【hunter’s bible 《紅鷹の槌》】 (紅鷹R)
しおりを挟む

gray snow ~灰色の雪~
プロローグ


元々にじファンで連載していた作品がここに逃げ込んできました。
正直言って駄文過ぎ、クオリティ0だなと作者自信感じております。
その為絶対に皆様期待などしないようにお願いします。
まぁ暇潰し程度に読んで下されば幸いです。
一応200話くらい超える見通しですので(苦笑)、何年もかけていくと思います。
……と言っても一話が極端に短いから案外早く終わっちゃうかも……

あ、それと。注意です。
「厨 二 病 全 開」です(´・ω・`)


という訳でありまして、皆様これからよろしくお願いしちゃいます。


 決して相容れることの無い二つの種族、人類と竜類。

互いに古来から忌み嫌いあい、対峙し続け、激戦を歴史に刻み続けてきた。

人が竜を狩り、竜が人を狩り。

誇りをかけて、魂をかけて、命を賭けてただ敵を狩る世界・・・

《狩りこそが全て》、その世界こそが――

 

――【狩界(しゅかい)】。

狩界には、語り継がれる神の物語が一つ、燦紅神話(さんこうしんわ)があった。

その燦紅神話をめぐって、新たに人と竜との壮絶な戦いの火蓋が切って落とされた――

 

 

 

━ ━ ━

 

 

「俺は! 絶対に! 認めねぇ!!! 」

 

 蝋燭一本の光で全貌をその眼に写すことができる程小さく、粗末な小屋の中で男が吼え猛る。

その男、深蒼の髪を振り乱し、鬼の如し怒りの形相で机を両掌で力任せに叩いていた。

 

 荒々しく昂ぶる男の周囲には三人の男が居た。

全員が冷たい眼で男を見下ろし、その中の一人、老人がゆっくり口を開いた。

 

「別に貴様が逃げたくば我等は止めない。好きにするがいい」

「それで全てが解決できんならとうにそうしてるってんだ!!! 」

 

 更に激昂する男に、囲む男達の冷たい眼は冷酷さを増した。

男は尚も叫び続ける。

 

「何故貴様等は神話によって偶々能力を得た何の罪も無い者達を殺す!! そうまでして揉み消したいか!? そんなに《力》が怖いのか!? 」

 

 鬼の形相で、言葉の端に狂気すら感じ取れた。

銀色の双眼は怒りに燃え盛り、睨み殺そうとでも言うかのように視線を投げつけていた。

それに対して今度は別の男、暗闇に浮かぶ橙の眼をもつ青年が諭すように、穏やかに言った。

 

「みっともないぞ。大の大人が見苦しい。少しは落ち着け」

 

 その言い知れぬ気迫に負けたのかどうかだが、少なくとも荒れる男が落ち着いた。

が、その眼にはまだ静かに怒りの豪火が舞っていた。

そして、小さな声で言う。

この小屋に響き渡るには、全員の鼓膜を震わすのには充分な声。

 

「なら――俺は――――鎖す」

 

 そう言うなり深蒼の髪をした男は踵を返し、質素なドアを押し開いて外界へ出た。

短い沈黙の後、残された男達もそれぞれ無言で席を立ち、それぞれに小屋を離れた。

 

 橙の瞳の青年は西に歩を進めた。

老人は東に歩を進めた。

覆面の男は南に歩を進めた。

 

 それぞれが、呟いた。

 

「狩界が歪む・・・ならば我輩は0に還すまで」

「狩界が歪む・・・ならば儂は立て直すまで」

「狩界が歪む・・・ならば私は見届けるまで」

 

 

 砂漠を一陣の風が吹きぬけた……

 

 

 

 

 

――――かくて瞳は光を灯す――――

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話 【渓流に現る狩人の芽】

 ――こんな筈じゃなかった。

男は気づかないままに枯れたタンポポを踏みしめ、思い返した。

よくよく考えてみれば、あの村長がおかしいのだ。

目的地までの道のりが短いながらも恐ろしく危険だということくらい、彼は知っている筈である。

狩人を送り込むならまだしも、自分は全く違う。

生まれながらの大人しい性格と育った環境による臆病さからして、《戦》を生業とするような物騒な役職に就くタマで無いのは明らかだ。

だから、行商人(ぎょうしょうにん)という立ち位置に収まった。

実際のところ狩人とは1ミリも関わりたくなかったのだが、これもまた村長の推薦のおかげで強制的に仕事を押し付けられた。

二年も渋々地方を旅して来た。その間、奇跡的に(ドラゴン)に類するモノを目にしたことは無かった。

 

 しかし、今回の道中では口惜しいことに獣の巣を横切ることとなる。

護衛など一切無し。この地の最新情報も無し。男は、大の大人三人ほども入りそうな程に大きい荷物を背負い、嵩を深く被ったまま立ち止まった。

視線を上げれば――息を呑むほどに壮大な自然が目に入る。

高く聳える山に寄り添って大樹が天に枝を広げ、木と木の間を縫うように谷川が流れる。

岩場の外れに湖があり、それのすぐ傍に洞窟の不気味な影が伸びる。

空と湖の澄んだ水色と、若々しい葉の緑が美しく彩られ、人間の手を微塵も感じない。

 

 しかし、穏やかな外面に潜む影は、果てしなく危険な匂いを放つ。

水辺を好むモンスター。何らかの突然変異によって禍々しい進化を遂げた生物達。

この雄大な自然、全てが彼等の住処なのである。

故に危険生物が繁殖し、それらを狩る為の狩人が横行する。

 

 正真正銘、《渓流》という名の戦場である。

 

 今正に、男は生まれて初めての戦場に足を踏み入れるのだ。

持ち前の幸運で今回も……何事も無くすりぬけられる。

そう信じて行商人は足を一歩前に突き出した。

 

 

 

━ ━ ━

 

 

 

 エリア6。

此処は広い広い渓流の丁度中心地点である。

エリアの大半を谷川が占め、小魚が悠々と泳ぐ。

洞窟に繋がる入り口は滝で視界を閉ざされ、いかにも危険な雰囲気を纏っていた。

 

 ――――ここへ来て、行商人の男は自分の見込みの甘さを思い知った。

奇跡はエリア1、エリア2の二箇所までしか続かなかったのだ。

最も水の多い場所には、これまで図鑑でしか拝むことの無かった醜悪の顔が並んでいた。

薄い紫と桃色の鱗で全身を覆い、特徴的な“エリマキ”で首周りを囲う。

細長い顔にバカッと大きく開けられた口には、肉食獣ならではの鋭利な歯が並ぶ。

 

 小型鳥竜種(ちょうりゅうしゅ)代表、世界で最も繁殖性が高い彼等は《ジャギィ》の名を着飾る。

 

 気づかれないように岩壁に隠れた行商人だったが、とめどなく溢れる汗を止められず混乱する。

心臓がバクバクとこれ以上無い程に鳴り響き、緊張で意識が吹っ飛びそうだった。

回り道をするという手がある。一度エリア5の方へ向かうか。

男は汗を垂らしながら、慎重に……慎重に、ジャギィ達の様子を確認しようと、壁から顔を出した。

 

 

 

 ――心臓が跳ねた。

目が合った。一番近いヤツと。

男が心の中で「やめろ」、と言う間も無くジャギィは上半身は空に向かって反らした。

そして、独特の声で雄叫びを上げた。

 

「ギャァオアオッ!! ギャオギャオギャオォォッ!! ギャオオォォウッ!!! 」

 

 その声に反応したエリア中のジャギィが、一斉に男を振り向いた。

男は自分の意識を保つことに全神経を使い、何とか卒倒せずにいられた。

逃げればいい。何てことは無い。逃げるんだ。

踵を返してエリア2への坂を振り返ると、すぐに走り出そうとした。

しかし――――

 

「……ッ!! ……」

 

 エリア2にも新たに現れたらしいジャギィの影が、こちらに向かって走ってきていた。

別のエリアからでも聞こえていたようだ。

慌てて進行方向を変えるが。

目の前には。

白い。

並んだ。

歯。

 

「わ……う……」

 

 あまりの恐怖に声が出ない。

振り下ろされる鋭利な歯を前に、男は反射的にその場で半回転した。

 

「ギャァオッォオッ!!! 」

「ギャアギャアギャアオオオ!!! 」

 

 予定通り――では無いのだが、ジャギィの顎は行商人の荷物に勢い良く噛み付いた。

怯んだところで男は更に半回転して一目散に走り出した。

小川の水飛沫を高々と上げながら。後ろを見ながら。

大丈夫。これだけ距離があれば撒ける――――前を向いた時、そんな明るい感情は脆くも砕け散った。

エリア7からも…ジャギィ三匹。

あっという間に取り囲まれた。

 

 とうとう終わったか、と男は思った。

これだけ逃げただけで大健闘だと。

あの村長絶対許さん、と声の出ない口を動かして、男は両膝を地面についた。

目を閉じた。

ジャギィが迫ってくる音がする。

軽く七匹は居そうである。助かる術など無い。

 

 ガパッと大袈裟な音。口が開いたのだろう。

目の前から真っ先に食おうとしてきているらしい。

 

 男は更に固く目を瞑った。

 

「ぐっ――――――………………」

 

 ……おかしい。

痛みを感じない。自分は死んでいない。

一体どうしたと――――男は固く閉じていた目を開いた。

 

 真っ先に、見知らぬ声が聞こえてきた。

 

「おはようさん。朝から走り回って本当ご苦労様ですわ。頭が下がる」

 

 視界は薄紫と桃色で無く、深い青だった。

紛れも無いその色は衣の色であり、それを纏う人間の声であることが分かった。

真っ黒な槌を片手に、頭だけはフードを外して見えるようになっている。

――それは、まだ若い少年の顔だった。

山吹色の髪と顎に刻まれた十字模様が特徴的な、若い――

 

 ――“狩人”だった。

 

 狩人は笑いながら、男に言った。

 

「そんじゃあ下がってな……あ、いや下がれなかったらそこで蹲ってても構わないぜ」

 

 男は呆然としたまま、一つコクン、と首肯した。

それを見るなり、狩人は前を向いた。

七匹のジャギィが、新たな敵――獲物でない、“敵”の出現に、臨戦態勢に入っていた。

 

「……うし、来いよ」

 

 狩人が中指を立てた。

前方の三匹は挑発に乗って飛び掛ってきた。後方の四匹は三匹に遅れて飛んで来た。

狩人は全く動じず、右手に持つハンマーを横殴りに振ると同時に、残った片手で外側の一匹の足を引っつかんだ。

二匹が岩壁に吹っ飛ばされた。しかし息はあるようだ。

狩人は勢い良く回転し、左手に握ったジャギィの一匹を投げた。

遠心力の加わったその一撃は飛んでくるジャギィの一匹に当たり、その一匹にぶつかり、またその一匹にぶつかりと、連鎖して合計五匹のジャギィに衝撃を与えた。

外側に向かうに連れて威力が弱まるものの、地面に落ちた衝撃と、己の体に積み重なる同士の体重によってそれ相応のダメージが与えられる。

 

 こうして、狩人は敵の第一撃をやり過ごした。

男は感嘆の溜息を吐くばかりである。

 

「ギャァァオアオッウォウォォウッ!! 」

「ォォォォギャァオッォウォアアッ!!! 」

「ギャギャオオオオオォォォウォォッ!!! 」

 

 早くも三匹が体勢を立て直す。

壁際に吹っ飛ばされた二匹と、狩人が投げた一匹。

まずは駆け寄ってくる一匹の顎をかわし、代わりにどでかい鋼鉄を詰め込んでやる。

腕に力を加え、元の場所に返してやるつもりで――振るう。

まだ痙攣しているところを見ると、死に掛けで生きてるらしい。

 

 そして、二匹が同時に仕掛けてくる。

行商人を背にしている為、受け流しを出来ない。

両方同じ速度で並走してくるので、扱いやすい。

 

「……ふんっ!! 」

 

 地面と平行に、腰を低く滑らせるように槌を振るう。

一匹の横顔に激突。これまたすっ飛ぶ。影が重なっている為にもう一匹にぶつかり、諸共倒れた。

 

「……誰か誤解しそうなんで言っとくが、『ふんっ』は糞の意味じゃないからな。うん」

 

 やっと戦闘態勢に復帰した四匹のうち二匹が、駆け寄って回転する。

尻尾はジャンプでかわす。空中で槌を振り上げ、着地とタイミングを合わせて振り下ろす。

一匹の頭蓋に直撃。地面にめり込ませるつもりで渾身の力を加える。

片割れの顎が迫ってくるが、反射的に右足を伸ばし、蹴り上げた。

吹っ飛ばないまでも、顎を蹴り上げられれば上半身が反る。

狩人はそこでようやく頭を殴りつけたジャギィから槌を離し。一回転して逆袈裟にハンマーを振り上げる。

――見事にすっ飛び、空中で何度も回転し、やがて落ちた。

恐らく息絶えただろうが、それを確認できる暇は狩人に無かった。

 

 叩き潰された死骸を乗り越え、二匹が迫ってくる。

狩人は、彼等が攻撃態勢に入る前にハンマーを振り、一匹を逆戻りさせる。

その為に隙が生じるが、落ち着いて顎を避ける。

――しかし、避け切れなかった。

鋭利な歯は片手に深々と食い込んだ。真紅の血が吹き出た。

狩人は痛みに小さな声を漏らす。

 

 現れた好機にすぐさまやってくる三匹のジャギィ達。

狩人は噛まれたままの左手を無理矢理引き剥がす。

血が飛び出て小川に呑まれる。

 

 集中力が途切れた狩人は、三匹同時にやって来るジャギィの対応をうまく取れなかった。

一匹に対してハンマーを振るって叩き潰すも、残った二匹が迫ってくる。

二つの顎が開かれた。狩人は急遽体を捻って急所へのダメージを避けようとした。

結果、左肩と右肘に歯が食い込んだ。

防具を着ているとは言え、それなりの長さを持つ歯は肌、肉まで貫通する。

激痛に意識を持っていかれそうになるが、必死に保つ。冷静に、冷静に。冷静になれと念じる。

二匹に噛み付かれたままのジャックに、最後の一匹までもが近寄る。

 

「……畜生が。調子乗ってんじゃねぇぞ」

 

 狩人は、肘を噛み付かれたままの右腕、ハンマーを握った右手を更に駆使する。

迫り来るジャギィの横腹を殴りつけ、更に右足で逆側の腹を蹴り飛ばす。

衝撃のやり場が無いジャギィは、その場で白目を剥いて崩折れた。

 

 肩に噛み付かれたままの左腕の方は手が空いていた。

右肘に食い付いたジャギィの腹を引っつかむと、強引に引っ張って顎を外す。

出血を気に留めず、狩人は右手に握っていたハンマーを手放し、左肩のジャギィを同じように引っつかみ、外した。

痛みに顔を歪めながら、狩人は両手を空に掲げた。

 

「――これで終わりっと!! 」

 

 風を切って振り下ろす。

地面にその二つの体を叩き付ける轟音が、行商人の耳には痛々しく聞こえた。

 

 狩人の少年は手をパンパンと叩きながら、行商人を振り返った。

 

「立てるか? 」

「は…はい……」

 

 行商人は途切れ途切れの声で弱弱しく返事をした。久しぶりに声が裏返った。

 

 

 

━ ━ ━

 

 

 

 改めて行商人は礼を言った。

 

「あの、本当にありがとうございました」

「ん? ああ、気にすんな」

 

 少年は行商人の恐縮した態度などどこ吹く風である。

 

 今、二人は一緒に歩いている。

行商人は商売地へ向けてなのだが、少年は家だろう。

行商人は自分にささやかな治療技術すら備わっていないことが恨めしかった。

今も少年は血を流している。止めようとすらしない。

薬草はあるにしても、どう使えばいいか判らない。改めて自分が底知れぬ無知だということを思い知った。

 

 行商人の男は内心で悔やみながら、話題作りの為に少年に話しかけた。

 

「ところで、貴方は帰られるのですよね? 」

「おう、勿論」

「どこへですか? 」

「ぁあ~……カエダ村って知ってっか? 」

 

 少年はそう言った。

勿論知らない筈が無い。ここらでは中々大きな村で、すぐ近く、というか隣に大きな鉱山があることで有名になっている村だ。その鉱山では山の麓でなんと「マカライト鉱石」や「ドラグライト鉱石」、時には「デプスライト鉱石」などという希少素材が手に入ってしまう。中間あたりで採れる「カラグライト鉱石」(別名「明鏡石」)はこの山でしか採れない代物であり、カエダの特産品である。熱に強く、マグマにも溶かされないということと、あまりにも純度が高すぎて反対側が透けて見えてしまうという透明度が特徴的な鉱石。防具や武器などにも幅広く使われる希少素材だ。

村の内部は農場、集会所と設備も豊富であり、暮らしやすい環境でもある。

そして何よりもこの村では優秀なハンターが数多く生まれている。

ここで鍛えられたハンター達、約400人が大都市ドンドルマのハンターズギルド本部で働いている。しかしその反面、現在はカエダ村に残るハンターが少なすぎるため、人手不足で悩んでいる。

 

 行商人が少年に尋ねる。

 

「貴方はカエダ村所属のハンターさんなんですか? 」

「まあ、そうだ。アンタは? 見た所行商人だけど……」

「ハイ、行商人です。ピガル村で商売をやってます」

「ピガル村? 知らねぇなあ……」

「まあ、そうかもしれませんね」

 

行商人は苦笑い。

 

「ふぅ~ん。で、ピガルってどっちなんだ? 」

 

少年の問いに、行商人は黙って少年が向かう方向を指す。

 

「おお!こっち方面なのか! じゃあ一緒に行こうぜ! 」

「い、いいんですか? 」

「おおともよ。今回ナルガの奴が一緒に来てないからさびしいもんでよ・・・大歓迎だぜ! 」

「じゃ、じゃあ一緒に行きましょうか」

 

 行商人は「ナルガ」が誰なのか全くわからなかったが、恐らく狩仲間なのだろうと予想した。

そして少年と一緒に歩き出す。いつしか空は青からオレンジに変わりつつあった。

数分黙って歩いたところで、ちょっと気になっていたことを口に出してみた。

 

「失礼ですが・・・おいくつですか? 」

 

 予想は15才。少なくとも見た目はそんな感じだ。

身長もそれなり。160cmくらいだろうか。寧ろもっと年下でもいいかもしれない。行商人はそう思ったが、答えはまたしても意外だった。

 

「18だけど? 」

 

 そう平然と答える少年に、失礼ではあるが行商人は度肝を抜かれてしまった。

そんな行商人を見て小首を傾げる仕草がまた子供っぽいのに、まさか18とは。

一方の行商人は22である。身長は179cm。自然と少年を見下ろす形で会話を続けている。もしかしたらこの身長差が一番彼を若く見てしまう原因なのかもしれない。

行商人はここにきてようやく思い出したことがあった。

自分でも何故これを真っ先に聞かなかったのだろうかと思ってしまうような質問を、礼儀として自分の情報を差し出してから尋ねる。

 

「あの・・遅れましたが・・私はシュワ・ビーネスと申します。貴方のお名前は? 」

「ああ・・名前か? 」

 

 丁度太陽をバックに少年がこちらを向いた。

すっかりオレンジに染まった空を背に、少年はまた屈託の無い笑みを浮かべて朗らかに言った。

 

 

「名前はジャック・カライ。多分覚える必要は無いと思うけど、宜しくな、シュワ! 」

 




※10月8日に大幅修正しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 【カエダ村 全てが始まる到達点】

 少年ハンタージャックと行商人シュワはその日のうちに別れ、それぞれの村に向かった。

大きな恩を受けたシュワはいつかカエダ村にいって改めて御礼をしよう等と考えながら細い道を歩き、心を躍らせていた。

が、一方のジャックは安堵のため息。

 

「……それにしても、めっちゃ怖かったな……」

 

 ジャックは七匹ものジャギィを前にしたのは今日が初めてである。

エリア7でキノコを採取していたら急にエリアの一番遠いところのジャギィが雄叫びを上げたので驚いた。

彼等はエリア6に走っていった。

気になったジャックが彼等についていくと、男が囲まれている。

今にもやられそうな状況だったから飛び込んで――まぁ、頑張ったという訳だ。

 

 緊張しまくってたのをシュワに見られないよう必死で戦っていたのだが、バレていなかっただろうか。

ジャックがそんなことを考えていると、気付けば見慣れた門の前に立ち尽くしていた。

暖かな風がジャックの頬を撫でると同時にその山吹色の髪を靡かせる。

そしてジャックの手は自然と十字の刻まれた顎に持っていかれ、無意識に引っ掻く。癖だ。

 

 この門は遥か東の小さな村、ユクモ周辺で採れる良質な木材、「ユクモの堅木」をふんだんに使用して造られた門である。

高さはジャックの頭上2mほど。要するに2m半の巨漢が現れてもすんなり潜り抜けられる大きさの門、というわけである。

 

 ジャックは門の上を見て苦笑いしつつ、大声を上げた。

 

「おおぉ~い!! 兄ちゃん仕事しろぉ~!! 」

 

ジャックの声に門の上の白い塊は反応し、ゆっくりと起き上がりながらブツクサ言った。

 

「……なんだ朝っぱらから……うるせぇなぁ……」

「もう昼! いや、夕方!! 」

 

 上体を起こし、猛烈に両手で目を擦りながら門下の少年をぼんやり眺め、いきなり目が覚めて飛び上がった。

 

「おお! ジャックか!! 今回のクエストはどうだった!? 」

「おお! じゃねェって。気づくの遅すぎ」

「出血してるように見えるのは気のせいかな?あとで必ずサイネリアんとこ行って来いよ」

「・・・はいはい」

 

 再度苦笑。この男、血がすっかり乾いたジャックの左肩、右腕の肘を見てすんなりと言ってきた。

 

「それにしても兄ちゃん相変わらずだねぇ……仕事しろよ! 」

 

 今度は男が苦笑い。

 

 この男、カエダ村の門番なのである。しかし昼夜兼行の仕事であるにも関わらず、昼夜兼行で寝ているという怠け者。

ジャックや村人達にはいつも「兄ちゃん」と呼ばれ、こんな怠け者に親しんでいる。

そして、彼は村人達に信頼されている。

何故なら、彼が本当はとても頼れる男だと知っているからだ。

だいぶ前の話だが、ブルファンゴという小型モンスターがこの門に突っ込んできたことがあった。

先に言っておくが、彼にハンター経験は無い。

驚く無かれ、彼はその猪(ブルファンゴ)を空手の拳、たった一撃でノックアウトしたのである。

常人ではあり得ないことである。ブルファンゴはジャギィなどに比べてかなり堅い皮を持っており、普通は殴った腕の方がイカンことになってしまうものである。

 

 それほど、彼は強いのだ。それこそ、ジャックが武器なしの組み手で勝負したらものの数秒で負けてしまうくらいに。

一応村の門番なだけあって、柔道と空手を習っており、今彼が着ているのは真っ白な柔道着。

長年村の入り口を守ってきた至高の門番なのである。

 

 ちなみに、何故彼が門番に就職したかというと――

「だって一番暇なところだろ? 」 だそうだ。

そんな彼に呆れたり尊敬したりするのは皆の自由だが、少なくとも彼をよく知る者達は声を揃えて後者を叫ぶ。

 

「じゃ、仕事頑張れよ兄ちゃん」

「おおよ! 」

「どうせ寝てるだけだろうけど……」

 

 皮肉を残し、ジャックは門を潜り抜け、村に帰ってきた。

まず目に飛び込んでくるのは数限りない住宅街。木で造られた質素な家もあれば、石造りの金持ち専用の家もちらほら並ぶ。

そしてそんな普通に家達から飛びぬけている西洋風の赤いとんがり屋根が見える。

――あれは集会所。ハンターが集まり、クエストの受注や報酬を受け取ったりする大きな建物。

備え付けの巨大な時計がぴったり正午を指している。

どうりですぐ近くの市場が賑わっている筈だ。

商人の「奥さん安いよー」や「こんなのはどうですかぁ? 」などや、客の主婦が漏らす本音(「あ~ら・・アプトノスの肉が100g400zですって! どうなってるのかしら・・」)も紛れ込んで聞こえてくる。

その中から熱した鉄を打ったたくカー・・ンカー・・・ンという心地よい音が聞こえてきた。

ジャックは迷わず音に向かって歩いていく。

そして、薄汚れた小ぶりな店の前に立つと、薄暗い中に声をかけた。

 

「おっちゃん!! 」

 

 真っ赤に輝く鉄を握りなれたハンマーで叩いていた影がビクッと体を震わせ、こちらを向いた。

作業用の緑のゴーグルをグイッと頭に押し上げ、ジャックを見る。そしてたった一言。

 

「……ジャックか」

「誰だと思ったんだよ。防具に穴あけちまったよ! 悪いおっちゃん! 修理頼む!! 」

 

 手前の横長な机に自分の脱いだ青い防具をバンッ! と押し付け、僅かな金銭を中年の無愛想な男の手に叩きつける。

そして山吹色の髪を数本吹き抜ける風に残し、少年はインナー姿で走り去った。

一人残された男は一つ大きなため息をつくと、コイン数枚を懐に入れ、ジャックが着ていた防具を店の裏手に押し込んだ。そして、先ほどまで心地よい音を出していた位置に座り、ハンマーを握り、仕事を始める。ちなみに、この間ただの一言もしゃべらず、その後も彼は無言のままハンマーを握っていた。

 

 彼、この村に一軒しかない加工屋の店長の名は「マーカル・グライス」。

一度会った人に彼の印象は?と問えば、必ず「無愛想」と答えられる悲しい中年の男だ。

日に二言三言しか口を開かず、黙々と鉄を叩き続ける職人の鏡・・・とはちょっと違うか。

しかし無言なだけ集中して事を行う為、仕事で作り上げる作品はもはや芸術。性能抜群の一品が生み出しているのだ。

幼い頃から無口だった彼はまさに鍛冶職人になるためだけに生まれてきたようだった。

 

 加工屋とは、ハンターの命とも言える武器や防具を生み出したり、整備したりすることを職業。

ハンターをやる!という志を持つ者でも、近くに加工屋がなければ何も始まらないのである。

それだけ重要な仕事。

カエダ村で次々と生まれる強豪ハンターをその腕一本で支え続けたマーカル。

実力はとうに大都市ドンドルマの加工屋と同レベル。寧ろそれより上かもしれない。

 

 そんな凄腕のマーカルは今日も無言で仕事を進める。

真っ赤な鉄に一滴、彼の汗が滴り落ちた時、彼に仕事を頼んだジャックはインナー姿で一軒の家を訪ねていた。

 

 

 ごく普通の、木造の家。少し錆び付いた呼び鈴をジャックが鳴らす。

 

「サイネリア、居るかぁ!? 」

 

数秒で、その扉がかわいらしい声と共に開かれた。

 

「あ、ジャック? 」

 

 玄関に立っていたのは、ジャックと同じ18才の少女。

ただの少女ではない。そうそう居ない・・・かなりの「美」少女である。

長く伸ばした黒髪を背中に流し、クリッとした碧眼が印象的な女の子は、ジャックの腕を掴んで強引に自分の家に入れた。

 

「うおっ! ……俺怪我人だぜ!少しは丁重に頼むって……」

「ふゥん、ジャックはそんな脆くてか弱い男の子だった訳か!! フフフフフ……」

 

 不気味。だが同時に可憐でもある笑いをジャックに向ける少女。

ジャックは敵わない、というように苦笑すると、導かれるままに小さな椅子に座る。

すると、すぐに彼女が声をかけてきた。

 

「で、今回はどこを怪我したの? 」

「えぇっと……左肩と右腕の肘、左手……ってわかってんじゃねぇの!?」

 

 どこからともなく治療箱を取り出してジャックの言葉を聞く前から彼女はジャックの傷口に治療を始めていた。

その表情はかなり楽しそう。慣れた手つきで磨り潰した薬草を擦り付けていく。

そんな彼女にジャックは小さくため息をつく。しかしその口元には小さく笑みが浮かんでいた。

 

 この美少女の名前は、「サイネリア・ウォーグル」。

純白の肌、美しすぎる顔。他の男からしたらジャックは羨ましすぎるくらいの可愛い、そして美しい女の子だった。

彼女はジャックの幼馴染である。

二人とも幼い頃に両親共他界していたから気が合ったのかもしれない。

同じ苦しみ、悲しみを味わった者達は惹かれあうものである。彼等もまさにそうだろう。

 

 彼女の名前、「サイネリア」はとある花の名前である。

花言葉は「元気」「常に快活」。まさに彼女そのものである。

 

 5才から二人で助け合いながら村長の補助のもと、暮らしていた。

二人が9才になるころにはジャックが本格的にハンター訓練所に通い始めた時もサイネリアは一緒だった。と言っても彼女もハンターの訓練を受けたわけではない。

鬼畜とも言える教官にビシビシやられて精神面も身体面も傷だらけで帰ってきたジャックをいつも笑顔で癒していたのがサイネリアであった。

今、彼女が使っている治療箱はその頃から使っていた物のため、かなり汚れ、傷も多い。

 

「……はい! できたわよ」

「おう、サンキュ」

「どういたしまして。っていうかアンタもう少し安全な戦い方したらどうなのよ? 」

 

 心配そうにサイネリアが言う。

長年ジャックを見ていて思ったことであった。

彼はいつもクエスト毎に怪我をして帰ってくる。

その治療をするのは彼女としては嬉しいのだが、同時に心配でもあった。

怪我ばかりするジャックのことが心配なのは当然の感情であろう。幼馴染であろうと、別でもあろうと。

しかし反面、ジャックが怪我をしなくなってしまったら自分にできることは無くなってしまうのかもしれない。

そしたら彼といつも関わることも不可能となってしまうかもしれない。

そう思うと、苦しかった。彼の役にたつ為に医療の勉強を続けてきたが、本当は怪我などしないのが一番いい。これも当たり前。

 

 彼が怪我をしないよう祈りつつも、心の奥底では彼が傷ついて帰ってくるのを願ってしまう。

いけないと思いつつも、やっぱりそうであった。ここ最近、サイネリアはこんな複雑な感情の渦に飲まれ続けていたのだ。

 

「んなこと言われてもなぁ……ハンターなんだし……」

「でも自分の体を最優先にして狩ってよね。身勝手されちゃ治療が大変なんだから」

 

 ジャックは今回のクエストで、人助けで怪我をしたことについては伏せておこうと考えた。

そして、心配をかけてばかりいるサイネリアに言った。

 

「まあ別に怪我したってサイネリアが治してくれるんだからいいじゃん? それにそんな簡単に俺は死なないしさ」

「何を根拠に言ってんの。怪我なんてしない方がいいに決まってるし……」

 

 そうは言いつつも、サイネリアの顔には笑みが浮かんでいた。

彼が自分を頼っていてくれていたのがとても嬉しかったのが隠し切れない。

 

 ジャックはサイネリアの治療によって包帯を巻かれた腕と肩を見ながら言った。

 

「じゃあ、そろそろ俺は帰るよ」

「え? もう? 」

「いや、だって別に用とか無いし…」

 

ジャックは気にせず玄関に向かう。

 

「また来るよ。明日にでも。明日はクエスト行く予定なんてないしな」

 

 そう言ってどこか幼さの残る笑顔を残し、サイネリアに何か言われる前に外に出て行った。

一人残されたサイネリアはどこか寂しげな表情で、誰も居ない玄関に向かって手を振った。

 

 

 

 一方のジャックは治療してもらった腕と肩を撫でながら自分の家に向かった。

いつの間にやら日は傾き始め、うっすらと青にオレンジがかかっていた。

 

「ふぅ~……ありがとな、サイネリア」

 

 小さく呟いて大通りを歩くジャック。

時々通りがかった村人に声をかけられながら、自宅に到着。

これまた古く、サイネリアの所と全く同じつくりの質素な家。

もっとも、中はハンター用品や本などで溢れている為、向こうの家とはだいぶ違うが。

 

 玄関の扉をゆっくり閉めると、いつものジャック世界が広がっていた。

いつもはお供のナルガが居間の壊れかけソファーに寝そべって本でも読んでいるところだが、今はお供クエストに行っているので、ガランとしている。

 

 お供のナルガはアイルーである。

発達した二本の後ろ足で立ち上がり、二足歩行ができ、尚且つ知力も人間と同等に上り詰めるまでに至った進化した猫形の種族のことを、最近では「アイルー」と呼ぶようになった。

立ち上がった状態で身長は50cm。ジャックの腰ほどまでが平均となる。

アイルーには大きく二種類が居て、片方は人間と共に行動し、働いていくアイルー。

ナルガもハンターの「お供」という職業のアイルーである。

もう一方は野生のアイルーで、人間のいない地で生活するアイルーだ。

 

 

 ナルガはジャックがハンター見習い、訓練所に入る頃からお供であり、ジャックと共に修行を積んできたベテランの域に入るお供アイルーだ。

どうにもせっかちな性分で、よく持ち物を丸ごと忘れ、ジャックに叱られる。

普段はジャックと一緒に生活しており、一日中ジャックというご主人様と行動する。

今は彼(ナルガは雄)はお供専用の簡単なクエストに同じ職業、ジャックとは別のご主人をもつお供アイルーと一緒に出かけている。

 

 

 ジャックはインナー姿のまま手ぶらで染みだらけのカーペットの上を歩いて小さなキッチンにたった。

いつもジャックが晩御飯を作り、ナルガと自分で食べている。

週に一回くらいサイネリアが訪ねてくることがあって、その時は彼女がご飯を作ってくれる。

これがジャックのより数倍美味。ジャックとナルガの意見に、サイネリアはいつも首を横に振って顔を赤らめながら謙遜するのである。

 

 数分でジャックは地味なテーブルクロスに乗せられた食べ物達と睨めっこしていた。

メニューは「アプトノスのこんがり肉×2」、「食用薬草盛り合わせ」、「白米」……

なんというつまらなさだろうか。いつもはナルガがいるのでそれなりなのだが、流石にこれは酷い。

 

 しかし、いかんせん今日は自分用なので、有り合わせ。

ジャックが食べ始めると案外量がある。充分に腹は満たされるのだ。

 

 30分ほど彼らしくも無い無言で食事をし、片付け、風呂に入った。

 

 かかった時間、40分。さしたるものでは無い。

ジャックは今回のクエストで疲れていた。

実際、風呂の浴槽の中で眠ってしまいそうになり、自分の頬を何度も引っぱたいて目を覚まさせていた。

フラフラと覚束ない足取りでベッドがある自分の部屋に入る。

壁に寄せられた天井に届く大きな棚には訓練所時代に使っていた教科書や、ハンター雑誌など。

でかすぎるモンスター図鑑が10冊も入っていたり。

 

 そしてその隣には簡単な造りの机と椅子。

これまた懐かしい・・・訓練所時代は家でいやいや宿題をやるときにここを使ったものである。

所々黒ずんでいたり、傷がついていたり。年季の入ったデスクであった。

その端っこに部屋に合わない洋風のデジタル時計が7時を示していた。

 

 いつもなら早すぎるのだが、この時間からジャックはそのままの格好でベッドに飛ぶ。

そしてものの数秒で部屋が歪み、寝息を立て始めた。

夢の世界へ入り込んでしまったのだ。

 

 そんなジャックを優しく包むように、窓の外から三日月が美しく輝いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 【此処は農場兼修行場である……一応】

 時は流れ、ゆっくりと青空に姿を現した太陽。

眩い球体がカエダ村の住宅ですやすやと眠る者達を叩き起こすべく、仕事を始めたのだ。

自分が現れたことでもう朝だということを告げるように、太陽は目も眩む光を放ち続ける。

 

 カエダ村の一軒のごく普通の飾り気の無い家の小さな部屋で寝息を立てるジャック。

踏ん張り続ける太陽をよそに、気持ちよさそうにベッドで寝返りを打つ。

太陽はこの無防備な少年を起こすことができるのだろうか……。

彼は一向に目を覚まそうとしない。太陽が諦めかけたその時――――

 

――ジリリリリリリリ!!!

 

 少年の部屋に突然大きな音が響き渡る。

少年は今度は不快そうに寝返りを打ったが、尚も音は続く。

その様子を目にした太陽は役割交代を悟り、別の家の者を起こすことにした。

仕事を任されたデジタル時計はまだまだ頑張る。

……そして、とうとう太陽とデジタル時計の共同作業は功を奏し、少年は瞼をゆっくり開けた。

と同時に仕事を終えたデジタル時計は音を止める。そして、また何事も無かったかのように机の端に落ち着いたのであった。

 

 ようやく目覚めた少年、ジャックは乱れた山吹色の髪を掻き、更に滅茶苦茶にした。

同時にもう片方の手で目を一生懸命擦る。これで視界を完全に世界に慣れさせると共に、「目覚めたぜ!」という意思を頭に送る。

ジャックはゆっくりと被せられた布団を体から剥ぎ取り、上体を起こした。

そしてデジタル時計を見、現在の4時という時刻を確認する。

そしてハッとすると、一思いにベッドから飛び降り、廊下を歩いて台所に向かった。

30分で調理、食事、片付けを終わらせ、インナーを脱いで私服に着替える。

 

「よし……っと。さっさと行かなきゃな! 」

 

 数分後、彼は表通りを威風堂々と歩いていた。

4時起床、朝食を済ませ、農場に向かって素振りなどの修行。ジャックの日課だ。

私服とハンマーでは奇妙な男に見えるが、そんなことはどうでもいい。

 

 流石に早朝は通りを歩く人も疎(まば)らで、挨拶を交わしたのは数回だった。

結構な重量のハンマーを背負い、気分良く農場に向かう。この時も本当はナルガと一緒に行く筈なのだが。まあ、彼は今クエストの最中であるからにして、仕方が無い。

 

 そして、ようやく通りが開け、農場の入り口の小さな桟橋が目に入った。

 

「ふぅ……着いたか。さて。さっさとやっちまうかね!」

 

 そう言い、ジャックは数歩で制覇できる橋を渡る。

下を見ると、ギシギシ言ってて危なっかしいものだ。しかし見なかったことにする。

所々見える木の隙間から、空を映した綺麗な水面の青が見えた。

此処は小さな池で、時々この小さな橋に座り込んで釣りをする男をジャックは見掛ける。

 

 そして桟橋を過ぎると視界に入るのは一面黄緑色の絨毯。

気持ちまで広々としていくのが分かる。

鮮やかな色が空と地面にも広がる、美しい自然の世界。

が、本当は自然にできた光景では無い。地面に敷き詰められたのは人工芝生なのだ。

しかしそんなことは聞かなかったことにするというジャックの意見ももっともである。

 

 此処こそがハンター達のカエダ村農場兼修行場。

カエダ村の優秀な歴代狩人達が汗水を流して修行を行った、とても古い場所だ。

因みに、此処に正式名称は無い。ただ皆「農場」としか呼ばない。

ぶっちゃけた話、修行に精を出す狩人達にとっては名前など要らないのかもしれない。

彼等はただ自分を強くできる場所を望んでいるのだから。実際、ジャックも名前など考えたことすら無いのである。

 

 いつものように力強く芝生を踏みしめ、歩いていく。

数秒とたつ前に、大声がジャックに飛んだ。

 

「ジャックぅ!? 今日はどれをやっていく!? 薪割り? 水練? 丸太受け? 滝行? それとも崖上りィ!? 」

 

 ジャックはただ苦笑いを顔に浮かべるだけだった。

この声は勿論――――

 

「キュウクウさんさ、俺は静かな朝が好きなんだけど……」

「昼は騒がしいくせに!!! 」

「い、いや『くせに』って……」

 

――――カエダ村農場兼修行場管理人、キュウクウ。

いつでも妙にテンションが高い、黒人の女性。

真っ白な髪は「いつでも」乱れ、寝癖などおかまいなし。ありとあらゆる方向に白い糸が飛び出ている。

ケバっこくて邪魔くさい飾りの化粧なんて、一切しない。

本人によれば、素のままの自分が一番、ということらしい。

まあ、この人が化粧したらどうなるかなんてジャックは考えたことすら無いが。

 

 見た目は30才前後。太ってもいないし逆に痩せているわけでもない。

体型は普通。しかし、その身長には驚くばかりだ。

今のジャックが両手を伸ばして背伸びをしてもまだ少し足りないという背。

……なんと、218cm。勿論カエダ村ではダントツトップ。

噂によれば、彼女は元ハンターらしい。ジャックはそれを信じて疑わない。

実は一度だけ彼女がイカツイガンランスを背負ってるのを見たことがある。

そして、思いっきり腹を殴られて気絶したことも。全治1ヶ月だった。

 

「それで!どれやるの!!? 」

「まだ決めてないんだけど……」

「じゃ、薪割りね!! 行って来な !」

「決定!? 」

 

 背中を押され、強制的に縦に並べられた薪の前に立つ。

この施設は、主にハンターやお供の腕力、即ち攻撃力を上げようというもの。

自分の持つ武器に全力を込め、薪を縦に一閃する。これを繰り返せば結構筋力がつくのだ。

一言に「薪」と言っても、ただの薪では無い。

今はいないが、ハンター達がこの施設で修行を繰り返している様子を見ればわかることだが、彼等は一つの薪を割るのに何十回も武器を叩きつけている。

 

 何故なら、この訓練用薪にはカエダ村特産、カラグライト鉱石を加工してできた薄い膜が覆われているのだ。

屈強な明鏡石(カラグライト)を斬るなんてそれこそ至難の技。熟練ハンターでさえ最低10回は武器を振るう必要がある。

 

 並べられた薪の隣には刀身の長い、同じ太刀が三本転がっていた。

この訓練は専用の武器でしかできない。

自分の腕力が上がったかどうか実感するには、同じことを何度も繰り返し、段々斬りつける回数が減っていくのに気付かなければならない。

そこに加工屋が作った切れ味が抜群な太刀、ハンター達のそれぞれの武器で挑んでも、武器に差がありすぎるので全く自分の成長がわからないのだ。

しかも。ガンナーや切断属性の武器以外を使用するハンターは修行ができないではないか。

 

 この案は、ハンマー使いのジャックを見てキュウクウが発案したものだった。

今ではそれが実地されている。

そしてよりこの施設を面白くしようと、村長が提案した「番付」の板もすぐそばに立てられている。

板にはハンターの名前と「一本の薪を真っ二つにするのに何回斬り付けたか」が書いてある。

一番上、最も成績優秀なハンターの欄には、ジャックがよく知る名前があった。

 

「アスカー・シューピオス……26回」

 

 小声で言ってみて、拳を握り締める。

自分の最高記録は30人の記録がある中で、24番目の場所に刻まれている。

ジャック・カライ 65回。遠く及ばない。

経験不足と言ってしまえばそれまでだろうが、それでも悔しかった。

何故なら、一位のアスカーとジャックは同じ訓練所で同期のライバルという関係だったのだから。

 

「……じゃあ、勿論やるな?」

 

 キュウクウの問いに、真剣に頷く。

本当は別の訓練をやる為に来たが、番付表を改めて見て闘志が湧いてきた。

アスカーには遠く及ばなくても、順位を少しくらい上げなければ。

 

「ほいじゃ、始めようか。頑張れぇ!!」

 

 キュウクウの叫びと共に、ジャックは転がった太刀を握り、薪に叩き付けた。

カラグライトの膜に太刀が触れた瞬間、これで一回と数える。

キュウクウが小さく「1」と。

番付表に名前と回数を刻む時は、農場管理人のキュウクウがそばでハンターの奮闘を見るのが決まり。

でなければ必ず不正が起こる。これも村長の提案だ。

 

 一番最初の渾身の一撃でも、カラグライトの膜にはほんの少し、1mmほどの浅い傷がついただけ。

勿論こんなもので終わるわけないとジャックは考えていたので、すぐに次の一太刀に移る。

大きく振りかぶって・・・キイン!!傷がまた1mm深くなる。これで「2」。

まだまだ、とばかりにもう一太刀……一太刀……一太刀……と、ジャックは回数を積む。

 

 隣で微笑を浮かべ、彼の記録更新を目指す姿を見つめるキュウクウ。

「ほなぁ!頑張れぇ!!」と、時々声援をかけたりして。

 

 ジャックの額が汗に濡れ、カラグライトの膜の傷が大分深くなってきた頃、キュウクウがこれまでと同じように呟いた。「・・・26」

ジャックの頭が少し揺れる。アスカーはこの時、すでに薪を一刀両断していたのだ。

今のジャックには考えられない話だ。しかしアスカーが不正を行っていないことくらい知ってる。

あの時、自分も彼の姿を見ていたのだから。

歯を食いしばり、また手汗で汚れた鉄刀を振るう。汗が宙を舞う。

 

 傍にいるキュウクウは、あの時のアスカーの挑戦と今のジャックの挑戦を比べて考えていた。

アスカーもジャックも一太刀と一太刀の間の時間はほとんど同じ。要するに力を太刀に込める時間が同じということだ。

単純に腕力不足なのだろうか・・・いや、それは無い。キュウクウはかぶりを振る。

恐らく、ジャックが気付かない「コツ」をアスカーはしっかり掴んでいたのだろう。

そうでなければ、体型がほとんど同じ二人の記録にこれほど差がでる筈は無い。

ジャックの現在斬り付けた回数、「48」を数えながらキュウクウは考える。

 

 一方のジャック。カラグライトの膜はもうあと数mmだ。膜が切れればあとは簡単。

薪など一太刀で終わる。カラグライトの膜を通して薪を睨みながらジャックはまた全力で太刀を振るう……

 

――――数分後。

 

「62か……残念だなあ、ジャック…………いや、でも成長してるぜ!! 喜べ!! 」

「…………」

 

 相変わらず番付表のジャックの位置は変わらず。

23位のカーゼル・ブーストの58にも届かなかった。ジャックは豆だらけの掌を見つめる。

まだまだ……非力。自分の力の無さを実感した。

 

 残念そうな顔のキュウクウを残し、ジャックはまた薪割りの場所に立った。

 

「何回でもやってやらぁ……」

 

 太刀を引っつかみ、別の薪に切りかかる修行を始める。

今回はキュウクウが隣にいないので、ただの訓練。番付表には何も書かない。

 

 キュウクウはそんな彼を見て、ため息をつく。

 

 いつしか、農場の外、大通りが賑わい始めていた。

6時を回った様子だ。数人の見知った顔が農場の桟橋に現れる。

 

「ジャックかぁ……またやってんなぁ……」

「記録は上がったのか!? 」

「無理だろ。あいつだぜ? 」

 

 三人を無視し、ジャックは太刀を振るう。

数分彼等はジャックに話しかけていたが、完璧に無視され、自分の修行に精を出し始めた。

 

 ジャックはその後も薪割り修行を続け、終わる頃には太陽が丁度真上に来るまでとなっていたのである。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 【緊急出動 世に名高きプーさん亜種】

 正午になってようやく農場を出たジャック。

気付けば採取など一度もしなかった。これまで毎日欠かさずやってきたのに……くそっ。

が、夜にでも行って来ればいいと考えることによって気分が少し和らいだ。

 

 今、流石に全身汗まみれで通りを歩くのは気が進まなかったので家で一風呂浴びてきたところだ。

別の私服に着替え、ハンマーを背負う。

奇妙な組み合わせだが、自分はハンターなのだから仕方が無い。

サイネリアの家に向かうことになっていた筈なので、お邪魔させてもらうことにした。

太陽が真上にある時間帯なので、やっぱり通りは賑わっている。

朝とは違い、子供が多い。

村に空き地や公園などはほとんど無いので、仕方なく大人もいるところで遊んでいるのだ。

仕方なく、とは言っても此処はそこらの公園の数倍はデカいので、普通の公園があっても彼等は此処で遊ぶかもしれない。

鬼ごっこで捕まった哀れな少年を見つつ、ジャックはそう考えたのだった。

 

 自宅を出て数分、ここにきてようやくジャックは自分の過ちに気付いた。

――暑い。この服装は失敗だった。

今、彼はジーパンに半袖一枚、薄い上着という姿である。

普通に考えればこれはごく普通の格好であり、暑くても寒くても大丈夫なのだが。

このカエダ村は南国だ。いつでも太陽は元気な状態。

本当は今は冬なのだが、ユクモ村の夏より厳しい気候だ。

折角風呂に入ったのにすぐに体は汗まみれ。何故こんな簡単なことに気付けなかったのか。

上着を脱ぎながら顔をしかめる。

 

 ようやく、見慣れたサイネリアの家の玄関に着いた。

重量およそ6㎏のハンマーを背負っていたのもあって、こんな道のりだというのに結構疲れた。

軽くノック。するとすぐさま扉が開く……そしてこんな声が聞こえ……

 

「遅いわよジャック! 」

 

 自分は腕を捕まれ、強制的に中に入れられる。

……そう思っていたジャックは、いつもと違うことに少し驚いた。

ノックしてから先のパターンは了承済みだと思っていたのに……

取り敢えず何の変哲も無い扉をもう一回ノック。コン、コン。

三十秒待ったが、扉が開く気配は無い。

もう一度強めにノック。コン! コン!

反応なし。今度は思いっきり扉を素手で殴り飛ばした。ドゴオン! ドッゴオン!

……結果としては、ジャックの拳に切り傷がついただけ。

ここでジャックはハンマーの柄を握った……が、その時。

 

「ジャックゥ! ごめん! いたのね! ……っていうか今何しようとしてたの? 」

 

 ようやく待ち望んだ展開になった。

ジャックはハンマーの柄を握ったまま固まって笑顔になるし、それを見てサイネリアは奇妙な表情になる。まあ、当たり前か。

 

「何で気づかなかったんだ? 」

「いやね、ちょっと話をしてて……」

「誰と? 」

「……取り敢えず中に入って」

 

 腕をつかまれ、強制的に家の中に入る。ジャックの頭に疑問符が並んだまま。

いつもの香りが鼻をくすぐると同時に、いつもじゃない光景が目を瞬かせた。

 

「ジャックか。丁度今お前の話をしてたとこだ」

「村長? これまた何で!? 」

 

 低く、よく通る声。これもまたカエダ村お馴染みの聞きなれた声だ。

『村長 サム・フォーリアス』誰あろう、カエダ村村長だ。

年季の入った漆黒の髪はありとあらゆる方向に飛び跳ねている。

なんでもない話し相手にさえ敵意を感じさせてしまう厄介な鋭い目が、こちらをしっかり見据えていた。

見た感じ40代。あくまで見た感じ。もしかしたら60かもしれない。

いや、30かもしれない。何となくわかりにくい感じ。皺もそこそこあるし。

彼も元ハンターだという話はジャックも聞いている。

何と刃物や硬いハンマー、ボウガンなどを使用せず、モンスターを「殴り殺す」ハンターだったとか。

火竜の甲殻をも殴り砕いたという人間離れした伝説もある。

火竜の甲殻といえば、よく磨いた切れ味抜群の太刀すら弾き、岩をも砕くハンマーすら歯が立たないというモンスター界でも屈指の強度を誇る素材。

それを殴り壊したとあれば、もう天からその並外れた腕力を授かったとしか思えない。

今も、彼の手の第三関節あたりは痣や傷でもう元の肌が見えなくなっているほどだ。

そのハンター、「サム・フォーリアス」が丸腰でモンスターと戦う様子を見てつけられた異名が・・・

 

―――――――――――《鋼拳鋼獣》――――――――――

 

 鋼の拳、鋼の筋肉を持つ彼。何も武器を持たず戦うモンスター達と同じ「獣」だ。

彼はもうハンターを引退したらしいが、「鋼拳鋼獣」は健在であり、村のハンター達が倒せなかったモンスターを代わりに討伐することもしばしばある。

 

 そして、今質素で小さな椅子に座る彼の表情を見ればわかるもう一つの特徴は。

……「無表情」、だ。いつでも無の顔を崩さず、感情があるのかさえ疑わしいくらい完璧な無表情。

人を褒める時でも、人に褒められた時でも、人を叱る時でも、誰かが亡くなった時でも。

彼は、無の表情を壊さない。何故かと聞いても首を小さく横に振るだけ。

村の皆はそんなことたいして気にしていないが、ジャックのカエダ村七不思議の一番最初に載せられた不思議である。

 

「……俺の話って? 」

 

 ジャックはその元ハンターにしてカエダ村村長に問いかける。

それに対して当たり前のように無表情で村長は答える。

 

「実は、渓流にアオアシラ、青熊獣が現れた。普段なら他のハンターに任せるところだが、今回はお前にやらせようと思う。そろそろ大型モンスターを討伐しないといつまでたってもレベルは上がらないぞ」

 

 これにはジャックが無表情でいられなかった。

顔を驚愕一色に染め上げ、言葉を返す。

 

「さすがにそれはまだ早いでしょ!! 」

「わたしもそう言ったんだけど、村長さんは聞く耳を持たないのよね……」

 

 サイネリアはため息混じり。

頑固一徹のサムが一度言ってしまったのだからそれを曲げる筈がないのはジャックもわかっていた。

それでも一応足掻いておくのがジャックのやり方だ。希望を捨ててなるものか……が。

 

「駄目だ。行け」

「……その『行け』が『逝け』じゃないことを願うよ……」

「何の話だ?」

「いや……別に……」

「じゃあ、さっさと逝け」

「……」

 

 一蹴される。

もう強制的にアオアシラ、別名プーさん亜種をジャックが討伐することは決まっていた。

その証拠として、ジャックの許可を聞く前から受注書にはどこから持ってきたか、ジャックの判子が押されていた。

 

「さっき偶々渓流でクエストを終えたばかりのナルガに連絡をしたんだが、「旦那一人だと心配ニャから、勿論ボクも一緒に戦うニャ! 」とのことらしい。合流してからアシラに挑むんだな」

「わあったよ……」

 

 諦めたジャックは素直に頷く。

ナルガがいればそれなりに戦力になる。1,5倍といったところか。

自分がハンマーという近距離武器で戦うのに対し、ナルガはお供としては珍しいライトボウガンを使用するので、連携プレーはお手の物。

伊達に9年間一緒に狩りをしてきてはいない。

連戦で大丈夫なのかと一瞬ナルガを心配したが、スタミナ無尽蔵のあいつならいけるだろうと考えを改めた。

 

「んじゃあ、行ってくるよ」

「絶対、帰ってきてよ! 」

「勿論。そんな簡単に死んでたまるかよ」

「まあ、お前ならこんな場面で死ぬこともないだろうが、くれぐれも油断はするんじゃねえぞ」

「(コクン)」

 

 ジャックはすぐに席を立ち、玄関を出て行った。

少し呆気ない気もするが、ジャックは気にしない。出発するときにグダグダやってるのは好きじゃない。

 

 真剣な表情でジャックを見送った二人は、その場で暫し沈黙するばかりだった。

 

 

━ ━ ━

 

 

 

「はぁ……本当に大丈夫かねぇ……」

 

 ジャックは内心m強烈にビビっていた。

大型モンスター討伐だなんてこれまで見かけたことはあっても怖くて近づくことすらできなかった。

サイネリアの家に入る時と出たときの彼の心の温度差は180°違っていた。

自分には無理だという感情が「絶対にできる」という感情を溶かしていく。

これすらできなければハンターではない、と自分に言い聞かせてみるものの、やはり怖かった。

覚悟を決めるにはもう少し時間がほしい。そう思ったが、もう遅い。

受注書に判子が押された以上、クエストに向かわなければ犯罪となるのだ。

それを行ったハンターにはギルドが罰として「ハンターをやめさせる」。

つまり、以後モンスターに立ち向かうことを許さなくなる、ということ。

 

 それも恐ろしい。ジャックの退路は完全に断たれている。

たかがクエスト一つでここまで考えさせられたのは自分が初めてクエストを受注した時以来だ。

あの時は渓流でアプトノスの肉を納品することだった。

あのクエストをやってみた感想は「案外簡単だった」。

……今回もそう思えるだろうか……

 

 そう考えながら彼は自宅で持ち物を整えていた。

ようやくポーチに必要な物を詰め終わったことで、自分の防具を加工屋にまかせっきりだったことに気づき、家を飛び出す。インナー姿で。

 

 数分後には加工屋の前で呆然と立ち尽くしていたのであった。

 

「……まだできてないって……? 」

「……少なくとも後二日はかかる」

 

……非常事態発生を知らせるベルがジャックの頭の中で鳴り響く。

もしかして……これは……まさか……もしかしてしまうと――――

 

――――防具無しでプーさん亜種を倒せと!? んな馬鹿な!!

 

「い、いや、今からでも……」

「無理だ。調べてみたが、あの傷はだいぶ嫌なところに入っていたらしい。縫い目に入れられるとまた全部の糸を防具から抜いて、新しい糸ですべての部位をつなぎ合わせなければいけない。そうするとどうしても後二日はかかる」

 

 いつもは無口な加工屋が一息にこれだけ言い切った。

非情な事実はジャックの胸に突き刺さる。

 

「じゃあ、その糸を抜く前に……」

「いや、駄目だ。すでに全部抜いてある。やりなおしはきかない」

「そんな……」

「お前に残された道はただ一つ。今のお前のその姿でアオアシラを討伐すること」

「………………いや、無理です」

 

 小声で言う。

防具があれば鋭い爪も二度三度は受け止められるかもしれないが、薄いインナーでは一発でお陀仏だ。

防具無しで小型モンスターすら倒したことがないジャックに、それは酷すぎる。

そんなことは同期のアスカーですらやらなかった。もっともやればできたかもしれないが。

 

「畜生……」

 

途方に暮れたジャックはもうどうにでもなれ、と半ばヤケクソで叫んだ。

 

「わかったよ! やりゃいいんだろやりゃあ!!! 」

 

 ――――これで初アオアシラに防具無しで挑むことが決定した訳である。

ジャックは加工屋の前から走り去り、門へと向かった。

心なしか、その目が潤んでいるような気がしないでもない。

門番の兄ちゃんが門を全速力で走り抜けるジャックに気づき、声を上げた。

 

「ん? どうしたジャック……? まさかそのまま渓流行くんじゃねえだろうな ?なあ……? おい……おおおおおぉぉぉぉぉいいいいい!!! 」

 

 

 カエダ村の門から渓流まで走ってかかる時間、個人差はあるがおよそ五秒。

門番が無謀な狩人の背中に向かって声をかけた時には、もうすでに彼は渓流の黄緑に消えていたのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 【50cmの戦友】

「……やっちまった……」

 

渓流の奥深くまで目を潤ませながら走ってきて、ようやく一息。

戦闘前に疲れきっていては本末転倒だということにようやく気づいたジャックは、取り敢えず息を整えた。

辺りを一通り見渡したが、ナルガの姿も、アオアシラの姿も目には入ってこない。

それどころか生き物の気配さえ感じない。

つまり、ここにはあまり生き物が寄り付かない場所ということか。

無我夢中で走っている時は周りの様子などまったく気にしていなかったので、自分がどこにいるかすらわかっていなかったのだ。

実を言うと、今も自分が渓流の地図のどのあたりに居るのか見当がついていなかった。

18年間カエダ村で暮らし、村周辺の狩りエリアはもう熟知していた。

それなのに自分のいるところがわからないということは、自分はここに来たことがないということだ。

一通り頭の中を整理してから……気付いた。

 

――――「ここに来たことが無い……? 」――――

 

 どうすれば自分が知っている場所まで戻れることができるのか。

皆目わからないジャックは、今自分が置かれている状況の重大さにようやく気がついた。

これは……いわゆる……「迷子」って奴か!!! 

突然恐怖に駆られた。 頭が真っ白になり、パニックに陥った。

狂ったように首を振り、猛烈な足踏みが始まった。

 

「畜生!! ……どこにいきゃいんだよ!! 」

 

 思いがけず、幼い発言が飛び出す。

とにかく何かしなければ、という気持ちが高ぶり、足踏みと首振りにプラスして腕まで回り始めた。

渓流の奥地でたった一人腕を回して足踏みをしながら首を前後左右に振り回している姿は滑稽としか言い様が無い。

それでもジャックは真剣であった。

しかしその行動も数十秒で疲れたらしく、勢いが弱まり、最終的に消え去った。

同時に頭も正常に働くようになり、冷静に今の状況の打開策を考えられるようになった。

 

「……木ィ、登るか」

 

 そう言うとジャックはそばの巨木に飛びつき、猿顔負けの身体能力で木を登り始めた。

木登りの経験ならそれなりにある。基本的に農場の崖のぼりと同じだ。

窪みを探し、そこに手やら足やらをかけ、あとは力任せに体をそこまで押し上げる。

木にも凹凸はあったりするから、幹をよじ登ることは簡単であった。

そして、枝分かれに差し掛かったらより楽になる。

枝から枝へとジャンプを繰り返し、数秒で木の天辺にたどりつく。

まるで獣。人間離れしたその身体能力は長年のハンター生活で培ったものだ。

この程度、ジャックには造作も無い。誰もいないのにちょっと得意げな表情になる。

 

「さてさて……ここはどの辺なのかな……? 」

 

 頂上の一番大きな枝に立つと、渓流全体が見下ろせた。

どうやらこれが目的らしい。自分の位置はこれでおおよそ分かった。

何せ、遠くに小さくカエダ村の門が見えたのだから。

あの門から今自分がいる木までの距離を見て、ジャックは驚いた。俺はこんなに走ってたのか!

軽く見積もって3kmってとこか。そりゃ自分の知ってる区域から完全に外れる訳だ。

 

「ふぅ……取り敢えず門に向かうか。途中でナルガと合流できんだろ」

 

 呟くと、木から飛び降りた。

結構な高さのある木なのだが、ジャックの強靭な肉体の前には何ら意味を成さない。

己の体に傷一つつけない華麗な着地を披露した後、確認した門に向かって歩き出す。

意外と簡単に絶望的状況を打開できた。そりゃあ足取りも軽くなるわけだ。

 

 程なくして、見慣れた風景が広がった。

透き通った綺麗すぎる小川と、それの周りに立つ紅葉の木々。

9年間見続けてきた美しい自然に、ジャックはホッと胸を撫で下ろす。

 

「よし! んじゃあナルガを探すか」

 

 一旦この場所に行き着いてしまえば、周りのエリアは熟知しているので行動もだいぶ素早くなる。

ナルガが主人を待つ間、退屈凌ぎに寛いでそうなエリア、即ちマタタビが生えているエリアを虱潰しにしていく。

エリア6、以前シュワを助けたエリア……居ない。

エリア4、崩れた家がそのまま放置されているエリア……居たのはジャギィ一匹だけ。

エリア2、渓流に訪れる度に痣をつくる原因となる段差があるエリア……居ない。

 

 一通り見てきたが、お供の姿はどこにも無い。

一応拠点としているエリア6で一つ大きな溜息をつくジャック。

 

「ったく……どこにいるんだよアイツ。先にプーさん亜種狩っちまおうか? 」

 

 軽い気持ちで言ったジャック。

まさか本当にアオアシラを一人で、それもインナーで倒せる筈も無いと思いつつ、言ったのだが。

突如沈黙を破った獣のうなり声に、一瞬で体が硬直した。

 

「グルルルルア……」

「………………マジ? 」

 

 エリア5への入り口、緑が深くなっていく場所から聞こえてきた声。

すぐに振り返ると、いつの間にやら深緑に囲まれて異常な大きさの熊が四つん這いになり、緑の目をギラギラ光らせていた。

全身蒼い甲殻と皮に覆われ、背中には無数の小さな棘と、そこだけ薄い黄色の毛がフサフサと生えている。

ジャックの胴くらいあるその太い足は見ただけでとてつもなく堅いのが分かる。

そして足と手の先には幾多のハンターを切り裂いてきた漆黒の鋭い爪が五本ずつ。

醜悪な顔の三分の一をしめるその大きな口の端から、気持ちの悪い黄色のよだれが垂れていた。

―――――――アオアシラだ。

 

 熊は自分を見詰める狩人に気付き、怒号を放った。

 

「グルルルガアアアア!!!!」

「……マジっぽいなこりゃ」

 

 ジャックの顔が恐怖にひきつる。

が、体はすでに戦闘態勢に入っていた。腰を低くし、右手は背中のハンマーの柄を握る。

まさか本当に一人で戦うことになるとは……ナルガもいねぇじゃねえか!

この肝心な時に……役立たずが。畜生。

 

 ジャックを鋭く睨む(アオアシラ)が何の前触れも無しに突然こちらに突進してきた。

 

「うおっ!! 」

 

その猛烈な突進を反射的に横転でかわす。

勢いをすぐに殺せないアオアシラはそのままジャックを通り越して、通りがかったジャギィをふっとばしたところで止まった。

ジャギィはそのまま地面に転がって息絶えた。

それを見ていたジャックの背中を冷や汗が流れる。当たってたら即死だなありゃ――

 

 苦笑いを浮かべるジャックに振り返る蒼き熊。

憎憎しげにこちらを睨んで今度は爪を向け、大きく跳躍して襲い掛かってきた。

 

「グルアア!!! 」

「ッ……」

 

 一瞬反応が遅れたジャックは今度は転がるのではなく、左に跳んで熊のプレスをかわす。

アオアシラの巨体は獲物を潰すことは無かったものの、固い地面を揺らした。

 

「なんつー重量だよ全く……」

 

 またしても冷や汗が背中を伝う。

流石にインナーでの戦闘となると回避でも結構体は痛む。

多分今腹に一つ傷つけたな……帰ったらサイネリアを困らすことになろうて。

そんなことを考えつつ、背中からハンマーを抜き、大きく振りかぶる。

そして、全力で振り下ろす。

 

「っらあ!!! 」

 

 四つん這いのアオアシラの背中の甲殻に直撃。

しかし……割れない。それどころか傷一つつかない。

 

「なっ……!? 」

「グルア…………」

 

 血の一滴すら出ない。何という強度。

本気で殴ったので、ジャックの腕にも痛みが生じた。

歯軋りする。自分の全力、これまで修行し続けて鍛えてきた腕力が全く通じない。

これが、他とは違う大型モンスターのレベル。

自分がこれまで倒してきたジャギィやランポスがどれだけ弱く、小さな存在なのか今分かった。

所詮自分のような人間もそこらの小型モンスターと同じなのだろう。

 

「ち……畜生!! どうすりゃ……!? 」

 

ハンマーを弾かれ、それを握る腕ごと地面に持っていかれる。

深く地面に沈んだハンマーを持ち上げられないまま、隙だらけのジャック。その後ろに、アオアシラが仁王立ちしていた。

 

「やべえ!! 早く…… 」

「グルルルルアアア!!! 」

 

 熊の腕の先につく鋭い爪が太陽の光を反射して黒く輝く。

そして思いっきりジャックに突き刺――――

 

「旦那アアアアア!!! 」

 

 ――突然この場に居ない筈の声が飛んだ。

それに驚いたのか、アオアシラはビクッと体を震わせ、ジャックに振りかざした腕を止め、振り返った。

 

 せせらぐ小川の向こう側に、小さな生き物が一匹。

大きな蒼い瞳、橙色の体毛の上から被せられたジャギィの薄紫色の小さな防具。

50cmほどの身長の猫。不釣合いに大きい銃を構え、スコープ越しに主人を狙う熊を睨む。

本人は真剣なのに可愛らしい……彼に向かって、ジャックは一言。

 

 

 

 

「おせえよ……ナルガ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 【VSアオアシラ 鮮血舞う渓流】

 「うんニャ……遅いって言われてもニャァ……」

 

 ナルガは困ったように首を傾げながら言う。

そんなお供のいつもの姿を見てジャックはフッと笑うと、立ち上がった。

地面に沈んだハンマーの柄をしっかり握り、力任せに引っ張ると、黒帯ハンマーはボコッと土を突き破って出てきた。

 

 何故か、ナルガが現れたことによってこちらの戦力が何百倍にも膨れ上がった気がした。

実際にはたいしたこともない力でも、ただ「存在」するだけで誰かの気持ちと力を一揆に上昇させるという特別な力をもつ生き物、ナルガ。

本人は自覚していないが、実際のところ彼がいるだけでジャックの力が大分向上しているのだ。

 

 ジャックはハンマー片手に立ち尽くすアオアシラに突っ込んでいった。

無謀に見えるかもしれないが、今行かなければ後でこのようなチャンスは来ない。

ジャックにはそれがわかっているのだ。

熊の腕をしっかり見詰めながら、低く構えたハンマーを走りながら思いっきり振り上げる。

 

「どうだあっ!!! 」

「グオオオオッ!? 」

 

 背中の甲殻を殴った時は傷一つつかなかったジャック渾身の一撃は、アオアシラの棘だらけの腕甲をいとも容易く粉砕した。

黄色く光る棘が数本ジャックの十字刻まれる顎をかすめる。

先程のジャックとは思えないほどの腕力。アオアシラの堅固な甲殻を物ともしないこのパワー。

怯み、驚くアオアシラをよそに、ジャックが不敵な笑みを浮かべて振り上げたハンマーをそのまま横に一閃。胸部に強烈な一撃が入り、熊は転倒した。

 

「ふぅ……ゲームは今始まったんだぜ!? 熊さんよお!!! 」

「ニャ……死にそうだったクセに……」

 

 苦笑しながら呟くナルガ。

小川に転がり、胸を押さえて唸り続けるアオアシラ。

ハンマーをクルッと一回転させて得意気に顎を掻くジャック。

 

 それからハッと我に返り、ボウガンに弾を詰めるナルガ。

自分は主人に加勢する為に来たのだから、アオアシラを攻撃しなければ意味が無い。

銃口をしっかり熊に向け、引き金を引く。引く。引く。

立て続けに銃から発射された通常弾レベル2は一発一発確実に熊の背中に撃ち込まれていく。

先程ジャックがぶん殴るも弾かれた箇所が見る見る穴だらけになっていった。

 

ア オアシラは更なる苦痛に一際大きな唸り声を上げた。

 

「おお? もう終わりか・・・? ってそんな訳ね、ねねねえよなぁやややややっぱ! りりり!!! 」

「旦那。言い終わりのとこ、声震えすぎニャ。果てしなく格好悪い」

 

 一瞬沈黙し、息絶えたかと思われたアオアシラは、小川からゆっくりと立ち上がった。

息が荒くなり、目は充血して真っ赤に染まっている……怒り状態、か。

モンスターに僅かながら備わっている理性の最後の枷が外れ、完全に野生の猛獣と化した状態を、ハンターの世界では俗に『怒り状態』と呼ぶ。

内なる力を引き出したモンスターの力は数倍にも膨れ上がり、これまでのような立ち回りでは確実にやられてしまう。

スピードも滅茶苦茶に速くなり、相手のモンスターが怒り状態になったら一旦エリアを抜けて怒り状態をやり過ごすハンターがいるというのも充分頷ける。

たいてい怒り状態というのは自身に相当なダメージが注ぎ込まれた時になるもの。

今回はジャックのハンマー攻撃を二つ、ナルガの通常弾しか喰らっていないのに怒ってしまうのは、それだけハンターの一撃一撃が重かったからだろう。

 

「グオオオオオオオオ!!! 」

「ひょえ……」

 

 アオアシラの怒号に、思わず二人はその場に蹲る。

実際それほど大きな声では無いのだが、単純に恐怖に打ちち負かされたのだ。

熊は口を閉じると同時に振り返ってまずジャックに襲い掛かった。

左右の腕を大きく広げ、右から左、左から右と連続して引っ掻いてきた。

その動きの速いこと。最初の一発が反応の遅れたジャックのインナーの端を切り裂いた。

 

「うおおっ!!! 」

「グルアアア!! 」

 

 ジャックはよろめくも、すぐ態勢を整え、次の一発を瞬間的にハンマーで受け止めた。

アオアシラの鋭い爪が黒帯ハンマーにぶち当たる。

五本の爪全てを正面から喰らったハンマーの鋼の付け根がミシシ……と音をたてる。

それを見て瞬時に武器崩壊の危険を感じたジャックはありったけの力を込めて、熊の腕を弾き飛ばす。

その反動でジャックの体も後ろに下がる。

 

「っ……」

「旦那! 危ないニャ! 」

 

 ナルガの叫びに気づいて振り向くと、熊の弾かれてない方の腕がこちらに迫っていた。

 

「なっ!? 」

「グルルルアアア!!! 」

 

 そこで間一髪で轟いた銃声と共に、アオアシラの腕に何かが刺さり、一拍遅れて刺さった弾丸が爆発した。アオアシラの腕は爆発の威力に負け、その場でとまる。

 

「徹甲留弾は高いのニャ……できればもう使いたくないニャ」

「ケチが」

「フンニュニャア!! 助けてやっただけありがたいと思うニャ!!! 」

 

 ナルガの構えるボウガンの銃口から煙がモクモクと天に向かっていた。

高威力爆発を巻き起こす少々レアな弾丸、徹甲竜弾である。

もろに爆発を受けたアオアシラの左腕甲はほとんど棘が吹き飛び、血まみれで見るも無残な姿になった。

 

 そこで怯みまくりのアオアシラにジャックが突っ込み、ハンマーを振るう。

顔の下に位置したハンマーを思いっきり振り上げると、顎に激突。

アオアシラの体の内部で衝撃が走り、顎の骨に罅(ひび)が入る。

ジャックはそのままハンマーを掲げた状態で右足でアオアシラの太い足を蹴り上げ、転ばせる。

 

「よし……一発入れてやらぁ!!! 」

「グ……グルア? 」

 

 再度ジャックの足元に仰向けに転がった熊の腹を見据えながら、ジャックがしっかり握ったハンマーを上から下へ、天から地へと一気に振り下ろした。

 

「っらああああ!!! 」

 

 時の声があたりに響くと同時に、黒帯ハンマーがアオアシラの腹にめり込む。

反動がジャックの腕を貫き、ビリビリと骨に直接衝撃が来、自然と表情が歪む。

しかし、アオアシラの表情に比べればたいして酷いことも無いだろう。

口から大量に血を噴出す。腹にくっきりとハンマーの痕が残る。

 

「グ……グオ……」

「ニャ! まだ生きてるんのかニャアア!!!! 」

「まあ、そうだろうな」

 

 地面に横たわるアオアシラにはまだ息があった。

それでも相当強烈な一撃だったようで、体もほとんど動かないように……見えた。

数秒考えて再度ハンマーを振り上げたジャックの腹に突然アオアシラの鋭い爪が飛んだ。

 

「はっ? ――――っぐああああああ!!! 」

 

 漆黒の爪は一瞬でジャックの薄いインナーを破り、皮膚を切り裂いた。

穏やかな渓流に血飛沫が舞う。ナルガの声にならない叫びと共に。

想像を絶するほどの激痛に、意識が薄れていく。自分の腹に目を向けると、ドクドクと大量に流れ出す真っ赤な血と自分の骨がうっすらと見えた。

ジャックの全身から力が抜けていく。しっかり握っていた筈のハンマーも手から滑り落ちて、小川の流れをポチャンと乱した。

 

「旦那ぁ!!!! 」

 

 ナルガが急いで駆け寄った。

その隙にアオアシラは立ち上がり、少し早足でエリア6から池が多いエリア7へと向かっていった。

 

「旦那、旦那……」

 

 ナルガは自分の道具袋からすぐに荒削りの横笛を引っ張り出し、口に当てた。

その間も、虫の息で、白眼を剥くジャックの腹からは血が流れ出していた。

ナルガが横笛に空気を入れ込み、並んだ穴に小さな爪を当てると、奇妙な音が聞こえてきた。

 

ピーピーピーヒャララッラ♪ピーヒャララ♪ピーピーピーヒャララッラ♪ピーヒャララ♪ピーピーピーヒャラ……

 

 甲高く、耳を刺激するその音、メロディと一緒に、ジャックの腹に少しずつゆっくりと新たな皮が張っていく。ナルガが懸命に笛を吹き続け、数分で元の見た目に戻った。

これは、お供が行う「応急処置」である。

特別な素材で作られた笛が奏でる音は聞いた者の脳を一時的に狂わせ、不可思議な指令を体に送ると、驚異的なスピードで傷口に皮が張り、再生していくというものである。

しかし、これはあくまで「見た目」だけを元の姿に戻す回復手段であり、体の内部はほとんど滅茶苦茶なまま。多少は再生するものの、あとは壊滅的な状況で残されている。

 

 完全に皮が再生し、ジャックの目にゆっくりと黒目が戻った。

意識が戻ったのだ。無意識に右手が内部が滅茶苦茶な状態の腹をなでて行く。

涙眼で笛をしまうナルガを尻目に、ジャックが呟く。

 

 

「仕切り直し、か……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 【燃えるハンマー 決着の一撃】

 ジャックはしきりに顎を掻く。もはや痛くないのかと疑う程激しく。

 

「戦法を変えてみるか……」

「ニャ? 」

 

突然主人の口から零れ落ちた言葉にナルガが反応する。

 

「だからよ、これまで俺等は何も考えずに突っ込んでっただけだろ? あれじゃあ狩りは思うように進まない。結果、俺はこうなった訳だし」

 

 ジャックが腹をさすりながら言う。

ちょっと顔をしかめて言葉を続ける。

 

「人間らしく、『頭を使った狩り』をしようと思うんだが」

「……どういう意味ニャ?」

「要するに、小細工するんだよ。モンスターにはできないような道具を使ったり、策を練ったり。わざわざ今回の狩猟の為に取っておいた――」

「――ちょっと待つニャ」

「なんだ?」

 

 ナルガが口を挟み、ジャックが口を閉じる。

何やらナルガはポーチを開いて中を漁り、見る見る内に顔色が悪くなっていくでは無いか。

 

「……道具、ほとんど忘れたニャ……」

「んなにっ!? 」

 

 ナルガの小声にジャックは驚愕。

道具を? 忘れた? っつーことはつまり……

 

「痺れ罠も、落とし穴もか!? 調合用大タル爆弾も!? 」

「うんニャ……そうですニャ……持ってきたのはボウガンの弾と 何故か油が入ったビンだけ……」

「マジですか……」

 

 ジャックもナルガも顔を膝に埋めた。

普段、彼等は持ち物を分けて狩場に持っていっている。

ジャックは回復薬、生肉、クーラーorホットドリンクなど、主に口に含む物。

ナルガは罠系、爆弾系など、狩りで使う物。

ジャックが飲食物係なのは、これをナルガに預けて忘れられたりしたら命に関わるからだ。

必需品はせっかちな奴に渡せられない。

残った罠や爆弾などはもし無くても「何とか」大丈夫だから、ということでナルガ担当なのだ。

最近はナルガの忘れ物も減ってきていたので安心していたが・・・・まさかここでとは。

想定内だったとはいえ、これは「最悪のパターン」に属する。

対大型モンスター用にと取っておいた高価なブツが肝心なこの時に無い。

ジャックは拳で地面を叩くし、ナルガは申し訳なさそうな目でジャックを見るし。

 

「まあいいか……罠系は次のモンスター戦にとっとくとしよう」

「本当かニャ旦那!! ヤッホイ!! ヒャッハー!! 」

「そうだ……しかぁし!!! 」

 

 耳に入った主人の言葉に、落胆していたナルガが突然歓喜の舞を始めた。

ジャックはその変貌ぶりにかなり引いた。だから一際大きな声で叫んだ。

ビクッと身を震わせたナルガは、歓喜の舞をやめて正座の体勢に戻った。

 

「今回のミスの分、相当頑張ってもらうからな」

「ニャ……承知……」

 

 これで終了。許す代わりに沢山働けという訳である。

本当はジャックがビビりであんまり頑張りたくないから、という押し付けであるが。

内心口実ができて嬉しかったり。

 

「んじゃ……今ある道具だけで策を練るとするか……」

「ンニャッ!!! 」

 

 

 

━ ━ ━

 

 

 

――――渓流エリア7――――

 

「グルルア……」

 

 一時戦闘を休止したアオアシラが、そばに落ちていたハチミツを食い散らかしていた。

数分前まではそこに(たむろ)していた丸鳥(ガーグァ)達も、アオアシラの一声でエリア外に出た。

この広い空間を独り占め、というわけである。

熊の腹部には綺麗な円の形をした痛々しい青痣が見えた。

時々アオアシラが食事を止めて唸る原因である。

やはりジャック渾身の一撃はそれまで溜まっていたダメージに上乗せされたこともあって、相当応えているらしい。

足を引きずるまでに弱ってはいなくとも、もう四五発喰らったらダウンだろう。

 

 口元からハチミツを垂らしながら、不意に気配を感じて振り返った。

まだ周りにはあの憎きハンターは見えないが、この気配は確実に近くに何かがいることを示している。

 

「ガアア!? 」

 

 威嚇。しかし相変わらずの静けさ。

一瞬アオアシラが恐怖を感じた。自分に何かが迫っているのではないか……?

まさにその時、足元から声がした。

 

「ン……ニャアアアアア!!! 」

 

 熊の予感的中であった。

苔の入った地面に何の前触れも無く罅が入り、猫の声と共にその小さな体が飛び出してきたのだ。

――ジャックの剥ぎ取り用ナイフを握り締めて。

 

「グルルアア!? 」

「ンニャオオオ!! 」

 

 ナイフが弧を描く。

反応の遅れたアオアシラの首に深い切り傷が作られると同時に、鮮血が穏やかな渓流に舞った。

激痛にアオアシラは後ずさりしたが、背中に重い衝撃が走った。

 

「いいぞ旦那ァ! 」

「……腹に響く」

 

 アオアシラが無理やり首を後ろに向けると、目の端に顔をしかめたハンターが写っていた。

 

「よォう熊さん。俺の腹をどうしてくれてんのよおい……」

 

 ジャックが声を立てずに笑う。

それに熊が恐怖を感じた瞬間、黒帯ハンマーに力が込められ、アオアシラは前向きに転げた。

そのままうつ伏せとなったアオアシラの後頭部に、燃える銃弾が注ぎ込まれる。

すでにその場を離れ、茂みに隠れたナルガからの猛烈な銃撃であった。

 

「ニャハハ! 火炎弾の味はどうニャ! 」

 

 アオアシラは声も出ない。

立ち上がることもせず、うつ伏せの状態で苦しんでいた。

そして、一方のジャックは何やらハンマーに黄色いドロドロの液体をかけていた。

 

 液体が入っていた瓶、今空になった瓶を投げ捨てると、ナルガにウインクした。

 

「ニャッ! 」

 

 すると、ナルガは何故かボウガンの銃口をジャックに向けた。

否、ジャックの《ハンマー》に向け、引き金を慎重に引いた。

ボウガンの銃口が文字通り火を吹くと同時に、ジャックの握るドロドロのハンマーも業火に包まれた。

 

「う熱っちい!! ひょえぇ……もうちょっと考えるべきだったかな」

 

 ジャックが燃え盛るハンマーの本体を自分から遠ざけ、熱気がこちらに来ないようにした。

これぞ、特性の「火属性ハンマー」である。

何ら特別なことをしていない為、使用者が大変暑苦しいが、仕方が無い。

本当に単純な仕組みである。

ハンマーの鋼鉄の部分に油をかけ、そこに火炎弾をぶつける。

そうすれば当然ハンマーは燃え上がる。

何故ハンマーが燃え、溶けて無くならないのかというと。

黒帯ハンマーの鋼鉄部分の周りには農場での薪と同じく、明鏡石を加工して作られた薄い膜があるのだ。

カラグライト鉱石は火に強い。加工する時だって水圧を利用する。

だから内部の鋼鉄部分は無事という訳だ。

それらを知った上で、ジャックがこの方法を提案したのであった。

 

「うらァ行くぜえ!! 覚悟しやがれ!! 」

 

 ジャックが燃え盛るハンマーを振り上げた。

うつぶせ状態のアオアシラがゆっくり立ち上がり、目が赤くなってきた時に、その真紅のハンマーの光がアオアシラの顔に当たった。

 

「……グルア? 」

「うっらあああああああ!!!」

 

 ジャックのハンマーが思いっきり横に一閃。

高熱のハンマーが熊の脇腹に直撃した。元々痣になっていた部分が横に歪んでいく。

そして、アオアシラに業火が移った。すぐに火は全身に回り、熊は炎に包まれる。

 

「グ……グルアアアアアア!! 」

 

 全身を覆う青い皮が燃え、はがれていく。

アオアシラは苦痛にもがき、水辺に走っていった。足を引きずりながら。時々敵を振り返って。

 

「旦那ァ!!! 」

「……わかってる」

 

 ナルガが旦那を振り返ると、ジャックは腰を屈めてハンマーを自分の後ろで握っていた。

両手に顔を埋め、その鋭い両目だけはしっかり水辺に向かう熊を睨みながら。

掲げられたハンマーにジャックの《気》がこめられて行き、真紅に黄色い光が足されていく。

そして、真紅と黄色の混ざり合ったハンマーが、オレンジに光輝いた。

 

「ここだァッ!!! 」

 

 ジャックが橙に光るハンマーを投げた。

今まさに水に体を入れようとしていたアオアシラがこちらを振り返る。

目の前には、オレンジの塊があった。

 

「……お望みどおり、消火してやるよ」

 

 大地を揺るがす轟音と共にアオアシラの顔にオレンジが激突。

その威力にアオアシラの巨体が後ろに吹き飛び、業火に包まれた状態で小川にドボンと落ちた。

 

「グルルルアアアアアアアアア!!!! 」

 

 最後の吼え声を上げ、アオアシラは水の中で動かなくなった。

水中で絶命。その命は、赤と青に包まれて……消えていった。

 

 

 

 

 燦々と渓流を照らす太陽が、二人の勝者を祝福しているようだった。

少なくとも、ジャックとナルガにはそう感じられた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 【無謀人とせっかちアイルーの帰還】

 つい今さっきまで祝福してくれていた太陽が、ジャック達を苦しめていた。

この南国では冬でもこの猛暑。渓流の小川でさえ、完全なぬるま湯。

もう少しでも気温が上がればクーラードリンクが必要になってしまうのでは、とジャックが危惧するのも無理は無い。

 

「……暑ィ……誰だよ燃えるハンマーなんて提案した奴ぁ!! 」

「旦那ニャ」

「嘘つけぇぇ!! お前だろぉぉぉぉぉぉぉ!! 」

「旦那、怒ると暑苦しいニャ。僕から半径3m以内に入らないでニャ」

 

 こんなやりとりはいつ終わるのか知れない。

二人とも汗まみれなのは同じだが、ジャックと違ってナルガは冷静に言葉を旦那に返していた。

 

 アオアシラを討伐してから三時間ほども歩き続けているだろうか。

行きは三十分もかからずに猛ダッシュで到着したというのに、このペースの差。

全く、「片道何分」とかいうのはあてにならない。行きと帰りでは疲労が違うのだ。

狩りの最中は大して気にしていなかった、というより気にする余裕が無かったこの気温も今となっては完全にアオアシラより手強い。

 

 この後数十分で見えたカエダ村の門がどれだけ有難かったことか。

 

「つ……着いた……」

「ニャン」

 

疲労困狽、意識が朦朧とし始めた二人を門の下に見つけ、門番の怠け者が起き上がって声をかける。

 

「よおう。しっかりできためてぇだなあ! 良かった良かった! ――怪我はしたっぽいが」

 

 相変わらずめざとい男である。

ジャックの腹の傷は外から見ただけでは全くわからない筈だ。

内部が酷いことになってるのに気づけるのは恐らくこの男と医療のエキスパート、サイネリアだけだろう。

 

「あぁ……何でわかったんだ?おい」

 

ジャックの問いに、兄ちゃんはあっさり答える。

 

「雰囲気」

「マジですか」

「マジだ」

 

……侮れない。

いや、早く自宅に帰って冷蔵庫の中の麦茶をガブ飲みしないと熱中症で倒れてしまう。

こんなやりとりをしている場合じゃない。急がねば。

 

「……じゃあ、後で――――」

「サイネリアに頼んでこいよ!」

 

 言葉を先取りする門番に苦笑して顎を掻きつつ、門をくぐる。

途端に押し寄せる人の波。村人全員がやってきたのでは無いかと思うほどの顔、顔、顔が笑顔を振りまいていた。

 

「えっ!? ちょっ……痛ぇ!! 押すな! っつーか何でお前抓ってんだ!」

「ンニャアアアア!! 」

 

 一瞬にして二人は波に飲み込まれ、背中を叩かれたり腹を押されたり(痛い !痛いわぁ!! )、そして何故か体のあちこちを抓られたり。

ナルガは村の娘達に囲まれて、盥回しにして抱きしめられていた。

そして、男性群が時々羨ましげにナルガをチラ見したり。

 

 二人が開放された頃、特にジャックは更に痛々しい姿になっていた。

祝福も度を越えると攻撃になってしまうのであった。

 

「嗚呼……ハンターって……こういう運命……? 」

 

ジャックの漏らした声に、村人の中の一人が叫んだ。

 

「そうだ!! 」

「……いや、答えんなよ」

 

 ナルガはあまり痣が増えてない。

まあ、抱きしめられただけで体に傷がつく筈も無い。

 

 ジャックとナルガは村人の声援に背中を押されながら、村の中央広場に踏み入った。

そこに堂々と立っているのは相変わらずの無表情、村長。

 

「く……くぁ……アンタも俺を抓るの……かぁ? 」

「んなつもりは無い。取り敢えず『おめでとう』とだけ言っておく」

「……(感情がこもってないニャー……)」

 

 無愛想な村長。流石カエダ村の名物(?)。

何の感情も読み取れないその表情。その口から、淡々と言葉が出ていく。

ジャックの精神的に、これはキツい。

 

「見たところ、インナーでアオアシラに挑んで、一発だけ攻撃を喰らい、瀕死の状況だったがナルガの回復笛によって一命を取り留める。外見は完全に元通りなものの、内部は酷い状況。サイネリアに治療をしてもらうべき、か」

「……なんで分かんねん。怖いわコイツラ」

「何か言ったか? 」

「いやっ。何もっ」

 

 門番といい村長といい、この村の住民は皆想像力豊かというか洞察力が鋭いというか。

とにかく怖い。

 

「じゃっじゃあっ、サイネリアんとこ行ってくるっ! じゃなっ!! 」

 

 村長のグリグリと抉るような視線に耐えられなくなったのか、ジャックがその場から逃げ出す。

あとから呆れ顔のナルガも急いでついていく。同時に、門近くの人だかりの中の美少女が小さくため息をつくのだった。

 

 後に残った沈黙の中、人だかりの中の一人が叫んだ。

 

「おい! ジャックが初めて大型モンスター倒したんだぜ! ここは宴だろ!! 」

 

 沈黙に耐えられなくなったから適当に大声を出したのかもしれない。

が、とにかく騒ぐのが好きな村人達の答えは、

 

「ぅぅぅぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっ!! 」

 

だった。

 

 

 

━ ━ ━

 

 その晩、カエダ村で「一人のハンターが登竜門を潜ったお祝い祭り」が行われた。主役の筈のジャックはほったらかしで。

大通りを神輿(みこし)が何度も往復し、何度か転倒し、笑い飛ばされ。

道に飛び交う酒が何度も通りがかった人間の頭にかかり、笑い飛ばされ。

爆竹音でアイルーが飛び上がり、笑い飛ばされ。

村の大通りのあちこちから、絶えず笑い声が聞こえてくる。

 

 そんな陽気の村の端っこの小さな家の中、サイネリアとジャックが二人っきりになっていた。

 

「痛ッてぇ!! 」

「やっぱりか……」

 

 ジャックの腹に手を当てて、時々押したりしながらサイネリアが呟く。

医療のエキスパートは一瞬でジャックの腹の内部が酷い状況なのを見抜き、強制的に椅子に座らせ、有無を言わせぬ口調で「動かないで」と一言。

それから長時間にわたる診察。当然ジャックは祭りに参加することもできないまま、時々走る痛みに唸っていた。

 

「これで戦闘続けて、村に帰ってきたなんて驚きだわ……」

「そ、そうなの? 」

「ええ。本当に滅茶苦茶って感じよ。常人だったら攻撃喰らった直後にお陀仏だったでしょうね」

 

 平然と言ってのけるサイネリアに、ジャックは今更ながらもゾッとした。

 

「取り敢えず外からやることは何も無いから薬……薬……薬っと」

 

 サイネリアが薬品だらけの怪しげな戸棚をゴソゴソしている。

あの中から出された薬は見た感じ毒々しくて、飲んだら逆効果になりそうだが、本当は最新の良く効く薬ばかり。長年飲み続けてきて、ジャックが知っていることだ。

しかし慣れてるとはいえ、目の前に「橙色の濁った液体」を突き付けられたらビビるものである。

 

「大丈夫に決まってるじゃない。今更そういうリアクションやめてよ本当……」

「体が拒絶しているのだ。仕方が無い。っつーか、もうちょっと見た目をいい感じにできないもんなの? 」

「無理」

「そうですか……」

 

 一蹴され、項垂(うなだ)れるジャック。

その顎がクイッと上に持ち上げられ、鼻先に瓶をつきつけられた。

 

「さぁ、口を開けなさい」

「は? いや、自分で飲めるから。赤子か俺は」

「開けなさい」

「いや、だから自分……」

「開けなさい!」

「は……はい……」

 

 迫力に押されて渋々口を開くジャック。

すぐさまそこにオレンジ色の液体がサイネリアの手によって注ぎ込まれる。

その薬は見た目通りミカンの味……っなわけない。

ジャックの淡い希望は脆くも打ち砕かれてしまったのである。

液体は変な味で、砂っぽい味とドロッとした質感、腐った果物のような匂いで、つまりは不味かった。

 

「ゲホッゲホッ! ゲホォッ!! 」

 

当然のように咳き込むジャックの尻目に、サイネリアが呟く。

 

「これでよしっと……あと言えることは、『肉類は食べないように』」

 

最後はジャックに対する命令だった。

 

「わ……ゲホッ! ……分かった……」

 

 承諾と共に席を立つ。

肉系を食べられないって……つらっ。

当分は野菜生活か。嗚呼、気が重い。

 

 玄関へと向かうジャックにサイネリアが聞こえないようにことさら小さく言った。

 

「もう行っちゃうの……」

 

当然それが聞こえないジャックは、そのまま玄関の扉を押し開ける。

 

「それじゃ、お休み」

「う、うん。安静にしとくのよっ! 」

「分かってる分かってる……」

 

 そう言い残すと、ジャックは外の喧騒の中に消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 【ナルガの研究】

「……ま、確かに成功すれば狩りはより進みやすくなる」

「ニャア。そうだと思って、村長さんに聞いてるのニャ。できるかニャ? 『三種素材同時調合』」

 

 今、彼等はカエダ村の中心に位置する大きな広場で、真剣な面持ちで何やら話し合っていた。

村長の顔の高さとナルガの顔の高さは同じ。何故か?

村長はベンチに横になった状態で、顔だけナルガに向けているからだ。

こんな失礼極まりない態度はとうに村人に知れ渡っているので、道行く人々が村長を見て顔を顰めたり、なんてことは無かった。

 

 そして、今ナルガと村長という滅多に無い組み合わせがこうして話し合っているのは。

狩りに役立てる為の「三種素材同時調合」というナルガの発想を実現できるか、という持ちかけによって始まったことであった。

 

 「三種素材同時調合」とは文字通り「三種類の素材を同時に調合」することである。

単純に二度やらなければいけないことが一度で早く終わる、という利点の他に、二種同時調合では作れなかった道具も作ることが可能になる、ということもある。

今のところ狩界では二種類以上の素材を同時に調合できた例は無い。

何故か? それは「できない」……いや、「できなかった」からだ。至極単純に。

 

 調合を行う時は一つの大鍋に二種類の素材を放り込み、高温で溶かした後に液体となった素材をかき混ぜ、再度固めるという手法が一つ。

そして、もう一つは片方の素材をそのままに、もう片方の素材を摺りこむ、嵌め込むなどして更に強力な道具にするという簡単な方法。

 

 普通に考えれば前者の方法で、一つの大鍋に三種の素材を放り、以下は同じ手順でやっていけば簡単に可能。

……しかし、そうはいかない。

何故なら、大鍋に二種類以上の素材を放り込み、熱し始めた時点で、素材同士が勝手に反応しあい、本来の目的とは全く異なる代物が完成してしまうからだ。

その上、その出来上がった物は決して需要のあるものではなく、ただのグチャグチャした塊になる。

中には時々光ったり高温を放ったりと、特殊な効果を発揮する場合もあるが、全て不規則なため、ハンターに危険を及ぼす可能性のある「不良品」として、使えない。

 

要するに、「燃えないゴミ」が出来上がってしまうというわけである。

 

「今のところ可能とも不可能とも言えんな。だが、やってみる価値はある」

「ニャー……はっきりしないニャ……」

 

 村長の答えにガックリと頭を垂れるナルガ。

ナルガが「三種素材同時調合」で作ろうろしていたのは、ボウガンの弾丸であった。

油+ネンチャク草+はじけクルミを調合して出来上がる(予定の)特殊な弾。

強力な粘着性でモンスターの足をくっつけさせる(予定の)、「ネンチャク弾」である。

これが出来上がればモンスターを縛りつけ、その間にフルボッコにすることでかなり狩りが有利に進む筈だ。

 

 ナルガがこれを思いつき、最初にこの「ネンチャク弾」を作ろうとした時。

最初は、大鍋に三種の素材を放り込み・・・という方法だったが、当然「燃えないゴミ」が出来上がった。

次に行った方法は、まず「ネンチャク草+油」で調合し、それで完成したものと「はじけクルミ」を調合しよう、というものだった。

が、最初に調合してできたものは確かにネバネバしてモンスターの足を縛り付けるのには充分な効果だったものの、はじけクルミと調合する際に、その「ネバネバした液体」を熱すると、すぐさま粘着性が取れてしまったのである。つまり、ただの白い水になってしまったのだ。

これをはじけクルミに詰めたところで、何の役にも立たない。

 

 そこで、三種素材同時調合ができないか村長に持ちかけてみた訳である。

が、その結果がこれだ。

「可能とも不可能とも言えない」。一応希望を持っていられるが、このはっきりしない答え。

 

「取り敢えず、今俺は忙しい。調合について色々実験している暇はない」

「(ベンチに寝転がって暇を持て余してる奴が何言ってるニャー。単にめんどくさいだけだろうがニャ)」

「……だから、お前が自分で色々研究してみろ」

「……マジかニャ。村長頼りないニャ。何のために聞きにきたのニャ」

「いいから黙ってさっさと研究してろ! 」

「フニャー……」

 

こんな感じで、ナルガの「三種素材同時調合」可能を目指す研究が始まった。

 

 

 その日の夜から、頭に鉢巻を巻いたナルガ。「何やってんだコイツ」というジャックの視線に突き刺されながら。

ナルガの小さな部屋は調合に関する書物と実験材料で殆ど埋め尽くされ、さながら博士の研究室のようになった。

使い古しの大鍋にハンターズストアで買い占めた大量のネンチャク草とはじけクルミ。

そして油は食料品売り場から。おかげでナルガの財布はかなり寂しくなった。が、気にしない。

 

「よぉし、ニャ……研究材料は揃ったことだし、始めるかニャ!! 」

 

 拳を振り上げ、戦場での開戦の合図のように鬨の声を上げた(隣の部屋のジャックが飛び上がった)。

 

 まず、猛烈な勢いで書物を読み漁る。

数十冊。分厚い辞書のような本が膨大な時間をかけ、次から次へと「読み終わった山ニャ」に積み上げられていく。

それでも「まだ読んでない山ニャ」はまだまだ大きく、全て読み終わるには一週間近くかかりそうに見えた。

 

 「調合は微妙な温度の違い、大鍋の厚さや大きさ、そして調合する人間の(ボクは猫ニャ)繊細な技量が問われる。ほんの1mmでも違えば燃えないゴミの出来上がり・・・こういうことより先に三つの素材を調合する方法を教えてもらいたいニャ・・・」

 

 ブツブツと呟きながらページをめくっていく。

それが繰り返されて三時間。隣の部屋の電気が消えた。

四時間。満月が優しく村を照らしている。

五時間。村に灯る明かりはとうとうこの部屋だけとなった。

六時間。外から狼の鳴き声が聞こえる。

七時間。やばい。眠くなってきた。

八時間。この調子で徹夜!!

九時間。っていうかまだ大鍋と買い込んだ材料使ってないニャー。

十時間。瞼が重いニャ……眠るものかニャア!!

十一時間。あと49冊かニャ……

十二時間。朝日が綺麗ニャ……ハッ!集中集中!

 

 

━ ━ ━

 

 

 

 翌日、ナルガは午後になってようやく瞼を開いた。

午後6時から午前2時まで調合に関する勉強をし続け、読み終えた本の数、97。

それだけの知識を頭に詰め込んだナルガが徹夜翌日の午後、ジャックとサイネリアと村長の前で実際に調合を行ってみることになった。

 

 ジャック宅の一番小さな部屋に三人が肩を並べて体育座り。

そしてその前には大鍋。と、台の上に立って大鍋を見下ろせるようにしたナルガ。

いつの間にやら大鍋は改造されてあった。

 

 円を三等分するようにして、何やらしきりのようなものが取り付けられている。

そして、区切られたそれぞれの部屋にネンチャク草、油、はじけクルミが入っている。

「しきり」は目に見えないほど細かな穴が大量に空けられており、「目茶目茶細かい網」になっている。

 

「……それじゃ、火をつけるニャ」

 

 ナルガの声に、思わず全員生唾を飲み込む。

成功か失敗か……

一晩かけて叩き込んだ知識をもとに、大鍋を細かく削ったり、練習しまくって調合の腕を極めたり。

ジャック達の期待が高まる。

 

ナルガが火をつけた。

 

 沈黙。痛いほどの沈黙。

張り詰めた空気。その場にいる人間達は緊張しすぎて呼吸さえ一時停止しているように見える。

 

そして――――

 

――――ッボオオオン!!!

 

 ……爆音と共に黒煙が立ち込める。

視界の開けた三人の目に写ったのは、煤だらけで立ち尽くすナルガだった。

一斉に、溜息がこぼれる。

 

 

 どうやらナルガの研究が功を奏すのには、まだまだ時間がかかるようである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 【馬竜 ドスガアマ】

「かはっ! ……」

「大丈夫かニャ旦那ぁ! 」

 

 アオアシラの豪腕がジャックの腹に直撃する。

人間のそれを遥かに凌ぐ常識外れの腕力を前に、少年は成す術も無く吹き飛んだ。

殴られた地点から5mほど飛んでゴロゴロ転がり、ようやく勢いが止まった。

すぐさま立ち上がろうとしたが、足が動いてくれない。

地面に仰向けになったまま手をモゾモゾと動かし、ポーチを探る。

が、目的の回復薬は既に空っぽ。この戦闘で10個の回復薬はジャックの腹に消えていた。

 

「ちっくしょ、ナルガ頼む! 」

「今は無理ニャ! 足止めで精一杯ニャ!! 」

 

 ナルガの回復笛を求めたジャックだったが、今の彼の様子を見ればそんな余裕など無いことが一目瞭然だ。

ライトボウガンを構えた状態での素早い立ち回りでアオアシラの攻撃をかわしつつ、集中砲火。

とてもじゃないが立ち止まって笛を吹いている暇は無かった。

囮となってくれてるだけでも感謝すべきだ。甘えすぎか。

 

「くぅ……」

 

 全身の力を足に込め、ゆっくり立ち上がる。

すぐに視線を上げると、目の前にアオアシラの巨体があった。

 

「んの野郎……どんだけ速ェんだっつうの! 」

 

 突進をなんとか避け、回り込む。

一瞬遅れていたら激突して戦闘不能、いや、行動不能となっていたかもしれない。

ぞくっと全身に寒気が走る。アオアシラ狩猟は四度目だと言うのに、ここまで追い詰められるとは……

何にせよ、ここで死んだら元も子も無い。一時撤退しよう。

ナルガにそう叫ぶと、渋々同意した。

 

「あばよプーさん。まだ負けを認めた訳じゃないぜ! 」

 

 突進の勢いを殺し、振り向いたアオアシラにそう残すと、全速力でエリアを離れていった。

追いかけられたがナルガが拡散弾を放ち、怯ませる。

隙を作った二人はどうにか熊さんから逃げ切り、隣のエリアで一息付いた。

 

「ふぅ……」

「油断しすぎかも知れないニャ、旦那。防具があれば全攻撃を受け止められるって訳じゃないニャ」

「ああ、わかってらぁ。インナーの時に勝てたってんで完全に油断してたわ」

 

 ジャックが顔を顰める。

この一週間で、ナルガ抜き(研究に忙しいとのこと)でアオアシラを二回討伐した。

二回とも軽傷をいくつか負っただけで勝利。そこまで余裕は無かったものの、討伐した。

そして今回。狩りの腕が鈍っては困る、と連れて来させたナルガと居て戦力は上がった筈なのに、このざま。

やはり理由はジャックの油断だろう。自信はありすぎでもいけないものらしい。

 

「取り敢えず、笛を頼む。足がずきずきしてらぁ」

「ニャ」

 

 ナルガが承諾の声を出すと同時に、道具袋(ポーチ)の中に手を突っ込む。

その時、突然ジャックが叫んだ。

 

「あぶねぇっ! 」

「ニャ……? 」

 

 丁度ナルガが笛を口に当てたところで、ジャックがナルガを抱きかかえるようにして横に跳んだ。

着地する直前、視界に何か茶色い大きなモノが写っていた。

そして、ドスッという音と共に地面が揺れた。

ジャックの腕の中でもがくナルガを一度下におろし、今さっき自分が立っていた場所に目をむけた。

 

「フニャー! いきなり何ニャ旦那ぁ! 今せっかく笛を――――――」

「んじゃぁ、あのまま串刺しになる方が良かったか……? 」

 

 ジャックの口調が一瞬で変わった。

それを聞いて、ナルガもすぐ主人と同じ場所に目を向け――息を呑んだ。

 

「ニャ……? 」

 

 しなる四本のこげ茶色の足、その先に地を駆る漆黒の蹄。

大地を揺るがす巨大な胴体。ジャック二人分はあるだろうか。

縦長の頭部から堂々と生える、天を指す鋭い角。

その角が今、地面を穿った。その証拠に、今さっきジャック達が立っていた場所にくっきりと角跡が残っていた。

 

「……何だこいつ……」

 

 ジャックが声にならない声で零した。

痛いくらいの沈黙の後、目の前に聳える怪物の頭がゆっくりこちらを向いた。

青色にギラつく両目に、青白い顔をした人間が写った。

 

再度、ジャックが叫んだ。

 

「逃げろぉ!!! 」

 

 両者が同時に動いた。

ジャックとナルガは全速力でその場を離れようとする。

こげ茶色の怪物はその四本の足を振り抜き、スタートから最高速度で相手を「狩る」べく走り出した。

10m程の差を一瞬で詰まる。怪物の角が光り、ジャックの防具へ一直線に突撃した。

 

「く……くぁっ!! 」

 

 ギリギリの所で横転回避。水色の防具の裾が切り離され、虚しくヒラヒラと地面に落ちる。

モンスターは恐ろしい踏ん張りで勢いを即座に殺し、またしてもターゲットの方を向いた。

転げるジャックの真上に天高く前足二本を掲げる。

 

「うがぁ! ハッ……ハッ……」

 

 仰向けの状態から体を更に左に転がし、回避。

直後に、怪物の前足が振り下ろされ、またしても地面が抉れた。

ジャックの額に冷え切った汗が流れる。

すぐに立ち上がるも、息が苦しい。体に無理をさせすぎた。限界だ。

 

 再度恐ろしげな顔が向きを変え、ターゲットを睨む。

そこに、銃声と共に鉛弾が怪物のこめかみに直撃し、不意をつかれた怪物はふらついた。

 

「今だ!! 」

「旦那!? 」

 

 ジャックは隙を見せた怪物に突進していき、構えたハンマーで横殴りに怪物の角を狙った。

が、砕けたのは角では無かった。

 

「……は? 」

 

 ジャックは怪物の目の前で、ハンマーの柄だけ持ち上げた滑稽な格好で固まっていた。

(くろがね)の破片がそこらじゅうに飛び散り、ガランガランとやかましい音を立てて落ちる。

純白で完全無傷の角がギラリと光る。

 

「旦那ぁぁぁ!!! 」

 

ドスッ……という、鈍い音が響く。

真紅が渓流に舞い上がった。

 

「くは……痛ってぇ……」

 

 ジャックが、角に両手を貫通されながらも、踏ん張って立っていた。

鮮血が純白の角と水色の防具を同色に染め上げる。

激痛に歯を食いしばり、ジャックは悶える。

反射的に手を上げて助かった。一瞬でも遅れてたら手ではなく頭が一突きになっていた筈。

なんつー鋭さだ。

 

 ズボッと角が両手から離れる。血をポタポタ垂らしながらモンスターが非情にも再度角を振り上げた。

 

「ッ! ……」

 

 両手を庇いながら、ジャックが片足を振り上げて横に飛んで来る角を蹴り止めた。

角の先さえ触れなければ大丈夫、と思っての咄嗟の対応だったが、相手の勢いは強すぎた。

足の甲の骨が砕ける音がした。手、足の両方から真っ赤が流れ出していた。

 

「うああ……ああ……あ……」

 

 狩人は戦意を喪失した。もはや、目の前の敵を倒せる人間はこの世に存在しないと思った。

辛うじてこの地面に立つジャックを、怪物は空ろな目で見下した。

 

「ニャアアア!!! 」

 

 その時、救世主の咆哮が渓流に轟いた。

大量の徹甲留弾の雨が一挙に怪物に降り注ぐ。

そのこげ茶色の体に点々と突き刺さる弾丸。その程度では怪物はターゲットから目を逸らせることすらできなかったが、次の瞬間爆音と爆風の波が発生した。

 

「……グアガ……」

 

流石にこれには怪物も声を上げずにはいられない。

初めて自分の血を垂らしながら、苦痛の声を空高く飛ばす。

 

 吐血し、漆黒のしなやかな(たてがみ)を振り乱し、その場で暴れる。

その間に、ナルガは呆然と立ち尽くす白眼のジャックに駆け寄り、自身の回復薬を無理やり飲ませた。

何本か飲ませると、ようやくジャックの眼に黒が戻った。

が、意識と共に苦痛も取り戻してしまい、表情が歪んだ。

 

「旦那! 逃げるのニャ! 」

 

 ナルガの声にも答えられず、怪物と並んで苦痛に耐え続けるジャック。

 

「まだ……」

「早く!! 」

 

 ようやく暴れ終わり、全身から血の雨を降らせる怪物の目が、青の深みを増した。

その様子を見てただならない殺気と恐怖を覚えたジャックもすぐに足を引きずってエリア移動しようと走り出した。

 

「ニャぁ! 」

 

 すぐにナルガもついて行く。

その後ろで、怪物が角を振り上げた。

 

「くそぉおおお!! 」

 

ジャックが先にエリアから出、一拍遅れてナルガもエリアを移動した。

直後、血の滴るエリア5に大地が歪む轟音が響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 【満足=敗北】

「そいつぁ多分馬竜、ドスガアマだな」

「痛い! サイネリア痛い! 」

「ニャー。絶対わざとニャー。姉さん酷いニャー」

「うるっさい! 」

 

 乱入者ありのアオアシラクエストに失敗し、負傷して帰ってきたジャック達が真っ先に向かったのは勿論サイネリア宅。

そこには何故か当然のように村長も居座っていて、お決まりの「ジャック、ナルガ、サイネリア、村長」という図になっている。

居間の大きな円卓を囲んで、それぞれ個性的な表情を浮かべている。

ジャックは苦悶の表情。

サイネリアはジャックを心配する心と少し嬉しげな心が交じり合った複雑な表情。

ナルガは傍観者のおっとりした表情。

そして村長は勿論完全なる無表情。呆れるを通り越して尊敬に値する。

 

 円卓の周りにはつり合わない五つの西洋風の椅子がある。

その背もたれに座って、素足を円卓そのものに乗せた形で、村長が座っていた。

背もたれ無しなので非常に危なっかしい。後ろの花瓶が危険だ。

時々ブラブラ揺れる。その度に後ろの壁に手をつく。

もはや礼儀もクソも無い。

 

 その村長に見下されながら、サイネリアがジャックの治療を続けていた。

絶えずジャックが苦痛の叫びをあげる。

 

「痛い! 頼むからもうちょっと優しく…三t年」

「旦那も旦那でうるさいニャ。子供かニャ」

「本当よねぇ……」

「いや『本当よねぇ』じゃないだろてめぇ! 」

 

 見れば、ジャックの手の甲に、サイネリアが相当強く薬草を磨り潰した粉をなすりつけていた。

これでは逆効果では無いか?と村長が危惧していた。

そして、痛々しい手に包帯がきつく巻かれる。更に痛々しくなる。鬼畜だ。

 

「……俺の話聞いてっか? 」

 

 村長がちょっと声を大きくしてみた。

帰って来たものは無し。治療組は何の反応も示さないし、ジャックは悶えるだけ。

この四人という少ない人数で完全に浮くことができるのは村長の特権と言っていいだろう。

 

が、やがて治療が終わると必然的に村長の話を聞くことになり、ジャック達は村長の方に顔を向けた。

「やっと」と言わんばかりに溜息をついた後、説明が始まる。

 

「純白の角、こげ茶色の馬のような巨大体、間違いなくそいつはドスガアマだ」

 

 先程は「多分」と言っていたのが「間違いなく」に変わったのは、より彼らの気をひきつけたくなったからかもしれない。

村長の説明は続く。

 

「図鑑読めば分かると思うが、ドスガアマ、別名馬竜はアオアシラのモンスターレベルを遥かに超える、非常に強力なモンスターだ。お前達も『ガアマ』は見たことがあるんじゃないか?」

 

 《モンスターレベル》とはそのモンスターの強さによってレベルごとに分類する位のこと。

ジャックが初めて狩った大型モンスターのアオアシラは星一つ分、つまりレベル1だ。

村長の元にやってくる多数のクエストは、それぞれ狩猟対象となるモンスターレベルと同じクエストレベルに設定し、そのクエストレベル以下のHR(ハンターランク)を持つ狩人はクエストが受注できないようになっている。

難易度の高いクエストに初心者をバンバン行かせて、狩人がどんどん死んでいくのを防ぐための案。

現在ジャックのHRは当然1なので、まだアオアシラ程度のモンスターしか狩れないということになる。

村の中でのHRを上げるには、村長が次々やってくるクエストの中から丁度の良いものを抜き出して、《緊急クエスト》に設定した特別なクエストを達成しなくてはならない。

達成してようやくHRが一つ上がる訳だ。無論、飛び級は認められない。

 

 因みに、これは「村の中」だけのものであって、カエダ村でのHRをドンドルマのギルドに提示しても「あっそ。でも君はHR1ね」と言われるだけである。

上級者でもしっかり順を追ってHRを上げていくしか無いということだ。

 

『ガアマ』という言葉を聞いたジャックは首を縦に振った。

 

「あの小さな四速歩行の馬みたいな奴だよな? そういや似てるな……」

「ニャ。狩ってみた時は結構苦戦したニャ。ジャギィより全然強かったニャ」

 

 ガアマは孤島から火山まで、幅広い地域に繁殖している小型モンスターである。

最近、何故か渓流では見られなくなったが、前にジャック達が北国に向かう際に何頭か討伐した覚えがある。

生まれた時から黄色い小さな角が生えていて、見かけより堅い。

あれを振り回され、かなり苦戦したという苦い思い出があった。

 

「……つまり、あいつらのボスってことか」

「そうだ。ガアマのリーダー格。群れの長だ。同じくリーダー格のドスジャギィと比べても圧倒的に馬竜の方が強い。乱入モンスターとしては充分すぎる程の怪物だな、まさに」

 

 そう言って村長は苦笑を浮かべた。

アオアシラ戦で追い詰められて一時撤退したところにここまで強力なモンスター。

これでジャックが生きてただけでも驚くべきことだ。

確か・・・馬竜のモンスターレベルは3だったな・・・

 

「ハンマーが砕かれた、っつったな。というより、自分で砕いたのか。何にせよ、その馬竜は同種の中でもかなり強力な個体だったっぽいな」

「……だろうな。まるで敵う気がしなかった」

「ニャ。乱入があるなんて聞いてなかったニャ。今回の依頼主は誰ニャ? 」

「……誰だったかな」

「ニャ……」

 

 ジャックは円卓の下で拳を握り締めた。

改めて自分の無力さを痛感した。丸っきり勝てなかった。

自分の全てが、あそこで砕かれた。これまでの努力、勢い、自信。

アオアシラの時もともかく、思い上がっていた。

あれくらい余裕で倒せるようにもなれないで、何が「ハンター」か。

 

村を守る? これじゃ守られる側じゃねぇか。情けねぇ……

これから先、あいつよりも遥かに強いモンスターが大量に現れる筈だ。

最低限として、「馬竜」くらい狩ってやんねぇと。

 

 ジャックは、椅子から立ち上がった。

今、一つ確かめるために。

 

「ちょっと、農場行って来る」

「ニャ? 分かったニャ」

「話終わってないんだがな」

「あいつ手使う気かしら……? 」

 

 村長やらサイネリアやらが立ち上がった時にはジャックは既に外だった。

慌てて開け放たれた戸から飛び出していったナルガも後を追っていき、サイネリア宅は二人っきりになった。

 

「いきなり何だろうなアイツは……」

 

 そう言って再度苦笑した後、村長も出て行った。

後に残されたサイネリアは、何となく、何も思うこと無しに、治療箱の後片付けを始めたのだった。

 

 

 

━ ━ ━

 

 

 

「フッ……フッ……」

「全く、こっちの都合くらい考えて欲しいもんさね……39」

 

 農場のど真ん中で、ジャックが周りに汗を撒き散らす。

振るう太刀は大分切れ味が消耗されていると思われる。傷だらけだ。

治療されたばかりの両手から少し血が滲み出るが、尚も彼は全身使って太刀を振るう。

目の前の薪は、まだ切れそうにない。明鏡石(カラグライト)の膜はもう少しというところだが。

 

 背な高い黒人女性のキュウクウは溜息交じりに回数を数え続ける。

いきなり農場の入り口に現れて「薪割り」の一言。そしてズカズカと入ってきて太刀を手にするのである。中々ついていけない。全く。コイツは。

 

 ――――数分後、スパッという心地いい音と共に一刀両断された薪が反対方向に転がった。

番付表に新たに書き込まれた数字は……54。一応、上がった。10くらい。

順位は頑なに20台のまま。21位という数字はジャックも想定内だった。

 

「やっぱり……あんまし成長してねぇな、俺……」

 

 呟くと同時に、顎を掻く。

そして、また血塗れの手で太刀を握り締めた。

 

「いくらでも……強く! 」

 

 

 

 その後、彼が自宅に帰ってきたのは朝焼けで空が光り始める頃だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 【息抜き(仮)】

「はぁっ! 」

 

 前に居た焦げ茶色の塊を新調の青熊獣(アシラ)ハンマーによるアッパーで吹き飛ばし、振り上げたハンマーをそのまま自分の背中の方に持っていく。

アッパーの勢いで逆に振り下ろされた形になった蒼き槌は、丁度ジャックに噛み付こうとしていたもう一つの塊の頭蓋骨を粉砕した。

闘技場の赤銅色の地面に直接頭を叩きつけられ、上半身が地面に沈んだガアマは、辛うじてまだ生きていた。

地面の中でジタバタもがく馬に向かってハンマーを横向きに構えたジャック。

 

「……悪く思うなよ」

 

 そして、ドスンッ! という音が天高く響き渡る。

その瞬間、総勢10頭のガアマを単独で討伐したジャックに、闘技場の周りに所狭しと並べられた観客席から盛大な拍手が浴びせられた。その中にはナルガやサイネリアの姿も見えた。

 

「旦那……かなり動きが滑らかになってきたニャ」

 

 観客席で自身の毛の色を模した紫色の旗を掲げながら、ナルガが呟いた。

それに、隣のサイネリアが賛同する。

 

「うん。ハンターについては完全ど素人の私でも、彼の狩りっぷりが確実に上達していることが判るわ」

「……ニャ。何か置いてけぼりみたいで嫌ニャ……ボクも研究と同時進行で狩りの腕も極めなくちゃいけないニャ! 」

「頑張ってね」

 

 闘技場の隅で、一人のお供アイルーが闘志に魂を燃やしていた。

その様子を微笑ましげに眺めながら、サイネリアは思った。

どうやら、頻繁に治療しなきゃいけない狩人さんが一人増えたみたいね……。

これは、心配でも嬉しさでもあった。

ナルガのように表には出さないものの、サイネリアも心の中で「医療の最先端」を目指すと、堅く誓っていた。

 

 

 

━ ━ ━

 

 

 

「ふぅ……疲れた……でもおかげで奴等の立ち回りが大分読めてきた」

 

 サイネリアに渡されたタオルで汗まみれの額を拭い、同時に顎を掻きながらジャックが嬉しげに言った。

闘技場裏の休憩室。特に何のインテリアも無い、ちょっと寂しげな狭い部屋。

照明も不十分で、ジャックの座る位置から隣のサイネリアの美しい顔がぼんやりとしか見えない程だった。

特別にサイネリアは入ることが可能。ジャックの計らいだ。

 

「もう何連戦でしょうね……ちょっとやりすぎじゃない? 」

「なことねぇだろ。実践訓練だ。馬竜戦に向けてな。下準備にやりすぎは無いぜ」

 

 爽やかにそう言ってのける。

もう彼は今日だけでガアマを30頭討伐しているが、まだまだ大丈夫そうに見える。

この調子が続けば、いつかガアマはジャックの手によって絶滅してしまいそうだ。

 

 この闘技場でのガアマ討伐訓練は、ジャックが馬竜に敗れた翌日から始めたことである。

運良く、いいタイミングでドンドルマから訓練用にと届けられたガアマ100頭。

ドスガアマ戦とその後の薪割りで自分の弱さ、敵対する怪物(モンスター)に関する知識の浅さを思い知った彼は、当然そのガアマを「訓練」として利用させてもらうことにしたのだ。

 

 この三日新しい槌を振るい続け、ガアマに対する時の立ち回り方は大体習得した。

それと、攻撃方法とその威力も充分理解した。

……と言っても、これはあくまで「ガアマ」戦だ。奴等のボスの戦法はあまり判っていない。大体同じなのだろうが、群れのボスにまで上り詰めたからには何か必殺技のようなものがあるに違いない。他の奴等とは違う何かが。

 

 モンスター図鑑を読む限りでは、ドスガアマに特殊な付加属性は無いらしい。

まぁ、無かったのなら当然嬉しい。あの常識を遥かに超えた角に何か付加属性がついていたらと思うとゾッとする。

それこそ、人間に勝てる相手じゃないと思ったことだろう。

が、不意に隣のページに載っているモンスターが目に止まって、ジャックは背中に冷や汗が流れた。

……どうやら、ドスガアマには亜種がいるらしい。それも、二種類。

恐ろしくなってすぐに本を閉じてしまったので付加属性が何かは見えなかったが、確かに黄色と水色っぽいものが見えたので、亜種に特殊な属性が備わっていることは殆ど確定だ。

 

 取り敢えず今の目的はドスガアマであって、亜種は関係無い。

と、半ば現実逃避のように事実を忘れようとしたのを覚えている。

 

「で、また行くの? 」

「ん? ああ。今日、最後の狩りになるだろうな」

「じゃ、怪我しないで、気をつけてね」

 

 ジャックがボロボロの角椅子から立ち上がり、再度戦場へ赴く凛々しい表情へと変わった。

重々しい扉を力任せに押し開き、一気に部屋に駆け込んでくる光と音に一瞬怯むも、すぐに外に踏み入った。

 

 前には、最初から10頭のガアマがこちらを向いていた。

10対1。圧倒的に不利な状況に立たされているにも関わらず、余裕の笑みがジャックの口元に溢れた。

 

「よっしゃあ!いくぜぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

━━《一週間後》━━

 

 

「さぁぁ……お待ちかねのクエストが来たぜ」

「マジか!? 」

「ニャ? 」

 

 “非常に珍しく”ベンチに正しい座り方で落ち着いていた村長と、正面に立つジャックとナルガ。

突然、唐突に呼び出された二人(一人と一匹)は、何事かとこの広間に立っていた。

相変わらず無表情の村長から告げられたのは、「お待ちかね」のクエスト依頼の報告。

「お待ちかねクエスト」とは勿論・・・!と考えていたジャック達の顔が興奮一色に染まる。

 

「ドスガアマか!? そうだろ!? よしゃあ腕が高鳴るぜぇぇえ! ひゃっほぉううう!! 」

 

引くぐらいのハイテンション。村長も苦笑を浮かべるばかり。

 

「人の話は最後まで聞け。依頼内容は残念ながら馬竜討伐じゃない」

「……ツマンネーノ。ジャアナンナンダヨオマチカネッテ」

 

 そして、テンションの引き潮が発生。この落胆ぶりは凄い。

ナルガでさえついていけてない。

 

「そう言うな。そもそも馬竜はMR(モンスターレベル)3だ。今のお前じゃ受注できるレベルじゃない。残念ながらな。今回のクエストは緊急クエストだ。ステップだろ? だからお待ちかねだ」

「チッ……」

 

反論できないから舌打ち一発で自分の気持ちを全て表現してるジャックである。

 

「……で? 内容は? 」

 

 誰にでも判るような不機嫌な口調で、ジャックがブスッと尋ねた。

それに怯むことなく、無表情の極みは言葉を続けた。

 

 

 

 

 

「――――息抜き代わりにドスファンゴ四頭の同時狩猟だ」

「よっ四頭ッ!? 」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 【四つの殺意 突進×突進】

 大型モンスター4頭同時討伐。前代未聞の難関クエストがジャック達に突きつけられた。

ドスファンゴ。別名大猪。ドスジャギィやドスガアマと同じく一つの群れに一頭ずつ君臨する大ボスである。一般に三頭の群れを織り成し、全員で一気に狩人に襲い掛かる猪(ブルファンゴ)の中でも一際巨大、そして堅固な牙を持ち、リーダーの証拠である銀色の髭が頭を横に一直線に突っ切っている、他のモンスター達と比べて、かなり野性的な風貌の獣である。

幼体のブルファンゴにも共通しているその「猪突猛進」は、一度走り出したら中々止まらないという不便なところもあるが、堅い牙が激突すれば初心者用の防具ならば一撃で砕けるという破壊力を誇る。その無敵の突進に貫かれて沈んだハンターは数知れず。

勿論突進だけの攻撃では肉薄してくる狩人に歯が立たないので、牙をその場で大きく振るって寄りかかる狩人共を蹴散らしたりもする。

そして、行動も非常に素早い。つまり、重量感たっぷりの大剣などの武器の扱いを得意とする狩人にとってはかなりの強敵と言えるだろう。

 

 ジャックはドスファンゴ討伐経験が一度も無い。

それもそうだろう。これまでに彼が討伐した大型モンスターはアオアシラ一種きりなのだから。

そんな彼に「同時に四頭」狩猟しろというのだ。これは無茶としか言えない。

 

 流石の無謀人もポカンと口を開いて呆然としていた。

隣のナルガもまるで同じ滑稽な格好で固まっていた。

 

「まさか受けないなんてことは……無いよな? んん? 」

 

 詰め寄る村長。受けさせる気満々である。

もしここで「受けない」と言ったらどうなるのだろうか。想像したくない。

 

「……」

「ん、分かった」

「え? ええ!? 何が!? 」

 

 気づけば一瞬の神業でジャックの判子が村長に奪われ、受注書に――――ペタッ。

受注完了。こうなれば後戻りは絶対にできない。強制的に契約金も払わなければならないことになった。

 

「……くっ……無茶苦茶な……」

「旦那、諦めるニャ」

「うん、いい言葉だナルガ」

 

 そして、受注書をヒラヒラ振って「さよなら」の合図を送られた。こん畜生めが。

今回クエストから帰ってきたら……きたら……。

 

 そして、止むを得ずジャック達は自宅に帰って支度をすることにした。

いつも通りの装備だと心細いので、節約していた閃光玉を一人四個、つまり二人で八個を持っていくことにした。勿論ナルガが道具袋にそれをしまうのをしっかりジャックは確認した。

他にも、調合用大樽爆弾やら罠やらで彼等のポーチはかなり重々しくなり、背負った瞬間、気候までが手助けして汗が溢れ出した。狩場に着く頃には疲労で戦闘なんてできなさそうな・・・うっ。変な想像は止めよう。うん。それがいい。

 

 頭をブルっと振るって考え直した、というよりネガティブ思考を取り払ったジャックはナルガの部屋に呼びにいった。

研究材料で埋もれた四畳半から顔を出したナルガに持ち物を確認させると、早速自宅を離れてった。

因みに、本人曰く「研究も結構進んだニャ!」。

毎晩徹夜して、くまをどんどん濃くしてけばそれは進んでなかったら絶望するだろう。

 

 そして、カエダ村の門。

ジャックとナルガの背中を覆う「行ってらっしゃい」の声と振られる手。

門番の兄ちゃんの昼寝起きで寝癖が酷い顔。

サイネリアの心配顔。

そして、村長の無表情に送られて、ジャック達はカエダから狩場に向かっていった。

 

 

━ ━ ━

 

 

 

「ん……そういや渓流じゃないんだっけか……」

「今更かニャ。そういうことは事前に確認するのが常識の中の常識ニャ」

「ま、そうだけどさ。最近渓流での依頼ばっかで……」

 

 今回のクエストの狩場――――――水没林。

その事実を思い出し、渓流到着の寸前でクルリと方向を変えたのが三時間前。

今現在、彼等はその名の通り「水に没した林」の拠点(ベースキャンプ)に佇んでいた。

 

 水没林は前述の通り、昔ごく普通の林だった処が豪雨や川路の変化などにより大量の水に沈み、その面積の大半が水となった場所である。特有のこの湿ってジメジメした空気や地形などを棲家とするモンスターも多く、多種多様なモンスターが繁殖しやすい。

最近は新種のモンスターも見られるようになり、水没林に赴くハンターが増えてきた。大忙しである。

 

 が、狩人にとってはかなり厳しい狩場だ。

何故なら、地面はいつでも水だから足をとられて転倒しやすい、ということ。

また、地面がグチャグチャとして大変歩きにくく、素早い立ち回りが困難になるということもある。

水没林に長く住み着くモンスターの多くはここの地形で行動しやすくなるように進化していて、孤島や渓流などの普通の地面と殆ど変わらない立ち回りが可能になっている。

 

ハンターが不利な状況で戦うことを強いられる過酷な環境だ。

まぁ気温が異常に高かったり低かったりする火山や凍土などに比べればマシな方なのだが。

 

「取り敢えずエリア全体を一周してみて、地形とか色々覚える必要がありそうだな」

「ニャニャニャ」

 

 そう言ってジャックが足を持ち上げると、水分を大量に吸い込んだ地面がグチャっと音を立て、泥が足の裏に付着した。これは相当歩きづらい。

更にその足を再度地面に押し付けると、ぬかるんだ地面が凹んで、水溜りができた。

今までとは全く違う戦闘をしなければならない。ジャックは舌打ちし、グチャッグチャッと進んでいった。その後をナルガが何の苦も無く走って追いかける。羨ましいことこの上無い。

 

 まずは、エリア1。

地面は一面濁った黄土色の湖。転びそうで怖い。

試しに進んで・・・・予想通り。盛大にずっこけた。

全身から泥と水を撒き散らしながら、爆笑するナルガを睨み付ける。

 

「こりゃぁ……辛いな。こんなんで狩りなんてできんのか? 」

「フニャニャニャハハハ!プギャーッニャッニャッニャァ……はァ、笑いつかれたニャ……ボクはライトボウガン使用で比較的動かないからそれほど心配は無さそうニャ」

 

 ナルガはそう言って早々と漆黒のライトボウガンを構えた。

黒帯ボウガンは相変わらず火力が寂しい感じだが、それぞれの弾の装填数が多い。

更に、同種のライトボウガンの中でも独自に改良を続けた結果、かなりの軽量化ができた。

装備しながらの回避だってこれならかなり楽だろう。

 

 辺りに気になるモンスターの姿は無いかとキョロキョロと首を振るナルガだったが、やがて銃口を下げた。現時点ではこちらを脅(おびや)かせるだけの実力を持った怪物はいないよう。

 

 そして、また重い足を持ち上げ持ち上げ、隣のエリア2に移動しようとした。

が、その時――――

 

「ブオオオオオ!! 」

「くァっ!? 」

 

 エリア2とエリア1の境目に足を乗せる瞬間、前方から雄たけびと共に四つの巨体が猛スピードでやってきた。

危ういところで横転回避して直撃は免れたものの、発生した突風に吹き飛ばされ、数m先の細い木に背中から激突した。

そして、メキッと軋んだ細い木は衝撃に耐えられなく、幹の途中から真っ二つに折れ、ジャックのすぐそばに倒れた。

 

「ニャ……あれは……」

 

 衝撃で気絶しかけのジャックが、焦点の合わない目でナルガ、次にナルガの視線を辿って着いた場所を直視した。途端に絶句する。ショックで逆に意識が一瞬で戻ってきた。

四つの巨体の正体がはっきり分かった。もっとも、薄々気がついていたが。

 

ジャックの頭に隅に置かれたモンスター図鑑が自動でパラパラと捲られ、一つのページが開かれた。

大量の細かい文字に並んで、一つ大きな写真が載せられている。捻じ曲がった巨大な牙が特徴的なそのモンスター。そのページの一番上に書かれている文字、そのページのタイトルを、ジャックは呟いた。

 

「ドスファン……ゴ」

 

 間違いない。あのページに載せられていた写真の中の怪物が、今目の前に居る。

――――それも、四頭。自然と体が固くなる。一頭ならさほど苦しくも無い殺気も、四倍になれば息苦しさを誘うのには充分な材料となる。

 

 並んだ四頭が一斉にこちらを振り返った。

八つのギラつく赤い目が何かを訴えている。

 

 

「……ブオオオオオオオオ!! 」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 【剛牙連突の嵐 成す術無し】

「一気に……四頭……」

「流石に無茶ニャ……逃げ――――――」

 

 ナルガが言い終わる前にドスファンゴが散り散りになり、狩人の二人を囲む形に移動した。

エリア2に進む道も、3に進む道も、9に進む道も、拠点に戻る道もそれぞれ一頭ずつ、完全に阻まれた。

どこか一箇所に集中的に攻撃して突破しようとすれば当然他の三頭が黙っちゃいないだろう。

かといって同時に四頭共相手にするなんて絶対に不可能だ。

こやし玉でもあれば・・・と、ジャックは自分の不注意を今更ながら悔やむ。

こやし玉はモンスターの糞から作られる、破裂すると強烈な臭いを放出する拳大のボールで、体に当てられたモンスターはあまりの臭さにそのエリアから離れ、消臭を試みる。

そして、残った狩人とモンスターで正々堂々一対一で戦えるという「同時狩猟」時の必需品である。

 

 もう一つ、けむり玉という単純極まりない道具も使うタイミングを逃した。

文字通り衝撃を与えると白い煙を噴出すボールである。

が、これは敵モンスターに見つかる前じゃないと何の効果も示さない。

この場に居る全員に直視されてしまっている時点でコイツを使っても役に立たない。

ジャックはポーチの中で指の関節が白くなる程堅く煙玉を握って、歯軋りした。

 

 道具に頼って形勢逆転ってのぁ、無理か。

ならやはり正々堂々――――――うおっ!!

 

「ブオオオオ!! 」

 

 一頭が水に沈んだ地面を蹴り飛ばし、猛烈な突進を仕掛けてきた。

ジャックとの数mの距離は一瞬で詰まり、反射的にハンマーを振り上げた瞬間、堅固な物同士がぶつかり合った。

ジャックのハンマーからは破片が飛び散ったものの、砕けはしなかった。

そこでホッとしたのも束の間、ハンマーに激突した牙が振るいあげられ、腕ごと上に弾き飛ばされた。

「あっ」と小さく声を上げる前に、後方から突進の準備音が聞こえる。ヤバイ・・・・

 

「うっ! 」

 

 生命の危機を感じたジャックが水上を滑り、スライディングの形でその場から少し離れた。

直後、目の前に居た巨体と同じものが後ろからもう一つ飛んできた。間一髪。

―――――――が、二つの突進を避けて水面近くに顔をよせるジャックの視界には、これまた同じ巨体が映っていた。

 

「ブオオオオオッ!! 」

「旦那ぁっ!! 」

「ッ!? 」

 

 突如銃声が轟き、同時にジャックの目前に迫る巨体の勢いが完全に殺された。

胴体の横から貫通弾レベル2を打ち込まれたドスファンゴは大きく体を仰け反らせ、そのまま横転した。

 

すぐにジャックは起き上がろうとするが、上から四本の棒が邪魔をした。

 

「ぐぅっ!! っつ……」

 

 ドスファンゴ一頭分、大の大人3人分の体重を背中で受け止めたジャックは、再度地面に叩きつけられた。口の中で鉄の味がする。起き上がれない……

そこでまたしても救世主の銃口が火を吹き、ジャックの上の塊は爆発して地面に落ちる。

徹甲留弾をもう二発顔面に叩き込まれ、一頭のドスファンゴの意識が朦朧とし始める。

チャンスとばかりに急いで起き上がって、ナルガの元に向かうジャック。

が、真横からまたしても突進。

もう一度ハンマーを両手で構え、受け止める。そして――腕力だけで弾く。ドスファンゴの牙が変な方向を向き、つられて体も同じ方向へ向かう。結果体勢を崩し、転倒。

 

「くっ……」

 

 あまりにも力を加えすぎた為か、包帯でグルグル巻きの手から血が滲み出した。

苦痛を堪えながらもジャックはナルガの元になんとか辿りつく。そして視線を上げると、当然のようにドスファンゴ四頭全員が立ち上がり、恨めしげにこちらを見ていた。

徹甲留弾ぶちこまれたり貫通されたり転んだりとそれなりの攻撃を受けてはいるものの、行動に何ら支障は無さそうに見える。向こうはまだまだ健全だ。

それに比べてジャックは100㎏以上を乗せられた背中がズキズキと痛むし、無理に使った手からは絶えず血が流れ出している。

どちらが有利かは火を見るより明らかだ。

が、この攻防のおかげで四頭のドスファンゴが一箇所に集まり、他エリアへ続く道が開けた。

これで一時撤退は可能という訳だ。

 

「……で、ここで撤退したとして何ができんだっつぅの」

「ニャア! 」

 

 ナルガが手持ちの閃光玉を投げた。

怪物共の目の前で破裂したボールから凄まじい光が飛び出し、一瞬でドスファンゴ全員の目を潰す。

しかしこれも一時的なもの。数十秒で彼等は開放される。

 

 すぐさまジャックは飛び出し、視界真っ暗で行動不能の怪物に単身で突っ込んでいった。

そして抜槌と同時に上から振り下ろし、一頭のドスファンゴの脳天を突き落とす。

水に沈みこんだドスファンゴの顔をそこから横殴り。そして腕を大きく撓(しな)らせて下から顎をぶん殴り、足を蹴っ飛ばして再度転ばせ、またそこから連撃。どうやら一頭ずつ正確に倒していく算段らしい。

ジャックの意思を汲み取ったナルガもジャックが集中攻撃しているドスファンゴに照準を合わせ、ジャックに当たらないように繊細な注意を払いながら、射撃。射撃。射撃。

 

「……旦那! 」

「(コクッ!)」

 

 ナルガの声に頷き、ジャックは引き下がる。閃光玉の効果が切れる時間だ。

やはり、そのタイミングで猪達が意識を取り戻したかのような身振りをし、敵を睨み付けた。

四頭の内一頭にかなりのダメージを与えたものの、まだ動けるらしい。なんてタフさ。

火炎弾を何十発も喰らい、尚且つ一撃一撃が重いハンマーでの攻撃を五、六回受けたというのに、余裕の雰囲気を放っている。ジャック達が二人同時に舌打ちをした。

 

 そして、一瞬誰も動かなかったが刹那、全員一斉に動き出した。

向こうの四頭は完全に揃った動きで突進の構え。片足で地面を蹴って、今にも走り出しそうにしている。

そこに突っ込んでいくジャック。これから突進をするというのなら「牙を振る」攻撃をしない。

なら近接攻撃のジャックには好都合だ。とことん肉薄して黄色く光らせた槌を振るいまくってやる。

 

 既に気を溜めたハンマーが黄色く光り、大気を揺らす。

そして、先程集中的に攻撃したドスファンゴの前で、後ろに両腕をこれ以上無いくらいに伸ばし、関節の全てに力を込める。

 

「……ホォォォォムランゥゥゥゥ!! 」

 

 刹那、オレンジの光に包まれてドスファンゴがぶっ飛んだ。比喩では無く、本当に後ろに数m飛んだ。

下顎を斜め下から思いっきりアッパーされ、猪が気絶。

 

 仲間の一頭がノックアウトされ、今まさに突進の直前だった怪物が一斉にこっちを向いた。

渾身の一撃をかました後のジャックは体勢を直すのに少し時間がかかっていた。

その時、ドスファンゴとジャックの間に一発の銃弾が飛んだ。

それはボスッと音を立てて地面に突き刺さる。

そこに突進する大猪が鼻息荒く、猛スピードでやってきた。

 

 轟く爆音。

地面に突き刺さった銃弾が広範囲爆発を引き起こし、強制的に突進が遮られた。

先頭の一頭が足を取られてすっ転ぶ。その間にジャック退却。後ずさりで距離を取る。

 

 腕が痛い。強く殴りすぎた。出血が酷い。

歯を食いしばって両手を庇っていると、いつの間にか正面にドスファンゴの牙が迫っていた。

――気づけば、ジャックは宙を舞っていた。口から血と数本の歯を吐き出しながら。

 

「あぐぁっ! ……」

「ブオオオオオオっ! 」

 

 そして、着地する前にまた別のドスファンゴからの牙が突き上げられ、ジャックの背中を下から舞い上げた。

声も出せずに、ジャックはまだ宙を舞い続ける。

その間にもナルガの銃弾は四頭に注がれるのだが、彼等はまるで気にもしない。

一方的に攻撃されっぱなしの敵に尚も牙を振るおうと、ジャックの次なる着地地点にまたしても大猪が立った。

 

「……かはっ! ちィッ……!! 」

 

 空中で激痛を堪えながらも、体に鞭打ってジャックが向きを変えた。

落下地点に威風堂々と立つドスファンゴを霞み始める目で睨みながら、ハンマーを握りなおす。

 

「ブオオオオオッ!! 」

「っらあああああ! 」

 

 轟音と共に両者最高の武器がぶつかり合った。

牙と槌。跳ね飛ばされたのは……牙。

 

「ブウオオアアアッ!! ブオオ……」

 

 牙が中間地点から真っ二つになったドスファンゴが悲鳴を上げる。

その場で全身使って暴れる。残った牙が何度も風を切る。そこに水に浸かる寸前のジャック、鮮血を撒き散らす狩人が降って来た。狩人の顎が疼いた。

 

「――――マジですか」

 

 ドスンッ! バッチャアアァァァン!!!!

水没林が震えた。他のドスファンゴを相手していたナルガが振り返った。

 

「ブオオオオオッオオオオオオォォォォォ!! 」

 

 

勝者が叫ぶ。血に染まる水面を踏みしめて。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 【戦鬼】

……まだ、息はあった。水に体を沈めて瀕死の状況であっても、血を吐き出し続けても、無謀人は生きていた。生命力ならそこらのモンスターより上かもしれない。

 

 が、やはり虫の息。試しに指を動かしてみたが、微動だにしない。

無理に足を持ち上げようとしたが、ゴキッと嫌な音をたてて沈黙した。

でも目だけは動く。首は動かさずとも頭上の敵はその目に捉えることができた。

 

(せめて……一頭……)

 

 ジャックの腕が足同様に骨折の悲鳴を上げた。

が、鮮血がいくら噴出そうと、彼はハンマーを握った腕に鞭打つ。

 

「ブオオオッ!? 」

 

 完全に油断していた仮の勝者に、仮の敗者が怒りの鉄槌を下した。

背中から全身をねじりあげ、その勢いでハンマーを横に一閃。

大猪の向う脛がバキバキバキッ!!と音を立て、崩れ落ちる。

 

「ブオオオオオオ!! 」

 

 そのまま、ジャックの隣に倒れこんだ。そこに、ピッタリのタイミングで一発の弾丸がやってきた。

 

「ナイスだ――ナルガ」

「無茶しすぎニャ……でも、おかげで何だか猛烈にやる気が出てきたニャ」

 

 ――刹那、水没林に轟く爆音。最後の必殺技「徹甲留弾レベル3」が猛威を振るった瞬間だった。

その弾丸のあまりの強さに、標的は倒れたまま、動かなくなった。

 

……一頭目、討伐。涙目のお供アイルーの一撃だった。

 

「ンニャ……ちょっと暴れさせてもらうニャ。情けない旦那、そのまま寝っ転がってるといいのニャ……流れ弾に要注意報だニャ!! 」

「んん……」

 

 怒りに震える救世主に、思わずジャックの口元に笑みが浮かぶ。

(――――勝ったな――――)

 

 三頭のドスファンゴが自分たちのプライドを忘れて、ナルガの気迫に震えだした。

普段ならクリッとした可愛らしいドングリ眼が、薄く切ったような鋭い碧眼へと変貌していた。

ボウガンを低く構え、引き金を支える指の毛――いや、全身の毛が逆立っている。

その姿――――まさに、鬼。

 

「ニャアアアアアア!! 」

 

 ボウガンの引き金が一瞬で「タタタタタタタンッ!」と手前に引かれた。

目にも留まらぬスピードで鉄から溢れ出す銃弾が、(おのの)く猪達に襲い掛かる。

逃げる間もなく、バシュバシュバシュッと堅牢な「筈」の皮が貫かれ、赤黒い血が地面を染めていく。

 

 貫通弾レベル3を全身に受け止めたドスファンゴ達の一頭が、その場に転げた。

が、ピクピク動いているところを見ると、まだ死んでないらしい。

 

 他の二頭も怯みはしたものの、すぐに体勢を整えて突進準備に直った。

それを見て、ナルガは新しい弾をボウガンに素早く詰め、地面に潜っていった。

 

「ブオオオオオオッ!! 」

 

 ナルガが泥だらけの地面にもぐりきった直後、怒り状態と化した大猪達が強烈な突進を繰り出した。

が、当然その場に彼はいなく、ただ小さな円盤形の鉄が置いてあり、それを踏んづけただけだった。

 

「……ブオオ……ブオ……」

 

 突如、鉄から溢れ出した黄色い液体の手によって猪の一頭が痺れて動けなくなった。

(痺れ罠……いつの間に仕掛けたんだろうな……)

戦況をジッと眺めていたジャックも驚く。同様に、罠に掛からなかった片方のドスファンゴでさえ驚愕で硬直していた。

 

 そして、まんまと罠にかかったドスファンゴの足元から、鉄(くろがね)が覗いた。

――爆弾にも劣らぬ銃声が波になった。先程とは別の弾丸が大猪の腹を削っていく。

 

が、弾丸は大して威力があるようには見えない。

ただドンドンドンッ! と猪の体内に入っていくだけで、貫通弾よりもダメージを与えられてないようだった。

 

「……二頭目」

 

 二頭の遠くの地面から顔を出したナルガが怪しげに呟いた。

その瞬間、ジャックが全てを理解した。

 

(――――斬裂弾! )

 

 突如、弾丸の全てを受けきった猪から大量の血が溢れ出した。

まるで刃物に切られているような傷のつき方と、血の出方だった。

ドシャアッ!バチャッ!という音が連続し、水面が真っ赤に変色していく。

 

 斬裂弾。それが、ナルガが猪に撃ち込んだ弾丸の名前だ。

一見すると何の変哲も無い弾丸で、ただ当たっただけでは通常弾にも及ばないような低威力の鉛弾だが、実はとんでもない科学が秘められている。

この弾は貫通弾の特性もある程度持ち合わせており、標的の体内に突き刺さる。

そして、内部で少し血や分泌物などの液体に触れると、仕込まれた粒子サイズの刃物が殻を突き破って飛び出し、縦横無尽に獲物の体内で飛び交うのだ。

当然、体内で肉を抉られまくった標的はその場で倒れる。

それも、一瞬で何十発と受けきり、斬撃を喰らったモンスターはどうなるか?

――――その答えが、今ここにいる。

 

 痺れ罠が小さな爆発を起こし、その場でただの鉄の塊となった。

が、大役を果たしてくれた。この数十秒がどれだけ大切だったことか。

 

コロッと岩が転がるように猪が倒れ、一度ビクッと動いた後、亡骸となった。

 

「……恐ろし」

 

 ジャックが独り言った。自分のお供に本気で恐怖した。

あれは絶対敵に回したくないな。全く。

そして、気が抜けたのか、ジャックは意識を失った。

 

「旦那、寝たっぽいニャ……戦場で実験っていうのもいいかもしれないニャ」

 

 そう言うと、ナルガはポーチを漁り、中から乳白色の小さな弾丸を取り出した。

それが燦々と水没林を照りつける太陽の光に反射し、輝く。

 

「試作品ニャ……うまくいけば数秒くらい……」

 

ボウガンにその弾丸が詰め込まれる。

そして、未だ死体の横で硬直しているドスファンゴを照準に合わせた。

その瞬間、ドスファンゴがこっちに気付く。が、振り向いた時には足元に何か突き刺さっていた。

 

「さぁ、どうかニャ……」

 

 次の瞬間、弾丸から白濁した液体が大量に溢れ出す。あんなに小さな弾にあれだけ入っていたのかと思うと不思議で仕方が無い。

 

 猪はそれにまたビクッとした。

水面に広がる赤に上乗せされていく白に驚き、少し牙で触れてみる。

すると―――――ツルッ! という効果音が響きそうな動作で、牙が液体の上を滑った。

それにつられて全身が液体の上に転がり、いくら起き上がろうとしてもツルツル滑って何もできなくなっていた。

 

その様子を見て、ナルガが首を振る。

 

「失敗かニャ……油が多すぎたっぽいニャ。三対七の割合じゃないと駄目ニャ。畜生ニャ。――――あれでも使えそうだけど」

 

苦笑した後、再度照準を転げる猪に合わせた。

 

「……悪く思うニャ。これは復讐と共に、クエストニャ」

 

 引き金をまたしても目に留まらぬスピードで引きまくった刹那、銃口が火を噴いた。

ドドドドッドドドッ!と音が鳴り、ドスファンゴから血が溢れ出す。

が、それでもドスファンゴは生きていた。虫の息ながら、生きていた。

しかし、ナルガが反動で大きく後ろに下がっているのを見て、まだ終わりじゃないことを悟った。

 

―――――――――ドッゴオオオオン!!! 

拡散弾が全弾爆発し、その常識はずれの威力により、その場で、白濁した液体の上で猪は力尽きた。

 

「三頭目……っと。あと一頭――――ニャ? 逃げたのかニャ? 」

 

 ナルガは辺り一面を見渡すも、最後の一頭がいなかった。

どうやら小さな戦鬼に言い知れない恐怖を覚え、撤退したらしい。

ナルガは苦笑した。と同時に、突然フッと倒れた。

 

……流石に疲れたニャ……旦那、悪いけどちょっと休ませてニャ……

起きたらすぐまた狩りに行くから……怒らないでニャ……ねェ、旦那……

 

そして、疲れきった救世主は最後の力を出し切り、旦那と並んで意識を失った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 【捕獲 《殺さない意志》】

「無茶……しすぎだナルガ。今度は俺の番だから、お前は寝てろ。さっさとケリつけてくる」

 

 回復薬10本全てを飲み干したジャック。

起き上がって一瞬呆然としたが、すぐにナルガの所業だということが分かった。

ドスファンゴの亡骸が三つあるのと並んでナルガまで転がっているのを見た時は冷や汗が流れたが、生きていることを確かめて、安堵のため息をついた。

どうやら疲労と軽傷で済んだらしい。恐ろしい奴だ。

 

 まさか本当にやりやがるとは。

歓喜と一緒に感慨深い気持ちにもなった。

自分と同時期に狩人(狩猫?)になったナルガがここまで成長するなんて思っていなかった。

丸っきり抜かされてしまった。戦鬼覚醒の前の時ならともかく、覚醒後の戦闘能力はそこらのハンターの軽く上を行く。

多分、コイツなら単独でアオアシラに挑んでも互角にやりあえるだろうと本気で思う。

――――持ち物を忘れなければ。

 

 ジャックは(きびす)を返すと、ナルガと逆方向に向かった。

エリア2だ。とりあえず全エリアを虱潰しにしていけば見つからないことも無いだろう。

 

「ここで俺が奴を狩れなかったら完全に立場無いな」

 

 乾いた声で笑い、エリア2に踏み込むと、まさかの大当たり。

ドスファンゴ一頭とファンゴ数頭が屯していた。これにも乾いた声で笑った。

 

「……ジですか」

 

 十字の刻まれた顎を掻き、もう一方の手で山吹色の濡れた髪をかきあげ、戦闘態勢に入る。

ハンマーをブルンッと一回転させて水面を叩いて音をたてると、猪共がフゴフゴとこちらを向いた。

―――奇襲は卑怯だもんな。

 

 ジャックが走り出した。単純極まりない戦法だが、相手もそれは同じこと。

両者、突進で攻める。しかし、向こうには護衛がついている。まずは奴等を蹴散らすのがいいだろう。

ジャックは先頭を走るドスファンゴをヒラリとかわすと、後ろにいる三頭のブルファンゴを狙った。

 

「フンッ! 」

 

 オレンジ色の塊を幼体の比較的柔らかい牙に振り下ろす。すると、当然牙は砕け散った。

やっぱりボスたぁ違うな。ジャックはちょっと頬を緩ませる。

 

 両側から突進してくるブルファンゴがいたが、思いっきり上に跳躍してかわす。

足に響いたが、この際気にしない。おかげで二頭同時に撲滅できたのだから。

下を見ると、突進がぶつかりあって、両者気絶しているのが目に入る。

危険かどうかを確かめるためにチラリと後ろを見るも、ドスファンゴは突進をとめられずに岩に激突していた。ふぅ。間抜けな奴でよかった。

 

 そして、再度ハンマーを振るう。

隻牙のブルファンゴが倒れる。命の灯火が一つ吹き消された。

死体に着地して、いつ起き上がるか知れないブルファンゴ二頭にも鉄槌を下す。

 

あっという間にブルファンゴ三頭は力尽きた。

 

「大体戦法はガアマと同じなのな……」

 

 手馴れた小型モンスターなら問題無い。そう呟いてジャックはクエストの最終目的をにらんだ。

ドスファンゴは岩を崩し(「マジですか」)、ようやっとこちらを向いた。

一瞬、両者の間で火花が散る。

 

「……ナルガ、後は任せとけ!! 」

「ブオオオオオオォォォォォォ!!! 」

 

水没林に狩人と怪物の叫びが木霊する。開戦の合図だ。

 

 まず、ドスファンゴがいつも通りの突進で仕掛けてきた。通ったところで水が飛び散る。

今日何度か分からない苦笑を零し、ジャックはハンマーに《気》を溜めていく。

腕に顔を埋め、目だけは向かってくるドスファンゴをしっかりと睨みながら。

見る見る内にハンマーがオレンジに染まっていく――――――ここっ!!!

 

 ドスファンゴの突進はジャックのランポス防具の裾を本体から切り離しただけだった。

そのまま突進が続いて、奥の岩がまたしても崩れる筈だったのだが……

 

「潰れろォッ! 」

 

 走り続けるドスファンゴの背中に、橙に輝く槌が振り下ろされる。

それは、完璧なまでに移動中の背骨にぶち当たり、見事にドスファンゴは潰れた。

両手両足を広げた滑稽な形で。

 

 ――が、そこはやはり大型モンスター。生命力が違う。

自身を押しつぶす槌を気合ではじき返し、立ち上がった。牙を振り乱し、ジャックを無理矢理後退させる。

ドスファンゴとジャックの間にまた距離ができた。

しかし、こちらに隙を与えないつもりなのか、またしても突進の構えに戻る。

――馬鹿の一つ覚えが。

今や見慣れた動きで四肢が駆動し、猪突猛進。一直線にやって来る。

距離があるとは言え、それは10メートルに満たない。

ジャックはすぐに槌を横に大きく振った。

見事なタイミングで横殴りに牙に激突し、大きく捻じ曲がった角が中心からバキバキバキと不吉な音をたてて、折れた。

呆気なくガラン、と分断された先端部分が地面に落ちて転がった。

一方のドスファンゴ本体は、牙をぶん殴られた勢いに負けて、横向きに倒れてフゴフゴ鼻息を荒げてる。

好都合。ポーチを漁る時間がとれる。

 

 お目当てを片手でしっかり握り締めた時、ドスファンゴが慌てて立ち上がり、白い息を吐き出した。怒り状態、か。

でも、遅かったな。

 

 まさに突進の体勢に入ろうとしていたドスファンゴの鼻先に、拳大の球が飛んでいた。

一瞬狩人の方を見ると、顔を手で覆っていた。これは――――

ビカアッ!!閃光玉が炸裂し、目を瞑っていても分かる光が一気に溢れ出した。

 

「いよしっ。こういう倒し方でどうだ? 」

 

 耳は正常な猪に囁くと、ジャックはまたしてもポーチの中に手を送った。

そして、ドスファンゴが暴れてる間に手が出てくる。

握り締めているのは―――――――――痺れ罠。と、閃光玉と同じ形の赤い球。

 

 暴れまくる牙を慎重に避けながら、罠を仕掛ける。

何も見えないドスファンゴはすぐに罠にひっかかり、行動不能。一度罠はどういう効果なのかというのを見ていたドスファンゴでも、何も見えない状態なら引っ掛かるのは当然だ。

 

「フ……フゴ……」

「……お休みなさい♪ 」

 

 ジャックは握り締めた、拳大で赤いボールを二個、猪の頭に投げつけた。

今度球から飛び出したのは光ではなく、薄水色の煙だった。

それを正面からぶっかけられ、一mmも吸わないなんてことは不可能。

――――口一杯に煙を吸い込んだ。すると、痺れ罠の上のドスファンゴは突然コロッと倒れ、寝息をたてはじめた。

 

「捕獲……案外簡単だな」

 

 彼が行ったのは、討伐では無く、《捕獲》。

モンスターを殺すことなく行動不能にさせる便利な狩猟方法だ。

当然、捕獲しても討伐してもクエスト達成となる。

モンスターをある程度弱らせ、罠にかけた後にこの特殊な「捕獲用麻酔玉」を投げると、対象は深い眠りに落ちる。

この眠りは一年くらい続く。

当然、このまま放っとかれる訳ではなく、依頼主が引き取りにくる。護衛をつれて。

ドンドルマの集会所からのクエストであればギルドから送られた隊員が引き取りにくる。

もし捕獲した場所が遠く離れた場所でも、一年もあれば勿論到達するというものだ。

因みにギルドに持ち帰られたモンスターは訓練用に使われる。

 

 ジャックはモンスターを捕獲したことは無かったが、方法は訓練所時代に習った。

捕獲は大型モンスターの時のみ可能。そりゃあ小型モンスターをわざわざ捕獲したって面倒なだけだし。

 

「殺さないってのも……いいな」

 

 ジャックは、痺れ罠の上でわずかに鼻提灯を作り出す猪を見下ろして言った。

殺さずに済むならそれが一番いい。当たり前のことだ。

が、かなりの費用がかかる。

売られる罠は一つ大体1000z。そして捕獲用麻酔玉は一つ600z。一度の捕獲に1600zもかかるのだ。

当然ジャックの財布は三回程クエストを受けたらすっからかんだろう。

しかも、本来なら捕獲はかなり難しいのだ。

今回こそMR(モンスターレベル)1のドスファンゴだったのでいとも容易くできたが、相手するモンスターのレベルが高ければ高いほど難しい。素早いモンスターを前に罠など仕掛けている余裕は無いだろう。

できるだけ捕獲でクエストをクリアしていこうと言ってもやはり色々な問題が生じる。

9:1くらいだろう。討伐と捕獲の比率は。これ以上捕獲の割合が高くなるともう・・・だろう。

 

不意に、後ろから聞きなれた声がやってきた。

 

「……四頭目」

 

その声が少しだけ涙ぐんでいたことに、ジャックは気づくことができた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話 【両刃の剣を操る少女】

 行きも帰りもやはり地獄である。

戦闘中は幸い滑って転ぶような悲劇は起こらなかったが、気が抜けた瞬間ジャックに襲い掛かる惨劇は依然終わりそうになかった。

 

ツルンッ! ベチャッ!!

 

「……もう六回目ニャね。どんだけ転べば気が済むのニャ」

「うるせぇよ!俺だって好きで転んでる訳じゃねぇっつってんだろ!…ああ、寒い……」

 

 行きで一度転んだのを足したら、ジャックは合計七回泥水まみれになったことになる。

いくら滑りやすい地形だとて、一回のクエストでここまで転べるハンターも中々居ないだろう。

ナルガは呆れ果てて三回目あたりから爆笑しなくなり、白い眼で見るようになっていた。

 

 今、二人はエリア7に居る。

滅多に来る機会が無いこの水没林という地で採れる素材は二人にとって希少である。つまり、今ジャックとナルガは採集活動に勤しんでいるのだ。

水没林の特産物と言えば水辺にあるデプスライト鉱石なのだが、生憎ピッケルは持ち合わせて居なかった。

転び転び進むジャックを置いて、今ナルガは滝の隣の大きな岩の前で佇んでいる。

 

「どうしたものかニャァ……」

 

 拾った石ころでは当然のごとく意味が無かった。

岩を削るどころか、石ころ自体が表面から削れて罅が入り、最終的に砕けるのだ。

躍起になって無謀にも自分の爪で引っかいて掘り出そうとした結果、爪が折れた。

一人岩の前で手を押さえて悶絶する猫は中々拝めないだろう。奇妙な光景だ。

 

 しかし、滅多に無い機会だ。

この、岩からほんの1cmほど顔を出す綺麗な桃色の宝石はどんな手を使ってでも手に入れたいところである。

どうしたものか、とナルガがぶつぶつ言いながら試行錯誤を繰り返していると、やっとこさジャックが追いついてきた。

 

「どうしたよ。何で念仏唱えてんの? 」

「ちょっと黙ってるニャ。こっちは色々考えてるニャ」

 

 ふとナルガの顔を覗き込むと、何やら真剣な表情だ。

なんだぁ?とジャックは頭に疑問符を浮かべていると、目の前の岩が眼に入る。

ちょっと眺めてみると、ああなるほど、と合点がいった。

 

 そしてちょっとナルガから離れて水浸しの地面に座り込むと、おもむろにポーチに手を突っ込んだ。

――取り出したのは、見るからに硬そうな拳大の石と、真ん中から120°に曲がったプラスチック製の道具だった。

分かりやすく言えば、砥石とブーメランである。

武器のように両手にそれを握って、チラッとナルガを見てから、ジャックは作業に取り掛かる。

……といっても、本当に雑で荒っぽい作業なのである。

ものの一分で完成した代物は、お世辞にも“本物”に似てるとは言い難く、素人丸出しの出来だった。

 

「……ま、これでいいか……」

 

その声に反応してナルガは振り向き、一拍おいて溜息をついた。

 

「旦那……」

 

 しかし今のところ“まがいもの”に頼るしか手段が無いので、ナルガは岩から離れて場所をジャックに空け渡した。

 

「任せとけって!! 」

 

 ――ジャックが握っているのは、一応『ピッケル』と呼べるものだった。

ブーメランの先端部分に荒縄で尖った砥石を縛り付けただけの、およそ使い物にならなそうな頼りないボロピッケルである。

ブーメランは折れる可能性があるし、硬いとはいえ砥石も壊れるかもしれない。

流石に爪で引っかくよりは効果があるだろうが、期待はしない方がいいと思うナルガだった。

 

 ジャックは、ピッケルの“まがいもの”を大袈裟に振りかざした。

そして、鉱石の埋め込まれた岩石に力一杯叩きつける。

耳を劈く金属音に、思わずナルガも仰け反った。

しかし当のジャックは気にもせず、二発目を食らわそうとしていた。何とかボロピッケルは壊れずにすんでいるようだ。

 

「……ニャ、調合材料があるって言ってくれればボクが作ったのに……そうすればもうちょっとマシなものが……」

 

 呟きは再度響き渡る金属音にかき消された。

ジャックが奇声(恐らく歓声)をあげているところを見ると、ちょっと鉱石付近の岩が崩れたとか、そんなもんだろう。

成果が上がればナルガも文句は無いのだが。

そして、ピッケルのまがいものはまたしても岩に叩きつけられた。

 

 

━ ━ ━

 

 

「……」

「……」

「……」

「……すんませんっしたぁ!!! 」

 

 ジャックがナルガに向かって頭を下げる。

ナルガの視線の先にあるのは、苦心して手に入れたデプスライト鉱石が沈んでるであろう滝の中。

 

 ――この状況を説明してみると、こうだ。

ジャックがピッケルらしきもので幾度となく岩を叩き付けたが、あと少しというところで柄の部分……ブーメランが真ん中から真っ二つに折れたのだ。

汗水垂らして苦心して叩きまくって、あとちょっとのところで敗れるという結果に満足できなかったジャックは、とうとうタブーに出たのだ。

――そう、ハンマーだ。アオアシラの蒼い槌で、岩を叩くという手段に出たのだ。

ナルガが何度も引きとめたにも関わらず、ジャックはハンマーを渾身の力で振り下ろした。

当然、対モンスター用に設計された『武器』は手加減ができず、岩を真っ二つに砕いたのだった。

衝撃で破片がいたるところに吹っ飛び、デプスライトのピンク色の破片は滝の方向に消えたのである。

 

「すんませんっしたぁ!! 」

「……」

 

 もうずっとこの調子である。

ここまで謝られても機嫌を直さないナルガも何というか、子供っぽい。

仕方が無いと言えなくもない。何度も言うがデプスライトは希少素材なのだ。

強硬手段でもせめて岩ごと持って帰るとか、そういうことにして貰いたかったというのが本音だ。

 

「すんませんっしたぁ!! 」

「……」

「……」

「……」

「……ぐっ! 」

「…ッ!? なっ!!? 」

 

 とうとう沈黙に耐え切れなくなったジャックは、無謀にも……滝に飛び込んだ。

何とかデプスライトを中から拾ってこようということらしい。

ナルガが遅れて引きとめようとするが、その時にはもうジャックは水中だった。

 

 事前にナルガが確認していたのだが、滝の奥深く、流れ落ちる水で見えなくなったところには、恐ろしく大きな川がある。

その川は水没林エリア全域に通じており、水中には時折大型モンスターも顔を出すという。

 

 流石にジャックとは言え水中の戦闘は出来ない筈だ。

今すぐにでも水に飛び込んで引きとめたいところだが――やはり、怖い。

ナルガはアイルーだ。水は苦手だ。泳ぎも得意では無い。

下手したら溺れて死ぬ可能性もある。

――くだらないことで旦那を滝に飛び込むまで追い込んだ自分がたまらなく憎い。

そして、それを引きとめることすらできない自分がもっと憎い。

しかし、非情にもジャックはすでに遠くへ行ってしまったようである。

デプスライトは滝に水流で遠くまで流されてしまったようだ。

 

「…………ごめん、ニャ……」

 

 まともに言葉も出ない。

水に入れないナルガは、どうやら祈ることしか出来ないらしいと悟った。

もしものことがあれば、自分はどうやって償えばいいのだろう――

 

 

━ ━ ━

 

 

 一方、ジャックはというと。

カエダ村の農場には湖がある。水練も幾度となくやった経験がある。

それほど心配はしていなかった。

入った瞬間は思いのほか冷たい水とぼんやりした視界に恐怖を感じたが、慣れれば大して辛くも無い。

すぐに擽るような水の感触を楽しむ余裕まで出来た。

デプスライトは桃色に輝く。水中でもそれなりに目立つことだろう。

滝の底の方にそれらしき影は発見できなかったので、今まさに滝奥の洞窟のような場所を泳いでいる。

ちらほらと魚も居て、意外と水も澄んでいる。

時折小さな牙をもつモンスターのようなのも居たが、こちらから手を出さないと襲ってこない。牙ありの草食竜だろうか。

洞窟の壁は、触らなくてもヌメヌメとしていることが分かるくらい怪しく光っていた。

ああいう感触を好むようなモンスターも居るのかね……と、そうこうしているうちに水中に光が差し込んできた。どうやら洞窟もここで終了らしい。

僅かに感じる水流もジャックが進む方向と同じなので、デプスライトがこちらに流れ着いているのはほぼ確実と考えていいだろう。

そろそろ息苦しくなってきた頃だし、丁度良い。

 

「んん……んっ……ぶはぁッ!!! 」

 

 上昇し、水面から勢いよく顔を出した。

と同時に、違和感を感じた。

視界に入るのは太陽が輝く青い空……と予想していたのだが、外れた。

洞窟の壁と同じ、ヌメヌメとした丸い天井だった。

耳に響くのは鳥の声……と予想していたのだが、これも外れた。

響く人間のものらしい短い吐息と、怪物のものと思われる荒く零れる吐息の音。

鼻腔を通るのは水没林特有の独特の匂い……と予想していたのだが、また外れた。

腐った植物のような、咽てしまうようなおぞましい臭気。

 

 それらを感じて、理解した。

ここが、まだ洞窟の中だということ。

更に、ここで『狩人と怪物の闘争が行われていること』。

鼓動が急速に速くなり、ジャックは戦闘が行われているであろう場所を見れずに、馬鹿みたいに上を向いたまま。

間違いなく、大型モンスター。そして、MR(モンスターランク)は今の自分と全く釣り合っていない。

この禍々しい殺気。存在感。いるだけで威圧されて気絶してしまいそうである。

ジャックの中で恐怖が渦巻いた。

気づかれただろうか?

今、戦っている相手がやられたら自分が相手になるのだろうか?

勝てるのだろうか?

さっさと引き返すべきか?

 

 何を思ったか、ジャックは視線を一気に下ろした。

不思議と、一番最初に目に飛び込んできたのは、桃色の輝きだった。

水に濡れた地面に転がった、デプスライト鉱石だ。

しかし、その奥はやはり恐ろしい戦闘が繰り広げられていた。

蒼く厚い鱗に覆われた横にも縦にも巨大な体駆。太く短い四本の足。

自分がこれまで対峙してきた熊とか、猪とかじゃない。

まるっきり、竜。翼は無い。しかし、短くも輝く二本の黄色い角がある。

恐らく、あの目と自分の目を合わせたら、自分は気絶してしまう。

それだけ恐ろしい目。瞳孔が開いている。

 

 そして、その怪物の周囲を飛び回る狩人を見て、ジャックは目を丸くした。

S字の薙刀のようなものを握った――“少女”だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話 【救い合い】

 風に揺れる、微妙に赤みがかった茶色のショートヘア。

そして、大きくパッチリ開いた両碧眼。

筋の通った小鼻。同じく小さな桃色の唇。純白の肌。

端正に整った綺麗……よりも『可愛い』が似合う顔立ち。

2mを超える長薙刀が不釣合いに見えるような愛らしい美少女。

ジャックの目にはそう見えた。

その少女が蒼き竜の口から断続的に放たれる青い(いかずち)の間を縫って飛び回りつつ、華麗に薙刀を振るう。

竜の背中から、尻尾から、頭から大量に血液が撒き散らされ、その体駆を朱色に染めた。

竜の悲鳴をものともせずに、少女は薙刀を一回転させて刃についた血を振り払う。

――誰がどう見ても、少女が圧していた。

 

 ジャックは呆然とその戦いざまを見ていた。

逃げることも忘れ、竜の咆哮に耳を塞ぐことも忘れ、ただ視線を戦場に貼り付けていた。

こんな高レベルな戦闘が存在するのか。

あんな動きが人間に可能なのか。

恐ろしかった。同時に、羨ましかった。憧れた。

ふと、自分がとてつもなく場違いな気がした。

 

「グゥオオオオオオォォォォ!!!? 」

 

 妙に少女の短い吐息がジャックの耳に響いたかと思えば、蒼き竜の刺々(とげとげ)しい尻尾が(くれない)と共に宙を舞っていた。

これまでで一番大きな悲鳴が洞窟を揺らす。

長い悲鳴だった。その悲鳴が終わった時、竜の黄色い目が知らぬ間に炎のように赤々と燃えていた。

 

ジャックが息を呑んだ。胸が苦しくなった。吐き気に襲われた。

 

 禍々しい殺気によってもたされる息苦しさが、突然何倍にも膨れ上がった。

悲鳴の余韻が消え、齎される沈黙は痛い程の緊張感で洞窟を覆いつくす。

少女も顔を強張らせ、ビリビリした雰囲気の中で動けなくなっていた。

竜が鎌首を持ち上げた。

ジャックが咄嗟に水中に潜り込んだ――

 

「――――グアヴャギャアアアアアアアアアアアァァァオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォオォオオオオ!!!!!! 」

 

 咆哮(バインドボイス)だった。

ジャックにとって初めてのそれは、水中でも恐ろしい程耳に突き刺さった。

耳を両手で塞いでも足りない。目を閉じても全然足りない。

湧き上がる恐怖に、水中で体を竦めて子供のように震え上がった。

この場所から猛スピードで逃げ出したいという衝動に駆られた。

がしかし、何故だか体が動かない。目だけが洞窟の自分が来た道へと向けられる。

引きとめるものは一体何か。何がこんなに自分を興奮させるのだろうか。

 

「う゛ッ!! 」

 

 不意に聞こえた。とても苦しい声だった。

急いで水面から顔を出すと、少女が岩盤に叩きつけられて口から赤いものを吐き出している様子が目に映った。

防具の腹部が砕けていた。そこから、朧に赤いものが見えた。

弱弱しく薙刀を掴む手は少女自身の血に濡れ、ピクピクと痙攣している。

懸命に足を動かして立とうとしている姿が痛々しかった。

しかし、立てない。どんなに足を曲げても、少女は立てそうに無かった。

 

 その理由は、竜を見て分かった。

蒼き体駆がバチバチと怪しく輝いている。それが高電力であることは火を見るよりも明らかだった。

体勢を見る限りでは、少女は電気を纏った竜の体当たりで吹き飛ばされたのだろう。

 

 少女の足はずっと痙攣し続けている。どこかが麻痺してしまったのだろう。

それでも、必死に薙刀に縋って立とうとしている。

遠目に少しずつ足の痙攣が治まってきている様子が見えた。

あのままなら、もう少しで立ち上がれる筈だ。

ジャックがホッとした、その瞬間だった。

 

「ヴァギャオオオォォォ!!! 」

 

 大きく開かれた竜の赤黒い口から、薄青く光る球体がとび出した。

それは、ジャックが瞬きをする間もなく――――一瞬で真っ直ぐ少女に当たった。

立ち上がろうとしていた少女は薄青い電撃に包まれて倒れた。

それっきり、狩人は動かなくなった。

 

 ジャックの体が震えた。

恐怖が頭の中を埋め尽くした。

不安定に揺れ動く視界の中に、動かぬ少女に近づく竜がぼんやりと見えた。

のっそりと一歩ずつ、確実に少女に近づいていく。

その距離が、竜が進む時間が、全てが怖かった。

 

 思考するよりも先に、これまで震えるだけだったジャックの体が動き出していた。

最初はゆっくりと水底を踏み進み、やがて早足になって地を駆け、そして全速力で足をフル駆動した。

走りながら、背負う槌の柄をいつの間にか握っていた。

何も考えていなかった。無心だった。

見る見るうちに蒼き恐怖に近づく。比例して、殺気が大きくなってゆく。

竜と少女にはもう距離が無かった。ちっぽけな自分の存在に、竜は気づいていなかった。

 

 全身の筋肉を張って、渾身の力を足に込め、蒼き恐怖を見据えて――跳んだ。

その瞬間少女がピクリと動いた。そんな様子が視界の隅に写った気がした。

同時に、妙に遅い動きで竜の首が回って、空中の自分を向いた。

全てがスローモーションだった。槌の柄を握り、引き抜こうとする自分の手の動きが遅かった。空中を前進する動きが遅かった。竜の醜悪な顔を見て恐怖する心の動きが遅かった。

人間の目と怪物の目が合った。

うっすらと、『俺、死んだかもな』と思った。

槌を天高く振り上げながら、そんなことを思った。

 

「……ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 」

 

 思いっきり槌を振り下ろした。

両腕の筋肉が悲鳴をあげている。手の甲から血管がゴツゴツ浮き出ている。

槌が竜の頭にめり込んでいるのが見えた。あ、角折れてら。

目だけはまだ生きてる。口から大量の血を吐き出してジャックを染め上げているが、目は生きていた。槌が手から離れた。地面目掛けて落ちてった。

ジャックは空中で全てを失った気がした。目の前の竜が突然恐ろしく怖くなった。

 

――――今度こそ、俺死んだな――――

 

 目を閉じる寸前、竜が口を開いたのが見えた。

閉じた瞼の裏で、何故かナルガの顔が見えた気がした。

 

 

……

……

……

……

……?

 

 ……ゆっくり、目を開けた。

同時に、固い地面に打ち付けられた衝撃が体を襲った。

しかしそんなことは気にも留めず、目だけに集中していた。

ジャックが見上げる蒼く雄雄しい竜は、口を開いたままの格好で固まっていた。

一体何だ、と訝っていると、竜の喉元あたりから、ニュッと何かが飛び出した。

銀色に輝いているそれは、小気味の良いスパッという音と共に横に一閃した。

噴水のように真紅が吹き出して、洞窟の天井、壁、そしてジャックを濡らす。

一拍遅れて竜の頭がグラついた。落ちた。皮一枚で首と繋がった。

――――竜が横向きに倒れた。

 

 

 水に沈んだ亡骸から目を離せずにいると、細くて長いものに肩を突っつかれた。

驚いて顔を正面に向けると、片手に薙刀を握った天使が、ジャックに笑顔を向けていた。

ジャックが口を開くのと同時に、少女も口を開いた。

二人の声は綺麗に重なった。

 

 

「「……ありがとう」」

 




えっと、総合評価“-”2000超えってのは中々居ないんじゃないでしょうか。
(マイナス)って……凄いねっ(´・ω・)
ここからどんどんのびてって最終的には-10000なんてことになっちゃう日もそれほど遠く無いかも。そうなったら逆に嬉しいかも。
プロローグの最初の何文字かだけでも読んで下さって、それから評価して下さった方がそれだけ居るということにはなりませんかね……?

あぁ、自虐的な文章って見てて痛い……
まぁこの文もだけど。自己嫌悪に陥ってます(´・ω・)

――気にせず好きな時に小説は書いていきましょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話 【超えるべき自分】

 ――劇的な出会いとは裏腹に、別れは実に呆気なかった。

あれから少女とは二言三言しか言葉を交わさず、ジャックの前から去っていった。

リン・クラージャ。それが彼女の名前だそうだ。

世間知らずのジャックはその名前に全く聞き覚えが無かったが、実力はこの目でしかと見ている。

あの防具に、あの薙刀。それだけでも充分な大物だということが分かる。

相対していた恐ろしい化物(モンスター)の名前は、ラギアクルス、別名“海竜”と言うらしい。MR(モンスターレベル)は何と5。非常識に強い訳だ。

あの殺気を固体化したような双眸は思い出すだけで背筋に悪寒が走る。

よく“あんなもの”に睨まれながら殴りつけたものだ、とジャックは自分自身の度胸に驚いた。

 

 リン・クラージャ。海竜ラギアクルス。

二人の戦闘が瞼の裏に張り付いて離れない。恐らく、一生忘れないだろう。

自分が初めて見た――いや、体験した“本物の狩り”というものだ。

いずれ自分もあんな敵と一戦交える機会が来るのか、と思うと恐怖と興奮で体が熱くなった。待ち遠しいと思った。口元が緩むのを感じた。

 

 大きく深呼吸をして、ジャックは立ち上がった。

改めて周りを見渡すと、見るからに激しい戦闘の跡の様子が視界を覆っている。

虚ろな目をした怪物の死体、血まみれの岩壁、地面。

自分も一応狩人なので背筋が寒くなったり吐きそうになったりなんてことはしないが、やはり嫌悪感は感じるようで、無意識に顔を顰めた。

ふと、ナルガを待たせていることを思い出して、川の方に目を向けた。

嫌でも視界に入る蒼い死体を避けて通った時、あることに気づいた。

 

「そういえば、リンって人はこいつから何も剥ぎ取っていかなかったな……」

 

 死体から鱗が削がれた形跡も無いし、砕けた角や切断された尻尾も無造作に地面に転がっている。

一瞬、頂戴していこうかという泥棒めいた考えが浮かんだ。

ラギアクルスは、リンが倒したモンスターである。

自分は一撃与えただけであり、間違っても自分の獲物では無い。

大きな素材を取って行くのは少し気が引けた。

しかし、強固で美しく、自分が手に入れられる筈もないレアなものが目の前にあると考えると、堪えきれない誘惑が溢れ出てしまった。

ジャックは、傷ついて剥がれかけた一枚の美しい鱗に触れた。

艶がかっていて、洞窟の光を受けてキラリと輝く。指でちょっと押してみると、恐ろしい強度を誇っているのが分かり、海の王の威厳すら感じられた。

元々剥がれかかっていたその蒼い鱗は、少し引っ張っただけでいとも容易く本体から分離して、ジャックの左手に収まった。広げた掌から少しはみ出るくらいの大きさだった。

腰に提げた道具袋(ポーチ)にそれを入れながら、これは罪にならないだろうかと不安に駆られる。

しかし自分も少しは貢献したことだし、一枚くらい構わないと寂しげに言い訳して、死体の傍を離れた。

 

 いざ川に入ろうと言う時、視界の隅に何かが写った。

ジャックは慌ててそれに向かって駆け、拾い上げてからまた川に浸かった。

満足気に笑みを浮かべながら。

 

 

 

━ ━ ━

 

 

 カエダ村に帰るまでのナルガの世話は骨が折れた。

洞窟から出てきた時は何故だか泣きながら飛びついてきて、もんどりうって転がって腰を痛め、水没林から出てからは洞窟内の出来事を何度も話させられ喉を痛め、それから訳の判らんことをギャーギャー騒ぎ出して耳を痛め、最終的に眠りだして背負うはめになり、全体的に疲れた。

それでも寝顔を見ると別にどうでもいいと思ってしまうのである。可愛いは罪だ。

 

 此処はカエダ村のジャック宅。

クエストクリアで村人から手厚い祝福(九割は(つね)り)を受け、心身ともに疲れ果てたジャックは自分専用の恐ろしく汚いベッドに仰向けになっているのである。

因みにナルガは村の女の子達に抱きしめられる世にも羨ましい祝福を受けても尚目を覚まさなかったので、男子達の嫉妬の視線を背中に受けつつ退散し、今現在リビング(と呼んでいる汚い空間)のソファーで寝息を立てている。今回のクエストはご主人様顔負けの働きだったので疲労が溜まっていたのだろう。

 

「リン・クラージャ……」

 

 先程からジャックはぶつぶつと可憐なる女狩人の名前を呟いている。

何も知らない人が聞けば「こいつストーカーか……」とか誤解しそうなものだが、本人は無心で呟き続けている為、気づかない。

リン・クラージャという名前は歴戦の勇士である村長に聞いてみても知らないそうだ。

案外有名じゃないようである。村長の答え方からしても、親が有名な狩人であるとか、そういう線も無いらしい。

あの実力で全く無名であると言うのなら、有名になるような狩人はどんな戦い方をするのか、と思う。

上には上があるとは言っても、ジャックに言わせれば彼女の跳躍力が人間の限界であり、彼女の走力が人間の限界である。あれ以上は全く想像が付かないということだ。

上の上の上の上の……ループはどこまで続くのだろうか。

ジャックは頂点の戦闘を拝んでみたいと思った。

 

 ベッドの上で寝返りを打つ。

移り変わった視線の先に、壁に立て掛けられた自分の槌があった。

凄く汚れていた。ラギアクルスの血を浴びてから異臭を放っていたので軽く洗ったが、全然汚れは落ちなかった。

血痕、固まった泥。元々の色はもう殆ど見えない。

自分がハンターを続けていく限り、いくら槌を代えようとずっとそれは変わらない。そう願いたい。

返り血を浴びて汚れた槌じゃないと、美しくないような気がした。

強者の血を浴びたハンマーを背負うことは、この上ない程に誇らしく、格好良いものだ。

 

 知らない薄汚れた防具を着て、知らない薄汚れた槌を背負って、多くの傷を体に刻んだ、汚れきった自分を思い浮かべた。

“こいつ”を目指す、絶対に超える。最後はこいつを超えてやる。

微笑を浮かべてちょっと顎を掻き、目を瞑った。

 

ジャックが本当に寝息をたて始めたのは、十分後のことだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話 【妖咆哮】

 それにしても、農場兼修行場というのは奇妙な場所である。

ジャックはしみじみ思った。

今正に若き狩人は切り立ってゴツゴツとした崖を登る修行をしている。

地面からおよそ30mといったところか。

背中に飛ばされる声も若干弱くなってきている。

 

「ゴォォラァァ!!! しっかりやれやジャックやろォォォォォォォ!! 」

 

 ――と、キュウクウの化け物じみた咆哮も小さくなりつつある訳だ。

登り始めの頃はそれはもう思い出すだけで寒気がする程鼓膜を揺さぶられ、それだけで落ちて腰を抜かすかと思った。

今は体全体が震える程度の声量しか感じない。平和なものである。

 

 ふと、首から上だけを地面の方に向けてみる。

粗野なる農場管理人は豆粒程……とまではいかないが、大福レベルまでは小さくなっている。

視界を広げてみれば、その目に映るは清清しい黄緑色の絨毯である。

こちらが何度も死の恐怖で冷や汗を流しているというのに、尊敬すべき我がオトモアイルーは芝生の中で転がりまわっている。甚だ羨ましい。

猫の他にも、水練用の湖には魚が居るし、農場を囲う大木の枝の中では小鳥も囀っている。

因みに今現在朝の4時なので、鳥がしきりに囀るのも無理は無い。

村長と思しき影はしゃがんでアオキノコを採取している。何と和やかな。

 

「……うおあっ!!? 」

 

 頭を崖の方に向ける一瞬、窪みに引っかかっている右手が滑った。

咄嗟に左手に右手にかかっていた分の力を加えて体勢を立て直し、冷や汗をかきながら溜息をついた――途端、左手の掛かる窪みが崖から外れた。

声も上げられないまま、ジャックの上半身は後ろ向きに倒れ掛かる。

何とか両足首に絶妙な力を加えて奈落に落ちないように体勢を変えた。

我ながら素晴らしい反射神経である。

が、上半身は完全海老反り宙ぶらりん状態となってしまう。

一瞬で空は彼の下についた。

……そろそろか、とジャックが思った丁度その時、獣の声が上から飛んで来た。

 

「オラァァァァァ!!! 何してんだこのヘタレがァァァァ!! そんなんで馬に勝てるかァァァァァァ!!! 」

 

 当然、“馬”とはドスガアマのことである。ジャックが馬竜のリベンジに燃えていることは、何故か村全体が知っていることだ。

 

 ジャックは今日二度目の溜息をつくと、背筋(はいきん)に力を入れて、空を元の位置に戻した。

両手を先程と違う窪みにかけて上を見上げれば、崖が終わるまであと10mはある様子。

癖で顎を掻きたかったが、この状況でそれを行ったらまず命が危ないので、妄想の中で存分に掻いてから、ジャックは手を更に高みへ伸ばした。

 

 

━ ━ ━

 

 

 時は過ぎて午後7時。

南国ではこの時間帯でもまだ空にはうっすらとオレンジが差している。

薄明るく、やや気温も落ちて湿気も減り、最も過ごしやすい環境となった。

 

 そんな中ジャックは扇風機の風で山吹色の髪を揺らしながら、窓からぼんやりと外を眺めていた。

月も無く太陽も中途半端に顔を出した状態なので、さして美しい景色でも無い。

耳に入るのは、未だ仕事中の加工屋の鉄槌の音と、隣のナルガの部屋からの爆発音だけ。妙な感覚だ。

しかし、ジャックはひたすらに無心である。

自分の血を吸いたがる蚊を払いのけもせずに、外の景色を見ている。

とても落ち着く。激しい場所を職場とする狩人にとってこういう平穏な環境は中々経験できるものでも無く、貴重な体験なのだ。多少なり爆発音が響いていても、ギリギリ“平穏”のうちに入るというもの。

 

 ――――しかし、暫くすると何か違和感を感じ始めた。

唐突に現れたのでは無かった。何となく、さりげなく、いつの間にか……“何か”を感じるようになった。

本能的に、穏やかでないことが解る。

どこかに、霧のようにもやもやしたものが浮かんでいるような感覚。

物凄い遠い距離。知らない場所から感じる何か……

これは――――視線?視線か?何かに……監視されているのか?

殺意は感じない。それは、少ないながらも場数を踏んできたジャックの本能的なものだ。

監視するものは、ジャックに対してあからさまな敵意を持っていない……気がする。

さっきまでの自分と同じ、無心。

喜びも感じない。怒りも感じない。悲哀も感じない。敵意も感じない。

これは、無心だ。無心で監視されている――ような感覚。

 

 椅子から立ち上がって、グルリと部屋を見渡してみる。

――――が、自分が動いた途端、違和感は消えた。

 

「一体……? 」

 

 

 

━ ━ ━

 

 

 

 丁度今の外と同じような明るさの照明が灯っている。

部屋は――否、小屋は狭い。ちょっと見では何かの物置と解釈できそうだ。

木造の壁、床、低い天井。丸い机が一つ。それを囲うように木の椅子が四つ。

そのうちの一つに、人間が座っていた。

暗い紫のマントが全身を覆っている。その隙間からうっすらと黄緑色の金属の輝きが漏れ出ている。

黒い手袋をした両手を膝の上で組んでいた。

顔は見えない。鉄製の覆面をしている。顔の左と右に一本ずつ、縦に伸びた暗い穴がある。空気穴だろうか。そこから、微かにシゥゥ……という音が聞こえる。

両目の位置には気づかない程小さな穴があり、視界はそこから開けているようだ。

 

 男は動かない。しかし、死んでいないことは微妙な音から判断できる。

暗い部屋の中で、重々しい、しかしそれでいて神々しい雰囲気が流れている。

覆面の目の位置にある穴の奥深くの輝きは、何を見据えているのか。

何を感じているのか。何を聞いているのか。

 

 ――突然、男が椅子から立ち上がった。

鋼のように見える二つの靴から、一斉に「カツンッ」という音が響く。

立ち上がった体勢で止まり、顔だけを天井に向ける。

次の瞬間部屋に響いたのは、ほんの微かな、哀しみを帯びた重い声だった。

 

 

「奴の次の獲物は…………ファヴァジン・クラージャ、か……」

 

 

 小屋の外で、巨大な咆哮が轟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話 【再び馬竜へ】

 違和感の正体は、結局ジャックには判らず終いだった。

判らず「終い」とは言っても、何かに監視されているような感覚は未だにヒリヒリと肌で感じている。

突如として現れたあの時ほど寒気がしないまでも、不気味な静けさに物凄い恐怖を感じるようになった。迷惑極まりない。

出来るだけ気にしないように努力はしている。一ヶ月もすれば慣れてしまうだろう、という見込みもあった。

駄目もとでナルガに相談してみると――

 

「……知らんがニャ」

 

 ――とのことである。有難いお言葉だ。

違和感は戦闘にも生活にも大きな支障を来たさない。

だから、着実に迫る馬竜(ドスガアマ)再戦(リベンジ)の時も、万全の状態で戦えると踏んでいた。

もっとも、渓流に彼が現れるのは気まぐれなので、下手をすれば一年などという長い年月を経過したあとで戦うことになるかも――――

 

「――よし、ジャック、嬉しい知らせだ。通りがかりの行商人が渓流で焦げ茶の巨大な馬を見つけたとの情報が入った。同時にそれの討伐依頼もな」

「……マジですか」

 

 ――ということは無いらしい。

いつもどおり、カエダ村の雄々しき村長様はベンチに横になって、更に目を瞑りながらジャックに用件を伝えている。寝起きらしい。呼びつけたくせに。

 

「何だその顔は。喜べ。リベンジの時だぞ」

 

ジャックの顔を見もせずによく言う。喜んだ表情はしていないのは事実だが。

 

「……いや、あまりにも俺得すぎる展開だったもんで」

「まぁ、別にどうでもいいことだがな。それで、ドスガアマ討伐に出かけるのは、今日の正午にして欲しい。“絶対に”それより早くには出るな」

「何で? 」

 

 いやに“絶対に”を強調してくる。

聞き返すと、気のせいかサムは一瞬言葉に詰まったように見えた。

 

「……こっちにも色々事情があってな。気にすんな」

「知りたくなるような言い方すんな」

「ちょっと黙っててもらえるか?」

「……了解」

「黙ってろっつったろ」

 

暫しの沈黙。時間にして一分くらい。

 

「……よし。それじゃあ、言いたいことはもう伝えてあるから、準備に向かえ。早く」

「俺は何のために黙ってたの!? 」

「うっせぇ。行け」

 

 最早理解不能である。この男らしい、という一言で片付けるにも多少抵抗があるくらいだ。

しかし、秘術『うっせぇ』が出るともう議論の余地は無い。従うのみだ。

因みに、『くっせぇ』も同様である。

 

 という訳で、ジャックは不平を道中にばら撒きながら自宅に帰ってきた。

時計を確認すると、午前10時。農場の修行帰りに呼び出されたからこんなもんか。

 

「……あと二時間、か」

 

 充分である。何しろ防具を着込んで槌を担いで腰にポーチぶら下げればいいだけなのだから。

ナルガには村長から前もって伝えられていたらしい。既に渓流前の門の下にいるんだとか。何時間も待つくらい暇すぎるのだろう。研究しろよ。

道具袋(ポーチ)の中はそれなりの具合である。少し整理してみよう。

 

・回復薬×10

・生肉×5

・携帯肉焼きセット×1

・シビレ罠×2

・秘薬×1

 

 物理的にこれが限界である。これ以上詰め込んだら間違いなく革が破れる。

ナルガが持ってく筈のシビレ罠と携帯肉焼きセットがここにあるのには訳がある。

まず、ドスガアマリベンジ戦が大切なので、シビレ罠を忘れる訳にいかない、という理由が一つ。

もう一つは、ナルガのほうのポーチが物凄いことになってるらしく、シビレ罠が入らないそうだからである。携帯肉焼きセットの理由もこちらだ。

 

 本来、ナルガのポーチは財布に比例してかなり乏しい筈なのである。

所持金の話はおいとくとして、彼は基本的にシビレ罠と落とし穴と携帯肉焼きセット、そして各種弾丸しか戦場に持っていかないからだ。

初アオアシラ戦で油を持ってきていた理由は未だに判らない。

最近になって『各種弾丸』はライトボウガンに巻きつける、自身に巻きつけるなどして道具袋には入れてない。

その方が装填に時間がかからないから、らしい。

おかげで最近のジャックのオトモアイルーはかなりの重装備で、さながら人類最後の決戦に挑むかのような風貌になっている。いや、猫類か。

 

 大分話が逸れたが、持ち物はこんな感じでいいとする。

多少漁った程度なので片付ける必要も無い。このままナルガの待つ門に向かうのもいい。

しかし、時間は現在11;00。一時間もの猶予がある。

ナルガを待たせてしまうとかはどうでもいいので、体を慣らす為に村を走り回ることにする。我ながら賢明な判断だ。

 

「ふぅ~……」

 

 深い吐息と一緒に首をゴキゴキ鳴らし、衝動を抑えきれずに十字の顎を掻く。

最近顎を引っ掻きすぎて血が滲み出ることがある。痛い。

さて…………んんんっ!!! 

 

 青い体駆はにこやかに、勢い良く商店街を走り出した。周りから白い眼で見られた。

 

 

━ ━ ━

 

 

「あと……一時間、ニャ」

「いい加減暇してんだろお前」

 

 場所は変わり、カエダ村東正門。

門の上にねっころがる若き門番からは、どことなく村長の影を感じる。

それなりにでかい門の影に隠れたナルガは小型の時計を覗き込む。

時間を確認した後、それを道具袋に詰め込む。戦闘には些か役に立たないのではないか、と思わずにはいられない光景である。

 

 艶やかな純紫色をした毛は、その重武装の間から僅かに覗く。

大小色彩重量様々な弾丸の数々は一本のベルトに纏められ、ナルガの小さな体を螺旋状に丸三周している。

背中には重々しい外見の黒帯ボウガンが装備してあり、銃口は光を浴びずとも怪しげな光を帯びる。

それらの下には、オトモ用に設計された鋼の防具。

模様が一切無い、シンプルな戦闘用防具だ。その名もチェーンシリーズ。

頭用防具は真ん中から縦に開く構造になっていて、今はそれが開ききってナルガの素顔がおもてに出ている。

 

 戦闘の前らしい狩猫の凛々しい表情――であって欲しいところだったが、悲しいかな今は暇を持て余したぐったりとした顔つきであった。

 

 一方の門番は燦々と照りつける太陽を見ないように首をカエダ村のほうに曲げる。

すると、影がこちらに向かって走ってくるのに気が付いた。

 

「……誰だ!? 」

 

 影に向かって叫ぶ。一応はっきりとした用の無い者は村の外に出してはいけないことになっている。

影は叫び声に反応して門番を見上げた。

柔道着の門番は、ようやっと影の正体に気づいた。

 

「――村長!? 」

「降りて来い! 急用だ!! 」

 

 汗を流しながらも無表情の村長は、門番を呼びつけた。言ってる通り、急用の様子。

何かただならないものを感じ取った門番は、門から飛び降りた。

一応それなりの高さはあるのだが、気にしない様子。着地もスムーズである。

そのまま門番は村長のところまで駆けていった。

 

 ナルガは遠すぎて、二人の会話は聞き取れない。

しかし、射撃手だからこそのずば抜けた視力で、門番の顔色が見る見る変わっていくのは判った。

どうも、自分が干渉できるような容易い問題では無さそうである。

 

「……ニャ? 」

 

 二人の後ろからまたしても影が見えた。猛烈な走り方である。

――転んだ。無様だ。確信した。敬愛すべき我がご主人様だ。

開いたポーチから時計を覗き見ると、時間は11;13。まだ早い。

 

「行くぞォォォォォォォォ!!! 」

「は!? 」

 

 起き上がって更にジャックはスピードを上げた。鬼の形相である。

真剣な顔つきの二人の大人を瞬く間に追い越し、門とナルガを通過した。

勢いは止まず、ご主人様は猪の如く渓流に飛び込んでいった。

 

呆然とするナルガだったが、ハッとしてジャックの後を追って走り出した。

 

「待つニャ変人~!!!! 」

 

 門番と村長が渓流方面を向いた時、すでにナルガの姿は消えていた。

二人の顔が更に青くなっていった。

 

「ヤバイぞ――――!!! 」

 

 

――――時刻11;15――――




更新が大幅に遅れたことをお詫び申し上げます。
理由を今言うとかなり「言い訳感」があふれ出てしまいますが、事前にお伝えしてなかった私がいけなかっただけですね、はい。
――簡潔に言わせて頂くと、『旅行』です。
岩手の親戚の家に五日の間居座っておりました。
当然、パソコンを使わせてもらうことも出来ませんで、旅行の報告すら不可能という有様で……
以後こういったことの無いよう善処します。申し訳ありませんでした。

自業自得……やはり、-1400ポイントまで戻ってしまったのは痛かった。
一時的に800まで引き戻すだけで精一杯だったので、回復には手間取るでしょうね(´・ω・`)
それでもお気に入り登録数が9人を維持していたのが、驚くと同時に猛烈に嬉しいです。目指せ10人っ。

いつに無く長い後書きになりました。
今回の長期不在の件はもう一度、深くお詫びさせて頂きます。
これからは切り替えて更新頑張っていこうと思いますので、応援宜しくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話 【開戦の合図×2】

「……馬鹿すぎて萎えるニャ」

「るせぇっ!」

 

 村を十五分で一周し、そのままの勢いで渓流へと飛び出したジャック。

気合が入りまくった結果、エリア6まで一分で到着。そして、転ぶ。

エリア6は8割が穏やかな小川であり、そこで転倒したので、当然防具は泥塗れ。打撲も数箇所。戦闘前にとんだ失態である。

転倒というタイムロスのおかげで、ナルガはすぐさまご主人様を発見できて、手間が省けたと言う。今は呆れを通り越して哀れみの視線を投げかけていた。

 

 黒と黄色が散りばめられた濃い青のランポス防具は、これまでで修復を重ねてきたというのに、一瞬でかなりみすぼらしくなった。

出来る限り泥は落としたが、細かい隙間に入り込んだ茶色は取れない。

溜息をつきながらジャックはフードから頭を出すのだった。

 

「水没林の時といい、最近はよく転ぶもんだな……」

「狩りの最中で転んだら笑い事じゃ済まないニャ。ちったぁ気を付けるニャ」

「あいあい了解」

 

 まだギリギリ午前中。太陽はもうすぐ真上に昇る。

渓流の温度は軽く30℃を超え、完全武装の狩人達は湧き出る汗に苦しむ。

空を見上げれば若葉の間から陽光が溢れ、直視すると閃光玉並の威力を発揮している。戦闘中はなるたけ上は見たくない。

背中のアシラハンマーに手を伸ばす。冷ややかな鋼の塊を直接手に感じる。

昨日磨いたばかりなので小さな傷や欠けた部分は無い。万全である。

 

「……よし。それじゃあ、獲物を探すとするか!! 」

「あんまり派手に動いて不意打ち受けるニャよ」

 

 ジャックは片手にハンマーの柄を握り、緑の深くなるエリア5へと歩き出した。

そのすぐ後ろを、両手に漆黒のボウガンを構え、姿勢を低く周囲を警戒しながらナルガがついて行った。

 

 

━ ━ ━

 

 

 ――――一方、カエダ村東門の下。

村長と門番は未だに額をつき合わせている。

現状に対策を打つ為に。

 

「俺は村を離れる訳には行かない。村長としてそれは当然のことだ」

「……なら、今クエストに出ていないハンター達を送るしか……」

「駄目だ。上位に食い込むほどのハンターは今この村には居ない」

「訓練所の教官は? 」

「訓練生達と課外授業。砂漠に出てる」

「…………ジャック達が対応できる可能性は? 」

「無理に決まってる。ドスガアマで手一杯だろ」

「………………」

 

 門番は歯軋りした。

喉の奥から、潰した声で更に提案を繰り返す。

 

「今からジャック達を連れ戻すのは? 」

「説明したら益々やる気になっちまうだろうよ」

「――――なら!! 」

 

 門番は顔を歪め、悔しそうに呻く。そして、苦しげに村長を見た。

サムは、何も言わずに目を瞑り、小さく首肯した。

門番はそれだけ見ると、悲しそうに俯いた。何も言わなかった。

暫くそのまま時が流れた。

 

門番は、自分にしか聞こえない声を絞り出した。

 

「……わかりました」

 

 村長にその声は聞こえなかったが、無言で身を翻した。

門番を一人残して、サムは村に戻っていった。

門番には、自分の声の余韻しか残っていない。

ゆっくり顔を上げた時、もうすでにサムの後姿は無かった。

 

「何で……こんなことに……」

 

 門番は、一度瞬きをした。苦しげな瞳から、薄く、鋭い瞳に変わった。

さっと踵を返し、村を背にして門に向かった。

木に出来たくぼみを巧みに使い、瞬く間に門の上まで登ると、いつも寝転がるあたりに足を進めた。

 

 そこには、小さな小さな、本当にわからないくらい小さな釘が刺さっていた。

門番はそれを摘み、回しながら引き抜く。

完全に釘が門番の掌に移動した途端、ガコッと音がして一部だけ板が外れ、中に落ちた。

門番は、《中》にあるものを見て一瞬戸惑った表情を浮かべた。

が、再び顔を引き締めて、それを握って《中》から出した。

 

 ――――太刀だった。刀身が収められた鞘から柄まで埃を被って薄汚れた太刀だった。

丁度門番の身長と同じくらい長く、刀幅は腕ほどもある。

分厚い埃の層を手で払いのけると、鞘に刺繍された模様が陽光に晒された。

三枚の紅葉が描かれている。一枚一枚違った――斬られ方をしていた。

一番上の一枚は縦に真っ二つ。その下は中心に穴が。更にその下の紅葉は、斬れない刀で何度も切り付けられたように、大量に傷がついている。

 

 門番はその太刀を片手に握ったまま、門を飛び降りた。

着地すると同時に、渓流方面から禍々しい殺気を感じ取った。

見れば、木々の影に黄色く無機質な二つの光が浮かんでいる。

 

「………一匹、進路を変えたのがいたか」

 

 門番の声に反応したか、二つの光は木々の間から出てきた。

縦に開いた瞳孔がはっきりと見える。縦に長いのっぺりした顔も。

汚らしい口から、毒々しい紫色の舌がはみだし、その先から黄色い涎が地面に落ちる。

赤く厚い甲殻から、棘が所々生えだしている。

歪んだ丸い体がのっそりと一歩一歩門番の方に向かってくる。

 

 門番は、無言で鞘から刀を引き抜いた。

放たれた刃は、太陽の下で美しく輝いて、門番とバケモノを映し出す。

鞘を門の方に投げ捨て、刀の刀身を撫でると、何とも言えない音が響いた。

 

「……来いよ」

「グルルルルルルル…………」

 

 

━ ━ ━

 

 

 ジャックとナルガの二人は、エリア5の中心部にあったであろう大樹の切り株に腰掛けていた。

二人とも、何も喋らない。張り詰めた空気が、これから現れる何かを示している。

エリア7に繋がる広い道の先に、小さく敵が見える。

その敵は、ゆっくり闊歩する。足音からは、威厳すら感じられる。

王の風格。気品。美しさ。彼を化物(モンスター)と呼ぶには抵抗がある。

風に揺れる(たてがみ)は光沢を帯び、艶めかしい。

天を突かんとするかのように、その一本角は雄々しく上を向く。

初めて出会った時には《無機質》に見えた青い両眼は、今は《威厳》に感じる。

戦闘前の冷静さ。腰掛ける敵を静かに見据え、自分の存在を蹄の音で表す。

 

 馬竜(ドスガアマ)は立ち止まった。

エリア5の深い緑に入り、その美しい焦げ茶色は益々際立つ。

 

 ジャックとナルガは立ち上がった。

切り株から飛び降りると、馬竜(ドスガアマ)から15mほどの距離に居た。

 

 ドスガアマは上体を持ち上げると、高く(いなな)いた。

 

 

 

 

「クオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!!!! 」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話 【REVENGE -今度は砕けない-】

「――――オオオオオオオオオ!!! 」

 

 ドスガアマの目に、ほんの僅かな熱が見えた気がした。

――開戦、か。

 

 高い嘶きの声が止まると同時に、ドスガアマはジャックに向かって駆け出した。

強靭な四肢を振るうと、信じ難いスピードが生まれる。

しかし、今はそれに反応できる。ジャックには、ドスガアマの動きがよく見えた。

タイミングを見計らい、ハンマーを精一杯引く。

 

「今度は砕けない……砕けないッ!!! 」

 

 ドスガアマの蹄がジャックの一m先で音を立てると同時に腕を撓らせ、渾身の力でアシラハンマーを振りぬいた。

鋼と角がぶつかりあう轟音すらも、心地が良い。

ハンマーを見てみれば――――砕けていない。ジャックは不敵に笑った。

 

「らぁぁッ!! 」

 

 更に掌に力を込め、ドスガアマを弾く。

瞬間的に勢い負けしたドスガアマはバックステップで距離をとる。

ジャックは殴り飛ばした後すぐに体勢を立て直し、ドスガアマの足が地面につく前に突進した。

重いハンマーを天高く振りかぶり、角を避けるようにして下ろす。

一瞬とらえたか、と思うジャックだったが、手ごたえは無かった。

どうやら馬竜は地面に足がつくと同時に蹄の角度を変え、右に跳んでかわしたようである。

アシラハンマーは虚しく空を切り、地面に落ちた。

 

「……チッ」

 

 一度の跳躍で大きく距離をとったかと思えば。ドスガアマはまたしても突進を始めていた。

槌を持ち上げる時間が無い。

心臓がザワッと大きく脈打った。

 

 ――しかし、ドスガアマは突進途中で横から何かを喰らってぶっ飛んだ。

横っ腹が爆発し、爆風ですっ飛ばされたようだ。

 

「……いきなり大玉使わせんニャよ旦那……」

「徹甲竜弾レベル3だっけか。お前あれ二発しか持ってなかったんだっけ」

 

 エリアの対角線上、隅っこの大樹の根元にナルガが居た。

この数秒の戦闘の中であそこまで移動できることが凄い。そういうところはやはり猫だ。

といっても、元々それほど大きなエリアでは無い。50mも無いか。

恐らくあの木の上から狙い撃ちしたいのだろう。

ドスガアマが木登りできるとも思えないし、ナルガは絶対安全だ。

 

「……いいな、ガンナーは」

 

ジャックがボソッと本音を洩らした。

 

 同時にバキバキッと音がして、ドスガアマが立ち上がった。

まだご立腹の様子には見えない無いが、少なくとも本気でやる気にはなっただろう。

 

「よし、来いよ」

「クヲォ!!! 」

 

 前傾姿勢で前足を横に滑らせ、前進しつつ回転する。

ジャックの視界が艶やかな尾の毛で一杯になった。

反射的に体を“く”の字に曲げると、間一髪で二本の後ろ足を避けきった。

くの字の体勢から横転で少し距離をとり、助走をつけて跳躍。

ドスガアマの目はジャック――空にひきつけられる。

 

「クォ……」

 

 瞬間、ドスガアマが頭を下げて視線を下ろした。

雲ひとつ無い快晴。宙を舞うジャックの真後ろには太陽。

その光の効果は閃光玉には及ばないものの、軽い眩暈を引き起こす。

 

 無防備の首に向かってジャックは力一杯ハンマーを叩きつける。

皮膚が堅い。手が痺れた。手ごたえはあったが、流石に骨は折れなかった。

ジャックはハンマーを起点にして空中でバク転し、ドスガアマの後方に着地。

着地した足でそのまま地面を蹴り、ドスガアマから離れる。

 

「本気で殴ったのかニャ?全然効いて無さそうニャ……」

 

 わりと小さなエリアなので、木の上からのナルガの声が聞こえてくる。

確かに、ドスガアマにダメージがあったようには見えない。

それは槌だからということもある。太刀や大剣といった斬撃系統の武器なら攻撃すると肉が切れて血が吹き出るか弾かれるかの二択なので相手にダメージがあるか分かりやすいが、ハンマーは違う。

叩きつけて体の内部から攻撃するのだ。内臓の器官が破壊されて吐血することもあるが、基本は多少フラつく程度で終わる。はっきりと“効いてる”ことが分からない。

 

 ドスガアマは今フラついてるかどうか分かりづらい。

微妙に足が揺れ動いてると言われればそうかもしれないが、違うと言われれば違うかもしれない。

こういう場合はあとでがっくり来ないように“効いてない”と考える。

 

「……かなり本気(マジ)でぶっ飛ばしたつもりだったがなぁ……骨折るくらいの勢いで」

 

 ドスガアマが振り向くと同時に突進してきた。

突然だったので驚いたジャックは死ぬ気で走ってその突進をよける。

恐ろしい勢いで過ぎていったサラブレッドは脅威の前足で踏み止まって、Uターンして再度ジャックを狙った。

 

「なっ!!! 」

 

 純白の角が怪しく光りながら猛然と迫り来る。

エリア対角線上の樹木の上からナルガの射撃は続いているが、怯む様子は全く見えない。

避けるには時間が足らなすぎた。

慌てて突き出したハンマーと、それを後ろから支えるようにして伸ばした片足に耐え難い衝撃が走る。

角がしっかりと槌の頭にぶつかっていた。

ドスガアマは衝撃にワナワナと震え、目線を下にしたまま角先に力を込める。

 

 両手と片足を使っても堪えきれない。全身の骨に罅が入っているような錯覚を覚えた。

片足の踏ん張りももうすぐ限界が訪れる。

視界の隅に、ドスガアマの後ろ足が片方浮き上がっているのが映った。

これならいける、か?

 

「うんぎぎぎぎぎぎ…………」

 

 ゆっくり、ゆっくりとハンマーを横に滑らせる。

角がそれにつられてゆっくり、ゆっくりと横に滑っていく。

後ろ足片方の力だけで転ばずにいられるのも、数秒ともたない。

自ら槌を弾くか転ぶか。ドスガアマの決断が迫られる。

 

 後ろ足の蹄が地面をグリンッと派手に滑った。

《転んだ!! 》とジャックが思った。

――がしかし、それは違った。

 

「クオオオオオオォォ!!! 」

 

 ドスガアマは後ろ足を二本とも空に浮かせて下半身を持ち上げた。

そして前足にグッと一瞬力を込めると、槌に当たったままの角をギギギッと動かした。

槌の頭を角が滑り(けずり)、槌から離れると同時に下半身が更に高く持ち上がった。

 

「あぁ……? 」

 

 馬が、前足の力だけで跳躍し、空中で回転した。

ジャックは呆然と上を向いて間の抜けた声を出した。

 

 ドスガアマはジャックの真後ろに華麗に着地すると、角を突き出した。

またしても反射的にジャックは首を曲げた。

――その瞬間、ジャックの頭があった場所を純白の角が貫いた。

 

 ジャックはここまで己の反射神経に感謝したことは無かった。

一瞬の差で頭に風穴が空くところだった。

 

「まぁ、痛いけど」

 

 角の先端は少しだけ血に濡れている。

ジャックの首の皮が一部貫かれ、そこから鮮血がツー……と静かに流れ落ち、肩に溜まっていた。

 

 顔の真横に獣の角がある。

ドスガアマはその長い頭をジャックの左肩甲骨あたりに思いっきりぶつけていて、今も尚力を加え続けている。

このままじゃ骨が折れる。

 

ジャックはハンマーを手放し、顔の真横にある堅いものを両手で引っつかんだ。

 

「旦那!? 」

 

 ナルガの驚いた声を聞き流し、ジャックは肩から掌にかけて、全身の力を込める。

防具の下の腕から所々血管が浮きで、筋肉が怒張してピリピリと振動していた。

両足で地を突き刺さんとばかりに踏み込み、周りの空気が震えるほど集中する。

顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。

目は白目になりかけ。

 

 腕が壊れそうだ。

でも、もう少し。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ――――」

「ク……クォォ……?」

 

 ドスガアマ前後ろ全ての足が、地面から離れた。

獣の全体重が肩と腕にかかり、この状態を保っていられない。

ジャックは一瞬だけ、無意識に意識を飛ばした。

正真正銘、“全ての力”を腕に込めた。

 

「――ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!! 」

 

 ――刹那、ドスガアマが反転し、轟音と共に地面に叩きつけられた。

地面に大きな振動が走って歪み、少しだけ地形が変わった。

ドスガアマが青い目をブルブルと震わせ、痛みでのた打ち回っていた。

 

ジャックは赤い顔で息を荒げたまま、ちょっと得意気な顔で言った。

 

 

「どうよ……俺の背負い投げ」

 

 

━ ━ ━

 

 

「――がらぁぁぁぁぁぁ!!!!! 」

 

 白い柔道着を風にはためかせて空中に飛び立ち、回転しながら落下して刀を獣に突き立てる。

元々罅の入っていた燃えるように赤いその甲殻は、その一撃でバラバラに砕け散った。

そして、刀は中の赤黒い肉まで貫いた。

赤甲獣(ラングロトラ)は長い悲鳴を上げる。

 

 門番は残った甲殻に足をつき、容赦なく太刀を横に薙いだ。

バシャアッと派手に血が吹き出て、黄褐色の地面を濡らした。

更にラングロトラは悲鳴を上げて地面に転がった。

門番は急いで刀を抜くと、すぐに振り落とされた。

地面を三転ほどしてさっと立ち上がると、苛立ったようにして叫んだ。

 

「野郎、さっさと立て!! こっちは時間がねぇんだよ!!! 」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話 【REVENGE -荒ぶる馬王-】

「ク…クオォォ!! クヲオオォォ!!! 」

 

 幾度かのハンマーの攻撃も重なってだろうか、勢いよく地面に叩きつけられたドスガアマが痛みに転げ回る。

本来、狩人はモンスターと戦う際に格闘技は殆ど使わない。

当然それは、武器で攻撃した方が効率が良いからということもある。

また、モンスターによって鱗や体毛に麻痺毒等が含まれていることが多く、手袋越しでも触れると狩人に害がある可能性がある、といった理由も。

狩人には元々武器ごとに基本的な戦闘スタイルが決まっており、大半の狩人はそれに沿って武器を振るう。

その基本的な戦闘スタイルは、古い狩人達が武器の構造から人体が可能な動き、効率よく敵にダメージを与える方法、などといったところまで研究して定めたものである。

槌は両手で持ち、やや上向きに構える。動き方は、振り下ろし、振り下ろし、回転から斜め上に向かって殴りとばす、という一連の動きである。因みに、一番最初の振り下ろしを横殴りに変えたりもする。

深く掘り下げていけばまだまだ動き方は色々あるが、武器全般一応はこういったように構え方から動き方まで決まっている。

それらは、ハンターズギルドから訓練所に伝えられ、訓練所から狩人の芽達に伝えられる。

当然、9年間の訓練生活を過ごしたジャックも徹底的に叩き込まれた。

――――もっとも、ジャックは教官の言うことを殆ど聞いていなかったが。

槌は片手で持つ。

連撃は素早く、めちゃくちゃに何十発も投げかける。

そして、場合によっては槌を捨て、格闘で獣と対峙する。

それが、ジャック流であった。

 

 十字の刻まれた顎を掻いた。風が吹きぬけ、山吹色の髪が靡く。

倒れている敵に追い討ちをかけないのはスポーツマン精神というのだろうか。

ジャックは槌を片手で回しながら、未だに顔を上気させてじっと馬竜を見据えていた。

エリア対角線上の樹木、その枝の上のナルガも一時的に引き金から指を離す。

 

 馬竜がのた打ち回るのをやめた。微妙に、しかし確かに震えている足で地に立つ。

鼻息が荒いが、目が青い。怒り状態にはまだ足りないようだ。

ジャックは一つ大きく息を吐き、右足を前に踏み込んだ。

腰を低く滑らせるように、地面と平行に槌を振るう。狙う先は、弁慶の泣き所。

 

「フゥッ!! 」

 

 ドスガアマは上体を持ち上げ、槌を受け流す。

槌の勢いに身を任せ、ジャックは回転して左足を伸ばした。

高い位置にある横腹を蹴り上げ、浮いた前足で踏ん張ることが出来ないドスガアマは体勢を崩す。

横倒れになる寸前に馬竜は前足をつこうとしたが、突然飛んでくる一発の弾丸に弾かれた。

通常弾レベル2は単体ではさほど威力は無いが、空中の足を弾く程度のことはできる。

ドスガアマは見事に転んだ。

しかし、そこから回転してすぐに立ち上がった。

それを予測していたジャックが、袈裟懸けに槌を振り下ろす。

 

「いったかぁッ!! 」

 

 ジャックの手には堅い感触が伝わってきた。角に当たったようだ。

一つ舌打ちすると、馬竜が反転して伸ばす後ろ足の蹄による下段攻めをジャンプでかわす。

足の裏スレスレに漆黒が通り過ぎる。嫌な汗が流れた。

 

 ジャックの着地と同時にドスガアマが正面に向き直り、角を勢いよく突き出す。

槌を逆手に持って盾として使うのを、ジャックは一瞬躊躇った。

 

(ハンマーは盾用につくられていない、何回もこんな使い方して大丈夫か?――――)

 

「クオオオオオオオオォォォォォ!!! 」

「うう゛っ!! 」

「旦那ぁぁッ!!!! 」

 

 刹那、純白の角がジャックの――――

 

 

――――直前で、止まった。

一瞬もうダメかと思ったジャックは驚いてドスガアマの角に眼を向けた。

動かない。

 

「一体……? 」

 

 馬竜の背中から、一滴の血が流れ出た。

一拍遅れて、ズシャァッと不快な音がして焦げ茶色の皮膚が裂け、噴水のように鮮血が飛び出した。

更にまた切裂かれ、切裂かれ、切裂かれては血が空へ舞った。

馬竜の口から甲高い悲鳴が上がった。

 

「斬裂弾……」

 

 ジャックは呆然とドスガアマを見ながら、返り血を浴びていた。

その時、耳を劈く鳴き声よりも大きな声がジャックの耳に届いた。

 

「何してるニャ旦那!! 攻撃するニャ! 折角のチャンスニャ!!! 」

 

 ナルガの声だった。

ハッとして槌を高く振り上げた時、丁度血の噴水が止まったところだった。

虚ろな目がぼんやりとジャックを見上げ、その視線が嫌に恐ろしかった。悪寒にジャックは震えた。

恐怖を誤魔化そうとするかのように、ジャックはハンマーを振り下ろす。

角には当てないように意識してたつもりだったのに、当たった。腕が痺れる。

まだ目はこちらを見ている。

 

「――ゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!! 」

 

 反撃は絶対に許さない。呼吸もさせない。防御もさせない。

一本の槌による信じられないスピードの乱舞がドスガアマを襲った。

傷口を殴りつけると、また血が飛び出す。あたりの地面は真っ赤だった。

めちゃくちゃな打撃の応酬なだけに、槌にもジャックの腕にも大きな負担がかかるが、今のジャックにはそんなことは《見えて》いない。

ただ、青い目が怖い。痛みに屈しない目が怖い。

 

「んんん……」

 

 無抵抗――というより抵抗できないドスガアマを横殴りにし、逆回転して逆袈裟に槌を思いっきり振り上げる。

その強打は、乱舞の最後の一撃、そしてドスガアマの視力の半分を完全に奪う一撃となった。

 

 悲鳴は上げる。甲高い馬の悲鳴。しかし、目だけは全く屈していない。寧ろ、反撃の炎に燃えている。

ジャックは両膝をついた。過度の疲労、そして絶えない恐怖に襲われる。

ジャックの視線の先には、残った片目が映る。その目が着々と色を変えていく様子がはっきりと見えている。

ナルガもそれを見た。距離をもってしても、湧き出る恐怖を薄めることが出来なかった。

指は引き金に張り付いて動かない。撃てない。

 

 ドスガアマの悲鳴は、すでに雄叫びに変わっていた。

血を流していない健全な左目は、血のように真っ赤なそれに変わっていた。

断続的に口や鼻から吹き出る吐息も、色をもった。

殺気が、形をもった。

 

「――クオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!! クオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!! 」

 

 ジャックを見据えていた目が、ギョロリと動き、どこか遠い方を見た。

そして、次の瞬間にはジャックの視界の隅にまで移動していた。

 

「な……!!!! 」

 

 見えなかった。あまりにも速過ぎた。そのスピードは、あまりにも非常識過ぎたのだ。

ドスガアマは、巨大な樹木の根元に居た。

真上の一際長いの上には……怯えて動かないナルガ。

ドスガアマの口が不気味に動き、ゴキッという鈍い音がジャックにまで届いた。

そして馬竜は上を向くと、枝に照準を合わせ――――口から何かを勢いよく吐き出した。

何故か、その恐ろしいほどに速い物体を、ジャックはしっかりと見ることができた。

 

歯だ。先の尖った(いびつ)な歯が、ナルガのいる枝に向かっていた。

 

「ナルガァァッ!! 跳べェェェェェ!!!! 」

 

 ジャックの叫びに反応したナルガは、立ち上がりの一足でジャンプした。

それから1秒とたたずに、太い枝が真っ二つに折れた。

それだけでは歯の勢いは止まず、貫通して葉々に穴を空けまくってどんどん上に行き、やがて落ちてきた。

歯の一本で何という破壊力。こんな化物が本当にMR(モンスターレベル)3程度なのだろうか。

ジャックはただただ口を半開きにして惨劇を眺めるだけだった。

 

 ナルガはまだ地上15mほどのところで落下中。

その目前に、焦げ茶色の塊。一瞬、ナルガの目にはそれが何だかわからなかった。

ドスガアマは、空中で一回転してその剛角をナルガの脇腹に振り下ろす。

 

「グヲォォォォォォォオオオオオオ!!! 」

 

 ナルガの落下速度が急激に上がった。

高速で地面に叩きつけられたナルガの腹のあたりから嫌な音が響いた。口から大量の血が飛び出した。

 

「ナルガァァァァァァァァ!!! 」

 

ジャックが駆け寄ろうとしたが、その進行を防ぐようにドスガアマが立ちはだかった。

 

「ちく……しょう………」

 

 ジャックは歯軋りした。

ハンマーを横向きに片手で思いっきり振ると、風を切る音がヴオンッと虚しく響いた。

ドスガアマは全ての足を折って槌を完全にかわし、更にそのハンマーを後ろ足で蹴り飛ばした。

無理に物凄い勢いが込められ、ハンマーと共にジャックの体が回転する。

足が地面に抉りこみ、土が飛んだ。

回転の勢いを利用――できるほどジャックの足は踏ん張れなかった。

地面を滑り、バランスを崩す。

 

「くっそがァッ!! 」

 

 ハンマーを高く放り投げ、ジャックは倒れる寸前で両手をついた。

すぐ立ち上がろうとしたが、突然視界が薄暗くなった。

(これはヤバ――――)

 

 

 

――――ドスン!!! 

 

 ジャックの背中に、ドスガアマの両前足が叩きつけられた。

両腕が耐え切れずに肘を曲げ、頭から地面に激しくぶつかった。

 

「……ガハッ」

 

 大量の血液を吐いて、ジャックは意識を失った。

クルクルと回転しながらハンマーが宙を舞い、やがて鈍い音と共に地に落ちた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話 【REVENGE -一筋の光明-】

 ――ジャックが閉じられた瞼を開けるまでにどれだけの時間がかかったかは定かでない。

しかし以前と変わらず燦々と渓流を照りつける太陽のおかげで、馬竜が渓流(ここ)を離れるだけの時間が経っていないことが分かった。

爽やかな風や水の流れる澄んだ音、どこか遠くから聞こえてくる小鳥の声。枯葉が落ちる音。

目を開けなければ、雄大な自然の穏やかな息吹を感じ取ることが出来た。

それこそ、今までのことを忘れてしまう程に温かく。

 

 しかし、現実はジャックを苛める。

立ち上がってみれば、折れているであろう肋骨からの激しい痛みと疲労に襲われる。

クラクラする頭を押さえつつ周りを見渡してみれば、惨劇が嫌でも目に入る。

地面には幾多の抉り跡や乾いた血だまり。エリア隅の大樹は太い枝が無残に折られ、破片と共に地面に転がっている。

そして、赤に濡れた地面の一箇所に丸まった戦友が倒れていた。

ジャックはハッとしてナルガに駆け寄った。思わず最悪の事態を想定してしまい、動悸が激しくなる。

恐る恐る手を伸ばし、紫色の艶やかな毛に触れてナルガを仰向けにする。

顔に触れてみると――――温かい。

ジャックは胸を撫で下ろした。

 

「おい……ナルガ」

 

 小柄な体を揺すぶる。

抱えてる脇腹に違和感を感じた。ジャックは、ナルガが地上15mから地面に叩きつけられた光景を思い出し、息苦しくなった。

再び動悸が激しくなりそうなのを懸命に抑えつつ、少し強めに揺すぶる。

すると、大きな目が微妙に動き、瞼が開きかけた。

 

「ナルガ!! 」

 

 もう一押し、とジャックが声をかけると、ナルガは驚いたようにパッチリと両眼を開いた。

 

「旦那!! 生きてたのかニャ!! 」

「死んだと思ってたのかよ……見ての通りだ、順調に呼吸してるぜ」

 

 先程のジャックと同じ動きで、ナルガは胸を撫で下ろした。心底安心しているようだ。

が、すぐに表情が険しくなった。片手が腹を押さえた。

 

「取り敢えず、回復薬飲め」

「言われなくてもそうするニャ」

 

 ナルガは自分の道具袋(ポーチ)を開け、中を探った。

その様子を、ジャックがニヤニヤしながら眺めている。

 

すぐに、ナルガはポーチを閉めた。

 

「あったか? 」

「意地が悪いニャ。さっさと渡せ」

 

 ナルガが不機嫌に言う。

今度はジャックが少し大きめのポーチを漁ると、すぐにビン状の透明な器が手に収まった。

中の緑色の液体が透けてみる。見るからに不味そうである。

 

 回復薬、携帯食料の運搬係はジャックである。ナルガのポーチをいくら漁っても出てくることは無い。

ナルガはまだ不機嫌そうな表情で、ジャックの手から親指程の大きさのビンを奪い取った。

ジャックもジャックで回復薬を二本持ち、一気に二本とも喉を鳴らして飲み干した。無味無臭である。

すぐに効果が現れて、疲労が少し飛び、痛みもある程度消えた。

ナルガにも同じ反応が出たようで、少し顔色が良くなったようだ。

ジャックは空のビンをポーチに仕舞いつつ、立ち上がった。

 

「さて…………」

「どうするニャ? 」

 

ナルガも立ち上がり、ジャックを見上げる。

 

「どうするも何も、すぐに奴さんを探すしか無いだろ」

「そうじゃなくて、作戦とか考えたりしないのかニャ? 」

「あぁー……」

 

 ジャックは顎を掻いた。

目を閉じてちょっと考え込むような仕草を見せてから、こともなげに言う。

 

「……頑張ろう! 」

「……」

 

ナルガは聞き終わる前にジャックを置いてエリア6に向かって駆けた。

 

「おぉい! !ごめん!!! 真面目に考えるからッ!! ちょ――待ってェェ!!!! 」

 

 

 

━ ━ ━

 

 

― ―エリア7。エリアの大半を湖が占めている為、水辺を好むモンスターが集まりやすい場所だ。

丸鳥(ガーグァ)が三羽に、巨大昆虫(オルタロス)が四匹、飛甲虫(ブナハブラ)が四匹。

大人しい性格の丸鳥は攻撃を仕掛けてこないので、無視していい。

問題は虫達である。彼等は大型モンスターと戦っている狩人を空中から特殊な体液で襲ったり、地面を這って近寄って足を刺したりする地味にイラつくモンスター達だ。

まずは大型の前に奴等から仕留めるのが定石である。

しかし、それも今回は中々に大変な様子であった。

 

 ドスガアマである。

エリア中央を闊歩する血塗れの馬竜のせいで、迂闊に音を出せない。

渓流全体を巡り巡って遂に再開した彼に邪魔されると面倒だ。

どうにかして虫を一掃したい。

 

ジャックは茂みに隠れて、隣のナルガに呟いた。

 

「よし……気づかれて無い。いいか? 」

 

 ナルガはひっそりと頷く。

 

「……行って来い」

 

 その声を合図に、ナルガが茂みから派手に飛び出した。

途端にエリア内がざわつき、馬竜が乱入者を振り返った。

 

「ウンニャアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!! 」

 

 ナルガは狂ったようにボウガンを振り回し、引き金を引きまくった。

照準なんて合ってやしないのだが、次々と甲高い声を出して粉々になる虫達。

秘密は、放たれる弾丸である。

“散弾レベル2”は、発砲と同時に空中で拡散し、広範囲に欠片を飛ばす。

一つ一つの威力は通常弾にすら劣るものの、虫程度を殺すには充分だったようだ。

 

 一目で己の体を切り刻んだ輩だと気づいた馬竜は、弾丸の欠片を物ともせず、ゆっくりと突進の体勢に入った。

ナルガはそれに気づいているが、乱射をやめない。

 

 

 ドスガアマが走り出すと同時に、エリア7にいた虫の全てが姿を消した。

ナルガがボウガンを下ろした時には、5mの距離を挟んでドスガアマが疾走していた。

 

「今だァァァ!!!! 跳べナルガァァァァ!!!! 」

 

 ジャックが茂みから飛び出すと同時にナルガが高くジャンプした。

アイルーの驚くべき跳躍はドスガアマを飛び越え、着地。

地面に落ちる音と重なって、『カチッ』という音がナルガの耳に届いた。

 

 すでにドスガアマがジャックにあと一歩の距離にいた。

一歩の距離をもって、ジャックはドスガアマに手を振り、不敵な笑みを浮かべた。

馬竜が仕掛けに気づいた時――――ドスガアマの体は激しく痙攣し、その場から動けなくなっていた。

 

 

 シビレ罠は、雷光虫と呼ばれる電気器官を有する昆虫を使った対大型モンスター用トラップである。

鉄板形をしたそれの中央にあるピンを引きぬけば瞬く間に麻痺性の神経毒が流れ、それに触れたモンスターは激しく痺れて動けなくなるのだ。

 

 ドスガアマは白目を剥いて体を硬直させている。

シビレ罠の効果は約30秒しかもたない。ジャックは急いで小脇に抱えた折り畳み式のタルを広げてドスガアマの体に沿って置いた。

もう片方の脇に抱えた火薬を袋ごと突っ込むと、全速力でそこから離れた。

走りながら叫んだ。

 

「撃てエェェェェェェェ!!!!! 」

 

 ――刹那、発砲音に続いて途轍もない爆音が渓流に響き渡った。

ギリギリ爆風で倒れない位置に居たジャックは、砂塵に目をやられないように瞼を閉じた。

爆心地から地面の土が吹っ飛び、木やら湖やらを土色に染める。

モクモクと煙が天に向かって立ち昇り、チラチラと真紅の火種が地面に残る。

爆音の余韻が無くなると同時に煙が晴れた。

 

 黒こげの肢体の中に、一箇所だけ燃えるように紅いものがあった。

その恐ろしげな様に、またしてもジャックは恐怖してしまった。

 

身構える前に、馬竜から『ゴキゴキッ』という聞き覚えのある音がした。

 

「くそッ! 」

 

 すぐに二本の凶器が飛んでくる。

胸あたりを狙ったそれをジャックはブリッジの体勢になってかわした。

歯を受け流すと、手をバネのようにしてバク転、馬竜から距離をとって地に足をついた。

しかし、目の前には純白の角。折角作った『距離』など何の助けにもなってはくれない。

ジャックは冷静に角の先端を見据え、腕を曲げて攻撃を避ける。

もう片方の手で背中から槌を引き抜き、力一杯ドスガアマに叩きつける。

後頭部を強打しても、ドスガアマはフラつくことも無しにその場で回転する。

ジャックは急いでハンマーを逆手に持ち替え、体の横で構えた。

 

 直後、勢いをもった馬竜の下半身がハンマーに激突。

まともに喰らったその一撃の威力はこれまでで最も強力だった。

片手では到底押さえきれない、ともう片方の手でハンマーを支えるも、それでも衝撃に勝てなかった。

ジャックは槌ごと吹っ飛ばされ、茂みに突っ込んだ。

草はクッション代わりだった。背中を地面に打ち付けることなく、すぐに立ち上がることが出来た。

左腕がまだ痺れている。ジャックは右手に槌を持ち替え、ナルガに応戦している馬竜に突っ込んだ。

 

 ナルガの頭部スレスレにドスガアマの前左足の蹄が横切る。

しゃがんだナルガの汗に混じり、火炎弾が馬竜の胸元に突き刺さり、一瞬で燃え尽きる。

しかし、ドスガアマはその程度では怯みもせず、自慢の角を振り下ろす。

 

「させるかァァァァァァァッ!! 」

 

 ナルガに角が激突する直前、水溜りを吹っ飛ばしてジャックが突っ込んだ。

黄金に、美しく輝くハンマーを両手で振るい、剛角に打ちつける。

同時にジャックの体そのものをドスガアマに体当たりさせ、不意打ちでドスガアマは吹っ飛んだ。

攻撃態勢に復帰したナルガが、空中のドスガアマに照準を合わせた。

 

「――怒弾(どだん)!! 」

 

 銃口から勢いよく飛び出した薄紫色の弾丸が馬竜の(ホコリ)にあたった。

弾は角にめり込み、自身の粉末と角の粉末を飛ばしながら地面に落ちた。

ドスガアマはそのたった一発の弾丸によって更に軌道を変えられ、回転しながら湖に落ちた。

 

ジャックは半ば呆然としてナルガを見詰めた。

 

「……何だ今の? 」

「旦那のおかげで作れた弾ニャ。感謝しとくニャ」

 

ナルガが何故か目元を隠しながら言った。

 

「俺のおかげ? 」

 

 ジャックは益々訳が判らない。

ナルガは、少し微笑みながら答えた。

 

「水没林で旦那に採ってきてもらったカラグライト鉱石。アレと……ボクのコネで手に入れたモノでつくった弾が、今の怒弾(どだん)ニャ。怒り状態のモンスターに対して使うと威力が三倍になっちゃう代物ニャ。もう無いニャ。畜生」

「……んだそりゃ……すげェな……ってか怒り状態の奴に効くって何でだよ」

「知らん」

 

 ドスファンゴ四頭狩猟と帰りに滝の中をバシャバシャやってカラグライト鉱石を拾ってきたのはジャックだ。

それがこんな形で使われるとは思っていなかった。

今更ながら、いいことをしたなと思った。

それにしても、ナルガのコネとは何だろうか。猛烈に気になる。

 

ジャックが感嘆の溜息を上げていると、ドスガアマが湖からノッソリと上がってきた。

水滴の光るその剛角には、確かに怒弾のめり込んだ丸い痕と、そこから広がる罅があった。

ドスガアマは、誇りを傷つけられた怒りの炎に目を滾らせていた。

 

「ナルガ。離れろ」

「勿論ニャ。接近戦は旦那専門ニャから」

 

 ナルガがジャックから距離をとると同時に、ドスガアマが迫ってきた。

蹄が怪しく輝いたのを見て取り、ジャックは横に跳んで攻撃をかわす。

体勢を立て直してハンマーを握りなおし、隙だらけの背中目掛けて振り下ろす。

しかし、その一撃は空振りに終わった。

恐るべき俊敏さでドスガアマは足で地面を弾き、ジャック渾身の一撃を回避していたのだ。

ジャックはめげずにハンマーを横殴りに振るう。

脇腹を狙ったつもりだったが、馬竜が鬣を振るったせいで視界が悪く、角に打ち付けてしまった。

思いがけず、角から粉末が飛ぶ。

 

「……効いてるじゃねぇか」

 

 よろめいた馬竜を前に、不敵に笑うジャック。

ハンマーを一回転させて……走り出す。

ドスガアマの目が光った。

 

 ――次の瞬間、両者の激しい乱舞が始まった。

めちゃくちゃに槌を振り回し、同時に飛んでくる蹄や角をかわす。

めちゃくちゃに角や蹄を振り回し、同時に飛んでくる槌をかわす。

壮絶なスピードでそれが繰り返され、目にも留まらぬ攻防が巻き上がった。

両者の足元からは絶えず砂煙が立ち昇り、視界を曇らせる。

煙に紛れてガギッガガッゴキッという打撃の音が激しく響く。

 

 ジャックの頬を蹄がかすめ、同時にドスガアマの胸をハンマーが掠める。血が舞った。

その一瞬だけ、ジャックの目にはスローモーションで見えた。

飛んでくる角に反応が遅れたジャックは、まともに右腕に打撃を喰らってしまった。

骨がジンジンと痺れる。痛みに顔を引き攣らせながらも、素早く槌を振り上げる。

一息に振り下ろすが、前足の蹄で押さえられた。

すぐにハンマーを弾いて体勢を取り戻そうとした時、更に別の蹄が飛んで来た。ギョッとした。

 

ガッキィィィンッ!!! という一際大きな音が轟き、ジャックのハンマーが宙に舞った。

 

ドスガアマの口元が、心なしか笑みに歪んだ気がした。

 

 ジャックは飛んでいくハンマーを見向きもせず、右足を勢いよく伸ばした。

一瞬油断したドスガアマの後ろ足を見事に蹴り上げ、ドスガアマは前のめりに――――ジャックに向かって、倒れかけた。

 

ジャックが呟いた。

 

「今度は砕けない。今度は――砕くッ」

 

 狩人の拳が、倒れ掛かるドスガアマの(ホコリ)を捉えた。

ジャックには、その瞬間の音が聞こえなかった。

ただただ、腕を振り上げ、拳を振りぬいた。

 

 

バキッベキベキッ!! ――――バッキィィィィィィィィン!!!!!

 

 

 一足先に地に落ちたジャックの得物(ハンマー)に続いて――馬竜(ドスガアマ)得物(ツノ)が地面に転がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十六話 【REVENGE -異形の者-】

 ドスガアマは、悲鳴をあげなかった。

まるで自分自身を失ったかのように生気の感じられない目で、散った己の武器を眺めていた。

 

「……痛ェ」

 

 一方のジャックはドスガアマから何歩か距離をとった位置で腕を押さえていた。

罅割れていたとはいえ、いつか鉄塊をも砕いた角を力一杯殴りつけたのである。

拳が砕けているのは言うまでも無い。ジャック自身も気づいている。

回復薬でも飲めば多少痛みは引くだろうが、現在進行形で戦闘中。油断ならない。

無事な片腕で槌を拾い上げると、ゆっくりと構えた。

 

 ナルガはボウガンを覗き込んで、空気がピリピリするほどに集中している。

ドスガアマの反撃のタイミングを見計らっているようだ。

手ブレを抑制しつつ、冷静に、慎重に、正確に照準を合わせる。

誇りを失った馬王に狂った戦意を逸早く感じ取ったのも、当然ナルガだった。

 

――『ゴキゴキゴキゴキゴキゴキゴキゴキッ!!!! 』

 

「多いッ!!! 旦那手伝えッ!! 」

「どうやってだッ!! 」

 

 連続した“折れる”音から一秒とたたず、弾丸が彼の口から飛び出した。

丁度ナルガの緊張がピークに達した時だった。震える照準は、恐るべき精巧さで歯を捉えた。

通常弾レベル2による速射、そしてナルガの狙撃手の圧倒的な腕が重なり、迫り狂う刃を五つ弾き落とす。

ナルガの死角から忍び寄る弾丸はジャックの槌捌きで軌道を反らされ、鉄の破片と歯の破片を飛ばしながら

渓流の奥深くへと消えていった。

 

二人は自分達の奇跡的な動きに驚く間も無く、更なる回避を余儀なくされる。

 

「グヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!! 」

 

 折れている角を庇う素振りすら見せずに、馬竜の突進が狩人二人の間を突き抜ける。

突然の横転回避はややがさつになり、ジャックは折れた骨をまともに地面に打ち付けた。

悶絶するジャックを振り返るドスガアマ。

その前足を、小さな凶器が打ち付ける。

反動でナルガが一歩後ろに下がるのに一拍遅れて、被弾地を中心に周りで小さな爆発が連なった。

不意をつかれたドスガアマは前両膝を折るが、転ぶに及ばない。

 

 赤い目がナルガに向かおうと動いた時、目の軌道を追うようにして鉄塊が振るわれた。

 

「っらぁぁぁぁあああああああ!!!! 」

「グヲオオオオオオォォ!? 」

 

 アシラハンマーは、馬竜の横顔を見事に殴りつけた。

先程とは違った『ゴキッ』が響き、ドスガアマの首は妙な角度に曲がった。

辛うじて地に立っていた馬竜が、とうとう地に伏せた。

 

 ジャックとナルガがそれぞれバックステップで後ろに下がる。

息を乱し、嗚咽混じりに構える。ジャックに至っては傷口を更に痛め、吐血までしている。

敵対するドスガアマから既に余裕は微塵も感じられない。

 

「ク……クヲ………」

 

 馬竜がフラフラと立ち上がり、ジャックとナルガをそれぞれ一睨みしたかと思うと――後ろを向いた。

 

「!? どこ行きやがる!! 」

「逃げる気かニャ! 」

 

 ドスガアマはエリア外に向かって駆け出した。

自慢の脚力が相当落ちているのは火を見るより明らかだった。

しかし、それで喜べる程の精神的余裕も、狩人二人には無かった。

ナルガはボウガンのスコープを覗き込み、すぐに発砲した。

焦りで手が震えた。銃口から飛び出した貫通弾は彼の後ろ足を貫き、飛沫と共にに湖に落ちた。

 

 一瞬だけ竦んだドスガアマだったが、尚も前進した。

打ち抜かれた左足を引き摺り、スピードは更に衰えた。

そこへ突っ込んでいくジャック。

 

「待ちやがれェェェェェ!!! 」

「グヲ……」

 

 漆黒の蹄の三歩手前で槌を振り上げたジャック。

――ドスガアマが振り返った。『ゴキッ』と音がした。

 

 急遽盾として槌を使おうと振り下ろしたが、時すでに遅し。

歯が槌の下を潜り抜け――ジャックの肩を貫いた。

顔が歪む。自分の血で視界がぼやける。

耐え切れず、ジャックは膝をついた。

 

 ドスガアマが、エリア9の影に消えた。

 

「旦那……」

 

 ナルガが目を細め、馬竜の消えた先を見やった。

ジャックは唯一致命傷を負っていない右手で道具袋を漁り、ありったけの回復薬を手に取った。

それらを次から次へと飲み干していくと、すぐに立ち上がった。

唇から零れた滴を手の甲で拭い、息を荒げてナルガに言う。

 

「追うぞ。逃げられても困る」

「……ニャ」

 

 ナルガも予め渡されていた回復薬で喉を鳴らしたところだった。

痛みと疲労の波が若干勢いを弱めたが、それでも限界の一歩手前といったところである。

ジャックもそうであることは間違いないし、ドスガアマもそうだろう。

無理はしない方がいい、と喉まで声が出掛かったが、思い直してジャックの後ろを歩き出した。

 

 妙な静けさが、エリア7を覆っていた。

いつしか日が落ち始め、空はほんのり橙色に染まっていた。

 

 

 

 

━ ━ ━

 

 

 

 ――エリア9。

比較的小さいエリアであり、エリア3から橋で繋がっている。

端の方には蜂蜜の木と、それに寄り添うように巨大昆虫(オルタロス)の巣が並んでいる。

エリア8の洞窟へと続く暗い影が不気味に伸びていた。

ドスガアマは――居ない。すでにエリア8に移ったらしい。

ジャックは軽く舌打ちすると、更にズンズン歩き出した。

一歩ごとに全身の骨が軋み、内臓が血と共に揺れてる気がする。立っているだけで頭がクラクラする。

早めに切り上げたいと思うのは、戦場の全員に共通した意思だろう。

 

 アオアシラ戦でもそうであったが、多くの大型モンスター達は弱ると足を引きずる。

そして自分の巣などに横たわって眠り、体力の回復を図るのだ。

放っておけば眠った分だけ回復し、益々厄介なことになる。その為、狩人(ハンター)の方は早めに巣を探し当て、攻撃して叩き起こさねばならない。

尚、寝起きの一撃である不意打ちは、通常のダメージの三倍も大きい。

態と眠らせてから攻撃するハンターもいる。

 

 渓流では基本的に大型モンスターの巣はエリア8に集まっている。

というより、雌火竜(リオレイア)火竜(リオレウス)という大型モンスターの巣を勝手に使って寝ているのだ。

中ではエリア9やその他で眠るモンスターも居るが、その数は限られる。

エリア8の洞窟は薄暗く、天井の一箇所に巨大な穴が空いている。

そこから飛竜種が入り込み、そのまま眠りの体勢につく。

僅かな光の当たる場所にはジャギィが集まりやすく、ハンターの登場で興奮して、眠っている大型を勝手に攻撃して起こしてしまうこともある。

 

 ジャックとナルガは、エリア8に踏み込んだ。

途端にジャギィ達五匹が独特の雄叫びをあげる。

 

「……早めに片付けるに限るニャ」

「散弾は使わずにな」

 

 黒帯ボウガンから貫通弾が飛び出し、偶々影が重なっていたジャギィを二匹吹き飛ばす。

残りの三匹もジャックの一撃と貫通弾二発で昇天した。軽いものである。

戦闘中それなりの音があった筈だが、ドスガアマは起きない。

 

 火竜の巣で体を丸めて横たわっている。赤い目には瞼がそっと閉じられる。

一般人がこの光景を見れば、美しいと思っただろう。

傷ついた体に残るしなやかな皮や艶やかな鬣に光がまぶされたその様からは、神々しささえ感じられた。

しかし、紛れも無くジャックとナルガの手によって折られた角。

散々二人の血を浴びたその角だけが、ユニコーンの禍々しい雰囲気を思い起こさせる。

 

「…爆弾はもう無い。生憎、捕獲用麻酔玉もシビレ罠も無い。どうする? 」

 

ジャックはドスガアマを睨みながらナルガに問う。

 

「勿論旦那の一撃しか無いニャろ。一撃で沈んでもらえればそれが一番ニャ。思いっきり頼むニャよ」

 

 ジャックはそれには返事をせずに、黙ってドスガアマの前に立った。

その頭蓋を見下ろし、ハンマーを高々と掲げる。静かな寝息が聞こえた。

 

「――――悪い」

 

 風を切裂き、槌は真っ直ぐに落ちた。

鈍い音が洞窟全体に響き、ドスガアマの頭が地面にめり込んだ。

 

 断末魔は無かった。出せなかったのか死んでないのか、それは分からない。

ただ、一撃のあと動かない。頭にハンマーを乗せたまま、微動だにしない。

ジャックは汗を一滴地面に落とした。

ポタッ――という音と同時に、馬竜の後ろ足がピクッと微かに動いた。

 

「避けろニャ旦那ァッ!! 」

 

 突然、ジャックの握るハンマーに力がかかった。

不意打ちに驚いた狩人は、手を離した。槌が空に飛んだ。

開いた赤い目が視界に入り、ジャックは戦慄した――――

 

 

 

 

 

 

――刺さった。深く。

 

「ッ……」

 

 ジャックの無防備な腹に、折れた角の尖った部分が刺さっていた。

満身創痍の彼にこの一撃が加わり、気が狂う程の激痛が全身に広がった。

堪えきれず、上を向いた。声が出なかった。

真っ直ぐ自分に向かって落ちてくるアシラハンマーが見えた。

それに向かって手を伸ばした。

 

 その時、血染めの角が腹から抜かれた。

血が勢いよく吹き出し、更に意識が遠のいた。

ジャックの体がグラッと揺れた。頭に向かって伸びている敵の前足に気づけなかった。

 

「ッ旦――――」

 

 頭から地面に叩きつけられた。

背骨が嫌な音をたてて、不自然な方向に曲がった。

血を吐いた。額から流れる血と混じり、地面に赤い水溜りが出来上がった。

 

ジャックは一際大きく痙攣した後、動かなくなった。

 

 ドスガアマが前足を静かに下ろした。

ジャックを一瞥し、ナルガを振り向いた。

 

 ナルガは何も見ずに、銃を振り回し、引き金を引きまくった。

二三発、ドスガアマの胸に突き刺さった。

しかし、馬竜の闊歩は止まらなかった。

 

 ナルガは目を瞑る。

足音が聞こえてくる。耳も塞いだ。

もうすぐ自分は死ぬのか。

抗うことすら出来ずに、苦しんで息をひきとるというのか。

 

 

─ ─ ─

 

こ゛ん゛な゛こ゛と゛て゛――

 

─ ─ ─

 

 ジャックも死んだのか。

次は自分か。覚悟を決めないと。いや、考えたくない。何も考えない方がいい。気づかずに終わる。

 

─ ─ ─

 

し゛ぬ゛の゛か゛お゛れ゛は゛――?

 

─ ─ ─

 

 そうだ、何も考えるな。

旦那も死んだ。ボクも死ねる。良いことだ。

怒るだろうか。旦那は。諦めるな、と一喝するだろうか。

 

─ ─ ─

 

お゛れ゛は゛――――

 

─ ─ ─

 

 瞼を開け。

耳から手を離せ。

立て。

諦めるな。

負けてない。

勝てる。

まだだ。

ボクが生きてる。

 

 

 

 ナルガは目を開いた。

真っ先に視界に入ってきたのは、自分と数cmを挟んだ距離に居るドスガアマだった。

恐ろしい顔だった。赤い目だった。顔しか見えなかった。

 

 首は、見えなかった。

だから、何が起こっているのかわからなかった。

ナルガは耳から手を離した。

途端に音が戻ってきた。

 

「グ……グガヴォ……グヲ…」

 

 喉から搾り出すような声が馬竜の口から聞こえてきた。

呆然としたまま、ナルガは彼の首元に視線を下ろした。

 

 そこには、五本の指があった。

人間の指だった。

形容し難い“曲がった”空気を纏った指が、首に巻きついていた。

それが主人のものであることに気づくのに時間がかかった。

 

 ナルガは首そのものを曲げて、ドスガアマの背後を見た。

――ジャックだった。

頭を垂らし、血をダラダラと地面に落とし。

片腕をドスガアマの首に巻きつけ。

地面に立った、ジャックだった。

 

 しかし、その全身に纏った“曲がった”空気からは、ジャックの面影を微塵も感じ取れなかった。

まるで別人のように、その空気はナルガの肌をビリビリと痺れさせた。

 

 

 ジャックは、ドスガアマから手を離した。

途端にドスガアマは苦しそうに咳き込み、酸素を取り入れようと口を懸命に動かした。

しかし、ジャックはそれさえ許さなかった。

無言で、さっきまでドスガアマの首を絞めていた手を振りぬいた。

 

「グヴォ――――」

 

 ドスガアマが声を出す間も無く、馬竜の体が勢い良く吹っ飛んだ。

尖った岩に激突し、岩を砕いた。

馬竜は大量に吐血し、地面に転がって動かなくなった。目から色が無くなった。

紛れも無く、死んでいた。激戦の後の、驚くほどに呆気ない命の引き際だった。

 

 

 ナルガは、ジャックだけを見詰めていた。

影に隠れた顔が少しだけ見えた。

目が緑色に変色していた。顎に刻まれた十字の傷跡から、絶えず血が流れていた。

 

 ジャックは暫く立っていた。

そして意識の糸が切られたように、突然ナルガに向かって倒れ掛かった。

 

ナルガは小さな体で、倒れ掛かってきた大きな体を受け止めた。

 

「旦那……」

 

 主人に続いて、ナルガが意識を失った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話 【戦火の跡】

 大陸の遥か北の、とある地域に聳える巨大な雪山。

雲のほんの手前にあるその頂上は、怪しい静けさに包まれている。

地面は言うまでもなく一面銀世界であり、草の一本も育たない、酷く殺風景な場所である。

空は太陽の光を失い、代わりに煌く星々と月明かりで世界に色を与えていた。

雪の白と空の黒を見て、それを美しいと感じる人は少なくない筈だ。

そこにほんの小さな赤を足してみても、尚「美しい」と感じる人間はいるだろうか。

その人数が多いにせよ少ないにせよ、必ず四人は居る。

月の光を背に浴び、雪と血で汚れた防具を身に纏う人間が四人。

 

 横一列に並んだ彼等の足元に転がる、血みどろの亡者。

赤い雪の上にうつ伏せに倒れたまま微動だにしないその体が“死体”であることは疑いようが無かった。

 

「俺は小指をもってかれた」

「私は額に傷をつけられた」

「儂は刀に罅を入れられた」

「僕は腕一本もってかれた」

 

「……やっぱてめぇが一番やられてんじゃねぇか。情けねぇな」

「積極的に攻めてた訳でも無し。弱卒が」

「まだまだ若造じゃの。期待なんぞ露程もしとらんかったが」

「そりゃ無いっすよ先輩方ァ!! 可愛い後輩をいたわる優しさってもんは無いんすか!? 」

 

「んなもん無ぇに決まってんだろうが。甘えてんじゃねぇよクズ」

「でかい声を出すな。耳障りだ」

「すんませぇ……ったく、僕が一番補助として役立ってたってのに……」

 

「お主等、少しは黙れ。獲物は狩った。もう帰るしか無かろう」

「……チッ」

「はいはいラジャーラジャー。あーあ、面白くないなーほんっと」

「黙れと言ったのが聞こえんか」

「…………」

 

「……で、どう報告するつもりだ? 四人出揃ってギリギリ勝てましたとでも? 」

「喋るなと言っておろうに。切り捨てられたいか」

「てめぇもてめぇだクソジジイ。リーダー気取って調子こいてんじゃねぇぞ」

「うわぁうわぁヤバ~い雰囲気……」

 

「何にせよ、報告は儂からする。『ファヴァジン・クラージャ討伐』とな。余計なことは言わずとも良い。さぁ行くぞ若造ども。死にたくなければその口を閉ざしてついてくるんじゃな」

 

 

 

四人は死体と沈黙をそこに残し、その場を後にした。

 

 

 

━ ━ ━

 

 

 

 ちょうど同時刻、場所はカエダ村に戻る。

砂漠へ課外授業に出ていた訓練所一向が帰ってきた。

現役上位ハンターである教官が帰村すると同時に、村長サムは彼に『少しの間村にいてくれ』と頼んだ。

教官が了承の返事をする間も無くサムは村を飛び出し、首の落ちた赤甲獣(ラングロトラ)を飛び越えて渓流の影に消えていった。

 

 

 息咳切らしエリア5に到着すると、彼は紛れも無い戦の跡地を目にした。

途端に腐ったような、吐き気のするような生臭い臭いが鼻腔を満たす。

凄惨な光景だった。地面は穴だらけ、黒く煤けたところや抉り跡が散乱し、大樹は真っ二つ。

元は深い緑色だったその地は、血で血を洗う惨たらしい情景が目に浮かぶような色に染められていた。

 

 エリア中心の切り株の上に、血塗れの巨大な獣が転がっていた。

目は虚空を見詰めたまま動かず、青緑色に輝く強靭な甲殻と銀色の体毛に覆われた四肢が有り得ない折れ方をしている。

王を彷彿させるその二本の角でさえ無残に砕け、黄褐色の甲殻に縁取られた尻尾も完全に切断されていた。

分厚い胸板は切り傷だらけで血にまみれ、はち切れんばかりの筋肉が露出している。

背中の毛は逆立ち、尖った青白い甲殻が天を向いたまま。

そしてその体全体がバチッ……バチッ……と微妙に蒼い光を纏い、輝く小さな虫達が周りを旋回していた。

 

 また、エリア左端の木々に挟まれるようにしてもう一つの死体が横たわっていた。

青みがかった黒毛に覆われたしなやかな体に点々と血が飛び散り、ブレード状に伸びた翼の刃翼は穴だらけ。

自身と同じくらい長い尻尾は先端の棘が逆立ち、そのうちのいくつかが欠けている。

そして、右後ろ足が無かった。

断面は嘔吐を誘うような色で、今も尚血が流れ続けていた。

 

 サムは、赤い切り株の根元に人間の姿を見つけた。

駆け寄ってみると、その体がどれだけ傷だらけなのか細部まで見てとれた。

巨大な獣達の亡骸の傷つきようと大差無かった。

白い柔道着は最早元の色を失い、泥と血に汚れて風にたなびいている。

開いた胸元には爪の痕と思しき傷跡が荒々しく刻み込まれ、両腕両足には黒く焦げた痕、青痣がいくつも並び、骨折している箇所も見られた。

瞼は閉じられ、僅かに胸と口が動いていることが分かる。

サムが彼の体を持ち上げると、地面の血だまりが波打った。

 

 サムは彼が手に握ったままの太刀を鞘に収めてから門番を負ぶさり、エリア5から立ち去った。

始終、彼は無表情を貫いていた。そこから見れる感情は何一つ無かった。

 

 

 

 

━ ━ ━

 

 

 

 門番を負ぶさったままサムがエリア8に行くと、そこにも倒れた戦士が居た。

ジャックとナルガが並んで仰向けに転がっている。

二人の防具は既に原型を留めていない。ジャックに至っては、着ているモノが防具かどうかすら判らない状態になっている。

二人共眠っているだけのようだ。か細い呼吸の音が洞窟に反響している。

 

 サムは門番を負んぶの体勢から肩に担ぐ体勢に変え、逆の肩にジャックとナルガの二人を乗せた。

そして洞窟の端に倒れた馬竜を一瞥すると踵を返し、エリア8を出た。

 

 

 エリア9は驚く程に静かだった。

オルタロスやジャギィ、ブルファンゴ達の姿も見られず、ただ静寂がポツンと独り佇んでいた。

ふとサムは足を止め、空を見上げた。

満天の星空だった。白い輝きが星屑の九割を占め、残りは赤や青が光っていた。

その中に、圧倒的に大きく、白く、冷たい満月があった。

神秘的だった。

 

 サムは暫く星空に魅せられていた。

小さく細い風が時々吹き、木々の緑をカサカサと揺らした。

 

「……綺麗な夜だな」

 

 自分にしか聞こえない声で呟いた。

空から目を離し、サムは再び歩き出す。

音も無く、流れ星が空を横切った。

 

 

――――時刻20;00。クエスト完遂。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話 【病人だろうと暇は作りたくない皆様】

 ――――ジャックが馬竜を“殴り殺した”あの時から、既に一週間が経とうとしていた。

骨折四箇所、打撲十二箇所、右肩脱臼、肋骨損傷、内臓破裂、脳震盪の大怪我を背負った彼が懸命に生き続けようとした期間である。

命を落とす寸前までに全身を傷めたナルガ、門番の二人も同様だ。

彼等のおかげで、サイネリアの家は久方ぶりに足音の止まない状態が続いた。

最低限の医療機器しか持たない彼女は、三人分の世話に中々手が回らず、サムの手を借りることもしばしばだった。が、彼の手は猫の手にすら遠く及ばない活躍ぶりであり、更にサイネリアを困らせたのである。

彼女は最近、サムのことを『おい』と呼ぶようになった。

 

 やがて、三人の患者は命を取り留めた。サイネリアという名の苦労人のおかげである。

彼等の生命力には幾度と無く驚かされた。非常識にも程がある、と言いたくなるようなスピードで回復していき、一週間で一通りの生活が行える体に戻ったのだから、狩人という者達が人智を超えていることは揺ぎ無い事実なのだろう。

体の七割を包帯で覆ったままの三人は未だ病院(サイネリア宅)で暮らしているが、そろそろ各々の自宅に帰れるレベルだ。

 

 ジャックは奇妙奇天烈なスプーンの持ち方をする自分の右手を見詰めながら溜息を零した。

 

「……だるい」

「そう暗い顔をするニャ旦那。あと一週間もあればまた狩りまくって血みどろの体になるニャ」

 

 努めて明るい顔をするナルガの手も今まさにスプーンを取り落とすところだった。

野菜スープ(薬草微量入り)が包帯だらけの顔に飛び跳ね、ナルガは「ンニャッ!! 」と叫んで椅子から転げ落ちた。

普段なら大笑いする筈の門番の兄ちゃんも全くのノーリアクションな為、ナルガはかなり気まずい。

 

「お前の『ニャ』の使い方が何かややこしいんだよな。『暗い顔をするな』って言ってんのか『暗い顔をしろ』って言ってんのかわかんねぇんだよ」

 

 ジャックはノーリアクションどころかしかめっ面で文句を垂れる。

腰を抑えながら椅子に登って座りなおしたナルガも何か言い返そうとしたが、言葉が出てこなくてがっくりした。

 

「んだなぁ~。今明るい顔をしろって言われても努力する気になれないわ。何てったって俺の太刀折れたし」

 

 門番はそう言って一口スープを飲む。顔にでかでかと「まずっ」と書かれ、それを目撃した調理人(サイネリア)が眉間に皺を寄せた。

食卓を囲む五人のうち、今日まだ言葉を発しないのは村長である。

看病の時に散々サイネリアに怒鳴られて心なしか元気の無いサムは、行儀良く椅子に座っていた。

始めはそれにぎょっとしてい四人だったが、無表情の周りの雰囲気が明らかに暗いのを見て、悟った。

因みに、写真に撮りたいとソワソワしていたのはサイネリア一人である。

 

「あれ、兄ちゃんの太刀折れたんだっけ?聞いてねぇぞ」

「そりゃあ言う必要無ぇもん」

「……ニャ」

 

 ジャックとナルガは、門番が何故同じ病室に居たのかは知っている。

とは言っても、そのほとんどがサムによって話された嘘であるから、『知っている』と言うのは間違っているかもしれない。

 

「あの名刀が折れちまうなんてほんっとついてないわ。大震刀(だいしんとう)幻仇(げんきゅう)】なんて多分ここらで持ってんの俺だけだったんだぜ」

 

 実は、彼の刀が折れたのは四日前である。

血で汚れ、刃こぼれしていた太刀が気になった彼は、夜に病室を抜け出して太刀が立て掛けてある棚に向かい、砥石で刀を研ぎ始めた。が、石が刀身に触れた瞬間に凍えるような音がして真っ二つに折れたのである。

夜だったから暗くてひびが見えなかったのだろう。門番は泣いた。

 

「……槌が壊れなかっただけ俺は運が良いのか……」

「防具メッタメタだけどニャ……」

「俺はそもそも防具着てなかったけど」

 

 全員が一斉に溜息を吐いた。悩みに暗い朝である。

 

 

 

 壁にかけられた時計の針が1時を示した頃、ジャックとナルガは松葉杖を持ってサイネリアと家を出た。

引きとめようか迷うサイネリアだったが、「外の空気が吸いたい」という二人に賛成することにした。

何かしないかと少し心配だったので、サイネリアも付いて行く。扉を押し開く。

 

 

 ――むわっ。

 

「……やっぱ戻ろうかな」

 

 家を一歩出たジャックの一言。

 

「ちょっ!!? いきなり!? 病床離れの輝かしい一歩目だけど!? 」

 

 そしてこのツッコミである。サイネリアである。

ふとナルガの方に視線を向けてみれば、見るからに暑そう。

サイネリア自身は慣れてしまっていたが、外の空気は何と言うか……こう、『むわっ』という擬音が素晴らしく似合う息苦しいものである。

彼等も慣れていた筈なのだが、ここ一週間は一度も外へ出てないのでこの反応が正常なのかもしれない。

 

「いや、外の空気吸いたいって言ったのは俺達だけどさ、渓流の水辺のああいう空気を考えていた訳でありまして……」

「でも頑張ろ!? ね!? 農場に湖あるから!! 行こう!! wow!! 」

「お前がそういうキャラだなんて知らなかった」

「何で真顔ニャ……」

 

 サイネリアに背中を押され、一行は農場へ向かう。

因みに、ナルガは暑すぎでヘバってサイネリアの頭の上。

通りすがりの少年達の視線などお構いなしに、ナルガは白目を剥いていた。

 

 早くも農場に到着。

一週間空けたものの見慣れた修行場が文字通り目一杯見渡せる。

長方形の形をした、柵で覆われる草原の頂点にあたる位置の一つには、鍛錬用の急な崖がいかめしく聳えていた。

そして、崖から北を向いて真っ直ぐ行ったところ(農場入り口から対角線上の位置)には、半径20mの円に驚く程に透き通った水色がしきつめられている。魚は居ない。それで若干魅力が削がれる。

更にそこから西に行った突き当たりには大きな銀杏(いちょう)の木がある。その太く大きな枝から紐でぶら下がる丸太も、銀杏そのものの幹と同じくらいの太さだった。

これは丸太修行の装置である。農場管理人(キュウクウ)に聞くところによると、どこか東の方の大陸のどこかの村で生み出された装置らしい。

紐で吊るされた丸太を思いっきり押し、反動で返ってきた丸太を受け止めることで全身の筋肉を鍛えようというものである。ジャックが初めてコレに挑戦した時は5mくらい吹っ飛ばされたものだった。

 

 ジャックは農場を一通り見回すと、安堵の吐息を吐いた。

 

「キュウクウさんは居ないみたいだな……昼食時か? 何にせよ良かった」

「流石に怪我人に崖登りとか薪割りとか強いる人じゃ無いと思うけど」

「あの人を侮らない方がいいニャ……」

 

 カエダ村ハンター達にとって、彼女の存在は恐怖そのものである。

訓練所の鬼畜教官と肉親関係なのかは判らないが、同じ特性を有する者たちだ。

が、彼等のおかげでカエダ村出身のハンターが強く大きく育つのだ。感謝は忘れないようにしたい。

ジャックもナルガも既に九年間も世話になっている。

――――とはいえ、正直言って怖すぎる。

 

 一行は草原を横断し、湖の(かたわら)に腰を下ろした。

涼しい。頻繁に風が吹き、水面スレスレに通り過ぎて三人の頬を撫でる。

『もわっ』を十分も耐え抜いた褒美としては申し分ない。思わず口元が綻びた。

 

「これぞ待ち望んだ本当の『外の空気』!! いや~……爽快っ! 」

「喜んで貰えたようで良かったわ」

「姉さんはついてきただけだけどニャ」

 

  どこか遠くで鳥の鳴き声がした。視界に広がる湖の綺麗さが心をさっぱり洗ってくれたような気がした。空は快晴。大きな雲がゆったりと気ままに流れている。

ジャックが伸びをすると、太陽の白い光が優しく顔を照らした。

 

「ふぁ~あ……ここで寝たいな」

「持ち帰るのが面倒くさいからそれは勘弁してよね」

 

 サイネリアの頭の上でナルガも伸びをした。

ジャックは空の色をそのまま映した水面を眺めながら言った。

 

「そういやナルガが何か適当なこと言ってたけどさ」

「何? 」

「ニャ? 」

 

サイネリアが聞き返す。

 

「実際のところ、俺やナルガが狩りに戻れるのってどれくらい後? 」

 

少女は顎に手を当てて少し考えるような素振りを見せた後、ジャックに向き直って言った。

 

「良くてあと二週間くらいだと思う。私個人としては、傷が開くかもしれないから一応三週間は待った方が――」

「そうか、あと二日か……」

「聞けよ!! っていうかどんだけポジティブなんだよ!! 」

 

ナルガが二人の掛け合いをぼんやりと聞きながら瞼を閉じた。

 

「冗談は置いといて、軽い訓練とかでもあと一週間はダメだかんね」

「あいあい了解。 それじゃ一週間も暇だなぁ……うぅむ。ダルい」

 

 ジャックは大袈裟に頭を抱えた。

それを本気と捉えのか、サイネリアがまたしても思案顔になって『考える人』のポーズをとった。

暫しの沈黙を切裂いて、少女の提案が少年の耳に飛び込んだ。

 

 

「じゃ、みんなで旅行とか行かない? 」

「へ? 」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話 【旅行準備】

 ジャックとナルガとサイネリアは一通り水辺で涼んだ後、くらくらするような日の下をくぐって家に帰ってきた。行く時よりは幾らか暑さに慣れたようだ。

しかし、今彼等の頭の中は農場での会話で一杯であり、身体のことは気にならないようだった。

 

 旅行。行き先は大都市ドンドルマ。

ハンターズギルド本拠地を有する都会の中の都会の中の都会である。

ギルドから正式にクエストを受注し、正式に制限時間や支給品がある中のクエストをこなし、正式に依頼者からの報酬を受け取るシステムがある。

また、狩人の証明であるギルドカードが一人ひとりに発行され、あらゆる個人情報が記載される。

それはクエストをこなすごとにギルドの手によって更新され、一定の量のクエストをこなすとHR(ハンターランク)が上がる。

クエストによって条件にHR○○以上というものが設定されてある為、狩人の実力にあった依頼を受注することができる。

 

 そして、HRが一定の値に達すると狩人の最も大きな位が上がる。

ドンドルマにやってくる狩人達の最初の位は《下位》、そしてそこから《上位》、《G級》とずんずん上がっていく。当然、飛び級は認められない。

因みに、G級の更に上にあるという《X級》が本当かどうかは謎に包まれている。

G級の凄腕ハンター達が目標をつくる為にホラを吹いたのかもしれない。

 

 カエダ村出身のハンターの多くがドンドルマへ出発して何年も経つ。

そこで幾多の功績を挙げていると思うと、その度に憧れでジャックの胸は熱くなるのだった。

非力な自分にとってドンドルマはあまりにも遠い存在であり、いざそこに行けると思うとまだまだ新米の狩人は興奮で爆発しそうな気持ちに駆られた。

 

 

「ドンドルマか……懐かしいな」

 

 

 そう洩らすのは門番。今正にサイネリア宅に帰ってきたようだ。

折れた刀の復元の為に淡い希望を抱えて加工屋のもとへ行き、見事に崩れ落ちたらしい。

刀の復元などできる筈も無い。ジャックは心から同情した。

 

「お前は何度か行ったことがあるんだったっけな。ハンターとしてじゃなく」

 

 サムの座る体勢はいつの間にやら0にかえっていた。少し寂しいというのが周りの本音。

彼が椅子の後ろ足二本でバランスを取ろうと揺れる度に、テーブルに乗った両足がカタカタ音を鳴らす。

サイネリアの貧乏ゆすりがテーブルの下でひっそりと開始された。

 

「で、どうなの? 行けんの? 」

 

 ジャックがテーブルに身を乗り出すと、丁度反対側にいるサムが大きくグラついた。

そこで倒れないだけのバランス力を持ち合わせているというのだから、尊敬に値する。

ジャックも自分が驚くぐらいの勢いだったので腹を強くテーブルに打ち付けた。

悶絶するジャックに、隣から門番が答える。

 

「……ちょっとキツいかもなぁ~。酒場とか入ったら瞬く間にビール瓶が飛んでくるような世界だ」

 

 天井を向き、頭の後ろで手を組んで、彼はドンドルマでの様子を思い出したようだ。

サムが下を向いてボソッと洩らした声も、呆然の沈黙の中では充分響いた。

 

「ま、時間帯にもよるけど。ハンターどものクエスト終わりのタイミングはバラバラだと言っても、大まかに分かれてるから、見計らって行けば葬式みたいな酒場に入店できるぜ――ぶっちゃけ、別に酒場に行く必要も無いんだがな」

「加工屋だけ見て帰って来るのは流石につまんないぞ」

「……ニャ。短くても一週間は滞在したいからニャ」

 

 ナルガは未だサイネリアの頭の上でうつ伏せ状態。両手足がサイネリアの額と後頭部から垂れ下がり、綺麗な茶髪の大半を隠している。目は閉じたままの意見発表は、よい子のみんなは真似しないように。

サイネリアはそれを気にもせず、発言した。

 

「要するに、酒場――クエスト受付所が危険ってことでしょ? 三人は怪我人だから」

 

残り四人を代表して答えるのはサムだった。

 

「まぁ、そうなるか」

「なら、護衛でも付けてけばいんじゃないの? 」

 

ナルガの目がパチッと音をたてて開いた。

 

「……誰をニャ」

 

サイネリアはサムを指差して、いかにも見下した顔つきで、もったいぶって、言った。

 

「そいつ」

「……いや、村長は村から離れちゃいけないんじゃねぇの? 」

 

 ジャックがすぐさま反論する。

それには、大きなショックを受けてもまだ無表情なサムが答えた。

 

「教官がいない場合な。まぁそれにしても七日も空けるのは流石に図々しいかもしれん……」

「ダメじゃん」

 

 ナルガが再び目を閉じた。

が、次の瞬間また開くことになる。

 

「じゃ、雇うか? 」

 

 門番である。

彼は続けて言った。

 

「狩人の護衛を狩人に頼もうじゃないか」

 

ジャックが俯いた。

 

「プライドズッタズタかよ……第一、旅行ごときの護衛してくれるような狩人とかいる訳無いだろ」

「そんなやってみなきゃわからんだろ」

 

 消極的なジャックと積極的な門番。

口を挟むのはサイネリア。

 

「行くのは私とジャックとナルガと門番さんの四人でしょ。まともな戦闘員いないわよね。万が一ってこともあるだろうし、私はそれでいいと思うけど」

「フンニャ……アンタには狩人のプライドは無いからニャ~……」

 

 

――狩人護衛狩人依頼意見賛成者数二人――

 

「まぁ、それしか無いだろうなぁ。訓練所の教官にゃー訓練生がいるし、キュウクウも農場管理の仕事があるし……」

 

 あっキュウクウってやっぱり戦闘員として数えられてるんだ。

――狩人護衛狩人依頼意見賛成者数三人――

 

「いやしかし、旅行ごときでプライドを潰すのも何だかなー」

「空前絶後の依頼だってドンドルマのハンターどもが笑うだろうニャー」

 

 未だ食い下がるジャック。そしてナルガ。

サイネリアが追い討ちをかける。

 

「……じゃあ、一週間私ん家でベッドの上にいる? 」

「「ぐっ……」」

「私は別にいいわよ。看病があるから暇って訳でも無いし」

「「うっ……」」

「――男らしくさっさと決断しなさいよ!! 」

「「ヒィッ!! 」」

 

ジャックとナルガの頭が垂れた(ナルガは下向いただけ)。

――狩人護衛狩人依頼意見賛成者全員――

 

 

 こうして、満場一致で『狩人に狩人の護衛を頼む依頼をドンドルマに持っていく』ことが決定した。

カエダ村のハンターのことは影が薄すぎて彼等の話には一度も出てこなかった。

本当は彼等に頼むのが最も早い話だったのだが……

ともかく、旅行に行くことが割りとしっかり決まってきたので、ジャック達四人は準備に取り掛かった。

依頼をドンドルマへ持っていく屈辱的な係は、都合良く長期休み期間に入った教官が行うことになった。

彼は何度も「私が護衛を! 」と叫んでいたが、四人の「頼りない」という一撃で沈み、すたこらドンドルマへ向かった。気球で。

因みに、ドンドルマはカエダ村から北西に約2000km進んだところにある。

物凄く可哀想な上位ハンターだが、四人は人生経験豊かな彼に「こういうこともある」とだけ言っておくことに決定した。

 

 そんな訳で、今ジャックは自宅で旅行準備に取り掛かっていた。

 

 

「……うむ、一応狩り用品は一式持って行くか……」

 

 部屋に旅行用巨大道具袋(ポーチ)があったのは、訓練生時代の名残である。

旅行ついでの遠征授業が何度かあったので、その際に訓練所から貰った代物だ。

もうかなり年季が入っている。つぎはぎ痕は三つに留まらない。

 

「着替えが上段、中段にモンスター図鑑と調合書三冊、なんかよく分からんパンフレット、そして一番下にありったけのハンター用品。ハンマーは背負っていくか……」

 

 一通り終わって流れ落ちる汗を拭った時、不意に窓がコツコツと叩かれた。

ジャックは飛び上がって、折角拭った汗をまた噴き出させながら窓を開いた。

そこには相変わらずの無表情でサムが立っていたので、部屋の中からその光景を見るとかなりホラーだった。

 

「……何用じゃ? 」

「加工屋――あー、ア、マ、サーカルが呼んでる」

 

 慣れ親しんだ(?)加工屋の名前くらいは覚えておいてほしいものだ。

 

━━━(作者付記)━━━

 

完全に忘れ去っているであろう読者が、態々ページを戻って確認に向かう苦労をしないように、ここで改めて発表する。

 

カエダ村加工屋の名前は、《マーカル・ブライス》。

加工の技術は超一流……という設定は作者の私でさえ忘れていた。ここに謝罪の意を表明する。

今後彼の名は頻繁に出すことになるので、皆様覚えておくといい。

 

━━━(終了)━━━━━

 

 ジャックは呼び出される理由を考えて首を傾げたが、取り敢えず家を出て商店街に向かった。

金槌の音を辿っていけば加工屋はすぐ見つかる。

机に両手をつくと、既に小太りの無精髭を生やした職人が待っていた。

彼は言った。

 

「村長からだ」

「は? 」

 

 マーカルは一度店の奥へ引っ込むと、今度はゆっくりとした歩調で現れた。

持っているものを見て、ジャックの口があんぐり開いた。

 

 黒光りする柄は長く、ジャックがこれまで掴んできたそれより数段太い。

《頭》と呼ばれる、敵を殴りつける部分は鋼鉄に焦茶色の固そうな――否、固い皮が張ってある。

片端はやや細くなっており、先には白く尖った“あの角”が小型化して取り付けられていた。

その反対側からは、美しく揺れる艶がかった漆黒の毛の束が、流れるように生えていた。

ジャックが見たことも無い、美しいハンマーだった。

 

「名前は【王砕槌(おうさいつい)】。まだある。待ってろ」

 

 マーカルは再度店の奥に向かい、ガチャガチャ喧しい音を立てて暗闇から出てきた。

ジャックは顎が外れるかと思った。

 

 頭部からは白く長い角が一直線に天を向き、その様子は“あの獣”を彷彿させた。

角の両隣には黒く小さな蹄が形を整えられて乗せられている。

頭から胴体の背面部分、腰あたりまで、小ぶりな白い石が並ぶ。当然、削られた“彼”の角。

肩当は斜め上を向き、腕と足の関節ごとに小さな蹄が取り付けられていた。

腰周りは鬣、尻尾の毛で覆ってある。

そして、胸部中心には光り輝く青いものが埋め込まれていた。

それは菱型をしており、胸部全体のうち、四分の一程の面積を使っていた。

 

「そいつだけは馬竜の素材でも鉱石の類でも無い。この間お前に預けられた“海竜の甲殻”だ。勝手に使って悪かったな」

 

 ジャックは言葉も出ない。

ただただその防具に見惚れていた。

マーカルは控えめに笑い、言った。

 

 

「これからはそいつがお前の防具、ドスガアマシリーズだ。早めに慣れるんだな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十話 【大都市への旅の序章】

「え? いや、いいのか? 」

「いいに決まってるだろう。そいつはお前自身が倒した獣からとった素材で出来てるんだからな」

 

 ジャックは驚愕と戸惑いの表情から恍惚の表情へと一変した。

限りなく黒に近い茶色のドスガアマシリーズを日に当てると、胸に埋め込まれた蒼い甲殻が煌いた。

 

「……サンキューな、おっちゃん」

「村長に言え。じゃあな」

 

 そう言い残して、マーカルはまた店の奥へ消えた。

ジャックは防具を舐めるように見たあと、その場で私服を脱いでインナー姿になり、防具を着込んだ。

興奮していたせいか試着に手間取り、完全にその身を鎧で包んだ時には彼は息切れていた。

暑い。強烈な日光を浴びてる時より更に暑い。重厚な鎧で体が溶けそうだ。

しかし、ジャックはそれすらも気にならなかった。

まだ比較的軽いランポス防具しか着たことの無い彼にとって、この防具はかなり重いものに感じた。

が、実際はドスガアマシリーズはその他の防具たちより遥かに軽く設定されており、ジャックが経験不足なだけである。

本来はランポスシリーズももっと重い造りになっている筈なのだが、マーカルはハンターズギルドが発行した《防具一覧》に載っている防具を見るなり「けっ」と呟き、それと全く違った防具を造った。

装飾なども随分自分好みに変えた為、ジャックは全身真っ青のセンスに欠ける防具を身に纏って戦場を駆けることになってしまった。

しかし、そんな痴態もここまでである。

ドスガアマシリーズが大変格好いいところを見ると、マーカルはハンターズギルド設定の防具に沿って造ってくれたのだろう。とてもありがたい。

 

 そんな考えに耽りつつ、手を伸ばして机の上のハンマーを握った。

丁度良い重みで、よく手に馴染む。軽く振ってみると、ブオンと風を切る音がした。

どうやらアシラハンマーよりも柄が長い分、鉄塊に遠心力がのって威力が増すようだ。

 

「……うむ、これはおっちゃんに礼言っといてよかったぞ。村長にもいつの日か言っとくとしよう」

 

 ジャックは大層上機嫌な様子で帰宅した。

何だか周りの風景が随分美しく見えるようである。気分でここまで変わるものなのか、とジャックは驚いた。

防具を脱いで、槌と一緒に慎重に部屋に置いた。

それでも興奮が収まらず部屋を跳ね回っていたら、机の脚に足の小指をぶつけ、悶絶した。声も出ない。

足を押さえて無言で床を転げまわり、激しい音を出していると、何事かとナルガが駆けつけてきたが、ジャックを一目見るとすぐ部屋に戻っていった。

まっこと平和なジャック宅である。

 

 

━ ━ ━

 

 

 それから数日後、狩人護衛狩人依頼の為にドンドルマへ向かっていた教官が帰ってきた。

カエダ村から驚く程遠い道のりな筈なのに割と早い帰還だったので、ジャック達は驚いた。

最近は移動用の気球に色々と機能が追加され、快適な空の旅が楽しめるようである。スピードも段違いだそうだ。

 

 それで、帰ってきた教官は早速ジャック、サイネリア、ナルガ、そして門番に吉報を伝えた。

どうやらカエダ村の皆様からの慎ましい依頼を受けてくれる御仁が一人、見つかったらしい。

話を聞いてみれば、HR4の下位ハンターらしい。今の彼等からしたら下位の狩人でも心強い。

 

「名前は本人から聞け!! 穏やかな空の旅で我輩はド忘れしてしまったからな!! ガハハハハハハ!! 」

「要するにもう年なんだな」

「鬼畜教官もそろそろ引退かね」

「生憎、認知症の治療法はまだ研究してないのよね……」

「ウンニャ」

 

 スリルのスの字も無いような面白味0の依頼を受注してくださった慈悲深い人の名前くらい覚えておいて欲しいものである。当然ながら、散々な言われ様だ。

クエストの報酬は1000zと、クエスト内容にしては案外高い方である。

旅行は行きに1日、帰りに1日かけて一週間から二日引いて、向こうでの滞在期間は五日間。五日間のドンドルマ案内、護衛をお願いする。

教官の話によれば、掲示板にクエストを貼ってから二日でたった一人しか来なかったようである。

金稼ぎが目的でハンターをやってる者達はもっと破格のものを狙っているとして、いつも荒々しい戦を続けている勇者達の息抜きとしては妥当だと思っていた四人だが、案外そうでもないらしい。

 

「まー、結局見つかったなら良かったじゃない」

「……そうだなぁ。怪我人が旅行に行くこと自体おかしくて、更に怪我が理由で《危険》と勝手に決めて。それの護衛を頼むなんて、俺達随分恥かいたけどな」

「顔写真載せてったんだっけニャ? ボク達がドンドルマ行けるくらい成長した時、どんな目で見られるんニャろうか……」

「ガハハハハハ!! 全部決まってから愚痴を吐くか貴様等!! 死ね」

「今の真顔は迫力あったな……」

 

 

「ともかく、これで色々決まったし。良かったなお前ら」

「綺麗にまとめたな村長」

「一応《(おさ)》の立場だしな」

「能力あるんだったら他の時でも使ってほしい」

 

 

 

 

━ ━ ━

 

 

 時は流れてあれから三日後、四人は村の門の前に立った。

門番は白い柔道着を黒帯で締めたいつもどおりの格好で、自身と同じ程も大きさがある大袈裟なバッグを二つも背負っていた。

サイネリアは淡い水色のワンピースに麦わら帽子を被り、桃色のリュックサックを持っている。

医療セットと着替えくらいしか入っていないので、小さめだ。

そして、ジャックとナルガはと言うと、渾身の狩人装備である。

一新したドスガアマシリーズに身を包み、同じく一新したハンマーを背中のフックにかけている。

戦闘で使用する道具袋(ポーチ)を腰から提げ、狩りに行く“まんま”の出で立ち。

ナルガも似たり寄ったりである。

二人の生活用品は門番が背負ったバッグの片方に詰め込まれている。

門番からすれば傍迷惑な話である。

 

 こうして四人並べてみると、かなり異彩なものだ。村長はしみじみ思った。

旅行に行こうとしてるのはサイネリア一人なのでは、と錯覚してしまう。

 

「まぁ、その、なんだ。気をつけて行って来い」

 

 無表情は貫くが、改めて言ってみると気恥ずかしいものである。年季が入ってるのに何てザマだろう。

四人を代表して、ジャックが防具の中からこもった声で返事をした。

 

「おうよ。一週間の間村頼むぜ」

 

サムは苦笑いした。

 

「元々お前がいなくても大丈夫なんだがな……まぁ、任せとけ」

「ウンニャ、教官含めボク達の他にも数人は狩人がいるからニャー。心配なんてしてないニャ」

「おお、信頼されてるな俺」

「一応《長》だしな」

 

門番が村長に言った。

 

「それじゃ、精々楽しんできます」

「おおよ。行って来い。傷はしっかり治せよ」

 

次に、サイネリアが言った。

 

「もし私がいない間に怪我人が出ても、絶対何もしないでね」

「……はい」

 

そして、ナルガ。

 

「流れ的に何か言わなきゃならないんだけど、別に何も言いたいこと無いニャ」

「お、おお、ふ。そうか」

 

最後にジャックが笑って言った。

 

「そんじゃ、挨拶も済んだところだし、行くか」

「たかが旅行なのに何でこんな長ったらしかったんだろうな。何かのフラグか? 」

 

 

 四人が手を振りながら門を出て行った。

サムも軽く手を振って、彼等を見送った。

すぐに影は見えなくなった。

 

「さて…………うん。そうだな」

 

サムは踵を返し、口笛を吹きながら自宅へと帰っていった。

 

 

 

 ――この時はまだ、彼は“違和感”を知らない。

「監視されているような感覚」がサムに届くまで、もう少し。

 

 

 

 あの砂漠の、あの小屋の、あの男がまたしても言葉を洩らした。

 

「サム・フォーリアス……いや、先にリュウジャ・カルファオンだな……」

 

 小屋の外で、あの竜の、あの咆哮がまたしても轟いた。

前よりもいくらか甲高い声だった。

 

 

 

 

━ ━ ━

 

 

 一方、ジャック達旅行人一行は渓流のど真ん中に居た。

当然、普段の狩りをする一帯からは離れた場所である。

あの一帯は観測上最も大型モンスターの出現率が高い場所なので、避けてきたのだ。

かなり遠回りだが、安全に越したことは無い。

当然の如く非戦闘員のサイネリアはともかく、武器を持たない門番も今は非戦闘員なので、安全に越したことは無い。

更に、戦闘員として数えられているジャックとナルガでさえも、怪我人である。

なるべくデカイのには遭遇したくない。

 

 気づかないままにセッチャクロアリの大群を散り散りにさせながら、ジャックは先頭を歩く門番に声をかけた。

 

「移動用の気球があるのはどこなんだっけ? 」

「ああ、悪い確認してなかったな」

 

 門番は一度言葉を切った。

念のため地図を広げて方向を確認し、改めてジャック達に告げた。

 

「渓流を北上したところに、小さな村がある。そこで気球を借りることになってる」

「村……? 何それ、近くに村があるなんて聞いたことないわ」

 

 サイネリアが首を傾げた。

それには、いばらを避けるのに格闘しながらナルガが答えた。

 

「多分、それって『ピガル村』のことじゃないかニャ? 」

「ご名答」

 

 門番は振り返り、三人に見えるように地図を広げた。

四つの頭に寄り、門番の指が地図上にある小さな赤い点を指した。

 

「まずは目的地はここだ。半日あれば辿り着けるぞ」

「ふぅ~ん。割と遠いのね……ってか、どしたのジャック? 」

 

 赤銅色の動く鎧の方を見ると、何やら首を傾げている。

顎に手をあて、何かを必死に思い出すような仕草をしていた。

表情は見えないが、恐らく顔を顰めているということが予想できる。

 

「ん、何かピガル村って何か聞いたことがあるような気がしてさ……」

 

門番が言った。

 

「半年に一回くらい来るぜ。向こうから商売人が。そんときに聞いたんだろうな」

「どうだかなぁ……うぅん、いつだったか。思い出せそうなんだが……」

 

ナルガが頭をポリポリ掻きながら言った。

 

「確か、ピガル村はキノコ類で有名なんだっけニャア。調合に必要なレアなのは半年に一回纏め買いしてたけど、中々安かったニャ」

 

「むぅ、やっぱり分からんな。まぁ行って見りゃ何か思い出すかな、ピガル村。全速前進だ」

「やっぱそうなるな。少し急ぐか」

 

 

 一行は歩調を速めた。

大都市ドンドルマへの旅。まずは気球を借りる為にピガル村へ。

太陽がいつもより激しく照りつける一週間はまだまだ始まったばかりである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話 【ピガルと名を持つ小さな交易村】

 ――その赤子は、笑っていた。

母の腹から産み落とされたその瞬間から、ずっとである。

産声は無かった。涙の一滴も流していなかった。故に、両親は気づいた。

“ああ、この子は異常なんだ”と。

笑顔は良いことである。そんなことは周知の上だ。

しかし、彼の笑顔は、どうしようもなく不気味に思えた。

横に広がった口、均整のとれた鼻、吸い込まれるような不思議な瞳。どれもが不自然な気がした。

そのせいか、どう考えてもおかしい、顎にある“十字の傷”に違和感を感じなかった。

父と母は、親としてこの赤子を育てることに嫌悪感を抱いた。

真っ先に「捨てる」という選択肢が脳内で産まれたのは、この二人も気づかぬままに“異常”だったからなのだろう。

 

 ――赤子は雄大な自然の中に放り投げられた。この世に現れて二十四時間と経たぬ間に起きた出来事である。

とある密林のとあるエリアの、とある――“巣”の中に赤子は捨てられた。

両親は、我が子を捨てるどころか、抹消させようと企んでいたのだ。

素っ裸の幼子は、笑顔で寝ていた。産みの親に「殺されよう」としているのに気づかないのか、気づいた上で哀しみを感じていないのか、端から見ても何もわからなかった。

やがて、赤子の頭上に翼をもった巨大なものが舞い降りた。

緑の重厚な鱗に覆われた太い両足が地面を潰し、風圧で周囲の木々が揺れた。

それから一拍置いて、今度は赤い重厚な鱗に覆われた太い両足が地面を潰して地割れを生み、風圧で周囲の木々を千切った。

 

 四本の足に囲まれて、赤子は笑い声を上げた。

その声を聞いて、一対の巨体は下を向き、異種を見つけた。

四つの蒼い目が纏う雰囲気が優しいものに変わった。

――――これが、赤子が“家族”と出会った瞬間だった。

 

 

 

 それから、赤子は時間をかけて少年となった。

巨大且つ強大な両親に異様な育てられ方をし、異常にたくましい体となっていた。

勿論、彼はここまで育つ中で、一瞬も笑顔を絶やしたことは無かった。

笑顔で獣を殺し、血肉を喰らい、生きてきた。

翼をもった父母には無い器用さで己を守る鎧をつくり、己を強化する剣をつくった。

火を吐く家族の形に見合った鎧をつくり、家族全体を強化していった。

度々家族のもとに現れる、武器をもった者達を返り討ちにしていた。

 

 “武器をもった者達”の間で、その家族は幾度と無く話題に上った。

武装した竜、そして原始人のような姿をした人間。

どうも一対の竜に守られているように見える、顎に傷を負った少年――笑顔の、少年。

武器をもった者達は、彼を討伐対象として何度も戦いを挑んだ。しかし、その度に負けた。

人々は、畏怖と畏敬の念をもって、笑顔の少年をこう呼んだ。

 

 

 

――【笑羅(ミラ)】と。

 

 

━ ━ ━

 

 

 ――時、場所は大きく変わる。

渓流を北上し続けたジャック、ナルガ、サイネリア、門番の四人が太陽の高さを気にし始めた頃である。

南風も薄れ、柔らかい葉の音が途切れた。真っ先に声を上げたのは、ナルガだった。

 

「村ニャ!!」

 

 日常生活の上で運動量が最も少ないサイネリアは、肺を抑えながら苦しげに頭を上げるのが精一杯だった。

後ろで馬鹿みたいに歓声を上げるジャックに負けず劣らず、自分も喜んでいることに気づいた。

空を覆っていた葉々がいつの間にか姿を消し、黒みを帯び始めたオレンジが旅人一行を綺麗に照らす。

開けた視界の先には、丸太家が連なって構築する、紛れも無い村があった。

ちょっと首を動かせば、大きめの柵で囲まれた範囲内、つまり村の全体が見える。

カエダ村の四分の一も無いだろうか。小さな村である。

村の中央には、カエダ村と全く同じ造りである集会所があったが、それが不自然な程に大きく見えた。

 

「……ちょっと暗いから細かいところはよく見えないな」

 

 門番が目を細めてそう呟いた。

サイネリアと違って息切れの無いジャック達は、次々に言葉を繋ぐ。

 

「で、気球は?」

 

 流石に蒸し暑かったらしく、ジャックは頭用防具を外して脇に抱えていた。

汗の滴が顔を伝って幾度も地面に落ちている。防具を着たままでは体感温度が常人の1,5倍はあるだろう。

外観を気にしすぎるとこうなる。ジャックにはいい経験になった。

今の彼の気になるところは、移動用の気球だけらしい。

 

「かなり大切なモノだから村長の家にでも置いてあるんニャろ。見える訳ないニャ」

「取り敢えず挨拶に行かないと駄目だ。貸してくれるように前もって申請はしてあるから、面倒な手続きはしなくていい」

 

 一行が歩く内に、村の正面に着いた。

カエダ村と違って門は無いらしい。従って門番も居ない。

恐らく、渓流の大型モンスターの殆どがカエダ村に流れるので、こちらにはそこまで危険が及ばないから警戒は必要無いのだろう、と門番は考えた。

 

「あ、こんにちは~」

「どうも、こんばんは……ん? こ、こんにちは~」

 

「こんばんは~」

「こ、こんに……こんばんは~」

 

「こんばんは~」

「こんばんは~」

 

「こんにちは~」

「こんばん……ちは~」

 

十分ほど村の中を歩いたところで、ジャックが爆発した。

 

「統一しろよ!!」

「すれ違った十二人中、六人が《こんにちは》を選びましたニャ」

 

 通行人が何人か振り返って、物珍しげにジャックが見た。ジャックは赤面した。

サイネリアが溜息を吐いた。門番は苦笑した。

 

「まぁ、境目が難しいからな……時間帯もアレだし」

「そもそも、すれ違う度に挨拶されるってことがカエダじゃ無かったしね」

 

 初めて会った人に友好的なのがこの村の特徴らしい。

他にも、歩いてるうちに気づいたことが幾つかあった。

まず一つは、話に聞いていたように《キノコ》が盛んらしい。

もう一つ発見した《行商人が多い》と繋がるのだが、この時間帯に帰って来る行商人は十人を超え、彼等は自宅の玄関前で売れ残りを整理する。何故家の中でしないのかは不明である。

ジャックの予想では、彼等は他の行商人仲間に自分がどれだけ売ったのかを見せ付けたいのだろう。

そして、売れ残りの中には《絶対》にキノコ類が無い。

そこだけが共通している点で、他の売り残り品々は様々である。

虫類、魚類、狩り用具類……どうやら、キノコ以外もそれなりに売れてるらしい。

他の村と交易が盛んな証拠か。

村の背後に見える広大な農場で色々採れるのだろう。

この農場だけで、村全体と同じくらいの大きさがある。つまり、カエダ村の土地の四分の一の農場だ。

 

「うん、着いたぞ」

「へ?」

 

 殿を務めるジャックが気づかない内に、一行は若干他より大きい丸太家の前にいた。

見るからに傷だらけで、年季が入っている。門番が《村長の家》と判断した理由はそれだけである。

何となく風格があると言うか、造りが簡素なだけに不思議な魅力がある家だった。

ジャックが見とれているうちに、門番が扉をノックした。

門番の手が扉から離れるや否や、扉が押し開かれた。

開ける時は中から《押し開く》ので……当然、門番は吹っ飛ばされた。

門番が扉に叩かれた音は、中から現れた男の奇声で完全にかき消された。

 

「どぉぉぉぉちぃらさぁぁぁぁぁまぁぁぁぁあぁでぇすかぁぁぁぁぁぁぁ!!!??」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ぎゃああああああああああ!!」

「ウニャアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 突如鳴り響いた絶叫に、三人の脳内で危険信号が鳴ってしまったのか、反射的に彼等も絶叫を上げた。

長い余韻の後、扉から現れた男は目線を下ろし、腰の抜けた旅人達をその目に捉えた。

 

「お? こりゃまた見慣れない顔じゃの。何の用じゃ?」

「……き……気球を借りに……」

 

サイネリアが声を捻り出すと、男は合点がいったように何度も頷いた。

 

「そうか! 気球か! 予約していた者達じゃの? よく来たな! 中入れ!!」

 

 豪快に笑い声を上げ、男は家の中に戻っていった。

呆然としていた四人だが、すぐに立ち上がって腰の痛みと共に傷だらけの家に踏み込んだ。

ショックからまだ立ち直れない一行は、しきりに目を瞬かせながら男についていった。

「お邪魔します」と言えた者はその場に一人も居なかった。

 

 頭が整理され始めると、家の内装がよく見えてきた。

基本的に外と同じく傷だらけの丸太家だが、壁から幾つもの額が下がり、大小様々の写真で壁紙がつくられていた。もうそれだけで、ジャックには男が元ハンターだと判った。

見知らぬ防具を着た何人かのハンターが、討伐したモンスターの前でガッツポーズをしてる写真。

酒場と思しき場所で二人のハンターが腕相撲をしている写真。

一人がモンスターの前で武器を振るい、その背後で三人が頭を寄せ、肉を焼いている写真(誰が撮ったんだ、てか酷いなおい……とジャックは首を傾げた)。

廊下から居間までずっと写真ずくめで、居間に入ると膨大な量の小物が目に入った。

立ち並ぶ木棚に乗せられた太刀の模型、双剣の模型、ガンランスの模型。無造作に転がった色様々な甲殻。

鱗、爪、角。一つだけ醜悪な顔をした首があって、四人はギョッとした。

他にも閃光玉やら煙玉、砥石らしきものなど、狩り用品がいくつもある。

棚の中にはモンスター図鑑が三冊、調合書一式、週刊誌『狩りに生きる』……その他諸々。

埃を被って背表紙の文字が見えなくなった、やけに分厚い本もあった。

 

 男に言われるままに床に座ると、乾いた音がして嫌な汗が流れた。

棚に目を取られてばかりで気づかなかったが、床に目を下ろすとそこは地獄だった。

散乱する菓子類、衣服、紙屑。ジャックが尻を上げてみると、そこにはクッキーらしきものが粉々になって埃と混じっていた。

 

「……どこに座れと言うんだ」

「そこに座るんだよ小僧!! ガハハハハハハハハッハハハハハハフホホ!! ヘホッ! ゴホッ!!」

 

 ジャックが床に座れないと嘆いていると男が笑い出し、咳き込んだ。

旅人一行、引き気味である。

結局、男以外は立って話すことになった。立場は男より下と周知の上である。

 

 男は見た感じ初老で、皺が目立つ。彫りが深く、目は澄んだ青色をしている。

どこかアフリカの民族のような装束を着ており、その色は黄色と白だけ。

今は座っているから分かり辛いが、身長はかなり高いようだ。軽く2mはあるようで、カエダ農場管理人のキュウクウと同じくらいだろうか。

白い顎鬚がうっすらと見え始め、同じく白い頭髪が肩まで伸びている。

 

 咳が収まると、男は太い声で自己紹介をした。

 

「申し送れたな、わしの名はノーガン・ライボルト。このピガル村の村長じゃ。宜しくな!!」

「初めまして。ジャック・カライです」

「ナルガニャ」

「サイネリア・ウォーグルです」

「門番です」

「(門番……?)」

 

 一瞬ノーガンの頭に疑問符がよぎった。

しかしまた笑顔になり、四人に言った。

 

「話は聞いているぞ。勿論気球なら貸してやろう。ただし我が家は貸さんからな! ガハハハッハハッハハッ!!」

「いや、貴方の家は別にいいです」

 

 門番がノーガンのテンションを完全に無視した。

ノーガンは笑顔のまま。内心のところが気になるサイネリアであった。

 

「じゃあ野宿じゃな!! 悪いが気球は明日の朝帰って来る予定での。ドンドルマへの出発はお預けじゃ!! ざまーみろ!! ガハハハハハハッハハハ!! フヘホッ!!」

「まぁ元々そのつもりで来ましたし」

「ニャ」

 

 門番とナルガの見事な引き方に、ジャックはノーガンを哀れに思った。

本当にあの笑顔の裏が気になる。どんな心境なのだろう。

取り敢えず嫌な空気にならないように、ジャックは急いで纏めることにした。

 

「じゃ、じゃあ気球はありがとうございます。そこらへんで野宿しますんで、明日の朝またお願いします。お邪魔してると悪いんで、それでは」

「おう!! モーニングコールはしてやらんからな!! ガハハハハハッ! ざまーみろ!! ガハッハハッ!! 」

「自分たちで起きるニャ」

 

ナルガの一言を最後に、ノーガン宅に沈黙が訪れた。

 

 

 結局、四人はピガル村を囲む柵に寄りかかって眠ることにした。

徒歩の疲れが溜まっていたのもあり、ノーガンの濃いキャラはすぐに忘れ、夢の世界に入っていく一行。

柔らかな月光の下で、ノーガンの哀しみの雄叫びが響いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。