張るんだぜい」

 

土御門だけはそそくさと去っていった。

仕方ない。彼にはこの街に大切なものがあるのだ。

それに、一緒に姫神を連れていったので“逃げた”とも言えないだろう。

 

 

これで、天使VS聖人・多角宗教融合型宗派・ルーンの魔術師・禁書目録という構図が出来上がった。

 

 

その時、この場にいたもう1人の“人外”が口を開いた。

 

「俺が1人でやる。さがってろ」

 

「上条当麻…」

 

「人間の出番じゃねえって言ってんだよ」

 

「何を…」

 

言い募ろうとする神裂たちに耳を貸さず、上条は術式を唱える。

 

「式を3から11に変更して物質を飛ばせ。空間を走らせて着地点の物は壊せ。その先は十字架を掲げた牢獄だ。誰も出られない洞穴だ。壁は壊せない。出口は入口に変わる。相反の法則を繋ぎ合わせて実行せよ」

 

次の瞬間、神裂たちは冥土帰しの病院にいた。

 

「上条当麻!」

 

叫ぶが答える声はない。

 

「たった1人でやるつもりか…」

 

「そんなことはさせません!」

 

神裂はすぐに出口に向かう。

しかし外に出た瞬間にUターンして戻って来てしまった。

 

「出られないように結界が張られてるんだよ」

 

「インデックス、解けませんか?」

 

インデックスは首を横に振った。

 

「ダメなんだよ。私の知らない物が混ぜてあるみたい」

 

一方通行の知識を有する上条が、インデックス対策に術式に科学の原理を混ぜ合わせておいたのだ。

 

「また見守ることしか出来ないとは…」

 

 

 

「さて、邪魔は消えたことだし、始めようか?」

 

神裂たちを病院に閉じ込めた上条は天使に向き直って挑発するように言った。

 

「lvn待frgw」

 

しかし天使はまだ動かない。

そんな時、上条の後ろから声がした。

 

「たった1人でやるつもりであるか?吸血鬼」

 

「生贄にされて死んだのかと思ってたよ、アックア」

 

満身創痍ではあれ、確かに生きている後方のアックアがそこにいた。

 

「生贄にされたところまではその通りである。しかし…」

 

「“聖母の慈悲”で死ななかったか。便利だな」

 

「お見通しであるか」

 

「で。“後方”が生贄なんだから、“あれ”ってやっぱり…」

 

「“神の力・ガブリエル”である。“召還した馬鹿”は右方のフィアンマである」

 

「わかった。それじゃ、お前も逃げた方がいいぞ。この先の病院がオススメだ。結界張って外壁強くしといたから」

 

「必要悪の教会との鉢合わせは避けたいところである。そんなことより…」

 

アックアは上条に向けて手を差し出した。

まだ塞がっていない傷から血が流れている。

 

「フィアンマの情報である。飲め」

 

「いいのか?他にも大事なものが入ってるだろ?」

 

「良いのである。自分は貴様に大天使を託す。これくらいのことはするのである」

 

「そうか、わかった。ありがたく飲ませてもらうよ。聖人の血は美味いしな」

 

そう言って上条はアックアの血を舐めた。

 

「はぁー。フィアンマってのは、また常識外れのやつなんだな…」

 

「うむ。気をつけるのである」

 

アックアはそう言うと上条に背を向けた。

その時、上条がアックアの背中に手を当てた。

 

「何を!?」

 

思わず身を離すアックアだったが、上条は害意を持ってはいなかった。

傷がみるみるうちに塞がっていく。

 

「マナを送っといた。すぐに全快すると思うぞ」

 

「自分が何をしたのか忘れたのであるか?」

 

「いい奴そうだったからな。ただし、1つだけ言うこと聞いてくれ」

 

「何であるか?」

 

「この辺に術式かけて人が寄らないようにしてくれ。飛びっきり強いの頼むぜ」

 

「フッ。任せるのである。幸運をな“上条当麻”」

 

「お前もな“ウィリアム=オルウェル”」

 

今度こそ、吸血鬼・上条当麻と後方のアックア─本名・ウィリアム=オルウェル─は離れた。

 

 

「ent鬼wp始cg」

 

「よし。今度こそ始めようか」

 

天使の声に反応して上条が言う。

姫神が持ってきたクーラーボックスをそのまま影に取り込んで血液を補給する。これでしばらくは大丈夫な筈だ。

 

「来い!」

 

上条が声をあげると、彼の影から次々と“黒いもの”が飛び出す。

 

犬、猫、狐、馬、烏、蛇、蟲とメジャーなところは全て押さえた、使い魔たちのオールスターだ。

 

「相手は大天使だ。今日だけは遠慮なしに暴れていいぞ!」

 

「WRYYYYYYYY!!!!」

 

普段は幻想殺しの所為で出番がない使い魔たちのテンションは最高潮のようだ。上げすぎてかけ声がおかしくなってる。

 

「mjp魔agtl討tnvj」

 

大天使が何か口走った後、彼女の周りに水が集まり翼を形作った。

そして“水翼”が使い魔たちに襲いかかる。

 

「遅い遅い!」

 

当たればひとたまりもなさそうだが、余裕の声をあげつつ、悪魔たちは躱す。

 

「我らが王の御名において怨敵を誅殺すべし!」

 

お返しとばかりに、編隊飛行で術式を描いた烏たちがガブリエルを攻撃する。

嘴から殺人光線が飛び出すが、ガブリエルは壁のようなものを作って防御した。

 

「悪魔の王。地の底に縛りつけられし怨みを今こそ晴らさん。我が身を伝いて御使を討て!」

 

「性質が異なる二者。相反するもの。交わらないもの。交わりし今、我が敵となりき。我が業を以て退けん!」

 

「俺は蛇だ。狡猾な蛇だ。人間に知を与え地に落とした蛇だ。大天使が何だ。撃ち落としてやる」

 

「主の命令だ。面倒くさいが地の底から出て働こう。早く帰りたいんだ。敵は死んでくれ」

 

「素晴らしいな。久しくなかった楽しい闘争の臭いがする。次はいつかわからない。今のうちに楽しもう」

 

「光を掲げる者から底の底まで、我が左手に力を宿せ。天使を殺す術を我に授けよ!」

 

それを見ていた使い魔たちが次々に詠唱をして大天使を攻撃する。

手を休めるつもりも出し惜しみもないようだ。

 

それは上条とて同じことだった。

 

「一から十二の使徒よ。これは人を守る戦だから力を貸せ。地の底にいる悪魔の王よ。これは大天使を狩る戦だから力を貸せ。森羅万象、万物照応。法則を乱す者を排除するために我に怨敵を討たせたまえ」

 

数十もの魔術攻撃がガブリエルを襲う。

同時に数十の悪魔たちが物理攻撃をせんと襲いかかる。

 

「hldw愚vja」

 

しかし、その程度のことでは大天使は落とせない。

遠距離攻撃は弾き返され、近づいた悪魔たちは吹き飛ばされた。

 

次いで“火の矢”が辺り一面に降り注ぐ。

 

「“神戮”!」

 

「“一掃”か!」

 

“神戮”、またの名を“一掃”。

ソドムとゴモラを滅ぼした攻撃だ。

 

1本がミサイル並みの破壊力であるそれは、地表を引き剥がさんばかりに使い魔たちのいる場所を灼いた。

 

「おら!」

 

しかし、それを黙って見ている上条ではない。

背中から“白翼”を出し、刹那よりも短い時間でガブリエルに肉迫する。

そのまま翼でガブリエルを薙いだ。

 

これにはたまらずガブリエルも数百mほど飛ばされる。

 

そこへ使い魔たちが機関銃のごとく魔術を叩き込んだ。

数本が障壁を抜けてガブリエルに直撃する。

 

「tnjp弱jtm祓a」

 

だが、殆ど効いてはいないようだった。

 

今度は逆にガブリエルが上条に肉迫して掴まえる。

 

当然、白翼で再び薙ぎ払うが、その前に魔術を流し込まれて身体が塵になった。

 

「マスター!」

 

「心配するな!続けろ!」

 

だが、即座に身体を再生させる。

 

「“竜王の殺息(ドラゴンブレス)”」

 

そして、幻想殺しも一方通行も止められなかった攻撃を放つ。

 

「elr竜yoa悪gl」

 

ガブリエルは竜王の殺息を真正面から受け止める。

 

しかし、防御するのはそれだけで限界だったようだ。

使い魔たちが攻撃が次々と直撃する。

数発ならば何ともないが数十、数百の魔術を受け、とうとうガブリエルの胸に穴を穿った。

 

 

その時、パンと手を叩く音がした。

 

 

「そこまでだ。折角、呼び出した天使を壊されては困る」

 

見ると、赤い服を着た男が立っていた。

 

「右方のフィアンマ!」

 

上条の表情が強張る。

幻想殺しを持たない彼には、大天使よりも余程相性が悪い敵だ。

 

「この辺で退場しろ、吸血鬼。右腕だけは俺様が有効に使ってやる」

 

そう言うとフィアンマは上条に“聖なる右”を振るおうとする。

 

「行け!」

 

その寸前、上条に命じられた使い魔たちがフィアンマに襲いかかる。

同時に上条は左手首を噛み切り、流れた血で地面に魔法陣を描き始めた。

 

「面倒なことを」

 

事も無げに言ったフィアンマは、右腕を振るい使い魔たちを全滅させる。

 

「諦めろ」

 

上条に告げるフィアンマだったが、その頭上から“紅蓮の槍”が落ちてきた。

当たる前に右腕を振るい掻き消す。

 

「グレゴリオの聖歌隊か。時間稼ぎには豪華なものだな」

 

フィアンマが上条に話し掛けた時、上条は魔法陣を描き終えた。

 

「聖なる右に対抗できると思っているのか?」

 

言いつつ右腕を振るう。

 

「我はこの世界の闇を統べる者なり。神の教えに背き、十字架を避けて生きる。我が成すは破壊。我がもたらすは絶望。日陰より創造主に逆らいて、恵みを伝える者を食らう。かつて3分の1の軍勢を従え、神の国を滅ぼさんと戦った英雄。神の如き者により堕とされし天使よ。我が左手に剣を持たせ。今こそ叛逆の烽火を上げん」

 

一息で詠唱した上条は、フィアンマが右腕を振るうのに合わせ、左腕を振り下ろした。

 

上条の左腕に眩いばかりの閃光が宿る。

 

ドカンと凄まじい音をたてて、左腕から伸びた光が地面に着いた。

 

「“光を掲げる者(ルシフェル)”の力か…」

 

呆然と呟くフィアンマ。

彼の右腕は、上条の“光の剣”によって切り落とされていた。

“聖なる右”をなくした彼に上条と戦う力は最早なかった。

 

「そうだ。“神の如き者”と“光を掲げる者”の何千年ぶりかの再戦ってわけだ」

 

「それなら結果は出ていただろう。俺様が、神の如き者が勝利する筈だ」

 

「お前は人間で、俺は人外だった。力を扱い切れる分、俺の方が強かったんだろうよ。まあ、賭けだったんだけどな。肝心なところで不幸じゃなくて良かったよ」

 

そう言う上条だったが、フィアンマが気絶していることに気づいた。

“剣”を振るって、ガブリエルを消滅させる。使役者であるフィアンマの意識がないためか動かなかった。

 

そして“剣”を消すと、上条はその場に倒れ込んだ。

 

『“光を掲げる者”の力なんて引っ張り出すもんじゃないな。もう駄目だ。血がない』

 

『天使を一太刀で消しちまうような力だからな。負荷だって相応だろ』

 

『これで吸血衝動はもう抑えられないな。輸血パック開けてもどうにもならない』

 

『そうだな。お前はグールみたいに血を求めるようになる。何人か吸うまで元には戻れない。でも、右方に対抗するにはこれくらいのことは必要だったよ』

 

『やっちまったな』

 

『ああ。でも私は言ってやるぞ。“よくやったよ、当麻”。これで世界中がお前の敵になるかも知れない。でも私はお前のこと褒めてやるよ。間違いなく最善だった』

 

『ありがとう、ジェーン』

 

そして、上条当麻の意識は闇に沈んでいった。




神の右席との戦い終了です。
前回に引き続き文字数多めでした。

言わなくてもわかってる人も多いとは思いますが、アレイ“スター=クロウ”リーだから、星九朗です。

次の章でアレイスターの計画の内容が明らかになります。
まあ、ベタなところにしておくつもりです。


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第7章 最終決戦篇
25話 伴侶


9月3日

 

 

 

「…き……い…こ……か」

 

“闇に沈んだ”上条の耳に人間の声が聞こえてきた。

 

(誰か呼んでる?)

 

ぼうっとした意識の中でそんなことを考えた。

しかし、もう上条の意識は戻らない。

今はギリギリのところで、体の制御を捨てるほどのところで、どうにか抑えている吸血衝動だが、あと僅かで最後に残った意識もなくなる。

 

つまり、ぼうっと物を考えることも出来なくなったら“終わり”だ。

 

 

フィアンマと“神の力”を瞬殺した上条の“光の剣”。

地獄の底から最強の堕天使の力を引っ張り出してくる大魔術だ。

代償として吸血鬼の、無限とまで言われるほどに大量の“生命力(マナ)”が空っぽになる。

 

 

事ここにいたって、吸血衝動を抑えることは不可能だ。

せめて、沈んだ意識の中で僅かだけでも抵抗を…

 

 

「起きなさいよ!このバカ!」

 

ビリビリッ!

 

「うぉぉ!?」

 

 

…と、いう訳にはいかないようだ。

 

電撃娘に叩き起こされてしまった。

 

「人のこと無視すんのも大概にしなさいよ」

 

 

 

冥土帰しの病院

 

 

 

「良かったのかい?」

 

御坂美琴を送り出したことについてステイルが問い掛ける。

 

「上条当麻と吸血鬼について全て語ってしまったようだけど、彼女は科学サイドの人間だよ」

 

「構いません。彼女の上条当麻への思いは本物です。我々に止める権利はありません。まして我々はここから一歩も出られません。彼女の背を押すのが筋というものでしょう」

 

 

上条によって飛ばされた必要悪の教会のメンバーは誰もこの病院から出られない。

インデックスが首を振ったからにはどうしょうもなかった。

必要悪の教会からの応援を呼びはしたが、到着まではまだ時がかかる。

 

『上条当麻…』

 

そんな時、誰からともなく漏れた言葉を美琴の耳が拾い上げた。

 

『アンタたち、アイツのこと知ってるの?教えて!お願い!』

 

美琴の必死さに圧されて、上条と吸血鬼について教えた神裂だった。

 

『御坂美琴、彼のことをよろしくお願いします』

 

『御坂さん、上条さんを助けてあげて下さい』

 

『みこと!とうまを助けて』

 

皆の思いを託された美琴は上条の元へ駆けていった。

 

 

「そろそろ、みことが着いたころかも…」

 

玄関扉にへばりつくような体勢のインデックスがポツリと言った。

 

「そうですね。戦闘音も止みましたし、きっと大丈夫ですよ」

 

インデックスに続いて五和も言う。

 

しかし2人とも表情は明るくない。

 

(何故、結界がまだ解かれないのか?)

 

誰もが胸の内に持つ疑問だったが、この場で言葉に出来る者はいなかった。

 

 

 

「御坂…。何で…」

 

「記憶なら戻ってるわよ。後、吸血鬼とか魔術とかのことも全部聞いてる」

 

「じゃあ…」

 

“尚更、何で来たのか?”と上条は言いたかったのだが、口から出てきたのは低い呻き声だけだった。

 

「ぐあっ…」

 

「ねえ!大丈夫なの?敵はやっつけたんじゃないの?」

 

「御坂、離れろ…」

 

心配そうに話す美琴を自分から遠ざけようとする上条。

もう本当に限界だった。このまま美琴を吸ってしまいかねない程に。

衝動がいつ理性を食い尽くすか知れたものではなかった。

 

「嫌よ。絶対に離れない。やっと見つけたんだから。もう2度と放さないんだから」

 

しかし、美琴が離れる気配は微塵もなかった。

 

その時、突然上条の様子が変わった。

 

「血が足りないんだよ」

 

「え?」

 

『おい、ジェーン!何考えてんだ!』

 

『五月蠅い。黙ってろ』

 

「アンタ誰?」

 

上条の豹変ぶりに驚いた美琴が問う。

 

「操車場で会っただろ」

 

その一言で充分だった。美琴は一瞬で記憶を探り当てる。

 

「アンタあの時の…」

 

「思い出したか?そんなことより血だ。大技出した所為で血が足りないんだよ」

 

「血?じ、じゃあ私のを…」

 

美琴は制服のボタンを数個外してはだけさせ、首筋が見えるようにする。

 

「ダメだ…」

 

その時、また上条の様子が変わった。

 

『身体の制御を私から取り戻したか』

 

『限界が近いのはお互い様だからな』

 

「戻った…。何で?私の血じゃダメなの?」

 

「聞いてないのか?お前まで吸血鬼になるんだぞ」

 

上条が考えているのはその一点だけだった。

 

「それって…」

 

「いいか?御坂。今の俺は血を吸いたくて吸いたくて仕方ねえんだ。だから兎に角離れてくれ。出来るだけ遠くまで逃げてくれ」

 

「でも…」

 

「もう意識がもたないんだ。このままだと、一番近くにいるお前の血を吸っちまう。だから…」

 

「私がいなかったらどうなるのよ」

 

美琴が上条の言葉を遮る。

 

「私がいてもいなくても“吸血衝動”ってのは変わらないんじゃないの?私がいなかったら誰の血を吸うのよ」

 

「それは…」

 

「手当たり次第に近くにいる人間襲うつもり?」

 

「う…」

 

上条が押し黙る。

 

“そうだ”と答える訳にはいかない。だが、美琴の言う通りだった。

ここで美琴を逃がしたら、違う人間が上条に吸われることになる。

 

「ほら!」

 

美琴が上条の身体を抱きかかえて起こす。

丁度、2人の頭が隣に来る形となった。

 

「御坂…」

 

「私はいいのよ。アンタがいなかったら、私は8月21日に死ぬつもりだったんだから」

 

美琴が上条の耳に息をかけるように呟く。

 

「でも…」

 

「それに!」

 

それでも渋る上条に美琴は叫ぶ。

顔をリンゴのように染め上げて、心に秘めた思いをぶちまける。

 

「私はアンタのことが好きなのよ!」

 

美琴は、まるで100mを全力疾走したかのように、ハァハァと息を切らせている。

 

「御坂…」

 

「だから、アンタと一緒にいたいのよ」

 

美琴はそう言うと、上条の頬を両手で挟み、唇を奪った。

 

上条は自分の中で何かが崩れたような気がした。

 

「私の血を吸って“当麻”」

 

美琴の言葉に導かれるまま、上条は美琴の首筋に牙を突き立てた。

 

 

 

窓のないビル

 

 

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 

アレイスター=クロウリーが、普段の冷静な表情をかなぐり捨てて、哄笑をあげていた。

 

平時の彼を知る者が見れば、間違いなく自分の目を疑うだろう。

 

「さあ!これで最終ステージだ!面倒な計画などはもう必要ない!」

 

この場には誰も、エイワスすらいないというのに、アレイスターは大声で叫ぶ。

 

「後は最後に残った邪魔者を…」

 

楽しそうに話していたアレイスターが、そこで“おや”と、幾らか落ち着いた声で言った。

しかし、すぐに頬を吊り上げてまた笑う。

 

「“彼女”まで消えてくれるのか。本当に面倒なことがなくなってしまったな」

 

 

 

「御坂…」

 

アレイスターが高笑いをあげている頃、上条は腕の中で眠っている少女を見下ろしていた。

 

いや“少女”というのは間違いかも知れない。

 

“御坂美琴”は“上条当麻”を追いかけて“人間”の道から外れてしまった。

 

目を覚ました時には、完全に吸血鬼となっているだろう。

それも、上条当麻と、いや“ミナ=ハーカー”と同格の強力な吸血鬼に。

 

「痛ッ!」

 

『ウジウジ悩むなよ、男だろ』

 

その時、上条の頭に強烈な痛みが走った。

 

そして、ジェーンの言葉と共に、頭から“光の粒”が飛び出し、上条の目の前に収束して人間の形を成した。

 

金髪金眼、真っ白な肌、真っ赤なドレス。

もう誰かお気づきだろう。

 

「ジェーンか?」

 

「まあな」

 

「お前、出てこられるのかよ」

 

「そう自由に出来る訳じゃない。“最後”に1回だけ出られるようにしておいたんだよ」

 

「最後?」

 

何故か上条は嫌な予感がした。

 

「ああ、私は今から“消える”からな」

 

「は?」

 

(今、何て言った?)

 

「いやな。端から、そういうつもりだったんだよ。お前が“眷属”・“伴侶”を見つけるまでは見守っていようってな」

 

「お、おい。ジェーン、お前…」

 

「“ジェーン”か…。適当に付けただけだったんだが、我ながらピッタリの名前だったかもな」

 

“なあ、当麻”と彼女は続ける。

 

「あっちじゃ、身元が分からない死体をそう呼ぶんだよ。“知識”は私と同じなんだから知ってるだろ?」

 

「何…言ってんだよ…」

 

「お前は馬鹿だけど、いざって時の頭の回りは速いんだから、もう気づいてるんじゃないのか?」

 

当惑する上条を前にしつつも、彼女は言葉を止めなかった。

 

「私は“ミナ=ハーカー”。史上最強の吸血鬼の眷属にして、元・世界最強の吸血鬼。今年の春にお前に噛みついて“不死の呪い”を植え付けた女だよ」

 

上条は、ヴェントのハンマーで頭を殴られたような衝動を感じた。

 

しばし、静寂が場を支配する。

 

「フッ」

 

沈黙に耐えかねたのか、“ジェーン”改め“ミナ”は自嘲気味な表情を浮かべて上条から視線を外して空を見た。

 

「我ながら未練たらしいもんだと思うよ。死にたいからお前を“噛んだ”のに、お前とあのまま別れるのが惜しかったんだ」

 

「本当にミナなのか?」

 

「今更、嘘ついてどうするってんだ?」

 

「な、なあ…」

 

「ストップだ。“何で?”とか聞くなよ。散々“ジェーン”として語り明かしただろ?それは。もう最後なんだ。もっと違うこと話そう、当麻」

 

「じゃあ…。話し方はそっちが素なのか?」

 

「ハハッ。そうそう、そういう馬鹿話がしたいんだ。答えはYESだ。“君”とか“~かい”とか、気取った話し方は苦手だよ。気持ち悪い。“お前”とか“~なのか”とかの方が性に合ってる」

 

「どうりで春休みとは思いっきりキャラが変わってるんですね…」

 

「初対面のイケメンにはカッコつけて話しかけなきゃな、やっぱり。お前、結構タイプだったからな」

 

「またまた~。上条さんがモテないのは自分が一番わかってますのことよ」

 

「…急に、このまま逝くのが不安になってきたよ。この朴念仁…」

 

「ひどッ!」

 

「美琴は苦労しそうだな。ハァ。浮気するなよ」

 

「しねえよ!」

 

「お前の場合、気づかないうちにやってそうだから心配なんだよ…」

 

「だから上条さんに振り向いてくれるような女性なんて…」

 

「我はこの世界の闇を統べる者なり。神の教えに背き、十…」

 

「わぁー!何、“光を掲げる者の剣”出そうとしてるんだよ!」

 

「すまんな。つい、腹が立って…。お前なら平気だろ、このくらい」

 

「“幻想殺し”があったらな!」

 

しんみりした雰囲気から、いつの間にか見事な夫婦漫才になっている2人。

5ヶ月も同じ頭の中で暮らせば、息もピッタリである。

 

そんな時、ミナの身体が光を放ち始めた。

 

「そろそろか…」

 

「お別れか。寂しいな」

 

「まあ、そう言うな。この5ヶ月間、楽しかったよ」

 

「“先に行って待ってる”とか、お決まりの台詞はないのでせうか?」

 

「ないよ。あの世は信じてない、というか、あってほしくないな」

 

「初耳だな。何でだ?」

 

「あの“おっさん”にまた会うなんて、絶対にごめんだからな!」

 

「“おっさん”ねえ…」

 

「まあ、エイブラハムとなら会ってみるのもいいけどな。お前と似ていい男だったよ」

 

「だから上条さんは…」

 

「我はこの…」

 

「何でもありません!」

 

「よろしい」

 

光が徐々に増し、ミナの身体が空気に溶けるように透けていく。

そんな中、彼女は笑みを崩さなかった。

 

「じゃあな、当麻。美琴を大事にしろよ。アイツはなかなかいい女だ」

 

「わかってるよ」

 

「それから、私みたいにはなってくれるなよ。お前はいつまでも“偽善使い(フォックスワード)”の上条当麻でいてくれ」

 

「ああ」

 

「最後にお前と会えて良かったよ」

 

それが彼女の最後の言葉だった。

 

ミナ=ハーカーは光となってこの世界から消え去った。

 

 

 

願わくば、彼女の魂があの世などに逝くことのないように。

そして、“彼”との再会がなせれぬように。




拙い文章をお許し下さい。
こういう話を書くのは向いてないと身に染みました。

美琴とのカップリング=血の契約が成立。
ジェーンの正体判明、別離。
取りあえずは、これだけの話でした。


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26話 右席の爪痕

9月4日

 

 

 

冥土帰しの病院

 

 

 

「上条当麻の殺害命令が出ちまいましたよ」

 

“必要悪の教会”からの援軍・アニェーゼ=サンクティスは、沈んだ顔で神裂たちに告げた。

 

「何故…」

 

「判然。知れたことだ」

 

必要悪の教会の魔術師となった錬金術師・アウレオルス=イザードが口を開く。

因みに、上条の張った結界を破ったのは彼だ。一晩経っても、上条は術を解かなかったらしい。

 

「上条当麻は生きた人間の血を吸った」

 

「一体どこからの情報なのよな?」

 

「当然。学園都市からだ。血を吸われたのはこの街の少女。これが彼女の写真だ」

 

そう言うと、アウレオルスは1枚の写真を懐から取り出した。

 

1人の少女の顔写真。

シャンパンゴールドの短髪に花飾りのヘアピン、化粧が要らない程度に整った綺麗な顔立ち。

 

「御坂美琴…」

 

「知り合いなんですか?」

 

「昨日、この病院にいました」

 

「そして、上条当麻を探しに行った。この中にいる誰も止めないで、“頼む”と言って送り出した」

 

「ステイル!」

 

「事実を言っただけさ。あの後、上条当麻に食われたんだろう」

 

「とうまはそんなことしないもん!」

 

「あの男は天使と一戦交えたんだ。消耗していて自制が利かなかったんじゃないかい」

 

「そんな…」

 

「上条さん…」

 

「学園都市からも“殺せ”って言ってきてやがるみたいですし、この命令が変わることはないでしょうね」

 

 

 

窓のないビル

 

 

 

「おい、アレイスター。上条当麻をどうするつもりだ?」

 

クラスメートが聞けば別人かと疑うようなドスの利いた声で、土御門元春はアレイスターと話していた。

 

「あれは重要なんじゃなかったのか?だから“神の右席とまで戦わせて成長させる”などとほざいていたんだろう?今になって殺すとはどういうことだ?」

 

「“超電磁砲(レールガン)”だよ」

 

対するアレイスターは冷静だ。

先日の哄笑も人前では出さないようだ。

 

「LEVEL5の損失とは、流石に許容できる範囲を逸脱している。見過ごせないさ。第一、今の彼が死んだところで“右腕”は健在だしね」

 

「馬鹿を言え。“一方通行(アクセラレータ)”を食ったのを見逃した時点で、そんな理由が通ると思っているのか」

 

「さてね。一方通行を殺してくれたのは“上条当麻”ではなく“ミナ=ハーカー”ではなかったか?本人の預かり知らぬ罪で殺すほど私は残忍ではないよ」

 

「ハッ。笑わせるなよ“魔術師”・アレイスター=クロウリー!」

 

「何のことかな?まあ、何であれ、イギリス清教とは利害の一致を見ている。早急に上条当麻を見つけ出してくれ。“滞空回線”は“神の右席”と“神の力”が暴れた所為で使えそうもない」

 

「端から使わせるつもりなどなかったくせに、よく言う。本当に上条当麻が死んでも構わないんだな」

 

「何度も言わせるな。最早、彼は学園都市にとっても“脅威”なのだよ。早く行きたまえ」

 

「チッ!」

 

 

 

とある高校・食堂

 

 

 

「昨日の“アレ”は一体何だったんだ?まったくもって見当がつかないけど」

 

誰もいない食堂で携帯電話を耳に当てている少女がいた。

 

『君ほどの頭脳でもか?』

 

「オカルトは私も専門外なんだけど」

 

彼女の名は“雲川芹亜”。

そして、電話の向こうの老人は“貝積継敏”。

 

『正体不明の侵入者があったかと思えば、ほぼ全ての“警備員(アンチスキル)”が一時的に仮死状態に陥った。確かにオカルトだな』

 

方や、一般高校の生徒。

方や、統括理事の1人。

 

「それに加えて、やれ“天使を見た”だの、やれ“悪魔を見た”だの、やれ“天使と悪魔が戦っていた”だのという噂が後を絶たないのだけど」

 

普通に考えれば関わりのある筈のない2人。

 

『どうしたものか。ところで、君の心配事はもっと別のことではないのか?』

 

しかし、彼女は天才的な頭脳を持ち、彼のブレーンを務めているのだ。

 

「ハァ…。大事な“後輩”が巻き込まれたようなのだけど」

 

そして、彼女は上条当麻の先輩でもあった。

 

『やはり“彼”か。だが、残念ながら私もそれに関しては何も聞いていない』

 

そして、彼女は所謂“カミやん病”にあてられた1人でもあった。

 

「まあ、わかってはいたけど」

 

それから数言かわした後、電話を切る。

 

「上条くん…。止められる悲劇なら止めたいのだけど…」

 

彼女に答える声はない。

 

 

 

同・職員室

 

 

 

「黄泉川先生。昨日は大丈夫だったのですか?」

 

上条たちの担任・月詠小萌は、ジャージを着た女性教師・黄泉川愛穂に話し掛けた。

 

「警備員の先生たちが、みんな倒れちゃったって聞いてるのです」

 

「月詠先生か。後遺症も何もないから大丈夫じゃん。ただ、侵入者が暴れてた間、同僚たちと一緒に眠ってたかと思うと悔しいじゃん」

 

「何だかスゴいことになっていたのです」

 

「被害額はとんでもないことになりそうじゃん。警備員も後片付けに駆り出されてる支部が多いじゃん。まあ、人的被害がなかったのが救いじゃん」

 

「ビルが倒れてたり、道路に穴が空いていたりしたのに、誰もケガしなかったのですか?」

 

「軽いケガ人は何人か出たじゃん。でも死者はおろか重症者すら出なかったじゃん」

 

「不思議なこともあるのですね。でも、生徒ちゃんたちがケガをしてないのはいいことなのです」

 

「確かにその通りじゃん。でも変な噂があるじゃん」

 

「噂?」

 

「小萌先生、聞いてないじゃん?」

 

「知らないのですよ」

 

「何でも、天使と悪魔が戦ってたらしいじゃん」

 

「天使と悪魔ですか…」

 

「そうじゃん。そいつらが戦って、その余波で街が壊れたって話じゃん」

 

「何かの能力なのです?」

 

「さっぱりわからないじゃん。壊れた辺りを写してたカメラは全部壊れてて調べようもないじゃん」

 

「そうなのですか」

 

「他にも“青い服の外国人の男が空を飛んでた”とか、色々あるじゃん。でも、月詠先生に聞かせたいのが1個あるじゃん」

 

「何なのです?」

 

「“ツンツン頭で右腕のない男が侵入者と戦ってた”っていうのがあるじゃん」

 

「ツンツン頭で右腕のない…。それって…」

 

「そう!月詠先生のとこの悪ガキじゃん!」

 

「うぅ~。上条ちゃんはまた危ないことをやっているのです。先生は心配で心配で…。ぐすんっ…」

 

「つ、月詠先生、泣いちゃダメじゃん。ただの噂じゃん、噂」

 

「でもでも!先生は上条ちゃんのことが心配で!」

 

「あちゃー、月詠先生に話したのは失敗だったじゃん」

 

この後、上条が登校していないことを知った小萌は顔を真っ青に染めることになった。

 

 

 

同・小萌先生のクラスの教室

 

 

 

「上条くん。今日は来ないのかな…」

 

姫神秋沙は不安げに呟いた。

おそらくこの学校で、昨日の出来事について最も多くを知っているのは彼女だろう。

 

(ちゃんと上条くんを止めていれば…)

 

土御門に連れられ、早々に離脱した彼女に責任はないのだろうが、それでも悔いずにはいられなかった。

 

「姫神さん?大丈夫?」

 

そんな彼女に話し掛ける少女がいた。

 

「あの馬鹿が学校に来ないことなんて幾らでもあるんだから心配することないわよ」

 

吹寄制理だ。

 

「まったく!同級生を不安にさせるなんて、あの馬鹿は!」

 

「ホンマやで。こんな美少女を不安にさせるなんてカミやんは男として許されへんな」

 

吹寄の言葉に続いたのは青髪ピアスだ。

 

「ささ、姫神はん。カミやんの代わりにボクが元気付けてあげますさかい」

 

そう言うと両手を左右に広げた。

 

「ボクの胸で泣いて…グハッ!」

 

青髪が姫神を抱きしめようとしたところで、吹寄の見事な右ストレートが決まった。

1m80㎝の巨体が床に倒れる。

 

「フフッ」

 

それを見て姫神は小さく笑った。

 

別に青髪が殴られたのが嬉しかったとか、Sなことを思ったのではない。

 

(上条くんのこと。誰も不安に思ってない。信じてるんだ)

 

上条がいなくとも普段通りのクラスメートたちの姿を見て、勇気をもらった姫神だった。

 

 

 

常盤台中学女子寮

 

 

 

「お姉様が昨日帰ってない!?」

 

白井黒子の素っ頓狂な声が響いた。

 

「そうだ。御坂は昼頃に寮を出てそれっきりだ」

 

黒子に対して、落ち着いた声で答える、眼鏡を掛けた女性は、この寮の寮監だ。

 

「そんなことより、お前は早く登校しろ」

 

「それどころではありませんの!」

 

普段なら、美琴の無断外泊ごときで慌てる黒子ではないが、昨日は大変なことが起きた。尤も、彼女も倒れていたために動けなかったのだが。

 

黒子の中の何かが警鐘を鳴らしていた。

 

「ここは“風紀委員”として私が…」

 

「ダメだ」

 

職権乱用気味の行為に走りそうになった黒子だが、寮監に止められた。

 

「警備員への連絡は私がしておく。お前はいつも通りに登校して授業を受けろ」

 

「お姉様の行方がわからないという時にそんなこと…」

 

「気持ちはわかるが自重しろ。お前は学生だ。大人に任せろ」

 

「ですが…」

 

「話は終わりだ」

 

寮監は、言い募ろうとする黒子に背を向けた。

 

「くっ…」

 

黒子は悔しそうな声を漏らす。

 

そのとき、寮監が振り返った。

 

「そう言えば、昨日“警備員”と“風紀委員”には意識不明になって倒れた者がいたらしいな。お前は大丈夫だったのか?」

 

「はい?」

 

思わぬ問いに黒子は首を傾げる。

 

「確かに私もそのような症状に陥りましたが…」

 

「そうか。なら、今日は休め」

 

「えっ?」

 

「精密検査を受けてこい。いい病院があるから、そこへ行け」

 

「あの…」

 

黒子には寮監の意図がまったく読めなかった。

 

(検査なら、きちんと受けましたし、それを聞いているはずですのに…)

 

しかし、次の言葉でようやく察した。

 

「昨日、被害が大きかったところの近くにあるから気をつけて行け」

 

「はっ…」

 

血も涙もないと思っていた寮監の配慮に胸が熱くなった黒子だった。

 

「返事はどうした?」

 

「あっ…。はい。すぐに行って参ります。“お気遣い”ありがとうございます」

 

「気にするな、早く支度をしろ」

 

「はい」

 

 

 

学園都市・とあるホテル

 

 

 

「う…」

 

御坂美琴は軽い頭痛を覚えつつ目を覚ました。

 

「ここ、どこ?」

 

まだ意識が覚醒しきっていないらしく、ぼうっとした表情を浮かべている。

 

「何やってたんだっけ…」

 

ゆっくりと記憶を辿る。

 

(確か…、病院で変な格好した連中と会って…)

 

神裂が聞けば「魔術的意味が云々…」と言いそうなことを頭に浮かべつつ、美琴は昨日の行動を思い返す。

 

(それから…、ええっと…)

 

「起きたか?」

 

その時、部屋の扉が開いた。

 

そして、部屋に入ってきた男の姿を見た瞬間に、美琴の頭に大量のビジョンが溢れ出し、昨日の出来事が明瞭に浮かんだ。

 

美琴は、恐る恐るといった感じに、指を自分の口の中に入れ、歯に触ってみた。

明らかに犬歯とは別物の、鋭い“牙”がそこにはあった。

 

「そうか…、私…」

 

“吸血鬼になっちゃったんだ”と美琴が続けるよりも、上条が口を開く方が早かった。

 

「ごめん」

 

ベッドの横にある椅子に腰掛けた上条は、顔を下に向けている。

 

「ごめん、御坂。俺、お前のこと守るって言ったのに…」

 

美琴は顔を見ることはできなかったが、どんな表情が浮かんでいるのかは簡単にわかった。

 

「御坂、俺…」

 

「バカ」

 

「えっ?」

 

美琴の一言で、上条は俯いていた顔を上げた。

その瞬間、唇に柔らかい感触があった。

 

「ん!?」

 

不意打ちだったためにマヌケな声を出してしまった。

 

美琴はすぐに離れると、顔を反対に向けた。

 

「バカ」

 

再度、上条に短く告げる。

 

「あ、あの~。御坂さん?」

 

「“ごめん”じゃないわよ…」

 

「御坂…」

 

この時の美琴の顔は、熟れたリンゴが青く見えるほどのものだった─吸血鬼がそんなに血色良くていいのか?─のだが、上条には見えていなかった。

 

そして、鈍感フラグ職人こと上条当麻は、あろうことか美琴の言葉の意味を真逆に取った。

 

「そうだよな。謝って済むことじゃないよな…」

 

「違うわよ!」

 

(このバカは何でわからないのよ!)

 

しょうがないから、一世一代の大勝負だと思っていた告白の言葉を、2日連続で言うことにした。

 

「私はアンタが好きって言ったじゃない!血を吸ってって言ったのも私でしょ。私が自分で選択した結果なのよ、これは!“ごめん”なんて2度と言わないで!」

 

美琴の顔が更に赤くなった。

 

“2度目”の美琴の告白を聞いた上条は、少しだけ黙った後に言った。

 

「ありがとう、御坂」

 

ようやく、美琴は上条に笑顔を見せることができた。

 

「“御坂”じゃなくて“美琴”って呼んでよ、当麻」

 

「わかった“美琴”」

 

「ねえ、当麻」

 

「何だ?」

 

「当麻はさ、私のこと好き?」

 

「あ~、ええっと…」

 

上条は即答できなかった。

 

(俺は御坂、じゃなかった、美琴が好き…なのか?)

 

自問自答するが考えたこともなかったために答えが出せない。

 

「いいわよ。わかってる」

 

そんな上条に美琴は言った。

 

「当麻の愛は大きいから。当麻はみんなのことが好きなんでしょ」

 

「美琴…」

 

「だから、独り占めしようなんて思わないわよ」

 

“ただ”と美琴は続ける。

 

「私のことを、ずっと傍にいて守ってくれる?」

 

ここでの上条は早かった。

 

「当たり前だ」

 

「ホント?“死ぬ”までよ?」

 

「わかってる」

 

“俺は”と言った上条は言葉を切った。

アステカの魔術師との会話を思い返す。

 

「お前のことを永遠に守り続ける」

 

「うん!」




何だか美琴がスゴく積極的になってる…。


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27話 招き

9月5日・夕方

 

 

 

「どこに行っちまったんでしょうね、一体」

 

アニェーゼは、学園都市中に散らした249人の部下からの報告を待っていた。

 

 

昨日から上条当麻の捜索を続けているが、一向に見つからない。

彼女たち以外にも、ステイル=マグヌス、アウレオルス=イザード、シェリー=クロムウェル、神裂火織を初めとする天草式など、必要悪の教会の魔術師たちが集まっているのだが、効果はあがっていなかった。

 

黄金錬成を用いるアウレオルスならば、すぐに発見できるかとも思われたのだが、それも失敗だった。

 

『悄然。上条当麻には黄金錬成が通用しない。少なくとも、私はそう思ってしまっている』

 

上条当麻に一方的にやられたトラウマを、未だに克服できていないらしい。

 

 

「今更ですが、こっちが追ってるってことに感づいちまってるってことなんでしょうね」

 

「そ、そうなんですか?」

 

アンジェレネがどもりつつ、アニェーゼに問い掛ける。

 

「わからないのですか?シスター・アンジェレネ」

 

そんな彼女に、アニェーゼより先に答えたのはルチアだ。

 

「うぅ…。ごめんなさい」

 

「ハア…。何も謝るようなことじゃねえと思いますがね。シスター・ルチア、説明してやってください」

 

「わかりました」

 

“いいですか”と言いつつアンジェレネに向き直ったルチアは、現状をわかりやすく解説する。

 

「まず、上条当麻は探査魔術にかかっていません。“幻想殺し”なる力を持っていない、今の彼から魔力が出ていないということはありえません。実際、神の右席との戦闘中には発せられていたそうです。つまり、彼は意図的に魔力を隠しているということです。これは潜伏・逃走の目的があると考えるのが自然です」

 

「な、なるほど~」

 

「これくらいは自分でわかるようになってほしいものなのですが…。ハア…」

 

嘆息するルチアの言葉を、アニェーゼが更に補足する。

 

「まあ、そんなに難しく考えなくても、生き血を吸ったからには追われてると思うもんでしょうし…」

 

そこで彼女はおもむろに“蓮の杖”を掴んだ。

 

「…私たちの会話を盗み聴いてやがる連中もいるみたいですしね!」

 

そう言うと同時に“蓮の杖”を地面に叩きつける。

近くの路地裏からドンッという音が聞こえた。

瞬間、バサバサと羽音をたてながら、大量の烏が飛び出してきた。

しかし、カァーカァーとは鳴かない。

 

「危ねえ、危ねえ…」

 

「お嬢ちゃん、なかなかやるね~」

 

烏たちが口々に喋っている。

 

「シスター・アニェーゼ、これは…」

 

「上条当麻の使い魔ですよ」

 

アニェーゼの言葉を烏たちが肯定する。

 

「そうそう」

 

「よく気づいたな」

 

「普通の烏との違いなんて殆どないのに」

 

「魔力だってちゃんと絶ってたんだぜ」

 

いや、肯定ではなく“賞賛”が正しいのだろうか。

尤も、烏に褒められて喜ぶようなアニェーゼではないが。

 

「烏がゴミ袋をつつきもねえで、路地裏でじっとしてやがったら、そりゃあ気づくってもんでしょうよ」

 

「あっちゃ~」

 

「盲点だったわ」

 

「詰めが甘いってんですよ」

 

「手厳しいお嬢ちゃんだね~」

 

「それで?上条当麻がどこにいるのかは教えてもらえるんですかねえ?それだけ褒めるんだから、ちょっとした情報の1つや2つくらい…」

 

「それはダメ~」

 

「マスターからの厳命だからね」

 

「バイバーイ、お嬢ちゃん」

 

アニェーゼの言葉は適当にあしらうと、烏たちは消えてしまった。

雲散霧消といった言葉がピッタリの消え方だった。

 

それを見たアニェーゼは“ハア”と嘆息しながらも口を開いた。

 

「これじゃあ手こずって当然ですね。シスター・ルチア、他の捜索隊にこのことを伝えちまって下さい。シスター・アンジェレネはうちのシスターたちに。どっちにも何かしらくっ付いてるでしょうから」

 

「わかりました」

 

「い、行ってきます!」

 

アニェーゼの指示を受けた2人はすぐに走っていった。

 

「まったく、私たちが見つければ“うっかり”逃がしちまうかも知れないってのに」

 

アニェーゼは“必要悪の教会”に、それほど忠実な訳ではないようだ。

自分を救ってくれた上条の方が大切なのだろう。

 

 

 

ところで、現在捜索されているのは上条当麻だけではなかった。

 

 

 

「お姉様…」

 

白井黒子は“風紀委員一七七支部”の自分の机に突っ伏していた。

 

 

昨日は寮監が気を回してくれたお陰で、丸1日を美琴の捜索に充てられたのだが、結局は手掛かり1つ掴めなかった。

警備員の捜索も空振りだったらしい。

 

 

「御坂さん、どこ行っちゃったんでしょうね?」

 

「心配ねえ、あんなことがあったところだし」

 

そんな黒子に声を掛けたのは、この支部所属の風紀委員・初春飾利と同じく風紀委員・固法美偉だ。

 

「初春、監視カメラには何も映っていなかったのですわよね?」

 

「はい。被害があった辺りのカメラはほとんど全部調べてみましたけど、御坂さんが映ってるのはありませんでしたよ。まあ、ほとんど壊れちゃってたんですけど…」

 

吸血鬼VS神の右席なんてトンデモバトルに監視カメラが耐えられる筈もない。

 

「では、壊れる前には何が映っていたんですの?」

 

「それがですね…。これは口で説明するより、見てもらった方が早いですね」

 

そう言うと、初春は黒子と固法を自分の机に呼んだ。

 

「いきますよ~」

 

一時停止にしてあった映像を再生させる。

 

「これって…」

 

まず映ったのは3人の男女だった。

青、黄、緑の服をそれぞれ着ている。

 

「情報にあった侵入者ね」

 

ローマ正教の最暗部・神の右席の構成メンバーたちなのだが、現在の風紀委員にとっては“正体不明の侵入者”という認識しかない。

 

映像をそのまま見ていくと、突然彼らは立ち止まり、黄色い服を着た女性がハンマーを振り回した。

途端に突風のようなものが生まれる。

 

「能力者!?」

 

「多分そうですね。そうでもないと、一昨日に私たちが眠らされたのも説明がつきませんし…。おっと、映像切り替えないと…」

 

初春の操作にあわせて映像が切り替わった。

 

1組の男女が歩いている。

突然、男の方が女を掴んで後方へと跳んだ。

次の瞬間、突風が彼らの鼻先を掠める。

 

「すごい反応速度ね」

 

「はい」

 

男が女を庇うように前に立ち、3人組と話している。

 

「おや?この殿方は…」

 

女の方が後方へと走り去った。

 

「白井さん、知ってる人なんですか?」

 

「ん~、どこかで…。ハッ!」

 

「思い出したの?」

 

「この殿方!お姉様のお知り合いですの!」

 

「本当?白井さん」

 

「間違いありませんの!」

 

青い服を着た侵入者が巨大な武器を手に、男へ斬りかかった。

凄まじい衝撃波が発生したため映像は途切れた。

 

「白井さんの話が本当だとすると、御坂さんがここにいた可能性が高くなるわね」

 

「この男の人を“書庫”で照合した結果がこれです」

 

初春はノートパソコンの画面を2人に見せた。

 

「上条当麻さん。高校1年生。LEVEL0…」

 

黒子が書いてあることを読みあげる。

 

「LEVEL0か…。通っている高校も普通のところだし、御坂さんと研究関連の知り合いっていうことはなさそうね」

 

「はい。この類じ…ゴホンッ、上条さんとお姉様のご様子を見たところ、個人的なお知り合いのようでした」

 

「ちなみに、この上条さんも昨日から行方がわからなくなってるらしいんですよ」

 

「何ですって!」

 

「それって…」

 

「御坂さんと上条さんは恋人同士で、この騒動に乗じて駆け落ちしたってことですね!」

 

突如として4人目の少女の声が部屋に響いた。

 

「さ、佐天さん!いつの間に…」

 

「いや~、御坂さんも隅に置けないな~。LEVEL5とLEVEL0の大恋愛じゃないですか~」

 

何だか、とても楽しそうな表情の佐天であった。

 

「お姉様とこの類人猿が…。いえ、ありえませんの…。いや、しかし…でもだからといって…やっぱり…いえいえそんな…」

 

対して、黒子はブツブツと何かを呟いている。

とても危ない目をしていたとだけ言っておこう。

 

「佐天さん、真面目な話なんですよ」

 

同級生である初春が佐天をたしなめる。

 

「やだな~初春。私だって真面目に考えてるよ~」

 

いや、絶対に嘘だ。

だって顔がニヤニヤしてるもの。

 

その時、ガタッという音をたてて黒子が立ち上がった。

 

「こうしてはいられませんわ!私、あの類人猿を抹さ…ゴホンッ、パトロールに行って参りますの!」

 

そのままシュンッという音と共に消えてしまった。

 

「うんうん、白井さんはやっぱりこうじゃないと」

 

「ちょっと元気になったわね」

 

「後は御坂さんが見つかれば良いんですけど…」

 

「そうねえ」

 

「まあ、きっと大丈夫ですよ!」

 

「フフッ、ですね!」

 

「あの男の人は頼りがいがありそうだったし」

 

「ええっ!佐天さん、あれは白井さんを元気付ける為のお芝居じゃ…」

 

「何言ってるのよ、初春!御坂さんは、やる時はやる人だよ」

 

「た、確かに、それはそうですけど…」

 

この後、しばらく初春は佐天の妄想を聞かされ続けたのだった。

尤も、そこそこ当たっているのだが…。

 

 

 

さて、追う側の話の次は、追われる側の話を、すなわち、ヒーローとヒロインの話をしよう。

 

 

 

上条と美琴は、昨日いたホテルの部屋から出ていなかった。

 

処女の血を吸った上条は、しばらく血を吸わなくとも平気なので補給は必要としていなかった。

上条の眷属たる美琴も、上条が元気なうちは大丈夫である。

 

そんな訳で、魔力を隠し、使い魔で捜索隊を監視していたのだった。

 

「ねえ、当麻。これからどうするつもり?」

 

「ん?取りあえず、しばらくは隠れとこうぜ。そのうちに、壁の外に行ったと思われるだろうからさ」

 

「それって、いつのことよ?どんどん捜索隊が増えてるし、さっきは使い魔が見つかったのよ」

 

「うぅ…」

 

「ねえ、大丈夫なの?これ」

 

大丈夫ではない。学園都市がアシストしている以上、街から出ていないことなどバレバレである。

作戦立案を上条に任せたのがそもそもの間違いだ。

 

「まあ、私は2人っきりでいられて嬉しいけど…」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「何も言ってないわよ!」

 

昨日は頑張っていたが、現在はツンデレールガンに戻っている美琴であった。

 

「マスター、報告ッス」

 

そんな時、美琴の影から黒犬が顔を覗かせた。

 

「何?」

 

「アウレオルス=イザードの所為で、監視役の使い魔たちが全部引き剥がされました」

 

「“黄金錬成(アルス=マグナ)”ってやつ?」

 

「Aye,ma'am!それッス」

 

「あちゃー、これで動きがわかんなくなったわね」

 

「Sorry,ma'am」

 

「しょうがないわよ。ご苦労様」

 

「失礼したッス」

 

右前足で敬礼すると黒犬は美琴の影に戻っていった。

 

「ちゃんと使えてるな」

 

「みんな、いい子だからね。それにアンタの知識を丸々もらってるからね。簡単よ」

 

彼女の言葉の通り、美琴は上条の知識を全て持っている。すなわち、ミナ=ハーカーの魔術の知識を有している。

そして、美琴は上条と使い魔を共有している。つまり、上条の使い魔を美琴も召還・使役できるのだ。主従関係上、上位命令者は上条の方だが。

 

「それで?どうするの?これで、向こうの動きがわかんなくなっちゃったわよ」

 

「まあ、ここはしばらく見つからないだろうから、もう少しいよう。見つかったら逃げればいい。また、新しい隠れ家を探そう」

 

しかし、事態は上条の想像よりも急迫していた。

 

「ならば、今すぐに逃げるべきである」

 

ドアの向こう側から声がした。

上条が開けると、廊下に後方のアックアことウィリアム=オルウェルが立っていた。

 

「必要悪の教会の魔術師たちがここに向かっているのである」

 

「何!?」

 

何故ここにアックアがいるのかと考える余裕もない上条であった。

 

「どうやら学園都市側から必要悪の教会へ情報が渡されているようである」

 

「マジかよ」

 

「マジである。自分は少なからず貴様に恩を受けたので嘘はつかぬのである」

 

「そうか、サンキュー」

 

「礼には及ばぬのである。繰り返すが恩を返しただけである」

 

そう言うと、アックアは去っていった。窓から。

 

「美琴!」

 

「わかってるわよ!」

 

上条と美琴も、大慌てでホテルから出る。

 

フロント係りは洗脳しておいたので2人がここにいたことはすぐに忘れて誰にも話さないだろう。

もちろん宿泊費はキチンと払った。上条は涙目だったが─鬼が泣くなよ─。

 

 

その直後に、神裂率いる天草式がホテルに到着した。

 

 

「危なかったな…」

 

神裂たちがホテルに入るのを物陰から見送った上条がホッとしたように呟いた。

 

「何でバレたんだろう?」

 

「さあな。取りあえず行こう。新しい隠れ家を探さないとな」

 

そう言うと、美琴の手を引きながら路地裏に入っていった。

 

「隠れるか…。そんなことはやるだけ無駄さ」

 

その時、2人の背後から声がした。

 

上条は慌てて振り返り、美琴を背中側に押して前に出る。

 

彼らの目の前には、1人の“人間”がいた。

 

「アレイスター=クロウリー!?」

 

「その通りだ。一応、はじめましてと言っておこうかな、上条当麻。そして、御坂美琴」

 

驚く上条たちに対して、薄ら笑いさえ浮かべながらアレイスターは話し掛ける。

 

「“窓のないビル”から出られないんじゃなかったの?」

 

「そんなことはないし、そんなことを言った覚えもないのだがね」

 

「何の用だ?」

 

「初対面だというのに敵愾心を剥き出しにするとは穏やかではないな、上条当麻」

 

「お前がこれまで何をしてきたのか知ってるからな」

 

「そうだな。木原数多の記憶から、君はそれを知っている。もちろん、彼が知っていたことなどほんの一部だがね」

 

「だったら、尚更信用できねえな」

 

「フフッ、そうだろうな」

 

「もう1回聞くぞ。何しに来たんだ?」

 

上条が瞳を赤く染めて問い質す。

 

「君たちを迎えに」

 

アレイスターは端的に答えた。

 

「何だと?」

 

「そのままの意味だよ。窓のないビルへの招待状さ」

 

「行く訳ないだろ」

 

「いいや、君は来るさ」

 

「どういうことだ?」

 

「もし、来るなら“必要悪の教会”の捜索を止めさせる。どうかな?もちろん、君たちに危害を加えるつもりなどないよ」

 

「断ったら?」

 

「君たちは死ぬまで魔術師たちに追われ続ける。“死ぬまで”と言っても、君たちにとっては“永遠”と同義かな。そして、学園都市も必要悪の教会を補助する。これまで以上に強力にね。この街において君たちの逃げ場はなくなる」

 

「なめるなよ。魔術師が1000人いたって、俺を止められる訳ないだろ」

 

「確かにそうだね。魔術師が君を止めることなど不可能だ。だが、それ故にずっと追われることになる。それに、彼女も戦うことになるかも知れない」

 

アレイスターは美琴の方を見る。

 

「なめんじゃないわよ!」

 

美琴は身体から紫電を発して返した。

 

しかし、上条には殺し文句だったようだ。

 

「何で、俺たちを呼ぶんだ?」

 

「簡単なことだ。私の“計画(プラン)”に必要なのだよ」

 

「プラン?何がしたいんだ?」

 

「詳しくは窓のないビルで話すよ。どうする?来るかな?」

 

「…俺1人なら」

 

「フフッ、構わないよ」

 

「ち、ちょっと、当麻!」

 

「悪いな、美琴。でも、その“プラン”ってのの所為で“妹達”みたいなことが起こってるんだ。だったら、俺は見過ごせない。どんなものなのか確かめなきゃならない。それでもし、ふざけた内容だったら、ぶち壊してくる」

 

「…私も行く」

 

「え?」

 

「私も行く!」

 

「美琴…、でも…」

 

「アンタ、私を守るって言ったじゃない!だから一緒に行く!アンタとずっと一緒にいる!」

 

「…わかった」

 

「では行こうか」

 

アレイスターが言った次の瞬間、3人は窓のないビルの中にいた。

但し、いつものビーカーのあるところではない。恐らくは違う階なのだろう。

 

ビーカーのように特異なものが置かれている訳ではないが、床、壁、天井に描かれている巨大な魔法陣がひときわ目を引く。

 

「さて、それでは話すとしようか」

 

そう言うと、アレイスターは“プラン”について、上条と美琴にゆっくりと話し始めた。



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28話 プラン

9月5日

 

 

 

窓のないビル

 

 

 

「さて、それでは話すとしようか」

 

アレイスターは上条と美琴に向け語り始めた。

 

「上条当麻、君には“神”になってもらいたい」

 

「は?」

 

(何言ってんだ?この人)

 

アレイスターの突然のぶっ飛んだ話に上条の目が点になった。

隣に立つ美琴も同じような表情を浮かべている。

 

「フフッ。いきなり言ったところで理解できる筈もないか。順を追って説明するとしよう」

 

アレイスターは面白そうな表情を崩さずに続ける。

 

「私が書いた本と言えば何かな?」

 

「一番有名なのは“法の書”か?」

 

「そうだ」

 

法の書とは、その内容が読み解かれた時、十字教の時代が終わり新たな時代が到来するとまで評される莫大な力を秘めた原典である。

アレイスター=クロウリーが魔術師だった頃、エイワスから伝え聞いた天使の術式を記したものらしいのだが、未だに読めた者はいないと言われる。いや、読むだけならば誰にでも出来るのだが、100通り以上あるダミーの解読法のどれかに誘導されてしまうのだ。

 

「“汝の欲する所を為せ…」

 

「…それが汝の法とならん”」

 

アレイスターの引用を上条が繋ぐ。

 

「これが全ての始まりだ」

 

「はっきり言いなさいよ!」

 

早くも焦れてきたらしい美琴がイラついた声を出す。

 

「フフッ。では退屈しないように話すとしよう」

 

アレイスターは教師が生徒と話すような口調で言う。

 

「“法の書”における主要三神格とは何だ?」

 

「ヌイト、ハディート、ラ=ホール=クイト。うわぁ~、私の頭の中、オカルトな知識で溢れてる」

 

美琴が頭を抱える。つい、3日前までは科学一辺倒な脳だったのだから仕方がない。

しかし、アレイスターは気にせず続ける。

 

「その通りだ。では上条当麻、“法の書”第2章第7節でハディートに触れている部分を引用してくれ」

 

上条は横目で心配そうに美琴を見やりながらも、話が進まないため口を開く。

 

「私は魔術師であり祓魔師である。私は車輪の軸であり円環内の立方体である」

 

「よろしい。流石に幾多の魔術師たちの知識をため込んでいるだけのことはあるな」

 

アレイスターは続ける。

 

「魔術師とは“幻想”を生み出す者のこと。祓魔師、すなわちエクソシストとは“幻想”を破壊する者のことだ。そして、その後の文章は“物事や人々の中心”という意味合いを持つ。ここまで聞けば、何か思いつかないか?」

 

「俺の右腕…」

 

「その通り。“幻想殺し(イマジンブレイカー)”とは、ここで言う“祓魔師”。ハディートの力の一部だ。だが、まだあるだろう?“人々の中心”つまりは人々が周りに集まるということだ。わからないかい?」

 

「あぁ、私わかったわ」

 

「え?上条さんにはさっぱりなのですが!」

 

「アンタには一生わかんないわよ!」

 

「美琴さん、怒ってます?」

 

「別に~」

 

「では次だ」

 

「ちょっと!上条さんへのネタ明かしはないんでせうか?」

 

「なくていいわよ」

 

「ハディートの配偶神たるヌイト…」

 

「本当にないんですね…」

 

「…彼女は君だよ、御坂美琴」

 

「わ、私!?」

 

「意外でもないと思うがね。上条当麻の“血の伴侶”。永遠を共に生きるとまで誓ったのではなかったか?」

 

「…私と当麻が…私と当麻が…私と当麻が…私と当麻が…」

 

アレイスターの言葉の所為で美琴の顔が真っ赤に染まる。

 

「おーい、戻って来ーい」

 

上条の声も届かないようだ。

 

「話を続けても構わないかな?」

 

「あ、ああ…」

 

「第3の神格・ラ=ホール=クイト。彼は莫大な力を持ち、ハディートとヌイトが結ばれることによって生まれる」

 

美琴が漏電でも起こしかねない台詞をさらっと言うアレイスター。彼女がトリップ状態で良かったのかも知れない。

 

「まさかとは思うけど…」

 

アレイスターの説明に上条が口を挟む。

 

「俺が“ハディート”で、美琴が“ヌイト”で、俺たちの子供が“ラ=ホール=クイト”だから、その力を使って“神殺し”をやろうってのか?」

 

それに対してアレイスターはフッと笑って答える。

 

「まさか。違うよ」

 

「何!?」

 

「大筋は間違っていない。しかし、訂正しなければならないところが多いな」

 

「何だよ」

 

「ハディートの力を持っているのは“上条当麻”ではない。“上条”だ。“幻想殺し”は代々、君の血筋が伝えてきた力なのだよ」

 

「冗談よせよ。俺の父さんはそんな変な力なんて…」

 

「否定できるか?君の父親・上条刀夜が異能の力を右腕をぶつけたことがあったのか?」

 

「それは…」

 

上条は思案する。

上条刀夜は普通のサラリーマンだ。

魔術とも超能力とも縁はない。

幻想殺しを持っていたとしても使う機会がなければ気づかないかも知れない。

 

上条が答えられずにいると、アレイスターは肯定ととったのか、話を続けた。

 

「“上条刀夜”をハディートとするならば“竜神詩菜”がヌイトだ。そして、君・“上条当麻”がラ=ホール=クイトとなる」

 

詩菜は当麻の母親だ。旧姓は竜神である。

 

「こうして代を経る毎に力を増してゆくのが“神浄(かみじょう)”の一族だよ、“神浄の討魔”」

 

神裂がいつか口にした、上条当麻の“真名”をアレイスターは口にする。

 

「真名の話ならば君もなかなか良いものを持っているがね、“躬叉神の命(みさかみのみこと)”」

 

アレイスターは美琴に目を向ける。

いつの間にか現実世界に帰還していたらしく、彼女の表情は落ち着いている。

 

「“躬”は“体”すなわち“人”、“叉”は“鬼”すなわち“悪魔”、“神”はそのまま“神”のことだ。つまり“天地人”全ての“命”を示す名前だ」

 

少し間を置くと“話が逸れたな”と言いアレイスターは続ける。

 

「さっき言ったように、ハディートの力は代々増し続ける。しかし、それでは長くかかりすぎるのだよ。そのため私は作ったのだ…」

 

「学園都市をか?」

 

「その通り。代を経るよりも早く、一代のうちに力の成長を促す。ハディートとヌイトの両方をね。同時に、君たちを人工的に再現することも目的とした」

 

「それって、まさか…」

 

美琴が、信じられないという風に、目を見開いてアレイスターを見つめる。

 

「気づいたか?“妹達”だよ。君の遺伝子をそのまま受け継いだ彼女たちはヌイトとして機能させられる」

 

「この!」

 

「抑えろ!」

 

美琴が暴れ出しそうになるのを上条が押し止める。

しかし、そんな状況を前にしてもアレイスターは顔色一つ変えずに言葉を続ける。

 

「そして、全ての能力者たちはハディートの再現を目指している。“幻想殺し”とは逆からの方向でね。その中で、50年以上を費やし、僅かながらでも形にできたのは“一方通行”ただ1人だけだったが」

 

「俺が一方通行を殺したのも、お前の思った通りってか?」

 

「まさか。彼には君の代わりが務まるまで成長してもらうつもりだった。ミナ=ハーカーを組み込んだことによる弊害だ」

 

「そう言えば、ミナをこの街に呼んだのはお前だったな」

 

「成長を急速に促したかったのさ。吸血鬼となれば数百万分の経験値を一気に得ることができる」

 

「それは成功だったな。でも、吸血鬼になったら“ラ=ホール=クイト”のことはどうするつもりだったんだ?」

 

「確かに吸血鬼には子供は出来ない。つまり“神浄”の血が絶えることになってしまう」

 

「じゃあ、何で…」

 

「君は“あの日”、ミナ=ハーカーとどこで出会った?」

 

「第7学区の路地裏だ」

 

「では、一方通行はその時どこにいた?記憶を持っているのだからわかるだろう?」

 

「…そういうことか」

 

一方通行は、上条当麻とミナ=ハーカーが出会った瞬間、ほんの数m先にいたのだ。

しょっちゅうスキルアウトに絡まれている彼が路地裏にいることは何ら不思議ではない。

むしろ、上条が出くわす確率の方が低いと考えるのが自然だ。

 

「本来、一方通行の方を吸血鬼にするつもりだった。まさか、あの場に君が現れるとは。まったく、数奇な運命の元に生まれたものだよ。お陰で、“神浄”を中心とする“計画”は、君だけで遂げる必要に迫られた。代替わりは最早叶わない」

 

「だから、俺を魔術サイドと関わらせたのか」

 

「それ自体は以前からの計画通りだ。私は君がより苦戦するように謀ったのだよ。猟犬部隊に右腕を奪わせたのもそのためだ。そうでもしなければ、神の右席や大天使相手でも、君は楽に勝利できただろう。そして、結果は今ここに出ている。君は彼ら全てを打ち倒した」

 

「じゃあ、俺が美琴の血を吸ったことも計画のうちって訳か?」

 

「もちろんだ。ヌイトがハディートと結ばれなければ始まらない。実際は想定よりも遥かに遅くなったがね」

 

「木原数多に撃たれた時、美琴は死にそうになってた。その時に噛ませるつもりだったのか?俺が美琴をそのまま死なせないと思って。あの時、五和が一緒にいなかったら、そうしてたかも知れない」

 

建宮の頑張りはとんでもないところにまで飛び火していたようだ。

 

「そこでもない。それはあくまで第2のタイミングだ。本当は、8月21日の操車場で噛ませるつもりだったのだよ。まさか、ミナ=ハーカーがまだ残っているとは思っていなかったために読み違えたがね。まあ、成功した今となってはどうでも良いことだ」

 

「それで俺たちをここに呼んだってことは、“プラン”ってのはかなり進んでるみたいだな」

 

「進んでるも何もない。後は君たちが首を縦に振りさえすればいい」

 

「何だと?」

 

「私の目的は君の推察の通りだよ。“神殺し”だ。そして、君たちの実力はそれが可能な域に達しているだろう」

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「ミナ=ハーカーの魔術的知識は禁書目録のそれさえ凌駕している。さらに君自身が神裂火織とウィリアム=オルウェルの血を吸ったことによって、天草式とローマ正教の裏の知識が追加されている。それに加えて、一方通行と木原数多の能力と知識まで君は持っている。最早、この時代の全てを網羅しているとさえ言えるだろう。そして、“幻想殺し”だ」

 

「“幻想殺し”があったら、どんだけ知識があっても魔術も超能力もどうしょうもないだろ」

 

「そう言えば、まだ君に“右腕”を返していなかったな」

 

アレイスターは、そう言うと上条たちの背後を指差した。

 

その先に視線を向けると、不思議な容器に入れられた上条の右腕があった。

 

「このビルにはテレポートじゃないと入れないんじゃなかったのか?」

 

上条は左手で容器を拾いながら問いかける。

 

「何事にも“裏口”というものは存在するのだよ」

 

アレイスターはしゃあしゃあと返した。

 

「そんなことよりも、早く右腕を戻してみるといい」

 

上条が力を込めると、容器は粉々になった。

 

上条が直に右腕を持ち上げる。

 

そして、切断面同士を合わせた。

 

切れ目が泡立つように曖昧になり、元の通りにくっつく。

 

「確かに俺の腕みたいだな。でも、だから何だって言うんだ?」

 

右手を握ったり開いたりを繰り返しつつ、上条が再度問い掛ける。

 

「いずれわかる。話を進めよう」

 

そこで、上条は質問を変え、最も疑問だったことを尋ねる。

 

「何で、こんなことしようと思ったんだ?」

 

「“運命”を変えるためさ。神の定めたシステムの上で踊らされ続けるのは気にくわないと思わないか?」

 

「そんなこと…」

 

「否定はさせないぞ、御坂美琴。君とて悲劇を味わった者ならば、それを変えたいと願ったことはあるはずだ。計画通りに“神殺し”がなされれば、君たちこそが、新たな“神”となる」

 

平坦だったアレイスターの言葉に僅かながら熱がこもる。

 

「“神”になってくれってのは、そういう意味か」

 

「“神”とは、法や秩序そのものだ。つまり、神となれば時間も空間も思いのままに操ることができる。過去を変えることも、これから起こることを変えることも可能だ」

 

「そんなもんに釣られて、ほいほい言うこと聞くと思ってんのか?」

 

「“妹達”はどうする?死んだ彼女たちを甦らせたいと思わないのか?上条当麻の“不幸”な過去を変えたいと思わないのか?吸血鬼にならず、2人で人間として人生を歩んでみたいと思わないのか?君たちのことだけではないぞ。一方通行とて悲しい過去から救うことができる。ミナ=ハーカーも、禁書目録もだ。神裂火織、ステイル=マグヌス、アウレオルス=イザード、シェリー=クロムウェル、アニェーゼ=サンクティス…。みな、過去や現在に闇を抱えたまま生きている。解放してやりたいとは思わないのか?“神殺し”がなされれば、それが可能になる」

 

アレイスターの言葉に、上条も美琴も即座には反論できなかった。

 

「この世に存在するありとあらゆる悲劇をなくすことが出来るのだ。よく考えてみてくれ。そして、答えを出してくれ。“神”に、“運命”に逆らうか、否か」




プランの全貌を書いてみました。
法の書を出すと、途端に話が難しくなってしまいます。
わからないことがあれば言って下さい。
個々に答えるなり、書き直すなりしますので。
矛盾点を見つけた方も言って下さい。


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29話 答え

9月5日

 

 

 

窓のないビル

 

 

 

「答えを出してくれ。神に、運命に逆らうか、否か」

 

アレイスターの声が室内に響く。

 

上条と美琴は押し黙っている。

 

 

『いいぜ、神様。この物語(せかい)が、 アンタの作った奇跡(システム)の通りに動いてるってんなら、まずは、その幻想をぶち殺す!』

 

 

上条はインデックスを“首輪”の呪いから救った時に、高々と宣言した言葉を思い出していた。

 

(“神”…)

 

奇しくも、アレイスターの言葉と似通っている。

 

(“神殺し”、“幻想殺し”…)

 

上条は自身の右腕を見つめる。

 

(そう言えば、ミナもそんなこと言ってたっけな)

 

上条は柄にもなく考える。

 

(“妹達”を生き返らせる。いや、そもそも死ななかったっていう風に世界を書き換えられるのか)

 

00001号から10031号までの彼女たちを救うことは、アレイスターの話に乗らなければ叶わないだろう。

 

そしてまだまだ考えなければならないことは多い。

 

 

 

例えば、一方通行が超能力など発現させなかったら…。

 

周囲から拒絶されることも、周囲を拒絶することもなかっただろう。友達だっていたかも知れない。

軍隊から攻撃されることもなかっただろう。

自分の名前を思い出せなくなることもなかっただろう。

妹達を殺し続けることもしなかっただろう。

ましてミナに食われることなどなかっただろう。

 

普通の人間として人生を歩んでいけただろう。

 

 

例えば、インデックスが完全記憶能力など持っていなかったら…。

 

10万3000冊を記憶した“禁書目録”となることはなかっただろう。

魔導書図書館として様々な魔術師たちから追われることもなかっただろう。

1年毎に記憶を消される呪いを受けることもなかっただろう。

神裂、ステイル、アウレオルスら管理人たちを泣かせることもなかっただろう。

 

普通のシスターとして人生を歩んでいけただろう。

 

 

例えば、神裂火織が聖人ではなかったら…。

 

周囲とのギャップから天草式十字凄教を脱退することもなかっただろう。

イギリス清教に身を寄せることもなかっただろう。

インデックスの管理人となることもなかっただろう。

インデックスの記憶を1年おきに消し続けることもなかっただろう。

インデックスを救えない無力感に打ちひしがれることもなかっただろう。

 

天草式の1人として人生を歩んでいけただろう。

 

 

例えば、姫神秋沙が“吸血殺し”の力を持っていなかったら…。

 

彼女の意に反して一集落分の吸血鬼を全滅させることもなかっただろう。

そのトラウマを引きずって生きることもなかっただろう。

錬金術師に頼ってまで力を消そうとすることもなかっただろう。

力が再び顕現することに怯えながら暮らすこともなかっただろう。

2度とケルト十字を首から外すことができない身になることもなかっただろう。

 

普通の女性として人生を歩んでいけただろう。

 

 

上条はまだ知らないが、シェリーは親友を学園都市とイギリス清教との政治上の問題で亡くし、アニェーゼは幼くして父親を亡くした。

 

 

他にもある。

 

インデックスを救おうと足掻き、叶えられなかったステイル=マグヌスやアウレオルス=イザードを初めとする禁書目録の管理人たち。

 

潜入のために魔術を使う度に血を吐く体となり、義妹を守るために多角スパイとして嘘をつき続けてきた土御門元春。

 

 

そして、極めつけはミナ=ハーカーだ。

 

ドラキュラに噛まれ、眷属となった彼女。

世界中の魔術師たちから追われ、吸血衝動に苦しみ続けた。

望んだ訳ではない闘争に身を窶した挙げ句、迎合してウォーモンガーだ。

 

 

 

(ミナ…)

 

上条の脳裡に、去り際の彼女の顔がよぎる。溶けるように消え去るまで笑ったままだった彼女の顔が。

 

 

 

この世界は悲劇で溢れかえっている。

 

 

それを創ったのは誰だ?

 

神だ。

 

 

神を殺すことは出来るか?

 

出来る。

エイワスは、そのための知識をアレイスターに授けた。

 

 

どうすればいい?

 

ハディートたる上条当麻ならば、神浄の討魔ならば神を殺せる。

 

 

神が死ねばどうなる?

 

神格の椅子が空く。

 

 

誰が代わりに座る?

 

“神殺し”を実行した者が、すなわち神浄の討魔が座る。

 

 

神となれば何が出来る?

 

何でもできる。

思いのままに世界を書き換えられる。

 

 

それは善行と呼べるだろうか?

 

呼べるだろう。

上条が考えただけでも数万の人間を救うことが出来るのだ。

 

 

 

「俺は…」

 

上条がゆっくりと口を開く。

 

(これでいいのか?)

 

しかし、頭の中はグニャグニャのままだ。

 

(いや、いいんだ)

 

無理矢理に自らを納得させる。

 

 

しかし、そこでもう1人の吸血鬼が口を開いた。

 

「私はイヤよ!」

 

アレイスターがヌイトと指して呼んだ御坂美琴が声をあげた。

 

「ほう?まさか君がそう言うとはね」

 

「確かに悲劇を全部消せるんなら、それは素晴らしいことだと思うわ」

 

“でもね”と言って美琴は言葉を繋ぐ。

 

「人ってのは悲劇にぶつかるから成長できるのよ。私は当麻に救われたし、他の人たちだって、そうやって進んできたのよ」

 

 

 

一方通行は血にまみれた日常の終わりを迎えることが出来た。

 

インデックスは呪いから解き放たれた。

 

神裂は天草式十字凄教と再び共に歩み始めた。

 

姫神は楽しい同級生に囲まれて笑顔を取り戻した。

 

 

 

「きっと大事なことなのよ!私たちが勝手に取っ払って、ただ幸福なだけの結果を押しつけていいもんじゃないのよ!」

 

 

美琴の叫ぶような声を聞き、上条はミナの去り際の言葉を思い出す。

 

 

『私みたいにはなってくれるな よ。お前はいつまでも“偽善使い(フォックスワード)”の上条当麻でいてくれ』

 

 

(“偽善使い”か…)

 

 

「そうだな…」

 

上条当麻は真っ直ぐにアレイスター=クロウリーを見つめる。

その瞳に最早、迷いの色は写っていなかった。

 

「俺は“神”になんてならない。悲劇が起こるってんなら、その度に駆け付けって1つ1つ潰してやる!それが俺の…いや、俺たちの答えだ!」



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30話 セリオン

9月5日

 

 

 

窓のないビル

 

 

 

「フゥ…」

 

上条の言葉を聞いたアレイスターは嘆息するかのように長い息を吐く。

 

「それでいいのか?このままでは人間は神の奴隷だ。救いたいとは思わないのか?いや、救ってはくれないのか?」

 

「俺はこの世界に救いがないとは思わない。お前が考えてるほど悪いもんじゃないと思う。インデックスも神裂もミナも、今まで出会ったみんながそう教えてくれた」

 

「御坂美琴、君もそれでいいのか?」

 

「当たり前でしょ」

 

「そうか…」

 

アレイスターは疲れたように呟く。

そして唐突に告げた。 

 

「Therion666─大いなる獣─」

 

「魔法名!?」

 

「君たちが非と言うのならばそれまでだ」

 

アレイスターは顔の上から薄ら笑いを消す。

 

「もう私の“計画(プラン)”は成立し得ない」

 

「じゃあ、何でバリバリ臨戦態勢なんでせうか?」

 

上条の言葉通り、アレイスターの周りの空中に魔法陣が描かれ始めている。

 

「私はこのままでは1700年近く生きねばならない。目的をなくした今となっては、延ばした寿命をただただ惰性に生き続けなければならない。しかし、私がそんなことを出来ないことは、私が一番よく知っている。いくらでも、これから足掻く。神に抗うことをやめられない」

 

“上条当麻”とアレイスターは呼ぶ。

 

「私を諦めさせてくれ。この覚めない夢を終わらせてくれ。どうしたって仕方がないのだと思い知らせてくれ」

 

上条はくっつけたばかりの右手を握りしめて構える。

彼の隣では、美琴がビリビリと身体から紫電を走らせていた。

 

「いいぜ、アレイスター=クロウリー…」

 

上条は、一言一言噛み締めるかのように、ゆっくりと声を出す。

 

「自分じゃ止まれないってんなら…」

 

アレイスターの魔法陣が組み上がった。

 

「まずは、その幻想をぶち殺す!」

 

上条は笑みさえ浮かべながら、そう宣言した。

 

 

それに呼応するように、顔の上に微笑を取り戻したアレイスターが右手を前に突き出した。

衝撃波のようなものが生まれ、上条と美琴に襲いかかる。

 

「効くかよ!」

 

上条が右腕でアレイスターの攻撃を掻き消す。

 

「美琴!」

 

「わかってるわよ!」

 

上条に呼ばれた美琴がアレイスターに向けて電撃の槍を放つ。

 

「効かんよ」

 

しかし、アレイスターに届く前に消滅してしまった。

 

「超能力を開発したのは誰だと思っている?」

 

どうやったのかはわからないが、超能力を封じられたらしい。

そもそも“超能力”の開発方法を確立したのは彼だ。おそらくは誰よりも超能力を知っているのだろう。

 

「だったら…」

 

しかし、美琴の武器は超能力だけではない。

 

「来て!」

 

美琴の影の中から黒い影が躍り出る。

 

「失せろ」

 

しかし、これもアレイスターの一言で消滅してしまった。

 

「そんな…」

 

「今ある召還魔術の元を築いたのは誰だと思っている?」

 

使い魔を呼び出すための術式は“レメゲトン(またの名をソロモンの小さき鍵)”という魔導書のものを元としている。

そして、レメゲトンの著者はアレイスター=クロウリーだ。

 

「私の前で使い魔を出せると思うなよ」

 

「なら!」

 

上条が右手を握りしめて、アレイスターに向けて跳躍する。

 

「君は変わらないね」

 

そう言ったアレイスターの姿が消える。

 

「クソッ!」

 

上条の右拳が空を切る。

同時にアレイスターの姿が上条の背後に現れた。

 

「私を殴れると思っているのか?このビルに瞬間移動したことをもう忘れたか?」

 

アレイスターが上条に向けて手を突き出す。

次の瞬間、指先から赤い光が迸った。

 

「うおっ!」

 

キアヌ・リーブスも顔負けの反応速度で、上条はのけぞって赤い光を躱す。

 

「流石だな。だが、まだまだだ」

 

アレイスターがそう言うと、上条の頭上に魔法陣が現れた。

そこから落雷のようなエネルギーの塊が降り注ぎ上条を襲う。

 

「おぉぉぉぉ!!!」

 

上条は右腕を真上に向け、正面から“落雷”を受け止める。

 

しかし、押し切られそうになり、たまらず左手で右腕を支える。

 

「腹ががら空きだ」

 

アレイスターが指を上条に向ける。

幻想殺しは上だけで処理落ち状態だ。今の上条に躱す術はない。

 

「私を忘れてんじゃないわよ!」

 

右足に電気を帯びた美琴がアレイスターに蹴りかかる。

 

「効かないと言ったはずだが」

 

そんな美琴にアレイスターは一瞥もくれない。

超能力は彼には通じないのだから当然の反応だ。

 

「物理攻撃ならば防ぐのも容易い」

 

美琴が足を薙ぐと、アレイスターに当たる直前に、壁にぶつかったかのように止まった。

ガンッという衝撃音が部屋に響く。

 

「なめんじゃないわよ」

 

不敵に笑った美琴の足から紫電が迸った。

 

「何!」

 

慌ててアレイスターが跳び退く。

 

彼の緑色の装束の裾が焦げた。

 

アレイスターの意識が外れたためか、上条を襲っていた魔術の魔法陣が消える。

 

それを見た美琴はすかさず上条に駆け寄った。

 

「ほう、そういうことか…」

 

しかし、アレイスターの表情は変わらない。

彼の視線は美琴の右足に向いていた。

見ると、魔法陣が描かれた紙が足に貼り付けられている。

 

「“超能力”による“電気”かと思いきや“魔術”による“雷”だったか。単純な手だが、危うく受けるところだった」

 

雷を生じさせる魔術を発動させるための魔法陣を描いた紙。

ごく単純な魔術だが、吸血鬼のマナにより威力が底上げされているため強い。

 

「まだまだあるわよ」

 

美琴は自身の影に手を翳す。掌を上に向け、何かを引っ張り上げるように腕を振るう。

すると、影の中から十数枚の紙が飛び出した。1枚1枚に魔法陣が描かれている。

 

「魔術の練習用に何枚も描いたんだから」

 

“練習用”という言葉が示すように単純な魔法陣ばかりだった。

火、水、土、風、雷…。

しかし、吸血鬼の魔力で放たれれば、人間の魔術とは比較にならない威力になるだろう。

 

 

(何なんだ?この感覚…)

 

アレイスター相手に啖呵を切る美琴に対して、上条は自身の右腕を黙って見つめている。

 

(何となくだけど…やってやるとしますか!)

 

上条は美琴に耳打ちする。

 

「え?」

 

「いいから、俺を信じろって」

 

「わ、わかったわよ!」

 

何やら物言いたげな美琴だったが、上条の殺し文句で反対意見を引っ込めた。

 

「相談は終わったか?」

 

「ああ」

 

上条がアレイスターに答えると、まずは美琴が動いた。

吸血鬼の膂力を駆使してアレイスターの背後に回る。

 

次いで、魔法陣の紙を何枚か掴み、アレイスターに投げつけた。

劫火、奔流、土塊、暴風が一緒くたになって襲いかかる。

 

しかし、アレイスターは余裕の表情を崩すこともなく全て無効化してみせた。

 

「おらぁ!」

 

そこへ上条が右腕を振るって躍り掛かる。

 

それもアレイスターは躱してみせた。

 

「ほう…」

 

その時、アレイスターが感嘆めいた声を漏らす。

 

彼の周りには無数のコインが浮かんでいた。

それぞれに雷の魔法陣のカードが貼り付けられている。

 

「“超電磁砲(レールガン)”を魔術で代用。吸血鬼の念動力で浮かせて私を囲んだか…」

 

「行っけー!」

 

美琴の気迫の籠もった言葉と同時に、無数のレールガンが発射された。

躱すことなど出来るはずもなく、アレイスターは光に飲み込まれる。

 

 

しかし…。

 

 

「この程度で私を倒せるとは思っていないだろうな」

 

アレイスターには掠り傷1つたりとも付いていなかった。

かうて史上最強と謳われた魔術師の姿がそこにはあった。

 

力押しだけで彼に勝てるだろうか?

厳しいだろう。

 

 

だが…。

 

 

「ああ、思ってねえよ」

 

アレイスターの背後から上条の声が聞こえる。

 

彼の右手の中にはコインがあった。

発射されたレールガンのうちの1つを幻想殺しで掴んだのだろう。

飛距離が短かった所為でまだまだ燃え尽きるには早そうだ。

 

「だから何だというのだ?」

 

アレイスターの言葉の通りだ。

だから何だということもない。

 

上条がレールガンを撃てでもしない限りは…。

 

 

上条の右手の掌の中で火花がビリビリと弾ける。

そして、音速の3倍でコインが飛び出した。

 

光線は真っ直ぐにアレイスターを捉える。

 

 

「フフッ、素晴らしい」

 

だが、アレイスターには当たらなかった。

美琴の蹴りが止められた時のように、コインが彼の顔の前で静止している。

 

「ハディートの力を正しい方向へと向かわせることによって、さまざまな幻視や能力を得ることが出来る。そして、君の力はヌイトと結ばれたことによって正しい方向へと向いた。今まで打ち消し続けてきた能力や魔術が右腕から出てきたところで意外でもないさ」

 

「そう言えばそんなことも書いてあったか…」

 

上条の顔が渋く変わる。

 

「さて、そろそろ幕としようか」

 

アレイスターが呟くと、衝撃波が再び生まれる。但し、威力が先ほどとは比ではなかった。

 

「くっ…」

 

「きゃあ!」

 

上条がその場に釘付けにされている間に、美琴の身体が壁まで飛んだ。

 

「クソッ!」

 

衝撃波がやむと同時に、上条は美琴の元に駆け寄る。

 

「美琴!」

 

「大丈夫だから…」

 

だが、アレイスターは手を止めない。

 

上条を灼こうとした、先ほどの“落雷”が2人に襲いかかる。

 

「チッ!」

 

上条が美琴を背に庇い、幻想殺しを前に突き出した。

 

「当麻!」

 

「うおぉぉぉぉぉ!!!」

 

上条は気迫の籠もった叫びをあげるが、今にも押し切られそうな状態だ。

 

「神浄の討魔、それでは死ぬぞ」

 

アレイスターは話し掛けるが、上条にそれを聞く余裕はなかった。

 

(いよいよ、ヤバいか…)

 

上条の頭に最悪の結末がチラつく。

 

この程度ならば、吸血鬼・上条当麻が死ぬことはないだろうが、美琴は別だ。

吸血鬼になって日が浅く、まだ血も吸っていない。

これほどの大質量攻撃を受けて生き延びられるかどうかは定かではない。

 

 

(美琴…)

 

 

『美琴を大事にしろよ』

 

 

上条の脳裡にミナの言葉が甦る。

 

 

その時、上条の右腕に異変が起こった。

 

 

透明なものが皮膚を突き破って出現する。

 

竜だ。

 

全長が2mを超えそうな巨大な竜の顎が右腕から顕現した。

 

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

 

そして、上条の低い呻き声とともにアレイスターの攻撃を食い尽くした。

 

 

「ハハハハハ!“竜王の顎(ドラゴンストライク)”が出たか!」

 

アレイスターは哄笑をあげる。

 

竜王の顎。

自身の魔術を消滅させたそれを見てもアレイスターの顔は変わらない。

所詮は想定の範囲内だということだろう。

 

 

しかし、次の瞬間、アレイスターの表情が凍りついた。

 

 

「グアァァァァァァァァ!」

 

地の底から響くような声で“竜”が吠えた瞬間、口の中から“光”が生まれアレイスターに襲いかかった。

 

防ぐことは叶わず、そのまま壁に叩きつけられる。

 

「ぐはっ!」

 

そこに、すかさず二の矢が迫った。

 

「くっ!」

 

苦い顔をしたアレイスターは、瞬間移動でギリギリ躱した。

 

“竜王の顎”から放たれた攻撃は、かわりに壁に直撃する。

 

そして、核兵器でさえ傷つけられないはずの、窓のないビルの壁に大穴を穿った。

 

 

「“ホルスの力”…」

 

 

ホルスの力。

エイワスが持つものと同種の力。

本来、これほどまでに莫大なものは“ラ=ホール=クイト”が持つはずだった。

 

 

「吸血鬼か…」

 

 

上条は美琴を“血の伴侶”とした。

血とは魂の通貨だ。

ハディートとヌイトの魂そのものが結合したのだ。

 

子供を産めないかわりに、“ドラゴン”にその力が宿った。

 

 

「本当に君は面白いな。どこまでも予想を裏切ってくれる」

 

アレイスターが上条に話し掛ける。

 

「なあ、アレイスター…」

 

対して、上条は水面のように澄んだ声で言う。

 

「終わりにしようぜ」

 

「ああ、そうだな」

 

アレイスターが答える。

 

 

「うおぉぉぉぉぉ!」

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

2人の叫び声が重なる。

 

上条当麻とアレイスター=クロウリー。

世界最強の吸血鬼と史上最高の魔術師。

幻想殺しと学園都市の統括理事長。

ハディートとセリオン。

 

彼らの全力が真正面から激突した。

 

 

 

窓のないビルの内外に閃光と轟音が溢れる。

 

 

 

科学サイド、魔術サイド双方のこの日以降の記録に“上条当麻”、“御坂美琴”、“アレイスター=クロウリー”の名が載ることはなかった。




最後の方がバタバタになっちゃいました。
ごめんなさい。

次章が最終章になります。


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第8章 エンデュミオン篇
31話 消失


9月16日

 

 

 

とある高校

 

 

 

「うちの息子が行方不明…」

 

上条刀夜は呆然と呟いた。

隣では詩菜が同じような表情を浮かべ、正面では小萌が今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

たった今、小萌が刀夜と詩菜に、上条当麻が行方不明になっていることを告げたところだ。

 

 

 

以下が公式発表である。

 

 

9月3日~9月5日における大規模テロについて

 

9月3日、学園都市に武装したテロリストたちが侵入した。超能力を使用していたことから、おそらくは“原石”であると思われる。

同日、“警備員(アンチスキル)”を能力で無力化した彼らは、第7学区にて大規模な破壊行為を行った。

数時間後、彼らは捕縛され、破壊行為は停止した。

そして2日後の9月5日、侵入者の残党が窓のないビルを攻撃した。

正体不明の超能力によりビルの壁を破壊した彼らは、統括理事長を襲撃した。

彼らは数分後に捕らえられたが、統括理事長の命は助からなかった。

しかし幸いなことに、大規模な破壊がなされたにも関わらず、統括理事長以外に犠牲者は出ていない。

尚、この一連の事件を以後は“0903事件”と呼称することとする。

 

 

超電磁砲・御坂美琴の失踪について

 

犠牲者は統括理事長ただ1人だった“0903事件”。

これと関わりがあるかは定かでないが、LEVEL5の第3位・御坂美琴が9月3日を最後に行方不明となっている。

最後に目撃された場所は第7学区であるため、事件との関わりあった可能性が示唆されているが、一切の手掛かりが発見されていない。

また時を同じくして、LEVEL0の男子高校1年生が1人行方不明となっている。

 

 

 

「…ということなのです」

 

「そんな…」

 

「母さん、しっかり!」

 

小萌が一通りの説明を終えた途端、詩菜の身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

慌てて、刀夜が彼女を支える。

 

「大事なお子様をお預かりしている身でありながら、本当に申し訳ありません!」

 

小萌は精一杯に頭を下げる。

 

しかし、そんな小萌を責める気にはなれない刀夜と詩菜であった。

彼女の目からは涙が零れそうになっている。

生徒思いな教師であることは容易に察せられた。

 

「頭を上げて下さい」

 

「…はい」

 

「本当に、手掛かりのようなものは何も?」

 

「はい」

 

学園都市の科学力を以てしても手掛かりは見つかっていない。

尤も、彼らが探しているのは上条当麻ではなく御坂美琴なのだが、彼女の手掛かりが見つからない以上は同じことである。

 

 

監視カメラは?

神の右席が破壊した。

 

人工衛星は?

魔術戦を撮影させる訳にはいかないため、あの時刻にあの場所を写しているはずだったものは止められていた。

 

聞き込みは?

アックアの人払いの所為で誰もいなかった。

 

嗅覚センサーは?

人の臭いは追えても、吸血鬼相手では事情が違う。

 

表向きは原因不明となっているが、手掛かりが挙がっていないのは、こういう訳だ。

 

 

「そうですか…。では、何かわかった時は…」

 

「真っ先にお知らせするのです」

 

「そうして下さい。よろしくお願いします」

 

刀夜はそう言うと、詩菜を支えつつ小萌の元を辞した。

 

 

 

第7学区

 

 

 

「美琴ちゃん…」

 

1組の夫婦が、0903事件の第1波で破壊された辺りを見つめていた。

夫の名は旅掛、妻の名は美鈴。

そして、彼らの苗字は“御坂”だ。

 

もう事件から10日が経ち、彼らの視界に入る事件の爪痕はほとんど塞がれている。学園都市の科学力のなせる業だ。

 

「きっと無事よね?」

 

「当たり前だ。俺たちの娘だぞ」

 

彼らも、上条夫妻が息子が行方不明であることを知らされたのと同様に、娘の行方が知れないことを知らされたのだった。

“手掛かりはない”と聞かされたのだが、それでもこの場所に来ずにはいられなかった。

 

 

「おや、御坂さんではないですか」

 

そんな時、何者かが旅掛に話し掛けた。

 

「ん?ああ、上条さん。お久しぶりです」

 

上条刀夜だ。詩菜も一緒である。

どの親も考えることは同じらしい。

自分たちの子供がいなくなったというのに、じっとはしていられないようだ。

 

かくして、同じ境遇の2組の夫婦が、ヒーローとヒロインの両親たちが出会った。

 

 

 

とある高校の女子寮

 

 

 

「上条くん…」

 

姫神秋沙は何度目かわからない溜め息をついていた。

 

「ねえ、秋沙。あの馬鹿のことそんなに心配しなくても…」

 

すっかり仲良くなった吹寄制理が心配そうに話し掛ける。

 

この10日間、姫神はずっとこんな調子なのだ。

 

「制理は心配じゃないの?上条くんのこと」

 

「それは…」

 

かく言う吹寄とて上条のことは気になっている。

 

恋愛対象としてではない。純粋に友人としてだ。

彼女は何故かカミやん病の毒牙には決してかからない。

土御門及び青ピ曰く、“対カミジョー属性完全ガードの女”である。

 

「確かに心配だけど…。あの馬鹿のことだから、そのうちにひょっこり帰ってくるわよ。それよりも、そんな調子の秋沙の方が私は心配ね」

 

「そう…。ごめんなさい。心配させて」

 

「いいのよ、友達じゃない」

 

そう言われても、上条を心配せずにはいられない姫神であった。

 

(もう。私は大切な人を失いたくない…)

 

 

 

風紀委員一七七支部

 

 

 

「白井さん、大丈夫ですかね?」

 

初春飾利はここにいない友人を案じて呟いた。

 

「もう10日もあんな調子だもんね。御坂さん、早く帰ってこないかな…」

 

初春に答えたのは佐天涙子だ。

 

 

この10日間、すなわち美琴が消息を絶って以来、白井黒子は調子を崩している。

“お姉様”がいないのだから、当然と言えば当然だ。

ずっとぼうっとしたような様子で、風紀委員の仕事で初歩的なミスを連発したりなど、周りの者からすれば心配でならないことを繰り返している。

 

 

「やっぱり、0903事件で何かあったんでしょうか?」

 

「御坂さんのことだから、テロリスト相手に一戦交えるくらいのことはやっちゃいそうだもんね」

 

「ちょっと佐天さん…って、否定できませんけど…」

 

「でも、だからって負けることもないと思うんだけどなあ」

 

「そりゃ、御坂さんはLEVEL5の第3位ですからね。でも、考えたくはないですけど、例のテロリストは統括理事長を…」

 

「ん~。確かにねえ…」

 

佐天が考えこむように一瞬黙る。

しかし、すぐに持ち前の明るい声で言った。

 

「でもまあ、大丈夫でしょ。だって御坂さんだし」

 

「ハハハ、そうですね」

 

初春も笑って佐天に和した。

 

 

 

学園都市内のどこか

 

 

 

「ハア…」

 

雲川芹亜は溜め息をついていた。

 

「どうしたんだ?雲川先輩。溜め息をつくなんて根性が足りないぞ」

 

そんな彼女に隣から話し掛けたのは、LEVEL5の第7位・ナンバーセブンこと削板軍覇だ。

 

「お前のように何でも根性でどうにかなれば苦労はしないけど…」

 

「例のテロ事件からずっとその調子だからな。いくら何でも心配になる。あの時、俺を呼んでくれれば、テロリストどもの根性を入れ直してやれたのに」

 

「そんなことはどうでもいいのだけど。大事な後輩がいなくなってしまってね」

 

「早く出てくれば良いものを。先輩を心配させるような根性なしには、俺が根性を入れ直してやる」

 

“ハア”と再度、嘆息する雲川であった。

 

「心配なのだけど、上条くん…」

 

 

 

第7学区

 

 

 

「そうですか…。娘と同じ日にいなくなった男子生徒というのは…」

 

「こちらも驚きましたよ」

 

上条・御坂両夫妻は互いに状況を確認しあっていた。

 

「まさか、美琴ちゃんがその当麻くんと知り合いだったりとか…」

 

「かも知れませんね。当麻さんは可愛い女の子を引き寄せる才能がありますから。フフフ、誰に似たのかしら?ねえ、刀夜さん」

 

「か、母さん、私が何かしたかな…」

 

カミやん病は、アレイスター曰くハディートの属性なので、上条刀夜も当然発症している。

しかも、質の悪いことに“幻想殺し”のように、当麻に遺伝して消えることもなかったようだ。

 

「いいえ。何故そんなに怯えているのかしら?私は笑っているんですよ」

 

「あ、あの…」

 

「ん~。詩菜さんすごいわあ。私も見習わないと」

 

「美鈴は今まで通りでいいんじゃないかな」

 

どちらの家でも女は強いようだ。

 

 

「私は生まれた~♪」

 

4人が歩いていると、どこからか歌が聞こえてきた。

 

「ペガサス♪情熱は~♪」

 

「あら、綺麗な歌」

 

「ええ、本当に」

 

女性陣の言葉の通り、美しい歌声である。

声のする方向へ視線を向けると人集りができていた。

 

「光るリングのように見えた~♪」

 

「こう、心が洗われると言うかなんと言うか…」

 

「わかりますよ」

 

4人は人集りの中に入っていった。

 

歌っているのは1人の少女だった。

ピンク色の髪を靡かせながらキーボードを叩いている。

 

「可愛い女の子ですね」

 

「あらあら、刀夜さん?」

 

「母さん、私はまだ何も…」

 

「何か…」

 

「…美琴ちゃんと似ているような…いや、いけないな。ついつい考えてしまう」

 

「寂しさは~♪せなの羽に乗せた~♪」

 

4人は少女の歌声に耳を傾ける。

 

「なあ、母さん…」

 

「ええ…」

 

「きっと…」

 

「大丈夫ですよ」

 

不思議と明るい気持ちになれた刀夜たちであった。

 

 

 

この少女を中心に、この街の闇の一部分が動き始めていることに、この時はまだ気づいていなかった。

 

 

 

「フフフ、アレイスターがいなくなるなんて、とんだラッキーね。これで私もようやく…」



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32話 黒鴉

3年前

 

 

 

“スペースプレーン計画”というものがあった。

 

その名が示す通り、特別な打ち上げ設備を必要とせず、自力で滑走し離着陸および大気圏離脱・突入を行うことができる機体を製造しようというもので、“オービット・ポータル社”が主導した。

 

そして開発された機体が“スペースプレーン・オリオン号”。

 

しかし、初飛行の時に事故が起きた。

 

 

 

当時

 

 

 

オリオン号機内

 

 

 

「左翼エンジンブロック脱落!も、もう駄目です!」

 

「諦めるな!まだやれる事はある」

 

パニック気味に叫ぶ副操縦士に、機長は熱の籠もった声を返した。

 

 

機体がスペースデブリと接触したのだ。

そのような事故を起こさぬために、センサー類は万全だったはずなのだが、整備不良でもあったのかスペースデブリの接近に反応しなかった。

 

 

「きゃあぁぁぁぁ!」

 

「いやぁぁぁぁぁ!」

 

「助けてぇぇぇぇ!」

 

乗客席は完全にパニック状態だった。

誰も彼も、座席にしがみつきながら、ギャアギャアと泣き喚いている。

 

そんな中で、1人の少女が何かを祈るようにギュッと目を瞑っていた。

 

(神様、お願い!皆に“奇蹟”を!)

 

 

「うあぁぁぁぁぁ!」

 

とうとうパニックを起こした副操縦士がコクピットから逃げ出した。

 

しかし、機長はまだ操縦桿を握り締めていた。その瞳はまだ輝きを失っていない。

 

(諦めてたまるか!まだ時間はある。何としてもこの局面を乗り越えてみせる。この命が燃え尽きるその時まで、決して諦めない。この機には、私の…)

 

 

ララ~ラ~ラ~♪

ララ~ラ~ラ~♪

ララ~ラ~ラ~♪

ララ~♪

ララ~♪

 

 

その時、機内には歌のようなものが響いていた。

 

 

そして、乗客乗員88名を乗せたオリオン号は第23学区の飛行場に不時着した。

機長の努力の賜物か、それとも少女の祈りが届いたのか、機内からは88人の生存者が救出された。

 

この事故により、スペースプレーン計画は凍結され、オービット・ポータル社は航宙事業からの撤退を余儀無くされた。

 

しかし、大事故だったにも関わらず犠牲者が“0”であったため、この1件は“88の奇蹟”と呼ばれ、第23学区には今なお“奇蹟”の記念碑が建っている。

 

 

 

現在(9月16日・夜)

 

 

 

第7学区

 

 

 

路上ライブをしていた少女・鳴護アリサは、重い機材に齷齪しながら歩いていた。

 

(素敵な人たちだったなあ)

 

そんな彼女の頭に浮かぶのは、昼間に出会った2組の夫婦だった。

 

 

ライブを終えて立ち去ろうとした時、彼女はケーブルに足を取られて転びそうになってしまったのだが、1人の男性が見事にキャッチしてくれたお陰で助かった。

 

(上条さん…)

 

その後、男性は奥さんと思しき人にとても怖い“笑顔”で見つめられ、果ては土下座していた。

 

(御坂さん…)

 

彼らと共にいたもう1組の夫婦は、綺麗な奥さんとヤクザみたいな格好の旦那さんだった。

彼らは“上条”・“御坂”と名乗った。

 

『観光ですか?』

 

この街の人間ではない風なので、軽い気持ちで尋ねたのだが、すぐに後悔させられたアリサだった。

 

行方の知れない子供を探しに来たらしい。

それも、最近話題のテロ事件の時にいなくなってしまったと言っていた。

 

『あらあら、可愛い顔が台無しですよ』

 

聞かなきゃ良かったと思っていると、上条さんの奥さんにそんなことを言われてしまった。

 

『ハハハ、話題がちょっと重かったかな。どうだい?お詫びという訳ではないけれど、この後私たちと一緒にご飯でも食べるかい?』

 

御坂さんがそんなことを言ってきた。

もちろん、初めは遠慮しようと思った。

 

しかし…。

 

『なんか美琴ちゃんと似た感じがするのよねえ』

 

そう言われて断れなかった。

 

そして、ファミレスで昼ご飯をご馳走になった後、店から出たところで携帯電話が鳴った。

なんと、オーディションに合格したという知らせだった。

それを伝えると、まるで我がことのように、いや我が子のこと喜び、“おめでとう”と言ってくれた。

 

(あの人たちが幸運を運んで来てくれたのかな)

 

そんなことを思うアリサであった。

 

(トウマくんとミコトちゃんだっけ?早く見つかるといいな)

 

 

「失礼します」

 

凛とした声にアリサは脳内での思考から立ち戻される。目の前には1人の女性の姿があった。

 

「はい?」

 

Tシャツに、片方の裾を切ったジーンズ、黒髪のポニーテール、そして何よりも目を引く2m超の日本刀。

 

(おもちゃだよね?あれ…)

 

「鳴護アリサ…で、間違いありませんね?」

 

突然現れた女性・神裂火織は、若干怯えているアリサに問い掛ける。

 

「そう…ですけど…」

 

「やはりそうでしたか…」

 

一瞬間を置くと、神裂は有無を言わせぬ調子で告げた。

 

「では、一緒に来てもらいましょうか」

 

「えっ!い、いや…」

 

「悪いけど…」

 

拒否しようとするアリサだったが、後ろから現れた男に言葉を遮られた。

 

「反論は認めないよ」

 

赤毛、バーコードのような刺青、ゴツゴツとした指輪、そして口にくわえられた煙草。

ルーン魔術を繰る、必要悪の教会の神父・ステイル=マグヌスだ。

 

「え、えっ?ええっ!」

 

アリサはパニックを起こしつつも現状の把握に努める。

 

(ええっと…。前には日本刀を持ったお姉さんがいて、後ろには怖いお兄さん。周りには私たち3人以外に誰もいない…。ダメ、やっぱりさっぱりわからないよ~)

 

普通の歌が上手い女の子・鳴護アリサには、こんな状況の対処法は当然ながらわからない。

 

しかし、神裂もステイルも、混乱する彼女を待ちはしなかった。

 

「できれば手荒な真似はしたくありません。大人しく付いて来ては頂けませんか?」

 

「フゥ~。僕としては別にどちらでも構わないのだけどね。逃げようとするのなら追うだけさ」

 

そう言いながら、着々と距離を詰めてくる。

 

「あ、え、あわわわわ…」

 

理解不能な言葉を発するだけで動けずにいるアリサ。

 

そんな時、ヒーローが現れた。

 

「すごいパーンチ!」

 

アリサの周囲に衝撃波が発生し、神裂とステイルは慌てて回避運動をとった。

 

「嫌がる女を無理やり連れ去ろうなんて、とんだ根性なしどもだな、お前ら!」

 

鉢巻き、白ラン、旭日旗Tシャツ。

ナンバーセブンこと削板軍覇だ。

 

「俺が根性叩き直してやる!」

 

そんな削板に神裂は問い掛ける。

 

「何者ですか?ここには人払いがかけられていて誰も近づけないはずです」

 

しかし、彼にそんな理屈は通用しなかった。

 

「人払い?何だそれは?女の悲鳴が聞こえれば、例え何km離れていようと駆けつけるのが漢というものだ。俺の根性を馬鹿にするな!」

 

数km離れた位置からの声は普通聞こえることはないのだが、彼には言うだけ無駄だろう。

人払いとて馬鹿には通用しないらしい。

 

「ハア…、面倒だな」

 

ステイルは言葉通り、面倒くさそうに呟くと宣言した。

 

「Fortis931─我が名が最強である理由をここに証明する─!」

 

そして、懐から出したルーンのカードを辺りにバラ撒いた。

 

「“魔女狩りの王(イノケンティウス)”!」

 

炎の巨人が顕現し、削板を焼き尽くさんと彼に迫った。

 

「すごいパーンチ!」

 

対して、削板は衝撃波を飛ばして対抗する。

魔女狩りの王はそれを受けて消滅した。

 

「根性なしが!」

 

「それはどうかな?」

 

ステイルが言うと、即座に魔女狩りの王が再顕した。

 

「何!?すごいパンチが効いていないのか?なかなかの根性だな、お前」

 

「君のような男に誉められても嬉しくな…」

 

「お前は黙っていろ。今、俺はコイツと話しているんだ」

 

ステイルの言葉を遮り、削板は魔女狩りの王を指差して告げた。

 

「いや、これは僕の術で…」

 

「黙っていろと言っただろう、この根性なしが!」

 

どうやら魔女狩りの王を人間だと思っているらしい、削板の誤解を解こうとするステイルだったが、彼は聞く耳を持たなかった。

 

「ステイル、そんな不毛な会話をしている場合ではありませんよ」

 

更に言い募ろうとするステイルを神裂が押し止める。

 

「我々は非常に重要な目的のために行動しています。退いては頂けませんか?」

 

「断る!」

 

「そうですか…」

 

戦闘回避のための交渉を一言の元に斬り伏せられた神裂は七天七刀の鞘に手を掛けた。

 

「七閃!」

 

瞬間、削板の周辺に7本の切れ込みが入る。

 

「お前もやる気か?」

 

切れ込みを神裂の攻撃だと察した削板は拳を握り締めた。

 

「すごいパーンチ!」

 

神裂に衝撃波が襲いかかる。

しかし、聖人の運動能力を以て完全に躱した。

 

「避けたのか?お前もなかなかの根性だな」

 

「こっちも忘れてもらっては困るのだけどね。魔女狩りの王!」

 

ステイルの繰る魔女狩りの王が、その手に持った十字架を削板目掛けて振り下ろす。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

削板は避けようとはせず、3000℃の炎の塊を素手で受け止める。

普通なら“燃える”どころか“蒸発する”ほどの温度にも関わらず、削板はまったく怯まない。

 

「おらぁぁぁぁぁ!」

 

そして、そのまま魔女狩りの王を突き飛ばした。

 

「何だと!」

 

あまりのことにステイルが口から煙草を落とす。

削板は、手に僅かな火傷がある以外に、まったく負傷が見られなかった。

 

「どうやら、手を抜いていられる相手ではないようですね」

 

それを見た神裂の目の色が変わる。

 

 

カン、コンッ!

 

 

神裂が七天七刀を抜刀しようとした時、固いものが転がるような音が辺りに響いた。

 

次の瞬間、神裂とステイルの周りが爆音と爆風に包まれる。

 

「我々は学園都市統括理事会の認可を得た民事解決用干渉部隊である。これより特別介入を開始する」

 

何もないはずの空間から、スピーカーから発せられるような無機質な音が聞こえてきた。

 

「そこですか!」

 

声を頼りに跳躍した神裂が七天七刀のワイヤーで斬撃を加えようとする。

しかし、そこへ先ほどと同じペレットが放たれ、爆発を起こす。

ワイヤーが爆風で流された。

 

更に、相手からもワイヤーが射出され神裂に迫る。

彼女は空中で身体を捻って躱し、ステイルのそばに着地した。

 

「やりますね…」

 

神裂の言葉と同時に、今の衝撃の所為で光学迷彩が解かれたのか、何も見えなかった空間に、黒く染められ、鴉の嘴のような先端を持つ多脚型機動兵器が現れる。

 

「他にもいるぞ!」

 

ステイルが見つめる先に、ビルの壁を駆け回る同じような兵器があった。

 

「一旦退きますよ!」

 

「ああ、わかってる!」

 

神裂とステイルは、このままではマズいと感じたのか、足早に去っていった。

 

 

「“風紀委員(ジャッジメント)”ですの!」

 

2人と入れ違いになるように、白井黒子が風紀委員の腕章を見せながらテレポートして現れる。

 

「大丈夫ですの?」

 

黒子は、地面にへたり込んでいるアリサに声を掛ける。

 

「は、はい…」

 

若干、気の抜けたような声だが、しかしアリサははっきりと答えた。

 

「何者ですの?」

 

次いで、黒子は機動兵器に向けて声を掛ける。

 

コクピットらしき部分が開き、黒髪長髪の少女が姿を見せた。

 

「我々は学園都市統括理事会の認可を得た民事解決用干渉部隊─通称:黒鴉部隊─である。学園都市の秩序を維持すべく特殊活動に従事している」

 

風紀委員に気後れするでもなく、相変わらず淡々とした声で答える。

彼女はシャットアウラ=セクウェンツィア。黒鴉部隊のリーダーである。

 

シャットアウラは削板と黒子を見下ろしながら、冷たい声で続けた。

 

「警告する。その娘に関わるな。これ以上気安く関われば、貴様達は死ぬ」



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33話 デビュー

9月16日・夜

 

 

 

「チッ!面倒なことになってきたな、まったく」

 

“黒鴉部隊”から逃げおおせたステイル=マグヌスは、路地裏で毒づいていた。

 

「この程度ならば想定の範囲内です。いざとなればアニェーゼたちにも出てましょう」

 

そんな彼を窘めるのは神裂火織だ。

 

その時、彼らの後方から足音が聞こえた。

 

「誰だい?」

 

暗闇の所為で顔を見ることのできない何者かは、ステイルの問いを無視して自らの用件を切り出した。

 

「お前たち、魔術師だな」

 

「だったら?」

 

「うちの娘がどこにいるか知らないか?」

 

「何?」

 

月明かりがかかり、歩み寄る彼の顔が露わとなる。

 

「御坂旅掛…」

 

「何故、魔術について知っているのですか?」

 

「情報通なんだとだけ言っとく。で?どうなんだ?9月3日のローマ正教の襲撃の時に俺の娘に何があったのか知ってるのか?」

 

神裂の質問を適当に躱した旅掛は語調を強めて詰問する。

彼の言葉から察するに、一連の出来事の真相は知っているようである。

 

しかし、ここで神裂は迷う。

 

(上条当麻について話すべきでしょうか…いや、しかし…)

 

彼女は御坂美琴の身に何が起きたのか知っている(と、本人は思っている)。

だが同時に、昼間親しげな様子で上条夫妻と一緒にいたところも見ている。

 

“上条当麻が御坂美琴を殺した”と言うべきか否か。

 

旅掛は美琴の父親であり、尚且つ魔術についても既に知っている。

本来ならば話すべきだろう。

 

だが、話してどうなる?

 

旅掛は上条当麻を、果てはその親を恨むだろう。

怒りにまかせて暴走するか、魔術という秘密を守るために永遠に口を噤み続けるか。

どちらにしても幸福からは程遠い。

 

 

神裂は今に至るまでの経緯を思い出す。

 

“鳴護アリサを確保せよ”という、最大主教・ローラ=スチュアートからの命を受けた彼女は、ステイルを連れ立って学園都市に入った。

何でも、鳴護アリサには“聖人”である可能性があるらしい。

半信半疑といった心持ちだったが、任地が学園都市であることも手伝い、素直に赴いた。

すると驚くなかれ、鳴護アリサには神裂自身をも上回るほどの力が宿っていた。尤も、“覚醒すれば”の話だが。

即座に確保しようと思ったのだが、そこへ4人の男女が現れた。

なんと、彼らは上条当麻と御坂美琴の両親だった。思わず動じてしまったが、その場ではどうにか平静を保つことができた。

そして、彼らが離れたところで鳴護アリサの確保に動いた。

しかし、正体不明の能力者と、正体不明の機動兵器に阻まれてしまった。

仕方なく、態勢を整えるべく退却した。

そこで、御坂美琴の父親に捕まってしまった。

 

 

(あなたは何故、こんなにも私を…)

 

神裂は上条当麻を思う。

 

 

今、彼はどこで何をしているのだろうか。

 

 

9月5日、上条当麻を探していた神裂は、窓のないビルの壁が吹き飛ぶのを遠目に認めた。

 

『愕然。上条当麻の魔力反応が出た!』

 

そう叫んだアウレオルスが指した場所は“窓のないビル”だった。

聖人の運動能力を活かし、押っ取り刀で一番乗りした彼女だったが、そこで見たものは、大規模な魔術戦の爪痕だけだった。

 

それ以来、上条当麻の魔力が探査にかかったことはない。

 

 

(あなたが死んだとは思っていません。親やインデックスや五和に余り心配をかけないでほしいものです)

 

 

「おい、答えてくれ」

 

回想が長すぎたようだ。

 

ステイルに目を遣ると、我関せずといった様子で煙草を吹かしていた。

 

「フゥ…」

 

神裂は目を閉じて息を吐く。

 

そして、覚悟を決めて言った。

 

「申し訳ありませんが、我々が教えられることは何もありません」

 

「本当に?」

 

旅掛は追いすがってきた。

 

「…はい」

 

神裂は嘘を吐き通す。

 

「そうか…」

 

騙せたのか、それとも諦めたのか、旅掛は踵を返して路地裏から抜けた。

しかし、そこで1度歩を止めて、神裂に向き直る。

 

「なあ、世界に足りないものは何だと思う?」

 

そして、そんなことを聞いてきた。

 

「はい?」

 

「直感でいい。頭に浮かんだものを答えてくれ」

 

後ろでステイルが、喫煙所がどうこうと言っているのは無視して神裂は考える。

 

「“救い”ですかね…」

 

自身の魔法名にも関わる言葉で答えた。

 

「フッ。そうか」

 

それを聞いた旅掛は、今度こそ2人の元から去っていった。

 

 

 

9月17日

 

 

 

「ふぁ~」

 

欠伸と共に鳴護アリサはベッドから身を起こした。

昨夜、大変な目に遭ったが、きっちりと快眠できたようだ。

 

「おっ!鳴護、起きたじゃん」

 

そんな彼女に話し掛ける女性がいた。

 

「あっ!おはようございます、黄泉川先生」

 

黄泉川愛穂だ。

そもそも、ここは彼女の自宅である。

 

 

何故、アリサが黄泉川家にいるのか?

何者かに追われていると知った黒子の案である。

 

 

最初は、削板が匿うと主張していたのだが、置いてけぼりを食らったことに激怒したらしい雲川に連れ去られてしまったため、脱落。

 

よって、黒子にお鉢が回ってきたのだが、常盤台中学の寮に連れて行く訳には行かず、かといって、初春や佐天に預けるのは心許ない。

そういう訳で、美琴の捜索中に親しくなった黄泉川に白羽の矢が立ったのである。

 

 

「朝ご飯できてるじゃん」

 

「は~い」

 

黄泉川の声と、台所からの匂いに呼ばれたアリサは、ベッドから起き出して食卓に着く。

この美味しそうな料理が全て炊飯器で作られていることを彼女はまだ知らない。

 

 

「えっ!黄泉川先生の学校って当麻くんが通ってるところなんですか!」

 

料理をつつきながら、アリサが驚いたように声をあげる。

 

「そうじゃん。後、白井は御坂の後輩でルームメイトじゃん」

 

「全然、知らなかったです。不思議な縁ですね」

 

「こっちも驚いたじゃん。まさか鳴護が、上条と御坂のご両親と知り合いだったとはな」

 

「それで、当麻くんと美琴ちゃんって…」

 

「知っての通りじゃん。うちら警備員が休日返上で捜索してるってのに、手掛かりゼロ。正直、参ってるじゃん」

 

「そうですか…」

 

「こらこら、お前が気を落としちゃダメじゃん。今日は大事な初舞台じゃん?」

 

「あ…、そうですよね」

 

「それに、アイツら2人の知り合いはみんな、アイツらが帰ってくるって信じてるじゃん。“今どこにいるんだろう?”って言うヤツばっかじゃん」

 

「何でですかね?」

 

「そりゃ“人望”ってヤツじゃん」

 

「人望、ですか…」

 

「そうじゃん。まあ、アイツらの知り合いが誰もしてないような心配を、本人に会ったことのないお前がする必要はないじゃん」

 

“そんなことより”と言って黄泉川は続ける。

 

「お前は自分自身の心配をすべきじゃん。訳わからん連中に狙われてること忘れちゃダメじゃん」

 

「あ、はい」

 

「ところで、本当に狙われる謂われはないじゃん?」

 

「はい。何か測定できない力があるって霧ヶ丘の先生たちは言ってるんですけど…」

 

「それは昨日も言ったじゃん。何なのかわからない能力1個のために、わざわざ攻めて来る連中なんて、まずいないじゃん。まして、鳴護は一応LEVEL0じゃん。能力狙いってセンはないと思っていいじゃん」

 

「だったら、やっぱり狙われるようなことなんて…」

 

「ん~。じゃあ、オービット・ポータル社の方って考えるのが、やっぱり自然じゃん?」

 

オービット・ポータル社とは、例の“スペースプレーン・オリオン号”を製造した会社である。

今回、同社が“エンデュミオン”という名の宇宙エレベーターを完成させ、その開業イベントで歌うこととなったのが、彼女・鳴護アリサである。

 

「まあ、何にしても気を付けるじゃん。今日は白井たちが護衛役を買って出てくれてるから、アイツらから離れるな」

 

「はい、わかってます」

 

「私もできれば動きたいところなんだがなあ…」

 

“干渉するな”と、警備員は“上”から言われているためアリサの件では動けないらしい。

 

「ハア、まったく面倒な話じゃん。とにかく今日は気を付けてな」

 

「はい」

 

そんな話をしていると、玄関のチャイムが鳴った。

 

「あっ!黒子ちゃんたち、来たみたいです」

 

「ん。行ってくるじゃん」

 

「行ってきます!」

 

そう言うと、アリサは元気よく出掛けていった。

 

「フゥ…」

 

それを見送った黄泉川は嘆息する。

動くことが出来ない無力な自分に…という意味もあるが、大元は別だ。

 

「こりゃ、桔梗の分をもっかい作らないといけないじゃん」

 

黄泉川の親友にして、黄泉川家の居候・芳川桔梗の分の朝食まで、アリサはペロリと平らげてしまったのだ。

尤も、惰眠を貪っていた芳川の非が大きいところなのだが。

 

「若い子はいいじゃんね…」

 

そう言って苦笑する黄泉川であった。

 

 

 

とあるショッピングモール

 

 

 

「白井さん!“ARISA”と知り合いだったなんて、も~憎いな~」

 

「佐天さん、まだ言ってるんですか?」

 

「ですから、昨日会ったばかりだと言っているでしょう」

 

佐天の言った“ARISA”とは、鳴護アリサの歌手としての名である。

最近、ネットで話題沸騰中らしく、そういうことには敏い佐天もARISAの大ファンである。

 

「あはは、何か照れちゃうな~」

 

現在、彼女たちはARISAのライブが行われる特設ステージへ移動中である。

 

その時、彼女たちの後方で何かが動いた。

 

「はじめまして、アリサ」

 

4人は思わずビクッと身体を震わせた。

後ろに目を遣ると、そこには西洋人形…ではなく、人形のような少女がいた。

 

 

透き通るような白い肌に、色の薄い金髪碧眼。

マントと小帽子、そして白黒チェックのゴスロリチックな服装。

4人が人形だと思ってしまったのも無理はなかった。

 

彼女の名はレディリー=タングルロード。

 

3年前、どん底と言って障りない状態であったオービット・ポータル社をその経済手腕で建て直し、宇宙エレベーターの建設という大仕事までやってのけた、この会社の社長である。

そして、アリサの雇い主だ。

 

 

4人が驚いたことなど意に介した様子もなく、レディリーは言葉を繋ぐ。

 

「あなたの歌、好きよ。こんなに気に入ったのはジェニー=リンド以来かしら」

 

最後に“がんばってね”と告げると、驚きのために動けない4人を置いて、彼女は奥の方へと歩き去ってしまった。

 

 

今の少女が社長だと気付いた4人が驚きの声をあげたのは、これから数分後のことだった。

 

 

 

ライブ会場

 

 

 

マジシャンのような燕尾服の衣装に身を包んで歌うアリサに、イベントは大盛況となっていた。

 

しかし、その場に馴染めていない人間が1人。

フードで顔を隠した黒装束。

 

シャットアウラ=セクウェンツィアだ。

 

彼女は人知れず会場を後にした。

 

 

 

地下駐車場

 

 

 

「鳴護アリサは、我々“黒鴉部隊”の庇護下にある」

 

シャットアウラは、身長190cm近い男と対峙していた。

 

「この警告を無視するのなら…」

 

彼女の声に男はほとんど反応を示さない。

 

「排除する!」

 

そう叫ぶやいなや、シャットアウラはペレットを男がいる辺りにバラ撒く。

そして一斉に爆破させた。

 

男が躱した様子はない。

 

「他愛ないな」

 

彼女がぞんざいに呟いた次の瞬間、爆発の中心部分から男が跳び出てきた。

 

「何!?」

 

爆煙の所為で反応が遅れた彼女は、躱すことができず、壁まで殴り飛ばされた。

 

「ぐはっ…」

 

更に男はシャットアウラを追撃せんと迫る。

背中を強く打ってしまった彼女は動けない。

 

(やられる…)

 

彼女がそう思った時、シュンッという音と共に、男が真横に跳んだ、いや蹴り飛ばされた。

 

「風紀委員ですの!」

 

お決まりの掛け声と共にその場に降り立ったのは白井黒子だ。

 

「貴様は…」

 

「お怪我はありませんの?」

 

壁を背にして座っているシャットアウラに黒子は問い掛ける。

 

「油断するな、来るぞ!」

 

シャットアウラの言葉通り、早々に立ち上がった男が黒子目掛けて突進してきた。

 

「あらあら、そんなことでは当たりませんわよ」

 

テレポートで躱す黒子だったが、余裕の表情が浮かんでいたのはここまでだった。

 

黒子がテレポートした瞬間にそちらに目掛けて、男は進行方向を変える。

とても人間業とは思えない反応速度だった。

 

「この!」

 

黒子が鉄矢をテレポートさせるが、男は素早くジグザグに動いて捉えさせない。

 

そのまま、黒子が逃げ、男が追うという展開が続いた。

 

「しまった!」

 

追いかけっこで、先にボロを出したのは黒子だった。

テレポートした瞬間に、足がもつれて転びかける。

 

その隙を見逃さず、男は黒子に殴りかかった。

 

「きゃあ!」

 

シャットアウラと同じように、黒子は壁に身体を打ち付ける。

しかし、シャットアウラとは違い、強化スーツを着ているわけではないため、そのまま意識をなくしそうになった。

 

そんな黒子に、猛然と男が突撃する。

 

しかし、黒子の身が衝撃を受けることはなかった。

 

男の前に何者かが立ちふさがっている。

 

庇った者の姿ははっきりとは見えなかった。服装から女だとはわかったし、シャットアウラではないこともわかったが、それだけだ。

 

(お姉…様…)

 

しかし、そんなことを最後に思考して、黒子は意識を手放した。



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34話 前夜

9月17日・昼

 

 

 

「誰だ?」

 

立ち上がりながら、シャットアウラは問い掛ける。

たった今、突然現れた少女に。

自身を殴り飛ばした拳を左手1本で止めてみせた彼女に。

 

「誰でもいいでしょ」

 

対して、現れた少女は答えなかった。

黒子を庇うように前に立ち、男の方を睨み付けている。

 

しかし、シャットアウラは彼女の顔を知っていた。

この少女は有名人だ。

 

「貴様…」

 

「さてと、やるわよ!」

 

シャットアウラが再び問い掛けるのは無視して、少女は男を投げ飛ばした。相手の右拳を掴んでいた左手だけで。

 

ガンッという音を立てて壁に激突した男だが、すぐさま立ち上がり少女を狙う。

 

「遅いッ!」

 

しかし、少女の回し蹴りが決まる方が早かった。

更にビリビリと、少女の足から電気が発生し、男を襲う。

 

(電撃使い…)

 

明らかにスタンガンをも超える電圧で放たれた電撃を受けたにも関わらず、男は何でもないように立ち上がった。

 

「ふ~ん、やっぱり」

 

少女は何かに納得したかのように呟く。

 

「じゃあ、遠慮なくいかせてもらうわよ!」

 

少女が男へ向かって駆ける。

対して、男は少女の顔目掛けて右ストレートを放つ。

 

少女は男の右拳を、右回転しながら男の右側に躱した。

 

空間移動能力者を追い詰めた、人間離れした男のスピードが、少女のスピードには追いつけてさえいなかった。

 

少女は回転力をそのままに、右手で男の後頭部を狙う。

 

(発火能力!)

 

その瞬間、少女の右手を見ていたシャットアウラは驚愕した。

 

炎が生まれたのだ。

剣のような形をなしている。

 

(“多重能力(デュアルスキル)”だと!?…いや、そんなものは存在しない)

 

シャットアウラの悩みは意に介さず、少女は“炎剣”を男の首へ振り下ろした。

 

ドカッという音を立てて、男の身体が倒れる。

 

「やっぱり“人形”か…」

 

少女が見下ろす男の死体、いや残骸には“中身”がなかった。

首の傷口から覗いても空洞しか認められない。

 

“どういうことだ?”と訝しむシャットアウラの元に、彼女の部下からの緊急通信が入る。

 

『クロウ7よりクロウリーダー。Dブロック基部に爆発物を発見!』

 

「何だと!?すぐに退避しろ!他のユニットは鳴護アリサの誘導に迎え!」

 

驚きながらも指示を飛ばす彼女に見せつけるように、首のない男が“何か”のスイッチを取り出した。

 

しかし、瞬時に少女の持つ炎剣に右腕を落とされてしまう。

 

そこへ突然、仮面を被った女性が現れた。

床に落ちた男の手…ではなく、それに握られた起爆スイッチに迫る。

 

「だから遅いってのよ!」

 

しかし、手が届く前に少女の右足が顔面に入った。

同時に、スイッチが宙を舞い、少女の手の中に収まった。

 

(念動力まで…)

 

「どう?まだやる?」

 

少女は女に問い掛ける。

 

女は黙って退いていった。

 

それを見送った少女は、男の背に手を置き、何か言葉を発する。

男の身体がビクッと震えたかと思うと、次の瞬間に液化して消えた。

 

次いで、少女は黒子に触れる。

同じように言葉を発するが、今度は黒子の身体が一瞬光り、傷や服の汚れが綺麗になくなった。

 

「ねえ…」

 

少女はシャットアウラへと向き直り、声を掛ける。

 

「私がいたこと、誰にも言わないでね」

 

それだけ告げると、少女はシュンッという音と共に消えてしまった。

 

「最後は“空間移動”か…」

 

何がどうなっているのかなどということを考えるのは諦めたシャットアウラであった。

学園都市は日々進化しているのだろうと適当に結論付けておくことにしよう。

 

 

 

「し……さ…」

 

「だ………ぶで……」

 

(おや?誰かが呼んでいますの)

 

黒子は夢うつつ半々といった具合だった。

何となく声が聞こえるが、頭がぼうっとしていてよくわからない。

 

(ええっと…、確か、黒鴉部隊とか言っていた女の助太刀に入り、怪しげな男と交戦して…)

 

そこで、黒子の意識は完全に覚醒した。

 

「お姉様!」

 

「うわあ!」

 

突然、両目をパッチリ開き大声をあげた黒子に、そばで話し掛けていた佐天と初春が思わず跳び上がった。

 

「白井さん、大丈夫なんですか?」

 

心配した初春が問い掛ける。

 

「私のことなど、今は些事ですの!そんなことよりお姉様が!」

 

黒子は寝起きでいきなりテンションをMAXに入れられる人種らしい。美琴についてだけだろうか…。

 

「白井さん、落ち着いて下さい。御坂さんはいませんよ」

 

目を覚ましてくれたのは嬉しいが、また新たに不安要素を見とった佐天が黒子を宥める。

 

「そんな…」

 

(あれは夢?いいえ、まだ意識はありましたの。では人違い?いいえ、この白井黒子が他ならぬお姉様を見間違うことなどありえませんの。確かに視界はぼやけていましたが、あれはお姉様に違いありませんの)

 

美琴のことについては譲るつもりのない黒子だったが、そこである重要なことを思い出した。

 

「アリサさんはどう致しましたの?」

 

護衛役の3人がこの場に会しているにも関わらず、肝心の鳴護アリサがいないではないか。

 

「ああ。アリサさんなら、オービット・ポータルの人と打ち合わせることがあるって言って、会社の人と2人でどこかに…」

 

「行きますわよ!」

 

「し、白井さん!?」

 

風紀委員としての凛々しい表情を顔に湛えた白井黒子がそこにいた。

 

「いやな予感がしますの…」

 

 

この後、3人は黒子の予感が的中していることを思い知らされることになった。

 

 

 

9月17日・夜

 

 

 

「動けないとはどういうことですか!」

 

受話器を耳に当てながら、厳しい口調で問う神裂火織の姿があった。

 

「私に言われたって仕方ねえだろ」

 

電話の相手はシェリー=クロムウェルだ。

 

「とにかく、アニェーゼは完璧に呆けちまってるから使えない。ルチアとアンジェレネもおんなじだ。だから、そっちにシスター隊は送れない」

 

「確保対象が敵中にいるのですよ」

 

確保対象すなわち鳴護アリサ。

敵すなわちレディリー=タングルロード。

 

 

昼頃、神裂とステイルは、オービット・ポータル社の社長・レディリー=タングルロードが、宇宙エレベーター・エンデュミオンと聖人・鳴護アリサを利用した大規模魔術を発動準備中との報を受けた。

そのすぐ後に、レディリー=タングルロードが鳴護アリサを抑えたという報も受けた。

 

よって、アニェーゼ隊に応援を頼もうとしたのだが、シェリー曰わく、アニェーゼたちは戦意喪失しているらしい。

 

つい先日までは、学園都市に行く理由をでっち上げようとまでしていたシスターたちだ。

どうもおかしいと神裂は思った。

 

「一体、彼女たちに何があったのですか?」

 

「知らねえよ。ただ…」

 

「ただ?」

 

「目が赤かった」

 

「はい?」

 

「だから、赤かったんだよ。泣き腫らしたみたいにな」

 

「泣き腫らした…」

 

「とにかくアニェーゼはダメだ。じゃあな、切るぞ」

 

「ち、ちょっと、待っ…」

 

神裂が声を掛ける間もなく、シェリーは電話を切ってしまった。

 

「どうしたと言うのですか…」

 

神裂の声に答えるのは、プープーという不通音だけだった。

 

 

「神裂、天草式から君に連絡だ」

 

そんな彼女にステイルが話し掛けてくる。

 

「“五和の部屋へ来てほしい”とさ」

 

 

“五和の部屋”とは、とある高校女子寮の1室、五和が暮らしている部屋である。

上条当麻の失踪の後も、彼女は女子寮を引き払わず住み続けている。

無論、彼が帰ってくることを期待してのことだ。

因みにインデックスも同居しており、天草式が入り浸っていたりする。

 

最早、原作における上条家と化していた。

 

 

 

そんなところに呼び出しとは何事だろう。

 

 

 

疑問を抱く神裂だったが、仲間からの要請に応じない訳にもいかず、五和の部屋へと赴いた。

 

そして、驚くべき台詞を聞かされた。

 

 

 

「イギリスに帰る!?」

 

五和の台詞を鸚鵡返しする神裂。

 

「はい」

 

五和は端的に答える。

 

彼女の目は赤く腫れていた。

シェリーが言っていたアニェーゼの様子もこのようなものだったのだろうか。

 

「私も一緒に帰るんだよ」

 

インデックスまでもが五和に和した。

 

「向こうでやらなきゃいけないこともできたしね!」

 

そう言うインデックスは吹っ切れたような表情を浮かべている。

 

「ち、ちょっと、待ってください!」

 

事情がまったく飲み込めていない神裂が待ったをかける。

 

「一体全体、何があったというのですか?この街で上条当麻の帰還を待つのではなかったのですか?」

 

「もういいんです」

 

「もういいんだよ」

 

しかし、2人は何でもないかのように告げた。

これでは取り付く島もない。

 

(何が起こっていると言うのですか…)

 

神裂は、ただ呆然とすることしかできなかった。

 

 

 

エンデュミオン内

 

 

 

「何故…」

 

神裂が五和の部屋にいる頃、シャットアウラも呆然とした様子で呟いた。

 

(何故、コイツが“それ”を持っている…)

 

彼女の視線の先には眠っている鳴護アリサ。レディリーの指示でここまで連れて来たのだ。

 

しかし、シャットアウラが見つめているのは、アリサそのものではない。彼女の隣に置かれている物だ。

 

オリオン座のブレスレット。

3年前のオリオン号の初飛行の際、乗客に配られたもの。

つまり、あの時オリオン号に乗っていたことを示す、何よりの証拠だ。

それも、半分に欠けていた。

 

シャットアウラは、自身が持っていたブレスレットを取り出す。

これも半分に欠けている。

 

2つのブレスレットを合わせると、まるで引き合うかのように断面がピッタリと繋がった。

 

 

「やっぱり、あなたたちは引き合ってしまうのね」

 

シャットアウラの背後から声がした。

 

シャットアウラが振り返ると、レディリー=タングルロードがそこに立っていた。

 

そして、3年前の“奇蹟”の真相を語り始めた。

 

「あの日、“オリオン号”に乗っていたのは88人。事故直後に確認された生存者も88人。誰もがこれを“奇蹟”と言ったわ」

 

“でも”と言ってレディリーは言葉を繋ぐ。

 

「本当は1人だけ死亡者がいた」

 

そう。

あの日、たった1人だけ死んだ人間がいた。

その人物の名はディダロス=セクウェンツィア。

オリオン号の機長。

 

「そう、あなたの父親」

 

彼はシャットアウラ=セクウェンツィアの実の父親だ。

 

本来ならば、身命を賭して乗客全員を救った英雄だと賞賛されたはずなのに、その存在を消されてしまった。

どこからか現れた“89人目”によって。

 

「1人の死亡者を出したのに88人が助かったという事実。あの“奇蹟”を演出した立役者である“89人目”こそが、この娘・鳴護アリサよ」

 

シャットアウラの表情が怒りと憎しみによって歪む。

 

しかし、レディリーは更に驚くべきことを口走った。

 

「本当に予定外だったわ。あの事故はね。誰も助かるはずがなかったんだから」

 

(…えっ?)

 

「上手くいくと思って宇宙に88もの生贄を捧げようとしたんだけど、あなたの父親以外、全員生還しちゃうなんて…。まあ、思わぬ“副産物”が産まれたのだから、失敗ではなく成功というべきなのでしょうけど」

 

シャットアウラはレディリーの言葉を正確には理解できなかった。

 

だが、彼女の脳内には同じ言葉がグルグルと回っていた。

 

(コイツの所為で、コイツの所為で、コイツの所為で、コイツの所為で、コイツの所為で…。コイツの所為で父さんが!)

 

普段は冷静沈着な彼女が激情を露わにする。

携帯していたナイフを取り出し、レディリーの胸部を刺し貫いた。

確実に急所を捉えたナイフによりレディリーの口から血が溢れ出る。

 

シャットアウラはまだ止まらない。

 

拳銃を抜き、斃れたレディリーを蜂の巣にする。

これ以上ないほどの殺意を込めて。

悪意を、憎しみを、怨嗟を、復讐心を込めて。

父親の尊厳を奪った女に弾丸を浴びせ続ける。

 

何発撃っても飽き足らない。

 

 

しかし、彼女の目の前に現れた女がシャットアウラを拘束して止めた。

イベントがあったショッピングモールの地下駐車場に現れた女だった。

 

「もう1人の方は消されちゃったのよね。面倒な邪魔が入ったものだわ。尤も対策は立てたけど」

 

レディリーの声がする。

 

(ありえない…)

 

シャットアウラは我が目を疑う。

 

刺され、撃たれ、死んだはずのレディリー=タングルロードがその身を起こした。

 

「気は済んだ?ナイフで刺されたのは16回目だったかしら」

 

服には穴が空き、血が付いている。

しかし、レディリーにはダメージも後遺症も認められない。

 

「“化物”だ、なんて言われたくないわよ。“私”も大概だけど、“あなたたち”だって相当なものよ。まあ、本物は“彼ら”だけどね。あなたたち2人が揃った時の因果律の共振は桁外れ。もしかしたら、“副産物”が増えるかもしれない」

 

(殺してやる…)

 

女に薬を打たれ、意識が霞んでゆく中でシャットアウラは思った。

 

(この女も、あの“89人目”も…)

 

シャットアウラが最後に見たのは、気味悪く笑うレディリーの顔だった。




気付けば、初投稿の日からもう1ヶ月が経っていた。
早いもんですね。

これまで応援してくれた皆様に感謝。
あと何話かで完結するこの物語の更なる成功を願って。


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35話 帰還

9月18日

 

 

 

エンデュミオン・地上部

 

 

 

今日はエンデュミオンの開業日であるため、入り口は人々でごった返していた。

 

「いやあ、すごい人集りですな」

 

そんな中にいたお馴染みの4人組。

 

「宇宙エレベーターの完成披露ですから当然と言えば当然ですね」

 

上条刀夜、上条詩菜、御坂旅掛、御坂美鈴。

 

「それにしてもアリサちゃんのコンサート楽しみだわ」

 

これからARISAのコンサートへ向かうところだ。

 

「そうですね。我々の分のチケットまで取って頂いて、ありがとうございます」

 

「いやいや、お気になさらず。何本か電話を掛けただけですから」

 

チケットは旅掛が用意した。

コネを使いまくってどうにか4枚確保したらしい。

 

 

 

そんな彼らが宇宙へと上がった直後、シャットアウラ=セクウェンツィアも宇宙へ行こうとしていた。

 

「私が行った後は、誰も上へ上がるな」

 

「はっ!」

 

黒鴉部隊の部下に指示を下し、シャットアウラはエンデュミオンの上部へ向かう。

 

(殺してやる…)

 

確固たる殺意を胸に秘め、“奇蹟”の“元凶”の居場所へ向かう。

 

 

 

第23学区・飛行場

 

 

 

「じゃ~ん!バリスティック・スライダー!」

 

土御門元春は、お気に入りのおもちゃの自慢でもするかのように、とある航空機を披露していた。

 

「時期主力宇宙輸送機関コンペで、宇宙エレベーターに敗れた不遇の機体ぜよ」

 

そして彼の説明を聴く女性がいた。

 

「これに乗って行けと言うのはわかりました。しかし…」

 

神裂火織だ。

だが、ここにいるのは彼女1人ではなかった。

 

「わーい、飛行機だー、ってミサカはミサカはピョンピョン跳ねてみたり」

 

「跳ねては危ないと何度言えばわかるのですか、とミサカは物分かりの悪い上位個体を窘めます」

 

「何故、彼女たちがここにいるのですか!」

 

打ち止めと、御坂妹ことミサカ10032号がいた。

 

「ポニーテールのお姉ちゃん、はじめまして、ってミサカはミサカは挨拶してみる」

 

「これはご丁寧に…ではなく!何故?そもそも彼女は御坂美琴ではないのですか?」

 

「妹です。そして、そこにいる幼女は末っ子です、とミサカは端的に述べます」

 

「幼女じゃないもん、ってミサカはミサカは憤慨してみる!」

 

「早く説明しなさい、土御門!」

 

神裂は取りあえず、訳知りであろう土御門を問い質した。

 

「にゃ~。それは妹ちゃんたちに直接聞いた方が良いんだぜい」

 

「実は…」

 

土御門に促された御坂妹が話し出す。

 

「昨日、ARISAのライブが行われたショッピングモールより、“御坂美琴”お姉様の電磁波が探知されました」

 

ミサカネットワークの真価ここにあり、とでも言わんばかりの特ダネだ。

つまり、御坂美琴がその場にいたということである。

 

しかし…

 

「…は?」

 

科学オンチの権化たる東洋の聖人・神裂火織には、さっぱり何のことかわからなかった。

 

「…ああ、忘れてたにゃ~。ねーちん、つまりだな…」

 

ピンポンパ~ン

土御門先生のわかりやすい電撃使いについてのじゅぎょ~。

 

 

 

数分後

 

 

 

「つまり、御坂美琴があの場にいた、と?」

 

「これだけわからせるのが精一杯だったにゃ~」

 

「しかし何故、それであなたたちが宇宙へ行くという話になるのですか?」

 

「考えてもみて下さい。10日間、行方を眩ませていたお姉様が、突如ARISAのライブが行われている場所に現れたのですよ、とミサカは“自分で考えろよ”という本音を隠します」

 

「今、何か失礼な言葉が…」

 

「気のせいです」

 

「つまりな、ねーちん…」

 

「お姉様は…」

 

「ARISAのファンなんだにゃー」

「ARISAのファンなのです」

「ARISAのファンなんだ」

 

「はい?」

 

3人同時に言い切られ、神裂は思わず聞き返す。

 

「土御門、真面目な話ではなかったのですか?」

 

「大真面目だにゃ~」

 

そう言いつつ、土御門は神裂に近づいて耳打ちする。

 

「もちろん冗談だぜい。あの2人も真に受けちゃあいない」

 

神裂もヒソヒソと言葉を返す。

 

「では何故?」

 

「取りあえず、鳴護アリサとの因果関係があるとは思ってるし、実際そうなんだろう」

 

「鳴護アリサとレディリー=タングルロードに関する問題に干渉しようとしていると?」

 

「当たり前だにゃ~。多分、カミやんと一緒なんだぜい」

 

「上条当麻…」

 

「カミやんが、可愛い女の子が困ってるのをほっとく訳ないにゃ~。行ったら会えるかも知れないぜい。アイツらが会いたいのは御坂美琴だけどにゃ~」

 

「わかりました」

 

「行くのか?」

 

「はい。彼がいるかも知れないと言うのなら」

 

「よし!決まりだな」

 

土御門は神裂から離れ、妹達の方を向いた。

 

「出発だにゃー!」

 

 

 

とある高校

 

 

 

土御門が神裂たちを見送っていた頃、小萌のクラスで騒ぎが起きていた。

 

「それでは、グスン、先生の、グスン、化学の、グスン、授業を、グスン、始めるのです、グスン」

 

小萌が泣いていたのだ。

 

「小萌先生、一体何があったんですか!」

 

真っ先に青髪ピアスが質問する。

 

「うぅ…、何でもないのですよ」

 

小萌はそう言うが、何かあったのは明らかだ。

そうでなければ、まるで卒業式で教え子を送り出した後のように泣いているはずがない。

 

(生徒ちゃんとお別れするのは辛いのです…。でもでも、これも先生の大事なお仕事なのです)

 

さて、小萌に何があったのだろうか?

 

 

 

エンデュミオン・展望室

 

 

 

窓から覗けば、真っ青な地球が望める展望室。

そんな場所で、鳴護アリサは膝を両手で抱えて宙に浮かんでいた。

 

「私のために歌ってくれないかしら?あなたの奇蹟の歌を」

 

そんな彼女にレディリーが話し掛ける。

 

「ただし、断れば集まった観客は全員死ぬことになるけどね」

 

アリサは思案するようにしばらく目を閉じる。

 

(上条さん、御坂さん、私に力を…)

 

オーディションに受かったことを喜んでくれた彼らを思い出していた。

 

そして、決意を込めた声で言い放った。

 

「私、歌います!」

 

レディリーが面白がるように口元を歪める。

 

「あなたのためにじゃない。純粋に私の歌を楽しんでくれる人たちのために、今も会場で待ってくれてるみんなのために。あなたが何を企んでいても、それを上回る“奇蹟”の歌を!」

 

それを聞き終えると、レディリーは部屋から去っていった。

 

 

 

宇宙空間・エンデュミオンの近く

 

 

 

ビー!ビー!ビー!ビー!ビー!

 

 

バリスティック・スライダー内部にけたたましく警報音が鳴っていた。

 

「わあ!ってミサカはミサカは超ビックリ!」

 

「どうやら、エンデュミオンに搭載されているアンチデブリミサイルにロックオンされたようですね、とミサカは分析します。何か武装は?」

 

御坂妹の問いに、モニターの向こうから土御門が答える。

 

『あるぜい』

 

しかし、何やら悪巧みでもしているようなニヤニヤとした笑いを浮かべているのが不安である。

 

『出番だぜい、ねーちん!』

 

やっぱり、不安は的中した。

 

 

「土御門め…。覚えておきなさい」

 

恨み事を吐きつつも、神裂は機外へ出て宇宙空間に身を晒す。

 

普通なら死ぬが、聖人である彼女は問題にしない。

 

「Salvare000─救われぬ者に救いの手を─!」

 

魔法名を宣言すると、機体を蹴ってミサイル陣へと突撃する。

 

「はあ!」

 

気合いと共に、抜きはなった七天七刀とワイヤーでミサイルを次々に撃墜していく。

 

第1波を殲滅し、一端機体の上に戻る。

 

そこへ第2波攻撃が放たれた。

 

「面倒ですね!」

 

神裂の身体が再び跳躍の構えをとる。

 

その時、1本の光線がミサイル陣を薙ぎ払った。

 

「なっ!」

 

驚いた彼女は自身の横に目を遣る。

 

「おっす、神裂」

 

ツンツン頭の少年が宙に浮かんでいた。

 

 

 

エンデュミオン・地上部

 

 

 

「クソッ!このままじゃジリ貧じゃん!」

 

エンデュミオン内部へと突入しようとした警備員部隊だったが、入り口の前に陣取ったロボットに足止めを食っていた。

 

「何とか入れませんの?」

 

仮説本部のテントの下には、超電磁砲組の姿も見てとれる。

 

「無茶言うな!」

 

そう言う間にも、ロボットは雨あられと弾丸や砲弾を飛ばしてきている。

 

「こうなったら、私の能力で…」

 

「やめろ!飛んだ先で各個撃破されてお仕舞いじゃん!」

 

「くっ…」

 

その時、辺りに凄まじい音が響き渡った。

同時に、目を灼かんばかりの閃光が溢れる。

 

「何だ?」

 

その場にいた全員が、光が発せられる中心、すなわちロボットがいた方へと目を向ける。

 

ロボットは爆砕し、付近には焦げたような跡がこびりついていた。

 

そして、その中心部分が光が収まるにつれて露わとなる。

 

「お姉様!」

「御坂さん!」

「御坂!」

 

そこには、シャンパンゴールドの髪を振り乱した少女が立っていた。



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36話 訣別

9月18日

 

 

 

エンデュミオン・宇宙部

 

 

 

『今夜は星が綺麗ね。だからきっと、届く~♪』

 

 

ARISAのライブの喧騒がここまで聞こえてくる。

 

しかし、ここにいる少女・レディリー=タングルロードが考えているのはまったく別のことだった。

 

「もう1000年は生きてきたかしらね」

 

まるで死の床に着いた老婆のように疲れ切った声を出すレディリー。

 

「オリオン号の実験も失敗したけど、思わぬ副産物が生まれたわ。それが“アリサ”」

 

彼女は、地球を覆ってしまわんばかりに、巨大に広がった魔法陣を操作している。

 

「あの奇蹟の力で、私は死ぬことができる!」

 

 

彼女の目的とは何だ?

オリオン号を墜とし、エンデュミオンを壊してまで、実現させたい目的とは何だ?

 

“死”だ。

 

 

レディリー=タングルロードは“不老不死”だ。

 

1000年前、戦乱で国が荒れる中、彼女は帝国の兵士から、とある果実を受け取った。

 

“アムブロシア”

“不死”を司る神々の食べ物。

 

おそらく、兵士はレディリーの身を案じ、この黒い果実を与えたのだろう。

しかし、レディリーにとって不死不死は悪夢だった。

 

心臓が裂けても、首が落ちても、肺が破れても、身体が散っても死ねない。

 

彼女は自らの“死”のみを追い求めて“生”を重ねてきた。1000年もの永きに渡って。

くだんの女吸血鬼よりも永い時の中をさまよってきた。

 

そして時は“3年前”まで進む。

 

宇宙から墜ちれば死ねるかも、という考えからオリオン号を墜落させたが、あろうことか、機長を除く全員が助かってしまった。

 

しかし、そこで“鳴護アリサ”という副産物を得たることができた。

 

 

そして、時は現在に至る。

 

 

「何…あれ…」

 

魔法陣を操作していたレディリーの顔から、突如として笑みが消える。

 

彼女の見つめる先には、彼女自身が構築した光り輝く魔法陣。

しかし、一部分が抉られたようになくなっていた。

 

「グアァァァァァァ…」

 

レディリーの耳に届く、竜の咆哮のような音。

 

「一体、何なんなのよ!」

 

彼女は真っ暗な宇宙空間に目を凝らし、音を発する元を探す。

 

そして、見つけた。

 

赤黒い竜が、翔るように宇宙を飛び回り、魔法陣を食い破っていた。

 

レディリーの顔に戦慄の色が浮かぶ。

 

 

その時、彼女の背後からカンという足音が聞こえた。

 

 

「誰!」

 

慌てて振り返ると、知った顔が立っていた。

 

「今度こそ殺してやる!」

 

シャットアウラ=セクウェンツィアだ。

 

「また、あなた?」

 

レディリーが弛緩した声を出す。

想像していた相手ではなかったため仕方ないのだが、それがシャットアウラの神経を逆撫でした。

 

「死ね!」

 

叫ぶと同時にペレットを投げつける。

 

しかし、直後に轟くはずの爆発音はしなかった。

 

代わりに、ドサッという音を立ててシャットアウラの身体が床に崩れおちる。

意識をなくしているようだ。

 

「来たわね」

 

レディリーがやったのではない。

 

「ああ」

 

シャットアウラを眠らせたのは、たった今、彼女の立ち位置にいる彼だ。

 

「テメェの惨めな幻想をぶち殺しに来たぜ、レディリー=タングルロード!」

 

“偽善使い”が口上を述べる。

 

 

今回の事件も、レディリーの悪夢も、アリサの夢も、シャットアウラの激情も、そしてこの物語も、エンディングが近づいていた。

 

 

 

エンデュミオン・地上部

 

 

 

「お姉様!」

 

御坂美琴の姿を認めた黒子が叫ぶ。

 

しかし、美琴は振り返ることもせず、エンデュミオンの内部へと消えていった。

 

「こうしてはいられませんわ!」

 

黒子はテレポートで後を追おうとする。

 

「待って下さい!」

 

しかし、佐天と初春に止められた。

 

「何故止めますの!」

 

黒子が大声で詰問する。

 

そんな黒子に、佐天と初春は強い意志を込めた声で告げた。

 

「私たちも行きます」

 

ハッとした表情を浮かべた後、黒子は頷くと2人の手を取ってテレポートした。

 

「おい!待て、白井!」

 

黄泉川の声は彼女たちには届かない。

 

追いかけようにも、ロボットの残骸が邪魔で、退かすまで人は通れそうになかった。

 

 

「久しぶり、みんな」

 

黒子がテレポートした先に、美琴が待ち構えていた。

 

「お姉様」

 

「心配かけてごめんね」

 

「そんなことはもういいんですの」

 

「そうですよ。こうして帰ってきてくれたんですから」

 

佐天の言葉に、美琴はバツが悪そうに目を横に流した。

 

「あぁ…あのね、私…」

 

言い辛そうに美琴は言葉を繋ぐ。

 

「もう、そっちには帰れないんだ」

 

「え?」

 

黒子は表情を強ばらせて問い返す。

 

「どういうことですの?お姉様」

 

「そのままの意味よ。今回の騒動が収まったら、私はまた姿を消すわ」

 

「そんな…」

 

「どうしてですか?」

 

「そうしなきゃいけないのよ。私はもう表舞台には戻れないから。みんなとは一緒にいられないから」

 

美琴が儚げに微笑む。

 

「だから、最後にお別れを言いたかったの。大事件の裏でこっそり会うだけなら、どうとでも誤魔化しが利くから」

 

「そんなんじゃ納得できませんの!」

 

「黒子…」

 

「ちゃんと、説明して下さいまし。表舞台に戻れないとはどういう意味なんですの!私たちとは一緒にいられないとはどういう意味なんですの!」

 

「ごめん、言えないの」

 

「お姉様!」

 

黒子の言葉に、美琴は黙って首を横に振る。

 

「大事なことなんですか?」

 

そんな中、初春が美琴に問う。

 

「どうにもならないことなんですか?」

 

「うん。私には大事なことだし、どうにもできないことよ」

 

「そうですか…」

 

「ねえ、御坂さん…」

 

今度は佐天だ。

 

「今、幸せですか?」

 

「そうね…」

 

美琴はしばし逡巡してから答える。

 

「とっても幸せ、かな」

 

そう言って佐天に微笑みかけた。

 

「ふふ。御坂さんのそんな顔見たことありませんよ」

 

「そうかな…そうよね。私、こんな顔したことなかった」

 

「御坂さん。御坂さんが幸せなら、私はそうすればいいと思います。寂しくなりますけどね」

 

「ありがとう、佐天さん」

 

「ち、ちょっと、佐天さん!」

 

「何を言っているんですの!あなたも引き止めて下さいな!」

 

「“何を言っているんですの”はこっちの台詞ですよ、白井さん」

 

佐天は、落ち着いた調子で黒子を宥める。

 

「御坂さんが“幸せだ”って言ってるのに、どうして行かせてあげないんですか?」

 

「そ、それは…」

 

「ねえ、白井さん。私たちが御坂さんにあんな顔させられますか?」

 

黒子は沈黙する。

 

美琴の“あんな顔”。

超電磁砲組で一緒に遊んでいる時の笑顔とはまったく別物の顔。

それよりもずっと美しい美琴の笑顔。

 

黒子とて、美琴の“あんな顔”は初めて見た。

 

「あの…御坂さん…」

 

黒子が黙ったので、今度は初春が問い掛ける。

 

「寂しくないんですか?」

 

「寂しいわよ。でも、私は戻れない。詳しくは話せないけど、みんなのところには帰れないし、帰るつもりもないわ。あっちで待ってくれてるヤツもいるしね」

 

「ハア…、仕方ないですね…」

 

初春も諦めたように息をつく。

 

「私は御坂さんのこと、ずっと忘れませんよ」

 

「うん、ありがとう、初春さん。私もみんなのこと、忘れないから」

 

しかし、まだ気持ちに鳧をつけられない者がいた。

 

「黒子はイヤですの!お姉様と離れるなんて絶対にイヤですの!」

 

「黒子…」

 

「私は…」

 

そこで黒子の言葉が途切れた。

 

「ごめんね、黒子」

 

美琴が黒子を抱きしめていた。

黒子の顔を胸に押し付けて、髪を撫でている。

 

「うぅ…、お姉様…」

 

黒子の涙が服を濡らした。

そんなことは気にも留めずに、美琴は黒子を抱きしめ続ける。

 

「御坂さん!」

 

更に横から初春も抱きついた。

彼女の顔もクシャクシャである。

 

「もう、初春は甘えん坊だな~」

 

「佐天さん…」

 

呆れたように声を出した佐天に美琴は言う。

 

「泣いてもいいのよ」

 

「もう、やめてくださいよ、御坂さんまで…」

 

佐天の目からキラキラしたものが零れ落ちる。

 

「せっかく…、笑顔で送ろうと…、思ってたのに…」

 

そう言って、佐天も美琴に抱きついた。

 

3人とも涙が止め処なく流れ続けた。

涙をなくした美琴を除いて、少女たちは泣き続けた。

 

 

「行って下さいな、お姉様…」

 

数分経って、どうにか落ち着いてきた黒子が美琴に言った。

 

「黒子はもう止めませんの」

 

「ありがとう、黒子」

 

美琴は3人に背を向ける。

 

「バイバイ、みんな」

 

シュンという音を残して、美琴の姿は消え去った。

 

 

 

エンデュミオン・宇宙部

 

 

 

「やってくれたわね、幻想殺し」

 

レディリーは当麻を睨み付けていた。

 

「でもね、私が何の対策も立ててないと思ったら大間違いよ」

 

レディリーは嘲るように笑ってから、視線を横に向ける。

 

「連れて来なさい!」

 

レディリーの言葉を受けて、“人形”が姿を現す。

そして、レディリーが連れて来いと言った通り、1人の人間を伴っていた。

 

「上条くん!」

 

「姫神…」

 

“吸血殺し”こと姫神秋沙。

レディリーが用意した対上条の対策。

 

女に後ろ手に拘束された姫神は、声は出せても動くことはできなかった。

筋力は普通の女子高生並みであるし、仮にそれ以上であったとしても、この女の手を振り解くことは容易ではないだろう。

 

小萌が大泣きするという大事件の所為で、クラスメートは誰も姫神の不在に気付かなかった。

 

「あのドラゴンはあなたのでしょう?かなり壊されちゃったけど、まだ持ち直せるわ」

 

レディリーは勝ち誇った声を出す。

しかし、当麻は聞いていなかった。

 

「姫神、俺を信じられるか?」

 

姫神の方を向いたまま、レディリーには意識を向けていない。

 

「うん」

 

「よし、わかった」

 

「聞きなさいよ」

 

無視されたレディリーは不満げである。

 

「まあ、いいわ。あなたはこれから死ぬのだし、いちいち目くじら立てるのも可哀想よね」

 

そう言うと、レディリーは女に命ずる。

 

「ケルト十字を外して!」

 

レディリーの命令には絶対に逆らわない人形が、姫神の首からケルト十字を外す。

これで、姫神の能力を抑えるものはなくなり、吸血鬼を殺す力が戻った。

上条当麻とて、例外なく屠ることができる…はずだった。

 

「グアァァァァァ!」

 

巨大な竜の顎が、壁を透過して現れた。

そして、そのまま姫神の身体を丸ごと飲み込む。

 

しかし、竜が通り抜けた後には、五体満足な姫神の姿があった。

 

「もう大丈夫だ、姫神」

 

「何で!」

 

レディリーが声をあげる。

 

「何で、吸血鬼が吸血殺しの血を吸わないのよ!」

 

「もう姫神にそんな力はねえよ」

 

「え?」

 

当麻の言葉に驚いたような声を出したのは姫神だ。

 

「さっきの竜は“幻想殺し”そのものだ。異能の力を完全に消し去ることだってできる。だから、姫神にもう“吸血殺し”はない」

 

「そっか…」

 

姫神が呟く。

 

「ありがとう。上条くん」

 

「おお」

 

「だから、何よ!」

 

レディリーがまたも叫ぶ。

 

「彼女が人質であることには変わりないわ!」

 

しかし、もう何もかもレディリーの思うようにはならないようだ。

 

「何だって?」

 

当麻が聞き返す。

その腕の中には姫神がきっちり抱き留められていた。

 

彼らの足元には、何かの破片のようなものが散乱している。

人形のなれの果てだ。

 

「くっ…」

 

最早、いや最初から、レディリーに当麻を止める手立てなど存在しなかった。

 

 

 

エンデュミオン・物資搬入口

 

 

「ホントに行かなくていいの?ってミサカはミサカは強いお姉ちゃんに確認してみる。ヒーローさんと会わなくっていいの?」

 

バリスティック・スライダーから降りた打ち止めは神裂に問いかける。

 

「構いません」

 

神裂は澄んだ表情のままで答えた。

 

「もう私はこれでいいのです。あなたたちは早く行きなさい。御坂美琴にはよろしくと伝えておいて下さい」

 

「かしこまりました、とミサカはミサカの頼れる女ぶりをアピールします」

 

御坂妹と打ち止めはエンデュミオン内部へと入っていった。

 

「ハア…、上条当麻…」

 

それを見送った神裂の目から輝くものが溢れ出す。

 

道中の宇宙空間で、簡潔ではあるが、しかし確実に、上条当麻から“別れ”を告げられた神裂であった。

 

「これならば、吹っ切れもするというものですね。五和やアニェーゼたちの気持ちがわかりましたよ。まったく…」

 

正確には、小萌などなど他の女性の気持ちもわかったのだが、神裂はそこまで知らない。

 

「好き…でしたよ…」

 

彼女の声は漆黒の宇宙に呑まれ、誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

その時、エンデュミオン全体に大きな揺れが生じた。

 

 

 

「きゃあ!」

 

「何だ?」

 

「地震?」

 

「あわわわわ!ってミサカはミサカは…」

 

 

 

至る所で悲鳴があがるが、誰も何が起こったのかわかっていなかった。

 

 

 

「エンデュミオンを強制パージする爆砕ボルトが2つ点火されたようです、とミサカは施設内をハッキングして得たデータを報告します」

 

手近な端末からエンデュミオンのネットワーク内に侵入を果たした御坂妹が打ち止めに教える。

 

「それって大変なことじゃないの?ってミサカはミサカは不安げに問いかけてみたり」

 

「まだ1つ残っているので、それが点火されない限りは大丈夫です。しかし、もし最後の1つまで点火されるようなことがあれば、エンデュミオンは地表から切り離されることになります、とミサカは安心できる情報の後に危険な情報を与えることで、お子様な上位個体を怯えさせるという作戦を実行しつつ、質問にはきっちり答えます」

 

御坂妹の語尾は気になるところだが、どうやらかなり危ない状況らしい。

 

 

 

エンデュミオン・地下

 

 

 

『ご苦労様だにゃ~、ステイル』

 

爆砕ボルトのうちの1本を点火、もとい吹き飛ばした魔術師・ステイル=マグヌスは、それを指示した男・土御門元春と通信していた。

 

「最大主教からの命令というのだから仕方がないさ。まったく、あの女狐は何を考えている?」

 

『あぁ~ステイル、そのことなんだがな…』

 

「ん?何か知っているのか?」

 

『あれ、俺の嘘だから』

 

「はあ!?」

 

『いやあ、知り合いに頼まれちまって断れなかったんだ』

 

「そんな言い訳が通用するとでも思っているのかい?」

 

『悪かったにゃ~』

 

「よし、わかった。もう謝らなくていい。数日後、君の家に僕から祝いの“カード”を贈ってやるから、楽しみに待ってろ」

 

『にゃー!土御門さん家を吹き飛ばすつもりか!』

 

「安心しろ。葬式は責任を持って、神父である僕が出してやる。じゃあな」

 

『おい、待て!まだはな…』

 

土御門が言い募る前に通信術式を破棄したステイルであった。

 

 

 

『うん、今終わったわよ』

 

爆砕ボルトのもう1本を吹き飛ばした吸血鬼・御坂美琴は、念話で当麻と連絡を取っていた。

 

『わかった。こっちもすぐに終わるから上がって来てくれ』

 

『わかってるわよ』

 

そう言うと、美琴は連続テレポートで宇宙へ上がっていった。

 

 

ハディートの力が覚醒した当麻は、幻想殺しで消した異能の力を使うことができる。

そして、それは血の伴侶として彼と魂が繋がっている美琴も同じことだった。

 

 

 

エンデュミオン・宇宙部

 

 

 

「私が死ぬのを止める権利なんて、誰にもないのよ!」

 

レディリー=タングルロードは、当麻相手に喚いていた。

 

「ミナ=ハーカーだって同じようなものだったじゃない!」

 

黙って聞いていた当麻だったが、レディリーのその一言は琴線に触れてしまったらしい。

 

「お前がミナの名前を出すな」

 

深い声で抗議する。

 

「お前とミナを一緒にするな」

 

「何よ?怒った?事実を言ってるだけじゃない?それに、死ねない苦しみなら私にはよくわかる…」

 

「黙れ」

 

いつの間にか、レディリーの眼前に迫っていた当麻が唸る。

 

「アイツはお前とは違う。人を殺さなきゃ生きられないのに、必死に殺さないようにしてきたんだよ、ミナは。自分1人死ぬために北半球吹っ飛ばすようなお前がアイツを語るな」

 

「何が…」

 

更に何か言おうとしたレディリーの口に手を当てて黙らせる。

同時に、当麻の口が素早く動いた。まるで言葉を発するように。

しかし、何も聞こえない。

 

代わりに、レディリーが苦しみ出した。

 

「ぐ…う…あ…」

 

当麻が手を離しても言葉を発することは叶わない。

 

膝をついて喉を押さえつける。

 

「ぐぁ…」

 

呻き声と共にレディリーの口から何かが吐き出された。

 

「は!」

 

目で見るのは1000年ぶりとなる、真っ黒な果実が床に転がっていた。

 

「お前が死ぬのに、生贄なんて要らなかったんだ」

 

ただ呆然と果実を見つめるレディリーの耳に、当麻の言葉が届く。



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37話 巣立ち

9月18日

 

 

 

エンデュミオン・ライブ会場

 

 

 

「何だったんだ!さっきの揺れは!」

 

「大丈夫なのか!」

 

「怖いよ~」

 

「オリオン号みたいになるんじゃないだろうな!」

 

「早く退けよ!」

 

「とっとと下ろせ!」

 

「宇宙に放り出されるなんてごめんだぞ!」

 

さっきまでの歓声は鳴りを潜め、観客たちの怒号と悲鳴が場を支配していた。

 

「落ち着いて下さい」

 

「我々の誘導に従ってお進み下さい」

 

係員たちの必死の誘導も彼らには届いていない。

 

全員の脳内に、3年前の事故が思い起こされていた。

そして“奇蹟”は2回も続けて起こらないと誰もが思っていた。

 

 

そんな中、彼らの耳に“奇蹟”の歌声が聞こえてきた。

 

 

「明日晴れるかな。空を見る~♪」

 

ARISAが歌っていた。

伴奏も照明もない中で、顔に微笑みを湛えたまま、その口から“奇蹟”を奏でる。

 

観客たちの心に彼女の思いが染み渡った。

 

 

「落ち着いてお進み下さい」

 

誘導に従い、全員が避難を開始する。

 

 

 

「くっ…」

 

観客たちが避難していくのとは反対側の通路で、シャットアウラ=セクウェンツィアは頭痛を訴えていた。

 

3年前の事故による後遺症で、脳に障害を持っている彼女とって“奇蹟の歌声”もただの煩わしい雑音と変わりなかった。

 

「殺してやる…」

 

それでも彼女は歩みを止めない。

 

もう何度目かわからない台詞を吐きながら、鳴護アリサを目指して進む。

 

当麻の出現によってレディリーの殺害が叶わなくなった今、彼女の頭の中はもう1人を殺すことで占められていた。

父親の尊厳を踏みにじった“89人目”を殺すことで占められていた。

 

 

「アンタ何やってんのよ?」

 

「貴様は…」

 

そんな彼女の前に、地下駐車場で彼女を助けた少女が現れた。

 

「御坂美琴…」

 

「昨日のこと、黒子たちに言わないでくれてありがとね」

 

美琴はひとまずシャットアウラに礼を述べる。

 

しかし、シャットアウラの方には美琴とお喋りするつもりなど欠片もなかった。

 

「そこを退け…」

 

「何で?ていうか、大分辛そうだけど、大丈夫なの?」

 

「うるさい。貴様には関係のないことだ」

 

「ハア…。こっちは急いでるからアンタと言い合ってる暇はないってのに…」

 

「だったら素直にそこを通せ」

 

「行かせないわよ。何か、アンタ危なそうだし」

 

「なら!」

 

シャットアウラが拳銃を構える。

 

右手は壁につけているため左手1本だが、彼女の腕前ならば外しはしないだろう。

まして、かなりの近距離だ。

 

「ちょっと、ちょっと、いきなり物騒なもの向けないでよ」

 

美琴の言葉には耳を貸さず、シャットアウラは引き金を絞る。

 

バンッという音が響き、美琴へ向けて鉛玉が飛び出した。

 

「ったく、危ないわね」

 

しかし、弾丸は美琴の身体まで届かなかった。

 

美琴の顔の前で静止している。アレイスターが当麻の超電磁砲を止めた時と同じように。

 

「何故だ…」

 

苦虫を100匹纏めて噛み潰したような顔で、シャットアウラは美琴へ恨み言を吐く。

 

「何故、貴様らは私の邪魔をする!一体、何の権利があって私の前に立っているんだ!」

 

美琴の対応はクールだった。

 

「そんなこと言われてもわかんないわよ。だいたい、アンタの事情なんて、これっぽっちも私は知らないんだから」

 

「だったら退けと言ってるだろ!」

 

「もう。これじゃ、話し合いどころじゃないじゃない。ハア…、仕方ないか…」

 

そう言うと、美琴は自身の影に手を翳した。

それに呼応して何かが飛び出し、美琴の手に収まる。

 

何か?

リモコンだ。

 

「ぽちっと」

 

美琴はシャットアウラにリモコンを向けてボタンを押した。

 

「うぅ…、アイツの能力かと思うとやっぱり気持ち悪いわね…」

 

「何をした?」

 

「アンタの頭の中、読んだのよ」

 

「なっ!」

 

リモコンを影の中に戻しながら、事も無げに言った美琴に、シャットアウラは言葉を失う。

 

「それにしても…」

 

対して、美琴は嘆息するように声を発した。

 

「あんたバカァ?」

 

「何だと!」

 

「アリサを殺してお父さんが喜ぶとでも思ってんの?」

 

「うるさい!そんなこと関係ない!」

 

「周りがみんな“もうダメだ”って諦めてる中で、お父さん1人で頑張って、みんなを助けたんじゃないの?アンタを助けたんじゃないの?」

 

「それをアイツらが踏みにじったんだ!だから私は!」

 

「それを“奇蹟”って呼ぶんじゃないの?最後まで諦めなかったお父さんが“奇蹟”を起こしたんじゃないの?」

 

「違う!“奇蹟”なんてものじゃない!父さんは…」

 

「それを否定するってことは、アンタ自身がお父さんを否定するってことじゃないの?」

 

「黙れ!お前になんかわからないんだ!」

 

「お父さんの想いに娘のアンタが答えなくてどうすんのよ。3年前の“奇蹟”を否定するってことは、あの日頑張ったお父さんをもう1回殺しちゃうことだって何でわからんないのよ!」

 

「黙れ黙れ黙れ!」

 

「ほんっとに分からず屋ね、アンタ!」

 

「これ以上、私の邪魔をするなら貴様も容赦しないぞ!」

 

 

バンッバンッバンッ

 

 

シャットアウラが拳銃を撃つ。

 

「当たんないわよ、そんなんじゃ」

 

しかし、弾は美琴を掠めただけだった。

微動だにしない美琴に、シャットアウラの弾が当たらなかった。

 

「この!」

 

ならばと、シャットアウラがペレットを転がす。

 

だが、美琴の方が速かった。

 

「いいわよ、シャットアウラ。アンタの情けない幻想を…」

 

シャットアウラに肉迫した美琴が右拳を握り締める。

 

「ぶち殺す!」

 

そのまま顔面を捉えた拳を振り抜いた。

シャットアウラの身体が後方へ倒れる。

 

「フゥ…。アイツとおんなじことするのも疲れるわね」

 

美琴はシャットアウラを見て嘆息した。

 

 

「わぁ!お姉様、カッコイイ!ってミサカはミサカはピョンピョン跳ねながらお姉様に拍手を送ってみたり」

 

「なっ!」

 

そんな美琴を物陰から見ていた人物が2人。

 

「アンタたち、いつからいたの!」

 

打ち止めと御坂妹だ。

 

「大丈夫ですよ、お姉様。ミサカたちはたった今ここに来たばかりです…」

 

「そっか、よかった…」

 

「…とミサカは実は“あんたバカァ?”のところから見ていたという真実を隠します」

 

「最初から見てたんかい!」

 

「うん!もうミサカネットワークで全個体に伝わってるよってミサカはミサカは報告してみる」

 

「ち、ちょっと…」

 

「残念ながら映像も音声ももう消せませんよ、とミサカは暗に諦めろと告げてみます」

 

「うぅ…」

 

「その幻想をぶち殺す(笑)」

 

「言わないで!」

 

この後、感動的なお別れシーンの前に、散々イジられた美琴であった。

 

 

 

冥土帰しの病院

 

 

 

「あれ?ここどこ?」

 

レディリー=タングルロードは霞んだ意識の中、誰かに手を引かれて歩いていた。

 

「起きた?」

 

「姫神秋沙…」

 

「ここは病院。とても腕のいい先生がいる。上条くんがあなたと私を飛ばした。説明はこれだけ」

 

「何でそんなこと…」

 

「先生に聞くといい。きっと私よりも上手く説明してくれるはず」

 

そう言うと、姫神は扉に手を掛けてスライドさせた。

 

「先生。患者さん連れてきた」

 

「うん。ご苦労様だね」

 

カエル顔の医者が中で待っていた。

 

「さてと…。君の事情はだいたい聞いてるね。彼からは君に関して2つのことを頼まれてる」

 

レディリーに座るように促しながら、冥土帰しは説明を始める。

空気を読んだ姫神は一礼した後、部屋から出た。

 

「まず1つ目。これは簡単。君の身体に異常がないか診てほしいと。これは医者の本分だね」

 

そう言いながら、右手の人差し指を立てる。

 

「そして2つ目。これがなかなか厄介なんだがね」

 

中指を立てつつ、冥土帰しは口元を軽く歪めた。

 

「君に新しい“顔”と“身分”をと言われてるね。どちらも君がこれから生きていく上で必要なことだね」

 

「生きる?馬鹿言わないでよ。私はこれからすぐにでも…」

 

「医者の目の前で“死ぬ”なんて言葉を軽々しく使わないでほしいね」

 

そう言った冥土帰しの身体が一回り大きくなったように、レディリーは感じた。

 

「言っておくがね。もし君が手首を切ろうが、身投げしようが、医者として僕が助けてみせるね。自殺なんて僕の目が黒いうちはさせないよ」

 

「何で、どいつもこいつも…」

 

「それは君がまだ“生きる喜び”を知らない“子供”だからだね」

 

「子供?私が?アンタの10倍以上生きてる私が子供?」

 

「その通りだね。君は1000年も生きてきたと言うが、それはただの“生”の積み重ねだ。ただ経験を積み重ねてきたに過ぎない。そんなのは生きていることにはならないね。君はまだ何も知らない子供だよ」

 

「…じゃあ、これからどうしろってのよ?」

 

「それは君が決めることだね。そうじゃないと意味がない」

 

「くっ…」

 

レディリーが俯く。

膝の上で拳を握り締めて小刻みに震える。

 

「どうする?生きてみたいと思うかい?」

 

「そうね…」

 

レディリーが顔を上げ、冥土帰しを真っ直ぐに見つめる。

 

「お願い…します…」

 

彼女は泣いていた。

 

1000年に及ぶ悪夢が終わりを告げ、漸く彼女の“人生”が始まりを迎えた瞬間だった。

 

 

 

エンデュミオン・ライブ会場

 

 

 

「また歩き出す。未来へ~♪」

 

観客がいなくなった会場で、鳴護アリサは歌った。

 

 

パチパチパチパチパチパチ

 

 

そんな時、誰もいないはずの客席から拍手が聞こえた。

 

「いやあ、いい歌だったよ、アリサちゃん」

 

「か、上条さんに御坂さん!何やってるんですか!」

 

「何を言ってるんです?アリサさんの歌を聴きに来たに決まってるじゃないですか」

 

「あっ、ありがとうございます。わざわざ…じゃなくて!何で避難してないんですか!」

 

「だって勿体ないじゃない。せっかく歌ってるのにお客さんがいないなんてねえ」

 

「うんうん。お陰で独り占めだ」

 

「あらあら、それを言うなら4人占めではありませんか?旅掛さん」

 

「ああ、それもそうですね。ハハハ」

 

「ちょっと!和んでないで避難して下さいよ!」

 

「ああ、そうだった」

 

「もうすっかり忘れてたわね」

 

「アリサさんの歌が素敵でしたからね」

 

他の観客が血相を変えて逃げ出したというのに、この4人組はどこまでもマイペースである。

 

しかし突然、4人の表情が強張った。

 

「当麻!」

「当麻さん!」

「美琴!」

「美琴ちゃん!」

 

ガタッと音を立てて椅子から立ち上がり、口々に子供の名前を呼ぶ。

 

「母さん!」

 

「ええ、聞こえました」

 

「そちらもですか?」

 

「ということは御坂さんも?」

 

「ええ」

 

「よし、行きましょう!」

 

「はい!」

 

端から聞いたら何のことかわからない会話を済ませた後、一斉にエンデュミオンの奥へと走っていった。

 

「ええっ!そっちは避難経路じゃ…ってみんな聞いてないよ~。もう、しょうがない!」

 

1人だけ残されたアリサも彼らの後を追いかける。

 

 

 

エンデュミオン・展望室

 

 

 

「父さん、母さん、久しぶり」

 

上条・御坂一行が、他の人間には聞こえない声によって導かれた先に、彼らの子供たちが待っていた。

 

「当麻…」

 

「当麻さん…。心配しましたよ」

 

「ごめん」

 

「美琴ちゃん…」

 

「うん、久しぶり。ママ、パパ」

 

取りあえず再会の挨拶は済ませた。

ここからが本番である。

 

「あのさ…、話があるんだ…」

 

「私も…。聴いて」

 

当麻が切り出し、美琴も言葉を添える。

 

「何だ?」

 

子供との再会で緩んでいた親たちの表情が再び強ばる。

 

「俺たち…」

 

当麻が苦しそうに言葉を紡ぐ。

 

「もう会えないんだ…」

 

「何だって!」

 

「それは美琴も同じなのか?」

 

美琴は首肯する。

 

「そんな…」

 

「当麻さん、どういうことですか?」

 

「ごめん…」

 

当麻は母親からの質問に首を左右に振る。

 

「言えない」

 

「一体何があったんだ?」

 

「それも言えない」

 

「おい、当麻!」

 

「刀夜さん、落ち着いて」

 

声をあげた刀夜を詩菜が宥める。

 

「当麻さん、どういうことか説明して下さい。私たちは親なんですよ。当麻さんがいなくなったと聞いてどれだけ心配したと思ってるんです?」

 

「ごめん…」

 

当麻は謝りこそすれ、詩菜からの質問に答えようとはしなかった。

 

「美琴…」

 

「何?パパ」

 

「どういうことか、お前も教えてはくれないのか?」

 

「うん。言えないの…」

 

親と子の話し合いは平行線を辿り始めようとしていた。

 

 

『あの日の涙は~♪』

 

そんな時、彼らの耳に歌が聞こえてきた。

 

 

(私が行っても邪魔になるだけだよね…)

 

鳴護アリサは、部屋の外から彼らを見ていた。

 

この件に関しては完全に部外者である彼女は、部外者であるなりに、彼らの手助けをする。

彼らのために“奇蹟”を奏でる。

 

 

「歌か…」

 

そんな彼女の歌が、別の人間の心も溶かす。

 

「いいものだな…」

 

シャットアウラは虚空を眺めつつ、認識できないはずの歌に耳を傾ける。

 

脳の機能が回復したのだろうか?

わからない。

しかし何故か、彼女は美琴のお陰であるような気がした。

 

(父さん…、私は…)

 

 

 

「アリサちゃんか…」

 

(味なことしてくれちゃって…)

 

「ねえ、美琴ちゃん…」

 

美鈴は母親として覚悟を決めた。

 

「私はもう止めないわ。そんな顔をしてる時の美琴ちゃんは何を言っても変わらないって知ってるから…」

 

「ママ…」

 

「でも1つだけ聞かせて」

 

「うん。何?」

 

「当麻くんとどこまでいったの?」

 

「カァ…」

 

美琴の顔が真っ赤に染め上がる。

 

「このシリアスな場面に何てこと聞いてんのよ!このバカ親!」

 

「あら~、大事なことよ」

 

美琴をからかうように、美鈴は平然と嘯いた。

 

「ふふふ。ねえ、刀夜さん?」

 

「ああ、わかってるよ、母さん。なあ、当麻…」

 

「父さん…」

 

「お前が学園都市に入る前のことを覚えてるか?」

 

「“疫病神”の話か?」

 

「ああ」

 

“疫病神”。

不幸を呼び寄せる当麻の渾名。

 

「覚えているならいい。その上で聞く。はっきり答えてくれ」

 

刀夜の眼光が当麻を射抜く。

一切の嘘が許されない質問だ。

 

「お前は今、幸せか?」

 

刀夜が尋ねる。

 

お前はあれから変われたのか?と。

お前の周りはあれから変わったのか?と。

 

「俺は…」

 

当麻はしばし目を瞑る。

そしてはっきり答えた。

 

「今も相変わらず“不幸”だよ」

 

「当麻…」

 

「この街に来てからも変わってない。不良に絡まれることもあるし、強盗に巻き込まれることもある。今年の春休みには路地裏で女に噛みつかれたし、夏休みと2学期の最初には何回も死にかけた」

 

ミナに不死の呪いを植えられた。

禁書目録から竜王の殺息を受けた。

一方通行に心臓を破られた。

司教には十字架で生き埋めにされた。

学園都市の暗部に右腕を切り落とされた。

ローマ正教からの刺客に襲われた。

大天使と戦った。

“神の如き者”の力を振るう敵も現れた。

史上最高の魔術師の計画に巻き込まれた。

 

誰がこんな生活を“幸せ”だと言えるだろうか?

 

「でもな…」

 

しかし、そこから当麻は続ける。

 

「俺が“不幸”だったお陰で助けられたヤツらがいるんだよ」

 

ミナは笑って最期を迎えた。

インデックスの呪いは解かれた。

妹達には生きる道が開かれた。

学園都市の崩壊を阻止できた。

アレイスターの計画を終わらせた。

 

美琴と出会えた。

 

「惨めったらしい“幸せ”なんざ要らねえ!そんなもんなくたって俺は“不幸”になんか負けねえ!だから、こんなにみんなを“幸せ”にできるんだ。俺は“不幸”だから“幸せ”なんだよ!」

 

当麻は両親に言い放つ。

お前たちの息子はもう大丈夫だと。

もう充分に気持ちは受け取ったと。

 

「そうか…。ハハハ、心配なんてする必要はなかったのか。父さんの独りよがりだったな。そこまで言われたらもう引き止められないよ。なあ、母さん?」

 

「はい」

 

「当麻。お前は進むと決めた道を進め。子供を見送るのも親の務めだ」

 

「おお」

 

 

「当麻くん…」

 

そこで、旅掛が当麻の名を呼ぶ。

 

「はい」

 

当麻は緊張した声を返した。

 

「我々は君に大事な娘を預けることになるな?」

 

「そうですね」

 

「だから1つだけ質問に答えてくれ」

 

旅掛は幾度となく繰り返してきた問いを当麻に発する。

 

「世界に足りないものは何だと思う?」

 

対して、当麻は悩まずに返した。

 

「笑顔、じゃないですかね」

 

「そうか…」

 

旅掛は笑う。

満足だった。

娘を任せられる男だと当麻を認めた。

 

「美琴を任せたよ、当麻くん」

 

「はい」

 

かくして親子の別れは済んだ。

 

子の巣立ちを止める者はもういない。

 

 

「じゃあな、父さんも母さんも元気で」

 

「パパとママもね」

 

「お前の方こそな」

 

「あんまりケガしないで下さいね」

 

「当麻くんとお幸せに~」

 

「アンタは最後の最後までそれか!」

 

「当麻くん、くれぐれも」

 

「わかってます」

 

それだけ言うと、当麻がパチッと指を鳴らした。

 

次の瞬間、4人が立っていたのは地上だった。

 

「行ってしまったか」

 

「そうですね」

 

「子供って親がいないところでも成長するものねえ」

 

「寂しくなるな…」

 

そう言う彼らは、4人とも笑っていた。

 

我が子の巣立ちだ。

子供が泣かないのに、親が泣く訳にもいかない。

 

 

 

エンデュミオン・地下

 

『先輩、頼みます』

 

「随分と待たせてくれたけど?」

 

雲川芹亜は、爆砕ボルトの前で携帯電話を耳に当てていた。

 

『すいません』

 

「まあ、君の頼みなら仕方ないけど。じゃあね、上条くん。もう会えなくなるとは寂しいけど」

 

そう言って彼女は携帯を切り、悲しみを弾き飛ばすような大声で叫んだ。

 

「仕事だ、ナンバーセブン!」

 

「おっしゃー!」

 

彼女の声に応えるのは削板軍覇。

 

「超すごいパーンチ!」

 

ドカンと轟音が響き渡り、最後のボルトが吹き飛んだ。

 

 

エンデュミオンが地表から離れる。

不死の少女の墓標となるはずだった“バベルの塔”が消えてなくなった。

 

 

 

エンデュミオン・展望室

 

 

 

「終わったわね」

 

「ああ」

 

「壊しちゃってよかったの?」

 

「レディリーの悪夢の象徴だからな。それに、他の魔術師たちが奪いに来たら大変だし」

 

「そうね」

 

「そろそろ行くか?」

 

「まだ待って。もうちょっと地球見てたい」

 

「そうかよ。確かに綺麗だな」

 

「むぅ~」

 

「え?何をむくれてるんでせう?」

 

「別に~」

 

「ああ!もう!わかったよ!」

 

当麻がツンツン頭をガシガシと掻いてから美琴に向き直る。

 

「お前の方が綺麗だよ、美琴」

 

「えへへ。よろしい。じゃあ、行こっか?」

 

「本当にそれだけのためだったんだな…」

 

「何か言った?」

 

「何も」

 

当麻と美琴は手を繋ぐ。

 

「これから長いぞ」

 

「うん、わかってる。でも当麻を選んだこと後悔したりしない」

 

「そうか。よし、行こう!」

 

シュンッという音だけを残して2人の姿が消える。

 

 

“上条当麻”と“御坂美琴”

“幻想殺し”と“超電磁砲”

“ハディート”と“ヌイト”

“最強の吸血鬼”と“血の伴侶”

“神浄討魔”と“躬叉…いや、“神浄命”

 

彼らの長い旅が始まった。

 

行く先もない、でも歩みは止めない。

 

そんな永い旅が…。




最初に投稿した時、上手くいかなかったらしく、文章が途中で切れていました。
あがってすぐに読まれた方々にお詫び申し上げます。


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終章
38話(終) 9月5日の真相


9月5日

 

 

 

窓のないビル

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉ!」

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 

2人の男が互いに高め合うかのように叫ぶ。

 

上条当麻とアレイスター=クロウリー。

 

伴侶を庇うように立つ吸血鬼は、右腕の竜を操り、宙に浮いた緑の装束の魔術師を狙う。

 

宙に浮いた魔術師がそれを迎え撃つ。

 

策などなかった。

 

ただお互いに、己の全力を、相手の全力にぶつけるだけだ。

 

 

ドカンッ!

 

 

攻防は一瞬。

 

ビルの壁が吹き飛び、閃光が外にまで漏れ出した。

 

 

「ぐはっ…」

 

アレイスターが低い呻きを漏らす。

 

敗れたのはセリオン。

勝ったのはハディート。

 

 

こうなる結果はやる前から見えていた。

 

この世の法則を調べ尽くし、それを統べるまでに至ったアレイスター。

しかし、“ホルスの力”にこの世界の法則は通用しない。

 

人間がどれだけ脚力を鍛えてもチーターには勝てない。

まして、今回の敵はドラゴンだった。

 

 

攻撃を受けても、なお呼吸を止めずにいられたことが奇跡に近い。

 

 

「グオォォォォォォォ!」

 

最早、躱す術など持たないアレイスターに“竜王の顎”が襲いかかる。

 

「ああ…」

 

アレイスターの口から息が漏れる。

 

「長かったな…」

 

竜王の顎がアレイスターを呑み込み、彼の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

「はっ!」

 

ベッドの上で、男は短い叫びをあげた。

 

「夢か…」

 

ハァハァと、荒い息遣いのまま身体を起こす。

 

 

 

もう何度目かも忘れてしまった夢を見ていた。

史上最高の魔術師にして最高の科学者であった学園都市の統括理事長・エドワード=アレクサンダー=“アレイスター”=クロウリーの“死”の場面の夢を。

 

否、夢ではなく記憶と言った方が正しいのだろうか?

まあ、どちらでも障りないだろう。

 

 

あれから40年以上の時が流れた。

 

学園都市も、世界も、様変わり…とまではいかないが、少しずつ変わっている。

 

 

 

男は頭を切り替えようと、洗面台に向かい、顔を洗って歯を磨いた。

 

そこで、毎日起床する時刻が近づいてきていることに気づいた男は、そのまま朝食を摂ることにした。

 

コーヒーを飲みながら朝刊を読む。

 

一面には、統括理事長・削板芹亜と英国女王・ヴィリアンの会談についての記事が載っていた。

写真には、削板夫妻とヴィリアン・ウィリアム夫妻が写っている。

 

読み進めていくと、先日ハリケーンに襲われた地域でARISAがコンサートを行ったという記事もあった。

若さこそなくしたものの、人気はまだ衰えを知らない彼女であった。

 

 

鳴護アリサは、エンデュミオンの一件以降も、多数の魔術師たちから襲撃を受けたが、シャットアウラ=セクウェンツィア率いる黒鴉部隊が全て撃退した。

その後“何故か”イギリス清教が、アリサへの不干渉を提示し、破った魔術師たちを悉く殲滅するようになったため、彼女の安全は保証されるようになった。

 

 

他にも幾つか興味を引かれそうな記事はあったが、男は機械的に目と手を動かすばかりで、目立った反応は示さなかった。

 

実際、彼は世間の動きなどというものに興味はなかった。

目的を40年前になくした彼にはどうでもいいことだった。

 

そんな彼の目が、とある小さな記事で止まった。

フッと、皺が増えた口元を持ち上げて呟く。

 

「相変わらずやっているようだな、“偽善使い(フォックスワーズ)”」

 

その時、彼の部屋の扉が開き、看護士姿の女性が入ってきた。

 

「星先生!急患です!」

 

「わかった。すぐに行く」

 

新聞をそのままうっちゃると、壁に掛かった白衣に袖を通しながら、足早に廊下へ出ていった。

 

「道くん、状況は?」

 

「第7学区内で事故があったらしく…」

 

彼らの声が遠のいていく。

 

 

 

男が見ていた記事がこれだ。

 

───────────────────

ロシア北西部の寒村で一夜にして村人の半数近くが失踪するという事件が発生した。

2日後全員が無事に家に帰ったのだが彼らは失踪していた間の記憶をなくしていた。

取材に応じた村人は「吸血鬼が出た」「ドラゴンを見た」「若い東洋系の男女の余所者がいた」「余所者の男女は魔法使いだった」などと語っている。

(記事:佐天涙子)

───────────────────




これにて完結です。

これまでご愛読して頂いた皆様に感謝。
どうにか最終回を迎えることができました。

感想、質問、指摘などなどお待ちしております。

面白いと思われた方は是非、評価の方をよろしくお願いします。


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