ロイヤルロリコンクエスト (それも私だ)
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俺は《戦士 ガイ》。我らが祖国《ツヴァイ》では《ナイス・ガイ》のダサい二つ名で通っている、国お抱えの専属傭兵だ。主な得意武器は剣と槍。未来あふれる20代前半にして勇者パーティの新メンバーでもある。
そうとも、打倒魔王を目的に掲げる勇者パーティへと
最初は、リーダーである《勇者 アルス》[*1]。年齢は15~16くらいだろうか[*2]。見た目はなんか全体的に
正直なところ頼りないが、戦闘力は悪くはない。勇者殿は剣と各種呪文をそれなりに扱うことができる、いわゆる《魔法戦士》の類いであり、万能・汎用といえば聞こえは良いが、悪くいえば半端者だ[*4]。
事実、パーティメンバー全員を足して割ったような能力の持ち主といえる。だからこそ、前衛専門である俺を仲間に引き入れたのだろう。
次に、パーティの主力である《魔術士 ソフィーリア姫》[*5]。隣国《アイン》のお姫様だ。姫さんは呪文攻撃特化のバ火力なので回復や補助は出来ない。外見は
最後に、パーティの命綱である《僧侶 セシリア》。我らがセシルちゃん。穏やかな性格で人懐っこい女の子だ。少々気弱なところもあるが、細かな気配りや気遣いが出来るのも
見た目はペド……ロリ。声も幼い感じだし最初は年齢一桁かな、と思っていたんだが、なんと勇者殿と
そんなセシルちゃんは見た目どおり物理・呪文ともに攻撃力は皆無で、呪文による回復や補助しかできないが、限定的な状況判断力に優れていて適切な支援をくれる有能ちゃんだ。姫さんともほぼ真逆の子。
だが、か弱い。その優れた支援能力の代償とでも言いたげに、か弱い。小盾すら持てないって……。幼い風貌も合わさって、腹パンしただけで死んじゃいそうな気がする。体力的な意味では俺の真逆とも言えるか。
モンスター共もそれが判っているのか、戦闘となると優先的に彼女を狙ってくる。そうでなくとも敵の回復役は邪魔だしな。そりゃ狙いもする。俺だってそうする。
要するに、セシルちゃんは俺の最優先護衛・保護対象だ。勇者殿ひとりじゃ前衛の手が足りないからな。
以上の面々が、誉れある勇者パーティのメンバーたちなのだが……。
やっぱり、このパーティは色々とおかしい。
ハッキリといおう。勇者殿と、勇者を送り出したアイン国の王族ってバカなの?
不敬罪? 名誉毀損? 知るか。そんなもの、口に出さなければ何も問題はない。
姫さんってホントなんなの? 呪文攻撃力の高さは俺も認めるところだけど、一国の姫が護衛も付けずにホイホイと城の外を出歩いたらダメだろ[*9]。敵はモンスターだけじゃないんだぞ[*10]。魔王という人類共通の敵が居るからって人間が安全だとか思っているのか? そうだとしたら、大変おめでたい頭をしていらっしゃると見える。
魔王が台頭し、モンスターが
せめて見た目だけでも忍んでほしい。高そうな格好しやがって。どうぞ襲ってください、って言っているようなものだぞ。アホか。ただでさえモンスターの脅威だってあるというのに。
ノブレス・オブリージュ……だったか。王族としての義務を果たそうとする姿勢は立派だと思うけど、あんた、やり方を間違えてんぞ。高貴な身分に在らせられる尊いお方が最前線にお立ちになられるとか普通に迷惑です。責任ある立場だというのなら安全地帯で構えていてくださいな。あんたが怪我をしたら誰が責任を取ると思ってんの? 現場のヤツらだよ。
ついでにこの姫さん、性格もいわゆる
しかもだな、他国のとはいえ民に当たるとか王族としてダメだろ。最低だぞ。民は国の宝なんだぞ。
勇者殿、お前の
そっちはノブレス・オブリージュっていうけど、こっちはギブ・アンド・テイクがしたいんだよ。勇者パーティの性質上、そんなことは期待できないけどな。クソが。
まあ、アイン国は勇者輩出国だし、調子に乗っているんだろうな。あとは各国への示威行為みたいなものもあるのだろうか。国同士の関係って、どこか下に見られたらお終いなところあるし。だからって、これはないが。
頭に回るはずだった栄養がご自慢のお胸にお回りになっていらっしゃるのでしょうかねぇ。おかげさまで巨乳嫌いが加速して反比例的に貧乳に傾いてロリコンになりそうだよ。姫さんは俺に特殊性癖を持たせたいの? なんか俺に恨みでもあるの? なんなんだよ。
パーティ人数もおかしい。なんだよ、3人だけって。純前衛枠の俺を入れても4人だぞ。古来より、数は力だって決まってんだろ[*11]。どうして《国》という枠組みがあると思ってんだ? これじゃあ、勇者一行というより暗殺者一行だろ。少数精鋭のつもりなの? (生存)戦争なめんな!
魔王は世界中・全ての国々・全人類に対して宣戦布告をしてんだぞ。万をゆうに超える軍団戦力(推定)を所持しているんだぞ? 月一で大襲撃をかましてくるくらいだっていうのに、そんな一大勢力の親玉を倒すのに、たったの4人で挑むとか、なんなの?
敵は強大だから暗殺って手段を取るのも解らなくはないけど、それって勇者的に
だがそれを指摘したら逆に俺が非難されそうだから何も言わない。古来より、口は災いの元、って云うし。勇者殿は人類の希望扱いだ。そんな勇者殿を惑わしたらどうなる。仮にも《離間の策を講じようとした魔王軍の間者》扱いなんてされたら社会的に死ぬ。
そして俺は名も顔も知らぬ人々から石を投げつけられ、やがて投擲術を極めた人類が魔王軍と対峙する場面を突拍子もなく思い付いてしまうくらい死ねる。しかし残念なことに、俺はそこまで自己犠牲にあふれてはいない[*12]。
そんな誇大被害妄想を抜きにしてもだ。姫さんって性格キツイし、絶対ツッコんでくるだろ。判ってんだよ。セシルちゃんも、やたらと勇者殿のカタを持つし。……あれ? 同じパーティなのに、俺に味方が居ない……。
…………。
パーティ構成も
せめて勇者殿が《探索技能》を持っていたら良かったんだがな……。魔王軍の拠点とかダンジョン内に無造作に置いてあった宝箱をいきなり開けたときは驚いた。たまたま罠が無かったからいいけどよ。無用心過ぎんだよ。少しは怪しめ。どう考えても不審物だろ。仮に毒矢の罠が仕掛けてあったとして、俺や勇者殿は避けられても後衛2人に刺さったりでもしたら、どうすんの? あの子たち、ワクワクとした顔で後ろから覗き込むのマジで止めてほしい。心臓に悪い。
これについては、たぶん、今まで罠付き宝箱と遭遇することがなかったんだろうな[*14]。だから勇者殿も「これ以上はパーティ人数は増やさない」とかトチ狂った事を言い出したんだろうし。曰く「あまり人数が増え過ぎても身動きが取り難くなる」んだとか。確かにそれは一理ある。人が増えるほど意見も増えるし割れやすくもなるし、隠密性や機動性といったものが損なわれてしまうしな。……やっぱり、暗殺者御一行様じゃねーか!
新参者に発言力なんて無いし、必死こいて《探索技能》を身に付けたよ。クソが。俺はこんなバカ共の巻き添えを食って死にたくはないし、か弱いセシルちゃんが巻き添えを食ったら寝覚めが悪い。ついでに姫さんが重傷を負ったら外交問題に発展して俺の首が飛ぶ[*15]。勇者殿が再起不能になったら俺に石が飛ぶ。なんだよこれイジメかよ。どんな罰ゲームだよ。誰か、俺と役目を交代してください。後生ですから。
年齢もおかしい。なんで
そんなヤツらに人類の命運を託してんじゃねーよ。思い立ったが吉日、とでも云いたいの? 《教会》が勇者出現の報を出したのって、本当は人々に希望を持たせるためだろ。意味を履き違えてんじゃねーよ。
どうせ旅を通して育つことを見越しているんだろうが、もしも途中で死んだらどうするつもりなの? 俺がパーティに加入していなかったら全滅していただろう場面が割りとあるんだけど? そういう意味では、
男女比もおかしい。なんで女の子が混ざってんの? 魔王暗殺の旅なめてんのか。観光でも旅行でもねぇんだぞ。勇者殿も男だし「ハーレムじゃなきゃ嫌だ!」なんて言わなかったのは、同じ男として褒めてやるよ? 俺がパーティに加入するまでは事実上のハーレムだったけどな?
それは別にいいんだけど、女の子には生理があるって知っているよな。人にもよるそうだけど、生理って辛いらしいな。俺は男だが、前にも女剣士とかと行動を共にした
具体的には、情緒不安定に加えて注意力散漫・集中力欠如になって危なっかしいし、戦闘では使い物にならないし、濃厚な血の臭いに釣られてモンスターや野生生物が集まってくるし、気まずい雰囲気に陥りやすいし、次の町やダンジョンまでの行程・日数・物品その他諸々の入念な管理や計算が必要になるし、お世辞にも「女の子の躰は旅にも戦闘にも向いている」とは言えない。
だから今回もまた、女の子と共に旅をするに当たって最善を尽くすべく、2人の生理周期を訊こうとしたら姫さんに
あの時は苦節数十分間もの力説を経て、やっと解ってもらえた。なんでも生理が終わってから旅に出て、次の生理が来る前だったから、事の重大さに気付いていなかったとか。
2人とも勇者殿に話すのは恥ずかしいのか、2人の生理周期は俺が管理・把握することになった。勇者殿に「生理だからしばらく休みたい」とは直接言えないんだとか。その時になったら、俺からそれとなく伝えることになっているが……。
なんで俺には言えんだよ。アレか、勇者殿のことが好きなのか。だから言いたくないのか。だからって、好きでもない男に生理周期を教えちゃうのも
あんた王族だろ。腹芸のひとつやふたつくらいやってみせろよ。言葉巧みに誘導しろよ。つーか、恥を捨てて
そんな事もあって新参者の俺、サブリーダーへとパーティ内地位が昇格。なんでだよ。
こんな滅多にお目にかかれない嫌なパーティなんか参加したくはなかったが、姫さんのせいで強制参加の運びとなった。かのアイン国は自国のお姫様まで派遣したっていうのに、我らがツヴァイ国は誰も派遣しないだなんて、
勇者殿は蛮勇だし。姫さんはバカだし。セシルちゃんは俺の唯一の癒しだし。普通に優しいし、小さくて
……セシルちゃん。あぁ、セシルちゃん。
そんな趣味は持っていなかったつもりだけど、我ながらヤバイ扉を開けちゃいそう。セシルちゃんと一緒にあいつらを置いて逃げて、静か
これが《悟りの境地》なのだと、今なら解る。《悟り》と書いて《小五ロリ》と
俺が勇者パーティに加入して間も無いけどよ、その結果が
俺の知っている《過酷》と意味が違う気がするんだけど、そこんとこ、どうなの?
「ッ! 姫っ、危ない!」
「あら、気が利きますわね」
「おいおい……」
夜の森で野犬の群れと交戦中だというのに、散々感傷に浸っていた俺が
「勇者様ぁっ!」
「《
「は、はいっ! 《
おお、支援きたきた。勇者殿のことが心配なのは分かるけど、それで
さて、ご指名を受けたからには働かないとな。気を取り直して、手近な野犬を斬り伏せる。所詮は犬っころ。強化された一太刀の
「いくら倒しても、次から次へとワンさか出て来やがる。これがホントのワンコ・ソバってか。野犬の群れってのは厄介なもんだな。減る気がしねぇ。それどころか少しずつ俺たちを取り囲み始めているな。早くなんとかしないとまずい事になりそうだ。よし、姫さん。順次適当な群れに範囲攻撃をぶち込んで一掃してくれ」
実戦を通して指揮と情報の重要性を
「なぜこのわたくしが下賤な者の言う事を聞かなくてはならないのかしら」
ですよね。まずは指示を通すための下地作りからですよね。俺と勇者パーティとじゃ、そもそもの
だが今はそんな悠長に構えている場合じゃあない。俺の目論見は簡単に崩れ去ったが、危険な状況になりつつあるのは変わらない。俺たち前衛組が盾になることで後衛への被害を防いでいるが、敵の包囲網が完成してしまえば前衛組の手が回らなくなる。
察するに、野犬共の作戦はこうだ。1匹2匹では歯が立たないのなら物量で押し潰せばいい。前に邪魔な壁があるなら回り込めばいい。実に単純明快。
ならばこちらも単純明快に範囲攻撃で踏み潰せばいいのだが……一国の姫より犬畜生のほうが賢いって、それってどうなの? うだうだ言ってないで、とっとと一掃してくださいよ。
「……勇者殿っ!!」
ああ、もう、こんなときは
「ひ、姫! 範囲攻撃呪文を早く!」
「ええ、もちろんですわ。燃えなさい! 《
「あっ、おい、バカッ! こんな森の中でそんなもん使ったら……ッ!!」
当然というか、飛び火するわけで。呪文の対象識別? 仲間保護? 地形無視? そんな便利な機能なんて有るわけが無いわけでして[*19]。
俺の訴えも空しく、無慈悲にも姫さんを中心に炎を帯びた風が現れ、誰彼構わず無差別に襲い掛かろうとしている。こうなってしまっては最早、打つ手などない。俺に出来る事は、セシルちゃんを守る、それだけだ。
事前に敏捷強化が掛かっていて良かった。俺はセシルちゃんを素早く抱え、覆い被さるようにして地に伏せた[*20]。
「……ッ!!!」
「うわあぁぁっ!?」
直後、炎の嵐が俺の上を通過する。熱い。背中がものすごく熱い。目や
姫さん、今のあんた、最高に魔王してるよ。もういっそのこと、あんたが《魔王》を名乗れよ。人の身にして魔に至りし王女、ってことで《人魔王女》とかどうよ? それっぽい響きだろ。魔王の2文字が中心にくるから目立つし。
……アホな事を考えている間に嵐は過ぎ去ったようだ。現実逃避って、やっぱ大事。体感時間が短くなる。辛い時はこの手に限る。
だが今現在一番大事なのはセシルちゃん(現実)だ。いろんな意味で癒してくれるしな。
「せ、セシルちゃん……大丈夫かっ?」
「あ、ありがとうございますぅ……。あっ! 《
「ふぅ……。さっすが、判ってるぅ」
状況を把握するべく起き上がって辺りを見渡すと、そこには燃え盛る木々と吹っ飛ばされた野犬の群れと勇者殿の姿が!
笑えるだろ? これ、味方の攻撃なんだぜ。
「うぅ……あぁ……」
「ゆ、勇者様っ!? 勇者様ぁ! 《
「ああ、勇者よ! 倒れてしまうとは情けない!」
「情けない、じゃねーよ。どうしてくれんの? これ。この状況」
我らがツヴァイ国で森林火災を起こすとかやめてくれよ。
「ハァ? 元はと言えば、あなたがやれと言ったのでしょうに」
「確かに言ったが、実際にやらかしたのは姫さんだ。しかもここ、
「それが?」
「それが、って……。アイン国の姫さんが
「ツヴァイ国所属のあなたの要請に応えて、わたくしが直々に手を貸してあげたのですわ。感謝こそされ非難される覚えはありません!」
ダメだこれ話が通じないヤツだ。仕方ない。この事は記録に残しておいて、あとで
……しかしなぜ急に姫さんは不機嫌になったのだろうか? 意味が解らん。女心は男には理解が難しいとは云うが、そんな意味不明なモノのせいで森に火を放たれたとしたら堪ったものじゃない。もっとほかに遣り様があっただろ。なんで、よりによって火炎呪文なんだよ。アレか、これは嫌がらせか? 嫌がらせなのか?
「け、ケンカしちゃダメですよぉっ」
姫さんの発する怒気(?)にあてられたのか、セシルちゃんが慌てた様子で仲裁に入ってきた。
ケンカ? しないよ。思うところはあるけど外交問題になるからね。それは俺の
とりあえず、火ぃ消してもらえませんかね?
「はぁ……。せめて消火してくれ」
「お断りしますわ。これだけの火を消すとなると、わたくしでも精神力が枯渇して気を失ってしまいます。……ああ、そういうことですの。気絶した わたくしに
「しないからな。したくもないし」
嫌ですか、そうですか。俺も嫌だよ、こんな面倒くさい女は。韻を踏んだあとに倒置法で強調したいくらい嫌だ。俺にだって相手を選ぶ権利くらいはあるし、それ以前に王族に粉をかけるとか断頭台待ったなし。俺は無難で幸せな人生と老後を送りたいんだよ。勘弁してくれ。
「なんですって? したくもない? 誰もが羨む美貌を持つこのわたくしに向かって、なんて口の利き方なのかしら!」
「いかがわしい事をされたいのか、されたくないのか、どっちだよ。わけわかんねーよ」
「まあっ! やっぱり下心を持っていましたわね! なんてイヤらしい……!」
姫さんは吐き捨てるようにそう呟くと、自らの躰を抱いてクネクネとし始めた。躰ごと頭を振り回しながらも視線は俺から外さないのが妙に
その踊りをやめろ。その攻撃は俺に効く。俺の精神力が枯渇しそう。だれかたすけて。
「あのぉ……」
「ん? どうした、セシルちゃん」
防具の隙間からハミ出た服の裾をクイクイと掴んで気を惹こうとするなんて、かわいいな。
その攻撃は俺に効く。いいぞもっとやれ。ヤバイ何かに目覚めそう。
「火が……ケホッ、ケホッ……!」
セシルちゃんに促されて、再度、周囲を見渡す。
野犬の群れは見事に全滅している。
勇者殿は相変わらず、ぐったりとしている。
そして俺たちを取り囲むように炎が燃え広がっている。
姫さんは不思議な踊りを踊っている。地味に体力あるな。
セシルちゃんは不安そうに俺のことを見上げている。かわいい。
そして炎の勢いは増すばかりだ。
……俺にどうしろっていうの? 俺、しがない戦士だよ?
でも、やるしかないよね。姫さんはやる気ないし、勇者殿は気絶しているし、セシルちゃんはカワイイし(混乱)。
「早く避難しないとダメなのにぃ……どうしたらいいんでしょうかぁ……」
「大丈夫だ、問題ない」
かわいい女の子に頼られたら、がんばっちゃうのが男のサガってもんよ。道がなければ作ればいいじゃない。
適当な方向へと剣を構えて衝撃波を放つと、目論見(またの名を直感)どおり、衝撃波は炎の輪を割り裂き、なんとか人が通れるくらいには抜け道を作ることができた。
戒めをこめて、今の今まで無名だったこの技を《
あ、やっぱ《オブリージュ》だけで。クソ≒尻拭い≒ケ○穴≒放屁≒衝撃波みたいで汚いじゃん。嫌だよ、そんな連想ゲーム。
「す、すごいですぅ!」
想像以上の成果だったのか、これにはセシルちゃんも
興奮したセシルちゃんの姿をこのまま眺めているのもいいが、そうは言ってはいられない。
「よっこら──」
「キャッ」
「──っと」
「……」
この惨状現場から離脱をするために、続いて左腕で
姫さん? 自分で走れよ。あんた五体大満足だろ。無傷だし、なんか余裕そうだし。俺の両手は塞がっているし、残る箇所は背中か首くらいなものだが、誰が貸してやるものか。
……ん? 背中……? って、あぁ……。遠くで俺のキャンプセットがメラメラと真っ赤に燃えていらっしゃる……。あまりの事態に頭からスッポリと抜け落ちていた。いや、存在そのものを忘れていた。
いつの間にかキャンプ地から離されていたようだ。犬畜生なんかに出し抜かれるなんて屈辱だ。どうせ燃え尽きる運命だったのだろうが、なんか悔しい。
チクショウ! 毎日が厄日だ!! お家帰りたい!!!
「離脱すんぞ! セシルちゃん、頭を守っとけ!」
「は……、はいぃっ! 《
「これだから下賤の者は仕方ないですわね……って、どこに行きますのっ?!」
呪文の効果によってセシルちゃんは元より、勇者殿の重みが無くなった。これなら全力で走り抜けることができそうだ。
抜け目なく俺と姫さんを強化するとか、ホントこの子好き。マジ有能。最高、かわいい。
この森を抜けると、いよいよ砂漠の国《ドライ》か。国境代わりの森が焼け落ちたせいで領土の区切りが曖昧になったドライ国が「この土地は
アホはアイン国だけで充分なんだよ。
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Save.02:回想≪姫た心≫
「離脱すんぞ! セシルちゃん、頭を守っとけ!」
「は……、はいぃっ! 《
「これだから下賤の者は仕方ないですわね……って、どこに行きますのっ?!」
わたくしは栄えある《アイン王国》の王女、ソフィーリア。
わたくしは
わたくしがこの男性と出会ったのは数日、いえ、十数日前のことだったかしら。
そう、あれはツヴァイ国のお城で、かの老王と
「……なるほどのぅ、打倒魔王の旅とな。それはそれは。その者、アルスといったか。教会の発表とはいえ、そのような平凡そうな少年が勇者だとは普通ならば信じられんのぅ」
「ええ。ですので、わたくしの同行こそがその証左。教会とは別に、彼が勇者であるとアイン国が認めます」
不本意ながらも、わたくしは勇者の旅に同行しています。それも少数での旅です。せめて何名かの供を連れて行けたら良かったのだけれど、お父様の
「で、あるならば。
ツヴァイ王は自問自答をするかのように、わたくしへの支援を申し出ました。
いま、わたくしに必要なモノは、物ではなく者。身の回りの世話をさせる使用人です。
王族という尊い身分にある者同士、わたくしの苦労を解っているようで何よりですわ。
「そうですわね。でしたら使用人を──」
「では戦士を! 僕と一緒に敵の前に立てる人でお願いします!」
「──ッ!!」
なんてこと! あろうことか、勇者が大きな声で割り込んできましたわ! わたくしの
……ですが、いま、勇者の発言を撤回させても恥をかくだけで、何も得るものはありません。
期待はできないけれど、せめて多少なりとも気の回る者が加わるといいですわね……。
「ふむ。ならば、あの者が適任じゃろう。《傭兵》を呼べ!」
「ハッ!」
「傭兵ですって?」
「うむ。あの男は、手放すには実に惜しい男でのぅ。……金で繋ぎとめておるのじゃよ。きっと役に立つじゃろう」
ツヴァイ王の
傭兵は総じて誇りもない薄汚い存在だと存じています。そのような下賤の者と旅など出来るものなのでしょうか。
……そもそも、
とはいえ、
「……お呼びでしょうか」
あら。考え事をしている間に傭兵と思しき男がやって参りましたわ。
まず目に映ったのは、わたくしよりも色の薄い、短く整えられた金髪。
次いで、飾り気の無い無骨な青い鎧を纏った、やや細身ながらも長身でガッチリとした
顔は、それなりに見れますわね。下賎な者にしては、なかなかどうして。悪くはありません。
わたくしの供としては及第点だけれど。これで女性の方だったら、どれほど良かったことか……。
それに引き換え、忌々しい勇者ときたら……。
天に刃向かうが如く逆立てられた、禍々しいほどに黒い髪。
深淵のような底知れない闇を宿した黒き瞳。
兵士にも劣る貧相な躰つき。
そして品の無い厚手の黒い服。
平々凡々な、知性の欠片も見出せない顔。
身の毛もよだつほど悍ましい、不快な声。
極めつけは、礼を知らず傲慢にして不遜な態度。
何もかもが、ただただ不快。使命が無ければ、誰がこんな男と旅など……!
どちらも共通している点は、等しく卑しい身分にあるところかしら。
ああ、嫌だわ。どうして わたくしばかり、こんな目に遭わなければならないのかしら……。
「うむ。この者らは打倒魔王を目的に掲げる勇者一行じゃ。
「はぁ、勇者……殿ですか。承りました。俺……あ、いや、私はガイと申します。どうぞよろしく」
「僕はアルス。一緒に魔王を倒しましょう!」
「僧侶のセシリアです。セシルって呼んでくださぁい」
「…………」
ガイと名乗った傭兵は、そのまま略式ながらも礼をとりました。下賤の者にしては、少しは礼儀というものを知っているようですわね。
ですが、それ故にますます得体の知れない違和感と疑念が増していきます。
なによりも、その名前。何か違和感がありますわね……。
ガイ……がい……害?
《
……ッッッ!!!!!! ど、堂々と暗殺予告を行うだなんてっ!!
な、なんて事! なんて大胆な! これが、これがツヴァイ王のやり方だというのっ?!
今ここで わたくしが異を唱えれば、それこそ相手の思うツボ! 先に不信感をあらわにした方が不利! 相手に付け入る隙を与えてしまいます! わたくしが真意に気付かなければ予定どおり排除し、逆に気付けば
これが、ツヴァイの真の狙いッ!! 魔王の脅威に乗じた、
ツヴァイの老王……やりますわね……!!
「姫?」
「姫様ぁ?」
「……えっ? あっ……」
わたくしとしたことが! 策とはいえ、下賤の者が礼を欠かさなかったというのに! 王族であるわたくしが! あろうことか動揺し、礼節を欠くなんて! ありえない! 大失態ですわっ!!
こんな事で心を乱されてしまうなんて……! なんたる屈辱ですの! わたくしの身だけではなく、心までも
「……あー、どうやら、あんまり歓迎されていないようですが、私は私の仕事をするだけです。どうかご心配なく」
わたくしは暗殺者なんかに屈したりはしませんわ! 絶対に屈しません! ええ、そちらがその気なら、わたくしだって! 王族として! 正面から受けて立ちますわ!
この屈辱はいずれ晴らさせてもらいます! 今に見てなさいっ!
「わ……わたくしはっ! わたくしの名はソフィーリアですわ! よく覚えておきなさいっ!」
「あっ、はい」
……これが、わたくしとガイ様の出会いですわ。
わたくしの立場がそうさせたとはいえ、今思えば恥ずかしい限りですわね……。
ああ、恥ずかしいといえば……。
ツヴァイ王との
「……その荷物はなんですの?」
「え? いや、冒険というか旅をするんでしょう?」
この者は何を言っているのでしょうか。そんな大荷物を抱えて旅だなんて出来るわけがありませんのに。
「うん。……あっ! 長い旅になると思うから、出来れば敬語はやめてくれるとやりやすい。僕もやめるから」
「ああ、そう? それじゃあ、遠慮なく。それで勇者殿、馬車はどちらに?」
「馬車?」
「馬車」
ああ、馬車に載せるつもりだったのですね。それならその大荷物も納得ですわ。もっとも、そんな物が有れば良かったのだけれど。
「そんなものはありませんわ」
勇者の旅路には重荷となる物は不要だそうですの。おかげで、とても不便を強いられています。
使用人の1人も認められないのは、どうかしていますわ。
「え? 無い? マジで? マジで言ってんの? えぇ……まさか」
礼儀を知っているとはいえ、所詮は下賤の者。取り繕うことをやめてしまえば、なんて品の無い有様でしょう。
……わたくしの暗殺の予定が狂ったのか、頭を抱え出しましたわ。見苦しいですわね。
「……勇者殿。今から質問をしていくから、正直に答えてくれ」
「……? うん、分かった」
わたくしを害するための相談を、わたくしの前で行うだなんて。なんて大胆な暗殺者なのかしら。さすが老王の手先。飼い犬は飼い主に似るというのは本当ですのね。
「まず最初に、移動手段は?」
「えっと、商隊の馬車に乗せてもらうこともあるが、基本的に徒歩だ」
「え?」
「え?」
移動手段。それはつまり、暗殺する機会を窺うということ。
やはり大胆ですわね。いえ、これはわたくしに対して揺さぶりを掛けているのでしょう。ですが、もう、その手には乗りませんわ。フフ、残念でしたわね。真意が解ってしまえば、こんなもの、単なる余興に過ぎませんわ。そう、《旅》という名のコース料理のスパイスに過ぎません。
「えっと、セシリアちゃんだっけ?」
「セシルでいいですよぉ。なんですか、なんですかぁ?」
「うわぁ、いい笑顔。……あのさ、マジで徒歩なの?」
「はい、そうですよぉ」
「マジかよ……。なら食事は?」
「お店で軽食を買ったりぃ、宿屋で済ませてますよぉ」
「そうだな」
今度は食事。毒を飲ませる算段ですわね。秘かに害するための手段を、あえて
「ええぇぇぇ……? じゃあ、寝泊りも宿屋で? 町とか村で?」
「そうだが」
「…………」
とうとう黙り込んでしまいました。
いえ、これは……そう、溜め。次は何を口走るのでしょうか。
さあ、わたくしを存分に楽しませて?
「……勇者殿。今後の事について、全員で話し合いをしたい。今日は出発を中止にしてもらってもいいか? まだ宿を取っていないなら、俺の家を使ってくれて構わないから」
「話なら歩きながらすればいいんじゃないか?」
「大事なことなんだ」
「わ、わかった。そこまで言うなら本当に大事なことかもしれないな」
「当たり前だ」
勇者の肩を両手で押さえつけてまで訴えるだなんて……。今までにない、あの真剣な眼差しは、いったい何ですの?
「セシルちゃんもいいか?」
「はい、いいですよぉ」
「ソフィーリア姫もよろしいでしょうか?」
「…………」
いえ、そんな事は重要なことではありませんわ。暗殺者が自らの家宅へと標的を招くということは、おそらく、死体を処理するために最も適した場所がそこであるということ。
楽しませて、とは思いましたけれど、急ではなくて?
「ソフィーリア姫?」
「姫?」
「姫様ぁ?」
「あっ……」
……また礼節に欠いてしまうなんて。今日はこれで何度目なのでしょうか。嫌ですわね……。
ああ、なんてイヤらしいっ。
「姫の調子が悪いみたいだ。ガイさんの言うとおり、やっぱり出発は止めたほうがいいな」
「そうですねぇ」
「何かあったら困るし、僕が姫の手を引いて歩くよ」
「い、いえっ! 結構ですわっ。自分の足で歩けます!」
勇者は何を勘違いしているのでしょうか。まるで路肩の石を拾うかのような気安さで、わたくしの手を握ろうとしましたが、そうはいきません。
「ん……? そういえば、勇者殿も高貴の出だったり?」
「違うよ。高貴な身分にあるのは姫だけだ。僕もセシも平民の出なんだ。敬語が苦手なのは、そういう理由もある」
「なるほど。そっかー……姫様、どうか
そう! わたくしに触れたいのであれば、それ相応の態度というものが必要なのですわ!
同じ下賤の者にしては、暗殺者のほうは存外 解っているようです。
「そ、そういわれては応えなければなりませんわねっ。淑女として!」
「!?」
この際、身分に関しては目を瞑ってあげますわ。
「では、お手を失礼して……ご案内致します」
「ええ、よろしくてよ」
「……なんで……?」
「ゆ、勇者様……」
……それにしても、気持ちの良い笑顔をしますのね。
勇者の笑顔はあんなにも気持ちの悪いものだというのに。
「っというわけで、勇者殿。荷物よろしく」
「えっ」
ガイ様のご自宅に着くまでの間の事は、何ひとつ覚えていません。
あの時は恥ずかしさのあまり、舞い上がっていたのでしょうね。
殿方にエスコートされただけで、あんな……。
はしたない女だと思われていなければよいのですが……。
ご自宅に着いてからのガイ様といったら、それはもう凄まじかったですわ。
あれほど真摯かつ堅実かつ誠実な男性が今までいましたでしょうか? いえ、いません。
そんな貴方だからこそ、わたくしは惹かれたのでしょう。
暗殺者の邸宅へは、あまり時間がかからずに着きました。意外にも邸宅は立派なもので、それなりに品のある趣きであると、わたくしには判ります。
「着きましたよ、ここが俺の家です」
「まあ。立派なお屋敷ですわ」
おそらく、この邸宅はツヴァイ王から下賜されたのでしょう。かの老王が重宝するだけの人材であると、これだけで判るというもの。評価を《ただの暗殺者》から改める必要があるのかもしれません。
「や、やっと着いた……」
「えっ、なんで息を切らしているんだ……? だ、だらしないぞ、勇者殿?」
「勇者様ぁ、大丈夫ですかぁ?」
「大丈夫……っ、ガイさんはこの大荷物を息を切らさずに城の門まで運んだっ、僕だってこれくらいはできるっ」
「お、おう。まっ、
「そうさせてもらうよ……」
言われてみれば確かにそうですわ。勇者は肩で息を切らしているというのに、暗殺者は顔色ひとつ変えていませんでした。やはり只者ではありませんわね。敵なのが惜しいですわ。
「あの荷物はドライ国への支援物資なんですかぁ?」
「違うけど」
……いえ、逆に考えるのですわ。敵でよかったと。敵ならば味方に引き込んでしまえばいいと。彼を引き入れる事が出来れば、敵国ツヴァイの戦力は減りますし、逆に
意趣返しの手段としても、とても有効ですわ。味方が敵に回る事ほど、そんな恐ろしくも悔しい事はありませんもの。
「えっ」
「えっ」
「えっ」
まあっ! 我ながらなんて名案なのでしょう! 自分で自分が恐ろしくなってきますわ! まさに良い事尽くめ! 益しかありません! これはやるしかありませんわ!
そうと決まれば、こちらから打って出ます! 何か話題になるものは……、ありましたわね。
「この得体の知れない荷物はなんですの?」
「それは俺たちが旅をするのに必要な物……でしたね」
旅をする為に必要な物。……お金でしょうか? いえ、お金は充分な額をわたくしが管理しています。これは違いますわね。
では衣類でしょうか? そうだとしたら、とても喜ばしいことです。毎日 同じ服を着るというのは優雅さに欠けていましたの。庶民の店では、とても着られるような服は売っていなくて。
「もしかして、衣類ですの?」
「残念ですが違います。これは
「旅糧? 聞いたことがない」
「私も初めて聞きましたぁ」
「マジかよ……そこからかよ……。まあ、平たく言えば食料のことだな。商隊の馬車で食べなかったか? それがこれだ」
「それなら何度か食したことがありますわ。ですが、お世辞にも美味とは言えませんでしたわね」
衣類でなくて、本当に残念ですわ……。ですが食事にも同じ事が言えます。どうして庶民はあんな物を平然と口にできるのかしら? 不思議です。
「そりゃ、王宮の料理と比べたら当然ですがね」
「まあ、そうですわね」
「え? うまかったが……」
「おいしかったですよ?」
この男……。まるで城の食事会に招かれたことがあるかのような物言いですわ。
これまでの出来事をまとめますと、ツヴァイ王は暗殺者に最低限の礼儀作法を覚えさせ、与えてもよい等級の屋敷だけでなく、上流階級が食する料理と、王の食卓へと招かれる栄誉まで与えたようです。そして、その上で金銭を支払っています。
ツヴァイ王は、この男にどれほど入れ込んでいるというの……?
「でも、これだと量が多すぎじゃないですかぁ?」
「てっきり、馬車が有るもんだとばかり思っていたしな。まさか無いとは。馬車は俺のほうで手配しておくか」
「いや、その必要はない。むしろ馬車は邪魔になると思ってる」
「えっ」
「そうですねぇ。ダンジョンに潜るときはぁ、外に置いて行くことになりますしぃ」
「いや、普通に護衛を就ければいいだろ。というか、姫様を歩かせて大丈夫なのか?」
……いいえ、かの老王にとって、この男はそれほどの価値がある。
やはり、わたくしの考えは何ひとつ間違っていませんでしたわ! フフッ、必ずや、わたくしの
「今はまだいいが、これから先はきっと過酷な
あら? わたくしが決意を新たにしている傍らで、勇者が何か言っていますわね。そう何度も愚を重ねる わたくしではありません。また指摘を受ける前に、話の環に戻りませんと。
「お、おう。それが勇者殿の方針なのか」
「うん」
「……すげぇな、おれにはとてもまねできない」
ですが、今から話の内に入るというのは難しいというもの。それならば、話そのものを変えてしまえばいいだけのことですわ。
「話はこれで終わりですの? 次は何を話してくれるのかしら?」
「あ、はい。旅糧については。次は装備の話です。馬車が無いなら、全員分のマントかローブは必須となります」
「あぁ、やっと衣類の話ですわ」
「マントって、高貴なお方がお召しになる、あのマントですかぁ?」
「そう、そのマント。何も貴族様や騎士だけが身に付ける物じゃないよ、セシルちゃん」
「そうなんですかぁ?」
「そうなんですよぉ」
「戦闘の邪魔にならないのか?」
まったく、勇者ときたら。戦闘に関わる事になると、すかさず突っついていきますわね。
まあ、モンスターの群れから わたくしを守り通していることは評価してあげますが。
「確かに邪魔になる時もあるがな。あれは旅の必需品だ。風が吹いても寒くはないし、風で巻き上げられた小石や木の枝で怪我をする可能性は減るし、日差しが強い日には肌を隠せるし、即席の寝具にもなる。ついでに身分を隠さないといけない場合にも使えるか。持っていて損はないぞ」
確かに、わたくしの肌に傷が付いては大変ですわ。
ですが……。
「ちゃんとした衣類でないのが残念ですわね」
「それは、まあ、呑み込んでいただく他ないですがね。いかがでしょうか?」
「せっかくの申し出ですし、わたくしに相応しいものを見繕ってもらおうかしら」
「ええ、まあ、あるんですがね。偶然にも。それじゃあ、勇者殿もセシルちゃんも
まあっ! 用意がいいこと。
フフ、下手な物を持ってきたら、どうしてやりましょうか。
……あのとき頂いたマントは愛用していますわ。
今もこうして身に纏っています。
思えば、わたくしのほうから惹かれた殿方はガイ様が初めてです。
何かが満たされていくような感覚……。
これが、この気持ちが《恋》というものなのでしょう。
普段、素直になれないのは好意の裏返し。
そして、わたくしが強い女である事を示す為。
「さて、これからどうしたもんか……」
想い出に浸るのも良いですが、本当に大切なものは身近にある現実です。
いつまでも過去に思いを馳せているわけにはいきません。
わたくしがそう思うのですから、きっとガイ様もそうに違いありません。
だからこそ、わたくしに問いかけたのでしょう。
王族として、淑女として、そして近しい者として、その問いに応えます。
「あら。進むのでは?」
※姫の頭の中は、わりとお花畑です。
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Save.03:迷走
ただひたすらに冗長です。あれもこれもインフルエンザと夏の暑さが悪い。
※今回は名称等を弄るネタが含まれます。ご注意ください。
視点がガイに戻ります。
仲間を両腕に抱えながら走ること数分、ようやく森を抜けた。
姫さんがはぐれずに付いて来ていることは気配で判ってはいたが、一応の義務として後ろを振り返り、目視でも確認を行う。……よし、ちゃんと居るな。
ついでに全身を眺めて装備の損傷や外傷の有無なども確認しておく。ざっと見た感じでは特に異常はないようだ──顔以外。……なんで若干ニヤついているんですかね? 率直にいって薄気味悪い。まさかとは思うが、不思議な踊りのときから、ずっとニヤついたままなのか? えっ、なにそれこわい……。
姫さんが何を考えているのか、少し気になるところではあるが、ヤブをつついてヘビを出すのもなんだ。そっとしておこう。これ以上、状況を悪化させたくはない。姫さんの
姫さんの様子を窺いつつ現実逃避をしていると、ふと勇者殿を抱えている腕が重くなる。セシルちゃんが掛けてくれた筋力強化呪文の効果が切れたようだ。
丁度いい、ここらで一息つくとしよう。俺はまだ余力を残しているが、仲間たちもそうだとは限らない。休めるときは休むべきだ。あとで倒れられては俺が困る。俺は馬車じゃないんだ、仲間を背負うのは緊急を要するときだけでいい。なんでもないはずの移動まで
今居る場所は、森から十数メートル程度だが離れてはいるし、周りは平坦な砂場で隠れられるような場所もない。万が一、野犬の生き残りが飛び出してきたとしても問題なく対処できるだろう。
辺りに気を配りつつ、セシルちゃんは立たせる形で降ろし、意識のない勇者殿は横に寝かせる形で解放する。
気になる勇者殿の容態だが、髪や服こそボロボロだが息は安定している。顔に火傷の痕はみられない。さすが
そのセシルちゃんも俺が守っていたので傷ひとつ無い。もちろん俺自身も。一応は全員無事というわけだ。
──さて。
闘争からの逃走と安否確認および安全確保を終えたら、次は現状把握のお時間である。
箇条書きよろしく、俺たち勇者一行が現在抱えている問題を簡潔に羅列していこう。
1.姫さんの
2.手元に残ったのは、
3.勇者殿は気絶中。安らかに眠っているようだ。
4.現在地は何も無い
5.
6.幸か不幸か、現在時刻は夜明け頃で辺りはまだ薄暗い。これからの事を考える時間くらいは残されている。
……こんなもんか。
なんだ、このクソみたいな状況は。
俺も長いこと傭兵をやってきたが、こんなの初めてだよ。
「さて、これからどうしたもんか……」
「あら。進むのでは?」
とりあえず勇者殿を起こして──どうせ
……あの顔はマジだ、
その間、勇者殿には休んでもらうとしよう。2人もしくは3人がかりで姫さんを説き伏せてもいいんだが、仮に勇者殿が姫さんに同調でもしてくれやがったら収拾がつかなくなる。バカが増えても疲れるだけだし、現在進行形で疲れて果てているのは勇者殿だ。やっぱり寝かせたままにしておこう、そうしよう。
勇者殿の事は後回しにして、俺は目先の問題(児)から解決することにした。
「なあ、姫さん。前に話した
「砂しかない、つまらない
「そうだな、砂漠には砂しかない。そんでもって昼は暑いし、夜は寒い。近くに町も村もないのに、物資も無しにどうやって先に進めってんだよ……」
本当は砂漠にはサボテン(毒)やら、枯れ木(稀)やら、
水も暖も呪文で賄えそうだが、他人の精神力なんて不確定要素をあてにするわけにはいかない。テントも無いから休息は取れないし、いずれにせよ暑さにやられて全滅がオチだろう。下手な希望を抱かせるよりは、絶望させて引き返したほうがずっといい。ここまで言えばさすがに、どんなに
「あ……」
あ、と声を漏らしたのはセシルちゃんだ。当然というべきか、その顔は青ざめている。いや待て。セシルちゃん、お前もか……。いやドタバタとしていたせいで頭から抜け落ちていただけだよな、そうだよな、そうだと思いたい。セシルちゃんはいつまでも俺の
対して、姫さんの顔は涼しげだ。絶望的な状況下にあると告げても、まったく動じていない。……その余裕はどこから来るの? いやマジで。
「フフ、それならば時間をかけずに町へ着けばいいだけのこと。さきほどと同じように、セシルの強化呪文を使えば簡単でしょう?」
Q.時間との戦いです。物資枯渇、補給困難の現状を打開してください。
A.高速で駆け抜けろ。
何を言い出すかと思ったら、まさかの斜め上に突き抜けた珍解答である。
ちょっと何を言っているのか解りたくない(数分ぶり2回目)。
俺は痛む頭を左手で抱えながら右手を上げ、身振り手振りだけで「少し考えさせてほしい」と伝える。
早くも心挫けそうだが、案を出されたからには検討せざるを得ない。なにしろ姫さんの言い分は、あながち間違いでもないのだから。
時間がないなら時間を必要としない手段を用いればいい。……たしかにそのとおりではあるが、肉体疲労については何も触れられていない。回復呪文は傷は癒せても、疲労までは回復できない[*3][*4]。この案の
いや、そこ
つまり、まあ、誰がとは言わないが……仲間を担げ、ってことだ。
体力・体格差・歩幅・役割などを考えると、女の子は担ぐ役から除外する。
根性はあっても持久力に難がありそうな勇者殿では不安だ。
よって消去法で、実績もある肉体派の俺が適任だろう。
俺、走る人。
お前ら、乗る人。
……役割分担もバッチリで何があっても安心だな! クソがッ!
そりゃあ姫さんも自信満々、
たしかに今は非常事態だ。パーティの全滅を避けるためならば、必要ならば、俺は人力(技)車になることを甘んじて受け入れよう。
不安なのは、
だが、姫さんはどうだ。不慣れな旅で脚を痛そうにしていたから、気を利かせて足裏を揉んでやったら毎晩揉むように言いつけてきたくらいだ。味を占めないわけがない。あのニヤけ面はこれを意味していたというわけだ。一度乗せてしまえば、次も次もと
そうなると姫さんを勇者殿へ押し付けたいところだが、各々の体格差を考えるとやはり俺が姫さんを、勇者殿はセシルちゃんを抱えて運ぶのが
姫さんの存在自体がもう重荷なのに、物理的にも重荷になるとか笑わせんな。人力車がすでにバカらしいのに、ただ移動するためだけにセシルちゃんに筋力強化呪文まで使わせるなんてもっとバカらしい。理解したくもないが、
……まあ、セシルちゃんへの負担はすぐに無くなるだろう。なぜなら前提となる条件が整っていないからだ。連日走破できる程度の
……これらの問題は、
勇者殿が諦めても、姫さんには諦める必要も理由も無いのだ。なにせ求める結果が違うのだから。勇者殿は時短、姫さんは安楽。つまり無理をしなければいいだけのことであり、どうあがいても人力車の常態化は避けては通れない、ということである。走れないなら歩けばいいじゃない。
俺個人としては当然、姫さんの乗車も拒否したいところだが、相手は腐っても
精神的な苦痛といえば、すでにやっちまっている
ともかく、これで予想できる不安要素の《セシルちゃんへの負担》と《パーティ全体のリスク》は一応は解消したことになるのだが、残念なことに、俺の心の内には今もなお、別の不安が渦巻いている。
俺が最も不安に感じる事は、それは──《絵面》だ。
冷静に考えてみてほしい。一国の姫を抱えてダンジョンへと乗り込む傭兵とかシュール過ぎんだろ。何を目指してんだよ。姫を
勇者殿は絵面がもっとひどい。幼女を抱えた黒ずくめの逆毛男とか、嫌な
担当を逆にしても何も変わらない。俺の二つ名が《
片や王族誘拐犯、片や変態ロリペド野郎──相乗効果で俺らの
無自覚にも牢獄への道を姫とロリで舗装しようとするな。おねがいだから。
道を外れても国賊扱いとかやめてください、死んでしまいます。
対案を出そうにも、
何か、何かないか──。
「あっ、砂漠のほうから誰か走ってきます! ……えっ」
セシルちゃんの声に、俺はハッとして視線を砂漠側へと向けた。
「うおマジだ……いや、ちょっと待て。なんだあの格好……」
するとその先には覆面・裸マントのパンイチ男[*8]が──……いや、どうしてそうなった? 何がお前にそうさせた? パンツの両端に括り付けられたランタンのせいで、その姿が嫌でも目に入ってしまう。しかもその後ろに3人も続いている。
俺たちと同じく4人パーティなのだろうか。続く3人も、トゲ付きの防具で頭以外の守りを固めたモヒカン男[*9]、トゲが全てドクロに置き変わった仮面男、ミニのプリーツスカートを
色物男たちのあまりの
「うおおおおっ! やっぱ燃えてんじゃぁぁぁんっ!!」
ひとりは膝立ち、両手を上に向けて、叫び──
「どうしてこんな事に……」
ひとりは呆然と立ち尽くし──
「ば、バカな……火の回りが早すぎる! この広大な森すべてを呑み込もうとしているのか!? これでは我輩の至高の呪文を以ってしても消し止めるのは不可能! 我輩なんて無力なのだ……ッ!! せめて、もっと早くに気が付いてさえいれば!」
ひとりは嘆き──
「こいつは誰だって無理だよ……。お前のせいじゃない」
「すまぬ、すまぬ……!」
ひとりは仲間を慰めていた。
「……醜いですわね」
姫さんよ、見た目に関しては俺もそう思うけど、心はあんたと比べ物にならないほどキレイだと思うよ? 確実に。
「ま、まさか、お前たちの仕業かっ!?」
「──! そうか、これは人の手によるもの! その装いは間違いなく魔術士のもの! キサマの仕業かァッ!」
「なんだって、そうムゴい事が出来るんだ!」
「お前ら人間じゃねえ!」
「ならばキサマら魔王軍だなっ!?」
姫さんの容赦のない
「ち、違うっ! 俺たちは魔王軍じゃあない、勇者一行だ!
咄嗟に言い訳をしてしまった俺は決して悪くない。俺は巻き込まれただけだ。俺は悪くねぇ。悪いのは
「そ、そうか……。疑ってしまってすまなかった。前言を撤回しよう」
「オレも人間じゃないとか言っちまった。ゴメン」
「話を聞くべきだったじゃん。わりぃ……」
「決め付けてしまって、ごめんなさい」
「あ、ああ。解ってくれたならいいんだ」
色物男たちは本当にキレイな心をしていた。たった一言で誤解(でもない)が解けた。
お前ら、心がキレイすぎて騙されてそんな格好にされたのか。そうなんだな?
「ってコトは、見たまんまなんだよな? おい、スーペル。この人たちにテントとか譲ってやろうぜ。怪我人も居るみたいだしさ」
「ふむ……我輩に異論はない。我輩らはこれよりツヴァイの地へと踏み入るのだ。物資はまた調達し直せばよい。
「いいじゃん! おれっちもそー思う!」
「いいと思う」
こちらの状況を察して、物資の譲渡までしてくれるのか……。こいつら、どんだけお人好しなんだよ。うちの姫さんと交換したいくらいだ。
「察しのとおり、物資のほとんどが燃えてしまったんだ。正直、助かる」
「なに、困ったときはお互いさまだ」
本当に助かった。これで嫌な未来予想図を回避できるかもしれない。
さあ、勇者殿を起こして話を詰めよう。
「お待ちなさい。そんな勝手は認められません」
しかし、ここで姫さんが待ったをかける。……あのー、さすがに状況が見えていらっしゃらないにも程があるんじゃあないでしょうか。降って湧いたような物資獲得の機会だぞ、なぜ棒に振る。侮辱されたとでも思ったのか? 下賎な者の施しを受けるワタクシではありません~ってか? そんな事を言っている場合じゃあないだろ。何事も備えが物を言うんだぞ。仮に走破するにしても保険は必要だろ。想定外の何かがあったらどうする。
今までは地位に配慮する意味でも、可能な限り自発的な成長を促す形で接してきたが、やはり
よし、言ってやるぞ。地位がなんだ、権力がなんだ、そんなもの──すげぇ怖い。
こんな時にこそ、かつての仲間が居てくれたらと思うが、俺独りでも
「あのなぁ、姫さ──」
「騙されてはいけませんわ。耳当たりのよい言葉で、わたくしたちを誘い込み、罠に掛ける心算なのでしょう。くだらない茶番もここまでですわ! さあ、正体を現しなさいっ!」
え、急に何を言い出すの、
……ああ、もしかして仕返しか? 森の近くに居ただけで魔王軍認定されたように、見た目だけで盗賊扱いしていると。……なんだよ、そういうことかよ。焦らせんなよ。そんな警戒されて当然の格好をする
「……クックックッ、森に免じて見逃すつもりだったんだがなあ……バレちゃあ仕方ねえっ!」
「えっ」
モヒカン男は、なぜか芝居がかった仕草で暴言の内容を事実だと認める。いやそこは否定しておけよ。
「オレの名はディィィック!」
「おれっちはタマーキン!」
「ぼ……おれはシコルスキー!」
「そして我輩は用心棒・魔術士スーペルなり!」
「4人揃ってぇ! アッ! 《オナー・ホール盗賊団》! 意味は《栄光の玄関》じゃんじゃじゃーん!」
そしてそれぞれが思い思いのポーズを取りながら、丁寧にも
「やはり、盗賊でしたわね!」
「ハッ──盗賊だって!? 僕の目が黒い内は好きにさせるものか!」
「おはよう、勇者殿」
盗賊という単語に反応したのか、勇者殿が飛び起きる。色物男たちが本当に盗賊なら、ありがたい反応なんだが、たぶん、ノリで言っただけだと思うぞ。だからそんなにイキリ立たないでやってくれ。ネタだから。
「さあて、セイギの盗賊団オナーホールのデビュー戦だ! いくぜえ、野郎共っ! オレたちはここから始まるんだ!」
ん? え? は? マジで言ってたの? 本名だったの? うわぁ……。
「おっ、ほっ、……あ、あれっ? 剣がうまく抜けないっ!!」
「股間の
「あ、そっか。オレ、全身凶器だった。剣いらね」
いや、これどっちだよ。ネタなの? マジなの? 戦いって感じが全然しないんだが。
というか邪魔だからって剣を投げ捨てるな。抜けなくてもそれはそれで鈍器として使えるだろ。股間用防具で戦おうとするな。もっと工夫をしろよ。すげぇツッコミたいけど、本当に敵だった場合を考えると
「何で来ようと、僕は容赦しないぞ! 正義の刃、覚悟しろっ! ……あれっ? 剣が無い!?」
「すまん、森の中だ」
俺は、そう言いながら燃える森を指さす。すまんな、勇者殿。拾っておく余裕どころか探す余裕もなかったんだ……。だがまあ、勇者殿には呪文があるし大丈夫だろう。きっと。
「そんなっ! ……でも、それでも僕は戦ってみせる!」
「へっ、テメェなんざ10秒で押し倒してやんよ!」
勇者殿も
「では髪の黄色い女は、我輩が貰い受けようぞ。同じ魔術士同士、その実力が気になるのでな」
「フッ、B級のわたくしに敵うとでも? 身の程をわきまえなさい!」
「フハハッ!
「下賎な者が、わたくしよりも上の等級だというのっ!?」
姫さんも
この段階になって、俺はようやく気付いた。
色物男たちは、何か事情があって《盗賊団》を名乗っている可能性が非常に高い。
《等級》とは、《魔術師連盟》が定めた魔術士の強さや質の
呪文は凄まじい破壊力を有しているが、唱えるには発動媒体である《魔具》が必要だ。魔具は腕輪状だったり、
姫さんのような危険人物の手に渡ることを危惧してか入手経路は限られていて、各国の王城でしか手に入らない。それも王族や上位の貴族、特別な騎士、連盟から世界各国へと派遣された魔術師など、特別な人間だけがその所持を許されている。
死体から剥ぎ取ったり、闇ルートから入手した線も考えられるが、前者はまずありえない。その気になれば1人で国を滅ぼせるような代物だ。俺の知る限りでは、どこの国も審査も管理も徹底している。仮に紛失があれば、死に物狂いの勢いで回収しているはずだ。なので後者もありえない。
あれこれ考えるのもいいが、そろそろ止めないとヤバイか。
「待て待て待てっ! 全員、止まれ! スーペル、お前、もしかしてドライ国の宮廷魔術士か何かだったりするか?」
「な、なぜそれを……ッ!?」
俺の推測に、
「やっぱ、そっかー……。何か事情があって盗賊団を名乗っているんだろ? 何があったか教えてくれ」
「……うむ、では語らせてもらおう」
「スーペル!」
「よいではないか。もしかしたら、この者は我輩たちの理解者となってくれるかもしれぬのだ」
「それは話の内容次第ではあるがな」
「うむ。……我輩らは
「その割には、魔具は取り上げられなかったんだな?」
「王は激怒し、我輩の顔も見たくないと仰った。ゆえに我輩は命じられるままに出奔した。魔具を返納しろとは言われてはおらぬ」
追放ねぇ……話の筋は一応は通ってはいるが、判断するにはまだ早い。追放された原因が、ドライ王が激怒したという
《
「王族の機嫌を損ねるなど、下賎な者らしいですわね」
「姫さん、大事な話をしているから煽るのはやめような」
「モガッ!?」
国家規模の話に茶々を入れられたくはない。俺は嫌々ながらも先手を打ち、後ろから抱き締めるように姫さんを拘束した。もちろん片手は口にあてている。これで逃げも唱えもできないだろう。あとが怖いが、これも必要悪だ。
姫さんは
いくら出奔したとしても
……人力車の件から、国家規模の罪に怯えてばかりだな、俺。
「そういえば、さきほどからそこな女を《姫》と呼んでいるが、そのような不埒な真似を働いてよいのか?」
「ああ、俺が(
「!?」
「えっ!?」
さすがに不敬すぎて暴れだすかもと、心のどこかで思ってはいたんだが……姫さんは俺の拘束を素直に受け入れている。大人しくしてくれとは祈ったが、これはこれでなんか気持ち悪いな……。
ついでにもうひとつ付け加えると、密着しているからか、
「が、ガイさんっ!? な、なんでっ……!?」
「勇者殿もあとにしてくれ。いまはスーペルの話を聞くのが先決だ」
「ガイ……? もしや、おぬし、あの《ナイス・ガイ》か!」
「あー……まあ、そう呼ばれたりもするな」
あのクソダサい二つ名、ドライ国にまで広まっていやがるのか……。
「
姫さんが不思議そうな顔で俺を見上げるが、
「《良い男》の名は伊達ではないということか……! うむ、ぜひとも語らせてもらおう!」
直訳やめろ。
「……じゃあ、なんで追放されることになったのかを教えてほしい」
「うむ。順を追って説明しよう。2年ほど前よりドライ国にもモンスターが現れるようになったのは知っているな? 人の形をした砂のモンスターだ。それ自体は大した脅威でもないのだが、終わりの見えぬ襲撃に、王は……次第に憔悴されていった」
「
2年前というと、ちょうど魔王が宣戦布告してきた頃か。あのときは俺も依頼でドライ国に居たな。すぐにツヴァイ国へ引き上げたが。
「そこで我輩は王の為にと、王の像を造り上げた。しかし、王は激怒された……」
「せっかく、がんばったのになぁ……」
「ぼくたちも手伝ったのにね」
「じゃんじゃん!」
落胆する
つまり、4人の失態だということか。
「我輩の独自呪文を捧げたというのに、なにがいけなかったというのだ……!」
「呪文を用いた像とは、大きく出たな」
「正確には呪文そのものを用いたわけではない。呪文を行使した姿へ寄せただけだ」
「つまり、王を模した像に宮廷魔術士が呪文を行使する姿を掛け合わせたわけだな。自分を王と同一視したことが問題になったのか」
「いや違う」
いまの解釈には少し自信があったんだが、ハズしたか。
「王と水と我輩の忠誠を表した至高の一品だったのだがな……」
《国王》は語るまでもなく国そのものだ。
《水》は砂漠国の生命線、命と繁栄の象徴だな。
忠誠を捧げられてブチキレるのは意味不明だ。捧げ方でも悪かったのか?
「うーん、わからん。どんな像なんだ?」
「うむ。旅の商人より《小便小僧》なる像の話を聞いた我輩はこれだと確信を──」
「怒られるに決まってんだろ!」
「
国王の放尿
しかもなんだ、お前の独自呪文はオシッコか!? 子供かっ!
「1年半も手掛けた力作だぞ!? 王の偉大さを改めて知らせる為に、水場にも置いた!」
「もっとダメだろ!」
「そんなに怒鳴らなくていいじゃん……」
「な、なにがいけなかったというのだ……?」
「全部だ、全部! 水回りに置くなよ! 生活用水に小便が混ざった気がして、なんか嫌な気分になるだろ! お前の術がなんだか知らねぇけど、よりによってそれを国王の像でやるなよ! 普通に考えて不敬だろうが!」
「
「そ、そうか……全部か……」
全部悪いと聞かされて、色物男たちはガクッとうなだれる。
「……ちなみにその独自呪文は、どういう呪文なんだ? そんなにすごいのか?」
「うむ。しかと刮目せよ! 《
掛け声と共に、スーペルの股間からドバァァァァッと黄金水が一直線に放たれる。その勢いは十数メートル先の樹木を切断するほどだ。一歩間違えていたら、あのとんでもない威力のオシッコが勇者一行へと向けられていたのか……ゾッとする話だ。
スーペルはそのまま水の力だけで何本か切り倒すと、術を止めてこちらへと向き直った。その顔は誇らしげだ。自分の呪文に自信を持っているのだとよく解る。
「これぞ、我が至高の呪文なり」
「たしかにこれはすごいな。思い違いをするのも無理はない」
「
「価値観の違いって、やっぱ恐ろしいもんだな……」
「なるほど。価値観の違いか……」
「追放というか出奔した理由はわかったが、どうして盗賊団なんだ?」
A級宮廷魔術士が、どうして盗賊団なんかに身を落とす? これが解らない。
見た目はともかくあの超威力なら、どこの国も欲しがるだろう逸材なのにな。
「その……なんだ、年甲斐もなく《義賊》というものに憧れてな」
「正体不明の義賊ってカッコイイじゃん?」
「これを機に目指そうかなぁと……な、なんちゃって?」
「首の後ろをトンってすれば、記憶を失うんでしょ?」
「アホか! 普通に魔術士として売り込めよ! どこの国も喜んで迎えるぞ! あと首トンは理論上は可能らしいが、打ちどころが悪いと死ぬからやめておけ!」
「
本当に、しょうもないな! ゲリラだと疑うだけ損をした。
「そ、そうなのか。ではそうするとしよう。迷惑を掛けたな」
「いや、まだ問題は残っている。どうすんだ、それ。他国に仕官するのは勝手だが、さすがに魔具を持ち出したままはまずいぞ」
「しかしこれを手放せば我輩らは身を守る
ツヴァイ国を目指すなら
「……どうしようもないな」
「ならば、我輩らはどうすればよいのだ?」
「そうだな……魔具を持っていることは隠して、なにか別の仕事を探してみるのはどうだ? 義賊といっても盗賊を名乗っていれば、いずれ討伐されてもおかしくはない。何も知らないヤツからすれば、単なる言葉遊びか言い訳にしか聞こえないからな」
「ふむふむ。心遣い、痛み入る。今一度、目標を探してみるとしよう。我輩らはツヴァイを目指すが、お主らはドライを目指すか?」
「あー、そのことなんだが……」
「勇者殿。あの森の戦いで物資のほとんどを失ったわけだが、幸いにも彼らが物資の提供をしてくれるらしい。俺としては一度ツヴァイ側へ戻ったほうがいいと思うが、勇者殿の方針を聞きたい」
「…………」
「勇者殿?」
「……が、ガイさんも姫の事が……」
「勇者殿。俺は現状と今後のことについて相談したいんだが」
姫さんがどうしたって? 俺に姫さんを裁けるわけがないだろ。
なぜだか勇者殿は放心している。そっちのホウシンは俺は求めていない。
「先へ進むのか、戻るのか、どっちなんだ?」
「……先へ、進もう」
「えっ」
マジかよ……。
【第3話まとめ】
1.《魔術士連盟》という組織があって、そこから世界各国へと魔術師が派遣されている。
2.魔術士に関する知識は一部の人間だけが知っている。魔術士になれるのも一部の人間のみ。
3.呪文を唱えるには《魔具》と呼ばれる金の装飾品が必要。
4.回復呪文は疲労に対して効果がない。
5.《
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Save.04:魔境入り
結局、スーペルたちの物資は、ドライの追手をごまかす事へあてた。アホではあるが腐ってもA級な魔術士を野放しにできなかったのと、物資を使う気がまったく起きなかったからだ。……気持ちとしては後者の面が強い。
いったい、どんな使い方をしたらあんな状態になるのやら。特にテントの状態がひどかった。染み付いた強烈な刺激臭に女性陣は猛反発。俺ですら、あとずさってしまったほどだ。最初から最後までずっと放心状態だったセシルちゃんの
食料もなんか嫌な予感がしたし、特定の物だけ残されていないのも不自然だということで、そちらも妨害工作へとあてた。
義賊の夢は諦めるように釘を刺しておいたし、あとは本人の運とドライ国の動き次第だが、根は良いヤツっぽいから生き残ってほしいものだ。魔王を倒したらダンジョン探索に付き合わせるのもいいかもしれないな。
そんなわけで──、人力車の採用が確定しましたとさ(絶望)。
「いきなり2人制か……」
俺の予想どおり、俺と姫さん、勇者殿とセシルちゃんの2組に分かれたまではいいんだが……最適解を求めるがあまり、ひとつ忘れていたことがあった。
勇者殿のチラ見がだな、非常に鬱陶しい。目を向けては外し、また目を向けては外す、を繰り返している。その様子は、首を横に振り続けていると言ってもいいくらいだ。首を鍛えているのかってほど、チラ見の回数が尋常じゃない。首の素振りってなんだよ。挙動不審だな。
自分に気があるっぽい
姫さんは姫さんで、念願叶ってご満悦の様子だ。そんなに楽をしたかったのか。その代償に俺と勇者殿が名状しがたい苦痛を受けているんですがね? お願いですから、俺の首に手を回すのはやめてください。いや姿勢を安定させるためだとは解ってはいるんですがね? 近いんですよ、お顔が。お姫様だからって姫抱きは安直じゃあないですかね? ご尊顔が真っ赤に染まっていらっしゃいますよ。……お姫様だし男慣れしていないのは理解できるけどよ、勇者殿の視線と挙動が痛々しいんだよ。これはアレか、勇者殿の嫉妬心を煽っているのか。俺には理解できない女心なの? 高度な恋の駆け引きなの? これだからパーティ内恋愛は嫌なんだよ。ろくなことになりそうにない。
運搬方法を、下心を感じさせない消防夫搬送[*1]に変えてやってもいいが、そんなことをしたら姫さんがキレること間違いなし。アレは完全に
「……ッ、……」
意を決して勇者殿を直視すると、やはりどこか思いつめた
いまやるべきことは砂漠越えだ。
「さて、もう充分明るくなったな。そろそろ出発するか?」
「……うん」
「セシルちゃん、速度強化を頼む」
「はぁい、《
事前の打ち合わせどおり、セシルちゃんの呪文を合図に駆け出す。
いつもと比べると強化具合がかなり強いが、まあ許容範囲内だ。
姫さんの機嫌を損ねないよう慎重に、躰が
「ン……想像よりも快適ですわ。馬車と違って揺れませんのね」
快適じゃあなかったら文句をつけていましたよね?
「──ん?」
ふと勇者殿のほうから妙な気配を感じて、首を動かして見ると──
「っ、っ、っ、っ、っ、っ、っ」
勇者殿の躰がものすごく揺れていた。セシルちゃんの首もカックンカックン揺れているのだが大丈夫……なわけねーだろ! 白目を剥いてんぞッ!!
「勇者殿! もう少し静かに走れないのか?!」
「えっ、ガイさん、こそ、どう、したら、そんな、走り、方、が、できる、んだっ?」
「……根性と執念? 感覚的なことだから説明が難しい」
「根性とっ、
「そんな事より、セシルちゃんの首を支えてやってくれ! そのままだと死んじまうぞ!」
「わかっ、たっ!」
勇者殿は相変わらず上下に揺れているが、セシルちゃんの首を支えたことで、さきほどよりはいくらかマシになった。強化なしの予行練習はしていたが、こんな
今回の人力車作戦は失敗だな……。俺の見通しが甘かった。勇者殿も走らせることで、将来的なセシルちゃんの負担を減らすつもりが、完全に裏目に出てしまった。俺も何人も乗せて静かに走れるかどうかは分からないから結果論のようなものでしかないが、セシルちゃんには気の毒なことをしてしまった。
ひとり反省をしていると、また妙な気配を感じた。
今度は気配が増えた……? 謎の気配の正体を確かめるべく、再び首を動かして見ると──
「……」
「は?」
なぜか人型のアデニウム[*4]らしきなにかが並走していた。……おいおい、砂のモンスターだけじゃないのかよ。この2年間で、ドライは想像もつかない魔境へと変貌しているようだ。
「!!」
「あっ……」
突然現れたアデニウムはこれまた突然、俺の隣から消えた。
たぶん、コケたんだな……。
起き上がって追ってくる気配もない。いったい何だったんだろうか……。
「うっわ……」
今度は、胴体だけで1m超はありそうな巨大なサソリが目に留まった。俺は高速で移動しているしサソリは止まっていたから、ほんの一瞬の
「どうかしまして?」
「厄介そうなモンスターの姿が見えただけだ。ドライでは特に姫さんの呪文攻撃に期待したいところだな」
サソリが元々持っている毒も怖いが、巨大化した針も脅威的だ。どれほどの威力があるかは判らないが検証してみようとは思わない。君子危うきには近寄らず、ってな。この場合の意味は少し異なるが、接近戦を不安に思うなら遠距離攻撃で始末してしまえばいい。ドライには燃えて困るようなものはあまり無いし、姫さんの有効活用だ。
「……いいでしょう。
「ああ、そんときは頼む」
姫さんは少し考える素振りを見せたが、意外にも
あの森での出し渋りはなんだったんでしょうかぁねぇ……? 勇者殿との駆け引きだったのだろうか。それくらいしか思い当たる節がない。やっぱパーティ内恋愛はクソ要素だ。俺は改めてそう思った。
そんな出来事ややり取りを何回か繰り返しながら走っていると、
巨塔の建設の際にいろいろと無理をしたらしく、一度は財政が大きく傾いたらしい。ドライ王
「塔が見えてきた。勇者殿、あともう少しだ。がんばろう」
「──ヘッ、ヘッ、ヘッ、ヘッ、ヘッ」
勇者殿は返事をする余裕も残っていないようだ。息が荒い。よくがんばったな、と褒めてやりたいが……内心だけに留めておこう。このパーティのリーダーは勇者殿だからな。見下したと思われてはかなわない。すでに手遅れな気もするが、直接的かつ明確な格下認定は避けておきたい。
「あ、強化呪文が切れちゃいましたけど、掛け直しますかぁ?」
「いや、もう着くし……別にいいだろ。勢い余って壁に激突したくはないだろ?」
「そ、そうですね……」
塔へたどり着くと、そこでは戦闘が行われていた。高さ5mはありそうな砂の塊が5体も居る。スーペルたちの言っていた、人の形をした砂のモンスターだ。名称は確か……《サンドマン》。そのまんまだな。
サンドマンから塔を守っているのは──俺のよく知る人物、《オッジ》さんだった。
かつての仲間が、見知った顔が、そこに居た。
俺は懐かしくて、嬉しくて、つい呼び慣れた愛称を口にしていた。
「オッさん!!」
ついでというか、オッさんの周りには見覚えのある鎧姿の女の子が11人も居た。どうやら2年前のパーティ解散後も仲良くやっていたらしい。相変わらず面倒見のいい人だ。
「アァッ?! オメェ、ガイか!? なんだってこんなトコに……いや今はンなコタァどうでもいいか。手ェ貸せ!」
「ああ! 勇者殿、加勢す──」
加勢するぞ、と提案しようとしたら、隣で勇者殿がセシルちゃんごと砂の上に突っ込むように倒れ伏した。限界だったんだな……ホント、よくがんばったな……。だがセシルちゃんを巻き込むのはやめてやってくれ。
ああ……手足をバタバタとさせて、もがいている……。
俺は姫さんをさっと降ろし、セシルちゃんを助け起こしに向かう。
「セシルちゃん、大丈夫か? 敵と戦えるか?」
「はぇ……む、無理ですぅ……ごめんなさぁい……」
移動中の振動で酔ったのか、セシルちゃんは尻餅をついて立ち上がれないでいる。まるで初めての船旅を終えたばかりの人のようだ。たとえ後衛だとしても、これでは使いものにならない。
「まともに動けるのは俺と姫さんだけか……。──オッさん!
「頭だ! 頭を吹き飛ばせ! ちっせぇヤツはそれでヤれたが、でけぇヤツ相手にゃあ火力が足りねェ!」
「頭かー……!」
オッさんのパーティは11人が放つ呪文攻撃で応戦しているが、握りこぶしくらいの大きさの火球や氷塊程度では、たしかにサンドマンへの有効打にはなりえていない。せいぜい表面の砂がわずかに砕け落ちる程度だ。
俺の《
予想に反して《
「あの大きさだからか、敵の動きは緩慢だ。俺は隙を見て2人を塔の中へ退避させるから、姫さんは──」
「その必要はありません。一気に片付けます! さあ覚悟なさい! 木端微塵にしてあげますわ! 《
「ちょっ──」
姫さんは不思議な踊りを始めた!
サンドマンの頭部は爆発四散した。
姫さんは2体目のサンドマンを指差した!
敵の頭は爆発四散した。
姫さんはさらに踊るように3体目のサンドマンを指差す!
敵の頭は爆発四散した。
姫さんは続いて4体目のサンドマンの爆破に取り掛かる。
よく見ると指を差す直前に、指を鳴らしているようだ。
敵の頭は爆発四散した。
5体目──最後のサンドマンに姫さんの魔の手が伸びる。
敵の頭は爆発四散した。
この
バァン、という小気味よい爆発音が5回ほど響き渡り、モンスターたちは全てただの砂に還っていた。
──は? おいおい瞬殺だよ。こっわ……。
「退避、退避ィィッ!」
「退──ヒィッ!?」
敵を手早く片付け、振り返った姫さんは──やはりと言うべきか──ドヤ顔だった。
その後ろでは、オッジさんのパーティが押し迫る砂の波から全力で逃げていた。俺の想像どおりでしたね。
必死に最適解を模索した俺の労力を返せ。無に返してやったぞ、ってか? ああ?
「フフ、わたくしはあなたの期待に応えられたかしら?」
「ああ……
国境の森でもそうだったが、このヤロウ、躊躇なくやりやがったよ。
姫さんの指先が今後、俺に向けられない事を心の底から祈り願う。
こうして勇者一行のドライ国での初戦闘は呆気なく終わったのだった。
この搬送方法は要救助者に意識がある場合のものと考えたほうが無難。普段から鍛えている人でも、脱力した人間はおそろしく重く、まともに持ち上げることさえ難しいのだから。
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Save.05:かつての仲間
冗長だとわかってるのに直さないのかとか、流れを可能な限り連続させていないで場面ごとに区切れよとか、いっそのこと全カットしろよとか、今更更新するのかよとか、これ捨ててエログロだけ書いてたほうがまだいいんじゃないかとか自分でも思わなくもないですが、一応は処女作だし好き勝手にやってやらぁ的な心持ち。これも素人小説の大ゴミ……醍醐味ですね!(てきとう)
「総員、周辺警戒!」
「周辺警戒!」
オッさんの号令で、その仲間たち──女の子11人が塔周辺の警戒にあたる。
オッさん自身は周辺警戒にはあたらず、俺たちの前に立ったままだ。
「さーて、申し開きを聞こうじゃねーか?」
「…………」
そしてニヤニヤとした嫌味ったらしい顔付きと不機嫌なことを隠さない声色で、こちらへと話しかけてきた。
現在は、塔の防衛戦終了直後。我らが勇者一行は塔の外──砂地の上に突っ立ったまま、姫さんが迷惑をかけた
また疲れ果てた勇者殿のことは、不測の事態に備えて俺が例の消防夫搬送で担いでいる。ついでに空いた片手でセシルちゃんも小脇に抱えている。人ひとりを背負っても片手が空くのが、この運び方の良いところだ。けっして「面倒だからさっさと終わらせろよ」と暗に言っているのではない。俺は心配性なだけだ。
早く2人を休ませてやりたいという気持ちもあるが、こちらの不手際で危うく被害を出しかけた相手方を放って自分たちを優先させるのはド外道もいいところなので、こうして面と向かって話し合いに臨んでいるわけなんだが……。
「……姫さん? 黙っていちゃあ何も伝わらないぞ?」
「さしたる理由もなく、このわたくしに下賎な者と対話しろと?」
──
姫さんはご自慢のお胸を誇示するように、胸の前で腕を組んでいる。しかも目線を
そういえば、俺も《下賎》に
「いやー、俺はともかくこの人は……オッジさんは下賎じゃあないと思うぞ」
俺の発言に、オッさんはピクリと片方の
こう言ってしまってはなんだが、ただ謝罪(金)がほしいだけならサブリーダー(暫定)の俺が代わりに頭を下げればいいだけだ。俺もオッさんもそんな事は解りきっている。大抵の問題は金で解決できるし、そうするよりほかない。金は判りやすい代償足り得るからだ。
オッさんには
オッさんとは約7年も共に旅をした仲だし、何か企んでいるにせよ悪いようにはしないだろ。
「そういや、自己紹介がまだだったな。オレの名は《オッジ》。《フィーア国》の食客だ」
「わかりました。《下賎の者》と言うのは取り消してあげます。これからは、ガ……ガイさ──名前で呼んであげてもよろしくてよ」
「わー、うれしーなー」
「フフ、そうでしょう」
「聞けよッ!!」
俺とオッさんによる流れるような身分の提示!
しかしそのまま流された!
オッさんは、誰がどう見てもイラついた様子で地面を踏みつけている。40代中年男性、
「ガ、……ガイ」
「なんだ、姫さん」
「フフッ、呼んでみただけですわっ」
「そっかー」
「はわわ……!」
「イチャついてんじゃねーよ!!」
イチャついているというか遊ばれているだけだと思うなぁ、これ。だって姫さん妙に笑顔だし。今までに見たこともないほどにニッコニコだぞ。自尊心が発露したのだと思ったら、ただの煽りかよ。交渉の場だろうと相手を煽り倒すとか、俺にはちょっと理解のできない精神構造をしていらっしゃいますね。人を煽るのが姫さんの趣味なの? 生き甲斐なの? いやそもそも《交渉の場》だとすら認識していないのか? スーペルの一件で煽ったのはまあ判る。
「……わたくしは発言を許していませんが?」
ここにきてやっと姫さんは声と眼差しをオッさんに向けたが、俺のときとは一転して両方とも冷たい。その青い瞳に心といい、暑い昼の砂漠にピッタリですね。本当になんなんだ、この
王族や貴族といった上流階級には《自分よりも身分が下の者
「この《Ⅳ》の刻印が目に入らねェってか? ああん?」
オッさんも負けじと、フィーア国の
「お黙りなさい。わたくしはその汚い言葉遣いも許可していません」
「ぐぬっ……! ……はー、これがあのちっこかったお姫サマたァな! オメェもそうは思わねェか? なあ、ガイぃ?」
脅しが無駄だと悟ったのか、オッさんは俺に
「……そりゃ人間6年も経てば成長もするだろ」
「はっ、随分な成長の仕方だなオイ!」
なるほど。目には目を、歯には歯を、煽りには煽りをってか。
「6年……?」
「姫さんの10歳のお披露目(*2)を
俺たちの問答に姫さんが訝しむが、俺はすかさず釈明をする。会話を繋いだだけで
「まあ……そうでしたの」
釈明は無事、審査を通過した。いや、もしも本当に審査されていたら、これまでとはまた別の意味で頭がおめでたいんだな、と俺は思っただろう。
10歳の姫さん。もしも姫さんが小さいままだったら、姫さんとセシルちゃんの見た目が逆だったら、あの横暴で傍若無人で我侭で理不尽で理解不能な性格も子供がする事だと思って、かろうじて笑って流せていたのかもしれない。……それはそれで性癖が歪みそうな気もするが。いやセシルちゃん(大人版)に癒されるなら歪みもしないか。どうして逆じゃないんだよ。
「やはりこれは、この出会いは運命ですのね」
姫さんはボソッと呟いたつもりだろうが、俺の耳には確りと届いている。俺は姫さんに虐げられる運命にあるとか勘弁してください。俺が何をしたっていうんだ……。
「嫌味も効かねェのかよ……ああクソッ、回りくどいのは止めだ! おう、ガイ! オレはオメェを迎えにツヴァイまで行くつもりだったが、何がどうして
「……」
「おう、どうした? 答えられねェのか?」
「あー、いや……
「なんでオメェがガキ共のお守りなんざしてンだよ?」
「ああ、そっち? 俺も勇者殿には期待したかったんだがなぁ……あっ」
……ヤバイ。気が緩んで、つい本音を口走ってしまった──期待はずれなのだと……!
「勇者ァ? 勇者ってェとー……クソ教会が
思わず口が滑った俺が言うのもなんだけどよ、そんな男に好意を寄せている子も居るんだから、貶すのもほどほどにしてやってくれ。まだ15歳そこらだということを考えると、勇者殿の未熟さは歳相応とも言えるのだから。せめてあと5年、いや3年は歳を重ねていたら……。
チラリと姫さんの様子を窺うと、特に不快に感じている様子ではなかった。……あれ? あんた、勇者殿に好意を寄せていましたよね? 怒らないの? んん??
「こんなチビスケが英雄役たァ、世も末だな」
「ふぇ?」
「え? ……違う違う! 肩の男のほうが勇者殿だ」
「冗談だ。チビスケはシスター見習いだろ? そんくらいオレでも判らァ」
「あのぉ……?」
なあ、
「まあミニスカなのは点数高いな。しかもニーハイにガーターたァ、お前の仕業か? ……おいおい、ガキにこんなパンツ穿かせんなよ」
「きゃあっ!?」
「うお、あぶねっ! 蹴りやがったな、このガキ!」
「確かにそのとおりだけど、その言い方だとなんか俺の趣味みたいに聞こえるからやめて? 単に実用性や効率を重視した結果だし、俺は下着の種類まで指定するような束縛系の変態じゃあないからな? それとセシルちゃんは15歳だ」
「うー……!」
俺とセシルちゃんの後ろに回りこんで何をしているんだよ……。ミニスカは
セシルちゃんはセクハラに耐え切れずに涙目だ。俺も泣きたい。
「なんだ、15か。ついに
「……それより俺を迎えにきたって、何かあったのか?」
混沌としすぎて流しそうになったが、多少強引でも話の本筋に戻させてもらう。このままでは俺の評判が悪くなる一方だ。それに、どうやら姫さんは──元々話す気はなかっただろうが──これ以上は会話に参加する気はないみたいだし。話を進めるなら今の内だ。意識を切り替えていこう。
オッさんは俺を迎えにきたと言っていたが、何か俺の手まで必要なほどの大事件でも起きたのだろうか?
「ああ、今のはこれから話す内容にちゃんと関係のある事だぜ。……で、ブルマはどうした?」
「それも防寒対策だって俺は解るが、この流れだと女性陣にはセクハラにしか聞こえないからな? まさかとは思うが、フィーア国の女連中に囲まれて色ボケでもしたのか?」
だから、姫さんと同レベルとか悲しいことに──。
「おいおい、それこそ冗談にもなんねェだろ。
「あんなの?」
「なら、ここからは真面目にやってくれよ」
ですよね。俺もフィーア人は恋愛対象外だよ。まあ、そんな事はどうでもいい。重要な事じゃない。セシルちゃんが少し不思議そうな顔をして、俺の脇から見上げてきたが、俺に語る気はない。語りたくはない。
それよりも
「おう。──でだ、2年前の依頼は覚えてるな?」
さて何をさせられるのかと思えば、2年前に関係する事か。依頼の事はよく覚えている。
「ああ。ドライ国の依頼で遺跡から金の女人像を盗み出した。それがどうかしたのか?」
「まずそれがひとつめだ。ドライ王からの依頼で、像を元の場所に戻してこい、だとよ」
「えぇ……。受け取った時はあんなに上機嫌だったのに?」
そんな、せっかく掘った穴を埋めるような真似をさせられるのか、俺たちは。ドライ王族に対する好感度も下がりそうだよ。ドライ王族まで
「今は女人像の呪いでサンドマンが湧くようになったと思い込んでいるみてェだ。魔王とやらの仕業って線もあるってのにな。まあ報酬が出るならオレはなんだっていいがな」
「なるほど。ふたつめは?」
偶然かもしれないが、盗み出した同時期に嫌な事象が重なったなら縁起が悪いものな。そんな不吉だと思うものを手元に置いたままでいたくはないだろう。それなら納得だ。売っ払うよりかは元の場所に戻したほうが安心もできる。
ふたつめは何だろうか?
「例の《手鏡》の捜索だ」
「……マジで?」
「マジだ」
「マジかー……」
2年前、俺たちが盗み出した品のひとつに《呪いの手鏡》がある。前以って提示された報酬の額では少ないからと、オッジさんが独断かつ無断で遺跡から持ち出したものだが、あれは覗き込むと強さを数値化したり、名前を文字として写し出す奇妙な鏡だった。
俺はそんな
あんなものを探しに行かないといけないのか……。「どうして今更」という気持ちもあるが、あの場にいた者として俺も探索に参加するのは別に文句はないが……どうやって拾うつもりなんだ? 拾いにいけなかったから、なかった事にしたはずなんだが。防毒完全装備を纏って沼に入るのか、
「探すのはいいとして、毒沼はどうするんだ? まさか毒沼に立ち入って足元を調べて回るとかしないよな?」
「ンなワケねェだろ。呪文で毒を凍らせて、砕いた断片を運び出すンだよ」
その発想はなかった。たしかに、液体から固体に変えてしまえば毒沼の中を歩かずに済むし、大掛かりな装備や
そして運び出した氷片は、傾斜のある場所かつザルの上に置くなりすればいい。そうすれば比較的安全かつ確実に毒と手鏡を分離できる。要するに毒沼の移し変えだ。なるほど、これなら無理でも無茶でもない範囲だ。
「オッさん、頭良いな」
「あンだ、オメェはオレを何だと思ってやがる」
「仲間に決まってるだろ」
俺の返事がお気に召さなかったのか、オッさんはなんとも言えない
「よし。じゃあ、この話はまとまったな」
「えっ」
……のだが。俺は現パーティのサブリーダー(暫定)だ。そしてあくまでも
「あ?」
「え?」
しかし、俺の思いとは反してオッさんの
セシルちゃんも不思議そうな
「リーダーは勇者殿だ」
「ハァ? オメェじゃねェのかよ」
「俺にも色々あるんだよ……」
途中合流した新参者がパーティ乗っ取りとか
「あのぉ……オッジぃ、さんたちのお手伝いはしないんですかぁ?」
「うん、まあ、そういう話の流れだったけどね? 俺の一存で決めていい事じゃあないしな。一度、話を預かって、休んでから全員で話し合って決めようと思う」
「ま、道理だな。今すぐやるぞってワケでもねェしな。──だが、いい返事を期待してンぞ」
そう言って、オッさんはニカッと笑う。
俺は言葉ではなく、ひとつ頷いて返した。
さて、俺たちも塔の中に入って休むとしよう。
「それはそうと、今回の襲撃についてドライ王に報告しなくちゃならねェ。オメェたちも来い」
──っと思っていたら、まだまだ解放してくれないようだ。そろそろ勇者殿と離れたいんだが。
「オッさんだけでいいだろ」
「よかねェよ。アインのお姫サマも居ンなら、すぐにでも挨拶に行くのが筋ってモンだろ。どうせだから一度に済ませちまえ」
「そうだな……」
本来ならば個別に謁見するべきだとは思うが、防衛戦では姫さんの爆裂攻撃もあったから、たしかに結果報告に立ち会ったほうが自然だし当然ともいえる。塔のすぐ近くで爆破したから、中の人たちもあの爆音を耳にしているだろう。参戦後、たった数秒で方を付けた
問題は姫さんの態度だが、王族同士の会話ともなれば、少しはまともに話せるんじゃないかと思うが……こればかりは、なるようになる、しかないか? ツヴァイでは、
そのほかにも勇者殿の
「その前に、勇者殿のことを頼めるか」
勇者殿をドライ国に任せては、怪我を負っていないことから
「おうよ。そんな状態のガキを連れてったところで邪魔なだけだしな。──おい!
オッさんが大声で呼びつけてくれた女の子2人に勇者殿を引き渡す。間近で見るフィーア国の面鎧[*5]にセシルちゃんが若干怯えていたが、無い方が怖いんだよな……。
「装備の補填はどうされますか?」
「うーん、余裕があれば頼む。それくらい、いいだろ?」
「鎧着ねェで戦うとかバカだろ。むしろ着させろ」
ごもっともで。筋骨隆々なオッさんの鎧が勇者殿に着れるとは思えないが、オッさんの許可が出たということは、偶然にも勇者殿でも装備できる
「ってか、オメェも兜はどうした? なんで着けてねェんだよ?」
「……仮にも勇者一行に同行するのなら顔、というか頭を隠すなと言われていてだな」
「バカじゃねェの!?」
下手をすれば一撃で倒れることになる頭部を無防備にさらすとか、俺も心底、そう思うが、いつか勇者殿が言っていた「顔を見せることの周囲への安心感(要約)」というのも理解はできる。俺はそれを鎧の色と《Ⅱ》の刻印で示していたが「それでは足りない」と言われて泣く泣く──徒歩の旅ということもあり──装備を変更した。そうだ、今着ている鎧も全身型じゃなくて、胴などの急所や腕といった要所を守るだけのとても簡素なものだ。その分、動きやすくはあるのだが同時に不安でもある。
……馬車さえ、馬車さえあれば。
「……オメェ、なんでこいつらと旅してんだよ」
「おれにもいろいろあるんだよ……」
オッさんも言葉にできないほど呆れ果てているが、俺だって勅命がなければ同行なんてしていない。
「まあ、それはあとでもいい。おら行くぞ」
「ああ……。悪いけどセシルちゃんもついてきてくれるか? 勇者一行から2人だけってのは少し格好がつかない」
勇者殿の負傷をより演出するためにもセシルちゃんにはついてきてほしい。勇者一行で勇者殿だけが倒れた、という事実が必要なのだ。そのほうがそれっぽい。
そう声を掛けるとセシルちゃんは、運ばれていく勇者殿、何か考え事でもしているようにその場にニヤけ面で静かに佇む姫さん、そして俺を順番に見たあと、小さく頷いてくれた。
──さあ、いよいよドライ王との謁見だ(白目)。
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Save.06:謁見
「セシルちゃん。体調は本当に大丈夫なんだな? 打ち合わせどおり、辛くなったらいつでも合図をしてくれていいからな」
いまだ体調が悪そうな──多少軽くなったとはいえ
ドライ王との謁見にあたり事前に俺、オッさん、姫さん、セシルちゃんの4人で軽く打ち合わせを済ませてきた。あとは実際にやってみせるだけだ。……いい加減、俺も腹を括ろう。
「オメェも心配性は相変わらずだな」
「不安要素や不確定要素が大っ嫌いなんだよ」
あと
「が、がんばりますぅ」
「セシルちゃんはそこに居てくれるだけでいいからな。無理だけはしないでくれよ」
セシルちゃんと同じ目線の高さで会話するべく屈んでいた躰を立ち上がらせ、この謁見に臨む面々へと視線をめぐらせる。オッさんのパーティからは勇者一行と頭数を均等にする意味でも2人ほど出してもらっている。
姫さんはふんぞり返っていて、セシルちゃんは体調不良で、オッさんは呆れ顔。沈黙を守っているフィーア国の2人は面鎧のせいで表情が読み取れないが、まあ、心配するようなことはないだろう。(主に勇者一行が)万全とは(口が裂けても)言えないが、与えられた
「少々、心配しすぎではなくて? そう心配せずとも、交渉事であればわたくしが対応しますわ」
緊張や不安など
たとえば、何か提案したりされたりしたときに、それを遮ってまで言い包めたりとかしたらどうなることか。そのほうがどれほど良い結果になったとしても、出る杭は打たれるものだ。意図はどうあれ、遠まわしにその国を
「交渉事は姫さんの領分だしな。そこは俺も弁えている」
「ええ、交渉はわたくしがしますとも!」
姫さんはヤケに嬉しそうにしているが、なんなんだろうな……(思考放棄)。
「それにしても、控え室に通されるでもなく廊下でただ待たされるとは……
「どうなの? オッさん」
「オレが知るか」
おっ。オッさんも思考放棄か。奇遇だな!
だが、その
「で、でもっ、ツヴァイ国でも控え室へ案内されませんでしたけどぉ……」
「それは我らが
「……そこは評価してあげます。ですが、あちらに準備は不要であっても、こちらには必要ではなくて? 自分が良いからといって、相手も良いとは限らないでしょうに」
ドライ国の対応の悪さから、それまでなぜか上がっていた機嫌が逆に下がっていってはいたが、ツヴァイの
「やる前に準備は済ませろって、こったろ」
そして、オッさんの機嫌も悪くなる。元々ない愛想がさらに失くなった様子で、姫さんの発言を拾った。オッさんもツヴァイ国出身だから故郷のことを悪く言われて気を良くするはずがない。
「来賓をもてなすのも国としての威信に関わることですわ。──もっとも、下賎の者には少し難しい話かもしれませんわね」
「ケッ!」
そうやって無意味に敵を作るのも国としての威信に悪い意味で関わることだと、俺はそう思いますがね。俺の考え方は、アイン国の高貴すぎる姫には少し難しいのかもしれない。……ああ、早くも不安がぶり返ってきた……。
「あ、あのっ! 衛兵の人も居ないのは変じゃないですかぁ? 謁見の間に行ってから帰ってきませんしぃ……」
場の雰囲気を気遣って話題を変えようとしてくれるセシルちゃんが、この面々の中では一番好きだよ。自分だって体調が悪いのに、本当に健気だ。……衛兵といえば、そういえば塔の防衛戦に参加していたのはオッさんと俺たちだけだったな。ドライ国からは1人として戦力が出されていなかった。
まさか──
「衛兵といえば……なあ、オッさん。ドライ国の戦力って、まさか宮廷魔術士だけだったりしないよな?」
「オメェにしては気付くのが
「マジかよ」
ツヴァイ方面へと逃げてきたスーペルはドライ国の
しかし、ある程度は取り繕っておこう。わざわざ口に出さずともオッさんならば不審に思わないだろうが……「ドライ国の実質的な戦力は宮廷魔術士だけなのでは?」──この発想に思い至った理由付けをしておいたほうがいいかもしれない。話を聞いているのはオッさんだけじゃない。姫さんもセシルちゃんも、それからオッさんの仲間2人も聞いているし、どこで誰が聞き耳を立てているかも判らない。セシルちゃんが言うように衛兵たちの姿が見えないのは、俺たちの様子を探っているからという可能性も考えられる。手は打てるときに打てるだけ打っておいたほうがいい。保険はかけておくことに越したことはない。いざ事が起きてからでは遅いのだ。
「じ、じつはだな。
「なんだと? 魔具はどうした?」
「それらしい物は見当たらなかった。──そうだな? セシルちゃん」
「ふぇ? あっ……は、はいっ!」
「チッ……! 侵略者共に武器がひとつ渡っちまったか!」
俺の
これまでの出来事やオッさんの様子から察するに、勇者一行が参戦するまでの間もドライ側からは魔具の類いは一切使用されることはなかったと見ていいだろう。つまり、ほかにドライ国所属の魔術士も、その候補も予備の魔具もなかったということになる。予備も
あると仮定しても、まるで役に立たないといえる。勇者一行が駆けつけたとき、オッさんたちだけで戦っていたのがなによりの証拠だ。
……あれ、これ……かなりヤバイような……。
「大丈夫なのか、この国……」
魔術士スーペル一行の全滅なんて完全なでっちあげだが……それでも、それでも俺と彼らの命のために許してほしい。ないとは思いたいが、ドライ国が滅んだらどうしよう。いくら財政が傾きかけた国であったとしても、防衛戦力も傾いて実質重みゼロとか誰が予想できようか。国防だぞ、国の存続に大きく関わる問題だぞ、力を抜く分野じゃないだろ。なんでだよ。
「さァな」
「フッ、これだから下賎の者は。仮に魔具を奪われようとも、わたくしの炎の前には無力ですわ。魔具とは持つべき者が使用してこそ、その真価を発揮するのです」
「ンなこたァわかってる。ドライ国に手札が失くなったのが
たしかに、思い入れもない国に──多少の負い目はあるが──縛り付けられたくはない。はやく魔王を暗殺して姫さんのお
ちょうど話に区切りがついた具合で、廊下の曲がり角から衛兵がやって来る姿が見えた。
「──ハァハァ、それでは謁見の間へ案内させていただきますっ!」
角を曲がったと同時に小走りになったのは見なかったことにしよう[*2]。
「
ヒョロガリな
姫さんのせいで、他国の王族に対してつい
「防衛戦の結果報告にきやしたぜ」
「うむ。なにやら派手な音が聞こえたが、あれはなんぞよ?」
挨拶も
「ヘェ。アインの姫君たちが呪文で加勢してくれたもんで。おかげですぐ片が付きやしたぜ」
「ほぉ~、そちがアインの! 大変
この報告に「待っていた」とばかりにドライ王は目の色を変え、座っている玉座の肘掛に両手をついて身を乗り出した。腐っても一国の主。失った戦力を補充できる機会を見逃さず、確保しようと動き出したな。でもその戦力、味方にも牙を剥きますよ。
「わたくしの名はソフィーリア・ラウンド・アインですわ。貴国の噂は
「なぜだっ!? か、金ならあるぞっ!」
「お金には困ってはいませんわね」
「ならば夜はどうだっ! 夜も満足させる自信はある!」
突然の求婚にも姫さんは冷静にこれを返す。正直、交渉条件に生々しい事柄を持ちだすのはどうかと思うが、ここまでは想定どおり。打ち合わせ──という名の展開予想会──どおりの展開だ。
なんだよ、姫さんも
「それも結構ですわ。すでに夜はこの者に満足させてもらっていますもの」
「……え?」
「は?」
「えっ」
「!?」
──と思っていたのだが、姫さんの発言によって突如として場の空気が凍り付く。
なぜか姫さんは俺の腕を捕まえながら、若干、頬を赤らめている。
ほかは信じられないものを見たといった
俺だって信じられないし、信じさせたくもない。
やめてくれよ、俺とあんたは
死ぬ! 俺、死んじゃう! 死んじゃうから!
「あまりにも気持ちが良くて……毎夜のことながら、声が抑えられませんの。フフ、あれは一度味わってしまったら
いやいやイヤイヤ嫌々
問題は、この言動を周囲の人間がどう受け取るかだ。額面どおりに受け取れば、俺と姫さんは
では、ここで否定したり誤解だとしてしまったらどうなるか。
A.
B.マッサージ未満の男だと評されたドライ王が激高して三ヶ国の関係が険悪になり、俺は死ぬ。
C.身分の差からマッサージは隠語だと勘違いされる。
D.奇跡的に流血沙汰にならずに場を収め、王族御用マッサージ技師としての人生を歩み出すも、なんか陥れられて死んでいそう。起きないから奇跡なのである。つまりは死は必然である。俺は死ぬ。
やはりというべきか、どうあがいても絶望である。死ぬ未来しか見えない。誤解を解くに解けず、かといって肯定するなど
「な、なななっ、なんとハレンチな……ッ!」
ドライ王の
「ええいっ、そこへ直れ! キサマのような性根の腐ったクズは叩き切ってやる!」
「ひえっ」
激高するのは、あんたかよ。王の御前で軽々しく剣を抜かないでいただきたい。直後に何かが倒れる音が近くから聞こえたが、セシルちゃんが腰を抜かしたのだろうか。目視確認をしたいところだが、刃物を持った危険人物を前にして視線を逸らすなんて恐ろしい真似はできない。なんだ、熊の対処法[*4]か。
「国を守った褒美が《死》ですかい。戦力の1人も出せなかったドライ国が、オレたちと一戦構える気で?」
そして、剣を抜かれた以上、無防備のままで居るわけにもいかない。オッさんは武器を構え、俺も雑用ナイフを取り出す。味方であるフィーア人の片方も剣を片手に、守るように俺と姫さんの前に移動してきた。もう片方はセシルちゃんの守護に回っているのだろうか。
魔王軍の進攻によって滅亡するのではなく、まさか俺自身の手でドライ国に終止符を打つことになろうとは、違う意味で言葉にも出来ねえよ。
「まさか、魔王軍に寝返りを……!? 売国奴にかける情けなど──あふっ♡」
あ、姫さん。あんたは何もしないでいいです。とりあえず片手で抱き寄せて、その意思を示す。本当は口に手を回して呪文封じをしておきたいところだが、ナイフを片手にそんな真似をしたら、まるで姫さんを人質にしているような構図になってしまうので残念ながら却下である。これが今の俺に出来る精一杯だ。
「ち、違うのだ! こやつは剣を自慢したかっただけぞよ! ははは、こやつめ、ははは」
「むぅ……! し、しかしっ!」
「いいから早く剣を収めよッ!!」
命が惜しいのはドライ王も同じのようで、主君直々の命令には逆えず、渋々ながら時衛騎士の女は剣を収めた。──だが、俺もオッさんたちも態勢は緩めても武器は収めない。一度こうなってしまった以上は、この状態はしばらくは続くものだ。判りやすい疑念と警戒の意思表示である。
「そうですかい。──で、国の守護の象徴である時衛騎士を動かさなかったのは、どういった理由で?」
それは俺も思った。時衛騎士とは、12ある国々の軍事的な意味での象徴となる役職および人物だ。元々はこの大陸にかつて存在していた、自衛を主義に掲げた軍隊が、時代の移り変わりと共にそのあり方を変化させていったとされる。侍衛と自衛、そして国々と大陸を時計[*5]に見立てて《時衛騎士》と呼ばれるようになったんだが……そのわりには、さっきの戦いでは見かけなかったよな。
いいぞ、オッさん。そのまま話をうまく逸らしてくれ。時衛騎士の
「
お前が答えるのかよ。主は護っても、国は守らないんですね。いや両方守れよ。それか国を守れ。結果的に主の助けになるだろ。
なんだろう、
「うむ。余が倒れてはドライは終わる。それだけはあってはならぬ」
ドライ王がもっともらしく深く頷いて同意を示しているが、あんたが倒れなくてもドライは終わると思います。だから色々と必死なんだろうなぁ……。だが俺も自分の命と自由は惜しい。元はと言えば、あんたが
「そいつァ理由になってませんぜ。今回はたまたまオレらが居合わせたからなんとかなったものの、次はどうするつもりなんだか」
オッさんも俺と似たような結論に行き着いたのか、追及の手を緩めたりはしない。俺たちが塔を守ったという事実と、そんな俺たちに剣を突きつけたことを強調することで以後の交渉を有利に進めようともしているようだ。防衛戦力ゼロって事実だけで、すでに優位に立っているといえなくもないが、それではドライ国に囲い込まれる可能性は捨てきれない。いや誤解でも考えなしに刃を向けてくるような国に尽くす気はないが。
「う、うむ。そなた、いい躰をしとるな。
とか考えていたら、すぐさま打診がきた。あんな事があった直後なのに勧誘できるのか。
「背中を切られる職場は遠慮しやすぜ。──で、戦力を出さなかった理由は? 利用するだけ利用したあとに始末する予定だったとか? ……そいつァいけませんなァ。オレたちも身の振り方を考えたいンですよ。そのためにも、ちゃァんとハッキリとおっしゃってくだせェな」
しかし、オッさんは言葉を繰り返す。この場に渦巻いているのは
「……どうしても言わないとダメか?」
「ええ、もちろん。オラァ、時衛騎士サマの活躍が見たかったンですよ。なあ?」
「そーですね」
「くっ……!」
もうごまかせないと観念したのか、時衛騎士が意を決して口を開く。
「……生理だ」
そしてまた、場の空気は凍り付く。
「だって、お腹痛いんだもん!」
「……ケッ、これだから女は」
「オッさん、その発言、危うい。もっと配慮してあげて?」
「配慮されるべきはオレらだと思うがな。自己管理も出来ねェ女とか
「いや無理だろ。自然現象のようなものだぞ」
女性国家であるフィーア国の食客をやっているのに強気だな。あんたのお仲間11人、すべて女の子ですよ。気楽に言うなよ。オッさんといえど、軽率な発言は身を滅ぼすぞ(あつい手のひら返し)。
「だから対策を立てとけって言ってンだ。オレもオメェもフィーア国もそうしてきただろ。何かに備えンのは基本だろうが。役に立たなくなる時があるって判ってンのに何もしねェとかよ……」
口には出せないが、それは雇用主であるドライ王の仕事だと思う。戦力確保
「やめだ、バカらしい。オレたちゃァ、これで降りさせてもらいやすぜ」
毒気を抜かれたのか、それとも計画どおりなのか、オッさんはげんなりした様子で武器をしまう。俺もとても
「──はっ!? ま、待て! 待つのだ! それは……困る」
その様子に完全に見限られたと思ったのか、それまで唖然としていたドライ王は我に返り、必死に
「そなたを新たな時衛騎士に任命しよう! ど、どうだっ? これなら、どうだっ?」
「なっ──?!」
そして今度は時衛騎士ちゃんが絶句する番だ。「解雇理由:生理痛」とか、ちょっと理不尽だよな。生まれ持った
「フゥ……、見苦しいですわね。ドライ国からも助力を得ようと思いましたが、これでは期待するほうが酷というもの。配下の管理も出来ていない国に頼るほど、わたくしは落ちぶれてはおりませんわ」
そんなドライ側の事情など知ったことではない姫さんは、オッさんに代わって冷徹にもトドメを刺した。せめて支援物資やら支援金くらいはもぎ取ってもいいとは思うが……付け入る隙になってしまうか。どのみち俺に発言権はない。姫さんの決定を素直に受け入れるとしよう。
「の、望むものはなんでも出そう! だから余の后に──」
「では、あなたの后にならないことを望みます」
……すげーな、その返し方。なおもすがりつくドライ王に「望みは何だ?」と訊かれて「望まないことを望む」と返すとか。大口を開けて苦悶の様相を浮かべた、この世の終わりのような絶望した表情でドライ王が固まったぞ。うまいこと断れた……のか? その返し方ができるなら、初めからそうしてほしかった。俺とあんたに
……だが、これでようやく落ち着けそうだな。場の雰囲気を見るに謁見いや交渉はここで打ち切りだろう。何はともあれ、少しでいいから休みたい。精神的に疲れた。国境の森の放火事件から、時間でいえばまだ1日も経っていないのにこの密度。今日は厄日か。過去最高(最低)のやらかし具合だったな(過去形)。「だった」で終われ。終わらせてください。
「ご心配せずとも、女人像の返品依頼だけはやらせていただきやすぜ」
「これ以上、話すことはなにもなさそうですわね。
オッさんと姫さんの言葉を残し、俺たちは謁見の間を後にした。
未完作となった経緯について。
勇者の末路の変更:
実は本来予定していた勇者の末路があまりにもあんまりだったので変更しました。いくらなんでも攻めすぎだし、読み手側にもつらすぎる展開だったので……。下記はその簡易プロットです。
1.姫の火炎呪文に巻き込まれて負傷
2.セシルの回復呪文を受けられない状況に陥る
3.時間が経過しすぎて負傷判定の対象外となり傷跡が残る
4.傷跡が増えていって、女性陣から忌み嫌われるようになる
5.勇者が勇者として成長する、ガイだけが最大の理解者となる
別作との兼ね合い:
小説を書くときは、いわゆる脳内エミュレートを行っています。犯罪心理学者が凶悪犯の研究をし過ぎて狂うアレです。筆者の精神を侵食してきたので執筆を中断していました。なろう風やモンスター図鑑が短編形式なのもそこら辺が影響しています。また、あちらは短編と制限することでエター回避も兼ねてます。さらに言えばモンスター図鑑は本作と世界観を共有していたりします。
更新再開の見通しについて:
いつまで生きていられるか分からない状況となったので、申し訳ありませんが未定となります。
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