世界はあなたを愛してる (アビ田)
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第一章「日」
生まれ変わ…?


主人公のキャラが濃い。何でも大丈夫な方向け。恋愛要素はかっ飛ばしてく(描けない)。推しをダークヒーローに仕立て上げたい作者が描いた作品です。


目覚めたら見知らぬ場所にいた。というより自分の年齢がリセットされていた…といっても普通だったら信じられないだろう。

 

だが現実は非情である。

 

 

「う…」

 

 

舌ったらずの口を動かして、紅葉のような小さい手を見る。色素が物凄く薄い。アレ?見覚えのある自分の手の色と全然ちゃうやん。

 

沸き起こる疑問やら不安やらを一先ず置いて、自分の容姿を見ようと体を動かす。

 

しかし赤ん坊のサイズにしてはデカ過ぎるベビーベッドに阻まれて脱げ出せない。体感からすると部屋並みに大きい。

 

 

「あー」

 

 

こんなひ弱な体では一人で行動することもままならない。

どうしたもんかと悩んでいれば、扉の開く音が聞こえた。

 

金髪に透き通るような白い肌。えらいべっぴんさんだ。

 

そのべっぴんさんは天使の笑みを浮かべると、自分を抱っこした。豊満というか…とても温かい。これが母という存在なのだろうか。

 

 

ちなみに一人称が自分なのは今一つ前世の自分の性別が思い出せないからだ。

 

漠然と『生きた』という感覚があるものの、その時の自分の名前だとか、家族や友人を思い出せない。

 

けれど箸とか、そういう知っていて当然の知識はそのまま残っている。ただ国とかそういう固有名詞系は全滅だ。

 

今世の母はそんな奇怪な自分を抱き上げたまま、子守唄を歌い出した。

んん眠い…眠いでござる…。

 

 

「あら、ドフィ寝てしまうの?ふふ…おやすみなさい」

 

 

『ドフィ』それが自分の名前なのだろうか…いや、自分はやめよう。私でいいか、とりあえず眠い。

 

考えることは起きた時にでも任せよう。何たって赤ん坊の仕事は寝ることなんだから……って、精神的に赤ん坊はまずあり得ないか。

 

 

 

 

 

-----

おはよう諸君。ご機嫌いかがかな?私はすごぶる悪い。赤ん坊は非常に不便だ、色々。

 

 

そして赤ん坊になってから推察してみて、多少なりとも分かったことはある。

 

まず私の身分についてだが、相当高いものらしい。マリージョアの地に住む『天竜人』とか言われていた。

 

貴族か王族といったところだろうか、周囲のものがいやにキラッキラ光っているのだからそりゃあ分かる。

それに両親の働いている形跡が全くない、どんだけボンボンなんだ。使用人多過ぎる。

 

 

次に名前に関してだ。私の名前はドンキホーテ・ドフラミンゴというらしい。

母の言っていたドフィは所謂愛称だった。

 

本名があまりにもインパクト大なので愛称の方が今のところ好きだ。

 

言い方は奇妙だけど性別が男なので、一人称はその内変えていくとしよう。その前に舌ったらずな口を鍛えなきゃいけないんだけれど。

 

というか言葉をまだ喋れない。

 

 

 

 

いつもの大きなベビーベッドに寝転がりながら、私は窓から覗く空を見ていた。

 

光が少し眩しいけれど、それも苦にならない程綺麗な青空。

 

 

「うー」

 

 

綺麗だな。頭の中でそう喋るようにして手を伸ばす。外はどんな世界なのか、気になってしょうがない。

 

 

『おい』

 

 

ん?声?おっさんの?いや父にしては低過ぎる声のような……

 

 

『聞いてんのか』

 

 

視界を覗き込むようにして現れたのは、どでかい男だった。父よりも大きい、え、人外…?

 

冷静になるように努めて再度男を見た。

 

姿は透き通っていて、目を凝らせば青空が見える。

もしかしたら幽霊なのかもしれない、何となく父に顔立ちが似ているから、守護霊なのかも。

 

 

「あー」

 

 

おじさんは守護霊でっか?手を懸命に伸ばしながら、さぁ伝われ私の言葉。

 

 

『……いや触れねェよ』

 

 

そうじゃないんだけど…まぁいい。守護霊(仮)が恐らく掴もうとした私の手は空を切った。

 

守護霊(仮)は一度空ぶった手をまじまじと見つめていたが、直ぐに視線を私に戻した。

 

私のリアクションから見えているというのは分かったらしい。でも中身も赤ん坊なのだと思っているのだろう。深い溜息を吐いて空中に座った。

 

 

『どうなってんだ…おれは確かに死んで…』

 

 

守護霊(仮)は独り言を言っている。

 

少し距離ができて分かったけど男のそのピンクのモフモフコートと吊り目サングラスってなんだ。

 

こんな人が守護霊(仮)とか…いや、何か死んだとかどうとか言っているから、浮遊霊なのかもしれない。

…やめてくれ、成仏してくれ…!

 

 

私は一先ず疲れた頭をリセットするべく寝た。

 

 

 

 

 

守護霊(仮)が現れて、三年経った。私には二つ下の弟ができた。名前はロシー、その正体は天使だ、うん。

 

 

ちなみに守護霊(仮)さんは大きくなった私らしい。ええ、3mを越すんです、すごいでしょ?

 

とりあえずどう読んでいいか分からないので、呼ぶときは彼の一人称を使っている。

決しておじさんと言ったときの顔が怖かったからじゃない。

 

 

そしてかなり大雑把にしか彼の人生は聞いていないが、牢屋で死んだらここにいたらしい。

 

自分の将来が真剣に不安になる返しだったけれど、そうならないよう生きればいいだけのこと。

 

私は彼とテレパシーに近い形で話しながら、日々様々なことを学んでいる。

でも一人でいる時は口に出してしまっている。大丈夫、周囲には気を付けているから。

 

 

「ごうもん……ここ何て読むんだえ?」

 

『大全集だ』

 

 

私は家にあるこれまた大きな書庫で日々過ごしながら、本を読んでいる。

 

最初こそ情報収集だったけれど、いつのまにか本の虫になっていた。親が心配するレベルにはこもっている。

 

 

私は拷問大全集を読みながらページを読み進めた。所々読めるところを掬うようにして進める。

 

私の知る言語とは違うので多少苦労してしまうけれど、それも慣れだろう。もうそろそろ読み書きをごねてもいい頃合いかもしれない。

本の中身は内容はえげつないが、心にダメージを負う程でもない。

 

 

『…お前おれの子供の頃よりえぐいぞ』

 

「ぼくは“おれ”の過去なんて知らないえ」

 

 

そもそも調べ物の一貫で読んでいるだけであって、拷問自体に興味あるわけじゃない。そこの所勘違いしないで欲しい。

 

 

私が気になるのは奴隷制度だ。天竜人に合法的に認められている奴隷を飼うという習慣。

 

アレは見ていて気色悪い。幸いなことに父上も母上も奴隷をあまりよしとしない人だったけれど。

というか人というより神なのか?そういう所に理解を示せないでいる。

 

多分自分の常識が違うのだ、仕方あるまい。

 

 

「奴隷制度なんて頭がおかしいえ、やっぱり」

 

『周囲の奴らに言ったらお前が白い目で見られるぞ』

 

「わ、分かってるえ…」

 

 

そう、分かってる。今はロシーもいるのだ。バカなことは控えなきゃいけない。それに私には父上と母上、ロシーがいればそれでいい。

 

 

「あと、“おれ”がいるならそれでいいえ」

 

 

それ以上に望まない。家族がいればいいんだ。広い世界を見たいと思う反面、私の世界は家族だけでいいという閉鎖的な考えがある。

 

私とは頭の出来が違う“おれ”は私の考えを読み取って、特有の声で笑った。

私も笑う時そうなるから、そこら辺はしっかり似ているらしい。

 

 

『お前は賢いな。けどまだ甘ェ』

「…?」

 

 

撫でるアクションを取りたかったのか、彼は徐に手を伸ばした。無論触れはしないが、愉快そうに笑っている。

 

一頻り笑うと、彼は笑みを柔らかいものに変えて、目を細めた。

 

 

『せいぜい今を楽しんどけ』

 

 

やっぱり意味が分からないけれど、知りたいとも思わないのだから不思議だ。

まぁそれは“おれ”の言葉に当てられたっていうのもあるんだけど。

 

 

「『お前はお前の人生を歩け』だもんね」

『…あぁ』

 

 

“おれ”は私で、私は“おれ”であるけど、やはり違う。でもこの付かず離れずの距離がいいと、私は感じている。

 

 

『それとその口調はやめろ』

 

「何でだえ?」

 

『キモい』

 

「えっ」

 

 

 

 

 

-----

ロシーが4歳、ぼくが6歳の頃、小さな事件があった。

 

 

この頃には頭の中の一人称もぼくになっていた、進歩というか“おれ”の教育というか…。

最早お前が父親かぐらいの英才ぶりだった。

 

 

「ロシー転ぶなよ」

 

「うん、兄上!」

 

 

ぼくの弟はかなりドジっ子だった。

 

だから外に遊びに行く時は必ず二人で行くと約束していた。

 

家族以外の天竜人は野蛮で、随分お粗末な思考を持つ輩ばかりだったから、もしそんな奴らにぼくのロシーが傷付けられるなんてたまったもんじゃない。

 

 

ぼくはロシーの手をしっかり握って、歩いた。ロシーは他の天竜人の子供を見ながら、その側にいる奴隷をじっと見つめている。

 

 

「兄上、兄上はどうしてどれいを持たないえ?」

 

「…逆に聞こうか、ロシーは奴隷をどう思う?」

 

「んと…どれいは、かわいそうだえ」

 

 

この子は、優しい子だ。父上や母上と似て、とても優しい。

ぼくの持つ少し歪んだ部分を持っていない。

 

 

「そうか、ロシーはいい子だな」

 

「く、くすぐったいえ、兄上」

 

 

ロシーのやわっこいくせ毛をわしゃわしゃと撫でて、ぼくはサングラス越しに弟の顔を見る。

天使のようだ、いや、天使よりもこの笑顔は尊い。やばいめっちゃ可愛い。

 

脳内で騒ぎ立てるが、今は“おれ”はいない。

 

不思議なことだが、彼にも睡魔というものがあるらしく、たまにこうしていなくなる。

 

うるせェと言う存在がいないことに少し寂しさを覚えつつ、ぼくはロシーの言葉を返すべく口を開きかけた。そこで視界に奴隷を連れた自分達よりも少し年上の子供が現れた。

 

 

「ドレイが可哀想だって?プププ、変なやつだえお前!本当に天竜人かえ〜?」

 

 

肥えた肢体をしながらロシーに、ぼくの弟に近付く。

邪魔臭い、そう思った。

 

ロシーは歳上な相手が怖いのか、ぼくの後ろに隠れた。大丈夫、仮にこいつがお前に手を出したら、ぼくが殺してやる。

 

ぼくは怯えるロシーの手を握って、目の前の肥えた豚を見た。

 

 

「フッフ、ああ、君は●●●聖のご子息の……ご機嫌いかがかな」

 

「フン……そういうお前はあの変わり者のホーミング聖のところの子供かえ?」

 

「えぇ、弟は父の影響を受けて、少々奴隷に甘いところがありますが、それ以外は普通の可愛い、ぼくの弟ですよ」

 

「ふーん、そういうちみもドレイを持っていないみたいだえ?」

 

 

同じ天竜人だろうが、少しでも他を下に見ようとする、そのための相手の悪い所を必死に探す。

同じ生き物と思いたくないな、特にこういう奴とは。

 

 

「ぼくは奴隷にあまり興味がないだけですよ」

 

「ほぉーーそれはお前もへん…「それに」…何だえ」

 

 

 

 

汚いものは、触りたくないんだ。

 

 

耳元に近付いて、ぼくはそいつにだけ聞こえるよう呟いた。

 

呆然と立ち尽くす相手に軽く会釈して、ぼくはロシーの手を掴もうと……あっ、転んだ!!!

 

 

後ろから小さく聞こえた「かっこいいえ…」という声は無視して、泣き出してしまった弟をおんぶし、遠回りをして家に帰った。

 

だってあんな、弟をいかにも下に見ているような奴と同じ空気を吸いたくなかった、気色悪い。

 

ぼくは弟に全神経を注ぎながら、泣きやませようとあの手この手を尽くしてご機嫌取りをした。

いや、ぼくが悪いわけじゃないけどロシーは笑ってるのが一番いいから。

 

 

脳内騒ぎを起こしていればいつのまにか起きていたらしい“おれ”がうるせェとお決まりの愚痴を言って現れた。

 

ぼくは助け舟を求めたが鼻で笑われ、結局母上が来るまでロシーの大泣きは止まらなかった。

本当ごめんねロシー…マイエンジェル……。

 

 

 

 

 

-----

夜、天窓に映る星空を見上げながら、珍しく“おれ”からの質問がきた。

 

 

『お前が一番大事なものは何だ』

 

「自分かな?」

 

 

そう言えば意外そうな目をされて、ロシーじゃないのかと聞かれた。

いやそれもそうだけれど、ここで言ってるのは少し違くて…ああもう。

 

 

「ぼくは“おれ”で、“おれ”はぼくだ、おわかり?」

 

『ア?』

 

 

ものすごい怖い目をされて睨まれた。やめてよ、まだ6歳なんだぞぼく。

 

 

「…だから、ぼくは一番自分が大事だよ。次に家族。それ以降は無い」

 

『…フッフッフ、変なガキだ』

 

 

それブーメランだぞと言おうとした所で、早く寝ろと言われた。まぁ確かに眠い。ただでさえ今日はロシーを宥めるのに疲れたのだから…というか結局遊べなかった。

 

 

 

おやすみ、そう言って僕は寝た。

 

 

 

 

 

この時のぼくはまだ、父が下す愚かな決断を知らない。




主人公(私→ぼく)
生まれ変わったら色々面倒なことに。性格はキャラに多少似る。家族大事。

モフモフ(二巡目)
牢屋で病死したら何故か戻ってる。主人公を子のように見てる。歳のせいか大分穏や…か?


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治療とパァン

主人公とモフモフはお互い基本不干渉だけどボロ出る時が少なからずある。
幼少期のヴェルゴさんぐぅかわいい。


ぼくが8歳になった頃だった。父上が引っ越す旨を家族に伝えた。

 

母上は父上の意見を肯定したし、ロシーも引っ越すことは理解しているのか、ピクニックに行くような笑顔を浮かべていた。

 

 

ぼくも父上がそう望むならと、聞かれた時に頷いた。

 

元々自分たちは神ではなく人間だというような人だったし、ぼくやロシーが奴隷を持つことに良い顔をしなかった。

 

それを理解していたからぼくも奴隷をせがむことはなかったし、ロシーは尚更欲しがらなかった。

 

 

 

でも、それまでである。

 

他の天竜人に対して奴隷制度について何かを言うわけでもなく、そもそも彼らが奴隷を持っていることを指摘しなかった。

 

ただ自分たちだけを見ている甘い考え。

視野の狭さに我が父ながら頭が痛くなったが、ぼくも反論することはなかった。

 

だって甘くても、彼はぼくとロシーの父上なんだから。

 

 

さて、ぼくたちは天竜人の位を破棄するときちんと言われていないが、甘い父上は今後をしっかりお考えになっているのか。かなり心配なところだ。

 

 

「父上、一つ進言して宜しいでしょうか」

 

「…ドフィ、家族なのだからそんなに畏まって喋らなくてよいと…」

 

「いいのです父上、父上はぼくの父上なのですから。敬愛すべき相手に相違ないのです」

 

 

オロオロする父上を軽く流しつつ、憂慮ごとについて話した。

 

 

「父上はお分かりですか。お考えになっていますか、今後のことを」

 

「ああ、大丈夫だよ。私たちはここを去って、幸せに、静かに暮らすんだ」

 

 

…ッチ。完璧に分かってないな。家族は別だけど天竜人は民の税金を貪って生きてる虫だ。

 

世の中というのは不便で、その害虫を守る法律が敷かれている。

そんなぬるま湯に浸かっている虫が柵の中から出てみろ、速攻で獣に喰われて死ぬ。

 

それに更に心配なのは病弱な母上の体とロシーだ。

 

せめてロシーの一定の教育が終わるまでとはと言ったが、父上は頑なだ。止める術はどうやらないらしい。

その頑固さをほぐして頭を柔軟にして欲しいけど、無理そうだ。

 

まぁあの甘ちゃんっぷりだから、こうなることも薄々は考えていた。

 

出来る限りの知識と武術を学んだつもりだ。コソ泥をしても余裕でやり返す程度の力はある。最低でもロシーは守れるように鍛えてきたんだ。

 

 

だから暗い顔はよそう、ぼくが家族を守るんだ。

 

 

「フッフッフ」

 

 

笑って支度をしていれば、“おれ”が現れた。寝ていたようではないけれど、姿を見せていなかった。

 

複雑そうな、誰かを殺しそうな顔をしてぼくを見つめている。

 

 

『一を取るか二を取るか…お前は三を選ぶんだな』

 

(そうだ。ぼくは家族を選んで、他を捨てる。そういうやつだ)

 

『フフ、半分違ェよ。今ここで一を殺しておいた方が、行く行くのためだぜ?』

 

 

…一瞬、背筋がゾッとした。

 

 

“おれ”は何を言ってるんだ?多分…いや、確実だろう。

不干渉の彼が殺せと言っているのは……父上か。

 

ひしひしと感じてはいるけど、ぼくの些かじゃない歪んだ家族への執着よりも、時折見せる“おれ”の薄暗い部分の方がとても怖い。

 

まぁ牢屋に入っていたというのだからそういうことなんだろうけど。生涯牢屋と言っていたから終身刑か、何やらかしたんだよ本当。

 

こういう時に気になる彼の詳細な過去、お互い不干渉を貫くのは中々難しいものだ。

 

 

(珍しいな、“おれ”が干渉するなんて)

 

『お前が甘ェから言ってんだよ。今の内にあの野郎は殺した方がいい』

 

 

ロシーが大事なら尚更なと、毒にも似た甘い誘いを彼は囁く。

 

この滲み出るカリスマ的発言、人を誑かすの絶対上手いよな。だからといって自分自身に仕掛けるのもどうかと思うけど。

 

 

(…寝言は寝てから言え)

 

 

“おれ”が先程寝ていたわけではないけどそう言って、ぼくは奴から視線を外した。

 

荷物を整理する間も、ずっと息を弾ませるような笑い声が響いていた。

 

 

 

 

 

-----

下界に降りてから、まず家を燃やされた。

 

 

行き先はまさかの世界政府非同盟国だった。同盟国であれば、いくら天竜人をやめたとしても元が付くのだ。

少しは政府の力に甘んじられただろう。しかし治外法権上等な場所、もしもの頼みは消えた。

 

 

 

ぼくが別の場所に隠していた金を使って家族全員で当分は暮らしていたが、周囲の人間の迫害と暴力は凄まじいものだった。

 

食料を買おうと街へ出れば暴力、子供に容赦ない。ロシーを行かせなくて本当によかった。

 

父上はこの現状に疲れてぼくやロシーに謝るばかりだ。

この状況から逃れようと何とか手を尽くしているようだが良い風向きは見られない。

 

ぼくの考えをきちんと受け止めたけれど考えなかった父上。愚かだ。でもその甘さは尊いものだろう。

 

 

この頃には嫌にも考えるようになった。天竜人や下界の人間は大差ない。全部一括りに汚れを持つ人間だと。

 

だが父上や母上、ロシーは人間じゃない、尊い存在だ。対してぼくは人間だ。

 

天竜人として生まれただけの、人間。ゴミを漁りながらそう思う。

 

 

行くと言って聞かないロシーは、最近容体が優れない母上のために食べ物を探そうと必死になっている。

ほら、弟がこんなに天使。

 

弟がこんなに天使だえとうっかり喋ったら、聞いていた“おれ”がツッコんできた。だからだえはやめろだと?どうせそっちだって子供の頃は使ってたんだろ。

 

口に出さなかったけれど勘の良い“おれ”は眉根を上げて睨め付けてきた。ロシーがこの顔を見たらきっと泣くだろう。

 

 

『お前はムカつかねぇのか、今の現状に』

 

 

唐突に聞かれた、その言葉。ぼくは辺りにロシー以外の人がいないことを確認しながら、会話に応じる。

 

 

(ムカつくよ。父上は役に立たないし、母上の病状は悪いし、ロシーはまだ弱い)

 

『フッフ、だな。逃げねェのか』

 

(逃げる?)

 

『そうだ、一人が嫌ならロシーでも連れて逃げりゃいい。それぐらい出来る器用さをお前は既に持ってる』

 

 

多分…出来るだろう、それくらいなら。“おれ”は分かってて言ってる。

 

母上がもう長くないだろうことも、父上が役に立たない邪魔になるだけの存在になっていることも…そしてそれを全部理解した上で、ぼくが家族全員の手を離さないよう頑張っていることも。

 

奴の言う通り、ぼくは“おれ”よりも随分と甘ちゃんだ。

 

 

(でも、ぼくはまだ子供だから、縋って何が悪い?ぼくには家族しかいない。家族が無くなったらぼくは……)

 

 

癇癪をぶつける。

子供として過ごす内に、精神年齢はいくらか身体に引っ張られるようになった。

 

 

『ガキらしくねぇが、一応お前もガキなん……』

 

(?)

 

 

“おれ”は途中で会話をやめると、ある場所を一点に見つめた。

 

何だろうと思えば、棒やら凶器になりそうなものを持った大人たちが立っていた。

視線はぼくよりも奴らの近くにいたロシーに向かっている。やばい。

 

瞬間的に駆けて、大声で弟の名前を呼んだ。ゴミ漁りに熱中していたロシーはビクリと肩を動かすと、ぼくの方を見て、指差す方に視線を移した。

 

 

間に合うだろうか、ギリギリだ。ビビってロシーは動けなくなっている。

 

だめだ、ロシー、ぼくの弟…ぼくのロシーが傷つくことがあったら……。

 

 

 

「殺す、絶対に。テメェらを」

 

 

ボソリと呟いて、どうにか間に合ったロシーの手を引き、駆け出した。転ばないように注意しながら走る。

 

ゴミの山を抜けて街の方へ向かえば、予め先回りしていたのか他の連中がぼくらを遮るようにし立っていた。

 

ニタニタと笑って、殺意の目を向ける。

薄汚い目でぼくのロシーを見てんじゃねェ。目ン玉抉り出すぞ。

 

 

咄嗟に大人が一人ギリギリ入れるであろう狭い路地に入った。舌打ちや怒鳴り声が聞こえるが無視して走る。

 

でも土地勘が無い分、こちらに分が悪いのは明白だ。

 

何とか一息つけるところを見つけなければ、そう思ったところでロシーが転んだ。かなり血が出ている。

 

 

「兄上……痛いよ……」

 

「…っ」

 

 

どうするか、ロシーは走れそうにないし、かといっておぶって逃げるほどの体力もぼくにはない。

 

最善はロシーを隠してぼくが囮になることだろうと即決し、丁度ロシーが隠れられそうな隙間を見つけて押し込んだ。

 

大丈夫、頭に血が上ってる動物はそう簡単に頭を使えない。目の前の獲物に夢中になる。

 

 

「ロシー良い子だ。声を出すな、目を瞑って暗くなるまで待ってろ。そうすりゃ大丈夫だ。ここら辺は真っ暗になるから簡単に見つからない。絶対に迎えに来る」

 

「兄上…やだ、兄上ぇ…」

 

「おれを信じろ」

 

 

一瞬ビクついて、涙を堪えるように漸く首を縦に振った弟に約束だぞと言い、その場を去った。

大人の足音がする方にわざと向かい足音を荒立たせる。

 

 

「天竜人のガキはこっちだ!!」

 

「追え!!ぶっ殺せ!!」

 

 

うるせェ。本当に、腹が煮えたぎるような感覚に陥る。ぼくは走った。

 

 

家族を…ロシーを守るんだ。

 

 

 

けれどぼくはその時、偶然こちらの様子を見ていた少年に気付かなかった。

 

 

 

 

 

-----

夕日も沈んで、大人の理不尽な暴力は漸くやんだ。

 

 

腹と足、あと腕と顔……身体中に青痣やら切り傷が出来た。満身創痍とはこのことか。

 

隣にいる“おれ”はものすごい形相をしているので無視している。投げかけて来る言葉も恐ろしいので割愛する。

 

 

それよりも今はロシーだ。

 

ぼく一身に暴力の雨が降るようにしていたんだ。きっと大丈夫なはず。周囲の気配が無いのを探りながら、弟がいる場所へと向かった。ロシー待ってろよ。

 

そして戻ってみれば、そこにはパンを食べている弟と、鉄パイプをこちらに向け殴りかかってきた少年がいた。

 

避けて腹に一発決めようとしたが避けられた。そこらの大人よりは動けるらしい。

 

 

「テメェ誰だ。何故おれの弟の側にいる。ロシーもこっちに来い」

 

「あ、兄上…あの、えっと…」

 

 

おどおどする弟の足を見れば、そこには包帯が巻かれていた。確か転んで怪我をした場所だ。

 

あれ?ということは……ん?

 

 

「すまない、敵かと思った。お前がこいつの兄か?」

 

「……あぁ」

 

 

どうやら、弟を治療したのもパンを与えたのもこいつらしい。でも恐らくこいつはぼくが何者かを知っているだろう。裏をかいて嵌めるつもりかもしれない。

 

そう思いぼくは警戒を強める。

その気配を察したのか、目の前の少年は眉を寄せて口を開いた。

 

 

「俺をそこらの奴と一緒にするな。それにお前とこいつが天竜人だろうが、どうでもいい」

 

「……何が目的だ、金か?それとも…」

 

「何度も言わせるな。俺はここらを拠点としてるマフィアの構成員だ」

 

「ガキなのにか…?」

 

「お前もだろ」

 

 

変わった奴だと思った。髪型もおかっぱだし、サングラスを掛けているし…いや、ぼくは目が日光に弱い正当な理由があるけど。

 

それにさっきから気になってるけれどその顔についてる食いかけのパンはなんだ…。

 

 

「…頰にパンが付いてるぞ」

 

「…あ、本当だ。食うか?」

 

「いや、いらん」

 

 

万が一にでも毒が入ってたらどうする……というかロシナンテ!!お前も少しは警戒をしろ!!

 

そうつい口に出したらロシーに怯えられた。ちょっと当分立ち直れないかもしれない。

 

 

「弟を置いて行ったのはいい判断だとは思えないな」

 

「無事だったんだからいいだろ」

 

「…傷だらけじゃないか。それに俺が見つけた。もし俺が敵だったらここにあったのは死体だったぞ」

 

「…そん時は、テメェをぶっ殺す。それだけだ」

 

 

怒気を混じえて言えば、息を飲む音がした。でもまぁ、弟が世話になったのは確かだ。

 

 

「ありがとな、弟の治療と食事を与えてくれて、感謝する」

 

「…いいよ。次いでだ、君の治療もしよう」

 

 

頭を下げて言えば、躊躇する声で言われた。

乗りかかった船だ。ここはお世話になるとしよう。

 

 

「おれの名前はドフラミンゴ。お前は何て言うんだ?」

 

「…ヴェルゴだ」

 

 

治療を受けながらそう一言二言会話して、ぼくとヴェルゴは別れた。

 

お礼に恐らく裏の奴等であろう連中が溜まっている場所をいくつか教えた。生きる為にこういった情報は多く持っているのに越したことはない。

 

役に立たないならば少ない金品を差し出すことも吝かでは無かったが、ヴェルゴは十分だと言って去って行った。どうやらビンゴな情報だったらしい。

 

 

ぼくは背中でスヤスヤと寝ている弟を見て微笑みながら、真っ暗な夜道を歩いた。

 

耳元で『相棒…』と、何か懐かしむような声が聞こえたが、今は触れないことにした。

早く家に帰って寝たい。その気持ちだけが強くぼくを支配していた。

 

 

 

 

 

帰れば冷たくなった母上が、優しそうに微笑んで眠っていた。

 

 

 

 

 

ああ…そうか、おやすみ………母上。




主人公(ぼく≧おれ)
だんだん気性が荒くなりつつある。狡猾に生きるけどまだ甘ちゃん。家族大事。

モフモフ
基本主人公守り隊。

ロシ
兄上が最近ちょっと怖い。でも好き!

ヴェルゴ
主人公の利用価値の有無を検討中。その内ドフィ教入信。


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サングラス越しの慈愛

原作ではローは大分辛辣な言葉を言ってたけど、ベビー5とか子ローと接してた時の顔とか見てると家族への優しさがあったはず…。主人公見る目はおとしゃん…ビックダディ…
そんな感じのものすごく少ない若クラが書く小説…始まるよ(煩い)!


母上が死んでから、父上は更にいるだけの置物になっている。

 

そんな状態でも他の天竜人に助けを求めているが、この間とうとう愛想をつかされてしまった。

 

 

父上の様子を見ていたぼくに囁くように“おれ”は憎いかと聞いてきた。憎いといえば憎い。

 

だって父上の行動さえなければぼくたちは今でも幸せにマリージョアで暮らせていたんだろうから。

 

家族が居れば場所はどこでもよかったんだよ、父上。

 

 

少しの疑問と他者が被る不遇を飲み込んで黙っていれば、こんなことにはならなかった。

 

でもぼくは責めないよ。だって父上はぼくの家族であり父だ。

父上の行動は天という地位にしがみつく肥えた豚どもよりよっぽど崇高なものだ。

 

 

優しい、愚かな父上。ぼくは貴方を敬愛しているよ。

 

 

 

次に母上。ぼくの母上。ぼくとロシーの母上。そこらの雑草とは比べるのもおこがましい。

母上は空に咲いているままが一番良かったんだろう。

 

 

弱くて脆かった人。ぼくとロシーを何よりも愛してくれた人。どうか天国で安らかにあれ。

 

 

 

そしてロシー。ぼくの弟、ぼくのロシー。母上と同じ弱くて泣き虫で、すぐに怪我をしてくるドジっ子。

 

お前はぼくの天使だ。お前がいるからぼくは強くあれる。お前を守るためにぼくは強さを求められる。

 

何に代えても、何を犠牲にしようともぼくがお前を守ろう。

 

 

お前を汚す輩がいるなら、例えそれが神であろうが兄のぼくが全員殺してやろう。

 

 

 

灼熱の中でぼくはそう思った。

 

 

磔にされ、火炙りになり、無数の矢がぼくらを襲う。人間ダーツかとツッコむ暇はない。

 

 

ロシーは大泣きし、父上は図体が大きい分何度も矢に当たりながら、自分を犠牲にして必死にぼくたちを守ろうとしている。

 

 

ぼくは汚らわしい人間だ。でも父上や母上、ロシーは違う。

 

お前ら人間どもとは違う存在だ。純潔でそれこそまさに神といっていい。

そんな彼らを汚すお前らを、()()は許さない。

 

 

母上を死に追いやったテメェら愚民を、一族郎党全員皆殺しにしてやる。

死よりも辛い罰を与えてやる。

 

 

父上を鼻で笑った天竜人の豚どもを全員殺してやる。

 

お前らがおれたちをこの地に追いやったのももう察してるんだ。テメェらの肉を畜生の餌にしてやる。

 

 

有り体に言えば、ぼくら家族は甘過ぎた。その顛末がこの現状なのだろう。

 

それでも彼らの理想が叶えられない現実の窮屈さに嫌気がした。この世の全てに絶望した。

 

 

「あにうえ…あにうえぇ…」

 

 

ロシー、ロシー…ロシーロシーロシー……泣くな。頼む、泣くな…。

 

 

 

「ゆる…さない、ゆるさない…ゆるせねェ許せねェ許せねェ許せねェ…!!」

 

 

涙が溢れた。この世に生まれてからずっと出なかった涙が初めて溢れた。

赤ん坊の頃は別としても、平素で泣いたことなど無かった。

 

 

熱い、身を焦がすようなどす黒い感情が腹に溜まっている。

 

()()()()に手を出したらどうなるか、その身を以て教えてやる。愚民共め、汚らしい人間め。

 

 

 

 

 

「お前らを一人残らず、殺しに行くからなァ!!!」

 

 

 

大声で叫び、ここでぼくの意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

*****

【sideロシー】

 

ぼくの兄上は、小さい頃からよく遊んでくれた。

 

ぼくは外で遊ぶとケガばかりするから、いつも人形で遊んだり、絵本を読んでいた。

 

 

兄上は体を動かすのが得意だったし、本もぼくなんかよりずっと難しいものを読んでいた。

 

でもいつだってぼくが兄上に「遊んで」と言えば、兄上はアイスが溶けるような顔で笑って、ぼくの手を握った。

 

兄上は強くて物知りでカッコよくて、ぼくの憧れだ。

 

 

 

でも時折、そんな兄上が怖かった。

 

弱虫なぼくが他の子供たちにからかわれた時に、颯爽と登場した兄上。

ヒーローみたいに現れた兄上にぼくはドキドキして、カッコいいと思った。

 

でもその時、一瞬寒気がした。

 

 

兄上は笑っていた。でもいつもの自然な笑みじゃなくて、張り付けたみたいに笑っていた。

 

目は見えなかったけど、きっと見えていたら泣いてしまったかもしれない。それぐらいその時の兄上は怖かった。

 

それでもぼくは兄上が大好きだった。

 

 

ぼくの自慢の兄上で、いつかぼくも兄上みたいになりたかった。

 

 

 

引っ越していくらか経った頃、母上が死んでしまった。

 

ぼくがわんわん泣いていれば、兄上も辛いはずなのに泣かないでずっとぼくを慰めてくれた。

兄上の手付きは母上のそれと似ていて、ぼくはすごく安心した。

 

だからその日兄上がぼくを守ろうとした時に見せた怖いものも、きっと気のせいだったのだろうと思った。

 

 

 

 

そして父上や兄上、ぼくは捕まった。

 

 

痛かった。怖かった。もう死にたかった。

 

ぼくは無意識に兄上と言い続けた。兄上は大丈夫?兄上、兄上…。

 

その時辺りをつんざくようにして発された怒号に体が強張った。

ああ、この感じは…怖い兄上だ。

 

 

 

「お前らを一人残らず、殺しに行くからなァ!!!」

 

 

兄上がそういうのと同時に、ぼくの体から力が抜けた。

衝撃で少し外れた目隠しを首を振って取った。

 

ぼくたちは物凄く高い所に磔られていて、ぼくはまた泣きそうになった。

 

でも何とか堪えて兄上を見れば、体がブランとしていた。父上も同じようになっていたし、辺りを見渡せば全員が地面に倒れていた。

 

 

沸き起こる得体の知れない恐怖にとうとう泣きそうになれば、兄上の指がぴくりと動いた。

次いでぼくの体は落下して、来る衝撃に目を瞑った…けど来なかった。

 

 

「……?」

 

 

恐る恐る目を開ければ、兄上がぼくをキャッチしていた。

 

兄上はそのままぼくを落とすと、手に絡まっていたロープを払い落とした。

 

呆然と立っていたぼくを見かねたのか、手を伸ばして同じようにぼくのロープも取ってくれる。その手付きは少し乱雑だった。

 

 

怖い。

 

 

大声で殺すと叫んだ兄上が怖い。

 

父上や兄上がぐったりと動かなかった光景が目から離れなくて怖い。

 

沢山の人がぼくたちに死ね!!殺してやる!と言っていたのが怖い。

 

 

怖い、こわいよ、こわい。

 

 

 

「フフフ、大丈夫だ。ロシー、ロシナンテ。おれが付いてる」

 

「やだっ…!来ないでっ…!!」

 

「ロシー」

 

 

兄上が一歩一歩近づいてくる。

 

どうして笑っているの?兄上は怖くないの?ぼくは怖いよ、怖い。

もう怖いのはいやだ…母上に…会いたいよ。

 

 

「ロシー!!」

 

 

大声で兄上は叫んで、また指を動かそうとした。

 

何をしようとしているのか分からなかったけど、先程ぼくを助けた指の動きとは違って、今度の動きは強い恐怖を覚えた。

 

 

もしかしたら兄上は悪魔に魂を売ってしまったのかもしれない。

兄上でなくなったのかもしれない。

 

 

だって…だって兄上は…、いつもぼくに優しい笑顔を見せていて、たまに他人に張り付いた笑顔をすることもあったけど、兄上の笑顔は優しかった。

 

 

でも今の兄上の笑顔は、笑っているのに、笑っていなかった。

 

 

 

ぼくは怖くなって、兄上から逃げ出した。

 

 

 

 

 

-----

意識を失った後、ぼくは水の上に浮かんでいるような、そんな浮遊感の中ずっと漂っていた。

 

 

そう言えば意識を失う前も不思議な感覚だった。自分と他の誰かの意識が混じっているような感覚。

 

まぁ今は現状把握が一番大切だと思い周囲を探った。

 

 

下に見えるのは大勢の人間が倒れている光景と、音を立てるように燃え盛る炎。

 

これは俗に言う幽体離脱だろうか、そう思って自分の体を探せば、何と勝手に動いているではないか。

 

 

『え』

 

 

ぼくの体は勝手に動いている挙句、ロシーと会話している。

というかめちゃくちゃぼくの天使が怯えている。

 

空気は不穏で、そいつはロシーをまるで殺そうとしているように殺気を放っている。ロシーは恐怖で気づいていないみたいだけど、かなりやばい。

 

 

『やめろ!!ロシーに手を出すな!!』

 

 

大声で叫んで、ぼくは自分の体と逃げていくロシーの間に割り込むように立った。

 

ロシーにはきっとぼくが見えていないけど、元々体の主であるぼくなら勝手に体を動かしているやつに見えるはずだ、あくまで予想でしかないけど。

 

見えなかった時は、もう気力で体を奪い返すしかない。

 

 

「フッフッフ、殺し損ねちまったなァ」

 

『…!』

 

 

正面から見たそいつの笑顔は、見たことがあった。それも常日頃見ているスマイル。

 

 

 

 

それは…“おれ”だった。

 

 

『どうして…何で…。ロシーは、お前の弟でもあるんだろ…!』

 

「お前の弟だ。おれの弟じゃない。それにおれの弟もとっくの昔におれが殺した。勿論、父であるあの野郎もな」

 

『……え』

 

 

手の震えが止まらない。

 

“おれ”は、何を言っているんだ…?自分で殺した?家族を?何故……?

 

 

 

いや、これはきっと分かり合えない部分だ。家族しか求められないぼくと彼は、最初から違ったんだ。

 

それを分かっていたからこそ、“おれ”はぼくに自分の道を歩めと言ったんだ。

 

 

でも…でもそれなら尚更おかしいじゃないか!何で!どうしてぼくに関わるんだ!!!

 

 

『どうしてぼくの人生に関わるんだ!!関わらないって、約束…したのに……ロシー……酷いよ…』

 

「……お前の人生は父のせいで惨めなものになった。そのせいで母上も死んだ。お前の弟は、お前を裏切り続ける」

 

『煩い!!お前の父上や弟じゃないからって、そんなこと言うな!例えそれが事実だったとしても、ぼくはどんな形であれ家族を愛してるんだ!!なのになんで壊そうとするんだ!!!』

 

 

 

ぼくと“おれ”の隙間を縫うように、風が吹いた。そのうねりに乗り炎の勢いは大きく増した。

辺りには倒れている人間を除いてぼくたち以外に誰もない。

 

 

その時燃え盛る炎に搔き消えてしまいそうな小さな声が聞こえた。

 

 

「…お前がいつか言ったな。お前がおれで、おれがお前だと」

 

『…それがなんだよ』

 

「この世でおれには、お前しかいない」

 

 

「あ」と小さく声が漏れた。その声は紛れもなくぼくの声で、いつのまにか体が戻っていた。

ぼくは目の前にいた彼を見上げた。

 

 

『お前には家族もいる。その内友人も敵も、仲間もできる。そうすりゃおれはお前にとっちゃ小さいものになって、消えてくだろうよ』

 

「そんなことない!!ぼくの一番は…」

 

『言い切れるのか?えぇ、おい?絶対に自分が一番だと、おれが一番だと言い続けられんのか?』

 

 

 

彼は…、“おれ”はきっと寂しい人間だ。だってずっと牢屋にいたんだ。

それにきっとその前も、寂しい人生だったのだろう。分からないけど、何となくそう思った。

 

強い執着心と、捻れた愛情。

 

やっぱり違うけど、でも彼はぼくで、ぼくは彼なんだ。そう思った。

 

 

だったら彼が信じられる言葉を言おう。ぼくの覚悟を、誠意を見せなくちゃいけない。

 

それが同じ傘の中にいるもの同士の礼儀というやつだ。

 

 

目を瞑って開く。

それを何度か繰り返して、彼のサングラスの奥にある瞳を見つめた。

 

 

 

「ぼくがお前を一人にした時は、ぼくを殺して、ぼくの大切なものを全て壊し尽くしていい。この言葉さえも信じられないのなら、今ここでぼくを殺せ」

 

『……』

 

 

ぼんやりとした意識の中で見た、ぼくの体を使って彼が糸を出し、ロシーとぼくの体の縄を切った光景。

あれは恐らく、悪魔の実の能力だ。

 

本の中で読んだだけのそれに彼は笑い、自分の持っていた能力について話したことがある。

何故ぼくの体で使えたのかは分からない。

 

でも彼は簡単にぼくを殺すことが出来る。

主導権を握っているのは“おれ”だ。

 

もし彼の害になるなら、その時はぼくを殺して構わない。

 

 

ぼくの誠意、それはぼくの命。

 

 

『フ……フフ、フッフッフ!!お前馬鹿か』

 

 

ぼくの真剣な目を嘲るようにして、その巨躯をぼくに近付けた。猫背でも見上げなければ彼の顔は見えない。

 

 

「な、何で笑うんだ!ぼくは真剣に誠意を…」

 

『おれがお前を殺せば、おれも死ぬだろ。お互い精神が繋がってる感覚があるのは分かってんだろ』

 

「…あ、………いや、じゃあ体を乗っ取れば…」

 

『今回は状況が危ねェ上にお前が気絶したから入っただけだ』

 

「へぇ……ん?お前ぼくの体に普通に入れるのか?」

 

『フフフ、みてぇだな』

 

 

 

毒気を抜かれた会話を多少交わして、ぼくは尻餅をついた。

 

どうやら精神に少し余裕ができたものの、体は限界らしい。

油断したらまた意識を飛ばしそうだ。

 

 

『おいおい寝るなよ。殺されても知らねぇぞ』

 

「……うごけない。ねむい」

 

『ったく、面倒臭ェガキだな……ほら、退け』

 

 

ぼくは目を閉じて、自分の意識を彼に預けた。すると浮遊感が次いで来る。

 

下を見ればぼくの体が呆れたような顔をしていた。

 

 

…何だかむず痒い。

 

 

まだ天竜人だった時に、書庫に入り浸っていたぼくはよくそのまま寝てしまった。

どこにもいないぼくを心配して時には父上がおぶって、時には母上が抱いてくれた。

 

 

今のこの感覚は、それに酷く似ている。親の腕の中にいるような、そんな温かさ。

 

 

『…いいの?』

 

「ア?何がだ?」

 

『…ぼくを、殺さなくて』

 

 

伝えたいことはぼくを信用してくれるのかということだったのに、眠いせいで同じ言葉を言ってしまった。

 

一瞬“おれ”は眉間に皺を寄せたけど、それでも本来言いたかったことは伝わったのか、短く「あぁ」と言った。

 

 

「逆に甘ちゃんなお前にどうこう思ってた自分が馬鹿馬鹿しくなった」

 

『ひどい』

 

「それに」

 

『…?』

 

「ガキのお守りぐらい、手前でしねェとダメだろ」

 

『…??』

 

 

ぼくがさらに疑問符を浮かべていれば、彼がため息をついてぼくの顔を見た。

 

ここでいう手前とは自分=“おれ”のことらしい。

 

詰まりぼくの面倒は彼が見ると………分かりづらいにも程がある。

それにぼくは転生してるんだし心はガキじゃない…年齢が体にいくらが引きずられてるとはいえ………多分。

 

 

『ねぇ、“おれ“』

 

「……“ジョーカー”でいい。前から思ってたが話す時に混ざって面倒だ」

 

『……厨二?』

 

 

めっちゃ睨まれた。

多分人生で一二を争うレベルの睨まれ。だ、だって厨二っぽいじゃん、“ジョーカー”って。

 

でも怖いのでそう呼ぶことにする、ジョーカージョーカー、…OK分かった(白目)。

 

 

『ジョーカー、ぼくちょっと寝るけど…父上の縄も取って…あげて』

 

「……」

 

『おねがい』

 

「……今回だけだ」

 

 

今のぼくじゃ父上を疲労のせいで助ける気力も残ってない。

 

でもジョーカーの能力なら簡単に助けられるはずだ、ぼくの体にある疲労云々を抜いても。

 

例えぼくがもし彼の能力を拝借できたとしても、上手く能力を駆使できるかも分からない。

 

 

それに彼は父上が嫌いだ。…いや、多分ずっと殺そうとしていたのだろう。

 

ぼくが父上の話をする時、父上自身が近くにいた時、ジョーカーの目には憎しみと殺意、そしてほんの少し、悲哀の色があったように思う。

 

その真意までは分からない。

 

でも総合して殺意が優っていたのは確かだ。

 

今考えるとぼくを思ってのことだったのかな。あくまで予想の範疇を出ないけど。

…自分で考えておいて恥ずかしいな。

 

 

火の上がっている位置に父上はいる。未だ気絶して磔にされたままだけど、生きている。

 

母上を失った時の悲しみと、向ける先の分からなかった怒り。

それをもう味わいたくない、父上を助けたら、すぐにロシーの後を追わなきゃいけない。

 

 

ロシーはドジだから、ぼくが守らなきゃ。

 

…でも…今だけは少し、ぼくの微睡みを許して欲しい。

 

 

 

 

 

「おやすみ」

 

 

 

意識が沈む中、そんな柔らかな声が聞こえた。




主人公(ぼく≧おれ)
色々いっぱいいっぱい。人間嫌いがカンスト。家族大事。ロシィィィィな彼はブラコン(重度)。
モフモフからパパ味を受信。間違っても父上とは言わないぞ。

モフモフ(ジョーカー)
自分の面倒な執着心に返って冷静になる。主人公守り隊。おとしゃん。

ロシー
モフモフin主人公に恐怖、トラウマ化。兄上来ないで怖い。

父上
はよ、助けて差し上げて。


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狼煙を上げて

副題『フラミン号は動き出すよ』

見やすいように改行したりなんだりしてるけど、今一上手くいかない…難しい小説……。


次回番外ひとつ挟みます。


ジョーカーが父上を助けた後、彼は偶然こちらへ来たヴェルゴと会ったらしい。

 

曰くヴェルゴはファミリーに黙ってぼくらを助けに来たらしいとのこと。ぼくらというより、ぼくを助けに…が正解らしいけど。そんな仲良かったっけ?

 

 

『フフフ、“相棒”はお前のこと気に入ったらしいな』

 

「…煩い、知識をひけらかすな。不干渉はどこ行ったんだ」

 

『あァ不干渉だな。ただの独り言だ』

 

 

そう、彼も少しぼくに対する対応が変わった。というか目がなんかお父さん、声のトーンも柔らかい。

 

元々子供に向けて接するような感じはしていたけど、隠さなくなった。

 

一応言っておきたいがぼくの父上はお前じゃない。だからその…温かい目を止めてくれ!むずがゆい!!

 

 

…とまぁそんな感じで、ジョーカーは持ってる未来の知識を隠さなくなったのだ。

今までは偶にポロッと出ていたこともあったけど、気を付けようと気を張っていたのは確かだ。

 

 

それがお互いを一応信用するというか信頼というか、兎に角気を張らなくなった。

ソファにリラックスして寝そべる感じだ。

 

そしてその分ポロッの回数がかなり多くなっている、いいのかそれで…いやリラックスしてるなら嬉しいけどさ。

 

ぼくとしては前提が分からないのでほぼ理解出来ないからいいけど。今のもそうだ、相棒って誰だ…流れ的にヴェルゴなのは分かるけど。

 

 

まぁそれより、とりあえず今の状況だ。

 

ヴェルゴが父上を運ぶのを手伝って来た古屋。彼のファミリーの所有物らしい。

その場所に父上を運び終わった直後、ぼくは目覚めてジョーカーと代わった。

 

ヴェルゴは何かぼくの変化を感じとったみたいだけど、特に何も言わないでいてくれた。ぼくも誰にもジョーカーの存在を言ったことがないから助かる。

 

 

「ヴェルゴ、ありがとう。お前には世話になりっぱなしだな」

 

「いや、構わない。君には助けるだけの価値があると思うから」

 

「…価値?」

 

「すまない、言い方が下手で。何というか、上に立つ者の資格があると俺は思うんだ」

 

「…おれが?」

 

 

ぼくが眉を寄せていれば、ヴェルゴもまた困ったような顔をする。

 

そんな顔をさせたいわけじゃないけど、言ってることがイマイチ分からない。上に立つ者というなら、それはただ元天竜人としての雰囲気があるだけだ。

 

ぼくはもう人間なんだ…そう言われる筋合いはない。

 

 

『勝者は、ただ天竜人だけを言わねェさ』

 

 

沈黙の中、ぼくだけに聞こえる声がする。ここで彼のいる方を向くのは不審なので、顔はヴェルゴに向けたままだ。

 

 

(どういうことだ?)

 

『力を持つ者。地位を持つ者。富を持つ者___その一人一人、全てが勝者に違いねェが、相棒の言いたいことはそうじゃねぇ』

 

(…分かるように言ってくれ)

 

『お前が世界を支配する、全ての上に立つ素質があると、そう言いてェんだろうよ』

 

(…………ぼく彼に何かしたっけ?)

 

『おれに聞くな』

 

 

上に立つ者…か。ぼくに?まさか…。

ヴェルゴが何故ぼくをそう感じたのかは分からないけど、ジョーカーの素質と似ているなら、分からなくもない。

 

彼のカリスマ性は圧倒的だ。それを利用して世界の上を目指すならあり得そうだけど、ぼくにはカリスマ性なんぞない。

 

あるならありったけの家族に対する執着心だろう。

 

 

…そう、家族。こんな話をしている場合じゃない。ロシーを見つけないと。

 

 

「ヴェルゴ、お前に頼みがある」

 

「俺にできることなら何でも」

 

「父上のことを見ていてもらって構わないか?おれはロシーを…弟を探さなきゃならない。ただ自分に害が被りそうになったその時は構わず逃げてくれ」

 

「…君の大切な人じゃないのか、この男は?」

 

「ああそうだ。おれとロシーの父上だ。それでもこれ以上お前に迷惑を掛けるわけにはいかない」

 

「…分かったよ。君がそう言うなら」

 

「ありがとう」

 

 

ぼくはそう言って、小屋を後にした。辺りには人が少ない。もしかしたらゴミ山にある家に戻っているんじゃないかと思い、ぼくは走った。

 

 

(ロシー、ロシーロシー……!)

 

『大丈夫だとは思うけどな。おれの時は海軍に拾われてたし』

 

(だから!!お前は!!そういうのをポロッとこぼすな!!気が抜けるだろ!)

 

 

例えジョーカーの時がそうだとしても、今がそうなるとは限らない。

 

そもそもぼくがいる時点でこの世界は大分違う。結末なんて分からない。だから可能性の一つとして彼の意見を受けるに留める。

 

 

「ロシー…生きててくれ!」

 

 

 

今はただ、弟の無事を祈ることしか出来ない。

 

 

 

 

 

-----

ゴミの山の上にあったぼくの家は、文字通りゴミになっていた。きっとぼくらを磔にした人間どもが壊し尽くしたのだろう。

 

一応こんなゴミ山でも、家族四人で過ごした場所だった。それが三人になって、今は………何も無い。

 

 

 

この感情は何だろう。怒りでもあり、憤りでもある。でもどれとも当てはまらない気がする。

 

これは何だ……これは、この感情は……。

 

 

「プルルルル」

 

 

そんな時、音が聞こえた。あれは確か父上がよく使っていた…そうだ、天竜人の豚どもと話していた時に使っていた電伝虫の音…!

 

音のする方を探し、瓦礫を探した。地面に切れた掌から血が滴るが構うものか。

 

 

ロシーが、ぼくのロシーを、ロシーロシーロシー___、

 

 

『指に意識を集中させろ』

 

「でもっ…」

 

『いいから黙って聞け、クソガキ』

 

 

涙と熱と、形容し難い感情が渦巻き思考がぐちゃぐちゃになる中で、ぼくを宥めるように話す。

 

元はといえば彼がロシーに殺意を向けたからロシーが逃げてしまったのだろうが、でも不思議とそれを責めようとは思わなかった。

 

ジョーカーの言う通り指に意識を集める。すると何か変な感覚がした。

指の先から何かが出るような…そんな感覚。

 

 

『そうだ、そのまま思いっ切り振れ、切るイメージだ』

 

 

ぼくは言葉の通り指ごと腕を振った。切るイメージ、豚どもを真っ二つにするイメージ…。

 

 

「わ」

 

轟音とまではいかないけど、辺りには十分反響する音を立てて目の前の瓦礫の山が切れた。

視界が良くなった中で、ぼくは電伝虫を見つけた。

 

 

『筋は悪くねェな。モーションは大き過ぎるが』

 

「…お前みたいに指だけで操作できるならわけないな」

 

『フッフッフ!褒めてんのか?』

 

 

断じて!!褒めてない!!だからその温かい目を(ry

 

 

一先ず落ち着くためぼくは深呼吸をして、目の前の電伝虫に出た。

もしかしたら、保護されたロシーがぼくに電話をしてきたかもしれないと思って。

 

 

「もしもし」

 

〈や、やっと出たえ!待たすなんて無礼だえホーミング!!〉

 

 

出たのは豚…天竜人だった。

この声は聞いたことがある。こいつはロシーを見下そうとしてたクソガキの…。

 

 

「…父上はいませんが、取り急ぎならばぼくがお受けしますよ」

 

〈…!その声はドフラミンゴ聖…いや、ドフラミンゴだな!〉

 

「……えぇ、何でしょう」

 

〈話は早いえ!お前、わたすのドレイにならないかえ!?〉

 

 

…は?

 

 

〈お前たちがマリージョアを去る時にわたすは父上に言ったんだえ!ドフラミンゴ聖は残して欲しいって〉

 

「……はぁ」

 

〈でも父上があのホーミング共はここで消えてもらった方がいいと___〉

 

「…ほぉ?」

 

 

 

話が長くなったので要約すると、ロシーを見下したあの野郎はおれに憧れているから、手に入れたいらしい。

奴隷が嫌なら使用人でもいいと言っていた、優遇はすると。

 

カッコいいとか言っていたのは薄っすらと覚えている。というか熱が強すぎてキモい死ね。そんなこと言えば殺されるから言わないが。流石権力様様だな。

 

 

しかし問題なのは、ここで連絡をしてきたタイミング。

 

 

「…詰まり、他の天竜人はぼくたちを干した後、この土地に情報をばら撒いて、ぼくたちが死ぬのを待ったと………そういうわけですか」

 

〈そうだえ!でもちみが死んでなくてよかったえ!!ずっと心配してたんだえ〜〜〉

 

 

奴が電話したのは父上に取引を持ち掛けたかったらしい。

おれを売るならお前だけでも他の地に逃がしてやると。

 

何故今なのかといえば、中々死なないおれたちに他の天竜人が金で一部の人間に襲わせるよう指示したのを知ったからだと…。

 

 

例えば三人が空を指差していれば、多くの人間が空を見上げる。一人でも、二人でもダメだ。

 

 

三人以上、これが重要だ。

 

いくら人数が少なくとも三人以上なら数の暴力は成立する。少人数に当てられた多くの人間がおれたちについに濁流となって押し寄せたのだろう。

 

 

今までの小さな殺意は、数の波によって合わさりおれたちを殺す業火となった。

 

 

…またあの感覚だ。腹の底から渦巻くような衝動。

 

 

奴はおれが殺される前に手に入れなければと思ったが故の即行動と言っていた。

テメェ人の人権を無視してやがるな。まぁそれはいい別に。

 

 

 

指示したのはどの天竜人なのか、奴はホイホイ答える。

甘い言葉を備えれば簡単だった。

 

 

「ぼくにはもう…父上も弟もいない…。ぼくはもう…」

 

〈ま、待つえ!!死ぬなえ!!〉

 

「許せない…許せない……!」

 

〈何が許せないんだえ?わたすに出来ることなら何でも叶えてやるえ?〉

 

「……知りたい、ぼくたちを殺せと命令した、天竜人を」

 

〈そ、…それは…〉

 

「教えて、そうすればぼくは…」

 

〈…!わ、分かったえ!!〉

 

 

本当に天竜人は知能が低い。贅の中で脳みそを溶かしてしまったのかと本気で思う。

 

ぼくらを殺せと言っておきながら、確実に死んだのか確かめてない。簡単に他の天竜人を売る。

そして普通家族を殺されれば恨んでいるはずの元天竜人が喜んで奴隷になると思っている。

 

 

アホか。

 

 

「そうですか…彼らが……」

 

〈さぁドフラミンゴ!!お前をわたすのドレイにしてやるえ!楽しみにしてるえ!!〉

 

 

怖くはない…と言えば嘘だ。だが奴は既におれに堕ちている。

 

 

 

「フ……フッフッフ、おれがお前の奴隷だと?ふざけてんじゃねぇぞ」

 

〈〜〜なっ、何だえ!?失礼だえ!無礼者!!!〉

 

「ア?無礼はどっちだ、豚野郎」

 

〈こ…………殺してやるえ!!!この世で一番痛い方法で殺してやるえ!!お前わたすを誰だと思っている!!天竜人様だえ!!!!!〉

 

「ッハ、テメェこそおれを誰だと思っていやがる」

 

 

 

 

 

_____おれは、ドンキホーテ・ドフラミンゴだぞ。

 

 

 

電話越しで息を飲む声が聞こえた。

 

 

甘く、色を交えて言った言葉は、ちゃんと効いてくれたらしい。

 

あーよかったよかった。本気で権力を行使されたら速攻で死ぬ。あいつらは本当狡い。何たって政府の武力を使えるんだから、元の付くぼくが何を言ってるっていう話だが。

 

そう思っていればなんか電話からぶっ倒れる音がした。おいどうしたさっきの威勢は。

 

 

『…お前、エグい』

 

「ゑ?」

 

 

 

あ、そんなことよりロシー。

 

 

ぼくは聞いた天竜人は後々死刑大全集にも載せられない凄惨極める方法でぶっ殺してやると思いながら、ロシーのいそうな場所を探そうと歩き出した。

 

でももう当てがない。もしかしたら本当に海軍に保護されたのかもしれない…。

 

 

そう思ってヴェルゴの元まで戻れば、ヴェルゴが倒れていた。

床には水桶と、タオル。溢れたであろう水は床一面に広がっている。

 

 

「???父上、父上…??父上!!?」

 

『落ち着け』

 

 

父上がいない。誰が、それにヴェルゴには頭にでかでかとたんこぶが出来ている。

死んではいない、息はある。倒れているヴェルゴの横でへたり込んで入れば、呻き声が聞こえた。

 

 

「…すまな…い」

 

「…っ、いい。お前に迷惑をかけてすまない」

 

「……君の、弟が来て……」

 

「ロシーが!!?」

 

 

まさか、天竜人共は生きていたことを知ってロシーと父上を殺させに…!?それとも他の人間が…。

 

 

「滑って、ぶつかって……頭を打った………すまない…」

 

「……ん?」

 

「君の弟とぶつかって、頭を…「いや、何となく分かったからいい」……すまない」

 

 

 

ロシーはドジっ子だ。何もないところで転ぶのが最早十八番だ。

 

そんなロシーが、ヴェルゴが父上のタオルを替えようとして、それを偶々落とした時に来た。

 

その上に、ロシーの足が……もう、お分かり頂けただろう。次いでに言っておくとロシーは転び慣れてるせいか結構石頭だ。

 

 

「でも、ロシーが何故この場所を…?」

 

 

そうだ。あのスーパードジっ子がどうやって…。そう思っていれば、ヴェルゴが口を開いた。

 

 

「君が磔にされていただろう。それがかなり大事になって、海軍がこの辺りに来たらしい。それで一度近辺を調べていた海兵の奴らが来たんだ。君の父は、病弱で寝込んでる俺の父と言っておいたけど…」

 

「……そう…か」

 

 

髪の色が違うよヴェルゴ…。でも守ろうとしてくれたんだ、ありがとう。

 

 

その時不審に思った海兵が報告でもしたのだろう。ロシーも既に保護されていて、父上の確認をしに来たのなら、妥当がつく。

 

ぼくは確実に置いていかれたな…ロシーはぼくのこと嫌いになっちまったのかな…。

 

置いていかれたのは辛いけど、ロシーをこれ以上怖がらせたくない。

磔にされて、原因はジョーカーだけど兄から殺意を向けられて、酷く傷付けてしまった。

 

その心を癒すにはいくら時間があっても足りないだろう。

 

そんな隣に恐怖の元であるぼくがいたらそれこそ邪魔だ。

 

 

離れ離れは辛い。でもロシーならきっと大丈夫だ。

 

だって…ぼくの自慢の弟なんだから。

 

 

 

取り敢えず弟と父上の方はいいとして、問題はぼくの方だ。

流石にこの年齢で就職口があるとは思えない。

 

 

「どうするか……」

 

「あのっ、それなんだが…」

 

 

ぼくが悩んでいれば、ヴェルゴは少し言いづらそうにこちらを見ていた。

何だ、ぼくの顔には何も付いてないぞ、そっちには卵の殻が付いてるけど…。

 

 

「君がいない時に…仲間に電話で君のことを話したんだ。その…、勝手にすまない…」

 

「いやいい、それで?」

 

「君がいた場所は多くの人間が倒れていただろう?もしかしたら、それは覇気なんじゃないかって…」

 

「“ハキ”?」

 

「俺も詳しくは知らないけど、君のことに興味を持ったみたいなんだ。君がよければ…俺たちの仲間に……ならないか?」

 

「……仲間…」

 

 

ぼくは一瞬ジョーカーの方を見た。

 

彼の言っていた、ぼくに他の大切な存在ができると言っていた時に見せていた歪んだ執着心と愛情。

 

大丈夫、ぼくの一番は自分で、お前だという意味合いを含めて少し笑って見せたけど、特にもう気にしていないのかじっとヴェルゴの方を見ている。せめて見るだけ見てくれよ…。

 

 

仲間……仲間か…。もう、本格的にぼくにはぼくとジョーカーしかいない。

 

別にこのままでいいけど、割と…いやかなり、ヴェルゴは気に入っている。

だってぼくやロシー、至っては父上まで助けようと動いてくれたのだ。断る理由はないだろう。

 

 

「…いいぜ、まぁヴェルゴがいいとしても、お前の仲間が駄目だったら仕方ないけどな」

 

「そ、その時は俺も君と一緒に行くよ!」

 

「………ドフィでいい」

 

「…え?」

 

 

だから!ドフィでいいっ()ってんだろ!!

 

キレ気味にそういえば、目を丸くしたヴェルゴは破顔した。別に照れてない、照れてないからニヤニヤするな!!!そこのモフモフ!!!!

 

 

 

 

 

こうしてぼくには数十年以上共にする親友というか相棒が出来ることになる。

 

それとぼくが使ったのかジョーカーが使ったのかは曖昧だが、使ったのは覇気ではなく覇王色というものらしい。上に立つ者が使えるものが覇王色なんだとか、言われてもさっぱりだ。

 

それを説明したトレーボルという男は、ぼくを船長とした海賊団を建てようと言い出した。

 

口を開けたままのぼくはその熱い流れをどこか冷めた目で見てしまった。流れについていけてない。

 

 

「んねーじゃあドフィにはぴったりの悪魔の実を見つけないとねー」

 

「いや、使えるぞ?」

 

 

その一言で逆に静まり返った場にジョーカーに教えてもらいながら糸を出せば、ゴミ山で食っちまったんじゃねぇかと、大声で笑い出した…うるさい。

 

うるさいけど、でも……温かかった。

 

 

(…あったかいな)

 

『家族だからだろ』

 

(…え?でももう、父上もロシーも……)

 

『…別に家族は、血の繋がりだけを言わねェよ』

 

 

目を少し細めて彼は言った。

 

昔のことでも思い出しているんだろうか、その目の奥に温かい色があったから、余計にそう思ったのかもしれない。

 

そうだ…血の繋がらない家族か……それも、悪くない。

 

 

(それに、お前もぼくの家族だもんな)

 

 

いやきっと…血よりも複雑なのかもしれない。だってぼくと彼は、糸で繋がってるんだから。

悪魔の実を食べていないのに能力が使えるのも、それが原因なのかもなんてね……。うわはっず。

 

 

勝手に自分で赤くなったり青くなったりしていれば、周囲はいつのまにか真剣な顔をして、ぼくを見ていた。上に立つ者として、ドフィ、お前は何を求めるのかと、そう問われる。

 

 

何を求めるか…か。

 

 

 

 

 

「…おれは、元天竜人だ。人間を奴隷にし、殺すことも厭わない奴らと同じだったが、おれは、おれの家族は地に堕ちた。

 

病弱な母上は呆気なく花のようにその命を散らせた。甘い父上はなすすべもなくいたぶられたが、それでもおれや弟を守ろうとした。

 

…そして弟は、歪んだおれから父上を連れて去った」

 

 

 

ありのままを告げる。数人からは息を飲む音がした。

 

 

 

「この世は勝者だけが正義だ。おれが言うなと言われればそれまでだが、天竜人のような豚どもがこの世の上に立ち権力を振るう、地位しか持たない本来なら何の力も無い奴らがだ。

 

逆に人間どもは汚い、自分の不幸を棚に上げおれの天使に、おれの父上や母上に手を出した。

 

許されることじゃねェ、おれの家族は浅はかだっただろう、弱いくせに甘い考えしかなく、自分たちしか見なかったから人間どもに、豚どもの歯牙にかかった。

 

 

___だが、何故おれたちが地獄を見なきゃいけなかった?おれたちは、ただ幸せに生きたかった…それだけだった…!!

 

そんなおれの家族に仇為した全ての人間どもに報復と、絶望を。

 

 

そして甘い考えも罷り通らないこの世界に……そう、破壊と、再生を。

 

 

おれに着いてきたきゃ着いてこい。途中で嫌気がさしたなら、その切っ先を以っておれの首を狙え」

 

 

 

 

 

さぁ言おう。これが…ぼくの、…いやおれたちの、始まりだ。

 

 

 

 

 

「野郎ども!!おれは世界をぶっ壊す、覚悟はいいか!!!」

 

 

 

怒号のような声と共に、歓声が上がる。

 

 

幕はこうして切られたのだった。




主人公(ぼく≦おれ)
本人は気付いてないけどカリスマ性+ +、抜け切らない甘ちゃん、家賊愛◎
世界をぶっ壊すけど立て直したいマン(少しはマシ)

モフモフ(ジョーカー)
主人公守り隊兼おとしゃん。変な虫を付けないでくれ頼むから…!何だかんだ昔を懐古してる。

ヴェルゴ
若教入信済み、多分弟のあれこれで主人公がプッツンした時に入信。但し第二号。

名無し天竜人
若教第一号。か……カッコいいえ…!多分その内色々手回ししてくれるかも。

ロシー
兄上怖い……。


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番外:ガキと愛情

若視点から見た主人公について語るお話です。本編には読まなくても大差無いので流して頂いて大丈夫です。
捏造のオンパレードなので、大丈夫な方だけどうぞ。若に夢見てる。


終わりは誰にでも来る。おれの終わりは独房なだけだった。

 

 

玉座から失墜し、そのまま檻の中で動物園気分だ。それも動物の方だから笑えねェ。

 

数年後だったか、はたまた数十年後だったかは記憶が曖昧だが、あの忌々しい麦わらが海賊王になった記事を読んだ。

 

 

それからさらに月日が経って、それなりの歳だった。おつるさんは化け物なのか魔女なのか知らねぇがおれよりも長生きした。本当色々敵わない。

 

 

行き先は地獄だろうと病の痛みに苦痛を漏らして死ねば、そこは亡者の集う場所でもなく、かといって極楽浄土なわけでもない。

 

記憶の隅にある光景、その景色と似ていると思った。

 

見渡せばやはり見覚えがある気がするが、らしくもなく混乱しているのか上手く思考が回らない。

 

そして目についたのが、自分と同じ金髪。それも赤子だ。

 

 

まさかと思ったが自分だった。さらにわけが分からないが、つい手を伸ばしてしまった。

無意識に殺そうとしたのか興味に駆られたのかは定かではない。

 

ただ自分と同じ存在であるはずなのに違う瞳の奥の色に、魅かれてしまったのかもしれない。

 

 

それがおれとガキとの出会いだった。

 

 

 

ガキは子供というには余りにも中身が成熟していたが、大人というには些かぴったりと当てはまらなかった。あいつ自体が体に精神を引っ張られていたからかもしれない。

 

何はともあれ奴はおれであろうが、魂の部分に関してだけ言えば別の何かであろうということは早々に分かった。

 

だが口にすることはないだろう、これまでも、これからも。

 

 

おれたちの距離感はそれぐらいが適当だった。

必然と己の過去についても秘匿し、お互い知らず探らずの関係に持ち込んだのは丁度良かったとも言える。

 

 

 

行く行くはロシーやあいつの父を殺そうとしつつ、時折あいつの体を乗っ取ろうとする。しかし精神の主導権は彼方にあるのか無駄に帰した。

 

今更自分の家族でもない存在の生死などどうでもよかった。

 

ただガキの今後を思えば、早めに殺しておいた方がいい、そう思っていた。

 

 

…もう大分この時点で絆されていたのかもしれない。

 

 

 

精神の端であいつと繋がっているのを偶に感じては、苛立つ。

 

根底はおれと同じだろうに育て方が悪かったのか、奴は随分甘かった。おれに比較すればの話で、普通よりは尋常じゃない気狂いなのだろう。

 

だが気狂いが大事なものはやはり家族かと思えば違う。自分だと、イコールでおれなのだと言った。

おかしい奴だとは思っていたが、相当におかしな奴らしい。

 

 

込み上げたのは嘲るような笑いと、久しい愛情だった。おれのそれは歪んでいる。

 

 

おれに愛されるなんざ、可哀想な奴だ。

 

 

 

 

そして過去を変えるでもなく、月日が経ちガキは地に堕ちる。不干渉だと自分に言い聞かせた。

 

関わるべきではない、もはや死んでいる存在が動くべきではないと思いながら。ガキの一にも満たない努力を眺めていた。

 

幸せなんぞすぐ壊れる。母の死であいつは簡単にそれを痛感しただろう。

惨めで哀れな奴だ。

 

 

甘い奴はすぐに死ぬ。だから今のうちにあの二人を殺すか、おいて逃げればいい。救う選択肢なんぞはなからない。

 

お前を…おれを地獄に堕とした存在を、裏切り続けた愚か者を救おうとするなんざそれこそ自分から進んで愚かになるというものだ。

 

だがガキはおれの甘言にも傾かず、そのまま家族を歪んで愛し続ける。

 

どこまでも甘ちゃんだと、頭の中で一人毒づいた。

 

 

 

そしてとうとう、その時が来た。人間どもの汚らしい罰と称した磔を。

 

 

もうなりふり構っていられないのか、ガキの心情がダダ漏れだった。もう少し利口になれと思ったが、その言葉も内容を聞いているうちに止まった。

 

 

 

___優しい、愚かな父上。ぼくは貴方を敬愛しているよ。

 

(違う、どこまでも愚かで救いようのない男だ)

 

 

___弱くて脆かった人。ぼくとロシーを何よりも愛してくれた人。どうか安らかに天国で幸せに暮らして欲しい。

 

(あいつがいなければ母上は死ななかった。おれもロシーも、地獄を見なかった)

 

 

___お前を汚す輩がいるなら、兄のぼくが全員殺してやろう。

 

(おれを裏切り続けた愚かなコラソン__ロシナンテ。おれはお前を愛していた。裏切ったのはおれじゃない、お前らだった)

 

 

 

どっと負の感情が渦巻いた。甘過ぎる考えだ。おれには到底理解出来ない。

 

だが繋がりのあるおれとガキは、恐らく多少は精神の影響をお互いがし合っている。

 

圧倒的にそれはおれだろうが、あいつの甘さにおれが少しは影響を受けたか否かで言えば、否とも言い切れない。

 

 

そのまま感覚が共鳴したおれとガキは覇王色を放った。どちらのものでもあったろう。

 

ガキは気絶し、いつのまにかおれがそのまま肉体を動かしたと理解した時は、情報量の多さに眩暈を起こしかけた。

 

長らく閉じていた感覚だ。酔ってしょうがない。

 

 

取り敢えずこのまま二人を殺そうと煮えたぎった腹のまま動けば、気付いたガキがおれとロシーの間に入った。

 

あぁお前もおれを置いていこうとするのか、ロシーがおれを裏切って一人にしたように、お前もおれを一人にするのか。

 

 

ガキのような感情に飲まれ、そのまま勝手に口が開く。何故裏切り者の弟を、お前をこんな惨状に巻き込んだ父を庇う。

 

(おれには、お前しか___)

 

 

 

どちらがガキかその時ばかりは分かったもんじゃない。

 

あいつもおれに引っ張られ、おれもあいつに引っ張られていた。らしくないが起こったことだけが真実だ。弱い部分を見せたことは認めよう。

 

 

ガキはおれの言葉に応えようとして、しかし辻褄の合わない話をした。

 

お前が死ぬのならおれも必然的に死ぬだろう。

 

それでもガキは自分の誠意だと言い切った。どこかギクシャクしたまま、懸命になって言う。

その姿はまさしく子供のようで、呆れ半分慈しみに似た感情半分。兎に角自分が馬鹿馬鹿しいと思った。

 

 

 

__こんなガキに、まさか絆されていたとは。

 

 

確実に理解したのはこの時だ。前々から絆されていたが気づかぬふりをして過ごした。

だがもう隠すには些か大き過ぎる感情になっていた。

 

 

初めて会った時、そして成長していく過程をガキの親よりもずっと近くで見ていたんだ。まぁ、そういう感情も芽生えておかしくないだろう。

 

自分にそんな感情が残っていたのは驚いたが、まだあったんだ。

 

 

(…家族の愛か…)

 

 

血が繋がっているわけじゃない。だが血の繋がりよりも面倒な鎖、一生これは離れねェだろうし、離そうとも思わないのが今の現状だ。

 

前よりも近寄ったのは確かだ。あいつはおれに近付き、おれもあいつに近付いた。

 

ガキは考えていないだろうが、もしかしたら将来精神が混じるのかもしれないと感じた。無くなるのがどちらかは定かではないが。

 

 

 

 

長くなったが、一先ずこれで終わりにしよう。

 

 

ガキは害にはならないだろうが変な虫を付けるわ、甘ちゃんな考えをするわ、目を瞑りたくなるようなことばかりをしでかす。

 

ロシーと逆の意味でドジっ子なのかと一瞬思うが、そこまで抜けてもいない。寧ろおれと同じで抜け目ない策略家といえる、歳にしてはだが。

 

 

そしてロシーとあの男。

 

恐らくは今頃海軍に保護されロシーは海兵としていつか潜入してくるのだろう。男の方に関しては知らないがセンゴクのことだ。手厚く守っているに違いない。

 

ガキのこともある、今更自分から進んで殺そうとは思わないが、害になった時は殺す。薄々ガキも感じている、暗黙の了解だ。

 

 

まだ先は長い。始まったばかりだ。大航海時代の幕開けもしていない。

 

ラオGの立場というのも少し奇妙だが、今はその位置に甘んじよう。ガキの行き先を間違えないよう、最低限の舵は取ってやる。光栄に思えよ。

 

 

(それに、お前もぼくの家族だもんな)

 

 

 

 

 

…やっぱりテメェは甘ちゃんだな。




副題「モフモフ、おとしゃんになる」


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第二章「月」
巣食うネズミ


インフル、家襲来(エヴァっぽく)


ドンキホーテファミリー、又はドンキホーテ海賊団。

 

北の海のスパイダーマイルズで活動している海賊団だ。

 

 

 

船長はドンキホーテ・ドフラミンゴ。そのカリスマ性と残忍さを駆使し様々な悪事を行なっている。

彼を筆頭に組織は成り立っている。

 

 

 

 

 

-----

おれを船長とした海賊団が出来てから十年以上は経った。もう20代になる。

時が過ぎるのは早い。

 

十年の間にも色々あった。

 

 

例えばおれの家族を害した人間どもを駆除したり、天竜人とそれなりの関係を築くべくゆっくりとだが活動している。

 

いつかその首に喰らい付いて殺してやるためだ。じっくりとゆっくりと、毒を浸透させている。

 

そして一番大きなことといえば海賊王が死んで、大海賊時代なるものが幕明けたことだろうか。

 

 

その時生で見ていたジョーカーはそりゃあもう嬉しそうだった。彼も海賊ということだろう。

 

おれも興味はなかったが、胸が沸き立たなかったと言えば嘘になる。結局は自分も海賊に成り果てたということだろう。

 

 

取り敢えず今は将来のために小さな悪事からでかい悪事を行なっている。

 

人権云々を言うほどおれはもう人間に甘くない。それでもジョーカーに言わせてみれば甘いらしい。

彼の時は仲間が害されれば、その害した人間のいる町全てを壊したというのだから。

 

…いや普通に怖い。

 

 

「若様!どこに行くの?私も行く!」

 

「フッフ、取引だ。お前にはまだ早ェよ、ベビー5」

 

 

最近偶然ある島で見つけた拾い物。一人で蹲っていた所を見つけたのだが、どうやら母親に捨てられたらしい。

 

おれの母上は絶対にそんなことをする人じゃなかったから、可哀想な子供だとは思った。

 

おれも仕事帰りで血塗れだったのにも関わらず、ベビー5はおれのコートにしがみついて離れなかった。

なんというか…帰った後ファミリーに隠し子やら何やら言われたが、断じて違うと言い張った。

 

寧ろなんか……

 

 

「若様!私若様のお嫁さんになる!!」

 

「………」

 

「んねードフィはロリコンだねー」

 

「黙れトレーボル。だから違うって言ってるだろ……」

 

 

そんな感じで色々血生臭い仕事をしたり、ガキやでかい大人の拾い物をしたりして数年過ごした。

 

子供のせいでファミリーが割と賑やかなのはうるさいような…嬉しいような…。

 

 

 

そんなある時、恐らく人生最大の拾い物をした。

 

 

その日は私情で買い物に行くと言って、オフの状態で街に出た。

仕事の時は髪を上げているが、それ以外の時は基本下ろしている。

 

別に未来の自分の分け目を見たわけじゃない。

 

そう、断じて違うから何となく察しておれを睨めつけるのはやめてくれ。あんたの殺気は今でも大分くるんだ。

 

 

『…鬱陶しいな、上げるか切るかどっちかにしろ』

 

「えー」

 

『…ぶっ殺されたいのか?』

 

 

最近というか成長も収まってきた頃合いだが、背丈はジョーカーと大差無い。

 

随分と伸びたもんだし、あの異常な成長痛は一生忘れない。

 

自分自身なんだから当たり前だが、ジョーカーは容姿が似ているせいで気になるのか、外見に対してよくツッコむ。

 

おれが習っているのはサングラスとモフモフまでだ。

モフモフは良いとしても、奇抜サングラスを甘んじてるんだからそれで譲歩しろ。

 

 

といってもオフの格好は仕事の服装を一切着ないし、場合によっては口調も声色も全部変える。

 

例えファミリーの奴と会っても気付かれまい、気付くとしたらヴェルゴぐらいだ。

 

 

『何買うんだ』

 

「万年筆、トレーボルの餌食になった」

 

 

結構気に入っていた万年筆。

今朝仕事中にトレーボルがくしゃみをして、資料諸共万年筆もおじゃんになった。怒りはしたがファミリーの掟もある、すぐに許した。

 

 

『フッフ、おれが選んでやろうか?』

 

「…あんたのセンスは前衛的過ぎるから…もう少し歳とってからでいいかな」

 

 

遠回しの断りだったけど、要するにその奇抜なセンス無理ってことだ。

 

あ、怒ってる。無視しよ。

 

 

足早に店まで来て数点気に入ったものを見つけた。

黒を基調としたものを選んで買い、今日は丸一日ある暇な時間をどうしようかと考える。古本屋かどこぞのバーで飲むか。

 

そう思っていたら、不意に足元に何かがぶつかる感触がした。

 

何かと思えば少女が泣きそうな顔でおれを見ている。待てこれフラグ…。

 

 

「おかあさんーーー!!うわーーー!!!」

 

「……待て泣くな、ここ大通りだぞ」

 

「おかあさんーーー!!!」

 

 

思った通り迷子フラグか…。

 

ベビー5の時もそうだが何で子供はおれの足に引っ付きたがるんだ?踏んでも知らねェぞ…。

というより周りの目線が痛い。

 

 

まぁ流れで子供を肩車し、風船やら綿飴を買わされ親を探している。

 

先程の涙はどこに行ったのやら少女は上機嫌だ。もしオンの時だったら即刻ファミリーの誰かにその首斬られてたぞ。

 

 

「お前の親見つかったか」

 

「………」

 

「おい、返事くらいしろ」

 

 

一先ず数時間歩きっぱなしだったのでテラスで休憩しようかと少女を下ろし、コーヒーを頼んだ。

少女はオレンジジュースを飲んでいる。だがおれの言葉で飲む手が止まった。

 

何かありそうな雰囲気だった。

 

 

「…ごめん、なさい……」

 

「ア?」

 

「ひうっ……」

 

「…悪い泣くな、怖がらせねぇからきちんと口で喋れ」

 

 

そう言うと、少女はまた謝った。ため息を一つ吐き続きを促せば、どうやら少女の母親はヤク中らしい。

 

 

「まま……今日は、お出かけしようって言ってくれたけど…でも、お薬飲んじゃったから……遊べなくなっちゃったの…」

 

「…そりゃあまぁ、可哀想だな」

 

 

いや、おれにそんなことを言える義理はない。

麻薬の売買もここらで取り仕切ってるのはおれのファミリーだ。

 

滑稽というか哀れというか、人間の闇を垣間見るのは胸糞悪い。おれからすれば堕ちる前に自衛しろってだけだが。自業自得だ。

 

 

「でも遊びたかったから、私一人で街まで来たの…でもお金も持ってないし、そこにお兄さんが来たから……ごめんなさい…」

 

「フフフ、金ヅルにされたってわけか」

 

「っ、ごめんなさ……」

 

「いいさ、別に怒っちゃいねぇ。小悪魔な嬢ちゃんに貢いだのはおれだ。それだけの話だろ」

 

 

子供は嫌いじゃない。意地汚い大人が嫌いなだけで、純粋な子供は好きだ。

それに大人でも甘ちゃんな奴は割と好きな方だ。

 

 

とりあえず送り届けておれも帰ろう。今日の話を聞いて自分の道を改めようと思わない辺り、おれの性根はやはり腐りきっているみたいだが。

 

だがそれも自分の目的のためだ。なりふり構ってはいられない。

 

 

「ねぇ、お兄さんの名前なんて言うの?」

 

「フッフッフ、内緒だな」

 

「えーじゃあ妖精さんね!」

 

 

妖精さん……めちゃくちゃジョーカーが笑っている。テメェ、覚えてろよ。

 

 

今度は少女を抱きとめ歩いて行く。

 

おれからしたら小さな体だが、生命力において子供以上に強いものはない。時折眩しく感じる。

 

 

目を細めていれば、サングラス越しに少女がおれの瞳を見つめている。

 

いつもの吊り目サングラスじゃない分特に変なとこはないはずだ。

 

 

「お兄さんの瞳綺麗ね!」

 

「……そうか?」

 

「うん!お空みたいに澄んでる!」

 

 

澄んでるか…。泥沼に沈んだ人間の瞳が澄んでる……面白いこというお嬢さんだ。

 

 

「じゃあな、お嬢さん」

 

「うん、バイバイ、お兄さんありがとね!」

 

 

そう言って少女は投げキッスをして去って行った。

 

…将来が心配になるくらいの小悪魔ぶりだ。

 

 

陽はもう沈んでいる。トレンチコートの襟に首を埋めるようにしておれは歩いた。吐く息が白い。

夜になったらもっと寒くなるだろう、早く帰って暖を取りたい。

 

 

そう思って道を曲がろうとした所で、でかい人影が前を通り過ぎた。

 

派手な音を立ててゴミ箱にぶつかり、辺りに生ゴミを散乱させている。

 

おい、どこのバカだ。

 

当たりどころが悪かったのか頭から血を流す男に自分のハンカチを当て、ため息をこぼした。今日はやたら人に巻き込まれる。

 

 

「……、……」

 

「何言ってんだ、聞こえねェ」

 

「……!……」

 

「あ?何だっ……」

 

 

男はおれの前にメモを突き出し、おれの瞳をじっと見つめた。さらに自分の被っていたフードを取り、サングラスも取る。

 

金髪に、濃い紅い目。それにくせっ毛だった。

 

 

 

…おれが、まさか見間違う筈がない。

 

 

 

 

 

その男は…まごうことなきロシーだった。

 

 

 

「ロシー…?」

 

【あにうえ】

 

 

喋れないのだろうか、ロシーは筆談でコミュニケーションを取ってくる。

 

混乱する頭をどうにかしようとして、顔面同士がぶつかるくらいに近づいていた距離を少し開けた。

服の下からでも分かるくらい鍛えてあるのが伺える。

 

それに顔立ちがどことなく父上と似ている。

 

 

おれの天使の目付きが……悪くなっている……。まぁ天使に変わりはない。

 

というかお前海軍に保護されて海兵になったんじゃ………あ。

 

 

(スパイ)

 

『フッフッフ、正解だぜ。気付くの遅ェ』

 

 

え、どうしよ。スパイする前にスパイって分かった時ってどうすりゃいいの??でもロシーとは居たい。

寧ろ寝返っておれたちの仲間になって欲しい。

 

でもこの子は正義感の塊だぞきっと…打倒おれだろ絶対……詰んでねぇか?

 

 

一先ずロシーを回収して、その後どうするか考えよう。

そう、まずはロシーを…

 

 

「ロシーィィィイイイイイイ!!!!おれの!!!天使!!!!!!」

 

「?!?!?」

 

 

ガバッと抱き着いて力の加減もないまま腕に力を入れた。

弟のガチ目の抵抗に渋々力を緩めたが、十年以上ずっと会えなかったんだ……もう飢えが…、ロシー分が…。

 

 

だから取り敢えずロシー充を供給させてくれ。な、ロシー?

 

 

一歩足を近付けると、弟はまた一歩後ずさった。

 

おい、お前のせいだぞジョーカー。ロシーにトラウマ植え付けやがって…。

 

 

「ロシー、ぎゅっとしたい」

 

「………」

 

 

感情が爆発しているのか、少々口調が子供っぽくなってしまった。

でもおれのロシーとの記憶は子供の頃で止まっている。

 

なら少しは子供っぽくなっていいだろう。ロシーロシー……。

 

 

手を開けて今度はダイブせずにゆっくり近付いた。逃げなかったので、そのまま軽く力を入れるだけに留めて抱擁する。

 

…懐かしい匂いがした。

 

 

「…ロシー、お帰り」

 

「……」

 

 

【ただいま】と、おれに紙を見せた。

だが弟の顔に喜びの色はない。

 

 

嫌に実感させられる。

 

 

おれの歪んだ愛はロシーや父上、はたまた家族には…重過ぎたんだということを。

 

 

 

 

 

-----

アジトに帰り着替えてからファミリーに一頻り弟を紹介した。ジョーラに弟の面倒は任せる。

 

 

いくら何でも服がボロボロ過ぎた上に汚れが酷い。

おれと出会う前にどんなドジ仕出かしてたんだ。

 

我が弟ながらあまりの似てなさに驚く。

 

今日はそんな慌ただしい一日を過ごし、おれは疲れた体をベッドに預けた。

 

別に安物でも構わないのに、高級品云々とジョーカーに言われたため、それなりに周囲の物はお高い。

 

 

 

スパイである弟をどうしようかと眠い思考の隅で考えていれば、部屋を叩く音。

 

ヴェルゴだった。

 

ああそういや奴は、おれ以外に弟が海軍に連れて行かれたのを知っている唯一の人間だ。

多分察してるんだろう。何故今頃弟がこの場に現れたのかを。

 

 

「…ドフィ、相談がある。君の弟のことで」

 

「フフフ…この体勢のままでいいか?」

 

「構わないよ」

 

 

ヴェルゴはソファに腰掛け、おれはベッドにうつ伏せになったまま大の字になっている。

 

ジョーカーのため息が頭上で聞こえた。疲れてるせいで動きたくない。

 

 

「単刀直入に言うが…君の弟は海軍のスパイではないのか。…勿論、君の弟を侮辱するわけではないが、俺たちは海賊だ。それに最近ファミリーは勢力を増している。このタイミングで現れるのは、やはり疑わしい」

 

「あぁ、だなぁ…」

 

 

さすが相棒。頭の回転が早い。そういうとこ一番信頼できるぜ。

 

 

しかし逆に考えれば、今回の件は海軍に近付くチャンスになりうる。

 

海軍と海賊は当たり前だが犬猿の仲だ。近付くのは容易ではない。

だが中に入れれば一気に天竜人の豚どもに近付けるだろう。

 

この好機を使わない手はない。

 

 

「相棒、弟はこのままファミリーに入れる」

 

「な…!それでは余りにも君にも、ファミリーにも危険が…」

 

「フッフッフ、逆に考えろ。おれたちはあいつが何者であるか知っているが、海軍(むこう)はおれたちがロシーが海兵と知っていると知らない。流石におれたちが既に知っている、又は気付く可能性が高いと知りながら送ってくる阿呆でもないだろ」

 

 

故にこれはチャンスだと、不敵に笑って見せた。

 

 

「弟は人質だ。もしあいつらがロシーを見限れば、世間の格好の餌になる。海軍が勇敢な海兵一人を見殺しにしたってな……フフフ!それにもしそうなってみろ、弟の居場所はここしか無くなる」

 

「分かるよ、ドフィ……でも」

 

 

そう言ってヴェルゴは口を噤んだ。普段ならおれに抗議をしないが…珍しい。

 

 

「それでも、あの男は危険だ。今はいいかもしれない、でもいつか君を害する毒になる」

 

「お前の直感か?」

 

「…あぁ、それに君はあまり自覚がないようだけど、ドフィが思っている以上に俺たちは君の存在に依存している。君が折れれば簡単にファミリーは崩れてしまうだろう」

 

「…」

 

 

 

(え、そんな依存してる?みんなで手を取り合ってのイメージはおれだけ?)

 

『一人でどんどん行っちまって毎回仲間置いてってるだろうが、お前』

 

(あー……)

 

 

これは大問題だ。

 

依存性か…理想としては個々でも十分な戦力になり、合わされば敵無しな戦力だ。

 

天辺を崩そうというのだからそうじゃないとこの先きつい。かといって仲間に無理を強いるのも好かない。

取り敢えず戦力は後でいい。

 

今は自分でカバーできるように…ってもうこの段階で考えが駄目か。

 

 

ため息を吐けばヴェルゴが大丈夫かと聞いてきた。本当相棒お前良い奴…。

 

 

まぁ今回はロシーの処遇についてだ。

 

このままファミリーに入れるのはヴェルゴにとっては懸念材料だが、問題はないだろう。ロシーの監視はしっかりと付けておく。

 

もう逃げないようにというおれの意趣と見せかけて付ければ、周りも怪しまないだろう。

 

 

寂しいがロシーはおれのことが嫌いというか、恐怖対象だ。逃たければ逃げればいいというのが本心だ。

傷付くのは別におれだけでいい。

 

これ以上ロシーの傷に塩を塗りたくはない。

 

 

『馬鹿だなお前は…』

 

 

呆れたような、どこか感情を押し殺したような声。

ジョーカーは今も弟や父上を殺したいのだろうか…そうならないようおれが努めなければ。

 

あ、あと前から考えていた提案がある。

 

 

「おれが海軍にスパイで潜入「俺がやる」…あ?」

 

「俺が、やる」

 

 

そう言ってヴェルゴは布団叩きを持ちながらこちらに近付いてくる。やめろ!!お前の竹刀技ただでさえエグいんだぞ!!というか親友を脅すな!

 

 

「分かった…良い案だと思ったんだが…」

 

 

おれは糸で自分の影武者を作れる。

 

硬度や持久性に問題があるが質を上げればその問題も多少はクリアできるし、数にものを言わせれば問題ない…と思っていたが、駄目らしい。

 

 

「…ドフィ君はやはり偶に抜けてる」

 

「あんだって?」

 

「家族がいないと寂しいじゃないか」

 

「……う」

 

「それに君には替えがいないんだぞ」

 

「お前だって…」

 

「俺は所詮船員だ。君は船長だろ」

 

「う……うー……」

 

 

唸りながらベットを軽く叩く。子供の駄々捏ね場面か。

 

 

目的の為に何かを犠牲にしなければならない時もあるし、その決断を素早く行う必要がある。

 

確かに今回の海軍へのスパイは良い案だが、それには誰かを犠牲になる可能性を伴って送らねばならない。

ヴェルゴは一番に信頼を置ける人物だ。適材の配役だろう。

 

…でも、家族がいなくなるのは辛い。それも期間が不透明な上、危険性が高過ぎる。

 

だが相棒なら何の問題ないだろう。

 

 

問題なのは…捨て切れない自分の甘さか…。

 

 

 

今はまだ頃合いを見たほうがいいと言ってヴェルゴを送り出した。

 

 

天竜人の豚どもを殺す為に、世界をぶっ壊して作り直す為に、何かを失う覚悟を…持たなければ。もっと、しっかりと。

 

 

「……つらい」

 

『フフフ、でかいガキだな』

 

「…うるせェ」

 

 

 

死んでいるのも大変だろうが、生きているのも大変だよな。




主人公(おれ)
家族大好き打倒豚ども(天竜人)マン。他人の不幸はどうとも思わないけど仲間の不幸は精神にくる倫理崩壊人間。胃が痛い。偶に抜けてる。オフのイメージはCCSのCV:田中さんのキャラ。

モフモフ(ジョーカー)
主人公守り隊兼おとしゃん。センスが主人公と合わない。

ロシ
兄上ェ…捕まえたるでェ…。あっ、でも怖い。

ヴェルゴ
ロシに対して番犬ガオガオ。


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胃痛兄弟

兄弟のすれ違いはブラコンと正義感と勘違いで構成されている。仲良し兄弟が見たい。


ロシーを拾ってから数ヶ月。

 

 

まだ期を窺っているのか海軍の動きはない。

 

そりゃあ来てから直ぐに奴さんが来たら当たり前だがロシーに疑いがかかる。

 

 

そんな最近だが拾った後日仕事モードでロシーの部屋を訪れたら、テーブルを盛大にひっくり返して倒れた。

 

どうやら別人過ぎて驚いたらしい。

 

 

久し振りに出会った時に、兄上を瞬時に分かってくれたと思って内心喜んでいた気持ちが沈んだ。

 

弟の一挙一動がボディブローと化している。

 

 

そしてドジな弟と比べはしないが、ドジっ子の才能を持つヴェルゴは海軍にスパイとして行った。

 

長年相棒をしてくれた存在がいないのは心許ない。

 

 

 

いざとなったらジョーカーがいるが、頼むのは御免被る。

 

おれは間違っても自分の宿題を親兄弟に押し付ける人間じゃない。

 

 

とりあえず胃が痛い毎日だ。

 

そして色々やらかすヴェルゴの後釜である“コラソン”___ロシーがここ一番のやらかしをした。

 

 

お兄ちゃんは胃が限界だぞ。

 

 

 

 

 

「……何してるロシー」

 

【ドフィにこうちゃいれようとおもって】

 

 

目が覚めたら朝日が眩しい。

 

 

 

ただそれだけでよかったのに、気配がして起きてみれば弟がおれの部屋にいた。

 

 

まだそれだけなら兄上もな、朝の初っ端から胃を抑える羽目にならなかった。

 

でもお前……本当な、重要資料を手に持ったまま口開けてるなよ。

ポカンじゃねぇよ。

 

全然スパイしてねぇじゃねぇか。

 

 

いや、気配にもっと早く気付かないで寝入ってたおれもおれか…。

 

 

だがいくら弟だからとはいえロシーは海軍スパイだ。

 

 

ファミリーもロシーもどっちも重要で選べやしないが、少なくともスパイ行動には気を付けないと駄目だろ…。

 

 

「…そうかロシー。ハハ、またドジったなこいつめ。紅茶はいい、さらにドジされたら困る」

 

【わかった】

 

 

そう言い去ろうとするロシー。だから!!誤魔化せてねェよ!!資料!!!

 

糸で弟を操りUターンさせる。

 

 

子供の頃はジョーカーに指南されてやっと使えたこの能力も、今じゃ自分で簡単に使える。

 

悪魔の実をおれ自身が食べたわけでもないのに、使えるのは至極不思議だ。

 

 

 

悪魔の実は能力者が死ぬとこの世のどこかにまた生える。

 

おれが調べた中ではイトイトの実の情報を入手したことはない。

 

 

つまりこの世界におけるイトイトの能力者は、必然的におれになるのかという個人的な見解だ。

 

 

まぁ、もしかしたら実は存在するのかもしれない。

 

 

しかしそこら辺の判断はそこまで重要ではないだろうし、おれが能力者であることには違いない。

 

だから海に浸かっても溺れる上に海楼石なんて以ての外だ。

 

一度やらかした時に使われたが気分のいいものじゃなかった。

 

 

 

おれはロシーの手を動かして資料を戻させる、兄上スマイルを付けて。

 

 

「全くイタズラなんかして、そんなに兄上と遊びたいかロシー?」

 

【キモい】

 

 

………おれだってお前を疑ってないアピール兼、話を逸らそうとしたのに何だその仕打ち。

 

 

ア?兄上泣くぞ??いいのかロシー???それとも反抗期か??反抗期ならしょうがねぇな…。

 

 

クソ、身長めっちゃ伸びやがって…。

あの可愛い「兄上!」って言ってたロシーはどこに行った。

 

 

そんなことを思っていればロシーはいつのまにかいなくなっていた。

 

 

一切弟が動いた音がしなかったのに…扉が開けっぱなしになっている。

 

閉めてけよ、行儀悪いぞ。

 

 

「ったく…ロシーが可愛くない…いや可愛いが」

 

『………』

 

 

視線の先に目を移せばジョーカーがなんか生温かい目をしていた。

 

 

『お前弟に対して色々抜け過ぎだ』…だそうだ。何だとコノヤロー。

 

 

 

そこから始まった精神内での罵倒対決、見事に負けた。

 

 

 

 

 

*****

【sideロシー】

 

8歳の頃俺は父上を連れて逃げ、第2の父ともいえるセンゴクさんに拾ってもらった。

 

 

あの時はとにかく必死で、寝ていた父上を無理やり起こしヴェルゴという少年から逃げた。

 

俺がドジって奴が気絶した時は本当にラッキーだった。

 

 

きっと兄は父上を見張らせていたのだろう。

 

 

小さい時の俺は磔にされた後、兄を前にして恐怖で思考が回らなかったけど、訓練に勤しみ多くの人間と戦って来た今なら分かる。

 

 

兄が俺に向けたあのどす黒いものは明らかに殺意だった。

 

 

だからあの時父上も連れて逃げられて本当に良かった。

 

じゃなければ今頃父上も…もしかしたら俺も兄に殺されていただろう。

 

 

 

…いや、きっともうアレは兄上じゃない。バケモノだ。

 

俺に向かって微笑んでくれた兄上も、頭を撫でてくれた優しい心もない。

 

 

兄は悪魔に魂を売ってしまったんだ。

 

 

人々が自分たちに向けた狂気の中で、兄はバケモノを生んでしまった。

 

 

もう俺の知っている兄はいない、そう思っていた。

 

 

 

「ロシナンテ中佐、お前に上から潜入捜査の命が来ている」

 

 

 

センゴクさんにそう言われ内容を聞いた時、俺の心はすでに決まっていた。

 

 

 

“ドンキホーテ海賊団”

 

 

今北の海で名を轟かせつつある海賊団だ。すぐに兄だということは予想がついた。

 

 

上も俺がその船長の弟ということに気付いたのだろう。

 

自分の悪魔の実の能力も考慮すればスパイに任命されるのは当たり前だった。

 

 

正直兄に殺されかけた時は恐怖しか無かった。

 

 

今ではどうやってあの時磔の火の手から逃れたか覚えていないし、センゴクさんに保護されるまでの記憶は途切れ途切れだ。

 

 

けどそれだけ怖かったのだ、兄が。

 

 

今でもそれは変わらない。

でもそこに一つ大きな感情がその恐怖を上回り存在している。

 

 

 

“ドフィ、ロシー…私が父親でごめんな”

 

 

 

保護されてから数年後、父上は穏やかな春島で息を引き取った。

病死だった。

 

あんなに大きかった背中はやせ細って、母上の時に感じた恐怖を思い出した。

 

 

 

失う恐怖だ。

 

 

でも俺は泣かなかった。

 

立派な男になるって……立派な海兵になるって父上と約束したから。

 

 

だから笑って父上の最期を看取った。

 

 

父は亡くなる前までずっと俺たちに謝っていた。

特に兄については殊更悲しんでいたように思う。

 

 

俺はあの時兄上を連れて行かなくてよかったと思っている。

 

きっと一緒にいたら殺されていた。

 

 

そう言っても父上は兄を残して行ったことを後悔していた。

 

 

あの子は強くて家族思いの優しい子だけれど、寂しがりやで一人で抱え込んでしまうのだと、言っていたんだ。

 

 

俺にとって兄上は強くてかっこいい存在だった。

 

 

だから寂しがりやだとかそんな印象がなかった。

 

母上が亡くなった時も泣かなかったし、兄はいつだって強かった。

 

 

 

俺は兄を置いて逃げた、それは正しい判断だと思っている。

でも同時に強い罪悪感に悩まされる。

 

 

兄から逃げてしまったことに、兄ときちんと向かい合わなかった自分の弱さに。

 

 

 

だからこれは運命なんだ。

 

 

スパイとして潜入し、兄を止めることがきっと神が俺に与えた試練なのだろう。

 

 

 

同時にそれが今の俺の大きな目的だ。

 

バケモノになってしまった兄をこれ以上苦しませないために、逃げた俺が始末を付けなくちゃいけないんだ。

 

 

 

 

 

そして海賊団の拠点がある付近まで来た。

 

 

予定としては偶然兄と出会い再会したゴロツキという設定だ。

 

重要なのは船長である兄と会うことだ。

 

 

上から取り入れられれば潜入に楽だ。それ以上にリスクは伴うけれど。

 

 

取り敢えず好機が来るまで付近に滞在しようと思った時、俺より少し身長の高い男が少女を肩車しているのを見た。

 

 

一瞬親子連れかなんて思って通り過ぎた。

 

 

でも余りにも特徴的な笑い声が聞こえたもんだから、急いで追おうとしてすっ転んだ。

 

屋台のおじさんにはめっちゃ謝った。

 

 

 

そうして何度かすっ転びながらもナギナギの能力を使って兄らしき人物を追った。

 

まさか娘がいるとは……と思っていたが違うらしい。

 

 

迷子か……俺も迷子にならないよう気を付けねェと。

 

その後も追って兄が迷子を送り届けた所までは順調だった。

 

 

だがドジって兄の目前を過ぎて思いっきり転けた。

 

 

誰だバナナの皮を投げ捨てたの……俺だよ!!小腹減ってたんだよ…。

 

あれは最早衝突だった、クソ痛かった。

 

 

俺はドジでうっかり色々喋っちまうかもしれないから、声が出せない設定のまま兄と筆談を通して会話する。

 

 

 

有り体に言えばモヤモヤした。

 

 

喫茶店のテラス席で兄が迷子の少女と話していた様子、そして俺と話している兄の様子。

 

 

その笑顔は正しく俺が子供の時に向けられていた優しい兄の笑顔だった。

 

ロシーと俺の名を呼ぶ声は甘い。

 

 

俺はもうガキじゃねェのに、まるで子供の頃みたいに頭を撫でられた。

 

 

もう子供じゃない。

 

そう言おうとしたがナギナギの能力使ってんだった。ドジった…。

 

 

兄の優しさに一旦毒気を抜かれたものの、俺は気を取り戻しスパイとして諜報責務をこなせばならないと動き出したのが、ファミリーに入ってから幾分か経った時。

 

 

センゴクさんともそろそろ頃合いだろうと話していた。

 

 

 

 

 

ごめんセンゴクさん、俺もう殺される。

 

 

 

そう思ったのが、その翌日…というか明朝。

 

 

 

丁度俺に疑わしいと目を向けていたヴェルゴもいなくなって、本当に格好の機会だと思っていた。

 

 

なるべく気配を殺して、兄の部屋に入る。

 

 

部屋の中は絢爛の一言に尽きる。

 

黒い金でよくこんな贅沢出来るなと思う。

 

 

 

目的は書類だ。

 

兄が最近取引しているこれまた薄暗い連中のリスト。

 

 

こういう金で成り立つ奴らを潰すにはまず財源を断つことが手っ取り早い。

 

これを撮ってセンゴクさんに送れば壊滅までとは行かずとも、大きなダメージは与えられる。

 

 

でも俺はやっぱりドジっ子だった。

 

思いっきり転けた…何もねェ場所で。

 

 

「……あ"?」

 

 

超重低音の声が聞こえた。

 

殺される、そう思いつつも蛇に睨まれたカエルになっていた。

 

 

 

でも結局殺されることはなく、ドフィは普通に俺のドジっ子のせいだと思ってくれた。

 

生まれてこのかたこのドジ性には感謝したこと……まぁ転んだ拍子にラッキースケベは無きにしも非ずだけどな?

 

 

取り敢えずドジっ子万歳三唱だった。

 

 

でも正直兄の能力である糸で操られるのは気色悪かった。

 

他人に勝手に体を動かされるんだ、そりゃそうだ。

 

 

あとロシーロシーの回数が多いし、甘ったるしく呼ばないで欲しい。

 

俺は8歳じゃねェ、もう二十歳は超えてんのになんなの?ドフィの脳内の俺は当時のままなの?

 

 

ひしひしと兄の固執具合は感じている。

 

“コラソン”の地位になる前は四六時中監視の目を付けられていたし、その理由が「お前が逃げないように」だそうだ。

 

 

普通に気色悪い。

 

 

 

…そうだ。

 

 

兄の家族に向ける愛は昔から少し歪んでいて、その歪みが年月を経て更に歪になった感じ。

 

 

子供の時はあまり違和感を感じなかったけど、というか兄上かっこいいってキラキラな目で言ってたんだからそりゃあ補正もかかってるか、それにしても歪んでいた。

 

ちょっと引くぐらいには。

 

 

「おれのロシー」とか「天使」とか、ちょっと胃が痛い。

 

普通にそう言っていたのに、何で当時の俺気付かなかったんだ…?

 

 

それにその言葉を今でも普通に言って来るんだからやめて欲しい。

 

 

ファミリーの前では言わないからまだいいけど、「おれの」じゃねェよ、あんたの所有物じゃない俺は。

 

天使はもうどこをツッコメばいいんだよ、俺結構目つき悪いのに。

 

 

 

 

 

そうやって色々悩みながら俺は今日も“コラソン”として任務をこなす。

 

 

ガキにからかわれるのはムカつくが嫌いなわけじゃない。

 

でもドジをからかうのは本気でムカつく。

 

 

帰って血よりも焦げが目立つ服を捨てながら道化のメイクを落とす。

 

鏡を除けば海軍時代に付いた傷やドジの傷やドジの傷や……まぁとにかく傷だらけの俺の体。

 

 

ドフィの体は傷が無い。

あるかもしれないが俺とは違う。

 

 

食い方も兄は綺麗だが俺は汚いし、カッチリしたスーツを着る兄とは違って俺は割とジーンズとかラフなものが好きだ。

 

 

 

兄弟なのにこんなにも違う。

 

でもかといって兄が真っ黒かといえば……分からない。

 

 

 

ずっと記憶にしまっていた兄の優しさ、歪だけど縒れた皺を必死に伸ばそうとしていたような優しさ。

 

それと俺を殺そうとしたあの時のどす黒い兄。

 

 

どっちがどっちなのか分からない。

 

 

悪魔に魂を売ったと思っていた兄が優しくて、でもあのどす黒い部分は確かにファミリーと同調して悪事を行っている。

 

 

頭をガシガシと掻く。

 

 

 

兄弟の筈なのに、こんなにも兄が分からない。

 

 

でも分かろうとせずに逃げたのは俺だ、ドフィに言わせてみれば自業自得だろう。

 

 

最初はただ兄を、バケモノを止めるために握り締めていた拳。

 

 

でも今この拳に宿る感情はそれとは違う。

 

自分でも分からない。

 

 

 

 

 

「……わっかんねェよ…クソッ…!!」

 

 

 

 

 

俺のこの声は誰にも届かず、ただ耳の中に反響するようにぐわんぐわんと脳を揺らした。




主人公(おれ)
身内には甘々。ブラコンの意識が無い、行き過ぎたブラコン。胃痛。自分のブラコ…行動が弟に勘違いを誘発させているのを知らない。

ロシ
打倒兄上だけど迷々。兄上ブラコンなんだな…。

モフモフ(ジョーカー)
基本主人公守り隊兼おとしゃん、ウォーミングアップなう。


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魚釣り

マリージョア襲撃事件に突っ込む主人公。
ここらは記憶が薄っすらなので何か間違ってたら、申し訳ないです(汗)


聖地マリージョアから幾分か離れた場所。

 

建物自体も高価な場所だが、部屋の内装はどこを見ても金ピカだった。

 

 

その場所でそわそわとする男性。服は宇宙服と酷似している。

 

あの方はまだかえとずっと部屋を回りながらうろちょろ動く様は、正しくアイドルを待つファンのようだ。

 

 

そこに控えめなノック音。

 

 

男はパッと顔を明るくし、扉の前で止まった。

 

 

フフフと息を弾ませるように笑う独特な笑い声。

 

あの方がいらっしゃった!沸き起こる高揚は留まることを知らない。

 

 

「そんなに待たせてしまったかな」

 

「ぜ、全然待ってないえ!寧ろ今来たばっかりだえ!!」

 

 

嘘である。もうかれこれ1時間以上はそわそわしている。

 

入ってきた金髪の男は嘘だと分かりながらもまた愉快そうに笑った。

 

 

普通ならば無礼だえと言われて殺されてもおかしくはない。

 

しかし宇宙服を着た男はそれをしない。

 

 

金髪の男の人を魅きつける圧倒的なカリスマ性に、そして氷河よりも冷たい殺意に畏怖しているのだ。

それは相反して今では信仰にも似た感情になっている。

 

 

自分が神ならば、目の前の男はそれよりも崇高な存在だと信じて疑わない。

 

 

その有様はどこか滑稽でいて、天に君臨する存在が目下の者に頭を下げる光景は異様だった。

 

 

「じゃあ私と久しいゲームの続きでもしようか」

 

 

白い歯を見せて、ニコリと笑う様に目が離せない。

 

 

手持ち無沙汰にチェスの駒を操る長い指も、自分よりも遥かに高い身長ながら細い体躯も、どこを見ても美しい。

 

名画の中から出てきた住人なんじゃないかと本気で思う。

 

 

 

強張る体を動かして、天竜人の男は金髪の男の前に座る。

 

 

手配書で眺める男とは全く違う容貌。

 

本当に同一人物かと疑いたくなるが、確かに同じその人だ。

 

 

「名前で呼んで欲しいえ…いい加減……」

 

「…フッフッフ!」

 

 

膝を縮こませる天竜人に男はさらに楽しそうに笑い、座っていてもソファに有り余る長身を生かしてぐいっと顔を近付けた。

 

 

 

 

おれが豚の名前を覚えるわけねェだろ。

 

 

そう言われた言葉にカチンとくる。

 

殺してやろうかと何度目かの感情を出しかけたところで、男は自分の名前を甘く呼ぶ。

 

 

本当に鞭と飴が上手い男だ。

 

 

抜け出せない、このドラッグにも似た甘さと苦味に似た苛立ち。

 

 

そのカリスマ性にもう既に自分は抜け出せないのだと男は薄々理解していた。

 

自分の高貴なプライドが邪魔をする時もあるが、それも男の前では無に帰す。

 

 

この関係にある種の依存性を持ちながら、天竜人の男は今日も口軽く話すのだった。

 

 

 

散々こちらに優位に進ませながら、最後はしっかりと勝利を掴む。

 

 

そういう所も本当に、抜け出せない理由の一端になっているのだろう。

 

 

 

 

 

-----

長らくぶりにおれを信仰の対象のように見ている天竜人と会い情報を得た。

 

本来なら会いたくもないが、利用できるものは利用せねば勿体無い。

 

 

会うきっかけを作ったのは魚だった。

 

 

 

魚といっても魚人だが、そいつはおれのように天竜人の豚どもを至極恨んでいるようだった。

 

偶然寄った酒屋に酔いつぶれていた男。

 

 

名前はフィッシングだか何だかと言っていたが、呂律が回っていなかったのでよく聞き取れずじまいだった。

 

おれも仕事が上手く行った帰りでかなり飲みまくっていた。

 

おかげでアジトに帰るのが予定の数日遅くなったのは悪かったと思っている。

 

 

気付いたら知らない島にいたのだ。切実に樽で飲むのは控えようと思った。

 

 

 

まぁそんなわけで魚人の男にあったのだが、お互い天竜人とは直接言わずに愚痴を数時間飲みながら言い合う始末だった。

 

 

最初に向こうが「あの野郎ども」でおれも察したんだから、恨みといのは恐ろしいと思う。

 

何となくで分かっちまうんだから。

 

 

 

ベロンベロンに酔って、意気投合したおれたちはそのまま朝まで飲み明かした。

 

朝起きた時には奴と同じく外に放り出されていた。

 

財布の中身が無かったので勘定の方はしっかり頂かれたらしい。

 

 

というか魚人の男の分まで払っていた。

 

 

 

おれは酔っても記憶は全部あるタイプなのでそのまま帰ることにした……が、起きたあちらさんに目が合った瞬間殺されかけた。

 

どうやらおれと違って酔うと記憶が全部無くなるタイプらしい。

 

着替えはしていたものの血の匂いが酷かったせいもある。

 

 

それに天竜人はおろか人間嫌いの男の隣にいてみろ、そりゃあ殺されかける。

 

 

 

魚人の男はおれが好ましく思うタイプの甘い大人だった。

 

だから手出しはしなかったが余計にナメるなだのと、そのつもりも無かったのに煽ってしまったのだから自分が情けない。

 

追いかけっこは数時間続いたが何とか逃げ切れた。

 

 

にしてもバケモノじみた強さだった。

 

 

仕事は無傷だったはずだがここ数年で一番の傷だ。

 

 

「痛ェ…」

 

「若様また5股かけたの?」

 

「………トレーボルか」

 

「うん!モテる男は大変だんねーって」

 

「……取り敢えずおれは遊び人じゃねェから」

 

 

ベビー5にミイラ男にされながら疲れた心を癒していたはずだったのに、いつのまにか胃が痛くなっている。

 

 

トレーボルお前とは一度腹を割って話し合わなきゃいけねェようだ。

 

有る事無い事ベビー5に吹き込んでんじゃねェ。

 

信じやすいタイプなんだから。

 

 

「…若様大丈夫?」

 

「フッフッフ、あぁ、大丈夫だ」

 

 

本当いい子だなベビー5。天使だ。

 

 

 

 

そんな軽い冗談を踏まえていたのが数週間前。今は天竜人と会ってから数日後。

 

 

得た情報は最近の天竜人どもの大まかな動向だ。

 

それにおれが別方面で得た情報を照らし合わせる。

 

 

「……やっぱりか」

 

 

フィッシング何とかと言っていた人物は、かなり大物の探検家だった。

 

 

あのでかさと強さ、それに魚人という条件で絞り込めば少ない情報だが出てきた。

 

 

 

名をフィッシャー・タイガー。

 

魚なのか虎なのか分かりづらいわ。

 

 

特に目についたのは“奴隷”の文字だろう。

過去の奴隷をそれとなく調べてもらったがあるにはあった。

 

 

子供の頃に奴隷云々と思っていた時期もあったが、打倒豚ども掲げてから等閑にしていた問題か。

 

 

奴隷は定義とすれば人間以下の存在だ。

 

この世の気味の悪いところは世界貴族が奴隷を持つことを容認している事実だ。

 

普通は奴隷がいる自体世界デモが起きて然るべきだろう。

 

 

しかしそれが出来ない体制が、法がある。

クソみたいな世の中だ。

 

 

早くその全てを根本からぶっ壊してやりたい。腹の奥のどす黒い欲求が渦を巻いた。

酔ってないが気持ち悪い。

 

 

 

それにフィッシャーが酔った中で口にしていた奴隷の自由というワード、あいつは何かしでかす気だ。

 

それも恐らく、この先すぐに。

 

 

 

根拠がないわけじゃない。

 

 

奴は会話の中に多くの具体性を持った言葉を言っていた。そこから推察するに奴隷の奪取、または解放を狙っていると見ていいだろう。

 

ただ人間を嫌っているのは確実だ。

 

甘さを見れば魚人しか助けない可能性は低いだろうが、万が一もある。

 

 

もし人間の奴隷が残された時に救ってやる奴がいなければ、そいつらの絶望は考えなくとも分かるだろう。

 

終いには激高した天竜人に殺されるやもしれない。

 

 

秘密裏で動くのも悪くはないだろう。

 

糸で作った影武者の効力も試してみたい。

 

 

 

思い立ったが吉日だ。

 

 

 

フィッシャーの動向をバレないように探りながら天竜人のコネを使い作戦を立てる。

 

 

誰にも言わない完全な独断行動。だが豚どもに一泡吹かせるいい機会だ。

 

船長の責務から考えれば咎められて当たり前だが、おれの私怨を偶には発散させてくれ。

 

 

もう恨みが溜まりに溜まって無差別に周囲の人間を殺しちまいそうだ。

 

 

 

ジョーカーはおれの行動に特に口を挟まなかった。

 

ただ一言、精神と肉体の疲労でベッドに突っ伏していた時に言われた。

 

 

『…気を付けろよ』

 

「……父上…」

 

 

 

父親のような優しさ。

 

 

 

それに当てられたせいか、別に言葉にしようと思わなかったのに勝手に声が漏れた。

 

 

父上が亡くなっていたとロシーから聞いたのはごく最近だ。弟は余り父上についておれに語りたがらない。

 

筆談越しなのもそうだがおれと弟の垣根は高い。

 

 

そうだろうな、だっておれはお前と父上を海軍に任せて会いに行こうとはしなかったんだから。

 

 

所詮愛が歪んでいるだのと、お前がおれを嫌っているからと言っていたのは言い訳だ。

 

 

 

お前に会う勇気がなかった。

嫌われていることが確証に至ったら、おれは死ぬと思ったから。

 

…きっとそれさえも言い訳だ。おれは弱い。家族がいなくなれば死ぬ。

 

 

歪んでいてどうしようもない生き物だ。

 

 

「……」

 

 

涙も出ない。そんなおれに奴は無言で撫でる仕草をする。触れるわけもないのに、この動作を何度もするんだ。

どうせいつも通りでけェガキだと思っているんだろう。

 

 

おれが子供の時からこうだ……本当に子供みたいに縋ればいいのにな。

 

 

 

この日は久し振りに、母上の腕の中で眠る夢を見た。

 

温かい幻に涙が出た気がした。

 

 

 

 

 

-----

久し振りにヴェルゴが戻って来たファミリーは宴だった。

 

 

ヴェルゴは常通りコラソンであるロシーを睨み、対してコラソンはヴェルゴに肝を冷やす。

 

そんなファミリーにしては珍しく穏やかな日だったが、グラディウスの爆発によって悲劇に変わった。

 

何のことはない。だすやんが時間を守らなかった、それで爆発した。

 

だが偶々通りかかった若が巻き込まれた。

それだけならおいおい、ドジっ子かお前もなんて笑い話で船長は済ましただろう。

 

 

しかし、ドフラミンゴは爆発に巻き込まれて糸になった……そう、糸に。

 

 

「グラディウスさんが若を殺しただすやんんんん!!!」

 

「!?!?!」

 

 

悲鳴と怒号と滑ってこける音。

 

 

異様な雰囲気に駆けつけたヴェルゴが、ドフィの能力だと告げると、ファミリーはすぐ平穏に戻った。

 

ただヴェルゴは相棒がいない珍しさに、拭いきれない違和感を覚えるのだった。

 

 

「何か仕出かしていなければいいが…」

 

 

 

 

 

-----

 

マリージョアにて。

 

 

「あら●●●聖のご子息の……その小綺麗にしている人間は新しい奴隷アマスか?」

 

「しっ、使用人だえ!!」

 

 

首輪も何も付けていないだろうと思う辺り、自分も大概変わってきているのだと天竜人の男は思った。

 

 

にしても斜め後方にいる元天竜人である男の顔が見られない。

 

綺麗な顔がどんな顔をしているのかと思うがそれ以上に恐怖でちびりそうだ。そう思ってただ正面を見ていた。

 

しかしそれを無視するかのように目の前の天竜人の女はつらつらと喋る。

 

やめて欲しい、本気で。

 

 

「あら、だったら私にくれないアマスか?金ならいくらでも払うわ!」

 

「か、金でどうこうする気はわたすにはないえ…」

 

「いいでしょう?貴方のお父上に言付けてしまうアマスよ、貴方のご子息はちっぽけな奴アマスってね!」

 

「え……えぇー…」

 

 

最早天竜人の男が同じ天竜人に引いている。

 

それを客観的に見ていた金髪の男は喉奥でくつくつと笑った。

 

それにカチンときた女は怒りの矛先をこれでもかと金髪の男に向ける。

 

 

「人間の分際で何を笑っているアマスか!!今すぐその喉を潰すアマスよ、私の奴隷たち!!!」

 

 

いや勝手にやめろえと天竜人の男が口を開き掛けたところで、後ろから長い手が己の首に回った。

あ、殺される?そう思った。

 

 

「フフフ」

 

 

耳元で声がする。絶対怒ってるえ、男は恐怖で身が竦んだ。

 

だが彼自身怒りが湧かないのが不思議だった。

殺されるのは怖いが、それに否定的な感情は出ない。寧ろ殺されて本望な気さえする。

 

 

首元に腕が回り、肩に若干の重さが来る。

 

何これどういう状況だえ?へし折られるの自分の首??

 

 

思考が恐怖で埋め尽くされた男が知る由はないが、金髪の男は体重をかけるようにしゃがみこみ、男の肩を杖代わりのように体重を乗せている。

 

そして男は口の動きだけで女に喋る。

 

 

 

黙ってな、子猫ちゃん。

 

 

 

そしてトドメの女性なら秒で堕ちるスマイル。

 

見事に天竜人の女は膝から崩れ落ちて顔を真っ赤にした。

 

それを知らない天竜人の男は大丈夫かこいつとどこか冷めた目で見つめる。

 

 

「フフフ、今私が頼れるのは貴方だけなんですよ」

 

「わ、分かってるえ…。でもわたすに危険が及ぶことはしないで欲しいえ……父上に怒られる…」

 

 

しっかりしねェと殺すぞ豚、男にはそう聞こえた。いや、絶対心中ではそう言っている。

 

 

元々数週間護衛としてこちらに置いて欲しいと頼まれたのだ。前に負けたゲームの見返りとしてだ。

 

天竜人の男にとっても、崇拝する存在が近くにいるのは嬉しかった。

 

憧れのアイドルが目の前にいる、それも当分。

そりゃあ嬉しいだろう。

 

 

金髪の男が何をする気なのか天竜人の男は知らない。

 

そもそも頭の中身が違うので理解出来るとは思っていない。

 

 

鼻歌を歌いながら体重をわざと肩に乗せてくる男の手の元から逃れようとしながら、取り敢えず命の危機がない事だけを天竜人の男は祈るのだった。

 

 

というかこいつ隠してるだけで絶対いじめっ子だろ。

 

 

 

 

 

それから一週間後。

 

 

 

 

 

世界を震撼させた、フィッシャー・タイガーによるマリージョア襲撃事件が起こった。




主人公(おれ)
猫かぶる時は真摯っ面した一人称私。甘ちゃんと家族は好きな倫理崩壊人間。
胃が痛いしストレス溜まってる。善行をしようと思ってしてるわけじゃない、自分の目的のため。

モフモフ(ジョーカー)
主人公守り隊兼おとしゃん。ウォーミングアップしてたら主人公が何か仕出かす気で心配。
やらかすなマジで。

名無し天竜人
ドフィ教信者第1号。いいように利用されてんなと自分で思ってる。


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溺れる

二匹は一緒に、暗くて狭い水槽の中に閉じ込められて泳いでる。


溺れたけど、誰にも引き上げてもらえず闇に沈んでいった紅い魚。

溺れたけど、誰かにその手を引き上げてもらった碧い魚。



一緒に泳いでる。一緒に、一緒にぐるぐる、ぐるぐる泳いでる。


海賊王といった何かを成し遂げる男はこうも輝いているもんかと思った。

 

 

マリージョアにまさかの単騎で来た男、フィッシャー・タイガー。

 

おれは所詮闇の人間だから、光にきちんと当たって生きられる存在は眩しく感じる。

 

 

目がチカチカする感覚に襲われながら、その姿を遮るように視界を暗くする。

 

そうすりゃあ無駄な感覚は消えて、豚どもの悲鳴が聞こえた。

 

 

だが奴は甘ちゃんだった。

 

不殺で事を進めている。

 

混乱に乗じて数人殺してやろうと思っていたが辞めた。

 

変に相手の気を逆だたせるのは悪いだろうし、あいつの名を汚すことになるのは吝かでない。

 

 

それに知らしめるんだったらおれが殺したのだと世間に知らしめたい。

 

 

 

 

あいつが進みやすいよう糸で周囲の奴隷を人形のように操る。

 

その中にも強者はいるようだ。避けられた感触がした。

 

そいつらは危険な奴以外操った人間で錠を外させた。そうすれば抑えきれなくなった奴らの暴走はどんどん広まる。

 

 

そろそろ頃合いだろう。

ただ奴隷どもは天竜人を嬲っているようだが殺してはいない。

 

それも恩人のフィッシャーを見習ってのことだろう。揃いも揃って甘ちゃんか。

 

おれの煮えた腹はどうやら上手く昇華できなさそうだ。

 

 

演奏はもういいだろう。

 

糸を操るのを偽装するため、同時に弾いていたピアノをやめる。

 

見晴らしが良いこの部屋からは外の様が丸見えだ。

 

 

「そ、外がものすごく騒がしいえ……やばいえ…」

 

 

子犬のように震える天竜人の男を見ておれは笑う、大丈夫ですよと言った言葉に奴は少し肩の力を抜いた。

 

だがその場の雰囲気を壊すように窓ガラスが割れた。危ないだろ。

 

 

いくら暴走するとはいえこちらにまで危害が加わるのは困る。

 

別に天竜人の男がどうなろうが構わないが、この現状があるのはこいつのおかげだ。

 

我ながら自分の身分に歯ぎしりしたくなる。

 

 

今度は指を動かしおれたちがいる場所に鳥かごをイメージした網を張る。

 

網目を細かくすれば、自動的に通ろうとした物体は切れてこっちに来れない。

 

人間であればすぐに肉片になる。

武装色の持ち主や一部の悪魔の実の能力者は例外だ。

 

 

「フフフ、盛観だなァ」

 

「わたすはまだ死にたくないえ……」

 

「寄るな、切るぞ」

 

「エェェ」

 

 

別に本気で殺さねェよ。少しは感謝してんだ。

 

 

 

そして視界を外に移せば、やけに目立つ少女が走っていた。

 

隣にいるのは姉妹か、見目に差を感じてしまうのは仕方がないのか。中心で走っている黒髪の少女はエラくべっぴんだった。

 

カワイイの部類ではなく既に美人といえる。最早美の暴力だな。

 

じっと見ていれば頭上からジョーカーの声が聞こえた。

 

 

『おっ?』

 

(ん?)

 

『おおっ?』

 

(……何だよ)

 

『惚れたか?』

 

 

ジョーカーの長い指が向く方向はさっきおれが美少女といった少女に向かっている。

 

こいつ、ガチでおれをロリコンに仕立て上げる気か…!?

 

 

(死ね、おれはノータッチ少女だアホ)

 

『お前若いのに枯れてんな』

 

 

枯れてないわ!!!この中身老人が!!!

 

 

ムカついて糸を出しそうになりながらジョーカーを睨め付ける。

 

ジョーカーが美少女に向けた反応は知り合いを見つけたような反応。

近い将来会うのかもしれない。

 

ただ今は取り敢えず、おれが少女趣味じゃないことを腹を割って話し合おうかこの野郎。

 

 

あーだこうだと脳内で言い争いながらまた外を見る。

 

既に少女たちもいなくなっていた、恐らく彼女たちも奴隷だったのだろう。

 

 

少女が飼われる。

 

改めて胸糞悪い世の中だと思う。

 

 

腹に渦巻く感情を抑えるように、おれは手のひらに爪を食い込ませた。

 

 

 

 

 

-----

フィッシャー・タイガーによるマリージョア襲撃事件から時は少し経ち、おれは今スパイダーマイルズへ戻るため船の中にいる。

 

 

何がとは言わないが、でんでん虫が忙しなく掛かっている。知ってるヴェルゴだろ。

 

奴が久し振りに海軍から戻るめでたい日に席を外していたんだ、…まぁ影武者は置いていたが。

 

 

こちらのアレコレも終わり勘のいいあいつに、こちらの大きな仕事が終わったという形で連絡をしたらそりゃあもう怒鳴られた。

 

 

あの全肯定偶に否定なヴェルゴが……相棒が……地味に落ち込んだ。

 

 

もっと慎重にだの、怪我はないかだの、会いたかったよドフィ…だの。

 

 

ごめんごめん、本当ごめん。影武者の数はそれなりに置いて来たし、戦闘もそこそこ出来たはず。

 

そう思っていたら数日で全員死んでいた、8割コラソン、2割それ以外による仕業。

 

コラソン……帰ったら締めてやる。

 

 

長引いた相棒との連絡も終えながら、空を見る。

 

旅行客に扮したおれ以外にも幾ばくか人がいる。

 

 

政府の闇は深い。今回はそれを久しく味わったと言えるだろう。

 

腹のどす黒い渦巻きを少しは発散させようと思っていたのに、いつのまにかその渦が増していたんだ。

 

 

世界の頂点にのさぼっている天竜人。

 

危険性を顧みはしないが、確実に崩壊させるにはもっと別の手を考えたほうがいいだろう。

 

ならば政府に取り入るか、そう思ったが良いように利用されるのは癪に触る。

どうしたもんか、難しいものだ。

 

 

最近ずっと半ばおれの行動をほぼ監視レベルで見ていたジョーカーも寝ている。

 

疲労の限界ということか。

 

流石にやらかしはしないが気にしている辺り、とことん奴はおれに甘いと思う。

 

 

いや、おれにだけ向いた甘さか。二人揃って歪んでるよ笑えない。

 

 

「ハァ…」

 

 

その時だった、激しい衝突音が響いたのは。

 

 

「は?」

 

 

キレそうだ。色々腹の渦巻きと疲れが相まって殺意が湧いたが何とか抑える。

 

どうやら襲って来たのは海賊らしい。

 

一難去ってまた一難かよ、疲労で今なら過労死できそうだ。

 

 

乗客の悲鳴と海賊の罵声もあって船内が大騒ぎしている。

 

面倒なので先にそこらの人間を操って武器を持たせる。

 

ファミリーの人間は物のように操るのにかなり抵抗があるが、それ以外ならどうとも思わない。

 

武器を持たせ混乱したままの脳で人の肉を斬らせて、或いは潰させる。

 

 

それが正当防衛だ。

自分の身は自分で守るんだよ甘ちゃんども。

 

無論この甘さはおれの好きなもんじゃない、吐いて捨てるぐらいには嫌いだ。

 

幾ばくか静かになった辺りで今度は別の気配を感じた。

 

 

知らせを受けた海軍だろうか、だとするとやばいな。

 

変装もしてるしバレないだろうが、海賊なのに変わりはない。

 

怖がってた一般人Aということにしておこう。巨体のせいでベッドの下には入れないけど。

 

 

こっちには客がまだという声と、海兵らしき人物の声。

 

それに混じって小柄な足音、女か?

 

 

「この部屋にお客が……あ、いました」

 

 

船長の男の声がして、そうかいと礼を言う女の…少ししわがれた声。

 

……ん?

 

 

「大丈夫かい、もう海賊はいないから出ておいで」

 

「………」

 

 

震えている、演技もあるが半分振り向きたくない感情で震えてる。

 

偶々通りかかったのか、いや確実におれたちの動向探りの途中だろ、スパイダーマイルズの近海だもんなここ。

 

 

「…随分図体はデカイクセに根はビビリなんだね」

 

「……えぇ、はは……お恥ずかしながら」

 

 

おれの半分もあるかないかの身長。

 

……おつるさん………胃が…。

 

 

「中将、海賊の捕縛完了しました!」

 

「そうかい、じゃあまとめて船に乗せといてくれ」

 

 

こぎみよく返事をした若い海兵は敬礼をすると去って行った。

 

おつるさんも行っていいんやで?何でおれの顔ばっか凝視すんの??

 

 

「……何か」

 

「…いや、知り合いの誰かに似ていると思ってね」

 

「……はぁ、さいですか」

 

 

追ってるし追われてるよ、特に最近。

 

 

でもロシーが情報きちんと流してんだな?前と違って書類取るだのの大胆行動はせずにいるのも、おつるさんかロシーの上司のおかげか?

 

ちゃんと働いてんだなロシー…兄上は嬉しいよ。

 

 

まぁ勿論仲間に害は出させないが。

 

 

「随分と珍しい目の色だね」

 

「……目?」

 

「海の目だ」

 

 

海は海でも深海の色か?やたらと目について言われることは多いけど。

 

するとおつるさんは少女のように笑んで、おれを見上げる。

一瞬ドキッとした。

 

 

「浅くもあり深い色でもある。不思議な奴だねあんた」

 

「………」

 

 

さぁお行きと、呆けていたら足を蹴られた。イテェ。

 

 

「もう紛れ込んでんじゃないよ、()()()

 

「………敵わねェな」

 

 

糸を出して空を翔ける。

 

いつもの羽コートはないから鳥と比喩するには些か合わない。

 

だが確かにおれは名前からして鳥だ。

バレてないわけがなかったか、怖や怖や。

 

 

空を飛びながら、おつるさんをどこか母上に重ねてしまったことに少し頰が熱くなる気がした。

 

クソ恥ずかしい、子供か。

 

 

 

 

 

-----

1ヶ月とはいかなかったが、こんなに長く一人で出掛けていたのは久し振りだ。

 

船長というものは家で言えば家長のようなもので、簡単に一人になることはない。

 

 

能力の酷使で疲弊した体を動かしたくはなかったが、結局おれはおつるさんから追っ払われた船から数時間空を駆けた。

 

 

もう動きたくない。死ぬ。

 

 

内心ゾンビのおれはマリージョアの中継先で買った手土産を持ち、見慣れた街を歩く。

 

ちなみにおつるさんを何故“さん”付けで呼ぶかと言えば、ジョーカーが彼女を見た時にそう言っていたからだ。

 

確かにさん付けしたくなる人格者だ。

 

 

見慣れたゴミ山と貧相な人間を視界の端に入れながら歩けば見慣れたアジト。

 

変装も解いているので誰とは言われまい。

というか中が若干騒がしい。

 

 

おれもう胃が無理やで?そう思って窓から入ろうとしたらベビー5に見つかった。ちくしょう何で見つけちまうんだよ。何、土産?

 

渡したらめっちゃ嬉しそうにいつもの定位置である足にしがみつかれた。地味にこそばゆい。

 

 

「お帰り若様!一人旅どうだった?」

 

「疲れたな」

 

 

一人旅……ヴェルゴのフォローに流石初代コラソンと思う。

 

流石に一人で仕事行ってましたじゃファミリーに迷惑かけるもんな……事実は違うが。

 

 

お前がいたらロシーじゃなくヴェルゴのままだったのにな。

 

しかし甘く見てはいけないがロシーもコラソンとして、しっかり責務を果たしている辺り流石おれの弟と思う。

 

 

「あ、そうじゃなくて!若様大変なの!!」

 

「…騒がしいと思ったがやっぱなんかあんのか」

 

「そうなの!あのね、ファミリーに入れろっていう少年が来たんだけど…」

 

「ほぉ、そりゃあさぞコラソンに痛めつけられんだろうな」

 

 

コラソン…ロシーが子供嫌いの設定をつくっているだろうことはわかる。

 

麻薬殺人何でもアリな所に、そりゃあ未来を担う少年少女を置いておきたくないわな。

 

 

ただ世間はそんな甘い考えで全ての子供が生きていける世界じゃない。

 

 

暗い世界でしか自分を見出せない奴らもいる。

トレーボルやヴェルゴ、ベビー5やその他の奴らみたいに。

 

 

ロシーからすればおれのファミリー___家族は、家族じゃないと思うだろうが、あいつらは当時父上と弟を失って何も無くなったおれに居場所を与えてくれた。

 

おれの存在を求めてくれた奴らだ。

 

 

絶対に手出しはさせない。

 

 

そして不幸な奴らや、父上や母上の抱いた甘い理想を叶えられる世界をつくってやる。

 

今の全てを壊して正す。それが大事なんだ。

 

 

しかし父上よりはマシだが甘い弟が心配だ。

 

まぁ大丈夫だろう。じゃなかったら設定をきちんとこなせないだろうからな。

 

 

「うぅん、痛めつけられてはないの、というかその子供に近寄れないっていうか…」

 

「…なんか危険物でも持ってんのか?おれが行く」

 

「え、あ、待って若様落ちる!!」

 

 

ずっとおれの足にコアラ状態だったベビー5を手に抱えて玄関に向かった。

 

数人の呆れた様子が見て取れる。

入団希望の子供が持ってんのは銃か?それとも他に殺傷能力の高い…

 

 

 

 

「お前が船長か」

 

 

 

 

 

……白い子供だった。

 

 

雪の中にいたら分からなくなるような白さ。

 

そこに一種の美しさを感じたと思った瞬間、子供の顔から体に視線を移して目眩がした。

 

 

 

…爆弾かよ。

 

 

そんなもん効くわけはないが、それよりも気になるのは腐った目だ。さっきまでドブに沈んでましたぐらいには死んでる。

 

この子供もさぞ辛い過去を持っているんだろう。

じゃなきゃここまで死なない。

 

 

だがファミリーへの入団の打診は後だ。

 

こっちは疲労困憊なんだ。寝させてくれ。

 

 

「おい!!これが見えねェのか!!」

 

「……」

 

 

無視。

 

 

 

それに身長格差って知ってるか?

普通におれにとっちゃ小さ過ぎるお前の顔は見えない。

 

あまりにキャンキャン吠えるので糸で子供を拘束して自由を奪い、その間に爆破物を撤去させた。

 

子供の手から落ちた操作ボタンが虚しくも床に転がる。

 

 

 

そしてそのボタンをゲットしたデリンジャーが……………ア"ッ!!?

 

 

「キャハ!」

 

 

 

ポチッ。

 

 

 

 

 

…別にこれぐらいで倒れる程連中もおれも弱くない。ただ真っ白い子供を庇ったのはらしくなかったかもしれない。

 

久し振りに意識がブラックアウトした。

 

 

 

 

 

『ロー…』

 

 

 

意識が沈む中そんな声と共に、奴の特有な笑い声が聞こえた気がした。




主人公(おれ)
家族至上他人ゴミ。一定の甘ちゃんには弱い。最近胃痛と睡眠不足で死にそう。

モフモフ
主人公守り隊兼おとしゃん、ウォーミングアップは万端。ロー…^^

おつるさん
主人公の二面性には既に気付いてる、見守り隊。


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白い子供と世界の理不尽

フッフッフ、フレバンス。

ちょっと早いけどデリちゃんがいる。


ファミリーは船長であるドフラミンゴに依存している。

 

 

それは彼のカリスマ性や圧倒的な力を持っているからだろう。

 

 

 

そしてそこまでの力を持ってさえ、更なる高みを目指す強者の器。

 

だがそれが一番の理由ではない。

 

 

絶望の中に居た彼らが見出した闇の中に咲いた一輪の花が、彼だったのだ。

 

 

今の社会を恨み破壊と再生を目論んでいる。

 

それを成すには、どれだけ世界を壊して、そして自分を殺すのだろう。

 

 

彼らは依存の形で自分の拠り所を見つける反面、彼の力になりたいと願ったのだ。

 

 

 

異常なまでのどす黒い破壊欲と、スマイルの裏に隠された弱さや優しさ。

 

 

船長の二面性をファミリーは肯定している。

また時折覗く彼以外の何かの存在にも薄々気付いていた。

 

 

船長と同じようで、それ以上に悪の精神を持つ何か。

 

 

ファミリーは暗黙の内にそれを黙認し認めている。

 

形はどうであれ、船長は船長なのだから。

 

 

付き従うと決めてから、彼らはその身を船長に託し歩んできた。

 

 

_____船長に肯定し、時には否定をして。

 

 

 

 

 

 

 

ローというトチ狂った少年を若が庇った後、ファミリーは珍しく慌てた。

 

 

何と船長がそのまま倒れて気絶していたのである。

あの船長がだ。

 

 

ベビー5は彼が帰ってから疲弊していた様子を間近で見ていたので、直ぐに話した。

 

 

 

在るものは船長に頼り過ぎていたと思い、在るものは自分の弱さに唇を噛んだ。

 

そうでなければあの若が倒れることなどないのだ。

 

きっと一人旅も、自分たちを巻き込まぬよう動いていたのだろうと考えた。

 

 

実際はファミリーの仕事とは全く違うことをしていたのだが。

 

 

「取り敢えず若様を自室に運んで!」

 

【おれが運ぶ】

 

「コラさんは転ぶからダメ!!!」

 

 

目に見えてガーンとしているコラソンを尻目に、ベビー5は周囲の呆然としている男衆にテキパキと指示する。

 

 

だすやんはその様子に女の強さを見た。

 

 

 

続いてベビー5は事の元凶となったローの頭をひっぱ叩く。

 

いい音がした。

 

 

「あんたもあんたよ!若様が庇ったんだから後でちゃんとお礼言いなさいよ!!普通だったら殺してるんだから!」

 

「あ?」

 

「あ?じゃない、返事!!」

 

「は、はい」

 

 

ローは何故自分が殺されないのかと思ったが、ベビー5の言葉を聞いて納得した。

 

 

若様、つまり船長がわざわざ庇ったということは、庇うだけの有用性を少年に見出したということ。

 

 

ローは内心ガッツポーズをしながら、しかし噂に聞かなかったドフラミンゴという男の甘さに少しがっかりした。

 

 

極悪非道とは似つかない甘さ。

それは少年の求めるものとは大分違う。

 

 

ただそれでも強さを求めるには十分な場所だ。

 

ローは腹に渦巻く破壊の欲求に歯ぎしりしながら自分の白い肌に爪を立てた。

 

 

少年の寿命はそう長くないのだから、亀のように歩いている暇はない。

 

 

 

 

 

-----

燃えている。

 

 

 

ロシーや父上が磔にされ、()()はただそれを下で見ている。

 

 

炎が揺れ自分の瞳に焼き付けろと言わんばかりに燃え盛る。悲鳴が鼓膜に刺さる。

 

火の粉が()()の頰を掠めた。

 

 

 

やめてくれ。

 

 

父上の嘆き。

 

 

……やめてくれ。

 

 

ロシーが泣いている。

 

 

___やめてくれ!!

 

 

人間どもがそれを見て嘲笑う。

 

 

 

ああ……、ああ

 

 

 

 

 

_____ブッ殺してやる。

 

 

 

 

理不尽な世界を壊すんだ。

そうしてずっと生きてきた。

 

 

これは誰の考えだ?いや、もう誰だって構わない。

 

 

 

壊せれば、それでいいんだから。

 

 

 

 

 

 

 

「……あ"っ!」

 

 

手が痙攣した後、急激に体全体が動いた。正座した後一気に痺れが来るような感覚が全身に襲っている。

 

汗が酷い。水が飲みたい。

 

 

そう思って手を伸ばせば弟がいた。はて、おれは何をしていたん……あ、少年庇ってぶっ倒れたのか。

 

 

「っ………ロ、ロシー」

 

【だいじょうぶ?】

 

「フフ…、ああ、うん。大丈夫だ」

 

【うなされてたドフィ】

 

 

…そうか、あれは悪夢か。

 

でもあの共鳴したような感覚は一度経験したことがある。

 

 

昔磔にされておれが叫んでいた時に感じたようなそれと酷似している。ありゃあ何なんだろうか、不思議だ。

 

 

「…みず」

 

【もってくる】

 

 

そう言ってロシーはすっ転んでおれの書棚にぶつかった。

衝撃で本が舞う。

 

 

やめろ、これ以上兄上のSAN値を削らないでくれ。何もしなくていいから。

 

 

「コラソン、命令だ。大人しく下がってろ」

 

【やだ】

 

「うん可愛い……じゃなくておれの胃にこれ以上ダメージを与えるな。ジョーラかベビー5に代わってくれ」

 

【やだ】

 

 

やだじゃねェ!!かわいいなクソッ!!!

 

 

首を傾げながら紙を突き出す弟は実際見れば泣く子も黙る怖さなのに、おれからするとピカって言う黄色い珍獣レベルの可愛さに見える。

 

 

おれの弟がこんなにry

 

 

しかし胃痛はこれ以上勘弁なので、糸で操ってご退場頂いた。

偶に強情なんだからおれと似てんだなと思う。

 

 

 

もう水は自分で取ろう。

 

そう思ってフラつく足元に気を付けながら歩いた。どんだけ疲労が溜まっていたんだ。

 

丸一日はぐっすり眠るか。今後勝手な行動はなるべく控えよう、疲れる。

 

 

落ちた本を避けてバスルームに向かった。

 

蛇口から直は行儀が悪いが、喉が異様に渇いている。

そのまま水を飲もう、序でに顔も洗いたい。

 

 

下ろしてある髪を気にせず顔を洗っていればノックがした。二人居るうち一人は感じ慣れない気配だ。

 

 

おれが庇った子供かと目星を付けて扉を開ければ案の定だった。隣には腕を組んだベビー5。

 

浮気が発覚した夫婦の顔付だぞお前ら。

 

 

「若様具合悪いのに突然ごめんなさい」

 

「構わねェよ。どうした」

 

「あのね、ローが若様に言いたいことがあるって」

 

「何だ?」

 

 

ローというのはこの白い少年の名か。

 

手当てされた痕はベビー5と違ってかなり綺麗だ。自分でやったんだろうか、にしては手先が器用だな。

 

 

ローは口をもごもごさせながら少しの間逡巡した後、おれの方を向いてまた下を向いた。

 

何か言いたいようなので腰を下ろして、見やすいようにする。それでも子供の方が小さいので自分の図体のデカさに呆れそうだ。

 

 

「言ってみろ、ロー」

 

「そうよ、若様が待ってるじゃない!」

 

 

プリプリするベビー5を宥めるように頭を撫でつつ、白い少年をサングラス越しに見る。

 

 

何度見ても人工かと思うぐらいには白い。

普通ではないな。

 

 

「………ぁりがと」

 

「ア?」

 

「…あ、ありがとうって言ってんだ!!」

 

 

ツンデレか?ああいかん話が逸れた。

 

 

どうやら助けてもらった礼を言いに来たらしい。ベビー5が無理やり引っ張って来たみたいだが。

 

腐った目でツンデレとか誰得萌えだよ。

 

 

内心一人でツッコミながら気にするなと触ろうとしたら、手をひっぱ叩かれた。

 

 

イラッとしたのはしょうがない。ベビー5が怒ってローに怒鳴る前に、少年の首を掴んで壁に挟み込む形で叩き付けた。

 

 

「がっ……!」

 

「フフフ!ここに入るなら覚えときなロー。仲間、特に幹部に手ェ出す奴はぶっ殺される。不満があるってんならおれのとこに包丁でも何なり持って来な」

 

「……っ、……」

 

「…いけね、死んじまう」

 

 

いつもはここまで殺意が湧かないのに、しかも子供相手だぞ。魘された後だから少しおかしくなってるのか。

 

…やっぱり終わったら寝よう。

 

 

 

喉元を抑えて噎せているローにわざと足音を立たせて近づく。

 

 

ビビらない辺り度胸はデカイらしい。

中々良い素質を持ってそうだ。

 

 

「悪いな、大丈夫か?」

 

「……ゲホッ、俺に……近付くな!!」

 

 

眉を寄せれば、ローは自分が珀鉛病という病気なのだと明かした。

 

白い病気……あぁ、見覚えがあると思ったらあれだ、政府が消し去った奴か。

 

 

 

打倒天竜人前提で政府に入り込むことを模索していた最中見つけた記事、町の名は確かフレバンスだったか。

 

 

伝染病のため地図から消えた哀れな町と人々、そんな内容だった。

 

何かきな臭かったため調べたが、おれの勘は当たったらしかった。

 

 

 

珀鉛病は伝染病ではなく、鉛による中毒症状だった真実。

 

 

そもそもフレバンスは珀鉛という鉛が有名な町だった。

 

 

だが有害な鉛は積もりに積もってその場に住む人間を毒した。少しずつ、しかし確実に。

 

 

政府は珀鉛が中毒をいずれ引き起こすと知りながら、それを秘匿し続けた。

 

 

無論珀鉛病は起こり、政府は事実を秘匿したことをさらに隠蔽するため、伝染病だと発表した。

 

 

募った珀鉛病への恐怖と迫害。

 

遂にフレバンスは周辺諸国と戦争へと発展し、壊滅した。

 

 

調べた当時に胸糞悪さの余り気分が悪くなった。興味本位で調べなければよかったと思ったほどだ。

 

 

それに情報は持っているだけで政府に即刻狙われるようなビッグ過ぎるものだった。

 

恐喝といったものには安易に使えず、そのまま調べた情報は燃やした。

 

 

まだ生かしきれるほどおれたちのファミリーは強くないし、機会ではなかった。

 

 

 

 

改めてローを見るが白い。

 

 

船員は珀鉛病だと分かれば遠目に見るか追い出すだろう。迫害するほど軽薄な奴らではない。

あいつらも辛い目にあってきた奴らばかりだ。

 

 

「触るな……」

 

「若様に失礼な態度取らないで!」

 

 

ベビー5は珀鉛病を知らないのか。

まだファミリーには言ってないのかもしれないな。

 

 

それにしても触るな、か…。

 

 

強い拒絶の色……尋常じゃない人生だったんだろうな。

 

 

 

糸で少年を掴み引き寄せる。

 

笑いながら見れば何かされるのかと思ったのか、ローは強く目を瞑った。

 

 

フフと笑いつつ、帽子の上から頭を撫でる。

 

 

「クソガキだな本当」

 

「若様ずるい私も!!」

 

「…首絞まってる、ベビー5」

 

 

よじ登ってきたベビー5がギュウギュウ首を絞めてくる、いや抱きついているんだが。

 

一旦それを解いて右はロー、左はベビー5を撫でてやれば少女はご機嫌になったようだ。

 

 

対してローは呆然としたままだったが気を戻したのか、手をまた叩こうとした。

 

叩かれるのはこれ以上ごめんなのでその前に避ける。

 

 

野良犬のようにローは唸りながら叫んだ。

 

 

「珀鉛病は感染るんだぞ!!勝手に触るな!!!」

 

「フッフッフ!…中毒だろ」

 

「……なっ、知って…!?」

 

「おれをそこらのバカと一緒にするな」

 

 

そう言ってそのままローの帽子ごと頭の上からかき混ぜるように撫でる。少年は目が回ったのか尻餅をついた。

 

 

フッフッフ、ザマァねェな。

 

 

「ベビー5、ファミリーに伝えといてくれ。ローは正式に入れる。ここまで腐った目は早々いねェからな」

 

「いいの若様、さっき伝染病って言ってたけど…」

 

「中毒は感染んねェよ。一人で勝手に死ぬだけだ、気にするな」

 

 

その言葉に少しローの表情が悪くなったが、事実を言ったまでだ。

 

人は遅かれ早かれ死ぬ。こいつの場合早いだけだし、それを可哀想だと思う程まだこいつに情を持っちゃいない。

 

 

取り敢えず寝る前にこいつの意思を聞いておこう。

 

 

「ローお前は何がしたい、ここに来た理由は何だ」

 

「……おれは」

 

 

 

 

 

_____おれは、世界をぶっ壊したい!!

 

 

 

ローはそう言った。

 

まだ10代の子供が、だ。

 

 

 

おれは別としても、子供が言うようなセリフじゃない。しかしこの子供にはそう言って然るべき理不尽が起きたのだろう。

 

 

それも人々を守るべき、政府のせいで。

 

 

 

……胸糞悪いなァ。

 

 

 

前言撤回だ。この少年は気に入った。

 

世界を壊したいと言う腐った目の子供がこんなに愉快だとは思わなかった。

 

 

 

お前は、幸せになるべきだろうよ。だから___、

 

 

 

「世界を共にぶっ壊そうじゃねェか、ロー」

 

「……!うん!」

 

 

その時初めて子供のように笑った少年に哀れみを抱いた。感情を強く出せる瞬間が、こうも酷く歪んでいる。

 

 

 

 

 

世界は本当に不平等で、理不尽だ。




主人公(おれ)
身内と甘ちゃんと子供以外の人間はゴミ。ジョーカーと意識が混濁したけどそのことはまだ分かってない。腐った目の子供に同情心と破壊欲を煽られる。

モフモフ(ジョーカー)
主人公守り隊兼おとしゃん。悪夢で意識が混濁。主人公とローの雰囲気が良いので手は出さなかったけど、裏切ったら多分殺る。ウォーミングアップのかい無し。

ロシ
打倒兄上だけど大丈夫?絆され気味のわんこ。

腐った目の子供
甘ちゃんやないかと思った後の冷凍ビーム。効果は抜群だったが好感度上昇。世界ぶっ壊すぜ!


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向日葵のようにはいかない

加速するシリアスに主人公の胃が死んでいく。


今までは天竜人どもの打倒を掲げて突っ走って来たおれだが、やけに最近ファミリーの目が心配の色一色だ。

 

 

…察してはいる。

 

 

 

おれが先の爆弾で倒れたのが地味に効いたらしく、最近メンバーは特訓に日々体を動かしている。

 

 

ベビー5までもがブキブキの銃タイプを使いこなすため、グラティウスに指南を仰いでいる。

 

おれだけ取り残された感がすごい。

 

 

別段取引先に行っている下っ端がヘマをやらかすでもなく、おれが動くほどの大きなイベントも起きない。

 

 

まぁ起きないことはないが行こうと思えばベビー5の泣き落としで止められる。

 

おれはそんなに弱くないはずなんだが…。

 

 

「だめ!!暫くは安静にしてて若様!!」

 

「いや、だが…」

 

「まだ大怪我して数日も経ってないでしょ!!デリンジャーにご本読んであげて!!!」

 

「わ、分かった」

 

 

そう言いベビー5は抱いていたデリンジャーをおれに押し付け、紅茶を淹れに行った。

 

 

自然とフィッシャーを思い出させるこの赤ん坊は半魚人だ。

しかも半魚人の前に闘魚が付く。

 

 

胃が痛い話だが、将来天竜人ときちんとしたコネクションを持つためには奴隷売買が手っ取り早い。

 

 

奴隷という人間の下に位置付けられたもの。

 

基本おれは人間云々に情が湧かないが、フィッシャーの件を見て以降奴隷に対し、言葉では形容し難い感情を強く抱くようになった。

 

 

それはこの世の憤りを体験した者たちばかりだからだろう。

 

 

理不尽を受け、その理不尽を飲み込むことしか出来ず溺れた存在。

 

子供の頃より感情が冷たくなっていた気はしていたが、改めて冷えていたんだと思った。

 

人間というクズになびきはしないクセに、その下の身分にはなびく。

 

しかし感情はあまり動かすべきではない。

 

 

結局は奴隷を扱う側にならなければ、例外を除いて天竜人どもに近付けないのだ。

 

 

 

最初に心の整理から。そう考えれば自然に奴隷売買の盛んなマーケットに訪れていた。

 

視察に近かったろう。

 

 

奴隷マーケットの展開方法と進め方、どんなニーズが多いか、様々なことを分析していた。

 

 

そんな中で出会ったのがデリンジャーだった。

 

 

今にもマグロの解体ショーならぬ、半魚人の解体ショーをされそうになっていた。

 

 

金で買うというのもありだが、おれも海賊なので盗みたくなった。

 

なので優男な気の弱い眼鏡海賊を演じて、そのままガキとデリンジャーを盗んだ。

 

大丈夫、オフモードは一部除けばバレない。

 

 

小マーケットにいた残った奴隷以外は全員殺したが、血の匂いに目を輝かせていたデリンジャーを見た時少し引いたのは記憶に新しい。

 

それにああいう所に来るのは大概金に溺れたクズだ。殺して問題ない。

 

 

 

 

 

そういう経緯があって今うちに居るデリンジャーは、可愛いんだがいかんせんやらかす。

 

 

コラソンとは違った方面でおれのSAN値をゴリゴリ削る。

 

まだ謝ってくれるロシーの方が可愛い気がある。

 

 

「キャハ!キャハハハ!」

 

「こら登るなデリンジャー、の……ぶっ」

 

「キャーーー!!」

 

 

スルスルと猿よろしくデリンジャーは登っておれの顔にへばりついた。

 

 

さすが闘魚、赤ん坊のクセして力が強い。

 

でもその小ちゃい手がおれの頭の傷にめり込んでるからな?ほら包帯に赤い花咲いちゃってるから。

 

 

「いでっ」

 

「キャー……?」

 

「うっ……」

 

 

何この子可愛い。心配そうに頭ペチペチしてくんだけど。えっ、しんどかわ……。

 

と思ってたけどやっぱり怪我の方が痛い。

 

 

「いででで」

 

「キャー?……キャウ……」

 

 

クソ可愛いデリンジャーは、戻って来たのに何故か異様に焦っているベビー5に預け、紅茶を啜った。

 

 

「……美味しい若様?」

 

「フフフ…ああ、随分練習したんだな」

 

「…!」

 

 

最近ファミリーのメンバーにやけに給仕じみたことをしてると思ったが、察するにこのためだったらしい。

 

コラソンには頼まれない限り与えるなとは言っていたが……。

 

 

御髪(みぐし)が崩れないように優しく撫でると、天使スマイルを浮かべベビー5は笑った。

 

 

可愛すぎてサングラスが割れそう。

 

きっとヴェルゴがいれば気を利かせて撮ってくれたな……惜しい。

 

 

「若様はしっかり休んでてね!あと一週間ぐらいは!!!」

 

「分かった分かった」

 

 

ひらひらと手をやりデリンジャーを抱えたベビー5は出て行った。

 

 

 

長くなったがようは暇なのだ。

 

 

何もすることがないわけではない。

 

この先の人生設計においてやることは多過ぎる。

 

 

しかし詰め過ぎて多少ガタが来ているのだ、まだ20代だが。

 

休息のふた文字をろくに取ってこなかったせいか、普通にファミリーの仕事以外にもオフで視察やら調べ物やらしてたしな。

 

 

せめて話し相手が欲しい。

ヴェルゴは月に一度の報告会ではないので、電話には出ない。

 

 

そう思っていれば周辺から小さな気配。

 

 

「入っていいか、船長」

 

「いいぜロー」

 

 

面白い遊び相手が来た。

 

ローは驚いたのだろう。息をのむ音がした。

 

見聞色は武装色には劣るが少しはできる。かなり不得手ではあるが。

 

 

「あの……ベビー5が若様の相手して来い…って」

 

「フフフ!なんか弱みでも握られてんのか?」

 

「……行かないと夕飯パンと梅干しにするって…」

 

 

爆笑した。

 

 

どうやら子供たちで賭け事をしたりするらしい。

 

それで自分の嫌いな物を前に言ったらそれを今回利用されたと、今にも人を殺しそうな目で睨んでいる。

 

視線の先はただの樽なんだが。

 

 

「ほら、固くなってねェでこっち来い。それとも魚釣りでもするか?獲物はお前で」

 

「…行くよ」

 

 

渋々来るローの顔に腹がねじれるほど笑いながら、こちらに来た肢体を掴んで膝の上に乗せた。

 

めちゃくちゃ叩かれた。

 

 

「どこに乗せてんだよ!!」

 

「座る場所他にねェだろ」

 

「普通に立ったままでいいだろ!!」

 

「船長に立てとはいい度胸だなロー」

 

「違ぇよ!!俺が立ってるって言ってんだよ!!!」

 

 

そんなもん分かりきっているが、えらくからかいがいあるせいで余計なことを言ってしまう。

 

これあれじゃないか、娘に嫌われるお父さんの典型的なパターンだ。

 

 

狼のように唸るローに笑いながら、近くにある樽を引き寄せその上にローを乗せる。

 

ベビー5だったら尻の下に敷くもんでも置くが、こいつも男なのでそこまでの気遣いはいいだろう。

 

 

「…それで何するんだ、船長」

 

「トランプだ」

 

 

そう言えば意外そうな顔をされた。

 

確かに普段はチェスばかりだが、子供とだったらトランプの方が楽しいだろ。

 

ロシーに冗談でカードを切らせたら燃やされたことは過去にあるが。

 

 

「ババ抜きだ、フッフ!」

 

「お、おう」

 

 

小さい手には些か大きいサイズのトランプを持たせジョーカーを抜く。

 

この後全勝し続けローを拗ねさせたが楽しかった、主におれ一人。

 

 

 

こういう偶の休日も悪くないと思った。

 

 

 

 

 

-----

それから幾ばくか経ち、最高幹部と船長のおれたちだけの会議で、ローをおれの右腕にしたらと珍しくトレーボルが冗談抜きに言った。

 

 

昔の海賊団を立ち上げようと言ったり、ふざけることが多いやつだがファミリーの転機となる部分には必ずこいつの発言が元になっている。

 

 

距離は近いがいつものことだ。奴の直感に間違いはないだろう。

 

 

おれ自身もローの可能性には他とは一線を画す突出したものを感じていたので、丁度いいと思った。

 

行く行くはコラソンに、そうすりゃロシーももしもの時にファミリーを抜け易いだろう。

 

 

理想としては海賊になって欲しいのだが、おれと違いロシーは正義一色でできてる。

 

本人は今新聞を読みこっちを見てないが…ちゃんと聞けよおい。

 

 

それに少年の身に余るほどのどす黒い感情。恐らくおれと同じだ。

 

 

全てを壊したい破壊心や復讐心。

 

 

それを満たすには力が必要だ。力を付けさせるために教育をしていくのが重要だろう。

 

ローは知識欲・武のセンスを見れば舌を巻くレベルだ。右腕にこれ以上相応しい人物はいない。

 

 

 

そのために今一番の問題は珀鉛病の完治なのだが……四方の手を辿ってはいるが、芳しい結果はない。

 

とすれば他に頼るとすれば悪魔の実や政府の科学者か……どちらにしろ時間がないのだ。

 

多少のリスクは自分で請け負おう。

 

 

死なせるわけには行かない、幸福さえ知らない子供なんだから。

 

 

「ローを右腕候補にする、異論はないか」

 

 

周囲は肯定の意だ。

 

コラソンは聞いていないように新聞を読んでいる、ゴーイングマイウェイ過ぎるだろ。

 

 

「フッフッフ決まりだな。ビシバシ鍛えてやれ。復讐はこの手で果たすのが一番だからな」

 

「ドフィは面白いこというんねー」

 

「近い」

 

 

やめろ鼻水が顔に付く。

 

横に体を反らしていれば周囲がどっと湧いた。

 

 

違う笑ってる所じゃない。普通に止めてくれ、避けすぎて腰折れる。

 

 

ふとコラソンに目を戻せば、険しい顔をして部屋を出て行った。

持っていた新聞は粉微塵になっている。

 

もしかしたら何か琴線に触れてしまったのかもしれない。あいつ子供好きだしな。

 

 

取り敢えず腰を痛める前に脱出を試みたが、トレーボルは何が面白いのか近寄って来る。

 

ノリが相変わらずだ。

 

しかし日常の光景になっていることに時間の流れは早いと感じる。

 

 

その分弟と離れた時間も長い。その時間を埋めようと試みてはいるが上手くいった気はしない。

 

 

 

時間の流れば平等だが、残酷なものだと思った。

 

 

 

 

 

*****

【sideロー】

 

珀鉛病や政府のせいで、俺の住んでいた白い町と呼ばれた国___フレバンスは壊滅した。

 

 

母さんも父さんも、ラミも死んだ。

 

 

守るはずの政府がおれたちを殺したんだ。余計に許せなかった。

 

みんなを助けてくれても良かったじゃないか。

 

 

だから力を持たない者は弱い、そう思うようになり、残虐だと北の海で一番に上がるドンキホーテ海賊団を訪れた。

 

最初はその残忍性を恐れられている船長が、出会ったばかりの俺みたいな病気のガキを救ったのが意外で、拍子抜けした。

 

 

何だ、こんなんじゃ俺は…。

 

 

そう思っていたが、奴の真の凶暴性を見る瞬間は直ぐに来た。

 

幹部の掟を頭に教え込むように俺の頭を壁に叩きつけたのだ。

 

 

ドフラミンゴと俺の身長差はかなりある。

 

片手で頭を持たれた時には死ぬかと思った。

 

 

それから一変した、憧憬と羨望。

 

 

俺もあんな人みたいになるんだと、毎日自分のできる範囲で鍛えていた。

 

だから逆に船長の弟だからって、ドジして仕事を台無しにすることもあるコラソンが許せなかった。

 

 

 

船長とコラソンは兄弟で、かなりの割合で兄の方が弟に執着している。

 

大分歪んでいる愛情は周囲も周知済みらしく、本人も自覚していたようだった。

 

 

いいなと思った。与えられるだけ与えられて何も返す素振りを見せないコラソンが羨ましくて、ずるかった。

 

最初に始まった子供っぽい感情は、コラソンに外に投げ出されてボロボロになったことにより火がついた。

 

 

ぶっ殺してやる!そう思ってナイフを手に取り、ある日新聞を読んでいたコラソンの背後を狙い刺した。

 

 

ただ不運なことに刺さりはしたものの、バッファローに見られていた。

アイスで買収したが心もとなかった。

 

 

だってコラソンのことだ。直ぐに兄に伝えて俺を殺す気だろう。

 

 

しかしコラソンは俺のことを隠したまま、俺は将来の船長の右腕候補として鍛えられることになった。

 

血反吐を吐くほど辛いものだったが苦ではなかった。

 

 

だって船長のために戦えたし、残り少ない命を無駄にすることなく生きることができるのだから。

 

 

 

そう思っていたある日、ベビー5とバッファローに渋々俺は自分の名前を言っていたら、コラソンに首根っこを掴まれて連れて行かれた。

 

 

刺したことを黙っていたことは助かるが、嫌いなことに変わりない。

 

抵抗していれば俺の名前を再度聞かれる。

 

 

深い意味は分からないが、“D”の名の付く人間は神の天敵なのだと言われた。

 

だからドフラミンゴの___バケモノの側にいてはいけないと、そう言われたんだ。

 

 

喋れたことも悪魔の実の能力が使えることを黙っていたのもムカついた。

 

何よりあんたは船長であり兄をそんな風に言って酷いじゃないか、そう思った。

 

 

カッとしたままドフラミンゴに言ってやろうと、コラソンを躱してゴミ箱に沈め船まで戻った。

 

 

…でもやっぱり冷静になった時に、俺が刺した時に黙っていたことを思い出して言わなかった。

 

あくまでこれで貸し借りなしだ。

他にバレても知らないからな。

 

 

そう強調して二人船に乗った。

 

 

船長は敵海軍の方を見ながら怒りというよりは、困ったような顔でまたかと呟いた。

 

 

…俺はどうせもうすぐ死ぬ。

 

だったらこの人生を俺を右腕にすると言った男のために捧げてもいいと思った。

 

 

でも妙に、コラソンが俺に“子供がそんなことをするな”と言っていた言葉が耳から離れない。

 

 

じゃあ俺はどうすればよかったんだよ。

 

みんなと一緒に死ねばよかったのか?何の恨みも果たさずに?

 

 

 

…そんなこと許されない。許すべきじゃない。

 

 

 

俺は壊しまくる、壊して、壊して壊して、せめて船長が少しでも歩きやすい道を作りたい。

 

俺の残りの人生でできるのはせいぜいそのくらいだ。

 

 

 

綺麗に生きられる人間なんて、この世に多くいると思うなよ。




主人公(おれ)
身内と甘ちゃん以外ゴミ。打倒天竜人。兄弟間の食い違いがどんどん増していく。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。出てないけど見守ってる。

ロー
世界壊したいマン。主人公の力になりたい。でもコラソンに少し心が揺れた。

ロシ
会議を聞いて子供にそんなこと…!って思った常識人。兄上止めなきゃ。


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向かい合って反対方向

今回短め。次回収まりきらなかったロシーside。
当分先ですが、作品の表題変えるかもしれないので予めお伝えしておきます。


ローという少年が来てから2年の月日が経った。

 

 

少年は勉学・武術共に才能に秀でていた。

 

あっという間に力を付け、本人は将来おれの良き右腕になろうと努力を怠らない。

 

 

しかし子供には確実に死に至る病が今も尚、その体を蝕んでいる。

 

 

 

勉強中のローの元に欲しがっていた医療書を届けに行ったことがあったが、その目はどこまでも深淵に沈んでいたように思う。

 

腐った目がおれと似ていると奴自身に言ったことがある。

 

 

その時ローは嬉しそうに笑っていたが、実際は誇るべきではない。

 

 

おれのような人間はホイホイ居ていい存在じゃない。

 

いるだけで自然の摂理を壊しかねない。

 

 

じゃなければこのどす黒い破壊欲が、あるはずがないんだ。

 

 

「どうしたんだ、船長」

 

「……いや、なんでもねェよ」

 

 

そういやローはここ2年で少しは身長が伸びた。

 

おれにとっちゃそこまでの変化は感じられないが、顔の丸みが多少減って凛々しさが出たように思う。

 

 

2年、されど2年だ。

 

 

少年のタイムリミットは少ない。

 

 

珀鉛病の治療方法は未だ見つかっていない。調べている機関がまずないからだ。

 

政府が絡んでいるためしょうがないだろう。

 

 

国営がダメなら私営の機関をと探ったこともある、無駄に帰したが。

 

 

ともすれば最終手段は悪魔の実。事実ローの病気に丁度良い実の存在は既に分かっている。

 

 

“オペオペの実”だ。

 

 

 

確証にはまだ至らないが、その実を持っている連中がいるとこの間聞いた。

 

全員殺して奪えばそれでいいとは思うが、裏で生きるためには過激であり過ぎるのもいけない。

 

 

時に甘く時に厳しく。

 

 

自分を薬物に見立て相手を嵌め、自分のペースに持ち込む。

今はオペオペの実を持っている奴らとの、交渉の口火探しに忙しい。

 

 

 

突っ立ってるだけの存在は邪魔だろうと思い、おれは勉強するローを残し部屋を出た。

 

 

最近考えることが多過ぎていけない。

ローの病気のことで大体の自分の時間を消費しているせいで、溜まる破壊欲を発散できていないからだ。

 

 

そもそも殺したい壊したいと思っている時点で普通ではないのだろう。

 

 

でも溜め続けていれば無差別に何かを壊しているので、自分でもどうしようもない。

 

自室に戻り唸っていればジョーカーが現れた。

 

 

『新聞読んだか』

 

(___は?)

 

『最近読んでねェだろ』

 

(忙しいからな…)

 

 

取り敢えずローの病気のタイムリミットまでにはオペオペの実の取引は終わるだろう。

 

そう思いながらジョーカーに勝手に動かされている右腕は新聞を握り込んだ。

勢いでシワが無数にできる。

 

 

仕方なく読みはするが特に面白そうな記事はない___と思ったところである部分に目が止まった。

 

 

「政府公認の……海賊?」

 

 

思わずジョーカーを睨め付ける。お前何考えてるマジで。

 

…いや察してない、断じて察してない。

 

 

『王下七武海、持っておいて悪くはねェ地位だぜ』

 

 

……いらない。

 

 

顔に出ていたのか再度愉快そうに奴は笑う。

 

 

(…確かに天竜人どもに近づくには、政府に頭垂れんのが最も早い方法だと思っちゃいるが…だからって自分から好んで政府の犬になれってか?おれだって海賊だぜ、一応)

 

『フッフッフ、こっちに有利になるよう脅せばいいだけだ』

 

 

悪ガキのように笑う様は年齢の割に子供っぽい。ジョーカーの総合した歳なんて恐ろしくて考えたくはないが。

 

そもそも今のおつるさんより歳上なんだろうか、魂だけで歳を経る概念があるのかは不明だ。

 

 

(政府を揺するネタなんて早々ないだろ)

 

『それくらいは自分で思い付け』

 

(投げやりかよ)

 

 

ジョーカーはあくび一つすると姿を消した。寝に入った奴におれの思念の言葉は届かなかった。

 

 

問題が山積みで頭が痛い。

 

 

脅迫ならこちらの有利になり、かつ天竜人に近づく条件であるのが望ましいだろう。

 

二つを関連づけながら思案に耽っていれば部屋の外に気配。

 

 

「べへへー会議忘れてるぜドフィー」

 

「…ん?悪い、今行く」

 

 

思考にハマり過ぎるのは悪いクセか。

 

外で待っているトレーボルをこれ以上待たせないよう、足早におれは自室を出た。

 

 

 

 

 

-----

最高幹部の会議で一通り報告し合い、今後のファミリーの方針についていつも通り論議した後、談笑タイムに入っていた。

 

 

紅茶の茶葉はジョーラが仕入れたものらしいが、中々に風味が良い。

後味は少し強めだ。

 

 

メンバーが冗談を言い笑い合っている中、トレーボルがおれに話題を向けた。

 

どうやらオペオペの実のことについてらしい。

 

 

「んねードフィはオペオペの実を使って何する気ー?」

 

「さっき言ったろ。ローの珀鉛病の完治だ」

 

「本当にそれだけー?」

 

 

何が言いたい。そう言いかけた言葉は飲み込み先を促した。

 

思った以上に冷たい言葉が出そうになった自分に驚いた。

 

 

「ドフィは既に知ってるだろ、オペオペの実はある意味で最強の実だ。不老不死さえ叶う」

 

「…ああ、そりゃあな」

 

「本当は自分の不老不死のためにローを利用するつもりじゃないのかー?」

 

 

幾度も言ってきたが顔が近い。

 

そう思いながらスマイルを浮かべる。

 

 

「フフフ!お前の言うことは面白いな」

 

「でもそこがー?」

 

「いい…っておい」

 

 

おれの言葉に他の連中も混ざり笑い出した。

 

自分の心中を当てられ拗ねたように見えたのだろうか。しかし大分的は外れている。

 

 

笑いながら叩かれそうになる肩を避けていれば、弟の方に目が移った。何故か顔を青くし首元を抑えている。

どうしたマジで。

 

 

「…ロシー?」

 

 

近寄って見れば、白目を向きかけ呼吸をしていなかった。

 

ゾッとして声を荒げれば、弾かれたように弟は動いた。

 

 

「おい!!コラソンどうし…」

 

 

 

_____ゲホッッ!!

 

 

 

…どうやらロシーはおれのジョークを聞いて、変なとこに紅茶が入ってたらしい。

 

でも普通心配して来た兄の顔にぶちまけるか普通。

激おこだぞこの野郎。

 

 

「……ロシー」

 

【おもしろかったから】

 

「……ちょっと部屋に戻る」

 

 

そう言って弟の腕を取り部屋を出た。

会議は殆ど終わっていたので問題はない。

 

 

腕を取った時弟の目に若干怯えの色があったのは相変わらずか。でも叱る時は叱らないと埒があかない。

 

部屋に戻るとシャワーを浴びてくるから待ってろと告げ、ロシーを残しバスルームに行った。

 

髪から紅茶の香りがする。実に不快だ。

 

 

あくまでロシーを糸で縛らないのは、こちらが任意であることを示している。

 

 

逃げるならそれでいいが、誠意を見せてくれるなら残っていろという意味合い。

 

弟もドジだが頭は回る…正義一直線に走らなければ。

 

 

 

どうなっているだろうかと思いながら戻ってみれば、変わらずにロシーがいた。

 

バスローブ一枚で適当にタオルで髪を拭きながら弟に近づく。

 

地面には無数に水が飛び散って行った。

 

 

そういえば耳元に手が掠めた時にふと気付いたが、サングラスを外したままだった。

やけに目に刺すような痛みがあると思った。

 

ロシーの覗く金髪が目に痛い。

 

 

何をしているのかと痛む目を抑えながら見れば、弟は棚の上を物色していた。

声を掛ければ大きな背を大げさに揺らす。

 

久し振りにやらかしてるのかと思えば、違った。

 

 

持っているのは写真立てだ。……家族写真の。

 

 

「拾ったんだ。おれたちが昔住んでた場所でな」

 

 

ロシーの背後から目を細めてそれを見る。

もう随分昔に瓦礫となった家の中から見つけたものだ。

 

 

写真は残念ながら父上と母上の部分が破損していたが、弟とおれの部分だけは残っていた。

 

ふと弟の顔を忘れそうになる度に見ていた写真。

 

 

記憶の風化とは存外簡単なものだ。

例えどれだけ想っていようとも避けられない。

 

 

だが人間の思いは不思議なもので、離れていれば離れているほど強くなるものもある。

 

 

特におれがそうだった。

 

自分の場合発散される感情が限定されているせいもある。

 

 

だがその歪んだ愛情を理解されるかといえば、殆どが拒絶されるだろう。

 

そう……ロシーのように。

 

 

「なぁ、ロシー」

 

 

呼び掛ければ、弟はゆっくり振り返る。

 

目に浮かぶのは強い、拒絶の眼差しだ。

 

 

【ドフィは何がしたいの】

 

「おれか?フフ、そうだなぁ…」

 

 

子供の頃なら全部お前のためだと言えただろう。でもおれにはジョーカーの言う通り仲間ができた。

 

親友と言うべき相棒も、可愛げのない子供も拾って随分と賑やかになったもんだと思う。

 

 

だけど弟を愛しているのは変わらない。

 

 

……変わらないけど、伝わらない。

 

 

 

喋ってくれなきゃ人間の気持ちなんて分からない。幾度思ったろうか。

筆談越しじゃ足らないんだよ、きっとおれたちの溝は。

 

 

「壊して、おれたちが生きやすいように直す」

 

 

子供や甘い奴らが自分の理想通りに生きられるように、また奴隷の存在が無くなった世界を、この目で見てみたいと思うようになった。

 

 

 

破壊欲と共に募るこの思いは矛盾してるが、確かに事実だ。

 

 

「…ロシー」

 

【おれもうねる】

 

 

もうこれでおしまいだと言うように、おれの顔に紙を叩きつけてコラソンは出て行こうとする。

 

その姿が余りにも昔おれを置いて逃げて行く姿と重なったから、つい思ってもみなかった言葉が漏れた。

 

 

「逃げるな」

 

 

入り口のところでロシーは足を大きく止める。

 

 

【にげてない】

 

「ロシ…」

 

 

おれの言葉を聞く前に、紙を投げ捨て弟は出て行った。

 

 

 

 

【にげてるのはドフィのほうだ】

 

 

 

頭が酷く痛くなった。

 

 

お前がおれを止めようとスパイに来たように、おれだって離れた時間を埋めようと、感情の溝を埋めようと努めている。

 

 

 

「……おれだって向かい合おうとしてんだ」

 

 

 

 

 

なぁロシー……、どうしておれたちはこんなにも近い場所にいるのに、お互いを分かり合えないんだろうな。

 

本当に、不思議だな。

 

 

 

 

そう思いながら昇る陽を見つめた。刺すような痛みに自然と涙が溢れる。

 

 

 

「いてェな………」

 

 

 

目も……心も。




主人公(おれ)
家族大好き打倒天竜人。考えること多いし色々大変。行き過ぎたブラコン。ロシーと意思疎通が出来ない。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。……。

ロシ
色々行き違ってる。兄上止めるぞ〜!


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正義を背負って歩く男

全部ロシー目線。行き違っているけど全員真っ直ぐに頑張ってる。


*****

【sideロシー】

 

ローというガキがドンキホーテ海賊団に来て2年が経った。

 

 

 

2年前にローが兄の右腕として育てられるようになる時も、一悶着あった。

 

海兵として情けないが、兄の凶暴性とはかけ離れた一面を見ることが多々重なり、心が揺らぐことが多かったのだ。

 

 

ローというガキを爆発から身を呈して、救った兄。

 

そんな兄を心配して部屋にこっそり行ってみれば魘されていた。

 

 

“やめてくれ”と、何度も掠れた声で言っていた。

 

頭をガツンと殴られたような衝撃が走った。

 

 

あんたにも、そんな感情がまだあったのか。

 

 

何かに怯え、恐怖するような気持ちが兄に残っていたことに驚いた。

だっていつもは前線に立ち、嬉々として血濡れに行っている。

 

 

例え自分より格上の相手だろうと、得意の話術に嵌めて陥れる。

 

怖いもの知らずな兄が…まさかと思った。

 

 

確かに、恐怖に震えていた。

 

 

まるで過去の自分のようだった。全てに怯え、逃げようとしていた自分。

 

でも俺は変わろうと自分と戦い、今こうして兄の前に立ちふさがろうとしている。

 

 

心配して伸ばした手は、起きた兄によって止められた。

 

丁度無意識にあちらも手を伸ばしていたのか、指の先同士がぶつかる。

 

 

酷い汗と、数瞬焦点の合わなかった視線。

 

絆されたわけじゃないけれど、何かしたいと思ったのは自分でも驚いた。

 

 

まさかあの兄に…だ。

腐っても兄弟なんだと思った。

 

 

でも結局ドジばっかしたせいで、外に追い出された。

 

兄上はブラコンだけれど冷たい時は冷たい。そういう奴だ。

 

 

 

その後程なくして最高幹部連中の会議があった。

 

ローを右腕にと、そう聞いた瞬間鳥肌が立った。

 

 

 

 

 

*****

 

元々ガキはこんな場所にいちゃいけないと思っていたから、最近入ったローにも強く当たっていた。

 

 

兄と同じ目をしていたから、余計にこんな場所にいちゃいけないと思った。

 

 

子供が世界をぶっ壊すなどと、そんなことを口にして欲しくなかった。

 

何より少年の体に巣食う病魔と、少年自身に植え付けられた憎しみに胸が張り裂けそうになった。

 

 

だからローに刺された時の痛みに、余計に胸が痛んだ。

 

憎しみや怒りしかないガキに俺が出来ることは、船長や他の人間に言わないことだけだった。

 

 

幸い犯人がローだとバレなかったのはよかった。

 

ただでさえ兄はニッコリと微笑んで「誰がやった?」と言っていたのだ。

 

 

そん時は久し振りに仏を見た気がした。

 

 

あ、別にセンゴクさんじゃないけど。

リアルに三途の川とその上にいる仏がこちらを手招きしていた。

 

 

この時兄上を怒らせまいと、心の中でひっそり誓った。

 

 

 

 

そんなことを思い出しながら、俺は持っていた新聞を破り裂いた。

 

会議後の俺の怒りはMAXだった。

 

 

兄はローの気持ちを肯定している。

だからこそ右腕というワードが出たんだろう。

 

 

だが、子供にそんなことさせちゃいけないと強く思った。

 

俺たち大人ってのは、子供が道を間違えないように支えるんじゃないのか?

 

 

俺がガキの時もセンゴクさんは時に厳しく、時に優しくおかきをくれた。

 

 

そう思ったからこそ余計に兄に腹が立った。

 

同時にああやっぱりかと、心のどこかで安堵した。

 

 

兄はやっぱりバケモノなのだと、そう思い込んだ。

 

 

そうでもしなきゃもう自分の感情をコントロール出来ないほど、俺の心もいっぱいいっぱいだった。

 

 

 

でも滾る正義の心は果てを知らない。

 

俺は会議の数日後に偶然聞いたガキたちの言葉を聞いて、自分の胸に熱い気持ちが燃え盛るのを感じた。

 

 

ローは“D”の名を持つ存在だった。

_____それはつまり、神の天敵。

 

 

天竜人だった俺や兄の天敵となる存在。

 

それは俺の転機であり、ローを兄から離さねばと思った瞬間だった。

 

 

その後俺の能力や喋れることを明かしたが、怒ったローに逃げられゴミ箱に突っ込むことになった。

 

…本当ドジってんな……。

 

 

だがローは俺のことを兄に言わなかった。

 

何でだと問えば、前に刺した時の借りを返しただけだと、生意気に言った。

 

 

このクソガキと、どこか温かくなる心に顔が綻びかけながら、直ぐに引き締め船に乗った。

 

 

 

やっぱり、兄を止めるのは俺でないとならない。

 

俺はそう強く決意した。

 

 

 

 

 

そんなこともあり過ぎた2年。

 

元々潜入調査で進めていたある国の情報収集も、大詰めに進んでいる。

 

 

だが兄の動向も注視し過ごしていたが、ローの珀鉛病の治療は良い兆候を見せていない。

 

寧ろローの病状は悪化している。

最近咳込む事も多くなった。

 

 

少年のタイムリミットは近い。何も出来ない自分に歯ぎしりしたくなった。

 

所詮俺は海兵だ。今のやるべきことはローの治療じゃない。スパイとして動くことが俺の仕事だ。

そうは言っても俺はどうしても自分の甘さを捨てきれない。

 

 

ローを救いたいと、そう思い続けている。

 

 

 

そんな中、もう何度参加しているか分からない会議の話題に出たのは、オペオペの実についてだった。

 

 

兄がローの病気を治そうとしているのは知っている。

 

それに血の繋がりを感じていたが、逆に言えばそれが最後の砦だったようにも思う。

 

兄の優しさが本当にあるのだと、そう信じられる最後の砦。

 

でも崩壊は存外簡単に訪れた。

 

 

 

トレーボルが兄に半分冗談、半分本気で投げかけた言葉。

 

 

兄がオペオペの実を利用し、不老不死になろうとしているという内容。

 

それもローを使って、だ。

 

 

ただ一言、そんなつもりはない。そう否定してくれるだけでよかった。

 

俺もきっと兄がそういうのだと思っていた。

だってローに気遣う兄の姿は優しかったから。

 

 

それはまるで、昔俺に浮かべていたような笑顔だったから余計。

 

 

 

「フフフ!お前の言うことは面白いな」

 

 

そう言って、周囲はどっと笑った。

 

嫌な汗が伝う。序でに飲みかけていた紅茶が変なところに入った。

 

 

 

___息を止めて、冷静に。落ち着いて。

 

 

怖い時はそうしていた。

 

兄上が言っていたじゃないか、怖い時はなるべく気配を殺せって。

 

 

 

だから息を止めて、止めて、怖いものが過ぎ去るまでずっと、ずっと、ずっとずっと

 

 

 

 

 

_____ずっと

 

 

 

 

「…ロシー?」

 

 

声に驚いて反応すれば兄がいた。心配そうな顔に思い切り噎せて紅茶を吐き出した。

 

 

正直その後のやり取りはよく覚えていない。

怒った兄に連れていかれたのは覚えている。

 

 

恐怖と、怒り。

 

 

ずっとその感情が俺を支配していた。

 

 

何故あんたは否定しなかったんだ。ローを利用しようなどと、鼻で笑って返せばよかったじゃないか。

 

それとも本当に…ローを、あの子供を道具のようにあんたは使おうとしているのか…?

 

 

始まった猜疑心はもう止まることを知らない。

 

唯一残っていた砦にヒビが入っていった。

 

 

 

部屋に連れ込まれて、特に縛られる事もなくただ待っていろと告げられた。

 

尚も兄へ募る疑心が止まらない。

 

 

……でも俺はドジだから、きっと気のせいなのかもと、冗談で兄も返しただけなんだろうと思い込もうとして、ふと電伝虫の置いてある方に目がいった。

 

 

相変わらず謎のセンスのグラサン付けてるなと近寄って見れば、そこには懐かしい写真が一枚立て掛けてあった。

 

 

 

 

「……昔の……俺と、兄上………」

 

 

マリージョアから移り住む時に撮った最後の写真。

 

 

それ以来、家族写真を撮る余裕など一切なかった。

 

まさか兄が持っているとは思わなかった。というかこの写真があった事も今思い出したくらいだ。

 

写真の中の俺と兄は楽しそうに笑っている。

 

 

 

でもそこに、父上と母上の部分は無い。

 

 

 

「あんたにとって、その部分はいらなかったのか。なぁ、ドフィ_____」

 

 

そう言っていた時に後ろから声をかけられた。

 

一瞬驚いたものの、ナギナギの能力を自分に使っていたのだと思い出し安堵した。

 

 

さっきまでの言葉を聞かれていたら流石に耐えられない。

 

兄は懐かしむような声で、写真を拾った経緯を話す。

 

 

強い、執着。

 

 

まとわりつく感情が気持ち悪い。

 

自分と兄が映る写真を見ながらそう思った。

 

 

 

俺の部分も破ってしまえばよかったのに、いらないと捨ててしまえばよかったんだ。

 

 

あんたはそうやって、中途半端に俺に甘いんだ。中途半端だったら捨てちまえよ。

 

 

バケモノなら、そうしてくれれば俺だって………見切りをつけられるのに……なのに、なんで………。

 

 

 

 

_____あんたは一体、何がしたいんだよ。

 

 

 

俺にはもう、分からない。

 

 

 

振り返って、サングラスをかけていない兄の目を見つめた。

 

紙に殴りつけるように書いたのは今思っている事。

 

 

昔から変わる、不思議な瞳の色は変わらない。家族とは違う瞳の色だった。

 

 

時にコバルトに、時にエメラルドを添えて輝く瞳。

 

場違いに綺麗だと思った自分を殴りたくなった。

 

 

そういえば最後にサングラス越しではないのを見たのはいつぶりだろうか。

 

 

…多分覚えていないぐらい昔のことだ。

 

 

 

そう思っていれば、兄は暫し閉ざしていた口を開いた。

 

 

「壊して、おれたちが生きやすいように直す」

 

 

 

死刑宣告だ。でも、俺が望んでいた言葉だ。

 

 

あんたはバケモノだ。だってあんたの生きやすいようにということは、全てを壊して虐げるということだろ?

 

 

その中にきっと俺もいるんだろうな。

でも俺が求めるのは、ローみたいなクソガキが家族と笑って過ごせるような、そんな世界なんだ。

 

 

俺とあんたは違う。

 

あんたが悪に突き進むなら、俺はどこまでも正義を求めて、あんたを止めに行くんだろう。

 

 

 

兄上、兄上はきっと、ずっと変わっていなかったんだ。

 

 

兄上はずっと兄上のままで、優しく俺に微笑む兄上も、ゴミのように容易く人の命を奪う兄上も、全部兄上だったんだな。

 

 

 

 

___だからこそ、あんたはどうしようもなくバケモノなんだ。

 

 

 

部屋を出ようとした所で、ドフィに逃げるなと言われた。

 

 

俺は逃げてないよ。もし逃げてたとしても、もう逃げない。

絶対にあんたを止めて、世界の平和を守るよ。

 

 

立派な海兵になって、父上に誇れる男になる。

 

あんたが捨てたものを俺は捨てない。

 

 

俺は……例え今海賊コラソンだとしても、見えない正義を背中に背負ってんだ。

 

 

 

 

 

俺は_____逃げない。

 

 

 

だから、ドフィの方こそ逃げるなよ。

 

あんたの逃げた先にある破壊は、全てを不幸にする。

 

 

あんたは壊される恐怖を知ってるだろ。

 

家族を壊される恐怖も、幸せを失う恐怖も知っているなら尚更………

 

 

 

 

 

尚更、逃げないでくれ。

 

 

 

俺からも、現実からも。ドフィ___お前自身からも。

 

 

 

 

 

俺の紙に書いた言葉はドフィに伝わったかは分からない。

 

でももう俺の心は決まった。絶対に揺らがない。己の正義のために、俺は生きる。

 

 

ローもあんたの魔の手から救う。

 

 

 

 

 

 

必ずこの手で、俺があんたを止めてみせる。




副題『正義:悪=弟:兄』


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こんこん

誤字脱字報告ありがとうございました。お恥ずかしい……
今後なるべく気を付けようと思いますが、もし誤字等ございましたら遠慮なくご指摘下さい。


心なしか夜間モードにして読むとより鬱暗くなる気が…しますな。


法外な金を積んだ一隻のド派手な船は悠々と大海原を進んで行く。

 

 

フラミンゴを模した船首は嫌でも目立つ。紅鳥が着けたサングラスはそれを助長させていた。

 

そこを襲う砲弾。

 

着弾を許す前に船長である金髪の男は不敵に笑い、糸を船の四方に張り巡らせる。

そしてその攻撃を敵側___海軍側にお返しした。

 

真ん中に大きく穴を開けた船は沈没して行く。

 

仲間の救助に当たる海兵を見ながら、ドフラミンゴは愉快そうに笑った。

 

 

 

彼を追っていた海軍中将のおつるはそれを見、苦虫を噛み潰したように溜息を吐く。

 

またあの悪ガキを逃しちまったと、こめかみに手を当てた。

 

随分前にまだ少年の面影を残しながら、突如この北の海に現れたルーキー。

今は一介の船長として悪さばかりしている。

 

本当に困ったもんだとおつるは思った。

 

 

だが彼女は知っている、恐ろしいまでの悪を持つ男の優しさを。

 

歪んでいるそれは一見すると分かりづらい。

 

彼女の知り合いのガープが太陽のようなのだとすれば、男の優しさは月光のように淡く、しかし優しく人々を照らす。

 

センゴクの部下が現在情報を流している今、彼女は作戦を立て男の船を追っている。

 

 

部下の男は船長の実の弟でもある。

 

センゴク自身は子供のように思っている部下を心配しているようだが、彼女はさほど心配していない。

むしろそれを利用し、とんでもないことを悪ガキが仕出かすのではないかと気が気ではない。

 

 

まさかあの身内に甘過ぎる男が、弟をその手で殺すなどあり得ないだろう。

 

信頼とまではいかないものの、それなりに長年追ってきた。

他よりは男を理解しているつもりだ。

 

しかし悪は悪。

 

正義を掲げる海軍として、その手を緩めるつもりは毛頭ない。

 

 

怪我をした海兵の具合を見ながら、彼女は逃げ去って行く派手な船に目を細めた。

 

中将な上相当なベテランである彼女をもってしても、捕まらない鳥。

 

それを捕まえるのは自分か、はたまた新しい世代になるのやらと思いながら、おつるは大海原を見つめるのだった。

 

 

「プルルルル」

 

 

波の音と水鳥の鳴き声しか聞こえない船に響いた音。

 

何だと思い彼女が出れば、何故か異様に焦っているセンゴクからだった。何か嫌な予感がする。

 

躊躇する手を一旦握り、息を吐いて出た。

 

 

 

「_____何、ロシナンテが…!?」

 

 

 

 

 

辺りには穏やかだった波が荒立ち、黒い雲がこんこんと育っていった。

 

 

 

 

 

-----

その日も海軍に追われながら仕事を終えた、ドンキホーテ海賊団の船が港に戻っていた。

 

取引の品を下ろすよう指示しながら、ドフラミンゴは次の取引先について数人の幹部と話し合っていた時だった。

 

 

「若様!!若様大変!!!」

 

「なんだベビー5、話が終わってからで…」

 

 

しかし言い終える前に、ベビー5の続きの言葉を聞いて止まった。

 

 

「コラさんとローがいないの!!それとコラさんのハンモックにこれが……」

 

「……見せろ」

 

 

いやな汗が頰を伝う。

 

シャツで乱雑に拭いそれを見れば、確かに弟の字で【ローのビョーキをなおしてくる】と、簡潔に書かれていた。

相変わらず漢字書けないなと、逃げるように思考が動く。

 

 

激しい耳鳴りがする。

 

 

頭を抑え、急に蹲った船長に辺りの人間は驚いた。

また疲労でも溜まっているのかと思い、ベビー5が声をかけようとしたところで男の異変に気付いた。

 

 

「若様大丈夫?若様…?」

 

 

側にいたグラディウスも一人青くなりながらオロオロしている。

 

 

「わ、若……俺が至らないばっかりに……」

 

「……いや、お前はしっかり働いてくれてるよ。フフフ、心配かけちまって悪いなァ」

 

 

そう言ってドフラミンゴは立ち上がり、再び話に戻った。

 

 

「本当に若様大丈夫かな…?」

 

 

ベビー5はそう思いながら、未だ顔色の優れない船長を見つめる。

 

 

(もう、コラさんたら若様に迷惑かけてばっかりなんだから!)

 

 

そう思いながら頰を膨らませて、何も知らずにこちらに来たバッファローの腹にダイブした。

 

 

「バカーーー!!」

 

「な、急に何だすやん!?」

 

 

コラさんのバカバカ!!一緒に行ったローもバカバカ!!大変な思いするのは若様なのに!

 

自分のうちに溢れ出る感情に唇を噛みながら、ベビー5は幼子のように泣くのだった。

 

 

 

 

 

 

-----

おつるさんの船に追われながら仕事を終え、枕に現在突っ伏している。

 

 

ロシーがやらかすのはいつものことだ。

だがまさかドジ以外でやらかすとは思いもしなかった。

 

ローの取引も大詰めな今に動くか普通。

 

やりとりをしてるのはおれだから知らないんだろうが、だからって今はないだろ。

 

 

ロシーの正義感は知ってる。真っ直ぐで、真っ直ぐ過ぎて危なっかしいものだ。

 

それがローに向いているのも知っていた。

何がきっかけかは知らないが、コラソンはローに時折気遣うような素振りを見せていたんだ。

 

兄のおれだから気付くような、そんな些細なものだったけれど。

 

 

それに前の一件でさらに大きくなった、弟との精神的な距離は感じていた。

 

おれが弟を試すようなことをしたのか、逃げるなと言ったのが気に障ったのか、よく分かっていない。口にすれば早いのだが、ロシーは喋れない。

 

今回の行動も予期せぬ、だ。というかこれが読めたらやばいだろ。分かりっこない。

 

 

…そう、分からなくて当然だ。だから焦るな、考えろ。

 

ロシーがこのままローを連れて戻ってこない可能性はあり得る。

 

だが任務中の身のあいつが、スパイを放棄して勝手に行動しているのは確実だ。

海軍側も今混乱の中にあるだろう。

 

 

そして必然的に考えられるのは、こちらの情報があちらに流れなくなったということ。

 

危険性が大いに減ったのはいいが、弟の失踪=海軍がこちらを追えなくなるということだ。

仲間も勘付くだろう、ただでさえここ最近海軍に追われる回数が増えていたのだ。

 

 

コラソンはスパイではないか、と。

 

 

こうなってしまえばもう流石に手に負えない。

 

おれも船長だ。裏切り者は殺さねばならない、海賊団になる前からあるこのファミリーの掟だ。

 

別におれが殺さないと言えば済む話だと思うだろうが、上の立場というのはそう簡単にいかない。

 

軽率な行動はファミリー内の信頼を裏切ることにもなり得る。

弟と同様に大切なこいつらを傷付けたくはないし、傷付けるつもりもない。

 

 

どっちも傷付かずに、なるべく被害の少ない方法。

 

殺害と見せかけ逃すのが一番か。

 

 

幸い人を処する時は銃を使うクセがある。糸で殺すより銃殺の方が偽装には適している。

 

麻酔銃に改造して海軍に弟の死体を見つけさせよう。

脈と血を細工しておけば問題ない。

 

…それより自分に撃てるだろうか。ファミリーの誰かに任せれば確実に殺されるだろう。

他に方法はあるが、この方法が一番だ。

 

おれが撃たなければロシーが死ぬ。

 

 

 

本当に…何でこんな時に動いちまうんだよロシー…。七武海の案も前向きに考えていたんだ。

政府と関係を持てば、お前も万が一の時に逃げやすいと思った。

 

政府公認の海賊。正しく海軍のお前に会えるいいこじつけになるだろうに。

 

 

「………いや、おれが甘かったのか…」

 

 

寝返りを打ち天井を見上げる。

窓辺から夕焼けが部屋を照らした。

 

白黒付けなければならない、弟の処遇について。

 

 

 

ヴェルゴの言っていた通り、弟は害をなす存在だ。海兵と海賊なのだから当たり前なんだろうが。

 

弟はきっとおれに今、牙を剥いている。

弟に何かきっかけがあったに違いない。でなきゃこんな急にことを進めるとは思わない。

 

あちらはおそらく決着をつける気だ。

 

海賊ドフラミンゴを、海兵ロシナンテとして捕まえようとしているんだ。

 

あいつは情に流されやすいが、やると決めたら曲げないやつだ。

おれだったらこちら側に取り組もうとするだろう。そういうところ、似てないないよなァ。

 

 

「フッフッフ、結局……こっちにはなびかなかったな」

 

 

おれに冷たい目を向けていた、あの濃い紅目。

 

しかし正義に燃える目が羨ましくもあった。

 

父上や母上と同じ優しく、地平線に沈む夕日のような紅を持っていた目。

おれとは全部正反対だった。

 

 

「………ロシー」

 

 

分かってたんだ。分かってたんだよ…。

 

でも離れた分共にいたかったのだと自覚してから、お前に歩み寄ろうと、お前に理解されようと笑いかけた。

 

それさえ無理なら、嫌われてもいいから側にいたい。そんな歪んだ考えも脳裏にはあった。

 

 

それにおれは好きだった、あいつの正義の目が。

 

両親と似た綺麗な瞳が海賊コラソンとして過ごす中で、多少なりとも濁っていくことに罪悪感を覚えた。

 

 

お前の色を失うなら…遠い距離のままでいい。

そう思っちまうぐらい、おれはお前のことを考えてたつもりなんだ。

 

 

 

 

窓に映る紅色。耳元であいつが囁く。

 

 

『撃てねぇのならおれが撃とうか』

 

「……そういやあんた、言ってたよな」

 

『何がだ』

 

「弟を殺したって、言ってたろ昔。何とも思わなかったのか」

 

『…フッフッフ!忘れちまったなァ、そんな昔のこと』

 

 

奴は数瞬笑みを消して、再び口端を吊り上げた。

 

運命ってのは変わらねぇもんだと、そう言う。

 

変える気があれば奴は簡単に変えられるはずなんだ。

それを何故変える気もせず、隠居のように過ごしているのか。おれからすれば分からない。

 

 

「変えられるだろ、あんたなら。未来の趨勢を知ってるなら」

 

 

ポツリと本音を零せば、ジョーカーはおれの目をじっと見た。

 

 

『…人生なんてのは数え切れない選択によって道が分かれる。おれが進んだ道は無数の中の一つの人生に過ぎねェ。変えるにしてもルーレットに身を任せて進むような軽率な真似しねぇよ。下手に手出しするべきじゃない』

 

「……慎重だよな…おれと比べて」

 

『勝手にマリージョアの事件に首突っ込むくらいだからなァ』

 

 

いいじゃないかと言いかけたところで『次仕出かしたら…』と続いたワードに絶句した。

 

聞かなかったことにする、最早得意技になりつつある。

 

やらかすのは別に構わないが、限度をわきまえろと、総合するとそんな感じだ。

想定外の斜め上を行く行動らしいが、好きに生きさせろと思う。

 

 

『お前の人生に手を出すときはそうだなァ…』

 

 

そう言って左胸に手が伸びたと思ったら、当然だがすり抜けた。

 

丁度止まった場所は心臓だ。

少し目を見開けば、ジョーカーは楽しそうに笑う。

 

 

「……おれの生死か」

 

『譲歩はしてやってるさ。だがロシーはお前を裏切ったよなァ、その裏切りに今感情を揺さぶられてる』

 

「………」

 

 

殺す気かと、内で怒気を混じえて言えば否と言われる。

お前が生かしたいのならそれでいいと言う奴の目は、確かに本気だ。

 

 

だけれど何だろう、何か違和感がある。

隠された何かを感じる。ジョーカーは何を隠している?

 

 

「何か…あんのか?」

 

『何もねぇよ、ロシーは殺さねェ。殺したらお前壊れそうだしな』

 

 

壊れる…か。たしかに絶対ないとは言えない。

 

家族愛を冠した依存のベクトルは概ね全てロシーに向かっている。

自分でも自覚している辺り、末期だ。

 

 

『…ローのこと忘れてねェか』

 

「…あ、ローは大丈夫だろ。あいつは確実に治すつもりだ。……本音を言えば、幸せになれるならそれ以上は望まねェよ」

 

『フフ、右腕はいいっていう風に聞こえんなぁ』

 

「別にいいぜ?あいつの望むようにさせるさ」

 

 

そう言えばジョーカーの動きが止まった。

すると突然笑い出す、触れないことを分かってるので人の腕を勝手に操り出す。

 

自分で頭をぐしゃぐしゃにしている様はさぞ滑稽だろう。やめろよ動かすな。

 

 

頭の中で文句を言っていれば、テメェはやっぱりおれとは違うと、少し辛辣なことを言われる。

 

突然何だというんだ。別に気に障ることを言った覚えはないんだが。

 

 

『おれはローに固執したからな』

 

「……初めて聞いた」

 

『今言ったからな』

 

 

だからローを見る目が怖かったのか。

 

だがその見る目が殺意だったり愛情だったり、ごちゃ混ぜになっていたのはこいつの歪みのせいか。

…意外におれより面倒な性格してそうだな。

 

 

 

ジョーカーと話していれば、今まで赤一色だった空が紫を混ぜた闇に染まっていた。

 

 

ロシーの言う通り、おれは確かに逃げていたんだろう。

 

弟ばかりを見て、海兵であるあいつから逃げていたんだ。

 

 

いつかは決別しなければならない運命、それに目を背けて少しでも弟の側にいようとした。

 

甘い、中途半端な部分は消し去らなきゃな。

 

ロシーがいたままじゃきっとおれは中途半端なままだろう。

ヴェルゴは薄々、おれの矛盾を理解してたんだろうか。

 

 

 

大丈夫だ。ロシーが生きていれば、それで十分だ。おれはおれの目的のために歩いて行ける。

仲間も、意志も、十分なほどある。

 

残るはおれの覚悟と決意。それだけだ。

 

この手でロシーと決着をつける時、甘いおれを殺そう。

ロシーは決めたんだ、おれも本気でお前と、海兵ロシナンテと向き合ってやる。

 

 

 

「いっで!!」

 

 

白くなるほど握りしめていた右手の腕に激痛が走った。

 

何だと思えばジョーカーの操っていた左手の爪が食い込んでいる。というか血が滴っている。

 

 

(テメェ何すんだ馬鹿野郎!!!)

 

『無茶すんな。お前はお前らしくていいんだよ』

 

 

は?と、小さく声が漏れた。再度同じ言葉を言われ爪が刺さる。

 

 

(……無茶してねぇよ)

 

『……ッチ、ガキが』

 

 

そう言って奴は手の支配を解き、ため息を大きく吐いて刈り上げられた髪をかいた。

おれが腕の怪我を治療してる間にその姿は消えていた。

 

 

「………変な奴」

 

 

 

 

 

 

 

_____月に照らされた男の瞳は闇に吸い込まれ、暗い海の底を醸していた。




主人公(おれ)
家族大好き打倒天竜人。色々覚悟を決めたブラコン。ストレス過多で精神異常なりかけに気付いてない。頑張れ。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。あれ以外とローどうでもいい…?主人公の精神疲労に気付いてる、無茶すんな。


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白化粧の海

いつも閲覧等ありがとうございます。表題やタグなど少し変更しました。
漸くオチが決まったので、突っ走ります。にしても暗い…。


人を狙って撃つ時に必要なものは技術か?それとも感情か?

 

違う、覚悟だ。

 

 

照準を人間の頭に向けろ、一呼吸で全て最高のコンディションに持ち込んで撃て。

近距離で殺すことが多いため、じっくり狙う時間はない。確実に、速やかに殺す。

 

所詮殺すことに長けた技術だ。生かすのに長けてはいない。

 

 

 

だから物に細工をする。

 

 

弾丸は回転数を少なくするため重さを従来より減らした。先端も見た目じゃわからないが特殊形状にしてある。

撃たれても浅い所で止まる。

 

 

次に麻酔の元。多量に摂取することで誘発するものだ。大量な程脈の停止時間が長くなる。大体一発に1分程度。

 

 

一発じゃない。感情のままに撃つようにみせかけろ。何発もだ。

 

 

最後に血液。おれとロシーの血液のタイプは一緒だ。弾丸に内包された血が着弾と共に外に飛び散る。

万が一調べられても気付かれまい。

 

仕込んだ分と実際に流れ出る分で致死量に見せかけられる。

 

 

準備は出来ている。

 

後は、静寂な心だ。

 

 

 

ロシーとローがファミリーから失踪して半年後。

いよいよオペオペの実の取引が決まった。

 

弟には少し前にオペオペの実が見つかったと報告してある。

 

ファミリー内でも既にコラソンの裏切りの疑惑が浮上している。

おれが言葉を濁しているためまだ保っているが、時間の問題だ。

 

 

ロシーにオペオペの実を食わせる。そう言えば奴は恐らくローに食わすだろう。

 

能力的に最適なのはローだ。器用な少年なら苦なく自分で治せるはずだ。

 

ロシーは苦手そうな気がするしな。それに最たる根拠はあいつが能力者であるだろうということだ。

数年いたんだ、疑わしいシーンはいくつもあった。

 

能力の内容までは把握出来ていないが、八割二分そうだと見ていいだろう。

 

 

こういう時の勘はよく当たる。

 

 

 

 

 

銃を手持ち無沙汰に弄る。

 

取引の後コラソンに会い、オペオペの実を渡す。

まだ疑いは確実な証拠が出ていないため、おれはあいつをファミリーに戻そうとする。

 

あいつにおれを失望させるなと、思わせるんだ。

 

ロシーなら確実にその機を狙っておれを捕まえようとするはずだ。そこがチャンス。

 

おれたちを、ファミリーを裏切ったと粛清する。きっとその時におつるさんが来るだろう。あの人、おれを捕まえようと特に最近躍起になってるからな。

 

 

絶対ロシーを見つけてくれるだろう。

 

おつるさんだったら尚更。

 

 

『昔はデリンジャーぐらい小さかったのによ』

 

「…急になんだよ」

 

 

ジョーカーはここ最近何かを確かめるようにおれの手を勝手に動かす。

 

というか気付くのが遅れたが、部分的に体を乗っ取られていることを見逃していた。意識すれば奴の支配は解けるものの、気を抜いていたら勝手に動かされる。

 

糸で操られている人間はこんな感じなのだろうか、だとしたら大分悪趣味な能力を持ったもんだと思う。

それぐらいには慣れない。

 

 

『フッフッフ』

 

「……髪が乱れるだろ」

 

 

ぐしゃぐしゃと撫でられた。犬じゃないんだからよ。

せっかく午後の取引のためにセットしていた髪がお粗末なことになってしまった。

 

口を尖らせていればさらに笑われた。もういいと言ってその場を立つ。

 

 

きっとおれの精神的疲労を緩和させようとしてるんだろ。そこまでヤワじゃねェさ。

 

 

『お前は強くねェよ』

 

「ほんと今日気分害することしか言わねぇなあんた…」

 

 

素材が丈夫でも、器が小さけりゃ水は溢れるんだよと、そう言う。

 

 

確かにおれはジョーカーと比べれば器が小さい…というかここでは精神に例えてんのか。

精神強度なんてまちまちだ。

 

でも弱いなりに生きている。それでいいだろう。

 

 

「行ってくる」

 

『またこの間みたいにベビー5聞いてたら面白ェな』

 

(……やめろ、思い出させるな)

 

 

この間「よし、ロシーと本気で向き合ったる!」そう思いながら揚々と部屋を出たら、途中から会話を聞いていたらしいベビー5がガチ泣きしていた。

 

なんだと聞けば若様おかしくなっちゃったと、そう言われた。

 

 

一瞬白けたが、直ぐに気付いた。というかドジった、ロシーじゃねェのに。

ずっとジョーカーと会話していたがあまりに感情的になりすぎて、一部声に出ていた。

 

弟に依存しているブラコンがとうとう頭イかれた図の出来上がりだ。

 

その時はひたすら謝って少女の気分を直そうとした。しかし逆効果だったのか余計泣かれた。

 

 

もう思い出したくない、ファミリーにベビー5を泣かせたと思われたんだから。状況が状況だけに真実を言えず肯定しちまったおれもおれなんだが…。

 

 

ま、今回もうっかりしていたがそう立て続けに変人とは思われ……

 

 

「わ、若…!?」

 

「………」

 

 

目の前にはグラディウス 。手には仕事の報告書を持っている。真面目でお前は優秀な部下だよと思ったが、頭が真っ白になった。

 

とりあえず今度から絶対口に出さないようにしよう。

 

 

「若様大丈夫ですか!?胃痛薬持ってきますね!!」

 

「……お、おう」

 

 

最早デキ過ぎておれの出る幕がない。数奇な人生を送らなければ、奴はきっと上司に好かれる良い部下になっていたろうに。

 

深い溜息を吐きつつ、おれは先のことにまた思考を巡らせた。

 

 

 

 

 

-----

 

 

オペオペの実の取引の日。

 

 

 

普段はファミリーの前では温厚な男が青筋を立て、甲板に立っていた。

 

雪の中濡れようとも気にしない。

風に揺れピンクのコートが踊った。

 

 

「若様、寒いから中に入ろう?」

 

「……」

 

「若様?」

 

 

船長のスラックスをぐいぐいと少女が引っ張る。

 

それに反応することなくただ前をドフラミンゴは睨め付けていた。

ベビー5はこれは無理だと結論づけ、少し後方に立っていたグラディウスの元へ歩み寄る。

 

 

「やっぱりダメか」

 

「うん。若様風邪引いちゃうわ」

 

 

 

こうなった要因はオペオペの実の取り引きにあった。

 

 

法外な金でオペオペの実の取り引きを約束していた相手、ディエス・バレルズ海賊団。

 

それがつい先刻入った情報により、船長の機嫌が一気に急降下したのである。

 

 

「取り引きの相手がこちらではなく、海軍と取り引きを行おうとしていたんだ。しかも俺たちを序でに捕まえようと画策してたんだ」

 

「ほんと酷いわ!ボッコボコよ、ボッコボコ!!」

 

 

そう言いベビー5は感情的なまま自分の腕を銃に変え、剣のように振るう。

 

使い方が違うと静かな声色で話すグラディウスも、内心殺す・報復のワードが延々飛び交っている。

 

 

そんなシュールな光景になりつつある甲板に、電伝虫の音が鳴り響いた。

それを持ったバッファローは船長の元へ駆け寄る。

 

 

「若様!ヴェルゴさんから電話だすやん!」

 

「………」

 

 

ドフラミンゴの長い手が受話器を掴み、もう片方の手はこの場から去れと促す。

 

一人になった所で、鳴り続ける受話器を取った。

 

 

「…おれだ」

 

《…ああ、ドフィか。漸く出た。そっちは大丈夫か》

 

「………」

 

 

男の無言に、ヴェルゴは肯定の意味と取り電話を続ける。

 

 

《今取り引き場所に船で俺も向かっている。海軍が動いている…あまり突飛な行動はしないでくれ》

 

「……フッフッフ!……なぁヴェルゴ」

 

 

何だと言いかけた所で、ドフラミンゴの何か抑えるような声が聞こえた。

 

 

「殺すのは突飛か、なァ?こんなにムカつくのは久し振りだ。とことん邪魔だ、おれの計画を邪魔する奴は」

 

 

 

___だから、バレルズの野郎を全員ぶっ殺してもいいよな。

 

 

 

地獄の底から出たような声。

 

 

取り引き相手と上手くいかない場合は報復することもある。しかし全員殺すのは彼らしくないとヴェルゴは感じた。

 

しかしそれ程に怒りを覚えているのだと、電話越しに伝わる様子に理解した。

 

周囲に分からないほど怒りの感情を抑えていることは、滅多になかった。それに船長が無理をしているのだと理解する。

 

 

《そんなこと、俺に聞かなくても君の好きなようにしてくれドフィ。君がどんな道を行こうとも、俺は君に全てを委ねて着いて行くさ》

 

「………っ」

 

《ドフィ?》

 

「……ありがとう」

 

 

内に暴れ回るドス黒い感情が、ヴェルゴの一言により鎮まった気がした。

 

 

そうだ、おれは船長だった。

 

 

思考が冷静になって行く中で、今すべき最善を割り出す。

結局自分は詰めが甘いのだと、いやに男は理解した。

 

 

「…お前は取り敢えずそのまま任務を続けろ。何かあった時は機を窺いつつ、連絡してくれ」

 

《……分かった。ただ無理はしないでくれ》

 

「フフ、分かったよ相棒」

 

 

ガシャン。

 

 

電伝虫を持ったまま、男は視界いっぱいに大海原を映す。

 

 

起こったことは仕方がない。取り返しがつかないのだから。だから今はこれ以上悪化させない手を考える他ないと、深呼吸する。

 

 

 

まず取り引きだ。

 

もう交渉が決裂しているのは分かっている。

だがあちらの裏切りをこっちが知っているとは、知らないだろう。

 

知っていても、その上海軍が待ち伏せしていようと奪うと決めたものは、この手で奪う。オペオペ実は必ず奪取する。

 

 

それとバレルズ海賊団の奴らだ。恐らく取り引き場所のアジトには海軍の奴らが隠れているはずだ。

 

奪えたとしても、殺す余裕があるかは分からない。故に殺すのは状況次第で決める。殺せなくとも後で全員晒し首にしてやる。

 

そして問題は他にもあると、手の甲を口元に寄せる。

 

 

バレルズの取引相手が海軍となれば、コラソンが知っている可能性も高い。

 

オペオペの実の取り引き場所も相手も既に知っているとすれば、おれたちの取り引きは鵜呑みにしているだろう。そりゃあそうだ。

 

わざわざおれとしなくても、海軍に頼ればいいだけの話だ。あいつは海兵なのだから。

 

 

クソと、小さく声が漏れた。

 

 

幾ら考えても結局オペオペの実を奪わなければ、弟との取り引きもローの治療も始まらない。踏んだり蹴ったりだ。

 

 

先ずは作戦の立て直しだと、薄っすらと甲板に積もる雪を踏みつけながら、男は部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ミニオン島にコラソンは小舟で向かっていた。

 

 

隣にいるローの息は酷く荒い。珀鉛病が半年の内に悪化した所為である。

 

 

「…悪ィな、ロー…。俺が連れ回したせいで病気悪化しちまったし、全然治療法見つけてやれなくて…」

 

 

いつも太陽のように笑うコラソン。ローは苦しい痛みに耐えながら、じっとその顔を見つめる。

心配そうにこちらを覗き見る男の表情を見て、辛そうに顔を歪めた。

 

 

 

(_____そんな顔しないでよコラさん。おれ…あんたと一緒にいられてよかった。俺の病気のせいで酷い事言う奴ばっかりだったのに、あんたは殴って怒ってくれたじゃないか。それだけで……、それだけで俺はすげぇ救われたんだ…)

 

 

 

声すらまともに出せない。これじゃ前と逆じゃないかと、苦笑いした。

 

 

「ど、どうした!?痛いのか!?」

 

 

コラソンは急に笑ったローにあたふたし始めた。本当にドフラミンゴと違って表情豊かな奴だと思った。

 

少年が咳き込めば直ぐに心配して頭のタオルを替えようとして転けるし、料理をしようとして船を燃やしかける。

 

流石に懲りたのか、調理済みかそのまま食べられる食事を出すようになったけど、ドジが多過ぎる。

 

 

ただ水に落ちないのだけは徹底していた。やっぱり能力者としてそこは気を付けているんだと感じた。

それに、もしもの時自分じゃどうにも出来ない。

 

 

救おうと思う辺り自分は本当にコラソン___コラさんに懐いたのだと思った。

 

最初は殺そうと思っていたのに、優しさに触れて、自分のドス黒いものが次第に溶けていった。

 

 

一緒に寝て、病院を回っては珀鉛病だと周囲に白い目で見られて、時には殺されかけた。

メシを食って、夜はコラさんが創作話を面白可笑しく語って、そして一緒に寝た。

 

 

 

 

 

___温かい。

 

 

 

 

 

ファミリーの中で隠されていた太陽は、ローと共に旅する中でその真価をローに魅せた。

 

 

 

故にだからと、思ってしまう。

 

 

コラソンはローに対しては酷く温かいものの、ファミリーに対してはどこか冷えたものを持っていた。今になってそれは意識してつくっていたのだと思うけれど、船長に向けていたのは心の底から来るものだった。

 

 

冷たい。今次々と少年の頰に落ちては消える雪のように冷えていて、でも熱い何かがあった。

 

 

それはきっとドフラミンゴを止めようという気持ちだったのかなと、ローは感じた。

 

顔に出やすいコラさんの感情全てが分かるわけじゃないけれど、その感情だけはローにしっかりと分かるほど出ていた。

 

きっとそれは、気を許した自分の前だからだろうと少年は考えている。

 

 

「コラ…さん」

 

「ど、どど、どうしたロー!!」

 

 

すってーんとまた転ける。慌てんなと小さく呟いた。

 

 

「……コラさんは、ドフラミンゴを…殺す気なのか…?それとも、捕まえるのか?」

 

「…!……それは…」

 

 

一瞬ぐっと、堪えるように口を噤む。どこかその仕草に既視感を覚えれば、不意にそれがドフラミンゴと似ているのだと感じた。

 

 

「…おれは、海兵だ」

 

「…知ってる」

 

「ロー、お前を助けるために勝手に行動して、センゴクさんにすげぇ迷惑掛けちまってるけど、でも…これだけは譲れない」

 

「……」

 

「俺は…ドフィを_____海賊ドンキホーテ・ドフラミンゴを捕まえる、海兵ドンキホーテ・ロシナンテだ」

 

 

俺は弟だから兄を止めなければならないと、ルビーに輝く瞳が煌めいた。

 

綺麗な色だと思った。ドフラミンゴのとは色の違う瞳。

 

 

その瞳には覚悟や決意が浮かんでいた。それを見、ローはきっとコラさんなら兄を殺さないだろうと、確信を持った。

 

 

「…ドフラミンゴは、コラさんを殺そうとするのかな」

 

「……大丈夫だ俺は。だって兄弟なんだぜ?きっと…殺さねェよ」

 

 

静かになった船に波の音が響く。天候のせいか普段より荒い波に、大きく船が揺れる。

 

コラソンは空気を変えようとローの頭をクシャリと撫でた。掌から伝わった熱に、うかうかしてられないなと焦る気持ちが募る。

 

 

「…コラさん」

 

「安心しろ!絶対オペオペの実は取ってきてやるから!!ローの病気は絶対俺が治すんだ!」

 

「…絶対、戻ってこいよ。俺を…一人にすんなよ」

 

「…ロー………何上から目線で言ってんだ!」

 

 

言葉とは裏腹に嬉しそうに抱きつくコラソン。しかし快調ではないローが大きく咳き込み、ドジったと元の場所に戻し、ズリ落ちた毛布を掛けた。

 

 

 

船は着実にオペオペの実の取り引きの場所に向かっている。

 

コラソンはその実を取り引き先の海軍や、バレルズ海賊団に騙され必ず現れるであろうドフラミンゴよりも先に奪おうとしている。

 

 

危険なのはきっと本人も分かりきっている。それでも確実にローを治すために動いている。

 

彼は海兵だというのに、ローの嫌いな海軍に所属しているというのに、この男は……この恩人は、とんでもなく甘い。

 

 

 

しかしその甘さに、ローは自分を取り戻せたのだ。

 

 

 

ドフラミンゴも甘かった。だが、それはいつも複数に向かうものだった。それは海賊王としての器から起因しているのだろう。

 

その愛もいいものだった。黒い自分を必要として、同じようにローの病気を治そうとしていた。

 

 

でも、ローだけをこんなにも愛してくれたのはコラソンだけだった。

彼は黒い部分だけじゃない、ロー自身を見て愛してくれたのだと少年は思っている。

 

 

家族を失い、全てを恨んだ少年に愛情を注いだ存在。

大きく温かい背は父親のようであり、兄のようだ。

 

 

もし治ったら、その隣にいようと思った。一緒に着いて行こうと決めた。

 

 

治らなくても、側にコラさんがいてくれたら、俺はきっとラミたちの元に笑って行けるから。

 

 

 

 

 

そう___だから、その後は、真っ黒な道の上にいる男に笑いかけて欲しい。

 

きっとコラさんがあいつに笑いかければ、それだけで救われそうな気がしたから。

 

 

「だから…コラさん、ドフラミンゴを……愛してあげて…」

 

 

 

 

少年の掠れた小さな言葉は波の音にかき消され、向けた相手に聞こえることはなかった。

 

 

 

雪は止むことなく、全てを飲み込むように降り続いている。




主人公(おれ)
打倒天竜人、身内には甘い重度のブラコン。計画が狂って焦ってる。バレルズに死亡フラグ立てる。色々頑張れ。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。一線は引いてる。主人公の詰めの甘さに溜息。

ロシ(コラソン)
兄上止めたるで!!ローの病気も治したるでぇ!!突っ走るドジっ子。

ロー
コラさん大好き。諦めの色が強い。主人公も愛してあげて。


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やまない雪

※前半痛い描写あります、ご注意。


ミニオン島、バレルズ海賊団のアジトにて。

 

 

アジトは現在大いに荒れていた。

 

海軍と取引しようとしていたオペオペの実が盗まれたのだ。現在盗んだ人物の行方を捜すため、船員は躍起になっている。

 

 

そして取引と見せかけ捕まえようとしていたドンキホーテ海賊団。

 

海軍が戦場で戦っていると思っていたが、既にドンキホーテのメンバーが一部島に侵入していた。

 

 

船長のバレルズは青筋を立て壁を殴った。

 

 

「海軍の奴らは何をやっているんだ!!」

 

「そ、それが一部のドンキホーテの奴らが別方向から侵入していたようで…」

 

「何!?何故奴らは捕えられていない!!」

 

「か、海上で逆に足止めを食らっているそうです…」

 

「あの無能どもめ!!クソッ!!」

 

 

 

その様子を隠れて見ていたバレルズの息子、ドレークは先日殴られた腹を抑えながらどこか冷めた目で見つめていた。

 

 

 

(_____もう、こんな場所に居たくない)

 

 

 

そう思いながら部屋を後にし、冷たい廊下を歩いた。

ふと白いものが視界の端に映り、窓を見つめる。

 

 

 

「…やまないなぁ、雪……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方数刻前、ドンキホーテ海賊団の船内にて。

 

 

「今から言うメンバーはおれと小舟で海軍隻の無い別方向から島に侵入する。その他は船で待機、また囮として来た海軍どもを蹴散らしてくれ」

 

「若様どうして別れて行くの?」

 

「海軍の相手してる隙にあいつらが逃げたら終いだ。だから二手に分かれて意表を突く」

 

 

船は頼むなと、足元にいたベビー5の頭を撫でる。

 

ベビー5は私頼られてる…!?と顔を赤くした。

 

 

「べへへードフィがベビー5のことたらしてるね〜」

 

 

臨戦状態だった船内に一気に笑いの渦が起こる。

若干死んだ目をしつつ、ドフラミンゴは遠方に映る島を見つめた。

 

その時スラックスが引っ張られ下を向く。

 

 

「若様、気を付けてね」

 

「フフ…あぁ」

 

 

 

船長は笑った。少女はその笑みに、自分も頑張らなきゃと気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

舞う赤。肉の切れる音。発砲音。

 

悲鳴。怒号。血の匂い。

 

 

 

悍しいほどの血の匂い。

 

 

 

バレルズ海賊団のアジトは地獄絵図になっていた。

 

どこもかしこも破壊されて行く。人間がいた場所には肉塊と鮮血。

建物の壊れた隙間からは雪が入り、紅く色付いた。

 

 

ドフラミンゴはただオペオペの実の奪取のみを考えていた。そうでなければドス黒い破壊欲に心が飲み込まれる気がした。

 

 

 

_____壊せ

 

(煩い)

 

_____壊せ

 

(黙れ)

 

 

 

ずっと囁かれる同じ言葉に舌打ちした。気を紛らわしたい。しかしいつもこんな時に話相手になってくれるあいつがいない。

数日見ていないのだ。そういえばここ半年、その姿を見ることが以前と比べ減ったように思う。

 

どうしたというのか。

 

 

(___ジョーカー)

 

 

呼んでもやはり、返事はない。

 

 

 

そう思っていれば、唐突に悲鳴が聞こえた。

何かと思えば、腕の切れた男がいた。いつのまにか船長の元まで来ていたらしい。無心を努め過ぎて意識が散漫になっていた。

 

 

「フフフ……よぉ、X・バレルズ」

 

「ドンキホーテ・ドフラミンゴ…!!」

 

「そんな顔すんなよ。ほら、くっ付けてやるからよ」

 

 

そう言い、バレルズの取れた腕を逆向きに押し込んだ。

 

 

切断面にめり込む指。

ぐちゅりぐちゅりと不協和音を奏でる。

 

 

「があ゛ああぁぁぁぁ!!」

 

「うるせェな」

 

 

糸で口元を縫う。漏れ損なった悲鳴が男の口内で木霊のように反響する。

 

ドフラミンゴは冷めた目でそれを見つめた。

こんな奴に少しとはいえ踊らされた自分が情けない。

 

 

「さぁオペオペの実の場所はどこだ。もう海軍に売っちまったか?答えろ」

 

「……若、口縫合してます」

 

 

後ろに控えていたグラディウスに船長はあ、と間抜けな声を出す。

珍しい顔にグラディウスは心の中で密かにシャッターを切った。

 

 

いけねェと男は能力を解きながら、血濡れたソファに座る。

そのまま靴で倒れこむバレルズの顔を上げた。

 

 

「言えねぇならまぁ、こっちにも色々方法がある。利口になれよ、船長さんよォ」

 

「……」

 

 

バレルズは青筋を浮かべる男を仰ぎ見た。浮かべるスマイルは前に見たものと違う。恐ろしいほどの殺意に満ちている。

 

 

だがオペオペの実は無い。そう言えば確実に殺されるだろう。

 

何故こうなってしまったのだと舌打ちしたい気持ちになる。海軍を辞めて海賊になり、それなりにいい所まで来たはずだった。

 

 

金、金。金が欲しい。金だ金。

 

 

故に、同じく北の海で自分以上に名を馳せているドンキホーテ・ドフラミンゴという男が邪魔だった。

 

 

自分より若いクセに、自分以上に強く、金を持っている。

そんな男がある時こちらに取引を持ち掛けた。こちらが持つオペオペの実が欲しいという内容だった。

 

 

チャンスだと、そう思った。

 

目の仇な男を消す良い機会だ。奴が消えればもっと自分に金が入る。

そう思い計画を立てて来たはずだった。

 

 

なのに今、自分はどこにいる?床に這い蹲り腕を切られて悲鳴を上げているではないか。

 

何という侮辱、何という惨めさ。殺意が湧く。しかしどうする術もない。

 

 

そう思ったところでひやりと頭に冷たい感触がした。

何だと思い顔を上げれば銃口が向けられている。

 

 

「ヒッ…やめろ、殺さないでくれ!!」

 

「オペオペの実はどこだ」

 

「殺さな……」

 

 

男の頭に強い衝撃が走る。思い切り足で踏まれたのだ。

 

 

「オペオペの実はどこだ」

 

 

何故こんなにもオペオペの実に執着するのか。そんなにお前も金が欲しいのか?

 

バレルズの頭にはそんな考えが過ぎった。

 

 

結局こいつも、おれと同じ汚い人間なんだ。

 

 

「……盗まれ…た」

 

「………」

 

 

鈍い音が部屋に響く。

男の体は壁に叩きつけられた。

 

グラディウスは船長から漏れる殺気に、銃を持つ手が震えた。

部屋には男の冷めた声が響く。

 

 

「…こういう世界ではよ、取引相手を裏切るのは以ての外だ。それをテメェは見事にやってのけた」

 

 

壁に頭を打ち付け唸るバレルズの元に、足音が近づく。

 

 

「いけねぇよなァ。海軍と組んで、なァ?フフ、フフフ」

 

 

空気がビリビリと震える。覇王色が少し漏れ出ている。

しかしここで放てば、実の在り処を知れなくなる。そう思いドフラミンゴは口を引き結んだ。

 

 

「最後のチャンスだ。在りどころを言え。でなければ殺す」

 

 

バレルズの額に銃口を当てる。死のカウントダウンだ。

 

恐怖にバレルズは魚のように口を何度も開けた。

 

 

「___ここにはもう無い。……盗まれ…た」

 

「……そうか、死ね」

 

 

ゆっくりと男のしなやかな指が動く。引き金に力が込められて_____

 

 

 

 

 

_____バン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし当たったかと思われた銃弾は、バレルズのいた斜め上に逸れた。

 

 

それと同時にドフラミンゴの肢体はソファにつんのめるように倒れる。

グラディウスは現状を起こした犯人にすぐさま照準を合わせた。

 

 

「……っ、殺さないでくれ!!」

 

 

飛び出したのは少年……いや、青年だった。

伏していた男の前に立ち、両手をいっぱいに広げた。

 

 

バレルズは息を呑み、グラディウスはブチ切れたまま引き金を引こうとした。

 

しかし体が動かない。この感触は……糸だ。

 

 

「若!!何故止めるんですか!!」

 

「……おれは大丈夫だ。冷静になれ」

 

 

俺たちの船長がこれしきで蚊ほどの傷にもならない。だが邪魔をされたのは確かだ。そう思いながら唸るグラディウス。

 

ドフラミンゴは部下を手を止めた糸を解きながら、前に立ち塞がった青年を見やる。

 

 

「顎に十字傷……お前そいつの息子のX・ドレークか」

 

「…!…そうだ。俺の父だこいつは……一応」

 

 

その言葉に何か察したのか、観察するようにドレークの体を見る。

 

タックルした際に乱れた服。腹には包帯が巻かれ、辛うじて見えた肌には青痣が浮かんでいる。

まるで殴られたような痕だ。

 

それに青年が言った一応というワード、そして少年のような弱々しさ。

 

 

___こいつ、虐待されてるのか?

 

 

察したものの今口にすることでもない。

苛立つ気持ちを抑えながら、口を開く。

 

 

「いいのか、そんな父親生かしておいて。…邪魔をするならテメェも殺すぞ」

 

「……俺は退かない。撃つなら撃て」

 

 

ドレークの体は震えている。恐怖が足を竦めた。

 

 

だがは退こうとは思わなかった。こんな堕ちてしまった父親でも、彼にとって憧れた父親であることに変わりない。

 

 

 

青年は、本当はこの混乱に乗じて逃げようとしていた。

 

しかし偶然走っていた時に聞こえてしまった父の呻き声。

 

 

 

あいつが苦しんでいる。

 

 

(_____そんなものがどうした。毎日毎日、俺を殴っていたじゃないか。俺の方が痛かったんだ)

 

 

情けない命乞いが聞こえる。

 

 

(_____海賊になってとことん落ちて、惨めな声さえ出して。俺が止めてと言っても殴り続けたクセに)

 

 

何かがぶつかる音がする。

 

 

(_____なのに、どうして忘れられない。どうして、どうして………正義を背負ったあの後ろ姿が忘れられないんだ…!!)

 

 

 

 

引き金を引く音がした。

 

 

 

 

 

(_____やめてくれ!!)

 

 

 

 

 

(こんな奴でも…こんな父親でも、俺の父親だった。俺の憧れた父親だった)

 

 

先程まで父親の目の前にあった銃口が、今度はドレークの額に当たる。

 

 

怖い。しかし青年の内に宿る正義がそれを許さない。

 

 

 

 

 

(_____俺は、こんな父親でも守りたいと思ったんだ)

 

 

 

 

 

その瞬間、青年は心を決めた。恐怖を抱く存在の前に立ち塞がろうと音を立てて震える歯を、強く噛み締めた。

 

 

 

 

 

そして不意に額に当たっていた冷たい感触が消えた。

何かと思い目を開ければ、銃は既にドフラミンゴの懐にしまわれている。

 

思わずドレークは口を開いた。

 

 

「殺さない…のか」

 

「殺して欲しいか?」

 

 

勢いよく首を振る。死ぬなんて嫌だ。

 

それを見たドフラミンゴはフッと笑い、グラディウスの肩に手を置いた。

 

 

「若、いいんですか?」

 

「よくねぇな…だが殺すのはやめだ。死なない程度で吐かせろ」

 

「了解です。若がそうおっしゃるなら」

 

 

バレルズを船に連れて行けと支持し、ドフラミンゴはドレークを再度見た。

その目には柔らかい色が浮かんでいる。

 

 

例えるならそれは、夜の海を照らす月のようなもの。

 

 

思わずドレークが息を呑んだところで、電話が鳴った。

ドフラミンゴは何だと舌打ちをしつつそれを取る。

 

 

《若様大変!!ヴェルゴさんから!!》

 

「……なんだ、どうした」

 

《ヴェルゴさんね、今戦ってる軍数隻に乗ってきたらしいの。島に偵察部隊として巡回してたら、コラさんを見つけたって!!》

 

「……!コラソンが!?」

 

 

男の受話器を持つ手に自然と力が入る。嫌な予感がした。

 

 

《コラさんがオペオペの実を盗んだらしいの!!それで手に入れたことを海軍と連絡しているのを聞いたって……コラさん海兵だったの!!今ヴェルゴさんが捕まえてるって》

 

「………」

 

「若、大丈夫ですか?」

 

「……あ、あぁ」

 

 

そう言い、ドフラミンゴは眉間に手を当てた。

寄った皺を解すように揉み、深い溜息を吐く。

 

グラディウスはその様子を見ながら、心配そうに見つめる。

 

コラソンはやはり海兵だった。危惧されていた問題が、現実のものとなった。

ファミリーの中には今すぐに行動しよういう者もいた。グラディウスもその一人だ。

 

 

弟を誰よりも愛してやまない船長がどう決断するのか。固唾を飲んで見守る。

 

 

愛情の深さは理解している。きっと殺しはしないのだろう。

仲間に付けるか、逃すのか………そう思っていた所に聞こえた船長の低い声。

 

 

 

 

 

 

_____裏切り者は粛清する。たとえ、弟であろうと。

 

 

 

 

 

そう言った男が握っている受話器の手は、白くなる程握られていた。




主人公(おれ)
身内に甘い打倒天竜人。どんどん発生する予期せぬ事態に胃が……。モフモフ…(しゅん)。ドレークの姿に心打たれた。覚悟のよーいドン!

ジョーカー(モフモフ)
しーん。


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向かい合う銃口

バレルズを吐かせる必要は無くなった。

 

 

やはりおれはガキに弱いと、そう思った。ドレークという青年が実父から暴力を受けていたのは確実だ。

しかしその親の前で手を広げて、おれたちに立ち塞がった。

 

 

その目はただ親だから守りたいだとか、そんなものじゃない。

 

一人の人間を守ろうとする、正義の目だ。

 

 

善人悪人、老若男女関係ない。全ての人間を等しく守ろうとする目。ロシーと同じ、綺麗な目だった。

 

 

その目を壊したくはない。強くそう思った。故に銃を下ろした。

今回だけだ。今回だけバレルズのクソ野郎を見逃す。

 

 

目の前の正義を持つ青年に感謝しろと、心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

おれは奴とその息子を残し、アジトで暴れている他のメンバーを集めた。

 

 

しかし何故今かと思う。何故、何故今動いたんだ。コラソン……ロシー…。

 

 

…考えが甘かった。

 

あいつは海軍と手を組んでいると考え、ロシー本人が手を出すとは思ってもみなかった。あいつは海軍さえ出し抜いて自分で奪おうと動いたんだ。

 

 

誰のために?そんなもの決まってる、ローのためだ。

 

 

そうだよな…だってローを連れて治しに行っちまうくらいだもんな。

海軍を通して治すのが待てなかったのか、はたまた珀鉛病だからと、海軍に治療を断られたのか。

 

 

でも多分おれが治すとか言って、躍起になってるんだろうな。

 

あいつは向こう見ずに突っ走るタイプだから、正義感持って、すっ転んでもオペオペの実をしっかり持って……この雪の中を走ってるんだ。

 

 

よくこんな危険な場所に一人で侵入したな。馬鹿野郎とも言いたいが、よく手に入れられたもんだと思う。おれの弟はすごいんだぜ。

 

 

でもかなり撃たれていたとヴェルゴから先程連絡が来て知った。隙を突いて逃げられたとも。

 

 

 

海軍を壊滅し終えたメンバーも集まっている。全員揃って、お前の元に行かなきゃならねェ。殺さなきゃならない。

 

麻酔の量に、撃たれて出る自身の出血に、あいつは保つだろうか。もうかなり出血している筈だ。

 

 

雪の中今お前は……ロシナンテは戦っているんだ。ローのために戦ってるんだ。

おれを捕まえるのも恐らくこの場所か、そうとなるとうかうかしてはいられない。おつるさんはまだ来ていないが、近海にいて可笑しくない。

 

 

ファミリーとロシー。両方のために速やかに終わらせなければ、撃たなければ。

 

 

 

心がギシギシと痛む。

 

苦しい。循環機能の無い水槽に押し込められている魚みたいだ。

 

 

逃げ場はない。逃げてはならない。ここで逃げたらロシーはどうなる。ファミリーの信頼はどうなる。

ロシーを助けるために撃つ。おれを求めてくれたファミリーを裏切るな。

 

 

船長だろ、しっかりしろ。

 

 

「ハァー……」

 

 

深く息を吐けば、白く染まる。

 

 

雪が冷たい。だがそれが今の熱い体温には丁度よかった。

 

 

 

 

 

-----

ドフラミンゴたちの魔の手が近づく中、コラソンはオペオペの実を持ち帰り、ローの場所に辿り着いていた。

 

ローは帰って来たと安堵の息が漏れたのも束の間、コラソンの出血の多さに悲鳴が出そうになった。

 

 

「コ、コラさん……まさかドフラミンゴに撃たれたのか!?しかもめっちゃ殴られた痕が……」

 

「いちち……いや、撃たれたのはアジトの奴らだ。ドフィじゃねェ。殴ったのは知り合いの奴だったけどな…クソ、ヴェルゴの野郎……」

 

 

コラソンは撃たれつつもアジトの追っ手を振りきっていた。

そしてローの元に戻る前にセンゴクさんに連絡をと思った所で、巡回していたヴェルゴに見つかった。

 

 

元々この場所に取引に来ていた海軍隻を指揮する人物は、ドンキホーテ海賊団とバレルズ海賊団を捕まえようとしていたとセンゴクから聞いていた。

 

んな無茶なと、当初ロシナンテは思った。

 

 

センゴクもそいつは昇進に欲が出過ぎているのだとため息をついていたのだ。

 

しかしこれはチャンスでもあるとセンゴクは判断した。

 

キレたドフラミンゴがバレルズのアジトを壊滅させるだろう。残党は捕まえるとして、ここで一つの勢力が潰れる。

後はドンキホーテ海賊団のみだ。

 

ここで近海に密かに近付けていたおつるをぶつける。

 

向こうの勢力も少しは削がれている筈だ。壊滅までとは行かずとも、大きな傷は付けられるだろう。

 

 

目の上のたんこぶだったルーキーも少しは大人しくなるであろうし、潜入していたコラソン___ロシナンテ中佐を回収する良い機会だ。

向こうからも調べていた情報は集まったと聞いていた。

 

 

だが状況は良くない。オペオペの実をロシナンテが奪ったはいいものの、連絡の途中で電話が切れた。

嫌な予感がする。センゴクはそう思い、直ぐさまおつるにミリオン島に接近するよう命令した。

 

 

そしてロシナンテ自身も焦っている。

 

ヴェルゴにサンドバッグ状態にされ、避けようとしたら積もっていた雪に足を取られ崖から転落した。

 

おかげでヴェルゴから逃げられた。

ドジったラッキーと普段なら思うが、怪我があった分喜べなかった。

 

 

イテェと呟きつつローの元に戻り、オペオペの実を握りしめる。

 

 

(漸く治せる。ローの病気を…!)

 

 

そしてそのまま少年の口に突っ込んだ。

 

 

「!?」

 

「噛め!!」

 

 

吐きそうになるローの口を抑えて、喉が動くのを見守った。

ごぐんと動き、安堵の息を吐く。

 

 

「何すんだよコラさん!!クッソまずいじゃねェか!!!」

 

「よく頑張った!」

 

 

親指をぐっと立て笑う男と今にも死にそうな子供が激昂する様子は、どこかコントじみていた。

ローは手をグーパーさせた。しかし肌は白いままだ。

 

 

「…あれ、でも治ってねーぞ。何でだ…?」

 

「そりゃあ能力は使うもんだからな。多分治すんだろ、能力で。最初から治ったら驚くぜ俺も」

 

「………でぇい!!」

 

 

…シーン。

 

 

居た堪れずローはコラソンを睨め付けた。

 

 

「治んねーよ!!どうやって使うんだよ!!」

 

「んー?こう……バッ、どかーん!だな」

 

「………」

 

 

ドフラミンゴはどこだ、そう思った。それ程までにコラソンの教え方が壊滅的だ。

弟は苦手そうだが、兄はきっと的確に教えてくれる。そんな気がしてのドフラミンゴだった。

 

 

しかし今はその船長が弟を制裁するために向かっているのだと、コラソンから聞いた。

どうやらドジって彼が海兵であるのがバレたらしい。このドジっ子めとため息を吐きたくなった。

 

 

そう考えていれば、体がぐらりと倒れる。

 

 

「っ……」

 

「ロー!?」

 

 

やはり珀鉛病は治っていない。どうにかして治さねばならないと高熱で歪んでいく頭の端で思う。

しかし体が怠い。思うように四肢が動かなくなってきている。

 

 

このままじゃ自分も…それにコラさんも治せない。

俺のためにこんなに傷ついた人を治せないなんて……嫌だ!!

 

ローはそう思い必死に肢体を起こそうとした。ロシナンテはそれを見て、きっとこいつなら、このクソガキなら大丈夫だと、熱い息を吐いた。

 

血が流れ過ぎて、タフな彼でももう限界が近付いている。

 

 

薄々感じていた。

 

 

恐らく電話口で異変を察したセンゴクがおつるを島に接近するよう命令していても、到着する頃には自分は死んでいる可能性が高いことも。

 

オペオペの実を勝手に食わせた事は怒られるだろうなァと、眉をハの字にした。

 

 

 

ローは助かる。だから最後に、やり残したことをしなきゃならない。

未だ白い少年を見つめる。

 

 

「…ロー、お前にこれを託す。逃げ切って…海兵に渡してくれ」

 

「…?」

 

 

そう言い渡されたのは小さい何か。小型の機械だ。

 

 

「おれがスパイしながら同時に調べていた、ある国の情報だ…。俺からと伝えてくれ、分かる人には…分かる」

 

「…!?コラさんは、コラさんも一緒に行くんだろ!!一緒に逃げて……」

 

「…ロー」

 

 

強い、優しい笑み。でも今にも消えそうな、そんな笑み。

 

 

「……つ、コラさん!!!」

 

「……」

 

 

ロシナンテはローの首根っこを掴み、後ろにあった宝箱の中に押し込んだ。

そこに能力をかける。それは静かになる魔法。

 

 

(カーム)!」

 

 

そう言い、ローの頭を撫でた。ローが出す音は全て周囲に聞こえなくなる術だと告げる。

 

少年の目は不安に揺れた。

 

 

「大丈夫だ。隣町で落ち合おう。おれがドフィたちの気を引いて逃げるから、誰もいなくなったら出て来い。海軍の奴も来るから、そいつに事情を伝えて連れてってもらえ」

 

「_____!!」

 

 

コラさんと、ローの口が動く。それに飛びっきりの笑顔で笑って、ピースをした。

 

 

 

「愛してるぜロー!!」

 

 

 

俺は大丈夫だと続ける。

その笑顔にローは仰天しながら、閉じられる箱の中で思った。

 

 

不恰好な笑み。でも飛び切りのコラさんスマイル。

 

 

強くて優しいその笑顔に、コラさんなら大丈夫だと笑った。

 

 

 

 

 

-----

 

雪が舞う。

 

 

ピンクのコートに落ち、肩に積もる。

 

黒いコートに落ち、紅く染まる。

 

 

向かい合うは、二つの銃口と兄弟。

真っ直ぐに体は向かい合う。しかしその心は真反対だ。

 

 

 

 

 

 

 

ドフラミンゴたちは裏切り者のコラソンたちの元に到着した。

 

逃げようとしていたバレルズ一味が運び出していたであろう財宝の横に、大量の血を流してコラソンは倒れていた。

 

船長の顔は能面が如く動かない。ただ口元を引き結んで、久しく会った弟の顔をじっと見つめる。

 

 

「オペオペの実はどうした、コラソン」

 

「……ローに食わして…逃した。じきに来る海軍が見つけるだろう」

 

「!……」

 

 

声がと、そう小さく呟かれた声。それにロシナンテは兄のサングラスを見た。その瞳は隠され窺い知ることは出来ない。

 

 

「俺は、ナギナギの実の能力者。マリンコード01746……海兵ロシナンテ中佐だ…!」

 

「……フフフ!やっぱり……能力者だったか」

 

「…!気付いてたのか!!」

 

 

何年共にいたと思っていると告げると、男は銃口を向ける。

同時にロシナンテも向けたため、お互いが向け合う形になった。

 

 

「ローを勝手に連れて行った時は驚いたが……残念だ、コラソン___ロシナンテ。おれを、ファミリーを裏切っていたなんてなァ」

 

「……ドフィお前は……」

 

「アァ?」

 

 

眉を訝しめる。ロシナンテは言葉を続けた。

 

 

「ドフィお前は……どうしてそこまでしてオペオペの実に執着するんだ。ローを利用してお前は……いや、それだけじゃねェ。なんでそんなにこの世界を壊して、自分の思うように作り直したがるんだ」

 

「………お前に、おれの何が分かる」

 

「…分かんねェよ。分かんないけどそれでも俺は……それでも、あんたを止めるためにここまで来たんだ」

 

「……おれを理解さえしようとせずに、おれを止めようだって?フ……フフ、順番がおかしくねぇかァ?少なくともおれはお前を分かろうとした。お前と離れた時間を埋めようとした。ロシーお前を……愛してた」

 

「お前の愛は歪んでいる!」

 

「…んなもん、とっくの昔から知ってるさ」

 

 

引き金に手を掛ける音が、静かな周囲に嫌に響く。

 

 

 

それと同時に男の今までに塞き止めていた感情が、遂に壊れた。

 

 

「人の性質なんてのはそう簡単に変わらねェ、それが生まれ持ってのものなら尚更だ!お前は優しい子供だった!!だがおれは……歪んでいた。それをずっと抱えて生きてきた。

 

お前に、この苦しみの何が分かる。このドス黒い感情の何が分かる…」

 

「……だったら、変わろうと努力すればよかっただろ。ただそれだけのことだ。それをせずに、お前はどれだけの無垢の民を傷つけてきたんだ!!」

 

「フッフッフ!それができりゃあどれだけ楽だったか!生きるだけで地獄だったあの時から、ずっとおれは変わってねェ。おれはでも、変わらねぇよ、ロシー…」

 

「……」

 

「天竜人の奴らを地に引き摺り下ろして、今の世を成す政府も世界も全てぶっ壊して…直す」

 

「お前の破壊の先にあるのはただの地獄だ!!!」

 

「黙れ!!!」

 

 

二人の怒号が反響し合う。ファミリーのメンバーは二人の様子を固唾を飲んで見守る。

 

ドフラミンゴの引き金に更に力が込められる。

 

 

「…お前は、おれを否定するのか。おれの考えも…おれ自身も否定するのか」

 

「……破壊の申し子のようなお前に、間違っても俺は賛同しない。俺は俺の理想のために生きる。お前の理想と俺の理想は違う。お前の理想の隣に居るなんて……反吐が出る!!」

 

「……それが、お前の答えか」

 

「あぁ。そんなお前に…ローは渡さない。お前のいいようにもさせない。あいつはお前とは違う……!!あいつは自由だ!!!」

 

 

 

ギリと、歯を食いしばる音がした。続く発砲音。

 

何度も何度も、何度も何度も。

 

 

 

「もういい……黙ってくれ…」

 

 

 

小さく漏れた男の声は、銃声の音にかき消された。

 

 

 

 

そうして何発も銃弾を受けたロシナンテの体は宝箱の上に倒れる。

 

 

静まり返る周囲。

そこに誰にも聞こえない声が、宝箱の内で木霊する。

 

喉が潰れても泣き叫ぶ声。

 

 

 

 

 

______コラ゛ざん゛!!!!

 

 

 

 

 

白が何もかも覆い尽くすように、ただしんしんと降っている。




主人公(おれ)
身内大好き打倒天竜人。冷静に努めようとしたものの弟の言葉で、感情プッツン。ガチに銃をぶっ放す。泣きたいけど泣けない。頑張れ。

ロシー(コラソン)
兄上止めたるでぇぇぇぇ!!突っ走ったドジっ子。

ロー
コラ゛ざん゛!!!!!大泣き。打倒主人公フラグ。

ジョーカー(モフモフ)
しーん…?





*主人公イメージ絵描いてみました。イメージ崩したくない方は閲覧非推奨。最早誰状態。

【挿絵表示】



今更ですが自分の中のイメージでおとしゃんは、シリアスモード以外ちみキャラです。


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無色に彩る悪の色

モッフモフにしーてーやんよ〜(ミックミック〜より)


_____あにうえ、いたいえ…。

 

 

ドジって転んで、膝から血を流していた。

 

 

_____ぼくも、大きくなったら兄上みたいになりたいえ!

 

 

おれの後ろをいつもちょろちょろ着いてきた。転びやすいから手を握って、よく一緒に歩いた。

 

 

_____あんたを止めに来た!

 

 

あぁ…そんなに声低かったんだな、ロシー。

 

 

_____お前の理想の隣に居るなんて……反吐が出る!!

 

 

仕方ない。だってお前は正義を背負ってる男だ。おれとお前は違うんだ。仕方ないんだ。運命は揺るがない。

別れても弟が生きてりゃ、それでいいんだ。

 

 

_____あいつは自由だ!!

 

 

 

 

 

だからもう何も、喋らないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 

おれを……ぼくをこれ以上、傷つけないで……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の何かが、パリンと割れた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

-----

硝煙が辺りに漂う。

 

裏切り者を粛清し終えたファミリーは、静かに帰路に就こうとしていた。

バレルズの財宝を持ち帰りながら歩く中、ただ一人船長は銃を撃った場所から動かないでいる。

 

ベビー5はどうしたのだろうと、足元を引っ張った。

 

 

「若様?」

 

「………」

 

「べへへ〜一人にしてやれベビー5」

 

「……分かった」

 

 

雪を踏みつける小さな足音は遠のいて行く。

 

 

(若様は…私たちを選んだんだわ。ケジメを付けたのよ)

 

 

しかしそこでふと過ぎった疑問。ブキブキの実の能力を持つ彼女だからこそ抱いた疑問。

 

_____血の出方が、少し変だった。

 

 

普通なら、撃たれた瞬間あんなに勢いよく血は出ない。ピュっと出たあの感じは、明らかにおかしい。

もしかして若様はと、そう思ったところで肩を叩かれた。

 

グラディウスだ。口元には人差し指が立っている。

 

 

「……若様は…」

 

「…どうであれ、俺たちは若の選択についていく。俺たちを選んで下さったんだ。それに応えなくてどうする」

 

「グラディウスさん…!」

 

 

銃を日常的に扱う二人だからこそ、感じたほんの少しの違和感。

 

きっとコラソンを____弟を生かして逃がそうとしているのだと思った。既に出血は多い為死ぬ可能性は高い。

それを受け入れて、耐えて耐えて___撃った。

 

最初から粛清をせず逃がそうとは言わなかった。ファミリーの信頼を、船長として裏切らないために。

 

 

若様は決めたんだ、弟との決別を。そうでなければ撃てるわけがない、あのブラコンの若様が。

 

それにと、ベビー5は続ける。

 

 

「そんな甘い若様も、私大好きよ。ファミリーのみんなもきっと大好きだわ」

 

「……そうだな。とりあえず今は一人にさせておこう」

 

「うん。きっと雪が全部隠してくれるもの。私たちは何も知らないわ」

 

 

そう言ってベビー5は駆けて行く。転ぶなよとグラディウスは言いながら、前方に進んでいるファミリーの跡を足早に追うのだった。

 

 

 

 

 

-----

 

雪の中、ただぼんやりと男は立ち竦んでいる。

 

 

 

撃った。弟を撃った。

 

 

撃った反動の痺れ。そんなもの慣れているはずなのに、何故こうも体まで痺れるような感覚がするのか。

 

動けない。早く助けなくては。出血は更に進んでいる。自分が撃った分も足された。

早く早く…早く。

 

震える手を握り締め、漸く一歩を踏み出す。既に猛吹雪となりつつある雪に、弟の体は少し埋もれている。

 

 

おつるさんが来るだろう。それを影騎糸(ブラックナイト)で運ばせて___

 

 

そこまで思った所で、男の体は崩れた。段々と意識が遠のく。怪我をしているわけではない。

 

ただ、胸が酷く痛かった。何かが壊れて行く気がする。ドス黒い破壊欲が、自分の内で暴れ回っている感覚がした。

 

 

 

(弟を……ロシーを…………助けななきゃ)

 

 

手を伸ばす。中指だけがピクリと動いた。

 

 

(ぼくが、ロシーを。ロシー………を)

 

 

届かない。尚も自分が壊されて行く気がする。いや、壊されている。段々と思考が黒一色に染まって行く。

 

 

_____壊せ

 

 

(いやだ)

 

_____壊せ

 

 

(いやだ…!!)

 

 

_____壊せ、目の前の男を

 

 

(いや……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「壊せ」

 

 

 

 

 

ポツリと男から声が漏れる。次いで指が意思に反して動く。

そうだ壊さなくてはと、ドス黒い感情一色に染まった。

 

 

最後に男の内で、子供のような声が呟かれた。

 

 

 

 

 

(たすけて、ジョーカー)

 

 

 

 

 

 

その瞬間、ロシナンテの首に這い寄っていた糸が一瞬にして消えた。

立ち上がった男の瞳に映るのは、いつもより獰猛さを宿す荒波の如き濃い碧色。

 

 

 

 

 

「おれが居ねェと、本当駄目なクソガキだな」

 

 

 

 

 

口角を上げ、ドフラミンゴは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

ここはどこだろうかと、少年は呟いた。

 

真っ黒な世界だ。触れても何の温度も感じないし、何の音もしない。まるで無の世界だ。

最後に確かジョーカーの声がしたのだっけと、ぼんやりと少年は思う。

 

 

眉を寄せ、突如現れた行方をくらませていた男に愚痴を零す。

しかし何をすることもできないので一人ポツンと体育座りをしていれば、奴が現れた。

 

 

「どこ行ってんだよ。ぼくを置いて」

 

「フッフッフ、随分ガキになったなァ」

 

「やめろ撫でんな!!」

 

 

噛み付くように歯を剥く。それにさらに愉快そうに男は笑った。

 

 

「テメェはずっと気付いていなかったろうが、おれたちは何度か混ざっていた」

 

「…混ざる?精神が繋がってるのは知ってるけど…」

 

「違ェよ。磔にされた時と、悪夢を見てた時、おれとお前の精神は混ざっていた」

 

「……!あの変な感覚……」

 

 

なるほどなと、少年はポンと掌に拳を当て頷く。

 

何かと共鳴していた感覚は、ジョーカーの精神と混ざっていたのだなと、頭の片隅で不思議に思っていた疑問が漸く解けた。

 

しかし聞きたいのは居なかったことだと、唇を尖らせる。

 

 

「もしかしてロシーの場所に行って、見張ってたのか?」

 

「……ずっといたさ。テメェの近くに」

 

「…?」

 

「お前は疑問に思わなかったのか、おれがテメェの腕を勝手に動かして撫でたり、部分的にお前の体を乗っ取ってたことに」

 

「……それは、気付いてたけど。それがどうしたんだよ」

 

「初めの頃、つまりテメェの体を最初に乗っ取る前、おれはお前の体に入ろうとしたが入れなかった。お前が気絶して漸く入れたんだ」

 

「………」

 

「その後も何度かお前の体に入る機会があったが、全部お前の許可ありきだった。だがここ数年は違う。入ろうと思ったわけじゃねェが、勝手に入れた。部分的にお前の体を動かせた」

 

「……気を抜いてたのはリラックスしてたからで…」

 

「咎めねぇよそんな事。それよりもだ、どうしておれがお前の中に入れたか分かるか」

 

「……いや、全然」

 

「…テメェの内が壊れてきてんだよ」

 

「……内?いや、ぼくは変わってないぞ」

 

「今それを言うかよガキ、アァ?」

 

 

青筋を浮かべて男は子供の襟を掴む。少年はやめろえと、首元を締める原因となっている手を精一杯掴んで抵抗する。

 

 

「おれの破壊欲に、お前はもう耐え切れなくなってる。お前はおれじゃねェ、小さな容器に大量の水を入れることは出来ない。それをお前は無理やり、ずっと耐えてきた。その結果がこれだ」

 

「………」

 

「コラソンを撃ち、感情の本流が暴走した。そこに破壊欲が追い打ちをかけてお前を壊した、違うか?」

 

「………」

 

 

少年は強く唇を噛んだ。もう少し強く噛めば、きっと血が出るであろう強さで。

 

 

「壊れて、今こんなガキにまで精神が戻ってる。いいか、おれは無茶をするなと言ったはずだ」

 

「……してないえ…」

 

「ア゛ァ?」

 

 

少年はヒッと、恐怖に濡れた声を出し怯えた。

 

男はしまったと舌打ちをし、少年を一先ず下ろして目線を合わせようとしゃがむ。少年の身体は産まれたての子鹿のように震えている。

 

今目の前にいるのは、男が思ういつもの生意気なクソガキじゃない、本当にただの小さな子供だ。

 

震えながら、小さな体を更に縮める。

男はその髪を優しく梳いた。

 

 

「お前は利口だ。これからどうすればいいか、おれが何故いなくなってたか分かるな」

 

「……分かんないえ…!!」

 

「おれがいるからお前は壊れる。おれの破壊欲に、テメェはこの先耐え続けられない。このままだといずれお前は壊れて_____消える。その場合、おれだけが残るんだろうな」

 

「いやだ!!」

 

 

少年は男の襟を掴み、首を絞めるように引っ張っる。大して威力にもならないそれに、男はやけに心臓を掴まれた気がした。

 

 

「消えちゃだめ!!ぼくを置いてかないで!!!やだ……やだ!!!」

 

「…………」

 

 

少年はもう察していた。何故男がいなかったのか、何故こんな言い方をするのか。そしてここがどこなのかも、薄々検討が付いていた。

 

 

ここは精神の中だ。どちらのものでもある、共通の場所。

 

 

 

男は混ざろうとしている、少年と混ざり、消えようとしている。

 

 

 

だからいなかったのだ。少年の精神の異常にいち早く気づき、混ざろうと精神の中に潜り込んでいた。

消える事が出来ないが故の、最終手段だったのだろう。

 

様々なシーンで見られた普段より暴力的な感情や思考も、混ざろうとした事が起因していたのだ。

 

 

混ざった所で、少年の破壊欲は変わらないのかもしれない。

しかしこのまま放っておけば、起こる未来は少年の自我の瓦解だけなのだ。

 

 

 

 

そしてそれを理解した少年にとって、その内容は残酷な事だった。

 

皮肉にも、昔同じことが起きた。それが今は逆だ。少年が必死に、男の腕を引っ張っている。

 

 

 

消えないでと、一人にしないでと。

 

 

その姿はまるで、父との別れを拒絶する幼子のようだ。

 

 

「うわぁぁぁああん」

 

「泣くなよクソガ………泣いてねェ」

 

 

涙は既に枯れている。少年には元から何も無かった。

 

この世に何の因果とも知れない数奇な運命を経て生まれ、多くの知識を有しながら、しかし肝心なことは思い出せない。

 

中途半端だったからこそ、余計に少年は歪んだ。

 

 

潜在的な強さがあるにも関わらず、内側は酷く脆かった。それをひた隠しにして現実を生きて来た。…いや、隠さねばならなかった。

 

 

生きたという感覚だけで、少年には感情も何も無かった。今なら分かる。

 

 

それがジョーカーと出会い、変わった。男の精神が、色のない少年を染め上げた。

 

 

歪んでいる感情だけれど、生きたまま死んでいるよりはよっぽどよかったと思う。

 

あのままでは、少なからず少年は何も得られていなかった。ただ何も助けられないまま、家族全員死んでいた。

 

 

 

しかし家族を救えた。親友と出会えた。仲間が出来た。

 

_____自分の決めた理想を片手に、ここまで来れた。

 

 

 

その原点が目の前の男だ。

 

 

 

今も足りない感情は幾つもある。それらは幼少期に形成されなかったものばかりで、恐らく一生育つことはないのだろう。

 

それでもいい。今があるのは彼と歩めたからだと、少年は自信を持って言える。

だから真っ直ぐな目で見つめる。

 

 

光り輝くのは海を宿す瞳だ。

 

 

「あんたはおれで、おれはあんただ。おれはおれの道を歩いて行く」

 

「…そうか」

 

 

 

その言葉にもうこのガキは大丈夫だと、ジョーカーは思った。

 

自分とは違う甘い男。綺麗な瞳を前に、自然と温かい眼差しが浮かぶ。

 

 

消えるわけじゃない、混ざるだけだ。

 

 

死んで霊体になったのだと分かった時は、正直ブチ切れを通り越して冷静になったが、それも今思えばよかったような気もする。

 

ガキは自分の道をもう一人で歩ける。自分で考え行動出来る。

 

ローという禍根も残っているが、自分とは違い執着を見せていない。

例え将来その首を取りに来られようとも、こいつならどうにかするだろう。

 

 

それにこいつの仲間は、もう既に依存しなくとも一人一人で歩めるようになってきている。

 

もしもの時、奴らがこいつを支えてくれるだろう。

 

 

それは男が先導してつくったわけじゃない。少年自身が導いた結果だ。

 

 

 

過るのは憎い麦わら。その器にこいつは似ていると感じた。

 

そして消えようとした所で、腕を掴まれる。

 

 

 

そこにいるのは、少年のままだがいつもの背ばかりデカくなったクソガキのようだった。

 

 

 

 

 

「おれの隣に、あんたもいるんだよ」

 

「…!」

 

 

 

おい離せと言い掛け、阻まれる。

 

 

 

「おれの心が弱いのなら、強くなればいい。あんたの破壊欲だろうが、理不尽な世の中だろうが、全部まとめて背負えるぐらい強くなってやる。

 

だから、消えるなジョーカー_______ドフィ」

 

 

 

その言葉に、男は目を見開く。この世で一度も呼ばれたことがない、その愛称。

 

あくまでこの世では奴がその名を冠する存在だ。自分はガキのお守りをするお節介な幽霊だと、一線を引いていた。

 

故に世界の流れにも希薄だった。少年のこと以外に構う必要はない。流石にファミリーに思う所はあったものの、予想以上に弟にもローにも感情を揺さぶられなかった。

 

 

それがどうだ、そんな自分をクソガキはただ真っ直ぐに見つめるのだ。

 

それに自然と笑みが漏れる。

 

 

 

 

飽きない男だ。本当に__

 

 

 

 

 

 

 

「クソガキだ」

 

 

 

 

 

そう言い、ジョーカーは少年の頭を無造作に撫でた。




主人公
身内に甘い打倒天竜人。精神瓦解コースが判明。でも一皮剥けた。頑張る。全部背負って歩いてやるぜ。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。主人公救おうと混ぜ込みご飯…失敗。海賊王たる器に魅せられた。


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月と太陽

目次に注意書きを入れました。配慮が足りていなかったので申し訳ありません…。

あと、字下げ機能を初めて使ってみました。一回押したら全部下がったよ…バァニィー…。


 目を覚ませば、おれは雪の中に突っ立っていた。

 

 

 手には銃が握られ、顔に勢いの増した雪が当たる。精神の中で起きた先ほどまでの出来事に深く息を吐きながら、辺りを見渡す。

 

 

 ジョーカーはいないが、混ざったわけじゃない。あのまま精神の中で眠るようにして消えた。

 一瞬驚いて顔を歪めたが、消えねェよと悪態を吐いた姿は何か決意したようなものだった。

 

 

 きっと戻るだろうと息を吐き、自分も眠りに誘われるように目を瞑れば意識が浮上した。

 雪の音が辺りの音を消し、静寂のみが場を支配している。

 

 

 

 

 

 何のことはない。弟はまだ倒れているし、肢体の上の雪の積もり具合から見ても、さほど時間が経った訳ではなさそうだ。

 

 

 麻酔はそろそろ切れる。グラディウス辺りが死体の確認をと、脈を見ると思っていたが、徒労に帰したな…まぁいい。

 弟に近付き様子を窺えば、辛うじてか細い呼吸音が聞こえた。

 

 雪を払い糸で分身を作り出す。

 

 

 まだ生きている。生きているからこそ急がねばならない。

 

 ロシーのタフさは異常だ。

 ドジっ子で培われたのかは知らないが、おれよりタフだと思う。

 

 だからといってうかうかとはしていられない。

 

 もう直ぐ出来ようという所で、スーツを引っ張られた感触がした。

 何だと思いその先を見れば、ロシーが虚ろな目でおれを見ている。

 

 

「ロシー大丈夫だ、大丈夫だよ」

 

 

 そう言って優しく髪を梳いてやる。相変わらずクセっ毛だ。昔よりもごわごわした感触に、こいつも大きくなったのだなと改めて思う。

 

 

 そうしていれば兄上と、まるでガキの頃のようにおれを呼ぶ。

 もしかしたら昔のことを思い出しているのではと思った。

 

 意識の混濁が激しいのだろう。早く影騎糸におつるさんの所へ運ばせねェと。

 

 

「…いたい……あにう…え、おんぶ」

 

「分かった、少し待って…」

 

「あに……う、え……」

 

 

 尚もぐいっと、力など殆ど入っていない手でおれの裾を引っ張る。

 天使からおぶってくれないの?と途切れ途切れに言われ、もうだめだった。そうだ、おれは重度のブラコンだった。

 

 

「……分かった、分かったから。おれがおぶるよ」

 

「……あに……う」

 

 

 先程まで服の裾を握っていた手は力を無くし、雪の上に落ちる。気絶したロシーの呼吸は荒い、限界が近いんだろう。一瞬肌の白さが、死後硬直して固まっていた母上の姿と重なって、背筋に寒気が走った。

 早くしないと……落ち着け、落ち着いて行動しろ。

 

 

 雪を踏みつけ歩いて行く。昔はおれより小さくて軽かったクセに、今じゃクッソ重い。

 筋肉付けすぎだろと思う反面、逞しくなった姿に嬉しくもあった。

 

 そうか…もう、子供じゃねェんだ。こいつは自分の道を歩いて行っている。

 

 

 過去に囚われて動けずにいたのは、案外おれの方だったのかもな…。

 

 

 

 

 昔母上から教えてもらった歌を歌いながら、歩く。

 

 泣く子には幸せなど来ない、笑う子に幸せは来るのだと。要すればそんな内容の歌詞。

 

 

 そういやこいつの笑顔は昔壊滅的だったなと思い出す。笑いそうになったが耐えた。振動は傷に触るだろう。

 飛ばずに歩いているのもそのためだ。

 

 しかしこのまま行けばおれはおつるさんに捕まるな。果たしてどうしたもんか…。

 

 流石にこれを狙ったわけじゃあるまい、ロシーも。たとえ言葉を向けた相手が夢の中のおれだとしても、兄上がいいと言ってくれたんだ。それに応えない兄など兄失格だし、やはりおれは弟に甘過ぎる。

 

 前にもそのことでジョーカーから指摘されたが、変えたいとは思わない。

 

 

 斜面を下る中、覗いた木々の隙間から見えた海の地平線。その方角から散々見慣れている旗が、追い風に吹かれたなびいている。

 おつるさんの船だ。

 

 

 対して港にあるのはおれの船。積荷を積んでいる最中だったのか、奴らが慌てている。ため息を吐いて電伝虫を持った。

 取ったのはバッファロー。切羽詰まった声が聞こえる。

 

 

 《若様大変だすやん!!さっき沈めた船とは別の海軍の船が接近してるだすやん!!!》

 

「落ち着け。積荷はいいからさっさと逃げろ。指揮はトレーボルに任せる」

 

 《若様はどうするだすやん!?》

 

 

 バッファローの一言で向こう側の騒ぐ声がさらに大きくなる。

 落ち着けと言おうとした所で、グラディウスの冷静な声が電話越しに聞こえた。

 

 

 《若はバレルズの残党を駆逐してからお戻りになる》

 

 

 そういうことかと、船員はどうやら一先ず納得したようだ。

 だが何故そんな嘘をと思った所で、グラディウスが出た。

 

 

「お前、何でそんなことを…」

 

 《……若のやり残したことがあるのなら、それが終わってからで俺たちは構いません》

 

「……!まさか」

 

 《俺たちはどんな道でも、船長の貴方に着いて行きます。だからきちんとケジメを付けた後、絶対に戻って来てください》

 

「……あぁ、分かった」

 

 

 電話を切る。目を閉じ、熱くなる心を抑えようと空を見た。

 

 グラディウスは銃を扱う。奴と比べればそれこそ己の技量など、アマとプロの差だ。アマのおれが細工をした所でバレるに決まっていたか。

 いや、寧ろ騙すような真似をしたことを謝らなければ。

 

 

 それでも奴らはただ、船長のおれを信頼してくれている。

 

 

 だったらそれに応えよう。前に立つ存在として、奴らを導くんだ。

 

 

 

 

 

 _____本当に、いい仲間を持ったもんだ。

 

 

 

 

 

 見えていた船は港から逃げるように動き始めた。おれは空を飛んで追えるため問題ないと判断したのだろう。

 一人だが例え海軍から砲弾を浴びせられても、逃げる事ぐらいなら余裕だ。

 

 ただ今回はおつるさんなだけ、簡単にはいかなさそうだが。

 

 

 

 ロシーを近くに置いて逃げる。それでいい。

 

 

 一生の別れじゃない。こいつならこんな怪我余裕で治す。死なない、大丈夫だ。頭に過ぎる骸の幻想など、吐いて捨ててしまえ。

 だから次に会う時は、海軍の中佐と海賊の船長だ。

 

 お前の正義を、おれは遠くから見ていてやる。

 

 

 だからおれを追うのもいいが、ちゃんと素敵な相手でも見つけて幸せになれよ。

 

 

 

 もうすぐ海が見える。思った以上に疲れた。

 しかし軽い治療はしてあるが…問題は血液か。まぁストックなら幾らでもあちらにあるだろう。

 

 

「……ロシナンテ、生きろよ」

 

 

 肢体を港の側に横たわらせて、雪を降らせる雲に糸を掛ける。

 

 

 _____別々の道。

 

 

 

 きっと運命は変わりはしない。それでもおれたちは歩んで行くんだ。今までも、そしてこれからも。

 

 

 

 体が宙に浮く。

 

 

 振り返らない。あいつの笑顔がおれに向けられる事は一生ないだろう。

 だがそれでいい。あいつの笑顔はおれのものじゃない。ローや…もっと他の人間のためにあるものだ。

 

 

 だからお前の太陽の笑顔は、他を照らしていてくれ。

 

 

 

 月と太陽。

 

 おれたちはきっとそんな関係だ。

 

 

 

 

 

「愛してるぜ、ロシー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで乾いた発砲音がした。

 

 

 おれの身体は揺れ、全てを飲み込む暗い海に落ちて行く。

 左目が熱い。頭の中もどんどん熱くなっていく。

 

 

 多分……撃たれた。

 

 

 どこからだと、ぼやけていく思考の中で見れば、銃を持った片腕の無いバレルズが笑っていた。

 小舟が近くにある。逃げようとしていたのか。

 

 そのすぐ側には痣だらけで、顔の原型が分からないほど殴り尽くされた男の_____恐らく奴の息子の姿。青あざどころか、黒く変色しているようにも見える。

 

 

 …見聞色、もっと上手く扱えるようにならないといけねェな。

 

 

 

 

 

 

「しね」

 

 

 

 

 

 意識が薄れる中、数キロメートル先にいる奴の残っていた腕を飛ばす。

 

 だがそこまでで、おれの体は海に落ちた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 ミニオン島の近海にて。

 

 

 センゴクから大至急ミニオン島に向かうよう命令されたおつるは焦っていた。

 電話はロシナンテが危ないという内容。

 

 嫌な予感はしていた。

 

 長年経験の中で培われた彼女の勘は、確かなものだ。サイレンが頭の中で、嫌な音を鳴らしながら回っている。

 

 

 島を睨め付けながら見やる。もう既にこちらの船が近付いていると気付いたドンキホーテの船には逃げられている。

 砲弾の射程外の距離だったため、どうすることもできなかった。

 

 しかし優先順位はロシナンテ中佐と彼が掴んだ情報にある。奴らを追うのはまたの機会だと、船を進ませた。

 

 

 

 頭に過るのは二人の兄弟の姿。

 

 

 あの子は弟を殺してしまったのだろうか。

 追いかけ続ける彼女が何度も目にしたのは、船長でありつつ兄としてコラソンを見つめていた姿。

 

 穏やかな海でも、人を殺す荒波にもなる男。その彼が弟に向けていたのは慈悲深い海の色。

 

 

 そんな船長が弟を果たして本当に殺しているだろうか。

 

 

 センゴク自身は子のように思っている部下の生存に対し、限りなく低いと考えているのか、電話越しの声は何か堪えるようなものだったが、彼女はそのことに関して言えば心配はないだろうと考えている。

 

 

 

 ならばこの拭い切れない不安は何だろうかと、首を傾げる。

 思考に耽っていれば、望遠鏡を握っていた海兵の一人が叫んだ。

 

 

「港に人の姿があります!!!一人……いや、二人です!!あれは……」

 

 

 そして呼ばれた男の名前。何故まだ残っているのか、逃げた船に乗っていたのではないのか。

 

 

 一気に増す不穏な色。

 彼女の頰に汗が伝う。望遠鏡を持ち自身も見れば、映るのは視界が悪い中捉えられた姿。

 

 地面に横にしたのは恐らく_____ロシナンテだ。

 

 

 身体中血の色に濡れ、ピクリとも動かない。雪の白さと肌の白さが混ざって、遠くからでは二つの境界が分からなくなるほど生気の色が感じられない。

 対して船長は渡り鳥のように空中を移動する。流石に逃すわけにはいかない。

 

 射程距離にあるため砲弾の用意をと思った所で、唐突にその体が落下し始めた。

 

 

「!!」

 

 

 急いで沈んだ体を回収するよう命令し、おつるはロシナンテの元へ向かった。

 

 何があったかはまだ分からない。

 しかし距離的に生きた状態で男を助けるのは困難だろう。彼女も能力者である以上、海の恐怖はよく知っている。

 

 

 バカな子だねと小さく呟き、おつるは空を仰ぎ見た。

 

 

 

 

 

 綺麗な夕月が、その姿を現していた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 ゴポリ。

 

 

 

 ゴポ。

 

 

 

 ゴポポ。

 

 

 

 

 

 

 

 _____死ぬのか。

 

 

 

 

 

 

 

 海に沈みながら、ドフラミンゴは思った。

 自分の血で染め上げていく海の色は、混ざって異様な色を醸す。

 

 

 まだ何もしていない。天竜人も、世界を壊して直してもいない。

 

 何も出来ていない、まだ死ねない。

 

 

 

 そう思うものの、重い体は言うことを聞かない。悪魔の実を食べたこともないのに呪われていた体。

 

 能力者は、海に愛されているのだと聞いたことがる。

 

 

 殺したいほど愛しているのかと思うと愉快な気分になる。

 不思議と心が落ち着くのだと、死を前に何を言っているのかと思うが、男は確かにそう感じたのだ。

 

 大いなる海。例えればそれは母であり、その愛情を男は感じ取ったのだ。

 

 

 

(_____母上)

 

 

 

 ゴポリと開けた口から空気が漏れる。やはり心地いい。

 

 

 男が母の腕に抱かれた時間は少なかった。

 2歳下の弟ばかりがその腕の中でいつも抱かれて眠っていた。

 

 

 “ドフィ、いいお兄ちゃんになってね”

 

 “うん、母上!”

 

 

 

 

 お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃんだから、お兄ちゃん、お兄ちゃんだから。

 

 

 

 ぼくは_____おにいちゃんだから。

 

 

 

 そうして過ごした。精神は子供ではなかったものの、体に年齢が引きずられていた少年は、そのまま愛情不足で育った。

 

 確かに愛されていた、それでもドジな弟としっかり者の兄。

 弟が構われ易いのは当然であった。

 

 それを両親から心配されていたのも、少年自身分かっていた。

 

 

 しかし自分は大人だから、お兄ちゃんだからと、ずっと抑え込んでいた甘えたい欲求。誰よりもそれを求めていたはずなのに、ずっと仕舞い続けていた。

 

 

 

 その心を埋めてきたのはジョーカーなのだろうと男は思う。

 

 親でもない彼は愛し続けてくれた。

 それは分かりやすい愛じゃない。静かで、見えにくい愛情。

 

 まるで今の海のようだ。冷たい色をして、温かいのだ。

 

 

 

 目を細める。沈んで行く内に暗い色が増えていく。

 

 しかしやはり、それでも男には愛情が足りなかった。母の愛、それが未だ成人しきらない隠された内の子供っぽさなのだろう。

 

 

 

 

 手を伸ばす。

 

 

 

(_____おれはまだ、死ぬわけにはいかない)

 

 

 

 ゴポリとまた息を吐いて、無理やり肢体を動かそうとする。

 

 

 

(大いなる海だァ?笑わせる……愛してくれるんだったら、殺すんじゃねェよバカ野郎)

 

 

 

 

 そう思っていれば、不意に腕を誰かに掴まれた気がした。

 

 

 目を開ければ、歪んだ顔。いや、歪められた顔。

 

 

 _____X・ドレーク……!!

 

 

 口だけ動いていたため分からなかったものの、死ぬなと動いていた。

 

 

 

 

 

 

 燃え盛る正義の瞳に、男は大きく息を零して、穏やかな気持ちのまま意識を失った。




主人公(おれ)
身内に甘い打倒天竜人。ロシーと決別の後に撃たれる。頑張るけど頑張れ。月に魅入られ、海に愛されてる。人生ハードモード。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。共に進むことを決めたけど、疲れたのでスヤァ中。

ドレーク
ボロクソ殴った改心しないおとんを殴って助けに行く。最早おとんじゃない!!テメェは!!!


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天夜叉

次回おつるさん・ロシ・ロー目線のお話。ちょっと閑話も。


 _____フィ、___ドフィ

 

 

 

 声がした。

 柔らかい、温かな声。母上の声だ。

 

 ぼくは眠かった目を擦りながら、後ろを見た。

 

 

「ドフィ、こんな所で寝てちゃダメよ」

 

「母上…ごめんなさい」

 

 

 頭を撫でられる。その感触が酷く優しくて、泣きそうになった。

 でも涙が出ない。

 

 

「…?ドフィどうしたの、どこか痛いの?」

 

「母上……泣けない。ぼく……泣けない……」

 

「……ドフィは頑張り屋さんだから、きっと疲れちゃったのね」

 

 

 ふふと笑って、抱っこされた。ぼくの心臓の音に合わせて、あやすように背中をゆっくり叩かれる。

 

 

 温かい。

 こんなに穏やかな気持ちになったのは久し振りだ。

 

 

 それより自分はいつから泣けなくなったのだっけ。赤ん坊の頃は泣けて……そうだ、磔にされて地獄を見た時に泣いて……それ以来一度も泣いていないんだ。

 

 うっかり陽の下に裸眼を晒して反射的に涙が出た事はあったけれど、アレは別だ。

 

 ぼくの涙は枯れてしまったのか。それか涙腺がバカになってしまったんだろう。

 

 

 母上はそのまま本に埋もれていたぼくを抱いて、歩き出した。

 どこへ行くのと尋ねれば、どうやら父上の所らしい。

 

 

「あなた、ドフィが迷い込んで来ちゃったわ」

 

 

 迷い込む?天然な母上だからたまに素っ頓狂な事を言っていたのは覚えているけど、にしても余りにも吹っ飛んでいる。

 

 

「…ドフィ、おいで」

 

「父上……?」

 

 

 あれ、父上はロシーと海軍に行ったんじゃ。…いや待て、ぼくはファミリーに入って船長に…。

 

 情報がちぐはぐしている。

 そもそも何故こんな豪勢な家に居る?とっくの昔にマリージョアは去った筈だ。

 

 

 _____そうだ、あの憎い天竜人の奴らのせいで、おれたち家族は地獄を見た。あいつらをぶっ殺すんだ。

 

 ふつふつと湧いたドス黒い感情、しかし父上の優しい声が聞こえて、その感情は煙が消えるように姿を潜めた。

 

 

「…会ってこんなことを言うのは間違っているかもしれない。でもまず、謝らせてくれ…ドフィ」

 

「…?父上は何も悪くない。おれが弱かったから家族を守れなかったんだ」

 

「……違う、違うんだ…。お前をあの時、ひとりぼっちにして悪かった…」

 

 

 あの時とは、おれを置いて行った時だろうか。そんなこと気にしなくていい。

 傷つけることしか出来ないおれから逃げたことは正しい。

 

 そう言えば悲しそうな顔をされた。笑ってくれ父上、ロシーと面影が似てるんだ。

 

 

 ____ロシー…?………!!!

 

 

 

「ロシーは!!ロシナンテはどこだ!?」

 

「落ち着きなさい。あの子は来ていないよ」

 

「……さっきから二人共変なことばかり言うけど、どうしたんだ?」

 

 

 母上はクスリと笑って、またおれの頭をくしゃりと撫でた。父上は全くお前はと、ため息を吐く。

 

 

「ドフィ、貴方撃たれちゃったのよ」

 

「撃たれ……あ」

 

 

 左目に意識が集まったら、途端に視界が暗くなった。ドロリと目玉が取れる。

 

 慌てて自分の左目があった部分を触れば、指がズプッと入ってねちゃりとした感触、でも不思議と痛くなかった。母上は地面に落ちた目玉を、ハンカチに包んでそっと拾った。

 

 

「コップに飾っておこうかしら?」

 

「……流石にやめなさい」

 

 

 のほほんと言う母上に、父上は顔を青くして答える。飾る時はホルマリン漬けにするといいなんて思うおれも、少しおかしいけれど。

 

 

「ドフィのこれはもうそっちには行けないけど、でもまだ貴方自身は戻れるわ」

 

「来るのはもっと大往生してからにしなさい」

 

 

 戻る?おれの居場所はここ………

 

 

 

 いや、違う。おれにはまだまだやることがある。

 そうだ、おれは撃たれて意識を失って……ということはここは………だから痛みもないのか。

 

 

「おれ死んだのか?ロシーがいないってことは、あいつは生きてるのか…よかった」

 

「よくないわよ!」

 

 

 頰を抓られた。ぎゃあと驚けば、すぐ近くに泣きそうな母上の顔。

 

 

「ドフィはまだこっちに来ちゃダメよ!貴方を愛して待っている人がいっぱいいるのよ」

 

「そうだ。夢がまだ残ってるんだろう」

 

「……母上と父上は、おれの悪魔みたいな考えを否定しないのか?」

 

 

 その言葉に二人は複雑そうな顔をする。でもと言葉が続き「お前の考えは世間一般から見れば間違っているかもしれない、それでも強い優しさがそこにはある」と、言われた。

 

 おれは自分本意なやつかと思っていたけれど、少し報われた気がした。

 

 ズズと、体が沈む感覚がする。意識が遠のいて行く。

 

 

「ドフィ、いってらっしゃい」

 

「無茶するんじゃないぞ」

 

「…父上、母上………」

 

 

 

 

 

 _____愛してる。

 

 

 

 

 そう言って、おれの意識は遂に無くなった。

 最後に二人の泣き顔が見えた気がした。でも笑って、手を振るその姿に胸が痛くなった。

 

 おれは死んだら天国に行けるのか、地獄に行くのかは分からないけれど、温かい幻に涙が出た。

 

 

 そして自分は漸く泣いていると理解した時、あいつの声がした。

 

 

『こんなとこで死ぬ気か、クソガキ』

 

(ジョーカー、おれ泣いてる。泣けてる)

 

『いいから早く目を覚ませ。折角一緒に生きてやろうと思ったのに、早々殺す気か』

 

(…ごめん)

 

 

 意識がどんどん目覚めようとしている。しかし左目の感覚が無い。失明したのだろう、いやはや困った。

 苦笑いして見えないなと言えば、男はニヤリと笑う。

 

 

『おれがお前の目になってやろうか』

 

(……目?)

 

『見えねェのなら、おれがお前の目になって支えてやる。フフフ、いい案だろ?』

 

 

 いいかもなと呟けば、よしきたと言われた。本当にこいつが隣にいると飽きない。

 やっぱりおれの人生には奴が欠かせないな。

 

 

 

 もう少しで目覚めるだろう。やることはたくさんある。進むと決めた道は死ぬまで貫く。

 一旦死にかけたが戻ってこれたんだ。尚更だ。

 

 

『あと次情けねェ醜態晒したら殺す』

 

 

 

 

 ……やっぱり怒ってた。目覚めたくない。

 

 

 

 そう言いつつも、おれは不器用な奴の愛情に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 -----

 激しい倦怠感と頭の鈍い痛みで意識が浮上した。

 激しく咳き込めば、目の前に見覚えのあるサングラスが……

 

 

「どわあっ」

 

『やっと起きやがったかクソガキ』

 

 

 ジョーカーだった。お前起きてたのか、というか何か夢見てたような……思い出せねェ。

 というか何で左見えねェんだ?

 

 探っていれば、布で覆われている。どういうこっちゃ。

 頭がまだ混乱してる、というか焼けるように頭が痛い。

 

 

「何だここ船か?うわ揺れる……気持ち悪……」

 

『テメェは重傷なんだから寝てろ。おつるの船だ』

 

「おつるさん……?……あっ、ロシー!!」

 

 

 Bダッシュで走ろうとして、何故か力が入らず布団から起き上がった体は、そのままゆっくり倒れた。

 

 地面とキスするなんて死んでも嫌なので手を前に出す。肩から派手な音を立てて落ちる。衝撃で揺れた脳が更に吐き気を訴えた。

 

 何とか立とうとして、ジャラリという音………海楼石かよ!!

 

 

「っ………い、って……」

 

『テメェ動いてんじゃねェ殺すぞ』

 

 

 死にかけの男に殺すとかなんつードSだよ……ん?死にかけ?………あ、おれ確か撃たれてX・ドレークに助けられたのか。

 拘束された手足をそのまま動かし、宛ら芋虫のように床を這っていたら思い切り扉が開いた。

 

 

「騒がしいよ、ドフラミンゴ」

 

「……アナタ誰デスカ」

 

「何すっとぼけてんだい、さっきまで人の名前言ってた奴が」

 

 

 クソ、バレてた。舌打ちをすれば睨め付けられる。どうやら前の部屋で見張ってたのがおつるさんらしい。

 ロシーはと言えば、脛を抓られた。頭じゃないだけマシだが、痛い。

 

 

「あんたの生命力はアレだね、ゴキブリ並みだね」

 

「うわ、すげェ酷いこと言われてる」

 

「怪我人に無理させるようで悪いが…少し付き合ってくれるかい」

 

 

 何だよ怖ェな…。

 というよりおれが海に沈んでからどれだけ経った。聞きたいことは多いんだが。

 

 

「あんたはバレルズの息子に助けられたんだよ。あっちも治療中だ。あんたに比べればよっぽど重傷だよ」

 

「おれ頭撃たれたのにか…?」

 

「何言ってんだい、そんなピンピンしてるクセに。…左目はしょうがないだろうが、弾は貫通してたんだ。スキャンして脳も調べたが、奇跡的に損傷してなかった。とんだ悪運持ちだね、あんたは…」

 

「マジか」

 

「唯あんまり暴れるんじゃないよ、傷は塞がり切ってないんだ」

 

「…分かった」

 

 

 …正直言って人生の運使い果たした気がする。こんなハードモードな世界で運使い果たすとか、どんだけ将来危ないんだよ。絶望的だな。

 

 というか自分はどうでもいい。ロシーの状態が心配だ。

 聞けば、案の定おつるさんの用事もそのことについてらしい。

 

 

「あの子に合う血液が残念なことに少ない。今緊急治療中だけど、予想以上に出血が多くてねぇ…ストックがないんだよ。もう少しで終わるってのにね…」

 

「……」

 

 

 何だそんなことかと思い近くにいた海兵の剣を、歩く為自由になっていた足で奪って、そのまま咥えた。

 

 一瞬のことに彼方も驚いているらしい。

 要は血だろ?おれの血液も治療中に調べたのか、そりゃあ優秀なこった。

 

 手首をかっ切ろうとしたら体が勝手に壁にぶつかった。結構思いっきりいった。イテェ。やった張本人を睨もうとすれば、おれ以上に青筋を浮かべて笑っており、ヘビに睨まれたカエルになった。

 

 

『殺す』

 

(え、何でそんな怖いワード言うんだよ)

 

『…やっぱ頭のネジいくつか飛んだんじゃねェのか』

 

 

 どうやら直ったと思っていたが、壊れた精神はそのままらしい。そうじゃなきゃ勝手に操られないか。いや、単に弱ってるだけかもしれない。

 

 ロシーのことになると向こう見ずになるの本当駄目だな。

 

 というか結構クサい言葉言って別れようしたのに撃たれたおれって何だよ、クソ恥ずかしいじゃねェか。

 

 

「……ドフラミンゴ」

 

「あァ?何だ」

 

 

 ありがとねと、小さい声で言われた。

 何だというんだ。あんなにいつも船の上じゃあ鬼面みてぇな面してたのに。……イテ。

 

 

 今度は容赦なく脛を蹴られた。痛みに蹲っていたら物凄く優しく頭を撫でられた。

 

 流石に負傷部位を乱暴にはしないか、というか考えを読まれてる気がする。

 流石おつるさん。

 

 

「ロシナンテを助けようとしたんだろ。あんたが撃った銃創部位だけどねぇ…浅いんだよ、異様に。それと麻酔の痕跡があった」

 

「フッフッフ!おれは裏切り者を殺そうとしてたんだぜ?何言っ…」

 

「これでもかい?」

 

 

 おつるさんの手に持っているのはおれの使用した銃。あ、絶対に調べ終わってるわ。

 

 唸っていれば、大丈夫かいと言われる。

 大丈夫だ、気にすんな。

 

 

 そのまま治療室前まで来て、正規の方法で血を抜かれた。

 流石に手首からはバカが過ぎたな。アグレッシブ過ぎる自傷かよ。

 

 にしてもおれがいることにギョッとする奴が多い。どうせ死んでるか、まだくたばってると思ってたんだろ。そう簡単に死んで堪るかバカ野郎。

 

 いやでも…確かに害虫並みのしぶとさだな。

 

 

 

 その後貧血状態なのか、フラフラしながら帰った。酔っ払ってもこうはならない。途中ロシナンテのように転けそうになって、おつるさんが支えてくれた。

 

 せめて海楼石が無ければ歩くぐらいわけなかったが、おれはドンキホーテ海賊団の船長だ。取ってもらえるわけがない。

 

 多分このまま牢獄行きだろう。まさかジョーカーと同じ道を歩む事になるとは…。

 

 まぁ自分の進む道は牢獄か、途中で死ぬかの二択だろうとタカを括っていたからそこまで落ち込まねェけど。

 

 

 でもまだ、目的を果たせていない。

 

 

 

「噛むのはおよし、行儀悪いよ」

 

「……あ、いけね」

 

 

 ストレスだろうか。爪をかなり噛んでいた。血が出ている。

 

 見兼ねたのかおつるさんが包帯を持って来た。ぐるぐる巻きにされながらその様子をじっと見つめる。

 

 

「あんたは…どうしてロシナンテを助けたんだい?あの子は海兵で、お前は海賊だ」

 

「どうして?んなもん簡単だろ、弟だからだ」

 

「…それだけかい?」

 

「…他に理由なんてないだろ。助けたくないなら、血だってやらねェよ。ただでさえおれも流し過ぎたんだ」

 

「……ハァ、真剣になったあたしが馬鹿だったよ」

 

 

 おつるさんにしろジョーカーにしろ、この場にはおれに厳しい奴しかいないのか。ジョーカーだって黙っているが目が怖い。怪我したことにそこまで怒るかよ。

 

 まぁでもおれがあいつの立場で、怪我したのがロシーだったら怪我させた奴にああいう顔すんだろうな……いや待て逆じゃねぇか。

 

 

(……もう怪我しねェから)

 

『………』

 

(……ドフィ)

 

 

 そう呼べばバッと顔を上げた。サングラス越しに見えた奴の左目は無い。え、怖…。

 

 

(左目どうしたんだ?)

 

『…覚えてねェのかよ。包帯取った時にでも鏡見てみろ。おれはもう疲れた、寝る』

 

 

 多分おれが意識のない間ずっと起きてたんだろう。

 海に落ちてから丸1日は経っているらしい。でも不思議ともうロシーは大丈夫だと、自分の勘が言っている。

 

 おれの現状が危ういだけだ…。マジでどうしよ。

 

 

 その時唐突になった電話。何だと思えばおつるさんが取った。

 センゴクさんという人らしい。

 

 へぇロシナンテの恩人…………ア゛ッ!?

 

 

 ガン見していれば、電伝虫がおれの方を向いた。目付きが異様に怖い。つーかセンゴクって海軍トップじゃねぇか!?

 

 ロシナンテ!お前エラい人に助けられたんだな!!

 

 

 一人で何故かテンションが上がっていれば、肩を叩かれる。

 電話に出ろとのことらしい。

 

 出たら出たで、開口一番海のクズ呼ばわり。あと今まで散々やらかしたことへの説教。

 SAN値はもうない。

 

 爪を噛もうとしたらおつるさんに一喝と共に止められたので、諦めて大人しくする。

 もう既に嫌だが、一応父上とロシーを救ってくれたことへお礼を言った。

 

 

 電話先は静まり返る。どうしたんだと思ったら堪えるような声が聞こえた。

 

 

 《……ロシナンテを……救ってくれて………ありがとう……》

 

 

 殺そうとした奴に言う言葉じゃない。第一おれのせいでロシーは人生を棒にしたんだ。

 

 とことん自分のネガティブさに呆れる。

 だから精神崩壊まで追い込んでたんだよ、我ながら情けない。

 

 ロシーはでも、もう苦しまないのだろう。おれは捕まるし、あいつは自分の正義を貫く生き方が出来る。

 

 

「センゴク…いや、センゴクさんか?おれが言うのもおかしいが、あいつを頼むな。ドジっ子だから」

 

 《……》

 

「あいつ文書盗むのもドジして失敗するような奴だし、でも誰よりも正義を持ってる」

 

 

 頬が緩んだ。仲間が待っているというのにロシーがこれ以上苦しまねェのならと、どこか自己完結している自分がいる。

 

 多分穏やかなのは腹に渦巻く破壊欲が薄まったせいだ。

 こんなんじゃいけないのにと思うのに、今はやけに怒りが湧かない。不思議だ。

 

 

 《……お前に一つ打診したいことがある》

 

「何だ?」

 

 

 

 

 

 _____七武海に加盟する気はないか。

 

 

 

 

 

 そう、言われた。

 

 

 

 思わず「は?」と声が漏れたが、真剣らしい。何故おれなのか。

 

 第一七武海自体海賊の凶悪化に伴い、海軍の戦力拡大を目的として設立されたもんだ。話を聞けば、どうやら少し前からおつるさんが、センゴクに推薦していたらしい。

 

 

 おれのファミリーはある程度モラルを守っちゃいるが…。

 それにしてもやはり何故おれなんだ。利用しやすいとでも思ってんのか、殺すぞ。

 

 しかしこれを受けなければ、確実に牢屋行きだ。その為に飲まされる条件は、相当あちらに優位なものだ。

 

 

 今交渉を持ち出すのは明らかにセコいだろ。

 こっちは満身創痍なんだぞ。ろくに思考が回りゃしねェ。

 

 もういい、そっちが狡猾な手口を使うならこっちも奥の手を使ってやる。

 マジで、疲れてんだよ畜生…。

 

 

 

(助けてジョーカーえもん)

 

『………』

 

 

 お、出て来た。ものすごい渋い顔だ。

 

 

(対処しきれない……ねむい)

 

『…ったく、退け』

 

 

 そのまま意識を預ければ、おれと代わって交渉をし始めた。

 

 …というか脅迫している。何だコイツ、カリスマ性+AAAかよ。ちゃっかりヴェルゴの身柄の譲渡も入れている。

 抜け目ないな。

 

 眠さにぼんやりと聞いていたが、最終的にこちらのいいように条件を取り付けていた。

 

 おつるさんが終始驚いた目をしていたし、センゴクさんには再度海のクズ認定された。

 ジョーカーお前………。

 

 そんなわけで解放される手はずになったが、国宝ってなんだよ、おれ知らねぇぞ。

 

 

(ほら代われ、これ以上は面倒みねぇぞ)

 

『………ねむい』

 

(お前なぁ…)

 

 

 めっちゃため息を吐かれた。瞳の奥が慈愛の目満載だったのでそれに甘える。帰るまで飛んで行ってもらおう。

 しかしおつるさんに呼び掛けられたので、一旦戻ってもらった。

 

 

「…いいのかい、ロシナンテが目覚めるまで居なくて」

 

「いいさ、もう決別の覚悟は出来てる。じゃあな、おつるさん。…あ、あとX・ドレークが起きたら言っといてくれ、ありがとうって言ってたって」

 

「…!戻ったのかい」

 

「………おれはおれだ」

 

 

 いつものスマイルを浮かべて、戻った。あいつは振り返らずそのまま飛んで行く。

 ジョーカーの存在を匂わせたのはまずかったか?

 

 …いや、おつるさんは全部気付いてそうだし構わないか。

 

 

 

 

 

 

 

 _____その夜。

 

 

 

 

 

 そういえばと思い出した。センゴクさんが言っていた言葉。

 

 自分に天夜叉という厨ニ感満載の二つ名が付いていたのだ。

 聞いた瞬間ガチでキレかけた。

 

 しかしこう見ると確かに、天を駆ける夜叉は言い得て妙か…。

 

 

『……天夜叉』

 

「寝てねェのかよ」

 

『寝るにはもったいない夜だろ』

 

 

 ジョーカーがこっちを振り向いた。月に輝く金髪から覗いた左目。

 

 

 ____紅い。

 

 

 そこで一気に夢での出来事を思い出した。

 三途の河の先に行っていた気がする。幻だろうが、夢の中の父上と母上は優しかった。

 

 そして最後に聞こえた声は___ジョーカーの声だ。

 

 本当におれの目になったのか、どういう原理だよ………。

 

 

『あったけェ』

 

「おれは寒ィ、コート失くしやがって……」

 

『しょうがねぇだろ、海の中に落ちちまったんだから』

 

「………」

 

 

 青筋が浮かんだのでこれ以上この話題には触れないようにしよう。

 多分これ一生の地雷になるぞ。

 

 いやでも本当……おれ支えられてなきゃ直ぐ死にそうだ。

 

 

 

 

 

『ありがとうな』

 

「ア?」

 

 

 

 風圧で聞こえなかったのか。二度は言わない。

 おいなんだと荒げる声を無視しながら、本当に寝ようと目を瞑った。

 

 

 

 

 

 背後に輝く月が、やけに美しく感じた。




主人公(おれ)
身内には甘い打倒天竜人。三途の川から帰還。内の破壊欲が薄れてるけど、目的は変わらない。七武海加入決定。色んなフラグが他所で乱立中なのを知らない。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。守れなかった自分に憤ってる、故の青筋。カリスマ性+AAA。頼まれれば動くけど一線は今後も引く。

おつるさん
主人公見守り隊。元々センゴクに主人公の七武海加入を打診してた人。主人公の多重人格の疑いが強まる(違うけど)。

おかき(センゴクさん)
ロシナンテ…(号泣)今回の件で利用できると思ったらジョーカーに足元を掬われた。やっぱ海のクズ…。


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おもい

重い愛情。
想う心。
それぞれの思い。


 *****

【sideおつる】

 

 ある男の話をしよう。

 

 

 その男は狂気と優しさの二面性を持つ、とんでもないクソガキだ。

 

 とっくに成人しているクセに、私からすりゃあ子供に見える。

 何故かと思ったが、治療中の弟の方を見ていた目で分かった。

 

 あの子にあったのは安堵と、ほんの少しの嫉妬。

 

 

 子供っぽいのは恐らく、幼少期に愛情が足りなかったせいだろう。

 私も女だ、だからこそ何となく分かっちまった。

 

 

 子供の頃、母親はあのドジっ子ばかり気がいってしまったんだろう。平等に愛そうと思っても、あのドジぶりじゃあどうしても構っちまう。

 それにロシナンテは子供の頃はそりゃあ可愛かった。

 

 今じゃ目つきの悪い男になっちまったが、中身はドジなままだ。可愛げがある。

 

 

 

 だが兄の方は違う。少なくとも、私の知ってる限りじゃしっかりしている。

 そりゃあ船長なんだ、当たり前だろう。

 

 多分子供の頃からああだったんだ。

 

 故に愛情不足。長年追って来た後ろ姿が時折どこか寂し気に見えたのも、だからかもしれない。

 つい構いたくなっちまうのもしかたない。デカい図体だが、中身は専らガキだ。

 

 

 それでも奴は未熟な精神のまま、過酷な人生を歩いて来たんだろう。頼られる強い存在。その姿求めて、また求められて、縋る事など出来なかったのだ。

 

 それにロシナンテとは違って、正義の道を教えてくれる奴がいなかった。そのため今も尚、暗い道をずっと歩いている。

 

 

 大丈夫だとは思う。

 あいつの仲間はしっかりと支えているし、あいつもそれに応えている。

 

 海兵としてその姿を認めるわけにはいかないが、安堵しちまう。

 

 問題なのはあいつのひた隠しにしている闇の部分だ。

 その部分は仲間にもロシナンテにも、誰にも知られないようしている。

 

 ずっと……溜め込んでいるんだ。

 

 

 闇の道を進むあの子がこのまま歪に歪んだまま進めば、遅かれ早かれその身も心も崩壊するだろう。

 

 その恐怖が、私の中にはあったんだ。あの子が海に落ちて行く姿を見た時、過ぎった気持ちはきっとこれだ。

 私はあいつの母親なわけじゃない。でも、見守るぐらいはしてやりたいと思う。

 

 

 ロシナンテにはセンゴクがいた。あの子にはしかし、親の愛情を与えてくれる存在がいなかった。

 

 今からじゃ遅いかもしれない。だからこそこれ以上壊れないよう見ていてやりたいんだ。

 

 

 そう思いながら、飛んで行こうとする渡り鳥に話し掛ければ振り向いた。

 センゴクを_____海軍を脅していた時とは違う、いつものあいつだ。

 

 いや、脅していた時の奴の方が異常だった。

 

 

「………おれはおれだ」

 

 

 息を飲めば、瞬間あいつの顔は冷たいものに戻っていた。

 お前は誰なんだいと、言わなくてよかっただろう。

 

 いつものあいつじゃないもう一人のナニカは、全てを壊し尽くす目をしている。

 

 

 きっと暗闇で生きる内に、あいつ自身が自分というものに迷っちまったんだろう。

 自分は誰かと、悩み苦しむ内に生まれたのが恐らくアレだ。

 

 ロシナンテが言っていたバケモノとは、もしかしたらアレなのかもしれない。

 それほど冷たい目だった。

 

 きっと捕らえた犯人と思われるバレルズが船内に居ると言えば、すぐさま殺しに来るのだろう。

 

 

 そう考え、一瞬背筋が震えた。これ以上の騒ぎは願い下げだ。

 

 

 

 

 落ち着かない心を宥めようと、空を見る。

 昨日とは違う穏やかな夕焼けだ。もう少しで夜が来るだろう。

 

 

 あの子はこれからも、夜を駆けて行くんだろう。

 誰が言い始めたかは知らないが、天夜叉はお似合いだと思う。

 

 だがしかし、やはりやらかす。

 

 何故超極秘の秘密を握っているのか、よくもまぁあのセンゴクを脅したもんだと思う。

 絶対目の敵にされるねェ。

 

 

 タバコの紫煙が空を細やかに白くする。

 

 もう当分雪はこりごりだね。こんな面倒なことばかり押し付けられて……疲れたもんだ。

 

 

 

 センゴクには高い酒でも奢らせよう。そう思い目を細めながら空を見ていれば、海兵の一人が慌ててやってきた。転けるんじゃないよ、ロシナンテじゃあるまいに。

 

 

「ロ、ロシナンテ中佐が目を覚まして……」

 

「…何!?」

 

「出血性のショックと……頭を激しく殴られていたせいか、記憶の混乱が激しいため暴れていて……」

 

「……ハァ、もう次から次へと…。もう少し老体を労って欲しいもんだ…」

 

 

 急いで向かおうと歩き出す。

 

 当分桃色の鳥を捕まえることは出来ないだろう。だがその身が滅びる前に、必ず捕まえてやろう。

 灰皿に押し付けて火を消し、足早に前を走る海兵の後を追う。

 

 

 

 

 まだまだ現役じゃないとねと、白い息を吐いた。

 

 

 

 

 

 *****

【sideロシー】

 

 俺はマリンコード01746、海兵ロシナンテ中佐だ。

 

 

 元々ドンキホーテ海賊団に潜入し奴らの情報を海軍に流しつつ、ある国の情報を同時進行で調べていた。

 

 その中で出会った子供が、Dの名を持つローというクソガキだった。

 

 その少年に会ってから、俺はガキを助けたいと思い始めた。

 そしてガキの寿命が間近になった時、もう耐えられなくなりローを船から連れ出して、治してやろうと東奔西走した。

 

 しかし医者たちは揃いも揃ってクソだった。

 

 

 俺は結局何の役にも立てず、あいつにオペオペの実を食わせて自力で治させる事しかできなかった。

 …いや、あいつが実際に治ったかは分からない。でもきっと大丈夫だと思う。

 

 だってDは嵐を呼ぶ存在だ。

 

 それにあのガキがそう簡単に死ぬことはないと思っている。

 撃たれた後も必死に能力が解けまいと意識を保って、逃げる時間くらいは……きっと稼げたはずだから。

 

 

 

 俺は結局裏切り者としてファミリーに粛清されたが、運良く助かった。

 おつるさんやセンゴクさんが手を尽くしてくれたらしい。本当に感謝してもしきれない。

 

 助けられた当時は記憶の混濁もあり、ローのことが心配過ぎて暴れちまったけど、今はもう大丈夫だ。

 

 

 ただオペオペの実を盗んだ後に怪我した体は相当ボロボロになっちまったみたいで、リハビリを兼ねれば当分前線には出られないだろうと診断された。

 

 正義を通せないのは悔しいけど、でも死ななかっただけラッキーだと思う。

 

 

 

 そんな俺は事務処理に回されている。

 ドジってやらかすため後輩のスモーカーには遠い目をされる。

 

 でも聞いてくれ!俺スパイの功績を認められて少将になったんだぜ!!

 

 浮き立つ気持ちを抑えきれずセンゴクさんに報告しに行ったら、知ってるわと笑われながら頭を撫でられた。

 そうだよ、上司なんだから知らないわけがないだろ、ドジった……。

 

 

 そういや今日は七武海会議らしい。それと新しく入った七武海のメンバーが来るとか。

 誰だと思ったらおれが潜入してた場所の船長だった。センゴクさん……俺の気持ち………。

 

 今は辺りをうろちょろしているが………べ、別に美女を見に行ったわけじゃないぜ?

 ただフラッと歩いてたら見えねぇかななんてお、おお、思って……いでっ!!

 

 

 鼻の下を伸ばして邪なことを考えていたら、隣にいたスモーカーが俺の足をギリギリ踏み付けてた。

 ちくしょう何すんだと言えば、更に遠い目をされる。

 

 

「あんた本当……顔に出やすいよな…」

 

「お前の上司に言いつけてやる…!一応俺の方が目上なんだからな!!」

 

 

 騒いでりゃまるできゃんきゃん騒ぐ子犬を見るような目をされた。せめて大型犬を見る目で……って、そういうことじゃねぇ!!

 

 でもやっぱり海軍の姿が俺のあるべき姿だなと、感慨じみながら思っていれば、目の前から元上司……というか船長が現れた。

 

 …あれ?眼帯なんか付けてたか?……まぁいいか。

 

 

 若干震える手をもう片方の手で抑え、スモーカーの後ろに移動し肩を掴んで座った。情けないが、震えは手から全身に移っていく。

 

 

「助けろ」

 

「あっ!?おい、何だよ急に後ろに隠れて…」

 

 

 あいつに撃たれたんだとボソボソ言えば、驚いた目をされた。

 

 当時の俺の憔悴ぶりを知ってるからか、貸し一つなと明らかに隠れきれてない俺を庇うように前に立ってくれた。

 後でおつるさんに貰った葉巻でもやろう。俺タバコしか嗜まねェからな…一回試したけど、甘ったるくて無理だったし。

 

 そんなことを思っていれば、歩いて来た男_____ドンキホーテ海賊団の船長、ドンキホーテ・ドフラミンゴは久しぶりに見た猫背の姿で通り過ぎて行く…と思ったら目の前で止まった。

 

 ヤベェ、今度こそ殺される。

 

 

「フッフッフ!生きてたのかァ、ロシナンテ中佐」

 

「し、少将だ…」

 

「アァ?」

 

 

 肩をビクつかせれば、ドフラミンゴは一瞬首を傾げ、眉根を寄せた。

 何だってんだ、俺はお前じゃなくてハンコックの方に会いたかった……。そして運命的に出会った二人は……どぅふふ。

 

 

「……」

 

「…ん?」

 

 

 妄想に浸りかけていればそのまま特に何もせず、過ぎて行く。

 よかった……じゃなくて、恐怖を乗り越えなきゃ始まらねぇ。

 

 トラウマは必ず乗り越える…今はまだ、無理そうだけど。

 

 

「あれがあんたが潜入してたとこの船長か……威圧感スゲェな」

 

「そうだぜ……怒ると怖いんだ」

 

 

 それに奴は狡猾だ。

 己の部下を何年もスパイさせてたんだから……俺がヴェルゴの野郎に殴られてなきゃ、気付けなかったんだから皮肉だ。

 

 薄っすら痛む銃創部位を撫でつつ、俺も仕事に戻ろうと歩き出した。

 

 おつるさんのとこに資料を届けに行けば、午後の会議の準備が忙しいのか不在だった。

 取り敢えず資料だけ置いていく。

 

 

 俺も早く精神も身体も治さなきゃな…。

 

 

 

 

 

 

 

 そう、死んじまった母上や父上________そして兄上のために、俺は正義を貫くんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 とある王下七武海メンバーの一室。

 

 

 眼帯の上にサングラスを掛けた男がソファにどっしりと構え座っていた。足を大胆に開き腕をソファの背に預けている様は、どこぞの国の王様のようだ。

 

 対して目の前にいるのは海軍中将大参謀のおつるだ。

 

 

「まさかロシナンテがおれのことを覚えてねェとはなァ」

 

「……あんた、違う方かい」

 

 

 おつるが言えば一瞬目を見開いた後、男は愉快そうに笑った。

 あんたにゃやっぱ敵わねェと、不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「代わって欲しいか?今なら速攻で首切って、死ぬぐらい傷ついてるぜ。可哀想なガキだ。殺してやりてぇなァ……フフフフ」

 

「おやめ」

 

 

 糸を部屋の四方に不穏に走らせる男におつるは一喝した。

 

 周囲に殺意を持って当てもなく漂う糸は消えたものの、男に浮かぶ青筋は消えない。こいつは本当に気性が荒いねと、おつるは内心で独り言ちた。

 

 

「安心しろ、殺さねェさ。殺したらガキが本気で死ぬからな。それにおつるさんの電話を弟の生存の一報に流されて、浮かれ半分で後の内容を聞き流していたこいつもこいつだ」

 

「…あんたはあの子の何なんだい?」

 

 

 おつるがそう問えば、こちらを暫し見た後ガクンと男の体が弛緩した。

 そしてゆっくりと上がった顔の瞳に浮かぶ色は、先程の荒波とは違う穏やかな海の色。

 

 

「……あいつは、おれで………あれはあいつだ、おつるさん……」

 

「…!」

 

「黙ってるみたいでよかったが、万が一にも……ロシナンテに、おれが関わったことは言うなよ。あと、交渉通りおれの部下も回収して行く」

 

「……無理、し過ぎだよ」

 

 

 その言葉に男は無茶してねェよと笑い、席を立つ。

 

 おつるはその後ろ姿を見、どうしても追いかけることが出来なかった。

 触れたら崩れそうなほど、弱々しく見えたのだ。

 

 空中で掴むものを失い彷徨っていた手を握り締めれば、丁度電話が鳴った。センゴクからだ。

 

 

「…やっぱり本人と会っても、思い出せないみたいだよ……ロシナンテは」

 

 《………そうか》

 

 

 ロシナンテ少将は、つい数ヶ月前に瀕死の重傷を負った。

 彼をファミリーから抜けさせようと細工をしたのが、先程まで部屋にいた男、ドフラミンゴだ。

 

 ロシナンテは手術後幾ばくか精神的に混乱状態にあったものの、直ぐに調子を取り戻した。

 これなら身体的に傷があっても、大丈夫だろうと判断された。

 

 

 

 しかし、ロシナンテは兄の存在を忘れていた。

 

 一部ではない、生きてきた中の全ての兄の記憶を改竄していたのだ。

 

 

 

 _____兄上は、おれが8歳の時に磔にあって死んだよ。それで俺と父上だけが逃げられて、センゴクさんに助けられたんだ。

 

 

 

 _____ドンキホーテ・ドフラミンゴ?あぁ、俺を……撃った………

 

 

 

 事情を聞いていく中、終始兄は死んだとし、ドンキホーテ・ドフラミンゴという存在は兄ではない、ドンキホーテ海賊団の船長という別人であると認識していた。

 

 記憶改竄の中で幾つも浮かび上がる矛盾も、己の中で辻褄を勝手に合わせてしまっている。

 

 また無理やり兄だと言えば、脳が拒否反応を起こしているのか過呼吸を繰り返した。

 

 その後の検査で、精神が過度のストレスの中で壊れてしまったのだろうと、診断された。

 原因となったストレッサーは分かっていない。本人に確かめる術がないからだ。

 

 しかし恐らく兄を死んだとしていることから、そこに関連付いた何かが理由ではないかとされている。

 

 

 今のところ治療の方法はない。時間の経過と共に診ていくしかないのだ。

 

 

 

「………あの子言っていたんだよ」

 

 

 

 _____兄との思い出?………そう、いえば……俺、兄上におぶられてたんだ…。スゲェ優しかったんだぜ。……あれ、これいつのことだっけ…。

 

 

 

 おつるは歯を食い締めた。

 運命は、余りにも二人の兄弟に対し残酷だ。

 

 

 《……一先ずこの件はまた後だ》

 

「…そうだね」

 

 

 

 

 

 神妙な面持ちのまま部屋を出れば、近くの場所で男どもが群れをなしていた。

 その中に先程まで話題になっていたロシナンテの姿が……

 

 

 

「うっひょー!!ハンコック超美じ………イッテェ!!!」

 

 

 

 おつるは思い切り脛を蹴り飛ばし、痛みのあまり苦悶を浮かべるロシナンテを引っ張っていった。

 

 

「本当……人が真剣に悩んでるってのに………」

 

 

 

 

 そんなとある日の、朝の出来事だった。

 

 

 

 

 

 *****

 

【sideロー】

 

 

 

 

 

 _____コラさん

 

 

 

 

 

 何度も何度も、雪の中で撃たれた。

 

 

 

 どうして、どうしてなんだよ。

 コラさんはあんたのこと撃たなかったのに、何であんたはコラさんのこと撃ったんだよ。

 

 

 

 珀鉛病のせいでコラさんも悪者扱いされた。伝染病だと、殺せ殺せとずっと死神がつきまとう。

 おかしいじゃないか。死にそうなガキに、さらに殺せだなんて。

 

 人間は汚ェ生き物だと思っていた。

 

 

 でもコラさんは違った。ドフラミンゴも優しかったかもしれない。

 けどあいつは撃った、コラさんを撃った。

 

 

 何発も……何発も。

 

 

 今でも耳にその音が残っている。

 発砲音と、微かに感じた硝煙の匂い。それと箱の冷たさ。

 

 

 なぁ、何でだよ。あんなにコラさんはあんたのことを止めようと必死だったのに、殺すなんて酷いじゃないか。

 

 

 コラさんの気持ちを受け止めなかったのはあんたの方だ。

 自分の気持ちを押し付けて、苦しめようとしてたのはあんたの方だ。

 

 冷たさの後には血の匂いだ。コラさんの呻き声、そして直ぐに静寂が訪れる。

 

 

 

 何度泣いても、俺の声は届かなかった。

 喉が潰れても、血を吐いても、ただ雪の静寂が辺りを支配している。

 

 

 せめてコラさんの遺体だけでも俺が埋めてやりたかった。

 だけど……だけど、そのまま宝箱と共に連れて行かれて叶わなかった……!

 

 

 港に着いても涙が止まらなかった。鼻水も出てスゲェ汚かったろう。

 

 でも沸騰したみたいに頭が熱くて、胸が苦しかった。

 

 

 俺のせいで……コラさんが、死んだんだ。

 

 

 俺がコラさんを止めてれば、こんなことにならなかった。

 俺がファミリーに来ないで、死んでいれば……。

 

 

 

 _____いや、そんなこと考えるな。コラさんは俺の命を救ってくれた。こんなクソガキの俺に、自由に生きろと言ってくれた……!!

 

 

 

 

 

 運命は言っている。自分の道を歩めと。

 

 だからあの時、ファミリーの奴らが俺を置いて逃げて行ったんだろう。

 宝箱から出た時、海の彼方に見えた船には海軍の旗が掲げられていた。

 

 

 

 フラつきながら逃げた先で、自分の体を見やる。

 

 既に使い方は何となく分かった。鉛を取り出した体は、健康的とは行かないけど、きちんとした色を取り戻している。

 俺の病気は治ったんだ。

 

 

 

 ……コラさんの傷、治せたら……よかったのにな。

 

 

 

 涙が出る。でも、泣いてばかりじゃ前に進めない。

 俺は決めたんだ、俺の自由に生きるって。

 

 

 

 そして_____ドフラミンゴを倒す。

 

 

 

 あいつは弟を殺した。過ぎた愛は、毒になる。そんな愛を押し付けたまま、コラさんを苦しめ続けた。

 

 ……許せない。

 

 

 

 コラさんは俺の太陽だった。日陰でしか生きられなかった俺を、優しく照らしてくれた。

 

 だから月はいらない。優しさで隠した狂気を振りまく存在を、これ以上生かしておいちゃいけない。

 

 

 

 

 これは本懐だ。俺はコラさんの本懐を遂げるため、ドフラミンゴを倒す。

 

 

 

 

 血が滲む程手を握りしめ、空を見た。手には硬い感触。

 そういえばこれは、コラさんが最後に俺に託してくれたものだ。一先ずこれを…海軍に渡さなきゃな。

 

 燃えるような夕焼けに、血が滾る。

 

 

 

 

 

 進め。進め。

 

 

 

 

 

 

 

 向かう先は自由への一歩と、本懐への狼煙だ。




副題:サビを取ったら回り出す


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番外:疲労の上に蛇娘

主人公が30代後半ぐらいの時の話。

※本編と少し差異が出る可能性があるので予めご了承下さい。
若干恋愛要素…?有り。


 王下七武海に入ってから、会議にちょくちょく呼ばれる。

 

 弟を救ってくれたのはセンゴクさんだ。

 ロシーと父上を良くしてくれた事は感謝してもしきれない。

 

 ただおつるさんと違って、色々こちらの精神を抉ってくることが昔からままあるので、「さん」を付けるかはその場その場の心のリスペクト次第になる。

 

 そう思いながら座ってセンゴクさんを見ていると、睨んでいると思われたのか胃を抑えていた。

 

 

 おつるさんには怒られた、何故だ。

 

 

 内容は新興の海賊が___とか、財政が___とか、どうでもいい話ばかりだ。

 

 そんな話をする暇があったら、今の政府を作り直す発案の一つや二つしろ。

 あの豚どもをいつまで野放しにしとく気なのか。

 

 ジョーカーから昔聞いた国宝の件もあるので、手出しできないのは薄々分かっちゃいるが。

 

 

 

 欠伸をしながら隣を見る。右には鷹の目。ちゃんと話を聞いているのかと思ったら寝ている。

 イケメンが鼻ちょうちんを浮かべている様は中々愉快だ。

 

 左にはボア・ハンコック………ハンコック!?

 

 

(珍しい…)

 

『お前もそろそろ身を固めたらどうだ』

 

 

 あ、出たよお父さん発言。

 

 そのお父さん度はなんなの?おれもベビー5にあれこれ思ってるけど、にしても言い過ぎじゃね?

 いやでも、ベビー5はろくな男を引っ掛けた試しがないんだよな…。

 

 

(あんたに言われたくねェな……)

 

『テメェ枯れてんのか』

 

 

 青筋を立てて怒ってらっしゃる。怖いぜ本当。

 

 枯れてるわけじゃない、ただもう生まれてこのかた誰かに恋愛感情なんて抱いたことない。

 

 若い頃…つっても10代の頃だが、一夜限りの関係は何度かあった。

 恋愛の愛が何たるかを知ろうとしたが、結局何も抱けなかった。

 

 ただ己の人間性の欠如を自覚し、精神的ダメージに終わったのだ。

 

 

 

 今はというと盛んな年齢も過ぎてきたが、女性に獣めいた感情を持つことはある。おれだって一応男だ。

 だがそれをわざわざ女性にぶつけて発散させる気もない。

 

 

 おれは家族への愛と、ドス黒い感情のみで構成されている。

 

 

(……あれ待ってこれ枯れてる?いやいやいや、枯れてない。枯れてないから…!!)

 

『………』

 

 

 可哀想なものを見る目をすんなや。

 だがこれは本気でやばいかもしれない。

 

 生存本能捨ててるわ…、いやでも欲求だからムラッぐらいはする。発散させる気がないだけだから、だから断じて枯れてないから、うん。

 

 だからジョーカー、取り敢えずそのドラ●もんのような温かい目を止めようか。温かいを越して生温かい。それに催促の仕方が怖ェよ。

 

 

 

 そんなことを考えていれば目の前に大量の砂が舞った。おい隣に女性がいんのに乱闘かよ。

 

 

 仕方ないので自分の身は放ってモフモフをハンコックの方に投げた。

 サングラス越しなのであっちからすれば目なんて合わないだろうが、修羅の顔をしていた。

 

 そんな顔に周囲の海兵は見惚れていたが、やはり何とも思えない。

 いや美人だとは思うからね。そこらへんの感性は流石に死んでないから…。

 

 

 とりあえず嫌な顔はされたものの、ハンコックに砂が当たることはなかった。

 

 

 

 しかしおれは濡れネズミならぬ砂ネズミだ。目は大丈夫だが服の下に砂が入った、気色悪い。

 やった張本人はこの場だと一人しかいない。

 

 ぶっ殺すぞ、こんの爬虫類が。

 

 

 青筋を浮かべつつ乱闘の先を見てみれば、クロコダイルと鷹の目が睨み合っている。

 

 

 何?なんなの?テメェら血の気多過ぎだろ。おっさんが何一触即発してんだよ、ギックリになっても知らねェぞ。

 

 お、おれはまだねェけど…。

 

 

 血の気が多い元気なおっさんたちの喧嘩理由はものすごく些細なことだった。

 途中から呆れたので内容は覚えていないが、本当にくだらなかった。

 

 

 やられっぱなしはムカつくので糸を出そうとしたら、おれだけおつるさんに怒られた。

 おつるさんおれにだけ昔から冷たくない…?

 

 

 

 

 そんなこんなで会議は終了。

 

 

 センゴクさんが胃を抑えていたので、あとで胃に良い奴でも送ってやろう。

 

 おつるさんは良い子にしてたからと煎餅をくれた。

 本当におれの扱い方上手いなと思う。というか子供のように思われてる、まぁ別にいいが。

 

 

 

 廊下で服に未だ残った砂を散らしながら部屋に戻る。シャワー浴びて早く気色悪さを無くしたい。

 

 序でに今度鰐野郎と鷹の目に会ったら本気で殺す。

 

 

 替えは一応持っていたのでそいつを着た。

 緩い服とは違うスーツだ。大分前に着ていたものを思い出させるシンプルなデザイン。

 

 長い髪を犬のように首を振って水を飛ばし、動くのも面倒なのでジョーカーに体を任そうかと思ったら、ノック音がした。誰だよ、寝させろよ。

 

 

「妾じゃ」

 

 

 妾か、そうか帰れ。

 

 そう言ったら鍵は閉まっていたはずなのに扉が開いた。というか石化して吹っ飛んだ。

 蹴り飛ばすなよネーチャンさてはおやじ狩りか?おっさん金持ってないわ。

 

 

「フン、妾がわざわざ貴様のような軽薄な男の元にわざわざ来てやったというのに、なんじゃその態度は」

 

「………」

 

 

 わざわざが多いなネーチャン。

 おれ動きたくないモードなんだわ。別に鬱じゃないから、精神疲労で時折体が動かなくなるだけだから。

 

 

「この汚らしいモフモフを返しに来てやったぞ、香水クサくてかなわん」

 

 

 最早ハンコックの独壇場になっているおれの部屋。おれの部屋というか七武海専用に作られた来客部屋。

 

 もう好きに置いてっていいから、香水はおっさんだから色々気になるんだよバカ野郎。

 

 ハンコックはモフモフを投げた。

 いつも通りのうつ伏せの体勢で寝ているので顔は見えない。

 

 

 傍若無人な態度はかねがね噂で聞いてはいるが、それにしても荒過ぎないか?

 まぁ別に砂まみれのモフモフなんぞ捨てる気なのでどうでもいいと思っていたが、ある違和感が生まれた。

 

 

 砂の感触がない。

 

 

 砂を払って返すぐらいの優しさはあったのか。少し好感度は上がった。

 おれは子供と甘い人間には弱いからな。

 

 

 礼の一つでも言おうと思い体をのそりと上げて振り返れば、あっちの肩が跳ねる。

 

 何もしないから、どうせ枯れてる枯れてない以前に色事に興味ないおっさんだから、だから技の構えすんなや。

 

 

「何もしねェよ」

 

「…貴様の能力は知っておる。警戒するのは当たり前じゃ」

 

「……はぁ、そうかい。とりあえずありがとよ」

 

 

 だっるい。

 そんな感情に塗れながらいつも通りのスマイルで対処して、再度ベッドに肢体を埋めた。

 

 

「…のう、そなたは…」

 

「早よ行け」

 

 

 だが出て行く気配はない。もう面倒だと糸を出そうとした時震えるような声が聞こえた。

 

 

「……もう、10年近い前の話じゃ。フィッシャー・タイガーが起こした事件は知っておるか?」

 

「知らねェな」

 

「…マリージョアから奴隷を解放した事件じゃ」

 

 

 そんなこともあったような気がする。それより眠いんだが。

 

 

 

「長年かけて調べた情報じゃが………あの時、フィッシャー・タイガーが危うくなった瞬間、まるで神の仕業のように道が拓けたらしい。ほんの一部の人間じゃが、拓けた道におった人間の側に煌めく何かを見たそうじゃ。

 

 例えるならそれはまるで___糸のようだったと」

 

 

「……」

 

「糸……ドフラミンゴ、そなたの能力は…」

 

「…フッフッフ!」

 

 

 指を動かし、恐らくおれの顔に触れようとしているハンコックの手を操って、動きを止める。

 

 

「のう、そなたは……」

 

「これ以上いると食っちまうぞ、蛇娘」

 

 

 そう言って体を上げる。緩慢な動きは仕方がない。サングラスを掛けて、覇王色を使い睨めつければ彼女は息を飲んだ。

 だが倒れはしない、あちらも同じ覇王色の持ち主だ。

 

 糸を解いてハンコックの横を通り過ぎる。覇王色を使ったので周囲がざわついている。

 クソ面倒くせェ。

 

 

 大きめの窓に足をかけ、宙に身を任せた。

 

 

 

 空中を移動しながら帰路に就く。

 休めたもんじゃない全く、体が怠いっつーのに。

 

 

 

「……ありがとう」

 

 

 

 

 そんな声は聞こえないことにして、おれは空を駆けた。

 

 

 

 

 

 …にしても美少女だとは思ったが、あそこまで美しくなるとは思わなかった。

 将来いい男を見つけるだろう。

 

 

 まぁ、あの傍若無人を緩和出来ればの話だが。




次回三章突入。個人的に一番鬱い章になりそうです。
推しのモネちゃんを漸く出せる…。


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第三章「星」
姉妹


主人公、モネシュガ姉妹と出会う。

※アングラ要素多いので、苦手な方ご注意下さい。


 裏切ったコラソンの報復後、ファミリーは数日帰って来ぬ船長に言い知れぬ不安を抱いていた。

 

 

 しかし無事だと電話があったのも束の間、途中で連絡が途絶えた。

 何かあったのかもしれない。

 

 船長に代わり現在指揮を執るトレーボルが、連絡の切れた位置へと救出に向かおうと打ち出した所で、唐突に船長が帰還した。

 両腕には少女二人が抱えられていた。

 

 コンマ数秒で気付き、走り寄ったのはベビー5。大泣きだ。

 

 

「わがざま゛のバカアアアアアアァァァァァ!!!!」

 

 

 脚にタックルされ抱き着かれたドフラミンゴは苦笑しつつ、その頭を撫でた。

 

 いつも通りの船長の姿に船員は安堵の息を漏らす。

 しかしその後話すここ数日の出来事に、ベビー5が再度大泣きすることになる。

 

 手に持っている少女二人は、帰宅中にどうやら拾ったらしい。

 

 

 船員が一丸となり「あ、この人やらかす時コラソン以上だわ」と、思った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 -----

 おれがおつるさんの船からスパイダーマイルズへ戻る途中のことだった。

 

 

 精神的に眠って少し落ち着いたおれは、ジョーカーと代わり空を駆けていた。交代した奴は直ぐに消えたので寝たのだろう。

 

 夜だった景色も、もう日が昇り昼時に近い。

 

 これなら感覚的にあと半日で着くかと思った所で、天候が宜しくなくなった。

 ファミリーに掛けていた電話を慌てて切り、近くの島に上陸し雨が過ぎ去るのを待った。

 

 

 その間一服でもしようかと立ち寄った街中。

 

 

 見知らぬ顔だからか、おれの顔を遠くから見る人間が多い。

 

 何なんだと思っていた時、突如路地裏から現れた手がおれの腕を掴もうとした。

 

 うっかり糸で切ろうとすれば、緑色のウエーブした長い髪の少女がいた。

「こっちよ」と口パクだけで、ひたすら服を引っ張る。

 

 娼婦はお断りだと思ったものの、どうしても引き剥がせなかった。

 

 何かあると、おれの勘が告げていた。

 

 そして辿り着いたのはスラムのような場所。既視感を感じたが、子供の頃住んでいた場所と似ているのだと理解した途端、自然と眉間に皺が寄った。

 

 

「…何のつもりだ。娼婦じゃないんだろ、お前」

 

「しょう……」

 

 

 遠慮なく言い過ぎた。顔を真っ赤にして立ち止まった少女に謝りつつ、先を促す。

 

 着いた場所は見世物小屋だった。

 

 集客目的の宣伝が、外にあるスピーカーを伝って流れる。「お代は見てから」だそうだ。道中人は疎らだったが、小屋の前には蟻のようにちらほらと列が並んでいる。

 

 どこかそこだけ切り取られたようなレトロさに、倒錯したものを感じた。時代から取り残された古さというより、ここだけ別次元のような、そんな不思議さ。

 

 

「…見ろってことか?」

 

「えぇ。私はここで助手してるの」

 

 

 ほぉーと言いつつ、中に入る。入口が小さく一瞬首をぶつけるとこだったが避ける。意外に内は広かった。

 おれが普通に立っても天井に頭がぶつからない。

 

 それより突然現れた大男に周囲がざわついている。

 

 この街は閉鎖的な部分があるのかもしれない。街の雰囲気を見てもそう感じた。デカい人間自体中々お目にかからないようだ。

 

 後ろに立ち、出し物を見る。奴隷売買の場所には何度も行ったことがあるが、こういった場所を訪れたことは無い。雰囲気は割と好みだ。

 

 

 最初に出て来たのは四つ足の女。次に出て来たのは顔の二つある男。

 全て奇形ばかりだ。だが最後に出て来たのは、ベビー5より少し小さいと思われる少女。

 

 グレープを指に刺しながら壇上の真ん中まで歩き、助手が用意した椅子に座った。口には紫っぽい果汁が付着しており、舐めとる姿がやけに目に付いた。

 

 少女は喋らないが、助手が内容を説明する。

 

 

 概要は、この少女は神に選ばれし…云々。

 

 成る程、宗教的商法か。面白いじゃないか。

 

 少女には人間をオモチャにする能力があるらしい……というかそれ悪魔の実の能力じゃないか?

 もし本当に出来るのだったら。

 

 案の定本当に手を上げた前の女が、オモチャにされた。少女の思うままに操作される。

 どこかおれの能力に似ていると感じた。

 

 

 終わった後、金を払い外に出た。気を抜いていたせいで思い切り首を強打したが気にしない。気にしたら終わりだ。

 

 痛む喉を抑え立っていれば、そこにはおれをここまで連れて来た少女がいた。

 

 

「ふふ…ドジなのね」

 

「ドジ………目的は何だ」

 

「そうね…」

 

 

 こんな所にいるのが場違いなくらい、綺麗な少女だ。能力者の少女も可愛いらしい。

 親にでも売り飛ばされたのだろうか、それにしても能力者が何故こんな所にいるのか。

 

 

「…こっちに来て」

 

「?」

 

 

 腕を引かれて、更に奥へと連れられて行く。最早ヤクに溺れて倒れている人間もいない。

 着いてみれば、高い建物の間に挟まるように一軒の家があった。最早倒壊しそうなボロさだ。

 

 

「ここで話すわ。頭ぶつけないでね」

 

「うお」

 

 

 寸での所で避けた。

 やっぱ視界に違和感がある。ジョーカーの左目だからか?慣れるまでには時間がかかりそうだ…。見世物小屋と違って中も狭い。

 

 …これおれ立ったら屋根から顔覗くんじゃないか?そう思うほど高さが低い。

 

 通されたのは居間。そこにはグレープを頬張る少女がいた。というか例の少女だった。

 

 急に知らない男が来たためか、威嚇するようにおれを睨め付ける。助手が居る方の部屋の隅に寄り、歯を剥き出しにした。人間というより犬っぽい。

 

 

「もう寝なさい、シュガー」

 

「………」

 

 

 手招きにした助手の膝の上に、能力者の少女___シュガーと呼ばれる少女は姿勢を低くした体勢のまま移動する。見事な匍匐前進だった。

 

 そのまま髪を梳かれたシュガーは、助手の膝の上で寝始めた。

 

 

「…寝たわね」

 

「いい加減要件を言え。じゃないと帰るぞ、もう雨も止んで来た」

 

「…貴方、海賊か商船の人?」

 

「だったら何だ」

 

「やっぱり…海の匂いがしたから……」

 

 

 ずっと海の上を飛んでたんだ、当たり前だ。

 しかし商船……港には一隻も船なんぞなかったがな。流石に小舟くらいはあったが。

 

 

「…貴方にお願いがあるの」

 

「あ?」

 

 

 

 

 

 _____妹を、この街から連れ出して欲しいの。

 

 

 

 

 

 -----

 

 おれを見世物小屋まで連れて来た少女はモネと言うらしい。シュガーは妹だそうだ。

 

 親の借金のカタで売られたと聞いた。ここに来る前は奴隷だったとも。

 天竜人ではないが、妹のシュガーは主人の遊びで悪魔の実を食わされたらしい。

 

 

 この街は言うなれば薄暗い取引が行われる街で、地理的にも、政府の目が届き難い点も、この街の闇を助長させているそうだ。

 

 

 少女たちを飼っていた男は、しかし浅薄だった。

 何の実を食わせたのか、その能力が何なのかを知らなかった。

 

 オモチャにされた主人を操り、奴隷を積む商船に潜んでこの街まで辿り着いたのだと聞いた。

 

 だから港に船が一隻も無かったのだろう。厳しく取り締まっているのだ。何たって、島の中は薄暗い取引のオンパレードだからな。

 

 

 シュガーはオモチャになった男を、最後は粉々に粉砕し燃やしたと言っていたが、その歳で中々にスプラッタな事をする。

 

 しかし男にとっては然るべき…いや、もっと凄惨に殺されるべきだったろう。

 

 二人はその後路頭に迷い、見世物小屋に拾われたそうだ。

 少女の能力を使い街の連中を全員従えればとも思ったが、どうやらそう上手くいかないらしい。

 

 

 能力の強さ故、体の負荷が大き過ぎるとモネは言う。

 

 実を食べたのは半年程前らしいが、それ以降妹の成長が止まってしまったそうだ。

 それと一回使っただけで、その後強烈な睡魔に襲われるとも。

 

 

 恐らく年を取れば違うだろうが、確かに10歳のガキにはきついのだろう。

 今は生計を立てるため、1日少ししか使えない能力を利用するのが得策だと、モネは判断したらしい。

 

 シュガー自体もすごいが、姉のモネも強い女性だ。

 

 想い合う姉妹、おれには成せなかった光景だ。眩しく感じた。

 

 

 眉間を揉んでいれば、モネが心配そうに見つめる。

 少女たちの現状はかなり危ういのだろう。だって見ず知らずの厳つい男に頼むくらいだぞ。

 

 

 

「私……聞いてしまったの。座長が妹の事を売ろうとしているって。今小屋が儲かっているのはシュガーのおかげなのに…あいつ、許せない……」

 

「………」

 

「だから売られる前に、貴方に妹を___シュガーを連れて行って欲しいの。貴方ならきっと…大丈夫だと思ったから」

 

「海賊に言うことかよ…」

 

「ふふ……こんな綺麗な目をした海賊の人もいるのね」

 

「………」

 

 

 また目か。おれの目……というかオッドアイじゃないか。

 

 

「オッドアイも高く売れそうよね…みんな目の色変えて見てたわ」

 

「あぁ、だから街の奴ら…やたらおれのこと見てたのか」

 

 

 最初は珍しい島への訪問者に驚いているのかと思っていたが、アレは商品を値踏みする目だ。

 若干よだった寒気。流石に自分がそういった目で見られんのは不快だな。

 

 

「というかお前も来ないのか、モネ」

 

「……え?」

 

「…ん?姉妹だろ、一緒に居たいのは当たり前じゃないのか?」

 

「……妹だけ、助かればいいと思ってたから………」

 

 

 要するに自分の事は頭になかったらしい。おれと似ている。

 

 だからモネは似た雰囲気を持つおれのことに気付いたのかもしれない。おれもブラコンだしな、ブラコン……。

 

 自分で言っといて、傷が抉れそうだ。考えないようにしよう。自己防衛も大切な事学んだんだぜ…。

 

 

「フフフ、盗むならセットの方がいいだろ?」

 

「……!」

 

 

 いじらしく笑い少女の頰に手を添えれば、モネは顔を真っ赤にした。

 

 娼婦の件もそうだが、男に耐性がないのだろうか。悪い事をした。手を離そうとすればアイドルの握手会の如くガッツリと両腕を掴まれる。

 

 

 …ん?

 

 

「わ、私……貴方に着いて行きます!!お供させて下さい…!!」

 

「お、おぉ………近い」

 

 

 目がキラキラしている。これアレじゃないか。あの知り合いの天竜人がよく浮かべる目だ。

 おれは神聖な者じゃねぇぞ。血泥の中歩いて溺れてるような奴だぞ。

 

 …というかお前はトレーボルか!近いわ!!

 

 

 逃げを打って立ち上がれば、脛に衝撃が走った。突然走った痛みに、呻きながら床に手を付ける。

 

 顔を上げて見れば、そこには目を擦りながら何か鋭利なものを持っているシュガーの姿が……

 

 

 …血に濡れた包丁。

 

 

 引き攣る顔を堪えながら患部を見た。大分血が出ている。

 

 

「おねーちゃんに手を出した殺す」

 

「やめなさいシュガー!!」

 

 

 包丁を振り回す妹と、後ろから必死に羽交い締めする姉。

 

 分かるぜ…。おれもロシーが………………いかん、この流れはマズイ。

 …さっきから地雷ばっかり踏んでるな。

 

 

 そして何とか誤解が解け、さっきの狂気っぷりは何処に行ったのか。シュガーはおれの膝の上にちょこんと座っている。

 

 自分が刺した所を治療してくれる優しさがあってよかったぜ…いや、良かったのか…?

 

 そんなシュガーだが、ひたすら餌付け……というかグレープをおれの口に押し込んでくる。

 この家の半分以上の出費……グレープなんじゃないか?

 

 そう思う程ひたすら食っている。

 

 

「おじさんはグレープ好き?わたしは大好きよ!」

 

「…ひょっと、手……ほめろ」

 

「ホメろ?おじさんエライエライ!」

 

 

 うん、違う。というか2秒に1個のペースで口に詰めてくるんだが……恐ろしい事に、シュガーはおれの口に運ぶのと同時に、もう片方の手で自分も食べている。

 

 しかもペースはおれの口に運ぶのと同じだ。

 

 だが頰がリス状態になってきたので、流石にやめさせた。

 不服そうに頰を膨らませているがな、同じのばっか食べてると気持ち悪くなんだよ。美味しいのだろうが。

 

 

 不意に光が見えたと思い窓を見れば、天候も落ち着いたのか灰色の雲から日が差している。

 そう言えばモネが居間から離れたきり、帰って来ない。

 

 どうしたんだと問えば、シュガーが口を開く。

 

 

「多分、座長の奴に旅に出ますとか、そういう風なこと言いに言ってるんだと思う」

 

「……は?」

 

「おねーちゃん真面目だから」

 

 

 いや、確かに家でビン底眼鏡付けてたの見て、真面目な奴なのかとは思ったが。若干センスにジョーカーと似たものを感じる。

 真面目というか真面目過ぎてバカなのだろうか。確実に捕まるだろ、それを餌にしてシュガーを……。

 

 ため息を吐く。予想していなかったおれにも責任がある。

 

 いいぜ行こう。モネに怪我の一つでもさせていたら殺す。

 

 シュガーを腕に持ったら、不機嫌そうな顔をし胸板を結構な力で叩かれたので肩車した。一瞬肺の中の息が変な音を立てて外に漏れ出た。

 

 思った以上に力強いぞこの少女。

 

 

 

 

 だがまぁ…、大分おれもこの姉妹に感情移入してしまっているなと思いながら、見世物小屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 見世物小屋にて。

 

 

 

 座長に捕らえられたモネは、頭から血を流していた。

 

 この街を離れると告げ、出ようとした後背後を殴られたのだ。

 

 座長はニヤニヤ笑いながら、濁った目で少女の肢体を吟味するように眺める。

 その粘着質な目にモネは顔を歪め、あの男とは大違いだと思った。

 

 

 

 初めて路地裏からその姿を見た時、それだけで周囲の人間とは違うと己の本能が告げたのだ。

 そしてこの人なら妹をと、自分の無力さに嘆いていた少女は、一歩を踏み出した。

 

 まさか自分が一緒にとは思いもしなかったけれど、こうなった今最後にいい夢を見られて良かったと、目を瞑る。

 

 

 瞼の裏に映るのは妹の姿。親に売られた後の人生は悲惨の一言だった。

 それを二人で歩んで来れたのは幸運だったのだと思う。だって欠けずに、一緒にここまで来れたのだから。

 

 例えその間で自分が汚れる事があっても、妹の笑顔を守れればそれで良かったのだ。

 

 純粋な部分とかけ離れた一面を持つもう一人の本性が、「疲れたね」と呟く。

 

 

 疲れた、つかれた。

 ちょっとだけ、らくに なりたい

 

 

 視界が少しずつ濁っていく。

 

 

 

 

 きっとあの人___あの方なら妹を地獄から救ってくださるだろう。

 

 

 それは確信だった。

 

 

 耳に響くのは鋭い刃物の音。

 続く言葉は己の四肢を切って見世物にしようと企む、男の汚らしい声。

 

 

 

 _____いやだ、見世物になるなんて。

 

 

 

(いや、いやだ、い、いや、いや……やぁ、い や……)

 

 

 

 頭の中から泥が出て来る錯覚さえする。ぐちゃぐちゃになる思考の中で、自由を求め舌を噛み切ろうとした。

 ただひたすら、今の苦しみから逃れたかった。

 

 

 

 

 

 その瞬間、空を切るような音。

 

 続いて真っ二つに彼女の居た場所が割れた。座長の体も頭と体が分離している。

 

 いや違う、割れたんじゃない。何かに切られたのだと思考が追いついた時、目の前にいるのは血の雨の中佇むあの方の姿だった。

 

 あ、汚い血で汚れてしまう。

 

 

 先ほどの黒い考えが嘘のように消え、モネは己の袖を使い咄嗟に血で汚れる男の頰を拭おうとした。

 

 しかし伸ばした手は止められ、怪我はないかと尋ねられる。

 頭にあった傷を隠そうとすれば、男はその患部を見た。

 

 

「…何で隠そうとすんだよ」

 

「……反射的に…」

 

 

 モゴモゴと口を動かす少女にため息一つ吐き、男は笑った。

 その笑顔は月のようなものだった。明るい月光のような優しさの裏に、暗い夜を隠している。

 

 

 

 

 

 _____何て、美しくて…脆い人なのだろう。

 

 

 

 

 

 震える手を伸ばしサングラスを取った。驚くような声が聞こえたが、それさえ聞こえない程陶酔した感覚に陥っている。

 触れた目尻、色の違う瞳は神秘的だ。

 

 

 海の色を持つ右と、血に染まった左。

 

 

「_____モネ?」

 

「……!あ、ごめんなさい…!!」

 

 

 つい至近距離まで寄っていた。吐息の掛かる近さに驚き、そのまま腕の中から落ちそうになる。

 だが落ちることなくしっかりキャッチされた。

 

 その時聞こえた笑い声。見れば男の肩の上でシュガーがニヤニヤしているではないか。

 

 

「おねーちゃんにもとうとう春が……」

 

「ち、ちち、違うわよ…!!」

 

 

 そこから始まった姉妹喧嘩に挟まれた男は、ため息を吐きながら帰路の道を辿ることにした。

 

 人数的に長時間掴まっている側も飛ぶ側も大変なので、道中休憩しつつ三人はアジトであるスパイダーマイルズへ向かう。

 

 

 着く頃には二人とも疲労で寝てしまうのだが、数日帰らなかった旨を話した後、ファミリーにいつの間に妻子が出来ていたのだと勘違いされることになるのを、男はまだ知らない。




主人公(おれ)
身内には甘い、打倒天竜人。姉妹回収。弟関連の思考にダメージ過多、逃げる事も学んだ。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。スヤァからの驚愕(姉妹とジョーカーの出会いとは違う)。

モネ
若教入信者第3号。神経衰弱。若様……。

シュガー
滲み出るドSと狂気。シスコン。


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番外:嵐が来る

ほぼ本編な番外。シュガーの狂気の所以と不安定なモネちゃんの話。微々甘。
モネちゃん可愛い…………。モネちゃんの羽に包まれたい……。

この後の三章はうっ…な暗さが終わりまで続きます。


 《今夜は嵐になると_____》

 

 

 ガタガタと揺れる窓。珍しくハリケーンが来るらしい。この天候のせいで今日の取引は延期になった。仲間も予定が無くなったため、自由に過ごせと言ったら大半がトレーニングだ。

 もう少しは休めよ…。

 

 

 おれはおれで他に書き物もあったので羽ペンを走らせていれば、ノック音がした。許可し、誰かと思い顔を上げてみればモネだった。

 

 

「どうした?」

 

「あ、あの……若さ…」

 

 

 様子がおかしい。何かに怯えているような状態だ。とりあえず書類は後にし席を立つ。

 

 いつの間にか雲が育っていたのか、部屋はかなり暗くなっている。電気を点けようと糸を伸ばした所で、一筋の光線が天から落ちた。

 

 

「お、雷……」

 

「〜〜〜っ!!」

 

 

 兎のように跳ね転けそうになったモネを掴めば、目尻に涙が浮かんでいた。

 

 一先ず雷が怖いという事は分かった。明かりを点け、序でにカーテンも閉じる。曇りの日特有の部屋の鈍い明るさになったのを確認して、先程座っていた椅子の上に乗せた。

 

 呼吸が浅い。おいマジか、過呼吸になりかけか。

 

 

「ゆっくり息を吐け、大丈夫だから」

 

「ふっ……ううっ……」

 

 

 背中をさすって、巻き毛だが柔らかい髪を撫でる。モネが椅子、おれが地べたに座った状態で漸く同じ目線だ。こんな時に身長差を感じる。

 

 大分落ち着いて来た頃合いを見計らい、水を持って来ようと立つ。生憎コラソンの時の名残で、液体類は置いていない。

 

 あいつがマジで何度やらか…………うんダメだ忘れろ、精神衛生。

 

 

「ちょっと待ってろ、水持って来る」

 

「わ、わかさ、待っ………わ、分かり、まし…た…」

 

「…大丈夫か?」

 

 

 顔が青い状態で慌てて大丈夫と言う。絶対大丈夫じゃないだろ。

 

 影騎糸に持って来させモネにコップを渡したが、震えのせいで水が飛び散る。支えようと手を伸ばしたが遅く、思い切りデスクの上に水が舞った。

 

 書いたばかりのインクが滲む。コラソンと比べりゃよっぽどマシ……だから精神衛生な。

 

 

「あ…」

 

「大丈夫だ、気にすんな」

 

 

 あぁ…でも拭くものないか。確かおれの替えのシャツがそこらに……ん、んん?

 モネが上を脱ぎ出し……

 

 

「…!?ど、どうした?落ち着け」

 

「で、でも拭か、拭かなく…ふ、か」

 

「……」

 

 

 慌てて手を止めさせたが、ビックリしたわ。

 

 拾って数週間が経ち薄々感じてはいたが、モネは時折精神的に落ちる事がある。

今はそれが苦手な雷と重なり、余計不安定になっているのだろう。

 

 シュガーが時折ベッタリとモネに張り付いている事があったが、こういう事だったのか…。

 

 優しく手を掴み、彼女の膝の上に置かせる。瞳の奥は風に吹かれた蝋燭の炎ようにゆらゆらと揺れていて、まるで心の底を映しているようだ。

 

 

「深呼吸してみろ」

 

「……」

 

「じゃあ一緒にしてみるか」

 

 

 そう言えば小さく頷いた。真似てみろと言えば同じように繰り返す。数分行い少し血色の戻った肌に息を吐き、糸で近くにまで持って来ていたコートを頭から身体全体を覆うように被せた。

 

 そのまま握っていた白くしなやかな手を、柔くマッサージする。

 

 

「あった…かい」

 

「ここらは寒いからな。後でジョーラ………やっぱりベビー5と服でも買いに行って来い。シュガーは平気そうだけどな」

 

「ふふ…シュガーは、昔から…体温高いの」

 

 

 漸く笑った。そのままモネはおれの手を握り返した。おれの方が体温が高いと思ったが、ほぼ同じくらいで驚く。

そういや自分も元々低体温だった。

 

 

「若様は、心があったかいのね」

 

「フフフ、家族にはな」

 

「か、ぞく……」

 

「お前も家族だよ、モネ」

 

 

 彼女は溢れんばかりに目を見開く。勿論シュガーもなと続けて、モフモフに隠れて見え難くなっていた顔が見えやすいよう、手で退かす。

 

 

「大黒柱が若様…」

 

「フ、フフフ…大黒柱…」

 

 

 真剣な所悪いがツボった。抑えきれなくなりそうなのを堪えながら聞く。だがトレーボルの所で危うくなった。

 

 

「親戚の…おじさん」

 

 

 突然家族の枠から外れた。何故突如外れたのか。若干ツボがおかしい気がするがいい。

 

 

「若様は…よくお笑いになるのね」

 

「フフ…ん?まぁな、笑っておいた方が人生マシだろ」

 

「……」

 

 

 笑っていた方が幸せは来るんだ。母上が歌っていた子守唄の歌詞にあった。

 それに暗闇の中笑わないで歩いていたら気をおかしくしそうだ。

 

 

「だからって無理して笑うなよ?自然でいい」

 

「…自然、に…」

 

「スマイル」

 

「スミャ……」

 

 

 スマイルと繰り返そうとしたモネの頰を引っ張る。感触が餅だ。

 

 

「わ、わかしゃま」

 

「フフフフ!」

 

 

 あ、これセクハラで訴えられたらおれに勝ち目ないなと思いつつ、じゃれ合う。最近ベビー5が素っ気なくなって来たのを思い出すと辛い。構ってくれる相手がいないのだ。

 

 デリンジャーもジョーラにベッタリ気味で来ない。

 脇腹を擽れば普通に笑った。

 

 

「ふ、ふふ、ず、ズルいわ…!」

 

「やり返すなとは言ってないだろ?」

 

 

 カーン!と、ゴングの鳴る音がした。モネの瞳から反撃の意志がよく読み取れる。ごめん流石にやり過ぎた。でもおれはそんなに弱くないぜ。

 

 来る攻撃を躱していく。これ以上の手出しはしない。モネの本気度から見てちょっとおれも反省してる。

 

 

「わ、若様速い…!!」

 

「頑張れ頑張れ」

 

 

 最早仕事云々、精神云々ではなくなっている。まぁ楽しいのでいいかと思い、後方に退けば壁にぶつかり驚く。尚も猛追が来るので横に避けようとし…何かに触れられた。

 

 は?と思い下を見れば、扉の隙間からにゅっと手が出ている。Ohホラーと言いかけモネの言葉で腕の正体が分かった。まぁその前に、触られたところが紫の果汁で染まっていたから分かったけれども。

 

 

「シュガー!」

 

「…おねーちゃん」

 

 

 視界がぐんぐん小さくなっていく。オモチャにされたと認識したのも束の間、少女の手に捕まった。おれをそのままモネに渡している。というか若干シュガーがわきわきしている。

 

 

「大人げない若様!」

 

「…?」

 

 

 モネが何故かおれを見ても気付かない。目の前で船長が妹に能力行使されたんだぞ。もう少し驚いてくれよ。別に捨て身でおれもなりに行ったわけじゃないが。

 

 

「これ…誰?」

 

「…!」

 

 

 ん?どういう事だ?もしかしてオモチャにされた奴の記憶は周囲から消えるのか?シュガーは心当たりがあるのか、姉の反応に少し驚いたもののすぐに戻った。詳しく調べないとな。

 

 というか能力を解除してくれ。

 

 

 自分の容姿を見ればフラミンゴだった、まんまかよ。サングラスが呪いのように付いていたので思わず笑った…が、声が鳥である。クエって何だ。サイズもモネの両手にピッタリ収まるほどの大きさになっている。

 

 羽をばたつかせて戻せアピールをしてもシュガーはニヤニヤしたままだ。

 

 

「おねーちゃん、今日は嵐だから一緒に寝よ」

 

「え、えぇ」

 

 

 待て待て、おれの意思を尊重してくれ。モネもおれを抱きしめるな、後で後悔するのはお互いさまなんだぞ。

 

 しかし虚しくも連行された。姉妹共同の部屋だが普通におれが寝たら足半分が地面に落ちそうだ。今は大きく感じるが。

 

 

「クエッ!」

 

「ふふふ、ふふふふふ」

 

 

 シュガーがいやーな笑みを浮かべている。お前船長にこんなことしたら、後でグラディウス辺りにシメられるぞ。

 

 

「若様いいのかな〜」

 

「ク、クエ…!」

 

 

 見せて来たのは擽っている時の写真。撮り主の悪意なのか何なのか、おれがモネを襲ってるように見え……ない、見えないぞ絶対…!

 

 だが自己暗示はものの数秒で失敗に終わる。

 

 

「若様…おねーちゃんの心をもてあそんで……責任取ってよね……じゃないと…」

 

 

 嘴で取ろうと思ったが避けられた上、風呂上がりのモネに捕まった。待って待ってジョーカー助けて。

 

 

 

 …………。

 

 

 

 こういう時起きて来ないよなあんた!!

 

 

「クエーー!!クエッ!」

 

「…そう言えばシュガー、この人誰か聞いてなかったけど…」

 

「おねーちゃんの恋人!」

 

「…え?」

 

「記憶が無いからおねーちゃん分からないんだよ」

 

 

 それになるほどと首を縦に振る。振っちゃダメだって、マズイって。とは言ってもモネに疑問というワードはこれ以上出て来まい。

 

 シュガーが自分を危険に晒すはずがないという無意識下の思考がモネにはある。故にこの人形___即ちおれ、モネからしてみれば見ず知らずのオモチャでも、警戒心が薄いのだ。

 

 確かに傷付けないが、おれダメだと思うんだこういうの。

 

 そう思っていればモネが離れた所を見計らってシュガーが近付いて来た。

 

 

「おねーちゃん若様のこと好きだから…」

 

「クエェー…」

 

 

 違う、アレは信仰心の目なんだよ…。だが言葉は伝わらない。本格的に嵐が来たのか、壁に叩きつける雨音と、雷の音がする。

 

 モネもどうやらまた気分を悪くしたようで毛布を被って震え出した。

 心配の色を含めて見つめていれば、シュガーがポツリと零す。

 

 

「…私は覚えてないけど、私たちが売られた時も、こんな日だったんだって」

 

「クエ…」

 

 

 船に揺られて、着けば奴隷の競り場。服を脱がされるのは基本だが、場合によってはどこの出か分かるように身体に烙印を押される。

 

 

「私は本当に小さくて押せる場所がなかったからされなかったの。でも、おねーちゃんにはあるんだ」

 

 

 そう言いシュガーが自分の身体で示した場所は、丁度背中の中央より少し上の位置。見覚えのある蹄の形を思い出し吐き気がした。だがクエしか出ない。どうにかならないのかこの声、真剣に考えているというのに。

 

 

「痛くて、怖くて、それでも私をぎゅうって抱きしめて、守ってくれた。私は…おねーちゃんを虐める奴は全員殺すよ。絶対に、何をしてでも」

 

「……クエ」

 

「若様何言ってるか分かんない」

 

 

 おい、お前が言っちゃダメだろ。誰のせいでこんな姿になっていると…。

 

 

「私は、おねーちゃんを幸せにするんだ。恩返しするの」

 

 

 話した事は内緒ねと言い、シュガーはモネの元に戻った。姉を守るのだとシュガーが語ったように、モネも妹を守って生きて来たのだろう。

 

 精神的に不安定な事があるのも、おれの知らない…それこそシュガーも知らない過去の出来事が起因しているのだろうか。

 

 

 詮索はしないが、かなりセンシティブに扱わなければなるまい。ファミリーにも…特にトレーボルとデリンジャー辺りにはグイグイ来ないよう言っておくか。

 

 …おれももう少し気を付けよう。

 

 

 

 そしてそのまま夜、モネに抱き枕にされていた。しかし急に視界が変わったと思えば戻っている。おれの腹の上辺りにモネが、胸板辺りにシュガーがいる。というか少女に関してはぱっちり目を開けている。

 

 

「ふふふふ」

 

「ふふじゃねェぞ、モネに怒られてもしらねェぞ」

 

「私も…」

 

「?」

 

「私も、夜に…まど、ガンガンするのは……こわい」

 

「…しょうがねェな、今回だけだぞ。次からはジョーラかベビー5に頼めよ」

 

「うん。ありがと、わかさま…」

 

 

 ……結局、心の強いものは少ないという事だろう。いや、強いがそれ以上に社会が彼らを不当に扱い、社会の枠内から省いているんだ。

 理不尽で、傲慢な世界。フフフ…本当に、…要らねェなぁ。

 

 

「おやすみ、な……しゃい」

 

「あぁ、おやすみ」

 

 

 そう言った瞬間シュガーは眠りに落ちた。眠かったんだろうな、ずっと。

 頰を触ればやはり餅だ。…というかおれが眠れない。

 

 

『……何がどうなってる』

 

「あ」

 

 

 起きるの遅い。そう思ったが言いはしなかった。

 

 

(見ての通りだ)

 

『……まぁいい』

 

 

 ん?ちょっと察したみたいな顔してるけどアレだぜ?手は出してないからな?ちょっと現行犯逮捕を免れないシーンはあったが、あれは許してくれ。子供たちが誰も構ってくれないんだ。

 

 

『お前を気遣ってんだろ。隈も酷いしな』

 

「………」

 

『考え事やめて目を瞑ってみろ』

 

「あ?……目ェ瞑って、そんで考えるの、や……」

 

 

 

 

 _____ぐぅ。

 

 

 

 

 そのまま寝た。相当疲れていたらしい。

 二人の心音が温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌朝。

 

 

 

「んっ……」

 

 

 モネが目を覚まし肢体を起こせば、固い感触。それが腹筋だと気付き、寝起きで視界が霞む目を擦りながら上に視線を逸らしていけば、シュガーが涎を垂らして黒いシャツを汚している。

 

 黒い……?

 

 

 ドッと出る何か分からない汗を拭き、腹辺りまで捲れていた黒シャツをそっと戻す。というか少し甘めな香水を使うのは一人しかいない。普段よりもさらに近いせいか、余計甘く感じる。

 彼女は無意識に唾を飲み込んだ。

 

 

 シュガーの更に上に視線を巡らせれば、行き場を無くしたサングラスがベッドの隅に落ちている。寝ている内に取れたのだろう。閉じられた瞼には長めの睫毛。体格には些か合わない、小さな呼吸音も感じる。

 

 

「……ふわわっ」

 

 

 一気に頭の天辺まで熱が昇る。何が何だか分からないほど混乱している。

 

 取り敢えず離れねばと中途半端に起き上がっていた身体を起こそうとし、しかしがっしりとした感触に阻まれた。

 

 

 腕が…腕が回っている。シュガーも同様だ。ベッドから落ちないよう無意識にしたのだろうけれども、今の彼女にとってはキャパオーバーだった。

 

 

「わっ、わかしゃ………」

 

 

 ボフン。

 

 赤面したモネはそのまま腹の上に顔を戻し、うわああ状態で二人が起きるのを待った。ドキがムネムネ。最早動悸に感じられる。後にこれほどまでに体感の長い10分は初めてだったと語る。

 

 

「シュガー!!」

 

「ご、ごめんなしゃい…」

 

「………」

 

 

 ドフラミンゴが起きた時、そこには床に正座させて妹に怒るモネがいたという。ただその顔は真っ赤で、シュガーは抑えきれないニヤニヤが漏れ出ていた。

 

 

 

「……仕事するか」

 

 

男が不意に窓を見れば、天高く広がる青空が浮かんでいた。



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落陽後暹

*「(セン)」………日が昇ること。

※最後軽度ですが拷問シーンのため、苦手な方はすっ飛ばして下さい。
()()()()からご注意。


 七武海会議の前に、知り合いの天竜人から会いたいとの連絡があったので、こっちから赴いてやった。

 

 

 残念ながら人間としての感性を得つつある野郎だが、自分から行くという考えがまだない。

 憂さ晴らしに軽い挨拶がてら戯れようと思い、扉を開けた。

 

 

 以前奴との戯れ=イジメだと言われたが、知らんこっちゃない。だったらテメェで少しは動け、痩せろ少しは…と思ったが、痩身の男が立っていて一瞬誰かと思った。

 

 喋り方は今までと同じだったので、すぐに分かったが。

 

 いつも通り座り、一方的に盤上のゲームで蹂躙する。

 さっきからもじもじウゼェと言い放ったら、意外な答えが出た。

 

 

「じ、実は……内側から改革しようと思うんだえ…」

 

「は?」

 

 

 

 どうやらおれに感化されて、天竜人を内側から変えたいらしい。外側から変えるのは難しいからと、そういう内容だった。

 

 その視点は無かった。今まで殺すという選択肢しかなかったからな。

 少し短絡的になっていた部分もあったのかもしれない。

 

 

 おれが考え込むようにしていれば、奴は震えていた。

 

 無意識に呟いたぶっ殺すというワードに恐怖を覚えたようだ。万が一にでも豚どもに情けをかけるわけないだろ。

 それにテメェも現在進行形で天竜人だ。利用価値が無くなれば即手を切る。

 

 第一こいつは分かっちゃいねェ。同じ天竜人だろうが、あのクソ野郎どもは簡単に陥れて殺す。

 

 

 おれたち……、家族のように。

 

 

 イラつく気持ちのままチェス盤を叩けば、激しい音と共に下の机も巻き込んで粉々に粉砕した。

 護衛兼部下として付けられ廊下に待機していたヴェルゴも何か察したのか、扉を蹴り破り、竹刀を持ったまま黒くなっている。

 

 いきなりの武装色の登場におれも少し驚いた。

 落ち着け…いや、落ち着くのは先ずおれか。

 

 

 深呼吸をして、頭隠して尻隠さずな天竜人を宥めようと動く。

 

 面倒だ。こいつを殺せばそれだけでおれたちに政府から抹殺の目が向く。

 ドス黒い感情が渦を巻く。

 

 

 

 ぐるぐる、ぐるぐる。

 

 

 

 その時「垂れてるえ」と小さな声が聞こえた。

 

 何だと下を見れば、床に赤い斑点がいくつも出来ている。次いでピリッとした痛みとぬるりとした生温かい感触。自分の手を見れば、ジワリと血が滲んで滴り落ち、掌には爪の食い込んだ痕と爪の中に肉がこびり付いていた。

 

 舌打ちをして、血を拭こうと服に擦り付ける。白いシャツに紅く擦れた跡が付いた。

 

 

 キレてるヴェルゴを宥めて外に戻し…というか何かやらかしそうな雰囲気があったので糸で抑えておき、慌てながら執事の女から包帯を貰い駆け寄る天竜人の手から、包帯だけ糸で奪う。

 

 包帯を巻きながら鈍い痛みで眉間に皺を寄せるおれの横で、ポツリと男が話し始める。

 

 

「…ごめんなさいえ」

 

「……いい、お前が悪いわけじゃない」

 

 

 内心では何度めかの舌打ちをする。奴は昔こそ弟を見下したとして殺したいリストに入っていたが、今は大分変わった。

 野郎自身が人間に近付いているのは確実だ。

 

 それも一番面倒なタイプ_____純粋な性格だ。

 

 

 おれの家族に似ているというのは烏滸がましいにも程があるが、おれよりは純粋な性格と言えよう。

 大人なのに子供っぽい純粋さを持つ。面倒だ、非常に。

 

 

「わたすはでも……変わりたいと思ったんだえ……だから先ず、自分から変わろうと思ったん……だえ」

 

 

 ガキじゃないんだからみっともなく泣くな、ウゼェ。

 変えるなら先ずその語尾を何とかしろ。というか痩せたのはそのためか。

 

 ………あれ、なんか数十年来のブーメランな気がする。

 

 

「わたすは……貴方と出会って変われたんだえ……人間として、少しは……物を見られるようになったんだえ……」

 

「………」

 

「今は……昔と違って、世界がキラキラしているんだえ…!」

 

「…そうかよ」

 

 

 クソ、こいつの場合本当に特殊だろうが、豚ども特有の考えを改心させて、人間として自分を捉えられるようになったパターンだ。

 そういったやつの多くは、完全に人間の感性を取り戻せない。

 

 

 父上や母上は甘過ぎた。こいつはどこか人間味が欠けている。

 おれはおれで、人間の大半がクズだと思っている。ロシーが一番マシと言えるだろう。

 

 目の前の体型ビフォーアフターした奴は抜けておきながら、しかし甘ちゃん野郎だ。

 

 面倒だ。クズのままなら目的後、殺すの一択だったのによ。

 勝手に一人宗教立てて、人のこと崇めやがって…。

 

 

 …いや待て、わざわざおれのこと呼び出すなんて、相当なことがあるんじゃないのか?今の内容だったら、電話でも済む。

 会いたいとかそれだけの理由だったら、皮一枚剥いでやる。

 

 

「テメェの意志は分かったが、わざわざおれを呼び出したのには理由があんだろうな?」

 

「!そ、それは……」

 

 

 お、図星か?本気でおれに会いたいだけで、自分から行かず呼び出したのか?やっぱ殺すか…。

 不穏な思考に走っていれば、小さな声で奴は話す。

 

 

「り、……利用されようと……思ったんだえ……」

 

「……ん?利用するんじゃなくてか?」

 

「と、とと、とんでもないえ!!!」

 

 

 首を濡れたばかりの犬のように振る。

 ロシナンテもそんな風に髪の毛の水分飛ばしてたな……。

 

 一人地雷を踏みつつ耽っていれば、奴が今回の本題であろう部分を話した。

 

 どうやらおれに操られて、改革を進めたらと、そういうことらしい。

 おれの歪んだ思考で今までになかった案だが、やはり色々抜けている。

 

 

 先ず上から目線過ぎる。

 

 いくら打倒天竜人でもおれが受け入れると思ったのか、まぁ考えはするが。

 それとお前は他人の害悪から身を守れる程強くない。

 

 あと操れってお前、これ以上おれの負担を増やす気か。少しは自分でどうにかしようという意思はないのか。

 

 

 ……いや、意思云々も元々無い奴が多いのか。

 あるのは、そこにある悦楽を享受する溶けた頭だけ。

 

 でも他の天竜人どもよりはマシだろ。せめて猿人より原人の方がいいぞ、おれは。

 

 

 まぁこいつは利口になったろう、昔と比較すれば。

 

 天竜人を懐柔する方法を探していたが、奴隷売買でコネをつくるよりも遥かにいい。確実に近付ける。

 バレた時のリスクは計り知れないが、そん時はそん時だ。

 

 命なんていつ失うか分かったもんじゃない。それを重々おれも理解したしな。

 

 

 

 生きてる内に、確実に天竜人を地に堕とす。

 想像したものの笑いが止まらなくなった。

 

 

「だ、大丈夫かえ…?」

 

「フ、フフフ……いいぜ、色々テメェの抜けの甘さには思う所もあるが……案はいい。協力してやるが、少しは自分で動けるように教育してやる」

 

「……」

 

 

 ゾッとした顔をするな。子供に教えるのと同じだ、精神に語りかけることもあるだろうが。

 

 

 奴の考えは言うなら天竜人の意識改革だろう。もっと言えばそれは人間へと成り下がることだ。

 

 生半可な覚悟じゃ難しい。

 それを揺るがすには圧倒的な力か、言葉が必要だ。

 

 力は貸せない。おれは所詮ただの人間だ。天竜人という圧倒的な権力を持っちゃいない。

 

 そこは奴自身の身一つで動くしか無いが、しかし言葉ぐらいは貸せる。

 人を誑かす狂言だ。面白いだろ。

 

 

「フフフ……目指すならそうだな、天竜人の『人間宣言』って言ったところか」

 

「……!」

 

「そうすりゃ奴らは人間、神様じゃなくなる。フフ、フフフフ、フフ……テメェ等の虐げた人民の人民による……殺り放題だ」

 

「…ヒェ」

 

 

 想像したのか、奴は顔を青くし蹲った。

 

 今こそ奴は奴隷ではなく使用人を雇うスタイルになってはいるが、昔は奴隷を虐げていた。

 いつから変わったかは興味がないが、大分前に変わったらしいことはここのメイドから聞いてる。

 

 自分にも思い当たる節が少しはあるはずだ、感性がきちんと人間になってるなら。

 

 

「わ、わたすも殺されるのかえ…?」

 

「テメェが虐げた奴らの顔が浮かんだか?うんうん、利口じゃねェか」

 

「あ、いやそういうことじゃなくて…」

 

 

 チベスナ顔でおれを見た。テメェそういう一瞬冷静になるとこあるよな、地味にムカつく。

 

 頭の上に置いていた手を拳骨に変え、脳天を軽く責めた。

 痛いだァ?良いマッサージだろ、黙れ。

 

 

「わたすは……貴方に殺されるのかえ?」

 

「……あ?」

 

 

 成る程、そういうことか。

 確かに打倒天竜人とは思っちゃいるが、全員おれが殺すわけじゃない。おれが殺すのはおれたち家族を陥れた奴らだ。

 

 お前は自分の虐げた奴らに殺されろと笑えば、眉を下げた。

 

 

「わ、わたすは……貴方に殺されたいえ……」

 

「…………」

 

 

 気持ち悪い。…とは思うが、まぁ協力してくれているのは確かだ。その位ならいいだろう。

 

 床に座っている奴の視線に合わせてしゃがみ、顎を持ち上げれば顔がエライことになっていた。だが痩せたこいつは意外に美形だ。歪めてやりたい。

 

 本当こういう加虐的な性格…ジョーカーに似てんだろうなぁ…。

 

 

「あぁ、いい子ですね。そんなに私に殺されたいなら殺して差し上げますよ。首を斬りましょうか?それとも鉛玉で心臓を撃ちますか?フフフ、どうであれ楽に殺して上げますよ」

 

「……あ」

 

 

 口を半開きにして、陶酔しきった目。

 

 カルト商法とはよく言ったもんだが、おれとこいつの関係はそれに近いのかもしれない。

 元々勝手に神聖視してきたのはこいつだが、長年それを利用してきたのはおれだ。

 

 終わりぐらいは楽に殺してやろう。磔にされて弓で射られない事を幸福に思え。

 

 

 生かしはしない。それは譲らねェ。

 

 

 

 …だからこれ以上、甘ちゃんにはなってくれるな。

 

 

 

 ジョーカーなら冷徹に殺せるだろうが、おれは甘い。最早直せない気しかしない。

 だから精々感情移入しないように極力……気を付けなければ。

 

 

 その後部屋を出て相棒と話したが、教育は自分がすると言い出した。

 

 

「君の苦労が___」「無茶をする気___」等色々。

 

 

 そもそも本来ここに来るのは一人の予定だったが、モネとシュガーを拾って来て以降、出掛ける際は誰か側に控えるようになった。色々不満はあったが、やらかしたのは重々理解していたので、一先ず甘んじた。

 

 場合にもよるが…、今回は何か察したヴェルゴが着いて来た。

 断ったのに押し問答の末おれが負けた。海図用の定規持っての脅迫は狡いと思うぜヴェルゴ…。

 

 

 奴は戻って来てから最近おれのオカンじゃねェかと思う程には、口煩い。

 

 今もそうだ。そしてそれを断れない程、おれもやらかしてる自覚はあるので、ヴェルゴの提案に今回は甘えることにした。

 教育係…と言っていいのかは不明だが、それ兼護衛役。

 

 

 あいつにもヴェルゴに手を出したら殺すと言ってあるので、大丈夫だろう。

 というかいつの間にか夕日に向かって走る生徒と先生になっている。

 

 

「ヴェルゴ()()だ!」

 

「はい、ヴェルゴさん!!」

 

 

 遠い目になったのは仕方ない。取り敢えずここに来たのは正解だった。おれの計画の一歩が進めた。

 後は世界政府……謂わば天辺崩し。

 

 

 

 考え方が少し変わったせいか、そこまで自分が保つのかは分からない。ただ天竜人を地に堕とすことだけは死んでも遂げてやる。

 

 それはおれの役目だ。絶対に果たしてやる。

 

 

 自分の進める量を見極めるのも必要だ。だが進める分は進む。

 おれの意志を継ぐ奴が現れるかは不明だが、恐らく天竜人が消えれば世界は変革するだろう。それも…大きく。

 

 

 時代は流れる。海賊王やフィッシャー・タイガーのように、何かを成し遂げる奴が必ず現れるだろう。

 

 

 穏やかな世界を見られるかは分からないが、その礎をつくるのも……悪くないかもな。

 

 

 

 

 

 青空に無数のカモメが映える。

 

 

 本格的な指導は後日からと言う事でお開きになり、今は船の上にいる。

 

 海風に当たりながら甲板に立っていた。サングラスに圧迫されてるせいか、少し左目が痒い。

 目に刺す光を耐えつつ眼帯を取って目を擦っていれば、声がした。

 

 ヴェルゴが口を開けてる。やべ。

 

 

「………失明したと聞いたが」

 

「フッフッフ!…悪の組織に移植されたのさ」

 

 

 何とも言えない空気が流れる。

 

 居た堪れなくなったため「おれにも分からねェ」と言えば、それが本心だと分かったのだろう。そうかとだけ告げられた。

 

 おれが嫌がる事は、昔からヴェルゴは余り詮索しない。

 本当に何度も言うが、こいつはいい奴だ…。それとファミリーの奴らもな…。

 

 ジョーカーの目はおれの家族の目の色と似ている。そのことからこの目は、おれ自身の色なのだろうと判断した。

 

 

 でもあまり好きじゃない。

 家族と同じ色の方がいいしな、一人だけ仲間外れな感じがして子供の頃は嫌だった。

 

 

「…そう言えばドフィ」

 

「ン、何だ?」

 

「君は大分…穏やかになったな」

 

 

 そうか?そう言って首を傾げれば柔らかく微笑まれる。どこか安心したような、そんな笑み。

 

 

「君は危なっかしいからな、昔から」

 

「フフフ、お前のクセも相変わらずだがなァ」

 

 

 そう、相変わらず何か頰に付いてる。今日はコップだ。しかも中身が入ったままの高度技。

 

 久し振りに相棒と対面して話した気がする。

 こいつもだが…仲間に支えられてるのを身にもって最近感じる。

 

 

「弱いな、おれ…」

 

「……ドフィ」

 

 

 らしくない、まだ引きずってる。だが弱いのを受け止めた今、大分自分に正直になった気がする。

 深く息を吐いて落ち込んでいれば、やっぱり変わったなと、そう言われる。

 

 

「煩ェ、お前も見ない内に髭こさえやがって…むさ苦しい」

 

「似合わないか?」

 

「……キノコヘアには……せめて坊主だろ」

 

「…そうか」

 

 

 何か納得したらしい奴は部屋に入っていった。

 おれは何が何だか分からず、そのまま一服がてら外の空気を吸っていた。

 

 数時間後、坊主になったあいつを見て、驚きの余り仰け反って海に落ち掛けた。

 

 

「!?!?」

 

「ドフィ!?」

 

 

 何やかんやあったが、懐かしい親友とのやりとりに和んだ1日だった。

 

 

 

 しかし次の日七武海の招集があり、肩を落とした。

 

 

 

 

 

 -----

 七武海会議後、おつるさんにお茶に誘われたおれは何故かセンゴクと対面していた。

 

 目の前にはおかきがある。食えとのことらしい。

 

 

「おかきだ」

 

「要らん」

 

「ロシナンテが昔喜んで食っていた」

 

「………」

 

 

 手に取って苛立ったまま思い切り噛み砕いた。ボリボリ音がする。おつるさんは隣で茶を飲んでいた。ただチンピラの座り方が目についたのか、行儀が悪いよと言われたので大人しく足は閉じた。

 

 すると広くなったスペースに深く腰掛けたので、どうやら狭かったため注意しただけらしい。おれを連れて来たのはいいが、このまま彼女は傍観の立場を取るようだ。

 

 しかし何つーか…母親に躾けられているというよりは、作法に厳しい祖母に注意されている感じが……いででで、脛抓んな。

 

 

 そのまま幾ばくか沈黙が続き、あちらが口を開く。

 

 

「貴様に頼みがある」

 

「…何?」

 

 

 眉を寄せて聞けば、内容はとある国についてのことだった。

 

 

 現在その国の近隣が秘密裏で組織をつくり、その国を滅ぼそうとしているとか。

 目的は領土拡大だ。

 

 馬鹿馬鹿しい。そんなもん滅ぼしたとしても、身内の領土分配で新たな火種が起こるに決まっている。

 

 

 人間の醜い象徴が戦争だろう。しかしそれをおれに止めさせようだなんて虫が良すぎやしないか。

 いくらあんたがロシーや父上の恩人だとしても、そこまでする義理はおれにはない。

 

 精々他の奴に頼めと言い帰ろうとすれば、センゴクが口を開く。

 

 

 

「_____ロシナンテが、救おうとしていた国でもか」

 

「……!」

 

 

 驚いて振り返れば、表情を変えていないセンゴクの顔。

 

 

 あぁ、流石海軍トップか。智将と呼ばれているだけのことはある。

 若造のおれの弱点を既に見抜き、それを利用しようとしている。

 

 そもそも前にジョーカーが良いように利用したせいだ。絶対こいつ根に持ってるぞ。笑顔の裏に仏が見える。

 それも青筋浮かべたおっそろしい笑顔。

 

 

 恐らくあの最初に勧めたおかきは、おれが弟に弱いことへの確認。

 

 内容を話したのは、おれが断り難いと確信を持っているから。

 

 

 残念なことにそれは正解だ。今こうして自身を分析しているが、内心は冷や汗もので、心が不安定になりつつある。

 このままこいつと話しているとヤバイ。

 

 

「……んなもん、あいつにやらせればいいだろ」

 

「ロシナンテ少将は怪我の為、会議でこれ以上この件に関わらせないという判断になった」

 

「…それが、どうした。海賊のおれに関係ないことだ」

 

「あいつが救おうとした国の名前を知っているか?」

 

 

 知るわけない。そう言おうとしたが、失敗した。

 

 

 

 

「_____ドレスローザ」

 

 

 

 

 一瞬、息が止まった。その様子に目敏くおつるさんが気付いたようだが、それを気にする暇はない。

 

 

 知っている。ドレスローザは、おれたち先祖の故郷だ。

 父上や母上、ロシーに……言うなればジョーカーの故郷でもある。

 

 先祖をリスペクトする精神は残念ながら無いが、家族の故郷をと考えると想うものがある。

 そこに危機が迫っているのか……。

 

 

 

 いや、だから…それがどうしたというんだ。おれには関係ない。おれには_____

 

 

 

「仮にも弟が守ろうとしたものを、お前は平気で捨て去るのか」

 

「センゴク……それ以上は…」

 

 

 おいおい傍観者だろう、おつるさんが入ってきてどうする。

 微かに残る冷静な部分がそう言う。だが身体は無理やり内側の全てが混ぜられたような感覚がする。

 

 酷い目眩と吐き気、えずきそうになってその場にしゃがんだ。

 

 センゴクの視線は冷ややかだ。おいこの野郎ジョーカーお前のせいだぞ、火ィ付けたのあんただろうが。

 

 

 ヒュッと、変な息が漏れた。

 ここまでおれは弱い生き物だったかと思いながら、立とうとした。

 

 「おい!」と後ろから声を掛けられるが、返事をする、しないの状況じゃない。そこまで会話したいなら床に吐瀉物ぶちまけるぞこの野郎。

 

 あいつが起きる前にとっとと退散しよう。ブチ切れて暴走されたら困る。最近あいつ夜型でよかっ……

 

 

 

『随分とまぁ…面白いことになってんじゃねェか』

 

(…………ちゃっす)

 

 

 

 別の意味で流れ出した冷や汗に焦りながら、この場から退散を図る。

 しかし虚しくも精神不安定になっていた為、体は奪われた。というか怒ると本当手が付けられないなあんた……。

 

 

 

 その後おれの変化を察したおつるさんが、ジョーカーがセンゴクに斬りかかる前に止めた。

 笑顔のまま急に糸出すとかあんた怖いよ、それを一喝で止めたおつるさんもすごいよ…。

 

 取り敢えず暴れ馬が落ち着いた後、代わった。

 

 

「ドフラミンゴかい?」

 

「……質問が変だぜおつるさん」

 

 

 センゴクも察したのか、言葉を選ぶように話し出した。目は明らかに海の屑と言っていたが。

 にしてもジョーカーが煩い。

 

 

『テメェはまた勝手に……』

 

(違ェよ、おつるさんに連れてこられたらセンゴクがいて……)

 

『言い訳は後で聞く。交渉に意識向けろクソガキ』

 

 

 かなり怒ってるのか、クソの部分がいつもの数倍強かった。そんな怒らせ……青筋すごいわ。

 

 ジョーカーの何か思惑もあったのか、交渉は受けた。あとこちらのというか、ジョーカーの要求としてバレルズの身を得る形になった。

 捕まってたのか、忘れてた。

 

 その考えがバレたのか、ジョーカーが遠い目をする。だって忙しいんだもん。

 

 

『……お前は……ったく』

 

(それよりあんたがドレスローザを救うの許諾するとは思わなかった……何か企んでんだろ)

 

『フッフッフ!お前にゃ関係ねェさ』

 

(………そうかよ。まぁいいけど_____あっ)

 

『ア?』

 

(…忘れてたで思い出した)

 

『…何だよ』

 

 

 

 

 

 _____ローのこと忘れてた。

 

 

 

 

 

 …沈黙。

 

 

 

 勿論忘れていたことを怒られるわけだが、ジョーカーとローを殺す殺さないの大喧嘩になった。

 

 

 元々はローがまだ船にいた頃、おれと良好な関係を築いていた為殺さないという考えに至ったらしい。

 そんなこと全く知らなかったが、その後おれの精神瓦解を経て、殺すことにしたそうだ。

 

 将来おれに噛み付いてくるのは驚いたが、ロシーの恨みを晴らすのだと知れれば成る程と思った。

 

 しかしロシナンテが命を懸けて守ろうとしたものを仮にも殺すって……しかも躊躇ない顔をしてやがる。

 

 

 結局は不安定に不安定を重ね、気狂う一歩手前になったおれに奴は引いてくれたものの、万が一おれを害する存在になったら、それ相応の対処をすることになった。

 

 おれが極力ローを回避するしかない。あいつと関わることがあればなるべく気を付けよう。

 ジョーカーの琴線に触れないようにも。

 

 

 精神内でそんなやりとりを終え、おれはそのままフラフラしながら、帰った。

 後ろでセンゴクの舌打ちと、おつるさんが船までずっと付いて来てくれた。

 

 あーあったけェ。

 

 

 おつるさんに散々皮肉を言われつつ見送られた。

 

 しかしそこでふと思い出す。

 ジョーカーはバレルズをどうする気か。

 

 あいつが交渉に入れろと言ってきたものの、おれとしては撃たれたこと以外に私怨がないんだが。

 あ、待てよ…それ関連か。

 

 

 おれの様子を見ていたのか、奴が口を開く。この野郎さっきは人の精神に余計負荷かけやがって…。

 

 

『フフフ…おれが殺る。テメェは手を出すな』

 

「……別に、牢屋にぶち込んだままでも…」

 

『おれが、殺る』

 

 

 ……顔には出さなかったが、ずっとこの機会をこいつは狙ってたんだろうか。

 

 まぁバレルズには最早無関心なのでどうでもいい。奴の息子の意思はと思ったが、あちらも見切りはつけていたようだ。

 それでもどこか、堪えるような顔はしていたが。

 

 だがおれが尊重する意思はドレークよりもジョーカーだ。奴に何か考えがあって殺すなら、そちらを尊重する。

 

 

『殺られる前に…フフフ!確実に殺しておかねェとな』

 

 

 横にいるジョーカーの機嫌はいい。

 どんな残虐な方法で殺すかは、おれが知ったことではないが、何となく考える所はある。

 

 おれも数え切れない程殺して来た。基本おれが自分で定義しているクズばかりだが、殺してきた中には、無垢の奴らも少なからずいただろう。

 

 

 そいつらの罪を、おれはいつか罰として受けるのだろうか。

 

 

 少し穏やかな心に浮かぶようになった死のイメージとそんな考え。

 それに恐怖するわけではない。然るべきものであるとおれも自覚している。

 

 だからこそ焦る気持ちが募る。あぁ、早く殺さなければ……奴らを、豚どもを。

 

 

「……早く、もっと早く…」

 

『……』

 

 

 そんなおれをジョーカーは目を細めて見ている。

 何だと言えば、死に急いでんじゃねェと言われた。

 

 

「…いつ死ぬか分からない。その前に豚どもだけは、おれが息の根を止めてやるんだ、急ぐのは当たり前だろ」

 

『……もっと、別の事も考えられないのかお前は』

 

「?考えてるぜ、あんたのこととか、ファミリーのこととか……」

 

『ハァ…お前本当……相変わらず本来の自分を形成する核が足りねェよな…』

 

「………」

 

 

 少しイラついて煩いとだけ言って、船首を後にした。

 どうしようもない部分をチクチク言われるのは好かない。

 

 おれは今の人生を悔いる気は無い。不貞腐れてる。そのまま自室に行ってうつ伏せになった。スプリングが軋んだ音を立てる。

 ベビー5が紅茶を持ってきたが飲む気分じゃない。

 

 

 

 その日は溺れて沈む夢を見た。翌朝も体調が悪いのか、身体がものすごく怠かった。

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 _____ピチャン。

 

 

 

 

 

 暗闇の中、水が石造りの天井から滴り落ちる。

 

 

 色の違う瞳がサングラス越しにギラギラと輝き、エモノを見つめる。

 

 対してエモノは延々と続く激痛と恐怖に震え上がる。

 数時間行われ続けている拷問。

 

 

 少しずつ自分が減っていく。

 

 

 

 

 少しずつ。

 

 

 

 少しずつ。

 

 

 

 エモノは懇願もできない。毒の回った喉でか細い息しか出せない。

 

 

 ギラギラと、暗闇に浮かぶ微かな光からその目が輝く。

 ギラギラ、ギラギラ。己を殺そうとする目。

 

 

 震え上がる気持ちは抑えられない。死しかない。その死をどれだけ痛ぶって与えるか、このバケモノは思考し楽しんでいるのだ。

 後悔時既に遅し。

 

 

 そんなエモノの心情などどうでもいい男は、誰もいないように暗闇に話し掛ける。

 

 

「あいつは……本当に自分の道を歩いているのか?」

 

 

 ヒュウと下から息が漏れる。思考の邪魔をするなと言わんばかりに男はエモノの顔面を踏み付けた。

 

 

「フフフ……まぁいい。ガキの決めたことだ。その決定は奴自身が自分で行ったもんだ。それが全てだろ」

 

 

 笑いながら男は指を動かす。エモノの一部がまた削がれ、切断面から血がドプリと滲み出る。

 

 

「最後まで一緒に歩いてやるよ……溺れて、死ぬまでな」

 

 

 

 

 エモノにはそれが誰に向けて言ったのかは分からなかった。

 だがそこに深い慈愛があるのだと知れた。昔、自分が息子に向けていたものと同じもの。

 

 

 だが、歪だ。

 

 

 愛と呼んでいいものなのか判断しかねる程、歪みまくっている。

 そこで己の息子への後悔が頭によぎった所で___エモノの思考は途絶えた。

 

 

 

 床にゴトリと、何かが落ちる音。

 怒りは既に冷め、つまらなそうな目で男はそれを見つめる。エモノだった首を蹴り飛ばし、男はその場を後にした。

 

 

 拷問部屋から出れば、そこにあるのは朝日。

 流石に身体の酷使が過ぎたかと思いながら、自室に戻り元のうつ伏せの状態になった。

 

 

 

 

 「…朝は嫌いだ」

 

 

 

 そう呟き、男は目を瞑った。

 

 

 

 

 

 男が人生の最後まで拝まなかった光。まるで地平線に浮かぶ陽は、それを皮肉めいて笑っているようだった。




主人公(おれ)
身内に甘い打倒天竜人。猫被り時の一人称=私。甘ちゃんに弱い。体験した死を前に若干心境に変化。偶に抜けてる。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。基本一線引いてる。怒った時は手が出る(物理的)。先のインペルダウン脱獄の可能性を考慮して先にバレルズを潰す。大半は私怨(だって守り隊)。

名無し天竜人
ドフィ教信者第1号。ライ●ップ成功。主人公に感化され天竜人の改革目論む。


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黒空模様

 モネとシュガーをファミリーに引き入れてから数年。

 

 

 シュガーは順調に能力の使い方を理解し始めている。

 

 最初の内はおれやベビー5が指導係に付いていたが、直ぐに一人で上手く扱えるようになった。才能ということだろう。

 

 単純に能力の指導係におれやベビー5がなったのは、他がシュガーのドSに耐えられなかったのもある。

 

 

 対して姉のモネは会った当時から感じてはいたが、頭脳明晰な少女であった。

 

 それと純粋さが少々目に付くことがあるので心配だ。ただシュガーの姉といったところか、ドライな一面もある。

 

 知識欲に火を付けた少女は、嘗てのおれを想起させるほどの本の虫具合だ。

 その様子につい笑ってしまいモネは赤面したが、別にからかったわけじゃない。

 

 昔の自分を思い出しただけだ。おれと似ていると思ったんだ。

 

 

 

 この姉妹を見ていると自然と弟を思い出す。

 

 仲良く寄り添う二人を見る度に、考えなくてもいいことばかり頭に浮かんでしまう。ダメだと分かってはいるが、暗い気持ちはそう簡単に消せない。

 

 おれはきっと、二人が羨ましいんだ。二人で笑いあって過ごせる、そんなあり得たかもしれない姿に夢見て……馬鹿らしい。

 

 

 無い未来を望んでどうする。ロマンチストかおれは、笑わせる。

 

 

 そんな少数にしか得のならない事より、大多数の為になる事をすべきだ。

 甘さはどうせ捨て切れないならからこそ、おれはどこまでも現実主義者にならねばならない。

 

 いつ死ぬか不確定の人生の脆さを理解した今、その想いはより強固なものに変わった。

 

 覚悟は吐いて捨てる程ある。

 

 色んなもの背負っておれは今海賊の船長をやってんだ。奴らはおれに着いてきてくれる。

 おれが間違っているなら指摘もしてくれる。心置きなくおれは歩もう。

 

 

 

 

 改めて己の人生を振り返れば、そんな考えが頭に浮かんだ。

 しかし何故こんな考えが急に……

 

 

 そう思えば丁度ドアからノック音。何だと出れば_____そこにはファミリーの奴らが全員船長室の前に立っている。

 若干暑苦しい。

 

 

「…何だ急に」

 

「キャハハ!」

 

「べへへー」

 

 

 みんなニヤニヤしている何だってんだ……と思ったら、ベビー5とジョーラがバカでかいケーキを運んできた。

 

 

「…あ」

 

 

 思わず間抜けな声が出た。そうか、何か回顧してんなと思ったら、自分の誕生日だからか。忘れてた。

 

 嬉しさでらしくもなく全員にハグしようとしたら、ケーキをそのまま顔にスパーキングされた。

 滅茶苦茶周囲が笑っている。

 

 普段ならブチ切れているが、嬉しさとよく分からん感情で頭がごちゃ混ぜになった。

 おい待て、醜態はマズイぞ。

 

 

 そのまま自室に逃げようとしたら男衆に羽交い締めにされ、食堂まで連行された。パーティーだ?せめて顔は吹かせろ。

 

 しかし全員で過ごすのはいつものことだが、何かイベントがあると違うな。

 

 

 

 口元に付いたケーキは甘かったが、少ししょっぱかった。

 

 

 

 

 

 -----

 つい先日三十路に突入したばかりだが、ファミリー全員で飲めや歌えやの宴の後、酔ったまま寝入った。

 

 大抵この日はジョーカーは出て来ない。おれがファミリーと騒ぐのを爺さんみたいに眺めている。本人に言えば、殴られるので言わないが。

 

 

 ただ夜にポツリと祝いの言葉を言う、それも毎年。

 

 おれが狸寝入りをしていようが本気で寝ていようが、その言葉だけは必ず言う。恥ずかしい気持ちもとっくの昔に通り越して、純粋に嬉しいと思う。

 

 

『…クソガキ、おめでとう』

 

 

 例年通り今年も言われた。クソガキをわざわざ付けるのかという議論は置いといて、その言葉の後に結婚を急かすような言葉があった様な気もしたが、気にしない。

 

 幻聴だうん、寝よう。

 

 

 しかし翌日の電話で一気に気分が沈んだ。

 

 

「……組織が動き出した…?」

 

 《あぁ》

 

 

 電話の主はセンゴクだ。

 

 

 数年前ドレスローザの守護を約束してから、敵の襲撃まで待つ予定だった。

 

 情報ではもう少し先のはずだったが、どうやら海軍側の情報が漏洩していたらしい。隙を突かれたと、そういうことだ。

 

 しっかりしろとブチ切れたが仕方ない。起きてしまったのは覆らない。

 少しでも信用を置いていた自分がバカだった。最初から自分たちで動けば良かったのだ…いや、いくら後で考えたところで意味はない。

 

 

 敵が動き出した今、すぐに動かねばなるまい。ファミリーにもこの事は言ってあるため、問題は無い。だがやはり唐突過ぎる。

 着いた頃には多少の被害を既に被っている可能性が大だ。

 

 苛立ったまま電話を終え、受話器を切った。

 

 

『フフフ、何が起こるか分からないのがセオリーだ。無闇に焦ったってどうにもならねェぜ』

 

(……分かってる…分かってるよ)

 

 

 取り敢えずファミリーに伝えて直ちに向かおう。敵は狡猾だ。ファミリー総出で潰す。

 

 

『フッフッフ!懐かしいなァ、ドレスローザ…』

 

(何だ、昔行ったことあるのか?)

 

 

 そう言えば奴はニヤリと笑って、元国王だと告げた。へぇ国………ん?

 

 

 

 

 

 ……え?

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁ!?!おまっ、何し……」

 

『煩ェ、とっとと奪いに行くぞ』

 

「いや奪わねェよ。助けるだけだからなおれ」

 

 

 そう言えば舌打ちされた。『冗談も通じないのか、クソガキ』だそうだ。よく分からないタイミングで冗談言うなよ、心臓に悪い。

 

 しかし先程の会話で緊張も解れた。

 

 助かったと思いつつ、部屋を出る。乗っ取る気は更々無いが、予定としては敵をぶちのめした後、国王と謁見して国と何かしらの協力関係を得る算段ではいる。

 

 近隣国家との和平が確実に決まるまでは、守るつもりだ。今彼方は周辺と不穏な空気しか漂っていない。

 ここ数年で情勢が悪化したのだ。海軍側が調べたかは知らないが、明らかに敵側が仕組んでいると見て間違いない。

 

 

 守り通すと決めたなら、徹底的にやる。

 

 だが状況とは反して己の性なのか、滾る血に自然と口角が上がる。自分の性質上暴れるのは好きだ、好戦的とも言う。

 

 

「国に手ェ出す覚悟が本気であんなら、おれも全力でぶっ潰してやる…」

 

 

 おれの言葉に奴は横目で一瞬見た。

 何も言わなかったが、無言の空気の中に気を付けろという雰囲気があったのは分かった。

 

 大丈夫、もうやらかさない…多分。

 

 

 

 

 

 だがこういうのをフラグって言うんだよな…。

 

 

 

 

 

 -----

 突如国を襲った火の粉は、一気に大火事となった。

 

 逃げ惑う人々や悲鳴。銃声、剣同士ぶつかる音。

 

 

 海軍から敵襲の恐れがあると聞いた国王は、病の淵にあった身体を(なげう)ち尽力を尽くして兵を配備したが、間に合わなかった。

 

 それでも出来る限りの策は為した。

 しかし状況は悪くなるばかりであった。

 

 

 そんな中現れたドンキホーテ海賊団。

 

 

 

 戦況は一変した。

 

 

 

 

 

 敵を次々蹂躙して行く。その様は子供が蟻を潰しいていくのと大差ない。国民は救世主に歓喜した。

 船長のドフラミンゴは、敵を殺しながら国王の元へと向かう。

 

 城に着いた時既に火の粉が上がっており、酷い有様だった。兵はほぼ壊滅状態。

 

 火だるまになり全身が黒く焦げ、死ぬ寸前だった兵士にどうにか状況を尋ねれば、掠れた声と共にリク国王並びにその娘も攫われたと告げ、息を引き取った。

 

 

 

 

 _____コワ、ワ▶︎!せ

 

 

 

 

 聞こえた幻聴に男は眉間に皺を作り、数拍の間を置いて深く息を吐きながら、ジョーカーから聞いた言葉を思い出す。

 

 それを通常とは非通常であると自己解釈し、なるべく焦らないよう仲間と作戦を立てる。

 

 

「捕まっているのは恐らくこの場所だ。偵察の人数はどうだったバッファロー」

 

「結構居ただすやん」

 

「分かった。少人数で行こう。囮となるチームと裏から攻めるチームで別れた方がいいな」

 

 

 そうして国王たちの奪還作戦が次々と決められて行く。

 

 作戦の概要は船長の影騎糸(ブラックナイト)を使い、囮チームにもう一方のチームで向かうメンバーも入れ強襲。敵側にそこで全員が攻めて来たのだと勘違いさせる。

 

 別チームはその間、隙を突いて国王とその娘の奪還へと動く。

 

 

 

「以上だ。裏から強襲するチームは特に慎重に動け、捕虜を人質にされたら面倒だ」

 

 

 いつになく険しい船長の表情に、船員は気を引き締めた。

 しかしシュガーは違った。

 

 

「任せて。何人(なんぴと)たろうと若様に手を出したら、オモチャにして踏み潰しながら粉砕するから」

 

「べへへー頼もしいんね〜」

 

「近寄んないで」

 

 

 サッと船長の後ろに隠れるシュガー。ファミリーはどっと笑う。

 その様子に船長は目を細めながら、国王たちの奪還に意識を集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

「ハァ……ハァ…」

 

 

 

 国王が囚われた敵のアジトから姉の元王女、スカーレットの協力を得て逃げ出したヴィオラは、森の中をひたすら走っていた。

 

 その腕の中で抱かれている子供はスカーレットの実子、レベッカ。

 

 

 

 

 _____私はもう逃げられない。せめて貴方たちだけでも…逃げて。

 

 

 

 

 スカーレットは既に深手を負い、自分が助からない事を悟った。故に妹と娘だけはと、腹の裂傷を抑えその背中を押した。

 

 逃げるタイミングはそこしかなかった。ヴィオラの脳裏には笑って自身を見送った傷だらけの父___リク王と、姉の姿が浮かぶ。

 

 

 

「おねぇ…さ…ま、おと、…さま…っ」

 

 

 裸足の足は草木に擦り切れ、血の跡を作っている。彼女たちが向かう先はひまわり畑。

 

 そこは本来ならスカーレットが夫と落ち合うはずの場所だった。しかし敵側はスカーレットが病気で死んでいないという情報を入手していた。

 

 街を襲った際、敵は掴んでいた情報を活かしてスカーレットとその娘も攫ったのだ。

 

 

 

 息が荒い。しかし早く行かねばと、前に泳ごうと必死にもがくように走る。

 

 自分に姉や父を救う事は無理だった。でもきっとキュロスだったらと、姉の夫の名を何度も頭の中で連呼する。

 

 

(_____あぁ、早く早く。この身が朽ちてもいいから)

 

 

 

 そして満身創痍になりながら着いたひまわり畑。

 そこにキュロスは居た。しかし妻がいない事に驚くと、お互いが辿った現状を知る事になる。

 

 

「国は大丈夫だ。加勢が入り、戦況は今こちらの優勢に進んでいる。しかし城はそんな事になっていたのか……」

 

「……そうなの…。私たち捕まっていたの、さっきまで。お姉様が逃がしてくれたの…」

 

「…っ、スカーレット…!!」

 

 

 ヴィオラが待ってと掛けた制止の声を聞かず、キュロスは森に向かう。恐らく前線にいたため自分たちが捕まっていたことを、知らなかったのだろう。

 

 かなり頭に血が上っている。ヴィオラと同じくらい…いや、それ以上に感情が揺らいでいるのかもしれない。

 

 どうしたら…いい…?

 

 彼女の頭は真っ白になった。ぐいと、その時襟を引っ張られる。

 

 

「こっち」

 

 

 レベッカが指した場所は街。

 

 

「兵隊さん、よぼ」

 

「…!そ、そうね…」

 

 

 自分よりももっと小さい子供の方が冷静だ。ヴィオラは冷静になる心にありがとうと声を掛けようとして、少女の手が酷く震えている事に気が付いた。

 

 そうだ。怖いわけがない。それでも勇敢に戦っている。母の為に、懸命になっているんだ。

 

 

「……よし、お姉様もお父様も、絶対助けるわよ」

 

 

 深く息を吐き、また駆け出した。

 

 

 

 

 

 街から出ている鎮火し始めた煙は空に上り、異様な色を浮かばせていた。




主人公(おれ)
身内に甘い打倒天竜人。時折抜けてる。弟地雷踏むと精神ぐらつく。頑張れ。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。企み中。爺さんじゃないおとしゃんだ。


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始まり始まり

寝落ちしたらリアタイでジョジョ見逃しました…。リゾットさんが見たい…。リゾットしゃん…。


 寄り添う二人の姿。赤い液体は床を伝い広がっていく。

 

 

「お父様も…逃げればよかったのに……」

 

「私はもう動けない…最期ぐらい、お前と居よう」

 

 

 痛めつけられたリク王の肢体は目に当てられるものではない。

 スカーレットは血に染まった腹を抑えながら、父の手を握った。

 

 ひまわり畑に行けなかったものの、妹と娘だけでも逃がせた事に安堵していた。

 きっと今頃夫であるキュロスが二人と出会っているだろう。そう思い目を瞑った。

 

 暑い気候地帯であるはずなのに、酷く寒かった。耳に届くのは己の心臓の音と、父親の微かに聞こえる荒い息遣い。

 目前の死に募る恐怖。穏やかにいられるわけがない。強く手に力を込めた。

 

 

 そして今までの感謝を父に告げる。

 

 

 

 自分のワガママを許してくれた事に…愛してくれた事に、…こうして側にいてくれた事に。

 

 

 

 朦朧とする意識の中、扉から現れたのは父親を目の前で虐げていた男だった。

 しかし先程までとは違い、問う内容は国を渡せというものではない。

 

 追い込まれた人間が見せた狂気。

 

 

 

 _____娘を殺し国王が生き残るか、国王を殺し娘を生かすか、二つに一つ。

 

 

 

 詰まる息の中、国王は自分の命を差し出すと声を荒げた。

 敵は狂気で歪んだ顔を浮かべながら、しかし凶器の先をスカーレット目掛け振り上げた。

 

 

 娘の心臓目掛け一直線に向かうそれにリク王は咄嗟に庇おうとして_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おれも混ぜてくれや」

 

 

 

 

 

 

 

 _____声がした。

 

 

 

 

 

 瞬間建物が真っ二つに斬られた。倒れていたリク王の頭上近くを両断している。

 

 立ち上がっていた敵の肢体からは噴水のように血が飛び出る。斬られずり落ちた上半身を現れた男は外に向かって蹴り上げる。

 

 数秒後、地面にぶつかり潰れる肉の音がした。

 

 

 リク王は歩み寄る男を見上げる。

 悍ましい程の殺気が漏れ出ているものの、それは自分たちに向けられているものではないと知れた。

 

 血に濡れた男の金髪は暗がりによく映える。サングラスに隠れた瞳を見れないことが、何故か残念に思った。

 

 

「…貴様は…何者、だ」

 

「おれはドンキホーテ・ドフラミンゴ。お初にお目にかかる、リク国王。それとヴィオラ王女……か?」

 

 

 跪いた男が視線を向けた先には、既に生き絶えた女性の姿。

 それを目に入れた瞬間、男の殺気が更に膨れ上がったように国王は感じた。

 

 

「この娘は…姉の、スカーレットだ…」

 

 

 その言葉に男は何かを察し、話を進める。

 

 

「微力ではあるが、海軍の命で仲間と共に貴方たちを救いに来た」

 

「そう、…か。国は…」

 

「大丈夫だ。今生き残った貴方の兵やおれの仲間が、残党を一人残らず駆逐している所だ」

 

「……よかっ…」

 

 

 最後まで言葉は続かず、大量の血が口から溢れる。

 

 嬲られた肢体___特に臓器部位はもうボロボロだ。自身の存命は限りなく不可能だと理解している王は、目の前に現れた男に最後の願いを託す。

 

 

「……国を……、たの…む」

 

「……今直ぐ助け出す。そんな事を仰るな」

 

「貴様……に、たのみ、たい」

 

「貴方が居なくなったら、国はどうなるとお思いか」

 

 

 王が死ねば、王家は国王のもう一人の娘であるヴィオラとスカーレットの実子、レベッカのみとなる。

 

 ヴィオラ王女が国を指導するにしてもまだ彼女は若過ぎる。例え一番に信頼を置くキュロスが支えたとしても、強襲後の国の混乱を立て直すのは難しい。

 

 それに近隣の情勢悪化を修復するのは至難の業だ。

 

 

 だからこそ王は、目の前に現れた王たる器を持つ人物に願い出た。

 今後の国を指導して欲しいと、切望したのである。

 

 

 

 ___魅せられたのだろう。

 

 

 

 それ以上に、男から聞いたドンキホーテの性に何かの(えにし)を感じたのだ。

 

 ドンキホーテ一族はかつてトンタッタ族を虐げていた歴史がある。しかしこの男がそんな野蛮な行為をするとは、リク王には到底思えなかった。寧ろ慈愛深く、強い_____だが脆い存在だと感じた。

 

 

「…ドンキホーテ……嘗て、リク家がこの地に……至る前に存在した…王家」

 

「……!」

 

 

 ドフラミンゴはその言葉に目を見開く。

 それと同時に王の意図を察した。

 

 混乱後の国に必要なものは、圧倒的な指導者。現実若い王女では国の不安は大きい。

 信頼出来る部下がいたとしても、所詮国民というのは“王家”と名が付くからこそ安心出来るのだろう。

 

 今まで王制国家であったなら尚更だ。

 

 現状メシアとなった人物は彼、ドフラミンゴである。皮肉にも男は己で否定しても、王家の血筋を引く者。

 今の国民が欲するであろうものが全て揃っている。

 

 

 リク王の強い瞳を見つめる。男はその意志に、王の手を握り頷いた。

 

 

「だがどうか…最後まで諦めないで頂きたい、国王」

 

「……あぁ……ヴィオ……ラを、たの………」

 

 

 その言葉を最後に王の体は支えを失った操り人形のように力を失くす。

 瞳の奥の光が消える瞬間を見た男は、歯軋りした。

 

 背後からはドンキホーテの襲来に気付いた敵の足跡。恐らく二手に分かれていたのがバレたのだろう。

 

 

 

 沸き起こるのは殺意。全てを壊せとドス黒い感情が囁いた。

 しかしその声に重ねるように、奴が囁く。

 

 

『憎いか』

 

「_____憎い。壊したい、こわしたい。……殺してェ」

 

『フフフ、だったらお前の意思で殺せ。幼稚な感情になんざ簡単に飲み込まれてんじゃねェぞ』

 

「…分かってる」

 

 

 深く深呼吸をして、まだ温かい屍を持ち上げた。

 

 こんな所に残すわけにはいかない。影騎糸(ブラックナイト)で模した己に渡し、残りの敵の殲滅にと男は動き出す。

 

 

 そこにあるのは忿怒と憎悪、悲哀や悲痛。

 

 

 全てがごちゃ混ぜになった今、いつも通りに笑ったはずの笑みは歪んでいた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壊セ 壊セ

 こわ せ、こ ここ wa背子わ

 

 

 

 

 わ

 

 わわ

 

 わ

 

 

 

 わわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ

 わわわ

 

  わわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳鳴りと共に聞こえるのはそんな声。

 

 

 まるでゲームのキャラが会話途中にバグったままのような音が延々続いている。

 ジョーカーのおかげで先程よりはマシだが、しかし快調に向かう気配は無い。

 

 どうしてここまでドス黒い感情が湧くのか。

 いやきっと恐らく…無意識におれの家族の死に顔と重ねているんだ。

 

 既に亡くなっていた女性の姿を思い出す。まさかヴィオラ王女の姉が生きているなど知らなかった。

 

 

 情報不足もそうだが、何より到着に遅れた事が申し訳ない。

 

 もっと早くに着いていればこうはならなかった。敵が思った以上に手強い。

 おれと共に来たファミリーも他の場所で戦っている。

 

 

 許しはしない。討ち取った敵の骸を全て晒し首にしてやる。

 

 

 かのリク王は穏健派だったと聞く。だがおれは違う。

 仇為したなら、そいつらを全員殺すまで止まらない。

 

 

 

 目には目を、歯には歯を。

 

 血には血を以って制裁を加える。

 

 

 

 国王の目指した世界を形作るには今のこの世界では厳しかろう。

 それを形作るならば毒が必要だ。

 

 おれのような因子が暴れてこそ世界は進む。

 

 破壊と再生。世界はそうして進む。理想へと少しずつ進んでいく。

 

 

 

 理想の世界には犠牲が付き物だ。

 

 

「フ……フフ、フフフフ!」

 

 

 敵が次々と出て来る。そんなに死に急ぎたいのか、滑稽な奴らだな。

 同じ事を思っていたのかジョーカーも似たような事を呟き笑う。

 

 敵の首を全部飛ばす。

 

 

「…汚ェ死に顔だ」

 

 

 足元に転がって来た顔は恐怖に歪んでいる。実に見苦しい。

 踏み潰せば固いものが割れる音の後に、柔らかい感触。血や髄液が飛び散り、靴だけでなくスーツも汚す。

 

 

 王や王女の死に顔は何とも美しかった。恐怖があったはずなのに、微笑んで死んでいった。

 

 そこにあるのは強さだけじゃない。もっと複雑なものが絡み合って最期はと、笑ったのだ。

 

 死後硬直していた母上も、最期は笑っていた。父上は分からないが、きっと微笑んでいたのだろう。おれたち兄弟を…安心させようと。

 

 

 ジョーカーはどんな顔をして死んだのだろう。シニカルないつもの笑みでも浮かべて死んだのだろうか。

 

 

 

『ガキッ、背後だ!!』

 

「____あ?」

 

 

 らしくもなく青筋を浮かべて怒鳴る男の言う通りに視線を向ける。思考に耽り過ぎて意識が散漫になっていた。悪いクセだ。

 

 視線の先には誰もいない。しかし下を促されて見ればシュガーの姿。

 

 

「……どうした?」

 

「……ワ、ワワ」

 

 

 虚ろな目だ。不意に伸びた手に危機感を覚え避ければ、後を追うようにどんどん近づいて来る。動き方が不自然だ。

 そこで漸く気付く。

 

 

「……誰かに操られてる……()っ」

 

 

 後ろに逃れるように後ずさっていれば発砲音。背後にはベビー5。マジかよお前もか。

 撃たれた脚を庇いながら二人を糸で拘束する。

 

 糸で操れるものの、二人の目に生気が戻らない。恐らく精神にまで作用する類だ。覇気でも二人の意識は戻らない。

 

 能力者かは分からないが、犯人を倒さないとまずい。催眠がかなり強力である事に違いはない。

 

 二人を縛ったまま移動する。脚を撃たれたのは不味かったな。

 

 

「……操作対象の気配も消せるということは…大分面倒だな」

 

『背後は見ててやる。慎重に行け』

 

「…頼む」

 

 

 ジョーカーは若干眠そうだが大丈夫だろう。一先ず前を気にしよう。

 

 苦手な見聞色で周囲を探るが、敵の気配は無い。仲間が全員殺したか、はたまた敵さえも操られて気配が分からないのか。

 

 探れる距離はたかが知れているためこれ以上は分からないが、他の仲間も操られている可能性が高い。

 

 ベビー5やシュガーといった子供が操られていることから、成熟した精神には難しいのか。いや、見せかけて本当は大人も………

 

 

 …駄目だ情報が少ない。不確定な情報の中考えてもムダだ。

 

 

 

 取り敢えず敵の殲滅がてら仲間との合流が優先事項だ。未知数の能力者の相手は難しい。

 腕に抱いた二人の様子を確認しようと思い目を向ければ、ギョッとした。

 

 

 生気の無い目から溢れ落ちるのは…涙。

 

 

 

「あ」

 

 

 

 小さく声が漏れた瞬間。一気に思考が真っ黒に染まった。

 

 

 精神が壊れた経験があるからこそ分かる。今二人の精神は恐らく、壊れている。いや、現在進行形で()()()()()()

 恐らく敵の能力なのだろう。

 

 

 ファミリーの連中を苦しめる腹心か、もう既にテメェらの計画はおじゃんだろうが。イイ性格してんなぁ、おい。

 

 

 

 

「ころす」

 

 

 

 

 明確な殺意は破壊欲と混じり合い、内側から溢れ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 男は全てを蹂躙していく。敵を肉塊にし、次の獲物の首に喰らいつく。

 まるで飢えた獣だ。

 

 少女二人の精神を蝕んでいた能力者の攻撃を受けながら嚙み殺しても、獣はしかし止まらない。

 途中で投げ出された二人の少女の肢体は床の上に落ちた。

 

 ジョーカーが異常を察知し身体を奪おうとするものの、拒絶され侵入が出来ない。

 

 敵の全てを殺し尽くすまでその目に浮かぶ獰猛さは消えない。

 

 

 一人、また一人と死に行く敵。

 

 

 だが飢えを渇かそうとする余り、一瞬男は気付くのが遅れた。

 目の前に強い意志を持った目の男___キュロスが現れた事に。

 

 

「ぐっ……!!」

 

 

 キュロスの片足が糸の攻撃により吹っ飛ぶ。舞った紅に、男の焦点は正常を取り戻した。

 次いで見やれば地面に蹲る男の姿。

 

 敵とは違う輝きを持つ瞳に、ドフラミンゴは漸く自分が何をしたか察した。

 口を開こうとしたが、しかしキュロスの言葉により遮られる。

 

 

「スカーレットは何処だ…!!国王は……」

 

 

 熱の篭った言葉が、男には酷く冷めたものに聞こえた。水中の中から聞こえるような曖昧さ。

 何を言っているのか、暫し間を置いて理解する。

 

 

「国王…は死んだ。スカーレット王女も……」

 

「何ッ…!?」

 

 

 そんなことより敵を殺さねばと、指を動かす。頭上からジョーカーの声が聞こえるが、それすらも曖昧に聞こえる。

 

 

 ここは現実か、はたまた夢なのか。

 

 

 段々茫洋としていく感覚を紛らわすように、肌に爪を立てれば血が出た。だが痛みすらも鈍く感じる。

 

 

「貴様が…貴様が殺したのか…!?」

 

 

 何を言っているのだこいつは、そんな思いが頭を過る。

 

 

 

(殺した?あぁでもそうか。救えなかったのだ、おれが殺したと言っても過言ではないか。

 

 人とは、嘘でも縋る先を欲するものだ。例えそれが憎しみだとしても。

 そうでなければ生きて行けぬ者もいる。おれだってその中の一人だ)

 

 

 

 間違った方向に思考は進んで行く。しかし正常ではない今の男は、歪んだ思考回路のまま進む。

 

 

 

(もう数え切れない程恨まれてきた。一人ぐらい増えた所で同じではないか?

 

 だったらおれは…憎しみの捌け口となってもいい。縋れなければ、人間は壊れるもんだろ)

 

 

 

 

「…おれが、殺したようなもんだな」

 

 

 

 男の不穏な気配にジョーカーは力づくで肉体に入ろうとするが、やはり拒まれる。

 そして怒りに震えるキュロスの剣がドフラミンゴの心臓目掛け一直線に迫った。

 

 

 

「よくもスカーレットや国王を…!!お前だけは……お前だけは絶対に許さん!!」

 

 

 

 

 その切っ先が届こうとした寸前、辺りに少女の声が響いた。

 

 

 

「若様ぁぁ!!!」

 

 

 

 キュロスの肢体に後ろから突っ込んだ少女___シュガーの肢体は、勢いを殺しきれぬままそのままボールのように転がる。

 

 少女の言葉に男の身体は力を無くしたように弛緩し、それを受け止めるように身体を乗っ取ったジョーカーは、先程とは違い突然入れたことに驚きつつも、片手で難なく少女を掴み抱き上げた。

 

 

「大丈夫か」

 

「わ、若ざま……わがっ……さま゛ぁああ」

 

 

 泣きじゃくるシュガー。明らかに様子がいつもと違う。

 

 能力の余波で精神衰退でも起こしているのだろうと、ジョーカーは推測した。そのため精神不安定になっているのだろうとも。

 

 問題は多いが、一先ずオモチャにされたキュロスを見やる。

 そこまで来て、ふと過ぎった違和感。

 

 肉体に入れなかった事はガキの精神状態が影響していたのだろう。故にそれはいいとしても、気になるのはシュガーの能力だ。

 

 

 本来なら己も奴の存在を忘れていておかしくない。

 霊魂であるが故に効かないのか定かではないが、自分にシュガーの能力が反映されないことは知れた。

 

 

(ガキは覚えてねェのか?)

 

『……』

 

 

 返事は無い。ただ心ここに非ずな表情で虚空を見つめている。

 

 暴走列車気味になった男は既に能力者を殺してしまったが、攻撃を受けた時技の影響を受けていた。

 それに気付けない程感情に呑まれていた。馬鹿な奴だと思う反面、焦りが募る。

 

 

 今までに無い程、反応が薄い。

 

 

 

 一先ず今の状態を収束させるのが先決だ。そう判断した男は気絶しているオモチャと未だ鼻を啜る少女を掴んだ。

 

 能力の症状については体験したベビー5とシュガーに容態が落ち着いてから聞こう。それしか推測する方法はない。

 

 それを念頭に置き、ジョーカーは後僅かに残る敵を殺していく。

 

 

 

「……しっかりしろ、クソガキ」

 

 

 

 だがやはり、返事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 もう何度も気絶又は意識を無くしてからの目覚めオチは多いので、慣れっこだ。

 今回もそう思い目覚めれば、案の定ジョーカーが……

 

 

 

「ぐえっ」

 

 

 

 え、待って殴られたんだけど、何こいつ。何人の身体勝手に動かして殴ってんの??勝手に操られるのは慣れたけど、余りにも唐突過ぎるだろおい。

 

 

(ちょっと待てテメェ何すんだこの野郎)

 

 

 あ、めっちゃ微笑んでる。怖い怖い、怖い方の微笑それ。

 

 何かやらかしたかと記憶を探る。そうだ、感情に呑まれたまま行動して……そう、敵を殺してった。

 あと能力者も殺…………………

 

 

 

 す前に攻撃受けてたわ。

 

 

 

(………)

 

『…どうした?』

 

 

 攻撃受けて更に意識が可笑しくなったのは覚えている。甘い夢を見ていた。

 

 

「…ごめん」

 

『……おい、ガキ』

 

 

 家族で過ごす夢。あれは恐らく敵の能力によるものだ。

 

 人の一番望む幸せを夢として見せる。ただそれだけじゃない、甘い夢を見せてから地獄に落とす。

 そうして精神を壊して、相手を蝋人形にする。

 

 

「っ、う」

 

 

 背筋に走った悪寒。夢の内容は想像を絶するものだった。

 人によるのだろうが、言葉では言い表せない程エグい夢だった。思い出したくはない、出来れば一生。

 

 洗面台に顔を突っ込んで蛇口を捻る。前髪に結構な量の水が当たり、その飛沫が周辺に飛び散る。

 

 胃の中の物が無いせいで余計にキツい。一通り胃の中身が消え落ち着いた所で蛇口を止めた。

 胃液の臭いに顔を顰め、窓を開けて外を見ればおれの船の中だった。

 

 すっかり日も暮れ、夜になっている。

 

 

「敵は…どうなった。国王の遺体や、あとヴィオラ王女は……」

 

『一旦おれの話を聞け』

 

「…わ、分かった…」

 

 

 敵の殲滅から数時間も立っていないらしい。国で敵の残党を倒し終えた仲間とも合流して今に至っているという。今は戦いの後の休息中だそうだ。

 

 国も今は同じような状態にあり、話し合いは数日後に行うと聞いた。

 

 

『二人の遺体は船にある。ヴァイ……ヴィオラとレベッカは既に保護されている。安心しろ』

 

(…………心中では何考えてんだか)

 

 

 奴が何を考えているのかまだ知れない。あいつの方が頭回るしな…。

 

 またシュガーとベビー5は無事らしい。能力にかかったのはおれを除いて、能力者と出会った丁度二人だけだったようだ。

 

 ベビー5は大丈夫そうだが、未だシュガーの精神は安定していないそうだ。

 

 

「……黒幕は能力者の野郎で合ってるか?心身掌握に長けていた奴が中枢にいたなら、あの規模の組織も納得がいく」

 

『概ね正解だな』

 

 

 各国と組んだ能力者の男。海軍でもかなりの厄介者だったらしい。というか奴ら能力者の事をおれに黙ってやがった。

 

 後から聞けばそいつはル●ン宜しく変装が得意で、共通しているのは身にまとっている黒い衣装。

 それから「黒い男」と呼ばれていたそうだ。

 

 能力については今まで謎が多く、不明だったらしい。

 

 

 しかし誰が相手だろうが、一度決めたんだ。おれがドレスローザを守るのに変わりはねェのによ。そんな気が回るんだったら、情報漏洩の防衛にもっと心血を注いどけって話だ。

 

 

 にしても相当面倒な相手を押し付けられたもんだ。既に殺しちまったが、殺したシーンを曖昧にしか覚えていないのは残念だな。

 

 もっとエグく殺してやればよかった。

 

 

『お前はリク王の意志を尊重する気か?』

 

「…おれが国王になるってことか?……話し合ってみないと分からないが…一応協定を結んで、国をファミリーの支配地にはしたいな」

 

『つまり王になるってことじゃねェか』

 

「違ェよ…王には裏切るようで悪いが、今考えているのは二重統治だ。王政国家のままで女王に国の采配は任せる。おれは相談役か、万が一の時国を他勢力から守る立場でありたい」

 

『裏で国を支配する摂政か…』

 

 

 

 うん、だから違ェよ。

 何でお前そんなに国を乗っ取りたいんだよ、元国王だからか??思考が恐ろしい程暴君だぞあんた。

 

 

「言っとくが周辺国家との安全確保が出来たら、二重統治も解除するからな。協力関係は出来るならそのまま残したいが」

 

『………』

 

 

 ムスッとつまらなそうな顔をすんなバカ野郎。

 

 

『フフフ…まぁいい。おれはどうあれ話し合いにはもしもがあっても出ねェからな。助言ぐらいはしてやるが』

 

「…何でだ、珍しい」

 

 

 いつも一線引くとか言いながら割と関わってくるあんたが……いや、おれがやらかし過ぎてるせいじゃないと思いたいけれども。

 

 

『…おれにも都合ってもんがあんだよ。少しはこっちの気苦労も分かれ』

 

「………」

 

 

 都合ね…。まぁあっちにも何か考えがあるのだろう。おれはおれの道を行くのだし、そこまで深入りはしない。

 

 にしてもやはりいつもの奴からすればかなり慎重だ。確実に企みはしているのだろう。

 その中身まで知ったこっちゃないが。

 

 

「フフフ!そう言うってことは、あんたやっぱ何か企んでんだなァ」

 

『…煩ェぞクソガキ』

 

 

 図星だ。フッフッフ…偶にはおれだってあんたの意表を突けるんだぜ。

 笑っていれば安堵したように溜息を吐いて、奴は消えた。

 

 

(寝たのか…。流石に今回は苦労かけ過ぎたな…悪い)

 

『あ、シュガーん所も行ってやれよ一応』

 

 

 

 

(……え?)

 

 

 

 

 思わず顔を上げる。顔の熱が上がっていくのが嫌に分かる。嘘だろ、寝たんじゃねェの?

 何で視界に入ってんだよ。クソッ、ニヤニヤすんな。

 

 

『フッフッフ!お前も反抗期なんだなァ』

 

 

 ウッセェ黙れ阿呆。……スゲェ恥ずかしい。ふざけんなマジで、ホント…………三十路に反抗期とかなんだよ。だったら一生反抗期だわ。

 

 うわもう…エロ本を母親に見られた心境だ……例えが微妙過ぎて自分でも何を言ってるのかと思いたくなるが。

 

 

『誰も寝るなんて言ってねェだろ?まぁこれが終わりゃあ寝るつもりだが』

 

(……OK分かった。さっきの意趣返しだろ、あんた以外に小さい事に、いちいちイラつくタイプだろ)

 

 

 

 趣味の悪いクソジジイめ……。

 

 

『ア?』

 

 

 いかん思考が読まれている。にしても世紀末に見る悪魔の笑顔はあんな感じだな。

 必死に平身低頭で奴のご機嫌を取る自分が惨めだ…。

 

 そんなやり取りがあったが、功を奏して絞められずに寝たのでよかった。でも実質ジョーカー爺さんだろ。おれだって近頃おじさん呼ばわりされてきてんだからよ。

 

 取り敢えず思い出すだけで背筋が凍るジョーカーのスマイルは忘れて、シュガーの容態を見にいこう。

 

 いやでも今回助けられたからな…シュガーの好きそうな物でも持ってくか。

 

 

 好きな物……人形か?

 

 

 

 そう考え糸で人形を作ろうとした時、部屋の片隅に鳥かごを見つけた。こんなもんあったか?

 中には人形が入っている。…片脚がない。

 

 

「シュガーの能力か?誰だこいつ…捕まってるってことは敵………?」

 

 

 オモチャにされた人間は文字通り人間としての機能を多く失う。

 しかし何故か無機質な瞳の奥に、熱い何かを感じた。

 

 それも殺意と___何かもっと熱い……正義感…か?

 

 

 …駄目だ分かんねェ。

 

 

 おれが寝ていた間にジョーカーが何かしたのか?記憶が曖昧だ…それも含めてシュガーに可能であれば聞くか。

 

 片手でオモチャを掴み部屋を出る。オモチャは抵抗したが力を込めれば、すぐに大人しくなった。上手く喋れないのか、何か言おうとしているものの理解出来ない。

 

 

 そしてシュガーの部屋を訪れる。おれの突然の訪問で目が覚めたのか、肢体を起こした。

 擦る目は赤い。泣いていたのだろうか。

 

 

「…わかさま、わかさま……」

 

「ン、どうした?大丈夫か?」

 

 

 抱き着いてきた肢体を持ち上げ、片手に座らせる。

 おれの首に腕を巻き付け擦り寄る姿は、宛ら猫のようだ。こそばゆいぞ。

 

 

「わかさま、生きてる?」

 

「フフフ、何言ってんだ。ピンピンしてんだろ」

 

「ちがうの、ゆめで、死んでたの」

 

 

 …あぁ、能力者の能力で見たのか。

 

 

 詳しく聞けば姉やおれが死んでいる姿を見たらしい。

 本当にあの能力者はもっと凄惨に殺してやりたかった。場違いに殺意が湧く。

 

 

「おれじゃなくてモネにもっとショック起こすかと思ったが…」

 

「おねーちゃんは、大丈夫だもん。わかさまが守ってくれるから。…でも……でもね、わかさまは………」

 

「何だ?」

 

「わかさまは、ほんとうに、死んじゃうかもしれない…でしょ?」

 

「………」

 

 

 だから怖かったのと、そうシュガーは続けた。

 

 おれがそう簡単に死ぬわけないだろと言い、少女の頭を撫でる。

 やわっこい毛は数年前から変わらない。年の取らない少女。

 

 安心したのかシュガーはそのまま寝てしまった。そっと下ろし、シーツを掛ける。

 部屋にはオモチャだけじゃない、人形やら色んな物が置いてある。

 

 

 きっとシュガーは成人しきらないのだろう。ずっとこのまま、いつか死ぬまで年を取らない。

 一人取り残される寂しさがあるのだと思うと、遣る瀬無い。

 

 二人を飼っていた人間をぶち殺したい。既にシュガーに殺されてしまっているが。

 

 

 どうにもならないことは仕方ないと諦めるしかない。しかしそのままにせず、これ以上被害が出ないように変えることが大人の役目だ。

 

 

 

 子供の住み易い世界。理想郷は遥か遠い…でもと、思う。

 

 

「見てェんだよ…子供の、普通に笑ってる姿を……」

 

 

 

 そこにあるのはファミリーの叶わない子供時代への想いもある。全員が全員ではないが、笑って幸せに過ごした幼少時代を持つ者は少ない。

 

 家族と笑って過ごせる世界があったなら、おれたちはこうなっていなかったろう。

 少なくとも道を踏み外しはしなかった。

 

 

 おれは闇の中で依るべき場所のない存在に、傘となって雨から守るような存在。

 

 

 そしてそうあり続けたいと思う。緩む笑みを戻さぬまま暫し少女の髪を梳いた。

 オモチャの件は起きてからでいいか。何かあるんだったらジョーカーが寝る前に言うはずだしな。

 

 

 殺意はあるが、悪い奴じゃないんだろう。

 

 

 今それはシュガーの手の内にある。気に入ったのかおれが抱きとめた時に奪われた。

 

 オモチャである以上少女の身に危険は及ばないだろう。

 無理矢理引き剥がして起こすのも気が引けるしな。

 

 そのまま部屋を出る。灯りを消せば、星を模した天井が微弱な光を吸収し、淡く輝く。

 

 

 

「おやすみ、赤ずきん」

 

 

 

 

 _____バタン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は閉じていた目を開け、胸の内にあるオモチャを見つめた。

 

 呟く声はどこまでも冷え、人間に向ける目ではない。ゴミを見るような、そんな目。

 

 

「若様が…どんな風に死んでいたか、あんたにだけ教えてあげるわ」

 

「………」

 

 

 オモチャはその手から逃れようともがいた。

 

 

「あんた、娘がいるんでしょ。殺してやりたいけど、きっと若様が悲しむから止めてあげるわ。その代わり、あんたに死よりも辛い罰を与えてやる」

 

 

 そう言い少女はオモチャを持ったまま、窓を開けた。香る潮風から覗く景色は、未だ昨日の戦いの爪痕を深々と残している、暗闇に浮かぶドレスローザの姿。

 

 ギシリと軋むオモチャにも気にせずシュガーは締め上げる。

 

 

 どうせ壊した所でオモチャに痛みは無い。ただぼんやりとした感情の中で生きるのみだ。

 それも、全ての人間から己という存在を忘れ去られた中で。

 

 

「一生、娘に忘れ去られたまま生きればいいわ。誰もあんたを覚えていない、ずっと一人ぼっちで死んだように生きればいいわ…!」

 

 

 零れ出る涙は止まらない。歪む視界の中でシュガーは悪夢の中身を告げる。

 

 

 

「若様を殺させやしないんだから!!若様が()()()()()夢なんか、そんなの……そんなの絶対に……絶対に許さない!!!」

 

 

 凍える瞳がオモチャを瞳いっぱいに映す。

 少女の世界の中に、闇に生きる男の姿は既に姉に次いで大き過ぎる存在になっていた。

 

 

「お前みたいな奴のせいで、若様が傷付くんだ」

 

 

 投げられたオモチャの肢体はそのまま窓を越えて海に落ちる。

 

 

 

「覚えときなさい。あんたの娘なんて、いつでも簡単に殺せるんだから」

 

 

 

 波がオモチャを容易く飲み込んだのを見、少女は扉を閉める。

 

 その様子はまるで、童話の本を閉じ終幕を告げるかのようだった。

 

 

 

 

 

「おしまい」

 

 

 

 

 

 シュガーは笑って、そう言った。




主人公(おれ)
身内に甘い打倒天竜人。偶に抜けてる。精神弱め。頑張ってるけど頑張れ。人生ハードモード。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。基本一線引いてる。主人公カバーしつつ企み中。キュロスの処遇云々は計画通り(某デスノ●ト顔)。

シュガー
シスコン。滲み出る狂気。主人公に依存気味。

キュロス
主人公の発言から敵と組んで街を救い、国を乗っ取ろうとしていたのではと思っている。


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坂から転げ落ちてる球体

ヴァイオレットとジョーカーが大人の関係だった前提。

創作において出る考えは少なからずその人本人のもので、その行為って結構恥ずかしいよねって言われて、顔真っ赤になった。恥ずかしいなんて思ってもみなかった。でも自覚した今、大分「うおわああぁ」ってなってる。


 生まれ持っての性質悪。

 

 男はそれに逆らうように生きてきた。破壊欲とそれに歪められた正義感の間に精神を侵されながら、己の望みを叶えようと進んで来たのである。

 

 変えようとも変えられなかった。しかし時が経つに連れ、破壊欲は増すばかり。許容量を超えた精神は瓦解したのだ。

 ここまでは既に本人も理解している。

 

 

 しかし壊れたものとはそう簡単に直らないものだ。

 

 小さな容器が壊れたならば、接着する事によりあっという間に直るだろう。

 だが巨大なものが壊れたらどうだろうか。

 

 それに壊れれば永遠に直らないものもある。

 

 

 男の内は壊れたまま、少しずつ残った本体にヒビが浸透している。そこから抜け出し後ろに戻ろうとするならば、散らばった破片で傷が付く。

 

 進むしかない。進んだまま、壊れ行く運命である。

 

 

 その運命に抗う時間があるのならば、男は自分の道を突き進むだろう。例えその未来が、周りから見れば愚かであろうとも。

 どこまでも現実的で、しかしどこまでもバカ野郎だ。

 

 

 

 

「何だよジョーカー…ジロジロ見て」

 

『…何でもねェよ』

 

 

 

 男の側に立つ幽霊は、その先を既に推測している。いずれ男は願いの先で命を失うだろう。

 男の身を粉にする様は、ある意味で自傷を正当化している。

 

 阻止しようとしても、恐らくガキは拒絶するのだろう。ただ寄り添うしかあるまい。

 そしてその運命にジョーカー自身も良いものだと感じ始めている。

 

 

 それは己の最期が一人であった所為かは分からない。

 

 しかし孤独に死ぬのならば、途中で欠けて死ぬよりも共に死にたいと思う。

 それを言葉にする事はない。柄ではないし、お互いの距離感はそのようであるべきなのだ。

 

 依存のような、歪んでいる関係。ジョーカーもそれは自覚している。しかし恐らくこの歪さを、ガキ本人は当たり前として捉えている。

 

 男は他者から依存されやすい。それはカリスマ性と男の歪さを伴ってさらに歪める。一歩引いて見てみればなんと危ういことか。

 

 

 だからこそ…だからこそ今この時、別のエンドを見つけなければならない。

 

 共に死ぬのも良い、だがそれは果たして理想と掲げてよいものか。いや、明確に男が死を意識するようになったからこそ、二人ぼっちの死を良しとするわけにはいかない。

 

 せめて幸福の中で死ぬべきだ。天竜人の転落も明確に道筋が見えてきた。

 

 ガキならやってのけるという確信もある。慢心じゃない。甘い所も含めての合格点をやれるとジョーカーは判断した。

 

 

 ならばもうここで止まるべきだ。これ以上進めば死ぬ。政府の失墜など…世界をぶち壊して直すなど、それこそ普通ならば一代で為せる事ではない。

 

 天竜人が消えればそれは自然と進む。世界は無理をせずとも男の理想へと完璧ではないが、推移して行く。

 

 しかしその推移を無理にでも進めようとする所がらしいといえばらしい。

 だが愚行だ、己の幸福を鑑みず進み続けている。

 

 他人の感情をもう少し慮れ。男が精神衰弱を起こす都度思う。

 

 

 進もうとするのは海賊王たる器であるが故だ。為せるからこそ進もうとする。

 言ってみればそれは崇高なものだが、過ぎればバカとも言える。

 

 支える仲間もいるが、その前に精神が持たなければ本当に阿呆の一言なのだ、ジョーカーからしてみれば。

 

 もっと利口になれと罵りたいが、しかしそれを言えない程には懐柔されている。

 

 

 言えぬのならば、裏で動くしかあるまい。そう考え企んできたが、しかしそれも一筋縄では行きそうにない。

 話し合いの様を見ているが、己の計画は上手くいかなそうだと感じた。

 

 

 国との話し合いはスムーズに進んでいるが、国民というのは単純なもので力のある方に今後の国の指揮を望んでいる。

 

 年若い王女と、力も権力も持つ男。

 

 また面倒なのは政治を行う年寄り共が、王女の即位に異を唱え始めた事だろう。

 その波紋は国王が死んだ不安を飲み込み、国民は疑問を抱き始める。

 

 

 

 ___余りにも若過ぎる。

 

 ___リク国王は素晴らしい方だったが、果たして娘君も同じ器を持つかどうか…。

 

 ___やはり【英雄】に国を指導して頂きたい。

 

 

 

 人間の弱さ。それが顕著に現れた国は次期国王をドンキホーテ・ドフラミンゴにという者と、リク国王の娘であるヴィオラ王女にという意見に分かれた。

 

 男の方がしかも優勢である。これには思ってもみなかったのか、男は去るにも去れなくなった停泊中の船内で項垂れた。

 

 

「違う…おれの考えじゃ………ヴィオラ王女が…………」

 

『フフフ、面白ェ事になってんじゃねェか』

 

「………」

 

 

 一睨みし、酒を浴びるように飲む船長。度を越して控えていた樽飲みまでしている。荒れ過ぎだ。

 

 ジョーカーからしてみれば好機であるが、男からしてみれば目的の障害になっているため相当イラただしいのだろう。

 

 

 

 

 元々ジョーカーの企みは男をドレスローザの王にすることであり、その隣にヴィオラ王女を据える事だった。

 

 嘗て己が愛した女。邪魔になれば殺す所存ではあるが、しかし思う所もあった。

 

 ガキ以外に感情が希薄になっていはいたが、やはり愛とは恐ろしい、そう思った。精神が昔よりも、男に影響され甘くなったならば尚更だ。

 

 故に変に情に絆される事を恐れ、男の代わりに出る事を予め拒んでおいたのだ。

 しかし様子見していたジョーカーは、二つ見誤っていた。

 

 

 一つ、男自身が恋愛感情を抱いていない事。

 

 抱いていないというより、恋愛感情を持たない欠陥人間だった。

 その感情は成長過程で育たなかった感情の一つだ。

 

 今まで女の気配が無い事に疑問を抱いていたが、理解した瞬間ゾッとした。計画の前提から意味をなさなくなったのだ。

 

 

 二つ目はヴィオラ王女。

 

 前回のように仲間にせず良好な関係をと思っていたが、何といつの間にか憎しみの目を向けられているではないか。

 

 この世界線におけるヴィオラ王女はギロギロの実を食べていなかったが、会議などを通してかなり観察眼に優れた女だと知れた。

 

 故にガキと話す内にその身に宿る圧倒的な性質悪を感じてしまったのだろう。男のもう片方の穏やかな感情は基本身内にしか向けられないのだ。

 

 

 それと国民が男を支持し始めたのも悪かった。

 

 父や姉を失った女からしてみれば、その様は国を奪われるという思考回路に陥っても致し方ない。

 また男本人には自覚が無いが、言葉足りない発言が誤解を生んだのは確実だ。

 

 最初の話し合いの後、男の性質悪を悟ったヴィオラが尋ねた言葉。

 

 

「貴方はまさか…奴らと組んでいたの?」

 

 

 普通ならば国を襲った敵と思うだろうに、変な所でヌケを発揮させる男は組むの相手を、海軍だと捉えた。

 ジョーカーが指摘した所で既に男が肯定の発言をした後。

 

 誤解の渦はもう留まることを知らない。

 

 

 そして敵の壊滅後から二週間後、隙を突き男の寝所を刃物を持って女が襲った事により、完璧にジョーカーの企みは失敗したのである。

 

 やはり運命とは変わらないものなのだ。いや、より悪い方向に向かっている。

 

 

 

 キュロスの件に関しても、男の甘さを考えれば最善はあれしかなかったろう。

 

 殺すは殺すでいずれシュガーの能力が解ける可能性を考えれば、恐ろしいものがある。男の精神ダメージに即で直結しうる。

 

 

 そして一番の憂慮ごとはあの夢に関する能力者の存在。

 黒幕にしては呆気なく殺された敵、あの勢力を統率していたにしては違和感しか抱かない。

 

 

 己の勘は告げている、奴はまだ生きていると。

 

 死んでいるはずなのに男以上に考えている幽霊は、唸りながら月を睨めつけるのだった。

 

 

 

『クソ面倒臭ェ…』

 

 

 

 

 

 しかしガキのためならばと思う自分に、とんだ親バカだと呆れたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 ドレスローザから離れるに離れられなくなった今、ファミリーはバカンス気分なのかのんびりしている。

 一部はアジトに戻り仕事をしているが、仕事の方も今は大きいものをしていない。

 

 自分も計画を進めにくいこの状況に苛立っていた。

 

 現状から脱却すべく、国民にいかに王女が王たる器に相応しいかを訴える文を考えていたほどだ。その紙は即破ったが、相当精神的に来ていると感じた。

 今も二日酔いがえげつない。

 

 

 女王は若いが、国を指導する能力はまだ未熟ではあるが持っている。

 

 しかし最近殺意を向けられていた。理由は分かっているので省く。面倒なのはおれの発言を無視し始めた事だ。

 

 そのため弁明も聞いてもらえていない。更に酒が進む原因だった。

 

 

 

 その夜も寝ていた。後から聞いたがファミリーに護衛も付けずに来た王女の覚悟は素晴らしいと思うが、度胸を発揮する場所が違う。

 

 誤解も解けぬままだった状態をもっと早くに改善しておくべきだったろう。酒に溺れて寝ていた状態で襲われても仕方ない。

 

 咄嗟に止められたのはやはり長年の経験からかと思いながら、その手をひねり上げるようにした。

 

 

「……よくも、よくもお父上を…!!」

 

「だから…話をき「黙りなさい!!!」……」

 

 

 ずっとこの調子だ。家族を愛していたからこそ、ここまで彼女は強いのだろう。

 だが少し向こう見ずだぞ。

 

 何でおれはこうも人と意思疎通が出来ないんだよ。分かる奴には言葉にせずとも伝わるのに。

 

 波長が合う合わないは割と重要な事なのだろう。合う人間には言葉少なく済むからいいものの、合わない人間には伝える苦労が増す。

 

 だから頼む話を聞いてくれ。ヒステリックに包丁を刺すな。ベットがボロボロになるだろ。

 ジョーカー助けろよ…いやヴィオラ王女とは関わりたくないって言ってたか。クソどうすりゃいいだ。

 

 

『一先ず糸で拘束しろ』

 

(過激なプレイは好かねェぞおれ)

 

『さっさとしろ…いや待て…』

 

(ア?…ちょ、刺さる刺さる)

 

 

 あ、伸ばしてた前髪が切れた。流石に淑女に乱暴な扱いするなんて嫌なんだよ。一応国王に頼むと言われたんだし、傷つけるわけにはいかない。

 

 格闘する中ジョーカーはニヤリと笑った。さも好機到来と言わんばかりの笑み。

 ムカつく。テメェのその面ぶん殴ってやりたいぐらいには今の状況辛い。

 

 

『フフフ!何で気付かなかっただろうなァ…おれとした事が……』

 

(早く言えジョーカー!!)

 

『ファミリーがそう簡単に通すはずないもんなァ普通……詰まりそういう事だろ』

 

(何!?意味が……)

 

 

 

 あ、首に刺さる!!ちょっと待っ、ちょっ待っ………

 

 

 

 

『密会だと思われてんだろ』

 

 

 

 

 

 

 _____え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 ファミリーの奴らは聡い奴が多い。おれの感情の機微に気付いて行動してくれるのは非常にありがたいと思っている。

 

 ただ…ただ言わせて欲しいのは、聡過ぎて偶に思考が行き過ぎてしまう事だ。

 

 ヴィオラ王女が船に来た時に入るのを許可した奴や、途中でその姿を船内で見掛けても止めなかった奴が誰でも咎めはしないが、そいつの思考回路としてはこうだろう。

 

 

 一人で訪問+夜+船長室=密会

 

 

 咎めはしねェ、咎めはしねェけど…いつおれが関係を持ったと言った。思考が二重跳び抜かして五十跳び過ぎんだろ。

 

 

「ハァ……」

 

 

 ため息が溢れる。流石に相手より自分の身の方が大切なので糸で拘束してしまったが、王女の目が怖い。

 

 そも国の乗っ取りなどしないし、王女の両親を殺してもいない。

 

 自分が救助に遅れたことを言及するならおれが殺したと言っても過言じゃないが、悪意を持って国を救ったわけじゃない。

 

 

 結局は家族への歪んだ愛が影響して動いたに過ぎないけれど、それ以上にこの国を救えてよかったと思ったのだ。

 まぁ面倒な国のいざこざに巻き込まれて動けなくなっているが。

 

 案外これをセンゴクは狙ったんじゃないかと思うと、青筋が浮かぶ。

 

 ロシーは国が救われた事に喜んでいたらしいので、それで全部良いと思っちまうが…。

 

 取り敢えず今はベットの上で向き合うような形で座っている。所々刃物の先が擦れた肌は切れ、バスローブが斑点のように血の色に染まっている。

 

 

「お父さま……お姉さま…………」

 

「………」

 

 

 話し合いで何度も見た姿は凛々しい雰囲気を持っていたが、今はどうだろう。

 

 涙を必死に堪える様は迷子になっている幼子のようだ。そりゃあそうだ、ヴィオラ王女の母は既に他界していると聞いているし、王も姉も亡くなってしまった。

 

 王の親衛隊の多くも戦いの中殉死した。亡くなった王に対し、国民は哀悼を見せていた。

 

 一部は国民を守れなかった王だろうと罵る輩もいたが、本当にそれはごく一部で、ほぼ全員が眠る二つの十字架の前で安らかにと祈った。

 

 王は強く気高いお方だったのだろう。ほんの少し会っただけだが、灯火の消えかけた瞳でも強い意志を感じた。

 瞳はその人間の本質を表すという。おれが見た王の瞳は強く透き通るような色だった。

 

 

 しかし状況が悪かった。海軍の情報漏洩、敵との相性、ファミリーの到着の遅延……上げればキリがない。だが亡くなってしまった魂は戻って来ない。悔やむ時間があるのなら、二度と起こさないと唇を噛んで前を向かなければ始まらない。

 

 自分の魂に刻み付けて、痛みを決意に変えなければならない。

 前を向け、前を。後ろを向いたら屍しかない。

 

 

 それと唯一血の繋がる姉の娘___レベッカも行方を眩ませてしまったと聞いた。

 

 探させてはいるが、未だ見つかっていない。

 

 

 故に今彼女は一人だ。悲しみに暮れる事さえ許されず、国と向き合う事を強制されている。

 強い女性だが、おれの所為で国民から彼女を否定する言葉が浜辺に打ち上げる波のように留まる事を知らない。

 

 支えてくれる人間も居ない。

 重過ぎる重圧にそれでも戦おうとしている王女。

 

 

 邪魔なおれはとっとと去るべきだろうが、ここで消えれば更に他国との状勢問題や戦果の爪痕を残す国の対処が彼女に待ち構える。

 

 流石に今の状態では無理だ。それにドレスローザの転覆を目論む第二、第三の勢力が出て来ている。

 

 明らかにそれもおかしいのだ。薄っすらとあの豚ども……天竜人の仕業ではないかと思ってはいるが、一応調べさせてはいる。

 

 

 おれも引くに引けない。途中で(なげう)つならそれこそ最初から関わるべきじゃなかったというものだし、伸びて来た豚どもの豚足……じゃねェ、魔の手か。

 

 その魔の手とおれがドレスローザに関わった時期が運悪く重なってしまった。

 元々周辺諸国がお手手繋いで攻めて来るだけで済んだのに、余計なものが国を狙って来ている。

 

 勿論全員殺す。にしてもおれを狙うなら国を狙う必要無ェだろ。テメェらの脳味噌はお飾りか。

 

 

 

 思考が逸れて殺気がつい漏れちまったためか、ヴィオラ王女が怯えた。

 

 それでも目はきちんとおれを見ている。恐怖と怒りが混じった目に、罪悪感を覚えつつ精神を落ち着かせようと息を吐いた。

 

 

 当初の予定では、王女に国の統治を任せて仲良く二重統治…だったが無理だろう。

 彼女の精神状態が酷く不安定であるし、おれの話を全く聞かない上に信じて頂けない。

 

 おれが国王になれば話は早いだろうが、王に彼女を頼むと言われたんだからそういうわけにもいかない。

 

 どうすりゃいいんだ…。

 

 

『お前勘違いしてないか』

 

(…何だよ。今真剣に悩んでんだよ)

 

『国王はお前が王になった上で娘を任せるって言ったんだぞ。つまり(めと)れってことだろ』

 

「……はぁ!?」

 

 

 しまった、うっかり声に出ちまった。余計怯えられたよ…ジョーカーこの野郎。

 

 

(……冗談はあんたのセンスだけにしてくれ)

 

『ぶっ殺すぞ。……お前も薄々分かってんだろ』

 

(………)

 

 

 

 …ああそうだよ、王に言われた時はそこまで深く考えられる精神状態じゃなかったから流しちまったが、後から考えればそういう意味かと思いはしたよ。

 

 でもまさかこんな欠陥人間に娘託すわけ無いだろ。恋愛感情なんて分かんねェよ。何だよ恋って。

 

 それに王女が一番可哀想だ。好きでもない相手とくっつけられて…そういう風潮王政にはあるよな、政略結婚だったり。

 

 それにおれは女作る気なんてないぞ。豚どもの駆逐と世界再建で人生費やす予定だし。

 

 

 

 …いや待て?…………そうかこいつ、おれとヴィオラ王女を…!

 

 

 

(…あんたの思い通りにはいかねェよ)

 

『……!……フフフ、大人しくここで押し倒しとけ』

 

(やだね)

 

 

 出たよ、ジャイアニズム。絶対その部分だけは見習わないからな。おれはセニョールピンクのように紳士に振る舞うぞ。絶対に昼ドラに出そうな暴力夫にはならない。

 

 おれは自由に生きるし、絶対今のこの殺伐加減では甘い雰囲気になれる訳がない、なる気も勿論ないが。

 

 

(おれは…このままでいいんだよ)

 

『……』

 

 

 奴は何も喋らず笑って消えた。見られているかもしれないがまぁいい。今回はお互いどっちも引けない。

 

 中庸を後々見つけるしかあるまい。ジョーカーと喧騒し合う機会はまた別で取る。

 今はヴィオラ王女だ。

 

 

「…王女、貴女は今何がしたい」

 

「あんたを、殺してやりたい…」

 

「国の事を考えられない程か、それでいいのか」

 

「…っ、分かってるわ…分かってるわよ……でも、でも………」

 

 

 憎しみと王女としての責任、そして悲しみ。

 

 様々な感情が入り混じっている。こんな状態では国の指揮など到底無理だ。

 

 おれとしても不安定な彼女を放って置けないし、国を任せられはしない。ここまで関わってしまったのだ、もう腹を決めるしかあるまい。

 

 

「…おれを殺したいか」

 

「ころし……たい゛っ……」

 

 

 己が家族へ歪んだ愛情を向けられないからこそ、その憎しみは誰よりも分かる。

 

 壊れてしまう…だろうな。ぶつける先がない殺意はいずれ自分自身を壊す。

 経験者は語る。おれを反面教師にして生きていけとも思うが、難しいだろう。

 

 

 だが今は、の話だ。

 

 

 彼女はいつか自分で立ち上がれるだろう。それまでに傷を癒す必要がある。

 

 必要なのは感情をぶつける場所か。それと面倒な敵から遠く離れず守れる場所。

 ……あぁ、もう腹を決めろ。

 

 

 

「…だったら仲間になれ」

 

「…ふざけないで」

 

「いつでも殺しに来い。それともお前の憎しみはそれまでか?」

 

「っ、貴方の所為じゃない!!」

 

 

 そうだ、感情をぶつけろ。自分を取り戻せるまでにどれ程時間がかかるか分からないが、国を治めている間は相手をしてやる。

 

 所詮仮の王だ。同じ場所にいてくれれば彼女の安全も十分確保出来る。

 リク王との約束を守るには…ジョーカーの思惑を除いてこれぐらいの方法しか思い付かない。

 

 その間周辺国家の平和協定、バカな組織の殲滅。

 

 徹底的にやってやる。ここまで来たんだ、後戻りは出来ない。

 

 

「…さい、底………」

 

「フフフ…聞き慣れてる」

 

 

 差し出した手を、しかし彼女は震える手で取った。

 

 あちらはおれが敵と組んで、国を乗っ取ったとでも思ってるんだろう。そのために彼女の家族を殺したと。

 今は何と思っているか知る由はないが、概ねそれ以外の選択肢は無いと、思っているんだろうな。

 

 確かに選択肢が無いと意図的に思わせているし、悪いが今の最善は仲間、つまり目の届く範囲に置いておくことしか思い付かない。

 

 感情よりも合理性を考えねばならない状況だ。感情という小よりも国民という大を取らねばならない。

 

 

 おれは完璧な超人じゃない。所詮人間、何でも出来るわけじゃない。

 

 

 それでも進むのだ。理想のために、地獄に足突っ込んで生きてるんだよ。

 

 

 

 それがおれの人生だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

『お前も合理性を少しは学んだんだな』

 

「……やっぱ起きてたのかよ」

 

 

 部下に王女を送り届けさせた後、部屋でようやく一息吐いた。

 

 明日はファミリーへの報告と…あぁ勿論密会の誤解を上手く訂正して、その後会議で仮の王として指揮する旨を話す。王女が精神的に成熟するまでの期限付きだ。

 

 王女の殺す云々の感情はファミリーから反感買うかもな…いや、流石に彼女もそうなれば動けないか。

 案外正解だったな、仲間にしたのは。…相変わらず話は聞かれなさそうだが。

 

 今のおれからすれば、彼女は大人より子供に見える。精神が不安定過ぎてこちらが心配になるというものだ。

 

 

「違ェよ、ジョーカー」

 

『あ?』

 

 

 リアリストを気取っちゃいるが、おれも簡単になりきれるわけじゃねェよ。

 でももう、分かったんだ。

 

 

「どうせおれの感情を理解してくれない奴は、とことん理解してくれないだろ。ロシー……みたいに」

 

『……お前』

 

「だから、いいんだ。これ以上彼女と話し合っても無駄だし、おれの精神衛生上良くない」

 

『………』

 

 

 奴は暫く沈黙した後、味をしめているのか人の腕を動かして頭を撫でた。

 割と乱暴なそれに心が酷く落ち着く。

 

 そしてポツリと、『おれはお前の事を一番に考えている』と言われた。

 

 

 

 

 んなもん分かってるよ、ジジイめ。

 

 

 

 冷たい雨が降る中で他人を守るために傘を差すおれはびしょ濡れだけれど、それを防ぐように奴がピンクのド派手なコートで水滴を遮るんだ。絵面的におれは子供だな。

 

 無くなったら、それが無くなったらいよいよ壊れて死にそうだ。おれの依る場所。

 

 

 縋るもの、縋るもの。人にはそれが必要なんだ。縋って生きて漸く歩める、嫉妬でも憎しみでも何でもだ。

 

 

 おれの父上は、父上だから違う。ジョーカーじゃない。

 例えれば多分爺さんだ。言えば殺されそうなので言わないが。

 

 

 人間は歪んでいる。それを含めて『生』を求めるんだ。

 だから…おれは歪みを肯定して生きるよ。

 

 

 

 人間は弱い。弱くて、脆い。

 

 それを抱えて上手く生きる方法が、おれには分からない。歪んだまま……進んでるな。

 

 

「大変だぁ」

 

『ア?』

 

「フフフ、大変なんだよ」

 

 

 それでも壊れながら進んで生きようじゃないか。

 

 だっておれも歪んでるんだから。




主人公
身内に甘い打倒天竜人。恋愛感情死亡。時折抜けてる。精神弱めで頑張る。仮初めの国王(響きいいな)。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。「オラくっつけ作戦」失敗。苦労人。

ヴィオラ
主人公に殺意120%。


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ONE-Day

主人公の一日。


 ドンキホーテ・ドフラミンゴの一日は大抵穏やかな朝か、戦場並みの騒がしさから始まる。

 その日は後者であった。

 

 

「キャーー!!若様おはよう!」

 

「若様起きて、若様!!」

 

「…………」

 

 

 元々低血圧な男は、特に朝の機嫌が凄ぶる悪い。しかしそんな中でもファミリー相手には強く怒らないと分かっている二人は、遠慮無しにベットの上で騒ぎ出した。

 

 

「若様の好きなロブスターよ!!私取ってきたの若様!!」

 

「若様オモチャでスプラッタごっこしよう!」

 

 

 デリンジャーの角が思い切り腹に刺さった男は呻き、ついでシュガーに肩を揺り起こされ渋々起きた。

 開けられた瞳は正反対の色で彩られている。

 

 それに特に深追いもせず、というより興味のベクトルがそちらに向かない二人は騒ぎに騒いだ。

 隠し事が多い男からしてみれば、そのファミリーの対処は非常に気が楽なものだった。

 

 

「……煩ェよ…お前ら………」

 

「「若様!!」」

 

「……わ、分かったから…ちょっと外で待ってろ」

 

 

 そのまま二人は起こしに来たベビー5に預け、ドフラミンゴは白シャツに袖を通し、緩いボトムを履いた。

 欠伸し、そのまま眼帯を付けサングラスを掛ける。

 

 窓を開ければ朝日が覗き、それに顔を顰めながら眉間に皺を寄せた。

 光の中でも早朝の朝日が特に目を痛めるのだ。

 

 

 ちなみに思い切り素足で歩き回るが、それを咎める幽霊は夜行性のため寝ている。

 それを知った上で確信犯は長い髪を結い、シャツの中に入れた。

 

 前髪は以前仲間となったヴィオラ王女___ヴァイオレットに切られたため、奇しくもジョーカーと同じようになっている。但し生え際は無事である。

 

 

「…眠ィ」

 

 

 

 

 ファミリーの仲間と食事を共にした後、直ぐに仕事に取り掛かる。

 今の所王政の業務が安定していな事もあり6割、ファミリーの仕事が4割。表と裏の仕事である。

 

 拠点は既にスパイダーマイルズからドレスローザに移したため、手に付ける悪事も多少なりとも変化した。

 

 麻薬や武器関連は元々であるが、王下七武海入りを果たしてから増えたのは奴隷マーケットの着手である。

 その内容はファミリーの中でもドフラミンゴと一部の者しか携わっていない。

 

 筆頭は船長だが、その他はヴェルゴといった彼が特に信頼を置く人物が関わっている。

 

 

「フフフ、金の亡者は殺しちまっていいさ。重要なのは愛情だろ」

 

 《君らしいな》

 

 

 ドフラミンゴが着手した奴隷…いや、奴隷を冠した子供の受け流し。

 単純に言えば里子探しだ。

 

 

 買い取った種族問わない奴隷にされた子供を、確かな愛情を持つ人物へと渡す。新たな第二の人生のスタートだ。

 

 それは今迄は出来なかった事でもあり、心の余裕が一切無かった男には更に不可能だった。

 

 しかし仲間も強くなり、それなりの権力を手に入れた今だからこそ、漸く叶えられた目的の一つでもある。

 第二の人生のスタートを切った子供の人生までは保証しない。それは自分で切り開くべきものなのだ。

 

 それでも懸命に生き、切り開いた人生を見せてみろと男は思うのだ。

 

 

「…あ、あいつどうなってる。少しはマシになったか?」

 

 《大丈夫だドフィ、教育は順調に進んでるよ》

 

 

 何だか不安な気持ちになりながら、まぁ大丈夫だろうと男は判断し電話を切った。

 いずれまた会った時に、少しでも人間性を取り戻していればいいのだ。

 

 そのまま仕事は続き、夕方になる。時折海軍から招集は来るものの多忙の際は男は基本向かわない。

 彼方には色々夢を操作する能力者を黙っていた事など、私怨があるのだ。

 

 

 一息吐いていれば、部屋に来たのはモネ。

 知識の吸収が早い彼女は、彼の秘書状態になりつつある。基本はファミリーの仕事の仲介役を担っている。

 

 

「若様、この件でお話が…」

 

「ん?」

 

 

 誰かが居ればその距離の近さにツッコむ。しかしトレーボルの近さで感覚が麻痺してきた男はそれに気付かない上、モネは若干天然の気がある。

 

 モネの妹であるシュガーが居れば確実に姉を茶化しただろう。

 

 お互いそのまま真剣に話し合いをした。不意に資料を読み込む船長を見たモネは、その目元に視線が行った。

 

 

「…隈」

 

 

 そう思いつい触れれば、ドフラミンゴは肩を大きく揺らした。ファミリーの前では気を抜きやすくなるため、不意打ちにとことん弱くなる。一部殺意を抱く者の前を除くが。

 

 

「…ど、どうした…?」

 

「……えっ」

 

 

 驚きに肩を強張らせる男と、自分が何をしたのか客観的に理解し頰を蛸のように染めるモネ。

 

 そのまま逃げたい衝動に駆られながら何とか留まり、心を落ち着かせようと軽く咳をし、まるで何事もなかったかのように取り合う。

 

 

「若様の意見をお聞かせ下さい」

 

「…あぁ、ここはだが___」

 

 

 仕事とプライベートのスイッチはしっかり分けられる二人。

 そのまま話を終えたモネが部屋を出た瞬間、テンパる余り転んでビン底眼鏡を壊すのを男は知らない。

 

 

「…コンタクトにしようかしら」

 

 

 

 

 

 そして夜。

 

 

 

 仕事が終わればファミリーと夕食を共にするが、ここ最近は朝以外殆ど共にできていない。

 

 恋愛感情程とは言わないが、元来男は食欲に関心を抱いていない、本人にその自覚がないが。ただジョーカーの影響なのかロブスターは好きである。

 

 あくまでファミリーと食べるからこそそこに感情を見出すのであって、一人ならば食事をエネルギー補給程度にしか捉えていない。

 

 合理的と言えば聞こえはいいが、実際は人間性の欠如である。三大欲求の一つを放棄している時点で、甚だ人間ですと言うには三分の一不足している。

 

 

 そんな男に微笑みながら来る殺し屋。

 男へと向ける殺意を仕事の中で昇華しながら、彼女は今日も紅茶を持って来る。

 

 内に秘めた感情を隠しながら、妖艶に笑むのだ。

 

 

「若、紅茶は飲むかしら」

 

「………」

 

 

 無論そこに何が入っているかなど男自身も分かっている。男の殺害のため、自分の手を汚す覚悟をした彼女は、自分の心と戦いながら殺しの道を選んだ。

 

 殺し屋ならば、数多ある殺し方を学べるのだから。

 

 ドフラミンゴはしかし躊躇せず毒の入った陶磁器を手に持ち、ヴァイオレットの目を見つめた。

 交わり合う視線。

 

 

 女の殺意を受け入れた男は、それと向き合う。

 

 男に非があるといえばあるのだろう。本人も国王や彼女の姉の死を自分の原因でもあると思っているが、だがしかし運命がそうであっただけだ。

 

 その優しさと愚かさを交えた感情は今彼を蝕む毒となっている。

 所詮己の感情など理解されないと諦めを持つようになった今、余計に男は自分の首を絞めているのだ。

 

 

 ヴァイオレットの瞳から目を離す事無く、紅茶を胃に流して行く。

 ゆっくり動く喉を、彼女はただじっと見つめる。

 

 そして中身が無くなったカップは、彼女が持っていた盆の上に置かれた。

 

 

「フフフ!美味かったぜヴァイオレット、ちと刺激が足り無ェけどな」

 

「…そう、喜んでくれて良かったわ」

 

 

 冷たい視線が絡み合う。先に外された女の視線はそのまま扉に向いた。

 

 

「また今度、持って来るわ」

 

「あぁ、楽しみに待っててやるよ」

 

 

 会話はそこで終了する。また自室で一人になった男は、軽く咳き込んだ。

 

 毒の耐性は下界に落ちてから他者の意図的な原因で散々口にする機会があり、幼い頃に付いた。

 効く物もあるが大抵毒物は彼には効かない。致死量を一気に摂取したとしても、死にはしない。

 

 数日身体の不調は続くが。また同様に薬物にも耐性がある。

 

 今回は何の毒だったかと洗面にえづきつつ、怠くなった身体をソファに預けた。

 

 

 男自身彼女との間のこの関係性は間違っていると理解しているが、どう動いていいのか未だ分からないでいる。

 

 一番単純なのは事実を伝える事だが、仲間になり彼女が殺意を潜めるようになり余計難しくなった。

 

 しかし己に向ける殺意は確実に彼女の内で増している。それに言ったところでこちらに微笑みながら「そうなの」としか言わないだろう。

 

 

 その中に「理解」のふた文字は無いのだ。

 

 あるのはひたすらの憎悪と殺意。

 ただ殺したいと願い、それ以外に目もくれない彼女は彼の言葉に耳を傾ける事はない。

 

 その時の最善の策を為したはずだが、間違ってしまったのかと瞼を閉じる度に思う。

 

 悩む事は多い。思考にいずれ潰されて死ぬんじゃないかと思いながら、夜の空を眺めた。

 身体をソファに縮こまらせ、アルマジロのように丸くなり肘掛けに頭を乗せる。

 

 

「………」

 

 

 自分で不安定だと思う辺り、かなり今の現状は危ういのだろう。

 

 瞳を閉じれば、暗い海の中にいる。泡が立ち、左右を見れども誰もいない。

 そんな光景がやけにリアルに感じられるのだ。

 

 

「フフ……フフフ………」

 

 

 不意に感じた視線。緩慢な動作でその先を見れば、欠伸を溢した夜行性の幽霊がこちらを覗き見ていた。

 

 サングラスの奥に隠された片っぽがない紅い瞳には、不安の色がさざ波のように揺れている。押しては引いて、押しては引いて…その光景が頭によぎり、瞼が重くなる感覚がした。

 欠伸をすると、鋭い犬歯が覗く。

 

 

『大丈夫か』

 

「……おう、生きてる」

 

 

 ジョークの時と同じ要領で手を振る。それに更にジョーカーは眉間に皺を寄せた。

 男の大丈夫は大丈夫じゃない。既に何度も経験してきた事だ。

 

 その時息だけ漏れるように続いていた笑い声が、突然止まった。

 

 

「…何かなァ…迷子みてェだ」

 

『ア?』

 

「…どこに泳いでいいか分からなくて、ただ沈んでるみてェな……そんな感じだ」

 

『………』

 

 

 目的も腹に宿る破壊欲も本当は変わってないのになと、男は呟く。

 

 だが穏やかな感情が強くなっているのもまた事実だ。海に落ちて以来その不思議な感覚は、まるで己を海の底へと(いざな)うように続いている。

 

 今の状況を例えるなら、まるで荒波と小波に交互に呑まれ遭難しているかのようだ。

 

 

『…だがお前は止まらない、違うか』

 

「フッフッフ…言わなくてもいい事は言わせんなよ。あんたらしくない」

 

『煩ェ』

 

 

 心配…そう、心配なのだ。

 しかしそれを伝えられない程不器用な人間である。ジョーカーとはそういう奴だ。

 

 

「心配なら溺れた時引っ張ってくれよ」

 

『…おれにどんだけ苦労掛ける気だテメェ』

 

「はぁ?そんなに迷惑掛け…」

 

 

 言いかけ不穏な空気に男は口を閉じた。いくらでも枚挙しますと言わんばかりの青筋に思わず後ずさる。

 

 

「……おぉ、怖い怖い……フフ……」

 

『おい、寝………ったく』

 

 

 一番に安心出来る存在がいる所為なのか、そのまま体格に見合わぬ小さな呼吸音で寝入る男。

 それに呆れながら、ジョーカーは指だけ動かしコートを掛けた。

 

 

 こうしてとある日の男の一日は過ぎる。

 

 ジョーカーはガキの寝顔に緩く笑みながら、窓から映る月を見やった。

 図体はデカくなっても、やはりガキのように見える。それは恐らく、男の内側に隠された幼さのせいもあるのだろう。

 

 大人のクセに、子供。

 

 それもまた男の異常性を助長させているのだろう。

 

 

 

『おれじゃ駄目なんだよ……共に溺れていいと思っちまうから』

 

 

 

 そうポツリと呟き、幽霊は姿を消した。

 

 

 

 

 

「……でもそれがきっと、おれたちの運命なんだろうよ」

 

 

 

 

 

 

 呟かれた声は、夜の空に吸い込まれていった。




主人公
身内に甘い打倒天竜人。時折抜けてるし精神弱め。頑張るけど頑張れ。海に愛されてる。髪型はランサー風味。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。苦労人。今の状態からの回避に悪戦苦闘中。


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崩壊×崩壊

※主人公が精神に異常をきたしてます、ご注意。


 最近あまりやらかさないおれにジョーカーも安心していたし、おれも国が軌道に乗り始め、気を抜いていた時だった。

 

 ヴァイオレットが動いたのだ。

 

 

 強い毒の後は体調が落ち込むが、今回のは味わい慣れているものとは少し違った感じがした。

 その時点で気付いてればよかったが、吐き切れなかったようだ。

 

 急激に目覚めてみれば倦怠感が強い。

 言葉を発そうとして呂律が回らない事に驚き、そのままよろめいてベットの下に落ちた。

 

 まさか毒に色々混ぜやがったのか、症状からして睡眠薬と痺れ薬……あぁやばい、これはマジで久し振りにやばい。

 

 単体なら平気だが、混ぜられたら耐性も上手く発揮されない。

 

 胃の中が焼けるように熱い。三半規管は狂って延々身体がふわふわしている。目の前が灯りもないのに点滅しているし、身体中皮膚の下で虫が蠢いている気がする。

 

 うぞぞ、うぞぞぞ、気色悪い。

 

 腕を掻き毟ったが勿論出るわけはない。だが掻き毟った傷口からムカデやら蜘蛛やらが、腕から出てきては皮膚を覆っていく。

 

 

 幻覚だ、そう思って首を振ろうとしたら無様に倒れた。

 

 だが頭の方はまだ大丈夫だ。冷静に物事を捉えられるが、症状のせいでいつ頭が馬鹿になるか分かったもんじゃない。

 

 動こうとして、腕を引っ張られた。そのまま肢体がベットに戻される。

 相手の腕を掴もうとして不意にシャツのボタンが外されている事に気付いた。

 

 

「……?」

 

「まさかもう起きるなんて…」

 

 

 喋っても無用な言葉にしかならないため意味がない。やめろ、というかお前何で下着なんだよ。

 

 歪む視線の先に捉えたのは机の上に置いてあるカッター。

 そういや所々かなりの深さで彼女の肌が切れている。腕や足を一周するように……何してんだ?

 

 

「…ゔぁ、……ぃ?」

 

「意識はあるのかしら…いやもう……ここまで来たら戻れないわ…」

 

 

 一瞬身を震わせたが、華奢な腕を首に絡ませてきた。恐怖がその一瞬の瞳の中に映ったのは間違いない。

 何をそこまで怖がっているんだ。

 

 頸を優しく撫でられて、口元に彼女の肩が押し当てられた。甘い匂いがする、シャンプーか?

 

 あぁでもなんか…場違いに温かいと思うな。

 

 

 …あたたかい。

 

 

 

「噛んで」

 

「……?」

 

 

 何を言ってるかよく分からない。だが指示通り動けと要求されているのは分かる。

 だがあたたかい、あたたかいんだ。

 

 頸に回っていた手が背中に回り思い切り引っ掻かれる。痛みの余り歯を食いしばったが、鉄の味に思わず顔を(ひそ)めた。

 

 

「いっ………う……」

 

「……」

 

 

 やばい噛んじまった。痛みに呻く彼女の肌からは、相当深いのか血が肩口からしとどに流れているし、おれの背中も相当深くえぐられてそうだ。

 

 ぼんやりとしていく思考の中何度かそれを繰り返され、シーツは辺り一面どっちのものか分からない血で染まっている。寝返り打つの当分こりゃあ辛いな。

 

 

 それと同時に頭の中はハッピー状態なのか、彼女が母上に見えている。撫でられたのが駄目だったな。あたたかいが、直結してそうなったんだろう。

 

 もう大分イかれてきている。助けを呼びたいが、奴の名前が思い出せない。

 そも彼女の名前も出て来ないし、今何故こんな状況になっていたんだっけか。

 

 

 ただあたたかい。また頸を撫でられた。あたたかい。

 

 

 

 

「…はは、う……ぇ」

 

 

 

 

 

 瞬間、身体が勝手に動いた。明らかに明確な意思を持って彼女を壁に叩きつけ、首を絞めている。

 

 掠れた女性の声と、奴のブチ切れてる笑い声。

 起きるの遅いあんた。

 

 

 というか待って、母上を殺さないで。母上をおれから奪わないで。

 

 

 

 

 ねぇ●●●●●、ねぇ●●●●●ってば。

 

 

 

 

 ねぇ、やめて、やめて

 

 

 

 

「がっ、あ……っ」

 

「フ……フフフ、フフ…………ヴァイオレット…!!」

 

 

 かひゅっと、彼女の口から歪な呼吸音がした

 

 

 やめて、死んじゃうよ、やめてよ

 

 

 

 

 

『ころさないで』

 

 

「………」

 

 

『ころさな、いで』

 

 

「こいつはお前を…」

 

 

『●●●●●、ころさな』

 

 

「……クソッ、全くテメェは…」

 

 

 

 そう言って●●●●●は●●●●●の首を離した

 

 

 よかった、これで母上、死なな

 

 

 な なな

 

 

 

 ●●●●●、ななな、●●

 

 

 

 

 

『ころさないで、母上を』

 

 

「…おい、どうし……」

 

 

『ころさないで、母上を』

 

 

「おい!!しっかりしろ!!!」

 

 

『ころさないで、母上を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 父上ころさないで、母上を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

【sideヴァイオレット】

 

 

 人は何にだってなれる。

 

 

 私はお父様やお姉様を救うために、ちっぽけな私の正義を掲げようとした。

 

 でもあの男は、それを嘲笑うかのように私の家族を殺したんだ。敵と組んで___その敵さえも殺して、国を乗っ取ったんだ。

 

 探していると言っていたレベッカも……今頃もうきっと………。

 

 

 

 奴は権力に溺れた悪魔だ。それでも尚強欲は止まらない、何にも縋る事が出来ない私を仲間にした。

 私の成熟を待つなど嘘だ。国民も老院も既に男の魔の手に堕ちている。

 

 私は絶対に騙されない。絶対にお父様やお姉様の仇を果たす…!そして必ずドレスローザを取り戻してみせる…!!

 

 

 そんな私を弄ぶように、奴は私の殺意を遊びとして受け入れている。

 ファミリー内では仲間を傷つける事は死を意味する。だから殺意を隠さなければならない。本当に悪趣味だ。

 

 

 最初は弱い毒を、それが効かなければ強い毒を。

 

 自分の手が汚れることなど、もうどうでもよかった。暗殺者として人を殺してしまった今、私はもう止まれない。

 

 恨まれて殺されてもいい。でもその前に奴を殺さなければ私は死ねない。

 

 

 お父様やお姉様の恨みを晴らさなければ、死ぬに死ねないんだ…!!

 

 

 でも男に毒は効かなかった。途方に暮れていれば偶然耳にした、私が奴と親密な関係にあるという噂。

 反吐が出る、あんな男と。

 

 でも今まで感じていた疑問はあった。何故自分が殺されなかったのか、普通だったら私も殺されていたはずだ。

 

 そして気付いた。きっと奴はいずれ私に関係を迫るのではないかと。いや、きっとそうだ、…じゃなきゃ私は今生きているはずがないんだ。

 迫って、断れば絶対に無理やり……。

 

 

 

 だから強姦される前に、逆に自分から迫ろうと考えた。されたくないなら、襲われたように見せかければいい。

 勿論力を行使されたらひとたまりもないから、薬を使って。

 

 ただ新しく取り掛かっていた複合薬は相当強いものだったらしい。

 最初に試したら相手が直ぐに泡を吹いて死んだ。それから何度か改良を施したけれど、致死性が相当高い薬となった。

 

 それで男が死ぬなら別にいいし、これだったら力を奪うのは大丈夫だろう。

 

 奴だったら気付いても面白半分でノリそうだし、私を手中に出来るのだ、悪いようにはされないと判断した。

 

 そしていずれ隙を見せた時に殺す、そう誓って。

 

 

 もう自分の身など、どうでもよかった。奴を殺せればもう……それで…。

 

 

 

 地獄に堕ちる覚悟なんて、仲間になった時から既に…いや、奴を殺すと決めた時から出来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 予めファミリーのメンバーに分かり易いよう仕込み密会に見せかけ、奴に薬が入ったものを飲ませた。

 

 

 元々ファミリーの一部の者が関係性を示唆していたんだ。気付いてもそれが確信に変わるだけだし、手は出してこないだろう。

 

 男の人望は厚い。殺される訳がないという油断が彼らの根底にはある。

 

 

 肢体が崩れ落ちたのを確認して、ベットに運んだ。私がギリギリ運べる程度には軽く、体格からしてみれば存外線が細かったのに驚いた。

 

 服を脱いで布を噛みながら自分の肌をカッターで切った。そうすれば相手の能力で糸を使わせたと思わせられる。

 

 新薬は頭の中がお花畑になり、使用中に思い込めば使用後もそれに引きずられる。

 例えば自分が手を出したと思い込めば、使用後も自分が手を出したという意識が残る。

 

 能力が使えるというのは最大の安心感。それを付け狙う。

 

 相手に能力を使って自分が犯したという意識を植え付けるのだ。

 

 

 行為まではしない。

 

 そう見せかけるためには、襲われた証拠を自分で偽装する上で痛みを耐えるしかないけれど、今はまだ絶対に自分を汚したくはない。

 

 

 ……まだ、そこまで捨て切るには怖かったんだ。

 

 

 途中で起きてしまったけれど問題無かった。起きていなかったら背中を鋭くしておいた爪で引っ掻き、痛みに呻いた所を噛ませようと思ったけど、結局起きていてもその方法を取ることになった。

 

 視線がぼんやりとしているし、これなら大丈夫と思って続けていた時、不意に聞こえた言葉に頭が真っ白になった。

 

 

 

 

「…はは、う……ぇ」

 

 

 

 

 何を言ってるんだと思う間も無く、首を絞められた。薬の効果が完全に切れたのだろう。

 殺される、お遊びが過ぎたんだ。

 

 自分よりも倍はありそうな手がギリギリと音を立てて絞め上げる。

 くる、しい。

 

 

 …でも、ははうえ…多分母親のことだろう。それを口にした時、恐ろしい程虚ろな目をしていた。感情など何もないような目。

 

 ただ今は別人のように私に怒りを向けている。

 

 意識が遠くなる中聞こえたのはまるで奴が誰かと会話しているような声。

 男が口にした「お前」と呼ばれた存在は一体誰なのか、さっきの真っ黒な瞳を持った奴のことなのか。

 

 …分からない、でも何かとんでもないことをしているんじゃないかという考えが頭に過ぎった。

 

 

 母を呼んだ悲痛な声は、まるで私がお父様やお姉様が死んでしまった時に浮かべていたものと同じようなもの。

 そんなこと…あるはずない、奴は圧倒的な加害者で、被害者なわけが………

 

 

 しかし意識はそこで途切れた。

 思考が沈む中、誰かに必死に声を掛ける男の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 目覚めた時、聞こえたのは小さな声。

 

 

「…?」

 

 

 暗闇の中、辺りを探る。死んでいなかった事に驚きながらも、音のする方角を目指して壁伝いに移動する。

 絞められていた感触はまだ残っていて、無意識に首をさする。

 

 そして漸く目が慣れた所で見つけたのはソファーと壁の間、部屋の隅で膝を抱えて何かを呟いている男の姿。

 

 薬でラリったのかと思ったけれど、症状はもう大分治っているようだ。相変わらずバケモノじみた耐性能力だ。

 

 ただ中の精神の方がおかしくなったのか、もっと近寄らなければ聞き取れない程小さな声で何かを言っている、それも延々と。

 

 

「……ドフラミンゴ…?」

 

 

 今度こそ殺されるかもしれない。でも、何故か彼に向かって伸びる手を止められなかった。

 まるでその姿は、子供みたいだったから余計。

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 夜でもやけに目につく金髪に手が触れる近さにまで近づいた時、漸く呟かれる言葉の内容を理解出来た。

 何に謝っているのか分からない。でもただひたすらに謝り続けている。

 

 血塗れになっている腕を尚も引っ掻きながら、顔を埋めている。

 

 

 怖い。でもそれは殺される恐怖じゃない。

 彼自身が壊れていっている行程が、とても怖かった。

 

 どうしてそう思ったのかは分からない。でもそう思ってしまうほど、彼の瓦解具合が酷かった。

 

 

「……ドフラミンゴ」

 

「ごめんなさい」

 

「ドフ……」

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 私が喋るのを止めても、延々と続くその言葉。しかし私の思考はどこか冷静になっていく。

 

 

 人間というのは、基本弱い生き物だ。

 

 偉大なお父様もお母様が亡くなった時や兵士が殉死した時、涙を見せていた。

 誰だって弱さを持っている。壊れやすくて、それでも懸命に生きている。

 

 大抵理性より感情が先に動く。その後感情を理性で抑えて動くのが普通だけど、私は感情に身を任せ理性を以ってその感情を動かそうと決めた。

 

 目の前の男を、殺すために。

 

 

 でも、今その男を私は何の目で見ている?

 

 

 憐れみだ。そんなはずないと思っていた。確かにファミリーの人間は理不尽を受けて闇の世界に入ったものが殆どだ。

 

 奪うという思想は、奪われたからこそあるのだろう。

 

 奪う彼らは相応の過去を持っているのだ。その行動は正当化されてはならないけど、しかし100%許されないというのも間違っている。

 

 

 けどドフラミンゴという男は、圧倒的な悪を持っている。その悪は何の理由もなく行われているのだと思っていた。

 

 何故今までそう思い込んでいたのだろう、彼だって人間なのに。

 ……いや、それを上塗りするほどの大きな力を男は持っていたし、それ以上に私の中に憎悪があった。

 

 

 憎くて憎くて、殺したくて_____感情に呑まれていたんだ。

 理性で行動していたなんて、そんなの嘘だ。憎しみに囚われて血気に逸っていたんだ。

 

 あぁ、私は本当に愚者だ。バカで阿呆だ。

 

 

 

 _____男が被害者じゃないなんて、どうして思い込んでいたのだろう。

 

 

 

 過去が重いファミリーを拾ったのも、利用価値云々じゃない。多分…まだ推測でしかないけれど、けどきっと真実はそうなんだろう。

 

 

 自分が重い過去を持っているから、シンパシーを感じて誘ったのだとしたら?

 

 彼が嘗て被害者になったからこそ、今加害者側になっているのだとしたら?

 

 

 昔奪われたから、今奪う立場になっている。私をどうして奴の母親と重ねたか分からないけど、薬の効果なんてそれこそ未知数だ。

 

 私を重ねて…昔母親を奪われた過去を思い出したのかもしれない。私の妄想でしかないけど、そうじゃなきゃ………今こんなに、壊れているはずがないんだ…。

 

 

「…ドフラミンゴ、ねぇ」

 

「ごめんなさい」

 

 

 相変わらず何に謝っているのかは分からない。でも彼と面と向かって話合わなきゃいけないと、そう本心が言っている。もしかしたら大きな勘違いをしているのかもしれない。

 

 それも全部、私が彼の話を聞こうともせず感情的になり過ぎていたせいだ。

 

 

 それこそ最初は何かを言おうとしていたじゃないか、それを無視して、ただ殺す事だけに囚われていた。

 途中からそんな私に諦めた顔をしていたのはしょうがない。

 

 それに、私の殺意に遊びで付き合うような目をしていなかった。バカみたいに真剣な表情をしていた。

 

 死ななかった結果だけに囚われて…全部、全部………見ていなかった。

 

 

 涙が溢れる。自分の愚かさに、自分のバカさ加減に。

 

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさいドフラミンゴ……」

 

 

 

 さっきまで冷静になっていた頭は、熱で浮かされたように熱くなった。

 それに続いて熱くなる瞼からは無数に涙が溢れる。

 

 

「何も、何もなかったの…ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 

 消え入るような声に、今度は自分が謝る事しか出来なくなった。

 

 何に謝っているか自分でも分からない。それでも謝らなきゃいけないと、漠然とした思考一色に染まっている。

 まるで子供の時のようだ。

 

 昔間違ってお皿を割ってしまった時も、お父様に叱られてごめんなさいとひたすら謝っていた記憶がある。

 

 

 不意に頰を伝う涙を拭われて、頭を優しく撫でられた。懐かしい感覚がして顔を上げると、色の違う瞳が窺えた。

 淀んでない綺麗な瞳だ。

 

 優しく名前を言われる。「ヴィオラ」と、仲間に入って以降言われなくなった私の名前。

 

 まるでお父様に撫でられているような温かさに、重たくなった瞼を閉じた。

 その身体にしがみつけば大きな心音が聞こえる。彼が生きている事に何故か安心感を感じて、そのまま意識を預けた。

 

 

 

 

 

 遠退く意識の中でも、ずっと優しく撫でられていた。



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ごーんごーん

副題:開幕ベルは宜しいか


 ▲▷◀︎?◇〆々*!!ァ【

 

 

 

 男が、女の首を絞めていた。

 

 

 

 ●●の母ハ、元々奴隷だった。

 父はせかいのてっペんに聳え立つ人で、●●を人体実験の材料にシた。まだ幼かった●●のめのまえで わら ァ いながら

 

 しめ殺 し

 

 

 

 

 

 ママ、ま、ぁ ま

 

 

 

 ま、まま、まま

ぁ ぁぁ

あぁ、あああ ぁーあ ぁぁぁ

あ ァァ、あぁ ァ ァ ぁ アぁ

 

あぁぁあああああああああああああああ あ

 

 

 

 

 

 

 

 ニンゲンを部屋トいう箱に閉じ込め、蠱毒のよ、うに殺し

 

 ●●は見た、アイツ笑ってるの を

アイツが下衆な目で●●をみつめ いる ヲ?!内に宿ったドス黒い感●●●がトグロを巻き、そ。の場のにんげんんんを全て食い殺した

 

 

 

 

 

 ぼくはわたしは、ぼくはわたしはははわわわ、おかしくpなっtぁk、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()が生まれた、ぼくはわたしは生まれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼくはわたしは父を殺して、死んだ

 深い深い眠りに就いた

 

 

 

 

 

 

 その死体の後ろに映った窓の奥には、妖艶に輝く月が覗いていた。

 

 

 

 その時●●は月に魅入られた。

 悍ましいこの世界に、再び輪廻の輪をくぐることを強要されて。

 

 

 

 

 

 

 

 もっと足掻いて死んでと、月は微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 夢を…見ていた。

 

 

 

 内容は朧げだ。女を男が絞め殺す夢。それ以降の内容はテレビに映る砂嵐のようなものが邪魔をして、理解出来なかった。

 

 また視界に映っていた人間以外歪められたようにその輪郭を崩していたし、人間の顔も黒に塗り潰されていた。

 

 それでも、あの二人がおれの両親だったという事は曖昧だが分かった。

 それと同時にあの光景がおれの昔の記憶だとも。

 

 

 正直言って何の感慨も湧かない。所詮画面上の内容に感情移入するなど今の自分ではあり得ない。

 だが思い出したのだ、ジョーカーがヴァイオレットの首を絞めていた光景と重ねて。

 

 

 それがトリガーとなり記憶が呼び起こされた。

 

 

 しかし不思議だが、これ以上は思い出さないという確信がある。今更思い出すなどある訳がないし、だったら最初の内から覚えているはずだ。

 

 それに思い出した所でおれの今形成された人格は一片も揺るぎはしない。

 

 過去は過去、今は今。過ぎた事などどうでもよい。

 

 

 

 あそこまで取り乱したのは、所詮今と過去が混合したに過ぎない。

 

 優しい母上が塗り潰された前世の父に殺されようとしていた、そう見えただけだ。

 たださっきまで思いっきりトリップ状態だったせいか、謝っちまったが。

 

 母上は既に死んでいる。謝った所で母上が帰ってくるわけじゃない。

 

 

 本当クスリは洒落になんねェな。

 

 売り捌いてる側が言うことじゃないが…でもおれが扱ってんのはここまでえげつない奴じゃない。嗜む程度の効果だ。多量に摂取すれば死ぬが、効果が薄い分量で金を得られる。

 

 …違う、今はそんな事考えてる場合じゃない。

 

 

 

 冷静になっているのか物事がきちんと思考できるまで戻ってきている。どうやら身体の方も耐性が付いたらしい。

 

 聞こえるのは膝元で泣いているヴァイオレットと、おれの隣でへの字口をしてらっしゃるジョーカー。

 こいつァ相当後で謝らないとやばいな。一先ずヴァイオレットが殺されなくてよかった。

 

 

(ジョーカー悪ィ)

 

『……他に言うことあんだろ』

 

(あんがとよ。でもあんたにも少し慢心があったんじゃねェの)

 

『……………すまん』

 

 

 あ、謝った。

 

 

(………………え、謝った!?あのジョーカーが!!?)

 

『お前人の事何だと思ってやがる』

 

(幽霊だろ)

 

『………』

 

 

 ブチィと音が聞こえたので、これにて話し合いは終了だ。また後で怒られてやるから、今はヴァイオレットだ。

 流石に弟に続き、ジョーカーのトラウマ二号になったらおれに被害が被る。

 

 いやまぁ遠因はどうせおれなんだけども。

 

 

 謝っているのでその髪を優しく梳いた。子供っぽい姿に胸が締め付けられる。

 思わず彼女の本名を言えば目尻を下げ、まもなく小さな呼吸音がした。どうやら寝てしまったらしい。

 

 今までずっと殺伐した雰囲気しかなかったが、今の彼女からは殺意が感じられない。それよりも縋るような…嫌な感じはしない。

 

 起きたらまた殺そうとするかもしれないが、今は休ませておこう。

 

 

 姫抱きしてベットに移動しようとした時不意に気付いた。床やベットが血塗れである。

 

 彼女の身体もそうだが、背中がエラく痛い。肢体をベットに乗せて傷口の深そうな所を糸で縫合していれば、ジョーカーが漂いながら周囲を見回っている。

 

 

『プレイにしても激し過ぎんな』

 

 

 何なの?あんたまだくっ付けたいの?結構しつこいな。

 そう思ってれば爆弾が投下された。

 

 

『既に外堀埋められてるぜ、この分じゃ』

 

(は?)

 

『フッフッフ!ヴァイオレット自らのお誘いってこった。相変わらず熱い女だ』

 

 

 

 

 

 ▪️Now loading…………

 

 

 

 

 

 

 

「はぁああああああ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 目覚めたヴァイオレットは心境の変化があったのか、初めておれの言葉をきちんと聞いてくれた。

 それだけで滅茶苦茶歓喜したおれって…。今までの殺伐とした関係性が浮き彫りになったな。

 

 

「……貴方は本当に、お父様やお姉様を殺してないのね?」

 

「…だからそう言って……いや、100%敵が悪いとは言わない。おれの油断も大いにあった」

 

「でも敵と組んでたって言ってたじゃない」

 

「……あ、アレは………海軍とって意味だ。信じられないなら確認してもいい」

 

 

 自分のやらかしを思い出すだけで顔に熱が上がる。唸っていれば、笑い声が聞こえた。顔を上げれば、口元に手を当てて微笑するヴァイオレットの姿。

 

 余計に羞恥心が増した。ジョーカーお前も笑うな。

 

 

「…ドフラミンゴ、本当に…ごめんなさい。私ずっと復讐心に囚われて、向こう見ずになっていたの。許してとは言わない、貴方の気に障ったなら…それを罰として、殺される覚悟もあるわ」

 

「……」

 

「その上で言うわ。貴方の考えは、私からしてみれば間違っている。多くを救うために小を殺すのは、いけないことよ」

 

「なら全員手を取り合って生きろってか?そんなの不可能だ」

 

「分かってる。…でも、貴方がさっきクスリで狂っていたように、貴方の間違った行動で苦しむ人間は多くいるわ。それを無視するって言うの?」

 

「ヤクに溺れる人間は大概クズだ。そんな人間が死のうがどうでもいい、おれにとってはただ金を排出するものに過ぎない」

 

「全員が全員、悪い奴とは限らないわ。それに……子供だって、親に勧められて吸引する子もいるのよ」

 

「……んなもん分かってる。無垢な子供が犠牲になる事もあるだろう。ヤクで人生を壊された被害者……それだけじゃねェ、武器の売買が遠因で死んだ人間も数多いるだろうよ」

 

「なら…尚更、止まろうとは思わないの?貴方は……優しさを持っているのに」

 

 

 

 理想とは、犠牲の上に成り立つ。その言葉を以って散々若い頃悩んで来た。でももうその感情に折り合いはつけている…いや、そのつもりでも未だ苦しむ事もある。

 

 でもおれはおれの夢のために生きている。

 

 

 理想を現実にしようと進んでいる今、もう止まらない。止まればおれが積んだ分の骸が意味をなさなくなる、それだけは絶対に許されない。他人に倫理云々を持ち込まれようが、死ぬまで進み続ける。

 

 だから、今更そんな事言われてもおれは靡かねェよ。

 

 

「理解した上でおれは進んでんだよヴァイオレット…いや、ヴィオラ王女。それ以上でもそれ以下でもない。進める所まで進む、おれの信念だ」

 

「……そう、私が何を言っても聞く耳を持たないってわけね。頑固な人…」

 

 

 お前が言うのか。つい出掛けた言葉は口に仕舞った。

 

 彼女のした行動は仕方ない。痛いほど気持ちは分かる。

 寧ろ廃人にならず、自分の目的のために進み続けられる人間など、そういない。それは先程の発言も然りだ。

 

 

「…そういえば貴方はどうしてこの国を救おうと思ったの?先祖が住んでいたと聞いたけれど、でもそれまででしょう?」

 

「ア?んなもん、おれの家族の聖地だ。おれが守らなくて、誰が守る」

 

 

 それに弟が守ろうとした場所でもあり、亡きリク国王が守ろうとした場所でもある。老院には若干腑抜けもいるが、おれが仮国王の間に根性を叩き直す。

 

 次に王女が継いだ時、しっかりと支える奴らを育成しないとダメだ。

 …もう大分、思考回路が侵され気味だな。

 

 

「………」

 

 

 急に黙った彼女を心配して見れば、目を大きく開いておれの瞳を見つめている。

 覗くルベライト色の瞳がひどく美しい。弟のよりももっと淡い色だ。

 

 

「どうした?」

 

「……え、あっ、何でもないわ…!」

 

 

 顔が赤い。熱だろうか、そう思い触れようとしたら避けられた。そのまま部屋から出て行こうとして……

 

 

「ちょ、ちょっと待てちょっと待て!!」

 

「きゃ、な、何…!?」

 

 

 そうだ、話の問題はここからだ。それに彼女の手当てはしたがまだお互い肌色が目立つ姿。

 ヴァイオレットの服をと思い探せばベットの上、血塗れである。おれのシャツも同様。

 

 

「替えの衣類は持って来てるのか?」

 

「……そ、そこまで考えてなかったわ…」

 

 

 お互い下着姿である。普通なら甘い雰囲気なんだろうが、こうもかけ離れている状況だと笑えてくる。

 

 一先ずいつものコートを彼女に渡し、自分は己の服を着た。

 下を履いてシャツを着ようとした所で悶絶した。

 

 せ、背中が…………クソ痛い。

 

 

「いっでェ……」

 

「あ」

 

 

 彼女の治療にとられて自分の治療を忘れてた…。

 自分がやると言った彼女に任せ消毒してもらい、包帯を巻かれながら問題の話をした。

 

 

「お前はもしかして…あれか、夜這い目…ぐえっ」

 

「……」

 

 

 睨め付けながら後ろから首を絞めるな。

 

 

 聞けばおれが身体の関係を迫る前に自分から攻めようと思ったらしい。おいおい、今の女性はアクティブ過ぎんだろ。

 身体の関係は薬で有耶無耶にしようと思ったのか、成る程……

 

 いや成る程じゃない、おれはそんな人間と思われてたのか、大分ショックだぞ…。

 

 

「…今は優しい人って分かったから別よ」

 

「そうか…。お前のことだ、用意周到に準備してたんだろうな…」

 

「えぇ!」

 

 

 何故か誇らし気に胸を反らせるヴァイオレット。えらいなと褒めたくなるが、いかんせんフラグの回収が手遅れな気しかしない。完全にファミリーに勘違いされてるぞ。

 

 

「…家族に手ェ出したと知られたら、完全に〆られるな…いや、嬲られる。絶対精神的に嬲られる……」

 

「………」

 

 

 ベビー5には冷たい目をされそうだし、シュガー辺りには殺されそうだな。どうするか…。

 

 

「関係を持っちゃえばいいんじゃない?」

 

「……冗談はやめろ」

 

 

 持っちゃえばじゃねェよ、恋愛感情死んでるおれには無理だ。

 ジョーカー助けろよ……。

 

 

『フフフ!ガキ、ここまで来て逃げる気かァ、エェ?』

 

(………)

 

 

 

 ここに味方などいない。そう確信した……と思った所で、意外な言葉がヴァイオレットの口から出る。

 

 

「か、関係と言っても本当じゃないわ。フリよ、付き合ってるフリ!」

 

「……!」

 

 

 ナイスアイディアだ。いやナイスと言っちゃいけないが、こうなった今それしかあるまい。

 フッフッフ!ザマァ見やがれジョーカー、いくらでもそのつまらそうな目を向けるがいい!

 

 光明が見えた気分になり上機嫌になっていれば、柔らかい感触が手に触れた。

 彼女がおれの手を握っている。

 

 

「宜しくね、ドフィ」

 

「……あ、あぁ」

 

 

 一瞬ルベライトが肉食動物のように煌めいたのは気の所為か、背筋に走った悪寒を振り払うように笑みを浮かべた。

 

 平静を装うおれを奴は見つめながら、サングラスの奥で瞳が楽しそうに弧を描いていた。

 

 

『精々頑張れよ』

 

 

 何を、とは言わなかった。ただ今後も彼女の前では油断しないよう気をつけようと思う。

 

 ……特に夜は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

【×××】

 

 

「兵隊さん、どこに行くの?」

 

「こっちだ」

 

 

 片脚の無いオモチャの兵隊の後ろを必死に走って付いていく少女。

 

 ヴィオラ王女と救助された後、母親の死に泣いていた少女の前に現れた不思議なオモチャ。

 

 最初は上手く喋れなかったのか「う」だの奇妙な音を漏らしていたが、いつからか流暢に喋るようになっていた。

 

 

「兵隊さんは、どうして私を守ってくれるの?」

 

「それは…」

 

 

 オモチャが思い出すのは、己を海に投げ落とした緑の髪の少女の言葉。

 そしてその言葉通り、自身の存在を仄めかしても少女が思い出す様子はない。

 

 

「…お前を守る兵隊だからだ」

 

「ふふ、変なの」

 

 

 しかし少女は何故か城に残るよりも、目の前に現れたこの不思議なオモチャと共に歩む事を決めた。

 理由は分からない。でも心の奥が締め付けられる感覚に、逆らってはいけないと感じたのだ。

 

 そして今は不思議なオモチャの目的と、ドレスローザを乗っ取った男への復讐のため、強くなろうと努力している。

 

 

「私強くなって…お祖父さまやお母さまの仇を討つわ!」

 

「いや、俺が……」

 

「駄目よ!兵隊さんじゃ壊れたら治らなくなっちゃうもん!」

 

 

 少女の瞳に宿る色に、兵隊は懐かしいものを感じた。

 しかし彼女の瞳の色を思い出そうとしても、頭の中には濁った瞳の色しか思い出せない。

 

 笑った笑顔も何もかも、彼女の全てが靄がかかったように思い出せないのだ。

 

 

「………」

 

「どうしました、兵隊さん」

 

 

 そこに現れたのは黒に包まれた男の姿。男といっても顔はキテレツな仮面に隠されている上シルクハットを被っているため、声から判断しているに過ぎない。

 

 そんな彼がレベッカの脱走を幇助してくれたのだ。

 長身の男はしゃがみ、オモチャに囁く。

 

 

「あの男を、殺すのでしょう?私も恨みがあるのです」

 

 

 その声を聞く度にふつりと殺意が増す。同時に頭の中も靄が増えていく気がするのだ。

 

 

「殺しましょう、兵隊さん」

 

「コロ……」

 

「殺しましょう」

 

「コロス…」

 

 

 浜辺で藻屑と混じっていた己を救った黒い男、その男はまた楽しそうに囁く。

 

 

 

 

 

 

 

 _____殺しましょう、ドンキホーテ・ドフラミンゴを。




主人公
身内に甘い打倒天竜人。前世を若干思い出したけど我が道を行く。精神弱め。ヴァイオレットとの勘違いは解けたけど、流れで仮初めのお付き合い(但し恋愛感情は死亡)。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。計画ど…………計画通り(デスノ●ト顔)。ただ今後の展開考えるとしんどいおじ……おとしゃん。

ヴァイオレット
少女扱いで若干不満。靡かせたるでェな子虎ぐらいの肉食系女子(思いっきり作者の趣味)。


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番外:妖艶ルベライト

ルベライト……赤い宝石。

肉食系女子と恋愛感情が根本的に無い主人公
※ものすごく作者の趣味なのでご注意。主ヴィオ風味。ちょっとベビも。


*次回最終章突入。
相変わらずシリアス一直線で暗いですが、あと少しの間お付き合い頂ければ幸いです。


 ヴァイオレットと恋人のフリをするようになった現在、新たな問題が出て来ている。

 

 

 女性経験がないわけじゃないが、それはほぼ全て一夜のものであって、交際云々は専ら試しがない。

 交渉目的で取引先の娘にハニトラもどきを仕掛け付き合った事もあるが、それまでだ。

 

 おれは一つ見誤っていたんだ。いや、一つだけじゃないが取り敢えず今回の一番の誤りは……

 

 

 

 関係という事はつまり、密会のフリをしなきゃならねぇということだ。

 

 

 

 

 

 胃痛薬の消費量が過去最多になっている。

 

 基本彼女はいい奴だ。おれにハニトラ紛いを仕掛けたのも、父や姉…それに国のため。根底にはとんでもない誤解もあったが、話し合いでどうにか解けた。

 

 だがいかんせん良い子過ぎてもう少し警戒して欲しい。

 

 美女なのだ、そりゃあもう周りが羨むほど。もしおれがその気になったらどうすんだ…。

 

 

 

 おれの寝室。密会というか、ほぼバレてるだろうな。まぁ付き合っているとバレ易いようにはしてるんだが。

 

 別に何もしない。入浴して寝る、それだけだ。シーツにうつ伏せになってすっかり不眠体質になった体を倒すだけ。

 ほんとそれだけでいい……。

 

 

「…ドフラミンゴ」

 

「…………」

 

 

 目を開けたのがいけなかった。彼女の綺麗な瞳が目が映る。

 

 咄嗟に顔を背ける。何も思えない自分が嫌になると同時に、彼女に対しても申し訳なく思う。

 

 本当はおれみたいなイかれてる奴じゃなく、好きな奴と添い遂げて欲しいのに、嘘でもおれの女として認識されつつある。そうなれば将来にも傷が付くだろう。

 

 それがヴァイオレットと正面切って向かい合えなくなった理由だ。本当すまない。

 

 

「こっちを向いて、お願い」

 

「……寝させてくれ、疲れてる」

 

「…ドフィ」

 

 

 ふいに愛称を呼ばれて、つい向いてしまった。何となく、そう呼ばれるのに弱い。

 

 

「貴方は……優しいのね。どうしても貴方の心は見えないけれど、でも不思議なの」

 

 

 そう言い彼女の手がおれの目元を触る。

 

 最近彼女はギロギロの実を食べたらしいが、どうやらおれの内は見えないらしい。曰く真っ黒で深淵を覗いているようだと。

 

 精神が歪な所為なのかは分からない。同様にジョーカーの方も読み取れないらしい。

 

 

「夜の海……そう、夜の海だわ。静かで、まるで人々の眠りを優しく誘ってるみたい」

 

「…おれは寝れてねぇけどな、あんまり」

 

 

 そう言えば隈を辿られた。擽ったさに少し笑うような息が漏れる。

 

 

「フフ、くすぐってぇよ」

 

「……」

 

「…?ヴァイ…」

 

 

 違和感を抱き閉じていた目を開けた。

 そうれば眼前にルベライトの色。と、いうか…ちょ。

 

 

「っ………!!」

 

 

 思わず勢いよく起き上がった。危ねぇ、マジで。

 

 

「……恋人のフリをするんでしょ」

 

「…いや、だからってそういうのは……好きな奴のために取っとけ」

 

 

 何考えてんだ。演じるからってそこまで本気にしなくていいんだ。もしリラックス出来るなら、それでいいのに。だからお前はいい子なんだよ……気を付けろよ。

 

 そう思っている間もゆっくりこちらに這い寄る。覗くランジェリーの下が艶めかしい。

 

 だから……ハァ、ちょっと抜けてんな…ヴァイオレット。

 

 

「お前…気を付けろよ。おれの前だからいいとしても…」

 

「……鈍感なの?」

 

「はぁ?」

 

 

 鈍感はお前の方だろ。ベビー5はしっかりした性格になったはいいが、お前はちょっと本気で危ないぞ。

 襲われる、絶対不穏な奴らに。

 

 

「…そっち?」

 

「ちげぇ」

 

 

 おれは男色じゃねぇよ。なんかベビー5にも言われたことあるな。

 

 

「……やっぱり鈍感じゃないのかしら…いや、どっち…?」

 

 

 ヴァイオレットはブツブツ何かを考えているようなので、寝ることにする。人の体温とはいいもので、眠気を誘うのだ。まぁ誰でもとはいかない。気を許しているファミリーの人間だからではある。

 

 

「寝るの?」

 

「フフフ、お前の体温たけぇよな」

 

 

 目元に触れられた手は温かかった。おれが平均より低いだけか。

 

 でも温かい。何故だろう。

 

 

「……なァ」

 

「何?」

 

 

 こちらを覗いているのか、頰に髪が当たった。

 おれも男にしては長いが、彼女と比べるまでもない。

 

 薄っすらとシャンプーの匂いがする。

 

 

「頭……触ってくれるか」

 

「……えぇ、いいわよ」

 

 

 手を触れるだけでよかったが、髪を梳かれる。撫でるような手付きに漸く眠れる気がした。

 瞼が酷く重い。

 

 

「……ふふ、あなた子供みたいね」

 

「……ん?……そう、か?」

 

「眠いなら寝ていいわ」

 

 

 返事をしようと思ったが、落ちる意識には逆らえずそのまま眠りに就く。

 一瞬瞼に柔らかい感触がした。

 

 

 

 あぁそうか、温かいのは、温かいと思ったのは……

 

 

 

「おやすみなさいドフィ」

 

 

 

 

 

 _____母上。

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 久し振りにぐっすり眠れたと思ったら昼まで寝ていた。やばい、仕事を思いっきりすっぽかしている。

 

 慌てて立ち上がろうとして、身体に何か違和感を感じ止まった。

 

 

 腹の上でヴァイオレットが寝ているし、おれの背中に腕が巻かれている。自分の肌色の多さに焦った。下着のみのこの状況、着ていたバスローブどこだよ。

 

 探せば下に落ちていた。そんなに寝相悪かったか…?

 

 とりあえずこのまま寝入っているところを起こすのも悪いので、糸を伸ばし電話を取った。掛ければ出たのはベビー5。

 

 

「あ、ベビー5か。すまん仕事……」

 

 

 言い終える前に何故か冷めた声が聞こえる。待て、またお前振られたのか?

 

 

 《……さ…………の…か》

 

「あ?何だ、何かあったのか?」

 

 

 瞬間、電伝虫がカッと目を見開いた。目尻には涙が浮かんでいる。

 まさか襲われ……!?どこのどいつ……

 

 

 

 《若様のバカーーーーーー!!!!》

 

 

 

 ガシャンと切られた。待て、何故おれがバカ呼ばわりされてる。

 急いでリコールしたらトレーボルが出た。

 

 

 《べへへーモテる男は辛いんね〜〜》

 

「お前、まさか何かしたのか…!?」

 

 《いや、それはない》

 

 

 急に真面目に言われた。口調崩壊するほどってどんだけガチだよ。

 

 

 《とにかくベビー5は大丈夫だんねードフィはそのまま休んでていいぜ〜》

 

「待て話がよく分かって…」

 

 《じゃあ切るんね〜〜》

 

 

 ガチで切られた。まぁ何もないのは分かったからいい。

 それよりもこの状況をどうするか。若干寒い。

 

 

 糸を伸ばしコートを取ろうとしたところで腹の上に動く気配がした。

 

 もぞもぞと動くヴァイオレット、眠りが浅いのだろう。おれの寝相が悪かったせいで眠れなかったのか?だとしたら余計起こす気が引ける…。

 

 ただ場所が場所なだけ、柔らかい感触が腰に当たるのは宜しくない。殊更よく動くからさらに困る。

 

 生理的なもんはどうしようもないから、取り敢えず間違いが起こる前に悪いが起きてくれ。

 

 

「…ヴァイオレット」

 

「んん……」

 

 

 手を伸ばし肩を揺すったが起きない。寝ぼけているのか背骨をしなやかな指が下へと辿る。擽ったい。

 

 

「フフフ、起きろ。朝…いや昼だぜ」

 

「…んー」

 

「フフ………」

 

 

 つぅと、尚も下に降りる。こそばゆい。

 流石に手を握って止め、緩んだ隙に体を離した。起きたのかヴァイオレットは目をこすりながらふにゃりと笑った。

 

 美しいというか、いたずらっぽい笑みだ。

 

 

「おはよ、ドフィ」

 

「ああおはよう、ヴァイオレット」

 

 

 そう言って取ったコートを彼女の肩にかけた。下着の上に着ているキャミソールが乱れている。目のやり場に困る。

 

 

「…ねぇ」

 

「ん?礼ならいい」

 

「違うわよ」

 

 

 じゃあ何だと、バスローブを取ろうとしていた手を掴まれた。座っていたのでお互い見つめ合う形になる。

 逆光になって彼女の綺麗な瞳がよく見えない。

 

 

「ヴィオラ」

 

「何?」

 

「名前で呼んだ方が自然でしょ?」

 

「……あぁ、そういうことか」

 

 

 確かの恋仲の設定なら、名前呼びじゃない方がおかしいか。いつのまにかおれの方も愛称呼びになっているが、元はそちらの方が好きなので気にしないし、これぐらいなら別に悪くない。

 

 

「ヴィオラ、改めておはよう」

 

「……!え、えぇドフィ…」

 

 

 そう言えば彼女は顔を赤くした。確かに意外と照れ臭いな、これ。

 そして立ち上がり、取ったバスローブを着た。

 

 

「ほら、先に身支度して来い」

 

「え、何で…」

 

「いいからほら、飯にでも行こうぜ」

 

「…!わ、分かったわ」

 

 

 着る服は既に持って来てある。以前の失態から教訓を学んだ。

 それにせっかく休んでいいと言われたんだ。こうなりゃとことん休んでやる。

 

 だいぶ寝たが若干まだ眠い目を擦りながら、おれも着替えようとオフの衣装を漁った。

 

 

 下着を脱ごうとしてヘアゴムを取り忘れたのか、バスルームから出て来た彼女に本気で焦って糸を使っちまったが、事なきを得つつ、今日の予定を考える。

 

 

 

 

 

 長閑な昼。温かい光に自然と笑みが零れた。




ヴァイオレットと国王は大人の関係にある。そのことを聞いたベビー5はバッファローをポカポカ殴っていた。


「若様のバカ!!!」

「侮辱はダメだすやん」

「バカーーーーー!!!!!」

「ダメだすやん」

「私が若様と結婚するのーー!!!」

「ダメ………ッファ!!?」


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第四章「辰」
バランスボールからひっくり返って


聖書の製造元からの一言

「わたすが作ったえ」


 朝が来る。目覚ましは無くとも普通に起きれるが、毎日誰かが起こしにくる。

 

 

「おはようドフィ、貴方って意外に激しいのね」

 

「………」

 

 

 同じベッドの上、俺の隣で横になっているヴァイ……

 

 

 

 思わず起き上がって見たが特にお互いの寝間着も乱れていない。揶揄うにしてもお遊びが過ぎるぞヴァイオレット…。

 

 もう大分続いている時折枕を共にするこの関係も、今ではもう慣れた。

 

 当初は一時のテンションに身を任せ、ろくに考えもせず行動した事を後々orz状態で後悔していたが、もう流石に諦めがついた。精神状態も悪かったんだ、仕方あるまい。

 

 寧ろ昔家族と寒さを凌ぐように共に丸くなって寝ていたことを思い出し、安眠出来る。

 

 

「ったく…おれで遊ぶな」

 

「……」

 

 

 え、何でそんなショック受けた顔してんだ?う、嘘だよな?嘘だと言ってくれよジョーカー。

 まぁ寝てるから反応はないが。普通爺さんて早起きじゃないのか?そう思っていれば、彼女が唐突に吹いた。

 

 

「ふ、ふふふ…冗談よ」

 

「…この野郎」

 

 

 お返しに横腹を擽ってやったら更に笑い出した。若干楽しくなりそのまま戯れるようにしていればノック音。しかも許可無しで部屋に入って来た人物。

 

 

「若様おは………」

 

「「あ」」

 

 

 侵入者はシュガーだった。固まった様子に心配していれば、ニッコリと笑った。ありゃあキレてる笑みだ。

 だが女性の情云々ではなく、もっと子供っぽい感情。

 

 

「ずるいヴァイオレット!若様と遊んでもらって!!」

 

 

 そのまま突進して来た少女はベットにダイブした。

 

 

「フフフ、おはようシュガー」

 

「おはよー若様!」

 

 

 ああ本当マジで可愛い。実年齢は最近20を超えたらしいが、そんな事関係ない程には可愛い。

 

 二人の頭を撫でていれば、若干不服そうな視線もあったが気にしない。おれとしてのファミリーは家族愛で完結するものであり、それ以上にはならない。

 

 そのまま二人を置いてシャワーを浴びに行こうとしたが、背後にへばりついたシュガーが離れない。

 

 

「おい、退かないとこのまま連れてっちまうぞ」

 

「一緒に入るー!」

 

「………ヴァイオレット…」

 

 

 救いの手を求めれば、仕方ないとばかりに取ってくれた。助かったと言い、バスへ向かう。

 その前にそういえばと声がした。

 

 

「海軍からの招集でしょう?何か仕事があれば片付けておくけれど」

 

「いい、もう終わらせてある」

 

 

 そう、普段は余り行かないが今回はクロコダイルが失脚したらしいので、それに伴っての会議がある。流石に出席しないといけない会議だ。ハンコックなど一部は通常通り来なさそうだが。

 

 そも鰐野郎とは相性も悪い上、ビジネスパートナーにもならなかったので感慨はない。

 寧ろロシナンテに会う可能性があるため、それをどう回避するかの方が問題だ。

 

 センゴクがトップじゃなきゃ、ロシナンテも部下として同行する機会が減るのに…。会う度に精神的に落ちていちゃあ何も始まらない。

 

 

「気を付けてね、ドフィ」

 

「……若様行ってらっしゃい」

 

「おう、何か土産でも買ってくる」

 

 

 素直に返事した二人に軽く手を振った後、漸くシャワーを浴びた。

 

 

 

 

 

 -----

 船長が向かったのを見送ってから、二人はお互い睨むように見た。

 

 

「フン、所詮嘘の恋人のクセに、若様を愛称で呼ぶなんて頭が高いわ!」

 

「貴女だって、子供のフリして若にベタベタしてるじゃない」

 

 

 話題の中心にある人物は、既にファミリー内で二人が恋人ではないとバレている事を知らない。

 ファミリーのメンバー、おおよそ彼女の身を守るための偽装だろうと思っているのだ。

 

 彼女も彼女でそれを利用している。

 

 女王としてよりも一人の女としてありたいと思う今、自身が国の頂点になるのではなく、どうすれば今の頂点の隣に座れるか悩んでいる。

 

 

 それがシュガーは気に食わなかった。船長はファミリーのもの、謂わば家族のものだ。

 ヴァイオレット自身も家族の枠に入っているが、それ以上を求めている彼女がどうしても気に食わない。

 

 男の特別になれないと分かっているため余計にだ。

 特別とは言っても、恋人と言ったものじゃない。

 

 

 もっともっと、特別なものになりたいと思うのだ。

 

 彼女自身はそれに名前を付けることが出来ていないが、周囲がその感情を覗き見ることが出来れば名前こそ付けないもののこう言うだろう。

 

 

 _____弟へ抱いていた、あの歪んだ愛情を欲しているかのようだ…と。

 

 

 シュガーは欲しいと思う。その感情を自分に向けて貰いたいと。

 少女の少し歪んだ感性は、船長に対しては依存という形で現れていた。

 

 

「どうせあんたなんか振り向いてもらえないんだから」

 

「貴女よりはマシよ。ずっと子供として見られてるよりは」

 

「ム〜〜!!バカ!!」

 

 

 握り拳を作りシュガーがヴァイオレットに殴り掛かろうとし、それを彼女はほんの少しの動作で躱した。

 暗殺業を身に付けた今素人同然の動きなど避けるのは容易い。

 

 そして闇に足を染めたのも、上に立つ事を拒む理由になっている。

 

 

 

 シュガーと違い彼女が男に向けたのは、深い愛ともう一つの感情。

 そんな彼女は思う、自分と男は違うのだと。

 

 汚れた以上、相応しくない。それなのに船長を国王として否定する気持ちが湧かないのは、彼が汚れながらも誰よりも国民を想っているからだろう。

 

 国を守るために冷静に物事を進め、その中で誰かを犠牲にできるのだ。自分にはできまいと感じる。

 

 けれど、壊れ易いドフラミンゴという男。

 故に支えたいと思うのだ。それは隣に立つ存在とは違う感情。仲間として彼に着いて行きたいという感情。

 

 

 二人の視線が再度合わさる。

 

 

「若様は…わたしたちが守らなきゃ。守られてるだけじゃダメだもん」

 

「えぇ…そうね」

 

 

 二人は笑い合い、バスから出てきた男に視線を向けた。

 

 

「ん、どうした?」

 

「ふふ」

 

「えへへー」

 

 

 頭の上で疑問符が飛び交う船長を尻目に二人は目を細める。

 これ以上傷付かないよう男を守りたいと、強く決意した。

 

 

「何でもないよ」

 

「何でもないわ」

 

 

 

 

 

 女とは、強い生き物なのだ。

 

 

 

 

 

 -----

 会議の前に散々センゴクに小言を言われながらも終えた。

 今はクマの部屋に窓から侵入している。メシにでもどうかと誘ったが断られた。

 

 

「行こうぜ、奢るからよ」

 

「断る。何故俺がお前と行かねばならない」

 

「え、おれたち結構仲良くなかったか?」

 

「ない」

 

 

 おれとしては苦労人気質の奴とシンパシー感じてたんだけど、そうでもなかった?よく会議中の喧嘩で迷惑掛けられてた仲間じゃん。

 

 そうは言っても向こうはどうでもいいらしい。本当連れねェクマ野郎だ…。

 

 

「聖書なんて読んでて楽しいか?」

 

「貴様に俺の宗教心をどうこう言われる筋合いはない」

 

「フッフッフ、おれには到底理解出来ねぇなァ」

 

 

 神に縋るなどした事がない。ずっと自分の道は自分で切り開いて来た。時には壊れたり、仲間に支えられて進んだ道。

 

 神に祈った所で未来など進まない。己で進まなければ始まらないのだと思って来たのだ。

 

 

「貴様には宗教心など無いのだろうな。敬虔(けいけん)する心とは対極にある存在だ」

 

「そうだなァ。んなもんあったら即壊してるさ」

 

「……」

 

 

 おれとの会話に飽きたのか、クマは再度読み始めた。声を掛けども無視される。

 つまらない奴だと思っていればノック音がした。

 

 

「おや、やっぱりこんな所にいたのかい、ドフラミンゴ」

 

「げっ」

 

「なぁに嬉しそうな顔してんだい」

 

 

 してない。分かってていってる辺り、からかわれてるな。

 クマがダメならおつるさんと行こう。

 

 タイミングよくおつるさんもおれをお茶に誘うつもりだったらしい。奢るからと言ったら、高い場所をオーダーされた。中々策士だこの人。

 

 

 

 

 

 一旦知人の天竜人とヴェルゴの様子を久し振りに見てからレストランへ訪れた。

 

 金銭感覚はジョーカーと違い庶民価値観なのでクソ高いと思うが、だからといって払う分には痛くも痒くも無い。

 

 通された個室で最早別人になっていた奴の事や、ヴェルゴが何故スルメイカを頰に付けていたのか推理していれば、おつるさんが来た。

 

 現在変装中だが悪戯心が湧き、声も変えて出迎えれば帰ろうとした。

 

 

「おつるさん待て、おれだよおれ!」

 

「…声帯変化も出来るのかい、器用な奴だね…」

 

 

 最初は雑談をしながら、頼んだメシを食べていたが、段々内容が変遷していく。

 

 

「そういやおつるさんは何でおれがクマの部屋に居るって分かったんだ?」

 

「あんたが最近奴をビジネスライクな目で見てたからだよ」

 

「フフフ、ビジネス…ね」

 

 

 ビジネスというよりはクマの関係者とコネクションを得られないかと模索していたのだが、話し合いが望めないため失敗に終わっている。

 

 革命軍_____政府の転覆を画策する集団。

 

 

「また変な事でも企んでるんじゃないだろうね…こちとらあんたの悪行で胃が痛い奴らがわんさかいるんだ……まだ奴隷売買に手を出してないだけ、マシだが…」

 

「ん?してるぜ?」

 

 

 驚愕の顔。そのまま彼女は手に持っていた焼酎の入った盃を落とした。度数が高いのをよくその歳で水のように飲めるな…。

 

 

「あんたが?まさか…」

 

「冗談を言う要素があったと思うか?」

 

「………」

 

 

 時代はスマイルだ。スマイルといっても、子供たちの平和な顔って意味だが。

 それと同時に虐げて笑ってる奴らは、顔面を大根おろしのように原型など残らぬまで摩り下ろしてやる。

 

 

「おつるさん、飲まねェのか?」

 

「…あたしゃ、あんたの笑みが年々怖くなってるよ」

 

 

 何を言う。おつるさんの鬼面の方が怖いぜ。

 

 おつるさんは眉を寄せたまま落とした盃を拾って床を拭いた後、新しい焼酎を取り替えた盃に注いで一気に煽った。

 …そんなに飲んで本当に大丈夫か、まぁ本部に送ってくぐらいはするが。

 

 暫く飲んだ後、彼女はポツリと零した。

 

 

「……話は変わるが、ロシナンテの事だけどね。…話しても大丈夫かい?」

 

「……え?あ、あぁ。別にいいぜ」

 

 

 彼女からはいつもおれの精神を気遣ってか余り弟関連の話題は出ないが、何かあるらしいので聞くことにしよう。大丈夫、発狂したら帰りはジョーカーに頼む。

 

 

「じゃあ遠慮なく話すよ。気分が悪くなったら言いな」

 

「…分かった」

 

「ロシナンテが最近出会った男の話なんだけどね_____」

 

「………!」

 

 

 話に出て来たその名前を久し振りに聞いた。ジョーカーの地雷源のため余り話の話題になったことはなかったが……。

 

 思わず昔を懐古していれば、耳元で冷えた声が聞こえた。

 

 

『分かってるな』

 

(……分かってるよ)

 

 

 ロー。懐かしい名前だ。最近騒がしているルーキーに見覚えがあるとは思っていたが………目付きが……………。まさかヤクでもやってるわけじゃねぇだろうな…。

 

 それ程までに目がやばかった。

 

 奴とはなるべく関わらないとジョーカーとの話し合いで既に決まっている。

 俺を狙いに来る存在。嘗ての仲間とはいえ、おれの計画を邪魔するならば容赦はしない。

 

 ……そうは言っても、刃を向けられた時にやり返す自信はないが。

 

 

『分かってる、な』

 

(うーん…)

 

『ガキ』

 

(…尽力はする)

 

 

 その言葉に奴はため息を吐いた。もし関わって来れば絶対におれは手を出せない。誇るほど自信がある。

 

 だってあの子供は何度も言う通りロシナンテが命を懸けて救った子供だし、今復讐の道の中にある。おれ自身今も尚同じような道の上にあるのだから、気持ちは誰よりも分かる。

 

 

 あの子供を救うには、おれじゃあ無理なのだ。今だと分かる。

 ロシナンテのような優しい奴じゃあなければダメだ、幸せを願うなら尚更。

 

 

 ……ん?ちょっと待てよ…。

 

 

「おつるさん、二人の様子ってどんな感じだったんだ?」

 

「感動の再会を果たした親子みたいな感じだったね。センゴクの奴も感動して泣いてたよ」

 

「………そうか」

 

 

 これおれの失脚フラグはないんじゃないか?二人仲良くしてればおれも嬉しいし…。

 

 

(ジョーカー、ローぐらいには会っても…)

 

『駄目だ』

 

(…何でだよ)

 

 

 ピリついた空気が奴との間で飛び交う。それを察したのか、おつるさんは食事の方に戻った。

 

 

『……』

 

(理由があるなら言えよ)

 

『……』

 

(…ジョーカー)

 

『…気分を害す、絶対に』

 

(いいから言え)

 

 

 奴はそれでも躊躇いを見せたが、観念したように口を開いた。

 

 

『ロシーは兄としてのお前を死んだ事にしてるのは分かってるな。その話題に触れるのが地雷なのも』

 

(……あぁ)

 

『なら事情を知らないローがロシナンテに、どうしてお前が兄だと言わないと思ってる。例え出会いは良くとも、話す内に壊れたロシナンテを垣間見ただろうよ』

 

(…………)

 

『…大丈夫か』

 

(……)

 

 

 首だけ頷く。話の行く末は分かるのに、頭は理解したくないと言っている。これ以上聞きたくないと思う反面、聞かなければ進まないと言う自分もいる。

 

 おれの反応に間を置きジョーカーは続けた。

 

 

『そんな壊れた男を作った存在が、お前だと思うだろうよ。例え違くとも、復讐からなる思い込みは激しい。ヴァイオレットの件で重々理解してるだろ。ローに関しちゃ10年以上積み重なった恨みが既にある』

 

(……おつる、さんは……言ってなかった)

 

『……隠してるだけだ。テメェのために』

 

 

 確認すればいい。ただそれだけだ。回転しているわけでもないのに、目がぐるぐる回る。

 

 

「おつる…さ」

 

「…どうしたんだい」

 

「ロ、ロシな?ん…ろろろ、し、………」

 

 

 そのまま卓上の皿を犠牲にしながら床に倒れた。個室でよかった。周囲に人間がいたら酔っ払ったおっさんと思われてたな。

 

 

「………」

 

「…生きてるかい」

 

 

 そのまま指を示され三本と答えた。酔ってるわけじゃないと言ってるだろ。

 気分が落ち込んでるだけだ。

 

 

「……ろしーは…元気、か?」

 

「………元気だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 _____心以外はね。

 

 

 

 

 

 

 

 それは正しく、ジョーカーの発言を肯定する言葉だった。

 

 

 

 

(……………………)

 

『だから言っただろうが…』

 

(……つらい)

 

 

 

 

 結局そのまま意識は覚醒しているものの寝込み、帰りはジョーカーだった。




主人公
身内に甘い打倒天竜人と。弟地雷踏むと精神↓。色々模索中、人生ハードモード。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。苦労人。予測する主人公の未来が大変。

おつるさん
主人公見守り隊。奴隷売買の件で主がバケモノになりつつあると思ってる。


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殺す程愛してる

サクサク進む頂上決戦。ローsideそろそろ入れたい…。


 新時代の波。それを最近ひしひしと感じている。

 

 ローもそうだが、他にも数人気になるのがいる。最近七武海に加入した黒ひげやモンキー・D ・ルフィ。

 それとX・ドレーク。

 

 それぞれが自分の道を切り開く新たな勢力による群雄割拠の時代。その上でおれは自分の道をどう進むか悩む事もあるだろうが、若僧に邪魔をされて足止めしている暇はない。

 

 基本他人に己の計画を邪魔されるのは嫌いだ。

 

 

 しかし上手くいかないのが世の常だ。

 

 

 

 

 黒ひげが白ひげの所のエースを海軍に売って七武海入りしていたのは知っていたが、処刑前にモンキー・D・ルフィやその他の勢力が攻め入って来た。まぁ白ひげが攻めてくるのは同然だったろうが…。

 

 

「やる気ねェな…」

 

 

 建物の隅に座りながら以前おつるさんがくれた葉巻を吸っているが、甘ったるい。

 煙さえピンクに見えた、気のせいだが。

 

 目の前では血が舞うわ腕が飛び散るわ、至極楽しそうだ。普段なら嬉々として糸を振るっているが、気力が湧かない。

 

 

(にしても白ひげは大病のクセによく動くな…流石四皇か…)

 

 

 おれの医療の知識など専門の奴らと比べればたかが知れているが、事業を行なっている。勿論そのまんまだとマズイので、変装はしている。

 

 これに関して言えば、ローの治療のためにと建てた研究機関が今も続いているに過ぎない。

 

 取り扱っているのは不治の病の製薬開発だったり、中には「シュロロロ」と煩い奇天烈な物を作る奴もいるが基本は普通だ。

 白ひげには大分前から治療をしているが、回復の兆しはない。

 

 強者だろうが死ぬ時は死ぬ。別にジョーカーの病気を治せていたらとかそんな事は思っちゃいない。

 思ってないからな、本当に。

 

 

『フフフ、テメェは暴れねェのか?暴れようぜ、おい』

 

 

 ずっと無視しているが、お隣さんが遊園地に来た子供のようにずっとソワソワしている。そのソワソワも人を殺したくてうずうずしている訳なので、笑えない。

 

 というかこいつ…本当時折おれよりガキっぽい時がある。

 

 

(ほら暴れてんだろ、目の前の死体を見てみろ)

 

『自分から動きに行けよ。歴史の転換点、新時代の幕開けだぜ?』

 

 

 目の前には七武海だと襲ってくる阿呆どもの死骸が溜まっているが、折角モンキー・D・ルフィの助力があって牢獄から抜け出せたというのにバカな奴らだと思う。

 

 

(まさかたった一人の処刑でこんなに大騒ぎになるとはなァ…海軍も白ひげを潰そうという魂胆もあるんだろうが…)

 

『海賊王の息子だからな』

 

 

 

 ……ん?

 

 

 

(……はい?)

 

『だから海賊王の息子だ、ポートガス・D・エースは』

 

(……マジか…)

 

 

 そうなると思った以上にこの戦場は歴史の記録に残る大戦じゃねェか。だからって動かないが。

 下手に目立ちたくはないし、映像が国中に流れてるんだ。余計に目立ちたくはない。

 

 

『つまんねェクソガキだな…』

 

「あ、鷹の目と鰐野郎が戦ってる」

 

 

 よく会議中に喧嘩してた奴らが…向こうの方だとハンコックも戦っている。

 観戦する分には相当楽しいんだろうな、これ。

 

 殺している内に段々視界が悪くなってきたので、積み重なってる死体の上に登り座って見ていれば、ジンベエと目が合った。あいつは七武海の中で一番甘ちゃん野郎だった奴だ。

 

 おれの中で好感度がカンストしている。

 

 久し振りに見たので、手を振ったらこちらに向かって来た。お、お?一瞬人気投票一位になったゆるキャラが来たかと思っちまった。

 

 おれは手ェ出したくないぜ?一応奴は白ひげ側なので敵だが、なるべくなら戦闘は避けたい。

 

 

「ドフラミンゴ!」

 

「フッフッフ!ようジンベ…」

 

 

 あちらに戦闘の意思はないのが分かり力を抜いて油断していた。

 しかし突如視界が反転し、驚きの声を上げたら上から声。

 

 

「ヴァナータがドフラミンゴね〜」

 

「………」

 

 

 

 ジョ……、ジョォォオカカアアアアア!!!!

 

 

 た、助けろ!!え、何で捕まってんの!?何でジンベエとイワンコフが組んでんだよ?!すまなそうな顔をするなジンベエ!!許したくなるだろうが!!!

 

 

(ジョーカージョーカージョーカー!!!!)

 

『フ、フフフ……』

 

 

 やばい。ツボったのか笑い死んでいる。お前笑ってる状況じゃないんだよ。意味が分からないんだよ。

 

 

「おいジンベエどういうつもりだ、いくらテメェでもぶっ殺すぞ」

 

「すまん。だがちと話を聞いてくれんか」

 

「あ?何でこんな時に…」

 

「ルフィくん伝いにハンコックの話を聞いたんじゃが…」

 

 

 話の内容はフィッシャー・タイガーの事だった。

 

 こいつが奴と関係があるのは知っていたが、今まで何も言って来なかったため、おれがマリージョア襲撃事件に関わっていることは知らないと思っていた。

 

 だがハンコックが奴隷だった頃の話をモンキー・D・ルフィにし、その話をジンベエにしたらしい。

 

 だが面倒はごめんなのでしらばっくれる。甘い奴に関わると、そいつをどうにか救ってやりたいと思っちまう性分はどうしようもない。

 

 故に極力関わりたくないのだ。

 

 

「フフフ、知らねぇなァ。そんな下らねェ事のために危険を冒したってか?おれはテメェらの敵なんだぜ?」

 

「いや、わしからはそれだけだ。お礼を言いたくてな…」

 

「だからおれじゃねぇって言ってんだろうが…」

 

 

 ほらこの甘さだ。時と場所を選べと思いたいが、いつ会えるか分かったものではないし、それ以上に感情が勝ったのだろう。

 

 もう解放してくれと逃げを打とうとしたががっしり掴まれている。ずっと移動しながら俵持ちされてるおれの気持ちを考えてくれよ。ファミリーに見られたら死にたいわ。

 

 

「何だよ離せマジで。要件はもう終わったんだろ?」

 

「ヴァターシも聞きたい事があるのよ」

 

「はぁ!?」

 

 

 若干キレかけているが事実キレているのだからしょうがない。もう解放してくれ、本当。

 

 

「ヴァナタ、くまと同じ七武海なんでしょう」

 

「あん?……」

 

 

 バーソロミュー・くま。奴の様子が変だと聞かれたが、あいつは既にパシフィスタに改造されている。

 そのせいで革命軍との接近も思い切り無理になった。

 

 

「既にあいつはあんたの知ってる人間じゃないぜ、それこそ海軍の兵器だ」

 

「……まさかくまが…!?」

 

 

 人間兵器。そんなものが存在する世界自体不必要だ。

 にしてもイワンコフとくまの繋がりが見えない。いや、待て確か……。

 

 

「そういやあんた革命軍だったよな?」

 

「…!……ヴァナタがまさか…最近嗅ぎ回ってる犬ナブル?」

 

「ノーコメントだ」

 

 

 敵の攻撃が来たと同時に、それを利用して漸く解放された。あちらはまだ何か続けたそうだったが、こちらには何の利益もない。

 

 ただ恩を売っておいて損はないだろうと、パシフィスタの攻撃がイワンコフの仲間に当たるのを糸で防いだ。

 

 

「フフフ、貸し一つだ。思うかどうかはあんた次第だが」

 

 

 流石に敵を救ったと思われると後々面倒なので、それを帳消しするように他の奴らを殺した。

 途中で敵味方関係ない状態の鷹の目にぶつかったが。血の気多すぎだろ、テメェ。

 

 

「おい待て味方だろうが!」

 

「ム?ドフラミンゴか」

 

 

 ドフラミンゴかじゃねェよ。お前サイコなんじゃねェの。

 

 そう思った所で、時差が生じた奴の攻撃により額がパックリ切れた。あー視界が紅ェ。

 創傷部位の血を抑えようと手で触れたら何かが取れた。

 

 落ちかけたそれを掴めば、それは後ろで結ってたおれの髪…………

 

 

「………」

 

「どうしたドフラミンゴ」

 

 

 視界の端でジョーカーが衝撃映像を見た時のような顔をしていたが、それもどうでもいい。

 いいか、伸ばすのも大変なんだよ、女性より伸びんのは遅いんだ。

 

 

「フ、フフフ、フッフッフッフ」

 

「……」

 

 

 おれの殺気に奴は剣を握り締める。

 

 

「殺す」

 

 

 ブチっと、久し振りに血管が切れた気がした。

 

 

 

 

 

 -----

 剣技により空中さえも切られる音。そしてそれにぶつかり合う糸の摩擦音。

 

 近くに居た者はある程度の力を持たなければ簡単に骸と成り果てる。恐怖を感じた者たちはその場から退避した。

 

 

「貴様と殺り合うのは初めてだな」

 

「ぶっ殺す」

 

 

 いつもの冷静さを欠いた男は獰猛な獣になっている。途中で切られる肢体を物ともせず食らいつく。

 鷹の目も糸の攻撃により肌を深く抉られる。

 

 しかしお互いの瞳に浮かぶのは肉食獣のそれ。殺すまで止まらないと言わんばかりだ。

 

 

「フハハ!中々に愉快だ!」

 

「黙れサイコ野郎」

 

 

 転がった死体を操り盾にしながら技を繰り出していく。そこにミホークの強靭な一撃、それを男が避けた所で他の人間の攻撃に当たり遥か後方に吹っ飛んだ。

 

 

「何やっとるんじゃ七武海二人が…!!」

 

 

 センゴクは既に胃が痛い。

 

 

 派手な音を立て壁に衝突したものの、怪我という怪我は負っていない。歯を剥き出しにし唸った所で、丁度その場にいた者の一撃により男は伏した。

 

 

「おやめ!!」

 

「ぎゃっ」

 

 

 おつるの拳骨に倒れたドフラミンゴは立ち上がったが口はへの字だ。

 

 

「何すんだよ……」

 

「あんたこそバカやってないでちゃんと働きな。何をそんなに怒ってるんだい」

 

「……髪が…」

 

 

 捨て猫のようにしょげている男。それに募る苛立ちを隠し切れずおつるは叫んだ。

 

 

「伸ばしゃあいいだろ!女じゃあるまいに…」

 

「母上の……面影が………」

 

「……!」

 

 

 壁に寄り掛かり膝を抱えた男は精神がだだ下がりモードだ。

 男の母親の姿を残すものは現在しない。故に容姿が似ている自分と重ねて髪を伸ばしていたのだ。

 

 それを汲み取ったおつるは辛そうに眉を下げた。

 

 

「……その髪も似合ってるよ、ドフラミンゴ」

 

「……本当か…!」

 

 

 周りにいた海兵は、まるでそのワンシーンが飼い主に尻尾を振る犬のような光景だったと後に語る。

 

 思わずあまりのワンコっぷりにおつるも頭を撫でてしまった。

 それに更に嬉しそうに男は笑んだ。

 

 ジョーカーはその様子を見つつ、この場に男の地雷源となる人物たちがいない事に一先ず息を吐いた。

 精神瓦解すれば代わって暴れる予定だったがその必要はなさそうだ。

 

 大分荒れた戦況もエースの錠が放たれた事により終盤に入る。

 

 

『……?』

 

 

 おつるが手を離した瞬間覗いた男の顔。

 

 

 

 まるで能面のようなそれに、何か薄ら寒いものを感じた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 戦争は終わった。

 

 勝者は居ないだろう。

 

 

 海軍も白ひげも一応引き分けだろう。ポートガス・D・エースも、モンキー・D・ルフィを赤犬の魔の手から救ったことにより亡くなった。

 

 ただ白ひげは大怪我を負いながらも生き残った。だが病魔には勝てまい、後に亡くなるだろう。

 

 黒ひげは白ひげの能力を狙っている事が戦争内で明らかになったため、近い内にこの二つの勢力がぶつかる。末恐ろしい事になりそうだ。

 

 

 今のおれは商人(仮)だ。他所様に薬を売り込むセールスマン。ジョーカーとしては善人ぶった行為に鼻で笑うが。

 資金集めだ資金集め。

 

 

『十分金は持ってるクセに何言ってやがる』

 

(……いいだろ別に。好きにさせろ)

 

 

 今日出会うのはお得意様だ。それもビックなため偶にはおれ自身が顔を出しているが、変装はいつも通りだ。

 信用を得るためにはそういうのも大切だ。

 

 しかし薬を船に運び終えいざ帰ろうと思ったら腕を掴まれた。

 

 

「ちょっと来るよい」

 

 

 フリで怯えつつ逃げようとしたがダメだった。流石に弱体化したとはいえ四皇に手を出す気はないよい、だから帰らせろ。

 

 

(ジョーカー、ジョーカーえもん!!)

 

『害はねェよ。大人しくしてりゃあな』

 

(そういうのフラグって言うんだぜ?)

 

『そんじょそこらで乱立してるテメェに言われたかねェよ』

 

 

 言う通り大人しくしていたが確かに手は出されなかった。病魔と大戦の傷でボロボロの白ひげはしかし、天辺に君臨する者の風格が微塵も衰え知らずだった。

 

 不意に赤犬に殺された男の亡骸を抱え静かに涙していた姿が頭に過ぎり、ぐるりと腹の底で渦が巻いた。

 だが関わりはしない、既にそれは決めてある。

 

 

「オメェ、糸の餓鬼かァ」

 

 

 唐突だ。変に否定するのもマズイし肯定するのはそれこそバカだ。

 どっちでしょうねと笑えば、それをかき消すように大きな笑い声が響く。血ィ吐いてるぞ。

 

 

「グラララ!なぁに殺そうってわけじゃねェ。俺も世話になってる借りがあるからな」

 

 

 病気は所詮、最後は人の意志だ。だがしかし礼を言われる。次いで言われたのは宣告とも取れる言葉。

 

 

「餓鬼、お前は愛されている。それも随分面倒なもんに」

 

「……はぁ」

 

 

 昔似たような奴を見たと言われた。それが誰かとは言われなかったが、そいつよりももっと歪なもんだと笑う。

 

 

「大いなる海…あとは月か。まぁ精々気ィ付けな」

 

 

 言ってる意味が最後までよく分からぬまま帰された。というより途中で容態が悪化したため、パイナップル野郎に蹴られて追い出された。テメェ後で覚えてろよ。絶対いつかその髪を根こそぎ刈り取ってやる…。

 

 現在は帰路の途中、蹴られた背中がまだ痛い。

 

 

「………」

 

 

 

 海と月。

 

 

 その意味するものに、身に覚えがあるのはまた事実だ。

 周囲を見渡せば視界に奴が映る。

 

 

『……』

 

「どうしたよ」

 

『…何でもねェよ』

 

 

 そう言って上と下を睨み奴は消えた。空には妖艶に輝く黄金と、地平線まで飲み込む暗い海が覗いている。

 

 

 どちらがおれを殺すのか分かったもんじゃないが、ヤンデレのこいつらにおれが言う事はただ一つ。

 

 

 

 

 

「テメェらにどうこうされるなら、自分で死んでやるさ」

 

 

 

 

 

 ニヒルに笑えば、怒ったジョーカーに頭を引っ叩かれた。




主人公
身内に甘い打倒天竜人。偶に抜けてる。海と月に愛されてる。人生ハードモード。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。苦労人。ゼッテーに幸せにしたるでェ。


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無知は愚かしい

全部ロー目線です。
作者に医療用の知識はないです。ググった上での知識ですので何か間違ってたらすみません…。

余談で、声優繋がりで阿良々木くんポジのトラ男ネタ思いついたけど、イケメンすぎるなぁと思ってしまう…
ヒロインが全員ほの字……。


 *****

 

【sideロー】

 

 久しく見た俺を照らした太陽は、あの時___雪の中で浮かべた笑顔で俺を抱きしめてくれた。不恰好で、でもあったかい笑み。

 いくら触れてもあの雪のように冷たくはなかった。

 

 身長の高いあの人には未だ俺が抱き着いた所で、子供扱いしかされなかったけど、それでも嬉しかった。

 心臓の音もした。

 

 

 生きていた…いや、生きている。

 

 

 

「コラ゛さん……ゴラ゛さん゛……!!」

 

「あはは、本当ガキのままかよ……ロ゛ッー………」

 

 

 おっさんのクセにガキみたいに泣くあの人が可笑しくて、でも変わっていないのだと分かって…凄く嬉しかった。

 

 

「うるせー!!お前だって泣いてんじゃねェか!!」

 

「おっさんが泣いてるよりマシだ!!」

 

「誰がおっさんじゃー!!!」

 

 

 その後二人揃ってセンゴクに煩いと殴られたが、奴も泣いていた。その三人の様子を見ていた大参謀のおつるは、やれやれと言わんばかりにため息を吐いていた。

 

 コラさんはどうやら医者に行く途中らしく、定期的に検診に行ってるらしい。

 

 

「……それって…」

 

「違ェよ、ドフラミンゴのじゃねェ。ただちょっと心の方がな…」

 

「……心…」

 

 

 考え込むようにしていれば、おつるが二人を先に行くように急かした。名残惜しいけれど生きていればまた会える、そう考え見送った。

 

 

「……中将や海軍トップが同伴するなんて相当な事があるんだろ」

 

「あんたがロシナンテが言ってたローかい……話は歩きながらする。時間があるなら着いてきな」

 

 

 俺も食料補充で停泊中だったため時間があった。まさかこんな辺境の島に大物がいるとは思わなかったが。

 

 

「ロシナンテの身体的な怪我はもうほぼ治ったさ。ただ精神の方が参っちまってる。この島にいるのは知り合いの医者のジジイがここに住んでるからだよ。全く…あっちから出向いてくれりゃあいいものを…」

 

「……」

 

 

 コラさんが精神病を患わってるのは既に窺えた。俺も医者だがその知識は外科としてのものであって、精神のエキスパートではない。それでも少しは知識はある。

 

 

「言っとくが海賊のあんたに関わらせる気はないし、あいつのは簡単に治せないよ。じゃなきゃ10年以上苦しんでない」

 

「10年……」

 

 

 それは俺が復讐へ歩んだ時間と同じ期間か。いや、俺以上にきっとコラさんは苦しんだに違いない。

 俺のせいか、それとも奴のせいなのかはまだ判然としないが…。

 

 考えていれば前方不注意でぶつかった。何だと思えばコラさんだ。

 隣でセンゴクが腕を引っ張っているが動かない。

 

 

「コラさん?」

 

「…………」

 

 

 何かと思い視線の先を見てみれば、兄弟の子供の姿。どうやら転んだらしい弟を兄がおぶっているようだ。

 自分のドジと重ねて、昔の事でも思い出しているのかもしれない。

 

 コラさんは優しいから、まだ兄のあいつの事を止めようとしているのだろう。心に傷を負って動けないでいるけれど、それでも自分と戦っているんだ。

 

 

「コラさんは…まだ兄のあいつの事を止めようとしてんだな……」

 

「………あ」

 

 

 コラさんの口から小さな声が漏れたのと、両サイドから静止の言葉が入ったのは同時だった。

 どうしてそんなに焦っているんだ。

 

 ギギギと、壊れた機械のように首が向いた。その笑顔にゾッとした。

 

 

 

 

 

「兄ゥえハ? 死!んだ、ン だ」

 

 

 

 

 コラさんのいつもの___あの笑みじゃない。酸素に触れて変色した血の色のような瞳で、綺麗に笑った。

 つくられた笑み、そんな笑みを自然と出す。

 

 肩を掴まれて、コラさんは尚も続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あにうえはしんだ兄上は死んだあにうえはしんだあにうえはあにうえはあにうしんだあにうえしんだあににににうえはあにうえはあにうえはあにうえはあに?うえ??あにうえ。しんだ、しんだしんだしんだしんだ死んだ_______________」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あにう えは 死んだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の太陽は、壊れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 PTSD、心的外傷後ストレス障害。

 

 

 症状は精神的な不安や不眠、トラウマ関連の物に対する回避行動。事故や事件のフラッシュバックによるものがある。

 

 特徴として恐怖や虚無感、苦痛の想起や心的外傷物の回避行動、過度の覚醒が多い。

 コラさんは特に過度の覚醒と回避行動が目立った。

 

 心的外傷物関連を見た際に感情の爆発や混乱、自分の感情のコントロールが不能になり暴れたり、無気力状態になる。

 

 ストレスに対して過剰な精神への自己防衛が起こっている。

 

 

 症状は急性型で治療を試みているものの、快癒する傾向はないそうだ。軽くも重くもならない。症状は最初から底辺で、これ以上沈みもしない。

 

 

 PTSDになる前にはその前の記憶が重要になってくる。パターンとしては重要な出来事が記憶されるか、事後的にそれほどでもない出来事が記憶される。または元々ない記憶がその人によって創作されるか。

 

 基本はこの三つだ。

 

 

 この点は兄に撃たれた「出来事」が記憶され、誘発されたのだろう。

 

 それ故に兄弟というものに対し過度のストレスを抱くようになった。

 

 

 コラさんは、ドフラミンゴに撃たれないと言っていた。それはきっと奴の甘さを理解していたからだ。

 弟に依存していたあいつはしかし撃った。家族に撃たれたショックが精神疾患を引き起こしたのだろう。

 

 自分がラミに撃たれたと変換して考えれば末恐ろしいものがある。持っていた本に力が加わった。

 

 

 幸と言うべきか、コラさんは合併症状を患わっていなかった。PTSDの患者の半数以上は鬱や精神障害を合併する。

 

 精神治療は認知行動療法やストレス管理法などがあるが全く改善を見せていないと聞く。薬物療法も存在するが、それは大概合併症状を持つ精神患者に服用される。

 

 コラさんはPTSD単体なので、処方されていないようだ。そもそも耐性があるため効果が望めないらしい。

 

 

「ハァ……」

 

 

 ため息を吐き突っ伏せば卓上が揺れ、積み重なっていた本が頭の上に落下した。

 医者だというのに何も出来ない。そりゃあ海賊と海兵だ、無理なことぐらい俺も分かっている。

 

 

 

 

 

 結局コラさんはあの後精神的混乱状態に陥り過呼吸になって倒れた。

 

 場合によっては暴れる事もあるらしい。強靭な肉体からなされる無差別の攻撃は、彼以上の強者でないと止められない、故にセンゴクやおつるが居たんだ。

 

 センゴクの方は上司以上の…それこそ親心の責任感から着いていたようにも見えた。

 

 

 苦しそうな顔が忘れられない。あんな顔見たことなかった。ずっと強いと思っていたコラさんにも弱さがあった。

 

 …いや、強かったはずだ。海軍や諜報活動の中で培われた精神、それはあの傷だらけの身体と直結している。大きなストレスにも耐えうる強さを持っていた。

 

 それが壊れてしまうほど、コラさんの負った心の傷は大きかったんだ……。

 

 

 

 月が昇ったまま太陽が昇って来ないような感覚。忌々しさだけが胸の内を支配している。

 

 けど、今内にあるのは復讐心だけじゃない、迷いだ。俺自身がどう進んでいいか迷い始めている。

 

 大参謀が言っていた言葉。それが喉に小骨が引っかかったように取れない。無意識に指が気管を塞ぐように食い込んだ。

 

 

 

 _____()()()()、壊れちまった。

 

 

 

 どっちもとは詰まり、ドフラミンゴもという事。

 

 直ぐに否定した、奴は圧倒的な悪だと。しかし続いたのはそれを性質悪と捉える返答。

 被害者を生むのは被害者?違う、あいつは……あいつは悪だ。表も裏も悪で、全部真っ黒で……。

 

 

 ……いや、優しさはあった。それを裏付けるようにコラさんは死んでいなかった。

 確かに死んだはずだ。ミニオン島で銃殺され、骸となったはずだ。

 

 

 でも生きていた。それが結果じゃないのか?あいつがまさか殺し損ねるはずはない。甘い部分はあったけれど、あいつは…殺す時は絶対に殺していた。

 

 分からない。あいつは何を考えている?何も考えていないのか?

 そんな訳はない。奴は今や七武海に入り、国王にもなっている。奴の目的は確実に進んでいるだろう。

 

 あいつの一歩とおれの一歩は違う、正しく身長が違うように。

 

 それでも必死に食らいついて進んできた。おれはコラさんの本懐のために……奴を止めるためにここまで来た。後戻りは出来ない。

 

 

 大参謀は、止めろと言っていた。止めてくれと、らしくもなく言っていた。

 自分ではもうあれは、バケモノになりつつある男は止められないと。

 

 その思考は測れないが、確かに奴はもうブレーキを無くしたケモノだろう。頂上決戦の際死体の上に死体を重ねても感情一つ動かさなかったように、感情も既に死んでいるのかもしれない。

 

 俺やコラさんに笑いかけたあいつは、内に潜んでいた破壊欲に壊されて……でも、まだ少しだけ残っていたように思う。

 

 

 白ひげがポートガス・D・エースの死体を抱いていた際、映像の中で一瞬だけ……一瞬だけ映った瞳。

 

 揺らいだ海の色の中には、悲哀があった。

 

 

 

 

 

 不意に窓を見れば、朝日があったはずがいつのまにか暗闇に支配されている。陽が沈んで、暗闇には怪しい光が浮かんでいる。その光景があいつの笑みと重なり舌打ちが漏れる。

 

 すっかり冷たくなったコーヒを飲んで、目を閉じた。

 

 

 コラさんを壊した恨みはある。雪の中で大切な人を失ったと思ったあの感情は、永遠に消えないだろう。

 おれは本懐のために奴を止める。でもその理由の中に、もう一つ新たな想いが生まれたのも確かだ。

 

 復讐心よりはよっぽど小さい、それでも……これ以上はと、思う。

 

 

 

 _____これ以上あの男が壊れる前に、止めてやらなければ。

 

 

 

 それは嘗て受けた愛情から来るのか、それともコラさんを思ってなのか。判然としない。

 

 だが俺のドス黒い感情をコラさんが溶かしてくれたように、奴の闇を少しでも晴らしたいと思うのだ。

 子供の頃はコラさんが晴らしてくれると思っていた。でもダメだった、余計に悪化している。

 

 

 それでもいつか……いつか奴に追いつき、そして追いついて捕まえた時、風切羽を斬り落とした上で言ってやろう。

 

 

 

 

 

 お前は_____愛されているのだと。

 

 

 

 

 愛するばかりで、仲間や家族に愛されているという自覚がない男。その根底にある闇が、無意識下で奴をそうさせている。

 

 あのブラコンは恐らく自分でも考えていない内に、コラさんに拒絶された事がトラウマになっているはずだ。優越感が湧くが、今はそんなちっぽけな感情に浸っている場合じゃない。

 

 愛される事が怖い。失うのが怖い。

 

 実際にどう思っているかは実際に会って状態を見なければ分からない。だからこそ俺は進む。俺のしたいように、生きるんだ。

 

 

 

 

 愛を分かっていない奴に食らわすのは、痺れるショック療法だ。

 

 

 

 

 

 だから首洗って待ってろ、ドフラミンゴ。




副題:愛を知らない小鳥へ


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グーグツシッシ

_____モネちゃんを、メチャクチャ幸せにし隊。


 _____人間の歴史はひたすらの破壊と再生の繰り返しである。

 

 

 平和は一時的なものに過ぎず、人間はいずれ戦争を渇望する。その中で人間が使用して来たものが武器だ。しかし武器では人間の虐殺には長けていない。

 

 どうすればより人間の頭数を減らせるか、そんな悍ましい考えの中で生み出されたものが兵器だ。

 

 

 兵器とは広義的な意味を持つ。

 武器との違いは、戦争での使用に特化している点だ。

 

 兵器は戦争で多くの人間の命を奪って来た。しかし人間の強欲は収まるところを知らない。より多くの資金や人材を使い、最新技術を取り入れた殺略に長けた兵器が次々と作られる。

 

 

 人間兵器。遂に人類は機械だけではなく、人間にまでその矛先を向けたのである。

 

 

 生物兵器はあった。しかしそれは人間以下の種に行われて来たはずだったが、同じ種族に行い始めたのだ。その浅ましさは奴隷を例えれば簡単だ。

 結局人間とは同族さえも下等に見る。

 

 

 その思考をおれは是としない。阿呆な考えをする奴らは全て殺す。

 

 圧倒的な破壊を持ってその思考を捩伏せ、世界の再建を果たす。愚かな代表の天竜人のクソどもはその世界に不必要だ。

 

 

 甘い理想郷。

 

 そんなものは所詮机上の空論だと分かっている。しかしそこまで目指さなければ、世界の再構築など不可能なのだ。

 

 

 

 

 

 理想の裏に犠牲は付き物だと散々言って来たが、踏み入ってはならない領域は守って来た。

 麻薬にしても、武器にしても。

 

 しかし身内といっては微妙なラインだが、全く別の方向から頭のネジが外れた奴が出た。そのアホはまさか製薬と言いながら、何を作っていたか。

 

 

 …兵器だ、殺戮兵器『シノクニ』

 

 

 元々自分を売り込んで来たため雇ったが、奴の危険性は前歴から重々警戒していた。

 しかし思考は危険であれど、優秀なのに違いはない。

 

 製薬で実績を上げていたため、武器の範囲までなら許していた。だが考えが甘かったのだろう。

 

 

 

 奴の研究所…監視役としてパンクハザードに送っていたモネからも連絡は滞りなく行われていたはずだ。

 

 そもそも奴の悪行を知ったのは今さっきだ。ちょいと政府に用事があり数週間空けていればこの始末……本当クソだ。

 

 奴は薄暗いルートに殺戮兵器を売り出す云々言ってやがる。

 

 

 

 奴の入っている組織におれの存在をそのまま投影しているわけじゃない。一応変装した姿で行なっている。奴はおれ以外の後ろ盾を持っていないはずだった。

 

 また奴が強力な存在の下に(なび)く存在なのも理解していた。

 

 

 だがしかし、売りに出ているということは後ろ盾があるということ。

 奴には最初から顔出しで恐怖を植え付けておけばよかったか……いくら考えたところで後の祭りである。

 

 

「…一先ず、徹底的に暴力を……与えてやる」

 

(落ち着け)

 

 

 映像を映していた機器は粉砕し壁にめり込んでいる。驚いたベビー5が固まっていた。

 悪いと言い…しかし片付ける気が湧かないので頼んで自室へ戻った。

 

 モネからつい最近まで連絡はあった。なのにおれに何も伝えていないのはおかしい。

 

 それと奴の言っていた【チャンドーラ】という組織。おれが統括してる場で、最近目に余る下劣な取引を行なっている奴らだ。そいつらが奴の後ろ盾と見て間違いない。

 

 

『……テメェは行かない方がいい』

 

「行く。殺す……のは流石に功績もあるからやめるが、ボコボコにする」

 

『落ち着けって言ってんだろ』

 

 

 頭を引っ叩かれた。何だってんだ。あの野郎、好き勝手しやがってるんだぞ。それもおれの邪魔をしてやがる。どうしてそんなに冷静なんだよ。

 

 

『パンクハザードには時期に麦わらが来る。テメェが行かなくとも、制圧される』

 

「……モネを、救いに行かないと」

 

『……犠牲は付きもんだろ』

 

「テメェ!!!」

 

 

 無意識に覇王色が漏れ部屋が散乱した。ヒビも入ったがそんな事どうだっていい。

 このクソ野郎今なんて言いやがった。

 

 

「モネはおれの家族だ。例えテメェの家族じゃなかろうが、おれの……家族なんだよ」

 

『……行くな』

 

「黙れ!!」

 

『ローがいる!!』

 

「……あ?」

 

 

 柄にもなく叫んで、青筋を浮かべる奴の姿は真剣そのものだ。ロー?モネはそんな事言ってなかった。

 

 こいつのエゴで止められるなんて勘弁被る。

 …だが、理由なく考えを言う奴じゃないってこともよく知ってる。

 

 

「…根拠は、……おれが納得のいく根拠を教えろ。そうすれば……考える」

 

『あくまでおれの推測の域だ…それを含めてテメェも考えろ』

 

 

 

 

 そうして出た可能性は二つ。

 

 

 

 先ず一つ目、【チャンドーラ】の組織。

 

 

 組織と関わったことはないが、大分前にマーケットを見た事がある。その中のトップの人物をジョーカーは見たことがあると言う。

 

 約10年前に殺した夢に関する能力を持つ能力者。そいつの雰囲気とそっくりだったらしい。

 おれは能力の影響でその時の記憶が曖昧なため判断がつかないが、奴がそう言うのだからほぼ確実だ。

 

 

『おれの勘じゃあ生きてる。いや、ほぼ確実だ。能力は使用者によって矛にも盾にもなるように、多彩に変わる。夢に関すれば、敵を操る事も可能だった』

 

(……詰まり、モネは操られている可能性があると?)

 

『そうだ』

 

 

 相手の能力者が未知数な以上下手に出られない。精神に作用するなら余計にだ。

 

 また以前のシュガーの件と同様にモネを救えたとしても、敵の能力者を倒すのは難しいということ。

 何故死んでいないのか、それも能力の一つなのか……調べない事には分かるまい。

 

 

 

 そして二つ目。

 

 

 ローがパンクハザードに潜入している可能性。あくまでこちらはジョーカーの予想だ。

 

 ローがおれの失脚に炎を燃やしている事は分かっている。関わるべきではないとしても、行かなければ救えない。

 

 

『おれの時、ローはモネの心臓を握っていた。既に奪われている可能性は十分にある。そうなるとテメェは絶対に動けない、違うか』

 

(……ローは本当にいるのか?お前の世界線とは違うんだろ?)

 

『違う。ただいるという保証はないが、いないという保証も出来ない。それに能力者に操られているなら、相手はモネを操ってローの情報を意図的にお前に伝えていない可能性が高い』

 

(だがファミリーとあの蛇舌野郎の関係をどうやって知った?あいつさえただの一介の製薬会社だと思っているのに……情報は漏れていないはずだ)

 

『モネの記憶を能力者に覗かれているなら、ローも知っている可能性が高い。そうなると敵にローが逆アプローチをされたんだろうな』

 

(………そうなると敵はローさえも操ろうって魂胆か?)

 

『フッフッフ…だろうな』

 

(敵の狙いは何だ?)

 

 

 それに奴は考えるようにしている。まぁ何となく分かるが…。

 

 

『……テメェだろうな。テメェの失脚か、それとも金か』

 

(………)

 

『それでも尚行くってほざくなら、おれは本気でテメェを馬鹿だと思うぞ』

 

「……モネ…」

 

 

 

 行った所で、敵の狙いは知れている。海軍と組む手もあるが、状況にはよるものの今の段階じゃ絶対にそれは断る。奴もそれを分かっていて言っていない。

 

 それでもおれは行く。バカと言われようが、仲間をいいようにされて黙っている方が愚者だ。バカよりも最悪だ。

 それに…今は自分の感情を尊重したい。

 

 

(いくらでも言え、バカ野郎ってな)

 

『……お前は本当…血が上ったらチンパンジー以下だな…』

 

「あ゛!?」

 

 

 ブチ切れて糸を伸ばしたが幽霊には当たらず、ベットに当たり羽毛が舞った。

 

 

「誰が猿だジジイ!!」

 

『………』

 

「でっ!!」

 

 

 あっさり腕を操られて糸で拘束された。この野郎マジで覚えて…

 

 

『仲間がいんだろ、テメェには』

 

「____!!」

 

 

 ……バカだ。本当に血が上ってたな…おれの仲間はモネだけじゃない。他にも仲間がいるじゃねェか…。

 一人で進んでるんじゃない、仲間と……進んでるんだ…。

 

 

「……悪い」

 

『フン………所でさっきの言葉だが』

 

 

 あ、待ってめっちゃ怒ってるやん。

 姑のように小言をグチグチ言われるので部屋から逃げようとして開けたら、誰かにぶつかり、声がした。

 

 

「……あ?」

 

 

 部屋の前で傍聴していた犯人を逃げたもう一人を含めて捕まえれば、降参のポーズを取った。

 ベビー5とバッファロー。

 

 

「……趣味が悪いなァ、エェ?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「ごめんなさいだすやん…」

 

 

 二人の様子はしかし、若干期待の目を向けている。恐らく自分たちに任せて欲しいと、そういう事だろう。

 

 

(……人数がいれば、おれも行って構わないだろ)

 

『その無駄に高いクオリティの変装で行けばな』

 

(無駄って言うな。洗練されたと言え)

 

 

 奴の機嫌も戻ったようだ。流石に変装云々も能力者にバレていたら凹むぞ。モネには見せてないしな…覗かれていてもバレていないはずだ。

 

 そうと決まれば早く行こう。大人数では逆に警戒される可能性がある。故に少人数だ。

 

 二人も行けば、あの野郎は確実にこちらに傾く。

 ただの製薬会社じゃない、その後ろ盾がドンキホーテファミリーなのだと知れるのだ。

 

 

 戦況を変えてやる。

 

 混乱に乗じてモネの奪取。ローは無視。あと野郎をおれ自らフルボッコにする。

 

 

「よし、準備しろ。直ぐに向かうぞ」

 

 

 二人の返事を聞き、出発する用意をした。

 

 

 

(絶対ドレッシングの野郎を殴る)

 

『……シーザーだ』

 

(え?)

 

 

 

 

 

 ………まぁ、そういう事もある。

 

 

 

 

 

 -----

 

 茶髪で丸渕眼鏡を掛けた、目が棒のような人間。笑う様も正しく接客用と言わんばかり。

 シーザーが彼に自分を売り込んだのは、ただ単に金の羽振りが良いという理由だった。

 

 ある程度の自由は許されていた。しかし彼の望むマッドで痺れる欲求は発散し切れなかった。しかも強要されるのは不死の病の製薬開発ばかり。

 

 選ぶ所を間違ったと思った理由だった。

 

 これならば恐ろしいものの、裏のマーケットを牛耳る七武海のあのスマイルを浮かべる男に売り込めばよかった。

 

 

 そう考えていた時、丁度現れた黒い男。

 

 

 

「私と組みませんか?」

 

 

 

 男はシーザーの才能を買い、その狂気を昇華させた。求めれば金を幾らでも与える。

 能力も相手を操る能力。彼を監視していたモネさえも操ってしまった。

 

 彼の実験は大いに進んだ。七武海のトラファルガー・ローの協力により半人半獣の軍団も手に入れた。

 

 軌道は今までにないくらい最高だ。しかし、彼の気分を害する男が現れたのだ。糸目具合からシーザーは奴を『狐』と呼んでいる。

 

 

「あの狐ヤロー!!職務怠慢とでも言いに来たのかぁ?シュロロロ、もう奴は用済みだ!出迎えて殺してやる!」

 

「流石M(マスター)

 

 

 シーザーの隣に居るモネもまたハーピーに改造されている。

 

 兵器を紹介した後、自分のこの素晴らしい狂気の才の発散を今まで散々邪魔して来た狐ヤローを、毒ガスで直々に殺す。

 そう意気込みながら男は準備をし出した。

 

 

「シュロ?そういや映像に映っている狐野郎の後ろの二人…フード被ってるのは誰だ?見覚えがあるか?」

 

「………?分からないわ」

 

 

 その答えた彼女の目は、酷く濁っていた。男は興味なさげにそうかとだけ返し、楽しげに殺意に踊った身を弾ませた。

 

 

 

 

 

(わ……か、さま……………)

 

 

 

 

 

 悲痛な彼女の声が、外に出ることはなかった。




主人公
身内に甘い打倒天竜人。時折抜けてる。変装名人(?)。シーザーに激おこスティックry。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。苦労人。ジジイ呼ばわりが地雷。


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暗礁

若様のビブルカードを買うために…生きてました。


「……荒れてるわね」

 

「荒れてるだすやん」

 

 

 ベビー5とバッファローは現在覚醒剤に溺れた子供たちの怪我の治療に当たっていた。轟音が響くと共にパンクハザード全体が揺れる。

 

 近くにいるのは海兵。前に行われたシーザーの殺戮兵器の放送に伴い海軍が動いたのだ。

 偶然それに出会し戦闘になりかけたが、一時協定を結んでいる。

 

 睨むのはスモーカー。寒くないのかと冷静にベビー5はツッコんだ。特に仲の悪い二人の仲裁に入るのはたしぎ。

 

 

「ウルセェ!何で海賊の野郎となんざ…」

 

「お二人ともストップ!もう…スモーカーさんしょうがないですよ、上からの命令ですもん」

 

 

 急遽ドフラミンゴが王下七武海の権利を利用し協定を取り付けたはいいものの、双方の関係は悪い。

 一応部下を送り付けた理由としては、こちらの商売の邪魔をしたということにしてある。

 

 しかしさらに面倒な事に麦わらの一味も島に侵入していると聞く。

 

 

「麦わらの一味は何で来たのかしら…」

 

「偶然だ」

 

「……」

 

「そういう奴らだ」

 

 

 スモーカーの言葉にベビー5は眉間に皺を寄せた。

 

 

「何で二本も葉巻吸ってるのよ…」

 

「あ!?」

 

「け、喧嘩しないで下さい!!仕事中ですよ!!」

 

 

 三人の様子を見ながら、バッファローは痛みに呻く子供たちの治療に専念した。

 

 

「喧嘩する暇があったら治療手伝って欲しいだすやん…」

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 

 

 

 

 シーザーは招いた男の傍に付いていた謎の二人を避けるため、部屋の外で待機させるよう男に命じた。

 ドフラミンゴとしては予定通りである。

 

 また万が一の時のために二人にはガスマスクを用意させていた。

 

 そして隙を突いてモネの救助に当たれと命令していた。その間中の映像からシーザーの注意を引くのがドフラミンゴの役目。

 

 モネが中にいればそれで済むのだが、どうなっているのか男にも予想が付かない。

 

 

 最初は穏便にいくが、シーザーからモネの居場所を得られなければ、誰に逆らったのか教える意味も含め直々に男によって制裁が加えられる。

 

 

 二人はそれを聞き想像して震え上がったものの、頷いてモネを探していた。

 しかし先に見つけたのは子供たち。しかも薬物の症状があるとすぐに見抜いた。

 

 さらに突如海軍の登場。協定関係を結び一先ず子供たちの救助をと思ったところで、轟音が鳴り響いたのである。

 

 

 あ、若様ブチ切れてるなと判断した二人は、急いで子供たちを連れ外へ飛び出た。

 急いでいたため全員は救助出来なかった。

 

 その間麦わらの一味と出会わなかったのは幸と言えよう。

 

 

 モネの捜索をと思うものの、あの荒れようでは下手したら自分たちが巻き込まれて死ぬ。

 子供たちの怪我の治療をしながらもどうしようかと悩み中だった。

 

 子供たちの方は最悪海軍に薬物の治療を任せればいい。

 

 目の前のダブル葉巻の男は、正義感は人一倍強そうだからと、ベビー5は判断した。

 

 

「ねぇどうする。(若が)今の麦わらの一味と出会ってたら一触即発よ」

 

「どうするって言ってもどうにもならないからこそ、今自分たちが出来る最善をするのが重要だすやん」

 

「バッファロー……」

 

 

 そうねと頷き、二人は子供たちの手当てに回った。

 

 

 

 

 

 -----

 

 狐。

 

 

 シーザーがそう呼ぶ男は、いつも通りセールスの笑顔だった。

 

 部下と思われる仲間も不用心に部屋の外に待機させ、己は殺戮兵器のプレゼンを行った。

 一応まだ狐の組織には便宜上所属はしている。

 

 

 プレゼンにケチを付けようものなら直ぐに殺そうと考えていたが、しかし男はただ笑っているだけだった。

 

 あったとしても途中電話で何かやりとりをしていた程度だ。

 

 たかがその程度の事で気を悪くする程、俺は小さい男ではない…と自分に言い聞かせた。怒れば鼻で笑われそうな気がしたのだ。

 

 

「おや、モネさんが居ないようですが…」

 

「シュロロ、あいつは別室で研究でもしてんじゃねェのか〜?」

 

「…そうですか」

 

 

 モネは先程ローに話があると言われ、出て行った。シーザーとしては興味が無かったので、忘れてしまっている。

 

 そしてそのままプレゼンは終わり、男の様子に特に変わった所はなかった。

 いつもこうだ、ビジネスの目。

 

 良くも悪くも言わない。人によってはいいだろうが、シーザーは誉められて上がるタイプだ。

 

 もう殺そうかと思った所で、男は珍しく他にも見たいと言い出した。

 まさか今頃俺様の兵器の価値に気付いたのかと思い無性に腹が立った。そこでいいアイディアが思い付く。

 

 

(こいつを毒で弱らせて、ガキどものキャンディーと一緒に置いてやる!そうすればこいつは食い殺されるぞ!!シュロロロ!!)

 

 

 とびっきりのを見せてやると言い、シーザーは子供たちの部屋へ向かう前に一度確認しようと、映像の方を振り向こうとした所で、質問に合い不機嫌そうに向きかけた身体を戻した。

 

 

「子供たち?そんな研究もしてらしたんですね」

 

 

 当たり前だ、バレないように言わなかったのだ。契約上には人間を使った実験の禁止とあった。

 従って契約違反ということになる。

 

 端的に覚醒剤を使用した実験と告げれば、へぇと呟く。

 

 

「天才の貴方が作る物ですから、さぞ効力が強いのでしょうね」

 

 

 天才だと?しかし簡単にノせられたシーザーの口は軽くなる。

 

 

「当たり前だ!天才の俺様が作ったんだ!シュロロロ!ガキはせいぜいガキのまま死ぬだろうなァ!!」

 

「ガキのまま……つまり、大人になれないと?」

 

 

 そうだと肯定し、蛇のように舌を動かす。高笑いの中一瞬寒気がした。

 何だと思い見れば、そこには笑った男の姿。

 

 

 笑っている。ただ笑っている。

 

 

「な、何……!?」

 

 

 ただ笑っているその笑みに、今まで感じたことのない程の恐怖を覚えた。笑っている、笑っている。

 

 

 

 

 笑って笑って笑って笑って笑って_______そして笑う。

 

 

 

 

 一歩、男が近づく。それに半身だけガス化しているシーザーは二歩分下がった。それが数度続き、とうとう後ろの映像機器にぶつかる。

 

 

 恐怖。

 

 しかし男の笑顔から目を離せない。伝った汗が地面に落ちた。

 

 

「貴方は誰よりも人を殺せる才能を持つ。その才能は、人を生かせる才能にも昇華出来ると思い雇ったんですかね」

 

「そ、それ以上近付けば俺の毒ガスで殺すぞ!!」

 

 

 簡単だ。この場での生殺与奪の権利は己が持つ。なのに何故か己の本能が、目の前の男から逃げろと言っていた。

 

 

「一つ、質問をしましょう。最も世界で人間を殺せるものとは何だと思いますか?」

 

「に、人間を…?ん、んなもん俺の兵器に決まってる!!」

 

「貴方の兵器…ファイナルアンサー?」

 

「ファ、ファイナルアンサー!!」

 

 

 相手の回答を待つ。

 何だこのミリ●ネアのような間はと言い掛けたが、シーザーは何とか出かけた言葉を飲み込んだ。

 

 

 

「半分、正解だ」

 

 

 

 瞬間、男の声色が変わった。好青年じみた声だったのに、まるで地獄の底から出ているような……背筋が凍るような声になる。

 

 

「兵器の部分は不正解だ。なら残りの半分は何だと思う、シーザー・クラウン?」

 

「……え、あっ……??」

 

 

 ゆっくりと、しかし確実に男は近づいてくる。逃げようとしてももう逃げられない。恐怖に染まった脳内で攻撃するという選択肢は最早出なかった。

 

 

「人間さ」

 

「…は?人間ン?」

 

「そう、人間だ」

 

 

 今までずっと弧を描き閉じられていた両目が開かれた。

 色の違う瞳がギラギラと輝く。不思議なそれに場違いに魅入った。

 

 

「武器を生み出すのも兵器を生み出すのも人間。不思議だよなァ、同族を殺すために必死になって狂気を体現化しようとする。愚かな行為だと、テメェは思わねェか?」

 

 

 その言葉にシーザーは、科学者であり殺戮兵器を生み出す自身を、真っ当から否定しているのだと捉えた。

 恐怖に浸っていた感情の中にふつりと怒りが湧く。

 

 それに男は気付いたが、素知らぬフリをし、続けた。

 

 

「そんな狂気を持つ人間は、自分の才に(おご)り傲慢且つ横暴になる。生きていてもしょうがない、生きる価値もない」

 

 

 そしてプツンとキレたのを自覚した。殺す殺す殺す!自身自ら殺してやると技を放とうとした時、男が笑った。

 

 

 

「お前はおれを、裏切ったな?」

 

 

 

 シーザーの毒ガスの攻撃を食らい、普通に男は立っている。まるでただ海風に当たっていますと言わんばかりの平気な顔で。

 

 男は近付きながら、普段は糸で固定しているカツラを取った。シーザーはいよいよ声さえ出なくなる。

 

 

「お、おっ……お前〜〜〜!!?」

 

「どうした?まるで化け物に遭っちまったって顔だなァ」

 

「な、何でお前が…!?それにどうして俺の毒ガスを食らって普通でいられるんだ!!?」

 

「あぁ…まぁ色々前にあってよ、大分毒とはお友達になったんだ」

 

 

 ゴンと、シーザーの顔の横で男の手がぶつかる。

 

 壁ドンだ。だがこんなに嬉しくない壁ドンはきっと無いだろう。殺人犯が包丁を自身に向け、今から殺しますと笑いながら言われて、喜ぶ人間がどこにいるだろうか。

 

 

「さぁ、モネの居場所を吐いてもらおうか」

 

「だ、誰が服じゅ……」

 

 

 瞬間すぐ真横で武装色に包まれた拳が壁にぶつかった。攻撃を吸収しきれなかった壁は凄まじい音を立て瓦礫になる。

 震えながら錆びついた機械のごとく振り返れば、数部屋巻き込み穴が空いていた。

 

 

「逃げようとした瞬間テメェの顔を潰す。能力を使おうとしても同様だ。利口になれよ」

 

「ヒ、ヒィィィ」

 

 

 覇気を纏わせた糸がギリギリと肉を軋ませ、シーザーの肢体を拘束する。

 

 最初から勝ち目などなかったのだ。

 

 招いた瞬間から…いや、招く前から己が気付かなかっただけで、既にこの部屋には糸が張り巡らされていたのだ。

 

 

 己はしかも、最も密に展開されている糸の上。肢体は覇気のせいでガス化出来ない。それ以上に恐怖心が身体を支配し、ろくに思考回路が回らない。泣きたくなった。

 

 

「さ、地獄へのデートをしましょうか」

 

 

 敢えて狐用のスマイルを浮かべ、ドフラミンゴは笑った。

 それにチビる思いで、シーザーは赤べこのように高速で頭を上下に動かした。

 

 長い髪も相まって、宛らその様子はロックバンドのヘドバンをかます歌い手のようだった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 シーザーを蓑虫状態にし、市中引き回しの刑のように引きずりながら、モネを探している。

 

 

 だが姿が見当たらない。奴の言う「黒い男」が既に連れ去ってしまったのか…それともローや麦わらの手中にあるのか…取引するなら手は出さないだろう。

 

 出した時、おれが何をするか向こうも分かっているはずだ。既に怒りゲージは振り切れている。

 また奴から聞き出した情報を含め、おおよその今後の展開が把握出来てきた。

 

 

 

 先ずローだが、黒い男に逆アプローチされた事は確かだろう。ジョーカーの際はドレッシング…じゃなくて、シーザーを交渉材料に取引を持ち出したらしい。

 

 

 だがおれにとってこいつはモネを見つけ次第、ボコボコにする予定なので所詮死んでも構わない。

 それを理解しているためモネを持ち出したのだ。…いや、元から狙いはそちらにあったのかもしれない。

 

 おれの目に付く範囲では、絶対にファミリーに手出しは出来ないからな。黒い男はそこを狙ったんだろう。

 

 

 しかしローがただ良い用に利用される男じゃない事は分かっている。

 だって七武海になるために、大量の海賊の心臓を交渉道具に持ってきたぐらいだぞ。

 

 お前とんだサイコパスになったな…。

 

 

 あいつとは結局まだ一度も会っていないが、打倒おれに向け進んでいるのは確かだ。その進み方がここ数年で急速なのも理解の上。

 もうすぐおれの首を取りに来るだろう。

 

 やられるわけにはいかない。まだ天竜人どもを堕としていないからな。

 

 知り合いの天竜人も他の天竜人数人と協力関係を組み、改革を起こそうとしているようだ。

 そんなに人間感情を持った天竜人がいるなんざ知らなかった。

 

 あとよく分からん宗教も随分前に建てていたようだが、それに関してはノータッチだ。

 

 ヴェルゴも止めろよと思ったが、まさかのあいつも乗り気だった。いつの間に仲良くなってたんだよ…。

 

 

 いや、それよりも驚いたのはヴェルゴに東洋系のえっらいキレイな嫁さんがいたことだよ…報告し忘れていたと聞いてまぁ…天然の奴らしいと思ったが……。

 

 

 

 

 余談はさておき、本格的におれも畳み掛ける時期が来ている。

 ローが単体でも、麦わらと組んでいてもいいように布陣を揃えておく必要がある。

 

 奴らだけなら仲間だけでも大丈夫だ。

 しかしチャンドーラ_____黒い男が率いる勢力が不穏な動きを見せているのも知っている。

 

 

 ローがモネを交渉材料に使いおれを七武海から下ろした上でドレスローザの奪還、もといおれの失墜を狙うのだろう。

 

 それに乗じチャンドーラも攻め入る気だ。確実におれの息の根を止めるために。

 

 

 幸な事に革命軍とはある交渉材料を使い、連絡を取れている。

 ロー(+麦わら一味)はファミリーが、チャンドーラには革命軍の人員を当てる。

 

 絶対に来るかは分からないが、情があるのなら来るに違いない。間違いなく一部は来る。じゃなければ政府に行っていた意味が無くなるからな…。

 

 しかし完璧に倒せなくても問題はない。黒い男さえ殺せれば終わりの組織だ。

 

 

 

 また同期して国王も終わりにする。ドレスローザの国王をヴァイオレット_____ヴィオラ王女に返還する。

 

 長かったがもう十分国の体制も周辺国家との安全も築いた。それに彼女自身が強くなった。

 もう潮時だろう。

 

 そして後は_____ファミリーには選択させるが、おれに着いてくるか否かを問う。

 

 

 最後の大詰め。数年以内に起こる人間宣言。思った以上に天竜人のあいつは尽力してくれているらしい。

 

 またその後、世界規模のクーデターが起こる。大きな変革、それを指導して天辺を崩す。

 これに関して言えば、おれの存命中に終わらない可能性が高い。

 

 革命とは長い時間を費やすものだから余計にだ。

 

 

 故に着いてくる奴だけだ。言うなればおれの意志を継いでくれるかどうかということになる。

 

 

 

 

 

 

 しっかしやっぱりモネはいねェか…。

 一通り探し終えようとした所で、麦わら一味の姿が………

 

 

「!?!」

 

「おいだすげ……むがっ」

 

 

 咄嗟に隠れたが……。シーザー何言ってんだちょっと黙ってろおい。奴にだけ殺気を向ければ黙った。

 

 何してんだと思えば、映像に映っていた子供たちを救助しているらしい。あーマジかよ甘ちゃんだらけじゃねェか。

 流石に好きでも糖分高過ぎると吐きそうだ。高血糖、高血糖。

 

 道を引き返そうと思ったがまた麦わらの一味である。

 

 

(……挟まれてんじゃねェか…!!)

 

 

 一旦近くの部屋に隠れ、脱出までの算段を立てるがどうにも難しそうだ。

 

 こいつを利用するしかあるまい。糸を使えば正体がバレる可能性があるため、使えない。

 人を(たぶら)かすのは得意だが、ここまで嫌悪を抱く奴は初めてだ……殺しちまおうかもう…。

 

 

(………殺すか否か…)

 

『…利用して暴れさせろ。その隙に逃げればいい』

 

 

 あ、おじーちゃん起きたの。

 

 そう思ってればぶん殴られた。こいつ…!!シーザーが余計に怯えた。

 

 

(……確かに逃げやすくなるだろうが…麦わらたちにも影響が出るだろ)

 

『こんなんで死ぬんだったら、おれが失脚してるわけねェだろうが、ア?それと暴れさせれば恐らくこいつは、兵器を使う序でにプロモーションとして実際に使用している映像を流すだろう。最初の映像では使用している様子を流してはいなかったからな』

 

(…?それにどういう意味があるってんだ?)

 

『狂気の映像は、同時に人間の抵抗心を煽る』

 

(……!今後の天竜人へのデモ用の布石ってわけか)

 

『分かったら退け、おれがやる』

 

 

 一瞬そのやるは殺すの方かと思ったが、奴と代わればシーザーを上手く誑かしている。

 …あ、出た。信仰心の目だ。

 

 

「分かった!俺が世界一の科学者って事を世界に知らしめてやる!!シュロロロロ!」

 

「フッフッフ」

 

 

 シーザーはオモチャを買ってもらった子供のように駆けて行った。次いで麦わらたちの「追えー!!」という声が廊下に響く。

 あいつが天才なのかバカなのか、本気で分からなくなってきた。

 

 まぁ良かったと思っていたら、何故かジョーカーが戻ってくれない。

 

 

『…ジョーカー???』

 

「ちょっとな」

 

『ちょっとじゃねェ!……お、お前まさかローを…!?』

 

「違ェよ」

 

 

 探るようにしているのでモネを探しているのかと聞いたが、操られてるなら気配が知れないだろと言った。

 そうだ、能力者の能力にそんなのあったな…ドジ……うっかりしてた。

 

 

『何探してんだよ』

 

「四肢」

 

『……?』

 

 

 そうしてジョーカーが研究室をいくつかチンピラのように蹴り破っていれば、確かに四肢があった。まさかの冷凍室に保管されていたが。

 普通なら凍傷を負っているはずだが、その四肢にはない。まさか……

 

 

『…モネ』

 

「壊死してねェってことは生きてんだろ。能力を考えれば随分妥当な場所に入れてたな」

 

『…ローの仕業か』

 

 

 肉体改造されてるなと、ジョーカーは普通に言っていたが怒るとこだろ。嫁入り前の娘に何をやってるんだあの野郎は。

 

 

「そう怒んな、回収しただろ」

 

『………』

 

 

 まぁいい、ただ殴るリストには入れておく。会った時は覚悟しとけ。

 ジョーカーとようやっと代わった後、無事に一味とも出会わず外に出られた。

 

 途中で轟音が鳴り響き始めたので、予定通りシーザーが暴れてくれているらしい。

 

 

 何故かベビー5とバッファローに距離を取られたが、おれが暴れていると思っていたらしい。おいおい、流石に時と場所を弁えるぜ?

 最初の一発はおれがやったけどな。

 

 あと一応おれ=今の変装とバレるのはマズイので、演じたままだ。

 ベビー5が一瞬「わ」と言い掛け、バッファローが口を塞いだ。ナイス。

 

 

「さ、行きましょう」

 

「それ……」

 

 

 おれが持ってた四肢を見て引き攣った顔を浮かべたベビー5はさておき、帰りだ。

 白猟のスモーカーはブチ切れていたが、知ったことではない。

 

 

 

 …モネはきっと大丈夫だ。今はそう思うしかあるまい。

 これ以上ここにいるのは危険な上、素性がバレると面倒なことになる。

 

 ローが身柄を捕獲しているか、黒い男が持っているか、はたまた双方間で取引をした後脅してくるのか分からないが、どう転んでもいいよう計画は立ててある。

 

 でももし少しでもモネに傷があったら、マジで許さねェからな…。

 

 

「ハァ……」

 

「どうしたの若様……あぁやっと言える…」

 

「ン?疲れたなぁと思ってな」

 

「………」

 

 

 時間が無いのだ。早く進めなければ。

 そう思いながら笑えば、ベビー5は泣きそうな顔をしていた。

 

 

「モネは大丈夫だ。お前らが信じないで、誰が信じる?」

 

「それもそうだけど……若様は…」

 

 

 子供の頃のように撫でれば、更に泣き出した。対してバッファローも飛びながら鼻を啜っている。

 

 

「……重かったら降りるぞ?」

 

「大丈夫、だすやん…!」

 

「……わか、…さま」

 

「泣くなって」

 

 

 情緒不安定気味な二人を宥めていれば、ふいに見えたジョーカーの姿。

 

 

『………』

 

 

 憂を浮かべる目で、おれたちを見ていた。

 

 

 

 

 

 みんなそんなしけたツラして、どうしたっていうんだか。




主人公(狐)
身内に甘い打倒天●人。時折 ぬけてる。変装名人(?)。ロ?におこ。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。苦労人の度が最近過ぎてる。


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不揃いの天秤

分かりづらい部分があったので、ちょっとだけ説明を。

主人公とジョーカーの会話表現で、現実で行動している方が「」、精神内の方は『』の形式をとっております。基本的に主人公が「」、ジョーカーが『』が多いです。でも時折違う場合があるので、ご注意頂ければ幸いです。

ただお互い精神内で対面している時は、双方「」で喋ってます。


 霞んだ思考の中でいつも思っていたのは、ぼんやりとした姿の「あの人」と自分と同じ髪の色の小さい女の子。

 

 わかさま_____それがあの人で、女の子の名前は終ぞ出てこなかった。

 

 

 モネの思考がここまで壊れる事態になったのは、半年ほど前シーザーが謎の黒い男を連れて来てからだった。

 

 それから彼女の思考は男の能力により奪われ、肉体は操られるままになった。

 

 自我の喪失。

 けれど消えないでいられたのは、襲う悪夢の中あの人と少女が両側に立って彼女の手を握り、笑いかけていたからだった。

 

 

 もう少し、あともう少し、そうやって耐えて来た。

 そして思考が一気に明瞭になった瞬間目の前にいたのは_____

 

 

 

 

 

「腐った目…!?」

 

「誰が腐った目だ」

 

 

 

(この男は確かトラファルガー・ロー、七武海の……)

 

 

 

 彼女はまず自分の状態を確認した。思考が普通に出来る。

 そこから己が妹のように精神的混乱に陥っていないのだと判断した。

 

 

 ローは嘗ての仲間の姿をいち早く映像に捉え、交渉材料であるモネを相手に奪われる前に動いたのだ。

 狐顏の男は何か引っかかるものがあったものの、シーザーが所属している所のトップだと思い出した。

 

 その後暴れ出したシーザーの攻撃の数々を避けながら逃げていた。

 

 

 しかし思い出していくに連れ、疑問がいくつも彼女の内で湧く。

 そもそも能力者の影響がここまで薄いのは何故なのか。

 

 

「……今の状況はどういうことなの。若様は…」

 

「今はシーザーが暴れている。お前は捕虜だ、大人しくしてろ」

 

「………」

 

 

 大人しくしろと言われても、流石にこの男に姫抱きにされている状況は彼女のプライドが許さなかった。

 

 また黒い男が来た以降にローはシーザーに協力を持ちかけた。という事はその間の記憶もきちんと補完されている事になる。

 

 

 動こうとして四肢の自由が上手く取れないことに気付いた。

 

 モネが視線を自分の肢体に移し、腕の代わりになっている翼はあるものの、足の部分が無いのだと理解した所で悲鳴が上がりそうになった。

 

 かつて団長が自分の四肢を奪おうとした恐怖が身体を支配する。怖い。

 

 

「いや……」

 

「何……っ!?」

 

 

 取り乱すモネの傍ら、ローに向けられた周囲の女性陣の冷たい目。

 

 毒が浸透する前に付けていた部分を斬ったのだと、説明する声がしても頭が追い付かない。

 ただローに連れられてシーザーの攻撃に運悪く当たり、自分だけ瓦礫の下敷きになってしまった所を救われたのは覚えている。

 

 

(若様、わかさま、わ、わか、わか……さま)

 

 

 救いを求めるように無意識に伸ばした場所には金髪。

 

 

「も、もも……モネちゅわぁぁん♡♡」

 

「……」

 

 

 ギャグマンガ●和のうさ●ちゃんの表情を浮かべたモネの前に居た男に放たれたのは、ナミによる一撃。

 それによってサンジはおふんと謎の声を上げながら床に伏した。

 

 

「本当あんたって奴は……でも他に彼女を持てそうな人物は……あっ」

 

「ん?」

 

 

 ナミの視線の先にはゾロ。

 未だ状況が掴めないままモネはローから片眉を上げたままのゾロにパスされた。

 

 漸くトラウマも落ち着いた所で、現状について再度ローから説明される。

 

 

 曰くモネはドンキホーテファミリーとの取引のために助け出された捕虜ということ。

 ローが黒い男と組んでいたのは分かった。奴はどうなったのかと聞けば、毒により死んでいたという。

 

 

 能力による催眠はモネの妹、シュガーがかけられた時よりも甘く施されていたようだ。故に精神も無事なのだ。

 殺す前提の捕虜ではなく、生かす前提の捕虜だったという事だろう。

 

 それに殺せばドフラミンゴの怒りを買う事になる。それだけは避けたかったのだろう。

 

 

「元々あの黒い男は利害関係の一致で組んでいただけだ。それよりも今の現状を抜ける方が先決だ」

 

「……」

 

 

 どうやら一味が子供たちを発見したことでシーザーの悪事が露見し、ほどなくシーザー本人が見つかったようだ。

 何故かテンションがウザいくらいに高かったらしいが。

 

 男はそのまま暴走しスマイリーを放ったと、記憶が戻った今すんなりと状況が把握出来た。

 

 一先ず救助途中だった子供たちのグループと、あのバケモノを止めるメンバーに分かれることになった。

 

 ゾロがバケモノの討伐組に回ったことで、今度は本当にサンジの腕に抱かれる。モネは自分がボールのようだと感じた。

 

 

「変なとこ触ったらダメよ、サンジくん」

 

「んんナミすわぁんったら嫉妬しちゃ…いでっ」

 

「ふっざけてんじゃないわよ!しっかり守りなさいよね」

 

 

 う●みちゃんモードに戻ったモネはその様子を見つめた。

 

 麦わらの一味___様子からして、ローと共闘しているのが窺える。

 ドフラミンゴの脅威となり得るが、若様が負けるはずがないだろうという自信がある。

 

 

(若様は来ているのかしら……いや、でもローには特に警戒していたはず…)

 

 

 嘗てファミリーにいた存在。それに警戒を怠っていなかったが、精神操作を受けローの介入を許してしまった。

 悔しさばかりが募る。

 

 それは、つまり自分が敬愛する男の計画の邪魔をしてしまったということ。

 

 

 ファミリーに甘い男ならば島に来ている、若しくは来ていた可能性もあるが、ローはドフラミンゴ自身が来ていたとは言っていなかった。

 

 しかしその言葉は言い換えれば、男以外のファミリーのメンバーが来ていたという事になる。

 

 誰かは分からないものの恐らく自分を取り戻しに来たものの、上手く行かなかったのだろう。

 決して見捨てる人ではないと理解している。

 

 

 だからこそ彼女は、取引の()()として扱われる前に死ななければと、その機会を窺った。

 

 

 

 モネにとって、若様_____ドフラミンゴとは命の恩人である。その彼のために生きようと無心の献身を貫いて来た。見返りはいらない、ただ捧げたい。

 

 

 

 故に役目を授けられた時は、どれだけ嬉しかっただろうか。しかもこのポジションは相当な信頼が無いと与えられなかっただろう。

 

 

 しかしその思いに泥を塗ってしまった。

 このままではローは何を要求するのか、分かったものではない。

 

 ドフラミンゴが危険視していたという事は、敵になり得るということ。いや、敵なのだ。

 

 記憶を思い出した今実際にローの行動原理を分析する事で、その目的が若の目的の邪魔になるという事は容易に理解できる。

 

 

 

 ならば死ぬしかない。若の障害になる前に、恩を仇で返す前に。

 

 周囲はモネの異変に___覚悟に気付いていない。モネは目を瞑り舌に歯を軽く食い込ませた。

 

 

(大丈夫、ローはスマイリーの討伐に向かった。例え戻って来たとしてもその時には出血多量で死んでいる。あんたの甘さはそこよ…!私が若様のために自殺までするとは考えていなかったこと。

 

 裏切った奴に、どうせこの忠誠心は分からないのよ_____!!)

 

 

 身体が震える事は無かった。あの方のために死ねるなら、それが彼女の生きた理由として完結する。

 寧ろ命を捧げられる事に一種のエクスタシーさえ感じる。

 

 

 でもと一瞬、頭に不変の少女の姿が過った。

 

 

 

 

「ごめんなさい…シュガー」

 

 

 

 

 そして、瞼をギュッと閉じさらに歯に力を込めようとしたところで_____不意に何かが触れる感触がした。

 目を瞑り五感が制限され、より感覚に敏感になっていたお陰で気付いた。

 

 何かに触れられている。感覚がないはずの手に、何かがずっと書かれている。

 

 

「……?ろ……?い………」

 

 

 

 

 

 _____い き ろ

 

 

 

 

 

「………!!」

 

 

 

 

 誰からなのか、一体誰が触れているのか。そんなものすぐに分かる。

 

 いつも触れるその手は温かく、壊れやすい陶器を触るように優しい手付きで、よく自分のクセ毛の髪を撫でていた。

 

 それより一体何故自分の四肢を持っているのか…。

 来たファミリーの人間にでも回収させたのだろう…いや、逃げたとしても明らかに男のいる国までに着くのは早すぎる。

 

 

 という事は、自らここへ赴いた可能性が高い。だって触れているのは正しく_____ドフラミンゴだ。

 

 

 

「ふふ…私の考えなんか全部お見通しってことね…」

 

「?」

 

 

 周囲は先程からコロコロ変化するモネの様子を心配そうに見ている。

 そんな事すらどうでもよく思える。離れているのに、こんなにも近いなんて。

 

 

 男が求めてくれるなら、バカやってしまい迷惑を掛けたはずなのに、それでも自分を求めてくれるならと……彼女は噛んでいた舌から歯を離した。

 

 

 今は男の姿を見るまで、もう少し頑張ろうと触れる温かさに笑みをこぼした。

 翼があるのに腕を動かす感覚というものは奇妙だが、何とか大きな掌を握り返して指で返事を返す。

 

 

 やっぱりその手は温かい。

 

 

 

 

 

【I live】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで全く動かなかった指が、何かに同調するように少しずつ動き出した。

 

 

「きゃああああ!?」

 

「落ち着け」

 

 

 途中ベビー5が持っていた足が突如大きく跳ねるハプニングがあったが、糸で掴み落とさずに済んだ。

 意識が戻ったのかどうかは分からないが、一先ず良かったと息を吐いた。

 

 だが彼女の性格のことを考えると恐ろしい結末もあったため、指文字で生きろと伝えていた。

 

 それを見ていたベビー5は真似してバッファローの背中に何やら書いていた。

 

 

「若様は四十肩…だすやん?」

 

「正解バッファロー!」

 

「…おいこら」

 

 

 人をからかってるんじゃないぞ。今モネが大変な状況だというのに……ん?動い………!!

 

 

「I live……生きてる…」

 

「若様?」

 

 

 状況を伝えれば折角泣き止んだというのに、みるみるうちにまた二人の瞳に涙が浮かんだ。

 

 

「………モネッ………!!」

 

「モネ生きでた…だすやん…!」

 

 

 シャツにしがみついてきたベビー5を抱きしめた。バッファローは泣くのはいいが、視界には気を付けろよ。

 

 

「………ガキだなァ…」

 

『お前もな』

 

 

 …煩ェ、余計な言葉が多い。

 

 

 

 でも本当に…生きてて良かった。必ず助け出すからな、待ってろ…モネ。

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界線、それに幽霊の男_____ジョーカーは思考を巡らす。

 

 

 

 自身の辿った世界と、この世界は同枠の世界なのか、それとも別の隣り合う世界なのか。それは男にも分からない。

 しかし今まで辿って来た道をルーレットのように考えていたが、運命___認めたくはないが、そう感じた。

 

 運命とはいってもそれが自然的なものなのか、作為的なものなのか。

 明らかに作為的なものだ。それは意思を持ちガキを死へと導いている。ならばその正体は何なのか。

 

 

 白ひげの言っていた「海」と「月」。恐らくそれがガキを死へと誘導している。

 

 

 

 海は、眠るような死を。

 

 月は、苦しみの中の死を。

 

 

 

 何と滑稽であろうか。そんな有相無相(うそうむそう)に踊らされているなど、普通信じられるものか。

 だが実際に幾度も幾度も、偶然にしてはおかしい出来事の数々が襲った。

 

 あると肯定すれば、それは男の死をより明確なものにする。

 認めなければだが進めない。

 

 ここまで来れば流石にジョーカーにも分かる。自身にも守れない苦しみを知れと、そういうことなのだろう。

 

 

 運命の中にあるガキは今、取引をし王下七武海の脱退を選び、一気に進もうとしている。

 

 大筋は変わらない運命なのだろう、変えても修正される。それに早々気付いた時、寒気がした。もう随分前の話だ。

 努力すれば変えられる?そんな甘いものは存在しないのだと、男は思う。

 

 どこまでも現実的だ。それでも足掻こうと思うのは、甘さが伝播したからか。

 

 過去からすれば考えられないだろう。だがお互いがお互いを影響した結果が、今の男の甘さなのだ。

 それは彼の言うガキにしか向けられる事はないが。

 

 

 眠るように死ぬならば、苦しみの中で死ぬならば、自分で死の道を作って死のうとしている阿呆がいる。

 

 阿呆の感情すら作為されたものなのか、それとも本心から来るのか。

 疑い始めればキリがない。

 

 

 だが間違っている、そんな考えは。なら何が正解なのか。

 

 

 

 一線を引いているからこそ見える人間だけでない、ガキに絡みつく無数の運命の糸。それを千切ってしまいたいと、男は強く思った。

 

 

 

 

 しかし彼が一線から出ることは許されないのだ。

 

 

 

 

 

「止まってくれ」と男が言えば止まるだろう。しかしたったその一言が言えない。

 前世…が正しいのかは分からないが、前世が不器用ならば、今世でも男は不器用なままだった。

 

 

 帰宅後、現在ガキは寝ている。身体の支配を得た男の指が伸びた先は_____電伝虫。

 

 

 

 

 

「よぉ、_____おつるか」




主人公
身内に甘 打倒天竜人。偶に抜けてる。モ●?不穏な気配を遠くから察知、精神的二ききききゅ出。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。苦労人。感情的不器用。ド●えもんばりにおつるにヘルプコール。


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戦い

「紅鶴」_____フラミンゴの和名。


 バケモノ_____おつるがそう思っている存在から連絡があった時、彼女はおかきを食べていた。元々つい昨日の七武海の特権乱用(しか)り、それより少し前に政府に持ち出した交渉然り、怒りを覚えていたのだ。

 

 交渉の内容はおつるさえ知らないものの、相当ヤバイことをしているのだとは理解している。それに伴い、交渉についてロシナンテに調べさせていたのだ。

 

 

「あんた何しでかしてんだい!勝手に色々と…」

 

 《そう怒んなよ。腰痛めるぜ?》

 

「あ!?」

 

 

 このクソガキと思った所で、突然聞こえた小さな声。

 

 

 《おつる…もうおれじゃ無理だ。なぁ、もう……》

 

「…?何だってんだい。ちょっと落ち着きな、ゆっくり話し合い……」

 

 

 そこで突然蹴り破られた扉。勢いよく吹っ飛んだそれは、おつるのデスク目掛けて一直線に空中を飛ぶ。それを蹴り一つで返し、蹴破った人物は戻ってきた扉に顔面を直撃し地面に伏した。

 

 男の持っていた資料が宙を舞う。

 

 

「いっでェ〜〜〜!!」

 

「何だ、ロシナンテかい」

 

 

 今忙しいんだよと言い掛けロシナンテを外に出そうとし、その異変に漸く気が付いた。

 

 まるで昔センゴクが拾って来た時のような、そんな恐怖に歪んだ表情。でもその色にはどこか心配な色も含まれている。

 

 

「兄上、あにうえ死んじゃう。あにうえ、あにうえ…」

 

「落ち着きな!!」

 

 

 おつるのビンタを食らった男は壁に減り込んだ。肢体は数度痙攣し、壁に手を付け顔を引っ張り出した。埃は舞ったが、先程より幾ばくか落ち着きを取り戻している。

 

 

「……おつる、さん。兄上____が、しんじゃ、う」

 

「……!あんた、記憶が戻ったのかい…!?」

 

「兄上が、あにうえ、おつるさ……」

 

 

 様子はしかしいつも通りではない。記憶を思い出したはいいものの、混乱の方が強いのだろう、ケアは取り敢えず後回しだ。

 この状態を引き起こした原因を知る必要があると、床に散らばっていた資料を拾った。

 

 

「……何だい、これ」

 

「あにうえ、あに、う え………」

 

 

 書かれていたのは交渉の内容と、ドフラミンゴ自身が掲示した自分の交渉物の有用性など。捲ったページ数枚には、その有用性を立証するに当たって行われた実験の数々が記載されていた。

 

 慌てて足にへばりつくロシナンテを引きずったまま、おつるは放り投げた電伝虫を持ち直す。

 

 

「…あんたが言っていた内容は大体分かった。要は力を貸せってことだね」

 

 《フッフッフ…そういうことだ。だが七武海を辞める前提のガキに、あんたがどうこうする理由はあんのか?》

 

「……分かってて言ってるだろ、あんた」

 

 

 電話越しの相手は愉快そうに笑った。男はおつるがドフラミンゴに向ける母親の愛情に似た感情を、理解して言っている。詰まり思い切り利用してやると、面と向かって言っているようなものだ。

 

 本当に趣味が悪いと、ため息を吐いた。でもと、彼女は続ける。

 

 

「止めてやるさ。あんたにゃ出来ないんだろう?」

 

 《フフフフ、口の減らねェ鳥口だ》

 

「あんたにゃ言われたくないね」

 

 

 電話はそこで一方的に切られた。本当にマナーの悪い男である。そう思いながら紅鶴の捕獲に向け、思考を巡らせる。

 

 その中で協力者の候補として上がったのは、同じ七武海の男。

 

 ダイヤルを回し掛ければ、電伝虫はロシナンテ以上の目付きの悪さになった。

 

 

 《…何だ急に》

 

「ちょいと協力してくれるかい」

 

 

 そしてロシナンテの持ってきた資料の内容を大まかに話せば、ローの感情を写し電伝虫の目が変わる。

 

 

 《てっきりあんたは…あの男を止めるのを諦めてると思ってたんだがな》

 

「…煩いよ、あたしだってまだ現役だ」

 

 

 海軍と海賊ではあるが、目的は一緒だ。ローはおつるの誘いに乗った。

 羽を欠けさせていく鳥、それを捕まえようと組まれた意志に大きな灯火が点く。

 

 おつるの足元で若干の精神混乱を見せる男もまた、同じ意志を見せていた。

 

 

「……止め、なきゃ」

 

 

 

 

 _____バケモノはロシナンテに殺意を見せた幽霊ではなく、男自身だったのだ。

 

 

 

 

 

 -----

 

 ローが同盟相手でもある麦わらの一味と共にドレスローザに向かっている中、その電話が来た。

 

 

「誰からだートラ男?」

 

「…今電話中だ。麦わら屋、お前はあっちに行ってろ」

 

 

 ぶーとルフィが口を尖らせる横で、ローは事の事態が一刻を争うことを知った。

 

 それに準じて海軍からはおつるやロシナンテが応援で来ることになったのだ。

 

 チャンドーラがローたちの襲撃に合わせドレスローザを襲うことは分かっていたが、おつるによればまさかの革命軍も動いているらしい。ドフラミンゴも切れるカードを使い、己の有利に立とうと動いているのだろう。

 

 それも思考は己よりもよっぽど数歩先を見据えている。

 

 

 《こっちも色々ある。遅れるかもしれないが、持ち堪えておくれ》

 

「あぁ…」

 

 

 思う所は多い。記憶が戻ったことによるロシナンテの精神状態の悪化や、ドンキホーテ側の大将の精神状態。本懐がメインだというのに、その前に何故ここまで医者の思考に陥っているのか、(はなは)だ疑問である。

 

 そんな中不意に影が落ちる。上を見れば、ナミが皿に乗った肉を持っていた。

 

 

「ほら、体力付けとかないと保たないわよ」

 

「いら…」

 

 

 ないと言い終わる前に、ナミの手にあった肉は一瞬過ぎった黒い影と共に忽然と消えた。犯人はうんめーと言っている麦わらのあいつである。

 

 

「こら!!もう自分の分食ったでしょうが!!」

 

「えートラ男食ってなかったろー?」

 

「あんたが食う前に盗ったんでしょ!!」

 

 

 ナミの一撃により沈んだルフィを見ながら、ローはふと疑問に思っていたことをポツリと溢した。

 

 

「同盟は組んだが…それでも麦わら屋、どうしてお前は俺に協力してくれるんだ?」

 

「にしし!んなもん決まってんだろ、トラ男はおれの仲間だからだ!」

 

 

 それにと、半分埋もれていた頭を起こし、猿のようにジャンプし着地したルフィは、ローの黒鉛色の瞳を見つめた。その目は純粋で、太陽の面影を持つ。

 

 

「あいつ、止めねェと」

 

 

 エースが亡くなった時に感じたツンとする死の匂いを、マリンフォードで見た際感じ取ったのだという。その言葉にやはりと、ローは瞼を閉じた。ルフィの野生的感を以ってしてそう言うのだ。おつるの電話の内容は確実だろう、ロシナンテが調べたのだし。

 

 

 

 香る潮の匂いにつられ頭上を見れば、青い空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 ドレスローザに侵入後、ローはモネを連れ取引の場所へ一人で向かい、麦わらの一味は招かれた闘技場でドンキホーテファミリーのメンバーと一対一の試合をすることになった。

 

 

 景品は肉などそれぞれの嗜好を突いたものばかり。ルフィが肉の単語で涎を垂らしていた所を殴っていたナミも、金のワードで目がベリーになった。

 

 一方で一部参加していないドンキホーテのメンバーはチャンドーラ一味の応戦と偵察を兼ね、国を見回っていた。シュガーもその一人だ。隣にはトレーボルも一緒である。

 

 

「べへへ〜俺たちに楯突くなんてバカだんね〜〜」

 

「どこからでも来なさい!オモチャにしてボッコボコにしてやるわ」

 

 

 その時二人の目の前に現れたのは、黒いローブの人物。剣の切っ先が光を反射した瞬間、トレーボルは一撃で地面に伏した。

 

 

「……!?誰!!」

 

 

 シュガーが叫ぶのと、ローブをまとっていた人物の帽子が取れたのは同時だった。

 覗いたピンクの髪に、どこか見覚えがあるような気がした。

 

 今の状況はかなりまずい。元々戦闘には出るなとドフラミンゴから言われていたが、彼女はそれでも戦いたいと強く願い、上司のトレーボルに協力を申し込んだのだ。

 

 戦法としては、トレーボルが対象の敵を足止めしている間に、シュガーが回り込んでオモチャにする手筈だったが、既に根底から崩れてしまっている。

 

 のびている男をひと睨みし、シュガーは唸った。

 

 

「あんたもしかして…チャンドーラって奴の一味?」

 

「一味じゃないわ。でも協力関係ではあるわね」

 

「あんな下衆な奴らと組んでるなんて…正気を疑うわ」

 

「……下衆?」

 

 

 その言葉に女は笑い出す。どちらが下衆なのか、彼女が辿って来た人生を考えれば、その答えは明白だった。

 

 

「国を奪った海賊と、その海賊たちを潰そうとしている海賊。一体どちらが悪か、そんなもの明白じゃない」

 

「……!まさか、あんた……」

 

 

 美しい瞳がシュガーを映す。この時のためにずっと耐え、鍛えて来た。覗く肢体は剣闘士のように筋肉質ではあるが、それも猫のような無駄のない筋肉である。

 

 剣先を少女に向け、彼女は名乗る。

 

 

「私はレベッカ。お祖父様やお母様の仇を……今この手で果たすため参上した」

 

「っ…!!」

 

 

 戦況が不利の中、己の能力が肉弾戦に富んではいないことを重々理解しているシュガーは、逆方向に向かって走り出した。他の仲間に…しかし、空を切る音と共に激痛が背中に走る。

 

 

「う……ぁ」

 

 

 小さな肢体は斬撃の威力を受け、壁にぶつかる。背中はぱっくりと切れ、出血が酷く、ぶつかった衝撃で体の隅々に青あざや擦り傷ができた。

 

 痛いと呟けども、その痛みや苦しみはレベッカの比ではないと会って早々だが理解した。

 

 

 だからこそ苦しみを漏らしちゃいけない。自分のやったことに責任を持たなきゃいけない。歯軋りし、背中に隠していたナイフを持って駆け出す。己の大切なものを___守るために。歪んでいるけれど、それがシュガーにとっての正義なのだ。

 

 

「若様には…絶対手出しさせない!!」

 

「邪魔よ!!」

 

 

 宙を舞ったナイフは刃が両断され、カランと軽い金属の音を立てながら地面に落ちた。その柄を持ったまま、ゆっくりとシュガーの肢体は地面に倒れようとする。その様を、剣を鞘に戻しながらレベッカは見ていた。

 

 

 しかしシュガーの肢体は地面に倒れず、代わりに堪えるような、そんな声が聞こえた。

 その人物の腕の中にシュガーの小さな肢体がキャッチされる。

 

 

 

「……レベ…ッカ?」

 

「……!ヴィオラお姉様…」

 

 

 

 感動の再会…ではないのだろう。今二人が向かい合うのは敵同士、それをレベッカも理解していたし、ヴァイオレットも直ぐにこの場で理解した。

 

 呻くシュガーの肢体をゆっくりと下ろし、被害の出ない場所まで運ぶ。

 

 

「…今までどこにいたの、レベッカ…。ずっとずっと探していたのよ…?」

 

「………」

 

 

 ずっとこの日のために修行して来たレベッカも、何度もヴァイオレットが自分を探していたことを知っていた。しかし捕まれば自分は殺されてしまうと、必死に隠れて来たのだ。

 

 それにあの男のお気に入りになるぐらいだったら、自分は死を厭わないと自覚していた。それでもずっと男の元からヴァイオレットを救いたいと願っていた。

 

 

「ヴィオラお姉…いえ、ヴァイオレット。貴女も…あの男に洗脳されてしまったのね」

 

「何を言ってるの…あの人は、本当は……」

 

「煩い!!」

 

 

 白くなるほど握られたレベッカの手が、ヴァイオレットの視界に映る。どれほど彼女が苦しみの中で生きて来たか、自分には計り知れない。でも、間違った道をこれ以上進んではいけない。

 

 

「彼が私の殺意や苦しみを受け止めてくれたように、貴女の苦しみも悲しみも……今度は私が受け止めて上げるわ、レベッカ」

 

「邪魔しないで!!お願い……お姉様…じゃないと私は……っ、…私は!……貴女と戦わなくちゃいけなくなる…!!」

 

「…敵同士なのよ、当たり前じゃない」

 

 

 感情に流されちゃいけない。これ以上彼の邪魔はさせまいと、ヴァイオレットは己の武器を握った。

 暗器に富んだ彼女の武器、それを構え目の前の敵に向き直る。

 

 

「…あくまでも、退いてくれないのね」

 

「お互いそれは分かっているでしょう」

 

 

 自分たちの持つ覚悟のために、お互いの今まで培って来た全総力を以って立ち向かう。

 

 

 投擲(とうてき)された武器を避け、レベッカはヴァイオレットの間合いに入り剣を振りかざす。辛うじて避けたものの、風圧により肌に紅い線が走る。

 

 ヴァイオレットは懐から取った第二波を投げ、その武器はレベッカの足元に向かった。掠ったものの致命傷になる前にすんでの所であんきを避け、後方に跳びのきながらバックする。

 

 

 

 それから一進一退の攻防が続いた。しかし未だ余裕そうなヴァイオレットの様子に、レベッカは眉を寄せた。

 

 先程からの攻撃然り感じていた違和感。まるで攻撃がわざと避けられ易い場所を狙っているかのような、そんな違和感だ。

 

 何か隠している。そう思い口を開こうとした所で、突如足から力が抜け落ちた。

 

 

「!?」

 

「…ふぅ、やっと効いてきたのね」

 

 

 何をしたとレベッカが声を荒げれば、ヴァイオレットは胸元から小瓶を取り出した。

 

 

「暗器にねぇ…ちょっと細工をしておいたのよ。思いっきり当たっちゃったら、即あの世行きの強さなんだけどね」

 

「…っ、だから掠る程度の傷を…!」

 

「…貴女を殺すなんて、私には無理だもの」

 

 

 それにとヴァイオレットは続ける。優しく笑んで、剣を落とし倒れたレベッカの頰に触れる。

 

 

「貴女の苦しみも悲しみも…受け止めるって言ったでしょ?」

 

「離して!!」

 

「だから貴女も…真実を知って」

 

 

 ヴァイオレットはおのれの能力を使った。その時過ぎったのは、ドフラミンゴの姿。

 

 

 

 王位を自分に戻すと言う男に、必死に考え直るよう言っても、終ぞその考えが変わることはなかった。

 これも運命なのだと受け止めて、涙した彼女に男はこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 _____何で泣いてるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 その瞳は、悍しいほど綺麗な海の色だった。




主人公
身 ちに甘い●●●りゅ、biと。時折▽けでえう?

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。苦労人。辛い。

シュガー&ヴァイオレット
若様守り隊。

レベッカ
主人公に敵意メラメラ。


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バカ野郎

【♩♬♫】


“おぎゃあ、おぎゃあ”


にくだんごがうーまれた


“おぎゃあ、おぎゃあ”


にくだんごがなーいた


“おぎゃあ、おぎゃあ”



にぐだんごごご、がぁ、あ゛あ゛!?♡あ゛ぁ゛ぁ゛言゛っだ







「ころじでや゛る゛」






おぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃああああ


おぎゃあああああああああああああ、おぎゃああああああああああああああああああああああああああ





あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああ
ああ あああ あ あああああ


【ドンキホーテ・ドフラミンゴ七武海脱退!】

 

 

 そう書かれた新聞を手に取り紅茶を啜るのは、クマ耳の幼女。隣には天竜人の男と、その男の後ろに控える頰にみかんを付けた男だ。

 

 

「…奴は一体何をする気だ」

 

 

 幼女らしからぬ口調。しかし特に気にすることなく天竜人の男は口を開く。

 

 

「彼は恐らく、私たちを崩しに来ています。残りのタイムリミットが少ないのを承知で、自分の最後の望みを(おの)が手で行う気なのです」

 

「…どういうことだ」

 

 

 渡されたのは古い文献と数枚の紙。

 

 

「貴方を救うに辺り、彼は自分の権利と己の身体の特質を以って政府に交渉しました。今や時代は荒れています。政府はマリンフォードでの決戦を受け、多大な被害を被りました。今この世界を生き残るには、世界を揺るがすほどの強大な力が必要なのです」

 

「…それを裏付けるのが、この資料だと?」

 

「はい」

 

 

 資料に目を通していく中で、何度も出てくる兵器という言葉。

 

 

 

「古代の人間は、今の人間よりも恐ろしい兵器を作っていました。古代兵器、それが主たるものと言えましょう。しかしその中で、現代に残らないだけで成功に至らなかった数多くの失敗作もあったのです。

 

 その一つが、生物兵器_____ユピテル」

 

 

「……生物、兵器」

 

「人間兵器とでも言えましょうか。ポセイドンは人間が海王類___即ち媒体に呼びかけることで脅威になり、プルトンは機械兵器。それらをヒントに新たな兵器を作り出そうとしたものの、当初は失敗したのです。しかしその因子は、時代の中で少しずつ変化して行き、突如発現しました」

 

「…それが、奴なのか…」

 

「政府が使用するパシフィスタは第三者が介入し、少しずつ機械になっていったのとは異なり、ユピテルは第三者の介入なく少しずつその人間の内側で変化が起きます」

 

「………」

 

 

 幼女は顔を顰めた。この場でパシフィスタの例を出すとは、いい趣味をしている。

 

 

 

「実験の中で生み出される怒りや憎しみ、それら全ての感情を混ぜて作り上げる、ただ破壊する兵器。たかが感情と思うでしょうが、それも過ぎれば周囲を壊す()()となるのです。

 

 破壊以外の理性も感情も___記憶も、兵器には不必要なため無くなってしまいます。自我の喪失……精神の死亡ですね。

 

 それに、実際彼自身が誰よりも己の非人間性を理解していたようですよ」

 

 

 

 その一つが耐毒といった人間の異常状態の耐性反応。また身体の重篤に至った際にのみ起こる異常治癒。

 

 耐毒などはある程度ならありえるが、資料の実験では明らかに人間の域を超えている。

 

 異常治癒に関しては、最早出る言葉もない。人間と定義できるシロモノではないのは確実だ。

 

 

「…子供を蠱毒に入れた後、生き残った子供は死んだとあるが、遺伝によるものならば因子は受け継がれないのではないのか?これにもそれが原因で失敗したと記載されている」

 

「はい…失敗したはずですが、怨念というのは恐ろしく、実験を行った天竜人の血筋は呪われたのです」

 

「呪われた?急に胡散臭くなったな」

 

 

 そう言わないで下さいと男は笑う。

 

 

 

「天竜人のごく一部___恐らくかつて実験を行った家々に受け継がれるおとぎ話で、こんな話があります。

 

 

 _____“肉だんごがうーまれた。おぎゃあおぎゃあと泣いて、「ころしてやる」と泣きました。だから肉だんごがうまれたら、棒でたたいて殺しましょ。泣かなくなるまで殺しましょ。泣かなくなるまで殺したら、笑っておててをつなぎましょ”」

 

 

 

「……」

 

「実験自体、呪術の類を元に行われています。あるか分からない話でしたが、実際呪いはあの方に発現し上手く混ざった…混ざってしまったのではないかと、私は考えています」

 

 

 辛そうに眉を下げる男に、幼女は気になっていた疑問をぶつける。

 

 

「……奴は何故俺を救った」

 

「有用性を見出したからじゃないですか。それと、本人の感情の変化」

 

 

 甘い人間が好きなんですよと笑う天竜人の男は、己が知る天竜人とは違う。しかしどこか人間性が欠けているそれに、背筋が寒くなった。

 

 

「彼は自分さえもキングという駒にして、己の人生を進んでいるのです。私は彼の駒であり、邪魔者を退けるお手伝いをする存在」

 

「……革命軍が本当に来ると思っているのか」

 

「彼の台本通りなら来ますよ」

 

「…その台本の上とやらで、奴がおれに求めているのは何だ。ただの交渉道具で終わるとは思えん」

 

「天竜人崩しの後…政府の崩壊を目論んだ時、尽力を貸して頂けないでしょうか」

 

「……!」

 

 

 あの男はどこまで見据えているのか。恐ろしくなった。だが現実的に立てられた計画は、粗があれども協力があれば実現し得るものだ。

 

 粗こそも奴からすれば成せる範囲なのだろう。

 

 しかし一般人と超人では成せること、成せないことの差は大きい。

 そこを配慮できてない点がせめて挙げられる欠点だ。

 

 

「…俺が決めるわけじゃない。それは仲間が決めることだ」

 

「……そうですか…」

 

 

 犬のようにシュンとした目の前の男はさておき、この交渉を経て協力関係すらも取り繕う気だと考えると展開に納得がいく。

 

 もう既に七武海も王位も必要ないのだろう。そこまで明確に見えているクセに、余りにも身近なものに目が行っていないとため息を吐いた。

 

 

「貴様は止めようとは思わないのか」

 

「止める…?私はただ……分かった上でも、支え…支えようと思うんだえ……」

 

「………」

 

 

 あぁ、承知の上で王の後ろを歩いているのか。

 それ以上思考は進むことはなかった。そこまでの関係性は元からないのだ。感慨も特に起きることはない。

 

 ただバカな男だと、そう思った。

 

 

「それより何故幼女なんだ…」

 

「私が彼から任されたあなたの脳を、どういったモデルタイプの機械に移植するか考えていた時に、丁度テレビでピ●コちゃん誕生のエピソード回が放映されていて…」

 

 

 

 

 

 瞬間、幼女パンチがお見舞いされた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 ヴェルゴにクマの方はどうなっているか連絡を取り合った後、電話を切った。

 ちょっとしたハプニングもあったが、ギャップ萌えでいいじゃないかと遠い目をしておいた。

 

 

 だがせめてするならブラ●ク・ジャック先生にしてやれよ…。

 

 ひとまず機械の肉体への記憶の定着は上手くいったらしい。人体実験に関する倫理云々はこの際考えていられない。

 

 

《俺も悩むんだ…ドフィ》

 

 

 奴はおれの決断を苦渋しながらも肯定してくれた。

 否定されると思っていたが、頷いてくれたことが純粋にありがたかった。

 

 

 

 古代兵器の失敗作の存在は随分前から知っていた。子供の頃書庫に入り浸っていた際に発見した資料、それが天竜人内で行われていた生物実験。

 

 やはり仲間内であろうが、おれたち家族を干したような醜悪さは変わらずあったのだ。

 

 

 そしてクマの脳が保存されていると知り、交渉材料に政府とどう掛け合うか悩んでいた時に思い出した、その資料の存在。

 

 知り合いの天竜人に調べさせ、改めて見た。

 

 偶然にしてはおかしいほどの自分の異常性との一致、夢の中で見た母が父に絞殺される映像。

 

 

 己の異常性は理解していたが、それが自分を使った実験を通して確証へと変わった時、どこかホッとした。

 ずっと悩んでいたこれに理由がついたのだ。

 

 第一脳を撃たれて生きてるわけないだろ。本当、バケモノだな…。

 

 

 それからは早かった、自分の最近人間性の欠けていく状態を理解していたからこそ、逆手に使い政府に交渉道具として自分を持ち出した。

 

 ファミリーには兵器に関して言ってはいないが、恐らく病気のような____死が近いということを感じ取っているのだろう。

 

 あとジョーカーには本気で殺されそうな目をされた。

 

 でも、おれの決断なのだと告げれば押し黙った。

 

 

 時間がない、時間がないからこそ、焦っているんだ。

 どうせ死ぬならば自分を使った方が合理的だ。

 

 

 また受けた実験後に自分が兵器化した際に、すぐに操作できるよう政府の職員に、肉体の電気信号を電波で操る云々のチップを埋め込まれた。

 

 しかしクマの脳を受け取った後に、知り合いの天竜人の前で糸で埋められた心臓部分とその周囲をまるごと切り取った。

 

 

 その様子を見て天竜人の男は「痛そう」と真顔で抜かしてたのだから、どうやら人間性は完璧に戻らなかったらしい。

 普通の人間ならR-18G映像を目の当たりにしたら発狂するわ。

 

 

 

 

 それとチップ内にはセンサーがあり、一定の温度以下を超えると細胞一つ残さず消し飛ぶ規模のの爆発を起こす。

 再生さえ追いつかないほどのものだ。

 

 そのため切り取った部分はすぐに一定の温度が保たれる機器に入れ、然るべき時に無人地帯に流して爆破させる。

 

 実験の中では行わなかったが、個人的に試しもげた腕や足の部分などが、おれ本体から離しても兵器としての性質を持つことがないということは、分かっている。

 

 

 おれの今まで政府に従順に従ってやった行動が返って奴らの油断になっている。

 温度センサーしか取った時の対策を考えていなかったのだから、明白だ。

 

 裏切らずにのこのこ犬になるとでも思ったか?馬鹿め。

 

 それに約束は破るためにあるんだぜ。

 

 

 連中が騒いでいてももう七武海も不必要な今、政府と友好にする意味はない。

 タイムリミットの少ない中どれだけ進めるかが今最重要課題だ。

 

 

 

 …しかしならばジョーカーとは一体何なのか、おれの転生とは何の意味をなすのか。

 

 そんなことに思考を巡らせたいが、時間の問題もある。

 それ以上に自分の関心が…感情の動く先が目的以外に薄まっているのだ。

 

 

 

 

 

 己の甘さと破壊欲で起きていた矛盾は、無くなりつつある。

 

 

 穏やかなのだ。海の中で沈んで死にかけた時の感覚。

 

 穏やかさに包まれて、破壊欲すらも曖昧に感じているのだろうか。それでも時折現実に戻されて、腹の内でドス黒い生き物が唸るのだけれど。

 

 

『………』

 

「どうした?」

 

『……何でも、ねェ』

 

 

 そうかとだけジョーカーに返し、現状の整理に戻った。考えている間、奴は薄っすらと幽霊のように消えていった…いや、幽霊だけども。

 

 

 七武海脱退後、ローと麦わらの同盟がドレスローザに来た。それをファミリーたちの一部が闘技場で待ち受ける。

 

 だがチャンドーラや革命軍との戦いでは、街に少なからず被害の余波が出るだろう。

 住民は既に避難させているため大丈夫だが、それに伴って責任を取る必要がある。

 

 王の代わり目はここだ。大分長居してしまったな。

 

 

 国を守れなかった王への不信。その前から少しずつその感情が高まるよう仕組んでおいた。これでヴィオラ王女の即位を渇望する声が高まる。

 彼女ならば大変だろうが、確実に国の混乱を抑えられるだろう。

 

 

 …大丈夫だ、落ち着け……まだ冷静な思考はある。

 

 

 

 そして予想通りチャンドーラと同時着に革命軍が来た。クマの受け渡しの際に協力関係を得られるかどうかは微妙だが、やるしかあるまい。

 

 後はモネだ。受け取りの時、ローが仕掛けてくんだろうな…。

 

 ファミリーには戦闘の後船に来る奴だけ来いと言っておいた。着いて来る気がないものは、初めから戦闘に参加しないくといいとも。

 

 全員がしかし着いていくと言った時には、どれだけ救われたろうか。

 

 ヴァイオレットには王になることを押し付けてしまったが、家族であることに代わりはない。それに元々おれではなく、彼女の運命なのだから。

 

 

 

 

 ここでおれがローと向き合うのはケジメをつけるためだ。後黒い男は完膚なきまでに殺さないと気が済まない。毒で死んだと言っていたが、やはり生きていたのだ。

 

 現実の傷が効かない…そこである一つの仮説が生まれたが、奴と会うまでは試せまい。

 このままローを無視して行くには禍根が残る。それにモネを勝手に改造した分殴らないと気が済まない。

 

 

 約束までの時間はもう少しだ。

 

 そして見たことのある腐った目の男と、足がない___これは予め聞いていたためキレはしないが、モネが姫抱きにされていた。

 まるで娘さんを下さいのポーズに笑いたくなった。

 

 首に海楼席が付けられているが、モネはローの言っていた通り、元気そうだ。あぁにしても……

 

 

「フフフ!デカくなったな、ロー」

 

「……ドフラミンゴ」

 

「ファミリーにいた時、約束の10分前には来いって教えたろ?」

 

「黙れ」

 

 

 おぉ怖い。睨みながらローが来る前に向こう側に置いておいたモネの肢体をくっつけた。この後どう出るかは不明だが、身代金にしろ最も危ないのは受け渡しの場面だ。

 

 一対一での申し出にこちらはきちんと応えているが、あちらは約束を守ってるのか…。

 

 

 しかしどうやら本当に一人で来ているようだ。覚束ない足取りのモネを抱え直しローが近くまで来て、10歩程度前の場所で立ち止まりモネを下ろした。

 

 こちらに向かって来たモネだったが、目前で倒れそうになったので抱きしめる。

 

 その間ローは元の位置に戻った。

 

 

「…モネ」

 

「若様…」

 

 

 あぁ、生きていた。脈があるし、何より温かい。

 腕を背中に回したモネをそのまま抱えた。若干驚きの声がしたがいいだろ、感傷に浸れる間だけ浸らせろ。

 

 

「で、どうするロー。おれは七武海から離脱した。ここからお前はどう出る」

 

「…お前は死ぬ気なのか」

 

「……あ?」

 

「目的を果たした後、お前は死ぬ気かと聞いている」

 

 

 お前は兵器なんだろと、そう続けたロー。

 おれの秘密を何で知っているんだ。何故、兵器のことを…。

 

 

「…お前…いや、もう一人のお前か。そいつが止めろと言っていたと大参謀から聞いた」

 

「……!ジョーカー…」

 

 

 こういう時に出て来ないのせこいぞ!おい!!言及から逃れるんなんてお前は国会議員か!!

 

 

「…クソ、つまり海軍も来てるのか。テメェは頼らねェタチだと思ってたのによ」

 

「頼られたんだ、頼ったんじゃない。…それでも、止まらない気か」

 

「…当たり前だ。逆にここまで来て、どうして止まると思っている」

 

 

 …マズイな。クマの取引の裏切りが露呈して、海軍が来る可能性が無きにしも非ずと思っていたが、来るにしてももっと先になると思っていた。

 

 情勢が一変している可能性がある。黒い男はいいとしても、敵側に海軍が混ざるとマジで面倒だぞ。

 しかもおつるさんかよ……。

 

 

 もう戻れないのだ。進んで進んで進んで、己の意味を、己が進んだ意味を無くしては、おれは本当に何のために存在したというんだ。

 

 

「邪魔をするな。ここで止めるなら、お前はおれが犠牲にした骸さえも無駄にすることになるんだぞ」

 

「お前が進まなくても、もう世界は変わる。お前が築いたものが、もう十分に生きている。もう止まれ、お前はここまでだよ…ドフラミンゴ」

 

「…邪魔をするな。邪魔をするな…おれの、邪魔を……」

 

 

 おれが切り捨てたものが、意味をなさなくなる。

 今まで諦めたものが、無くしたものが……。

 

 

「お前は何でそこまでして進むんだ。本当にそれはお前の道か?」

 

「……おれの道…」

 

 

 

 …何も、無かった。

 

 

 何も無い場所の理由を作ったのがジョーカーだ。あいつの色に染まって、その中で自分を見つけて生きてきた。その感情はおれ自身のものだ。似通う部分もあるけれど、だが異なる部分もある。

 

 

 破壊欲は、最初こそ本当はあんたのものだったかも知れない。でも自分の精神が一度壊れちまってから、もうバケモノは目覚めてたんだ。

 

 それでもおれは奴で、奴はおれだと、愚かなおれは言うけれど。

 

 

 おれの意味は誰かに支えて支えられて、その行程を経て自分で見つけたものだ。

 

 そこに他の形を持たないものの意図があっても、おれの選択はおれのもんだ。例えそれで根源の男に否定されようが、おれはおれだ。

 

 

 

「自分で切り開いた運命だろうが、その運命さえも作られたもんだろうが、おれは声を大にして言ってやるよ。これがおれの生き様だってな」

 

「……バカだな、お前」

 

「あ?」

 

「だったら俺も止まらねぇよ。コラさんの本懐のために進んで来たこの道を、今更止まるわけにはいかない。でもな、お前を止めるためでもあるんだよ」

 

「………」

 

 

 お互い譲れないということだろう。コートを脱ぎ捨て、モネを影騎糸(ブラックナイト)でドレスローザにいる仲間の元まで送り届けさせた。

 

 

「お前の意志が勝つか、おれの意志が勝つか。やってみようじゃねェか」

 

 

 それと同時に、お互い動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 おれは、止まるわけにはいかないんだ。

 

 

 

 




主人公
霄ォ蜀?↓逕倥>謇灘?貞、ゥ遶應ココ縲よ凾謚俶栢縺代※繧九? 戦え、戦え。

ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。苦労人。止まれよバカ野郎。

ロー
本懐のため牙を剥く。愛を知れバカ野郎。


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月が笑う

苦しんで死ねと。


 ギラギラと、己の本懐のため立ち向かう青年の姿に男は思う。

 

 輝く目は彼の弟と同じものを思わせる。正義に光る目は、自分とは違い人々を真っ向から照らすものだ。自身を例えるなら不器用と言えばいいのかもしれない。

 

 でもだからこそ、止まるわけにはいかないのだと、何度も心の内で呟く。

 

 

 

 ローの持つ大太刀“鬼哭(きこく)”が暴れ馬のように振り回される。だが正確に急所を狙うそれについ笑みが溢れる。本気で倒しに来ているのだ。足下程しかなかったあんな小さな子供が、強い瞳を持ち己を倒しに来ている。

 

 場違いに高揚する。ふつりと肌が立って、覇王色が漏れ出た。ローは感じた気配に眉を顰める。

 

 

「…っ、せこいぞ」

 

「フフフ、せこいも何も戦場じゃあ通用しねェぞ」

 

 

 この感情が何なのか、分からない。だがきっと嬉しいのだろうとドフラミンゴは目を細めた。

 

 こんなにも強くなったことが、それも男が同じ年齢だった時よりもずっと早くのし上がっている。

 やはり運命というものがあるのだろう。こういう青年が、次の世代を_____未来を、切り開いていくのだ。

 

 

 大太刀を男に意識させ、時折ローが交えてくる技。“メス”が放たれる前に、ドフラミンゴは蹴り一つで後方に下がる。勢いよく滑った地面には土煙が舞う。

 

 口角が上がる男を見、ローもまた笑った。

 

 笑う状況じゃないのだろう。お互いがお互いの信念のために戦う場。だがそれさえ忘れかけるほどこの戦いが楽しいと思う。

 まるで戦闘を楽しむ麦わらのようだと感じた。

 

 だが悔しいことにこちらは息が上がるばかりで、目の前の男はさほど息が乱れていない。全力を出していないことは明白だ。それにカチンと頭にくる。

 

 

「全力で来いドフラミンゴ!!舐めてんじゃねェ!」

 

「そんなに死に急ぐなよ。もう少し楽しもうぜ?」

 

 

 そう言いながら男は、“五色糸(ゴシキート)”を相手の顔面目掛け振るう。ローはそれを両断し、振るったことで空いていた男の横腹に向かって急接近した。

 

 左手の動きにまたメスかと判断した男は、糸でそれを止めようとした。

 

 しかしローの大太刀を握る右手が動く。フェイントが来るだろうことも予測出来ていたためドフラミンゴは右手に照準を変えると、ローの声が響いた。

 

 

「“ラジオナイフ”!!」

 

「…!?」

 

 

 腕が輪切りにされる。武装色で咄嗟に肘以降の切断は防いだものの、斬られた部分は地面に落ちた。

 

 

「テメェ…」

 

「全力で来いって言っただろ」

 

 

 ドフラミンゴの額に青筋が浮かぶ。

 対してローは苛立っている男の様子を見ながら、漸く火が点いたかと息を吐いた。

 

 己の覚悟のぶつかり合いだと言ってはいたが、男の攻撃の数々はどこかローを傷つけまいとしている節があった。

 

 それが無意識によるものなのか、意識したものから来るのかは分からないが、戦うのならば全力で来いと思う。今甘さは要らない。要るのは相手を殺してまで進むという覚悟だ。

 

 

「フ、フフ…確かに手加減してたかもな。慢心はいけねェな」

 

「慢心じゃない。お前のクソほどある甘さのせいだろ」

 

「……お前結構口汚くなったよな」

 

 

 うるせぇとだけ返し、再び刀を持ち直す。ドフラミンゴの増した殺気に気を引き締めた。

 

 

「行くぜ、精々壊れんなよ」

 

「…誰がテメェの攻撃如きでやられるか」

 

「フッフッフ!…ほざいてろ、ガキ」

 

 

 勢いよく地面を蹴り、一気にローの元までドフラミンゴが進む。蹴りと共にクレーターを作った地面に、おいおいと冷や汗が伝う。

 

 闘牛が正面切って突っ込むような迫力に襲われながら、ローは技を繰り出す。それを次々と男は躱すと、己の攻撃の射程距離内にローを捉えた。

 

 

「“超過鞭糸(オーバーヒート)”!」

 

 

 太い編み糸を鞭のように振るう。威力の重さに耐え切れず、ローの身体は吹っ飛んだ。しかし直ぐに態勢を立て直し、剣を持ち直した所で背後に不穏な気配を感じ、切り裂いた。

 

 男の技の一つである“寄生糸(パラサイト)”か。そう思った瞬間後ろから声がした。

 

 

「ガラ空きだぞ」

 

「っ!」

 

 

 ローは咄嗟に地面を蹴り上げ、土埃を相手の顔目掛けて当てる。そのまま屈んだ状態から、手で地面を押し上げ後退した。

 ドフラミンゴは怯み唸ったものの、その顔には笑みが張り付いている。

 

 寒気がした瞬間、頭上から攻撃が襲った。

 

 

「“降無頼糸(フルブライト)”」

 

「が、あっ!」

 

 

 槍のように天から振り落ちる五本の糸。それに肢体を貫かれたローは、地面に縫い付けられる形になった。動こうにも、四肢を上手く固定されているため、動けない。

 

 宛ら標本にされた虫のような状態だ。

 

 

「フフフ、展示されてる気分はどうだ」

 

「っ…クソが」

 

「…」

 

 

 何故ここまで目つきが悪くなったのか。素朴な疑問を抱きながらも、ドフラミンゴは寄生糸を忍ばせた。斬られた部分は流石に治す必要がある。

 ローの能力を操ろうとした所で、下から声がした。

 

 

「…お前はどうしてそこまで必死なんだよ」

 

「……」

 

 

 這わせていた糸を戻し見れば、真っ直ぐな黒曜石の瞳が自身を見つめている。太陽を真下から裸眼で見た錯覚に陥った。

 

 

「…おれの進んだ道を、生きた理由を残したいと言ったら、テメェは笑うか」

 

「……笑わねェよ、今更」

 

 

 どういう意味だと眉を寄せれば、「俺がガキの頃からずっとそうだったろ」とローは続ける。

 

 

「世界をぶっ壊すなんて、俺がガキの頃…それこそ世界ってもんを何も知らない時に思っていたそれを、ずっとあんたは持ち続けてる。俺だって昔抱いていた感情が、世の中ってものを知った今ならどれだけバカだったか分かる」

 

「…おれがバカって言いたいのか」

 

「そうだろ。だって俺よりもずっと理不尽を知ってるクセに、テメェはそれを理解した上で目指そうっていうんだ。バカの何物でもないだろ」

 

「………」

 

 

 忘れていたモネの件も含めて一発拳骨を入れてやろうかと握り拳を作った時、ローが不意に笑う。

 

 

「でも、そんなあんたが子供の頃……俺からすればヒーローだった。今でこそクソ野郎だとは思うが、お前の在り方は間違っちゃいねェよ」

 

「……」

 

「暗い道しか歩けない人間にとってお前は救世主だ。道に迷わないよう、優しく照らす月。コラさんとは違う優しさを持っていたと…俺は思う」

 

 

 その言葉に、男は苦しげな表情を浮かべる。彼の在り方を肯定する人間など、それこそ少数なのだ。しかも敵の___己の首を討ち取ろうとする人間から言われて、どうして気持ちが揺らがないだろうか。

 

 

「だからこそ、だからこそ俺は言うよ。バカ野郎のお前に言ってやる。もう止まってくれ、あんたの築いたもんの中に、俺だって入ってる。信頼してくれとは言わねェ。でも…」

 

「…もう、言うな」

 

「いや、止めない」

 

 

 

 

 

 _____俺たちに、任せてくれよ。

 

 

 

 

 

 ぐっと堪えるように、男は下を向いた。新時代が幕明けたなど、それこそ彼本人が分かっている。新時代の若造に任せてもきっと大丈夫だということを、目の前の相対したローを見てよく分かった。

 

 これはその確認をするためでもあったのだ。

 

 だが…だがそれでもと、酸素の行き渡らない魚のように口を何度も開ける。

 

 

 別に死ぬのが怖いわけじゃない。でも…まだこの世界を見ていたいのだ。

 

 愚かな人間も多くいる。いや、彼にとっては不必要な人間が大多数だ。しかし美しい人間もいる。甘ちゃんで、理想を追い求めるバカども。

 

 そんな奴らの行く末を、もう少し見てみたいと思ってしまうのは、愚かだろうか。一人自問自答をする。

 

 

「どうせ…変に長く生きたって、おれは死ぬんだ。肉体的な死よりも、精神的な死の方が嫌だろ」

 

「必ず治す方法を見つける。俺が…絶対」

 

「治らねェよ。現実はシビアなんだ」

 

 

 どう(あらが)った所で、己の死の運命は変わらない。どこぞの漫画の主人公だったら己の死の運命を自覚した時それに争い、そして生への道を切り開くだろう。

 

 しかしそんなものはそれこそ都合の良い話だ。

 

 現実の戦争の中で死に瀕した時、助けてくれるヒーローなどいないように、どこまでも世界は残酷だ。

 1%にも満たない奇跡を美談として語っているだけ、残りは全てメイドイン屍肉だ。

 

 男は世界を見て来た中で、嫌という程その現実を見て来た。

 

 

 人間は理性的な動物に見えるだけで、その本性は計り知れない。

 

 或いは侵略のために、或いは防衛のために、或いは宗教のために、或いは、或いは_____。

 時代と共に争いを続け、戦争の種類も変遷していく。

 

 闘争せずにはいられない。己の欲望を潤さずにはいられない。どんな動物よりも本当は野蛮で本能的だ。知能が高い分さらに厄介であろう。

 

 

 

 だからこそ世界だけでももっとよりよいものにしようと決めた。自分などどうでもいい。

 

 

 その献身さは何とも素晴らしいものだ。だがどこまでも自分を顧みていないバカ野郎だ。

 

 そのバカ野郎にローは真正面から頭突きでもして、己が伝えたかった事を伝えたい。バカ野郎にどれだけ己がバカ野郎なのか知らしめてやりたい。

 

 もう頭の中で散々バカ野郎と言い過ぎて、ゲシュタルト崩壊さえしている。

 そんなローの気持ちなど露知らず、男は言葉を続ける。

 

 

「フフ…そんなこと言ってんだったら、ロシナンテを治してやれ」

 

「コラさんは…記憶が戻っ…」

 

 

 ローが言いかけたのと、海軍服を着た男が息を切らしながらこの場に到着したのは同時だった。その姿を見た瞬間、サングラス下のドフラミンゴの瞳が溢れんばかりに見開かれる。

 

 

 

 

 

「兄上!!」

 

 

 

 

 

 男が「ロシナンテ」と呼ぼうとした瞬間、弟の服の後ろに何か付いているのが目視出来た。

 服も所々汚れた跡があったため、どこぞで転んでゴミでも付けたのだろうか。

 

 それと同時に、弟が記憶を取り戻したことも理解した。兄上と呼ばれて、嬉しいはずなのに何も抱かない自分に苦笑したくなる。

 

 

「ロシ…」

 

 

 それでも笑顔を作り腕を広げた所で、ロシナンテの肢体がゆっくりと崩れる。瞬間電撃のようなものが頭に走った。思い出されるのは、かつてこの国の王に仕えていた、スカーレット王女の夫の存在。

 

 何故今思い出したのか、不思議に思う。恐らくシュガーが倒れたのだろう。あの片足のない兵隊=スカーレット王女の夫ということは分かる。しかしあの後シュガーに聞けばオモチャは無くしたと言っていたが…。

 

 

「あに、ぅ………俺……」

 

 

 倒れたロシナンテの肢体を掴む。その腹には海軍用の短剣が刺さっている。護身用としてロシナンテが普段持っているものだ。それをキュロスが奪ってロシナンテを背中から思い切り刺したのだ。

 

 現状の整理が追いつかないままドフラミンゴが前を見れば、元の姿に戻ったと思われる男の姿。しかしその目は、酷く濁っている。

 

 ロシナンテを刺した瞬間、一瞬その瞳に色が戻ったが、直ぐにまた濁った色へと戻った。

 

 

「コラさん!!!」

 

 

 悲痛なローの声。キュロスの隣に突如現れた黒い男。動かないロシナンテの身体。

 

 

 

 ぐるぐるぐるぐると、思考もドス黒い感情も飲み込むように回っていく。

 

 

 

 

 

 下が上で上が下で、人間が紅茶に砂糖を入れた時のようにぐにゃりと歪んで背景と混ざっていく。

 それに従って五感が異様に鈍くなる。意識も渦に飲まれるようにし消えていく。

 

 

 ただ頭にあるのは、弟の腹にあった(おびただ)しい紅い色と、自分の手に付着した紅。

 

 ねっとりと_____温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 あたたか、あたたか あ、た たkakakっjsk

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴポリと、溺れるように男の意識はそこで無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 死んだと思っていた黒い男の姿に、ローは目を見開いた。

 

 

「何で生きてやがるテメェ…!!」

 

「アッハハ。私、夢の中でしか死なないですから」

 

 

 は?と声を漏らすローに、男は両腕を広げ自分の能力を語り出す。

 

 

「私の能力は、夢を操作する能力。私の肉体は現実には存在しない。この肉体は、謂わばただの私の思念ですよ。思念体がいくら死んだところで痛くも痒くもない。私を殺すには、夢の中でまだ精神が生きている者が私の本体を殺すことでしか死にません。精神が死んで肉体だけになってしまった人間には無理ですがね」

 

「なっ……ほぼ無敵じゃねェか…!!」

 

 

「そーでもないですよ。精神が死んだ肉体は幾らでも操れますけど、同時に精神を壊せるのは二体までなんです。それも一度入るとそのものが精神的に死ぬまで能力は解かれない。次の人間の精神を壊せなくなってしまうんです。

 

 何らかの外的ショックがあれば解けますけど、能力が長くかけられていればかけられているほど、そのショックも効きにくくなります。

 

 あぁ後、能力にかかっている人間の記憶も少しは覗けますよ。ただあの男も一度リク家の人間を攫って誘い出した時に、能力をかけたことはありますが、真っ黒すぎて意味がわかりませんでしたけどね。失敗しちゃいましたし」

 

 

「そいつの方は…」

 

 

 そう言いローが顔を向けたのは、キュロスだ。

 

 

「この人ですかぁ?この人は精神が強くて…ずっと死なないんです。そのせいで枠が一つしかない、本当面倒ですよ。早く死ねばいいのに。利用したのが間違いだったかな」

 

「…クズ野郎が…!!」

 

 

 何とか刺さったドフラミンゴの糸を外そうにも解けない。叫べども、男の反応はない。サングラスが落ちた瞳に映るのは、どこまでも濁った色。

 

 

「ドフラミンゴ!!しっかりしろ!!!」

 

「無理ですよ、もう()()は死んじゃいましたから。いやぁでも、ラッキーだったな、弟くんが精神的に不安定で」

 

 

 不出来な兵隊さんのオモチャを付けやすかったですからと笑う男は、明らかにイかれている。

 

 

「テメェの目的は…何だ」

 

「私の目的?そんなもの簡単ですよ、この生物兵器_____ユピテルを使った世界征服ですよ」

 

「っ…こいつが、テメェなんかに……」

 

「あれれ、お忘れですか?私の能力、さっき説明したばっかりじゃないですか」

 

「……!」

 

 

 この黒い男は、モネが能力から解放された今あともう一枠精神を壊せる。恐らくは当初モネを利用して自分がドフラミンゴをおびき出し、何らかの形で兵器にするつもりだったのだろう。それがシーザーの暴走や麦わらの介入によって計画が狂ってしまったのだ。

 

 ローが知らないだけで過去に何度も狙って来たのかもしれない。

 いや…でもと思う。こんな下衆にドフラミンゴの精神がやられるわけがないと、死んだわけが……死んだわけが、ないんだ。

 

 

「現実は、非情なんですよ。嘗ての海賊王や四皇の白ひげが先の黒ひげとの戦争で死んだように、強者だろうが死ぬ。結局天辺でのうのうと生きてる奴らの方が幸せに生きている。他人の血肉を啜って、平穏に生きている。

 

 だから私は、他人の血肉を啜って楽に生きたい。楽に楽に、_____もう、苦しみたくない」

 

 

「クソみてぇな考えだな。自分から世界を変革しようと考えない辺り、腐ってやがる…」

 

「アハハ、この男みたいな人間の方が少ないですよ」

 

 

 笑う男を他所に、ローは現状の悪さに歯噛みする。男がドフラミンゴを操ってしまえば元も子もない。ロシナンテも早く手当てしなければ、なのに痛む身体が精神さえも阻む。

 

 それに能力の概要を聞いた今でも黒い男に当てはまる実が出てこない。能力からして名前はユメユメの実だろうが、そんなものは存在しないはずだ。

 

 そう考えていれば、頭上から声がする。

 

 

「あぁその顔、私の能力について考えてますねぇ。そりゃあありませんよ。私の能力は夢の中で昔、お月様が与えてくれたんですから」

 

「何…?」

 

「だから組織もチャンドーラなんですよね、アハハ」

 

 

 後で生きてればググってみて下さいねと言い、男は能力を発動した。

 

 

 

「“悪夢(ムウ)”」

 

 

 

 それと同時に、ピクリとドフラミンゴの指が動く。黒い男はすごいすごいと言いながら、顔を赤らめていく。

 

 

「これが…これが兵器の中身!!すごいすごい!!圧倒的力を感じりゅ、あ゛っどうできぃ゛……」

 

 

 そう言う男の首は、誰もいないのにギリギリと音を立てて絞められていく。その光景に異様さをローは感じたものの、内側でドフラミンゴが敵の首を絞めているのだと理解した。

 

 やはりまだ、生きている。そう確信した尚も黒い男の呻き声が続く。

 

 

「あっ、あ、しゅご、あっ…………」

 

 

 

 あ。最後にそう零し、首が逆の方向を向いて動かなくなった。ぶらんと垂れた肢体は、そのまま崖の方に投げ捨てられる。

 

 

「ドフラ…ミンゴ……?」

 

 

 

 

 

 そう呼びかけた声に男が反応を示す様子はない。ただ瞳の奥には、淀んだ色のみが映っていた。

 

 

 

 

 




しゅじ ん 公


ジョーカー(モフモフ)
主人公守り隊兼おとしゃん。苦労人。主人公に代わって敵の首をパグシャァァ。

ロー
うおおおドフラミンゴーーー!!どんぱち。

ロシナンテ
突っ走るドジっ子。あにうえーーー!!グッサリ。


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包んだけど中身が溢れる

 *****

 

【sideロシー】

 

 子供の頃はよく、兄におぶられていた。父上よりも小さな背だったのに、何故か大きく感じた。

 転ぶことが日常茶飯事な俺の手当てを優しくしてくれた。

 

 

 いつからかその姿に恐怖を覚えて、距離を置くようになった。

 磔にあった時に死んだ兄……違う、兄上は死んでいなかったんだ。

 

 

 その時俺に見せた殺意。ずっとあれがバケモノだと思っていて……でも、ファミリーに入ってから気付いた。時折誰かと話すように空中を見ていた。

 

 偶に抜けてる兄はその様子を隠そうとしても、時折あけすけに窺えた。

 

 過ごす内に、それが兄上のもう一人の人格なんだろうと思い至った。話さなかっただけで、ファミリーもほぼ全員気付いていただろう。

 

 

 しかしおれはもう一歩踏み込んだことに気付いた。

 

 ファミリーが気付けなかったことに気付いたのは、兄弟だったからかは分からないけど、それに誇る気は起きない。

 別人格じゃない、二つは一つなのだと。

 

 …漠然とした考えだったけど、自分の直感が言っていた。

 

 

 

 それを理解した上で止めようとして、でも俺の方が先に倒れちまった。不甲斐ない。

 あの時……ミニオン島で奴が俺を撃った時、自分の死を覚悟したんだ。

 

 でも、何故か死ななかった。走馬灯をごちゃ混ぜにした中ぼんやりと視界に映ったのは、小さい兄上だった。図体なんて全然違うと決まっているのに、小さく見えたんだ。

 

 俺も自分がガキだと思っていた。だから甘えて、おぶってもらって……。

 

 

 優し…かった。そう、温かくて、優しかった。

 

 

 重い愛が、悍しいほど歪んだ愛を持っているクセに、こういう時だけ甘く感じるんだ。優しいそれにどれだけ絆されただろう。同時に、その時思っちまったんだ。

 

 

(兄上…小さいな)

 

 

 背は少ししか変わらないけど俺より高い……はずなのに、小さく感じた。

 筋肉がある分俺の方がウェイトはあるだろうとか、そういうことは関係無しに小さく感じた。

 

 何が小さかったのか…恐らく精神的に小さく感じたんだ。まるでガキをあやすように歌っていたけれど、お前の方が不安定だったろと今なら思える。

 

 歪で、不安定で、ジェンガだったら後数手で崩れそうな状態で10年以上過ごしていたのかと思うと、ゾッとする。

 

 俺も俺で精神がおかしくなってた。俺は……そう俺は……。

 

 

 

 ……逃げ、たんだ。

 

 

 

 兄が脆くて、そんな脆い兄がここまで悪に浸り続けられるわけがないと思った。

 優しさと悪の微妙なバランスの均衡が崩れたからこそ、あそこまで弱く見えたのではないかと、そう感じた。

 

 実際正解だったのだろう、無理がたたって壊れていたのは。

 

 でも、そう考えた時怖くなった。俺が今まで取っていた行動は、ただ兄を傷付ける行為だったのではないかと。

 

 兄上を止めることに対してではない、寄り添おうとした兄の手を拒絶するような行為をしていたことに、理解した瞬間背筋が凍ったんだ。

 

 

 壊れた理由に、俺が入っていることは間違いない。

 ブラコンの兄は、小さい頃俺が泣いただけで、自分のことのように精神的にダメージを負っていたのだから。

 

 だから怖くなった。そして…兄は逃げていたんじゃない、ずっと真正面から俺を愛してくれていたのだと分かって、泣きたくなった。

 

 おぶられながらずっと聞こえた歌や感じた温かさは、自然と母上を思い出させた。

 

 

 

 

 そして、漸く思い出した。

 

 

 おつるさんに頼まれた時は嫌々やっていたけれど、情報を入手して報告前に自分でその概要を読んだ瞬間頭が真っ白になった。

 

 兄上は本当のバケモノだった、でもそれが怖かったんじゃない。あんたが死ぬことが書類には明記されていて、理解した瞬間恐怖が頭の中を満たした。

 

 

(兄上、あにうえ、あにうえ、ぼくを、ぼくをおいて、いかない……で)

 

 

 一人ぼっちはやだ、そんなガキみたいな考え。でもそう思ったんだ。

 

 兄が死ぬのが怖い、一人になるのが怖い、また失うのが怖い。

 おれは強くなったつもりだったけど、笑えるよなァ…ガキのままだったんだ。

 

 

 

 

 

 …なぁ、兄上。

 

 

 

 

 逃げたと言ったら、兄上は本当に俺のことを嫌いになるのだろうか。…いや、ならねぇだろうな。寧ろさらに傷付くかもしれない。面倒過ぎる重い愛だよ。

 

 俺が嫌いになってくれと言っても、聞かないんだろうな。

 

 それに今でも俺はあんたの愛情を受け止めきれそうにない。

 兄上が俺と決別してくれたのは、きっと俺にとってはよかったんだ。でも、あんたにとっては毒だった。

 

 馬鹿みたいに家族愛を求めて、自分でそれを封じ込めて死のうとして……馬鹿じゃないのか。

 

 いや、バカだ。頭いいクセにバカだ。

 

 

 

 バカでバカでどうしようもない_____兄上だよ、あんたは。

 

 

 

 なぁ、死なないでくれ。俺を愛してるんだったら、置いてかないでよ兄上。俺を一人にしないで、兄上…。

 

 俺は……あんたやローが思ってるより、よっぽどズルくて……弱いんだよ。

 

 でも弱いなら、お互い支え合っていこう。そう思って駆けて……本当にバケモノになっちまう前に、止めたかった。

 

 俺も壊れてる。でも、あんたの方がより重篤に、ボロボロになっている。

 

 

 なぁ、俺たちは人間なんだ。

 バケモノでも何でもない、ただの弱い人間なんだよ。

 

「人」の字で言うならば、兄上が二画目だ。だって一画目はまるですっ転んでるみたいだろ?だからさ兄上、支えてくれよ。

 

 

 

「あに、う……え」

 

 

 

 そんな、何の感情もない目で世界を見ないでくれ。

 

 あんたの光は月のように淡くて弱いけれど、その光が支えになる人間がいることも分かったんだ。俺とあんたは正反対だけれど、だからこそ二人がいれば、完璧に人々を照らせるんだ。

 

 正義と悪……いや、正義と正義なのかもな。

 

 昼にバカみたいに輝く正義と、夜に淡く照らす正義。

 

 

 

「ド、フィ……っ、ドフィ…!!」

 

 

 腹がクソ痛い。でもミニオン島で死にかけたのに比べたらよっぽど余裕だ。

 イテェけど、あんたの心の痛みに比べたら全然へっちゃらだよ。

 

 笑ってくれ。頼む、笑ってくれ。アホみたいにブラコン全開で笑ってくれ。

 

 

「………」

 

 

 元から感情なんてなかったみたいに突っ立ってやがる。

 真顔なんて一番あんたらしくない。バカじゃねぇの、本当……本当……

 

 

 

「いい加減目ェ覚ませよ!!こんっっの愚兄!!!!!」

 

 

 

 思わず出た拳は、思い切りドフィの顔にクリンヒットした。手にジーンとした痛みが走ったし、側ではローがマヌケに塞がり切っていない口を開けている。

 

 自分を刺した奴は倒れてるけど、今は取り敢えず崖の方にぶっ倒れたドフィの身体を起こさなければ。

 

 

「あに…うえ」

 

 

 …それでも、瞳の濁りは消えない。

 

 

 なぁ、ブラコンなら目を覚ませよ。バカじゃねぇの?いい加減目を覚ませよ。起きろよ、起きてくれよ…。

 

 

 

 

「父上や…母上みたいに……俺を、一人に………一人にしないでくれ……!!」

 

 

 

 

 嫌なんだ。失うのはもうたくさんなんだ。

 これ以上家族の死体を見るぐらいだったら、脳裏に焼きつかないよう目玉をえぐったほうがマシだ。

 

 

 もう、あんたの愛情にケチ付けないから。受け止めるから、逃げないから……だから、だから………

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人で、笑い合おうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 

 

 まぁっしろい手、にゅうっと出て、こっち、こっちよこっちって。

 

 てちてち、てちてちぼくは行く。

 

 

 

 

 

 

「止まれ、クソガキ」

 

 

 

 

 

 くらやみをハイハイしてたら、うしろからこえがした。このこえはしょーかー、しょっかー……じょーかーだ。

 

 

「じょーかー、じょーかー?」

 

 

 ひっしに手をのばしても、まっくらで何もない。じょーかー、じょーかー。じょーか、じょー……

 

 手をつかまれた。大きな手。このかんしょくはじょーかーだ。血でべっとりぬれてる。よく見たら、後ろに死体がある。ゆびをさしたらじょーかーが答えた。

 

 

「……ただの侵入して来た害虫だ」

 

「じょーかー」

 

「……お前はそれしか喋れねェのかよ」

 

「じょっかー」

 

「……」

 

 

 だきしめられた、自分の手が小さい。じょーかーでもぼく行かなきゃ。くらい方でまってるの、まってる。

 

 

「じょーか、行かなきゃ、行かなきゃぼく」

 

「……行くなっていってんだろうが」

 

「行かなきゃ」

 

 

 かおにつめたいのが落ちた。じょーかないてる。じょーか、何でないてるの?いたいの?

 

 

「…どこも痛くねェよ。お前の方が痛いだろ」

 

「ぼくどこも、いたくない」

 

 

 何も、かんじない。そう言ったら、もっと強くぎゅっとされた。くるしいよ、……なにがくるしいんだろ?

 

 

「……止まれ」

 

「でも、ぼく…」

 

「おれの言うことが聞けねェのか?」

 

 

 じょーかの言うことはきくよ。でも、あっちで手をふってる、何かがおいでって言ってる。ぼくは行かなきゃ、でも、じょーかが言うなら…でも……

 

 

「うーん」

 

「悩むな即決しろ」

 

「えー」

 

 

 じょーかはごうまんだ。そういうとこ、だれににたんだか。

 

 

「………ドフ……」

 

「?」

 

 

 何か言いかけて、でも止めちゃった。いかなきゃ、おいでおいでって、おいでおいでおいでおいでおいでおいでおいでおいでおいでおいでおいでおいで

 

 

 するりとぬけて、手をふってる方へ行く

 

 

 

 

 

「ドフィ」

 

 

 

 

 ドフィ、そうよんだ、じょーかがそう言った

 それが、ぼくのなまえ?ぼく、ドフィっていうの?

 

 

「…来い」

 

 

 しゃがんでこっちに手をむけたじょーか、そっちにむかってすすんだら、こえがした

 もっともっと、上の方から

 

 

 

『兄上』

 

 

 

 だれかがぼくを、そうよんだ。

 

 

「ほら、ロシナンテも呼んでる。来い、…ドフィ」

 

「じょーか、じょ……ジョーカー」

 

 

 しかいが少し高くなった。走り出して、大きな身体にだきつく。あったかい。

 

 

「ジョーカー……ろし……ロシナンテ…?そうだ、フフフ、ロシナンテだ」

 

 

 何でわすれていたんだろう。ぼくの弟の名前。

 

 鼻水垂らして必死におれのことを呼んでる。きたねぇなぁ、もう。

 

 

「そっか…おれ、壊れちまったのか」

 

「他人事みたいに話すなバカ野郎」

 

 

 ジョーカーの顔を見れども、もう泣いていない。クソ、撮れたら面白かったのに。

 あったかいなぁ……あったかい。

 

 

「あったかい」

 

「…温かいのか?」

 

「うん」

 

 

 あんた幽霊だけど、あったかいんだよ。心の内から温かくなって、落ち着けるんだ。ポカポカする。

 母上やおつるさん、父上とか……ロシーとか。色んな人に触れて…触れられて、温かいと思うことが何度もあった。

 

 そう思っていたら、またロシーの声。

 

 

 

 置いてかないでと言っていた。ぐちゃぐちゃの顔で人の服で鼻水かんで、ガキみたいに必死に縋っている。

 …お前後で服代弁償させるからな。

 

 

 

「……行かなきゃな」

 

「…おい」

 

「フフフ、分かってるよ」

 

 

 おれは死なない。こんな所で死んでたら目の前の男に笑われちまう。それに、大事な仲間たちがいる。

 

 後もう少しだけ居られるなら、許されるなら…居たい。天竜人を倒して、そんで……そしたら後のバトンをローたちに渡しても……いいかもな。

 

 

「行こうぜジョーカー」

 

「…こっちの台詞だ。クソガキ」

 

 

 そう言って頭を叩かれた。痛ェよクソジジイ。

 自然と頰が綻んでだらしない顔になる。それをジョーカーは、アホみたいな優しい目で見ていた。

 

 

 

 あぁ、涙腺がバカになりそう。

 

 …泣けないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 目を覚ましたら、顔中汚いロシナンテがいた。笑って裾で吹いてやれば、余計に泣きやがった。

 

 

「あ゛にうえぇええええ」

 

「ちょ、やめろ。お前筋肉あるんだか…………」

 

 

 怪力で首に抱き着かれ、泡を吹きかけたのでぶん殴った。イテェだァ?テメェこそ俺の顔面殴ったじゃねェか。

 そう言えば、ローに指摘された。痛みがあんのか、だそうだ。

 

 確かにある。ムカつく今の気持ちも嬉しさも………。

 

 

(…え、ある?)

 

『反応がおかしいだろ』

 

 

 どうやらジョーカーも普通なようだ。大丈夫、男の涙ほど見苦しいもんはないから忘れといてやるよ。しかし睨め付けられた。おうおう、理不尽な性格してやがる。

 

 でも不思議だ。感情が普通にあるということが不思議だ。言い方がおかしいだろうが、ちゃんと思考してるんだ。

 

 考えていれば、不意にローが喋った。ロシーは殴られて冷静さを取り戻したのか、ローに刺さってる糸を抜いてる。悪かったな…。

 

 

 

 

「お前は、愛されてるんだよ」

 

 

 

 

 真っ直ぐな瞳で、そう言う。

 

 

 

「…愛?」

 

「お前は愛してばっかで見てねぇだろうが、ちゃんと愛されてるんだよ」

 

「……!」

 

 

 

 あぁ…そうか。ずっと…ずっと感じていた温かさは………愛、……だったのか。

 

 

 

「人間が誰しも誰かからは愛されてるように、お前もファミリーの仲間やお前の家族、お前の守った存在から確かに愛されてるんだよ。それを見ないで突っ走ってたお前は…本当に大バカだよ」

 

「……うっせェ」

 

 

 

 …ずっと、見えていなかった。いや、きっと恐れていた。

 

 

 家族に___ロシナンテに拒絶されて、誰かに愛されることが怖かった。家族という存在が、自分にとっては無二のものだったから余計にだ。

 

 愛されるなら愛した方がマシだ。一方的に押し付けて……そんなのただの自己満足じゃねェか。

 

 母上や父上が三途の向こうで愛されてるって言ってたのに、それでも気付かないで…とんだ愚者がいたもんだ…。

 

 

 

「……ごめん」

 

 

 

 尚もごめんと、誰かに謝っているのか分からずに言う。

 

 自分の理想を追い続けて…愛を見て見ぬフリをして………そんな奴が理想云々なんてバカじゃないか。自分も大切にできず、他人さえもろくに見れていない奴が世界を変えるなんて………確かに大バカだな。

 

 

 涙は出ないけれど蹲るおれに、ロシナンテと肢体の自由が戻ったローは笑いかける。眩しい、太陽の笑みだ。

 

 

 

 

 

「ドフラミンゴ」

 

「兄上」

 

 

 

 

 

 そう言ってロシナンテはおれの肩を持ち、ローは倒れていた男の肢体を持った。あ、そういやまだモネの分殴っていない。

 

 そう思いながらローを見ていれば、不意にロシナンテを刺した男に視線が移る。おれが男を心配していると思ったのか、ローが口を開く。

 

 

「コラさんを刺した時、一瞬瞳に光が戻った。直ぐに戻っちまったが、こいつは強靭な精神を持っている。きっと、大丈夫だ」

 

「…そう、か」

 

 

 そう言い戻ろうとした所で、右腕が肘からないのに気付いた。いけね。

 

 

「ちょっと忘れ物したから先に行ってろ」

 

「ドフィ…」

 

「大丈夫だ、死なねェよ」

 

 

 子犬みたいにウルウルすんなロシナンテ。後でめいいっぱい兄上が甘やかしてやるから。

 

 久しぶりの弟にデレデレな顔でクセ毛の頭を撫でていれば、おれの様子に大丈夫だと判断したのか、二人は先に歩いて行った。

 若干ロシナンテにウゼェな顔をされた、あの天使ロシーはどこに行った…!!

 

 そう言ったらさらに引かれた顔をされる。兄上のSAN値はもうないぞ…ハートブレイク……。

 

 

 冗談はさておき忘れ物というか、おれの腕という名の肉片を持って来なければ。このままじゃ生活に支障を来す。後でローに治させないと…。

 

 

 

 

 

「…ぁ」

 

 

 

 ハムみたいになり散らばっていたおれの肉を拾おうとした時、そんな小さな声が聞こえた。何だと思い潮の香る方に近付けば、黒いローブを纏った人間の姿。

 

 顔は隠れて見えないが、首には赤黒く変色した異様な絞め痕がある。これジョーカーが絞めてた人間……ん?黒い()じゃなくて……

 

 

 

 

 

「女……」

 

 

 

 

 

 やはり夢の中で本体を攻撃すればダメージを受けるタイプだったか。多分能力が切れて、現実に戻っているんだろう。にしても思念で男にしていたとは…。

 

 フードの下を捲って見ようとしたのと、ジョーカーの避けろという怒鳴り声が聞こえたのは同時だった。

 

 

 

 突き飛ばされて、浮遊感に襲われる。反射的に糸を出そうとしたが、右手が無いんだった。

 

 そしてそのまま衝撃と共に一緒に落ちて来たのは、触れようとした女だ。勢いの余り自分も落ちてしまったのか、それとももうどうでもいいのか。

 

 風圧で気になっていたその容貌が知れる。

 

 

 

 

 

 

 

「本当は世界なんかどうでもいい。お前を殺せれば、それでいい」

 

 

 

 

 

 

 あぁ、そういうことか。随分意地汚い事を運命は仕組みやがる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんな、お嬢さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 回りきらない頭でその身体を蹴り飛ばして、女の肢体が崖の上に落ちたのを見届けた瞬間冷たい感触に包まれた。

 

 

 

 ゴポリと息が漏れる。

 

 悪いなジョーカー、マジで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 _____おやすみ、妖精さん。

 

 

 

 

 

 そんな声が、聞こえた気がした。




【×××】


×××の母は薬物にまみれて、最後は家のゴミと一緒に混じって死んでいた。そんな母でも×××は大好きだった。


母が死んだ時、×××はウジが湧きハエが集る死体の隣で瞼を閉じ、世界の全てに毒を吐いて眠りに着いた。








こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界






ぶっコワれちまえ






そうすると、夢の中でまん丸いお月様が出てきて、少女に力を与えたのです。





『コロ シ ましょ
コロ シシ ま、しょ』





×××の運命はそこから終わり、始まったのです。














「お母さん、恨みを果たせたよ」





そう言って、女は自分の心臓に包丁を突き立てた。







今度は本当に、彼女は夢を見られるだろう。


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ゴポ

二匹は一緒に、暗くて狭い水槽の中に閉じ込められて泳いでる。



溺れたけど、誰にも引き上げてもらえず闇に沈んでいった紅い魚。

溺れたけど、誰かにその手を引き上げてもらった碧い魚。



一緒に泳いでる。一緒に、一緒にぐるぐる、ぐるぐる泳いでる。





疲れた二匹はいずれ、骸と化して、ただ沈んでいくんだろうか。けれどきっと、一緒に沈んでいくのだろう。






溺れて


溺れて



溺れて














でもやっぱり魚の死体は浮かぶから、そこらでプカプカ浮かんでいるのだろう。


 情熱の国、ドレスローザ。

 

 

 城から覗く民衆たちの平穏な様子を眺めながら、ヴィオラは深く息を吐いた。

 そこに現れたのは今は亡き彼女の姉、スカーレットの娘であるレベッカ。

 

 お土産を持ってきたのと言った彼女が背負っているのは、自分の背丈よりもあるドでかい魚だ。

 

 

「あんまり無理させちゃダメよ、キュロスのこと」

 

「はーい!」

 

 

 チャンドーラがドレスローザを襲った際、敵に操られていたキュロス。長年能力によって悪夢に犯された精神は当初、知り合いのヴィオラでさえ拒んだ。

 

 

 唯一彼が認識したのが、娘のレベッカだったのだ。

 

 

 レベッカはヴィオラとの戦いの後、真実を知った。恨んでいた元国王への気持ちは揺らぎ、今ではすっかり内にあった殺意は形を無くし、機会があれば謝りたいと切に望んでいる。

 

 現在は失くしてしまった親子の時間を埋めようと二人で世界各国を旅している。

 

 その甲斐もあり、段々とキュロスも総合的に見れば精神が快調に向かいつつあるものの、それに伴い、真実を知った精神はまた苦しみの中で苛まれるなど、一進一退の状態ではある。

 

 

 また失ってしまった片足は、以前シーザーが所属していた医療機関の協力を得て作られた、最新技術の義足が付けられている。

 

 若干室長を務めるモネの独特なセンスを感じるデザインではあるが。

 

 

「…お姉様も、幸せになっていいんだからね」

 

「……レベッカ…」

 

 

 憂いを見せるヴィオラにウインクし、レベッカは次のお土産も楽しみにしていてと部屋を出て行く。

 ピチピチと床の上を跳ねる魚の横で、ヴィオラは苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 あの後チャンドーラは壊滅した。また闘技場で行われた麦わら一味対ドンキホーテ海賊団の戦いも、最後は全員で乱闘するバカ騒ぎになり、敵味方関係なく飲めや歌えやの大宴会と化した。

 

 シリアスモードだった彼女からしてみればかなり気が削がれたが、これもいいものだと笑みをこぼした。

 

 

 モンキー・D・ルフィ。

 

 現在最も海賊王に近いとされている。あの時感じた既視感、それはあの人と同じものだったのだと思う。

 

 海賊王としての器。男に着いて行くことは終ぞ叶わなかったけれど、彼女にとってファミリーと共に過ごした憎しみと愛に焦がれた日々はとても輝かしいものだった。

 

 今も時折ファミリーのメンバーが来る。自分たちの家族だと尚も言う彼らに、思わず微笑んでしまう。

 

 男はヴィオラがスムーズに王女になれるよう、自分の元に国民から不信感が湧くように仕組んでいたが、それは全く功を奏さなかった。

 

 国民は王の性格を大いに理解していたのだ。

 

 リク国王とはまた違う形のカリスマタイプだった王、その例は今も尚良き君主のカタチとして挙げられる。

 

 

「何してるの、ヴァイオレット」

 

「……あら、シュガーじゃない」

 

 

 隠れていたデスクの下から出て来たのは、シュガーという赤ずきんのようなオモチャ。

 

 どうやらファミリーの一員らしく、ヴィオラを守るためにいるらしい…というのは本人談で、居心地がいいから居候しているのではないかと彼女は推測している。

 

 それと時折誰かの姿を探すように、王宮内をうろちょろしている。

 

 ペッドボトルほどのサイズしかないシュガーが、誰かとぶつかって壊れたら大変だと注意しても、それだけは言うことを聞かない。

 

 

 でも共にいて悪い気はしないし、時折来る刺客もシュガーが直ぐにオモチャにしてしまう。また能力者であることも、その能力の内容も知っている。

 

 だから自分も覚えていないのだ。

 

 まぁ騙していたとしても、このまま共にいていいと思うほどには良く思っている。

 

 

「なぁーんで隠れてたの?珍しい」

 

「ちょっとあの人にフルボッコにされた記憶がね…」

 

 

 そう言い遠い目をする。吹きながらヴィオラは再度外を見つめた。

 

 

 

 

 数年前、彼女は王女として即位した。

 

 一部からは反感はあったものの、その手腕を発揮し見事に混乱状態にあった国を立て直した。

 今でもドンキホーテファミリーとは交流がある。

 

 彼らはその後革命軍と組み、天竜人の地位剥奪を目指し動き出した。

 例外としてモネといった一部の者は、己で見つけた別の道を歩んでいる。

 

 

 ファミリーと革命軍の間で何かの取引があったのはヴィオラも知っているが、トップシークレットのため、その内容までは知らない。

 

 だが驚いたのはそれだけではない。何と世界会議で天竜人の半数が今の国家の在り方に異議を唱えたのだ。

 

 そこから急速に高まった人間化に反対する天竜人へ向かった反発や、世界政府への異論。

 

 

 そしてそれは数年後、天竜人の『人間宣言』を通し、より苛烈さを増した。

 

 

 それに準じ革命軍やドンキホーテファミリー_____それだけじゃない、九蛇海賊団や麦わらの一味、ハートの海賊団など多くの海賊たちが動いたのだ。

 その他には海軍から動いた者もいた。

 

 

 現在、天竜人の地位は完全に消滅した。一部の者は貴族として残っているものの、多くは反乱を起こした庶民の人間たちによって殺された。今まで行ってきた非道さが彼らに返ったのだ。

 

 残るは世界政府、それさえもかなり大きなぐらつきを見せている。もしかしたら自分が生きている内にさらに大きな変革が始まるかもしれないと、彼女は一国を統べる王女としてその行く末を真摯に見つめている。

 

 

 

 

 

「……ドフィ」

 

 

 

 

 

 世界を変革に導く礎を築いた男と言っても過言ではない。表に語られることのない、裏の存在。

 僅かな人間が知っているその優しさ。大半のものは男を悪という。

 

 彼女は男の優しさを知る数少ない中の一人だ。

 

 

 チャンドーラとの戦いの後、血相を変えた海軍将校が大参謀おつると話していた会話を聞いた瞬間、彼女の足は話に上がっていた場所へと向かっていた。

 

 

 

 男の失踪、そう言っていた。

 

 

 しかし大半は現場の状況と男の精神状態から自殺だろうと決めつけた。

 混乱状態のまま、チャンドーラの大将を操って刺殺させた後、海に飛び込み入水。

 

 能力者が海の中に入れば、そのまま浮き上がって来ることはまずない。溺れて、そのまま死ぬのみだ。

 

 しかし彼女は死んでいないと思っている。それを肯定したら、今の自分はもう歩めなくなるからと。

 だから死んではいないと信じて、今日も広大な海を見つめる。

 

 

 

 

 

「……帰って来なさいよ…バカ」

 

 

 

 

 

 今日も海は、穏やかに凪いでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 海軍本部にて、バタバタと駆ける足音が響く。

 

 その様子に孫を慈しむような視線を送るのはセンゴクだ。少女はそのままセンゴクの腕に向かってジャンプした。

 

 

「おとしゃんどこー?」

 

「ロシナンテは仕事に行ってるよ。ほれ、おかきだ。食うか?」

 

「食うーー!!じいじ、だーい好き!!」

 

「おーそうか、そうか」

 

 

 デレデレである。

 

 人によってはあのセンゴクが…と思うだろう。その一人であるおつるは遠い目をしていた。しかしシャツをちょいっと引っ張られ、直ぐに足元に乗る少年に視線が戻る。こちらもこちらで本人は無自覚だが、デレデレである。

 

 

「おつるさん。ご本…よんでください」

 

「しょうがないねぇ、どれが読みたいんだい?」

 

 

 これと少年が指したのは料理本。若干チョイスがおかしいと思ったものの、意に介さず読み始めた所に扉を蹴破る音。

 センゴクは少女を抱いたまま躱し、おつるは悲鳴を上げた少年を側に置き、見事な蹴りを放った。

 

 吹っ飛んだそれに顔面から当たったのは、犯人である中将の男。もうすぐ大将になるのではと噂されている。

 

 

「またあんたかいロシナンテ!!何回も言ってるだろ、蹴るなって!!」

 

「ご、ごめんおつるさん…でっ、でも、大変なんだよ!!」

 

 

 あ?とドスを効かせながら泣き喚く少年を抱きしめ、拳骨を食らわす。大体ここは託児所じゃないんだよとため息を吐いた。

 

 

「父上…」

 

「おとしゃーーん!!」

 

「ぐえっ」

 

 

 猿のようにジャンプし、倒れている男の上に乗りトドメを決めた少女。

 

 容姿はロシナンテに似ているが、目付きは海兵の奥さんに似ている。性格はやんちゃ化した兄上のようだとロシナンテは語っている。

 

 

 もう一方、心配そうにおつるの腕の中からロシナンテを見つめるのは、少女の双子の弟。

 

 容姿はまるっきり兄上(ロシナンテ談)に似ているが、性格は子供の頃の自分と似ていると(これもまたロシナry)言う。

 

 双子は今年で4歳、つまりやんちゃ盛りである。弟の方は殆ど大人しいが。

 

 

「そういや何をそんなに焦ってんだい」

 

「あ、あのな……二人とも驚かないで聞いてくれよ」

 

 

 あまりの緊迫具合に、歴戦を積んだ二人も緊張する。

 

 

 

「六つ子なんだ」

 

 

「「……は?」」

 

 

 

 名前はどうしようだのと悩む男に、二人はぽかんとしたままだ。six?Ⅵ?

 

 

「だぁーかーらぁ!!次産まれんのが六人てこと!ローが言ってた!!!」

 

 

 そりゃあさぞニートな六つ子…と思った所で、漸く思考回路が追い付いた。

 悩むロシナンテの隣で、これまた真剣に悩み始めたセンゴクを横目で見ながら、おつるは目を細める。

 

 あぁもうそんな時が経ってしまったのかと、子供たちを見ながら呟いた。それを耳にしたロシナンテも娘を抱き上げながら、おつるを見る。

 

 

「おつるさん…」

 

「あのガキはどこでフラフラしてるんだろうねェ…」

 

「…兄上は…案外そこら辺にいるよ。自分で死ぬ人じゃないから」

 

 

 この世に新しい海賊王が誕生し、政府は代替わりを迎えようとしている。

 次の時代が到来しようとしているのだ。感慨深いと目を瞑った。

 

 

「おとしゃんおなか空いた!!」

 

「父上…」

 

「よし!仕事も終わったし、メシだメシ!!」

 

 

 二人を抱き抱えたはいいものの、見事に転んだロシナンテ。双子は年齢に見合わない身体能力の良さを発揮し、体操選手ばりに華麗に着地した。

 

 

「…そういうとこは似てないんだね…」

 

「いってェ〜〜」

 

「うえっ…おとしゃ、おとしゃん……死んじゃ、やだぁ」

 

「ち、ちちうえ……ぐすっ」

 

 

 父を心配し泣き出した二人を抱き抱え、今度こそ転ばずロシナンテは出て行った。三人に手を振りながら、おつるは未だ六つ子の名前を真剣に考えているセンゴクに、呆れたように息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 

 そこは、北にある小さな小島。

 

 

 

 

 

「お前のトーチャンって昔海賊だったんだろ!!やーい、海賊の息子ー!!」

 

「父さんをバカにするな!」

 

 

 そう言われいじめっ子たちに殴られているのは、黒髪の子供。

 

 やーいやーいと子供を貶す言葉が続く。

 普段なら大人が止めているが、運悪く町外れの空き地にはいじめっ子と黒髪の少年以外誰もいなかった。

 

 子供の父は、医者のいないこの小島に住む人々にとって大変に尊敬されている。治療後礼を言われるのが苦手なのも分かっているため、人々は敢えて口にしないが感謝していた。

 

 

「ほら、カエルやるからお前の口でカイボーしてみろよ!」

 

「離せ!!」

 

 

 少年を羽交い締めにし、口の中にカエルを突っ込もうとするいじめっ子たち。涙を堪えていた子供もついに瞳を潤ませた。

 

 土っぽい匂いと共に、あともう少しで招かれざる緑の小動物が口の中へ入ろうとした時、低い声が聞こえた。

 

 

「何してやがる」

 

「何だよジャマすん……」

 

 

 怒ったままいじめっ子たちが後ろを振り向けば、そこには身長の高い男がいた。パーカーの帽子を被っている上高い身長が影を作っていたため、その容貌はよく分からなかった。

 

 だが突然現れた男_____子供たちの身長からすれば巨人のようなデカさの人間に、一斉にいじめっ子たちは逃げ出した。

 

 

「ご、ごめんなさいぃいいい」

 

「ぎゃあああぁぁぁ」

 

 

 すっ転んだり、壁にぶつかりながら悲鳴を上げて逃げていく子供たち。黒髪の少年は呆然としながら、その様子を見つめた。しかしハッとして男の方を見やる。

 位置が変わり、見えた瞳はオッドアイ。不思議なそれについ魅入った。

 

 男は子供の身長に合わせるように座ったが、それでも幾分か高い。

 

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん……おじさん、ここの人じゃないでしょ?」

 

「…まァな、ちょっと訳ありでな」

 

 

 訳あり?そう言う子供を無視し、少年の腕を持ち上げ傷がないか調べた。特に大事に至るケガは無さそうだと判断し、一息吐いた。

 

 少年は父親に似た頭の良さで、何故見知らぬ男がここにいるのか考えを導き出す。

 

 この島は基本あまり外から人間はやって来ない。少年の父親の能力をいいように利用とする輩が多いため、隠れる意味合いもある。

 

 海賊王の知り合いというだけで、命を狙われるのはもうこりごりだと言っていた。

 それでも時折昔の仲間という人たちが、やってくるのだけれど。

 

 その中の少年が大好きなシロクマよりも、目の前の男は高い。首が痛くなりそうだと場違いに思う。

 

 

 何より男の雰囲気が父親と同じものを感じさせるのだ。血の道を歩んで来た者の匂い。

 

 この人は海賊で、父に会いに来たのではと考えた。でも悪い人じゃないと、子供のシックスセンス的勘が己に言っている。敵じゃないのなら…

 

 

「もしかして父さんの友人?」

 

「友人……友人…………ではないな」

 

「じゃあやっぱり父さんの能力目当ての人間…?」

 

「いや、忘れ物を取りに来た知人ってとこだ。………あ、何だよ?」

 

 

 そう言うと男は空中の一点を見つめ、何かと話し始めた。「折角記憶を取り戻したのに」だの、「久し振りに顔見てェ」だの言っている。

 

 精神的な病気なのかもと一人思いながら、少年は外が暗くなりつつあるのに気が付いた。

 

 

「帰らなきゃ。父さん怒っちゃう」

 

「…あ?悪かったな、送り届け……アァ?だから何だよ、そんなに会うの駄目かよ」

 

 

 今度は何かと喧嘩し始めた男を尻目に少年は歩き出した。暗いのは苦手だ、夜は幽霊が出るし。一応と思い、後ろを振り返る。

 

 

「おじさんも来る?今日は休診日だし、父さんうちに居るよ」

 

「…いやいい、また後で行く。ちょっと話が長くなりそうだからな」

 

「分かった、バイバイ!」

 

 

 少年が手を振れば、男も手を振った。ふいに男の視線の先にいる何かが見えた気がして、怖くなり一気に駆け出した。

 

 そして家に帰ればやはり電気が点いていて、暗い診療室を横切って父の書斎の扉を開けた。

 

 何か書き物をしながらコーヒーを飲んでいる父の背中を見て、もう大丈夫だと安心する。ただいまと声を掛ければ、気が付いたのか淡白にお帰りと言い、優しく頭を撫でられた。

 

 同じように棚の上にある、キキョウの花が生けられた花瓶の後ろの写真にもただいまと告げ、走って熱くなった身体を少し冷やそうとジャンパーを脱ぐ。

 

 

「ねェ聞いて父さん。オレ幽霊見ちゃったかもしれない」

 

「…俺は科学的に証明できない物体は信じないタチだ」

 

「えー」

 

 

 母さんの幽霊だったら絶対信じるクセにと思いながら暖炉の前であったまっている内に、そう言えばと声を漏らす。

 

 

「変なおじさんがいたんだ。その幽霊?っぽいのと喋ってたんだけど…」

 

「そりゃあ変質者だな。…お前そういう人間見ても絶対ホイホイ着いてくなよ」

 

「人をバカみたいに言うなよー」

 

 

 ぶーと口を尖らせ、コート掛けに向けてジャンパーを投げれば掠りもせず壁に当たって地面に落ちる。それに余計ぶすくれた少年は笑った父の背後を睨め付けた。

 

 すると父が振り向き、空になったコップが向けられる。淹れて来いとのことだ。

 

 息子への扱いがぞんざいであると少年は頰を膨らませつつ、意趣返しだと横腹に頭からタックルして、落ちかけたそれを華麗にキャッチし扉に向かう。不意打ちに呻いた男も直ぐに仕事に戻った。

 

 

「あーでも…おじさんの目…海みたいに綺麗だったなァ…」

 

 

 その言葉を言った瞬間、何かが落ちる音がした。父さんの羽ペンだと少年が気付く間もなく、肩を掴まれる。

 

 

「目って…もしかして碧っぽい目か!?右目が……」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いてよ!」

 

「行くぞ!」

 

 

 は?という少年の言葉は無視され、手から滑り落ちたコップの割れる音が耳に響く。

 ただ視界の景色が前から後ろへ急速に流れて行くのをぼんやりと見つめた。

 

 この父の偶に出るこういう乱暴な所が嫌なんだと思いながらも、何かあるのだろうと口を噤む。実際少年自身にも似た気質がある。

 

 

 父曰く「D」の性質らしい。

 

 その隠し名の意味を少年は知らないけど、海賊王や父と同じ「D」を自分が持っていることは、少年の誇りだったりする。

 

 

 少年は父に不思議な男に会った場所を教え、空き地に抱えられたまま着いてみれば、一服している男がいた。

 

 

「…お、もしかしてローだよ…」

 

 

 男の言葉が言い終わる前に、少年の父___ローの拳が男の顔面に向けて放たれた。しかし空中で何かに巻きつかれたようにその一撃が止められる。

 

 

「どこ行ってたんだテメェ!!どんだけの人間が…」

 

「そう言うなよ。思い出したのはほんとつい数日前なんだからよ」

 

「は!?」

 

「ほら、世界には似た人間が三人居るって言うだろ?ロシナンテと似てる子供に釣られてよ、(あまつさ)え顔面ぶん殴られた」

 

 

 ロシナンテ、その言葉は少年も知っている。数年前に大将になった人だ。家族ぐるみで仲のいい家のドジっ子なおじさん。同い年の六つ子とは仲がいい。

 

 

「…コラさんの娘だ」

 

「へぇむす……………………ン?」

 

 

 時が止まったように停止する男。解かれた糸を確認したローは、男に一歩踏み出す。

 

 

「……取り敢えず話は後だ。積もる話もあるし、現状を色々説明してやる」

 

「フフフ、やっぱ最初にお前のとこ来て正解だったな。腕ないと不便でなァ……」

 

 

 腕とは、もしかしてホルマリン漬けされてるあの腕だろうか。あれなら父の書斎に今もある。医学的資料にしては腕だけというのも珍しいと思っていた。

 

 そう思いながら少年は二人の顔を見つめた。普通に喋っているだけなのに、何故かものすごく切ない気持ちになった。

 

 母親が海賊に殺された時も、こんな気持ちだった。

 

 

「……色々、変わっちまったな。天竜人のクソ共の中にも確実にこの手で殺したい奴はいたんだが………ったく」

 

「…お前は変わってないな……あん時のまんまだ。記憶が戻る前の記憶はあるのか?」

 

「残念なことにない、海に落とされて以降な」

 

「…やっぱ、自殺じゃなかったんだな」

 

 

 そのローの言葉にどうやらツボったのか、特徴的な笑い方で腹を抑える。

 

 

「フフ…言ってたんだよ、あいつらが」

 

「……あ?誰が、何を?」

 

「…いや、言ったら呪われそうだから言わねェ。でも、一度死んで……それからリスタートの人生なのは確かだ」

 

 

 そう言うと、男は空を見やった。満天の星の中に、黄金のまん丸が下界を見下ろしている。

 目を細める男に、ローは真っ直ぐな黒曜石の色の瞳を浮かべて言う。

 

 

「…一応、一番最初に会った代表として言っといてやるよ」

 

「ア?」

 

 

ローの言葉に、男は眉を顰めた。

 

 

 

 

 

「お帰り、ドフラミンゴ」

 

 

 

 

 

 それに一瞬目を見開いて、男は優しく照らす月のように笑った。

 

 

 

 

 

「……あぁ、ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴポ

 

 

 

 

 

 ゴポ

 

 

 

 

 

 ゴポポ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界はあなたを愛している

 

 

 

 故にあなたを殺すのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛を知りましょう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのために、わたしはぼくは殺すのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さぁ愛を知ったなら、歩き出しましょう

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして微笑むのです

 

 

 

 

 

 

 _____大いなる海のように、優しく照らす月のように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死んで、貴方は本当の愛を知る。



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行こうか

 長い間おれは世界中をフラフラしていたらしい。らしいというのはジョーカーから聞いた情報で、おれには記憶がさっぱりない。

 

 ジョーカーは何度か入ろうとしたようだが、身体に拒絶されたそうだ。そんな事が以前にもあったと聞いた。

 

 例えば黒い男…いや、黒い女に昔能力を使われた時、おれは恐らく暴走状態にあった。その時も精神を奪えなかったと聞いた。

 

 

「つまりアレか、おれは兵器状態でフラフラしてたわけか…うわぁ……」

 

『…いや、ガキみたいだったな』

 

「ガキィ?」

 

 

 見るもの全てに好奇心の目を向けていたと、言っていた。

 

 そいつの名前は●●●。

 古い資料にあった被験体にされた天竜人と奴隷の間の子供と一致している。

 

 その子供が時を経て目覚めたのではないかと言ったが、おれの言葉に首を振りジョーカーは違うなと言う。

 

 

『あいつはお前だ』

 

「……ハァ?」

 

『ガキが言っていた』

 

 

 あいつが作り出した人格がおれという事だろうか?いよいよ意味がわからなくなって来た。

 

 

『ガキは蠱毒にされて他の全てのガキを食ったと言っていた。ガキたちを食った●●●は、そのガキたちと混じった。●●●はユピテルという兵器が持つ思念の一体に過ぎない。全部総合したものがお前だと言っていた』

 

「ちょ、ちょっと待て、整理させろ」

 

『少なくとも●●●が実験材料の核となってたんだから、ユピテルの影響には多めに出てちゃあいたんだろうがよ』

 

「だァから、ちょっと待てって!……なんか頭が痛くなって来た…」

 

 

 あれか、色んな具材を入れて作ったのをラーメンというように、●●●が具材の一つだとしたら、おれはラーメンに当たると……なるほど。

 

 

「待てよ、おれマジで最初からアウトじゃねェか」

 

『フフフ、いいじゃねェか。お前はお前だ』

 

 

 あーそういう所ーお前本当そういう所だよ。おれに甘いんだよ畜生。

 というかなら●●●はなぜ今更目覚めたんだ。

 

 

『世界を見たかったんだと、お前が変えた世界を』

 

「………」

 

『一通り見て、もう十分愛されたから死ぬって消えたよ』

 

「……??おれ生きてるけど」

 

『あぁ死んだな。だからお前は残りカスだ』

 

「……んん?」

 

 

 よく分からんがおれは置いてけぼりにされたってことか?別にいいけど。つまりユピテルはもう消えたってこと…だよな?

 まぁもうこうなった今どっちでもいいけどな…。

 

 

『だから後は、お前の道を進んでくれと、そう言っていた』

 

「おれの道って……」

 

『お前の道は、ガキどもの道でもあった。後はもう好きに生きて死ねってことだろ』

 

 

 好きに…か。まぁ釣られて目覚めてから少ししか経ってないが、天竜人が無くなったのはもう分かる。クソだ、おれがこの手でと思っていたのに。

 

 …本当、全部途中で台無しにされた気分だ。

 

 

「……何のために、歩いて来たっていうんだか…」

 

『お前、そしてガキども。後は他の人間たちだろ』

 

「ジョーカーが正論を言っている…」

 

『ア?』

 

「何でもないです。…つまり生きろってことかァ…」

 

 

 現実に意識はなかったが、ずっと海の上で月光を浴びせられながら漂っていた。光源が月しかない世界は異様で、耳にはいつも波の音だけだった。

 そこでずっと、囁く声がした。

 

 呪いの言葉ではなかったんだろうが、思い出すと少し背筋が寒くはなる。

 

 体温さえない。永遠のような、一瞬のような……気付けば少女にぶん殴られてたんだから笑えない。

 

 

「…ごめんな、勝手なマネして……あの時、黒い女を助けて自分だけドボンしちまって……」

 

『……気にするな。…それでも悔やむんだったら、最後まで生きろ』

 

「……おう」

 

 

 嘘だ。あんた割と甘くなったもんな。最後の方はおれだけじゃなくて、バッファローやベビー5が泣いてた時も眉が動いてたし…。

 

 それに二度と泣きはしないだろうが、間違えたらずっとこの世をよく分からんバケモノの隣で、彷徨う羽目になっていたかもしれないんだ。

 

実際幽霊の奴が死ぬのか、そこら辺は知らないけどな。

 

 

 ジョーカーの罪の重さは、長年生きて来た中で多少垣間見れたが、それでも相当重いものだ。許されるわけがない重さのそれを償うには、どれだけの痛みを味わなくちゃいけないんだろうな。

 

 きっと今の奴は、罰を受けてる最中なのだろう。

 だから肝心な所で手出しさせてもらえなかったんだ。

 

 …おれも、きっといずれ犠牲にしてきた命分の罪を味わっていくのだろう。それが来世か今世かは知らないが。

 

 

「…そういや、黒い女はどうした?」

 

『死んだ』

 

「………そ…っか」

 

 

 

 …死んじ、…まったか。

 

 殺されたのか、はたまた自殺か…。まぁいずれにせよ、本当に死んでしまったのだろう。

 ……墓標ぐらいは、立ててやろう。

 

 

 

 

 おれの罪の象徴として…刻まなければならない。

 

 あぁほんと、……遣る瀬ねェ…。

 

 

 

 

 

 どれくらいそうして落ち込んでいたかは知らないが、堤防の上で抱えていた頭を上げれば、目の前に海が広がっていた。

 どこまでも広大で、おれなんてちっぽけだ。

 

 

 …そうだ、おれのした事が決して無駄じゃあないんだ。おれの意味は確かに果たせたはずだ。天竜人の野郎どもも今頃あの世で懺悔して…なさそうだな。

 

 

「豚どもはどんな風に死んでったのか見てみたかったな」

 

「どうせ公衆の面前で拷問だろ」

 

 

 そうだよな、恨みってのは末恐ろしいもんなァ…。

 …くよくよしてもしょうがあるまい、今はまた新しい事でも始めよう。

 

 そういやジョーカーはあの言葉を聞いたのだろうか。

 

 

「“世界はあなたを愛してる、故にあなたを殺すのだ”……知ってるか?」

 

『何だその病んだ女が言いそうな台詞』

 

「知らねェならいいや、よし!行こうぜ」

 

 

 何だそれはと怒るジョーカーは無視して今は腕探しだ。利き腕がないのは面倒だ。泳げないが、あるとないとじゃ全然違……

 

 

「そういやおれ何で溺れてたんだ?少女に助けられて「死ぬなァ!」って言われながら殴られたのは覚えてるが」

 

『…お前があのガキに懐かれて、一緒に魚釣りに付き合ってれば落とされて溺れて…だ。これ以上聞きたいか?』

 

「…いや、いい」

 

 

 あー…●●●の最後も散々だな。でもまぁ楽しめたのならいいだろう。自分の外見年齢が変わっていないのも多分…兵器状態だったからか……恐ろしいな。

 

 一先ずローのとこだな。あいつなら誰よりも冷静に物事を判断できる。腕を持ってる確率が高いのも奴だ。

 だが普通にローのところ行ってくるじゃあジョーカーが納得しそうにないな…ほら今も目を光らせてる。

 

 

『最初からローかよ』

 

「お前本当に目の敵にしてんなぁー…」

 

 

 どっちかというと自分の私怨の方が大きいだろうお前。ローはローでもジョーカーを失墜させたローじゃないんだからよ。

 

 まぁ、行くけどな。

 

 

 情報を酒場で集めてりゃあ色々出て来る出て来る。大体今はあれから10年後か。つーことはロシナンテが歳上…!?…いや、ロシーはロシー。おれの可愛い弟だ。

 

 

 モンキー・D・ルフィが海賊王になっていたり、ロシナンテが大将になっていたり…どうやら世界の変革は大いに進んでいるようだ。打倒政府を掲げる反政府組織もいくつかできているらしい。

 

 その最たるが天竜人を地に追いやる一歩を作った、革命軍とドンキホーテ・ファミリー。あいつらが元気そうで良かった。

 

 ただ今は活動を潜めているらしいが、そこの所が少し心配だ。

 もしかしたら…おれの事を待ってるのかもしれないが…そう考えると、胸が痛い。

 

 

「あー…」

 

 

 頭の中は一人に向ける謝罪文だけで校長の式辞より長くなりそうだ。

 

 だがしかし会ってしまえば頭は真っ白になるもので、その頭の中に飛び込んだおかえりの言葉に、返事を返す事しか出来なかった。

 

 青筋浮かべたジョーカーは、いつのまにか小さいローの子供を見ていた。

 

 当時のローより生意気じゃないというのは納得だった。あと目が死んでないっていうのは、こんなに印象を変えるんだな…。

 

 

 

 

 

 -----

 

 

「…死んだんだからって、死ぬ前の関係がなくなると思ったら大間違いだぞ」

 

「……」

 

 

 今椅子に縛り付けられ逆さに吊るされている。何があったって?ローの地雷を踏んだだけだ。手には海楼石、さてはお前ロシナンテから万が一の時のために貰っていたな。

 

 人がリラックスしてたのに意地悪いぞ。揚げ足取りやがって…。

 

 

 半ば家に強制的に引きずられていき、今までの事を聞いていたはずだった。いくら熱く言われてもおれにとっちゃ昨日の事と大差ない。

 

 話す内におれが出した“自由に生きる”という考えはローも賛同したが、仲間と会う考えに至り出た言葉。

 

 

「…行きたくねェ」

 

 

 行きたくない…正確に言えば、まだ心の整理が出来ていない。

 

 当たり前だ、あっちだって言いたいことはたくさんあるだろうが、おれだって混乱が大きいんだ。どうして消えたのかと追及されれば、確実に混乱する。

 

 

「お前らしくない」

 

「おれは元々弱いんだよ」

 

「弱くても、最初から逃げる奴じゃなかった」

 

「……」

 

 

 無気力というか、まだ精神が追いつけてない。あいつらに会って、その変化を見なきゃいけないと思うと…

 

 

「…もしかして」

 

「……何だよ」

 

「会うのが、怖いんだろ」

 

「……」

 

 

 ジョーカーが真面目そうに何か考え込んでいる。ローの現状推理を行なっているようだ。おれの気持ちを…もう少し鑑みてくれ…。

 

 しかし助け舟は来ない。

 

 

「怖ェよ、何もかも怖いよ。何をすればいいかも分からない。目指していたものがなくなって、……おれは、どうしたら…いいんだよ」

 

「……」

 

 

 歩くって言ったけれども、実際どう歩いていいかすら今はわからない。

 

 こちらに向く真っ直ぐな目から逃げるように隣を見る。そこには子供の頃のローそっくりな子供。唯一瞳の色が違う、母似なんだろう。

 

 思考も逸らしていれば、ジョーカーが口を開く。

 

 

 

『幸せになれば、いいんじゃねェのか』

 

(幸せって…)

 

『お前の幸せを見つけりゃいい。それでも無理なら前みたいに他人の幸せを考えて生きりゃいい。理由なんて、それこそ気持ち次第でいくらでも作れる』

 

(つくる…)

 

『例えばおれがお前に、おれのために生きろと言えば簡単だろ?』

 

 

 確かに簡単だ。でもそれじゃあダメなんだ。自分で生きる理由を見つけて生きなきゃ。

 自分で進んでこそ、それはより明確な形となって己の理想となる。

 

 ジョーカーはそういう事を言いたいんだろう。

 

 

「…ロシナンテや、ファミリーの仲間…おつるさんやドレスローザにも行きてェな。そんで、それから見つけても…遅くねェよな?」

 

「お前の好きにしろよ、ドフラミンゴ。でも…もう打倒世界はいいんだな」

 

「フフフ!…もう、おれの役目は終わったろうよ。それはきっとおれの役目じゃねェ。もっと若い世代の役目だ」

 

「……」

 

 

 ローは唇を噛んだ。様子からしてこいつはもう海賊を辞めている。ジョーカーも既に答えが分かっているようだし、おれも薄々勘付いている。触れるべきではないだろう。

 

 でもキキョウの花ってお前……意外にロマンチストだったんだな。

 

 いや…それよりも、今は礼を言うべきか。

 

 

「…ありがとな、代わりに進んでくれてよ。デカくなったな…本当」

 

「当たり前だろ…年の差が片手で数えられるくらいだ」

 

「まじかお前三十路か」

 

 

 笑っていれば笑い事じゃねェと頭を叩かれた。ぐぇ、脳が揺れる…。というかそろそろ下ろしてくれ。血が上ってんだよ頭に。

 そして下された序でに腕も付けてもらった。何か薬品臭い。

 

 手を握ったり糸を出したりしたが問題なさそうだ。

 

 

「一応防腐してたからな。というか何で動かなかったんだよ、普通なら動くはずで…」

 

「だからおれは死んでたって言ったろ?だから動かなかったんじゃねェの」

 

 

 ジョーカーも●●●が能力は使えなかったと言っていたし、詳しくはおれにだって分からないが、そういうもんだと思うしかない。だって呪い云々でこっちは人間兵器になってたんだぞ。今更だろ。

 

 

「んじゃあ行くか、世話になったな」

 

「は?え、もう行くのかよ」

 

「人生いつ死ぬか分からねェからな。お前も怯えてないで好きなことやれよ」

 

 

 そう言って歩き出した。ローの子供…名前を知らないのでちびローと呼んだが、また来てねと言っていた。お前いい息子持ったな…大切にしろよ。

 

 

 

 

 

 街灯がポツポツ立っている道。照らされた部分は道路と壁を巻き込み歪な丸を作る。影と明かりを交互に踏みながら向かった先は船。別にパクったわけじゃない、ちょっと首に刃物当てて借りただけだ。本島に戻れば返す。

 

 

『次はどこ行くんだ』

 

「ロシーのとこ行っておつるさんにも会う。あとできれば子供たちにも。それとヴェルゴと……あぁもう多いな」

 

 

 繋がりが多いのはいいことだ。その分頭下げなきゃな…。

 でも怖さが少し軽減した今、それを一つの楽しみに思うのいいことだろう。

 

 感情があってこそ人間は世界を正確に見ることができる。感情がなければ、そこに映る世界に色なんてないに等しいのだろう。

 

 

「…?」

 

 

 潮の香りを運び、大きな風が吹く。凪いでいた波がざわざわと揺らめき、水面下には星々の中に混じって大きな光源が一つある。その本体を見ようと上を向けば、月がこちらを覗いている。

 

 小さなはずが、やけに大きく感じる。呑まれて頭から食われてしまいそうだ。

 

 おれの髪を掬って、より大きな風が吹く。

 ジョーカーは一瞬おれの事を見た後、空を仰ぎ見た。

 

 

 

「綺麗だな、世界って」

 

『…こんな理不尽な世の中なのにか?』

 

「人間がいなけりゃこの世界はもっと綺麗なんだろうな。でも、だからこそ人間がいるんだ。綺麗すぎちゃあ直ぐに壊れるからな。そうやってバランスを保ってるんだ」

 

『フフフ、バランスね』

 

 

 

 世界は壊れて再生して、また壊れて再生して_____そうやってサイクルしていくんだ。おれの行動なんて長い時間からすれば、本当にちっぽけだ。

 

 でも見方を変えれば大きく世界は変わる。短い人生でこれだけの事を成し遂げた。それは誇るべきだろう。

 そうやって人間や世界は不安定に___でも懸命に生きて行く。そんな姿をひっくるめて、美しいと思うよ。

 

 

 

「もっと見てみたいな、この世界を」

 

『急に海賊らしい事言い出したな』

 

「フッフッフ、だっておれたちゃ海賊だろ?』

 

 

 

 月に見られながら、海の中で死んで行く。そういう運命なんだろう。でもいいじゃねェか。

 

 

 

 

 

「進もう」

 

 

 

 

 

 世界は残酷で、しかし美しいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 ----

 

 ---

 

 --

 

 ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 大海原を進む船、そこに海軍が何隻も後を追う。

 

 ジョリー・ロジャーにはスマイルと眼帯が特徴的な旗。ピンクのコートと目立つサングラス。その隣には数年前から行方をくらませていたドンキホーテ海賊団のメンバー。

 

 鬼の形相で追うのは海軍大将のドンキホーテ・ロシナンテ。何故か隣にはセンゴクもいる。

 

 

「兄上クソ止まれェエエエエエ!!」

 

「フッフッフ、やだね」

 

 

 その隣にはコートにしがみつくロシナンテの子供の双子の弟。生存報告をと思い海軍本部に突撃で行ったものの、異様に少年が懐いてしまい離れなくなったのだ。

 

 男はしがみつく少年を見やる。

 

 

「お前いいのか?ロシナンテに怒られるぞ」

 

「…姉上は海兵になるって言ってたけど、ぼくは……ぼくは、海賊になりたい…!」

 

「お前見かけによらず根性あんなァ…」

 

 

 連れてってとごねる子供の隣では、幽霊がデレている。

 それに呆れつつ、男は少年の髪を梳いた。

 

 

「後悔すんなよ、死んでも知らないからな」

 

「…うん!ありがとう」

 

 

 男と幽霊はその姿に顔面を両手で抑え上を向き尊みつつ、笑い合った。

 少年は不意に思い、男の服の裾を引っ張る。

 

 

「船長は、どこに行くの?」

 

「おれか?おれはなァ…」

 

 

 一人一人、仲間の顔を見て行く。みんな年を取ったが元気そうだ。中には亡くなった者や増えた者もいるが、全員の意志はずっと船長の行く先のままにある。そしてそれは、これからもだ。

 

 

 

 

 

「見に行こう、この世界を。バカな奴らには容赦するな。甘い奴らにはとことん甘くしてやれ。おれたちは、自由なんだ。何にも縛られず生きて…このクソみたいな世界を謳歌してやろうじゃねェか

 

 

 さぁ、おれの事をバカみたいに待ってたテメェたちにやる、最後の問いだ。

 

 

 

 

 _____おれに着いて来たきゃ着いて来い。全部を委ねろ、おれがまとめて背負って_____愛してやる」

 

 

 

 

 

 それに応えるように雄叫びが上がる。その様子を敵の海軍までもが息を飲んで見ていた。

 

 

 

 

 

 海と月の間を飛ぶ鳥は、朧げに……でも確かに今日も、この世界のどこかを飛んでいるのだろう。

 

 世界を愛して、そして微笑むのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなあなたを、世界は見守っていることでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界はあなたを愛してる、故にあなたを殺すのだ。



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