こちら環境省超自然災害対策室総務班でございます! (パプリオン)
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episode 1 転生

「大好き、黄泉お姉ちゃん……おかえりなさい」

 

「私もよ神楽…貴女を悲しませることをして、本当にごめんね。

 

……ただいま、神楽 」

 

漸くその言葉を神楽に伝えられた黄泉は、心が満たされていくのを感じていた。

 

二人の間に、それ以上の言葉は要らなかった。

あまりにも残酷な運命を遂に乗り越え、お互いを抱き締め合った二人はまるで……まるで、本当の姉妹のようだった。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

「よし…出来たあ!」

 

薄暗い部屋のなかで欠伸混じりにそうごちる。

 

物語を完結させる〆の一文を遂に打ち込めたことに、ある種の感動と興奮を覚えていた。

 

「あとはこれを上げて…と」

 

数千字の文章を纏めて大手小説投稿サイトに投下する。そこまでやって感じるのは、ひとしおの感慨深さ。

 

当初一ヶ月程度で書き上げるはずだったこのシリーズは、気づけば構想が膨らんでいき、完結まで2年もかかってしまった。

 

二次小説執筆時特有のスランプと放置期間を乗り越え、ついに完結した救済モノのss…

 

振り返ってみれば、我ながらよくモチベーションが続いたものだと思う。

この分量の話を書ききれたのは…やはりこの作品に対する過分な思い入れがあったからだ。

そしてそれ故に、俺が書き上げた話は当初の想定の10倍程の分量になってしまった。

 

 

 

だが、まあ何にしても完結は完結だ。

俺はもう少しだけこの余韻に浸っていたかったが、外の真っ暗な景色に少しだけ薄明かりが混じり始めているのを目の当たりにして、慌てて寝床に就こうとする。

 

__明日も会社なのに、盛り上がっちゃったんだよね。

 

話の最終回を書くに当たって脳内アドレナリンはドバドバ出まくり。まあ寝るくらいなら一文字でも多く文字を書きたい衝動に駆られ…

 

結果的には寝る時間を惜しんでパソコンで小説書いてた。

そういうと結構ヤベー奴に聞こえるな。

 

 

 

が、しかし今だけは。

明日も仕事だとかいう辛い現実は頭の片隅に置いておき…今だけは、自分の書いた二次創作で成立した、原作になかった(・・・・・・・)ハッピーエンドをただただ享受したい。そんな気分だった。

 

 

 

……それでも所詮、二次創作は二次創作。

 

どれだけ妄想をしても、それがフィクションに過ぎないということだって、どこかでは理解していたんだ。

俺だって、もうそういう区別を出来なければならい、大人なのだから。

 

だから次に目を開けたときにはもう、この夢見心地から覚めて現実に臨まなければならないのだ。

そう。いつも通りの、日常に……

 

 

 

 

 

 

__いつも通りの、日常。

 

たしかに俺はこの瞬間まで、自分の意識を保てていた。

 

いつもの時間に起きて、電車に乗って、会社に行って。

いつもように仕事をして、残業をこなして…

 

スマホを片手にどうでもいいことを考えながら、家に帰る。

 

 

 

……いつも通りの、日常だった。

 

 

 

 

 

その筈だった。

 

 

 

 

 

「…」

 

気付いたときには、俺の体は元居た所から10mくらい離れたところに飛ばされていて。

俺を跳ねたトラックは、自分の顔を動かせないために拝むことも叶わなかった。

 

視界に映るのは、夕暮れに沈んでいく空。

 

周りは野次馬が集まっているのだろうか。やけに騒然としている。

 

体を動かそうとしてみたが、動いているのかどうかも分からない。

痛みは…何も感じなかった。

 

不意に『死』という文字が脳裏に過り、必死にそれを払拭する。

 

……ひょっとしたら、これは何かの悪い夢かもしれない。

本当はとっくに家に帰っていて、俺の体はベッドの上に在るんじゃないだろうか。

 

頭がいつも以上にぼうっとするのを堪えながら、"起きろ" "目覚めろ"という信号を脳に送ってみる。

 

 

だけど…何度それを繰り返してみても、夢の世界から醒めることは、適わなかった。

 

「…」

 

 

…そう、だよな。夢なわけがない。

何かを呟くこうとしてみても、口からは赤色の液体が出てくるばかり。

 

痛みがないことだけが、唯一の救いだったのかもしれない。

 

 

終わりの時が近付いている。

 

自分でもなんとなく、それが分かった。

 

多分俺は、死ぬんだ。

 

 

はぁ…まだやりたいこと、色々あったのになあ。

 

 

家族やら友達やらのことが頭に思い浮かび、そして消えていく。

ああ、走馬燈なんてものは本当にあるのだな。そんなことを思って、どこか感慨のようなものに浸りながら……

 

 

 

微睡んでいく意識のなかで、俺はゆっくりと瞳を閉じた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぃ」

 

「…」

 

「…い、……さ…い」

 

「…?」

 

一体どうしたことだろう。寝起きと全く同じような感覚で、意識が急速に覚醒していく。

 

残念ながら俺は死んでしまいました。なので声をかけてもらっても無駄ですよ。

 

「…きて、起きて下さい!」

 

「…」

 

いや、そんな耳元で叫ばんとってください。だか死体に口なしなので、五月蝿いと反論することも出来やしない。

 

「起きないと話が進まないでしょう?……このハゲー!!」

 

…ハゲ?ハゲだと?

ふざけんな!俺ふっさふさだわ!

顔も性格も何一ついいとこないけど髪の毛だけはあるわ!

 

「チッ、まだ起きませんか。それならば…この童貞!童貞ッ!!童貞ッ!!!」

 

グッハア!それは致命的な一撃…

美少女に言われたらクッソ興奮するけど(ドM男並感)。

だがしかし野郎に言われても全く嬉しくないのが世の常である。

 

「お前はああ!どれだけ私の心を傷つけるううう!!」

 

思わず目を見開き、起き上がった。俺を童貞だと馬鹿にしやがった野郎に、一言もの申すために…!!

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

………

 

 

 

 

あれ?

 

「……なんで起き上がれるの?」

 

感想をそのまま口に出してみると、目の前にいた__恐らくはさっきまで俺に罵声を浴びせてきていた__少年が、にこやかにいい放ってきた。

 

「貴方は一度死にました。もう一度人生やり直しませんか?」

 

な、なんだその台詞は!どっかで聞いたような…あそうだ、あの大分昔に映画の予告で聞いたやつじゃん!

 

あの素人声優っぽい関西弁の奴が言ってたやつだ。CMで何回も聞いた覚えがあるぞ。

 

 

 

 

 

……やり直すって、なに?

 

「あの、ここは…」

 

よくよく冷静になって辺りを見渡すと、俺とこの少年以外、全てが真っ暗闇に包まれていた。

まるで、夢の中に出てくるような…そう、現実ではあり得ない世界観だと断言できる。

 

「まさか、ここって本当に…死後の世界なのか?」

 

最初は夢でも見ているのかと思った。

だが、意識の覚醒に伴って徐々に鮮明となった、最期のの瞬間の光景。

あれを『夢だった』で片づけるのには…どう考えても無理があったのである。

 

「この場所は、あの世とこの世の境です」

 

「あの世とこの世の…」

 

ってそりゃ犬夜叉ネタだろと突っ込もうと思ったが、おそらく俺は本当にその場所にいるんだろうな。

シャレになってねぇよ。

 

そうか…やっぱ俺、助からなかったんだな。

でもって、死後の世界って本当にあるのね。

 

 

だけどその話が真実なら、俺はこれから天国に行くか地獄に行くかの振り分けでもさせられるのか?

 

…あの、もしそうなら天国に行きたいのですが。

短い人生を軽く振り返ってみて、そこまで悪いことはしてないと思うんだけど…

 

ただ俺は他の人と比べて格段にコミュ障だったし、パリピ勢じゃなかったし…死後の振り分けが陽キャポイント加算式によるものだったら、ちょっとヤバイかもしれない。

 

陽キャポイントってなんだよ(哲学)

 

 

「おめでとうございます!」

 

「は?(威圧)」

 

 

妄想が自己完結したところで、目の前の少年は爽やかな笑顔で祝福してくれやがりました。

 

おめでとうっつったか?こいつ今そう言ったな隊長?

こちとらあんな死に方したっていうのに許さんぞ!死後の喜びを知りやがって…

 

こちらが堪え切れぬ表情を見せていると、少年はそんな心情を見透かすかのように、さらに口を開いた。

 

「貴方の行くところは…天国でも地獄でもありません」

 

「えっ」

 

やだ、何それ怖い。

 

「最初に申し上げた通り…貴方にはやり直していただきます」

 

「は?…は?」

 

いよいよ頭が弾けそうになる。確かにこの子はさっきそんなことを言っていたが…

やり直すってのは一体全体どういう了見だ。

 

一度死んだ人生をやり直すってのはフィクションの世界観である。世にも奇妙な物語となろう。

 

ちなみに槍でやり直そうとしたのは碇シンジ君である。

アレの続編見てから死にたかったな。

 

だけど、どうやら彼の話じゃ俺は生き返れるらしい。ほんとぉ?(疑念)

 

「じゃあ、俺は死んでしまったけど…元の世界に生き返らせてくれるってことなのか?」

 

「…」

 

ドヤ顔で首を横に振る少年に、思わずズッコケた。

違うのか…(困惑)

 

「あのなあ、それじゃあどういう…」

 

「よくご存じのはずです。だって貴方は、そういう世界を数多く『見てきた』のだから…そうでしょう?」

 

「いや全然」

 

即答した。

こちとら只のクソザコ一般サラリーマンだぞ。そんな某平成10作目の仮面ライダーのように、パラレルワールドを行き来できる特殊能力なぞ持っていないわ。

 

ましてどこぞのクロスオーバー小説のごとく、物語の間を往き来して絶望の世界を救うだとか、そんなことだって当然できない。

…何度も言うが、それはフィクションの世界だ。

 

 

まあ、確かに俺は生前そういう妄想をよくする人間だった。

 

俺的には鬱エンドの作品に介入して歴史を改変する小説とかが特に大好物である。

 

 

 

……あれ、もしかして『見てきた』ってその事を言ってるの?

 

転生モノのssばっかり『貴方は見てきた』ねって、そう言いたいの?

ああなるほどね。それなら納得ですわ。

黒歴史にしたいくらい恥ずかしいことをわざわざ指摘してくれてありがとう。

 

「そう、いわゆる転生…というものです。

これから貴方にしていただくのは」

 

「転…生……?」

 

急に真剣な表情を取り繕う少年に、俺はたじろぐことしかできなかった。

この子、本気でいってんのか?

だとしたら…

 

途端に自分の中のテンションが上がっていくのを感じた。

 

「ひょっとしてアレか、最近俺がよく見てたssハーメルンみたいな展開か?

生まれ変わってアニメやら漫画やらの世界で無双するやつか!?そうなのか!?」

 

「お、落ち着いてください!

…ええそうですとも。最初に言ったでしょう、貴方は選ばれたのだと」

 

「選ばれた…俺が…?」

 

 

それが本当なら、確かに彼の言うとおり物凄いことだ。社会人ながらいまだに中二全開の妄想をしがちな自分にとって、願ったり叶ったりの話である。

 

しかし、そんな歓喜の非日常をちらつかされて、俺の頭は若干の冷静さを取り戻していた。

 

「あの…一つ質問しても?」

 

「はい、なんですか?」

 

「…どうして、俺なんでしょう?」

 

どうにもその部分が釈然としなかった。

死んだことも、ここが死後の境であることも受け入れられた自分だったが…

 

1日の内に、世界中でおそらく何千何万を超える人達が何らかの形で死んでいく。それは自然の摂理である。

しかしその中から今の自分みたいに転生者に選ばれる人なんて、間違っても多いとは言えないだろう。

特に何の才能もなく普通のサラリーマンをやっていた自分が…選ばれた?と言われたが、そこに係る違和感というのが、どうしても拭いきれなかっのだ。

 

「簡単なことですよ…その理由は、ね。生まれ変わった先の世界を見れば、きっと理解することができるはずです」

 

「ん…?ということは、俺のが転生する先の世界ってのは、もう決まっているのか?」

 

「いいえ。選ぶのはあくまでも貴方自身…しかしあなたの未来に繋がる道は、恐らくは一本道なのです」

 

「…う…ん?」

 

なんだろう、どうも釈然としないというか…噛み合ってないというか……

 

 

まあ、一先ずはよしとしよう。今はそうせざるを得ない。

 

 

「ともかく俺は、これから好きな世界に行けるってことだよな?」

 

あのssハーメルンみたいに!ssハーメルンみたいに!(ステマ)

 

「え、ええ。行く、というよりは"生まれ変わる"という言葉の方が、正しいのかもしれませんが」

 

成る程。言葉通り"転生"だからな。

まあどちらにしても、今自分が体験しようとしていることは妄想か二次創作レベルの凄いことである。

 

…そういうとあまり凄くなさそうになってしまうが、とにかく凄いことなのだ。

 

自分がアニメや漫画の世界に入り込める……それを考えるだけで、ついさっき死んだというショックが和らいでいくような気がした。

まあ、いまこうやって意識もあるし、死んだって実感が全くないのもあるんだけどな。

 

 

 

ともかくこちとら、行ってみたい世界は山ほどある。

瞬間的に思い浮かんだのは、ブリーチだとかナルトだとかの、王道を往くジャンプ世界だ。

 

アカデミー生の時点で火影クラスの力を持ったり、破面になってハリベルとかと仲良くなる展開ね。ええ、大好きですとも。

 

もしくは少々捻ったパターンで…コナン君の世界にトリップするなんてのも悪くないな。

その手のssだと大体米花町の住人になって必然的にコナンくんと絡んでいくよね。どれも名作揃いだ。

 

あとは…俺の大好きだった作品、犬夜叉の世界とかならなにも言うことはない。

俺が自らの手で悲劇のヒロインである桔梗を救った(妄想をした)のは、一度や二度ではない。

奈落の魔の手から颯爽と桔梗を救い出す謎のヒーロー!!みたいなぐへへ……

 

「やっぱりそんな妄想ばっかしてたんですね貴方は。益々転生者としての役割を果たすにはぴったりだと思いますよ、ええ」

 

フフフ…そうだろう。こちとら休日とかはもっぱらそんな妄想ばっかしてんだぜ?

一人っ子の妄想力舐めんじゃねぇ!!

 

…あれ、目から溢れてくるこの涙は一体何だろう?

 

 

 

「涙、ですよそれは」

 

…言わんでよろしい。

ともかく気を取り直して。とっとと行く世界を決めよう!

 

「……ふう」

 

うん、やっぱりそうとなれば、俺が望む世界は一つしかないよな。

 

「よし決めた!行く先も、覚悟も決めましたぜ、妖精さん」

 

「や、誰が妖精さんですか。一応神様的なポジションですからね僕」

 

あ、そうなんだ。

でも神様的ってなんだ。神様と明言はしないのか。

そこはフワッとさせたままなのね。

 

「…ともかく、決まったみたいですね。それじゃあ__」

 

「あ、そうだ。ちょっと待って」

 

(唐突)に、少年の言葉を遮る。

 

大事なことをすっかり忘れていた。

転生者ならではの"アレ"について、先に確認しておかねばなるまい。

 

「…なんですか?」

 

「俺には、どんな能力がつくんです?」

 

ゲス顔を隠そうともせずに聞いてみた。だってこの手の話なら超大事なことじゃん?

例えばナルトの世界に行って、忍術が何一つ使えなかったら全く意味が無いわけでして。

 

俺がよく見る転生モノの醍醐味というのは、原作知識とチート能力を遺憾なく発揮して、あらゆる鬱フラグをクラッシュしていく痛快さにある。

健全な男子なら誰もが一度は想像する妄想だ。教室室に侵入してきたテロリストを自分が撃退しちゃうアレだ。

 

「……」

 

ぽよ?

なんか、思いっきり目を反らされたんですけど。

 

「あの、聞いてます?俺の能力…」

 

「それじゃあ行きますよ!!カウントダウン開始!!

 

3!!

 

2!!」

 

「や、ちょっと!なんでいきなりカウントダウン!?俺の質問に答えてよ!」

 

大体特殊能力の一つもなきゃ、転生したところで__

 

「1!!」

 

てかまだ行きたい世界を明言してないんだが!!本当にこの子は分かってるの!?

 

「ゼロ!!!!」

 

それ以上言い返せる間もなく、俺の周りが光に包まれていき、意識が再び薄れていく。

 

「……!…!」

 

くそ、こんな強引な仕方があるかのかよ…!

 

 

 

 

__思い返せばこの時、この少年は…

 

 

 

「……は」

 

 

__きっと、分かっていたのだろう。

 

 

 

「俺、は…」

 

 

__俺がずっっっと考えてきたことを。

 

 

 

「俺は……」

 

 

__10年間片時も忘れられなかった、あの世界のことを。

 

 

 

 

 

 

「喰霊の世界に、行きたいんだあああ!!」

 

 

 

__だからよ。せめて話くらい、聞いてくれよ……

 

 

 

 

 

 

 



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episode 2 邂逅

初登校です。


__俺がこの作品に出会ったきっかけは、本当にただの偶然だった。

 

アニオタ全盛期だった当時、俺は深夜アニメを片っ端から視聴するというよく分からん蛮行を繰り広げていた。

喰霊-零-という作品も、あくまでその膨大なアニメのうちの1つ…始めはあくまでその認識だったのだ。

 

第1話のラストで、あのシーンを見るまでは。

 

『諦めてって、言ったでしょ?』

 

どこをどう切り取っても主人公格だったキャラクター達は、エピローグのラスト3分足らずで惨殺された。本当に全滅してしまったのだ。

そのあまりの急展開もさることながら…俺はそれをなしえた()()()()に、心臓を貫かれるような衝撃を覚えたのである。

 

その時の感覚を、俺は今でもよく覚えている。

 

__彼女(諫山黄泉)という人物をマジで好きになってしまった、あの瞬間を。

 

 

 

 

 

 

 

「……っ」

 

瞼越しに差し込む光を感じる。

意識が戻り、一番始めに取り戻したのは視覚だったらしい。

次に聴覚が働き始め、電子的なピッ、ピッという機械音を耳元で確認する。

 

「ここは…」

 

つい先程まで自分に起きていた出来事は、鮮明に記憶に残っていた。

つまるところ俺が望んだ第2の人生は、この場所からスタートするということなのだろう。

 

期待に胸を膨らませながら、目をうっすらと開け__

 

「……知らない天井だ」

 

"転生したら言ってみたかった言葉"第6位のセリフを開幕一番にぶっこむことが出来た。

 

 

よし、先ずは状況を整理しようか。

今の自分には、はっきりとした意識がある。事故に遭った時の朦朧さが嘘のように、それはもうシャキッとしている。

 

そこから導かれる最良の解釈は、あの神様的なキャラとの邂逅が本物で、異世界転生が無事成功したという展開だ。

それならば問題ないどころの騒ぎではない。

神さまに後で菓子織持ってお礼に訪ねるレベルのスゴいことだ(KONAMI感)

常日頃そんな妄想ばっかしてたヤベー人間代表である俺から言わせてもらうなら、この出来事はまさに奇跡と呼ぶに相応しいものである。

 

……しかし。

 

俺はそれ以外に、もうひとつの目も覆いたくなるような展開も考慮に入れなけれらならなかった。

 

それはこの世界が、喰霊の世界ではないというパターンだ。

仮にそうだとしたら死後のあの邂逅は全部夢オチということになり、もちろん訴訟(起訴)では済まされん話なのだが…

俺としては、こちらの可能性を決して否定しきれないというのが正直なところだった。

 

なんせあんなテンプレみたいな転生の仕方、本当にあり得るものなのか?

トラック事故死で神様みたいな人と出会って行きたい世界に転生するというのは、俺が死ぬ前にさんざん読み漁っていた二次小説の展開そのままなのだ。

そもそも転生を成し得るということ自体、冷静になって考えてみればありえないフィクションなわけであって…

 

……ええい、ままよ。こんなところで考え込んでいても仕方ねえ。俺は自分の姿を見るぞ!!

 

転生をした『自分の姿』にはお決まりとして二つのパターンがある。

 

まず一つ目にありえるのが、自らが原作キャラの一員に生まれ変わっているという展開だ。

簡単にいうと、転生先がその物語の主人公だったり、意外な脇役だったりするような『憑依』タイプ。

これなら鏡を見るだけで、自分が転生したかどうかすぐに分かるはずだ。

ちなみに喰霊の世界の主人公は女の子である。ワンチャン性転換もありうるな。

 

二つ目の可能性は、元々その世界に居なかった人物になるというパターン。

人はこれを『オリキャラ路線』という。

この場合の多くは神様にもらったチート能力をいかんなく発揮して原作キャラを驚愕させるまでがテンプレだ。

 

仮に 『憑依』タイプ であるなら、鏡を見てすぐさま転生したことを証明できる。 『オリキャラ路線』 タイプであったとしても、十中八九生前の姿よりも美男美女に生まれ変わるのが常識だから、安心して第二の人生を楽しめるというもの。

 

原作キャラかイケメンになっていれば俺の勝ち。そうでなければ……この話は無かったことにして終わり!閉廷!!解散解散!となるわけだ。

「……よし(適当)」

 

俺は長時間の思考に区切りを打つと共に、一抹の不安と期待を胸にして体を少しずつ起こしてみようとした……

 

「が…!!」

 

あかん。

 

い、痛い痛い痛い!!死ぬほど痛い!!!!

 

なんだよこれ!痛すぎて体をまともに動かせない!?

激痛なんてレベルじゃねーぞ!どうなってんのこれ?

普通でいったらここはすんなりと起き上がれる所でしょうが!転生して早々に体が痛すぎるって意味ワカンナイ!

 

これじゃあまるで、さっきまでの話が全て脳内で起きていた妄想で、俺は単に事故に遭って奇跡的に一命を取り留めただけみたいじゃねーか!

 

 

 

 

……

 

 

いや。

 

 

いやいやいや。

 

 

う、嘘だよな?自分で言ってめちゃくちゃしっくりきちゃったけど、そんなわけないよな?

 

俺は転生したんだ…誰が何と言おうと転生したんだ!

そ、そうだ。まだ自分の姿だって見ていない。

さっきから自分の声も顔の感覚も事故る前と全く同じような気がしてならないんだけど、それは気のせいだって私、信じてる!

 

それで、とりあえず起き上がろうとした直後の激痛に身悶えていると、俺のベッドの横で物凄い勢いで二人が立ち上がった。

 

「!?」

 

というか他に人いたのね…

その反応にちょっとビビったが、驚きのリアクションはその二人のほうが明らかに大きくて。

俺は肝心の相手の顔を確認しようと、精一杯顔を横に動した。

 

「……」

 

そして、今度こそ唖然としてしまった。

 

「目が覚めたのね…!?」

 

「本当か、"涼"!!」

 

「ああ、良かった…良かった……!!」

 

自分の目と鼻の先には…泣きじゃくりながら歓喜の声を上げるうちの両親がいた。

 

 

 

 

……

 

 

ちょっと待ってもう一回確認させて。

 

『自分の目と鼻の先には…泣きじゃくりながら歓喜の声を上げるうちの両親がいた。』

 

うん、やっぱり間違ってなかったね。

 

あれーおかしいね、親の姿が変わっていないね?あと呼ばれた名前も聞き馴染みのあるものだった気がするよ。

父と母、この二人の親から生まれてくる子供のことを、俺はよく知っている。

それは俺だよね。

 

 

 

ざんねん!! おれの ぼうけんは これで おわってしまった。

 

「ちきしょ…がぁっ!?!?」

 

「無理しないで、しゃべっちゃダメよ!」

 

「安静にしてなさい!…今医者の人を呼んでくるから!お前、涼を頼む!」

 

「ええ任せて!」

 

思わず叫びかけて、先程の二の舞とばかりに身体中に激痛が走り、悶絶。

そんな俺を心配しつつものすごい勢いで部屋を飛び出していった父親の姿を尻目に、我が母親は言葉通りわんわんと泣き出す。

 

実家のような安心感。

親の顔より見た光景。

というか、本物の親。

 

死後まもなくして目覚めた筈の光景は……

俺が元に生きていた世界、そのものだった。

 

 

 

いやー、たまにあるよね。幸せな夢から覚めてそれが現実だったと一瞬錯覚しちゃうこと。

 

わかってはいたよ。わかってはいた。

あんなテンプレ同然の転生が成り立つわけがねぇってことぐらい。

死んで神様が出てきて別の世界に行くっていう二次創作で数千回は使われているような展開がリアルではありえねぇってことぐらい。

 

それでもさ、期待しちゃうのが常ってものじゃん?

どうせ老い先短い人生なら、そういうイレギュラーな体験をしてみたいって思うのが性ってやつじゃん?

 

この世知辛い世の中に、もしもがあるのなら。

俺が常日頃ずっと考えていたような妄想が、転生という名の夢物語が本当に叶えられるというのなら……それを信じないわけにはいかなかったのさ。

 

しかし幸か不幸か、どうやら俺は転生しておらず、交通事故からも生き延びていたらしい。

 

「……」

 

仕事とかクビにならねえよな。

 

その考えが落胆の次に浮かんでくるあたり、俺には転生者としての資格は無いのかもしれなかった。

一筋の涙が頬を伝っても、腕を動かせず顔を覆うことも出来ない。そしてそれが悲しみによるものなのか…はたまた安堵によるものなのかは、今はよく分からなかった。

 

ただ一つだけ明確になっていたのは、少しでも動こうとすると体が死ねるということだけだった。

 

__これ以上考えても、栓なきことだ。

 

俺は考えることを止めた。そして静かに目を閉じ、意識を手放すことにする。

 

 

 

そうだ、絶対安静しよう。

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

翌日。

診察に訪れた医師からは、当面の間絶対安静を宣告された。何やら体中の骨という骨(約20本)が折れているらしく、昨日のようにちょっとでもどこかの部位を動かそうとすればもれなく体が悲鳴を上げるそうだ。

 

人間には215本も骨があんのよ、20本ぐらいなによ!というコメントが流れるかもしれないが、20本折れてたらまともに会話も出来ん。そもそも骨折以外に全身打撲やら頚椎損傷やらも負っているために、俺の体はボロボロだ!!

 

主治医の話によれば指一本動かすのに一週間、手を動かすのにもう一週間、腕を動かすのに一ヶ月はかかるというような具合なんだそうです。はい。

 

記憶に焼きついてしまったあの事故はやはり現実のものだったようで…それが原因となって『俺自身』が入院しているという現状。

 

これは転生なんてできてないですね…間違いない。

 

「く そ が」

 

そんな小学生並みの感想しか出てこないのは、転生をわりとマジに期待していたためだ。

しかし所詮この世は弱肉強食。妄想は死ぬまで妄想だったらしい。

 

俺は諸行無常の悲しみを味わいながら…しかしながら一日が経過し、心のなかでは安堵の感情が現れていることも確かだった。

何にせよ俺は生き延びることが出来たのだ。転生できなかったことを悔やむことはあっても、今生きていることを残念がるというのはあまりにも冒涜的な考えだ。

気持ちの整理はまだつきそうにないが、ともかく今は自分の運の良さに感謝しなければならないと…俺はそう考えを改めることにした。

 

 

目覚めてから唯一接する機会があった両親と医者は、敢えてなのかは知らないが、事故についての詳しい話はすることも聞いてくることもなかった。

前述の通り絶対安静。喋ることに関しては今日に至りてお許しが出たものの、外傷のほかに強い精神的ショックを受けている可能性があるため、事故に関する話などは一切禁止。

 

そんなこんなで…俺は入院二日目にしてわりと辛い日々を過ごしていた。

 

「あ、そう言えば今日、職場の人がお見舞いに来てくれるそうよ」

 

「いらっしゃったらちゃんとお礼を言うんだぞ」

 

「えっ……はい」

 

そんななかで、両親から唐突に聞かされたその話。

普通もうちょっと治りがかった所に来るもんじゃないのか…

 

一体どんな顔をして会えばいいのだろう。

やっぱり一言目には「すいませんでしたご迷惑をおかけして」ぐらい言えるのが社会人らしいのだろうか。

まあ、ここまで重症だとさすがにそれどころじゃねえのは明白なんだけど。

「すみません、関谷涼さん。職場のかたがいらっしゃっているようですが、お通ししてもよろしいですか?」

 

考える間もなかったな…

看護師さんにそう問われて、俺は最低限の佇まいを直す。

どちらにせよ退くことは適わない。

ええい、ままよ!

 

「あっはい。お願いします」

 

コミュ障特有の「あっ」で一呼吸置いてから、俺は面会の決意を固めたのだった。

 

だが、しかし…

 

その決意なんていうものは、いともたやすく崩れ去ることになるのだ。この直後に。

 

「は?」

 

人というのは、正面から信じられないものに遭遇してしまうと、思いがけずこんな間抜けた声が出てしまうのだろう。

 

「こんにちは、涼くん。具合はどうかしら?

…生きていてくれて、本当によかったわ」

 

病室に入ってきたのは、車いすに腰を掛け、穏やかな笑みを浮かべる女性__

 

「失礼します…関谷くん。」

 

そしてその車椅子を押す、ショートカットヘアが特徴的な…こちらも同じく女性__

 

……

……?

……???

 

 

あ、あれ?

 

 

 

誰この人たち?

入ってきた二人の女性は、俺の知っている『職場の人』では無かった。こんな美人がうちの会社に居れば、知らないわけが無い。

 

い、いや。正確に言えば俺は、この二人を知っていた。

そう、「知ってはいた」んだけど…

 

 

 

その二人は、『アニメキャラクターだった』といえばお分かりに…ならないだろうな、うん。

 

「それでは早速ですが…事故に遭遇してからの経過について、お教えくださいますか」

 

「桐ちゃん、少し性急すぎよ。涼くんはこの前目が覚めたばかりなんだから」

 

「…はい。失礼しました、室長」

 

二人がお互いを呼び合うその名前も、やはり原作通りで。初めは己の幻覚を疑い、次にこれは夢なのかと思い至った。

 

「あ、ああ…わああああっ!!!」

 

反射的にナースコールを辛うじて動く右手中指で連打しまくる。すると高音のいかにもヤバいことをお知らせします的なメロディが鳴り響いた。

 

「な、なにをしているんです関谷くん!」

 

「桐ちゃん、彼を止めて!!」

 

この時、俺は完全にパニックに陥っていたのである。

凛々しい方の女性が、自分の行動_奇行に見えたのだろう_それを止めに入った。

 

「突然どうしたんです!落ち着いてください!!」

 

 

自分を見舞いに来てくれたという"職場の二人"。

 

 

その二人は、俺が知っている限りではフィクションの世界の住人。

 

 

『喰霊-零-』のキャラクターだったのである。

 

 

あの神様だか妖精さんだかとの邂逅は、夢のはずだった。それなのに、この二人は……

 

状況に頭がついていかないと、人は思考能力の大半を失ってしまうという。

今の自分がまさにその状態に陥っていることは、誰の目にも明らかだった。

 

神宮寺菖蒲と、二階堂桐。

 

……俺はこの二人のことを、確かに知っていたのである。

 

 

 



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episode 3 主人公


~これまでのあらすじ~

転生したと思ったらそんなことはなかったと思ったらそんなことはあったぜ!!




神宮寺菖蒲と二階堂桐。現実で存在しないはずの両人と邂逅を果たした俺は焦燥し、錯乱しきり……

 

「おい涼、記憶喪失って本当なのか!?」

 

その後、物凄い勢いで病室に入ってきた両親への対応に苦慮していた。

 

「私達のことも、本当は誰か分からなかったの?分からないまま…今まで話していたの!?」

 

「や、違くて…」

 

迫真の表情で迫ってくるうちの親だが、もちろん父と母(あなたたち)のことはちゃんと知っていますよ。なんせ顔も声も変わってないんですし…

 

「どうやら彼には、事故の後遺症から部分的な記憶障害の症状が出ているようです。それも、特にここ1~2年の部分が顕著なものになっているようでして…」

 

と、これは後から入ってきた主治医の談である。

まあ、あれだけ錯乱するさまを見せてしまったのだから、そうとられてしまうのも仕方ないことだ。

 

「記憶喪失って…まさか、そんなことが!」

 

「嘘でしょう…」

 

で、両親は両親で頼むから泣き崩れるのだけは辞めて欲しい。なんかこっちが悪いことした気分になってくるから。

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

入院生活が始まり、1ヶ月が過ぎていた。

 

それはつまり、俺がこちらの世界に来て早1ヶ月が経過したということを意味しており。

寝て起きてを繰り返していた自らの生活にも、少しずつ変化が生じ始めている。

 

その変化とは、徐々に体の可動域が増えているということだ。初めはチューブとギプスだらけで身動き一つとれなかった自分の体が、指先・掌・足元・二の腕…といった順番に動かせるようになってきているのである。

 

尤も、それに伴う大きな苦痛も存在している。俗にいう”リハビリ”というやつだ。

ヒトは1ヶ月も寝たきりだと、本当に体を動かせなくなるようで。

 

「ぐ、お、お、お、お!!」

 

日常生活に戻るためのそれは、まさしく困難を極めていた。身体を動かそうとするたびに骨が軋むレベルなのに、それを度外視して本来の機能を回復させようとするのだから、そりゃ冷静に考えたら並大抵で出来るわけがないんだけどさ…

当初「リハビリなんて余裕だろJKwww」とか考えてた自分をぶん殴ってあげたい。

 

 

そして俺には…この七難八苦に拍車を掛ける、もう一つの困難が存在していた。

それは憑依する以前の『関谷涼』の記憶が、俺自身に全く流入してこなかったということだ。

 

は?(威圧)

 

大体こういうときってあれじゃん?転生先の人物の記憶が一気に入ってくるみたいな展開があるじゃん?

『俺はこの世界でこういう風に生きてきていたんだ』ということを突発的に理解するやつね。

 

俺は転生を自覚してから、この世界で生きてきた自分自身__『関谷涼』の記憶が舞い込むのを大きな期待とともに待ち望んでいたわけだが…待てども待てども一向にその気配が訪れることはなかった。

 

つまり転生した自分が持っているのは、決して大っぴらにできない前世の記憶のみであり。

医者の言うように、俺はある意味で記憶喪失ととられても仕方のないような境遇に陥ってしまったのだ。

 

で、そんな八方塞がりの状況に一筋の光が差し込んだのは、つい先日のこと。

不測の事態が重なり苦悩する俺を見かねた両親が、この世界で生きていた『関谷涼』の生い立ちを余すところなく話すように努めてくれたのである。

 

まず我が家…関谷家は代々伝わる退魔師の家系であるらしい。これに関しては、まあ驚きというよりは安堵の感情が大きく、そこまでの衝撃は無かった。

仮にこの世界で民間人Aとかに転生していたら、きっと俺は即・悪・霊と化していたことだろうからな。

 

この話のなかで目を大きく広げることになったのは、関谷家が『土御門』の分家筋にあたるという話を聞いたときのことだ。

土御門家とは、この世界では退魔師としてかなり由緒のある家系であり、かの安倍晴明を祖とする陰陽道の主派である。

その分家筋ってことは、要するに土宮や諫山という名門と同等に値する、退魔師としては申し分のない血筋なわけでして…

 

つまりあの二大ヒロインズ(黄泉と神楽)と親戚関係ってことだよ!やったね!!

 

しかもその話が真実なのであれば、恐らく俺は名門の関谷家を継ぐ存在として、とてつもない才能に恵まれているはずだ。

学生時代には黄泉や神楽と同じように神童と呼ばれていたりだとか、若干10才にしてカテゴリーAクラスを倒しちゃっただとか、そういう話ね!

ええ、皆まで言わずともわかりますとも。

いやー参っちゃうよね、でもこれって転生者の特権なのよね。

"鬱フラグクラッシャー"…皆、俺の事をそう呼んでもらっても構わんよ。

 

 

…で、それを確認してみたらどうしてうちの両親はあからさまに目を背けているんですか?

え、なに?なんか嫌な予感ががが。

 

「涼、お前はその…霊能力の面においては、あまり適していなかったというか、その…」

 

「あなた、そこをはぐらかしたってしょうがないでしょう。いずれわかることよ。

…いい、涼?あなたの退魔師としての素質はね…

 

ほとんどゼロに等しかったの」

 

 

 

……は?

 

 

ゼロ?

ゼロってなんだよセブンの息子か?

 

いやそんなわけがない。つまるところ両親が言いたかったのは、俺の能力がゼロってことか…?

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

うん。嫌な予感、当たったね。

 

 

オイオイオイオイ冗談じゃねーよオイ!喰霊ファンの皆さん、目を覚ましてくださーい!

助けてー!歴史の修正力に襲われてまーす!神様はこいつらの仲間でーす!!

 

…母曰く、俺はその系統の能力が"ゼロに等しい"…つまり全くないわけではなかったそうで、普通の人には視認できないような"霊"を一応見ることはできるそうだ。

されど、原作で幾度となく目にしたような「悪霊」と呼ばれる存在を倒せたことは、人生で一度もないらしい。

 

霊能力はほぼゼロ。全てを筋肉で解決するみたいな肉体的チートも一切なし。どうやら、それが今の自分のステータスみたい。

 

……オィィィィッス!!!

まあ今日は、転生当日ですけども。えーっとまぁね、転生先の…喰霊の世界に来た訳なんですけどもね。

 

 

__残念なから

 

 

__能力は

 

 

__何一つ、ありませんでした……

 

 

ガチャッ(心の鍵を閉める音)

 

 

だが、しかし。

これで終わりなら俺の物語は終了してしまう。流石にそれは可哀想だと天界からの温情があったのかは知らないが、俺には一つの大きな救済措置が与えられていた。

 

環境省、超自然対策室。

 

それが自分…『関谷涼』の現在の勤め先であるらしい。

 

おファッッッッ!?!?

 

これは一体どういうことだ?霊力ゼロの男が対悪霊専門組織に在籍できるって、そんなことがありえるの?まるで意味が分からんぞ!!

そう母に訴えてみれば、次のように返答が帰ってきた。

 

 

 

「コネの力よ」

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

あ、そっかあ(思考放棄)

 

繰り返しになるが、我が家は祖先から代々続く退魔師のお家柄であり、それなりの格式もある。

……要するに関谷家というのは、この業界に結構な顔が効くわけだ。

つまり俺はそこに生じた見えない力により、あの対策室に配属となった。そんな経緯があるらしい。

 

はえ~すっごい辻褄合わせ…

裏で「ナナヒカリ」とかあだ名つけられてそう。

 

で、俺の所属名を略称なしで言うと、『環境省自然環境局超自然災害対策室総務班』らしいのね。

この新手の早口言葉みたいな名称の中で、『喰霊』という作品に関して知らぬことはまずないと自負する俺が、全く聞き馴染みのない部分が存在していた。

それは「総務班」という部分である。

そんな部署原作にあったっけと一瞬考えてみたが、確実にないです。

 

作中に出てくる環境省の組織は、超自然対策室の「処理班」のみであり、これは要するに出現した悪霊を除霊する実働部隊のことだ。

しかしそれとは別に、この世界でのみ存在しているという「総務班」。

総務ということは、会社でいえばいわゆる裏方。何でも屋さんである。

確かにああいう環境の中で事務仕事を専門的にやる人がいてもあまり違和感は無いように思えるし、霊能力が無いやつでも事務方であれば全く通用しないということはないだろう。

…ないよね?

 

そんでもってさらに驚愕の事実がもうひとつ。その総務班って、どうやらメンバーが俺一人だけじゃないみたいなのね。

それを聞いて「なにそれ他にオリキャラとかがいるの!?」って興奮気味に反応したらまたお医者さん呼ばれちゃったんだけど、まあそれは一旦置いておく。

 

もう一人の総務班メンバーとは、なんとあの二階堂桐さんであるそうな。

なんということでしょう。おったまげ。マーリンのなんちゃら。

 

確かにあの人は室長の秘書的なポジションだったし、アニメだと終盤以外で前線に出ることは滅多に無かったはずだから、事務方所属と言われてもそこまで遜色はないのかもしれないけど…

あの人も、本当はめちゃくちゃ強いんだよなぁ。

 

 

とにかく、こういう形で自分の素性というものを知ることが出来た俺は…

一刻も早くこの世界に慣れていかねばならないと、そんな決意を抱かざるを得なかったのである。

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

「関谷さん、お見舞いの方がいらっしゃていますが…お通ししてよろしいですか?」

 

「あっ…はい、大丈夫です」

 

ふと時計を見やれば、時刻は丁度午後4時を指していた。

大体この時間になると、室長と桐さんが揃ってやって来てくるのだ。

 

あの二人に対しては、初回以降はなんとかまともに応対ができるようになった。それからは怪我の具合や記憶喪失について、事細かな事情聴取が繰返しなされている。

 

始めのうちは記憶があいまいな振りをしつつ、"この段階で知りすぎている原作知識"を下手に口走れない為、会話も探り探りでかなり神経を使っていた。

しかし慣れというのは恐ろしく、また原作キャラと言葉を交えられるというのは相当に新鮮な体験であり、最近に至っては密かに楽しみな時間へと変わっている。

 

さて、今日はどんな話をすることになるのだろうか。

 

そんなことを考えていると、病室に向かって、"二人分"の軽快な足音が近付いてきた。あれ、室長は車椅子のはずだからいつもと違__

 

「えっと、305号室は……あ、ここみたい!」

 

「関谷涼…間違いないわね。それじゃあ入るわよ」

 

作中で室長と桐さん以上に()()()()()()()その声を、俺が聞き違えるはずがなかった。

 

扉が開き…何でもないかのように二人が入ってくる。しかし俺の目には、その光景がスローモーションのようにゆっくりと映っていた。

 

「涼さん、目を覚ましたって聞いて…本当に良かったね!」

 

表裏のない華やかな笑顔を覗かせる『喰霊』の主人公、土宮神楽。

 

 

そして__

 

 

「全く、命が助かったっていうのに…相変わらず元気無さそうな顔してるわね?」

 

 

 

腰近くにまでかかる長い黒髪。

 

 

 

人形と見間違わんほどに透き通った白い肌。

 

 

 

一度聞いたら決して忘れない、深く澄んだ声色。

 

 

 

そして…何よりも特徴的な紫の大きな瞳は、彼女の勝ち気さと、聡明さと……

 

 

 

見るものを捉えて離さない、絶対的な美しさを兼ね備えていた。

 

 

 

 

 

__諫山黄泉。

 

 

 

俺が『現実世界で』始めて彼女の姿を目にした…その瞬間である。

 

 

 

「……あっあっ」

 

ドクドクドクドクッ!と血流が昇っていくのを体で感じたときには、時既に遅し。

脈拍がどんどん上昇していき、俺の体を繋いでいた装置がけたたましい音を鳴らし始めた。

 

「…ってちょっと、どうしたのよ!?」

 

「わ、私お医者さん呼んでくるね、"黄泉"!」

 

「ええ、お願い"神楽"!」

 

二人が呼び合ったその名前をしっかりと耳にしながら。

薄れゆく意識のなかで、それでも俺は彼女の姿を視界から捉えて離さなかった。否、離せなかった。

 

 

 

次元という名の大きな壁に隔たれ、今までずっと遠く離れたところからしか見ることのできなかった彼女は__

 

端的に言って、あまりにも美しかったのである。

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

再び目が覚めると、俺の周りでは主治医と看護師さんがせわしなく動き回っていた。

 

「あ、あの…俺」

 

「先生、患者の意識が戻りました!」

 

「なに本当か!?関谷さん、声が聞こえますか?私が見えますか?」

 

「は、はい」

 

いやなんというか、正直スマンカッタ。

もし黄泉と遭遇したら緊張でまともに喋れたもんじゃないだろうなとか想像はしてたんだけど、それを軽く上回るような事態になるとは思わなかったんだ。

 

事故による怪我もまだまだ癒えぬ内にいきなり気絶とかすれば、そりゃこんな大事にもなろう。

お医者さんごめんなさい。僕を死刑にしてください!!

 

「す、すいません、もう大丈夫です。本当に迷惑をおかけしまして…」

 

「ご無理をなさらないでください!これから精密検査の準備を行いますから」

 

「いえ、あの、俺マジで元気ですから!…ほら、こんなにも__」

 

そう言って体の動かせる部位を動かそうとした矢先のこと。

 

「あ、意識戻ったみたいね。心配したんだから、もう…」

 

「涼さん、大丈夫なんですか?」

 

再度、黄泉と神楽の二人が病室に顔を覗せた。

 

「あっあっ」

 

__そして歴史は繰り返す。

 

今度はさっきとは逆に、貧血のようにスーっと意識が薄まっていくような感覚。

 

「え、ちょっとまたなの!?」

 

「涼さん!?」

 

辺りに鳴り響いたのは、やはり脈拍異常を知らせる警告音だった。

 

「駄目です先生!このままでは…!」

 

「くっ…駄目か。大至急呼吸器を用意しろ!

そこのお二人、今はお引き取りを願います!!」

 

医者にそう急かされ、困惑しながら部屋を後にする二人を流し目に…

俺は将来への明確な不安を浮かばせながら、再度意識を失ってしまったのだった(30分ぶり二度目)

 

 

 



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episode 4 退院

クソみたいな投稿頻度でなんかごめんよ、ごめんやで



長い夢を見ていた。

 

世界に絶望し、闇に足を踏み入れてしまった少女を救い出す夢。

本来であれば…それは決して叶うはずのない、虚な夢。

 

これは、その夢の続きなのか。それとも__

 

「……んぁ」

 

そこで目が覚めた。

欠伸をしつつ、()()()()()を堪えながら上半身を起こす。

知らない天井はとっくに知ってる天井になってしまったが、毎朝目にするこの柄模様には未だに慣れることがない。

 

この世界に来て半年…振り返るとそれだけの時が経っていた。

 

黄泉と邂逅を果たしたあの日__完全な黒歴史と化したあの日__から、自分に対するお見舞いは両親ら一部を除き完全にシャットアウトされることとなった。いわゆる面会謝絶というやつである。

まあ原作キャラが来る度にナースコール連打したり気絶したりしてたんだから、そらそうなるよ。

 

しかし黄泉たちと出会いがしらに二度気絶してしまった件については…思い返すたびにベッドの枕を濡らしている。あれは感動を興奮が上回ってしまったが故の悲劇だった。

前世で「"自称"諫山黄泉ファンクラブ名誉会長」および「"自称"諫山黄泉ガチ恋研究博士課程修了」の自分が、黄泉本人と現実に遭遇したら、一体どんなことになってしまうのか…そのシュミレーションが実に甘かった。ある意味で、あんなふうになってしまったのは必然だったのかもしれない。

 

無論俺はあの後約2ヶ月ほどずっと落ち込み続けていた。尋常じゃねぇ凹みっぷりだった。それを見かねてだろう、お医者さんからは急遽精神的なケアもオプションでつけられてしまった。

しかしながら『転生して黄泉と会えて興奮して気絶して情けなくて落ち込んじゃったんです』などと、まさか本当のことを言えるわけもなく…

俺は定期的に来てくれることになったメンタル担当の医師に対しても、適当なごまかしを繰り返し続けるしかなかった。

 

 

そして以降は、件の黒歴史を必死に頭から振り払うべく、ひたすらリハビリに専念をし始めた。無理にでも体を動かしていた方が、陰鬱な気分をいかばかりか紛らわせることができたからだ。

 

で、その副産物として、俺の体は『奇跡的な回復の兆し』を見せてくれた…らしい。

後で聞いた話だけど、可能性としては一生体を動かせなくなることもあり得たそうな。

九死に一生スペシャルに出せそうな話だなおい。

 

なんにせよ、神様マジ感謝である。でもチート能力くれなかったのはもう許さねぇからな~?(豹変)

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

そんなこんなで退院の日がやってきた。

 

……色々とすっ飛ばしているみたいだが気にするな。俺は気にしない。

 

ミイラのようにぐるぐる巻きにされていた包帯はすっかりとれ、縫合でツギハギだらけだった体から糸が抜けると、完全にとはいえないが事故に遭う前の状態に復活することが出来たのである。

 

両親は本当に喜んでいたし、なんと神宮寺室長からお祝いの電話が来たりもした。

あの室長から祝電が来るという、転生特有の想像の斜め上をいく展開。案の定持ち前のコミュ障スキルが発揮されることになり、俺は壊れた機械のようにすいませんとありがとうごさいますをひたすら繰り返す始末だった。

 

 

 

「あの、本当にお世話になりまして…」

 

「お大事にしてくださいね。この先、職業柄大変なことも多々あると思いますが…くれぐれも無理をしないように」

 

「はい。ありがとうございました…」

 

病院から出るときには、主治医やら看護師さんやらが総出で迎えてくれた。普段なら気恥ずかしさしか感じないような状況だったけど、仮にも半年近くお世話になった人達に見送られれば、羞恥よりも感謝の念のほうが強く湧くというものだ。

 

 

両手を振って病院を出ると、うちの両親がエントランスにで車を待機させていた。

二人はいつ出てくるか分からない自分のことを、およそ4時間待ってくれていたらしい。

とんでもねえ親バカだなどうもありがとうよ!!

 

「さぁ、家に帰るとしようか。涼にとってはどれくらい振りだ?」

 

「あれからもう半年以上経つのかしら。なにはともあれ、今日はたくさんお祝いしましょうね」

 

「わ、わーい」

 

この二人だけは前世と何も変わってなくて、つくづく良かったと思わされる。

 

いくら憧れだった世界に転生できたといっても、人見知りの自分にとって人間関係のリセットというのは割と致命的な出来事だ。

たまにでも連絡を取り合っていた数少ない友人などがこの世界でも都合よく友達のままでいてくれるはずもなく、かといってこの世界に生きる人たちとの交流はほとんどが初対面の状態。

これに加えて、もし父と母までもが全く見知らぬ人物だったしたら…俺は入院生活の間におかしくなっていたかもしれない。

見た目も声も、喋り方や考え方なども…ちゃんと元のままでいる二人がいてくれたからこそ、俺は血迷うこともなく、自分を保ち続けられたのだ。

 

「あのさ…長い間心配かけてごめん。それと…俺の両親でいてくれて、ありがとう」

 

「なんだなんだ涼、そんな改まって…そんなこと…いわれてもな…お゛と゛う゛さ゛ん゛は゛な゛い゛た゛り゛し゛な゛い゛か゛ら゛な゛」

 

「もうあなた、運転中に号泣するのはダメですよ…ぐすっ…本当によかったわね、涼」

 

こうやって、感情がすぐ表に出るところなんかもさ…変わってなくて、本当に安心するよ。

 

俺はひとしおの感慨深さを味わいながら…ふと窓から外の様子を眺めた。

絶えることのない人の流れ。立ち並ぶ高層のビル群。自分の眼下には、一見すると転生したとは気付けないほどに現実的な、いわゆる超都会の光景が広がっていた。

 

勿論それは東京という土地柄を考えれば当然の事なんだけど、自分がこれから暮らすことになる『我が家』がその一角に存在しているというのは…正直どこか不思議な気持ちにさせられる。

期待と不安の両方が入り混じる、というヤツだ。

 

色々なことを考えながら20分ほど父の運転に身をゆだねていると、車はテレビでしか見たことの無いような大邸宅に入っていく。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

俺は思わず突っこみをいれようと前のめりになる。

まだアスファルトの道を走っているものの、この場所が公道ではないことは一目瞭然。なんせ、ついさっき巨大な門を誰の許可も得ずにくぐってしまったのだから。

 

「どうしたの、涼」

 

「いや、ここって私有地でしょ?なにやってんの!?」

 

普通に不法侵入で犯罪なんですがそれは…

慌ててそう主張する俺を尻目に、しかし両親はは落ち着き払い…なんだったらむしろ憐れみに近い表情を浮かべていた。

 

「…涼、お前まさか自分の家の記憶もなくなっているのか?」

 

「ここが、私達の家なのよ」

 

「ぅえ゛っ」

 

リアルで変な声が出た。

ちょっと待て。一旦落ち着け。言ってる意味がよくわからん。

 

よし、冷静に整理するぞ。つまり貴方たちは、東京の天井をブチ抜く勢いの地価を鑑みた上で、門付き庭付きの一戸建てを「我が家である」と、そう仰りたいわけですね。

 

おっp…おっぱげた…!!

 

しかしよくよく考えてみりゃ、劇中に出てきた土宮や諫山の家もこれに負けず劣らずの豪邸だったはずだ。

 

たいましの かせぎって すげー!

 

つまり、こういうことなんだな(納得)

アニメで見ていたときは考えもしなかったけど、都内であのレベルの家って考えるだけでも恐ろしい費用がかかっていたはずだ。

そして、それはこの我が家とて同じこと。

お父さん、お母さん…俺は前世以上に貴方たちを尊敬することにしよう。

 

 

それからややあって家の中へと入ってみれば、まあシャンデリアやら鹿のはく製やら、テンプレみたいな豪邸の内装が眼下に広がっていた。も、もうこの程度で驚きはしないぜ(満身創痍)

 

「自分の部屋の場所は覚えているか?」

 

「いや…どこだっけ?」

 

「ああっ、なんでことでしょう…」

 

「泣くな、母さん。一番つらいのは涼なんだぞ…!」

 

いやもういいからこのくだりは!こっちも心が痛くなるだけだから!!

 

両親に泣く泣く案内された部屋は、階段を登って正面すぐのところにあった。

 

俺はなんら大きな警戒心もなく、今までこの世界で生きてきた『関谷涼』の部屋の扉に手をかける。

 

…それがある種の命取りであるなどと、想像だにもせず。

 

 

「…ん?」

 

部屋に入って即座にその"異常"に気付いたのは、偶然ではなく必然だった。

 

異常の正体は…そう、壁だ。

前、後ろ、右、左。この部屋を覆っている壁のほぼすべてが、黒・橙・紫の三色に染まっていたのである。

 

「え…え?」

 

思わず目をこすって辺りを凝視する。だが、やはりそれは見間違いなどではなく。

やがて…その三色というのが一人の人物を表すものであるということに気付かされる。

 

黒は、彼女の漆黒の髪の色。

 

橙は、彼女の白く透き通る肌の色。

 

そして紫は、彼女が日頃袖を通している…学生服の色を顕していて。

 

 

 

__壁一面に在ったのは、おおよそ数百枚にわたる諫山黄泉の隠し撮り写真だった。

 

「……うわあああああっ!!??」

 

な、な、なんじゃあこりゃああああ!?!?

 

ちょっと待てよこれどういうこと!?下手なホラーゲームより怖い展開なんだが?

間違いなくストーカーさんが息を潜めて暮らしていた痕跡を残しているよ!?

 

え、まさかこれ全部転生前の『関谷涼』の仕業なの?

 

ちょっと待て、前世の俺でもさすがにここまで歪んではいなかったぞ!

せいぜいDVDについてたポスターカード眺めてニヤニヤするとか、アニメの画像フォルダ作ってデュフフするだとか、そんくらいのことしかしてないからね!?

 

……あれ、ひょっとしてやってることそんなに変わってない…?

 

「今の声…涼か!?」

 

「ええ、何かあったみたいね。行きましょう!」

 

!?!?や、やべぇ早々の親フラグだ!

もしかしなくてもさっきの絶叫を聞かれてしまったらしい。

 

俺はこの超常的な展開に錯乱しつつ、しかし寸でのところで我に返り、とっさに部屋の内鍵を閉めた。こんな部屋を両親に見られようものなら、恥ずかしいとかそういうレベルじゃない。っていうか確実に社会的に死んじゃう。

 

「あなた、鍵がかかってるわ!」

 

「なんだと…おい涼、大丈夫なのか!いますぐにここを開けるんだ!!」

 

いや大丈夫なわけあるかい!そんでもって開けれるかい!!

 

なし崩し的に始まってしまった両親との籠城戦。多少の時間稼ぎができているこの間に、俺は是が非でもこの現状を理解しなければならなかった。

 

扉を背に自分の部屋を改めて見渡してみれば、やはりそこかしこに写っている黄泉の姿。

その一つ一つを注視してみれば、なかにはアニメ第3話で出てきた『中学生時代の黄泉』の写真なんかも見受けられた。

 

つまりこの部屋の主は、かなり前から黄泉の写真を隠し撮りし、部屋中にペタペタと貼りまくっていたことになる。

 

「関谷涼って…どんだけヤベー奴だったんだよ!?」

 

いやそれは今や俺自身でもあるんだけどでもそうじゃなくてヤベーのは俺が転生する前の俺自身であってああもうややこしい!!

 

……でもさ、ちょっと待てよ。

よくよく考えたら入院している間、この部屋にずっと鍵がかかっていた筈がなく…つまりこのストーカー部屋は今までずっとあけっぴろげの状態になっていたわけだよな?

 

「……」

 

一瞬、げにも恐ろしい想像が脳裏をよぎった。

まさか…いや、でもそうだとしたら最悪の形で辻褄が合うんけど……

 

そのおぞましき考えにたどり着いたとき、俺は賭けともみえる行動に出た。

 

再度扉に向き直った俺は、一度施錠した鍵を再び開放したのだ。

 

「あ、開いたわ!…涼、どうしたの急に。なにか辛いことがあったの?」

 

「きっとよほど深刻な悩みなんだろう。言ってみなさい、涼」

 

…俺の最悪の想像は、どうやら当たっているらしかった。

 

部屋の中が__つまりは諫山黄泉の写真で埋め尽くされているこの空間が__はっきりと見えているにも関わらず、しきりに俺の心配をしてくれる二人。とても優しいんだね、ありがとう。

でもさ…どう考えてもそのリアクションはおかしいんだよね。

 

父さん、母さん…

 

貴方達は、どうしてこの後ろの光景に突っ込まないんだい?

 

「どうしてって…ここがお前の部屋だろう?何もおかしなことはないじゃないか」

 

「貴方が大好きな黄泉さんの写真も、ちゃんと"そのまま"にしておいたのよ」

 

ンなるほど。

やはりこの部屋の中身は『親公認』であったと。

そりゃそうだよね、そうでなきゃバレないわけがないもんねこんなクレイジールームがあははは…

 

 

 

 

……

 

 

いや止めろよおおおおっっっ!!!!

 

なに考えてんだ両親ッッッ!アホか?アホなのか?いやアホだよ!!

これ見れ下さいよこれ!どう考えてもストーカーのやることですよ!!あんたらの息子さん道を踏み外しまくってるからね!?!?

 

目の前の二人だけは外見も声色も元の世界と変わらない"本当の両親"だったからすっかり安心しきっていたけど…まさかこんなところでヤベー部分が浮き彫りになってしまうとは思いもしなかったよ。

…でも一番ヤベーのは今んところ俺自身だけどな!!

 

「と、とにかくこれは全部剥がすから!一旦出てって!もう騒がないから!」

 

「ええっ、そんなことを涼が言うなんて…!」

 

「本当にいいのか涼!?記憶を失う前のお前が、何年もかけて完成させた部屋なんだぞ?」

 

「いやだったら尚更駄目でしょうが!お願いだからもっと別のとこ心配してくれよ!主に自分の息子の頭の中だよ!!」

 

こうして、大狂乱ファミリーブラザーズと化した自宅での初日は…

 

俺が半泣きになりながら部屋中の写真を処分するという形で、幕を閉じるのだった。

 

 

 

……これはいよいよだめかもしれんね。

 



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episode 5 面接


※入室時のマナー

ドンドンドンドンドン!!(就活生が借金取りの如く扉をノックする音)

面接官「どうぞ」

就活生「オイイイイッス!どうも~就活生で~~す。まあ今日は、面接当日なんですけども……」

ブッブー(迫真のSE)

これでは、いけませんね。



いわゆる異世界転生を成し遂げたと思ったら、半年近くをリハビリに費やしてようやく五体満足を取り戻した自分。

 

転生者としてはあるまじき出遅れだったが…ヒーローの出番というのはいつだって遅れてやって来るものだ。

 

みんな、長らく待たせたな…

 

転生者"関谷涼"の一大スペクタクルが、いよいよ始まるぜ…!!

 

 

 

「室長…あの、その……」

 

前 言 撤 回

 

現在。

神宮寺菖蒲と二階堂桐の前で半泣きになっているのは、紛れもなく自分自身。

 

うん、どうしてこうなった。

 

それを語るには、時を少しばかり遡らなければならない。

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

退院からおよそ2週間。静養を兼ねて家で絶賛ニート生活を送っていたところ、突然神宮寺室長から電話がかかってきた。

 

慌ててそれに出てみれば、なんでも『対策室への復帰に先だって、明日少しだけ話せないか』とのことで。

 

それを聞いてまぁ俺は歓喜したよね。だってついに"あの"対策室で働くことができるのだ。絶対に叶うはずのない夢が叶っちゃったんだよ?こんなに嬉しいことはない…!

テンション爆上がりでイヤッッホォォォオオォオウ!と雄叫んでたらまた両親が部屋に乱入してきたことはまた別の話。

 

室長がわざわざ前もって話したいと言ったことは少しだけ気にかかったが、きっと事前の体調確認や日程調整などが必要なのだろう。

とにかくこの時は念願叶ってうっきうきで。

室長の真意などまるで考えるというようなこともせず、あれよあれよという間に約束の日を迎えることになったのである。

 

 

 

「おはようございます。こちらにカードをかざしてください」

 

「は、はいっ」

 

転生前の『関谷涼』が使用していたというIDカードを呈示し、正面玄関の物々しいゲートをくぐる。

 

環境省。

自然保護や公害防止といった国のあらゆる環境保全を主任務とする日本の行政機関であり、その名前だけならばまず聞いたことがない人はいないだろう。

会社に入るだけなのに随分な警備だなと一瞬思ったが、よくよく考えたら環境省ってそういうところだからね。仕方ないね。

 

「環境省へようこそ!失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

「あ!?えと、その、私、関谷涼と、申します。超自然対策室の、じんっ、神宮寺室長と、11時に、お会いする、約束でして」

 

そして結局はこうなる。緊張ってレベルじゃねーぞ!

 

「超自然対策室の神宮寺でございますね、かしこまりました。それでは、あちらにお掛けになって少々お待ちください」

 

受付の女性はどもりまくる自分を気にも止めず、笑顔のまま電話を繋げる。そして約束内容の確認後、エレベーターから応接室までの道案内をしてくれた。

 

俺が今いるのは「第3応接室」と書かれた扉の前。

ひょっとしたら今日の機会に対策室のなかへ入れるかもしれないという期待があっただけに、面会場所が普通の応接室というのはちょっとだけ残念な気持ちもあったが…

されどこの扉一枚を挟んだ先には、あの神宮寺室長がいるのだ。それを考えるとようやく俺も転生者らしいことができているよな、うん。

 

さぁ、今度こそ緊張することのないように大きく息を吸って__

 

「ゲホッ、ゲホッ、ゴホッ、エホッ」

 

……気を取り直して、俺は扉を三度ノックした。

 

「はい、どうぞ」

 

「失礼します!」

 

このやり取り、そして所作は前世の就活を思い出させてくれる。

 

俺は面接というものが死ぬほど苦手だった。

 

待合室に流れる独特の空気感。

人となりを徹底的に吟味されるような面接官の視線。

「緊張してる?」そう問われた回数は両手に収まらず。

3分間の自己PRが事故PRと化したこは今も記憶に新しい。

 

…もう一度言おう。俺は面接というものが死ぬほど苦手だった。

 

だがしかし恐るることなかれ。俺がこの場所に赴いたのは、決して就職活動をするためなどではない。

入院中に母から伝えられ全く実感は無いのだが、元々この世界を生きていた自分__『関谷涼』は、生前から対策室で働いていたのだ。

在籍があるってことは、俺の扱いは長期休職からの"復帰"になるはずで、まさか改めて面接を受けさせられるなんてことはないだろうさHAHAHA…

 

「本当にお久しぶりね、涼くん。ひとまずそこに掛けてくれるかしら」

 

「はい、わかりまs……えっ」

 

そうして座るよう促された椅子は、ドアを開けてすぐ近くの場所にぽつんと備わっていた。そして反対側には、二度目の邂逅となる室長と桐さんが控えていて。

 

その距離おおよそ5メートル。

 

ナンヤコレイッタイ…お互いの心の距離かな?

俺はてっきり、机一つ分の距離感で和やかにお話しするものとばかり思っていたのだが…

 

__節子、これお話やない。面接や。

そんな清太の声が聞こえてきた気がしたが…まだだ、まだ終わってない。

きっとこれは面接なんかじゃない!そうに決まってる!!

 

「容態の方は、あれからどうかしら?」

 

「は、はい!お陰さまで体の方は万全です。医者からは後遺症なども残らないだろうと言われています」

 

「それを聞いて安心したわ。貴方が入院して直ぐに面会した時は、話すどころじゃなさそうだったから」

 

「あはは…そ、そうですね」

 

そういえば二人と初めて遭遇したときは錯乱してナースコール連打してましたね自分……もうあの時のことは忘れさせてくれぇ!

い、いやでもほら、室長も和やかな感じで会話してくれてるじゃん!どうやら最悪の想像は杞憂に終わりそうd__

 

「さて、それじゃあ本題に入りましょうか」

 

「あっ……はい」

 

ダメみたいですね…

神宮寺室長の声がワントーン低くなるのを、俺は聞き逃さなかった。

 

「退魔業界は万年人手不足ということもあって、いまは猫の手も借りたいような状況よ。それにあたって、貴方の復帰が間近に迫っているのだけれど…そのなかで私たちにはひとつ、大きな気掛かりがあるの」

 

「き、気掛かり…ですか?」

 

言葉を問い直すと、室長は二階堂桐に向かってひとつ頷く。

 

「関谷涼、現在の貴方は記憶喪失という大きなハンデを抱えています。このまま復帰をしたところで、以前の業務をこなすには支障をきたす部分が多々あることでしょう」

 

彼女は一歩前に躍り出て、グサグサと俺の急所を突いてきた。原作でもそうだったけどこの人容赦無さスギィ!

 

「もう、桐ちゃん。直球過ぎよ」

 

「…はい、失礼しました」

 

「…だけど、結論だけを掻い摘めばそういうことになるのかしら。つまり、私たちは貴方を対策室に復帰させるかどうか…その判断をしかねているの」

 

室長は室長で一瞬フォローを入れてくれたかと思いきや、猛烈な勢いで谷底へ突き落としてきた。

 

さ、さすがは噂に違わぬ二人だぜ。

防衛省のお偉方と対峙して、一歩もひけをとらなかっただけはある。でもその矛先を俺に向けるのはやめてね。ただでさえクソザコな俺のメンタルがズタボロになっちゃう!!

 

「それにね、涼くん。貴方の所属は桐ちゃんと同じ対策室"総務班"になるのだけど、私たちはあくまで対悪霊最前線の組織。

だから、処理班に同行して現地に赴いてもらう機会も多々出てくるはずよ。そうよね、桐ちゃん?」

 

「はい、頻度としては週に一度から二度…といった所でしょうか」

 

なおも続く二人の言葉に、黄泉や神楽が悪霊と戦うシーンが思い浮かぶ。あの場に霊能力ゼロと云われる自分が紛れ込んで、果たして本当に上手くやっていけるのかということだ。

 

「我々が行う仕事は世のため人のためといえば聞こえは良いですが、その実あらゆるものを犠牲にする必要があります。

もし生半可な覚悟でこちらの業界に飛び込めば…そこに待ち受けるものは"死"あるのみです」

 

し…死ぬの!?そこまでヤバイ仕事なの!?

い、いやでもあながち否定はできんぞ。

アニメ第1話を参考にするなら、目下エリートの精鋭部隊(特戦四課)カテゴリーA(諫山黄泉)の手により3分足らずで全滅してしまう世界である。

 

「桐ちゃんの話はちょっと極論だけど、決して間違っているとは言えないわね。

私自身の経験則に基づくなら、戦いの中で涅槃に旅立つ人を見送ったのは一人や二人じゃない。油断は命取りという言葉があるけれど、たとえ全く油断をしていないような状況でも、対峙した相手によっては命を落とすことだってありえるのよ」

 

室長たちの言葉は、俺にとっては実に異質なもの続きで…少なくとも今の時点では『はいそうですか』と受け入れられるようなものではなかった。

この二人は年齢だけみれば自分とそこまで離れているわけではない。しかし生まれついての環境や修羅場を掻い潜ってきた経験などは、まるで赤子と大人のような差があるということをまじまじと感じさせられた。

 

「……ちなみに、だけど。今ならまだ来た道を引き返すこともできるわ」

 

「え…?」

 

「つまり、この業界からいっさい足を洗って堅気に戻るということよ。それは決して恥ずべきことではない。あえて身を引くという選択だって、一つの勇気を持った決断には違いないの」

 

言葉を失うほど叩きのめされた直後に、室長から示された道筋。それは、カンダタに垂らされた蜘蛛の糸のように、地獄から天国へ導かれる御仏の導きに見えて…

俺は心の底で、その光り輝く糸に縋りつきたいという衝動に駆られていた。

 

「それらのことを全て鑑みた上で…改めて問わせて頂戴。

貴方はこちらの世界へ、もう一度戻ってくる覚悟がある?」

 

そうだ。今までずっと平和な暮らしを享受していた人間が魑魅魍魎の蔓延る異世界に放り出されて、突然ヒーローのような活躍が出来るわけがない。

力無きものが剣を握るには、相応の覚悟が必要でなければならない。果たして俺には、そこまでの強い思いというものが存在しているのだろうか。

 

「室長…あの、その……」

 

__自分には、無理なのかもしれません。

 

その言葉が、喉元寸前まで出かかった時のことだった。

 

 

 

『おいで…神楽』

 

『いくよ…黄泉』

 

頭によぎったのは、喰霊-零-第12話の…文字通り最後の場面。

 

『あなたが、私の最後の宝物』

 

変えられぬはずのあの結末を、それでも変えたいと思った。それがすべての始まりだったはずだ。

 

あれから幾多もの年月が流れてしまったが…ひとつの奇跡が起こり、俺は今この場所にいる。

 

それは一体、なにを意味しているのか。

ここであっさりと引き下がってしまって、本当にいいのか。

自分自身にそれを問いかける。

 

 

どうしようもなく理不尽な運命。決して変えられることのない宿命。見えない十字架を背負わされ続けた諫山黄泉という人物の一生は、不幸などという陳腐な言葉ではとても言い表しきれない。

そして…()()()()()()()()()()()()()()()()と考えるならば。あまりにも救いのない話ではないか。

 

『私の本当の望み、本当の願い…それは、神楽。あの子を守りたい』

 

『お願い、あの子を守って。不幸を消して。災いを消して……たとえそれが、私自身であったとしても…!!』

 

転生して半年近く経った今でも、黄泉の最後の独白を一字一句として忘れたことはない。

大切なものを悉く失い、どこまでも報われることのなかった彼女は…それでも自らの命と引きかえに、最愛の妹__神楽を守ろうとしたのだ。

 

……ふざけんな!!!!(声以外も迫真)

そんな悲しいことがあるかよお前なぁ!

最後の最後まで自分を犠牲にし続けて、その果てに最愛の妹に殺される道を自ら選ぶ…って、それあまりにも酷すぎんだルルォ!?もうちょっと救いがあったってinじゃねーの!?大切なものが何一つ欠けることなく、幸せに生きる未来があったって誰も否定できねえよなあ!?!?

 

…そう思うわけである。

 

 

そして俺も俺だ。室長たちから圧を受けたくらいで、なに揺らぎかけてんだって話だよ!!

お前の喰霊や黄泉に対する想いはそんなものなのか?この世界の歴史を変えるこの上ないチャンスを掴みかけているにも関わらず、それをみすみす捨ててしまうというのか!?

否ッ、それでいいはずがない!!

 

二人が憎しみあって、傷つけあって…そして最後にはどちらかの胸に血が流れる宿命なんて、俺は絶対に認めない。

認めるわけには…いかない。

 

 

俺は一度呼吸を整え、室長に向き合う。

そして、ゆっくりと自分の思いを吐露し始めた。

 

「あの…実は少し前に、対策室への復帰について両親とも話をしていたんです。そこで、お前は退魔師としての能力が著しく低いって…そう言われて」

 

退魔師としてはエリート階級にあたる両親の元へ転生しながら、その実力はゼロ。

また、既に成長しきった人物に憑依するような形で転生したことから、恐らくは少年漫画のように落ちこぼれから爆発的な成長を見せるということもできない。

 

「それに加えて、()()()()()ずっと生きてきた『自分』の記憶が戻っていない。そんな状態で対策室に入る…いえ戻るというのは、室長の仰るとおり、危険で無謀なことなのかもしれません」

 

室長は俺の言葉を遮るようなことはせず、ただこちらをじっと見据えていた。

 

「__だけど、そんな俺でも、なにか出来ることがある筈なんです」

 

今一度、自分自身に問いかける。俺はいったい何のために、そして誰のために転生した?

 

「たとえ記憶が戻らなくても、退魔師としての素質に優れていなくても…対策室(ここ)でしかできないことが、きっとある。そんな気がするんです」

 

黄泉に、生きていてほしい。そして、幸せになって欲しい。

アニメでも漫画でも叶えられなかった俺の切なる願いは…ともすればこの世界でなら実現できるのかもしれない。

そして、もしハッピーエンドの可能性が転生者である俺自身にかかっているのだとすれば……

 

__俺がこの世界で為すべきことは、決まっている。

 

「だから俺は…俺は、どうしても対策室で働きたいです!!このとおり…お願いします、室長!!」

 

その言葉に、嘘やはったりは無かった。これが俺の真意なのだ。

頭を深く下げると共に、まっすぐ自分の想いを伝える。

 

「…そう。それが貴方の気持ちなのね」

 

そして…数秒の沈黙が流れ、それまでずっと神妙な面持ちを覗かせていた室長は、ふっと息を吐くように笑顔をのぞかせた。

 

「おめでとう。合格よ」

 

「………へ?」

 

自分でも分かるぐらいアホな声が出た。この人いま、なんてった?

 

「桐ちゃん、説明をお願いできるかしら」

 

「承知しました。関谷涼、実は今回の面談は、あなたの真意を伺うためのテストだったのです。」

 

真意を伺うテスト…?え、なにそれは(困惑)

急展開に全くついていけない俺を尻目に、二階堂桐は粛々と説明を進めていく。

 

「一介の退魔師たるもの、他人の言に惑わされてばかりでは己の責務を果たすことはできません。

そのため、貴方に対してはあえて揺さぶりをかけるような問いかけを繰り返し、本当に対策室で勤務をする覚悟があるかどうか…それを試させてもらったという次第なのです」

 

そこまで聞いて、俺はようやくすべてを理解した。

つまりこれ、圧迫面接だったのね。

 

「ハハァ…」

 

へなへなと肩の力が抜けていくのを感じる。もうほんっとにビビりまくってたんだぞぉ!

 

「つ、つまり室長のアレとかもあえて威圧的にやっていたと…そういうことだったんですね」

 

「ええ、そのとおりよ。いつもと違って、ちょっとだけ厳しめにいかせてもらったわ」

 

ちょっと?あれでちょっとなの!?いやいやいや誰がどう見ても迫真すぎたから!

 

「……はい、そうでしたね」

 

ほら隣にいる桐さんもいま変な間があったじゃん!絶対俺と同じこと思ってるって!!

 

「なにはともあれ、騙すようなことをしたのには違いないわ。色々と心無い言葉も浴びせてしまって…本当にごめんなさい」

 

「私からも謝罪します。申し訳ありませんでした」

 

「い、いえそげなことは…ぜ、全然気にしてないですから…」

 

いや嘘つけ俺ぇ!気にしまくるわこんな怒涛の展開よお!この数十分の間に言われまくったこと2週間は引きずる自信あるぜこちとらよお!!

だけどそんな心の叫びも、時には抑えることも大事やで。それが大人への一歩やで、ええ。俺はそれを心の師匠からしっかり学んだからな。

 

「それじゃあ、改めてになるけれど…来週付より、超自然災害対策室総務班への正式な復職を命じます。これからの活躍に期待しているわね」

 

「は…はいっ!よろしくお願いいたします!!」

 

 

 

世間には、こんな格言がある。

 

『終わりよければすべてよし』

 

たとえどんな醜態を晒そうとも、結果さえ伴ってくれれば過程はどうだっていいのだ。

半泣き状態にされても諦めなかったおかげで、俺は対策室という新たな居場所を手に入れる事が出来た。実質的には働いてもいないのにクビにされかけたことを鑑みれば…それだけで十分すぎた。

 

ちなみにだけど、その後に執り行われた復帰に際しての書面確認などは、僅か5分足らずで終わった。車で言えばセルシオぐらい早かった。はえーよぉ、はえーんだよぉ!!

 

 

…とにかくこうして、転生以来一番の山場を乗り切った俺は。

今にも膝から崩れ落ちそうな体を必死に鼓舞しながら、這う這うの体で環境省を後にするのだった。

 

 

 



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episode 6 少女

「チカレタ…」

 

「……」

 

想定外の圧迫面接からようやく解放された俺は、一刻も早く家に帰りたい衝動に駆られていた。

折角この場所に来ているのだから本当は聖地巡礼とかしたかったけどもうマヂ無理。帰宅しよ…

 

「それにしても半端なかったな…二人の威圧感は」

 

「……」

 

アニメを繰り返し見ているうちに、あの人たちの言動や性格をすっかり知りえた気分になってたけど…それは実に浅はかな思い違いであったということを痛感させられた。

 

確かに見た目や声はアニメのそれと何一つ変わるところはない。しかしその人物が発する"空気"というのは、画面越しには決して感じることのできない情報なのだ。

特に神宮寺菖蒲の方はただ者じゃなかった。なんなのあの威圧感は。『普段ニコニコしてるキャラはヤベー奴』の法則をいかんなく発揮してたよ。さすがはあの前室長"峰不死子"の後任を引き継いだだけのことはある。

また二階堂桐に対しても同様、クーデレ可愛いとかそんな舐め腐った考えは即刻捨てなければならないだろう。あのどこまでもまっすぐな瞳で死あるのみですとか言われれば誰だって動揺するわ。

 

あの二人に加え、対策室にはまだまだ個性的な面子が残っている。出会って10秒で即気絶させられた黄泉と神楽。そしてキャラ的にも声色的にも味が濃すぎる男性陣…

 

「この調子で本当にやっていけるのかな…」

 

「……」

 

再び顔をもたげる不安。

っていかんいかん、さっき二人に宣言したばかりじゃないか。

 

例えどんなハンデがあろうとも、きっと自分には為すべきことがあるはず…ってな。

 

「がんばろう…うん」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

というかさ。

 

 

 

「さっきから誰ぇ!?」

 

あ…ありのまま今起こったことを話すぜ。

 

『圧迫面接が終わったと思ったら、背後から幼女がついてきていた』

 

な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何が起きているのか分からなかった。

幻覚だとかオカルトだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

 

見た目は小学生より幼いぐらいの、ショートヘアの女の子だ。

実はこの子、俺が環境省を出た瞬間からずっと同じペースで後ろをついてきてたのね。

横断歩道で不意に立ち止まってみれば後ろの足音もピタッと止まるし、完全にストーキングされてんなこれと思って振り返ってみたら、あまりに想定外の結果が待ち受けていたわけだ。

 

「えと…んと…じ、自分に何か用かな!?」

 

「……う」

 

「う?」

 

「うわああああああん!!!びええええええん!!!!」

 

「ちょっっっ」

 

なんで!?なんで!?

超絶泣かれてしまったんやが!?

端から見ればどこをどうとっても事案発生です。誰か警察呼んでーー!!

 

「おおおおちついて!俺変な人じゃないから。いやマジで、ほら、怪しい物とか何も持ってないよ~安全だよ~!」

 

身振り手振りで必死に不審者じゃないアピールを試みるが、こういうときって大体泣き止んでくれないよね。

 

「えええええん!!ぐすっ…うえええええええええええん!!!」

 

そら見たことか!さっきよりもひどくなってるじゃないか!!

 

この辺りは日本の中央省庁が密集している、いわば国の中心である。360°高層ビルに囲まれていると同時に、人々の行き交いが絶えることは無い。

つまり目撃者は四方八方にいるということだ。いつ『おっ、やべえ110番だな!』となってもおかしくない状況なのである。

 

べ、弁解しなきゃ(使命感)

 

「い、いや違うんです皆さんボキはなにもやましいことはしてなってあれへぇ!?!?」

 

少女からいったん視線を外し、周囲に訴えかけようとしたところで…俺はその奇妙な現象にようやく気付かされた。

霞が関のど真ん中でこれだけ騒いでいるにも関わらず、通行人が誰一人として反応していないのだ。

いや、正確に表現するならばチラチラと此方を見てはくるのだが、何かを察したように再び目を背けている。それはまるで「関わってはいけない人」に対するリアクションのようで…

 

え、なにこれ完全無視パターン?

一体どうしたんだい日本の民衆たち!優しさと思いやりの精神はどこへ行ったんだい!?

 

……

 

結局、あたふたの構図が10分くらい続いたところで、ようやく少女の方が落ち着きを取り戻してくれた。

 

「そ、それじゃ改めて…お嬢ちゃんは一人?

お父さんやお母さんはどこにいるのかな…かな?」

 

今度はレナ構文で言葉の棘を無くし、事情を確かめてみる。

うむ、我ながら完璧な作戦だぜ。

 

「わたし…迷子なの」

 

「ま、迷子…?」

 

こんな高層ビルに囲まれた首都のど真ん中で迷子になるのか…こっわ。喰霊の世界こっわ。

 

いやしかしとりあえず落ち着け。いくらここが異世界だといっても、幽霊が実在する以外は元の世界と何ら変わることはないのだ。

つまり俺がとるべき行動は、普通に迷子を見つけたときのそれと同じことをすればいいわけで…

 

そうだ、交番へ行こう(提案)

 

…いや別に自首しようって意味合いじゃないからね。

迷子になったらしいこの子を保護してもらうのに最善な手を思いついただけだから。おじさんまだ何も悪いことしてないから。

 

しかしそんな持ちうる限り最高の提案をしたにも関わらず、目の前の少女は暗い顔のまま首を横に振るだけだった。

 

「だめ…だめなの」

 

「だ、ダメぇ!?な、なんでだめなの!?」

 

「……うう…ぐすっ…」

 

「いやごめんごめんごめん!ウソウソ、交番はダメだよね。だからお願いだから泣かないで!このとおり!ね?」

 

少女の瞳に再び涙が浮かびだす。

お願いします。誰でもいいから…この状況を止めてくれぇ!

 

「……さん。涼さーん!」

 

そんな祈りが通じたのか、はたまた全くの偶然か。

聞き覚えしかない声に振り返ってみれば、そこにはどこか不満げな表情を浮かべる神楽の姿があった。

 

 

……!?!?!??!?!!?

 

 

かっ、かっ、神楽だとォォォ!?

 

「あ、やっぱりそうだ。遠目からずーっと呼んでたのにリアクションなかったから、別人なのかと思ったよー」

 

「や、あの、その、えと!……どうしてここに?」

 

「どうしてって…あそこ、私のバイト先だから」

 

「ば、バイト?」

 

環境省の建物を指さしながら、あっけらかんと答える神楽。

 

あっ、そうか…そうなんだよね。

この先いい加減慣れなきゃいけないことなんだけど、対策室が実在するということは、そこで働く人たち__つまりは黄泉や神楽たちも、当然この日常に存在しているわけでして。

 

「それで、涼さんのほうは?たしか、復帰は来週からって話だったよね」

 

「や、こっこれには、その、色々な、じっじ事情があって…」

 

それにしたって見ろやこのどもり具合!ガッチガチやぞ!!クィレル先生もびっくりやぞお前!!

以前病院にて遭遇した際は生で動く諫山黄泉を目視したことが原因で気絶に至った訳だが、だからといって土宮神楽に緊張しないとは言ってない。

まだ中学生だとかそういうことも関係ない。緊張するものは緊張するのだ。

喰霊-零-二大ヒロインの一角なんだから当たり前だよなぁ?

 

「そういえばさっきまで室長と二階堂さんが不在にしてたけど、涼さんと話してたんだね」

 

「う、うん。話というか、圧迫面接というか…」

 

しどろもどろになりつつも、俺は先程まで室長たちと()()()()()をしていたことを伝えた。

 

「圧迫!?うわー…それは大変そうかも」

 

分かってくれますか神楽さん。

それはもう大変でしたよ。追い込まれ過ぎて半ベソかかされる位には。

 

しかしながら、この偶然の遭遇は俺にとって一筋の光明を見いださせてくれた。

神楽に手伝ってもらった上で、なんとしてもこの迷子少女の家を見つけなければならない。

 

「と、とにかく今はそれどころじゃなくて…ちょっと、手伝ってほしいことがあって」

 

俺は勇気を出して、神楽に助力を願い出た。

 

「…あ、ひょっとしてその後ろにいる女の子のこと?」

 

あら、察しが早いじゃない!助かるわぁ~♨

 

「そ、そう!そうなんだ!

迷子みたいなんだけど、自分の家が分からないらしくて、交番も行きたくないって…

どういうわけか周りの人はみんな知らんふりだし…」

 

神楽は何故か怪訝な表情のまま俺の説明を聞き終えて…やがて深く息を吸い、口を開いた。

 

「…ねぇ、涼さん」

 

「は、はい!?なんでしょう……」

 

「幽霊だよ」

 

「ゆ、なに?」

 

「だから…幽霊」

 

「…ゆうれい?」

 

話の意図を汲み取れず、頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

 

幽霊ってどういう意味だ。

…ま、まさか近くに幽霊がいるのか?

ど、どこ!?ひょっとして俺に取り憑いてるとか!?

こ、怖い!助けてください神楽さん!!

 

「じゃなくて…その子だよ!涼さんの後をずっとついてきたっていう、その女の子!!」

 

あたふたする俺にしびれを切らしたのか、神楽が大声で捲し立てる。

 

「え……幽霊って__」

 

まさか、この少女のこと?

 

「そう。多分だけど、急な事故とかに遭って魂だけが取り残されちゃった感じかな。

だからこの子も、自分が死んじゃったってことをよく分かってないんだよ」

 

……成る程。ずっとあった違和感がようやく繋がった。

この世界へ転生した俺に神様が唯一与えてくれた能力…それは霊を視認できる力だ。チートをくれなかった神様の、ほんっっっとに申し訳程度の優しさからくる力だ。

そして、俺がずっと本当の迷子だと思っていたこの少女は、一般人には見えない存在…つまり幽霊であった。

それゆえに通行人視点では"虚空に向かって話し続ける俺"をヤベー奴扱いで華麗にスルー。

俺は俺でその事実に全く気付かず右往左往し続けていたと……そういうことだな。

 

「…よし。鬱だ死のう」

 

「いや、死んじゃだめだから!」

 

そ、それもそうか…じゃあ布団を持ってきてくれ。今すぐ潜り込んで「わーーっ!!!」って叫びたい。

 

「うぇ…ぐすっ…ふぇぇぇぇん…!」

 

あ、アカン!そんなやり取りをしているうちに、せっかく落ち着きかけていた迷子の少女__いや、迷子の幽霊か__が再び泣きじゃくり始めてしまった。

 

「…ねぇ涼さん。ここは私に任せてほしいんだけど、いいかな?」

 

「え!?あ、う、うん!」

 

神楽は俺に気を遣ってかわざわざ断りをいれてくれたようだが、そんなものはフヨウラ!

そもそも、君が来てくれた時点で完全に頼りきるつもりだったからね。

 

「そ、それじゃあ…お願いします」

 

俺が一歩下がって場所を譲ると、神楽はそのまま少女の前に屈み、真言を唱え始めた。

 

「オン カカカ ビサンマエイ ソワカ…」

 

印を結ぶ神楽の手元から青白い光が放たれ、少女をすっぽりと包み込む。

その光は常日頃差し込んでいる太陽のように暖かいらしく、二人から少し離れていた自分のところにまでそれが届いていた。

 

「…っ!」

 

少女を囲む輝きが一瞬だけ増し…暫くして光が止んだ。

神楽は真言を唱え終わり、こちらへと向き直る。

 

「成仏してくれたみたいだよ、涼さん」

 

 

 

そうか…

 

 

 

うん……

 

 

 

ううん………

 

 

 

俺には、この完結しかけた空気をぶち壊してでも神楽に伝えなければならないことがあった。

いや、できてしまったというべきだろうか。

 

「あ、あの、あのさ…」

 

「どうかした?」

 

「えと、その、非常に申し上げ辛いんだけど……それ」

 

「それ?」

 

神楽の真後ろには、無事浄化したと思われた幽霊少女が、()()()()()()()()()()()存在していた。

 

「あ、あれ…?」

 

「……ぐすん」

 

いたたまれない沈黙がこの空間を支配する。

それを最初に破ったのは、先ほど真言詠唱をかってでてくれた神楽当人。

 

「えーっと…ごめん…失敗しちゃったみたい」

 

「……そ、そうか」

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

どうしたんだ神楽ーー!なんのための真言だー!これはいけませーん!!

 

今のはどう見てもうまくいく流れだったじゃん!なんていうかさ…これを一つの話とするなら、綺麗に終われるところだったじゃん!!

 

「ぅぅ、ふぇぇぇぇん…!!」

 

「アッ!!ほ、ほ~ら泣かないでー!大丈夫だよ~!」

 

あハイくらい暗い暗い暗い!Don't Cry!

 

「そうそう!私たちがなんとかしてあげるからね!……どうしよう涼さん!」

 

「へえっ!?」

 

神楽は女の子の頭を撫でながら、小声で俺に打開策を求めてきた。そんな期待に満ちた目でこっちを見るのはやめてくれぇ!?

 

二人しててんやわんやのこの状況。

完全に神楽頼みだった一連の流れを考えると、決して楽観視できるものではない。

 

『手詰まり』という絶望的な言葉が頭に浮かんできた__その時のことだった。

 

「やっと見つけた…神楽!こんなところでなにしてるのよ。2時から岩端さん達と打ち合わせって話、聞いてなかったの?」

 

後ろから響いてきたのは、凛とした第三者の声。

神楽どころか親の声以上に聞いたであろう、特徴的な彼女の声。

 

「!?!???!!?!?」

 

よ、よよ、黄泉だぁあああああああ!!!!

神楽と対をなす絶対的ヒロインの登場に、俺の気管支がキュッと狭まるのを感じる……

ってや、やばい息ができない声が出せない体が動かせないあばばばばbbbb__

 

「あれ、涼もいたの?それにこの子は…ちょっと待って、一体どういう状況か説明してくれる?」

 

「黄泉、丁度良いところに!実はね……」

 

俺がガクブル状態になっていると、神楽の方が今の状況をてきぱきと説明してくれて。

 

「二人してなにやってるのよ…っていうか神楽、この前印の組み方教えたばかりじゃない。全く忘れっぽいんだから」

 

「あはは…ごめん」

 

「ほら、良く見てて。人差し指と中指をこうやって組み合わせるのよ…」

 

黄泉は自らをお手本とするように、神楽と同様の呪文を述べていく。

すると神楽の時とは比べようのない光の粒子が全方位へと広がっていき、気づけば俺たちの足元には遥か彼方まで流れる光の大河が存在していた。

 

「おねえちゃん…わたし……こわい」

 

「大丈夫よ。あなたがこれから行くところは、私たちがいつか還るべき場所。とても暖かくて…安らかなところだから」

 

今度こそ少女の周りに青白い光が集まっていき、先程の神楽のものとは比べ物にならないほどの輝きを放ち始める。

少女は安らかな顔で、黄泉に導かれるままに…

 

「……ありがとう。おねえちゃん……」

 

「うん。行ってらっしゃい…」

 

黄泉は少女が光となり完全に消えゆくまで、優しい笑みを浮かべていた。

 

はえ~…すっごい。

 

「ん…素直な子は成仏させやすいから助かるわ」

 

「黄泉、ありがとう!」

 

前世では死後の世界とか全く信じないタイプの人間だったけど、こうまで神秘的な光景を見せられれば、たしかに信心深くもなろう。

特戦4課の春日ナツキは『全人類が霊を見れれば人の争いは無くなる』と言っていたけど、あれは確信を突いた言葉だったのかもしれない。

 

「私たち退魔師にとって、浄化術は基本かつあらゆるところで重宝する大事な技よ。

キチンと覚えておいて損は無いんだから、神楽も次はちゃんと一人で出来るようにね」

 

「はーい」

 

神楽に対してお姉ちゃん全開の黄泉は、優しい表情のまま神楽を諭していた…と思われる(推定)

はい、すいません。お察しの通り黄泉の顔をまっともに見ることが出来ておりません。コミュ障ここに極まれり。

 

っていうか改めて言うけど黄泉が美人過ぎるのよ。理想のヒロイン過ぎるのよ。

あの瞳には比喩じゃなくてマジに人を吸い込む力があると思う。

 

そして…今日一日を波乱に過ごした俺自身には、いよいよ限界が近付きつつあった。

これ以上彼女たちと同じ空間にいたら 、再度気絶するどころか俺まで浄化されてしまう(カテゴリーH並感)

 

色々と心残りはあるが、二人にはそれとなく断りを入れて…帰るとしよう。

 

「じじじ、じゃあ俺はそろそっ!そろそろ、帰る…ね」

 

それとなくって言ってんだルルオ!?

こんな吃りまくってたら目立ってしょうがねぇだろうが!!

 

「え?ちょっと…」

 

「涼さん、もう帰っちゃうの?折角なら対策室に寄っていけばいいのに」

 

困惑気味な黄泉とは対照的に、とんでもないことを言い出したのは神楽の方だった。

そんなことが俺に出来るとでも?ははは、見くびってもらっては困るな。

 

これ以上二人と一緒にいようものなら、脈拍は200を越えて危険な領域へと突入する。それじゃあ病院の時の二の舞だ。

 

俺だって馬鹿じゃない。過ちは繰り返さんぞ。

 

対策室への同行を促してくれた神楽には本当に申し訳ないが、ここは改めてそれとなくお断りするとしようか。

 

「ごごごごめっ、でも今日はもうかかかえらきゃっ、いけないからっ」

 

いやだからそれとなくつってんだろうが!

なんでこうも吃っちゃうの!?ガチ恋してる人の前だと絶対こうなる呪いにでもかけられてるの俺は!?

 

 

……俺もうね逃げる。脱走するもうここから。

 

腰砕けの撤退を決意した俺は、二人の突き刺さるような視線を浴びながらも、なんとか踵を返すことに成功した。

あのまま流れで対策室にお邪魔してたら絶っっっ対キャパオーバーしてたことを考えれば、英断だったと言えような。

 

……目から溢れ出るこれは何?涙?

 

 

 

 

__関谷涼、転生から早7ヶ月。

 

未だ諫山黄泉(メインヒロイン)と会話することままならず……!!

 

 

 




主人公の対原作キャラ毎のコミュニケーション能力

神宮寺室長→喋れる

土宮神楽→まだ喋れる

諫山黄泉→!??!??!!?!?!?!?!



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episode 7 初日

喰霊の小説を書く上で最も難しいのは、黄泉の口調を忠実に再現することだと思う。



室長たちと地獄の面接を繰り広げたあの日から、はや数日。

 

週明けのこの日は俺にとって記念すべき、対策室への『復帰』当日である。

復帰…とは言うもの、この世界でずっと生きてきた"自分"の記憶は未だ流れ込んでいない。そのため、実在する対策室をこの目にすることも、そこで働くという事実も…あらゆることが俺にとって初体験になるわけだが。

 

__環境省、超自然災害対策室。

この扉を一枚挟んだ先には、俺が10年間待ち望んだ光景が存在している。

 

「すー、はー、すぅぅぅぅゲホッゲホッウ゛ォエ!!」

 

口はカラッカラ、心臓もバックバク。

深呼吸したら猛烈な勢いでむせ返る程度には、俺の精神状態はまともでなかった。

 

堪えきれずに先ほどコンビニで購入したペットボトルに口をつける。ゴキュリ、ゴキュリという擬音が出そうな勢いで、500mlのうちおよそ半分を一気に飲み干した。

多少の水分を口に含んだ所で平常心を取り戻せる訳もないのだが、それでもショート寸前の思考回路をある程度回復させることができた。

 

あれだけの想いを室長にぶつけて、俺は今この場所に立っているのだ。今さら後に引き返すことなんて…できないよな。

 

よし、第一声を頭のなかで復唱して。

 

俺は意を決し、対策室の扉を開けた。

 

「おはようございますっ!!」

 

緊張、感動、興奮、不安。

数多の感情が入り交じる中で出来うる、全力の挨拶だ。

 

……

 

しばしの沈黙。

それからややあって、この場に居た男性陣から反応が上がる。

 

「お久しぶりですね。お体の方はすっかり良くなったみたいで」

 

「は、はい!まあ何とか、奇跡的に回復することが出来まして…」

 

飯綱紀之。

管狐という霊獣を使役する飯綱家の末裔。俺が死ぬほど好きな諫山黄泉とは婚約者の仲で…個人的には複雑な思いを持たざるを得ない人物ある。イケメン。高身長。モテそう。

てか、なんで敬語?

 

「そいつは良かったっすね。ちなみに記憶喪失って話も聞きましたけど…そっちの方は?」

 

「あ、実はそちらの回復はからっきしで…だけど皆さんの名前とかはちゃんと分かっているので…あはは」

 

二枚目半という言葉が似合う短髪の彼は、桜庭一騎。俺が死ぬほど好きな諫山黄泉に惨殺された男だ。

いやだから、なんで敬語?

 

…ここで、二人の年齢を確認してみよう。

 

飯綱紀之…18歳

桜場一騎…18歳

 

超年下じゃねぇかお前ん家ぃ!!

わっっか!アニメ放映当時と年齢差逆転してんじゃねぇかわっっか!!!

かつて見上げるほど大人に見えていた二人が、10年の歳月を経て年下になっちゃいました…ってウッソだろお前www

 

「ナブー久しぶりまして」

 

「ナブーも久しぶりんトゥルルン」

 

「えと…お久しぶりです、ナブーさんと…ナブーさん!」

 

圧倒的なキャラの強さと独特の言語センスを併せ持つナブーさん兄弟は、どこまでも瓜二つでまるで見分けがつかなかった。見た目と声だけでなく動作もほぼシンクロしているし、もし原作知識が無かったら100%混乱させられる登場人物だといえよう。

 

…そして、混乱させられるという意味では、この対策室にはヤベー人物がもう一名存在している。

その男性はスーツ越しでもわかるガタイの良さで、先程から俺に熱い視線を送っているこの人。

 

「久しぶりじゃねーか関谷。お前が居ない半年間、淋しかったぞ…凄くな」

 

岩端晃司。元自衛隊かつ傭兵。その腕っ節の良さと霊視能力を買われ、叩き上げで対策室の一員となったベテランの退魔師である。

そこまでは良い。大変すばらしい肩書だと言えよう。

問題は…この人がノンケだって構わずに食っちまう”そっち系の人である"ということなんだよね。

 

「岩端さん、ご無沙汰してます…いろいろと心配をおかけしまして」

 

当たり障りのない返答でやり過ごそうとしたが、そうは問屋が卸さない。岩端さんはおもむろに立ち上がり、俺の体を撫で回してくる。

 

「えっそれは…」

 

「どうやら、体の方はちゃんと完治してるみたいだな」

 

ああ、けがが治ったのかを直接触って確かめてくれたのね。

それにしてはじっくりねっとりと手を這わせているように見えるのは、私だけでしょうか…?

 

「そうですね…でも記憶の方はまだ戻っていないので…また迷惑をかけるかもしれませんが」

 

「安心しろ、そんなこと誰も思わねえさ…けどその様子じゃ、俺と過ごしたあの夜の日のことも、すっかり忘れちまったみたいだな」

 

……おファッ!?!?!?

そ、それは本当か!?(動揺)

 

…いやしかし、絶対に無いとも言い切れないぞ。岩端さんはそっちの人だし、恐らく俺は()()()()()()女っ気なぞ欠片もなかったはず。

そこから導き出される、2人の関係とは__

 

男同士、二人きり。何も起きないはずがなく……

 

「あ、あの!まさか今のお話は、ほ、本当なのですか?」

 

「どうしたんだ関谷、そんな涙目になって…事実に決まってるだろ__」

 

「いやそんなわけねえから!!」

 

暴走する岩端さんを止めるかのように、桜庭一騎のツッコミが飛んできた。

 

「ったく、タチの悪い冗談だっての。涼さんもいきなりで戸惑うのは分かるけど、こいつの言うことはあんまり鵜呑みにしなくていいからな」

 

どうやら俺が抱いた懸念は杞憂に終わってくれたらしい。

それにしてもとんでもない冗談を真顔でぶっこんでくるあたり、岩端さん恐るべしといったところだろうか。

 

「桜庭、お前……ひょっとして妬いてんのか?」

 

「なんでそうなるんだよ!?」

 

その後流れ弾(意味深)が飛んできて青ざめる彼を尻目に、俺は奥手側に控えていた桐さんの元へと赴く。

 

「お、おはようございます。本日から復帰になりますが、よろしくお願いします」

 

「お待ちしていました。それではこちらに…室長へご挨拶を」

 

「な、なんかちょっと緊張しますね。なんて、へへっ」

 

「……」

 

「あっ…スイマセッ」

 

コミュ障なりに会話のキャッチボールを試みたが、案の定失敗した。こういう時の気まずさは他に類を見ないものがある。

 

「…いえ。確かに初めのうちはそうかもしれませんが、そのうち否が応でも慣れるかと思います。あまり心配しなくてもよいかと」

 

桐さんはあからさまに凹む俺を憐れんでくれたのか、時間差で反応をしてくれた。人間の鑑。

 

「……ああ、それから__」

 

「は、はひっ。なんでしょうか?」

 

「その、恐らく伝わりづらいことは重々承知していますが…貴方の復帰、私自身も心より歓迎しています。これからもよろしくお願いいたします」

 

さらに想定外の言葉を受けて、俺は思わず間の抜けた顔をしてしまう。

 

ああ、そうだった。

初見だとつい彼女に対してクールで冷たいという印象を持ってしまいがちだが、こういう不器用さと優しさを併せ持ってるんだよなあこの人は。

いやほんと、クーデレ感満載で素晴らしいと思います、はい。

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

「えとっ、失礼します。神宮寺室長」

 

所変わって室長室。対策室の一番奥側にあるこの部屋は、アニメでは散々見慣れた場所だったが…現実になると、やっぱりそうそう気安い場所じゃないな。

 

「おはよう涼くん。この日が来るまで長かったわね」

 

「そうですね…改めてになりますが、色々とご迷惑をお掛けしました」

 

「迷惑だなんて滅相もないわ。みんな、貴方が戻ってくるのを心待ちにしていたのよ」

 

「そう言って貰えると幸いです。それから__」

 

以前の緊迫感が嘘のように緩やかな空気のなかで…俺は感謝の思いを伝えるべく、再度頭を下げた。

 

「自分の復帰に際しては色々と取り計らって頂いたと伺いました。本当に、ありがとうございます」

 

「あらあら、お礼を言うのはこちらの方よ…よく戻ってきてくれたわね」

 

慈愛に満ちた室長の目は、いつからか真剣なものに変わっていて。

 

「記憶が戻るまでは、悩みや苦労が耐えないでしょうけど、そんな時はいつでも私に相談してね。

一歩一歩着実に。だけど決して焦らずに、よ。

 

…期待しているわ」

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

設定資料集で目にした通りの空間がそこにあって。

その場にはアニメで見た主要人物が一堂に在していて。

極めつけは、その人たちが俺にかけてくれた言葉の数々。

 

対策室に来てまだ10分と経っていないのだが、一先ずここまでの感想を述べさせていただきたい。

 

………ウウッヒョオアアァアアアすげえええええええ!!!!!

すごいすごいすごすぎるッッッ!!これが落ち着いていられるか!?いられるわけねえよなぁ!!

キエエエエイッ!この感情を漏れなく表にぶちまけたいッ!!対策室中を大声で叫びながら走り回りたいッ!!

もし俺に理性という名の良心が存在していなければ、間違いなくその狂気を実行に移していたことだろう。いやほんとに、それぐらいに凄いことなんだよこれは。この想いが全国1000万を超える喰霊ファンの皆さんに届きますように!!

 

 

 

「関谷涼、聞いていますか?」

 

「はっ!?…はい、すみません」

 

心中躍動するもう一人のボクを雁字搦めに押さえつけ、桐さんに向き直る。

職場内の説明を受けてから自分の席を教えてもらい__本来原作では存在しえなかった場所に新たなスペースが用意されているという原作との改変点にある種の感慨深さを噛みしめながら__備え付けのパソコンを起動した。

 

「勤怠と業務予定表はこのフォルダに入っています。勤怠に関しては翌日朝の10時までに入力してください」

 

「はいっ」

 

「…ここが予算のフォルダです。貴方にはまず伝票処理から始めていただくつもりですので、時間があるときに過去の資料を確認しておくように」

 

「はいっ」

 

「それで、伝票の作成についてですが…先取ってショートカットを作成しておきました。デスクトップからこちらをクリックして…そうです」

 

「はいっ」

 

「詳細な業務の手順については予めメールで送っていますが、少しわかりづらいので口頭でも説明させて頂きますね」

 

「はいっ」

 

いや「はいっ」しか言えんのか猿ゥ!こんなアホらしい…辞めたらこの仕事?

でも違うんや。これはな、誰でもそうなるんやって。

 

俺だって決してやる気が無いとかそういう訳じゃないんだよ。

むしろモチベーションだけで言ったらこの場にいる誰よりもあると自負している。

 

しかし冒頭にも言ったが、「二十余年喰霊の世界で過ごしてきた自分自身」の記憶が一切流れてこないこの状況。俺だって前世じゃ多少なりとも社会人経験があったものの、勤め先が違えば同じ業務でもそれを進める手順というのは千差万別で。

記憶が戻らない以上、俺は当分の間桐さんから手とり足とり仕事を教えてもらう必要がありそうだった。

 

「飲み込みが早くて助かります。この調子でどんどんいきましょう」

 

「はいっ!」

 

…これはこれで悪くねーな、うん。

 

 

 

午前中一杯を使って業務上のガイダンスを聞き終え、その次に待ち受けていたのは関係部署への復帰挨拶回りだった。

 

省内にある対策室管下の部署は、処理班と総務班の他にも数多存在している。

…らしい。俺もそこまでマニアックな知識は持ち合わせていなかった。

 

悪霊被害を事後鑑識する調査班や、特異点の分布図を作成する観測班など…"超自然災害対策室"の冠が伊達ではないことを改めて思い知らされたよ。

 

でそのせいもあり、省内の部署を全て回り終える頃には日もすっかり暮れていて。

 

「あっ、涼さんだ!ようやく復帰したんだね、お帰りなさい!」

 

「えっ!?あっ、こっ、こっ、こんにちはぁ……」

 

オフィスに戻るとちょうど神楽が対策室にやってきていた。彼女はまだ14歳で当然学校に通っているため、緊急時以外はいつもこれぐらいの時間に来ているのだろう。

勤務体系はバイト扱いだったと記憶しているが、もし時給800円とかだったら今すぐ労基に駆け込むんだぞ。

 

…話がズレた。ともかく神楽が来たということは、必然的に同じく学校へ行っているはずの彼女ももうすぐここへやって来るということを意味していて__

 

「おーう!」

 

「わあえあおあああ!!??」

 

突然後ろから肩をぽんと叩かれ、その人物の正体を即座に認識した俺は…それとほぼ同時のタイミングで飛び上がった。あまりにも早すぎるフラグ回収である。

 

「ん、涼にしてはナイスリアクションじゃない。いつからそんな面白い反応するようになったの?」

 

俺がこの世界で愛してやまない少女__諫山黄泉は、意外そうな声を上げ、まじまじとこちらを見つめてきた。

 

「あっあっ…」

 

彼女の特筆すべき魅力の一つに、この目力の強さが挙げられる。

確固たる信念と覚悟を併せ持つその瞳は、眩しすぎるほどの輝きを宿していて。

俺なんかが目線を合わそうものなら、前回しかり今回しかり『ダメ…見ないで、見ないでぇー!(羽黒並感)』となってしまうのである。

 

「そう言えば今日だったんだ。とりあえずは復帰おめでとう…で、良いのよね」

 

「おふっ、い、いやその、う…うん!ソウダネ。んんっ、そ……そうだね!」

 

「怪我の方はちゃんと治してきたの?ほら、前会った時に聞きそびれちゃったじゃない」

 

「ははははいっ!その、おっ、おか、お陰様で……」

 

「なら良いけど…っていうかあの時いきなり逃げ出したでしょ?もっと前にお見舞いに行ったときは気絶するし、神楽と一緒に心配してたんだから」

 

「いやっ、それはえっとその、それらのことには、なんていうかいろ、色々な事情があって…いえ、ありまして…」

 

転生を夢みる皆さん、これが現実だ。

仮に神様からチート能力を貰って、顔面偏差値70超えの最強キャラに転生していたとしても…憧れの人物を前にすれば、誰だってクソザコ転生者に成り下がってしまうのだ。

 

 

 

そして黄泉の言うとおり、初めての遭遇時には即気絶。前回偶然にも出会った際は、一言も発することが出来ず涙を流しての撤退。

そして今、この瞬間も…俺は緊張と動揺のあまり、ロクに言葉が発せない状況に陥ってしまっている。

 

 

__しかしながら。

 

 

惨敗の歴史を繰り返し、同じ過ちを繰り返す可能性を自覚していても尚、それでも黄泉と会話を交えたいと…内なる心がそう叫ぶのだ。

それができなくとも、せめて彼女と"挨拶"くらいは…"これからよろしく"という思いは、面と向かって伝えたいのである。

 

一歩を踏み出すんだ、俺。

今日だってここまで、黄泉以外のそうそうたる面子を前にして、臆せずに喋ることができたじゃないか。

 

「あの、えと、その、改めてに、なる、なりますけど。どうか、よ、よろしく、お願いします……黄泉」

 

う、うわあああすげえ!!!

ついに生の黄泉に喋りかけちゃったよ俺!!!

もうわが人生に悔いなしだよ死んでもいいや!!!

 

「「「……」」」

 

え、ちょっと待ってなんか一瞬にして空気が凍ったんだけど。

寸前まで無邪気な笑顔を覗かせていた黄泉はみるみるうちに表情を一変させ、他のみんなも此方を見ているわけではないが明らかに動揺の空気が走っている…?

一体皆どうしちゃったのよ。なんか俺がとんでもないこと口走ったみたいな空気になってない?

 

「あ、あれ…なんか俺、へ、変なこと言っちゃった…かな」

 

戸惑う俺にいち早く反応してくれたのは、黄泉に後れて対策室にやってきていた神楽だった。彼女もまた、他の皆に倣うかのような表情で。

 

「だって涼さん…聞き間違いじゃなかったら、黄泉のこと名前で呼ばなかった?」

 

な、名前?そりゃ名前は呼ぶでしょ"黄泉"ってさ。元の世界じゃ妄想で何度連呼したことか分からんぐらいの話であってだな……

 

あん?名前で呼んじゃった?

 

「あっ……」

 

う、うわああああああやべえええっっっ!!!

これはやらかした!!!

死んで詫びるレベルのやつだ!!!

 

少し考えてみれば、分かることだった。

転生者である俺が憑依する前の自分__『関谷涼』が、現実に存在する彼女を「黄泉」と下の名前で呼べていたはずがないのだ。

そんなコミュ力あるやつが黄泉の隠し撮り写真を部屋中に張りまくったりは絶対しない。

 

つまり…俺は黄泉のことを、「諫山」。

いや「諫山さん」と、そう呼ぶべきだったのだ。

 

「ごっ、ごごごめん!いさっ、諫山さん。諫山さんだよね俺ったら何を血迷って名前呼びとかしちゃったんだろうねアハハ……」

 

慌てて前言を取り繕おうとするが、時すでに遅し。

こういう肝心な時に限ってやらかしてしまうのは生前から変わらないところだが、さすがにこの状況下では草も生えないどころか除草剤で全滅レベルだ。

 

キモオタ変態ストーカーに名前を呼ばれる黄泉の気持ちを考えてみろよ。これはもう確実に嫌われましたね…素直に絶望しました。退魔師辞めます。

 

「…いや、別にいいわよ。黄泉って呼んでも」

 

ほら聞いたか?名前で呼んで良いってさ。それじゃあ俺はここから飛び降りる準備を……ってヴェエエエエッ!?!?

 

「私は涼の事を元々名前で呼んでたし…ほら、分家同士なのよここの繋がりは。だから今に始まった付き合いじゃないってわけ」

 

どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。

…つまり彼女は、本人を前にして名前呼びすることを認めてくれたらしいのだ。

 

「い、いや、で、で、でもそれはそんな…余りにもお、恐れ多いことだし…」

 

さっきは完全に無自覚だったからやらかしてしまったが、よくよく意識すると滅茶苦茶勇気が必要になる行為である。

どれくらい必要かといえば大坂の陣の真田軍くらい勇気が必要な行為である。

 

「恐れ多いって…私をなんだと思ってるのよ?」

 

えっそりゃ神様よりも尊い存在でしょ(真顔)

 

「…と・に・か・く、今までが他人行儀すぎだったのよ。ね、神楽」

 

黄泉から話を振られた神楽は、阿吽の呼吸で優しげな笑顔を覗かせて。

 

「うんうん。これからは私のことも、"土宮さん"じゃなくて、神楽って呼んでくれていいからね!」

 

 

ああ…

 

 

あああ……

 

 

天使や…!天使がおる…!

 

 

しかも二人おる…!!

 

 

あったけぇ…あったけぇなぁ退魔シスターズ。

 

 

 

 

 

それから先の時間は、実にあっという間に感じられた。

 

「今日も一日お疲れ様。引き続き明日もよろしくね」

 

「はーい」「ういーす」

 

俺にとってはあまりにも非現実的な日常。しかしその日常がこの先ずっと続いていくことを考え始めると、今日もまた眠れなさそうだ。

俺はしみじみとそんな思いを馳せながらながら、帰り支度を始めていると__

 

「どこへ行こうというのですか」

 

桐さんに止められた。え、なにその口ぶりはムスカ大佐かい?

 

「どこへって…お、おうち?ですけれど…」

 

「ひょっとして、この後のことを忘れてしまっているのですか?」

 

彼女の声色は呆れたと言わんばかりのもで…それに加えて、周囲のやれやれといったような視線が刺さる。

しかし恐らくだが、俺は本当に何も聞いていない。少なくともこちらの世界に来てから誰かの話を聞き漏らすなんて()()()()()()を、俺がする筈がないのだ。

 

「これから貴方の復帰歓迎会ですよ」

 

それだけで事足りるかのように、桐さんはにべもなく言い放った。

 

「え?ふ、復帰…」

 

「歓迎会です」

 

いや、別に言葉を聞き取れなかった訳ではないのだけど…

 

「あのそれ…初耳なんですけど」

 

「まさか。室長より、事前に連絡を受けているはずですが」

 

俺と桐さんの視線が同じ一点に合わさる。その視線の先にいた当人は、あっけらかんとした表情を一切崩すことなく。

 

「あら、そういえばまだ言ってなかったかしら。ごめんなさい」

 

いやごめんなさいで済んだらコミュ障は存在しないんだよ!初日早々この顔ぶれと飲み会って、ようやく落ち着きかけていた心臓が再び爆音を鳴り響かせ始めているよ!?

 

「…それを伝え忘れていたということは、恐らくこれも初耳になるのでしょうが。貴方には、歓迎会のどこかのタイミングで挨拶をしていただきます。

 

今からでは時間はあまりありませんが…準備のほど、よろしくお願いします」

 

そして隣にいた桐さんは、どこか同情的な視線のまま…しかしキッチリと置き土産の爆弾を残していていってくれた。

ちょっちょっと待ってください!待って!助けて!!待ってください!!お願いします!!! ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!(迫真の叫び)

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

取り敢えず、丸一日をここ対策室で過ごしてみての感想を…改めて述べさせてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の準備、させてーな。

 

 

 



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episode 8 歓迎会

三角形になって、三人で乾杯しあわねぇか?(提案)



突然だが、ここでクソどうでもいい俺の話をしよう。

俺は生まれついての"下戸"である。酒はほとんど…というか全く飲めない。

まだ高校生だった頃、学校の授業でアルコールのパッチテストを行ったことがある。これは消毒用のアルコールを染み込ませたテープを上腕部に貼り、しばらくして生じる皮膚の反応によって自分が酒に強いかどうかを判別する実験だ。一般にテープを貼ってから7分後に皮膚が赤くなる人は酒が飲めない体質、それからさらに10分後に赤くなった人は酒に弱い体質であると言われている。

で、薄々だが酒に弱いことを自覚していた俺が早速このテストをやってみると……

 

テープを貼った瞬間に皮膚がじんわりと赤くなった。

 

なんだこれは…たまげたなぁ。

当時のクラスメイトや先生からの「お、おおう…」みたいなリアクションは今も記憶に残っているし、同時にこれから先恐らく酒が飲めない人生をどう立ち回ろうかと真剣に考えたものだ。

そうして20歳を過ぎ、社会人となった今…現在のアルコール摂取許容量は、ビールジョッキ基準にして2分の1杯程度である。

それでザ・エンドってね。お疲れ様でしたってね。

 

なぜ唐突にこんな話をしたか、ともすればお分かりの方もいるだろう。

現在、俺は洒落たイタリアンの店内で対策室の面々に囲まれている。

大変手前味噌な言い方になるが、今回の主賓は紛うことなく自分であろう。何故か店内には【関谷涼くん復帰歓迎会】というド派手な横断幕が掲げられているし。

つまるところ、今の俺は非常に切羽詰まった状況に置かれていた。この空気感の中では間違ってもコーラやジンジャエールなんて頼めやしない。

 

「それじゃあ、先に飲み物だけ注文しておきましょうか。まずは涼くんからね」

 

「えっ、お、俺ですか…!?そっ、それじゃあ、その…とりあえずビールでぇ…」

 

言葉尻の妙な間合いを察されたのだろう、直後に室長と桐さんから「いきなりビールで本当に大丈夫(ですか)?」と心配の声が飛ぶ。

 

…大丈夫なわけないだろ!いい加減にしろ!!

しかし空気を読むこと()()は一人前の俺にとって、その選択しかできなかったわけだ。これがザ・日本人というやつだ。

 

「神楽は何にするー?」

 

「私はオレンジジュース!」

 

「おっ、いいわね。景気付けにグイっといっちゃいますか、部長?」

 

「えっと…そうしてくれたまえ、黄泉課長!

普通の会社だと、ほんとにこういうやり取りしてるのかな?」

 

「うーんどうだろう。丸の内のビアガーデンとか夜はこんなノリだったりしない?」

 

「確かにそうかも。夜になるとサラリーマンの人達で満席になってるし」

 

「…あとはこんな風に、セクハラ親父がいたりして!」

 

「あっ!?黄泉ったら、変なとこ触らないでよ!」

 

「またまたそんなこと言ってー。本当は嬉しいんじゃないの?」

 

「もうダメだって!そんなことしたらすぐに捕まっちゃうでしょ~!」

 

エッッッッ(気絶)

何気なく隣の会話を耳にしていたらなんだこれ…うん、なんだこれは。

特に何の脈絡もなくイチャつき始めた二人を尻目に、喰霊の厄介オタクである俺はいとも容易く限界化した。もうやだ最高可愛い…(バババババ)

 

「今日は1日平和だったわね。毎日こうだと私たちも楽なのだけど」

 

「室長…悪霊の出現って、やっぱり頻繁に起きるものなんですか?」

 

「残念なことに最近は増加傾向にあるわ。そうよね、桐ちゃん」

 

「はい。環境省も除霊に特化した人員を増やしてはいますが…到底追い付いていないというのが現状です」

 

「今日みたいに一日何も無いことの方が稀なのよ。これも涼くんの日頃の行いの賜物かしら」

 

「い、いえそんなことは。あは、あはは…」

 

室長達と会話に興じていると、最初に注文した飲み物が出揃った。未成年の黄泉達は…よし、ちゃんとオレンジジュース頼んでるな。コンプライアンス確認!

 

「全員揃ってのご参加ありがとうございます。本日は総務班担当、関谷涼君の復帰祝いということで……」

 

今回の幹事役らしい桐さんが席を立ち、音頭をとり始める。

カンペも見ずにすらすらと言葉を並べていく様子は、彼女の本質的な優秀さを現しているようだった。同じ総務班としてお手本にしなきゃいけない人物だ。

…10年かかっても追い付けそうにないんだけど、こまけぇこたぁいいんだよ!

 

「……それでは、ここで室長より一言賜りたいと思います。宜しくお願い致します」

 

「はい、ご紹介に預かりました神宮寺です。涼くん、改めて対策室への復帰おめでとう。

彼が一日でも早くこの職場に馴染めるように、皆でフォローし合っていきましょうね。それから……」

 

室長は柔らかな雰囲気を纏いつつも要所を抑えた言葉を選んでおり、上長らしさというものを前面に発揮していた。これで年齢は俺とほとんど変わらないって?馬鹿言っちゃいけねぇぜどう見ても40か50の貫禄だよHAHAHA…

 

「挨拶はこんなところにして乾杯…と行く前に。何か言いたげな顔をしているわね、涼くん。

 

そう__例 え ば と て も 失 礼 な こ と と か__考えていたりはしないかしら?」

 

「イ゛ェアアアア!?なっ、なにも、なにも考えておりませんはいッッ!!」

 

俺の邪な思考を読み取ったらしい室長は笑顔のまま、しかし背後から金剛力士像のスタンドを燃え上がらせていた。やはり対策室で一番怒らせちゃ駄目なのはこの人らしい。

というか、なぜバレたし。

 

「それじゃあ気を取り直して…皆さん、それぞれ注文した飲み物は揃っていますね?

涼くんの今後の活躍と、対策室の益々の発展を祈念して…乾杯!」

 

「「乾杯!!」」

 

全員の合唱に遅れる形で、各々がグラスを鳴らす音が響き渡る。

俺もまずは対面にいる室長と乾杯すべく、前もって考えてきた口上を述べようとして。

 

「神宮司室長。えと、本日はこのような会を開いて頂きまして、まことに感謝申し上げたく__」

 

「堅い、堅すぎるわよ涼くん!」

 

「ひゅふっ…!」

 

文字通りにズイっと身を乗り出してくる室長を前に、思いがけず変な声が出てしまった。

こちとら死にかけのチワワ状態である。

 

「今日は折角涼くんのお祝いなんだから、もっとはっちゃけてくれてもいいのよ?」

 

「はっちゃけ…で、でもそれは何というか、少しおこがましい気がしてしまって」

 

「そういうところは相変わらずね。

記憶喪失の事もあって気兼ねしちゃう気持ちも分かるけど…むしろ対策室のことを改めて知れる機会だと思って、存分に利用してやる!ぐらいの心持ちでいいのよ。だからそんなに畏まらないで」

 

やっぱ、室長の配慮を…最高やな!(熱い手のひら返し)

こういった気遣いをあえて言葉にしてくれるあたり、ホンマにええ人なんやなって。また一つ、確信させていただきました。

 

「ちなみに明日からはビシバシ行っちゃうわよ。事務仕事に慣れてきたら除霊活動にも参加してもらうつもりだから、覚悟しておいてね?」

 

「へえっ、マジっすか!?いやあの、その…お手柔らかにぃ……」

 

綺麗にオチまでつけてくれたことで、場の空気が和んでいく。

…しかし。俺にはその空気感にひと安心する暇はなく、最大にして最強の関門がすぐ側に待ち受けていた。

 

「復帰おめでと。本当に良かったわね」

 

左隣の席にいた彼女は、先ほど頼んだジュースを片手に…見るものを全て虜にするような笑顔を浮かべていて。

 

「あっ…ああっ……!」

 

よ、よよ、黄泉だー!黄泉が出たぞーー!!

ただ話しかけられただけだというのになんという破壊力…ッ!!その目に見えぬ衝撃に、俺は座っている椅子ごと吹き飛ばされそうになるのを何とか堪える。

 

「ね、乾杯したい?」

 

「……へ?」

 

「だーかーら、私と乾杯したい?って聞いてるのよ」

 

「か、かん…!かんぱっ…!?」

 

前言撤回、吹き飛ばされました。

 

お、お、お、落ち着け落ち着け。

これは至って単純な質問なのだから普通に返せば良いわけであってつまり乾杯させて下さい黄泉様とそう言えばいいわけであって__

 

「えっと、それじゃその…えっとその……」

 

「そこまで動揺するようなことじゃないわよね。ひょっとして、私とは乾杯したくないとか?」

 

「い、いい、いえそげなことは!!ないんですけれども…」

 

「ならどうしてそんなふうに吃ってるのよ」

 

「じぇじぇじぇどっもってたりなんか、どもってたりなんかしてないようん!」

 

ダメみたいですね(諦観)

 

俺だっていくら元がコミュ障といえど、これまでの人生経験から大概の相手には当たり障りなく接することができる。無難に相槌をうって時折言葉を返していれば、よほどのことがない限り会話というのは続くものだ。

しかし彼女だけは…「諫山黄泉」に対してだけは、それが一切通用しなくなってしまうのだ。

 

肝心な時に限って持ち前の処世術が使えんとかはぁ~つっかえ!ライダー(誰か)助けて!!

 

「黄泉、かんぱーい!」

 

「ん…はい、乾杯!」

 

そんな心の叫びが届いたのか、或いは只の偶然か。絶妙なタイミングで間に入ってきたのは喰霊のもう一人のヒロイン、土宮神楽。

黄泉に追い詰められててんやわんやする俺を、さながら救世主の如く助けに来てくれたらしい。

ありがとうございますやでほんま。彼女のことは今度からフォロ宮神(みやかぐ)フォローさんと呼んであげることにしよう。

 

「…あれ、まだ涼さんと乾杯してないの?」

 

「聞いてよ神楽。彼ったら、私とは乾杯したくないって言うのよ」

 

「い、いや!だからそんなことは__」

 

「そうなんだ。ひょっとして黄泉、涼さんに嫌われちゃったんじゃない?」

 

「…へ?」

 

「きっとそうね。はぁ、寂しいなあ」

 

「へぇっ!?」

 

丘people!?なんでこうなるのぉ!?

神楽、まさかの裏切り…!しかしよくよく二人の関係を考えたらこうなることは自明の理だった…!!

二人してもう許せるぞオイ!この小悪魔っ!美少女っ!大和撫子っ!!

 

「それで実際のところはどうなの?確かに黄泉は怒ると怖いけど、優しいところもあるからね」

 

「ちょっと神楽、人聞きの悪いこと言うのやめてくれる?基本的には御仏の心だからね、私」

 

「え、えと…だからその、怖いとかは全然思ってなくて!少しだけ、ほんの少しだけ緊張してるというか…うん、そんな感じで」

 

「少しどころか…ガチガチに緊張してるように見えるんだけど?」

 

「そ、それはほら、色々と戸惑うところもあってさ」

 

「でも、これからはまた一緒に戦うんだから。涼さんも早く慣れないとだよ?」

 

「神楽の言うとおりね。それじゃあリハビリも兼ねて、まずは三人で乾杯するところから始めましょうか」

 

「うんっ、そうしよう。ほら、涼さんもグラスちゃんと持って!」

 

「あっ、は、はいっ」

 

「それじゃあ改めて、三人で乾杯!」

 

「かんぱーい!」

 

「かかかんぱいぃぃ!!」

 

俺は半ばヤケになりながら二人をグラスを交わし、ビールを一気に体内へ流し込んだ。

この先一生好きになれないだろう独特の苦味に耐えながら、それでも"酔う"ことを優先した俺は、一度傾けたグラスをしばらく戻さなかった。

 

「ちょっと、そんな勢いでいって大丈夫なの?」

 

「確か涼さんって、一滴も飲めないくらい弱かったよね」

 

「あ、えっとほら、それは事故る前の話でしょ?あれから半年経って人知れず強くなってるから全然大丈夫なんだ!…うん、大丈夫…なんだ」

 

当然そんな訳がない。しかしこうでもしないと緊張が解れないんだよ!!

実際のところ酔いの力というものは凄まじく、酒を一気に(あお)ったことで先程までの緊張感が嘘のように消え失せていくのを感じていた。

 

 

 

最初の乾杯でゴクゴク。黄泉、神楽と乾杯してゴクゴクゴク。対策室の他のメンバーとも最低一度はグラスを合わせてゴキュゴキュゴキュ…!!

普段では考えられないペースで3回グラスを空にすると、この世のあらゆるものが回転しているような感覚に陥り始めた。先程まで彼らと何を話したのかも覚えていないような状態だ。

しかし唯一、気持ちが異様に昂ぶっていることだけははっきりと自覚していた。

 

体が軽い。

 

こんな気持ち初めて。

 

もう何も怖くない…!

 

「盛り上がり中のところ失礼いたします。只今より関谷くんから一言ご挨拶をして頂きたいと…思っていたのですが…可能でしょうか」

 

桐さんはこちらの様子をチラチラと伺いながら、どういうわけか言葉を詰まらせていた。

対照的にそんなことなどどこ吹く風の俺は、面々から湧き起こる拍手を受けながら待ってましたとばかりに腰を上げた。

 

「皆さん、改めまして関谷涼です。本日はこのような会を開いていただき、本当にありがとうございます」

 

素面であれば確実に動揺していただろう場面だが…今の自分にはそれをものともしない度胸が宿っているのだ。

 

「俺、とても感動してます。対策室に入って…いえ、復帰してまだ一日ですけど、まるで夢を見ているような気分で」

 

『夢じゃねーぞ関谷!』『ほっぺ引っ張りましょうか?』そんな野次が男性陣から飛び、思わず笑みが零れてしまう。

 

「正直言って、退魔師としては新人と変わらないような未熟者ですが…少しでも皆の力になれればって、真剣にそう思ってます」

 

不意に黄泉と視線が合う。彼女は俺の話を聞きながら、百人中百人が惚れてしまうような優しい笑顔を浮かべていた。

 

10年以上、俺が一方的に恋焦がれていた彼女は。

これまでずっと画面越しに眺めるしか出来なかった彼女は。

確かに今、この瞬間を生きているのだ。

 

それなら俺がこの世界で為すべきことは、たった一つしかない。

 

「今はまだ、至らないところばかりですけど」

 

__どうしても、黄泉を助けたいから。

 

思わず零しそうになった本心を胸にしまって。

 

「これからは対策室の一員として、精一杯頑張ります!よろしくお願いします!」

 

その代わりに、俺は熱く滾る想いを吐き出した。この余りある感情が少しでも伝わってくれるようにと。

 

「涼さん。復帰、本当におめでとうございます!」

 

「ナブーお祝いする」「ナブーもお祝いするずなもし」

 

「これから頑張ってね、涼くん」

 

一瞬の静寂の後、返ってきたのは皆からの暖かな声。

本来なら異物でしかない俺を、彼らが受け入れてくれた瞬間だった。

 

 

 

嗚呼、どこからか美しい旋律(フリージア)が聞こえてくる。

 

そうだ。俺がこの世界に来たことは、決して無駄じゃなかった。

 

これからも、立ち止まらない限り道は続く。

 

たとえどんな困難が待ち受けていようと…そんくらいなんてことはねえ。

 

俺には辿り着く場所なんていらねえ。ただ、進み続けるだけでいい。

 

止まらねえ限り…道は続く。

 

俺は止まんねえからよ。お前らが止まんねぇ限り、その先に俺はいるぞ!

 

だからよ…止まるんじゃねえぞ……!!

 

 

 

 

 

 

 

「ん?なんか気持ちわr」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オロオロオロオレオロオロオレ!!!!」

 

 

 

…これは『リアルに吐く人のモノマネ』ではない。『リアルに吐いちゃってるオレ』の構図だ。

うん、やってしまった。反省はしてる。後悔もしてる。

 

一世一代の所信表明から、僅か5分後の有り様だった。

止める間もなく押し寄せる吐き気の波。それをトイレに駆け込むまで我慢できたことだけは救いだった。

もし対策室の皆の前で…もとい黄泉の目の前でゲロゲロとやっていたら、次の日には即刻退職届を出す羽目になっていた。わりとマジで。

とはいえ、突然口元を抑えてトイレに駆け込んだ俺の姿は彼らの目にばっちり止まっていたらしく、席に戻った瞬間に全員から心配の言葉をかけられた。

 

こんなクソ下戸野郎でごめんよ…ごめんやで。

 

 

 

「今日は久しぶりに楽しかったね、黄泉!」

 

「ええ、本当にね。

…最後の最後に誰かさんがやらかさなければ、もっと楽しめたと思うけど」

 

「ほんっっとに申し訳ございません!!」

 

胃の中身を洗いざらいぶち撒けて完全に酔いから覚めていた俺は、顔面蒼白で黄泉と神楽に謝罪の言葉を繰り返していた。

歓迎会からの解散後、二人は自分と帰り道が一緒だったために室長から介抱役を命じられたらしい。死ぬほど迷惑かけてて涙がで、出ますよ…

本来なら"諫山家とご近所さん"だなんて絶頂不可避ものの展開なのに、先ほどの粗相が原因でプラスの感情は微塵たりとも浮かんでこなかった。

どう考えても好感度はただ下がりだし、それを配属初日でやらかしたとれなれば気落ちもしよう。

 

「飲めないならどうしてあんな無理したのよ。お酒を強要するような面子でも無かったのに」

 

「えと、その、なんと言いますか…酒の力をもってすれば緊張も解れて、コミュ力おばけになれるかもと思いまして」

 

「何よその悲しきモンスターは…そもそも酒の力を使ってる時点で、それは仮初の力だってことに気付きなさい。挙句の果てに吐いちゃうなんて、本末転倒もいいところよ?」

 

はい、鋭利すぎる正論を突きつけられて私としては何一つ返す言葉がございません。

 

「まあまあ黄泉。涼さんも相当凹んでいるみたいだし、そのくらいにしてあげて」

 

「…仕方ないわね。本当なら小一時間説教したいところだけど、神楽に免じてこれくらいにしといてあげる」

 

「ほ、本当?それじゃあ__」

 

「ただし!…今後は公の場に限らず飲酒禁止令を出すわ。私の目が黒いうちは一滴たりとも飲まさないからそのつもりで。いいわね!?」

 

「は、は、はいぃぃぃ!」

 

…後から考えると、それは黄泉からしても多少冗談を混じえての指摘だったのだろう。しかし特大プレミをかまして心に一つも余裕が無かった俺は、黄泉直々の言葉ということもあり、真正面から受け止めて己の行いを猛省した。病室で泣きながら『ごめんなさい神楽』のメッセージを打ち続ける黄泉のように猛省した。

 

この奇妙なやり取りは、結局二人と別れるまで…回数にして実に31度目の謝罪を繰り広げるまで、ずっと続くことになるのだった。

 

 



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episode 9 土蜘蛛(前)

環境省自然環境局超自然災害対策室。

 

3回繰り返すと早口言葉みたいになるこの職場で、俺は今日もノートパソコンと面を突き合わせていた。

初日こそ盛大にやらかしてしまった自分だが、その後は桐さんからあれやこれやと仕事を教えて貰い、時には処理班のメンバーからもフォローを受け…順調に仕事をこなしている。

 

また、復帰してから既に1週間が経っているのだが、驚くべきことにこの間一度も超自然災害が発生していない。これは悪霊の出現が増加しつつある昨今においては相当な珍事らしく、対策室の面々から『復帰した関谷が厄除け代わりになっているのでは?』と真剣に言われるほどだった。

 

とはいえ戦わなくて済むなら平和が一番!ラブアンドピース!である。

いっそこのまま悪霊が現れなければ、優しい世界のまま終われるんだけどな…

 

「室長!観測班より、特異点を感知したとの連絡が!」

 

……そんなふうに考えていた時期が、私にもありました。

 

 

【Respect】 GAREI-ZERO-  episode04 「務 大義-つとめのたいぎ-」

 

 

「特異点」とは、超自然災害発生時に観測される霊的な磁場のことであり、その地点には往々にして元凶たる悪霊が出現している。これを除霊するのが退魔師としてのお努めであり、ひいては対策室の最重要任務にあたる。

 

桐さんからの報告を受け、対策室の空気がこれまでにない張りつめたものへと一変していく。

後発の情報から、出現した悪霊はカテゴリーB、"土蜘蛛"であるという話を受けて…俺はこの世界が遂に原作の時系列に追いついたのだということを思い知った。

 

「巡回中の紀ちゃんは一足先に現場へ向かっているわ。各自準備が出来次第、出動よ」

 

「「了解!」」

 

室長が対策室の各員に冷静かつ的確な指示を与えていく。

 

「涼くん、黄泉ちゃんと神楽ちゃんにメール連絡。お願いできる?」

 

「は、はいっ。分かりました!」

 

その中で自分に与えられた仕事は、黄泉と神楽に宛ててのメール連絡だ。

これはまだ学生の身分である二人が授業中でも学校を抜け出せるように、召集コードの役割を果たしている。

 

 

……

 

 

『ヤッホー、黄泉チャン!

まだ授業中カナ?悪霊が現れたらしいので、メールしちゃった(^o^)/

今から、車で迎えに行くね!早く黄泉チャンの、カワイイ顔が見たいなあ(^з<)

それにしても、こんな時に悪霊だなんて、ほんとにメイワク(^^;;だよね!

勘弁してほしいよ~(汗)  

そういえばこの前、フレンチの美味しいお店、見つけたんだ!今度、一緒に食べに行こうよ(^▽^)

あ、もちろん僕の奢りだから、お金のことは気にしなくていいからね(笑)

また空いてる日教えてね!おじさんは休日だったらいつでも行けるからね(^_^ゞ

それじゃあ、連絡待ってまーす!』

 

……はっ!

お、俺は一体何をやって…ってなんだこの文章!?

謎の電波に支配されていた俺は、気付けばこの怪文書を書き上げていた。

もしこれを本当に送っていたらと思うと…ゾッとする。下手したら一生口聞いて貰えなくなるわ。

 

『お母様の容態が思わしくありません。至急、病院までお願いいたします』

 

改めて文章を打ち直し、メッセージを送信する。

彼女達の家庭事情を鑑みると少々気が引けるような文面だが、その辺りは二人も割り切っているだろう。

 

「室長、メール連絡完了しました。他に自分ができることは?」

 

「そうね…折角の機会だし、処理班の皆に同行してもらいましょうか」

 

「はい、分かりま…えっ」

 

ま、まさかいきなり悪霊との戦闘ですか?

いやそれにはちょっと心の準備ががが…

 

「落ち着いて涼くん。戦う以外にも、現場でこなすべき仕事は山ほどあるのよ。まずはそこから勘を取り戻していきましょう」

 

つまり直接戦闘には加わらず、事務方として現地に赴きなさいということか。

 

「それではこちらを預けます。くれぐれも、頼みますね」

 

室長の意図を理解し胸を撫で下ろしていると、隣にいた桐さんから特徴的な形をした車の鍵を渡された。

…ちょっと待って。まさか俺に、()()を運転しろと?

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

高機動多用途装輪車両__通称"ハンヴィー"というらしいが…俺は地下駐車場でそのビッグ・モンスターと対面していた。

喰霊-零-では対策室のメンバーが乗っていたことでお馴染みの装甲車だが、現実ではこんな車、動かすどころか目にするのも初めてだ。

 

やはりテレビ越しで見るのと実物を前にするのとでは何もかもが違ってくる。

案の定鍵穴の位置が分からずに右往左往していると、戦闘用の装備を整えた処理班メンバーが追い付いてきた。

 

「おい関谷!車に乗りもしねえで、なに遊んでんだ!」

 

「す、すいません岩端さん!鍵をさす場所が分からなくて…」

 

「あ?…ああ、そういうことか。ホレ」

 

岩端さんは後ろから抱き締めるような形で俺の腕を取り、鍵穴の場所をねっとりと教えてくれた。

ありがとナス!だけどどこ触ってんでぃ!(江戸っ子)

 

その後、岩端さんが助手席に乗ると運転に支障(意味深)が出る恐れありとの高尚な判断が下され、隣には桜庭一騎が乗車してくれた。

結果として最後部列にはナブーさん二人の間に挟まれる岩端さん…というゴツすぎる構図ができあがってしまったが、俺は気にしない。

 

「そんじゃ、まずは諫山たちの回収だな。

ナビの行き先は俺が設定しとくから、運転はよろしく頼むぜ」

 

「あ、ああ。ままま任せてくれ」

 

…あの、言い忘れてたんですが普通車のAT限定免許でもこいつ運転できますかね?

 

「…まあ、大丈夫だろ。いつも乗ってる車がちょっと大きくなったと思えば」

 

せ、せやな。しかし普通の乗用車にはこんなたくさん機器類が取り付けられてることはないんだよなぁ…

 

「えと、エンジンスタートは…これかな」

 

「おっと、そのボタンは押さない方が賢明だぜ。町中で機関銃をぶっ放しなたくなけりゃな」

 

「ヒェッ……!」

 

結局、俺はこの勝手知らぬ車を発進させるまでに10分以上費やしてしまい…皆からの若干呆れ気味な視線を受けながら、環境省を出発することになるのだった。

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

ここが黄泉ちゃんの通う高校ですか…ゴクリ。

原作では『諫山黄泉の通う学校』が一度も映されなかったため、俺がこの場所を目にするのは本当に初めてだ。こういった形で当時知れなかった裏の部分を知れるというのは、まさしく転生者の特権である。

なんか興奮してきたな…

 

桜庭の話によれば、なんとこの高校は都内でもトップクラスの学力を誇る私立校であり、黄泉が受験で合格したことは当時ちょっとした話題になったらしい。

強くて可愛くてその上勉強まで出来るとか、これもう非の打ちどころがねえな?

 

改めて彼女の凄さを確認していると、当の本人が小走りでやって来た。

はいもう可愛い。それだけで絵になるんだから凄いや。

 

「みんなお疲れさま。相手は?」

 

「カテゴリーB、土蜘蛛だ。情報によれば通常の倍以上のデカさらしい」

 

「そう…厄介な相手ね」

 

バックミラー越しに、岩端さんと話す黄泉の姿を垣間見る。

彼女とは未だまともに話せておらず、視界に入るだけで心臓のバクバクが止まらなくなる。

恋の病と呼べば聞こえはいいが、その想いは完全に一方通行のため、実質ストーカーみたいなものだ。

オタクを拗らすとこうだぞ!こんな風になっちゃうんだぞ!!(若者への警鐘)

 

「えっと…シートベルトもちゃんとしたから、出してくれていいわよ」

 

「へ…?あっ、は、はい!」

 

完全に気が抜けていた俺は慌ててハンドルを握り、自分に活を入れ直した。

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

ここが神楽ちゃんの通う中学校ですか…ゴクリ。

校舎の造り、グラウンドの広さ、微かに見える教室の様子…黄泉の高校と違い、その光景はかつてアニメで見ていたものと寸分の狂いも無かった。

俺が運転に時間をかけすぎたせいもあったのだろう。神楽は刀袋を右肩に背負い、校門前でこちらの到着を待ちわびていたようだ。

 

「あれ、今日は涼さんが運転手なんだ?」

 

「う、うん。直接戦闘はまだ許可されてないんだけど、一応皆のサポート役ってことで」

 

(サポート出来るとは言ってない)が…それはそれ、これはこれ。取り敢えずなんでもやってみようの精神だ。

 

「いつも授業中に呼び出してすまんな」

 

「毎回先生に言うの、気が引けるよ…」

 

「神楽、寝てたでしょ?」

 

「え?」

 

「涎の跡、ついてるよ」

 

「嘘…っ!?」

 

指摘を受け、慌てて口元を拭おうとする神楽。黄泉は笑い声を上げながら、その無防備な姿をカメラに収める。

 

「私の"神楽変顔コレクション"がまた一つ~♪」

 

「もうっ。今すぐ消して、そんなコレクション!」

 

二人によって織り成される、原作と同様の会話。それをこうして耳にできるというのは、まるで歴史的瞬間に立ち会っているような感覚である。

 

「お、おい。急に震えだして、一体どうしたんだよ!?」

 

「さ、桜庭くん…いや、何でもない。

だがしかし、敢えて言うならば…やはり喰霊はいいぞ」

 

「はぁ…が、喰霊…?」

 

「あっ、いや…何でも」

 

うっかり口を滑らせてしまったが、俺にとってはそれ程までの大事(コト)なのだ。

そして自分の記憶が正しければ、事件が起きる。

…この直後に。

 

「最近、超自然災害増えてるよね」

 

「うん。ちょっと悪霊の出現が多いかな。涼の復帰ジンクスも、一週間は持たなかったわね」

 

来たっ…来たっ、来たなぁ!!

 

俺は天啓を得たとばかりに全神経を背後の会話に集中させる。

運転だ?貴様この野郎。そんなもんは後回しだ後回し!!

 

「暫くは静かだったんだけどな。この増えようは、3年ぶりぐらいか」

 

「3年…か」

 

神楽は呟くように言葉を出し、分かりやすく表情を曇らせた。

彼女の母親__土宮舞は、今から3年前に行われた大規模な除霊作戦の折に命を落としている。神楽にとってもそれは拭いきれない過去であり、心の傷は今も癒えることなく残っているのだろう。

そして、落ち込む神楽の姿を見かねて元気付けようとするのが、『世の男性が自分のお姉ちゃんになって欲しいと思う女の子ランキング第1位』の彼女__諫山黄泉なのである。

 

「…最後の一本もーらいっ」

 

「へ?…ああっ!」

 

黄泉は神楽が持っていた菓子箱に素早く手を入れると、抜き取ったポッキーを口に咥えてしまった。

 

「ふっふっふ、油断大敵とはまさにこのことよ~」

 

「酷いよ!黄泉はラストポッキーにどれだけの価値があるか分かってるの?」

 

「だって神楽がぼうっとしてたんだもん。早い者勝ちよ、早い者勝ち。悔しかったらこのポッキーを奪ってみせなさい」

 

そう言って勝ち誇った笑みを見せる黄泉だが、負けず嫌いの神楽もまた譲ることを知らない。

 

「……あむっ!」

 

「んあっ!?」

 

勢いのままに、黄泉の反対側からポッキーに飛びつく神楽。

結果として最後の一本はその両端を二人から食べられることに…!

 

「あむあむあむ……あっ」

 

そのまま器用に一本のポッキーを食べ進めていく二人だったが、やがて神楽の方が動きを止めた。このままではポッキーゲームよろしく唇同士が触れ合ってしまうことに気付いたのだろう。

 

「あむあむ…ふふっ」

 

一瞬の間をおいて黄泉が笑みを浮かべる。

 

 

そして…その時、歴史が動いた。

 

 

「……んっ!」

 

「へ…んんっ!?」

 

目を細めながら、ポッキーの残り部分を全て食べきってしまう黄泉。

必然的に重なる、二人の唇……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キマシタワー!!!!

 

 

 

かつて夢にまで見た光景が、俺の眼下に広がっていた。

 

拝啓 お父さん、お母さん。

私はもうなにも思い残すことはありません。

今この時をもって尊死します。

 

「黄泉、ちょっと待っ__んんー!」

 

逃れようとする神楽の口を再度塞ぐ黄泉。

それだけでは飽き足らず、なんと強引に神楽を押し倒し、足を絡ませ、体をまさぐり……ってうわああああっ!?見えない!見えないいいっ!!

 

ハプニング発生!繰り返す、ハプニング発生!!

 

俺はここまでの様子をバックミラー越しにガン見していた。しかし黄泉が神楽に覆い被さったことで、二人の姿がミラーの視界から外れてしまったのである。

つまりここから先を見るには、直接後ろを振り返らねばならないということ。

 

「ほらほら、神楽の弱点はぜーんぶお見通しなんだからね~?」

 

「あっ…もう止めてよぉ!」

 

「イヤよイヤも好きのうち~」

 

本音を言えば見たい。めっちゃ見たい。首を180°捻じ曲げてでも見たい。

しかし俺とてこのシーンを何十何百回とアニメで見返してきた身だ。それが現実に起きているからといって、己が理性を保てぬほど子供ではないさ。

 

「ちょっ…そこはくすぐったいからぁ…」

 

「え、本当に?くすぐったいのどのへん?ここ?…それとも、このあたりかな?」

 

「くっ、あはははっ…もう黄泉、確信犯でしょ?そこばっかり触らないでよー!」

 

すいませんそこってどこですかあ!?一体どこ触ってるんですかあ!?

 

…い、いや違うんだ。そういうセクハラはたとえ女の子同士でもいけないと思って。だから即落ち2コマで振り返っちゃったのも仕方のないことで…

 

「…!……!!」

 

人は本当に衝撃的な光景を目にすると、言葉の一つも出なくなるという。

 

『黄泉と神楽を安易に百合扱いするのはにわか。二人の本当の関係はお互いを尊重しあっているが故の姉妹愛だから』などと厄介オタクばりに高尚ぶっていた俺も、『やっぱり百合か?百合なのか?にわかだったのは俺の方なのか?百合ーむコロッケばんじゃーい!!』と脳死肯定botにあっさり鞍替えするほどのインパクト。

 

神様、転生した直後に文句ばっかり言ってすいませんでした。これを見れただけでも生き長らえた価値がありました。

俺は心の中で二拍一礼をしてから、脳内の記憶媒体にこの映像をしっかりと書き込んだ。

 

「おおっ、おほぉ~!……ふげっ!!」

 

と、ここでシートから身を乗り出していた桜庭一騎がとんでもない勢いで視界を横切る。

黄泉が繰り出したノーモーションの後ろ蹴りが、彼の顔面を見事に打ち抜いたのだ。

 

「こっち見んな…変態」

 

いやちょっと待て。そのりくつはおかしい。

あれだけセンシティブな場面に一切興味を抱かない男なんて、岩端さんぐらいしかいないだろ!いい加減にしろ!!

 

「…あ、黄泉。もう一人敵がいるみたい」

 

「ん、どうやらそうみたいね。

さて、むっつりスケベの涼くん?何か言い残すことはあるかしら?」

 

「あ、いや、これは、その、違!……ないです。」

 

…と、いうことで。実に!不本意な!ことなのですが!

なにとぞ…なにっっっとぞ私のことも、桜庭と同じようにその美しい御足(おみあし)で蹴り上げてくださいませ!!

覗いちゃったことは死ぬほど反省するんでどうかご褒美をくださ__じゃなかったお仕置きしてください!なんでもしますから!

 

「涼さんの処遇はどうする?」

 

「うーん…罪はかなり重いけど、流石に運転手を蹴り上げるわけにもいかないわよね」

 

ダニィ!?

クソッ、なんてこった!

岩端さん、他意は無いけど今すぐ運転を変わって下さい!そうじゃないと黄泉が蹴ってくれません!いや他意はまったく無いんですけど!!

 

「それじゃあこういうのはどう?お努めが終わったら、彼にジュースを奢ってもらうの」

 

「ナイスアイデア、黄泉!それなら私たちも嬉しいし、一石二鳥だね!」

 

「え!?そ、それでいいの…?」

 

なんだなんだ、その可愛い罰則はぁ!

覗きの罰にしてはあまりに手緩すぎるダルルォ!?

同罪を犯してようやく起き上った桜庭もこれには納得がいかなかったようで、二人に対して声を上げる。

 

「それじゃ俺だけこの仕打ちかよ!不公平だろ!?」

 

そうだそうだ!もっと言ってやれ桜庭ァ!

俺も同じ目に逢わせろー(蹴られたいです)!!

 

『対策室総務班、関谷涼…応答せよ。繰り返す、関谷涼…』

 

「イイッ!?」

 

突然聞こえてきた桐さんの声に、俺は大人げなくびびった。

慌てて声の元を辿ってみれば、それは車に備え付けられていた無線からのものだと気付く。

 

「こっ、こちら関谷涼。只今目的地に向かって運転中。異常なしであります!」

 

『異常なし?ほう…それでは信号のない場所でずっと停車していることも、異常ではないと?』

 

「ええ!?なぜそれを知って__」

 

『対策室メンバーの動向は、たとえ遠距離であっても常時指示を出せるようにするため、全てこちらで把握しています。

…ということは、3日前に教えたばかりのはずでしたが』

 

「あっ…あはは、そういえばそうでしたよね。あははは…」

 

『…』

 

「すみませんでした」

 

 

 

このあと滅茶苦茶クラクション鳴らされた。

 




余談になりますが、喰霊-零-では『公序良俗に反しない範囲で』という前提つきで、ポッキーの商品名と箱デザインの使用許可を得たという裏話があります。
なお、無事濃厚な百合シーンに使用された模様。

監督ヤメロォ!(建前)ナイスゥ!(本音)




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episode 10 土蜘蛛(後)

「諫山黄泉」で名前占いすると「人生が急展開する波乱の人」とか、「宗教にすがるしかない人生」だとか、散々な言われようで笑っちゃうんすよね…



「おい桜庭。最近ジムで見かけないが、ちゃんと通ってんのか?」

 

「ん?ああ、そういやここ数週間は行けてねえな」

 

「おいおい、そいつは良くねえな。継続は力なり、筋肉は裏切らない…って言葉を知らないのか?」

 

「いや、後半の部分は全くの初耳なんだが…

つーかよ、岩端のおっさん。任務の前にバーベル150kg持ち上げるとかは、流石にやりすぎだと思うぜ」

 

「はっはっは…だから言ってるだろう。『筋肉は裏切らない』ってな」

 

「だからそれはどこの標語なんだよ!?」

 

「あ、あの…」

 

「お、どうした関谷。さてはお前も筋トレで輝きたいんだな?そんじゃ、早速明日から一緒にジム通いだ」

 

「い、いえ。そうではなく!……現場に到着しました」

 

環境省を出発し、北西へ車を走らせること2時間。悪霊が出現した峠に辿り着くころにはすっかり日も暮れていた。

悪い意味で目立ちすぎる装甲車を山中の平地に停めた俺は、リアゲートを開けて黒いアタッシュケースを取り出し…取り出……

 

うん、これ無理。

 

「ぐぎぎぎっ…な、なんちゅう重さだよこれ…!」

 

「ナブー…代わる」

 

「ナブーも代わる」

 

「あっ…はい、お願いします、すいやせんでしゃばって。へへっ…」

 

三下ムーブでおずおずと引き下がる自分。ナブー兄弟は俺が全力を使ってもびくともしなかったケースを片手で持ち上げ、中に入っていた自らの武器__退魔式リボルバーを手に取り、せっせと弾の装填を済ませていた。

俺も筋トレ始めるべきですかねクォレハ…

 

 

 

「お待たせ紀之。相手は?」

 

「ああ、いま管狐で追ってる」

 

黄泉が一足先に現地入りしていた飯綱に声をかける。彼は自らが使役している管狐を偵察用に放っており、そのお陰で悪霊の正確な位置を特定することができていた。

 

「カテゴリーB、土蜘蛛だ。今日のは特大サイズだよ」

 

土蜘蛛はその名のとおり、巨大な蜘蛛の形を模した悪霊である。

特徴として挙げられるのは全長10mはあろうかという細く長い6本の足だ。あれでぶっとい胴体支えてるってマジ?上半身に比べて下半身が貧弱すぎるだろ…

 

そんな馬鹿げた感想を持ちつつ、俺は自分に与えられた仕事を進めていた。

総務班が超自然災害の現場で取り扱う仕事としては、出現した悪霊の分析、処理班の配置確認、周辺の安全確保など様々である。

直接戦闘については処理班が存在するため、必要に応じて各員の支援を行うこと…となっているのだが、実際に俺のような非戦闘員が参戦することは滅多にないと思われる。

 

「私が行くわ。皆、後ろをお願いね」

 

その理由がこれだ。

彼女__諫山黄泉がめちゃくちゃ頼りになるからだ。

 

黄泉は作戦開始と同時に自身の刀に宿る霊獣"乱紅蓮"を召喚し、土蜘蛛に向かって駆けていく。

 

「黄泉の援護に回るぞ。各員、所定の持ち場に散開しろ」

 

「あ、ナブーさん、少しいいですか?今回の配置についてなんですけど…」

 

自分にできることは限られているが…とにかく今は、やれることをやるだけだ。

 

 

 

諫山黄泉は間違いなく強い。

それは俺がこの世界に来て改めて感じさせられたことでもある。

若干17歳にして数多くの実績を引き下げる彼女は、神童と称され退魔師の界隈でも一目を置かれる存在だ。

実際のところ、土蜘蛛に向かっていく彼女の背中は途轍もなく頼もしかった。

 

仮に何かの間違いで黄泉が苦戦したとしても、対策室には土宮神楽を筆頭に、錚々たる面子が控えている。

飯綱、桜庭、岩端さん、ナブーさん…室長と桐さんは言わずもがな。

 

そう。

対策室は全員揃ってさえいれば、間違いなく強いのだ。

 

「……はぁ」

 

だけど、それはそれで世知辛さを感じさせられる。

『転生者の俺TUEEEEEEE!!!』ではなく、『仲間の皆TUEEEEEEE!!!』なんて話、あまり聞いたことがない。

 

「どうしたの涼さん、溜め息なんかついちゃって」

 

「あっ…か、神楽。いやなんというか、みんなが強すぎてヘコんでた…的な」

 

「あはは、なにそれ。確かに黄泉とかは超強いけどさ…別に凹むほどじゃ」

 

「う、うん。というか、神楽もその超強すぎるみんなの内に入ってるんだけど」

 

「へ、私も?」

 

自覚が無かったのか、さも意外とばかりに声を上げる神楽。

 

「でも私、全然活躍出来てないよ?今日だって後方支援だし」

 

そういえば神楽はこの時、自分ももっと前線で戦いたいと主張してるんだよな。黄泉からは結局『主役を張るにはまだ早い』と退けられるんだけど。

 

「…ねえ涼さん、私ってそんなに頼りないのかな」

 

「え?いや、そんなことはないと思うけど」

 

その切実な悩みは真面目な神楽らしいものだったが、俺からしてみれば肩を竦めるような話である。もしこの世界に強さ議論スレがあったら間違いなく5本の指には入るんだから、もっと自信持っていいんだよ。

 

「それにほら、黄泉って結構過保護なところあるから。神楽の実力を認めてないわけじゃなくて、単純に家族として心配してるだけ…みたいなさ」

 

「家族、か…そう言われると弱いけど。

でもこのままじゃ、いつまでも黄泉に頼りっきりになっちゃうよ」

 

最後に零れた一言は、おそらく神楽の本音なのだろう。

誰かの役に立ちたい。大切な人に報いたい。そんな彼女の想いは、誰しもが一度は抱くことのある特別な感情である。

神楽はそれを中学生の時点で明確に持っているのだから、本当に立派なものだ。それゆえになおさら、自分が役立っていないなどとは思ってほしくないのだけど…

 

「砕け、乱紅蓮っ!」

 

黄泉の声が山中に響き、俺と神楽は釣られるように戦場へ視線を戻した。

乱紅蓮は土蜘蛛の吐く糸を躱しつつ、その鋭利な爪を相手の背中に突き立てる。土蜘蛛は大きな図体の割に防御力はあまり秀でていないらしく、攻撃を受けた部分に大きな裂傷を残し、よろめきながら進行方向を変えていく。

どうやら道路沿いから外れて、険しい山中へ逃げ込もうとしているらしい。

 

「逃げるつもりか、あいつ」

 

「けど、諫山からは逃げられないだろ」

 

岩端さんと桜庭の会話から、この戦いがもう少しで終わることを感じさせられた。

俺は一つ安堵のため息をつきながら、それでも気は抜かずに土蜘蛛への意識を持ち続ける。

 

奴が逃げた見えるのは、山の峠を繋ぐ巨大な架け橋。そして…橋の中央部には、小さな人影がぽつりと浮かんでいた。

間違いない。あの女性だ。

 

「…っ!まずいよ、あそこに人が!」

 

民間人の存在に気付いた神楽が、橋を目指して一目散に走り出す。

 

時を同じくして、それまで土蜘蛛を圧倒していた黄泉が、止めの一撃を加えようと宙を舞った。

 

「はあああああっ!」

 

彼女は人間離れした跳躍力で土蜘蛛のさらに上まで飛び上がり、早さと高さを存分に活かした斬撃を繰り出した。

結果、土蜘蛛の胴体は真っ二つとなり四散。しかし一部の肉片が消滅しきれずに、周辺へと散っていく。

 

「キャアアアッ!」

 

そして…運の悪いことにその破片の一つが、先程の女性目掛けて降り落ちた。もしあれが直撃すれば、怪我どころの話では済まない。

 

神楽は橋に辿り着くと、飛んできた破片を迎撃すべく、居合いの体勢をとり……

 

「え…ええっ!?」

 

…そこで()()の存在に気付き、漸く足を止めた。

 

 

 

__そして、次の瞬間。

 

二つの銃口から同時に放たれた弾丸が、土蜘蛛の残骸を貫いた。

摩尼(まに)弾に施された真言(マントラ)の力によって、宿主を失った体はその場でバラバラに崩壊していく。

 

「任務完了…」

 

「敵反応、消滅…」

 

硝煙の上がるリボルバーを静かに降ろした二人は、アクセントの強い声でそう呟いた。

 

「ナブーさん…と、ナブーさん…!?」

 

神楽が驚きの声を上げるのも無理はない。本来この場所に彼らが居ること自体がそもそもおかしいのだ。

 

本来の話では、この女性を間一髪で危機から救うのは神楽の役割だった。

しかしそれがギリギリのタイミングだったことを覚えていた俺は、万が一にでも手遅れとならないように、ナブーさん二人の配置をこの橋の近辺に変更しておいたのである。

 

いわゆる、すり替えておいたのさ!状態だ。

結果としてはこんなことする必要もなく神楽はちゃんと間に合っていたのだが、ナブーさん達の活躍で土蜘蛛の残骸は余裕をもって処理することができた。

 

あの女性が感じた恐怖も原作よりは和らいでいる筈だし、この作戦は見事に成功したといえるだろう。うん!

 

「あ、ああ…」

 

「「…」」

 

ナブー兄弟は腰を抜かしていた彼女に振り返ると、表情を変えないままゆっくりと近付いていく。

 

「ヒッ…!」

 

「「大丈夫か?」」

 

「い、イヤアアアッ!!!」

 

女性はこの日二度目の悲鳴を上げたかと思うと…そのまま後ろに倒れこんだ。俺や対策室の皆は慣れていてすっかり忘れていたが、ナブーさんの顔にはそれほどのインパクトがあったのだ。

 

「ナブー…落ち込む」

 

「…ナブーも、凹む」

 

うん…

 

うーん……

 

まあ誰も怪我してないから、ヨシ!(現場猫)

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

「っ…ここは…私、どうして…」

 

「目が覚めましたか?」

 

「…ひっ…!」

 

意識を取り戻した女性は、分かりやすく狼狽していた。短時間にあれだけショッキングな出来事が重なったのだから、当然といえば当然だろう。

 

「落ち着いてください。先ほどの化け物…もとい悪霊は、既に我々が除霊済みですから」

 

超自然災害に巻き込まれた一般人への対応。これは一見簡単そうに見えるが、パニックになっている人を落ち着かせたり、他言無用の誓約書を書いて貰う必要があるため、決して気は抜けない。

 

「悪霊、それに除霊って…貴方たちは、一体…?」

 

「信じられないかもしれませんが、我々はこういうものでして__あっ」

 

スーツの内ポケットから取り出そうとした身分証明は手から滑り、綺麗なアーチを描いて高架橋の下へ落ちていく。

 

「…」

 

「…」

 

橋の上に訪れた沈黙。

目を泳がせまくる俺と、目のやり場に困っている女性。

背後からはこの様子を見ていた処理班の視線が突き刺さる。

 

「……落ち着いてください。いいですね?」

 

「いやアンタが落ち着けよ!」

 

桜庭渾身の突っ込みが夜の峠に響き渡った。

 

「し、失礼しました。こちらをご覧ください」

 

俺はズボンをまさぐって自分の名刺を取り出すと、困惑したままの女性に手渡す。彼女は俺達の素性を知り、目を丸くして驚いた。

 

「環境…省?」

 

「はい。我々の存在は公にはされていませんが、政府機関の一員として除霊活動を行っている組織でして…」

 

「簡単にいうと、悪霊退治の専門家よ」

 

俺の回りくどい説明を黄泉が要約してくれたが、それでも簡単に理解することはできないだろう。

 

「それじゃあ、さっきの蜘蛛みたいな化け物は…」

 

「カテゴリーB、土蜘蛛。古来から日本に伝わる怨霊です。我々が日常的に生活している街などに現れることはまずありませんが…こういった場所であれば、話は別です」

 

「でも私、霊感なんて今まで全く無かったのに…急にそんなものが見えるようになるなんて」

 

「恐らくその原因は、あの土蜘蛛が同体の中でもかなり強い力を持っていたからでしょう。

…それから、当事者が死に近しい思いを抱いていたことも、原因の一つだったと言えるかと」

 

「…っ!」

 

俺が思いきって踏み込むと、女性の表情がみるみるうちに強張っていく。

 

「大変失礼かと思いますが…鞄の中身、見せていただいてもよろしいでしょうか」

 

観念したように差し出された鞄を検めると、想定通りのもの(強調)が出てきた。大量の睡眠薬が入っている錠剤瓶だ。

 

実はこの女性、悪霊とはまったく関係のないところで自ら命を絶とうとしていたのである。

俺には原作知識があるので当然この人の事情を知っていたが、そうでなくともこんな真夜中に一人で橋の上に佇んでいるのは普通のことじゃない。

 

で、さらに言うとこの人の出番はこれっきりでもない。

原作でも黄泉が機転を効かせて彼女の自殺を一度は妨げるものの、結局この人は後に電車へと飛び込んでしまい…最期は悪霊化した人間の屍__カテゴリーDとなり、未だ人"だったもの"を斬れない神楽に最初のトラウマを与えてしまうという、とても厄介な人なのである。

喰霊-零-ではネームドキャラでもない一般女性だったのに、この人の印象だけ妙に強く残っているのは、そういった話の繋がりがあるからだろう。

 

「今日のところは色々と疲れもあって、よく眠れることでしょう。睡眠薬は必要ないと思いますので、こちらで処分させて頂いてもよろしいですか」

 

「ごめんなさい…私…!」

 

女性は終始顔を俯け、表情を曇らせていた。

先ほどの悪霊に対する恐怖が尾を引いているのか、それとも死にきれなかったことへの後悔だろうか。

 

少なくともこのまま放っておけば、間違いなく彼女は死を選ぶことになる。そしてその未来を明確に知っているのは、この世界には俺一人しかいないのだ。

 

「こんなことを言うのは勝手なのかもしれませんけど…死ぬの、勿体無いと思います」

 

「え…?」

 

それならば…せめて自分に伝えられることを、言葉にしよう。

 

「…俺ね、一度だけ経験したことがあるんです。

身近な人が、自ら命を絶ってしまった…最悪の経験が」

 

俺は前世の出来事を明け透けに話し始めた。少しでも彼女の心に響いてくれるものがあることを信じて。

 

「その訃報を聞いた瞬間は、頭が真っ白になって…暫くは何も出来ませんでした。

で、後悔もたくさんしました。もしその前日に会えていたら、話を聞いてあげられていたら、あんなことは起きなかったんじゃないか…って」

 

こんなことをしても、ひょっとしたら結末は変わらないのかもしれない。仮に未来を変えることができても、それが全て良い方向に転がるとも限らない。

だけどそうやって初めから諦めてしまえば、この世界にやがて訪れる悲惨な運命に抗えなくなる…そんな思いが、どこかにあった。

 

「貴女が死んで、悲しむ人は本当にいませんか?友達でも、親でも誰でもいい。もし誰かの姿が浮かぶんだったら…やっぱり、死ぬのは勿体無いって思います」

 

 

 

 

……

 

 

搬送用の救急車が来たのは、それから暫くしてのことだった。見たところ女性に外傷は無かったが、まさかこのまま家に送り届ける訳にもいくまい。

病院で必ず診察を受けること、費用などはこちらで負担することなどを伝え、救急隊員に彼女を引き渡した。

 

「…ありがとうございました。これから先のこと…もう少しだけ、考えてみます」

 

救急車に乗り込む前に、彼女が呟いた一言。

俺はその言葉がどうか本心からのものでありますようにと、そう願うことしかできなかった。

 

 

 

「任務、おつかれさま」

 

帰路につく前にエナジードリンクを摂取していると、想定外のところで黄泉から声を掛けられた。

 

「あっ、その。よ、黄泉の方こそお疲れ様…」

 

「神楽が感心してたわよ。あの女の人のこと、どうして分かったんだろうって」

 

「ああ…でもあれは偶然だよ。経験則って言えたら格好良かったんだけど」

 

まさかアニメを見て知っていたとも言えず、曖昧に言葉を返す。ある意味でズルをしているようなものだから誇ることもできない。

 

「大丈夫かしらね、彼女」

 

「うん…それについては対応策を考えてるよ。一応だけど」

 

「へえ、そうなの?どんなふうに?」

 

今回のように悪霊と遭遇した一般人が精神的にやられてしまうことは、他の例として少なからずあるらしい。そういった場合には、外傷のみならず精神的な部分、つまりメンタルケアについても国が保障してくれるらしいのだ。

あの女性の死を何とか防ぐためにも、これを使わない手は無い。そう考えた俺は室長にありのままを伝え、ケアについては直ぐに承諾が下りた次第だ。

 

「なるほど…考えたわね」

 

黄泉は感心した様子だったが、具体的に自分が何かをしたというわけではない。端的に言えば只の人任せである。

転生特典で最強のコミュ力を手に入れた!とかだったら良かったんだけど、残念ながら俺のトークスキルは平均を下回っている。それ故にこれぐらいの対応策しか講じられなかったというのが本音であり、自分のできる範囲での精一杯…だと思う。

 

「それにしても、まさか貴方が見ず知らずの他人にあそこまで踏み込むなんて…ちょっと、意外だったかも」

 

「へ?そ、そうかな…」

 

「あ、ひょっとしてあの人に一目惚れしたとか?」

 

「なんで!?まさかそんな…いや、そんなわけないじゃん!」

 

「いーのいーの、そんなムキにならなくたって。涼がその気ならちゃんと応援してあげるから」

 

「いやだから違うって。それは違うんだって!」

 

(俺の一目惚れ相手)お前じゃい!!

と叫びたくなる気持ちを抑え…俺はどうにももどかしい思いを抱きながら、しばらくの間黄泉に弄られ続けるのだった。

 

 

 



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