お空の下でも不幸を叫ぶ (非人間)
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第1話

 割とゲームの設定と小説の設定がごっちゃになってたりする。っていうかそもそもゲームのシナリオあんまりしっかり読んでない系騎空士だから絶対にどこかで設定がガバる自信がある。


「何だここ」

 

 少年が目を覚ます。いや、目を覚ますという表現は適切ではないかもしれない。どちらかといえば、気づけば突然そこにいたという表現の方が適切に思える。とはいえ周りの人々がそこまで騒いでいないところから、急に少年がそこに現れたわけではないのが分かる。

 

 何が何だかわからないといった風にキョロキョロしている少年の肩に、正面から歩いてきた男の肩がぶつかる。

 

「ぼーっと突っ立ってんじゃねぇ!!」

「は、はい!!どうもすいません!!」

 

 身長2メートル近くの大男にそう怒鳴られて、少年は情けなく逃げ出し端っこの方にあった樽に身を隠す。少年が立っていた場所は、やけに人通りが多く、そんな場所であんなふうにキョロキョロしていたら人のぶつかるのも当然だろう。改めて落ち着いて、少年が辺りを見回してみるとそこには、列を作るように出店が並んでいた。

 

「祭りでもやってんのか?」

 

 そう呟いては見たものの、その結論には何だか違和感がある。お祭りに並ぶ出店といえば、基本的に食品中心だろう。何の為なのか分からないぐらいに同じ商品の店が並んでいて、それぞれの店で値段設定が微妙に違かったりして、少しでも値段が低い店を求めて歩き回って見たりする。少年の持つ祭りのイメージとは、その程度のものだった。

 

 だがここは違う。そんなフワフワした雰囲気はどこにも無かった。どちらかといえば、そこに広がっていたのは緊張感、それもピリピリしたものでは無く活気に溢れた、いわゆる商人魂みたいなものだった。

 店の構えも二、三日使ったらすぐに片付けてしまう様なものではなく、数ヶ月ぐらいの連続しようには容易に耐得るような、いやそれこそこの場所に店を開けてしまうような立派なものだった。

 

それに

 

「じゃあその肉はうちの船に積み込んどいてくれ」

「もうちょっと負からんもんかね」

「ダメダメ、これでももう出血大サービス何だから」

 

「どっちかっつーと、キャラバン隊みたいな感じか?」

 

 金の動きの規模が違う。小学生のお小遣いなんてないも同然な量の金が、そこでは動いていた。それに扱われている商品のジャンルも、少年のイメージの中にある祭りのものと違っているように感じた。

 

「この剣、まじもんじゃねぇよな。こんなもん時代劇の中でしか見たことねぇぞ」

 

 少年が身を隠した樽の中にある刃物は、祭りのくじ引きにあるプラスチック製の安っちいものではなく、包丁などと同じような何かを切るためのものに見えた。それも刃渡り十センチなんてちゃちな代物じゃない、何十センチもの長さの、敵を切り倒すためのもの。

 

「いや恐ろしいのはそんなところじゃない」

 

 少年が恐れたのはなにも得物の鋭さだけじゃない、その、剣の心得のない少年でも扱えば確実に人を殺してしまるような、そんな明確な武器が、無造作に樽に突っ込まれてばら売りされている所だった。つまりそれは、最低でもこの場所に訪れている人たちは、活気の溢れる値切り交渉を行っている人たちは、みんなで協力して積荷を運んでいる人たちは、この剣で何かを斬り殺すことに躊躇いを覚えないのだろうと思ったところだった。

 

 こんなもの、誰かが盗んで振り回そうとしたら、周りの人間が止めに入る前に二、三人は殺されてしまうのではないか。そこまで考えたところでだった。あまりにも当たり前のことを、少年は思い出す。

 

「何言ってんだ俺は。もしそんなことになったら、店が雇ってる()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 さらに思考は連続していく。

 

「あれ?そもそも時代劇って何だっけ、何で祭りにあんなイメージ持ってたんだっけ」

 

 何か、そう何か致命的なことに気付けない感覚がある。

 それとは別に、この光景が当たり前なのだと訴える声も聞こえる気がする。

 

「そういえば俺は何でこんなところにいるんだっけ」

 

 頭を右手で搔いて見る。何も起こらない。

 

「っていうか、()()()()()()()()()()()

 

 記憶喪失。

 

 その単語が脳裏をよぎる。状況把握に回していた思考を、全て自己認識の為に向ける。

 

 まずは自分の名前、これは憶えている。自分の名前は上条当麻だ。何で名前は憶えているんだろう、そんなことはどうでもいい、次だ。他に、ほかに何か憶えている事はないだろうか。無い。何も思い出せない。何か、とても大切な何かをしていた途中だった気がする。

 

 焦る、焦る、苛立つ。

 

 何故か右手で頭を搔くのが止まらないことが、やけに気になった。その手を離した。

 

「まぁいいか、覚えてないもんはしょうがないし、とりあえず動くか」

 

 そう呟くと少年は、上条当麻は、先ほどの数瞬の違和感が無かったかのように、あっさりと立ち上がろうとする。樽に手をつき、体を持ち上げる。その際に右手の指先が、剣にそっと触れた気がした。

 

 キイィィィン!!

 

 なんだか、甲高い音が鳴った。それに続くように指先が触れた剣がガラガラと音を立てて砕け散った。

 

「なっ、なんだこれっ!?」

 

 焦る、当麻は先ほどとはまったく違った理由で焦る。先ほどの焦燥がぶっ飛ぶぐらいの勢いで焦る。そして気付く、なんだかみんなが自分の方を見ていることに。マイクの代わりに崩れ落ちた剣のかけらを握り締めちゃった、犯罪者系アイドル上条当麻は、営業スマイルの代わりに焦ったような苦笑いを浮かべる。

 

(逃げよう!!今すぐここから逃げ出そう!!)

 

 衣食住無し、記憶無し、戸籍無し、金無し、コネも無し。割と事態が洒落にならなくなってきた当麻は、こちらを向いてひそひそと内緒話をしている連中の穴を必死に探す。

 が、見つからない。もともと人通りの多かったことに加えて、響いた音が気になったのか様子を見に来た人たちもかなりの数になっている。これでは当麻が駆け込んでいっても速攻で捕まるのが落ちだろう。そんな人々の表情が一様に厳しいことから説得も難しいように思える。というか実際に当麻は剣を壊しているので、悪いのは一方的に彼なのだが。

 

(まずい、騎空士たちも動き出し始めやがった)

 

 向かいの店の中で、仰々しい武装をした集団が店主らしき人物と打ち合わせをしている。

 正面突破の確立が一気に低下していく。

 

(こうなったらこの店の中を突破するしか道が無い。どうせこっちの店にも騎空士はいるんだろうけど、確実に抜けられない表に出るよりはよっぽどましだ)

 

 そう結論付けて、店の中に駆け込もうとした当麻の背中に声がかけられる。

 

「どうしたんですか~、なにを騒いでいるんですか~、皆さん~」

 

 意識の隙を突くようにかけられた声に当麻の足が止まる。振り向いた先にいたのは、一人のハーヴィンだった。おっとりした雰囲気で、なぜかその肩に緑色の鳥を乗せていた。

 彼女は、壊れた剣と当麻の表情、そして周囲の反応を見回し、一つうなづく。そしてその口を開く。

 

 当麻はシンプルにまずいと思った。状況から考えてこのハーヴィンがこの店の店長なのだということには鈍い当麻でも気付く。他の店の騎空士たちがここに踏み込んでこなかったのは、このハーヴィンとの関係を気にしていたからということに気付くのにもそう苦労はしない。だからここで彼女が「この人をとっ捕まえちゃってくださ~い」なんていおうものならその瞬間に当麻の身柄は確保されてしまうのだろう。

 

 けれども身体能力は唯の一般人である当麻は、今にも開こうとしている彼女の口を塞ぐ術を持たない。ゆえに身構える。彼女の言葉の後の周囲の反応に全力で警戒する。作戦なんて考えている時間はもう無い。こうなったら出たとこ勝負だ。

 

 そんな風に考えていたからこそ、当麻は彼女が叫んだ言葉が信じられなかった。

 

「大丈夫です~、彼のことはこちらで対処しますので~、皆さんは気にせずお買い物を続けてください~」

 

 そんな言葉が聞こえた気がした。当麻には信じられなかった。だから回りの反応に警戒した。そしたらもう一度信じられないものを見ることになった。

 

「シェロさんがそういうならまぁいいか」

 

 皆そんな感じだった。彼女が来るまでは殺気立ってすらいた空間が一気に弛緩した。当麻が人を殴り倒してでも逃げ切ろうとしていた事態を、このシェロさん呼ばれたハーヴィンはたった一言で鎮めて見せた。あっけにとられた当麻の頭の中には、もう逃げようなんて気は起きなくなっていた。

 

 ただ

 

「すいません、お店のもの壊しちゃって。後あんな空気作っといて、逃げようとしてすいませんでした」

 

 これだけは自分から言っておかなければ、彼女に謝罪を求められてからではなく、自分から謝罪の言葉として切り出しておかなければ、もう一生彼女に、いや世界中の人に上条当麻として向き合えなくなってしまうと思った。

 

 そしてその言葉を受けたハーヴィンは、何一つ表情を変えることなく、

 

「はい~、自然とその言葉を出せる人を~、力で押さえつけるようなことにならなくて良かったです~」

 

 そういってのけた。

 

「さて~それじゃあお店の奥で~お話を聞かせてもらえますか~?」

 

 そういって身を翻し、店の奥へ入っていったハーヴィンは扉を開けてこちらに手招きした。

 

「これは不幸なんて言葉で片付けちゃだめだよな」

 

 そう小さく呟いた当麻は、ハーヴィンの後に続いて店の奥へ入っていった。




 店のもの壊しても上条さんならすぐに謝りに行くような気もするけど、禁書は結構上条さんの株を落としに行くことにためらいが無いから良いんじゃないかなって。

 あと禁書っぽさもイメージして書いてみたけど、何か変な感じになった気がする。


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第2話

 仮にもある島の守護神やってる大星晶獣を売却して500ルピ。お空のレートってどうなってるのか。


「まずは自己紹介といきましょうか~私はシェロカルテといいます~」

「あ、はい。俺は上条当麻です……たぶん」

 

 シェロカルテの後についていった当麻は、部屋の奥の方へ押し込まれ、ドアの前にはシェロカルテが陣取った。対面して座った瞬間に名乗ったシェロカルテを見ていると、店の商品を壊した下手人とその店の店長とはとてもえない。

 

「カミジョウトウマさんですか~ずいぶんと変わったお名前ですね~。それで~、その多分というのは~?」

「あのこれ言い訳みたいに聞こえるかも知れないんですけど……」

「いえいえ~なんでも結構ですよ~とりあえず言ってみてください~」

 

 若干ためらいがちに答えた当麻が、最後に小さく付け加えた言葉も聞き逃さず、丁寧に追求していくシェロカルテ。彼女のものを壊してしまった当麻にその質問から逃れることができるわけも無く、観念して答え始める。

 

「どうも俺、記憶喪失みたいで」

「記憶喪失ですか~」

 

 ちょっと驚いた様子のシェロカルテが、オウム返ししながら次を促す。

 

「それはいつからで~症状はどのくらいひどいんですか~?」

「気付いたらそこの道に突っ立ってて、後覚えるのは名前意外ほとんど無いです」

「はは~なるほど~」

 

 実は僕は記憶喪失歴五分の不幸な人間で、何でこの場所にいるかも憶えてないんです。大雑把に要約して当麻はそういった。馬鹿にしているのか。素性を隠そうとするにしても、もう少しまともな嘘を吐くべきだろう。

 だが実際にそんな話が現実なのだから救いが無い。

 

「それは~とても大変でしたね~」

 

 にもかかわらずこの反応。逆に当麻の表情の方がゆがむことになる。決して、シェロカルテは愚かな人物ではないのだろう。表での対応はとても理性的だったし、そうでなくとも商人だ、店の規模は当麻には分からないが、こんな話を鵜呑みにするような人間に務まる職業ではないのは当麻にだって良く分かる。

 そこで当麻が逆に口を開く。

 

「俺が言うのもなんだけど、普通今の話信じないよな」

「確かに~あなたの言う台詞ではありませんね~」

 

 若干辛辣な返しに当麻はムグゥとうなってみたり。それでもめげずに言葉を続ける。

 

「だったら何であんな返事を」

 

 その言葉を受けて今度はシェロカルテが数瞬口をつむぐ。が、それは当麻のそれとは違い、話す内容に悩んでいるのではなく使う言葉を選んでいるような沈黙。当麻が切羽詰りながらしている会話においても、言葉を選ぶ余裕があるということだった。衣食住無し記憶喪失男と、立派な財を築いている大商人とでは、対等な話し合いにはなりえないのだ。

 

「そうですね~人を見る目には結構な自信がありまして~」

「たったそれだけのことで?」

「それだけでは不足でしたか~?」

 

 飄々とした態度から、それだけではないということは何とか分かった当麻だったが、それ以上の領域には手が届かない。言葉を選ぶ余裕を見せられたことで、それっぽい返事をもらっておきながら、シェロカルテが何を考えているのか余計に分からなくなってしまった。何せ彼女には当麻を助けて得るものなど何も無いのだ。

 ただ、なんとなく分かってきたことはシェロカルテが店の表のときのような、唯の優しい人ではないのではないかというだけ。

 

「そんなことよりも~あなたは~あの場を納めてもらったことを感謝するべきなんじゃないんですか~」

「それは……」

 

 というよりも結構怖い。考えてみれば事態は一個も好転してはいないのだ。この場でシェロカルテを納得させられなければ豚箱行きの結末はさっきまでと何も変わらない。というか、当麻には弁明できることが何一つとして無かった。

 だって悪いことしたの当麻だし。

 

(あれ?これってもしかしてさっきまでよりも状況悪くないか?外で騎空士たちが待ち構えて無いわけないだろうし、逃げ場がなくなった分さっきまでよりも絶対に

「あのままあそこで暴れてもらったら~なんとなく最後には~何とかしてしまいそうな雰囲気があったんですよね~あなたには~」

 

 背筋がぞっと冷える。

 

「何で俺なんかに……」

「言ったでしょう~人を見る目はあるって~あなたみたいな目をした騎空士を知っているんですよね~」

(なんだ、この人は)

 

 さっきまで目の間にいた優しそうなハーヴィンの姿はどこにも無かった。いまさらになって気付くこの冷たい雰囲気。なんて間抜け、これじゃあただ、ちょっと優しくされただけで付いていってしまった馬鹿丸出しではないか。

 

「さてさて~少しはなしがそれてしまいましたね~本題に入りましょうか~」

 

 この状況でも一切変わらないシェロカルテの表情に、いっそ恐怖すら覚える。

 

「あなたはどうして~どうやって~あの剣を壊したんですか~?」

「あ……」

 

 思わず口から声が漏れた。おそらく、きっとここが分水嶺。次の一言で自分の今後が決まる予感を当麻は感じていた。ふざけたことはいえない、嘘を吐くなどもってのほか。そしておそらく、ここでの思考時間が長ければ長いほどシェロカルテからの信頼は失われていく。

 それを本能的に感じ取ったのかなんなのか、そんな打算に一秒もかけずに、上条当麻は挑んでいく。

 

 

「この右手で触ったら、壊れた」

 

 

 絶句。時間にして十秒ほど完全に場が静まり返っていた。シェロカルテはほんの少しだけ目を見開き、息を吸う。

 

 当麻が、「あるぇ~、もしかしてこれは大失敗だったかな~」なんて思い始めたころに、シェロカルテが口を開いた。

 

「うぷぷぷ~、それ~本気で言ってるんですか~?」

 

 なんか、すっごい変な笑い方だなぁ。

 

 緊張感はそのままに、シェロカルテの笑い方に突っ込みを入れる当麻。

 

(いいや、騙されるな上条当麻、普通に考えてこんな話誰も信じない。記憶喪失も話半分に聞かれたていで行ったほうがいい)

 

 自分を戒めるために言葉を続ける当麻。

 

「この右手には、幻想殺し(イマジンブレイカー)って力が宿ってて、こいつが触れた異能の力は皆消えちまうんだよ」

「うぷぷぷぷぷぷ~それが~後付設定ですか~?」

「ちょうど今ここで思い出した」

 

 シェロカルテはもう笑いが止まらないと言った様子で、逆に当麻はシェロカルテが笑えば笑うほど警戒心を強めていく形で、それぞれ再び向き直る。

 

「さすがに~私としても~その話を~はいそうですか~と受け入れることはできません~」

「そりゃそうだ」

「なので~証拠を見せてもらっても~よろしいですか~?」

 

 そういってシェロカルテは、布があまっている袖の中から、刀身が赤く光った短剣を取り出した。それを見て、ついに来たかと身構える当麻に向かって、それをさしだすシェロカルテ。当麻の頭に疑問符が浮かぶ。

 

「つまり自決しろという」

「うぷぷぷ~本当に面白い人ですね~カミジョウトウマさんは~」

 

 受け取ってください~というシェロカルテの言葉にしたがって短剣を受け取った当麻。

 その瞬間

 

 キイィィィン!!

 

 再びあの音が鳴る。当麻が驚いて手を離すと、粉々に砕けた短剣が地面に落ちる。再び目を見開いたシェロカルテが口を開く。

 

「どうやら~本当の話のようですね~」

「えーっと、シェロカルテさん?いったい今のは?」

 

 ふと何かを考え込もうとしていたシェロカルテに当麻は声をかける。

 

「えーっとですね~今のはファイアバゼラードという短剣でして~鍛造される際に炎の属性力を施される一品なのですが~」

「そいつに俺の幻想殺しが反応して壊れちまったって訳か」

「どうやら~そのようですね~」

 

 シェロカルテの解説が続く。

 

「私も~見たことが無い現象なので~詳しいことは~分かりませんが~この世界にある武器は~全て何かしらの~属性力を持っているものなので~あなたが~それに触れるだけで~壊してしまうという~説明にも~なると思います~」

「あれ?でも武器に限らずさ、箸だってティーカップだって属性力を持ってるんじゃないのか?」

 

 シェロカルテの「どうしてあなたの力なのにあなたが把握していないんですか?」という言葉に返事を返せない情けない男上条当麻。苦悩しているそいつを尻目に考察を続けるシェロカルテ。

 

「おそらく~属性力に~指向性を持たせているかの~違いでしょう~」

「指向性?」

「はい~武器に~属性力を付加するのは~破壊力を増加させたりだとか~目的に沿った力を~与えるためですから~」

「なるほど」

 

 納得したように腕を組む当麻。彼は大切なことを忘れていた。

 

「ま~そういう事情でしたら~秩序の騎空団には引き渡さず~罰金のみというのが~落としどころでしょうか~」

 

 その言葉を聞いて、自分が何でこんな場所でシェロカルテとお話していたのかを思い出した当麻は、それを聞いて顔を青ざめる。

 

「罰金」

「罰金ですね~」

 

 シェロカルテが概算した値段を当麻に伝える。発狂しながら体中をまさぐる当麻。全身のポケットというポケットを隈なく探してみても、財布なんていう気の利いたものは見つからなかった。

 

「えーっとシェロカルテさん、相談が」

「だめですね~こちらには~相談したいことは~別にありませんので~それと~わたしの呼び方は~シェロでかまいませんよ~」

「そこを何とか、シェロさん」

 

 徐々に姿勢を低くしていってついに土下座ゾーンに突入した当麻を見て、一つうなづいたシェロカルテはある条件を提示する。

 

「そうですね~カミジョウトウマさん~少し~私のもとで~働いてみませんか~」

「働く?」

 

 ひょっこりと顔だけ上げた当麻が情けない声で聞き返す。

 

「とはおっしゃっていただいてもですねぇ、上条さんは何もできないことに定評のある男でして。いやシェロ様のもとで働かせていただけるのでしたら、それはこの上ない喜びなのですが」

「うぷぷぷ~そんな奇妙な右手を持っておいて~何もできないは~通じませんよ~それと~様呼びは~少し窮屈ですね~」

「右手?」

 

 姿勢を低くしたまま自分の右手とにらめっこしている当麻を見るに、自分が何をするのかさっぱり分かっていなさそう。

 

「実は~私のやっているよろず屋には~様々な依頼がきましてね~その中には~私の手にも余ってしまうような解呪の依頼が届いたりしましてね~」

「それを俺の右手に消してもらいたいと?」

「つまり~そうなりますね~」

 

 話を聞く限りではこちらをひどい目にあわせようとしている訳では無い様だし、向こうにも利がある分かりやすいWinWinの様だ。そもそも断ったら当麻は豚箱行きが確定する。断れるわけが無い。

 

「やります」

「即決即断いいですね~」

 

 そういったシェロカルテは立ち上がり、ファイアバゼラードの残骸をどかしてから当麻のいすを引く。それを見て不思議そうな顔をする当麻。

 

「それはどういった行動なのでせうか」

 

 シェロカルテは微笑みながらこう返す。

 

「これからは~仕事の話なので~私と対等の席に~座れるぐらいの~プライドを持った人にしか~仕事の斡旋は~できません~なので~座ってもらえますか~」

 

 再び向かい合った当麻にシェロカルテはこうも告げた。

 

「仕事仲間というのは~味方でありながら敵にもなります~なので~カミジョウトウマさんも~罰金分を稼ぐ程度ではなく~私を出し抜いてやるぐらいの気概で~ここからの話は~聞いてください~」




 主人公だからって勝手に仲間が増えると思うなよって言う、そういう話。
 
 シェロ畜のキャラが掴めない、しゃべり方が分からない。



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第3話

 シェロカルテとの商談を終えた当麻は、かなり鬱蒼とした、ただの高校生が進むにはちょっと難易度が高めの森の中を、ひーこら言いながらすすんでいた。

 

「なーにが『私を出し抜いてやるぐらいの気概で~ここからの話は~聞いてください~』だ、結局剣ぶっ壊したことちらつかされたらこっちの負け確定じゃねぇかあの野郎」

 

 グチグチ恨み言を呟きながら進んで行く姿を見るに、どうやらシェロカルテとの商談には見事完敗したらしい。おそらく割りに合わない仕事をさせられているのであろう彼は、足を止めて地図とにらめっこする。

 

「こっちの方向であってるんだろうな、てか、こんな森の中で地図なんて役に立つのかよ」

 

 文句を言いながら、地図に書き込まれている情報と周囲の地形を見比べる当麻。2分程大自然と触れ合った後に、巨木に刻まれた特徴的な印を発見する。

 

「えーなになに、『ここが折り返し地点ですやったね、あと半分頑張ろう!!追伸ここからは魔物との遭遇率がグッと上昇するので、気をつけて進みましょう』ここまできてまだ半分かよ、だめだだめだ、腹が減ってもうだめだ昼飯にしよう」

 

 印のつけられていた巨木の影に腰を降ろし背負っていたリュックサックから弁当を取り出そうとする当麻。

 

「シェロさんの野郎にも感謝しなきゃな、貢献度マイナスの俺にも弁当持たせてくれたんだから」

 

 そういって当麻は、『これは先行投資です〜このお弁当の分もしっかり稼いできてくださいね〜』といって商品の一つを渡してくれたシェロカルテの姿を思い出し合掌する。

 そして、彼女のことを考えたおかげでもう一つ、彼女がいっていたことを思い出した。

 

「弁当開けるときは匂いにつられて魔物が集まるから気をつけろだっけ、先に安全確認しといた方がいいのかな」

 

 そこに思い至った当麻は、ポーションの類以外の荷物をひとまず木陰に置いておいて、ちょっと周囲を散策してみる。すると案の定そこには魔物の姿があった。

 

 少し離れた場所に狼型の魔物の姿が二つ程、隠れていて見えないだけで、まだ何体かいるのかもしれない。幸いこちらに気づいている様子はまだない。当麻は魔物の生物としての性能を正確に把握している訳ではない、だがわざわざあのシェロカルテが警告して来たのだ、あのまま弁当の蓋を開けていたらそのまま戦闘に突入し、最悪の場合死んでいたのかもしれない。そうで無くとも弁当や幾つかの荷物は破棄することになっていただろう。その未来を想像してゴクリと喉を鳴らした当麻。

 

「あんな連中相手にしてられるかよ」

 

 小さくそう呟いて、荷物を置いていた場所に戻って来た当麻は、手早く荷物を纏め上げ、静かにその場を後にした。

 

 

* * *

 

 

「何だか順調すぎる気がする」

 

 何度目かの地形確認を行いながら、当麻は呟く。地図を確認してみればもう既に道のりの9割程を踏破していた。5割地点で魔物のと遭遇した後は、大人しくそのまま少し進んで、安全に食事を行えた。道中にあった難所も地図にあった注意書きどうりの対処法で、なんとか乗り越えて来たし、途中で何度か魔物を見かけたが、どれに当麻が先に気づいたため、少し遠回りするだけで回避できた。当然その後に道を見失うなんてハプニングもなかった。

 

「なんていうか、俺もっと不幸な人間だと思ってたんだけどなぁ」

 

 自分で言ってて悲しくならないのか、上条当麻。

 

 この日に何度も行った地形確認には慣れたもので、30秒程で印を見つけた当麻は、印に魔物が引っ掻いた痕のようなものがついていたため、その情報を地図に書き込んでおく。これはもしや追加報酬の流れなのではないか。

 

 そこまで考えて同じ事をもう一度呟いた当麻は、ゴールの遺跡に向かって歩き出しながら、己の不幸について考えてみる。当然周囲への警戒も怠らない。新しいタスクが増えて、若干作業の難易度が上がってしまうが、そこはゴールまで残り1割という事実にもらった元気でカバーする。

 

「いやそもそもシェロさんが簡単な仕事だって言ってたんだし、何も無くて当たり前なのか?」

 

 それともあの島で記憶喪失になった事で不幸ゲージを使い果たし、幸福モードの真っ最中なのだろうか。でもなんと無くそうじゃない気がする。作業がうまく進んでいても、裏で何かが起こっているんじゃないかと疑ってしまって、素直に喜べない小市民上条当麻。記憶喪失何だから、今までの自分について考えて見たって無駄なのに、そういう風に思考が流れていかないのは、記憶を失う前の上条当麻がよっぽど不幸だったからなのだろうか。

 

 似たような話題を、ぐるぐると頭の中で回し続けて見ながら数十分歩き続けた当麻は遺跡の発見とともに、こう片付ける。

 

 今まで起こらなかった分の不幸が、あの遺跡の中に詰まっているのではなかろうかと。

 

「まぁ考えてたってしょうがねぇよな、早いとこテント立てちまおう」

 

 数時間1人で森の中を歩き続けたせいで増えてしまった独り言に悲しくなりながら、当麻は遺跡の中に入っていった。

 

 

* * *

 

 

「それで、こんなところに一体何があるってんだ?」

 

 野宿用のテントを早々に張り終え、その他諸々の準備も若干手間取りながら完遂した当麻は、やっとの事で依頼の解呪に乗り出していた。

 

 もうすっかり暗くなってしまった遺跡の中を、腰にサバイバルナイフを刺し、依頼書を眺めながら進んでいく。左手に持っている光の属性力を込められたランプに右手がちょっとでも触れてしまえばゲームオーバーだ。別にその場合も明日の朝に仕事をすれば別に構わないと思わなくもないが、今回は相手が相手ゆえにそれも難しい。

 

「遺跡の奥にいる幽霊を退治して欲しいんだったけか、なんだよ変な感じがしたからきっと幽霊がいるはずだって、自分で見てすらいない奴を退治してこいってこの依頼主バカなんじゃないのか?」

 

 その依頼を受けたシェロカルテの事も迂遠に馬鹿にしながら、遺跡の奥に進んでいく当麻。

 

 この依頼の発端は、この遺跡を調査していた調査隊からのものだったりする。詳しい事は当麻には理解できなかったが、錬金術の研究において貴重な資料が残されているんだかいないんだとか、また何か大きな存在がこの遺跡に封印されているんだとかいないだとかで、ちょっと前にソコソコの規模に調査がここで行われたらしい。

 

 当然大きな規模の調査隊の長にはそれ相応の人物が据えられる。そっちの方こそ当麻にとっては専門外だが、錬金術の界隈では結構大きな力を持っているらしい人物がその調査隊の長に据えられたらしい。

 

 そんな彼が調査の手が最深部に行き届いた時に言ったらしい『ここには何かがいると』。種族や職業に関わりなく、件のリーダーさん以外にその異常を感じ取れた人間はいなかったらしい。だが彼の錬金術師としての腕前を知っていた調査隊のメンバー達はきっとそこには何かがあるのだろうと思い、シェロカルテのよろず屋に依頼を出したらしい。

 

 だが何も見つからなかった。シェロカルテお抱えの腕利き解呪師達の手にかかっても。その場所には何も見つからなかったらしい。その何も見つからなかったという結果を聞いても、錬金術師は調査の許可を降ろさなかったらしい。シェロカルテも随分弱ったという。

 

 そんなところに彗星のごとく現れたのが俺だったらしい。今までこの世界に存在したあらゆる技術と比較しても、全く新しいアプローチで迫る俺の右手なら、事態を動かせると踏んだのかもしれない。

 

 全くの余談だが、この依頼も始めの頃は解呪師に護衛がついたり、それこそ調査隊のメンバーが同行したりしていたらしい。そんな事、全くこれっぽっちも気にしていないが。俺についてきてくれる人は1人もいないのかよとか思っても見ないが。

 

「改めて考えて見たら、これ全然簡単な依頼じゃなくねぇか?」

 

 何せシェロカルテ子飼いの腕利き達が揃って失敗しているのだ。とても自分に達成できる依頼だとは思えなかった。それもそのはずで、シェロカルテが当麻にこの仕事を簡単な仕事斡旋した理由は、その依頼の難易度ゆえではなかった。

 

 まず第1にこの依頼を受けるにあたって、当麻は更にシェロカルテに借金をしている。先程からちょくちょく出てくるリュックサック、あれの中身は全て借り物だった。

 

 この依頼を達成するには最低限例の森を突破する為の装備が必要になる。それがなければ、依頼の条件を満たせず、そもそもシェロカルテが依頼を斡旋出来なかったのだ。当麻が砕いたファイアバゼラードの分も効いている。あれ、実は結構な業物だったらしく、お値段も相応らしい。

 

 諸々の借金の影響で、当麻は下手な依頼に出れば寧ろ借金が増えていくような状態になってしまっている。ならばそれ相応の依頼を受けるしかない。だが、報酬の多い依頼というのは、当然難易度が高いものになり、失敗する確率は高くなっていく。今の当麻にとって、依頼の失敗は致命的だ、もともといなくてもいい人間にシェロカルテが特別に目をかけているだけの状態なのだから、利用価値を示せなければ、恐らく当麻は即豚箱行きだろう。

 

 それだけではない、難易度の高い依頼というのは重要度の高い依頼になっている場合が多い。つまり、どこの誰ともしれない上条当麻にホイホイと仕事を回すわけにはいかないのだ。

 

 以上の要素を持って、現在シェロカルテが当麻に斡旋できる仕事は、

 報酬が赤字にならない程度には高額で。

 失敗してもそこまで周りから失望されず。

 当麻でも受注できる程度には人気の低い依頼ではなくてはならなかったのだ。

 そんな当麻に転がり込んできた依頼がこれだったのだ。

 

 だがそんな事には気付けない鈍く頭の悪い男上条当麻は、降って湧いた仕事に歓喜しながら(ぶつぶつと文句言いながら)歩いて行き遺跡の最奥の部屋にたどり着いた。

 

「俺はここで幽霊を探しに歩き回ればいいってわけか」

 

 そこで当麻は、ランプの火を最大まで強くし、部屋の中央において全体を明るく照らした。そして入り口まで戻ると、右腕をブンブン振り回しながら部屋の中を練り歩き始めた。

 まさかのローラー作戦。確かに効果的かもしれないが、頭が悪すぎる。

 

「まぁこんな方法で方がつくってんなら、もうとっくに誰かがこんな依頼達成してるよな」

 

 1通り腕を振り回しきって満足したのか、部屋の奥の壁に背中を預けて、当麻は座り込んだ。

 

「ランプで照らしたら幽霊が浮かび上がってくるってぐらい単純だったらいいんだけどな」

 

 なんて、希望的観測を口にする当麻。心は若干くじけかけてた。

 

「シェロさんはなんて言ってたっけかな」

 

 今日何度も助けてもらったシェロカルテのアドバイスを思い出そうとする当麻。

 

「そうだ、ゴーストは闇の属性力が濃い場所に集まるんだったか、って言ってもなぁ」

 

 そんな分かりやすい方法、先人達が試していないわけがないし、そもそも当麻に空間の属性力の偏りを感じ取るような能力は無かった。こりゃ駄目だとばかりに寝っ転がった当麻の目に、天井の模様が入ってきた。

 

 きっと見る人が見れば、何かこう、凄いことが分かったりするのかもしれないけれど、当麻の目にはかっこよさげな幾何学模様としか映らなかった。

 

「この壁もなんかすげぇよな」

 

 体を横に倒して、壁に目をやる当麻。入り口から見て最も奥にあるこの壁は、他の5つの面から伸びてきた幾何学模様が絡み合い、より一層複雑な紋様をなしていた。

 

 それこそ、何かが封印されていそうな。

 

 そういえば、まだこのあからさまに怪しい壁には触ってなかったなと思った。あまりにもあからさま過ぎて、他の連中が調べているだろうと思い込んで、勝手に選択肢から除外していたかもしれない。

 

「まぁこんなもんで依頼達成だったら笑いもんだけど」

 

 そう苦笑いを浮かべて、右手をそっと伸ばして見た。

 すると

 

 ドゴオォォォン!!

 

 と、全く聞き覚えの無い音が鳴り響き、壁がこちらに向かって崩れ落ちてきた。すぐそばで寝っ転がっていた当麻にとってはたまったものじゃない。急いで跳びのき部屋の中央辺りまで移動する、その時に偶然右手がランプに当たってしまい、内部の光が飛び散ってしまった。

 

 だが当麻は、そんな事を気にしている暇もなく崩れた壁を見る。()()()()()()()()。人影が見えて当麻がそれに気づいたのとほぼ同時に、声も聞こえてきた。

 

「やっと封印が解けたか……あの小僧共も、少しはやるようになったじゃねぇか……」

 

 若干、その声の高さがこの場に不釣り合いに聞こえた。どう聞いても幼い少女の声だったからだ。だが、そんな思考はすぐに飛んでいく。絶対的な自信が含まれる声が、シルエットしか見えないにもかかわらず絶対的な存在感を持つその人型が、空間を席巻していく。

 

「随分と暗いな、こんなんじゃ何も見えやしねぇ」

 

 指を鳴らす音が1つ。部屋の中に光が灯る。

 

「あ☆ねぇねぇ、貴方がこの封印を解いてくれたの?」

 

 幼い少女の姿が、そこにはあった。



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第4話

 ちょっと飛ばし過ぎたかなとは思わなくもない。


 夜の遺跡を見ず知らずの少女と一緒に歩く。封印がどうとか言われてもさっぱり話がわからなかった当麻は『取り敢えず落ち着ける場所で話さないか』と築十数分の仮説テントに少女を招待、それを承諾した少女と来た道を引き返していた。

 

 後ろをついてくる少女が辺りを見回し『こりゃ千年近くは寝たきりだったみてぇだな』なんて言いながら舌打ちするのを当麻は全力で無視することにした。

 

 そんなこんなで無事テントが設置してある場所まで引き返して来た当麻は、後ろの少女に声をかける。

 

「ここが俺が寝泊まりする予定のキャンプですよ。なんもねぇ場所だけど、服汚さずに座れるし、飯もあるから、これで我慢してくれ」

「えぇー、お兄さんこれで落ち着けるのぉ?カリオストロビックリィ☆」

「可愛く言ったってなにも出てこないぞ、っていうか上条さんだって我慢してるんだから、わがまま言っちゃいけません」

 

 なんていうか、確かに落ち着ける場所と称して人を誘うような場所ではなかった気もしたが壁をぶち抜かれた遺跡の最深部にいるよりは安全だろうと自分を誤魔化す当麻。少女の方もそれを承知しているからこそ、出口を知っている当麻にわざわざついて来たのだろう。

 

 しょうがねぇなと言った風の少女は勝手にテントに入っていき、リュックサックの中身を勝手に物色すると、保存食と寝具一式を取り出し、満足したように当麻に向き直る。

 

 それについでテントに入ってきた当麻は、素寒貧のまま地べたに腰を下ろす。

 

「それで?お嬢さんの名前はカリオストロでいいのか」

「うん☆貴方のお名前は?」

「俺は上条当麻だよ、上条がファミリーネームで、当麻が下の名前だ」

「そっか☆それじゃあトウマお兄ちゃんって呼ばせてもらうね☆」

 

 自分も晩飯でも食おうかと当麻が腰を上げ、リュックサックに手を伸ばしたが、その手が届きそうになった瞬間にカリオストロが再び物色し始めたので断念する。

 

「それで、トウマお兄ちゃんはあんなところで何してたの?」

 

 リュックサックの中に入っていたリンゴを見つけて、それに満足したのか、今度はカリオストロの方から当麻へと質問が飛んでくる。『そんなもんこっちが聞きたいんだけどな』と頭を掻いた当麻は返答する。

 

「実はちょっとだけ訳ありでさ、よろず屋ってとこで働いてんだけど、その依頼でここの幽霊退治に来たんだよ」

「幽霊退治〜?」

 

 幽霊という言葉にカリオストロが胡散臭そうな顔をしたが、当麻から受け取った依頼書を読み、今の当麻の話が嘘ではないと取り敢えずは納得したようだった。そしてそのまま『でも、残念だったね』と呟いた。

 

「残念?何がだよ」

「だってだって☆あの部屋にはゴーストなんて居なかったし〜このままだとトウマお兄ちゃん依頼失敗コース間違い無しなんじゃないかなって☆」

「ああ、そのことか」

 

 カリオストロにそう突っ込まれても、特に動じた様子の無い当麻に、カリオストロは怪訝そうな顔をする。それに気づいた当麻は、カリオストロの反応に注意しながら、依頼発生の経緯まで話を巻き戻す。

 

 突然関係のない話を始めた当麻になんだこいつといった表情を作ったカリオストロだったが、話が依頼主の錬金術師の話題に差し掛かったあたりでその表情を変えた。

 

「そんな訳でな、あそこに何かが封印されてるかもっていう話はもともと出てたものなんだよ、まぁそれがカリオストロみたいな女の子だって事には誰も気づいてなかったみたいだけど」

「ほう?」

「だからまぁ、その封印されてたものを無事発見してしまった上条さんは、もうほとんど依頼を達成しているようなものなのですよ」

「なるほどね」

「調査隊の元にお前を引き渡すのかどうかは知らないけど、どうしても行きたくないってんなら口添えぐらいするぞ?」

 

 得意げにそう語った当麻は、思っていたよりも反応が小さいカリオストロに若干戸惑う。というか、さっきから少しずつ返事が雑になってきたりしていなかっただろうか。

 

 カリオストロの様子を伺ってみれば、何かを考えるようにぶつぶつと呟いていた。話が途切れてしまい居心地の悪くなった当麻は心の中で『こちとら初対面の女の子と楽しくおしゃべりできちまうようなスキルなんて持ち合わせてねぇっつうの』などと愚痴りながらカリオストロに話しかける。

 

「それで?カリオストロこそなんだってあんなところに封印?……されてたってことでいいんだよな」

 

 次は当麻のターン。気になっていたことを単刀直入に問いかけてみる。思案していたカリオストロは、思考の1割程度だけを当麻の話に割き、どう答えるべきか考える。

 

 が、

 

「まぁ、もう別に構わねぇか」

 

 自分の膝を支えに頬杖をついたままリンゴを一齧りし、そう呟くカリオストロ。そこに一切異常な動きはない。だというのに、何故か感じる莫大な悪寒。

 もう一息、それこそ1秒もかかっていないような時間で自分の下した決断を再確認したカリオストロは、リンゴをもう一口齧った。

 

 全力で横に飛び退く。

 

 何かが起きる前兆なんて1つもなかったけれど、とにかく動かなければ死ぬ。そう叫ぶ体に押されて倒れこむようにして左に飛ぶ当麻。

 

 半手遅い。

 

 つい1秒前まで当麻が座っていた床が、突然盛り上がる。いや違う、それらの土塊は1秒前まで当麻の心臓があった位置に向かって殺到していく。より鋭く、より鋭利に、人肌を容易く貫く凶器へとその姿を変えながら。

 

「遅ぇ」

 

 その様に一瞥もくれないカリオストロ。彼女の言う通りだった。とっさに体を倒し何とか瞬殺される事だけは避けた当麻だったが、彼の行動は、彼女と相対するものが持つべき水準と比べれば、あまりにも遅すぎる。

 

 

 ()()()()()

 

 

 正確に言えば、右肩の付け根のあたりから先が、岩の刃によって切り飛ばされていた。自分の身に何が起こったのかも分からないまま、当麻の体は衝撃に吹き飛ばされていく。

 

 数メートル転がった後、漸く肩の痛みが脳に追いついた当麻は、腕の切断面の少し上の、肉が見えていない場所を掴み絶叫する。

 

「ガッ、アアアァァァァ!!」

「遅っせぇなぁ」

 

 それすらも意に返さない。噴水のように吹き出る血液すら無視して、そこに転がっていた当麻の右腕を蹴っ飛ばす。ちょっと靴が汚れてしまった。顔を顰めるカリオストロ。

 

「事態を把握するのも遅ぇ、戦闘態勢に入るのも遅ぇ、回避行動も遅ぇ、その上痛みに気付くのすら遅ぇだと?笑い話にすりゃなりゃしねぇよ」

 

 退屈そうなカリオストロが、続けて当麻に語りかける。

 

「第1問☆」

 

 冗談みたいに重みの感じられない声で。クルクル回りながら語るその姿を見て、それを人の腕を切り飛ばしたばかりの人間だと思う奴はいないであろう程の調子で。

 

「ねぇねぇ、トウマお兄ちゃん☆大昔に千年も続いちゃうような封印をかけられちゃう人ってどんな人か分かる?」

 

 返事をする余裕すらない当麻を視界にも入れず、誰に語りかけているのかも分からないカリオストロはそのまま続ける。

 

「どう考えたってよぉ、そんな奴、誰からも恐れられちまうような()()に決まってんじゃねぇか」

 

 返事をする余裕もなかったけれど、カリオストロの発する言葉は、不思議と当麻の耳にしっかりと届いていた。

 

「第2問☆」

 

 自らを怪物と称する少女は、ゆっくりとした足取りで当麻の方へ歩き出す。まるで断頭台へと赴く処刑人のように。

 

「そんな怪物が野に解き放たれたことを知っている、唯一のラッキーな人がいます☆そしてその事を怪物は知ってしまいました☆さて、その人はどうなってしまうのでしょうか☆」

 

 当麻の元までたどり着いた怪物は、足元に転がっているそれを蹴っ飛ばし、仰向けに調整し、姿勢を変えられないように踏みつける。当麻の呻き声が強くなる。痛みに耐え兼ねて見開かれた当麻の目には、どこから取り出したのか分からない本を左手に、岩で作られた粗末な剣を右手に持っているカリオストロの姿があった。まぁ、粗末なとはいっても、人を斬り殺す程度には何の不都合も無いのだが。

 

「そんなもん、食い殺されて終わりだってことぐらい、勉強してからここに来いよ、落第生」

 

 右手に持った剣を高く振りかぶったカリオストロは、それを振り下ろそうとした瞬間に、ふと1つのことを思いつく。

 

「考えてみればお前、この俺様の奇襲を受けて死ななかったんだよな、こりゃ落第生どころか百点満点なんじゃねぇのか?」

 

 驚く程どうでもいいことに思い当たったカリオストロは、何の気まぐれか当麻に1つ声をかけてきた。

 

「ご褒美だ、聞きたいことがあったら何か一つぐらい聞いてやってもいいぜ、何も分からねぇまま死ぬのは嫌だろ、まぁ喋る余裕があるってんならって話なんだが」

 

 「待つのは10秒だけだぜ」と続けたカリオストロは、岩の剣を一旦おろし、胸を圧迫していた足を退かす。足が外された瞬間に、ゴホゴホと咳き込み始めた当麻を見て、こりゃ駄目かとも思ったカリオストロだったが、8秒ほどで無理やり息を整えた当麻がたどたどしく喋り出すのを見て、満足げに頷いた。

 

「お、お前は、この、後、は、どうするつもり、何だ?」

「あ?この後?」

 

 当麻が何を言いたいのかさっぱり分からないといったカリオストロ。普通に考えればお前を殺すと答えれば良いのだろうが、流石にこの状況でそれが分からない馬鹿ではないだろうと判断して、ちょっと聞き返して見た。

 

 てっきり、お前は何者なんだとか、その岩の剣はなんなんだとか、どうして俺を殺すんだとか、そういった自分の死に関係する質問が飛んでくるものだとばかり思い込んでいた為、不意を突かれたカリオストロはその質問に少し興味が出たらしい。

 

「俺、を、殺した、後は、どこに行くんだって、き、聞いてんだ」

 

 痛みが口の動きを邪魔したせいで、はっきりとした発音にはならなかったが、その言葉の意味も、当麻がその言葉を発した意図も、カリオストロは正確に把握していた。

 それはつまり、

 

「シェロさん、も、調査、隊の、人達も、みん、なを、殺しに、行くの、か?」

 

 それはつまり、他人の心配だった。あったばかりの人間右腕を落とされて、命を奪われるまで秒読みの段階で、上条当麻は他人の心配をしていた。

 

 目の前に存在する脅威になど目も向けていなかった。その背中に背負った、いや背負ってすらいない、会ったこともない人間達が殺されるかもしれない。それが気になる。

 

 絶命を秒読みに控えた人間の思考ではなかった。

 

「成る程、そういう狂人か」

 

 言外にお前に殺されることになんて大した事じゃないと言われたカリオストロだったが、彼女は冷静なままだった。ちょっと苛立った様子も見えたが、そこらの羽虫の言葉で心を乱されることの方が、彼女のプライド的には許されないことだったらしく、律儀に羽虫と交わした契約を履行していく。

 

「そうだな、まずは手始めにお前をこの島に運んできた操舵士を殺すか」

 

 淡々と述べるカリオストロと同じように、当麻の表情にも変化は見られない。いや、それはカリオストロと同じものではなく、痛みにより表情を変える余裕がないだけなのかもしれない。痛みに歪んだ顔でカリオストロを睨みつけている。

 

「その次は件のよろず屋だな、そこまでは確定ラインとして……調査隊の連中はどうするか、無意味に殺して足跡を残すのもまずいか」

 

 あまりにも気負いなく殺人を予告したカリオストロは、そこで言葉を止めて、当麻の方に視線を戻した。睨みつけられているのが癪に触ったらしく、当麻の顔を軽く足で小突く。

 

「俺様の今後の行動方針はこんなもんだ、満足したか?まぁ出来てなくてもここで終わりだがな」

 

 サービスタイムは終了らしい。再び当麻の胸に足を乗せたカリオストロは、岩の剣を振り下ろそうとする。当麻も体をよじり必死に抵抗しようとするが、血を流し過ぎたのかまるで力が入っていない。

 

 致命的な一撃。絶対回避不可能な一撃が当麻の首筋を狙い、吸い込まれてきた。

 

(こんな狂人が抱えてる案件だ、ちょっとした訳ってのも大したもんなのかもしれねぇが……まぁ俺様には関係ねぇか)

 

 果たして、この思考に割かれた意識が原因だったのだろうか。

 作業の様に、無感動に剣を落としていたからなのだろうか。

 

 カリオストロは、致命的な事に気付くのに一歩遅れる。

 

「あばよ、トウマお兄ちゃん」

 

 右手の切断面の先で、()()()()()()()()()()()




 右腕落とされたくらいで上条さんが動けないのってちょっとおかしいですかね。

 後別に非人間が、カリおっさんの事嫌いな訳じゃありません。開闢の錬金術師様ならこのぐらいやってくれるんじゃないかなって思ってちょっとやり過ぎちゃっただけです。

 むしろおっさんは大好きです。


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第5話

 正直に言ってしまうとまだ新約最後まで読んでなかったり、超電磁砲読んでなかったりするクソ雑魚なので、竜王の顎の効果はノリと雰囲気でやっていきます。注意して下さい。

 というか、設定とかを完璧に把握するのが苦手な人間なので、基本的に表現はノリとライブ感でやっていきます。(今更)


 粉塵が立ち込める。不安定さは感じられていなかったとはいえ、築何年かも分からなかった石造の遺跡は、その姿の半分程を失っていた。建物内部の装飾は既に原型を留めておらず、外壁は何か巨大な生物に噛み砕かれたの様に抉れていた。

 

「何が起こりやがった」

 

 その穴の向こうからカリオストロの声が聞こえてくる。建物の崩落には気を払っていない、先ほどまでと変わらず覇気に満ちた声。だがその肉体には決定的な欠落が見える。

 

 ()()()()()()()()

 

「何か妙な力を隠していやがるとは思っていたが、ここまでか」

 

 自身の肉体の欠落にすら興味が無いのか、平然としたまま現象の分析を行うカリオストロは、その片手間に自身の肉体を修復していく。周辺に転がっている石くれを失われた部分にかき集め、それを肉体に再錬成していく。

 

 しかし、

 

「なんだ?肉体に定着しねぇ」

 

 錬成された体のパーツは、切断面に接続されたとたんに腐り落ちていく。本来ならばありえない現象。限りの無い寿命で世界の全てを解析しつくした錬金術師の手にかかれば、欠損した身体機能を取り戻すなど、それこそ呼吸を行うことと同義だ。何せ切り開けさえすれば自分の体程手に入れやすい研究材料も無いのだから。だが、そうはならない。己の魂すらナノ単位で操作しつくすカリオストロの手による人体の再錬成において、元の肉体との拒絶反応など起こりうる筈が無い。

 

 しかし現実にはそれが起こっている。それはつまり、

 

「俺様の魂にすら干渉していやがるのか?」

 

 つまりはそういうこと。数え切れない、途方も無い、常人には想像する事すらもままならないほどの長い年月をかけて施されてきた保護術式さえ食い破って、先ほどの現象はカリオストロの魂すら貫いたというのか。

 

「何の面白みもねぇガキかと思っていたが、なかなかやるじゃねぇか」

 

 それは開闢の錬金術師が興味をそそられるほどの異常だった。

 

 決してカリオストロを滅ぼす術が、それしか存在しないわけではない。彼女と同等以上の力を持つ存在が、滅びに特化した力を振るえば、自分の存在が崩壊するであろうという結論をカリオストロは既に下しているし、その力を操る存在にも心当たりがある。だがこの現象は、その方針とはまったく異なったアプローチでカリオストロという存在を殺しにきていた。

 

 崩壊の現象が、構成された物質を一から順に解いていくような性質を持っているとすれば、これはそれのまったく逆。もっと大雑把に、もっと力ずくで、悪く言ってしまえばもっと雑に、構成された物質をその性質によらずに、丸ごとかき消してしまうような、そんな性質が感じ取れた。

 

「とりあえずはこれで十分か」

 

 考察と平行して、肉体の修復も行っていく。石くれの性質を捻じ曲げてまで人体(カリオストロ)を再現しようとするから崩れ落ちてしまうのだ。ならばこちらももっと雑に、石くれは石くれのまま、義肢のような扱いにしてしまえばそれで終わりだ。

 

「せっかくの世界一可愛い体が台無しじゃねぇか」

 

 問題点といえばそれぐらいか、左右非対称の不恰好な体で十全の機能を果たすのは難しいようにも聞こえるが、そこは年の功で何とかする。長い人生の中で肉体の錬成がうまく機能しなかったことなど腐るほどあるし、それこそ魂の錬成に手が届く前はどちらかといえばホムンクルスよりもゴーレムよりの体を使っていたのだ。相手が戦闘のプロフェッショナルともなればこの肉体では不足かもしれないが、たがだかおかしな力を使うだけのほぼ一般人(上条当麻)相手ならば、これでも十分に対応可能だろう。

 

 と、肉体の修復が完了したのとほぼ同時に、遺跡の中からも瓦礫の崩れる音が聞こえてきた。

 

「さあ、第二ラウンドと行こうじゃねぇか」

 

 向こうがこちらを認識するよりも早く、不死の怪物がイレギュラー(完全なる未知)に突撃していく。

 

 

* * *

 

 

 

 カリオストロが聞いた瓦礫の音の正体は、やはりというべきか、起き上がった当麻の立てた音だった。やはりとは言ってみたものの、当麻が立ち上がれたことにはやはり疑問が残る。先ほどまでカリオストロに嬲られながら、芋虫のように地面を転がっていた彼が何故立ち上がれるのか。正確な答えは分からない。だが、カリオストロと同じように、先ほどまでの彼とは決定的に違うものがあった。

 

 右腕の先で、()()()()()()()()()()()

 

 竜王の顎(ドラゴンストライク)。人間の肉体には決して発現しないはずの器官が、あまりにも当たり前にそこにはあった。一見すると何も不自然なことなんて無い様に、むしろ逆に、あの姿こそ正しい人のあり方なのだと主張するかのごとく、不自然な記号の集合体がそこには存在していた。

 

「ぁぁ……」

 

 一歩、力なく地面を踏みしめる。

 

 自分の足でしっかり立っているように見えて、実際には当麻の意識など、ほとんどそこには無かった。血を流しすぎた、激痛だって未だに治まってない、先ほど感じた絶大な恐怖に未だ体が震えている。立ち上がれない要素ならば腐るほどあった。立ち上がれる要素など、不確定なものを除けば一つとしてなかった。

 

 それでも、

 

「力なら、いくらでも湧いてくる」

 

 それが腕に居ついた竜から送られてくるものなのかは分からない。何か致命的なものを消費しているのかもしれない、どんな悪影響があるのか分からない、何の影響も無いのかもしれない、そもそも根本的に、これが何なのかが分からない。いや、そもそも当麻は己の身に起こっている異常に気付いていないのかもしれない。

 

「だったら、立たなきゃ」

 

 それらは全て、言い訳にもならない。正真正銘の怪物が正面から襲いかかってくる、自分に向かってではない、その後ろにいる人たちへと向かってだ。そもそも立ち上がらなけば自分が死ぬじゃないかなんていうくだらない理屈を考慮している時間は無い。

 

 ここで立たなければ、あの怪物が自分の恩人に襲い掛かっていくという、単純な理屈と、明快な理由がそこにはあった。

 

 だったらそれだけで立ち上がれる。共にすごした時間が短いことなんて関係ない。見ず知らずの自分にかけてくれたあの優しさだけで、彼が背中に背負う理由には事足りる。

 

 

 突然吹き荒れる突風、怪物が来た。

 

 

「お前の底を、この俺様に見せてみろ」

 

 漂っていた砂塵を全て吹き飛ばし視界を確保したカリオストロは、先ほどと同じように岩の刃を放ってくる。だがその威力は先ほどの奇襲とは比べ物にならない。単純に速度を比較してもそうだが、それ以上に、同時に放たれる数が桁違いだ。半壊しているとはいえ、遺跡の中にいる当麻は全方位を壁に囲まれている。それだけで単純に、回避の難易度が激増する。

 

 それに加え、技の精度も桁が違った。先程のように単純に心臓を狙うのではなく、脳や主要な臓器、果ては全身の動脈という動脈に、変幻自在の刃が食らいついていく。当然その中にはフェイクも含まれている。大量の刃で同時に攻撃するときにどう攻めるのか、単調な物量押しの極限がそこにはあった。

 

 おそらく、端から見ていようと主観的に見ていようと回避不能な攻撃。どこにどう体を動かそうと、必ず全身の急所を同時に捉え続けるように調節された攻撃だった。それが、十メートルほどの距離を一秒足らずで詰めて殺到してくる。

 

 右手の竜が、口を閉じた。ずらりと並べられた牙という牙が、ガチン!!という音を鳴らす。

 

 

 瞬間、世界が上条当麻に支配された。

 

 

 殺到していた岩の刃が、その陰に隠されていた第二から第五陣までをまとめて一度に破壊される。

 

()()()()、防いで貰えなけりゃむしろ困るってもんだ」

 

 大して気にして風でもなく、寧ろ喜色すら浮かべかねない勢いで、カリオストロの表情が歪んでいく。

 

 次の攻撃が始まる。竜が再び口を開け、当麻がカリオストロに向き直る前に、カリオストロがその左手を水平に振る。石片で構成されたその左手は、スイングが始まる瞬間にその形を変え、全長100メートル程にまで伸びる。

 

 その斬撃は、手元において半秒程で完了する。そう聞けば大した速さには感じられないかもしれない、だが円を描く様に放たれたそれは対象との距離が離れれば離れる程、爆発的に加速していく。壁に空いた穴の上で止まっていたカリオストロと当麻との距離は、約十メートル程。

 

 比喩ではなく、目にも止まらない速度で斬撃が走る。

 

 再び、右腕の竜が動く。

 

 音を置き去りにするほどの斬撃をさらに上回る速度で当麻の体と刃の間に潜り込んだ竜の顎は、接触の瞬間に首を持ち上げるだけで斬撃を粉砕する。

 

(対応が違った、変形中の刃は能力で、形の決まった刃には物理的な攻撃で)

 

 ならばそれを組み合わせれば?

 

 瞬時に仮説を組み立てたカリオストロは、次の一手を放つ。

 

 が、それに割り込むようなかたちで竜の顎が蠢く。

 

 錬成途中だった岩の塊を噛み砕くようにブチ破った竜は、どんな原理なのかその首を伸ばし、カリオストロに襲いかかる。舌打ちを一つ残し、紙一重で躱すように一歩引いた彼女は、反撃に移ろうとする。

 

 しかし、そこにまた竜が割り込みをかける。再び鳴らされる牙に発動する能力、至近距離でそれをもろに食らったカリオストロは、魂が弾けそうになるのをギリギリで抑えつける。

 

「思ったよりよっぽど厄介だな、あのドラゴン、相性が悪すぎる」

 

 大雑把にその能力を把握したカリオストロは、元いた位置まで戻って距離を稼ぐ。体感してみた感じ、恐らく全ての異常を消し去るといったところだろうか。刃の形をした岩なら自然に存在するが、岩が流動して刃の形をとる事はない。よって前者はその存在を許され、後者は消し去られたのだろう。

 

 ……あの竜の記号を象った能力から判断するのならば、どちらかといえば食い散らかされたと表現した方が適切なのだろうか。

 

「いや、そんなもんはどっちでもいい、要するに接近されたらアウトってだけなんだろ?」

 

 ならばいくらでもやりようはある。一番シンプルな対処法としては、やはり接近せずに遠距離を保ったまま岩の刃で刺しにいくことだろうか。だが岩の刃による攻撃だけに絞ってしまえば、どう工夫したところであの腕は食らいついてくる、そういった予感があった。そうなったら、後はもう我慢比べにしかならないだろう。別にカリオストロは耐久勝負になったところで負ける気はしなかった。細部まで完璧に制御し尽くされている錬金術と、何を力の拠り所としているのかすら不明の竜王の顎、どちらが不安定かと聞かれれば、それは答えるまでも無い。

 

「だがこれは実験であって戦闘ではねぇ」

 

 そうこれは彼女にとっては戦いですら無い、実験なのだ。両者の関係は、研究者とモルモットと同じく一方的なものでなくてはならず、それは決して敵という、対等なものにはなり得ない。

 

 実際に今までのやりとりが単純な殺し合いだったのならば、とうの昔にカリオストロは当麻の首をはねていただろう。彼女が全力で戦闘を行う、即ち真理の一撃(アルス・マグナ)を繰り出していれば、それで決着が付いていたという判断に恐らく誤りは無い。

 

 だから、

 

「コイツは温存しておきたかったんだが……まぁあのガキも似た様なもん使ってきやがる訳だし、寧ろ都合がいいか」

 

 そういって再び何処からともなく、例の本を取り出したカリオストロ。今度は無造作に握っておくだけでなく、特定の条件を満たす為にページをめくっていく。

 

「さぁ出番だぜウロボロス、貴重なサンプルだ、極力傷をつけない様に()()()()()()()()()()()()()

 

 その呼び声に答えて、一匹の赤くて巨大な蛇がその姿を現した。

 

 尾を飲み込む蛇(ウロボロス)

 

 死と再生、不老不死の象徴として扱われるその存在は、己の尾を飲み込ませない為に、その頭を針で滅多刺しにされた姿でその鎌首を持ち上げた。全長はカリオストロに食らいつこうとした時の竜王の顎と比べてもやや大きい。だが注目するべきはその肉体の強靭さではなく、その身に宿した神秘の総量だろう。竜王の顎と同等か、いやそれさえ凌ぎかねない程の莫大な神秘をその身に秘めている。

 

 その瞳が、上条当麻を捕捉する。

 右腕の竜が、それを睨み返す。

 

 カリオストロが一連の準備を整えていた間に、吸収した異能の力を全て消化し己の力と変えた竜王の顎は、先程までとはそれこそ軽く一つや二つぐらいは桁が違う力を蓄えていた。

 

 この世界の全てを見回してみても比肩する者はそういない、最強の錬金術師とその使い魔。

 

 ありふれた、平凡な、何処にでもいる様な少年と、彼の右腕に宿された規格外のイレギュラー。

 

 その2つが、真正面から衝突する。

 

 右腕から先を喰いちぎれというカリオストロの命令を正確にこなそうとするウロボロスは、当麻の右腕の付け根の少し先の半透明のエネルギーの出発点に喰らい付く。それを受けて、第一優先の撃滅対象をカリオストロからウロボロスに変更した竜は、ウロボロスの胴の中程あたりに牙を突き立てる。ほぼ同時に喰らい付き合った二頭は、爆発的に発生したエネルギーの奔流に煽られそれぞれ逆の方向へ吹き飛ばされそうになる。その程度では当然牙を抜くことなど叶わない。爆発の影響でお互いがお互いに噛み付いている場所を直径とした円描いた二頭はまるで、二頭一対の尾を飲み込む蛇の様ですらあった。

 

 竜王の顎が、押される。単純な出力を比較するのであればほぼ同等、それなのに竜王の顎が押されるる理由は、その担い手にあった。

 

「オラオラどうした!!その程度かよ!!」

「ッ!!」

 

 踏みしめていたはずの足が一歩後退する。それを皮切りに一気に後退しそうになるのを必死に堪える。その無様にカリオストロが煽りを入れる。

 

「貰いもんのオモチャ使ってはしゃいだ程度で、この俺様を超えられるとでも思ったかよ」

 

 それを宿している人間がお前である必要性を感じない、彼女はそう言った。正直に言って期待外れだった。久しぶりに面白いものが見れるかと思えばそこにあったのは己の力に振り回される不様な姿で、力の質すら既に割れてきたいると来た。そろそろ処分する時間かと見限り始めていたカリオストロは、最後通告として当麻に発破をかける。これでダメならもういらない。カリオストロは決定を下す。

 

 それが聞こえていたんだかいなかったんだか、一言分だって口を開く余裕のない当麻は、一歩前に思いっきり踏み込んだ。

 

 それはこの戦いの中で見ればあまりにも小さい一歩に見えただろう。実際彼の踏み込んだ十と数センチがこの戦いに与えた影響は無に等しい。だがここで初めて、上条当麻が竜王の顎を使うという関係が発生した。踏み込みとともに捻じ込まれてくる彼の右手が、爆発的にその力の総量を高めていく。

 

 ここに来て更なる出力の高まりを見せたそれに、カリオストロの表情が僅かに笑みを作る。片手に持った本のページを片手で操り、信じられない言葉を発する。

 

「ウロボロス、()()()()()()()

 

 青いウロボロス。一体目となんら変わりのない力を持って悠然とそれは現れる。一体目との拮抗に必死な当麻はそれに気付く事さえ叶わない。

 

「見せてやるよ、真理の一撃ってやつを」

 

 カリオストロの合図に合わせて、青い巨体が動く。赤のウロボロスに噛み付いている竜をその巨体で弾き飛ばすと、それは赤いウロボロスの尾に噛み付く。赤い個体もそれに合わせて動き、今度は完全な円を完成させる。呆気にとられた当麻が竜を仕舞い込むよりも早く、カリオストロが告げる。

 

 

「アルス・マグナ」

 

 

 小さく、けれどはっきりと発音されたそれを聞き届けた瞬間に、ウロボロスで構成された円環が回転する。その回転は暴力的に速いわけではなく、それ自体が当麻を襲うことはなかった。

 

 あまりにも正確に回転するその円環は、覗き込んだ人間が発狂する程に莫大な錬金術的記号をそこに宿し、最奥の力をここに引きずり出す。

 

 半透明の竜が、あっさりと右腕から千切れ落ちた。宿主には一切の被害を与えずに、必要最低限の、しかし極悪な破壊力で竜王を粉砕する。

 

「ったく、ギリギリで踏み止まるのが好きなやつだぜ」

 

 散りじりになる意識の中で当麻は、最後にそう呟くカリオストロが見えた気がした。




 少し上条さんの株を落とし過ぎてしまいましたかね。
 カリおっさん一応設定では世界の全てを解き明かしたってなってるのでメンタルの強いヘタ錬ぐらいの戦闘力をイメージして書いてみたんですけど、両方の作品のキャラの株を保つのは難しいですね。


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