ゼロとタイガー (Yーミタカ)
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第1話 新たなゴング!タイガー、ハルケギニアへ!

乗りと勢いで書いてしまいました。反省はしますが後悔はありません。


「これは・・・たしかにあの時、捨てたハズ・・・」

トリステイン魔法学院の廊下で、大柄な青年が手に黄色いマスクを握り、立ち尽くしていた。ここ、トリステインのあるハルケギニアでは珍しい黒髪に、柔和と言えばそうだがどこか頼りない顔立ちは筋骨隆々と表現して相違ない体とは不釣り合いである。

「そうか、キミは言うのか、もう一度虎になれと。」

 その頃、廊下と壁を一枚挟んだ外、ヴェストリの広場では学院の生徒たちが集まり、大騒ぎとなっていた。事の発端は先刻のティータイムである。歓談する生徒たちの中で騒ぎの当事者の一人、ギーシュが小瓶を落としたのだ。それを拾ったのがもう一人の当事者、ルイズの使い魔で、結果としてギーシュは恋人で同級生のレスラー、モンモランシーと後輩レスラーで彼のファンでもあるケティと二股をかけていたことが発覚してしまったのだ。もし地球であれば週刊誌を賑わす話題になるだろうが、その前にギーシュは二人に制裁されることとなった。まずケティによってロープへ投げられ、跳ね返ったところにモンモランシー十八番のラリアットを食らい、白いマットに叩きつけられる羽目になったのだ。制裁が終わるとメイド達はテキパキとリングを片付けていき、モンモランシーとケティは後にタッグを組むようになるのだがそれはまた別の話である。さておき、ギーシュは二股がバレたのを使い魔のせいにし、使い魔は謝罪するもヒートアップしたギーシュは使い魔に決闘を命じたのだ。それをルイズが間に入り、

『使い魔の不始末は主人の不始末よ、文句ならわたしに言いなさい!』

と、決闘を代わって受けたのだ。そしてヴェストリの広場でいざ決闘という時に使い魔は

『アイタタ、お腹の調子が・・・』

と言って広場から逃げ出したのだ。もともと、頼りない風体の使い魔にはセコンドも務まりそうになかったので、最初から期待はしていなかったため放置して決闘に臨んだのである。

「この度の立会人となりました、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・ツェルプストーです、始祖の名において双方、恥ずべきことのないように!」

ワアアアァァァ!!!と歓声が上がり、キュルケと名乗った褐色肌に燃えるような赤毛、グラマーな身体をスーツに包んだ女生徒は観衆に投げキスをして自分をアピールすることも忘れない。今日の主役は彼女でないのは気にしてはならない。

「では、赤コーナー!戦いはバラのように美しく精緻であれ、バラの貴公子(プリンスオブローズ)、ギーシュ・ド・グラモン!!」

ワアアアァァァ、キャアアアァァァ!!!と、先のようなスキャンダルの後にも関わらず黄色い歓声も多々上がり、マイクを渡されたギーシュはパフォーマンスを始める。

「ヴァリエール、ボクはバラ、女性に手は挙げない主義だが、レスラーとなれば話は別さ、全力で相手させてもらうよ!」

「「「キャアアアァァァ、ギーシュさまあああぁぁぁ!!!」」」

歓声に両手投げキスで答えたギーシュはガウンを投げ捨て、ブーメランパンツ一枚の、引き締めた肉体美を披露し、さらなる黄色い歓声を浴びる。

「対しますは青コーナー!反則上等、勝てばよかろう!!桃色の悪魔(ピンクデビル)、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!!」

「ブーブー!」

「引っ込めートリステインの恥さらし!!」

ルイズには野次罵声、しかしこれこそ彼女への歓声に他ならない。彼女は反則レスラー、野次は歓声、悲鳴は嬌声。反則レスラーにとってはどれだけの悲鳴をあげさせるかが誉れなのだ。

「ふん、キスがそんなにしたけりゃ地面とイヤと言うほどさせてあげるわよ!!」

そう言ってルイズは親指で首を掻き切って下に向ける、いわゆる『地獄に堕ちろ』のジェスチャーをしながらマイクパフォーマンスを返し、観衆からの野次がさらに激しくなったところでガウンを脱ぎ捨てた。起伏の少ないスリムな身体を包む白を基調にしたレオタードにはVラインや首元、ノンスリーブの肩口といった縁部分に黒い獣毛のような飾りをあしらい、顔もそれに合わせたメイクで悪魔のような装いのルイズ。

「会場のボルテージは最高潮!!この度の決闘ルールはランバージャック、両者、異存はありませんね?」

「当然さ!ボクのような美しいレスラーに相応しいのは、美しい戦乙女のブロンズ像によるリング!」

「こんなのに囲まれてないと戦えないマザコン坊ちゃんなら、帰ってママのオッパイでも吸ってなさいな!」

ランバージャックファイト、もはや説明の必要もないほど有名だが、他のレスラーによってリングを作り、リングアウトしそうになったら押し返すというものだ。しかし、リングが中立とは限らない、何よりリングを用意したのはギーシュなのだから。ヒールの戦い方に見えるというのは気にしてはならない。

「オオオオォォォォ!!!!」

「ピンクデビルなんざブリミル様の御威光の元消し飛ばしちまえええぇぇぇ!!!」

「みんな焦れて来てるわ、そろそろ始めるわよ、レディ・・・」

と、キュルケが決闘開始の合図を出そうとしたその時、広場どころか学院中に響き渡るような大声が轟いた。

「ちょぉっと待ったあああぁぁぁ!!!」

広場にいる者たちが皆、声がした方を向く。

「な、何だ、どこからだ!?」

「あ、あそこ!塔の上よ!!」

塔の上にはマントを翻した男が立っていた。

「トォッ!!!」

塔の上から飛び降り、ヴェストリの広場に着地した大男は土煙を巻き上げ、それが晴れると黄色と黒の縞模様をした動物のマスクとマントを付けた筋骨たくましい大男が立っていた。下は黒いスパッツにレスリングブーツ、上半身は裸のレスラーである。

「あれは・・・タイガー?」

「タイガーって始祖の古代龍(エンシェントドラゴン)討伐に出てくるあの?」

「ああ、古代龍と七日七夜戦い続け、とうとう相打ちになって我らを救いたもうた伝説の神獣だ!」

ハルケギニアで虎は伝説に出てくる神獣で、少なくとも現在には存在しない。

「あなた、お名前は?」

キュルケがこの闖入者に名を尋ねると、男はゴング兼スタッフの青髪で小柄な少女からマイクを受け取る。

「オレの名は人呼んでタイガーマスク!故あってピンクデビルに助太刀する!」

「待てよ!始祖の神獣を騙って何で悪魔に手を貸すのさ!!」

「キミたち、少しは恥というものを知りたまえ!たった一人を囲んで罵声を浴びせるのがブリミルさまとやらの教えなのか?」

さま『とやら』と言った時点で説得力が無くなるが、言っていることは正論だ。

「まぁ、この始祖の御使いさまの言うことも最もだ、レフェリー、タッグマッチルールへの変更を要求する。」

「ま、あんたがいいなら良いけどね。ヴァリエールも良いかしら?」

「フン、どっちでも同じよ、バラの奇行子が地面とキスするのに違いないんだから!」

ルイズがそう答えると、セコンドについていたギーシュの使い魔、ヴェルダンデが直立する。このヴェルダンデ、ジャイアントモールという、クマほどの大きさのモグラで、直立するとタイガーマスクと変わらないほどの巨体である。

「では、あらためて・・・レディ、ファイッ!!!」

カアアアァァァン!!!と、キュルケの合図に合わせてゴングが鳴り、試合が始まったと同時にヴェルダンデとワルキューレ達は一斉にタイガーマスクへと向かっていった。

「おっと、いきなりご挨拶だなぁ、ハッハッハッ!!」

タイガーマスクは高笑いしながら七体のワルキューレとヴェルダンデを軽々といなしていく。虎の穴の死神レスラー達を相手にしてきた彼にとってこの八体など木偶人形同然であったが、あえて丁々発止の戦いをすることでルイズの戦いを見ることにしたのである。

「ずいぶん念入りにあのタイガーマスクにけしかけたわね。」

「ふっ、始祖を愚弄するあの男は後でたっぷり仕置してやるさ。まずはキミに泣いて謝ってもらわないとね。」

「あんたこそ、口紅くらい塗らないと地面がかわいそうよ?」

と、ランバージャックのリングすら無くなった二人はそう挑発を交わして戦いを始める。ギーシュは土系統と呼ばれるスタイルで、これは地球であればタックルからのテイクダウンを中心に戦いを組み立てるスタイルである。打撃をある程度もらうことを前提にした戦い方であり、ルイズはそれを承知で先制攻撃を仕掛けた。

「どりゃあああぁぁぁ!!!」

顔を狙ったストレート、レスリングスタイルであるギーシュはその対処法はよく知っている。これはあえて額で受けるのだ。額は人体の中で上位の硬さであり、頭突きと拳がぶつかって砕ける可能性が高いのは拳だ。そのまま膝に警戒しながら足を取って組み倒す。それがギーシュが最も得意とする戦い方であるがルイズはそれを見越してパンチに仕掛けをしていたのだ。正拳から人差し指、中指、薬指を立てた三本目潰し。目潰しというと人差し指と中指で狙うものと思いがちだが、あのようなものはまず当たらない。眼球を破壊するつもりで打つならば今、ルイズが使った空手の三本目潰し、視界を奪うだけならば拳法の開いた手で目のあたりを面として擦るバラ手打ちが有効なのだ。もっとも、三種類どれだとしても反則技に違いはないが。

「(グ!!いきなり反則!?)ゴハッ!?」

とっさに頭を低くして目潰しを避けたギーシュの髪を掴んだルイズは彼の顔面に膝をめり込ませ、たまらず跳ね上がったギーシュの、男の急所をルイズは蹴り上げた。

「アガッ!!ああぁぁ・・・」

ピョンピョン飛び跳ね、転げ回り悶えるギーシュの顔が下を向いた瞬間、ルイズはギーシュの後頭部を踏みつけた。会場はまさにブーイングの嵐、しかしルイズは意に介した様子もなくギーシュの頭の上でタップダンスを踊り始めた。

「ほーらどう?わたしのタップダンス!!好きなだけ地面とキスできてアンタも幸せでしょう?」

もはやギーシュに意識はなく、タイガーマスクはワルキューレを吹き飛ばし、ヴェルダンデを振り払ってルイズに駆け寄り、彼女を抱き上げてギーシュを助けた。

「何よ?いいとこなのに!」

「もういい、もうよすんだ・・・」

ここでカンカンカアアアァァァンとゴングが鳴り、キュルケはしゃがんで気絶したギーシュの手を持ち上げた。ルイズの反則負けだ。

「ま、いいわ。別にお金がかかった公式戦じゃないし。いい!?こうなりたくなかったらウチの使い魔いじめたり、わたしをバカにするのはやめておくことね!!!」

ルイズの捨て台詞と共にタイガーマスクは彼女を地面に下ろし、ルイズは投げつけられるゴミと罵声を背に広場を去っていく。これを見送ったタイガーマスクは姿を消し、残されたのはボロボロになったギーシュとキュルケ、ゴング係の少女、そして観衆だけとなったのであった。

 

タイガーマスクは誰にも見られていないことを確認すると服を着て、マスクを外す。そこにあったのはルイズが召喚した使い魔、伊達直人の顔であった。

「(間違いない、彼女は昔の僕と同じだ。反則技を忌み嫌い、それでしか戦えぬ自分を憎んでいる。)」

伊達直人、幼き日に養護施設『ちびっこハウス』を脱走して悪役レスラー専門の育成所、虎の穴の門戸を叩き、『黄色い悪魔』と渾名されたタイガーマスクとしてデビュー。しかしちびっこハウスを救うため虎の穴と約束していた上納金を使い込み、虎の穴に追われる身となる。彼は幾多の刺客、死神レスラーを撃退し、ついに虎の穴を壊滅に追いやった。しかし何の因果か、自動車事故に遭い、タイガーマスクの正体を隠すためマスクを捨て、その短い生涯を閉じた・・・はずであった。彼は死の直前、異世界の魔法使い、ルイズによってハルケギニアへ召喚され、蘇生処置を施され九死に一生を得たのである。ハルケギニアの魔法使いはレスラーと呼ばれ、戦いに身を置く者たちである。使い魔はタッグマッチのパートナーとなったりセコンドとなる者で、普段は亜人、獣人の類が召喚されるが、ルイズが召喚したのはなぜか人間、それも瀕死という状態であった。蘇生した伊達直人は、『タイガーマスクであることを捨てた身』と考え、出しゃばるつもりはなく、素人のフリをしながらルイズをレスラーとして育てていこうと考えたのだ。彼女は小柄だが柔軟で瞬発力、持久力を兼ね備えた筋肉に頑丈な骨格と、肉体は才能に恵まれていた。しかし彼女が使う技は反則技ばかり、それも虎の穴すら鼻じらむ、『反則勝ち上等、勝てばよかろう!』なのだ。虎の穴のレスラーは『相手を叩きのめしての反則負けこそ誉れ、反則勝ちは恥』であり、どれだけ残虐な反則技をやってもそれで勝とうと考えていなかった。その残虐さが高額なファイトマネーを生むため、それを売りとしていたのである。さておきルイズがそのような虎の穴の反則レスラー以下であることを知った直人は最初、指導を打ち切ろうと考えたが彼女の目尻に光った涙を見て思いとどまり、今日の決闘で確信したのである。彼女は何者かに反則を強いられていると。タイガーに課された最初の使命はうら若きレスラーを縛る楔を断ち切ること、頑張れ僕らのタイガーマスク!




ファンタジー世界のハルケギニアへ混ぜるな危険のシロモノを平然と混ぜるミタカです。四話でとりあえず第一部完みたいに書ききってますが、書き終えて思ったのが本当にプロレスとファンタジーは『混ぜるな危険』でした。


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第2話 もう1人の悪魔、その名はルイズ

反則レスラー『ピンクデビル』ことルイズ。反則が生ぬるい気がするのは序盤のタイガーマスクと比較するからなのか?


 決闘を終えたルイズは部屋に戻るとレオタードを脱ぎ捨て、パンツにスリップ一枚というラフな姿になると、自主練用のサンドバッグを俵返しで放り投げた。もし人間相手ならば危険な反則投げになる投げ方である。

「タイガアアアァァァマスク!!」

マウントポジションを取って連続殴打、しかしそれはどれもこれも人間相手なら反則打撃になる危険な技だ。

「ムカつくムカつくホントムカつく!!!」

ギーシュを叩きのめしていたルイズを止めたタイガーマスクに対して彼女は自分でもわからない苛立ちを覚えていた。

「わ、またそんな格好で・・・」

部屋に戻ってきた直人がそう言うのをルイズは横目で一瞥する。

「アンタ、どうせ何もできないなら飲み物くらい持ってきなさいよ、気が利かないわねぇ!」

ルイズの八つ当たりに頭をかきながら直人は、

「はい、お嬢さま、しばしお待ちを。」

と言って退室する。それに対して苛立ちを余計に覚えながらルイズはマウントから四の字固めへ移行する。

しばらくして直人が戻ってくる。

「はい、どうぞ。」

「ふん、最初からそうすれば・・・おいしい・・・」

ただの水だと思っていたルイズだが、口に含んだ時に広がる柑橘と甘さに驚く。

「厨房のマルトーさんがくれたんですよ。」

一度沸かした水にハチミツ、レモンの果汁、塩を少々混ぜたドリンクだ。もっとも、ルイズにでなくタイガーマスクにだが。

 マルトーはルイズとギーシュの決闘に乱入したタイガーマスクの戦いぶりを見て彼のファンになったのだ。誰も気づかなかったタイガーマスクの退場を見て追いかけ、そんなマルトーに直人も追われていたことに気づかず、直人に戻ったところで鉢合わせてしまった。

「ん?坊主じゃねぇか!お前さん、タイガーマスクがどこ行ったか知らねぇか?」

「え!?あ、彼なら反対側に。ただ、走ってたから今からじゃ追いつけないかなっと・・・彼がどうしました?」

「いや、実はな、俺、タイガーマスクのファンになっちまったんだよ!あのブロンズ像、一体一体が一端のレスラー級だってのに、それを七体にジャイアントモールまで相手して軽々いなす身のこなし!彼の本気のレスリングを早く見てみてぇぜ!」

直人は興奮するマルトーに苦笑いしながらも、目の前にいるのに気づいていないことに複雑な感情を抱いた。正体がバレていないことに安堵しながらも、ほぼ間違いなく入れ替わりの瞬間を見られたというのに同一人物とみなされないというのは滑稽であると同時に落胆もする。

「そういや、どうしてお前さんはタイガーと?」

「あ、実は僕、昔タイガーマスクのマネージャーやってたんですよ。久しぶりに会えたんですけど、覚えててもらえて。あ、これは内緒ですよ、特にお嬢さまには。」

とっさにごまかした直人に、マルトーは大喜びである。

「そっか、マネージャーか!!そうだ、じゃあ差し入れを頼めるか?」

そう言ってマルトーは直人を厨房に誘い、例のドリンクを二つ、素焼きの壺にコルクで栓をして渡したのだ。それを二人で井戸に持っていき、ロープをつけて井戸に降ろし、

「こうやって井戸水で冷やせば三十分くらいで飲み頃さ。」

と言われといたうちの一本をルイズに差し入れたのである。

 

「ウソね、わたしに物をくれる人なんているわけないもの。」

ルイズがそう言うのを聞いて直人は『しまった』と、自分の迂闊さを悔やんだ。もっとも、ここまでねじ曲がった性格など想定しろというのが難しいだろうが。

「あ、いや、実はタイガーマスクに届けたんですけど、『一緒に戦ったパートナーだから』って、タイガーマスクがお嬢さまに・・・うわ!!」

直人が全て言い終わるより前にルイズは壺を直人に投げつけた。中身は空であったためこぼれたりはしないが、素焼きの壺だ、ペットボトルではない。タイガーマスクが活躍した70年前後はまだペットボトルは発明されたばかりで普及していないがそれはさておき、直人はとっさに壺を取り、それが元で正体がバレる可能性を考えてわざと転ぶ。

「お嬢さま、危ないじゃないですか~!」

「そのくらい取りなさいよ!!」

ルイズはオーバースローで直人の顔面目掛けて投げつけており、直人がタイガーマスクでなければ取るどころか避けることもできず、額が割れていたことだろう。

「ん?そういえば何でアンタ、あの男のこと知ってるの?お腹壊してたんじゃなかったかしら?」

「あ、お話はうかがったんですよ、そしたらあのタイガーマスク!僕みたいにおっかないことがダメな人間ですら知ってるくらい、僕がいたところじゃ有名だったんですよ!」

「そう・・・とにかくね、わたしはアイツが大っ嫌いなのよ!何よ何よ!いきなり割って入って、ヒーロー面しちゃって!!わたしは悪役だってのに、止めなかったらもっと・・・」

「それなんですが、お嬢さまはどうして反則技や悪役にこだわるんです?」

直人はルイズに直球で尋ねる。

「そんなの、勝つために決まってるじゃない!正しく戦って負けてたら注目もされないし試合も組んでもらえない、ファイトマネーを効率よく、手っ取り早く稼ぐなら反則でダメージを与えて減点されても一本勝ちで賞金も貰う!何が悪いの!?」

ルイズは早口でまくしたてるように言うが、それが本音でないのはその言い方でバレバレである。

「あぁもう!アンタのせいでムカっ腹立ってきた!あのマスク剥がないと気がすまないわ!!そうよ、果たし合い!お金にならない試合はしない主義だけど、あのマスクを剥がして次の試合に持っていけばわたしの悪名はうなぎ登り!!いい先行投資!!となるとさっそく果たし状書かなきゃ!!」

この間、ずっと下着のような格好のままで、ルイズは机に向かって果たし状を書き始める。

「あの~お嬢さま?」

「何よ?」

直人が間の抜けた、空気を読まない風でルイズに声をかける。

「タイガー、僕のいたところ出身なんですよね~」

「それが?」

「こっちの字、わかんないと思いますよ?」

直人に指摘され、ルイズは顔を真っ赤にする。

「~~~!!!じゃ、じゃあアンタ、代筆しなさい!!」

「はいはい、お嬢さまの仰せの通りに。」

 

『やい、タイガー!今日はよくもわたしのファイトを邪魔してくれたわね!!落とし前をつけさせるため、アンタに果たし合いを命じるわ!!断るってんならマスクをタイガーからニワトリにでも変えて、チキンマスクとでも名乗ることね、オーホッホッホッホッ!!!』

この後に日時、場所が書かれており、それは明後日の夜中である。届くかわからない果たし状を使うならもっと先の日付を指定すべきだと思うが、ルイズは知らないとはいえタイガーマスク本人が書いたのだから、伝わらないはずがない。直人は学院の掲示板に貼り、翌日の深夜、誰もが寝静まった頃に回収するのであった。

『まったく、俺宛の果たし状を俺が書くなんてな。』

果たし状が消えているのをルイズは日が明けて確認し、深夜に備える。学院の練習が終わると身体をウォーミングアップし、しっかりと柔軟で伸ばし、万全の状態にする。それに直人が珍しく隣で付き合うのを不思議に思うが、タイガーマスクとの決闘の方が頭の中を大きく占めており、気にしていなかった。

そして約束の時間の十分前、ルイズはレオタードに悪魔メイクをして、

『眠たいです~』

と、駄々をこねる直人を連れて果たし合いの場所、学院外れの原っぱに到着した。タイガーマスクはまだ来ておらず、当事者のルイズより直人の方がソワソワしているのを、ルイズは不審に思い尋ねる。

「どうしたの?眠いなら目覚ましがわりにぶん殴ってあげましょうか?」

「い、いえ、お嬢さま、そればかりはご勘弁を!そうでなくて・・・お腹が・・・」

「あぁ、もう!また!?学院に戻ってちゃっちゃとすませていらっしゃいな!」

「ほ、ホントにすみません、もれる~!」

尻を押さえて走る直人を見送り、ルイズはため息をつきながら空に浮かぶ赤と青の二つの月を眺めた。ルイズが纏う装束は人狼をイメージして作られている。村人の中に潜り込み、一人、また一人と喰い殺す。その正体はハルケギニアに存在する亜人、吸血鬼の話に尾ひれがついたと言われているが、真相はわからない。伝承によると人狼は満月の夜に狼となると言われ、二つの月は綺麗な満月、ルイズはその力を全身に受けるかのように両腕を開いて月を見上げていた。

「反則レスラーというわりに験担ぎとは、妙なところがあるんだな、ピンクデビル?」

声にルイズが振り返ると、そこにはこれまでずっと待っていた男、タイガーマスクが立っていた。当然、中身は伊達直人。トイレに帰ったふりをしてタイガーマスクとなって戻ってきたのだ。そもそも出がけに駄々をこねていたのも、タイガーマスクとして向かうためであったに他ならない。

「あら、てっきり来ないかと思ってたのよ、チキンマスクになりたいからって。」

「これはこれは、果たし状を出しておいて来ないことを期待していたのかい?」

タイガーの挑発にルイズは不意打ちの目潰しを放った!しかしタイガーは簡単にいなしてしまい、ルイズは後ろを取られる形になるが彼女は構わず後ろ蹴りで金的を狙う。

「よっと!不意打ちとはこれまた古典的な。これは試合開始と取っていいのかね?」

完璧なタイミングでの蹴りであったにかかわらず、ルイズの足はタイガーマスクによって片手で捕まえられてしまっていた。

「笑ってられるのも・・・今のうちよ!!!」

ルイズは足をつかまれたままタイガーの喉を、つかまれているのを利用して踏み台のように使い、もう片方の足で後ろ蹴りを蹴ったがタイガーは紙一重で避ける。そこにルイズは蹴りを外した足をタイガーの肩にかけ、つかまれていた足を振りほどいて首にカニバサミ、それもこれまた喉を狙う危険な方法でかけようとするがタイガーはルイズの足が振りほどかれた時にこれを読んでバク転でカニバサミを避け、直立すると腕組みしてルイズを見下ろす。

「瞬発力、柔軟性に富み、普通ならオーバーワークになりそうな量がウォーミングアップになる持久力を秘めた肉体。才能のカタマリと言ってさしつかえないが、大きな問題を抱えている。」

「・・・何よ、それ?」

「キミは致命的なレベルで反則レスラーに向いていないんだよ。」

タイガーに指摘されたことでルイズは完全に頭に血がのぼってしまう。

「何様よ、アンタ!!人のスタイルにケチつけて!!マスクだけで勘弁してあげようかと思ったけど、やっぱやめた、アンタは絶対に殺してやるわ!!」

ルイズは怒りに任せてタイガーへ向かっていった。

 

 目潰し金的喉突き噛み付きは全て空振り、凶器攻撃は凶器を弾き飛ばされ、組みついて頭から投げ落とそうとすれば自分から跳んだタイガーがバク転で頭を守りながら受け身を取り、関節を破壊する危険な関節技をかけようとすれば技を簡単に外されてしまう。考えつく限りの反則技をタイガーに仕掛けたルイズだが、全てにおいてタイガーが上を行っており、子供のようにあしらわれてしまい、無駄な動きばかりをさせられたせいでルイズは肩で息をする。一方タイガーは汗の一つもかいていない。ルイズが致命的に反則レスラーに向いていない理由だが、彼女は真っ直ぐで心根が優しく素直すぎるのだ。反則技というと簡単に使えると思われがちだがそうではない。目潰し一つとってもわかると思うが、狙う場所が小さすぎたり、頭から投げ落とすなど、狙い方が限られているのだ。これを使いこなすには人を殺しても何とも思わないほど冷徹な心で、相手が予想だにしていない隙を正確に突く必要がある。ルイズの心根ではためらいが生まれるため技がブレ、正しくあろうと思う真っ直ぐな心は相手の裏をかくのに向かず、素直な性格は隙を突くというひねくれたことと相性が致命的に悪い。何よりこれらの特徴のためルイズは反則技で戦うことそのものを忌避している。

「ハァッ・・・ハァッ・・・レスラーは・・・攻撃を受けて・・・ナンボでしょうが!逃げて・・・ばっかりで!!」

「悪いけど、反則技なんか受けてあげる価値すらない。」

無駄に振り回され続けたため、底無しとさえ思える持久力を持つルイズの体力すら底を尽き、あと一撃打てるか否かというほど消耗しきっている。もはや反則技のレパートリーも尽きたルイズは自分が最も得意とする技に全てをかけた。デビューから引退まで単純だがダイナミックな一撃で人気を博した父、ヴァリエール公の技、彼女が同じ道に進みたいと思うきっかけとなった技、彼女の信仰と言っても過言ではない技。

「カ・ラ・テ・・・パンチ!!!」

正拳突き!!!全体重を人差し指と中指の拳骨に乗せ、地面を蹴る力、腰の回転、腕の振りを一致させて放つこの技で、ルイズはレンガ壁を割ることもできる。しかし必殺技であるこれを打ったのは起死回生狙い、ルイズも当たるとは思っていない。しかしタイガーはこれを正中で受け止めたのだ。ルイズの腕、肩、体幹に確かな手応え、しかしというかやはりというか、タイガーは微動だにせず、倒すにはまったくもって足りていない。

『これでも・・・ダメなの?』

タイガーの大きな手がルイズの頭に迫る。やられるとルイズが覚悟したその時、タイガーの手は優しくルイズの頭を撫でた。

「いいパンチだ。」

これがルイズの聞いた最後の言葉であった。

次にルイズが目を覚ましたのは自室のベッドであった。視界の端では心配そうな顔をして立っている直人。

「あ、気がつかれましたか、お嬢さま?いや、タイガーがお嬢さまを運んできた時は何事かと思いましたよ!」

直人が、ルイズが目を覚ましたのを見てそう言うと、ルイズは顔が熱くなってくる。

「ねえ・・・今、何時かしら?」

「そうですね、もうすぐ日が出るころかと思いますし、寝直すよりは起きていらした方が良いかと?」

「そう・・・」

ルイズは気の抜けた返事のあと頭から布団を被って、自分がレオタードのままであるのに気づく。身体も汗の臭いがする。これで直人に『気が利かない』と八つ当たりするのは酷だというのはルイズにも理解できる。まさか年頃の少女のレオタードを勝手に脱がせ、汗を拭くなどされていればその方が怒るであろう。

「水桶を二つとタオルを二枚。」

「はい、今すぐに。」

ルイズが命じると直人の行動は早い。すぐさま言われたものを持ってきて、ルイズは起き上がるとじっと桶と直人を交互に見る。

「着替えたいのと、身体、拭きたいんだけど・・・」

こう言う時は、いつものルイズならば

『なにボーッと立ってんのよ、すぐ脱がして拭きなさい!!』

と怒るところで、直人は怒鳴られるより前にとルイズのレオタードを脱がせようと手を伸ばすが、ルイズはその手を払った。

「出てけって言ってんのよ!」

「え?ですが・・・」

「うるさい!とにかくこれからは着替えとか身体拭くのは自分でするからその間出てけって言ってんの!!」

「は、は!了解しました!!」

ルイズの剣幕に直人は驚きのあまり虎の穴式敬礼をルイズにすると、そそくさと部屋を出ようとして踏みとどまる。

「っと、お嬢さま。忘れないうちに、タイガーから伝言がありまして。」

「伝言?」

「えっとたしか・・・『キミに反則技は似合わない』だったかな?そんなこと伝えてくれって。」

これを聞いたルイズの顔はゆでだこのように赤くなる。

「わかったから出て行きなさい!!」

追われるように直人が部屋を出たのを確認して、ルイズはレオタード、インナーを脱いで裸になると姿見の前に立った。プロレス一筋17年、男も知らず、恋も知らない彼女の身体は日本刀のように研ぎ澄まされていた。良質な筋肉をカバーする脂肪は可憐さを醸し出し、無骨さなど微塵もない。顔のメイクは汗でだいぶ流れてしまっているのを見てルイズはまず顔を洗ってメイクを落とし、素顔になるとまた鏡の前に立って、濡れたタオルで身体を拭き始める。身体を拭きながらルイズは自分の、コンプレックスだらけの身体を見る。現役でトリステインの女子プロレス界を湧かせる人気レスラーである長姉エレオノールには遠く及ばない身長、女としての魅力の象徴である乳房は次姉と比べて洗濯板もいいところ。レスラーとしても女としてもコンプレックスしかない身体を、ギュッと抱きしめるようにするルイズは、今になってタイガーマスクに感じた苛立ちの正体に気づいたのだ。タイガーマスクは彼女のプロレスラーとしての理想そのものなのだ。ルール無用の悪役レスラー相手にフェアプレーで切り抜ける。反則技を知り尽くしているからこそあらゆる反則技をいなしてしまい、正統派で戦うヒーロー。そのスタイルは現役時代の父ヴァリエール公とうり二つなのだ。

「(わたしだって反則技で悲鳴をあげさせるんじゃなくて、正統派の技で喝采を浴びたいわよ!正しく戦って、勝ち負けなんか関係なく全力のフェアプレーで!でも・・・)」

彼女とて最初から反則レスラーだったわけではない。魔法学院に入った当初、全てが中途半端で、系統も決まらないほどであった彼女は勝てずとも大好きなプロレスができれば満足で、それなりに友人もいた。しかしそんな彼女の前にある悪魔が現れたのだ。身体の線は細く、片眼鏡をかけ、青白い肌、青い燕尾服の中には赤いベスト、黒いステッキを持ちしっかりセットされた頭には黒いシルクハットを被った初老の男は彼女にある約束を取り付け、それを果たすために反則技を駆使して勝ち続けることを余儀なくされたのである。かつては『手乗りグリフォン』と呼ばれ愛されていたのに反則技を使うようになったためその名を捨て、今となっては『ピンクデビル』として罵声と悲鳴を浴びるようになってしまってからは友人と呼べる相手すら失ってしまった。

「(ダメ、今はまだ・・・ピンクデビルと呼ばれても。)」

そう考えて両の頬を叩いて顔を引き締め、身体を拭き、最後に乾いたタオルで拭きあげると朝日が窓から差し込む。ルイズはそれを見てパンツにスリップ一枚ではない、練習着に着替えて外で待たせていた直人に声をかけた。

「ナオト、朝練行くから、洗濯頼むわよ!」

と、一声かけて部屋を飛び出した。

「おや、初めて名前で呼ばれたな。」

直人は苦笑いしながら部屋に入り、脱ぎ散らかしたレオタードに下着、タオルを見てため息をつくのであった。




おや?どこかにいたプロモーターの影が?気のせいでしょう、きっと。


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第3話 叩きつけられた挑戦状!差出人は『土くれのフーケ』!!

フーケも当然のごとくレスラーです。もう全体悪ふざけなのであしからず。


 土くれのフーケと呼ばれる悪役レスラーがいた。土をこね固めたような不気味なマスクを被る女レスラー、名のあるレスラーの元へ果たし状を叩きつけ、そのレスラーの秘蔵の宝物に対して相応の金をかけて試合を挑む。それだけならば土くれのフーケはハルケギニアのどこにでもいる野良レスラーの一人に過ぎないが、ルールは常に『反則上等、ルール無用のデスマッチ』なのだからタチが悪い。そんなフーケから魔法学院に挑戦状が届いたのだ。

『トリステイン魔法学院、貴校が保有する【破壊の杖】をめぐり試合を申し込む。』

後には試合の期日、ルールが書かれている。破壊の杖が大事ならば受けなければいいだけの話なのだが、受けなければ破壊の杖など比べ物にならないほど価値のある魔法学院の名声が、『挑戦から逃げた』として地に落ちてしまう。

「困ったことになったのぉ・・・誰か、受ける者はおらぬのか?」

急遽集合をかけられた魔法学院の教師陣は学院長であるオールド・オスマンの頼みに目を背ける。現役を退いたとはいえ教師は皆、かつて名を博したレスラーなのだが、老いて気が弱くなったのか名乗りをあげる勇気のある者はいなかった。

「学院長、ここは現役の生徒たちに任せてはどうでしょうか?」

風のスクウェアというスタイルを持つ教師、ミスタ・ギトーがそう提案する。彼は若い頃、『偏在』という分身を作り出してシングルマッチを多対一の状況にしてしまう魔法プロレスを初めて使ったのだが、その頃の血気はとうの昔に無くなってしまっていた。

「ふむ・・・まぁ、代表して向かった生徒達が勝てなければワシらの負けじゃろう。よし、貼り出してみようかの。」

こうして、フーケの挑戦に立ち向かう生徒を募集する通達が掲示板に貼り出された。ファイトマネーは1000エキュー、フーケが提示した賭け金の半額だ。これほどの大金ならば誰もが飛びついてもおかしくないが、フーケが相手であると書かれているのを読むと皆、手を引いてしまう。フーケの戦績はここ二年ほどで67戦全勝全K.O.ただしそれは全て反則上等ルール無用のデスマッチというヒールの戦い方そのもので、再起不能にされたレスラーも少なくない。これを相手に戦うというのは命知らずなどというものではない。個人のレスラーであればまだしも、学院という大所帯なら『誰かがやってくれるだろう』という集団意識が働いてしまい、誰も受けようとしなくなるのも当然だ。そんな通達の前に桃色髪でリング上では悪魔と呼ばれる女子が立ち、それを隅から隅まで読んでいる。

「これよ、こいつに勝てば・・・」

桃色の悪魔ことルイズはしたり顔でつぶやく。

「お嬢さま、土くれのフーケって?」

彼女の後ろに執事ないしマネージャーといった雰囲気で立つ直人は少しずつハルケギニアの字を覚えつつある。忘れがちだが虎の穴出身のレスラーは皆、頭脳明晰である。たとえば直人であれば少なくとも母語の日本語、活動の中心アメリカの英語、スイス奥地に根城を置くイタリア系非合法組織傘下の虎の穴組織内公用語と考えられるイタリア語の三ヶ国語は理解できるはずで、世界で活躍していた以上まだいくつかの言語を使えても不思議ではない。それはさておき、ルイズはフーケのことを簡単に説明する。

「辻斬りまがいの試合を挑む野良の悪役レスラーよ。それよりこのファイトマネー 、勝った時の話だけど、これは欲しいわ!」

「しかし勝てるのですか?」

「トーゼン!むしろ勝たなきゃダメなのよ。何よりあのフーケは『ルール無用のデスマッチ』を売りにしてるのよ、このわたしが負けるわけにはいかないわ!」

そんなルイズを遠巻きに見る他の生徒達がヒソヒソと陰口を叩く。むしろ聞こえるように言っているのか、直人やルイズにも聞こえてくる。

「おいおい、やる気かよ、ヴァリエールのヤツ。あんなのが出たら学院の恥だってのによ。」

「親父さんやお袋さんの顔に泥塗るだけの反則レスラーのクセに。」

「ハリケーン・エレンも、あんなのが妹じゃ可哀想よね~」

これにルイズは野良試合をしかねない勢いで陰口を言っていた者たちをにらむ。が、ルイズが飛び出すより先に直人が彼らに話しかけていた。

「キミ達、フーケとかいうレスラーが学院に挑戦してきたらしいけど、キミ達は志願しないのかい?」

「反則レスラーと?冗談じゃないや!戦う価値もないよ!」

「価値がない・・・か。命が惜しいの間違いじゃないのかなぁ?」

直人が何気なく言った風で嫌味を言うと、彼等は激怒する。

「な!あの恥さらしのマネージャーの分際で!!」

「いやいや、お嬢さまのマネージャーなのは関係ないでしょう?さっきキミ達はお嬢さまのご家族のこと引き合いに出してたけど、それだってお嬢さまには関係のないことですし。」

「だ、か、ら!戦う価値のない反則レスラーに恥さらしの反則レスラーがぶつかったら学院の面目は丸つぶれだって言ってんだよ!」

「それこそキミ達の誰かが出ればいいだけじゃないですか?」

人間は痛いところを突かれれば感情的になる。彼等も同様に逆上し、直人に殴りかかった。

「言わせておけばあぁ!!」

「うわ!暴力はいけませんよ~!」

直人は彼等の攻撃を避ける避ける。全て偶然を装い、腰を抜かしたフリをして拳を避けて他の者に当てたり、怖がって逃げた風を装い相手を投げたりと、無様に逃げまどうフリをしながら三人全員を自爆させた。

「お嬢さま~、助けて~!僕は暴力沙汰とかおっかないことが大の苦手なんです~!」

すでにレスラーは全員ノビており、ルイズは呆れながら尋ねる。

「直人ってたまに変なことするわよね。もう全員気絶してるわよ。」

「え?あら、ホントだ。助かった~」

間の抜けた風を装う直人に、ルイズは小さくつぶやく。

「・・・とね、・・・れて。」

「え?何かゴハッ!?」

直人が聞き返そうとするとルイズは彼を突き飛ばした。

「何でもないわよ、バカ!学院長室に行くわよ!!」

そう言ってドシドシと音を立てながらルイズは学院長室に歩いていく。直人は聞き返していたが実は聞こえていたルイズの言葉は、

『ありがとね、怒ってくれて。』

であった。

 

 学院長室でフーケの試合に志願したルイズは学院長からこれまでのフーケの試合をビデオのようなマジックアイテムで見せてもらう。フーケはルイズや直人ですら鼻じらむほどの反則レスラーであった。土魔法のゴーレムに凶器を投げてよこさせ、マイクで殴るゴングで殴るは当たり前、組み技には噛みつきで対抗、急所攻撃もバレないように平気でやってのけ、毒霧噴霧も何のその。再起不能にされたレスラーが多々いるのもうなずける。

「先に言っておく、危ないと思えば降参してくれて結構。キミの将来に比べれば学院の名声、破壊の杖など大したものでないし、金なんぞ元から向こうのものじゃからな。」

学院長がこう話すのは、仮に生徒からも志願がなければ自ら殺されるのを覚悟でフーケの前に立つつもりであったからに他ならない。歳を取ったオスマンは、身体が若い時のように言うことを聞くのであれば率先して戦いに赴いたであろう。しかし今は100も近く、フーケのような現役とデスマッチなどすれば本当に殺される。しかし命を捨てても学院の名誉を守るため、自ら試合に応じる所存であったのだ。だが、生徒の一人が立ち向かう以上、彼女のフォローと試合の段取りまでしかできることはない。あとは精々、『降参しても構わない』と言って試合に赴く彼女の緊張をほぐすのが限界だ。

 そしてルイズは、試合に向けて調整を始める。だが、問題が発生した。誰も彼女のスパーリングパートナーになろうとしないのである。皆、『反則で壊されてはかなわない。』と、倦厭するのだ。仕方なくルイズは一人でサンドバッグ打ちから始めることにしたのだ。

「フンッフンッフンッフンッ!!!!」

バシンバシンバシンバシンッと鋭い音だけが響く。ピンクデビルとなった時、ルイズはこうなることを予想してはいた。事実、これまでもそうであったが、このような大きな試合ですら手伝う者がいないとは思わなかったのである。

「ハァッ・・・ハァッ・・・」

肩で息をするほど打ち続けたルイズは、練習場を見回す。夕食後の練習は彼女が気づかないうちに全員、上がってしまっていてルイズしかいない。だが、誰かがいるような気配がするのだ。

「誰?いるなら出て来なさい!」

「いや、ずいぶん熱心なものだと感心してね。」

「・・・タイガー。」

声がした方にいたのは虎のマスクを被った男、神出鬼没のタイガーマスク。

「だが、サンドバッグと人間では感覚が違うのはわかっているかい?」

「当たり前よ、小さい時からずっとやってるんだから。スパーリングパートナーがいないから仕方ないじゃない。」

「そうか・・・ならば、リングに上がれ。」

タイガーは言うが早いかリングに跳び上がる。

「え?」

「俺が相手をしよう。」

「で、でも・・・」

ルイズは先日の果し合いの引け目でタイガーに素直に頼めず口ごもる。

「どうした?キミのプロレスへの熱意はそのくらいで押し止まってしまうのか?」

「・・・なわけないじゃない!!」

ルイズはそう言ってリングに跳び上がる。

「そう、いい笑顔だ!!」

タイガーマスクの表情はマスクのせいでわからないが、マスクの下でほほえんでいるだろうと、ルイズには確信が持てた。

 

 タイガーのスパーリングはフーケを想定したものであった。さすがに毒霧はマスクが邪魔でできないが、反則技は可能な限りフーケに似せている。それに対しルイズは正統派の技で戦っていた。その姿はとても桃色の悪魔とは思えない。

「どうした?反則技は使わないのかい?」

休憩に入り、タイガーはルイズにそう尋ねる。

「気分よ気分!わたしだってたまにはちゃんとした技で戦いたいのよ!」

ルイズは口ではそう言っているが、ギーシュとの決闘、タイガーとの果し合いの時のような悲壮感あふれる表情などしていない、とても充実した様子である。それを見てタイガーはかつての自分のことを思い出していた。虎の穴に強制されて反則レスラーとして戦っていたが、虎の穴から追われる身になったのを機に正統派レスラーに転身した時も彼は今のルイズのように充実した表情をしていた。そのように自分とルイズを重ねたからか、つい話す必要もなさそうなことを口にした。

「今のキミを見ていると、ある男のことを思い出すな。」

「ある男?どんな人?」

ルイズは興味津々といった様子でタイガーに尋ねる。

「その男はルイズ君より酷い反則レスラーだった。もしかすると土くれのフーケよりも。黄色いマスクと肌の色で『黄色い悪魔』と呼ばれていたヤツはある時から正統派に転向した。」

「・・・その人はどうして反則をやめたの?」

ルイズとしても今の自分そっくりで、タイガーの話を真剣に聞いている。

「アイツは自分を鍛え上げた反則レスラー専門の育成所にファイトマネーの半額を上納しなくてはならなかったがその約束を破ったそうでね、そこから命を狙われることになった。その育成所は裏切り者を制裁するためプロレスリングの上で死の制裁を下す。そこで、どうせ殺されるならば自分のやりたいプロレスをやって死のうと、アイツは正統派へ転向したというわけだ。」

「その人はさ、上納金を納めなかったらそうなるってわかってたのよね?どうして?」

タイガーの話を聞く限り、そのレスラーは反則レスラーであることに嫌気がさして上納金を納めなかったわけではなく、何らかの理由があって納められなかった、または納めなかったと取れるのだ。

「さぁ?入れ上げたクラブの姉ちゃんにでも貢いだんじゃないか?さ、最後に一本やって上がろう。もう夜も遅いからな。」

そう言ってタイガーが立ち上がり、ルイズもそれに倣う。

 

「ふぅ・・・」

すでに皆、風呂を終えていたため貸切状態であった風呂を浴び、久しぶりに満足のいく練習ができたルイズは自室に戻るとベッドに倒れこんだ。気づいたらいなくなっていた直人はなぜか部屋にも戻っていないが、彼女には気にする余裕もない。それよりもタイガーマスクの話の方が気になっていた。

「(あれ、絶対タイガーのことよね?)」

黄色いマスクに黄色っぽい肌、明らかに知りすぎていることからタイガーマスクが語ったのが彼自身の話であることはルイズにも簡単に想像がついた。彼が酷い反則レスラーだったのならばルイズの反則技が通用しなかったのもうなずける話である。

「(最後の、女の人に貢いだってのは絶対ウソよね。)」

だからこそ、彼の話の中で嘘だと断言できる部分もわかるのだ。少なくともルイズには、タイガーマスクが後先考えずにそんなことをする男には見えない、止むに止まれぬ理由があったが、その理由のせいにしたくない一心で嘘をついたのだとルイズは確信している。それは彼女も同じ、反則レスラーをやっていることを、その理由のためにしたくないからわかるのだ。

「(とにかく、フーケに勝つことだけを考えなきゃ。今は・・・)」

だんだんと意識が遠のき、ルイズは毛布の一枚も着ずに眠ってしまうが、しばらくすると彼女に優しく布団をかける男がいた。誰なのかは言うまでもない、タイガーマスクこと伊達直人である。彼は二つの顔を使ってルイズを育てることを考えたのだ。一つは伊達直人、この顔は素人として、素人の目線でマネージャーのように彼女を支える。もう一つはタイガーマスク、こちらは先輩レスラーとして彼女の標べとなることだ。ルイズはまだいくらでも変わっていくし成長していく。そしてゆくゆくはハルケギニア一のレスラーとなり、自分が地球で成し得なかったことも成してしまうだろうと、直人は確信している。そしてそのためにはフーケという名の反則レスラーとの戦いが大きな契機になるだろうと、直人は考えていた。二人の奇妙な師弟関係は続き、試合の日が訪れる。




タイガーマスクの過去を断片的に知ったルイズ。彼女はどうフーケと戦うのか?


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第4話 死闘!反則上等ルール無用デスマッチ!!

破壊の杖、その正体はいかに!?


 決戦の日が訪れた。会場は学院から馬で四時間ほどの森の中に作られた特設リング。そこには常に中立であるロマリア連合皇国よりハルケギニア各地に派遣された教会がレフェリー、実況をすでに配置している。リングの設営は教会が行なっているためリングに仕掛けはできない。そこへまず馬車が到着し、すでにいつものメイクをしてレオタードを着たルイズが降りてくる。応援としてついて来たのは、ルイズとは犬猿の仲で、先日ギーシュとの決闘で立会人としてレフェリーを務めたキュルケ、その友人でゴング係をやっていた、タバサという名の少女、そして直人である。

「さぁて、あたしはコレ、届けてくるわね。」

「ええ、お願いするわ。」

キュルケは破壊の杖を試合運営に持っていき、タバサは無言でルイズに水を渡す。ルイズはタバサのことはよく知らない。彼女は無口でルイズには何を考えているのかよくわからないのと同時にルイズに対して悪口を言うこともない。単純に興味がないだけなのかもしれないが。そして直人だがここに来ていつもの腹痛が始まってしまう。

「あ、あの、お嬢さま・・・すみませんが、お腹が・・・」

「もぉ、また!?早く行って来なさいな!」

「すみません、ホント!!」

尻を押さえてトイレに走る直人を見送るルイズは、他に愚痴る相手がいないからかタバサに呟く。

「絶対、試合が終わるまで戻ってこないわよ、アレ。」

これを聞いたタバサは無言で、しかし不思議そうに首をかしげる。

そんなやり取りをしていると大きな土のゴーレムの肩に座ったフーケが会場入りしてきた。セパレートタイプの衣装には蛇のウロコを思わせる茶色い色と柄、体つきから女であることくらいしかわからないフーケは他のゴーレムに賭け金を運営に届けさせながら地面に降りる。

「両選手会場に到着したもようです、解説はわたくし、マルコ=アントニオ。実況はトリステイン女子プロレス界きってのエース、ハリケーン・エレンことエレオノール女史をお招きしております。」

紹介されたエレオノールは長い金髪で眼鏡をかけた、ルイズの生真面目さ、気性を凝縮したような美人であり、一礼した後鋭い目つきでリングを見る。

「本日出場のピンクデビルはたしか、女史の妹君とのことですが・・・」

実況のマルコがそう尋ねるがエレオノールはそれを遮るように、

「実況、解説は中立たれ、当然のことですわ。」

と、偏った発言をしそうになったマルコを諌める。

「と、これは失礼しました。では、本日の試合はどのように見ておられますか?」

「そうですわね、両者とも反則技を売りとするレスラーですが、反則技の技量、運用共にフーケに分がありますわ。これを反則技で攻略するのは、ピンクデビルには難しいことでしょう。」

エレオノールが答えるとマルコはマイクをオフにしてオフレコでエレオノールに尋ねる。

「本音としては、妹君を応援したりなさらないのですか?」

「反則レスラーを妹に持った覚えはないわ。」

オフレコだというのに冷たい一言にマルコはため息をつきながらマイクのスイッチを入れた。

「おおっと土くれのフーケ、マイクを取りました!」

土くれのフーケはスタッフからマイクを受け取り、ルイズを指差す。

「天下の魔法学院も堕ちたものね、こんなチビを生贄にして、『学院は負けていない』とでも言うつもりかい!?言っとくけどこの土くれのフーケ様はどんな雑魚にも容赦しないよ!土で固めて学院に届けてやるわ、ヒャーッハッハッハ!!」

これに負けじとルイズもマイクを取るとフーケに言い返す。

「あんたこそ笑ってられるのは今のうちよ!そのブサイクなマスク、剥がしてやるから!別に困らないでしょ?その下も同じくらいブサイクにしてやるんだから!!」

観衆は全て悪役対悪役を好む客ばかりであり、現在注目の悪役レスラーフーケに、魔法学院で半年ほど前から悪名が売れつつある、かつての名選手であるダイヤモンドブレイカー・ヴァリエールとトルネード・カリンの娘にして現役エース、ハリケーン・エレンの妹がどのような血みどろの試合を見せてくれるか楽しみにして来たのだ。

「ルールは無制限三本勝負、反則自由の完全決着方式です。両者共に己の持ちうる全てをもって戦うように!」

レフェリーがそう言ってセコンドアウトの合図を出し、右手を挙げた。

「レディ・・・ファイッ!!」

カアアアァァァン!!!と、ゴングが鳴り、フーケとルイズは互いの距離を測って出方をうかがう。ルイズ側のセコンドであるキュルケとタバサはルイズが最初にやるであろう行動を予測する。ルイズならばまず相手のマスクを捕まえての目潰し、噛みつき、急所攻撃とつなげていくだろうと。なぜなら、覆面レスラーにとって覆面は命よりも大事なもので、覆面を剥がされることはレスラーとして積み上げたもの全てを失うことだからだ。仮にリング上で死亡したとしても敗北したのでなければマスクを剥がすことは許されず、マスクをつけたまま国葬されるため死後何年もたってから

『○×があのレスラーだったのでは?』

と、噂されることになる。そのため、覆面レスラーは絶対にマスクを守ろうとするからマスクを掴まれるとマスクを押さえるため両手が塞がる。そうなればいくらでも反則技を使えるというわけだ。しかしメインセコンドをやっているタイガーマスクはまったく違う指示を出す。

「ルイズくん、小技から入るんだ!!」

「タイガーさん、ピンクデビルはそんなこと・・・」

無視して反則技を繰り出すと考えていたキュルケの予想に反してルイズは飛び込みながらのジャブ、ストレート、ボディブロー連打、膝蹴り、下段回し蹴り、前蹴りと正統派の打撃技をフーケに浴びせていく。これにはフーケの方が驚いていた。絶対にマスクを掴むと思っていたから、マスクを守りながら目潰しを防いで、潰された目から噴き出したという設定の、口に含んだ毒霧(という体裁のハシバミ草汁)を吹きかけてやるつもりだったのに、膝蹴りをもらった時にうっかり吐いてしまったのである。フーケは一旦体制を立て直すためルイズの膝蹴りをわざと体で受け止め、足を掴んだまま軸足を払った。ルイズは受け身を取ってフーケにカニバサミをかけようとするがフーケはそれをジャンプして避け、バク宙、バク転しながらコーナーポストに近づき、バック宙でそれに飛び乗った。

「ピンクデビル!ナメてんのかい!?お得意の反則技はどうした!?」

半身になってルイズを指差して挑発するフーケにルイズも、

「アンタごとき反則技なんて使うまでもないわ!!」

と、返す。しかし今日は反則自由のルール、反則技を使わない方が不自然なのだ。

「そうかい、その強がり、ノされてからも言えるといいねぇ!!」

フーケはコーナーポストから飛び降りながら身体をひねる。これをルイズは飛び蹴りだと思い少し下がるが途端、ルイズの側頭部に衝撃が走った。

「どうだい、破壊の杖のお味は!!」

これに観客も運営スタッフもセコンドも全員が破壊の杖が入っていた箱を見る。箱は確かにさっきまで閉まっていた。しかしいつのまにか解錠され、誰にも気付かれずにフーケの手に渡されていたのだ。フーケは派手なパフォーマンスで自分に注目を集めている間にセコンド役のゴーレムを操作し、破壊の杖を盗み出していたのだ。そして破壊の杖の正体はというと、銀色に輝くパイプ椅子であった!その輝く足に一体何人の血を吸ってきたのか、どこか禍々しさを感じさせる。フーケは倒れたルイズにパイプ椅子で追い打ちを何度もかけ、とうとうレフェリーストップがかかり、フーケの手を掴んで挙げた。反則自由のルールである以上、普通のルールなら反則負けであってもフーケの手が挙げられたのだ。一回戦終了のゴングが鳴り、タイガーはルイズを抱き上げて自分達のコーナーへ戻し、タバサが治癒魔法をかける。

「ヴァリエール、平気?」

「そう思うんなら後で思いっきりアレで殴ってあげるわ。」

キュルケに軽口で返せるくらいの余裕はあるが、試合自体は後がない。ルイズはパイプ椅子の一撃目をまともに受けていた。頭蓋骨が陥没していてもおかしくない一撃をとっさに自ら飛んで緩和していたためそのまま二回戦も取られるようなダメージは負わなかったが、回復魔法では間に合わず確実に二回戦に響くダメージだ。

「ねえ、タイガー。試合が始まったらすぐ破壊の杖を取ってきて。」

ルイズに対しタイガーは答えない。破壊の杖は、今は運営に戻されており、今度は誰も目を離さないようにしている。

「ヴァリエール、それは無理よ、それに最初の、アンタと初めて会った時の戦い方じゃない!アレじゃダメなの!?」

「ダメよ!!アレじゃ勝てないんだから!!勝てないと賞金が・・・」

「待ちたまえ。」

ヒートアップするルイズとキュルケを仲裁するタイガー。

「ルイズ君、聞いてもいいかい?今のキュルケ君の話だとキミは正統派だったんだろう?お金が欲しいみたいだが、キミの生活は質素なものだし、豪遊癖があるわけでもないのに。」

「・・・ツェルプストー、それとタバサも、ちょっと聞かないようにしてくれる?」

ルイズは少し黙って考えると、キュルケととタバサに下がるよう頼む。

「時間はまだある。回復魔法・・・」

「ここまで治れば上等よ。お願い。」

『お願い』など、ルイズの口から初めて聞いたキュルケはタバサの肩をつかみ、

「そうねぇ、ヴァリエールがそこまで言うなら、仕方ないわ。」

と言ってルイズから離れた。間違いなく聞こえない距離で二人が背を向けると、ルイズはタイガーに自分の事情を話した。

「わたしには姉さまが二人いるの。一人は今解説席にいるエレオノールお姉さま、もう一人ちい姉さま・・・カトレアお姉さまっていってね。」

ルイズが語るカトレアはハルケギニア中の医者が匙を投げたような不治の病に侵されているというのだ。

「けど、そんな病気を治せるって人がいて・・・けど、10万エキューも必要で・・・顔も売れない3流レスラーじゃ一生かかっても稼げない・・・」

「ルイズ君、念のためだが、詐欺かもしれないよ?」

タイガーはルイズも考えたであろうこと、詐欺の可能性を聞くがルイズは首を横に振る。

「かもしれない。けど、10万エキュー一括でしか受け取らないって言われて。普通詐欺ならその度その度受け取るでしょ?それに詐欺だとしても、信じたいの、ちい姉さまを助けられるって。」

「なるほど・・・じゃあ、どうしてキミの力だけで稼ごうとしてるんだい?あそこの解説の姉様、若手のエースなんだろう?ポンととはいかなくとも、すぐに用意できそうではないか?」

「それがね、ちい姉さまを助ける方法が始祖に背く邪法らしいの。エレオノール姉さまは絶対許してくれないでしょうし、もし協力したとすれば姉さまはリングに立てなくなるわ。けど、わたしだけなら・・・」

ここで涙声になったルイズの両肩をタイガーは優しく掴んだ。

「そうか・・・キミもそうだったんだな。しかし、一つ聞くぞ?ちい姉さまはキミがこんなに悲しみながら、大好きなプロレスも好きにできないことを喜ぶだろうか?」

これを聞いたルイズの脳裏にカトレアの顔が浮かぶ。

「俺はカトレアさんのことは知らないが断言できる、キミがプロレス自体を嫌いになりかねないことを喜んだりしない。」

「・・・でも、それならどうすれば!?」

「簡単な話さ。それは・・・」

タイガーが答えようとするのを遮るようにレフェリーの

「セコンドアウト!!」

の声が無慈悲に響く。しかし聞かずともルイズにはその続き『正統派の技で勝てばいい』というのは伝わっていた。

「とにかく、まず目の前のフーケだ!いいか!?回転には回転をぶつけるのが基本だ!!」

タイガーの助言に親指を立て答えたルイズがリングに上がると、キュルケとタバサも戻ってくる。

「いい!?アンタと知り合ったばっかりの時のアンタの言葉!!『勝ち負けより大事なことがある!!』自分の言葉に責任くらい持ちなさい!!」

「ファイト、オー!」

キュルケとタバサの激励を背中に受けたルイズはフーケをしっかりと見据えた。フーケの反則技は一通り頭に入っている。間違いなくルイズより上手の反則レスラーであり、反則技で迎え打てる相手ではない。だが、身体能力では決して負けていないのだ。その証拠に序盤の正統派の技では間違いなくルイズはフーケを圧していた。そしてフーケも、そんなルイズの正体に感付いていた。

「(このチビ、反則レスラーって聞いてたけど、とんでもないわ、前に見た反則技より正統派の技の方がよっぽどキレてるわよ。)」

フーケはそもそも二回戦などするつもりはなかった。毒霧による目潰しのあと、叩きのめしてリングロープを使った首吊りで落とし、一回戦K.O勝ち、二回戦不戦勝でそのまま勝ち逃げるつもりだったのだ。しかしルイズは立ってフーケに相対している。フーケの反則技は全体的に奇襲が多い。奇襲とは手品と同じで、基本的に一度披露しタネが割れたものに二度目はない。

「(仕方ない、さっきは使えなかった毒霧、もう一度含んだから、これで行きましょうかね!)」

フーケはルイズの初手に合わせて毒霧を吹きつけようと鼻から息を吸ってルイズの攻撃を待った。

「シッ!!」

ルイズは一回戦のように飛び込みながらの左ジャブ・・・と見せかけて構えを入れ替え左ストレートを鳩尾めがけて打つ。

「(コイツはおあつらえ向きだねぇ、毒ぎ)ゴフッ!?ゲホッゲホッ」

ルイズはただのストレートと見せかけて顔にも掌底を打っていたのだ。しかしこれはダメージを与えるためではなく、毒霧という体裁のハシバミ草汁を防ぐためであった。逆流したハシバミ草汁が気管に入りむせるフーケにルイズは構わず追撃する。息ができない時の打撃によるダメージは大きい。たまらず寝転んで打撃から逃げたフーケにルイズは腕十字固めをかけた。完全に極まって抜け出せないフーケは腕をロープに伸ばす。普通ならばロープブレイクを狙っていると思うがフーケは反則レスラーだ、素直にロープブレイクを狙うはずがない。

「あんま調子乗ってんじゃないよ!!」

「グッ!?アアアァァァァ!!!」

フーケはまたもやゴーレムに、今度は彼女自前の寸鉄を取らせてルイズの左太ももを刺したのだ。たまらず技を外したルイズだが、今の一撃のせいか左足に力が入らず、右片足立ちでなければ立てない。

「今度は逃がさないよ、覚悟しな!!」

フーケはしゃがんだ体勢から右手を伸ばし、ゴーレムから新たに凶器を受け取っていた。その凶器が見えた観客、そして実況、解説は先ほど破壊の杖を盗み出された運営席を見ると、またもや破壊の杖が消え、今回はご丁寧に

『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

と、手紙まで添えられている。

「ハジ・・・けろやあああぁぁぁ!!!」

フーケは立ち上がる勢いも乗せて回転しながらパイプ椅子をルイズ向けて振り回した。一度見ているのだから普通ならば避けるところだがルイズは今、片足立ちで避けることはできない。絶体絶命と覚悟したルイズの脳裏に先のタイガーの助言が浮かぶ。

『回転には回転をぶつけるのが基本だ!!』

これに体がとっさに動いた。左足は軸足にすることができなくても振り回すことはできる。ルイズは右足を軸に背中側にその場で回転し、左足を伸ばしたまま振り回し、フーケのパイプ椅子を持つ右手を迎撃した!後ろ回し蹴りだ!!フーケの手首が砕け、パイプ椅子が弾き飛ばされるとルイズは片足で跳躍してフーケの頭をつかみ、ムエタイの首相撲のように逃げられないようにしてフーケの顔に左膝を叩きつけた!!二発、三発、四発、五発と叩きつける時にキュルケの『勝ち負けより大事なことがある!!』、タバサの『ファイト、オー!』という激励が頭をよぎる。そしてフーケがとうとう地面に倒れるとレフェリーストップがかかり、完全に気を失っていることがわかるとレフェリーが手をクロスさせ、ルイズの手を持って高々と掲げた!!

「試合終了!!土くれのフーケ、試合続行不能によりピンクデビルのTKO勝利となりました!!!」

観客からは拍手喝采、確かに観客は反則上等ルール無用のプロレスを見に来たのであるが、それにしか興味がないわけではない。反則上等の土くれのフーケに、正統派の技だけで戦い勝利したルイズに割れんばかりの喝采を浴びせるのもまた当然である。ルイズはこれに雄叫びで答える。

「ワアアアァァァ!!!」

それは歓喜の雄叫びであった!正統派に戻り、勝利を飾った彼女の悲願達成の雄叫びであったのだ!!

タイガーマスクがリングに上がり、ルイズを肩に乗せてその勝利を祝福しながら尋ねる。

「そういえばフーケのマスク、取らないのか?」

「いいわよ、今回は見逃してあげるわ。それに今外しても誰だかわかんないに決まってるしね。」

「そうかい、ならばリングを降りよう。」

一方、フーケは医療スタッフの担架で運ばれてリングを去っていくが反則レスラーへの罵声は無く、むしろルイズへの歓声のあまり誰にも気付かれていないのであった。

 

「それにしてもピンクデビル、今回は反則技を一切使いませんでしたね?どうしたのでしょうか?」

実況のマルコは解説のエレオノールに尋ねる。

「おそらく反則技で勝ち目がないと悟っての起死回生でしょうね。元々彼女は正統派から悪役へ転向したのですから、正統派の方が技がキレるのも当然でしょう。

 ・・・失礼、わたくし、私用がありまして。」

「ん、あ、あぁ、どうぞどうぞ。では、これにてトリステイン魔法学院プレゼンツ、破壊の杖争奪デスマッチを終了したいと思います!ここまでのご視聴、ありがとうございました!実況はわたくし、マルコ=アントニオ、解説はハリケーン・エレンことエレオノール女史にてお送りしました!では!!」

と、実況が締めくくるとキュルケが破壊の杖、タバサが賞金の入った鞄を持ってきて、ルイズはそれを座って出迎えた。タイガーマスクは試合が終わるとまた忽然と姿を消し、腹痛が治った伊達直人が戻ってくる。

「いや~、実況と解説の方のお話で勝ったことは知りましたが、直接お目にかかれず・・・」

「いつものことだからいいわよ、もう!」

そっぽを向いて拗ねるルイズを見て、やはり首をかしげるタバサ。

「さて、学院に凱旋ね・・・」

ルイズが固まり、全員がその目線を追うと、そこにはエレオノールが立っていた。

「・・・グッ!」

ルイズは目をそらす。そうしていればただ無視されるだけで済むが、目が合ったりすればネチネチと反則レスラーをやっていることを咎められるからだ。それも『身内でない』という意味を込めて『ピンクデビル』と呼ばれて。

「おチビ、最近ちゃんと練習してる?」

しかしエレオノールは無視せず、そして彼女がルイズを呼ぶ時の『おチビ』とあだ名で呼んだことでルイズはエレオノールの目を見た。

「エレオノール・・・お姉さま?」

「あの、お言葉ですがお嬢さまはキチンと・・・」

「マネージャーは黙ってなさい!そもそものところ、セコンドチェンジとは何事ですの!?ええ!?」

「ひ~!お、お嬢さま~、怖いです~!」

エレオノールの注意を少しでも自分に向けようとルイズの後ろに隠れて怯える演技をする直人。今はタイガーマスクでなく伊達直人である以上、これ以上のことはできない。

「ナオト、もうみっともない!」

「体格は良いのにどうしてここまで臆病なの?このマネージャー。それよりおチビ?あの程度の反則レスラーごとき、一回戦で沈めてこそヴァリエールのレスラーよ!反則レスラーの真似なんかしてるからあんなに苦戦することになったの、わかる?」

これにルイズは目に涙を浮かべてうなずいた。尊敬するレスラーの一人、エレオノールにまた妹として接してもらえた嬉し泣きだ。

「わかったなら、精進すること、い・い・わ・ね!」

「イタイイタイ!痛いです、お姉さま!!」

耳を引っ張られ立たされ、直人から引き離されたルイズの耳元でエレオノールは他の者に聞かれぬようささやく。

「(最後の首相撲からの膝、良かったわよ。それと殴られたところは後でちゃんと診てもらうこと。)」

これにルイズが

「はい。」

と短く答えると、エレオノールはすれ違ってルイズ達から離れて初めて笑みを浮かべた。彼女もまた、ルイズが正統派に戻ったことを喜んでいるのである。

「ど~したのよ?泣いちゃって!そんなに耳引っ張られたの痛かった?」

「泣いてないわよ、バカ!」

キュルケとのやり取りも反則レスラーになる前のものに戻っており、タバサはそんな二人を見ながら直人の隣に立った。

「・・・ありがとう。」

「ん?何がだい?」

小さな声で礼を言うタバサに、直人は本当にわからないという風に答える。否、伊達直人としてはほとんどルイズにしてやれたことがない以上、タバサが何の礼を言っているかわからないのだ。

「・・・何となく?」

タバサはキュルケとルイズのことをずっと見ていた。キュルケがルイズの最初のファンであり、反則レスラーとなっても『いつか正統派のルイズが帰ってくる』と信じていたことも知っている。そしてルイズが正統派に戻ったのは直人のおかげだと気付いているからこそ、礼を言ったのであった。

 

 遠く離れたトリステイン魔法学院にて、遠見の鏡で今の試合を見ていた学院長、オールド・オスマンと学院で技の研究、リングの開発と手による打撃を主とする『火系統』のプロレスを教えるミスタ・コルベールは、ルイズの戦い方を見て、以前からルイズに対して抱いていた疑念が確信に変わっていた。

「コルベールくん、かの始祖ブリミルの使い魔、タイガーは普段は人の姿をしていたとの伝説があったな。」

「ええ、何でも始祖ブリミルは『タイガーからプロレスを教わった』とか。」

「かの使い魔、ナオトくんだったかの?間違いなくタイガーじゃろ?」

「証拠はありませんが、おそらく・・・」

まずは眉唾だが、始祖ブリミルの伝説を確認する二人。しかしここからが本題だ。

「ルイズくんのスタイルは火、水、土、風のどれでもないとのことであったな。」

「ええ、打撃は火とは言えず、空中技は風ほどでなく、テイクダウンからの関節技は土と名乗れるものでなく、投げ技や立ち関節技も水には及ばない。しかし全てが高い水準でまとまっていたというのも事実でした。」

その中途半端さ、器用貧乏ゆえにルイズは系統無しの意味でかつての正統派時代『手乗りグリフォン』という愛称とは別に『ゼロのルイズ』という蔑称でも呼ばれていた。しかしその器用貧乏だが高い水準でまとまっていた技術が花開いた今、学院長とミスタ・コルベールはルイズのスタイルに確信が持てたのだ。

「始祖ブリミルは火の打撃、風の空中殺法、土のテイクダウン、水の投げ、立ち関節を自在に操るオールラウンダー、すなわち『虚無』の系統であったといわれておりますが、まさかミス・ヴァリエールが・・・」

『虚無』、今となっては失われたスタイルと言われ、全ての技を操ったと言われている。

「これは、トリステイン、いや全ハルケギニアに嵐が吹き荒れることになるじゃろうな。」

オールド・オスマンはどこかその嵐を期待するように髭を撫でた。かつてワイバーンに襲われたオールド・オスマンを助けたレスラー。彼は腹を刺されており、一刻も早く治療する必要があったというのに、偶然彼と共に呼び出されたであろう異界の凶器パイプ椅子をワイバーンに投げつけ、自分に注意を引くとワイバーンの首に飛びつき、そのまま絞め殺してしまった。結果として傷が大きく開いてしまい、そのレスラーは帰らぬ人となってしまったがオールド・オスマンは彼を弔い、彼が使ったパイプ椅子を『破壊の杖』と呼んで学院に収蔵したのであった。オールド・オスマンにはその名も知らぬレスラーとタイガーがどこか被って見えるのである。嵐の中心となるのはルイズとタイガーだろうと考えるが、同時に年頃の少女らしく友人とたわむれるルイズを慈しみ、心配するオールド・オスマンであった。




はい、破壊の杖の正体、まさかのパイプ椅子でした。そしてオールド・オスマンを助けたのは地球出身のレスラー。あ、誰とかは細かく考えておりませんのであしからず。
(と言いますか、タイガーマスク原作、普通に実在レスラーが出るから架空の人物と思ってネタにすると危ないです)

さて、これで第一部完ということで、気が向いたらまた書くかと思います。お付き合いいただき、ありがとうございました!


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