とある駒王の未元物質 (弥宵)
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異界の支配者

クリスマス企画第四弾。禁書三期の垣根の扱いに涙目になりながら書き上げた作品です。
なお、拙作『銀の星、胎動す』とのリンクはありませんのであしからず。


 とある休日の黄昏時、どこにでもあるような公園の広場。今にも夕闇に包まれようとしているそこに人気はほとんどなく、ベンチに腰掛けた一組の高校生ほどの男女の姿だけがある。

 ガラの悪そうな風体の少年と、誰もが振り向くような絶世の美少女。一見すると少女が不良に絡まれているような構図であったが、その印象に反して二人は楽しげな笑みを浮かべあっている。

 

 数分の後。ひとしきり談笑が済んだのか、少女が腰を上げた。連れ添う恋人の正面へ回ると花が咲くような満面の笑みを向け、ささやかなおねだり(・・・・)を口にする。

 

「ねえ、お願いがあるの―――死んでくれないかな」

 

「あ?」

 

 可憐な笑みを浮かべていた少女が、突如としてその口元を妖しく歪ませた。

 直後、少女の姿がみるみる変貌を遂げていく。清楚さを感じさせる服装は女の武器を全面に押し出した艶姿へ変わり、右手には極光を束ねた一振りの槍が現れる。そして何より目を惹くのは、その背から伸びた一対の黒翼だ。

 

「じゃあね。そこそこ楽しめたわ、貴方とのお遊び(デート)

 

 言い捨て、女は光槍を投げ放った。狙う先には一人の少年―――今の今まで彼女と逢瀬を交わしていた男がいる。

 

「―――――」

 

 当然ながら、少年にそれを避ける術などない。狙い違わず槍は直撃し、その身体は衝撃に耐えきれず吹き飛ばされた。そのままベンチごとノーバウンドで数メートルも宙を舞い、ガシャァン‼︎ と大きな音を立てて砂埃が巻き上げられる。

 

「こんなところね。駒王学園三年、垣根帝督。始末完了っと」

 

 つい先刻まで隣を歩き笑みを交わしていた相手を何の感慨もなく惨殺した女、名をレイナーレ。その正体は堕天使と呼ばれる神話上の存在であり、少年に近づいたのは最初から彼を殺害するためだった。

 

「さて、一応神器を確認しておこうかしらね。もう少しすれば『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』が手に入るし、あれより有用な神器なんてそうは見つからないでしょうけど」

 

 未だ舞う粉塵へと、レイナーレは改めて視線を向ける。

 大して期待はしていないが、万一当たれば儲け物。罪悪感など抱く余地もない。彼女にとって、仮初の恋人とは所詮その程度の存在でしかなかった。

 

「確か、駒王学園にはもう一人未覚醒の神器持ちがいたわね。アーシアも数日中に来るでしょうし、そっちは明日にでもとっとと済ませて―――」

 

 言葉が途切れる。

 思い返すと、見過ごせない違和感があった。

 本気ではないがそこそこの力で放った光槍だ、常人を絶命させるには十二分の威力だろう。だがいくらなんでも、ベンチごと粉々に吹き飛ぶというのは物理的に不自然ではないだろうか―――

 

 

「痛ってえな」

 

 

 その疑問が正鵠を射ていたことは、即座に証明された。

 言葉に反し、微塵も堪えた様子のない垣根帝督が土煙を割いて現れたことによって。

 

「そしてムカついた。仕掛けてこなけりゃ見逃してやろうかとも思ったが、どうやらそんな気遣いは要らねえらしい」

 

 無傷。

 あの一撃で仕留めたというレイナーレの確信に反し、垣根には服の皺一つついていなかった。

 その事実に一瞬目を疑うも、直後原因に思い至る。そもそもそれ(・・)こそが、彼女がこのような凶行に及んだ切欠だったのだから。

 

「神器……!既に目覚めていたとはね!」

 

 神器(セイクリッド・ギア)。それは聖書に記された唯一神が創り出した、世界すら左右しかねない特異な力。人間にのみ宿るという性質を有しており、人類史の転換点となる事件にはほぼ確実に神器使いが関わってきたとされている。

 レイナーレの目的は、その神器を持って生まれた人間の確保あるいは抹殺。それ自体は上層部からの指令だが彼女はそこから曲解し、利用価値のある神器を見つけ次第自身が奪取する心算でいた。

 

 ならば、むしろこの状況は僥倖だ。本気でなかったとはいえ中級堕天使の一撃を凌ぐ出力、手に入れておいて損はない。

 そう考えてレイナーレはほくそ笑み、対する垣根も嘲るような笑みを浮かべる。

 先程とは別種の笑みを交わし合う二人、しかしそこに込められた意味は変わっていない。何故なら、互いに初めから侮蔑以外の感情など乗せてはいないのだから。

 

 故に。

 その笑みが屈辱に歪むのは、実力の伴っていない片方のみだ。

 

「ねぇ帝督くん。貴方の神器、そこそこ良いものみたいじゃない。それを大人しく差し出すなら、できるだけ痛くないように優しく殺してあげるわよ?」

 

「冗談にしちゃあ笑いどころが欠けてるな。芸人としても三流だぜ、もっとセンスを磨くこったな」

 

「……自分の立場を理解していないようね。まさか、神器一つで私に勝てるなんて思い上がっているのかしら?」

 

「テメェこそ、どうやら身の程ってヤツを知らねえと見える。あの程度で殺した気になって油断するような雑魚が、万に一つもこの俺に届く訳ねえだろうが」

 

 煽りですらない、当然の事実を語るように返されたその言葉はレイナーレの沸点を容易く超えさせた。

 

「下等な人間が……調子に、乗るな!」

 

 再びの投槍。

 今度は手加減など欠片もない、正真正銘全力の一撃に―――垣根は身動ぎすらしなかった。

 

「なっ……⁉︎」

 

「無駄だ、何度やってもテメェじゃ俺に届かねえよ。工夫次第でどうにかなるレベルを超えちまってる」

 

「ふ、ざけるなぁぁぁぁっ‼︎」

 

 一瞬よぎった敗北の予感から目を背けるように、レイナーレは光槍を放ち続ける。その全てが垣根へ届く寸前で歪曲し、屈折し、爆散し霧消していく。

 力の差は誰が見ても歴然だった。

 

「どうして!どうして死なないのよ人間風情がぁっ‼︎ 」

 

 半狂乱で叫ぶレイナーレを、垣根は冷めた目で睥睨する。

 

お遊び(デート)には満足したかなお嬢さん?ならもういいな。そろそろ死ねよ」

 

 ここにきて、初めて垣根が能動的な動きを見せた。

 爆発的に展開される三対六翼。純白の光沢を放つ天上人の証。その姿は他ならぬ彼女達の仇敵、忌々しき神に仕える清廉の徒―――

 

「て、んし……⁉︎」

 

「違えよクソボケ」

 

 ではない(・・・・)

 それは神が住む天界の片鱗でありながら、穢れなき純白には程遠い混沌の白。あり得べからざる異物にして、新世界の法を敷くもの。

 この世界に確認された、十四番目の神滅具(ロンギヌス)

 

「『未元物質(ダークマター)』。いくらテメェの脳が足りねえっつっても、流石にもう理解できたよな?」

 

 無慈悲に、無造作に、無感動に。

 傲慢な堕天使(むしケラ)に、この空間の支配者は最終宣告を下す。

 

「テメェじゃ未知の世界(ここ)には届かねえ。存分に絶望しろコラ」

 

「ぁ―――」

 

 か細い悲鳴は一秒と経たずに掻き消され、後には一枚の黒い羽だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな一幕から、数分の時が流れた頃。

 後始末をするでもなくただその場に留まっていた垣根だったが、ふと何かに気づいたように自身の懐へ手を伸ばした。

 

「チッ、ようやくお出ましかよ」

 

 呆れたように呟き、一枚のチラシを取り出す。二日ほど前に後輩の少女から手渡されたものだ。

 

『貴方の願い、叶えます』

 

 何とも胡散臭い謳い文句と、これまた胡散臭い魔方陣の描かれたその紙は今、奇妙なことに紅く光り輝いている。

 数秒の後、一層輝きを増した魔方陣から一つの人影が現れた。

 

「よお。今更悠々とご登場とは、随分な重役出勤ぶりじゃねえか」

 

「あら、ごめんなさいね。これでも私、色々と忙しいのよ」

 

 客観的に見て、それは美しい女の姿をしていた。

 血で染めたような真紅の髪にサファイアの如き碧眼、誰もが振り向くほどの美貌とプロポーションを惜しげもなく晒している。

 

「それで、これは一体どういう状況なのかしら。説明してくれるわよね、垣根帝督くん?」

 

 彼女の名はリアス・グレモリー。

 ここ駒王町の管理者を務める、上級悪魔の少女だった。



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紅髪の滅殺姫

やや短いですが投稿。次はもう少し長くなるかな……


 垣根帝督とリアス・グレモリーの関係を端的に表すならば、『消極的な同盟関係』となるだろう。

 主に不戦協定を軸として、両者にとって共通の敵が現れた場合のみ共闘する。そういった『敵ではない』という程度の関係だ。

 

「どうもこうもねえよ。堕天使が正体隠して接触してきたからボロ出すまで付き合ってやってただけだ」

 

「だから、それを私に報告してほしいと言っているのだけど。貴方の独断で対処されると私の面子に関わるのよ」

 

「俺に言わせりゃ、むしろどうして気づいてねえのかって話だがな。あの女が接触してきたのは三日前だぜ?怠慢と謗られても文句は言えねえぞ管理者サマ」

 

 情報共有の必要性を訴えるリアスに対し、その程度は把握しておけと垣根は取り合わない。

 

「つーか、本来なら情報提供すべきなのはテメェらの方なんだぞ?何のための協定だと思ってやがる」

 

「っ……それは」

 

 痛いところを指摘されリアスは口籠る。垣根の言う通り、彼女こそがこの街の情勢を最も詳しく把握していなければならないのだ。

 領主として、魔王の妹として、そして垣根の取引相手として。

 

 

『貴方、私の眷属にならない?』

 

『お断りだ。テメェごときが俺の上に立てると思うなよ』

 

 入学から数ヶ月後、垣根が神器持ちであると知ったリアスは彼を眷属に勧誘した。それはあっさりと突っ撥ねられたが、彼女が魔王ルシファーの実妹であると知った垣根が提案したのが現在の関係、すなわち同盟だった。

 リアスの側からは不戦、垣根の側からは情報提供を基本骨子として、互いの都合に応じて諸々の条件を織り込みつつ出来上がったのが現在の協定である。

 

 無論、このことは兄サーゼクス・ルシファーの耳にも入れている。というより、サーゼクスの『女王』グレイフィア・ルキフグスの仲介があってようやく取りまとめられたのだ。

 聖書という巨大勢力の一角の長、魔王としての権力を、垣根帝督という個人を敵に回さないためにフル活用したという事実は、『未元物質(ダークマター)』がそれだけの脅威であると魔王直々に認めたということに他ならない。

 

「ま、俺だって一朝一夕でめぼしい情報が手に入るとは思ってねえ。だからある程度は待ってやるし、それまでの間テメェらの仕事を多少手伝ってもやる」

 

 軽い調子の言葉に反して冷徹な目でリアスを見据え、垣根は宣告する。

 

「ただし、テメェにリターンを用意する能力がねえってんなら話は別だ。意味もなく敵対する気はねえが、利益だけ持ち逃げなんてナメた真似をするなら灸を据えておかねえとな」

 

「……わかっているわ」

 

 ならいい、と垣根はあっさり退いた。

 

「次だ。堕天使どもの残党をどうするかだが」

 

「単独犯じゃないということ?」

 

「まず間違いなく。あの女、ギリギリ中級に引っかかる程度の雑魚にしちゃあ随分と内情を把握していやがった」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、とレイナーレは言っていた。

 リアスやソーナの眷属および垣根の一派である『スクール』を除くとすれば、あの堕天使はこちらさえ把握していない神器持ちの情報を得ていたことになる。それほどの能力が彼女個人にあったとは思えないのだ。

 あるいは探知機の類を持っていたのかもしれないが、その場合は堕天使の組織『神の子を見張る者(グリゴリ)』からの正式な任務の可能性が高く、やはり単独とは考えにくい。

 

「そう……なら拠点は廃教会かしらね。私達が寄り付かない格好の場所だもの」

 

「無難に行けばそうだろうな。こんなところで遊び心を発揮する意味もねえし、ほぼ確定と見ていいだろ」

 

「じゃあ今後の対処だけど、下手したら戦争になりかねない以上こっちから手を出すのは控えるべきね。今でもギリギリ過剰防衛なのだし」

 

「その辺は領主殿に任せるがな。後手に回って被害拡大なんて間抜けなことにはなってくれるなよ」

 

 そんな醜態を見せれば即座に切る、と目で語る垣根。無論、リアスとしてもそのような事態は許容しがたい。

 

「もちろん、私の名にかけてそんな無様は晒さないわ。駒王(ウチ)の民は必ず守ってみせる」

 

 垣根と比べれば見劣りするが、リアスとて若手悪魔きっての有望株と称されるだけの実力はある。下級や中級の堕天使程度に遅れを取りはしないだろう。

 

「差し当たり必要なのは、あの堕天使が掴んでいたらしい神器持ちの生徒を探すことね」

 

「まあ、おおよその見当はつけられるだろ。素質のある神器持ちってのは総じて我が強いからな」

 

 神器は想いの強さによって強化されると言われている。ならば、より強固で強烈な自我―――『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』とでも呼ぶべきものがあるほど能力が強大になるとも考えられる。

 つまりは、学園内でも特に目立つような人物である可能性が高いということだ。

 

「大サービスだ。俺の予想を教えてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明くる日の放課後、駒王学園中等部にて。

 兵藤一誠は今日も元気に駆け回っていた。

 

「変態許すまじ絶対死なすゴルァァァアアアアアアアアアアア‼︎」

 

「ぎゃぁぁぁあああああああああああっ⁉︎ 何か殺意高すぎねえ⁉︎」

 

 正確には逃げ回っていると表現すべきだろうが。

 

「どこ行ったあの変態‼︎」

 

「絶対見つけ出して死なす!」

 

「死なす死なす‼︎」

 

「くそっ‼︎ まさか中等部がこんな魔窟だったなんて……!」

 

 一誠は無類のおっぱい好きである。乳に大きさの貴賎なく、大も小も等しく宝。でも大きいとなお嬉しい。そういう変態(おとこ)だった。

 普段は変態三人組こと松田と元浜とともに高等部を中心に活動して(覗いて)いるのだが、今日は趣向を変えて中等部へと赴いてみたのだ。

 

(中学生の未成熟なおっぱいも、それはそれで将来の成長を予想する楽しみがあるしなぐへへ)

 

 とかそんな感じのことを考えていた一誠だったが、その目論見はいきなり頓挫してしまった。

 

『あら、覗き?随分堂々としているのね』

 

 手始めにと、ドレスが似合いそうな金髪の少女を標的(ターゲット)に定めた時のことだった。不慣れな中等部の校舎では上手く隠れられていなかったのか、あっさりと見つかってしまったのだ。

 さらに想定外だったのは、どうやらその女子はかなりの人気者だったらしく、騒ぎに気づいた周囲の生徒達が総出で追ってきたことだ。元浜ならばいざ知らず、一誠は中等部の事情にはあまり明るくなかったのが災いした。

 

「竹刀、アーチェリー、金属バット……モーニングスター⁉︎ 何でそんなもんが学校にあるんだよ!」

 

 普段の五割増しでバイオレンスな追手達によって、一誠は徐々に追い詰められていく。

 中でも厄介なのは、時折気配もなくどこからか飛んでくる弾丸だ。流石にエアガンのようだが、最近の中学生は狩猟か暗殺でも習うのだろうか。

 

「ってえ!」

 

 バスッッ!と。

 膝裏に弾が直撃し、一誠は堪らず床へ倒れこんだ。

 

「よぉし()った!」

 

「弓箭さんナイス!」

 

「いいいいいえ、わわわたくしで皆様のお役に立てたのなら……」

 

 とうとう下手人を仕留めたことに、背後では歓声が上がっている。

 立ち上がる暇もなく、もはやこれまでかと思われたその時。

 

「ごめんなさい、ちょっと待ってもらえるかしら?」

 

 一誠の前に、紅髪がたなびいた。

 

「リ、リアス様⁉︎」

 

「リアスお姉様⁉︎ どうして中等部に⁉︎」

 

 突然の学園一の有名人の登場にざわめく生徒達。当然ながら、一誠も混乱の極みにあった。

 

「貴方が兵藤一誠くんで間違いないわね?」

 

「は、はい!」

 

 問われ反射的に肯定を返したが、高嶺の花もいいところである彼女が自分などに何の用だというのか。まさかとは思うが、自分達の行いがとうとう目に余って直接対処に乗り出したのだろうか。

 緊張と興奮に身を強張らせる一誠に、リアスは蠱惑的な笑みを向ける。

 

「ねえ、ちょっとウチの部活に来てみない?」

 

「―――え?」

 

 数秒の空白があった。

 

「え、えぇぇぇえええええええええっ⁉︎」

 

 ようやく理解が及んだ生徒達が一斉に絶叫する。驚愕に彩られた数多の悲鳴が、中等部の校舎を震撼させた。



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異端の聖女

私の執筆は止まらない、加速する―――(止まらないとは言ってない)


 駒王学園オカルト研究部。名前からしていかにも胡散臭いこの部は、しかし生徒の間では羨望の対象となっている。

 何故ならば、ここに所属する面子があまりにも豪華だからだ。

 

「ようこそ、オカルト研究部へ。歓迎するわ」

 

「あらあら、いらっしゃい。今お茶を淹れますわね」

 

 歓迎の言葉をかけるのは二大お姉様と称されるリアス・グレモリーと姫島朱乃。

 

「……………」

 

 ペコリ、と無言で頭を下げるのは学園のマスコットこと塔城小猫。

 

「はじめまして、兵藤くん」

 

 爽やかな笑みを浮かべるのは貴公子や王子様と名高い木場祐斗。

 誰も彼も学園内では超のつく有名人だ。あと一人幽霊部員がいるとかいないとかいう話もあるが、まあそれはいい。

 

 そんなどこかの高級サロンのような場所に招待された一般人兵藤一誠は、場違いな空間にすっかり萎縮して―――いるはずもなかった。

 

(デカァァァァァいッ説明不要‼︎)

 

 おっぱい魔人の異名を冠する一誠にとって、この空間は楽園そのものだった(余計なのも若干名いるが)

 やはりというべきか、自ずと視線はリアスと朱乃へ吸い寄せられていく。二大お姉様などと称されるだけあって、その()()()は並大抵のものではない。

 

「……最低です」

 

 小猫の目が氷点下を通り過ぎて絶対零度に届こうとしているが、それを気にする余裕など今の一誠にはない。当のリアス達は微笑むばかりで咎める様子もないため、二人の視線にはますます拍車がかかっていく。

 

「どうぞ、お茶が入りましたわ」

 

 朱乃がティーカップを全員の前に置き、自身もソファに腰掛ける。最初にリアスが手を伸ばし、やがて全員が口をつけたところで本題を切り出した。

 

「さて。こうしてのんびりお茶するのもいいけれど、先に今日貴方を呼んだ用件を済ませておきましょうか」

 

「用件、ですか?」

 

「ええ。兵藤一誠くん―――イッセーと呼ばせてもらっても?」

 

 頷くとリアスは笑みを深め、最初の問いを投げかける。

 一誠の運命を決定づける、文字通り悪魔の契約への第一手を。

 

「じゃあイッセー。貴方、オカルトは信じる方かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、垣根は適当に町をぶらついていた。

 目的は特にない。強いて挙げれば堕天使の拠点探しだが、廃教会の線が濃厚である以上さほど意義はないだろう。

 

(兵藤一誠。特殊な経歴なし、これといった才能もなし、ついでに倫理観もなし。有象無象のまま終わるか、それとも化けるか)

 

 今頃悪魔の誘いを持ちかけられているであろう少年について、とりとめのない思考を巡らせる。

 実のところ大して興味はないし、仲間に引き込もうとも思わないが。仮に神滅具級の強力な神器を宿していたとしても、素人が闇雲に振り回すだけでは意味がないのだ。

 

「―――!―――!」

 

「あん?」

 

 商店街を抜け、人通りがまばらになってきた頃。あてもなく歩いていた垣根の耳に、この辺ではまず耳にしない言葉が飛び込んできた。内容ではなく言語の意味でだ。

 

「あの、どなたか道を教えていただけませんか?」

 

(イタリア語か。英語ならまだしも、この日本で話せるヤツなんざそうそういねえだろうな)

 

 声の主はシスター服を纏った西洋系の美少女だった。通行人に次々と声をかけて回っているが、成果は芳しくないようだ。

 

「はわぅ!」

 

 道行く人との対話に悉く失敗し、そろそろ垣根の番が回ってくるかというところで。

 何かに躓いたのか、少女は盛大に転倒してしまった。

 

「はぅぅ、何で転んでしまうんでしょうか……」

 

 垣根は決してお人好しの類ではないが、目の前ですっ転んだ少女をわざわざ無視するほど狭量でもない。どうせ暇であることだし、手を差し出すついでに道案内くらいはしてやってもいいだろう。

 それに、本物のシスターならば例の件の関係者という可能性もあるのだし。

 

「大丈夫かな、お嬢さん?」

 

「あ、ありがとうございます……あれ、私の言葉がわかるんですか?」

 

「これでも頭は良い方でね」

 

 相手に合わせてイタリア語で声をかけながら助け起こしてやると、少女は驚きながらも礼を告げる。

 

「本当に助かりました、こんなところで言葉の通じる人に出会えるなんて。主よ、この巡り合わせに感謝致します」

 

「ああ、やっぱり見た目通りのシスターなんだ?」

 

「はい。先日までバチカンの方にいたのですが、この度こちらの町の教会に赴任することになったんです」

 

(ビンゴ)

 

 駒王町にある教会は例の廃教会一つだけだ。堕天使に与しているのか利用されているのか、あるいは討伐でもしに来たのかまでは知らないが、この少女の様子を見る限り二番目が妥当だろうか。

 

「それで、教会への道をどなたかにお伺いしたかったのですが……言葉が通じなくて」

 

「今に至る、と」

 

「はい。あの、それで……」

 

 期待の眼差しを向けてくる少女に、垣根は爽やかな笑顔で応える。

 

「ああ、時間ならあるし構わないよ。それに、元々教会には近いうちに行く予定だったし」

 

「本当ですか!」

 

 素直に喜ぶ少女だが、この状況は垣根としても都合が良かった。

 リアスにはああ言ったが、とっとと片付けられるならそれに越したことはないのだ。組織立って動いているにしてはあまりにお粗末だし、本当にその程度の連中ならば気にかけてやる必要もない。

 垣根はとりあえず少女を教会まで連れて行き、本当に堕天使がいたならついでに潰してしまうつもりでいた。少女の処遇はその場での反応で決めればいいだろう。

 

 目の前の男がそんなことを考えているなどとはつゆ知らず、少女は親切な隣人への感謝とともに名を名乗る。

 

「自己紹介が遅れました。私はアーシア・アルジェントといいます」

 

(聞き覚えがあるな。確か、悪魔を癒したとかで最近追放された魔女だったか)

 

 おそらく回復系の神器を宿しているのだろう。悪魔も癒せる以上かなり応用の効きそうな神器であり、堕天使が狙うのも頷ける。

 そういえばレイナーレが『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』とかいう名前を口にしていたが、それが彼女の神器なのだろう。

 

「垣根帝督。よろしくね」

 

 あまり間を空けるのも不自然なので、考察を中断して垣根も簡潔に名乗り返す。

 簡単な自己紹介を終え、二人は早速教会へと足を進め始めた。

 

「あ、そういえば帝督さん」

 

 道中、ふと気になったのかアーシアが問いかける。

 

「元々教会に行く予定があったとおっしゃってましたけど、帝督さんも主を信じておられるのですか?」

 

「そりゃあもう」

 

 確かに信じてはいる。神の加護をではなく、実在するという事実をだが。

 そしてもう一つ、この身に宿る『未元物質(ダークマター)』を生み出せるほどの力を有していたということも。

 

「何せ、俺は天使と間違われたことだってあるくらいだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー暇だ暇暇、この暇売ったら金にならんかねー?」

 

 フリード・セルゼンは退屈していた。

 彼は廃教会に巣食う堕天使達に雇われたはぐれエクソシストであり、かつては天才の称号をほしいままにした教会の戦士だった。基本的に狂人であるフリードは悪魔を殺すことに愉しみを見出し、度が過ぎた行いのために教会を追放されたのだ。

 

 そんなこんなで堕天使勢力の中を転々としているうちに今の雇い主(レイナーレ)へ行き着いたのだが、これがまた大層酷かった。実力はない、頭は足りない、配下の堕天使は下級三人ぽっちだというのだから笑えてくる。

 しかも、任された仕事は『儀式』までの間の少女の護衛。これでは碌に()()の時間すら取れやしない。

 

「ったくよぉ、悪魔の領地なら眷属とか契約者とかぶっ殺し放題だと思ったのに」

 

 ただし、全く騒動の種がない訳ではない。

 無能なくせにプライドだけは一人前の雇い主が、昨晩から消息を絶っている。この地の管理者であるグレモリーに消されたかとも思ったが、それならばこの廃教会にも攻め込んでくるはずだ。

 つまりそれ以外の誰か。神器持ちか、余所の悪魔か、エクソシストか、あるいははぐれ悪魔ということもあるか。ともあれグレモリー以外の何者かが、中級堕天使のレイナーレを捕縛ないし殺害せしめたということだ。

 

「ちっとは楽しめそうかねー?」

 

 雇い主への心配などフリードは持ち合わせていない。せいぜい報酬の支払いが果たされるかどうかくらいだが、それもいざとなれば適当にかっぱらっていけばいい。

 そんな些事よりも、この退屈を少しでも凌げる刺激をフリードは欲していた。

 

「おおっと、どちら様でしょうねっと」

 

 そんな折、何者かが教会へと足を踏み入れたのを卓越した聴覚で感じ取る。

 もしかするとレイナーレが帰ってきたのか、それともあるいは。

 

「やあ神父さん。少し尋ねたいんだけど」

 

 入口の扉を開けて入ってきたのは二人。ややガラの悪い少年とシスターの装いをした少女だ。少年の方は日本人に見受けられるが、意外なことに流暢なイタリア語で話しかけてきた。

 

「おやおや、このような寂れた教会へようこそおいでくださいました。本日はどのようなご用件で?」

 

「こっちのシスターがこの教会に赴任してきたそうで、ここらの道に不慣れだから案内してきたんだ。ついでに言うと、俺も人を探していてね」

 

 ()()()()()()()()()()()()、両者は小芝居を続けていく。

 

「ほう、それはそれは。貴女がアーシア・アルジェントさんでしたか、私はフリードと申します」

 

「は、はい!よろしくお願いしますフリード神父!」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 にこやかな笑みをアーシアに向けた後、フリードはもう一人の少年の方へと向き直る。

 

「それで、探し人というのはどのような方なのでしょう?警察ではなくここを訪ねてきたということは、教会の関係者でしょうか?」

 

「ああ、そうなんだ。結構目立つ特徴があるから、知っていればすぐにわかると思うんだけど」

 

 

 次の瞬間。

 二人の纏う空気が一変し、爆発的な殺気が辺り一帯を席巻した。

 

 

()()()()()()()()()()()()()、心当たりは?」

 

「さぁぁぁてどうかねえ!答えを知りたきゃ俺を倒していけ、ってかぁ⁉︎」

 

 呆然とするアーシアを取り残し、互いに人の理を外れた怪物と狂人が激突した。



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動乱の序曲

途中めっちゃ行き詰まりましたが日間三位を糧に強行突破しました。


 開幕の号砲となったのは、フリードの放った銃弾だった。

 

「死に腐れやオラァ!」

 

 銃口からは鉛玉ではなく、祝福により天使の光力を再現した光弾が吐き出される。悪魔であれば掠っただけで致命傷となり得る代物だが、人間である垣根にとっては普通の銃弾と大差ない。

 

「おいおい。まさかとは思うが、そんな玩具で俺とやろうってんじゃねえだろうな」

 

 そして、『未元物質(ダークマター)』に銃弾程度の貫通力が通じるはずもない。翼を展開した風圧だけで、光弾は垣根の手前で()()()()()()()()()

 

「ヒュー!なァんで光が落っこちてんですかね意味わかんねえぜ‼︎ でも安心しろよ、俺っちのカッチョイー武器はまだまだあるからさあ‼︎」

 

「出し惜しみなんざ考えねえことだ。一分一秒、瞬きの間も無駄なく使い切らなきゃ俺には永遠に届かねえぞ」

 

 光剣を取り出すや一気に距離を詰めるフリードに、垣根は翼による横薙ぎで応戦する。その速度と全長から巻き起こった烈風が建物内を蹂躙し、フリードを壁際まで吹き飛ばした。

 

「ぐっおぅ⁉︎ こりゃ近づくの無理ぽですわ、ちょぉぉぉっとばかし距離取らねーと―――なっ‼︎」

 

「へえ?」

 

 激突する前に空中で体勢を立て直し突きの構えを取ると、十数メートルの距離を埋めるように光剣が()()()。しかしそれも翼に阻まれ、不自然に歪曲しながらその刀身を散らしていく。

 

「チッ、こいつもダメかよクソが!だったら使えねえ武器はポイっとしてボン!ってなあ‼︎」

 

 言い放つや、光剣を垣根めがけて投擲する。その切先が翼の一枚に触れた瞬間、莫大な閃光が迸り視界を灼き潰した。

 

「使い捨ての自爆技か。悪くはねえが、防がれた時の次善策くらいは用意しておくもんだぜ」

 

 そして、ここまでやっても垣根は傷一つ負っておらず。それどころか、最初の位置から動いてすらいない。

 

「ハッハァ!お望み通りの次善アターック‼︎」

 

 とはいえ、いい加減この程度の攻撃が効かないことはフリードとて予測済み。言われるまでもなく、既に次の手の準備は終えている。

 

 眩ませた視界が戻る前に、新たに展開した光槍を投擲し―――純白の翼に阻まれる。

 全長五メートルを超える巨大ハルバードを叩きつけ―――翼に阻まれる。

 聖釘を模した鋲を無数にばら撒き―――翼に阻まれる。

 対物ライフルをぶっ放し―――翼に阻まれる。

 

「あァァァああああああうざってェェェええええええ‼︎ つーか何そのクソ天使みてえな六枚羽‼︎ ランドセル代わりに背負って小学生気分ですかぁ⁉︎」

 

「まだナメた口叩く余裕があったか。いいぜ、中々ムカついてきた。そろそろ格の違いってヤツを刻み込んでやる」

 

 暴風のごとく荒れ狂うフリードと、悠然と構える垣根。形勢は一方的だが、放つ気迫は両者ともに翳りない。

 互いに一歩ずつ、足を前に進める。白濁し白熱し白狂した笑みを、全てを見下ろす超然とした笑みを浮かべあい、

 

 

「やーめた」

 

 

 唐突に、フリードの放つ殺気が霧散した。

 

「うん。こりゃ無理っすわ、今の俺じゃどうしようもねえ。参った参った、降参でござんす」

 

「あぁ?」

 

 狂気さえ感じられた笑みをヘラヘラしたものに変え、あっさりと降伏宣言したフリードに気勢を削がれる垣根。

 

「いやー大将お強いっスねぇ!それ、もしかしなくても『未元物質(ダークマター)』っしょ?神滅具の。お似合いですぜヒューヒュー!よっ、イケメルヘン!」

 

「……………チッ、まあいい」

 

 完全に苛立ちが収まった訳ではないが、そんなものより現在進行形でまくし立てている薄っぺらい世辞の方が聞くに堪えない。いや世辞というか、そこはかとなく馬鹿にされている気がしてならないが。

 

「元々テメェを潰したところで旨味なんざねえしな。俺は自分の敵には容赦しねえが、役に立つなら多少の馬鹿には目を瞑ってやる」

 

「おぉー!さっすが大将器がデケェぜ!」

 

「いいからとっとと最初の質問に答えろ。堕天使どもの拠点はここで合ってんだな?」

 

「そりゃもう花丸大正解でござんすよ!派手に暴れたし、そろそろ三匹とも気づいて戻ってくる頃だと思いますぜ?」

 

 少ないな、と垣根は呟く。仮にも悪魔の領地、それも公爵家であるグレモリーの管理地に踏み込もうというのにこの頭数、やはり組織ぐるみとは考えがたい。

 

「あの、帝督さん。フリード神父も、お怪我はありませんか?」

 

 これまですっかり蚊帳の外だったアーシアの声に、二人は「そういえばいたな」などと思いつつ視線を向ける。

 彼女に状況が理解できているのかは怪しいところだが、態度の豹変やら半壊した教会やらの前に二人の安否に意識が向く辺り生粋の善人の類なのは間違いない。

 

「見ての通り無傷だ。こいつにも負傷らしい負傷はさせてねえよ」

 

「そうですか、良かった……」

 

「そゆこと。いやまあ、あと五秒続けてたら両手両足くらいは千切れ飛んでたかもしれんけども」

 

「えぇっ、大丈夫なんですかそれ⁉︎」

 

 アーシアを揶揄う様子を呆れた目で見遣りつつ、案外冷静な分析だとフリードへの評価を改める。実際にはまだ見積もりが甘く、三秒もあれば四肢切断どころか挽肉と化していただろうが。

 ともあれ、引き際を弁えているだけ上等というものだろう。

 

(腐っても天才と呼ばれただけのことはあるっつー訳か)

 

「ああっ、そうでした!」

 

 垣根が一人納得していると、ようやく揶揄いから解放されたアーシアが叫び声を上げる。一信徒として、どうしても確認すべき案件があることを思い出したのだ。

 

「帝督さん、さっきの翼って」

 

「能力の副産物だ。言っとくが、俺は間違いなく人間だからな」

 

 その問いが来ることは予想できたため、面倒な勘違いを受けないよう即座に返す垣根。先刻の会話を思い出し、アーシアも得心がいったように頷いた。

 

「天使様と間違われるって、そのままの意味だったんですね……てっきり物の喩えだと」

 

「そりゃ普通はそう思うわな」

 

 むしろ物理的に羽が生えるなどと思い至る方がどうかしている。しかもご丁寧なことに、展開中は気配までもが天使のそれに酷似するようなのだ。聖書の神は何を思って『未元物質(ダークマター)』をこんな仕様にしたのだろうか。

 

「っと、そんなことよりだ」

 

 思考を打ち切った垣根は改めてフリードに向き直り、話を本題へと戻す。

 

「テメェらがわざわざ上級悪魔の領地に潜り込んだ理由は何だ?聖女(こいつ)を狙ってたってだけなら別の場所なんざいくらでもあっただろうに」

 

「あー、それね。一応元々は正式な任務だったからじゃねーっスかね?あちこち探し回る訳じゃなくってこの町オンリーのご指名だったみてえだし」

 

 フリードの見解は概ね予想通りのものだった。

 堕天使の組織がわざわざ悪魔の領地で神器狩りを行う理由とは何か。たまたま捜索範囲に入り込んだのではなく明確にここだけを対象としている以上、どうしても無視できない神器がこの近辺に存在していると考えるべきだ。

 だが、少なくとも『未元物質(ダークマター)』を脅威に思ってのことではない。それならばあんな三下など寄越さないし、そもそも垣根の名前を知らないはずがないだろう。

 

「となると、神滅具級と推測されるが詳細までは不明。とりあえず下っ端に様子見させて、本格的にヤバそうなら改めて介入する腹だった訳か」

 

 もっとも、その下っ端が暴走した挙句特大の地雷を踏み抜いてしまった訳だが。

 

「アレの上司にはご愁傷様としか言えねえな。いや、ここまで予定通りだってんなら大したもんだが」

 

「え、えっと……?」

 

「別に難しいことじゃねえ。要はどこぞの馬鹿が傍迷惑な自滅をしたってだけの話だ」

 

 理解が追いつかないアーシアに端的な結論を示す。端的すぎてもはや説明の体をなしていないが、言ってしまえば本当にそれだけの話なのだ。

 堕天使の上層部が何らかの異常を察知し、悪魔の領地を侵してでも対処すべきと判断した。そうして派遣された部下が暴走し、盛大に火の粉を撒き散らした上で自爆した。

 どこにでもあるようなくだらない三文劇だが、この件で割を食う人物は存外に多い。

 

 例えば、垣根がいなければあっさりと殺されていたであろう兵藤一誠やアーシア・アルジェント。

 例えば、みすみす侵入を許し自領内で騒ぎを起こされたリアス・グレモリー。

 例えば、悪魔陣営から失態の責任を追及される『神の子を見張る者(グリゴリ)』上層部。

 

「天使の気配があったの教会(ここ)からッスよね⁉︎」

 

「小僧、貴様が気配の元だな」

 

「何をしているのフリード、とっとと殺しなさい!」

 

 そして例えば、レイナーレに付き従っていた堕天使達。

 

「そら、犠牲者第一号のお出ましだ」

 

 垣根の背には、既に三対の白翼が顕現していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ。結局彼は眷属入りを即決したみたい」

 

 とあるマンションの一室。およそ学生が持つには相応しからぬ高級物件に、彼女の姿はあった。

 

「さあ?欲に目が眩んだだけかもしれないし、案外そうじゃないのかもしれない。どちらにせよ、悪魔の契約を無条件で受けるなんて正気の沙汰とは思えないけど」

 

 中学生ほどの年頃ながら、少女が現在身に纏っているのは鮮やかな赤のドレス。まるでホステスのような装いの彼女の耳元には携帯電話が添えられており、ほんの数分前にあった駒王学園旧校舎での出来事を語っている。

 

「転生に使ったのは『兵士(ポーン)』の駒八つ、神器は『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』ですって。特に亜種とかでもないみたいだけど、あなたの推測通り神滅具級だとするなら正体はほぼ確定ね」

 

龍の手(トゥワイス・クリティカル)』と特徴が似通った神滅具といえばただ一つ、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を措いて他にない。兵藤一誠が本当にそれを宿しているのだとすれば、聖書という三竦みの勢力図を大きく揺るがすこととなるだろう。

 

「そうそう、近いうちに私達との顔合わせもしておきたいみたいよ。まあ親睦を深めたいとかじゃなくて、あなたに喧嘩を売らないよう釘を刺すためでしょうけど」

 

 とはいえ『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』は神滅具内での序列はそこまで高くなく、宿主の力量も素人のそれだ。序列第二位の神滅具を自在に操る相手に勝ち目があろうはずもない。まして、それが悪魔であるならば尚のことだ。

 

「ところでそっちはどう?聖女様の処遇は決まったの?」

 

 それは会話の流れで零れた何気ない問いだったが、通話相手からの返答に少女はやや意外そうに目を瞠った。

 

「ふぅん?あなたのことだから、せいぜい放置か交渉材料(カード)にでもするかだと思っていたけれど。もしかして情が湧いちゃった?」

 

 ばーか死ね、と言い捨てられて通話が切れる。照れ隠しではなくシンプルに呆れているようだ。

 

「あらあら」

 

「垣根さんっスか?」

 

 ふと聞こえた声の方角へ振り返ると、扉を開けて高校生くらいの少年が入ってきたところだった。

 

「ええ。詳しくは猟虎が来てから話すけど、今後の方針についてね」

 

「あー、グレモリーの眷属の件っスか」

 

「それもだけどね。彼、ついさっき堕天使の拠点を潰してきたんですって」

 

「……………はい?」

 

 一瞬の忘我の後、状況の把握に伴い生じる焦り。すわ堕天使と戦争か、と少年―――誉望万化は上司の突飛な行動に頭を抱える。

 

「十中八九はぐれだから心配いらないわよ。昨日の彼女の残党ね」

 

「ああ、そういう」

 

 納得した誉望が落ち着きを取り戻すのと同時に、入口の扉が再び開く。

 

「すみません、遅くなりました」

 

「気にしなくて大丈夫よ。どうせ彼が来るまでもうしばらくかかるし」

 

 遅参への謝罪を述べ、空いていた椅子に腰掛ける中学生ほどの少女―――弓箭猟虎。

 

「じゃあ、今のうちに軽く情報共有を済ませておきましょうか。色々あるけど、まずはこれかしらね」

 

 この場に揃った三人と、リーダーである垣根。この僅か四人を中核として構成される組織、その名を『スクール』という。

 正規構成員の少なさに反して、保有する戦力とネットワークは十分に一勢力として認められるに足る。そして、その戦力の大半をたった一人で占めているのが『未元物質(ダークマター)』垣根帝督という男だった。

 

 

「元聖女アーシア・アルジェント、はぐれ神父フリード・セルゼン。この二人、私達の部下になったから」



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聖書の三勢力

お久しぶりです。


 グレモリー眷属の新入り兵藤一誠と、垣根率いる『スクール』の顔合わせは恙なく終了した。

 一誠が割合大人しかったのは予め釘を刺されていたためか、あるいは先日の中等部での大捕物が尾を引いていたためだろうか。

 

「それで、実際に会ってみてどうだった?」

 

 対談は放課後に行われたため、四人はそのまま『スクール』の拠点であるマンションの一室へと直行している。

 アーシアやフリードはこの場にはいない。別に正規構成員しか入れないなどという決まりはないが、いきなり新入りを招くような場所でもないのである。

 

「予想通り、っつか普通に一般人だろ。経歴といい素行といい、あれが全部擬態だってんなら素直に脱帽だな」

 

 制服からドレスに着替えた少女の問いに、垣根はソファに腰掛けたまま率直な感想を返した。

 兵藤一誠という個人に下す評価は終始変わらず、『突然力を得ただけの素人』に尽きる。

 敵対すればそれなりに厄介だが、味方として側に置くのも面倒な相手。であれば、現状の立ち位置こそが最も適した距離感であるといえよう。

 本当ならば関わり合いにならないのが一番だが、今代の赤龍帝である時点でその選択肢はないも同然だ。

 

「まあ、それもこれも本当に神滅具持ちならの話だが……違ったなら違ったで、それこそ単なる有象無象になるだけだ」

 

 戦闘経験は皆無、頭の出来は中の下程度、保有魔力は雀の涙。ここに神器まで平凡だったとするならば、流石に警戒すべき要素を見つける方が難しい。

 

「じゃあ、とりあえずは放置の方向でいいんスか?」

 

「ああ。むしろ関わるのは最小限にしといた方がいいと思うぜ?『ドラゴンは争いを呼び寄せる』って言い伝えの信憑性を、わざわざ身をもって確かめたいってんなら話は別だが」

 

 いや遠慮しとくっス、と頬を引き攣らせる誉望から視線を切り、右手で携帯端末を弄びながら垣根は続ける。

 

「そんなことより、今は堕天使の動向に目ぇ光らせとけ。上手く転がりゃ早々にパイプを繋げそうだ」

 

 結果的にはぐれだったとはいえ、あれだけ派手にぶっ潰しといて協力……?と思わないでもない誉望だったが、賢明にも口には出さなかった。

 代わりに口を開いたのは弓箭。とはいっても誉望と同じ考えに至った訳ではなく、単純に垣根の言葉に疑問を覚えたためである。

 

「情報源は多い方がいいのは当然ですけど……私達は悪魔陣営と手を組んでますし、堕天使との協調は難しいんじゃ?」

 

「いいや逆だな、だからこそだ。俺達と悪魔に繋がりがあるからこそ、連中はこっちの誘いを無視できねえ」

 

 真っ当に思えた弓箭の懸念はばっさりと斬り捨てられる。根拠を問う三つの視線を受けて、垣根は小さく口の端を吊り上げた。

 

「神滅具持ちの俺がいて、悪魔との繋がりがあって、どの陣営も無視できねえ小規模組織。なあ、こいつは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「―――それって」

 

 ドレスの少女が微かに目を瞠り、残る二人も一拍遅れてその意味を悟る。

 

「堕天使が、悪魔との同盟を望んでいる……?」

 

 それはあまりに突飛な思考である一方、あまりに当然の回答でもあった。

 四大魔王が死したとされる大戦を最後に、聖書の三勢力は大規模な衝突を起こしていない。

 それは二天龍への対処のために協力体制を敷いたことで、戦場の中に対話の余地が生まれたからでもある。しかしそれ以上に、各陣営が極限まで疲弊していたことこそが最大の理由なのだ。

 天使や堕天使自体が数を増やしにくい種ということもあり、当時の傷痕は未だ癒えたとは考えにくい。悪魔に関しては『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』により多少は改善されたものの、内乱や政権交代を経て新たな傷が生まれてしまっている。

 

 いずれの陣営も、外敵への対処に回す余力などありはしない。

 対立を続けるよりも和平へと舵を切るのは、必然といえば必然の流れではあるのだった。

 

「いやでも、やっぱ流石に無理なんじゃ?よしんば堕天使側がそのつもりだったとしても、悪魔側は旧魔王派が絶対認めないと思うんスけど」

 

「あの連中は現政権に一ミリも食い込んでねえんだ、無視しようと思えば無視できる。当然禍根は残るだろうが、言っちまえば今更だしな」

 

 悪魔陣営の障害は、その気になれば強引に突破可能であり。

 

「天界が黙ってないんじゃない?現状の三竦みが二対一の構図になるなんて、何としてでも阻止しそうなものだけど」

 

「だから連中としては三勢力同盟の形に持っていきたいところだろうな。天界の意志に関しちゃ神の一存で決まっちまうが……突っ撥ねるだけの余裕は向こうにもねえはずだ」

 

 天界陣営の障害は、輪の中に引き込んでしまえばひとまず解決できる。

 

「そう上手くいくとは思えませんけど……旧魔王派はともかく、天界としては信徒が離れるのは死活問題のはずですし」

 

「ま、当然だな。それを差し引いても和平を選ぶだろうって程度には、あいつらに余裕がねえってだけの話だ」

 

 どこか呆れたような声音。垣根としても、その行いが孕む危険は正確に認識している。

 だが、もはやそうするしかない段階にまで至っているのだと―――それ以外に種の存続の道がないのだという推測もあった。

 

「三大勢力の間で停戦が成立した理由なんざ一つしかねえ。どこも残った戦力で勝ち切る自信を持てなかったからだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 つまりそれは、『とりあえず悪魔だけでも潰しておくか』とすら思えないほどに他の二陣営の損耗も激しかったということだ。

 旗頭を一度に全て喪った悪魔陣営と同程度と考えれば、その規模の凄まじさは想像するに難くない。

 

「だから同盟が結ばれる可能性はそれなりに高い、という訳ね。それはわかったけれど、結局これからどう動くつもりなの?」

 

「どうも何も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。基本方針は変わらねえ―――今まで通り、あいつらを程々に手助けしてやればいい」

 

 言い終えると同時、掌で弄ばれていた携帯端末が震え出す。

 画面を一瞥するなり、垣根はおもむろにソファから立ち上がった。

 

「何かあったの?」

 

「業務連絡」

 

 適当な言葉とともに投げ渡された端末が開いているのは、どうやらメール画面であるようだった。

 

 差出人の名は、フリード=セルゼン。

 メールの件名は、『引っ越し手続き』。

 

「どうやら、思ったより早かったみたいだぜ」

 

 本文の内容は、見るまでもなく察しがついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冥界という常世の地には、二つの種族がそれぞれ勢力圏を築いている。

 

 一つは悪魔。ルシファー、レヴィアタン、ベルゼブブ、アスモデウスの四大魔王を頂点に据え、旧七十二柱と呼ばれる名家が封建制度による統治を行っている。

 純血を尊ぶ一方実力主義の側面もあり、多大な功績を残した者やその力が認められた者には上級悪魔の称号と領地が送られることもある。

 

 もう一つは堕天使。こちらは『神の子を見張る者(グリゴリ)』という組織に同族の大部分が籍を置き、総督のアザゼル及び副総督シェムハザ、以下数名の幹部によって統率されている。

 総督の趣味と実益を兼ねて神器の研究が盛んに行われており、その過程で発見した『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』と呼ばれる神器持ちの子供を保護していたりもする。

 

「本気なんだな?フリード」

 

 そんな二陣営の片割れの長、堕天使総督アザゼルは現在人間界―――リアスや垣根の住まう駒王町へと赴いていた。

 

「そのつもりですけど?まー俺ちゃんってば天才だから惜しむ気持ちもわかりますけど、もう決めちったことなのよねん」

 

「確かに性格の難を加味しても惜しい人材ではあるが……『未元物質(ダークマター)』のとこなら許容範囲だ。いや、むしろお前に感謝しなくちゃならないかね」

 

「ほーん?その辺はキョーミないんで勝手にやっててくださいなっと。あ、感謝の印に何かくれるってんならありがたく貰っときますぜ?」

 

「ほんっとに遠慮ってモンを知らねえよなぁお前」

 

 あくまでふてぶてしい態度を崩さないフリードに苦笑するアザゼル。

 その生き汚さこそがここまで彼の命を繋いできたのも確かであり、あながち馬鹿にできたものでもないのだが。

 

「だがまあ、お前の移籍が口実として渡りに船だったのも事実だからな。俺が今研究してる人工神器、試作品でもいいならやろうか?」

 

「えー俺知ってんだぜーそれ実験台と書いてテスターと読むヤツだろ?しかも安全保障は一欠片もないと見たね!」

 

「大丈夫大丈夫、事故なんざ起きねえって多分」

 

「あっはっは!胡散臭さが留まるところを知らねえぜ!」

 

 実際、現在手元にあるのは開発を始めたばかりのα版とでも呼ぶべきものばかりだ。

 フリードの勘は今日も冴え渡っていた。

 

「つーか、アンタ何でこんなとこにいるん?いくら俺の移籍が一大事だからって、わざわざ人間界まで来るとは流石に思えねーんスけど」

 

「ああ。流石にそのためだけに来た訳じゃねえってか、そもそもお前と会ったのは偶然だよ」

 

 第一、フリードが堕天使陣営から離れるということ自体耳にしたのはつい先程のこと。

 目的地へと向かう途中でたまたま見かけたから声をかけただけであって、本来の目的からは外れた寄り道に過ぎない。

 

「何だよつまんねえ、てっきり俺との別れを惜しんで引き止めに来たのかと思ったのに」

 

「んな訳あるか。仮にも俺は総督だぞ、そういう話ならお前の方を呼び出すっての……いや実のところ、完全に無関係とも言いがたいんだがな」

 

「おん?」

 

 首を傾げるフリードに、アザゼルは肩を竦めてみせる。

 

「渡りに船だっつったろ?俺は元々『未元物質(ダークマター)』に会いに来たのさ」

 

「あー、そゆこと」

 

 その理由は、同時刻に垣根が推測した内容と概ね違わない。付け加えれば元々部下(レイナーレ)に任せていた神器調査のためでもあったが、本題は口にした通りだ。

 

「せっかくだ、お前の印象を聞いておこうかね。フリード、『未元物質(ダークマター)』ってのはどんなヤツだ?」

 

「そりゃまあ、一言で言えばチンピラっしょ」

 

 字面だけ見れば、到底褒めているとは思えない微妙な評価だ。少なくとも高潔さや清廉さといった要素からはかけ離れている。

 

 しかしそれは。

 垣根帝督という男が、ただの小物であるということを意味しない。

 

「そこらのゴロツキみてえに、粗暴で尊大で気分屋で―――それでいてやたらと強え、一番厄介なタイプのチンピラだ」



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