転生者ですが、幽波紋使いで英雄目指します。 (僵尸)
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第0話 人生終了

皆様初めまして。僵尸と申します。
以前からハーメルンの方には投稿させていただいておりましたが、この度、僕のヒーローアカデミアの小説を書くことに致しました。

拙い部分もあるかと思いますが、よろしくお願い致します。






 

 

 

 

ここではない何処かにいらっしゃる皆様、どうも今晩は。

私、田中と言うものです。何処にでもいる普通の男です。忘れてくださっても構いません。

 

唐突ですが、人間の一生というのはつまらないものですよね。産まれて、成長して、学校に通って勉強して、やがて仕事するようになって、仕事して帰って寝て、朝起きてまた仕事行っての繰返し。

 

なんの変哲もない人生、本当につまらない。

別になにか事件が起きてほしいとか、そういうわけじゃあないんですがね?

 

ただ繰り返すだけの生活になんの意味があるのだろうかと、まあ度々思うわけですよ。労働が国民の義務だ、なんてのは当たり前のことですけどね。生きるために働くのか、働くために生きているのか、正直よくわかんなくなりますね。

 

 

まあでも、その()()()()が無くなってみると、当たり前な日常のありがたみというのが分かってきます。

当たり前に使っていた電子レンジが壊れたり、電車が止まったりとかすると、それがよーく分かる。急に不便になればそりゃ誰でも思いますよね。

 

だから皆様、今の当たり前を当たり前だと思わずに、日々感謝を忘れずに生きていきましょうね!

 

 

いや違う。そういう話じゃない。

 

 

あー、なんか自分で言ってて話が分からなくなってきた。やっぱり俺も混乱してるんだなぁ。

 

 

まあ、長々と関係ないような話をしましたけど、単刀直入に言いましょう。

 

 

 

俺、死にました。

 

 

 

 

『おい!誰か早く救急車呼べ!この人息してねえぞ!!』

 

『息どころか…オイオイオイ背骨折れてんじゃんかよ!!ダメだもう死んでるよこいつ!!』

 

 

 

なんかまた()が騒がしくなってきたので、ちょっと覗き込んでみる。

 

そこには、コンビニの入口に突っ込んだ状態の大型トラックと、その横に集まる野次馬たち。そして中央には、色々と駄目な方向に関節やらなんやらが曲がって潰れたコンビニの店員が転がっていた。

 

それが俺です。

 

どうやら表のゴミ拾いをしていたところにトラックがアクセルとブレーキ間違えて突進してきたらしく、正面にいた俺は呆気なく轢き殺されたらしい。

 

それで、当の俺は何故だか宙空からそれを見下ろしているわけで。現状色々と理解が追い付いていない。なんせついさっきまではゴミ拾いしてましたからね。生きてましたからね。

 

 

それにしても、どうしたものか。

 

死んだのは仕方がない。もう終わってしまったことだ、どうしようもない。

 

問題はここからどうするか、だ。

 

正直このままここにいても始まらない。だがどうしたら良いのかも分からない。何せ初めての体験ですからね。

 

 

〈――おお人間よ、死んでしまうとは情けない〉

 

 

何処に行くべきかと思案していると、不意に頭上から声が響いてきた。上に目を向けてみたが、そこには漆黒の空が広がるばかりでなにも見えなかった。

 

 

〈儂は神である。人間では認識することさえできゃ……できぬ〉

 

 

なんか、神を自称する何者かが語りかけてきたようだ。一体何用だろうか?

どうでもいいが、そこは噛んで欲しくはなかったなぁ。

 

 

〈何用か、とな?知れたこと。今の時代、『異世界転生』なるものが流行っているらしいな〉

 

 

え、まあそうだね。アニメとかでもそういうのあるらしいね。俺はそういうの知らないけど。

 

 

〈うむ、実は最近な、この世に人間が溢れすぎておるのだ。人口爆発というものだ。資源の消費量も増え、このままでは当初の予定よりも早く世界が終末を迎えてしまう。それはいかんのだ。そうなると上の創世案会議が荒れて、私の胃も……〉

 

 

なんの話かは知らないが、自称神がキャラ作ってることはわかった。

 

 

〈キャラではない!これはあれだ、会社とかでも他社の人間には礼節を弁えた態度をとるだろう!それだそれ!〉

 

 

うん、まぁはい。理解しました。

 

 

〈…ゴホン。つまりだな、人口が増えすぎたのだ。そこで、現世で流行りの異世界転生というわけだ。死んだ人間の魂を別の部署……別の世界に回して転生させることによって、この世界の人口を保つこととするのだ〉

 

 

この神様ちょいちょい素が出るな。

まあ話は分かりましたけど。つまりは俺を別の部署の管轄に回したい訳ですね?

 

 

〈部署とかいうな!雰囲気読め雰囲気!…だがそういうことだ。ただいまよりお前を異世界へと転生させる〉

 

 

いや、別にいいですそういうの。正直生き疲れたというか…。

 

 

〈いやいいとかそういうのじゃないんだよ。儂にもノルマがあるんだし!お前で今日のノルマ達成できるんだよ〉

 

 

何、神様ってそういう形式なの?あの世もこの世もそんな変わらないんですね、親近感わきます。

 

 

〈ほら、異世界転生だよ?なんかチート能力とか無双とか出来るかもよ?お願いしますよお客さぁん!ノルマこなさないと定時で上がれないんですよぉ!〉

 

 

キャラブレッブレじゃないですか。せめて統一してくださいよ。

 

 

〈ってあーもう時間がない!本当は要望とか細かく聞かなくちゃいけないけど、これは仕方ないなぁ!時間だもんなぁ!〉

 

 

おいちょっと待て。お前定時で上がりたいからって適当しようとかそういうんじゃないよな?流石にキレるよこっちも。

 

 

〈じゃあ転生させとくよ!なんか特殊能力的なのはこっちで適当につけとくから!〉

 

 

適当って言ったな!?言ったなお前!!

 

 

〈ではご達者で~~~~~!!〉

 

 

話は終わってなあああああああああああああ!!!?

 

 

 

強烈な何かに引っ張られる感覚を認識した直後、俺の意識は完全に無くなった。

 

 

 

 

 

 








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幼少期~中学生編 第1話 再誕、新たなる世界

 

 

―――あの出来事から、もう四年になる。

 

 

 

「みんなー!おはようございまーす!今日も元気かなー?」

 

『『『はぁーーい!!!』』』

 

 

「………はぁぁ。」

 

 

ここは塩ノ州幼稚園。

 

あの自称神とか言う正体不明の高次元生命体によって、この明らかに元いた世界とは異なる世界へと転生させられた旧姓田中は、今現在では幼稚園生だ。

 

 

「あれあれ?蔓岡くん、どうしたのかな?」

 

「…いえ、何でもないですよ先生。続けてください。」

 

「そ、そっかあ!元気ないから心配しちゃったよ!」

 

 

見るからに扱いづらそうなやつを見たように笑顔を引き攣らせる金髪ポニテの先生を尻目に、蔓岡…旧姓田中は再び溜め息を吐いた。

 

 

蔓岡(ツルオカ) 紫念(シネン)

 

 

それがこの世界における、この男の名前だった。

 

 

 

さて、話を進めるにあたって簡単にこの世界についての説明をしておかなければならないだろう。

 

 

ざっくり言うならば、ここはコミックのヒーローさながらのスーパーパワー(異能)を持って生きる人間が人口の八割を占める世界なのだ。

 

始まりは中国だか何処かで産まれた、光り輝く赤子だったらしい。

 

それを起爆点とするかのように、各地で通常の人間とは異なる性質を持ち合わせた新人類が誕生していくようになる。

 

これが『超常黎明期』の始まりだ。

 

後に『個性』と呼ばれる異能は、時代を重ねる毎に超常ではなくなっていった。異能も蔓延すれば、それはいつしか日常となる。

元いた世界の細菌やウイルスのようなものだ。何事も解明されれば超常現象ではなくなる。

 

 

そして『蔓岡』として男が再誕した時代では、第五世代と呼ばれるまでに『個性』は浸透していた。最早日常とは切っても切り離せない状態になっている。

 

 

そして更にもうひとつ。

『個性』の浸透に伴い、凶悪犯罪の発生率も増加した。

 

当然だ。力を持てば振り回したくなるのが人間と言うもの、それが破壊に誂え向きとなれば増長もするだろう。

 

『個性』を持つ存在は、主に三つのカテゴリーに分けられるようになった。

 

『個性』を不用意に使用せず日常を送る『一般市民』

 

『個性』を悪用し、他から全てを奪っていく『(ヴィラン)

 

そして、現代社会で最も脚光を浴びるひとつの職業。

 

『個性』を使用し、弱きを助け悪を挫く、人々の希望となるべき存在、『英雄(ヒーロー)

 

 

大体の人間がこのヒーローに憧れる。

これも当然だ。だって自身の力を存分に振るえる上に、尊敬されるし金も貰えるんだから、憧れるのも至極当然だ。

 

 

これが、大まかなこの世界の概要だ。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

「…あー……憂鬱だ。」

 

 

旧姓田中、現在蔓岡くんは、自由時間に周りでヒーローごっこをしている子供たちに交ざるわけでもなく、かといって何に関心を示すでもなく、ただポケットに手を突っ込んで雨の降りしきるグラウンドを窓ガラス越しに眺めていた。

 

 

「…何が悲しくて園児に逆戻りしなくちゃあならんのかねぇ……。」

 

 

享年26歳。精神年齢30歳。中身が既に三十路となった男には、現状は結構キツイものだった。まさに言葉の通りだ。

別に転生したいと願ったわけでもないのに、訳の分からない世界に飛ばされて、新しい両親の間に産まれて、今では幼稚園生。正直言って罰ゲームだ。

元の世界の、見た目は子供、頭脳は大人な少年探偵の気持ちが今ならばよく理解できた。

 

他の子達も彼を遊びに誘ったりはしない。この年頃の子供は、自分を楽しませてくれない存在には驚くほどシビアだ。なので、別に仲間はずれというわけではないのだが、皆からは一定の距離を置かれている。

 

 

「……。」

 

 

蔓岡は自分の両手を見詰める。小さくてつるつるの子供の手だ。

 

 

(はぁ……あの野郎、ほんとに適当な()()を付けやがった。)

 

 

蔓岡は、その()()の名前を呟く。

 

するとどうだろう、突如として、彼の腕から数本の植物の細い蔓が伸びてきた。まるで茨の蔓のような紫色のそれがウネウネと蠢く。

 

 

(これが俺の能力……あの吸血鬼曰く、()()()()()()()ものだが……まあ確かにそうだ。どうせくれるなら、人型のがよかったなぁ…。)

 

 

紫色の蔓を引っ込め、また溜め息を吐いた。

 

彼に与えられた能力にはモデルがある。元の世界で人気を博していた、とある漫画のなかに登場した能力である。

 

その名は『隠者の紫(ハーミット・パープル)

 

能力はある程度知っている。

直接戦闘能力は低く、本来の用途は念写能力を利用した索敵である。他にもまだあるが、それが使用できるかは分からない。なにぶん、この『個性(スタンド)』の真価は本体の能力次第で良くも悪くもなる。

 

 

「…まあ、癖の強いタイプよりは全然マシだけどな。」

 

 

視線を手から窓の外に戻す。相変わらずしとしと雨が降っている。

 

 

「けろけろ」

 

 

と、すぐ横から声が聞こえた。今度は横に目を向けると―――

 

 

「…こんにちは、蛙吹さん。」

 

「こんにちわ しねんちゃん」

 

 

いつの間にやって来たのか、自分と同じスモック姿の何処と無くカエルっぽい女の子が、楽しげな様子で窓の外を眺めていた。

 

 

「…いい天気だね。」

 

「そうね、あめはすき」

 

 

この腰辺りまで伸びた艶やかな黒髪とカエルっぽい顔が特徴の女の子は、蛙吹梅雨(アスイ ツユ)という同級生だ。『個性』が蛙なのが関係しているのか、雨の日になるとこのように窓の外を眺めて楽しそうにしている。

 

同年代の子供とはあまり仲良く出来ていない蔓岡だったが、この蛙吹とは比較的によく喋る。何故かはよく分からないが、一緒にいるととても落ち着くのだ。

念のため言っておくが、蔓岡に()()()()()()はない。この子は年齢のわりには落ち着いているし、精神的な波長が合うとかそういうことだろう。

 

 

「けろ、しねんちゃんはきょうもあそばないの?」

 

 

蛙吹は、自分達の後ろのスペースで行われているヒーローごっこの方を指差した。

 

 

「…俺はいいよ。こうして景色を眺めている方が楽しい。それに、ヒーローには興味ないし。」

 

「そうなの?」

 

「…そうなの。」

 

 

ヒーローというのは、他者のために自身の命を投げ出せる者がなるものだ。金銭目的ならば考えなくもないが、それでも、誰かのために力を振るうという高潔な生き方は、今の自分には想像がつかない。

 

 

「けろ わたち、ひーろーすき」

 

「…そうか。」

 

 

強くて格好よくて、笑顔で皆を救ってしまう。そんな漫画みたいなヒーローがこの世に存在する。だからこそ子供はヒーローに憧れる。蛙吹も、そんなヒーローを見てきたからこそ、ヒーローを好きだと言うのだろう。

 

 

「しねんちゃんも、きっとかっこいいひーろーになれるわ」

 

「…興味ないんだけどなぁ。」

 

「けろけろ」

 

 

ヒーローには興味はない。

だが、この女の子に言われると悪くないかもしれないと思えてくるんだから不思議だ。洗脳系の個性でも持っているのではないのだろうか?

 

 

「おえかきしましょ」

 

「…はいはい。」

 

 

蛙吹に腕を引かれて、成す術なく机に向かっていく。

どうもやはり、俺はこの子には弱い。

 

結局そのあと自由時間が終わるまで、俺は蛙吹と絵を描く羽目になった。その際、練習にと隠者の紫(ハーミット・パープル)の念写を応用して蛙吹の絵を描いたのだが、それが写真のように精巧過ぎるとのことで園の正面玄関に飾られることになった。名前つきで。

 

その後暫くは妙な目で見られることになるのを、今の蔓岡は知らない。

 

 

 

 

 




正直、誰をヒロインにするかで悩んでいましたが、結局サイコロ振って決めました。梅雨ちゃん可愛くて好きだったのでラッキーでした。


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第2話 時は流れて

あれから更に月日は流れた。

 

 

「ケロケロ、おはようしねんちゃん」

 

「おはよう蛙吹さん。」

 

「つゆちゃんって呼んで」

 

 

今現在、俺は塩ノ州小学校に通っている。年月が過ぎるのは早いもので、この前まで幼稚園生だと思ったらいつの間にか小学五年生だ。まるでジェット機の如く日々が過ぎていくのは、なんとも言えない感覚になる。

 

驚いたことに、蛙吹とはまだ付き合いが続いている。

正直他の同級生のように俺とは距離を置くんじゃないかと思っていたのだが、家が近かったからなのか、一緒に登下校するのは勿論のこと、学校でもなにかとペアで扱われることが多かった。

 

それと一年ほど前から、何故か「梅雨ちゃんって呼んで」と言われるようになった。今更変えるのも妙な気がしたので、何度言われても蛙吹で通している。その度に困った顔をされてしまうのだが、どうしたものか…。

 

 

「今日のじゅぎょうはテストだったわよね」

 

「あぁ、国語と算数ね。あと職員会議で半日授業だった。」

 

「しねんちゃんはよゆうね。昔からとっても頭がよかったわ」

 

「…授業を聞いていれば分かるからね。」

 

 

というか、授業以前に小中学校のテストくらいなら全然問題ない。何せ此方は三十路過ぎだ。簡単とか難しいとか、それ以前の問題なのだ。

そんな話をしながらてくてく歩いていると、学校に到着する。

 

 

 

それからは至って普通だ。

予定通りにテストを受けて、半日で学校が終わり、瞬く間に下校の時間となった。

 

 

「しねんちゃん、いっしょに帰りましょ」

 

「…ああ、そうしようか。」

 

 

今日も蛙吹に誘われて共に下校することになった。

…毎度毎度、周りの生徒からの生暖かい視線が気になるが、いつも通りなんでもないように教室を出る。

 

 

行きと同様に、帰りの道程をてくてく歩く。正直、午後からの授業がない分足取りは軽い。

 

 

「ケロ、しねんちゃん。よかったらあそびに来ない?お母さんも弟もよろこぶわ」

 

「ん、ごめん。今日はちょっと用事があってね。」

 

「そう…ざんねんね」

 

「…また今度誘って。」

 

「うん、じゃあわたしこっちだから」

 

「あぁ、じゃあまた来週。」

 

 

そう言って蛙吹と別れ、一人自宅へと帰っていく。

ここ数年で日課となった、用事を済ませるために。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

この世界は元いた世界とさして変わらない。

頻繁に『個性』が絡んだいざこざが起こるが、それ以外はほとんど変わらないのだ。

 

何故、今のような状態が保たれているのだろうか?

 

はっきり言って、この超人社会は危険極まりない。

世界の八割の人間が『個性』を持つということはつまり、個体差はあれど八割の人間が人を害することが出来る力を秘めているということだ。

言うなれば、八割の人間がナイフや拳銃を所持しているのと変わらない。『個性』の使用を制限する法律はあるのだが、大っぴらにそれを振り回す(ヴィラン)という輩も存在する以上、有って無いようなものだ。

 

この世界に転生して十年以上、ここまで色々な事があった。そのお陰で、漸くこの保たれた均衡の理由が理解できた。

 

 

()()。今この世界には一般市民の心の支えとなり、悪を抑えつける役割を担う柱が存在しているからだ。

 

 

更に驚くべきことに、その柱を担うのはたった一人のヒーローだった。

 

それこそが、『No.1ヒーロー、オールマイト』

 

人々から平和の象徴と謳われる彼こそが、この世界を支えている柱であるのは明白な事実。世界中のどこの誰に聞いても、最高のヒーローはオールマイトだと断言するだろう。

 

実際、俺もとある動画を視聴してそれを実感した。

 

 

大事故で崩壊した都市の瓦礫の山から、たった一人で数千人を救い出すという大偉業。業火に晒され、大勢の命運を背負っても尚、笑顔で人々を救い続けるその姿に、俺は思わず感動を覚えてしまった。

 

平和の象徴(オールマイト)、彼がこの世に存在するから世界の平穏が保たれているのは、揺るがぬ事実であった。

 

そして俺は、ふと同時にこうも思った。

 

 

この柱が消失してしまったら、世界はどうなるのだろうか?

 

 

――そう考えてしまったからこそ、俺の考えは大きく変化したのだろう。

 

俺には力がある。現時点で戦闘向きとは言い難いが、これからいくらでも成長の余地を残した『個性(スタンド)』。

個性(スタンド)』とは生命力を具現化したもの。そして、本体の精神的成長によって『個性(スタンド)』は強くなっていく。

つまり端的に言うならば、俺の『個性(スタンド)』は更に強く進化することが出来るのだ。

 

誂え向きの力を持って生まれ変わったのならば、それを人々のために使ってやろうと。()()()()()()()()()()()()、本気で思うようになっていた。

何を馬鹿なことをと、昔の俺が聞けば鼻で笑い飛ばすだろうが、今の俺は至って真剣だった。

元々俺は力の無かった人間だったのだ。あんな格好いい勇姿を見せられては、憧れるなという方が無理だろう。

 

 

「…隠者の紫(ハーミット・パープル)。」

 

 

自宅に帰った俺は、八畳程の部屋の中央で胡座をかき、両手を前に出した状態で自身の『個性(スタンド)』を発動する。

 

 

「………シィッ!!」

 

 

腕から発現させた四本の茨の蔓は、部屋の四隅に設置したジュースの缶目掛けて寸分の狂いもなく突き進み、全てを同時にぶっ叩いて凹ませた。

 

 

「……よし、コントロールはまずまず。問題はパワーか…。今のところ、一本でスチール缶を凹ますのが限界か。」

 

 

凹ませたスチール缶を蔓で手元まで引き寄せ、今度はそれを蔓でジャグリングし始める。

 

俺が日課としてやっていたのは、自身と『個性(スタンド)』の鍛練だった。

 

俺の『個性(スタンド)』となった隠者の紫(ハーミット・パープル)だが、現時点ではまだまだ弱く、間違っても対人戦で使えるようなものではなかった。

 

だが、本体の精神によって能力が変わるのが幽波紋(スタンド)。本体がジョセフ・ジョースターではない以上、『個性(スタンド)』の性能は俺の、蔓岡紫念の精神によってどうにでも変化する。

 

現に、パワーやスピード、持続力は原作の隠者の紫(ハーミット・パープル)より随分劣るものの、精密動作性は日に日に向上している。その他の能力も、本体の成長に合わせて質が上がっていくだろう。

 

加えて言うならば、隠者の紫(ハーミット・パープル)の本来の用途である念写系統の能力はこの時点でも高い。ポラロイドカメラでの念写は勿論、テレビやラジオの言葉を繋ぎ会わせる念聴も出来るし、遠隔透視や読心だって可能だ。

 

 

「…よしよし、だいぶスムーズに動かせるようになってきた。あとは、『個性(スタンド)』を十全に活かせるくらいには身体を鍛えておかないとな。」

 

 

スチール缶を『個性(スタンド)』を使ってゴミ箱にリズムよく放り込み、柔軟体操を始める。

 

 

俺は機転が利く方ではない。原作のような予想外のアクシデントを逆手にとるなんてできないし、巧妙な罠や心理戦を仕掛けることも不得手だ。

 

だからこそ、まず身体と『個性(スタンド)』を問題なく動かせるように鍛える。

前世では目標の無い男であったが、今ははっきりとした目標が出来た。その理由を聞かれれば恐らく俺は

「何となく、今一番やりたいと思ったから」と答えるだろう。

 

 

誰かを救うために戦う英雄(ヒーロー)になる。

 

 

そのために、今日も蔓岡は己を鍛える。

 

 




蔓岡 (ツルオカ) 紫念(シネン)


転生者。前世での名前は田中。事故によって他界し、訳もわからず異世界に転生させられた。精神年齢は30代。

掴み所のない性格。何を考えているのか分からないとよく言われ、そのため周囲からは一定の距離を置かれていた。状況によって相手への対応を変える節がある。
誰かのためになることをしたいと考えているようだが、何故そういう考えを持つのかは不明。

容姿は至って普通。普通すぎて超人社会では逆に浮いている。所謂モブキャラ。

家族構成は、父、母、紫念。
父親は海外出張で単身赴任。母親は夜遅くまでデスクワークに励んでいるため、家族が揃うことはまず無いし、そもそも顔を合わせることも少ない。しかし仲が悪いというわけではなく、両親は年齢のわりに賢い紫念を自慢の息子だと思っている。


幼少期に色々あって、蛙吹梅雨とは仲がいい。幼稚園時代から大抵セットで扱われるが、別に恋人という訳ではなく、当人たちはあくまで普通の友達関係。

蛙吹は紫念の『個性(スタンド)』についてはある程度聞かされていて、ヒーロー向きのすごい個性だと思っている。スタンドのルールで彼女には『個性(スタンド)』が見えていないが、その存在を持ち前の鋭い勘で察知しているようだ。


個性(スタンド)隠者の紫(ハーミット・パープル)

破壊力  ―E
スピード ―D
射程距離 ―D
持続力  ―D
精密動作性―C
成長性  ―A


本体が異なるため、パラメーターも原作とは大きく異なる。

全体的に能力は最低クラスだが、精神的な成長が期待できるため成長性は高い。

隠者の紫(ハーミット・パープル)本来の能力はこの時点でも問題なく使用することができ、更には自身の頭の中のイメージ等を絵として紙に念写することも可能。
使いようによっては電子機器を自在に操作できるので、現代社会ではかなり応用が利く。

スタンドのルールとして、スタンド使い以外には視認できないという戦闘においては高い優位性を持つ。



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第3話 行くべき場所は

「……寒っ。」

 

 

更に時は流れ、蔓岡は中学二年生となった。

今は12月の下旬。吐く息は白く、今にも雪が降りだしそうなどんよりとした空模様だ。今は朝7時頃。日も出てないためよりいっそう寒さが身に染みる。

 

そんな中、目的地である一軒の家に辿り着いた蔓岡は玄関横のインターホンを押した。

 

 

ピンポーン

 

 

玄関横のインターホンを押してしばらくすると、ガチャリとドアが開けられ、中から見知った顔が出てきた。

 

 

「あら紫念君、おはよう。今日も梅雨を迎えに来てくれてありがとうね」

 

「いえ、友達なので。お礼を言われるほどではありません。」

 

 

その人物の名前は 蛙吹 (ベル)。蔓岡の同級生で友人の蛙吹梅雨の母親である。この人を見ていると、蛙吹が母親似であることがよくわかる。

 

 

「梅雨ー!紫念君が迎えに来てくれたわよ。身支度は終わってる?」

 

 

鈴さんがリビングの方に向かって呼び掛けると、その入り口から何やら全体的に見てもモコモコした布の塊が出てきた。

 

 

「ケロ…大丈夫よお母さん」

 

「忘れ物はないわね?今日はとくに寒いみたいだから、気を付けて行くのよ?」

 

「ええ」

 

 

その布の塊の正体は、防寒具で完全武装を施した同級生だ。この時期になるとよく見る姿なので、蔓岡に動揺はない。

 

蛙吹梅雨の『個性』は『蛙』だ。

それ故に、冬場などの寒い時期になると冬眠状態になって動けなくなってしまう。そのため、今のように防寒具をこれでもかというほど着込んでいなければ外に出るのさえもままならない。

 

 

「おはよ、紫念ちゃん…」

 

「おはよう。」

 

 

これだけ着込んでいるにも拘わらず、玄関先に出てきただけで既に眠そうだ。今日は特に冷え込んでいるから無理もない。

 

 

「じゃあ二人とも、行ってらっしゃい!紫念君、梅雨をお願いね」

 

「任せてください、無事に送り届けます。」

 

「いってきます、お母さん」

 

 

今日は終業式。今年最後の登校日だ。

 

 

 

 

 

 

 

鈴さんに見送られ、蛙吹と通学路を歩いていく。

 

 

「ケロ…とっても眠いわ」

 

「大丈夫か?」

 

「ええ…大丈夫よ」

 

 

歩き出して少しした頃に蛙吹に声を掛けてみたが、あまり大丈夫そうではない。二重に巻かれたマフラーの隙間から見える肌は何時もより白く、視線も度々焦点が合わなかったりしている。現在の気温は氷点下を下回っているらしいので、彼女には相当きついだろう。

 

 

「……ちょっと待ってろ。」

 

 

そう言うと蔓岡は無言で隠者の紫(ハーミット・パープル)を発動させ、その蔓を右側を歩く蛙吹の体に巻き付けた。

そのまま持ち上げ、背中に背負うようにして自分の体に括り付ける。隠者の紫(ハーミット・パープル)は他者には視認されないため、一見すると男が布の塊を背負って歩いているように見える。

 

 

「…自分で歩けるわ」

 

「その様子じゃ説得力無い。歩いてるうちに倒れられたら困るから、学校着くまでこのままね。」

 

 

これなら途中で寝られても問題はない。学校に行けば暖房がついているはずなので、取り敢えずそこまではこれで行く。今までも蛙吹が冬眠しかけた時にはこうやって運んでいたので、別に今さら気にすることでもない。

 

それに最近、隠者の紫(ハーミット・パープル)の波紋エネルギーを伝導する性質を応用して、体温の伝達が出来ることが判明した。ので、その実験も兼ねて蛙吹には運搬されてもらうことにする。

 

 

「ケロ…なんだかあったかくなってきた気がするわ」

 

「そうか、俺は寒い。」

 

 

余談だが、蔓岡は波紋法を使用できるようになっていた。これも転生の特典なのかは知らないが、二年程前に出来心で何度か試したところ、多少ではあるが本当に身体能力が上がる呼吸のリズムがあることを発見。それから継続して呼吸法を試した結果、今に至る。

 

とはいえ今出来るのは、波紋の呼吸で血液中に生み出されたエネルギーを簡単なことに利用する程度。例えば今のように、エネルギーを『個性(スタンド)』を介して伝達させて相手の体温を上昇させたり、傷の治りを早くしたり、痛みを和らげるくらいのものだ。

波紋疾走(オーバードライブ)をやるには出力が足りないし、水の上を歩くなんて器用なことも出来ない。修行をしようにも教えを請える人物がいるはずもないので、今は独学で勉強中だ。

 

 

 

そんなこんなしているうちに、中学校の校門の前に到着した。まだホームルーム迄には十分な時間がある。

頭に鬼のような角が生えている恐ろしい顔の体育教師が、生徒への挨拶係兼遅刻監視として門の前に立っていたのだが、此方を見るなり「あぁこのコンビか」とでもいうかのような視線を向けてきた。

 

この時期の蛙吹の状態は教師陣も同級生も知っているし、それをフォローする蔓岡のことも知られている。二人とも成績が良い優等生ということもあり、学校ではちょっとした有名人だ。

 

なので、普通に挨拶されただけで特に何を言われるわけでもなく、蔓岡たちは教室に向かっていった。

 

 

「おはよう、万偶数さん。」

 

「き、気安く話しかけるんじゃないわよ!おはよう!」

 

 

その途中で、蛙吹と同じくらい防寒具を装備した少女と鉢合わせしたので、取り敢えず朝の挨拶をしておく。思わずツンデレと言いたくなるような返しだったが、彼女は緊張してると大体こんな感じなので特に気にしない。

 

彼女の名前は万偶数(マングウス) 羽生子(ハブコ)。人間の体に蛇の頭という異形系の『個性』の少女だ。付け加えると、彼女には別に『見た相手を三秒間弛緩させる』という『個性』があり、このように二つ以上の『個性』の特性を持つ場合は複合系と言われる。

 

 

「ケロ…おはよう、羽生子ちゃん…」

 

「つ、梅雨ちゃん、大丈夫?辛そうだけど…」

 

「大丈夫よ…紫念ちゃんのおかげで寝ないですんだわ」

 

 

更に余談だが、羽生子は『個性』の割には寒さに弱いわけではないらしい。とは言っても、冬眠しないというだけで寒がりだということは、彼女の格好をみればわかる。

 

 

蛙吹を昇降口の前で降ろして、そこからは手を引いて歩く。後ろからも羽生子がついてきているので、蔓岡が布の塊を二つ連れているように見えなくもない。そのせいなのか、周りの生徒からは何やら奇妙な視線を感じる。

 

 

「二人は本当に仲がいいわよね」

 

「どした、いきなり。そりゃあ幼稚園からの付き合いだしな。」

 

「だとしても、そこまで堂々と手を繋ぐのは…恥ずかしかったりしないの?」

 

「冬場毎日エスコートしてたら慣れもするさ。」

 

 

というか、元々子供の手を握ることに大した抵抗が無かっただけだ。転生(あれ)からもう14年、これでも中身はもう40歳だ。ここまで来ると、慣れとか以前に照れもしなくなる。

 

そのまま階段を上り、廊下を少し進むと自分達の教室が見えた。羽生子はクラスが違うので、ここで一旦別れる。次に会うのは体育館だろう。

 

 

「じゃあまた後で。」

 

「うん、梅雨ちゃんもまた後でね」

 

「ケロォ…」

 

 

暖房の効いた教室に入り、モコモコの蛙吹を席まで送り届けて蔓岡は自分の席に着く。

 

さて、今日は終業式だけで終わりのはずだ。ここを乗りきれば明日からは冬休み。休みの間は遠出をする予定もなし、クラス会とやらも忙しいからと断っている。つまり思う存分トレーニングに専念できるということだ。

 

 

中学二年生となった現在、蔓岡の中の将来へのイメージはより明確になっていた。

 

始まりは単純な憧れだった。圧倒的な力を以て人々を救う平和の象徴(オールマイト)を見て、自分もこうなりたいと思っていた。

 

困っている誰かに手を差し伸べられるヒーローになる。

 

そのために必要なものは何か。人々を救う為にはどうすればいいのか。その術を俺はまだよく知らない。故にそれを学ぶべきだと考えた。

 

 

ヒーロー育成機関、国立雄英高等学校。

 

 

俺が次に目指す場所は、そこだ。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

冬休み期間中の注意事項、長ったらしい校長先生のお話がようやく終わった、その日の放課後。

 

 

「蛙吹、大丈夫か。」

 

「梅雨ちゃんと呼んで。ケロケロ、もう寒くないわ」

 

 

いつも通りの帰り道、相変わらずモコモコした格好の蛙吹と一緒に歩いていた。日も出てきたためか、彼女の調子は随分と良さそうだ。

 

 

「そういえば、いいかしら紫念ちゃん?」

 

「なにかな。」

 

「紫念ちゃんは卒業後の進路はどうするのかしら?考えてみたら、一度も聞いたことなかったわよね」

 

 

言われてみれば、蛙吹に話した記憶はない。敢えて言わなかったわけではなく、別に伝えておく程のことでもないと思っていたからだ。

 

 

「俺は雄英高校のヒーロー科に行くつもり。本格的にヒーロー目指すなら、あそこを利用しない手はないからね。」

 

「ケロっ、紫念ちゃんも雄英を受験するの?」

 

「…まさか蛙吹もか?」

 

「ええ、ヒーローになるのは昔からの目標だもの。ここからなら電車を使えばすぐだし、なにより一流のヒーロー育成学校よ。目指さない道理はないわ」

 

「そうか、蛙吹も雄英に…。こうして一緒に帰るのは来年で終わりだと思ってたが、まだ長い付き合いになりそうだな。」

 

「そのためにもまずは受験に合格しなくちゃいけないわ。お互い頑張りましょうね」

 

「勿論。」

 

 

蛙吹は勉強も運動も優秀な生徒だ。彼女ならば入試倍率300倍という狭き門を潜り抜ける事が出来るだろう。

…これは、より一層トレーニングに力を入れなければなるまい。

 

 

「ところで紫念ちゃん、明後日は予定とかあるかしら?」

 

 

突然、蛙吹が此方を見つめながらそんなことを聞いてきた。そう言われて予定を確認してみるが、特に何があるわけでもなかったので素直に答える。

 

 

「……いや、勉強かトレーニングくらいだ。」

 

「ケロ、なら私の家に来ない?その日はお父さんもお母さんも仕事が休みだから、一足早くクリスマスパーティーをするつもりなの」

 

「…いいのか?折角の家族団欒の場に邪魔しちゃ悪いだろ。」

 

 

正直、思ってもみなかったお誘いだった。普通家族で過ごすであろう時に部外者を呼ぶだろうか。俺なら呼ばない。というか呼ぶ相手もいなかったしクリスマスパーティーもやったことがなかった。うちはそもそも家族が揃わない。

 

 

「紫念ちゃんなら家族みんな大歓迎よ。五月雨とさつきも会いたがっていたし…駄目かしら?」

 

 

五月雨とさつき…蛙吹の弟と妹だ。昔から成り行きでよく遊んであげていたのだが、そういえば最近は忙しくて会ってもいなかった。

断っても良かったのだが、何故だか蛙吹からのお願いは断ってはいけない気がしてくる。なんだろう、孫のおねだりを聞いてしまう祖父母の気持ちが理解できそうだ。

 

 

「まあ、行っても構わないならお邪魔させて貰おう。」

 

「ケロケロ、嬉しいわ。明後日はお母さんと御馳走を用意するから、楽しみにしててね」

 

「あぁ、そうするよ。買い出しとか手伝うことがあったら言ってくれ。」

 

 

だがまあ、今回は断らなくて良かった。

ニコニコ笑っている蛙吹を見ていたら、何故だかそう思えてきた蔓岡だった。

 

 

 

 



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第4話 入学試験

中学三年生の二月、遂にこの時がやって来た。

 

 

「ここが雄英高校か……でかいな。」

 

「最新鋭の設備や施設が揃っているそうよ。教師陣も全員プロヒーローだし、さすがヒーロー育成学校ね」

 

 

蔓岡と蛙吹は巨大な門の前に立ち、さらにその向こうに見える建造物を見て感嘆の声を上げた。

 

ここは国立雄英高等学校。数多くのヒーローを世に輩出してきた名門校であり、同時にヒーローを目指す者たちにとっての登竜門である。

 

 

本日は、雄英高校の入学試験の日だ。

 

 

二人の周りには、ヒーローを目指すであろう多くの若者たちで溢れ返っている。この場だけで見ても軽く300人はいるだろう。全体の人数はもっと多いのだろうが、それでも入学出来るのは毎年200人前後。ヒーロー科に至っては、二クラスしかない上に一クラスの定員が20人。そのうち二人分は推薦組の枠になるので、一般入試では実質36人しか入ることができない。

 

倍率300倍というのも納得だ。何せ、ここに来る大多数の人間が目指すのはヒーロー科なのだから。

 

 

「…さて、行くか。」

 

「そうしましょ」

 

 

 

 

 

 

資料にある試験の説明会場に向かって歩いていく。見た目通り、学校内はとんでもなく広かったので何度か迷いそうになったが、なんとか会場に辿り着く事ができた。

 

受験番号で指定されていた席に二人で並んで座る。

 

すると10分もしないうちに受験者全員が揃ったようで、試験の説明を行うであろう講師が壇上に姿を現した。勿論、その講師というのは現役のプロヒーローである。

 

 

「…ありゃあ『ボイスヒーロー:プレゼント・マイク』。随分と有名なヒーローじゃあないか。」

 

「あの人の『個性』は『ヴォイス』。大人数への説明会にはぴったりってわけね」

 

 

 

『今日は俺のライヴにようこそー!!!エヴィバディセイヘイ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

―――会場に沈黙が降りた。

 

 

 

 

 

 

 

『こいつぁシヴィーーー!!受験生の視聴者(リスナー)!実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!アーユーレディ!?YEAHH!!!

 

 

 

 

―――またもや誰も何も返さなかった。

そりゃ、今から試験受けるぞって緊張している時にそんなことされても乗るに乗れないだろう。

 

 

「面白い人だな。」

 

「そうね」

 

 

会場が未だ静寂に包まれる中、実技試験の概要が発表された。

 

我々受験生は10分間、各自指定された「模擬市街地演習」にて戦闘を行い、そこに配置された三種のロボット、仮想敵(かそうヴィラン)を行動不能にしてポイントを獲得していく。『個性』の使用は勿論有り。他者への妨害行為は禁止。より多く点を獲得したものが合格にリーチを掛けるというシステムだ。

 

 

「ケロっ、仮想敵は三種類なのよね?プリントにはまだもう一種類載っているのだけれど」

 

「たぶんそれは妨害用の仮想敵だろう。ま、()()()()()()()()()()()()俺の敵じゃ無いけどな。」

 

 

プレゼント・マイクの方もそれについての説明が終わったようで、締めの挨拶に入っていた。

 

 

『俺からは以上だ!最後にリスナーへ我が校『校訓』をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と!!

 

Plus(更に) Ultra(向こうへ)!!

それでは皆、良い受難を!!』

 

 

 

 

「それじゃ紫念ちゃん、私は向こうの会場だから」

 

「あぁ、気を付けなよ。あんまり無茶するんじゃないぞ。」

 

「分かってるわ、紫念ちゃんも気を付けてね」

 

 

蛙吹とは別のバスに乗り、他の受験生とともに会場に向かう。試験内容が発表されたからか、さっきの会場内とは打って変わってバスの中には浮わついた雰囲気が漂っていた。

 

 

(相手がロボットだから余裕、ってとこかな…。確かに行動不能にするだけなら簡単だが、これは試験だ。見られているのは撃破数だけじゃあないと思うんだがね。)

 

 

周囲の人間を観察している間に、バスは試験会場に到着した。

 

市街地演習とはよく言ったもので、見渡す景色は日常的に見ている街の景色とほとんど変わりはなかった。ここは演習のためだけに造られた巨大なセットだ。

 

 

「うおぉー!すっげえ、これ全部会場かよ!ここで戦うなんて燃えるぜ!」

 

「なんだかワクワクしてきた!」

 

 

目の上に切り傷のある少年の言葉に透明女子が続き、それに周りの受験生たちも感化され、さらに浮わついた空気が蔓延していく。

 

 

(…今の言葉で、周りの連中のレベルは大体分かった。仕方がないとはいえ、やはり子供だな。まあ緊張して動けないよりはマシか。さて、俺も動けるようにしておこう。)

 

 

軽い準備運動を済ませ、蔓岡は前方の建物の陰付近に狙いを定めた。仮想敵が出てくるとしたら、最初はあそこだろう。

 

 

「……コオォォォォ―――」

 

 

波紋の呼吸を始める。血液中にエネルギーが生み出され、全身に活力が漲ってくるのを感じる。これならば何時だって行ける。

 

 

 

『ハイスタートー』

 

 

 

そして、何処か気が抜けたような合図を確認したその瞬間、蔓岡は猛烈な勢いで走り出した。

 

しかし、周りの受験生たちは不思議そうに声の発生源を探すばかりでまだ動いていない。

 

そんな連中を尻目に、蔓岡は狙いを定めた建物の陰に直行する。

すると予想通り、その建物の陰からロボットが二機出現した。

 

 

(…出てきた。2ポイントか、まずまずだな。さぁ、そこは既に…俺の射程距離内だぜ。)

 

 

蔓岡は両腕に『個性(スタンド)』を発現させ、直ぐ様その茨の蔓をロボット目掛けて放った。

 

 

『標て―――』

 

『ブッ―――』

 

 

その茨の蔓の先端は、ロボットが何かを言う前に頭部に到達。装甲を透過して回路に干渉し、即座に機能を完全停止させる信号を出させた。ガクンと動きを止めたロボット二機は、前のめりの体勢のまま地面に崩れ落ちた。

 

その間、10秒にも満たない。

 

 

「4ポイント獲得。対ロボットなら、他の誰にも引けは取らないさ。」

 

 

2ポイント仮想敵を撃破した直後、そこら中から仮想敵が涌き始めた。狙いは、最初の二機を行動不能にした蔓岡だ。

 

 

「こりゃ好都合だな。探す手間が省けた。」

 

 

そして蔓岡が仮想敵相手に無双し始めた頃、漸く他の受験生が動き出した。しかし、既に20機以上の仮想敵の標的となった蔓岡の元へ近付こうとするものはおらず、結果全員が他の狩り場へと散らばっていった。

 

 

 

 

―――――――――

 

あれから6分が経過した。

 

 

「えー…何ポイント目だっけ。30から先は数えんの止めたからなあ。」

 

 

他の受験生たちが疲労によりペースが落ち始める中、蔓岡は開始時よりもハイペースで仮想敵を倒し続けていた。途中、仮想敵に押し負けそうになっていた他の受験生を何人か助けつつ、未だに撃破数を伸ばしていく。

 

 

3ポイント仮想敵を無力化し、次の標的を探そうとしていた、その時だった。

 

 

ズドンと、演習場全体に強烈な震動が走った。

 

 

 

「…来たか、妨害用の仮想敵(0ポイントギミック)。」

 

 

震動の発生源に目を向けると、周囲の建造物を押し潰す程の質量を持った巨大ロボットが出現していた。いったいあれほどの巨体を何処に隠していたのだろうか。

 

 

「さて……行くか。」

 

 

周りの人間たちが巨大ロボットから逃げ出していく中、その出現を予測していた蔓岡だけは人の波に逆らって巨大ロボットに向かっていく。

 

何故そのようなことをするのか。点数がものを言うこの試験で、0ポイントの妨害仮想敵を相手取るメリットは無いというのに。

 

理由は二つある。

 

ひとつは、これが()()()()()()()()()()()()()()()という状況だったから。

ヒーローならば、圧倒的な理不尽に幾度も直面するだろう。極悪ヴィラン、自然災害、人間を容易く踏み潰すそれに、ヒーローは挑まなくてはならない。打ち勝たなくてはならない。

今のこの状況がその理不尽を表現したものだとしたら?

()()()()()()()()()()()()、これに立ち向かえるか、打ち勝てるかといった要素も外部から審査されていると考えたからだ。

 

 

そしてもうひとつ、これは単純な理由だ。

 

 

「今の俺は何処まで出来るか……知るにはいい相手だな。」

 

 

今までの鍛練の成果を発揮してみたい。ただそれだけの理由だ。

 

 

隠者の紫(ハーミット・パープル)ッ!!」

 

 

0ポイント仮想敵の足元付近まで接近した蔓岡は、その巨大な脚の間接部分に『個性(スタンド)』の蔓を伸ばし絡み付かせた。だが、それは動きを止める為ではない。

 

 

「ふんッ!」

 

 

蔓岡は隠者の紫(ハーミット・パープル)の蔓を、まるでワイヤーをウインチで巻き取るようにして素早く脚部に到達した。

次に『個性(スタンド)』をロボットの腕に巻き付け同じように上腕部に到達し、そのままの勢いで頭部まで登り詰めた。

 

 

「…随分高いが、あの世からの景色程じゃあないな。ともあれ、目的地には到着だ。」

 

 

再び、両腕に『個性(スタンド)』を発現させる。

 

 

「さて、これだけ図体がデカイんだ。少しばかり時間が掛かるかな?隠者の紫(ハーミット・パープル)!!この0ポイント仮想敵(デカブツ)を停止させろォッ!!」

 

 

数十本の茨の蔓が、仮想敵の脳天に勢いよく突き刺さった。

 

二秒経過、巨大仮想敵の両腕がだらりと力なく垂れ下がる。

 

五秒経過、仮想敵が崩れ落ち両膝が地面を割った。

 

 

そして10秒後、会場に響き渡る程の轟音とともに仮想敵は大地に倒れ伏し、それきり動き出すことはなかった。

 

 

それは、あまりにも呆気ない決着だった。

 

 

「…1分は掛かるかもと思っていたんだが…拍子抜けだったな。」

 

 

 

『終  了 ~~~!!!!』

 

 

その数秒後、実技試験は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

ガタンゴトンと電車が揺れる。

 

 

「けろ…すごく疲れたわ」

 

「お疲れ。俺も久し振りに頑張ったよ。」

 

 

実技試験と筆記試験の両方が終了し、蔓岡と蛙吹は疲労を引きずりながら家路についていた。二人は座席に座って、試験の出来映えについて話し合っていた。

 

 

「蛙吹はどうだった?」

 

「そうね、紫念ちゃんと勉強したところが多く出題されてたから、筆記試験は良くできていたと思うわ。実技試験は…どうかしら?少なくても20ポイントは稼げたと思うけど、合格ラインが分からないからなんとも言えないわね」

 

「そうか、俺も筆記は問題無さそうだ。実技の方もやれるだけのことはやった。あとは結果を待つだけだ。」

 

「そうね、私も…ふわぁ……ん、あらやだ、大きな欠伸しちゃったわ」

 

「…昨日遅くまで勉強してたろ。朝から少し眠そうだったからすぐ分かった。降りる駅までまだ時間あるから、少し寝とけ。着いたら起こすよ。」

 

「そう?それじゃちょっと失礼するわね……」

 

 

そう言うや否や、蛙吹はこてんと蔓岡の肩に寄りかかり、直ぐ様寝息を立て始めた。やはり相当疲れが溜まっていたようだ。

 

 

(…顔に出さないようにしてるけど、毎度無理して溜め込むんだよな、こいつは。)

 

 

蛙吹は一見大人びているようにも見えるが、それは近くに頼れる人間が少なかったからそうならざるをえなかったのだ。

彼女の両親は頼り甲斐のある人柄だが、双方出張の多い仕事なので家にいることも少なく、そのため蛙吹はまだ小さい兄妹の世話をしなくてはならなかった。彼女はそれを苦ではないと言うし、俺も度々手伝っているので一人でやるよりは負担はないだろう。

 

だが、いくら苦ではないと言っても肉体にはストレスが加算されていく。精神的に落ち着いていても、肉体の方はまだ子供。故にたまに、こういう形で電池切れになってしまうのだ。

 

 

(こういうとき、何でか毎回俺が近くにいるんだが…信頼されてるって考えるのは烏滸がましいかね。)

 

 

蛙吹がずり落ちないようにそっと肩を抱き、目的地に到着するのを静かに待つ。降りる駅までは、まだ遠い。

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

「実技試験、総合成績出ました。モニターをどうぞ」

 

「…ふーむ、()()()()()()0で二位とは…なかなかの成績ですな。『個性』も派手ですし、後半戦でも勢いが衰えない…タフネスの賜物だ」

 

「こっちもすげえぞ!ヴィランポイント0のくせして救助ポイントが60点で八位!0ポイント仮想敵(アレ)()()()()()()奴なんて見たことねーぜ!?映像観たときにゃ思わずYEAH!って叫んじまった!」

 

「だが、妙な『個性』だな。自身の攻撃で肉体に壊滅的な被害が……まるで昨日今日発現したばかりの幼児だ」

 

「細けえこたあいいんだよ!俺あいつ気に入っちまった!」

 

 

「それよりも強烈だったのは…一位の彼さ」

 

 

「ええ、ヴィランポイントが三桁間近、救助ポイントもなかなかのものだ。スタートの合図にたった一人反応し、あの場の誰よりも冷静に状況を見ていた。戦闘映像を観たが…正直、何が起こっているのかほとんど分からなかった」

 

「まるで仮想敵が急に電池切れ起こしたみてーだったぜ。電気系の『個性』かありゃ。にしては電撃もない、そもそも攻撃してる様子もない。ちと不気味だったぜ」

 

「あの0ポイント仮想敵さえ一瞬で機能停止させてましたものね。八位の彼とは対称的で、あんな静かな決着も初めてでしたよ」

 

「それを言うならあの驚異的なタフネスもだ。見た限りじゃ二位の彼と同等かそれ以上…。あの試験会場に彼に並び立つ受験生がどれ程いたことか」

 

 

「まあ落ち着きたまえよ。兎に角、実技試験の結果は出た。あとは筆記試験の結果と合わせて決めようじゃないか。それに我々は、彼らが立派なヒーローになるための手本である教師、正しい道に導く立場なのさ」

 

 

「その通りです。やりましょう、我々が。彼らの才を伸ばし、苦難を与え、一流のヒーローに育て上げて見せましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




蔓岡紫念スペック解説

身長 :179cm
体重 : 75kg
血液型:  O型
好きなもの:蛙吹の手料理、子供
趣味 :『個性(スタンド)』トレーニング、コミック本集め

見た感じ普通。何もかも普通。原作の尾白猿夫君の尻尾無くして髪短くして黒くして、目をその辺のモブと交換すれば彼になる。でも脱ぐと凄いバッキバキ。波紋法のお陰で身体機能はかなり高い。




現在の隠者の紫(ハーミット・パープル)

破壊力  ―C
スピード ―C
射程距離 ―C
持続力  ―B
精密動作性―B
成長性  ―A

この時点で生半可な幽波紋(スタンド)よりは強い。
射程距離は半径10~15メートル。
2メートル内であればコンクリートブロックを貫く程度の力が出せるが、本体から離れるほどにパワーは弱まり、射程限界ではスチール缶を凹ませるのが精々。

反対に機械類への影響力が増しており、ロボット等の電子機器が組み込まれているものであれば即座に機能を停止させたり、プログラムを書き換えて操ることも可能となった。


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雄英入学~ 第5話 合否通知、新たな学校生活

皆様、これが今年最後の投稿になります。
まだ始まったばかりではありますが、来年からも頑張っていきますので、これからも宜しくお願い致します!







国立雄英高校の入学試験から、一週間が経った。

 

 

「遂に来たな…雄英からの通知書。」

 

 

学校から帰ってきた蔓岡は、自宅のポストに一通の封筒が投函されていたことに気が付いた。

 

それは、雄英高校から蔓岡宛に送られた通知書だった。

 

部屋に戻った蔓岡は早速その封筒を開けて、中身を机の上に出した。入っていたのは書類と、小型のプロジェクターのようだった。

そのプロジェクターに付いていたボタンを押すと、空中に映像が映し出された。

 

 

 

『私が投映された!!!』

 

 

 

「オールマイト…?何故雄英の…。」

 

 

その映像に映し出されたのは、他の人間とは明らかに画風が違うアメリカンなNo.1ヒーロー、平和の象徴と謳われる圧倒的な存在であり、蔓岡が憧れた大英雄、オールマイトであった。

 

だが、何故オールマイトが雄英の合否通知に出てくるのだろうか?確か彼は雄英高校のOBだった筈だが、それだけでこの映像に出てくるのだろうか?

 

 

『HAHAHAHA!!何故私がって思うかい!?実は今年から雄英の教師として勤めることになってね。これはその初のお仕事って訳さ!

さて、早速だが発表といこうか!蔓岡少年!君は合格だ!!

実技試験でのヴィランポイント93P!これだけでも過去数えるほどもいなかった点数だ!だがしかし!我々教師陣が見ていたのは敵の撃破数だけにあらず!

救助(レスキュー)ポイント!己の危険を省みず他を救う事こそヒーローの本分だ!君は41P!合計134P!!筆記の結果も含めて、文句なしの一位通過だッ!!』

 

「成る程、そう言うことか…。っていうか、そんなに倒してたんだな俺。」

 

『さあ、道は拓かれた!来いよ蔓岡少年!雄英(ここ)が、君のヒーローアカデミアだ!!』

 

 

オールマイトのその言葉を最後に、プロジェクターからの映像は消えた。

 

 

「そうか、合格か。一先ずは安心だな。」

 

 

合格した割にはリアクションが薄いが、これでも蔓岡は喜んでいた。

取り敢えず、蔓岡はスマートフォンを取り出し、両親宛にメールを送った。思えば、雄英受験を一番応援してくれたのは他でもない両親だった。普段はほとんど顔を会わせる事もないが、やはり子供のことを想っているのだろう。

恐らく返事は明日以降になるだろうが、二人とも忙しいので仕方がない。

 

 

「さて……お?」

 

 

二人へのメールを送信した直後だった。スマホから着信音が鳴った。画面の表示を見ると、蛙吹からの電話だった。

 

 

「――もしもし、どうした?」

 

『ごめんなさい紫念ちゃん、今大丈夫かしら?』

 

「大丈夫だ。何か急用かな。」

 

『急用といえばそうね。紫念ちゃんのところには雄英からのお手紙が来たかしら?』

 

「ああ、ついさっき確認したところだ。合格だったよ。」

 

『ケロケロ、私もさっき見たのだけれど、合格だったわ。それで嬉しくて、つい電話しちゃったの。紫念ちゃんならきっと合格してると思ったから』

 

「そうか、それじゃあまた同じ学校だな。」

 

『そうね、これからまた三年間よろしくね』

 

「…それにしても、蛙吹とは何かと縁があるな。何だかんだで幼稚園からの付き合いだし、思えばその頃からの友達も蛙吹だけだしな。」

 

『紫念ちゃんは昔から大人っぽかったから、みんな気後れしちゃって話さなかったのよ。あとは…色々やっちゃったものね』

 

「問題児みたいに言わないでくれよ。」

 

『ケロっ、ごめんなさいね。でも紫念ちゃんがやったことは結果的には全部正しかったわ。私も助けられたことあるもの』

 

「そんなことあったか?」

 

『あったわ。私ちゃんと覚えてるのよ?ケロ、このままだと長電話になっちゃいそうだから、続きはまた明日話すわ。それじゃ、おやすみなさい。突然電話してごめんなさいね』

 

「いいさ。じゃ、また明日。」

 

 

蛙吹からの電話が切れた。

電話越しではあったが、彼女の喜んでいる顔が見えるようだった。あそこまで分かりやすく嬉しそうにしているのも珍しい事だ。まあ、それも当然だろう。彼女の夢もヒーローになること。今その大きな一歩が踏み出されようとしているのだから。

 

 

「…さて、トレーニングの時間だ。俺も蛙吹に負けないように鍛えないと。」

 

 

自分に言い聞かせるように立ちあがり、蔓岡は日課のトレーニングを始めた。うっかりしてると、すぐ彼女に置いて行かれてしまいそうだ。

 

 

雄英高校入学はもうすぐだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

時間が過ぎるのはあっという間だ。この前塩ノ洲中学校を卒業したかと思ったら、もう既に四月になっていた。こんなに時間の経過が早く感じるのは、やはり中身が41のオッサンだからなのだろうか?

 

今日は四月八日。雄英高校入学の日である。

 

 

「ケロっ、おはよう紫念ちゃん」

 

「おはよう蛙吹。」

 

「…梅雨ちゃんと呼んでくれないのね、悲しいわ」

 

「ぐ…。」

 

 

俺があまりにも梅雨ちゃんと呼ばないため、最近切り口を変えて攻めてくるようになった蛙吹と一緒に雄英高校に向かっていく。

 

電車に乗り、駅から歩き、一時間程で学校に到着した。

 

だが、ここからがまた長い。

雄英高校は日本でも屈指の敷地面積を誇る学校だ。街に近い森に広がる、小高い山の上に設立されたそこは、敷地内をバスか何かで移動しなければ時間が掛かってしまう程に広大だ。故に教室まで辿り着くのにも苦労する。

 

そこまで広いのならばそもそも迷って辿り着けないのでは?と思うだろうが、そこは心配ない。

学校の公式ホームページにて内部の簡単な構造が分かるので、ちゃんと地図が読める者なら迷うことはない。

 

それにそもそも、蔓岡たちにはこれがある。

 

 

「蛙吹、そっちは職員室だ。教室は次の角の先の階段登って右。」

 

「ケロ、ありがと。それにしても便利ね、ハーミットパープルちゃん」

 

「そもそもこっちが本来の用途だからな。」

 

 

隠者の紫(ハーミット・パープル)により取得した道順に従って歩けば絶対に迷わない。なんならホームページの地図よりも精巧なものが作れるのだ。蔓岡さえいれば、RPGのラスボス手前のダンジョンでさえ容易く攻略できる。

 

 

手に持ったスマホの案内通りに階段を上り、廊下を進んでいくと「1-A」の表示が見えた。あそこが蛙吹と蔓岡が所属することになるクラスだ。

 

3m程の巨大な扉を横に引いて開けて教室のなかに入る。少し早めに到着したつもりだったのだが、既に中には10人程の生徒がいた。

 

 

「――おっ!アンタあのときのすげえ奴じゃんか!」

 

 

自分の席を探していると、何やら逆立った赤髪の少年が声をかけてきた。あのときとは言われたが、はて、何処かで会っただろうか?

 

 

「…すまない、覚えがないんだが。」

 

「ん?…ああそっか!あのときとはちょっと格好が違うもんな…。俺、切島鋭児郎(キリシマ エイジロウ)っていうんだ!入試のとき同じ会場だったんだけどよ、アンタの暴れっぷりはスゴかったぜ!」

 

 

成る程、入試の時に会っていたのか。高校デビューで髪を染めたか何かで様相が違っていたから分からなかったのだろう。

 

 

「相手が機械なら負けないさ。遅れたが、俺は蔓岡という。これから宜しく頼む。」

 

「おう!お互いヒーロー目指して突き進んで行こうぜ!!」

 

 

手を差し出し固い握手を交わす。少々暑苦しい奴だが、気は合いそうだ。

 

 

「ケロ、もうお友だちができたのね」

 

「ああ……紹介するよ。此方は蛙吹、俺の幼馴染だ。」

 

「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」

 

「おお!よろしく梅雨ちゃん!俺は切島鋭児郎だ!」

 

 

蔓岡と同じように蛙吹とも握手を交わす。どうやら切島は誰とでも仲良くなれる性格らしい。

 

 

「あーっ!巨大ロボット倒してた人だ!」

 

 

そこに、もう一人何者かが近付いて来た。視線を向けると、そこには宙に浮く女子の制服があった。

 

 

「初めましてだね!私、葉隠透(ハガクレ トオル)!あのとき私も試験会場にいたんだよ~!」

 

「………あぁもしかして、始まる前にワクワクしてた女の子か。」

 

「そうそう!でもビックリしたよ、あんなおっきいロボット倒しちゃうんだもん!」

 

 

葉隠のその言葉に、周囲のクラスメイトはざわつく。恐らく全部の試験会場にあのロボットは出現していただろうから、あれを倒したという事が衝撃だったのだろう。

 

 

「あれくらいなら何ともないさ。寧ろ簡単すぎて拍子抜けした。」

 

「あれを簡単なんて普通言えないよ!?」

 

「あれぶっ倒したのお前だったのかよ!?蔓岡半端ねえな!!」

 

 

何故か驚かれたが、別に不思議なことはないだろう。

これだけ多種多様な『個性』が溢れる世界だ。俺のように機械に有利な『個性(スタンド)』があれば攻略は難しくはない。

 

 

「と、とにかくよろしくね!蔓岡君と、えーっと…」

 

「梅雨ちゃんと呼んでね、透ちゃん」

 

「うん!よろしく梅雨ちゃん!」

 

 

ここに来て早速、友人が二人も出来た。これはなかなか幸先のいい滑り出しではないだろうか。

 

 

その後、暫く四人でお喋りをしていたのだが、ふと入口を見てみると何やら騒がしくなっていた。

 

 

よく見てみると、地味めでモサモサ頭の少年とほんわか系女子が立っており、その後ろの廊下の方では、不精髭を生やした小汚ないオッサンがなんか言っていた。

 

 

「ハイ、静かになるまで八秒掛かりました。時間は有限、君達は合理性に欠くね」

 

 

そのオッサンは教室に入って来るなりそう言った。

発言を聞く限りだと、彼はこのクラスを受け持つプロヒーローだと思われる。

 

 

「担任の相澤消太だ、よろしくね。早速だが体操服(これ)着てグラウンド出ろ」

 

 

担任だというその男は、何故か持っていた寝袋の中から雄英の体操服を引っ張り出し、それを近くにいたモサモサ頭の少年に放るとそのまま教室を出ていってしまった。

 

残されたのは、未だに呆然としている少年少女。そりゃ、普通なら入学式やガイダンスがあるものだと思っていたところにこんなことされたら、理解も追い付かないというものだろう。

 

 

「よし、じゃあ行くか。皆も早く準備した方がいいぞ。」

 

 

だがしかし、精神年齢41歳の蔓岡に動揺はない。一人だけさっさと着替えて教室から出るところだった。

 

 

「ちょ!まてまて蔓岡!どういうことなんだコレ!?」

 

「わざわざ着替えて外出ろって言うくらいだから、試験か何かするつもりなんだろう。」

 

「試験って、まだ入学初日だよ!?入学式は?ガイダンスは!?」

 

「その説明もあの担任の先生からあるだろう。兎に角行けば分かる。」

 

「ケロ、そうね。あまり先生を待たせてもいけないわ。早く行きましょ」

 

 

教室を出ていく蔓岡に続いて、此方もいつの間にか着替えていた蛙吹がそう言ってグラウンドに向かう。

 

 

「あいつらなんであんなに冷静なんだよ…。と、とにかく!俺たちも行こうぜ!こんなとこでモタモタすんなんて漢らしくねぇ!」

 

 

そんな切島の言葉に当てられて、クラスメイトが急いで準備を始める。

 

 

この後に待ち受けるのは、ヒーロー科に合格した者達への最初の受難だった。

 

 

 



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第6話 『個性』把握テスト

あけましておめでとうございます。
今年も精進して参りますので、どうぞ宜しくお願い致します。





 

「「『個性』把握…テストォ!?」」

 

「入学式は!?ガイダンスは!?」

 

「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事出る時間ないよ」

 

 

ほんわか系女子の疑問の叫びに、担任の相澤先生は至極平淡に返す。正直、やる気があるようには見えない。

 

 

「雄英は()()な校風が売り文句。そしてそれは()()()もまた然り。中学の頃からやっている『個性』禁止の体力テスト……画一的な記録を取ることで『個性』による不平等を表面上は無くそうって考えらしいが、俺から言わせればそれは文部科学省の怠慢。合理的じゃない」

 

 

そう言って相澤先生は、蔓岡に向けてボールのようなものを放った。

 

 

「蔓岡、中学の時ソフトボール投げ何メートルだった」

 

「……85前後ですね。」

 

「じゃあ『個性』使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい」

 

「俺の『個性(スタンド)』はそういうの向いてないんですが……まあいい、やります。」

 

 

蔓岡はソフトボール投げの円の中に入ると、自身の『個性(スタンド)』を発動させる。

 

 

隠者の紫(ハーミット・パープル)を右手に発現。蔓数本を腕に巻き付け波紋の呼吸を開始する。)

 

 

波紋の呼吸により血液中に生み出されたエネルギーは、隠者の紫を伝導して右手の筋力を外側から強化。同時に体内の波紋エネルギーを右手に集中させ、筋力を内側から更に強化。

次に残りの蔓をボールに巻き付け、円を描くように高速で振り回す。体内外から強化された右腕の圧倒的パワーに、ボールを振り回した際に発生する強力な遠心力が加算された。

 

 

「……ぬぅぅうんッ!!」

 

 

十分に加速したそれを、上空目掛けて投石の要領でぶっ飛ばす。

 

 

ボールは想定通り空の彼方まで飛ばされていき、遥か遠くの地面に落ちた。

 

 

相澤先生の手の中の計測器からピピッと音が鳴り、計測結果が表示される。

 

 

「…336.2m。まずは自分に出来る()()()()()()。それがヒーローの素地を形成する合理的手段だ」

 

 

「300m!?なんだコレ、すげー面白そう!!」

 

「『個性』思いっきり使えるんだ!さすがヒーロー科!!」

 

 

蔓岡の結果が発表されたのを皮切りに、周囲がガヤガヤと騒がしくなる。ほとんど全員が、『個性』を自由に使えることへの喜びで浮かれていた。

 

 

「………面白そう、ね。ヒーローを目指す間の三年間。そんな腹積もりで過ごす気でいるのかい?

よし、トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し除籍処分としよう」

 

「「はあああ!!?」」

 

 

だが、そんな彼らに冷や水をぶっかけるように、相澤先生は剣呑な雰囲気でそう告げた。

 

 

「さ、最下位で除籍って……!入学初日で、そんなの理不尽過ぎる!」

 

「ヒーローってのは、そういう理不尽を乗り越えていくものだ。放課後マックで駄弁っていたかったのならお生憎、雄英はそんな悠長なことを許すつもりはない。言っただろう、雄英は自由な校風が売り文句。()()()()()()()()だと。生徒の如何は教師(俺たち)の自由。嫌なら必死こいて乗り越えろ。ようこそ、これが―――雄英高校ヒーロー科だ」

 

 

相澤先生のその言葉に、生徒たちは酷く緊張した様子を見せた。入学初日に除籍宣告を突きつけられればそうなるのは普通だが、相澤先生のいう通り理不尽を乗り越えていくのがヒーローというもの。

 

 

「寧ろ、この時点で辞めさせられるというのは慈悲深い措置だな。そうすれば、叶わない夢を追うために無駄な時間を使うこともないんだからな。」

 

「ケロ、合理的といえばその通り。流石ヒーロー科、甘くないわね」

 

「ともあれ、俺達は全力でやるだけだ。

Plus Ultra(更に向こうへ)という言葉通り、ここで更に上を目指していこう。」

 

「そうね、頑張りましょう」

 

 

種目は八つ。元からの身体能力が高い蛙吹は心配ない。蔓岡の方も『個性(スタンド)』を活用出来る場はあまりないが、そこは先程のように波紋の呼吸を使用すれば十分な結果が得られるだろう。

 

 

こうして、除籍を賭けた『個性』把握テストが幕を開けた。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

『個性』把握テストが始まってから、暫しの時間が過ぎた。今は第5種目のボール投げに入っていた。

既に二回の投擲を終えた蔓岡は、同じく既に投げ終わっていた蛙吹や切島、葉隠と共にテストが終わるのを見物しながら待っていた。

 

 

「やっぱすげえな蔓岡!ボール投げで300m越えるなんて普通じゃねえよ!」

 

「まあ、あの麗日っていう女の子には負けるがね。」

 

 

出席番号4番の女子、名前は確か麗日(ウララカ)茶子(チャコ)。あの子はボール投げで『∞』という測定不能の記録を叩き出した。見た限りでは、恐らく触れたものを極端に軽くする『個性』だろう。あの記録を塗り替えられる者など早々いない。

 

 

「いやいや、あれとは比べらんないよ。私なんて49mだよー。私の『個性』、透明だからこっそり動くには便利だけど、こういうときは増強系とかうらやましいなー」

 

「そうね。私は異形系だから、普通の人より力は強いのだけれど、それでも一瞬で凄い力が出せる『個性』には及ばないわね」

 

「そういや、蔓岡の『個性』って何なんだ?やっぱり増強系か?」

 

「俺のは一応発動系だ。尤も、本来の用途は情報収集で、こういう力比べは不得手なんだよ。」

 

「「ええぇっ?」」

 

 

それを聞いた切島と葉隠は驚いた様子を見せた。

そりゃあれだけ飛んだり跳ねたり走ったりしておいて、不得手と言われれば信じられないとも思うだろう。

 

 

「まあ俺の事はいい。今はクラスメイトの実力を…。」

 

 

そうして視線を向けてみると、ちょうど地味めのモサモサ頭の男子が一投目を終えたところだった。だが、相澤先生から何やら指導のようなものを受けていたようで、様子がおかしい。

 

 

「…なんかあったのか?」

 

「お話していたみたいだけれど…。そういえばあの子、ここまであんまりパッとしない記録ばかりだったわね」

 

 

言われてみればそうだった。最初の50m走からそれとなく全体を見ていたが、彼は平均よりはほんの少し上かな、といったくらいの平凡な記録ばかりだったと思う。

 

 

「なんで『個性』使わないんだろ?」

 

「もしかしてこういうテストに向いてない『個性』なんじゃないのか?ほら、機械には強いけど戦闘は苦手なプロもいたし」

 

「あり得るわね。入試のロボットは倒せたけど、戦闘向きじゃない『個性』なのかも」

 

「…もしそうなら、彼はここまでだな。」

 

 

『個性』を最大限に使い、自分の出来ることと出来ないことを知る。それがこの『個性』()()テストの目的だろうと蔓岡は考えた。

つまり、ヒーローとして今後伸びるかどうかをこの時点でテストされているのだ。

だとすれば、『個性』を使わず、身体能力も並み程度であるあの少年は、将来性がない(見込み無し)と判断されて除籍させられる。

 

 

だがしかし、蔓岡たちの予想は大きく裏切られることになる。

 

 

「――SMASH!!!」

 

 

彼が大きく振りかぶり、その言葉を叫んだ、その瞬間。

 

まるで爆発するかのような衝撃を生み出しながら、測定用のボールが空を切り裂き天高くブッ飛んでいく。

 

 

「おおおおお!?メッチャ飛んでったぞ!」

 

「すっごーい!!超パワーだ!」

 

 

切島と葉隠が空を見上げて歓声を上げた。絶対に無理だと思っていた分、ド派手な投擲を見せられて興奮したのだろう。

 

 

「あの子、指が真っ赤に腫れてるわ。体を壊してパワーを出す『個性』なのかしら?」

 

「どうだろうな…。そういう『個性』が無いとは言えないけど、あの感じは寧ろ…身体に『個性』が馴染んでいないような…。」

 

 

正直、さっきまでの様子ではもう駄目だろうと思っていたのだが、これで可能性は出てきた。確かにあれでは、下手に『個性』を乱用は出来ないだろう。

同時に、自分自身の浅はかな観察能力を反省する。この場にいる時点で彼も実力を示した者だ。決して侮っていい存在では無かったにも関わらず、勝手に過小評価したのは愚行だった。

 

 

「…無駄に年食ったって言われても反論できないな、これは。」

 

「なんの話かしら?」

 

「独り言。」

 

 

 

―――――――――

 

 

「んじゃ、パパッと結果発表」

 

 

体力テスト八種目全てが終了し、相澤先生の手元に電子ホログラムの順位表が表示された。

 

 

「ちなみに除籍はウソな。君らの最大限を引き出す合理的虚偽」

 

 

 

「はぁーーーーー!!!?」

 

 

「あんなのウソに決まってるじゃない…。ちょっと考えればわかりますわ」

 

 

翻弄された一部からは驚愕の声が上がり、それとは反対に呆れたような声も上がる。

 

 

「本当に最初からウソだったのかしら…?」

 

「まあ、野暮なことは言わないでおこう。」

 

 

恐らく、勘が鋭い者なら合理的虚偽に()()()ということに気が付いただろうが、この場で言っても意味はないので黙っておく。

 

そのあとすぐ、相澤先生はモサモサ頭の男子に保健室利用書を渡してさっさと戻っていった。ので、残った生徒たちは順位表を確認する。

 

 

「私18位かー、もし除籍がほんとだったら危なかった」

 

「私は14位よ。まだまだ頑張らないと駄目ね」

 

「俺9位だ。上には上がいるんだって痛感したぜ…!」

 

「そうね、その上っていうのが……」

 

 

順位表を確認した何人かの生徒が、蛙吹の隣で腕を組んでいるモブキャラっぽい男子に視線を向ける。

 

 

「紫念ちゃん、注目されてるわね」

 

「みたいだな。」

 

 

蔓岡紫念。彼の順位はなんと2位だった。

 

 

「蔓岡ぁ!お前すごすぎだろ!?」

 

「流石に文明の利器には敵わなかったけどな。1位の物質創造系の『個性』は応用力が高い。」

 

「いやいやいやいや!ほぼ身一つでそれの次につく時点で半端ねえって!お前の『個性』こういうの向いてないんじゃなかったのかよ!?」

 

「向いてないぞ。だからほとんど使ってない。立ち幅跳びではガッツリ使ったけど。」

 

「余計スゴいよ!?透明なだけの私の立場も考えて!」

 

「ケロケロ、ちょっと悔しいけど、お友達としては誇らしいわ」

 

 

そんな感じて騒いでいると更に周囲の注目を集めたらしく、何人かが蔓岡の周りに集まってくる。

 

 

「オイコラモブ野郎!!」

 

 

と、そんな人達を押し退けて蔓岡に向かってくる生徒がひとり。爆発寸前の手榴弾を連想させる攻撃的なその生徒は、敵対心剥き出しのギラギラした目付きで蔓岡を射抜く。

 

 

「テメェ絶対俺がブッ殺す!!!」

 

「おう、頑張れ。」

 

 

それに別に臆することもなく蔓岡が軽く返すと、不快感丸出しで舌打ちしながら校内に戻っていった。

 

 

「おい」

 

 

そして、それと入れ替わるようにもうひとりの生徒がやって来た。紅白に綺麗に分かれた髪色の生徒が、先程の爆発少年に負けないくらいの敵対心を秘めた目で蔓岡を見据えた。

 

 

「次は勝つ」

 

「そうか、頑張れ。」

 

 

爆発少年と似たような返しをすると、紅白少年はよくわからない表情で校内に戻っていった。

 

 

「…若いねえ。」

 

「紫念ちゃんも若いでしょ」

 

 

入学早々、好敵手(ライバル)が二人増えたらしい。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

ヒーロー科 1-A担任、相澤消太。

ヒーロー名:イレイザーヘッド。視界に入った相手の『個性』を、見ている間だけ抹消するという凶悪な『個性』を持つ彼は、メディア露出を嫌うアングラ系ヒーローである。

 

そんな机に向かった彼の目線の先には、数枚の資料が並んでいた。

 

 

(蔓岡紫念。入試の実技試験では一位の成績で通過した生徒。それは、入試に使用されたロボットと奴の『個性』の相性ゆえの()()()()だと考えていたが…)

 

 

件の蔓岡は、50m走では3秒台を叩きだし、持久走では息を切らすことなく原付バイクと同じくらい速く完走する。握力でも400kg台、上体起こしも反復横跳びも圧倒的な記録を出し、立ち幅跳びに至っては浮遊して『∞』を獲得した。

 

テスト中、秘密裏に何度か『個性』を消したが、蔓岡の力は全く衰えなかった。ボール投げと立ち幅跳びでは『個性』を使ったのだろうが、それ以外は恐らく素だ。

 

 

(資料で確認した奴の『個性』は『超能力』。他者には視認できない形のある力を操ることが出来る『個性』。能天気なマイクのやつが珍しく不気味と言っていたが…まさしくそれだな。能力の全容が全く掴めない)

 

 

ロボットを無傷で停止させたと思えば、身体能力でも増強系に近い力を『個性』無しで発揮する。はっきり言って能力の底が見えない。

 

 

(…どうやら、もう少し奴を見ておく必要がありそうだな)

 

 

ヒーローに力は不可欠な要素であるが、ただ強ければいいというものではない。肉体面と精神面、この二つが揃って始めて人はヒーロー足り得る存在になる。

 

それが蔓岡紫念にはあるのかどうか。判断のポイントはそこだ。

 

 

 

入学早々、彼は担任にも目を付けられたのだった。

 

 

 




初っ端から二位とかやり過ぎかなと思ったけど、後悔はしていない。




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第7話 ヒーロー基礎学、戦闘訓練

雄英高校に入学から二日目。

 

 

「――んじゃ次の英文のうち間違ってるのは?」

 

(((普通だ)))

 

 

プロヒーロー、プレゼント・マイクの英語の授業を受けていた生徒たちは普通にそう思った。

 

 

ヒーロー育成学校とは言っても、朝から晩まで『個性』を使って競い合う訳ではない。

 

ヒーローというのは職業の一種。仕事をするのに一般教養が無いなんて話にならない。というわけで、雄英高校も午前は必修科目等の普通授業を行うのだ。レベル自体は高いが、基本はどの学校とも変わらない。

 

 

「おらエヴィバディヘンザッ!盛り上がれェーッ!!」

 

 

…訂正、英語の授業だけは度々喧しい。

 

 

 

そこから更に授業は続いていき、午前最後の現代文が終わって昼休みに入る。

 

 

昼ご飯は、雄英の大食堂で一流の料理を安価で食べることができる。ちなみにシェフは、「白米に落ち着くよね、最終的に!!」が決め台詞のクックヒーロー、ランチラッシュ。被災地で単身、無償で人々に食事を配給したという伝説を持つ、珍しい料理人のヒーローだ。

 

 

「紫念ちゃん、お弁当一緒に食べましょ」

 

 

そんな素敵な施設があるのだが、今日の蔓岡のお昼は教室で弁当だ。しかも、蛙吹の手作り弁当だ。女子高生の手作り弁当……世が世なら男子どもが血涙を流して欲する一品を囲んで、二人で蔓岡の机に集合する。

 

 

「…別に俺の分まで作ってこなくていいんだぞ?今日は五月雨(おとうと)君たちに作ったついでに自分のも作ったんだろ?わざわざもうひとつ作るのも手間だろう。」

 

「三つ作るのも四つ作るのも変わらないわ。それに紫念ちゃん、放っておいたら栄養ゼリーで済ませちゃうでしょ。小学校の遠足のとき、お弁当がゼリーひとつだったの忘れてないわよ」

 

「…すまん、有り難く頂くよ。」

 

あのときの話を持ち出されたら反論できないので、感謝してお弁当を頂くことにする。

手を合わせて、卵焼きを箸で掴んで口に入れる。ふんわり食感とともに程よい塩気と卵の旨みが口のなかに広がる。

 

 

「…相変わらずウマイな。」

 

「お口に合って良かったわ」

 

 

次に隣のポテトサラダに狙いを定めていると、後ろから突然声をかけられた。

 

 

「ねーねー!二人って付き合ってるの!?」

 

「む。」

 

 

それに反応して振り向くと、全体的にピンク色で黒目の女の子が見るからにワクワクしている表情でこっちを見ていた。確か、出席番号1番の女子だと思う。

 

 

「付き合ってないわ。幼馴染みでお友達なのよ、三奈ちゃん」

 

「ベタな幼なじみだー!」

 

 

どうやら蛙吹は既に面識があったらしい。モグモグとポテトサラダを咀嚼しながら顔を向けると、今度は此方がターゲティングされたようだった。

 

 

「わたし芦戸三奈(アシド ミナ)!ねえねえ二位の人、名前なんだっけ?」

 

「ゴクン……蔓岡だ、宜しく。」

 

「じゃあ蔓岡!梅雨ちゃんとほんとに付き合ってないの?おべんと作ってもらっちゃって、どーみてもラブラブなカップルだったんだけど!」

 

「…小学校時代から散々言われてきたけど、友達で幼馴染ってだけだよ。弁当の事はとても有り難いと思ってるけど。」

 

「むむむ…これは手ごわいですなあ」

 

 

どうみても納得していない顔をしている。自分も蛙吹も言われ慣れた質問だからそんなに気にしていないが、そこまで悩むほど重要なことなのだろうか?

 

 

「ところで三奈ちゃん。あなたはお昼食べないの?まだ時間はあるけれど、早く食堂に行かないと間に合わないわよ」

 

「たはは、じつはお金忘れちゃって…。今日くらい抜いてもいいかなーと」

 

「午後はヒーロー基礎学だぞ。動き回るかも知れないから食わなきゃ保たんだろ。…ほら、ワンコインで良かったな?金貸すから食べてきなさい。」

 

「いいの!?ありがとー!ちゃんと明日返すから、そのときはなれ初め話聞かせてねー!」

 

 

そう言うが早いか、突然やって来た芦戸は五百円玉を受け取るとバタバタと教室を出ていった。

 

…一体なんだったのだろうか?

 

 

「三奈ちゃん、やっぱりお腹空いてたのね」

 

「…取り敢えず賑やかな奴だというのは分かった。」

 

 

―――――――――

 

 

そんなこんな、よく分からない事もあったが昼食を食べ終え、迎えた午後の授業。

 

 

 

「わーーたーーしーーがーー!!

 

  普通にドアから来た!!!」

 

 

迫力のある笑い声とともに、ヒーローコスチュームを纏った巨漢が教室のドアから現れた。

 

 

()()()()()()だ…!!すげえや、本当に先生やってるんだな…!!!」

 

銀時代(シルバーエイジ)のコスチュームだ…!」

 

「画風が違いすぎて鳥肌が……」

 

 

そう、今現れたこの男こそ、数々の偉業を打ち立て、ヒーロー飽和社会となった現在でさえも活躍し続けるスーパーヒーロー。

 

 

オールマイト。生ける伝説、平和の象徴である。

 

 

「やぁ少年少女、初めましてかな!今年から雄英で教鞭をとることになったオールマイトだ!!

早速だが今日はコレ!!戦闘訓練!!!

 

「戦闘……」

 

「訓練…!」

 

 

クラス中があからさまに色めき立つ。

戦闘、それはヒーローの華とも言える活動だ。皆のテンションが上がるのも無理はない。

 

 

「そしてそいつに伴って…こちら!!入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に沿ってあつらえた…戦闘服!!!

 

『『おおおォッ!!!』』

 

 

全員のテンションのボルテージが更に上がる。

 

 

「着替えたら順次、グラウンド・βに集まるんだ!

格好から入るってのも大切なことだぜ少年少女!!

自覚するのだ!!今日から自分は…ヒーローなんだと!!」

 

 

 

―――

 

そういうわけで、クラス全員が着替えのために更衣室にやって来た。既に男子の半数ほどが着替えを終えて、グラウンドに向かっているところだ。

 

 

「おお蔓岡!お前のコスチュームかっけえじゃんか!」

 

「そうか?」

 

 

横に並んで歩く切島が蔓岡のコスチュームを見て声を上げた。

蔓岡のコスチュームは、黒のボディスーツにフルフェイスマスクといった一切露出がない、何処か鰻を連想させるものだった。飾り気がないと思われるかもしれないが、逆に言えば洗練された装備と言える。無論品質は折り紙つきだ。

 

 

「シンプルな格好もいいな、裸一貫って感じで漢らしいぜ!」

 

「出来る限り動きやすいモノを親父に頼んだからな。」

 

「親父って…蔓岡の親父さん製作会社の人か?」

 

「…『M.I.H』って会社知ってるか?そこの主任技術者やってるんだ。」

 

「『メイドインヒーロー』か!?知ってるぜ、アメリカの大会社!マジかすげえ!」

 

「親父に電話して、申請の時に学校側通して改めて頼んだ。雄英も会社との関係構築に賛成だったからスムーズに…っと、着いたな。ここがグラウンド・βか。」

 

 

少し話をしている間に、目的の場所に到着した。

 

ゲートを抜けた先にあった光景は、入試の実技試験の際に案内された市街地演習場だった。グラウンドには既に人が集まりつつあり、その中には親友の姿もある。

 

 

「蛙吹、早かったな。」

 

「…いつになったら梅雨ちゃんと呼んでくれるのかしら?悲しいわ」

 

「ぐっ……ところで、素敵なコスチュームだな。」

 

「露骨に話を逸らしたわね」

 

 

蛙吹の装備は緑を基調としたボディスーツで、頭にはゴーグルが装備されている。水中戦を可能としたその姿は、蛙吹の『個性』にとても合っている。

…だが少し、ボディラインがくっきり出過ぎではないだろうか?

 

 

「すまん。いつか呼べるように頑張る。」

 

「ケロケロ、期待して待ってるわ。それと紫念ちゃんも格好いいわよ」

 

 

そうしているうちに、生徒が全員集まったらしい。皆の前に立っていたオールマイトが声を上げた。

 

 

「始めようか有精卵共!!戦闘訓練のお時間だ!!!」

 

 

「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」

 

「いいや!もう二歩先に踏み込む!屋内での()()()()()()さ!!」

 

 

フルアーマーコスチュームの生徒からの質問に、オールマイトが今回の訓練内容を説明し始めた。

 

今回は、ヴィラン出現率の高い屋内での戦闘を想定し、我々生徒は「ヴィランチーム」と「ヒーローチーム」に分かれて2対2の屋内戦を行う。

 

シチュエーションは、『ヴィランがアジトに隠した核兵器をヒーローが処理しようとしている』というものだ。

 

ヒーロー側の勝利条件は、15分制限時間内にヴィランを捕獲証明テープで捕まえる。若しくは接触による核兵器の回収。

ヴィラン側の勝利条件は、15分制限時間まで核兵器を守りきる。または捕獲証明テープでヒーローを捕まえる。

 

そしてコンビと対戦相手はくじで決める。モサモサ頭の少年が言っていたが、他事務所との急造チームアップを想定した訓練でもあるらしい。

 

で、肝心のコンビだが――

 

 

「…『E』か。さて、誰が…。」

 

「やっほー蔓岡、さっきぶり!蔓岡も『E』引いた?わたしも『E』なんだあ!」

 

「芦戸か。宜しく頼む。」

 

 

蔓岡とチームを組むことになったのは、ついさっき五百円を貸した芦戸三奈だった。

 

ちなみに、全体のチーム分けは以下の通りだ。

 

 

Aチーム:麗日・緑谷

Bチーム:障子・轟

Cチーム:峰田・八百万

Dチーム:飯田・爆豪

Eチーム:芦戸・蔓岡

Fチーム:口田・砂藤

Gチーム:上鳴・耳郎

Hチーム:蛙吹・常闇

Iチーム:尾白・葉隠

Jチーム:切島・瀬呂

 

 

全員のチーム分けが済んだところで、オールマイトはもう二つ用意してあったくじの箱に手を突っ込み、アルファベットが書かれた二つのボールを手に取った。

 

 

「最初の対戦相手はこいつらだ!!Aチームが『ヒーロー』!Dチームが『ヴィラン』だ!!」

 

 

AチームとDチーム。麗日・緑谷ペアと飯田・爆豪ペアが初戦を行うらしい。

 

 

「ヴィランチームは先に入ってセッティングを!五分後にヒーローチームが潜入してスタートとする。他の皆はモニタールームで観察するぞ!」

 

 

―――――――――

 

 

「屋内対人戦闘訓練、スタート!!」

 

 

そして五分後、オールマイトの開始の合図で訓練が始まった。A、Dチーム以外の生徒は訓練が行われているビルの地下にあるモニタールームで戦闘を観察する。

 

 

「うーん、どっちが勝つだろうね?蔓岡はどう思う?」

 

「…まだなんとも。実力的にはDチームだろうけど、麗日の『個性』も侮れない。何より、緑谷の能力が未知数だ。力の代償に体を壊す『個性』なら迂闊には使えないだろうが、それなしで戦えるかで話は変わってくる。」

 

 

だが双方力を示してここに立つ者、浅慮な判断は不用だ。どちらが勝利を掴むかは、結果が示してくれるだろう。

 

 

と、ここで早速、モニターに動きがあった。

 

通路を進んでいた緑谷と麗日の前に、爆豪が曲がり角から飛び出してきた。

飛び出した勢いで、爆破とともに緑谷を殴り付けようとしていた爆豪だったが、だがしかし、緑谷はそれを予測していたかのように麗日を庇って飛び退いた。

 

 

「奇襲か。まあ常套手段だな。」

 

「緑くんよく避けれたな!」

 

 

体勢を立て直そうとした緑谷に、爆豪は追撃で右の拳を叩きつけようとする。だが再び緑谷が、予測したように爆豪の右腕を掴み、そこから背負い投げの体勢に持ち込み、爆豪を背中から地面に叩き付けた。

 

 

「やるな緑くん!」

 

「相手をよく見ているな。昨日の様子を見る限りでは顔見知りのようだし、昔から動きを研究していたんだろう。」

 

 

その後も戦闘は続いていく。

緑谷が爆豪を引きつけている間に、麗日が核のある部屋に到達。しかし油断から来る行動が原因で、部屋で待ち受けていた飯田に発見される。

 

これで両チームが正面から対峙することとなった。

 

 

だがこの直後問題が起こる。

爆豪のコスチュームである手榴弾型の籠手の機能か、ビルの下階を半壊させるほどの大爆発を緑谷目掛けて射出。次に撃ったら強制終了というイエローカードをオールマイトに宣告される。

 

その間に麗日と飯田が核を巡る攻防を開始するが、機動力の高い飯田に軍配が上がり、麗日は核を確保することが出来ない。

 

 

「うわぁ…どうなるんだろ。ていうか爆豪、捕獲証明テープ巻けば勝ちなのになんでしないの?」

 

「……相手に力を見せ付けて、その上で叩きのめしたいんだろ。プライドの塊みたいな男だったし、あの様子だと緑谷と何か因縁があるみたいだな。だがまあ……爆豪は負ける。」

 

「え、なんで?見た感じ爆豪が勝ちそうだけど…」

 

「…プライド故にってやつか、緑谷に張り合われてるのが我慢ならないらしい。今の爆豪は冷静な判断が出来ない状態だ。」

 

 

蔓岡は二人の戦闘を映したモニターを見る。

爆豪の表情には余裕がない。今にも破裂しそうな風船のような緊張感がある。

対する緑谷は、爆豪の攻撃に怯えてはいるものの、その目は何かを狙っていた。だが、爆豪はそれに気が付いていない。

 

そして、試合はいよいよクライマックスに入る。

 

壁際に寄った緑谷と爆豪がトドメの一撃の体勢に入ると同時に、最上階の麗日が窓際の大きな柱にしがみつく。

 

 

そしてその直後、爆豪の右の拳が緑谷に直撃し――

緑谷の超パワーがもたらした衝撃波が最上階までの床を突き抜けビルを砕いた。

 

 

それによって破壊された柱を麗日が軽くし、飛び上がった瓦礫の破片をその柱で打った。瓦礫は核を守っていた飯田に向かっていき、一瞬彼を怯ませた。

その隙を突き、麗日は自分の体を軽くして大きく飛びあがり、飯田の後ろにあった核に飛び付いた。

 

核の奪取、これで勝利条件を達成した。

 

 

『ヒーローチーム…WIIIIIN!!!』

 

オールマイトのその声で、波乱の戦闘訓練第一試合は終了した。

 

 

 

――――――

 

試合終了後の地下のモニタールームにて好評の時間となった。

 

 

「初戦お疲れ様!ヒーローチーム勝利おめでとう!

まあつっても、今回のベストは飯田少年だけどな!!」

 

「なな!!?」

 

 

今回のMVPは、勝利したヒーローチームの二人ではなくヴィランチームの飯田天哉(イイダ テンヤ)だった。勝利したのに何故なのかと、疑問を持つ者もいることだろう。

 

 

「何故だろうなあ~~~?わかる人!!?」

 

「ハイ、オールマイト先生」

「はい、オールマイト。」

 

 

オールマイトからの質問に二人の生徒が手を挙げた。

ひとりは、推薦入学者であるポニーテールの少女、八百万百(ヤオヨロズ モモ)。もうひとりはフルフェイスマスクの男、蔓岡である。

 

 

「……お先にどうぞ。」

 

「そ、そうですか?では失礼して…」

 

 

蔓岡に順番を譲られた八百万は説明を始める。

 

飯田がMVPを獲得したのは、最も状況設定に順応していたから。相手への対策を施し、核の争奪を想定できていたからというのが理由だ。

 

逆に爆豪は私怨を剥き出しにした独断行動と、屋内での大規模破壊行動が愚策であり、保健室に運ばれていった緑谷も同様の理由。

 

麗日は中盤、気の緩みが原因で飯田に発見されたこと。それと最後の攻撃が核の争奪を想定していなかった乱暴なものだったということ。この二つが減点の理由。

 

最後に八百万は、ヒーローチームの勝利は「訓練」という甘えから生まれた反則勝ちであると付け加えて話は終わった。

 

 

「そ、そうだね…まあ飯田少年もまだ固かったりする節があるわけだが……と、ところで蔓岡少年も何かあるかな?」

 

 

と、散々喋られた後に蔓岡に順番が回ってきた。

彼はあまり考える素振りを見せず、自分の考えを口にした。

 

 

「…概ねは八百万の言った通りです。そこについてはほぼ言及することは無いんですが、ひとつだけ……飯田が開始の際に爆豪を引き留められてたら、あの大規模破壊もなく、もっとスムーズに勝敗は決したでしょう。

身体能力が高い二人を同時に相手取るのは誰もが避けたい。後々分断されるのはしょうがないとして、最初から有利な状況を相手に提供してしまうのは愚策もいいところ。ヒーローチームだけでなく、ヴィランチームにも甘えがあったと…まあそう言いたかったんですよ。」

 

「そ、そうか…!くぅっ、僕としたことが!!」

 

 

飯田が悔しそうに床に膝をつく。MVPの発表の後に水を差してしまったのは悪かったと思っている。

 

 

「そ、そうだね!私もそれが言いたかったんだよね、HAHAHA…」

 

「…私もそこは盲点でした。私怨で動く爆豪さんを御する事は無理だと思って…勉強になりますわ、蔓岡さん」

 

「大層なことは言ってないんだが…。」

 

 

 

「さ、さあ次の訓練に行こうか!次の対戦相手は…こいつらだ!!」

 

 

オールマイトは二つの箱に手を突っ込み、中にあるボールを掴みとる。

 

 

「Gチームが『ヒーロー』!Eチームが『ヴィラン』だ!!」

 

 

「わたしたちの番だ!がんばろ蔓岡!」

 

「はいよ。まあ…人にあれだけ言ったんだから、本気でいかせてもらうか。」

 

 

「ゲェ、相手二位のヤツかよ…自信ねえなあ…」

 

「まあまあ、ウチらの『個性』なら十分張り合えるでしょ。近接戦ならあんたが『個性』ぶっぱすれば強いんだから」

 

「そだよな!俺にまかせとけ!」

 

「…軽いなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

『ヴィ…ヴィランチーム、WIIIIIIIN』

 

 

――その試合の勝敗が決したのは、開始から1分が経過した直後だった。

 

 

「……え?何が起きたん…?」

 

「わ、わかんねぇ……気付いたら、もう…終わってた」

 

 

モニタールームの全員が、ひとつの画面に釘付けになっていた。その画面には、ぐったりして宙に固定されているGチームの上鳴電気(カミナリ デンキ)耳郎響香(ジロウ キョウカ)。そして、その通路にただ立っている蔓岡が映し出されていた。

 

 

あまりにも、呆気ない決着であった。

 

 

 

 

 

「えーと……講評なんだけど、二人とも大丈夫?」

 

「ハイ…大丈夫です。ちょっと痺れますけど…イツツ…」

 

「うぇ……うェーぃ」

 

 

痺れた様子のGチームの二人は、保健室に行くことなくモニタールームで講評を聞こうとしていた。実際外傷はないので問題はないのだろうが、少しばかりキツそうだ。上鳴に至っては『個性』の反動で知能が下がっていた。

 

 

「じゃあ取り敢えず始めるね!今回のベストは蔓岡少年だ!なんでかわかる人!」

 

 

オールマイトが問いかけると、やはり手を挙げたのは八百万だった。だが、先程の講評の時とは違い表情には自信がなさげだ。

 

 

「それは、蔓岡さんがお二人を無力化したからなのですが……すみません、何が起きていたのかよく分からなくて。蔓岡さん、よろしければ説明していただきたいのですが…」

 

 

その言葉で、全員の視線が蔓岡に向いた。

マスクを外した彼は少し考える素振りを見せると、すぐに説明を始めた。

 

 

「…特別なことは何も。ただ『個性(スタンド)』で相手側の位置を把握して、全速力でそこに向かって、反撃される前に二人まとめて縛り上げただけ。

そのあと捕獲証明テープ巻こうとしたら上鳴が、『個性』の電撃をぶっ放して耳郎が巻添えで行動不能になって、本人も『個性』のデメリットなのか行動不能に。俺はヒーロースーツのお陰で感電を免れ、その隙にテープ巻いてお仕舞い…っていう流れ。」

 

「わたしは蔓岡に言われてトラップ作ってたよ。歩いてたら床が抜けるように()で腐食させてね。結局使わなかったけど」

 

 

「そ、そうなのですか。ご説明ありがとうございますわ」

 

 

説明が終わったあとも、恐らくほとんどの生徒が蔓岡の言ったことをイマイチ理解できていなかっただろう。

何せ、位置を把握した、縛り上げたと言われても、何も見えなかったのだから。

 

蔓岡の『個性(スタンド)』は他者には見えない。

 

だから生徒たちからすれば、訳がわからないうちにヴィランチームが勝っていたとしか感じられなかっただろう。

 

 

「ケロケロ、流石紫念ちゃんのハーミットパープルちゃんね。戦うのは初めて見たけど、とっても強いわ」

 

 

―ただ一人、能力の全容を知っている蛙吹以外は。

 

 

「え!?梅雨ちゃん蔓岡くんの『個性』知ってるん!?ていうか見えてたの!?」

 

「教えてくれ梅雨ちゃん!こういうの人に聞くのってなんか漢らしくねえと思うけど、気になるんだ!」

 

「私も私もー!」

 

「教えて蛙吹!」

 

「ケロ…」

 

 

蛙吹はチラリと蔓岡に視線を送る。話しても構わないか、という確認だろう。それに蔓岡は黙って頷く。

 

 

「…紫念ちゃんの『個性』は『超能力』。目には見えない、でも形のある力を操る『個性』よ」

 

 

蛙吹の話にモニタールーム全体が耳を傾けていた。オールマイトもこっそり聞き耳を立てている。

 

 

「その形なんだけれど、紫念ちゃんが言うには茨の蔓みたいな形らしいの。だから響香ちゃんと上鳴ちゃんは、宙に浮いたあのとき()()()()()()のよ」

 

「じゃあ二人のいる場所がわかったって言うのは?」

 

「それも紫念ちゃんの『個性』、ハーミットパープルちゃんの能力よ。むしろそっちが本来の使い方って聞いたわ。他にも機械とかを操れたりするみたい」

 

「マジかよ…」

 

 

話を聞いた大半の生徒は言葉を失った。

普通、『個性』が応用できる範囲は限られている。例えば爆豪の爆破だが、彼はこれを攻撃以外に移動手段としても利用できる。

だが極端な話、爆破で物を治す事は不可能であるように、ひとつの『個性』に出来ることはその『個性』の本質に沿ったものしかない。

 

だが蔓岡は、ひとつの『個性』に多くの長所がある。

目に見えない拘束攻撃と、相手の居場所を把握する能力。機械を無力化できる能力。

長所が多いということは、それだけ出来ることの幅か広いということになる。つまりは、現時点で最も多くの手札を持っているのは蔓岡だということが判明したのだ。

自分ならどう攻略するのか、一部の生徒は考え始めていた。

 

 

「んっんん!皆そろそろ次行くぞー!」

 

 

しかし、オールマイトの声で気を取り直した生徒たちは、すぐに自分達の訓練に集中し始める。

 

 

 

「ケロ、ごめんなさい、つい口走っちゃって…。教えても良かったの?」

 

「何時かはバレるからな。今でも後でもそう変わりはないさ。それに、見えない攻撃に対抗してくる奴がいるならそれもいい。」

 

 

蔓岡の隠者の紫(ハーミット・パープル)はまだ成長できる。だが恐らく、単純なトレーニングをしたところでこれ以上は育たないだろう。

 

壁が必要だ。『個性(スタンド)』の成長を一気に促すための越えるべき壁が。

 

 

「それがこの中から出てきてくれるか。楽しみだな。」

 

「…ところで紫念ちゃん。チーム戦なのにひとりで走っていくのはよくないわよ」

 

「……すまん。」

 

 

 

 




蔓岡のコスチューム

・フルフェイスマスク
マスク内部に映像が映し出されるようになっており、『個性(スタンド)』の念写能力と併用することでリアルタイムで相手側の位置を探ることが出来るハイテク機器。その他にも小型のラジオも搭載されており、場合によっては念聴も可能。

・ボディスーツ

ヒーロー活動における、あらゆるシチュエーションに対応するために『M.I.H』が開発した万能型戦闘服の試作品。耐火性、耐電性、耐水性など、数多くの機能が搭載された技術の結晶。
特殊な繊維が使われているため、波紋の伝導率が人体よりも高い。決してサティポロジアビートルの腸を編んで作られたわけではない。
尚、この戦闘服で行われた戦闘データは数値として本社に送られ、今後のコスチューム改良に利用される。



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第8話 放課後、動き出す者たち

「お疲れさん!皆初めてにしては今回の訓練、なかなか上出来だったぜ!!」

 

 

あれから全チームの戦闘訓練が終了し、クラス全員が再び演習場の出入り口に集まっていた。

約1名の重傷者を出しはしたが、終わってみれば授業自体は至極まともで、昨日の除籍の危機があったテストに比べれば精神的には楽だった。勿論、それは皆が真剣に取り組んだ結果あってこそなのだろうけど。

 

 

「それじゃあ皆、着替えて教室に戻ろ!私は緑谷少年に講評を聞かせなければ!じゃあね!!」

 

 

そう言うや否や、オールマイトは物凄い勢いで出入り口を通過していき、すぐに見えなくなってしまった。No.1ヒーローだけあって、走力も尋常じゃない。

 

 

「急いでたわね、オールマイト。緑谷ちゃんが心配だったのかしら」

 

「…それにしては焦っていたような…。まあ、最初の授業で大怪我させたから気に病んでるのかもな。」

 

 

 

そうして、皆は着替えて教室に戻った。

その後すぐに行われた相澤先生のホームルームで、今日一日の授業が終わり放課後となる。

ホームルーム後、数名が教室を出て帰路についたが、その他の生徒は教室に残って戦闘訓練の話をしていた。所謂反省会というやつだ。

 

 

「にしてもよー、ありゃ反則だぜ蔓岡ぁ。俺なんもできなかったぞ?」

 

 

そう言ったのは、蔓岡たちEチームと対戦したGチームの上鳴だ。彼の『個性』は『帯電』。電気を纏い、それを放出することが出来るという強い『個性』なのだが、ワット数が許容容量を超えると脳がショートしてしまうという欠点がある。

同じチームの耳郎は既に帰ったらしく、教室に姿は見えない。

 

 

「そう言われてもな…。俺も全力を尽くした結果だし、そもそもあのとき電撃を放ってなければ耳郎の方は何か出来ていたんじゃないか?」

 

「それ耳郎にも言われた……あんときはパニクってて思わずやっちまったけど、今考えると失敗だよなー…」

 

「終わったことで悩んでてもしょうがねえって。次からは気を付けて戦えばいいんだよ!」

 

「おう…そうだよな」

 

 

切島からの励ましで、落ち込んでいた上鳴の気分も多少は晴れたようだった。そんな二人の間に割って入るように透明女子の葉隠がやって来る。

 

 

「でもさ、蔓岡君の『個性』ってすごいよね!拘束も出来るし機械にも強いし、相手のいる場所も分かっちゃうし!何でもできちゃうんじゃない!?」

 

「いや、流石に何でもは無理。隠者の紫(ハーミット・パープル)にも射程距離に限界はあるし、拘束するにしてもパワーは人並み()だから、力にものを言わせる相手は抑え切れない。」

 

 

隠者の紫(ハーミット・パープル)の射程距離は最大15m。しかも射程距離の限界に近付くほどパワーは落ちるため、相手を動けないレベルで拘束するには5m圏内まで接近しなくてはならない。しかしそれでもパワーは人並みなので、人並み以上の力を持つ相手には振り解かれる可能性が高い。

 

 

「でもよ、相手の居場所がわかるって言うのは普通にすげえよな」

 

「それ俺も思った。ヴィランでも人質でも探せるってことだろ?そんな便利な『個性』プロでもそんないないんじゃね?」

 

「…まあそっちが本命だからな、俺の場合。スマホやパソコンがあれば、『個性(スタンド)』で自分中心の半径3km内の地図が作れて、そのデータ上に探し物の場所を反映することが出来る。でもカメラを使った念写とラジオやテレビを使う念聴には少し欠点があってな…。教えてくれるのはあくまでヒントだけなんだ。」

 

「ヒントだけって?」

 

「…例えば探している人がいたとして、念写を使って写るのは()()()()()()()()()になる。だがそこまでの道筋は教えてくれない。

念聴は結構ハッキリ情報をくれるが、あくまでもその情報は第三者視点から視た光景で、聞き手が意味を取り違える可能性がある。」

 

「えーっと例えば、敵の追っ手Aがどんな人なのか知りたいときに念聴?を使うと、そのAの情報が教えてもらえる。でもその追っ手Aがもう仲間のBに変装とかしてた場合は、Bに気を付けろー!とか聴こえてきたり?」

 

「…うん?まあ、そんな感じかな。」

 

 

葉隠の言葉で、似たようなシチュエーションを漫画で見たのを思い出した。確かあのときは相手のボスが念聴に割り込んできて、名言とともに媒介にしていたテレビが爆発したんだったか。

 

 

「他にも弱点はあるが……まあ、俺の『個性(スタンド)』に関してはそんなとこだ。」

 

「聞けば聞くほど便利な『個性』だなあ……。それにしても、このクラス『個性』強いやつ多くねえか?爆豪の『爆破』もそうだし、推薦組の二人もヤバかったぞ」

 

「八百万さんと轟君だね。確かにあれはいろんな意味で反則だよー」

 

 

今話題に上がったのは、推薦でヒーロー科に入学した二人だ。

 

一人は、講評の際には積極的に発言したポニーテールの少女、八百万百。

彼女の『個性』は、自身の体から物体を創り出す『創造』。戦闘訓練では『個性』で強固なバリケードを創り出し、核の配置してある部屋への侵入を完全に防いだ。

 

そしてもう一人が、『個性』把握テストの際に蔓岡に宣戦布告してきた少年、轟焦凍(トドロキ ショウト)だ。

彼の『個性』は『半冷半燃』。体の右半分で凍結を、左半分で炎熱を操る。戦闘訓練では、ヴィランチーム諸共ビル全体を凍り付かせるというとんでもない事を平然とやってのけた。恐らくは、彼がこのクラスで最も強い『個性』を持つ人間だろう。

 

 

「とくに轟君はやばかったねー。私コスチューム全部脱いでたから、足が床に張り付いちゃってちぎれるかと思ったよ」

 

 

葉隠が身ぶり手振りでその時の感覚を表現しようとしている。何を隠そう、轟のチームと対戦したのが葉隠のチームである。ちなみに、彼女のコンビだった尾白猿夫(オジロ マシラオ)は核の前に陣取っていたのだが、葉隠と同様に戦闘を行う間もなく凍らされ、無警戒の轟に真横を素通りされてしまうという結果に肩を落としていた。

 

 

「ありゃもうチートだぜチート、俺の電撃でも勝てる気しねーよ」

 

「俺の『硬化』も無理かもなあ…。体を硬くすれば氷はぶっ壊せるけど、連発されたら厳しいぜ。蔓岡ならどうやって対抗する?」

 

「…『個性(スタンド)』の射程距離の外から攻撃されたら逃げ回る他ない。氷を壊すことも出来るが、切島と同じで長くは保たないだろう。」

 

「そっか、じゃあそこは俺たちの課題だな!あ、そうだ、それで聞きたいことがあったんだけどさ。戦闘訓練のとき蔓岡メッチャ速く動いてただろ?あれも『個性』なのか?」

 

 

その質問をされて、蔓岡はどう答えたらいいものかと迷った。蔓岡が肉体強化に用いる『波紋法』が『個性』によるものなのか、単純に技術なのか、正直に言うと()()()()()としか返せない。

この世界に『個性』という超常が存在する以上、これが技術という確証もない。元々備わっていた増強系の『個性』かも知れないのだ。

 

 

さてどうしようと悩んでいると、不意に教室の扉が開かれた。反射的に目を向けると、そこには大怪我をして保健室に搬送された緑谷が立っていた。まだ右手が吊られているところを見ると完治した訳ではなさそうだが、思ったよりも元気そうだった。

 

 

「…緑谷が来たな。さて、挨拶に行こうかな。」

 

「おっ、ホントだ!俺も言いたいことあるんだ!」

 

 

切島たちが話に乗ったのをこれ幸いと、蔓岡は緑谷の方に歩いていく。見ると、周りのクラスメイトたちも緑谷のところに集まっていた。

 

 

「緑谷!おつかれ!何喋ってっかわかんなかったけど、アツかったぜおめー!!」

 

「へっ!?」

 

「あの爆豪の攻撃よく避けたよー!すごいじゃん!」

 

「1戦目であんなのやられたから、俺らも力入っちまったぜ!」

 

「えっあっの、え!?」

 

 

矢鱈と動揺している緑谷を皆で囲み、各々が激励と自己紹介を始めた。その流れに乗って蔓岡も前に出る。

 

 

「俺は蔓岡、宜しく。」

 

「あああの、よっよろしく…」

 

 

緊張した様子の緑谷と、空いている左手で握手を交わす。

 

 

「あの、それで、ちょっと聞きたいことが……その、かっちゃんはどこに…」

 

「かっちゃん?」

 

「ええとあの、かっちゃんっていうのは、ば爆豪、くんのことで…」

 

「…爆豪なら、さっき帰っていったぞ。何か酷く思い詰めた様子だったが…。」

 

「!ち、ちょっと僕、行かなくちゃいけないとこが!その、また後で!」

 

 

緑谷はそう言い残すと、慌てて廊下を走っていってしまった。

 

 

「あっデクくん!怪我してるのに走ったら危ないよー!」

 

「急にどうしたんだろ?」

 

「ケロ、爆豪ちゃんを探してるみたいだったわ。訓練中に何かあったのかしら?」

 

 

気になった者が数人、校門が見える窓側に移動していく。教室を出ていった時間的に、恐らく爆豪は校門付近にいると思ったからだ。

 

案の定、校門の辺りに爆豪はいて、間もなくそこに息を切らせた緑谷がやって来た。ここからでは全く聞こえないが、何か話をしているらしかった。

 

 

「…何話してるんだろうね?」

 

「こっからじゃわかんねーな」

 

「男のインネンってヤツだよ…!」

 

 

やがて話は終わったようで、爆豪が目元を拭うような仕草をしながら校門に向けて歩き出す。直後、何故かオールマイトが何処からか飛んできて爆豪を呼び止めたり、更にそのあと緑谷と何かしら話していたりと色々あったが、取り敢えずあちら側は一段落したらしい。

 

 

「結局なんだったんだろ?お茶子ちゃんが言ってた男の因縁なのかなやっぱり」

 

「さあな…でも、なんか二人とも漢らしかったぜ!よし!緑谷戻ってきたらみんなでどっか飯食いに行こうぜ!反省会もかねてさ!」

 

 

切島が勢いよく宣言すると、ほとんどのクラスメイトがそれに賛同した。やはり高校生、仲間同士で寄り道というのは胸踊る何かがあるのかもしれない。

結局、戻ってきた緑谷は怪我で参加はしなかったが、他の集まった者たちで近場のマックで反省会を行った。

雑談なども交えながら今日の戦闘訓練についての考えをお互いに話し合い、結構充実した、楽しい時間を過ごすことが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

ヒーロー科の生徒がそんな事をしていた頃―――

 

 

 

 

 

 

 

「……明後日辺り、雄英いくぞ」

 

 

恐らく日本の何処か、地下にあるような寂れたバーにて、二人の人間が話していた。

 

一人は、肌が漆黒の靄に包まれた性別不詳の人型の存在。バーテンのような服装を見るに、男だと推測できる。

 

そして、今発言したもう一人の男は、体中に数多くの()を張り付けた、明らかに異常な存在だった。

 

男は新聞をカウンターに放り、更に言葉を続ける。

 

 

「見ろこれ。()()()()()()……あの平和の象徴サマが雄英の教師だとさ。こんなに大々的に発表されてるんだ…近いうちにマスコミが大挙して押し寄せるだろ」

 

「…そこで混乱を起こし、それに紛れて目的を達成する。そういうことですね」

 

 

靄を纏った人型の言葉に、顔にまで手を張り付けた男は口の端を吊り上げた。

 

 

「はは……もうじき()()からアレも届くんだろ?捨て駒もすぐに集められる。なァ、流れは俺たちに向いてきてる。そうだろ?」

 

「油断してはなりません。相手はあのオールマイトですので」

 

「……ッさいなァ……せっかく気分良かったんだ、水差すなよ。……殺すぞ」

 

「…失礼しました」

 

 

手の男はバーカウンターの席に腰を降ろし、グラスに注がれた飲み物を呷る。

 

 

「…はぁ……なァ、どうなると思う?平和の象徴(オールマイト)が………ヴィランに殺されたら

 

 

 

 

 



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第9話 動き出した悪意

「…何の騒ぎだ、あれ。」

 

 

オールマイトによる戦闘訓練が行われた、次の日。普段通り学校に登校していた蔓岡は、校門前に集まった人集りをみて思わず呟いた。

 

 

「カメラやマイクを持っているわ。きっといつものマスコミね」

 

「なるほど。新任教師のオールマイト目当てってことか。ご苦労なこったな。」

 

 

同じように横を歩いていた蛙吹の言葉で、あれが何を目的とした集団なのか見当がついた。

二日ほど前に発行された新聞で、オールマイトが教師として雄英高校にやって来たと大々的に報道されていた。恐らくはそれをネタに特番でも作ろうとしている報道機関の者たちだろう。

 

 

「こんなに多いのは初めてね。昨日まではこの時間には居なかったのに…見た限りじゃ100人はいるわ」

 

「本人にコメントのひとつも貰えないから、取り敢えず標的を生徒に変えたんだろ。…あそこにいられるのは邪魔臭いな。」

 

 

マスコミたちは校門前で固まり、やって来る生徒たちを取り囲んではマイクを突き付け質問責めにしていた。大方、オールマイトの授業の様子を聞き出したいのだろうが、あれでは明らかに通行の妨げになっている。

 

 

「でも通らなきゃ中に入れないわ。行きましょ」

 

「相変わらず肝が据わってるな。尊敬するよ。」

 

「紫念ちゃんも大概でしょ」

 

 

軽口を言い合いながら校門の前に差し掛かると案の定、あっと言う間に報道陣に包囲された。

 

 

「オールマイトの授業について聞かせて!!」

 

「平和の象徴が教壇に立つ様子を!」

 

「オールマイトの今後の方針について知ってることを全部!」

 

 

次から次へと矢継ぎ早に質問が飛んでくる。これでは答える間もないし普通に喧しい。これまでろくなコメントが撮れなかったのだろう、向こうも必死の形相だ。

 

 

そんな周囲の様子を気にも留めず、最初から答える気ゼロだった蔓岡たちは人の垣根をするする抜けていき、さっさと学校の敷地内に入ってしまう。連中も不法侵入を犯すのは避けたいだろうし、ここまで来れば迂闊には追ってこれないだろう。

 

 

「…勢いが凄かったわ。オールマイト、よくあの中でヒーロー活動ができるわね」

 

「ほんとにな。」

 

 

No.1ヒーローの精神力に二人して感心しつつ、マスコミの騒ぎ声を背に教室へと向かっていく。

 

 

 

「あっ、蔓岡君と梅雨ちゃん!おはよー!」

 

「おやおや朝から二人で登校とは、お熱いですなあ。あ、蔓岡これ昨日借りたお金!ありがとね!」

 

「はい、どういたしまして。」

 

 

教室に入ると、透明女子の葉隠と怪しい笑顔の芦戸に出迎えられた。蔓岡は芦戸から渡された500円をポケットに仕舞い、鞄を机に置いてから会話に参加した。

 

 

「ねえねえ!二人はマスコミに声掛けられた?私インタビュー受けてカメラにも撮られちゃったんだー!身だしなみとか大丈夫だったかな?寝癖とかあったらどうしよー!?全国放送されちゃう!」

 

「いやいや、葉隠透明だから映ってなくない?」

 

「そうだったー!?」

 

「…朝から元気だな。声は掛けられたけどすり抜けて来たよ。」

 

「私もよ。何か言った方がいいかと思ったけれど、授業に遅れたら困るから何も話せなかったわ」

 

 

他にもマスコミの被害者がいたらしい。この調子だとあとどれくらい増えることやら。学校終わりまでには居なくなっててくれればいいのだが、今日授業が入っていないオールマイトを狙うと言うからには夜中まで粘るつもりかも知れない。向こうも仕事だから仕方がないとはいえ、流石に鬱陶しい。

 

 

その後も他愛のない話を続けていると、担任の相澤先生が入ってきてホームルームの時間となった。朝の挨拶から始まり、昨日の戦闘訓練の簡単な講評をしたあと、先生はさて、と本題に入った。

 

 

「急で悪いが、今日は君らに…学級委員長を決めてもらう」

 

『『学校っぽいの来たー!!!』』

 

 

また何か臨時テストでも行うのかと身構えていた生徒たちは、先生から出た言葉であからさまにホッとした様子を見せた。そして次の瞬間には、自分がやりたい!と挙手する者が続々と現れる。

 

普通、学級委員長といえば何かと面倒な立ち位置だ。先生から雑務を言いつけられたり、騒ぐクラスメイトを纏めたりと、とてもじゃないが自分からやりたいとは言えない役職で、授業時間一杯まで押し付け合うのが大体の流れだろう。

 

だがこの雄英、ひいてはヒーロー科では、多くの人間を纏め上げる技量を培うことができるという理由から、今のように率先してやりたいと願うものが多いらしい。

 

 

「静粛にしたまえ!!」

 

 

そんな皆の熱気を切り裂くように、ひとつの声が飛んだ。声の主は、真面目を絵に描いたような出で立ちの眼鏡の男子、飯田である。

 

 

「学級委員長とは、『多』を牽引する責任重大な仕事だぞ…!やりたいものがやれるモノではないだろう!!

周囲からの信頼あってこそ務まる聖務…!民主主義に則り真のリーダーを皆で決めるというのならば……これは投票で決めるべき議案!!!」

 

 

確かに、納得のいく理屈だ。ヒーロー科における委員長は、クラスメイトを引っ張っていかなくてはならない。やりたい者にそれが出来る技量があるとは限らない以上、あとから不平不満が出るよりは皆で相応しい人間を最初に決めた方が後腐れがなくていい。

流石は飯田、この短期間で真面目の権化と言われるだけある説得力だ。

 

だが――

 

 

「「そびえ立ってんじゃねーか!!何故発案した!?」」

 

 

その飯田の右手は、天を貫かんばかりに真っ直ぐと伸びていた。尤もらしいことを言ったが、飯田も委員長をやりたいらしい。

 

 

結局、飯田の発案通りに投票が行われることになった。相澤先生も時間通りに決まれば過程は何でもいいようで、さっさと寝袋に入ってしまった。寝不足なのだろうか。

 

 

(さてと、ささっと書いてしまおう。)

 

 

大体が投票用紙に自分の名前を書く中、蔓岡は紙に「蛙吹」と書いて投票箱に入れた。正直自分以外なら誰でも良かったのだが、委員長を任せられるほど信頼できる人間といえば、長い付き合いの彼女しか思い浮かばなかった。彼女もやりたそうにしていたし問題はないはずだ。

 

で、肝心の投票結果だが。

 

 

「ぼ、僕三票ーーーっ!!?」

 

 

なんと、緑谷が三票で委員長に決まった。一人は自分の票だとして、他に彼に入れた人物が二人いたということだ。

そして副委員長は、八百万と蛙吹が同じく二票だったので、最終的にじゃんけんで勝った八百万が務めることになった。

 

で、投票を提案した当人だが……

 

 

「0票…!わかってはいたが、流石は聖職といったところか…!」

 

 

他の人物に投票したらしく0票という結果だった。自分もやりたかっただろうに、それでも他の信頼できる誰かに票を入れるというのは、真面目が過ぎるというかなんと言うか…。

 

 

 

 

―――

 

 

で、そんなこんなあってお昼時。

 

 

「でも意外だったねー、緑谷君が委員長になったの」

 

「そうかなぁ?昨日の訓練でなんかスゴかったし、なっとくの結果だけど」

 

「そうね。とても緊張していたけれど、何だかんだで上手くやると思うわ」

 

 

教室で葉隠、芦戸、蛙吹が机をくっ付けて仲良く弁当を食べていた。話題は先程の投票結果についてだ。

 

 

「でも残念だったねー。梅雨ちゃんも二票だったのに」

 

「それはしょうがないわ、負けちゃったもの。でもモモちゃんなら立派に副委員長をやれるわ」

 

「ヤオモモ講評のときいっぱい喋ってたもんね。でも誰なんだろうなぁ~、梅雨ちゃんに一票入れた入試1位の男子生徒は~……ねー蔓岡ぁ」

 

「……ほぼ名指しじゃあないか。」

 

 

その流れで、蛙吹の隣で購買の焼きそばパンを食べていた俺に話が振られた。

 

 

「まあ確かに、入れたのは俺だよ。俺は委員長とかやる気ないし、蛙吹なら向いてるからな。」

 

「そうだと思ったわ。紫念ちゃん昔からこういうのやらないものね」

 

「くぅー!なんかお互いのことがわかってる感じがする!」

 

「夫婦だね!ツーカーってやつだね!」

 

 

葉隠と芦戸のテンションが一気に上がっていく。女の子というのはどの世界でも色恋沙汰が好物らしい。そんなことを思っていると、そのままの勢いで芦戸にぐわっと詰め寄られた。

 

 

「ねえねえねえ!そう言えば馴れ初め話聞かせてくれる約束だったよね!聞かせて聞かせて!」

 

「約束していないんだが…。」

 

「それに恋人でもないわよ。お友達になった切っ掛けなら話せるけど」

 

「あ、それ聞きたーい!」

 

「むむむ、それも気になるなぁ…。じゃあ今日のところはそれで勘弁しよう!」

 

「今日のところはって…これ続ける気か。」

 

 

とはいえ、どうやら話をすることは決まっているらしい。仕方がないので過去の記憶を掘り返してみる。蛙吹と話すようになったのは幼稚園の年中組の頃からだったはず。

 

…と、色々と思い返してみて気が付く。

 

 

「………………俺、どういう経緯で蛙吹と知り合ったんだっけ。」

 

「えっ!覚えてないの!?」

 

「うっそ!?こんだけ仲良いのに!?」

 

 

二人が驚いた声を上げているが、恐らく俺が一番驚いているだろう。10年以上の付き合いだというのに、そもそもの切っ掛けが全く思い出せないのだ。なんだろう、始まりが幼稚園時代だったのは確かなのだが、気が付いたら隣でケロケロしていたという記憶しかない。

 

 

「ケロ……ちょっとショックだわ」

 

「す、すまん…。」

 

 

しょんぼりする蛙吹を見て本当に申し訳ない気持ちになってくると同時に、謝ることしかできない自分が情けなくなる。必死に頭を働かせてみるも、やはり思い出せない。

だがしかし、彼女は次の瞬間にはケロっとした顔で葉隠と芦戸に向き直った。

 

 

「それじゃ私が話すしかないわね。ついでに紫念ちゃんの事も色々喋っちゃおうかしら」

 

「おー!なんか面白いことになってきたー!」

 

「たしかに蔓岡のちっちゃいころの話は気になるー!」

 

 

…なんだか非常に不味い事になった気がする。蛙吹も俺に対してのからかい半分なのだろうけど、本人がいる前で昔話をされるというのは中々にキツいものがある。だがそもそもの本題を忘れてしまっていた俺には止めることが出来ない。

 

蛙吹の口が開かれようとした、その時だった。

 

 

 

 

ウウーーーーーーーーー!!!

 

 

 

 

「わっ!!?なにこれ!!」

 

「びっくりした!なにこの音!?」

 

 

けたたましいサイレンが校内に響き渡る。消火栓ボックスの警報音を数倍大きくしたような酷く耳障りな音だ。

 

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください。繰り返します―――』

 

 

 

「ケロっ!これって…!」

 

 

次のアナウンスで事態は把握できた。セキュリティというのは雄英高校の侵入者対策で、ホームページによると校門付近に1から3まであり、3が最も厳重なシステムだという。

それが突破されたということは、つまり。

 

 

「侵入者……ヴィランか!?」

 

 

蛙吹たちとともに急いで廊下に出る。既に廊下には放送を聞いた生徒たちでごった返していたが、構わずかき分けて窓の方に近付いていく。廊下の窓は一面ガラス張りになっており、ここから雄英の校門の方が見渡せる。侵入者の正体は何なのか、それを確かめるつもりだ。

 

 

見ると、侵入者を探知して閉まる校門のセキュリティゲートが、まるで砂のように粉々に崩れた無惨な姿を晒していた。

人の力で抉じ開けたとか、そんなレベルのものじゃあない。明らかに『個性』が使用されている。

 

壊れたゲートから目を離し、いるであろう侵入者を探すと…すぐにそれは見つかった。

 

侵入者はゾロゾロと集団で動き、その手には大型のカメラやマイク等の機材が握りしめられている。彼らは校舎の方向に迷わず進んでいっている。

 

 

報道陣だ。セキュリティを破って侵入したのは、校門前にいた大勢のマスコミ達だ。

 

 

「あれって…今朝のマスコミだよね??」

 

「もしかして侵入者ってあれなの!?」

 

「ケロっ、どうやって入ってきたのかしら?まさか、セキュリティを壊して……だとしたら、どうしてそんなことを?」

 

 

その通りだ。あのマスコミ連中は何故敷地内に侵入したのだろうか?

 

考えてもみてほしい。『個性』の無断使用は違法行為だ。それが人命救助等のやむを得ない場合は例外となる事もあるらしいが、今回の()()()()()()()()という行いは間違いなく違法だ。それもヴィランと判断されても仕方のないレベルの暴挙である。

 

しかも彼らの目的は恐らくオールマイトのコメント。

それだけのために、ヴィラン認定覚悟で、プロヒーローが数多く教職に就くこの雄英高校に器物破損して突撃するような馬鹿な真似をするだろうか?損得の釣り合いがまるでとれてない事など一目瞭然だろうに。

 

 

「…実際マスコミは入り込んでる。どんな理由があるにしても、それは事実だ。…俺の『個性(スタンド)』はその原因を探ることが出来る。やってみよう。」

 

 

制服のポケットからスマホを取り出し、『ラジオ』のアプリケーションを起動する。適当に選んだ局の昼のニュースが流れてくるが、気にせずスピーカー部分を耳元に当てる。

 

その直後、隠者の紫(ハーミット・パープル)を発動してスマホに干渉する。これで『念聴』の準備が整った。

 

別に、こんなことをする必要性はない。もしこれで何かが分かったとしても、どのみちプロヒーローが対処すればこれ以上の侵入はさせないだろうし、時間が来れば警報音を聞き付けた警察がやって来てマスコミ連中を連れていくだろう。

 

…だがここで知っておかなければならない()()()()のだ。あの、粉々に粉砕されたセキュリティゲート見た時から嫌な予感がしていた。あの躊躇のない壊し方は、話題の人からコメントが欲しいだけの一般人がやったとは思えない。

 

もしも、このマスコミの侵入に裏があるのだとしたら……。

 

 

(念のためだ…考え過ぎならそれでいい。()()()()()()()()()()()()()()()()。)

 

 

そう自分に言い聞かせながら、念聴を開始する。

 

すると、ラジオの周波数が切り替わり、別の放送が始まる。直後にまた切り替わり、それが幾度も繰り返される。

 

やがて切り替わるタイミングが不規則に変わり、そこからひとつの文章が浮かび上がってきた。

 

 

〈『ゲートを』『怖』『下の』『は増す』『込みで』『は』『ない』『犯人は!』『食』『陰湿』『2』『侵入して』『いル』『認』『原』『だッ!』〉

 

 

「……なんだと!?」

 

 

ラジオからはこう聞こえた。

 

『ゲートを壊したのはマスコミではない。犯人は、職員室に侵入している人間だ』

 

 

念聴は、聴き手の捉え方ひとつで意味が変わってしまうことがある、ある種不確実なものではあるが、絶対に虚偽の情報は伝えて来ない。

 

これをそのままの意味で捉えれば、ゲートを破壊してマスコミを中に入れた()()は、雄英高校の職員室に入り込んでいる、ということになる。

 

 

「どうしたの、紫念ちゃん。今、ハーミットパープルちゃんを使ってラジオを聴いてたみたいだけど…」

 

 

何か異常を察知したのか、心配した様子の蛙吹に声を掛けられた。

 

 

「…念聴を使った。マスコミが中に入った原因を探ろうと思ってな。そうしたら、ゲートを壊した何者かが職員室に侵入していると返答された。」

 

「ケロっ…!それじゃあ、マスコミが入ってきたのはそれに便乗したからで、その誰かの目的って…!」

 

「…職員室にある何かってことだ。」

 

 

とにかく、侵入が分かったのなら次はその姿を捉えなくてはならない。スマホのカメラ機能を起動し、即座に現在の職員室の状況を『念写』する。

 

 

シャッター音が鳴り、5秒すると画面に写真が表示された。そこに写っていたのは混雑した教室前の廊下ではなく、ましてや教師の仕事机が並んでいるだけの職員室でもなかった。

 

 

写っていたのは、画面を覆うほどの()()()と、それに巻き込まれるように身体の半分ほどが見えなくなった()()だった。

 

 

「っ……!」

 

 

隣で蛙吹が息を呑んだのが分かった。当然だ、これを見たら誰だってヤバイと思うだろう。この写真に写っている()()は、マスコミだとか泥棒だとか、そんなチャチなものじゃあ断じてない。

 

写真越しにでも伝わるほどの異質な雰囲気は、明らかにヴィラン()()()だった。

 

 

「蛙吹、俺はこの写真の事を先生方に報せてくる。侵入されたのは兎も角、せめて情報だけでも早く伝えたい。」

 

「分かったわ、私は三奈ちゃんたちとここの騒ぎをどうにかしてみる。気を付けてね」

 

 

その返事を聞き、人混みをかき分けて走り出した。

先生達はマスコミの校舎内への侵入を食い止めるために外に出ている筈だ。

廊下を走り抜け、階段を駆け下り、下駄箱が並ぶ昇降口を飛び出した。そして、マスコミが歩いていった方向に全速力で突っ走る。

 

 

 

程なくして、100人以上の人集りが見えてくる。機材を手に騒ぎ続けるマスコミと、それを止めている先生達だ。ちょうどいいことに、担任の相澤先生の姿が見えた。

 

 

「相澤先生ッ!!」

 

「蔓岡か…!放送を聞いたな?見ての通り騒ぎの原因はコレだ。他のやつも来てるなら全員で教室に戻って――」

 

()()()()()()!!職員室にゲートを破壊したヴィランが侵入しています!!」

 

「―なんだと!?今なんて言った、蔓岡ッ!!」

 

 

その発言を耳にした相澤先生は声を荒らげ、周りにいた他の先生方は凍り付いたように動きを止めた。

向こうが固まっている間に相澤先生の隣に到達したので、手に持っていたスマホの画面を目の前に突き付けた。

 

 

「俺の『個性(スタンド)』がマスコミ以外の侵入者を探知しました!居場所は職員室、目的不明。早くしないと逃げられる可能性があります!」

 

 

直後、相澤先生を含めた数人が動き出した。不確定な情報でそんなに早く動くものかと思うだろうが、先生方もマスコミの侵入に違和感を感じていたからこそ、ここまで迅速な判断を下したのだろう。

俺もその後に続いて、職員室に向かって走る。

 

 

すぐに職員室前に到着し、先頭を走っていた相澤先生が勢いよくドアを開いて部屋の中に飛び込んだ。

 

そこにあったのは――

 

 

「!?なんだあれは…!」

 

 

職員室の中央辺りの空間で渦巻く()()()だった。写真に写っていた()()は何処にも居ない。

 

 

「本当にヴィランが入り込んでいたの!?」

 

「らしいな、だが姿が見えない!イレイザーヘッド!」

 

「今()()()()!だが駄目だ、あれは身体の一部じゃない!」

 

 

視認した相手の『個性』を抹消する『個性』。それがイレイザー・ヘッドこと相澤先生の『個性』だった筈だ。それがあの黒い靄に通用しないということは、あれは既に肉体の一部ではなく、あれを出した本体は何処か別の場所にいるということだ。

 

相澤先生が首に巻かれた捕縛布で攻撃を試みるも、それはただただすり抜けるだけで失敗に終わり、やがて靄は渦巻くように空間の一点に集まり、消失した。

 

 

「蔓岡ッ!この部屋に隠れている奴は探せるか!?」

 

「今、マップを作って探知していますが…()()()()()()!ここにいる我々以外、誰もこの部屋には存在しません!」

 

「……ということはつまりだ。あの煙はヴィランの『個性』で、何らかの方法で脱出されたということか!!」

 

 

相澤先生の推測は正しかったらしく、そのあといくら職員室内部を捜索しても、写真に写っていたヴィランは見付けることが出来なかった。

 

 

結局、校内放送でマスコミの侵入が明かされ、学校全体を巻き込んだ侵入者騒動は収まったのだが、別の事実を知った者達の表情は一様に険しかった。

 

 

 

 

 

 






次は時間が空くと思いますが、ご了承ください。


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第10話 緊急会議







侵入者騒動はあったものの、午後のヒーロー情報学は通常通り開始された。最初、委員長の緑谷の指名により、飯田天哉が委員長に就任することになったこと以外は普通に授業は行われた。

 

 

そして、その日の放課後。

 

 

「蔓岡、ちょっと来い」

 

 

鋭い目付きの相澤先生に呼び出されて、蔓岡は会議室へと連れていかれた。扉を開けると、そこには教職に就くプロヒーローが数名と人型のネズミのような生物が机を囲むように座っていた。

それとは別に、席につかず立ったままの見慣れない男性の姿もある。

 

 

「君が蔓岡紫念君だね?初めまして、私は警官の塚内というものだ」

 

 

その男性が右手を差し出してきたので、蔓岡はその流れで握手をした。この場に警察の人間がいるということは、この場で行われるのは昼間のヴィラン侵入の話だろう。

 

 

「初めまして、蔓岡です。それで早速なのですが、いち生徒である俺を態々この場に呼んだ理由を聞かせていただいても?」

 

「今から話す。取り敢えず席につけ」

 

 

相澤先生に促されたので、空いていた一番端の席に座った。それを確認した塚内という警官は、さてと話を始めた。

 

 

「皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。雄英高校へのマスコミの侵入。それを隠蓑にしたヴィランと思しき存在の暗躍。この事についての報告会となります。まずは学校側から、何か異常は確認できましたか?」

 

「では私から」

 

 

そう言って立ち上がったのは、全身を白の極薄タイツで覆った、見た目女王様のような刺激的な出で立ちの女性。彼女はミッドナイト、雄英では美術などを担当している教師だ。

 

 

「職員室内部をくまなく捜索しましたが、無くなったものはひとつもありませんでした。見落としがあるかは分かりませんが、侵入者の目的は物品ではなかったようです。加えて、職員室には外部からの侵入、及び脱出の形跡が無かったことから、相手は『個性』を使用して警戒をすり抜けたのだと考えられます」

 

「なるほど……痕跡が残っていないとすると、考えられるのはワープ系の『個性』ですが…正直、そんな『個性』持ちが相手側にいるとは考えたくないな」

 

「そうだね。ワープ系ならばどれだけ警戒を厳重にしようとも、今回のように関係無しに入り込める。マスコミ騒動のせいで警報も誤魔化されたしね。だがこの手の『個性』は非常に珍しい。塚内君、『個性』登録者を洗ってみてはどうだろう?」

 

「それは現在、急務で進めております。本部からの返答はまだありませんが、そう時間は掛からないかと」

 

 

そこで話は一旦区切られ、塚内警部の視線が蔓岡に向いた。

 

 

「さて、次の話なんだが…蔓岡君、君は自身の『個性』で侵入したヴィランを撮影したそうだね?出来れば最初に君の『個性』を詳しく説明してほしいんだが…」

 

「分かりました。」

 

 

蔓岡は自身の隠者の紫(ハーミット・パープル)の能力を詳細に説明した。電子機器への干渉、念写、念聴、出来ることは全て話した。

 

 

「――以上です。何か質問はありますか?」

 

「ふぅむ、聞けば聞くほど興味深い『個性』だね。その念写というのはどのくらいの距離まで撮影可能なんだい?」

 

 

そう言ったのは、人型のネズミのような人間だ。

あとから聞いた話では、彼はこの雄英高校の校長の根津という、動物に『個性』が発現した唯一無二の存在らしい。

 

 

()()()()()。やろうと思えば地球の裏側を写す事も可能です。」

 

「それを聞いて安心したよ。では単刀直入に言おうか。生徒である君を呼んだのは、この雄英高校に侵入したヴィランの足取りを掴んで欲しいからなのさ」

 

「なるほど、『念写』ですか。」

 

「その通りさ。……本来、生徒である君を巻き込むのは私の望むところではないんだ。しかしね、ヴィランが侵入した以上、次に来られたら今回よりも大きな騒ぎになると思うんだ。それを阻止するために、どうか力を貸して欲しい」

 

 

話を聞いているうちに大体の予想は出来ていたが、蔓岡の召集理由は言葉の通りらしい。

現在のところ、侵入者の目的は掴めていない。嫌がらせなのか宣戦布告か、若しくは気付かぬうちに何か盗られているのか、全く判明していない。そして、この騒動がこれで終わるとも思えない。

 

だからこそ、先に侵入者の居所を把握しておきたいということだろう。それを行うには蔓岡の『個性(スタンド)』が何より最適だ。念写した写真を警察に渡しておけば、何れ手掛かりは見つけ出すことができる。

 

 

……だが、それは出来ない。

 

 

「……皆さん、実は俺は既に『念写』をしています。敵の居所を探るための『念写』を。」

 

「!!その写真を見せてもらっても――」

 

「無論、提出するつもりでしたよ。『念写』したこの写真が………使()()()()()()()()()の話でしたが。」

 

 

蔓岡は自分のスマホの写真フォルダを開いて、塚内警部に手渡した。それを見た塚内警部は――ただ首を傾げた。

 

 

「……これは?」

 

「『念写』した写真ですよ。」

 

「いや…そうではなくてだね…」

 

「…言いたいことは分かります。それが()()()()()()()()()()、ですよね。率直に言いましょう。()()()()()()。」

 

 

スマホの画面に表示されていたのは、()()()()。世界の何処にでもある、日常的に目にする()()()()()

 

 

「それが何処の窓なのか。少なくともこの雄英付近のものではないことはマップ上で確認は取れています。問題なのは、俺の『念写』が正常に機能しなかった事です。」

 

 

『念写』を使用した場合、標的の存在する場所が写真に写る。それは標的のいる土地の名所だったり、ピンポイントであれば自宅など、ランダムではあるものの、あくまで()()()()()()()()()写真が表示されるようになっている。これまでに例外はなかった。

 

だがこれは違う。

窓の形状から恐らくビルだとは思うが、それ以外の情報がまるで分からない。ブラインドのせいで中の様子も探れないし、そもそも何処に建っている物なのかも分からない。現代社会、窓ガラスの填まっている建物などそれこそ腐るほどある。この写真の窓ガラスが写っている場所を特定するのはほとんど不可能に近い。

 

 

「……妨害系の『個性』?」

 

「その写真の場所が相手側の本拠地だとすれば、その可能性は大いにあるね。つまり、ある程度の組織は出来上がっているヴィランだと考えるべきさ」

 

 

会議室が静まり返った。

敵組織の全容は不明。目的も不明。居場所も不明。見事なまでのどん詰まりだ。

 

だが、蔓岡から飛び出した発言で事態は再び動き出すこととなる。

 

 

「目的だけなら…分かっています。」

 

「――なに?どう言うことだ、蔓岡」

 

「先程も説明しましたが、俺の『個性(スタンド)』は『念写』の他に『念聴』も可能です。それでも居場所は分かりませんでしたが……目的に対する返答は()()()()()。」

 

「……聞かせて貰えるかい?」

 

 

校長からの言葉もあり、蔓岡は口を開いた。

 

 

『平和の象徴、オールマイトの殺害』

 

それが…ヴィランの目的です。」

 

 

会議室の内部が、まるで時が止まったかのように静止した。

 

 

 

―――――――――

 

 

「…はぁ、漸く解放されたな。」

 

 

会議室を出た蔓岡はそう呟いた。

本来の下校時間を大幅に過ぎて、窓の外はすっかり日が暮れてしまっていた。あと数十分もすれば太陽も高層ビルの向こうに消えるだろう。

 

あの発言のあと、蔓岡は教師たちが見ている前で何度か『念写』と『念聴』を行った。狙いが平和の象徴(オールマイト)かもしれないと分かったため、皆はそれ以上の情報を欲しがったのだ。

それが行われる時間や計画の詳細、相手側の戦力などなど。知りたいことは山程あったが、結局まともな答えが返ってくることはなかった。

 

隠者の紫(ハーミット・パープル)はあくまで()()の情報を引き出すものだ。いくら知りたいことがあったとしても、まだ決められていない未来の事象まで知ることは出来る筈もない。

 

それを知った教師陣の落胆は凄まじかったが、誰一人として蔓岡を責めはしなかった。そもそもヒーローの卵である生徒にプロが頼ることが間違っていると思っての事だったのだろう。

『念写』した画像は塚内警部に送っておいた。念のため画像を解析してみるとのことだ。

 

 

「……帰ろう。」

 

 

まあ何はともあれ、一先ず蔓岡の仕事は終わったわけだ。今からなら次の電車にも十分に間に合うので、少しのんびりと昇降口に向かって歩いていく。

 

 

(そういや、結局何だったんだろうな…。)

 

 

途中、思い返されるのは隠者の紫(ハーミット・パープル)の異常だ。今まで幾度となく『念写』『念聴』を使ってきたが、今回のように情報が中途半端な結果になるのは初めてのことだった。

『個性』による妨害との意見もあったが、蔓岡はそうは思っていなかった。

 

 

(『個性』の妨害を受けていたのなら…()()()()()()()()()()()()()()()()隠者の紫(ハーミット・パープル)がその辺の融通は利く能力だということは、本体の俺が一番よく知っている。だとすればこれは――)

 

 

一体何が原因だったというのだろうか?

 

頭を悩ませながら階段を降りて、昇降口に到着した時だった。

 

 

「紫念ちゃん、お疲れさま」

 

「――あ?」

 

 

突然の声とともに、昇降口のシューズボックスの陰から見慣れた人物が現れた。

ケロケロしながら傍まで近づいてきたのは、先に家に帰った筈の蛙吹だった。

 

 

「…蛙吹、なんで残ってるんだ?先帰っててくれって言ったろう。」

 

「紫念ちゃんが相澤先生に呼び出されたから気になってたの。…お昼の時のことでしょ?」

 

「そうだが……それなら後で電話で話せば済んだじゃあないか。今から帰って晩飯の用意が間に合うのか?」

 

「大丈夫よ。今日はお父さんもお母さんも家にいるし、連絡したらゆっくり帰ってきてもいいって言われたから」

 

 

既に話は通っていたようだ。蛙吹の両親は共働きで家にいないことが多いので、何時もは彼女が姉弟の夕飯を作っている。で、今日は偶然にも両親が休みの日だったらしいので、夕飯の心配はいらないようだ。

 

 

「…ならいいか。でも遅くなるのは不味いからな、早く行こう。」

 

「そうね、行きましょ」

 

 

外履きに履き替え、蛙吹と一緒に校門を出ていく。

既に陽の光は消え、道の脇に立つ街灯には光が灯り始めていた。

 

 

「お話、聞いてもいいかしら?」

 

「…一応口止めされてるからな。詳しいことは言えない。」

 

「やっぱりね。わざわざ放課後に呼び出すくらいだもの、他の生徒には聞かせたくない事だったんでしょうね」

 

「あぁ……ん?待て、じゃあなんで待ってたんだ?話聞けないのは分かってた口振りだが…。」

 

「誰もお話が聞きたくて待ってたなんて言ってないわ。紫念ちゃんが危ないことに首を突っ込まないか気になってたの」

 

「…今回は引っ張り込まれた訳だがな。大丈夫さ、俺は『個性(スタンド)』使って情報を提供しただけで、他には何もやってない。まあ、それも満足に出来たかは分からんけど。」

 

 

得られた情報なんて、ヴィランの狙いがオールマイトかもしれない事と、敵拠点の窓の写真だけだ。決定的なモノというには程遠い。

 

 

「何事もないならいいのよ。…危ないこと、しちゃダメよ?」

 

 

横を歩く蛙吹がジッと顔を見つめてくる。その瞳には、言って欲しい言葉が帰ってくることへの期待と、少しの不安が揺らめいていた。

…思えば昔から特訓のために多少危険なこともやっていたのだ。それを知ってる蛙吹にそう言われるのは仕方がない。

 

 

「…時と場合による。ヒーロー目指してるんだから、危ない事とは何時だって隣り合わせだろ。むしろ、それを乗り越えるくらいの…イデっ、ちょ、ひっふぁうあお(ひっぱるなよ)。」

 

 

返事の途中で蛙吹に無言で頬を抓られた。心なしか機嫌も少し悪そうだ。肩をタップして降参の意思を示すと、割とあっさり手を離してくれた。

 

 

「…分かった、善処する。」

 

「しないって約束して欲しかったのだけれど…まあいいわ」

 

 

そのまま雄英高校から続く道を進み、程なくして街に入った。後は駅で電車に乗って、自分達の家がある町へと帰るだけだ。

 

―――と、その前に気になっていたことを蛙吹に聞いてみることにする。

 

 

「…なあ、聞いていいか。」

 

「ケロっ、なあに?」

 

「昼飯の時の話の続きなんだけど……俺たち、何時から友達だったんだ?いや、だいぶ失礼なこと聞いてる自覚はあるんだが…。」

 

「……本当に覚えてないのね」

 

「…すまん、本当にすまん。」

 

「んー………ヒミツよ。思い出すまでこのお話は無しね」

 

 

蛙吹は人差し指を口元に当てて考える仕草をすると、ちょっと意地の悪い笑顔でそう言った。

 

その後、どうにか教えてもらえるように何度も頼み込んでみたが、蛙吹はケロケロと笑うだけで結局は教えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「ははッ、案外チョロいもんだったなァ。マスコミが入っただけでヒーローが全員出てってくれた。おかげでこっちは目的のモノをゲットできた」

 

 

何処かの街の寂れたバー。そこのカウンター席に座るのは、身体中に手を張り付けたあの男だ。

 

 

「しかし、決行は明日の筈だったのでは…」

 

「さっきも言ったろ、()()()()()()()()。スーパーヒーローにタカるマスコミ見てたらさァ、だんだんイライラしてきてなァ……べつに今やったっていいと思った」

 

 

上手くいったんだからグチグチ言うなと靄の男に吐き捨て、手の男はカウンター上の1枚の紙を手に取った。

 

 

「これはラスボスの城に行くためのアイテムだ……捨てゴマも揃った。()()()()()()()()()、ボスの他にはヒーローが一人しかいない…()()()()

 

 

ちょうどそんな話をしていたときだった。

カウンター横の小型のテレビの電源がひとりでに点いた。そこに映し出されたのはニュース番組でもバラエティー番組でもなく、『Sound Only』と表示された画面だった。

 

 

 

『やあ、元気かい (トムラ)

 

 

 

手の男と靄の男がそのテレビ画面に目を向けると、謀ったようにスピーカーから声が聴こえてきた。

声の主は穏やかな口調ではあったが、物理的な重さを感じさせる気味の悪い声だった。

 

 

「ンなことどうでもいい。()()()()()()()()?」

 

『おやおや、挨拶は大事な事だよ。君は組織の上に立つ人間になるんだからね。細やかな気遣いを忘れてはいけないよ?』

 

「……元気にしてるさ。で、まだなのか?こっちはもう()()()()()()()()()()()()()()。3日後にはもう動ける……そっちの準備さえ整えばな」

 

 

弔と呼ばれた男は、手に持った紙を腹立たしげにカウンターに投げ捨てる。彼が苛立っている原因は、まだ肝心なモノがこの場に足りないせいだ。

 

 

『3日後か……なら大丈夫、あと1時間もすれば最後の調整も終わる。そうしたらすぐに黒霧(クロギリ)に取りに来てもらうさ』

 

「はい、終わり次第ご連絡を」

 

 

名を呼ばれたバーテンの男は画面に向けて軽く頭を下げた。

 

 

「早くしろよ……『改人(カイジン)脳無(ノウム)』だっけ…。それがオールマイト(ラスボス)を殺るキーアイテムなんだからなァ…」

 

『あぁ、それが揃えば、君達の勝利は揺るがないモノになるだろう。()()()()()()()()()からね。…そういえば、決めたのかい?』

 

「…何をだよ」

 

『名前さ。君達は平和の象徴を滅ぼして、新たな時代の先頭に立つのだよ?だったら、その組織には名前が必要だ。光に響き渡るオールマイトの名のように、闇に蠢き牙を研ぐ君達を象徴する名前がね』

 

「あー…それなら決めてたさ。俺たちはヴィランの代表者だ。ならひねった名前なんていらない。

 

 

敵連合(ヴィランレンゴウ)

 

 

それが俺たちの…闇の象徴になる名前だ」

 

 

 



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第11話 ヴィラン襲撃、USJ攻防戦―その1―

お待たせしました。諸事情で投稿が遅れました。

今後も亀のような速度の投稿となるかもしれませんが、出来れば長い目で見てやってください。



あのマスコミ侵入騒動が起こった日から、今日で3日目になる。

 

あれ以降、雄英高校内では警戒体制が敷かれていた。プロヒーローによる敷地内の巡回は勿論のこと、授業でも1クラスに最低2人が付いて回る等、出来る限りの事をやっていた。

特にオールマイトが関係する事柄に関してはより一層慎重な対応に当たっていた。まだ暫定ではあるが、ヴィランの目的が平和の象徴を殺害することだと判明したためだ。

 

無論、生徒たちにその事は伝えられていない。此度の警戒体制も、マスコミの強引な侵入があったための警備強化ということになっている。これは過剰な心配をさせまいという雄英高校側の配慮で、幸いヴィランの侵入に気が付いた生徒はいない。

 

…いや、いないというのは正確ではない。少なからずそれを察知した生徒はいる。

 

蔓岡紫念もそのうちの一人であり、このヴィラン侵入に唯一首を突っ込まされた生徒でもある。

本来、このような事態に対処するのは教職員であるプロヒーローの役割であり、生徒を捲き込むようなことはしてはならないのが決まりだ。

では何故巻き込まれてしまったのか。それは、彼がヴィランの侵入に真っ先に気が付いた張本人であり、教職員には出来ない優れた探知を行える『個性』持ちだったからだ。

 

 

その蔓岡は今、ヒーローコスチュームに着替えた1-Aの生徒たちが乗り込んだバスに揺られながら、本日のヒーロー基礎学である救助訓練を行う施設に向かっていた。

 

 

(…結局ここまでの『念写』『念聴』にも反応がなかった。クソッ、ヴィランは何をするつもりなんだ…。)

 

 

周りが『個性』の強さや人気云々をネタに談笑している最中、彼は一人頭を悩ませていた。

ヴィランの目的は『念聴』によって知ることができた。だが、3日経ってもそれ以外の情報が全く掴めないままだった。スマホで『念写』をすれば知りたい事実に辿り着けそうもない画像が表示され、『念聴』をすれば返答不可能と返ってくる。

今までの経験から考えても、この結果は明らかに異常だった。

 

 

(…何かおかしい。まるで誰かに意図的に邪魔されてるような。もし『個性』ではないとしたら……まさか、あの野郎の仕業じゃあねえだろうな…。)

 

 

自分を雑な扱いで転生させやがった自称神を思い出し、マスクの下で顔を顰める。

あの時聞いた限りでは、担当区域(世界)が違うらしいので思い過ごしかもしれないが…あの手の奴が糸を引いているなら、あの世までぶん殴りに行くしか打つ手はない。

だが、こんなことを他の人間に話すわけにもいかない。確実に気が狂ったと思われるだろう。

 

 

「ケロ、どうしたの紫念ちゃん?」

 

 

蔓岡が心の中で神殺しの算段を立てていると、横の座席に座っていた蛙吹に小声で話しかけられた。どうやら考え込んでいるのを察知されたらしい。

 

 

「…この前のヴィランについて調べてるんだが、中々思うようにいかなくてな…。」

 

 

こういうときの彼女には隠し事は基本的に出来ないので、蔓岡は正直に話した。それを聞いた途端、蛙吹がムッとした表情に変わる。

 

 

「……危ないことしないって約束よ」

 

「しないさ。危なくないようにやってる。」

 

 

実のところ、ここ最近の対策会議にも蔓岡は参加している。その度に『個性(スタンド)』の使用を頼まれるので、やらないわけにもいかないのだ。結果は散々だったが。

それでも蛙吹は納得しかねるようで、ジトッとした目を向けてきた。

 

 

「それで紫念ちゃんが怪我したら怒るわよ、私」

 

「…勘弁してくれ。」

 

 

怒った時の蛙吹は非常に恐い。それが身に染みている蔓岡は彼女と目が合わせられなかった。

 

 

「ん?どったの2人とも。もしかして!私好みのおもしろい話!?」

 

 

教師側と親友とで諸々の板挟みに合っていると、浮わついた話でも期待したのか、正面に座っていた芦戸が興味津々といった様子で声をかけてきた。

 

 

「いや、何でもない。な、蛙吹。」

 

「ええ、ただの世間話よ」

 

「ちぇー、痴話ゲンカじゃないんだー」

 

 

ヴィラン侵入の話をするわけにもいかないので適当に誤魔化す。今のところ、1-Aでその事を知っているのは蔓岡と、その蔓岡から話を聞いた蛙吹だけだ。

 

…それにしたって痴話喧嘩はどうかと思う。何故ことあるごとに恋人みたいに扱おうとするのだろうか。だいたいうら若き女子高生がこんな中身40越えのオッサンとカップルだなんて罰ゲームもいいとこだろう。

 

 

「あ、あの、ちょっといいかな?」

 

「…どうかしたか、緑谷。」

 

 

蔓岡が自分達の扱いに割と真剣に悩んでいると、今度は蛙吹を挟んで右隣に座っている緑谷に声をかけられた。

 

 

「や、あのっ、その…蔓岡君の『個性』について聞いてもいいかな?僕、みんなの戦闘訓練観れなかったんだけど、それで気になってて。あの、気になってたって言うのは『個性』把握テストの時からで、ボールを浮かせてふっ飛ばしたりスゴく速く走ったりしてて出来ることの幅が広いなって思ってそれで気になったからでけっしてヘンな意味とかそういうのじゃなくて――」

 

「分かった。分かったから一旦落ち着け。深呼吸しろ。若しくは素数でも数えとけ。」

 

「なんで素数!?」

 

 

緑谷が落ち着いたのを見計らって、蔓岡が自身の『個性(スタンド)』についての説明をした。一通り聞き終えると、緑谷は口元を右手で覆うようにして何やらブツブツ呟き出した。

 

 

「聞けば聞くほどスゴい『個性』だ…探知の原理はどうなっているんだろう…普通その系統の探知の『個性』は標的の持ち物とか直接接触が必要だったりするけど蔓岡君のはいらないみたいだしなにより知りたいと思っただけで情報が得られるなんて正確性とかのデメリットも気にならないレベルでスゴいというかそもそも電子機器がそこかしこにある現代社会ではどこでも使えるしそれだけじゃなく機械を操るっていうのもとんでもないのにそのうえ中・近距離戦闘もこなせるってやっぱり複合系なのかな親の『個性』はなんだろう気になるなそれにしても攻撃の軌道が読めないのも戦闘では優位だし拘束するにしても確実に不意をつけるわけでああでも待てよそれだとあの身体能力はどういう原理であれも『個性』なのかな『超能力』で肉体強化も出来るのかもしかしてそれってもうほぼ無敵というかスゴ過ぎるというか今日の放課後先生に頼んだら戦闘訓練のV見させてもらえたりはブツブツブツブツブツブツブツブツ………

 

「おい緑谷、なんだか知らないがちょっと止めてくれ。皆が怖がる。」

 

 

至って真剣に考察している緑谷には悪いが、今の姿は結構怖い。幼い子供が見たらギャン泣きするレベルで不気味だった。実際隣の蛙吹は横で展開されている文字の羅列に引いているし、呟きが聴こえる範囲の同級生も分かりやすく顔を引き攣らせている。

 

 

「でっ、でもよー!確かに蔓岡のパワーのことは気になるよな!」

 

「それな、ってかこの前聞きそびれたし、せっかくだから教えてくんね?」

 

 

と、左隣に座っていた切島が唐突に声をあげた。恐らくこの微妙な空気を払拭しようと思っての事なのだろう。それに乗るように上鳴も声をあげたので、バス内の空気はすぐに元に戻った。

 

 

「…そういえばそうだよね。蔓岡の『個性』が『超能力』ならあの力は何処から出てきたの?」

 

「あ、俺も気になってたんだ。『個性』把握テストの時とか、八百万の原付バイクと同じくらい速く走ってたし」

 

「それは私も気になってましたの。よろしければ教えていただけませんか?今後の参考になる内容でしたら、是非とも取り入れていきたいので」

 

 

耳郎、尾白、八百万からの言葉もあり、生徒全員が蔓岡に注目していた。

 

 

「……色々自分でも分からないことがある。参考になるかも分からんけど、それでもいいなら話す。」

 

 

そう前置きを入れて、蔓岡は肉体強化に用いている『波紋法』について説明を始めた。

 

蔓岡がこの『波紋法』に目覚めたのは、小学6年生の秋頃だった。切っ掛け、と聞かれれば、試したら出来た、としか言えない。何で試そうと思ったのかも今となっては忘却の彼方だ。

 

『波紋法』とは、簡単に言うと呼吸により生命エネルギーを生み出す技法だ。

 

特殊な呼吸法によって血液中に波紋を発生させ、それによって生まれた生命エネルギーを肉体操作や治療法、その他の行動に利用するというのが基本的なやり方だ。

蔓岡はこの生命エネルギーを筋力強化等に転用させているため、テストや訓練の時のような動きが出来たのだ。

 

――本来は吸血鬼や屍生人、柱の一族に対抗する手段なのだが、そのあたりはややこしくなるので割愛する。

 

兎に角、『波紋法』を自身のモノとするため、考えられるトレーニングはやった。肺活量を鍛えてみたり、波紋の呼吸を一日中続けてみたり。その甲斐もあってか、最初はほんの少し気分が優れた程度の実感しかなかったものが、今では波紋の呼吸を続けるだけで数キロの道程を全速力で走り抜く事が出来るようになった。

 

ただ、本格的な修行をしたわけではないので、波紋による攻撃、波紋疾走(オーバードライブ)を繰り出すにはまだまだ鍛練を積まなくてはならない。

 

 

 

「―――という訳だ。」

 

 

蔓岡からの説明を受けた同級生の反応は様々だった。

『波紋法』に興味を示すもの、その能力の在り方を考えるもの、これを打ち破ろうと視線を鋭くするもの。少なくとも興味が無さそうな者は1人もいなかった。

 

 

「『波紋法』かあ……それ普通に『個性』じゃないのか?」

 

「いやでも、『個性』の発現は4歳まででしょ?小学生のときに使えるようになったっていうのはおかしくない?」

 

「ほら、今まで使おうとしなかったから発動しなかったとか、そういう理由じゃ…」

 

 

皆がウンウン唸っている。そうなるのも当然だ。当の本人さえもまだその辺りがハッキリしていないのだから、それを聞かされただけの人間が分からないのも仕方がない。

 

 

「…ま、俺の身体能力についてはそんなとこだ。他に何かあるか?」

 

「えっと…じゃあいいかな?」

 

 

そう言ったのは、漸く元通りに復帰した緑谷だ。

 

 

「蔓岡君は、やってみたら出来たって言ったけど……なんでその、『波紋法』をやってみようと思ったの?もしかして、親の『個性』が呼吸に関係あるものだったからマネしようとしたとか?」

 

 

緑谷の質問は、言われてみれば当然のものだった。

今の時代、肉体を強化する『個性』はいくらでもある。それこそ呼吸でそれができる者もいるだろう。

だがそもそも、既に『超能力』という『個性』を持つ蔓岡が何故『波紋法』を会得するに至ったのか。不思議に思うものもいる筈だ。

 

まあ、前世の記憶を辿ったなんて言っても信じてはくれないだろうが。

 

 

「…何となく、何かが起こる気がしたから、と言っておくよ。俺の両親は『無個性』だから、真似もなにもないしな。」

 

「そうなん…………………はえっ!!?」

 

 

納得しかけていた緑谷が急に妙な声を出して固まってしまった。一体どうしたのだろうか。

意見が欲しくて周りを見渡してみると、何人かのクラスメイトも緑谷のような間の抜けた顔で硬直しているのが見えた。…本当にどうしたというのだろうか?

 

 

「……なぁ、蔓岡…お前の親が……何だって?」

 

 

切島が信じられない事を聞いたような顔でおかしな事を聞いてきた。

 

 

「だから、真似もなにもないって言ったんだ。両親に『個性』は宿ってないからな。ちなみに両親の祖父母も『無個性』だったらしいから、尚更真似は出来ないさ。」

 

 

 

 

『『『マジか蔓岡家!!!??』』』

 

 

 

「…………は?」

 

 

クラスメイトの驚愕の声に、今度は蔓岡が固まってしまった。

 

 

「いやっ、あー……ちょ、ちょっと待てよ?『無個性』?『無個性』なのか!?」

 

「そう言ったが……なんだ?『無個性』だと問題あるのか?」

 

「あいや、そうじゃなくてよ……両親が『無個性』の時って、その…子供はそんな強くない『個性』になるよなーって思って…」

 

「わ、私も中学校で習ったよ。たしかえーっと……遺伝子配列がどうこうとか……あれ、なんだったかな…」

 

 

切島と麗日の話を聞いて、皆の過剰な反応に漸く合点がいった。つまりは、蔓岡の両親が『無個性』なのに、子供である彼に強力な『個性』が宿っているということに驚いていたのだ。まあ、確かに蔓岡本人も疑問に感じたことはある。

 

今の社会では、『無個性』の両親からは強い『個性』の子供は産まれないとされている。これは中学校で習う世の中の常識だ。他にも『個性』の発現は4歳までとか、『個性』を持って産まれる場合には、その両親に類する『個性』しか発現しないなど色々ある。

 

それでも、何事にも例外はある。例えば、両親の血筋にはない『個性』が発現する事例だってあるのだ。

そう考えれば、蔓岡が『個性』を持って産まれた事だって然程不思議なことでもないだろう。

 

 

「…ま、()()()()()()()()()って思っておいてくれ。」

 

 

結局、蔓岡の能力が解明された分だけ謎が増えたことになった。その後もクラスメイト同士で話し込んだりしていたが、最終的には一番前の席に座っていた相澤先生に喧しいと止められてしまう。

 

そんなことはお構いなしにバスは走る。もうすぐ目的地の訓練施設だ。

 

 

 

 

―――――――――

 

あれから程なくして、目的地である訓練施設に到着した。

 

 

「スッゲー!!USJかよ!!」

 

「広いねー!テーマパークみたい!」

 

 

バスを降りて施設内に入った一行が見たものは、視界一杯に広がった様々な場所の様子だった。ビルが倒壊したエリア、大きめの船が浮かぶ湖のようなエリア、ごうごうと燃え盛る炎に包まれたエリア。

 

 

「皆さんようこそ!」

 

 

すると、施設の広場に降りるための階段の方から何者かの声が聞こえてきた。そこには、まるで宇宙飛行士の着る宇宙服のようなコスチュームを身に纏った人間が立っていた。

彼は災害救助で多くの功績を打ち立てている紳士的なヒーロー。『スペースヒーロー:13号』である。

 

 

「ここは水難事故、土砂災害、火事……あらゆる事故や災害を想定して僕がつくった演習場です。その名も

 

ウソの()災害や()事故ルーム()!!」

 

 

そのネーミングは大丈夫なのだろうか?いくら天下の雄英でも訴えられるのではないのだろうか?

余談だが、この超人社会にもUSJはある。甲高い声のネズミが支配する夢の国もある。前世でも今世でも行ったことはないが、この世界と前の世界に繋がりを感じずにはいられない。

 

 

そんなしょうもない事を考えていると、相澤先生が13号先生に近付いて何やらヒソヒソと話を始めた。13号先生が三本指で何かを示したり、相澤先生が不合理の極みだとか話していたが、流石に内容までは分からなかった。

 

そういえば、ヒーロー基礎学の訓練はオールマイトがいつも担当に入っていた筈だが、今日は居ないようだ。もしかしたらそれに関する話でもしているのかもしれない。

その理由は隠者の紫(ハーミット・パープル)を使えば容易に知ることが出来るのだろうが……そこまでして知りたい訳でもないので止めておくことにする。

 

やがて話は済んだらしく、13号が生徒たちの方に歩いてきた。

 

 

「えーでは、訓練を始める前にお小言を一つ二つ……三つ…………四つ…」

 

 

なんかどんどん小言が増えていく。そうなると普通にお話になるのではなかろうか。

 

 

「皆さん、ご存知だとは思いますが、僕の『個性』は『ブラックホール』。どんなものでも吸い込んで塵にしてしまいます」

 

 

勿論知っている。瓦礫の山だろうが燃え盛る炎だろうが『ブラックホール』で吸引し、逃げ遅れた人々を救い出すための活路を作り出す。それが13号の得意とする活動だ。

 

 

「ですが……()()()()()()()()()()()。皆さんの中にもそういう『個性』を持つ人がいるでしょう」

 

 

13号は生徒たちを見渡して話を続けた。

 

今の超人社会は、『個性』の使用を規制することによって表面上は成り立っている。誰もが人に害を及ぼせる凶器を持っている今の社会、一歩間違えばそれが本当に人に振るわれることとなる。

 

だからこそ、この救助訓練では人命のための『個性』活用法を学ぶ。『個性』は人を傷付けるための力ではなく、救うための力であると心得て帰ってほしい。

 

それが13号先生からの話であった。

 

 

「――以上!ご静聴ありがとうございました」

 

「ステキー!」

 

「ブラボー!!ブラーボー!!」

 

 

生徒たちからの惜しみ無い拍手が、大仰なお辞儀をする13号先生に送られる。話が終わったのを確認した相澤先生が動こうとするのを視界の端に捉えた――その瞬間だった。

 

 

階段下の広場にある噴水前に、何やらポツと黒い点のようなものが現れているのに気が付いた。

それは瞬く間に大きく広がっていき、そこで漸く、その黒いものが()だということに気が付いた。

 

 

そして、その黒い靄の中から――()()()()()()()()()()()()が這い出そうとしていたことに。()()()()()()()()()()()()ということに。そこでやっと気が付いた。

 

 

「先生ッ!!()()()()()()()の襲撃です!!」

 

 

咄嗟にそう叫んでいた。クラスメイトが何やら後ろで喋っているが、それを気にする余裕はなかった。

写真のヴィラン。それは、三日前に存在を確認して以降、全く情報を引き出すことが叶わなかった正体不明の存在。あの噴水前に現れたのは正しくそれだ。

黒い靄と、その中に消えた人物だ。

 

 

「一塊になって動くな!!13号、生徒を守れ!これは訓練じゃない――ヴィランの襲撃だ!!」

 

 

トレードマークのゴーグルを装着した相澤先生(イレイザーヘッド)が背後の後輩と生徒に指示を飛ばし、未だに大量のヴィランを吐き出し続ける黒い靄に視線を向けた。

 

 

――――――

 

 

 

「13号に……イレイザーヘッドですか。()()()()()教師側のカリキュラムには、オールマイトがここにいるはずなのですが……」

 

 

ワープゲートとして部下(捨て駒)を移動させていた黒霧の声さえも耳障りに聴こえる。なんでここに標的がいない?ただひたすらに腹が立つ。

 

 

「どこだよ……せっかくこんなに大衆引きつれてきたのにさ……オールマイト……平和の象徴……いないなんて………」

 

 

なんで思い通りにならない?ゲームじゃボス部屋入ればボスがいるもんだろ普通。いないボスは殺せないじゃないか。

 

それとも何か必要か?キーアイテムか、なんかのイベントか?何をすれば平和の象徴(ラスボス)は現れるんだ?

 

……ああ、平和の象徴(ラスボス)はヒーローだった。ヘラヘラ笑って暴力で何でも解決しちまうヒーローだ。

 

だとすれば、ヒーローが現れるように仕向けてみようか。さて、何をすればヒーローは駆けつけるんだ?

 

 

まずは、そうだ……。

 

 

「子供を殺せば来るのかな?」

 

 

さあ、来いよラスボス。今日この日、お前の死でゲームクリアを飾るとしようか。

 

 

 






2/12
梅雨ちゃん誕生日おめでとうございます!


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第12話 ヴィラン襲撃、USJ攻防戦―その2―

時間が掛かって申し訳ありません。最近になって骨折やら仕事が忙しくなってくるやらで時間が取りづらくなってきまして…。でも途中で投げ出す気は御座いません。完結はさせるつもりなので、どうか長い目で見てやってくだされば幸いで御座います。






ヒーロー基礎学、救助訓練。

奇しくも、命を救う訓練時間にそいつらは現れた。

 

 

「マスコミに紛れて侵入したヴィランか…!」

 

 

未だに出現し続けるヴィランの集団を見据えて、イレイザーヘッドは忌々しげに呟いた。

ヴィランの校内侵入が発覚してからというもの、近日中の襲撃の可能性はこの3日間で散々議題に上がった事だった。

 

 

()()()()()()。クソが、生徒に偉そうに説教垂れといて俺達(プロ)がこれか…!)

 

 

それを考慮し、雄英の警備を以前よりも厳重にした。ヴィランの狙いがオールマイトだという可能性が出て、彼に関する授業への対応も慎重に進めた。いや、()()()()()()()()()()()

 

だが実際事が起こってみればどうだ。

この場にいるのは生徒20名と教師(プロ)が2人。肝心のオールマイトは()()()()でこの場におらず。

対するヴィランは、見た限りでは既に20人を超えており、その中に明らかに危険なオーラを漂わせた存在も確認できる。下手をすればプロ2人でも持て余す。

 

オマケに、この訓練施設の侵入者対策のセンサーが起動しない。ヴィラン側に妨害が出来る『個性』持ちがいるのだろう。

 

この校舎から離れた施設で、少数の人間が使用する時間に襲撃が行われたということは、これは勝算があると考えられた計画的な奇襲。

 

はっきり言って此方側が圧倒的に不利だ。

 

 

(プロヒーローの増員だって出来てた筈だ。提案するタイミングはこの3日間でいくらでもあった。それをしなかった怠慢……俺の責任だ。だが)

 

 

起こった事を後悔している時間はない。今は何よりも生徒たちの安全を確保することが先決だった。それこそが導く役目を担った教師としての役目であり、ヒーローとしての務めである。

 

 

「13号避難開始!学校に電話試せ!センサーの対策も頭にあるヴィランだ、電波系の『個性』が妨害している可能性もある。上鳴、『個性』で連絡試せ」

 

「っス!」

 

「蔓岡、お前は電波妨害しているヴィランがいないか――」

 

「既に特定しました。電波系『個性』持ちのヴィランは恐らく山岳ゾーンにいます。それと悪い報せなんですが、この訓練施設の各所にヴィランが複数配置されてますね。」

 

「でかした、だが山岳ゾーンまで対処に行く時間はない。早く施設外に行け」

 

「先生は!?」

 

「イレイザーヘッドの基本戦法は『個性』を消してからの捕縛だ!こんな大人数を一人でなんてムチャですよ!」

 

 

生徒の幾人かは引き留めようとしてくる。だがここで自分まで引いても事態が好転するとは思えない。ならば、誰かが足止めをして応援が来るまで持ち堪える以外に道はない。

 

それに――

 

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん」

 

 

何がなんでも無茶を押し通すのがヒーローというものだろう。

 

 

 

―――

 

 

 

「…行ったな。俺達も急ごう。」

 

 

相澤先生…いや、イレイザーヘッドが地面を蹴り、ヴィランが集結している階段下の広場へと飛び降りていくのを見届けた蔓岡は、出入口のゲートに向かっていたクラスメイトに続いて動き出した。

 

下の広場ではイレイザーヘッドが大勢のヴィランを相手に、首に巻いた捕縛布と『個性』で連携を掻き乱しながら立ち回っている。

 

 

「すごい…!多対一こそ先生の得意分野だったんだ!」

 

「分析してる場合じゃない!早く避難を!!」

 

 

逃げるのも忘れて分析に耽っている緑谷を飯田が引っ張り、ゲートに向かおうとする――

 

 

 

「させませんよ」

 

 

 

――が、その一行を遮るように、突如として黒い靄が出現した。

 

 

「まあ、そう来るよな…!」

 

 

三日前から調べ続けていたのだ。侵入時の写真以外の情報がないにしても、この靄の人間の『個性』は容易く想像がついた。

 

()()()()()()だ。

 

この人間――声からして恐らく男――の発生させる黒い靄を出入口として転移させる『個性』。どれだけゲートを広げられるのかは知らないが、移動できる距離は1kmや10kmなんてものじゃあないだろう。恐らく、風景か座標が分かれば何処でも行けるタイプだ。

 

そしてこの靄が生徒の前に現れた理由は、USJ各所に配置されたヴィランの情報で察しがついた。

 

 

「前に出るな!この靄、俺達を散り散りに飛ばすつもりだ!!」

 

「なんと、もう察知した生徒がいましたか。流石は雄英、優秀な金の卵が揃ってい――」

 

 

靄のヴィランが声を発した、その瞬間。

一行の中から2つの人影が飛び出し、ヴィランに攻撃を仕掛けようとしていた。

 

爆豪と切島だ。

 

爆豪の爆破と、切島の硬化した腕が靄のヴィランに勢いよく叩き込まれる。双方容赦のない一撃だ、当たれば気絶は免れないだろう。

 

 

「その前に俺たちにやられることは考――」

 

「馬鹿共がッ!!()()()()()()()()()()()!!」

 

 

だが、クラスの中でも好戦的なタイプの2人ならばやるであろうその行為はしかし、この場における決定打を妨げる要因となった。

 

13号の『個性』は『ブラックホール』。射線上にあるものを無差別に吸い込む能力だ。先頭に立っていた13号ならば、その『個性』でワープゲートを抑え込めたかも知れなかった。だから前に出るなと叫んだのだ。だがその射線上に今、爆豪と切島が飛び出してしまった。

 

 

「……ふむ、悠長に話している時間はないですね。()()()()()()()()()()()()()ですし、予定通り散らして嬲り殺します」

 

 

視界の全てを覆い隠すように、黒い靄(ワープゲート)が一気に広がっていく。

目の前に生徒がいる以上13号は下手に動けず、クラスメイトも急激な状況の変化に対応しきれずゲートに飲み込まれていった。

 

 

「クソッタレ…!!」

 

 

蔓岡は後方の柵に隠者の紫(ハーミット・パープル)を巻き付け、それを高速で巻き取り靄の範囲外へ離脱した。同時にクラスメイト数人を不可視の茨で絡めとり、強引に靄から引っ張り出す。

 

 

「うわっ!なに!?」

 

「あイタっ!」

 

 

何人か石畳に頭をぶつけていたが、それを気遣う余裕もない。

 

引っ張り出せたのは、飯田、麗日、障子、瀬呂、芦戸、砂藤の6人。この場にいるのは13号と蔓岡を合わせて8人。

 

 

「…障子。全員施設内にいるか?」

 

「あ――ああ!バラバラに分かれているが、全員いる!」

 

 

蔓岡は一旦冷静になり、情報収集が得意なクラスメイトに声を掛けた。

障子目蔵(ショウジ メゾウ)、『個性:複製腕』。主腕から蛸の足のように伸びる触手の先端に自身の肉体の一部を複製することができる。彼は今、その『個性』で音を集める耳を複製して施設内部の様子を探ったのだ。

どうやら、残りの13人はUSJ内部に散らされたようだ。

 

 

「…なら取り敢えずは問題ない。」

 

「いや問題大アリだぞ!?お前さっきあちこちにヴィランがいるって言ってたよな!?ほっといたらみんなやられっぞ!それにオールマイトの殺害って……!」

 

 

そう言ったのは瀬呂範太(セロ ハンタ)だ。ヘルメット越しで表情は分からないが、声を聞く限りでは相当焦っているのだろう。

 

そりゃそうだ。()()()()()()()()()なんて聞かされてしまえば狼狽えるのは当然のこと。このヴィランたちが襲撃してきたのはつまり、それを成せる自信があるということなのだから。

 

だが蔓岡はあくまでも冷静に言葉を返す。

 

 

「このクラスなら、広場にいるレベルは対処できるだろうさ。ここに集められたヴィランの大多数がその辺のチンピラだろ。動きみれば分かる。」

 

「そ、それでもさあ!」

 

「…それよりも、今は目の前の事に集中するべきだと思うぞ。この靄のヴィラン、恐らくこの集団を纏められるレベルの相手(ヤツ)だ。『個性』は十中八九『ワープ』。攻撃は全部スカされると考えていい。」

 

「物理攻撃無効でワープって……そんなんとどう戦えばええの!?」

 

 

爆豪達の攻撃を受けても何のダメージがないところをみると、この靄は物理攻撃をすり抜けると考えられる。『個性(スタンド)』でもダメージを与えられるか怪しい。この場にいる者でまともに対応できるのは、『個性』で靄を吸い込める13号だけだろう。

 

 

「いえ、皆さんは戦う必要はありません。それよりも…委員長、やってほしいことがあります」

 

「は、はっ!」

 

「あなたは学校まで走って、この事を伝えてください。センサーは無効化され、電話も圏外になっていました。妨害の範囲は恐らくUSJ周辺まで及んでいるでしょう。妨害しているヴィランを抑えに行くよりもあなたが直接伝えに行くのが一番確実なんです」

 

 

13号の案はこの状況を打開するに足るものだった。

委員長飯田の『個性』は『エンジン』。言ってしまえば足が速いというだけの『個性』ではあるが、彼ならば学校までの3kmを数分もせずに走り抜けることができる筈だ。

 

 

「し、しかしクラスメイトを置いていくなど、委員長の風上にも――!」

 

「行けよ非常口!今助けを呼びに行けるのはお前だけなんだ!」

 

「私たちならダイジョブだから!早く先生たち呼んできて!」

 

「み…皆……!!」

 

 

砂藤と芦戸が飯田を庇うように前に出る。

飯田が学校まで向かうとなれば、靄のヴィランが妨害してくるのは明白だ。だからこそ、体を張ってでも飯田の助けになるつもりなのだろう。

 

 

「……他に策がないとはいえ、敵前で悠長に語る阿呆がいますか」

 

「語っても問題ないからやってるんでしょーが!」

 

 

13号のコスチュームの指先が開き、それが靄のヴィランに向けられる。直後、13号の『個性(ブラックホール)』が発動。周囲に広がっていた靄を圧倒的パワーで吸い込み始めた。

 

 

「グゥ……ッ!流石、プロだけあって強力な『個性』をお持ちのようで………しかし、やはり災害救助専門のヒーローだ、あなたは。他のヒーローに比べて戦闘経験は半歩劣る」

 

 

その言葉の直後、吸い込んでいた靄が意志を持ったように蠢き始めた。

 

 

「ッ!不味い!」

 

 

このまま13号に吸わせ続けてはいけない。そう直感した蔓岡は、範囲ギリギリで咄嗟に『個性(スタンド)』を発動させて13号の突き出した腕に巻き付け、そのまま一気に引っ張り天井へと腕を向けさせた。

 

 

その一瞬、13号の前方と背後に靄のワープゲートが出現した。あの二つが繋がっている可能性は高く、あのまま吸い込み続けていたらワープゲートを通して背後から自分自身を吸い込み自滅していただろう。

 

 

「なっ!?」

 

「…察知しましたか。なるほど、差はあれどプロヒーロー。戦闘経験が劣るという言葉は撤回しましょう」

 

 

無論、『個性(スタンド)』は誰にも見えていない。ヴィランは勿論のこと、訳もわからず腕を引っ張られた13号にもクラスメイトにも、蔓岡が何か行動を起こしたなんて知られてもいない筈だ。

これでいい。このまま見えない妨害を続けていけば時間稼ぎにはなるだろう。

 

 

「フゥ……飯田、早く行くんだ。全てはお前に懸かってる。助けを呼べれば俺達の勝ちだ。」

 

「――分かった!待っていてくれ、必ず助けを呼んでくる!!」

 

 

腹を括った飯田が猛烈な勢いで地面を蹴る。

 

 

「チッ!行かせませんよ!」

 

「それはこっちの台詞だ!」

 

 

ヴィランもそれを阻もうとワープゲートの靄を飛ばそうとするが、13号の『個性』で飛ばした靄は彼の指先に吸い込まれてしまう。

それを止めさせようとヴィランは13号の周辺にゲートを作り、再び自滅に持っていこうとするも、その度に彼の腕が全く別の方向に向くせいでそれも出来ない。

 

 

「不味い、このままでは……かくなる上はッ!」

 

 

飯田の妨害と13号の攻撃を同時に出来ないと判断した靄のヴィランは、自身がゲートを潜って飯田を直接始末しようと動き始めた。

13号相手に背を向ける形になるが、ワープによる一瞬の移動を考えれば吸い込まれる前に飯田を靄に呑み込むことは出来ると考えての判断だろう。

 

 

だがその行動は浅はかだったと、靄のヴィランはすぐに知ることとなる。

 

 

「おりゃあ!!」

 

 

突如、13号の後方から半透明の長い布のようなものが飛び出した。それが収束しつつある靄に()()()()()

 

 

「なっ…!?」

 

「弱点見っけたぜ!行かせるかよ!!」

 

 

そう叫んだのは瀬呂だ。彼の『個性』は『テープ』。肘の器官から粘着性のある薄い物質を射出する捕縛向きの『個性』である。

だが、あの黒い靄は物理的な攻撃をすかしてしまうはず。いくらそんなものを射出しようがくっつく訳はないのだ。

 

 

――瀬呂の言った()()さえ無ければだが。

 

 

()()が……!ガキどもが、この短時間で見破ったか!!」

 

「ヤツには本体がある!ワープゲートの靄で隠してるだけで、本体があるんだ!」

 

 

瀬呂の放ったテープの先端部分を見ると、確かに金属質なものに覆われた人間の胴体が確認できた。瀬呂がテープを引っ張っているせいで、靄のヴィランはワープゲートを潜るのに手間取っているようだった。

 

 

「うおおおおおッ!!」

 

 

その間にも飯田はゲートに向かって走り続けており、あと数秒で到達できる地点まで差し掛かっていた。

 

 

「全員、瀬呂を引っ張れ!ヴィランを絶対に行かせるな!」

 

「おうよ!」

 

「任せて!」

 

「僕も援護しますよ!」

 

 

蔓岡の声で残ったクラスメイトがその意図を察し、瀬呂に飛び付いて思いっきりテープごと引っ張った。

同時に、13号がテープを捲き込まない位置からブラックホールで吸引を開始する。

 

 

「なんっ…!?クソ、踏ん張りが……!」

 

 

ヴィランは空中。胴体がテープで引っ張られているせいで体勢が崩れ、更にワープゲートを形成していた靄もブラックホールにどんどん吸い込まれていく。

 

 

そして―――

 

 

「オオおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

開きかけていた自動ドアを無理矢理抉じ開け、飯田がゲートを走り抜けていった。

 

 

「よっしゃあああッ!」

 

「行ったれ委員長!必ず助け呼べよお!」

 

 

飯田が学校へと向かっていったことに歓声を上げるクラスメイト。

だが、浮かれるにはまだ早すぎた。

 

 

「――あだあっ!?」

 

「きゃあ!」

 

「ってえ!!」

 

 

テープを引っ張っていた者たちが一斉に引っくり返った。ヴィランに貼り付けたテープの先端は、切断されたようにひらひら漂い地面に貼り付いた。

どうやら、靄のヴィランが何らかの方法で切断したらしい。

 

 

「………応援を呼ばれる……()()()()()()()()………」

 

 

だが、そのヴィランは此方に攻撃することもなく、黒い靄で全身(ほんたい)を覆い隠し、そのまま姿を消してしまう。

 

 

「どこ行ったあいつ?逃げたのか?」

 

「まあそりゃプロが大勢来んだからな、逃げる一択じゃね?」

 

「まだ油断は出来ませんよ。さあ、皆さんは早く避難を!僕は広場で先輩を――」

 

 

「みっ…みんな!あれ!!」

 

 

直後に、広場に続く階段の前にいた麗日が悲鳴のような声を上げる。横の芦戸も口元を手で覆って呆然と立ち尽くしていた。

何事かと全員で二人のもとに向かうと――

 

 

「な……なんだよ、あれ……」

 

 

全員の視線の先には、信じがたい光景が広がっていた。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

「『個性』を消せる……素敵だけどなんてことはないね。圧倒的な力の前では、つまり、ただの『無個性』だもの」

 

 

イレイザーヘッド。『個性』を消す『個性』。それは『個性』の強さに依存した人間相手なら、なるほど、厄介この上ない『強個性』だ。おまけに消せない相手(異形系)の対策までしているときた。流石は雄英高校で教えているだけはある、強いよ、認めるさ。

 

 

だけどさ、そんな強さも圧倒的な力の前じゃ、炎に投げ入れられる紙クズ同然なのさ。

 

 

「対平和の象徴(オールマイト)、『改人脳無』。『個性』は消せても歯が立たないだろ?」

 

 

脳味噌剥き出しの真っ黒な筋肉ダルマが、善戦していたイレイザーヘッドを組敷き、両腕をへし折り、顔面を地面に叩き付けた。

 

ただそれだけの行動で、生徒のために立ち向かってきた格好いいヒーロー様は虫の息だ。

 

 

『改人脳無』。今回の雄英襲撃の主目的であるオールマイトを殺害するために()()()()()改造人間である。自我はなく、特定の人物からの命令を実行するだけの人間ではあるが、その性質は異常の一言に尽きる。

 

まずはその肉体。最強のヒーロー、オールマイトに匹敵する程のパワーが出せるように文字通り改造されている。イレイザーヘッドが『個性』を使用しても力が弱まらなかったのはそのためだ。

 

だが、最も異常な部分は、『()()()()()()()()()()()()()()()()()

何故『個性』を複数宿しているのか。改造されたからなのか、産まれつきなのか、それは不明だ。

ただ確実に言えることは、この脳無は平和の象徴を殺すために存在している、ということだけだ。

 

 

「―――死柄木弔」

 

 

背後から名前を呼ぶ声が聞こえた。横目で窺うと、そこには黒い靄の塊が浮かんでいた。

 

 

「……黒霧、13号はやったのか」

 

 

それは徐々に人の形に纏まっていき、すぐに見飽きた姿に変わった。

黒霧。今回の襲撃では出入口の役割をしている男だ。他にもこいつには邪魔な生徒を散らす役と、プロヒーローの13号を始末する役を任せた。

戻ってきたということは、全部済ませてきたのだろうと思っていたのだが……。

 

 

「それが……13号の始末は失敗し、散らし損ねた生徒の一名に…………逃げられました」

 

「……………………………は?」

 

 

それを聞いた瞬間、自分のなかで苛立ちが噴き出し始めたのを実感した。

思わず首を掻く。掻く。掻く。掻く。掻く。掻き毟る。

 

 

「はぁー……………黒霧、お前さ、お前、ワープゲートじゃなかったら()してたぞ……」

 

 

一通り掻き毟って、我に返る。こうなったら、こんなところにいるわけにもいかない。自分達は捕まりに来た訳じゃない。

 

 

「流石にプロヒーロー相手じゃ敵わないなぁ……ゲームオーバーだ……あーあ、今回はゲームオーバーだ」

 

 

自分の首から手を離し、溜め息を吐く。

せっかくラスボス倒すためのチートアイテムまで持ってきたのに、中ボスに使っただけで終わりだった。捨て駒を引き連れてきたのに、時間稼ぎする意味もなくなった。いるだけ無駄だ。

 

 

「………帰ろっか」

 

 

黒霧にゲートを開かせようとして……気が付く。

 

広場のすぐそば、水難救助に使うであろう巨大な水溜まりに、3人。

 

男二人と女一人、雄英の生徒だ。散らした先で戦って、ここまで戻ってきたのだろう。

 

 

「……あーそうだ」

 

 

わざわざここまで来たのだ。このまま手ぶらで帰るのも勿体ない。

 

 

「……帰る前にさ」

 

 

オールマイトはこの場にいない。それは仕方ない、過ぎたことだ。だからこそこの場で、守らなきゃならない生徒が死ねば。

 

 

「平和の象徴としての矜持を少しでも――」

 

 

自分の見えないところで大事な生徒が死ねば。

 

 

「――へし折って帰ろう!」

 

 

やつから薄ら笑いは消え去るに違いない。

 

 

目にも留まらない速さで地面を蹴り、3人の子供に肉薄する。狙うのは、手近なところにいた真ん中の女だ。

 

顔に手で触る。それだけでいい。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

あと10cm。子供はこっちに気づいたらしいが動かない。

 

あと3cm。もうすぐ顔に手が触れる。やはり子供は動かない。死はもう目の前だ。

 

あと1―――

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

 

―――突然、伸ばした左腕と脇腹に衝撃を感じ、気付けば地面を転がっていた。

 

 

「………ッてえ……!」

 

 

両足で地面を捉え、踏ん張って勢いを殺して立ち上がる。が、ぐらりと視界が傾き、地面に膝をついた。かなりのダメージだったようで、攻撃された箇所の感覚が鈍い。

 

 

「…クソ、なんだよ、もう少しだったのにさぁ」

 

 

顔だけを前に向け、突然目の前に現れた()()()()を睨む。

 

 

「……悪いが……いや、悪いなんて欠片も思わねぇな。まあ兎に角、攻撃させてもらったよ。あと、平和の象徴の矜持をへし折るとか言ってたが……どうやらへし折れたのは、テメェの腕だったらしいな。」

 

 

全身を真っ黒なヒーロースーツで包んだそいつは、なんてこともないように言い放った。

よくよくみると、自分の左手の肘は、関節の可動域とは真逆の方向に折れ曲がっていた。それを認識した瞬間、嫌な熱が左腕に広がっていく。

 

 

「いっでえ………なんだよお前、邪魔しやがって…」

 

「そりゃあするだろ。俺の親友に汚い手ェ突き出しやがって。」

 

 

男がブンッと腕を振ると、近場の石畳が突然吹き飛んだ。何をしたのかは知らないが、それだけで相当苛立っているのが理解できた。

 

 

「兎も角、これ以上好きにやらせはしない。救援が来るまでの時間稼ぎ……させてもらうが、構わんよな?」

 

「させるわけないだろガキが……脳無、やれ」

 

 

USJでの戦いは、佳境へと突入していく。

 

 

 

 



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第13話 ヴィラン襲撃、USJ攻防戦―その3―

ゆっくり文章が書ける時間が欲しい(切実)






 

 

「おいっ!?蔓岡ど―――」

 

 

それが視界に入った瞬間、後先考えず飛び出していた。

周囲の声には耳も貸さずに、何よりも優先すべき目標に向かって階段を飛び降りた。

 

 

あの手の男が、水難ゾーンで危機を切り抜けてきたであろう緑谷、峰田、蛙吹の3人を見つけた。奴は既に生徒の一人を逃がした事をワープしてきた靄のヴィランに報告された筈だ。

とすると、奴等はこのまま引き上げて行くだろう。最初からプロヒーローを何人も相手取る自信があるなら、そもそもこんな奇襲を仕掛ける必要もないのだから。

 

 

 

「おっ!新しいカモがき―ブゲァッ!?」

 

「このがギャアッ!」

 

「いでぁ!!?」

 

 

目の前にわらわら出てくるチンピラが邪魔だ。

両腕に発現させた不可視の茨でヴィラン共をまとめて打ちのめす。『個性(スタンド)』である隠者の紫(ハーミット・パープル)はヴィラン達の手足の筋肉のみを透過し、直接骨を砕き割っていく。突然の激痛に絶叫する有象無象を視界の外へと弾き飛ばし、足を止めることなくひたすら突っ走る。

 

 

奴等の目的は平和の象徴(オールマイト)の殺害だ。

それが出来ないとなればここにいる必要はない。だが、これだけのことを仕掛けておいて、手ぶらで帰るつもりもないだろう。

 

ヒーロー育成施設の最高峰である雄英高校に易々と侵入された時点で既に大事(おおごと)だが、この上生徒に危害が加えられたとすれば――このヴィラン共の行動がヒーロー社会にどのような影響を及ぼすかなど、火を見るよりも明らかだ。それこそ、オールマイトという社会の光に大きな翳りを作るだろう。

 

だからこそ、目につく場所に生徒がいたなら、奴等はスナック菓子を摘む感覚で、ボーナスポイントを獲得するような気軽さで、殺して帰るだろうと考えていた。

 

そしてそれが、今目の前で起きようとしている。

 

 

手の男が動いた。

 

一瞬のうちに3人との距離を詰め、()()()()()()()()()()()()

 

 

(――ふざけんなよクソが!!)

 

 

それを視認した蔓岡は、呼吸で脚力を更に強化して一直線に跳んだ。

 

それは赦さない。()()()()()赦すわけにはいかない。

 

ヴィランの手が蛙吹に触れるまであと数センチの距離に差し掛かったところで、蔓岡はその真横に到達していた。幸いなことに、ヴィランは蔓岡が現れた事に気が付いてはいない。

 

宙に浮いたまま、両腕に発現させた隠者の紫(ハーミット・パープル)を振り被り、全力を以て叩き付けた。

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

 

右手の茨でヴィランの左腕をへし折り、左手の茨を地面と水平に振るって脇腹に直撃させ、勢い良く後方に撥ね飛ばした。

 

 

「―――紫念ちゃんっ!?」

 

 

石畳を転がっていくヴィランを尻目に、水の中に入ったままの3人の前に着地する。蛙吹が驚いたような声を上げるが、悠長に返事をしている余裕はない。

 

 

「俺が時間を稼ぐ。先生を回収して離脱しろ。」

 

「駄目よ、それじゃ――」

 

 

 

「…クソ、なんだよ、もう少しだったのにさぁ」

 

 

最低限の要件だけ伝えて声のする方に顔を向けると、手の男がふらつきながら立ち上がるところだった。腕は勿論、手応えではアバラも折れているだろうに、見かけによらず頑丈らしい。

 

 

「……悪いが……いや、悪いなんて欠片も思わねぇな。まあ兎に角、攻撃させてもらったよ。あと、平和の象徴の矜持をへし折るとか言ってたが……どうやらへし折れたのは、テメェの腕だったらしいな。」

 

 

ヴィランの左腕の肘が可動域とは真逆の方向に折れ曲がっている。

先程の蛙吹に対する行動から考えると、奴の『個性』は手での接触で発動するタイプ。そして、3日前のマスコミ騒動で念写した際に靄のヴィランと一緒に写っていたのがこの手の男だとすれば、恐らく校門のセキュリティゲートを破壊した『個性』持ち。

まともに片腕が動かなければ、単純に戦闘力は半減する。

 

 

「いっでえ………なんだよお前、邪魔しやがって…」

 

「そりゃあするだろ。俺の親友に汚い手ェ突き出しやがって。」

 

 

右腕を振り、隠者の紫(ハーミット・パープル)で近場の石畳を吹き飛ばす。これで少なくとも目の前のヴィランのヘイトは、分かりやすい脅威である此方に集中する筈だ。

今は兎に角後ろの3人と、筋肉ダルマに組み敷かれたイレイザーヘッドの避難を優先させなければならない。

 

 

「兎も角、これ以上好きにやらせはしない。救援が来るまでの時間稼ぎ……させてもらうが、構わんよな?」

 

「させるわけないだろガキが……脳無、やれ」

 

 

手の男の言葉に反応するように、イレイザーヘッドを放り出して脳無と呼ばれた筋肉ダルマが突撃してきた。

 

だが、その突撃の速度が尋常ではない。まるで戦艦から放たれた砲弾を彷彿とさせるような猛烈な勢いで迫ってくる。この場に到達するまでもう2秒もない。

 

 

「蛙吹ッ!頼んだぞ!!」

 

 

咄嗟に背後の3人に隠者の紫(ハーミット・パープル)を巻き付けて、イレイザーヘッドに近い階段方向に放り投げた。

 

 

直後、肉薄した脳無が右の拳を振りかぶり、突進の勢いのまま殴りかかってきた。

 

 

「チッ――!」

 

 

ドッパアアアアン!!

 

 

間一髪でその場から飛び退きそれを回避する。すると、空を切った脳無の拳が、蔓岡の背後の水難ゾーンの水を割った。水に拳が触れたわけではない。奴は()()()()()、奇跡で海を割ったモーセのように水難ゾーンを割ってみせたのだ。

 

 

「なんて馬鹿げたパワーだよ…。蛙吹たちを避難させたのは正しい判断だったな。」

 

 

あの場にいたのなら、水難ゾーンは血で紅く染まっていたことだろう。しかも避けたというのに、拳圧が掠っていたのか左腕が若干痺れている。

 

 

「あれにイレイザーヘッドが負けたんなら……消せる『個性』じゃあなかったってことだな。素の力でこれかよ、相性最悪だなオイ。」

 

 

これでは茨で雁字搦めにしても捕縛することは不可能。隠者の紫(ハーミット・パープル)で抑え込めるパワーではないのは明らかだ。

 

 

「じゃあこれはどうだ。」

 

 

蔓岡は右腕を振り被り、発現させた茨の束で剥き出しの脳味噌を全力でぶっ叩いた。相手との距離は5メートル程、『個性(スタンド)』の性質を考えれば確実に骨までダメージが伝わる一撃だ。

 

 

「……マジかよ、怯みもしねえ。」

 

 

だが、健在。

 

意識を刈り取るつもりで放った一撃は、脳無には一切通用していないように見える。痛がる素振りはおろか、攻撃されたことにさえ気付いていないのかもしれないと思えるほどの無反応だ。

 

 

「いくら頑丈でも、ノーダメージってのは考え難い…。衝撃に対して抵抗力のある『個性』か?」

 

「ハハッ、アタリだ。これは『ショック吸収』っていってな……オールマイトの攻撃だって効かない『強個性』さ。他にも『超再生』とか入ってるぞ。なにせコイツは対平和の象徴(オールマイト)用の改造人間だからなァ、ガキに倒せるわけはねぇよ」

 

「……なるほど、ご丁寧にどうも。探る手間が省けた。」

 

 

得意気に性能を語る手の男には視線を向けず、目の前の改造人間を見据える。

 

どうやら、この脳無と呼ばれるヴィランこそが、オールマイトを殺害するためのキーパーソンらしい。改造人間というからにはもう真っ当な生物ではないのだろうが、

だとすれば蔓岡一人では勝てない。まともにやり合えば確実に殺されるだろう。

 

隠者の紫(ハーミット・パープル)の強みは全て殺され、蔓岡本人の身体能力でも敵わない。尻尾巻いて逃げるのが賢い対応だ。

 

だが、それは絶対に出来ない。

マスクの下でチラリと視線を動かすと、その先にはイレイザーヘッドを抱えた3人がいる。主犯と思われる3人のヴィランは此方に釘付け、道中のヴィランは粗方再起不能にしてきたので、あのままいけば4人はなんとか逃げられる筈だ。

 

少なくともそれまでの間、蔓岡が囮を務めなければならない。

 

 

「…子供を護るのは大人の責務、だしな。」

 

 

両手の拳を握り直し、蔓岡は脳無に向かって構えた。

一度は失ったこの命、再び失うことに今更恐怖などない。そんなことよりも、これまでの人生でできた唯一の親友が害されることの方が何千倍も嫌だ。

 

思えば、蔓岡紫念として命を得てからというもの、家族以外で心からの信頼を向けることができたのは蛙吹だけだった。

 

例えここで再び息絶えたとしても、その彼女が生きていてくれるのであればそれでいい。

 

 

「さあ、来いッ!!」

 

 

――さて、約束を破ることになってしまうだろうが、彼女は許してくれるだろうか。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

「うわあああ、なにやってんだよアイツ!?なんで逃げねーんだよ!?」

 

 

負傷し気絶したイレイザーヘッドの両足を担いだ峰田が叫ぶ。彼がパニックを起こすのも無理はない。目の前で起こっているその光景は、平穏な日常を生きてきた高校一年生には到底処理しきれるものではなかった。

 

脳無と呼ばれたヴィランが拳を振り上げ、たった一人で対峙しているクラスメイト目掛けて突っ込んでいく。

振るった軌跡が残像となって残るほどの恐ろしい速さの拳だ。当たれば重症、最悪死ぬことさえあるだろう一撃。

それを蔓岡は身体を沈ませギリギリのところで回避する。その攻防が始まってからまだ1分も経っていないが、どちらが劣勢かなど一目で分かる状況だ。

 

 

「やっぱりダメだよ…!助けに行かないと!」

 

「はああああああ!?なに言ってんだよお!相澤先生が手も足も出なかったヤツだぞおお!緑谷お前も見てたじゃんかあ!!オイラたちが行ったってソッコー殺されるに決まってんだろおお!!」

 

「で、でも放っておけないよ!」

 

 

声を上げたのはイレイザーヘッドを担いでいる緑谷だ。彼の懸念は正しい。このまま蔓岡が攻撃を避け続けたとしても勝てるわけがない。波紋法でほぼ無尽蔵とも言える体力を誇る彼でさえ、あの恐るべき拳の速度にはいつか追い付かれる。そうなれば終わりだ。

 

だが同時に峰田の発言も正しい。プロヒーローが全く歯が立たなかった相手に、ヒーローですらない子供が向かっていったとして、いったい何ができるというのだろう。重傷で済むならまだマシだが、最悪の場合は棺桶に入る肉塊が出来上がることになる。

 

 

「ここで動かなきゃダメなんだ…!考えてる時間はもう……!あす、っ…ゆちゃん!先生をおね――」

 

「駄目よ」

 

「…えっ?」

 

 

緑谷は蛙吹にイレイザーヘッドを任せて飛び出そうとしたが、その行動は険しい顔をした蛙吹に止められてしまう。

 

 

「紫念ちゃんはね、一人だから遠慮なしに動けてるの。緑谷ちゃんが行ったら、紫念ちゃんはきっと庇おうとするわ。今でもそんな余裕ないのに、そんなことになったらもう避けきれないわ」

 

 

イレイザーヘッドを早く運ぶように促しながら蛙吹は続けた。

 

 

「だから、きっとこれしかないの。大丈夫よ、紫念ちゃんなら」

 

「で、でも!!」

 

 

しかし、それでも緑谷は納得できなかった。どのような考えがあるにしろ、あのままにしておけば蔓岡は殺される。ヒーローを目指す自分がそのような行いを見逃すというのは許されることではない。そんなものは、自分が目指すヒーローではない。

 

 

「…紫念ちゃんは、私に任せるって言ってくれたわ。それは先生のことだけじゃない。緑谷ちゃんと峰田ちゃんのこともよ。緑谷ちゃんがどうしても行くって言うなら…何がなんでも連れてくわ」

 

「…っ!」

 

 

だが、蛙吹はこれっぽっちも折れる気配がない。寧ろ強引にでも引っ張って行くという意思さえ感じられる瞳で見据えられ、緑谷は思わずたじろいだ。

 

 

「大丈夫よ、紫念ちゃんは――強いから」

 

 

本当は、蛙吹だって飛び出して行きたい。未だに圧倒的な脅威と対峙している蔓岡の助けになりたい。

だがそれでは蔓岡をより危険に晒すことになる。何より自分はクラスメイトと先生の避難を任されたのだ。

だから行かない。行くことは許されない。それは、親友の想いを裏切ることになるから。

 

だから、今はただ信じる。

 

あの脳無という人間は脅威であるが、蔓岡だって強いのだ。それは、誰より近くで見てきた蛙吹が一番よく知っている。第一、彼は考え無しで動く性格ではない。

 

 

(それに、動きから見て紫念ちゃんが狙っているのは時間稼ぎ。さっきの靄のヴィランは生徒に逃げられたって言ってたから、誰かがもう助けを呼びに行ったんだわ。校舎とUSJ(ここ)の距離はそこまで離れてないから、じきに助けは来る…!)

 

 

ならば一層、自分もやるべきことをやらなければならない。そう思った矢先だった。

 

 

「ああっ!!?」

 

 

緑谷が顔面蒼白で悲鳴じみた叫び声をあげた。

 

その視線の先では、脳無の攻撃を避けきれなかった蔓岡が後方に吹き飛ばされていく。腕でブロックしたにも関わらず、人ひとりを綿埃のように吹き飛ばす脳無のパワーがハッキリと分かった瞬間だった。

 

 

「うわあああ!!?」

 

「――ッ!」

 

 

峰田が涙をボロボロ流して絶叫する。その横で蛙吹は辛うじて悲鳴を呑み込んだ。

 

 

ぶっ飛んだ先で頭から地面に叩きつけられるかと思った蔓岡だったが、物理的に有り得ない動作で空中で体勢を整え、両足で軽やかに着地する。

 

だがやはりダメージは大きいようだ。拳の直撃を受けた両腕の前腕部がぐにゃぐにゃに折れ曲がっていた。明らかに骨が砕けている。

 

 

だが蔓岡も負けてはいない。

折れ曲がった腕が突如動きだし、ゴキャゴキャ嫌な音を立てながら元の真っ直ぐな状態に戻った。当の蔓岡は何事もなかったかのように脳無に向かっていく。

 

 

「な……なんだよあれ!なんで治ってんだよお!!」

 

「…たぶん、ハーミットパープルちゃんで骨の位置を無理矢理戻して、波紋の呼吸でくっ付けたのよ。よっぽどの大怪我じゃなかったら、10分もしないで完治するけど……」

 

「そ、そんなことまで…」

 

 

蔓岡は再び脳無を引き付けて攻撃を躱し始める。よくよく見ると、だんだんと階段方向から遠ざかっていくように誘導しながら動いているのが分かる。

 

攻撃に怯んだ様子もなければ、今の状況に恐怖を抱いている素振りもない。それどころか冷静な判断で仲間を守ろうとしている。とてもじゃないが、高校生とは思えないような化け物じみた精神力だ。

いったい蔓岡はどのような心持ちであの場に立っているのだろうか?

 

いや、今はそれを気にしている場合ではない。

 

何にせよ、今の状況が長くは続かないのは確かだ。早く救援が来なければ、今度は取り返しのつかない大怪我を負わされる危険がある。

 

 

 

蔓岡と脳無の戦いが始まって、1分が過ぎようとしていた―――その時だった。

 

 

 

 

ドオォンッ!!

 

 

 

 

一際大きな衝撃音がドーム内に反響した。

 

一瞬、蔓岡と脳無の戦闘に変化があったのかと全員が目を見開いた。

 

だが、その2人の攻防は何かに遮られたかのように止まっており、靄のヴィランと手の男、警戒して様子を窺っていたチンピラたちも固まってある一点に視線を向けていた。

 

 

登り始めた階段の上、正面ゲートの辺りを覆い隠していた砂埃の中から、大きな影が姿を現す。

 

 

「―――胸騒ぎがして、校長の話を振り切ってここに来る途中、飯田少年と会って、事のあらましは聞いたよ」

 

 

その人物が一歩踏み出すと、その風圧だけで辺りを漂っていた砂埃が一瞬のうちに掻き消える。

 

 

「お、オイオイ!あれって!やったぞお!オイラたち助かったんだあ!!」

 

 

ハッキリと現れたその姿は、恐らく、この場の誰もが待ち望んだ英雄(ヒーロー)だった。

 

 

「お…オールマイト…!!」

 

 

「もう大丈夫……私が来た!!

 

 

生ける伝説、最強のヒーロー、平和の象徴。数多の異名を持つ現代の光、オールマイトがそこにいた。

 

 

 

 

 



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第14話 ヴィラン襲撃、USJ攻防戦―その4―

待ち望んでいたヒーローの到着にマスクの下でニヤリと口の端を吊り上げ、何故か急停止した脳無の近くから飛び退く。正直、身体中が痺れていて感覚がおかしくなっているが、眼前の光景はそれを差し引いても御釣りが来るほどのものだった。

 

 

「もう少し動き回ることになるかと思ってたが、こっちに向かっててくれて助かった。」

 

 

実は、蔓岡は脳無との対峙直後に『念写』を使用して救援の状況を確認し、それらが到着するまでの時間をある程度計算して行動していた。

場合によってはヴィランを蛙吹達から今以上に引き離しつつ、より長い時間相手取る必要があったかも知れなかったが、それもマスク内部に映し出された映像により必要ないと判断した。

 

映像には、先程バスで通ったばかりのUSJまでの道程を走っている平和の象徴(オールマイト)の姿が映し出されていた。

 

一発攻撃を受ける事にはなったが、既に修復は済んでいるので結果的には問題ない。

 

 

「さて、あとは任せるとしますかね。」

 

 

蔓岡は再び足に力を込め、脳無の脇をすり抜けて全力で階段の方向に走り出す。時間稼ぎ以外に出来ることがない以上、この場に留まっている理由もない。

 

 

「――なっ!?ガァッ!!」

 

 

ついでに、突如現れたオールマイトに気を取られていた靄のヴィランの本体を拳でぶん殴って吹き飛ばす。

咄嗟の事に反応できなかったのか、水難ゾーン方向に転がった靄のヴィランはピクピク痙攣するだけで起き上がることはなかった。

金属のアーマーのようなものが大きく凹んだが、死んではいないだろうから気にせず走り抜ける。

万が一にも逃げられないために、あのワープゲートは無力化しておいて損はないだろう。

 

 

「おい黒ぎ――!?」

 

 

此方の行動に気が付いた手の男を尻目に、階段の半ばにいた蛙吹達の元へ一直線に走り抜けた。ちょうどそこには4人と合流したオールマイトも立っていた。

 

 

「只今戻りましたよっと。」

 

「蔓岡君!」

 

「蔓岡少年!無事―――」

 

「紫念ちゃん、大丈夫?腕はちゃんと動くのよね?」

 

 

オールマイトが何か言いかけたが、詰め寄ってきた蛙吹によって遮られてしまった。マスク越しに顔の辺りをペタペタ触ったり腕を握ったりしてくるあたり、相当心配をかけたのだろう。目の前で腕が折られる一部始終を見せられたのだから仕方ないとは思う。

 

 

「大丈夫だ。身体がちょっと痺れてるくらいだし、腕も問題ない。それよりオールマイト、状況が状況なので手短に説明します。」

 

「あ、ああ」

 

 

蔓岡は蛙吹を落ち着かせると、今知り得る事の全てを簡潔に纏めて、特にあの脳無と呼ばれたヴィランの能力について説明した。とはいってもあれについて分かっている事は、オールマイト並の力を持ち、『個性』を複数有している程度でそれほど多くはない。

 

 

「……そうかい、ありがとよ!じゃ、君達は避難してくれ!あとは私に任せなさい!!」

 

 

数10秒程度の説明を聞き終えると、オールマイトは何時もの笑顔を浮かべて飛び出していった。その速さは、やはり先程の蔓岡のものとは比べ物にならない。

 

 

CAROLINA SMASH!!!

 

 

視界に捉えるよりも速く脳無の元に到達すると、ダッシュの勢いを乗せたクロスチョップを脳無の顔面目掛けて叩き込んだ。脳無には全く効いてはいないようだが、その風圧で手の男と靄のヴィランが吹き飛ばされる。

 

 

「よし、んじゃあ俺達も行くぞ。」

 

 

オールマイトが脳無と衝突したのを確認すると、蔓岡の両腕から伸びた不可視の茨が4人に巻き付いた。そのまま蔓岡が跳躍し、一気に全員を階段の上まで引き上げた。

 

 

「蔓岡君!みんなも大丈夫!?」

 

「ったく、ムチャしやがるなお前も…」

 

 

すると上から状況を見ていた13号とクラスメイトが周りに集まってきた。

視線から察するに、クラスメイトにも心配をかけたらしい。仕方がなかったとはいえ、多少の罪悪感が蔓岡の心中に込み上げてくる。

地面にゆっくり下ろしたイレイザーヘッドのもとに13号が駆け寄る。

 

 

「先輩!大丈夫ですか!」

 

「両腕の粉砕骨折、顔の骨にも皹が入ってますね。今応急手当をしてますので、もう少しすれば意識は戻るでしょう。」

 

「え、応急……あっ『波紋法』?」

 

「スゴいな。そんなことも出来るのか……って、さっきも腕を治してたな。便利なものだ」

 

 

蔓岡は気絶したイレイザーヘッドの全身に無数の茨を巻き付けたまま、波紋の呼吸で生命エネルギーを譲渡している。まだ血塗れではあるが、外傷は目に見える速度で塞がっていく。

 

 

「コオオォォォ―――はぁ、ここまでの怪我となると即座に完治、とはいかないけどな。しかも骨折は下手に治すと変なくっつき方になるから、血管系へのダメージをメインで治してる。」

 

 

『波紋法』で行えるのは生命エネルギーによる治癒であり、再生ではない。粉々に砕けた骨を砕ける前の綺麗な状態に戻したり、抉れて無くなった肉を復元したりすることは出来ない。

自分の骨ならある程度隠者の紫(ハーミット・パープル)で骨の位置を修正すればなんとでもなるのだが、流石に他人の骨をいじくり回すのは気が引ける。痛みを和らげなければ悶絶は必至だ。

 

 

そんなことをしているうちにイレイザーヘッドの出血は完全に止まったので、近場の柵を『個性(スタンド)』で引き千切って添え木の代わりに使い、瀬呂の『テープ』で固定する。取り敢えず、今出来るのはこのくらいだろう。

 

 

ズドオンッ!!

 

 

その直後、一瞬の震動と衝撃音と同時に天井まで届くほどの巨大な土煙が巻き起こった。

 

 

「おおっ!?なんだぁ!?」

 

「まさか、これ!」

 

 

全員が音の出所であろう広場を見ようと階段から身を乗り出した。

モウモウと立ち込める土煙が晴れると、そこには驚愕の光景が広がっていた。

 

脳無と呼ばれた対平和の象徴(オールマイト)用の改造人間が、そのオールマイトが放った爆発的な威力を誇るバックドロップによって、上半身が深々とコンクリートの地面に突き刺さっていた。

 

脳無にダメージを与えられない以上、単純な攻撃による攻略は不可能に近い。ならばとオールマイトが取った手段は、地面に埋めて動きを封じるというものだった。

圧倒的なパワーを持ったオールマイトだからこそできる攻略法だ。

 

 

「スゲーッ!!やったぜオールマイト!」

 

「バックドロップであれほどの破壊力を……やはり桁が違う」

 

「倒したんだよね!?やった!あとはひとりだけだよ!」

 

 

周りのクラスメイトが口々に歓声を上げる。

 

周囲のチンピラヴィランは既に倒れ伏し、切札と思われる脳無、ワープゲートを担う靄のヴィランはともに行動不能。主犯と思われる手の男も左腕を負傷している。

明らかにヒーロー側が優勢だ。

 

 

だが、恐らくただ一人、蔓岡は妙な違和感を感じていた。

 

 

「……なんか、簡単過ぎるな。」

 

 

奴等ヴィランの目的は、オールマイトの殺害だ。

生徒達の足止め用のヴィラン、ワープゲートというチート『個性』と、対オールマイト用の改造人間を用意してきた辺り、本気であることは間違いない筈だ。

 

()()()()()()()()()

 

チンピラは生徒達を殺せるほど強くはなかった。靄のヴィランもいち生徒である蔓岡に行動不能にされた。脳無だってオールマイトに対抗できる能力を持つ割には呆気なく動きを封じられた。

 

極めつけは、あの主犯と思われる手の男の、主犯とは思えない言動の拙さ。

まるでゲーム内で最強武器を手にいれたプレイヤーが、調子に乗ってLv.1のまま魔王に挑んでいるような、そんな奇妙な感覚。

 

()()()()()()。襲撃を成功させるための肝心な部分がそもそも欠落している。

 

 

「――あの手の男は主犯じゃない?この襲撃を計画した奴が他にいるのか?」

 

 

口から漏れ出したのは単なる憶測だが、その考えが一番しっくりくるような気がする。

 

手の男が、誰か別の人間から計画と切札を授けられただけの経験がない若者なのであれば、今のようなお粗末な結果にも納得が行く。

 

 

……だとすれば、そうだとすればだ。

 

これを計画した存在は、確実にこの展開を想定していた筈だ。同時に、この状況を覆せる手段も持っていると考えた方が懸命だろう。

 

 

(…これは所詮推測だ。確証はこれっぽっちもない。なのに…なんだ?この全身にヘドロを塗りたくられたような気持ちの悪い感覚は…。)

 

 

 

 

「クッソ……チートがぁ…!!全然弱ってないじゃないか…!()()()()()()()()()()()()…!?」

 

「さあヴィランよ、もう諦めて投降してはどうかな?反抗しないのであれば、私もこれ以上攻撃を続けるつもりはないんだが……ゴホッ」

 

 

苛立ちのあまり右手で首を掻き毟る手の男と、まだまだ余裕そうに対峙するオールマイト。既に勝敗は決したようなものだ。なんといっても、ここにいるのは世界のヒーローを代表する平和の象徴なのだから。ヴィランの敗北は確定したも同然だった。

 

 

 

―――()()()()()()()

 

 

 

「―――オ゛エェッ!!?」

 

「ッ!?なんだ!?」

 

 

それは本当に突然の事だった。

 

手の男の口元から、何か穢い液体のようなものが溢れ出てきたのだ。吐き出されたドブのようなそれは、瞬く間に手の男の全身を覆い隠していく。

そして手の男だけでなく、靄のヴィランまでも似たような液体に覆われていった。どちらもその液体を口から吐き出しているようだ。ただどういうわけか、脳無にはその兆候が見られない。

 

 

「なっ!なんだ!?なんかの『個性』か!?」

 

「ケロ……なんだか嫌な感じがするわ」

 

「関係ないぜ!早くぶっとばせオールマイトお!!」

 

 

「嫌な予感はしてたけどよ…こんなドンピシャで来るかよ普通――隠者の紫(ハーミット・パープル)!」

 

 

周囲に動揺が走るなか、蔓岡は即座に『個性(スタンド)』を発現させた。攻撃するためではない。()()()()()()()だ。茨の1本をフルフェイスマスクに接続、『念写』と『念聴』を同時に開始する。

 

 

『ザザッ―――ザーーー……』

 

 

だが、結果が反映される事はなかった。考えてみれば、ラジオを使う『念聴』は電波妨害のせいで使用不能。『念写』も、相変わらず訳のわからない映像が写るだけだ。

その間にもヘドロのような液体はヴィラン達を覆い隠しながら縮小していく。本来ヴィランの肉体があるべき部分も既に何処かへと消えてしまっている。

 

 

「まさか、これもワープ系の…!?くっ!逃がさんぞ!!」

 

 

オールマイトがヘドロから手の男を引き摺り出そうとするが、伸ばした腕は液体を貫通するように空振った。そう、ヘドロ内部の実体は既に消えてしまっているのだ。

 

 

「ごぇ……はは、そうか、これ………あー、ゲームオーバーだ、今回は。げぼっ…認めるさ、今はまだ勝てない」

 

 

顔に貼り付けた手の隙間から、男の憎々しげな、しかし嘲笑うかのような鈍い光を宿した眼が覗いた。

 

 

「だからさ、今日は帰るよ。ちゃんと置き土産もくれてやるからさ」

 

「なんだと?どういうこ…」

 

()()()()()()()()()()―――」

 

「ま、待て―――!!」

 

 

その言葉を最後に、手の男も、靄のヴィランも液体とともに跡形もなく消失した。

 

 

ボゴォン!!

 

 

その瞬間、地面に上半身を埋められた脳無が再び動き出した。爆発のような衝撃を引き起こして周辺の地面を破壊して脱出。直後地面を両腕で掴み、腕の筋力だけで己の巨体を吹っ飛ばして見せた。

 

その目標は、階段上の生徒たち。彼ら目掛けて怒濤の勢いで筋肉の塊が迫ってきていた。

 

これこそヴィランどもの置き土産。オールマイトに勝てないなら生徒たちを始末する。つい先程言ったように、平和の象徴としての矜恃だけでもへし折るつもりのようだ。

 

あの体当たりに直撃すれば重症は免れない。いや、高い確率で死に至る。

 

 

「させないぞヴィランッ!!」

 

 

オールマイトもそれを阻止しようと走り出す。だが、間に合わない。どれだけ速く走ろうとも、出遅れた時点で同等の筋力を持つ脳無には追い付けない。何をどうやったとしても、脳無が生徒を轢き潰す方が早い。

 

 

 

だからこそ、この男が前に出た。

 

 

隠者の紫(ハーミット・パープル)ッ!!」

 

 

蔓岡()は結果の出ない『念写』『念聴』を中断し、その場に立ったまま両腕に発現させた数十本の茨の蔓で、棒立ちのクラスメイトと教師2人を安全圏まで()()()()()

 

突然飛ばされたクラスメイト達の悲鳴を余所に、自身も身体能力を強化させて飛び退こうとするが……もう遅かった。

 

皆を避難させた時点で、自分が逃げる時間はなくなった。すでに脳無は残り1メートルの距離まで迫ってきている。

 

 

(あ……無理っぽいな、これ。)

 

 

時間の流れがやけに緩やかに感じられる。人間、命の危機に瀕したら本当にこんな感覚に陥るんだなぁ、と暢気な事を考えていた。

選択を誤った。この場は『個性(スタンド)』で防御態勢を整える事を優先するべきだった。

 

 

スローモーションで突っ込んでくる脳無のすぐ後ろに、何時もの笑顔が消えたオールマイトが必死に手を伸ばす姿が見えた。この出鱈目な速度によく追い付けたな、とは思ったが、どうやら脳無が蔓岡()と激突する方が早い。

 

だが幸いなことに、他の連中は無事に安全圏に落ちたようだった。衝撃の余波が当たるかもしれないが、大怪我することはまずないだろう。

 

それでいい。他の誰かが大怪我するくらいなら、蔓岡()ひとりが犠牲になってでも足止めをした方がいいに決まっている。

 

…昔の自分なら、自分が犠牲になれば――等とは絶対に考えもしなかっただろう。自他の生き死になんてどうだっていいとさえ言い切った筈だ。

今更になって改めて考えてみると、この世界に産まれて十数年、蔓岡()の人間性は随分と変わってしまったらしい。

 

 

(………ほんと、変わり過ぎだっての。)

 

 

ドゴオッ!!

 

 

全身を打ち砕かれる衝撃を受け、意識を手放すその刹那。蔓岡()は確かに思い出した。

 

 

(―――ああ……そ、だった…おまえが、おれの……。)

 

 

正義の者を志した、本当に些細な切っ掛けを。

泣き虫だった少女が示した、『蔓岡紫念』の原点(オリジン)を。

 

 

 

「―――つ………ゆ…。」

 

 

 

吹き飛ばされ地面に転がるよりも早く、蔓岡()の意識は、漆黒の闇に呑み込まれていった。

 

 

 

 



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第15話 ヴィラン襲撃、USJ攻防戦―その5―

令和となりましたね。おめでとうございます。
これからも無理なくのんびりとやっていきたいと思いますので、どうか宜しくお願いします。


 

 

 

 

ドゴオッ!!

 

 

 

―――突然の衝撃に、悲鳴さえも出てこなかった。

喉がぴくりとも動かない。頭もうまく働いてくれない。

 

辛うじて分かったのは、自分の昔からの親友が()()()()()()()()()()()()という事実だけだった。

 

だがその事実を目の当たりにしても、まるで何処か遠い土地で起こった事件を聞かされているような、ぼんやりとした感覚しか湧いてこない。

 

 

「NOOOOOOOOOOO!!!」

 

 

誰かが叫んで、親友を吹き飛ばした黒い人間を殴り付ける。

 

 

あれは、だれだっけ。なんでわたしは……

 

 

あれ、ここは―――()()()()()()

 

 

 

「梅雨ちゃんっ!!!」

 

 

ぐいっと、急激に後方に引っ張られると同時に、薄れかけていた意識が一気に鮮明になる。

 

直後に、強烈な風圧が自分の鼻先を掠めていく。

オールマイトが脳無を殴り付けた余波が飛んできたのだ。あのまま立ち尽くしていたら巻き込まれていただろう。

 

体勢を立て直して、後ろを振り返る。そこには、酷い顔をしたクラスメイトの面々が立っていた。自分を引っ張ってくれた三奈ちゃんは今にも泣き出しそうだった。

 

……いや、きっと一番酷い顔をしているのは自分だ。でなければ、こんなに視界がぐにゃぐにゃに歪んでいるはずがない。

 

 

「は―――っく……」

 

 

胸に冷えた鉛を押し込まれたような気分だ。

うまく呼吸ができない。声がでないくせに、今にも喉が裂けて絶叫が飛び出しそうだった。

 

だが、それを無理矢理押し止める。

今は混乱なんてしている場合なんかじゃない。そんなことは、終わってからいくらでもすればいい。

 

 

「…たす、けなきゃ――!!」

 

 

辛うじて、その言葉が出てきてくれた。

 

皆の身代わりになった紫念ちゃん()を助ける。それこそが、自分が何よりやらなくてはいけないことなのだ。

 

拳を握り締め、その意思を以て自らを奮い立たせる。

 

彼はゲートの脇に激突したまま動いていない。コスチュームの所々は破損し、マスクに至っては前面部分が完全に砕けていた。命に関わる大怪我をしているのは明らかだ。

 

大丈夫、もう動ける。早く彼のところへ行かないと――!

 

 

バァン!!

 

 

「ケロっ………!」

 

 

だがそれを邪魔するかのように、再び衝撃波が襲いかかってきた。

オールマイトと脳無。最初の一撃を皮切りに、その2名の攻防は始まってしまった。脳無は一旦生徒達(こちら)からオールマイトへと標的を切り替えたらしく、怒濤のラッシュを繰り出すオールマイト目掛けて攻撃を開始した。

 

 

「ぬううあああああああああッ!!」

 

「━━━━━━━━!!!」

 

 

オールマイトと脳無が引き起こす、嵐か爆風のような殴り合いのせいで、その場の誰もが動けない。それどころか風圧でジリジリと押し出されてさえいる。

 

 

「うっ……このままじゃ――!」

 

 

相手は対平和の象徴用の改造人間。そう簡単に倒れてくれるとは思えない。だがそれでは駄目だ。時間が掛かれば掛かるほど、彼の命は零れ落ちていく。

 

誰かが呼びに行った学校からの救援はもうすぐ来るだろう。その前に、重傷を負った彼をこの場から遠ざけ、最低限でもいいから応急手当をしなければ危険だ。

だが彼の元へ行くには、この強烈な風圧を掻い潜らなければならない。下手をすれば、衝撃波で飛んできた瓦礫が直撃する危険だってある。

 

 

「み、皆さん!!すぐにここから離れてください!」

 

 

後ろに転がりそうになりながらも、相澤先生を抱えた13号先生が叫ぶ。

確かにこれ以上の怪我人を出さないためには、ここから皆を遠ざけるのが正しい選択だ。

だがそれは同時に、彼という怪我人を切り捨てる事になる。13号先生もそれは分かっているはずだ。

これは苦渋の決断なのだ。だって、この場にはオールマイトたちの拳の応酬を止められる者はいないのだから。

 

 

――だけど、それでも、やるしかない。やらなければいけない。

 

 

彼は私たちを助けてくれた。無策の突撃なんて柄にもないことをして、命懸けで全員を庇ってみせた。

そんな彼を見捨てるなんてしていい筈がない。助けられた者としても、ヒーローを目指すものとしても、親友としても。

 

 

「……三奈ちゃん、私行くわ」

 

「梅雨ちゃん…!?」

 

 

三奈ちゃんが驚いたように目を見開いた。きっと柄にもないことを言ったからだろう。ついさっき緑谷ちゃんに偉そうに説教したくせに、自分も人のことは言えないのだと痛感させられた。

 

 

「ダメだよっ!今行ったら死んじゃう!」

 

 

だけど、止められようと行くしかない。

壁に張り付ける自分ならこの風圧の中でも人よりは踏ん張りが利くし、長い舌を使えば彼の保護もやり易いはず。そのあとはUSJの外に一目散に離脱すればいい。確かに危険だけど、脳無がオールマイトに押さえられている今がチャンスなのだ。

 

 

「紫念ちゃん…今行くわ――!!」

 

 

両脚に力を込めて、彼に向かって一直線に跳躍する。

 

 

まだ、何も返せていない。今まで何度も助けてもらったのに、私は少しも恩返しできてない。

 

だから、今度こそ。今度こそ私が助ける番だ。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

気が付くと、真っ白な空間に立っていた。

 

 

「―――。」

 

 

ここは何処だと声をあげようとして、それが出来ない事に気が付く。口を開いても声が出ない。呻き声はおろか呼吸の音も聞こえない。

 

痛いほどの静寂の中で、冷静に思考を巡らせる。

 

俺は確かUSJでの戦闘中に、あの脳無とかいう改造人間の体当たりで吹き飛ばされた筈だ。そこまでは覚えているのだが、その先はどうなったのだろうか。

皆は、蛙吹は無事なのだろうか。

 

 

……一歩たりとも動けない。石像にでもなってしまったかのようだ。それでいて、感覚に訴えかけてくるこの雰囲気はまるで現実味のないもので、なんというか、夢でも見せられているような気分だ。

 

 

…ああそうか。と、自分一人で納得する。

 

()()()()()()()()()()()

 

 

そうであれば、この異質な場所に立たされている状況にも説明がつく。つまりここは死人の来る場所。前世でも行き着いた、魂の漂う場所なのだろう。前は空の上だったが、此方ではだだっ広い殺風景な空間に行く仕様なのだろうか?

 

 

(―――はぁ、死んじまったかぁ……。)

 

 

別に死ぬのは怖くはない。怖くはないが、いざなってみると妙に気が沈む。前はこんなことなかったのだが。

 

 

(蛙吹たち、怪我してねえといいなぁ……。)

 

 

まあ、その原因は分かっている。

『蔓岡紫念』としての人生では、背負うものが多かった。気の許せる親友に立派な両親。仲良くなれそうだったクラスメイト。

 

どれもこれも、()()()()()()()()()()()()()()ものばかりだ。

 

目を閉じて思い出す。今よりずっと昔の事を。最期の思い出を噛み締めるように。

 

 

 

―――詳細は省くが、『田中』として生きた前世はあまり良いものではなかった。

 

俺は凡庸な人間だった。

出来の良い兄弟と常日頃から比べられ、家族からは出来損ないと貶され続ける毎日。周囲の人間もそれに習って、俺を使えないモノとして扱った。当然、友人の一人もいやしない。

 

俺は何も悪くないのに、ただ普通だっただけなのに、それが害悪であるかのように周囲は俺を嘲った。生きる事への希望を見失うのに、そう時間は掛からなかった。

 

だからトラックに轢き殺された時も、別に死を嘆いたりはしなかった。むしろ、漸く何もかも投げ捨てられるのだと少し楽になっていたくらいだ。

 

 

 

 

だからこそ、この世界に転生してしまった時は本当に嫌気が差した。

此方の両親の目には、幼い頃の俺はさぞ無愛想に映ったことだろう。当然だ、初めから生きるのが嫌になっていたんだから。

毎日が苦痛だった。また誰かに蔑まれる人生を送るんじゃないかと心底怯え、憤っていた。神を名乗る何者かを殺したいほど憎んだ。

 

 

 

……そうだ、確かその頃だった。あいつと、蛙吹梅雨と知り合ったのは。

 

今となっては些細なことだが、あのときの俺はどうかしていた。誰にも必要以上に関わらないよう、出来る限り目立たないように過ごしていた幼稚園時代。

 

そんなとき、目の前に現れたのが彼女だった。

 

ある日、幼稚園の教室の中を彼女は困った顔でうろうろ歩いていた。普段なら何でもないことと放っておくところだったのだが、その時に限って何故か俺は声を掛けてしまったのだ。今でもその言動の理由は人生最大の謎だ。

 

聞けば、同じクラスの悪戯坊主に持ち物を隠されてしまったという。

一度聞いてしまった手前、知らないフリをしてしまうのもばつが悪いと思った俺は、自分の『個性(スタンド)』の能力で探し物を探知、適当な紙に在処を『念写』して蛙吹に手渡した。

 

で、用事が済んだからその場を離れようとして――蛙吹に腕を掴まれて目的地まで引っ張られていくはめになったのだ。大人しそうな顔して結構強引だった。今でもそうだが。

 

結局物が見つかるまで付き合わされることになったのだが、程なくしてそれは見つかった。どうやら隠されたのは蛙の形の髪留めだったらしく、見つけたときには彼女は大事そうに両手で包んでいた。

 

 

『――さがちてくれて、ありがとね』

 

 

 

―――ああ、そうだ。あのときだ。思い出した、何もかも。

 

あのとき彼女に言われたあの言葉こそが、あの笑顔こそが、『蔓岡紫念』としての生き方を決定付けた原点(オリジン)なのだ。

 

気紛れの対価に贈られた、なんの変哲もないささやかな感謝の言葉。その言葉は確かに、鉄のように冷えきった俺の心に温もりをくれたのだ。

……我ながら、実に単純だと今でも思う。いくら初めて他人に感謝してもらったとはいえ、あんなに呆気なく陥落するなんて。

 

不思議だ。あれだけ大事な出来事をなぜ今まで忘れていたのだろうか。

 

 

 

 

(―――そうだ、()()()()()。まだ、あいつから貰ったものを、これっぽっちも返してねえんだ…!)

 

 

まだだ、まだ死ねない。

 

背負ったものがある。とても大事な借り物を、まだ返していない。こんなところで死んでは返せない。

 

こんな場所で油を売っている暇なんてない。死後の世界だとか、そんなのは関係ない。戻らないと、USJへ。

 

 

(ああ、そういや動けねえんだったな。だがそれがどうした!何がなんでも戻ってやる!まだあいつらは戦ってんだ、年長者の俺が呑気して寝てる場合じゃあねえんだよ!!)

 

 

身動ぎをする。動けない。叫ぼうとする。声が出ない。

 

 

それがどうした。だからなんだ。その程度で諦めるわけにはいかない。

 

 

何か方法がある筈だ。ここに来れたんなら出れない道理はない。何か、何か―――!

 

 

 

『ココカラ出マスカ?』

 

 

 

不意に静寂は破られ、誰かの声が耳に届いた。

無機質な音の塊を、無理矢理声の形に押し込んだような歪な音だ。

 

 

「―――。」

 

 

此方も声を出そうとするが、やはり呻き声のひとつも出てきやしない。

何処だ、何処から聞こえた?他にも誰かいるのか?

まさかまた神を名乗る何者かがいるのだろうか?

その間にも、()()()は同じ言葉を続けた。

 

 

 

『ココカラ出マスカ?』

 

 

ああ出たいとも。この際何処の誰かなんてどうでも良い。出られるならば今すぐにでも出してくれ。

恐らくその言葉に反応しなければならないのだろうが、言葉が出てこない。

 

 

『―マダ慣レテイナイノデスネ、本体(マスター)。デハ、独断デ送リ返シマス。』

 

 

その声が、そう宣言した直後。

 

身体が何処かへと引っ張られていく感覚に襲われた。上下左右の何処でもない。ここではない何処かに連れていかれる。

 

意識が途切れるその刹那、視界の端に何かを捉えた。

 

 

 

『マタノオ越シヲ、本体(マスター)。アナタノ原点ヲ、ドウカ御守リクダサイマスヨウ。』

 

 

 

恭しくそう告げる、紫色のナニかを。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――声が耳に届いた。

 

 

誰かが俺を呼んでいる。

指を動かす。腕を動かす。地面に倒れていた肉体をゆっくりと起こした。

 

その直後。

 

 

「紫念ちゃん!!」

 

「――あすンぐふァッ!!」

 

 

声の主が、感極まったと言わんばかりに怪我人の胸に飛び込んできた。

激痛が走り、喉奥から赤黒い液体が飛び出し地面に落ちる。見ると、胸部が歪な形に歪んでいる。これは確実に胸部の骨が砕けている筈だ。

波紋の呼吸も上手くいかない。どうやら、骨と一緒に呼吸器もやられているらしい。だが、呼吸が出来なくなった訳ではない。

咄嗟に、隠者の紫(ハーミット・パープル)で胸部の骨をある程度修整し、僅かに生まれた波紋エネルギーを使い治癒を始める。

 

 

「カ……ひゅ…ひゅー……。」

 

 

和らげられなかった痛みを振り払うように頭を振った。妙に視界が開けていると思ったら、フェイスマスクの前面が砕けていた。あの脳無の体当たりを受けて、よくまあこの程度で済んだと我ながら感心した。

 

 

どうやらここは、建物の外らしい。俺は石畳に寝かされていたようだ。

周りでは教師だと思われるヒーロー達が忙しなく動き回っている。目が霞んでよく見えないが、遠くの方にはクラスメイトらしき人集りもぼんやり確認できた。

 

 

気を失う前の殺気立った空気は何処にもない。慌ただしさはあるものの、雰囲気は比較的平和なものだった。

 

もしかして、俺が気絶している間に終わってしまったのだろうか。

 

 

―――先程の空間といい、あの紫色の物体といい、気になることは山のようにあるが、今はそれを気にしている場合ではないらしい。

 

 

「紫念ちゃん……生きてる……よかったぁ……」

 

「おごおおおぉぉ………!!」

 

 

一刻も早く、怪我人の溝尾に頭をぐりぐり押し付けているこのケロケロ娘をどうにかせねばなるまい。

……正直脳無より効く。苦労して吸い込んだ空気が血と一緒に口から飛び出しそうになる。危ない、このままではまたさっきの謎空間に戻される。

 

 

「あ……あすい、イタっ、いたいぞ……。」

 

「………」

 

「……あすい?」

 

「……この……」

 

 

蛙吹がぷるぷる震えている。いや、この場合わなわなといった方が正しい。

 

ヤバイ。俺の経験と本能が、どうしかして回避しろとガンガン警告音を鳴らしている。

 

だがしかし、時既に遅し。

 

 

「この、バカ!!!」

 

 

……キンタマが縮み上がるという表現は、こんなときこそ使うべきだろう。

普段の彼女が絶対に出さない大声の直撃を受けて、怒鳴られた側の俺は情けなくも硬直してしまった。

 

 

「どんなに心配したか分かってる!?紫念ちゃん死んじゃったと思ったんだから!!皆のためだからってあんな無茶しなくてもいいじゃない!!もっと自分を大事にしてよ!!」

 

 

……やっちまった。この緊急事態の影響のせいか、蛙吹の溜まりに溜まった不満が臨界点を突破してしまったようだ。

 

確か中学の頃に一度、この状態になった事がある。

あのとき俺が何をやったか覚えていないが、蛙吹にしこたま怒られた事だけはよく覚えている。普段穏やかな性格なだけに、怒られるとゾッとするほど恐ろしいと感じる。

 

ちなみに、俺はこの状態の蛙吹を「キャラ崩壊モード」と勝手に呼んでいる。

 

 

そしてこの後、怪我人である俺に対しての蛙吹の説教は、養護教諭のリカバリーガールが現場に到着するまでの間、俺が目を覚ましたことに気付いた13号やクラスメイトの執り成しがあっても止まることはなく、俺はただただ大人しく聞いていることしか出来なかった。

 

 

 

 




次回に少しだけ続きます。


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第16話 次の闘いに向けて

毎度毎度遅くなり申し訳ございません。



 

 

 

ヴィランの襲撃から1日が経った。

 

雄英高校で突如として巻き起こった、ヴィラン連合を名乗る集団によるUSJ襲撃事件。

そのヒーロー社会を脅かす一大事件の情報は、報道機関の手によって瞬く間に世界各地に拡散していった。

 

とはいえ、襲撃に関する詳細の全てが伝えられたわけではない。警察による懸命な捜査が行われているものの、ヴィラン連合と呼ばれる組織に関しての情報は殆んど無いらしい。

分かっている事と言えば、今回の構成員の9割が路地裏で燻っているようなチンピラだったこと。それから主犯の名前くらいだ。まあ、それも名前の方は公表されていないが。

 

 

『―――なお、ヴィラン連合を名乗る集団の目的は、我が国が誇る平和の象徴であるオールマイトの殺害だったとの情報が入っており、当局は最新の情――』

 

 

ブツッ、と観ていたテレビの電源をオフにする。何か新しい情報が無いかと朝からニュースをチェックしているものの、どの局も同じような内容しか話していなかった。まあ、情報源が警察だと考えれば納得だ。

 

 

リモコンを枕元に置いて、自室のベッドに仰向けに寝転んだ。

 

 

「………暇だな。」

 

 

俺、蔓岡は暇していた。

 

あの事件のあとの事だが、治療にやって来たリカバリーガールと正気に戻った蛙吹に付き添われ、保健室での集中治療の後に暫く仮眠をとる事となった。

 

後から聞いた話だが、俺の体の状態はそこそこ不味かったらしい。なんでも折れた肋骨のうちの1本が肺に突き刺さっていたとか。そこまでザックリと刺さった訳ではなかったが、放っておいたらヤバかったそうだ。

いや、そもそも脳無の体当たりで身体中に相当なダメージが入っていたので、なんにせよ放っておかれたら確実に死んでいただろうが。

 

幸い呼吸器はリカバリーガールの『個性:治癒』と手術によって完治したので、あとは寝ている間に自前の『波紋法』で治すことが出来た。今はもう普通に運動もできるほどに回復している。

 

 

そして、襲撃事件の影響で雄英が臨時休校となった今日。俺は自宅で何をするでもなくのんびり過ごしていた。

 

 

 

……いや、この言葉は正確ではない。

 

のんびり過ごしていたではなく、過ごさざるを得なくなった。というのが正しい。

 

と、言うのも―――

 

 

「――ちゃんと大人しくしてるのかしら、紫念ちゃん」

 

「……うん、大人しくしているとも。」

 

 

今、お盆に林檎を盛り付けた皿をのせて戻ってきた蛙吹に叱られたからに他ならない。

 

 

何故、我が家に蛙吹がいるのか。いや、よく遊びに来たりするので別に珍しい事ではないのだが、今日は些か事情が違う。

 

 

事の発端は今朝8時過ぎ。

リカバリーガールの治療と波紋の呼吸の効果もあって、俺の大怪我はほぼ完全に回復した。というわけで、身体の調子を確認してみようとその辺を軽くジョギングすることにしたのだ。断っておくが本当に軽くだ。2キロ程度で済まそうとしたのだ、本当だ。

 

 

で、ジャージに着替えて家の玄関を開けたところ……

何故か待ち構えていた蛙吹によって自室に叩き返された。

 

いや、分かっている。あんな瀕死の重傷を負っておいて、次の日には平然(ケロッ)と走りに行くなんて、今更ながらどうかしていた。

風邪を引いて学校を休んだくせに、その日の午後には家を抜け出して友達と遊びに繰り出すような暴挙だ。本当に反省している。本当に、心から。

 

 

で、蛙吹にここにきた理由を聞くと

 

 

『紫念ちゃん、元気になったって言って走りに行くんじゃないかと思って。心配になって来てみたら案の定だったわ』

 

 

とのこと。流石は幼馴染(蛙吹)、俺の事をよく分かっていらっしゃる。ここに俺の母がいたなら摩擦で禿げるくらい頭を撫でられていただろう。良かったな今日早番で。

 

そこから蛙吹による看病のはじまりはじまり。まだ始まって3時間程だが、おじやを作ってくれたり新聞持ってきてくれたりと色々と世話を焼いてもらった。

現役JKに介抱される精神年齢40過ぎの男。文字だけ見れば情けないことこの上ない。完全にヒモだろこれ。

 

しかしさっきの事もあってこの看病を断れないので、結局これに甘えてしまっている。昨日の今日で怒られるのは勘弁だ。

そう、だから剥いた林檎を女子高生にあーんされている現状は仕方ないことなのだ。決してちょっとこういうのもいいかなとは考えていない。

 

 

「昨日………あ、そうだ。蛙吹、ちょっといいか?」

 

「あら、なあに?」

 

 

昨日で思い出したが、そう言えばまだ聞いていないことがあった。取り敢えず蛙吹に差し出されたリンゴを咀嚼し、改めて蛙吹に問い掛けた。

 

 

「昨日、俺がぶっ飛ばされて気絶したあとどうなったんだ?聞いた話ではオールマイトがあの脳無をどうにかしたらしいけど。」

 

「らしいわね。紫念ちゃんを外に運び出してたから、その瞬間は見てないわ。私が知ってるのは紫念ちゃん抱えて外に出たら、飯田ちゃんが呼んできた救援の先生たちに保護されたことくらい。そのあと地鳴りみたいな音がしたから、たぶんそれが決着の瞬間ね」

 

「そうか…。」

 

 

個人的にあの脳ミソ化物にどうやって勝利したのか気になったのだが、見てないならしょうがない。明日クラスメイトから聞いてみることにしよう。

 

 

「…それよりも、有り難うな。わざわざ俺を助けに来てくれて。」

 

「いいのよ、私たちを庇ってくれたのは紫念ちゃんでしょ。でも、もうちょっと他にやり方がなかったの?」

 

 

むっとした蛙吹に再びリンゴを口に突っ込まれた。

あ、甘酸っぱくてウマイ。

 

 

ふまん(すまん)、あのときは判断を間違えた。回避を念頭に置いとけば最悪片腕だけで済んでたんだが……。」

 

「そういうことじゃないんだけど……まぁ、無事だったから良いわ」

 

「はは、起きた直後に死にかけたけどな。」

 

「……それは本当に悪かったと思ってるわ。今さらだけど、何であんなことしちゃったのか自分でも分からないの。怪我人だってことは分かってたつもりだったんだけど…」

 

 

と、さっきとは打って変わって泣きそうな顔になってしまった。

……しまった。この話でからかうのは軽率だった。

 

何だかんだ言っても蛙吹はまだ子供だ。昨日は突然の事が多すぎて混乱してしまっただろうし、無事だったとはいえ俺が大怪我をしたことには変わりない。感情の抑制が効かなくなってもおかしくない状況だったのだ。

 

 

「まあ、俺はこうして生きてる訳だし、次から気を付ければ問題ないだろ。そもそも蛙吹に助けて貰わなかったら死んでたしな。俺は感謝してるとも。」

 

「…そう、ならいいんだけど…。本当にごめんなさいね。次はちゃんと治ってから文句言うわ」

 

 

一応気を持ち直してくれたようだが、結局説教はされるようだ。まあ、その時は俺が悪いということだから甘んじて受け入れるべきなのだろうが。

 

 

「ところで、お昼は何がいいかしら?今朝のおじやはまだあるけど、何か食べたいものはある?後で一回家に戻ってお昼作ってくるんだけど、そのついでに買い物してくるからなんでも言ってちょうだいね。あ、おばさん今日も遅いなら晩ごはんも作らなくちゃ」

 

 

……いや、だがこの過保護っぷりは流石にどうかとは思うが。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

まあ、なんやかんやあったが無事に次の日を迎えることが出来た。心配して風呂にまで着いてこようとしたときには肝が冷えたが…。蛙吹はあんなに心配性だっただろうか?

 

それはさておき、俺は再び奇妙な状況に置かれている。

 

 

「…切島、兎に角頭を上げてくれ。」

 

「そういう訳にはいかねえ!」

 

 

雄英高校1年ヒーロー科A組。

登校してきた俺と蛙吹が教室の扉を開けると、勢いよく赤いツンツン頭の少年がスライディング土下座をかましてきた。

 

周囲のクラスメイトは多少ざわついたものの、未だに土下座している切島鋭児郎にどう対処したものかと迷っているのか、誰も何か行動する様子がない。

 

 

「あの時!俺達が靄のヴィランに余計な攻撃しちまった!そのせいで13号先生の邪魔して、みんなに迷惑かけて!しかも蔓岡、お前は死にかけたんだ!俺達が先走らきゃこんなことには……!!」

 

「いや、俺が死にかけたのは自己責任だし…。」

 

「ケロ…」

 

 

切島の言い分は、自分と爆豪のせいで全員に迷惑をかけてしまい、しかも自分達がワープした先で戦っている間に蔓岡は死にかけた。

その原因を作ったのは自分達に他ならないとのことだ。

 

実際のところ、あの時切島と爆豪が攻撃しなかったとしても分断はされていただろう。『個性:ブラックホール』の13号先生の周辺に生徒がいた時点で、最初から満足に『個性』は使えなかった此方側が不利だったのだから。

だからこそ、切島がそこまで気負う必要なんてありはしない。

 

 

「き、切島、気持ちはわかるけど落ちつきなよ。蔓岡も困ってんじゃん」

 

「そうだぞ切島君!謝罪は大事だが出入口の前では他の人の通行の妨げになってしまう!」

 

 

と、流石に見かねたのか、芦戸と飯田が間に入ってきてくれた。いや、飯田の方は少し話題のピントがずれているが。

 

 

「止めないでくれ2人とも!これは漢としてのケジメなんだ!俺自身があんまりにも情けなくって…!こうでもしなきゃおさまりがつかねぇんだ!」

 

 

が、切島は土下座を続行している。薄々思っていたが、彼も中々に頑固な性格らしい。

 

 

「あー、分かった。お前の謝罪は受け取らせてもらうよ。反省も後悔も充分に伝わった。だから頭を上げてくれ、頼むから。」

 

 

このまま土下座されていたら俺が悪者っぽく見えてしまう。こんなところを他のクラスの生徒や教師に見られたらなんか色々不味そうだ。

 

 

「――蔓岡、本当にすまねえ…!」

 

 

その言葉で漸く切島は顔をあげて、立ち上がって改めて頭を下げた。表情からして完全に吹っ切れた訳ではなさそうだが、後は時間が解決してくれることを祈るしかない。

 

そしてひとつ分かったことがある。

どうやら俺は、俺が想像していた以上に周りに心配を掛けていたようだ。

さっき止めに入った芦戸や飯田。他のクラスメイトたちも、口には出さなかったが何か言いたげな顔をしていた。

 

何か声をかけた方が良いのだろうかと思案していると、背後の引き戸が音を立てて開いた。

 

 

「……おい、何してる。ホームルーム始まるぞ」

 

 

現れたのは担任の相澤先生だ。

一昨日の襲撃では、生徒たちが避難するまでの時間を稼ぐために単身ヴィランに挑んだ勇敢なヒーローだ。

最後には脳無の攻撃によって重体に陥ってしまったが、彼のお陰で大勢のヴィランが戦闘不能になったのは紛れもない事実であり、彼の働きが勝利に繋がったのは確実だ。

見たところ怪我の方も問題はないらしく、普通に歩けている。まあ『波紋法』で重傷は粗方治したし、雄英には養護教諭のリカバリーガールもいる。丸一日かけたなら治っても不思議はない。

 

 

そんな先生が教室に足を踏み入れたか入れないかの間に、生徒たちは瞬時に自分の席に着いた。この行動の早さも日頃の指導の賜物である。

 

 

「お早う諸君。先日の件で色々言いたいことがあるとは思うが、残念ながらそんな暇はない。()()()()()()()()()()()()からな」

 

 

相澤先生のその言葉に教室がざわつく。

生徒たちの頭に浮かぶのは、先日の襲撃事件。

 

まさか、まだヴィランが……

 

そう誰もが思った―――のだが

 

 

 

「雄英体育祭が迫っている!!」

 

 

『『『クソ学校っぽいの来たあああ!!!』』』

 

 

どうやら全くの見当違いだったらしい。

それどころか、生徒たちにとっては嬉しいニュースだ。

 

 

雄英体育祭。

 

それは読んで字のごとく、雄英高校全校生徒で行われる催し物である。

ただ、その規模が普通じゃない。普通――蔓岡の前世の基準では――体育祭は何てことない学校行事である。

 

だがヒーロー育成機関、しかも全国に名を轟かせているこの雄英高校においてこの行事は、正しく生徒たちの今後のヒーロー活動に影響してくる一大イベントである。

 

理由は2つ。

 

まずはこの体育祭が全国放送されること。

オリンピックという、かつて国の代表を選出し優劣を競いあったそのスポーツの祭典は、人々に『個性』が発現してからというもの、平等かつ公平な競い合いが不可能となってしまい徐々に廃れていった。

 

その代わりに人気を泊したのが、雄英体育祭(ヒーローの卵の戦い)だった。

つまりは今回の体育祭を通して、我々ヒーローの卵は全国に認知されるということになる。

 

 

それに伴った2つ目の理由が、プロヒーローからの注目だ。体育祭には多くのプロヒーローたちがやってくる。

ここで結果を残すか目立つかしてプロの目に留まれば、将来目指すヒーロー像への近道が出来るのだ。

 

 

だからこそ、この雄英体育祭に向けられる生徒たちの熱意は並大抵のものではない。

何しろ在学中たったの三回しかないビッグチャンス。ヒーローを志すなら避けてはいけないイベントであり、これを不意にしてしまえば損をするのは明確だ。

 

 

だが当然ながら、開催には不安の声もあったという。

それはそうだ。此方はつい先日ヴィランに襲撃を許してしまった上に、教師を含めて2名の重傷者を出してしまっている。

これでなんの心配もなく体育祭を行えると考えている奴がいるなら、そいつの頭脳はマヌケとしか言いようがない。

 

その件に関しては、雄英側で警備を増やす等の対処を行うらしい。正直それでも不十分ではないかとは思うが、雄英の管理体制を世間に認知させるにはいい機会でもあるし、開催を取り止めては生徒たちの将来に関わってくる。どのみちやるしかないのだろう。

 

 

「体育祭は二週間後だ。時間は有限。合理的に使えよ」

 

 

 

 

 

 

それから、あんな事件があったとは思えないほど平和な一日が過ぎていった。

 

そして放課後―――

 

 

「な、何事だぁ!?」

 

 

本日の授業も終わったので、さあ帰ろう、と教室の入り口に向かうと、先に出ようとしていた麗日が困惑したような声をあげた。

その理由はすぐに分かった。

 

 

教室の前には、他のクラスの生徒たちが大勢集まっていた。好奇の目でこちらを見る者やスマホで写真を撮るものが人垣を作って、教室から出ていくのを妨害している。

 

 

「ケロ、これじゃ出られないわ」

 

「…まあ、あんなことがあったんだ。話題になるのは当然か。」

 

 

何故こんなことになっているのかは大体察しが付く。

 

恐らくは、先日のヴィラン襲撃を切り抜けたヒーロー科A組に興味があるのだろう。在学中に起きた大事件に巻き込まれて、その上で一人も欠けることなく乗り越えたというのなら、こうなるのも頷ける。

 

しかも、二週間後には雄英の一大イベントである体育祭もある。その前に少しでも情報を仕入れておきたいという思惑もあるのかもしれない。

 

 

「兎に角、なんとか退いて貰わないと……ん?」

 

 

取り敢えず早く帰りたかったので教室から出ていく方法を考えていると、脇を爆豪が通り抜けて入り口に向かっていく。

…言うまでもなく嫌な予感がする。

 

 

「敵情視察とか意味ねェから、どけモブ共」

 

「知らない人のこととりあえずモブって言うのやめなよ!!」

 

 

流石は爆豪。いつも通りの平常運転だ。

 

やはりというべきか、爆豪の言葉に教室前の生徒たちも複雑そうな表情を浮かべている。自分達が邪魔をしている自覚はあるが、そこまで言われるのは納得いかないからなのだろう。

しかしそれに言い返す者もいない。流石に見た目明らかにヤンキーっぽい爆豪相手に真っ正面から物申せる奴はいないと――

 

 

「どんなもんかと見に来たけど、ずいぶんと偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴はみんなこんななのかい?こういうのを見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ」

 

「ああ!?」

 

 

――いた。

人垣をかき分けて一人の男子生徒が爆豪の前までやって来た。見た感じ痩せている上に目の下に濃いクマがあるせいで、なんとなく不健康そうな印象だ。

 

 

「普通科とか他の科ってさ、ヒーロー科落ちたから入ったってやつ結構いるんだ。知ってた?」

 

 

唐突にそんなことを言い始めた男子生徒に、何が言いたいのかと爆豪は首を捻った。

 

 

「体育祭のリザルトによっちゃ、()()()()()()()()()()()()()()()んだって。()()()()()()()()らしいよ……。敵情視察?少なくとも俺は、調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうっつー宣戦布告しに来たつもり」

 

 

「…言うねぇアイツ。」

 

 

その男子生徒の『宣戦布告』という言葉で、周囲の空気が目に見えて変わった。

同じく闘争心を顕にする者とそんな空気に辟易する者。大雑把に分ければこの二種類だろうか。

俺個人としては、闘争心剥き出しにしてくれるくらいが有り難い。何せ――

 

 

(心身共に成長するチャンスだからな。)

 

 

とはいえ、このまま屯されては家路につけない。

今回は穏便にお引き取り願うとしよう。

 

 

「あー、いいかな?」

 

 

爆豪の横を通り、その不健康そうな男子生徒の前に立つ。突然割り込んでくるとは思わなかったのか、その生徒も周りの生徒も驚いたようなリアクションを見せた。

そこまで驚かんでも…などと思いつつ、取り敢えず言葉を続けた。

 

 

「俺達、その体育祭に向けての時間を有意義に使いたくてね、ここで足止めされたくはないんだ。だから――退いて、くれないか?」

 

「ッ!―――あ、あぁ、悪かったな」

 

 

そう言うや否や、人垣が割れて通り道が出来た。

いやそれよりも、なんか知らんが妙に警戒されているような気がする。はて、どうしたというのだろうか?別に警戒されるような事はしてないし、見た目だって地味の分類なのに。

 

不思議に思いつつも、出来た通り道に歩を進めた。

 

 

「有り難う、感謝するよ。体育祭まであと二週間。それまでお互い鍛練に勤しもうじゃあないか、()()()。」

 

「――なっ、お前、俺の――」

 

 

彼が何か言っていたようだったが、気にせずその場から離れる。折角出来た通り道がまた埋まってしまっては敵わない。

出てきた俺の後に続いて、蛙吹や他の面々もぞろぞろと教室を出る。

 

 

 

 

 

 

そんなヒーロー科の背中を、あの不健康そうな男子生徒が、一層警戒した視線で見つめていた。

 

 

(あいつの目……まるで俺達を観察してるみたいな…)

 

 

あの男子生徒、一見何処にでもいる普通の高校生だが、何か違和感があった。それは他の生徒たちも感じたのだろう。怖いとかそういうのじゃなく、なんか、生温かい何かに首筋を撫でられたような、そんな奇妙な感覚が。

 

いや、そんなことより――

 

 

(…あいつ、なんで俺の名前を)

 

 

ヒーロー科に知り合いはいない。無論、あの妙な雰囲気の男子生徒とも今日初めて会った。

もしかしたら普通科辺りに奴の知り合いがいて、その伝手で名前を知ったのだろうか?

 

……いや、なんとなく違うような気がする。

 

 

ともあれ、ヒーロー科に対して言うことは言った。後は当日までやれるだけの事をやるだけだ。

 

そうして彼、心操人使は踵を返し、帰り支度をするべく教室まで戻っていった。

 

 

 

運命の雄英体育祭まで、残り二週間。

 

 



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