ファイアーエムブレム ヒーローズ ~異聞の『炎の紋章』~ (femania)
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プロローグ
プロローグ1 フェーの見た光景


注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!


ヴァイス・ブレイヴ。至天の世界と呼ばれる世界に存在するアスク王国所属の特務機関。

 

その仕事は主に異界の扉の悪用による厄災から人々を守ること。

 

異界の扉とは、この世界と異界を繋ぐ扉のことであり、異界とは、様々な英雄が、人外の脅威から人々を救った世界のこと。

 

ヴァイスブレイヴの敵である組織や王国が日々アスク王国を滅ぼそうと進軍してくる。特務機関は扉によってつながった異界の英雄と共に、その軍との戦いに日々身を投じる。

 

その中心戦力は、召喚士と呼ばれる異界から英雄を召喚する特殊な神器を使う人間により、呼び出された数多の英雄。

 

彼らとともに迫る敵を倒し、敵が開いた異界の扉を閉じ、この世界の関与で異界の歴史が改変されないように始末をつけるのも彼らの仕事だ。

 

ヴァイスブレイヴの戦闘員、アルフォンス、シャロン、アンナの3人は、伝書フクロウフェーの一匹と召喚士によって召喚された英雄たちとともに、エンブラ帝国と戦い、ムスペルを退け、ようやくアスク王国に平和を取り戻した。

 

未だエンブラとの戦いは続いているものの、召喚士によって呼び出された英雄とともに戦い、アスクの平和を守り続けている。

 

――そう、昨日までは。

 

 

 

 

 

「ふぇー、むにゃむにゃ」

 

あついような、焦げ臭いような。そんな謎の違和感によって、定位置で瞑想をしていた伝書フクロウは目を覚ました。

 

「ふぇ?」

 

いつもは夜でも敵の侵入を警戒しているはずの英雄の姿が見えない。

 

「皆さん……どうしたのでしょう?」

 

ぱたぱたぱた。

 

焦っているときはつい癖になってしまっている翼を動かす擬音を口ずさみながら、上空へとはばたいた。

 

これでも伝書フクロウを自称するだけあり、上空に飛び立つことは苦ではない。

 

特務機関の建物は屋内なので上空から中の様子は見えないはずなのだが、その真理に気づくことなく、フェーは夜空へと飛び立った。

 

特務機関の本拠地の上空からは、白を基調とする、美しい街並みが見える――。

 

「ふぇ?」

 

はずだった。しかし、フェーの目の前に広がる街は、あまりに赤すぎる。

 

炎が上がっている。街が燃え、

 

「ひいぃ!」

「うあああああああああああああ!」

「やああああああああああああああ!」

 

人々の苦しむ声がたくさん聞こえてくる。

 

そして、それを行っているのは、

 

「あれは……英雄さん達ですか?」

 

つい寝る前まで、気さくに話してくれたはずの、召喚士によって召喚された異界の英雄たちだった。

 

「なんで……なんで?」

 

フェーは混乱した。いったい何がどうなっているのかと。

 

二度見、三度見した。

 

召喚された中には、闇堕ちした英雄もいなくはなかったのは心得ているが、フェーが見る限り、街中で暴れているのは、そんな連中ではなかった。

 

善の心を持っているはずの英雄だった。そんな彼らが、容赦なく人々の命を奪っている。それは、フェーにとっては、あまりに凄惨な光景だった。

 

「そんな、そんな……」

 

しかし、この鳥は伝書フクロウ、残念ながら人々を救う力は、今の自分にはない。

 

「アルフォンスさんたちに、召喚士さんにお知らせしなければ!」

 

フェーはすぐに、自分のお世話をしてくれる慈悲深い飼い主である、特務機関の誰かを探しに、これまで出したことのない凄まじいスピードで、城へと舞い戻った。

 




FEの発売間隔ってオリンピック並みに長く、待てなくなった私は自分で二次創作に手を出しストーリーを作り始めました。皆さんに見たことのないFE体験をしてほしい、ただその一心でがんばりますので、よろしくお願いします。

by femania


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プロローグ2 召喚士エクラ

「召喚士さん! 召喚士さん!」

 

エクラは、聞きなれた声に呼び出されて目を覚ます。

 

「フェーどうしたの?」

 

「大変なんですぅ、大変なんですぅ!」

 

いつもの癒される声に耳を傾けて、エクラはフェーがいつもと違うことに気づく。

 

基本的に伝書フクロウとして穏やかな物言いのフェーが、今まで聞いたことのないほどの声量で自分を呼んでいたのだ。

 

「フェー。落ち着いて」

 

「ふぇー、ふぇー!」

 

「おちついて」

 

「ふぇ……ワタクシとしたことが、申し訳ありません」

 

「大丈夫、落ち着いて、ゆっくり、何を見たのか話をして」

 

「はい……」

 

エクラは寝間着から、いつもの出陣の時の服へと着替える。最初に異界から呼ばれた頃はなれなかったローブも今では簡単に着こなせる。

 

そのわずかの間、フェーが見た光景の報告に、真摯に耳を傾ける。

 

平静さは崩さなかったつもりだが、それでも一瞬着替えの手が、否、頭の中を含めて、生命維持に必要な生理現象以外のすべてが停止したような感覚に襲われる。

 

自分が召喚した英雄が人を襲っているということ。

 

否、それをエクラはすぐに否定する。

 

「そんなことないよ、フェー。確かに悪い人も中にはいたかもしれないけど、いい人だってたくさんいた。そんな英雄たちが、急に心変わりして、みんなでこの国を壊そうなんて思わないはずだ」

 

「召喚士さん……」

 

「とりあえず、アルフォンスなら、何か知っているはずだ。合流しよう」

 

「しかし……」

 

実はここに来るまで、アルフォンス、シャロン、アンナ、フィヨルムの部屋を順に尋ねたフェー。しかし。その部屋が、まるで爆破されたかのように、無残に壊されていたのだ。

 

「なんだって……?」

 

さすがのエクラもそれには衝撃が体を駆け抜ける。

 

まさか、死んだ――?

 

一瞬考え方が、それをすぐに否定した。

 

「大丈夫」

 

「召喚士さん。でもぉ……」

 

「不安になるのは分かる。けど、まだ死んだと決まったわけじゃない! みんな強いよ。だから、大丈夫だ」

 

何の確証もない、ただの気休めの言葉だった。しかし、それでも、フェーには効果があったようで、

 

「……召喚士さん。行きましょう!」

 

「ああ。まず一人、誰かと合流する!」

 

うるうるした目になりながらも立ち直った。エクラはフェーを肩に乗せ走り出した。

 

破壊された城。焼け焦げたカーペット。ところどころに転がるアスク兵の亡骸。

 

未だエクラは外には出ていない。それにも関わらず目に入る光景。すでに敵が城に潜入しているという事実を示している。

 

エクラは特務機関に来てから戦争を経験した。生き残るために武器の扱いは苦手なりに、観察眼を鍛えてきた。それ故に、現状、特務機関の本部があるこの城に何が起こっているのかを容易に想像させた。

 

「みなさん、みつかりませんねぇ」

 

心配そうにさえずる伝書フクロウにエクラは頷きを返す。

 

しかし、あえて言葉は変えさなかった。きっと見つかる。まだ生きてる。そう信じているからだ。

 

だからこそ、城の中を走る。もしもの時はブレイザブリクを使って、もしものためにため込んだオーブを動力に神器の力を発動し、英雄に助けてもらうしかないと、敵との遭遇も考えながら。

 

いつもは戦いの時には、アルフォンス達が近くにいた。それが急に一人になり、底知れぬ不安がエクラの動きを鈍らせようとする。

 

エクラは自分を鼓舞し、必死に足を動かした。

 

幸運なことに、ここまで敵には誰にも会わなかった。エクラが通ったところは既に戦闘が終わっていた様子で、アスク王国の兵士が無残な姿で倒れていた。

 

もうすぐで、あの場所に出る。誰かにはきっと会えるだろう。エクラはそう確信している。

 

エクラが目指しているのは、ヴァイスブレイヴの本拠地の中でも最も広い空間。掲示板や噴水、フェーの止まり木などが置いてあり、多くの英雄たちが集って談話や作戦会議を行う憩いの場。よくエクラはそこをホームと呼んでいる。

 

もうすぐ、というところで、とうとうエクラにも試練が訪れる。

 

「敵……!」

 

「ふぇー……」

 

血の匂い。今さっき起こった断末魔。振り返るその兵士は、エンブラの紋章を携える剣の兵と槍の兵。震えるフェーをなだめながら、エクラは召喚器をセットする。

 

「今、ここに他の英雄はいない。それがなぜかは知らないが、今はまず、ここを切り抜けないと」

 

エクラには相手のステータスを確認できる、特殊な観察スキルが付いている。それにより、敵のあらゆる能力を数値にして見ることができ、敵の強さを客観的な分析にかけることができる。このスキルもあり、エクラはアスクの軍師としての一面ももつ。

 

脳に伝えられた情報は衝撃的なものだった。

 

(115……120……? なんか……おかしくない?)

 

かつて出会ったことのある英雄の中に、最高にタフなアーダンという英雄がいた。最高記録をもつ彼でも99だった。他の多くの英雄も、3桁のHPを持った敵など存在しない。

 

あのエンブラ兵は間違いなくただの一般兵。それにも関わらず、そのHPの量と大英雄戦、危険度アビサルで出てくる護衛兵並みのステータスが観測された。

 

(あんなの、英雄でも1人、2人じゃ倒せない……!)

 

しかし、すでに相手のエンブラ兵はエクラの存在に気づく。

 

「アスク……兵」

 

「滅ぼせぇぇぇぇぇぇ!」

 

獣が肉を見つけたように牙を見せ、己の武器を持って突撃を開始する。

 

迷っている暇はなかった。エクラはブレイザブリクにオーブを装填し、神器を起動させる。

 

本来はこのような詠唱は必要ないものの、今はとにかく、この場を切り抜けるための奇蹟を信じるために唱えた。

 

そして神器のトリガーを引く。

 

「伝承の異界より来たれ! 栄光携えし英雄よ!」

 

撃ちだしたオーブのエネルギーによって異界の英雄は召喚される。あらかじめ色を決めておくことで召喚される英雄をある程度まで絞り込むが、そこから出る英雄は不明だ。

 

「……あれ?」

 

「ふぇー、召喚士さん?」

 

英雄が――召喚できなかった。

 




まだまだプロローグは続きます。

とりあえず特務機関の誰かが出るまでは続きます。
しばらくお付き合いいただければ幸いです。


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プロローグ3 異変

何かの間違いかと、トリガーを再び引いたが、何度やっても、英雄が召喚できない。

 

「嘘だ……」

 

こんなことはこれまでなかった。誰か英雄はこの召喚の要請にこたえてくれたはずなのに。

 

「ふぇー! なぜですか。いったい……」

 

「フェー、これは?」

 

「ワタクシにも分かりません……こんなことぉ」

 

「アルフォンスに訊いてみるしかないか?」

 

しかし合流はできない。すでに兵士には見つかった。逃げることもエクラの身体技術ではできない。戦うか死ぬか。

 

「フェー。今までありがとう。逃げるんだ」

 

覚悟を決めるしかない。

 

「そんな、そんなことできません」

 

「いいから。誰かに守ってもらって。フェー」

 

「ふぇー、でも、今までお世話になった召喚士さんを見捨てることなんてできません!」

 

「大丈夫だから。行って!」

 

「ふぇー……」

 

エンブラの戦士は、剣を振りかぶり、槍を持ち、それぞれがエクラを殺すべく迫る。

 

エクラも死ぬのは怖い。しかし、幾度とない戦争が一般人である彼を、心意気だけでも立派なアスクの軍人に変えていた。

 

だからこそ、フェーを、特務機関の重要な情報収集係を死なせないために、犠牲になるしかないと思ったのだ。

 

「ふぇー! ふぇー! ふぇー!」

 

飛び立とうとフェーは翼を広げる。

 

しかし、その必要がなくなったのは、エンブラ兵を止める声が、戦士の後ろから響いたからだ。

 

「やめなさい……」

 

その声、エクラには聞き覚えがあった。

 

「ヴェロニカ皇女……?」

 

エクラに迫る戦士を止めたのは、エンブラの皇女であるヴェロニカ。今まで何度も激闘を繰り広げてきた、アスクの宿敵だ。

 

しかし――。

 

(HP680……? なにそれ!)

 

自分の目が狂ったかと一瞬思った。今のヴェロニカ皇女はそれほどに強い何かを秘めていたのだ。

 

そしてそんな数値で見なくても、今のヴェロニカ皇女が今までと違う力を持っているのは明らかだった。彼女の使う魔導書が、いつもにまして怪しく輝いていたのだ。

 

そして彼女自身も、いつもと同じようで、どこか違う雰囲気だった。

 

「こっち……来なさい」

 

ヴェロニカの誘いを受け、エクラは一瞬悩むが、今のエクラに抗うだけの力はない。エクラは素直に、ヴェロニカ皇女の指示に従い、その先にある、ホームへと歩き出した。

 

 

 

ホームは未だ綺麗に保たれている。フェーの止まり木にも、噴水にも、地面や上空にも傷一つついていなかった。

 

「ここがあなたたちの本拠地なのね。きれいだわ。ここはこのまま残しておきましょう……」

 

エクラは、ヴェロニカの近くにいる謎の騎士を見る。なぞというのはその騎士はほぼ透明で姿が詳しく見られないのだ。しかし、馬に乗っている事、巨大な剣を持っていることはかろうじて観察できる。

 

(HP340……。おかしい。何かおかしい……)

 

ここまでの数値だと、まるで目の前の2人が人間でないようにみえてならない。

 

そしてホームにはヴェロニカ皇女と、その騎士、そしてエクラとフェーしかいなかった。

 

「ふふ……怖い?」

 

「珍しい。笑うんだね」

 

「ええ。私はとてもきもちいいわ……だってアスクがこんなふうになってるんだもの」

 

いつものヴェロニカ皇女が言いそうな話だが、エクラは違和感がぬぐい切れない。

 

「ヴェロニカ皇女。なぜここに招いたの?」

 

本来であればエクラもアスクの人間、問答無用で殺す相手のはずなのだ。

 

それに対し、ヴェロニカ皇女は――

 

(……?)

 

違う。確かな証拠はないが、目の前にいるのはヴェロニカ皇女ではない。だからと言ってロキの変装かと言われればそうではない。敵を褒めるのもどうかと思うが、ロキの変身は自分が見てすぐに分かるもの程度ではないほど完璧だ。

 

瞳の奥に怪しい光を宿すヴェロニカはエクラに、底抜けに嬉しそうな笑顔を浮かべながらエクラに言った。

 

「宣戦布告……必要でしょ……?」

 

「君は誰だ……?」

 

「なにが言いたいの……?」

 

「答えてくれ」

 

「……物好きね。でも……あなたの予想と少し違うわ……」

 

ヴェロニカは愛用の魔導書を掲げ、魔力を放出する。

 

「私は、ヴェロニカ……それであってるわ」

 

「でも……君は」

 

「ええ。今はある人と……協力しているの。アスクを滅ぼすために。それだけの違いよ……」

 

「ある人……?」

 

エクラはそこから先を訊こうとしたが、それ以上をヴェロニカは許さなかった。

 

凄まじい魔力放出の影響が暴風となり、エクラに襲い掛かる。

 

「ふぇー!」

 

伝書フクロウは吹き飛ばされ、エクラもかろうじて前に体重をかけ続けるのが限界だった。

 

「あなたにはもっと……聞きたいことがあるはずよ?」

 



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プロローグ4 魔に堕ちた太陽

「エクラ!」

 

アルフォンス! と声には出さなかったが、頼もしい声が聞こえ、振り返ろうとする。

 

「伏せろ!」

 

しかし、親友から飛んできたのは再会を喜ぶ声ではなく、警告だった。

 

エクラは体勢が悪ければ吹っ飛ばされるところを耐え、何とか地面に屈む。

 

その頭上を、黒い炎が飛んで行ったのをエクラは確かに見た。

 

振り返る。エクラに新たな驚愕が走った。

 

アルフォンスが、血まみれになりながら、アンナに抱えられていたのだ。

 

そしてアンナから逃げるように、ふらふらと歩き出した。

 

「無理しちゃだめよ!」

 

アンナの叫びに、

 

「しかし、僕だけが弱気になっているわけにはいかないですよ、隊長」

 

と、徹底的に強がる姿勢を見せた。

 

「アルフォンス……」

 

「エクラ、無事でよかった……! く……」

 

アンナが警戒している先には、炎槍ジークムントを持ったエフラムが立っていた。

 

「すまない……英雄を」

 

アルフォンスが言いたいことはそこまでで伝わったが。

 

「ごめん。無理」

 

と、言い返すしかない。

 

「どうして……?」

 

「分からない。でも、英雄はどうしても召喚できないんだ……」

 

弱音を吐くしかないエクラ。申し訳なさで頭がいっぱいになった。その事実を告げた時のアルフォンスの顔は、今まで見たことがないくらいに絶望を感じさせる顔だったからだ。

 

そしてそんな彼らを守るアンナも限界を迎えている。

 

「よく耐えるな。正史世界の英雄にしては素晴らしい戦闘力だ。褒めて遣わす」

 

よく見ると、ジークムントが黒い。そしてエフラムもいつもの様子とは違う。

 

「く……」

 

そして、口ぶりから分かることは、アンナとアルフォンスはあのエフラムと戦っていたということ。そして2人がかりで挑んだアルフォンスとアンナに引けを取らないどころか、圧倒したということ。

 

エクラはそのエフラムのステータスを見た。

 

(HP450のうち残り412、他は攻撃力85 素早さ60、守備55、魔防50 勝てるわけない……!)

 

アルフォンスがさらにエフラムの槍を指さす。

 

「エクラ……武器を見てくれ」

 

「ああ、黒いね」

 

「本人はこう言っていた、魔槍ジークムント」

 

「聞いたことないよ?」

 

「あの槍、何か良くない力を感じる……恐ろしい槍だ……」

 

ヴェロニカはそれを聞き、ふふ、と笑い声をあげた。

 

「まさかあれも君の仕業か?」

 

尋ねるアルフォンスに、ヴェロニカは答える。

 

「私じゃない……彼が持っているのは、彼が彼の世界で得た力。終末世界のマギ・ヴァル大陸で人々を破滅へ追いやった魔王」

 

「馬鹿な……」

 

そんなことあり得ない。

 

アルフォンスもエクラもエフラムとともに戦ったことがあるからこそ分かる。エフラムは人々を虐殺するような人間ではないと。

 

「はぁ!」

 

凄まじい槍の刺突を、アンナは神器、ノーアトゥーンでかろうじて防ぐ。そして、反撃に転じるも、エフラムから放たれている魔の力が、ノーアトゥーンの斬撃すらも擦り傷程度に抑えてしまう。

 

「く……、はぁはぁ」

 

「正史世界を守る特務機関、ヴァイスブレイヴ。愚かな人間の最期のあがきを、俺が直々に見届けてやる。いくらでも足掻け、指一本動かなくなるまで可愛がった後、惨たらしく殺してやる」

 

「上等……じゃない!」

 

いつものエフラムが決して見せない笑み。悪の権化であることを示すような表情。アンナは再びそのエフラムに斬りかかった。エクラから見たアンナのHPは残り9.おそらく、次の攻撃が当たれば絶命する。

 

エクラは絶句するしかない。もはや、何もかもがわからない、そしてどうすればいいのかも。

 

「かわいいかおね……エクラ」

 

ヴェロニカが語り掛けてくる。

 




エフラム? がまさかの敵です。
この時点で何か変であることが分かると思います。

ここからが本番です。
ヴァイスブレイヴの敵はいったい何者なのか。
それが次回で明らかになります!


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プロローグ5 終末世界からの侵攻

アルフォンスはかろうじて立ち上がり、すでに刃こぼれの激しいフォルクヴァングを構える。

 

「無様……いい気味だわ」

 

「ヴェロニカ皇女。いったい君は……何をした!」

 

この襲撃の核心に触れる問いを投げたアルフォンスの叫びに、ヴェロニカは寸分迷わず答える。

 

「決まっているわ……アスクを滅ぼすの」

 

「それだけじゃないはずだ。英雄の召喚ができないのも君の仕業だろう?」

 

「正しくは私たちの協力者の仕業だけれど……まあ、いいわ。そうよ、私たちの仕業」

 

そして、ヴェロニカは語る。このアスク崩壊を呼び起こした元凶と名乗る名を。

 

「麗しきエンブラの召喚師様。アスクじゃなくてエンブラを選んでくれた人」

 

(あのヴェロニカ皇女が、『様』をつけて人の名前を……)

 

違和感しかない言葉遣い。これもヴェロニカ皇女の異変の原因か、とエクラは予想した。

 

そして、いまだ謎に包まれる、気になる単語について、この場にワープで現れたもう一人が語りだす。

 

「ザガリア……!」

 

「アルフォンス。すまないな。これが……結末だ」

 

 いつものように仮面で目を隠して、ただ冷酷に事実を述べる。しかし、その声は少し震えていた。

 

「お前達に力を貸す正史世界の英雄は我らの召喚師の力で世界留まれなくなった。それ故にお前たちは英雄を呼べなくなった。エンブラだけが使役できる英雄がいる禁断の扉を開けたのだ」

 

「扉……?」

 

「今この世界にやってこれるのは、終末世界、いずれ滅びを迎える世界における英雄たち。姿形は同じでも、正史世界よりも厳しい世界で戦い、それ故に凄まじい力を持った、本来伝承で語られることのない影の英雄たちだ」

 

「ザガリア、本気なのか……!」

 

ザガリアは俯き、そしてそのまま黙った。それ以上、何も語ることはないと言わんばかりに。

 

「エクラ……どう……すごいでしょ」

 

エクラは、短時間でまるでまた別世界に来たかのような感覚に陥った。ようやく慣れてきたこの世界で戦うのに慣れたばかりなのに。このような

 

「でも安心して、あなたたちはすぐには殺さない」

 

アルフォンスがふらつき、倒れそうになったのを、エクラは肩で支える。そのアルフォンスは決して意識を失ったわけではなく、その話に真っ向から向かい合う。

 

しかし、アルフォンスもまた、今の話を十分に飲み込めていない。

 

「君たちの言う終末世界……まさか、アスクで暴れているのは」

 

それにザガリアは答える。

 

「そうだ。本来とは違う道を辿った結果、この世界に語られる伝承とは違う結末に至った異界。その英雄たちが、今城下で暴れている英雄たちだ」

 

「その英雄と君たちは契約したと?」

 

「そうだ。そして、我々は前の君たちのように、すべてを打倒する可能性を手に入れた」

 

そこから先の言葉は言わずもがなだろう。

 

対して今のヴァイスブレイヴは味方となる英雄は1人もいない。この状況を打破する力を持っている戦士もいない。

 

ヴァイスブレイヴは既に敗北が決定的なのだ。

 

「……いいのか?」

 

「ええ……このままおわりはつまらないもの」

 

ヴェロニカはなにもしようとしなかった。

 

その代わり口を開いた。

 

「これは宣戦布告……」

 

アルフォンスは、その言葉の意味をしっかりとかみしめる。それは今まで戦闘状態だったエンブラからの改めての宣戦布告、つまり、この戦いですべての決着をつけるつもりだという意思表示である。

 

「戦線……布告……!」

 

「そうよ。アスクの王子。今は無様に逃げるのをゆるすの。その代わり、ちゃんと……私と戦うの。でも、英雄のいない今のままの貴方たちを相手にしてもつまらない。だから猶予をあげる。アスクは今終末世界に包囲されている。そんな世界の中でも、ブレイザブリクの召喚に応じる英雄はいるかもしれないから……」

 

「慈悲深いんだね」

 

アルフォンスの疑いを、次の一言が晴らす。

 

「にいさまのおねがいだから」

 

アルフォンスはザガリアを見る。しかし、ザガリアは、アルフォンスを見ることなく後ろを向き魔導書を上に掲げた。

 

「ザガリア……!」

 

「アルフォンス。俺達と戦いたければ終末世界を巡れ。この絶望に、アスクの滅亡という終焉になお、立ち上がり、お前達がヴェロニカを……アスクを救うというのなら」

 

魔導書は発動され、ヴェロニカとザガリア、そして傍にいた透明な黒の戦士は消えた。

 

「アルフォンス」

 

ヴェロニカが消え、地面に崩れ落ちるアルフォンス。

 

「く……」

 

エクラはアルフォンスのけがの具合を確認する。ダメージは負っているが、致命傷はないようで一安心する。杖の英雄が――。

 

「そうか……いないのか」

 

エクラはこういう時に人任せしかできない自分の無力さを恨むしかなかった。

 

アルフォンスは、傷口を押さえ、携行していた傷薬に目線を向けた、エクラはそれに気づき、傷薬をアルフォンスに飲ませる。

 

 アルフォンスは一瞬だけ、いつもの凛々しい顔に戻った。

 

「ありがとう……これで血が足りそうだ」

 

アルフォンスは立ち上がる。そして、フォルクヴァングを持ち、アンナの救援に向かおうとした。

 

アンナももう満身創痍だったが、それでも何とか首の皮を繋いでいる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

未だ、傷一つないような顔で立つエフラムを見て、ふざけんじゃないわよ、と文句を放つアンナ。アルフォンスが復活したのを横目で確認すると、

 

「……アルフォンス、エクラを連れて逃げなさい」

 

「アンナ隊長、僕はもう大丈夫です」

 

「大丈夫じゃないわ。こいつ、勝てなさそうよ」

 

エクラは今のエフラムの残り体力を見る。

 

HP残り372。対してアンナは残り4。おそらく30秒と時間稼ぎもできないだろう。

 

そうなれば槍と相性の悪いアルフォンスが、エフラムと戦うことになってしまう。

 

「ですが! このままではアンナ」

 

「アルフォンス! ヴァイスブレイブの使命を忘れたの?」

 

いつもは起こらないアンナの、数少ない激怒の咆哮がアルフォンスを襲った。エクラもアンナの本気の時の声を始めて聞き、体が震えた。仮にも、軍の隊長だと実感した時には、もう時すでに遅すぎるものだったが。

 

アルフォンスは当然、これまでの恩人を見捨てる真似はできない。しかし、アルフォンスの聡明な戦略眼は、アンナの言うとおりにすべきだと言っている。ジレンマで体が動かなくなってしまっている。

 

「アルフォンス!」

 

「く……」

 

「しっかりしなさい! あなたはアスクの王子よ! あなたが負けたらこの国は終わるの! あなたは血反吐吐いて泥をすすってでも生きなさい! 今、アスクの希望は、あなたとシャロンだけなのよ!」

 

「ですが……僕には……」

 

エクラはどうすればいいか、これまでずっと考えていた。召喚すらできなくなった自分にできることは何なのかと。

 

しかし、無力な自分に選択肢はほとんどない。

 

唯一できることは――。

 

「アンナさん、今までありがとうございました!」

と言い捨てて、アルフォンスの手を引き、ホームから逃げることだった。

 

「エクラ……!」

 

「行くよ、アルフォンス!」

 

「ダメだ!」

 

「わがまま言うな。気に入らなかったら後でいくらでも相手になる!」

 

「僕は……僕は……」

 

歯を食いしばり、ようやく走り出すアルフォンス。

 

それを見て、アンナは言った。二人に聞こえているかどうかも定かではないが。

 

「これまでごひいきにありがとう……、 どこかで別の私に出会ったら……その時はサービスしちゃうわ!」

 

と叫ぶ。

 

「泣かせるな? 実に無様な人間らしい姿だ」

 

エフラムを名乗る暗黒の槍使いに、アンナは最後に意地を見せる。

 

斧の5連撃による『流星』。アンナの最大の奥義だ。

 

「行くわよ!」

 

――ホームに5回の斧の打撃、そして1回の空を貫く刺突の音が響き、それ以降、ホームからは何も聞こえなくなった。

 

 

これまで英雄たちと素晴らしく充実した時間を過ごしたはずのホームは、アスクとエンブラの最終決戦の始まりであり、そして、アスク王国を救うための、ヴァイスブレイブの長い旅の始まりとなったのだ。

 




ヴァイスブレイヴに過去最高の危機迫る!

これからの特務機関の長い長い旅をお楽しみください!

by トザキ

トザキ君の考えたファイアーエムブレムの世界を楽しみにながら執筆していきたいと思います。この作品もよろしくお願いします!

by femania


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オープニング

念のためのFGOタグがある理由はまさにこれ




ファイアーエムブレムヒーローズ 第X部

 

刮目し、耳を傾けよ。目の前に広がる光景を。

 

この世界を救済した英雄たちは、そこにはもういない。

 

今招かれているのは、生者を奈落へ引きずり込む呪いと、あなたたちの知らぬ別次元の英雄たち。

 

どこかで選択を間違ってしまったがゆえに、レールを外れて滅びるしかなくなった終末世界より現れた、私の兵士たち。

 

ヴァイスブレイヴ。もはやあなたたちを救う英雄はいない。アスクは終わりの闇に呑まれつつある。

 

召喚の縁はあれどその道は暗く閉ざされ、炎の灯り失くして助けには来れない。後はそのまま沈んでいくのみ。

 

この結果を、この運命を、あなたたちの辿った戦いの末路を受け入れるがいい。これが英雄の召喚などという、異界に干渉する術を至天の世界が持ってしまったが故の報い。

 

これはすべて定められていた未来。アスク王国、いいや、至天の世界は、その罪を償うために、今日をもって終わりを告げる。

 

さあ、諦めなさい。どうしようと抗いようがないのだから。

 

――それでも。

 

それでも、ヴァイスブレイヴの皆さんが諦めないというのなら。私はあなたたちの相手になりましょう。

 

もしも、私のところへ至れるというのなら、その時はあなたたちと向き合い、そして戦いましょう。

 

それくらいは慈悲を差し上げます。なぜなら私は、お前達を運命の被害者であるとみていますから。

 

行く先で絶望を何度も噛みしめてなお、諦めぬというのならば――その時はあなたたちに向き合いましょう。

 

多くの終わりに挑み、世界を救い、正史世界を手繰り寄せる炎を灯してみせなさい。

 

ただし、死ぬ覚悟で挑みなさい。あなたたちの前には多くの苦しみが現れる。

 

***************************************

 

例えば、それは安寧の喪失

 

序章(危険度B-) 

至天の世界 終末統合聖国アスク 『最後の砦』 

 

「飛空城」「救援」「出発」

 

***************************************

 

例えば、それは非情なる反転

 

第1の世界(危険度C) 

聖魔の終末世界 聖魔反転大陸マギ・ヴァル 「魔に堕ちた太陽」 

 

「グラド帝国の皇子」「分かたれた兄妹」「相容れぬ2人」「ある予言」

 

***************************************

 

例えば、それは愛すべき者たちからの裏切り

 

第2の世界(危険度B+)

白夜・暗夜の終末世界 透魔永遠王国ハイドラ 「人死なずの世界の狭間で」

 

「家族が待っている」「ハイドラ」「絶望の終夜」「伝承英雄」「剣桜と魔導姫」

 

***************************************

 

例えば、それは知るべきではないもう一つの結末

 

第3の世界(危険度D) 

聖戦の終末世界 歪曲運命決戦トラキア 「レンスター最後の姫」

 

「二槍の因縁」「トラキア統一」「ランスリッター」「姉知らぬ弟」「イシュタルの正義」

 

*?*?□?*?*?*?*?□?*?*?□?*?*?□?*?*?□?*?*??□?

 

例えば、それは避けられぬ滅亡

 

第4□世界(危□度□) 

紋章?の終末世界 人竜最終戦争ア□ネ□ア? 「誕生する□□□□□□」

 

「竜王□□ムの妃ギムレー」「救いの王女」「怨恨の巫女チキ」「天才の母を超える」「愚かな王『マルス』」

 

***************************************

 

例えば、それは報われることない正義

 

第??の世界(危険度??) 

風花雪月の終末世界 紋章秩序神世フォドラ 「神を屠る星と風花雪月」

 

「女神再臨と白き執着」「向かい風が吹きすさぶ戦い」「花を英傑が囲む」「銀雪は召喚に応じた」「我らが獅子は闇を拒否する月光」 

 

***************************************

 

例えば、それは圧倒的な大いなる力

 

第5の世界(危険度A+) 

共鳴の終末世界 神話再演大戦バレンシア 「神□殺しの剣」

 

「村娘の覚悟」「次期皇妃リネア」「神々の黄昏」「狂信へ導く聖痕」「神を従える悪」

 

***************************************

 

例えば、それは未完成なる生物の絶望

 

第6の世界(危険度 測定値不安定) 

烈火・封印の新正世界 楽園八将領域ナバタ・エトルリア 「人と竜の『理想郷』」

 

「八神将リリーナ」「ファとの約束」「1000年を超える誓い」「悪を許さない楽園」「エクラへの恩返し」

 

***************************************

 

たとえばそれは、抗いようのない天災

 

終末の到達界(危険度A+++) 

蒼炎・暁の新生世界 再始創世神界□□□□ 「人間を導く狂王」

 

「アシュナード」「完全なる女神」「夢幻世界からの援軍」「Re:birth」「新たなるジンルイ」

 

***************************************

 

数多くの絶望が、あなたたちに食らいつくでしょう。

あなたたちは果たして『人の身』で、私のところまで辿りつけますか?

 

――それとも、自らを終末の使者に落としてなお……?

 

さあ、各地の世界の炎の紋章を集わせ、アスクの食らった闇を払いなさい。

 

……ああ、こうして話していると、あなたたちに会いたくなってきた……。

 

どうか、私のところまでたどり着いてくださいね。

 

 




ノリで書いてみましたが、果たしてこんなに続くのか?

少し心配になってきましたが、トザキ君が諦めない限り、私も頑張りたいと思います。

しかし、思いつきネタなので、どこかで詰まる可能性もあります。
その時になったらまた連絡します。


↓にそれぞれのテーマが書いてありますが、ネタバレを含むため見たくない人はブラウザバックだ!




































(それぞれの世界のテーマ)
第1の世界「もしも魔王がエフラムだったら?」 原案 トザキくん

第2の世界「地獄を望んだのはお前達だ。人が死なない世界を神は完成させた」 原案 femania

第3の世界「あの時、リーフ王子が攫われていたとしても」 原案 femania

第4の世界「竜の王国の永遠の繁栄。その世界線で生まれた父母。たとえ神殺し無き世界だとしても戦わなければ。未来のために」 原案 トザキくん

第?の世界「女神再誕の世界を闇で覆う。殺してしまった彼女を守るために」 原案 トザキくん

第5の世界「もしもドーマではなく、ミラが人間の脅威になっていたら」 原案 femania

第6の世界「人と竜の理想郷は実現した。絶対的な正義と強さを持ち誰も苦しまぬ世界を否定するには?」原案 トザキくん

第7の世界「そこは神の世界だ。罪ありき人間は暁の女神の名のもとに裁きを受けろ」 原案 femania 


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序章 終末統合聖国アスク 「最後の砦」
序章 1節 撤退


注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!


「落ち着いた?」

 

「……すまない」

 

 自分の国が奪われた。その責任はたとえアルフォンスにはないとしても、間違いなく彼に襲い掛かる。それは王族という立場が背負わなければならない責。

 

 エクラはそのような立場とは無縁の場所で育った人間だ。しかし、そんな彼でも実際は想像の範囲で考えた重責を軽く超える何かがアルフォンスにはあるのだろうと察する。

 

 エクラはアルフォンスに死んでほしくないという気持ちは負けていないつもりだった。だからこそ、彼の拒絶を、たとえ嫌われてでも一蹴し、連れて来るしかなかったのだ。

 

 アスクの場内は抜けたものの、城の敷地は広く門はまだはるか先。そこらにエンブラの戦士が徘徊している。しかし、城攻めではない、巡回の兵士だからかエクラの観察眼ではその兵士はさほど強い者には見えなかった。

 

エンブラ兵 HP54 攻50 速32 守28 魔28

 

と言ってもアルフォンスがそのまま一人で戦うには厳しい相手だ。

 

本人には言っていないが、アルフォンスはフォルクヴァングを未だきちんと扱えているかと問われれば、エクラはNOと答える。

 

恐らくあの剣は見た目こそ片手剣なものの、密度が高いらしくアルフォンスには未だ重いように見受けられる。そのためエクラから見てアルフォンスの速さのステータスは25ととても高いとは言えない。

 

速さとは動きの速さ。達人は例外として、通常は自分が一撃入れる間に、相手に二撃をもらっていては勝負にならない。

 

城門までは残り500メートル。しかし、その間は身を隠すところもなく、敵は見張りを任されているのか、そこから動こうとしない。

 

「突破するしかない」

 

「アルフォンスだけだと、1番早いのは不意打ちだ。相手が身構える前に、1撃で勝負を決めるしかない」

 

「ああ。行こうエクラ。シャロンやフィヨルムが心配だ。個々は一気に駆け抜けるよ」

 

エクラはそれに頷くと、持ってきていた入れ物からアイテムを出した。

 

本来は縛鎖の闘技場で使用するもので、体力的にハンデが出てしまうチームに軍師がアイテムで、回復やサポートを許されることで、そのハンデを埋めるためのものだ。

 

しかし、今はそのような高尚な理由はない。使うのはただ一つ。生き残るためだ。

 

アイテムは効果の累積はなく、私用したアイテムの中で最大の効果を発揮したものが、効力が続くまで適用されるが、アイテムの重ね掛けは3つ同時にまではできる。

 

「アルフォンス」

 

しかし大量に溜まったアイテムをさすがにそのまま持ってくることはできない。

 

エクラはこのような事態までは想定していなかっものの、召喚以外でも自分に役に立てることはないか考えた結果、ブレイザブリクの研究をしていた。

 

この神器は本来、英雄の召喚のために使われるものだ。それが機能の大部分を占めるのは事実である。

 

しかし、エクラの故郷で銃と呼ばれる武器に近い形をしているブレイザブリク。その形状には意味があると思っていた。英雄の召喚だけの物なら別に銃のかたちをとる必要はないからだ。

 

エクラは研究の末、ブレイザブリクの機能を拡張させることに成功する。

 

ブレイザブリクはエネルギーとしてオーブを装填されることで、英雄召喚の力場を発生させる。

 

エクラはオーブに、常々使っているアイテムの力を封入し撃ちだすことはできないか考えた。アイテムそのものは大きさも重さもあり、1人で持つには十種類それぞれ1個ずつが限界だ。

 

しかしオーブの形にすれば、オーブは重さもほとんどないため、ポーチ1つで最大999個まで運べる。召喚のためのオーブは現在294個。スルトとの戦いが終わり一時は枯渇しかけたものの、何とか持ち直した数である。

 

ポーチにはまだまだオーブを入れられるので、そこにアイテムの力を封入したアイテムオーブを各種30個ずつ、合計300個入れている。

 

「アルフォンス。今からアイテムで援護する」

 

「アイテムオーブ、完成したのか。すごいな」

 

「ほめるのは後で。アルフォンスは『竜穿』を放つを準備して。奥義の刃と鼓舞の角笛、ブーツで移動補助もする」

 

同時に仕えるアイテム3つ、その効力を封入したオーブを1つずつ神器に装填し、撃ち放つ。

 

アルフォンスに赤い光の為で放たれた弾丸は、アルフォンスをつつむオーラとなり、その力を上昇させる。

 

アルフォンスは走り出す。

 

先ほども言った通り、遮るものは何もない。城門までの真っすぐ道。アスクの王子は、すでに血にまみれながらもかろうじて国の象徴たる、白と黄金の道を走り抜けた。

 

相手のエンブラ兵は迫る足音に気が付いた。しかし遅い。ブーツによる移動速度の上昇の恩恵は確かに存在し、相手が武器を構えるよりも早くアルフォンスの攻撃が入る。

 

「はああ!」

 

フォルクヴァングの振り上げによる1撃。エクラのアイテムの力で体の調子が最高潮のアルフォンスはすぐに奥義を放った。竜を穿つの奥義は、一撃の攻撃力が高い彼にこそ似合う技だとエクラは信じている。

 

そして神器の一閃はすさまじい風圧とともに相手の兵士を打ち上げる。

 

「ぐあああ!」

 

悲鳴を上げながら地面に打ち付けられたエンブラ兵。しかし生きている。

 

HPの減りようは攻撃の当たり具合にもよる。かすっただけではダメージ期待値の1割、当たっていても通常は3割から良くて7割、相手も攻撃を防ぐために動くので当然だ。

 

しかし今の一撃はクリティカルヒット。これはダメージ期待値100%セントも考えられる。

 

(アルフォンスの今の攻撃力は、間違いなく70を超えてた。相手のHPは……残り9)

 

残ってしまったが、それでも十分な痛手だ。

 

問題は相手の反撃だが、それも相手の傷の受けようでは、追撃は来ないだろう。攻撃を受けたら必ず反撃ができるわけではない。さすがに痛いものは痛いし、それで動けないこと相手の戦士にも、こちらにもある。

 

このような状況に持っていくには、原則相手のHPの8割程度を削ると可能だ。

 

「エクラ!」

 

「ああ」

 

無力化した。そう考えエクラも走り出す。幸いやられたふりなどではなく、その兵士は虫の息で横たわったままだった。

 

「基本はこの調子で行こう。アルフォンス」

 

「ああ。……エクラ上をみて」

 

見たことのあるフクロウが空を飛んでいる。

 

しかしただ飛んでいるのではなく旋回をして、まるで誰かに位置を教えるかのように目立っている。

 

「フェー!」

 

「フェー、もしかして、誰か見つけたのか?」

 

しかし抗う力のないフクロウに向けて風の魔法や、矢が続けざまに飛び始める。

 

たった一瞬。気づかなければフェーの合図に気が付かなかった。

 

「あそこに行ってみよう」

 

「場所は城下街だ。エクラ。敵も多い。警戒は怠ってはいけないよ」

 

「分かっている!」

 

エクラと、アルフォンスは走り出す。

 




次回 序章 2節 破壊された街


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序章 2節 合流

アイテムを数個使い、アルフォンスを強化することによって,アスクの城から無様に逃げた。後ろを振り返ることなく、ただ必死に。

 

「アルフォンス、平気?」

 

「心配ない。それよりもエクラ、けがはない?」

 

「大丈夫、結局戦ってるのはアルフォンスでしょ。こっちが弱音言ってられないって」

 

エクラも正直に言えば援軍が欲しかった。せめてブレイザブリクが正常に機能すれば、とないものねだりをしてしまう。

 

さらにここで、もし自分が戦えればという想像がすぐに出てこなかったことに罪悪感を覚え、情けなく涙が出そうになる。

 

城門を抜け、昨日まで平和たったはずの城下街にたどり着く。

 

先ほど上空に見えたはずのフェーは既に見えなくなっている。しかし伝書フクロウとして何度も死線をくぐったそうなので、まだ死んではいないとエクラもアルフォンスも信じている。

 

これも実際にはそうあってほしいというだけの願いだ。すでに風魔法や弓で相当狙われていた。しかし、エクラもアルフォンスも、すでにアンナの犠牲を見ている中で、これ以上の犠牲を見たくない、というのが本音だった。

 

「……なんてことを……」

 

アルフォンスの声が聞こえてくる。

 

それはこの城下街を見れば当然の反応だろう。

 

美しい街だった。この国の王族の在り方の写し鏡、ある場所は厳しく、ある場所は楽しく、ある場所は厳格で、ある場所は楽天的、そして街は一言でいえば清廉、という印象を受けるはずだ。

 

しかし今はどうか。破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、殺人、殺人、殺戮、蹂躙、蹂躙。善い在り方をしていたこの街は、すでに死が充満する国へと変貌を遂げた。

 

建物は多くが白色であるが故に変貌したあとの変わりようはひどかった。赤く染めあげられている箇所が散見されるといえば、もはや後は語る必要はない。

 

アルフォンスが抱えている恐怖、悲しみは、想像を軽く超えるものだ。エクラもそれは重々承知している。本来はこのように気丈を振る舞えるような状態ではないことを。

 

「アルフォンス、敵だよ」

 

今エクラができることは、アルフォンスを前へ進めること。そしてアルフォンスを支えること。

 

今アルフォンスの心がくじけたら、そこでアンナの意志はそこで潰えることになってしまう。そしてアスクの再興も水泡に帰す。

 

自分の役割は、もはや召喚者ではないからこそ、今はアスク残された欠片ほどの希望を失わないために、どんな恨み言を言っても絶対にアルフォンスの心を保ち続けるのだ。

 

そのためには、多少冷酷と感じられようと、エクラはいつもの通りに、ただ軍師としての職も果たす姿を見せる。いつも通りに。

 

「任せてくれ。すぐに倒す」

 

「槍だよ」

 

「……相性は悪いが、そこは何とかする。受けから入ろう」

 

「アイテムオーブで援護するよ」

 

アルフォンスが剣を構えて、敵に突撃していく。エクラには、その背中はいつも通りに頼もしく見えた。

 

街を襲うエンブラの兵士たちは、強敵ではあったが、修練の塔の最上階に出てくる幻影並み、どうやら全員が全員、最初に会った、馬鹿げた強さの敵ではないことが分かった。

 

エクラとアルフォンスはそれに安心しつつ、城下街を少しづつ進んでいく。

 

3人以上、同時に相手はできない。その上アルフォンスには相当な負担がかかっているものの、それは特効薬のアイテムにより何とか体力と傷を治しながら凌ぐ。

 

もうすぐ街の中心。

 

本来は綺麗な噴水がトレードマークとして置かれている広場が見えてくるはずだ。

 

「アルフォンス! 見て!」

 

街の中心では、街の人間数人と、見慣れた一人の女性がいた。こちらには背中を向けているが、呼びかければ反応が返ってくる距離まで、2人はたどり着く。

 

「シャロン!」

 

アルフォンスはいち早く走る速度を上げ、シャロンの名前を呼ぶ。

 

「兄さま!」

 

シャロンはその呼びかけに笑って答えた。

 

――エクラは異変を感じる。

 

喜びによるものにしては、どうも顔色が悪い。その笑顔はまるで救世主を見るかのような顔だ。

 

「シャロン!」

 

アスクの王女は膝をつく。地面に水ではない水滴が滴り落ちた。

 

そこでアルフォンスはようやく、シャロンが何をしていたのかを知る。

 

震える城下街の住人。その中には子供が4人もいる。大人は震え、子供は既に泣いていた。

 

それは恐怖によるもの。

 

エクラは見た。シャロンを痛めつけていたその相手を。

 

「白夜王子リョウマ……!」

 

紫の雷、おぼろげな輪郭を持った、自分たちの知る英雄とは似ても似つかぬ男が立っていたのだ。

 




次回 第3節 終末世界の英雄(1)


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序章 3節 終末世界の英雄(1)





白夜王リョウマ。

 

神器雷神刀の使い手であり、青い雷を纏った刀による国一の剣技を持った武人。

 

しかし目の前のリョウマに似たその男はいったい何者だろうか。そう思うぐらいに変質しているように、エクラには見えた。

 

なにより、リョウマはたとえ敵国の人間であろうと、一般人に襲い掛かるような真似はしない。召喚し、共に戦ってきたからこそ、エクラもアルフォンスも知っている。

 

「シャロン、下がっているんだ」

 

「兄さま……私……」

 

シャロンは泣きそうな目をしていた。

 

それは、アルフォンスとシャロンの英雄に対する接し方は違うことが原因だ。

 

アルフォンスは英雄に対して尊敬を向けるし、仲間としての意識を持っている。仲良くはするし、偽りない笑顔を向けることだってある。しかし、それはあくまで、仕事を行うための社交的な交友関係のつもりで。

 

対してシャロンは、英雄と友達になりたいということを堂々と宣言するほどに、英雄と深い関係になることを望んでいる。当然それが悪いことはなく、シャロンの飾らずに、ただ仲良くなりたいという願いを察することで、心を許した英雄も少なくない。

 

しかし、ここではシャロンのその心持ちが悪い方向に働いている。

 

アルフォンスは、一定の距離を持っているからこそ、英雄たちの原因不明の襲撃を聞いても心が揺れてはいない。

 

しかし、シャロンにとっては、共にアスク王国を愛し、そして戦ってくれた英雄たちに裏切られた、と思ってしまうのだ。

 

エクラは知っている。彼女は神器フェンサリルの使い手として素晴らしい成長を遂げたが、その本質は心優しい少女なのだ。家を破壊されるほどの裏切りを前に、槍を持ち、民を救うだけの胆力は本来持ち合わせていない。

 

しかし、それでも彼女は槍を持ち戦った。あのリョウマと。

 

「……兄さま、私はまだ」

 

アルフォンスは何かを言いたげだったが、その口を閉じる。目の前の敵を前に剣を構える。

 

エクラはリョウマのステータスを見る。

 

HP256 攻 70 速 60 守 30 魔 25

 

(速さ60とか、どんだけ速いんだ。さすがにアルフォンスでは分が悪すぎる。

 

アイテムの特効薬を使い、シャロンのHPを全快にした。そして2人に神龍の涙を使用。能力値を底上げする。

 

「シャロン。『守備の城塞』の構え! 最初のリョウマの攻撃を受けきってくれ!」

 

「エクラさん……!」

 

「お願いだ! アルフォンスだけだと死ぬ!」

 

「……他でもない、エクラさんの頼みなら……私、頑張ります!」

 

聖印はエクラが管理する英雄たちの能力を底上げする一つのアクセサリーだ。着脱に時間がかかるため、戦闘中に使うことはできないが、今のシャロンにならつけられる。

 

「シャロン、今は」

 

「分かってます。ふぇーさんも頑張って他の人の場所を探していますから。今は、辛くても泣きません」

 

彼女はこんなにも強いのか。エクラはシャロンのこの言葉を聞いて思った。

 

ならば自分も情けないことばかりを言ってはいられない。

 

「シャロン、行きます!」

 

兄の加勢に走り出したシャロンを支えるために、エクラは自分ができることを考える。

 




次回 第4節 終末世界の英雄(2)


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序章 4節 終末世界の英雄(2)

紫電を纏う謎の雷神刀に似た刀、その光は本物の雷神刀にはない妖気を帯びている。

 

エクラはその刀の正体を探るべく、自身の戦略眼でリョウマ見た。

 

武器 テュール 攻撃+10 速さ+5

奥義を発動しやすい。このユニットの戦闘時、相手の追撃無効の効果を受けない。

 

このような効果は実際に戦うアルフォンス達には実感はないだろうが、エクラから見れば実際にその効果は発揮されている。

 

例えば『切り返し3』のスキルを持つ敵にアルフォンスが戦いを挑むと、最初の攻撃こそうまく入るものの、その後の追撃をするまでの間に相手が凄まじい速さで攻撃の手数を稼ぎ、襲い掛かったアルフォンスに手痛い攻撃を食らわせる。

 

スキルとは、結局その英雄が持っている技だ。鍛えれば他人も技でも身につくものもあれば、その英雄が生涯においてたどり着いた境地、もしくは手に入れた物や祝福などは他人にはまねできない。

 

対して武器や聖印についているのは、その武器自体が、戦闘に与える影響力である。目の前のリョウマが持つ刀の場合、受け手が追撃を不可能にする構えをとっても、その刀の攻撃は、その構えを解き、追撃を可能にする。これは、個人の気合や体調、その場の環境など関係なく、必ずそうなってしまうのだ。

 

「はあ!」

 

飛び出しざまに繰り出したアルフォンスの一撃は躱された。

 

そしてリョウマらしき侍の反撃が来る。アルフォンスは速い相手に弱い。侍から放たれる、連続の太刀を何とかしのぐアルフォンス。

 

一撃。

 

間も無くもう一撃。

 

その間隔は異常に短く、アルフォンスの防御を徐々に崩していく。

 

鋭い突きが放たれる。フォルクヴァングの防御を崩した。

 

さらに繰り出される剣戟。アルフォンスの防御は間に合わないだろう。狙いは足、片足を切断することで、動きを止める目的だ。

 

「はっ!」

 

割って入ったシャロンがその斬撃を受け止め、はじき返す。

 

「助かった」

 

シャロンに言葉を返している余裕はない。リョウマの太刀筋は想定よりもずれ、そこに隙が生まれる。

 

シャロンはリョウマに、最短で攻撃できるぶつけ方で、槍を押し出した。ショウマはそれをもろにくらい、バランスを崩す。

 

シャロンの攻撃。神器フェンサリルによる渾身の突き。しかし、崩れたはずの歩調を器用に直したリョウマは、矛先を刀で逸らす。

 

スキル『守備の城塞3』の力でシャロンは防御の構えに戻りやすくなっている。故に、すぐさま繰り出されるリョウマの攻撃を再び槍で受けることができる。

 

瞬間。あまりに速い二撃。エクラには捉えられない太刀。

 

シャロンは防ぎ切った。しかし、かろうじてだ。刃が深く肉に刻まれることはなかったが、確実に刀の刃はシャロンの体を捉えていた。

 

「う……!」

 

電撃がシャロンの体に走る。そもそも、帯びている雷が放つ力場だけで、常にアルフォンスとシャロンには痺れるような感覚が走っている。そこにさらに電気を追加されれば、それはまるで人を釘で刺すような痛みに変わるのだ。

 

それでも倒れることはない。これまでの戦いがシャロンを強くしている。彼女も今や一人前の戦士だ。

 

「はぁあ!」

 

渾身のリョウマの攻撃を受けきったシャロンの裏からアルフォンスが飛び出した。斬り上げによる渾身の奥義『竜穿』。刀で受けることはかなわない。その奥義のときに限り、剣の重さは威力と共に倍増しているのだから。

 

「……!」

 

リョウマは飛び退いた。当然アルフォンスの攻撃は当たらない。

 

しかし、アルフォンスの計画通りだった。すでにリョウマが飛んだ方向にシャロンは走り出している。カタナが届かない距離から、長いリーチを活用した刺突。

 

着地をしたばかりのショウマは動きに乱れが生じ、その刺突を致命傷にならない程度にしか逸らせない。故にシャロンの槍は確かに、侍の鎧を裂き、肉体まで浅くだが届いた。

 

お互いが距離をとって小休止。

 

エクラはアイテムを用意しつつ、戦う2人の様子を見た。

 

アルフォンス HP17 シャロン HP18

 

2人とも傷を負っている。対して、

 

リョウマ HP234

 

まだまだ元気そうだ。このままでは2人が負けるのは必須だ。加えて、浅い傷を受けるだけでここまでHPが減らされては、もし攻撃がもろに当たったとき、アルフォンスもシャロンも致命傷になることも分かる。

 

エクラは特効薬を2人に使い、体力を回復させる。しかし、頭ではどうリョウマを突破するかを必死に考えた。




次回 5節 終末世界の英雄(3)


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序章 5節 終末世界の英雄(3)

激闘の中、エクラは正直に言えば今の戦況に感動すら覚えていた。

 

確かにアイテムによる支援をしているにはしているが、出会った頃に比べてアルフォンスもシャロンも強くなっていることが一目瞭然である。

 

しかし、それでもあの2人が押されているのは,おそらく相手が強すぎるが故なのだ。

 

そもそも見た目は、白夜王リョウマの見た目をしている。持っている武器が雷神刀でなく、その剣の振り方も清流のような華麗さではなくすべて飲み込む濁流のような激しさを感じさせるものであったとしても、それでもあのリョウマだというのなら強敵であることに変わりはない。

 

ものすごい勢いで減っていく特効薬をはじめとするアイテムの数々。

 

戦いは既に15分を越え、それでも何とか生きている。

 

エクラは実は何度もブレイザブリクの引き金を引いていた。誰でもいいから援軍が来てほしいと願って。

 

しかし、何度オーブを装填しても、誰も来ない。神器は何の反応も示さない。

 

「アルフォンス……シャロン」

 

戦いは激しさを増していく。

 

「はああ!」

 

フォルクヴァングの斬撃。それを受け止め、反撃は二の太刀となって襲い掛かる。

 

「く……」

 

刃が首の3ミリ先を勢いよく通っていく。アルフォンスはその場で踏みとどまり再び斬りかかるが、それを難なく躱すリョウマ。

 

そこにシャロンが渾身の一撃を籠めた槍の刺突を見舞った。刀よりもはるかに重いその一撃をリョウマは自らの得物で捌き切ると、

 

「……フ」

 

勝機を見た笑みを一瞬浮かべ、刃をシャロンへ向けて滑らせる。その斬撃を紙一重で躱したシャロンだったが、隙を見極めたようで、間髪入れずに足蹴りを見舞わせる。

 

「ぐ……ん……!」

 

シャロンが攻撃を受けて吹っ飛ばされる。

 

「シャロ」

 

「アルフォンス、任せて、敵から目を離したらダメだ!」

 

エクラがシャロンに近づき、打撃を受けた箇所を押さえているシャロンに再び特効薬を使用する。

 

アルフォンスは使うスキルを変更する。『金剛の構え3』、攻撃を受ける際に自らの防御力を上げる構えである。

 

アルフォンスやシャロン、この場にいないフィヨルムは歴戦の英雄と肩を並べるために多くのスキルを他の英雄を参考に身に着けている。そして最近ではこのように、戦闘中でも上手に使用スキルを変えることができる。

 

ただしこれに関してはまだ完全な技術ではない。変えられるスキルには限りがある。

 

「……!」

 

リョウマの斬撃。それを構えによって受け止めるアルフォンス。しかし、金剛の構えを持ってなお、神器の攻撃はとてつもなく重く、受け止めようとしたアルフォンスも、その攻撃によって体勢を崩されそうになる。

 

「ぐ……おおお」

 

踏ん張り体に流れる衝撃をすべて受け止め、そして耐えきった。そしてフォルクヴァングの反撃を試みる。

 

「はあああ!」

 

テュールを弾き、アルフォンスはリョウマをぶっ飛ばすことも厭わないくらいの重い一撃を放った。

 

「……笑止」

 

初めて言葉を発するリョウマはその攻撃を軽く躱して見せると、さらに3回の斬撃を重ねる。それを再びアルフォンスは受けようとするが、先ほどの体勢を崩しかけた攻撃が3回。当然耐えられるはずもない。

 

そしてそれで身をもって理解する。徐々にリョウマは己の力を上げてきていると。先ほどまでの攻撃はすべて手を抜いていたのだと。

 

アルフォンスの剣は弾き飛ばされた。リョウマは剣が飛ぶ方向すらも計算に入れていたらしく、フォルクヴァングはすぐには取りに行けないほど遠くまで飛ばされた。

 

「しま……」

 

「死ね」

 

口を開いた瞬間、アルフォンスを殺すと宣言したリョウマ。

 

アルフォンスに振り下ろされるテュールの刃。すでにアルフォンスにはその刃を受けるための武器はない。

 

「兄さま!」

 

特効薬を受け再び動けるようになったシャロンは兄を助けるために走り出す。

 

――間に合わない。

 

(まずい……な)

 




次回 終末世界の英雄(4)


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序章 6節 終末世界の英雄(4)





そう思いながら、アルフォンスは目の前で己を殺そうとしているリョウマに違和感を覚えていた。

 

今街を襲っている英雄はやはり自分たちが呼びだした英雄とは何かが違う。と。

 

そんな直感も今となっては無意味なのだ。振り下ろされる刃を止めることはもはやできない。

 

(ここまでか……)

 

妖しい電光を纏った刀が振り下ろされる。

 

アルフォンスは目を閉じた。己の死を覚悟して。

 

しかし、その刃はアルフォンスに届くことはなかった。

 

代わりにアルフォンスの目に飛び込んできたのはリョウマの剣戟を受け止める褐色の肌をした女性の姿だった。

 

「君は……!」

 

なんとアルフォンスですら力負けしたリョウマの渾身の一振りを力押しで弾いたのだ。

 

「姉上!」

 

「任せて!」

 

そして上空からもう一人の援軍らしき戦士が飛来する。態勢を崩したリョウマを背後から斬りつけた。

 

リョウマは初めて苦悶の表情を浮かべ、自らを攻撃したその戦士へ反撃に転じる。

 

しかし、その戦士は既にそこには存在せず、意味ありげに旋回していた上空の飛竜は、破壊力が圧縮された炎の球を放ち始めた。

 

リョウマはそれを斬りながら、徐々に後退していくその竜を追い始める。テュールに宿った雷を放ち、竜はそれを躱すとリョウマは本格的にその場を離れていった。

 

おかしい。エクラはあのリョウマの行動が解せなかった。普段のリョウマであれば、いくら不意打ちをされたと言っても、目の前の敵に背を向けるような真似はしないはずである。

 

先ほど見たエフラム、そして今のリョウマ、そもそも今現界している英雄は、自分たちのしる英雄とは、人格から異なっているらしい。

 

やはり自分たちを助けてくれた誇り高い英雄がこのような外道行為をしているわけではないと知り、一安心するアルフォンスは自分を助けてくれた剣士にお礼を言おうとした。

 

すぐに驚きで声が出なくなる。

 

なぜなら彼女がアルフォンスを助ける理由などないはずだからだ。

 

「レーヴァテイン……?」

 

彼女とはつい最近まで敵同士の関係であり、今も決して和解したとは言えない関係である。

 

「お前、平気?」

 

しかし、殺気を一切持たない彼女の目がアルフォンスの方に向いている。

 

「レーヴァテイン王女、なぜ?」

 

「姉上、助けると言った。だから、助けた」

 

「姉上……?」

 

その姿はシャロンとエクラが見ていた。物陰からゆっくりと姿を現したのは、以前の戦いで命を落としたはずのレーギャルンであった。

 

「レーヴァテイン、お疲れ様」

 

「姉上、うまくいった?」

 

「ええ。もちろん」

 

シャロンが開いた口をふさげなくなってしまったのも無理はない。エクラもまた目を見開いて彼女を見る。

 

「ヴァイス・ブレイヴ、今はそこの住民の避難が先ではなくて?」

 

エクラの後ろには震える住民が十数人。戦う力を持たない彼らの命を保障するのは確かにアルフォンス達の仕事だ。

 

しかし、味方になるはずのない2人が現れたことに、アルフォンスは疑念を隠し切れない。

 

「君たちは……」

 

特に死んだはずのレーギャルンがここにいる意味がつかめない。すぐさま思い浮かんだのは、この地を襲っている英雄同様、終末世界という異界から現れた自分たちの敵である可能性。

 

「アルフォンス王子。フィヨルムは無事よ。今は街の外に向け、兄君と一緒に外へと向かっているわ」

 

「君が、彼女の心配をするのか?」

 

「今はどうか、妹と共に信じて」

 

「……」

 




次回 王女が憧れる英雄(1)


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序章 7節 王女が憧れる英雄(1)

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!





レーヴァテインは剣を収め、姉の近くへと寄った。

 

アルフォンスが悩んだ結果、エクラの方を見る。あの顔は軍師としてのエクラに意見を求める顔であることはこれまでの付き合いでエクラは承知している。

 

エクラは彼女ら2人を見る。以前戦争の相手として戦ったときと違いは見られない。

 

だからと言って違いがないわけではない。雰囲気がどうも柔らかい気がする。何より敵意を全く向けていない。あのレーヴァテインがアスクの王族を前にしても剣を鞘に戻しているのが良い証拠だ。

 

何かの目的があることは確かだろう。特にレーギャルンはこの世界の彼女ではないことは間違いない。後で裏切る可能性もなくはないが、それ以上に利用できるものはすべて利用してでも今は生きなければならない状況なのは確かである。

 

「アルフォンス。信じよう」

 

エクラの声を聞き、アルフォンスは目の前の2人に向け、

 

「信じる。そしてどうか手を貸してほしい。生き残った民たちを救うために」

 

アルフォンスは手を差し出す。

 

「アスク流の信頼の誓いね。握手と言ったかしら」

 

レーギャルンは差し出された手をしっかりと握った。それも本気で、力強く。まるで裏切りに等微塵も考えていないかのように。

 

「姉上、また気配。ここにきてる」

 

「これ以上は人を庇いながら戦うのは難しいわ。アルフォンス王子、すぐに逃げましょう」

 

アルフォンスはその提案に頷くと、シャロンが守っていた民たちに近づき。

 

「逃げましょう」

 

と、震えて声が出なくなっている民たちに優しく語り掛けた。

 

一応の脅威が去り、自分たちが助かる可能性を見いだした民たちはそのアルフォンス王子の誘いに乗り少しづつ歩き出した。

 

「さ、君も」

 

しかし、たった1人、ある少女は拒んだ。

 

「嫌だ」

 

「ここは危ない」

 

「お前らなんて信用できるか。裏切りもの!」

 

「え……」

 

アルフォンスは自国の民に、正面向かい合ってその言葉を向けられた。初めての経験だった。いつも国の安全のために命を賭けて戦ってきた自覚があったからこそ、疎まれはしないだろうとどこかで信じていた。

 

しかし、そんなことはなかった。

 

その少女の言葉を大人は誰も諫めなかったのだ。

 

「今は――」

 

逃げるのが先だ、とアルフォンスが言おうとしたが。

 

「触るな。消えろ。英雄なんて他の世界の奴にすがらないと自分の民も守れない無能な王族に、あたしは守られたくない!」

 

と、アルフォンスの差し伸べた手を振り切って、街の方に逃げていった。

 

それはアルフォンスにとっても、シャロンにとっても初めての経験だった。

 

自分達がやってきたことは間違いじゃないと信じていた。

 

しかし、その少女に同情こそして、アルフォンスやシャロンを庇う声は、民たちの中からあがらない。それが現実だ。

 

「……そんな」

 

アルフォンスにとってはよほどショックだったのだろう。動こうとしない。少女を助けるために引き返すことも、民たちを逃がそうともできずただ、今の言葉を頭の中で反芻させていた。

 

エクラはその様子を見て、言葉をかける。

 

「アルフォンス! アンナ隊長との約束忘れた?」

 

血反吐を吐いて、泥をすすってでも今は生きろ。

 

その言葉を、思いを、ここで途切れさせるわけにはいかない。少女の言葉にショックを受けたのはエクラも同じだった。しかし、エクラはその言葉を忘れはしなかった。

 

「……ああ。そうだね」

 

アルフォンスは、震える声で、

 

「こっちへ。街の外へ逃げます!」

 

救出した民たちを誘導し、剣を持ち警戒をしながら少しずつ移動を始める。

 

そう。何もかも、落ち込むのは後だ。

 

一方シャロンは、迷っている。先ほどの少年を追うべきだという気持ちと、一緒に行くべきだという気持ち。

 

エクラはアルフォンスと一緒に行ってもらい、自分は先ほどの少女を追うつもりだった。

 

しかし、自分1人では不安だったエクラは、やはりシャロンだけでも一緒について行ってもらうべきかと考えを改める。

 

「シャロン」

 

「はい」

 

「一緒に、さっきの子を探しに行こう!」

 

「あ……はい。もちろんです!」

 

エクラはシャロンと共に、逃げていった少女を追いかける。

 

 

 

 

 

一方、レーギャルンとレーヴァテインと共に街の外を目指すアルフォンスは、今後の方針を考え始めた。

 

「レーギャルン王女、街を出た後はいったい?」

 

「レーギャルン。王女づけはいらないわ。今後は一緒に戦う仲間として」

 

「一緒に……?」

 

「街を出たらニフルとの境界へ向かう。そこにナーガ様が砦を用意してくださっているの」

 

「ナーガ様と言えば、異界の伝承に出てくる……?」

 

「ええ。今の私は大きくそのナーガ様と関係する存在なのだけれど。その話はまたいずれ。とにかく、その砦、まあ、城みたいな見た目なのだけれど、そこに行けば、エンブラの侵攻は及ばない」

 

見えた一縷の希望。そこに何があるかは把握できない。しかし、先ほどのエクラの声にしっかりと答えなければと決意を新たににする。

 

アンナ隊長との約束。アスク王国を守るために、今は生きるのだ。

 

「行きましょう。どんな希望でも、今は縋って見せます」

 

アルフォンスはもうすぐ街の出口へとたどり着こうとしていた。

 




この話の中では、エンブラ帝国の襲撃の際、街の護衛のために英雄召喚という機密の一部を一般市民に公開している設定です。なので一般市民は異界の英雄が、アスク王族の魔法でアスク王国を助けに来ている事だけを知っています。

もしかしたら本編と矛盾が出るかもしれませんが、ストーリー上このような設定で今回は続けていきたいと思います

次回 王女が憧れた英雄(2)



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序章 8節 王女が憧れる英雄(2)

「ふぇー、アルフォンスさん!」

 

吉報は急に訪れた。どこかに飛ばされてしまった伝書フクロウが、自力でアルフォンスを見つけ情報を届けに来てくれたのだ。

 

「フェー、何か分かったのかい?」

 

「はいぃ、まず、フィヨルムさんはもうすぐ合流できると思われます。向こう側でも、心強い援軍が来てくれました」

 

「援軍?」

 

「フリーズさんとスリーズさんが来てくれたんです!」

 

「スリーズ……本当に?」

 

「はい。その……見間違いはないかとぉ」

 

「そうか……スリーズ王女が……」

 

スリーズとはムスペルとの戦争の際に命を落としたはずのニフルの王女である。これで死人が2人目登場したことになるのだ。違和感は拭えない。

 

それについて聞こうとレーギャルンの方を向いたアルフォンスだったが、先にレーギャルンが口を挟んだ。

 

「その話は後ね。それより、シャロン王女とエクラについては?」

 

「ふぇー、お2人はまだ城下街に残っているそうです……先ほどの少女を見つけると」

 

「……そう」

 

アルフォンスはつい来た道を望む。

 

本当であればアルフォンスも戻りたかった。この場をレーギャルンとレーヴァテインに任せ加勢したかった。

 

しかし、それはできない。今後ろについてきている多くの人間はアスク王国の住民。たとえ少ない数でも、守るべき民たちである。そんな彼らを王族として見捨てることはできない。

 

エクラも、アルフォンスは民たちと行くべきだ、と進言したのだ。あの子は必ず連れていくと。

 

故にアルフォンスは親友である彼を信じた。必ず帰ってきてくれると。

 

 

 

 

 

至天の世界の国と国は門を境に分かれている。門を先に急に天候が変わるのも至天の世界の特徴である。

 

今アルフォンス達がムスペルの王女たちと共に向かっているのはニフル王国。そこにこの地獄をなんとかするための方法があると聞いて。

 

「しかし、ナーガ様か」

 

神竜王ナーガ。数々の世界で最高神と同格の存在として伝承に記されている存在。

 

アルフォンスが昔見た伝承の1つでは、異界を監視し、滅びそうな世界に手を差し伸べ、人々の良き営みを守る善神であると解釈されている。そこでは、ナーガとはその責務を負うことになった神の称号であるという説もあった。

 

「……レーギャルン、君はもしかすると」

 

「ええ、私は異界のレーギャルンと言うべきでしょう。そして妹も。それに、先ほど言ったスリーズや一緒に居るとされるフリーズも、ナーガ様によってこの世界に召喚された異界の存在」

 

「……そうなのか」

 

アルフォンスの表情が曇る。

 

「きっと、君がいれば、たとえ異界の存在だとしても、喜ぶよ。フィヨルムは」

 

この世界のレーギャルンは死んでいる。最期に妹を助けてほしいという願いをフィヨルムが受けたのだ。フィヨルムは、本当は助けたかったのに、結局は助けることはできなかった。その後悔がどれほど大きいものだったかをアルフォンスは知っている。

 

彼女にとっては、レーギャルンが助かったという事実がある世界があることが、自身の無力を感じてしまうきっかけになってしまうのだろうとも思った。

 

「悲しい顔、するな」

 

アルフォンスの様子を見て、反応を示したのは、妹のレーヴァテインだった。

 

「私の世界、フィヨルムいない。姉上、ずっと後悔していた」

 

「え……?」

 

レーヴァテインは、自身の世界の出来事を語る。

 

「ナーガ様に聞いた。この世界、姉上いないと。それをフィヨルムずっと後悔してるって。逆だ、私たちの世界と」

 

アルフォンスの知らない異界の結末。なんとフィヨルムは死んだという。

 

それを悲しそうに語るレーヴァテイン。

 

アルフォンスにとって、それは彼女の反応としては新鮮に映った。

 

アルフォンスは、自分の知るレーヴァテインよりも表情が豊かに思えたのだ。レーヴァテインもまた、この世界の彼女ではなく、異界の彼女であることを自覚する。

 

彼女を見てアルフォンスはこの世界のレーヴァテインのことも気になった。レーギャルンとは違い、この世界のレーヴァテインはまだ存命している。エンブラがムスペルやニフルに侵攻をしていた場合、無事であるかどうか。

 

「レーギャルン、君はムスペルが気にならないのか。この世界の」

 

「そうね……気にならないわけでないけれど、ナーガ様から、故郷に帰る事は堅く禁じられているの」

 

「どうして、ナーガ様はそのようなことを」

 

「それは……そうね……」

 

レーギャルンは妹を見る。その妹は頷くと、

 

「少し、長い話になるけど、ナーガ様のところへ向かうまでにはちょうどいい時間埋めになるかしらね」

 

レーギャルンは話を始める。異界の至天の世界において起こった出来事を。

 

 

 

 

 

シャロンとエクラは、先ほど逃げていった少女を捜索していた。

 

しかし、捜索は困難を極める。

 

「どこへ行ったんでしょうか……?」

 

「分からない……シャロン、前方に敵、こっち来て。隠れるよ」

 

「はい」

 

建物の影に隠れながら街を破壊しながら街中を進んでいる。

 

少女が死んでいる可能性も考えなくははなかった。

 

(少なくとも死体を見るまでは――。いけない。それはいけない。彼女は絶対に生きてる)

 

エクラは後ろ向きになっている自分を奮い立たせる。

 

美しかったアスクの街は破壊されている。もはや二度と元に戻らないだろうと思わせる参上だった。

 

それでも、どこかで生きているとエクラもシャロンも信じて、探し続けた。

 

「あの、ありがとうございます」

 

「シャロン?」

 

唐突にお礼を言われては、エクラもさすがに驚く。

 

「あの子を探しに行こう、なんて、本当はただの我が儘なんだってわかってたんです。でも、エクラさんはそんな私に命懸けで付き合ってくれている。それが私にはとても嬉しいです」

 

エクラはシャロンの言葉に、今できる限りの笑みで答えを返した。

 

「当り前だよ。だって、仲間だからね」

 

「エクラさん……!」

 

シャロンは嬉しそうに笑うと、

 

「私、こんなことしたのは、一緒にいた英雄さんじゃないって信じてるんです。だから、この異変と戦いたいです。なのでどうか、この異変が終わるまで、一緒にいてくださいね!」

 

と、エクラに向けて、短くはあるが、自身の思いを語った。

 

そしてエクラもそれに、しっかりと頷いて応えた。

 

そして再び少女を探そうとした、その時、

 

「うわああああああああああああ!」

 

悲鳴が聞こえた。それは間違いなく、先ほど逃げた少女の声だった。

 

「シャロン!」

 

「はい、行きましょう!」

 

本来はもう少し終末世界の英雄を警戒しなければならないが、エクラもシャロンも脇目もふらず一気に走り出す。

 

死体。違う。死体、あれは大人の形。

 

そしてしばらく走り続け、ようやく見つけた。

 

まだ生きている。そして、泣いている。

 

「大丈夫ですか!」

 

少女が涙ながらに振り返った。

 

その理由は明白である。少女の目の前には、と終末世界の英雄が卑しい笑みを浮かべながら立っていた。

 




次回 王女が憧れる英雄(3)


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序章 9節 王女が憧れる英雄(3)





「……さて、表が出るか裏が出るか」

 

1枚のコインを取り出すその男は、見間違いではなければ、聖魔の世界のヨシュアという男のはずだった。

 

普段は軽薄な男を気取っている彼だが、その根は善良で誇り高い王族であり、凄腕の傭兵でもある。持つ剣は氷剣アウドムラという、彼の表裏のない生き方を模したような純粋透明な氷剣である。

 

もっとも、目の前のその男は別だということは間違いなかった。

 

持っている剣は血に濡れている。しかしそうとは分からないほどに赤黒く輝く水晶の剣。さらに彼の後ろには、多くの大人が死んでいた。その首を、胴体を綺麗に両断されていた。

 

「あ……お姉ちゃん、なんで……私、勝手に」

 

少女はシャロンを見て、困惑する。しかしその体は助けを乞うように、手を伸ばす。

 

シャロンは少女に寄り添った。

 

「大丈夫ですか」

 

「あの、その……」

 

「もう大丈夫です! 後は私にお任せください!」

 

エクラにはシャロンのその言葉が強がりであることが分かる。戦略眼を使うまでもない。声が震えている。先ほど自分に声を掛けてきた声と違い力強さがない。

 

当然だろう。相対しているヨシュアと思わしきその男から感じられる力。それはおおよそ人間の力とは思えない威圧を漂わせている。

 

「あいつ、あいつが、みんな殺して……」

 

混乱している少女を抱え、シャロンにアイテムを使いシャロンの力を底上げしたものの、その力の差は圧倒的だ。

 

「ぅぁぁ……ああああ……」

 

涙を流す少女をなだめながら、エクラはシャロンを不安そうに見守る。

 

そもそもHPの差がおかしい。向こう側のヨシュアのHPは420もある。一方でシャロンの現在のHPは40。

 

おかしい、とエクラは毎回思うのだ。どうして終末世界の英雄はここまでステータスが化け物レベルになってしまうのか。

 

しかし、謎の追及は今すべきことではない。今行うべきことは、この現状を切り抜け、少女を無事にアルフォンス達に合流させること。

 

「……お嬢さん。なんのつもりだ?」

 

ヨシュアの問いにシャロンは、槍を握る手を震わせながら答えた。

 

「わ……私は、あの子を助けるために、貴女と戦います」

 

「そうか。いい女だ、あんたは。弱くても心は清純で、どうもあのクソ王子よりも友達になれそうなんだが……まあ、これも仕事なんでね。今からあんたを斬るんだが、恨むなよ?」

 

ヨシュアは赤い剣ではなく、手の親指の甲にコインを乗せる。

 

「そんなお嬢さんは俺との力の差を分からない馬鹿じゃないよな? このまま戦っても俺に勝てないのは分かるはずだ」

 

シャロンは、頷きはしなかった。しかし、反論もしなかった。

 

「ぅぅぁぁ……」

 

涙を流す少女。その姿を見てシャロンは弱弱しい姿を見せまいと奮起している。

 

ヨシュアは構える。しかし戦いの構えではない。それはコイントスの構えだ。

 

「どちらを選ぶ? 表か裏か。お前が答えて俺が投げる」

 

「どういうことですか?」

 

「簡単なことさ。お前はコインの表と裏のどちらかを言う。そして俺はコインを投げる。お前らは3人。だから3回だ。お前が当たった分だけここから逃がしてやる」

 

「つまり……3回当てれば3回逃がしてくれるんですか?」

 

「ああ。賭けなよ。それくらいの遊び心は必要さ。この、くだらない殺しをするぐらいならな」

 

「どうして、そんなことをするんですか」

 

シャロンが怒っている。声のトーンでそれが分かる。

 

そして敵の男もそれを感じたのか、その問いに事実を返した。

 

「俺の世界の民たちの命がかかっている。俺とて、関係ない命を奪うのは気が進まんが、他の世界よりも国の民だ。悪く思うなよ。さあ、俺は今からお前を斬らなきゃならん。コインの表と裏を決めろ。3回分、まとめてな」

 

和解の余地はない。これまでの終末世界の英雄と比べ話はまともにできているが、結局意味はない。

 

シャロンは、考えることなく言う。

 

「3回とも、表で」

 

「いいのか。確率は普通に考えて八分の一だ。1枚裏の方が当たる可能性も高い」

 

「構いません。3回裏でなければ、それで十分です」

 

「いい答えだ。なら、祈れよ」

 

ヨシュアはコインを投げた。

 

1回目。表。

 

2回目。表。

 

「運がいいな。誇れよ嬢ちゃん。少なくとも、後ろの2人の無事は決まった」

 

「……」

 

「うーん、緊張するねぇ」

 

3回目。

 

裏。

 

この瞬間、ヨシュアが1人を殺すという事実は決まった。

 

「ああ、残念だな。お嬢さん」

 

「いいえ。これで、あの事エクラさんは逃がしていただけるのですよね」

 

エクラは信じられない言葉を聞いた。

 

まるでシャロンが、自身を犠牲にすることを許容するかのような言葉だった。

 




次回 序章 10節 王女が憧れる英雄(4)


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序章 10節 王女が憧れる英雄(4)

「待って、そんな言い方まるで……!」

 

先ほどまで涙を流していた少女も今の言葉を聞いて、シャロンの方を見る。

 

「お嬢ちゃん。死に際の言葉ってのは大切だ。伝えたいことがあったら伝えておくといい」

 

「兄さまと同じです。私の役目は民を守ること。それが特務機関として戦う理由ですから。私1人の犠牲で誰かを守れるのなら、それで十分だと思います」

 

「シャロン! 何を言ってる!」

 

「エクラさん。その……私はエクラさんを巻き込んでしまったので、せめてあなただけでも逃げてほしいんです。もしも、終末世界の英雄に出会ってしまったら、最悪、こうすることは決めていました」

 

「シャロン、そんなこと言ってはいけない。この子は――」

 

これ以上、エクラは言葉をつづけられなかった。1人で逃がしても、この少女が別の英雄に在ってしまったら、今度は誰が守るというのだろう。逆に3人でここに残って、あの男と戦ったとしても、全滅は見えている。

 

エクラは自身の視野の狭さを恥じた。

 

シャロンは元より分かっていたのだ。もしも終末世界の英雄に出会ってしまったら誰か『戦える人間』が犠牲になって、他の人間を逃がすことが最善の道。

 

エクラはこれまで軍師として戦ってきたから分かる。多くの軍師の英雄から戦術や最善手を選ぶ決断の方法を学んできたから分かる。

 

終末世界のヨシュアと出会った時点で、この手を打つ以外に少女を生かす方法はない。

 

「……召喚士さん。最後まで、一緒に居てくれてありがとうございます」

 

「ダメだ、残るのは君じゃ」

 

「いいえ。私が残ります。私は約束を守ってくれたエクラさんのために、最後まであなたを守ります」

 

「どうしてそこまで! だって、今まで戦闘で役に立ったこともない。今だってこうして」

 

シャロンは首を振る。

 

「それを言うのなら、エクラさんは私たちにずっと力を貸してくれました。勝手にこの世界に飛ばされたって言ってたのに」

 

「それは、だって」

 

「エクラさんが私たちと一緒に戦ってくれると言ってくれてから、どんなに辛い時も、ずっと一緒に居てくれました。そのおかげで、たくさんの英雄さんともお友達になれました。エクラさんが来てくれてから、私の特務機関としての日々は楽しかったんですよ」

 

いつもと同じように、死ぬかもしれない間際であるにも関わらず、シャロンはいつも通りの笑顔で言葉を並べ続ける。

 

「どんなに無力でも諦めなかったエクラさんがいてくれたから、私もここまで諦めずに来れました。――その……私、英雄さんみたいに強くはないですけど、それでも、憧れた英雄さんのように戦うことができたのは、エクラさんが勇気をくれたからです。でも、まだ何もお返しできてないから。私は、せめて……あなたを守ります」

 

シャロンは槍を差し出す。暗に自分はもう使うことはないから、後を託すというかのように。

 

「エクラさん。どうか行ってください。その子を守ってください」

 

エクラは気持ちでは認められるはずもなかった。

 

だから、目の前のヨシュアらしき英雄に勝つ方法を何とか考えた。頭を無理やり回転させて何かないか模索した。

 

しかし、攻撃力78、速さ60、守備45、圧倒的な能力値を前に、いくら策を考えても勝ち筋は全く見えなかった。

 

「そんな……」

 

こんな時、自分が戦えたらと思う。しかし、その力は自分にはない。それは変えようのない事実だ。

 

「そんな、そんな……」

 

少女は顔を真っ赤にしながら、

 

「私が死ねば……」

 

と言い出すが、シャロンはそれを制止する。

 

「ダメですよ。私は貴女を守ります。そう言いました。きっと私じゃなくても、私が憧れる英雄さんはこうします。だから、私も、貴女に、エクラさんを、お兄様を信じてほしいから、貴女を守るという約束は破りません。……そういえば、お名前、聞いてませんでした」

 

「ぁ、その……ルフィア……」

 

「いい名前ですね。では私も改めて自己紹介を。目指すはお兄様やみんなを守れる強い人。あなたの味方、シャロンです」

 

「王女様でしょ、しんじゃだめ、死ぬのは、私でしょ!」

 

しかし、シャロンはそれ以上ルフィアの言葉に耳を傾けることはなかった。自分より少し年下の少女の頭を、優しくなでる。

 

「エクラさん。本当に、最後まで一緒に居てくれてありがとうございました。フェンサリル、どこかで役に立つかもしれません。どうか持って行ってください」

 

それだけ言うと、シャロンは今まで自分が使っていた槍を地面に落とし、ヨシュアのいる方へと歩き出す。

 

シャロンは本気だった。

 

エクラはこれほどまでに自分の無力を呪ったことはなかったかもしれない。

 

自分が戦えれば、活路は見えたかもしれない。そもそも、この少女を助けようとするのではなく、アルフォンスと逃げていればこんなことにはならなかったかもしれない。もしも――。

 

様々な思考が巡り、最終的たどり着いた結論。シャロンを死に至らしめたのは、自分の過失だったのではと言う疑念だった。

 

無力。無様。無能。英雄を召喚できないエクラは、本当に役立たずだと自覚するしかなかった。

 

もはやどうすることもできない。この場の最善手は、ルフィアを連れて逃げることだけ。

 

「なんで……王女さまが……」

 

唖然として彼女の背中を見ているラフィネの手を、エクラは彼女から託された槍を背負った後、しっかりと握りしめる。

 

「行こう」

 

たった一言だけ伝えると、シャロンに何か言おうと思った。

 

語りたい事は多かったが、エクラが彼女に言うべき言葉はこの1つしかない。

 

「ありがとう、シャロン!」

 

それは今だけではなく、長い長い戦いの間に多くの思い出をくれたことに対して。最期くらいは悲しい別れにしたくないから、精一杯の明るい声を出した。

 

シャロンは最後に振り向き、最高の笑顔を見せる。

 

見慣れたはずの輝かしい笑顔をエクラは胸に焼き付ける。

 

そしてシャロンは、もう二度とこちら側を向くことはなかった。

 

エクラは少女の手を引いて逃げる。もう後ろを振り向かず、シャロンを見捨てて。

 

「なんで、だって、私、かってに」

 

根はいい子なのだろうと、少女の独り言を聞いてエクラは思う。こうなったのは自分の生なのにどうして自分を助けるのだ、と彼女の言いたいことを的確に予想した。

 

「行こう。それを望んでいる」

 

エクラは彼女の手を引いて、その場から逃げ出した。

 

シャロンを置いていった。

 

ただ、悔し涙を浮かべながら、それでもそれを少女にもシャロンにも見せることなく、ただ走り出した。その手にルフィアを連れて。

 

これが本当の戦争だ。エクラは思い知った。

 

今までは、ただうまくいっていただけなのだ。自分の知る誰かが死ななかったのはただの幸運だ。こうやって大切な人を何人も失うのは当たり前なのだ。

 

英雄たちとて尊い犠牲を出してようやく平和を勝ち取ったのに、自分たちの世界だけが誰も失わないということはあり得ないだろう。

 

「シャロン……」

 

この犠牲は絶対忘れない。エクラはそう心に誓った。

 

 

 

 

 

 

「行ったか?」

 

「はい。もしかして待っててくれたんですか?」

 

「俺は勝負に嘘はつかない。賭けで2回勝った分の報酬はあるべきだろう?」

 

「ありがとうございます」

 

「怖いか?」

 

「もちろん……怖いです」

 

「それでいい。それが正しい。だから俺も後腐れなく殺せる。安心しろ、この剣は相手に痛みを与えない。そういう剣だ。目を閉じれば、眠るようにして意識を失う」

 

「……」

 

「よく覚悟した。俺はあんたを忘れないぜ。シャロン」

 

ヨシュアは今度こそ、コインではなく赤黒い水晶の剣を構える。

 

剣の通る軌道、向きは水平に、首を確実に撥ねるつもりだとみて分かる。

 

シャロンは目を閉じようとした。

 

――その時だった。

 

上空から、炎の球がヨシュア目掛けて飛んでくる。

 

「な……!」

 

これはヨシュアも予想していなかったらしく、ヨシュアは跳躍してその場を離れざるを得なかった。

 

一方、その場から動かなかったシャロンも、この場に割り込んだ何者かに抱えられ、場を察出する。

 

炎は着弾した。炎の下級魔法だったが、その爆発はボルガノンに匹敵する爆発であり、それを9回。着弾地点は一瞬で溶解する。

 

そしてそこに降り立つ一人の女性。まだ若く、シャロンの少し年上程度の年齢に見える彼女は、しなやかな藍色の長い髪をたなびかせ、賢者のローブに身を包んで、その場に舞い降りる。

 

「大丈夫?」

 

「あなたは……」

 

シャロンが知るよりは、少し大人になっているが、特徴はつかみやすく誰かは間違えない。

 

「リリーナさん……?」

 

「ああ、無事でよかった。異界の私がお世話になりました。彼女とは違うけれど、今、この世界に来れない彼女の代わりに、貴女にここで恩返しをします」

 

後ろを見ると、こちらもまた、シャロンが知るよりはとても凛々しい大人の姿になり、エリウッドによく似ていながらも、やはり別人の青年がいた。

 

「ロイさん……?」

 

「初めまして……なんだけど。君は異界の僕を知ってるんだね。多分子供の頃の僕を」

 

「はい……」

 

「ああ、やっぱり。この世界の記憶を読んでいたけれど、こちらの世界の僕はとても楽しそうだった」

 

「記憶を読む……?」

 

「すまない、それは後で教えるよ。今は君を助けにここに来た。頼りにしてほしい」

 

絶望しか残っていなかったシャロンには頼もしすぎる援軍2人。いつもと雰囲気が違うとしても、シャロンは2人を信用し、身をゆだねることにした。

 

「まじか……」

 

「あら……どうしたの、剣士さん?」

 

「俺達とは違う世界の人間ってとこか」

 

「自己紹介はいる?」

 

「いいや、エフラム王子にも言われているんだ。敵と会ったら殺し合うように。だから俺はあんたを斬るぜ。約束破ったら殺されるからな」

 

「そう……話し合いの余地はないのね」

 

リリーナはロイを見る。

 

「いいよ、リリーナ。久しぶりに君の魔法の輝きを見せてほしい」

 

「……嫌いにならないでね」

 

「まさか。そんなはずないだろう?」

 

それを聞いて安心したのか、リリーナは一瞬笑みを浮かべる。

 

シャロンは、背筋が凍った感覚を得た。嬉しそうな笑みだったそれを見て。

 

リリーナは魔導書を開く。それは特務機関の任務でも使っていた魔導書『フォルブレイズ』。

 

しかし、ここから先は違った。本を開いただけで、込められた魔力の放出により、リリーナを中心に、竜巻に近い風の激流が起こる。

 

絶句だった。シャロンも、そして終末世界の英雄であるヨシュアも。

 

ただ1人、ロイはその光景を笑顔で見守る。

 

「やべ――」

 

リリーナの魔法の発動の瞬間、赤い水晶の剣を持ったその剣士は『逃げればよかった』と後悔する。

 

 

次の瞬間。アスク城下街は、その半分が、炎の激流により焦土と化した。

 

リリーナの目の前から綺麗に街が一瞬でなくなった。

 

そのいたはずの剣士は、跡形も残っていない。

 

シャロンはその光景を見て混乱する。かつての特務機関の城で出会ったリリーナも、すさまじい魔力を秘めていたが、成長するとこれほどになるとはシャロンも思っていなかった。

 

「あ……」

 

リリーナは申し訳なさそうな顔でロイとシャロンの様子をうかがう。

 

「ごめんなさい……手を抜いたのだけれど。どうしても神将器では加減が効かなくて。この街を、壊してしまいました」

 

シャロンからは言葉は出てこない。

 

対してロイはその光景をさも当たり前のように受け止め、

 

「綺麗だったよリリーナ。気に病むことはない。もうこの街に生きている人は残っていないだろう。死した肉体を火葬した、と考えた方がいい」

 

「……ごめんなさい、領主たるあなたにこのような些事を心配させて」

 

「構わない。僕はいつだって君の味方だ」

 

ロイはリリーナに笑いかけた。そしてシャロンにも話かける。

 

「大丈夫だった?」

 

「はい……。ありがとうございます……」

 

大人になった姿のロイ。そしてリリーナ。姿だけを見れば安心できるが、先ほどの龍の火炎放射のような激しい魔法を見せられた後ではとても安心はできない。

 

シャロンはもう分かっている。このロイもリリーナも、終末世界という異界から現れた英雄であることを。

 

「なんで……私を?」

 

シャロンはロイに尋ねる。

 

答えはすぐに返ってきた。

 

「この異変。エンブラ帝国の仕業であることは心得ている。だが、僕らは、彼らに反抗しようと思ってね」

 

「え……」

 

敵の敵は即ち味方というべきか。もしそれが本当なら、シャロンにとってだけでなく、ヴァイスブレイヴにとっても吉報だった。

 

「本当ですか……!」

 

「ああ、それで、この世界の特務機関と交渉をすべく誰かと合流しようと思ってたんだけど……よかった。君がシャロンか」

 

「私の名前をご存じなのですか?」

 

「僕らは少し特例だ。飛んだ世界のことを、龍魔法を使って記録として『視る』ことができる。この世界では幼い僕やリリーナがお世話になったみたいだ。君たちなら信用できる」

 

「では、お兄様も助けてくれるんですね。エクラさんも……!」

 

「もちろん。助けた後は、僕の楽園においで。民たちは僕らで預かろう」

 

たった1人、心細かったシャロンにとっては願ってもない幸運だと言えるだろう。終末世界の英雄にも味方になってくれる英雄はいる。その可能性があると、シャロンは希望を持った。

 

「ねえ、ロイ。せっかくだからシャロンさんだけ、先に私たちの世界に案内しない? ソフィーヤやファも心配しているし、一度、『切れ目』まで戻りましょう?」

 

「そうか。確かに、先に見てもらった方がいいな。僕らの故郷を」

 

「ええ。それが良いわ。それに、もしシャロンさんが、――を使えたら、私たちと特務機関の他の皆様を繋ぐ架け橋になるかも」

 

「それはいい考えだ。なら、すぐに行動しようか」

 

ロイはシャロンに尋ねる。

 

「一緒に来てもらえないだろうか?」

 

「でも、お兄様とも合流しなくちゃ」

 

「大丈夫。ここにはすぐに戻ってこれる。君のお兄様が連れている国民みんなを入れるには、君の協力が少し必要なんだ。不安だろうけど……協力してくれるかい?」

 

「そう……なんですか?」

 

「ああ。できれば、合流した時に、すぐに、君の仲間全員を迎え入れたい。僕らがこの世界に来れるのは、もしかすると、今回しかないかもしれない。チャンスを逃したくない。お願いだ」

 

「……わかりました」

 

シャロンは、ロイの言葉に従い2人について行くことにした。

 

 

 

 

 

 

エクラと共に逃げるルフィア。しかし、彼らもまた最悪の事態を前にしていた。

 

「お2人とも、お待ちください」

 

イーリス王国の王女にして、絶望の未来を生きた藍色の剣士と言われる、聖王女ルキナが自身の身長程に大きな槍を持って、目の前に立ちはだかった。

 

「君は……」

 

「終末世界の英雄の中にあなた達の味方は1人もいません。しかしあえてこう言わざるを得ないでしょう。どうか、私を信じ、ついてきてください」

 

エクラに新たな選択が迫る。

 

 




次回 選択の結末(1)


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序章 11節 選択の結末(1)

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!



レーギャルンは語る。己が何者か。

 

それは異界へと赴き仕事をおこなうという特別な境遇のアルフォンスですら、耳を疑うような話であった。

 

「私と妹は、異界の存在。そして、ナーガ様に私たちの世界を救ってもらう代わりに、以後異界を見守り、時に世界を救うナーガ様の剣となることを契約した者。ある異界では『守護者』と呼ばれる存在」

 

「契約……守護者……?」

 

「あなた達の世界では氷の儀を行ったフィヨルムがお父様を倒して世界を救った。けれど私たちの世界では、お父様にフィヨルムが殺されて、お父様を殺せるものはいなくなった。このままではこの世界が終わる。そう感じた私は、妹を守るために逃げた」

 

「でも、助かったってことだね」

 

「ええ。偶然この世界に意識を傾けていたナーガ様が私たちの世界の危機を見かねて、この世界に救いの手を差し伸べようとしてくださったの。けれど、ナーガ様が世界に干渉するためにはその世界との縁が必要になる」

 

「縁?」

 

「その世界に生きる生命との契約による等価交換。助けてもらう代わりに対価を払う。本来、その世界の人間でどうにかするべき危機をナーガ様が救う代わりに、助けを求めた私たちはナーガ様のために、異界の危機を救うための使者になる」

 

「価値、実際にはどれくらい……」

 

「私たちはまだ体感で700日くらいって言ったところかしら。長い人だとこの世界の暦で100年以上。異界の戦場に放り込まれて、その世界の邪悪を滅ぼし続ける。神の代行者として、殺し続ける人もいるみたい」

 

「そんな……君は妹と生きていくために助けを求めただけなのに。ナーガ様はどうしてそんな仕打ちをその願った人に課すんだ」

 

アルフォンスの憐憫と怒りが混ざった表情を見てレーギャルンは笑った。

 

それは違うと言うように。

 

「神となった存在は人を無償で助けることは禁じられているからよ」

 

「え……」

 

「アスク王国だって、神竜アスクを信仰しているでしょう。けれど、その竜からの恩恵はない。それはこの世界は人が生きていく世界だから。人が生きるために人が明日を拓いていく。その人の営みを見守るだけ。神が干渉するのは、その世界が滅ぶか滅ばないかの瀬戸際だけ」

 

「スルトの時だって世界が……」

 

レーギャルンは首を振る。

 

「確かに人間の世界は滅んだでしょう。でも、世界は存続する。お父様はそのままでも、殺せる生命がいなくなって、生きる希望を失って廃人になるし、その灼熱に覆われた世界でも、数万年すれば新たな命が芽吹くわ」

 

アルフォンスは、ナーガの見る視点と、人間の視点の違いにようやく気が付く。

 

「神は人類が滅びても、世界が滅びない限りは干渉できないと」

 

「そう、基本はね。神の権能は世界に与える影響が大きすぎる。故に簡単には世界に干渉できない。けれど、ナーガ様は何とか人類の味方をしようと、そこに抜け道を創った」

 

「それが、等価交換ということかい?」

 

「そうね。……具体例を言いましょうか。ある邪竜に滅ぼされそうになった世界の姫君とその御父上に邪竜の力を封ずる炎を授ける、その代わり、その姫君は平和になった世界に留まれず、ナーガ様の救世のために異界に召喚され続ける」

 

アルフォンスは納得したわけではなかった。特に100年戦わされている人間がいるという事実が、正しい救いに思えずにいられない。

 

ただ、少し疑問に思うことがあるとすれば。

(ナーガは確かに偉大な存在ではあるが、そんな超次元的な力を持っているものなのか……?)

ということだが、今考えても無意味な議題だ。アルフォンスはその疑問を胸の内にしまうことにした。

 

この話の本題であるレーギャルン達の正体は何となくつかめた。そして次に、彼女たちが話をするのは、この世界に何が起こったか。

 

「ナーガ様は異界に広がる多くの異世界、その中にこことはすでに違う至天の世界を見ようとしたの。しかし、その世界は既に存在が抹消され見えなくなっていた」

 

「何……!」

 

つまり異界にいる自分もすでに死んでいる、ということ。

 

「残っている至天の世界はここだけ。さらに他の世界も様子がおかしい。これまでには見たことのない異変を確認したナーガ様は、私たちを連れてこの世界に降り立ったの。原因はこの世界にあると予想して」

 

「原因は分かったのかい?」

 

「おそらくアスク王国に原因がある。今分かっているのはエンブラ帝国が関わっている事だけ。だから私たちはナーガ様の命令でアスク王国に行こうとしたのだけれど」

 

「そこで僕らと出会ったのか」

 

「そう。でも城まではいけなかったわ。あそこにいる英雄は私たち2人でも苦労する相手ばかり。しかも城に入ると、相手できない強ささった。ムスペルでは将軍をしていたけど、まだまだね」

 

「そうなのか」

 

「けれど、ナーガ様は言っていた。これは過去類を見ない危機であると」

 

「……それほどの危機が僕らの世界に来ているのか」

 

「何が起こっているかはこれから調査するしかないけれど、アルフォンス、貴方はこれまでの戦い以上に覚悟を決めるべきよ」

 

そして最後にこれからどうするかの話になる。

 

「ナーガ様はニフルの近くに?」

 

「飛空城という、この事態に対応するための拠点を用意してあなたたちを待っているわ。元々アスク王国に行ったのもあなたたちに合流したかったという目的もあった」

 

「なぜ僕たちが?」

 

「ナーガ様は詳しいことはあなたたちが来てからと言ってたけれど、聞いた限りでは、特務機関の神器と、召喚器がこの事態の解決に必要だとか。アルフォンス、あなたも持っているでしょう?」

 

「ああ、ここにフォルクヴァングだけだけど」

 

「後は、フェンサリルとノーアトゥーン、そして召喚士とブレイザブリクね……」

 

ノーアトゥーン、その単語が出た時に、アルフォンスは思い出す。

 

「レーギャルン、実は……」

 

アルフォンスは、神器の斧を持っていたアンナを見殺しに逃げてきた顛末を伝える。それを聞いて少し驚いたものの、

 

「もとより万事うまくいくとは思っていない。それは後で対策を考えます。今はせめてシャロンと召喚士が無事であることを祈りましょう」

 

と言うにとどまり、怒る事はなかった。

 

「そうね……無事に召喚士とシャロンが逃げてくれていればいいけれど……」

 

「……シャロン」

 

心配でないはずがない。愛する家族と背中を預けられると100パーセント断言できる相棒。その2人が人を救うために未だ危険極まりない地で戦っているのだ。

 

しかし、王は個人の感情ではなく大義のために動くもの。父の言葉の正しさを理解し、戻りたいという衝動を必死に抑える。

 

「ふぇー!」

 

こんな時でも心に安らぎを与えてくれるフクロウの声がする。

 

「フェー!」

 

「皆さん! この先でフィヨルムさんと合流できます!」

 

「何人いる?」

 

「先んじて避難していた王国民2000名弱を率いていますぅ」

 

「そうか……! すぐに落ち合おう。場所は……」

 

アルフォンスは一度通ったことのある地、その詳細を思い出し、ニフルまでのサバンナ地帯の中にある、すでに滅んでしまった、村を思い出す。

 

アルフォンスにとっては苦い思い出がある場所だが、人々に休息を与えるにはいい広さを持った村であることに違いない。

 

「レーギャルン。ナーガ様はどこに?」

 

「ニフルへと至る門の前に、その城はあるわ」

 

「城の大きさは?」

 

「安心して、2000人なら十分な広さがあるわ。ニフルに逃がしてもエンブラの手はかかる。城の中に入ってもらいましょう」

 

「分かった。フェー、この先の廃村で一度合流だ!」

 

「ふぇー! 了解しましたぁ。向こう側に伝えに行きますぅ!」

 

フェーもすでに一日の飛行限界にすでに近い距離を飛んでいる事はアルフォンスには分かっていたが、それでも行ってもらうしかない。

 

アルフォンスは神竜王ナーガを名乗る神に出会い、事態の打開を目指すため、ただひたすらに歩き続ける。

 




覚醒の絶望の未来編で滅びゆくある異界を見かねたナーガはクロムたちに助けを求めたことがありました。こんな力まであるなんてナーガ様凄い(すっとぼけ)。それは置いといてその異伝からこの設定は思いついたことは事実です。

話の中で出て来た邪竜を滅ぼした姫君は、その時代で結婚しなかったという設定です。エンディングを見ると、行方不明になったという話だったので、自分なりになぜ消えなければならなかったのかを妄想したことがあります。

もっとも、この設定だと、結婚した場合の説明がつきませんが、そこは契約履行の執行猶予ということで1つ。納得していただけれればと思います。

次回 選択の結末(2) 


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序章 12節 選択の結末(2)





廃村。以前スルトの手によって焼かれたその村は、今は復興の途中になっている。アスク王国兵が中心となり、駐屯地を中心に破壊された家屋の復活を試みている。

 

そこで、多くの人民と共に、アルフォンスはフィヨルムたちと合流することができた。

 

「レーギャルン……王女」

 

フィヨルムがアルフォンスと合流したときに第1に発した言葉はそれだった。

 

「王女は要りません。これからは共に戦う仲間です。どうか私のことは普通に呼んで」

 

「え、ええ。わかりました。では私もそのように」

 

「……あえて嬉しいわ、フィヨルム」

 

別人であることはフィヨルムにも分かっている。しかし、それでも生きたレーギャルンとの再会は、話ができることは、フィヨルムにとっては嬉しい出来事だった。

 

廃村に2100名程度のアスク国民がこの地に集まった。

 

ここで1晩休息をとる必要が本来はあるだろう。

 

しかし、今はいつ終末世界の英雄が迫ってくるかが分からない。追いつかれたそれで終了だ。

 

アルフォンスは救助者に今後の方針を説明した後、今後の方針について戦える人間全員を集めて、軍議を開く。

 

この場に集まったのは、アルフォンス、レーギャルン、レーヴァテイン、フィヨルム、スリーズの5人。

 

駐屯地に用意されたテントの1つを貸し切り、現状報告と今後の方針を話し合う。

 

「彼らの様子は?」

 

「アスク王国の人たちは私たちのことをよく思っておられない様子ですね……」

 

「それでもついてきてもらうしかない。そもそも安全なところなんて世界のどこにもない。怪我人や精神疾患を患っている人は?」

 

「現状深刻な方はいません。何とかニフルまではもつかと」

 

不安に煽られて暴徒化する人々もいることを考えなくはなかったが、それは起こった場合今は対応できるだけの力がない。

 

「……では、城まではどうやって行こうか?」

 

これには2人から提案があった。あらかじめフリーズはこの件を話しあうように提言していて、自身の意見も残している。

 

「フリーズ皇子は非とも戦力も分散させずこのまま突破することを提案している」

 

それに対しレーギャルンはもう1つの案を出した。

 

「一極集中は、全滅のリスクが高くなる。だってそこを狙われたら終わりよ。少なくとも3つの隊に分けて向かうべきだと思うのだけど」

 

「しかし、当然戦力も分散させなければいけない。襲われたとき迎え撃てる人間が少なければ、その分その隊の全滅もあり得る。戦力は分散させず、一極集中の方が生存率が上がる可能性もある」

 

「相手が相手よ。私たちが対応できない敵が襲ってきたらどうするの。襲われる箇所が1つなら分散させれば、助かる命もあるのではなくて?」

 

「……そうか。未だ相手の戦力の限界が分からない。確かに生存数を増やすには、その方法をとることもできる」

 

アルフォンスは思う。こんな時にエクラがいればと。

 

確かにエクラは、軍師の英雄ほどの軍略を立てられるわけではないが、それでもこれまでアスクに迫った2度の危機をすくために戦った経験を持つ特務機関の軍師となった。彼の意見は十分参考にできる説得力を持つだろう。

 

ふとエクラとシャロンを心配する気持ちが大きくなった。

 

しかし、それを押し殺して、アルフォンスは2つの案を吟味しようと、他の人にも意見を求めた。

 

フィヨルムは、

「私はどちらの策もうまくいくような気がしますけど……一方で不安でもあります。皆さんの意見に従いますので……」

レーヴァテインは姉に従うと良い、スリーズはフリーズの言うことに理があると主張する。

 

時間はない中で、どちらの意見を採用するか、民たちへの説明の時間も考慮すると、長い時間はかけられない。

 

(こうしてみると、自分の無力さを思い知るな。どれだけ仲間に頼っていたか、今さら思い知るなんて)

 

しかし、悩んでいる時間がないのも事実。方針を決めようと口を開こうとした。

 

――その時。

 

「間に合いました! エクラさん!」

 

この軍議の場に現れたのは、戦士の女性、そしてアルフォンスがよく知る相棒の姿。

 

アルフォンスにとってはまさに救いの手だった。

 

「エクラ!」

 

歓迎の態度を見せアルフォンス。しかし、一方のエクラは表情がかなり曇っていた。

 

「アルフォンス……」

 

連れてきた少女は無事だと確認するアルフォンス。

 

「良かった、無事だったんだね。実はシャロンにも……」

 

しかし、アルフォンスはここに来た人間がこれしかいないことに気づく。

 

「エクラ、シャロンは?」

 

「……」

 

エクラは何も言い返すことができなかった。

 




次回 序章12節 選択の結末(3)


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序章 13節 選択の結末(3)





エクラは真実を継げないまま軍議に参加し、自身の方針を伝えた。エクラは戦力の一極集中に賛成したことが決め手となり方針もそのように確定する。

 

国民への今後の方針の説明はフィヨルムとスリーズが行うことになった。国民にはニフルからの援軍と説明することで一応の納得を促す。

 

本来はアルフォンスの仕事であるそれをスリーズが引き受けたのは、軍議の最後にエクラから伝えられた言葉。

 

シャロンを、終末世界の英雄から逃げるために置いて行った。その一言だった。

 

アルフォンスには気持ちを整理する時間が少しでも必要だろう。その配慮がありアルフォンスは一度休憩ということになった。

 

今はアルフォンスとエクラが2人で軍議の場に残っている。

 

「……ごめん」

 

エクラはただ謝る事しかできない。そして、彼女が最後に託したフェンサリルを差し出すしかない。形見である、その槍を。

 

アルフォンスは、その槍を受け取った後、顔を下に向け、エクラを直視することはなかった。

 

辛すぎることばかりだ。

 

恩人の死、そしてもはや生きていないだろう父母、さらに最愛の妹のあまりにも惨すぎる末路。

 

それでも立ち上がれと、誰が言えようか。

 

アルフォンスは爪で肌を切りそうなほどに握り拳に懸ける握力をさらに強め、歯を食いしばっている。しかし、涙は流さない。気丈な姿を見せ続ける。

 

「助けに行った……女の子は?」

 

「無事に連れ帰れた」

 

「……そうか。なら……よかった」

 

エクラはこの場でアルフォンスに殴られることも、何を言われる覚悟も、もはや殺される覚悟もあった。

 

故に、よかった、という言葉が、逆に怖かった。

 

「良く……ない」

 

「いいや、これでよかった。よかったんだ」

 

「アルフォンス」

 

「君は正しい。一番辛いのは君だ」

 

「違う」

 

頑なに否定するエクラに、アルフォンスはなおも言葉を返す。

 

「ムスペルとの戦いが始まるときに……シャロンは言ってたんだ。自分と君のどちらかしか助からないときは君を……君を、助けるって。有言実行だ。本望だったろう」

 

シャロンが、とんでもない覚悟を持って自分の隣で戦っていたことを、エクラはこの時初めて聞いた。

 

エクラの心にさらに刃が食い込む。胸が苦しくなる。今の自分など生きていても戦力にならないというのに、それでもシャロンは自分を生かすために戦ってくれたことが。

 

しかし、たとえそんな話をしていたとしても、エクラは反論する。

 

「本望なはずはない。死にたくなかったに違いない。手が震えてた! 泣きそうだった。そんな彼女を……死に追いやったのは」

 

「やめてくれ……、非の追及に意味はない。今はそれより」

 

「アルフォンス!」

 

アルフォンスは俯いていた状態からようやく顔を見せる。

 

涙をこらえていた。顔色が悪く、今にも吐きそうな顔だった。

 

辛くないわけがない。そんなこと誰が考えても分かるはずだが、エクラはアルフォンスの強がりとしか見えない言葉に騙されていた。

 

「アルフォンス……」

 

「……う、ああ……あぁぁ……すま、ない。大人げないな……ハハハ……」

 

アルフォンスの目からは、すでに涙がこぼれている。

 

「分かって……んだ……戦い……死ぬ……そんなの……分かってた……はずなんだ……」

 

しかし、アルフォンスは、泣き叫ぶことだけはしなかった。本当は泣きたくて、狂ってしまいたくて、楽になりたくて仕方がない。

 

しかし、現実逃避に意味はない。

 

民を生かし、アスク王国を取り戻すことが自分の使命だと信じているからこそ、アルフォンスは現実を受け止め、飲み込み、ただ今のこの軍をお維持するために、我が儘と思っている自分の意志を封じようと必死にこらえている。

 

その姿は痛々しいことこの上ない。

 

しかし、エクラには、アルフォンスを救う何かを言う資格はなかった。

 

「僕は、平気だ。まだ平気だ。まだ……戦える」

 

アルフォンスは、ふらつきながら立ち上がる。こぼれた涙を拭き、いつものクールな顔を見せようと顔を創る。

 

今のアルフォンスは既にボロボロだ。もう、発狂寸前と言っても過言ではないだろう。

 

「アルフォンス。その……」

 

「さ……行こう、そろそろ……出発、だ」

 

「休んで。罰は後で受ける。休んでくれ。代わりは」

 

「僕は……生きる。生きる。隊長が言っていた通り、血を吐いてでも、泥をすすってでも、屈辱に、試練に、たとえ誰を犠牲にしてでも生きて、いつかアスク王国を取り戻す」

 

アルフォンスは、エクラの方に振り向く。すでにすり減った精神を整え、声を張り上げる。

 

「行こう、エクラ。今は、戦う時だ」

 

「アルフォンス」

 

「僕は、平気だ」

 

そんなはずはない。あと少しでも彼の精神を追い詰める何かがあったら、アルフォンスは今度こそ、狂い始めてしまうだろう。

 

それくらいまで追いつめられている事は見て取れる。

 

しかし、今のエクラにそれを言う資格はない。なぜなら自分は元凶だから。

 

今の自分にできることは、今度こそ失敗はしないこと。軍師として、友として・

 

「ああ行こう。君がそう言うのなら」

 

エクラも立ち上がる。そして軍議のテントから外に出ようとした時、

 

「敵襲! 皆さん逃げてください!」

 

フィヨルムの叫び声が、街に響き渡った。

 




次回 14節 選択の結末(4)


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序章 14節 選択の結末(4)





外に出たエクラとアルフォンス。

 

廃村ではすでに多くの民が出発の準備をしている。フィヨルムはその誘導を行っていた。

 

「エクラさん。アルフォンスさん。もういいのですか?」

 

二人を心配するフィヨルム。アルフォンスの声は既にもとに戻っていた。

 

「それどころではないだろう。敵襲だって」

 

「はい。今は兄が食い止めてくれています」

 

「敵は?」

 

「見た目で判断する限りでは、白夜王国のリョウマ王子かと」

 

二人の額に冷や汗が伝う。すでに2人はアスクの地でその存在と戦っている。そしてその強さを目に焼き付けている。

 

「まずい、加勢しよう」

 

アルフォンスがエクラに提案し、走り出そうとするyが、それをフィヨルムが制止する。

 

「アルフォンス様。どうか、ここは民の避難の準備を。兄が敵を食い止めているうちに、全員出発しましょう」

 

「でも、フリーズ皇子が!」

 

これ以上の死者を出したくない。アルフォンスのその思いが強く表れている。

 

「大丈夫です」

 

「大丈夫なはずがないだろう!」

 

すぐに声を荒らげてしまうアルフォンスの方をエクラが軽くたたく。怒声に驚いて次の声が出なくなったフィヨルムに、

 

「ごめん。でもなぜ大丈夫かを話してくれないと、こっちも納得できないから、話してくれると嬉しい」

 

アルフォンスが本来言うべき言葉を代弁する。

 

「はい……、兄は、恐らく大丈夫なんです。リョウマさんと戦えています。念のたレーヴァテインと姉が様子を見ていますが、加勢してはいません」

 

「馬鹿な……」

 

エクラは驚く。終末世界の英雄はとんでもない強さを誇っていて、1人で戦えるような相手ではない。いかにフリーズ王子が強いと言っても、たった1人でなんとかなっていることには、フリーズ王子の本気が、あまりにも想像以上であった。

 

「私も驚きました。なにせ、知らなかったので。でも、兄は大丈夫です。今は住民の出発の準備を手伝いましょう」

 

「……任せる」

 

しかし、アルフォンスは走り出す。それは、まさしく今フリーズが戦っている街の外の方角。

 

「ちょっと……アルフォンス!」

 

冷静なふりをして、実のところ全く冷静には程遠い。かつてスルトに追い詰められた時もここまで取り乱してはいなかったはずなのに。

 

「アルフォンス様……!」

 

「フィヨルム、君は引き続き、アルフォンスの代わりを頼む」

 

「エクラ様は」

 

「追いかける。あれじゃあ、無茶なことをしかねない。ここでアルフォンスまで殺させるわけにはいかないさ」

 

「……わかりました」

 

本来アスクの王族の責務である行為を快く請け負ってくれたフィヨルムに、今できる最大限のお礼をして、エクラはアルフォンスと追いかける。

 

村の外のサバンナ地帯に到着したアルフォンス。

 

フィヨルムの報告通りに、そこでは戦いが繰り広げられていた。しかし、敵はリョウマらしき影だけではない。総勢五百のエンブラ兵も村の襲撃の訪れていたのだ。

 

エンブラ兵を食い止めていたのは、藍色の女剣士と、その隣で多彩な武器を使う男。なんとたった2人で500人のエンブラ兵を食い止め、フリーズに危害が及ばないようにしている。

 

一方その中でフリーズはリョウマと一騎打ちをしていた。

 

アルフォンスはすぐに加勢をするため走り出したが、その足はすぐに止まった。

 

その2人の戦いは、自分が付いていけるものではなかった。

 

一呼吸の間に突き出されるリョウマの3回の斬撃を躱し、後ろへと後退する。それを予知し瞬きの間に後ろに回りこむ。

 

再び迫る斬撃。リョウマの動きは速く、フリーズはその動きをとらえきれない。

 

テュールの斬撃は間違いなく当たる。

 

「……っ?」

 

その斬撃は防がれた。フリーズの体を守るように、自動で氷の障壁が発生する。剣戟は弾かれ纏っていた紫の電光が弾ける。

 

「ふっ!」

 

斬撃を弾かれることで一瞬体勢を崩したリョウマに、フリーズは反撃に転じる。

 

ギョッルと呼ばれる神器の剣。レイプトと同じく氷の力を宿すそれは、斬った痕の傷痕を凍らせる。氷の世界に伝わる神器はみなこのような力を持っている。

 

氷は自身の魔力から生成されるため、その魔力をうまく操作できるようになれば、特殊な事象を発生させることも不可能ではない。

 

ギョッルによる剣の横薙ぎ、そしてもう1度の突きを軽く躱したリョウマは、3回目の攻撃を刀でいなし、再び攻めに転じる。

 

磨きあげられた剣技は終末世界の英雄でも変わらない。アンナが使ったこともある奥義『流星』の動きを見ても、アンナのものよりも流麗で速い。目で捉えることは至難の業である。

 

フリーズにとっても同じで、すべての攻撃を捉えられているわけではない。先ほどから発生している氷の障壁がフリーズの剣の代わりに、防御を担っている。

 

「はぁ!」

 

防御に負担があまりかからないフリーズは、リョウマの猛攻を凌ぎながら反撃に転じることを可能にしている。

 

フリーズはギョッルから放たれる氷の魔力を高めた攻撃を放った。

 

「……っ!」

 

剣に紫の雷を宿し、渾身の一撃と思わせるフリーズの剣と衝突させる。

 

激突のした剣戟、そして雷と氷の魔力が激しくせめぎ合い、魔力の衝突による爆発が発生した。

 

「ぐ……!」

 

神器同士の戦いに勝利したのはフリーズだった。テュールは押し負けた。

 

フリーズはそのまま攻撃に踏み込んだ。

 

2回の斬撃。これは躱された。しかし、その後に繰り出す蹴りの一撃は躱しきる事はできず直撃する。

 

「ぐ……!」

 

まともに言葉を発することなく攻撃を仕掛け続ける機会のように戦っていた男が、初めて苦しそうな表情を浮かべる。

 

肉体に走った衝撃は想像以上だったのか、足の踏ん張りが足りず、奥へと飛ばされるリョウマ。

 

その一瞬の隙を逃すことなく、ギョッルを上に掲げる。その構えは何回か共闘した覚えのあるアルフォンスにも覚えのない動きだった。

 

「あれは……?」

 

アルフォンスの疑問に、レーヴァテインが答える。

 

「あれ、神器解放の合図」

 

「神器解放……?」

 

聞いたことのない言葉が、アルフォンスの頭を混乱させる。

 




投稿遅れて申し訳ありません。

第2部のPVの時に、フィヨルムがすごいことしてるんです。覚えていますでしょうか?
ヒーローズの神器は、レーザーを撃ったり、巨大な氷の柱を操ったりすることもできるらしいので、ただ武器を振り回すだけでなく、特殊な力を使った戦闘もどんどん書いていきたいと思います。

次の投稿は、一度他の2作品の投稿を挟むので、木曜日か金曜日の20:00の予定です。

次回 14節 選択の結末(4)


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序章 15節 選択の結末(5)





剣に宿るのは氷の魔力。未だ流動的な魔力の塊が剣に集中し、ギョッルが青く輝く。

 

フリーズは剣を振り下ろす。剣に宿った魔力が共に放たれた。

 

半月状に変形した巨大な斬撃が地面を割りながら、リョウマに向かっていく。

 

「……っ!」

 

斬撃波は通過した場所を一瞬で凍らせていく。

 

雷の刀によって受け止めようとしたリョウマは、その光景を見て込められた魔力量がこれまでと桁違いであることを察する。

 

しかし、斬撃はものすごいスピードで標的に向かっていて、体勢を崩している今のリョウマが躱すことはできない。

 

「ぉお!」

 

受け止めることを選んだリョウマは、今、神器に宿せるだけの雷を宿し、その斬撃に己の刀をぶつける。

 

瞬間に集めたその場凌ぎの魔力に対し、ギョッルから放たれたのは、精神統一の末に寝られ続けた氷の魔力の集約。

 

勝敗は明白だ。

 

たとえ相手が終末世界の英雄だったとしても、それを覆すことなどできるはずはない。

 

ビキ。

 

金属が割れる音が響き渡る。目の前から迫る物質量に耐えられず折れようとしている武器がある。

 

当然ギョッルではない、リョウマが持っているテュールである。

 

神器から放たれる強大なエネルギーの衝突は、激しい音を立てながらせめぎ合っていたが、もうすぐで、紫の雷を、氷の斬撃は飲み込もうとしていた。

 

フリーズはただ目の前の敵の行く末を見守る。

 

「剣技に精細さがなかった。故に生まれた決定的な隙。それを見逃すほどの容赦をかけるつもりはない。凍れ」

 

「ぉぉおおお!」

 

刀が砕け始める、リョウマの体は凍てつきはじめ、霜が体を覆っていく。

 

「ぉ……おお……!」

 

どれほどの気合を入れても、目の前の斬撃を押し返すことはできなかった。

 

刀が折れた。膨大な氷の魔力は目の前の侍を容赦なく飲み込み、そこで凝縮された斬撃は変質し、エネルギーを爆散させた。

 

遠くで見守っていたアルフォンスやエクラまで届く破壊力の残滓。

 

そして、その場にいた侍は、爆発の後の煙から出てくることはなかった。

 

「……さすがだ。間一髪で逃げたか。だが、上半身は両断した。しばらくは出てくることはあるまい」

 

エクラは信じられないものを見た。

 

それはエクラにのみ見ることのできる、戦いを数値化する戦略眼。

 

それで見て今の神器解放と呼ばれるものの攻撃を数値化した結果、135ダメージを与えていることが判明した。3桁という、これまででは考えられない攻撃力数値を見て言葉が出ない。

 

「あれが……」

 

「神器の力を解放する術。これ、あいつらと戦うのに必要。姉様も言っている」

 

「神器解放。エクラが奥義と規定している技を越える技ってことか……?」

 

アルフォンスが興味をもつのも当然である。街の中で圧倒的な差で敗北しかけた相手に圧倒的な力で勝利して見せたこの戦い。

 

その鍵が神器の力を解放することにあると知れば、アルフォンスも神器の使い手として、注目するのは、危機を迎えている身には至極真っ当な反応だ。

 

「使うなら神器はもちろん、きっかけと修業が必要。でも、できないことはない」

 

「なら……」

 

「ナーガ様に聞くと早い。お前そう言うなら、早くいくぞ」

 

「あ。ああ。そうだね」

 

既に話が出発に映っているのは、リョウマが連れてきた500人の兵士がほぼ全滅しているからだ。

 

その戦い方も、並みの人間とは思えないものだった。

 

藍色の剣士は剣から魔力を解き放ち、迫りくる敵を斬りながら、ものすごい勢いで吹っ飛ばしていく。兵士がもはや雑草を雑に引き抜いていくかのよう。

 

たいしてもう1人はそれほどの派手さはないが、敵から剣を奪い敵を斬り、槍を奪っては敵を突き、魔法を奪っては、その魔法で敵を倒していくという、万能な戦いをしながら確実に敵を屠り続ける。

 

兵士と、ナーガの使者である2人の力の差は歴然だった。言うなれば、人と竜巻の戦いと言っても良いほどの力の差であり、兵士に勝ち目はない。

 

エクラは、ナーガの使者の力に唖然とするしかない。

 

その中の1人であり、先ほど逃げているエクラを助けた藍色の剣士は、人柄であればエクラも良く知る人物だった。

 

イーリス聖王国、王女ルキナ。邪竜ギムレーを倒すため、滅びの未来から自身の過去に向かい、父とその仲間と協力することでようやく倒すに行った、英雄王の再来と言うにふさわしい、不屈の英雄として有名である。

 

そんな彼女が何故ナーガの守護者として現れたかは分からない。

 

しかし、自分が召喚したことのあるルキナとは別人であることは明白だった。

 

ステータスは総じて通常のルキナよりも圧倒的に高く、さらに、持っている武器が『天剣ファルシオン』という、見たことのない武器である。スキルにも、フリーズと同じで見たことのないスキルを持っている。

 

ナーガの守護者という話も、終末世界の英雄と戦うという話も、本当なのだと理解できる。そして、勝利を疑うしかなかったこの戦いに、一筋の希望は確かに存在することを実感した。

 

「皆さん、出発の準備ができました!」

 

フィヨルムが報告をしにここまでくる。戦場を見て彼女は驚いたのは、先ほど始まった戦いがもう終わったという事実を見てのことだった。

 




次回 16節 選択の結末(6)


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序章 16節 選択の結末(6)

歩いて戻ってきた戦士3人。

 

その中で1人の男は、合流して早々に

「まったく、やけに強いな。あれで雑魚ではこの先は思いやられる」

としかめっ面になりながら、つぶやく。

 

「そんなことを言いながら、ずいぶん軽々と倒してたではないですか」

 

「そりゃ俺とてナーガとは長い付き合いだし、その程度はやってのける腕はついたさ。しかし……契約が終わってようやく解放されるかと思ったが、一方的な再契約でまだ働かされるとは、誰かあの神竜に人の心を分からせてやってほしいものだ」

 

「それは、ナーガ様の気持ちもわかります。あなた、優秀ですから」

 

「やめてくれ。君には遠く及ばない」

 

長い付き合いであることを他社でも感じられる内容の数々。

 

疲れた顔をしてルキナと話していたその男は、見た目こそかなり若い。

 

「お前がアルフォンスか?」

 

「そうだ」

 

「……今にも泣きだして死にそうな顔だ。俺でよければ引導を渡してやるが?」

 

「な……?」

 

ルキナが急な殺害宣言をした彼を慌てて止めようとする。アルフォンスは当然反論を述べた。

 

「僕が死にそうな顔など、失礼だが間違いだ」

 

「ほう? そうか。その程度の生意気な口が利けるなら、まだしばらくは問題なさそうだな。だが勝手な行動は控えておけ。お前が名乗り出ても、何もできないのだからな。命は大切にすることだ」

 

その男はその場を後にする。

 

侮辱を受けたことに若干の怒りを覚えるものの、アルフォンスはそれを事実であると受け止めるしかない。

 

「エクラ」

 

「何?」

 

「無様だね。僕らは」

 

自身を卑下する言葉などこれまで一度も使ったことのないアルフォンスが、その言葉を選んだことに、エクラは驚きを隠せない。

 

「アルフォンス」

 

「……行こう」

 

アルフォンスの表情はいつも通りだったが、エクラは通常との様子の違いを感じ取っている。必死に冷静を保っているだけ、いわゆる外側だけを綺麗に見せている状態だ。

 

しかし、エクラには今のアルフォンスにかける的確な言葉を持たない。

 

「うん」

 

ただ、アルフォンスの言うことに賛同することしかできなかった。

 

2人の様子をみていたフィヨルムはある恐怖を覚える。

 

いつか、あの2人の関係が破綻するときが来てしまうのではないかと。

 

そしてもしその時が来たら――

 

それ以上をフィヨルムは考えられなかった。

 

「フィヨルム?」

 

「姉様……」

 

「……大丈夫。私たちがついているわ。この世界の姉でないとしても、私はあなたの味方です。あの2人もきっと大丈夫」

 

「でも……」

 

「大丈夫です。あの2人は。それは、貴方がよくわかっているはずです」

 

異界の姉の言葉であっても、自分のよく知る声に、フィヨルムは焦り始めていた心を、落ち着かせることができた。

 

 

 

 

 

民の移動の準備は完了した。一応、襲撃してきたすべての敵を撃退したものの、すでに村の市がばれてしまった以上、長居はしていられない。

 

ここから、ナーガが待つとされる飛空場まではノンストップで行くことになっている。ルキナとレーヴァテイン、そしてフィヨルムが先行し、前方を確認する。

 

一方で、エクラとアルフォンスは、フリーズ皇子と共に、後ろで敵の警戒に当たっていた。

 

「アルフォンス王子」

 

「アルフォンスでいいですよ」

 

フリースの呼びかけに応えるアルフォンス。

 

「大丈夫か?」

 

「当然です。まだ、倒れている場合ではないので」

 

「……無理はしない方がいい。飛空城についたら、一度体を休めるべきだ」

 

「お心遣い感謝致します」

 

サバンナ地帯を歩く避難中の大集団。当然目立つ。それをたった10人程度で守ろうというのだから大変なことである。可能な限り密集しながら、目的地である城へ住民たちは足を進める。

 

その間、アルフォンスとエクラに聞こえてくる言葉の中には、当然心を抉るようなものもあった。

 

「アスク騎士団は何をしてるのかしら」

「あーあ。何が英雄だよ。他の世界を当てにしているから、こうなるんだ」

「今までアスクに不信感抱かないようにして暮らしてきたけど。戦いが終わったら移住しようかな」

「そうだな。それが懸命だろう」

 

アルフォンスに聞こえるように言っているのか、もしくは聞こえているとは思っていないのか。

 

気丈であることを見せているつもりのアルフォンスに対して、エクラは既に我慢の限界だった。

 

誰のおかげで助かったと思っているのだと。当然、自分のおかげなどと欠片も思っていない。

 

アルフォンス、シャロン、アンナ隊長、そしてアスク王国の騎士たちが命を賭けて戦った結果が、絶望的な状況の中で2000人を生存させるという結果につながった。

 

無知であるが故にそのようなことが言える。戦いに勝たなければ完全な敗北、そのような常識ではない常識が、彼らには根付いているのだ。

 

「く……」

 

反論しようとしたエクラをフリーズは止める。

 

「やめろ」

 

らしくない命令口調。

 

「なんで……」

 

「我々がいくら弁をたてたところで、彼らは常に悪いものばかりを見るものだ。民を統べる王とその臣下は、民の言葉を聞きこそすれ、自分たちの意志を彼らに強要することは許されない」

 

「でも、それじゃ……」

 

「ああ、分かっている。アルフォンスには酷な話だ。だけど、アスク王国が民たちを守れなかったのは事実だ。こうして逃げ回っているのだから」

 

「……でも」

 

「アルフォンス達が頑張ったのは君が、そしてフィヨルムがよく知っている。だから気を落とす必要はない」

 

フリーズはエクラに、そしてアルフォンスにも聞こえるように言う。

 

「民を守るという役目を負った以上、敗北で民の心が離れるのは当たり前だ。だが、それはそもそも人の範疇を超えた仕事でもある。だから失敗することを奨励はできないが、たとえ今の状況でも決して君たちは間違っていない」

 

フリーズ皇子もまた一国の皇子だった存在。彼なりに理解の及ぶ範囲で、アルフォンスを弁護したのだ。

 

それを聞いた住民には、ただの言い訳に聞こえることだろう。

 

しかし、これは言い訳をしたのではなく、アルフォンスやエクラを理解している人間が確かに存在することを、フリーズは明言したのだ。

 

一瞬だけ、ほんの少し唇の端を吊り上げたアルフォンス。

 

「さあ、もうすぐ、ナーガ様が待つ飛空城に到着するぞ」

 

既にアルフォンスと、エクラの目の先には城の姿が映り始める。

 




次回 17節 選択の結末(7)


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序章 17節 選択の結末(7)

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!



飛空城。その存在はアンナが少し前に話題に挙げていたことをアルフォンスは覚えている。アスクの僻地に存在するそれは伝説では空を飛ぶという眉唾物のように聞こえた。

 

しかし、目の前にそびえ立つそれは明らかに前に来た時は存在しなかったし、そもそもこの地帯に城などの大きな建物を建てられるほどの堅い土壌はない。

 

『不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる』。今の状況がまさにそれに近い。

 

城は明らかに何らかの方法でこの場に現れたとしか言えないのだ。

 

そしてその城の主は堂々と、アスクの避難民を待ち構えたかのように堂々と、城の前に立っていた。

 

「ようこそ、飛空城へ。歓迎いたします。アスク王国の皆様」

 

尖った耳がチャームポイントの麗人。杖を持っているものの、最初に見た感覚では、ノノやファなどのマムクートに近い印象をアルフォンスは受ける。

 

その女性を怪しむ国民達、とうとう王族に騙されたかなどと、ここにきて飽きずに王族批判の火をつけようとする国民。

 

そんな彼らに、その女性は名乗った。

 

「私の名前はナーガ。今はこの城を管理しているものです。長い大陸横断、さぞお疲れでしょう。どうか城の中に。5階より下は皆様に用意してあります。ルキナ、隣の彼と一緒にご案内お願いします」

 

「承りました」

 

アスク王国の住民は未だ疑い晴れぬものの、このままここにおいて枯れてもエンブラの兵士に殺されることを理解していない者はいないので、ルキナの後に従い、飛空上の中へと入っていく。

 

「アルフォンス、エクラ。そしてヴァイスブレイヴの皆さん。私の近くへ。話があります」

 

そしてアスク王国の最後の希望である2人はナーガの呼び声に従い彼女の元へ。

 

 

 

 

飛空城にはまだ入らず、ナーガは辺りの土地を見渡す。

 

エクラはナーガを近くに見て、かつて英雄たちに聞いたことのあるナーガの話を思い出す。特にクロムやルキナからは詳しい話を聞いたことがあった。

 

ナーガというものは、決して単一の存在を示すものではないらしく。魂のみの存在になり世界に縛り付けられなくなった神龍族が世界を監視する者としての責務についた時、その名前を名乗るようになるという説が一般的だ。

 

真実は定かではない。違う説も数多く存在する。

 

それでも目の前にいる存在は、そのナーガを自称するだけあり、雰囲気が一般的なマムクートのものより、高次的存在であるような印象を受ける。

 

「アルフォンスとエクラですね?」

 

ナーガの問いに頷く2人。

 

「この世界に迫っている危機。そこからアスクを、いえ、多くの異界を救うためにあなたたちの力を貸していただきたいのです」

 

アルフォンスはナーガに物申す。

 

「あなたがナーガであることはひとまず認めるとして、あまりに話が唐突すぎる。少なくとも、貴方がなぜこの地に降りたのか、今回の事変となんの関係があるのか。そしてなぜ僕らが必要なのか、これらを話してもらわないと、僕らとしても進んで協力はできない」

 

神様的存在を相手によく言えるなぁ、とエクラは感心する。

 

「……そうですね。確かに、今の貴方の懸念も分かります。しかし、ここで多くを語るのは危険でしょう。我々は今すぐにでも飛び立たなければなりません」

 

ナーガの言い分も十分筋は通る。今はエンブラに狙われる身。アルフォンスもエクラも、1か所にとどまり続けるのは危険極まりない。

 

ただし、これが罠であれば一巻の終わりである。もはやアスク王国のために戦える者が少ない今、容易に誘いのるわけにもいかないのだ。

 

アルフォンスが警戒するのをナーガが見て、

 

「では、1つだけ。この地に何が起こったかを、お話ししましょう」

 

アルフォンスは剣に柄に手をかける。人の話を聞くにはあまりに失礼な行為に当たり普段のアルフォンスでは絶対にしない行為だ。フィヨルムはさすがにこの行為を止めようとしたが、スリーズがそれを制止する。無理もないことです、と。

 

もしも急に乱心し、斬りかかろうとしたら自分が止めなければと、エクラはその意味で身構えた。

 

ナーガはそれを見たものの、さして気にも留めず話始める。

 

「一言で言ってしまえば、このアスクの地に起こったのは、時間軸からの逸脱です」

 

「どういうことですか?」

 

「ではまず、時間軸の話を少し。アルフォンス、貴方は異界という存在は知っていますね?」

 

「はい、それはヴァイスブレイブに務める者として当然のことです」

 

「よろしい。多くの異界は、原則互いに干渉することなくまるで平行するかのように時を刻みます。この至天の世界は、他の世界に干渉するという点では特異なものの、しかし、並行して時間という道を進む一つの世界として成り立っている」

 

所謂、平行世界論に近いものだとエクラは認識する。

 

今自分のいる世界は、過去の選択により運命が決めつけられた世界であり、他の選択をした世界とは交わることなく続いていく。選択によって枝分かれした運命が、多種の世界の様相を創ることになる。

 

「しかし常に世界が正しい道を選び進んでいる事はない。どこかで選択を間違えた世界は、正しい道、正しい時間軸から脱線する。……エクラ、例えばの話です。綱渡りの綱があるとしましょう。もし踏み外したら」

 

「死ぬ……特に下が奈落だったりすると」

 

ナーガの話の真相を理解する。アルフォンスもフィヨルムも頭の回転は速く、想像上のそれはエクラが説明したものに近しくなっていた。

 

「今、この至天の世界に起こっているのは、滑落と同じだと考えてください。綱は世界を存続させるための道だと」

 

正しい時間軸からの逸脱。その意味を少し理解し、

 

「まさか、このままではこの世界が……?」

 

「その通りです」

 

「そのような話、信じられるとでも……?」

 

「今は信じていただく必要はありません。いずれはそう認めざるを得なくなりますから」

 

事実かもわからない与太話。そうともとれるが、現に今至天の世界には明らかに異常が起こり続けている。事実と言う証拠はなくとも、そう信じてしまいたくなる。

 

「エクラ、貴方の持つブレイザブリクは、正しい時間軸の異界から英雄を呼ぶ神器。エクラ、貴方が英雄を呼べなくなったのは世界が正しい時間軸から離れてしまったことにある。正史を辿るだろう異界と離れてしまったが故に、神器との接続が弱まり、呼び出しにくくなってしまったのです」

 

「じゃあ、神器の故障じゃなかった」

 

「はい。そこは安心してください。でも、先ほども言った通り、時間軸からの脱線は世界の破壊を意味する。このままではこの世界は滅びの運命にあります」

 

「……終末世界っていうのはまさか」

 

「その単語を聞いていたのですね……、はい。終末世界とは、正しい時間軸から外れた異界。いずれは滅びの運命を辿ることになる、異界のことなのです」

 

エクラは今自分がおかれている状況が大きすぎて、膝が笑い始めた。

 

アルフォンスは尋ねる。

 

「僕らの世界を守る方法は?」

 

ナーガはその問いに、こう答えた。

 

「通常、存在しません。あなた方の世界は脱線してしまった時点で、終末が決定づけられています」

 

それは非情な、最後宣言だった。

 




次回 選択の結末(8)


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序章 18節 選択の結末(8)

「そんな……」

 

この世界を救う方法はない。その事実がアルフォンスとエクラの精神状態にさらなる悪影響を与えるのは確かである。

 

しかし、ナーガはそれにつけ足すように言った。

 

「ただし、今回は例外です。私がこの世界に降り立つことができたのは、この世界の異変が人為的に起こされたものだからです」

 

人為的と言うことは、この原因を引き起こした犯人がいるということ。

 

「この世界の時間軸からの逸脱は何者かによって引き起こされたものということだと?」

 

アルフォンスの確認。ナーガはそれに反論はしなかった。

 

「犯人は終末世界の存在を知っていながら、わざとそうなるように世界を動かしていました。世界の脱線はあくまで自然な人の選択で行われるべきものです。意図的に終末世界へと世界を動かすことは許されません」

 

「だからあなたが助けを差し伸べるために?」

 

「不正は許されるべきではありません。故に私は手を出せる状況になりました」

 

「では、この世界は助かるのですね?」

 

「……それは、まだわかりません」

 

話はこの世界の異常を解決する方法へ自然と動いていく。

 

「この世界はただ脱線しただけでない。逸脱した他の終末世界と鎖で連結させ、この世界を元の正史世界の時間軸に戻さないように仕向けられている。我々がこの世界を元の時間軸に戻すには、その鎖を外す必要があります」

 

これでもナーガは難しい話をできる限り簡単にしてくれているのだろうとエクラは思う。本来視界に入れることすら敵わない、平行世界の話。ナーガほどの力がなければ視ることすら不可能だろうその概念には、自分たちが考えも及ばないことがいろいろとあるはずである。

 

それを自分達にも分かるように、本来もっと複雑な内容をシンプルにして話をしている。聞いているエクラたちは、その鎖をどうにかすれば事態が好転すると分かる。

 

この手の方法は、物の本質を見抜きづらくなることがデメリットだが、それはおいおい少しずつ自力で解き明かしていくものだ。その手間をエクラも惜しまないつもりだった。

 

「そして、その鎖を切断するためには、アスクの神器に宿った、この世界の神格を持つ神秘が必要になる。だからこそ、あなたたちが必要なのです」

 

「……そうですか」

 

アルフォンスも特に混乱することはなく、ナーガの話を最後までおとなしく聞いていた。

 

そして話が一段落したところで口を開く。

 

「……つまり、僕らが行動を起こす必要があるということですね」

 

「その通り。そうしなければこの世界は滅ぶ以外の道を選べない。だから私は、あなたたちに非情な選択を選ばせます。どれほどの地獄を見ようと、屈辱を抱こうと、あなたたちにはこの世界に生きる人々の希望として、戦っていただきます」

 

ナーガの発言は非情な宣告に聞こえるものの、その意味を正しく理解できない者はいなかった。戦うしかない。それしか自分たちが助かる道がないのだ。

 

「この飛空城も関係が?」

 

「はい、この世界にあったものを、私の権能の力を使ってアスクの門と同じ力を持つように改装しました。鎖は実際に終末世界に行ってその世界における鎖を固定しているものをどうにかしなければならないのです。その……どうするかは、何が鎖かが不明のため大きさによると思いますが」

 

「アスクの門とおなじということは、僕らは異界に赴く必要があるということですか?」

 

「その通り」

 

それも今までの正史世界ではなく、謎に包まれた終末世界。

 

エクラはこれまで出会った、知っているようで知らない英雄たちを思い出す。その英雄たちが、生きている世界。

 

数多くの世界を旅してきたエクラでも全く予想はできない世界。

 

「エクラ」

 

アルフォンスがエクラを見る。

 

言葉にしなくてもエクラには分かる。これは相談したげな顔だと。内容も察しはつく、この話を信じていいかと。

 

「いいと思う」

 

「……すまない。信じていないわけじゃないけど、理由を聞かせてほしい」

 

「ああ、そうだね」

 

理由は至極明快だった。

 

まず自分たちどうするか分からない以上は、事情を知っていそうなナーガを名乗る存在について行き、事の真相を探る必要がある。

 

そして、自分の知っている英雄たちが、ナーガに迷いなく従っているところを見ると、騙されているわけではないと思える。

 

そんな結局根拠にも何にもなっていない話で、行こうと決めてしまうのはどうかと思うものの、エクラからすればそもそもすべての戦いがいつ死ぬか分からない綱渡りだった。一寸先は闇かもしれないなど慣れている。

 

今は進むべきだ、そう判断した。

 

一方王族であるアルフォンスはエクラのこの話を聞き、悩む。

 

アルフォンスとしては慎重に物事を判断するタイプである。さらに、今はシャロンもアンナも自身の不甲斐なさが故に失ったと思っている。

 

もう2度と同じ失敗はしたくない。それ故にいつもはエクラの相談に納得をすれば肯定的に受け取るものの、今は、まだ意を決することはできなかった。

 

「アルフォンス、どうか、私を信じてほしいのです」

 

……あまりに話が大きすぎて、やはり……」

 

アルフォンスは、未だその話を飲み、行動を起こせないでいる。

 

――その時。

 

あまりに唐突に、その男は少し離れた場所に現れた。

 

「ナーガ。人に希望だけを見せるのはよくない。たとえ救う方法があっても、彼らは絶対にこの世界の終わりを回避できないことを、絶望を教えてあげるべきだ」

 

ナーガの表情が急に険しくなる。

 

現れたその男にナーガが向けるのは、敵意。慈悲に満ちた顔をしていたはずのその顔は怒りで歪む。

 

「……人間を人間ではなくす。その悪行を平気でやってのけたあなたには言われたくありませんね。獅子王」

 

エクラとアルフォンスはその存在を見る。

 

第1印象は圧倒的な力のオーラ。相対するだけで鳥肌が立ち、本能がこの男と戦ってはいけないと叫ぶほど。

 

そしてナーガの使者たる異界のフリーズ、スリーズ、レーヴァテインはすぐに武器に手をかける。

 

それは、彼らが獅子王と呼ばれた彼を、敵であるとみなしているからだった

 

「……エリウッド……いや、少し違う。でも、すごく似ている」

 

エクラの独り言に、獅子王と呼ばれた男は反応を返した。

 

「ああ。父を知っているんだね。なら僕の名前を知っているはずだよ。僕はロイだ。父、エリウッドの息子。……君たちが知るロイよりは少し年を取ってしまったけれど、本物だよ」

 

ロイを自称する青年は、もう懐かしいような、さわやかな笑顔を見せた。

 




ロイの2つ名は若き獅子であるみたいです。若き獅子が15歳くらいのロイなら、成長したら普通の獅子ですね。ちなみに、なぜ王が付いているかは、まだ秘密です。by トザキ

FGOの影響受けまくってるって紹介文に書いてあるけど……特にここでは顕著にでていますね。 ストーリーはちゃんとFE要素を入れて考えてますのでご安心ください。 by femania 

次回 19節 選択の結末(9)


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序章 19節 選択の結末(9)





「絶対に救うことができない……?」

 

アルフォンスの耳に入ってきたのは、ロイを自称する青年が言う非情な宣告だけ。すでに心が折れかかっていて後ろ向きな思考に囚われようとしている証拠だ。

 

「そうだ」

 

アルフォンスのつぶやきを肯定するロイ。

 

「なりません。私は必ず、このアスクの世界を救います」

 

ナーガがそれに反論した。ロイは、不快であることを示す表情でナーガと向かい合う。2人の距離ははるか遠いものの、一触即発の状況だ。

 

「ナーガ。僕はそれを許さない」

 

「何故です。私はこの世界を救うのみ。あなたの世界には手を出さない」

 

「それは無理だ。この世界と鎖でつながっている世界の1つに僕の世界がある」

 

「鎖を外すだけです。それ以上の事はしない。あなた方とは相対することはない」

 

「違うね。君は分かっているはずだ。鎖を外すと言うことは、その世界、終末世界と変貌したその世界を終わらせることと同じことだ」

 

「それは仕方のないことです。あなた方の世界は終わる世界。それが生き残る世界の足かせになることは許されない」

 

エクラは言葉を失う。世界を終わらせるというその言葉に。

 

なぜなら、自分たちは、自分たちの世界を救いたいだけだ。他の世界を滅ぼすつもりはない。そのような、大量虐殺になるかもしれないことと同義の事をするつもりはなかった。

 

ロイはそれを聞き激昂する。

 

「それが間違っているというんだ!」

 

「間違いはあなたです。ロイ。あなたが間違えたから、あなたの世界は滅ぶ」

 

「僕の世界は、多くの人間を幸福へと導くものだと信じている!」

 

「あなたの独善的なその正義があなたの世界を滅ぶべき悪として定めてしまった。なぜ分からないのですか?」

 

「滅ぶべき悪だと……!」

 

殺気。そしてあふれ出る尋常ではない魔力。嵐のように荒れ狂っているように感じるのは間違いなく怒りを表現しているのだろう。

 

それを攻撃の前兆だと感じたナーガは、手に持つ杖を構え、何かを唱え始める。

 

「ならばナーガ! 仮に僕らの世界を終焉に追い込んでしまったと認めよう! では、僕の世界で、涙を流して平和を願った理想郷の人々の願いを踏みにじることが正しいというのか! あの悲鳴を無視し、ファが泣いているのも黙殺し、竜はすべて殺しつくすべきだったと!」

 

「……そうは言いません。しかし、何かの間違いで、あの世界の多くの人々が竜を恐れてしまい、理想郷を滅ぼそうとしたとしても。決して、貴方が人の敵になってはならないと。それでは、ベルン王ゼフィールとやることは変わらない。あなたが悪になってしまうと」

 

「それでもかまわない。僕は悪でも構わなかった! これ以上の戦いがなくすためには、人を変えるしかない。それ以外に道はなかった!」

 

「はい。あなたがそれを選択してしまったことであの世界は最後の変化を起こし、変化がもうなくなった。あらゆる生命のそれ以上繁栄を見込めなくなった。永き安寧。確信のない永世王国」

 

「世界は平和になった!」

 

「そう、貴方は平和を勝ち取った。故に、あの世界の物語は終わるのです。人は、竜になっては、私と同じになってはいけなかった」

 

決して分かり合えない2人。

 

「だからあなたは嫌いだ。ナーガ。なぜ僕の世界が悪として断罪されなければならない。それが僕には納得できない」

 

「そうでしょうね」

 

ロイはそれだけ言いこの話を終わらせた。

 

しかし、すぐに戦いとはならなかった。

 

「ナーガ、先ほどの続きだ。なぜ、彼らに不可能であることを教えない」

 

「アルフォンスも無事、エクラも無事です。神器は後にすべて取り戻せば構わないでしょう。まだ希望はある」

 

「ナーガ。たとえ君自身が戦ったとしても、僕らの世界が勝つ。八神将、僕らは竜を殺した英雄たちそのままの力を受け継いだのだから」

 

そう言うと、ナーガはフリーズに目を合わせる。

 

「フリーズ兄様……?」

 

心配そうに見つめる妹のフィヨルムの頭をなで、

 

「大丈夫だ」

 

とにこりと微笑んで安心させる。そして、ナーガの近くによると、神器のギョッルを抜く。

 

ナーガは何かを唱える。それと同時に、フリーズに膨大な魔力が流れ始める。

 

「ナーガ様?」

 

「フリーズ、もしもの時にお願いします」

 

「分かりました」

 

ナーガの元で戦う戦士として、フリーズは迷いなく頷く。ロイはそれも気に入らないようで、

 

「お気に入りの戦士なみたいだね。趣味の悪い。世界を救うという大義名分で、人をさらっては自分の兵士として使うなんて」

 

「等価交換です。あなたにとやかく言われたくはありませんね。異界への干渉もただではないのです」

 

「……いけないな。感情的になってしまうのは領主としてよくないと、父上から何度もお叱りを受けたのに、まだ治らない悪癖だ」

 

皮肉っぽく笑ったロイは再び顔を真剣なものに戻すと。

 

「ナーガ、君たちがこの世界を元に戻そうとする限り、僕らは、『理想郷』のすべての人々が君たちの敵だ」

 

アルフォンスやエクラの敵になると宣言する。

 




GW期間は投稿ラッシュです。こまめにのぞいてみてください。

次回 20節 選択の結末(10)


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序章 20節 選択の結末(10)





エクラは戦慄せざるを得ない。今のロイ、その実力を自身の戦略眼で測ると、信じられない数値をたたき出している。

 

ロイ HP780 攻 150 速 100 守 72 魔 65 

武器 将剣デュランダル

 

またも見たことがない武器を持っているが、それ以上に驚くべきは、そのスキルにあるだろう。

 

スキルA 烈火

自分から攻撃時、自身の攻撃力が2倍になる。

スキルB 超人智の秘儀 

相手の絶対追撃を無効。自身の攻撃は2回攻撃になる。

スキルC 理想郷の領主

将と名のつく武器を使う味方(自身を含む)は戦闘時、HP以外のステータス+20

聖印 八神将の加護

自身以外の八神将が3人以上生きているとき、神竜種以外から受けるあらゆるダメージは0になる。

 

そんなもの人がどうやって倒せばいいというのか。はっきり言って以前戦ったスルトなど話にならない。その雰囲気もあふれ出る魔力も、目の前のロイの方がはるか格上だ。

 

スルトを相手にしてなんとか勝利したエクラたちにとって、目の前の存在が敵となったらいったいどうやって戦えばいいというのか。

 

しかし、それは戦わない者としての話。実際前面で戦う者。

 

フィヨルムは体が震えている。この前、ようやく凄まじい強敵だったスルトを倒したばかりで、それよりもはるか強いものを前にすればその反応もやむを得ない。

 

「フリーズ兄様!」

 

悲鳴のように兄の名を叫ぶフィヨルム。フリーズも目の前の敵の強さが分かっていないはずがない。

 

ロイは呆れた顔を見せ、

 

「ナーガ。君は彼らに僕らと戦う運命を進ませようというんだね」

 

「当然です。それが私の役目。あらゆる異界を守る神の権能を授かったナーガとしての役目なのですから」

 

「だが、たとえ君が戦うとしても、アルフォンスやエクラが戦わなければ意味はない。彼らは戦う意思を持ち続けられるかな? そして僕らを倒せるのかな?」

 

「戦力であればこちらも十分あります」

 

「では、ちょうどいい機会だ。試してみよう。僕らの持つ神将器の本来の力を見せる。ちょうど新しい神将器の使い手が見つかったんだ。ミレディやシャニー、ティトはマルテを使うと自分のドラゴンやペガサスが飛びにくそうだと断られてしまってね」

 

シャニーやティトと言う名前をエクラは聞いたことがある。前は共に戦ったこともある。確かに封印の世界の出身だ。

 

「氷雪の槍マルテ。この場は冬となり、吹雪の舞う極寒の世界へと変貌させる。さあ、その力見せてほしい。僕らの世界を守るために」

 

ロイは剣を構える様子はない。

 

フリーズは剣を構える。透き通った氷と黄金で模られた神器、ギョッルはこれまでにない輝きを見せているように錯覚するのは、ナーガの力が宿っているからだろうか。

 

あの王子であればニフル王国最強と言われても嘘ではないだろう。現に、終末世界のリョウマと思われる男と正面から戦い、敗走させるに至ったところをエクラは既に見ている。彼の力を未だに信じられないと言うことはない。

 

――しかし。しかしだ。

 

エクラはそれでも彼の勝利を信じられなかった。

 

ロイの先ほどの言葉は合図だった。

 

アスク王国の中では比較的暖かい気候であるこのサバンナ地帯。それが、たった一瞬で。

 

本当にたった一瞬で、地面ごとすべてが凍りついたのだ。

 

「これは……!」

 

目を見開くナーガ。その視線はロイではなく、その後ろに現れた1人に向いている。

 

髪が長い。黄金色のしなやかな頭髪。目は保護の為か、氷でできているようなゴーグルで覆われている。

 

エクラは、仮に目が見えなくとも、その体形から、女性であると予想する。鎧のつくりがフィヨルムと同じ女性用のものに近かったからだ。水色と白を基調とする軽鎧を身に纏っている。

 

「……逃げなさい」

 

ナーガの声が震えている。アルフォンスが、なぜ、と問う前に、

 

「アルフォンス、エクラ! 早く飛空城へ逃げなさい!」

 

急に声を荒らげるナーガ。目にしわが寄っているのは怒りからではなく余裕がない証。ナーガから見て、新たに現れたその女性が、自分たちを逃がすほどの脅威であるという事を示している。

 

「早く!」

 

しかし、足を動かすより先に、膨大な力の増幅が感知できる。

 

圧倒。圧殺。

 

アルフォンスや、フィヨルムがいの一番に感じたのは、己の死の予感だった。

 

魔力は白と青が混ざった魔光の濁流となる。地面ごと吹き飛ばすほどの勢いで、たった一瞬で城を流し破壊するたった一撃による、必滅の運命。

 

フリーズは跳躍しその濁流から身を守った。

 

そして城を、フィヨルムやその仲間を守るように、氷の城壁が展開される。濁流は城壁とぶつかり、目の前で街一つを破壊しても不思議ではないほどの爆発を起こす。

 

壊れた城壁の隙間から襲い掛かる暴風。その余波だけで体が持っていかれそうになるエクラ。

 

「エクラさん、捕まって!」

 

レイプトを地面に突き刺し、自分の安定を図っているフィヨルムがエクラの手を掴む。

 

「ありがとう! フィヨルム」

 

「お気になさらず!」

 

ナーガが自身の魔力を使い、破壊された城壁を復元する。

 

フリーズがたった一瞬でそれほどの防御壁を展開できたことにも驚きである。これほどの大規模な魔法を一瞬で展開できる時点で、もはや人間業ではない。

 

しかし、それよりも、その壁をたった一撃で城壁を破壊しかけた今の一撃の威力。人間が吹ければ、命を確実に滅する竜の息吹の如き威力だった。

 

「見たでしょう! 今の貴方では勝ち目はありません! すぐに城の中へ!」

 

ナーガの再びの忠告。

 

それを素直に受け止め、エクラは飛空城へ行こうとする。

 

しかし、アルフォンスは動く様子はない。

 

「アルフォンス!」

 

「待ってくれ、僕らに何かできることはないだろうか」

 

「アルフォンス、ナーガは逃げろって」

 

「でも、でも、このままだと」

 

アルフォンスが恐れる未来。それは、間違いなく、フリーズが死ぬ未来だ。これ以上自分のミスで仲間を失いたくないと考えるアルフォンスは、どうにか加勢する方法を考えようとする。

 

そんなもの、今の自分達にはないというのに。

 

空中で氷のシールドを発生させたフリーズ。敵を見定める。

 

冷気を身の周りに漂わせ、神将器だろう厳かな槍を片手に、ただ城を見つめる女戦士。それを後ろで信頼して見守る獅子王ロイ。

 

狙いは飛空城。アスクを救う現状唯一の希望である飛空城を滅ぼそうとしているのは明らかである。

 

フリーズはそれが分かったからこそ、ゆっくりとこちらに歩いてくるマルテの使い手をそのままにするわけにはいかなかった。

 




次回 21節 選択の結末(11)


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序章 21章 選択の結末(11)

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!



空中に発生させた氷シールドを足場として蹴る。向かう方向はマルテの使い手。神器ギョッルが力を発露させ、フリーズの跳躍を援護する。神器の魔力は彼の進む道を作り、その速度を落とさないどころか、加速させていく。

 

1つの砲弾となったニフルの王子の渾身の一撃を前に、マルテの使い手は逃げることなく迎え撃つために槍を構える。その表情に決して揺らぎはなく、自身の無事を確信している。

 

激突。風が相克を起こしたのはその余波と言うべきか。

 

結果、フリーズが押し負けた。

 

槍の単なる横薙ぎと激突しただけであるはずなのに、フリーズの渾身の攻撃はその威力を打ち消され、あろうことか逆にはじき返されて、ぶっ飛ばされた。

 

信じられない、と言うフリーズの一瞬の驚愕を、マルテの使い手は逃さない。

 

凍り付いた地面から、氷でできた鎖が数十本も打ち出される。その光景は地面から人食い大蛇が何匹も襲い掛かっている様子を想像させる。

 

ギョッルを空中で器用に振り回し、鎖を斬っていくものの、数が多い。逃れられない。

 

脚に鎖が巻き付き、腕に鎖が巻き付き、フリーズは身動きが取れなくなった。鎖は神将のもとへとフリーズを連行する。

 

フリーズは鎖を斬ろうとするが、多くの鎖が巻き付いてしまっているため、動きは著しく制限され、鎖から解放されることはない。

 

マルテの使い手は空中でもがくフリーズに向けて再び槍の矛先を向ける。

 

そして。先ほど飛空城を破壊すべく襲い掛かった氷雪の魔力を宿す激流が、今度はフリーズ個人に向けられ、フリーズは飲み込まれる。

 

「兄様!」

 

フィヨルムが兄の無事を祈りながらその名を叫ぶ。

 

魔力の暴発。爆風が再び巻き起こった。そしてその中からその中から墜落するのは攻撃に身を晒すことになったフリーズ。

 

何かしらの方法で防いだようだが、すでに鎧の至る所が損傷を受け、生身の体が出ているところもある。

 

「がは……」

 

しかし、むしろ吐血で済んでいる事を賞賛すべきである。エクラはフリーズのHPが、今の一撃だけで残り6割を下回っていることが分かる。

 

「ダメだ……助けないと!」

 

アルフォンスは戦場へ身を投げ出そうとしている。自分には何もできないことは分かっているのに、ただ死ぬのみであることは明らかなのに、このままではフリーズが死んでしまうからと、アルフォンスは駆け出した。

 

完全に冷静さを欠いている。

 

「アルフォンス、行ったらだめ!」

 

エクラはアルフォンスを引っ張り、止めようとするが、

 

「離してくれ、このままじゃ! このままじゃ王子が死んでしまう!」

 

アルフォンスはエクラを振り切って向かおうとする。

 

いつものアルフォンスらしくはない。王族のとしての義務感を持ち得ているからこそ、己を律し、全体の幸福のための冷静な決断ができる聡明な男のはずだと、エクラは思っている。

 

しかし、今はどうだ。

 

戦いは始まったばかりであるが、すでに父も母も生死が分からず、妹は命を落とし、恩人は自分のために、命をなげうった。

 

それがアルフォンスの感情を昂らせ、理性的な判断力を鈍らせている。

 

大丈夫だ、先ほどエクラにそう言ったが、もはやそれは嘘だと分かる。今のアルフォンスはフィヨルムに同じ思いをさせたくないという優しさから行動しているのかもしれない。

 

しかし、自分の命を、この状況で、あまりに軽く見すぎている。あるいは、蛮勇でも理想を求めすぎている。

 

「アルフォンス!」

 

「離してくれ! エクラ! 僕はこれ以上は」

 

その不甲斐ないアルフォンスを諫めたのは、親友ではない。

 

「アスク王国王子! 喚きたてるな!」

 

フリーズが、ふらつきながらも地面に剣を刺し、それを軸に立ち上がろうとしている。

 

「フリーズ王子、時間は僕が稼ぐ! それくらいなら」

 

「思い上がるな!」

 

厳しい言葉だった。フリーズ王子に対して抱いていた印象からはとても想像できない怒声だった。

 

「お前に助けられることなど何もない! 己の弱さを噛みしめろ! 国を守れなかった今のお前のことなど、誰も頼りにしていない!」

 

「そんな……でも、だから行動を」

 

「思い上がるな。今は弱さに耐えろ。アスクを救う義務があるからこそ、たとえに何を失っても、何に裏切られようとも、今は生きろ!」

 

フィヨルムも今にも兄に加勢したいだろう。しかし、アルフォンスのために歯を食いしばって耐えている。

 

しかし、その声は届いていない。アルフォンスは既に狂い始めている。

 

「違う。特務機関の一員として、命を賭けても誰かを守るのが使命だ! エンブラの時のように、これ以上死人を増やさないために最善を尽くす。それが僕らの使命だ」

 

目をそむけたくなる悪あがき。誰もが今のアルフォンスに感じてしまう後ろ向きな感情。

 

その瞬間、城から駆けてきたのは、先ほどルキナの隣にいた謎の男だった。一瞬で城とアルフォンスとの距離を詰めると、アルフォンスを殴った。

 

意識を奪う寸前の打撃。かなり素早く、フィヨルムもただ見ることしかできない。

 

その男はエクラに、

 

「すまないな。うるさいガキを黙らせた。連れていくのはお前に頼む、俺はナーガに話があるのでね」

 

ナーガはその謎の男を、

 

「ネームレス、どうしたのです」

 

と呼ぶ。エクラは初めてその男の名を知ることになる。

 

「なんで……」

 

アルフォンスの疑問に答えることなく、ネームレスと呼ばれる男は、ナーガの元に駆け寄った。

 

「エンブラの軍勢が後少しで到着する、俺が時間を稼ごう。転移の準備をしておけ」

 

「分かりました」

 

ネームレスは姿を消した。ナーガはそれを聞くと、

 

「エクラ、アルフォンス、フィヨルム。魔法であなた達を城の中へ飛ばします。転移の間、ひどい酩酊感が発生するかもしれませんが気を確かにしてください」

 

ナーガは魔法の準備を始める。

 

アルフォンスはそれを拒み、体全身が痛みで麻痺している中で、未だ動こうとするが、それをフィヨルムとエクラが2人で抱え上げ、

 

「アルフォンス様、行きましょう」

 

アルフォンスにとって非情ともとれる宣言をする。

 

そして心配そうに、否、もはや今生の別れを覚悟した目で、今にも倒れそうになりながらもマルテの使い手を睨む兄を見た。

 

「フリーズ兄様! どうか」

 

負けないで。それが言葉になることはない。




次回 22節 選択の結末(12)


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序章 22節 選択の結末(12)

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!



しかし、言わずともその言葉は通じる。フリーズは最後に振り返ると、

 

「どうか、フィヨルム、そしてエクラ。君たちの旅が希望の絶えぬものになることを祈っている」

 

フリーズは、残った力をすべて解放する。

 

巨獣が咆哮をあげるのと同じくらいの轟音が、神器から響き渡る。

 

フリーズが立ち上がった。

 

それを見て、氷雪の力を秘める八神将が再び槍を構えた。槍からあふれ出る力は、竜との激突の際に世界の理を変革させたと伝説を残すもの。

 

しかし、臆することはない。

 

たとえ負けると分かっていても、今のフリーズに逃げるという選択肢はない。

 

転移の魔法には詠唱に時間がかかる。最後の希望が逃げる時間を稼ぐため、目の前の存在に挑みかかる。

 

ギョッルはその覚悟に応えるように、これまでにないほどの力を解放する。神将器、恐れるに足らないと言わんばかりにフリーズが必要とする魔力を。

 

突撃するフリーズ。迎え撃つ八神将。

 

再び神将器マルテと神器ギョッルは激突する。今度は先ほどよりも激化した魔力のせめぎ合いが起こる。

 

押し勝ったのはフリーズだった。その威力をそのままマルテの使い手にぶつけ、八神将は勢いのまま後ろへ遠ざかっていく。

 

とんでもない衝撃をもろに受けてなお、全くダメージを追った様子のないマルテの使用者を目掛け、容赦のない追撃をしていく

 

少し距離を空けながら、空中に巨大な氷の円錐をいくつも創り出す。そして鋭利な矛として、神器でその円錐を撃ちだしていく。

 

巨大質量が襲い掛かってくる中でも、マルテの使い手は動じない。

 

打ち出された貫通力抜群の巨大な氷錘、その連続攻撃を、神将器の一振りで軽々と打ち砕いていく。

 

効果がない。それを見越したフリーズは剣に魔力を集中させ、氷の魔力を半月状に集中させた斬撃を放った。斬撃は形を保ちながら、勢い落ちることなく地面を両断しながら、八神将へと向かっていく。

 

しかし、それすらもマルテの放った魔力を伴う刺突をもって破壊される。

 

神器の力の激突により、その威力を物語る炸裂。その勢いのまま、空中へと跳躍する。

 

しかし、フリーズにすでに容赦はない。

 

空中にいる瞬間を狙って、空中に展開した氷の足場を伝いフリーズが一気に距離を詰め、剣でその敵を地面に叩き落す。

 

直撃。狙い通りに地面に墜落した八神将。しかし、すぐに体勢を立て直す。それにさらにフリーズは近接攻撃で追撃を試みる。

 

ギョッルによる2回の斬撃。全てが必殺となるよう、魔力を可能な限り乗せている。

 

それを受けとめ、弾き、槍による斬撃を見舞おうとするマルテの使い手。それを躱し再び怒涛の攻撃をするフリーズ。

 

当たっている。傷をつけている。しかし、すべてが必殺と宣言するに不足はないはずなのに、攻撃が通っている様子には見えない。

 

マルテに再び魔力が籠められる。マルテに秘められた力の解放の予兆である。

 

すべてを破壊する威力を秘めた魔光の激流が再び放たれた。狙いすました一撃は、フリーズを確実に捉えた。

 

ナーガの詠唱が終わり、転移の魔法が発動される。直後、アルフォンス、エクラ、フィヨルムは、外の様子が見える、飛空上のテラスへと瞬間移動した。

 

十階相当の高さにあるテラス、3人はすぐに、戦いが続く下を見る。

 

ナーガとその他2名を地面に置いたまま、城は飛び始める。今出せる最高のスピードをもって、天空へと急上昇する。それ故に、下をより広域的に見ることができるようになる。

 

封印の世界に伝わる伝説は真実だと、エクラもアルフォンスも認めざるを得なかった。水色と白色で輝く破壊の光が地面を迸り、地形を変形させているところを直視する。

 

エクラの戦略眼はフリーズを捉えた。

 

残り1割程度までHPが下がっている。すでに虫の息。次の攻撃をフリーズ王子は耐えることはできない。

 

しかし、それは本人が一番わかっているのだろうと思う。

 

飛空城が飛行を始めた。

 

そしてとどめを宣言する代わりに、神将器の使い手は槍を構えなおす。最後の一突きであることを示すように。

 

フリーズも己の限界を感じ、次の一撃に己が出力できるすべての力を込めた。

 

「神器解放『氷の聖刃《せいじん》』」

 

それはリョウマを退けるに至ったフリーズの持つ最強の一撃。それをもって、痛手を与えることで、例え倒すことができなくとも撤退を狙う。

 

マルテの使い手はそれを阻止することは意図していないようで構えをそのままに、マルテは己の使用者の意志を汲み取り光り輝く。

 

「はああああ!」

 

今度はリョウマを倒した時の斬撃波ではない。ため込んだ魔力ごと、フィヨルムへと斬りかかる。狙いはその胴ただ一つ。地面を極限まで力を込めた足で蹴り飛ばし、一気にその距離を詰める。

 

振り下ろされるギョッルの斬撃は間違いなく、あのスルトすらも凌駕する力を秘めていると確信できる。

 

確かにその剣は直撃した。

 

――それがわざとだと気が付くのはその直後。

 

フリーズの全身全霊の一撃。それをマルテの使い手は、手で受け止めた。武器すらも使う必要はないという、圧倒的な力の差を示す。

 

その手で刃を握り、そして押し返す。渾身の力を押し返され、体勢を崩すフリーズに、マルテの使い手は神将器の最大出力を伴った一撃を放った。

 

放出される膨大な光の激流の中で、フリーズの体は白く染め上げられていく。

 

そして、天変地異の伝説が再現される。

 

地面を破壊しながら迸る破滅の輝き。飛空城が先ほどまでいた場所でそのエネルギーは蓄積され、暴発する。

 

そして、爆裂した魔力は変質する。

 

その場に、天を貫くほどの氷の塔が発生した。

 

 

 

絶句するしかない。

 

この場にいる誰もが言葉を発することができなかった。

 

「城は攻撃しないのかい? 逃げられてしまうよ」

 

獅子王の問いに、マルテの使い手は答える。

 

「でも……」

 

地上の話のはずなのに、エクラとアルフォンス、フィヨルムには確かにその声が聞こえる。

 

マルテの使い手は目を保護しているレンズを外す。そして素顔を上空に見せた。

 

「あそこにはお兄様とエクラさん、お友達のフィヨルムさんがいますから。むやみに攻撃をしては、危ないです」

 

「それにしては容赦なくフリーズ王子を殺したね」

 

「え……知り合い、ですか? あの人」

 

信じられないものを見た。

 

良い知らせと悪い知らせがある。まさしくその状況に出くわすことになった。

 

良い知らせは、シャロンが生きていたこと。

 

悪い知らせは――シャロンが敵になってしまったことだ。

 

シャロンは3人を見ると嬉しそうに手を振る。いつか見た光景を想起させる。

 

つい数日前まで平和だった頃にいつも見た光景。

 

「お兄さま、エクラさーん、フィヨルムさん! 今、私ロイさんのところでお世話になってます! 見ててくれましたか? 私とっても強くなりました! あのエンブラ帝国から、皆さんを守ります! でも、なんで逃げるんですかー。降りてきてくださーい!」

 

前と同じように純粋な笑顔をしている。

 

しかし、それに笑顔で手を振り返す人は誰もいなかった。

 

アルフォンスは膝から崩れ落ちて何かが壊れた、エクラは、自身のせいだと自責の念を持ち、フィヨルムは未だその事実が受け止められなくて、何も返せなかった。

 

そして、少し離れた場所でまた、

 

「私のせいだ……」

 

と今にも涙を流そうとした少女もいた。

 




神器同士の激突。序章の山場でした。他に比べ少し長めになってしまいましたが、その分迫力を出したつもりです。いかがだったでしょうか?

次回 23節 アスク王国の軍師


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序章 23節 アスク王国の軍師





マルテの魔力によって生み出された氷の塔の最奥には、すでに息絶えたフリーズが肉体をそのままに封印されている。

 

ナーガはそれを一瞥して、祈りをささげた。

 

ロイは後ろからナーガに話かける。

 

「心変わりはいつでも受け入れる。僕たち『理想郷』の人間は来るものを拒みはしない。竜と共に生き、平和を愛することのできる善良な民を、人を何人でも受け入れよう」

 

それはすなわち、投降せよという暗喩だった。

 

「私は、私のために死んだ彼のために、必ずあなたたちを滅ぼします。炎の紋章に誓って」

 

ナーガはロイを睨み返した。

 

「そうか。君はまあ、そうだろう。けど、彼らはどうかな」

 

普段は慈悲に満ちた穏やかなナーガをもってして、

 

「この愚か者。彼らの家族を人質に取るとは」

 

心より憎しみに満ちた声を出させる者はそうはいないだろう。

 

「僕は自分の領地を守るためなら、どんな悪をも成す。それで民たちに断罪されるのならそれも受け入れる覚悟はある。全ては僕らが勝ち取った理想が正しいことを証明する。与えられたものを全て使って、必ず勝利する」

 

「この国の民たち、そしてアルフォンスやエクラ、フィヨルムは私が守ります」

 

そう睨み返そうとする次の瞬間には、ロイも、そして新たなマルテの使い手となったシャロンも、その姿を消していた。

 

 

 

これは終末世界が如何に自分たちの想像を超えた相手であるか、アルフォンスやエクラがその身でわからされた瞬間だったと言える。

 

 

 

飛空上の1階から5階は避難民の居住スペースとして開放された。

 

飛空城には縮小的に再現したスペースもあり、食物もある程度保管されていたためしばらくは、暮らすことについては困らないだけの設備が存在する。

 

そして、6階以上が、今後のアルフォンス達の本拠地となる。一般の民は親友不可能、飛空城の機密事項、軍事物資、その他さまざまな叩くための設備が整っている。

 

「……1人にしてほしい。しばらくは誰も来ないでくれ」

 

自室に案内されると、アルフォンスは部屋に入ってしまい音沙汰がなくなってしまった。

 

すべて自分がアルフォンスをしっかり支えられなかったからだと、エクラは自分を責める。

 

何も守れなかった。何もできなかった。挙句の果てにアルフォンスをここまで追いつめて、シャロンを連れ去られた。

 

自分の無力に今にも泣きだしたかった。何もかも投げ出したかった。

 

「ふぇ……」

 

しかし、先に避難し、住民の避難誘導を手伝っていたフェーが、自分たちのもとに戻り、心配そうに見つめてくる姿を見て、エクラは、自虐は後だ、と自身を奮い立たせる。

 

止めっている時間はない。迷っている時間ももったいない。アルフォンスがダウンしている今、動くべきなのは自分だ。そう、自分に言い聞かせた。

 

エクラはフィヨルムに無理をいい、体を休める前に今後の方針を一緒に決めてほしいと打診する。

 

フィヨルムは、

 

「エクラさんは……お強いですね」

 

「ごめん、その、異界のお兄さんが」

 

「いえ、皮肉ではないです。それは誓って。エクラさんは今、アルフォンスさんの代わりをしようと今自分を懸命に鼓舞していらっしゃいます。私も見習わなければ。そう思ったのです。どうか、ご一緒させてください」

 

と、前向きな返答をした。それだけは、エクラにとっての救いだった。

 

7階の操舵室に連結する大広間。そこには大きな椅子が1つ用意されているものの、それ以外は何の違和感も覚えない。新しいところにきた感覚がないのは、恐らく、この場所がアスク王城のホームを再現しているものだからだと、エクラは思う。

 

「アルフォンスは?」

 

いつの間にか城に戻っていたナーガは、エクラに問う。エクラは答えることはできなかった。

 

「そうですか。無理もありませんね」

 

アルフォンスは心の整理がつくまでは、無理をさせてはいけない。それはこの場に集う、アスクの生き残り、そしてナーガの戦士たちの総意となっていた。

 

「ふん。無様な。弱い王族だよ」

 

ネームレスがアルフォンスを侮辱する。エクラはそれが許せなかったが、

 

「ネームレス!」

 

とナーガが忠告ととれる名呼びをし、

 

「失礼。失言のつもりはないが、もう少し場をわきまえるべきだったかな」

 

ネームレスが皮肉っぽく笑ってその場は収まる。しかし、エクラは、その男と友達にはなれそうにないと確信する。ルキナとなぜ仲がいいのかも納得できない。

 

ナーガはエクラに問う。

 

「ここまでよく頑張りました。しかし、体を休めないということは、すぐにでも行動を開始したいということですね?」

 

「はい」

 

返答するエクラに迷いはない。本当は今聞かなければならないことは他にもある、終末世界についてもっと詳しく聞きたいところだし、あのシャロンの変貌には何があったのかも知りたい。

 

しかし、いつものアルフォンスならそうはしない。自分たちがやるべきことを第一に考える。だからエクラもそうすることにした。

 

「自分の失態はできる限りのことをして取り戻します」

 

「良い心がけです。では、これからの方針を伝えましょう」

 




次回 終節 絶望に挑む希望の旅路へ


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序章 終節 絶望に挑む希望の旅路へ

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!



ナーガは、七つの球体と思わし立体映像を映し出す、すごい、と素直に感心するレーヴァテイン。

 

「あなた達、至天の世界を終末へと引きずり込もうとする世界は7つ。先ほど申し上げた通り、各世界に直接乗り込み鎖を手に入れる必要がある」

 

ナーガいくつかの球体の中に、さらなるものの映像を映し出す。どのような魔法を使っているのかが気になったが、エクラはその問いを飲み込んだ。

 

「今映し出されているのは?」

 

レーギャルンの質問にナーガは答えた。

 

「私の調査で判明している、鎖の役割を持つ目的の物体、もしくはそれに関連のあるものか人物を映し出しました」

 

1つの球体には、あの妖しい力を使うエフラムが映し出されている。さらにもう1つには封印の剣が映し出されている。そして、別のもう1つには、夜刀神が映し出されていた。

 

「終末世界から伸びる鎖を断ることで、貴方たちを終わらせようとする終末の魔力は薄れ、少しずつ、正史世界との縁も取り戻せる。鎖をすべて断てば、貴方たちのアスクとあなたたちは再び元の英雄たち全員と再会し、アスクを救えるでしょう。きっと」

 

しかし、大まかな方針が決まっても、エクラはそれだけでは情報不足のつもりだった。

 

「エクラ、聞きたいことがあったら聞いてよいのですよ?」

 

ナーガの誘いに乗り、徹底的に質問をぶつけていくことにする。

 

「まず、各世界に赴くとは言いますがどうやって?」

 

「そうですね。確かに、アスクのように門があればよかったのですが、ここにはさすがにそれを再現することはできませんでした」

 

「ではどうやって?」

 

「私の権能を使い、この飛空城ごと異界へと飛ばします。正しくは異界を通じる次元の裂け目を創ります。なので、エンブラの追撃も可能性として出てしまいますが、それしか方法がありません」

 

どうやって行くかは分かった。エクラが次に聞くのは、

 

「終末世界の英雄はとんでもない力を持っています。どうやって戦うのでしょう? 僕らが希望だと言いますが」

 

その質問に答えたのはナーガではなかった。この場にいるのにすごく違和感を持たずにはいられない、異界のルキナだ。

 

「大丈夫です。終末世界の英雄も無敵ではない。彼らは総じて、自分の世界にいると弱体化します。なぜそうなるのかは未だ分かっていないのですが……」

 

そこに付け加えるナーガ。

 

「しかし、例外が1つだけ。あの獅子王が統治する、封印烈火の世界のみ、そのルールの適応外になります。あなた方はいずれ、あのロイと戦わなければならなくなる。そして、シャロンとも」

 

しかし、エクラには今の段階で勝ち筋は見えない。

 

何より、先ほどの戦いは個と個の戦いである。それが今度軍と軍の戦いになればより恐ろしいことになる可能性が高い。

 

「それは、その世界に行くまでに僕らが強くならなければならないということ」

 

「察しが良いですねエクラ。今すぐ、あのロイを追いかけることはできないと判断で着ているようで何よりです」

 

「一応軍師ですから。自分の仕事はアルフォンスを勝たせるために頭を使うことなので」

 

「いい心がけです。ブレない心はやがて強い力につながるでしょう。あらゆる屈辱にも今は耐えなさい。必ず戦う方法は見つかります。私からはそれしか言えません」

 

エクラは頷く。ナーガは微笑み話をつづけた。

 

「次の行き先はもう決まっています」

 

「え」

 

「ごめんなさい。本来これはなた達アスクの戦い。本当はあなたやアルフォンスの意見を尊重すべきなのだけれど、今は選択肢が1つしかない」

 

「どれはどういうことですか?」

 

「他の世界に行くためには、次元の裂け目を通る必要がある。それは先ほど言いましたね?」

 

「はい」

 

「まずは、終末世界とあなた達の世界を結び付けている鎖の正体を掴まないと、別の世界へ進むことにきわめて大きな危険性がでてしまいます」

 

「危険?」

 

「次元の裂け目を飛ぶのは、船を飲み込むくらいの荒波がたっている海を船で渡るのと同じくらい危険なこと。最短距離で進む必要がある。そのためには、方位磁石のようなものが必要になるのだけれど」

 

「その方位磁石がないということですか?」

 

「ええ。場所は知っていても、実際に行くのにはきちんと最短経路を進む必要がある。幸い次元の跳躍は、最短経路が最も安定した道だから、そこさえ進めれば、次元流に飲み込まれて終わりということはなさそうなのです」

 

「その方位磁石をつくるには?」

 

「鎖のサンプルが必要になります。そのため、なんとか一番近くの聖魔の世界にまずは頑張って目指します。そこで、鎖となっている何かを、回収してきてほしいのです。それ以降はあなた方の意見を尊重致します」

 

エクラに拒否権はない。これは決定事項だ。

 

しかし不満はない。これで、アスク王国を救えるのなら、自分はなんだってやるつもりだとエクラは覚悟している。

 

「フィヨルム、覚悟はいい?」

 

「はい。至らぬ私ですが、アルフォンス様の気持ちに整理がつくまでは、どうかわたしをお頼りください」

 

「ありがとう」

 

エクラは、覚悟は決まった証として、ナーガに告げる。

 

「まだまだ知らないことはこれから順次聞いていきます。なので、これからよろしくお願いします。ナーガ様」

 

「ええ。アスクの危機を2度救った軍師エクラ。どうか私に力を貸してください」

 

その場に握手はない。

 

それでも、エクラはもうナーガを信用することにした。

 

覚悟する。どんなに痛いことにも、辛いことにも耐えて見せると。アンナ隊長の遺言、たとえ血反吐を吐いてでも、泥をすすってでも、生きて見せると。アスクに平和を取り戻すまで。

 

少なくともアルフォンスが立ち直るまでは、自分がその代わりを務めるのだと。

 

 

 

これから向かうのは、終わる運命が決定づけられた終末の世界。そこは、どこかで見たことがあるような、しかし決して明るみに出ない運命を背負った英雄たちが生きる世界。

 

これからアルフォンスとエクラは、その世界を駆けていく。

 

自分達の故郷を取り戻すため、そして大切な家族であるシャロンを取り戻すため。

 

ムスペルとの戦いとは比較にもならないほど壮絶な戦いの旅が始まる。

 





本編ゲームの3部のPVを見る前に考た話だったので、今見るとシャロンが悉くひどい目に遭ってばっかかも、とも思いましたが、仲間だった人間が敵になる展開はやってみたいと思ってたのです。

また、ここまでは個人戦が多いイメージでしたが、今後はFEっぽい戦闘にできる限り近づけていきたいと思うので、お楽しみに!

これから先、長い長い旅になりそうですが、どうかアルフォンス達の行く末を見守っていただけたらと思います!

by トザキ


ここまで書くのにすごい時間がかかった……。
しかし、何とか序章は終わらせられたので一安心です。戸崎君からは大筋のストーリーが渡されますが、細かい描写をすべて考えていると時間がたりないですね。ただでさえ、他の連載もあるので、どうしても時間がかかってしまいます。

皆さんに見たことのないファイアーエムブレム体験をしてもらえると嬉しいです。

by femania


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第1章 intro
announcement 聖魔反転大陸マギ・ヴァル「魔に堕ちた太陽」


予告編です。

いろいろと断片的に物語っているので、ストーリーをいろいろ予想しながら楽しんでほしいと思います。


第1章 予告 ~聖魔反転大陸マギ・ヴァル 「魔に堕ちた太陽」~

 

そこは戦乱の大地。ルネス王国の侵略によっておこる、人々の虐殺。そして魔物の氾濫。ルネス王国次期継承者が弱い国の破壊を望み、大陸全土にまき散らした戦火の焔。

 

 

 

『グラド帝国の皇子』

灰色の石造り、武骨ながらも堅牢で強い印象を人々に与えるその城の最奥。

そこで出会う。終末に抗う仲間に。

 

「予言の通り、たどり着いたんだね。ヴァイスブレイヴ」

 

「――ヴァイス・ブレイヴ。どれほどのものかと期待したけれど。この程度か」

 

「君たちはこの世界で死ぬ。弱者に情けをかけるほど、この国は甘くない。その余裕もないのだから。」

 

「皇帝は、強くあらねばならない。何があっても、民を守るために」

 

 

 

特務機関が最初に降り立ったその地は、すでに平和と呼べる場所はどこにもなく、人が悉く殺されていく地獄の世界。

 

 

 

『分かたれた兄妹』

ある夜のこと。

露草色の少女が親友に明かすのは、己の中の悲鳴だった。

 

「私は、ルネスの王女です。だから、裏切れない。裏切れないんです……」

 

告白する彼女に、親友の彼は語る。

 

「エイリーク。君は綺麗だ。その心の在り方が。だから、彼の近くで、それを汚してはいけない」

 

「でも……!」

 

「僕と一緒に来てほしい。たとえ誰が君にひどいことをしようとも。僕が、君を守るよ」

 

 

 

神々しく輝くべき太陽は黒く染まり、人の生きる希望を奪い去っていく。美しいものを穢れさせ、世界を絶望へと染め上げる。

 

 

『相容れぬ2人』

魔の瘴気が漂う森の中。

そこで相対するのはかつての親友。

 

「どうだ。リオン。俺は強くなった。賢くもなった。理想の王にあと少しで手が届く!」

 

そう宣う彼を憐れみの目で見る親友。

 

「いいや。エフラム。君はそのままでよかった。君は、強くなるべきじゃなかった」

 

 

 

在りし日の誓いを果たすため、道を違えた家族を正すため、片思いの相手の彼の暴虐をこれ以上見ないため、

 

 

『蛍石』

召喚士エクラは彼女に会う。

かつて正史世界のエフラムが決して忘れられないと言った、忠義の騎士に。

 

「リオン様は、かつての皇帝ヴィガルド様に似て強いお方だ」

 

「そうですね」

 

「だが、私にはそれが少し悲しい」

 

「え?」

 

「皇帝は強くあるべきだ。それは正しい。だが、ヴィガルド様と同じである必要はない。リオン様は父君と同じようにふるまっておられるが、私は、たとえどんなリオン様でもお仕えするつもりだった。リオン様は、元のままでも十分お強い方だったのだ」

 

 

 

聖なる使命を果たすため、『自分』の無念を晴らすため、生涯の宿敵を殺すため。

 

 

大陸最後の救世の地、グラド王国の皇帝と共に、マギ・ヴァル大陸を救い、炎の紋章を探索する、特務機関の最初の任務が始まる!

 




第1章へつながる幕間数回、5月中に投稿予定。

そして――6月初旬、ついに第1章開幕。

お楽しみに!


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幕間 少女の決意

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!



次元跳躍中、外に出てはいけないという話を受け、少女は広い飛空城内を歩いていた。

 

飛空城、その構造はいったいどうなっているのか、子どもの頭で考えてもなかなか分からない。

 

飛空城の中には小さいながらも町がある。さすがにアスクの城下街には遠く及ばないものの、避難してきた人間が暮らすのには十分な大きさだった。

 

最初は困惑していた避難民も、数日も経てば、用意された町を活用しながら新たな生活を手探りで始めている。

 

「……あった」

 

少女はまだ子供だ。しかしそれほど子供ではない。だから、人にひどいことを言ってしまった後に後悔し、次に会った時、どうしようかと反省することができるほどには大人だ。

 

少女が来たのは武器屋だった。

 

自分ではどうにもできないかもしれない。それでも、ただ一人、大切な英雄を自分の手で殺してしまった償いをしたかった。たとえ、今からしようとしていることが無駄なかもしれなくても。

 

「ルフィアちゃん。どうしたの」

 

武器屋のおじさんとは、親を通じての知り合いだった。

 

彼女は、槍術を習いたいので、何か必要なものがあれば用意したいという旨を伝える。

 

15歳である彼女は、肉体的には十分に成長している。無理な運動も多少は許容するだろう。体を酷使する可能性のある行為を始めるには、今しかない。

 

槍術にしようとしたのは、シャロンに影響されたからだというのは、自覚していなかったが。

 

「ルフィアちゃん。危ないからやめなさい。それは男の学ぶものだ。君のような若い女の子はもっと、おしとやかな趣味を持つといい」

 

「そんなことない。シャロン様は、槍を持って立派に戦ってました! そんな風にとは言えないけれど、私だって、大事なものを守れるよう、学べることは学びたい!」

 

「ルフィアちゃん。槍術はそう甘くはない。きっと君では挫折する。いや、君だからではない、多くの人間が挫折する、厳しい世界だ。そんなものに輝かしい若い時代を奪われるのは、天国のお母さんだって望んでいないはずだ」

 

父はアスクの襲撃の際に死亡していて、母は病で二年前に他界した。幸い母の代わりに来た叔母は母と同じくらいにルフィアたちに愛を注いでくれる熱心な人で、叔母が来ても、困ったことはなかった。

 

しかし、アスクの襲撃の際に、叔母と妹とは離れ離れになってしまった。飛空城に来た時にも再会はできなかった。

 

まだ生きていると信じるほど、希望を持ってはいられない。アスクで起こったあの光景はただの虐殺だった。あの中で逃げ切れたなどと思っていない。

 

しかし、ルフィアはこうして救われた。まだ生きている。

 

いままで、神様に祈っても医者に祈っても母は助からず、アスクの兵隊を、他の世界の英雄を信じても裏切られた。だから、今は独りぼっちなのだ。

 

でも、あの人は違ったと、彼女は思っている。

 

アスク王国は信頼していない。故郷を守れなかった国をもう信じない。しかし、その中の王族、シャロンと、わざわざ助けに来てくれたエクラ。この二人は、信じていいと思った。

 

子供一人、見捨てていれば生きられたかもしれないのに、わざわざ助けに来たあの二人。アスク王国に生きる人々を助けるという意思が、シャロンからしっかりと伝わってきた。

 

彼女にとって、あの時のシャロンは間違いなく英雄だった。弱きものを守るために戦うヒーローだった。

 

そんな、英雄を自らの手で殺してしまったのだ。

 

あの時、我が儘を言って、逃げなければシャロンが追ってくることも、そこで死ぬこともなかった。

 

もはや家族はいない、帰るべきところもない。ならば、せめて、自分が引き起こしてしまった犠牲への償いをしなければならない。

 

故に、彼女はすぐにではなくても、いつか、シャロンを取り戻す手伝いをしたいと決めた。アスク王国のために戦うのなんてお断りだったが、シャロンのためになら協力したいと思った。

 

そのために、まずは行動を起こそうと考えたのだ。いつか、シャロンを取り戻すために、飛空城の主が戦うときが来たら、必ず役に立てるように。

 

しかし、武器屋のおじさんは頑なに譲らない。

 

「ダメだ。女の子は武器を持つべきじゃない!」

 

「何もすぐに戦いたいって言ってるわけじゃない! いつか役に立つかもしれないから勉強したいだけなのに!」

 

「君は守られる側だ! 兵士の真似事なんてする必要はない! できるわけないだろう!」

 

「おじさんの馬鹿! わからずや! 何もそんな言い方しなくてもいいじゃない!」

 

喧嘩はどんどんと苛烈になっていく。

 

その時、店に一人男が入ってきた。

 

「親父、鋼の剣を10くれ。……ん? 取り込み中だったか?」

 

「おお、ネームレスさん。いらっしゃい」

 

来たのは、アスクの王族を助けた謎の男であるネームレス。下には来ないものだと思っていたから、彼女はその来店に驚いた。

 

「聞いてくれよ、ネームレスさん。そこのお嬢ちゃんが、槍術を習いたいって。兄ちゃんからもなんか言ってくれよ」

 

「ん、彼女がか?」

 

何度かこの男が戦うところを、彼女は見たことがある。多彩な武器を使って敵を倒しつくしている姿は、間違いなくこの男が実力者だと言うことを示していた。

 

しかし、見た目の印象では、かなり性格が悪い人だという感想をぬぐえない。現に今も彼女を見つめるネームレスの目つきはあまり優しいものではない。

 

「いいんじゃないか?」

 

「え? 何を」

 

意外な言葉が返ってきた。

 

「若いときに無茶をさせると将来化けるやつもいる。最初から可能性を否定することが絶対の正義なら、俺という存在はここにいない。俺も昔は周りに比べてただのポンコツだった。剣の天才の王子、魔法の天才のすごい奴、そんな奴と隣で過ごしてきたからな。自分の才能のなさは痛感していた」

 

ネームレスは武器屋を見渡すと、青銅の槍を手に取り、店主に宣言をした。

 

「元々、今回の襲撃に嫌気がさして、自衛手段を学びたいと言い始めた若者も何人かいる。俺も次の世界についたら仕事だが、それまでは暇でな。若者にいろいろと教えてやろうと思っていたところだ。その中で面倒を見よう」

 

「だが、彼女は女の子だ。できるわけが……」

 

ネームレスは急に不機嫌そうな顔になる。

 

「例えば今の俺の同僚であるルキナは女性だ。彼女が弱いとでも? それとも彼女が男に見えたかな? 俺を馬鹿にするのは構わない。雑魚だからな。だが、あの高潔な王女の侮辱をしようと言うのなら、表に出てもらうことになる」

 

「な、なんだよ急に……」

 

「女性だから戦えないなどとくだらん。アスク王国はそんな差別をするクソみたいな国なのか? 誰であっても、戦う術は身につけられる。戦い方が違うだけだ。結局、相手を殺せた方が勝ちなんだから」

 

ネームレスは青銅の槍を彼女に投げた。彼女は慌てて、その槍を掴む。

 

「お前、なんのために槍を学びたい」

 

ネームレスは彼女に問う。

 

急な質問に言葉が詰まったものの、彼女の心は既に決まっていた。それを不器用に、しかしありのままに言う。

 

「私、戦いたいです。シャロン様が死んだの、私のせいだから。その、すぐには役に立てないかもしれないけど。何かして、償いたいんです」

 

「彼女が死んだのは君のせいではない。話を聞く限りでは、あの王女が選んだ道だった」

 

「でも」

 

「だが、君がそう思うのなら。俺はその願いを聞いてやろう。名は?」

 

「ルフィアです」

 

「ルフィア。俺が教えられるすべてを教える。だが、長く辛い道になるぞ。何度も体が悲鳴を上げて死にたくなるかもしれない。それでもいいなら、俺がお前を鍛えてやる」

 

彼女はもう一度ネームレスを見る。

 

どこか嬉しそうな顔をしていた。その理由は彼女には分からなかったが、

 

「よろしくお願いします!」

 

目の前に来た救いの手に、縋ることに変わりはない。

 

ルフィアは迷わずその提案になるぐらいには本気だったのだ。

 

「よし、親父、その槍も追加だ」

 

ネームレスの今の顔は、戦いの時の厳しい目ではなく、どこか、父親のような、兄のような頼もしい表情に見えたのは、彼女の、ルフィアの気のせいだったのかもしれない。

 




次回 幕間 英雄召喚


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幕間2 英雄召喚





「ふぇ……」

 

ぱたぱた。ぱたぱた。

 

その部屋の前を飛びながら心配そうな顔つきで、その伝書フクロウはその部屋を見つめる。

 

既にアルフォンスと会わなくなって一週間。

 

話を聞くと、エクラやフィヨルムもアルフォンスと1週間顔を合わせていないようで、部屋に引きこもったままだという。

 

これまでのアルフォンスのことを考えるとこれは決してあり得ないことだった。

 

「アルフォンスさん……」

 

フクロウは今日もその部屋の前で、アルフォンスが出てくるのを待ち続ける。

 

 

 

 

 

情けないのは分かっている。

 

本当はすぐにでも部屋を飛び出し、自分の故郷のために戦わなければならないことは自覚している。

 

しかし、アルフォンスは動けなかった。

 

ここを出るのが怖かった。

 

ここまでの旅路で自分ができたことは何だったか。特務機関として、人々を守るために自分ができたことは何だったか。アルフォンスは思い返す。

 

アンナ隊長を見殺しにした。

 

街の人間を避難させるために戦おうとしたものの、終末世界の英雄に歯が立たず、自分が情けなく逃げるしかなかった。

 

ある少女に言われた。アスク王国は他の国の英雄を頼ることでしか自分の国を守れない無能集団だと。

 

そもそも、英雄召喚という力に頼り切っていたからこそ、怒ってしまった悲劇なのかもしれない。つながってはいけない異界に接続した結果、あの恐ろしい敵が現れてしまったのではないか。

 

そして、シャロンとエクラを別行動させた結果、シャロンは敵の手におちた。そして今は敵となってしまった。あの時止めていれば、こんなことにはならなかった。シャロンは無事だったかもしれない。

 

醜い自分を自覚する。シャロンの件はエクラのせいだと、エクラが憎いと思ってしまった自分が本当に嫌になる。

 

そして、フリーズ王子に言われた。今の自分にできることは何もないと。

 

そう、何もない。

 

無力な自分にできることは何もなかった。

 

死ぬのを恐れているわけではない。しかし、その死が無為になるのが怖い。さらに、自分が出て死ぬだけならまだしも、自分のせいでむしろ状況を悪化させるのが怖い。

 

手が震えている。

 

アルフォンスは、情けない今の自分を、弱気になっている今の自分を誰にも見られたくなかった。

 

「……く……」

 

歯を食いしばっても、部屋から出る勇気は湧かなかった。

 

 

 

 

 

「まもなく、聖魔の世界につきます」

 

ナーガの座する飛空城の管理室。そこにエクラは来ていた。他の人間はいない。もうすぐ来る出撃の準備で駆け回っている。

 

「緊張、しますね」

 

「アルフォンスは?」

 

「今回は無理だと思います。毎度持って行っている食事には手をつけているようですけど。話すこともままなりません」

 

「精神異常を起こす攻撃でも受けてしまったのでしょうか……そろそろ立ち直っていただかないと」

 

「もう少し様子を見させてください。アルフォンスにとっても故郷を失うのは初めてのことです。きっと私の何十倍もショックを受けている」

 

「優しいのですね。エクラ」

 

「いいえ。さすがに不甲斐なかったら言います。けど、今は信じます。アルフォンスは気持ちの整理をつけているだけだって」

 

「そうですか……」

 

 ナーガは聖魔の世界の大陸地図を出した。

 

「広い……」

 

「かつて、聖魔の世界に行ったことは?」

 

「あります。けど、大陸を旅したことはまだ」

 

「そうですか」

 

 ナーガはそれを聞くと、聖魔の世界について語り始める。

 

「古来より、聖魔の世界には魔物が存在します」

 

「魔物?」

 

 エクラが思い浮かべるのは、昔、ファンタジー系のゲームで敵ユニットとして出て来た異形の存在。

 

 そしてその想像は、あながち間違いではなかった。

 

「ええ。この地には魔王という悪が存在し、勇王エフラムが率いた連合軍がそれを討伐した。それが正史世界に伝わる、聖魔の光石の伝説」

 

 エクラもそれは断片的に聞いている。エフラムやエイリーク、ターナ、ヒーニアスといった当事者から、当時の話をしてもらったことがあった。全員が過酷な戦いだったと言っていたのも覚えている。

 

 ナーガは大陸の中央から順番に、国々を指さす。

 

 大陸中央に存在する、ルネス王国。地図上ではその左上に存在するフレリア王国。ルネスの右側に広がる砂漠のグラド王国。その上に存在するロストン聖教国。そして大陸の下半分を支配するグラド王国。

 

「これから向かうのは聖魔の世界ですが、それでも終末世界です。そもそも先ほど挙げた5つの国が存在するかどうかもわかりません」

 

 そこで思い出すのが、終末世界から来たと思われるエフラムのことを思い出す。

 

 正史世界の彼とは全く違う、残虐が形になったような男だった。アンナ隊長の仇でもある。

 

 終末世界では、何もかが未知数だ。

 

 エクラは飛空城やナーガの話を聞きながら、終末世界について、少し予習をしていた。

 

 異界と言うのは数多い。平行世界と言うにはすこし表現が違う。平行世界は自分達のイフが形になった世界のことだが、異界は、イフでできた世界ではない全くの違う世界のことだ。

 

 しかし、似ている世界はある。存在する人間は同じなものの、辿った歴史が異なる世界もある。それはアスク王国でも見受けられた。

 

 例えば、カタリナという英雄を重複召喚して二人呼び出したことがあったが、一人は明るく、マルスやシーダと仲良くしていたのに対し、もう一人は、少し影があり、マルスとは距離を取っていた。

 

 話を聞くと、辿った歴史が違うことが分かる。一人目は、最終的にマルス率いる連合軍の一人である、クリスという英雄に、命を救われたのに対し、もう一人のカタリナは、一度裏切りで分かれた後、二度とその世界のクリスに会うことはなかったという。

 

 正史世界の異界であっても、見た目が同じ人間で辿った歴史が大きく違う。

 

 それが終末世界ともなれば、自分たちが知っている英雄とは全く違うと考えたほうがいい。

 

 そして、ここからはエクラの予想になるが、終末世界とわざわざ断定されたということは、人の違いだけでなく、正史世界との何かさらなる大きな違いがあるのではないかと思っている。ナーガの言うように国が存在するという保証もないのだ。

 

「今分かっているのは、あのエフラムが敵だと言うこと」

 

 エクラの言葉に、ナーガは頷く。

 

「そうですね。おそらくあの世界に姿を現したというエフラムが、これから向かう聖魔の終末世界でも敵として立ちはだかるでしょう」

 

「そういえば、飛空城は聖魔の世界にどのように到着するのでしょう?」

 

 ふとエクラは、そんな問いをナーガに投げかける。

 

 これから聖魔の世界へと向かうという前提で、話をしていたが、そもそも到着の際に何か影響があるのではないかと、ふと心配になったのだ。

 

 それに対してナーガは落ち着いて答えを返す。

 

「飛空城は、その世界の空に到着可能です。その世界についたら、私の力で、地上まで飛ばします」

 

「つまり、飛空城が襲われる可能性はないと?」

 

「相手が対空手段や空を飛ぶ存在がいれば別ですが、あなた方が避難民を心配する必要はありません。あなた方は、ファイアーエムブレムの探索に集中してもらえるよう、私も配慮します」

 

「なるほど、それはありがたいです」

 

 すると、ナーガはエクラの腰に手を伸ばす。腰につけたブレイザブリクを取り出し、手に持った。

 

「そうだ、あなたと二人で話をする機会ですから、この神器についても少し注意をしておきましょう」

 

「注意?」

 

「アスク王国は特殊な環境なので、同じ英雄が二人いるということがありましたが、これから向かう異界では、召喚に制限があります」

 

「その……でも、そもそも召喚ができないんですけれど……」

 

「召喚の是非については私が何とかしてみましょう。アスク王国では、黒幕の影響力が強かったですが、距離的に離れた今なら、私の力も少しは効くかもしれません」

 

「本当ですか?」

 

「しかし、これから向かう異界では同じ人間は二人以上その世界に存在できない。これは異界での召喚における絶対のルールです。さらにはしばらくは異界では縁の深い英雄しか召喚できないでしょう」

 

 これから向かう聖魔の世界では、召喚できるのは聖魔の世界の英雄として認識されている英雄のみ。そして、今から向かう世界に例えばエイリークがいる場合、異界のエイリークを神器によって召喚はできないということだ。

 

 ナーガは何か呪文を唱え、神器に魔力を注いでいる。

 

 少し時間がかかるのだろう。しかし、もし召喚ができるとしたら、それはとても心強い味方となるので、ここは心して待つことにした。

 

「ふぇー」

 

 馴染み深い白いフクロウが飛んできた。

 

「フェー、アルフォンスは?」

 

 フェーにアルフォンスの様子を見守ってもらえるよう、エクラは先ほど頼んでいたため、その結果を聞き取る。

 

「どうだった?」

 

「アルフォンスさん、今日もお元気がないようですぅ……」

 

「そうか……」

 

「うう、アルフォンスさん。わたくし、本当に心配です」

 

「ごめんね、フェー」

 

「いえいえ、だめですよ。エクラさんは悪くありません。どうか、落ち込まないでください」

 

 今はこんなフェーの言葉でも、エクラはとても元気が出る。

 

 その時、神器が光った。

 

「……これは?」

 

「どうしたんですか? ナーガ様」

 

「ふふ、そこのフェーが来たら急に神器に術の入りが良くなりました。不思議ですね」

 

 そう言いながら、神器をエクラに返す。

 

「さて、これで召喚も可能になりました。呼び出せるのは聖魔の世界の英雄です」

 

「これで……」

 

 緊張の面持ちで神器を見るエクラ。

 

 今の気持ちは、初めてアスク王国に導かれ、神器を渡されたときの気持ちに似ているかもしれない。

 

 本当に召喚できるのか?

 

 ただ一つそれだけが不安だった。

 

 しかし、それは考えても仕方のないことだと自分に言い聞かせる。

 

 自分には戦う術はない。できるのは味方のサポートと英雄の召喚だけ。ならば、せめて自分に与えられた役割から逃げ出してはいけない。

 

 エクラはそう思い、ナーガの部屋を後にする。

 

 召喚は可能な限り広いところで。飛空城で最初に終末世界についての説明を受けた広間へと赴いた。

 

 今は誰もいないその地で、最初の味方を呼び出す。

 

 遅れてフェーとナーガがその地にやってきたものの、エクラは意に介さない。

 

 祈るようにして、神器の引き金を引いた。

 

 何かが違う。今までのように無反応ではなく、これはアスク王国にいた時に英雄を召喚する瞬間に確かに似ている。

 

 神器が、光り輝いた!

 

 ――目を開ける。

 

 目の前には3人の英雄が立っていた。召喚は成功したのだ。

 

「素晴らしいです。エクラ」

 

 神器によって呼び出されるのは、召喚したことのある英雄たち。何らかの影響でアスクから消えていた英雄たち。

 

「よお、なんか久しぶりだな。召喚士。再会を祝して、どうだ、ここはひとつ賭けでもしないか?」

 

 ジャハナ王国王子、ヨシュア。

 

「……久しぶり」

 

 女剣士、マリカ。

 

「お久しぶりです。もう一度あえて嬉しいです」

 

 竜人の少女、ミルラ。

 

 戦力としては申し分ない3人だと言える。

 

 最初にエクラが英雄たちを見た時に、つい涙をこぼしてしまいそうになる。その強さ、頼りになる圧倒的オーラ、やはり英雄は偉大だと感じる瞬間だった。

 

「おいおい、どうした、そんな辛気臭い顔をして?」

 

 ヨシュアに言われ、無意識にこぼれていた涙をエクラはふき取った。

 

「皆さん。力を貸してください」

 

 エクラは真摯に、英雄たちにその言葉を言う。そして、英雄たちも何かエクラの危機を察したのか、それを拒んだ者はいなかった。

 

「またよろしくな」

 

 ヨシュアの言葉を聞きエクラは一安心する。

 

 しかし、一方で、ここでこの3人を呼び出せたと言うことは、終末の聖魔の世界では、この3人は既に死んでいるということになる。何もかもを喜べる状況ではなかった。

 

 それでも、今はこの召喚に、エクラは感謝する。

 

 癖で、英雄たちのステータスを見た。エクラにしか見えない数値化された英雄たちの強さを。

 

「……すごい」

 

 ナーガの力か。それとも聖魔の世界に近い領域で召喚したからか、その強さは、本来は存在しないレベル50相当と言っていい。

 

 そして、それぞれが見たことのないスキルや奥義を持っているのも、それが影響しているのか。

 

 なんにせよ、これで戦いの準備は整ったと言っていい。

 

「そろそろ、聖魔の世界につきます。皆さんを集めましょうか」

 

「はい」

 

 




 ヨシュア アウドムラの継承者
 奥義発動時、自身の魔防の5倍の数値をダメージに加算する。
 マリカ シャムシール・レディ
 偶数ターン時に相手へ与えるダメージが元々の計算値の3倍になる。
 ミルラ 神竜の加護
 味方が受ける飛行特攻が無効になる。自身に【遠距離反撃】を付与。

みたいなものを一応考えてはいました。どんなふうに本編に反映させるかは、実際に執筆を始めてみないと分からないです。


今回で幕間は終了です。次回以降の幕間は少し長くなると思いますが、今回は、いち早くストーリーをすすめて、この先この連載がどんな感じで進むのかを把握してもらいたいと考えています。

次回 聖魔反転大陸 マギ・ヴァル 開幕です!


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第1章 聖魔反転大陸マギ・ヴァル「魔に堕ちた太陽」
1章 1節 『聖魔反転大陸』-1 


注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!



その剣は己が名前。その名を与えられた自分は、帝国の剣として在ればいい。

 

そう思っていた過去を今は否定する。

 

己は剣だ。それに変わりはない。しかし今は自分の守りたいものを守る剣だと思っている。

 

「姉上」

 

目の前の美しい姉。レーギャルンをレーヴァテインは誇りに思っている。自分と違い己の正義と信念を持つ姉を尊敬している。

 

「出撃の準備ができたそうね、レーヴァテイン。準備はいい?」

 

「はい。姉上。私が、守るから」

 

「ふふ、頼りにしているわ。これから先にいるのは、何があるかもわからない世界なのだから、自分を守るのも大切なのだから」

 

「はい。姉上」

 

それぞれが武器を持って、集合場所へと赴く。

 

 

 

途中でスリーズと出会う。彼女は今回、飛空城の守護を担当するため留守番になっている。ナーガからの直々の命令で反論の余地はなく、フィヨルムと行動を共にできないのを残念そうにしていたのは記憶に新しい。

 

「あら、レーギャルン様」

 

「様づけは止してください。スリーズ王女。ここでは共に戦う身ですので」

 

「そうですか? では次から気を付けますね。レーギャルンさん、レーヴァテインさん。いよいよ出撃ですね。私はここから無事を祈っております」

 

「はい。スリーズ王女、どうか城と、その」

 

「ええ、アルフォンス王子のこともお任せください」

 

「……本当は、アスクの役目だとは思うのですけれど……」

 

「エクラさんはすごく忙しそうですからね。出撃の準備だと言って、いろいろと道具を用意して、薬を調合したり、英雄さんといろいろ話し合ったりと忙しそうで」

 

「ええ。少しは任せてほしいのですけれど、自分にできることは自分でするから、私たちには訓練に集中してほしいと強めに言われてはね。まったく、おかしな男です」

 

「姉上、エクラ、言うこと聞かせる?」

 

「いいのよ。彼には召喚士として、私たちの知らない苦労があるのでしょう。これまであの人とは共に戦ったことはないから、今はお手並み拝見としましょう」

 

 

 

 

実はたまたま、王女たちが会話している近くをエクラが通っていた。3人が仲睦まじく話し合うところ遠くから目撃し、エクラは少し感動を覚える。かつての戦いでは決してあり得なかった光景だからだ。

 

今思えばアスク王国での特務機関本部でも、異なる世界の英雄たちが親睦を深めていた。それは当たり前ではなく、素晴らしい奇跡だったのだろうと思い出す。

 

いつ必ず、それを取り戻す。

 

エクラはそう誓い、一足早く集合場所の、飛空城上層部にある広間へと赴く。

 

アルフォンスは今回出撃できない。やはり、そう簡単に気持ちの整理はつかなかったようだ。

 

一度だけ部屋を出て、剣を振っていたところを見たことがあったが、エクラを見た瞬間、

 

「ごめん」

 

とだけ言ってその場を去ってしまった。

 

嫌われたかと思って本当にショックだったことを覚えている。

 

しかし、自分のことなど今はどうでもいい。いち早く、アルフォンスには立ち直ってもらいたい。そうしなければシャロンを救うことは絶望的だと思っている。

 

「今は自分が頑張らないとね」

 

 

 

ルキナは新たに召喚された英雄に挨拶をしていた。その様子を感慨深く、ネームレスが見守っている。見ると少し汗をかいていた。おそらく、最近できた弟子の訓練を今日も行ってきたのだろう。

 

ナーガはエクラの到着と共に、席から立ちあがる。

 

エクラが見ると、先ほど遠くに見たはずのレーギャルンとレーヴァテインが先についていることが判明。

 

(なんで……?)

 

遠回りをしたつもりはないのだが、やはり飛空城の中の移動になれていない分遅いのだろうと思う。

 

そして周りを見る限り、自分が最後の到着であることが判明する。

 

「遅れてごめんなさい」

 

部屋全体に聞こえるよう、エクラは叫ぶ。ナーガは少し微笑み、

 

「構いませんよ、それの準備をしていたのでしょう?」

 

と、遺憾を示すことはなかった。

 

エクラのポーチには、様々なアイテムが入っている。アスク王国の脱出にも使っていたアイテムだが、これから先でもそれなりに使うだろうと思う。

 

そして、

 

「エクラ、先ほど私が渡したものを持っていますか?」

 

「光の加護ですね?」

 

「はい。3つお渡ししました。これで瀕死のダメージを負っても私の魔力で体を全快させます。さらに少しであれば力を授けることもできるでしょう。これを、これから地上に送る3チームに1つずつ渡します。その組み分けはあなたにお願いしますね」

 

飛空城を着陸させるのではなく、ナーガの転移魔法により、聖魔の世界へと着陸する算段になっている。

 

しかし、転移はおおよその場所を決められるものの、精密さには欠けるそうで、もしかすると敵陣の中に転移と言うことも考えられるらしい。

 

まとまって動いた結果、最悪の転移位置でそのまま全滅、ではさすがに笑えないので、ナーガと相談した結果、世界の探索は3チームに分かれて、相互間の連絡役をフェーが行うことになった。

 

危ない世界の上空をフェーが飛ぶのに、エクラは反対したものの、

 

「ワタクシもアスクの伝書フクロウです。お役に立てるところお役に立ちます!」

 

本人ならぬ、本フクロウの強い希望もあり、そのような役割をしてもらうことになった。

 

チームの組み分けは既にエクラが考えている。

 

1チーム レーギャルン フィヨルム ヨシュア エクラ

 

2チーム ネームレス ミルラ 

 

3チーム ルキナ レーヴァテイン マリカ

 

この3チームで動くことに決め、この場で組み分けを発表する。

 

2チームだけ戦力が貧弱という話が出ないわけがない。

 

しかし、当のネームレス本人は満足のようで、

 

「むしろそれの方がやりやすい。軍師の名は伊達ではないようだ。感謝する」

 

とお礼を言われたほどだった。エクラは反応に困ってしまったが、嫌な思いをしていないのならよいと考えることにした。

 

「姉上、一緒じゃない」

 

「まあ、仕方ないわ。ルキナ王女と共に頑張って」

 

「姉上がそう言うなら」

 

多少は文句も出るのは覚悟の上だ。エクラは、それぞれのリーダーである、ネームレスとルキナに光の加護を1つずつ渡す。

 

彼らがリーダーなのは当然、この中で、もっとも頼りになる戦力だからだ。

 

ナーガの加護か何かがあるのかと疑いたくなるほどの能力だった。観察眼で能力を見ていたが、レベルで言えば、70相当はある。アスク王国で見た戦いぶりも納得である。

 

「よろしく頼むわね」

 

「エクラさん。よろしくお願いします」

 

「召喚士。俺を選ぶとは物好きだね。まあ、嫌ってわけじゃないが」

 

 同じチームになった3人に、

 

「これから、よろしく」

 

 エクラは挨拶を済ませる。他のチームも同様に、少しの挨拶を済ませた後、ナーガは話をはじめる。

 

「皆さん。先日の戦いからまだ1週間程度しか経っていませんが、第1の終末世界に到着致しました。ここに覚悟をもって集まってくれたことへ、まずは最上の感謝を。そして皆さんには、終末世界を旅し、その世界と、かのアスク王国を繋ぐ鎖の役割を果たしているものを探してきていただきます」

 

 そう。終末世界と戦うことが目的ではない。優先すべきはアスク王国を救うこと。そのために可能な限りの戦いは避けて通るべきだ。

 

「エクラ、あなたのその召喚器を使えば、召喚した英雄であれば呼び寄せることができます。他のチームにいる英雄も呼び出せます。しかし、送り返すことはできません。それだけは注意を」

 

「はい」

 

「そして、その他の皆さん。終末世界では何が起こっても不思議はありません。どうかくれぐれも気を付けて」

 

 それに反論する者はいない。

 

 いよいよ始まろうとする終末世界の旅。エクラもフィヨルムも不安が募るが、アルフォンスがいない分まで頑張ろうという気だけはしっかりと持っている。

 

必ずアスク王国を救う。その信念はこの場の誰にも負けないつもりだ。

 

「では、皆さん。どうか、『鎖』を見つけてください。アスク王国を取り戻すために。私に力を貸してください」

 

ナーガは一礼をした後、

 

「では転移します!」

 

ナーガは呪文を唱え始める。

 

体が浮遊し始めた。




ようやく始まる第1章

第1章は18節までを目標としています。
今日からは勢いよく投稿する予定なので、一緒に物語を追っていただけれると幸いです。

早速明日も投稿する予定なので、お楽しみに。

by femania

いよいよ始まった第1章。

この話がいいものになるかを問う勝負の物語になるので、今後も何度もシナリオを考えながら、何とか頑張っていきたいと思います。

by トザキ


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1章 1節 『聖魔反転大陸』-2

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!



思い出す。

 

もう何年前の話だろうか。もはや、この時にはもう戻れないというのに、その光景を見る。

 

「……やっぱり、僕には武術は向かないみたいだ」

 

「何。お前には聡明な知識と、魔道がある」

 

訓練なのに笑い合う2人」

 

「でも、僕ももっと強くなりたいよ、エフラムみたいに」

 

「誰であっても弱みは存在するものさ。俺だって、勉学はまだまだだし、魔道についてもからっきしだ」

 

「エフラムはすぐに寝ちゃうじゃないか」

 

「ははは、まあ気にするな。俺にも向いてないものもある。だから、お前もそう気にするな。俺達は友だ。だから助け合っていけばいい。たとえ、国は違えど、俺たちは助け合える」

 

「……そうだね。君の言う通りだ」

 

そんな笑い合う二人を見るだけで私は嬉しかった。

 

マギ・ヴァルの平和。二人の王子が笑い語り合う姿を見て将来は平和だと確信した。

 

「エイリーク」

 

「兄上、リオン。もう夕刻です。部屋に戻りましょう」

 

「そうだな」

 

「夜は、先生がお戻りになられるとのことです」

 

「何……まさか、また勉強か?」

 

「兄上。我々は遊びに来てるわけではないのですよ。グラドのご厚意で、帝国についての見聞を広めるために来ているのですから、歴史を学ぶことも肝要です!」

 

「また正論を……もう俺は眠いぞ……」

 

「ダメです!」

 

「分かった、そう怒るな……はぁ」

 

 兄はいち早く、部屋へとのろのろ歩き始める。

 

「リオン。ごめんなさい。兄上のだらしないところばかりを見せて。どうか、父君の方には」

 

「もちろんだよ、最も、父上もエフラムのことはよく知ってる。怒ったりはしないと思うのだけど、一応ね」

 

「ありがとう。じゃあ、行きましょうか」

 

「……うん。行こう」

 

在りし日の話、グラド帝国で兄と親友のリオンと一緒に過ごした日々。とても楽しかった。

 

 

 

しかし今はどうだ。

 

「いたぞやれ!」

 

「俺の母さんの仇!」

 

「裏切者のルネスを殺せ!」

 

恨みを向けられている。

 

あれだけ友好だったグラド帝国から。

 

「どうかここでお待ちを。私が討伐します」

 

ゼトが何かを言っているが、私はそれを無視し馬を走らせる。

 

「おやめください!」

 

既に平和だった過去はなく。ルネス王国はすべての王国の敵となった。

 

父は発狂した。理由は分からないが、突如、あらゆる国を滅ぼすと宣言したのだ。全ては恒久の平和のためにと。

 

嘘だと信じたかった。しかし、その命令で豹変した兄は、ルネスの双聖器を父から与えられ、その力で隣国のジャハナを滅ぼした。何の躊躇もなく、歯向かうものを悉く殺しながら。

 

私は何度も尋ねた。いったい、何がこの戦乱を巻き起こす原因となったのかと。

 

しかし、兄も父も、ただ後になれば分かると教えてはくれない。

 

私に命じたのは、とにかく残党を殺すこと。

 

もう1つの双聖器、ジークリンデ、その神器に宿る力を身に宿し、敵を殺しつくすこと

 

「あ、あああああ!」

 

私は、私が怖い。

 

こんなこと、本当はやりたくないのに、だんだんとそれに慣れてきている自分が。

 

「やめ、ぎゃsjばすあ」

 

私は、国が怖い。

 

豹変し、人の死にためらいがなくなり始めている故郷と、そこに住まう騎士たちが。

 

「ひいぃいい! あああ!」

 

私は、兄が怖い。

 

見せるようになった、人のものとは思えない冷たい笑顔が。

 

本当はこんなこといけないと分かっている。何度だって逃げたいと思ったし、何度だって反逆しようと思った。

 

しかし、私はルネスの王女だ。国を裏切ることなど許されない。周りが許してくれない。

 

ゼトの助言で顔を隠していても、私の罪が消えるわけじゃない。相手はきっと知らないのだろう。刃を向けている相手がルネスの王女であることを。

 

そして、一番恨まなければいけない相手によって、殺されていくという事実を。

 

戦いは始まってしまった。いつかは、ターナやヒーニアス王子に刃を向けることだってあり得る。その日はもうすぐそこまで来ている気がする。

 

親友にすら手を出してしまったらもう戻れないだろう。

 

私は人ではなくなる。良心など欠片も残らなくなる。そのなれば、ルネスの双聖器をただ人殺しのために使う、罪深い王女として永遠に名を刻むことになるだろう。

 

ああ。リオン。どうか私を見つけたら、私を殺して……醜くなった私を見ないで。

 

 

 

また、その剣を振り下ろす。目の前に現れた武器を持つ敵に向かって。

 

防がれた。

 

それは初めての経験だった。

 

 

ジークリンデは双聖器。並みの武器では、たとえ鋼の剣でも斬り裂いてしまう。

 

しかし、相手はそれを防いで見せたのだ。

 

「なんなのです! いきなり!」

 

目の前には氷の槍をもつ、一人の少女が立っていた。

 




1章 1節 『聖魔反転大陸』-3

明日投稿


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1章 1節 『聖魔反転大陸』-3

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!



ナーガの転移は無事に終わった。

 

エクラたちが最初に向かうのはルネス王国だった。

 

一番戦力的に貧弱なエクラとフィヨルムのいるチームが、ルネスにいるなど本来は言語道断だが、エクラは他のチームの召喚英雄を呼び出すことができる。その上、オーブを装填すれば、また戦力を増強できるのもエクラの強みだ。

 

故に、緊急時には最も戦力を集められるエクラたちがルネス王国へと赴いたのだ。

 

しかし、これで呼び出せるということは、逆に言えば、終末世界で、同じ名前と見た目をした存在は死んでしまっているということ。

 

ヨシュアにその話をしたとき、

 

「それは興味深いな……俺はなぜ死んだのか。いい賭けの話題になりそうだ」

 

と、常人ではたどり着けない思考回路による返答が返ってきたのをよく覚えている。しかし、あまりいい顔はしていなかったのは確かだ。

 

もちろんルネスの城へとそのまま突撃をするのではない。しかし、アスク王国を襲撃したエフラムのいるルネスを調べれば、この終末世界がどのような世界なのかがいろいろとつかめるのではないかと考えたのだ。

 

よって城下街ではなく、郊外の町に飛ばすようにナーガに頼んでいたのだ。

 

 

 

ルネスとフレリアの国境付近に存在する町。望んだとおりの転移に成功した。

 

成功したのだが、目の前に剣を持った兵士が何人もいることで、現状を理解する。

 

「おいおい、運がねえな……」

 

ヨシュアにその言われようなのも仕方がない。

 

現在、この街は戦場と化していた。すでに血が飛び散った跡がそこら中に存在し、多くの金属がぶつかる音が響き渡る。

 

その場で戦っている人間には奇妙に映ったことだろう。

 

好きで入ってくるはずのない戦場に、急遽、装いもおかしな人間たちが現れたのだから。

 

エクラたちは、すでに一つの軍の戦士10人以上に囲まれている。まだ向こうは警戒からか手を出してこない者の、このままでは、殺されるか捕虜になるかしかない状況だ。

 

「まずいですね……全員が殺意を持ってこちらを」

 

向けられる恐ろしい視線にエクラは怯みながら神器を構える。もちろん戦うわけではないが、『奥義の刃』をセットし、味方の援護がすぐできるようにした。

 

そして、残りの3人はそれぞれ剣を構える。

 

「……ん? 馬鹿な……なぜ」

 

「あり得ない。ヨシュア様は遠征で命を落としたと、エフラム様は仰せになったはず」

 

ヨシュアをみた兵士数名がそんなことを呟き驚きの声をあげる。

 

エクラはそれを聞き逃さなかった。

 

(今の話……、やっぱり終末世界のヨシュアは死んでいる)

 

この前の出来事を思い出す。シャロンと一緒に少女を助けにいったとき、終末世界のヨシュアを自分は会っていた。そのヨシュアが死んだから、この場に味方で正史世界のヨシュアを呼び出すことができたのか。

 

「奴は偽物だ。エフラム様の言うことは絶対。不敬な偽物は殺せ!」

 

相手方の判断は、まさかの偽物扱い。本人は、ため息をついたものの、そこはさすが凄腕の傭兵。気持ちの切り替えは速く、アウドムラを構える。

 

殺せ。その命令と共に兵士が武器を構える。

 

「エクラ、和解は無理そうね」

 

レーギャルンの言葉で意を決し、エクラたちも武器を手に臨戦態勢をとった。

 

双方睨み合う。どちらかに動きがあればそれが開戦の合図だ。

 

そして、その合図はすぐに訪れた。頭をローブで多い、目を仮面で格隠した兵が一人突出して、襲い掛かってくる。狙いはフィヨルムだった。

 

見ると、その剣には血が滴っている。この場で多くの敵を殺してきた者であるのは間違いない。

 

迷いなく振り下ろされる一閃。

 

それをフィヨルムは、神器レイプトで受け止めた。

 

「なんなのです! いきなり!」

 

そして、押し込まれる剣を押し返し、フィヨルムは距離を取って、武器を構える。

 

「私たちは旅の者です。相手の素性も探らず急に襲い掛かられては、こちらも身を守るために必要な手段を取ります。どうか武器を収め、一度話を」

 

フィヨルムに襲い掛かったローブの剣士は、兵士が使っているものとは違う高位の武器のように見受けられるものを持っている。

 

剣士は何か思うところがあったのか、フィヨルムを見てしばらく黙り込んだが、すぐに再び剣を構え、襲い掛かってくる。

 

「ルネス軍の皆さん。エフラム様は、この街にいる武器を持つ者を皆殺しにせよという命令を下しました。それはどのような立場であっても関係なくです。さあ、目の前の敵を殺しなさい!」

 

周りに指示をしているのを見て、非常に立場の高い人間であることが伺える。

 

(あの剣……どこかで……)

 

エクラはそれに気づき、そのフードの人間を観察眼で視ようとした。

 

しかし、その余裕はなくなる。

 

今の号令で警戒状態だった兵士が一気に士気を高め、エクラたちに突撃してくる。

 

エクラはフードの兵士を視るのを諦め、味方の3人に『奥義の刃』を使用する。これにより、エクラの味方が持つ神器が力をより発現させやすくなった。そして、戦士である3人の調子も上がっていく。

 

「死ぬわけにはいかないの。悪く思って」

 

レーギャルンが早速神器の力を解放する。持っている剣からは炎が噴き出し、竜と共に宙を舞いながら敵を殺していく。

 

ムスペルの将軍の1人、その実力は本物で、奥義の刃で支援された今、奥義、烈火を使い、広範囲の敵を焼き、弱った敵を一人ずつ殺し始めている。

 

しかし、それは念のための退路を切り開くため。

 

ヨシュアはフィヨルムに一般兵が襲い掛からないようにサポートに徹していた。向こうの敵数が多く、エクラはヨシュアに特効薬を使い続けて、傷を回復させ続ける。

 

「はぁ!」

 

氷槍を思い切り振り、フードの騎士に挑むフィヨルム。

 

相手は、剣に蒼銀の光を宿した剣で、フィヨルムに猛攻を仕掛ける。

 

ヨシュアに挑む兵士たち以外は、その戦いを見て驚きを隠せない。

 

剣戟は、何度も積み上げられる。速く。速く。速く。

 

その中で、徐々に削り合う2人。

 

雷光と共に打ち出される神速の剣技。しかし、神器の力まで上乗せされたその剣技を受け止められるのは、アスク王国での日々があるからこそ。目の前で繰り広げられる剣舞は明らかに、聖魔の世界の英雄が使う剣技に通ずるもの。であれば、フィヨルムは既にそれを知っている。

 

ステータスの差はまだ歴然であり、躱しきれない攻撃もあるものの、それでも互角に戦い切れているのは、ただ経験があるからだった。

 

エクラは既に、その正体を隠す戦士の正体を見る。

 

蒼雷ジークリンデ、と名前は変わっているが間違いなく、マギ・ヴァルの双聖器。そしてそれを扱う人間は一人しかない。

 

そう。フィヨルムに刃を向け、民たちを殺すよう指示しているその戦士の正体は。

 

ルネス王国王女、エイリークだった。

 




1章 1節 『聖魔反転大陸』-4

明後日投稿予定


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1章 1節 『聖魔反転大陸』-4 

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!



騎馬兵の音がする。

 

エクラは再び奥義の刃をフィヨルムに使い、次の攻撃に備えた。

 

まだ来たばかりなのに、ものすごい勢いでアイテムを使ってしまっているのには少し焦りを感じるが、フィヨルムが死なないことが第一優先だ。

 

「魔道兵! 放て!」

 

ローブの剣士、エイリークだろう人物が襲どいたように後ろを向く。

 

そこにはゼト将軍がいた。ルネスの中でも指折りの騎士である彼は、この戦場も騎馬に乗り、剣を持っている。

 

彼が連れてきた魔道騎馬兵、マージナイトが一斉に魔法をこちらへと撃ち放つ。

 

全員がファイアーという威力低めの攻撃なのは助かった。さすがに一斉に50発も打たれていて油断はできないが、これがボルガノン等であれば、さすがに耐えきれない。

 

「お任せください。皆さんは目の前の敵に集中を」

 

フィヨルムが、魔法を迎え撃つ。

 

ローブの剣士は、

 

「何を……!」

 

自殺行為とも思えるその行為に、唖然とする。

 

しかし、当然自殺行為などではない。

 

フィヨルムの奥義『氷の聖鏡』

 

鑑のごとく清らかな氷の盾を目の前に創り出し、相手の遠距離攻撃を受け止める。氷が受ける衝撃がフィヨルムに少しフィードバックされるものの、同時に受けた衝撃や魔力をレイプトの力へと変換する力も持っている。

 

炎の猛攻にも氷の盾は負けなかった。

 

「ぐ、ぅううう!」

 

すべての攻撃を受け来たレイプトは、敵に向かって、己が魔力を爆発させる。

 

直線に放たれたレイプトの氷の力は、相手の騎馬兵を的確に狙い、人は失墜していく。

 

「……只者ではないようだな。将軍! 一度お下がりください! ここは私が!」

 

ローブの剣士に向かって、ゼト将軍は叫ぶ。

 

なぜかは知らないが、エイリークは今は身分を隠して戦っているらしい。

 

ローブの剣士は今の反撃に見入っていた。

 

自分達は殺すはずの敵なのに。

 

 

*******************************

 

 

初めてだった。

 

神器を前にしても一歩も引かぬ戦いぶり。

 

そして猛攻を防ぐ氷の盾。

 

その他の人間も一人一人がすさまじい強さを誇っている。

 

こんな強い人を見るのは初めてだった。

 

ここでは死んではいけないと思った。

 

私はルネスの王女だから、王国を裏切れない。しかし、こんなことは間違っているのは分かっている。

 

人々の平和な暮らしを守るのが騎士の、貴族の務めだ。

 

ならば、私はだめでもこの人たちなら。

 

きっと、南で戦っているリオンの力になってくれる。

 

そう思った。

 

私は必死に目の前の氷の戦士に迫り、ゼトには聞こえないように小声で、聞こえるように祈ってこの言葉を口にする。

 

「グラドに逃げてください。そこでリオンの力になってください」

 

「え……?」

 

「お願いします」

 

相手は、今自分が聞いたことが信じられなかったようだ。

 

無理もない。今さっき、殺せと命令した将たる私は、逃げてくれと言ったのだから。

 

しかし、これでいい。

 

私はあまりに罪を重ね続けた。この身はいつか、裁かるのを待つしか未来はない。正しい生き方をできなかったのだから。

 

しかし、リオンには死んでほしくなかった。ルネスの暴挙で命を消すことはしてほしくなかった。

 

彼らがリオンの力になってくれるのならば、そうならないで済むかもしれない。ジークリンデをもってしても倒しきれない強い人ならば、その可能性はあるかもしれない。

 

ならば、これが自分にできるせめてものことだった。

 

後はゼトの目を何とかしなければならない。

 

ジークリンデを上へと掲げる。

 

 

*******************************

 

 

フィヨルムの一瞬の動揺をエクラは見逃さなかった。

 

しかし、直後、相手の持つジークリンデが、これまでにない強い光を放つのを目撃する。

 

一瞬で理解できる。これはヤバいということ。

 

相手の神器から耳を貫くのではと思ってしまうほどの音が響き渡り、その力を解放しようとする雷剣は、徐々に閃光を迸らせ始める。

 

「逃げよう、みんな」

 

エクラはすぐに退却を提案する。

 

それに反対したものはいなかった。

 

「よし、召喚士、俺が時間を稼ぐ。適当なところで俺を呼び戻せよ」

 

レーギャルンの働きにより、すでに退路はできている。そして、神器の英雄を呼び出す力を早速活用するときが来た。

 

「行こう、みんな。ヨシュアさんお願いします」

 

迷いはしない。ここで死ぬわけにはいかないからだ。

 

「乗りなさい、召喚士! フィヨルム!」

 

天より訪れるレーギャルンの竜に乗り、3人は離脱する。

 

「追うぞ!」

 

ゼト将軍は逃がそうとはしないものの、エイリークはそれを制止する。

 

「……敵前で背中を見せる者で、貴女の誇り高き刃を汚す必要はありません。私が焼き払います」

 

しかし、ゼト将軍は、

 

「いいえ、私はルネス騎士。私は使命を全うしなければなりません。どうかあなたはここでお待ちを」

 

と、多くの騎士が神器の魔力開放を恐れる中、単騎でレーギャルンを追い始める。

 

ヨシュアは、なんとそれを見のがした。

 

「なぜ、ゼトを通すのですか? 正史世界のヨシュア殿。あなたにとって、彼は敵です」

 

「まあ、あいつ一人なら何とかするだろう。それよりも気になるのは、あんた、正史世界とか終末世界とか、そういう難しい言葉を知ってる奴か」

 

「ええ。これでもルネスの幹部ですので」

 

「そうか。なら聞くが、エイリーク」

 

フードの剣士は、名を呼ばれ動揺する。

 

「賭けないか。コインを投げて表か裏か。お前が勝てば、このまま戦いを始める。だが、お前が負けたなら、一つ教えてくれ」

 

「何をです?」

 

ヨシュアはにやりと笑い。

 

「どうしてお前は、俺達を本気で殺そうとしていない?」

 

「どういうことですか?」

 

「力を解放すれば俺達を一掃できるその双聖器。それほどの武器を持っているのなら、お前は真っ先に、俺らを神器の最大火力で殺すべきだろう。お前が本当に、部下たちに命令した皆殺しをするのなら」

 

ヨシュアはコインを取り出した。

 

 




すこし遅れてすみません。

1章 2節 『南へ』-1
明後日投稿予定


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1章 2節 『南へ』-1 

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

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竜も3人を乗せるのは、きつかったようですぐにへばってしまった。

 

レーギャルンは大役を任せ、それを立派にこなした自分の竜をレーギャルンは褒めたたえる。

 

後ろを見ると敵が追ってきている様子はないので、いったん先ほどの情報を整理する。

 

奇しくも、話を始めたのはフィヨルムだった。

 

「先ほどの剣士様、南に行けと言っていました……」

 

「どういうこと?」

 

「分かりません。なんの目的があるのか。理由は教えてくれませんでしたが」

 

「それ、相手方からよね。言うことを聞く必要はないと思うわ」

 

レーギャルンがそう言うのも当然である。敵側の提案を素直に受け取るなど、正気の沙汰ではない。

 

「そうですね……」

 

しかし、フィヨルムは納得するものの、あまりいい顔はしなかった。エクラは何故かを詳しく聞いてみる。

 

フィヨルムは答えに躊躇ったものの、エクラが遠慮の必要がないと強調し、フィヨルムが恐る恐る言う。

 

「その、その言葉が、私には裏のない確かな願いであるように聞こえました」

 

「フィヨルム。そんな言葉が信用に足るというの?」

 

レーギャルンはいい顔はしない。しかし、フィヨルムもそれは重々承知だ。

 

「エクラ、どうするのかしら?」

 

エクラはこのチームのリーダーである。チーム内の意見対立をまとめるのはリーダーの役目であるのは、自明の理だ。

 

エクラは考える。

 

レーギャルンの話は正しい。反論の余地はないだろう。

 

しかし、そもそも、自分たちがこの地に訪れた目的を意識しなければならない。今自分たちはこの世界がどんな世界なのかを見極め、ナーガの言う鎖とは何かを探しだし、対処するために何を成さなければいけないのかを考えなければならない。

 

自分達には、目的を成し遂げるための情報が絶対的に足りていない。

 

そんな自分たちに、この世界のエイリークらしき戦士が、わざわざ戦いの中でフィヨルムに南に向かえと言った。それはつまり、罠でもなんでも、南には何かがある。

 

情報を必要としている今の自分達には、危険を踏み抜いてでも、この世界について知ることが何より大切。将来、自分たちを生かし、目的を達成するために。

 

「南には行こう。きっと何かがあるんだ」

 

「本気、貴方、相手の誘いにわざわざ乗るの?」

 

「でも、何もなければ相手もそんなことは言わないはずだ。フィヨルムに防いでもらった魔法も、ゼト将軍が号令をして放ったものだと分かった。自分たちが標的になったとなれば、そのままルネスに赴くのは危険だ。ルネスの状況はまだ判断材料に欠けるけれど、一度この国を離れた方がいい。なら、何か収穫がある南の方が、まだ光明が見えそうだ」

 

「そう。それなら反対はしない。でもまっすぐ行くのはだめね」

 

「うん。迂回しながら、追手がいるかどうかの様子を見ていこう」

 

地図を開く。

 

ルネス王国の南、そこにはグラド帝国が広がっている。正史世界の伝説では、マギ・ヴァル大陸に戦乱をもたらした元凶となった国。向かうのには一抹の不安が残る。

 

しかし、南と言うことは、グラドに行けと言うことなのだろう。

 

ならば迷っている時間ももったいない。

 

「エクラさん。ありがとうございます」

 

フィヨルムのお礼に、エクラは笑みを浮かべながら頷いた。

 

「気にしないで。行こう。まだ探索は始まったばかりだ」

 

3人は徒歩で南へと動き始める。

 

 

 

そのはるか後方、しかし、着実に、彼らを追う姿が会ったのだが、未だそれに3人は気づかないままだった。

 




次回 1章 2節 『南へ』-1

明後日投稿予定


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1章 2節 『南へ』-2

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

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ネームレスは非常に呆れていた。

 

「あ、あの……その、師匠に稽古をつけてもらう予約をしようと思って」

 

「……お前、だからと言ってなぜあの部屋まで追いかけてくる。言ったはずだ。飛空城の上層部は危険だから入るなと。ルフィア、お前、これからどうする気だ」

 

「……ごめんなさい」

 

「……はあ」

 

怒っていたわけではない、ネームレスも遥か昔、このような無茶を何度もして、そのたびに、当時の相棒だった剣士と、親友に何度も助けられていた。

 

故に、今、彼らの代わりに、新たな世代の無茶を諫める役と言うのはやぶさかではない。しかし状況が状況だ。さすがに師匠として、未熟な弟子を戦場へ連れてきてしまったのは、たとえ自分が望まなかったことだとしても、ひどい失態である。

 

なにより、弟子に何かあってはならないことが起こるのは、師匠としてネームレスが最も恐れることだ。

 

「あの……」

 

ミルラが口を開く。

 

「私も、守ります」

 

頼もしい申し出は非常にありがたいことだったが、彼女は竜人族であり戦うときは竜に変身する。強力な反面、それは非情に目立つので、ネームレスとしては最終手段にとどめておきたいところだった。

 

「申し出感謝する。だが、俺が良いというまでは変身はなしで頼む。目立つからな。あと翼を隠して髪型も変えてほしい。しばらくはルフィアの相手になってやってくれ」

 

ネームレスの申し出に頷き、ミルラは快く了承する。

 

「師匠……」

 

「いいか。絶対に無茶はするな。平時であれば稽古をつけてやるが、お前は絶対に戦場では戦うな。それが俺についてくる条件だ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「……まあ戦場を2回は経験させる予定だった。その1回目と思うことする。俺から離れるな。悪いが宿の部屋も同じにする。お前を守らなければならない」

 

「私に何か」

 

「何も言うな。俺もお前に死なれては目覚めが悪すぎる。どんなことも反論は許さんし、勝手な行動も許さん、いいな」

 

「……はい」

 

ネームレスは歩き出す。

 

 

彼らの人数が少ない代わりに強力な2名を選んだのは、闇の樹海と呼ばれる地の捜索だった。

 

竜人族が守り、魔物との縁が深いこの地であれば、何かエフラムがあのような状態となっているヒントが得られるかもしれないという、エクラの考え乗ったのだ。

 

「……久しぶりの挑戦者気分とは。俺も浮かれているな、気を引き締めなければ」

 

その手にはどこから現れたのか、守りの薙刀が握られていた。

 

 

 

ルキナとマリカとレーヴァテインはジャハナに来ていた。

 

広大な砂漠が広がるこの王国は、傭兵を多く輩出する国で有名である。

 

ヨシュアが殺された原因を調査することが必要だ。

 

しかし、本人を呼ぶと、さすがに大ごとになってしまうためそれはためらわれたものの、ジャハナのことを少しは知っている人間に動向を願い出たかった。

 

故に適役はマリカとなり、いま行動を共にしている。

 

しかし、マリカは先ほどから妙に不機嫌だ。

 

「あの、私と一緒は嫌ですか」

 

ルキナが尋ねると、それはないと分かりやすく首を横に振る。

 

「なんか、違う」

 

「違う?」

 

「私の知っているところじゃないような」

 

現状まだ敵の襲撃は受けていない者の、嫌な予感に見舞われる。

 

(この先に何かあるのでしょうか……?)

 

ルキナは一抹の不安を感じつつ、ジャハナの王宮を目指す。

 

 

 

各チーム探索の初日は、目立った成果をあげられずに終了した。

 




1章 2節 『南へ』-3

8月9日投稿予定、少し空きます。


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1章 2節 『南へ』-3 

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

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ルネス王国王城。

 

見目はかつてと何も変わっていないその城は、かつて違いただ冷たい空気が流れていた。

 

そして玉座に座っているのは既に、かつての王ではない。

 

「……戻ったか」

 

「はい。ただいま戻りました」

 

「俺はお前に出撃を命じた覚えはないぞ、エイリーク」

 

その男は、今の変わってしまったルネスを象徴する男だと言える。

 

「兄上。民を傷つける行為を、私は他の者には任せられません」

 

「心が痛むのはお前とて同じことだろう?」

 

「でも……私が背負えば、その分不幸な人はいません。私は兄上の妹として、このルネスの王たるあなたに私は逆らいません。ですがその中で可能な限りの悲しみを肩代わりするのは、私にとって国よりも大事な、王族としての使命です。殺すのは私と、私に従ってくれる近衛騎士だけでいい」

 

「……解せないな」

 

いつしか怪しい魔力を身に宿すようになった兄、今もその妖しい気配がにじみ出ている。

 

「お前は何故、人を救おうとする」

 

「何の話でしょうか。私はこの神器、ジークリンデを使い、敵を殺しつくしています。兄上の仰せのままに」

 

「違う。お前は何かを隠している。善良なお前のことだ。おそらく、敵に慈悲を賭けている。街に現れたヴァイスブレイヴの連中を逃がしたのも、お前が俺に隠れひそかに何かを企んでいる証だ」

 

「彼らには逃げられました。お気に召さないのならば、この首を差し出して謝罪します」

 

「必要ない。お前には生きていてもらうつもりだからだ。俺を見届ける役を果たしてもらう。俺の願いは果たされるその時まで」

 

「……」

 

「気に食わない、という顔だな?」

 

「私にはわかりません。兄上。だから私は、納得のいくまで何度も同じ質問をします! どうして邪魔なのですか。ルネス以外の国が。そこに住まう人々が。なぜ兄上には気にいらないのですか?」

 

「気にいらないわけじゃない。だが、必要な犠牲だ。俺は絶対者にならなければならない。そのためには、他の勢力は完全に潰さなければならない」

 

「兄上のどんな理想のために必要な犠牲なのですか! 私は、それさえ教えてくれたら!」

 

「無理だ。お前は俺を理解してはいけない。俺は、お前だけは失いたくない。お前は俺の手の中で、すべてが終わるのを待てばいい。今でもそう思っている」

 

「ゼトを監視につけているのも、それが理由ですか」

 

「そうだ。お前に何かあれば俺は怒りのまますべてを滅ぼすことになる。それは、避けたい。父は戦わずして愚かだったが俺は違う。俺はルネスを継ぎ、すべてを平和にする。そのために、可能な限り、合理的、平和的にこの戦争に勝利する」

 

「人々を殺して得る平和など……」

 

「もういい。部屋に戻れ、エイリーク。お前はそのまま、優しくあればいい。……いいか、すべてが終わるまで、決して顔を晒すな。民たちの前では、決して」

 

「……なぜですか」

 

「必要なことだからだ」

 

ある時を境に何も本心を晒してくれないまま、侵略戦争を肯定し続け、人々の命を尊ばなくなった兄。

 

「兄上……!」

 

「……俺も何度もお前に言う。今は耐えろ。何も納得できなくても、今生きる人々が苦しみを得ようとも、すべては未来のためだ。俺は悩まない。説得もされない。すべてが終わるまでな」

 

エイリークは怒りを露わにしながらも背を向けて、自分の部屋に歩き出す。

 

謁見の間を後にしたところで、またエイリークは後悔するのだ。どうしてあそこで兄にもっと挑まなかったのだろうかと。

 

無理だ。一人では怖い。エイリークそう思った。

 

エフラムの近くには強力な光魔法を操る司祭がいる。今は兄の従者として兄に仕えている。その男がエフラムへの反逆を許すはずもない。

 

そしてなにより、今のエフラムは人ではない。そんな予感は、エフラムを知る誰もが思っていた。悪霊に憑かれている。そう思いでもしなければ、この数年の変貌を説明できない。

 

そんな化け物相手に、1人で立ち向かう勇気はなかった。

 

正直、兄に怯えに近い感情を持っている。それは否定できない。

 

数か月前、エフラムはジャハナの王宮を、その神器の真の力を解放した一撃をもって完全に消し去った。

 

あの光景が今でも頭から離れない。

 

「エイリーク様」

 

騎士の一人フランツが心配そうな顔でエイリークをのぞき込む。

 

「また、あのエフラム様と……?」

 

エイリークは静かに頷く。

 

「……いったい、どうしてしまったのでしょうね。ルネスは」

 

「ごめんなさい。あなただって」

 

「気にしないでください。兄は騎士ですから。エフラム様を信じて今も戦場にいます。兄は何も変わっていません。騎士として国に仕える宣誓をしたあの日から、この命はルネス王国のためにある」

 

エイリークにはその言葉が痛かった。事実で頼りになるはずの言葉であるのだが、それがどうしようもなく不憫に思えた。

 

しかし他人ごとではない。エイリークもまた王族。最後まで国と共に在らなければならない存在。

 

そう。本当は、兄に叛逆しようなどと考えてはならない。王族としてならそれが正しいことで、今のエイリークには何の落ち度もない。

 

「エイリーク様。先日の出撃から働きすぎです。今はお休みください。無茶はいけません。国のために出撃するのは騎士です。あなたでは

 

しかしエイリークは、自分が情けなかった。

 

自分が正しいと思うことをしようともせず、逆に国を信じようともせず、ただ何もできないままうずくまっている

 

なんて非力なのだろうと、エイリークは思った。

 

「そういえば、ゼト将軍が戻っていませんね。いつもはエイリーク様の近くにいるのに」

 

「え……?」

 

嫌な予感がした。

 

まさか、まだ追撃を続けているということか。

 

自分が微かな願いを持って、西へと逃がしたあの不思議な人たちを追っている。

 

理由は明白だ、兄の命令通り、殺すため。

 

(どうか、無事で……!)

 

神器に対抗できる力を持ったあの人たちだけでも、自分の代わりに、この世界にとって正しいことを親友と成してほしい。

 

そう願うことしか、エイリークにできることはない。

 




1章 2節 『南へ』-4

別の連載をしばらくゆうせんするため、少し空きます。
8月15日更新


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1章 2節 『南へ』-4 

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
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「とりあえず、今日はここで宿を取ろう」

 

南へ南下する途中、休息をとるのと情報収集及び備品の整理のために、街を経由することとなった。

 

グラドとルネスの国境に位置するセレフィユの街。2つを結び、二国の友好を象徴とする街の1つだった。

 

以前訪れた人里は既に戦火の中だったが、この街には目立った傷はない。

 

しかし、どうも静かだった。

 

「街の人々はいないのでしょうか?」

 

フィヨルムが2,3件建物を見て回るが、中を覗き込んでも住民らしき人物には出会えない。

 

エクラが嫌な予感を抱く。

 

「エクラ。もしかしてここ、無人?」

 

「……みたいだね。仕方ないから、どこか1つ家を貸してもらおうか。無断になっちゃうけど、こっちも休める場所が必要だし」

 

エクラが近くにあった家を訪ねようとする。

 

その時、

 

「何者だ、貴様ら!」

 

赤い重装を身に纏った兵士らしき男が話しかけてきた。

 

「盗賊か、勝手に人様の家に忍び込もうとは、グラド帝国騎士の名において貴様らを処分する!」

 

なんとこちらの言い分無しで、勝手に処分を始めようとしている。

 

さすがにそんな理由で殺されるのは理不尽にもほどがある。エクラは説得を試みる。

 

「あの、僕ら旅の者で」

 

「盗賊はみんなそう言うんだよ。言い訳はあの世でしてもらおうか」

 

聞く気なし。まいった。エクラは頭を抱えざるを得ない。

 

「……でも、不思議よね。これじゃあ、本当に誰もいない。これじゃ者も盗みほうだい」

 

武器を取り出しながらという全く親高に終わらせるつもりのない行動にでたレーギャルンだったが、一方で彼女が選んだ言葉には、何とかしてこの男から何かを聞けないかと気を使っているようにも聞こえる。

 

そして相手は単純な奴なのだろう。

 

「ここの街の人間は既に3日前にグラドに避難を終えている。これからこの街も戦場になるだろうからな」

 

「なぜ?」

 

「お前ら盗賊は社会に無頓着だから知らないだろうが、ルネス王国がいよいよグラドとの全面戦争を始めるかもという状況だ。何かきっかけのひとつでもあればすぐに始まる」

 

「へえ、それで。ありがとう」

 

「さあ、こっちに――」

 

言うまでもないが、レーギャルンは強い。それはムスペルとの戦いのときからはっきりとしていることだ。

 

英雄や一部の将軍を除いて、レーギャルンの敵はいない。

 

たった数秒でそこには気を失っている兵士が一人、という状況も決して不自然ではないのだ。

 

レーギャルンは全く悪びれもしない。通常運転だった。

 

「もうすぐ戦場になるのね……どうしようかしら。もしかすると今日って可能性も否定できない。戦いに巻き込まれる可能性もある」

 

しかし、今朝の出発から休憩なしでここまで来ている。戦時中で野宿はいただけない。大人数であれば見張りを1人用意すればいいが、3人では見張りを用意している余裕もない。少なくとも数時間の睡眠は全員に必要だ。

 

エクラは考える。

 

やはり一番問題すべきなのでは自分達への追手の有無。追手が来れば戦争開始の種火になることは間違いなし。しかし、確認する方法はない――。

 

「いや……」

 

そうでもないかもしれないとエクラは思う。フェーは3日に1回、自分たちの元へと飛んでくることになっている。そして、行動初日は自分達のところに来る予定だ。そこでフェーに上空から追手の有無を確認してもらうという手は使える。

 

「危ないけれど……これしかないな」

 

居れば即座に出発、いなければ休憩できる。幸い定刻までもうすぐなので、それまではこの街で、待機で良いだろう。

 

2人にもその旨を伝えて、同意をもらい、とりあえず体を休めるため宿屋らしきところを無断ではあるが使わせてもらうことにした。

 

宿は体を休めること以外はできなさそうなシンプルなつくりだったが、今のエクラたちにはそれだけでも十分だった。

 

エクラは特に戦いの後である2人にはしっかり休んでほしいと願っていた。

 

しかし、ここは敵地。残念ながらそううまくはいかない。

 

外が騒がしいと気が付いたのは、残念ながらフェーが到着する前だった。

 

「全員位置につけ!」

 

宿の外をエクラが見ると、先ほど気絶させた兵士と同じ色の鎧を着た兵士が数多く街を駆けまわっている。

 

「ルネス軍が来る!」

 

「なんだって、こんな夜中に」

 

「誰かを追ってたという話だったが」

 

「今は関係ない! とりあえずこの街を拠点とされるわけにはいかない。グラド帝国の威信にかけて、絶対に敵軍を殲滅するぞ!」

 

エクラが気になったのは、『誰かを追っていた』という兵士の証言だった。

 

追われていたのは自分達。そして追ってきたのは、間違いなく先に戦闘をしたルネス軍。

 

(追って来ていたのか)

 

レーギャルンの使役する竜は、自分たちを乗せてすさまじい速度で離脱をしてくれたため、あわよくば振り切れたかとエクラは思ったがそんなことはなかった。

 

「仕方ない……」

 

迎撃となれば自分達だけでは心許ない。

 

ヨシュアを呼び戻すことにした。神器を片手に、宿の中でも広い入り口のところで。

 

しかし、その入り口でまたも問題が発生する。

 

宿に侵入者が来た。

 

「……お前たち、何をしている」

 

ものすごい怖い顔でエクラは睨まれた。そのせいか、

 

「あ、えーと、ちょっとここを宿にさせてもらってて、旅の者なんですけど、その、あの、えーと、なんかこの街誰もいなくて、疲れれたから少し休ませてもらってて、ああ、もちろんお金は」

 

焦ったエクラは歴戦の軍師とは思えないような慌てぶり。今自分を守ってくれる戦士は誰もいないので、仕方ないと言えば仕方ないが。

 

しかし、ここに現れた威厳ある年の重ね方をした見目の戦士は、しばらくエクラを見ると、

 

「む、陛下のおっしゃる通りの身なり、予言が正しかったとでもいうのか……?」

 

と意味深なことを呟いた後、

 

「ここは危険だ。後にグラドへとお前達を送り届ける。それまで、ここから出るな」

 

とだけ言うと、外へと戻っていった。

 

何とか話が通じたかと、一安心するが、よく考えると、敵側が建物内を襲撃しに来ることは十分予測の範囲内だと気づく。

 

「……申し訳ないけど二人を起こしに行くか」

 

ヨシュアを呼び戻した後、エクラは二人を起こしに行くことに決めた。

 




1章 3節 『セレフィユ防衛戦』-1

仕事が思ったより忙しいぞ……書く時間と体力が……ない。
次回は25日に投稿と言うことにさせてください。

by femania


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1章 3節 『セレフィユ防衛戦』-1

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!



ここから出るな。

 

先ほどの老兵から述べられた警告があったものの、何もせずに待っているということはできない。

 

フィヨルムとレーギャルンは再び戦闘準備をしている一方で、戻っていたヨシュアがエクラの待機の時間を減らそうと気を使ったのか昔話を始める。

 

「セレフィユか。懐かしいな」

 

「何かあったの」

 

「ああ、正史世界での話になるが、この街ではいろんな奴と出会った。……ああ、前はグラド帝国が脱走者のシスターを追ってきたんだったか。俺はそいつと賭けをして、向こうが勝ったから助けてやった」

 

「向こうが負けてたら?」

 

「殺してたな。当時は傭兵でね、金を稼ぐ身だったし、人を殺すのにも慣れてたから、容赦なく任務を遂行しただろうな。もっとも、あの時負けておいて正解だった。賭け毛で勝ち馬に乗れたし、国に戻るきっかけもできた。今にして思えば、悪くなかったのかもな」

 

「そんなことが……」

 

「さて、エクラ。そろそろ敵も来たみたいだ。とりあえず俺達がすることは、この寝床を守ることだな?」

 

エクラは頷く。

 

「よし、了解した。さっきはエイ……向こう側の将軍と賭けをしてたから。今度は真面目に戦うとしよう」

 

そう言うと、ヨシュアは外へと出る。

 

「え、なんで」

 

「俺は剣なんでな、ここに近づいてくる奴を斬り捨てるくらいしかできない。俺を気にする必要はない。お前は、二人のお姫様をサポートしてやれ、ただでさえ、お前は戦えないんだからな」

 

アウドムラを片手に外へと躊躇なく飛び出していくヨシュア。

 

ああは言っていたものの、エクラはただ隠れているつもりはない。2階へと移動し、見晴らしの良い場所で。戦況を見極めるつもりだった。

 

しかし、さすがに護衛が無しなのは心許ないので、

 

「フィヨルム、護衛お願い……しますぅ」

 

フィヨルムに自分の身を守るよう願い出るのだった。結果、エクラとフィヨルムは2階から外の様子を見つつ戦況を確認する役、レーギャルンは宿屋に侵入してきた敵の撃撃、ヨシュアは外での迎撃と言う形に落ち着いた。

 

 

街一杯にグラドの兵士が広がるのは戦いが始まる前兆というべきか。

 

「ふぇー!」

 

そしてタイミング悪くここにきてしまった、3チームの相談役であるフェーに、外の様子を逐次伝えるよう懇願し、エクラは自分の見えないところの戦況を報告してもらう。

 

「街に多くの兵隊さんが近づいていますぅ……」

 

「敵将は?」

 

「ふぇー、その……ゼトさんのように見受けられまたぁ」

 

「何か言ってた?」

 

「ゼトさんは言っていませんでしたが、兵士さんは皆さんを探してるようで、見つけたら殺せと……」

 

「兵の種類は?」

 

「騎馬隊が中心になっていますぅ」

 

「弓は、飛行兵は、魔法兵は?」

 

「ペガサスさんやドラゴンさんはいないようでしたが、すみません、細かいことはぁ」

 

「分かった、ありがとう、引き続き上から情報を頼む」

 

「了解しました」

 

再び上空へと飛んでいくフクロウを見届け、エクラは街の入り口の方を見る。

 

「エクラさん。弓と魔法は任せてください」

 

「頼む。飛行兵がいないのだけが救いだったね。ここに一斉に来られたらおしまいだった」

セレフィユの街は高い壁に覆われていて、街の外の様子はここからでは見づらいという事情がある、フェーという偵察役は大きな意味を成すだろう。

 

下ではグラド帝国の兵士が動き始めている。すでに完全武装で、全員から緊張感が伝わってきていた。

 

「敵襲! 敵襲!」

 

そして宿屋に近くに陣取る兵士たちに、巡回兵が将軍の命令を伝える。

 

「侵入確認! 侵入確認! 敵はルネス、ソシアルナイトとパラディンを主体とする機動兵団! 敵将ゼト。全員、専守防衛! 敵の兵力を低下させるまで、損傷を押さえて撃撃せよ! 戦闘準備!」

 

巡回兵の指示に大きな威勢の良い声で返事をしたグラド軍が全員武器を構える。

 

爆発。連続する激しい金属音が聞こえてきた。

 

セレフィユでの戦いは、今始まったのだ。

 

 




1章 3節 『セレフィユ防衛戦』-2

次回はまた他の連載を優先するので、少し遅れます。


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1章 3節 『セレフィユ防衛戦』-2

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!



――混沌渦巻くマギ・ヴァルの大地で、戦いは苛烈を極めていた。未だ目的が判明しないルネス王国。その騎士団長であるゼトの追跡を受け、セレフィユの街へと身を隠した。しかし、かの騎士団長の追撃をまくことは叶わず、望まない形でセレフィユの街は戦場となる。エクラたちは、ルネス最強と呼ばれるゼトの黒騎馬兵団の襲撃の中を生き残れるか――

 

「侵入されました!」

 

「各位! 持ち場を守れ! 専守防衛! デュッセル将軍とその遊撃軍が持ち場を巡り各個撃破に向かう。それまで耐えろ! 作戦通りに動け!」

 

この戦いで成すべきことは2つのうちどちらか。

 

ルネス騎馬兵団に勝利するか、自分たちが戦場の混乱に乗じてここから去る事。

 

去る場合はグラド兵を見捨てることになる。

 

しかし、エクラは、それはだめではないかと、なんの根拠もない予想をする。

 

先ほどここから出ないようにと宣言した老兵は、どうも自分たちには敵意がないように思えた。戦いが終われば情報を聞き出せるかもしれない。

 

今は終末世界の情報が少しでも多く欲しい。老兵に話を聞くことができれば、この世界の今の状況が判明したり、これからの自分達の指針が固まったりする可能性もある。逆に逃げ出せば命は保証されるが行く当てもなく彷徨うだけだ。

 

もとより命を賭ける覚悟はできている。

 

エクラは宿の二階から攻めてくる人々を見る。

 

一瞬でも姿が映れば相手がどれくらいの強さなのかを把握できるのが、エクラの戦いに役立つ唯一の特技だ。

 

(相手は騎馬兵が中心。弓持ちか。……ロングボウ?)

 

聞いたことのない弓の名前だったが、形状とその特性を見極められるのもエクラの力だ。

 

(射程3で遠距離反撃無効……そんなバカみたいな弓を普通の兵士が持っているのか……!)

 

フィヨルムのレイプトは遠距離反撃を有するが、恐らくその弓は遠距離というより狙撃に適した弓なのだろう。近距離用の銀の弓を持っているのがその証拠だと考える。

 

「来たぞ!」

 

街を黒の馬が駆ける。

 

ルネス騎馬兵団の1小隊が宿屋へと近づいてくる。

 

外をヨシュアが守っているはずだが、宿の周りにはアーマーナイトを主体とする守備兵が迎え撃った。

 

「放て!」

 

前方を走る騎馬弓部隊が狙撃を開始、ロングボウの遠距離射撃を始める。しかし、分厚い鎧を守ったアーマー部隊に弓による攻撃はほとんど意味を成さない。

 

「まずい……!」

 

エクラはその射撃の意味を理解する。

 

ボウナイトは前方の3割。残りがマージナイトで構成されている。マージナイトは魔法を使える騎馬兵の総称。

 

「放て!」

 

マージナイトはアーマーナイトに炎の球を撃ちだすと同時にセレフィユの街の建物に攻撃を始める。その調子で宿まで近づかれてら自分達にも被害が及ぶことになるだろう。

 

さらに懸念を持つべきはアーマーナイトの弱点である魔防の低さ。威力がほとんどない魔法であっても、マージナイトのもつ魔力と魔防の低さの相乗効果で、宿を守っている一団は大被害を被るだろう。全滅もありうる。

 

マージナイトが持っているのはエルファイアー。もはやアーマーナイト達に助かる道はない。そうなれば自分たちは孤立し、迫る騎馬兵たちをたった3人で相手にしなければならなくなる可能性がある。

 

「フィヨルム」

 

「はい?」

 

「このままだとあの人たちが全滅する」

 

「助けにいきますか?」

 

「ああ。このまま隠れてもあぶりだされる可能氏が高い。やむを得ないけれど、外に出て、目の前のグラド兵と協力する。まずは迫ってくる敵を何とかしよう。レーギャルンにも伝えに行くから、フィヨルムは先に外へ」

 

「分かりました」

 

神器の能力なのか、2階から飛び降りても特にたいしたことのないフィヨルム。エクラはそれを確認し、1階で待機中のレーギャルンを目指し走り出す。

 

「ああ、いけません!」

 

戦場に到着し、前に出ようとするところを、アーマーナイトながら女性であるグラドの兵士に話かけられる。顔も鎧で隠れているため、良く見えない。

 

「皆様の命は将軍よりお守りするよう仰せ使っています。どうか我々の後ろに!」

 

しかし、

 

「それでは、私の気がすみません。皆様のお手伝いをさせてください」

 

彼女の話をやんわりと断り、フィヨルムは前に出た。

 

「レイプトよ、応えて……!」

 

放たれた魔法を前に、レイプトの力を解放する。

 

氷の聖鏡。フィヨルムが得意とする対遠距離用の防御盾を展開する奥義。そして受けた力や魔力の一部分を自身の力に変える。

 

エルファイアーの氷の鑑で受けるフィヨルム。完全に防げるわけではないため、徐々にその顔が曇るが、魔法を受けきった後、フィヨルムはレイプトの矛先を相手へと向ける。

 

刃は白く輝き、冷気を纏ったレーザーが射出された。

 

その攻撃は魔力を帯び、相手の戦闘の騎馬に直撃。炸裂する。瞬間、戦場の気温を数度下げることとなる。

 

魔力の拡散と冷気により、霧のような煙が発生する中、アーマーナイトの後ろから飛び出す一つの影。氷剣を持ったヨシュアだった

 

霧が晴れた瞬間に、その男は騎馬兵に肉薄していた。

 

「恨むなよ……?」

 

神器である剣をもって、馬の足を止めてしまった兵団の中に入ると、次々に馬の脚と兵士の脚を斬り裂いていく。

 

一定時間の間におよそ半分のルネス騎士を行動不能に陥らせる。

 

「ヨシュアさん!」

 

「なんだ?」

 

呼ばれ、一瞬、アーマーナイトのグラド兵1隊の動きを見て、ヨシュアはその場を離れる。

 

直後、やや接近したアーマーナイトの兵隊による手槍の投擲が行われる。十分な重さを持つその攻撃を受け、マージナイトの数を4割減らすことに成功した。

 

「距離を取れ! 体勢を立て直す!」

 

一番後ろで指揮をしているルネス騎士の号令により、魔法での牽制をしつつ後退を始めた。

 

しかし、空から退路を塞ぐ影が。

 

「な……」

 

「間に合った」

 

竜に乗っていた女性と、その裏のフードを被った存在。見慣れない武器のようなものを取り出すと、フィヨルムに向けて撃ち放つ。

 

フィヨルムはそれを迷いなく受けた。それは特効薬の効果を封入した魔力弾。フィヨルムが受けていただろうダメージはみるみる回復していく。

 

「エクラさん。ありがとうございます」

 

レーギャルンが再び騎竜し、武器を構える。

 

「エクラ、皆殺しでいいのね? 完全にルネスを敵に回すことになるけど」

 

「自衛のためってことで」

 

「分かったわ」

 

ルネス騎馬兵団を完全に挟んだ形になった。

 

ここまではエクラの読み通りである。さすがという顔をするヨシュアだったが、直後、挟撃の状態にしているルネスの騎馬兵と真逆の方をむく。

 

「召喚士、そううまくはいかないようだ。そっちを任せるぞ」

 

ヨシュアは反対側を向く。

 

その先から新たなルネス騎馬兵団。そしてその先頭にはヨシュアが見覚えのある顔を発見する。

 

「あれはエフラムの従者の……カイルか?」

 

禍々しい黒を纏う馬に乗ったその男は、後ろの騎馬兵に言う。

 

「全員、突撃!」

 

グラド兵のアーマーナイト一団が挟まれた形に早変わりした戦場は、混沌の様相を見せることとなる。

 




次回 1章 3節 『セレフィユ防衛戦』-3

今日からすこしずつ再開していきます。



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1章 3節 『セレフィユ防衛戦』-3

ヨシュアはたった1人、新たに現れたルネス援軍に向かっていく。

 

「無茶です!」

 

「まあ、そう言うな。姫さん。お前はエクラと一緒に挟撃した奴を始末しておけ」

 

フィヨルムの制止も聞かずにヨシュアは剣を構え突撃した。

 

相手方はたった一人飛び出してくるこの状況に、なんの躊躇もなく向かってくる。本来であれば罠や相手方の作戦を疑ってもいい状況であるはずなのに。

 

「おおおおおお!」

 

威勢よく突き出される黒騎馬兵の槍の刺突数十本を軽々躱しながら、卓越した剣技で敵型の息の根を止めていく。

 

「傭兵時代を思い出すな……」

 

そんな独り言を言いながら剣を振るうヨシュア。フィヨルムは改めて召喚される英雄の力を思い知る。

 

召喚された英雄は、全員が人離れした戦闘技術を持っている。その事実は知っているし、エクラと共にスルトと戦っていたことも見ていたはずだ。

 

しかし、当時は自分にも余裕がなかった。故に視界が広くなかったのかもしれない。フィヨルムは改めてそう思う。

 

たった1人の剣士に一隊は翻弄され、徐々にその数を減らしていく。

 

これ以上の混戦は不利と考えたのか、一隊長と思われる一騎の騎馬兵が残りその部下は撤退し始める。

 

「ヨシュア殿。我が王を裏切るおつもりか」

 

「俺がいつあいつの手下になったって?」

 

「何?」

 

「戦争を起こす側の国に加担する理由はねえな」

 

「エフラム様に命を見逃された恩を忘れるとは……そうか、ならば」

 

何の話か首を傾げるヨシュアに、一隊長と思われる男はヨシュアに襲い掛かる。

 

図らずも決闘の様相を見せる状況。

 

ヨシュアもそれに乗り、氷の剣を持って向かっていく。

 

騎兵と歩兵、当然馬に轢かれても、槍に貫かれてもヨシュアはアウトだ。対して、ヨシュアは馬を止めたうえでその一隊長と戦わなければならない。

 

状況は圧倒的に不利にも関わらず、ヨシュアに恐れている様子はない。

 

二人は接近し、遂に武器を交え始めた。

 

繰り出される槍の攻撃をわざわざ紙一重のところで躱すのは、相手の隙を狙ってのことだったが、その程度は相手も見越しているようで、一撃を見舞うとすぐに離脱する。

 

そして再び反転し、攻撃を再開した。

 

黒い槍を軽々と振るうその姿は歴戦の騎士であることを否応にも、見る者に思い知らせる。

 

「……どうも違和感がぬぐえないな」

 

しかし、ヨシュアもそれを躱し続け、全くの無傷だった。

 

もはや言葉はいらないと、黙って猛攻を続ける一隊長。その目には明らかな殺意が籠っている。

 

馬の推進力を利用した強力な攻撃を躱し、ようやく訪れた隙。ヨシュアは神器の剣を容赦なく足に叩き込む。

 

「……な」

 

堅い。傷は入れたものの、馬を崩すには至らなかった。

 

さすがに神器で馬の脚を斬れないのは予想外だったため、仕切り直しを図り距離を取ろうとした。

 

次の瞬間だった。

 

騎兵は手に魔導書を持つと、そのまま5つの炎を発生させ、すべてをヨシュアへと放つ。

 

「な……!」

 

さすがにこれは予想外だったのか、驚きの声を上げるヨシュア。炎はそのまま直撃したものの、神器の剣によりすべてを斬り裂き、事なきを得る。

 

「お前、魔法を……!」

 

「防がれたか……」

 

今まで余裕の表情を浮かべていたヨシュアの顔は険しく変化する。

 

「本当に、終末世界ってのは……厄介なところだ」

 

再びヨシュアは目の前の一隊長に向かい合う。

 

「カイル、魔法なんて使えたのか」

 

「……エフラム様に分け賜った力だ」

 

「ほう? お前に魔法を使わせるエフラムね……想像ができない分。興味深い」

 

その時、ヨシュアの隣にエクラが立った。

 

エクラは特効薬をヨシュアに使おうとしたが、

 

「いいって、それより、後ろの連中は片付いたのか?」

 

「ああ。レーギャルン王女はさすがだよ」

 

「そうか。これで心置きなく、神器持ちで畳みかけられるってもんだ」

 

既に、最初に襲撃をしてきたルネス兵は全滅し、この場の残りはカイルが連れてきた一団だけになった。

 

「……分が悪いか。一度他の兵団と合流する」

 

カイルは早々に今の状況を判断すると、引き返す。グラド兵はそれを追おうとしたが、

 

「だめだ。ここはいったんこちらも休憩と作戦の練り直しをしよう」

 

エクラの声が響き、グラド兵も立ち止まる。

 

「お見事でした。エクラ殿。勝手に指揮されたときは驚きましたが、貴方の指示は的確で素早い。この一団を任されているものとして精進せねばと思いましたよ」

 

エクラに話しかけるのは、グラドのアーマーナイト兵団を指揮していた一団長。

 

頭の鎧を外し、改めての挨拶をしてくる。

 

「グラド帝国軍、セレフィユ国境守備隊隊長ザールと申します。この度は帝国のデュッセル将軍の命の元、皆様をお守りするため、宿の前に陣を張らせていただきました」

 

「どうも……、こちらこそ、その、勝手に指揮をしてすみません。ついいつもの癖で」

 

「いえ、将軍より、皆様が戦場に立つ場合は、指揮官の力を測っておくようにと言われておりましたので。将軍より帝国の客将と聞いておりましたが、これほどとは。さぞ、リオン様も新たな戦力増強にお喜びになることでしょう」

 

エクラが手を差し出し、握手を要求した。

 

「では、その。できればあの将軍とお話がしたいのです。この戦いをお手伝いすればその機会もあるかと思いまして。どうか皆さんの力を貸してはいただけませんか?」

 

エクラには、なぜ自分たちがそれほど特別扱いされているのか、なぜ勝手に帝国の客将にされているのかなど、いろいろと聞きたいことがあったが、今は何も言わず状況の打破に集中することにする。

 

この戦いを生き残り、何か知っているだろう口ぶりだったあの老兵、これまでの話から推察するに将軍であるその存在にまた会うために。

 

「では、そのように。ではどちらに向かいましょう」

 

「ルネス軍を撤退させるにはどうすれば?」

 

「デュッセル将軍が敵将と向かい合っているはずです。敵将に痛手を与えればよいかと」

 

「それを手伝います」

 

「では、雑兵は我々にお任せください。なんなりと指揮を」

 

ヨシュアは目の前で強かに話を進めるエクラを見て、さすがだな、と笑みを浮かべていた。

 




次回 1章 3節 『セレフィユ防衛戦』-4


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1章 3節 『セレフィユ防衛戦』-4

しばらく失踪してすみません。

私事が忙しすぎて、過労で倒れるのも嫌だったので、しばらくこれを封印していました。

またローペースでも再開していきたいと思います。

by femania



 

将軍同士の一騎打ちが行われている。というよりも繰り広げられている戦いのレベルが高く、他の兵士がついていけないというのが現実だ。

 

一方はゼト、見たことのない黒の槍を片手老兵に怒涛の攻めを行う。対し、もう片方は宿から出ないようにエクラたちに警告した老兵だった。

 

その老兵こそ、ただの腕のいい兵ではなく、グラド帝国、デュッセルだった。

 

その戦いぶりは本当に、先ほどの老兵とは思えないほどで、大盾を片手に、相手の槍戟を防ぎつつ、己の槍で的確に相手を狙う。

 

騎馬に乗りつつの攻防はほぼ互角。このままでは勝負がつかないと考えたゼトは手に取った魔槍の力を解放する。

 

「ぬ……!」

 

「覚悟」

 

明らかに盾で防いでは危険な一撃が来る。そう思った将軍は馬を急停止させ、相手の出方をうかがう。

 

ゼトの持つ槍から一撃。大気を斬り裂く魔力の棘が放たれた。デュッセルは馬から飛び降りることでそれを何とか躱す。馬も示し合わせたかのように、将軍の落下後すぐに走り出し、己が貫かれる運命から脱出する。

 

(……!)

 

さすがに今の意表を突いた攻撃を全く無傷で切り抜けられるとは思っていなかったようだ。予想外の展開に思考を一時停止させられたゼトに、デュッセルは向かう。

 

しかし、黒騎士兵団の将の思考の切り替えは早く、すぐに反撃へと転じようとするが、それを見かねたデュッセルが、何かを感づいたのか接近をやめ再び警戒する。

 

激闘の最中、多くの敵部隊を切り抜けてきたエクラたちは、ようやくそこに到着し援護のため加勢しようとする。

 

「……特務機関……! これは分が悪いか」

 

ゼトは魔力をためていた黒い槍を収めると、その場を撤退し始める。

 

「逃げるのか?」

 

老将の声にゼトは、

 

「ええ。確かに特務機関を逃がすのは惜しい。しかし、貴方を相手取りながら、特務機関と戦えると思うほど私はうぬぼれていない。生憎、私はまだ死ぬわけにはいかない身。そちらが追ってこない限り、私は確実な生存を選択する」

 

ゼトは部下に撤退を指示しながら自らも街から離れていく。

 

「……まあ、いろいろ言いたいことがあるところだが。まずはこれをお前さんに言うべきだよな」

 

ヨシュアが納得のいかない顔でエクラに尋ねた。

 

「どうする召喚師? 追うか?」

 

「コインで決めないの?」

 

「あ、ああ。いつもの俺ならそうしてる、良く分かっているじゃないか」

 

 エクラが自分を分かっていることに満足げな笑みを浮かべながら、

 

「どうもこの世界はきな臭い。さっきのカイルといい、今の黒いゼトといい。今の俺は特務機関に力を貸すための、召喚された英雄だ。だから、無謀はしないさ。お前らに力を貸すためにな。その代わり、一つ賭けないか?」

 

「何を?」

 

「これからのことだ。このグラド兵と共に行動するか、お前を決めかねていたところだろう。こいつらとはただ成り行きで一緒になっただけだからな」

 

「表。当たったら一緒に行動する」

 

「おーけー。裏だったらこの場を去る、な?」

 

ヨシュアは日頃から持ち歩いているコインを投げる。コインは空中で回転し、ヨシュアはそれをキャッチする。

 

「ああ、表だ。安心しろ、何かあったらお前は全力で逃がしてやるさ。納得いくまでデュッセルの爺と話をして来い」

 

ヨシュアの気遣いに感謝し、ゼトとの戦いをそこで中断する決意をする。敵の撤退を確認して、同行していたフィヨルム、レーギャルンに特効薬を使いながら、今の戦いを振り返っていた。

 

 

 

 

 

 ヨシュアが少し離れたところから、見守る中、特務機関の代表としてエクラとフィヨルムがデュッセル将軍に話しかける。今後の行動を共にさせてほしいと願うために。

 

「そなたらか」

 

「はい、デュッセル将軍。私は」

 

「その名で呼ぶとは、ではこちらも態度を繕うのはやめよう。みなまで言わずとも、そなたらの正体は知っている。正史世界からやってきた特務機関ヴァイスブレイヴの諸君らだろう」

 

「何故それを?」

 

「我らグラドは優秀な予言者を擁する。そなたらが来ることを我らが皇帝はあらかじめ承知していた。この暗黒の時代を照らす光になるやもしれぬと」

 

思ったよりもスムーズに話が進みそうでエクラは安心して、次の一言を言うことができた。

 

「特務機関はこの世界についてよく知る必要がある。デュッセル将軍、どうか、同行の許可を」

 

「軍師殿。こちらから願う。皇帝リオン様は今、そなたらを待っている。どうか我らに同行してほしい」

 

そして、将軍と言う安心できる地位の人間にグラド帝国へ行く許可と同行という案内をもらい、エクラと特務機関の旅路に1つの光明が差された。

 

 

 

特務機関は戦後処理を手伝うとともに、グラドへと向かうことになった。

 

「エクラさん」

 

「フィヨルム、何か?」

 

「よいのでしょうか? グラド帝国は正史世界では戦乱を起こした国です。安易に信頼しては危ないでは?」

 

「かもしれない。けれど、行こう。もっとこの世界を知らないといけない。国に入れればきっと多くの情報を得ることができるはずだ」

 

フィヨルムにはそう言いながらも、その警告をしっかりと心に刻む。

 

こんなとき、仲間がいることが、エクラにとってとても心強いことのように、エクラは思う。

 




次回 1章 4節 『皇帝リオン』-1


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1章 4節 『皇帝リオン』-1

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!



――セレフィユの街で出会ったデュッセルと共に、エクラのチーム一行はグラド王国へと進むこととなった。しかし、行軍中休みはほとんど与えられない。それはこの国に迫る敵影の脅威が故と老兵は語る。エクラはその存在をもうすぐ目の当たりにしようとしていた――

 

 

 

隣を歩く老兵を見ながら、その強さに驚きを隠せないエクラ。

 

エクラの戦略眼でその老兵の強さを数値的に分析できる。

 

HP86 攻 65 速 30 守 50 魔 35

 

もしもこの英雄を呼び出せていたらとても頼りになるだろうなーと、エクラが独り言を言うレベルだ。

 

ヴァイスブレイヴのエクラ、フィヨルム、そしてその味方をするレーギャルンとヨシュアは客人として扱われ、グラド兵の護衛を受けながら、帝都へと向かうことになった。

 

エクラとしては、どうして自分たちがここまで手厚い護衛を受けるのかが謎だったが、デュッセル曰く、

 

「この時世においてルネスと敵対している者を助けたら、必ずグラドへと向かえるように皇帝陛下のお達しである」

 

とのこと。

 

それ故か、自分達を守るように警戒度が高いグラド兵が自分達を囲っている状態で、行軍をしているのだった。

 

「大丈夫フィヨルム?」

 

「レーギャルン、その問いはもう3回目ですよ」

 

「あ、ごめんなさい。嫌だった?」

 

「いえ、そういうわけでは。……優しいのですね」

 

「う……本当ごめんなさい。いつもレーヴァテインと一緒で、その妹を心配する癖が出ちゃっているみたいね……」

 

「ふふふ、仲良しですね」

 

レーギャルンとフィヨルムはだいぶ仲良くなっているようでエクラは一安心だ。ここが軋轢を生まなければ人間関係でトラブルは起こらないだろう。

 

エクラはその微笑ましい会話を耳にしながらデュッセルに、なぜここまで余裕のない行軍をするのかを尋ねることに。

 

「将軍。随分と急いでいますね」

 

「仕方ないのだ。この辺りもいつ魔物の大軍が来るかどうか分からない状況故な」

 

「魔物かぁ」

 

この地に来る前にナーガに聞かされていた魔物の話。しかし、ヴァイスブレイヴで戦っている時には終ぞ出会うことはなかったその存在とこの世界では戦うことになるのだろうか。

 

「見たことは?」

 

「ないですね」

 

「では、心しておくがいい。連中の中には人間の本能で恐ろしいと感じる存在をいる」

 

「できれば出会う前にいろいろと話を聞いておきたいところです」

 

「そうか。まあよかろう。この先の通りに小さな集落がある。そこで少し休憩を取る予定だ。少し話をしようか」

 

「すみません。お手をおかけしますが」

 

「何、そなたらは陛下の言った特務機関というものだろう。この世界のために戦ってくれるかもしれない援軍ならば、それなりの配慮は必要だ。それに、いざ魔物と出会った時に、戦力になってくれればこちらとしてもありがたい。なにせ、最近は魔物も強くてな」

 

デュッセルは今もいかめしい顔をしているが、思いの外優しい人だとエクラは思った。

 

 

 

集落の中で休憩をはさむ。立ち寄った集落にはすでに人ひとりいない。ずいぶん昔にグラド帝国が救援を送り、帝都へ住民を避難させたとのことだった。

 

エクラは通常のグラド兵は休息をとっているが、エクラたち一行はデュッセルの配慮に甘え、魔物について教えてもらうことに。

 

「もっともこれなるは伝説上の存在だ。現れ始めたのはここ最近でな、まだ研究はそれほど進んでおらん。もしかすると新しい個体が現れるやもしれん」

 

見習いのアーマー兵が、兜を脱いだ状態でデュッセルが要望を出した道具を運んできた。

 

「あれ?」

 

ヨシュアも知っている顔なのか、目をいつもより微妙に開き反応している。

 

その見習いの少女は、エクラもよく知る英雄の1人。アメリアだったのだ。

 

「アメリア?」

 

「は? はい、グラド帝国軍見習兵のアメリアです。ですが、どうして私の名前を……」

 

向こうの方が思いっきり驚いている。エクラはしまったと、自分のミスを反省する。

 

この世界は聖魔の世界によく似た終末世界であり、自分たちの知る聖魔の英雄と同一人物に会う可能性は十分にある。先ほどのゼトだってそうだ。

 

当然自分達は正史世界の人間なので、終末世界の英雄と面識があるはずがない。そうなれば、知ったような口を利くのは、不自然なことのこの上ない。

 

この場は何とかレーギャルンが機転を利かせた。

 

「ごめんなさいね。この召喚師、たまにわけの分からないこと言うから、気にしないで?」

 

「いえ、私の方こそ不遜な態度、大変失礼しました。これで失礼いたします」

 

アメリアはグラド式と思われる敬礼をして、その場を後にする。

 

デュッセルは何かを感じ取ったかのようにその場を観察していた。

 

しかし、エクラに何かを言うわけでもなく、本題に入った。

 

「これは行軍の時に携帯を義務付けられている魔物の最新版の研究所だ。これに目を通してもらえるか?」

 

ヴァイスブレイヴの一行は誘導に従い、その研究書に目を通す。

 

そこには数々の魔物が描かれていた。

 

「ヨシュア、どう?」

 

魔物戦の経験者だろうヨシュアになにか違和感はないかエクラは尋ねる。ヨシュアはしばらく目を通して、答えた。

 

「……上位種しかいねえな。将軍、これがいま確認されているすべての魔物か?」

 

「そうだ。異界のヨシュア殿から見てなにかおかしいところがあるのか」

 

「ほう、俺を『異界』のとつけるんだな」

 

「当然だ。この世界のヨシュア殿は敵だった。おぬしらが予言の特務機関であればおのずと答えは出る」

 

「それもそうか。でだ、さっきの答えだが。俺が戦ってきた魔物の中でもここに書かれているのは、魔王の復活が間近に迫ったころにようやく沸いた上位種だ。本来であればもっと弱い連中もいるはずなんだが?」

 

「さて、そのような話は聞かぬな。しかし上位種という話を聞いて納得した。なるほど、道理で手強いわけだ。練度の低い兵では相手にならなくてな。それで納得がいった」

 

ヘルボーン、エルバダール、マグダイル。

 

これら3種の魔物が一般的に数の多い魔物らしい。その他にもアークピグルやデスガーゴイルなどの飛行する魔物がいるとの話だ。

 

「気をつけろよ召喚師。魔物と言っても、こいつらはなかなかだ。油断してたら死ぬ」

 

ありがたい知見をくれたヨシュアに感謝するエクラ。

 

そしてこの話が、このようにすぐ行われたことをエクラは感謝することになった。

 

突如、この場にアメリアが舞い戻ってくる。

 

「どうした?」

 

デュッセルの問いに、アメリアが応えた。

 

「報告です! 魔物が発生しました! 集落を包囲されています!」

 

「ふむ……」

 

いつも以上に厳しい顔になったデュッセル。それもそのはず、セレフィユの街で激闘を繰り広げたばかりの兵たちに連戦を強いることになるのだから。

 

「申し訳ないが、魔物の包囲を突破せねばならん。力を貸してくれ」

 

デュッセルの申し出を、エクラは快く了承した。

 

エクラと魔物との初対面となる戦いが始まる。

 




魔物の姿については、『聖魔の光石 魔物』という感じで検索しておくと今後の展開がより楽しめると思います。

次回 1章 4節 『皇帝リオン』-2


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1章 4節 『皇帝リオン』-2

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!



集落で耐えることに意味はない。行うべきことはただ1つ。集落から出て魔物の軍を突破すること。全滅させるか、逃げるかは戦いの状況を見て判断すべきことだが、いずれにせよ厳しい戦いになりそうだった。

 

「デュッセル様」

 

「語らずともよい、我々を包囲したまま動かないのだろう。おそらく出てきたところを一斉に襲い掛かるつもりだ。我々は集落を出た後の猛攻を耐えられるように守りを徹底するように」

 

「はっ」

 

セレフィユでの疲弊を感じさせない気概を見せているグラド兵だったが、戦場での疲労は戦っている間にいきなり足を引っ張りやすいものだ。

 

エクラも軍師として、デュッセルに届けられる報告を見ながら、今後の方針を立てる。

 

しかし自分で決断するのは未だなれない。エンブラとの開戦、ムスペルとの戦い、どちらも特務機関がどのように動くかの決定をしていたのはアルフォンスだった。

 

戦場でどのように動くかを決め、さらに仲間を動かすことの重責。それを今エクラは、フィヨルムやレーギャルン、ヨシュアを自分の指示で誘導していることを経てよく分かった。

 

「エクラ?」

 

「うーん」

 

「そう頭を抱えないで。軍師でしょうあなたは」

 

「魔物が相手と言うのは初めてだからなぁ……」

 

これまでの経験が通じない相手かもしれないことは、エクラもフィヨルムも十分に承知しているつもりだ。だからこそ、相手と接触するときの最初の一手が肝心だと、エクラは頭を悩ませていた。

 

「敵に飛行兵は……」

 

「報告によるといないようだな。それがせめてもの救いだ。飛行兵が居れば今も空から攻撃されていた恐れがある」

 

「なるほど」

 

「敵の種類は圧倒的にヘルボーンが多いな」

 

魔力で色が変化した赤い骨のガイコツ兵、ヘルボーン。数が多く連携されると非情に厄介だという。人型なので人間が使う武器を扱うこともでき、強力な武器を持っているヘルボーンはたとえ雑魚兵でも厄介になるとか。

 

「後はマグダイルが奥の方に3匹程度。奴らは堅い。本来は魔法兵を当てる必要があるのだが。隊に魔法兵は少なくてな、回復用の司祭が『ディバイン』の光魔法を使えるくらいだ」

 

無視はできないのは分かっている。ヘルボーンの動きは鈍いがマグダイルはそうはいかない。騎馬や飛竜がない今、脚力はマグダイルが遥かに上回る。ヘルボーンはほどほどにしてもその魔物だけは絶対に倒さなければいけないのだ。

 

エクラはしばらく考えて、最初の方針を自分の仲間3人に伝える。

 

「レーギャルン、飛んでほしい」

 

「囮?」

 

「最初、上から『烈火』を放って入り口付近の敵を攻撃。たとえ倒せなくても奴らが怯んだうちに可能な限り兵を出そう。危険が伴うけれど」

 

「まあ、それがいいわね。用心はしておくに越したことはないわ。仮にだめでもそう易々私は死なない。いい使い方」

 

フィヨルムは危険ではないかと主張しようとしたのは動きで分かったが、本院がやるという主張をしたため、主張を中断。

 

代わりに、エクラに尋ねる。

 

「エクラさんも戦場に?」

 

「ブレイザブリクでサポートしていかないといけないからね」

 

「なら、せめて私の近くに。あなたは必ず守りますから」

 

フィヨルムのありがたい申し出に、エクラはいつも通り甘えることに。

 

 

――深き森の遭遇戦――

:勝利条件 敵将マグダイルの撃破:

:敗北条件 エクラの死亡:

 

 

集落から飛竜が一匹飛び立つ。

 

そしてその上に乗る1人の人間を見て、ガイコツ兵は狂喜した。

 

人を殺せると。

 

しかし、侮るなかれ、それはただの人間ではない。

 

上空から飛竜が急降下してくる。そしてその騎乗者が持っている剣に炎を宿した。

 

奥義『烈火』は、武器に魔力を宿して激しい炎を広範囲に放出する。

 

地面にいる魔物に向けてレーギャルンは、炎と相性のいい己の神器が膨大な炎波を繰り出した。

 

ここは森の中、炎を受ければ燃えるのは道理だ。

 

圧倒的な炎の奔流が骸の姿の体を焼き、本来は命がないはずの骨の魔物の形を奪い始める。

 

やはりヨシュアが上位種と言った通り、たったそれだけではそのガイコツ兵は死ななかったが、注意を逸らすことができた。

 

「重装兵前へ! 進軍!」

 

開戦の合図とともに、重装兵を中心とするグラド兵が集落から一斉に飛び出す。

 

炎がいたるところで上がっている場所に容赦なく突撃する重装兵。その中に杖の使い手が混じっているのは、すぐに発生するだろう火傷を杖の力で治療し、炎による被害を軽減するため。

 

そして先陣をきった重装兵舞台とヘルボーン軍団との競り合いが始まる。

 

その中にエクラとフィヨルム、そしてヨシュアの姿が。

 

「召喚師、いいか? 珍しく丁寧に教えてやるからよく聞けよ? 魔物はタフだからな、俺みたいに慣れるまでは、攻めは2人、守りは1人を心掛けろ。連中はタフだからな、人間と違って、急所に攻撃を当ててもすぐに死なない。予想外の反撃にも対処できるようにな」

 

エクラはその忠告を耳に入れながらヨシュアの言う通り、フィヨルムと『烈火』を放ち終え合流したレーギャルンは2人で前衛のヘルボーンを相手どる。

 

ガイコツが動く。エクラは戦っている2人に『ブーツ』のアイテムオーブを使って機動力をサポートする一方で、その屍の兵を目に焼き付ける。

 

エクラが最初に思ったことは、気味が悪い、という感想だった。

 

キシリキシリと耳障りな音を響かせながら、筋肉がないから動かないはずの体を器用に動かしている。まさに、邪道な存在だ。

 

それが、ケタケタと口を動かしながら、器用に武器を振るっている。

 

フィヨルムの槍の刺突をはじき、反撃の槍の突き。

 

さすがにそれで死ぬようなフィヨルムではないが、ガイコツ兵が想像以上に武器の扱いに卓越していて、フィヨルムは30秒全力で攻めても、まだ傷一つ入らない。

 

周りのグラド兵も、攻略に難儀している様子だった。

 

「せあ!」

 

フィヨルムが武器を大きく弾く。そしてあえて声にしたその言葉がきっかけとなりレーギャルンが生まれた隙に切り込む。

 

この連携でようやく一匹を仕留めた。

 

ヨシュアはさすがに討伐に慣れているのか、1人ですでに3人を仕留めて次に言っている。

 

「しかし……これでは」

 

マグダイルを討伐するのが主な目的だったが、とてもではないがこのままでは到達はできない。

 

魔物はそれぞれ1個体がエクラの想像以上の強さを誇っていた。

 




1章 4節 『皇帝リオン』-3


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1章 4節 『皇帝リオン』-3

ヘルボーン

HP50 攻 57 速 32 守 21 魔 23

 

グラド兵と大量のヘルボーン部隊との交戦は続く。

 

魔物の倒れる音と一緒に、グラド兵の断末魔も断続的に聞こえてくる。それが、魔物が侮ってはいけない存在であることを示していた。

 

その中を突っ切っていくエクラとヴァイスブレイヴ一行。魔物戦経験者のヨシュアが、

 

「柄じゃねえな、本当に」

 

と小言を言いながらも、積極的に前に出て切り開いてくれるおかげで、敵将のポジションにいるマグダイルへと近づくことができる。

 

「エクラさん伏せて!」

 

フィヨルムとレーギャルンが有利に戦えるように勇敢に戦場に突撃し、2人のサポートをしていたエクラに矢が飛んでくる。その矢も、やはりヘルボーンの攻撃の一種だった。

 

彼らは人間と同じように、集団で戦うだけでなく、連携をして敵を追い詰めようとしているのが、後方で観察を続けていたエクラにはよくわかる。

 

故に、前衛の間を縫って、しれっとエクラを狙う矢があっても、エクラはそれほど驚かなかった。

 

フィヨルム言う通りに伏せることで矢を躱し、起き上がってすぐに〈奥義の刃〉を近くの味方に全員に見つけ、瞬間的な爆発力で、ヘルボーンを撃退する。

 

結構なダメージ、それはエクラが特効薬で回復させるが、フィヨルムたちに徐々に疲労が見え始める。魔物が相手でも、もはや普通の敵と相手している時とそれほど負担は変わらない。

 

むしろ慣れない相手、そして慣れない動きに対処しなければいけないので、負担は大きいのに違いはない。

 

「見えた……!」

 

フィヨルムの宣言通り、何とかヘルボーンの軍団を切り開いた先に、マグダイルと思われるガイコツ兵とは違う敵が現れる。

 

エクラはすぐにその敵を見てその敵の強さを判別する。

 

マグダイル

HP50 攻 65 速 38 守 40 魔 10 

 

(ええ……)

 

魔法を使える人間が現状前衛には存在しない。守備40という高さに苦労しそうな相手。

 

敵は上は人型、下は4足歩行の獅子の姿をした半人半獣の姿をして大きな斧を持っている。

 

マグダイルもこちらの姿を見かけた瞬間、敵意をあらわにし、向かってきた。

 

斧の薙ぎ払いを躱す。

 

レーギャルンが一撃。

 

「く……」

 

上の人型の部分を狙ったものの、その部分も堅いようだ。

 

マグダイルもただでやられるはずもなく、持っている斧を軽々と振り回し、暴れ始める。

 

ヘルボーンの連携も取れる細やかな動きに対して、マグダイルは自身の能力を存分に発揮する暴れを見せる。

 

一度躱しても、得物を殺すまで絶対に逃がさないという勢いで、斧を振り回し攻撃を避けるフィヨルムやレーギャルンに追撃をしてくる。

 

隙は無いわけではないが、目の前の敵がより速く動けるかどうかがまだ分からない状態なので慎重になり、無理に攻撃を通そうとはできない。故に、暴れているマグダイルを相手に攻めあぐねていた。

 

「フィヨルム、神器に魔力を集中させて。これは、普通に武器を使って攻撃だけだと時間がかかりすぎるわ」

 

「はい。分かりました」

 

エンブラの炎の力を宿した神器、ニーウ、ニフルの氷の力を宿した神器、レイプト。それぞれが、神器の力を解放するだけで魔力を伴った高い攻撃力を伴う攻撃へと変化できる。

 

しかしいつでも使えるわけではない。神器の攻撃力を上げるこの攻撃をするには準備が必要だ。

 

そしてそれはエクラの戦略眼のみが知ることだが、神器の魔力攻撃を使うには奥義を使う必要がある。

 

本人たちは神器の魔力の装填時間だと認識しているが、それはエクラから見れば奥義のカウントと同じだ。

 

ゆえに〈奥義の刃〉でサポートすることにより、神器の真価を発揮する攻撃をすぐに使うことができる。

 

「いいサポートね!」

 

レーギャルンとフィヨルムの奥義が発動する。自分から攻撃するために普段使う攻撃とは違う奥義を使っている。

 

「合わせて!」

 

「はい!」

 

マグダイルの渾身の斧の振り下ろしに炎を纏った神器の攻撃をぶつける。使う奥義は〈竜穿〉。自身の攻撃力が高ければ高いほど、その攻撃の威力を倍増する。

 

マグダイルの渾身の一撃はスキルの〈鬼神の一撃3〉の力で盛られ、攻撃力は70近くになっていたが、レーギャルンの攻撃力の方が最終的に勝り、斧は大きく弾かれる。

 

そして声を掛けるまでもなく、フィヨルムも奥義、〈氷華〉を使用する。

 

氷の槍による刺突の威力があがり、マグダイルに渾身の一撃が見舞われた。

 

しっかりと痛手になったようで、マグダイルは怯む。

 

「続けていくわ」

 

「はい!」

 

止めを刺すべく2人は一気に攻撃を仕掛けようとするが、そこに待ったが。

 

「前方の特務機関、下がれ!」

 

デュッセル将軍が声を張った。

 

何事かは説明されていない。しかし少なくとも悪いことにはならないだろうと判断し、1人でマグダイルを相手どっていたヨシュアも共にマグダイルから距離をとる。

 

グラド軍に同行していた司祭が戦場に出てきていた。

 

「なにを……」

 

司祭は本来戦場で傷ついた者を癒すのが仕事。前衛に出てくる必要はないというのが定説だ。

 

しかし、ヨシュアが言う。

 

「まあ、見てろって」

 

司祭が光魔法を放つ。

 

本来はそれほどの威力がなく、司祭が自衛のために持つ程度の威力なのだが、魔物相手ではわけが違った。

 

光魔法を受けた魔物たちは、全員が凄まじい攻撃を受けたかのように苦しみ、断末魔の声を上げ始める。

 

「あれは……」

 

「エクラは初めて見るよな。そりゃ向こうにはこの連中はいなかったから知らねえのも無理はない。司祭は魔物に良く効く攻撃を繰り出せるのさ」

 

司祭の戦線参加により、マグダイルが1匹を残して殲滅。ヘルボーン部隊も一気に崩れた。

 

魔物たちはなおも特攻をグラド軍に仕掛けるが、形勢逆転した軍の勢いに勝てるはずもなく、この襲撃戦はグラド軍の勝利がほぼ確実となる。

 

「最後の1匹だ。仕留めるぞ、召喚師」

 

「うん」

 

マグダイルにとどめを刺すべく、特務機関の3人は再び攻勢にでた。

 




次回 1章 4節『皇帝リオン』-4


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1章 4節 『皇帝リオン』-4

注意事項

・連載小説初心者です。至らない部分はご容赦ください。
・話によって、一人称だったり、三人称だったりと変わります。
・クロスオーバー作品です。元と性格や行動が違うことがあります。
・この作品はシリーズのキャラに優劣をつけるものではありません。勝敗についてはストーリーの構成上、容認していただけると幸いです。
・この話はフィクションです。
・この作品オリジナルキャラも人物描写はスキップしている場合があります。言動を参考に想像しながらお楽しみください。
・作品はほぼオリジナル展開であり、オリジナル設定も盛り込んでいます。

・原作のキャラやストーリーに愛がある方は、もしかすると受け入れ難い内容になっているかもしれないので閲覧注意です

これでOKという人はお楽しみください!



村の包囲を切り抜け、マグダイルが全滅した後、残りの魔物を殲滅するのにそう長い時間はかからなかった。

 

エクラとヴァイスブレイヴの一行はこの場を何とか勝利で収める。

 

しかし、グラド軍にも大量の被害が出て、もはや一刻も早く帝都へと向かうことが急務となった。休むことなく行軍は再開され帝都を目指すことに。

 

「思ったよりも強かったわ」

 

レーギャルンの初めての魔物戦での感想。彼女はそう言うのなら謙遜なしで魔物は油断できない相手であることをエクラは感じ取る。

 

「まあな。連中は元の世界で戦った時とそん色ない強さだった。なら、この強さも頷ける」

 

ヨシュアが話に乗る。

 

「それにしてはあなた、ずいぶん楽そうに倒していたわね」

 

「ああ、それはそうだろう。なにせ双聖器は元々魔を祓う武器だ。魔物には特別な力を発揮するのさ」

 

「さっきの司祭と同じように?」

 

「いや、そうでもない。知り合いに見目悪くない司祭がいてな。そいつが言うには、司祭は祈りによって得た聖の力をぶつけるのに対して、双聖器は武器そのものに聖なる力とやらが宿っているらしい。胡散臭い話だがな。まあ、それを信じないでいたら、5回連続で賭けに負けて、かと思ったら少しでも信じたらまた勝てるようになった。こりゃ本当かもなってな」

 

「あなた、それでその話を信じたの?」

 

「まあ、たまには自分の行動を天に任せてみるのも悪くない。大切なことを見失わなければ意外と楽しく生きられるぜ?」

 

「私には無理そうね」

 

ヨシュアの人となりがまた少し理解できたところで、デュッセルからエクラに話があった。

 

「おぬしら。森を抜ければグラド帝都はすぐそこだ。あらかじめ言っておくが、ついても気を抜くでないぞ。おぬしらにはそのまま、城へと赴いてもらう、我らが陛下、リオン様との会見をしてもらう」

 

「リオン……様か」

 

さすがに独り言でもこの世界で様ナシはまずいだろうと唐突に様をつけたエクラ。

 

アスク王国がまだ奪われる前の話、英雄としてのリオンは召喚されていた。

 

しかしそのリオンからは一刻を守目あげる威厳と非情さはうかがえなかった。本人も自分は皇帝には向いていないだろうと言っていたほどだ。

 

エクラには、本物の皇帝になっているリオンの姿が想像できない。

 

それだけに、この先にあるというグラド帝国で自分たちに何が待ち受けているのか、想像もつかないというものだ。

 

 

 

 

 

一行はついにグラド帝国の帝都へと到着する。帝都は城塞都市となっていて、街一つが要塞としても機能するように都市が出来あがっている。

 

「ご無事の帰還、何よりでございます! 将軍」

 

「うむ。だが兵には犠牲が出た。我らは故あってすぐに城へと向かわねばならん。後のことは任せるぞ。ゲイト」

 

都市の城門の門番がデュッセルの後ろに待機しているエクラを見て一礼する。

 

「ようこそグラドへ。魔物に抗う意思を持つ者を心より歓迎します。どうか、長旅を癒し、明日からの生活の迎えてください」

 

とても雰囲気の良い門番に出迎えられ、エクラたちは門をくぐる。

 

「これは……」

 

フィヨルムが驚いたのも無理はない。

 

魔物はすでに幻の存在ではなく実際に国の脅威となっていることや、ルネス王国の侵略戦争の話もあるにしては、グラドの国民の雰囲気は、少し見渡すだけで、全く暗くなっていないことが分かる。

 

「こっちの野菜はやすい! 見てけ見てけ!」

「オヤジぃ、なにダジャレっぽいこと言ってるんだよ、ははは」

 

「ねえねえ、今度はあの壁まで競争しようぜー」

「いいよ。よーい、どん」

「お前、それフライングだぞぉ!」

 

「次は南の区域だな。衣服に傷はないか?」

「兵士さんすぐ破くからなー」

「文句言わない。私たちの代わりに戦ってくれるんだから」

 

見た目だけではとても戦争中の国とは思えないほどだ。

 

街の中央の幹道、城へと続く広い一本道をデュッセルの後ろをついて行きながら歩くと、さすがに将軍は目立つようでところどころ将軍の名前を呼ぶ男の子供の声が聞こえる。

 

そしてその後ろに居る、この国とは全く装飾が違う服を着た自分達を見て訝し気な顔をするのは無理もない。傍目から見れば彼らは将軍に連行されているようにも見えなくもない。

 

もっとも、その理論は自分達が全く拘束されていないという指摘で解消されるのだが。

 

それはさておきとして歩きそのそびえ立つ巨大建築物が近づくにつれ緊張も膨れ上がる。

 

アスクの者と違い、グラドの城はもはや要塞に近い印象を受ける。城としての豪華さはある反面、余計な装飾はなくむしろ頑丈さを誇りとしているかのような見た目は、まるで巨大な山か何かなのではないかという印象まで受けるほどだ。

 

兵士に怪しまれながらもデュッセルが堂々と連れていく様子を見てそれを咎めるものはいなかった。それどころか皆背筋を伸ばし名将の帰還を出迎えている。

 

城の中はそれほど複雑な構造はしていない。さすがに真っすぐ行けば謁見の間というわけではなかった。王が座す謁見の前はかなり上の方に構えられているようで、およそ数階分昇ったところでいよいよ、皇帝がいるとされる謁見の間へとたどり着いた。

 

「緊張しますね……」

 

フィヨルムがそう思うのにエクラは何の違和感も覚えない。

 

この扉の先から、なにかとてつもない威圧を感じるのだ。

 

謁見の間の扉を開ける。

 

間は広く、一部屋とは思えないほどの空間が続いていた。

 

そしてその奥に、玉座に腰を下ろしながら政務に勤しむ青年が一人。

 

「次だ。ジャハナに向かわせた調査団の報告を」

「は。調査団は王都から離れた村で魔物に脅かされている村を発見。救援物資を要請しています」

「彼らに避難の意志は?」

「ありますが、いかんせんアークピグル種が多く、手出しが難しい状況かと」

「飛行兵団を主戦力に避難隊をすぐ編成せよ。指揮はクーガーに任せろ。……いや必要な兵が居れば多少の融通は効かせていい。村の備蓄と情報を要求してくれ。今は少しでもあのあたりの詳しい地形の情報が欲しい」

「すぐに」

 

「次だ。ノール。北東の農耕地区の生産はどうなっている。魔道部門の研究成果による異季作物の結果が出る頃だろう」

「まだ確実な意見は出ていませんが、恐らく向こう一か月の住民の食糧は維持できる量を」

「そうか。では収穫のための人数を増やせ。街で募れば有志が集まるだろう。兵士は質で選び後は見習いに機会を与えよう。有志の人々に土産を渡すのを忘れるな」

「はい、すぐに指示を」

 

フィヨルムは、アスクのリオンを見たことがあるからこそ言う。

 

「あれが皇帝リオン……」

 

表情が険しいのもあってか、リオンという感じはしない。

 

「陛下。黒曜石、デュッセル様がお帰りになられたようです」

 

近くにいるノールと呼ばれた魔術師がこちらに気づき皇帝へ献言を行った。

 

デュッセルはその場で皇帝を前に、正しい礼を行おうとしたが、

 

「デュッセル、一度外で待機せよ」

 

「陛下……?」

 

「なに。お前を咎めるつもりはない」

 

リオンは玉座に近くにおいてあった斧を軽々と片手で持り、もう片手で魔術所を持つ。

 

「貴様らがこの世界を変える特異点。ヴァイスブレイヴか。名乗る必要はない。僕はすでにお前達が来る未来を知っていた。そしてエクラ、貴様の名もな」

 

エクラとその後ろに居るフィヨルムとレーギャルンを見てリオンは宣言する。自らが座していた椅子からゆっくりとこちらに近づいて、

 

「貴様らの力量を確かめてやる。生き残りたくば構えるといい、異邦からの旅人よ」

 

思いっきり戦う宣言をしたのだ。

 




次回 1章 5節 『最後の国グラド』-1


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1章 5節 『最後の国グラド』-1

遅くなってすみません。
ちょっと忙しくて……こっちに時間が割けない……


玉座のある場より少しこちらへと近づいてくるリオン。

 

その最中、魔法書を持ち何かの術を詠唱する。

 

現れたのは魔法によって造られた幻影兵たち。意志を持たず、主の敵を屠るために持つ武器を振るう人形たち。

 

「エクラ……どうするの?」

 

レーギャルンの問いにエクラは少し悩む。リオンはこの世界では皇帝と呼ばれている者だ。それに刃を向ければ、どう考えてもその後ただでは済まない。

 

しかし、幻影兵は判断の時間すら許さなかった。

 

「エクラ様! 来ます」

 

フィヨルムの警告通り幻影兵は容赦なく襲い掛かってくる。このまま手をこまねいていてはやられるだけだ。

 

「やろう」

 

レーギャルンに一言。それで、彼女も頷き戦闘態勢に入る。

 

基本的な動きは、ヨシュアはエクラのガード。攻めはフィヨルムとレーギャルンで行う形になった。

 

リオンは幻影兵を生み出した場所から動かず、新たな魔法の詠唱を始めている。やはり先ほどの『構えろ』というのは冗談ではなかったのだ。

 

エクラは幻影兵のステータスを見る。

 

幻影兵

HP1 攻58 速31 守0 魔0

 

ステータスがさすがに極端すぎる。このような相手は初めてだ。しかし、攻撃力58はかなり警戒しないといけない。

 

攻めに言っている2人のHP管理は、杖を使える味方がいない今自分が回復役をつとめなければならない。

 

幻影兵は15体ほど召喚された。そして彼らを援護するようにリオンの魔道光弾が飛んでくる。紫や黒を基調とする色から闇魔法と思われるが、実際は定かではない。

 

エクラは、リオンのステータスを見ておくべきかと考えたが、今は幻影兵の処理を優先する。

 

魔道光弾を器用に躱しながら2人は幻影兵を処理していく。しかし、リオンによって随時召喚される兵は徐々にその数を増し、攻撃は熾烈になり始めていた。

 

「フィヨルム! 後ろ」

 

「レーギャルンも!」

 

互いの死角をもう片方がカバーする連携は見事の一言。しかし、

 

「貴様らが手をこまねいているのならここで圧し潰す。その程度なのか、特務機関! 疾く僕に剣を向けて見せろ」

 

幻影兵の召喚と、援護の魔法光弾を放ち続けるリオンの火力に負けるのも時間の問題だ。

 

魔法光弾は1発ずつではない。リオンの頭上に数々描かれた魔法人から、常時5発以上の光弾がレーギャルンのフィヨルムに襲い掛かる。

 

「このままだとヤバいぞ」

 

「分かってる」

 

 

ヨシュアの警告を受けて、エクラは迷わず支援を始める。使うのは〈落雷の呪符〉。敵に固定で20ダメージを与える攻撃支援アイテムだ。

 

その効果は広い範囲にわたる。見方を器用に避けた落雷は幻影兵を一気に焼き払った。

 

「ほう……」

 

リオンが感心した声をあげる。

 

敵はいなくなり、リオンまでの道が拓かれた。レーギャルンは最初にリオンへの攻撃を仕掛ける。デュッセルは迷いない彼女の攻撃の意志を見て動こうとするが、

 

「手を出すな!」

 

リオンの怒声に阻まれ動くことができなかった。

 

魔法陣の数が増える。その数は15以上。全てから魔法光弾が放たれ、レーギャルンを追い詰めようとするが、それでやられるほど甘くはない。レーギャルンは自らの神器で光弾をはじきながらリオンに接近する。

 

そしてその距離はニーウの刃が確実に届くまでなくなった。

 

リオンはそれでもその場を動こうとしない。相手が刃を向けているのにひたすら光弾をフィヨルムに向け放っているだけ。

 

それはまるで。

 

こちらに来いと誘っているかのように。

 

「レーギャルン!」

 

警告は数歩分遅かった。炎の刃を持って皇帝に挑みかかるレーギャルンはおそらく勝利を確信していただろう。

 

魔導師は近接戦を不得手とする。それは戦いの基本だ。故に近接武器を使う者は、いかに近づくかさえ気を付けていればいい。それでことは済む。

 

レーギャルンは剣を寸前で止める気でいたがそれまでは本気で振り抜くつもりだった。それで死ぬようではその程度の人間だと断ずるつもりだったし、魔法による抵抗も考えていた。

 

しかし、それすらもリオンはしなかった。

 

その理由はすぐに明らかとなる。

 

リオンは何魔導書を持たないもう片方の手を上にあげる。その手の形や挙動はまるで何かを持っているかのようだった。

 

そしてそれは魔法によって姿を隠されていた大斧だった。

 

エクラは慌ててリオンのステータスを見る。

 

リオン

HP78 攻75 速35 守40 魔55

 

武器 双聖の黒斧ガルム

攻撃+5

相手の守備、もしくは魔防のどちらか低い方でダメージ計算。

魔物特攻。魔防が相手よりも高いとき、自身の攻撃力を25%アップする。

 

あれは、魔導師などではない。完全な重装系のアタッカーだ。

 

そしてそれをリオンは片手で近づいていたレーギャルンに向けて振り下ろした。

 

「な……!」

 

正史世界のリオンが斧を使っていたという記録はないし、実際に召喚されていたリオンも武器を振るえるような才能はないようだった。

 

だが、あのリオンはどうだ。あのガルムを片手で振り、レーギャルンを大きく弾いたのだ。

 

神器同士の激突。しかし、短剣に近い刃と大斧ではどう考えても斧に分がある。レーギャルンは吹っ飛ばされ、玉座の間の壁に激突。その場で伏してしまう。

 

リオンに慈悲はなかった。

 

再び魔法書を開く。リオンの頭上に30の魔法陣が描かれ、それらすべてからレーギャルンにとどめを刺す紫の魔法弾が放たれた。

 

「させない!」

 

エクラが特効薬でレーギャルンを回復させる一方、フィヨルムはその魔法を防ぐべく氷の壁を展開する。フィヨルムの奥義〈氷の聖鏡〉、大きな氷の盾で防御し、氷の盾が受けた衝撃や魔力を自身の攻撃力に転換する。

 

しかし万能と言うわけではない。魔力や衝撃をフィードバックする関係でフィヨルムにもその負担が来る。盾で防いでも完全にノーダメージとはいかない。

 

圧倒的な数の魔導弾を目に、それでも怯まなかったフィヨルムは氷の盾を展開する。

 

凄まじい魔法の連撃を迎えるフィヨルムは1秒で表情が曇る。それだけその攻撃が圧倒的攻撃力を秘めているということだ。

 

「あ……ぐぁ……」

 

リオンはなおも魔法陣を展開し続け、フィヨルムの盾を壊そうと魔法を放ち続けている。まるで雨のように降りかかる、群れた狼のように相手を引き裂き食らおうとする獰猛な攻撃に、もはや、フィヨルムは耐えられない。

 

エクラが特効薬を使って体に受けるダメージを回復させているが、それが3秒ももたない。

 

そしてその瞬間は来た。氷の盾は割れ、フィヨルムもその場で倒れこむ。防ぎきれなかった魔法弾が襲い掛かるが、それはなんとか立ち上がったレーギャルンがすべて弾いた。

 

突如、魔法弾の嵐は止んだ。

 

「ここまでだな」

 

リオンは魔導書を閉じると、余裕の表情で玉座へと戻る。

 

そしてゆらゆらと何とか立ち上がる。フィヨルムを見てリオンは言い放つ。

 

「予言の通り、たどり着いたんだね、ヴァイスブレイヴ」

 

少し笑い、そう言った後すぐ厳しい顔に戻り、声高らかに宣言する。

 

「――ヴァイス・ブレイヴ。どれほどのものかと期待したけれど。この程度か。君たちはこの世界で死ぬ。弱者に情けをかけるほど、この国は甘くない。その余裕もないのだから。死にたくなければ君たちの旅はここで終えるべきだ。グラドは君たちを『避難民』として心から歓迎しよう」

 




1章 5節 『最後の国グラド』-2


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1章 5節 『最後の国グラド』-2

遅くなってすいません。
このご時世なのに、なぜか忙しくこっちに時間が割けませんでした。


リオンは玉座に座り、先ほどの戦いで傷ついたフィヨルムとレーギャルンを見てはっきりと告げる。

 

「グラド帝国は、魔物の脅威の中で生き延びようとする人間すべてを拒まず迎え入れる。この地で住居は用意する。そこで事の終わりまで安静に暮らすがいい。ただし」

 

次の一言をリオンは強調する。

 

「ただし。僕の許可なくして今後帝国居住区を出ることは許さん。違反すれば、貴様らはグラドの敵になると心得よ」

 

つまり、この先、エクラたちは自由に行動ができなくなるということ。

 

さすがにそれは、はいそうですか、と受け入れることはできない。エクラを含めヴァイスブレイヴの目的はこの地にあるファイアーエムブレムを探しだすこと。

 

「リオン王! お話を聞いていただけませんか! 我々は」

 

エクラはすさまじい圧を醸し出すリオンに勇気を出して反論する。

 

「このマギ・ヴァルのどこかにある『鎖』を手に入れなければ」

 

「知っている。そのためにこの大陸各地で見聞し、いずれはたどり着こうという生ぬるいことを考えているのだろう」

 

「なんでそれを……」

 

「はっきり言っておこう。お前たちの今の実力で、その鎖、いわばこの世界の『ファイアーエムブレム』を目にすることは不可能だ。なぜなら、今、お前たちが探しているそれは、この世を滅ぼす悪となった魔王エフラムが持っているものだ」

 

「え……」

 

リオンから告げられた驚愕の事実。アンナ隊長を殺したあの禍々しい魔力を帯びるエフラムが持っているということ。

 

そうなるとそもそも戦闘無しに証を手に入れることは不可能だ。そもそも和解の道など存在しないのだから。

 

「目的の鎖を目にすることは今のお前たちでは叶わない。無駄に命を散らすことは決して許すことはできない。だからこそ、お前たちを非戦闘員である避難民として受け入れる。この決定を覆すつもりは今はない」

 

リオンが強い口調で、この玉座がある間で言うからにはこれは皇帝としての言であることは明らかだ。

 

「……では、この国のお手伝いをさせてほしいです。グラドは魔王エフラムと戦っている国であることは予想できます。そのお手伝いをする代わりに、『鎖』を」

 

ここでエクラはお願いではなく、交渉を始めたのは評価に値する動きだろう。

 

しかしリオンは。

 

「お前たちに特別な待遇は一切与えない。この世界は残酷だ。弱いものは魔物に殺されて死ぬしかない。お前たちも決して強いものとは言えないのだ。命を大切したいのなら、ことが終わるまでおとなしくせよ」

 

リオンはたたみかけるように次の一言を添える

 

「そもそも。魔物との戦い、そして魔王討伐はグラド帝国の誇りにかけて行う戦いだ。お前たちの手を借りなければならないほどグラドは落ちぶれていない。お前たちの手をどうしても借りたいとは思わない。僕がお前たちに要求するものは何もない!」

 

この一言から、もはやリオンとの交渉も不可能であることは明らかだった。

 

エクラもこれ以上の反論を出すことができず、言葉に詰まってしまう。

 

そしてフィヨルムもレーギャルンも、リオンとの戦いに負け、そして彼から感じる圧を受けて完全に引け腰になってしまっていた。

 

リオンは玉座からこの場における最後の指示を出す。

 

「デュッセル」

 

「は」

 

デュッセルは首を垂れて、皇帝の指示を受ける態勢となった。

 

「彼らは異邦からの旅人だ。この地のことはまだあまり理解できていないだろう。面倒を見てやれ。必要ならば他の三石と直下の部下にのみ交代を許可する。ああ、そうだ。もしも彼らに覚悟があるというのなら、処遇の変更はお前が責任を持てる範囲でしてもらっていい」

 

「なるほど……承りました」

 

「よし。では僕はこれから公務で留守にする。ヴァイスブレイヴのこの後の動きはお前に一任する」

 

リオンは必要な命令を下した後、

 

「ノール、『対魔神砲』の様子を見にいく。供をせよ」

 

この謁見の間を去った。

 

エクラはリオンがこの間を出て行った後に、すぐにフィヨルムとレーギャルンを、特効薬を使って回復させた。

 

言葉を放つのが少し楽になったのか、レーギャルンから先ほどの戦闘の感想が飛び出した。

 

「強いわね……でも、リオンが双聖器、しかも斧を使うなんて」

 

「はい、驚きましたね。でもそれ以上に、魔法の威力、精度も高かったですね」

 

フィヨルムも同意の意見を示し、エクラも同意する。

 

命令を受けたデュッセルはエクラたちに再び近づく。

 

「そなたらも自信を無くすな。リオン様はグラド最強の魔導士であり双聖器の使い手だ。リオン様を相手に、たった3人で斧を使わせることができたお前たちは、十分強い」

 

そして、皇帝の命令を遂行すべく新たな行動指針を提案した。

 

「だが一方で確かにおぬしらだけでは、この世界を戦い抜くには厳しかろう。3人ではとても生きられる厳しい世界だ。リオン様は儂に『面倒を見てやれ』を仰せになった。本当にどうでもいい相手であれば、このような命令は下さぬよ。どうだ。ここはひとつ、儂に面倒を見させてくれぬか? そなたらのためにもなるだろうし、きっと意味はあることだ」

 

断る理由はない。皇帝にあのように言われた以上、反抗したらそれこそ自分たちの立場が悪くなる一方だ。

 

自由に動けなくなるのは今後の探索に支障をきたすことになるだろうが、急がば回れということわざをエクラは知っている。

 

エンブラとの戦いでも、何もかもが順風満帆にうまくはいかなかった。ここはグラドに身柄を拘束されたと考えるのではなく、この国について知るタイミングだと明るく考えることにした。

 

「お願いします」

 

「よし。ではまず、拠点となる住処を探さねばな。生憎兵舎はいっぱいでな。城下街のなかから探すことになるだろう。ついてまいれ、ついでに城下の案内もしよう」

 

歩き出すデュッセルの後ろをついていくのはもう何度目になるか。

 

しかし、武骨な態度であるものの信用のおける善い人であることは、ここまでの行動でエクラは感じ取っている。信頼をおいて彼についていく。

 

グラド帝国三石〈黒曜石〉の将軍に。

 




1章 5節 『最後の国グラド』-3


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1章 5節 『最後の国グラド』-3

GWにがんばるとはなんだったのか。

でも、コツコツ進めます。頑張ります。よろしくお願いします。


「グラド帝国は今、帝国の各地から魔物との戦いのために協力することに同意してくれた者どもを多く集めている。故に普段の城下街とは様相が違う」

 

デュッセルの言う通り、グラド城塞都市の幹道となると人の往来がかなり激しい。

 

そしてその誰もが、食料を運んだり、服を売ったり、今日を活発に過ごしている様子がうかがえる。

 

「魔物との戦いに協力……? 皆さん、お優しい方なのですね。すごいです」

 

「フィヨルム殿、決して優しいだけではない。ここにいる住民は皆、魔物に殺される覚悟を持つ者だ。この地に他の場所から来たものは、前線の兵士を支える仕事をすることになることをあらかじめ了承している。今、このグラドの地に居る多くの者は、各地を滅ぼし始めている魔物と、ともに戦う同士なのだ」

 

「そうなのですか。民が戦う……」

 

エクラも街の様子を見渡す。見る限りは普通に生活をしているように見えるが、確かに所々で兵士と何か重要な話をしている住民の姿が見受けられた。

 

「わー、しょうぐん!」

 

子供が駆け寄ってくる。まだ8歳くらいの男の子と女の子だ。

 

「おお。ミナ、ミオ」

 

「しょーぐんさま。ぼくらの名前、おぼえていてくれたの?」

 

「もちろんだとも。私の部下の子供だ。しっかり覚えているとも」

 

普段は厳めしい顔をしているデュッセルも子供と話をするときは穏やかな顔になる。

 

「将軍、申し訳ありません」

 

グラド帝国軍の兵士の1人がこの場へと現れる。

 

「デューク、今日は休みだったな。すまん、儂を見ると心が休まらんだろう」

 

「いえ。こちらこそ。将軍に覚えていただけて感激であります! ミナ、ミオ。挨拶しなさい」

 

「しょーぐんこんにちは!」

 

「はい。いい子だ」

 

「しょーぐん、うしろの人たちは?」

 

「お客さんだ。しばらくグラドに居るらしい。今お家に案内しているところだ」

 

「ええ! 新しいひと!」

 

ミナと呼ばれた女の子がエクラの元に駆け寄る。

 

「わぁ、へんなふくー。どこからきたの? でもおもしろそうなひと! いっしょにあそびましょう!」

 

エクラはすぐにというわけにはいかないと判断し、ここはできる限り大人な対応をすることに。

 

「いま将軍に案内をしてもらっているんだ。それを無視するのは失礼だよね。だから、今度落ち着いたら、必ず」

 

「そうね。ごめんなさい。やくそくよ!」

 

ミナはその場から離れた。嬉しそうにミオと約束を取り付けたことを喜び合っている。

 

「ほら、いくぞ。大変失礼いたしました。皆様」

 

グラド兵士のデュークは子供を連れてその場から離れていった。

 

「休みがあるのね」

 

レーギャルンが感心した様子で呟いた。

 

「魔物との戦いはこれからが本番。時間があるうちに特に家族を持つ者はふれあいの時間を設けるよう王が方針を出したのでな。これも任務のうち。決して浮かれているわけではないとも」

 

「いえ、別に呆れているわけではないわ、むしろさっき見たリオン王からすれば、厳しさを感じさせないものだったから」

 

 

 

居住区の片隅に建てられた一軒家。

 

「すまんな。今おぬしら達に使わせられる兵舎がない。寝泊りはしばらくここを使ってくれ」

 

「はい。むしろすみません。こんなところを用意してもらっちゃって」

 

「なに、陛下が面倒を見るよう指示したのだ。儂の融通が利くところは何とかするとも。まずは中を見て来るがいい。フィヨルム殿とレーギャルン殿は2階を使うがよろしかろう」

 

男は1階、女は2階ということか。それで2階建ての家を選んでくれたのなら非常にありがたいことだ。

 

「じゃあ、お言葉に甘えます。フィヨルム、行きましょう?」

 

「はい」

 

レーギャルンとフィヨルムはすぐに家の上の階へと向かった。

 

「俺らは1階か。召喚師、俺の部屋は適当でいいぞ。俺は夜も結構歩きまわると思うしな」

 

「いいの?」

 

「まあ、俺は旅には慣れているからな。寝床さえあれば多少は耐えられる。お前はそうじゃないだろ。せめて自分に合う場所を見つけとけ」

 

ありがたい気遣いに感謝するエクラ。

 

中を見ると、さすがにアスクの自室よりは質素なものの、むしろ元々アスクに来る前にいた家を思い出すのでとても親しみ深い感じだった。

 

「どうだ?」

 

「将軍。気に入りました」

 

「そうか。それならば住人が久しくいなかったこの家も報われよう。良かった良かった」

 

家に新たな訪問者が訪れる。

 

「将軍!」

 

兜を外しているので今度は分かりやすい。終末世界のアメリアだ。

 

「来たか」

 

「遅れてしまい申し訳ありません」

 

「いや、むしろ急な呼び出しに良く応じてくれた。仕事の内容は把握しているな?」

 

「はい!」

 

デュッセルはアメリアに自分の横へと来ることを許し、アメリアはデュッセルの横に並ぶ。

 

「エクラ。おまえにはあらかじめ伝えておくが、おぬしらが良ければ、客将としてグラドと共に戦ってもらいたいと考えている。おそらくその方が、早く、そして堅実に、そして確実にエフラムと出会うことになるだろう」

 

確かに。リオン王はエフラムを悪だと断じていた。そして戦うと。グラド軍と行動を共にすればエフラムに接近できる可能性は高い。

 

しかし。

 

「リオン王は力を借りないと言っていたような」

 

明確に拒絶をされたのはついさっきのことだ。

 

しかし、デュッセルはその態度に違った解釈をしていたらしい。

 

「思うに、リオン様はおぬしたちに、憐れみや助力と言う体で手を貸されることを拒んだのではないだろうか。リオン様の言った、魔王エフラムとの戦いはグラドの誇りをもって行うものであるという意思は本物だろう。本当は、神器を持つそなたらの力はグラドを勝利させるために絶対に必要だろうに」

 

「なら……」

 

「国を侮るなというつまらない矜持ではない。きっと我らを案じてくださったのだ。命がけで戦う我らグラドの戦士、そしてその民、そのすべてが英雄であり、お前達がいかに崇高な使命を持っていたとしても特別な扱いをすることは、我らへの侮りとなると。故にリオン様は厳しい言葉をおかけになったのだろう」

 

加えて特別扱いをするほどの強さを持っていなければなおさらということ。リオンはそれを確かめるためにあえて自分で力を試し、自分の判断が正しいかどうかを裁定した。

 

そう考えればあの場でのリオンの動きはすべて納得するものになる。

 

「故に、おぬしらが客将として、グラドの皆と共に苦労を分かち合い、戦かえばリオン様は喜んでおぬしらの願いに配慮をしてくださるだろう」

 

そういうことならば反対する理由はない。

 

「はい、では、客将としてお世話になります。将軍」

 

「うむ。ではまずは皆の信頼を勝ち取るところからだ」

 

デュッセルが最初にヴァイスブレイヴに出した指示は意外なものだった。

 

「おぬしらはまず、このグラドを良く見回り、ともに仕事に励んでもらいたい。そうすればいざというときに、おぬしらに喜んで協力してくれる民や兵も現れることだろう。しばらくは出撃はなし。仕事は儂やこのアメリア。そして時には別の者から与えることにしよう」

 

アメリアが一礼する。

 

「よろしくお願いします」

 

意外な形でグラドに協力することになったエクラたちのグラド客将生活が始まる。

 




1章 5節 『最後の国グラド』-4


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1章 5節 『最後の国グラド』-4

しばらくはほのぼの回か新しい登場人物の紹介になると思います。


信頼を得る。客将として戦うのはその後だ。

 

しかしながら信頼を得るのはとても難しいことだ。数日でそれを成し遂げることはなかなかない。

 

しばらくの間滞在しそうになりそうだと仲間に伝えたエクラは反対意見も覚悟していたが、フィヨルムは、

 

「いえ。エクラ様がそう決めたのなら。私は特務機関の一員としてついて行きます。私はエクラさんが必要だと思ったことは信じます」

 

レーギャルンは、

 

「まあ、『鎖』をあのエフラムが持っていて、グラドが魔物と戦う国なら、拠点としてこの場所を得られたことは、今後の行軍に必ずプラスになる。反対はないわ」

 

そしてヨシュアも、

 

「まあ、昔的だった国にいるってのは不思議な気分だが、俺は召喚された英雄だ。反対する理由がないなら召喚師に従うさ」

 

と言ってくれたので、エクラは安心した。

 

 

 

 

 

そして朝。日課の鍛錬を行うフィヨルムとレーギャルンは先に起床。訓練用の剣と槍をぶつけ合っているところに、アメリアが現れる。

 

仕事を持ってきたという彼女を家の中へと通し、エクラはいつもよりも数時間早い起床をすることになった。

 

眠さは最高潮。しかし、信頼を得るためにいろいろな仕事を手伝うと決めたのはエクラなのでそれを前言撤回するわけにはいかない。

 

ふらふらしながらも玄関へと向かうエクラは、アメリアに心配されたものの、自分に鞭を打って平気な顔を作ろう。それを見たアメリアは、この場にいるヨシュア以外の3人に仕事を言い渡した。ヨシュアは夜中に何かをやっていたらしく今は休みに入っている。

 

「フィヨルム様とレーギャルン様は本日は、魔導師や一般市民が使う軽装の作成を手伝ってもらいたいという依頼が来ています」

 

「その初心者でもできるでしょうか?」

 

「その点は問題ないかと。どちらかと言うと雑用に近いです。あ、街中での労働に鎧はご遠慮ください。こちらで服は見繕っておきました」

 

渡された軽装はアスクやエンブラでは見ないような生活感と身軽さが重視された赤を基調とする服。早速更衣室で着替えるため一度女性2名は上へと戻る。

 

「エクラさんは、託児所の手伝いを」

 

「ああ。はい」

 

託児所と言われれば、つまり子供の相手をしろということだ。嫌ではないが、手伝いと聞いてもっと肉体労働的なことを頼まれるかと思っていたので、拍子抜けした。

 

上からお着換えを終えた2名が戻ってくる。

 

いつもの煌めきのある鎧姿とはまた別に、やや薄く生地で通気性のよさそうな服。普段は腕も足も鎧で固めている分、2人のしなやかでしまったボディラインがはっきりとしている。

 

「おおお。綺麗」

 

「そう? フィヨルムは良いけど、私はそうでもないんじゃない」

 

「いやいや。それはもう素敵な」

 

言い方が胡散臭くなってしまったがこれは事実である。

 

制服に着替えたところで、それぞれの仕事場へと赴くことになった。

 

 

 

 

 

グラド帝国居住区の西、そこにはグラドの住民が着る服を作ったり、修繕したりする作業所が集結している。

 

国全体をあげて魔物の大軍と戦うという緊急事態において、リオンの施策により、区域ごとに行われる仕事を分け、城下街全体が整理されていた。

 

「すみませんね。わざわざ将として外から来てくださった方なのに、このような雑用を任せてしまって。お疲れでしょう?」

 

従業員の案内を受けながら、フィヨルムとレーギャルンは、荷物の運搬や、服の生産、修繕受付受注を手伝っている。

 

「いいえ。良い経験です。とても楽しいですよ」

 

「ええ。私も。武人として今まで生きてきましたから。このようなことをするのは初めてでした」

 

この場ではレーギャルンもいつもの口調ではなく、やや丁寧な話し方に変化している。

 

「そう言っていただけるとありがたいです。何かお礼ができればいいのだけれど」

 

従業員は何かを思いついたようで、2人に提案する。

 

「仕事が終わってから、織をやっていきませんか? 私がやり方を教えますよ?」

 

「え、でも仕事の後はすぐにお休みになられたほうが」

 

ここで働き、その重労働を実感しているフィヨルムは、さすがに迷惑だろうと遠慮しようとしたが、

 

「興味がありそうに見ていたでしょう? 私は問題ありませんから、ぜひ体験していってください」

 

見抜かれていたことに少し恥ずかしくなり、従業員の推しに負けたフィヨルムは、その提案を快諾することとなった。

 

「すみませーん」

 

受付にグラド兵数人が、訓練服を持ってくる。

 

「あれ、デュッセル様が言ってた……客将の?」

 

「え、ええ。まずはグラドの生活に慣れた方がいいというデュッセル将軍のアドバイスを受けて、許可を得て働かせてもらってます」

 

「やはり。私、見習いですが、グラド軍鎧騎隊所属、ボッチです。貴方がレーギャルン様ですか。将軍様から聞いております。お疲れ様です! では、この服の修繕をお願いいたします」

 

「承りました」

 

「リオン様やデュッセル様が一目おくというそのお力、今度、ぜひ訓練にて見せていただきたいです!」

 

「ええ。楽しみにしているわ、私も。では、お預かりしますね」

 

 

 

 

 

「えくらー」

 

一方、エクラは託児所で子供たちの面倒を見ることになった。

 

偶然にも、そこはミオとミナが預けられていて、約束を守ってくれたと2人の子供はエクラが約束を守りに来てくれたと大喜び。

 

その他の多くの子供が、親2人が軍属のため、ここに預けられている子どもだ。

 

今日は仲良くなるために彼らと鬼ごっこ。街の東側であれば走り回っても文句は言われないので、広大な街中でのかくれんぼになる可能性もある。

 

「えくらー、もうつかれたのー?」

 

「はぁ、はぁー、は」

 

太陽がまだ一番上に来ない頃から、すでに太陽がだいぶ下がってもうすぐ夕方になるんじゃないかという時間が経過している。

 

鬼として皆を探し回っているミナとエクラ。その元気具合には大きな差がある。

 

「いや……ミナちゃんはすごいなー」

 

「ちがうー、えくらがひんじゃくなのー!」

 

「ええ……」

 

自分も軍師としてだいぶ長距離移動を何度も経験してきて体力はついたと思っていたが、子供に地力で負けてしまうとは、情けない限りだ。

 

「えくらー!」

 

「頑張る、ガンバルカラ……」

 

何とか意地でダウンだけはしないように、バテた体に鞭をうつ。

 

「あ! 王様!」

 

「え……?」

 

それをまさかの人物が見ていたのだ。

 

休憩時間だったのか、街の様子を見回って歩いていたリオンと偶然遭遇する。

 

リオンは失笑する。

 

「ふ、エクラ。子供を前に情けない姿だな」

 

「ああ、……そのぉ」

 

「だが、グラドのために働いてくれているのか。感謝する」

 

エクラは何とか背筋を伸ばし、リオンと向かい合った。

 

「グラドのために、なんていうのは、新参者としては生意気ですけど。やっぱり弱くたってじっとはしていられませんから。何とか、一緒に戦えるように、下働きから」

 

「いい心がけだ。崇高な使命を持った部外者より、とても好ましく見える。このまま頑張れば、僕もお前達に戦力や物資を、『仲間』として支援させることもやぶさかじゃない。励めよ」

 

リオンはそれだけ言って、ミナの頭を撫でると、その場を去り王城の方へと歩き去っていく。

 

「えへへ、王様になでられたぁ」

 

嬉しそうに笑うミナ。

 

しかし、エクラは、ミナを撫でるリオンの顔が、謁見の間で見せた厳しい顔とは全く違う穏やかなものだったのを見逃さなかった。

 

やはりデュッセルの言う通りだったのだろう。

 

エクラは今後も下働きを何とか続けていこうと意気込んだ。

 




1章 5節 『最後の国グラド』-5


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1章 5節 『最後の国グラド』-5

ちょっと期間が空きましたが、仕事の間を縫って聖魔の光石の情報収集をしていたので、やる気は十分。後は執筆の時間が取れ次第、どんどん書いてきます。

……投稿はどうしてもゆっくりですが失踪はしませんよ。まだまだ。


「今日は我々の軍と一緒に、合同訓練に挑んでもらう」

 

しばらく、同じ場所で手伝いを行っていたエクラたちだったが、ある朝、このような支持をデュッセルから受け、久しぶりに戦闘服に腕を通し、演習場へと向かった。

 

今回はグラド軍全体での合同訓練で、戦闘員は対魔物用の陣形の確認と、訓練用の木製武器による実戦訓練が行われる。

 

一方隊長格、軍師は陣形への指示伝達の訓練と、そののちこれまでの魔物との戦い方から有効な戦略について話し合う会議に出席することになる。エクラはこちらに参加することになった。

 

すでに、いつも手伝いに行く場所の人たちには、グラド軍から直接合同訓練の話は伝わっている。よって、真っすぐ演習場へと向かうこととなった。

 

グラド軍の演習場は、万を超えるグラドの兵隊を集めてもかなり余裕のある広さだった。

 

「よく来たな」

 

演習場についてすぐ、到着を待っていたデュッセルがこちらへと歩いてくる。

 

「初めての参加だからな。おぬしらには、今回は儂の管轄する小隊の1つとして共に訓練へ臨んでもらう予定だ。小隊にはアメリアを参加させる故、分からないことがあれば彼女に訊くといい。そうだ今回は合同演習ということもあって、お前達にも覚えておいてもらいたい顔ぶれも多い。まずはここから見える範囲で紹介しよう」

 

デュッセルは順にその方に目線を向け、その紹介を始める。

 

しかし早速、エクラは驚くことになる。

 

(ヴァルター……?)

 

ヴァルターはエクラも知っている。しかし過激な残虐性からグラド帝国から排除されてしまった経歴をもつはず。

 

しかし、目の前のその男はグラド軍の制服を着て、暴走する様子もない。

 

「あの男はやや敵を前にすると目に余る殺しをするが、腕の立つ男だ。リオン様も注視せよとは言うが、あの男は戦いに不可欠と多少は容認しているようだ。〈月長石〉の称号を与えられたグラド空軍の双璧となっている男だ」

 

グラド空軍の双璧。ここの王はあの男をそこまで言うのか。と、召喚したことのある彼を見た、エクラはそのように思ってしまう。

 

「双璧ということは」

 

「うむ。あれを見るがよい」

 

そこにはまた空軍のトップの1人として部下に命令を下している男、そしてその近くにはその男の右腕だろう男がいた。

 

「グラド空軍〈日長石〉のグレン、そしてその弟のクーガー。奴らはヴァルターとは違って真面目だからな。おぬしらとも気が合うだろう。真っすぐな性格よ」

 

今度はエクラも知らない名前だった。

 

「空軍と言うことは、ドラゴンやペガサスを主軸とする部隊ですか?」

 

「その通り。まあ、ドラゴンの方が比重は多いな。天馬はどちらかと言うとフレリア王国の方が多いからな」

 

「なるほど」

 

周りを見ると、訓練に参加する者が徐々に動き始めている。

 

「そろそろ始まるか。ならば、残りは訓練の中で、と言うことにしよう」

 

「訓練はどのような内容ですか?」

 

「今日は皆、訓練用の武器を持った実戦形式で行う。最初は軍師を含めての総演習だ。お主にも出てもらうぞ」

 

 

 

 

 

 実戦ということもあって、フィヨルムとレーギャルンは兵士の1人として、そしてエクラは小隊の指示役として小隊1つを指揮する。デュッセルの指示した大まかな方針に従って細かい指示をする。

 

 相手はグラド騎士兵団の一部隊。

 

 その将を務める女性のことをあらかじめデュッセルから聞いている。

 

〈蛍石〉のセライナ。

 

 魔法サンダーストームによる遠距離魔道攻撃を武器とする騎兵魔道士。グラド帝国の中では、リオン、ノールと並び、魔道三柱と呼ばれる魔道将軍といわれている。

 

 彼女が指揮をする兵団に対して、演習場での訓練戦闘が始まる。

 

 エクラが指揮するのはいつもの2人に加え、アメリアやセレフィユでともに戦ったグラド兵と、その兵たちに誘われた同僚がエクラの指揮下に立候補で入ってくれた。その中にはエクラがいつも遊んでいる子供の父親の姿もあった。

 

「向こうがサンダーストームを中央に落としたら実戦訓練開始だ。おぬしらには左側の平坦な道から来るだろう騎兵団を頼みたい」

 

「はい」

 

戦いは相手将軍に攻撃を当てるか、降参によって決まる。

 

エクラは自分の指揮下に入った人達に指示を出す。

 

----------------------------------------------------------

グラド軍演習場訓練戦

 

勝利条件 一定時間の経過

敗北条件 エクラの敗走

----------------------------------------------------------

 

出撃準備

 

今回エクラはアメリアのステータスを確認する。

 

「グラド見習兵」アメリア LV40

 

攻 48 速 30 守 35 魔30

 

武器 重装兵の迎撃斧(訓練用)

威力8(訓練用ではない場合16) 

相手に攻撃されたとき距離に関係なく反撃できる。戦闘を行う相手の速さが自分よりも5以上高い場合自分は反撃不可。2距離攻撃の敵は追撃不可。

 

スキル1 金剛明鏡の構え2

スキル2 守備隊形

スキル3 重装の才覚

自分が攻撃を受ける時、相手の守備力よりも自分の守備力が高いとき、自身の攻撃のダメージ+10。自分は追撃不可。

 

 

エクラが知らない武器とスキルを持っているが、面白いスキルを持っているアメリアをうまく使いところ。

 

(いけない。戦術家としての悪い癖が……自分は軍師、面白さじゃなくて適材適所で戦うんだ)

 

エクラは自分に釘を刺し、訓練開始のサンダーストームが落ちるとともに、全員に指示を出す。

 




1章 5節 『最後の国グラド』-6


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1章 5節 『最後の国グラド』-6

ヤバイ。1か月たってしまった。このままでは終わらないぞ。
少しでも投稿頻度を上げなければ……

時間が欲しいよ。時間が。


「嘘ですよね……?」

 

「いや、嘘じゃないよ」

 

アメリアが驚くのも無理はない。それは定石からは離れすぎている戦術だった。

 

重装兵や騎馬兵が多いこちらに対し、向こうの魔法兵を主体とする敵軍を相手にするのは不利なことこの上ない。

 

故に正面からぶつかればこちらの隊に甚大な損害が出る。

 

今回の勝利条件は一定時間の経過だ。故にそもそも勝利する必要がない。

 

「向こうも物理防御力は低い。数の削り合いになるのは仕方のないことでも、どう削るかでかかる時間は大きく変わる」

 

 

 

 セライナは自身の隊の先発が見える位置で戦況を確認している。本来は敵からも矢の射線が通ることを意味するのであまり行わない行為だが、そこは訓練。自分の隊の善し悪しを判断するために実際に目にすることも大切なのだ。

 

「敵は、重装で固めているようだが……」

 

 自分の隊の行く道を重装兵が阻んでいるのが確認できる。

 

 射程では自分が有利ではある。ただし向こうが手槍などを持っていない場合に限るが。

 

 先制攻撃で重装隊の数をできる限り削り、手槍や手斧を持つ兵をできる限り減らして、反撃の数を少なくすることを優先する。重装兵は足が遅い分、攻撃力が高い傾向にある。故に反撃をするための手槍や手斧を持たせているよりは、攻撃力の高い近接武器を手にしている場合が多い。

 

 先発隊の攻撃。

 

 どれほどの重装兵を撤退に追い込めるかがカギになる。

 

 騎馬魔道兵の一団によるファイアーの爆発により戦場に大きな煙が発生。

 

 視界が曇る中で、手斧を中心とする反撃で損害は出るが、それは仕方のないことだ。

 

「多いな」

 

 セライナが気づく。反撃として飛んできた手斧が多すぎると。先発隊の魔法によって負傷を負った者は離脱するのが今回の訓練の決まりだ。今の攻撃ならばある程度の数は減らせたはずだとセライナは見込んでいた。

 

 しかし煙が晴れて気が付く。

 

「囮……!」

 

 そこには壊れた重装があるだけで、先ほど攻撃を前に構えていたと見せかけていた重装兵は皆、中身がない偽者だった。

 

そこを爆心地とした攻撃だったため、そこから後方は被害を抑えられている状況だった。

 

 故に反撃の手数が減っていない。

 

「それにしても、負傷による撤退が一人もいないのか……。反撃部隊は少なくとも攻撃を受けたはず。重装もなしにどうやって攻撃を耐えたのだ……?」

 

 

 

 遠距離警戒。

 

 エクラ視点で言えば遠距離攻撃を受ける味方の耐性を上げるスキルということになるが、それをフィヨルムとレーギャルンに指示して、さらにこの世界で初めて見たマジックシールドという杖の効果でさらに魔防をアップ。

 

 元々魔防の低い重装兵の耐久力を上げ、反撃部隊は向かってくる魔道兵からの攻撃を耐えて、一人も欠けずに反撃へと転じることができた。

 

「むちゃくちゃです……」

 

アメリアの言う通り戦場で防具を脱がせることは言語道断だ。エクラ自身もこれが思いっきり邪道であることはよく理解できている。

 

 それでもエクラがこの策をとったのには理由があった。

 

「訓練だからね。戦い方の幅を広げるためにやるべきだ。これは殺し合いじゃない。だからこそ突飛な作戦を試して、粗を探して洗練していかないと」

 

 付き合わされる方の身にもなってほしいところだが、長くエクラと共に戦っていたフィヨルムは、慣れてしまっているようで、エクラに反論はしなかった。

 

 訓練全体としては見事に噛み合い、必要な時間稼ぎをエクラは最小限の撤退数で成し遂げることに成功した。

 

 

 

 昼食の時間。

 

 午後からの訓練は軍師側と戦士側で訓練が分かれるので、その前に先ほどの反省点を踏まえレーギャルンとフィヨルムと共にエクラは昼食をとっていた。

 

「あなたね。さっきの訳の分からない作戦で信用を失ったら」

 

「そこは計算外でした……」

 

「私たちなら構わないけど、グラドの人達を巻き込むときは少し慎重に」

 

「ごめんなさい」

 

 そんなとりとめのない話をしているところに、数人が参加を申し出る。

 

「先ほどは見事だった軍師殿。一緒に食事をして構わないだろうか?」

 

そう言って、やってきた数人。

 

帝国三石のうち2人を含めた4人となれば、ただの数人ではなくビッグゲストだった。

 

 断る理由もないため、エクラはそれを了承。セライナが隣に、その横にもう1人の三石である、グレンが座り、レーギャルンの隣には、そのグレンと目元が似ている男と、その隣長髪の男が座った。

 

(ヴァルター……)

 

長髪の男は、アスクでも危険因子だと判断されている男だった。

 

「すまんね。軍師殿」

 

 しかし意外なことに会話の口火をきったのはその男だった。

 

「セライナ殿が、お前に興味があると言ってたもんで」

 

「いえ……」

 

「まあ、許してくれ。お互いこれからは敵をなぶり……失礼」

 

 隣の男がため息をつく。

 

「ヴァルター……」

 

「そう怒るなよクーガー。なあに、隣のみず……麗しきお嬢さんたちに手は出さんさ」

 

「言動でも誇り高きグラドの兵士としての素養が見られる。あれほど注意しろと」

 

「はははは。まあ許せ。軍師殿、そしてお嬢さん。俺は狂戦士でね。一度武器を持てば相手を殺すのが大好きな男だ。だが怖がらないでくれ。敵と味方くらいの区別はつける。口が悪いのは、俺と言う男の特徴だ。悪く思わんでくれよ。俺はヴァルター。グラド空軍の一隊長だ」

 

 エクラは頭がおかしくなりそうだった。

 

 アスクにいた頃とは雰囲気も、言葉遣いも、そして見た目の野蛮さは控えめで、とにかく本当に別人にしか見えなかった。

 

「よろしく……」

 

「おおっと。悪いばセライナ殿。あんたがこの会食を誘ったんだ。一番の名乗りを奪ってしまった」

 

「構わん」

 

 そしてこの流れで、3人の紹介がセライナからなされた。

 

「私はセライナ。蛍石の称号を陛下から賜っている、帝国魔道兵団の総長を務めている。先ほどの戦術は驚いた。私もこの後は軍師側で訓練を行う。ぜひあなたと意見を交わしたい」

 

「ど、どうも……」

 

「そして、そこの髪色が同じ2人は兄弟だ。兄は私の隣にいる、日長石のグレン。グラド空軍のまとめを行っている。そして向かいにいるのがクーガーだ」

 

「お前が陛下がおっしゃられた援軍か。助かる。ともにグラドに平和をもたらそう」

 

 グレンが握手の提案。エクラはそれに応えた。

 

 クーガーが口を開く。

 

「……見た目では、それほど強そうには見えん」

 

 挑発ともとれるその一言に、レーギャルンが笑みを浮かべて反論する。

 

「あら、私も騎竜兵よ。この後、個人的に力を見せてあげてもよくてよ」

 

「……その機会があれば頼みたいところだ。俺は、自分で見極めないと納得はできない」

 

「この後の楽しみが増えたわね」

 

 レーギャルンは王女であり、同時に戦士。侮りは冗談半分でも流すことはできないのだろう。隣でさっそくバチバチし始めたのを見て、フィヨルムは少し焦りだす。

 

 カバーを入れたのは、喧嘩を売った方の兄だった。

 

「すまんな。フィヨルム殿。いつもは血気盛んな奴じゃないんだ。だが、俺達は騎竜部隊。どうしても腕のいい奴がいると興味が出てしまう。殺しはしないだろうから安心してくれ」

 

「そうですか……」

 

 セライナは満足げに頷いて、エクラに言う。

 

「まあ、少しおかしな者もいるが、私たちはお前達を歓迎する。よろしく。ともに魔王エフラムを倒そう」

 

 飲み物が入ったグラスを乾杯の形で差し出すセライナ。エクラは、

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 笑顔でその乾杯に応えた一方で、彼女から出た一言に引っかかっていた。

 

(魔王エフラム……。魔王か)

 

 あんな隊長を殺したその男は、マギ・ヴァルの地において最も力をもつ存在である魔王だという。

 

 エクラの中に嫌な予感が少しずつ湧き上がっていた。

 

 




次回 1章 6節 『皇帝と魔王―激突』-1


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1章 6節 『皇帝と魔王―激突』-1

ついに1章で書きたかった節まできたぞ……! 激突はぜひ熱く書きたい。


「おらーエクラ、おそいー」

 

「まってぇ、よー」

 

 今日も元気に子供たちの相手をしていたエクラ。しかし、街中を走っていた道中、配達業務から店員と共に帰ってきている途中と思わしきフィヨルムに遭遇する。

 

「あ、エクラさん」

 

 最近はエクラの希望もあり、様呼びをやめている彼女のぎこちなさもなくなってきた。

 

「フィヨルム。お疲れ様」

 

「あ、はい。いえ、そうじゃなくて、先ほどデュッセル様に会いまして。至急王城へと向かってほしいと。今私も、荷物を取りに一度店に戻ってから向かうところです」

 

「え、そうなの?」

 

 子供たちがむくれ始める。

 

「えくらー! 逃げるなー」

 

「ばーかばーか」

 

「ぇえ」

 

 引っ張られるエクラ。

 

「こら! やめなさい。今からエクラさんはお仕事なのよ」

 

 それを叱り止めたのはフィヨルムと共に行動していた女性だった。

 

「うう。おねーちゃんこわいよー」

 

「代わりにお姉ちゃんとかくれんぼよ」

 

「ほんとー。よーし!」

 

 子供たちは勢いよく走り出した。ため息をついてその子供たちを見送る女性。

 

「ありがとうございます」

 

「いいえ。いつもフィヨルムさんにはお世話になっているもの。これくらいはお手伝いしますよ。それより、大切なお仕事でしょう。頑張ってください?」

 

「はい」

 

 エクラは女性に感謝して、フィヨルムと共に王城へと向かう。

 

 道すがら、

 

「軍師のおにーさん。明日はうちで働いてくれよ。お小遣いはずむぜ」

 

「お嬢さん、明日はうちにこない?」

 

 いろいろな店からのオファーを受け、徐々に街の人々に信用されてきたことを実感できた。フィヨルムも満足そうに笑みを浮かべている。

 

 

 

 王城の謁見の間では。デュッセルとセライナが魔導師としての武装をしているリオンの前で待機をしていた。

 

 エクラは家で待機していたヨシュアとフィヨルムと共に、久しぶりに見える謁見の前へと足を踏み入れる。

 

「噂は聞こえてくるぞ。ヴァイスブレイヴ。随分とこの街にも馴染んできたようだな」

 

「はい。皆さんによくしていただいてます」

 

「それは結構。お前達の働きと存在は、先行きが不透明で不安を持っている民たちにも良い影響をもたらしているだろう。その点は感謝している」

 

 リオンは話の転換を行うことを、表情を険しくすることで伝えた。

 

「さて、エクラ。今回はいよいよ、お前達に出撃をしてもらいたい件ができた。我らの同胞として十分な働きを見せているお前達に、いよいよ武功をたててもらいたい」

 

 それは以前、手は借りないと言っていた頃に比べれば、随分と自分達への当たりが柔らかくなったことを意味していた。

 

 ようやく来た特務機関としての行動のチャンス。エクラにも気合が入る。

 

「はい!」

 

「いい返事だ。では詳細だ。これより我々は陸軍の2割、空軍の2割を用いて、北にある水城レンバールを占領する」

 

「レンバール」

 

 セライナが地図を広げ、エクラたちに見せた。リオンはその地図を用いて、グラドから北西方向にある城を指さす。

 

「ここは現在、ルネスの拠点の1つとして、さらに上にある要塞と2重の構えで、我らグラドと旧フレリアの間の交通を堅く禁じている」

 

「なぜでしょう?」

 

フィヨルムの質問にデュッセルが答えた。

 

「フレリアは王城こそ占領されたが、現在も双聖器の使い手である王族2名を中心とした抵抗軍が存在している。我らグラドとしては、彼らと協力関係を結び、魔王に対する切り札としたい」

 

 セライナが補足をする。

 

「向こうもそれに乗るでしょう。今まともに衣食住が保証できる場はこの国しかない。抵抗軍が抱える人々を守ることを優先するはずです。あの国の今の統率者、ヒーニアス殿はやや気難しい方だが、聡明です。望みは高いでしょう」

 

 そしてリオンが再び説明を本筋に戻す。

 

「故に、水城レンバールの制圧を、フレリアとの道を繋げる第一歩とし、ゆくゆくはフレリアまでの道を拓く」

 

 エクラは狙いは理解できた。

 

 魔王と戦うために双聖器を集めるのも理にかなっているとはいえる。

 

 しかし1つ解せない点があると知れば。

 

「リオン様も出撃するのですか?」

 

「ああ」

 

 デュッセルが眉間にしわを寄せているのはそのせいだと、ヨシュアとエクラは納得する。

 

「おいおい、いいのか? 今はまだ王様が無理する時期じゃないだろうに」

 

「ヨシュア殿の言う通りだ。私は反対です陛下」

 

 しかしリオンはデュッセルの提言を一蹴する。

 

「敵将はルネス王国将軍のオルソン。それだけならいいが、今のルネス軍はどうも怪しい。僕は、それを見極めなければならない。ルネスの兵は本当に人間のままなのか、それとも間に取り込まれた全く別の存在になったか」

 

「それは、我々だけでも」

 

「そうだな。それはお前の言う通りだ。だが、どうも寒気がする。この戦いだけは、僕が出なければいけない。そんな気がするんだ。だから、何を言われようと、決定を覆すつもりはない」

 

 リオンは強く言った後にエクラに向けて命令を出した。

 

「デュッセルは僕の近衛を指揮する。今回君には、セライナと共に、レンバール攻撃部隊の指揮をしてほしい。地上部隊の1割がお前の命令生死が決まる。大役だ」

 

 エクラにプレッシャーを与えるリオン。

 

 しかしエクラも軍師。数々の戦いでアスク王国の兵士や英雄の明暗を分ける戦いを超えてきた。

 

 この程度、覚悟はすでにできている。

 

「やります。そのためにここにいるんだ」

 

「よく言った。では、輝かしい活躍を期待している。出発はすぐだ。武器と防具を整え、城塞都市の門の外へ集合せよ! すでにお前達の仲間の1人、レーギャルンは向かっている」

 

 エクラとフィヨルムは、息を合わせ、

 

「はい!」

 

 威勢よく返事を返した。リオンはそれを満足そうに受け取った。

 




次回

支援会話 デュッセル&エクラ C

1章 6節 『皇帝と魔王―激突』-2


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支援会話 デュッセル&エクラ

意外と長くなってしまったので、6節の2は次回に回します。


支援会話 デュッセル&エクラ C(←今ここ) B A

 

 

ある夜。

 

夜道を歩いているエクラは同じように歩いていたデュッセルと遭遇した。

 

「あ……」

 

「エクラ。こんな夜にどうした」

 

「あ、えーと」

 

 なんとなく、とも言えなかったため、それっぽい理由をでっちあげた。

 

「その、街を見て回りたくて」

 

 それは事実だ。規模が巨大な城塞都市とだけあって、仕事や訓練の合間で歩くだけでは、当然全てを見回ることはできない。

 

 ゆくゆくはこの街に戻ってこないことになるかもしれない。そう思うと初めて異界にこれほど滞在した思い出として、できる限り全てを思い出として焼き付けておきたかった。

 

「そうか。……お前たちは純粋な少年と少女のようだな」

 

「そうですか」

 

「軍務はさぞ厳しかろう。命の重みを知るからこそ、我々軍人はそれを守るために戦う。しかし、それは独りよがりな正義感にもなりうる。我々は命を重く見ず、勝利のため犠牲にしなければならないものもある。儂も、切り捨てられるようになったのは数年の後だった」

 

 デュッセルは意外にも深夜徘徊をしていたエクラを叱らずに、むしろ少し共に歩こうと提案、エクラはデュッセルと親睦を深める機会と好意的にこの機会を受け取り承諾した。

 

寝つけなかったから理由もなく歩いていただけだったので、話し相手がいるのはむしろ嬉しかった。

 

「お前達がこのグラドを大切に思ってくれていることは、よく伝わってくる。最近の働きぶり、陛下もお喜びだ」

 

「皆さんいい人ですから。この前は、おばあさんが借家に晩御飯をおすそ分けしに来てくれたんです。異邦からの乱入者が相手なのに、皆さんやさしくて」

 

「そうか。その話はきっと陛下もお喜びになるだろう。……時々、お前達が活き活きと働いているのを目にすることがある。その時、思ってしまうのだ。さっきも少し言ったが、お前達に戦いは厳しいものではないかと」

 

「そんなことないですよ?」

 

「すまんな。儂も年を取ったものだ。昔はこのような戯け事を口にすることはなかったのだが。侮辱に聞こえたなら非礼は詫びよう」

 

 デュッセルは懐から、何かを取り出す。

 

 見たところ、折れた槍の刃の一部分だった。

 

「それは?」

 

「新人兵士、もう何十年も前の頃だ。山賊を相手にしていた時死にかけたことがあってな。これは当時使っていた槍がその時に壊れたのだが、その破片だ」

 

「今の将軍からは想像できない……」

 

「勇ましさだけは誰にも負けぬと思っていたのだがな。命の危険を前にしてようやく自分の覚悟が浅かったことが分かった。人間だれしも、自分の命は可愛いものだ。戦いの中に華を見出す者もいるにはいるが、当時の儂はそうではないことが実感できたものだ」

 

「今は違うんですか?」

 

「今は、陛下の為なら死ねる。前皇帝が愛した幸せの象徴であるご子息をお守りできるのならば、それは儂の生きた意味なのだと、覚悟ができている」

 

 デュッセルは立ち止る。

 

「おぬしはどうだ。お前達の戦いは決して生きる目的ではあるまい。怖い、と思ったことはないのか。ここで死んで、生を授かった意味を見出せないまま死ぬかもしれない今の状況に」

 

 エクラは即座に首を振る。

 

「平気です。生きる意味なんて考えたことはないけれど、今、いや、前も辛いことばかりだったけど、その分、誰にも負けない経験と充実を感じてる」

 

「命の危険がない穏やかな暮らしよりも?」

 

「……少なくとも死ぬ覚悟なんてないですよ。必ずアスク王国を取り戻して、アルフォンスとシャロン、私の友達が楽しく暮らす故郷を取り戻してみせる」

 

「そうか。お前は本当に立派だな。……エフラムを思い出すな」

 

「エフラム?」

 

 そこまで聞いた時に、アスク王国にいた頃に正史世界エフラムから聞いた話を思い出す。デュッセルはエフラムの卓越した槍の技の礎になった師匠だと言っていた。

 

 終末世界でもその関係は変わらないらしい。

 

「当時の奴も威勢が取り柄だった。あやつと師弟とは今にして思えば不思議にも思える関係だったが、そうさな。王族であるエフラムとは、本来は交わることなどなかっただろう。だが槍を使い、これまで必死に戦ってきたからこその師匠となれば、きっとそれはこの人生において一番戦ってきた甲斐があったのかもしれないな」

 

 デュッセルは寂しそうに空を見上げる。

 

「いったい、どうしてあんなことになってしまったのか」

 

 エフラムは敵。それも互いの信念を賭けた戦争などではなく、魔王という絶対に倒さなければならない悪となってしまった。

 

「すまんな。こんな話をするために共に夜回りをしようと誘ったわけではなかったのだが」

 

 エクラは、いつもより少しだけ疲れを覗かせているデュッセルにきり返す。

 

「将軍。必ずエフラムにたどり着きましょう。軍師として戦って、必ず将軍を彼に会わせますから。その時は将軍自ら、その嘆きを彼に言ってあげてください」

 

「む……気を使わせてしまったか」

 

「いえ、そんなつもりは。僕らは、グラドの民ではない。でも将軍には大変お世話になりましたから、きっと恩返しをしたいとは思っていました」

 

「そうか……」

 

 デュッセルは首を振る。

 

「必要はない。この身で戦うは、陛下やこれからの未来を切り開いていく若者のため。軍人である以上、そうあるべきだ。だが、ああ、嬉しいものだな。お前にそのように言ってもらえるとは」

 

 その時のデュッセルは笑みを浮かべていた。それはエクラが初めて見たかもしれない老兵の笑顔だった。

 

「……お前には言っておこうか」

 

 デュッセルは再び歩き出して、語る。

 

「もしも、私が、普段とは違う特別な槍を使い始めたら、儂から離れておれ。それは死地だと判断したときか、誰かを守るために命を賭ける時にしか使わない呪いの業物だ」

 

「え……」

 

「魔物との戦いはより熾烈になっていくだろう。使わなければいけないとは必ず使うと決めている。我が一族に伝わる、人を狂わせ、代わりに限界を超えた戦いを指せる魔装だ。お前には知っていてほしい。他の仲間が儂を助けるという無謀にでないような」

 

「将軍……」

 

「お前は信用に値する。どうか、他の者には言うなよ」

 

 そして再び歩き出すその背中。

 

 言いたいことは分かる。魔物との戦いはより熾烈になり、さらにはルネスとの決戦ももうすぐやってこようとしている。

 

 しかし、エクラは首を振った。

 

 必ず死なせはしないと。そう心に誓って、再びデュッセルの隣を歩き出した。

 



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1章 6節 『皇帝と魔王――激突』-2

いよいよ戦争だー! (FE脳)


――グラド帝国軍と行動を共にするエクラは、皇帝リオンの命に従い水城レンバールへと進軍する。彼らが向かう水城レンバールは周囲を湖に囲まれた天然の要塞。城内に進むにはたった一つ渡された橋を駆け抜けるしかない。それがこの城が堅牢な戦の城として機能する所以だった。今、幻想的な湖の城は、魔物とルネス軍の巣窟となり、グラドに牙をむいている状態だという……――

 

 

 

水城レンバール。

 

エクラが最初にその城を見た時、まず、難しい戦いになるだろう、という予感がたった。

 

 本当に湖の中央に立っているように見えるその城は一見、アスクやニフル、エンブラとは違った神秘的な印象を受けるが、見た目の美しさと戦いとしての機能性は別の話。

 

「見て分かるだろう。水城レンバールは守るに易く、攻めるに難い天然の要塞。慎重な進撃が必要になる。が……」

 

 セライナの困惑も分かる。

 

よく見ると城の外を守っているのは魔物が大半を占め、城の正門の前のみルネス兵が守っている。

 

「エフラムが魔王であるが故なのか、魔物を使役しているようだ。そんなことが可能なのか」

 

 エクラも魔物を獣と同じで本能のままに目の前の生物を殺す化けものという印象が強かったが、ここまで軍の一員かのように迎撃の構えを取られていると知性があるのかと疑わしくなる。

 

「今リオン様はデュッセル殿と共に後方で待機している。私たちは命令通りに魔物の殲滅と正門の敵を蹴散らし中への活路を見出だす」

 

「セライナさんはどのように攻めますか?」

 

「そうだな。私は魔法兵団と共にサンダーストームを使い、敵をできる限り減らしてから進軍する予定だ」

 

 サンダーストームは遠距離魔法であり、命中力には若干不安が残るものの高威力の雷撃を落とすことができる。

 

「敵にはガーゴイルやピグルなどの飛行系の魔物が多い。基本的には空軍がそれに対応するがこちらにもいくつか流れてくるだろう。私たち陸路を行く者は、足場が少ないから機動戦では対応しにくい」

 

「基本的には受けから入るわけですね。でもガーゴイルはともかく、ピグルは魔法攻撃ですから、重装で攻めるという単純な答えでは被害が大きく出ます」

 

城塞落としは敵の兵力の3倍が必要だというのは有名な話だ。相手がどれほどの保有戦力があるかは知らないが、できる限り兵力は温存して城内に突撃したいところだ。

 

「ならここは少数精鋭で行きましょう。セライナさんの魔道兵団はサンダーストームで袁逢の敵にけん制を賭けつつ、敵のヘイトを買ってください。敵がセライナさんたちに向かい、手薄になったところを一気に突破します」

 

 セライナが目を見開く。

 

「お前、私たちは囮か?」

 

「あ……」

 

 普段英雄たちを指揮する身として、どれほどの身分の高い者でも従えてきたエクラは、身分を弁えるということをすっかり失念していた。セライナは帝国の重鎮。それを軽々しく囮に使うとは、通常は考えられない失言だ。

 

 しかし、セライナは笑みを浮かべると、

 

「なるほど、ではお手並みを拝見するとしよう。リオン様の期待に応えるためだ。面倒事は受け持ってやるとも」

 

「ありがとうございます」

 

「いいや。タイミングはこちらで合図を送る。突撃はそれからだ。見事正門の制圧を成し遂げるんだぞ。聞く話によるとレンバールはオルソン以外にも、鬼神のごとき戦士がいるらしい」

 

「そうなんですか?」

 

「ガルシアというルネスでは少し名を馳せている凄腕だ。今はレンバールに在籍している。正門を守っているとしたら、その男の可能性も考えておいてくれ。では武運を」

 

 基本的な戦いの方針が決まり、セライナ直属の魔道部隊によるサンダーストームの猛攻が、戦いが始まったことを告げる狼煙の代わりを行うことになった。

 

 自分の部隊の待機所に戻り、レンバールを見据えながら今回の作戦の話をする。

 

「そんなものを請け負ってよかったの? 相手は魔物だらけなのよ?」

 

 フィヨルムは普段エクラに賛成的なので、反対的な意見をしっかり出してくれるレーギャルンの存在はこんな時、エクラを冷静にしてくれる要素として、エクラは有難みを覚えている。

 

「全力戦闘ならもっといいアイデアがあったかもしれないけど、今回は可能な限り戦闘兵を温存したい。危険な最前線に挑む人数を限ることで、犠牲者を必然的に少なくできるよ」

 

「でも失敗したら意味がないわ。それこそ兵力を2倍必要とする事態になれば、元々1.5倍くらいに兵数を伸ばしておいたほうが犠牲は少ない」

 

「悩むね……それは」

 

 そこにヨシュアが数人の女性を連れてきた。

 

「召喚師。協力を取り付けてきたぜ」

 

「協力……?」

 

「この軍の回復を担当してくれるシスターたちだ。グラドにいる時に、いろいろと縁があってな。今回の回復役として、頼み込んだら来てくれたんだよ」

 

「いいえ。そもそも、傷ついた者を癒すのも私たちの務めですから」

 

「そう言うなよ。ナターシャはこの中でも杖と光魔法の腕はいい司祭様だ。エクラ、お前の戦勘定に入れるには十分だと思うぜ」

 

 エクラは一礼をするナターシャに、協力への感謝を述べて遠慮なく、頑張ってもらうことにした。

 

 杖の回復役がいるのなら、継戦能力が上がるのは間違いない。

 

「預かっている重装兵の皆さんには頑張ってもらうことになるけど、前にやった訓練が活きる時だ。全員攻撃姿勢で行こう。きっと魔法による援護も、セライナ達はしっかりやってくれるはずだ」

 

「そう……。なら死なないのを第一優先で、次に攻撃姿勢ね。受け身にはならない。それでいいのね」

 

「レーギャルンにはいつもハラハラさせてしまうね。いつも申し訳ないと思う」

 

「いいのよ。それくらい、アスクをお父様から守った軍師様ならするでしょう。私自身はあなたは愚を犯さないと信用しているわ。だからこそ、こうしてともに戦うんだもの。さあ、行くわよ」

 

 レーギャルンは自身の飛竜に騎乗する。

 

 エクラはアイテムの効果を封入したオーブをセットして、戦いに挑む。

 

 

****************************

水城レンバール攻城戦

勝利条件 敵将ガルシアの撃破

敗北条件 エクラ、フィヨルム、レーギャルンの死亡。

     セライナの死亡

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1章 6節 『皇帝と魔王――激突』-3


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1章 6節 『皇帝と魔王――激突』-3

 戦場に雷撃が次々に降り注ぐ。

 

 サンダーストームの魔法により、敵の陣地にいる魔物たちは次々絶命していく。

 

「いこう!」

 

 味方の攻撃が始まると同時に、エクラの精鋭軍が一気に攻め立てる。

 

「任せてください!」

 

 今回もアメリアはエクラと共に戦ってくれている。重装兵団の1人として、ガーゴイルの攻撃を止め、反撃を加えている。

 

 傷は今回から参加してくれているナターシャとシスターの皆さんによる杖の回復によりある程度抑えられている。

 

 フィヨルムとレーギャルンはヨシュアに任せている剣士隊と共に、重装兵が捉えられなかった敵を討伐するべく腕を振るっていた。

 

 エクラも落雷の呪符を使い、敵に痛手を与えながらサポートしている。

 

「魔法来ます!」

 

 アメリアの号令。重装兵は一度下がり、フィヨルムがエクラの近くにやってくる。エクラは奥義の刃を使用して、フィヨルムの神器に魔力を装填した。

 

「頼む!」

 

「はい!」

 

 氷の聖鏡。フィヨルムが扱える奥義による巨大な氷の盾で、相手の魔法攻撃を受け止め、そして受けた痛手を攻撃魔力に変換して、レイプトの槍から冷気と共に放たれる。

 

「加勢する!」

 

 後続の敵を迎え撃とうと自分の隊に指示を出すべく振り返ったとき、上空から声が聞こえた。

 

「グレンさん!」

 

 今回空軍を指揮するグレンが、エクラに向けて叫ぶ。

 

「飛んでくるガーゴイルは、我々に任せてくれ。セライナから策は聞いている。お前達の役割は突撃だろう。前へ進め!」

 

「はい!」

 

 全員の士気がまだ保たれているのを確認して、魔物の軍勢へと突撃を指示。

 

「重装兵は前へ! 第2弓兵団、第4魔法兵団はその後ろから攻撃を開始!」

 

 エクラの指示に従い、槍と斧を中心に持っている重装兵は前に出る。そして再び迫ってくる魔物を前に、重装兵の後ろから遠距離攻撃が可能な者たちが、攻撃を加えていく。

 

 さらにセライナ率いる魔法兵団のサンダーストームが加勢して、敵を見つけては真っすぐ殺しに来ることしか考えられなくなる魔物尽くその猛攻に数を減らしていく。

 

 しかし、それで全てを削りきることはできない。そうなれば正面衝突もやむなしだが、和葉減っている分、優勢に進められることに違いはない。

 

「魔道兵団、前進します! セライナ様は、魔道兵団の半数をこちらに移動させ一気に攻めるようです」

 

「勝負をかけるとき、と判断したんだろう」

 

 今、戦争による犠牲者はある程度少なく抑えられている。しかしサンダーストームの射程から正門付近は外れているため、どうしても魔道兵団が前に出なければならない。

 

 そしてこの魔法、遠距離を一方的に攻撃できる反面、近くの敵に当てることはできないというデメリットがある。故に、前衛に魔道兵団を置く場合は、サンダーストームを使用するのではなく、通常の魔法を使用せざるを得ない。そうなれば射程は弓矢と同じだ。

 

「正面衝突になっても、方針は変わらない。相手がとる手段は突撃が多い。まずは的確に対処して、数が薄くなったところを、騎馬兵を使って一気に貫き正門への道を拓きます」

 

 エクラはアスク王国で戦った経験を活かし、確実に正門に徐々に差し迫っていた。

 

 

 

正門。

 

 大斧を持ったガルシアがルネス兵を率いて仁王立ちをしている。

 

 戦士ガルシアはルネス王国の戦士として、数々の武功を挙げた戦士。一度は退役をしたものの、エフラムの脅迫により、妻を人質に取られて今は戦場に戻ってきている。

 

「父ちゃん……」

 

「すまないな。おまえも駆り出されるとは」

 

 戦士を志していた。息子と共に。

 

「なに、気にすんな。俺はルネスの戦士ガルシアの息子だ。日々鍛えてきたのも父ちゃんみたいになるためだ」

 

「お前に戦場は早すぎる……そう、思っていたのだが」

 

「俺が支えるから」

 

 そしてガルシアを慕うルネスの戦士たちもガルシアに力強くうなずく。

 

「勝つぞ。そして生き延びる。わしらの死地は、たとえ王が命じたとしてもここではない!」

 

 部下に檄を入れて、息子には言葉をかけた。

 

「お前はもう一人前の男だ。だが、お前はわしの宝。いいか、情けをかけられたら必ず生き延びろ。決して命を粗末にするな」

 

「何言ってるんだよ。父ちゃんが負けるはずないだろ。ルネス最強の戦士だぜ? 騎士様にも負けない斧の達人だ」

 

 親子の会話はもう少し続くと思われた。

 

 その時。

 

 凄まじい風の魔法が吹きすさび、正門を守る戦士の皆が吹き飛ばされる。

 

「ガルシア殿! 来ました。グラド軍――!」

 

 突如、全員に痛手を与える落雷が降り注ぐ。それは敵の前衛で指示をしている白い法衣を来た軍師が放ったものだった。

 

「ぬ……ロス! 来たぞ、気を張れ!」

 

「おう!」

 

 戦士団は斧と剣の使い手が多い。恐れられるのは、鎧をも叩き切る重い一撃。錬成された鋼の武器が可能にする、防御の価値失わせるような、暴力と評すべき一撃だ。

 

 しかし、そんな屈強な男たちでも、苦手とするものがある。

 

 それは――魔法だ。

 

 戦場に1人、圧倒的な精度で魔法を放ち、敵を殲滅する美しき騎乗魔道兵がいた。

 

「あれか……!」

 

 ガルシアは駆け出す。

 

 魔法が戦場で飛ぶことなどいつものことだ。並みの戦士であれば対処しようのない魔法であっても、ガルシアは突破して敵に迫る。

 

 その女性は、迫ったその男を見て、慌てて旨辛飛び降りた。直後、そこにトマホークが投げられる。

 

「あれほどの斧を寸分狂いなく投擲するとは、さすがだな」

 

「……ただものではないな。わしはルネスの戦士ガルシア。貴殿の名は」

 

「グラド帝国三騎。蛍石のセライナ。名前は聞いたことがあるだろう」

 

「馬鹿な、お前ほどの重鎮がどうして前衛に出てきている……!」

 

「レンバールはルネスと戦うために必要な要塞。この攻城戦は重要な役割を持っている。ならば、幹部である私の責任をもって行われるのは当然のことだ」

 

 すでに正門では、ルネスの戦士たちと、エクラが率いてきた一団、そしてセライナが率いて生きた一団との交戦が始まっていた。

 

 突撃してきたグラド軍の中は、兵1人1人のレベルが高く、さらにその中に、本来は将軍の任されるほどの実力者が何人も紛れ込んでいる。

 

 ガルシアはそれを目撃して、敵が本気でレンバールを落としにかかっているのを察した。

 

「ぬ……はああ!」

 

 ガルシアが襲い掛かる。セライナは隙が少ない下級魔法で迎撃するが、それを躱し、そして斧で防ぎ、斬りかかる。

 

(さすが……一筋縄でいかないか)

 

 基本的に魔法兵は近づかれると弱い。鎧を身に着けない分身軽であり、防御力も低い。一度攻撃を許してしまったら、基本的にできることは逃げの一手だ。これは魔道将であるセライナも変わらない。

 

 もちろん諦めるという意味ではなく、反撃の一手を差し込む隙を見極めるわけだが。

 

 そこに。

 

 ガルシアの息子である、戦士の中で一番若い新米が、セライナに突撃する。

 

「うおお!」

 

 勢いよく駆け、気合の籠った声を上げながら、セライナへと向かって行く。

 

「だめだ。やめろ!」

 

 ガルシアの制止も虚しく、一度駆け出したら止まらない。きっとその息子にとっては敵将を討つ好機だと見えたのだろう。

 

 その突撃を、氷の刃を持つ剣士が軽々と止める。

 

「元気だな。……お前はこの世界でも」

 

「どけ! 誰だお前」

 

「そこで寝とけ。未熟なガキを斬るのは趣味じゃないんでね」

 

 足をひっかけて、転ばせ、ヨシュアがその息子の体を抑える。

 

「ロス!」

 

「う……ああ!」

 

 苦しそうな声を上げる息子を見て、ガルシアは迷ってしまった。息子の命乞いをするべきか。

 

 その一手は、歴戦を超えてきたルネスの戦士としては失態だった。大きな隙ができるサンダーストームを放つに十分な時間を与えてしまった。

 

 上空から雷が降り注ぐ。

 

「がああああああ!」

 

 セライナの一撃がガルシアに直撃した。

 

「ぬ……!」

 

 それでも、地獄に落ちる直前で踏みとどまり、セライナに向けて走りだすガルシア。

 

 しかし、戦いは非情だ。感情を込めることで運命が変えられるわけではない。

 

 炎の刃を纏ったレーギャルンが、ガルシアの隙となっている後方から確実に止めを刺した。

 

「が!――」

 

 歴戦の戦士はその場で、あまりにもあっけない最後を迎える。

 

「すまない。手間をかけたな」

 

 セライナの感謝の言葉に、レーギャルンは、

 

「敵将を討つ絶好の機会に確実に止めを刺したまで。気になさらないで。それともこの世界では、一騎打ちを始めたら邪魔してはいけないルールがあって?」

 

「いいや。これは戦争だ。お前の言う通り、向かってくる敵は討つべきだ」

 

 決着は敵将の撃破によってついた。

 

 ロスは目の前で父の死を見届けることになる。しかも、それは誉れ高い死ではなく、あまりにも無惨な最期。

 

「くそ……!」

 

 ロスは命一杯の力を振り絞り、油断していたヨシュアの拘束を無理やり振りほどいた。

 

「許さん!」

 

 そしてセライナに突撃をする。

 

 しかし、セライナの凄まじい殺気は、ロスの体を恐怖により強制的に止めた。

 

「少年。お前は捕虜になるか、ここで死ぬかの2択を選ぶことができる。我々はルネスの民でも人間であれば迎える。それが陛下のお心だ」

 

「く……!」

 

「亡き父の敵討ちをするならかかって来い。だが、時を待つ聡明な頭があるのなら、今は屈辱に耐えろ。御父上も、命を賭してまで息子に仇討ちは頼まないだろう」

 

 セライナの言葉通り、ガルシアは命乞いをするよう息子に言っていた。

 

 しかし、父すらも知らなかっただろう。息子にとって、父の背中がどれほど憧れだったか、そしてその自分の憧れを軽々しく潰された瞬間、どれほど悔しかったか。

 

 いつかは父と肩を並べる戦士となり、褒めてもらいたかった。そして背中を預け合って武功を上げたかった。名声が欲しかったわけではなく、その事実だけが欲しかった。

 

 生きる意味を奪われた少年が、冷静でいられるはずがなかった。

 

「う……ああああああ!」

 

 斧を振り上げ、セライナに突撃する。

 

「よい意気だ。だが、それはすなわち、お前は最後まで戦士であることを選んだということ」

 

 対処に動こうとしたレーギャルンを止め、セライナは魔法を放つ。

 

「ならば屈辱を与える失礼はしない。戦士らしく、戦場で散らせるのが情けだろう」

 

 その息子が、蛍石の魔法に耐えられたかは、語るまでもないだろう。

 

 一部始終を後方で目撃していたエクラは、生史世界のエイリークから聞いた、ガルシアとその息子との話を思い出していた。

 

 そして思う。戦争は――常に非情なものだと。

 




言い訳①

あの、私ガルシアとロスが嫌いというわけではないんですよ?
むしろストーリー攻略で使ってたし。
ただ、そのぉ、ルネスが敵である以上は仕方ない……少なくとも、当時味方として使っていたキャラが敵になるのは当然の流れというか……。犠牲は出ますよ。(悪びれないすまし顔)

さて、言い訳は置いておいて、恨むなら作者を恨んでほしい。
しかし、今後もたぶん味方だった人間が敵として殺さなければならないという事態は避けられないと思います。だってFEでやっていることは戦争ですから。

次回 1章 6節 『皇帝と魔王――激突』-4


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1章 6節 『皇帝と魔王――激突』-4

 城内の制圧はデュッセルが率いる軍団に任されている。リオンも何か思うところあってか近衛とともにレンバールの中へと向かってしまった。

 

 エクラたちはレンバールの外で待機。敵の援軍を警戒しながらも体を休めている。デュッセルの一団に何かがあればただちに中へと潜入して、戦闘を開始しなければならない。

 

「エクラさん、大丈夫ですか……?」

 

 呼吸が少し粗いエクラをフィヨルムは心配し、傍へと寄って飲料を差し出した。

 

 エクラはその心遣いに甘えそれを受け取り、のどに流し込む。

 

「いやあ、子供たちと遊んで少しは体力を鍛えられたんじゃないかって思ったけど、そうでもないみたいだ……」

 

「すこしお休みください」

 

「でもフィヨルムたちだって疲れてるでしょ? 戦ってもいない自分がくたびれてられないよ」

 

 元気にふるまって、エクラは腕をぐるぐる回し元気をアピール。フィヨルムもそれを見て必要以上に心配はしなかった。

 

 セライナは自分が最前線で戦っていたにも関わらず元気に部下たちに指示を出している。

 

 それを見てエクラも負けてはいられないと、自分を奮い立たせた。

 

 近くに座っていた借り受けの兵たちを労うため声を掛ける。

 

「おお、軍師さん。元気ですね。あんな強行軍の前線で指示を飛ばしてたのに」

 

 グラド兵はなかなかに屈強である。さすがあの皇帝や黒曜石の部下である。

 

「皆さんこそ」

 

「いやあ、日々の訓練の方が厳しいものです。だからこそ戦場でもこうして気丈に頑張れる。厳しさの分の見返りを感じられますよ。……まだ新入りには厳しいみたいですね」

 

 見るとアメリアが兜を脱いで、座り込んでいた。

 

 かなり強引な戦いになったため、これほど消耗するのも無理はない。ましてアメリアは若い女性だ。いくら兵士としての訓練を受けていても、他の者に比べれば経験値が違う。戦斧を持って、戦場を駆け回れば疲弊するのも当然だった。

 

「アメリア、大丈夫?」

 

「はい……問題ありません」

 

 正史世界の彼女と全く変わらない屈託のない笑顔は、エクラをより元気づける。実に彼女らしいと言えるだろう。

 

 セライナがそこへ、エクラを目的として接近してくる。

 

「エクラ。周囲に敵兵はないようだ。少しこの後の動きを確認したい。今はいいか?」

 

「ええ。分かりました」

 

 2人で、紙に書かれた文字が見えやすい場所まで移動しようとする。

 

 1つの戦いが終わり次に目標を移そうとした――その時。

 

 魔法兵団に突如、黒い炎の雨が降り注ぐ。

 

 すぐにセライナとエクラは、否、全員が異変に気が付き臨戦態勢をとった。

 

 魔法に高い耐久力を持つ魔道兵団ならば、黒い炎を受けても難とか生き延びる。そう思われたが、敵の魔力が圧倒的だったのか、生き残った者はほとんど存在せず、少しの生き残りも、後から黒い炎を纏って墜落してきた何者かに殺されてしまう。

 

 積み上げられた死骸すら黒く炎上させ、その炎の中から信じられない人物が現れた。

 

「あれは……」

 

 忘れるはずがない。忘れるわけがない。

 

 目の前でアンナ隊長に圧倒的な力の差を見せ、あまつさえ殺したその男。

 

「エフラム……だと!」

 

 セライナがその名前を言う。それは魔王に取りつかれているという、敵軍の総大将だ。しかし空から降ってきたということは、飛んできたということ。

 

(もう、人間ではないということか)

 

 エクラは冷静に敵を分析する。

 

 魔に墜ちた太陽 エフラム

 HP120

 攻 91 速 39 守 60 魔 42

 

 武器 魔装ジークムント

 攻撃+5

 この武器は射程に関係なく敵へ攻撃できる。ただし、隣接する敵以外に攻撃を行うときは魔法攻撃として扱われる。

 

 Aスキル 魔王の力 相手に攻撃されたとき距離に関係なく反撃する。相手の守備か魔防のうち低い方でダメージ計算を行う。

 

 Bスキル 見切り・待ち伏せ+追撃+回避不可3

 

 Cスキル 魔の障壁 自分の戦闘時、自分の攻撃、速さ、守備、魔防をそれぞれ+30する。ただし、双聖器をもつ相手と戦うとき、このスキルは無効となる。さらに双聖器からの攻撃、または不利な効果を受けた場合、自身の能力値上昇は-3される。この効果は永続的に発揮され、解除できない。

 

 まずい。

 

 あのエフラムは間違いなく、この場にいる全ての人間を殺しつくすに十分なステータスを持っている。そしてそれをさらに凶悪にしているのが、Cとして見えたエフラムの能力。

 

「く……ははははははは!」

 

 笑い声をあげるエフラムを相手に、屈強のグラドの軍人が怖気づいた。

 

 今のエフラムは雰囲気だけで、敵を震え上がらせるに十分な覇気を持っているのだ。

 

「来て正解だったな。貴様らはそろそろ目障りだと思っていた。グラドの塵芥ども」

 

「何……!」

 

 自分たちが侮辱されセライナは黙ってはいられない。

 

「この数を倒そうというのか。ルネス王!」

 

「ふ……久しぶりに槍を振るおうと思ってな。さあ……顔を歪め絶望を見せてくれ!」

 

 目を開き、狂喜の笑みを上げ、エフラムが放ったのは魔法攻撃だった。

 

 すぐさまフィヨルムが氷の聖鏡で受け止めようとする。しかし。

 

「ぐ……!」

 

 ニフルの神器の氷は見事エフラムの攻撃を受け止めているものの、フィヨルムへのダメージのフィードバックが多すぎて膝をついてしまう。

 

 そして氷は割れた。

 

「まずはお前だ!」

 

 フィヨルムに向けてエフラムが突撃する。魔力を使ったブーストがかかっているエフラムは、飛竜の全力飛行よりもはるかに速い速度でフィヨルムへと接近した。

 

(まずい!)

 

 エクラはすぐにフィヨルムをなんとかしようとするが、ヨシュアが珍しく厳しい声で叫ぶ。

 

「お前はとっとと中に行け!」

 

「でも、フィヨルムが!」

 

「いざとなれば、竜のお嬢ちゃんやマリカを呼べる。だがな、お前が死んだらそれもできない。今は援護よりも身を守れ」

 

 立ち上がれないフィヨルムの代わりにレーギャルンがエフラムを迎え撃つ。槍の刺突を神器で受けきろうとしたものの、受け止められず、10メートル後方まで勢いで引きずられる。

 

「させ……ない!」

 

 いつもの余裕のある佇まいはなく、レーギャルンは必死にエフラムの黒い炎槍を炎の剣へ弾く。

 

 そして、反撃を入れるべく、剣で斬り返した。

 

 しかし、エフラムの肌の薄皮一枚に傷をつけるだけで刃は止まってしまった。

 

「いい武器だ。だが、まだ足りんな」

 

「な……」

 

 エフラムの手から黒い炎の激流が放たれ、レーギャルンはそれに巻き込まれる。

 

 それでは止まらない。エフラムから放たれた炎は辺りに炎の津波を引き起こし、彼を狙っているグラド兵のほとんどを一掃してしまう。

 

 これはもはや戦いになっていない。蹂躙だ。

 

 セライナも魔法を使い、自身の部下たちを守っていたがそれで精いっぱいだ。反撃の余裕がない。

 

 エフラムが、再び不敵な笑みを浮かべると、次に狙ったのは、エクラだった。

 

「ああ、お前が!」

 

 心臓がバクバク言ってはいたが、これまでの戦争経験が功を奏し動けないことはなかった。逃げようと足を動かす。しかし、当然エフラムの接近の方が速く、

 

「させねえよ」

 

 ヨシュアが庇っていなかったら、すでにエクラの命はなかっただろう。

 

「邪魔だ。雑兵」

 

「どうかな……?」

 

 これまでの中で一番本気が窺えるヨシュアの剣技は速く、研ぎ澄まされている。

 

 しかしエフラムにそれは通用せず、剣技の間にできた隙をエフラムは予知でもしていたかと疑う正確さで狙った。

 

「ち……!」

 

 ヨシュアは槍の一撃を足で蹴飛ばして軌道を逸らし、そしてカウンターの一撃を見舞う。

 

 双聖器の一撃。

 

 それは先ほどのレーギャルンの攻撃とは違い、間違いなくエフラムに傷を負わせた。

 

「……侮ったな。これは反省だ。だが!」

 

 しかし、その反撃もギリギリだったのか次のエフラムの回し蹴りをヨシュアは躱すことができず吹っ飛ばされる。

 

「ぐ……召喚師!」

 

 これで、もうエクラを庇う者はいない。

 

 エフラムは勝利を確信し、炎を纏った槍を投擲する。

 

 大砲よりも凶悪な魔力を纏った魔王の撃槍。

 

 エクラは死を覚悟する。

 

(あ……死んだ)

 

 もはやこれまで。あっけない旅の終わりだった。

 

 覚悟を決めた。

 

 ――しかし。

 

 救世主は遅れてやってくるという格言は時に正しいこともある。

 

 斧が投擲された槍を狙って投げ飛ばされる。エクラへと向かっていた魔王の槍とぶつかってなお、傷一つつかず、弾き飛ばしエクラを救った。

 

「え……」

 

「ほう……これは僕の記憶違いか?」

 

 レンバールの門から、1人の男が姿を現す。その者こそが、双聖器、黒斧を投げた本人。

 

 その男を見たエフラムはこれまでの大暴れを中止、これまでにないほどの笑顔で彼を迎え入れた。

 

「リオン……!」

 




1章 6節 『皇帝と魔王――激突』-5


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1章 6節 『皇帝と魔王――激突』-5

 相対する2人。かつては永遠の友情を誓い合ったはずだが、今はもう殺し合うしかない敵同士。

 

 しかしその会話は意外にも、まるで再会を喜び合う形で始まった。

 

「久しぶりだな、リオン」

 

「ああ」

 

「会えてうれしいぞ」

 

「僕もだ。君が元気なようで安心したよ」

 

「随分と皇帝らしいことをしているじゃないか。帝国を率いて俺の邪魔をするとは、俺の知るお前はそんなやつじゃなかったんだがな」

 

「それはこちらの台詞だ。君が魔法で攻撃をしているところを見て驚いた。その体に黒い影を宿らせてからは、貫禄が出たような、横暴が過ぎるような」

 

 しかし、この2人は決してこのままでは終わらない。

 

 エフラムは槍を構え、リオンはその手に双聖器のガルムを持ち、左手には魔導書を持つ。

 

「ははは! やる気じゃないか! リオン!」

 

「今の君が見るに堪えない。魔法、虐殺など、君らしくない」

 

「俺は変わった。俺は理想の王になる。この力でな」

 

 セライナが援護をしようと動くがエフラムがそれを止める。どうやらリオンは1対1でエフラムと決着をつけるつもりらしい。

 

 無茶だという者はいなかった。それを言っても現状その戦いに加勢できるほどに実力とコンディションが整った戦士はもういないからだ。

 

「さて、始めるか!」

 

 エフラムが黒い炎弾を放つ。

 

 リオンは闇魔法と使いその火炎弾を阻んだ。

 

「リオン様! お1人では!」

 

「自分の心配をしていろ! フィヨルム!」

 

心配をしたフィヨルムを一喝しリオンは戦いに臨む。

 

 エフラムが帝国の兵たちを一掃した火炎弾の数々をリオンに向ける。リオンはそれを多数展開した魔法で次々と撃ち落としていく。

 

 数発、凌ぎきれなかった火炎弾を躱し、リオンは反撃に出た。

 

 迫りくるエフラムに向けて、闇魔法による高威力の魔道砲が放たれる。

 

 エフラムは急停止。そして黒炎の壁を作りリオンの反撃を迎えた。

 

 激突。

 

 あたりに、使われている魔力の高さをうかがわせる余波が伝播する。

 

「やるな……!」

 

 再びエフラムが、フィヨルムに向かった時と同じ速度でリオンへと差し迫った。そしてジークムントに黒い炎を纏わせ、目の前にいる敵を貫こうとしている。

 

 リオンは逃げようとはしなかった。

 

「随分とご機嫌なようだ。喜びに飢えていたのか?」

 

 右手に持った斧を振りあげ、その槍を迎え撃つ。

 

「そうだとも!」

 

 双聖器と魔装がぶつかり合う。両者力負けすることなく、槍と斧は刃の部分で競り合いながら、互いに未だ向かおうとしている。

 

「ぐ……ああ、これだ。これが戦いだ。リオン!」

 

「その目、まるで獣だな」

 

「蹂躙をして、塵どもの絶望を味わうのも楽しいがな」

 

 押し込むことを諦め、一度槍を引いてすぐ、リオンに向けて猛攻を仕掛ける。リオンは斧と魔法を使い槍の攻撃を弾くものの、さすがに槍の方が、攻撃速度が速く分が悪い。

 

「これは戦争だ。自分の力を発揮できなければ不完全燃焼になるだろう!」

 

 エフラムの攻撃を受け続けるのは厳しいと判断して、リオンは一度距離をとった。

 

 そして目の前にいる、本当に楽しそうに笑っている友の姿を見る。リオンのその顔は、いつもの王としての堂々たる表情ではなく、どこか、悲しそうだった。

 

「いいぞリオン……。お前は、いい。今までは少し力を使うだけでくたばる雑魚どもだったが、お前はとてもいい。戦いになっている」

 

 そしてエフラムは槍の刃の先を天に向けたかと思ったら、その場で上へと浮き始めた。

 

「お前なら、応えてくれるか。俺の、力に」

 

 魔装ジークムントにこれまでにないほどの黒い炎が宿り、凝縮され、禍々しい魔力を放ちながら黒く染まっていく。

 

 その威力は魔導師ならば一番よく感じられるだろう。空気がエフラムの槍に集まったその魔力によって震えている。それはすなわち、エフラムが次に放とうとしている攻撃が凄まじい威力を持っていることに他ならない。

 

 リオンは斧をその場に置き、使う魔導書を変えた。

 

 懐から、大事にしまわれているそれを取り出し、本を広げ詠唱を行う。

 

「あれは……」

 

 セライナにはその魔法に心当たりがあるらしい。

 

「なんなの?」

 

 レーギャルンが尋ねる。

 

「皇帝陛下の持つ最強の魔法だ。陛下はここで、あのエフラムを本気で殺すらしい」

 

 リオンの後方に巨大な魔法陣が描かれる。

 

「ナグルファル。あれこそ、巻き込んだもの全てを滅ぼす闇の瘴気の嵐を起こす。おそらくリオン様はさらにそれを凝縮して、エフラムの方に向ける気だ」

 

誰の目から見ても明らかなほどにリオンは、その敵意に満ちた目を上にいるエフラムに向けていた。

 

 2人の攻撃の準備が整った。

 

 エフラムの持つ炎の槍は黒い隕石のように燃え上がり、破滅を墜落させる。それに対抗するべく、練り上げられた魔力が、魔法陣の炸裂と共に破滅の嵐をとなって迎え撃つ。

 

 皇帝と魔王の激突はその周りにいる者全てを置いて行く、圧倒的な力のぶつかり合いだった。

 

 相克により起こる余波は並みの魔法の威力を遥かに超え、爆心地に近いエクラたちにはレクスカリバーにも負けないほどの衝撃が襲いかかっていた。

 

「ぐ……!」

 

 リオンの表情が曇る。

 

 当然だろう。全力の魔法にもかからわずエフラムの放った黒い炎槍に徐々に圧され始めている。

 

「ぐ……ぁああああ!」

 

 今までに見たことない必死な顔で、その炎の槍を押し返そうとしている。

 

その様子をエフラムは感心しながら見ていた。

 

「ほう……」

 

 そして――。

 

 2人の攻撃の衝突地点を中心にすさまじい爆発が起こる。

 

 リオンが時間を稼いでいる途中、エクラが使った特効薬の効果を受け、回復していたフィヨルムが再び氷の盾を展開して、その爆発から召喚師や仲間たちを守った。

 

 爆発の後、中から。

 

 火傷を負ったリオンと、余裕の表情でそれを見つめるエフラムが現れた。

 

「見事だ。リオン。お前はさすがだな」

 

「……エフラム。まさか、これが全力か?」

 

「冗談を言うな。未だ真体が蘇っていない今、俺は魔王としての力を半分程度しか引き出せていない。……だとしても、少し本気で撃ったんだが、それを凌ぐかリオン」

 

 エフラムは満足そうに笑うと、リオンに背中を向ける。

 

「どこへ行く?」

 

「気が変わった。お前がこれほどにやるとは予想外だった。だが、リオン。お前もまだすべての準備が整ったわけじゃないんだろう? お前と、お前が準備するすべてに興味ができた。メインディッシュは後に取っておくことにしよう」

 

「何……?」

 

「お前の駒も住民も今は生かしておく。急げよ、真体の復活まで残り10日くらいだろう。それまでの猶予を許す。リオン、俺を本気で止めに来い。そして、そのお前のすべてを打ち破り、その時のお前の絶望を味わってやる。どんな顔をするか、今から楽しみだ」

 

 それを言うとエフラムは魔法陣を下に展開して魔法による転移を行い、姿を消す。

 

 今まで平気そうな顔をして立っていたリオンはその場で膝をつく。

 

「リオン様」

 

 エクラが駆け寄り特効薬を使おうとしたが、それをリオンは拒否した。

 

「不要だ。先ほどの魔法の反動が大きい。傷は大したものじゃない。それはとっておけ」

 

 リオンは去っていったエフラムの幻影を見ながら、

 

「後、10日か。想像以上に事態が進んでいたな……!」

 

 と独り言を述べたのちに、エクラに指示を出す。

 

「もう時間がない。今後の方針も話し合わなければならないが、まずはレンバールの攻略が先だ。幸い城に被害は出なかった。中では未だ戦いの最中だろう。手を貸してもらうぞ。もう時間がない、休憩の機会は与えん」

 

「……分かりました」

 

「いい返事だ」

 

 リオンは一度深呼吸をした後に立ち上がる。そしてすぐにレンバールへと歩み始めた。その表情は全く晴れやかではなかった。

 

「エフラム……。変わったな、本当に」

 




次回 1章 7節 『レンバール攻城戦』-1


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1章 7節 『レンバール攻城戦』-1

――魔王の真体復活まで残り10日。エフラムからもたらされた衝撃の事実。今の状態では魔王は愚か、力が抑えられた状態だというエフラムを倒すことすら叶わない。故にこそ、今回のレンバール攻城戦はより重要な意味を持つ。フレリアにいる双聖器の使い手と合流し、魔王を倒すための道筋を開くため、疲弊した状態の中で、エクラたちとグラド軍は戦いを挑む――

 

 

先ほどのエフラムの襲撃により受けた被害は甚大だった。

 

アメリアやその周りにいたグラド兵たちは幸運にも、戦闘の余波を受けるにとどまり、大きなけがはなかったが、結果的にはエクラはデュッセルから借り受けた部隊の半数を失う結果となった。

 

しかし半数ならばまだ良いほうで、セライナが率いていた部隊はその9割が死亡。

 

「この戦いが終わったら弔ってやる……」

 

同胞がいた場所にて、悲しそうな顔で俯く彼女の姿は、エクラには印象的だった。

 

仲間の殉職はいつだって悲劇に他ならないが、リオンは進撃すると言った以上は、今は死者を悼む時間は許されない。

 

エフラムは言った。あと10日で魔王は復活すると。

 

それが事実ならば、今立ち止まっているわけにはいかない。エクラたちが求める炎の紋章はエフラムが持っている。ならば、相容れない存在である以上は戦って勝ち取るしかない。

 

水城レンバールの攻略はそのための第一歩だとリオンは言った。その第一歩で時間をかけている余裕はないということだ。

 

エクラも、皆も、それを理解しているからこそ、疲れもけがもある程度は無視してデュッセル軍は行っているレンバールへ突撃する。

 

 

***********************

「レンバール攻城戦」

 

勝利条件 敵将オルソンの撃破

敗北条件 エクラ、リオン、フィヨルム

レーギャルン、セライナ、グレンの死亡

***********************

 

 

 

レンバールへの突撃の際に、さすがに減りすぎた軍を再編する必要がある。

 

空中の魔物をある程度撃退したグラド空軍をリオンは呼び寄せ、簡易的な軍議が行われた。

 

「グレン、お前とお前の隊は我々に合流。少数精鋭で敵将を討つ」

 

「陛下も出撃なさるのですか?」

 

「ああ。そもそも僕がこの城に入ったのは城の中を調査するため。デュッセルと敵軍主力が戦っている道とは別に、地下の牢獄から、上に穴を開けて上昇すればすぐそこが、総大将が座すだろう、指揮部へはすぐだ」

 

「偵察とはなんと危険なことを」

 

グレンがうなだれる一方、ヴァルターは『さすが』と陛下の好戦的な一面を褒めたたえる。

 

「地下はおそらく、城の防衛部と違い、魔物が巡回を行っている。なんとも面妖なことこの上ないが、敵であることに変わりはない」

 

このタイミングで、ヴァイスブレイヴ側の3人も多少回復したため、軍議に参加した。

 

「敵の種類は?」

 

 レーギャルンの質問にリオンが答える。

 

「上級の魔物が多いな。だが、お前達であれば問題なく対処できるだろう。逆に並みの兵士は援護に回す。精鋭を前衛に、一気に突破するぞ」

 

「城の地下というと牢獄か?」

 

「そうだな。中に捕らえられている者もいた。誰か、までは把握できていなかったが」

 

「人質にされた場合は?」

 

セライナの問いにリオンは答える。

 

「各自の判断に任せる。僕から必ず救えという命令は出さない」

 

 それはつまり邪魔であれば命乞いをしている人間ごと魔物を殺し、効率を最優先にしても良いということだ。

 

 いや、むしろ邪魔になるようであれば、助けを求めていても意に介する必要はないと暗に告げているのだ。

 

 フィヨルムの顔が少し曇った。

 

 彼女は優しい。それをエクラは知っている。

 

 きっと非情な判断は下せないだろうと思う

 

 だからこそ、もしも、そのような状況になってしまった場合を考えて、エクラはあらかじめ宣言した。

 

「ヴァイスブレイヴは、人命の救助を優先します」

 

「……そうか。実に君たちらしいな」

 

 リオンは怒らなかった。むしろ、満足げに頷き、

 

「お前たちはそれでいい。己の正義がそうなら、それを貫けばいい。軍人らしい判断は、全て我々が責任を負う。だから、迷うことだけはするな。いいな?」

 

 誰よりも先にフィヨルムは真剣に頷いた。

 

 そして、小声でエクラに、

 

「あの、ありがとうございます……」

 

 と、ささやいた。

 

「では、他に、行軍に質問は?」

 

 突入のための軍議は続く。

 




1章 7節 『レンバール攻城戦』-2


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1章 7節 『レンバール攻城戦』-2

 

リオンの案内に従って、エクラたちは地下へと突撃。地下牢の方へと走る。

 

上級の魔物の数々に苦戦を強いられそうだったが、魔物が相手ならば、やはり双聖器と司祭が強く出られるようだ。ヨシュアやリオン、そして、意外にも先ほどはサポートに徹していたナターシャが活躍している。

 

 ふとエクラが思い出すのは、アスクで出会ったラーチェルという聖魔の世界の王女様のこと。彼女は双聖器「光輝イーヴァルディ」という武器を持ち、強力な光魔法だった。もしもあの光魔法を司祭が放てば、すごい攻撃力になるのではないか。

 

(気になる……)

 

 残念なことに軍師としての癖がついてしまっているエクラは抑えようと思っていないと自然と新しい戦術を考えてしまう。

 

 しかしここは戦場。さすがにこれ以上は自制して、目の前の敵に集中することにした。

 

 双聖器を持つリオン、ヨシュアは魔物に対して1人で戦い、他はこれまでのセオリー通り2人で確実に1匹ずつ数を減らす。

 

 以前は相応に苦戦した骸骨兵を前にしても、さすがに慣れてきたのか、フィヨルムとレーギャルンの2人の連携は以前よりも数段洗練されていて、スムーズに敵を駆逐していく。

 

 エクラもそれを呪符により援護することで、魔物相手との戦いは、多少数が劣勢でも盤石に対処できるようになっていた。

 

「もうすぐ地下牢ね」

 

「はい、そこを抜ければリオン様のご指示通り、上に行き、敵将であるルネス将軍、オルソンとの戦いになります」

 

「平気?」

 

「はい?」

 

 唐突に体の心配をされてフィヨルムは声が裏返る。

 

「ここまでだいぶ無茶をしているわ。今回は特にひどいダメージを受けたばかりでしょ」

 

「レーギャルン。それは戦いにおいてはいつものことです」

 

「そうじゃなくて、その、不安なのよ。氷の儀式の影響はないの? 急に倒れたりとかは」

 

 氷の儀式とは、この戦いの前、エンブラとの戦いに終止符をうつため、フィヨルムが行った代償儀式だ。その代償について、フィヨルムは頑なに語らなかったが、同じような儀式があるエンブラの王女は、察しがついていたのだろう。

 

 フィヨルムは笑みを浮かべ、レーギャルンに返答した。

 

「大丈夫です。残された時間は短いかもしれまんが、今は私、元気ですから」

 

「そう」

 

「大丈夫。何か予兆があれば必ず言います」

 

「ごめんなさい。急にこんな話を」

 

「いえ、レーギャルンが私を心配に思ってくれているのは、ここまででよく伝わってきますから。とても嬉しいです」

 

 フィヨルムの純粋な言葉を受け、レーギャルンは顔を少し赤らめる。

 

 その声が聞こえてきたときに、エクラはナーガと交わしたある日の会話を思いだす。

 

『安心しなさい。彼女は多くの絆に守られています。今を生きる者、そして死した者、彼らの彼女を想う加護が、彼女を呪いの死から遠ざけてくれている。少なくともあなた方が彼女と共にいる限りは、彼女はそれでは死にません』

 

 ナーガはそう言っていた。神竜の力がどれほどかをエクラはまだ具体的に把握しているわけではないが、滅びるばかりの自分達を無理に助けに来てくれた彼女が言うことならば、大丈夫だろうとエクラは信じている。

 

 だからこそ、その話は、彼女から何かがない限りは決してしないと決めていた。

 

(しかし、仲よさそうでよかった)

 

 再び襲い掛かってきた魔物を前に、2人は勇ましく戦いを挑む。

 

 エクラは戦場全体の様子をうかがう。リオンの魔法と斧の圧倒的な攻撃が見事であるのはいつものことだが、目を引くのは、その近くで戦場を楽しんでいる男。

 

「んん……なんだこの程度か? つまらん、もっと美味そうな奴はいないのか……?」

 

 呟きながら血濡れの槍を振るう姿を見ると、それこそ、特務機関に居た頃のヴァルターを思い出す。

 

「ヴァルター、少しいいか」

 

「なんだ、グレン。俺は今機嫌が悪いんだがなぁ……?」

 

「敵将クラスの魔物を見つけた。俺が今から仕掛けるが、満足できないというのならお前に譲ろう」

 

「ふん……なんだ。自分では殺しきれんと言えばよかろうものを……」

 

「いやならばいい。俺が陛下の命令を遂行するが?」

 

「ああ、待て。誰もやらんとは言っていない。そうだな、たまにはお前の気配りに、付き合う酔狂もアリか。ふん、その代わり、腑抜けだったらお前を殺しに行くぞ?」

 

 そう言ってヴァルターがグレンが向かうはず敵将に突撃する。

 

「いいのか?」

 

 弟のクーガーが兄に問う。

 

「まあ、言うことを聞こうとしない狂犬というわけではない。奴は優秀だ。ああして暴れさせて輝くのならば、狂犬は狂犬らしい飼い方をするまで。……陛下のアドバイスだ」

 

「そうか。なら文句はない。しかし、俺はあいつを信用できん。いつ暴走するか」

 

「まあ、その時はその時だ。……次来るぞ。背中を任せる」

 

 グラドの兵士たちを見てエクラが思うのは、皆とてもリオンを信用していて、彼の収める国のために戦かうという点においては団結しているという印象。

 

 終末世界と聞いて最初はよほど荒んだ世界なのだろうと勝手に想像していたが、それだけではないと今では実感ができる。

 

 

 

 地下牢は確かに面妖な光景だった。

 

 檻の中には人間。そしてそれを見張るように魔物が巡回をしている。まるでこの牢を守る魔物には高い知性が身についているかのようだった。

 

 実際には、エクラたちを見た瞬間、他の魔物のように襲い掛かってきたので、それはきっとそういうふうに動けと言う命令だったのだろうと判断できる。

 

 巡回の魔物を倒し、牢の中に居る人間を覗くが、皆エクラたちを見ても恐怖で顔を歪めていた。その顔を見れば『さあ、逃げましょう』と声高らかに言うことはできない。

 

「なんで」

 

「この者たちはルネスの者だな」

 

 セライナがエクラに言う。

 

「おそらくうえで戦っている兵士は、人質に取られているのだろう。思えばレンバールはグラドに一番近い要塞。そこで戦うというのはすなわち死ぬ可能性が高いということだ。故に、信用がないものがここに集められ、人質を取られて戦わされているのだろう」

 

 脅迫。先ほど出会った今のエフラムには実によく似合っている非道な行為だ。

 

「皆さんは人間ですか……?」

 

 しかし多くが怯える中で1人だけ、声を上げる者がいた。

 

「どうかお願いします。あの人が無事ならこの命、どうなっても構いません。あの人を解放してあげて!」

 

 フィヨルムが困った顔でこちらを見たため、エクラと、セライナが援護に向かった。

 

「ああ。お願いします。グラドの皆さんがルネスに恨みを持っているのは知っています。でも、どうか一つ願いを聞き届けてほしいのです」

 

「落ち着いてください。婦人。私たちはあなたの命を奪く気は在りません」

 

「私のことはいい!」

 

 どうやら少し混乱状態のようで、怯えた顔をしながら希う。

 

「あの人を。オルソンを助けてください」

 

 エクラは問う。オルソンと言えばレンバールを率いる敵将のはず。それを助けてほしいと願うこの人は少なくとも関係者のはずだと予想した。

 

「あなたは……?」

 

「私はあの人の妻で、モニカ、と申します。夫は、私のために戦わされているだけなのです。どうか、お命だけは」

 

「落ち着いてください、婦人。要件は分かりました。しかし」

 

「ああ……どうか。それが叶わぬのなら、せめて、夫にもう一度会わせて……」

 

 必死な申し出だった。セライナも敵国の人間である以上易々と判断はできない。

 

 しかしエクラはその場で、提案する。

 

 先ほど『助ける』と言った通り、正しいと思ったことを選択する。

 

「連れていきましょう。この人の願いをかなえてあげたいです」

 

「エクラ。だがな……そう易くは」

 

 その時、後方からリオンの声がした。

 

「いいんじゃないか」

 

「陛下! しかしルネスの」

 

「そんなことはどうでもいい。責任はエクラが持つ。連れていってやれ。ただし婦人。戦いになったら諦めてもらう。オルソン将軍を救うか殺すかは、彼が決めることだ。それが譲歩の条件だ。いいな?」

 

 モニカは、目の前に来た光明に目を輝かせて、

 

「はい。ありがとうございます」

 

 と礼を述べた。

 

 これを皮切りに、捕らえられていた多くの人々が解放を望む。グラド軍は彼らを解放。そして寄り道を終えて、いよいよ敵将のところへと向かう。

 




1章 7節 『レンバール攻城戦』-3


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1章 7節 『レンバール攻城戦』-3

 デュッセルが率いるグラド軍の精鋭によってレンバールのほとんどが制圧され、そしていよいよ、デュッセルが敵将であるオルソンとの戦いに挑んでいた。

 

 さすがルネスの将軍ということもあり、普通のグラド兵では倒しきることはできない。今回は特に将軍の士気が高く、並みの兵士では相手にできない。

 

 故にデュッセルが自らの近衛騎士を指揮しながらも、自らも先陣に立ちオルソンの命を狙う。本来将軍という立場は前に出るものではないのだが、並みの兵士が太刀打ちできない以上実力を持っている者が戦うしかない。

 

「負けるわけにはいかんのだ……お前達に……!」

 

「それはこちらも同じこと。グラドの勝利のために、討つ」

 

グラドの猛将と、ルネスの将軍の戦い。

 

勢いづいたグラド軍、対して死力を尽くすルネス軍。

 

レンバールの最奥、そこでこの攻城戦における最後の戦いが繰り広げられた。

 

 

 

エクラたちがその戦場にたどり着いたときにはその決着がつこうとしていた。

 

結果は見ればわかる。

 

ルネス兵のほとんどが倒れ、あと少しの兵と槍が折れ膝をついているオルソン。そしてそれを厳しい表情で見る。

 

「く……まだ」

 

「最後に言い残したことはあるか?」

 

 デュッセルが槍を構えている。今にも止めを刺そうとしているところだが。

 

(間に合った……!)

 

 エクラはいち早く走り出し、デュッセルを止めようとする。

 

「待ってください! 将軍!」

 

「む……?」

 

シュッセルはエクラたちが来たことに気が付き一度槍を下ろす。しかしなぜエクラが止めるのかが分からず顔をしかめる。

 

「なんだというのだ」

 

「お願いです。少し待ってください」

 

「む……」

 

 ルネス兵も突如、戦いの一時中断を申し出るという前代未聞の事態になり、敵であるはずのエクラを前に動く者もいなければ、怒りを見せる者もいなかった。

 

 エクラはリオンの方を見る。

 

 リオンはエクラの意志をくみ取り、自分の後方に控えさせていた女性を前へ出し、エクラの方へとエスコートする。

 

「モニカ……!」

 

 オルソンが驚きの声をあげる。

 

「あなた……!」

 

 モニカは走り出す。それをこの場で止める者は誰もいない。

 

「モニカ……。ああ、ああああ。無事なのかい?」

 

「ええ、この方たちに助けていただいたの。魔物を倒して、私を、ここに連れてきてくれたのよ」

 

 再会を果たした2人。オルソンはこれまでの厳しい表情を一変させ喜びに満ちた表情で愛する妻を抱擁した。そしてモニカもまたそれに応える。

 

 しばらく、時を待ち。

 

 オルソンの妻であるモニカを連れてきたリオンが付け加える。

 

「それは、我らグラド軍の客将たるエクラが提案したことだ。敵でありながらも事情にしっかりと耳を傾け、その願いをかなえた。その度量の広さに感謝せよ」

 

「……グラド皇帝、リオンか」

 

「いかにも」

 

 オルソンはモニカを庇うように前に立ち、ルネスの敵である皇帝の前に立つ。しかしすでに敗北寸前の体では睨みを聞かせるのが精いっぱいだった。

 

 その状態の戦士が睨んだところで特に感情が揺れ動くものはこの場にいない。リオンはエクラに言う。

 

「この男の処遇はお前に任せる」

 

「いいんですか?」

 

「願いを叶えたいと言ってあの男の妻を救ったのはお前だ。お前がこの男の生死を決めるがいい。僕は、それを是とすることにしよう」

 

 エクラに託されたオルソンの処遇。

 

 モニカは一縷の望みにかけ、地下の時と同じ言葉をエクラに言う。

 

「お願いします。どうか夫を助けてください……! 私ならなんでもしまから」

 

「モニカ、やめるんだ!」

 

「私は、貴方がここで死んでしまうなんて耐えられない。今までルネスのために必死に戦ってきたあなたが、こんな仕打ちを受けて死ぬのは嫌なの」

 

地下で聞いたように、オルソンはおそらくここで妻を人質に取られ戦わされていた。

 

その予想が真実だと信じ、エクラは口を開く。

 

「オルソン将軍。あなたの愛する人が生きてほしいと言っている。私は、その願いを受け入れたい。だからこそ、甘いと言われようと言います。私たちには争わない道があると思っています」

 

「何を馬鹿な……。ルネスとグラドは敵同士。将である私に裏切りなど許されない。この身はルネスに忠誠を誓った者だ。それを誇りとして生きてきた」

 

「では、なぜこの場所に。あなたは将軍だと聞きました。軍の要人なら、少なくともグラドに最も近いこの場所で、人質を取られてまで戦うはずはない。私はそう思います」

 

「それは……」

 

 言葉に詰まるオルソンに対し、モニカが口を挟む。

 

「主人は、エフラム様に異を唱えたのです。エイリーク様の顔が暗く沈んでいる状況、魔物との共同戦線、今のルネスはどう考えてもおかしいと……」

 

「モニカ! やめなさい!」

 

 騎士の身としては、忠誠を誓った王に異を唱えることは死を覚悟して行うほどの大罪にして恥である。オルソンもまた騎士ならば並大抵の覚悟でそのようなことはするはずがない。

 

 それでもした。つまり将軍の地位まで来た忠臣にそこまで言わせるほどの異変を、あのエフラムは起こしたということだ。

 

「なるほど……」

 

エクラはそこに光明を見出した。

 

妻の願いを叶えるためには、オルソンを生かしておく理由が必要になる。さすがにエクラが生かしておきたいから生かすは、わがままが過ぎる。

 

せめてレンバールで用兵を十分にこなす実力を見せた彼の力を借りるぐらいのリターンがなければ、リオンが許しても他が納得しないだろう。

 

「私はここで、ルネスの騎士として死ぬ。だが、妻だけは……!」

 

「あなた、どうして。そんなことを言わないで」

 

「私は騎士。ならば国のために死ぬ以外の道は……」

 

 エクラは意を決して、彼に手を伸ばす。

 

「一緒に戦いませんか? 今のルネスはおかしいと、私たちもそう思います。だからこそ、グラドと共に戦っている。その原因に迫るために。きっとその道は、貴方と同じ道だと思う」

 

「馬鹿な、国を裏切るなど」

 

「あなたにとって、大切なのは国の存続ですか? それとも、貴方の奥様が健やかに暮らせる未来ですか?」

 

「騎士は、国のために戦う、主のために死ぬのだ」

 

「たとえ隣に、貴方の生存を心から望んでいる人がいても? あなたはエイリーク王女の心配し、エフラム王の乱心に疑をもったからこそ意を唱えた。それは、貴方が真にルネスを想っているからです」

 

「だから何だという」

 

「どうせ死ぬのなら、未来にかけてください。安易に騎士として死ぬなど、隣であなたを想う奥様への裏切りだ。あなたが真にルネスを想うのなら、ルネスの乱心の真意を糺し、奥様が健やかに暮らすことができる故郷の未来のために、己の命を懸けて戦うべきだと、私は思います。居場所なら、グラドにはなくとも、ヴァイスブレイヴにはある。私が、貴方と奥様の責任を取ります! ルネスに勝ち、悪を滅ぼすその時まで」

 

 言い切った。責任をとると。

 

「なにを勝手な……」

 

 デュッセルが呆れて陛下にエクラの暴走ともいえる説得を止めるべきだと提言しようとしたが、意外にもリオンはそれを好意的に受け取っていた。

 

「陛下……」

 

「まあ、まて」

 

 モニカの表情はより晴れやかになる。

 

一方オルソンは国を裏切ることへの罪悪感と、差し出された条件が、自分の望み通りになる可能性が高い事実を受け、揺れていた。

 

「だが……!」

 

 エクラは真っすぐオルソンを見つめる。自分の本気を伝えるために、決して目をそらさない。

 

 モニカもオルソンの横で彼を説得する言葉をかける。

 

「お願いあなた。私、一生支えるから。たとえあなたが裏切り者とののしられてひどい目にあっても……私がひどい目にあっても耐えるから。どうか、ここで死ぬなんて。もうあなたと離れ離れは嫌。先に死んでしまうのも嫌。お願い……」

 

 普通の騎士なら、ここまで言われてもまだ騎士道を語るところだろう。

 

 しかしオルソンは、ルネスでも一番と言えるほどの愛妻家だった。

 

 それがあったからこそ、エクラの提案、2人がまだ一緒に、無様でも生き延びられる可能性がある選択肢が、彼の心を動かすのに効果的だったのだ。

 

 オルソンは悩んだ末、槍を置いた。

 

「分かった。その条件を受ける。私は降伏する。そして君のために戦う。だから、私とモニカに。慈悲をくれ」

 

 説得が通じた。

 

 デュッセルも意外な展開に驚いている。

 

 しかしリオンとヴァイスブレイヴの皆は、満足そうな顔でエクラの戦果を受け取っていた。

 




FE名物の説得って、こう書いてみると難しいんだなって思いました。
何とか形にするまで少し時間がかかってしまった。

次回 1章 7節 『レンバール攻城戦』-4


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1章 7節 『レンバール攻城戦』-4

お久しぶりです。
久しぶりに時間がとれたので、つづきです。


 リオンを含めレンバールを攻略した者たちは、城の入り口の近くに集まり戦後の処理を行った。

 

 幸運なことにレンバールのルネス兵たちは物分かりも良く、オルソンの降参と共に降伏し、今は将とともに、デュッセルの監視を受けながらおとなしく別室待機している。

 

 そしてリオンとエクラは今後の戦いについての方針を固めていた。

 

「エフラムの強さは想定以上、そして残り10日で決戦と来たか……。想像以上に時間がないな」

 

 リオンが悩む顔を見せているのを見てフィヨルムは、ふと思いついた質問を投げかけた。

 

「元々、ルネスとの戦いへの作戦はどのようなものだったのでしょうか……?」

 

 その質問に答えたのはセライナだった。

 

「エフラムは魔王。ならばかつて魔王を倒すために振るわれた双聖器を手に入れ備えることが基本方針。そのために、ジャハナ、フレリア、ロストンの双聖器をできる限り回収しようと」

 

 その続きをリオンが口を開き話し始めた。

 

「フレリアを最初にしたのは、フレリアには未だ魔物に抗う抵抗軍が存在し、そこに双聖器を用いる王族がいるという情報があったからだ。抵抗軍との合流が叶えば戦力の増強もできる。何より、現状他の双聖器がどうなったかの情報はない」

 

「つまり動けるところから、ということですね」

 

 このまま進軍すればフレリアに向かうことはできるだろう。しかしそこまでだ。それで10日経ってしまう。

 

 そもそも双聖器が見つかる可能性もほぼないというのに、フレリアへの遠征を行うのは一種の博打であったにも関わらず、その博打の策すらも潰す速攻。

 

 レンバール攻城戦は魔王への反逆の第一歩としてリオンや他幹部たちが慎重かつ計画的に話を進めてきた一大作戦だったがゆえに、希望が見えてくるかもしれない中で、いきなり絶望を叩き込まれた形になる。

 

 策を練ることを仕事とするエクラは特に、この状況でのリオンの心労は果てしないだろうということが理解できる。

 

 目の前でエフラムと戦ったとき以上に苦い顔をしているのだからなおさらだ。

 

 何とか士気を下げないよう気丈に振る舞っているが、ここに集う者たちは上に脳死で従うだけの馬鹿ではない。今置かれた状況がまずいことくらいは否応なく理解している。

 

 故にこの場に暗い雰囲気が漂っているのも無理はない。

 

 このような状況に吉報が1つでもあればよいのだが。

 

(まあ、そう都合よくはいかないだろうなぁ……)

 

 エクラがそう考えた時、上から白い羽と「ふぇー」という力が抜けるようなつぶやきが聞こえた。

 

「フェー?」

 

「えくらさーん」

 

 他のチームの元へ伝言を頼んでいた伝書フクロウが、いつの間にか入ってきていたのだ。

 

 セライナはすぐに撃ち落とそうとして、フェーは目をまんまるに見開いて驚いていたが、リオンがエクラの仲間だと察し、それを制止する。

 

「フェー、無事だった?」

 

「途中で何度かこわーい魔物に殺されるかと思いましたぁ」

 

「そうか……、でも生きてるようで良かった」

 

「エクラさん。とりあえず仕事を……。書簡をお持ちしました。王様に見せていただければ」

 

 リオンが横から手を伸ばし、その書簡を取った。

 

「ふむ。呪いの類は感じない。罠ではなさそうだな」

 

 リオンは国内でも最高クラスの魔導師。下手に部下にさらわせるより、魔道や呪いの類は自分で判別した方がいいと判断したのだろう。

 

 リオンはその書を開く。

 

 すぐのその表情は変わった。

 

「表にフレリア軍……? レンバールの城を開き、御目通りを願うだと……?」

 

「フレリア……! 馬鹿な、要塞を突破してきたというのか!」

 

 デュッセルが驚きを隠せない様子だった。

 

 しかしこれは吉報。もしもフレリア軍であれば、強力を取り付ければ戦力の増強になる。さらに、そこに王族がいればフレリアに赴く必要が無くなるかもしれないのだ。

 

「まずはこちらから出向く。幹部、ついてきてくれ」

 

 リオンはすぐに動いた。それについて、エクラたちも城の表へと向かう。

 

 

 

 

 

 堂々と突き立てられているフレリアの国章。そしてその先頭にいる1人の男と、周りの数名がこちらへと向かってくる。

 

 グラドはリオンと三石と部下数名、エクラとエクラのガードとしてフィヨルムとヨシュアがついて行った。

 

 そこで意外な人物と再会する。

 

「エクラさん。ご無事でよかったです」

 

「ミルラ! それに、ネームレス……と、あれ、そこのお嬢ちゃん」

 

「すまんな。この馬鹿弟子は見逃してくれ。ともかく、息災で何よりだよ、召喚師」

 

「ああ……。まさかフレリアの合流してたのか」

 

「まあね。これがここからグラド合流するのが最善だと判断した。間違いはないようで安心したよ」

 

 内輪話に花を咲かせていたところ、フレリアのトップが釘を刺す。

 

「客将、申し訳ないが、再会の喜びは後にとっておいてくれ。今は重要な話を済ませる」

 

「失礼」

 

 そしてフレリアのトップはリオンに挨拶をした。

 

 エクラはその男を知っている。最も、この世界の、ではないが。しかし、鋭い目つき、貴公子と称するにふさわしい立ち振る舞い、そして背負った弓を見れば一目瞭然だった。

 

「フレリア王代理、抵抗軍責任、ヒーニアス。貴方に会えたことは喜ばしい。リオン王」

 

「ヒーニアス王子。失礼、王代理。グラド帝国皇帝、リオンだ。こちらこそ」

 

 双方は握手を交わす。初対面にしては悪くない様子だった。

 

「まずは、我らとの合流のため、わざわざレンバールまで赴いてくれたことに感謝する。抵抗軍も要塞の突破の後で限界だった。グラドまでの旅路になっていたら脱落者も多かっただろう」

 

「そうか。しかし、グラドになぜ?」

 

「大変不愉快だが、今のフレリアだけでは、あのエフラムに対抗できない。あなたたちと共に戦おうということは、先代の王と我らの決定だ。これまで何度も死線を超えてきたのは、フレリアの双聖器を守り、そしてグラドと共にそれを反撃と有効打とするため」

 

「奇遇だな。我らも似たようなことを考えていた。では、共に戦っていただけると」

 

「詳しい話は中で詰めさせていただきたい。これよりはフレリアは、友軍としてあなた方と共に戦おう」

 

 双聖器もあり、使い手も生きていて、さらにはそれなりの数もいる抵抗軍とも巡り合えた。これならば、本来フレリアにあてるはずだったリソースを別のところへ補填できる。

 

 これ以上ない吉報だといえるだろう。

 

 リオンにそれを拒む理由はない。リオンは快くその申し出を了承。

 

「これよりはともに、魔王討伐を志す身。よろしく頼む」

 

「ああ、リオン王。我らフレリアの民。前例を全霊を尽くそう」

 

 ここにフレリアとグラドの共同戦線が締結された。

 

 後に、エクラはここまでのフレリアの軌跡を、ネームレスから聞くことになる。

 

 




1章 8節 『フレリアとの合流』-1


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支援会話 エクラ×フィヨルム B

Cはムスペル編で終わっている前提です。


エクラは仮眠室で、寝られないと呟きながら戦術書を読みながら休みをとっていた。

 

エクラは己を顧みると、昔に比べてだいぶ勉強しているなぁと思っていた。

 

自分は学校に通っていた頃、果たしてこんなに勉強していただろうか。

 

(いや、それはない)

 

苦笑しながらも、異世界に召喚された今、人間性は非常に育ってきているな、と感慨深く思う。

 

「失礼します」

 

 その部屋にフィヨルムが訪れる。

 

「本日もお疲れ様でした。エクラさん」

 

「フィヨルムも、ありがとう。本当に、いつも助かってるよ」

 

「い、いいえ。そんな。これは私の役目ですから」

 

 戦いの後、穏やかに流れる時間に、このように向かい合う時間をエクラはとても気に入っていた。

 

 特に最近は。

 

「そうだ。エクラさん。どこか体に疲れはありませんか? 良ければ私がマッサージをしますよ?」

 

「いや、いいよ。フィヨルムこそ疲れているだろう?」

 

「私は平気ですから。あ、それがないなら飲み物をお持ちしますね。それか、別の本がご書房でしたら代わりに借りてきます」

 

 しかし最近、フィヨルムの様子は少し慌ただしくも思えている。こ暇を持て余していると、まるで身の周りの世話をする執事かのように、いろいろと提案してくることが多かった。

 

 それは激しい戦いのあとでもそうで、エクラも最初のうちはありがたいとだけ思っていたが、それが続くと、フィヨルムが無理をしていないか不安になってくる。

 

「自分で持ってくるから心配いらないって。フィヨルムの方こそ、手伝ってほしいことがあれば何でも言ってね」

 

「え……? 私は大丈夫です。その……私、何かへんですか?」

 

「いや、そういうわけじゃないけど。最近結構お世話になりっぱなしだから、フィヨルムにもこっちから何かしてあげないとって思って」

 

「それは嬉しいですけど……でも心配いりません。これは私が好きでやってることですから、お返し何て考えないでください。何か、御口に合うものを見つけてきますね」

 

 軽やかな足取りで部屋を飛び出したフィヨルムを見てちょっと心配になったエクラだった。

 

 

 結局、フィヨルムの言葉に甘え、持ってきてもらった飲み物を飲んでしまった。

 

 

 戦術書を読み終わり、エクラは立ち上がる。休憩時間はまだある程度あるが、準備運動でもしようと思い立ち、エクラは部屋を飛び出す。

 

 そこで気になったのは、フィヨルムのこと。今はしっかり休めているのだろうか。

 

 女性の部屋に向かい、休んでいる姿を見にいくのはいかがなものかと良心が訴えるが、それを押し殺して彼女の部屋に向かう。

 

 さすがにレーギャルンが見張りとして目を光らせていたので、エクラは素直にレーギャルンにフィヨルムの様子を窺った。

 

「今、ちゃんと休めてる?」

 

「……その様子だと、貴方も薄々気が付いてたのね」

 

「やっぱり、最近頑張りすぎだ。世話してくれるのはありがたいけど、休める時にしっかり休んでほしいからさ。心配で」

 

「あの子、最近気負い過ぎている節があるの」

 

「……責任重大な役を任せているからね……」

 

 そこでレーギャルンは違うと頭を横に振った。

 

「え?」

 

「あなたのせいなのよ。エクラ」

 

「えぇぇ……」

 

「まあ、貴方に罪はないのだけれどね。あるのならとっくに殴り飛ばしてるわ」

 

 レーギャルンはフィヨルムに好意を持っていて若干、肩を持つ傾向にある。あながち今の言葉もジョークではない。今後は気をつけようと思う一方で、エクラは自分にどんな非があるか、恐る恐る訊いてみた。

 

 かえってきたのは、予想だにしないものだった。

 

「あの子。貴方に好意を持ってるみたい。あなたのために自分ができることは何でもしたいんだって、私の制止もあまり聞いてくれないのよ」

 

「今のままでも十分すぎるんだけどな……」

 

 むしろこれまでだけでも無理ばかりさせて申し訳なく思うレベルだ。

 

「あなたから強く言ってあげて。その方が効果的よ」

 

「そうかな……」

 

「貴方がどんな人でも、今までの戦いを共にして、前線で戦う姿を見て、特別に想っているみたい。前に、私に話してくれたわ。この好きは、きっと友好ではなく思慕だって」

 

「……そうなんだ……」

 

「ごめんなさい。本当は彼女が言葉にするまで黙っておくべきだったと思うけど。あの子、このままだともっと無理しちゃうから」

 

「分かった。覚悟をきめるよ」

 

 レーギャルンに感謝の意を示し、エクラは、今はようやく仮眠をとっているフィヨルムの部屋を後にする。

 

 その日。エクラの歩く歩数はいつもに1.5倍くらいになった。

 

 頭の中にずっと漂っていたのは、フィヨルムが特別に自分を想っているという事実に対して。

 

 下手な言い訳をするわけにはいかないと、返すべき言葉をずっと捜していた。

 




ちなみに、エクラの性別はできるだけどっちかだと断定しないように気を付けているつもりです。口調とかね。

今までで、断定できるような描写があったらおしえていただけるとありがたいです。


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1章 8節 『フレリアとの合流』-1

「おめえいつになったら続きを投稿するんだ!」
「とうとう失踪か」

 そう思った方もいるでしょう。大丈夫です。私は生きてます。プロットは第4の世界まではできているくらいやる気もあります。

ただマイペースなだけなのです。やる気になったときに一気に投稿して、やる気のないときは空くかもです。


グラド軍がフレリアに向かう理由はなくなった。

 

何故なら、翼槍ヴィドフニル、蛇弓ニーズヘッグの双方をターナとヒーニアスが所有しており、フレリアとの戦力の合流も果たしたため、当初の目的は達成したと言っていい。

 

 現在は互いの情報交換を行いながらグラドへと凱旋する最中。フレリアの指導者とグラドの指導者で知恵と情報と策を出しあい、今後の動きを決めるそうだ。

 

 その間、エクラはネームレスたちとこれまでの流れを報告していた。

 

「伝書フクロウからは耳にしていたが、よくやったな。グラドを味方につけているのは心強い」

 

「まあ、部下なんだけど……」

 

「最終的な目的が同じなら問題は無いだろう」

 

「ネームレスはどういう経緯でフレリアの方々と?」

 

「そうだな。俺もこうなったことに今も驚いているよ」

 

隣をひっそりと申し訳なさそうな顔で歩いているルフィアは、たびたびエクラの顔を見ては泣きそうな顔になる。

 

「なあに、召喚士さんって怖いのー?」

 

 ネームレスとエクラの会話に混ざってきたのはターナ王女。ルフィアの頭を撫でながらなぜかエクラを睨む。

 

「女の子をいじめるやつは許さないわ」

 

「ちょっとまって。なんで悪者扱いされてるの」

 

 ルフィアがすぐにターナに否定する。

 

「違います、その、私、エクラさんに頭が上がらないだけで」

 

「やっぱ脅してる」

 

「ちがうちがうちがうちがう」

 

 正史世界の彼女とはそもそも知り合いであり、今のやり取りを見る限りはあまりに違和感はない。接し方は特に変える必要はないとおもったものの、誤解を解くという余計な仕事が生まれてしまったのはよくない。

 

 エクラは新たな悩みの種に頭を痛めたものの、実際ルフィアは以前飛空城であったときに比べて少し頼もしくなっているように見え、少し意味ありげに視線を向けていたのは事実だ。

 

 その点も含め、ネームレスにフレリアとの合流までの道筋を尋ねることにした。

 

「ここまで、そっちはどうだったんですか?」

 

「ああ……、必要なところをかいつまんで話そう。まず、俺達が降り立ったのは闇の樹海だった」

 

 

 

***************************

 

エクラたちがルネスからの逃亡を図り、グラドへと足を進めている頃、ネームレス、ルフィア、ミルラの3名は旧ロストン聖王国に隣接する森への探索を行っていた。魔の瘴気が濃いこの森は魔物が生まれ出でる森として機能しており、その奥には決して覗いてはならない深淵があるという

 

***************************

 

「平気か?」

 

 ネームレスは師匠として弟子の様子を気に掛ける。

 

「師匠、少しですが、苦しいです」

 

 心配な様子でルフィアを見守るミルラ。彼女は人見知りの気が強いという噂だったが、エフラムと出会った後のミルラなのでそこが多少なくなっているのだろう。ほぼ初対面のルフィアも危険性がないと判断すると寄り添う姿勢を見せ始めていた。

 

「いずれにせよ出なければ改善はしないだろう。どうしてもだめなら言うといい。背負ってやる」

 

「はい、すみません」

 

 ミルラはこの場所を知っている。ガイド役として迷いやすい森を問題なく移動できている。

 

「この先に、おとうさんがいる……かもしれない遺跡があります。そこで一度休むのはどうでしょう……?」

 

「遺跡か……」

 

 ネームレスはしばらく考えた。

 

「それは少し危険かもしれんな。この世界は何らかの形で魔王が蘇っている可能性が高い世界だと思う。その場合、その遺跡の奥にあるのは魔王の真体。周りの魔物を含めるなら今の我々では勝ち目がない」

 

「そうですね……すみ、ません」

 

「気に病むな。ガイドは頼りになっている。幸いにもここまで、探索の間は交戦は少な目で済んでいる。迷っていたらこうはいかなかっただろう」

 

 ミルラはしばらく考え、進路を変更した。

 

「どうした?」

 

「遺跡がだめなら、森を出ましょう。こっちです」

 

 ミルラは竜人と呼ばれることもあるマムクートという存在。人型と竜の形態を竜石と呼ばれる特殊な道具で行き来し、主に竜の力で戦う。ただし、常に変身は事情によりできないが、説明が長くなるため今は省略する。

 

 ミルラは人の状態だと小さな女の子――マムクートの人形態の見た目は1000年以上生きて10歳前後の子供の見た目になるのだが――ではあるが、背中に翼が生えているため、速く移動をするときはふわふわと飛んでいる。

 

 飛行の後ろを追い、ネームレスはルフィアの手を握りはぐれないように進んでいく。

 

 しかし、ここは敵地。

 

 ただ逃げるというだけも、安全とは限らない。

 

「……ん?」

 

 地面が揺れる。規則的なリズムで叩かれていることが振動で伝わってくるところ大型の魔物である可能性がある。

 

向こう側から瘴気でも隠れない巨体が現れる。

 

「あれは……!」

 

「ひっ、やだ、何、あれ!」

 

 ルフィアが怖がるのも無理はない。それは、一言でいえば竜だ。

 

 体が黒く染まり、羽が所々朽ちて、もはや生気を感じないゾンビのような体をしている。

 

「ドラゴンゾンビか!」

 

 ネームレスの声が少し震えているのは、その竜の恐ろしさではない。ドラゴンゾンビは魔物の中でも強力な魔物だ。その相手を前に、率直に言えば足手まといであるルフィアを抱えながら戦うことは至難の業だ。

 

 

ドラゴンゾンビ N>O

攻 100 速 30 守 45 魔 75

 

武器 魔腐のブレス

敵から攻撃された時、距離に関係なく反撃する。

敵からの攻撃を受けたとき、自身の攻撃のダメージが37を下回る場合、攻撃+37。

 

スキルA 魔物化3

敵から光魔法で攻撃をされた際に特効となる。敵から闇魔法を受けた場合、そのダメージ分回復する。

スキルB 神竜の逆鱗

敵から攻撃された時、絶対追撃。さらに、自身の攻撃時奥義の発動カウントを+2。

スキルC 攻撃魔防の牽制3

周囲2マスの敵は、戦闘中、攻撃、魔防-4

聖印 兄からの加護

飛行特効無効。魔防+20

 

 

 

「ミルラさん……?」

 

「え、なんで、嘘、どうして……」

 

 ミルラが怯えている。それも異常なほどに。恐怖だけではない別の理由があるかのように明らかに混乱し、動くことができていない。

 

その理由をネームレスが察することはできなかったが、目の前に現れた存在が自分達を見て一気に殺気を増したことを察して一気に危機レベルを上げざるを得なかった。

 

「ちっ!」

 

 ミルラの手を引き、ルフィアを抱き上げて言う。

 

「師匠、私は歩け」

 

「黙っていろ。奴とやるには今は分が悪い、逃げるぞ!」

 

 ミルラが正常に戦えるならともかく、今の状態ではそれも無理だろう。ネームレスは馬の全力疾走かとも思えるような速さで走り始める。魔法による自信の能力強化か。

 

 しかし、それでようやく分の悪い鬼ごっことなっている。ドラゴンゾンビは木々をなぎ倒し、一気に迫ってきている。いずれは追いつかれるかもしれない。

 

 さらに悪いことに、新たにこちらへと向かってきている者の気配がした。

 

 その陰から闇魔法が飛んでくる。

 

「魔法……魔導書、人間か?」

 

 万能の使い手、起動。

 

 ルフィアはそんな幻聴を聞いた気がした。

 

 ネームレスの手にはいつの間にか、トロンの魔法書が握られ、魔法陣が雷撃の一閃が行く手を阻む闇魔法を貫いていく。

 

 しかし相手に当たっている様子はない。だんだんと近づいてきているその影は明らかに人影であり、

(あれは、聖魔の世界の……カイルとフォルデか? 連中がなぜ闇魔法を……!)

 と、己の知っている脳内情報から候補を選出した。

 

 仮にそうだとすれば、ルネスが敵である可能性が非常に高まる。エフラムが既に国を掌握しているという最悪の想像をしなければならない。

 

 殺しに来ている以上、会話は無駄である可能性が高い。

 

 このままでは追いつかれる。危機感がネームレスに募る。1人であればどうにでもなるが、面倒を見ると決めたばかりのルフィアをここで殺したくはなかった。

 

 魔物の本拠地ともいえるこの場所で、援軍は期待できない。

 

 ミルラもようやく混乱から立ち直ったが、逃げに入った以上は竜に変わってもむしろ不利だ。

 

 どうする。

 

 自分に問いかけるネームレスに聞こえたのは1つの声。

 

「目を閉じなさい!」

 

 女性の声だった。謎の声に駆け目を保護する魔法膜をミルラとルフィアに張り、自分は目を閉じた。気配感知は一級のため、自分が動くことには問題ない。

 

「ディヴァイン!」

 

 凄まじい光。魔の森に風穴を開ける1つの灯が点く。

 

 グァアアアアアアアアアアアアアア!

 

 ドラゴンゾンビが苦しそうに叫び、追ってくる足を止めてしまった。さらに闇魔法の攻撃も止み、逃げる余裕ができる。

 

「こちらです!」

 

 従者がさらに投げ斧で牽制を行う中でその女性と合流を果たしたネームレスたちは、森をようやく後にした。

 

 

 

 

 森を出た頃ルフィアの顔色が良くなり始める。

 

「ありがとうございました!」

 

 女性にお礼をいうルフィア。微笑み手を振る彼女は急に怒り顔になってネームレスに詰め寄った。

 

「あなた! どうしてこのような子たちを連れてあの森に入ったのですか! 愚か者!」

 

「愚か……ふふ」

 

「何が可笑しいのです」

 

「いや、長らくそんな言葉を言われてこなかったものでね。神階の使徒になる前の生前を思いだしていた。ともかく礼を言うよ」

 

「人助けは当然のことです」

 

「私の見立てが正しければ、君はロストン聖王国のラーチェル王女では?」

 

 助けに入った彼女、ラーチェルは否定することはなかった。

 



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1章 8節 『フレリアとの合流』-2

「私たちは正義の執行のための旅の途中なのです。今回はたまたま森の様子を見るために帰ってきたからいいものの」

 

「もう分かった。だが事情もあったんだ仕方なかろう」

 

「事情?」

 

 ここで意外にもミルラが声をあげる。ネームレスだけでは言い合いの分が悪いと察したのだろう。正直に自分たちの行っていたことを話した。

 

「私が、あの森に関係しています。ネームレスさんは、私に気を遣ってくれました。だから私のわがままです。だからこれ以上悪く言わないでほしい……です」

 

「……そうね。失礼でした。あなたたちにも目的があるのですね」

 

 ラーチェルは少し考えこむ。その近くにいた従者の戦士が主の様子を見て提言した。

 

「ラーチェル様。カルチノ共和国に逃れていただくのはいかがか。あそこにはフレリアから逃れた残存兵が集まり反逆の機をうかがっているとか」

 

「ドズラ、そこまでの道のりはどうするのです。既にマギ・ヴァルは魔物が徘徊する地獄なのですよ」

 

「ラーチェル様。あなたは正義の現身のようなお方! この子らもおよそラーチェル様の御光を頼りに希望を見出しますぞ」

 

「私に彼らを送って行けと?」

 

「あなた様の正義を見れば、この3人も【緑髪の戦姫】の凄まじさに敬服し、尊敬のまなざしを向けること間違いなしですぞ!」

 

「それも、そうですわね……。素晴らしい案ですわ。でもあなたにも苦労を掛けることになりますが」

 

「ガハハハ! このドズラにおかれましてはご心配めされるな」

 

「それもそうですわね」

 

 傍からヨイショを聞いていたネームレスは若干呆れてはいたが、先ほどディヴァインの魔法と投げ斧の腕は確かであり、足手まといにはならないことは分かっている。

 

 ネームレスは多少性格に難儀な部分が合っても余りあるメリットを感じ、カルチノへの同行に賛成の案を出した。

 

「案内は私に任せなさい。これでも魔王復活の前から各地を行脚して旅には慣れておりますの」

 

「さすがラーチェル様。おぬしらも見習うのじゃぞ」

 

 はい! と返事をするルフィアの純粋さにネームレスは少し微笑んだ。

 

 

 

 

 

 闇の樹海を発ち数日。エクラたちがちょうどグラドに着き、グラドの一員として城下町で下働きをしている頃、ネームレスとラーチェル一行はようやくカルチノの領地に入った。

 

 しかし一行の顔は晴れやかではない。昨日立ち寄った村の在り様を見て、急ぐ必要があると気を張ったくらいだ。

 

 その村は竜人族を崇める伝統のある集落だった。しかし、そこは既に魔物によって滅ぼされていたのだ。

 

 夜を凌げる屋根のある家が辛うじて郊外に1つ残っていたため寝泊りに苦労はなかったが、既に村民は避難したが全滅したかで誰もいなかった。

 

 ミルラが泣きそうな顔をして『サレフ?』と寂しそうにつぶやいたのをルフィアとネームレスは聞き逃さなかった。

 

「ミルラさん、どうしたの?」

 

「ここは、ドラゴンが滅ぼしました。きっと、あのドラゴンです。あのドラゴンは、ここの村のことも、サレフのことも分からなかったのでしょうか」

 

「……あのドラゴンも魔物なんだよね。人間と知り合いなの?」

 

「魔物は怖いです。魔物になるのは怖いです。竜人はいずれ狂うと特務機関で誰かが言っていました。私も、いずれはこうなっちゃうのは、怖いです」

 

 しかし深呼吸した後すぐに、ミルラは決意を改める。

 

「私は、人のために戦います。お兄ちゃん……エフラムがそうしたように。私も、人に仇なす魔を滅ぼします」

 

 ルフィアは幼さからは想像もつかない意志の強さに感嘆の声をあげた。

 

 そんな一面が印象に残る夜だったのだ。

 

「師匠、あれが」

 

「ああ、遠くに見えるアレがカルチノ共和国の主都と議会だろう」

 

「あれ、でも……?」

 

 ルフィアは何かの違和感を抱いていた。

 

(目がいいんだな……)

 

 ネームレスが魔法で視覚強化を行い、その違和感を言葉にすることに成功する。

 

「襲撃されている……!」

 

「なんですって?」

 

「おそらくフレリアの連中が迎撃をしているようだが……5分5分といったところか」

 

「それなら私たちの加勢が功を奏すかもしれません。急ぎましょう!」

 

 ラーチェルが全員に指示をだしたものの、直後ドズラがそれを制止することに。

 

「お待ちを! 上をご覧ください!」

 

 ガーゴイルがこちらに気が付いたのかあるいは最初から上空を巡回していたのか、一師団程度の数の飛行魔物が襲い掛かってくる。

 

「く……! 厄介なものですわね」

 

 魔法の準備、迎撃の準備をするラーチェルとネームレス。しかし数が多い、ルフィアがある程度ここまで槍の心得を叩き込まれているが魔物と戦えるレベルでは到底ない。

 

「ルフィア、俺から離れるな。身を守ることを第一に考えろ。防衛の槍の技は教えたはずだな。ガーゴイルなら、何とかなるかもしれん」

 

「はい!」

 

 墜落といえるほどの速さで一気に高度を落とすその魔物たちが彼らに刃を向けることは叶わなかった。

 

 紫の炎、温度を感じない冷たい炎が魔物にまとわりつき、それを燃やし尽くす。

 

 それは闇魔法『ノスフェラート』。

 

 ネームレスは一応闇魔法も使えなくはないが彼が撃ったものではない。

 

「魔物を相手に闇魔法……?」

 

「あそこ!」

 

 ラーチェルが指さす先には、顔を仮面で隠し、体をローブで覆っているサイドテールの女性と護衛と思われる騎士が馬に乗っている。

 

「何者ですの?」

 

 仮面の女性は答える。

 

「私たちが何者かなど今は後に。我々は魔に対抗する者の味方です。故あって顔は隠さねばなりませんが、身の潔白はフレリアの防衛をお手伝いすることで示しましょう」

 

 どうする、とラーチェルはネームレスを見る。

 

「まあ、どのみちあれが敵でも敵を2人増やすだけだ。敵なら、周りに誰もいない状況ならさすがに殺した方がいいしな。信じてもいいんじゃないか。一応警戒しておこう」

 

「分かりましたわ。そこの貴方。あなたの闇魔法がどうして魔物にも効くのかは興味がありますが、とりあえずは手伝っていただけますこと?」

 

「質問には私の研究成果、とでも言っておきます。参りましょう、カルチノへ。そこでヒーニアス王子とターナが待っています」

 

(……?)

 

 ネームレスは一瞬首を傾げたものの、その謎の助っ人を視認し、ミルラとルフィアにも気を配りながらカルチノの防衛線が繰り広げられているところへ、急ぎ足を進める。

 




おばあちゃん……申し訳ねえ、N>Oが悪いんじゃないんだ。恨まないでくれ。


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1章 8節 『フレリアとの合流』-3

***********************

 

「カルチノ迎撃戦」

 

勝利条件 10ターンの生存

 

敗北条件 ターナ、ヒーニアスの死亡

ネームレス、ルフィアの敗走

防衛ラインを突破した敵が1ターン以上生存

 

***********************

 

 魔物の活性化と魔王再誕の可能性をかねてより察していたヒーニアスはフレリアに襲撃を受ける前からあらゆる方面に手を打っていた。その1つがこのカルチノとの同盟だ。

 

 それなり軍力のあるフレリアが軍事的な支援を行うとなればそれだけでも安全性は向上するうえ、自身が王を継承した暁に便宜を図るとすれば後のメリットは大きい。

 

 魔物の嵐という大災害を目の前にして、生き残る術に縋るのは予想はしやすいことだ。

 

 代価はその嵐の間の全面的な協力。避難民の保護、兵や軍備、兵糧の提供等。

 

 ヒーニアスはあらかじめ使者を通じて話を通していたからこそ、フレリア王都襲撃の際も精鋭は別動隊として動きカルチノまで生き延びることに成功した。

 

 もちろん単な逃げではない。ヒーニアスとターナは双聖器を持って精鋭と共に囮となり、大規模な移動を行うことで、住民があたかも自分達と逃げているとにおわせた。カルチノの存在も避難先と考えればとても妥当だ。

 

 本当は住民は別の場所に避難を始めている。ヒーニアスが住民のふりをして連れてきているのはフレリアの軍力およそ半数以上。

 

 魔物は見事に騙され彼らを追い、いよいよカルチノで迎撃、反撃の起点とすることを選んだのだ。

 

 ヒーニアスのプランでは迎撃の後グラド軍の様子を確認。グラドがルネスに攻撃を仕掛けるのタイミングで加勢するか、フレリアを攻撃するタイミングで加勢したいと考えている。

 

 そのためにもここで死ぬわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

「ガーゴイルは所詮魔物風情、空を制しても地上の敵には突進して攻撃を仕掛けるしかない。防御を手厚く、弓と風魔法で飛ぶ敵の数を減らす。飛行魔物が減った時点で天馬部隊を投入。空戦を制して、空からの攻撃と地上部隊のきり返しの2方向から地上の魔物を攻撃する」

 

 ヒーニアスの指示通りにフレリアの屈強な精鋭兵団は動き始める。

 

 防衛ラインの近くには多くのアーマーナイトが、ガイコツ兵や四足歩行の魔獣と正面衝突を繰り広げる。

 

 そしてアーマーナイト隊の後ろからは魔導隊と神官隊が絶えず魔法攻撃を浴びせ、確実に敵の数を減らしていた。

 

 そして防衛ラインの奥側では飛行兵に対し、弓兵部隊と遊撃剣士、傭兵部隊が飛行兵の相手をしている。

 

 その指揮を担っているのは、ヒーニアスだ。

 

「弓兵を孤立させるな! 援護に回れるものは援護だ。剣士隊は攻撃の必要はない。地上に降りてきた魔物を狩れ」

 

 ニーズヘッグの弦を引き、敵兵を減らしながら指揮を出し続ける。戦線を見渡せる一歩引いた位置に居ながら。

 

「43地点に高等種のガーゴイルが4匹!」

 

「射撃をそこへと集中させろ! 高等種は確実に撃ち落とす。剣兵、射撃の膜が薄くなったところへ入れ」

 

 現在フレリアには厳しい戦況が続いている。兵力差は3倍以上。

 

 普通に正面衝突をすれば、数の差で潰されるからこそ、フレリア側は策で兵力を補わなければいけない。

 

(門は最後の防衛ライン。そこが崩れ始めるまでに空の敵を殲滅しなければ……)

 

 フレリア天馬騎士団は現在最低限の数のみ出撃していて、残りは待機している。作戦通りの反撃を有効に行うため、ただでさえ兵力が少ない彼らは賭けにでたのだ。

 

「城門前より知らせが。援軍要請です」

 

「ここからはこれ以上割けんぞ」

 

「待機している天馬騎士団を」

 

「馬鹿を言うな。まだ機には早い! いま仕掛けても連中は空でほぼ死ぬぞ」

 

「しかし、押されています。門が突破されては、敗北は必須です!」

 

「ち……ギリアム、もう少しだ、もう少し凌げ……!」

 

 知将たるフレリアの王子も、口に出すほど厳しい戦いを強いられていたのは確かだった。

 

 

 

 

 

「おおおおお!」

 

 門を死守するのは傷だらけの甲冑を装備し槍と振るうギリアムが率いる、フレリア重装備兵団。

 

 この兵団は肉体はもちろん、精神的な面で屈強な戦士が揃う王国の主戦力である。

 

 故にどれほど劣勢であっても、決して音を上げることはない。

 

 しかし、魔物の圧倒的な数の攻撃を一手に引き受けるために、徐々に疲弊を隠せなくなっている。このままでは、徐々に崩されていくのは明らかだった。

 

 ギリアムもまた、その例に漏れない。

 

 弱音はなくとも自覚はしている。このままではまずいと。そして何かの光明を見つけようとした。

 

 しかし見えたのは巨大な竜だった。

 

(ここまでか……!)

 

 彼は騎士としての精神を大切にするが、精神論で戦いが左右できると信じているような夢想家じゃない。

 

 竜が来れば敗北は必須。己の最期を覚悟する。

 

 しかし、黄に光る鱗を持つその竜は、咆哮をあげ、火炎を魔物に向け放つ。

 

 帯となって襲いかかっていた魔物たちは圧倒的な火力によって溶解し、壊滅する。

 

「これは……!」

 

 それだけではない。焼けた跡から、闇魔法の使い手、斧を使う豪傑、そして未知の弓を携えた戦士が暴れまわり、魔物の数を減らし始めた。

 

 ガイコツ兵士を圧倒的な速度で始末していく明らかに練度の高い援軍。正体不明であることを除けば折れかけていた闘志も再び燃え上がるというものだ。

 

「ギリアム殿、なにかは分かりませんが、今なら巻き返せます!」

 

「よし、重装隊! もう少しの辛抱だ。敵を削れ!」

 

 光魔法と闇魔法が敵を消滅させ、それから逃れても斧使いと弓使いが仕留めそこなった敵を確実に絶命させる。さらには竜が炎をもって破壊の限りを尽くし、魔物の地上軍は壊滅へと追い込まれる。

 

 空の魔物がそれをみて援護に入り戦線を保とうとするが、空の兵を減らすのはそれこそフレリアの当初の作戦通りだった。

 

 高台に上って迎撃を続けていたヒーニアスは、予期せぬ援軍を怪しく思いながらも、その動きを確実に目に焼き付け、疑わしきを排斥するのではなく、吉報として受け取ることに決める。

 

「狼煙を上げろ! フレリア天馬騎士隊! 出撃!」

 

 煙が上がってすぐに隠れていた天馬騎士団が一気に飛翔する。

 

 滞空していた魔物はことごとくその数を減らしていく。

 

 これで順調に行く。そう思った矢先、1匹の赤いガーゴイルがヒーニアスへと特攻を始めた。

 

 せめて道連れにでもしてやろうという、まるで人間のような浅ましさを感じさせる行動。冷静に迎撃を行うヒーニアスだったが、弓による攻撃を器用に躱して真っすぐ迫る。

 

「頭が回る……やっかいな」

 

 しかし焦ってはいなかった。自分を助けるために迫ってくる3つの天馬を見て、彼らを信じた。

 

 淡い緑の髪色をした天馬騎士2人がそのガーゴイルへ突撃、そのガーゴイルはその攻撃をかわすがそれは陽動。天馬騎士は三位一体で確実に攻撃を当てる定石の動きがある。

 

 名をトライアングルアタック。最後の一撃は魔物を確実に滅ぼす双聖器の刺突だった。

 

 手を振って無事かを確認する妹に合図を送る。

 

「……流れは掴んだ。この流れを逃すほど、私は甘くはない」

 

 ヒーニアスの宣言通り、この戦いの勝敗はこの時点で決まった。

 

 

 

 

 



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1章 8節 『フレリアとの合流』-4

 無断の援軍を素直に受け入れるはずもなく、戦いが終わってすぐギリアムは突如参入した異邦の者を、同胞と共に囲む。

 

 無駄な抵抗はしない。相手の出頭要請に素直に従い、ネームレス一行は連れていかれるがまま、この場の統率者たるヒーニアスの元へ。

 

 カルチノの議会場に入ったとき、妹と口論しているヒーニアスをネームレスたちは目撃することとなった。

 

「今は皆武器を持って戦っている! 私だけ後ろに下がるなんてできないでしょう」

 

「だとしても、お前は王女だ。皆の肝を冷やしたくないのなら、せめて突撃は――ギリアム、どうした」

 

「援軍として参加してくださった者たちを連れてまいりました。容姿が怪しきものもおりますが、態度からして明らかな敵ではないとは思いますが、判断を仰ぐべきかと」

 

「ふむ……ターナ。私の言うべきことは伝えた。以後は気を付けてくれ」

 

「むぅ」

 

 不服そうな王女を差し置いて、ヒーニアスはまず正体を隠している闇魔法使いを一瞥する。

 

「怪しむな、というつもりはないな?」

 

「はい。しかし、我々はあなたの味方となる者です」

 

「それは分かる。お前はともかく、ロストンの王女が連れているのなら、少なくとも魔に連なる者ではないだろう」

 

 ロストン聖姫はしっかりと頷き、

「お久しぶりですわね。ヒーニアス王子。しかし、妹様とは初対面ですね」

 知り合いであることをアピールする。

 

 ギリアムはそれを知らなかったのか、少し驚いた顔をしていた。

 

「ふむ、ここにいるのだと、ヴァネッサとシレーネが護衛だったが、それしか知らんか。1年前の話だ。グラドの王子に誘われルネスで、次代の王となる我々が顔合わせをしようという話になった」

 

「お兄様、そんなの聞いてない」

 

「遊びに行くわけではないからな。おまえには言わなかった。ロストンの王女とは、そこで知った仲だ」

 

 ターナは非常に不服な表情。

 

(すごい表情豊かなお姫様だな……。シャロン様みたい)

 

 ルフィアがそう思うくらいに、彼女はこの世界でも活発な性格だった。

 

「貴様らがどういう存在かを聞かないことにはな。そこの黒いローブの者は話が長くなりそうだから後にする」

 

 この場において必要なのは信用。

 

 ネームレスは、さすがに自分が異界からやってきたナーガの使者などという眉唾な話はできないが、嘘は言わないように心がける。

 

「俺は旅の傭兵だ。今はこの子らと奇妙な縁でともに行動していた。弓と武具と魔法にはそれなりに心得があるつもりだ」

 

 ヒーニアスはギリアムを見る。

 

「偽りではありません。腕が立つ男です。弓を最初に持っていたかと思えば、次は剣、次は槍、その次には魔導と、我々からすると信じられない戦いぶりでした」

 

 ヒーニアスはそれだけ聞くとそれ以上は何も尋ねなかった。

 

「いいのか?」

 

「騎士団の面接ではない。傭兵の身元を探る意味はない。私にとって重要なのは、なぜ我々を助けたかだ」

 

「さすがにこの子らを連れて旅というのも危険でね。せっかくだからどこかに匿ってもらおうかと思った」

 

「ただではない。翼を持つ少女、恐らくはあの竜と関係する者だろうが、彼女とそこの市民をただで庇ってやるほどこちらには余裕がない」

 

「ではどうしろと?」

 

「当然。貴様が養ってやるべきだろう。お前は傭兵だといった。彼女らを預かるのならば、お前はその代価として、この軍を離れるまで雇われろ、ということだ」

 

「ほう? 王族が流れの傭兵を信用していいのか?」

 

「彼女らは人質にもするがな。今は1人でも戦力を増やしておきたい。ギリアムが太鼓判を押すのなら腕はあるだろう。どのみち多少のリスクを抱えようが、現状では誤差だ。勝利の可能性を少しでも上げることを優先する」

 

「相手は?」

 

「魔物と、ルネスだ」

 

 ネームレスにとってこれはそれなりに良い条件がそろったといえる。自分はもとより世界の脅威と戦う兵士。ルフィアの安全が確保できるのなら自分の命は度外視でいい。

 

 そして狙いがこの世界を変質しているルネスと魔王らしきエフラムだというのなら、目標を違えることもない。

 

「1つ確認を。お前たちがルネスと敵対する第3勢力がいたら、協力するか?」

 

「そのために、我々は行動を起こす。組むに値する力を持つのは、グラドか、ジャハナ崩壊後に湧き出た賊あがりの軍だが、蛮族と組むつもりはない。基本的にはグラドとの合流と交渉を目指すことになるだろう」

 

(ルネスが敵である以上、グラドは今回は味方に近い位置づけかもしれんな。ならば召喚師がそこに行き着く可能性は十分ある。情報交換はできるとはいえ、この大陸は想像以上の危機的状況。合流も視野に入れられるならその方がいい)

 

 ネームレスは、ヒーニアスが突如してきた提案を快諾することに。

 

「よし。歩兵ならば遊撃隊か前衛に合流だな。ギリアム、案内をしろ」

 

「はっ」

 

 そして、ミルラとルフィアには緑髪のしなやかな挑発をたなびかせる白色の甲冑を来た女性が接触する。

 

「お2人は私が案内いたしましょう。天馬騎士隊長シレーネです。よろしくお願いいたします」

 

「は、はい!」

 

 ルフィアは緊張気味に返事を返した。

 

 ヒーニアスの興味はいよいよローブで身を隠した者へと移る。

 

「お前たちは」

 

 ヒーニアスが聞く前に闇魔法使いが1つの伝書を懐から差し出した。

 

「……ルネス王家の印だと?」

 

 伝書の内容を一通り見て、興味があると目で訴えているターナに渡す。

 

「……え、エイリークの……!」

 

 伝書の中身はエイリーク王女が直筆で書いたと思われる言伝。その中には、グラドと協力し兄を止めてほしいという旨と、自分は暴虐を尽くす兄を内から止める、密に使者を出して魔王討伐への協力を呼び掛けていることが書かれていた。

 

 そして同封されていたのは、自分が知る限りの、ルネス城の現状とルネス軍の今後の動向について。

 

 最後に『人々を裏切り、世界を破滅させようとした罪は重い。自分はルネスの王女ならば、国とと共に罰を受け死ぬ覚悟がある。今までありがとう』とも。

 

「そんな……!」

 

 へたりこむターナ。ヒーニアスは表情を変えずに闇魔法の使い手と従者に尋ねた。

 

「お前たちは使者なのか」

 

「はい。ルネスの王女は魔物と戦う覚悟がある。しかし、内でできることをするため公に味方はできない。我々もまた、スパイのようなものです。故に、怪しまれないよう、すぐに発たなければなりません。皆様も明日にはここを」

 

「それについては心配ない。反撃は叶った。お前達に行き先は教えんが、『安全』な道を通って戻る予定だ」

 

 ここでラーチェルも言葉を挟む。

 

「申し訳ないのですけど、私たちも合流するわけにはいきませんの。ロストンに戻り、その足でジャハナへ向かいますわ」

 

「危険だ。今、ロストンの双聖器は君が持っているのだろう。ここではぐれ、行く先で襲撃に合い奪われれば、それこそ我らに勝ち目がなくなる」

 

「魔王と戦うには、双聖器が要る。その行方を捜しますわ。貴方に止められても、これが私の指名です。無理矢理にでも行きます」

 

「本気か」

 

「魔王は強大です。双聖器を集わせることは、絶対に必要なのです。それを無視して集まっても、魔王に勝てなければ意味がないでしょう?」

 

 堅い意志を感じ取ったのかヒーニアスは、ルネスの使者とロストンの王女を解放する決を下した。

 

「よいので?」

 

「賭けになるのは不愉快だが。勝つために最善を尽くす。この世界で生き残るには、既にリスクを恐れる段階ではない」

 

 

 

 

 出発する闇魔法使いとラーチェルを見送ることに。

 

 ルフィアは助けてくれたことについてかさねてお礼を述べる。

 

「ありがとうございました。どうかお気をつけて」

 

 闇魔法使いは然りと頷き、顔が見えないながら返事をしっかりした。そしてラーチェルもまた、

「勇敢な少女ですこと。どうか生きて、今度はグラドで会いましょう。その時は、すこし余裕もあることでしょう。私の武勇伝、聞かせて差し上げますわ」

「ガハハハ、ということだ、気をつけろよ、少女よ。そして貴様もな。多武器使い」

 途中までは同じ道を行くようで、闇魔法使いとお付きの従者とロストン組はともにものすごいスピードで消えていった。

 

「見送りは済んだか」

 

 ヒーニアスも最後まで彼らの監視をするために、遠くでその様子を見守っていた。

 

「ああ」

 

「ならば準備をしろ。少しの休憩の後、出発する」

 

「ああ、さっき言っていたな。フレリアを奪還するのか」

 

「あんなものは嘘だ。この軍でフレリアに凱旋しても決死の戦いになり後に続かない。決死は、もう少し後に取っておく」

 

「なに?」

 

「グラドとの合流を目指すと言ったはずだ。ここから軍を一気に動かし、リグバルド要塞を目指す!」




次回 9節 『生死を賭けた要塞攻略』-1


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1章 9節 『生死を賭けた要塞攻略』-1

遅くなりましたが一生懸命に……


――フレリアの残存戦力と合流を果たしたネームレス一行。この世界の想像以上の危機を前に、魔物に対する最大の対抗勢力であるグラドを目指すことになった。その道には特に大きな障害が2つある。中でもリグバルド要塞はフレリアからグラドヘ向かう道中において最大級の拠点。ルネスに奪われたままで向かうことは不可能なのである――

 

先日のカルチノでの戦いから数日前。幸いにも大きな襲撃はなく、数度の遭遇戦を潜り抜けながらも、要塞へ目と鼻の先といったところまで進軍してきた。

 

明日、要塞を攻略する。

 

その前に最後の作戦会議が行われていた。ネームレスはそこに参加している。

 

「外の指揮を?」

 

「ああ。私は精鋭と共に中の兵の指揮をとらねばならん。もちろん補佐兼護衛はつける。シレーネ。任せていいな」

 

 明日の要塞戦は全ての戦力を中へと突撃させるわけではない。魔物が急に襲ってくる可能性があることが1つ。室内での要塞攻略、それも制圧までを速攻で行う必要があるため、重装兵を雪崩入れても効率が悪くなることが1つ。他にもいくつかの理由がある。

 

「でもお兄様。それならお兄様も外で」

 

「兵は常に危機に瀕している。その心労は私にもお前にも計り知れない。彼らに報いてやるのもまた王族の責務だ。だができることは少ない。せめて彼らと共に善戦で戦い、共に戦場を分かち合うことも、彼らへのねぎらいには必要だ」

 

「でも、お兄様だってフレリアの」

 

「ギリアムもヴァネッサもいる。いざというときは身を守れるつもりだ。私の分まで戦ってくれる腕の良い傭兵もいる。お前は私の心配の前に、王族の責を果たすことを考えろ。フレリアの未来のためにも」

 

「お兄様。私、とても心配なの。もうお兄様までいなくなってほしくないわ」

 

「……ああ。当然だ。私は死ぬつもりはない。少なくとも、あの男に至るまではな」

 

 

 

 

 

 

 ヒーニアスのことを信用していない者はこの場にはいない。しかし要塞の攻略において兵を分ける判断は吉と出るか凶と出るかは歴戦のフレリア兵たちも分からないままだった。

 

「ネームレス殿はどうお考えか?」

 

「私は傭兵だ。命じられたまま戦うだけだ」

 

「それでもあなたの意見を聞きたいから聞いている」

 

「それほどの腕は私にはないと思うが」

 

 ネームレスは頑なに答えを隠す理由もなかったため、強く求められた今答えを言うことにためらいはなかった。

 

「仕方がないのだろう」

 

「仕方がないとは」

 

「魔物の襲撃はいつ来るか分からない。人間とは違い魔物はどこからともなく湧き出ることもある。事前に襲撃を予測することは不可能だ」

 

「それはそうだが」

 

「要塞攻略中に全員が中に居る状態で包囲されれば終わりだ。当然数にもよるが、一点でも突破口を作っておけば、まだ撤退の可能性も残る。外に必要な数の兵を残しておくしかない」

 

「状況によっては、死ぬしかなくなるということか」

 

「王子は、少しでも生き残る可能性を残しておきたいのだろうさ。全滅を避けるために少量の犠牲を覚悟するしかない。それが正しいかったかどうかは、結局、終わった後に分かることだ。そうだろう?」

 

「ああ。その通りだ」

 

 ネームレスは明日の動きのすり合わせを行った後、その場を後にした。

 

 ルフィアの様子を見に行った後に自分も体を休めようと思って、彼女が待機している場所へと向かうことに。

 

 少し遠く。ルフィアを観察できる場所でネームレスは立ち止る。

 

(まあ、あの状況でわざわざ立ち入る必要はないか……)

 

 彼女が寝るまで一応見届けるため退散はしないがその場でネームレスは再び待機する。

 

 

 

 

 

「お兄様はね、私には引っ込んでろっていうのよ。酷いと思わない?」

 

「は、はぁ」

 

「ターナ様。さすがにルフィアさんも困惑していますし、王子の話はそこまでで」

 

「ルフィアにもいたの? 兄弟」

 

 おしゃべりが止まる気配がないターナ。その相手はルフィアだった。馴染めないだろう彼女をいち早く気にかけていたのだ。

 

 ミルラが既に近くで寝ているのでヴァネッサは騒ぎにならないよう軽くターナを制止するが、止まる気配はない。

 

「いました。でも死んじゃった」

 

「そう。……手合わせしてって言われたときは驚いたけど、もしかして」

 

「いえ。そうじゃないです。私は、私を守ってくれようしてくれた、私の国の王女様を見殺しにした。だから、私にできることはしなくちゃいけない。それが償いですから」

 

「うん」

 

 ターナは口を挟まなかった。それが真剣に聞くべきことだとすぐに察したから。

 

「王女様は贅沢ばかりしていて不幸なんて知らないと勝手に思ってた。けど違ったんです。あの人は、高潔な使命を持ってた。なのに」

 

 泣きそうになるのを我慢して、ルフィアは語りつづける。

 

「だから、がんばろうって」

 

「すごいわ。あなたは。だからこうして危険な所に。なら、私もやっぱり負けてられないよね」

 

「ターナ様は、物知りで、槍も扱えて、すごいですよ」

 

「お兄様がよく自分に言い聞かせていることがあってね。王族には王族の責務がある。それを全うできるように研鑽続けることもまた責務の1つだって」

 

「だから、何でもできるんですね」

 

「お兄様にくらべればまだまだだけどね。いつかもし、エフラムお嫁さんになれたら、支えてあげるように、なる、つもり、だったん、だけど」

 

「ターナ様……」

 

「ううん。ごめんなさい。余計なこと言っちゃった。切り替えなくちゃね」

 

 ターナは深呼吸をして、乱れた気分を整える。そのようすをヴァネッサは、少し寂しそうに眺めるしかない。

 

「ルフィア。あなたは私たちが全力で守るから。私たちを信じて。それで、この戦いが終わった後は、一緒に訓練でもしましょうか」

 

「はい!」

 



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1章 9節 『生死を賭けた要塞攻略』-2

 要塞攻略当日。

 

 要塞の近くに陣を張りいよいよ攻略を行おうと、勇敢な突撃軍たちは己を鼓舞する。

 

 しかしそれをあざ笑うかのように、要塞はとても静かだった。向こうから攻めてくる様子はない。

 

 それもそのはず。要塞側からすればたとえ敵兵に気が付いていたとしてもむやみに戦う理由はない。地の利は圧倒的であり、自分たちは防戦に徹していれば消耗は少なくて済む。

 

 通常、要塞を制圧するのには敵兵力の3倍は用意しなければならない。それこそ正面衝突ともなれば兵数が心許ないフレリアには勝ち目はない。

 

「故に、どこか攻めどころを作りたいどころではあるが……」

 

 残念なことに、兵士がいかに熟達していたとしても要塞の一部を簡単に破壊はできない。その前に向こうの弓兵や魔道兵に袋叩きにあって行動もままならないだろう。

 

「残念なことに、ニーズヘッグもウィドフニルも双聖器としては破壊に秀でた武器ではない。ルネスやグラドのようなものでないとな」

 

「それは、そうだな」

 

「まるで見たことがあるかのような言い方だな。ネームレス」

 

「なに、今はその話じゃないだろう。その点、俺にならできると豪語したのは事実だ」

 

 今、多くの突撃兵は疑いでネームレスを見ている。ヒーニアスもまた同じ目で彼を見ている。

 

「私はてっきり竜の力を使うのかとおもったが?」

 

「君の所の姫君と天馬騎士に弟子のお守りをさせてしまっている。私がいない以上念のためミルラも外だ。お守りをしてもらうからにはそれなりに働きで返させてもらうさ」

 

 ネームレスは前言を撤回することはなかった。

 

「3か所ほど通れそうな穴をあけて要塞への入り口を無理やり開く。そこからはお前達の仕事だ」

 

「ふん……私に豪語した以上、失敗は許されんぞ」

 

 このようなめちゃくちゃな話にヒーニアスが乗ること自体が、彼自身が希望的な観測に縋った方が勝ち目があると判断するほどに追い詰められている証拠だった。

 

 一部の敏い部下しか彼の追い詰められようは知らない話だったが、

(まあ、大将の動揺は士気にかかわる。虚勢を張るのも当然と言えるか)

 ネームレスは決して弱さを見せないヒーニアスをそれなりに評価している。

 

 要塞が最も見えやすい高い場所へと移動し、ネームレスは唱える。

 

「万能の使い手。完全起動。検索……解析……現出」

 

 呪文を唱える。

 

「我が手に再び帝国の流星を。宝弓来たれ」

 

 何もないところから、ゾグンという名前の弓が現れる。それはある伝承の英雄が使っている神の力が宿る弓と名前は同じであるが、これは同名の贋作だ。

 

 ネームレスが言うには、この弓は本物と色形は似ていても、二回り大きいらしい。彼はこの武器を『アルアトール・ゾグン』と言い、本物と区別している。

 

 しかし、彼の故郷においては、一撃で竜を屠った実績を持つ価値ある贋作だった。

 

 本物との大きな相違点は撃ちだすもの。この弓は普通の矢を打ち出すわけではない。ゾグンも、同質の鋼で鍛えられた刃を持つ矢を放つが、アルアトール・ゾグンが放つのは剣だ。

 

 正確にはゾグンで撃ちだすために通常とは違う特別な形に鍛えられた矢剣。

 

 通常のものより軽いと言っても剣は剣。人間の力で遠くへと撃ちだすことができるはずもない。弓に魔力を流し込み射出に必要な勢いをつけるサポートをして初めて剣を矢とできる。

 

「炎の剣。現出」

 

 そして刃が真っすぐな黄色の戦が入った細剣を取り出すと、要塞に向けて矢をつがえ弦を引く。

 

 ネームレスの周りに魔力場が展開され辺りの空気を歪ませていく。その中で静かに狙いを定めるネームレスは離さず、弓は微動だにしなかった。

 

 3秒。

 

 放たれた。炎を纏い、隕石のように輝く矢は要塞へと真っすぐ大気を貫き、着弾。

 

 炸裂と同時に炎が一瞬で膨れがり、要塞を溶かしながら紙を破くかのように破壊する。ある程度離れているはずのフレリア軍まで爆音届き、爆炎が静寂だった辺りを一瞬で地獄と変えた。

 

 ヒーニアス以外のだれもが、ネームレスのこの所業に驚いていた。

 

「ほう……」

 

 対象だけは感心した様子で、一番やりやすいところに穴をあけたネームレスの腕を評価した。

 

 ネームレスは再び数発放つ。しかし、5発撃った頃、その場でへたり込んでしまった。

 

 ギリアムが異変を察知しすぐにネームレスのところへと向かうが、彼は意識を失っていたわけではない。

 

「はあ……はあ。やはり魔法剣を飛ばすのは体力を使うな。最後は意識を失いかけた」

 

 このまま撃ち続ければ、それだけで要塞そのものを崩せそうだが、本気で疲労が凄まじそうなネームレスの顔を見て、無茶は誰も言わなかった。

 

「奴は見事役目を果たした。これは元々想定していたよりも相当やりやすい。ここからは我らフレリアの騎士の誉と力を見せる時だ! 行くぞ!」

 

 総大将の檄を受けフレリア騎士団は雄叫びを上げる。そして彼に従い要塞の攻略へと各々武器を持って走り込むのだった。

 

「さて、もうひと仕事か」

 

 ネームレスはルフィアのところへ歩み寄る。シレーネの近くで万が一の魔物襲撃を想定した迎撃のため待機するもう1つの軍団で今回、ルフィアはお留守番だ。

 

「いいか。無茶はするなよ」

 

「来ないことを祈ります」

 

「それでいい。頼む」

 

 シレーネは頼もしくうなずき、ネームレスは皆から一歩遅れて要塞へと走り出す。

 

 

 

 

***********************

「リグバルド制圧戦」

 

勝利条件 敵将ゲブの撃破

敗北条件 ヒーニアスの死亡 

***********************

 

 

 



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1章 9節 『生死を賭けた要塞攻略』-3

ゲブ様とか、FEファンでも覚えているかどうか微妙だな……


 堅牢を誇る要塞に、まるで紙の裁きでも降り注いだかのような破壊が執行された。

 

 およそ人間が起こしたとは思えない攻撃を前に、要塞の中にいた兵士たちは大慌て。対しフレリアの精鋭の行動は機敏で計算的だった。

 

 穴が開いたところに兵が集中すれば意味はない。要塞の各地に散らばって持ち場を守っている兵が穴に集中する前に無理矢理開けた入り口から突入し、兵数差を圧倒的にする。

 

 気分に動ける剣士部隊と騎馬隊が最初の突撃を担い、見事その奇襲は成功。フレリアは少ない損害で多くが要塞の中へと侵入することに成功した。

 

 ヒーニアスが声を張る。

 

「上の階を先に制圧する! 重装部隊が来るまで第3部隊まではこの戦線を保て、他は私と共に進軍する!」

 

 兵士たちは大きな声でそれに応え、決死の要塞戦へと足を突撃していった。

 

 ネームレスはその重装部隊と同時に要塞へと侵入。

 

 その中で、1人、火事場泥棒を発見した。年若く、やんちゃがまだ抜けきってない生意気な目をした少年が重装兵の目を盗んで要塞へと侵入したのだ。

 

「誰だ……?」

 

「いかがなされました。ネームレス殿」

 

「1人要塞の兵とは思えないガキが入ったかもしれん。ヒーニアスの方は任せて大丈夫だな?」

 

「兵数の差が埋まれば、戦略、練度ともにフレリアが上回っております。貴方はどうか不安要素かも知れぬ肩を追ってください」

 

「よく言った。後は任せる」

 

 ネームレスはフレリアの勇敢な兵を信じ、謎の盗賊もどきを追い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ゲブ様! と命令を求める声がするが、軍属とは思えないだらしなく肉が付いた顔と体を起こし述べたのは一言。

 

「無能どもは分かっているなぁ? 将軍のために死ねぇ」

 

「どうかご命令を!」

 

「命令がないと動けん無能かぁ? 今からわしは蒐集部屋へ向かうんだぁ。それまでネズミ1匹も通すなぁ。そこの防備を重点的にかためろぉ」

 

 それだけ言って兵士の前から去った。

 

 要は、お前らで何とかしろ、という極めて理不尽な命令だったが、要塞で働く者たちは皆、ゲブの教育を受けて1人前になった兵士たちだ。

 

 ゲブとその手下は元々グラドの兵だったものの、グラド兵らしからぬ品位のない振る舞いをしたということで、軍を追放されている。ただしゲブは死なばもろともといって、部下を丸ごと道連れにした。

 

 そこを邪悪な目をしたエフラムに認められ、部下もろともルネスの先兵となりこの要塞を任されて今に至る。

 

 理不尽は今に始まったことではない。故に自分達が何をすべきかも分かっている。ゲブの命令を受けられなかった兵は自分で考え、自分の同胞たちに戦いの方針を伝えた。

 

 

 

 

 

 

 ゲブがコレクションルームと言ったのは牢屋のことだ。

 

 この部屋だけは衛生環境が限りなく整えられている。そしてゲブ以外にこの部屋に入る者はいない。

 

 では何をコレクションしているか? その答えは見れば明らかになる。

 

「ふふふふふ、ルーテぇ? いよいよ観念する時が来たぞぉ。お前を殺す軍が来てるぅ」

 

 返事はない。俯いたまま動かない。

 

「魔騎士ゼトに半殺しにされてからここに囚われてどれくらいたったかぁ? 一緒にいたの神官を目の前で殺して、次はとうとうお前だなぁ? そこでだ。わしがいい話を持ってきたぁ。共に逃げるぞぉ。相手はフレリア兵。謎の攻撃も受けて陥落寸前だぁ。時間がないぞ?」

 

 返事はない。ただ呼吸の音だけ。

 

「ぶふふふふ。おまえは見た目だけはわしにふさわしいイイ女ぁだ。もう、何度も体を――」

 

「私、優秀ですから。このような状況を示す書物を読んだことがなくとも分かります。たとえ拷問を受けようと、その道を選ぶことが愚かだということを」

 

「ぶふふふふ。まこと、強かな女だぁ」

 

 ゲブは持っている大斧で牢の鉄格子をぐちゃぐちゃに破壊した後、手錠を後ろに繋がれているルーテを投げ飛ばす。

 

「ぐぁ……」

 

「ひ……いや……!」

 

 隣の牢屋に囚われている小娘、ネイミーが今にも泣きだしそうな顔で凶行に怯えていた。

 

「おおおぅ……、グラドを追い出されてからクソみたいなことばかり続いて、ようやくイイ女が2人も手に入ったってのにこの仕打ちぃ。ふざけたものだぁ。わしのような有能にあっていい仕打ちではないよなぁ?」

 

 暴力も時には使うが必要な時以外に使わないのは、趣味をするときに、傷ついた体では興が削がれるからだ。趣味に対しては怒りをある程度で抑えられるところだけは、無能ではなかった。

 

 女を2人も食い物にしている醜い肉塊に、小鳥の着地ほどの足音で背後から迫る1人の影。

 

 少年は恨みをたっぷりと込めた剣の一撃を叩きつけようとする。

 

 しかし。その直前。ゲブは動いた。

 

 まるで分かっていたとでも言わんばかりに、後ろから迫った盗賊風情殴り、地面にたたきつけたのだ。

 

「くそ……!」

 

 奇しくも幼馴染が捕らえられている牢の前で情けない姿をさらすことに。

 

「コーマ……来て……あ、やだ……」

 

「泣くな! お前を助けに来たってのに」

 

 ネイミーは斧を振りかぶっているゲブに命乞いをする。

 

「お願い……コーマは……殺さないでぇ……」

 

 涙があふれていた。次々と大きな粒が下に落ち、地面を濡らす。

 

 しかし、命乞いは、

「ぶふふふふ、ここでお前を殺せばぁ。心も折れるよなぁ?」

 下衆な笑みを浮かべて殺す気満々で、キラーアクスを振り下ろす。

 

 コーマは立ち上がろうとしたが、先ほどの殴打の衝撃が残っていて、体がふらつきもはや回避が間に合わない。

 

「コーマぁぁぁぁ!」

 

 少年は情けない自分に後悔した。あと、もう少し強ければ、要塞に無理矢理突っ込んででも助けようと思うくらいには大事な友を助けられたのに、と。

 

 風が吹く。それは室内にしてはあまりに強すぎる風だ。

 

「ぬぉおおおお?」

 

 ゲブが吹っ飛んでいた。まるで台風で吹っ飛ばされたかのように。

 

「誰だぁ」

 

 これまでにないほどの殺気で、この場に新たに現れたその男をゲブは見る。

 

「ふん。どの世界にも下衆はいるものだな。血に濡れたこの手で正義を語るつもりはない。お前は見ていて不快だ。私怨にて殺してやろう」

 

 ルーテはその瞬間に気が付く。自分の手錠が外されていることに。そして今まではなかったはずの近くに、炎の魔導書が置いておることに。

 

 ネームレスは言う。

 

「私よりも殺したいというのであれば譲るが? いかに体力を消耗しているといっても、一発くらいならできるだろう。あの程度の相手だ。膳立てもしてやれるが?」

 

「手助けは不要です。私、優秀ですから」

 

「ほう?」

 

「貴方はそこの彼女を助けてください。彼女は、良く泣いていましたが、人間らしい振る舞いで、私に元気をくれた恩人ですので」

 

(……正史世界よりは少し感情豊かに見えるな。)

 

 受諾の頷きを返し、近くのまだふらつくコーマを支え、ネイミーが閉じ込められている牢を破壊する。

 

「誰か知らねえけど、感謝するぜ……」

 

「まずは彼女を安心させてやるといいだろう」

 

 コーマに抱き着くネイミー。やや敗れて体が露出している服のままで、思春期である彼は。この後の対応にしばらく困ることになった。

 

「お……お……」

 

 一方で天才の名は驕りではなく。ゲブは近づく前に多くの火傷を食らい既に膝をついていた。

 

 見事な腕だ。敵の物の投擲を炎で迎え撃ち破壊、そのまま連続で炎の弾を食らわせる。たった10秒で勝負はつこうとしていた。

 

「お前ぇ、いいのかぁ、俺の素晴らしい寵愛をもう――」

 

「ここに来て多くを理解できました。アスレイを殺された時、私は人が死んだとき周りが悲しむ理由を知りました。そしてある書で論者が遺した、人間の悪性を理解しました。非常に得るものが多かった点は、貴方に感謝すべきなのでしょうか」

 

「おおお……」

 

「もう1つを体験し理解することにします。恨めしい相手を殺した時に体に駆け巡る快楽はどのような感覚か。闇魔導医学応用論二集の八十八項には、開放感を得て、拍動がやや早くなるという記述がありました。実践のときです」

 

「くそぉおおおおお」

 

 それは怒り故か好奇心故か。ルーテだからこそその魔法に何を込めていたかを理解するのは難しいが、エルファイヤーと見違えるほどの大きな炎となり、恨むべき肉塊を焼き尽くした。

 

 灰すら残らない消滅。それを見てルーテは、自分の囚われていた牢の隣、骸骨が積まれている部屋見て、

「なるほど。悪くないですね」

 とつぶやいた。




遅れた理由は忙しかったのもありますが、他にもいろいろ理由があって。

実は3回くらいこの話は書き直してます。
1回目書いた後、ゲブ様がややキャラ崩壊を起こしてた(めっちゃ有能な上司にみえなくもなかった)のでNG。
2回目は、聖魔を見直して、ようやくそれっぽいキャラで書いたものの、今度はR18ラインでステップを踏んでそうだったので念のためNGに。
ゲブ様いらなくない? とも思ったのですが終末世界が最悪な世界であることを強調するために、彼はいい敵役になりと思い、縁のあるここで出したかったのです。

3回目でようやく出せる程度にまとまったと思い、ようやく皆様にお見せ出来ました。

あと、また流れで味方キャラ殺してるじゃんと言われそうですが、これはアスレイが嫌いというわけではなく、ゲームの正史世界と違って、戦争の残酷さと絶望を強調していくため、どんどん死人は出てきます。

それにあくまで終末世界での話なので、アスクで召喚されて登場と活躍の機会に恵まれる可能性もあります。そっちの可能性を期待していただければと思います。


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1章 9節 『生死を賭けた要塞攻略』-4

お待たせしました。


 個と個の戦いではなく多くの人間を巻き込む戦争においてヒーニアスの戦略眼は真価を発揮する。

 

 優秀な指揮官に指揮される兵士は士気も高く動きも洗練されている。

 

 ゲブ将軍の臣下たちも死にたくないという一心で戦うがやはりそれだけでは埋められない練度の差が、要塞内部の戦いが劣性にならなかった理由だろう。

 

 とはいえ、兵数の差は圧倒的で、フレリアの兵たちも凌ぎきれない攻撃を受けてどんどん兵が減っていく。

 

「酷いものだ。勝ちが残っているだけ悪くはないが」 

 

 自分の兵の死体の数を見て、眉間にシワを寄せる。

 

 このままいけばフレリアの勝利は揺るがない。しかしそれは数多くの犠牲を払えばの話だ。

 

 何かもう一手、戦況を一気に変えるような転機があれば、そう思わずにはいられない。

 

 そのとき。

 

「酷い顔だな」

 

「傭兵か。子どもを追っていたと言ったが?」

 

「悪いな。だが終わった。ここからは加勢しよう」

 

 ネームレスの後ろには、確かに何人かの見知らぬ若者がいた。ヒーニアスから見て、皆顔色があまりよくないが、目に光が宿っている。死にかけではないことが分かる。

 

「牢屋に囚われていた」

 

「保護せよと?」

 

「私は何も言っていない。だが、処遇は相談した方がいいと思ってね。将軍が判断をしている間、私がその分働こう。要塞の奥の敵は片付ける」

 

 ヒーニアスが許可の頷きをしたのを見てネームレスは最前線へと走り出す。

 

 戦場は残酷だ。武器を持ち、肉を抉る感覚が手に伝わってくるたび腹を痛める感覚が襲い掛かってくる。血を流す他人を見るたびに、心に刃が刺さるかのような痛みを伴う。それは今でも本当に嫌なことだった。

 

 初めて命がけの戦いをしたのは、遠い世界、故郷の異界で聖炎の杯《ファイアーエムブレム》を巡る王位継承戦争で戦った時だったか。

 

 今のネームレスにはその頃の細かな記憶はほとんど残っていないが、あの世界を救う為、炎の儀をおこない聖炎を身に宿す代わりに、己の死後は数々の世界を救う為に戦うことを誓った。

 

 それ以来、今走っているような死体の山の横を駆けるのにようやく慣れた。

 

 敵がいる。味方もいる。殺し合いを続ける人間たちを前に、己のやることはいつも世界を救う為の掃除だ。

 

「万能の使い手、起動」

 

 ネームレスがもっとも扱いを得意とする武器は槍。銀の槍をどこからともなく取り出したネームレスは、一騎当千の殺戮を始めた。

 

 

 

 

 

 

 ネームレスが最前線に戻って数刻、敵は全滅した。

 

 降伏宣言を将軍に届かせることを許さなかった神速にて暴虐な戦いを行った傭兵に、フレリアの兵はドン引きしていたが、ヒーニアスは彼をいつも通り迎えた。

 

「よくやった。傭兵」

 

「悪いが、戦いが長引けば味方の数が必要以上に減るんでな。それは俺が望むことではない」

 

「私はもとより必要以上の殺戮を行うな、という命令はお前に出していない。この場においては勝利と味方が1人でも多く生存することが至上命題だった。責は、私が負う」

 

「そうか。将軍、ガキどもは?」

 

「保護した。どのみちこのご時世だ。外を勝手に歩かれて死なれては目覚めが悪い」

 

「それもそうか。戦いは終わった。要塞はこのまま拠点として使うのか?」

 

「一泊したらすぐに発つ。好機は逃さない、グラドへと進むぞ」

 

「今の兵力でお前のいうレンバールが攻略できるとは思えんが……」

 

「だとしても、もう退く道はない」

 

 そこに駆け込んできたのはフレリアの外を守っていた兵だった。

 

「どうした!」

 

「魔物の軍の襲撃です! 現在天馬騎士兵団長が指揮を執っておられます! 援軍は」

 

「ち……」

 

「私が行こう。将軍、お前は」

 

「お前でだけでいかせるものか……! 外にはターナがいる! 動けるものは至急外の迎撃に加わる! 気張れ!、ここで包囲殲滅を受ければ我々はもたない。何とか乗り切るぞ! 外で怪我を負ったものは中へと連れてこい! 杖使いは回復に専念だ」

 

 ヒーニアスは部下に指示を出して、要塞に突入した軍に指示を行き届かせる。

 

(……ルフィア、無事でいろよ!)

 

 ネームレスもまた走り出した。

 

 

 

 

 

 数が多いことは幸いではないが、幸いにもルネスの将軍か、突出して強い魔物いなかった。魔物の軍団は飛行兵が多く機動力を生かした立ち回りをしてい天馬騎士団を追い詰めるが、グラドの竜騎士団が唯一その実力を警戒するフレリア天馬騎士団は墜ちない。

 

 しかし飛べない兵士は苦戦を強いられる。ガーゴイルはともかく、ピグルは魔法攻撃を行ってくるので、そもそも近接武器を使う兵士が一方的に攻撃され、こちらは手が出せない。

 

 見境なく行われる攻撃に、ルフィアも当然巻き込まれる。

 

 ミルラが龍に変化し、可能な限りの殲滅を行うが、それでも全てを焼き払うことはできず、ルフィアは攻撃に見舞われる。

 

 彼女を庇うもう1人はターナだった。

 

「させない!」

 

 ウィドフニルを振るい、時には多少刃や魔法が身を掠めてもルフィアを庇い必死に戦う。

 

 奮闘もあったが天馬が撃ち落とされ、ターナも地面にたたきつけられた。

 

「ターナ様!」

 

 ヴァネッサが急いで向かうが、それよりも早くガーゴイルが数匹、苦しそうな顔をするターナに迫る。

 

 彼女を庇ったのは、ルフィアだった。

 

 血が滴る魔物の武器を、護身用の槍で受け止め、修業で身に着けた返しの一撃で1体を倒す。

 

「や……た」

 

 本人は成長を感じるその事実が少し嬉しく、続けざまに来る2体目への反応が遅れた。

 

 2人とも死ぬ。

 

 あの時、援軍を送ると強気の決断をしたヒーニアスの判断がなければ。

 

 正確無比な射撃は、最終的に死にかけにとどめを刺そうとルフィアとターナに襲い掛かった20匹以上㋞次々撃ち落とした。

 

 それはヒーニアスとネームレスによる射撃だった。

 

「師匠……!」

 

「平気か?」

 

「はい」

 

「……良かった。本当に」

 

 ヒーニアスは妹の様子を窺う。

 

「致命傷ではないな……。まだ耐えられるな?」

 

「うぐぅ。はいお兄様……」

 

「我慢だ。今はここを死守する。ネームレス、護衛を頼む」

 

「分かった」

 

 その後、フレリア軍の続けざまの迎撃戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 多くの犠牲を出した。要塞戦だけで半数以上が道半ばで倒れた。

 

 それでも逆を言えば半分は生きている。ヒーニアスはその勝利に意味があると信じている。

 

 そしてこれまで同胞を守るために、生き残るために覚悟を決めた者たちの意味を失わないようにするために、反省をする暇はないと皆に言い聞かせた。

 

 たとえそれは、傷つき、疲弊しきった兵へと向ける冷酷な命令であったとしても。

 

「夜が明けたらレンバールへと向かう。我々は、必ずグラドにたどり着き、憎き魔王を倒し、フレリアを取り戻すのだ!」

 

 ヒーニアスに異論を立てる者はいない。皆、己たちの王を信じているから。

 

 

 

 

 

 自分の近くですやすやと眠りにつくルフィアとミルラ、そして護衛を任されたままなので一緒にいるターナ、さらにはターナの看病をしていたヴァネッサも寝息を立てている。

 

「ふぇぇえええええ」

 

「……ん。意外な奴が来たな」

 

 空から白いフクロウがふらふらおちてきた。

 

「ふぇぇ」

 

「お前、今までどこにいたんだ」

 

「皆さんの様子を探すために、命からがら飛び回りましたぁ。でも見つからなくてぇ、さらには、それを報告しようと戻ったら、グラドにいるはずの皆様もいなくなってますしぃ」

 

「なに? 連中はいないのか?」

 

「はいぃ。街の皆様に話を聞いたところ、レンバールの攻略に同行したと」

 

「……そうか。それは、悪くない知らせだ。なら次はルキナを探してくれ。俺と召喚師はもうすぐ会える。死んでいなければな」

 

「ふぇ! 本当ですかぁ?」

 

「ああ。この世界は思ったより厳しい。一度皆、集まるべきだ。それを、ルキナ達にも教えてやってくれ。転送先を考えればルネスかジャハナあたりにいるはずだ」

 

「ふぇえ、しばらく飛びっぱなしなので今日だけは御情けを……すやすや。すやすや、すやぁ」

 

「まあ、無理もないな」

 

 ネームレスは仕方なく己の膝の上で寝息を立てたフクロウをルフィアのそばにおく。ルフィアは愛おしそうにそれを抱きしめて、少し笑った。

 

 こんな子を戦いに巻き込んだ己はきっと救いはないだろう。

 

 そんなことをふとネームレスは想いながら、周りへの警戒を続ける。




次回 第1章 10節『魔導研究室での思い出』―1

舞台は一度グラドに戻ります。
ちなみに、1部は13節くらいでルネス攻略に赴くことになりそうです。なので1章もようやく『折り返し』まできました。

聖炎の杯についてはいずれやる〇.5章の話なので今は気にしないでOKです。

もう少しスピードを上げないとな、と思ってはいます。なんとか書く時間を捻出したいですね。


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1章 10節 『魔導研究室での思い出』―1

おまたせしました。

少し書き溜めたので、しばらくは3日に1回以上のペースで投稿できると思います。


――辛くもフレリア軍は水上レンバールへとたどり着きグラド帝国軍と合流。フレリア王ヒーニアスと皇帝リオンネームレスと再会したエクラとその一行はグラド帝国へと凱旋した。レンバールでの勝利と同流したフレリアの者たちがグラドに慣れ、来たるルネス攻略へと向けた準備を整えることになった。エクラたちには2日の休日が与えられた。リオンは言う。これが最後の猶予になるだろうと――

 

 

 久しぶりの拠点への帰還。新しい来客を迎えても十分部屋数はある。

 

「このようなお家で……?」

 

「何かおかしい?」

 

 ちなみにルフィアのことを心配してか、フレリアのことを全て任せターナはシレーネと共についてきている。

 

(まだ睨まれてる……)

 

 エクラはレンバールからの帰り、ルフィアに話しかけるとずっとこの待遇だ。あまり気を良くするものではない。

 

 そんなことは知らないだろうルフィアは疑問を投げかける。

 

「王様の軍師ですから、もっと豪華なところに住まないと我慢できないんじゃないかって思って」

 

 ネームレスが失笑、どうやらこの2人も少しは仲良くなったようで何より、とエクラは素直にこの反応を受け取ることにした。

 

「エンブラとの前の戦いも、ムスペルとの戦いも、酷い環境で結構寝泊りしなきゃいけない時があったよ」

 

「……そうですか。大変なんですね。軍人だと王族も」

 

「だから拠点をもらえたことは凄く嬉しいことだね。特にフィヨルムやレーギャルンは戦えない僕のこと、外だと心配しがちだから、こういう場所があるだけで彼女たちに休息が与えられるのはいいことだと思う」

 

「そうですか」

 

 意外な心遣いね! と言ってるような顔でターナに見られるエクラ。いったい彼女の中で自分はどんな印象だったのかと不穏なことこの上ない。

 

「あの、私の部屋も用意してくれてありがとうございました」

 

 一礼して自分の部屋へとてとて向かっていく。2階建てとはいえ部屋が多い場所を用意してもらったデュッセルの心遣いが今になって凄いものだったと思える瞬間だ。

 

「お前が言ったフィヨルムやレーギャルンはどうしたんだ」

 

「服の仕立ての手伝いに行くって言ってた。2人とももうこの街にしっかり馴染んでるよね。まあ、こっちもこの後子供たちと遊ぶ予定なんだけど」

 

「そうか。馴染めるのはいいことだな。ミルラも街を見て回ってくると言っていたし、今の内にここまでの整理をしておこう。ちょうどターナ姫もいらっしゃる。俺達の目的を共有しておいてもいいだろう」

 

 自分の話が出たことが意外だったのか驚きの表情。

 

 この姫様は子供らしく見えるほどに、表情が豊かだ。エクラはそう思わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 自分たちが何者なのか、ヴァイスブレイヴの使命は何なのか、この世界に何のために来たのか。ターナに話せるだけ話した。

 

 慣れていないということはない。元々アスク王国に召喚された英雄たちに何度も事情を離してきている。ターナ王女は人を疑うことをあまりしないため、本気になってその話を耳に入れていた。

 

 シレーネはやや訝し気に話を聞いていたが、ターナに信じるなとは言わなかった。ネームレスの戦い方を見ると納得するしかないとのこと。

 

(何をやったんだこの人……)

 

 この男についてもまだあまりにも知らなすぎることが多い。しかしそれを追求するのは今ではないとエクラは判断する。

 

「なるほど。しかし、あのような少女まで巻き込むのはあまりよろしくないことでは?」

 

 天馬騎士隊隊長様の言う通りでエクラはそれに対して反論はできず。

 

「志願したんだ。戦場に立ちたいと。彼女は元々特務機関のことを何も知らない愚かな民衆の1人だった、だが彼女は理解を望んだ。だから俺が連れまわしているだけだ、こいつを責めないでくれ。恨み言は後で聞いてやるさ」

 

「そうですか。ではそのように」

 

 シレーネの小言も終わりターナが感想を一言。

 

「すごい旅なのね。この世界によく似た世界、もしくは別の世界の英雄を集めて世界を救う戦いをするのか。きっとそこに呼ばれている人は凄い人たちなのね。会ってみたいなぁ。いろいろな話を聞きたい」

 

「この戦いが終わったら、ゆっくり」

 

「本当? 約束だからね。召喚師さん?」

 

「ももも、もちろん」

 

 若干押され気味にエクラは頷いた。

 

 シレーネがターナに耳打ちをする。2人はルフィアによろしくということ、自分たちが滞在する予定の場所をエクラに伝えると拠点を後にした。

 

 ようやくネームレスと2人きり。ここからはヴァイスブレイヴとしてどうしていくかを判断するタイミングになる。

 

「魔王エフラムが扱う暗黒の炎か、正史世界のエフラムにそのような魔力を使う力はなかった以上、その炎の力は魔王の力と考えるべきだろうな」

 

「そしてリオンは魔王に対抗する希望の王。まるで、僕らの知るマギヴァル伝承とは立場が逆」

 

「フレリアは陥落したそうだ。そしてロストン聖王国もジャハナも。国単位で見て、この世界は本来残るべき国が終わっている」

 

 ここまでの旅路の共有は帰路で終わっているので、その点の振り返りの必要はない。

 

「俺達の知る伝承とは多くところが逆になっている。ならばファイアーエムブレムがエフラムの元にあるのも、逆を示している?」

 

 元の伝承では、聖魔の世界のファイアーエムブレム、魔石はグラド帝国に存在した。しかし、この世界では、エフラムが持っているとリオンが言っている。

 

「この終末世界、もしかするとこの世界の間違いは、エフラムの狂信ではなく、もっと前ということかもな」

 

「どういうことですか?」

 

「伝説で一度、魔王は封印された。だが魔石はグラドではなくルネスへと渡った。エフラムが今代で魔王になった理由はそれであり得ない話ではなくなる」

 

「たったそれだけで……?」

 

 ネームレスはエクラが首を傾げたのに対し堂々と首を縦にふる。

 

「それだけで歴史は変わるものだ。生物のあらゆる意思決定1つによって世界の命運は無限に枝分かれしていく。中には選択を誤ったばかりに終わりを迎える世界もある」

 

「それで終わる世界が終末世界、なんですよね」

 

「その通り。だが」

 

 解せないという顔をしたネームレス。それはエクラも違和感として、同じ事項かどうかはともかく持ち得たことだ。

 

「この世界の魔王の攻撃は、その、正史世界の話と聞き比べて激しく徹底され過ぎているような」

 

「魔王の器にエフラムが選ばれたとしても、魔物の強さ、お前達が見たゼトや森で見た2人の暗黒騎士、3つの国がなすすべなく陥落、魔王の攻撃の質がまるで違うような気がしてならない」

 

「そこは魔王の器がエフラムだからこそ起こった何かがある。ということですね」

 

「ああ。油断はしない方がいいだろう。ことを柔軟に考える必要があるな。俺も、頭を柔らかくして策を考えておくべきか」

 

 トントン。

 

 入り口から来客を伝える知らせが聞こえる。耳を澄ますと家の入り口ではなく少し離れたところで、エクラが聞き馴染みのある子供の声がした。

 

「ここまでか。まあ、羽を伸ばすのならゆっくりしておけ。俺も、グラドで情報収集をしてみよう」

 

 エクラはネームレスの協力に感謝の意を示して、そのまま外へと出た。



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1章 10節 『魔導研究室での思い出』ー2

 ミナとミオ、そして多くの子供たちを相手に今日は街で所謂鬼ごっこをすることに。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「えくらー、つよーい!」

 

「いやぁ……君たち逃げ足速いよ……大人げなく本気でやってしまった」

 

 街の中を子供が走りまわる分には、仕事の邪魔にならない限り文句を言う人間はない。今は城下の外に赴くことはできないため、子供にできる限り自由にさせてやるのも国の方針だった。

 

 そしてエクラは今も元気に遊ぶ子供たちを追いかけ、1時間以上走りまわっている。既に体力は限界でその場で座り込んでしまった。

 

「ミナ……水飲ませて……ちょっと休憩を」

 

「えー、ぐんじんのくせにひ弱ねー」

 

「ははは、よく言われるよ」

 

「そんなんじゃお父さんに怒られちゃうよ。なんじゃくものーって!」

 

「いやあ……ははは」

 

 ぐったりとして座り込んでいるところを通行人に見られ、大丈夫かと果物の差し入れまでもらってしまった。もっと己を鍛えないとな、と思うエクラだった。

 

 それにしても、とこの街と目の前のミオとミナを見る。

 

「エクラさん?」

 

「大変そうね」

 

 聞き覚えのある声が耳に入りぐったりしていたエクラは顔を上げる。周りを見るといつの間にか、フィヨルムとレーギャルンがいつも働いている

 

「フィヨルム、レーギャルン、お疲れ様……」

 

「お疲れって、今のあなたのことじゃない」

 

「えへへ、面目ない」

 

 ミナがフィヨルムのそばに駆け寄ってくる。フィヨルムは笑顔で突撃を受け止めミナが『えくらがひんじゃくなのー!』という文句を聞いてあげていた。

 

「今日は店番じゃないんだ?」

 

 レーギャルンは既に空いた籠を見せつける。ミオがその籠を覗き込む。

 

「なにもない」

 

「老人たちへ修繕した服を運んでいたのよ。……そう言えば、ミルラが話し相手になっていたわね。お花屋のおばあさんの」

 

「え、そうなの?」

 

 朝からルフィアもミルラも出かけていた。ネームレス曰く心配はないとのことで信じて何も言わなかったが、結局どこへ行ったか分からずじまいだった。

 

「でもまあ、マムクートを恐れない人に会えてよかったよ」

 

「そうね。彼女はそこだけが心配だって言ってたから。本当、この街の人々は優しい人が多いわ。いい国ね」

 

「うん」

 

 ミオが駆け寄ってきた。エクラは頭を撫でる。ミオは『なんじゃくものは撫でられるがわだぞ』と生意気な口を利きながらも嬉しそうに笑っていた。

 

「お前達」

 

「あ、しょーぐんさまだ!」

 

 ミナとミオがこの場に顔を出した意外な人物のところへと駆けよっていく。エクラも驚き慌てて全身に気合を入れて立ち上がった。

 

「人気なようで結構。エクラ、せっかくの休日のところ悪いが。時間はあるだろうか」

 

「何か緊急で用事ですか?」

 

「いや、緊急ではないが、陛下の臣下にノールという男がいる。彼がお前達と話したいと言っててな。お前の仕事は儂が引き受けよう」

 

「いやいやいや、将軍がそんなこと……」

 

 子供たちは大喜び。

 

「しょーぐん、あそんでくれるの!」

 

「やった! みんなもよんでくる」

 

「えくら、いまはしょーぐんさまと遊ぶから、またあそぶのはこんどでいいよ」

 

「ありがたくおもえー」

 

 エクラは子供たちの生意気な態度に苦笑しながらもデュッセルの提案を受け入れた。

 

 それを傍でみていたレーギャルンはフィヨルムに言う。

 

「エクラの護衛として、ついて行きなさい」

 

「え、でも私まだ仕事が」

 

「後は私がやっておくから。それよりもいい機会でしょう。ね?」

 

「でも、仕事はちゃんとやらないと」

 

 フィヨルムは真面目な性格で簡単に責務を放棄する人間じゃない。しかし今回はタイミングが悪かった。中から出てきた仕立て屋のリーダーの女性がフィヨルムに大きな声で言う。

 

「いいんじゃない! 行っちゃってくださいよフィヨルムさん。エクラさんと2人、ついでに少し寄り道して街を見ながら行っても」

 

「ええ……」

 

「はい決まり! 服はそのまま着ていっていいですから! 戦いのお勤めの後ですもの。レーギャルンさんにもこの仕事さえ終わったらお休みしてもらうし」

 

 反論する余地もなくいってらっしゃいと手を振ってまた屋内へ。

 

 押されに押され仕方なくフィヨルムはエクラと共にノールの元へと向かうことになった。

 

 

 

 

 2人で横並びに歩きながらお城の近くの教会へと歩いていく。

 

「それってこのマギヴァルの服だよね」

 

「はい、私に似合うものを見繕っていただきました。働くときはこちらの方が便利だと」

 

「いいな、似合ってるよ。残念ながらフードがある服がないから、こちらはいつもの服装だけどね」

 

 大通りの商店は今日も大きな声で買い物客との会話に勤しんでいる。

 

「客将さまでしょ、こっちこっち」

 

 中には少し遠くを歩いていても呼びこみをしてくる商人もいた。

 

「お祈りの髪飾り。おひとついかが? この水色のやつ、そちらのお嬢様にお似合いよ?」

 

「ほう……」

 

 どうせなら少し寄り道、という言葉にデュッセルは何も反論はしなかった。ほんの少しくらいは許されるだろう。そう思いエクラはまんまと釣られる。

 

「エクラさん! ノール様が待ってるんじゃ」

 

「少しだけだよ少し」

 

 アスクにいる頃はたまに開かれるお祭りに参加してはこうして各地の初めて見るものに心躍らせた。戦時中でも心の余裕を忘れずにいられたものだ。

 

(もしかすると、こうして街を活気づけているのは、皆にそうしてもらうためなのかもしれないな……)

 

 勝手にエクラが思い至った思惑に乗ることにして、店の品ぞろえを確認する。

 

「お守り」

 

「ええ、誰かが誰かに願いを言葉にして渡すのです。多くが戦場に立つ今、誰かの願いを背負って人一倍頑張れる。精神論を戦いに持ち込むのは良くないかもしれませんがね」

 

「いいや、いいと思います。これ、30個くらいもらえますか?」

 

「30……?」

 

「仲間が多くて」

 

「もちろん。でも数が多いですね。後でお家の方に届けさせていただきます」

 

「1つはここでください」

 

 エクラの要望通りに店主は1つだけここで水色のものを渡すと、エクラはフィヨルムの輝く髪につけてあげた。言葉を添えながら。

 

「厳しい旅になるけれど、共に戦い、共に生きよう。これからもよろしく、フィヨルム」

 

 フィヨルムは微笑み、

「はい。こちらこそ」

 エクラの提案を受け入れた。

 

 

 

 

 

 もうすぐ城に着くところでミルラの姿を見た。

 

「ありがとうございました」

 

 花束を包装して誰かに渡している。

 

「応対ありがとね……イタタ、腰が。いやあ、情けない」

 

「大丈夫ですか、おばあさん」

 

 道行く人が彼女に注目しているのは、おばあさんと子供の微笑ましい一面を見て

ほっこりしているだけではないだろう。

 

「あの応対以外無駄口をたたかいない厳しいおばあちゃんに孫がいたのか?」

「そんなわけないだろ」

「でもあの子、花冠まで作ってもらって、そうとう可愛がられてるじゃないか」

 

 確かに見覚えのない花冠がミルラの頭の上にある。

 

「あ、召喚師さん」

 

「どうしたのそれ?」

 

「おばあさんに作り方を教えてもらいました」

 

 そのおばあさんは花冠を教えた人とは思えないくらいに厳しい目でエクラを見てきている。

 

「保護者かい? まったく、こんな小さな女の子1人で、外に出すもんじゃないだろう」

 

 確かにミルラの事情を知らなければそんな風に思われても仕方がない。エクラは甘んじてそのお叱りを受けることにした。

 

「おばあさんは、私が迷子になっているところを助けてくれました」

 

「右左きょろきょろしていたよ。少し助けてやったらお礼がしたいって。ああ、声がね、私の娘の昔のころにそっくりだった。つい、心を許してしまってね」

 

 ミルラに触れようとしている手が迷っている。目は開いているのに見えていないのだ。

 

「つい、娘が好きなものを編んでしまった。そしたら喜んでくれてね。こんな戦争ばかりの時代に良い出会いをしたもんだ」

 

 見ると弔いの花の注文が殺到している。

 

(毎日、こんなものを……)

 

「おばあさんは私に、いつか大事な友達ができたら、花の似合う祭りに作ってあげなさいと言ってくれました」

 

「そうだね。その時が、本当に」

 

 おばあさんの手がミルラに一瞬だけ触れて、ほんの少し微笑んだ。



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1章 10節 『魔導研究室での思い出』ー3

 城に到着したエクラたちはエクラを待っていたグラドの兵士に連れられて闇魔導師ノールのいる魔道実験室という名前の部屋へと向かった。

 

「これは……」

 

 部屋に入ってすぐにエクラは驚く。大砲のような巨大な装置が目に入ったからだ。

 

 ただし砲弾を詰める機能はない代わりに正八面体の紫の宝石がつけられていたり、先に向かって細くなっていたりと、ただの大砲というわけではないことが分かった。

 

「申し訳ありません。驚かせてしまいましたか」

 

 見るからに闇魔導師という感じの男が優しい口調で来訪者たるエクラたちに話しかけた。

 

「あなたがノール様ですよね。リオン様の補佐をされているとか」

 

「お話はしたことはなかったはずですが。よく観察していらっしゃいますね。私ごときを覚えていてくれたとは、嬉しい限りです」

 

 ノールはこの仰々しい機械の宝石に手をあてる。

 

「エクラ殿。さっそくで申し訳ありませんが、この石に触れてみていただけませんか。10秒ほど」

 

「10秒……?」

 

「それ以上は少し不都合ですので。フィヨルムさん、エクラ殿が倒れたら私を即処断していただいて結構です」

 

 突然の依頼にフィヨルムもどう言葉を返せばいいか分からない。

 

 エクラはおそらくこれが何か1つの魔道実験なのだろうと思った。そしてノールがそれほどまでに激しい言葉を言ったのは信用を得るため。

 

(だから、きっと罠じゃない)

 

 そう判断してエクラはその機会へと触れる。

 

 体から徐々に何かが失われていくような感覚を得た。手から何かが抜けていってこの大砲のような機械に流れ込んでいく。

 

「手を離して」

 

「ふぅ……」

 

「平気でしたか。ありがとうございます。これで完成ですね。後はこれを城壁と城の不空箇所に配置すればよいでしょう」

 

「あの、これは?」

 

「リオン様が考案為された対魔王用の兵器、『対魔神砲』です。我らグラド魔導研究員たちの研究の結晶。魔王へ攻撃を行うための対抗兵器です」

 

 エクラには、あのエフラムと戦うには少し大きすぎるように見えた。

 

「街の防衛のためのものなのですね」

 

「その通りです。いずれこの地に魔王はたどり着く。リオン様はそう私に仰せになりました。その時に何の準備もないのは良くないだろうと」

 

 ノールはこの兵器の説明を始める。

 

「この水晶は人に宿るあらゆるエネルギーを光魔法の魔力へと変換し放ちます。魔導の素質のない者がこれに触れれば生命エネルギーを利用することになる」

 

「それでさっきあまり長く触れないようにと」

 

 ノールは肯定を示すべく頷いた。

 

「場合に寄れば、住民たちにも協力してもらう必要がある。そのための仕組みを作るためには闇魔法だけでなく、理、光魔法にも精通している必要がありまして。レンバールから帰還後、ある方の協力で要約目途が立ちまして」

 

 そこに意外な人物が姿を現した。

 

「ノールさん。こちらも成功です。兵士は今日使い物にならなくなったので寝かせました」

 

「その方々は教会の休憩室でお休みになられています」

 

 協力者を見てエクラは納得した。この部屋を訪れたのはルーテとナターシャだった。

 

「ご苦労様でした」

 

「この程度造作もありません。私、優秀ですから。おや、貴方がたはあの男の知り合いだった」

 

 正史世界のルーテ同様、こちらのルーテも博学なのだとこのやり取りでエクラは理解する。付き合い方は大きく変える必要はなさそうだとも。

 

「ルーテさん。エクラです」

 

「不思議な服、よく分からない持ち物。感じるただならぬ気配。興味深いです。今の研究が終われば今度はあなたを研究することにしましょう」

 

「えぇ……」

 

 ノールはルーテのことは高く評価しているようで、

「友人の方の弔いを教会で終えた後、ナターシャさんに魔物を滅ぼす研究をしたいと詰め寄ったようで、私のところに相談しに来たのです。彼女は理魔法や他様々に精通していたので、私が研究室にスカウトしました。今は本当に助かってます」

 とご機嫌に語った。

 

「まさか私の話についていける方がいるとは思いませんでした。それはこの街に来ての収穫です。ここでの研究は悪くありません。ライバルよりも優秀であることを今に証明しなくては」

 

「我々は何度もライバルではないと……はぁ」

 

 やや同僚付き合いには苦労していることはエクラにも分かったが。

 

「ノール殿、リオン様の客将もお呼びになっていたのですね」

 

「ああ、そうでした。つい本題を後回しにしてしまった」

 

 本題。どうやら実験に付き合わされるだけではないようで、エクラも一安心した。先ほどの感覚はあまり好ましいものではなく、エクラはもう1回と言われないか内心冷や冷やしていたのだ。

 

「エクラ殿。私が聞きたいのは今のリオン様のことです。貴方からリオン様はどのように見えておられるのでしょうか」

 

「それは……偉大な王さまだと。強い、それは戦いだけでなく普段の振る舞いをみても」

 

「……リオン様よりあなた方ヴァイスブレイヴは異界から英雄を集める神の国からの旅人と聞きました。異界のリオン様をあなた方は見たことがあるのでは?」

 

 本来出向いた先でアスクの事情を言いふらすのはあまりいいことではない。アスク王国自体が非常にイレギュラーな世界だ。

 

 しかしノールの言いぶりからするに、既に十分な認識はされてしまっている。ここはあえて隠す必要はないだろうと判断し頷く。

 

「そこでのリオン様は、どのような性格だったのでしょうか……?」

 

 ノールの強い眼差しを受け、エクラは少し目を閉じて思いだした。

 

 優しい、故に気が弱く、たとえ魔法の才能は秀でていてもとても皇帝をやれるようには見えなかったと。

 

 その時のノールのなぜか安堵した顔はエクラには強く印象に残った。

 

「そうか。そうなのですね。やはりリオン様は、そのようなお方だ」

 

「でもこの世界のリオン様はあんな風に」

 

「……元々ああではなかった。今の話を聞くに、貴方がたのもつリオン様の印象は、我々小さなころから皇帝を見た者のリオン様の当時の印象と合致している」

 

 エクラは驚く。だとしたら凄まじい変わりようだ。

 

 いったい何をしたらあそこまで人は変われるのだろうかと。

 

 ナターシャも言った。

 

「司祭様はリオン様とお知り合いでしたが。確かに、何度か聞いた話では私もそのような印象を受けていたので。実際初めてお会いした時には驚きました……」

 

 ノールはエクラに己の心境を告白する。

 

「今の私には、陛下が無理をしているように見える。闇魔導を扱う者は闇と向き合わなければならない。心の疲弊は内側から人を狂わせる危険なものなのです。もしもそうならば、私は死を覚悟しても具申しなくては」

 

「その必要はない」

 

 部屋に新たな人間が訪れた。

 

 蛍石。セライナ魔導将だった。

 

「陛下は皇帝。その決断と勇姿を部下は称えなければいけない。この国をまとめ上げるために陛下は心を鬼にしておられる」

 

「セライナ殿。それで心を病み、闇に付け込まれればグラドは内側から崩壊する危険があるのです。リオン様の隊長を誰よりも親身になって心配しなければ」

 

「ふ……陛下の言った通りだな」

 

「何を」

 

「お前がそろそろそう言う頃だろうと、陛下は私に言っていた。お前がデュッセルにエクラを呼びに行かせたことを陛下は知っている。私に、何の話をするのか聞いて来いとな」

 

 国の運営に比べれば些細なことだと思うが、それをくまなく拾うリオンの情報把握力にエクラは驚かされる。

 

(王ってそんなことまでできるものなのか……?)

 

 アルフォンスの顔がちらついたが、エクラはすぐに否定した。

 

 リオンは1人で完璧な王を演じているだろうが、アルフォンスにはその必要はない。アルフォンスには頼るべき仲間がいる。いていいのだ。多くの英雄を束ね、協力という和を持って平和を掴み維持するのがアスク王国という場所なのだから。

 

 自分がそれに値するとは思っていないができる限り力になるつもりだ。だからこそこうしてアルフォンス不在でも戦いを続けているつもりなのだから。

 

「セライナ殿。貴方も陛下の若かりし頃を見ているはず。違和感はないのですか!」

 

 ノールが真剣に尋ねるのを受け止め、強情な態度でなく真摯に応えた。

 

「正直に言えば、ある。私も、お前の言う無理をしているように見えている。私は、別にあのままでもいいと思っていた。グラドには優秀な官がいる。軍がある。陛下をお支えし、大成するのは私が死んでからもいいと思っていたくらいだ」

 

 セライナは目を閉じ、過去の情景を思い浮かべる。

 

「先代皇帝は偉大なお方だった。しかしリオン様がああなってほしいとは、三石は誰も思っていない。受け継ぐべきは志でいい。子は個として親とは違うのだから、リオン様らしくこの国と向きあっていただければいい」

 

 一呼吸。大きなため息だった。

 

「ルネスの兄妹と一緒にいたとき、それが素であるのなら。あの方は本当は優しいお方だ。眼差しも温かく、勉学や研究を好み、威張や戦いを好まなかった。私たちは、あのように強くなる必要などなかった、と思う。あのように陛下を追い詰めたのは魔物に押される不甲斐ない我らのせいかもしれん」

 

 懐かしみを伴う目。見ているのは過去の皇帝か。

 

「だが、今は陛下を信じるとも。今も陛下は必死に戦っていらっしゃる。ならば、易々の疑うことなどできない。とても」

 

 ノールから反論はなかった。セライナが忠臣であることは知っている。彼女の意志を慮って軽々と反論は口にできなかったのだろう。

 

「エクラ」

 

「はい」

 

 唐突に名前を呼ばれ驚いたが何とか態度には出さなかった。

 

「フィヨルム殿も一緒に連れていい。リオン様の魔導研究室へと向かってくれないか。リオン様からお話があるそうだ。世間話に付き合ってほしいな」

 

 世間話としてふと思い出してみると、この世界のリオンとは普通に話したことがなかったということを思いだす。

 

 エクラはその誘いに乗ることにした。セライナはその迎えだったようで、彼女の後を追って魔導研究室へと向かう。




次回 1章 10節 『魔導研究室での思い出』ー4


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1章 10節 『魔導研究室での思い出』ー4

「来たか。エクラとフィヨルムだけか。まあ、大勢で来られても困るしこの程度でいいか」

 

 リオンがほんの少しリラックスした様子で座っているこの部屋は多くの書物がある部屋だった。そこにいたのはリオンだけではなくヒーニアスもリオンの近くの椅子に腰を下ろしている。

 

「わざわざ来てもらうとは苦労を掛けた。私はフレリア王代理のヒーニアスだ。かしこまる必要はない。お前は私をただの同胞だと思えばいい。共に魔王と戦う同士なのだから」

 

 ヒーニアスが座りながらエクラへと挨拶をする。

 

「堅苦しい会談も終わり、今は普通の歓談をしていたところだ。エクラ、フィヨルム、お前達も座り遠慮なく混ざるがいい。そこにお前達の席も用意している」

 

 リオンの勧めの通りに用意された席に腰を下ろす。

 

 エクラは部屋にある書物の多くを見渡す。

 

「すごいですね、これほどの書物をリオン様は読んでいたのですね……」

 

 フィヨルムは見るだけで圧巻の本の並びに素直な感想を送る。

 

「王には学がいる。だが半分は僕の生きる糧でもある闇魔導の本だ。ここ最近でようやく帝王学の本やすべての国の歴史書や伝統の記などの仕事の本で半分埋まってきたところだ」

 

「私も驚いた。私も平和だったころは本を読むようにしていたが此処までではない。グラドの新たな皇帝。この努力を見るだけで手腕の信用に値する」

 

「そんなことはない。僕は、もとより半人前だった。いつも、この目は友人の勇姿を追いかけていたよ」

 

「エフラムのことか。さっきも言っていたな。お前とエフラムは旧知の仲だと。まさかお前もエフラムとただならぬ縁があるとはな」

 

「親友だった。少なくとも僕はそう思っていた」

 

 昔のことを語り始めるリオン。

 

 エクラは同じような話を正史世界のエフラムやエイリークから聞いたことがある。

 

 グラドに滞在した王子と王女は次期皇帝たるリオンと共に学び、共に鍛え、共に語らった。彼らは魔王と討伐した後であっても、リオンのことを親友だと語っていた。

 

 ただいくつか聞いたことのない点もあった。

 

「その2人との思い出で特に思い出深いことがあったのはこの部屋だ。エフラムとはここで一度だけ、王位後継者としての弱音を語り合ったことがある」

 

「その時にはなんと?」

 

「今でも覚えているとも。『俺は完璧な王になるほど強くなれるのだろうか』と奴は言ったよ。当時からすれば実に互いに父親の気苦労が分かっていない馬鹿な文句だったがな」

 

 エクラが何故『馬鹿』なのか理解できず口を開けたままになる。

 

「エクラ、そんな阿呆な顔を晒すな。要は怖かっただけだ。受け継ぎ、国についての責任を背負うということへの重圧が恐ろしくて仕方がなかった」

 

「私も兄が悩んで涙を流しているのを見たことがあります。一度だけ」

 

「フィヨルムは確か国の王女かだったか。そうだな。国を背負うというのはとんでもない重圧だ。今も気を抜けばすぐに圧し潰されそうになるほどに」

 

 リオンは目を閉じる。その中で想うのは既に失ったものか。

 

「僕もエフラムもあの時から変わった。奴は力を追い求め狂った。僕は、過去の己をもう思い出せない。まずは態度から、次に武力、次に知識、後から相応しい己になるたびに、穏やかに話していた自分は失われていった」

 

 すこし寂しげに己のことを顧みる。納得の頷きを見せていたのはヒーニアス王子だった。

 

「私も、昔はこれほど何もかも計算づくで動き人を駒として見る視点は持ち合わせていなかった。思えばこれも変わったということなのだろうな。私は後悔はしていないが」

 

「僕もだ。こうならなければ僕は心が壊れていただろう。己が変わらなければこの重圧に耐えられなかった。きっと近くで善からぬ誘惑を受ければすぐに心を譲り渡してしまうくらいに弱かっただろう」

 

 リオンは静かに微笑みエクラを睨む。その顔はしてやったりという顔だ。

 

「大方、ノールもセライナも、僕は無理をしているんじゃないかと心配でたまらないだろうな。アイツらは僕に甘いからな。そしてお前も少し心配になってそのことを探ろうとした」

 

 見事言い当てられエクラは静かに『さすが』とつぶやくしかない。

 

「なら連中には言っておけ。他人の心配をする暇があるのなら、少しでも己と周りの者を顧みる時間に使えと。平気とか言うなよ。それは強がる者の台詞だからな」

 

 リオンはエクラに釘を刺し、エクラはうんうんうんと首を縦にふりまくる。

 

「陛下。私、エイリーク様との思い出も聞いてみたいです」

 

 フィヨルムは申し出たのは、話に混ざれと言う話を真面目に受け取っての行動だったのだろう。事実それは正解だったようでリオンは積極的に話に割り入ることに機嫌よく対応した。

 

「思い出も何も。僕が強くなりたいと無理を通しこうなってしまったのは彼女のおかげだ」

 

「大事な存在なのですね」

 

「ああ。彼女は素晴らしい才能を持っていた。闇魔導の才能を。彼女とここで闇魔導についての研究を行ったものだ」

 

 その思い出を語るリオンはとても楽しそうにしている。エクラはその時確かに、正史世界のリオンと同じ顔を見ることができたのだ。

 

(でも、正史世界のエイリーク王女は魔法なんて使ってなかった。もしかしてこの世界だからこそ。これも終末世界ならではの事項として記憶しておこう)

 

 魔法を使うエイリーク王女を想像すると案外似合うことが判明。

 

「美しく、芯が強く、近くにいた僕に彼女に惹かれるな、というのは無理というもの」

 

「え……それは」

 

「なんだ。言わせるのかエクラ。おまえも罪な男だ。僕とて人間、他者を特別に好きになることくらいあるとも」

 

 しかしここを恥じらいなく言うところはやはりこのリオンでなければできないことだろう。

 

「今はそうは言えない状況になった。翻意がない限り、彼女は王族としてルネスに血の一滴まで捧げ戦うだろう。兄思いの彼女は裏切り等できるはずもない」

 

「そんな顔には見えんぞ。皇帝。まだあきらめきれないという野望に満ちた顔だが」

 

 エクラはじーっとリオンの顔を見る。ヒーニアスは失笑。

 

「フ、異界の軍師と聞いたが、人の感情の機微には疎いか」

 

「うう」

 

「反応が子供みたいだな。だが純粋なことは欠点ではない。お前は、ターナにとって好ましい相手だ。特務機関のことを嬉々として語っていたのを聞き心配していたが、杞憂だったな」

 

 リオンは己の真意を見透かされたことへ反撃。

 

「僕にばかり言わせるのは不平等では。フレリア王代理殿からも1つ語らいの種を提供してほしいな」

 

「ふん。語るべくことはないが……いや、エフラムのことならいいだろう」

 

 ヒーニアスから語られるのは、エフラムとヒーニアスの2名をする者にとっては知れた話だ。

 

 2人はライバルだった。同じ兄という立場で妹もいて、武芸に長けているタイプの王子と似たところが多い2人はどちらがより優れているかを幾度も競走した。

 

 武を、学を、思想をぶつけ合った。

 

「いい思い出だ。平和だったころは心底気に食わなかったが、あれは確かに楽しかったのだろう」

 

 思い出を語るヒーニアスは、どこか楽しそうで、エクラはその思い出がヒーニアス王子にとっても輝かしいものだったことを察する。

 

「俺はあいつを認めていた。誰よりも誇り高く、勇ましい男だった。だからこそ誇りも正義も捨て力に酔ったあいつは許せん。この手で魔王ごとこの世から消したいほどにな」

 

「そうか。ここであなたの覚悟を聞けたことは喜ばしい」

 

「……しかし、完璧な王か。あの男からそのような言葉が出るとはな。少し意外だった。息抜きの歓談というのも悪くなかったようだ」

 

「ああ。意外だったとも。彼は、僕から見ても強い男だった。僕よりもはるかに」

 

 

 

 

 

 

 思い出話に花を咲かせたリオンの目には先ほどとは比べ物にならないほどの活力が戻っていた。少なくともエクラとフィヨルムにはその様に見えたのだ。

 

 ヒーニアスは明日からもまた公務が続く。この後は街を見回った後体を休めるといち早く出ていった。

 

「付き合ってもらって悪かったな。お前達にはもう1つ、希望という報酬を見せてやろう」

 

 そう言ってリオンはグラドの教会へとエクラたちを連れていく。

 

 そこには、多くの人が黙とうをしていた。その中には先ほど別れたはずのデュッセル将軍と子供たち。そして仕立て屋で働く女性たちもいた。

 

「礼拝ですか?」

 

「いいや。平和への祈りだ。この街の者たちは積極的にここへと通い、グラドに生きる全ての人間が守られるよう、神と我らの同胞に祈りを捧げる。時には、戦死した者への悲しみを抱え、ここで涙を流す者もいる」

 

 リオンはかつて街で死を悼むのをやめてほしいと民に懇願したという。

 

 法ではなくあくまで願いだった。グラドの民たちはその願いを聞き入れ街の中では明るく振る舞った。代わりに教会の者たちに皇帝は命じたのだ。負を受け入れ明日を生きる勇気を与える。救いの場になってほしいと。

 

「司祭やシスターたちには苦労を掛ける。本当に彼らは誰もが聖人だ」

 

 たまたま戻ってきたナターシャがエクラに祈りの意味を伝えた。

 

「魔物の復活のとき、グラドに魔物の大軍団が襲い掛かってきました。人々はその恐ろしさと戦争の始まりという絶望を刻まれました。リオン様が民たちに真摯に向き合い、その民たちはリオン様が戦う背中を見て、平和と団結を持って立ち向かうのだと勇気を出しました」

 

 あの光景こそグラドの民たちの総意だ、とナターシャは語る。リオンは嬉しそうにその光景を見た。

 

「リオン様。貴方はグラドが半壊したところからここまで立て直し、人間はこの絶望に立ち向かえるという希望を示しました。偉大な我らが皇帝」

 

「僕ではない。民たちに共に戦う必要性を説き続け行動で希望を示した仲間の成果だ。皆が皆ではなくとも、多くが賛同してくれた奇跡こそ我らが魔王へと対抗する武器だとも」

 

 ふと、エクラは振り返る。

 

 確かにこの街は異常なほどに1つに団結していた。魔物が、それに結託したルネスがあらゆる国を滅ぼしたことを知ってなお、誰もが腐らず頑張っていた。

 

 巨悪を前にしているという限定的な状況とは言え、人の善性で団結した奇跡の国はこれまでの努力の結晶。

 

(僕らが皇帝に最初に出会った時の傲慢さとデュッセル将軍の助言が、今になって見れば本当に正当なものだと分かるよ)

 

 リオンは懐から宝玉を出す。

 

 その宝玉は白くほのかに光を放っていた。

 

「この光こそ人々の希望と勇気の炎。それを留めるこの証こそ、魔王を滅ぼす炎の紋章だ。あんな魔石に比べれば、僕はそう思う」

 

 エクラには分かる。それの正体が。

 

 正史世界においても対魔王の切り札として機能した聖遺物、グラドの『聖石』。

 

「エクラ。最後まで希望を捨てるなよ。たとえ『厄災のごとき巨悪が現れ』ようと。我らには、輝かしい人間《かれら》の世を護る義務があり、この光は魔王を滅ぼす力になるはずだ」

 

 黙とうを終えた人々はリオンがこの場に現れると笑顔で自分達の皇帝を迎える。恐れを知らない子供たちは頭をたれるデュッセル将軍を置いて皇帝へと突撃してくる。

 

 彼らを迎えるリオンはまさに皇帝だった。

 

 ふと魔導実験室で聞いたことをエクラは思い返していた。アスクに召喚されたリオンがかつての皇帝と同じならば。

 

 確かにその横顔は、彼とは別人だということを示していた。かつての自分を消したからこそ、今その重圧と向き合っているのだと。



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1章 10節 『魔導研究室での思い出』ー5

 リオンもせっかく街へと繰り出したので少し街の様子を見て公務へと戻るという。この場で分かれることになった。

 

 エクラとフィヨルムも、子供たちに別れを告げてまた自分達の拠点へと戻る。途中、

「コレ食べてよ。英気を養ってくれ。客将さん」

「この前褐色の人に助けてもらってね。そのお礼。漬物なんだけど」

 などなどいっぱい差し入れをもらってしまい申し訳なく思う一方で、自分達もこの街に馴染めてきている証拠を見ることができてうれしい限りではあった。

 

「守りたいです。魔王と倒してこの街を、必ず」

 

 フィヨルムの決意に自然と頷きを返していた。

 

 拠点に戻ると見知らぬ2人。

 

「あ、あの、その、うう」

 

 1人は紫のピンクの間の色の髪をしていて、弱気な性格が表情にまで出ている。

 

「お前な、それじゃ通じねえだろ。あんた、ここに武器をたくさん使う男いるだろ。そいつに用があるんだけど」

 

 もう1人は服装から見るからに盗みが得意そうな、隣の彼女の同年代の目つきの悪い少年だった。

 

「そいんな言い方ダメだよ……怒られちゃうよ……」

 

 それくらいで怒ったりはしない、と内心ツッコミを入れなながらも1人思い当たる男を思い出し、その男がいるだろう部屋へとエクラは突撃する。

 

 

 

 

 

 名前はネイミーとコーマというらしい2人。

 

 ネームレスが助けた少年と少女だという。エクラはどこかで誰かが言っていたような……、と首を傾げていたが少なくともアスクに召喚されたことのない英雄である事は確かだった。

 

「あの、この前のお礼をと思って……これ、示しの品です」

 

「はぁ……」

 

 差し入れを見るとおいしそうなおかずがいくつか。

 

「別に俺は任務であの城にいただけだ。礼は必要ない」

 

「そう言うなよ。ネイミーがどうしてもっていうから。俺はいいと思ったんだけどな。こうしないと気が済まないんだよ」

 

「だって、当然だよ。命を助けてもらったんだよ……。本当はもっといいものをお礼に差し出すべきですけど。もう何も持っていないので、私が、作れる範囲で」

 

「そういうことなら有難くもらっておこう。だがお礼はそいつに送ってやれ。俺の雇い主んなんだが、お人よしじゃなければ俺も助けていなかった」

 

 応対が面倒になったのかエクラに話題を投げるネームレス。

 

「あの、ありがとうございます……」

 

 自分が助けたわけでもないので、どういたしまして、というのもおかしなことだと思うネームレスを見る。

 

 しかし彼は中身を見て、たまにつまみ食いをしている。

 

「美味いな。変な味でもなく、毒もなさそうだ」

 

(なんて呑気に……!)

 

 話題に困ったエクラは、わざわざ訪ねてくれた彼らに、お礼をもらってじゃあさようならというのも礼節に欠けると思い、少し彼らとのコミュニケーションを図ってみることに。

 

 まずは彼らに単純な疑問をぶつけることにした。

 

「これから、どうするの?」

 

「この街でお手伝いをしようと。教会の人が雑務ができる人を探しているそうなので……」

 

「何言ってんだ。おまえには弓の腕があるんだから、義勇兵志望でいいんじゃないか?」

 

「そんな、私のは狩りの技。役になんて立てるわけないよ……」

 

「そうやって、すぐ弱気になるからあんな男に捕まるんだろ。度胸を磨けよ」

 

「意地悪……コーマが守ってよぉ……うううう」

 

「おい、泣くな……ったく」

 

 まさかエクラは疑問一つで泣かせることになるとは思わず開いた口がふさがらない。ネームレスは失笑。エクラが睨むと、すまんついな、と一言入れ助け船をだす。

 

「すぐに決める必要はないだろう。まずは生き残ることを考えればいい。この街にも仕事は多くある。手伝いをすれば衣食住は手助けしてくれるだろう」

 

「でも、正直、俺ら来たばかりだからさ。慣れるのに時間もかかるし」

 

「俺もフレリア王代理から報酬をもらってはいるが、は正直使う予定が無くてな。どちらかというとちょうど子守りの人手が欲しいと思っていたところだ。雇われる気があるなら、金ぐらいは払ってやるとも」

 

「それって、まさか」

 

「それで多少の猶予は生まれるだろう。その間にこの街に慣れるといい」

 

 子守りというのはルフィアのことだろう。

 

 ネームレスから密かに聞いていたが、さすがにルネスでの決戦に彼女を連れていくつもりはないという。その意見にはエクラたちも賛成しているところで、彼女1人残すことに少し後ろめたく思っていた。

 

「見たところ、ガキ、お前も多少の剣の腕はあるらしいな。お前は弓か。子守りの間はそれの指南を少ししてくれればいい。どうだ、そちらの割はいいと思うが?」

 

 保護されたとは言え見知らぬ土地に来てばかりの彼らにとっては、ありがたいことだったのだろう。

 

「私……やります」

 

「そうだな、ネイミーがやるなら俺もやるよ」

 

 2人返事で受け入れた彼らの表情が来た時より少し明るくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 最近は行軍ばかりだったので拠点で夕食をとるのは久しぶりだ。

 

「お待たせしました」

 

 ルフィアが今日は進んで準備をしてくれたので、エクラたちはいつもよりは楽に拠点でゆっくりしたご飯にありつける。

 

(こうしてゆっくりした空間でご飯を食べるのは久しぶりだなぁ……)

 

 今までは戦いに赴いていたので、軍議を行いながら、あるいは極度の緊張状態等での食事ばかりだった。食べられるのも保存がきくものばかりで栄養に偏りが出る。

 

 色彩豊かな夕食が目の前にあるだけで感動を覚えるというものだ。

 

「レーギャルン、ごめんなさい。今日は途中で抜け出してしまって」

 

「大したことはないわ。それより……いいことあったみたいね」

 

 レーギャルンにとっては見覚えのない飾りをフィヨルムは身に着けている。

 

「買ってもらったんだ」

 

「皆様の分も届きます。願いを、必ず、生きて勝とうって」

 

「そう……案外粋なこともするのね」

 

 にこやかにエクラを見るレーギャルンに見られている本人が勘づき、その笑みの意味を測りかねる。

 

 エクラは手を合わせていただきますのポーズをとり、用意してもらった食事に手を伸ばした。

 

「ルフィア、ありがとうね」

 

「いえ、レーギャルンさんには結構手伝っていただきましたし」

 

「いい腕よあなた。妹と合流したらまた作ってくださる? きっと喜ぶから」

 

「それは、もちろん。私にできることがあれば何でも言ってください」

 

 少しずつではあるがルフィアもこの場に馴染めてきている。ミルラがいろいろ気をつかってくれているからだと、エクラは彼女に感謝。

 

『私も、むかしはそうでしたから』

 

 ただそれだけで彼女に親身に接してくれているところを見て少し微笑ましかった。

 

 そこにヨシュアが帰ってくる。

 

「ヨシュア、どこ行ってたの?」

 

「今来ている連れと遊んでたんだよ」

 

 するともう1人、意外な人物が家に入ってきた。

 

「失礼。彼を借りていた」

 

 グラド三石の1人。日長石のグレンが姿を現したのだ。

 

「かしこまらないでくれ。今日はデュッセル将軍とセライナの代わりにお礼をしようと思って邪魔させてもらった。陛下が機嫌がよかったのでね。部下として嬉しい限りだったものだから」

 

「いや、そんな」

 

「いい酒を持ってきた。まだ決戦までには時間がある。今宵くらい羽を伸ばしていいだろう。ぜひ飲んでくれ」

 

 エクラはお酒が飲めないので気持ちだけありがたくうけとることに。

 

「グレンさんもどうです?」

 

「……いや、俺はこの後見届けなければいかんことがあるのでね。だが気持ちは嬉しい。またの機会にはぜひ語らいの機会を設けよう」

 

 そう言うとレーギャルンの方を見る。

 

「なにかしら?」

 

「ヴァルターがお前を呼んでいる。出てこないのならここに武器を持って突撃するつもりだと脅しも欠けてきた。あの男の良くない趣味に付き合ってもらえるだろうか」

 

「私にのメリットがないのだけれど」

 

「では情報でどうだ。先日偵察部隊が、この世界の者ではない一団が戦っているのを見たという。お前の、特徴を聞いた限り、親類にあたるのではないかと思ってね。受けてくれたら場所を伝える」

 

「……レーヴァテイン」

 

「奴の暴走はなだめるよりは満足させる方がいい。命の取り合いにはしないことを俺が保証する。頼みたい」

 

「分かったわ。仕方ないわね……心当たりもあるし」

 

 レーギャルンが立ち上がると、外へと出ていってしまった。

 

 おそらく彼女だけ呼んだのには理由があるのだろうと思い、命の取り合いではないという言葉を信じて、食事の続きを楽しむことに。

 

 フィヨルムは少し心配そうだったが、エクラが彼女に心配ないと声を駆け、貴重な機会であるちゃんとした食事に向き合うことになった。

 

 意外にもレーギャルンは少し疲れは見えたがすぐに帰ってきて、夜は穏やかに過ぎていくことになる。

 

 

 

 

 

 ――はずだったのだが、突如㋞再び、グラドの軍人の来訪があった。

 

「おい、今いいか?」

 

 入り口近くにいたのはレーギャルンとエクラだけ。突如訪れたクーガーに驚きは隠せない。

 

「どうかなさって?」

 

 すると、グレンが藍色の髪の長身の女性を背負って、そしてアメリアが低身長の褐色肌の女の子を背負って家の中に押し掛ける。

 

「ちょっと……レヴァ!」

 

 それは別行動をしていたはずの、ルキナとレーヴァテインだった。

 

 顔を見る限り具合が悪そうだ。怪我は幸い処置されたあとで大したことはなさそうであったものの、

「死にそうな顔で先ほどグラドの門にたどり着いたと報告を受けた。軍の医務室よりはここで休ませて置く方がいいと思ってな」

 という提案には同意しかない状況だった。

 

 空いた窓から猛スピードで突っ込んでくる白い生物をエクラはキャッチする。

 

「ふぇええええええ!」

 

「フェー、どうしたの?」

 

「ううう、これを……」

 

 フェーが持っていたのは見たことない魔導書だった。

 

「おいおい……」

 

 騒ぎを聞いて部屋から表に出てきたヨシュアが珍しく驚きの表情を見せる。

 

「これは、『風刃』だ。双聖器だぞ……! どこから」

 

「うう、ルキナさんとレーヴァテインさんが必死に守って逃げてきてくれたんですぅ……それに、うう」

 

 残念そうな顔をするフェー。

 

 そういえば、1人足りない。

 

「マリカは!」

 

「う、うう。殿に……」

 

 エクラはすぐに召喚器を準備する。まだ呼び戻しが間に合うかもしれないと願って。

 

 いったい何があったのか。ヨシュアは焦るエクラの代わりに尋ねる。

 

「私は後から合流したので、それまでの話は聞いた話になりますが――」

 

 フェーは、ルキナ組と合流した後の報告を始める。それは尋ねたのがヨシュアであるということが運命かのような、ジャハナ王国での話だった。




次回 1章 11節 『野望抱く男と魔騎士の戦』ー1

その前に支援会話1つと幕間を挟むかも。


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幕間

お待たせしました。

ここのところ忙しい日々が続き時間が取れませんでしたが、何とか落ち着きそうなのでまたちょくちょく続き書きます。

聖魔の光石を未プレイの人のために、リオンとエフラム、エイリークの過去を断片的に。


 それは懐かしい夢。

 

 夢の中。思い出は花火のように、激しく光を放ち、消えていく。

 

 

 

 

 

 1

 

 

 出会いはガーデン。

 

 緑に囲まれながらも文明の証である詰み石もある風情触れる場所。

 

「あ……きみたちは?」

 

 2人の蒼い髪の兄妹と初めて出会った時は、まだ今ほどに強気な性格ではなかった。

 

「ぼ、僕はリオン」

 

「君が……」

 

「うん、一応グラド帝国の皇子……かな」

 

 やや怖がりのグラドの皇子に、優王女は心配そうに彼を見て、勇王子は勇気をもってこちらへとより一歩近づく。

 

「ルネス王国のエフラム王子、エイリーク王女……だよね?」

 

「俺達を待っていてくれたのか」

 

「うん、2人が今日来るって聞いてここで待ってたんだ。僕、同じ年頃の友達、ずっと欲しかったから……」

 

「そうか」

 

 優王女もそう皇子が言ったことが嬉しかったのか、少しずつこちらへと近づいてくる。

 

 少なくとも歩み寄ってくれた。その事実がとても嬉しくて、一段大きな声で親交の誓いを述べた。

 

「ねえ、エフラム王子、エイリーク王女。これからよろしくね!」

 

 皇子にとって、輝かしい、親友2人と過ごす日々が始まった。

 

 

 

 2

 

 

 王族とは、学を修め、武芸に秀で、仁義を理解してなお秩序を貴ぶ。

 

 必要な教養と技術を身に着けるため、たとえ国際交流の場においても、大成の為の修練を欠かすことはない。

 

 グラドの司祭の1人がその博学さから彼ら3人に教え与え、さらに深い思想訓練のために課題を与える。

 

 後に魔導研究室となるリオンの私室で、共に課題に頭を悩ませるエフラムとリオンがいた。

 

「……ぐぅ」

 

「エフラム。今は課題に集中しないとだめだよ」

 

 共に学び、共に鍛え、3人の仲は自然と深まっていくもの。名前を気軽に呼び合うのに躊躇いがあるはずもない。

 

「やはり机に向かい、難しいことを考えるのは苦手だ」

 

「そう言えば、いつもデュッセル将軍とは何をしているの?」

 

「ああ、せっかく槍使いで高名な将軍のいる国に来たんだ。俺はあの人に師事している」

 

「え、ええ!」

 

「何も驚くことはないだろう」

 

 リオンが驚愕するのも無理はない。王族が軍人に師事など歴史を振り返ってもあり得ない出来事だ。

 

「どうして」

 

「俺は槍をさらに使えるようになりたい。そしてまずは武で己を磨くんだ」

 

「すごい向上心だね……」

 

「ああ。父上は偉大だ。俺は、あの人のようにはなれない。きっと。それでも王を継ぐのなら、やはり強くならないとな。だから、教えを頂いている」

 

「僕も見習わないとね。その姿勢を」

 

「そうか? お前は素晴らしい魔法の才能もあるし物知りだ。少なくとも、俺より、素晴らしい王になりそうだぞ」

 

 皇子は首を振る。

 

「僕の父上を見ただろう? 僕にはあんな風になるのは無理だ。ずっと、ずっとそう思ってしまう。だから今はまだ怖いんだ。国を継ぐのが」

 

「意外だ。お前もそんな悩みを」

 

「だから、こうして一緒に頑張っている友達がいてくれるのは、なんだか心強い」

 

「そうか。俺が……お前の力になれるのなら、嬉しいことだ」

 

 

 

 

 3

 

 

 

 同じ部屋で。

 

 リオンは闇魔導の研究の為、本を読んでいた。

 

 闇魔導に心を惹かれたのはいつだったか。きっかけは何だったか。もうそれは思い出せない。

 

 唯一、己の心が弱っていた時にたまたま読んだその魔法の深奥を肌で感じ憑りつかれた、という感覚。

 

 闇魔法の道は、神や善性への疑いから始まり、負のイメージを具現化して世界に影響を与える、魔導の禁忌に最も近い魔法と言える。

 

 術者が腐らず、他者に食い潰されない己を持たないと、その魂は汚されやがて悪なる存在へ人を変化させるという。

 

 しかし強力な魔法でもある。リオンはその『強さ』に魅了され、その道を究め続けている。

 

「ん……?」

 

 闇魔法術師団にとっては低級な本で、普段はリオンしか読まないだろうその本にしおりがついていた。

 

「あ、リオン、それは」

 

「エイリーク? 君のものなのかい?」

 

「その……」

 

「ダメじゃないか! この本は危険なものだ」

 

 ごめんなさい。私、リオンのことをもっと知りたくて……つい、読んでしまったんです。

 

 闇魔法は一般的な感性から言えば嫌われる傾向にある。

 

 しかしエイリークは言った。

 

「面白いですね。その本は。私、すっかり夢中になってしまって」

 

 この本に惹かれる。それは闇魔法に適性があるという証だった。

 

 本当は止めなければならなかった。しかし、性別の違う彼女との貴重な共通の趣味があることは、リオンにとっては嬉しく。

 

 彼女を、そちらへの道へと引きずり込んだ。

 

 

 

 

 共に魔法書を読み漁り、その知識と発見を、その中で得た喜びと驚きを共有する時間は皇子にとっては至福であり、その幸せに酔う。

 

「予知? そんなこともできるのですね……」

 

「闇魔法は、人の範疇を越える現象を起こす。だけど、僕はこれをいいことに使える王様になりたい。それは父上にもなかった……」

 

「リオンはいつも、自分を卑下してばかりですね」

 

「え?」

 

 エイリークはリオンに微笑みかけ、

「リオンは自分らしくいればいいと思います。私は、こうして頑張るリオンが大好きです。だから、その様子をいろいろな人に見せてください。グラドの次期皇帝はこんなにも頑張り屋さんだって。私だったら、そんな皇帝について行きたいです」

 と言い切る。

 

 彼女が味方であることが皇子にとってはとても嬉しい。

 

「こうして……一緒に学ぶのは楽しいです。リオン」

 

「そうか。それは、とても嬉しいな!」

 

 

 

 

 

 4

 

 

 王家の者が継承すべき伝説に触れるため神殿へと赴く3人。

 

「遅い。神殿に行くだけの容易に何故そんなに時間がかかるんだ?」

 

「エフラム。そんな言い方しなくても。女性に対する敬意と慎みも必要だって、マクレガー司祭は言ってたよ」

 

「ありがとう。リオンは兄上と違って優しいですね」

 

 褒められ、それが嬉しく、つい微笑んでしまう皇子。

 

「神殿で聖火にどんな願い事をするか考えていたんです」

 

「願い事?」

 

 リオンは首を傾げるエフラムに教えることに。

 

「昔世界を救った時に灯されたものだから。人の願い事をかなえてくれるって言われてるんだ」

 

「へえ、知らなかったな」

 

「兄上……またマクレガー司祭に不勉強だと叱られますよ?」

 

 それについてエフラムが大きくため息をつく。

 

「俺は叱られっぱなしだ。聖なる石を敬う気持ちがないとは、王としての自覚が足りないとな」

 

 実際この訪問も元々の予定が会ったわけではなく、エフラムが伝説についてあまりに不勉強だったため、司祭が怒ってしまったことが原因だ。

 

 エフラムは、代わりに別の話題へと変える。

 

「お前は何を願うんだ?」

 

「秘密です!」

 

「なんだ、つまらないやつだな」

 

 兄妹らしいやりとりを繰り広げる2人。リオンは気になったことがあった。

 

「エフラムは何を願いたいの?」

 

「俺か……?」

 

 少し考えるエフラム。

 

「もっと強くなって、理想の王になりたい、だな」

 

「理想の王?」

 

 エイリークは不思議そうに兄を見るが、リオンにはよくわかる。

 

「将来。もし父に代わって王となったら、俺のせいで民が不幸になってはいけない。俺はもっともっと、あらゆる面で強くなって、ルネスを導ける、父のような素晴らしい男になりたい」

 

 エイリークは嬉しそうに笑った。

 

「素敵です、兄上らしい、決意に満ちた願いです」

 

「……まだ遥か遠くだ。俺は、あまりにも無力だ」

 

「ふふ、でもリオンと同じですね。兄上は」

 

 エフラムがリオンを見る。

 

「お前、エイリークにも弱音をこぼしていたのか?」

 

「え、あははは……」

 

「まったく。甘えん坊か?」

 

「それは、反論できないな。でも僕の願いも同じだ。みんなが幸せになれる。そんな父上のように強い王様になりたい」

 

「みんなが幸せに、それが一番最初にくる辺りが、リオンらしいな」

 

「それ、褒めてる?」

 

「もちろん褒めてるぞ」

 

 エイリークは素晴らしい願いを持つ2人の意志に満足気に笑みを見せていた。

 

「だがエイリーク。お前、男装して王になってもいいんじゃないか? 俺は将軍とかをやってる方が正直性にあう。その色気のない体つきならバレないと思うし、それでも俺は」

 

 エイリークの笑顔が消え、

「あにうぇええええ!」

 口をへの字に曲げ兄を睨む。

 

「悪かった。冗談だ。俺は先に行く……」

 

「待ちなさーい!」

 

 走り去ってしまう子供っぽい2人をリオンを追っていく。

 

 

 

 

 

「ああ、この頃は本当に楽しかったな」

 

 夢から目覚め、皇帝リオンは昔を懐かしむ。

 

「できることなら、あの頃のように戻りたいものだ。エフラム」

 

 豹変してしまった友を真正面から見たレンバールでの戦い。

 

 何よりもリオンに絶望を与えたのは、もう、元には戻れないという時間だった。

 

「エイリーク」

 

 つい名前を呼んだ、愛しい人の名前。

 

「君は、今生きているのだろうか。どこかで人を殺しているのだろうか。君はそんなことは望まないだろう。それとも、君も変わってしまったのかな」

 

 エフラムはもう戻れない。あれは、王として殺さなければならない相手だ。

 

 その覚悟がようやくできたところなのに、ふと最悪な光景を思い浮かべたとき。

 

 リオンは叫びだしたくなったのを我慢する。

 

「僕は王だ。……僕は王だ。泣くな、叫ぶな、『この程度』の些事で発狂するような弱い王に価値はない」

 

 自分に刷り込んでいく。

 

「覚悟したはずだ。彼がなれなかった人々の希望となる理想の王。必ず、エフラムに見せてやるんだ。僕がたとえどうなろうとも。それがグラドを支える希望でもある」

 

 再び目を閉じる。

 

 眠りにつく前にただ一言。

 

「だが、エイリーク。もしも君が魔に堕ちているのなら殺せる。だけど、まだ優しい君だったら、君を殺しても、まともでいられるだろうか。それだけは不安だ」

 

 愚かだな僕は、とだけ呟いた頃には、再びリオンは激務の疲れを癒す眠りについていた。




次回 支援会話 レーギャルン×ヴァルター C


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支援会話 レーギャルン×ヴァルター

次回から本編やります。


 夜に剣戟の音が聞こえればただ事ではないと思うだろう。

 

 実際それはただ事ではなかった。

 

 きっかけはあまりにも簡単なことで、わざわざ夜にヴァイスブレイヴの拠点を訪れて、現在はその仲間であるレーギャルンに戦いを挑んだ男がいただけのことだ。

 

 しかし街の中でというのはよくないだろう。武力を象徴する音とは、すなわち戦いと死の象徴の音でもある。今の情勢を考えれば人々が不安になるのは目に見えている。

 

 幸いにも苦情は寄せられず、その点、剣を交え終えたレーギャルンが一番安心したことだった。

 

「苦労を掛けたな」

 

「いいえ。警戒していたよりはひどい殺し合いにならないで済んだのはよかった」

 

 レーギャルンが見つめる先には、槍を構えたヴぁルターの姿があった。そして、いま彼女にねぎらいの言葉をかけているのは三石の1人であるグレンだ。

 

「戦いに酔うのは久しぶりだ……」

 

 ご満悦のヴァルターに突き合わされたグレンはいやそうに苦言を呈する。

 

「それにしても律儀に襲い掛かってくるとは驚いたわね。前に言ったことを覚えてるなんて」

 

「当たり前だろう。俺にとっては戦いこそが生きる糧だ」

 

「生きる糧?」

 

「……理解できんだろうが付き合ってくれた礼はせねばな?」

 

 レーギャルンから見て妙に似合わないと思ってしまう、グラドの鎧をきちっと着こなしたヴァルターが彼女のもとへと近づく。

 

 もう戦闘ではないということを示すためなのか、槍は捨ててきた。

 

「俺にとって喜びとは敵の悲鳴であり、肉を切り裂く瞬間だった。ある日人を殺した瞬間、胸の内から湧き上がってきた喜びを時間したとき、俺はそれに気が付いた」

 

「物騒なのね」

 

「ああ。生物として俺は悪だった。昔はそれを正そうと努力したこともある。これは騎士としてあってはならない思想だと」

 

 

 

 

 

 騎士の道を志したのも壊れている己を直すためだった。

 

 騎士とは、国に尽くし、誠を誇る、正義の象徴。もちろん綺麗ごとだけで回っているとは思わなかったが、その道の高潔な思想を学べばマシにはなるかもしれない。

 

 そう思い、まい進した。

 

 その道程でグラドの騎士として人を殺した。

 

 その時は、ああ、楽しかったものだ。

 

 酒に酔うことも好きだったが、それ以上に人々が屍を晒し、地に伏せる光景を見て、私はその感覚にますます嵌っていく。

 

 この身に騎士の心が育つ一方で、それ以上に鮮やかに開花する狂気。

 

 この矛盾があまりに苦しかった。きっと俺は生きてはいけない存在なのだろうと。

 

 そんなある日、師に言われたことがある。

 

『お前の実力派誰もが認めるもの。人を殺すのに苦心しない性格は裏を返せば罪の意識に苦しむ必要がないということではないか? 大きな長所になりえるやもしれんぞ』

 

 私の上司のその言葉はこれまでこの狂気を直そうと努力した私にはひどい侮辱に聞こえたが、天啓でもあった。

 

 正しいのだ。この思考は正しく、喜びも正しいのだ。

 

 その日から私は己の狂気を否定するのをやめた。

 

 私は、戦いを喜ぶもの、人の死を喜ぶもの、そういう存在であり、あの人に肯定されたのなら否定は誰にもさせない。

 

 さあ、始めよう。

 

 これからは楽しいことばかりだ。

 

 戦いを死ぬまで心ゆくまで楽しみ、血と屍を愛し、私らしく生きていこう。

 

 

 

 

 

 

「どうして私にそんな話をしたの?」

 

「戦う姿を見て驚いたんだよ。どこか狂気を感じた」

 

「私に?」

 

「ああ。お前は生粋のお姫様だ。立ち振る舞いの端端から伝わってくる。戦いも、本当は得意ではないのだろう?」

 

「そんなことはないのだけれど……」

 

「お前は性格が殺し合い向きじゃない。なのに人殺しを普段と同じ顔でやっている。そんなの、よほどの頭がおかしくないとな」

 

「それは、私の周りはそういう環境だっただけ。もう、慣れただけよ」

 

「そうだな。同類だと思ったことは謝ることにしよう。先ほどの手合わせは実に心地よかったが、やはりお前は私とは違うとわかった」

 

 ヴァルターは不意に話題を変えた。

 

「お前の知る私はどんな男だ」

 

「それを聞いてどうなるの?」

 

「どうなるというほどでもないが、私はいずれ私を救った上司を殺しに行きたいと思うような狂人だ。それがもともとから壊れていたこの世界の私。だが、別の世界の私がまっとうな人間だったら、少し物悲しいと思ってな」

 

「どうして?」

 

「かつて目指した更生の機会があったのかどうか知りたい。それだけは心残りだった」

 

「さあ、私が知っていることは少ないけれど、召喚士がいうには、戦いを楽しむって点は一緒みたいよ。横暴で、あまり上品だったとは言えない振る舞いをする男」

 

「そうか、それを聞いて安心した。私という男はやはり、そういう運命なのだとな」

 

 一度捨てた槍を再び手に持ち、ヴァルターは夜の闇へと消えようと歩き出す。

 

「私はお前と違う。その言葉は、侮っているの?」

 

「まさか。いいことじゃないか? まともに生きる奴はまともに死ねる。少なくとも狂人より最期は美しいものだ」

 

「どうかしら。私は、もうその資格はないかもしれない。この手はあまりに多くを焼きすぎた」

 

「ふ、私にとって、その悩みは本当の意味で理解できないものだ。やはり違うな、お前はまともなお嬢様だよ。俺にとってお前はうらやましい。もうそうなりたいとは思わないがな。ではまた、今度のルネスとの闘いのときか。ともに殺そうじゃないか」

 

 夜の闇に、深い笑みとともに消えていくヴァルターをレーギャルンは最後まで見守る。

 

「あんな男だが、リオン様は頼りにしてらっしゃる。気味が悪いだろうが、付き合ってくれると嬉しい」

 

 まだこの場に残っていたグレンがフォローする。

 

「今グラドには、腕のいい戦士がいる。あれは危険な諸刃の剣みたいな男だが、あんな者でも使わないと」

 

「わかっているわ。それに、あれは大丈夫よ。少なくとも私たちの知るヴァルターより」

 

「というと?」

 

「私は、父上という本物の終末装置を見たことがある。あれは自分が人と異なりそれを害だと理解している分、そんな自分との付き合い方もわかってるわ。本当の害は、あんな止まれない者より、思いとどまるという判断すらない者。私はそう思うの」

 

 レーギャルンはまだ盛り上がっている夜ご飯の席へと戻っていった。

 

 グレンは思ったよりも高く返ってきたヴァルターの評価に、立ち止まって己の彼を見る目を顧みる。




この世界のヴァルターにはだいぶオリジナル設定入ってます。

終末世界と静止世界との違いを出す1つに、同一人物の境遇の違いはやりたかったので今回は彼でやることにしました。

次回 1章 11節 『野望抱く男と魔騎士の戦』ー1


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1章 11節 『野望抱く男と魔騎士の戦』ー1

おまたせしました。

書き出しが納得いかず、少し変えていたら遅れてしまいました。申し訳ない。


――ルキナ、レーヴァテイン、マリカの3人はジャハナ王国の東に降り立った。ジャハナはルネスからみて東にある国ということもあり、ルネスが暴挙に出た際にフレリアとともに真っ先に侵攻を受けた国の1つでもある。それを知る由もない3人はジャハナへと向かう途中、大河と砦を見つける。しかし良い予感はしない。尋常ではないほどの数の魔物の襲撃が行われていたのである――

 

 

 

 

 

 寡黙な曲刀使いでもたびたび語る、自分の故郷であるはずのジャハナに漂う嫌な気配。同行する2人はその直感を疑いはしなかった。

 

「あれ」

 

「襲われてるようですね。ものすごい数の魔物……」

 

「どうする?」

 

「当然、助けにいきましょう。私たちにはまだ情報がないですし、打算なしにも人助けは必要です」

 

「わかった」

 

 2人の会話を聞き、レーヴァテインも同意を示すように頷く。

 

 火が上がる大河の近くの砦へと走って行く。黒い悪意がわらわらと破壊の限りを尽くしている場所へ。

 

 

 

 

 

 旅の中で3人の剣士は自然と交友を深め連携をものにしている。

 

 そのきっかけとなったのはレーヴァテインだった。

 

 1人で前線に立ち自分を使いつぶすかのように過激に戦っている。自分は剣だから命を顧みる必要はないと2人に豪語する姿を見かね、2人が彼女に歩み寄る必要に迫られたのだ。

 

 時々現れる強力な魔物を退けては、3人で生き残るために言葉を尽くし戦いに生き残るための策を練る。

 

 普段は寡黙に任務に挑むマリカも今回に関しては、その必要性を認め、最低限ではあるもののその話についていく。

 

 レーヴァテインは素直な性格なので、2人に求められれば不器用ながらもそれに従う。

 

 あくまで友好というよりは、仕事上での協力、というイメージに近いだろう。

 

 その結果、到達3日目でありながら、すでに意思疎通に問題はない状態だ。

 

 

 

 ****************

 

 大河の脱出戦

 

 勝利条件 イシュメアの脱出

 敗北条件 イシュメア、ルキナ、

      マリカ、レーヴァテイン

 

      いずれかの死亡。

 

 ****************

 

 

 

 

 ジャハナのためにエフラムに協力すると犠牲になった息子はついぞ裏切られ、エフラムの無慈悲な宣戦布告のすぐあとに王城は陥落した。

 

 しかし女王は、潔くジャハナの滅亡とともに死ぬ、ということはしなかった。

 

 女王の手には1冊の魔導書。どうしても守らなければならないもう1つの至宝。

 

 名を『エクスカリバー』、二つ名を風刃。

 

 その名の通り、大いなる風を起こし、それを魔力によって集約、魔を切り裂く刃とするジャハナのもう1つの双聖器。

 

 復活した魔王討伐のために必要なもの。

 

 そして魔王軍もまた、その希望を奪うために、王宮から逃げた女王を執拗に追い回し、ついにはその砦へと追い詰めた。

 

「……お願いです。この本をグラドに」

 

「それは、それはありえない!」

 

 戦況は劣勢、砦の中に魔物が殺到を許すのは時間の問題だった。その中で、女王は最後の役目を果たそうとするとする。

 

「この本は最後の希望。たとえジャハナが滅びようとも、民たちが多く死のうとも、まだ必死に生きている者がいます。最後の希望はかの帝国に」

 

「あなたを……見捨てろというのですか!」

 

「カーライル。風刃は私が持っていると、この前までの戦いで強く印象付けました。敗れるしかない戦いでしたが、そこに意味があったのです。私が囮になりここでこの似せた偽物とともに死ねば、少しの猶予は生まれる」

 

「ありえない! ありえないんですよ!」

 

 これまで女王イシュメアに尽くしてきた忠臣、カーライルはその訴えに納得しない。

 

「私が……あなたを見捨てるなどありえない! イシュメア様、逃げましょう。あなたには死んでもらっては、私が困る!」

 

「カーライル。どうかわかってください。これが最善なのです。もう時間がありません。あなたが逃げる隙も、このままではなくなってしまう」

 

「私は……あなたのそばにいれればそれでいい!」

 

 カーライルは自分が今に限って不忠の極みにある行いをしているのは自覚している。

 

 まだ今のように髭を生やしても似合わない若造のころに、女王に一目ぼれした。それ以来、女王の隣になるために努力し一の騎士までに成り上がった。

 

 そこから先は夢のような時間。どれだけの試練を与えられても、女王と、女王が愛する国のためならなんだってやった。

 

 ――すべてはこの方のために。そして唯一のわがままがあるのなら。

 

「終わりの間際だからこそ告白しましょう。私は、ほかのなんでもやりましょう。ここであなたが自分のために死にに行けと命じるのならそれに殉じます。しかし、しかし! あなたのために死ぬという願いをあなたにつぶされることだけは! 断じて」

 

「カーライル、お願いします。私が逃げてはだめなのです……!」

 

「女王……!」

 

 砦の壁が破戒された音がした。

 

 どろどろ。どろどろ。

 

 黒い塊が血の匂いを伴って嵐のようにやってくる。まだここまでは届かないが猶予はそれこそ一息つく間もない。

 

「行きましょう!」

 

 壊れかけの魔法剣、風の剣を手に、もう片方の手で女王を無理やり引っ張り最後の抵抗を試みる。それは当然逃げること。

 

(彼女が死ぬことに比べれば、ほかのことなどどうでもいい。ただそばにいて彼女に尽くす! そのために生きてきたのだ……!)

 

 砦の地下に降り、薄暗い隠し通路を必死に駆けて外へと出る。

 

 何かが燃える匂いがする外へ。

 

 そこでは。

 

「ああ、あああ……」

 

 女王を守るために、最後まで抵抗していた兵の屍が転がり、それをまるで笑った顔で見下げている魔物の数々。

 

「多い……!」

 

 武器はもうすぐ壊れようとしている。魔物は不用意に表に出てきた女王を待ちわびていた。一斉に襲い掛かる。

 

「おおおおお!」

 

 全員の狙いは、やはり女王のいう通り彼女自身。カーライルには目もくれない。彼女に迫る汚らわしい目の化け物を風で撃ち落とし、四足歩行の槍使いに挑みかかる。

 

 しかし、1人では明らかに数が足りない。殺到する魔物はやがて女王を飲み込もうとして――。

 

「やめろぉおおおお!」

 

 先んじて女王に武器を、そして魔を放とうとしたものは、認知しない攻撃によってつぶされた。

 

 天空から3本の矢。青い炎が矢先に灯るそれがピグル種を貫き絶命させる。

 

 四足歩行のケンタウロスの猛撃は、女王の前に割り込んだ小柄な剣士の炎をまとった剣にはじかれ、続けて後ろから急所を確実に狙った斬撃で動かなくなる。

 

 現れた3人は、その後も襲い掛かる者たちを滅ぼしつくす。

 

「平気ですか?」

 

「そなたは……?」

 

「私はルキナ。旅の者です。そこの2人は同行者です。今、魔王を倒す手がかりを求めて各地を旅しております」

 

 引き続き迫る魔物を、手に持った弓『ゾグン』を用いて撃ち落とす。

 

 カーライルは警戒を解かない。女王をかばった不審者へと剣を向ける。

 

 反応したのはマリカ。敵意に敏感な彼女は曲刀を彼のほうへと向け、今にも襲い掛かろうとした忠臣をけん制した。

 

「女王、不審な者を近づけては……」

 

「カーライル。この方たちがいなければ我々は死んでいました。まずはお礼を」

 

 ルキナは割って入り意見を述べる。

 

 それは、砦の中になだれ込んだ魔物が砦から出てきてしまえば、また囲われ、それこそ対処不能なところまで追いつめられる可能性を考慮してだった。

 

「女王様。ここにいては危険です。まずは逃げましょう。どうか私たちを信じてください」

 

 イシュメアも死ぬわけにはいかない。頷き、肯定の意を示す。

 

「そなたたちの力を貸してくれ」

 

 カーライルとしては不服ではあったものの、ここまでの動きを見て実力が確かであることは察した。女王の命を優先するのなら、ここは甘んじて助けを受けるべきだと納得する。

 

 マリカに向けた剣を下ろした。それに伴い剣を向けられていたほうも、刃を向けるのをやめた。

 

「まずはとにかく遠くへ。レーヴァテイン、城のほうを見てください。私は進路を確認します」

 

 足並みがそろい、いざ進もう、この場に集った誰もがそう思った瞬間。

 

 少し先に現れた黒い重装騎馬兵。その手に闇魔道によって作られた球体を生成し、砲弾としてこちらへ向けてきた。

 

「何者……!」

 

 弓を構えたルキナだったが、中止せざるを得ない。

 

 見えない。しかし確かに上から何かが降ってくる。ルキナはそこへと向けて撃つと大きな爆発が起こった。

 

 こちらに向かってくる砲弾はカーライルが剣に残った最後の力を開放し相克する。

 

 魔力の爆散、カーライルは吹っ飛び、女王の足元に倒れた。

 

「ぐぉ……」

 

「カーライル!」

 

「なんの、致命傷では……」

 

 マリカが剣を向ける。

 

「何者……!」

 

 重装騎馬兵はいつの間にか2人に増えていた。

 

「ありゃ、死んでない。カイル、俺しくじったか?」

 

「いいや。向こうの対応が完ぺきだった。よく見破ったと称賛するべきだ」




エクラがいないので、数値としては出てこないですが、この二次創作の伏線を踏まえいくらかのオリジナル設定を加え、ステータスをイメージしてみました。

興味がなかったらブラウザバックでOkです
(ステータス:ゲームにあるものは省略)

神竜の契約守護者 ルキナ Lv.70
HP80 功72 速68 防50 魔45

武器 神竜の炎剣・炎弓 射程1-2 弓 竜、飛行特攻
   
速さが敵より高い時、受けた範囲奥義のダメージと戦闘中に攻撃を受けた時のダメージを、速さの差×5%軽減。(最大50%)
相手の戦闘開始時に発動する強化を無効にする。
自分から攻撃したとき、戦闘時、攻撃、速さ+相手との速さの差(最大10まで)相手から攻撃を受けたとき、戦闘時、防御、魔防+相手との速さの差(最大10まで)

補助 未来を映す瞳
奥義 天空

スキルA 神竜の守護者
味方が隣接している場合、戦闘時攻撃、速さ、防御、魔防+6
スキルB 救援の行路3
スキルC 遠距離警戒3
聖印   英霊契約
この聖印を装備している場合、レベルを80まで上げることができる。この聖印は『神竜の守護者』をスキルとして所持している場合のみ有効。

秘密抱く協力の剣 レーヴァテイン Lv.40
HP 39 功 59 速さ 34 守 37 魔 25

武器 レーヴァテイン
補助 入れ替え
奥義 火剣 奥義カウント3
奥義発動時、自分が受けている強化の値の合計を奥義ダメージに加算する。

スキルA 獅子奮迅4
スキルB 速さ・守備の凪3
スキルC 攻撃・守備の奮起
聖印   近距離防御

呼び声に応えた剣士 マリカ Lv.50(終末世界召喚ボーナス)
HP 52 功 51 速43 防 33 魔 25

武器 緋艶シャムシール 威力16

戦闘開始時、相手の移動タイプが重装以外の場合、相手の守備を半減した状態でダメージ計算を行う。
奥義を発動しやすい。(発動カウント-1)
奥義発動時、奥義によるダメージ+7

補助 入れ替え
奥義 緋剣 奥義カウント2
自分の与えるダメージが3倍になる。

スキルA 鬼神飛燕の迫撃
スキルB 回避・怒り3
スキルC シャムシールレディ
戦闘開始から1度だけ、自分から攻撃した時、相手へ与えるダメージが元々の計算値の3倍になる。この効果は奥義と重複する。


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1章 11節 『野望抱く男と魔騎士の戦』ー2

 マリカは親しくしていたわけではないがその2人を知っている。

 

 見た目があまりにも印象が違いすぎて、さすがに動揺を隠せなかった。

 

 一方で、彼らののことを深くは知らない2人は警戒と解かなかった。武器を構えてその敵の次の出方を見定める。

 

「なぜ……ルネスの魔騎士がここに……」

 

 女王の質問に答えたのはカイルと呼ばれた方の男。

 

「それはあなたが一番理解しているはず。その双聖器を奪う、あるいは破壊することが目的だ」

 

「マギ・ヴァルの礎を守った双聖器を破壊など、知性のない魔物ならまだしも、理性ある人間の行いとは思えないものです」

 

「われらが王の理想を脅かすものは破壊する。それが騎士の仕事だ」

 

「愚かな……魔王になり果てたあの男に、忠義を尽くすというのですか」

 

「正気の沙汰を問われる覚えはないな。どのみち双聖器もろとも生きては返さない」

 

 フォルデが相棒に釘をさす。

 

「しゃべりすぎじゃないか?」

 

「……そうか」

 

「なに。誠実に対応するのはお前のいいところだよ。ここから切り替えればいいさ。仕事だ」

 

 カイルは黒い槍を、フォルデは黒い剣を構える。

 

 ルキナは、戦いにおいてウィークポイントとなっている女王についての対応を考え、この状況を打破するための提案を手短に行った。

 

「敵の狙いは女王です。彼女を逃がしましょう。私が剣の方の騎士を止めます。敵は女王を優先して狙ってくるはず。レーヴァテイン、マリカ、女王の護衛を」

 

「それは私で十分だ」

 

「カーライルさん。あなたは手負いです。女王を逃がすことを考えて。それが確実です。ここで彼女を殺さないためにも」

 

 それ以上彼は反論できなかった。

 

 ルキナはそれを了承とみなし弓矢を構える。

 

 聖なる炎を鏃に宿す神器『ゾグン』による威力射撃。狙い祖定めて放つ。

 

 それが戦いの火ぶたを切ることになった。

 

 女王はカーライルに引っ張られながら暗黒騎士と距離を取るべく走り出す。その速さに合わせるようにマリカとレーヴァテインがついていく。

 

 神器の射撃を、多少のタイムロスを覚悟で回避したのはその威力を見越してのことだった。その屋は、要塞に穴を開けることなど容易い竜の火炎のごとき威力。

 

 しかし弓である以上連射はできない。フォルデとカイルはルキナへと闇魔法による魔弾を放ちけん制を試みる。

 

 ルキナはそのすべてをもう1つの神器、剣に竜炎を宿す『ファルシオン』で破壊したのち、宣言通り魔の騎士1人に狙いを定め突っ込んだ。

 

 斬りこみの一撃は黒剣で防がれるものの、フォルデを驚く。

 

「マジか、ここでやろうってわけ。後ろの連中、カイルに殺されるぞ」

 

「そんなに軟ではありませんよ」

 

「試してみるかい?」

 

 刹那、五つの剣戟が起こる。4つが相殺して音となり消え、1撃、ルキナが得意とする刺突が、追撃の速さとしてやや勝りフォルデは回避するしかない。

 

「なるほど……!」

 

 闇魔道による爆発が起こる。

 

 1つの戦いの場は、視認で小さく見えるほどに遠くなった。

 

 フォルデが上空に忍ばせていた闇魔道の攻撃により足止めを受ける女王。そしてその前にカイルが立ちはだかる。

 

 槍による突き上げ。魔槍による一撃は並みの武器を貫きそのまま相手の肉をえぐる必殺の一撃。

 

 レーヴァテインがカバーに入った。自らの名を関する剣に、祖国の煉獄の如き炎を宿し、迫る悪意に負けず受け流す。

 

「く……」

 

 しかし、少女と大男の力比べはさすがに男に軍配が上がる。押し込まれバランスを崩した彼女へ、強烈な蹴りが入った。

 

「ぐぁ……」

 

 その場で倒れる彼女に目もくれず魔法で女王を狙う騎士。しかし発動はさせない。神速の剣戟を幾度も自らに迫ればそれに対処せざるを得ない。

 

「逃げて」

 

「感謝する」

 

 レーヴァテインも起き上がり、ヴァイスブレイヴの面々と魔騎士との闘いが始まった。

 

 女王には近づかせない。そう相手にまとわりつきながら着実に削っていく。

 

 魔法で騎士は女王を狙うという片手間もあり、撃ち落とし漏らす魔法が女王に襲い、簡単に逃がしはしないが、その手間が自身たちを不利にした。

 

(行けるか……?)

 

 ルキナはこの戦いに勝利を見出し、女王を逃がすために次にやるべきことを考える。

 

「強いな」

 

 相手の戯言を無視し、常に頭を働かせて――。

 

「だが、惜しいな。この戦い、はなからお前らは不利だ」

 

「何……?」

 

 最悪な出来事が起こった。

 

 城になだれ込み、そこの命を刈ることを優先していた魔物たちが次々と城から離れていく。そして一斉に女王のいる方向へと進路を取り始めた。

 

「しまった……!」

 

 ルキナは対応しようとするが、ここでフォルデは魔法と剣技を絡め、一気に攻勢に転じた。

 

 ルキナはプレッシャーが強まった騎士の魔法と剣による複合的な攻撃に翻弄され、女王を気に掛ける余裕がなくなっていく。

 

「もう少し付き合えよ」

 

「邪魔をするな……!」

 

「そういうなって!」

 

 それはマリカやレーヴァテインの方も同じ。

 

 カイルは一流の腕を持っている剣士2人を、魔力のこもった槍による力押しで圧倒し始め、余裕を奪っていく。

 

「はぁ!」

 

 カイルの気合の乗った一撃をレーヴァテインが攻撃を受け止め、隙をたどり斬撃を入れるマリカ。

 

 届かない。やりに阻まれる。

 

 言葉にはしないが、こちらもすでに女王をフォローができる余裕がなくなった。

 

 統率が取れている魔物は、そんな戦いに一目もくれず女王を猛追する。

 

 迫ってきた魔物は低級なのが救いに見えるが、明らかに数が多く、カーライル1人では、生き残れても女王を守り切れない。

 

「私が殿を。お走りください!」

 

 素直に言うことを聞きイシュメアは走り出したもののさすがにガーゴイルの追跡の方が速い。

 

 さらには魔物の軍勢に殿の意味をなくしたカーライルが飲み込まれる。必死に抵抗し剣を振るうものの、彼を気にも留めず突進する魔物は止められない。

 

「ここまでか」

 

 走りながらも観念するイシュメア。

 

 それを離れてみるしかなかったルキナ達も、彼女と、希望たる双聖器の死を予感させる。

 

「残念だな!」

 

 魔騎士の追撃を防ぎながらもあわや威勢を失いかけさらなる不利を招ねこうとしたとき――。

 

 矢の射撃と、手斧の投擲、いくらかの魔法がどこからか飛んできた。

 

 逃げることで精いっぱいだったイシュメア、戦闘中のルキナ達は、この場に迫っていたもう1つの軍勢に気が付いていなかった。

 

 女王にまとわりつこうとした魔物は大斧に振り払われ、女王の前に巨漢が現れる。

 

「お前は……?」

 

「おい。俺の女になるか?」

 

「な、いきなり何を……」

 

「女王だろう。知ってるぜ。お前が俺に泣きすがる女になるなら命をたすけてやるって言ってんだ」

 

 魔物の軍勢に、山賊の男たちが軍を成して襲い掛かりこの場は戦争状態へと変貌する。

 

 そして女王の前に立つ男に、魔導書を持った少女が呆れた表情で寄る。

 

「ケセルダ。また女を囲うの?」

 

「文句か? 殴るぞユアン」




ユアンは女の子(錯乱)

冗談はさておき。

せっかく元の世界と違うという前提で書いているので、もともとと違う歪みをそこかしこに潜ませてみたいなと思います。少年ユアンにも今後のある場所で活躍してほしいなと思っているので、同じキャラクターが二度スポットライトを浴びるなら終末世界ではちょっと変えてみようという試みを行うことにしました。


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1章 11節 『野望抱く男と魔騎士の戦』ー3

 

 ケセルダが連れてきた軍によって劣勢が一気に覆る。

 

 イシュメアはその男の目のギラつきを見て、一瞬でその男が悪人だと悟った。しかし助けられたのは事実であり、この場を切り抜けるには自分は足手まといで、彼らに頼るしかなかったのは事実だ。

 

「1つ確認をしてもよいか?」

 

「なんだ?」

 

「私を捧げれば、助けてくれるのか。この魔導書は使えるものに返さねばならん」

 

「……いいぜ、俺がジャハナを取り戻したら、俺をお前の夫に迎えろ。そうすれば、それより俺にとって価値の低いお宝の行方は見逃すさ」

 

「わかった。その条件をのむ」

 

 野獣のように歯を見せて口を開く。

 

「どうだユアン。俺の言ったとおりだろ。いい男だろう?」

 

「あとはむさくるしくなければなぁ」

 

「男は強くてなんぼなんだよ。魔導書を使うひよっことはわけがちげえ」

 

「師匠は強かったもん!」

 

「は、どうだかな。まて、俺に魔法を向けるのは後だ、気合入れろ。ここは戦場だ。俺の妻を逃がすまで気張れよお前ら!」

 

 連れ来た部下に活を入れる叫び。それに応える雄叫びとともに部下たちの士気が大いに上がる。

 

「マジかよ。これは予想外だ」

 

 フォルデもカイルも予想外の援軍に顔色を悪くする。懸念材料がなくなったルキナ・レーヴァテイン・マリカ3人の逆襲が始まる。

 

 ヴァイスブレイヴに呼ばれた英雄という称号に恥じない戦いで黒騎士たる2人を徐々押し込み始める。

 

「こりゃ旗色悪いな。カイル」

 

「ああ、撤退だ。エフラム様にはここで死力を尽くす必要はないと言われている」

 

 黒騎士の2人は闇魔法による転移を発動する。ルキナは弓矢でその前に打ち抜き阻止するつもりだったが、そこまでは間に合わなかった。

 

「カーライル殿は……」

 

 魔物の波に飲まれた忠義の騎士の姿を探したものの、彼の姿は確認できなかった。

 

「……無事なはず。きっと」

 

 きょろきょろ探すルキナのところに、乱入者たる男が近づいてくる。

 

 マリカがその男に危うく剣を向けそうになったところをルキナが阻止して対応することになった。

 

「怖えもんだ。マリカ、だっけか。聞いたとおりお前もいい女じゃないか。まさかこうして会えるとはな」

 

「何?」

 

「何しろ後ろを監視とか言ってついてきてるガキが泣きついてきたのは、お前ら傭兵団の2人が殿になって死んだって言ってたからだからな」

 

「何?」

 

「お前らの傭兵団の最後はジャハナ王宮でだと聞いた。そこで戦ったが旗色が悪くなったところを見て、一緒に行動していたユアンと姉を逃がした」

 

 マリカが首をかしげる。

 

 無理もないことだ、その話はおそらくこの世界のマリカのたどった最後ということだろう。

 

「それにしてもこのご時世女3人でのんきの旅とは欲生き残ったもんだ。だがもう安心しろ? お前らも今から俺たちのもんだ。異論は認めねえ」

 

 ケセルダの宣言通りに、3人はすでに彼の仲間たちに囲まれている。

 

「申し訳ありませんが、私たちには使命があります。あなた達の道具にされるつもりはない」

 

「やる気か?」

 

「あなた方がその気なら。私たちにはこれを撃退する覚悟があります」

 

 ルキナの鋭い眼光。生意気だと思ったのか、ケセルダの近くにいた男が襲い掛かろうとしたものの、それを止める。

 

「まあ落ち着けよ。お前らもそれなりに力になるのなら一度力を貸せよ。報酬は、この宝でどうだ」

 

「貴様、イシュメアさんの大切な宝を」

 

「これを自由にすると言ったのはジャハナ王宮を奪えたらだ。女王が大切そうに持っていたそれはおそらくジャハナの神器」

 

「それがどうしたと」

 

「女王が個人的な思い出の品を持っていたのなら可愛げがあるが、そうでないならこれは神将器の魔導書に違いない。こんな世の中で高尚な使命を持っているのならどうせ魔物をどうこうしたいってことだろう」

 

 女王が持っている魔導書を強奪して見せびらかす。

 

「貴様……!」

 

「おおっと? いいのか? ここでこいつを引き裂いてもいいんだ? それが嫌なら少しはおとなしく俺に従え。まあ悪いようにはしない」

 

「何が目的です?」

 

「互いに見極めようじゃないか? そのチャンスは強引につかむのも器のデカい人間には必要さ。もちろん気に入らなければ、この魔導書を持っていってかまわねえぜ?」

 

「それはイシュメアさんのものだ。貴様が何かを言う権利は」

 

「そういう約束で助けたからな。……こんな戦場で話をするのは花がねえな。まあ、砦も屍ばかりだろうが、まともな部屋もまだあるだろ。まずはこい」

 

 イシュメアを連れて堂々と歩いていくその男。

 

「ルキナ、どうする?」

 

 3人に彼についていく理由は突き詰めれば存在しない。この世界の脅威に迫るのが究極の目的だ。

 

 しかし、

「少し、付き合ってほしい。この世界の団長のことを聞きたい」

 マリカの言葉と、神将器の存在、そして一度は助けたイシュメアを放っておけないという善性によって、ルキナはここは彼に従うことにした。

 

 

 

 

 破壊の限りを尽くされた砦だったが、地下やいくつかの部屋は雨風をしのぐのに十分な部屋がある。

 

 ケセルダの命令によって男の部下たちは死体の掃除をやらされた。

 

「そもそも俺は傭兵だ。魔物だらけになって1人で生きてくには厳しい世の中になったときに、いち早くはぐれ者の同胞を集めた。俺がどこかの国の王になってお前らを食わせてやるからついてこいってな」

 

「つまりあなたは山賊というわけではないのですね」

 

「ああ、俺も傭兵だ。まあ、人並みじゃねえ野望を持ってるって意味だと特別だって、傭兵仲間には言われてたがな」

 

 それなりに綺麗なまま残った部屋を『ここを今日の俺の寝床にするか』と話し、座り心地がよさそうな椅子に腰かけると、近くにイシュメアを侍らせる。

 

 野蛮な男が気軽に腰に手を据えるせいで少し気持ち悪そうにはしていたものの、イシュメアは何も言わなかった。

 

「俺の目的は1つだ。俺は王になる。ちょうどこの女も手に入ったしな。あとはジャハナ王宮を取り戻せば、俺が王として君臨できる」

 

 ルキナは目の前の男の正気を疑った。

 

「こんな世の中で、そのような願望を持つなど愚かな。皆で手を取り魔王の脅威に立ち向かうのがあるべき姿ではないのですか」

 

 地面に腰を落としケセルダを不満そうに見るユアンの頭をなでているもう1人の女性が冷ややかな笑みでこの男を評した。

 

「無駄よ。この男は止まらない。そういう男だもの」

 

「そういう男に救われて、俺の妾になるから妹ともども助けてってすがったんだろう? なら、ご主人様のことは悪く言うもんじゃねえ」

 

「はいはい」

 

「ったく可愛げがねえな。妹ともども態度なおしとけ。俺が王になった後の楽しみなんだからな。お前らを食って自分のものだと見せびらかすのは」

 

 マリカが不機嫌だ。ルキナも同じ表情をしている。一方でレーヴァテインは向けられている感情が良いモノでないことは判断がつかない。

 

「王宮はルネスの連中に掌握されてるだろう。俺が確実に玉座に至るにはできるかぎり力はあった方がいい。お前らにも付き合ってほしい」

 

「その代わり、彼女とその魔導書は」

 

「イシュメアは渡せないな。俺の妻だ。だがこの魔導書は好きにしろ。これがあればいい方向に動くだろう。どうせここにはこのレベルの魔法をうまく使える奴がいない」

 

「使えるかもしれないよ。挑戦したい」

 

「ユアン。お前には無理だ。さすがの俺にもわかるぞ。お前の師匠とやらがいれば話は別だったかもしれんがな」

 

 魔導書を見せびらかすケセルダにマリカが尋ねる。

 

「気に入らない。お前が約束を守る男とは思えない」

 

 ズバッと一言。機嫌を損ねるかと思いきや、

「宝ならともかく武器は使える奴がもってこそだ。今みたいな暴力の時代はそれでこそ価値がある。俺もこんなくそったれな魔物さっさと消えてくれた方がいいからな。そのために必要な我慢ならするさ。心配無用といっておくぜ?」

 と冷静に返答する。

 

「まあ夜までに結論を出しておけ。焦るまでもなくこの後にやることは変わらないからな。だがこの砦から勝手に外に出たら今度は全力でお前らをこそしに行くぞ」

 

 テティスにルキナ達の世話を命じ、イシュメアを連れて部屋を後にしてしまった。

 

「ご愁傷様、というべきかしら。お互いあの男に付き合わされる者同士、少し話をしない」

 

 テティスの誘いにこの後どうするか等まったく見えていなかったルキナ達は付き合うことになった。



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