新たな一歩 (ぴんころ)
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それは新しい旅路の始まり
──『惑星再生委員会』
それはその名の通り、かつてとある星を再生しようと奮起していた集団の名称。今はもう、滅んでしまった過去の名残。
星の滅びを食い止め、再生しようとするその委員会が消滅したことで、その星の滅びは確定した。『死蝕』を食い止めるものはおらず、運命のママに滅ぶことが決まっていた星を、『それでも』と救おうとした者たちがいた。
そして今──
「この土地ももう、私たちが手を加えなくても問題なさそうです」
緑に包まれた丘に一組の男女がいた。そのうちの片方──金の髪の少女、ユーリ・エーベルヴァインはふわりとした笑みを浮かべてこの場にいるもう一人──色素の薄い髪色の少年、ウェル・ハーベストに話しかける。
「うん、そうだな。他のところも確認に行ってみるか?」
ウェルもユーリに笑顔を向ける。彼が視線を向けたところは全て緑に覆われているが、それらがもう自立して手を加えなくても問題ないレベルなのかどうかは行ってみなければわからない。そう思っての発言だったのだが──
「ダメですよ、ウェル。この間もこうして働きすぎて倒れちゃったじゃないですか」
ユーリはむっとした表情でウェルを諌める。ウェルは彼女に弱いのだが、これに関しては譲れない理由がある。
「そうは言われても。俺の両親は──俺はこの星から生まれる前に逃げ出したんだ。そんな俺がおめおめと戻って来たんだから、そのぶん働かないとダメだろ?」
そう、ウェルはこの星から逃げ出した。正確には彼の両親が、彼が生まれる前の母体を気遣って別の星に移ったのだが、それでも本来なら自分が生まれるはずだった星ということで、かねてから興味を持っていたのだ。
そこにちょうどよく舞い込んで来たエルトリアの再生の兆しの報。今行くしかないと思い、それと同時に『今更何の面下げて戻って来た』と罵られる覚悟があった。何を言おうとも、彼がこの星から逃げ出し、戻る機会は幾度もあったにもかかわらず、『星が再生する兆しが見えて来た』とわかるまで戻ってこなかったことは事実なのだ。
だが、待っていたのはそんな罵倒ではなく、たった一人ではあったが『人が戻って来た』という事実に喜ぶフローリアン一家。それを見たことで、ウェルはこの星の再生を心から願っている、自分みたいな裏切り者の帰還を喜んでくれるその一家の力になりたいと思った。
それが大体二年ほど前の話になる。
「ダメです。そんなことして倒れたら、ウェルの看病もする必要が出て来ますからそっちの方が惑星再生の作業に取りかかれる人員が減って遅くなっちゃいますよ」
「そう言われると……」
頬を掻きながらウェルは困った顔をする。二年もあれば、出会った頃よりも気安い関係性になる。そして、それだけの時間があれば関係性も固定されて、彼自身、彼がどう足掻いても勝ち目のない相手、というものも存在することを理解していた。
例えば、エレノア・フローリアン。ウェルがこの星に戻ってくる前、未だグランツ・フローリアンが病床に臥している時から、フローリアン一家を守り抜いて来た女性。
例えば、
例えば、今ウェルの目の前にいるユーリ・エーベルヴァイン。彼女に逆らえない理由は至極単純で、ユーリが悲しそうな表情になるのはフローリアン一家もウェルも苦手だからである。だから、できる限り彼女を悲しませないようにしようとする。あとはユーリがウェルの扱い方をよく理解しているということもあるが。
「さ、一緒に戻りましょう?」
「そこまで言われたらしょうがない、か」
だから、彼女に言われるとその通りに行動してしまう。とはいえ、その行動はウェルのことを思っての発言なので、頭ごなしに否定するわけにもいかない。ウェルは苦笑しながらもユーリの言葉に従い、二人揃ってフローリアン農場に戻って行く。
「あ、二人ともおかえり〜」
農場に戻ってくると、畑を耕していた青い髪をツインテールにした少女──レヴィがすぐに気がついて声をかけてくる。
「あれ、レヴィだけですか? この時間ならシュテルもいそうなものですけど……」
「シュテるんは『何か大事な話がある』って、王様と話し込んでたよ。それより、二人はどうしたの? 今日は一日、この星の再生っぷりを確かめてくるって言ってたよね?」
「一旦休憩です」
レヴィとユーリは仲良く話をしているが、そこに加わるのはウェルとしては遠慮したい。彼女たちの仲にはどれだけ経っても敵いそうにないとすら思ってしまっていた。
「それにしても、牧場の方からも声がしないな」
「あー、うん。アミタとキリエも大事な話があるらしいし、それなら僕がーって一人で」
「ユーリ」
「はい」
「え、え? 二人とも、ちょっと顔が怖いよ?」
レヴィが一人でこの広大な農場の農作業をしているという事実に怒りを見せる二人。しかも周囲を見ると、朝からやっていたとしても普通一人ではできない量の農作業が行われていた。それはつまり、レヴィが全力でやっていたことを示していて、自分の疲労を考えずに作業していたレヴィへの怒りは強くなる。
「いくらレヴィが強いからって無茶はしちゃダメだろ」
「風邪引いたり怪我したりする方がダメなんですよ」
「はーい……」
そんな話をしていた三人の元に、家の方から一人の少女がやってくる。
「おや、ユーリ、ウェル。今日は随分早かったですね」
「シュテル。はい、ウェルが自分の体調を省みずに働こうとしていたので、無理矢理連れ帰って来ました」
茶髪の少女、シュテルとユーリの会話を聞いていたレヴィは不服そうな顔をしてウェルに詰め寄る。
「ちょっとウェルー? 僕にあんなこと言っといて自分は無茶しようとしたわけ?」
「そんな事実はございません」
実際、ウェルはまだまだいけると考えていたからの発言だったが、それを聞いてシュテルと話していたユーリは振り向く。
「何言ってるんですか。あそこまで行くときも、ここに戻ってくるときもふらついてましたよ」
めっというようにユーリは指を向けて怒る。ウェルの後ろではレヴィがやーい怒られたーと揶揄って、レヴィも同じですと流れ弾を食らう。そんな彼らの様子にクスリと笑いながら、シュテルはウェルに近づいてくる。
「ウェル。お疲れのところ申し訳ないのですが、あとで少々時間をいただけませんか?」
「ああ、別にいいけど」
何かあったのかと問えば、予想外の答えがやって来た。
「模擬戦です」
「はい?」
あの後ウェルがシュテルから詳しい話を聞くと、以前に今現在フローリアン一家で過ごしている二人の少女が事件を起こした世界である地球への渡航許可が出るそうで、再戦の約束をした少女と会う前に調整をしたいという話だった。他の人との模擬戦は幾度となく繰り返していたが、ウェルとの模擬戦は数える程度だからちょうどいい機会だからということなのだろう。
「二人とも準備はいいー!?」
そして今、シュテルとウェルは空中で向かい合っていた。
審判は地上にいる橙色の髪の少女、イリス。シュテルはデバイス──ルシフェリオンを構え、ウェルも逆刃刀状態のヴァリアントザッパーを構える。
「じゃ、始め!」
その声が響き、最初に動いたのはシュテルだった。
「パイロシューター」
炎熱属性を持った十二の魔力弾を生み出し、それらが360°あらゆる方向からウェルに襲いかかる。ウェルは所詮、フォーミュラシステムを運用しているだけの人間であり、魔導師ではない以上、それらすべてを対処しきれるほどの演算能力はない。
「アクセラレイター!」
だから、逃げきれなくなる前に脱出する。その言葉とともに一瞬だけウェルの全身が発光し、次の瞬間にはシューターの檻を抜け出すだけではなくシュテルの背後を取っていた。逆刃刀を振り下ろし、シュテルの意識を狩りにいくが、それは二人の間に展開された魔法陣……プロテクションによって防がれ、ウェルも強引に破ろうとはせずに魔法陣を蹴って降下する。
「おっと」
「外しましたか」
直後、先ほどまでウェルがいた場所を誘導魔力弾が一つ通り過ぎる。その間に魔法陣を蹴っての降下も合わせて、アクセラレイターで地面すれすれにまで降りながらヴァリアントザッパーを逆刃刀からボウガンに変化させ、模擬戦のために先端を潰した
直線状にしか飛ばないそれは、何かしらの隙があるわけでもないシュテルには届くこともなく、華麗に空中を舞うシュテルは一撃ももらうことなく対処を終える。
「ルベライト」
「──! アクセラレイター!」
そしてそのまま静かな声でバインドが放たれ、遠くにいたせいでその声が届かなかったウェルは未だ魔力というものを感じることができないことも重なり、ワンテンポ行動が遅れた。
結果としてバインドに捕まり、その一瞬後にはアクセラレイターで向上した身体能力により脱出。ボウガン状のヴァリアントザッパーを今一度逆刃刀に戻しながらもアクセラレイターによる負荷を無視して強引にシュテルに向けて跳び立つ。
「ブラストファイアー!」
ルベライトで動きを止めて放たれる予定だったであろう砲撃が、そのタイミングになってようやく放たれる。確かに砲撃は早いがそんな程度の攻撃は躱すことは不可能ではない。まして、アクセラレイターを使っているならなおさらに。ひょいと避けて最初の焼き直しのようにシュテルへ向かっていくと、すでにシュテルは砲撃を止めて迎撃の態勢を整えていた。
「しまっ──!」
「ふふっ、これで終わりです」
左手の籠手、『ブラストクロウ』から放たれる炎を纏った打撃、ヴォルカニックブローを腹に受け吹き飛ばされたところにルベライトで強制的に動きを止められ、そこに先の
「──っ!!」
まともな戦闘訓練を一切受けていないウェルでは、非殺傷設定の魔法を受ける感覚に慣れず、二度目の砲撃までは腹に叩き込まれた拳の痛みで無理矢理に意識を繋いでいたが、最後の砲撃でついに意識を刈り取られた。
「私の勝ちですね」
最後の砲撃でついに力尽き地面に落ちていくウェルを拾ってのシュテルの宣言で、模擬戦は終了した。
「何……?」
模擬戦の後、家に戻り昼食をとっていたウェルたちだが、そこで銀の髪の毛の先端に黒のメッシュが入った少女、ディアーチェから話を聞き、ウェルはとある頼みをしていた。
「いや、だからその地球って星に行く時、俺もついていってみたいんだ」
「無理に決まっておろう」
しかし、にべもなく断られる。どうしてといった視線を向ければディアーチェはため息をついて、いいかと前置きをしてから口を開く。
「まず、我らがあちらとこちらを行き来できるのは、我らの事情が事情だからだ。裁判などの関係で幾度か向こうに渡ったこと、フォーミュラの技術体系、そして向こうにいる我らの肉体を形作る際のオリジナル……管理局としても無理に抑え付けるよりもある程度意向を組んだ方がいいと判断している存在が強く望んだことがあって、我らは渡航許可を得ている。それを今から貴様の分を手にするとなればどれだけの時間がかかるか」
「うーん、そこまで無茶でもないんじゃない?」
ディアーチェの説明が続く中、桃色の髪の少女、キリエが口を挟む。それにディアーチェがどういう意味かと視線を向ければキリエは口を開いた。
「だって、ウェルはこの世界の出身ではあってもこの星の出身ではないわけだし。そっちの星の独自の進化を遂げた技術との交流って名目と、なのはちゃんたちに『この星に帰ってきてくれた人を紹介したい』って言えばなのはちゃんたちも手助けしてくれそうだけど」
それを聞いてぐぬぬと唸るディアーチェだが、少し唸ったあとに嘆息した。
「一応、尋ねてみるが、そこまで期待はするな」
「了解、王様」
これは、少年の新たな一歩。何も知らぬままこの星へと帰ってきた少年が、かつての事件を知り、自らの道を決めるための物語。
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地球へ
「結局、成功しちゃったな」
「成功したな」
今、地球……というよりもそこに通じる管理局の施設内部にユーリと元猫三匹、そしてウェルの姿はあった。エルトリアでは見たことない光景を見たことで成功したという実感が湧いて、つい漏らした言葉はディアーチェが拾って面白くないというような表情で返事を返した。
「それで、お迎えとやらが来るって聞いたけど」
「まだ来てないみたいですね……」
「まあ、待ち合わせ時間まではもう少しありますし……」
「ねぇ、ユーリぃ、シュテるん、王様ぁ、僕もう待つの飽きたぁ!」
「幾ら何でも早すぎるわ!」
ついてから数分後、早くもレヴィが待つことに飽きて騒ぎ始めたのだが、どうやらここにいるスタッフはあの時の事件に関わった者ばかりのようで、ユーリたちには微笑ましいものを見る目を向け、エルトリアに人が戻ったことも聞いていたのかウェルに視線を向けた後にもう一度四人に目を向けていた。
「あ、王様達もう来てたん?」
それに少々の居心地の悪さを感じていたところに、ディアーチェと髪の色以外は瓜二つの特徴的な喋り方の少女がやって来る。
「はやて、お久しぶりです」
「うん、久しぶりやなユーリ」
その少女、はやてはユーリと会話を始めたが、直後ウェルの姿を認めて話しかけて来た。
「貴方がエルトリアに戻って来たっていう人やな。うちは八神はやて、よろしゅうな」
「俺はウェル・ハーベストって言います。よろしくお願いします」
握手を交わしたところで挨拶は終了。今回は数日の間、地球に滞在している管理局の船に宿泊することになっているが、初日である今日の時点でシュテルの模擬戦が予定に入っていることはウェルも知っている。だから、模擬戦の会場に向かう道すがらはやてに尋ねることにした。
「そういえば、八神さん」
「うん? どうしたん?」
「シュテルの相手をする人ってどんな人なんですか?」
名前を聞いても知らない人物のものである以上は特別意味はない。それなら人柄や戦法などを聞いた方がいいだろうと判断してのことだ。
「シュテルの相手をするんは高町なのはちゃん。どういう人かっていうと明るく優しい子っていうんがあっとるかな。見た目はうちと王様みたいな感じで鏡写しみたいにそっくりなんや」
「そうなんですか……」
「まあ、ウェルくんが会うのは明日以降になるやろうし、その時にでも話をしてみるとええよ」
「はい? 俺、今日は何かあるんですか?」
「うん、アミタさんたちの例があるから、体組織に地球人との差があるのかどうかを確認してから、フォーミュラに合わせた何か特殊な技術が体内で動いてたりせんかの確認。そんでそのあと、ユーリたちから頼まれとることもあるし」
「あ、私も今回はちょっとやることがあるので皆とはそこまで一緒に過ごせないんです」
「……なかなか面倒なことになってるんですね」
ウェルは本日やることを列挙されて、少々顔を引きつらせながらもそんな返事をした。
シュテル達と別れてからすでに数時間が経過していた。別れ際には勝利してきますと不敵な笑みを浮かべていたシュテルだが、実際にどうなったのかは今もなお検査を受けている最中のウェルにはわからず、ただこの検査が終わったら聞きに行こうと思う程度だった。
「はい、それじゃ今日の管理局側からの検査は終了。あとはユーリちゃんから頼まれてることの確認ね」
「ユーリは何を頼んだんですか?」
女性スタッフさんの言葉を受けて、ウェルは先ほどから気になりつつもあとでわかるからとごまかされ続けてきた質問をした。次にその検査をするならもう隠す意味はないだろうと思ってのことで、そして実際、あっさりとスタッフはウェルに答えを教えてくれた。
「あなたに魔力があるのかどうか。ま、実際にはあるってわかってはいたからその魔力ランクの測定ね」
「…………はい?」
ただ、それは少々予想外の答えではあったが。
理解を超えていて呆然とするウェルに、スタッフさんは丁寧にその結果を教えてくれる。
「魔力量はBね。B+にちょっと届かないレベルかしら」
「いやいや、待ってください! なんでそんなことを確認する必要があるんですか!」
「うーん、その辺りはユーリちゃんに聞いてみないとわからないけど。でも、貴方を魔導師にしようとしてるのは確かよね。今、あの子はデバイスマイスターの資格を取るための勉強をしているみたいだし」
そう、今この場にはユーリはいない。スタッフが言った通りデバイスマイスターの資格を取るための勉強用の図書を借りに行っている。以前からユーリは地球に来るたびにデバイスマイスター関係の図書を借りに行っていて、その頃はシュテル達のデバイスが壊れたり機能不全を起こしたりした時に修理をするためかと思っていたが、それ以外の目的もあるようだ。
「まあ、貴方のために用意してくれるらしいから、もらっておけばいいんじゃない? あったらあったで便利なことには間違い無いんだから」
その日の夜、ウェルは一人で割り当てられた部屋にいた。
当然のことながら、ウェルは男で残りの四人は女。だから部屋が別になるのは当たり前で、今のウェルにとってはありがたいことだった。
ちなみにシュテルとなのはの模擬戦の結果はウェルは知らない。今日の疲れもあって、それを聞くことも忘れて部屋に戻っていたのだ。
(それにしても、なんでユーリは俺を魔導師にしようとしてるんだろう?)
ウェルが今考えていることはただそれだけ。気になるなら聴きに行けばいいと言われるかもしれないが、いくら家族のような関係だからと言って、女性の部屋に行けるほど図太くはなかった。なので悶々としながら考えていると、部屋にノックの音が響く。
「? どうぞ」
ウェルが言葉を発すると、扉が開きそこからユーリが入ってくる。その髪の毛が微妙に湿っていて、風呂上がりだと気がつきウェルはギョッとした。
「ウェル、今いいですか?」
「あ、うん、別にいいけど……」
しかしテンパっていても、言葉を発する前にユーリから許可を求められて、よくわからないまま許可を出してしまう。するとユーリはウェルが腰掛けているベッド、それもウェルの真横に座り、距離を取ろうとしても詰めてくるのでウェルも諦めて、そのまま超至近距離で話をすることにした。
(なんかいい匂いするんだけど……!?)
(うう……恥ずかしいですけど、シュテルが男の子には効果抜群だって言ってましたし)
二人とも、頭の中では違うことを考えていたが、それでも話ができないわけではない。なので、ほんの数秒ほどの沈黙を破り、会話が開始された。
「あの、ちょっと聞きたいことがあって……」
口火を切ったのはユーリ。もともと話をしたくてここにきたこともあって、話す内容も決まっている彼女が先に口を開くのはある意味当然と言えた。
「うん、なに?」
「今、ウェルのデバイスを作ってる最中なんですけど、どんな感じの武器がいいのかわからなくて。ウェルが使うなら、ウェルの意見を反映させた方がいいと思って聞きにきたんです」
「デバイス、確か魔導師の使う魔法の杖みたいなもの、なんだよな?」
「はい」
ウェルにはそんなものを使っている自分を想定できなかった。基本フォーミュラシステムでどうにかしてきたし、これからもそうしていくつもりだったから降って湧いた『魔法を手にする機会』というものに頭がついていかない。
「手に持ちたくはないなぁ。フォーミュラ使って戦うわけだし。ヴァリアントシステムを扱えないように手が塞がれるのはごめんかな」
「なるほど……」
ただ、それでも聞かれた質問には答え、ユーリはウェルの言葉を聞いてメモを取る。そのメモを取り終わるのを待ってウェルも質問をする。
「ところで、なんでユーリは俺を魔導師にしようと?」
「別に魔導師にするつもりはないですよ? 合う、合わないもあるでしょうし、ウェルが嫌ならそれに関してはしょうがないとも思います」
「なら……」
「でも、もしもの時に取れる手段を増やしておくのはいいことだと思いますし、そうでなくても普段から無茶をしてばかりのウェルにはお目付役がいると思うんです」
至近距離から琥珀の目を向けてくるユーリ。そこには真面目な話をしているからか先ほどまでの照れの色はない。
「シュテル達は、元は猫なのに人間としての姿の元になったなのはたちの影響か戦うことに支障はないです。アミタ達も戦闘経験は多いから多少力の差がある程度の相手には負けません。でも、ウェルにはそのどちらもないから、手段だけは増やしておきたいって思ったんです」
「ああ……」
ユーリの瞳に魅入られて、その言葉は耳から入っては抜けていく。けれどウェルは、それでもどうにかして返事だけは返して、そこで会話が途切れた。
「そ、そうです! もう一つ話が、というよりもお願いがあるんです」
そして、今度の沈黙には耐えきれずに、ユーリはウェルに話しかける。
「お、おう……」
ウェルはタジタジになりながらもユーリの言葉を待ち
「今日、ここに泊めて欲しいんです!」
「……は?」
その言葉を聞いて目が点になった。
──どうしてこうなった!
今のウェルの心情を言葉にするなら、こういうところだろうか。
「ウェル、あったかいです」
壁と密着したベッドの上で、扉の方に寝ることでユーリが落ちないようにしながら、ウェルは自分の中の獣と戦っていた。背中を向けているので今のユーリの表情はウェルにはわからないが、二人揃って茹で蛸のように赤くなっている。
(ディアーチェたちが教えてくれた方法でやってるのに、全く反応してくれません……)
(ここで反応したらディアーチェに殺される……)
どうでもいいことだが、ウェルはユーリに好意を抱いているし、ユーリもウェルに好意を抱いている。だが二人は恋人というわけではない。理由はいくつかあるが、その一番大きなものはディアーチェだろう。
──もしも貴様がこの家の者に手を出したなら、その時は我が一片の塵も残さずに殺し尽くしてくれる。
出会った当初、エルトリアに人が戻って来たことを喜んでいたフローリアン一家の中で、唯一冷静だったディアーチェがウェルに対して言った言葉である。信頼も何もない状態なので何もおかしな言葉ではないが、その言葉が未だに残っているためにウェルから手を出すことはない。ちなみに今のディアーチェはもう信頼しているので特にそんなつもりはないが、そんなことを長年の付き合いでもないウェルにはわかるわけがない。
なので端から見たら付き合ってるように見えても付き合ってはいない。
(ディアーチェ一体何考えてんだ!)
(ディアーチェがせっかく『明日の朝には良い報告を期待している』なんて言って送り出してくれたのに……)
念話を使っているわけでもないので、ユーリの思いが届くことはないが、まさかのウェルの疑問にユーリが答えているという状況である。
二人は無駄に意識している影響で眠れないかと思われたが、慣れたエルトリアとは全く違う土地であることや、ウェルは大量の検査による疲労、ユーリは多くの勉強をしていたことによる疲労が溜まっていたこともあり、二人してしばらく時間が経った頃には微睡みに落ちていたのだった。
この主人公の基本スペック
魔力:管理局員の平均よりもちょい上程度
戦闘経験:そこらへんの職員程度なら(素手同士、あるいはフォーミュラありなら)倒せる
フォーミュラの扱い:どうあがいてもアミタたちには勝てない
魔法:使ったこともないのにどうやれと?
所長と戦ったら確実にボコられるスペックです。どの分野でも上がいる程度。ただ、まだ戦い始めて二年程度なので、これからの成長に期待することはできる(ちなみになのはたちと同い年)
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デバイスと魔導師と
ユーリが受けるデバイスマイスターとしての資格試験も近くにあるので、その合否が発覚するまでの間は地球に留まることになっている五人。彼らがエルトリアを離れてから二日目、その日は地球で過ごすことになっていた。
「初めまして、高町なのはです」
「初めまして、ウェル・ハーベストです」
がっしりと握手する二人。茶髪の少女なのはとウェルは「初めまして」なので、挨拶を最初に行うことになった。
「八神から聞いてるかわからないけど、俺と高町さんは同い年らしいし、敬語は別にいいよ」
「うん、ありがとう」
朝はディアーチェ達から『昨晩は何かあったのか』と問い詰められて『何も起こさなかった』と返せば理不尽に怒られたことでウェルは少々疲れていたが、なのはの笑顔で癒されていた。その後ろでユーリは少し面白くなさそうな顔をしているが、好きではあっても想いを伝えたわけではなく、付き合っているわけでもないユーリに何か言うことなどできるはずもなく、ただ面白くなさそうな表情をするに止まるのだった。
(あれって、ユーリちゃん。多分ウェル君のこと好きなパターンだよね……)
的確に状況を判断するなのはは、今どこまで二人の関係が進んでいるのかわからない上、特に恋愛経験があるわけでもないので何をすればいいのかわからない。
(それにしてもシュテルにそっくり……ああ、いや違うか。高町さん”が”そっくりなんじゃなくて、シュテルがそっくりなのか)
そしてそんなことを考えているなど知らないウェルは、先のはやてと会った時にも感じていた、知り合いとそっくりなことへの驚きを今回も覚えていた。
「それで、今日はどうするの? 海鳴を案内してほしいって話だけど、どこか行ってみたいってところある?」
「うむ。我らは海鳴は初めてではないが、此奴だけは初めてだからな。まずはウェルの行きたいところ、と言うことで話がついておる」
「そうなの? なら、ウェル君の行きたいところにするけど……」
リクエストは、と尋ねるなのはにウェルは一度頷いて行きたい場所を告げる。
「かつてここで起きた事件で、ユーリ達が関わった場所に行ってみたい」
ウェルの言葉から始まった海鳴巡りも、そこまで数が多くないと言うことに比例して、多くの時間を取られることなく順調に昼前には終わりを告げていた。
「もぐもぐ、あー、おいしー!」
「ほら、レヴィ。溢してますよ。……それにしても美味しいですね」
「うむ、あとでレシピを聞かせてもらいたいところだな」
そのため、今は昼食をとるためになのはの実家、喫茶『翠屋』にやってきていた。
「本当に美味しいですね、ウェル」
「ああ、高町さんの家ってすごいんだな……」
少々呆然とするウェルの視線が向けられているのは、なのはの兄と父親。戦闘を生業とするわけではないウェルだが、彼らの強さというか異常性は地味に感じていた。戦ったら五秒も保たないだろうと確信を持って言える程度には強いのだろうと思っていた。空から一方的に撃っていても倒しきれるとは思えていなかった。
「もう、ウェル。何考えてるのかわかりませんが、せっかくのご飯なんです。ちゃんと味わって食べましょう?」
私、怒ってますと言うような表情のユーリにごめんごめんと謝り、ウェルも食事に集中する。その光景を見てなのはは
「ねぇ、三人とも。あの二人って付き合ってるの?」
「いや、我らの知る限りではあの二人は付き合っておらんはずだ」
「ユーリはウェルのことが好きなようなので、その手伝いはしていますが」
「ウェルもユーリのこと好きだと思うんだけどなぁ……」
だが、結局のところ外野でしかない四人には何もしようがない。せいぜい、告白する勇気をこっそりとあげる程度だが、そもそも告白しようとしていない二人では勇気があっても意味がない。
「ほら、ウェル。あーん」
「え、ちょ、ユーリ!?」
二人とも顔を真っ赤にしながらも食べさせあいをしている光景を見て、本当に応援する必要があるのか疑問に思ったりしたが。
(ちょっと、誰か助けて!?)
横目で見てきたことで大体の言いたいことを察したなのはがそこに割り込んでいったりもした。
そうして過ぎていく時間。
日が進み試験当日、ユーリが試験を受けている間に何もしていないのは落ち着かないからとシュテルやレヴィがオリジナルとなる人物と対戦したり、ディアーチェがはやてと共に無限書庫に行っている間、ウェルは一人、貸し出されたデバイスと共に、魔法を使う感覚に慣れることと、魔法適性を確かめることの二つを同時に行っていた。
『次、魔力弾』
「シューター」
その言葉に持っていた杖が反応し、シュテルが使っているものとは色も数も違うが、同じ形式の魔法が発動した。シュテルは一瞬で十二個展開していたが、ウェルは六個。適性があるのかないのか、微妙に判断に困るところであった。
『次、収束砲撃』
「バスター」
スタッフの言葉に従い、現れた的に対して砲撃を放つ。ウェルの知る魔導師はシュテル、レヴィ、ディアーチェ、ユーリの四名だけ。つまり基準はその四人なのだ。だから、ウェルはそこまで自分の才能には期待していなかった。
『うん、そこまで。一旦戻ってきて』
「はい、わかりました」
そうしてウェルが戻ると、おそらくは検査結果が書かれているらしき紙を持ったスタッフがそこにいた。
「貴方の適性は──」
「それでそれで! どうだったの?」
「俺の適性? 俺にできるのは攻撃だけらしい。プロテクションとかバインドとか加速とか、そういうのには適性が全くないって言われたよ」
レヴィが身を乗り出して聞いてきたのでウェルは答えたのだが、試験を終えて戻ってきてそれを聞いたユーリは、何か考え込むようにしていたのだった。
「攻撃しかできないなら、それ以外をデバイスの方でフォローして──」
「ユーリ?」
しかし、その言葉に対する返事はなかった。
「あれが魔導師同士の戦いってやつかー」
さらに翌日、前日の模擬戦はシュテルの敗北で終わったらしく、その再戦に燃えたシュテルによってなのはに仕事が入っていない翌日にも模擬戦が入ることになった。結果として、これまでは予定が合わなかったせいで一度たりとも見ることができなかったウェルが、ついに模擬戦を見ることができていた。
モニターの先、模擬戦のフィールドではなのはの桃色のシューターとシュテルの緋色のシューターが駆け巡り、それらをひらりと躱し、時にはプロテクションで防ぎながら、二人は空を舞う。
戦闘スタイルはシュテルがなのはを基にしていることもあり、二人はとても似通っている。だが、シュテルにはなのはにはない近接用の武装もついていて、そちらの習熟に割いた時間もある。その間もなのはは砲撃を極めていたことを考えれば、総合力で差があるとは考えづらい。
「さすがにあんなに派手な戦いはなかなかないですけどね。……今の所は、事件の時の戦いも含めて三戦中、なのはが二回勝ってるらしいですから、今日勝って勝率をイーブンに戻すつもりなんじゃないでしょうか?」
「……勝率がどうこうっていうよりも単純に負けたくないから勝つって感じがするけど」
ウェルの横に座る髪の色以外はレヴィと瓜二つな少女、フェイトの言葉にそう返しながらも画面から視線は逸らさない。
シュテルとなのはがブラストファイアーとディバインバスターをぶつけ合い、残留魔力が高まっていく。爆発により視界が遮られたタイミングでシュテルが接近しブラストクロウで殴打する。吹き飛んだなのはをルベライトで拘束し、その隙にシュテルは残留魔力を収束していく。
「疾れ、緋星。全てを焼き消す炎と変われ」
シュテルのバインドの強固さはウェルも知っているが、なのははウェルよりも早くバインドを解除してシュテルと同じように魔力を収束していく。
「真・ルシフェリオン──」
「スターライト──」
完成タイミングはわずかにシュテルの方が先。けれど発射がわずかに遅れた程度で、チャージ時間そのものには差はない。
「「ブレイカー!!」」
二つのブレイカーによって、先ほどの砲撃のぶつかりあいをはるかに超える魔力が撒き散らされた。威力は互角。故にそれらが決め手となることはなく、けれどシュテルが少し早くチャージしていたことでぶつかり合った地点は、シュテルとなのはの間、わずかになのは側。煙に巻き込まれたなのははシュテルが動いたとしても位置を把握することは不可能で、シュテルはその隙にさらに魔力をチャージする。
「ディザスターヒート!」
三連撃で打ち込まれるブラストファイアーは、数日前の模擬戦のものよりもはるかに大きい。煙の中のどこに隠れていようとも煙ごと吹き飛ばしてしまえば関係ないと言わんばかりに突き進む緋色の砲撃が終わった後には、気絶したなのはが落ちていった。
「勝ちました」
ピースサインをカメラに向けて、無表情ながらもどこか満足したような表情のシュテルがそんな言葉を吐いた直後、模擬戦の終わりを告げる音が仮想戦闘空間に鳴り響いた。
「うー、悔しいなぁ。ねぇ、シュテル。明日も模擬戦しよう?」
「ええ、今度は私が勝ち越させてもらいます」
(この二人、実は戦闘狂なのでは……?)
戻ってきた二人がそんな会話をしているのを聞き、ウェルはひとりごちる。しかし誰もそのことにはツッコミを入れないため、これが魔導師の普通かと勘違いしてそのまま話を進めることにした。
「それで、次はテスタロッサさんとレヴィだよな?」
「あ、うん。それじゃ行こっか、レヴィ」
「まけないぞー!」
「私だって!」
(高町さんもテスタロッサさんもそうだし、シュテル達もそうだけど、もしかして魔導師になると皆戦闘狂になるんだろうか?)
戦意を昂らせながら戦闘用のシミュレーターに向かう二人を見送って、一人ウェルは考えるのだった。
「だいたいこんな感じでしょうか?」
フェイトとレヴィの模擬戦がフェイトが一瞬の隙をついて勝利した日の夜。誰もが疲れから眠っている中、ユーリは一人部屋の中でホロウィンドウを展開して考え事をしていた。
ホロウィンドウに映っているのはデバイスの設計図。ユーリが今から作る、たった一人の少年のためだけのデバイスが、そこには映っていた。
「まあ、まだ作ることはできないんですけどね」
そう、未だにデバイスマイスターの試験の結果が出ていない以上は、ユーリには設計図を書くことや案を出すことはできても作ることはできない。少年の戦い方に合わせたデバイスを作るために彼の戦い方をよく知るユーリが最低限の構想だけを作り、設計などはベテランのデバイスマイスターに任せることもできないわけではなかったが、これだけは譲れないとユーリは頑として任せることはなかった。
「早く作りたいです」
設計のチェックをしながらもつい漏れてしまったその言葉を聞く者はいなかった。
クッソどうでもいい初期設定にはウェル君の父親がマクスウェル所長という案もあった。あの所長が結婚してるイメージ湧かなかったので消えたけど。名前がウェルなのはその名残。(マクス)ウェルだからね。
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魔導師
ユーリが受けたデバイスマイスターの試験、その合否通知が来る日。その日、エルトリアの面々はどうしようもなくそわそわしていた。
「緊張します……」
「なんでまだ来ないのー!」
「落ち着かんかレヴィ」
「そんなこと言っているディアーチェもそわそわしていますよ」
「シュテルもそわそわしてるけど……」
五人揃ってそわそわしながら、女子の部屋に入るのもということで、なぜか共同スペースではなくウェルの部屋で待っていた。
「あ、来ました!」
十分ほど経った頃、ユーリの持つ、こちらにいる間連絡を取るために支給された携帯端末の元にメールが届く。ユーリがそれに声をあげて、緊張しますなんて言いながらメールを開いた。そこに書かれているユーリの名前などは流して、合否の部分にのみ全員の意識が集中する。
「結果はどうなの?」
「ちょっと待ってくださいね……えっと」
レヴィに急かされるようにして合否が書かれた場所までウィンドウをスクロールしていく様を全員が緊張しながら見ている。そうして一番下までスクロールし終えたところに、合格の二文字が発見された。
「よかったです……」
「ユーリ、合格したんだ!」
「ふむ、今日は祝いだな」
「ええ、ユーリの合格祝いです」
三人寄れば姦しいとまで言われる女子が四人で会話する中に、この部屋にいる唯一の男子たるウェルは加わらずに、その様子を少し離れて見ていた。別に大した理由があるわけではなく、ユーリと近づきすぎてディアーチェに怒られた経験があるからである。
「これでウェルにデバイスを作ってあげられます! 最高のデバイスを作りますからね!」
「その辺りは心配してないよ。ユーリの腕は知らないけど、真面目なことは知ってるから」
ちゃんとしたものを完成させないと渡すことはしないだろうとウェルは確信していた。その信頼を受けてユーリは恥ずかしくなるが、それと同時に信頼に応えたいと奮起もしていた。
数日後、訓練室にウェルの姿はあった。
『それじゃ二人とも、お願いします』
「ええ、任せてくださいユーリ。彼の魔導師としての戦闘の初めての相手はしっかりと勤め上げてみせます」
ウェルの眼前には、この世界に来る前の模擬戦の時のようにシュテルが浮かんでいる。
今回も行うことは模擬戦に変わりないが、以前のそれとは違い今回はウェルも魔導師として戦うことになる。
本来ならフォーミュラに魔導を組み合わせる形で使うことになるのだが、まずはデバイスとしてまともに運用することができるかどうかの確認になる。それが終われば次はフォーミュラ……というかヴァリアントアームズと組み合わせてということになり、難易度はおそらく急激に高まる。
「どう考えても負ける気しかしない……」
「デバイスがしっかりと動くかどうかを確かめるのが目的ですから、勝ち負けは気にしなくてもいいでしょう。……まあ、負けるつもりはないですが」
が、それもまずはデバイスがちゃんと動くことが確認できなければ実行することなど不可能。
その確認のためにも、どうぞ、と促すシュテルに従い、ウェルは普段つけていない、手の甲に宝玉のついた手袋に向けて呼びかける。
「ガーディアン、セットアップ」
その言葉とともに私服からウェルが最も戦いに適していると考える格好、彼が普段から使用するフォーミュラスーツがそのままバリアジャケットとして生成された。
「お、おお?」
さらに、バリアジャケットを纏ったウェルの周囲にユーリが使う武装、魄翼によく似た武装が四つ浮かんでいる。さらにそれにヴァリアントアームズを合わせて戦うのが基本となるが、今はまだ魄翼に似たユニット、”リュストゥング”の扱いに慣れることから始めないといけない。
「えっと、こんな感じ、か?」
ふよふよと浮かぶリュストゥングを左右に動かしてみて通常の操作に難がないことを確認し終えたところで、ユーリから声がかかる。
『準備はいいですね』
「はい、もちろんですよユーリ」
「こっちもなんとか」
『では、試合──』
シュテルはルシフェリオンを両手で持ち、先端をウェルに向けて構える。
ウェルはリュストゥングを左右の斜め前方に二つずつ移動させて前傾姿勢になる。
『──開始!』
「先手必勝!」
シュテルはバックステップしながら空へ飛び上がり、ルシフェリオンを突き出すようにしながら
それらが様々な方向から己に向かってくるのを確認して、ウェルはリュストゥングにガーディアンを通じて命令を送り、四つある魄翼のうち最も外側の二つが羽を開くようにして変形したことを視界の端に捉えた。
(なるほど。防御魔法が使えないぶん、これが盾の代わりにもなるってことか)
リュストゥングに流し込んだ魔力が変形した外側の二つに集中し、その二つを起点として魔力の壁のようなものを生み出す。感覚的にはパイロシューターなら三十程度は余裕で受け切れるだろうが、収束砲撃クラスだと一瞬で割られると判断して、砲撃が飛んでくるよりも先に距離を詰めることにした。
フォーミュラシステムが起動して、飛行魔法を使えないウェルが空中でも戦えるようにしてくれる。空に向けて踏み込むために一度魔力壁は解いて、リュストゥングを物理攻撃用の武器へと戻す。本当ならフォーミュラはデバイスの確認の後なのだが、そもそもフォーミュラを使用しないことにはウェルに勝ち目はないのでヴァリアントアームズのみ使用を禁じられている。
「せいっ!」
腕の動きと連動して魄翼が動く。シュテルに向けて襲いかかる翼はプロテクションにて防がれ、そのままプロテクションの内側からリュストゥングをシュテルがブラストクロウにて殴ったことで、一度打ち落とされた。
「ブラストファイアー!」
シュテルから放たれる炎熱砲撃を見るよりも先に、叩き落とされたリュストゥングへ干渉し己の元へと戻したウェルは、それらを重ねて砲撃を防ぐ。
「アクセラレイターッ!」
リュストゥングが押し切られそうなことを確認して呪言を紡ぐ。その文言が紡がれるとともに、体内のナノマシンが励起し髪が発光する。そしてウェルが砲撃の射線状から逃れようとした瞬間、異変に気がついた。
「あれ? アクセラレイターってあんなに遅かったっけ?」
そしてその異変は、観客席で見ていた面々の中ではアクセラレイターを使用したことのあるなのはが最初に気がついた。その疑問が言葉として外界に出ると、他のアクセラレイターを見たことある面々も気がついて、答えを知っているであろうエルトリアの面々を見る。
だが、エルトリアの面々も一人を除いては訝しげな顔をしている。故に、その中で唯一平然としているユーリに皆が顔を向けるのは当然といえた。
「ガーディアンには、ウェルの無茶を防ぐためのお目付役としての役割もありますから。基本的に体に負担のかかる技は使わせません。アクセラレイターは、ナノマシンを最大稼働させるせいで体に負担がかかりますから、負担がかからないギリギリのラインまでしか加速できないようになってます」
「それは……」
むしろ全力を出さないと勝てない相手の場合は危険なのではないかと、今この場にいる面々の意見は一致していた。そのことも理解しているのか、ユーリは言葉を続ける。
「もちろん、彼が無茶をしないと勝てないと思った場合には自分の意思でその制限を解除することは可能です。私が止めたいのは、しなくてもいい無茶だけですから」
全力のアクセラレイターよりも遅くとも、リュストゥングが抜かれるよりも先に脱出することは可能であり、ウェルは抜け出た直後にリュストゥングを回収してその速度を維持したままシュテルに特攻する。
「バスター」
ブラストファイアーを放つことをやめて迎撃に入ろうとするシュテルにほとんど威力のない砲撃を放つことで一瞬だけ時間を作る。
「貫け!」
普段のアクセラレイターならその時間だけで距離を詰めることに成功していたのだろうが、今の速度ではどうしても一手足りない。故にその一手分の時間を作るために変形したリュストゥングに魔力刃を展開しそれを飛ばす。
「遅いっ! ディザスターヒートッ!」
しかし、その魔力刃が届く頃にはシュテルはすでにチャージを終えて三連撃の砲撃を放つ。連撃にするために一発あたりの威力は低くなっているが、それでもウェルにとって脅威であることには代わりない。
一発目。魔力刃を消しとばし、向かっていたリュストゥングを撃ち落とす。
二発目。防御に回された残りのリュストゥングに阻まれる。
三発目。リュストゥングを抜いて、防ぎきれると踏んでいたウェルに直撃。
「しまっ!」
動きの止まったタイミングでシュテルの必勝コンボの始まり、ルベライトでの拘束が決まってしまう。
「真・ルシフェリオン──」
(あ、これ負けだな)
「──ブレイカーッ!!」
迫り来る砲撃を受け入れるようにして、ウェルは目を閉じるのだった。
「あっ、目が覚めましたか?」
「ユー、リ?」
目を覚ましたウェルが最初に見たのは、なぜか自分を見下ろすようにしているユーリの姿だった。
「シュテルのブレイカーで気絶しちゃったんですよ」
覚えてないですかと心配そうにするユーリだが、そこでようやく今の体勢に気がついたウェルとしてはそちらにまで気が回らない。
(え、これってまさか膝枕!?)
「どうかしたんですか?」
しかし、ユーリは調子がおかしいことには気がついても、その理由にまでは思い至らない。結果として、さらにウェルをドギマギさせていることなど知らないままだった。
「ユーリの羞恥の基準はどこにあるのだ……」
「膝枕はセーフで、抱きついたりするのはアウトで、お風呂上がりに部屋に行くのはセーフって、状況だもんねー」
そしてそれを、少し離れたところでディアーチェたちは確認していた。今はユーリによってウェルにリミッターのことが教えられていた。
「全く、あの二人の関係性はいつになったら進むことやら……」
「色々やってるのにねー」
「まあ、二人には二人の進め方があるのでしょう」
「そうはいっても、ああまで全く進まんと心配になってくるぞ」
意識しているウェルと、そのことに気がついていないユーリ。二人の様子を見てディアーチェはため息をつくのだった。
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