きっとどこかの世界でいつか (ひぐらしの雫)
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AR-15

 

「真っ暗で怖いよ……。誰か、助けて……!」

 

 走馬灯というのは、人形にも見えるものだと私はその時知りました。

 

 

 

 その……、正直に言って、指揮官の第一印象は良くなかったです。頑強な体をしているわけでもなく、ただ観光客が間違って戦場に来てしまったかのような、そんな雰囲気を漂わせてしまっている指揮官に、私たちAR小隊を指揮できるほどの人物には到底思えませんでした。

 それでも、M4を救い、SOP2と無事に合流し、私が撹乱したとはいえハンターが敷いた防衛網を突破し、かつ人形達に重傷はなし。

 

 功績は認めなければならない。指揮官の部隊に加われば私にも真の名誉が待っている。そんな考えで、私は指揮官の指揮下に入りました。……ええと、つまり、指揮官はチャンスを偶々逃さずに手にした、運のいい人だと思っていたんです。

 

 ……今思うと、M4も普段は気が小さくていつもおどおどしてるのに、戦闘時には冷静に指揮しながら、誰よりも正確に鉄血の頭を撃ち抜く子でしたね。人は見た目によらないという言葉を学習していなかったみたいです。

 

 

 同じ場所で過ごしてみると、あまり喋らない人だなと感じました。いつも仏頂面でしたし。

 ああ、とか。そうか、とか。そんな返事ばかりでM4が困っていましたよ。指揮官に指揮のコツを教えてもらおうと意気込んでいたのに、会話が切り出しにくいって。

 

 だから、私が傷を負ったときに、真っ先に飛んできて心配してくれたのは本当に驚きました。仏頂面を崩して、最初に会ったような雰囲気で、一緒に工廠まで付き添ってくれて。

 

 M16に酒を飲まされて酔った時に色々口走っていましたよね。宿舎に不備はないか、他の人形たちとは仲良くやってるのか、何か不満はないか、果ては人間に恨みはないか、なんて聞いてきて皆驚いていましたよ。

 

 でも、そのおかげで知ったんです。

 M16の好きな酒がカフェに置かれるようになったのも、SOP2のような精神年齢が幼い人形の遊び場を作ったのも、M4が馴染めるよう歓迎会が開かれたのも、名誉を求める私のような人形のために仕事を見繕っていたのも、全部私たちに伝えずに裏方で頑張っていたことを、指揮官は当然のように話してくれました。

 

「何で会ったばかりの私たちも心配してくれるの?」

 

 SOP2の質問はAR小隊全員の疑問でした。

 フフッ、指揮官、あの時何て言ったか覚えてます? 

 

「人形だろうと何だろうと、人が悲しむのも死ぬのもみたくない」

「だから私は、私に出来ることをやるだけだ」

「それが、上に立つものの義務であり、責任だ」

 

 こんな時代でこんなこと言えるの、指揮官だけですよ。ほんと、甘いんだから。

 でも、生きて帰って笑顔を見せることが指揮官への恩返しになる、というM16の言葉に皆頷いたんです。もちろん、私も。

 

 

 それから私たちが積極的に関わるようになって、少し困っていましたよね。指揮官の対応をもろともせず、SOP2は甘えるし、M16は晩酌に毎回誘うし、M4は何か出来ることはないかと指揮官の周りをうろうろするし。

 

 

 そういえば、何で私によく人形たちの対応はどうすればいいって聞いてきたんですか? ……唯一私だけが態度が変わらないように見えたから? 

 ……指揮官、不器用すぎます。直接本人に聞けばいいじゃないですか。いや、私もそんなこと言えないか。同じ不器用同士ですからね、私たち。

 あ、馬鹿にしてるわけじゃないですよ? そのおかげで、その、……ええと。

 

 ……何でもありません!

 

 

 話を戻し……、ああ、そうか。

 指揮官、これからはあまり楽しくない話になりますが、いいでしょうか?

 ……ありがとうございます。

 

 傘に感染した私を庇ってくれた姿は、記憶に焼き付いています。冷静に振る舞う私を見て、苦虫を嚙み潰したような、悔し気な表情に申し訳なさを感じていたことも覚えています。

 

 脱走して、鉄血のスパイ容疑をかけられた私に味方してくれていたというのも、M4から聞いています。私が戻って来た時のために、クルーガーさんに働きかけてくれたことも聞きました。

 

 

 ……そして、私がジャミング装置で動けず、ただ眼前で待ち構える死に震えていた時。

 

 指揮官の声が、どれだけ私に力を与えてくれていたか。何も見えず、暗くて、寒くて寒くて、助けを求める相手もいなくて、ただただ、泣いていた私に、わた、し、に……。

 

 ……大丈夫です。話を続けさせてください。

 

 

 指揮官の叫びは、重傷を負った私にも聞こえていました。

 

「おい、目を閉じるな! まだ名誉も、何も成していないだろう!」

「大丈夫だ、鉄血は追い払った! もう助かったんだ!」

「また声を聴かせてくれ! ほら、M4もSOP2もM16もここに居るぞ! 居場所はここにあるんだ!」

「なあ、頼むよ……、俺と一緒に帰ろう、AR-15……。」

 

 声は私を繋ぎとめ、かぼそい意識のなか、私が見たのは指揮官との日々でした。

 

 SOP2達の遊びに無理矢理付き合わされて、途中で本気になって大暴れして、並んで正座してカリーナに怒られたこと。

 M16のプレゼントを探すため、M4と一緒に街にくり出して、騙されてお金だけとられ、詐欺師を探し回って捕まえたこと。

 指揮官が企画した大酒飲み大会に参加して、仲良くトイレに駆け込んだこと。

 

 ……こうして思い返してみると、ひどい目にばかりあっているわね。

 でも、私たちが何の戒めもなく、他の小隊との人形間の不和もなく、あなたと過ごした日々は、原動力となって私に力を与えてくれています。

 

 もしあの場で壊れていても、私はきっと、安らかな気持ちで……! ……すいません。もしもの話であったとしても、不快な気持ちにしてしまったのは謝ります。

 

 

 

 ……。

 ええと、結局何が言いたいのかと言うと……。

 

 その、私が指揮官のことをどう思っているのかを知って欲しかったんです。

 指揮官とは濃密な時間を共に過ごしましたが、あまり私のことについては話したことがありませんでしたから。

 ほら、私、不器用ですから。でも、知って欲しかったんです。

 

 

 

 ……指揮官。

 あなたのことが、好きです。

 

 分かっています。ただの人形には過ぎたる思いです。それでも、伝えたくて、その、……ずっと考えていたんです。

 指揮官の下に帰ってきてから、あなたの顔が頭から離れないんです。あの時、私に声をかけ続けてくれた、あの時から、ずっと。

 あの、あなたの動き一つ一つに注目してしまっている私がいて、話すときも回線がショートしたみたいに頭が真っ白になって、何を言えばいいのか分からなくなって、好きって言葉だけがぐるぐる回って。

 

 あ、ああすみません。私は落ち着いています。大丈夫です。ええ、本当に。はい。

 

 

 それでその、お返事は……どう、ですか?

 

 

 

 

「そ、それもそうだな。ええと、……うん。初めに惹かれたのは、綺麗な青い瞳でした。時々、見せる笑顔が素敵だと、感じました。つまり、俺も、好き、です」

 

「――ああ」

「指揮官、これは夢ですか?どうか私をあなたのおそばにおいてください……夢から覚めたくないです」

 

 

 返答は、背中に回された腕で示された。

 涙に滲む視界のなか、AR-15は真っ赤に染まるあなたの顔を見た。

 

 それが何だか私たちらしくて、自分も真っ赤に染まっているのを忘れて笑ってしまった。

  

 

 

   

 

 

 

 




 姉御 「やったな! 今夜は飲むぞ~!」
 
 人形虐待嗜好家 「プレゼントはとっておきのものをあげよ~っと!」

 主人公 「……ギリィ」

 二人 「「!?」」


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