少女金銭 (杜甫kuresu)
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人形すころうとしたら指揮官が面白い人になった。多分人形をすこれてるのでどうぞ。


「おはようございます、指揮官!」

「ああ、来たか。早速書類の整理を頼もう」

 

 朝日に照らされてもその顔は辛気臭い。人形たちに専ら指揮官と呼ばれるこの男は、そういう部類の性分だ。

 挨拶もない不躾な彼の態度にもカルカノM1891の笑顔は崩れない。一方男も大して関心を見せず、自然な動作で書類を渡す。

 

 朝早くだと言うのに談笑の一つもしないまま、カルカノが書類にパラパラと目を通し出した。

 

「あー、今日は巡回警備と、あと…………開発関連が多い予定ですね」

「となると、俺はどれから片付ければいい?」

 

 トントン拍子で今日の計画が完成する。簡素で純然な計画だけの話し合い、一周回って此処まで無味無臭な会話をする男女はいくらなんでも中々居ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 さて。気づけば置かれていた珈琲を当然のように飲んだ。

 不味くはない。及第点なら言うこともないので放置して、別件について尋ねる。

 

「さて。昨日は人形から俺宛の苦情は有ったか?」

「有りましたよ、もっと言葉使いに気をつけろ。だそうですね」

「人形に向ける言葉なんぞ全部命令だろうに、何を思って気を付けなくてはならんのだ」

 

 カルカノが少し怒ったような顔を俺に寄せてくる。近いのは単純に苦手だがまあ、慣れればどうということもない。

 

「またそういう事を言う、そんなに酷い性格でしたか?」

「俺はかなり酷い性格だと思うが。そもそも、人形は結論付ければ道具だ――――――なんて平気で宣う外道は指揮官でも俺しか知らん」

 

 面白い話だが、指揮官は多少なりとも人形に情が湧く。何せコイツラの肌は傷付くし、嫌なことを言えば不機嫌になり、酒が入れば羽目は外れ、とある場所では指揮官相手に狂愛をぶつけたりもするという。

 そういう生きた姿を間近で見ると、段々武器であり消耗品であり更に言えばモノであるという事実に耐えかねる輩が現れるのだそうだ――――――うーむ、実にくだらない。

 

 眼の前のコイツも含め、武器で消耗品でモノだ。事実は変わらない。

 

「…………はぁ。まあそれはともかく、この前WAさん怒ってましたよ? 指揮官、この前貰ったお菓子に何も返していないそうじゃないですか」

「それはもう全くWA2000が悪いな。センスと節操がない、俺が物を貰って貰いっぱなしが我慢できない性分とでも?」

 

 そんな非現実的なビジョンを持って俺に物を寄越す奴が居るとは、正直想定していなかった。

 カルカノは俺の言動が余程気に食わないのか、不機嫌そうに目を細めて空になったカップを取り上げる。丁度いい。

 

「後、夜間警備をしていた人形達はもう交代の時間です。今日はProwlerを核とした下級AIの部隊と接敵したと報告が入ってますよ、どうします?」

 

 ふむ、下級AIか。中でもDinergateは可愛らしいと人形達もくっちゃべっていたな、極めて同感だ。

 アイツラは専らそこらの市民にも可愛いロボットだと認識されていて、何なら時折アイツラ越しに情報が漏れて揉め事が起きたりもする。漏洩元は「可愛がっているだけ」なのだから俺はコメントも残せない、暗に無知は怖いなとだけは感じたが。

 

「損傷はどうだ?」

「そうですね、前衛の一〇〇式が少しだけ。後はまあ、砂利を噛んだくらいで済んでいると思いますよ」

「成る程。損傷の幅を見るべきだ、出るとしよう」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「服がボロボロだな、見てて痛ましい」

「珍しいことを言うんですね」

「嘘だ。一ミリも思ってない」

 

 痛ましいだとか可哀想だとか、そんな情けで出来る職でも無い。

 外まで試しに出てみているのだが、遠目で見える限り、確かに警備部隊の損傷は一〇〇式だけと見える。他もカルカノの言う通り、多少砂利に塗れたかというぐらいには有るが一〇〇式だけが服をボロボロにして。おお、頬に掠り傷も有る。

 

 他のメンバーに用は無いので適当に報告だけ聞いて風呂にでも向かってもらおう。

 漸く話せる距離になった、と思う刹那。一〇〇式に向かう足にカラビーナがグイグイと左から割り込んでくる。面倒な。

 

「何だ。俺を止めたいなら金を払うか、正式な書類を俺より上の階級に届けてからにしろ」

「指揮官さん、おはようございます!」

 

 ちょっと張り詰めた様子で挨拶をしてくる。何だその眼は、お前の期待なんぞに答える予定はない。

 

「お前は一際服が綺麗だな」

「え、そう見えますか? 一応デザインには費用が掛かっていると聞き及んでいますわ、指揮官さんも漸くわたくしの魅力に――――」

「いや、仕事をしていないという意味だ。という訳で下がれ、以上」

 

 他のやつは随分小汚い格好になっているというのに、このモコモコだけが取り柄のお嬢様かぶれは何だ。服だけは一端だな、お前。

 かぶれ人形が不満そうに頬を膨らませて俺の左手を強奪する。

 

「ああ不味い、これ以上立ち塞がると言うなら可愛い可愛い部下から罰金をせしめなくてはならなくなる。とても嫌だから退け」

「指揮官、顔がニヤついてますよ」

「はい後五秒、よーん、さーん」

「指揮官さん、ちょっとぐらいがめつさを隠そうとしてくださるかしら!?」

 

 おっと失敬、金は大事だからな。金が有れば人生大体何とかなる。

 機嫌を損ねたカラビーナが右手まで強奪した。

 

「仕方ない罰金は倍としよう。要件は何だ、請求は後にしてやる」

「わたくし頑張ったんですけど! 言うことが有るのではなくて!?」

「次の仕事に備えることだ。退け」

「ちーがーいーまーすー!」

 

 勝手に俺の手でアルプス一万尺を始めるカラビーナ。お前は何だ、邪魔以外の何物でもないぞ。

 カルカノが視界の右端から現れる。困ったように笑いながら耳打ちをしてきた。

 

「ちょっと頑張ったって言ってあげれば大丈夫だと思いますよ」

「ソーダナー、カラビーナハヨクガンバッタゾー。エライナー」

 

 うわ、自分でも酷い棒読みだ。だが俺の最大限の譲歩を受け取れカラビーナ、礼には及ばん金は貰うからな。

 

――恐ろしい話だが今のには適切な効果があるらしい。処方箋もない特効薬に襲われたカラビーナが、へへへと気色悪い頬の緩ませた笑い方をしながら両手で顔を覆う。

 

「ね? 言ったでしょう?」

 

 ウインクなんかして得意げなカルカノ。まあ言った通りだな。

 

「言葉で良いとは単純な性格だ」

「駄目ですね、舞い上がって聞こえてませんよ」

「えへへ…………」

 

 気持ち悪い。適当に退けて一〇〇式に何とかご対面と相成った。カラビーナの方をチラチラと見て何やら様子を窺っているが、俺にそんな事情は関係ない。

 

 コイツの服装は極東の学生服によく似ている。デザインしたやつは何か拗らせているのだと結論付けざるを得ないが、その桜模様のタイツも中々に破れて白い肌が露わになっているし、暖かい格好をイメージしたらしき服もところどころがほつれたり破けたりしている。

 

「し、指揮官。一〇〇式に何か御用でしょうか…………」

 

 萎縮したような表情。最近投入されたばかりだ、どうせ俺の人となりやら何やらが掴めないと怯えているのだろう。そんな事をしようがしまいが俺の対応は大差ないというのに。

 

「いや、お前だけが軽い負傷をしていると聞いてな。様子を見に来ただけだ」

「あの、その…………」

 

 何か言いにくそうに顔を伏せる一〇〇式。

 

「何だ。報告に不備があったのか」

「いえ、そんな事はないです…………それで、一〇〇式にどういったご用件しょうか」

 

 そんな怯えられるほどの事はまだしでかしていない。今後は知らん。

――では、ご要望どおりに本題と入ってやろう。

 

「服を貸せ」

「………………はい?」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「…………ふぅ。年か、糸通しも出来なくなるとは」

 

 眼鏡をかけよう。その歳で丸眼鏡、とサボり魔の同僚にごちゃごちゃ言われたことは有るが俺はコレが性に合ってる。

 だが奴に俺を笑う権利が有るものかよ。奴は過労で常に顔面真っ青だからとリトルグレイと呼ばれていたのだ、お前の方が腐りかけの見た目だぞ。

 

 横で俺を手伝うカルカノも相変わらず丸眼鏡をじっと見ている。

 

「見世物じゃない、見物料を払ってもらおうか」

「いえ、似合ってますよ。いつも愛嬌がありますけど、今日は特に可愛らしいです」

「お前の眼、腐ってるんじゃないのか…………」

 

 世の中には血気盛んな若者というやつも居るわけだが、古臭い銃が大好きな若造にすら俺は「枯れている大人って感じ」と言われた。今のエピソードが何かと言えば、ともかく俺は懐古趣味のやつを持ってしても褒められる所の少ない枯れ方をしているという話だ。

 

 タイツは任せ難いからカルカノに寄越している、俺は学生服だ。

 俺自身はどうでも良いが、話を聞いたカラビーナが「私のブーツも」とかわけの分からんことを抜かしたり、AR-15が「私のハイソックスもビリビリでしてー! そのー!」とか部屋に向かって叫んでくるので廃止した。

 

 玉結びの覚束なさを呪いつつ、糸の魔術師として絶賛営業中のカルカノを横目で一瞥。

 

「お前は相変わらず手慣れている」

「まあ、この服だって自分で何度か直しましたからね。指揮官もほつれた洋服とか有ったら直してあげますよ」

「俺は自分でやる」

「そう言わずにー」

 

 ニコニコとしているのは結構だが、どちらにせよ俺は人に自分に関わる管理は一切任せない。

 訳も分かっていない割に手伝いだしていた一〇〇式がとうとう手を止めて、俺の方をきょとんとした眼で見てくる。

 

「見物料」

「い、いえ! その、どうして服の修繕なんてわざわざ…………」

「いえ、じゃない。見物料」

「指揮官、そろそろいい加減にしないと一〇〇式さんのパフォーマンスに関わりますよ」

 

 それは不味い。辞めるか。

 溜息が止まらん。

 

「どうしてわざわざ説明する必要がある、お前は仕事をすればそれで良い」

「あう………………」

 

 あからさまに落ち込む一〇〇式を見たカルカノが俺に突っかかってくる。

 

「指揮官! いい加減にしないと妹の写真集送りつけますよ!」

 

 うっ、それは事実かカルカノ。

 青空色の瞳が肯定を返す。信じられん、コイツは時折自分でデザインした服を色んな人形に着せては写真集を作っているらしいのだが…………これが妹の分だけ分厚い。

 

 カルカノM91/38は確かに顔は良いだろうが、だからとたかだか数十枚の写真で一時間を語り凌ぐ神経ばかりは理解しかねる。そして仕事が滞る割に俺の心労は溜まるばかり、かなり蟻地獄じみている。

 

「悪かった。反省しよう、代金は70%OFFだ。これで手打ちとしよう」

「見るだけならタダですよ、指揮官!」

「ひっ。わ、分かった…………くそ、あんな写真集をちらつかされたぐらいで俺と来たら」

 

 未だに精神強度に難があるか。どうやって補ったものやらな。

――見物料が取れないと言うなら、説明ぐらいはしてやろう。これからもこうなる度に一〇〇式の手が止まったり尋ねられてはこちらに支障が出る。

 

 さて。

 

「さて。では、お前の質問に入社サービス代わりに答えてやろう――――確か最近入隊したはずだな」

「は、はい」

 

 

 

 

 

 

 

「服には金が掛かる。俺はくだらん出費を抑えているだけだ」

「…………え?」

 

 何を驚くところがあるのかさっぱり分からん。いつもこの下りに入るとカルカノは苦笑いをしているが、俺は至極真っ当な理由で行動している。

 

 タイムイズマネー。祖国の言葉で「時は金なり」、これは俺もかなり賛同できる言葉だ。

 時間は金だ。健康は金だ。文字は金だ。身体は金だ。技術は金だ。知恵も金だ。世界の全てのものは金に換えられる。

 では金を手にするにはどうすればいい? かけがえが有る、換えるための贅沢品である金という無形資産を蓄え、全てを解決し得るまでに到達するにはどうすればいい?

 

 単純。今言ったものを金にするのだ。何時かのために、使うために、今蓄える。

 

「こんなものに幾分の時間がかかる。だが新しく新調すれば金を食う、何処ぞやに依頼しても今どき高かろうよ。ならば俺がする、グリフィンの資産状況は俺の懐状況に関わるからな」

「え? そ、それだけですか?」

 

 そうだ。

 

「それだけだ」

「指揮官はこれでG&Kの資金協力者ですからねー、資産がないと困るっていうのは一部事実ですよ」

「ええ!? 富裕層の方なんですか!?」

 

 何だその気取った形容は。

 驚き桜色の瞳で俺をじぃと見つめる一〇〇式、これでまだ金を取るなというのだからカルカノという人形は巫山戯ている。

 

「そんなふんぞり返ってる馬鹿共と一緒にするな」

「ご、ごめんなさい…………」

 

 萎縮した所で遅い。言葉は戻らん。

 

「アイツラは金に物を言わして「身の安全」をG&Kから買っている。俺はそんな確率論でしか無いものはいらん、死ぬときは死ぬ。金を使えば偶に避けれる程度のものが生き死にというものだ」

 

 アイツラは死の危険をなるたけ遠くにしたつもりだろうが、所詮確率が下がっただけ。身体の強度は変わらない、一歩外に出れば危険、俺はそんな馬鹿馬鹿しい家畜に成り下がる予定は今後も無い。

 

「一〇〇式――――――切羽が詰まれば俺もお前もどうせ死ぬ、だが金が有れば死ぬまでにやりたい事は大抵出来る。金を持ち、金を使え。金は人類最大の発明だ、お前含む人類第二の発明は最大手の恩恵に預かっておくのが一番だろう」

「は、はい…………?」

「ごめんなさい、一〇〇式さん。指揮官は悪い人じゃないんですけど、こう…………面倒くさい人なんです」

 

 誰が面倒くさいだ。コレほど単純明快な行動原理の男は中々居ない。

 

 さて。

 

「さて。一〇〇式、お前は軽傷とは言え損傷のある人形だ。役に立とうというのなら裁縫を手伝うより、まずは十全の状態で雑用でもすることだと俺は思うのだが違うか?」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「怒られました…………」

「いやー、アレは怒ってるわけじゃないんですよ。うん」

 

 カルカノの苦笑いに一〇〇式は殊更に肩を落とす、慰めか何かだと勘違いしているらしい。

 修復に入るにも適切な設備というものは勿論あり、一〇〇式は今回が初めての負傷だったから案内を受けている。別に彼女が恐ろしいほど優秀で今回はとんでもない目に遭ったとかではなくて、単純にまだこの基地に入って間もないだけである。

 

「だけど邪魔だって暗に言ったようなものですよ、あの言い方だと……」

「そうじゃなくて、あの人ああいう言い方しかしないんですよ――――――そうですね、例えばさっきお菓子の作り方ぼやいてたでしょう?」

 

 一〇〇式が思い出すには、それは確かメレンゲだと言っていた。別段指揮官としては美味くもなんとも無いのだと言っていたが、にしては妙に変な拘りを見せてはカルカノに意見を聞いていた気がする。

 

 それが何なのか、と一〇〇式は桜の瞳で問いかける。

 カルカノが屈託なく笑った。

 

「アレ、WAさんへのお返しなんですよ」

「お返し?」

「ええ。どうやら指揮官、WAさんのお菓子の事は忘れてたみたいで」

 

 そうだったのだろうか、と思うかもしれないが半分正解で間違っている。

 彼はそもそも「何かお返しが有るのが普通」と考えているのに当たりがつかなかっただけであり、別に忘れては居ない。

 

 それが礼儀の一種なら、「仕方なく」やるのだ。パフォーマンスを下げないために。

 という名目で一応。実際は誰にも分からない。

 

「後刺繍とか結構可愛いのつけてくれますよ」

「本当ですか?」

「嘘はつきません」

 

 ニコリと返したカルカノに、一〇〇式も控えめに笑って返した。




カルカノをすころうと思ったら指揮官は裁縫を始めた。理由は分からない。
基本こんな感じの短編の詰め合わせです、すこりたいものをすこるだけ。

ああ、ちなみに指揮官が本当に金を払わせたことはないですよ。言い訳して逃げる。
「俺のモデルを知りたい? 教えてやろう、金を払え」


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アルプス一万尺って二人がやる気にならないと途中で止まる気がする。

今回は冒頭500文字でオチつきます。蛇足も楽しんでください、にょろにょろ~。


 さて。諸君は面倒な人形の対処はどうしている?

――はあはあ、面倒じゃない? それは幸せな脳感覚をお持ちらしい、まあ俺とは相容れないだろうが精々上手く立ち回る事だな。応援は別料金だが益々のご発展とやらはお祈りしてやろう。

 

――では対処が分からないお前に朗報だ。今から教えてやる。

 壹。後ろから面倒な人形が来たとする。

 

「指揮官さん、おはようございます!」

 

 ソイツは後ろから走ってきていると想定すると良い。

 貳。後ろを向いたまま飛びついてくる目標の位置を音で把握しろ。

 

 參。至近距離に来たら上体を前に落とし、片足で勢いよく走ってくる愚か者の足を軽く刈れ。慣れてきたらそのまま足を地につけ広げろ、つまり予め型を取れ。

 

「え?」

 

 肆。抱きつこうと広げた両腕を一口に纏めて両手で長物の柄のように持て。

 

「あら?」

 

 伍。そのまま上に放り投げろ、力は要らん。怪我なく穏便にと言うなら、そのまま手を持って地面に叩きつけろ。鞭みたいなものだと考えておけば楽だ。

 陸。面倒なやつは倒れ伏した。この戦い、我々の勝利だ。おめでとう

 

「…………あら、あらあらあら?」

「ボディタッチはオプション外な訳だが、お前は俺に幾ら払える?」

 

 了。新米でも出来る人形撃退講座だ、料金は後に記載する口座に振り込むように。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「さて。カルカノ」

 

 いきなりだがこのカルカノ、とはあの七面倒なピンクライフルのことではない。今回はその妹、カルカノM91/38と呼ばれている方のことだ。面倒だから略称を設けようとした時期もあったが、思いつかないのが現状である。

 二体揃うと俺はもう面倒臭さが振り切れて新しい方、古い方と呼ぶ始末だ。あまり嫌がられもしないので良いだろう、嫌がっても呼ぶがな。

 

「お前は俺が何を嫌うかについて知っているな」

「勿論ですよ。ワタシは指揮官については出来うる限りの理解と、把握と、収集とに終始している健気な人形なのですから」

 

 何だ収集とは。お前は狂人なのか、それとも適当な法螺か。

 時折俺ですら目を剥く嘘をつく人形だからな、都合の悪いことは全部法螺だと思う方が良いかもしれん。という訳で今のは法螺だ。

 

 これでもカルカノは俺のことは嫌いではないと言っていた。時々鉄血に寝返ろうとする辺りで思わず解体を考えたことが有ったが、姉曰く「悪気のない嘘なんです」とのことだ。

 そもそも悪気の有る嘘とは何だ。倫理学でも言われるが、人は自分が良いと思ったことをするのだ。私利私欲に走った嘘であった所で、それは悪気など無いだろう。

 

 まあ結果として。俺は基本コイツの言葉はあまり相手にしていない、時間の無駄だ。

 

「身長は189cmですね?」

「もっと高い」

 

 俺も割と嘘はつく人種だ、もしかすればカルカノは正しいことを言っていたりしてな。

 其処を考えるのは俺ではない――――――俺を見ている奴だ。

 

「体重は70kgでしたか?」

「重すぎる」

 

 軽すぎるかもな。

 

「血液型はO型ですから、誰にでも輸血できると仰っていたような?」

「はぁ? いやいや、俺は輸血などせん。その話題自体した覚えがないが?」

 

 金が国家の血液というのなら、血液は身体の通貨だ。無料で売り渡すような隣人愛に満ちた男である覚えはない。わざわざ流通通貨の相場崩れを起こそうとする国家はあるまい。

 カルカノは途端にうーんうーん、と唸りだしたが、暫く放置すると申し訳なさげに

 

「後は、後はですね…………アレです。機密保持のために消去しました」

 

 何を取って付けたように。まるで覚えていたかのような。

 

「そうですよ?」

「そうか、そろそろ解体でも考えるか。気づいたら拘束されていたとなっては俺も敵わない」

「…………」

 

 そんな悲しそうに見つめてきても俺は動じない。悪いがモノにしか見えてないものでな。

 

「冗談だ」

「そうですか、分かってましたけどね」

 

 面倒くさいやつだ。幾ら口から出任せを重ねた所で、逐一言葉の真偽を考えるほど脳容量に余裕はない。

 さて。どうして俺達はグリフィン内の廊下をほっつき歩いているのか、いい加減に本題に戻ることにしよう。こんな嘘真も判別のつかない下らない雑談に数時間費やせる身分ではない。

 

「本題に戻せ」

「ええっと、今日の夕飯は南蛮漬けが良いというお話でしたよね?」

「材料は有る、後でそんな物は俺が用意しよう。それで、俺は何が嫌いだ?」

 

 カルカノはじぃと俺の顔を見る。そんなに金を俺に渡したいと言うなら無理に止めはしないが、しかしやはり誰にでも平等に請求するのが俺のやり方だ。

――という視線にカルカノがすぐに前に視線を戻した。賢明だな。

 

「ワタシが聞いた限りなら、損が嫌いです」

「正解だ。後は?」

「無いですよね」

「正解だ」

 

 完答だ、つまらん質問だったが飴でもくれてやる。質疑応答は報酬の成立する『仕事』だ。

 グレープ味の飴だったのだが、気に入ったらしい。少しだけ頬を緩めた。

 

 今、俺は収支を調べ上げた帰りである。貸借対照表とかいう専門的な経理の紙まで引っ張ってきた以上、今回それなりの根気をもって取り組む用意が有った。

 無駄を殺しに来たのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「指揮官、失礼しますよ――――――」

 

 カルカノの声に消えていた意識が辛うじて神経に戻ってくる。

――ソファに寝転がっていた気がするが、にしては当たる感触が生暖かい。しかも妙にもちもちしてる。

 

 どうでも良くなってきた。悪い癖だ。

 取り敢えず起き上がると、何かで側頭部を強打する。同時に鋭い悲鳴。

 

「いった…………!?」

「…………カルカノ新しい方。何をしている」

 

 何故俺を膝枕なんぞする必要があるのかさっぱり分からん、というか頭を打った。治療費。

 

「かなり今のは効いたぞ。お前も痛かったんじゃないのか」

「は、はい……? 何のことでしょう、全然何ともイッタタ…………ッ!」

「額を抑えながら言われてもまるで説得力に欠けるな」

 

 額を抑えて涙を浮かべるカルカノ新しい方。古い方が「指揮官。前々から思っていましたが、せめて妹とか姉でお願いします。長いし何だかワタシのAIに直でダメージが入ってます」

 

「何故」

「慰謝料取りますよ」

 

 カルカノ姉の方は随分気が短いようだ。

 さて。

 

「さて。カルカノ妹、これはどういう事だ」

「えっ、ほら指揮官がして欲しいって」

「言ってない」

 

 咄嗟の嘘が苦しすぎるとは自分で思わなかったのか、この妹は。しかも顔も明らかに動揺している、幾ら何でも誤魔化せるわけがないだろう。

 取り敢えずあわあわとしている妹は放置して、姉の方に責任追及をするとしよう。

 

 振り向いて扉の方を見ると、姉が困ったように笑って頬を掻いている。何だその反応は。

 

「指揮官、怒ったりはしませんけど…………ワタシの妹に変な命令はしないで欲しい、ですね」

「いやそんな訳があるか。コイツの口から出任せだ」

 

 え、そうなの。とでも言わんばかりに一周回ってぬるりとした動作で妹を見る姉の姿は滑稽だ、俺は珍しく笑いそうだった。お前のシスコンには俺はつくづくウンザリしているし、今の程度で許そうとは思わないが、今のは正直面白かった。

 

 さて。明らかに目を丸くして動揺している妹にスポットライトを当てていこうじゃないか。

 

「本当なの?」

「え。いや、そうです」

「…………駄目でしょ、そういう嘘をついちゃ」

「ごめんなさい」

 

 俺の目の前で大真面目な説教をする部下なんぞ、俺にとってはやはりモノ扱いしておくのが楽なのである。

 

 

 

 

 

「さて? 何で俺を膝枕なんぞしていた、代金なぞ払わんぞ」

「それは業腹というものですよ」

 

 何が業腹だこのポンチ。少し休むと言ったらこのザマだ、後少しで俺は「口は達者なくせに人形相手に邪な願望を充足していくゴミクズのような守銭奴」に成り下がるところだった。ゴミクズ以下の下りは案外正解かもしれんが、その前はおかしい。

 

 命なんぞゴミクズだからな。今や替えがきく、よりによって誰もがそれはないと思っていた「金」で出来るだろうさ。

 この技術を作り上げた夢が命を「時間」としてある程度消費する時点で、命なんて優先度が低いのは分かりきっている。世間の奴らは何時か言った、「命あっての物種だ」。

 今は「物種有っての命」なんだよ、生きるのは自己愛とエゴの結果だといい加減理解するべきだろうさ。汚いもんだ、汚くて構わないもんだ。

 

 話が逸れまくったな。戻そう、くだらん俺の偏見の話さ。これは。

 

「では問い直そう。金の他に、お前は何を得たんだ? 姉も大変聞きたいそうだぞ新しい方」

「いえ別に興味はないんですけど、流れ的にじゃあ聞きたいってことにしておきましょうか」

 

 俺が間抜けみたいだろうが、辞めろ。

 問い詰められてあからさまにバツの悪そうに縮こまるカルカノ妹。おいおい、これじゃ俺が虐めてるみたいじゃないか。真っ当な情報開示の要求だってのに。

 

 姉の方が痺れを切らした。

 

「では今回はもうお話は終わりにしましょう」

「俺は納得していないが?」

「指揮官は納得しなくても生きていける性格ではないですか」

 

 はっ、言ってくれるぜ。今のはたいへん傷ついた、侮辱罪で訴えて慰謝料を請求してやろうか。

 

 無理矢理にでも話題を切り上げようという魂胆か、カルカノ姉は机に散らかしていた書類をぱっぱかと纏め始める。正直俺もどうでも良くなってきたな、あの散らばる書類が全て処理できていないという中途半端さにイライラしてきた。

 仕事を途中で放り投げて遊んでるみたいじゃねえか。

 

「おい姉の方、どうせなら手伝ってくれ。量が馬鹿馬鹿しいんだ」

「勿論です。指揮官の手足ですからね、ワタシ達人形は」

 

 そうだ。

 概要を話している最中、妹はボソボソと何かをつぶやいた。

 

「また……お姉さんに取られちゃいました…………」

 

 よく分からないが、そこでボソボソ言われても鬱陶しいのでお望み通り使ってやろうじゃないか。働かざる者食うべからず、同様に働かざる人形生きるべからずだ。

 コストの分は働いてもらわなければ割に合わん。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「さて。姉の方、仕事は終わりだ。給金には幾らかブチ込んでおいてやる」

「要りませんよ、仕事なのに」

「お前らに貸し借りを作るなど俺のプライドが許せない、そしていざという時にその貸し借りを持ち出されるのはもっと許せない」

 

 難しい人ですね、なんか言いながら笑って出ていくカルカノ姉。同時に――――――うわあ、カラビーナが交代で入ってきた。カルカノ姉がお気の毒にという顔で見ていたが、今から追加料金を払うから助けてはくれないだろうか。いや多分無理だな、交渉の余地が有ったら今苦笑いして出ていってない。

 

 もう生きるのが辛いな。命は金より軽いわけだし、今から窓から飛び降りてみても良いかもしれない。後先など知ったことではない身の上だ、取り敢えず今差し迫った苦痛から逃げるのも――――

 

 カルカノ妹が羽交い締めにして止めてくる。

 

「指揮官、落ち着いて下さい。ワタシがいざとなれば多少止めますから」

「そういう問題じゃない。俺はコイツと同じ空気を吸うのが辛い」

「背負投げをされ、次は同じ空気を吸いたくない………………一周回って魅力的な方ですね」

 

 コイツやっぱり頭がおかしい。俺は死ぬ、死なせろ妹。

 

 

 

 

 

 五行の間にどのような説得が行われたかは各自想像することだ。少なくとも俺の膨大に膨れ上がった自殺願望をしっかり相殺できる有意義な弁舌をカルカノ妹が提供できたことには間違いない。

 

 仕方なく書類作業に戻る。カルカノ姉には仕事が終わったと言ったが、真っ赤な嘘である。アイツが居るとひたすらやりにくいだけなので程々に切り上げて帰ってもらった。俺は自分のペースで仕事がしたい。

 よってカルカノ妹も不要。あくまでどうせ手伝わせるなら数が欲しいだけのことだ、スペックが落ちるなら数で補う。経済活動の基本だろう?

 

 そういう訳で、人形共は談笑をする運びとなる。基本設計が女に近いからな。

 

「カラビーナさんは指揮官と仲が良いんですね」

 

 コイツ、目と耳がおかしいな。それとも嘘なのか?

 

「どうしてでしょうか?」

「言うまでもなくアプローチが大味だからでしょうね」

「おい分かってるなら辞めろ。このお嬢様かぶれが」

 

 地獄耳ですか、とカルカノに驚いた顔をされる。同室で話している自覚が足りていない。

 そして訂正が有る。

 

「俺は害があるものからは当然逃げる、それだけだぞ。好き嫌いなどという枠組みで考えるな。それで言えばお前らは全員嫌いだ」

「指揮官がワタシに酷いことを言います!」

「指揮官さんひどーい!」

「事実だ。その程度の泣き落としで俺は訂正しない」

 

 俺は『人形自体』は嫌いだからな。

 

「カルカノ、お前はその点勘違いをしてるらしいな」

「…………成る程成る程、そういう事ですね?」

 

 キョトンとした顔で成る程というのか。口と口以外の全てが切り離されたような人形だな、全く。

 カラビーナも俺の言ってることが全く分かっていないらしい、カルカノ以上に興味及び驚愕に塗り固まった鮮血色の瞳で俺の方をじいと見る。開いた口が実に間抜けだ。

 

 では解説だ。本来、俺はわざわざこんな事を説教たらしく言うのは趣味ではない。

 今のは嘘かもな。いやどうだろう、ひょっとすれば今までの下り全部が嘘かもしれんぞ? さてさて、真偽は俺ももう知らん。

 

「お前らは勘違いしているが、人形の中に俺は一々好き嫌いをつけてなどいない。もっと言おう、そのランキング付けが面倒だ。更に言おう、お前らの個人の性格はうろ覚えだ。締めに言おう、俺はお前らを最大効率で動かす情報ならきっちり覚えている」

 

 それは機嫌取りかもな。良好な関係保持かもな。ビジネスライクが良いのかもな。

 ともかく俺は、コイツラが最大効率で動く付き合い方自体は知っている。下手をすれば、今俺が喋っている全てが「キャラクター」で、これが俺に出来るコイツラを最大効率で動かす指揮官の人格かもしれんな?

 

 真偽などどうでも良い。今の話を閉じてしまおう。

 

「要するになカルカノ。俺はお前が妹だろうが姉だろうがどうっでも良い、ピンク髪でうざったい爽やかな笑顔と献身を見せつける英雄気取りの姉だろうが、紫髪の気持ち悪いほど能面ヅラ描写の多い人形気取りの嘘つきの妹だろうがどうっでも良い。興味がない」

「お前の姉ごときに、俺は奪えない。ましてや俺は、生まれてから通して誰のものでもねえよ」

 

 カルカノの嘘つき妹でも、カルカノの爽やか気取り姉でも、このカラビーナとかいう阿呆でも、一〇〇式とかいう新人でも、ヘリアントスでも、他の人形でも、クルーガーでも、無理なんだよ。

 俺は俺の所有物だからな。

 

「良かったなカルカノ妹、朗報だぜ。お前は姉に俺を取られない、何故なら俺は「俺のもの」だからだ」

 

 以上。

 

 さて。カルカノは先程のつぶやきを実は完全に俺の耳に入れられていた、なんて事実の重みに耐えかねたのかな。耳だけを赤くして涙を浮かべると口をパクパクとさせ始めた。

 今のがフォローだというのなら好きに思え。そうかもしれないしそうでないのかもしれない。

 それは俺の善意だというのなら好きに思え。善意かもしれないし効率化の一環かもしれない。

 

 ともかく事実は

 

「指揮官なんて嫌いです!」

 

 と言って走って出ていったカルカノ妹だろう。

 アイツは一体、誰に泣きつくのだろうなあ。コンマ数秒興味を持ったが、金にならなさそうなので取り敢えず忘れておいた。




指揮官は好きに解釈して下さい、貴方が信じる本性が真実。常に問いかける姿が人形をすこりやすい所以かもしれない。
面白いおじさんなのは事実じゃないかな多分。

どうでも良いけどこの人が嘘か真か、みたいな人だからカルカノ妹と喋らせると大変なことになる。やってみたらだいぶカオスだった。
今回は「真偽は定かではない」を強調しました。そういうつもりで書いてる。


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間話

「あけましておめでとうございました、ちなみにタイトルは変わった。二次創作ではままある事だろう? 慣れろ」
「という訳で俺にお年玉で寄越せ、一口500円にしといてやる」


 俺は何時も考える。世の中に逃げ道など無い。

 

 例えば無職で親の脛を齧るとしてみるか…………其処に有るのは逃げ道ではない。常にカースト下位であるストレス、自らの空虚さを呪うストレス、自らの一食は他者に支配されているストレス、山程ストレスが湧いてくる。

 例えば一般的な人生とやらに洒落込んだとしよう、決して平和ではない。自らの平凡さに辟易とするストレス、上に手を伸ばしても半端で下でも半端な器用貧乏へのストレス、人並みの一般的なストレス、山程ストレスがのしかかってくる。

 例えば異常な金持ちとなったとしよう。それは幸せだろうか、否と俺は答えよう。寄るもの全てが金目当てに見えるストレス、金で全てが買えると事実として理解できるストレス、その金の消費貯蓄を考えて一個の人間として管理しきれなく感じるストレス、山程ストレスが有る。

 

 

 

 だが、金持ちはどうだ? ストレスは有るが、虚無なりに何でも手に出来る。ストレスはモノで埋められる、物欲の解消で生まれたメッキの幸せは駄目ではないと俺は結論づけた。

 どうせ人生は空虚だ、意味など求めるのすら無意味。ならば俺は、世界に存在するモノで俺自身を満たすべきだ。

 

 人間は駄目だ。揺らぐ。

 達成感は駄目だ。刹那過ぎる。

 恋慕は駄目だ。壊れる。

 

 かくして俺は、金に全てを求めることにしたわけだ。換えが効いて、全てを手にできて、一番つまらなくて、人生を嘲る要因ながらも何とか縋れる、それでいて――――――俺を裏切らない、金にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――つまらない話だったな、忘れろ。金は取らないでいてやる。

 さて。

 

「いらっしゃいませ」

「何で指揮官が酒保の店番なんて………………ッ!?」

 

 WA2000は俺を見るなり引きつった顔をした。

 今のくだらない独白は、実は店番中暇だから考えていたりする。尚更金など取れないという訳だ、お前は運が良いらしい。

 

 

 

 

 

「えーっと、アンタ…………何してるのよ」

「見ての通り店番ですが?」

「うわ。敬語やめてよ気持ち悪い」

 

 誰が気持ち悪いだ、侮辱罪で金を取られたいのかこの人形は。

 たかだか酒保の店番ぐらいでごちゃごちゃ言うとは中々いい度胸をしていると言わざるを得ん。

 

 しっかりと店番用の制服も着ている、レジ打ちなど当たり前、商品の在庫数とて概算ながら把握済み。これほどの生粋の店番を見て店番の務めを果たすな等というのはつまり仕事に対する冒涜だ。

 

「いや私はアンタが店番な訳ないって言ってるんじゃないわよ! 何で! アンタが! 店番してるの!?」

「そんな事を言い出すと今日の担当であるドラグノフやトンプソンも相当店番らしくないと思いますが、平等に苦言を呈するということでよろしいでしょうか?」

「「誰が店番らしくないだって?」」

 

 お前達が店番をすると絵面が酒とかヤクの密売所に見える。

 というかコイツラは実際問題、此処では取り扱わないようなやたらと高いはずの酒を格安で仕入れていたりする、物騒だ。金は重要だが、倫理法律治安の類の乱れを良しとするほど頭は腐ってない。

 

 商品を箱で運ぶギャングもどきに口を開けて呆けるWAを、カルカノ姉妹が柔らかく押しのけて商品を目の前に置く。晴れ着に袖を通した姿は一般人は後ろ髪を引かれるさぞ雅、かつ流麗と形容出来るものだが俺には興味がない。

 早速レジに通そうという時に姉の方がニヤニヤとして人差し指を掲げる、何だコイツ。

 

「笑顔ください」

「私の笑顔はハイプライスとなっております、幾らお支払いできるのでしょうか?」

「えー、仕方ないですね…………少し妹にも出してもらえば大体これぐらいは」

 

 指で示された額は全く足りん。出直せという他ない。

 俺がレジに通す前に問答無用で札を置くカルカノ姉、明らかに商品の値段を越えている。

 

 何だお前は、さっきから気色悪いにも程がある。俺の笑顔ごときに一体何を執着しているんだ。

 

「そこを何とか」

「お話になりません。お釣りになります」

 

 俺はあくまで在庫把握、ついでにどんな気分のやつがどんなものを買うのか感覚で掴む一環でやっているだけだ。仕事は仕事だからそれなりにはするが、俺に笑顔を強要する部下に応えるには少し給料が足りていない。

 

「うーん、交渉失敗みたいですね! 店番頑張ってください、指揮官」

「お客様に心配されずとも私はしっかりと目的意識を持ってこの仕事を遂行しているので問題ございません」

「つれないですね…………まあ仕方ないか」

 

 やっと帰った。長居するな、回転率に響く。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「指揮官、あけましておめでとうございます!」

「…………アケオメコトヨロ。何故適当に教えた文化が此処まで広がっている」

 

 一〇〇式の輝く笑顔は俺に対して猛毒だった、思わず手で払いのける。

 カルカノ姉の差金で各地の人形が着替えては浮かれている。年末からゴタゴタとしているとは見ていたが、まさかこんな事をしているとはな。俺までアイツの作った服に着替えさせられている。

 大体サイズは何処で知った。俺は秘匿している。

 

――年玉も聖夜の臨時給金もくれてやったのは事実だが、とはいえ此処まで浮かれるか。

 

「指揮官もそうですが、私達は催事に事欠きますからね。スポンジみたいに吸いますよ、皆で楽しめる事なら」

「全く予想外だ」

 

 嘘だ。金を落とすと最初から思っていた。

 

 俺は人形に給金をくれてやっている。G&K社はしないと言うから、俺が個人的に資産を管理して勝手に給金という体系にしたと言えば良いか。

 結果として、一部の娯楽用の金は基地の設備拡張に常に充てられているわけだが、人形の士気はむしろ上がったと言ってもいい。ついでに言えば、酒保の売上は上がったしむしろ基地本体の資金は潤った。それも人形用の資金を以てして、だ。

 

 何故か?

 

「指揮官もスプリングフィールドさんの作った「オセチ」、食べませんか?」

「お前らで食え。俺は関与していない」

「…………そ、そうですか。指揮官がそう言うなら、一〇〇式は無理強いできませんが…………」

 

 頼んで貰い受ける金ではないからだ。お願いして、書類を出して、まるで「会社から」出しているように見せればそりゃあ誰だって躊躇いが出る。

 同じ働いた報酬でも、誰が管理するかで使い方に違いが出ることを分かっていないのがG&K社の弱さだろう。

 

 使う側は消費に精彩を欠き、此方は出し渋りに困る。それぐらいなら、いっそ「お前の金だ、お前が管理しろ、お前が消費しろ、お前だけの金だ」と言ったほうがどちらも楽だ。

 

 さて。

 

「さて。正月は面白いか」

「お、面白くはないですけど…………生活にハリが出ますよね」

 

 丁度いい台詞だ一〇〇式、まるでご都合主義だな。

 

 そう。金もハリが要る。

 G&K社のどこまでセーフラインかもわからない気色悪い資金より、自分が管理し自分しか使えない金の方がメリハリを付いているし、付けられる。今のはそういう話だ、同じ金でも本人の気の持ちようという奴が別物というわけだ。

 

 にしてもコイツは何時まで肩に力を入れている。長い、俺は上司でも何でも無く「管理者」だ。敬意は必要ないと何度も言ったはずだが。

 

「敬語を辞めろ。鬱陶しい」

「いえ、上官は上官ですから! 別に誰というわけでもなく一〇〇式はこういう喋り方ですし…………」

「あのイカレドイツライフルを見習え、慇懃無礼かつ愚かだぞ。アレが大先輩だと言うのにお前と来たら「呼びましたか!?」呼んでない帰れ帰らないなら窓から落とす」

 

 いつの間に居たんだお前。

 当然のように俺の椅子の手すりに腰を下ろすカラビーナ。中身の読めない柔らかい笑顔に思わず舌打ちが溢れた。

 

「カラビーナ、お前は素晴らしい」

「し、指揮官さん…………ッ!? ついにわたくしの魅力に「俺に金銭を超えた「苛立ち」というものを常に提供できるそのネガティブなサーヴィス方式は最早億千万の紙束では償えない罪を背負っている。一周回って画期的なビジネスと言ってやる、誰の差金だソイツを始末してやろう」

 

 お前が居ると俺は長台詞になって大変文字圧が高くなる。そういったメタ的な点でも早急にお帰り願いたい、殺したくなる。

 

 金を積んでも帰らないのがコイツの厄介なところだ。この前は一人形には馬鹿馬鹿しい金額を寄越して今後俺に業務的な会話以外するなと言ったのだが、

 

『それで』

 

 と言って金だけ受け取ってコイツは喋り始めた。あの日ほど金にならない感情で女を殴りかけた日はない。そしてコイツがマトモに金を使ったのを見たことがない、一体どこで使っているんだ。まさか俺の誕生日を勝手に決めつけてパーティーを開いたアレとかに使っているのかもしれないが、だとしても俺はコイツへの好感度など一ミリも上昇しないし、嫌いなのでむしろイライラとする。せめて俺以外に金を使え、ムシャクシャする。

 

 というより俺が暴力的行動に打って出そうになるのは人生でも数少ない。俺は乏しい経験をこの歳になっても経験できていることに関して、アレは実は授業料として受け取られた可能性すら考えている。要するに死ね。要さなくても死ね。

 

 俺の片手をゆうゆうと揺らして遊ぶカラビーナを存在しない扱いとすることにして、一〇〇式からの情報搾取に努めるとしよう。

 さて。

 

「さて。一〇〇式」

「指揮官さ~ん」

「え!? あ、何でしょうか…………」

「指揮官さんってば~」

「ところでお前はあの給金を何に使った」

「襲っちゃいますよ?」

 

 取り敢えず細い腕を捻じりながら窓に向かって全力で投げた。精々療養生活に涙を流すことだなクソッタレ。

 お前の人工処女なぞ三文の得にもならん。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「心配性も程々にしないと、本性がバレてしまいますね?」

「何故ピンピンしている」

 

 俺の執務室は中々の高度の筈だが、例え雪が積もっているとしても普通こうニコニコと当然のようについてこられるものか。以前からコイツは俺の想像だにしない妙な性能を見せつけてくる。

 

「心配性? 俺は金の出所について考えていただけだ。出費が増えればこの基地に還元される、それだけの目的のインタビューの一環だ」

「まあ、そういう事にしてあげても構いませんが?」

「あ”あ”?」

 

 何を知ったように笑っているこのクソッタレ。

 

 舌打ちが止まらん。さっきからコイツが喋るたびに舌打ちしてる、文章的に気持ち悪いからカットしていたがな。

――安心しろ、この程度で金は取らん。サービスだ、ただより高いものはないとも言うが。

 

 この馬鹿はさておき、俺が向かうのは食堂だ。持っている紙束が嵩んで敵わんな。

 

「わざわざ別口で指揮官さんがお年玉をあげる必要って、わたくしは無いと感じますが」

「お前は知っているはずだ、俺はこの基地に個人的に投資を行っている」

「それで?」

「一環でしかない、人形は単純だからな。お前は自身が至って善良ぶっているから俺まで勝手に善人だと思いこんでいる」

 

 これで金を落とす、ヤツラは勝手に満足感を得る。互いにウィンウィンというやつだ、ビジネスライクの極みだな。

 また何か察したように口元に手を当てて笑うカラビーナ。そろそろ本気で死にたいらしい。

 

 俺が嫌いなことは行動の解釈を俺に押し付けてくる人種だ。何せそういう奴らは知ったかぶり、俺を面白がり、何か聖人か何かと勘違いする。

 最高効率を求めれば必ず善人にならざるを得ないことが分かっていない。俺は俺に対する解釈に自由公平を保証するが、それを俺に一々押し付ける輩は嫌いだ。お前に俺の何が分かる。

 

「ふーん? そうですかそうですか、まあわたくしは指揮官さんが善人だとかどうだとかそんなお話はしていないのですけれどね?」

「どうせ考えていただろう、馬鹿は治らん」

「そうですね。わたくしも物好きが極まってきているとは最近自覚しています――――――ふふっ」

 

 きもっ。吐くなヤバイぞ。まじやっべーわ。

 

 今すぐ走って右手をホールドしてる人形を捨て去りたい気持ちを抑えつつ、何とか品位というやつを保ちながら歩いていたのだが――――――ふと通りがかった窓際。外で羽子板をしているカルカノ姉妹が目についた。

 

 否。目をつけられた。

 

「あ、指揮官もします?」

 

 何を笑っているんだコイツ、人をハメておいて。お断りだ。

 

「ことわ」

「あーそれ私も見たいぜボス。やろうぜ?」

 

 トンプソンは恐らく俺が嫌がっていることを察してさっきの仕返しで言っている。

 

「だからことわ」

「指揮官さん。というわけで今回はわたくしに無様に負けた後にオセチを頬張ってもらいましょうか」

「うるせえぶち殺すぞ」

「いやん激しいお人…………そういう所も好きですわ」

「口から出任せを、蜂の巣にするぞ」

 

 ちなみに互角だった。俺達は信じられないくらい墨まみれになった身体で何故かおせち料理まで食う羽目になってしまったのだが、人形が集合していて金を渡すのは楽だったので――――――まあ、結果的には正解、か。

 

 いや正解か、本当に。俺にはそうは思えんが、多分大半はそう言うのだろう。




アケオメコトヨロ。

カラビーナが「読者」に近い立ち位置になってきた所ある。俺はあんまり善悪に関わらない立ち位置のつもりですけど、何だか良い人だって意見の方が多そう。

指揮官がおもしろムーブする時は大抵この女居るな。使いやすい。


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金は世界は救いませんが、人形一体ぐらいは救えるものでしょう。
先に言っておくと作風が多分違います。そのうちお金お金言い出すので安心して欲しい。


「指揮官、今日こそAR小隊及び16LABに資金援助を――――――」

 

 一面銀世界の最中、Anti Rain小隊の誰よりも早く一人の少女が指揮官に駆け寄る。桃色髪の透明感に富んだ彼女、名をST AR-15という。

 彼女の達者でそれらしい方便だが、実は別に資金援助自体に興味はない。焦点というなら、それが指揮官の伽藍堂な瞳とAR15の蒼眼を繋げる数少ない手立てであるという一点だろう。

 

 今回こそは言葉を数秒でも長く、と星空のように瞳を輝かせる。

 ニマつく表情も抑えないAR15だったが、指揮官は眉一つ動かさずに言い放った。

 

「良いだろう」

「えっ…………?」

 

 今まで散々拒否したのに。AR15の目が不意を突かれてきょとんと固まる。

 何度も話をして、幾度とすげなく断られた話題。普段はM16とM4がそれとなく話題にして、しかし駄目だと嘆く無理難題の一つ。

 

 彼は金が大事で、金が絡めば自分を見てくれる。それが無理難題であれ、論外であれ――――――――そうではないのか。

 呆気にとられるAR15に、指揮官は相変わらず陰鬱とした眼光で猫背のままに続けて畳み掛ける。

 

「ああ、金なんぞくれてやろう。俺と喋りたいとでも言うのなら、それはくだらん話題に乗せずお前の言葉だけで成し遂げろ――――――というか金の話に要らないものを混ぜるな。鬱陶しい」

「今回お前が得るべき教訓は、本当に欲しいものは己の力のみで勝ち取らなくては意味がない――――――という事だ」

 

 そ、そんな訳。とAR15が真っ赤な顔で躍起になって反論する。

 

――あら、またやっているんですね。

 それを眺めるMauser Karabiner 98 kurz。また、という辺りに彼との付き合いの長さが伺えるが、実のところ彼と彼女の関係性について本質的に迫ったものというのは実は居ない。

 

 居ないのだ。この基地には数多くの人形が常在し、多種多様な眼が彼らに当てられてきたのだが――――――彼らはおくびにも出していない。

 

 今日に関しては、彼女が主役だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Karさんって、指揮官がホントに好きですよね~」

「当然です、何せ両思いですので」

 

 ははは、と乾いた笑いがカルカノ姉から零れる。冗談めかした物言いは何処か熱を帯びていて、カラビーナが全く適当に言ってのけているとも断言し難い印象。毎度のことだが、コイツはよくもそう妙な自信を持って言い切るものだ。

 

 諸君には予め断言しておいてやるが、俺が何らかの理由で照れ隠しをしているだとか、言葉に含蓄が有るだとか、そういう期待は全くしないでもらおう。

 思わせぶりなアバンはドラマツルギーの一環に過ぎない、俺とコイツに特別な関係性などまるで無いのだから。

 

「お前は仕事の手が早いこと唯一点が俺にとっての価値なわけだが、こうも適当なことを言い触らされると流石に赤字経営になりかねん。転属させるが構わないな」

「そんな事されたら~、指揮官さんが基地の資金運用の報告書を改竄してる事とか~、言いふらしてしまうかもしれませんよ~?」

 

 なんていう女だ、いや人形か。ブレない屑と形容せざるを得ない。

 

 言った本人は「戦場のメリークリスマス」の鼻歌なんて歌っているが、テーブル越しに向き合っていたカルカノ姉は引き攣った表情で冷や汗を流しっぱなしだ。まあ俺が問題を起こしたとなればこの基地もガタガタになりかねないからな、当然の反応だろう。

 

「よくも其処まで低俗な冗談で俺を脅すものだ。G&Kがその程度で俺と手を切るほど頭の弱い連中だと思うか?」

「いえいえ、例えばとある新聞にこう書かれれば如何でしょうか――――――「G&K社は投資家の傀儡? 貪られた資産運用の実態!」――――なーんて」

「…………チッ、冗談でも言うものじゃない」

 

 G&K社と市民の関係は今でさえギリギリのラインを保っている。もしそんな事が起きようものなら、G&Kに済まずG&Kの担当地区全体の人間に二次被害が及ぶ可能性すら考えざるを得ない。

 金は生命で買えるが、意味もなく無数の生命を買い占める羽目になるなど俺はまっぴら御免だ。

 

 よく考えると、転属の時点で前任からの個体情報の引き渡しやデータのロック解除も存在する。俺が命令した所で効果も無い。

 よく出来た算段だ。そして最悪の人形だ。

 

「自分で言うと寂しい人間のようで嫌な話だが、お前一体俺の何処を気に入ってそんなしがみついてくるんだ」

「全部…………かしら」

「ねっとりした視線があまりに気持ち悪い。まずいな、今すぐ100万程度破かないと発狂してそのまま神話生物の仲間入りを果たしてしまいかねん」

「つれない人」

 

 コイツは何を思ってこんな事ばかり言って俺の精神強度を試してくるんだ。

――――――――作業が止まるな。本格的に追い出すとしよう。

 

「おい、カラビーナ。前年度の備品の損耗と損失額を軽く計上し直す、取ってこい」

「指揮官さん、お願い事をする時は?」

「………………頼む」

「はい、分かりました」

 

 くっ、何故コイツには俺の命令が効かないんだ…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いですね、人形が命令に逆らうなんて」

 

 並んで歩いていたカルカノが驚いた顔でカラビーナを覗き込む。

 カラビーナが追い出されたまでは良かったが、指揮官が他の人形を作業に使うのはあまり好まないのも彼女は知っていたからだろう。無理やり追い出されたカラビーナを何となしに手伝いに回っていた。

 

「変なことを仰るのね、指揮官さんは命令なんてしていませんよ?」

「でも取ってこいって」

「まあ、見てくれはそうでしょうね。あの人、あんまり言葉が上手じゃないから」

 

 カルカノが要領を得ない顔をして首を傾げた、カラビーナは特に何を言うわけでもなくさっさと目的地へと歩を進める。あまり多くを説明しようという気概がないな、とカルカノも流石に察して急ぎ足でついて回る事にした。

 

 しかし彼女には不思議だ。カラビーナという人形は確かに元々友好的だろうが、それにしてもあの言動に対して何ら疑いというものを持っていない。

 それはまるで最初から真実を知っているようだ。未だ指揮官の心根の一欠片と見えないカルカノには、言葉に出せない妬くような感情が渦巻く。

 

 咄嗟に尋ねた。

 

「あの、Karさん」

「はい。何でしょうか、カルカノさん?」

 

 生唾を飲む。何だか聞くのは躊躇われた、恐らくカルカノの知らないことがカラビーナから語られる確信はどうしようもなくあったからだ。

 同時に。其れ以上に、指揮官という人間は惹きつけるものが有った。それは恋心だとか、親しみ深さとは全く別方向の――――――言うならば蛾を集める炎のようなもの。

 

 感情を持つ人間が、人形でも考える小さく根源的な疑問に一つ、近づくような確信。

 開きっぱなしの瞳孔に気づかないまま小さく震えた調子でカルカノが尋ねる。

 

「あの。どうしてKarさんは、そんなに指揮官が好きなんですか?」

 

 何だかかなり馬鹿らしい事を尋ねた、そんな風にカルカノは照れ隠しに頬を掻く。

 にへらと笑って誤魔化しに走ってしまう。

 

「あ、何か変な質問ですよね。まあ別に――――――――」

「あの人、壊れかけのわたくしを背負って基地に来た人なんです」

 

 予想外の言葉にカルカノの唇がきっと引き結ばれた。

 

 カラビーナはカルカノが緊張で冷や汗をかいていることなど気づいていないのだろうか。クスリと笑いを零すと、確かにその表情通りに、さながら笑い話みたいにらしくないおどけた調子で話し始める。

 

「わたくし、その時は作戦の都合で見限られるしかなくて。左脚も右腕も無かったのだけど――――――――ふふっ。わたくしを背負った時のあの人の言葉は忘れないわ」

 

――そう。「わたくしは置いていきなさい、銃ならあげますから」って言ったのにね――――――。

 嬉しいのか、面白おかしいのか、それとも意味もなく切ないのか。カラビーナの笑顔は確かに楽しそうにも嬉しそうにも見えたが、少しだけ寂しそうな様子が混じっていた。

 

 カルカノは何となく察した。そして、同時にそれは不幸だなと思ってしまう。

 すぐさま勝手な感傷だなあ、と自分を律するかと思うと表情がすぅと普段のものへと戻っていった。無駄な感傷が彼女の感情を綺麗に積み直してくれたのだろう。

 

「凄いんですよ、「お前の命は捨てられる安物ではない。捨てるぐらいなら俺が使い潰す」って。この人頭がおかしいのかしらって本気で思ったもの」

「らしいですけどね」

 

 やっとこさ出てきた共感の言葉にカルカノは食いついてしまった。

――あっ。ちょっと妬いてるんだな。

 

 恋愛感情とは行かないものの、知らない出来事にカルカノは戸惑ってしまったらしく、らしくないなと照れくさくなる。指揮官の事を分かっているなんて何処か驕っていた、と彼女なりには感じたようだ。

 カラビーナは祈りでも捧げるようにそっと手を合わせる。

 

「あの人は記憶喪失の資産家で、偶々近くに居たわたくしを「利用しただけ」だそうよ」

「本当にそうなのか、疑問ですけどね」

「きっと本当よ」

 

 笑顔で茶化してみせたカルカノにそっと、けれど押し潰せない重みを乗せてカラビーナが言葉を重ねてくる。

――いつもと言ってることが違う?

 

 違和感に首を傾げるカルカノの言わんとすることは理解できたのだろう――――――いや性格には、聞き飽きたのかもしれない。そんな風に困ったように笑うカラビーナは、いつもの気丈で暖かな令嬢に似た姿がない。

 唯の少女に見える。人形でも、人間でも、女でもない。

 

 少女に見えた。

 

「多分だけれど、それは事実よ」

「え、じゃあ何で――――――」

「でも、それでも結果的にわたくしは助けてもらったから」

 

 カルカノは意味も分からないのに、それから彼女の唇から目が離せなくなった。理屈ではない感情の重みが口元から溢れている、例え意味など分からなくともカルカノは逃げようもなくその重みを押し付けられてしまったのだ。

 

「指揮官さんはきっと、本当にお金の為だけに何でもしている人だと感じます。それ自体が良いことか悪いことなのかなんて、数多の本のいずれにも、出会った方の誰一人にも、最早これから得る知識全てを以てしても答えなんて出ないでしょう」

 

 諦めのような、だけどそれに安堵するような。そんな言葉遣いだ。

 

「だけどわたくしは多くの人形や、人や、もっと大きなモノを、副産物として助けてきたのを何度も目の当たりにしたわ」

 

 目にしたからこそ。彼女は知っている、その事実は如何に重いか。

 救えなかった善人より、救った悪人がどれだけ価値を持つか。ましてやそれが、完全なる悪でないならば――――――どれほど尊ばれるものか。

 

「結論から言うと、あの人は言葉と気概が正義の人よりもよっぽど正しい人よ。その結果が善であり、だから彼自身も善であり、そして――――――――わたくしはそういう方にこそ、このフレームの全てを、それこそパーツ一つと余すことなく……………捧げて構わない。そう断言できるから、指揮官さんと決めました」

 

 息を呑んで待つカルカノに自虐気味に微笑む。「わたくし、安い人形ではないのですよ」なんて冗談めかしているけれど、どうしようもなくカルカノには痛ましかった。

 もうカルカノの表情は、餌を目前にした野良犬と変わらない。

 

 目にしたことのない、触れたことのない、感じたことのない感情に夢中だ。人形だからこそ、知らない心は大きな興味関心の理由となりうる。

 

「淡い恋心だと笑ってくれて良いんですよ――――――この灯火は指揮官さんがくれた、ですから要するに鍍金で出来た幻想の灯火なのですもの」

 

――もう良いでしょう。

 そう言ったような錯覚と共にカラビーナが軍帽のつばで瞳を覆ってしまう。

 

「馬鹿ね。叶わぬ恋どころか、金品で出来た一夜城と変わらないかもしれない――――――――でも、夜はまだ明けていないから。灯りはわたくしの中で、まだ燃えています」

 

 終わった。火が消えたようにカルカノは錯覚し、何よりその火はどれ程自分の追い求めたものだったのだろう――――――等と、人形らしくないことを考える。

 

 疑問が仔細の都合を蹴飛ばすと口から飛んで出ていった。

 

「それって、不幸じゃないですか?」

 

 もうカラビーナの顔は普段と変わらない。

――何だかそれはそれで寂しいものですね。

 

 にこりと淑女然と微笑むなり、いつものように天真爛漫、あどけなさすら残した表情のままに難しい言葉ばかりが連ねられていく。

 

「いえ? というより、こんな恋は叶わなくて結構よ。あの人はあのままが綺麗なんだから――――――――わたくしは野花を手折る趣味はないもの。道行く人が一人でも思いを馳せられるよう、長く咲き誇ってもらえた方がわたくしも幸せなのですから」

 

――立ち話が過ぎましたね、早く書類を取りに行かないと。

 

 まだ仄かに火の粉が揺らめく最中、カラビーナは全て吹き消すように言い切るとさっさと歩いていってしまった。

 カルカノは何と無しに立ち尽くして、次に笑い混じりの溜息を付いて、「やっぱり」と小さな結論が出た。

 

「やっぱり。やっぱりなあ」

「あの人、多分良い人ですよね。困ったなあ」

 

 よくも悪くもほっとけないという結論だけが出た。

 もう重苦しい感情も無くなっていて、先程よりも軽い足取りなのに驚きながらカルカノはカラビーナの背中を追う。表情は笑顔、嘘偽りも無くいつものカルカノM1891だ。




次回へ続く。やはりカラビーナは最高だな?


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