異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ (さきばめ)
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プロローグ
#0 遠い未来の物語


このプロローグはいわゆる雰囲気を知っていただく為のアバンタイトルとなります。
SF要素などが含まれていますが用語などもほとんどが一発ネタで、本編は中・近世風の異世界ファンタジーです。


 

 夜空に大きく浮かぶ、長きをすごしたその惑星を仰ぎ見る。

 ゆったりとした動作で俺は視線を地上へ落とすと、原風景を見るような心地にさせられた。

 俺はこの星の大気の肺いっぱいに満たしてから、ゆっくりと感情を吐き出していく。

 

「ああ素晴らしきかな」

 

 シンボルマークの描かれた旗を中心に、基礎となる区画を鳥瞰(ちょうかん)する。

 

「最適の立地。最優の都市計画。最高の技術者たち──」

 

 "純血"を(たっと)び、"至高"を(むね)に、"調和"を(はか)る。

 

 瞳に映る雛形となる土台は、完成風景までも頭の中で投影させるようだった。

 先駆の開拓者にしか味わえないその感覚は、いまだかつてない昂奮を覚えさせる。

 

 

(おおむ)ねまっさらな……この土地で」

 

 俺は織り交ぜの感情に、どうしようもなく心身を震わせた。

 

 伝統を重んじ、名誉を讃えよう。

 美学を推進し、商業を振興すべし。

 合理主義に生きる、秩序ある社会を。

 

 そうやって進歩と発展を繰り返して、ここまでやってきた。

 途方もない積算と、"財団"の心血が注がれた……教義成就の一つの形。

 

 もはや数え切れないほど遂げられてきた大事業。その全てがこれから詰まっていく。

 

 

「──新たに始まるわけだ?」

「そうだ、ここからまた踏みしめていく」

 

 左隣に寄り添うように立つ者と、噛みしめるように会話に興じる。

 かつて遥か彼方の理想にして、夢想と思えた──歓喜と苦難に、未知満(みちみ)ちた長い長い旅路(たびじ)

 

 魔導と科学の融合。未知なる未来を見る──"文明回華"。

 

 それでも世界の拡がりは果てしなく。

 人の進化と文明の躍動も、また尽きることがない。

 

 

「思えば遠くへ来たもんだ」

「ほんとにね、長かったねぇ~……」

 

 我が身のことながら、随分と感傷的になることが多くなってきた。

 数多くを得て、そして数多くを失った。それでも自分はまだこうしてここに立っている。

 

 過去も、現在も、そして未来も……大きな流れであると同時に、強固に繋がっている。

 夢の続きは終わらない──いつまでも新鮮味を忘れずに、人生を歩んでいきたい。

 

 

 想起に(ひた)っていると……右耳内部のイヤホンに着信を感じ、俺は手を当てて応答する。

 

「どうした、緊急か?」

『第一種指定災害が発生しました。特級危険生物"ワーム"です』

 

 入植最初期に観測だけはされていた存在──

 全長にして5km近くに及ぶ、多体節円筒状の極限環境超生物。

 通称"星喰い"。普段は地中奥深くにて暴食し、その姿を見ることは滅多にない。

 

 しかしひとたび地上へと現れれば、巨大な山岳すら呑み込み消化する厄災。

 その巨躯が通った道は川となり、掘りながら喰い進んだ場所は湖どころか海ともなる。

 

 動いている姿は実際に見たことはないが、伝承や体験談からよく知っている。

 

 

「こっちで()ついにきたか……して、被害状況は?」

磁気線路(マグレール)の一部を寸断し進行中。進路予測では"原星生物保護区"と思われ……」

 

「なるほどな、確かにあそこは栄養たっぷりだ」

『なにぶん巨体でして、進路上の"生物工学的(バイオプラン)栽培農園(テーション)"や建造途中の"遺伝子貯蔵庫(はこぶね)"も危険です』

 

「現在の対応状況は?」

『稼働可能な"装甲魔導機兵(パンツァー・ゴーレム)"が四機と、"サーボ機構強化兵"の一個大隊を可及的速やかに派遣。

 いずれも最大火力制圧を敢行しましたが、有効なダメージを確認することができず──」

 

 

 俺は眉をひそめながら、ゆっくりと息を吐き出していく。

 

「ふゥー……それで進退(きわ)まって俺に、か」

『しかもワームは産卵しているようで、温度遷移索敵(サーマルサーチ)によると近く孵化(ふか)しかねません』

 

 ただでさえ厄介なワームが増えるなど、あまり想像したくない光景であった。

 

『戦術核の使用許可を願います。他からは既に同意を得ていますので、あとは貴方の口頭承認で最終可決されます』

「判断が早いな、結構なことだ──」

 

 

 "衛星穿孔砲(サテライトレーザー)"はまだ打ち上げ段階にない。

 となれば惑星中間に位置する宇宙軌道(テラフロートフォ)要塞(ートレス)からの、熱核兵器しか有効打になりえまい。

 

 核融合反応であるし、今の"魔導科学"であれば放射性物質もなんとかできる。

 とはいえコストに見合わないし地形も変わってしまう。

 衝撃余波による二次被害も、決して看過できるものではない。

 

「だが却下だ、かわりに俺が出撃する」

『了解しました、各方面にはお伝えしておきます』

「聞き分けがいいな」

『半分ほどはそう答えることを予想していましたので、HiTEK装備も既に準備が完了しています』

 

『くっはは、バッチリ織り込み済みか。それじゃあ"特効兵装(エフェクター)"を目標地点へ、すぐに送ってくれ』

『はい、射出後早急(さっきゅう)座標(ポイント)を送ります。ご武運を』

『無論だ、こっちも(こた)えないとだな』

 

 

 勝手知ったるオペレーターに、俺はふっと笑みを浮かべながら通信を切った。

 

「トラブル? 一緒に行く?」

「いや俺一人で充分だよ。お前だと()()()()()だろうし」

 

「そっか、それじゃ──いってらっしゃい」

「あぁ()ってくる」

 

 俺は転送されてきたデータ位置を確認して、既に五体へと纏った風と共に大空へと飛び出した。

 

 

 

 

 飛行しながら地上を眺めつつ加速を重ねていたが、行動予測進路の途中で俺は急制動をかける。

 

「星喰いワームの幼体……もう()まれたか」

 

 眼前にはどこぞの群生相のような黒色で、覆い尽くすような巨大な影があった。

 ウネウネと形を変えながら、上空高く昇るように伸びていく。

 

 数万匹は下るまいその異様。一匹一匹は人の頭よりも大きいだろうか。

 二対の(ハネ)の生えた黒い連節状蠕虫(ぜんちゅう)の醜悪さたるや……。

 もはや数え切れないほどの人生経験を積んできた俺でも、思わず眉をひそめてしまっていた。

 

 奴らは宇宙へ飛び出し、新たな星へと無数に漂着し、成長していくに違いない。

 

「確かに既存(きそん)兵器じゃ対処が難しいな──」

 

 数百年か数千年か……はたまた数万、数十万年か。恐らくはそういう周期単位での繁殖行動。

 超々硬度キチン質の外殻は、並の重火器や"魔術"では易々と通らないだろう。

 

 それが成体ワーム並か、それ以上の大きさに膨れ上がる影となっている。

 しかしながら……既に孵化して空中にいるのは、逆に好都合であった。

 

 

(地上を傷つけずに済むからな──)

  

 領域を広げる幼体群のさらに上空を陣取って、俺は肉体を循環せし胎動に集中して詠唱に入る。

 

「システム起動──連結──最大出力」

 

 肉体の目前──その中心に力場のようなものが形成され、膨大なエネルギーが集約していく。

 発動の準備が整ったところで、横に開いていた両の拳を胸元のエネルギー中心部で突き合わせた。

 

 指向性を持たせた光が、視界全てを染めていき満たしゆく。

 数瞬して収まれば……幼体ワームの群体は、もはや跡形もなくなっていた。

 原子ごと分解し滅却する"天の魔術"。塵どころか、存在そのものを消失させたに等しい。

 

 虚無と化した空間へ強烈な大気の移動が巻き起こるが、周囲に纏った風が全て受け流す。

 

 

「さて本命は──」 

 

 地平線に映り見える巨体へと、俺は風を駆って追いすがる。

 

 産卵して消耗した肉体のエネルギーを補充する為に、目的地まで突き進んでいるのだろうか。

 山岳のような威容の成体ワームは我関せずと言った様子で、その地響きを止めることはなかった。

 

 同じ魔術で大地ごと消し飛ばすこともできたが、それは正直"もったいない"。

 あの生物もまた貴重な資源であり、あれほど巨大さがあればまさに宝庫と成り得る。

 

 ()()()()()ことのあるワームが、実際にそうであったように。

 違う形で手に入れる生物資源は──新たなテクノロジーの進歩を促すに違いない。

 

 

「よーしよし、いいタイミングだ」

 

 強化された感覚で(とら)えた"それ"よりも少し遅れて、右耳から接近の電子音が鳴る。

 俺は飛行の勢いを止めぬまま同期を開始し、"特効兵装(エフェクター)"を空中で合体・装着を完了すした。

 

 上半身を肩から両腕まで羽織る強化外装。"推進制御補助機構(スラスター・サーボ)"を兼ねた六枚翼は生身の動きを妨げないような構造。

 自身の上半身よりも一回りほど大きいシルエットは、魔導と科学の融合した現行最高峰の専用(ワンオフ)兵装。

 

 

「"応急活性魔薬(スティム・スライム)"──白黒混合・使用、一本」

 

 プシュッという音と共に体内へと染み込んだそれは、肉体へと一時的にブーストと回復効果を及ぼす。

 

「"相転移エンジン"──起動」

 

 心身の充実させた俺は魔粒子を加速してぶつけると、真空を相転移させて得たエネルギーが自身の魔力の色へと変換される。

 

 左手をかざしてクンッと指を振り上げると、局所的な暴嵐は上昇気流を伴う極大の渦を巻いた。

 指向性を持った超弩級竜巻は、さながら昇り竜がごとく星喰いワームの巨体を遥か上空へ巻き上げていく。

 

 そのまま大気圏をも超えて、宇宙空間へと放り出された天災級の極限環境超生物。

 俺は空壁突破の衝撃波や大気摩擦をものともせず、第二宇宙速度を超えて追従し相対した。

 肉体に(まと)う魔術と魔導科学の(すい)は、熱や宇宙線を遮断し、視覚や気圧差、呼吸をも含めて快適に保つ。

 

 

魔力安定器(マジカルバラスト)──同調完了」

 

 俺は右手と左手にそれぞれ具象化した、極安定させた魔力を宿し、両手を組み合わせて融合した。

 指を開いて両手をゆっくりと離していくと、掌の中に莫大な奔流を感じ入る。

 

「斬星──"太刀風"」

 

 見えない左手の鞘から抜くように、右掌中に形成されたそれは……振れば玉散る風の刃。

 内部では電離を繰り返し、不可視の刃はプラズマを纏って煌めきだす。

 

 はたしてその刃渡りは何十キロメートルにも及ぶ、超長大な(つるぎ)

 余剰エネルギーを余すことなく内包・集約させ、風の超太刀を両手で構える。

 

 宇宙空間へ己にのみ聞こえた風切り音だけを残し──

 ただの一振りで星喰いワームを斬断し、事態は終結した。

 

 

 輝く恒星と人々の住まう(ふた)つの惑星を全景に。

 俺は背中を向けて(たい)を預けるように、星の重力へと身を任せる。

 

 五感で染み入った全てのことを……胸裏に刻み込むように──

 

「お楽しみはこれから()、だ」

 

 惜しむような心地と共に手を伸ばして、続く宇宙(そら)をギュッと掴んだ。

 "未知なる未来を"──俺の想像を超越していく世界は、この煌めく星々の数だけ存在するのだろうと。

 

 これまでを既知としてきた長き半生に。

 これからも未知を求めていく長き人生に。

 

 色()せぬ栄光と、惜しみなき喝采(かっさい)と、無垢なる感動のあらんことを願って──

 

【挿絵表示】

 

 




第0話を読んでくださりありがとうございます。
かなりの長編になると思いますが、何か感じ入るところがあったなら是非お付き合い下さい。
お気に入り・評価・感想・レビューなども頂けるとモチベが上がり喜びます。


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第一部 現世を生き抜く将来設計 1章「新たな命、その使い方」
#01 転生


 

 ぽかぽかと。

 木々の隙間から差し込む陽光の下で、"俺"は手の平をかざすように腕を伸ばす。

 

「のどかだなぁ……」

 

 ゆっくりと吐き出すように言葉にする。

 【アイヘル】という名のそこそこの規模な集落。

 そこが灰銀色の短い髪と碧眼、"半長耳"が特徴的な今の俺《・・・》が生きる場所だった。

 

 

「平和だよなぁ──」

 

 パチンッと指を鳴らす。

 ()()()()()ので、音がいささかスッキリしないものの……何度も繰り返しリズムを取る。

 

「~~~♪」

 

 口笛を吹く。

 その曲のメロディーラインは思い出せるものの、歌詞までは思い出せないからだった。

 

 

 ──そう……物心がつく程度の年の頃からだったか。

 徐々に"記憶"を思い出し、自己を意識できるようになったのは。

 

 最初は明晰夢(めいせきむ)かとも思ったが、様相は全く違っていた。

 未だ信じられない気持ちも残っているが、はたして紛れもない現実なのは毎日が証明してくれている。

 

(あぁそうだ、まるで眠りに落ちる瞬間をどうにか知る為に意識を(たも)とうとしても、いつの間にか途切れているように……)

 

 自分がこうなってしまった認識は、ひどく曖昧(あいまい)なものだった。

 

 直前まで生きていたのか、はたまた死んでいたのかもわからない。ただいつも通りに、活力のない日々を、無為にこなしていた……ように思う。

 うだつの上がらない、ただ日々を繰り返すだけの人生だった。刹那的に、その日暮らし上等で、色々な娯楽に手を出してはみるもののすぐに飽きてしまう。 

 

 自分の未来が想像できなかった。現実(リアル)がなかった。

 そして今も──ある意味で、現実感がないのは変わらないと言えるだろう。

 

 

「"ベイリル"ぅ、見ぃーつけた~」

 

【挿絵表示】

 

 ふと、寝転んだ俺を覗き込んでくる少女。

 青みがかった銀髪をに、くりっとした薄紫色の瞳と俺の碧眼とで見つめ合う。

 

「あぁ、"フラウ"。おはよう」

「おはよー」

 

 俺は少女の名を呼び、朝の挨拶をすると……フラウはニコっと屈託ない笑い、その口には片犬歯が見える。

 

「ねーねー、いまのなに──あはっ、くすぐったいよぉベイリル」 

「んーーー……なんだったかなぁ」

 

 俺は伸ばしていた右手でフラウの耳を触り、同時に自分の耳を左手で触る。

 普通の人間よりもやや長く尖った耳。それでも"本来の耳"よりは短く、フラウの耳は俺のそれよりもわずかに垂れ気味だった。

 

 

("亜人"──)

 

 そう、ここは他ならぬ亜人種の住む集落。

 フラウは人族である父と純吸血種(ヴァンパイア)である母の血を、半分ずつ継ぐハーフヴァンパイア。

 そしてベイリル(おれ)は、人族である父と純妖精種(エルフ)である母から産まれたハーフエルフだった。

 

「う~ん、ファンタジー」

「ふぁんたじぃ? ってなまえのうた?」

「いや違う」

「なぁにそれぇー、ふふっ変なのー」

 

 何が面白いのか、フラウはころころ笑う。俺は"地球英語(English)"で喋ったのだが、()()()()()()()()

 

 

 俺はフラウの耳を触っていた右手を再び広げ……"大空に浮かんだ惑星"を握り込むように閉じる。

 

("片割れ星"──)

 

 恒星である太陽とは別に存在する威容。地球から見た月の何十倍も大きく、色も淡い緑色を(てい)している。

 それは見ているだけで言い知れぬ不安を感じるようで……。

 同時に何度見ても、とても幻想的な雰囲気に圧倒されるかのようであった。

 

 

「あぁ、"異世界転生"。諸行無常の響きあり……」

 

 今度は日本語で口にした。しかし俺の言葉を理解できるものはいない。

 

「ベイリル、またむずかしいこと()ってるー」

 

 日本語も英語も通じない、俺自身を含めて人間ではない種族が住む土地。

 恵みをもたらす太陽とは別に、衛星(つき)が存在しない代わりに空に浮かんでいる双子星。

 

「くっはは、はっはははははは!」

「くふっ、へへー」

 

 俺は自嘲気味に笑うと、フラウも釣られるように笑う。

 時代が違うとか国家が(こと)なるとかでなく、ここは地球ではないどこか。

 (まが)うことなき異世界(・・・)、召喚や転移ではなく俺はこの地に"転生"したのだった。

 

 

 青天の霹靂。実に面白く、可笑(おか)しい。

 不変とも思えた過去の日常は、(はかな)くあっさりと崩れ去り……そして違う形で(おとず)れた。

 新たな(せい)をまったく見知らぬ土地で過ごすなんて、妄想はしても想像はしなかった。

 

(まっ、どうせなら……)

 

 どうせなら、何かしら特典──(ぞく)に言う"チート能力"でも欲しかったものだ。

 しかしそんなものは何一つとして無く、いわゆる"神"のような……ありがちな上位の超常存在も未確認である。

 

 

 恩寵(おんちょう)や加護といったものはない。

 だからまず俺を産んでくれた母が、何を言っているのかを知るところから俺の異世界生活は始まった。

 

 歴史という大河、時代の潮流の中で広く伝わった()()()()()()()を始めとして、支配領土や地方によって差異はもちろん存在する。

 ──ものの、この大陸はおおむね"共通言語"で浸透している。

 一種類を0(ゼロ)から覚えるだけで済むので、日常会話ができる程度には人並(ヒトナミ)に難儀はしたものの、生きていく為に頑張った。

 

 (ごう)()っては郷に従い、住めば都なのは異世界でもそう変わらない。

 

 

「|贅沢ってもんだな、欲すればキリがない」

「ぜーたく!」

「おう」

 

 俺は今度は"共通語(いせかいげんご)"で口にして、上体をグッと上げる。

 いかに世界が(こと)なっていようとも、子供に戻ってまた人生をやり直せるなんて最高でなくてなんだ。

 

 

(数少なくない人間が夢想し(あこが)れた異世界ファンタジーで、エルフ種の血を半分でも受け継いでるのは……むしろ恵まれてるってもんだ)

 

 剣と魔法の世界。魔物や竜も存在するらしい世界。

 そこで種族的に長命であるハーフエルフとして(せい)を受け、ぬくぬくと暮らせる環境にある。

 

「可愛い幼馴染もいるしな」

「かわいい? あーしかわいい?」

 

 俺は舌っ足らずな幼馴染(フラウ)の頭を撫でてやると、心地良さそうに目をつぶった。

 光源氏計画よろしく──とまで、下世話なことは考えてはいない。

 まだまだ幼児に毛が生えた程度では、そうした情欲というものも()かなかった。

 

 

「これ以上望むべくもないさ」

 

 俺は立ち上がると、フラウも一緒に立ち上がる。

 次もまた転生できるとは限らない、あるいはもっと酷い転生に遭うかも知れない。

 

 娯楽には(とぼ)しいものの、今を精一杯楽しもう──長命種の(はし)くれらしく──気楽に、全力で。




2022/6/26時点で、新たに書き直したもので更新しています。
それに伴い話数表記を少し変えています。


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#02-1 小さな世界

 

 亜人集落【アイヘル】──世界で最大版図(はんと)を持つ【ディーツァ帝国】に属し、"特区"と呼ばれる特殊な形態で統治される領土に存在する。

 村と言うにはいささか広く、町と呼ぶには少しばかり狭い土地が、異世界転生した今のベイリル(おれ)が住む場所だった。

 

「ぃよ──っと」

 

 居住地の近くにはそのまま飲み水にできるくらい清涼な川があり、周囲は深い森に囲まれていて、まさに「亜人が住んでいるだろうな」といったような(さと)

 人口は2000人を数える程度で、(おも)に狩猟・採集・農耕、また外との交易によって日々の生活が(いとな)まれている。

 まだ5歳を数えるかどうかという幼児が集落の外にでることは当然禁止されていて、小さな共同体(せかい)の中で生きる(すべ)を磨いていくしかない。

 

 

「あははっ、ベイリルすごいすごい~」

 

 俺は小さな幼馴染(かんきゃく)を前に、ジャグリングとリフティングを披露していた。

 子供の手には少し余る大きさの"赤い果実"と、"川で見つけた手頃な石"と、"紐で結んだ一冊の本"を三つ。

 片足だけでバランスを取りながらくるくると空中で回し、時に頭や肩に乗せたり、足でふんわりとキャッチして蹴り上げたり。

 

(人間、暇を持て余すと……古典的(クラシック)な遊びに回帰してしまうな)

 

 いずれ世界を巡ることを考えて、幼少期から肉体鍛錬や魔術修練に励むのを欠かしているわけではない。

 しかし例えば子供の内から筋肉を付けすぎると、成長を阻害するという話も聞く。

 まだまだ体ができあがっていない内から無理をしたくないという気持ちもあるので、あくまでほどほどにやっていく。

 

 その上で有り余る暇を、遊びや学習や思考に(つい)やすのだ。

 

(一芸でも身に付けておけば、何かあった時に食いっぱぐれることもないかも知れんし)

 

 適度に肉体を()らすように動かしながら、俺は考えを巡らせていく──元世界と異世界との違いについて。

 

 種族、言語、大陸、植生、生態系、分布。(こよみ)に季節に時間、歴史と文化、その背景。

 そして物理現象、宇宙の法則と……"魔術"という、元世界《ちきゅう》との決定的な差異。

 

 

 大道芸をしばらく飽きもせずに眺めているフラウに向かって、俺は不意を突くように果実を投げて渡す。

 

「わっ!? なになに」

 

 子供ながらに半人半吸血種(ハーフヴァンパイア)の少女は、しっかりと目で追って左右それぞれで華麗にキャッチしてみせた。

 一方で俺はポスッと残った本と石を、順番に頭の上に安置する。

 

贈り物(プレゼント)だ、フラウにあげるよ」

「ほんと? ありがとー」

 

 すると笑顔で返したフラウは、果実を握力のみで事も無げに真っ二つに割り、片方を俺に手渡してくる。

 

「はんぶんこ~」

「あぁ」

 

 受け取りながら(うなず)いた俺は、半分になった赤い果実を指先でくるくると回転させる。

 状態を維持したまま、フッと真上に(ほう)ったところで、その場にあぐらをかいて座り込んだ。

 そのまま落ちてくるのを見つめながら、また指先で音もなく受け止め回転を維持する。

 

 単純な物理法則の確認。

 今のところ大気組成なども、元の地球との差異は感じないものの……そもそも転生体の肉体規格が違うので詳細は不明。

 重要なのは自分自身の感覚として乖離(かいり)齟齬(そご)がないか、問題なく受け入れられるかである。

 

 

「……? なにしてんのー?」

 

 シャクッと遠慮なく片犬歯を突き立ててかぶりつくフラウは、俺を見て疑問符を浮かべていた。

 

「まぁ……実験、かな」

「またぁ? なんのー?」

「"遠心力"、"ジャイロ効果"、"空気抵抗"、"加速度"、"重力"──"引力"と"斥力"とか」

 

 首を(かし)げるフラウに、俺は元世界の発音を織り交ぜながら説明をする。

 人に教えることで自分の中のおぼろげな知識も、より確かなものになっていくのは既に何度も経験済みである。

 

「──つまり万物(せかい)は皆、引き寄せ合ってるんだ」

 

 そう言って俺は右手に持った果実を口に含みつつ、空いた左の手の平をすっとフラウへと向けると、釣られるように右手の平を合わせてくる。

 

「この(あいだ)にも"引力"がある、俺とフラウの(あいだ)にもある。質量──重さのあるものには全部あるらしい」

「ふ~ん……?」

 

 説明してわかるはずもないし、俺自身も明確な原理を理解しているわけじゃあない。

 ただそういうものだと習って、それが常識として()り込まれているというだけ。

 本やテレビで宇宙があるものと思っているが、実際に空を見上げる程度でしか見たことはない。

 

 

 たとえば目を閉じた時、(そこ)に本当に"片割れ星"が存在しているかすら……。

 重力の違いを人の身では感じられぬ以上、存在と非存在の境界線とはなにか。

 

 邯鄲(かんたん)の夢。はたして俺が生きている世界は本物か、あるいは一夜の夢の出来事ではないか。

 胡蝶(こちょう)の夢。はたして夢に見ているのは俺の(ほう)か、それとも蝶々(チョウチョ)(ほう)か。

 

(世界とは曖昧さだ──量子力学的になんたらかんたら、仏教思想の"(くう)"がどうたら……)

 

 常識とは、狭く……人は見たいもの見るように。今ある中で認識して生きていくしかない。

 だから可能な限り見識を広げよう。思考停止せずに(わず)かずつでも進んでいこう。

 

("我思う故に我在り(コギト・エルゴスム)"──暇を持て余すと、昔の人のように色々な考えを(いた)すもんだなぁ)

 

 歴史上の哲学者や科学者がそうしたように。少なくとも俺は、"今"を大切にしていきたい。

 

 

 

「ひきよせあうかー……きっとみんな、はなれたくないんだねぇ」

 

 するとフラウは俺の指とぎゅっと絡めて握りつつ、純真無垢に笑った。ロマンチックな少女らいし感性。

 そんな微笑ましい言葉と行為に、俺もつられて口角が上がってしまう。

 

「そうかもな」

「あーし達も一緒だねぇ~」

 

 他意なく(した)ってくる、毎日のように顔を合わせる幼馴染。

 割に孤独だった前世を想起しつつ、誰かに求められるという嬉しさに改めて万感(ばんかん)胸に迫る思いだった。

 

 

「フラウ、これも受け取ってくれ」

 

 俺は果実を食べきった右手で、頭に置いた本の上にある"石"を幼馴染へと手渡した。

 小さな手に丁度収まるくらいの、翠色の入り混じった一欠片。

 

「わっ! よく見るときれいだねぇ」

「多分だけど緑色だから、"エメラルド"って宝石の原石だ」

「えめらるど、げんせきー?」

 

「磨いたりするとキラキラ輝くようになる石だ、いつか」

 

 その原石は以前に川の近くで見つけたものだった。

 帝国各地に枝分かれした川の上流、どこか遠くの鉱山から流れてきたのかも知れない。

 

「ありがと! じゃあベイリルだと思って大事にする!」

「ん、あぁそうしてくれ」

 

【挿絵表示】

 

 何が「じゃあ」と繋がったのかはわからないが、フラウは嬉しそうにしているのでそれだけで充分だった。

 

 

 フラウは握った手を離さないまま原石を眺め、俺はしばらく掛かりそうかなと自らの頭に置いた本でも読もうかと思った瞬間──

 ハーフエルフの"()長耳"がピクリと動く。

 

「うん──?」

 

 今なにか……誰かの声が聞こえた気がした。

 意識的に耳を澄ましてみると、何やら怒鳴り声のようなものが確かに聴こえてくる。

 

「フラウ、ちょっとあっちに」

「いいよ~」

 

 俺は幼馴染の手を引いて、聞こえた(ほう)へと向かっていく。

 何かしらのトラブルであろうが、正直なところ退屈な日々を思えば好奇心が(まさ)るというものだった。

 

 




2022/6/26時点で、新たに書き直したもので更新しています。
それに伴い話数表記を少し変えています。


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#02-2 小さな争い

 

「まったく言いたいことがあるのなら、はっきりと口で言いたまえッ!」

 

 俺とフラウが声の出所(でどころ)へと駆け付けると、そこには木を背にした1人の少女が、3人の少年に囲まれている姿があった。

 理由はわからないが、とにかく絡まれている状況だけは視界と聴覚に入ってくる。

 

(子供同士の(いさか)いか、まっイジメくらいなら問題は無さそうだな)

 

 俺は冷静に状況を分析して、さしあたっては暗い桃色髪でそばかすの残る少女を味方することに決める。

 

 

「あー……ちょっといいかな」

「むっ、誰だ!? ほう、半人(ハーフ)か君たちは」

 

 先刻から声を荒らげているリーダー格の少年と、それに付き従うように両脇を固める二人の少年。

 特にリーダー格と思しき少年は、背丈(タッパ)も良く3~5歳は年上のようだった。

 

「それはあんたもだろう?」

 

 そう言って俺は自分の耳をチョンチョンッと指で叩き、相手も()()()()()()であることを示す。

 

 

「一緒にするな。同じエルフ種でも、私は世界で最も高貴な種族──"ハイエルフ"だ」

 

 やや色素の薄い美しい金髪を伸ばし、俺よりもやや尖った上向きの長耳に、陽光で黄金(こがね)色に輝く双瞳。

 容姿にも非常に恵まれ、美少年と言って差し(つか)えない(つや)のようなものまで感じられる。

 

「へぇ、はじめて見た」

 

 

 世界中に住む人型の種族は、まず"神族"と呼ばれる者達より始まった。

 その一部から"魔族"と"魔物"が生まれ、次に"人族"へと変化した。

 その過程で"亜人種"であるエルフや、"獣人種"や"魚人種"に分類される進化を遂げていった。

 

 そしてエルフが人族と(まじ)わればハーフエルフ、魔族と交わればダークエルフとなり、神族と交わった場合はハイエルフと呼ばれる。

 形質が必ず継承されるとも限らないのでハイエルフは特に希少な存在であり、確かに種族としては最上位に位置するくらいの能力(スペック)を持っているらしかった。

 

「のんきな……だがまあいいだろう、これもついで(・・・)だ。私は半人(ハーフ)だろうと差別するつもりはない」

「差別しない、だって? だったら一体全体どうしてくれるってェのかな」

 

 ジロリと眼光を鋭く睨まれたところで、フラウが俺の後ろから前へ出ようとするのを押し(とど)める。

 

「ベイリルはあーしが守る!」

「ありがとう、フラウ。だけど今はまだ下がっていてくれ」

 

 

「おっと、誤解をさせてしまったよ──ぅだゴォあ!?」

 

 すると話している途中で突然、目の前の少年の体がよろめいて倒れる。

 

「"スィリクス"さま!?」

「てめっ、調子に乗るなよ"ラディーア"ぁあ!」

 

 取り巻きの片一方(かたいっぽう)──多分ドワーフ族と思われる少年が、リーダー格であるハイエルフの名を呼ぶ。

 さらにもう一人の腰巾着──特徴がないのでおそらく人族の少年が、頭に小さな二本(づの)を生やした鬼人族の少女の名を叫んだ。

 ラディーアと言うらしい少女は、背を向けていたスィリクスとやらの首裏に、なんと不意打ちで蹴りをかましたのだった。

 

「くっ……だ・か・ら! 暴力ではなくその口で言いたまえ!! こちらが穏便に話しているというのになんなんだ!?」

「……」

 

 俺は半眼無言でスィリクスの言葉から察する。

 どうやら既に先んじて一度、彼女の(ほう)から肉体言語で訴えた様子のようだった。

 さらには俺と話している最中に、背後からの奇襲で延髄斬りを見舞う始末。

 

 

 するとラディーアは倒れたスィリクスの上に馬乗りになる。

 

「うるさい。ジャマ。むかつく。関わらないで」

「っぐぅううぉおおぁああ」

 

 同じ年くらいだろうラディーアは子供ながらに、鬼人族として(すぐ)れた膂力(りょりょく)を備えた拳を握る。

 それをマウントポジションから淡々と、必要最小限の言葉と共にスィリクスへと突き刺していく。

 

(オイオイオイオイ……とはいえ、さすがに体格差がありすぎるか)

 

 ラディーアの小さな体躯はスィリクスにすぐに跳ね除けられ、すぐに取り巻き二人に地面へと押さえ付けられる。

 それでも体重をかけてようやく抑えているといった感じである。

 

 

「まぁまぁお互いに暴力はやめよう」

「ぬっ……うむ、どうやらキミは道理というものを(わきま)えているようだな。だがもう彼女に関しては対話の段階を過ぎている」

 

 立ち上がってパッパッと服についた汚れをはたいているスィリクスは、再び俺とフラウに相対する。

 

「暴力という野蛮な手段は最後であるべきだ、なあ?」

「同感。対話ができることこそ(ケモノ)や虫と違うところだ」

「ふっ、ふふっふふふはははっはははははっはははははははッッ!! まったくもってそのとおり。であれば、君たちも私に(つか)えたまえ」

 

「……は?」

 

 前後の会話の流れが吹き飛んだ気がして、俺は間の抜けた疑問符を漏らす。

 

 

「言っただろう、半人(ハーフ)であっても差別をするつもりはないと。私はいずれ人々を率い、国を興し、世界を統治するつもりだ。その栄誉を共に分かち合おうではないか」

「はぁ……なるほど」

 

 俺は気の無い返事でもって答える。随分とご大層な野望(ゆめ)を語るもんだと。

 

「手始めに、若者らを全員従える。そうしていずれ、君たちも(ちから)を持ったところで、次に大人たちへと働きかける」

 

(……この集落が、まずは最初の箱庭ってわけか)

 

「都市、地方、国家、世界……少しずつ拡大していく。半人(ハーフ)であれば500年ほどは生きるだろう、一生涯を懸けて私を支えたまえ」

「随分と、遠大な計画だこと」

寿命なき(・・・・)ハイエルフとして生まれた私の使命と心得る。たしかベイリル……と言ったか。君の能力次第でもあるが、今なら古株として将来的に取り立ててやれる」

 

 まだまだガキの妄想、と切って捨てるには長命を生かした地道なヴィジョンがあるようで……そこは少しばかり感心する。

 

 

「まっそれはそれで面白いとは思う。が、丁重に断らせてもらおう」

「あいにくと、そういうわけにはいかない。私の()く道に、ただの一つも挫折があってはならない」

「そうは言ってもだな、路傍(ろぼう)の石っころに蹴躓(けつまづ)くことだってあるだろうさ」

「……実に惜しいな。まだこんなにも小さいのに、私の言葉をちゃんと理解している聡明(そうめい)な君を──」

「ぶん殴って理解(わか)らせるか?」

「すまないがそうなる。私は暴力の必要性を否定しない。キレイゴトだけで世界は回るまい?」

 

 スィリクスの胸元にも満たない俺は、見下ろされながら露骨に反抗的な表情を見せる。

 

【挿絵表示】

 

 

「そうやって、そっちの鬼人族の子にも迫ったわけか」

 

「いや、勧誘をしただけで警告よりも先に腹を殴られた」

「……うん、そっか」

 

 

 どこか納得をしながら、俺は背中に紐でくくりつけていた本を(ほど)く。

 それをリフティングの要領で後ろ足で蹴り上げると、スィリクスの視線が上空へと吸い寄せられる。

 

「なっ──ぶぐぉはァああッ!?」

 

 単純なフェイントに引っかかったスィリクスの顔面を、俺は勢いよく蹴り抜く。

 鼻血を噴出させながら()()って倒れるのを拒否したところに、きっちり連係したフラウの左ボディブローが水月(みぞおち)へと突き込まれた。

 

「のごっ……ふゥぐぅぅぅ」

 

 体が()の字に折れ曲がり、スィリクスはそのまま地面に膝をつく。

 いかにできあがってない子供の肉体とて、相手もまだ少年の域を出ず、急所に叩き込まれれば当然の結果だった。

 

 

「残念無念、でも"原石"ですっ(ころ)んだと思えば、そう()いることでもないんじゃないかな」

 

 体に羽が生えたように軽い心地、特に緊張や恐れも感じない。

 それは活力に満ちた子供だからか、それとも異世界種族の肉体規格ゆえか、あるいはその両方か。

 

「まぁなんだ、スィリクスさん。今後は無理強いをせず、あんたを(した)ってくれる人達だけで──」

「風よ!」

 

 スィリクスが叫ぶ、次の瞬間に発生した強風によって俺とフラウは吹き飛ばされるのだった。

 

 

 



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#02-3 小さな勝利

 

 一瞬にして膨張したように強風が、まだまだ成長途上の体躯(からだ)を襲った。

 俺は地に足ついた状態から弾き飛ばされて、着地する際になんとか受け身を取りつつ着地する。

 フラウは半人半吸血種(ハーフヴァンパイア)力任(ちからまか)せに地面を(つか)んで削られるように後退した。

 

「ふっふふ、ふふふふックククククク……ますます欲しくなったよ、手段を選ばずとも!!」

 

 鼻血をダラダラ垂れ流しながら、それでも格好を付けるスィリクス。

 

 

「──いやっちょ、おわッ!?」

 

 叫び声がした(ほう)へ視線を向けると、強風に巻き込まれて拘束の解けた鬼人族の少女(ラディーア)が取り巻きの一人を失神に追い込んでいた。

 さらにもう一人も無造作に服を掴まれて、そのまま地面へと叩き付けられる。

 

「しまった……いやもういい、仕方ない。二人の(とむら)いだ、君たち三人まとめて私に(ひざまず)かせよう」

「お(とも)はまだ死んでないだろ。それに"魔術"とは大人気(おとなげ)なくないか?」

 

 

 魔術──ご多分の例に漏れず、ファンタジー御用達(ごようたし)の術理。

 最初に"魔法"が存在し、衰退した後に"魔術"が生まれ、発展した"魔導"という三種類の形が、"魔力"によって成り立っている。

 

 魔法を使う者は魔法使(まほうし)と呼ばれ、法則そのものを意のままに書き換え、新たに(つく)り上げる全能(ちから)

 魔導を扱う者を魔導師(まどうし)と呼ばれ、己の渇望(ゆめ)を絶対の(モノ)とし、現実へと導き、世界に押し付ける権能(ちから)

 魔術を操る者は魔術士(まじゅつし)と呼ばれ、現実でも起こりうる物理現象を、自らの内から外へと発露・放出させる異能(ちから)

  

(……と、モノの本には書いてあったが)

 

 俺はフェイントに使って地面に落ちたままの本を見る。

 母が誰かから譲り受けたという、魔術のことも書かれた歴史書を兼ねている学術書。

 異世界の文化水準としては製本自体も非常に珍しく、共通語の勉強にも役立っている我が家にたった一冊しかない貴重な蔵書であった。

 

 

(ちから)ある者に言葉は無力。だが今すぐに忠誠を誓うのであれば、(ほこ)(おさ)めるとしよう」

「えっと、ラディーアちゃん? 協力しないか?」

「イヤ。ことわる」

「……さいですか」

 

 (なか)ば予想していた答えであった。とはいえ彼女は()る気満々なようなので、こっちで勝手に(あわ)せようと思ったのだが……。

 

「でも。あれがえらそうにしてるのはもっとイヤ」

 

 その一点において意思統一が()されたことに、俺の口角も思わず上がってしまう。

 

「そうこなくっちゃ」

 

 不思議だった。単なる子供(ガキ)の喧嘩、それも不利な闘争であるにも関わらず……なぜだか(たぎ)る。

 一方でスィリクスはこちらの共同戦線にも特に気にも留めてはいないようで、鼻血を(ぬぐ)って呼吸を整えていた。

 

「素晴らしい度胸と勇気、もしくは……無謀か蛮勇か。風よ、炎よ――」

 

 スィリクスの左手に風が渦巻き、右手には炎が燃えている。

 

 

(……まじかよ、ただの魔術士じゃなく二色使いか)

 

 この世界の魔術は、いわゆる四元論たる"火・水・空・地"の4属性を基本として体系化されている。

 氷や雷や光といった魔術も存在するが、基本四色に比べれば使い手は少ない。

 さらには散漫にならないよう1つの属性を集中して伸ばすものであり、いくつも使い分ける者はそれだけ才能があるという証左である。

 

(まぁこれ見よがしに手札を(さら)した時点で、まだまだ甘チャンな印象は否めないが)

 

 もちろん三色あるいは四色目すらも警戒こそしておくものの……これまでのやり取りで、良くも悪くも素直なタイプだと思える。

 こちらに魔術という手札がそもそも無い以上、スィリクスの(すき)に付け込むしか勝ち筋はない。

 

 

「私の父上は優秀な治癒術士、だから多少の火傷や打撲くらいならば安心したまえ」

「しね」

 

 吐き捨てるように返したラディーアは駆け出すと、ただただ真正面から突っこんでいく。

 連係などあったものではなく、最初から期待もしてはいない。

 ただ自ら(デコイ)であり捨て石となってくれるのであれば、あとはこちらが勝手に合わせるだけだ。

 

「フラウ、投げ飛ばしてくれ!」

「わっかっっったぁッーーーー!!」

 

 純粋な鬼人族のラディーアには劣るものの、半人半吸血種(ハーフヴァンパイア)たるフラウのパワーで俺の小さな体躯が空中へ躍り出る。

 スィリクスが左右に溜めた風と炎の二択──(あわ)せてくる可能性、いずれも覚悟を決めた。

 

 

「ふっハァッ!!」

 

 スィリクスの左手から風の塊が飛ぶ──文字通り、飛んだ。

 俺の体は空高く舞い上がり、ラディーアの突貫を余裕で押し返すに足る威力。

 

(あぁ……気持ちいいな──)

 

 落ちたらタダでは済まない上空から、俺は地べたまでを俯瞰(ふかん)しつつ……この際は、浮遊感を存分に楽しむ。

 ラディーアはフラウによって無事キャッチされていて、俺は大気を感じながら空中でわずかに姿勢制御をする。

 

 

「どッ……オご!?」

 

 俺の肉体が強風を喰らって空へ吹き飛んだ瞬間、俺の存在もスィリクスの意識外へと飛んでいた。

 スィリクスがまず注視すべきは、突撃せずに控えていたフラウであり、好戦意志が旺盛(おうせい)なままのラディーアである。

 

 ゆえに──落下しながら首を刈り取りにきた俺を、無造作に喰らってしまったのだった。

 宙からラリアットをぶちかますように、右腕をスィリクスの首元へと引っ掛け、落下の速度を緩和しながら二人もろとも地面に倒れ込む。

 

()ッ……」

 

 衝撃で反射的に言ってしまうが、アドレナリンかエンドルフィンか、何かしらの脳内麻薬が出ているのか痛くはなかった。

 どのみち無傷でぶっ倒せると思っちゃいない。なんにせよ悪くない、心身が高揚してハイ(High)になってしまっているのだろう。

 そんな感情は別に、冷静に状況を分析している自分が同居していることに少なからず驚きもあった。

 

 

「うぐ……ぐっ……かッは──」

 

 俺は背後からスィリクスの首に腕を絡めた体勢のまま、お互いに倒れ込んだ状態で頸動脈を絞め上げた。

 しかしスリーパー・ホールドによって脳への血流が阻害されて落ちる前に、スィリクスの残された右手の炎が動く──

 

「ベイリルゥ!!」

 

 フラウの声が聞こえたと同時に、スィリクスの右手が炎と共に弾けていた。

 ()らぐ視界で(とら)えたのは……火傷を負って力なく落ちた右手と、その先で地面に転がるエメラルド原石。

 

 

「っふゥー……」

 

 俺はスィリクスが失神して全身の(ちから)が抜けたのを確認して、すぐに腕を(ゆる)めた。

 一応ちゃんと息があるかを確認してから、軽く心臓を踏みつけて(かつ)を入れつつ、原石を拾い上げた。

 

「助かった、ありがとうフラウ」

「どーいたしまして」

 

 特に劇的な勝利を分かち合うわけでもなく、ただ自然体のままに。

 俺はフラウにエメラルド原石を改めて手渡し、落ちている本を足で蹴り上げて背中に縛り直した。

 

 

「ねえ。ちょっと」

「なんだい?」

「名前。おしえて」

 

 ラディーアの思わぬ言葉に、俺とフラウは少し見合わせてから揃って笑みと共に自己紹介をする。

 

「俺はベイリル」

「あーしはフラウ、よろしく~」

 

 てっきり歩み寄ってきてくれたのかと思ったが、一緒に差し伸ばした手が握り返されることはなく……。

 

「べつに。ただ聞いただけ」

「そっか、それじゃ……また今度」

「またね~」

 

 ぶっきらぼうな拒絶に対し、俺とフラウは以心伝心で返し──今度は特に否定の言葉はなかったのだった。



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#03-1 愛しき母

 

 フラウを家まで送り届けた俺は、すぐ近くの我が家──木造りの小さな家の扉を開けて入った。

 

「ベイリルおかえり~、って……もう帰ってきたのかと思ったら随分と汚れてきたね?」

「ただいま、母さん──実はちょっと喧嘩してきた」

 

 流れるような金髪に、俺と同じ碧色の瞳と俺よりも長い耳。

 純然たるエルフ種の母"ヴェリリア"は、興味深そうにしゃがんで子供の俺と視線を合わせてくる。

 

「あら珍しい。まさかとは思うけど相手はフラウちゃん……?」

「それはないよ」

「だよねぇ、私はそんな子に育てた覚えはない──ものの、随分と利発に成長しちゃったもんだ」

 

 転生前の記憶がある以上は実年齢以上に年を食い、人を喰った性格なのはもう()()()()()ものである。

 

 

「──()ったのは、ちょっと年上のハイエルフだよ」

「ハイエルフ? あぁ……そういえば最近越してきたって聞いたかしらねぇ。それで、我が愛する息子はちゃんと勝ったのかな?」

「一応。多勢に無勢だったけど」

「なら良し! ほら、おいでおいで」

 

 俺は母に身を任せるままに服を()がされ、濡らした手ぬぐいで全身の汚れを()き取られていく。

 

「怪我は……大したことなさそうね、魔薬(ポーション)を使うまでもないかな。でもこれは立派な男の子の勲章だ! それで、なんで喧嘩してどうやって勝ったか聞かせてくれる?」

「うん」

 

 俺は殊勝(しゅしょう)な態度で事の経緯と結果を母に伝え、円滑な親子のコミュニケーションをはかる。

 

 

「そっかそっかぁ。まだまだ相手も未熟だったろうけど、魔術士を相手にやるじゃんベイリル。自慢の息子だぁ」

 

【挿絵表示】

 

「あとあと問題になったりはしないかな?」

「まったく気を回せる子だね~、まぁまぁ相手の親とかが出てきたら……その時は私の出番だからまかせなさい!」

 

 ドンッと得意げに胸を張る母に、俺も自然と笑みがこぼれる。

 

「やんごとなき身分の人間は、ここに住んだりしないからねー」

 

 一応は確認をとったものの、俺自身も母の言うようにさほどの心配はしていなかった。

 亜人種ばかりの集落で、自治・独立の毛色が非常に強い。それは子供であっても同じで、多くは放任主義である。

 

 

 さらには文化の発展・成熟がまだまだ途上。

 人権思想などは身分格差によって有無がガラリと変わり、子供はあくまで親の所有物という考えも根強い。

 さすがに後遺症が残ったり人死にが出るようであれば別だが、子供同士の喧嘩でいちいち親が出張るなど、むしろ(はじ)とされかねない。

 

()()()()()()()、ってね)

 

 そもそも魔物が跋扈(ばっこ)し、災害や未踏の地も数多く存在する異世界である。

 平和ボケした国と比べて、命の価値が根本的に希薄なのは(いな)めない。死生観が根源からして違っているのだ。

 

 さすがに常に死と隣り合わせというほどではないものの、いつ何時(なんどき)命を喪失するかはわからない。

 ゆえに心構えも思想も応じたものが、当たり前のものとして広まっているのだった。

 

 

「それでさ、母さん……俺も魔術を覚えたいかな~なんて」

「魔術のことを私に聞いちゃう?」

 

「……母さんは脳筋(・・)だもんね」

「その造語、ピッタリすぎてお母さん否定できないな~」

 

 魔力の操作に関して、特に優秀とされているとされているエルフ種族。

 しかし母は魔術を使わない、というか使えない生粋(きっすい)の戦士であった。

 

「でも母さんから教わっていた体捌(たいさば)きと"魔力強化"があったから勝てたよ」

 

 魔力とは魔術にのみその用途が限られるのではない。

 多くは血液を(つう)じて全身に巡り、肉体や感覚能力の向上効果をもたらす謎のエネルギー源。

 

 一流の戦士たるもの魔力操法に(すぐ)れ――その眼は微細な動きの変化を見逃さず。

 その腕は岩塊を持ち上げ、その足は百里を駆ける。その一撃は鉄を砕き、竜をも()()つものだ。

 

 

()い。(いと)しいぞ息子ぉ~」

 

 がばっと母に抱擁されて少しばかり照れ臭くはあるが、同時に心地よく感じ入る。

 

 母ヴェリリアは若く美しい見た目よりずっと長生きなエルフでも、特に学術方面も明るくはなかった。

 ただ実践的な知識や、世界を巡った経験は豊富なので、実に多種多様な話を聞て……中には興味深いエピソードも少なくない。

 

 母の昔話を聞くことそれ自体が、一冊だけ所有する本とはまた別に、とても良質な学びであり物語の読み聞かせのようになっていた。

 

 

「とりあえず魔術を本格的に習いたいなら、私じゃなくフラウちゃんのお母さんかな~」

「"フルオラ"さんかぁ──それじゃリーネさん()に、しばらく厄介になるかぁ」

「むむむ、お母さん寂しいな~……ってことで私も一緒に()っちゃえばいいか」

「まぁ三人ご家族の邪魔にならなければ、共同生活はアリなんじゃない?」

 

 幼馴染の姓名(フルネーム)は、フラウ・リーネ。つまり苗字(みょうじ)付き。

 異世界でも、一廉(ひとかど)の限られた人物は名の後に(せい)を持っている。

 

 本人か祖先が多大な功績を挙げたか、あるいは相応の要職に()いていた由緒ある家系に連なるものである。

 没落した元貴族などの立場であっても、直接没収されない限り名乗り続けることができるが――さしあたって俺の家系は名だけだった。

 

 

「ベイリル……お父さんがいないの、やっぱり気になる?」

「別に、母さんだけで不満はないよ。話したくなったら話して」

「よしよし、ほんっとイイ子に育ったな~~~ベイリルぅ。もうちょっとあなたが大人になったら、きちんと話すつもりだから」

 

 俺はハーフなので少なくとも父親が人族であることはわかっているが……顔も名前も、今どうしているのかも知らない。

 だが別にそれでも一向に構わなかった。ただでさえ転生したこの身の上である。

 

(正直なところ生きてようが死んでようが、育てられた覚えすらもない父への関心は薄いな……)

 

 美しく愛情深い母との二人暮らし。可愛らしい幼馴染とその親しみやすい家族も近くに住んでいて申し分ない。

 下手したら転生前の自分と同世代の父親と暮らすなんて、如何(いかん)ともし(がた)い気分にさせられそうだった。

 

 

「気長に待つよ、ハーフの俺も長生きだからね」

 




2022/6/26時点で、新たに書き直したもので更新しています。
それに伴い話数表記を少し変えています。


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#03-2 邂逅

 時間はゆっくりとだが、しかし確実に過ぎていった。

 異世界の(こよみ)は、8日で一"週"とし、10週間で一"季"となり、5季一"年"とし、400日で巡っていく。

 

 エルフ種と言っても、肉体の成長は他の種族とさほど変わらない。

 ハーフエルフの俺も一定の年齢までは普通に育ち、ある程度に達したら非常に緩慢(かんまん)になっていく。

 

 子供の頃にはまったく意識しなかった、成長期の肉体というものを……この際はじっくりと堪能(たんのう)していた。

 

 

()()ァ! ()(セイ)! (フン)ッ破《ハ》! (シィ)ッ──知恵捨(チェスト)ォ!!」

 

 俺は肺イッパイに溜めた空気を、叫びながら気合と共に吐き出しつつ……(ふる)う、(ふる)う、()るう。

 母ヴェリリアから習った重心の移動と骨肉の動き方の中で、拳足(けんそく)を織り交ぜつつ、(かた)い木の幹を叩き続ける。

 

「ねぇ~ベイリル、まだぁ? そろそろあそぼーよー」

「長い。時間の無駄」

 

 俺は幼馴染(フラウ)と、ちょくちょく顔を出すようになった鬼人族の少女ラディーアらの野次を、脳の(すみ)っこに追いやりつつ思考を回す。

 

(転生の強み──それは一度積み上げたものを、もう一度0(ゼロ)やり直せることにある)

 

 生まれ変わる、生まれ直す。幼少期から一分(いちぶ)の隙さえ生じさせず、完璧に積み上げることさえ不可能とは言えない。

 知識と経験を備えた状態で、基礎の部分から理論立てて再構築。完全な自分を作ることも、決して夢想ではないのだ。

 さらには備えた知識の量だけ、本来なら学ぶべき部分をスキップして上乗せできる。

 

 

「あと無意味。動かない木なんかいくら叩いても」

「あーしらと練習すればいーのに~」

「いやお前らと()っても力押(ちからお)しされて散々っぱら負けるし……」

 

 俺は若干ふてくされるような感じで、その場にあぐらをかいて座り込んだ。

 種族差というものを如実(にょじつ)理解(わか)らされるのだ。

 ハーフエルフも別に弱いわけではないはずだが、ハーフヴァンパイアや鬼人族の膂力(パワー)と瞬発力には(かな)わない。

 

「もーーーラディーアぁ、あーしとあそぼー」

「いいよ。しょうがない」

 

 

(転生しなくても、英才教育を(ほどこ)せば基礎から積み上げることができるが……)

 

 例えば一流のスポーツ選手、数々のスタープレイヤー。五輪メダリストやプロゴルファーに名人棋士。ピアニストやバレエダンサーなど。

 いずれも親が幼少期から教育するからこそ、才能を伸ばして大成している例が多い。

 特に高額の道具や設備使用、トレーナーを付けるなど、金銭が掛かることを前提とする職業であれば、先立つものが無いとスタートラインにも立てやしない。

 

 それは学習についても同じであり、塾(がよ)いをしている人間と、放任主義で努力をしてこなかった人間では、将来において明確な差が生まれる。

 天賦の才覚によって成り上がる例外も極一部には存在するというだけで、学習そのものだけでなく効率や方法論、積み上げる努力の量が違う。

 

 フラウやラディーアは、俺に付き合う形で無自覚のまま教育されて強度を上げているのだった。

 

 

(まっ実際には異世界転生で元の肉体とは違うから、幾分(いくぶん)勝手が違うものの──はたして俺はいつか二人に追いつけるもんかね)

 

 先人が積算してきた別天地(ちきゅう)の知識、(つちか)われてきた経験(ノウハウ)は有効に活用できる。

 充分な栄養と睡眠。適切な筋トレに心肺強化、柔軟や部位鍛錬。五感、リズム感、平衡感覚の鋭敏化。精神修養(メンタルトレーニング)と"魔力"知覚。

 

 決してオーバーワークをすることなく、日常の中に自然なルーチンワークとして取り込む。

 そうした基本骨子を崩さず、少しずつ発展・応用していけばいいはずなのだ。

 

 

「はぁー……ただ、流石(さすが)にちょっと飽きてきたな」

 

 いったん俺は休憩しつつクールダウンしながら、フラウとラディーアの手合わせから視線を(はず)し、ボケーっと"片割れ星"の浮かぶ青空を(あお)いだ。

 

 明確な目標というものがないと、正直なところ頑張る気力も失せていく。前世からの俺の悪癖とも言えよう。

 

 もちろん目的だって()くは()い。

 せっかく異世界に来たのだから、ファンタジー世界を巡って観光してみたい。魔物などを相手に無双したい。

 そう漠然(ばくぜん)と思い(えが)いても、実際にそれをやろうと考えた時に……はたして本当にここまでしてやりたいことなのだろうかと。

 

(現代知識を()かして何かを()そうにもなぁ──)

 

 考えはするが……それを異世界の言語で表現し、ましてや実行に移せるほどの専門的な知識も不断の行動力も足りていない。

 異世界であろうと特別ではなく、一介の人間(ヒト)に過ぎない。

 

 自発的に継続していくには、転生した俺の精神は悪い意味で成熟しすぎていた。

 ただただ面倒だと思ってしまうほどに。

 

 

(おーあー……? っと、スィリクス発見)

 

 俺は一季ちょっと前に一戦(まじ)えたハイエルフの少年を、戻した視界の(はし)(とら)える。

 右手には完治しなかったのか──火傷痕が若干(じゃっかん)残っていて、あの一件以来(から)んでくるようなことはなかった。

 親同士で何らかの話し合いがあったのだろうかとは思われるが……。

 

 どうやら一人で歩いているあちらさんも、こっちの視線に敏感に気付いたようで、遠くこれ見よがしに(つば)を吐き捨てて去っていく。

 

「魔術も全然覚えられんし、寿命は長いしなぁ」

 

 俺の小さな(つぶや)きは風に流れる。そもそも長命種なのだから、(あせ)る必要なんてないのではないか。

 生き急いでるというほどではないものの、やることがないからと言って詰め込み過ぎてる気がしないでもない。

 

 

「ふむ、魔術を使いたいか」

「──!?」

 

 唐突に掛けられた声の(ぬし)へと俺は振り返る。音も気配を微塵(みじん)にも感じずビックリした。

 そこには深く黒い真っ直ぐな長髪を腰元まで流し、灰色の瞳をした優しげな笑顔。

 

「えっと……あぁどうも、聞こえてた?」

「バッチリのう。しかし腐り始めるには、おんしはまだまだ若すぎじゃろうて。さっ、ほら──」

 

 俺は差し出された少女の──()()()()()()()()──右手を取って、立ち上がる。

 背丈は小柄、と言っても子供の俺からすると少し見上げるくらい。ただ大人から見れば、利発そうな黒髪の少女くらいにしか見えないだろう。

 

 言葉には独特の(なま)りがあり、"長寿病"の老人連中のような古臭(ふるくさ)……古風な喋り方だった。

 

 

「あっ! お姉さん、だれだれ~? やっほ~~~」

 

 フラウとラディーアはこちらに気付くいたようで、互いの手を止めてやって来る。

 

「ふぅむ……名前はいっぱいあるのう、今はただの子供好きのお姉ちゃんでよいぞ」

「変なのーーー」

「強そう。強い?」

 

 黒髪のお姉さんはラディーアの唐突で単純(シンプル)な問いかけに、ニヤリと口角を上げる。

 

人並(ヒトナミ)には、な」

 

 俺はどことない胸の熱さを感じる。まるで空間ごと抱擁されているかのような不思議な感覚だった。

 とりあえず敵意は感じない、そして同年代という雰囲気でもなかった。

 

 

「お姉さん、ひょっとして凄腕の魔術士? もしよかったら──」

「ぬっははは! おんしはそんなに魔術を使いたいんかの?」

「あ……突然ごめんなさい」

 

 俺は何か実践的なことを学べないかと、なぜだか初対面であるにも関わらず、彼女に対してつい踏み込んでしまう。

 

「構わん構わん、若い時分で研鑽に(はげ)むのは良き心がけよ」

 

 亜人特区ゆえに大っぴらには差別こそされてないが、それでもハーフなどに対する排他主義はこの集落にも少なからず残る。

 いざ実践的な魔術を学ぼうとなると──相応の練度を持った魔術士の師事を得るのは難しく……小さな子供ではなおのこと難しかった。

 

 

「そうさのぉ……一概(いちがい)には言えんが(わし)の場合──現象それ自体の想像ではなく、()使()()()()を確立しておる」

「魔術そのものではなく自分──ですか?」

 

「これはなにも魔術に限ったことではない。ほんの少しだけで良いのじゃ、己に(まさ)る自分自身自身を、常に心と瞳に映すことが肝要(だいじ)

 一瞬で良い、半歩で良い。昨日より今日、今日より明日。最適にして最高の自分を──追い求め、追いつき、追い抜くことを思い(えが)け。

 いつでも今この刹那(しゅんかん)の自分こそが全盛期であることに、疑いを持つことなかれ。さすればちっぽけな限界など消え失せてしまうというものよ」

 

 彼女の語るサマは自負と自信にして自尊心。(おご)りであり我儘(わがまま)であり……強烈な思い込み。

 もちろんそんなことが簡単にできれば苦労はない。しかし実際にやってのけるという、これ以上ないほどのポジティブシンキング。

 

 それこそが現実すら超越するものを生み出す原動力と成り得るのか。それが魔術であり魔導であり──魔法なのだろうか。

 

 

「……ありがとうございます、参考にしてみます」

「はぇ~……?」

「むずかしい。でもなにごとも挑戦」

 

「なぁに、人間(ヒト)は誰しも──"(きた)るべき(とき)"に(いた)るというものよ。だからそれまで(せい)ある限り()くせ、若人たち」

 

 黒髪の少女は立ち上がり遠くを見つめた。俺とフラウとラディーアの頭を順番に撫でて、別れを告げる。

 

【挿絵表示】

 

「では少し急ぐ用事があるでな、またいつか会おう──()()()()

 

 俺の名前を呼んだ黒髪のお姉さんは、俺達の(あいだ)をすり抜けて歩き出したと思ったその瞬間――

 影も形も、まるで白昼夢のように消え失せてしまっていたのだった。

 



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#04 炎と血

 

「ごめんなさい、ベイリル……本当にごめんね──でも、必ず戻ってくる。絶対に帰ってくるから、それまで待っていて」

 

 それが──"最後に聞いた母の言葉"だった。

 深く(かぶ)ったフードで涙を(おお)い隠しているのが明らかで……震える声で絞り出されたその(こと)()

 

 何か事情があることは明白で、俺はその尋常(じんじょう)ならざる様子に、聞き返すことができなかった。

 振り返ることなく目の前から去る母の双眸(そうぼう)には、何か使命のようなものを――強く、深く、宿していた。

 

 見捨てられたとは思っていない、変わらず愛してくれていたことは理解できている。

 

 ただ息子であった自分と同等か、それ以上の理由があったからこそヴェリリア(かあさん)は集落を出たのだと……。

 

 

 

 

「っ――ぐぁ、ゴホッ……うぅ、ぅぁああガアアアアッ!!」

 

 夢から()めて意識を取り戻した俺は、()き込みながら反射的にわけもわからず混濁した状態で叫んでいた。

 そして大きく息を吸い込んだところで熱気が肺を満たし、ようやくわずかに意識が明瞭になったところで困惑する。

 

「なっ……あ、なんだこりゃ――」

 

 眼に映ったのは赤色と赤色だった。

 "血"溜まりの上に俺の足が()かっていて、服には鮮血が滲んでいる。

 

 思わずバッと体中を触って自分の状態を確認するが、さしあたって擦過傷(すりきず)くらいで怪我らしい怪我はない。

 この血が俺の血じゃなかったことに、とりあえず安堵(あんど)する。

 

 

(いや安心してもいられない……)

 

 血ではないもう一つの赤色が、視界を埋め尽くしているのだから。

 動画などとは違う、現実の"炎"を瞳に映しながら――

 聴覚も戻ってきたのか、燃えて崩れる音と、喉が枯れんばかりの怒号や痛烈な悲鳴が聞こえてくる。

 

 対岸の火事であったなら、どれだけ良かっただろうか。

 しかし熱さと息苦しさは、明晰夢でもない(まぎ)れもない本物だった。

 もしも地獄というものがあれば……きっとこの光景はその一つなのだろうかなどと、頭のどこかで──(うわ)(そら)な心地で考える。

 

 

(いや、あぁそうだ……)

 

 ――少しずつ思い出す。

 唐突だった。あまりにも突然だった。完全な不意打ちであると言えた。

 母の欠けた俺の生きている世界は……(もろ)くも、粉々(こなごな)と言えるほどに崩れ去った。

 

 いつものように朝に起床し、フラウを迎えに行こうとして家を出て――いきなり爆発音と衝撃波に襲われ、たちまち炎に焼かれたような気がする。

 

「フラウ……探さ、ないと。おばさんやおじさんは無事なのか――それにラディーアも、どこかで……」

 

 母がいなくなってから一人になった俺は、リーネ()の支援を受けつつ──子供には広すぎる家での、1人暮らしに慣れていった。

 ヴェリリアの目的も行方も誰も知らない。便(たよ)りが無いのは良い便(たよ)り、などとは(つゆ)ほどにも思わなかった。

 

 だからと言って、自立して世界へと旅立つにはまだまだ(ちから)のない子供だった。

 

 いまいち身の振り方を決められないまま、新たな変わらぬ日々を送りながら……今この瞬間、死中に(かつ)を見出そうと足掻(あが)いている。

 

 

「っはァ……ふゥ……――」

 

 不完全燃焼によって生じた一酸化炭素を取り込まないよう姿勢を低くし、炎から逃げるように移動する。

 もしも屋内で遭遇していたなら、たちまち命が失われてたに違いない。

 

 亜人の住むここ【アイヘル】の集落は、広い森の中に作られたような立地である。

 ひとたび山火事となってしまえば、その被害は拡大し続け、たちまち逃げ場も喪失してしまう。

 

「うぅ……くっ、そ――」

 

 体温調節が()いている気がしないし、まともな呼吸にも(あえ)ぐ状況。

 俺の異世界人生はこんな場所で、こんな形で終焉を迎えてしまうのかと……自然と(こぼ)れてきた涙は、熱によってすぐに(かわ)いてしまう。

 

 

(また、死ぬのか……俺は)

 

 そもそも前世で死んでいたかどうかもわからないが、今ここで死んだらまたどこかに転生できるのだろうか。

 果たして転生できたとしてもまた人型であるのか、それとも動物か虫か草花か。

 あるいは今度こそ死んで無となるか、便宜的に魂と呼ばれるものが異次元を彷徨(さまよ)いはしないか、などと恐ろしい想像すら浮かんでくる。

 

「ッあ──うっ」

 

 朦朧(もうろう)としてきた意識と、煙に巻かれた状況で俺は何かに引っかかってしまい、転んで膝をつく。

 思わず視線を向けるとそこには、胴体が真っ二つにされて焼け焦げた死体と……寄り添うように炭化しボロボロになった死体があった。

 

 

【挿絵表示】

 

「死にたく、ない……」

 

 心の底から出た言葉だった。己の無力さを痛感する。

 人生においてこれほど間近に死を感じたことはなく、同時に考えさせられるようなこともなかった。

 

 前世の現代地球においても、どこかの国では直面していた悲劇の一つだったに違いない。

 少なくとも自分の周りは平和だった日本では無縁、自覚することなく他人事(ひとごと)だった理不尽と不幸が自身に()り掛かって初めて認識できた。

 五体満足健康のありがたみを、病気や骨折などをして理解できるように……死を目の当たりにして、(せい)というものをようやく実感できる。

 

 自分の命も守れず、幼馴染を見つけることもできず、何もできないまま燃え尽きるのか。

 新たに得た人生──何一つ()せず、()そうともしないまま──ただただ果てるのか。

 

(いな)だ。まだ何も見てない、何も試せてないんだ……(あきら)めてたまるか」

 

 

 立ち上がろうとした、その時だった。

 俺の首根っこが掴まれたかと思うと、そのままズリズリと引きずられる

 

「……!? ラディーア、よかった無事だったか」

 

 顔を上げると、暗い桃色髪がそばかすが顔に残る鬼人族の少女がいた。

 俺はグッと(ちから)を入れて自らの足で立ち、少しだけ楽になった気持ちで無理して笑みを作る。

 

「わざわざ探しにきた……のか?」

「うん別に、どうしてるかなって思っただけ。わたし、親いないし」

「孤児院のほうは……?」

「もう無い。わたしはなんとかまぬがれた。フラウは?」

 

 

「わからない、探すのを手伝ってくれるか?」

 

 母ヴェリリアがいなくなって、より身近でかけがえのない存在となった幼馴染(フラウ)を見つけなくちゃならない。

 

「聞くまでもない。なめないで」

「くっはは、そうだな……ありがとう」

 

 火と煙で現在位置がわからない、だが俺がその場から動いてないのであれば……そう遠くはないはずなのだ。

 

 

「ラディーア、姿勢を低くするんだ」

「歩きにくい。急がないとなのに、なぜ?」

「"毒の空気"ってのは上へ向かうからだ、屋外でも吸い続ければ気を失う危険がある」

 

 すると渋々(しぶしぶ)といった様子でラディーアは腰を低くする。

 俺はフラウ共々(ともども)ラディーアにも色々と教えたりしていたので、とりあえずは納得してくれたようだった。

 多少の有毒ガスをものともしないのは、種族としての強度があるゆえだろうか。

 

「煙もヤバいが……熱さも死ねるな。さしずめ電子レンジか,、オーブントースターで焼かれている気分だ」

「なにそれ。たまに言う、変なこと」

「電磁波で水分子を振動させたり、電熱線の抵抗を利用したり、赤外線による放射熱──って、無事生き延びれたらいくらでも説明してやる」

「そ。とっとと見つけて、生き残る」

 

 火事の恐ろしさというものが、(しん)(せま)って体に刻まれていく。

 

(急が、ないと……)

 

 

 その時だった。

 パチッパチッ――と、最初は枝か何かが(はじ)ける音かと思ったが、それが一定のリズムのまま近付いてくる。

 

「ほっほぉ~、これはこれは……素晴らしい! いまだ(たくま)しく生きている亜人の子が二人も!!」

 

 男の声――煙の中から現れたその人物は、中肉中背でベレー帽のようなものを(かぶ)り、表情無い仮面を顔に()けていた。

 そしてその明らかな怪しい風体(ふうてい)に対し――本能で危機感を覚えたのか――ラディーアは思考するよりも早く、大地を蹴って殴り掛かる。

 

 しかし拳が届くよりも先に、いつの間にか高く上がった状態から()(えが)いた"踵落(かかとお)とし"が、ラディーアの肩を打った。

 

「ッガ――ぅ……」

「おっと、これはしたり。演者(えんじゃ)に手を……いや足を出してしまった」

 

 ラディーアは衝撃で地面に縫い付けられるように、背中を踏みつけにされたまま動かなくなる。

 

「転じてこれも(みょう)というやつだな。今は我輩(わがはい)も舞台を(いろど)る一人ゆえ」

 

 

 眼前の明確な敵。

 言動と態度から類推(るいすい)すれば──恐怖と絶望、憎悪と憤怒……俺の中で()()ぜに感情が渦巻いていく。

 

「……お前が、引き起こしたのか」

「ふっ、ふっふふふフフフフフッ! 詮索(せんさく)は実に無粋(ぶすい)というものだ」

「さっさと、その汚い足をどけろ」

「んん? おっと、確かにいつまでも足蹴(あしげ)にしたままでは()も止まる。しかし行き場をなくしてしまう、となれば──」

 

 次の瞬間、俺は明滅する視界とままならない呼吸に、顔面を蹴り飛ばされたのだと理解する。

 

「はっハハ!! さてさて"幕引き"までは……もう少し掛かるかな。いつまでもかかずらってもいられまいね」

「ッはァ……このっ、殺す。殺してやるッ!!」

 

 そう口に出すも、到底無理なのはわかっている。それでも感情のままに(しぼ)り、吐き出すしかなかった。

 

「復讐劇か、そういえば最近は()()()()()()()なあ。もし生きることができたら是非とも(はげ)んでくれたまえ、我輩(わがはい)が演出してやろうぞ」

 

 仮面の男はすぐに俺への興味を失ったように、トドメを刺すことなく炎と煙の中へと消えてしまった。

 

 

(ちから)が……欲しい。もし、次……が──)

 

 そうして俺の意識は、深淵(どんぞこ)にまで落ちて、完全に途切れたのだった──

 



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第一部 2章「不屈の一念、天をも通す」
#05-1 奴隷


 

「──()ッ、……?? ここは……」

 

 目覚めてから最初に味わったのは──(きし)むような全身の痛み、次に感じたのは鉄の味であった。

 (かす)む瞳の焦点が合ってくると、(あわ)いロウソクの光と鉄格子(てつごうし)が見えた。

 

 悪臭もあるかも知れない、が……すでに鼻がバカになっているのか、何も思うところはない。

 耳を()ませずとも聞こえてくるのは、(うめ)き声や叫び。あるいは怨嗟(えんさ)懇願(こんがん)の言葉ばかりであった。

 

 

「あぁ……クソっ」

 

 そう毒づくことしか今の俺にはできなかった。如何(いかん)ともし(がた)いほどの無力さが全身を打つ。

 薄暗いそこには小さい箱型の(オリ)がいくつも並べ立てられていて、その内の一つに俺はいるのだった。

 

(あのまま炎に焼かれずには済んだのか……)

 

 地獄から生き延びたことに喜びを見出すべきか、それとも置かれた状況を(なげ)くべきか。

 俗に言う"人買い"や"奴隷商"と言った連中に、その身柄を拾われていたのは明らかだった。

 

 身寄りのないハーフエルフが、奴隷などに身をやつしたのであれば選択肢など無いも同然。

 

(知らぬ誰かに買われるか、買い手がつかず口減らしされるか、あるいは労働者送りにでもされるか……)

 

 奴隷文化と言ってもそのシステムや待遇といったものは、時代や国家によって様相はガラリと変わる。

 しかし少なくとも……現状の管理具合を見るに、まともなものは期待できそうもなかった。

 

 

 粗末な飯に、最低限の排泄。

 同じ風景ばかりを眺め、昼夜もわからず、同じような人間の声をBGMに寝起きする日々。

 

 せめて幼馴染のフラウとラディーアがどうなったか、もしかして同じような目に()ってないかと食事係に(たず)ねてもみた……。

 しかしながら、奴隷を売買するような連中は取り付く(しま)もない。

 

 ただ反応を見る限りでは……恐らくは奴隷としては拾われてはいないように思えた。

 

 であれば、あの炎と血に(まみ)れた【故郷(アイヘル)】で生きている可能性は……。

 仮に運よく死を(まぬが)れていたとしても、それから生きていける確率は──

 

 もはや俺は、それ以上の思考を止めるしかなかった。

 

 

 ときおり大人が現れては、観察するように見て回っていった。

 ウィンドウの中の商品を、吟味(ぎんみ)して買うようなそれ。

 さながら()()()()()()()()()()のような感覚に(おちい)った。

 

 人を人として見ていない、そんな瞳に(さら)される心地など滅多に味わえまい。

 屈辱ではあったが……それ以上に生き抜くことに必死にならざるを得なかった。

 なるべく人の良さそうな人間を見ては──時に()びへつらう態度を見せた。

 

 俺の持つ知識をどうにか利用できないかとアピールをしようとするものの、どれもが空振りに終わってしまう。

 こんな小さな子供がのたまったところで、ただの狂言にしかならないのは自明。

 

 

 さらにハーフエルフの男というのは、実のところ需要が相当薄いようだった。

 純エルフ種の見目麗(みめうるわ)しさには到底及ばないし、亜人の労働力としても期待できない。

 

 なにせ(ちから)仕事であれば鬼人やドワーフなどがいるし、一度主従関係を理解させれば従順な獣人種の使い勝手もない。

 半人(ハーフ)には特化した部分がなく使いにくいのだ。それでいて長命ゆえの扱いにくさまで残る。

 

(精々が男娼(だんしょう)として使えるくらいだろうか……)

 

 だが奴隷を買いに来る連中を観察するに、そういった客層にはあまり(えん)がないようだった。

 好事家(こうずか)が飼う魔物(ペット)の遊び相手や、餌にされるとかロクでもない想像ばかりが(ふく)らんでいく。

 

 そうして日を負うごとに汚れは酷くなっていき、買い手も真っ先に敬遠していくようになるのは──ある意味、(さいわ)いなのかどうか。

 

 

 時間が経過するほどに精神は疲弊しきり、心まで摩耗する。

 

(最終的には鉱山労働かなんかにでも安く買い叩かれて、労災死亡コース一直線かな──)

 

 無力にして無気力。もはや「何もかもどうでもいい」という心地に(おちい)っていた。

 長命種だからってナメていたと言えば……はたしてそうなのかも知れない。

 

 不老であっても不死ではない──そんな一つの命題のようであった。

 いくら寿命が長かろうと、死ぬ時は死ぬ。

 あの炎と血の地獄も生き抜いただけではなく、たまたま死ななかったというだけ。

 

 

 前後不覚な状態の中で、幽体離脱でもしているような感覚を覚える。

 

(このまま死ぬのも……悪くはない、か)

 

 幸いにも肉体も精神も麻痺してきているのか苦痛はない。どうせ俺は転生した身だ。

 前世ではきっと一度死んでいたのだろうから、ほんのちょっと夢を見られただけでも──

 

 そうして脳裏に浮かんできたのは……母ヴェリリアの愛情深い眼差しと、幼馴染フラウの無垢な笑顔、ラディーアの変化のわかりにくい態度。

 大切な人の行方。襲われた真相。あの"仮面の男"と背後関係への復讐。異世界への興味。強さへの憧憬(どうけい)と渇望。

 

 

 執着と諦念(ていねん)の狭間で揺られながら、俺は人の気配を感じてふと顔を上げる。

 目の前には顔に布をぐるぐるに巻いて(おお)い隠した、一切素性知れぬ怪しげな人物がなにやら()()()()()()()()こちらへ向けていた。

 

「ふむ……言葉は理解(わか)るか?」

「……あぁ、誰だ──」

 

 俺は反射的に返事をする。くぐもった声だったが、恐らくは男だろう。

 

「よし。オイ!! ちょっと!!」

「へぇ、まいどどうも」

「コレをもらおう」

「あいはい。一応確認しときますが、後になっても文句は受け付けませんぜ」

「二言はない。ただし少しイロを付けておくから、身ギレイにして、水と食事もしっかり取らせておいてくれ」

 

(……?? 俺を……買おうと、して──るのか)

 

 うすぼんやりとした意識で、買い手らしき男を見ても何もわからなかった。

 思考が回らないまま……ただただ茫然自失(ぼうぜんじしつ)といった目を向ける。

 

 

「旦那、こんなんでいいのなら他にもオススメが──」

「いやこの子供だけでいい。昼にもう一度来るからそれまでに頼むぞ」

 

 巻き布の男はわずかに威圧の込められた言葉を残し、その場を立って去ってしまった。

 それが救いとなるのか、それとも新たな苦難となるのか──俺の頭はもう限界を迎えていたのだった。




2022/6/26時点で、新たに書き直したもので更新しています。
それに伴い話数表記を少し変えています。


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#05-2 無明

 

「……ッぅあ」

 

 ──もはや何度目の目覚めだろうか、しかして悪夢という名の現実は未だに()めることはない。

 とはいえ今までとは明らかに様相が(こと)なっていて、己の手指さえ見えないほどの無明(むみょう)の闇黒であった。

 

 視力を失ったわけではなく、ただただ上下左右黒一色しか映ることはない。

 

 

「なんだ……あーーー! だれか──っ!!」

 

 そこでは自分の声しか反響することなく、すぐに静寂そのものな空間へと戻る。

 

(返ってきた声からすると、かなり狭いな)

 

 手をぎゅっと握り、開くを繰り返す。次に地面を触りながら立ち上がった。

 とりあえず(オリ)の中で衰弱していた時とは、比べ物にならないほど体も動くし頭も回る。

 

 俺はいくらかクリアになった意識で五体の無事を認識したところで、状況を把握する為に記憶を手繰(たぐ)っていく。

 

 

(確か……誰か、男に買われたんだったな。それからきれいな水とまともな飯にありついて……)

 

 衛生環境は最悪だったが、喉から胃に到達するまで……これ以上ないほど、体に()み渡ったのを覚えている。

 俺はゆっくりと手を伸ばしながら、(さぐ)(さぐ)り真っ暗で狭い中を歩いていく。

 

(壁がある、わずかに丸みを帯びてる。歩幅からすると……直径が5か6メートルのくらいだろうか)

 

 頭の中で組み立ててみると、多分だが……半球のドーム状をしているようだった。

 土っぽい質感だが相当に硬く、厚さもわからない。素手で掘るには難しいだろう。

 

 

「んっ、水か」

 

 壁際の一か所には水場のようなものがあった、内部の温度の割にはひんやりと冷たい。

 手で(すく)って、匂いも嗅いでみるが特に違和感はなかった。

 

 目で見て(にご)りなどは確認できないが……わざわざ用意されてるのだから、飲み水にはなるだろう。

 反対側には単なる(くぼ)みがあり、そちらは排泄用なのかも知れない。

 

(満腹になってそれから──記憶がないな。あるいは何か()られていたとか……? そしてどこか、こんな狭い暗所に運搬された)

 

 孤独に一人、暗闇の渦中(かちゅう)。しかし心身が充実しているおかげで、今までのような絶望感はなかった。

 

 

(このまま日干しにして殺す意味は……ないよな)

 

 俺を買った巻布覆面の、声からすると男。あいつが主人なのか、あるいはさらなる仲介業者という可能性もある。

 いずれにしろ置かれている現況に対する、相手方の意図を考える。

 わざわざハーフエルフの子供を買って、明かり一つない硬い土壁の空間に放置する意味するところとは……。

 

 すぐに殺すこともなく、外側からペット感覚で観察可能な状況でもない。

 水も用意してあるし、広さを考えても子供だから空気もかなり()つと思われる。

 

 

(──光の届かぬ閉塞空間に閉じ込めること、それ自体に真意がある……?)

 

 普通の子供が暗闇に放置されれば、それは並々ならぬ恐怖に違いない。

 精神的には大人の俺だって、あまりに長引けば気が狂ってしまうことだろう。

 

(恐怖の先に何を見出す……か)

 

 例えば尋問目的で閉じ込めても、子供相手に得られるものは何もない。

 なれば暗い押し入れや物置に子供を閉じ込めるといえば……"(しつけ)"くらいしか思い付かない。

 

 しかし少なくとも俺は悪いことをした覚えはない。抵抗や脱走をする火まもなく連れてこられた。

 

 

「いやいや待て、ここは異世界だ。もうちょっと視野を広げないと──」

 

 俺は口に出して想像力を働かせる。まず一つに"魔術契約"というものがある。

 それは双方向による至極真っ当な契約関係か、奴隷となるべき人間の意思力を薄弱化させ強制的な主従関係を結ぶものだ。

 

(……意識は至って明瞭だな。それに契約を結ばされた覚えもまったくない)

 

 契約した場合、体に刻印が刻まれるか、常に身に着けておくような装飾具を(かい)すらしいが……。

 

(真っ暗で刻印は確認できないが、少なくとも装身具的なものは──)

 

 自分の体をまさぐってみるが、()身着(みき)のまま。首輪だとか指輪や腕輪といった(たぐい)の感触はない。

 あるいはこの無明の闇黒から出られた時に、契約が待っているのだろうか。

 

 

(他にはたとえば……)

 

 恐怖心などの"負の感情"をエサにするような魔物がいたとしても不思議はない。

 あるいはこうやって恐怖を与えて()()()()させている、などとと言う考えが浮かんで身震いする。

 

(ッッ──おぞましいな。……他には、魔力を吸い取るとか?)

 

 この土で作られた構造物それ自体が、中にいる人間から何かを搾取する為の装置ということも考えられる。

 しかし特段魔力が吸われているような感覚は覚えない。

 

 いずれにしてもロクなものではないが……少なくとも、すぐに殺されるような心配はないと考えられる。

 何らかの利用価値の為に俺を買って、こうした措置を(おこな)っているのだと信じたい。

 

 (オリ)の中で閉じ込められて得た知識は、奴隷とて安い買い物というわけではないということだ。

 確かにそこそこ売れ残ってはいたものの、まだ買い叩かれるほどではなかったと思いたい。

 

 

「あぁ、使い捨てにするようなマネはそうそう起こらないと信じたい」

 

 俺は自分に言い聞かせるように、はっきりと言葉に出した。

 ついぞ意図はわからないが、なんにしても回りくどいやり方なのは間違いない。

 

 まさに取り囲む暗闇のような不明瞭さに気持ち悪さを覚えつつ、俺はその場に寝転がるのだった。

 

 

 

(暇だな……)

 

 何度も心の中で繰り返す。どうしようもなく暇である。

 寝られれば暇も空腹も忘れられるだろうが、生憎(あいにく)と睡眠欲は失せている。

 

(ちから)──(ちから)さえあれば、こんな()き目に()うこともなかったのにな」

 

 故郷が燃やされることなく、仮面の男とぶっ飛ばして、奴隷に身をやつすことなく、今現在こうして囚われた状況を打破するような圧倒的な(ちから)が。

 

「運命に翻弄されない確固とした(ちから)があれば……」

 

 あらゆるワガママを押し通せる地上最強の強さ。男の子なら一度はあこがれる、天下無双の腕力家。

 

 何も考えずとも、何を努力することもなく、それが手に入ればさぞ楽だったことだろう。

 しかし"明日の命も保証されぬ身"である。

 

 

 ──転生前の自分を振り返る。代替の効く歯車のような消耗品。

 

 人生に張り合いがなく、無気力感に溢れていた。

 多様な娯楽にも手を出してはみたが続かず、すぐに飽きてしまう生活。

 自分からあらゆることに対して能動的に、真新しさ……見出すことができなくなってしまっていた。

 

「今にして思えば……いや、今だからこそ思える」

 

 ふと(つぶや)きながら確信を得る。精神的に()んでいた部分があったに違いない。

 そうした症状あるいは兆候すらも認めることができず、変なプライドで病院にも行かず、自己完結して世界を()ざしていた。

 

 

(亜人、長命種、ハーフエルフ)

 

 ──転生後の自分の出自を振り返る。種族それ自体は恵まれていると言えるだろう。

 

 知的生命種はそのすべてが"神族"より(たん)を発し、魔力という要素によって進化・退化・変異の枝分かれしていったという。

 神族は事実上不老と言われ、エルフもその恩恵からか1000年近くという長命(ちょうめい)を誇る。

 

「俺みたいな半端モノでも、おおむね500年くらいは生きられる──)

 

 前世である地球で、そんな超長寿を体験する知的生命体は地上に存在しなかった。

 つまり現代知識を持つ人間としては、前人未到の境地に至ることになるだろう。

 

 

(異世界においては長生きは当然それなりにいる)

 

 大陸最北端に住むらしい神族は言うに及ばず。

 焼かれてしまった故郷、亜人集落【アイヘル】でも数百年単位で生きているエルフ種が何人かいた。

 

 そしてそうした(ほとんど)どが、枯れかけの老木のような精神性を有していたように見えた。

 "長寿病"とも呼ばれる、現代地球で言えば認知症にあたると思われる、記憶が薄れ反応にも鈍感になっていく症状。

 

 

三十路(みそじ)ちょっとくらいで、(なか)ば無味無臭の人生になりかけていたもんな……──)

 

 無明の闇黒は、際限(さいげん)なく想像の翼を広げて羽ばたかせていくのだった。



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#05-3 人生の指針

 

三十路(みそじ)ちょっとくらいで、(なか)ば無味無臭の人生になりかけていたもんな……)

 

 果たして。病気ではなく健康だったとして、俺は500年もの時の流れに耐えられるのだろうか?

 素朴だが、(しん)に迫った疑問と言わざるを得なかった。

 

 "新鮮味"こそ、感動の為に必要不可欠なスパイスだ。

 

 一度叙述(じょじゅつ)トリックの感動を知ってしまえば、類似作品でトリックやミスリードを疑ってしまうだろう。

 心を震わせる王道も、慣れてしまえばただのお約束や雛形(テンプレート)に成り下がってしまう。

 

 

(良くも悪くも人間は、()()()()()()生き物)

 

 生存に不可欠な食事でも、同じものばかり食べていれば飽きて嫌になってしまう。

 過酷労働環境でも適応したと思い込んで、気付かぬまま過労死してしまうこともある。

 

 "未知"──未体験こそが、知的生命の根源にして最大の存在意義──とも言えるのではないのか。

 

 異世界への目新しさと好奇心が(まさ)っている内は問題ない。

 しかしそれらが既知となってしまったら……一体全体、俺という"個"はどうなってしまうのか。

 

 

 (いわ)く──"幸福なサマは皆一様(みないちよう)に同じに見えるが、不幸なサマはそれぞれが(こと)にしている"。

 

(なんかの引用だったけかな)

 

 改めてそれを想像してみれば……確かにそうかも知れない。

 

 美味いものを食べるとか、いい女を抱くだとか、趣味のものを収集して(えつ)(ひた)るとか。

 幸福の形は大きく見れば、非常に似通(にかよ)ったものとなる。

 

 睡眠欲でも、食欲でも、性欲でも、知識欲でも、物欲でも、承認欲でも、支配欲でも──

 人生で得られる欲なんてものは……たかが知れているのかも、と。

 

 物事とは"緩急(かんきゅう)"。落差(ギャップ)があってこそのものだ。

 空腹だから、食事が美味しい。仕事をして疲れた後だから、酒が体に()み渡る。

 禁欲していたから、発散が気持ちいい。仕事という日常があるから、旅行という非日常が()える。

 

 

 そしてそれらの中における多様性こそが要訣(ようけつ)でもあるのだ。

 例えば原始時代と現代とでは、食事一つとってもその種類も味の幅も桁違いとなる。

 

 時の権力者で、衆道にも通じる者が少なくないのは何故か。

 女だけでは飽きてしまうからなのでは? 背徳的なモノに()かれてしまうのでは?

 性的に倒錯(とうさく)しないと、何かしらに傾倒していないと、刺激がなくなってしまうのではないか。

 

 この戦乱と、興亡と、魔術の歴史の中で、(なか)ば停滞したような世界で……500年。

 ただでさえ元世界にあったネット環境も、種々雑多な娯楽も限られた世界で……500年。

 

 

(地球の文明史も"ブレイクスルー"、起爆剤とも言える技術があってこそ急激に発展した)

 

 工業化の前提となる要件が不足し、それに伴う資本投入という経済変化がなかったとしたら?

 化学肥料が発達せずに人口が増えないまま、内燃機関や電気といったテクノロジーが開発されなかったら?

 

 人類はさほど変わらぬ生活水準のまま、興亡を繰り返して遅々(ちち)と進んでいくしかなかった。

 かつて栄華を極めた文化が衰退し、暗黒時代になったように……知識と技術を継承し、テクノロジーを生み出す土壌が無ければ急激な進化はない。

 

(実際に中華やイスラム世界は、産業革命できるだけの資源や技術はほぼほぼ揃っていたらしいが……実際に先んじたのは大英帝国(イギリス)だったわけで)

 

 馬の(あぶみ)、衣服のボタン、農耕用具、出産器具、スクリュープロペラ、望遠鏡や光学顕微鏡。

 原理を知ってしまえば単純な発明自体はいくつもある。他にも空を飛ぶ技術──熱気球などは、その気になれば紀元前でも容易に作り得た。

 

 実際にいくつかの国家と時代には、熱した空気を浮かべるという発想自体はあったと記録されているが、それを巨大化させて人を飛ばそうという考えにまでは至らなかった。

 もしも1000年前、2000年前から空を移動し、地形を把握し、戦争に利用し、より遠き新天地へ向かっていたとしたら、地球史はまったく(こと)なった様相を(てい)していたことだろう。

 

 

「そう……待っているだけじゃダメなんだ。いつになるかわからない以上、"キッカケ"がいる」 

 

 発達しない世界で、いずれは──退()()()()()()()()()()()()()()かも知れない。

 そうなれば飽き切った人生を、なお惰性(だせい)享受(きょうじゅ)するか──あるいは自ら命を絶つ、か?

 

(それじゃ……前世と大して変わらない、何も進歩しちゃいない)

 

 なればこそ己が目指すところとは。俺の俺たる世界の在り様とは──

 (まぶた)の裏側に浮かんだ"片割星(かたわれぼし)"を見つめ……決意する。

 

 ──俺だけの新たな人生の指針──

 

 ()()()()()()()しかない、そこに行き着く。

 常に好奇と新鮮を、供給し続けてくれる世界が欲しい。

 

 胸裏に刻まれた故郷の平穏な生活と、焼き付いた地獄の光景が──

 奴隷として(オリ)の裏で心身薄弱した記憶が──

 味わった確かな"死"の予感が、心の底から"生"そのものの欲求にして原動力となっていく。

 

 

(……もしも、タイムマシンがあったならどうしたい?)

 

 きっと誰もが考えたことがあるだろう。そんな時に俺は……過去よりも未来(・・)に行きたかった。

 どうせこの世に生まれるなら──西暦3000年くらいに生まれていればと思ったものだ。

 

 人類の行き着く先を。発展し続ける科学の行く末を。かつての地球でも未だ到達できてなかった領域へと──

 前世の人生では難しかった。この異世界だからこそ成り立つ、"魔導と科学の融合"。

 

 新たに生み出され続ける文化と娯楽。それは俺の想像を常に超えて、長き寿命を(うるお)してくれるに違いない。

 

 

「せっかく異世界転生したのだから、もっと自由に好きにやらないと──二度目の人生を謳歌し()くしてやる」

 

 長命とはいえ、後々になって"時間切れ"で()いることのないよう頑張っていく。

 俺の好きだったストラテジーシミュレーションを、文字通りの現実(リアル)でやってやる。

 

(趣味や高じて文明やら歴史とか理論などを調べた時期もあるが……俺は専門的な知識があるわけじゃあない)

 

 ただ重要なのは"キッカケ"である。

 完成品(せいかい)を知っているだけでも、情報としては充分過ぎるほどに強力なのだ。

 影も形も発想の無い状態から到達するまでに(つい)やされた人と、時間と、資源とを、大幅に少なくし、短縮し、浪費せずに済む。

 

 

 そうやって文明と時代を形創っていけばいい。

 長命だからこそ可能な気長なゴリ押し。多少時間が掛かっても到達さえすればいいという境地。

 

(実際の理屈や構造といった詳しい部分は、他人に(まか)せればいい。俺がやるべきなのは──)

 

 ズバリ"基盤作り"である。

 自身の示した曖昧な既存(きそん)のアイデアを、異世界(コッチ)で形にできる才能ある"人材"を探すこと。

 それを実用化にまで()()けるさせる為に、資源と労働力──ひいては研究資産を確保する為の"支援機関"。

 

 

(俺が提示する1を聞いて10を理解し、10を100に押し上げて現実化する体制を整える)

 

 そうして初めて、この大望は──この途方もない野望は成り立っていく。

 空想を現実のモノとできる。

 

「魔術で、科学で、文化で、宗教で、外交で、そして武力で……」

 

 俺は指折り数えて、この大いなる夢想を魂に刻み込んでいく。

 必要とあらばあらゆる手段をもって世界を席巻(せっけん)し、制覇してやろうというものだった。

 



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#06-1 魔術 I

 

 人生の指針は決まった。

 この異世界文明を改革して、長命の限り楽しみ尽くす。

 

 次に()すべきことは、現状(・・)の打開である。

 

「まずはミクロスケール、個人で可能な範囲──選択肢を広げる。その為に必要なのは……そう何よりもまず、物理的に行使できる(ちから)だ」

 

 はっきりと口にしながら覚悟を決める。

 後悔をしている暇はもう十分にとった。()んで現実逃避してる時間はとうに過ぎ去った。

 

 

「転生してもはや後ろ盾一つない子供(おれ)が、今まさに()せるべきこと──"魔術"だ」

 

 (ちから)なくば容赦なく搾取(さくしゅ)される世界で、自衛の為にも必要な術理。

 炎と血に包まれたあの時も……スィリクスのように魔術が使えていたら──フラウを見つけ、ラディーアと三人で、仮面の男から逃げ切れたかも知れない。

 

 そして今なお切羽(せっぱ)詰まった状態で、俺が可能な唯一の方法だ。

 

 

「っし、ふゥー……──」

 

 光なき地べたで、とりあえず座禅を組んで、呼吸・肉体・精神とを落ち着かせ整える。

 空間としてはお(あつら)え向きだった──外からの刺激がなく、感覚を研ぎ澄ますには。

 

(魔術とは……体内に滞留する"魔力"を知覚し、発露させる想像(イメージ)を確立させ、外界へ物理現象として放出すること)

 

 燃えてしまったであろう本の内容。またフラウの母親からも教えてもらったこと。

 いずれもを思い出しながら、俺は咀嚼(そしゃく)反芻(はんすう)する。

 

 実際に物理現象を発生させるほどのイメージというのは、生半(なまなか)なものではない。

 

 

(だが文明とは、世界とは──何事もまずはイメージするところから始まった)

 

 誰かが想像した──木の棒に石を括り付けて斧の形にすれば。獣を狩る為に、長い棒に鋭いモノを取り付けよう。弓にすればより遠くへ。どういう罠なら効率的か。

 誰かが空想した──自分たちで作物を作れたなら。余暇を利用して何をしたいか、何ができるのか。多く収穫する為にどう掛け合わせて、何の道具が必要で、どういうやり方が良さそうか。

 誰かが夢想した──思想を、芸術を、理論を。応用と飛躍を。失敗から、成功から。気になった他人と。愛する家族と。他ならぬ自分自身。そして未来を。

 

 世界とはまず想像(イメージ)によって形作られ、知らぬこともまた想像と類推を仮説に置き換えて補完される。

 何事も願い、想い、(かたど)ることから人類文明は始まってきたのだ。

 

(高度に想像(イメージ)すること、できることこそが知的生命(にんげん)の強みなんだ)

 

 (ケダモノ)や虫には不可能なこと。基本にして(いしずえ)

 そこを(おそろ)かにし、馬鹿にする人間には進歩がない。(ないがし)ろにして進化(・・)はありえなかったのだ。

 

 

(俺には……前世の知識や経験を総動員するやり方しかない)

 

 純真無垢なままに信じ、強烈に思い込むという方法は──もうすれて(・・・)しまった己には不可能なことだ。

 だが創作作品(フィクション)で見た光景や発想や、学んだ物理の知識が必ずしも役に立たないわけではないはずだ。

 

(VRで遊んで、脳が錯覚するほどに感じた没入感を思い出せ。明晰夢で空を飛び、色とりどりの魔法を使った感覚を。(つちか)った妄想力を現実でも──ッッ!!)

 

 物理現象を模倣(もほう)する為に見本(イメージ)がいる。物事を実現するのに、明確なヴィジョンが()る。

 

(それに、そうだ……魔術による物理現象それ自体ばかりをイメージするのではない──)

 

 いつぞやの"黒髪のお姉さん"が言っていた言葉が、頭をよぎっていた。

 

「"魔術を行使する己自身"を思い(えが)いて確立すべし」

 

 術理を"深化(しんか)"し、"真価"を引き出し、自身を"進化"させろ。今この時をもって精神性も転生(・・)するのだ。

 

 

(ハーフとはいえ俺はエルフ種。魔力操作には一日(いちじつ)、いや半日の(ちょう)がある──)

 

 かつて神族が人族へと退化する過程で、魔力の扱いに(ひい)でたものが別方向への進化を遂げたのがエルフ種の原点であると聞く。

 

 暗示を掛けるように、自らを洗脳するように、事実を心身へと()み渡らせる。

 血液に巡る魔力の胎動を知覚し、流動を(つか)んで離さないように。

 

 

 先人達が理によって構築してきた以上、魔力もまた何らかの物質か作用による結果のはずだ。

 

第五元素(エーテル)だとか、暗黒物質(ダークマター)やダークエネルギー的な……)

 

 それが仮に魔分子か魔原子か魔素粒子なのか。

 あるいは魔宇宙線とか超魔(ひも)理論とかなんかそういう──

 とにかく自分の頭じゃわからないが、とにかくエネルギーとして存在しているものと仮定する。

 

 原子に働きかけ、分子を結合し、それを化学反応として(とら)え、実際に形へと()さしめる。

 

(この世界から見れば俺は異邦人だ。だからこそ俺にしか使えない、俺だけの魔術(おれ)をイメージしろ──)

 

 異世界に転生してより──母と暮らし、魔術を知り、幼馴染と世界を知りながら考えていた。

 変に奇をてらうことなく、"火・水・空・地"の四元論を基本とする中で、俺の最もやりたいこととは……。

 

 

 いずれ思考が止まる──無念(むねん)無想(むそう)無我(むが)無心(むしん)の境地のような。

 一切の不純物のない──全てが識域下(しきいきか)で発現するかのような……そんな心地。

 

 現代日本の単なる人間の頃では、到底無理だっただろう。

 しかし今は()()()()()。生物としての基礎能力(スペック)が違うからこそ可能な領域。

 

 ──時間と空間から切り離されて、己の(うち)──自身の世界を()()()()()()する。

 もはや何秒か、何分か、何時間か、何日か、何週か、何季か、何年か。

 やがて地上世界そのものから浮き上がってしまうような……そんな感覚すら覚えてくるようであった。

 

 どれほど経ったのか、全くわからなくなってしまう中で、その刹那(とき)は静かにおとずれた。

 

 

 密閉空間にも(かか)わらず、"()()()()"を肌で感じる。

 イメージする上で──"炎"と血の光景も脳裏をよぎったものの──"風"が一番好きだ。

 

 俺のやりたいこと、"(くう)"こそ可能性に最も合致する属性だった。

 

 腕をゆっくりと動かしながら"それ"を誘導し、俺の右掌中(みぎしょうちゅう)で静かに渦巻いていくのを感じる。

 ギュッ──と拳を握ると、圧縮された空気が(はじ)け、膨張し、暗闇の中を一気に吹き抜けた。

 

「──夢、じゃあないな。確かな俺だけの現実だ」

 

 実感を込めて俺は吐き出した。

 一度魔術の発動を強く自覚すると、己の魔力の流れもより鮮明になった気がした。

 

「よっしゃの……しゃあっ!!」

 

 俺は未だ囚われの状況すらも頭からすっぽ抜けたように、明確に得た新たな(ちから)に酔いしれガッツポーズを取っていた。

 

 




2022/6/26時点で、新たに書き直したもので更新しています。
それに伴い話数表記を少し変えています。


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#06-2 魔術 II

 

 転生、流転、円環。

 回り、廻り、巡る。

 

 二次元(へいめん)上の回転は、やがて三次元(りったい)を得る。

 

 ()く──この(おり)に風穴を()ける。己と世界の、明日へと続く道の為に。

 削る──素手ではどうにもならない、土を圧縮したように立ちはだかる堅固な障害(かべ)を。

 掘る──ほんの少しずつ前に進む。渦巻く風をその手に、螺旋を(えが)く回転をその人差し指に。

 

 

(いい調子だ……実際に魔術を行使する。"進化の階段"を一段、(のぼ)れた気分だ)

 

 一切の光がなかった空間も……幾分(いくぶん)か目が慣れてきていた。

 ずっと無明だったハズなのに──ぼやっとではあるが──輪郭を(とら)えるまでになっているのがわかる。

 赤外線視力だとかそういった(たぐい)の、一部の動物やら虫だのが備えているような……可視域(かしいき)が拡張でもされたのだろうか。

 "魔力強化"による、肉体・感覚能力の向上効果が顕著(けんちょ)になったのかも知れない。

 

(無敵感というか全能感というか、やばいな。何でもできる気がしてくる)

 

 スーパーポジティブシンキング。成功体験が次々に連鎖しそうな、最高の心身状態とも言えよう。

 自分の魔力を知覚し、血液と(とも)に魔力が全身を駆け巡っているのが感覚的に理解できる。

 

 

 空気の流れを操作して(つく)り出した"風螺旋槍《エアドリル》"が、一回転するごとに勢いを増していく。

 それをさらに閉じ込め、圧縮するように──先端へと集中させ、削岩し、掘り(つらぬ)いていく。

 

(……"魔術"は、絵を(えが)くことに似ている)

 

 空間(せかい)を真っ白なキャンバスに見立て、創りだしたいモノを明確に想像し、己という(ふで)を取って、魔力という絵の具で塗り上げる。

 誰でも如何様(いかよう)にも(えが)くことはできる。ただし実際に作品として仕上げるには、確立された技法を学んだほうが効率が良いものだ。

 

(その為に必要なのが、詠唱や動作といった決められた手順(ルーティン)──)

 

 自分の中に形作る、ある種の行為(スイッチ)。本来魔術の発動においては不要なものだ。

 しかして魔術は往々(おうおう)にして、詠唱や動作をともなうのが慣例法となっている。

 

 

(なぜか? 単純にそうした(ほう)が、()()()()()からだ)

 

 確実な発動の補助、物理現象をもたらす上での安定性、さらには威力や効果そのものの強化。

 心深暗示(おもいこめば)メソッド(なせばなる)──"初代魔王"が考案・実践したのが、魔術史の始まりとされている。

 

 特に"声"というものは最も手軽かつ、量の調整も自在な──()()()()()()()向けて発せられる行為。

 そこに"力強(ちからづよ)い言葉"を詠唱として乗せることで、より思い込みを強化し、声と共に放出する。

 身振り手振りを加えることで、魔術を(はな)つという行為そのものを一層強固にする。

 

 長々と大仰な詠唱をし、魂を込めて叫び、豪快なアクションを(ともな)わせる。

 偽薬(プラシーボ)効果よろしく心理に根ざした行為というものは、魔術にとってもとかく肝要(かんよう)なものなのだ。

 

 

(突き、抜け……たッ! 俺のォ──勝ちだ!!)

 

 進退を賭けて、全存在(いのち)を懸けて、疾走し駆け抜け、高みへと()けた。

 だがまだ全てが終わったわけではない、未来(あす)への道を架けるのはまだ未知の渦中にある。

 

 穿(うが)った穴から星明かりが差し込んでいる。どうやら外は夜中のようだった。

 

「草が風に吹かれる音、フクロウのような鳴き声、虫が響かせる合唱。不穏な音は……なさそうだ」

 

 理解(わか)る。研ぎ澄まされた神経が、鋭敏な聴覚が、外の状況を間接的に把握できる。

 俺は穴を大きくぶち()けると、"片割星"に迎えられるようにその反射光を浴び、新鮮な呼吸を肺に取り入れた。

 

「あぁ……最高だ」

 

 風を浴びる。過去の俺が、さながら"陳腐化(ちんぷか)"したような心地。

 今まで俺は死んでいたのではないかと思えるほど、世界は感動に満ちているのだと全身を(とお)して実感する。

 

 

「──さて、のんびりしてもいられないか」

 

 星光の下で俺は周囲を観察する。

 深い森の中を切り抜いたような場所に、薄明かりの中で明らかに浮いている、似つかわしくないドーム状の土檻──

 

「土棺か土墓のようにも見えるな……が、四つ(・・)

 

 その内の1つは先刻まで俺が中に入れられていて、既に破壊されたモノだった。

 しかし残りの3つの土塊(つちくれ)ドームは、ほぼ同じ大きさで無傷の状態のまま安置されている。

 

「……俺以外にも三人ほど、(とら)われていると見て間違いないな」

 

 脱走の好機(チャンス)ではある、あるのだが……視界に映ってしまった以上、無視するのは(はばか)られる。

 

 

「っはぁ~……」

 

 俺は森の隙間から覗く天空を(あお)いで、大きく息を吐いた。

 

(見捨てる、という選択肢)

 

 そうなれば俺は今後長い一生の中で、常に心にしこり(・・・)が残るだろう。

 安牌(あんぱい)であったとしても、開き直れるほど無慈悲になれるかというと……。

 

(連れて行く、という選択肢)

 

 いざ助けてから「やっぱりナシで」は難しい。

 恐らくは俺のような奴隷であろうし、そうなれば衰弱していて足手まといになる可能性は高い。

 

 そもそも現状じゃパニック状態もいいところだろうし、なだめるだけでも骨だ。

 

 

(しかしまぁ……見捨てるにせよ連れて行くにせよ、こんな地理も全くわからない暗い森の中か)

 

 俺一人だったとしても食料も道具もないし、服もみすぼらしい。

 サバイバルのノウハウもない中で生き抜くには、相当()の悪い賭けになる。

 危険な野生動物や毒虫もいるだろう、なにより異世界には魔物だって存在する。

 

 目的は判然としないが、脱走が気付かれれば追手が掛かることも充分に考えられる。

 

(魔術が使えるとは言っても、まだまだ覚えたて。使うには魔力も必要とするし、有限だ)

 

 生存率は(いちじる)しく低いだろうことは明白。

 新たに会得した己の(ちから)に酔いしれ、判断そのものを(にぶ)らせ、見誤ってはいけない。

 過呼吸にはならないよう何度も深呼吸をしながら、酸素を脳に巡らせていく。

 

(答えはNO(むり)だ)

 

 いかに子供とはいえ、見ず知らずの他人に構っていられるほど(ちから)が有り余っているわけではない。

 緊急避難的判断、まずは己の命こそ最優先とす──

 

 

 思考を回して結論にして決断をしようとした刹那。

 魔力強化によって鋭敏になっているハーフエルフのやや尖った"半長耳"がピクリと無意識に動く。

 

(なんだ……? 何かが近付いてくるか)

 

 心中で舌打ちしながら、いったん土塊(つちくれ)ドームの中へと退避しようとすると、すぐに"ソレ"は姿を現した。

 威嚇するような(うな)りを喉から鳴らし、ギョロリとした目を動かすのが目に映ってしまう。

 

 

 それは"トカゲ"であった、ただし……巨大(デカ)い。

 

 四つ足で地面に伏せているのに、目算で地上から2メートル近くはあるように見える。

 尻尾含めた全長は、10メートルはゆうに超えているであろう。

 

 地球に当てはめるのであれば、現代に蘇った恐竜とでも言えるのだろうが……。

 角を生やし、口元から伸びる牙、長めの()(あし)に大きな爪。

 異世界では陸上の"(ドラゴン)"に(るい)するものかも知れない。

 

 スンスンと鼻を鳴らすように、その()き出しの大きな瞳をこちらへと向けるのだった。

 

【挿絵表示】

 

 



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#06-3 初陣

 

 恐竜、巨大爬虫類(トカゲ)陸上竜(おかドラゴン)、呼び名は何でもいい。

 とにかく地球に存在していたとすれば──獅子も虎も熊も象も敵わない──確実に野生における地上ヒエラルキーの頂点に君臨しているレベルの生物。

 

「まじっかぁ……」

 

 そう吐き出すも、眼前に突きつけられた現実にいまさら戸惑うようなことはない。

 異世界の非情さと人生の無常さは、つい最近の(あいだ)に山盛りで経験してきた。

 

 魔物の(たぐい)とかち合うのも想定内。

 むしろわかりやすい見た目で、生態も察しがつくだけマシというものだった。

 初めての実戦とも言えるが、今の俺にはほどよい緊張感だった。

 

 

 既にバッチリと()が合っていて、捕捉されているのは疑いない。

 

「逃げ切れるか──」

 

 何よりまず戦うことより遁走(とんそう)こそが優先される。

 仮に打ち倒す場合でもそれは真正面からではなく、罠などを仕掛けて()め殺すものだ。

 

 俺は振り返りざまにその場から跳躍し、土塊構造物(つちくれドーム)に指と爪先(つまさき)を引っ掛け、一息で真上まで登りきった。

 

「最適解を導き出せ、俺」

 

 

 3メートル以上の高さに立った俺は、陸上竜を含めて周辺状況を観察する。

 

(背の高い木が多い。どうにか(つた)っていけば……──)

 

 瞬間、恐るべき速度で陸上竜の尻尾が飛んできたかと思えば、硬かったはずの土壁を豆腐のように破壊した。

 俺の小さな体躯は、その余波だけでもろとも吹き飛んでしまう。

 

「うっく……ぉあ」

 

 破片もろとも空中を(ただよ)い、高木(こうぼく)の枝をクッションに俺は何とか体を強く打たずに済んだ。

 子供の肉体であったことが逆に功を奏し、俺はそのまま気配を最小限に身を(ひそ)める。

 

 

 どうやら陸上竜は一時的に俺を見失ったようで、そこまで頭は良くなさそうであった。

 すると地を()うようにズルリと──蛇のような動きで、次の標的を見定める。

 

(っオイ待て、そっちは――)

 

 陸上竜が向かったのは、少し離れて隣に鎮座している土塊構造物(つちくれドーム)だった。

 

 そして同じように遠心力を(ともな)った尾撃が、ドームの上半分をこそぎ落とすように破壊する。

 

 

(クッソ……俺自身が危ないのに、他人なんて──)

 

 俺は続く言葉を心で思うよりも先に握り潰した。

 なぜならハーフエルフの半長耳には()()()()()()()()のだ、悲痛な叫び声が。

 

 ──まだ生きている。どうしようもない状況で、小さな子供が泣いているのだ。

 

 極限とも言える異常な状況での、英雄願望(ヒロイック)な気分なのか。

 それともただ単に自暴自棄(じぼうじき)か、いずれにしても一人逃げる精神状態では既になくなっていた。

 

 

「あぁそうだ、やっぱり無理だ。俺はもう……あんな思い(・・・・・)は、二度と御免(ごめん)だ」

 

 心の中ではなく、はっきりと口に出して自覚する。

 俺の隣からいなくなってしまった……幼馴染の少女フラウと重なってしまったのだ。

 ()(すべ)なくやられてしまったラディーアを助けられず、俺自身もぶちのめされた記憶がリフレインする。

 

(我ながら学習しない? くっはは、上等だ)

 

 (ぎょ)し難い感情が、竜巻のように渦巻いている

 今度こそ、上手くやれば、いいだけの話だ。

 

 

 俺はパチンッパチンッ――と左右それぞれで指を鳴らしながら、足元にある瓦礫を蹴り飛ばして弾いた。

 硬土礫(つちつぶて)は陸上竜の横っ腹あたりに命中し、何の痛痒(つうよう)にもなるまいが……注意を引けさえすればよかった。

 

 狙い通り、陸上竜はこちらを覗くように長い首を90度に傾け、「クアァ……」と大口を開け(よだれ)()らす。

 俺は真っ向から相対したまま、両手でフィンガースナップを続けながら半眼で睨みつけた。

 

「獲物を前に舌なめずり、か。陳腐なド三流トカゲ(ごと)きがするな……(ドラゴン)フリ(・・)を」

 

 自らを奮い立たせるように、言葉の通じない獣相手に挑発をする。

 

 

 ギュゥゥッと親指と人差指と中指を合わせ、個体にした大気を一枚の薄刃のように形成・圧縮するイメージ。

 この魔術はさしあたり詠唱は()らない──重要なのは指パッチンという動作である。

 

0(ゼロ)からイメージするのは難しい)

 

 しかして模倣(もほう)するのならば……到達までの労力は、幾分か緩和されるものであると。

 

 フィンガースナップと同時に、空属魔術の"風擲斬"が飛んだ。

 

 空気にも重さがあり、窒素や酸素も液体化し固体にもなる。|薄く鋭利に、高速で射出し、真空で斬り断つようなイメージも足す。

 しかし洗練されてないそれは……刃というより空気がわずかに(ゆが)んで見える弾丸のようだった。

 

 

「いまいち……だけど白兵戦は御免被(ごめんこうむ)りたいところだ」

 

 あれほどの巨体を相手に、生身で挑むなんてのは自殺行為である。

 しかして何度も指を鳴らして連射するものの……強靭な鱗には傷一つ付くことはなく、大トカゲはゆったりのったり歩みを進める。

 

 その間に俺は何発も撃ち込み、そしてそのたびに研ぎ澄まされていく。

 

 火事場のなんとやら、限界外(リミッターはず)しでもなんだっていい。

 希望を抱け、期待しろ、思い込めばいい、魔術にはそれが"(ちから)"となる。

 自分自身にペテンをかけて騙し切れ。(きわ)まった状態からあらん限りを(しぼ)り出せ。

 

(もうこれで終わってもいい……わけではない)

 

 ただ本来の規格を度外視した(ちから)を──今だけでいい、ほんの少し。

 

 

 相対距離が狭まってきたところで、俺は魔術を(はな)つのをピタリと止めた。

 

「集中──勝つ、勝ってみせる。(いな)、既に勝った俺自身を想像しろ……」

 

 常に最強で最高の自分をイメージする、最適の動きを思い(えが)き続ける。

 

模倣(マネ)し、なりきれ(・・・・)……絶対的強者のそれに」

 

 剣豪同士の刹那の立ち合い──

 銃士(ガンマン)の反射を超越する抜き撃ち──

 フィクションでも数え切れないほど見た死闘の光景を、己自身へと落とし込め。

 

 

 あの巨体と鱗を相手にどれだけ叩き込んでも、微風(そよかぜ)程度にしかなっていない。

 多少は鋭くなって火力が上がった実感はあるが、それだけで決定打にはなりえない。

 肉薄して"風螺旋槍(エア・ドリル)"を叩き込んでも、すぐに穴を穿つほどの威力はない。

 となれば手札も、事実上"風擲斬(いちまい)"だけと考えたほうがいい。

 

 間合いを考えれば二度目はない。"風擲斬(たま)"は、片手でそれぞれ1発ずつ。

 

「狙い次第だ……()くぞ」 

 

 俺は指を合わせた右手を前に、同じく左手を顔の横に持って半身(はんみ)に構える。

 

 右腕とその指を"大トカゲ"と一直線上に──

 銃の照星(しょうせい)でも合わせるかのように、視線と指点を結んで凝視する。

 

「"手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に"──」 

 

 まるで()()()()()()()()()()()()()心地に見舞われる。

 全開の集中。大口開けて突進してこようとする大トカゲの瞳を、俺の双眸はしかと(とら)えていた。

 

 

 パチンッ──左手で撃った一撃は、大トカゲの右前足の出掛かりを潰し、ほんの(わず)かにバランスを崩させる。

 間髪入れず本命の右手で放たれた二撃目の"風擲斬"は、その間隙(かんげき)を逃さず大トカゲの右目へと吸い込まれた。

 

 大トカゲは高く一鳴きすると、俺のではない鮮血を撒き散らせる。

 突進する勢いのままに、俺の横を通り過ぎると木々を薙ぎ倒していった。

 

 振り返り身構えるも、あっという間にその姿は見えなくなっていく。

 

「ふゥ、はァ……トカゲ呼ばわりは、さすがに過言(かごん)だったかな」

 

 響いてくる音も次第に遠くなっていき、()んだことを確認してから嘆息(たんそく)をついたのだった。

 

 



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#07-1 刷り込み

 

(俺も、変わったもんだな……)

 

 命を懸けてまで化物を相手にし、助けようなどと……前世では考えられない。

 だが転生して過ごしていく内に、人格も変わってきたのだろう。

 

 精神は肉体に引っ張られるというやつか、あるいは開き直りの賜物(たまもの)か。

 外圧や様々な環境要因に対して、人は慣れて適応するというのがこの際は一番正しいのだろうか。

 

 

(なんにせよ我ながらイイ変化だと信じたいもんだ──)

 

 ()せば()る、為さねば成らぬ、何事も。

 それで命を落とすといった重大な問題に見舞われることなく、良い結果が(ともな)い続ける限りとても素晴らしいことだった。

 この意志が、この選択が、いつか後悔することのないよう日々精進し、邁進(まいしん)していきたい。

 

 そんなことを思い致しながら、俺は自分自身の状態を確認する。

 肉体は枝クッションによる()り傷まみれ、多少の打ち身もあろうがそれだけで済んだ。

 

 陸上竜が戻ってくる気配もなく、少なくとも初めての命を賭した実戦にしては己を称賛してやりたい気分である。

 

 

 緊張が解けた俺は、空腹と疲労を押し殺しながら土塊へと歩を進める。

 

 差し込む星明かりに、長めの金髪がわずかに輝き、まだ短くもボリュームのある尻尾(・・)は全く隠れていない。

 頭からは小さい狐耳がお目見(めみ)えする少女が、すすり泣きながらうずくまっていた。

 

「ぁ……ぅ──」

「大丈夫だ、もう大丈夫……」

 

 ゆっくりと近付いた俺は、"獣人種"の少女を……抱き寄せるように頭を撫でてやる。

 かつて母さんが俺にしてくれたように、俺が幼馴染(フラウ)にやっていたように──優しく包み込んでやる。

 

 すると女の子はは(せき)を切ったように泣き出し、俺はいつまででも胸を貸してやる。

 涙や鼻水その他諸々で(よご)されても、全く嫌悪感を感じることもなかった。

 

 

(もしも俺に娘がいたなら……)

 

 転生前の自分をつい思い出してしまう。フラウにしてもそうだった。

 順風満帆(じゅんぷうまんぱん)に結婚して子供に恵まれていたら、このくらいの年頃がいてもおかしくないのだ。

 

 父性(ふせい)庇護(ひご)欲を掻き立てられる。

 この子は俺が守護(まも)らねばという想いにさせられるようだった。

 

 

 

 

 パニック状態からひとしきり泣いた後に、落ち着いた狐人族の少女。

 彼女は鮮やかな炎色を(たた)える、やや垂れ目がちな二重(ふたえ)でこちらを覗き込む。

 

【挿絵表示】

 

「……おにい、ちゃん?」

「ごめん、君の兄ではないんだ。お兄さんも一緒にいたのかい?」

 

 俺が問うと、少女はふるふると首を横に振った。

 

「ううん、おにいちゃんいない。おにいちゃんがおにいちゃん?」

「んん? あぁ、そういことか」

 

 別に実の兄がいるというわけではなく、ただ俺の姿を見て「お兄ちゃん」と声を掛けただけである。

 

(実際の中身は"おじちゃん"とか"お父さん"なんて言われても、否定できない年齢なわけだが……)

 

 リーティアは子供の俺よりも小さく、肉体年齢でも年下だと思われた。

 

 

「それじゃあ俺がお兄ちゃんだ、そう思ってくれていい。まだ怖いか? どこか痛いところはあるか?」

「……もう、だいじょうぶ」

 

 とりあえず言葉は理解できていて、かつ判断できるくらいには意識もはっきりしているようだった。

 (ほほ)を伝う涙の(あと)があるものの、思ったよりも強い子のようで……どうやらさほどの心配は必要なさそうだった。

 

「そっか、俺の名前はベイリル。君の名前を教えてくれるかな?」

「"リーティア"」

「いい名前だね」

「ありがと……ベイリルおにいちゃん」

 

 リーティアと名乗った女の子は、俺の服の(はし)っこをぎゅっと掴んで離さない。

 

 

(随分と(なつ)かれたな……まるでヒヨコの"刷り込み(インプリンティング)"みたいだ)

 

 まるで卵から産まれたばかりの雛鳥(ヒナドリ)が、初めて見た相手を親鳥だと思い込むように。

 そこではたと気付かされる。

 

(あるいは、もしかして──"それ"が狙いってわけか?)

 

 俺を買った男──巻き布で顔を完全に隠していたのは、まさしく顔を見られて覚えられないようにする為。

 そうして幼い奴隷を真っ暗闇の中に放置し、極限状態に置くことで一度"リセット"する。

 その上で無明の地獄から救い出し、味方であることを(よそお)い、(ほどこ)しを与えたなら……子供は従順な存在になるだろう。

 

 

自作自演(マッチポンプ)による()()み、可能性は大いにありえる。結果的に俺が横からかっさらう形になってしまったが……)

 

 戦乱が多い異世界。子供を抗争や戦争の消耗品として扱う為の下準備としては理に(かな)っていると言えよう。

 地球でだって日本こそ平和だったが、他国ではついぞ問題になっていたことだ。

 

「なぁリーティア、立てるかい?」

 

 コクリと(うなず)いたリーティアに手を差し伸べ、掴んだ手を優しく持ち上げた。

 

「リーティアと同じ子供があと二人いるんだ、助けてあげないと」

「わかった」

 

 素直に後ろをついてくるリーティアと握った手を離さず、俺は()いた右手に"風螺旋槍(エア・ドリル)"を形成する。

 

 

「ベイリルおにいちゃん……すごい」

「ありがとう、少しだけ待っててね」

 

 土塊構造物(つちくれドーム)の外壁を削岩し、しばらくして開通させる。

 

「おに……」

「鬼人族、少年か」

 

 ラディーアと同じ種族。ただし鬼人族の女が二本(づの)なのに対して、男は一本角である。

 額よりもやや上に、まだ丸みを帯びた一本角の少年は、寝そべったままピクリとも動かない。

 

(──呼吸はしている、ただ衰弱がひどいな)

 

 手指が血だらけで、爪もいくつか割れているようだった。脱出しようとしてかなり無理をしたのだろう。

 熱はそこまでないようなので感染症などは今のところ心配なさそうだが、だからと言って予断は許さない。

 

 

 俺は不衛生なドーム内から少年の体を穴から外まで運び、ドーム外壁に寄りかからせてその体を軽く揺すってやる。

 自分よりも大きく重い少年を、(かつ)いだまま逃げ出すことは無理なので、どうにか起きてもらうしかない。

 

(それに……鬼人族の肉体強度(フィジカル)はよくよく思い知っている)

 

「ッ……ア、ウアアアァァァアアア!!」

 

 覚醒した少年は(おび)えと恐怖ばかりが瞳に映っていた。

 肉体的には大丈夫でも、精神的には追い詰められていたのだろう。

 暗闇というものがどれだけ人間の精神を害してしまうか……まして小さな子供である。

 

 

「安心しろ、助けに来た」

 

 俺は少年の首の後ろに腕を回してグイッと抱き寄せ、額を肩に当てさせ思う存分泣かせてやった。

 それを見たリーティアがよしよしと頭を撫ではじめる。

 

 男の子ゆえか、さすがに泣き(わめ)くようなことはなかった。それでも弱々しい嗚咽(おえつ)が途切れ途切れに……。

 どれだけの感情を溜め込んでいたのか、俺には(おもんぱか)ることはできない。

 

 

 しばらくして少年は我に返ったのか、キレ長の瞳をぱちくりさせて状況把握に思考が止まる。

 

「あぁ……う──だれだ、おまえ」

「俺はベイリルだ、よろしくな」

「うち、リーティア」

 

「オレ……オレは、"ヘリオ"だ」

「よろしく、ヘリオ」

「お、おう……その、おまえらが助けてくれたのか?」

「まぁそういうことになる、感謝しろよ」

 

 俺はドンッと拳を作って、ヘリオの胸元を叩いた。

 同年代の男の子であれば、これくらいの距離感で十分だろうと

 

「よくわかんねえけど、ありがとよ。もうダメかと思ってた……死んだ爺っちゃんに顔向けできねえとこだった」

「あぁ気にするな。もう一人助けなくちゃいけないから、リーティアとヘリオはこのままここで待っていてくれ」

「わかった、手伝いたいが体があんま動かねえ……」

「うん、ベイリルにいちゃんがんばって」

 

 

 俺はもう手慣れたもので、残ったドームに穴をサクサク開け始める。

 空も(しら)み始め、どうやら夜明けは近いようだった。

 

 ピキリッ──掘り進めていた途中で急激に亀裂が広がっていき、俺は反射的に()退(すさ)るのだった。




2022/6/26時点で、新たに書き直したもので更新しています。
それに伴い話数表記を少し変えています。


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#07-2 計画 I

 

 土塊構造物(つちくれドーム)に風穴を()けている途中で、一気にヒビ割れていく。

 

「なんっだ──!?」

 

 俺は意識するよりも先に後ろへと()んでいて、着地しつつ身構えるが杞憂(きゆう)に終わる。

 凍結(・・)された土壁がパキパキと心地よい音を立てて崩れていくと、中には少女が一人、真っ直ぐに双眸(そうぼう)をこちらに向けていた。

 

「……えっ? こど、も?」

「それは君もだろう。俺はベイリルだ、君の名は?」

 

 藍色の髪に透き通るような銀色の両眼を持った少女には、身体的な特徴が見られない。

 

「ジェーン、私はジェーンって言うの。ベイリル(あなた)ももしかして……」

 

 種族的に最も脆弱(ぜいじゃく)なはずで、年もそう変わらなそうな人族。

 しかしリーティアやヘリオと違って、確固たる"(しん)"のようなものを感じる。

 

 

「あぁ同じく囚われていた身だ、怪我はしてないか? ジェーン」

「私は大丈夫、その……助けてくれてありがとう」

 

 素直に笑顔で返されるが、それはかなり無理して表情を作っているのが明らかだった。

 彼女(ジェーン)は俺の差し出した手を取って立ち上がるも、すぐにバランスを崩して倒れかける。

 

「わっ……!?」

「おっと──」

 

 咄嗟(とっさ)に支えた俺は、そのまま肩を貸してやった。

 

「あの、ごめんなさい。やっぱりつらいかも」

「いやいいよ」

 

 精神的にはタフなようだが、純粋な人族な為か肉体は限界を迎えているようだった。

 歩くのも難儀しそうなので、ジェーンの体を俺はおんぶされる形で背負う。

 

 

「あっちょっと……なんか恥ずかしいよ」

「子供が遠慮をするな」

「あなたもこどもじゃん……」

 

 ツンツンと俺の首裏を力無(ちからな)く小突いたジェーンは、ゆったりと体重を預けてくる。

 子供一人分の重さに──助けられたことに──心地良さを感じながら、俺はなるべく揺らさないように歩いていく。

 

 一歩ずつ踏みしめるたびに、ザクリと凍って砕けた土が音を立てる。

 

「ジェーンは魔術使えるんだな、しかも氷属とは珍しい」

 

 珍しいとは言ってみたものの、俺としては得た知識からの受け売りでしかなく、実感があるわけではなかった。

 

「使ったのはこれがはじめてだよ……とにかく必死で、一人じゃどうにもならなかった」

「いやいや立派なもんだ。でないと俺も俺を()められない」

「ベイリル……あなたも?」

「あぁ俺もこの状況になってようやく魔術を使えるようになったクチだ」

 

 現況を打開する為の(ちから)を求め、修得した。

 そういう意味では俺とジェーンは同じであり、破壊できたかどうかは魔術の相性と結果論でしかない。

 

 

「そっか。でもそれで私まで助けてくれたんだから、やっぱりちがうよ。エルフってすごいね」

「ハーフだけどな」

「そうなんだ、触ってもいい?」

「……まぁ、いいよ」

 

 半長耳を優しく撫でるように触られ、すごくこそばゆく感じる。

 

「──ッッ」

「あはは、くすぐったそう」

 

 そうこうしている内に俺とジェーンは、リーティアとヘリオの元へと着く。

 二人ともかなり疲れ切った様子が(ぬぐ)えないが、とりあえずは小康状態と言っていいだろう。

 

「さて、これでとりあえずは全員揃ったな。俺はちょっと周辺を見てくるから、三人はゆっくり話していてくれ」

「あっベイリル!」

 

 俺はジェーンをその場に降ろし、静止の声に対して薄い笑みを浮かべて首を縦に振った。

 直近の危険は何とかなったものの、当面の危機を脱したわけではないのだ。

 

 すぐに近くの最も背が伸びている樹上へとするする登っていく。

 

 

(深い森だな、地平線まで続いてる。片側は山だし……)

 

 3人の子供を連れての脱出は不可能と見ていいだろう。

 俺自身もどうしたって空腹と疲弊があり、陸上竜のような魔物も棲息している。

 

「チッ、一度は身を(ゆだ)ねるしかないのか──」

 

 俺は舌打ちながら毒づく。

 人工の土塊構造物(つちくれドーム)を作って、ご丁寧に4人バラバラに閉じ込めた人間がいる。

 最も可能性が高そうなのは、暗闇と飢餓を利用して精神リセットさせた上で、救世主となり刷り込み(インプリンティング)(おこな)うこと。

 

(その上で魔術による主従契約をして奴隷にし、手間暇(てまひま)かけた一行程が完了するってとこか)

 

 

 問題はどこまで誤魔化(ごまか)せるかということだった。

 

(俺が脱獄して他の3人まで助けてしまったなど、どうあがいても想定外の事態なはず……)

 

 このまま子供を装ったところで、相手が信用してくれるとは思えない。

 予定外の状況に対してどういうアクションをしてくるかは、さらなる未知数となる。

 

(いっそのこと、こちらから先手を打って奇襲するという手段も無いわけではないが──)

 

 あまり現実的な方法とは言えない。

 万全の状態からは程遠く、練度も経験もまったく足りていない子供が4人。

 

 一方相手は堅固なドームをあっさりと作ってしまえるほどで、他の魔術も身体能力も技術も戦闘経験も段違いだろう。

 罠を張るにしても精々できそうなのは落とし穴くらいであり、通用するとも思えない。

 

(魔術で血管内に空気を作り出して塞栓症(そくせんしょう)を引き起こす、なんてこともできないしなぁ)

 

 魔術を直接的に体内に作用させることはできない。

 なぜなら魔力が血液を通して循環している為、干渉することができないのだと一般に言われている。

 

 

「多少の(ちから)を手に入れたとは言っても、結局は被庇護者という立場から抜け出せない」

 

 俺はグッと小さな拳を握ってから、ゆっくりと開いて手の平を見つめる。

 

 人生とは選択の連続。

 だが弱者には選択肢すら与えられない、掴み取ることができない以上は甘んじるしかない。

 可能性についていくら推察し熟慮しようが、当たってみないことにはわからないのだから……。

 

「まぁいい、できることを全力でやる。それだけだ」

 

 

 

 

「──新たな候補、壊れてないとお思いですか?」

 

 騎乗したその若い男は、隣で同じく馬に乗った人物へ話し掛ける。

 顔は外套(がいとう)に付いたフードを(かぶ)っていて、互いによく見えない。

 

 ただ声は怜悧(れいり)さを()び、容赦というものを知る必要がないと主張するようであった。

 

「……その時は(いた)(かた)ないが、また見繕(みつくろ)えばいい。時間的な浪費は少なく済む」

 

 そう答えた眼鏡を掛ける男の年齢は、若者よりもかなり上だった。

 年相応の味のようなものをその顔に刻んで、表情には穏やかさを貼り付けている。

 

「だがな、私が自ら選んだ子たちだ。この程度のことは乗り越えてもらわねば困る」

 

 わざわざ"魔術具"を使って適性を見極めた、奴隷市場の子供達。

 

 

「"セイマール"先生がそう仰るのであれば。にしても今回は僕の時と違い、数が少ないようですね」

 

 セイマールと呼ばれた壮年の男は、眼鏡をクイッと上げ直しつつ答える。

 

「私も最近は、"製作"と"調整"で何かと忙しい身でな。"アーセン"よ、おまえに教えていた頃のように、多数を見ることは難しいのだ」

「教育する者を自ら選んだのも……その為というわけですか」

 

 アーセンという名の若者は、いまいち面白くないといった声音を浮かべる。

 セイマールはそんな調子も見極めた上で、話を続けた。

 

 

「それに不慣れで加減知らずだった昔と違い、多少は勝手もわかっているつもりだ」

「先生……ッそんな決して──」

「いや、いいのだよアーセン。実際に優秀なおまえ一人しか残らなかった以上、あの頃はやり過ぎだったのだ」

 

 それは確かに後悔の念ではあったのだが、人を(いた)むものではなく成否をただ問うてるだけのものであった。

 

「常に新しきを求めねばならない。我らが"道士"と教義の為にも、常により良い方法を模索し続けねばならんのだ」

「"三代神王ディアマ"様のように、ですね」

「その通り。()御方(おんかた)の意志は、いつだって我らの心と共に()る」

 

 二人は話を続けながら森の中の目印を辿っていき、ようやく目的地へと着こうとしていたのだった。

 

 



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#07-3 計画 II 

 

「さて、そろそろだが──むっ!?」

「これは……」

 

 セイマールとアーセンは、木々を抜けてすぐさま異変に気付く。

 "魔術具"を用いて作り上げた土牢は無惨に破壊されていて、近くには少年が一人横たわっていた。

 

「セイマール先生、まさか予定の内なのですか?」

「いや違う、バカな……一帯は調査した(はず)だ。……これもディアマ様の御意志(ごいし)と言うのか」

 

 疑問を(てい)してきたアーセンの言葉を否定し、セイマールは馬にムチを打って走らせる。

 

 

「おい、きみ! 無事か!!」

「っ……ぁあ、たす──けて」

 

 馬上から降り立ち様子を(うかが)うと、その少年は間違いなく買った内の一人であった。

 顔を上げた黒灰銀の髪に蒼碧眼のハーフエルフの顔はひどく汚れ、衰弱しきっていた。

 それ自体は予定通りのはずだったのだが……。

 

「少年よ、大丈夫かね」

「あっ……ぁぁああああああ!!」

 

 泣きじゃくり、顔をうずめてくる。

 どうやら"精神汚染の浄化"に関しては、無事()んでいるようだった。

 

 

「セイマール先生ッ! あっちに足跡と薙ぎ倒された後のようなものが!」

「なるほど、そうか……すまないがアーセン、少し調べてきてくれ。周囲の警戒もくれぐれも(おこた)るな」

「御意に」

 

 馬上のアーセンは足跡を辿るように、調査を開始する。

 一方でセイマールは泣き止んできた少年に、革袋に入った水を飲ませてから優しい声音で問い掛ける。

 

「何があったのか、聞かせてくれるかね?」

「ぅ──ん、すっごくくらくて、それで……かいぶつが──」

「怪物か、それで?」

「おっきくて……こわくて、みんなでにげて……それで、かくれて……」

 

 (おび)えきって、たどたどしい口調だが……それでも要領を得た説明であった。

 奴隷商の話でも、かなり頭が回り、よく喋るとのことだったが本当にしっかりとしている。

 

「みんな? 他にもいるのか?」

 

 少年はコクリと(うなず)いて、土牢の一つを指差した。

 

 

 セイマールは少年をそのままにして立ち上がり、中途半端に破壊されている土牢の中を覗き込む。

 そこには残る3人、髪色からしても間違いなく自分が買った子供達が、身を寄せ合うようにして眠っていた。

 

「先生! とりあえず周辺は問題ありません。足跡は大きさと形から判断すると、小型の陸竜のようです」

「ありがとう、アーセン。どうやらきみの後輩となるべき子たちは、みな無事なようだ」

「そうでしたか。一応、他の土牢も調べてきます」

「よろしく頼む」

 

 セイマールはたまたま"本部"へ戻ってきていた、元教え子のアーセンを誇りに思う。

 積もる(はなし)をするがてら、少し手伝ってもらっているだけに過ぎないのだが……本当によく働いてくれると。

 

 この4人の子らも、アーセンのようにしっかり教育し、崇高なる使命の為にその身を役立たせてほしいと、(せつ)に願うばかりだった。

 

 

「それにしても……」

 

 陸竜にこうも破壊された惨状(さんじょう)に対し、調査が不十分だったことを恥じ入ると同時に──よく一人も欠けず生きていられたものだと頭に浮かぶ。

 しかしこれもまた導き(・・)なのだと、超えられない試練を与えるようなことは決してしないのだと……セイマールは強く塗り替え、打ち消した。

 

「おじちゃん、みんなはだいじょうぶ?」

「ん? おぉ、安心したまえ。みんな生きている、ちゃんと心配できるなんて偉い子だ」

 

 そう言ってセイマールは目線の位置を合わせるようにしゃがんで、ハーフエルフの少年の頭を撫でてやった。

 まずは土牢にて汚染された精神を浄化し、次は我々の大義によって導いていく必要がある。

 

 

「ちょっとよろしいですか先生、実は()()()()()な──」

 

 土牢を見て戻ってきたアーセンに対して、セイマールは首を横に振った。

 

 あくまで自分達は()()()()()に過ぎず、"子供達を閉じ込めた者とは別である"ということ。

 少年の前で何か繋がりそうなことを口走られ、疑念を植え付けてしまってはせっかくの浄化も台無しである。

 

「あ……失礼しました」

「いや、構わない。それよりすぐにでもこの子たちを保護して、ここを離れよう。手伝ってくれ」

 

 どうやらセイマールはすぐにこちらの意図を察したらしく、

 

少年(きみ)、とりあえず私たちの屋敷へ来るといい。そこで身を綺麗にし、美味しい食事をとろう。もちろんこの子たちも一緒だ」

「はい……その、ありがとう、ござい──ます」

 

 しっかりと敬語で応える少年に、セイマールはうんうんと(うなず)いて体を(かか)えて馬に乗せてやる。

 

 全ては大いなる使命の成就の為に──

 

 

 

 

 おあつらえ向きに用意されていた、子供用(・・・)の二段ベッドの上で──ベイリル(おれ)思索(しさく)(ふけ)る。

 

「今日はぐっすりと寝て、ゆっくりと考えるといい──」

 

 巻き布で顔を隠して俺達を買い、閉じ込め、いけしゃあしゃあと素知らぬ顔で自作自演(マッチポンプ)救出をしてきたセイマールはそう言った。

 タイミングの良さと、"こんな場所"まで連れてこられたことから判断しても……十中八九、間違いはない

 

 ジェーン、ヘリオ、リーティアの3人にはよーく言い含めた。

 穴だけ空けて原型を留めていた土塊構造物(つちくれドーム)も"それっぽく"適度に破壊した。

 結果としてとりあえずここまでは上手く誤魔化せて、無事保護されることはできた。

 

 

(セイマールと、アーセン……)

 

 メガネを掛け先生と呼ばれていた年配の男と、生徒と思しき若い男によって俺達4人は"屋敷"へ連れてこられた。

 

 深い山中に構えた、どこぞの貴族だか富豪が所有していた古い名残を買い取ったのだろうか。

 全体的にくたびれているような印象を受けたが、外も内も綺麗にされていて庭を含めて相当な広さがあった。

 

 

 セイマールに保護された時に言われた通り、汚れを洗い、清潔なローブに着替え、小さな傷も手当てされた。

 さらに温かい食事を提供され、本屋敷とは別棟の子供部屋へと案内された。

 

 そして──()()()()()をとくとくと説明された。

 

 過去の歴史において、暗黒時代を打破し魔王候補をも殺して回ったとされる"三代神王ディアマ"。

 そのディアマを信奉(しんぽう)する宗教団体──"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"、その本部。

 

 教義の内容には疑問符をいくつか覚えたし……語る口振りと瞳は、生憎(あいにく)と俺には狂気しか映らなかった。

 

 

端的(たんてき)に言えばカルト(・・・)、だろうな)

 

 セイマールは助けたという(てい)を装いつつ、さらに選択肢を提示してきた。

 

 ここに残れば宗道団(しゅうどうだん)庇護下(ひごか)において、衣・食・住を保証することを……。

 そして断れば近くの村に送り届けるという(むね)を。

 

 一見すれば良心的に見えるようでも、その(じつ)……選択肢など一択と言っていい。

 子供が4人、見知らぬ土地に投げ出されればどうなるかなど、火を見るより明らかである。

 

 自分で選ばせることが、この際は重要なのだ。マジシャンの心理トリックと同じ。

 精神支配(マインドコントロール)においても相手に意識させないまま、思惑通りに動かすよう誘導するもの。

 

 

(そもそもだ、この場所の存在を知った上に、買った費用を回収しないまま素直に解放するわけがない)

 

 相手はこっちが奴隷として売られていた──のっぴきならない境遇であることを知っているのだから。

 村に送り届けるなど方便に過ぎない。断っていたとすれば、どういう扱いになるかは……想像したくもない。

 

 より直接的で強力に肉体・精神に訴えるか、薬物に()った洗脳措置なども考えられる。

 あるいはもう一度どこかへ売られるか、(なぐさ)みものか、自爆テロにでも使われてしまうか。

 

 

(問題は"契約魔術"の(たぐい)だが……)

 

 奴隷商が客に説明していた時の知識を思い出す限りでは──まず一方通行の"強制契約"は難度が高く、また必要な魔術具も必要の効果なのだとか。

 成功しても脳の思考能力が欠如するなどの弊害(へいがい)が生じてしまう。

 さらには魔術適性が高い場合、契約効果そのものにも支障が出てしまう場合もあると言う。

 

 それゆえに正常なまま(おこな)う場合は相互契約──つまりお互いの意思が重要となる。

 あくまで契約(・・)であり、どちらかに否定的な要素があればそれはデメリットとして返ってくるのだ。

 

(だからこそ刷り込み(インプリンティング)をして、合意契約へとスムーズに持ち込む気かと思っていたんだが……すぐにでも執行するつもりはないんかねぇ)

 

 俺自身、契約魔術については聞きかじった程度しか知らないので、他にもなにか条件や制約があるのかも知れない。

 

 

(単純に準備が整ってないか、もしくは考え方が違うのか)

 

 契約魔術を差っ引いても、どのみち(かせ)は多い。しかしその中にも……活路はある。

 さしあたって教義に(のっと)って信仰する、ただただ信徒のフリ(・・)をしているだけで済むのだ。

 

(少なくとも俺は、だが──)

 

 問題は同じ部屋で眠る、3人の罪のない無垢な子供達。

 判断のつかない子供の精神では、教義に染まってしまうことは容易に想像できる。

 

(無明の闇黒からの刷り込みは、結果的に俺がしてしまった部分があるとはいえ……)

 

 それでも実際的に保護し、衣食住を与えるのはセイマールとこのカルト教団だ。

 洗脳教育が進んでいったなら、長命の俺には遠くない将来で……最悪、敵対することになる。

 

 ──その(すえ)の未来は、容易であっても想像したくはなかった。

 

 

(迷うまでもない、むしろ俺の新たな指針の為の好機(チャンス)と考えよう)

 

 洗脳解体──どころか最初から洗脳させないよう立ち回る。

 カルト教の(かたよ)った価値観に対し、常に新たな価値観を提示し()り固まらせないようにする。

 

(そうだ、なんだったら俺が洗脳してやる)

 

 先手先手で俺の持つ知識や文化で、染め上げてしまえばいい。

 そうやって信頼を(きず)きあげ、こちら側にズブズブに引きずり込もう。

 

孤独(ひとり)よりはいい。そもカルト教徒に四六時中囲まれ続けていては、こっちだって単純に気が狂いかねない)

 

 今後共同生活を(いとな)んでいく仲間は大切にする。

 リスクは低くない。3人の誰かから、露見(ろけん)することも十分ありえることだ。

 直接漏らすことはなくても、俺自身も含めて行動の中に疑念を持たれる機会も必然的に増えていってしまう。

 

 

(──まっ俺の大いなる野望の為には、人材(なかま)が必要だしな)

 

 世界に変革をおこして文明を進歩させて、退屈しない人生──もといハーフエルフ(せい)を送る。

 その過程で母ヴェリリアと幼馴染フラウとラディーアも見つけ、可能であれば故郷を焼かれた復讐も果たす。

 

 心の奥深くに刻み込むように、決意を咀嚼(そしゃく)反芻(はんすう)する。

 自分に言い聞かせるように、自身に暗示を掛けるかのように。

 

 まずは()()()()()()()のだと──

 

 



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#08 我が野望

 

 組織の名前は"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"と言った。

 その庇護下に入るという選択肢を強制された日より2週間ほど。

 屋敷内での生活にも、だいぶ慣れてきていた自分がいた。

 

 驚くべきはこの"神王教"ディアマ派のカルト宗教団体。

 俺達の保護管理者であり先生でもあるセイマール個人の気質よる部分も、大きいのかも知れないが……。

 

 

(少なくとも教育に関しては、かなりまとも(・・・)だったというのが面白いもんだ)

 

 朝に起床し、調理と食事、座学に運動、祈りと就寝。とても規則正しい生活を送っている。

 閉鎖的環境で意図的な情報操作。授業中に随所で差し込まれる、宗教説法は確かにある。

 

 しかし例えば拷問や麻薬の(たぐい)といった、不法(イリーガル)な手段を(もち)いない。

 契約魔術も結局されないまま、懇切丁寧(こんせつていねい)に筋道立てて物事を教え、叱ることはあっても理不尽な仕打ちはない。

 

(多種多様な教えの中で自然(ナチュラル)に洗脳し、信者にしようとするその手法)

 

 確かに無垢な子供に教えるには、そのほうが都合が良いのかも知れない。

 暗黒環境による恐怖で精神を一度リセットさせ、刷り込みした上で教育を(ほどこ)す。

 理に(かな)っているのだろう。そして社会常識を越えた狂信は、こういった形でも(はぐく)まれるものかと。

 

 

(はなは)だ勝手な想像と偏見ではあるが……)

 

 大半の宗教法人だとかもそうなのかも知れない。

 数多くの教義を、()()()()()として受け入れさせてしまうのだ。

 

 何かしらの()(どころ)を求める心に、呼吸のように浸透させ、血液のように循環させてしまう。

 それは巧妙(こうみょう)であると同時に狡猾(こうかつ)で、悪辣(あくらつ)さも感じられる行為なのだが……。

 

 人間誰しも、常に強くいられるわけではない。

 実際にそれが本人にとっての救済となることもあるだろう。

 

 

(ただ部分的に……一般的な観念と照らし合わせて、少数(マイノリティ)で異質な部分があるってだけなんだ)

 

 そしてそれらの方向性によって、宗教とは性質を一変させる。

 たとえば街になったり、時に政党になったり、国家そのものを手中に置いたり。

 何よりも戦争やテロリズムに繋がったりと、様々な変化をもたらす。

 

 地球でも宗教とは古今東西(ここんとうざい)、血で血を洗ってきた歴史と共にある。

 それは異世界においても存在しうる、ある種の命題とも言えるべきものであった。

 

(とはいえ群集心理とその操作において、正直見習うべきところはなきにしもあらず──)

 

 

「ベイリルはずっりいよなあ、エルフだからすぐに魔術使えてさ」

「ハーフだけどな。でもそれを言うなら、鬼人族のお前も筋肉は俺たちより多いだろう」

「そうだけどよォ」

 

 不満を漏らしたヘリオに、俺はもっともらしく反論する。

 外での実践授業を終えた後の黄昏時。夕食前の休憩時間に4人で話していた。

 

 やることをちゃんとやっていれば、幸いにもセイマールは不必要な干渉をしてこない。

 そもそも本人も何か仕事を(かか)えているのか、四六時中一緒にいるわけではなく、アーセンとやらも既に出立してしまった。

 

 3人ともすっかり元気になり、本来の性格がよくよく全面に出てきていて毎日を割と楽しめている。

 

 

「ウチは狐だからなぁにぃ~?」

「んー、鼻や耳が利くんじゃないか」

 

 そう言うとリーティアは耳を動かし、3人の匂いをくんくんと嗅ぎ始める。

 

 獣人種の感覚器官は、エルフの魔力による強化効果の差を比したとしても強力だろう。

 犬に属する狐であれば、リーティアも嗅覚などに(すぐ)れることは想像に難くない。

 

「えっと、わたしは……なんにもないね」

 

 一人だけ純粋な人族のジェーンが、少し目を伏せがちに言った。

 確かに種族的なアドバンテージに関して、人間には何も無いとも言える。

 

 

「でも歴史上の名だたる英雄は大体が人間だぞ」

 

 俺は故郷が焼かれる前に読み込んでいた書物の内容を思い出しながそう言った。

 絶対数が多いというのもあるが、人間は単純に潜在性(ポテンシャル)が高い傾向があることは事実として歴史が証明している。

 

「じゃあジェーンが有利じゃねぇか」

「ジェーン()ぇがいちばん?」

「そうなのかな? お姉ちゃんがみんなの中で一番?」

 

 満更(まんざら)でもない様子を見せるジェーンも、まだまだ子供なのが(うかが)えた。

 一人だけしっかりしていて、お姉ちゃん(かぜ)を吹かせているものの……。

 

 ジェーンもヘリオやリーティア同様、守るべき対象に違いはなかった。

 

 

「でも一度だけ使えた魔術も、全然使えなくなっちゃったからどうかなー」

「氷属魔術は難しいんだろうさ。なぁに一度は成功してるんだから、気長にやればいい」

 

 俺はジェーンを励ましつつ、俺流・俺色に染める為に一つ提示することにする。

 

「それと──そうだな……あくまで参考程度だが、俺が魔術を使う時には世界が何でできてるかを考えている」

 

 物質や現象への理解。

 それは魔術を使うにあたって、異世界にはないアプローチ──方法論の一つである。

 

「世界ィ? 世界は大きな陸地だろ?」

「確かにそれは間違いじゃないが、もっと言えば──」

 

 異世界は大昔の地球のように、巨大なパンゲア大陸で成り立っている。

 まずはどこから説明すべきかと……俺は大きさの違う丸みを帯びた石を地面に並べた。

 

「この世界はコレだ、これよりもさらに丸い球体をしている。空に浮かんでいる片割星(かたわれぼし)も丸いだろ、同じ形でお互いに踊っているんだ」

 

 そう言って中くらいの石を二つ並べて、くるくると円を(えが)くように入れ替えていく。

 さらに大きな石を置くと、さらにその周りを二つの石に周回させた。

 

「そしてもうすぐ沈みそうな太陽の周囲を、こうやって回っている」

「どうして?」

「そういうものだと覚えるだけでいい、なんでかは俺もよく知らないから」

「ウチわかったー」

 

 ニコっと笑って見上げてくるリーティアの頭を、よしよしと撫でながら俺は続ける。

 

 

「これと同じことが、世界なんだ。この石も、見えないほど小さな星とさらに小さい回る星が数え切れないほどくっつきあって、俺たちもみんな形になってるんだよ。

 粒は動き回って、お互いに引き寄せ合い、近付きすぎれば反発する。より安定した形になるまで、そうやってずっとず~~~っと繰り返し続けるんだ」

 

「何言ってっかぜんっぜんわからん!」

 

「俺もわからんから大丈夫だ。さっきも言ったが、ただ()()()()()()だと思えばいいだけだ。実際に魔術を使う時に、こうやって世界全体が大きく繋がっているんだって感じでな」

 

 実際の原理とか追究されれば俺も説明し切れない。

 ただ教育とはそんなものも少なくない。深く突っ込んでまで教えないし、個人が理解しないまま次の勉強に移ってしまったり。

 

 常識なんて知識として頭の中にあるだけで、実践して確かめられることなど少ない。

 

 

「あの空の星も、ベイリルもわたしたちも……みんなそうなの?」

「そうだよ。みんな見えないくらい、小さい星でできてるんだ」

 

「ねーねーベイリル()ぃ。じゃあその見えない小さな星にも誰か住んでるの?」

「おぉさすがリーティア、お前はすごいな~本当に」

「えへへ~」

 

「小さな星もさらにちっちゃい星が集まってて、そこにもっとちっちゃい粒が住んでいる。その粒も見えないくらい、さらに見えないくらいの小さなヒモがブルブル震えていたりするかもな」

 

 恒星と惑星、物質と分子、原子と電子、陽子と中性子、さらには素粒子に、超弦理論──

 

(あと膜だとか11次元とか言う、M(エム)理論なんてのもあったっけか)

 

 いつか見たドキュメンタリー番組を浮かべながら、俺は俄知識(にわかちしき)を日々思い出していく。

 

 なんにせよ揃って首を(かし)げる三人に、さらに物理現象がどう発生しているのかを常識として教えていくには、まだまだ時間が掛かるだろう。

 俺が思い出しきれてないものも含めて……教えるべきこと、語るべきことは山ほどある。

 

 夕日も沈んできたところで、遅れない内に宿舎へとみんなで戻るのだった。

 

 

(魔力に魔術──)

 

 歩きながら俺は考える。そんなものが世界に溢れているのなら……。

 科学が進歩するという機会は、失われて当然なのかも知れない。

 

 そしてかつて全能の魔法を扱い、栄華を極めた神族を突如(とつじょ)として襲った──魔力災害、"暴走"と"枯渇"。

 元世界におけるエネルギー問題とも突き合わせて考える。魔力も有限であって、無限に存在するものではないのだということを。

 

 ()()()()()()()()が必要となる時代が、差し迫っているのではないのだろうか。

 すなわち魔術文明に変わる──科学文明であり、付随(ふずい)した各種のエネルギー産業が世界を支えなくてはならなくなるかも知れない。

 

 さらに思考を深めれば、地球の現代科学──そこに突如魔力というエネルギーが()って湧いたとしたら……。

 

 世界は一体全体どのように変質・変遷していったのか、想像は尽きなかった。

 

 

 

 

 今日も今日とて一日が終わり、布団の中に入る。

 俺は一枚余計に失敬してきて、小さく切り揃えた布束(ぬのたば)を取り出す。

 

 そして片割星の光を頼りに、日本語(・・・)で書き(つづ)っていった。

 

 それがいつ、どこで、何が、どのように必要になるかはわからない。

 ただあらゆる分野のことを。ただひたすらに書き殴って。ただ無心で分類していくだけ。

 

 誰かに読まれても解読もできないだろう。

 仮に解読できたところで、殆どは理解できまい知識の数々。

 

 科学的なことはもちろんのこと。自分の脳内にある知識を総動員する。

 

 地球の歴史、周囲にあるありとあらゆるテクノロジー品、趣味に仕事。

 服飾や食事、雑学にボードゲーム、スポーツから芸事に曲のメロディー。

 数多く触れてきたフィクションの物語やら、百円均一で並ぶような便利商品に至るまで。

 

 思い出せる限り延々と……延々と──

 

 

(水兵リーベ僕の船、七曲がるシップスクラークか。スコッチ暴露マン、テコにドアがゲアッセブルク──と)

 

 それ以降は思い出せない、中途半端な周期表を書きながら。

 意識が眠りへと落ちるまで、俺は今後"日課"となる行為を続ける。

 

 付け焼き刃な、上っ(つら)だけの、(つたな)い見識で、この"異世界文明に革命を(おこ)す"。

 その為の下準備の下準備の下準備。この長い500年以上の寿命を費やす超長期計画。

 

 劇的(ドラスティック)新機軸(イノベーション)文明(シヴィライゼーション)変革(パラダイムシフト)を巻き起こす。

 革命(レボリューション)──そう確か、回転という意味も含まれていた。

 

 文明(・・)()し栄()(きわ)める──(あわ)せて"文明(ぶんめい)回華(かいか)"。

 

 

「あぁそうさ……いつか世界中にジーンズを買わせ、流行(はや)りの歌を聞かせてやろうじゃあないか」




1章導入はこれにて、次から2章となります。

お気に入り・評価・感想などを頂けると嬉しいので、気が向いたらよろしくお願いします。


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第一部 3章「備い待たば、日和あり」
#09 成長 I


 

 子供の成長というのは、存外凄まじいものだ──

 

(つくづく思い知らされるな……っと!)

 

 ジェーンと"手作りの将棋"を指しつつ、そう心中で()めてベイリル(おれ)は一手進める。

 昼食後の休憩時間。いつの間にか子育ての日々を思うさま堪能(たんのう)し、充実した(せい)を過ごしていた。

 

「ん、これで王手詰み(チェックメイト)ね」

「げぇっ……まじか」

 

 一念発起し決意した日から、時間を掛けて慎重かつ大胆に……地道で欺瞞(ぎまん)な活動を続けてきた。

 8日一週、10週一季、5季一年、かれこれ6年弱。"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の(もと)腐心(ふしん)してきた。

 

 こちらの種々の手解きの甲斐(かい)あってか、ジェーンもヘリオもリーティアも──

 そして俺自身も順当に育っている、もはや宗道団(しゅうどうだん)の保護など必要としなくてもいいほどに……。

 

 

「これでついに俺の負け越しか、ジェーンも強くなったもんだ」

「昔からの負けを取り戻すまで長かったー、これで今度からはベイリルが挑戦者側ね」

「ああ、精進(しょうじん)するよ」

 

「ヘリオとリーティアも挑戦してよぉ」

 

 そうジェーンは口唇を尖らせつつ、惜しむような視線を二人に送る。

 しかしてヘリオとリーティアは我関せずと言った様子で返す。

 

「麻雀ならいいぜ」

「ウチは"人竜"がやりたいな~」

 

 幼少期からのカルト洗脳──へ対抗する為に、俺は様々な手段を講じてきた。

 "文明回華"という野望を前に、"文明を促進させる為の組織"を作った時のことを考えて……。

 絶対に裏切らない仲間を作っておこう、という打算があったことも否定はしない。

 

 だがそれ以上に、子育てに面白味と喜びを見出(みいだ)してしまっていたのだ。

 子供の好奇心と集中力と吸収性とは、かくも恐ろしい。打てば思っていた以上に響く感覚に没頭してしまった。

 

 

(思えば……フラウと一緒にいた時からそうだった)

 

 幼馴染だった少女もあの頃は本当に、俺の諸々(もろもろ)に付き合わせてしまった。

 教育という意識はなかったが、知らず知らず幼馴染も学んでいた。

 

 少しずつ俺のやってることを理解し、時に以心伝心のように察し合うこともあった。

 つるむようになって日が短いラディーアにしてもそうだった。

 

 しかしここでは集落で過ごすのと違って、セイマールの授業と宗道団(しゅうどうだん)の教義とが先に立ってしまう。

 

 

 教育にあたってまずすべきであると考えたのは、世界の広さを教えるということである。

 そうは言っても俺自身、異世界については伝聞と一冊ぽっちの書物で知っている程度。

 

 とんと知らないことばかりなので、ひとまず己の歩んだ人生から様々なことを教えた。

 

 童話から教訓を学ばせ、歌と踊りで心身を豊かにし、芸術で創造力を高める。

 さらに少人数で可能なスポーツや、将棋なども(たしな)む。飲食バイト時代に(つちか)った調理・料理。

 トランプや花札にダーツや麻雀。人狼(・・)あらため人竜(・・)のような駆け引き、思い出せた限りのボードゲームなど他にも色々。

 

 さらには俺が知り得る範囲での、"世界の仕組み"を教え続けた。

 実体験談や記憶にある娯楽物語まで、科学世界の夢や浪漫も語り尽くしてしまうほど。

 

 

(洗脳教育に対し、洗脳し返した……と言っても過言ではないのかもな)

 

 それを言ったら後天的教育というものは、全て当てはまってしまうかも知れない。

 

 たとえば地球でも迫害の歴史と共にあったユダヤ人などは、非常に優秀な民族だ。

 人口比で言えば圧倒的に少ないにも関わらず、ノーベル賞輩出者は異様なほどに多い。

 さらに──世界に名立たるトップ企業の多くが、ユダヤ系によって占められている。

 

 かのロスチャイルド一族なども含めると、その経済力はまさに世界を(なか)ば実効支配していると言えるほどの影響力も否定しきれない。

 そうした民族性は、血統や遺伝的要因よりも……やはり"ユダヤ教徒"としての実践的な教えに基づくものが多いと思われる。

 

 

(人格形成も、突き詰めると教育を含んだ環境要因だもんなぁ……)

 

 なんにしても都合良く操る為のカルトの教義に染まることに比べれば、俺のそれは幾分マシというものだろう。

 あくまで情操(じょうそう)教育の一環としてであり、思考を凝り固まらせないように意識付けをさせる。

 

 物事の是非(ぜひ)を、三人が自分自身で判断できるようにしたかった。

 

 さらに言い訳をするのであれば、ただ"楽しかった"のだ。

 無垢な子供と向き合い、語って聞かせ、頭や体を動かして遊ぶということが。

 精神性は肉体に引っ張られるという話も……あながち嘘ではないように思える。

 

 

 公的でも私的でも、人は与えられた環境に応じた仮面であり側面であり外面と内面を持つ。

 

 たとえば赤ちゃんには赤ちゃん言葉で話すように。

 懐かしい友人と再会すれば、当時のノリのまま馬鹿話で盛り上がるように。

 開き直ってしまえば、俺は童心に返り咲いていた。

 

 裏心のない至極正直なコミュニティで、思うさま子供の身分を謳歌(おうか)してしまった。

 

 全幅(ぜんぷく)の信頼に対して、無償の愛情をもって互いに寄り添う。

 ありとあらゆる事柄(ことがら)を、同じ目線で分かち合っていくこと。

 

 もう遥か忘却の彼方な、幼少時代の体験を改めてエンジョイした。

 ついぞ元世界の人生では(えん)のなかった、親心をも同時に味わった。

 

 

(あぁそうだ……この子らの為なら、命だって惜しくない)

 

 まさに家族──我が子のようであり、同時に兄弟姉妹でもある。我ながら"超溺愛(ちょうできあい)"にしてしまっている。

 こんな感情を得られただけでも、もう(むく)われていると言ってもいいし後悔はなかった。

 

(……脱走を(くわだ)てても、いい頃合いかもな)

 

 俺自身を含めてみんな着実に成長している。

 一緒に行こうと言えばきっとついてきてくれるに違いない。

 

 しっかりとした計画を練るのは大前提だが、脱出して雲隠れするのは充分狙える範囲だろう。

 その後4人で生活をしていくにしても、十分なほどの(ちから)を得ているはずだ。

 

 ただそれでもリスクを考えるのであれば、このまま表向き信者として解放されるまで待っても良い。

 そうして市井(しせい)に配置でもされてから、知らぬ存ぜぬで逃げてしまうほうが……より確実であろう。

 

 

「じゃぁ一対一(サシ)で勝負できるものにしましょう? ヘリオ」

 

 ジェーン──肉体年齢では一つ上の最年長。

 子供の頃から備わっていた端正さが、より一層際立った形で育った。

 身内贔屓(みうちびいき)抜きにして、エルフ種にも負けず劣らずの美人だと太鼓判(たいこばん)を押せる。

 

 藍色の髪をポニーテールに()い上げ、キリっとした力強い銀色の瞳に毅然(きぜん)とした意思を秘めている。

 

 彼女なりの正義感と誠実さ。理知で合理からくる冷静さ。不正を好まない真っ直ぐな性根。

 不断(ふだん)の努力を欠かさない──裏打ちされた自信とリーダーシップ。

 

 運ではなく頭を使う戦略的なゲームを好み、運動もスポーツも戦闘も積極的にこなす。

 融通(ゆうずう)()かない頑固さも残り、意地っ張りな部分もあるものの……文武両道を絵に(えが)いていた。

 

 生来もっていたそれと、この何年かで熟成された母性もとい"姉性"によって面倒見が非常に良い。

 おそらく他人であっても、困っている人見れば放っておけない性質(タチ)であろう。

 

 まだまだ少女の面影(おもかげ)を残しつつも、既に出ているところは出ている引き締まったボディライン。

 芯が一本通ったよく響く美声と、()き通るような心地良い歌声。

 人族でありながら鬼人にも狐人にも、ハーフエルフにも負けない潜在能力(ポテンシャル)を発揮している。

 

 

「はっいいぜ。次は魔術実践の時間なんだし、どうせなら外でなんか()ろう」

 

 ヘリオ──見た目だけなら好青年。肉体年齢では一つ上の兄。

 無造作に揃えた短めの白髪(はくはつ)に、メッシュのような赤髪束が覗いた成長途中の一本角。

 

 だが口を開けばチンピラじみたところも散見され、よくよく見知っていなければ近寄りにくさもある。

 少しばかり軽薄で(しゃ)に構えた部分もあるが、その実純朴(じゅんぼく)な面も持ち合わせていた。

 

 義理堅い一面があり、真剣(マジ)の相手には本気(マジ)でぶつかる。

 直情的で時に不誠実だが、きっかり筋は通す心根。

 地頭(じあたま)は悪くなく、意外となんでもそつなくこなす優等生的な一面があった。

 

 本質的には勉強は好まない感覚派で、体を動かすほうをめっぽう好む。

 さらには闘争にも大きな(よろこ)びを見出すタイプだった。

 

 年若くとも鬼人族らしい洗練された骨格に、鍛錬を重ねた筋肉を搭載している。

 ひとたび歌い出せば、(つや)がありよく伸びるテノールボイス。

 

 鬼の誇りと気性を十二分に、己が道を歩んでいた。

 

 

「みんなで日向ぼっことか、どぉ~かな?」

 

 リーティア──肉体年齢は多分(・・)同じだが、みんなにとっての快活な妹。

 大きな狐耳とボリュームたっぷりの、ふかふか尻尾を生やす狐人族の少女。

 美人さよりかわいげを全面に押し出しているのは、幼少期から今も変わっていない。

 

 一本一本が細やかに風に流れ揺れるような、肩口まで伸びた金髪。

 鮮やかな炎色を双瞳に宿し、常に好奇心に満ち満ちている。

 

 その精神はいつだってアンテナを張って、楽しめる何かを探していた。

 無気力・自堕落かと思えば、一転してアクティブに集中するムラの多さ。

 そのメリハリこそが、彼女の資質を最も引き出している要因なのかも知れない。

 

 元世界(ちきゅう)の様々な知識をよく吸収し、さらにはもう既に自分の中で、独自に組み立ている(フシ)すら見受けられる。

 少女の感受性の高さは、半端な知識を彼女なりに噛み砕き咀嚼(そしゃく)する。

 そうやって知識群と想像を増幅させ、彼女流の"理解"にまで至らしめていた。

 

 ギャンブル性や駆け引きのあるゲームが好きで、獣人種ゆえに運動も得意である。

 正直なところ俺もジェーンもヘリオも、甘え上手な末妹に負けない為──そんな一心(いっしん)で修練に励んでいる部分は否めなかった。

 

 身長を嵩増(かさま)ししている狐耳に目をつぶれば、女の子らしい相応で小柄な体躯(たいく)

 はきはきした聞き取りやすい声音だが、テンション次第な部分がある。

 

 歌唱よりは、絵や彫刻といったほうを好む芸術肌な一面。

 親バカかも知れないが、彼女は言うなれば"天才"の域に達し得るだろう。

 

 

「まっ何をやるにせよ、とりあえず外に行くか」

 

 順繰(じゅんぐ)りに姉兄妹へと目を移しつつその成長っぷりを再確認し終え、俺は立ち上がる。

 

 着々と隠し、演じ、装い、(ちから)をつけてきた。

 あとは用心し周到(しゅうとう)な情報収集と並行して時機を待つ。

 

 脱走か──摘発(てきはつ)か──潜伏か──壊滅か──はたまた乗っ取りか──

 俺は唇の端を上げ、心中で愉悦を浮かべる。

 

 俺達が教義の為の踏み台じゃあない、連中こそが俺達の為の踏み台なのだと。



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#10 成長 II

 

 俺達4人が広場で休みながら待機してると、セイマールが槍と長剣を(たずさ)えやって来る。

 

「午後は魔術実践特訓は中止し、魔物の討伐を(おこな)ってもらう」

 

 簡潔にそう言うとセイマールは槍をジェーンに、剣をヘリオへとそれぞれ渡す。

 俺とリーティアは無手が基本なので、特に何も渡されることはなかった。

 

「魔物の討伐ですか? 私たちだけで?」

「その通りだ。新たに生態系を調べ直していたら、お前たちを試すのに手頃(てごろ)なのがいたからな」

 

 ジェーンの問いにセイマールはそう答えた。

 それは信頼を多分に含んだような色を瞳に宿していた。

 

 

「先生よぉ、場所はどのへんなんだ?」

「近くまで引っ張ってきて眠らせてある。とはいえ時間が足りなくなるから、あとは道すがら話そう」

 

 セイマールはすぐに歩き出し、俺達も後を続く。

 敷地の外に出ることも、サバイバル訓練などであったが非常に珍しい。

 動物の狩猟くらいはあったものの、魔物退治とは初めてのことであった。 

 

「わたしのおまえたちへの評価(みたて)が間違ってなければ、なんら問題ないはずだが……命の危険には十分留意せよ」

 

 いよいよ(きた)るべき時は近付いているのかも知れないと──

 

 俺は心のどこかで感じ始めていたのだった。

 

 

 

 

 ウォームアップがてら己の足で走りつつ、休憩を挟みながら下山して移動し続ける。

 到着したそこは──()()()()()風景であった。

 

(懐かしいっちゃ懐かしい気もするが……)

 

 むしろ苦々(にがにが)しい。無明の闇黒に閉じ込められ、命を()き出しにした場所。

 土塊構造物(つちくれドーム)の残骸はとっくにないが、そこで眠っている"大トカゲ"とセットであれば嫌でも思い()される。

 

 

 セイマールが用意した魔物とは、かつて俺が撃退したあの魔物に他ならなかった。

 なにせ俺が風の刃でつけた傷痕が左目に残っていて、あの頃よりも二回りくらいは大きくなっている。

 

 これも奇妙な巡り合わせの結果とでも言えようか。

 

(まっ俺たちのほうが成長してるがな──)

 

 もっと何十あるいは何百年と掛ければあのトカゲも、巨大な陸竜(ランドドラゴン)へと育つのだろうかなどと。

 いずれにせよあの頃と、そして今と……。試すのにはある意味、絶好の相手には違いなかった。

 

「でっけえなァ」

「う~ん、何が有効だろう」

「ねっねっ、みんなでやるの~?」

 

「無論全員で掛かれ、一人で倒せるほど甘い敵ではない」

 

 

 セイマールはそう言ったが、俺は正直なところ一人でも駆逐可能な範囲と見る。

 しかしいらぬ疑念を(いだ)かれないよう、底は見せないようにしなくてはならない。

 

(必要な分だけ見せるということ──それ以上は見せない)

 

 恐らくはそう遠くない日に、セイマールと敵対するだろう。

 その時にこちらの手の内が知られていては、厄介なことになりかねない。

 

「それでは起こすぞ、準備せよ」

 

 セイマールは魔術具を取り出すと、そこに魔力を込める。

 小さい杖型のそれに魔力が流れ込んだことで紋様が浮かび上がった。

 

 

「ふゥー……」

「我が呼び掛けに応じ(つど)え、氷晶(ひょうしょう)

燦然(さんぜん)と燃え(のぼ)れ、オレの炎ァ!」

「胸裏にて(めぐ)るは其の()──リーティア式魔術劇場、(かい)(えぇん)!」

 

【挿絵表示】

 

 

 

『カァァァアアアアアアアアッー!!』

 

 

 四者四様の魔術発動の引き鉄(トリガー)と、眠りから目覚めさせられた陸竜の咆哮が重なる。

 

 陸竜は虫の居所が悪そうに、大きく息を吸い込んだ。

 口元にわずかに見えた"赤色"は、ヘリオが魔術によって浮かべている"それ"と同じ。

 

 一拍置いてから陸竜は"炎"を吐き出した。それは触れた(はし)からを焼き尽くさんという勢いでもって。

 

「ッらァ!」

 

 火属魔術を使うヘリオが、浮かべていた火の玉を地面へと収束させ炎壁を張る。

 陸竜の炎の息(ファイアブレス)の赤を受け止めると、それを吸収し壁をさらに厚く、より高く形成した。

 

 炎壁に(さえぎ)られた正面を横目に、俺とジェーンはそれぞれ左右に分かれ大地を蹴っていた。

 

 

(あーな)!」

 

 地属魔術を(つかさど)るリーティアが、手の平を下に向けてぎゅっと押し込むような動きを取る。

 すると陸竜の足元が大きく陥没し、(いなな)く声と共に底へと沈み落ちていった。

 

 陸竜は肉体丸ごと収まってしまった場所から抜け出すべく暴れ始めようとする。

 

「我に(あだ)なす(あまね)く敵を(とら)えよ、"獄雪氷牢(ごくせつひょうろう)"!」

 

 氷属魔術を扱うジェーンが、最初の詠唱で形成しておいた氷の結晶を固めて、穴に叩き込む。

 一瞬にして何本もの小さな氷槍が、上下左右から格子状(こうしじょう)に捕えて獲物を離さない。

 

 それでも体を震わせ氷にヒビを入れながら――地面から唯一見える空へ――陸竜は残る片眼(みぎめ)を向けていた。

 

 

「悪いが一撃だ──」

 

 空属の魔術を振るう俺は、陸竜の直上(ちょくじょう)を舞っていた。

 息吹と共に"風皮膜(かぜひまく)"を(まと)い、魔力強化した肉体で跳んだのだ。

 

 あの時はその硬き鱗に、"風擲斬"はまともに|通(とお)りはしなかった。

 あの頃よりもその鱗は、きっと(さら)に強靭になっているだろう。

 

 陸竜の口元にはまたも同じ赤色が見えたが、こちらに及ぶことはない。

 

「遅いぞトカゲ(・・・)、もう過言じゃあない」

 

 跳躍した勢いのままにくるりと一回転しながら、指を鳴らして"素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)"を(はな)った。

 それは未完成の空気弾ではなく、物質を切り裂くほどにまで高められた大気の刃だった。

 

 氷で構築された(おり)もろとも胴体から斬断し、わずかに歪んだ空気の軌跡(きせき)を残す。

 真っ二つにされた陸竜は、断末摩(だんまつま)の鳴き声もなく絶命した。

 

 

「"エアバースト"──」

 

 俺は落ちる最中に発生させた風圧を背中で受け止め、全身を(おお)った風の衣によって流れを取り込む。

 そうして自身の肉体を(たい)らな地面へと運び、着地と同時に"風皮膜"を()いた。

 

 するとすぐに三人が集まってきて、死体を確認してから口を開く。

 

「あーあー……おうコラベイリル、殺すの早すぎだろが」

「すまんな、俺のお膳立(ぜんだ)てしてもらって」

「私の氷牢、あまり意味なかったかな……」

「ウチが空けた大穴もいらなかった~」

 

 ヘリオはやれやれと、俺はほくそ笑むように、ジェーンは不満げに、リーティアは残念そうに。

 

「チッ不完全燃焼過ぎる、他に獲物はいねえのかよ」

「でもあんなの他にいるものかな?」

「えーもう十分っしょー」

「なんならみんなで探しに行くか?」

 

(久々の遠出だ、このまま逃げて姿をくらましてしまうというのも……──)

 

 

 そんなことを考えつつ、四人かしましく雑談に興じる。すると、セイマールが拍手をしながら近付いて来た。

 

「素晴らしいぞお前たち、種族単位で見れば小型とはいえ竜種を圧倒したその成長には舌を巻く。惜しむらくは一人一人の活躍をつぶさに見ておきたかったが、致し方あるまい」

「先生が本気のオレらの相手してくれてもいいんだぜ?」

「なるほど、それも悪くないが……お前たちの自信を奪っても仕方あるまい?」

 

 その言葉はどこまで本気なのか、いまいち(はか)りかねなかった。

 

 確かにセイマールは座学のみならず、戦闘指導も幼少期から(おこな)ってきた。

 こちらの(クセ)はかなり見抜かれているし、使う技も少なからず熟知されている。

 

 

 さらにセイマールは魔術具を使うし、今も陸竜を目覚めさせるのに使ったブツを手に持っている。

 彼は魔術具の作製と使用に関してかなりのモノのようで、ここ数年は特に(はげ)んでいた。

 

 正直なところセイマールは魔術具次第でいくらでも手の内が多くできるので、いまいち読みようがないというのが一つ。

 

(それでも今この場で()()()()()()()、そう難しくはないだろうが──)

 

 俺も手札は備えてあるし、不意を討つのであれば十分すぎるほどの勝算で(ほうむ)れるだろう。

 

 ただし今この場で(こと)に及んだ時に、ジェーンとヘリオとリーティアがどういう反応を示すかは未知数だった。

 そもそも俺自身、セイマールは宗道団(しゅうどうだん)の教義さえなければ……まともな人間の部類だと思っている。

 

 

「冗談はともかくとして、試練は合格だ。しかしゆめゆめ忘れてはならんぞ、武力のみならずおまえたちには時に教養を求められ、布教する為の語り部となる必要もある」

 

 実に6年近く教鞭を取り、常に一定の距離感を保って、一人の人間として扱い接してくれた。

 そんな彼に全くの情が無いと言えば嘘になる。それにセイマールが持っている知識と技術もまた惜しくもあった。

 

「とはいえ今は褒め称えよう。お前たちも我らの中に正式に迎え入れられる時が来た──」

 

 

(あぁ……──)

 

 俺は心の中で嘆息を一つ。珍しく外に連れ出された時点で、(なか)ば予想はしていた。

 

 セイマールの声音はいつもと変わらず、されど瞳は狂気を帯びていた。

 結局相容(あいい)れられるような関係ではないことを、改めて認識させられてしまう。

 

「明日に"洗礼"を(おこな)うとする。ちょうどよく"巡礼"も重なる良き日である。より多くの"道員(どういん)"たちに祝福してもらい、信仰をより強く堅いものとするのだ」

「洗礼とは何をするんですか?」

 

 俺が質問するより先に、ジェーンが問い掛ける。

 

「正式な道員(どういん)たちは誰もが通った道だ。簡単に言うと……()()()()()()()をやってもらい、それから魔術契約によって繋がる」

 

 

(――!? 魔術契約、今さらやるのか)

 

 奴隷として買われ、庇護下に入った日からしばらくの間は戦々恐々としていた主従契約。

 強制的に精神を侵されかねない契約魔術にはついぞ警戒していたが、全ては(くだん)の日の為に温存していたということか。

 

「具体的な内容については、その時になればわかる。だから残った時間は心身を十分に休めて英気を(やしな)い、明日の夜半(やはん)に備えよ」

 

(洗礼……日にちは調整済み、と)

 

 この6年、(ひそ)かに調べていた中でも連中が日常的に使う言葉ではなかった。

 仔細(しさい)が一切わからないものの、道員(どういん)であれば例外なく(おこな)っているようである。

 

 

 元世界のキリスト教圏における洗礼、みたいなものなのだろうか。

 しかし異世界のカルト教では、どういうものになるのかはわからない。

 

 それが修了試験のようなもので、次の段階があるのか。

 もしくは卒業試験みたいなもので、終えれば外界へ出られるのか。

 

 帰路を駆けながらも、頭を止めることなく思考を進めていく。

 運命の日──危機(リスク)を恐れず、行動に移すべき時が遂にやって来る。

 

 今後も続いていく長き長き人生の為に、鳴かせてみせようなんとやら。

 



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#11 信仰と創始

 ある男が──連邦東部にて"一本の魔剣"を拾ったところから、イアモン宗道団(しゅうどうだん)の前身たるカルト教団の歴史は始まった。

 

 その者はもとより三代神王ディアマを信奉していて、苦難の末に"不完全な刃"を手に入れた。

 彼と刃の下にはすぐに数多くのディアマ派の信者が(つど)い、作られた教団の規模はどんどん大きくなっていった。

 

 まずは不完全を完全(・・)へと戻すべく、教団は信者を増やしながら情報収集に奔走した。

 ついには特定した竜の巣へと突貫し、多くの教徒と資産を費やす犠牲を支払った。

 

 しかしその甲斐(かい)もあって、魔剣はその一部を得て完全へと近付いた。

 

 あと一つ手に入れられれば完成し、世界すら動かせるようになる。

 だが──その最後の一つが、情報にもまったく引っ掛かることなく時は過ぎていった。

 

 

 そうして(ごう)を煮やした教団内の一部派閥が、"魔剣"を盗み出そうとする事件が発生する。

 血で血を洗う抗争の末に魔剣を奪取することに成功して、新たな教義を作り新教団──現在の"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"が設立された。

 

 教義を"(みち)"と称し、導く者を"道士(どうし)"と(たた)え、信徒を"道員(どういん)"と呼んだ。

 

 彼らはまず地下へと潜って目立たないように動き、残った教徒を念入りに殺して回った。

 殲滅が完了した後は"魔剣"を必要以上に(さら)すようなことなく、限られた中で本来の活動を再開する。

 

 過激派教徒の旗頭(はたがしら)だった男は、現状のままでは決して完全にはならぬと考えていた。

 前教団の全盛期の規模と人数ですら、一切の情報が入ってこなかった最後の一部──

 

 それはもはや人智の及ぶ領域にはない。このままでは永劫(・・)に完成を見ないと悟っていたのだ。

 

 だからこそ新しきイアモン宗道団(しゅうどうだん)は切り口を変えることにした。

 別に()()()()()()()()()()()のだ。無いのならば……()()()()()()()()()

 

 むしろそれこそが――よりディアマへと近付く為の試練であり、進むべき"(みち)"であるとしたのだ。

 

 

 "道士"として頂点に座した男は、機知に()んでいて()をわきまえていた。

 従来とはまったく別形態の組織構成へと作り変えて、量よりも質を重視した。

 より強固な信仰と契約によって結ばれた、裏切りを許さぬ新体制を確立させた。

 

 何十年何百年掛かろうとも構わなかった。教義さえ受け継がれていくなら──己が滅びることはない。

 初代"道士"は死んだ。"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"は(なか)ばであったが、彼には一欠片(ひとかけら)の後悔もなかった。

 

 そして……何世代と"道士"が代替わりした今もなお、教義と魔剣は絶対のモノとして存在している──

 

 

 カツカツと普段よりも軽快な早足で、その男は歩を進めていた。

 

(長いようで短かった……)

 

 情緒で満たし、感慨に(ひた)るように──セイマールは心中で思い返す。

 

 前回とは比べるべくもないほど、才能のある子供達と言える。

 労を惜しまず奴隷市場を回って、手ずから素材にこだわり選別した甲斐(かい)があったというものだった。

 

 

(以前失敗した教訓も()きている)

 

 最初に受け持った生徒達は30人近かったのだが、結局残ったのはわずか2人だけ、それも今なお生きているのは"アーセン"のみ。

 その時の失敗を踏まえた上で、今回は教育方法をかなり刷新(さっしん)した。

 

 ます最初に外界て汚染された精神を、暗闇の恐怖によって浄化し、従順で吸収しやすい土壌(どじょう)を作る。

 これは魔術具製作にも通じる理念であり、それを参考にしたものだった。

 

 情によって()()()()な関係にならぬよう距離感を大事に、自主独立の精神をもった少数精鋭。

 結果としてかなり個性が強い部分があるものの、まだまだ子供ながらも最初の生徒達よりも文武両面において遥かに優秀となった。

 

 補って余りある能力を試練で示してくれた。子供達はすでに魔術士としてはかなりの領域にいる。

 若過ぎる年齢は懸念(けねん)点として残るものの、目的の為には今の年齢でなくてはならない。

 

 

 セイマールは、普段の彼に似合わぬ珍しいほどの笑みを浮かべていた。

 そうして目的地である扉の前に立つとノックして名を告げた。

 

 中からの返事を待って部屋の中へ入ると、淫蕩な匂いに包まれる。

 

「失礼します、"道士"」

「セイマール、やけに嬉しそうだが……それが訪ねてきた理由かね?」

 

 道士と呼ばれた還暦を超えた男は椅子に座ったまま、(うつ)ろな表情の女性に(また)がられていた。

 

 セイマールが生徒たちへ向ける目を──道士はセイマールへと向けているようであった。

 彼のすること()すことを、まるで自分のことのように共感し、肯定するような──

 

 

「お喜びください道士。わたくしが手塩に掛けて育てたあの子たちが、"洗礼"に相応しく成長いたしました。

 つきましては明日夜に、道士の口から我らが教義を()いていただき、"魔剣"のお披露目をしていただきたく存じます」

 

「ほう……もう十分だと君は確信しているのだね、四人ともが"(みち)"に入るのに適格(てきかく)だと?」

「もちろんです。それもこれも前回より引き続いてわたしの教育案に賛成頂き、一任(いちにん)してくださったおかげです」

 

「なに気にすることはない、正当な働きに正当な評価を(くだ)しているだけに過ぎんよ。今なお我々の為に奉公(ほうこう)してくれているアーセン。彼にもまた(むく)いてやらないといかんな」

 

 セイマールは道士の言葉に(うやうや)しく(ひざまず)き、さらには伏して(こうべ)を垂れた。

 

 

 もうかれこれ35年近く──15歳の時分に拾われてよりの付き合い。

 ここまで生きてきて、この御方は一度として間違った判断を下されたことはなかった。

 

 道士のやることには全てに意味があり、深謀遠慮(しんぼうえんりょ)(すえ)に成り立っている。

 そして運命までも、宗道団(しゅうどうだん)と道士の為に微笑(ほほえ)んでくださるのだ。

 

「それにしても明日か、少し性急(せいきゅう)ではないのかね? "(にえ)"の準備はできているのか? もしも間に合わぬようであれば、コレ(・・)を提供しても一向に構わないのだが……」

 

 そう言って道士は自分の上で奉仕し続けている女へと目を向ける。

 それは一人の人間を見るような目ではなく……。セイマールもその光景に微塵の疑問を抱くことなく、平時(へいじ)を崩さず答える。

 

「いえ、それには及びません道士。"調整"にあたっていた者が、ちょうどよく入れ替え時ですので。巡礼で他の道員(どういん)たちの多くが戻りますし、洗礼にあたってこれ以上の日は(のぞ)めないかと」

 

「そうか……いや愚問(ぐもん)であったな。お前が用意もなしに許可を貰いにくる筈もなかろうに、許すがよい」

「わたくしこそ御心(おこころ)(づか)いに、心底より感謝いたします。未だ足りぬ我が身なればこその、身に染み入るお言葉であると」

 

 顔を上げてセイマールは、道士を畏敬(いけい)の念をもって見つめる。

 ああ……やはりこの方あってのものだ、我々全てが道士と教義の為に身命(しんめい)(なげう)ち尽くすべきなのだ。

 

 

「本当に優秀な子だ、セイマールよ。魔術具の製作にしても、教育にしてもよく貢献してくれている。お前が育てたあの子らは、間違いなく我らが道の大願の為に貢献してくれること疑わぬ」

「はい、我らが本懐(ほんかい)を遂げられるのも……きっと、そう遠くありません」

 

「そうだな。それで……近く洗礼を(おこな)うのであれば、その後すぐに別れを告げることになっても構わんのだな?」

 

 

 セイマールは宗道団(しゅうどうだん)と教義それ自体ではなく、道士という個人に対しての信仰がことのほか強い。

 それは道士もよくよく理解しているし、だからこそセイマールに信頼を置いていた。

 

「巣立ちの(とき)()けられませんゆえ。それにまた新たな子を迎え入れたいと思いますが……」

「許可しよう、資金も好きなだけ使うといい」

 

 セイマールの幼少教育法は、元を正せば道士がセイマールを拾い育てたことに(たん)(はっ)していた。

 

 手間や金は掛かるが、セイマールという実例を見ればそれだけの価値はある。

 量よりも質をこそ至上とするのが、新教団設立から()とされてきたものだ。

 

 ゆえにこそ惜しまないし、道員(どういん)は強固な絆と契約魔術によって結ばれるのだ。

 

 

「では"オーラム"には今日中に伝えておこう。彼奴(きゃつ)の持っている(みち)を通じ、任務に就かせることとする」

御意(ぎょい)のままに」

 

 事を終えて部屋から出ると(にぶ)嬌声(きょうせい)が再開される。

 一方(いっぽう)でセイマールは、 洗礼の準備の為に"地下"へと移動しつつ……確信に近い狂信と共に感極まった震えを堪能していたのだった。

 

 



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#12 覚悟

 

 陸竜(トカゲ)を討伐した、その日の夜中――就寝前、4人だけの時間。

 俺はどこか雰囲気を察しているジェーン、ヘリオ、リーティアに決意を伝える。

 

「俺は宗道団(ここ)を抜けようと思う。決断するなら明日の朝までに──」

 

 すると言葉を(さえぎ)るように、ジェーンの左人差し指が俺の口元へと当てられる。

 

「いまさら、でしょ?」

「まったくだ。聞くまでもねえだろ」

「ねー」

 

 俺はフッと笑いながら、目をつぶって噛みしめる。

 

「そうだな、愚問だった。信じてはいたが……やはり重要なことだから一応、な」

「それでベイリルには何か計画があるの?」

「一晩あるからウチが地下に穴掘ってもいいよ? 昔ベイリル兄ぃが話してくれたみたいな──」

「まぁ"大脱走"するのは悪くない案だが……」

 

 リーティアならば実際に一晩もあれば、苦もなくやれてしまうだろうことが凄まじい。

 

 

「とりあえずまだ(・・)いい」

「そっかー」

「んじゃよォベイリル、どうすりゃいいっつーんだよ?」

 

「俺たちはほとんど、この箱庭の世界しか知らない。だからまずは情報を集める必要がある」

「集める? ということは……まさか本館にでも忍び込むとか?」

「あぁジェーン、そのつもりだ。金銭や宝飾品(さきだつもの)も必要だから、色々と見繕(みつくろ)って窃盗(しっけい)してくる」

 

「危なくない? 結構人が集まってきてるみたいだし」

「俺一人でやるから、何も問題はない」

 

「ああ? オレらじゃ足手まといってかァ? ()け者にする気かよ」

「そこまでは言わんが、単独(ソロ)のがやりやすいからな」

 

 ヘリオの不満丸出しの言葉に、俺は(ゆず)るつもりはないという意思で答える。

 

 

「……チッ、知ってるよ。たしかにオレらは隠れるの得意じゃねェし」

「ウチは不得意じゃないけどー?」

リーティア(オマエ)の地属魔術は屋内じゃ不向きだろが」

「なくてもやれるも~ん」

 

 ヘリオとリーティアのいつもの言い争いがエスカレートする前に、ジェーンが末妹の頭を撫でて場を制す。

 

「まぁまぁ二人とも。ベイリル──」

 

 名前を呼ばれながらスッと目配せされた俺は、ゆっくりと(うなず)いて説明する。

 狐人族であるリーティアの感覚器官は頼りになるが、彼女の魔力を浪費させるわけにはいかない。

 

「いざとなった時に、地中潜行脱出も考えられるからな。だから温存しといてくれ」

「わかったー」

「聞き分けがよろしい。ありがとうな、リーティア」

 

 素直にうなずく末妹の頭を、ジェーンと一緒に俺も撫でてやった。

 

 

「ベイリル一人がやるのはわかったけど……私たちは備えていればいいの?」

「準備だけは万全に。場合によっては……後顧(こうこ)(うれ)いを()つことになる」

「どうゆうこった?」

 

「この宗道団(しゅうどうだん)を――潰す(・・)

 

 俺が言い(はな)ったその言葉に、ニヤリと笑みを浮かべたのはヘリオであった。

 リーティアは特に表情が変わらず、ジェーンは不安そうにやや眉をひそめる。

 

「それは……追手が差し向けられないように、ってこと?」

「まっ厄介事の種は処理しておくに限るからな」

 

 逃げた俺達は宗道団(しゅうどうだん)の根拠地たる、この場所を知っている人間となる。

 "(みち)"に入ることを拒否した者が知る情報としては、連中も決して(こころよ)くは思うまい。

 ならばいっそのこと本拠地もろとも崩壊させるという選択肢も十分に存在する。

 

 

「あー……殺して全部(ぜぇんぶ)奪うわけか、ベイリルはほんとえげつねェな」

「いやそこまで露骨(ろこつ)にやるつもりはないがな。恨みを買い過ぎてもそれはそれでマズい」

 

「セイマール先生は? どうするの?」

「もしも立ちはだかることがあるなら、覚悟はしておいてくれ」

 

 真剣な眼差しで三人はうなずく。どんな形であれセイマールは恩師である。

 宗道団(しゅうどうだん)と彼自身の目的があったとしても、結果論で言えば俺達を買って育ててくれた人間だ。

 

 もしセイマールに買われなければ、四人は出会うこともなく……。

 それぞれが何処(いずこ)かで、(むご)たらしく死んでいたかも知れなかったのだから──

 

 

 

 

 夜中から朝方にかけて俺は本屋敷の方へ、潜入(スニーキング)任務(ミッション)(おこな)っていた。

 今は"巡礼"が重なっているおかげで、普段屋敷にいない道員(どういん)達も多く集まっている。

 

 そういう意味でも時機は好都合であった。

 屋敷内の配置も長い時間を掛けて少しずつ探索を重ねてきて、ある程度は把握している。

 

 外套(ローブ)を羽織ってフードをかぶってしまえば、見られてすぐに顔がわかることはない。

 

(俺が誰なのか確認しようとする(あいだ)に、どうとでもできる──)

 

 とはいえ長引けばそれだけリスクも跳ね上がっていく。

 ゆえに目指すべきはまず一つ、"最も偉い人間の部屋"であった。

 

 路銀(ろぎん)となる金目のモノだけでなく、重要な書類などもある可能性が高い。

 魔力強化を聴力へと集中させ、慎重に索敵しつつ進んでいく。

 

 正確な位置はわからなかったが、わかりやすく豪奢(ごうしゃ)な扉を見つけ、開けみるとそこがわかりやすく望んだ場所であった。

 

 

(道士が一人でいれば……ある意味そっちの(ほう)が都合良かった、かね)

 

 部屋に立ち入る前に索敵したが、部屋には誰もいなかった。

 宗道団(しゅうどうだん)は道士のカリスマ性によって、支えられている部分も決して小さくなかった。

 

 道士から力づくで情報を聞き出して、口封じをするとか──

 道士を拉致・監禁して、いざという時の交渉材料にするとか──

 道士を内部の犯行に見せかけて殺し、分裂・崩壊を誘うとか──

 

 寝室はまた別にあるので、そこに忍び込むこともできなくはないが……無用なリスクは()けておく。

 

(まぁいい、求めすぎはよくない)

 

 俺は(あせ)らず迅速に、資料と金品を(あさ)りつつ周辺地図を見つける。

 この場所は【連邦西部】の山間(やまあい)の中、かなり孤立した位置にあるようだった。

 

 悠長(ゆうちょう)に眺めているのも危ういので、(ふところ)にしまいすぐに探索を再開する。

 次に目に()まったのは、よくよく知った字で書かれた羊皮紙であった。

 

 

マメ(・・)だな、あの人も──)

 

 それは俺達を育てる為の、履行計画書のようなものだった。

 どういう方針で何を重点的に、段階的な育成を事細かに記したもの。

 

「っこれは……」

 

 思わず口に出しながら、俺は顔を(ゆが)ませる。

 そこにはこれから俺達が()すべきとされることも書いてあった──

 

 

(【皇国】への間諜(スパイ)か──)

 

 洗礼時にまず"宗道団(しゅうどうだん)に尽くし裏切らない"という契約を結ぶ。

 さらには"情報を明かしたら死ぬ"、という追加契約も(おこな)う。

 

("契約魔術"……内容がだいぶ酷いな)

 

 いやだからこそ今まで、かなり自由奔放に育てられてきたというわけなのだろう。

 より複雑で相手に強制する契約ほど、相手の確かな"理解"と"同意"が必要となる。

 

 子供の頃から奴隷のように契約する場合、その精神を縛り付けてしまう。

 それでは諜報員としてはまともに育たなくなるし、洗脳教育を施した上で、スムーズに契約できるであろうこの時を待っていたのだ。

 

 

(それが結果的に、こちらにとっては都合が良かった)

 

 まず俺が転生者であり、子供の精神性を持っていなかったということ。

 初期化(リセット)刷り込み(インプリンティング)にしても、俺が三人に(おこな)った形になった。

 そして宗道団(しゅうどうだん)の洗脳教育も、洗脳解体と同時に俺が情操教育を(ほどこ)したのだから、連中にとって全て想定外。

 

(ふんふん、なるほど。子供の立場を利用して、皇国を内部から蚕食(さんしょく)していくわけか──)

 

 契約魔術が執行され、宗道団(しゅうどうだん)の手足として一生を縛られてしまうわけにはいかない。

 その前段階を見極め、虚を突く形でこちらから奇襲を掛けたいところである。

 

 

「なんにせよ、選択肢は一つっきゃないな」

 

 つぶやきながら己のすべきことを取捨選択していく。

 一度交わしてしまった契約魔術を解くのは、生半(なまなか)なことではないのだから。

 洗礼それ自体が、絶対に(のが)れるべき事項。あとは追手が掛からないよう、何かしら工作をしてから逃げたいところ──

 

 役立ちそうな資料を探し続けている内に、俺は"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の全容を少しずつ掴んでいく。

 そうして目を通していく内に、おぞましいカルト教団の真実の一つに辿り着いた。

 

 

(俺たちは……幸運だったということか)

 

 そこには"魔法具"と、その為の"調整"に使われた者の実験(・・)データが記されていた。

 それもまたセイマールの字であり、彼は魔術具に関してかなりの熟達者(エキスパート)のようだった。

 

 専門用語が多くわからない部分も多いが、端的(たんてき)に言うと……完全にするのに必要なパーツの代替品として――人体(・・)を使うということ。

 その過程で多くの苦痛が(ともな)われるようで、数多くの無辜(むこ)の命を奪ってきたということ。

 

 俺達4人もまかり間違えば――庇護下に入ることを断っていたら――実験体として消費されていたのだろう。

 洗礼を拒否した場合でも……今からでも被検体にさせられるかも知れない。

 

 ──それ以外にも宗道団(しゅうどうだん)が、その教義の中で実行してきた惨憺(さんたん)たる行為の数々が書かれていた。

 

 俺の中にあった常識では、理解できる許容量をとっくに超えている。

 そして裏切った際に、連中がどういう出方をするかも既にわからなくなってしまった。

 

 

 別に善人ぶって正義感を振りかざし、ヒーローを気取りたいわけでない。

 ただ一個人として、(ちから)をもつ人間として、看過(かんか)できる領域をオーバーしていた。

 

 なによりもただ単純に──

 

「俺がこれから()こうとする道には邪魔だ」

 

 予定は変更される。少し甘く見ていた。結局のところ、連中はどこまでいっても狂信者の集団。

 すべからく信者(シンジャ)、殺すべし。根絶(こんぜつ)こそが(うれ)いを断つ、最善の方法であると。

 

殺す(・・)のは、俺自身の殺意によってだ──)

 

 心を氷点下へと持っていく。それどころか絶対零度もかくやというほどに冷やす。

 そうして俺は、まるで自分自身に宣誓するように言葉を口にする。

 

「覚悟完了──微塵(みじん)躊躇(ちゅうちょ)も無く、一片(いっぺん)の後悔も無く、鏖殺(おうさつ)する」

 

 



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#13 暗殺

 

 持ち出した物品を一度全て元の状態に戻してから、俺は注意深く部屋を出た。

 既に朝日が差し込み始めていて、起き出して来る者も出てくる時間──

 

 この屋敷を恒常的に使っている者は、さほど多くない。

 季に一度ある巡礼時には人が増えるが、そうでなければ使われてない部屋は多くある。

 

 一時来客用にも使われていない物置部屋を見つけて、中に死角となるスペースを作る。

 準備を終えてから近くの廊下の片隅に立って、俺は静かに詠唱した。

 

歪曲(わいきょく)せよ、投影せよ、世界は偽りに満ちている。空六柱改法──"虚幻空映(きょげんくうえい)"」

 

 空気を歪ませて光を屈折(くっせつ)させる。俺の姿は消え失せて、周囲の景色と同化した。

 あくまで静止している状態でしかまだ有効ではないが、今はそれでも十分な効果である。

 

 

 後はただただ人が通り掛かるまで待ち続けた。

 

「はァー……」

 

 俺は一人の道員(どういん)が歩いてきた気配を感じると、肺の中の空気を吐き出していく。

 それが"魔術"発動のトリガー行為。肺を空っぽにして、呼吸を止めている間だけ効果を発揮する。

 

 すると道員(どういん)は、その領域(エリア)に差し掛かった瞬間に崩れ落ちるように倒れた──瞬間に俺は音が立たぬよう、その肉体を(かか)え止める。

 

 

 この魔術は目に見えず、音もなく、匂いもなければ、素肌でも感じられない。

 

 それは空気中の約21%を占める、地上で二番目にありふれた気体。

 生命活動の(みなもと)にして……この世で最も強力な毒ガス、と言えるかも知れない。

 

 目視して特定範囲を狙い、肺から絞り出せば──たちまちそこは"死域"と化す。

 

(──答えは酸素(・・)。わかった時には、もう(おそ)……異世界ではわからんか)

 

 "酸素濃度低下"。空気中の酸素の割合を、一定値以下に分解・消散させる空属魔術。

 真空を作り出してかつ状態を維持するよりも、遥かに容易(たやす)く露見しにくい。

 

 

 それは元世界の過去……派遣先の酸欠講習で学んだこと。

 

 一般的に、人は食べなくても3週間は耐えられる。水を飲まなくても3日は生きていられる。

 だが呼吸できなければ3分ほどで意識を失い、そのまま死に至るケースもありえる。

 

 そして酸素濃度が一定より下回れば、たった(ひと)呼吸で意識は途絶する。

 さらには連鎖的な内臓と脳の機能停止に、よって絶命に至らしめる。

 

 原因に気付かずに助けに行けば仲良くお陀仏(だぶつ)になる、危険な労働災害の一つである。

 

 

 俺は()()()()()をすぐに倉庫へと運び込む。

 物陰に隠れるように死体を置いて布を掛けてから、初めて人間を殺した実感を確認する。

 

(ここから始める。まずは最初の踏み台、ご苦労さん──と)

 

 野生動物には何度か使ったものの、人間に対して使ったのは初めてだった。

 ひとまずはしっかりと通じたようで──安堵(あんど)するような心地が強かった。

 

 あとはこれを機に、魔術を練り上げていく実験台(・・・)とさせてもらう。

 

(魔力配分も注意しないとな……)

 

 巡礼でやって来た道員(どういん)達は、自由裁量で動いているゆえにいなくなってもバレにくい。

 仮に死体が見つかっても、死因も謎であるし俺がやったという証拠もない。

 それで洗礼が先延ばしになったり、内部紛争にでもなれば──それはそれで儲けものである。

 

 あくまで計画的にステルス迷彩と空気暗殺と死体運搬とを繰り返し、淡々と隠し積み上げていった。

 

 

 

 

(ぼちぼち切り上げ時、だな──)

 

 太陽が上空を迎えてより、俺は魔力の回復まで計算に入れて頃合いと判断する。

 

 2階部にあたる物置部屋の窓から地上を観察すると、とりあえず人影は見当たらない。

 俺は物置部屋の扉の建て付けを破壊して簡単には開けられないようにし、窓から外へと踊り出た。

 

 パルクールの要領で屋根の上まで登り、煙突の頂点でしゃがんでもう一度広い視野でもって周囲を探る。

 

 地上で喋っている二人の道員(どういん)の位置を把握し、近くに他の誰もいないことも確認する。

 

 

「ふゥー……」

 

 息吹と共に"風皮膜"を纏うと、二人に狙いを澄まして飛び降りる(ダイブ)

 道員(どういん)と着地衝突する瞬間に、左右それぞれに細く形成した風螺旋槍(エア・ドリル)で脳幹を突き刺し、降下暗殺(エアアサシン)を決めた。

 

 三寸切り込めば人は死ぬ。

 必要充分な威力だけで絶命した二つの死体を(かか)えて、俺は厩舎(きゅうしゃ)まで疾走する。

 積まれた藁山(わらやま)の中に死体をぶち込んで隠し、"風被膜"を解いて装いを整えた。

 

 

(まと)っていた風のおかげで血の汚れもナシ、っとマズ──)

 

 俺は気配を感じて、咄嗟(とっさ)に物陰に隠れる。 

 すると一人の男が、音のしたこちらの(ほう)へキョロキョロと見回しながら近づいて来ていた。

 

鳴響(めいきょう)(ことごと)く、(さえぎ)(しず)めん。空六柱振法──"(なぎ)気海(きかい)"」 

 

 俺は魔術を使って特定範囲の音の伝達を遮断(しゃだん)した。

 3人と内密な話をする時に使っていたが、暗殺にも非常に有効な空属魔術。

 これでいくら叫ばれようとも、問題はなくなった。

 

「……誰かいるのか?」

 

 俺が使う魔術は、基本的に異世界言語ではなく()()()()()()口語(こうご)詠唱である。

 その為一聞(いちぶん)したところで、異世界人には魔術を使われたことはバレにくい。

 

 

「あぁどうもすいません、少し落とし物をしてしまって……」

「そうか、何を失くしたんだ? 一緒に探そう」

 

「いえいえお手を(わずら)わせるほどの物では……。ところで"アーセン"殿(どの)がどこにいるか知りませんか?」

「アーセン? 聞いたことないな。道員(どういん)は結構いるから、いちいち名前を覚えてなくてな」

 

「そうですか……残念だ」

 

 アーセン。セイマールについてきていた、自分達の先輩にあたる男。

 結構な実力者だろうから、調べて始末しておきたったのだが仕方ない。

 

 俺は用済みとなった道員(どういん)へ指をパチンッと鳴らして、"素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)(ねじり)(つばめ)"を(はな)った。

 それは凝縮し螺旋回転を(ともな)う貫通力に振った形態で、心臓を穿(うが)たれた死体を、同じ藁山に突っ込んで隠蔽しつつ外へ出る。

 

 

 何事もなかったように歩き出しながら、俺はフードを()いで自分の(ちから)を再認識する。

 

「やれるもんだな」

 

 ──俗に言う、"現代知識チート"バンザイ。

 それは魔術や技術を習得する上で、大きく寄与(きよ)してくれた。

 

 魔術は一定の化学反応プロセスを無視して、直接的に影響を与えることができる。

 

 分子や原子という存在を知っているがゆえに、異世界の常識よりも広く深い発想で魔術を使える。

 普通に使うよりも消費対効果(コストパフォーマンス)に優れた物理現象として放出することができる。

 

(とはいえ元々持っている知識や観念が邪魔をしている部分もあるから一長一短なわけだが……)

 

 自由奔放なリーティアの多彩な魔術を知っていると、余計にそう思う。

 

 なんにせよ地球史のにおける発想が──積み上げられた集合知が──俺と異世界との差異(さい)になっていることは確かだった。

 根本的な思考方法が違う。模倣(パクリ)可能な絶対数が違うのは、間違いなく大きな強みであった。

 

 ──そしてそれは……なにも勉学で得た知識だけに(とど)まらない。

 

(娯楽として楽しんでいたモノが、俺の血肉になっていく──) 

 

 前世(ちきゅう)の様々な媒体で得た知識やら魔法やら能力が、異世界で有利要素(アドバンテージ)として活きる。

 "術技"を使う時に必要な想像(イメージ)力を、外付けで多種多様(バラエティ)に富んだ補強をしてくれる。

 

 

「それに、()()()()()()()()()()からな」

 

 転生前のロクな運動もしてなかった、中年の肉体とは違う。

 自分が望むように体が動いてくれることが、ただただ単純に楽しい。

 

 血は半分ながら魔力の循環に優れたエルフ種、さらに成長期にしっかりと鍛え上げた肉体。

 前世において動画で見たような、体操選手や陸上選手の動きや記録をも易々(やすやす)と超える性能(スペック)

 

 明晰夢で散々妄想して鳴らした超人的な動きを、魔術も併用することで体現(たいげん)できる。

 感覚器官も強化され、脳の処理能力も違うのか……意識し集中させた五感で、モノをよく把握できる。

 

 訓練(トレーニング)の成果を──鍛えれば鍛えた分だけ──はっきりと実感できるほどに伸びていく愉悦(ゆえつ)

 元の世界では苦痛を伴う努力だったことも、この異世界では努力の(うち)に入らないのが最高だった。

 

 歴史上の英雄クラスともなれば、単独で巨大な竜すらも打ち倒すらしいスケール。

 それが異世界の基本水準。元世界の不自由を知るからこそ、圧倒的な爽快感を得られるのだ。

 

 

喜楽(エンジョイ)興奮(エキサイティング)異世界。結局のところ俺も……ご多分に漏れることなく男の子(・・・)ってことだ」

 

 別館へと歩を進めながら、自嘲(じちょう)気味にひとりごちる。

 "強さ"という一点に、憧れをどうしたって捨て切れないのだ。

 (ちから)を比べ、(ちから)を示すという、原始にして本能に根ざした行為。

 

 転生して過ごしていく内に、我ながら随分と精神性も変わってきたように思う。

 異世界と、魔術と、ハーフエルフと──"闘争"とは最高の娯楽の一つなのだ。

 

 前世では大晦日に格闘技の試合を見たりして「痛い思いまでしてなぁ……」なんて考えていたのに。

 異世界で本格的に鍛え始めてからは、戦闘狂(バトルマニア)の気持ちの一端(いったん)が共感できてしまう。

 

 漫画で見たあの能力を。アニメで見たあの技を。映画で感動したあの動きを──

 自身の肉体で模倣すること。魔術として再現できた時の充実感たるや……。

 

 夢想を現実にするという名状(めいじょう)し難い悦楽には、(あらが)えないのが本音であった。

 

 

(どんな形であれ強くなれば可能性が広がる、だが選択肢が増えれば……)

 

 ──その分だけ、間違える可能性も増えてしまうことを忘れてはいけない。

 

 いつだって今の選択こそが、最善だと信じて行動している。

 間違いだった、失敗だったと、結果論で語っても詮無(せんな)いことだ。

 

 ただ少なくとも、選べなかったことによる後悔だけはしたくない──とも思っている。

 

 だから必要なのは失敗をも、最低限現状回復(リカバリー)できるだけの選択肢を用意すること。

 一つ一つの選択がどれも成功へ繋がるように、確率を上げられるよう常に備えておくこと。 

 

「俺の選択、まずはこのふざけた宗道団(しゅうどうだん)をぶち壊す。家族と明日の為に──」

 

 



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#14 洗礼

 

 深夜──片割星が最も近付く日であろう、最も美しく見える時間帯。しかしそこは暗い地下であった。

 教徒である道員(どういん)でも一部しか入れない、荘厳(そうごん)静謐(せいひつ)だが……どこか重苦しくもある空間。

 

 4人の子は膝をついて祭壇(さいだん)の少し手前で(かしず)き、道士とセイマールは祭壇の直近に立っている。

 

「ベイリル、ジェーン、ヘリオ、リーティア。今宵(こよい)、お前たちは我々の真の意義を知る。そして洗礼を終えた(あかつき)として、魔術による契約の儀式をおこない正式に"(みち)"の中へと迎えられる」

 

 粛々(しゅくしゅく)とセイマールは告げ、道士は祭壇へと向かい血を一滴……そして詠唱をおこなった。

 薄暗い地下空間に魔術紋様(もんよう)の光が浮かび上がると、中央に(まつ)られているかのような石棺(せっかん)が開いていく。

 

 道士は中の物を手に取り4人へと見せる──それは"剣"であった。

 

「これは我らが全てを捧ぐ存在。第三代神王ディアマ様が(つく)りし"魔法具"──永劫魔剣──だ」

 

 セイマールはその魔法具から目を離したくない衝動を抑えながらも、子供達へと説明を続ける。

 

 

 ──三代神王ディアマ。歴史上4人存在する神王の中で、最も在位期間が短い王。

 

 しかして魔族が全盛期であった最も激動の暗黒時代を(くぐ)り抜けた、政戦両略(せいせんりょうりゃく)の王。

 魔力災害――魔力の暴走・異形化や枯渇という事態に()いながらも、分裂と戦争に際してその覇をもって制した最も気高き王。

 

「この魔剣は人族には永劫達し得ぬほどの、最高純度の"魔鋼(まこう)"によって形作られておる。その刃は無限に魔力を循環させ、その()は魔力を無尽蔵に増幅させ、その(つば)は膨大な魔力を安定させる。

 増幅・安定・循環。永劫に終わることなき魔力を用いて、ディアマ様は全てを()じ伏せた。かつて全力で振るったその一撃によって大陸が斬断(ざんだん)され、今の"極東"が切り離されたのも不変の事実なのだ」

 

 道士は夢を語る少年のような瞳で、"魔法具"の偉大さと素晴らしさを熱弁していた。

 しかし話し終えると、そんな顔も(にじ)んでいくように曇っていく。

 

 

 そして剣を改めて子供達の前で掲げる──刃と(つば)しか付いていない──その不完全な剣を。

 

「しかし見ての通りこれは不十分。増幅器たる"()"が欠けてしまっているのだ。それを完成させるのが、我らが"(みち)"にとって第一義とも言うべき使命である」

 

 道士はセイマールに魔剣を手渡し、子供達へ目線を合わせて一人一人の瞳をじっくりと覗き込んでいく。

 

「ふむ、わずかに揺らぎは見えるが……なるほどセイマールが認める通り、十分に()わっておる。確かにこれならば問題なかろう。"洗礼"を(おこな)い、お前たちは我らと真に同志となるのだ」

 

 

 

 

 道士とセイマール(わたし)に続いて中庭へ出てきたジェーン、ヘリオ、ベイリル、リーティア。

 4人を十字の(えが)かれた道の先に、それぞれ分かれて並び立たせる。

 

 周囲には現在屋敷内にいる宗道団(しゅうどうだん)の人間達が集い、十字道の中央には一人の少女が寝かされていた。

 

(……道員(どういん)の集まりが悪いな、強制参加ではないとはいえ──)

 

 生徒達においては皆に祝福してもらいたかったが、それも致し方ない。

 実際このわたしが道士より身贔屓(みびいき)されている、と感じてしまう道員(どういん)がいるという話もある。

 

 つまり子供達がどうこうではなく、単にこのわたしへの当てつけでもって集まらないというだけだ。

 

 

 わたしは4人を中央へ行くよう(うなが)し、歩き出す成長した生徒達の姿を見つめながら口を開く。

 

「ジェーン、ヘリオ、ベイリル、リーティア──……()()()()()

 

 わたしは抑揚をつけることもなく、いつもの調子のままそう告げる。

 

 それぞれ足元にある大振りなナイフと、洗礼独特の雰囲気に()まれているのか。

 ジェーンもヘリオもベイリルもリーティアも、動揺を隠せず(あらわ)にする中でジェーンが口を開く。

 

「わ、分けるとは……?」

「4人で()()()()()のだ。均等になるように……丁寧にだ」

 

 薄っすらとだがまだ意識が残っている少女。手塩に掛けて育てた子らのちょうど半分くらいの年の頃。

 ()ぎの悪い刃物を用いて切断する共同作業、どの段階で命を()つかは自由。

 

 "(にえ)"の肉体だけでなく、存在そのものを四人で分割する。

 

 その血肉を永劫魔剣へ供物(くもつ)として捧げることで、"精神の洗礼"と相成(あいな)る。

 次に魔術具を用いて相互意思による魔術契約を(おこな)い、"肉体の洗礼"が完了する。

 

 精神と肉体の両方を(かい)し"道員(どういん)"として認められる為に、これから共に道を()くための道。

 

 

「いざ状況を目の前にすると……改めて滅ぶべきよな」

「……?」

 

 わたしは思わず呆気(あっけ)に取られ、疑問符を浮かべるしかなかった。

 

「手前勝手な都合で、自分らの利益だけの為に、何も知らぬ無知なる者を利用する……。そんな"()()()()()()()()()()"な教団ってのはさぁ、(みずか)らの不徳をもって消え去るべきだろう」

 

 誰あろう生徒であるベイリルが……状況にそぐわない言葉を発している。

 今まで見たことも無いような雰囲気で、(おく)すこともなく整然と雄弁に──

 

 そしてベイリルの言葉は、なによりもジェーン、ヘリオ、リーティアらに語りかけるようにも見えた。

 

 

「過言だとは……微塵にも思ってないよ。獅子身中の虫に気付かなかった、あんたらの()けだ」

 

 まるで"洗礼"が間違いであると、我々が消えるべきだと……そう言っているのか?

 背信行為とも呼べるその物言いに、沸々(ふつふつ)と湧き上がる怒りと共に理性が戻っていく。

 

 優秀な我が生徒であっても、これほどの冒涜(ぼうとく)は許されざることである。

 

 

「どういうつもりだ? ベイリル」

因果応報(いんがおうほう)、お前たちはここで(かわ)いて()け。はァー……──」

 

 明確な敵意の言葉と共にベイリルは大きく溜息を吐いた──瞬間に異変(・・)は始まった。

 

「なっ!?」

 

 突如として周囲にいる道員(どういん)達が次々と倒れていった。

 まるで糸の切れた人形のようにぷっつりと、一瞬で崩れ落ちていく。

 

 

 立っているのはたちまち、自分と道士だけになってしまった。

 その異様な状況を作り出したと(おぼ)しき生徒を、改めて(にら)みつける。

 

「茶番は終わりだ。セイマールさん、今までどうも」

「ベイリル……きさまッ」

 

「正直かなり心苦しい部分はあるけどね……でも俺は"家族"の為に容赦はしない」

 

 わたしはたった今踏みしめていた場所から、瞬間的に飛び退()いて離れていた。

 

 反応できたのは──()()()()()()()()()したからだったかも知れない。

 ベイリルの見せたその冷え切ったその双眸(そうぼう)に、どうしようもない畏怖(いふ)を感じたのだった。

 

 先ほどまで隣に立っていた道士は、他の道員(どういん)達と同じように地に倒れ伏す。

 距離を取った遠目にも既に事切れているように見えた。

 

 今までそこに確かに存在していた筈の世界が、足元から一斉に崩れ落ちていくような気分。

 

 

「うっぐぅ……ぉおおおおああああァア!!」

 

 我知らず手に持っていた()()()()()()()していた。

 教義の絶対象徴たる魔法具を使うなど、本来では許されざる不敬。

 

 しかし己のありったけの魔力を放出し、喰らわせる。

 永劫魔剣は不完全ながらも、魔法具としての効力を発揮し始める。

 

 増幅器のない中途半端な状態では、通常は起動することはない。

 ただわたしは魔術具製作の専門家であり、"魔法具の調整"を心得ていたことに他ならない。

 

 不完全な状態で使ってしまえば、また最初から"調整"に時間を掛けねばならない。

 今こうして使っているだけでも……ジリジリと命が削られていく感覚がある。

 それでも、今、ここで、確実に──ベイリルを殺さねばならないという使命感に満たされる。

 

 尋常(じんじょう)ならざる切れ味と硬度を帯びたその剣を──得体の知れない──かつて生徒だった少年を両断すべく。

 

 

「繋ぎ揺らげ──気空(きくう)鳴轟(めいごう)

 

 少年は既に臨戦態勢(りんせんたいせい)を整えていた。こちらへと差し向けられ、組まれた両手。

 それは風圧衝撃の魔術でも風擲斬の魔術でもない、わたしが初めて見るものだった。

 

 教師であった己が知らない……ベイリルが巧妙(こうみょう)に隠していた別の──

 もはや子供でも生徒でもない、一人の敵である男の詠唱の終わりと同時に思考は消失する。

 

 そうして我々の大願が成就する日は──永劫迎えられることはなくなったのだった。



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#15 明日に向かって撃て I

 

 ──宗教とは、一つの"お芝居"のようなものかも知れない。

 

 学校や軍隊、企業にしてもそうであり、また心理学における監獄実験などに類する群集心理。

 逆らうことができない。今一歩を踏み出すことができない。

 

(人は置かれた状況に対して、破綻(はたん)させてしまうことを無意識に忌避(きひ)する……)

 

 そうして人類社会というものが成り立っているように見えても、小さく見れば数えきれない(ひずみ)が存在するものだ。

 

 時にそれが不本意なことだったとしても、人はその舞台を壊さないように立ち回る。

 どれほど不条理なことだったとしても、自分の"役割"というものを演じようとしてしまう。

 

 

(そうだ、宗教とはまさにその典型例なんだろう)

 

 舞台と、脚本と、設備と、演者と──特殊な環境下に身を置いて行動する。

 

 人は支配側と被支配側に分けられ、それぞれ教主と信者という役割を演じて一つの目的へ向かう。

 

 吊り橋効果やストックホルム症候群が(ごと)く、極限状態において共感し情が湧いてしまうように。

 時に大勢の人物が一丸(いちがん)となって、一つのことを成し遂げる。

 ライブイベントの一体昂揚(グルーヴ)感よろしく、ある種……依存(いそん)性のある麻薬かのように。

 

 

 "人生とは演劇のようなもの"──みたいな格言はいくつも存在する。

 

 人は私生活と一般社会ではそれぞれ別々の顔を持つ。

 家族への顔、友人への顔、愛する異性への顔、上司や部下への顔、見知らぬ他人への顔。

 時と(T)場所と(P)場合(O)(わきま)えて、誰もが仮面を使い分けていく。

 

 自らを良く見せようとした顔は時として日常となり、いつしか本物へと昇華することもある。

 

(俺も板についてきたもんだ……)

 

 人が一人変わるには、十分な時間(とき)を過ごしたと言える。

 

 まして全く環境の違う状況下に置かれれば、人は嫌でも慣れるものだ。

 演じることに、装うことに、騙すことに……つくづく手馴れてしまったものだと我ながら──

 

 

(それでいい、それでこそ新しい人生だ)

 

 片割れ星が煌めく夜半──屋敷の中庭で、異常な状況に置かれていてなお……俺は冷静だった。

 目の前にはセイマールと道士がいて、周囲には道員(どういん)達が集まり囲んでいる。

 

 "洗礼"の真っ最中、敷地内の教徒が一斉に立ち並び……()()()()にできる状態。

 

 俺は足元で意識のない(にえ)の少女を一瞥(いちべつ)してから、視線を戻して嘆息(たんそく)を吐く。

 

 

「いざ状況を目の前にすると……改めて滅ぶべきよな」

 

 はっきりと口にしてやる。それを聞いたセイマールの顔は初めて見るものだった。

 彼にとって俺達は優秀な生徒であり、従順な生徒だった。だから頭が追いついていないのだろう。

 

「手前勝手な都合で、自分らの利益だけの為に、何も知らぬ無知なる者を利用する……。そんな"()()()()()()()()()()"な教団ってのはさぁ、(みずか)らの不徳をもって消え去るべきだろう」

 

 状況は整っている。あとは話をしながら、ゆっくりと魔術のイメージを固めていく。

 

「過言だとは……微塵にも思ってないよ。獅子身中の虫に気付かなかった、あんたらの()けだ」

 

 宗道団(しゅうどうだん)の注意を引くように罵倒(ばとう)しながら、俺は空間を把握し領域を定める。

 

 

「どういうつもりだ? ベイリル」

 

因果応報(いんがおうほう)、お前たちはここで(かわ)いて()け。はァー……──」

 

 俺は溜息と共に肺から息を絞り出し、"酸素濃度低下"の魔術を発動させる。

 ほんの数瞬の内に、周囲の人間はパタパタと倒れ死んでいく。

 

 本当に死んだのかと疑ってしまうほど……呆気(あっけ)なく肉体が地面に()ちていった。

 

 囲んでいる人数を考えると思いのほか範囲は広かったが、これだけ広ければ多少雑把(ざっぱ)でも問題ない。

 "殺す"と心の中で思ったなら、()()()()()()()()()()()()()()()()なのである。

 

 

「茶番は終わりだ」

 

 大きく息を吸い込んだ後の言葉は、ひどく邪悪な声音で告げてしまっていた。

 そう、連中に対して俺は茶番を演じていただけに過ぎない。

 

 後に"工作員となるべく育てられた従順で優秀な生徒"という与えられた役割をまっとうしていただけ。

 演者として舞台に立ち、披露し、連中にとって見たいものを……ただ見せていただけ

 

(こっから先は独り舞台(アドリブ)だ)

 

 俺は決意の日から、一貫して行動している。

 ジェーンとヘリオとリーティアが、その毒牙にかけられぬよう立ち回ること。

 

 のうのうと衣食住と教育を享受(きょうじゅ)しつつ機会を(うかが)っていた。そんな……茶番劇が今夜終わるだけ。

 

 

「セイマールさん、今までどうも」

「ベイリル……きさまッ」

 

 信仰さえなければ、彼は至極真っ当な人間であったことに疑いはなかった。

 しかしてその狂信こそが、今の彼を構築しているものであることも確かである。

 "先生"としての、彼の在り方は学ぶべきことが多かったのは事実なので──

 

「正直かなり心苦しい部分はあるけどね……」

 

 ゆえにこそ彼に対しても情がないと言えば嘘になる。

 まがりなりにも教師と生徒という形で、生活の多くを共有してきたのだから。

 

「でも俺は"家族"の為に容赦はしない」

 

 そして俺はセイマールを見定めて、俺はもう一度"酸素濃度低下"の魔術を使おうとした──

 

 

「うっぐぅ……ぉおおおおああああァア!!」

 

 その瞬間、セイマールは叫び声と同時に反応して飛び退()いていた。

 吐息と共に"酸素濃度操作"は発動させていたが……一瞬遅かった。

 

 道士は無様に地に倒れたが、飛び退いたセイマールは間一髪(のが)れている。

 それ自体は大した問題ではない。しかし()()()()()()()させていたことは想定外だった。

 

 魔法具そのものが宗道団(しゅうどうだん)にとっての、存在意義そのものと断言していい様子だった。

 この土地に存在するだけで屋敷が聖地となって巡礼され、その調整の為に人体実験を繰り返していた。

 

 構成部品(パーツ)が欠けているとはいえ、魔法具を単一個人の身で使用するリスク。

 そもそも起動させること自体が、魔術具とは比較にならないほど困難だと聞く。

 

 

 ──本領(ほんりょう)なら大陸を斬り断ったとされる? しかし増幅器のない不完全体。

 ──セイマールの魔力だとその威力の程度は? まったくもって想像がつかない。

 ──酸素濃度で殺せるか? 使用者が昏倒した魔剣が、もしそのまま暴走したら辺り一帯はどうなってしまうのか。

 

 刹那の(あいだ)にぐるぐると頭が回るが、逡巡(しゅんじゅん)している暇はない。

 セイマールは窮鼠(きゅうそ)猫を噛む決死の形相(ぎょうそう)、なりふり構っていられない状態。

 

 

 されども体は勝手に動き出していた。それは過去、トカゲ相手にした時に覚えのあるものだった。

 まるで()()()()()()()()()()()()()心地。

 

 死線を前にした時の、最適な動きの実現。

 転生し、覚醒して、強さを求めた決意の日より。

 地道に鍛え研ぎ澄まし、積み上げきたハーフエルフの五体。

 

 刷り込まれるほどに識域下で対応し、肉体は流れるように動き出していた。

 

 左右それぞれ親指・人差し指・中指を伸ばし、指先同士を合わせながら空間を覗き込む。

 セイマールが立つその場所を、そこだけを狙うように集中する。

 

 

「繋ぎ揺らげ──」

 

 三本の結合手がいくつも互いに──蜂の巣(ハニカム)構造に繋がり合う。

 ──さながら巨大なネットワークを形作るように、互いを掴んで離さないイメージ。

 

 空気中の8割弱を占める、地上で最もありふれている"窒素(ちっそ)"──ニトロゲン。

 

 俺には"ニトロ化合物"を合成するような知識はない。無煙火薬とかダイナマイトを作れるほど頭は良くない。

 だが魔術なら現象として具現化できる。

 

 超高圧・超高温によって生成される"それ"は、分子運動による圧倒的な爆発エネルギー。

 その威力たるや、核兵器を除けば現代地球でも最強クラスと読んだことがある。

 

「──気空(きくう)鳴轟(めいごう)

 

 "重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"──撃ち込んだそれは現状、己が使える中で切り札(ジョーカー)とも言える空属魔術。

 起動された魔法具"永劫魔剣"と、勝手知られたるセイマールを相手にして……。

 

 これが最善手であると──思考が後から追いついていたのだった。

 

 



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#16 明日に向かって撃て II

 

 闇夜そのものを震わすかのような爆音と、一陣の衝撃波。

 俺はそれを(まと)っていた"風皮膜"で受け流しながら、周囲に舞う砂塵を風圧で吹き飛ばす。

 

 爆心地にいたセイマールは──それでもまだ立っていて、意識を朦朧(もうろう)とさせつつも失ってはいない。

 そして彼は……刀身から()()()()()()()()魔法具を、その右手から落としていた。

 

 眼鏡が吹き飛んだ顔面は、目・鼻・耳・口のどこからも流血し赤々と染まっている。

 皮膚の表面は爆ぜ、両腕はだらんと垂れ下がり、今にも膝が折れそうだった。

 

 

(かなりベストな按配(ちょうせい)だったな、ナイス俺ッ)

 

 しかし我ながら無意識だったとはいえ──今振り返っても不思議なほど──とんでもなく賭けの要素が高い魔術を使ってしまっていた。

 

(しかしまぁ、加減してなお──)

 

 セイマールが原型を留めていたことに、正直なところ俺は驚嘆を禁じえなかった。

 "永劫魔剣"の放出によって、爆破の衝撃が緩和されてしまったのかも知れない。

 

 

 いずれにしても反撃はありえないと判断したところで、俺はジェーンとヘリオとリーティアへ振り返る。

 めくれ上がった"岩盤"の上にリーティアが飛び乗って、四ツ足でしゃがんでいた。

 ジェーンは"(にえ)の少女"を守るようにうずくまり、さらに二人の前にヘリオが立っている。

 

(さすがだ、衝撃波だけでも相当だからな)

 

 3人とも俺の行動にちゃんと対応していてくれたことに、俺は頼もしく笑みを浮かべる。

 

 

「あっ……がっはっ……ぐご」

 

 声にならない声を血液と共に吐き出すのが半長耳に聞こえ、俺はもう一度セイマールを見据える。

 彼は──虚空を掴むように──恨めしそうに右手を伸ばしていた。

 

 俺は肉体に(まと)った"風皮膜"の流れを加速させて、一足飛(いっそくと)びにセイマールの眼前へと立った。

 既に耳には聞こえてないだろう元教師に向かい、憐憫(れんびん)と共に語りかけるように告げる。

 

「これは手向(たむ)けとでも」

 

 伸ばされたセイマールの右手を、俺は左手で掴むと手首を(ひね)って半回転させる。

 残った右手で右肩を()り、捻った腕の肘を(くじ)きながら下方へと引き込む。

 "風皮膜"による風速回転の巻き込みは、さながら()()()()()()かのように神速で背負い上げていた。

 

 セイマールが万全だったとしても反応できないほどの、打ち上げるような勢いで投げ飛ばす。

 そして頭上から大地に叩きつける刹那に、地面と挟み込むように頭蓋に蹴りを一撃。

 

 "竜巻一本背負い・(いかずち)"──極・投・打を複合した、接近距離(クロスレンジ)の殺し技。

 そうしてセイマールは二度と目覚めることはなくなったのだった。

 

 

「っはぁ……」

 

 セイマールが死んで──"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の殲滅が完了したところで一息をつく。

 魔術によって見知らぬ他人である道員(どういん)の命を奪ったのとはワケが違う。

 

 少なからず情が湧いていた恩師を、自ら直接その手を下した殺人の実感。

 

 わざわざ魔術ではなく自ら鍛えた肉体によってトドメを刺したのは、単なる感傷的(センチメンタル)な……自己満足だったのかも知れない。

 しかし俺なりのセイマールに対する敬意であり、同時に誠意でもあった。

 

 

 異世界では珍しくなかったとしても、現代日本出身の人間としては……()けては通れないこの心地。

 周囲には数十人にものぼる死体群。屋敷の物置部屋と、厩舎の藁山にも積まれている。

 

 全て漏れなく、俺自身が実行した結果である。

 

「それでも大義名分があれば耐えられるもの、か」

 

 これもまた変化なのかも知れない。

 異世界で新たに生まれ、異世界人として世界に適応してきたゆえの"慣れ"。

 

 我が子であり、我が姉兄妹である3人の為ならば、いくらでもこの身を血で汚すことを(いと)わない。

 カルト狂信者を潰すという大義、家族を守るという名分あらば……。

 

 わずかな心のしこりも、朝露のように消えてゆくのだった。

 

 

 ふと……芋虫が這いずるような音が聞こえ、地でのたまうように蠢く(うごめ)道士に気付く。

 

(空気比率の調整が不十分だったか……)

 

 俺は頭の片隅で冷淡にそんなことを考えていた。

 "折れた魔剣"の元へと体を引きずるものの、全く届きそうもない道士をただただ見つめる。

 

 地に伏していたとはいえ、爆風でそこまで吹き飛ばされなかったのも含めてなかなかしぶとい。

 

 息も()()えに、それでも意識を(かろ)うじて保ちながら──

 宗道団(しゅうどうだん)頂点(トップ)であった道士も、こうなれば(みじ)めなものだと……。

 

 同様に自分自身を(いまし)める。人の振り見て、我が振り直せ。

 自分とて一歩間違えれば、明日を迎えられない未来に陥るかも知れないのだ。

 

 

 俺はゆったりとした歩調で近付こうとすると、先に道士の周囲に立つ者達がいた。

 

(──ジェーン……ヘリオ……リーティア……)

 

 星明かりはあれど薄暗さもある中、3人の表情をまともに見ることができなかった。

 事前に了解を得ていたが、それでも先走り過ぎた部分は正直(いな)めない。

 

 俺ですらセイマールを殺したことに、感傷的になってしまっていた。

 彼を殺した俺に対して、3人は一体どういう眼を向けているのだろうかと。

 

 

「ありがとう、ベイリル。みんな大丈夫だから──」

 

 何の遠慮も躊躇(ためら)いもなく近づいてきた姉に、ふわっと……正面から抱き寄せられる。

 実際は親と子の開きがあるのに、弟をあやすような慈愛に満ちた安心させるような声音。

 温かな感触と家族の匂いに、(おり)のように溜まっていた(おそ)れも霧散していく。

 

「いぇーベイリル兄ぃ、いぇ~い」

 

 リーティアはただ俺に向かってウィンクと、白い歯を見せた笑顔で親指を立てた。 

 彼女らしい──いつもと変わらぬ、日常のような反応に癒される。

 

「ったく……ベイリルてめェ一人でやりすぎだろ、ちったぁオレらによこせよ」

 

 惨状(さんじょう)には似つかわしくない軽口をヘリオが叩く。ああそうだ……杞憂(きゆう)だった。

 わかっていたのに、改めて救われる──大きな大きな肩の荷が一つ降りた。

 

 

「ヘリオびびってたくせに~」

「ああ!? てめっリーティア!」

「あーもうこんな時にやめなさい二人とも」

 

 バタバタと……(はた)から見れば異常に見えるかも知れない。

 それでも現況をそのまま深刻に受け止めるにはまだまだ子供だ。これくらいの調子で──少なくとも今は──いいのだろう。

 

 

 俺はしゃがんで道士の状態を観察する。

 セイマールに反応された驚きで、仕掛けた酸素濃度が不十分だったのだろう。

 

 とはいえ死には至らずとも、重篤(じゅうとく)な後遺症は(まぬが)れ得まい。

 このまま無理に生かしておいても、面倒なことになるのは目に見えている。

 

「んで……コレ(・・)殺すのか?」

「あぁ、助かる見込みもないし仕方ないだろう」

 

 そう言った瞬間──三者三様に魔術を使おうとするのを、俺はあわてて止める。

 

 

「っおいやめろ、なんか今まさにこれが"洗礼"の儀式みたいになるだろ!?」

 

 しばし沈黙が支配したが、ヘリオは詠唱を再開し道士を燃やしてしまった。

 続けざまにジェーンが氷の槍を突き通し、リーティアが地面を操作し体ごと埋めて終わった。

 

「別にいいんじゃね? これがオレらにとっての洗礼式ってやつでよ」

「ベイリル……あなたが背負ったものを、ほんの少しでも肩代わりできればそれでいい」

「そーそーみんな一緒で~、それでいいじゃん?」

 

 俺は安堵(あんど)の入り混じった溜息を吐いた。

 そして三人のふてぶてしい態度に、薄っすらと口角が上がってしまう。

 

 いつまでもあれこれ気を回す必要もない。己で考え自身で選択できる。

 子離れできずに過保護に行動するのはもう──やめ(どき)なのやも知れない。

 

 

「つーかよォ、あのとんでもない爆発なんだよ!? アレ(・・)あんなに威力あるなんて聞いてねーぞ!!」

「すっごかったよねぇ! 耳がまだジンジンしてるよー」

「構えた時点で察したけど……それでも突然すぎて危なかったよ、ベイリルもう──」

「くっははは、すまんすまん。俺も咄嗟(とっさ)のことで、なかなか焦ったもんでな」

 

 実際問題として永劫魔剣の出力に対抗するなら、"重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"しかなかったものの──

 落ち着いてから思い返すと、練度不足で危険な魔術だったのだが……()()()()あの時は成功する確信があった。

 

 

「ちなみに屋敷にぶちかまして、まとめて消し飛ばす展開もありえた」

「えぇ……」

「ぷっはっハハッ! そっちのが派手でオレ好みだわ」

「じゃっ今からやるー?」

 

 冗談じみたやり取りのまま、俺は"(にえ)の少女"へと目を向ける。

 

「いやその子(・・・)みたいな境遇の子らがまだいるかも知れないから、それはナシ」

「えっ? なら早く助けてあげないと!!」

「そのつもりだ。ただ……削ったとはいえまだ残る道員(どういん)がいるかも知れないから十分注意して探索をしていく。とりあえずジェーンとリーティアは、俺たちの部屋に少女を運んで防備を整えておいてくれ」

 

 

「はっ! じゃあオレとベイリルで討って出るんだな」

「えーーーウチ、お留守番(るすばぁん)?」

「ねぇベイリル、四人で行動したほうが良いと思うんだけど──」

 

「少女を放っておくわけにもいかんし、屋敷の外から道員(どういん)が新たにやって来る可能性がある。だから防衛・迎撃態勢は整えておかなきゃならん。それに索敵を終えた後も他にやることは山積みだ」

 

 冷静な俺とジェーンが、テンション任せのヘリオとリーティアの手綱を握る。

 索敵と戦闘でそれぞれ分担した二人一組にもなるし、とりあえずの心配はない。

 

「あと家探しして、必要な物資の選別と運搬、死体も処理する必要がある」

「ん……たしかに。でもくれぐれも気をつけてね二人とも」

「まったく心配性なんだ、ジェーンはよ。オマエらこそ気をつけろよ」

「んじゃ暇を見て、ここらへんの死体はウチが魔術で埋めとくねー」

 

「頼んだぞ、何かあったら助けを呼んで合流を優先な」

 

 

 ヘリオと共に本館屋敷へ走り出しながら、俺は新たな予感に期待を(ふく)らませる。

 

(とりあえずまだ魔力は保つが……無茶はしないように──)

 

 "明日"はもう目の前にある。だけど油断はならず、確実に事を()さしめる。

 

 今後の展望も含めて、やることだけでなく考えることも山ほどあったが……。

 まずは4人で明日を無事迎える為に、一歩一歩着実に踏みしめていこう。

 

 



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#17 新生

 

(この世界では主たる宗教が三つ存在する……)

 

 一つ、初代神王ケイルヴ自らが創始し、時に神族そのものも信仰の対象とする"神王教"。

 

 神王教は、歴代神王ごとに4つの宗派に枝分かれしている。

 特に【皇国】は政教一致(せいきょういっち)体制で、初代神王を最上(さいじょう)に置いていた。

 原初の宗教であり他宗教への弾圧も強く排他的な傾向がある。

 "魔法具"の存在もあって、宗派を統合して考えれば神王教は世界最大の勢力となる。

 

 二つ、初代魔王より(たん)を発する、(ちから)と魔力そのものを信仰の対象とする"魔王崇拝"。

 

 潜在的に多くの魔族が信仰していて、人族にも多い宗教。

 当代魔王ないし空位であれば、時に複数の魔王候補が(ちから)の体現者として信仰対象となる場合もある。

 魔王崇拝はすなわち、魔術と強さそのものへの憧憬(あこがれ)(あらわ)れでもある。

 真理を求めるような魔術士・魔導師らにとっては、時に大きな意味を持つこともある。

 

 三つ、叡智(えいち)ある獣の王。遥か神話の時代、神族に(やぶ)れ姿を消した大いなるドラゴンを(たてまつる)る"竜教団"。

 

 原初の(いくさ)において敵対していた所為(せい)か、神王教にとっては最も()むべき宗教となる。

 竜種は超神秘的な存在として……(ちから)の具現そのものとして信仰されるのは魔王崇拝とも似た部分がある。

 竜族は大きく数を(げん)じているが、非常に気位(きぐらい)が高いらしい。

 実際的に交流を持つのは非常に困難なことではあるものの、生き残りは未だ強い力を持っている。

 

 

(そして種々雑多なパンテオン信仰群──)

 

 炎や水そのものを信仰したり、あるいは山や海などの自然。

 時に豊穣(ほうじょう)や戦そのものを崇拝する、土着(どちゃく)信仰などの(たぐい)や邪教などもある。

 

 元々魔法を源に神族を祖とした世界ゆえか、過去に実在した存在がそのまま(あが)められるようだった。

 神話や伝承はつまるところ、()()()()()()となる。

 

 

 俺は幼少期に学んだ書物や、母に語り聞かされた神話を思い出しながら──"魔法具"に手を伸ばした。

 

 折れた魔法具"永劫魔剣"に刻まれた、血管のようにも見える幾何学(きかがく)紋様をなぞっていく。

 今回の一件──実体験から数多くの教訓として得たことを再認識する。

 

 宗教というものはこちらでも存在する、決して回避できない難題だ。

 "文明回華"という野望を考えれば、今後考えていかなければならない必須要項(ようこう)である。

 

「ただまぁ……今さらだが、別に俺たち四人で幸せに暮らすのも悪くないんだよな」

 

 そう小さく口に出してみて、別に最初の決意に固執(こしつ)する必要性がないことも自覚する。

 母やフラウやラディーアを捜しながらも、俺の寿命を考えればジェーンとヘリオとリーティアと日常を生きるのも良い。

 

 順当に生きられるなら、仮に100年費やしたところでまだ400年近くがまだ残っていることになる。

 大いなる野望に長命を捧げるのも良いが、人間50年──違う人生を太く短く10回くらい楽しむのもアリではないだろうか。

 

 

「今なんて言ったー? ベイリル兄ぃ」

「あぁ……リーティアは本当によくできた子だって言った」

「ほんとー? ありがと」

 

 一夜明けて末妹(リーティア)と一緒にいるのは、"永劫魔剣"が保管されていた場所とは別の地下施設であった。

 

 そこには様々な書物や紙束に加えて、多様な魔術具と製作する為の素材や道具が雑多に並んでいる。

 紙束の多くにはセイマールの文字が殴り書きされていて、素人目にも相当打ち込んでいたことがわかった。

 

「セイマールの貴重な遺産だ……まるっと頂きたいところだが──」

「ちょっと数多すぎるねぇ、なんだったら一度地下ごと埋めて隠しちゃう?」

 

 信者達の心血を注いだであろう、"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の本気度がうかがえる設備と成果。

 

 

「なるほど、それはなかなか妙案かも知れん」

 

 屋敷内にある貴重な物は一旦全部地下にしまい込んで、屋敷ごと潰すのが良い。

 輸送の準備を万端整えてから、改めて回収しに来たほうが建設的というものである。

 

「でしょー」

 

 会話をしながらもリーティアはせせこましく動き回り、興味深そうにあれこれ(あさ)っていく。

 ときおり用途不明の魔術具を発動させようとしたりと、危なっかしい面もあるものの……。

 それにしたって本人としては、ちゃんと理解してやっているような(ふし)が見受けられた。

 

 

 蔵書や紙束をササッと流し読みしながら仕分けしていく末妹(リーティア)の様子を眺めつつ俺は聞いてみる。

 

「内容わかるのか? リーティア」

「なんとなーくだけどねぇ。セイマールせんせに、ちょいちょい聞いてたから」

 

 教育と魔術具製作の二足のわらじを()いていたセイマール。

 彼はたしかに卓抜した人間であったが、それゆえに俺達の真意を最後まで見抜けなかった。

 

 もしも魔術具の開発や魔法具の研究と調整に時間を取られることがなかったら……。

 教育一本に時間を使っていたなら、俺達の不自然さにも気付けていた可能性は高い。

 

 

(しかしまぁ……ちゃんと学んだわけでもないのに、()()()()()でわかるリーティアも大概だな)

 

 宗道団(しゅうどうだん)とセイマールの残したものは特筆すべき点だが、それ以上にリーティアは傑物だろう。

 親バカにして妹バカな考えだったが、俺はそう信じている。

 

「そろそろ戻ろうかリーティア、昼飯を食ってから皆で話し合おう」

「んっウチが当番じゃないよね?」

「今朝はジェーンだったから、昼はヘリオだ」

「わかったーもうちょいしたら行くから、先戻ってていいよ」

 

「遅れないようにな……ヘリオが文句言うから」

「知ってる知ってる」

 

 俺は永劫魔剣の()()()()を専用と思われる箱にしまって、先んじて戻ることにした。

 

 

 

 

「あっベイリル。リーティアはどうしたの?」

「もう少し(あさ)ってから来るってさ」

 

 地下から1階へ戻ったところでジェーンをかち合い、俺達は一緒になって歩き出す。

 

「そっかそっか、あの子集中して忘れないといいけど」

「……確かに。そん時は弁当にして持っていってやるか」

 

 

 俺はジェーンが来た方向から察して、彼女が世話している件について尋ねる。

 

「あの少女はどうしてる?」

「今は落ち着いて眠ってるよ、昨夜は大変だったねえ」

 

 あのあと"(にえ)の少女"は意識を取り戻すと、(おび)えというよりは心身共にパニック状態にあった。

 どんな実験をさせられていたかはわからないが……4人それぞれで手を尽くした。

 

 なかなか手間が掛かったが、それでも眠る段になって落ち着いてくれたのだった。

 

(後遺症などが残ってなけりゃいいんだがな……)

 

 応急処置などは学んだものの医療分野は専門ではないし、魔術にしても自己治癒用しか使えない。

 4人の中で一番得意とするのはジェーンだったが、それでも治癒術士のような真似事はできない。

 

 さしあたって屋敷の外に出た後で、しっかりと()てもらわないといけないだろう。

 

 

「ねぇベイリル、これからどうするの?」

「ん……昼飯の後に話し合おうと思っていたが、そうだな──」

 

 結論から言うと、道員(どういん)は俺が暗殺したのと、洗礼時に皆殺した連中で全員であった。

 そして……被検体と思われる子供達は、あの"(にえ)の少女"一人しかいなかった。

 

 ただ地下牢には複数人がいた形跡はあり、あるいは先に使い潰されてしまったのかも知れない。

 なんにせよたった一人であっても救えたことは、俺達4人にとっても意義があることだった。

 

 

「物資に余裕はあるから、しばらくはここに滞在する手もあるが……」

 

 外からの襲撃も今のところはなく、死体は漏れなく処理し、探索もおおむね終えた。

 

 特に家探しして発見した物の中に、洗礼を通して"(みち)"の中へ迎え入れられた者達のリストがあった。

 当然だが今回殺した数に含まれていない、この場にいなかった者が数十人ほど残っている。

 

 その中には"アーセン"という、自分達の前の生徒にあたる名前もあった。

 他にも道員(どういん)になるべく信仰と献身(けんしん)を捧げていた、リストにない予備員もいることだろう。

 

 

「外からの襲撃が心配?」

「まぁそうだ」

 

 "巡礼"は昨日が最終日のようだが、元々閉鎖的な宗道団(しゅうどうだん)である。

 

(早々ヤバいことは今から起こらないとは思うものの……)

 

 あくまで希望的観測に過ぎないし、落ち着くまでは警戒して(しか)るべきだった。

 

「来るもの片っ端から殺すわけにもいかんしな」

「さすがにそれは……物騒だね」

 

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"が外界とどんな取引をしていたかは、杜撰(ずさん)な帳簿くらいでしかわからない。

 行商人のようなのが来る可能性も考えられるし、そこから広まって──ということも考えられる。

 それに庭に無数の死体が埋まったまま生活するというのも、気分良くは……ない。

 

 読むべき資料は山のように積まれるし、いざ本腰入れて読むなら数日は潰れてしまう。

 持ち出して読むには後ろ暗い内容が多すぎる部分もあり、なんなら焼却処分すべきモノもあろう。

 

 

「そこらへんも含めて会議だ、腹を満たしてからな」

「うん……とにかく本当によかった、みんないっしょで」

 

 実感の込められたジェーンの言葉に、俺も噛みしめる思いだった。

 

「あぁ決断は──選択は間違いじゃあなかった」

 

 同意を求めるような強い言葉で、己の行動を肯定(こうてい)する。

 宗道団(しゅうどうだん)は数多くの無辜(むこ)の人間を殺してきた。

 そして今後も活動の為に、さらに多くの民を殺していく予定だった。

 

 滅ぶのもまた摂理とも言える存在であったことに、疑問を差し挟む余地はない。

 

 

(ただ……な──)

 

 しかして心情的に思考したくなかったとしても……せねばならない。

 もし文明を発展させていくのであれば、あるいは()けられないであろう事柄群。

 

 直接的でも間接的でも、(めぐ)(めぐ)った遠因(えんいん)でも。

 何がしかの形で()()()()()()()()()ということは、まま起こり得ること。

 反面この(なか)ば停滞した戦乱の世界で、今後際限(さいげん)なく生まれるであろう犠牲者達。

 

(そういった人達を、対岸の火事として我関せずでいることを良しとするのか……?)

 

 実際にやれるかはともかくとして、(おこな)おうとしていることの責任。

 (ちから)を用いて、世界を動かすことで、起こり得る様々な悲劇。

 

 己を起点として生じたあらゆる結果を受け入れ、呑み込むこと。

 さらには活かしていくことが……果たして自分に可能なのかどうかと。

 

 

(別段正義を気取るつもりもないが)

 

 世界平和だとか大層なことを言うつもりもない。突き詰めれば、己の欲得ずくあっての"文明回華"。

 より利便性のある世界。500年の退屈を(しの)ぐ為の世界。

 魔導と科学の融合した文化と、その果てにある未知の世界を見たいだけ。

 

 ストラテジーシミュレーションゲーム感覚で、世界を(もてあそ)ぶような心持ちなのは否定できない。

 

 異世界に転生したのだから、割り切って思うサマ楽しんでやろう。

 そんな捨て石かのような勢いの──願望にして野望。

 

 

「……無意味だな」

「ん? なんて?」

「すまん、ひとりごとだ」

「ふふっ変なベイリル」

 

 笑うジェーンに俺は自嘲(じちょう)的な笑みを返しつつ、我が身を(かえり)みる。

 定期的にこうしてウジウジ悩んでしまうのも、変に身についてしまった悪癖だ。

 

 理由なんて単純明快(シンプル)でいいどころか、突き詰めればいらないんだ。

 ()いて言うのであれば──

 

(三人に語った世界を見せてやりたい、さらに続く未知を共に歩んでいきたい)

 

 寿命の壁は存在する。いずれ(わか)れは来るだろう……。

 それまでにとにかくやれるだけ一緒に、より多くのことを──

 

 



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#18 魔剣

 

 無闇に広く思えるような晩餐室で食事をした後に、俺達は今後のことを話し合う──

 しかし俺が開口するよりも先に、ヘリオがテーブルに置かれているモノについて聞いてきた。

 

「なぁおいベイリル、ずっとそこにあるソレなんなんだよ?」

「あぁこれは──"永劫魔剣"だ」

 

 俺は無造作に置いておくわけにもいかずに持ち歩いていたそれを、箱から丁寧に取り出して見せる。

 

「おー、あー、んー……地下で見せられたアレか」

「セイマール先生が最期に使ってたやつ、ね」

 

 ジェーンは少しだけ眉をひそめつつ、テーブルの上にある魔法具を見つめた。

 ヘリオはぼけーっとした表情で、リーティアは地下で既に知っているので特に反応(リアクション)はない。

 

 

「なんでわざわざ持って歩いてんだ?」

「そりゃヘリオお前、実際には教団なんかじゃなく国家が管理するような神話級の武器だぞ」

「マジかよ!?」

「ヘリオ、道士が説明してたでしょ……」

「覚えてねェや」

 

 やや呆れ顔のジェーンに、首を(かし)げたままヘリオはそう答えた。

 

「と言ってもあくまで本物(・・)なら、だけどな」

「ニセモンなのか?」

「多分ホンモノだよー、魔鋼の純度がなんかすっごいもん」

 

 リーティアがそう言い放ち、ヘリオとジェーンがまじまじと凝視して刀身に触れる。

 

 

 もっともこの中で誰よりも魔術具に詳しい末妹が言うまでもなく、俺も独自の目線で本物だとは思っていた。

 なにせまともにぶち当てたわけではないとはいえ、"重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"でセイマールが原型を留めたのだ。

 増幅器のない不完全な状態かつ、セイマール1人分の魔力を注いだ強度で殺し切れなかった。

 

 しかしその代償は破壊──今はもう刀身は無残に折れて、二つに分割されている。

 そして……(つば)部分である安定器に至っては、粉々に吹き飛んで回収できなかった。

 

 

「なるほど、つまりオレらの武器にしようってことで大事にしてるわけだな」

 

「まぁそれも構わんが、俺としてはだな──」

「でも刃はたしか循環器なんでしょう? 私たちで扱えるようなものなの?」

 

「……そこなんだ、安易に扱えるとは思えない、よって──」

「ウチの出番ってワケだぁ!」

 

 話の腰を折られ続け、俺は一度目をつぶり大きく息を吐いてから続ける。

 

「──とりあえず封印しようと思ってるんだが」

「はああ?」

「えぇ──ー」

「ん、ん~……」

 

 ヘリオとリーティアから不満の声が挙がり、ジェーンもどこか納得してない様子を見せる。

 安定器の代替品を見つけるか。循環器だけで利用するか。現存してるかもわからない増幅器を探すか作るか。

 似非(エセ)完成品にすることはできても、それは完全体ではない。

 

 最初は売却を考えたが、なにせこちとら情報も不十分な上に子供である。

 壊れた魔法具の真の価値もわからない。買い叩かれたり詐欺に()う可能性は高いし、労力も|伴《ともなう。

 

(もっともそれはそれで諸々の初期投資費用にはなるが……)

 

 なんなら有望な商人との渡りをつける為の材料にすると割り切ってもいいものの──

 

 

(ただもしも修復されて、遠い未来で振るわれたとしたら……?)

 

 嘘か真か……大陸の一部をぶった斬ったという逸話。

 小国家並の大きさらしい、極東の島国を作ったとされる信じ難いほどの威力。

 

 しかしこの世界の神話は、得てして事実を多分に含む。

 全能に近い力を体現する魔法具をもってするならば、決して否定もし切れない。

 

 増幅器がどこかで見つかり、安定器がない状況で、無限に増幅・循環暴走した一撃。

 なんなら大陸そのものが消し飛ぶ、なんて馬鹿げたことも有り得ないとは言えないのだ。

 

「そもそも循環の術式らしき紋様も折れてるしだな──」

「オレは反対だ!」

「ウチもはんたーい」

「私は……保留で」

 

(くっこいつら……)

 

 自分自身で考え判断するようになったことは素直に嬉しい。が、これはこれで違う苦労があるものである。

 世の反抗期の子供を迎えた親達の苦労に思いをいたしながら、俺は話を続ける。

 

 

「まぁ聞けって。いずれは利用するつもりだが、少なくとも()は俺たちの手に負える代物じゃない。だから──」

 

 どう言い聞かせてやろうかと言葉を紡ぐ途中で、リーティアが魔法具をペタペタと触り始める。

 

「大丈夫! ウチならできる!」

「なにをだ!?」

「ん、加工……?」

 

 自分自身でできるとのたまいながら、疑問符と共に提案するリーティア。

 それでもあっさり言ってのけたのは……リーティアの楽天的な性格ゆえなのか。

 もしくは確たる自信の上での発言なのか、こういうことは珍しくないのだが未だ計れなかった。

 

 確かに教えた知識を圧倒的に理解しているのは事実。自分なりに物質の組成を考え、既に地属魔術としていくつも応用している。

 また実際にセイマールと"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の遺産を、彼女なりに理解しているようでもあった。

 

 

「いくらなんでも循環術式や魔法具の調整なんて独学じゃ無理だろう」

「セイマールせんせの私室の(ほう)にも色々と本あったから、時間掛ければイケるイケる」

「いいじゃんかベイリル、妹を信じられないのか? あ?」

 

「いえーい」

「まったくお前らは……」

 

 悪童兄妹の調子乗りっぷりに、俺はジェーンに助け舟を求めるような視線を流す。

 が、これに関してはジェーンも(たしな)める気はないようで──

 

「ん……その、ね。ベイリル、私も魔鋼武具はちょっと魅力かなぁ~なんて」

 

 確かに武器はともかく、防具として運用するのであれば──身を守るという上では魅力的ではある。

 もったいない精神で先送りにするより、不完全でも直近の危険を回避する為であるならば、惜しむ必要は薄い。

 循環機能がなかったとしても、潤沢に魔力を通した高純度魔鋼の強度は凄まじいと聞く。

 

 

「あぁわかった。と、俺も折れたいところだが……あいにくと掛ける時間がない」

「なんでだよ?」

「修繕にせよ加工にせよここの設備がいるだろう、だがいつ宗道団(しゅうどうだん)の残党が帰って来るかわからん」

 

 ここの地下施設は正直なところ相当整っているように見受けられる。

 永劫魔剣を信仰対象の一つとして研究し、時に聖地として(あが)められていただけはあった。

 まさしく永劫魔剣の為だけに部屋全体をしつらえたかのような構造。

 

 魔術具関連の書物もそれなりにあり、素材や道具もかなりの数にのぼる。

 魔法具を調整する為の魔術具みたいなのもあるようだし、使い方を覚えるには時間を要するだろう。

 かと言って運搬するには大量すぎて、まして固定されて動かせないようなモノもあった。

 

「どこまで宗道団(しゅうどうだん)市井(しせい)に食い込み通じてるかはわからんが……ここに巡礼へ来た教徒が戻らなかったら──」

「怪しまれたり、何か不審に思われたりする可能性もあるわけか」

「俺としてもリーティアがやれると言うなら、思う存分やらせたいがな」

 

「まっウチは別にいつでもいいからいいよ~」

「はっ……しゃーねェな。んでこれからどうすんだ?」

 

「とりあえず馬は残ってるからそれに積める分だけ、金になりそうモノを載せていく。今は扱いにくい重要そうなモノはとりあえず地下に隠して、屋敷を爆破して引き払っ──」

 

 

 ゾワリと……無数の蟲が這い出て来たのを見てしまったような感覚に、思考は一瞬にして掻き消された。

 全身から吹き出した汗が、次の瞬間には凍りついたかのように冷たく感じるほどの圧倒的な悪寒。

 

「な、に……これ……」

「ちィッ」

「うぅっ……」

 

 これは敷地外からではない、恐らくは敷地内にいつの間にか入り込んでいる。

 そうして突如として、屋敷全体を(おお)ってしまうほどの害意を剥き出しにしてきた。

 わざわざそんなことをする理由を、必死に考えようとするが……まとまらないほどの殺気。

 

 否、殺気と言っていいものなのだろうか。存在そのものの圧と言うべきか、はたまた魔力の織り成すそれか。

 

 

(見通しが甘かったってのか)

 

 情報や先立つ物は大事とはいえ、屋敷の探索など放ってさっさと脱出すべきだった。

 

 悔やむより先にせめて3人はすぐに地下に避難させ、己だけで抗戦すればあるいは──

 と思ったところで、窓ガラスを盛大に割って入ってくる影があった。

 

 反射的に臨戦態勢に入った俺達に対し、飛び込んできた勢いのままテーブルの上に立った"犬人族の女"。

 動きやすくあつらえたメイド服のようにも見えないこともない服に、似合わない山刀をそれぞれ左右に持ってこちらを見下ろしている。

 それはどこか、まるでこちらを値踏みするかのような……。

 

 年齢は自分達よりも少し上だろうか。

 犬耳の生えた茶髪に、射すくめるような眼は自分達とは全く違う光を(たた)えている。

 

 魔術を使う集中力すら阻害される空間で、俺は血が滲みそうになるほどに歯噛みした。

 

 今この時こそが、正真正銘の分水嶺(ぶんすいれい)であったのだと──

 



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#19 交渉 I

 

 テーブルの上に立つ犬人族の女は一言も発しない。

 それでも「動くな」と訴えていることだけは、頭ではなく心が理解できていた。

 

 獲物の喉笛を狙う狩猟犬のような侵入者。しかし正体も目的もわからない以上に問題なのは──

 

(重圧の主は()()()()()()()っ……)

 

 眼前の女はあくまでこちらを牽制しているだけで、敷地内を覆う意圧は彼女のものでしかなかった。

 五感を鈍らせるほどの害意で包んでいるのは、女とは違う別の──

 

 

「相変わらずせっかちだねぇ、クロアーネちゃん」

 

 新たに割られた窓からのんびりと入ってきたのは、やや年を食った人族の男。

 わずかにハゲ上がった金髪を七三に分けて、ポケットに手を突っ込んでいる。

 がっしりとした体格に、一癖二癖(ひとくせふたくせ)どころか十癖(じっくせ)もありそうな()りの深い顔。

 

「"オーラム"様、わざわざ割れた窓から入って来ずとも……」

「せっかく丁度いいトコにあるからねぇ……、それと平時はゲイル様でいいって言ってるだろぅ?」

「応対の最中ですが?」

「……? オォ~ウ、そうだった」

 

 日常のような軽口でもって"オーラム"と呼ばれた主人と思しき男が、こちらへと視線を向ける。

 ただ意識を向けられるだけで、威は一層のしかかる。魔術の発動はおろか、イメージすることも不可能なほどに──

 

 倒れることも座り込むことも許さない。全てを封殺する重圧(プレッシャー)

 そんなものを(はな)ちながらも、今の状況はこの男にとって言葉通り"平時"であるに違いないのだ。

 

 

「んん~む、幼い子供が四人ねぇ。でも他には大した気配も感じんしなぁ……まっ素質はあるようだけどネ」

 

 七三分けの前髪を指先で整えながら、オーラムは何かを考えているようだった。

 

「まぁいいや、ん~で……だ。()()()()()()()()()()は君らがやったのかな?」

 

 わずかにでも敵意を見せれば、クロアーネとかいう女は襲ってくるだろう。

 そちらのほうはどうにかできても、オーラムのほうは抗しようがない。

 

 オーラムの質問に対して腹の底から絞り出すように、蛇どころか竜に(にら)まれた蛙のような心地で俺は絞り出す。

 

 

「っ……あぁ、俺だ。俺が連中を全員殺した」

 

 故郷を焼いた地獄は、どこか他人事(ひとごと)のように感じられた光景だった。

 奴隷として(オリ)の中にいた時は、少なくともすぐに殺される心配はなかった。

 大トカゲと相対した時も、半端な永劫魔剣を目の前にした時とも違う。

 

 転生前後の人生全てで……初めて体感する、今までの生温(なまぬる)く感じるほどの絶対的絶望。

 心臓を(じか)で握られている感覚。どうしようもないほど圧倒的な強者による命の被掌握(ひしょうあく)

 

 これが異世界の現実──なんのかんのどうにかなるだろうと、今まで自分が楽観視してていたのかを痛感させられる。

 宗道団(しゅうどうだん)内のぬるま湯に慣れきってしまっていたことに後悔しても時既に遅い。

 

(俺の知っている世界など恐ろしく狭かった──)

 

 世の中にはこれほど化物がいるのだ、今までは本当に運が良かっただけなのだと。

 

 

「う……埋めたのは、ウチだから」

 

 3人を(かば)うように前に出ていたはずだが、いつの間にかリーティアが物怖じながらも前に出る。

 震える末妹の姿を見て、さらにジェーンとヘリオが揃って歩を進めて盾となる。

 

 ああそうだ、みんな家族の為なら命なんて惜しくないんだ。だからこそ俺がすべきなのは──

 

「"交渉"を希望します」

 

 一言、はっきりと強固な意思をもって告げていた。

 それが嘘ではないと。相応の対価があるのだと思わせる真剣な眼差しで。

 

「おんやぁ~……ははぁ、この状況でそんな口を利けるとはねぇ。どうしよっかなァ」

 

 

 動悸が激しくなり、呼吸が一層苦しくなる。

 しかしてもはや身じろぎ一つ取れない、下手な動きをしたら息絶えてしまうような予感が全身を打っている。

 

「ふーん、ふんふん。いやはや有望そうな子供のようだ」

 

 フッと、それまで濃密だった害意が消える。

 するとリーティアは床にへたり込み、ジェーンは目の前の机につかまり、ヘリオは片膝をついた。

 

 俺はどうにか(こら)えてしっかり地に足をつけたまま、毅然(きぜん)とした態度で視線を外さずにいた。

 

「まあまあ悪くない。それじゃっ少しだけ聞いてあげよっかナ」

 

「っふゥー……感謝します、私はベイリルと申します。ゲイル・オーラム殿(どの)でよろしいでしょうか」

「そーそー。いわゆる裏の仕事をやってる、しがない組織の(おさ)さ。本当は自ら出向くまでもない商談だったはずなんだが……思わぬ余興、少しだけ興味が湧いた」

 

 さしあたって宗道団(しゅうどうだん)の直接の関係者ではなく、なんらかの取引していた立場にいる男のようだった。

 どの程度の規模の組織かはわからないが、ゲイル・オーラム本人の暴力性があまりに異常すぎる。

 受け答えは慎重にやるべきで、あらゆるものを差し出す覚悟も必要であろう。

 

「ご期待に()えるよう、精一杯やらせていただきます」

 

 

「ところでベイリルぅ、キミらは教団の人間なのかい?」

「はいこちらのジェーン、ヘリオ、リーティア。我々四人は……この教団で育てられていた、工作員とでも言えばいいのでしょうか」

 

 俺は3人を紹介しつつ、「ここは任せろ」とそれとなく目配せする。

 

「ほうほうなるほどぉ。ここの関係者だったわけだネ。んでは、皆殺しにしたのは復讐かな?」

「いいえ違います。彼らは"洗礼"と称して最後の洗脳と教育を(おこな)おうとしてました。が、それに自分達は逆らった結果……殺される前に先手を打って殲滅したまでです」

 

 警戒されている今は一切嘘を言うつもりはない。誠実さのみが現段階で唯一示せるものだ。

 今この場の支配者はゲイル・オーラムという男である。彼のご機嫌一つで、今からでも皆殺しにもされかねない危ういバランス。

 

 

「ちょぉおっとだけ似たような話だねぇ? クロアーネ」

「……いえ、こいつらはさぞヌクヌク育ったんでしょう、顔に書いてあります」

「はははっ手厳しいねぇ、ちゃんクロ」

「クロアーネです」

 

 犬人族のクロアーネは、オーラムが殺意を収めた後も変わらず山刀をこちらへ向けている。

 今は魔術使おうと思えば使えるだろう。だが今持ち得る全ての魔術は、少なくともオーラムには届くまい。

 

 音も無くどんな化物も殺せる武器があっても……それを実行に移す段階で、血気(けっき)()てたところを悟られ制される。

 ほんの僅かな機微(きび)も見逃さない。否、強者にとっては意識せずとも自然に見て、聞いて、感じ取って当然の領域。

 

 

「まずは教団(こちら)へ何かしらの取引の為に(おもむ)いたようですので、勝手な一存ではありますが(あるじ)なき今……可能な限り補填したいと思います。

 閉鎖環境で育てられましたので、お名前も組織名も今初めて存じ上げましたが、差し当たり物資類はほぼ手付かずで残っていますから何なりとお申し付けください」

 

「子供の割にはつらつらと並び立てて、しかも殺した組織の物資を奪って渡そうとは……(つら)の皮が厚いねぇベイリル」

「必死ですから。そもお渡しせずとも力尽(ちからず)くで奪われてもどうしようもありません。ですので何卒(なにとぞ)我々の処遇を取り計らって頂きたく、誠意を見せているに過ぎません」

 

 猛禽(もうきん)類のような鋭い目つきでもって、ゲイル・オーラムは唇の端を上げる。

 

「たとえばぁ……物資じゃなくって、キミらが殺した人材を欲していたとしたらどうするね」

 

「先程オーラム殿(どの)(おっしゃ)っていただいた、我らの素質と有望性を御身に捧げましょう。なにぶんまだ年若くお役に立てるには、些少の時間を頂戴(ちょうだい)することになるかも知れませんが……」

「ふっはっ、はははあはははっはは、聞いたかクロアーネ、本当に子供の皮を(かぶ)った計算高い大人のようだよ」

 

 まさに核心を突いた言葉と共に、(せき)を切ったように笑い出すオーラム。

 一方でクロアーネは嫌悪(けんお)侮蔑(ぶべつ)の表情を向けてくる。

 

「そうですね、気取っていて……とてもいけすかないです」

 

 クロアーネの心象はこの際はどうでもよかった。

 (あるじ)でもあるゲイル・オーラムにさえ認められれば、この場は切り抜けられる。

 

 

「それと──私はまだ交渉の机に()()()()()()()()()。できればオーラム殿(どの)とお二人だけで話したいのですが……」

「ほう……?」

 

 クロアーネは今までよりもさらにギロリとこちらを睨みつけ、オーラムはピタリと笑いを止める。

 ともすると、真意を確かめるようにこちらを覗き込む。

 

「そこに置いてある、連中が信仰していた"魔法具"の話、かなあ?」

「いえ……()()()()()よりさらに価値あるものです」

 

 その言葉に対してオーラムは目をわずかに見開くと、反芻(はんすう)するように考える。

 高度な交渉術なんてものは身につけていない。己にできることは今ある札を(さら)け出すことだけだった。

 

「折れているようだが……価値はわかってるよねェ?」

「わたしの知る限りで、ですが」

 

 こちらの双眸と声音、一挙手一投足を精査するオーラムの反応を待つ。

 その状況はさながら死刑執行を待つ囚人のような感覚を思い起こさせる。

 

 

「まっねェ、元々ワタシは人員の渡りを付ける為にやって来ただけだから、はっきり言ってどうでもいいんだけど」

「それはつまり、我々のことでしょうか?」

「そうだろうネ、なにやら子供に国籍と移動手段を用意してくれってことだったしィ」

「儀式の後は早々に間諜として使うつもりだったのは、こちらの資料でも確認しています」

 

「気の早いことだ、人生なんて(あせ)ってもつまらんとは思わんかね」

「……」

 

 俺は()えて沈黙を貫いてオーラムの次の言葉を待った。

 その問いに対して、自分は真実も嘘も言えない。

 

 

「でも……熱中できるものがあるのは──ある意味(うらや)ましいことなのかも知れんな」

「──同感です」

 

 どこか遠くを眺めるような表情を浮かべ、心の底から吐き出したようなオーラムの本音。

 そこに関しては同意せざるを得なかった。嫌でも前世の人生を振り返ってしまうのだ。

 

 だからこそ……この新たな人生では、脱却(だっきゃく)(はか)る為に動いているのだから。

 

 ゲイル・オーラム。彼は──きっと昔の俺と同じような、無感動さの一端を心のどこかに抱えている。

 組織の長でありながら、わざわざこんな僻地(へきち)へ自ら足を運んだ。こうして話に興じているのも、彼なりの暇潰しなのだ。

 

 それは(はなは)だ勝手な想像でしかない。

 しかし同類だからこそ感じ取れる嗅覚は……肌感覚は間違っていないと信じたい。

 

 

「私には全てを開示する用意があります。どうでしょう、お茶の一杯でも飲みながら──」

「調子に乗るなよクソガキ」

 

 今にもこちらの心臓目掛け、斬り付けに来そうな気勢(きせい)でクロアーネは俺に恫喝(どうかつ)する。

 とはいえオーラムの害意の後では、そんな殺意もそよ風のようなものであったのだが……。

 

「クロアーネ、汚い言葉を遣うんじゃないよぉ」

「申し訳ありませんオーラム様……ですが──」

 

 ゲイル・オーラムはスッと手を上げ、クロアーネの言葉を制した後に口を開く。

 

「二人きりだろうと、罠を張っていようと、どうこうできないことは彼もよくわかっている。ワタシもそれなりに修羅場は()()()()きてるからねぇ。なにより感じ入るところがある。

 これは直感というより予感に近い。それに魔法具を()()()()()と断じた交渉内容に……少しだけ心が踊っている自分がいる。もっともこの淡い期待を裏切られたら、何をするかはわからんけど?」

 

「──滅相もありません。絶対に満足させられるとは申しませんが、きっと何がしか琴線に触れるはずです」

「クチではなんとでも言えるねぇ、だからもっと聞かせてもらおうかい」

「ありがとうございます。では……部屋を変えましょう、そうですね──元教主の部屋でよろしいでしょうか」

「構わんよ、あそこでいつも契約事をしていたしね。クロアーネは屋敷内の隠匿物でも探してなさい」

 

「っ……かしこまりました、オーラム様」

 

 

 表情には出すのは(こら)えたようだが、一瞬詰まった声にクロアーネの渦巻く感情が込められているようだった。

 

「隠し扉や隠し財産に関しては、既にこちらで確認していますが……」

「クロアーネは鼻が利くからサ、一応だよ一応」

 

「なるほど、それは頼もしい。それと別の部屋にこちらで保護した少女が一人いますので、うちの三人はそちらの様子を見ててもらってよろしいでしょうか」

「いいヨ」

「ありがとうございます。ジェーン、ヘリオ、リーティア──くれぐれも安全に、()()()()()()()

 

 姉兄妹に頼んでいる間に、オーラムは勝手知ったる我が家のように先立って歩いていき、俺もすぐに続いていく。

 

 

(もしかしたらこれが……"回華"の為の最初の種蒔(たねま)き──)

 

 文明を発展させるのに最も必要なのは……人脈だ。

 より質と量に()んだ人的資源を有機的に運用すること。

 下地作りとはつまるところそれに尽きる。

 

 裏社会に生きるゲイル・オーラムをこちらに取り込むこと。

 不興(ふきょう)を買えばこの身がどうなるかもわからないリスクも多く(はら)んでいる。

 

 しかしてこれは大きな近道となり得るかも知れないのだ。

 

 種子ごと潰されるのか──

 咲くことができず枯れて終わるのか──

 時を経て結実(けつじつ)するのか──

 

無為(むい)に終わるのはもう沢山(たくさん)だからな……やぁってやるさ)

 

 

 



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#20 交渉 II

 

 場所(ところ)移しながら、俺は自分の先を歩くゲイル・オーラムについて考えを巡らせていた。

 未だ掴みどころはないが理性的で柔軟、それでいて油断もなく機知(きち)に富んでいる性分。

 

 こんな子供相手でも多少なりとも(しん)を示し、交渉の場へと応じてくれた男。

 

(そうだ、まずは利用されるのではなく、この際は逆に利用してやるというくらいの気概(きがい)()る)

 

 そう心積もる。ゲイル・オーラムという一人の人間に対してどう対応すべきか。

 

 相互利益の道を模索し、"文明回華"の実現化する一助。

 危急(ピンチ)から好機(チャンス)を掴む為に──どう立ち回るのか、思考の歩みを止めることはない。

 

 

「アイツはいけ好かなかったけど、部屋のセンスは嫌いじゃなかったねェ」

 

 応接も兼ねた道士の部屋に入ると、テーブルを挟んだ向かいにそれぞれ座る。

 

「さって~と、この際は忌憚(きたん)ない問答を楽しむとしようか」

 

 ゲイル・オーラムは机に足を組んで投げ出し、俺は神妙に言葉を選ぶ。

 

「ありがとうございます。では……まず前提から言っていいましょう。私が子供なのに、まるで大人のような振る舞いをする理由ですが……」

 

 回りくどい説明をするよりは、まず核心に入ることを優先する。

 出し惜しみはしないが嘘は言わないように。

 しかしてそのまま言ってはあまりに荒唐無稽(こうとうむけい)な話。どこらへんが露骨にならない着地点だろうかと考えながら……。

 

「表現しにくいのですが、あえて言うなら……私は"未来予知"ができる──」

 

 ゲイル・オーラムの片眉が上がる。

 例によってこちらの抑揚や表情から真偽を判断しているようであった。

 

 

「じゃあ明日の天気でも占ってもらおうかな? 狂った宗教の(もと)で狂ってない証明として」

 

「疑われても仕方ありませんが……事実です。ただ天気や後世の歴史などはわかりません。私は夢で見るという形で、遠い未来の世界──その技術や叡智の一端を知り得ています」

「未来の技術ぅ? ねぇ……?」

 

 疑問符は(てい)すれど頭っから否定はせず、オーラムはこちらの話に聞き耳をしっかり立てている。

 こんな子供の阿呆臭い話であっても、一度話すと決めれば応じる誠実さをこの男は持っているのだ。

 

 俺は彼に対する一定の信用と共に、ゆっくりと話を紡いでいく──

 

 

「魔術とは別系統の"科学"と呼ばれるものです」

「……続けたまえ」

「定義は色々ありますが──物事や事象に対し、その()()()()()()()()()()()()()ようにする学問でしょうか。感覚ではなく理性的に。直感ではなく論理的に。発想と体系化と積み重ねによって、"テクノロジー"を確立させ蓄積していく」

 

「てくのろじー?」

「それらを総称した言葉です」

 

 広義的に捉えた科学から見れば、魔術も数ある学問の一つに過ぎないと言える。

 知識・経験を集積し、分析・応用し、発展・進化させていくもの。ただ魔術は基本的にはイメージで確立されるものである。

 その為か個々人のデータとしては、広範(こうはん)かつ細緻(さいち)に渡り無秩序になっていた。

 

 

「例えば──物理学、化学、冶金、工業化、化学肥料、蒸気機関、電気、プラスチック、内燃機関、無線通信、航空機、レーダー、抗生物質、ロボット、コンピュータ、インターネット、原子理論。

 素粒子物理学、遠距離通信、遺伝子工学、量子力学、ロケット工学、人工知能、ナノマシン、オーグメンテーション、バイオニクス、サイバネティクス、エキゾチック物質、テラフォーミング──」

 

 俺は思い出し思いつく限りのテクノロジーをとりあえず列挙した。

 そして自分の知識で理解できている範囲で──順繰りに骨子(こっし)部分のみを説明していく。

 

「えーっとまずは物理学についてですが──」

 

 長く長く──説明し終えるまでゲイル・オーラムは、そっぽを向くことなく聞き続ける。

 それゆえについこっちも興が乗ると共に、手応えを感じていく。

 

 

「──とまぁ、空に浮かぶ"片割れ星"も人為的に環境を整えることで居住可能にし、さらに宇宙へと進出していくわけでして」

 

 時間を掛けて説明し終えた俺は、緊張した心地のままゲイル・オーラムの反応を待った。

 

「そのちょくちょく出てきた、"宇宙"ってのはナニかね?」

()()()()()()()なんです。我々が住む大地や、先ほどお話した片割れ星と同じように──全てを内包した世界こそが宇宙なんです」

「ふ~~~ん」

「人間以外の知的生命体が、あの遠い夜空のずっと先にいるかも知れないと思うと……どうです? (そそ)られるものがありませんか」

「作り話としては面白いとは思うけどねぇ……けど、正直狂っているとしか言えないかナ。そんなものが交渉材料になると思っていることも、だ」

 

(くるい)(まこと)か判断つかないのは承知していますが、私は実現させるつもりです。生涯を懸けて──」

 

 偽らざる本音を宿し、魂を込めた言葉。

 狂信者のそれと思われてしまえばそれまでだが、そうはならないという確信に近いものは感じていた。

 

 

「生涯ィ?」

「自分は長命種(ハーフエルフ)ですから」

 

 俺は半長耳を強調するように髪をかきあげる。

 そして最後まで話を聞いてくれた男に対して、曇りなき眼で自信をもって告げる。

 

「見たくはないですか? "未知なる未来"を……これ以上ない刺激的な人生を──」

 

 これは言うなればプレゼンテーションなのだ、己の可能性を売り込むそれ。

 いかにして興味を()かせて、好奇心を引き出せるか。

 最低でも「別に害はないのだから好きにやらせても」と思わせる。

 

 

「もう夢物語を信じるような年齢(トシ)じゃないんだよねぇ」

「夢と浪漫を求めるのに、年齢なんて関係ありませんよ」

 

 スッとその場に立ち上がった俺は、ピッと人差し指を立てる。

 

「証拠とは言いにくいかも知れませんが、少しだけ俺の小噺(こばなし)も聞いてってください」

 

 そう言って俺は指先に風を渦巻かせる。

 

「幼少期に予知夢で未来を()てから、俺は考えてきました。もしも魔術を使うなら、火・水・空・地……何が最も()かせるのかを」

「……うん?」

「他にも珍しい属性もあるようですが高望みはせず、使うとしたら空属か地属だろうと決めていました」

「それはなぜかね? と聞いてほしいのだろう」

 

「お心遣い、ありがとうございます。まず地属であれば、地中にある様々な金属分子を利用できるようになるかも知れない」

「分子ぃ──"原子理論"だったか。物質は微細な粒の集合体で成り立っている、それが合体したのが分子だったねぇ」

 

 よくザックリとした一回の説明だけでしっかり覚えてんな……などと思いつつ、俺は首肯しながら話を続ける。

 

 

「そうです、その原子理論。それは空気も同じことが言えます」

「……吸って吐く?」

「はい、今まさに吸って吐いている空気です。実はこの空気(コレ)、いくつもの別の空気が混じり合っているんです」

「つまり別々の原子やら分子やらってことかな?」

「話が早くて助かります。呼吸に必要な"酸素"というのが約2割、窒素が8割近く、残りは吐いた空気に混じる二酸化炭素とかその他いくつもの細かいものが混合しています」

 

 あくまで元世界基準の大気組成を言っているだけで、実際に異世界でどうなのかは調べようがなかった。

 植生豊かな昔の地球であれば、現代とは酸素量などもまったく違っていただろうし、どのみち確かめようがないので参考程度に話す。

 

「そう知らん専門用語をポンポン言われてもねぇ」

「理解できない相手には説明しませんよ」

「言うじゃあないか」

「ここまでの会話でオーラム殿(どの)の頭脳はおおむね把握したつもりなので」

「態度もずいぶん砕けてきたもんだ」

 

 オーラムは悪い気はしないといった様子で笑みを浮かべ、クイクイと顎を動かし俺に話の続けさせる。

 

 

「空気中の原子も非常に重要なモノで、大気の流れも含めて操ることができれば様々な応用が効きます。だから俺は空属を選んで修練を重ねました」

「なるほどォ、それで──その知識とやらを活かして可能になったものを、ワタシに証拠として見せたいといったところかネ」

 

 ニッと笑った俺は、魔術を詠唱し自らの姿を保護色として背景と同化させた。

 

「まずは蜃気楼など大気による光の屈折の再現、続いて空気を振動させて伝わる音の遮断──」

 

 "光学迷彩"に続いて詠唱し、"遮音風壁"の魔術を発動・展開してから、手近に飾ってあった露悪趣味な彫像を床に叩き付けた。

 

「よぉ~くわかったよ。たしかに透明になり、砕けた音も聞こえない。それも世の原理を知ってるからって言いたいわけだ」

「はい、それと──」

 

「オーラム様ッ!!」

 

 その直後であった、ノックもなく開けられた扉から犬耳従者のクロアーネが現れ、ギッと眼光冷たく俺を捕捉し山刀を振り上げ襲い掛かってきたのだった。

 



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#20-2 交渉 III

 

「オーラム様ッ!!」

 

 交渉の最中(さなか)、突如として乱入し襲い掛かってきたクロアーネの左右十字山刀の攻撃を、俺は反射的に両手首を掴んで止めた。

 

「いや……いやいやいや何事!?」

 

 (もく)して語らず視線だけで殺しかねないクロアーネの眼光に対して、俺は心当たりを探そうとしてすぐに気付いた。

 "遮音風壁"で部屋内のオーラムには聞こえなかったが、床よりも下──つまり1階にいたクロアーネには、彫像が豪快に割れる音と衝撃が響いてしまったのだ。

 

「まったく過保護だねェ、クロアーネ」

「あの、クロアーネさん。誤解なんで、いったん(やいば)退()いてもらえませんか?」

 

 同じように察していたゲイル・オーラムは、マイペースに座ったまま口にする。

 そして耳も反応も良く、忠誠心も敵愾心も高く、短気で喧嘩っ(ぱや)いクロアーネはさらに(ちから)を込めてくる。

 

「おっと……仕方ない」

 

 体ごと押し込んできた勢いの間隙(かんげき)()うように、俺は片足を引っ掛けて彼女を床に勢いよく押し倒した。

 

 

「くっ……離せ! この下衆!!」

「あの、オーラム殿(どの)──彼女にやめるよう命令してもらえませんかね?」

「ん~……若いっていいネ」

 

「勘弁してくださいよ、止めてくださらないならこっちで無力化せざるを得ませんが」

「やってみるといいさ。クロアーネ、(ゆる)みを見せたら斬っていいよォ」

「はい、オーラム様」

 

 完全に状況を楽しみつつ、こちらを値踏みしているのだろうゲイル・オーラムに、俺はクロアーネを抑え込んだまま交渉(レクチャー)を再開する。

 

 

「恨むならご主人様を恨んでくれよ」

「……死ね」

「まったく──ではオーラム殿(どの)。先刻申し上げた通り、混ざり合った空気の中で呼吸に必要な酸素の比率を下げていきます」

 

 俺はゆっくりと溜息と共に、魔術発動のトリガー行為となる肺の中の空気を吐き出していく。

 

「はァ~……──」

 

 殺さず昏倒(きぜつ)させるに留める程度で、"酸素濃度低下"を調整する。

 道員(どういん)相手に実験をしつつ暗殺した成果もあって、かなり緻密(ちみつ)にコントロールできるようになっていた。

 

「っ……か、は──」

 

 俺は呼吸を止めたまま、クロアーネは一呼吸だけ(あえ)ぐと……そのまま瞬時に意識を失う。

 そのまま俺はクロアーネの体を(かか)えるように持ち上げ、ソファに横たえてやった。

 

 

「おもしろい」

「であれば、そろそろ信用していただけましたかね? 屈折・遮断・欠乏、これでもまだ単なる子供の妄想だと切り捨てられます?」

「まっ無下(むげ)に狂人と断ずるには、難しい材料を提示してくれたことは確かだねェ……」

 

 だいぶ好感触は得ているものの、まだ半信半疑といった様子。

 あるいは単に俺をからかって、引き出せるだけ引き出して面白がってやろうという気もしないでもない。

 

「ではダメ押しを一つ」

「ンン? まだあるのかね」

 

 特に返答せず俺が窓際へと歩いて行くと、オーラムも続くように背について外を眺める。

 俺は両開きの窓を全開にして、両手の三本指先を合わせながら、遠目に移る敷地の壁をその(あいだ)から覗き込む。

 

「よくわからんがお手並拝見、と言ったところかい」

「私の()る限り空属魔術は、今の練度は捨て置いて……ゆくゆくは応用がとても効きます。しかしそれ以上に──"窒素"を操ることにこそ、その真髄があります」

「この空気中の多くを占めているからかね?」

「えぇ、ありふれているという環境も重要です」

 

 現状で俺の扱う空属魔術は、窒素に比重を振って操作しているのは確かである。

 それは圧力を基本として運動量・温度だけでなく、原子の移動と構成に至るまでを目的としている。

 

 "酸素濃度低下"は、単純に窒素の割合を増やしている。

 "風擲斬(ウィンド・ブレード)"は、圧力操作によって生成したわずかな固体窒素を薄く形成し、真空断層を組み合わせるように誘導して飛ばすよう改良した。

 

 

「ただ、そう──先刻、少しだけ説明しました"化学肥料"の為に窒素が大切な役割を果たすのも、第一に魔術として先鋭化させた理由です」

 

 生育の為に活性成分となる窒素(N)リン(P)カリウム(K)の三要素。

 湖沼などでも富栄養化に繋がる元素である。

 

 文明は産業革命を契機に工業化が広がり、それに伴う資本投入という経済変化によって急速に進歩した。

 そしてハーバー・ボッシュ法というブレイクスルーとなる技術によって、大気中の窒素と水素からアンモニアを作り、安定した食物の大量生産を可能とした。

 さらに"抗生物質"をはじめとした医療技術が発達してきたことで、これまでの世界史において(るい)を見ない圧倒的な人口爆発と、付随した人類の飛躍的進化が成ったのである。

 

 

「詳しい話は割愛します。私も予知夢で見ているだけで薄ぼんやりとした知識で、理論を固めて実践できる人材を必要としますから」

「んで、何が言いたいわけだネ」

「空気中から窒素を固定する為には高温・高圧を必要とし、私はそうした修練にも励んできて……一つの副産物と言える魔術を会得しました」

 

 俺は両手の親指・人差し指・中指を合わせながら、窓の外の空間──山林よりも上空を覗き込む。

 あの時と違って……ゆっくりと、じっくりと、極度集中を維持して丁寧に魔術を構成し詠唱する。

 

「繋ぎ揺らげ──気空(きくう)鳴轟(めいごう)

 

 詠唱や動作は、イメージの確立と放出において重要なプロセスである。

 どれだけ中二病的な言葉の羅列でも、(はた)から見ればどれほど(おご)り、増長(ぞうちょう)し、自惚(うぬぼ)れ、過剰(かじょう)な動作でも。

 それが魔術を放つ一助(いちじょ)と成り得るのであれば、躊躇(ためら)うことこそ不合理(・・・)なものとなる。

 

 何一つ恥じ入ることなく(はな)たれた、"重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"が空中で炸裂した。

 特大衝撃の余波がだけで屋敷が崩れんばかりに大きく揺れ、割れた窓が下へと落ちていき、荒れる大気はオーラムの七三髪を掻き分ける。

 

 周囲の木々は余波によって薙ぎ倒され、森深く鳥達は一斉に飛び出していた。

 

 

「……今ので1/10くらいです」

 

 冷静に口にしつつも、我ながら心胆(しんたん)寒からしめる結果に冷や汗が流れていた。

 そしてセイマールと永劫魔剣へぶっ(ぱな)した時は、本当に絶妙に上手くいっただけだったということ。

 今後はもっと練度を高めて確信を得ない限り、実戦では決して使わないことを心に決める。

 

「フーーーン、よくわかった。こんな感じかネ」

「へっ……?」

 

 ゲイル・オーラムはポケットからスッと左手を抜くと、そのまま手の平を遠く(そび)え立つ山頂付近へと向けていた。

 

 

「キクーノメーゴー」

 

 俺の日本語口語詠唱を棒読みで短縮し、ぶっ(ぱな)されたのは──(まぎ)れもない"重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"だった。

 なにせ二度目の極大衝撃波と、山が一撃で吹き飛ぶ光景を目の当たりにさせられたのだから、そう断じるより他がない。

 

「マジッすか……」

「ん~~~、派手ではあるけどワタシの(しょう)には合わないねェ。まっなんとな~くだけど、うっすら理解はできたヨ」

 

 伸ばしていた左腕をポケットに戻すと、ゲイル・オーラムは何事もなかったように道士(どうし)の椅子へと座る。

 

 

(俺がどんだけ血の(にじ)む想いで努力(くろう)して──ここまで才能と経験の差って生まれるのかよ……)

 

 地球と異世界とでは、人間のもつ肉体規格は比較するのもおこがましいほどに差がある。

 であれば地球人類の潜在性(ポテンシャル)と才能の差を、異世界に当てはめた時──その能力の差もまた、とてつもない開きができるというのも道理である。

 

(現実、これが今の現実。逃避ヨクナイ)

 

 模倣(モノマネ)したものを、よりスケールアップされて模倣(コピー)された事実はありのまま受け入れ、認めねばなるまい。

 そしてその能力を()せてくれたゲイル・オーラムという存在が、ある種において追い風(・・・)となりうることを。

 

「ん、ゴホンッ……では改めて交渉へと移らせていただきます」

 

 俺は気を取り直して、オーラムの向かいへと立つ。

 

 

 余談ではあるが、後にこの一帯は山を喰べた魔獣が存在するとして──向こう100年の禁域指定がなされるのであった。

 

 



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#21 未知

 

 くるくると道士の椅子で回りながら話していたオーラムは、ピタリと止まって俺を見据えてくる。

 

「それで、キミはワタシに何を求めるというのだね? 何を我々にもたらすことができると言うのかな?」

「自分が持つのは断片的な知識、ゆえに必要なのは"人材"です。その為には下地を作る必要がある──」

 

「つまり人を集めて研究機関を作り、先刻のたまった技術を発明して儲ける……と」

「ご慧眼(けいがん)痛み入ります。第一段階はまず農業改革です。農業こそ文明の発展において最初の発明ですから」

 

 某氏(いわ)く──"耕作地が開かれるところには技が生まれる。土を耕す者こそが人類文明の創始者なのだ"。

 

 その日暮らしな狩猟生活から、計画的な農業生活へ移ったこと。

 継続的な食糧自給が獲得できたからこそ、人類は余暇に別の何かをするという利を得た。

 

 それこそが文明の始まり、と言っても過言ではない。

 そうして人類は畜産を(おこな)い、漁業を営み、採鉱し、物を作った。

 文字を編み出し、(こよみ)を生み出し、学問を考えるようになった。

 

 膨大な知識を、集積・保存・伝達し、後世へ連綿と受け継いでいく。

 時の流れの中で失われたものも少なくなかろうが……それでも改良し発展させていった。

 

 

「先に説明した"化学肥料"……はすぐには無理でしょうが、周辺の生態系に気を付けつつ、農作物の収穫量を増やす為の方策をいくつか。

 さすれば民衆の生活が向上し、余裕が新たに様々な方面へ発展を(うなが)し、ひいては国力が上がっていき、より多くの労働力を得られます」

 

「そんなものは戦争で浪費されるだけではないのかネ?」

 

 確かにこの世界では戦争は多い。魔物と人との。魔族と人との。そして人と人との──

 

「それでも……です。多くの人間に、考える時間を与えるのが第一義であり第一歩となる。

 できれば多様な教育も同時に広めたいところですが、障害(ハードル)が多いので……先に経済を活性化させます」

 

「つまりキミは下級層に(ちから)を持たせたいわけか」

「国を──世界を"人体"と捉えるのであれば、経済活動とは"血液"と言えるでしょう。(とみ)が正常に循環してこそ、世界はより活力よく生きていける。より高く跳ぶことができる」

 

 経済とは、元世界の──資本主義社会において最も象徴的なものだ。

 世界とは経済そのもの、と言っても過言ではなかっただろう。

 

 人的資源、次に思考の為の知識、さらには回す為の金。

 あとは"必要"という動機があれば、仮に自分が介入せずとも文明は進んでいく。

 

 

「下級層に限らず、人類全体で進化の階段を登っていきたいんですよ」

(こころざし)はご立派、と言いたいところだがネ」

諸々(もろもろ)を詰めていく時間が必要です。早急(さっきゅう)にそういった分野に強い人間を集めたいのですが──」

「それはワタシに()()()()……と?」

 

「可能であればお願いしたいです。本来ならこの宗道団(しゅうどうだん)財貨(ざいか)で、最初の投資をするつもりでした……"ガラス"工業を」

「ガラスぅ?」

「ぶち割った屋敷の窓もそうですが、自分が求めるのに比べると透明度も厚みもいまいちでして。それにガラスはあらゆる産業の基盤になるし、高く売れます」

 

 ガラスは採光のみならず、レンズとしての機能を持ち、高品質のメガネや反射率の高い鏡は大きな商品となる。

 

 何よりも数多くの化学変化を拒絶するので、ビーカーやフラスコや温度計といった研究や精製において不可欠な素材なのは言うまでもない。

 また培養用品や顕微鏡のレンズ、あるいは薬品だけでなく食料品の清潔な長期保存をも可能とする。

 

 電気技術が進んだならば電球などにも当然使用され、特別な資源やさほどの技術を必要としないにも関わらずその有用性と価値は限りない。

 化学肥料や医薬品を作る為にも、まずは良質なガラス製品を揃えるところから始めねばならない。

 

 

「農業と経済。他にも様々な産業にも着手し、どんどん輪を拡げていき──」

 

 ゆったりと、それでいて確実に、声音は自信をもって。

 しかして(おご)ることなく。時に共感を。時に猜疑(さいぎ)と納得を。

 その展望を──子供のように希望を詰めて。大人のように現実的に語り、浪漫(ロマン)を明確にイメージさせる。

 

 時間を忘れるほどに、ひたすら俺は語り続けていた。

 列挙し説明したテクノロジーがどのように作用していくのか。

 

 決意の日から構想し書き殴ってきた、"文明回華"の道筋。

 それらがなるべくわかってもらえるよう噛み砕きながら── 

 

 

「──どうでしょう。細かく語れば話は尽きませんが、一端(いったん)でも納得できるなら賭けてみませんか?」

 

 しばし黙り込んで……渋い顔(・・・)を決め込んだゲイル・オーラム。

 対して俺がわずかに恐れの表情を見せたところで、ニヤリと笑ったゲイルは勢いよく立ち上がった。

 

「んん~……よろしい! "未知なる未来"、大いに結構!」

 

「ご理解頂き(せつ)に感謝致します、前向きに捉えても構わないのでしょうか」

 

 俺は心中で思ったことを顔に出さないように(こら)えつつ返す。

 わざわざこちらの不安を煽ってからかいよってからに……と。

 

「んでもねぇ、どうしよっかなあ」

「ご不安な点でも……?」

 

 ゲイル・オーラムは大仰に手を開き、ググイっと顔を近付けて言ってくる。

 

「数百年掛けていては肝心の"テクノロジー"溢れる未来を、このワタシが見れないじゃあないか! 

 道半ばで"悔い"が残ってしまうくらいなら、いっそ初めからやらないほうがいい。そうは思わんかね」

 

(面倒臭ェ……)

 

 そんなことまで世話しきれるかと心底思いつつも、俺は可能性を呈示(ていじ)する。

 

 それはゲイル・オーラムの為ではなく、また自分の為でもない。

 大切な家族や今後知り合っていく人々に対しての、措置としてまず考えていたこと。

 

 

「確かに……長命種以外の平均寿命を考えると難しいと言わざるを得ません──」

「そうだろうとも」

 

 そもそも元世界でも不老長寿や若返りなんて、まだ明確に実現化の目途(めど)までは至っていなかった。

 不老の神族や長寿のエルフといった種族の、遺伝子を解析する?

 地球でなら何かわかるかも知れないが、異世界文明はまだ地べたを歩く雛鳥のようなもの。

 

 そこから羽ばたくまでには……如何(いか)ほどの年月を要するのかは全く想像もつかない。

 

「であれば、少し変則的ではありますが冷凍睡眠(コールドスリープ)ならどうでしょう?」

「んん~~~?」

 

「いわゆる冬眠に近い原理と言えばいいでしょうか。低体温を維持して肉体の代謝機能を下げる──

 肉体を休眠状態にすることで、寿命を一時的に止めるわけです。寝て起きれば未来の世界となる」

 

 ──厳密には低体温維持睡眠(ハイバネーション)

 超急速冷凍でもしない限り、細胞は体積が増加して破壊されてしまう。

 ゆえに低体温で保存することで、細胞分裂による老化を抑止する。

 

 あるいは超重力──ブラックホール──のようなものを創り出す。

 歪められた空間は時の流れをも歪めて、正常な空間との時間差をもたらす。

 

 さらには亜光速などで移動することが可能であれば、それもまた未来への道へ続いている。

 

 元世界でも到達し得ない……遥か遠い未来技術を(おが)むつもりなのだ。

 これはなにもゲイル・オーラムに限った話ではない。

 

 ハーフエルフの寿命でも足りないのではと、自分自身が思っていたこと。

 

 社会全体が、文明を発展させる為の土台作りを完了させる。

 その後で冬眠に入り、定期的に覚醒し動向を見守る。

 そういった可能性も考えておかなければならない。

 

 

「なるほど面白い……()()()()()するというわけか」

 

「解凍する時は寿命を伸ばすような、なんらかのテクノロジーを確立させた後になりますね。

 もっとも中間は抜け落ちてしまいますが……そこは途中から"ビデオ"などを使って──」

 

「びでお?」

「すみません。"記録媒体"と言えばいいでしょうか。見るもの聞くものを、そのまま保存することができます。

 確か魔術具でも音を記録・再生することができるモノがあったと聞いたことがありますが……?」

 

「あー確かにそんなのもあったかもネ」

「それに未来が進んでも、中間テクノロジーは保存しておきます。順繰りに追うことも可能です」

「つまり冷凍手段と冷凍中の保存環境。そして冷凍状態から解凍する保証さえ整えればいいわけだ」

 

()()()()()()()()()()となれるよう精進します」

 

 ゲイル・オーラムはそんなハーフエルフの少年の言葉に豪快に笑った。

 ひとしきり笑った後に……その右手を差し出してくる。

 

 それは元世界でも異世界でも変わらぬ──誠意の証、好意の証、成立の証、約束の証。

 

 一時は本当にどうなるかと思った。しかしこれは渡りに船。

 乗ったところに、さらに棚から牡丹餅(ぼたもち)が落ちてきたような僥倖(ぎょうこう)

 

 "文明回華"の理解者にして後ろ盾ともなる、最初の人脈(コネクション)。俺は美事(みごと)この賭けに勝ったのだ。

 

「契約完了だ、ベイリルくん。共に未知なる未来を拝もうではないか」

 

「はい、お互いに未知あらんことを──」

 

 




第一部まで読んでいただき、ありがとうございました。

お気に入りや評価・感想などを頂けるとモチベが上がるので、気が向いたらよろしくお願いします。


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幕間
#22 自由と選択


 

 自由な民と自由な世界。連邦西部でも有数の都市国家の街並み。

 それはカルト教団の管理から解放された三人にとって、完全な別世界の光景として映った。

 

 連邦西部において、かなり交易が盛んな都市。

 そんな昼間の大通りは多くの人で活気があり、酔ってしまいそうなほど。

 屋台で買った軽食を頬張(ほおば)りながら、ジェーンとヘリオとリーティアは最後の一人を待っていた。

 

「ったくまだかよ、ベイリルの野郎は」

「ベイリル兄ぃはいろいろやることあるっぽいから、来れるかも怪しいとこだぁ」

「早く四人で回りたいのにね」

 

 

 ヘリオは気に入らぬ様子で、リーティアはペースを崩さず、ジェーンは心底残念そうに。

 かつてない体験の中で、本来の年相応の日常というものを三人は味わう。

 

 歪んでいたとしても……まがりなりにも恩師であったセイマールと道員(どういん)らを殺した。

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"は事実上の解体となり、幾ばくかの残党は残るが関知するところではない。

 

 その後に現れたゲイル・オーラムを、ベイリルは交渉によって己の大望へと引き入れた。

 昔から自分達にも常々語っていた──未来への夢へと、既に駆け出しているのだった。

 

 だからこそ自分達も考えねばならない。ベイリルは「好きに生きていい」と言っていた。

 宗道団(しゅうどうだん)の財貨もゲイル・オーラムに接収されずに済み、四等分して使っていいと。

 

 たった今。自分達の前には……大いなる道が、数多く続いているのだ。

 

 

「ヘリオとリーティアはこれからどうするの?」

「オレは爺っちゃんがもう死んでるしなあ。しばらくはてきとうに楽しむさ」

 

 連邦東部で生まれ、唯一の肉親だった祖父に育てられていたヘリオはそう答える。

 祖父の死後に童子(こども)一人、紆余曲折を経て宗道団(しゅうどうだん)に買われた。

 今はこうして自由だが、元の住まいには今さら大した執着もない。

 

 少なくとも新たな指針を見つけるまでは、こんな根無し草な生活に身を委ねるのも悪くない。

 ただ素直に満喫したいと、特段(とくだん)気張ることなく考えていた。

 

 

「んー……ウチはベイリル兄ぃの手伝いかな」

 

 リーティアは本人もまったく覚えなき天涯孤独であり、他に身の振り方がなかった。

 欲があるとすれば兄弟姉妹みんな一緒に、いつまでも暮らしていければいいというだけ。

 

 セイマールの遺した魔術具関連について大いに興味があり、せっかくなのでそちらの道に進みたいとは考えている。

 そしてその道に姉と兄がいれば、それ以上望むべきことなき満足であった。

 

 しかし今この場でワガママを言おうとは思わない。己のエゴで兄弟姉妹の道を阻むようなことはしたくない。

 内心ではそれぞれの意志がわかりきっていたとしても、実際に口にするような真似はしなかった。

 

 

「そう、ならしばらくはみんな一緒ね」

「んー? でもジェーン姉ぇ、前いたっていう孤児院は?」

 

 ジェーンは物心ついて間もなく──父を魔族との戦争で失い、母も()もなく病没した。

 その後預けられた孤児院で育ったが、実際のところ多少なりと心残りがあった。

 

 院の経営が苦しく解体されそうだった時、真っ先に自分の身を売る選択をした。

 どうなっても構わないつもりでいたが、結果としてはセイマールに買われ、カルト教団を潰し、こうして無事な生活へと戻ることができた。

 

 あの後に孤児院がどうなったかはわからない。

 ただ……"知るのが怖い"という思いも、彼女の中に確実に存在していた。

 時間が経ち過ぎてしまっているし、かつての院仲間はもう誰もいないだろうと。

 

「ん……気にならないわけじゃないけど、とりあえずちょっだけ調べてもらう」

「そっかー、それがいいね」

 

 己の未来を選択するには皆が皆、世界を知らな過ぎた。

 それにどのような形であれ、ベイリルの目指す夢の先は見たいし協力したいと感じている。

 

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の下で暮らし成長した日々で、聞き続けた"オトギ(ばなし)"──未来の世界の話を見てみたいのだ。

 

 

「ヘリオさっきっから何見てんの?」

「あ? あぁ……あれ、男がこっちを見てるみたいで──」

 

 目を向けるとややくたびれた感じがする冴えない男が、小走りで近づいて来るようであった。

 

「ちょっと失礼、娘を見掛けませんでしたか? わたしと同じ茶色めの髪で左右二つに結んでいて──」

「いえ特に見掛けていませんね、ごめんなさい」

 

 ジェーンがそう答えると、男は不安そうな(かげ)を顔に貼り付ける。

 そんな様子を見てお節介焼きの面があるジェーンが事情を聞く前に、リーティアが尋ねる。

 

「ねぇねぇ、はぐれたの?」

「えぇそうなんです。皆さんくらいの仲良さそうな年頃の子達なら、迷子の娘も話し掛けやすいかとも思ったのですが」

 

 

「はぁ……しゃあねえ、一緒に探すか?」

 

 ヘリオは溜め息を吐きつつも提案する。ヘリオ自身面倒見はかなり良いほうである。

 どうせジェーンが言い出すだろうし、それに付き合わないわけにもいかない。

 

「いえいえ、お気遣いなく。娘のお転婆(てんば)は珍しいことではないので──でも、ありがとう」

 

 そう言うと男は申し訳なさそうな表情で、三人の(あいだ)をわざわざ割って去っていった。

 そのまま人混みをスルスルと()って、あっという()に見えなくなってしまう。

 

「こんだけ人いると、ウチも迷っちゃいそう」

「最悪、大岩でもせり出させて叫べばいいだろ」

「ダメだってば。無闇な魔術使用は警団に問われて面倒なことになるって言われたでしょ」

 

 

 しばらくベイリルを待って合流しそうになければ、このまま三人で散策を開始しようかと話す。 

 ともすると屋根の上から見知った影が、音も小さく静かに降り立った。

 

「クロアーネさん」

 

 ジェーンはつぶやくように、顔色一つ変えることないその犬耳従者の名を呼んだ。

 遺恨というほどではないが、出会い方が敵対からだった。

 和解したとはいえ、お互い少しギクシャクしている節がある。

 

「──……貴方がた、くすんだ茶髪の男に会いませんでしたか」

「はあ? なんでてめェがそのこと知ってんだよ」

 

 チンピラじみたヘリオの質問返しにも、クロアーネは澄ました顔で淡々と業務をこなすように告げる。

 つい先日の応酬はどうあれ、客人としてしっかりと対応しているのは彼女なりの矜持(きょうじ)ゆえ。

 

「都市に慣れぬ者の挙動はわかりやすく、格好の標的(マト)です」

「標的……ですか? 一体なんの──」

 

「少し体が軽くなってるのでは?」

 

 言われて気付く、ジェーンもヘリオもリーティアも──貨幣を入れていたはずの袋がないことに。

 

 

「うっそ!? まだ食べたいものいっぱいあったのにぃ!」

「ッくそ──つまり"あの野郎"がってことか!」

「いつの間に……?」

 

 ジェーンもヘリオも、立ち回りに関してそれなりに自信はあった。

 しかし山奥の宗道団(しゅうどうだん)から大都市へ出て来た"おのぼりさん"ゆえの油断かはたまた慢心か。

 実際に指摘されるまで気付かなかったことに、ヘリオとジェーンは歯噛みする。

 

「既に"奴"らしい噂が散見されたのでもしやと」

「何者なんです?」

 

(はなは)だ不愉快ですが……窃盗・偽造・侵入・詐欺・損壊・脅迫・横領・脱獄、及びそれらの幇助(ほうじょ)を数え切れないほど。

 露見されぬ罪も数知れず、世界中の国家と都市でその名が響き渡る──"素入(すいり)銅貨(どうか)"と呼ばれる半ば伝説の()犯罪者です。

 以前にもこの都市に出没し、取り逃がしています。我々組織の管理している領分すら平然と侵す……唾棄(だき)すべき(やから)です」

 

 

 それを聞いてヘリオは思わず走り出しそうになるが、先んじてクロアーネは制す。

 

「まんまとハメられた貴方がたみたいな、顔も覚えられた間抜けに捕まえられる相手じゃありませんよ」

「言ってくれんなァ?」

「事実でしょう。まして街に慣れぬ者が探し回っても、余計な厄介事に巻き込まれるだけ。組織(こっち)にお(はち)が回ってくるのは疑いないので、無駄な仕事を増やさないでください」

 

「チッ……舐めやがって、だが次見かけたら燃やしてやる」

「じゃあ娘を探してるってのも嘘なんだ。っかー騙されたぁ!」

「不覚、我ながら情けない」

 

 辛辣(しんらつ)だが的確な言葉にヘリオは怒りを覚えつつも、抑えるしかなくなってしまう。

 それはジェーンもリーティアも同じであり、反論する隙がなかった。

 

「盗まれた金の無心をしないわけにはいかないでしょうしね──後でこの場にいないあの男(・・・)のほうに請求しておきます」

 

 

 ベイリルの名を呼ばず「あの男」と言ったクロアーネには、微妙に感情の揺れが感じられた。

 連邦銀貨を二枚ずつ渡された三人は、苦々しい思いで受け取りつつ自分達の不甲斐(ふがい)なさを悔いる。

 

「それと"あの男"は、オーラム様と所用があるので来られないとのことです」

 

 ベイリルが合流できぬという連絡を告げたクロアーネは、"素入の銅貨"とやらを追っているのか。

 それとも他に別の用事があるのかすぐにいなくなってしまった。

 

「結局オレらは()()()()ってことかよ」

 

 

 増長(ぞうちょう)していたわけではない、しかし改めて認識させられる。

 今の状況もベイリルが作ったものであるということ。それに甘んじているという現状。

 

「そうね、でもこれから学んでいけばいい。最初はしょうがないわ」

 

 それは今までもこれからも変わらない。決して安くない授業料ではあった。

 しかしかけがえのないものを失ったわけではないのだから、大した問題にはならない。

 

「まーまーあんなの忘れて楽しも! ベイリル兄ぃ結局来れないのは残念だけども!」 

 

 歩む道は無数に存在する。自由を得た若人の可能性と選択は無限大とも言え──

 

 これからいくらでも世界は広がっていく──否、自分達が拡げていくものなのだと。

 

 

 



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#23 金色の伽藍堂

 

 虚栄(・・)──彼を端的に表すのであれば、その言葉が最も相応しいのかも知れない。

 

 連邦東部の名家の長男として生まれた──そして彼、"ゲイル・オーラム"は全てを持ち得ていた。

 秀麗な眉目、恵まれた筋骨、明晰な頭脳、人族には(まれ)な潤沢な魔力容量。

 

「キミぃほんとはいくつなんだい?」

「ハーフエルフだから見た目と実年齢が違うと(おっしゃ)りたいわけですか?」

 

 ゲイル・オーラムは、隣にいるベイリルに質問を投げかける。

 

 物心がついて()もなく言語を完璧なまでに習得したゲイル・オーラムは、神童として四族魔術を自在に扱えた。

 そして彼はあらゆることに手が届いてしまうゆえに、早々に人生に飽いてしまった。

 

 

 しかして彼は他の天才とは少し違っていた。ただ生まれながらに全てを持ち得ていただけ。

 それゆえに何かを生み出すことはなく、深く興味を覚えることもなくなってしまったのだ。

 

()()()()()()()()()()()より、自分の年を偽ったことはないですよ」

「んっん~……嘘ではないんだろうが、なんか引っ掛かるんだよネぇ」

 

 傍目(はため)には完璧と言っていい彼にとっては、興味の対象()()()()が歪んでしまう。

 

 凡百が(いだ)く望みなど、苦難なく手に入るのがわかってしまうから。

 もしも彼の精神性が、遥か高みへと向くことがあったなら……。

 歴史上の"勇者"やら"英傑"達の名に連ねていたことに疑いはなく。

 

 その逆──史上最も悪逆な名の一つとして、()せていたことも十二分にあり得ただろう。

 

 

「まっいずれ話してもらう日も来るんだろう?」

「……無理に聞き出してもらっても構わないですが?」

 

 ゲイル・オーラムという男を飾り立てていたのは──見せ掛けだけの栄光。

 満たしていたのは……どうしようもないほどの虚無感であった。

 しかして心が崩壊することもない。何故なら全てを持ち得る彼は惰弱(だじゃく)な精神性を有してもいなかった。

 

 放蕩(ほうとう)の限りを尽くしながら、ただ風の吹くまま気の向くままに生きていく日々。

 "竜越貴人"──"無二たる"──"偏価交換の隣人"──"折れぬ鋼の"──"大地の愛娘"──

 

 現代における"五英傑"達の生き様と功績が耳に届いても、何の感慨も湧かなかった。

 "無二たる"と実際に会って、持てる者の気持ちを聞いたところで……何の参考にもならなかった。

 

 

 彼は常に欲していた、欲しているということすら忘れるほどに──興味を惹かれる"なにか"を。

 

 敵対する者を(もてあそ)び、人脈が拡がっていき、時には自らの足で世界を歩いて回った。

 退屈凌ぎにはいまいち物足りなかったが、他にすることもなかったというのが正直なところである。

 

「いいよぉ~べっつにィ、それはそれでつまらないも~ん。話したくないなら、つまりそういうことなんだろうベイリルゥ」

「恐縮です。時来たらば話しますよ」

 

 空虚な生活は整った顔立ちを次第に歪ませ、前髪も次第に後退し、気持ちまでも老い始め……。

 

 気付けば裏社会において名が通るようになり、好悪問わず群がる者達が周囲に溢れていた。

 連邦西部に本拠を構え、舞い込んでくる雑事に対して無作為に手や口を出していく。

 

 そして男──ゲイル・オーラムは巡り会った……"未来を予知するという少年"に。

 

 

「感謝をしよう、ベイリル」

「いきなりなんですか……急に改まりましたね」

 

 手広くやっていた事業の一つ。身分なき者に仮の身分を与え、望んだ国へ送り届ける一種の斡旋業(あっせんぎょう)

 依頼人は過去にも何度か渡りをつけてやった神王教の教団。

 ロクなものではなかろうが、通常は関知するようなものでもない。

 

 ただ少しだけ()()()()()()()があった。

 それに子供に身分を与えたいという、宗教団体にはあまり似つかわしいとは思えない内容だった。

 かの宗教団体の依頼は他にも色々あったものの、そのどれもが後ろ暗いものばかり。

 

 

 だからほんの少し……気が向いただけに過ぎない。いつもそうやって何かしらに足を運んできた。

 

「ボクは気まぐれだからネ」

「それはもう散々思い知らされましたが」

 

 訪れた"イアモン宗道団"の根拠地。

 すぐにクロアーネが死臭に気付いて掘り返せば、死体が無数に埋まっていた。

 

 多くは焼け焦げて判別はつきにくかったが、それは何度か話もしたことのある宗道団(しゅうどうだん)の教主。

 さらに記憶の片隅にあった……孤児や奴隷を買いたいとやって来た男の死体も見つかった。

 

 腐敗の状況から見ても死後一日と経っていない。さらには敷地内にはまだ気配が残っている。

 些少なれど面白くなってきたと気持ちを昂ぶらせ、殺戮者に会いに行くことにした。

 

 

 屋敷へと踏み入れれば──年端(としは)に至ったばかり程度の少年少女が四人のみ。

 一様に意志を宿した瞳をこちらに向け、その中でも一際落ち着いた少年が交渉を申し出てきた。

 

 その話し方は子供にしては大人びていると思ったが、話す内容は驚愕に眉をひそめるものであった。

 

 それは一言で斬って捨てるのであれば──疑うことなく狂人の(たぐい)

 しかし……()()()()()()()"確かな現実"として脳内に映るモノだった。

 

 ゲイル・オーラムは少年を見抜き、また聞ける者であった。全てを持ち得ていたがゆえに、それを理解できた。

 

 

「それに一般的には大事なことだろう? 今までワタシは感謝なんてしたことなかったしねェ」

「お互い様ですよ、"ウィンウィン"ってやつです」

 

 少年の話す"夢"は順序立てた進化の形。

 語る説明の一つ一つに、言葉そのものに力が宿っているかが(ごと)く。

 

 まるで()()()()()()()()()かのような──遠い未来の"テクノロジー"の一端。

 

 地上を駆け、海原を渡り、大空を飛んで、誰もが好きな場所へ短時間で赴く?

 手の平に収まる小さい箱一つで、世界中の誰とでも繋がる? 

 生まれる前にも後にも人体を設計し、病気や寿命から解放される?

 巨大な鉄の人形に乗って自由に動かし、多目的な兵器とする?

 昼も夜も空に浮かぶあの片割星(かたわれぼし)へと、大挙して移り住む? 

 

 

 己は全てを持ち得たと思っていた、しかしそれはとんだ誤解であり錯覚であった。

 少なくともゲイル・オーラム自身はそう確信した。

 

 少年から話を聞いた今この時、初めてこの世界に生まれたような気がしたのだ。

 

 想像しても想像しても興味は尽きない、その行為だけで楽しいと思える。

 あらゆることが手が届く現実としてイメージできていたのに、こればかりは不可能なのだ。

 

 "未知なる未来"──少年の放った言葉は、どうしようもなく男を……ゲイル・オーラムを駆り立てた。

 

 

「連邦東部方言で"自分も勝って相手も勝つ"……ってことか。良い響きだネ、使わせてもらおう」

「単なる俺なりの造語ですけどね、東部なまりっぽいだけです」

 

 目的の一致。双方で協力し進んでいき、相互利益を得る。

 助け合う仲であり、共存・共生する関係であり、持ちつ持たれつの間柄。

 

「もっともウィンウィンと言っても、オーラム殿(どの)のほうがずっと負担が大きいかと。特に"窒素固定"に関して、快諾してくれたのはありがたい」

「ふっははっは、どうせ日々持て余している魔力だ。それにベイリル、キミは()()()()()()()()()いずれ自身で望みを叶えるだろう」

 

「まぁ……そうですね。時間は相当掛けることになりますが」

「つまりキミの価値は真に唯一(ただひと)ツだ」

 

 連邦西部商人を一堂に介し、説き伏せた会合を終えての帰路。

 詳しく話を聞けば聞くほど……実際に事を進めていくほどに……。

 実際的に現実味を帯びてくる。未来への興味が一層広がっていく。

 

 そう……もはや彼は手放(てばな)してはいけない宝なのだ。

 己の未来を照らす代替の効かぬ道標(みちしるべ)

 

 ベイリルを失うことは、自身を殺すのと同義とさえ思えるほど今は満悦している。

 

 

「否定はしません。ハーフエルフに生まれたことも本当に僥倖(ぎょうこう)でした」

「まっ恩に着るのであれば急ぐことだ、コッチはただの人間だしネ。その為の労はワタシとしても惜しむ気はない」

 

 遠き未来を拝む為にいずれ眠ることになるとしても、可能であればテクノロジー発展の中間も見たい。

  

迅速(なるはや)でやっていくつもりですが、基礎が(おろそ)かだと砂上(さじょう)楼閣(ろうかく)に過ぎないので手抜きはしませんよ」

「もちろんだ、キミは思うままにやりたまえ」

「それは願ってもない。それじゃあ言葉に甘えて相談があるんですけど、多様な資源類を早めに確保する為に冒険者を大量に雇って──」

 

 ベイリルとの話は尽きず……もはやゲイル・オーラムの心は単なる伽藍堂(がらんどう)ではなくなっていた。

 

 彼の広大な精神の空間はいずれ──ありとあらゆる事柄で埋め尽くされる。

 その配置を考えているだけで、ゲイル・オーラムの虚無感は消え失せた。

 

 後に"財団"の三巨頭が一人に数えられる男の旅路には、"黄金"の輝きを(たた)えているようであった──

 

 



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#24 変わりゆく生活

 

「はぁ……なんで……」

 

 そう毒づくような溜息を吐きながら、ゲイル・オーラム付きの小間使い(メイド)であるクロアーネは物思いに(ふけ)続ける。

 "あいつら"が行くのは好きにすればいい。むしろいなくなってくれれば清々(せいせい)するくらいだ。

 

「なんで、私まで……」

 

 ゲイル・オーラムが(おさ)に立つ裏組織本部の地下トレーニングルームで一人鍛錬に励む。

 

「ついでだったしクロアーネの分も手続きしといたよ。青春は一度キリだし楽しんでらっしゃいな」

 

 そんな主人の言葉を、双山刀で素振りしながら身体と一緒に頭で回す。

 地面まで軸を一本通したコマのように、ブレない回転を順次上げていく。

 リズミカルに反響する巻藁人形の打音が、間断なく途切れなくなるまでそれは続く。

 

 自分にできることは、潜入や戦闘といったことだけ──己にとって最も得意なことで貢献をする。

 ゲイルに護衛なんかいらない強さなのはわかっているし、どこかに間諜を命じられることもない。

 

 それでも自分にはこれしかなかった……いつかの為に己を鍛え続けることだけ。

 

 

 いつも付き従う忠犬? 常に目を見晴らせる番犬? 

 命令一つで獲物を狩る猟犬? 相手を殺すまで止まらない狂犬?

 

 なんとでも呼べばいい。

 犬人族であることは別段恥じていないし、どれも私らしいことだ。

 自分で考えることをしない駄犬? 結構なことだ。この身命はゲイル様に捧げると誓ったのだから。

 

 獣人種の差別激しい【エフランサ王国】で生まれ、物心つく頃には既に奴隷の首輪をつけられていた。

 とある侯爵家の私設部隊として、吹けば消える命のような扱いをされ、地獄を耐え続けてきた。

 

 100人以上は存在していた獣人の奴隷が5人まで減った頃。私は汚れ仕事を一手に(にな)う部隊員として働き始める。

 王国では獣人種や亜人種をそういったことに使うことは、特に珍しいことではない。

 

 あらゆることをやってきた、時には同業者とも争った。

 心はとっくに昔に死んでいて、ただ仕事をこなすだけだった。でもゲイル様が救ってくれた。

 

 

 あの人にとっては気まぐれだったのだろう。

 自分を殺しに来た挙げ句に敗北し、一匹逃げ遅れた犬っころなんて。

 

 殺すのなんか簡単だったはずなのに、どうせなら甚振(いたぶ)ったってよかった。

 私の元の飼い主である侯爵らの情報を引き出す為に、拷問されて然るべきなのに──生かした。

 

 金と時間と手間を掛けてまで、私の首に付けられた奴隷用の"魔術具"を解き、人らしい生活を与えてくれた。

 

 

(そう……ゲイル様が行けと言われるなら、行くだけ)

 

 正直なところ──何年も共に過ごし経っていても、未だに何を考えているかはよくわからない主人である。

 暗殺を差し向けた侯爵にも寛容だったが、最終的には何を思ってかあっさりと潰してしまった。

 しかしそうなる前のしばらくの間は、新たな襲撃者を楽しみに待っていたくらいだ。

 

 とにかく何事にも楽しみを見出そうとはしている(フシ)はあった。

 それでもどれも中途半端に飽きて投げ出してしまう。

 

 組織のボスになったのも自ら望んだものではない。だから長となった今も自ら外へ出て行動している。

 そんなご主人が最近夢中になっているものがある。あの私を倒した少年、ベイリルという名の(やから)だ。

 

 

 4週間ほど前のあの日。

 二人で話してから、ゲイル様は色々と精力的に立ち回り始めた。

 ゲイル様はあいつと定期的に話しては、今まで大して使ってこなかった人脈を最大限に利用している。

 

 自分よりも年下の少年。自分よりも遥かにぬるま湯で育っていたような奴が、どうしてあんなにも……。

 

 感情を持て余している、こんなことは初めての経験だった。

 いけすかない、けれど見習うべきところも確かにあるのだ。

 

 

(もしも……──)

 

 スタミナが切れたところで回転は徐々に止まり、その場に倒れ込む。

 いつもなら思考なんてしている余裕はないのに、今は何故かこうして考えてしまう。

 

 ゆっくりと鎌首をもたげる──

 今まで私は自分の最適で役に立とうとしか考えてこなかった。ゲイル様も自由にさせてくれていた。

 でも私は得意分野であった戦闘において敗北を喫した。護衛としては確実に失格モノの大失態。

 

 ゲイル様が「従者ならそれっぽく」と用意してくれた服も、ただ着ているだけだった。

 単なる身の回りの世話をしたって、ゲイル様は喜びはすまいと。

 しかしもしも視野を広げていたとしたら……どうなっていたのだろう。

 

 

(もしも……私があいつらと一緒に、あの男のように何かできることを探して──)

 

 そうすれば少しは私もゲイル様の退屈を……埋めてさしあげられただろうか。

 人として生きるだけの心は持ち得たと思っている。

 思考停止していただけで、今からでも次の段階へ進むべき時なのではないか。

 

 あの少年はキッカケなのかも知れない。

 主人に付き従うだけで良しとしていた、揺れぬ水面の従者生活に落ちてきた一滴の波紋。

 

 

(変化を恐れるべきではない)

 

 あの男……ベイリルがやろうとしていることは、伝え聞く程度だが多岐に渡るようである。

 元カルト教の財貨を注ぎ込んでいくつか施設を作り、集めた人材を投入して何かをやっている。

 

 ゲイル様は何やら研究の為にその魔術を使い、自ら市場を動かす経済活動に(いそ)しんでいる。

 二人は時に農民、時に豪商、さらには連邦の都市国家長にまで話をして、幅広く活動し始めた。

 

 私もそのどこか一端(いったん)でいい、役に立てる分野が作れるんじゃないのか──

 

 

 

「どうも」

 

 掛けられた一声に反射的に立ち上がり身構える。その様子を見て──ベイリルは両手をあげた。

 

「ごめん、覗くつもりとか脅かせるつもりとかそういうのはなかった」

「……いえ、構いません」

 

 心の中で巡らせていただけだが、噂をすればなんとやら。

 訓練室である以上、誰が入ってこようと自由だ。思考に没頭して気付かなかった自分も悪い。

 

 山刀をしまい汗を拭くと、身なりを最低限整え出て行こうとする。

 

 

「ちょっと待った」

「……なんですか」

 

 振り返ったところでつい邪険に睨みつけてしまう──筋合いなどないのに。

 私を倒したことをわざわざ謝罪したような少年。ゲイル様と意気投合し行動する少年。

 自分より年下なのにやたら大人びていて、私の存在価値を貶めた少年。

 

 わかっているのだ……恨む理由などないのに。

 第一印象は最悪でも、決して悪い人間じゃないことは。

 

 

「あーっと、その……訓練姿も綺麗ですね」

死合(・・)なら買いますが」

 

 ふざけた言葉にそう応えると、ベイリルは年相応の少年らしく慌てたようにかぶりを振る。

 

「すみません、()()()()()も兼ねて少し慣れておこうかな~なんて、軽率でした」

「呼び止めておいてそれですか、用がないなら失礼します」

 

「いえね……せっかく"ご学友"であり"ご同業"になるのなら、もう少し仲良くなりたいなって思って」

 

 (きびす)を返そうとしたところで、その言葉に揺さぶられる。

 もたげた鎌首を沈めきれないのは、心のどこかに否定し難い感情があるのに他ならない。

 

 

「私は望んでいません」

「でもオーラム殿(どの)(かよ)わせると言ってましたが……」

「私は望んでいません」

「でももう手続きは済んで、住む為の準備も済んでいるとか」

「私は望んでいません」

「でも主人の意向ですし、拒絶しませんよね?」

 

「っ……そうですね」

 

 渋々答えた言葉にベイリルは少年らしからぬ笑みを浮かべた。

 こういうところだ、特にいけすかないのが。

 

「なら仲良くしましょう。遺恨はありますが、年頃も近いし知った仲は多い方がいいでしょう」

「必要最低限でよろしいかと」

 

「オーラム殿(どの)のお役に立ちたくはないですか?」

 

 今度は殺意を込めて睨み付ける。

 触れて欲しくない領域に土足で踏み込んで来る態度。

 

 どのクチが言う。こいつがあれこれ立ち回っていた間にひたすら鍛錬を積んでいた。

 今度こそ息の根を止める……まではせずとも、痛い目を()わせてやる。

 

 

「申し訳ない、と先に謝っておきますが……生憎(あいにく)と俺はむざむざと引く気はありませんよ。そうやって先延ばしにしてきた結果の、今の微妙なクロアーネさんとの関係を変える為に来たんで」

「お望み通り、関係が()()()()になるわ」

 

「はぁ……そろそろ本音で語りますか、お互い慇懃無礼(いんぎんぶれい)上辺(うわべ)だけの敬語もいらない」

 

 無意識にギチギチと、クロアーネの腕が引き絞られる。

 今にも刃引きした山刀に手が伸びるというところで、構わずベイリルは話をし始める。

 

 

「俺とオーラム殿(どの)がやろうとしていることは、途方もない時間と労力が()る。"学生生活"もその一環になる」

「はっ、今さらのんびり何かを学んで役に立つって?」

「重要なのは教育と人脈作りとついでに実験、言わば才能を発見することにある──鉄は熱い内に打て、大成するなら若い内から学べ」

「それに私を付き合わせようって? 生憎(あいにく)とお断りよ、クソ野郎」

 

 吐き捨てた言葉にベイリルは一瞬身震して何か呟いたかと思うと、構わず続ける。

 

「俺が以前に君を倒したのも、知識に基づいた魔術だ。それらは戦闘においても大きな利を得る」

「私にはッ──」

 

 必要ない、とは続けられなかった。

 実際に私に勝ったこいつを否定してしまえば……強さを否定すれば、自身への否定になる。

 

如何(いかん)ともし難い感情を持て余しているのは、それなりにわかっているつもりだ。なんせ俺だって何度も……そう、数えきれないほど懊悩(おうのう)してきたからな」

 

 

「わた……しは……」

 

 知った風な口を叩き、(うれ)いたような表情を見せる少年を(ののし)るには至らず。

 こちらに全く(おく)すこともなく同情も侮蔑(ぶべつ)もない、ただただ純粋で真摯(しんし)に向き合う少年の双眸。

 

「力を貸してくれ、クロアーネさん。俺たち全員で未知なる未来を創っていきたい」

 

 深く息を吸い……吐き出す。これ以上──張る意地なんてあるのだろうか。

 いや元からなかった。私は空っぽな汚れ仕事しかしてこなかった犬畜生だったのだから。

 

 

(結局私も……除け者になるのが嫌だった──)

 

 ゲイル様とベイリル、それにジェーン、ヘリオ、リーティア。

 変化の中で自分だけが置いてかれるのが嫌だった。

 

 変わり映えせず任務だけこなしていたあの頃のように。

 停止したままでいることを自覚していたからこそ……。

 

 

「私なんかが……一体なんの役に立つというの」

「打算的な物言いで悪いけど、俺が期待しているのは人心操作と──"料理"かな」

 

「……料理?」

 

 人心操作はわかる、汚れ仕事でそういったことはある程度は心得ているつもりだ。

 任意に都合の良い情報を流したり、敵対相手を陥れたり、同業者を利用したり──しかし料理とはどういうことだ?

 確かに任務中は自分達で作ることは多かったが特別上手いと思ったことはない。

 

「過去に色々な国で様々な食材を扱っていたって聞いた。普通は食べないようなものも、経験で調理したことがあるって?」

「まぁ……そういうのは慣れているけど」

「"俺たち"の目指す文明では、食事も大切な要素の一つだ」

「そんなことで、私が役に立てると?」

 

 

 ベイリルは力強くうなずいて肯定する。

 そんな瞳には揺るぎない信頼と希望の輝きが見えたような気がした。

 

「調理技術は後から磨けばいいだろうが、そういう感性って凄い大事だと思うからな。食えるか食えないかの判断や知識も大事だし。創意工夫の幅や発想力とかも磨かれたろう。

 さらにかなり鼻が利くってのは食材を調理し味を調える上で大きな強みになる。いつかは"俺の考えている料理"なんかも、是非作って欲しいと本気で願っているよ」

 

「……私の山刀さばきは調理の為にあるんじゃないんだけど」

「そこをなんとか」

 

 そう言って拝むように頭を下げるベイリルを眺めつつ、この辺が折り合いをつけるところかと思う。

 ゲイル様の為に──こいつらの為に──調理するのも……想像してみたが存外悪い心地ではなかった。

 

「わかった、そこまで言うのであれば……仕方ありません」

「ありがとう、まぁそう言ってくれるまで引き下がるつもりはなかったけどな」

 

 そうやって何もかも狙い通りと言った風にほくそ笑んだ年下らしからぬベイリル。

 そんな男に対し、私も不敵な笑みで返してやる。

 

 

「ただし、ベイリル。貴方が私に勝ったら」

「えっ今から? ってか俺一回勝ってんだけど」

 

「問答無用!」

 

 そう叫んで私は訓練用山刀を抜き放つ。新たな明日への不安と期待をない交ぜにしながら──

 

 一撃一撃を丁寧に、一つ一つの想いを込めて──

 

 



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#25 交差する日常

 

 俺は街中で一人……中央広場のベンチに座りながら、ボーッと往来する人波を眺める。

 

 連邦西部有数の都市国家も、「外国の片田舎の街並かな」程度の感想にしかならなかった。

 もっとも街道を歩く亜人や獣人、騎乗や荷を引く為の固有種を除けば……であるが。

 

 こうして観察していると現代地球のテクノロジーとその多様性が、いかに豊富であったのかは常々思うことだった。

 そしていざ異世界文明に革命を(おこ)すことを考えると、課題は山のように積まれ天頂は全く見えない。

 

 

(決意の日からずっと練ってはいたが──)

 

 それらはあくまで机上のものでしかなかった。

 俺自身が持つ知識も──娯楽物(ゲームなど)から文明や歴史に興味を(いだ)き、書物や動画などを色々と漁って得た程度のニワカ知識でしかない。

 つまりは所詮は凡庸人の浅知恵で立てていた計画で、修正箇所は枚挙(まいきょ)(いとま)がない。

 

 ゲイル・オーラムとの出会いで、諸々着手するまでに百年近くは短縮されたろうとは思う。

 危機(ピンチ)好機(チャンス)へと変えただけでも、俺は今のところ順風満帆にやってこれていると言っていいはずだ。

 

 一転した生活に疲れてしまう面もあるが、ここは一つの踏ん張りどころとして頑張るしかない。

 

 

(もっと、もっとだ。人材が欲しい……)

 

 暖かい日差しの下で、遥か天空と片割星を仰ぎ眺めながら思考を深めていく。

 

 さしあたってゲイル・オーラムがその人脈(コネクション)で集めた有力商人達。

 彼らとの会合と交渉は面倒なことも少なくなかったが順当に終わった。交渉と言ってもこちらが美味い話を提示するだけ。

 

 株式、為替、融資、保険業、簿記、特許など、優秀な者達の手で遅々としても確実に浸透していくだろう。

 ただしあくまで実験的なもので、それらを本格運用するのはもう少し後になる。

 

 世界文明を促進させる頃には、しっかりと利用できる環境に成熟させておく必要もあるのだった。

 

 さらにオーラムの裏組織がシノギにしている事業の一つに、大型私営賭博を加えてさらに拡大させていく。

 元世界からパクってきた各種ギャンブル、さらには独自通貨も流通させるつもりである。

 

 俺は多様な展望を考えつつ、空続魔術で微炭酸にした果実ジュースを飲み干し……ベンチから立ち上がって、木造りの容器を返しにいった。

 

 

「っと、失礼」

 

 対面から来た人間とぶつかりそうになるも、俺はさらりと(かわ)して一言投げかける。

 しかしその若い男は一瞥(いちべつ)だけをくれると、黙ったまま足早に行ってしまった。

 

(横に三つ並んだ、左泣きぼくろ──)

 

 

 つい先日ジェーンとヘリオとリーティアが財袋をスられたそうだったが、(くだん)の人物とは違うようだった。

 本当にただただ急いでいたのかも知れない。パッと見だが少し気になったのは、みすぼらしい格好であった。

 

(ああいった貧民……かどうかはわからんが、数多くの人が十全に力を発揮できる場を作る──)

 

 経済と同時に最優先で着手すべきは食料供給、ひいては"化学肥料"である。

 これも既に人脈を利用して有志を(つの)っているし、研究施設や道具も確保している中途にある。

 

 そして俺のとっておきである"重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"を、あっさりと模倣(コピー)してしまったゲイル・オーラム。

 彼ならば俺よりも遥かに早く窒素固定をマスターし、リン酸とカリウムの量産研究と並行して成し遂げてくれるに違いない。

 

 

(後はなるべく不作な地帯を(メイン)としてデータを取りながら、畜産関係も品種改良をしていくのも当面の方針だな)

 

 未知なる未来と文明回華の為には、世界中で進化を(うなが)さねばならない。

 その為には可能な限り迅速に、人的資源を確保していくのが重要なのだ。

 

 それは食糧問題だけに留まらない。大規模な"公衆衛生"や、安価な薬用石鹸なども必要だろう。

 魔術によらない適切な医療処置や、"抗生物質"をはじめとした医学・薬学分野も急務になる。

 

 とにもかくにも研究の為に、様々な人員と場所を用意していくのが最低限にして最優先。

 

 "化学"・"原子理論"、"生物学"・"物理学"、"冶金学"、"機械工学"なども早急(さっきゅう)に進めていきたい。

 そしてそれらの大元となる"数学"。数式こそ全ての基礎となる学問であり、数学者として才能ある人間を探す必要がある。

 

 あとは顕微鏡などが作ることができれば、異世界の常識外な地球の科学理論の証明がしやすくなる。

 

 

(俺が理系の秀才で公式とか色々覚えていれば、手間は十足飛びくらいに省けたんだろうが……)

 

 (いわ)く──"数学は科学へと繋がる門と鍵である"。

 数学こそが実践面最強の現代知識チートと言ってもいい。

 

(ないものねだりをしてもしょうがないな……)

 

 ガチガチの文系で、学生時代に勉強したことの多くを忘れている俺には如何(いかん)ともし難い。

 こっちの世界で各分野の英才を、どこぞから引き抜いたり在野(ざいや)から見つけていく他なかった。

 

 教育と共に知識という種を根付かせる。そうすることで芽吹き花開くのを期待する。

 

 テクノロジーの中には現行文明でも比較的やりやすく、手を付けたいことは色々ある。

 しかしてんでリソースが足りないのだ。研究させる金も時間も人手も慢性的に不足する。

 

 

(どう科学の系統樹(テクノロジーツリー)を進んでいくにしても……)

 

 とにもかくにもデータ集積だけは徹底していかねばならないだろう。

 

 科学とは成功と失敗を繰り返した、膨大な統計の積み重ねた先にこそある。

 今現在は大した成果とならず、その内実が解明できずとも、(のち)の未来には必ず役に立つ日が来る。

 

 ともすればデータを残す媒体となる、紙も大量に必要になってくる。

 紙の効率的生産や"活版印刷"技術の研究・開発も早急に推し進めていくことになる。

 

 同時に印刷は一つのパラダイムシフトとなりうるテクノロジーである。

 教育の為には必要なことだが、安易に世界へ広めてしまうのは慎重を期さねばなるまい。

 

 簡易的な蒸気機関や電磁気その他、高次テクノロジーとなるものは時機を見計らっていかねばならない。

 

 

「おっあの子なかなか──」

 

 ふと目を向けた先には同年代の女の子が映る。短めの濃い茶髪をツインテールで結んだ少女。

 

 鳥人族だろうか……短めの羽根が肩甲骨の付近から生えているようだった。

 感情豊かに飲食し、可憐で元気いっぱいな印象がとても眩しい。

 俺もそろそろ若く、いい年齢になってきて、性欲を持て余す──ほどではないものの、肉体のほうが興味を覚えるくらいにはなってきた。

 

 思い切ってナンパでも敢行してみようかと思うものの、今もう少しは色恋にかまけていられない。

 

 

(う~ん……娯楽・文化面もなぁ)

 

 娯楽と成り得る分野も同様である。美食、音響学に芸術全般、楽器類の製作など。

 費やすコストとリターンを考えると、当分は後回しにしなくてはならないだろう。

 

 なにせ農耕用に使えそうな各種作物や、馴染みのない食材。多用途極まる天然樹脂類の探索。

 冒険者らに財貨を投入して、順次依頼していく予定までもが詰まっている。

 

 加えて大陸全土の地質データの収集。

 勢力調査や選定作業も、文明発展において切り離せない。

 土地の所有権や帰属などもなるべく精細に調べ上げ、可能であれば早めに買い上げたい。

 

 

(後々の為にも有能な立地は早めに押さえておかないとな)

 

 強文明たる理由の半分以上は立地で決まる、と言っても過言ではないと勝手に思っている。

 

 せめて採掘権だけでもなんとか入手し、石炭や石油にガス資源も含めた燃料はもとより。

 希少金属(レアメタル)等の採鉱作業や、それらの備蓄にも早めに着手したいところである。

 

 あとは……後々に"世界遺産"となるような大自然の選定。

 あるいは訪れ見た者、全ての琴線(きんせん)に触れるような──芸術性伴う巨大構造物なども作りたい。

 

 

「んん……あれは、確か帝国の──」

 

 新たに視界内に入ってきたそれを、俺は脳内の記憶から手繰り寄せていく。

 自分とそう変わらぬくらいの青年と、付かず離れずの距離を保っている二人の男女。

 

 あれはまだ幼少期に亜人集落で住んでいた頃……王族の行幸(ぎょうこう)のようなものだったか。

 守られている王族とその周囲を固めていた護衛──彼らが一様に身に付けていた紋章。

 

 二人の男女は軽装であっても武装している。

 そしてその剣柄に刻まれているその紋章は──"帝国近衛騎士"の証。

 

 世界最強の国家の中でも、選ばれしエリートだけが就けるという一つの到達点。

 

 

(──ってことはあいつが()()()()()()()の一人、ということになるわけか)

 

 黒髪をやや長めに残した正統派な、まさに異国の王子様と言った容姿。

 実力主義の帝国にあって一度も玉座を奪わせない王族は、才能も教育も申し分がない。

 

 人族でありながらも連綿と受け継がれた遺伝子と、強者かくあるべしという()()()()なのだろうか。

 頂点である帝王になれずとも、その兄弟姉妹は皆なにがしかの分野で頭角を現すとされる。

 

 何の目的で連邦西部の、一都市の街中にいるのかはわからない。

 多少露骨でもコネ目的で近付くか、少なくとも今は触らぬ王族に祟りなしとするか──

 

 しかし小気味良くアドリブが利くとは、我ながら微塵にも思っちゃいない。

 こちらから能動的に接触するのは、リスクのほうが高いような気がした。

 何かトラブルでも起こってそこに颯爽(さっそう)と助けに入って──とでも妄想してみる。

 

 しかし特に何も起きることなく、しばらくして近衛と共に視界内から消えてしまった。

 そもそもお付きの騎士がいれば、俺の出番などまず無いに違いなかった。

 

 

(【ディーツァ帝国】……軍拡主義の実力至上国家、か)

 

 国家間の戦争も、いずれは考えていかなくちゃいけない重要項となる。

 "文明回華"を進めていけば、ほぼ確実にぶち当たると言ってよい問題。

 

 場合によっては俺の指針一つで、大勢が死んでいくという覚悟も必要だった。

 

 現段階でも製造しやすい黒色火薬を始めとして、弾薬及び機関銃。大砲とダイナマイト。

 戦車に巡洋艦、高高度爆撃機や弾道ミサイル、無線通信からネットワーク──そして核兵器に至るまで。

 

 

「"必要は発明の母"──」

 

 俺は元世界の格言を日本語でつぶやく。戦争の為に研究・開発されたテクノロジー群。

 それらが転じて文明に大きな進歩を与えるのはインターネットなど(しか)り、割りかしよく聞く話である。

 

 しかしコントロール不能の無秩序な戦争は、大切な各種リソースの浪費にしかならない。

 

(機を窺いつつも迅速かつ繊細に、一気呵成(いっきかせい)万端(ばんたん)整え、圧倒的優位に立たないと……か)

 

 口に出さぬまま、じんわりと展望を巡らせていく。

 戦争に直接関わるテクノロジーと、それらの氾濫(はんらん)は極力抑え控えたほうが良い。

 長期化して泥仕合になるようなことだけは、絶対に()けねばならない。

 

 最終的に人類社会全体における、共通の利益となるように。

 世界の全てが文明の恩恵を享受(きょうじゅ)し、それらを発展させる土台にせねばならないのだから。

 

 

(結局は地道にやってくしかないよな)

 

 飛躍の為に必要なのは再三考える通り、人的資源であり質と量の確保。

 絶対数を増やし、より良いスパイラルが自然と作られるよう整える。

 循環させ──踏襲させ──発想させ──昇華させる──

 

 文明を急速に発展させるにおいて、荒唐無稽(こうとうむけい)と思える理論を実際に体験させる。

 

 俺の頭の中にある地球にあった現実が、"本物"であることを証明することが肝要となっていく。

 無明の暗闇の中で全く新たなモノを想像し、創造するのはいつだって困難(きわ)まる。

 

 しかし実績を重ねて得た信頼を重ねていくことで、俺の夢想を証拠(エビデンス)を出さぬまま無条件に信じさせることができる。

 

 異世界の常識では一笑に付されるような話も、"現実の延長線上に存在する"と考えさせることが可能となる。

 そうなれば生み出す為の目標を、適時明確に定めることが可能になっていくのだ。

 

 "それ"が確実に存在しているとわかれば、徒労となる寄り道なく効率的に邁進(まいしん)することができる。

 

 

「まったく……考えることが多すぎて、ドハマりしたシミュレーションゲームのようにはいかんもんだ」

 

 自嘲するようにわかりきっていたことを吐いてから俺は立ち上がる。

 立地を厳選し、都市計画を練り、スタートダッシュを決めて、ラッシュで追い込む。

 

 (こと)はそう単純には動かない。とはいえダイナミズムはなくても、それもまた楽しい。

 

 社会の歯車としてではない。まだ小さな世界でも、俺自身が動かしているという実感。

 やりたいことをやって蓄積される疲労に、新鮮味というスパイスが加わり心地良さすら感じる。

 

 文字通り生まれ変わった気分でもって、多方面から導き導かれゆくあらゆる交差を受容する。

 

 それが新しき我が人生──この俺の充実した日常なのだ。

 

 

 



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#26 異世界史

 

 

 懐かしい夢を見た──それは母ヴェリリアの夢だった。

 いつもは明晰夢で魔術の練習や、体捌きのイメージを固めるものだが……その日は珍しく普通に見る夢のままだった。

 

「ベイリルが読んでくれて、ご本もよろこんでるねー」

「うんー」

 

 母のこれ以上ないほど穏やかな声音に癒されながら、幼児の俺は過去を振り返る。

 異世界言語を修得する為にも何度も何度も読み聞かせてもらい、世界の成り立ちを知る上で大いに役立った一冊の書物。

 

 

「むか~しむかし……あるところに、竜と獣が仲良く暮らしていました」

 

 かつて地上に繁栄していた竜と、ヒトを含めた獣たちの楽園があった。

 

「しかしある時、魔力を見つけて魔法を使う人たちが現れました──」

 

 魔力を(もち)い、魔法に裏打ちされた武力をもって、広き大陸の支配領域を広げていった人間(ヒト)という種族。

 彼らは大陸そのものに君臨していた"獣の王"──叡智に満ちた"頂竜(ちょうりゅう)"を排斥(はいせき)し、広き地上を統一した。

 

 (ふる)き王たる竜はいずこかへ消え、かの(もと)にあった竜族もほとんどが消えるか死に絶えた。

 

 新たに支配者となったヒトの長である存在は、自らを"神王(しんおう)"と名乗った。

 さらには種族全体を"神族(しんぞく)"と呼称するようになる。

 

 

「死ぬことがなくなった神族も、いつまでもそのままではいられませんでした。なんと魔力があばれはじめたのです──」

 

 長き統治が続いた……しかし永久不変の栄華などは存在しなかった。

 魔法の根源たる魔力が、原因不明の暴走(・・)(きた)し始めたのである。

 

 巨大な大陸のほぼ全てに、その版図(はんと)を広げ住んでいた神族。

 彼らの中から肉体を侵食した結果として、"異形化(いぎょうか)"する者達が出現する。

 暴走は留まる気配すらないまま、着々とその数を増やしていった。

 

 

「神族は異形化して自分たちと変わってしまった者たちを、"魔族(まぞく)"と呼んで追い出しました」

 

 元は隣人であった者さえも()み嫌い、差別と弾圧が表面化して歯止めが効かなくなっていった。

 

 異形化が止まらなければ、知能なき"魔物"と成り果ててしまう。そうなれば既に意思なき身なれど、討伐の対象ともなる。

 同時にいつ自分こそが同じ目に()うのかと、互いに疑心暗鬼に(おちい)ってしまったのだった。

 

 獣の王を打倒してより、当時も存命であった"初代神王ケイルヴ"。

 彼は魔族を隔離する為に、最南端の土地に魔族を追いやった。

 

 はみ出し者集団と化した魔族ら本人も、居場所を求めて(おの)ずから離反していった。

 

 

「でもおそろしいことはまだ続きます。なんと今度は魔力が枯れて()くなりはじめたのです──」

 

 魔力の暴走による異形化は散発的で収束を見ることがなく……そんな状況に追い打ちを掛けるかのように。

 

 今度は魔力そのものを体内に留めておけなくなり、どんどん喪失していく枯渇(・・)現象が目立ち始める。

 魔力を失っていく神族は、当然ながら魔法も使えなくなっていった。

 いずれ完全に魔力のなくなった者達は、元の単なる"人族(ひとぞく)"として呼称されるようになった。

 

 

「ヒトは神となり……それから魔となり人となっていきました──」

 

 この異世界は全て同一の、神族という種族に端を発し、枝分かれするように変異あるいは退化していったのであった。

 それゆえにこの世界では、どの国家も種族も基本的に共通言語で通る。

 (なま)りや言語の変遷(へんせん)も多く見られるものの、原則として一つの言語を基本形としている。

 

 

「そのとちゅうで、他にもいろいろな人たちが生まれていき──」

 

 魔力暴走の過程で、吸血種(ヴァンパイア)や鬼人族といった亜人種が生まれた。

 魔力の枯渇の最中(さなか)に、エルフ種やドワーフ族といった亜人種が生まれた。

 さらに獣人種や魚人種といった、自然の環境に適応する為に分化していった種族が現れはじめた。

 

 それらは魔力と意志による変化の一態様(いちたいよう)、ある種の進化であるとも言われる。

 また亜人種の中でも、俺の体内にに半分流れているエルフの血は、魔力に特化した種族であった。

 

 魔力の枯渇に(さいな)まれる中で、"魔力抱擁"と呼ばれる能動的な技術によって自らの魔力をコントロールを確立させた種族。

 抜本(ばっぽん)的な解決ではなかったものの、際限なき魔力の流出をほぼ半永久的に押し留めた。

 神族のような不老ではなくなったものの、1000年近い寿命と独自の魔力操法を得るに至ったのだった。

 

 一方で魔力の暴走・異形化の渦中にあって、類似の技術を用いて生き延びた種族がいる。

 それこそがヴァンパイアであり、エルフと(つい)を成す存在とも言えた。

 

 

「とてもながい時間すぎていく中で、ついに"魔王"があらわれました──」

 

 圧倒的に数と力の差がある神族に、魔族と人族は一方的に隔離・管理され、魔力災害の為に研究される立場にあった。

 されども原因究明もされないまま長い時が過ぎ去り、そんな中で魔族から力を得た者が現れる。

 

 その者は神王に(なら)って、自らを"魔王(まおう)"と名乗り、世界の一部をまとめあげた。

 ついには種族全体としても力が衰え始めた神族に対して、戦争を起こしたのである。

 

 結果としては──神族にそれなりに打撃を与えるものの、最終的に敗北を(きっ)した。

 しかしその(あいだ)に着々と数を増やした人族を、神族は管理することができなくなってしまっていた。

 

 

「魔法はどんどんなくなっていきました、そのかわり魔術があたらしく使われるようになりました──」

 

 魔法とは全能の(ちから)であり、魔術とは万能の(ちから)と言われる。

 初代魔王によって考案・実践化された魔術こそ、神族に抗し得ることが可能な方法だった。

 

 最初は魔族しか使えなかった魔術も、いずれは人族にも広まっていった。

 一度魔力を完全に枯渇した人族が、時間を掛けて数を増やした頃──微量ながらも魔力を新たに得ることが可能となっていたからである。

 

 

「魔術を使えるようになった人族は、いろいろな国をつくっていきます──」

 

 数えきれないほどの戦乱と興亡が繰り返される中で……人々は【王国】を造り、【皇国】が独立し、【帝国】が分かれ、【連邦】が結ばれ、【共和国】が生まれた。

 

 "人領(じんりょう)"と称される土地はいつの間にか圧倒的な広さとなり、南の"魔領(まりょう)"とは分かたれた。

 外海の先にある【極東】、内海の諸島と魚人種。いつしか自らの領域を最低限に(たも)った"神領(しんりょう)"と、互いに住み分けがなされた。 

 

 

「ひとびとはあらそい、ながい時間をかけて……ようやくこの集落もできたのでした」

 

 帝国には"特区"と呼ばれる、かなり広い裁量権を持つ独立自治が認められた減税地域がある。

 この亜人集落【アイヘル】は、亜人特区内に数ある中の一つであった。

 

 

 ヴァリリア(かあさん)は本をパタンッと閉じて、俺の顔を見つめる。

 

「ははー、"(どらごん)"はどこにいったのー?」

「う~ん……お母さんが昔お世話になった人は、どこかで生きてるって言ってたかな」

「おせわになった?」

「そうよ~、あの頃はその人について世界を巡ったわねぇ。大雑把な人だったからお母さんが調理してて……おかげでいろんな国の料理を覚えられたわぁ。ベイリルがお母さんの美味しい手料理食べられるのもそのおかげ」

 

 母は懐かしむような表情を浮かべる。今でこそ落ち着いたように見える母も、昔はヤンチャだったとか。

 

「さーて夜も遅いからそろそろ寝ないとね。でないと蒼い鬼火の囁霊(ウィスパー)がやってきちゃうわよ~」

 

 素直に促されて俺は母と共に寝所へと行き、添い寝をされる。

 こちらが眠るまで(ぬく)もりと一緒にいてくれるのが、毎夜の日課だった。

 

 

「ベイリルは将来どんな子になるのかしらー」

 

 少なくともその頃は、暢気(のんき)に暮らしているだけでいいと思っていた。

 退屈なことは少なくない、スローライフも悪くない。

 地球の歌を丸コピして流行らせ、左うちわで生活しつつ、いずれは母のように世界観光に出て、めいっぱい楽しもうというくらいの気持ち。

 

「とにかくお母さん(わたし)よりも長生きして、元気で精一杯に生きてくれればそれで十分だからねぇ──」

 

 そんな母の言葉を聞きながら……俺の意識は世界と共に急速に色をなくし、音も匂いも失われていくのだった。

 

 

 

 

「ん……う、ん──」

 

 早朝の朝のまどろみ中で、寝ぼけ眼のまま俺は直近の思い出を反芻する。

 

(懐かしい夢だったな……)

 

 単なる夢ではなく多少の齟齬(そご)乖離(かいり)はあるだろうが、改めて体験すればそれは確かな過去の記憶。

 姿形だけであれば明晰夢でも会える……しかし無自覚で追体験する記憶の中の母は、かつて本物だったものだ。

 

 ここまで無意識の夢に没入してしまったのは、随分と久し振りだった。

 最近は"文明回華"活動の為に、(せわ)しなく立ち回って疲労が溜まっていたのだろう。

 

 

「まぁいい」

 

 俺はベッドから出て伸びをする。今朝は"全く新しい日々"のスタートであった。

 一歩ずつでも、半歩だったとしても。時間を掛けてでも確実に前へと進んでいく。

 

 昨日より今日、今日より明日。

 異世界生活の門出(かどで)を大いに満喫しようじゃあないか。

 

 



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第一部 登場人物・用語

適宜更新予定。

読む上で必要なことは、作中で説明しています。
この項は世界観の補完や、あのキャラ誰だっけ? というのを簡易に振り返る為のものです。
読まなくても問題ありませんので、飛ばして頂いても構いません。

※先に読むとネタバレの可能性。また砕けた文章もあるのでご注意ください。ご注意ください。


◆ベイリル

本作の主人公、帝国出身。黒灰銀の髪と碧眼のハーフエルフ。現代日本からの転生者。

空属魔術とその派生、地球の創作作品(フィクション)から着想を得た技を使う。

長命種なのをいいことに、現代知識を利用して異世界で『Civilization』しようとする。

なるべく冷静でいようとはするが、楽観主義的で割とテンション任せに行動しがち。

 

◆フラウ・リーネ

青みがかった銀髪をサイドテールに、紫の瞳と片犬歯が特徴的なハーフヴァンパイアの幼馴染。

親同士が仲良く、ベイリルとは赤ん坊の頃からの付き合いで色々と影響を受けた。母の名前はフルオラ・リーネ。

 

◆ラディーア

暗い桃色髪でそばかすの残る鬼人族の少女。

ベイリル、フラウと絡むようになり、少しだけ心を開くようになっていった。

 

◆スィリクス

ハイエルフと呼ばれる、神族とエルフのハイブリッド。種族としては不老で能力も高い。

夢を抱いてガキ大将から始めようとしていたが、早々に挫折を味わってしまった。

 

 

◆ヴェリリア

主人公ベイリルの母、金髪碧眼の純粋なエルフ種。

 

◆仮面の男

故郷を焼いた一人と思しき男。

 

◆ジェーン

育ちの姉、皇国出身。薄藍色の長髪と銀目を持つ人間。水属魔術を使う、氷派生が得意。

みんなのお姉ちゃん、歌ったり踊ったりするのが好き。誠実で融通が利かない部分がある。

人当たりがよく分け隔てないが、一定の親密ラインを無遠慮に踏み越えていくのは得意ではない。

 

◆ヘリオ

肉体年齢的には育ちの兄、連邦東部出身。白髪に赤メッシュ、薄紅の瞳の鬼人族。火属魔術を使う。

歌うのが大好き。粗暴さが目立つが、大概のことは器用にこなす。

戦闘狂な一面も持っていて、短絡的な部分がある。

 

◆リーティア

育ちの妹、出身不明。長い金髪と鮮やかな赤色の眼な狐人族。地属魔術を使う。

天真爛漫、現代知識をほどよく吸収し応用する想像力がある。

年上はおおむね兄や姉呼びするが、ヘリオには呼び捨て。

 

◆セイマール

イアモン宗道団(しゅうどうだん)の先生、魔術具の制作・使用に関してはかなりの熟達していた。死亡。

 

◆アーセン

イアモン宗道団(しゅうどうだん)の信徒、セイマールに育てられた1期生で、潜入任務などをこなす。居所不明。

 

◆道士

イアモン宗道団(しゅうどうだん)の教祖、下半身が元気な爺さんで信仰心は本物だった。死亡。

 

◆ゲイル・オーラム

金髪七三なおっさん、35歳くらい。連邦東部出身。完璧超人な部分があり、世に飽いていたが現代知識に触れてやる気だす。強い。

 

◆クロアーネ

茶髪の犬耳従者。王国出身、ちょっと年上。工作員として過酷に育てられた過去を持つ。

 

◆生贄の少女

助けられた後は、とりあえずゲイルのところに預けられる。

 

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■魔術

ファンタジーおなじみな物理的な現象を引き起こす能力。

初代魔王が体系化した魔力とイメージを認識し発露させる万能の(ちから)とされている。

実のところ知的生命体ならほぼ誰もが使えるが、適性の差があるので実際には1~2割ほどに留まる。

日常用の魔術具が多く存在している為、個人で覚える必要がないことも多く、生活に不自由はない。

 

せっかく自転車があるのにわざわざ持久力(スタミナ)鍛えてマラソンする必要ない、みたいな認識。

また適性と練度が中途半端な魔術を使うくらいなら、魔力強化した肉体の(ほう)が強いことも多い。

 

主人公は現代知識によって一定のプロセスを無視することができたり、違う想像から似たような現象を実現できる。

しかし同時に知識が阻害して、自由な想像を妨げる場合もあり一長一短である。

使う者は魔術士と呼ばれる。

 

■魔導

魔術の凄いバージョン。魔術が物理的な現象であれば、魔導は超常的な現象を起こす。

必要な魔力消費も多く適性はさらに限られ、固有能力と言えるほど昇華されたもの。

その強固な想像の為に、魔導は一人につき一つしか使えない。下手すると普通の魔術が使えなくなってしまうほどの異能。

使う者は魔導師と呼ばれる。

 

■魔法

魔力に由来する現象効果の原型にして拡大解釈した全能に近い(ちから)。現実と妄想の区別がつかない想像力で世界の法則を無視・改変する。

大昔はありふれていたが、現在ではほぼほぼ失伝している。

使う者は魔法使(まほうし)と呼ばれた。

 

■魔術具 / 魔導具 / 魔法具

魔術を道具として扱えるようにしたもの。魔術が使えない人間でも魔力を込めて使える。

例外なく消耗品であり、どんなに高性能な魔術具でも耐久には必ず限界がくる。

 

魔導並の能力を持つ物は魔導具と呼ばれ、その上には魔法具も存在している。

使い手の少なさと作製難度が非常に高い為、実数としては魔導具も魔法具も極端に少ない。

 

■魔鋼

一定の割合で魔力を均一に混ぜ込むことで、魔力を(かよ)いやすいよう作られた鋼。

製法は色々あり、(Fe)が素材としては最もポピュラー。

 

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●人族

世界人口の大半を占めている人間さん。弱者ゆえの社会性と数の暴力と潜在性を秘めている。

神族が魔力を枯渇していった結果、人族と呼ばれるようになった。

現在では魔力も戻りつつあり、相対的に魔力が少ないというだけで魔術も普通に使える。

 

何の特筆もないからこそ貪欲(どんよく)であり、想像力にも拍車をかける。

長い年月の中で、今ではあらゆる種族の中と比しても単一で強い個体が増えてきている。

 

●エルフ種 / ヴァンパイア種

魔力枯渇に見舞われた神族の中から、魔力を抱擁するように循環させることで留めた種族。

不老ではないが長い寿命と高い魔力特性、美容代謝のおかげで平均的に見目麗しい。

良いことづくめなので種族単位で嫉妬されがち。一方で繁殖力が低い傾向にあり、数も少ないのが欠点。

 

人族との子がハーフエルフ、神族との子がハイエルフ、魔族との子はダークエルフと呼ばれる。

ヴァンパイアは魔力暴走中に同じように進化した種族であり、見た目は違うが近い種族。

 

●神族

ほぼ全ての人型種の起源となる種族。端的に言うと、魔法が使えるくらい魔力のある人間。

膨大な魔力はその肉体を不老にし、魔力によって活性された肉体も強靭。繁殖力も高い。

(ちから)が衰えていても単一では最強種族であるが、魔力の枯渇や暴走という爆弾を常に抱えている。

 

●獣人種

神族から派生し、特定の進化に見舞われた獣人種。

人族以外だと、魔族に次いで獣人が多い、種類もいっぱいいる。

獣人は獣と交尾したわけではなく、単に憧れや自然に適応しようとした結果、魔力と想像力でそういう見た目と特性を得ただけ。

 

虎のように強くなりたいと思ったら、猫耳と尻尾が生えて毛深くなり筋肉が増えた。

鳥のように空を飛びたいから、翼をくださいと願ってたら……背中から羽毛が生えた。そんな感じ。

身体的特徴は遺伝するが、必ずしも発現するわけではない。多産ではなく、あくまで人間と一緒。

直接の両親ではなく、祖父母などの特徴が隔世(かくせい)遺伝として出る場合もある。

 

●鬼人族

神族から暴走を経て派生した亜人種の一系統。魔力なしでも素の筋力が非常に強い。

ヴァンパイアが魔力に特化した存在なら、鬼は魔力へと素の肉体へと振った存在。

男は1本、女は2本の(つの)があるのが特徴。

 

●馬

動物も普通にいる、魔力のせいか地球のそれよりも平均して能力(スペック)が高い。

 

●陸竜

でかいトカゲ、荷馬車ならぬ荷竜車として使われることもある。

 

●竜種

大昔の神話の時代に大陸全土を支配していた、地上最強だった種族。

大半は神族の魔法によって駆逐され、また竜の王たる頂竜ともども何処かへと消え去ったという。

 

しかし残されたドラゴンが存在し、魔法も失われた現在では種族単位で見ると上位種に属する。

さらに一部残る強力な純血種は、地上最強に数えられるような個体。

 

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▲神王教

歴代で4人存在する神族の王を信仰する宗教。初代神王ケイルヴ本人が創ったもの。

他の人族などは、神王だけでなく神族という種そのものを信仰の対象にする場合もある。

各代の神王ごとに派閥が分かれていて、同じ神王教でも過激派同士で衝突することもある。

 

ケイルヴ派──竜の時代より誰よりも長く座についていた初代神王、規律を司る。

グラーフ派──世界の安定期にをふるった二代神王、創造・調和・秩序を重んじる。

ディアマ派──最も短命だが最も苛烈な三代神王、戦争を象徴する。

フーラー派──滅多に姿を見せない第四代の現神王、自然の成り行きを(むね)とする。

 

▲魔王崇拝

神王に(なら)って自らを魔王と名乗り、現在の魔術体系を確立させた存在と思想に対する宗教。

魔王そのものというよりは、魔術・魔導・魔法と、魔力に対する探究・信仰も多分に含まれる。むしろそっちのが多い。

魔術士が非魔術士を支配・管理すべきという過激な差別思想もある。

 

▲竜教団

叡智(えいち)ある獣の王。遥か昔に神族に敗れ、多く姿を消したドラゴンを(たてまつる)る宗教。

数少ない竜種は超自然的・超神秘的な存在として、(ちから)の具現そのものとして信仰される。

 

▲イアモン宗道団(しゅうどうだん)

ベイリル達が買われた、神王教ディアマ派閥の急進的なカルト宗教団体。

教義を"(みち)"と称し、教祖である道士(どうし)の下に教徒である道員(どういん)で構成されている。

魔法具"永劫魔剣"を象徴として(あが)(たてまつ)り、その修復と利用を目的としていた。

 

連邦西部を拠点とし、本部の規模は小さいながら工作員は相当数存在したが、ベイリルに潰されてしまった。

 



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第二部 人脈つなぎし箱庭実験 1章「青春コネクション」
#28 動く領土


 

(もしも過去に戻れたなら──)

 

 恐らく元世界・異世界問わず、誰もがもしも(IF)話として妄想することだろう。

 そして過去のどの時点に戻りたいかと問うたなら、学生の頃と答える者はかなり多いだろうとも。

 

 灰色の青春を送り、あの時にもっと積極的になっていたらと悔やむことは枚挙(まいきょ)(いとま)がない。

 だからこそ俺は幸運だ。今度こそ充実した学生生活を送れるのだから……と信じたい。

 

 

 そこは連邦西部国土で、今は(・・)帝国との国境界線上に近い場所に位置している。

 山のような高さの位置に、広大な森山河を有し(・・)、独自の生態系が存在し、敷地内はおよそ2キロメートル四方に及んでいた。

 ──"ブゲン往路(おうろ)"と呼ばれる街道がある。

 その街道沿いは()()()()だけそこを(とお)る際に周辺一帯を注意さえしておけば、それ以外の時季は魔物が滅多に現れることのない安息の土地となる。

 淡水が近い立地であれば自然と人が住み、次第に多くの営みが形作られ、やがて西部連邦に属する都市国家の一つとなった歴史がある。

 

 そんな街道の真上(・・)に位置するのが、これから俺達(・・)が住み込みで(かよ)うことになる"学苑(がくえん)"であった。

 

 

「意外と揺れ(・・)って感じないもんなんだな」

相当(そーとー)ゆっくりみたいだからねぇ」

 

 ヘリオとリーティアが先行し、軽やかに"坂道"を登っていく。

 

「これが"生き物"だなんて信じられない──」

「確かに、スケールがぶっ飛んでる」

 

 ジェーンの言葉にベイリル(おれ)は同意しつつ、背後を振り返って光景を眺めた。

 太く長い()が、街道にその先っぽを(こす)っているのだ。

 否、実態はその逆であり──地面を(なら)した結果として、今の街道ができあがったのである。

 

 今まさに登っている途中の尾っぽの(ヌシ)は、学苑の敷地と同等の大きさ……つまり2キロメートルを越える超規格外の威容を誇る。

 

 

 ──"魔獣"と呼ばれる生物が異世界には存在する。

 かつて神族が魔力の暴走により変異して魔族となり、暴走が止まらぬままだと精神性すら失った魔物と化す。

 しかし極稀(ごくまれ)に魔物となってなお魔力を取り込み続けてなお生存した場合にのみ、魔獣と呼ばれる化物が誕生するという。

 

「魔物同様、魔獣ってのは理性がなく……ただただ衝動のままに破壊するらしいんだが」

「例外もあるみたいだね、この亀さんみたいに」

 

 魔獣"ブゲンザンコウ"──その姿を形容するのであれば、背中に火山を背負った巨大陸亀とでも言えば良いだろうか。

 常に地熱のような温暖な気候を(たも)ち、甲羅は深い森に(おお)われる形で植生が実り、深い(くぼ)みには湖を(たた)えている。

 

 そんな魔獣の上の大自然の中に動物や魔物までも住み着き、さらに人工的に作られた"ブゲン学苑(がくえん)"は存在しているのである。

 

 

(ファンタジー半端(っぱ)ねぇ……)

 

 この"移動する火山"は少なくとも数百年に渡って──不必要な破壊はせず──ただたた西連邦領土内の同じ道をぐるぐる回っているらしい。

 そして道中にはいくつも都市国家が成り立ち、学苑は転々と中継地としながら交易ばかりでなく"冒険者"稼業も請け負っていくのだとか。

 学習と実地の両輪にて生徒を育む。時に危険も内包するが、それは異世界では(つね)である。

 

(肉体御年にして12歳。日本でも昔なら元服なる(よわい)なれば……多少の無茶も許されようというものだろう)

 

 伊達にカルト教団にいたわけではない。

 6年近く己を磨き続け、決して小さくない自己肯定感に満ちていた。

 

 

(とぉ)(ちゃく)ぅ!!」

「おぉーーー? なんだこりゃ」

 

 俺達は登りきった先の学苑の正門をくぐると、さながら象徴(シンボル)のようにそびえる"石像の竜"に迎えられる。

 巨大に鎮座こそしているが、別に"竜教団"を信仰しているというわけではなく……。

 

『これはただの飾りである。しかし未来ある若人は虚飾であることなかれ』

 

 ──と、単なる賑やかしと 咤激励するような(むね)が明記された看板が、長い首から雑にぶら下げられていた。

 

 俺はすぐ隣に立ててある、学苑の全体図を眺めながら思考を巡らせる。 

 

 

(帝都幼年学校、王立ウィスマース魔術学院、皇国聖徒塾、そして……西連邦ブゲン学苑──)

 

 帝国、王国、皇国、連邦の最高学府の名をつぶやきながら考える。

 それらは世界でも数少ない教育機関の中において、トップに数えられるもの。

 

 "帝都幼年学校"は軍の士官候補となる者を育てる学府で、帝国籍と法外な入学金も必要となる。

 結果として帝国貴族などが自然と集まり、学業内容も軍事学に傾倒(けいとう)している。

 

 "王立ウィスマース魔術学院"は推薦がなければ、入学が許されない学閥機関である。

 才能顕著(けんちょ)な者であれば王国籍も与えられるという利点もあるが、魔術のみに心血を捧げることになる。

 

 "皇国聖徒塾"は聖騎士を目指す為の学府で、皇国籍がなくとも入学可能で規模も大きい。

 聖騎士となる為に学べることは多岐に渡るものの、同時に皇国軍属となってしまう。

 

 "ブゲン学苑"は他の学府と違って最も歴史古く、いずれの国家──連邦にすらも厳密には属していない。

 創立当初から自由・自主を最上に置いて運営されていて、学苑自体が(なか)ば独立した都市国家のような扱いという特殊な形態を今なお保持している。

 

 

(どれほどの権力者が創設したんだか……)

 

 ()()()()ココは非常に現代的と言える、前世の懐かしさすら覚える学苑であった。

 国家・宗教・思想・種族・身分を問わない、多様な生徒に溢れる自由な校風。それは近代の価値観が成熟し、根付いている証。

 学業の幅も他と比較にならないほど広範に渡り、一季ごとの単位取得制によって成り立つ大学キャンパスのようなシステム。

 

(他所の貴族階級の子弟なんかも一緒くたって話だからな──)

 

 家督を受け継ぐ嫡男などは別として……以降に生まれた兄弟や、傍流あるいは落とし子といったのは珍しくもないらしい。

 なにせワケありの家にとって、学苑は好悪どちらの意味でも(てい)のいい場所になるのだろう。

 生家では居場所がない者の流刑地代わりとなり、事情があって身を隠さねばならぬ者の拠点ともなる。

 

 

(だからこそ幅広い人脈(コネ)を構築するにはもってこいだ)

 

 多岐に渡る埋もれた人材を発掘するにあたって、ココ以上の場所は無いかも知れない。

 

 例えば医療における四体液説など、育ちきった人間の固定観念や常識・理論というものを砕くというのは、並大抵のことではないのは歴史が証明している。

 理屈が通ったとしても、必ずしも納得させられるとは限らない。

 何故ならそれまで既存の理論でも不都合がないのだから比較して有力だとしてもわざわざ新しい概念を採用する必要性(・・・)がないからだ。

 

 だからこそまだこの世の常識や考え方に染まりきっていない、吸収力のある若き才能というものは大切であり……学生という立場は利用して(しか)るべきである。

 

 

(そして……思想や文化を広めるって意味でもな──)

 

 俺は心の中で暗く邪悪な笑みを浮かべた。

 各国の社会や他種族の文化や価値観を身をもって知り、応じた計画を立てることができる。

 

(この学苑(はこにわ)は"文明回華"のモデルケースになる)

 

 大きな事業を成す為に、ぶっつけ本番などは可能な限り()けたかった。

 まずは小規模でもいいから、とりあえずやってみること。学苑を試金石にしてしまおうという目論見。

 

 学部は国家であり、各派閥は都市などにそれぞれ見立てることができる。

 種族差はそのまま差別問題を含めて、小さい世界に生きる人々と見て取れる。

 そこで小出しにした現代知識や文化が、人々にどのような影響を与えていくことになるのか。

 

 権威や種族が持つ価値観や宗教問題まで、生徒達がどう変質していくかをデータとして積算できる。

 フィードバックするにあたってそれはたった一つのサンプルに過ぎなくても、何も無いよりはずっとマシなのである。

 

 繋いだ人脈と、見出した才能と、布教した文化や思想と──種を()く。

 それらは今後、文明を発展させていく土台(あしがかり)になる。必ずや近い未来に、大きな(ちから)として役立ってくれるに違いない。

 

 

 (いわ)く──"知識という巨人の肩に乗った矮人(わいじん)"。

 先人が累積し続けた集合叡智の高みがあってこそ、小さき人間はより遠くの景色──地平を望み、新たな発見ができるという格言である。

 

(まさしく今の俺だ)

 

 決して自分の(ちから)というわけではなく、地球の現代知識という一際(ひときわ)大きな巨人の上で踊っているだけの道化のようなもの。

 大量生産された書物などで知識の継承が確立されてない、大地から空を飛ぼうとしている異世界の人々。

 彼らをより早く、より多く、その肩まで引っ張り上げて……地平線の彼方の先の先まで見通してもらおう。

 

 

(そこがスタートライン、ここから文明を大きく進歩させる布石とす──)

 

 基盤を構築する為に必要なこと、そして微力ながらこの俺がやれることである。

 

(そう……他の生物と違い、知的生命たる人類だけが歴史を持つ)

 

 幾重・幾世代に渡って──積み重ね、学ぶ。

 時に対話し、対立し、競い合うことで進化してきたのだ。

 

 

(それに学生ライフを純粋にエンジョイしたいしな)

 

 肉体的に子供として育ってきて、精神性もまた童心に返って感性が若い段階で学ぶこと交わることは、俺という個人の成長にとって大きな利点であろう。

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"で過ごした中でセイマールから多くを学んだものの、かなりの(かたよ)りがあるに違いなく。

 体系化されたモノを新たにしっかりと学び、今後の為に備えておくのは有意義なことだ。

 

 二度目の人生なのだから、そもそも楽しまないと意味がない。

 惨劇だの奴隷だのカルトだのはもうたくさんだ。鬱憤(うっぷん)は思い切り発散するに限る。

 

 

「さて、主要学部は三つ……」

「戦技部だな」

「それと魔術部」

「あと専門部ぅ~」

 

 俺は改まる形で(ジェーン)(ヘリオ)(リーティア)を見つめる。これはみんなにとっても良い機会だ。

  

「さて、ここからは別々だな」

 

 カルト()の共同寮生活とは大いに違う環境。

 同年代の多くの者達と交友を深め、より高みへと成長をうながしてくれる。

 家族とはまた別の新たな世界、新たなコミュニティを構築して見識を広げていける。

 

 

「私としては少し寂しいな……」

「どうせ毎日会えんだろ、部活? だかなんだかで」

 

 いつでもどこでも常に一緒──という期間は終わりだが、部活(サークル)を作ってそこで会えるようにする。

 

 有望な人材を囲い込んでおく為に。あるいはそれが前身となるかも知れない。

 

「そいえば、ベイリル兄ィってどの学部か決めてるの?」

「いや俺はまだ決めてない、じっくりと吟味(ぎんみ)するつもりだ。猶予(ゆうよ)期間の内にな」

 

 自由過ぎるゆえに決めかねる。大事なのはバランスだ、何事も按配(あんばい)によって回っていく。

 

(学生を楽しむ、基盤を整える。両方やらなくっちゃあならないのが、今の俺の悩ましいところだな)

 




新章です。キャラが一気に増えるので、煩雑な面もあるかも知れません。
なるべくキャラ立てはおこなっていきますが、今はまだ漠然としていても問題はありません。

今後の下地作りとして必要な部分でもありますので、どうぞお付き合いください。


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#29 学苑案内

 

 管理事務棟にて入学手続きを終え、姉兄妹と別れた俺は、ひとまず数日ほど先んじて入学し"調理科"で励んでいたクロアーネに会いに行った。

 

 "戦技部"と"魔術部"以外の有象無象の学科は、全て"専門部"として集約されている。

 それゆえに講義もかなり自由裁量が与えられていて、クロアーネは早めに入学していた。

 

 俺に対しては邪険気味な対応だったが、最低限の礼儀を心得ている彼女は学生としてちゃんとやれているようだった。

 

 

「んん……イケるなこれ」

 

 彼女から"署名"を貰ったことで、部活(サークル)設立の為の5人の署名を連ねた書類は揃った。

 ついでに貰ったサンドイッチをベンチに座って頬張りながら、専門部校舎を眺める。

 

 専門部の敷地はことのほか広く、また学科棟も小さいながらも数は多かった。

 

(探すの手間取ってもう昼だもんなあ……)

 

 だからこそ、この昼食にありつけたとも言えるのだが……。

 なんにせよ女の子の美味しい手料理というものは、とても良いものである。

 

 

「あん時はなんやかんや言ってたのに、今はふっつーに楽しんでんじゃねぇのか」

 

 いつぞやの地下へ口説きに行った時を思い出しながら、俺はつい笑ってしまう。

 クロアーネを見た感じ……既に先輩と同級生と共に研鑽に(つと)め、馴染んでいるように見えた。

 

 今までが闘争一辺倒だっただけなのか、何か打ち込めるものができるというのは幸せなことだ。

 俺への態度は相変わらずだったが、それでも幾分か(かど)が取れて丸くなったように思える。

 

 

(ごちそうさまでしたっと)

 

 心中で感謝の意を示して手を合わせる。量的に言えば物足りなさも残るが、満足感は高かった。

 

 今すぐ返却しに行ってもいいのだが……せっかくだから明日の昼にしよう。

 そうすればまた明日もありつけるかも知れない、という打算と共に。

 

 近い内に地球の料理も頼んでみようかと考えつつ立ち上がる──

 そんな矢先に眼前を阻まれてしまい、俺は座った姿勢のまま見上げた。

 

 

「こんにちは」

 

 光の中で踊るような混じりっ気なしの美しい金髪。

 さながら一つの完成された彫刻のようなスタイルラインを備えている。

 その女性は両の翠眼を細めて、慈しむような笑顔を浮かべていた。

 

 既視感を覚える、俺がかつて見たことあるもの……。

 見目麗しく尖った耳を持つその種族は──()()()()"純血のエルフ"だった。

 

 

「どうも……はじめまして」

 

 俺は子供の頃の懐かしさと共にわずかに気圧されつつも、挨拶を返す。

 

「はい、はじめまして。私は"ルテシア"と申します、お時間よろしいですか? ()()()()()()

 

 まだ名乗ってないのに新入生であるベイリル(こちら)の名前を知っている。

 たかだか学苑生活なのだが、妙な警戒心を抱いてしまう。

 

 少なくとも教師ではないことは、一目瞭然であった。肩口に付いている校章は生徒であることを示している。

 新入生である俺が付けているのは"白色"で縁取(ふちど)られていているもの。

 

 

("黄色"は何年だったっけか……)

 

 俺はどこかに書いてあった在籍年数ごとの振り分けを思い出そうとする。

 ただそれでわかるのは何年ここにいるのかであって、エルフ種の実年頃は推察しかねる。

 

「構えなくて結構ですよ、私は"自治会"です」

「あーなるほど、納得です」

 

 (いぶか)しんだ俺を見て察したのか、ルテシアという名のエルフはその身分をあっさりと明かした。

 学苑では自主独立の精神に則って、生徒に自治も任せているのだとか。

 

 いわゆる生徒会と風紀委員を合わせたような立場であれば、新入生のチェックするくらいはそう難しくないのだろう。

 ただしわざわざ個別接触を取ってきたのは()せなかった。

 

 

「それで……どのような用向きで? ルテシア先輩」

「まぁまぁそう焦らず、自治会室でお茶でもどうですか?」

「──ですね、どのみち今日中にはこちらから行く予定だったので丁度いいかもです」

「あら、そうでしたか。もしかして自治会に入りたいとか」

 

「いえ、部の申請と許可を──」

「部活ですか、新入生なのに気がお早いことですね」

 

 その発せられた抑揚(よくよう)に、俺はわずかに感じ入るところがあった。

 しかしあえて突っ込むことも躊躇(ためら)われ、逡巡(しゅんじゅん)している内にルテシアにうながされる。

 

「では参りましょうか、ご案内します」

 

 スッと差し出された手を取り、俺はベンチから立ち上がる。

 

 

 自治会──それ自体に所属するのも案外悪くはないのかも知れない。

 生徒会執行部的なものは、フィクション学園生活の王道の一つ。

 これだけ広い学苑を色々と取り仕切ったりすることは、悪くない経験にはなろう。

 

(しかし"文明回華"への道には積もることは山ほどある)

 

 自治会活動をしながら回し切れるとは思えないので、青春人生からは除外することにしよう。

 

「少々お待ちくださいね」

 

 そう言うとルテシアは大きめの指笛をピュイッと一度だけ吹く。

 

 

 すると十数秒後には上空より飛来した巨大な影が、振動と共に目の前に着陸していた。

 (わし)のような頭と翼を持った四足獣──驚きと共に俺はその魔物の名を口にする。

 

「"グリフォン"──」

「自治会だけに許された移動用魔物です」

 

 ルテシアはその場から助走をつけずに跳び移り、ちょいちょいと手招きをする。

 俺はフッと一度だけ笑ってから、物怖じすることなく跳び乗った。

 確かに学苑はとてつもなく広く、手早く回して執務をこなすのであれば、空中を移動するのが効率的である。

 魔術で飛行できる者は限られるし、これなら多少なりと積載もできて疲労することもない。

 

 

 グリフォンは数度羽ばたくと、二人分の重さもなんのそのと上空へあっという間に舞い上がった。

 これだけの巨体を動かすのは、動物や魔物も魔力の恩恵によって肉体が強化されているからに他ならない。

 

「せっかくですから真っ直ぐ向かうより、少し見て回りましょうか。新入初日ですしね」

 

 鳥瞰(ちょうかん)するとこの魔獣の上の学苑──その広さがが浮き彫りになる。

 本当に亀なんだなと認識させられると同時に、その甲羅に背負った山・森・河・湖の大自然が美事に調和していた。

 地球でも超が3つはつく富豪が、リアルジオラマでも作ろうとしたらこんな感じになるのかと考える。

 

 

「素晴らしい景色でしょう? 鳥人族やよっぽど卓越した魔術士でないとなかなか見る機会ないですから」

「確かに、言葉もありません」

 

 異世界の風景を堪能する……と言っても、地球にもこうした大自然の素晴らしさは多くあったろう。

 

(人の一生では、自家用ジェット機とヘリを乗り回すような富豪でなきゃ寿命が尽きるまでに巡りきるなんて難しいだろうが──)

 

 長命を誇るエルフ種の半分の血を継ぐ俺なら、世界旅行をしても多分お釣りがくるだろう。

 

 

「続いて学苑のほうもご説明しましょうか、ベイリルさん」

「よろしくお願いします、先輩」

 

 俺の言葉にルテシアは満足気にうなずくと、グリフォンの背中を何度か一定のリズムで叩く。

 するとグリフォンは大きく旋回するような軌道を取った。

 

「まず先ほどまでいた専門部エリアですね。学苑西にあって各学科棟が非常に多く並んでいて様々なことが学べます」

「なんか……もったいないですね」

「どういうことでしょう?」

「いえね、ただもっと大きく取り扱ってもいい学科もあるだろうなって」

 

「興味深い意見ですが……需要と供給がありますからね」

 

 俺はルテシアの──異世界人の標準的な価値観を聞きながら考える。

 

 教育機関があると言っても、異世界が闘争と魔術の歴史で語られる以上、専門部の扱いはこれでも優遇されていると言えよう。

 入学前にも調べたのだが……持て余している有用な学科が多くあるのが非常に悩ましい部分であった。

 そういうのに(ちから)を入れていけばもっと文化的にも進歩していただろうに……と。

 

 単純に異世界の常識や観念からすると、重要視されずに日陰に甘んじているのだ。

 世界規模で見たら、停滞している分野はかなりの数にのぼるように思える。

 

 

「山側にある無骨で飾り気のないのが、戦技部本舎──それぞれ"冒険科"と"兵術科"ですね。冒険科は街道沿いの都市にある冒険者ギルドから余った依頼を定期的に受けます。

 兵術科は同じく街道沿いにいくつも作られた、広域演習場を使用しての大規模な実践科目を(おこな)い、軍人希望は魔術部と並行して所属している者も少なくありません」

 

「戦技部は学内でも最大規模だそうですね」

「己が身一つで駆け上がることのできる、魅力的な手に職です」

 

 魔術士や魔力強化戦士それ自体が、闘争においてこの上ない強力な兵器である。

 冒険や軍事という要素(ファクター)が、異世界でどれほど需要があるのかが(かんが)みられるというものだった。

 

 

「貴方も恵まれし者でなおかつ努力を(おこた)らなければ──私と同じく英雄講義を受けられるかも知れませんね」

「英雄講義?」

「戦技部の中でも特に成績優秀者で、担当教師に直々に選抜された者のみが受けられます。特に単独(・・)での戦い方や生存術、個々に合った(ちから)の伸ばし方を学ぶことができます」

「ルテシア先輩って実はかなり凄いんですね」

 

「自負はありますよ」

 

 ニッコリと笑う女性は、いわゆる超エリートであるようだった。

 流動的なものの平均して2000人近い生徒数を(よう)する学苑の、最上位から両手の指で数えられるほうが早い優秀者。

 

 自治会に所属する人物としても、きっとこれ以上ないほどの傑物なのだろう。

 眉目秀麗・文武両道の手本となるべきエルフのようだった。

 

 

「もしかしてルテシア先輩って……自治会長だったりします?」

「いいえわたくしは副会長です。自治会長はもうすぐ会えますので。それと会長は魔導講義を受けられている身です」

「"魔導"──魔術よりもさらに上の領域の講義もあるんですか」

「はい、魔導師自らが講師を務めていらっしゃいます。どのような魔導かは存じませんが、かなり昔からいるそうで──」

「本物の魔導師……」

 

 ゲイル・オーラム(いわ)く「特に必要性を感じたこともないし面倒だから」という理由で、彼でも魔導は修得していない。

 俺の魔術(とっておき)をあっさりと模倣(コピー)した天才をして、魔導とはかくあるものなのであろう。

 

「ひとたび魔導師まで登り詰めた方は、他人になど見向きもしないことが多いそうですが……数少ない例外ですね」

「両方とも捨てがたいです」

「ふふっなかなか言いますね? でも新入生ならそれくらいの気概があってとてもよろしいことです。ちなみにあちらが魔術部本舎で、周囲に四つ並んだ塔が魔術科棟になります」

 

 

 俺とルテシアを乗せたグリフォンは、学苑東部の魔術部エリアも回ると、最後に中央本校舎の屋上へ向かってグリフォンは緩やかに滑空していく。

 そこは自治会の専用スペース兼グリフォンの飼育場所なのか、小屋があるだけで他には誰もいないようであった。

 

「到着しました。ここからは自治会室へ直通です、さぁどうぞ」

 

 ルテシアに後ろについて俺は共に歩を進めていく。

 

 妙な敵地(アウェイ)感とでも言うべきか、形容し難い緊張と共に俺は招かれて扉をくぐったのだった。

 



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#30 自治会 I

 

「会長、ベイリルさんをお連れしました」

「入りたまえ。ご苦労だった、ありがとう副会長」

 

 屋上から階段を降りていき、ルテシア扉を開けたところで俺は自治会室へと足を踏み入れる。

 

「……」

「……」

 

 しばしの沈黙が場を包む。

 俺は自治会長の色素の薄い金髪に、黄金色に輝く双瞳を見つめる。

 

 各種族にはとりわけ身体的特徴が見られ、エルフならば長耳がそれに該当する。

 ハーフである俺は水平(フラット)な"半長耳"であり、視線を交わす()はやや上向きの"半長耳"であった。

 光を反射させるように輝く金瞳は神族の血が流れていることを意味する──つまり、ハイエルフ。

 

 

「やはりか、()()()()だなベイリル。その名前にハーフエルフとくれば、他に考えられなかったがな」

「えっと……どなたです?」

 

「なッ──が、貴様ァ!!」

 

 座っていた椅子からいきり立ったところで、俺は肩をすくめてこみ上げていた笑みをこぼす。

 

「くっはは、冗談だよ"スィリクス"。我らが故郷【アイヘル】以来だな」

 

 誰が見ても美丈夫と断じていいほどの容貌。細身でやや華奢な印象を受けるが、貧弱そうには見えない。

 "緑色"校章を着けたハイエルフは……幼少の折に、いささか因縁があった男であった。

 

 

「会長とベイリルさんが御友人同士とは知りませんでした」

別に(だんじて)友達じゃあない(ではない)

「息ぴったりですね」

 

 俺とスィリクスの言葉が重なり、ルテシアに二人して笑われてしまう。

 

「ふんっ、まったく……とりあえず掛けたまえ」

 

 (うなが)された俺は素直に空いた椅子へと座り、スィリクスも自治会長の席に座り直す。

 自治会の一室はことのほか広さがあり、自治会の権力、ひいては存在の大きさを物語っているようだった。

 

 

「"炎と血の惨劇"──」

「あぁ(ちまた)ではそう呼ばれているらしいな、俺は事情あって最近知ったが」

「よくぞ生き延びたと言える」

「まっお互いにな」

 

 不思議な……()も言われぬ感覚を覚える。

 友人とは程遠い間柄、むしろ悶着があって()り合った仲。

 しかし同じ集落で育ち、同じ災禍に()いながら、生き残った者同士のシンパシーが確かに心の内に灯っていた。

 

 

「……それで、俺を呼び付けたのは旧交を温めたいと思ったからか?」

()きにしも(あら)ず、と言ったところか。単刀直入に言おう、私に協力したまえ」

 

 俺はまだ幼い頃にスィリクスと初めて会った時のことを既視感(デジャヴュ)として想起する。

 

「自治会に入れと?」

「そういうことだ」

「何百年と掛けようが王となり世界を統治する、だったか――ガキ大将の頃の夢は今も健在ってわけかな?」

 

 不老で能力も高いハイエルフという種族だからこそ成し得る遠大な夢想は、どうやらスィリクスの中で風化してはいないようだった。

 

 

「あの時はベイリル(きさま)という石に蹴躓(けつまづ)いてしまったがな……」

「その後はこっちに絡んでくることもなく、大人しかったと記憶しているが──」

「出鼻を早々に(くじ)かれてしまったあの一件は……正直に言ってあまり思い出したくはないが、同時に学ぶことも少なくなかった」

 

「悪かったとは思っていない」

「それでよい。ただ私にとっては何度となく挫折しようが、この命尽きぬ限り諦める理由になどなりはしないということだ」

 

(ずいぶんと殊勝な心掛けだな――言っていることもまぁまぁ立派ではあるんだが……)

 

 俺のやろうとしている野望とは相容(あいい)れず、なんなら競合相手とも言える。

 

 

「なぁベイリル。魔力枯渇に対応し、長大な寿命を維持した我々エルフこそ最上位種だとは思わないかね」

「一般的には神族が一番上だと思うが?」

 

 全盛期はとっくの昔に過ぎているとはいえ、神族は例外なく優れている。

 他種族よりも潤沢な魔力容量、それを扱う才能、寿命すら彼らには存在しない。

 竜種を排斥し、地上を支配し、支配領域は狭まったとはいえ手出しはできない。

 また各神王ごとに今なお宗教としても強く信仰されている。

 

「いや神族は暴走か枯渇に常に怯えねばならない立場、これを欠陥と言わずなんとする。苦難を克服し、何後ろ暗いところなき我々こそが最も優秀と言えよう」

「俺は知っての通り半分(ハーフ)だが」

「たとえ半分であろうと、血こそが我らを繋ぎ、そして切れぬ絆を示すものだ」

 

 一つの共同体として、種族と血というものはいつだって強固なものだ。

 まずは種族によって生命は選り分けられるし、地球においても人種による派閥と対立の歴史は根深い。

 

 

「……ルテシア先輩も、スィリクスに協力を?」

「会長ほどの大望を抱いているわけではありません。が、我らエルフ種の地位向上という点において有意義だと思っています」

「なるほど」

 

「勘違いはしてくれるな。あくまで私が理想とするのは、エルフ種に限らずあらゆる種族の垣根を越えた世界である。ハイエルフの私だからこそ成し遂げられる、恒久的な世界の実現。

 一人の扇動者にして先導者によって、世代で移ろわぬ、大義によって支えられ主導される、統一された国家こそが──私が生まれ、そして惨劇をも生き延びた運命だと確信している」

 

 (みなぎ)る決意が煌々(こうこう)と、金瞳に宿っているのが感じられる。

 

「快い返事を期待しよう」

 

 弁舌に満足したのか、スィリクスは自信満々と言った様子でこちらを見据えてくる。

 

 

「理想論としては嫌いじゃあない。男でも女でも生まれたからには夢はでっかく持たなきゃな、って常々(つねづね)考えているし」

「おぉ、そうか!! では──」

「だが断る」

「……なにっ!? なぜだ!?」

「そりゃまぁ……気が乗らない?」

 

 俺には俺の"文明回華(やること)"があり、今ここでそれを開示する必要性は無いと判断する。

 

「将来的にはもちろん、学苑生活においても好待遇を約束できるのだぞ!?」

「己の道は、自分自信で切り(ひら)くもんだ」

「わかった! 必ずしも自治会に入る必要性もない、それでどうだ?」

 

 

 やれやれと肩をすくめつつ、俺は溜息を一つだけ吐いた。

 

「はぁー……そこまで食い下がられるほど、俺自身が役に立てるとは思ってないんだが?」

「知らなければ学べばいいだけだ。それに──他ならぬベイリル、きみが私にとってやり残しだからだ!」

 

(過去の汚名返上をしたいわけか)

 

 スィリクス自身にとって、ずっと胸に残っていたしこり(・・・)なのだろう。

 それを払拭することで気持ちよく前へと歩き続けることができるのだと。

 

「わかったよ」

「ぉお!? そうか、そうか!! そうこなくてはな、」

「いや、協力するつもりはないが?」

 

 ズルッと椅子から落ちそうになったスィリクスは、立ち上がって机をドンッと両手で叩く。

 

「先刻からなんなんだ! 私を(もてあそ)んでいるつもりか!? そうなんだな!?」

 

 

「こっちが話す前に早とちってるだけだよ。俺としては保留させてもらうってだけだ、勧誘したいなら常識の範囲内で好きにしてくれればいい」

「ぬっ……」

 

 スィリクスはその場に立ったまま考えを巡らし始めているようで……すると、ルテシアが助け舟を出してくれる。

 

「よろしいのではないですか、会長。時間はたっぷりとあるのですから、たとえ100年後であっても遅くはありませんよ」

 

(気が長ェ──)

 

「それに選択肢を絞って邁進(まいしん)することは大切ですが、選択肢を広げてより多様な考えを持つことも大切です。ベイリルさんはそうした逸材になるかも知れません」

「たしかにそうだな、いささか性急に過ぎたのかも知れん。いつでも心変わりをしてくれたまえ、歓迎させてもらおう」

 

「買い被りってもんですよ、ルテシア先輩」

 

 俺はそう口にしつつ、あっさりと言いくるめてしまった副会長ルテシアに感心する。

 意外と手綱を握られているのは、会長であるスィリクスのほうなのではと。

 

 

「ところでベイリル、先ほどから気になってはいたが……きみはルテシアくんには敬語なのだな?」

「まぁ敬意を払うべき相手には、相応の礼を尽くすかな」

「オイッ私は!? 私には敬意を払う必要がないと言うのか!?」

 

「正直どちらでもいい、昔の因縁があったからなんとなく昔の流れで話していただけで、必要とあらば使いますよスィリクス先輩(・・)

「そ、そうか……ならば良い。この場だけであれば、私も目くじらを立てるほどではないが……外では見栄や建前というものは、とかく必要なものだ」

「そこは同意しよう」

 

 つい最近までゲイル・オーラムと共に、様々な種類の人間と交渉してきたので──異世界での面子の大切さというのもよくよく理解している。

 

 

「そんなことよりも会長」

「……そんなこと!?」

「ベイリルさんは部の申請をしたいそうですよ」

 

「あぁそうだった、いずれも新季生ばかりだがちゃんと五人分の署名は集めてありますよ」

 

 俺は懐中(ふところ)から丸めた羊皮紙を出し、気を取り直した様子のスィリクスへと投げ渡す。

 

「う、うむ。そうか──それもまた自治会に入らない理由というわけだな、兼任でも構わないのだが……まあよかろう」

 

 キャッチしたスィリクスは、中身を開くよりも先に机に置いてあった呼び鈴をチリリンと一度だけ振った。

 すると人払いをしていた自治会室へと、一人の女性が入ってきたのだった。

 



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#31 自治会 II

 

 スィリクスに呼び鈴で呼ばれ、一人の女生徒が自治会室へと入ってくる。

 

「"ハルミア"庶務、書類を確認してくれたまえ」

 

 しずしずとした所作で、申請届を受け取った女性。

 よくよく観察すれば、自分と同じ程度に耳がわずかに下向きに尖っているのが見受けられる。

 

 薄い紫色の長髪に、下フレームの眼鏡を掛けて私服の上に白衣を羽織る姿。

 落ち着いていて理知的な印象を、一層強固なものにしていながら……。

 同時にどこか扇情的な印象も(ぬぐ)えない。

 

 

「書類上は問題ないですね。ただ……会長の判断を(あお)がないと少々わかりかねる部分があります」

 

 ハルミアと呼ばれた庶務は整然と確認し終えると、会長へ申請届を渡して横に待機した。

 

「んん……なに、"フリーマギエンス"? どういうものかねこれは」

 

「連邦東部の言葉を掛け合わせたもので──"自由な魔導科学"とでも言いますか。具体的な内容はまだ決まっていないのですが、様々な交流と学習をする予定です」

「判然としないな。確かにこの学苑は自由を尊重し、我々自治会の裁量も広い。しかしなんでもかんでも承認しているわけではない」

 

「邪推でしたら申し訳ないが、スィリクス先輩。まさか協力しない意趣返しをしているとかってことはない、ですよね?」

 

 先んじて釘を刺す。私心でもって却下するのであれば断固抗議すると言う意思を込めて。

 

 

「馬鹿を言うな。確かに自治会に所属するのであれば、多少は融通を利かせられるのは否定しないが、それにしたってもう少し明確にして貰わないと困る。

 承認するからには活動場所の提供と、活動費にしてもきちんと分配せねばならぬし、危険な内容であれば顧問を付ける必要もあるのだ。

 そもそも活動内容それ自体が、既にあるどこか他の団体と似通(にかよ)っているのであれば、まずはそちらを勧めるというのが道理であろう」

 

 俺はちらりとルテシア副会長のほうを見る。

 彼女が何も言ってこない以上は、恐らく会長の言い分は正しいのだろう。

 (はた)から聞いても確かに正論である。スィリクスが高潔な精神でもって自治会でつつがなく仕事をしていることにあまり疑いはない。

 

 部費はなくてもこちらでどうにかできるが、学内で活動場所がないのはさすがに困る。

 人数が増えていけば、いつまでも誰かの部屋を間借りし続けるというわけにもいかない。

 

 

 かと言って、活動内容は()()()()()明確にはしておきたくないのも事実だった。

 "曖昧なまま存在させる"ことにも、意味を持ってくるのだから。

 

(文化の浸透ってのは、見方を変えれば価値観の侵略に他ならないからな──)

 

 (こと)なる文化というのは、思想から生活様式に至るまで数え切れないほどの影響を与えうる以上、簡単に受け入れられるとは限らない。

 違う文化を柔軟に受け入れやすい、多種族かつ若い人間が揃う学苑を土壌として選んだとはいえ……。

 

(最初の印象で固定観念を持たれてしまうと、いささか厄介と言わざるを得ない)

 

 今この場だけの方便であるなら、てきとーな創作娯楽物を使った具体的な例を用意し、それなりの形としてでっち上げてもいい。

 しかし実際的な活動内容の差異がバレてしまった時に、突っ込まれても面倒となってしまうだろう。

 

 

「同好の士を(つの)って、様々なことに興じる。というだけじゃ駄目ですかね」

「いま一つ何か明確なものが欲しいところだ、自治会としても(はん)を示さなければならない」

 

 取り付く島はとりあえずまだありそうな感じではあった。

 しかし現状材料ではどうあっても認めることは不可能な雰囲気に、俺は眉をひそめる。

 

(一度自治会に入って設立したら、これ幸い用済みと抜ける──というのは、いくらなんでも悪辣(あくらつ)だしな)

 

「ベイリルさん、今現在我が学苑での活動は飽和状態な部分もあり、色々と確保しにくいのが実状です。少々言葉きつく付け加えるのであれば、まだ勝手知らぬ新季生にあれこれ世話を焼いてしまえば際限がない」

「率直に仰っていただくのは助かります」

 

 悩ましいところであった。

 部としてではなく、単なる自由集団として活動する手もあるにはある。

 しかし何かしら名分がないと、施設などを借り受けたい時があっても制約があろう。

 

 それっぽいこじつけや言い訳を考えているところで、ルテシアは話を続ける。

 

 

「ですが()()()()。直接的に(えき)に繋がる仕事を(おこな)うのであれば、許可する理由になるかも知れません」

「自治会の裁量だけでなく、対外的に認めやすくするってことですか」

 

「ルテシアくん……いや副会長、あまり勝手に話を進めないでくれたまえ」

「すみません会長、少し出過ぎた真似を──」

 

 コホンと咳払いを一つしてスィリクスは俺へと向き直り、悠然とした態度を見せる。

 

「さて改めてベイリル、副会長の言うことはもっともだ。そして私としても、なかなかに収まりが良いことに思い至った。そう、きみ自身で活動場所を確保するのだよ」

「依頼の詳細を願えますか」

「あぁ……専門部の部活棟五号に、とある連中が跋扈(ばっこ)していてね──」

 

「えっ、スィリクス会長、それは……」

 

 庶務のハルミアが口を挟もうとするが、スィリクスの視線一つで口をつぐんでしまった。

 明確な(ちから)関係を垣間見(かいまみ)ると共に、何やらきな臭さが(ただよ)ってくるようであった。

 

 

「誰が呼び始めたのか"カボチャ"と呼ばれる落伍者(らくごしゃ)どもが徒党を組んで勝手に占有している。硬い外皮の中で甘く生きてるような奴ら、という意味なら──なるほど言い得て妙なのかも知れんな」

「つまり自治会でも手を焼いている面倒事を解決しつつ、その場所を奪って自分のモノにして学内に示せばいいわけですか」

 

「話が早くて、手間が省けてけっこうだ。もっとも自治会(われら)としてもその気になれば、鎮圧するのは造作もないのだ……が、真正面から対処しようとすれば相応に規模が大きくなってしまう。

 カボチャ共は巧妙に校規の穴を突いて存在しているから、こちらとしても非常にやりにくいのだ。教師陣も手を出しにくく、学生間の領分である以上我々の仕事であり、一掃したいところなのだがな」

 

 苦虫を噛み潰すように、スィリクスは吐き捨てた。

 元世界でも異世界でも変わらない、不良やチンピラと言った(たぐい)の者達。

 

 競争社会であれば必ず優れた者と劣った者、相対的な勝者と敗者が存在するのは当然の理。

 反体制的な集団ができ上がるのも、一般的に考えれば極々自然な流れであり、それが小さくも社会というものだ。

 

 

「──ただ……彼らの存在が暗に役に立っているのも、また否定できない事実なのです。一所(ひとところ)にいるからこそ余計なところで波風が立たない、似た者も自然とそちらへ集まります」

「ふんっ才能もなく努力を(おこた)った奴らが、傷の舐め合い目的で安易に集まることを助長させているだけだ」

 

 ルテシアの言に、スィリクスはさらに強い言葉を重ねた。

 前世を思い出せば……正直なところ、耳が痛い部分も無きにしもあらず。往々にしてヒエラルキー上位にいる人間の考え方。

 下位に追いやられてしまった者の心情など、推して量ることはない。

 

「さあベイリル、いかがするかね」

 

 俺は「案外食えないな」と心中で笑った。明らかに新季生にやらせるような仕事ではない。

 しかし俺はどんな難題であっても、設立の為には受けざるを得ない。

 諦めるならそれで良し。失敗しても、改めて自治会入りを打診して融通を利かせるという魂胆(ハラ)が見える。

 

 選択肢として提示され自ら選んだ場合、生じた結果に対して責任を持たねばならない。

 そして無様にやられてなお温情を与え、多少なりと恩義を感じさせつつ、負い目をも俺は(かか)えることになろう。

 

 

(俺がこの部活動(サークル)に思い入れがあると見抜いた上での、小賢しいとも言えるやり方だ)

 

 さらには自治会役員候補(・・)だった新入生が危害を加えられたことを口実に、カボチャに対して何らかのアクションも起こす算段まで含んでいるかも知れない。

 

 しかしそれらはあくまで、俺が()()()()()()であったらという前提の話である。

 俺が失敗するに決まっているという見通しに基づいて成り立っているものだ。

 自治会こそ思い知るだろう、選択肢を提示してしまった責任というものを。

 

 

力尽(ちからず)くもアリってことですよね、校規に違反するようなことはないのですか?」

「勝手知らぬ新季生が起こす問題など、単なる小競り合いで済ませられるというものだ」

 

 もちろん死人が出るような刃傷沙汰にまでなれば大問題にはなるに違いないが……。

 所詮は学生同士のことと高をくくっているし、それは確かに事実なのだろう。

 

「──受けましょう、その依頼」

「フッ、そうだろうとも。ただ私個人としては……ベイリル、きみにとって()()()()()()()だと言っておこう」

「その言葉の意図するところはわかりませんが、まぁ楽しみにしていてください」

 

 

 

「ハルミア庶務、もうこっちの仕事はいい。"医学科"棟へ戻るついでに彼を案内してやってくれるかね」

「っはい。わかりました……では行きましょうか」

 

 ハルミアは一礼した後、続くようにして一緒に自治会室を出る。

 わかりやすい展開に、俺は晴れ晴れとした心地を迎えていた。

 

 自治会上等。不良上等。これもまた(はな)の学苑生活というものだろうと。

 

 

 



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#32 落伍者 I

 

「ハルミア先輩はハーフですよね?」

 

 専門部の落伍者の溜まり場へ案内される道中、ただ黙っているのも難であったので俺は軽く話を振る。

 ただ単にお近付きになりたい、という下心もなくはなかった。

 

「えぇはい。でもその……私は"ダークエルフ"なんです」

 

 ──ダークエルフ。魔族とエルフの混血によって生まれる。

 エルフ種は同種だと子が作りにくく、繁殖能力は非常に低い種族である。

 ゆえにハーフ種は実のところ意外に少なくなかったりする。

 

 しかし人族とのハーフエルフに比べると、魔族とのダークエルフはかなり珍しい。

 その理由とは単純に生活圏の違いと、人口比に起因している。

 エルフにとって人族は生活圏も同じであり数も圧倒的に多いが、魔領とはそもそも住んでいる場所が違う。

 

 

 自治会長スィリクスの種族である神族とのハイエルフに至っては、さらに希少と言って良い。

 

「俺は亜人集落に住んでいたんですが、初めて見ました。ダークエルフならどこか異形化した部位があるんですか?」

「え? えぇ……その、こめかみの少し後ろに両角が……」

 

 そう言ってハルミアは横髪を掻き分けると、鬼のそれとは違う山羊のような角が見えた。

 ハーフゆえか小さく髪に隠れるようだが、ふとした時に見えてしまうだろう。

 

 ただそんなことよりも控えめなその所作と、ついでで覗いたうなじのほうに見惚(みと)れてしまった。

 

 

(エッッッロ……)

 

 直近のルテシアが彫刻のような美しさであれば、ハルミアは等身大の綺麗な容姿に(つや)が乗っているのだ。

 

「あの……まじまじと見られると恥ずかしいのであまり──」

「っと、すみません。まぁ目立たなくてなによりですね」

 

 少々長く注視していたことを謝りつつ、フォローを入れて話は続く。

 

「偏見はないのですか?」

「まぁそりゃ俺もハーフエルフですし、魔族のことも本人に罪なきは自明です」

 

 

 魔族──神族にとって最初の異変である魔力の"暴走"によって異形化と変異を遂げた姿。

 

 後々に繁殖した人族より人口はかなり少ないものの、神族よりは圧倒的に多い。

 また種族全体の傾向として、好戦的で個々の戦闘力も高く、取り込んだ魔力ゆえか魔術適性も人族より高いことが多い。

 

 最初に魔領を統一した初代魔王が没してからも、長らく戦乱を続けてきた。

 魔領内で群雄割拠が繰り返され、二代目魔王以降は短期間で代替わりをし、統一することすら困難を極めた。

 

 そんな中で第九代の大魔王を数えた時、魔領は完全統一を成し得た上で人領及び神領征に打って出る。

 力を大きく減じた神族は、既に二代神王グラーフに指導者の位置を移していた。

 失伝しつつある魔法文明の中で、二代神王は有志達と共に多くの魔法具を作ってこれに対抗したと言う。

 

 しかし戦争を繰り返してきた魔族の闘争純度──その数と質は苛烈を極めた。

 弱った神族とまだ力の弱い人族で抗し得るのは難しく、世界を大いに荒らし回った。

 

 遂には二代神王を討ち果たし、大陸統一を成し遂げんところまで来ていた。

 

 

 人々は暗黒時代に震え、畏怖し、明日を惜しんだ。

 それを打開したのが、殺された二代神王の後を継いだ"三代神王ディアマ"である。

 神族でも数少なくなってきた"魔法使(まほうし)"として、減じた神領軍を再編すると即座に反撃を開始する。

 

 ()の者は神族には珍しいほどの、戦争の天才だった。

 緻密(ちみつ)な彼我分析と的確な戦力投入で、塗り潰された勢力図を次々と上書きしていく。

 

 そして"永劫魔剣"を筆頭とした魔法具でその身を固め、前線で大いに指揮を振るい、士気を奮わせた。

 時に天に大穴を穿ち、大地を斬断したと──神王教ディアマ派であった"イアモン宗道団"でイヤというほど聞かされた。

 

 

 ディアマは九代魔王のみならず、その後続くだろう魔王候補達までも軒並み鏖殺(おうさつ)して回った。

 魔族は三度(みたび)魔領へと押し込められ、戦災という爪痕が残された。

 

 そこにはしぶとく生き残った人族が、その勢力によって土地を埋めていくことになる──

 

 そんな歴史ゆえに……今なお本能のままに生きる傾向が魔族はことのほか大きい。

 現代においても、暗黒時代の際に与えた過去の恐怖は語られ、完全に(ぬぐ)い去れてはいない。

 近い歴史においても魔族は常に、人領との境界線上で戦争を繰り返してきた。

 

 現在人領で暮らす魔族も、多くはないものの存在こそする。

 しかし個人にとっては、(いわ)れなき差別や偏見はどうしても付きまとってしまうのだ。

 

 

 ハルミアは魔族の血を継ぐダークエルフという出自。

 つまりはそういった心配を、俺に投げかけているのだった。

 

「どのような血であろうと、本人次第ってもんですよ」

「皆がそうだとと嬉しいんですけどね。ただこの学苑であってもダークエルフ一人だとなかなか……」

「ハルミア先輩が良ければですが、今日明日にでも俺の兄妹を紹介しますよ。あいつらなら大丈夫です」

「ふふっありがとう、優しいんですねベイリルくん。あと私に堅苦しい先輩付けはいらないですよ」

「そうですか? じゃあ、ハルミアさんで」

 

 自然に溢れたのだろうその笑顔に、俺はなかなかグラっと来るものに心をときめかせる。

 

 種族シンパシーに加えて、優しく知的さも感じる好感触の会話。

 主張し過ぎぬ美貌と、白衣の下に隠れていても判別がつく肢体。

 動作も控えめなのに一つ一つのどこか扇情的で、下品な言い方をすれば()()()()()

 

 本能をガツンと叩かれ、俺の中の遺伝子が求めるような感覚。

 色彩豊かな青春時代を送る為にも"ガンガンいこうぜ"、などと考えてしまう。

 

 

「まぁ自治会に入ったのもそういった経緯でして、誘われただけでなく処世術とでも言いますか」

「医学科、なんですよね」

「えぇはい。回復系であっても魔術を伸ばすのなら魔術部魔術科も選択肢でしたが……。やはり肉体をよく知ることで、より深い理解ができるのではないかと考えたものですから」

 

 この世界には難度が高く使い手は少ないものの、回復魔術も存在する。

 ゆえに医療という学問それ自体も、そこまで発展しているわけではなかった。

 

 想像を魔術として発するだけで傷が治るのだから、そこに理屈を求めようとはしないのだろう。

 学業幅の広いこの学苑でも、一専門学科に過ぎないのが如実(にょじつ)に示していた。

 

(せっかくだ、彼女と医学科を足掛かりにしてもいいかも知れないな)

 

 ゲイル・オーラムの人脈をもってしても、医療分野はなかなかコレと言ったものがなかった。

 先進医療の発達は農業と食料供給と両立させるべき、非常に重要な課題の一つである。

 

 

「ところで……"フリーマギエンス"──でしたっけ」

「興味あります? ハルミアさん」

「ん、そうですねぇ。ただ……今からでも遅くないので、行くのはやめませんか?」

 

 ハルミアの態度にますます好感度が上がる。本当に純粋な気持ちで心配してくれていることに。

 

「俗に言うカボチャ……落伍者の方々ですが、本当に危険なんですよ?」

「まぁそうですね、でも言質(げんち)は取ったし試すのも悪くはない」

「過信は良くないです」

「一応逃げるのも得意なんで、それに怪我したら……治してくれるのを期待しちゃ駄目ですか?」

 

「……もうっ」

 

 冗談めかして言った半分本気の言葉。ハルミアからこぼれた微笑と共に俺も笑みを返す。

 頭も良さそうで柔軟性もあり、回復魔術と医学に通じるダークエルフ。彼女は最高だ。

 

「もしも俺が今回の一件で、設立できたら入ってもらえませんか?」

「何度も言うようですが無理ですよ。立場を抜きにしても会長や副会長が、迂闊(うかつ)に手を出せない人達なんです」

()()()()です。その万に一つを達成したなら、兼任でいいので是非フリーマギエンスに入って欲しい」

「結構押しが強いんですねぇ、ベイリルくん。でも……そうですね、私なんかで良ければ」

 

 ハルミアは「ちょっぴり楽しそうですし」と付け加えて、笑顔を向けてくる。

 カボチャ達には悪いが、今の俺はもう何がなんでも奪い取る理由ができてしまった。

 

「約束ですよ、ハルミアさん」

「はい、約束されましたベイリルくん」

 

 

 あとはぶちのめすだけで、(こと)は全て上手く回っていくだろう。

 残る懸念があるとすれば……落伍者(カボチャ)達の処遇そのものをどうするべきか。

 

「ところで、何か情報ってあります?」

「えっと現在は確認しているだけで50人超、まとめているのは"ナイアブ"という男性の方ですね」

 

 学生の域を超えないのであれば、負けることはまずないだけの自信はある。

 こっちには初見殺しの奇襲魔術があるし、ぶちのめして立ち退かせるだけならそう難しくはない。

 

(ただ可能であれば、ハルミアのように有望者は取り込んでおきたい)

 

 そうなるとただ正体不明の魔術で倒した事実よりも……真正面から叩き伏せてこそ、この手の連中には効果的なはずだ。

 

 後ろ暗いところなく(ちから)を示すと同時に、相手にもメリットとなる材料を与える。

 むしろ異世界でドロップアウトしたのならば、元世界の知識をよりよく吸収してくれるかも知れない。

 

 

「そういえばナイアブという(かた)……以前は医学科にいたって噂は聞いたことがあります」

 

 

 

「直接は知らないんですか?」

「私が医学科に入った時は既に……。確か元々は芸術科の天才と呼ばれ、その後に毒を研究していたと」

「芸術科から毒、か……」

 

 医療には毒というのも非常に重要だ。

 薬も過ぎれば毒となるし、毒も容量を誤らなければ薬へと転ずる。

 どんなものにも主作用副作用等があり、問題なのはその調整にある。

 

 そういったモノに精通し心得た者は、文明の躍進にも大きく寄与してくれるに違いない。

 

 

「私は解毒方面はまだそんなに得意ではありませんから、本当に気をつけて下さいね。気性が荒い(かた)とは聞いてませんし、学生同士でそこまで危険なことはないと思いますけど……」

「重々注意しますよ、余計な心配掛けたくないですし」

 

「あと聞いたことあるのは私と同季の、兵術科で問題を起こしたという獅人族の女性でしょうか」

「問題……?」

「詳しくはわかりません。自治会資料を精細に調べればあるいはわかるかも知れませんが……。ただ内容によっては踏み込んだことは書かれてない場合もあるので──」

 

「いえいえ、今さら戻って調べるほどのことじゃあないので大丈夫です。相手が誰であれやることは変わらないので」

 

 そうだ、相手にどんな事情があろうと変わらない。

 突き詰めれば"(こと)()"か"武の(ちから)"の二択、ないし両方で理解し合うというだけだ。

 

 

 悠長に世間話も織り交ぜながら話している内に、俺達は目的地へと辿り着いた。

 専門部エリア──居住寮もそう遠くなく眺められる、部活棟第5号。

 

「扉をくぐれば、いつ因縁をつけられてもおかしくありません」

「それじゃ……ハルミアさんはここで気長に待っててください」

「そんなわけにはいきませんよ。案内人として見届ける必要も──何より怪我したら私が治さなくっちゃ」

「好意はとてもありがたいですが、自治会であるハルミアさんが巻き込まれると色々アレなので」

 

 お人好しなハルミアに、俺は強めな語調で返答する。

 最大の理由は、一人のほうがやりやすいということなのだが……。

 そこまでバッサリ切り捨ててしまうようなことは言えなかった。

 

 

「ダメです、ここは譲りませんよ。私は一党ベイリルくん方の先輩で、医学科なんですから」

 

 その瞳は純粋でいて、これ以上ないほど頑固な光を宿している。

 かつて母が去る瞬間の双眸のそれを思い起こさせるものだった。

 

 強き女性──否、性差は関係ない。ただ一存在としての責任感と信念を秘めたものだ。

 

「わかりました、それじゃあ俺から少し離れてついてくるくらいでお願いします」

「はい。邪魔はしないよう頑張ります」

 

 ハルミアは胸の前で両拳を握って、ふんすと鳴らすようにポーズを取った。

 

 俺は扉を前に、一心地(ひとここち)つけてからゆっくりと開いた──

 



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#33 落伍者 II

 

 専門部のカボチャ棟の扉はあっさりと開き、二人揃って中へと入る。

 一階は広間のようになっていて、吹き抜けが4階まで続いてた。

 階段を介して部屋が割り振られていて、各部室として本来は割り当てられるものなのだろう。

 

 いずれにせよ早々に十数人、わかりやすく出迎えられたかのように見つかってしまった。

 カボチャ達は口々に話したと思うと、すぐに5人ほど立ち上がってこちらへと寄ってくる。

 

 

「"白校章"か、新季生の時期だし迷い込んだか? あ?」

「確かに新季生ではあるが迷い人じゃあない。きっちり知った上でここへ来た」

 

 人族が3人の、獣人が2人。()()()()な風体のカボチャはわかりやすく恫喝(どうかつ)してくる。

 

「わからねえなあ、そっちのネーちゃんも……一体どういう了見だ」

「部室が欲しいから、代表者と話がしたい」

 

 俺はどうせ無理だとはわかっているものの、建前だけでも淡々と要件だけ告げる。

 

「はっはははッ! ここを部室にしてえってのか、身の程知らずだねえ」

「新季生がそんな理由でうちの"頭領"にいちいち会えると思ってんのか、ああ?」

 

 口々に下卑(げび)た笑いをあげながら煽り、挑発が始まる。前哨舌戦(ぜんしょうぜっせん)とでも言えばいいのだろうか。

 不良漫画のようなフィクションでしか見たことがない状況に、どう対応していくか少し思案する。

 

 

「どうすれば会える?」

「てめえなんかじゃ会えねえよ。大人しく帰れや、それとも力ずくで通るか? あ?」

 

 相手から提案してくれるのであれば是非もない。

 ここは素直にお言葉に甘えることにしよう。

 

「ふゥー……──じゃあそれで」

 

 俺は溜息のように息吹をして、身体の魔力循環を意識し整える。

 これから自分達が活動していく場所である為に、派手な魔術は使わない。

 "風皮膜"のトリガー行為でもある息吹だったが、あえて魔術は使わずにここはいく。

 

 

「は? なんだって?」

力尽(ちからず)くでボスとやらに会うことにするから、アンタらをぶっ飛ばすってこと」

 

「威勢がいいなあ……後悔すんじゃねえぞ!」

 

 そう叫んで男は、拳を振りかぶりながら距離を詰めようとする。

 モーションも大きく、スピードも遅い、一般生徒の域を出ない程度のものだった。

 

 俺は踏み出された相手の"膝の狙撃を目的とした蹴り"を見舞った。

 ()()()()()()()()()()をされた男に、そこから派生する一撃必殺の正拳を腹に放り込む。

 

 カボチャ1号は、鈍い(うめ)き声をあげるとあっという間に沈黙してしまった。

 

 

「おっと、多勢に無勢で来ても構わないが……腐っても尊厳(プライド)が残ってるなら一人ずつこいよ」

 

 ちょいちょいっと人差し指を二度曲げる。

 一人目が瞬く間に沈んで、狼狽(うろた)えつつも反射的に攻撃しようとした残りの者達。

 

 しかし年下の新季生を相手に、先んじて釘を刺されしまえば後に引けなくなってしまった。

 

 戦闘行為それ自体で測るのであれば、まとめて叩き伏せることも楽勝であったろう。

 しかし大きすぎる力量差というものは、時に不必要な恐怖や諦観を根強く与えてしまうことになる。

 落伍した経緯は人それぞれでも、思う感情の中に似たものはあるハズである。

 

 こんな奴相手じゃ負けても仕方ない。最初からモノが違うのだ、などと思われては少々困る。

 一対一(タイマン)で倒すことでほんの少しでも……。

 悪感情が減じられるのであれば、それに越したことはなかった。

 

 

 左ハイキック──右裏拳──右飛び膝──かち上げ左掌底──

 順番に、ゆっくりと、落伍者(カボチャ)達へ力を見せつけるように叩き伏せていく。

 最初にやってきた5人ばかりでなく、追加で落伍者(カボチャ)を順繰りにぶちのめす。

 

 案外"弱い者いじめ"という、後ろ暗い楽しさを否定できない。

 我ながら度し難いと感じてしまうが、ともすれば逆感情についても考える。

 ただバグ技やチートを使ってプレイするゲームなんて、すぐ飽きてしまうことに。

 達成感あってこその人生であり、障害こそが刺激なのである。

 

 栄光が道端の自販機で、缶ジュースを買うかの如く転がっていたなら。

 度を越した強さから得られる幸福というものは、あっという間に色褪せてしまうだろう。

 

 転生し、故郷を焼かれ、奴隷にまで落ちた時は、何も考えず得られる強さが欲しかった。

 しかし今は違う。この長命にとって、退()()()()()()()()()となるのだから。

 

 

「あぁぁあああ! う──っせえんだよ!」

 

 十名ほど地面と熱い抱擁をさせたところで、叫び声が棟内に響き渡り全員が静止する。

 

「なんなんだよ、あーったく完全に眠気覚めちまったじゃねえか。アタシは二度寝しにくいタチなんだよ!!」

 

 矢継ぎ早に続いた声は、4階部から聞こえてきたものだった。

 周りを見やればカボチャ達は、戦々恐々とした面持(おもも)ちで不動の姿勢を(たも)っている。

 

 声の(ぬし)は階下を見やると、そのまま躊躇うことなく飛び降りた──

 かと思うと、()()()()()()()()()()で床に着地して見せる。

 

「てめーらかぁ、アタシの昼寝を邪魔したのはよォ……」

「オレらじゃありません(あね)さん! こっコイツです、このガキが喧嘩を売ってきて──」

 

 そう言ってカボチャの一人が、俺のほうを指差してくる。

 一方で俺は我関せずといった様子で、飛び降りた女を観察する。

 

 手入れされてない起き抜けの髪は、激情を表すかのような赫炎(せきえん)色。

 頭には尖りぎみの獅子耳、尻には獅子の尾。わずかに見える牙と黄色味の混じった猫科の瞳。

 恵体ボディと皮膚の下に備える天性のバネと筋骨が、着崩(きくず)した服から覗いている。

 

 

「無様に負けてちゃ世話ねェだろうが。おう()()()()ぅ……どういうことなんだよ」

 

 そう言って獅人族の少女は、広間の一角へと首を傾けるように視線を向ける。

 ただ一人、状況にずっと動じることなく隅のほうで座っていた男へと。

 

「べっつにぃ、"キャシー"ちゃんが相手してあげればぁ? なんかその子、部室が欲しいんですって」

 

 やや低めのテノールボイスに()()調()()()は、事もなげにそう告げて立ち上がった。

 線が細めなシルエットではあるが、決して虚弱そうには見えない。

 動きに無駄がないゆえか、静かでスマートな印象を強く与える。

 

 ナイアブという、事前情報によればボスであろう名で呼ばれた男。

 彼は鋭い目元に、色素が少し抜けたような緑色の髪を整えつつ距離を詰めてくる。

 

 

「部室ぅ? つーことはおまえ、アタシらの仲間になりてえのか?」

 

 こちらを一瞥(いちべつ)して値踏みするかのように見つめられるが、俺はあっさり否定する。

 

「いいや、違うよ」

「じゃあなんなんだよ」

 

 威嚇するかのような勢いのキャシーと呼ばれた少女に、ナイアブは状況を推察する。

 

「そっちの女の子、確か自治会の子でしょう。部室確保の為に、会長様がけしかけてきたってとこかしら」

「ッぁア? あの鼻持ちならないクソ会長の野郎、フザけやがって」

 

 今すぐにでもぶっ殺しに走り出しそうな勢いでもって、キャシーは一本(すじ)を浮かべる。

 ピシャリと言い当てたナイアブは涼しい顔して、飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さない。

 

「あなた白衣を見るに医学部かしら、懐かしいわね」

「……そうです。ナイアブ先輩、自治会庶務のハルミアと申します」

 

 ナイアブの独り言のようだったが、ハルミアは話を振られたかのように感じて名乗る。

 あくまで案内人で回復役の彼女は、どう動くべきか判断つきかねてる様子であった。

 

 

「いい感じに灰汁(あく)も強いし気に入った。キャシーにナイアブ先輩」

「はあ?」

「あら?」

 

 ほくそ笑むような表情を浮かべ、俺は二人の名を呼ぶ。

 是非フリーマギエンスに入れて共に研鑽を積み、あいつらと学ばせたい。

 そう直感的に思った次第であった。

 

「おうガキぃ、なんでアタシは呼び捨てなんだ?」

「いえね……年もそこまで変わらなそうだし、()()()()()()()()()()()に敬語使うのもね」

 

 俺はわかりやすく挑発して見せる。

 この手の猪突(ちょとつ)タイプには最初の段階で、上下をしっかりさせたほうが都合が良い気がした。

 忠犬メイドクロアーネ同様、力で語り合ったほうが分かち合えるタイプの人間だと。

 

「言っとくがなァ、アタシは無料(タダ)でも喧嘩は買うぞ」

「御託はいらんて」

 

 俺の言葉にキャシーはゴキゴキと首を鳴らした後に、ダランっと一度脱力する。

 

「上等だぜ、ゴラァ!」

 

 



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#34 落伍者 III

「上等だぜ、ゴラァ!」

 

 叫ぶやいなやキャシーは、アッパーとフックの中間くらいの軌道で(スマッシュ)を放つ。

 耳に聞こえる風切り音、その豪腕に意識を改めた。

 そこらの落伍者(カボチャ)とは明らかに()()()()()

 

(偉そうにしていただけのことはあるな──)

 

 

()けんなア!」

「無茶言うな」

 

 身を(かわ)したついでに大きく間合いを取ったところで、俺は半身(はんみ)に構える。

 

 セイマールから習ったのはあくまで基礎体術だけであり、武術を(おさ)めたわけではない。

 あくまで自分にとって、最もやりやすい無手勝(むてかつ)我流に過ぎない。

 ()いて言うのなら──元世界で見た架空術技をミックスした"憧憬敬意(リスペクト)再現流"だろうか。

 

 実際問題とのしてイメージを(もと)にする以上、脳裏に残った見様見真似(みようみまね)という行為は理に適う。

 中国武術で言うところの、象形拳(しょうけいけん)もとい"憧憬"拳。形意拳(けいいけん)もとい"敬意"拳。

 (あこが)(うやま)い、その動きを模倣(もほう)する。浪漫派憧敬(しょうけい)拳──

 

 

「キャシーちゃん、あまり派手にやらないでね~」

「アイツに言え! あのガキがさっさと死ねばそれで終わる!」

 

(死ねってオイ……)

 

 キャシーは四足獣のように地に伏せるような構えを取ると、その赤髪がにわかに立ち上がってくる。

 きめ細かい猫っ毛ストレートが、さながら獅子の(たてがみ)のようにボリュームを持つ──

 同時にパチパチと静電気が空間に走るような音が、耳へと届いてきていた。

 

 俺はその光景を見て、瞬時に息吹と共に今度は"風皮膜"の魔術を全身に纏う。

 あれはそう……アレ(・・)だ。電気で肉体を活性させたり加速するとかいうみたいなやつだ。

 

 

「ッがあぁぁアア!」

 

 咆哮一閃(ほうこういっせん)四足(しそく)飛びからの電光石火の右ストレート。

 帯電した肉体と急加速を伴い、打撃と電撃を同時に叩き込むシンプルな攻撃。

 

「しゃあっ」

 

 俺はインパクトの瞬間に体を(ひね)りながら、風皮膜の流れに乗せて局所的に攻撃を受け流す。

 しかし電撃だけは皮膜を貫通してわずかに喰らってしまっていた。

 

 思ったより電撃の威力は軽微だった。だがこの異世界でナチュラルに電気を使う人間は珍しい。

 電撃とは天候でしか見ないものだろうし、電気の性質も詳しく知られてはいない。

 

 

(雷属魔術の使い手──イエスだな)

 

 俺はキャシーの潜在性(ポテンシャル)と将来性に、内心でほくそ笑む。

 同様に出し惜しみしている場合ではないと、魔力を脳へと集中させた。

 

 半分とはいえエルフ種だからこそ早期に修得し煮詰めることができた──魔力循環による局所的な魔力強化。

 慣れれば誰でも(おこな)う基本技術であるが……。

 魔力抱擁によって枯渇を押し留めたエルフ種には、やはり一日の長があった。

 

 効率的に感覚器官をより鋭敏にし、反射を高めて次の攻撃へ備える。

 拳をいなされ(くう)を切った後に、キャシーは急制動を掛けてすぐさまこちらを向いていた。

 

 

 彼女は連続して再度突進する為に、床を削り取らん勢いで蹴って距離を詰めてくる。

 

刹那風刃脚(アトウィンドカッタッ)!」

 

 魔力で強化した五感をもって、俺は完璧なタイミングで迎え打つ。

 

 左半身から右足で上円弧を描くように──突進してくるキャシーの逆袈裟(ぎゃくけさ)部を蹴り上げた。

 さらに打ち上がったキャシーに追従するように、勢いのままにその場から跳躍する。

 続けざまに地面を蹴り込んでいたほうの左脚を、垂直方向へ放って上半身へ叩き込んだ。

 

 術技名の叫びと共に風圧を伴った二段蹴りは、キャシーの体を吹き抜け天井近くまで運んでいた。

 本来であれば蹴り込みと同時に、刹那の風刃で斬り刻む技。

 心身が充実し、密着状態からなら10割削るくらいの威力のものである。

 

 もっとも今の力量では、蹴りと共に強力な風刃を出せるほど研ぎ澄まされてはいない。

 その為、あくまで伴う衝撃風をもって、相手を吹き飛ばすに留まった。

 二段蹴りの後のさらなる追撃を重ねて完成型だが、道はまだまだ(なか)ばにして遠い。

 

 それでも白兵戦における瞬間的な切り返し技としては、己の中で最も優れたもの。

 バッタのように飛び跳ねる相手への、対空技としても単なる牽制としても有用で浪漫を兼ね備える。

 

 

(調整は……っし、バッチリだな)

 

 宙空に打ち上がったキャシーを見上げながら、俺は受け止める準備をする。

 最初こそ彼女が飛び降りてきた高さだが、それは万全の状態で着地すればの話であろう。

 暴走機関車のようでも、まだ年若い女の子。生憎(あいにく)と俺は徹底した性差廃絶主義者(フェミニスト)というわけではない。

 

(必要とあらば辞さないが──)

 

 なんでもかんでも男女平等だと開き直るようなことはない。

 実力差があるにも関わらず、無意味に容赦なく顔面を殴りつけるような性分(性分)は持ち合わせていないだけ。

 

 

「舐めんなや、ボケがあ!」

「うへぇ……」

 

 落ちてくるのを見上げていたら、キャシーは目を見開いてこっちを睨んでいた。

 露骨に手加減したつもりはなかったし、何よりもカウンターの形で叩き込んだ。

 にもかかわらず、その凄まじいタフさに呆れると同時に素直に称賛が浮かぶ。

 

 やはり見立ては間違っていない、とても優秀な人材である。是非とも仲間にしたいと。

 

「うガァァぁァぁあアアアアア」

 

 落ちる勢いのままに、攻撃を加えようとしてくるキャシー。

 俺は風皮膜を出力を上げつつ、バックステップしてあっさり回避する。

 

 

 さすがに空中で方向転換することまではできないのか。

 キャシーの落下地点と激突タイミングを見計らって、俺は即時反転の勢いを利用し床を駆けた。

 

 衝突する直前に、キャシーの腰部を抱え込むようにぶつかりに行く。

 

 その気勢を殺さぬまま正面扉へと、数瞬の内に運送(・・)しつつ思い切り叩き付けた。

 木扉が砕ける音と共にキャシーを地面に転がして、俺は首をコキコキと鳴らす。

 

 

「っ痛ゥ~……」

 

 キャシーが帯びていた電流から受けたダメージを確認しつつ、次の行動に備える。

 ()せった少女はなお右拳を地に突き立て、上半身だけを持ち上げてこちらを見据えていた。

 

「ぐゥ……が……ハァ……ハァ……おい、てめえの名前は」

「ベイリルだ」

「あァ……くそっベイリル。てめェ覚えとく、からな」

 

 そう声も絶え絶えに呟くと、キャシーは今度こそ地に突っ伏した。

 名前を聞いてくれたということは、恐らくこっちを認めてくれたということだろうと解釈する。

 

(まっ扉は後で修繕しよう……)

 

 奪うはずの部活棟の扉を破壊してしまったが、リーティアならもっと豪華で頑丈なものを作ってくれるだろう。

 壊れた出入り口をまたぎながら考えていると、ハルミアが駆け寄って来る。

 

 

「大丈夫ですか!? ベイリルくん!」

「ありがとうハルミアさん、俺は大丈夫なんで彼女のほうを()てやってくれます?」

 

 そう言ってキャシーのほうを指差し、ハルミアはハッとしたようにうなずいて走っていく。

 

「さーてと、お次はナイアブ先輩──あなたの番かな?」

 

 



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#35 落伍者 IV

「さーてと、お次はナイアブ先輩──あなたの番かな?」

 

 俺は次なる標的を見定め告げる。なんのかんの集団の長を倒さねばなるまいと。

 ナイアブはどこ吹く風といった様子で近付きながら口を開く。

 

「ん~……アナタの実力はよくわかったわ。新季生とは思えぬ手並みにすっごく感服。でもワタシはキャシーちゃんほど強くはないし、十分に満足させられないかもよ?」

「毒が得意らしいですね。なんにせよボスなら他の人らの手前、示しつけないとみっともないのでは?」

 

「そうねぇ……けれど毒を使えば()()()()になってしまう。生憎(あいにく)とワタシはまだ死にたくないの」

「彼我の戦力分析って大事ですよね」

 

 俺はニヤリと笑い、ナイアブはふっと笑い掛ける。それは自嘲をも多分に含んだもの。

 

 

「見立ては得意なほうだから。節穴(ふしあな)でもなければ耄碌(もうろく)した覚えもないわ」

 

 俺はつい闘争で昂ぶったテンションで挑発してしまったが……。

 反面ナイアブはしっかりと冷静に一線を引いてるようであった。

 肉体が子供とはいえ、我ながら大人げがなかったと少し反省してしまう。

 

「でもキャシーちゃんが痛い思いをして、ワタシだけのうのうとしているのは……美しくないわね」

 

 白兵の距離まで近付いたナイアブは、覚悟をもって相対する。

 

「いいっすね、そういうの好きですよ」

「ちなみにワタシは両刀(・・)だから、好意は素直に受け取るわよ」

 

 俺はゾクリと身を震わせ、ナイアブにウィンクされる──

 と同時に、自然かつ滑らかな動きの左手刀が俺の首元へと迫っていた。

 あまりにも淡々と急所を狙うその動きに、俺は面食らいつつもきっちり止めて見せる。

 

 

「んじゃ、キャシーが喰らったくらいのでいいですか?」

「そうね……あの子ほど頑丈じゃないから、少しだけ手心を加えてくれると──」

 

 言い終わるのを聞く前に、俺は右手で掴んで止めていたナイアブの左手首をグイと引いた。

 

 そのまま(たい)を崩しおじぎさせるような形で、俺は左腕を上方からナイアブの脇下へと入れた。

 体を預けるような密着状態のまま、俺は通した左手で自分の右手を掴む。

 最後に捻り上げるようにして、ナイアブの肘を()めた。

 

 ギシギシと"アームロック"で痛めつけるものの、ナイアブはうめき声一つ漏らさず食い縛っていた。

 

(これ以上いけない──な)

 

 我慢強いのはいいがこのまま続けていくと、関節諸々が破壊されてしまいかねなかった。

 ナイアブ本人はそれでも構わなかったとしても、俺にとって本意ではない。

 

 

 俺は一度拘束を解きながら、無防備な(ふところ)へ低く(もぐ)り込む。

 勢いをそのまま床に対して、砕き震わすほどの勢いでもって思い切り蹴り込んだ。

 同時に体を捻りながら、肩口から背中をナイアブの体の中心へと重ねるように全力でぶつける。

 

 いわゆる"鉄山靠(てつざんこう)"とも呼ばれる技。

 (はた)から見れば、超至近距離で(はな)たれるただの体当たり。

 見様見真似でしかないが、魔力で強化した肉体の瞬間速度でぶつければ十分な威力となる。

 

 ぶっ飛んだナイアブの勢いは、机やソファを巻き込み、薙ぎ倒し、転がって……ようやく止まった。

 しばらく呼吸に(あえ)いだナイアブは満足そうな笑みを浮かべ、両手を上げる。

 

「っ……げほ、はぁ……降参よ」

「こんな状態で難なんですけど、俺の作る部に入ってくれません?」

「……そうねぇ、あの子(・・・)次第かしらね」

 

「キャシーなら()れるつもりですよ、勝者の論理を振りかざしてでもね」

「いえ、そっちじゃないわ。もう一人いるのよ、ワタシたちの中で()()()()()が……ね」

 

(裏ボスがいるのか──)

 

 

 キャシーは学生にしては強かった。速度(スピード)は言わずもがな、耐久(タフ)さもあった。

 あの速度と電撃でまともに喰らっていたなら、相応のダメージは(まぬが)れなかっただろう。

 自治会としても手が出せずに持て余すのもわかろうというものだったが、さらに上がいるという。

 

 ナイアブが口にしたのとほぼ同タイミングで、ゆっくりと階段を降りてくる音が聞こえた。

 階上には落伍者(カボチャ)の野次馬らが幾人も見えるが、一階の惨状へと降りてくる者はいない。

 

 そんな中でただ1人──リズミカルなステップで、一階広間へと立った少女がゆったりと手を挙げる。

 

 

「やーやーどーも。あーしが一番強い子です」

 

 その女の子は薄く青みの混ざった銀髪を、少し長めのサイドテールに()()らめかせていた。

 マイペースに歩を進めて、遠慮なく距離を詰めてくる。

 小柄で華奢なイメージをその身に宿し、その少女は寝ぼけているような半眼のまま──

 

「──ッッ」

 

 言葉にならない言葉が、俺の口から漏れ出ていた。

 少女の真っ直ぐな瞳には……柔らかな紫色が浮かんでいた。

 それはまるで父である人間の蒼眼と、母であるヴァンパイアの紅眼が混じった色のようだと……()()()()()()()

 

 そして加工していないエメラルドの原石を、首からネックレスのように掛け──姿形は成長しても"昔と変わらぬ"無垢な笑顔を俺に向けていた。

 それは俺を──深く、尊い、かつての郷愁へと(いざな)った。

 

(俺に()()()()()()()って、こういうことかよ……スィリクスめ、知っていてあてがったな。だが今は感謝しよう)

 

 

「ひさしぶり~"ベイリル"──って、うわぁ!?」

 

 俺は考えるより先に、少女を抱きしめていた。

 その懐かしい香りに包まれながら、二度と離さないとでも言わんばかりに──

 優しく、力強く。少女も同じように手を回し、お互いの存在を確認し合うように抱擁を交わした。

 

「"フラウ"……見つけるの遅れて、ほんとごめんな」

「別にいいよー、あーしだって……お互い様だってば」

 

 あの炎と血の惨劇から、一日たりとて忘れたことはなかった。

 オーラムの情報網を利用して、母の居所と共に最優先で調べてもらっていたが何も引っ掛からなかったというのに。

 

 生きていてくれただけで……こうして再会できたことに、ほっと胸が撫で下ろされる。

 あまりにも都合の良い、奇跡のような──作為的(・・・)にも感じられるほどの偶然。

 

 なんにせよ心身を縛り付けていた、大きな鎖の一つが砕け散った心地だった。

 

 

「あら、アナタたち……ただならぬ知り合いだったの?」

「うん、"おさななじみ"ってやつ」

「その男の子が話に聞いていたあの……良かったわね、フラウちゃん」

 

 すっかり気の抜けた雰囲気に、ナイアブもそれ以上何も言う気はないようで……。

 ただ二人の様子を見て、兄であり父親でもあるような微笑みを見せるのみであった。

 

「おうコラ(なご)んでんじゃねえぞフラウ!」

 

 ともするとハルミアに肩を借りながら、一階広間へ戻ったキャシーが発破(はっぱ)を掛ける。

 気絶するくらいのダメージだったのに、もう回復するとは……キャシーがタフ過ぎるのか、ハルミアの治癒技術が凄いのか、あるいはその両方か──

 

「あっキャシー、大丈夫?」

「アタシのことはいいんだよ! 馴染みだかなんだか知らねぇが、舐められたまま終われねえだろ!」

「ほんっと元気だなぁもう、ほれほれ」

「なっやめ……」

 

 一旦離れたフラウは、痛がるキャシーの体をツンツンと指でつっついてじゃれ合う。

 肩を貸したままのハルミアはなんとも言えない表情で、その様子に巻き込まれていた。

 

 

 するとキャシーを弄るのをやめたフラウは振り返り、改めて俺の顔を真っ直ぐ見つめる。

 本当にこれは夢じゃないのだと、確かな現実であることを俺は噛みしめる。

 

「でもそだね~、今までしたことないし。一回くらいベイリルと喧嘩しても……いっかな?」

「俺としては全くもって気乗りしないな」

 

 真っ直ぐ見つめ返し、しばらくしてフラウはにっこり笑う。

 幼馴染はかつて持っていた印象と同じ部分もあるが、変化した部分も感じられる。

 本質は変わらないが、一人の女の子としても魅力的に育っていると。

 

 

「うん、じゃあやめよ!」

「ッオイ!」

「キャシーちゃんさぁ、"弱き者"に発言権はないんよ。悔しいだろうが仕方ないんだ」

「なっ!? ぬ……ぐぅ……」

 

 敗北者として痛いところを突かれたキャシーは、ぐうの()も出なくなってしまう。

 借りてきた猫のように大人しくなってしまい、それ以上けしかけようとはしなかった。

 

「溜飲下げたいなら、自ら再戦して勝てばいーのさ」

 

 フラウは「ね?」と同意を求めるように俺の左隣に並んでくる。

 ついでだからと俺は乗っかって追い打ちを掛けることにした。

 

 

「俺やフラウが強い理由は……"とある教え"があったからだ」

「とある教えってなーに?」

「んむ、よくぞ聞いてくれた我が幼馴染よ。それは()()()()()()()()の"魔導師"が到達した真理──」

 

 以心伝心。フラウはこちらの意図を察してか、話を合わせてくれていた。

 

「"彼の者"の()る分野は多岐に渡る。魔術のみならず、産業や経済、学問と製造、料理に……芸術や医学にも通じている」

 

 語りながらハルミアとナイアブへと視線を移す。

 未だ少年の域を出ない俺が、地球の現代知識を語っても説得力はない。

 

 

「その人の魔導は"未来予知"──極限られた条件下で、未来の出来事を断片的に垣間(かいま)見ることができる。だからあの人は、真理(・・)へと辿り着けた。けれど簡単に実現にまでは至らない。だからこそ多くの人材を欲している」

 

 ゆえにこそ代理を立てる。"想像上の魔導師"を──叡智と権威を備えた──信頼に足る人物像を。

 大仰に語り、必要を(つの)る。興味は知識へと、知識はいずれ現実へと昇華する。

 

「その為の部活、それが"自由な魔導科学(フリーマギエンス)"だ」

「おぉ~」

 

 フラウがぱちぱちと鳴らすまばらな拍手を背に、俺は彼らの居場所に対して温情を与えるように付け加える。

 

 

「まぁこの(とう)の一角を部室として借り受けられればいいだけで、追い出す気とかはないから安心してくれ。ただ──」

 

 大きく息を吸い込み、棟全体に聞こえるよう力強く叫んだ。

 

「もし俺たちの活動を見て、興味が出たら是非入って欲しいと願ってる!」

 

 意欲さえあればいい。塵も積もればなんとやら。

 小さな力も多くすれば、人海戦術をよりよく機能させられる。

 初歩的なことだが、戦いとは──(ちから)とは、数である。それは戦争に限った話ではない。

 

 

「それじゃあーしが()えある最初の名誉部員?」

「いや既に俺を含めて五人いるな」

 

「えぇ~六番目ぇ? パッとしないなー」

「七番目……ですよ」

 

 そう割って入ったのはハルミアだった。

 ただ俺と交わした約束を果たす為……というだけのそれではない。

 自分自身の意思をもって、決意を固く秘めたその表情に俺は自然にほくそ笑んでしまう。

 

「ですね。ハルミアさんのほうが先の約束だ、だからフラウは七番目」

「う~ん……まぁ別にしょうがないかぁ」

 

「それじゃあワタシが八番目ってことね、ヨロシク」

「ありがたいです、ナイアブ先輩」

 

 

 そうして視線が一点へ集まる、憤懣(ふんまん)やるかたない面持ちが滲み出ているその雌獅子へと。

 

「……ちっ、わぁーったよ。甘んじて受け入れる──ただてめぇもフラウも後悔させてやっからな」

 

 ──これで9人。「野球チームが一つできるな」などと考えつつ、俺は万感を胸に打ち震える。

 闘争の興奮と、思わぬ再会と、確実な前進と。

 

 幸先が悪そうで最高だった今日というこの日に──祝福あらんことを。

 

 



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#36 冒険科

 

 "ヘリオ(オレ)"は学苑内──ではなく、学苑を乗せた魔獣ブゲンザンコウの進路の近くに存在する、一つの小さな都市国家にいた。

 

 学苑生は外と様々な関わりを持ちながら社会奉仕をすると共に、実践形式の課題をこなしていくのが常であるらしい。

 戦技部冒険科に属する新季生も漏れなく、早々に都市派遣という形で街へと降り立っていた。

 

 オレは真っ直ぐ歩きながら、直近の話を思い出す。

 

 

 冒険科棟へ入ると、まず待ち構えていた偉丈夫(いじょうぶ)な印象を受ける学苑講師に捕まった。

 

「鬼人族の新季生、名は?」

「……へリオ」

「良い名だ。おれは"ガルマーン"、戦技部冒険科と"英雄講義"を担当している」

 

 2メートル近い体格に、筋肉質の鎧を身に、声もなかなかに野太い。

 

「英雄講義ィ?」

「知らないか。主に単独における戦闘法や生存技術といったものを個人に適した形で教える、選ばれた者だけの特別講義だ」

「へぇ~英雄(・・)ね、まっオレの(しょう)には合わんが」

「おまえが優秀であれば、あるいは機会に恵まれるだろう――さてヘリオ、きみは冒険科志望で間違いはないな?」

 

 

 あらためて(たず)ねられて、オレは肩をすくめつつ答える。

 

「だったらココには来てねェよ」

「そうは言うが、今はまだ見学・体験期間でもあるからな。もっともその様子では既に心には決めているようだ、であれば適性を見よう」

「適性ぇだ?」

「そうだ、まずは()で冒険者組合(ギルド)に登録。なんでもいいから仕事を一つ請け負い、達成して帰ってくるんだ」

「いきなりかよ」

「何事もまずは実践ということだ、特に冒険者稼業というものはな。それに案外自分には合ってなかったということもありえる」

「……あっそ、まあ別にいいけど」

 

 オレは一つだけ嘆息を吐く。面倒にも感じるが、しょうがない。

 

 

「今少し行った先に湖があり、そこでおおむね一週間ほど学苑は停泊(・・)する。それが期限の目安……とはいえ学苑に"自力で戻れる"のであれば、自由だ」

「この"巨大亀"が出発して移動しきる前にってことか」

「最悪の場合、来季あるいは来年からでもまた新たに受け直せば済むからな」

「来年また亀がやってくるまでこの土地に住み着いたとしたら、学苑なんざどうでもよくなるだろ」

 

「ふっはっははは! それはそうかもな。では必要な物資は学内の貸し出しか、管理事務棟にて一時支度金の申請も受け付けているから利用するといい」

 

 冒険科講師ガルマーンは、その後も端的な説明だけをして|新季生《オレを送り出した。

 授業の時間となれば懇切丁寧に色々と教えてくれたセイマールに比べると、随分と放任な印象が(ぬぐ)えない学苑と講師であった。

 

 

 

 

「あなた、新季生ですわよね?」

「あァ? いきなし誰だよ、てめーは」

 

 街中で歩を進めていて、唐突に行く手を阻むように現れたのは──クセのある長い金髪が揺れる同年代の女であった。

 

「うっ……なかなか(ガン)付けてくれますわね。ですが誰しも対話をしてみないと始まりませんわ」

「そいつぁ殊勝な心がけってやつだな」

 

 そう言ってオレは女の横を、無視するようにすり抜けていく。

 

 

「"カドマイア"!」

「はいはい、お(じょう)

 

 すると呼ばれた男──くすんだ黄土色(おうどいろ)したサラサラの髪で片目をやや隠し、甘ったるい表情(マスク)を貼り付けたカドマイアとやらが行く手を阻む。

 

「少しくらい情報交換をしてもよろしいとは思いません? わたくしは"パラス"と申します」

「……」

 

 オレは少しだけ考える。

 確かに基本的な教養はあるものの……外の世界は未知数と言ってもよい。

 

「わかったよ、オレはヘリオだ」

「よろしくヘリオさん」

 

 渋々ながらも3人連れ立って歩く。

 せっかくの新生活なのだから、家族以外にも交友を広めなければなるまい。

 あまりにも排他的だとジェーンに(たしな)められ、ベイリルから小言が飛び、リーティアにバカにされることだろう。

 

 

「ヘリオさんは今向かっている冒険者組合(ギルド)が、どんな場所かご存知ですか?」

「行ったこたぁねえな」

「僕らにご教授願えます?」

 

「知らずに冒険科に入るつもりなんかよ」

「ワクワクしませんこと?」

「僕たちは見識を広めたいんです。そういう意味で冒険者は都合が良い」

 

 オレは既に故人となったセイマールの授業を振り返りつつ、自分でも改めて確認する意味を含めてパラスとカドマイアの2人に説明する。

 

「そうかい、まぁあれだ……オレも聞きかじりだぞ。冒険者は多岐に渡る種々雑多な依頼を受け、内容を達成することで報酬を貰う職業で──」

 

 一般人には難しい探索や討伐といった依頼を、組合を仲介して請け負い、成果報酬を受け取る仕事である。

 魔物・災害・犯罪者といった、国家やその他社会機構に頼っていては初動が遅れてしまう有事に即時対応する為の自浄作用とも。

 また資源採集や物資の輸送・護衛など、経済の発展と循環にも寄与している独立独歩の気風が強い組織。

 

 そして種族・身分・貴賎(きせん)などを問わず、英雄となる者達は富と名声をほしいままにする。

 中には特定の村や街などに住み込み、恒常的および緊急時に即動けるような"専属"なども存在するらしい。

 

 

「──とまぁ危険も少ないないが、食いっぱぐれは少ないらしい。実力が(ともな)えば、な」

「なにせ国家間(・・・)をまたぐ組織ですものね。いったいどういう権力なのでしょう?」

「……あんま詳しく覚えてねえが、確か"とある偉人の弟子"がその設立に関わってるって話だ」

「へぇ?」

 

 オレはベイリル(おとうと)から聞かされた話を、それっぽく伝える。

 

「"使いツバメ"を知ってるだろ」

「もちろん。便利ですわよねぇ──遠くまで、確実に、快速で手紙を届けてくれる。しかもかわいらしいこと」

「なんでもその仕組みを最初に作ったらしいぜ」

 

「僕ら見識不足で申し訳ないですが、そんなことで国同士の摩擦を越えられるほどの規模になれるものなるんですかね?」

「そこまではオレも知らね。まーーー手紙のやり取りを監視できりゃ、弱味とか握れるんじゃねえの?」

 

 

 ベイリルはそんなようなことを言っていた。

 "情報"は(ちから)──その権益を一部でも握ることができれば将来的に強力な武器になると。

 ただ今の使いツバメは"品種改良(こうはい)"だかの結果と魔術的要素も含むらしく、簡単にはマネできないとかなんとか。

 

 そうした使いツバメを用いた迅速な情報のやり取り。

 強力な魔物を駆逐できる実力者(ぶりょく)の保有。

 長年積み上げられた実績と根回し。

 富と権力を持つ商人などの支援と庇護。

 国費を使うことのない、領内における治安維持の貢献と必要性。

 

 さらには現在既に国家間をまたいでしまっているがゆえに、今さら外交問題に発展しかねない問題も(はら)む。

 それゆえに各国は冒険者組合(ギルド)に対して、反感を買うような余計な干渉は()けうるようだった。

 また組合(ギルド)側も同じように承知していて、戦争行動や政治活動に類する利益行為は組合(ギルド)内で依頼したり請け負うことを禁じているのだとか。

 

 

「はえ~~~なるほどですわ。たしかに王様や貴族も当たり前のように使いますから、封蝋(ふうろう)で中身が見えずともドコに向かうかだけでも結構なことが把握できますわね」

「たとえ弱味を握られ脅されるとしても、圧倒的な利便性を考えれば使わないわけにもいかない。巧妙に考えられているわけと」

 

 納得する二人を見て、オレは「軽々に言い過ぎたか」と思いつつも……既に口にしてしまったものは「まあいいか」と心の中で開き直る。

 とはいえこれ以上突っ込まれる前に、話題を変えることにする。

 

「つーかてめえらも言われたんだろ? 冒険者登録して、とりあえず依頼やってこいってさ。……それもう学苑に籍を置く意味あんのかねえ?」

「そのまま冒険者になって身を立てたほうが手っ取り早い気がしますわね」

「学苑の方針としては、なかなか請け負ってもらえないような仕事の消化にあるらしいですが」

 

『そうなのか(ですの)?』

 

 オレとパラスの声がハモり、カドマイアは呆れ顔をぶつけてくる。

 

 

「お嬢は一緒に話聞いてたでしょう。周辺地域との密着・貢献を(むね)とするのが"学苑長"の方針だとかで──」

「ほーん、学苑長ねぇ……」

「そういえば"幻想の学苑長"という七不思議がありますわね。存在はしているのは間違いないらしいのですが、その姿は誰も見たことがないという……」

 

「なんだそりゃ、七不思議?」

「学苑に伝わる不可思議……"咆哮する石像の竜"、開かずの学苑地下迷宮(ダンジョン)、それに"五百季留年(ダブリ)闇黒(・・)校章"──」

「つーか耳早いな」

 

「お嬢は噂好きなんで」

「残りのも早く調べたいですわ」

 

 役に立ちそうもないが、さしあたってベイリルに話を振っておいてもいいかも知れない。

 ジェーンはともかく、リーティアなどは「調べよう!」などと言い出されても面倒になるので黙っておくが。

 

 

「ついでに言いますと、わたくしたち在校(ゼロ)年は()、一年過ぎると()、二年()、三年()、五年()、七年()、十年()──」

「聞いてねえよ」

「ちなみに学苑長は"()色"らしいですわ」

「幻想じゃなかったんかよ、知られてんじゃねえか」

「それもそうですわね、でも噂なんてのは尾ひれがつくものでしょう?」

「まっ誰が何年いようが知ったこっちゃねえ、別にそれだけで偉いってわけじゃねェんだからな」

 

 オレがそう返すと、パラスはキョトンとした顔を浮かべてから……どこか納得したような笑みを浮かべる。

 

「……そうですわね。身分にしても、ただ生まれ持ち得ているというだけでは──敬意もへったくれもありません」

「僕らもただ年を重ねるのではなく、見合った知識と経験を積みたいものです。ヘリオくん、なかなかいいこと言いますね」

「うっせえわ」

 

 毒づいてみるも、案外悪くないやり取りであることに気付く自分がいる。

 

 

「あっ! 見えましたわ!」

 

 北門から南門まで横断したところで、ようやく目的の建物へとオレたちは歩みを速めて到着する。

 

「そんじゃ、ここで解散だな」

「えっ? わたくしたちはパーティを組むんでしょう?」

「ですよね」

 

「なんでだよッ!!」

 

 前言もとい前思撤回、やはり面倒な連中であると思い直しながらオレは叫んだのだった。

 

 



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#37 冒険者組合

 

 冒険者組合(ギルド)の正面扉から中へ入ると、その1階は広いホール構造をしていて、()()()()は奥の受付まで歩いていく。

 左右には大型の掲示板があり、その周囲には待機・飲食用の机と椅子がいくつか置かれている。

 

「こんにちは、学苑生の方々(かたがた)ですね。説明は後でおこないますので、先にこちらでご登録をさせていただきます」

 

 受付の獣人族の女性は、こちらがそれぞれ服に着けている校章を見てそう言った。

 

 

「よろしくお願いいたしますわ」

 

 パラスがやけに上品な仕草で礼をすると、受付は大きめの木板と、3枚ずつ獣皮紙と小さく薄い鉄板を出す。

 

「まずはお名前をお願いします。くれぐれも虚偽はお控えください」

「パラスと申します」

「カドマイアです」

「ヘリオ」

 

 オレたちが名乗ると、受付嬢はそれぞれの名前を別々の皮紙に書いていく。

 

木板(ここ)に書かれた注意書きは読めますか? 文字はどの程度書けますでしょうか」

「もちろん一言一句読めますわ。文字も公式文書をしたためられるくらいですのよ」

「僕もおおむね同じくらいです、字はそんなに綺麗ではありませんが」

「オレは形式ばった文章は苦手だ。書かれているもんは全部読める」

 

 教団時代にしっかり教え込まれているが、そういうのはジェーン(あね)が一番得意だった。

 

「皆さまお若いのにしっかり学ばれているようですね。それでは戦闘になった際の戦型を教えてください」

「剣と盾を用いた前衛、魔力強化のみで魔術は使えませんわ」

「最低限の白兵戦しかできない後衛です、地属魔術が使えます」

「火属魔術戦士だ。剣と肉弾を使った近接戦が好みだが、別に間接攻撃も問題ない」

 

 

「狩猟経験、また魔物の討伐実績はおありですか?」

「動物の狩猟経験はありますわ」

「僕も」

「オレは野生動物や、動物由来の魔物はいちいち数えてない。一番大きな獲物は……直近だと陸竜か」

 

 実際は4人で倒したものだが、別に1人でも問題なく倒せたであろうからいちいち言わなかった。

 

「おぉ陸竜ですか、大きさはいかほどでしたか?」

「さあ? まあ正面から大口開けてあんたを簡単に丸呑みして余るくらいかな」

「ちょっとヘリオさん!?」

「なんというか、あれだ。引きますね」

 

「っんだよ、大きさなんざいちいち気にしねえっつの」

「ふふっ成体への成長途中くらいですかねえ、いずれにしても頼もしい限りです」

 

 受付嬢は慣れたものなのか、特に気にした風もなく続ける。

 

「生存技術、何らかの踏破実績などがあれば教えてください」

「淑女の(たしな)みていどですわ」

「お嬢、それじゃわかりませんて……。僕たちは素人に毛が生えた程度と思ってください」

「一通りは教わっている。身一つで放り出されても、問題なく生きられる」

 

 ──それからもいくつか質問にオレたちは答えていき、受付嬢は皮紙と薄鉄板を裏へと持っていき、また戻ってくる。

 

 

「はいそれでは皆さまの素性と分野を刻んでいる間に、簡単なご説明を──まず冒険者には等級が大まかに5つに分けられ、下から石・鉄・銅・銀・金となっております。

 依頼は基本的に達成報酬となりますが、依頼主次第で何かしら援助がある場合もございます。基本的には早いもの勝ちですが、採集物であればギルド側で買い取っているものもございます。

 等級や実績に応じて紹介できる特別な依頼、あるいは指名制度などもありますので、是非ともお励みください。自由依頼と賞金首は左右の掲示板にて、適時更新されます」

 

 受付はもう何度となく説明してきたのだろう。

 流れるように冒険者組合の取るべき行動や規約、また違反した場合にどうなるかなどを付け加えてさらに説明していく。

 およそ底辺から冒険者になるような人間であれば、間違いなく覚えられないであろう。

 

(まあそういう相手にはそういう説明をするんだろう……オレたちが既にある程度の教養があると知った上でか)

 

 

「──さしあたって以上になります。内容を振り返りたい、もっと細かく知りたい場合はお申し付けください。冒険者組合細則(ギルドブック)をこの場でお読みいただけます」

『いやもう十分に聞いた(けっこうですわ)

 

 オレとパラスが同時にそう返し、受付嬢はにっこりと笑って(うなず)いた。

 

「それと二階では"使いツバメ"を利用でき、学苑生価格でご提供できます。もし必要であれば代筆などもやっていますので是非(ぜひ)

 

 受付嬢がそう言い終えると、丁度よく背後の扉が開き、薄鉄板(タグプレート)が3枚乗せられた丸盆が出てくる。

 

「これは"魔鋼"で作られた"魔術具"です。組合(ギルド)で作られ、素性が組合(ギルド)に登録され、所有者が本人であることを証明します。最初に魔力を(とお)した人間に反応しますので、お間違えなきよう──」

 

 鉄のプレートにはそれぞれの名前と、等級を含めた冒険者としての情報が刻まれているのだった。

 説明された通りに魔力を流してみると……刻印された文字だけがきっかり浮かびあがって固定されたのだった。

 

 

「おつかれさまでした、これで登録は完了です。学苑生の(かた)が依頼達成の暁には、別途で達成証をお渡しします。それでは早速ですが三人でパーティを組まれますか?」

いや組まない(もちろんですわ)

 

 またもオレとパラスの声が重なって……数秒ほと沈黙が支配する。

 

「ヘリオさん……もういい加減、観念したらいかがです?」

寄生(・・)されるのは御免こうむる」

「たしかに先刻のやり取りからするとヘリオくん、きみのほうが強いかも知れませんが……実力を見ずに、そう切り捨てられるのも釈然としませんね。それにお嬢と一緒にされるのも心外です」

 

「いやっ、ちょ──カドマイア、それはないでしょう!?」

「僕の魔術はかな~り役に立ちますよ、お買い得です」

「だっりぃ……」

 

「さしあたって実績のない冒険者が受けられるのは石等級までになりますし……学苑生の皆さまの課題も難易度不問であれば、一度組んでみるのも良い勉強かと思いますよ」

「石までだと……チッ、そんなら賞金首でも狩るか」

 

 

「はっはっは、やめとけ少年。賞金首ってのは居場所を見つけるのも一苦労だし、拠点構えてりゃ罠を張ったり徒党も組んでるもんだ」

「ァア? いきなりしゃしゃり出てきやがって、誰だァてめぇ……」

 

 いきなり割って入るように現れたのは、赤黒い髪の毛を後ろに撫で付けた、なにやら右の瞳だけが虹色に輝く──弓矢を背負った男。

 

「ぷっはは、誰だ? だってぇあはははははっ! 兄貴ってば言われてやんの」

 

 その後ろには同じ赤黒い色した髪を腰上ほどまで伸ばし、男とは逆に左の瞳だけが虹色に輝く──双剣を腰に携える女だった。

 

「あーーーもう親切心出して損したわ、好きにしろ」

「大体さぁ利口ぶっても、あたしらも人のこと言えるほど大人じゃないじゃんか」

 

 どちらも身体的特徴の見られない人族で、背丈からして年上には見えるが精々が5~6年ほどの差だろう。

 

 

「へいへい、おれたちもまだまだですよ~っと──あっお姉さん、どう今晩(・・)あたり?」

「そうですねえ、二週間くらいはお互いを知りたいところですかね?」

「よしきた」

 

「兄貴ィ……んな余裕(じかん)ないってば。はいとりあえずコレ依頼票三つと、素材の受取確認票が五つね」

「はい、確認いたします──ああ、オズマさまとイーリスさまでしたか。"使いツバメ"であらかじめ承っております」

 

 オズマとイーリスとやらは、手慣れた様子で清算をしていく。

 

「ところでお姉さん、"シップスクラーク商会"の依頼ある? 羽振(はぶ)りが良くて嵩張(かさば)らない採集依頼がいいな」

「採集は人気でして……漏れなく請け負われています。いちおう超過分は割安で買い取ってはくれるようですが……さしあたって狩猟任務であれば残っています」

 

 受付嬢が棚の一つから出してきた獣皮紙を二人は揃って眺め始める。

 

 

(んっ、シップスクラーク商会……? たしかそれって──)

 

 オレは脳内で引っかかった単語に、その糸を手繰り寄せる。

 野望に瞳を輝かしたベイリル(おとうと)が、ゲイル・オーラムとイロイロ動いてた時にそんな名前を聞いたような気がするも……どうにもうろ覚えだった。

 

「う~~~ん……狩猟は諸々が面倒だからなあ。特に"油脂"単価が高めで旨くなくはないんだけど、二人だとどうにも──」

「今なら処理運搬要員が空いていますので、手配いたしますか?」

「おっ、そんなら"抱き合わせ"で受けとくか。超過割安買取でも(おく)()せで先に達成してやんぜ」

 

「いいね! シップスクラーク商会はついで(・・・)でできる土地調査の追加報酬もあるから、これは割りといくかも?」

「あぁ、差し引きでも十分だ。どうせ道すがらだし」

 

 オズマとイーリスは手早く依頼内容を確認・手続きをし、掲示板からもいくつか見繕ってから2階へ続く階段を登っていった。

 

 

「──あの御二人は若くして、もう銅級としての実績を挙げてらっしゃるようですね。使いツバメを有効に活用し、道行く先々で依頼の請負と清算をしているみたいです」

「まさしく冒険者然とした、自由人って印象を受けましたわね」

 

 隙のない立ち居振る舞いからして、あの2人が口だけじゃないのはオレも理解できていた。

 仮に()り合ったとして……負けるとは口が裂けても言わないが、少なくともタダでは済むまいと。

 

「そういえば話が中断されましたけどどうします? 僕らとしても別に簡単な依頼を受ければいいだけなので……どうしてもイヤと言うのであれば」

「……いいよ、もう」

「あら、ヘリオさん。どういった心境の変化ですの?」

 

 

「弟……つっても血が繋がってないが、あいつが言っていたのを思い出しただけだ――(えにし)ってやつをな」

「つまり出会いは大切、ということですか。よいご家族をお持ちなんですのね」

「せっかくですから、こんど紹介してくださいよ」

「その内、な」

 

 ベイリルによって受けた影響。ジェーンから伝染(うつ)ってしまった面倒見の良さ。リーティアの分け隔てない人当たり。

 いろんなものが今のヘリオ(おれ)を形作っている。

 

(そもそも学苑にきたのも、人脈を拡げる為とか言ってたし。オレもちったぁ協力しねえとな──まっついてこれる限りは、多少の面倒くらい見てやるさ)

 



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#38-1 冒険者 I

 

 オレは森深くの植生や地質を観察しながら歩く。

 

「はっ……ふぅ……"土地調査"にしては、ちょっと深く入り込み過ぎではありませんこと~?」

「ついてこれないなら、もう帰ってもいいぞ」

「っしょい! わたくしが! そんな諦めるような! (やから)に! 見えまして!?」

 

 パラスは急傾斜(きゅうけいしゃ)を勢いをつけて喋りながら登りつつ、カドマイアもそれに続く。

 

「僕はけっこうキツイんですが……。ヘリオくんがいちいち素描(そびょう)の為に止まってくれるから、一応休めてますが」

「そうそう、わざわざ描く必要ってありまして?」

 

 ベラベラと喋りながらついてきてるので、見た目にはあまりわからないものの、2人ともしっかりと基礎となる肉体を鍛え上げているのはわかる。

 

 

「たしかに依頼としては大まかな場所と特徴だけでいいって内容だけどな。見た目がわかれば、後々に照合(・・)しやすい」

「それにしてもお上手ですわねぇ」

 

 いつの間にか横についていたパラスが、オレのスケッチを覗き込んでいる。

 

四人(きょうだい)の中じゃ二番目だがな。模写させたらリーティア(いもうと)が抜きん出てる」

「へぇ妹さん、それに皆さん絵が描けるなんて珍しいですわね。せっかくならご家族のお話、もっと聞きたいですわ」

「つーか絵の話なんかしてわかるのかよ?」

「もちろん、これでも元々は皇国貴族の生まれですので」

 

 良いとこの()なのは、っぽい(・・・)のは所作や話の内容などの雰囲気から察してはいたものの……なんにしても()ということはワケありのタイプなのだろう。

 

 

「ゼェ……ハァ……ふぃ~~~、照合ってなんの話です? 依頼達成が主目的とはいえ、わざわざ自腹で安くない皮紙と黒筆(くろひつ)を用意してまで──」

「そんなのオレの自由だろ」

 

「ちょっとカドマイア、今ヘリオさんがそれはもう饒舌(じょうぜつ)に語ってくれそうだったのに邪魔しないで」

「アホ。まあそうだな……身銭を切った理由は、シップスクラーク商会の仕事はオレ自身にも係わりがあるからだよ」

 

 二人揃って同じ方向に首をかしげて疑問符を浮かべるのを見て、オレは説明を続ける。

 

「記憶違いじゃなきゃベイリル(おとうと)が、有力者と共同で創った組織でな。あいつにも色々と大望があって、(きた)るべき時に役立つだろうと思ってのことだ」

 

 いずれ役に立つ資源だか、あと立地を先んじて把握しておきたいとかなんとか。

 そうした未来の夢の一端(いったん)に、オレも乗っかってるって言える。

 

「一体なにを目的としてますの?」

「そりゃあ……ああそうだ、近々創設される部に入ればわかるさ」

 

意味深ですわね(おもしろそうですね)

 

 

 パラスとカドマイアの言葉が重なった──その瞬間であった。

 オレは揺らいだ気配を感じ、二人の体を引っ張るように地面へと倒して伏せる。

 

「なにごとですの!?」

 

 あくまで小さな声でパラスは状況把握に(つと)め、カドマイアは即応できるように魔力を集中させているようだった。

 オレは警戒態勢を取りつつ、二人もなんのかんの足手まといとまでは言えないなどと思っていた。

 

 

「そのまま静かに動かずにしてるがいいでござる、新季生諸君」

『──!?』

 

 オレたちは注意を払っていたはずなのに──いつの間にか背後で一緒にしゃがんでいた女に──3人して驚愕を浮かべた。

 黒瞳・黒長髪を頭頂部でまとめた小柄な少女にも見え、しかしてその服装は独特な意匠であった。

 

「チッ、誰だいつの間に……気を張ってたはずなんだがな」

「隠密には自信があるゆえ」

 

「というか白校章を見るに、あなたも在籍1年も経ってないのではないですの?」

「左様、ただ拙者は君らよりも一季ほど早いだけでござる」

 

「その特徴的な服、【極東北土ヒタカミ】の(かた)ですか?」

(しか)り、よく知ってるでござるな。拙者の名は"スズ"と申し──」

 

 スズと名乗る途中で、彼女は口唇に人差し指を当ててさらに頭を低くした。

 

 

 ──すると二つの影が、勢い余るように豪快に降り立った。

 

 一人は灰褐色(はいかっしょく)の長髪に、長身に備わる盛り上がった太く(たくま)しい筋肉で、トンファーを両腕に構えた"狼人族"の男。

 右眼に大きな古傷痕が残る隻眼に加え、体中は血にまみれていた。

 

 もう一体(・・)は、相対した狼人族が小柄に見えてしまうほどの巨躯と威容。

 折れ曲がった首より上の顔面には、角やら牙やらが前衛芸術のように無造作に生えている。

 左側には歪な腕のようなものが三本、右と左背部には腐り崩れたような翼。

 隆々な上半身に比べて、アンバランスな二本足の先には(ひづめ)が付いていた。

 

「なっ……なんですの、あれは──?」

「片方は冒険科で武闘派で知られる"グナーシャ"先輩でござるな。バケモノのほうは容貌の無秩序さから恐らく"キマイラ"でござろう」

 

 正式名称ではなく、俗に"人造混成獣(キマイラ)"と呼ばれる多種融合の獣──魔力暴走による魔物化とはまた別種の人工怪物。

 

 獣人種なども含んだ二種混合までの動物は、枯渇や暴走の過程における進化として存在する。

 しかし三種以上は通常あり得ない。

 すなわち人為的な介入による変化の結果として産まれるものとされていた。

 

 

「よく知ってンな、てめぇスズっつったか」

「なぁに、家訓にござる。何事も自ら深く調べ、"己でその真偽を見極めるべし"」

「ご立派なもんだ」

 

 グナーシャという名前らしい狼人族の男が、双棍(トンファー)を振るたびに衝撃波が飛ぶ。

 回転力がどんどん上がるものの、キマイラは意に介した様子はなく……バキバキと森を掻き分けて相対距離を縮めていく。

 

「どうやら交戦中のようですが、どうします?」

「決まってんだろ、面白ェ──」

 

 キマイラのしわがれた喉から絞り出すような唸り声は、心胆寒(しんたんさむ)からしめるような不安を覚えさせ……。

 ビクビクと小刻みに震える動作は、言い知れぬ恐怖を感じさせる。しかしそれがどうした。

 

 

「横槍ィ入れさしてもらうぜ」

 

 オレはグナーシャとキマイラの間に割って入りつつ、不敵に笑ってみせる。

 

「ッッ!? それはなんともありがたい、が……あいにくと我は逃げている最中だ」

「なんだよなんだよ、だらしね──」

 

 突如として振り回された異形の巨腕に対し、オレは瞬時に背中から抜いた剣で受け流してまた鞘へと戻す。

 その様子を見たグナーシャは、一瞬だけ驚きに眼を見開いたかと思うとすぐに細める。

 

「あーったく、そう()くなってェの。つか言葉は通じそうにねーか」

 

「ちょっとヘリオさん!?」

「あっお嬢──」

「まったく、何やってるでござるか」

 

 芋づる式に、パラス、カドマイア、スズが姿を見せる。

 

「ずいぶんと賑やかだな、しかも揃って学苑生とは……」

 

 

「てめェらはそこで見とけッ──燦然(さんぜん)と燃え昇れ、オレの炎ォ!!」

 

 オレは殺意を(みなぎ)らせながら、己の内で燃え始めた激情(ほのお)に従う。

 続けざまに詠唱した火属魔術によって浮かんだ4つの"鬼火"を、それぞれ両手両足へと宿らせた。

 

 殺気に感化されたかのように反応した、無軌道極まるキマイラの猛襲をオレは(かわ)しながら、拳と蹴りの乱打で着実にカウンターを叩き込んでいく。

 

拍子(リズム)が単純すぎて、あくびが出るってもんだぜ」

 

 生来の鬼人族の膂力(パワー)に"魔力強化"を乗せた連撃は、たとえキマイラの巨体であっても強引に押し込んでいく。

 さらに自ずから天性のリズムを刻み、皮膚感覚のように相手へリズムを合わせ、その動きをこちらのリズムへと誘う戦型(スタイル)

 

 化物だろうが一個生命。まるで"共感覚"かのように同調していき、予測や反射とも違う──固有の機微を感じ取り、利用する。

 

「燃え尽きてろ」

 

 新たに自動充填された4つの"鬼火"を、背中から抜いた剣へと収束させてキマイラの胴体へ一気に突き込む。

 瞬間炎上するキマイラに対し、さらに柄頭を蹴り込む形でその異形を後方へとぶっ飛ばした。

 

 仰向けに倒れたキマイラに突き立てられた剣は、さながら墓標のように燃え揺らいでた。

 

 

「むう、いささか複雑な心境だが……助かった、礼を言う」

「別にいいって。オレが()りたかっただけ、試したかっただけだ。グナーシャ先輩だったか」

「我が名を知っているのか、であればお前の名もぜひ聞いておきたい」

 

 オレは名乗ろうと口を開こうとした瞬間、別の人物によって(さえぎ)られる。

 

「ヘリオさん!! あのような実力を隠してたなんて、人が悪いですわ!!」

「いや~凄かったですね。たしかにこれほど強いなら、僕らを邪険にした理由も納得です」

「天晴れ美事にござる、ヘリオ殿(どの)

 

「──なるほど、ヘリオと言うのか」

「あぁ……まあな」

 

 しれっと混ざっているスズは捨て置き、オレはゴキリと首を鳴らした。

 姉兄妹(きょうだい)の多彩な攻撃に比べれば歯ごたえが足りないが、仮に一撃でもまともにもらえば命が危うかった闘争には違いない。

 

 化物を打ち倒した昂揚感と充実感はやはり得難いものが──

 

 

「グナーシャ先輩!! 大丈夫ですか!?」

 

 ともすると遥か上空から降り立つ人影があった。

 オレたち5人は揃って見上げると、鳥人族の女が新たに着地するのだった。

 

「ガルマーン講師が()もなく来られるか──っとと、あれ?」

「"ルビディア"、すまない。助けを呼んでもらっておいて難だが……が、既に事は終わってしまった。こっちのヘリオのおかげでな」

 

 ルビディアと呼ばれた薄い赤色の三つ編みテールの女は、赤校章を着けた先輩のようだった。

 彼女は燃えるキマイラの死体を眺めつつ、驚愕と嫌悪感と異臭に眉をひそめたかと思えば、すぐに切り替える。

 

 

「へぇ~そっかそっか、ヘリオ(こうはい)くん。キミって随分と強いね? 冒険科でいいんだよね? もしかして新季生? その浮いてる炎からして火属魔術士?」

「質問が多い」

「あっははっ! 頼もしい男の子は大歓迎。もちろん女の子のほうもね!」

 

 そう言いながらルビディアは、パラスたちの(ほう)へと視線を移し手を振った──その瞬間であった。

 

 ぞるっ──と聞いたことのない音と共に、剣が砕き潰される音も同時に響く。

 

「なんと……あれでまだ死んでいなかったのか」

「うげっ、きもちわるっ!」

「これはかなりマズいんじゃありませんこと?」

「魔力の暴走に伴う"変異"というやつですかね……しかしなんとも醜い」

 

「──ヘリオ殿(どの)、笑っているでござるか?」

 

 スズに尋ねられたオレは、隠す気もなく愉悦の表情を貼り付けたまま言う。

 

「悪ィかよ、こんな化物がいるなんて未知(せかい)は面白いったらないぜ」

 

 



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#38-2 冒険者 II

 

 元よりグチャグチャだった容貌が、さらなる肥大化と異形化で原型をほとんど留めなくなっていく。

 2メートルを軽く越えていた巨躯は倍以上に膨れ上がり、3つの巨腕は伸びて触腕の様相を(てい)する。

 足は肉に埋もれて、もはや自力移動できるかも怪しく見えるが……変異前よりも確実に凶悪になっているのは間違いない。

 

 

「──さしあたってガルマーン講師が来るというのであれば、遁走(とんそう)を決め込むが勝ちでござろう」

「そうだね、動きも(にぶ)そうだしとっとと逃げよう」

 

 スズとルビディアは冷静にそう言うが、オレは逃げる気には到底なれず……それはもう一人も同じのようであった。

 

「だってよ、グナーシャ先輩」

「ふんっ……考えることは一緒のようだな。いやヘリオ(おまえ)のせいで我も燃え上がってしまったというべきか」

 

 強さを求め、闘争に身を置く(おとこ)たるもの──この状況でどうして挑まずにいられようか。

 

「勘弁してくださいよぉ。冒険科の先輩たるもの、後輩の規範にならなくちゃ。不必要な無理をしない! 鉄則ですよ」

「一度火が付いてしまった男という生き物に、()()いても無駄ですわ。この際は支えるというのが女というものです」

 

 その言葉にオレは今までの認識を改めざるを得なかった。

 

 

「よォくわかってんじゃねぇか、パラス。ちったぁ見直したぜ」

「うむ、よくできた女人よ」

 

「どうも、しかしこの程度は淑女(しゅくじょ)が備えし基本の一つですわ」

「どんな淑女だか……あーもう! 損な役回り!」

「ヘリオくんやお嬢がどう言おうが、僕も一緒にされちゃたまらないんですけどね……」

 

「信条は人それぞれ、であれば拙者は一人逃げさせてもらうでござるよ」

 

 そう言うや否や、大きく動いたスズへと触腕が一挙に迫る。

 完全に油断していたのか反応が遅れていたところへ、動けたのは臨戦態勢だった3人のみ。

 

 オレは横合いから鞘を思い切りぶッ刺して勢いを()ぎ、パラスが盾撃によって直撃を()らし、グナーシャが交差した双棍(トンファー)でスズを(かば)っていた。

 

「おっ……おぉう、これはかたじけない。拙者としたことがなんという不覚」

「ぐっ、ぬぅ──なに、後輩を守護(まも)るは先輩の務めよ」

 

 グナーシャはさらなる流血をしながらも、慣れたものだといった様子で口にする。

 

 

「深き、底無き、泥濘(ぬかるみ)よ。高きから低きへと、その肉を引きずり込め」

 

 詠唱の終わりと同時にカドマイアが両手で大地に触れると、キマイラの立つ地面が泥と化して沈んでゆく。

 

「やるじゃねぇか、カドマイア」

「どうも、しかしながらアレを完全に沈没させるのは難しいですね。ところで僕は回復魔術使えないんですが、誰かいます?」

 

「あいにくとオレはちょっとした自己治癒魔術が使えるだけだ」

「ごめん、わたしも無理。急いでて回復用魔薬(ポーション)もない」

 

 カドマイアの問いに、オレもルビディアも首を横に振った。残る3人はそもそも魔術が使えないようだった。

 

 

「我のことならば気にしなくていい。この程度は、傷の内に入らん」

「そりゃ豪気なことですけど……せめて闘争はしないほうがいいんじゃなにですかね」

 

「グナーシャ殿(どの)、ちょっと失礼するでござる」

 

 するとスズがグナーシャの傷の様子を()始める。

 

「なんだよ、逃げねえのか? 今ならイケるんじゃねえの」

「拙者を庇わせ、こんな負担を強いてまで、今さら一人逃げられるわけがないでござろう。拙者、回復魔術は使えぬが……少しばかり心得が役立つに違いないでござる」

 

 スズは腰裏から木造りの小さな容器を出すと、蓋をキュポンッと抜いて中にある粉をグナーシャへと振り撒く。

 

「むっ、なんだこれは──」

「"調香"でござる。即効性の鎮静(・・)作用があるので、少しは楽になるはず」

「……たしかに、幾分か(やわ)らいだ。やるものだな」

「そしてこっちが興奮(・・)作用があって──」

 

 そう口にしながらスズは別の容器を一本、丸ごと全員に撒き散らしたのだった。

 

「ッオイ!」

「止めても()る気なのでござろう? なればこそ拙者も微力ながら助太刀するでござる」

 

「"興奮"……たしかにこれは、なんかこう──なんでもやれる気になっていましたわね」

「いやそこまでは──お嬢の思い込みが過ぎるだけかと」

「ふむ、痛みがほとんど消えた。これならば無理ができる」

「いやだから無理はしないでくださいよ先輩」

「まっ一人じゃちと荷が重そうだし、せっかくだから連係も悪くねェか」

 

 六者六様、全員がキマイラを相手に闘志を燃やす。

 

 

「ヘリオ殿(どの)、どうぞ使ってくださいでござる」

 

 オレはスズから投げられた鞘入りの白刃を受け取る。

 

「おいおい、てめェの武器はいいのかよ」

「あんなの相手に、前衛で命張るつもりまではないでござる」

「てめェは……ったく、イイ根性してやがるぜ」

 

 鞘から刃を抜くと──その()りと意匠に馴染みはなかったものの──重心のバランスが良いのか、なぜだか手にはよく馴染んだ。

 

「ご安心なさって、わたくしは前衛イケますわ!」

「我を含めて前衛三、ルビディアたちで後衛三だな。悪くない」

「そっちのルビディア(せんぱい)は何ができんだ?」

「わたしはキミと同じ火属魔術士だよ、それと飛行補助の為の空属魔術。火力としてはそんなに期待されても困るんだけど」

 

「そうかい、そんならオレに向かって全力で炎を撃ってくれ」

「何を考えているかはわからないけど、本当にいいんだね?」

「おう、あとは道を作ってくれりゃオレが決めてやる」

 

「頼もしいな」

「了解しましたわ」

「任せるでござる」

 

 

「それじゃ……既に結構キツいんですが、僕が起点を作ります」

 

 臨機・即時・即応。6人(オレたち)はさほどの打ち合わせをしたわけでもなく、意志を統一させる。

 カドマイアがキマイラを一層深く沈み込ませたのを見て、グナーシャがまず先駆けとなって飛び出し、オレとパラスが続く。

 瞬く間に樹上にまで登ったスズが、小さなナイフのようなものを投擲し、内一本の触腕攻撃を誘った。

 

「ッォァァアアッ!!」

「っこいしょぉお!!」

 

 さらに別の触腕の攻撃をグナーシャが連打によっていなし、パラスは剣を使わず両手で構えた盾のみに集中して受け流す。

 障害となる三本ある触腕がそれぞれ釘付けになったところで、オレは自動充填され浮遊させていた"鬼火"二つを両足で爆燃させて加速を得る。

 

「後輩くんッ──!!」

「来いやぁああ!!」

 

 背後から迫る熱気を感じながら、オレは追従する鬼火の1つをリズム良く炸裂・膨張させ、己の炎として白刃へと取り込んだ。

 

 

 その刹那、キマイラの口だったような箇所からナニカが吐き出されようとしてるのが瞳に映る。

 

(今さら退()けッかよ──)

 

 捨て身の覚悟でもって(のぞ)むも、キマイラの動きが不自然(・・・)に停止した。

 その理由を考えている()もなく、ただただ機を逃さぬ為に肉体は躍動し続ける。

 キマイラの動き(リズム)に逆らわず、こちらの流れ(リズム)を割り込ませる。

 

 収束付与させた炎剣を右手で天頂(てんぺん)まで振り上げ、一気呵成に斬り落とす。

 

 脳の血管が焼き切れるのではないかと感じられるほどの一点集中。

 大炎は刀身に凝縮され、無駄な漏れ燃焼は起こらず、ただただ赤熱した色だけを輝かせていた。

 

 

 残光(・・)がキマイラを袈裟懸けに斬り断つ──よりも先に、刃が折れてしまう。

 しかし途中まで斬り込んで(とど)まり溶けた刀身から、一気に放出された業火はキマイラの内部から、再生不可能なほどの熱量を浴びせ掛けていた。

 

「はンッ! どうやら終焉(おわり)みてえだな。一応の保険として残しといたが……ついでに持ってきな」

 

 オレは残った鬼火を一つ左手に宿し、熱量をさらに上昇させながらキマイラの頭部を掴む。

 

「"爆熱炎指(ヒィィィトッエンドォ)"ォオ!!」

 

 火柱が爆炎と共に上空へと立ち昇り、オレは反動を利用しつつ前方へと着地する。

 加速度的に炭化し灰となりつつあるキマイラを眺めていると、オレは融解しないまま残る"一本の矢"を見つけた。

 

 

(矢ァ? ……そういや何でかキマイラの動きが止まりやがったな──あるいはコレの所為(せい)だったのかよ)

 

 余計な茶々を入れられたのかと思うと、気持ち悪さも残るというものだが…… 。

 本当にあの瞬間に刺さったものなのかは確証はなく、あるいはずっと以前に体内に残っていたとも否定できない。

 

(まっどうでもいいか)

 

 いちいち細かいことを考えるのは、オレの性分でも仕事でもない。

 そういうのは小理屈()ねるベイリル(おとうと)や心配性なジェーン(あね)がやることだ。

 

 オレは泥の中に浮かぶ灰と矢から視線を移し、こちらへと手を振っている臨時パーティの元へと迂回して歩き出す。

 

「なんとなく(しゃく)な気ィもするが……ロック(・・・)だったな」

 

 そうはっきりと口に出して、己の心中を確認する。

 姉弟妹までとの連係には及ばないが、それでも充実感が体に満ち満ちているのを……オレは否定することができなかった。

 

 

「おおっ!? これは──」

 

 決着してからようやく森の中を走り抜けてやってきた男に、オレは互いの立場を気にせず遠慮なく告げる。

 

「遅ェぞ、怠慢(たいまん)講師」

「おまえはヘリオか。それに向こうにいるのは──グナーシャとルビディア以外にも、スズ……それに新季生のパラスとカドマイアか」

「よく覚えてんな」

「生徒と向き合うのもまた、講師としての(つと)めであり(つと)めだ。しかしそうか、キマイラを六人で討伐したか……実に頼もしい、"英雄講義"もそう遠くないな」

 

「別に興味ねェわ」

「はっはっは! おまえはまだまだ学ぶことが多そうだな。そういう生徒を教え導くのもまた楽しみだ」

 

 そんなことを言いながら、ガルマーンは軽々と泥を飛び越えて行く。

 

 

(新たな世界を拡げる……か)

 

 案外悪くない。オレはオレのやりたいように、やりたいことを見つけていくことにしよう。

 

 

 

 

「おい兄貴、今なんで煙が立ち昇ってる(ほう)に射ったん?」

「そりゃおまえ……なんとなく嫌な気配がしたからだ」

 

 若き銅級冒険者──兄オズマと妹イーリスは森の中を足速く、息を切らさず会話を続ける。

 

「確かに変な気配だったけどさ。矢だって安くないんだよ? それに魔物ならいいけど、無関係の人に(あた)ったらどうすんのさ」

「アホ、そんなヘマはしねえって」

「たまにあたしに誤射しそうになってんじゃんか」

「それはおまえが無駄に動きすぎなんだよ」

 

「かーっ、オズマ(あにき)にはわからないかぁ。こっちはちゃんと状況を判断しながら──」

「嘘つけ。考えなしに動いてるだけだろうがイーリス」

 

 ヘリオ達とわずかに道を交差した二人は、勢いを落とさぬまま進んでいく。

 

 

 冒険者──国家によらず、地位によらず、種族によらず、思想によらず。

 災害や魔物に対する一種のインフラであり……己を最も自由とし、今を生きる者達である。

 



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#39 魔術科 I

 

 学苑を(よう)する魔獣ブゲンザンコウは、大きな自然湖の上に浮かび──俺達はさらに大亀の背中に形作られた湖付近に集まっていた。

 大亀は連邦領内の街道を進んでいく途中でいくつか停泊ポイントがあり、その際は近くの都市国家と密に交流をしていく。

 

(すい)(もぉん)ッッ!! 全開ぃぃいいいイイイイイ──!!」

 

 一個生命体の甲羅をダイナミックに装飾し、山と丘と平地と森と湖と学苑とが共存する巨大ジオラマじみた箱庭。

 そんな背の上に構築された"ジオラマ湖"と、本来の"自然湖"をこうして水門を通して繋ぐことで、水草や生態系を循環させるダイナミックな光景。

 

(スケールがデカ過ぎる……)

 

 ベイリル(おれ)は改めて、この移動する学苑の凄絶さに舌を巻く。

 水棲だけでなく動物や植生にしても、街道を巡ることで実に多種多様な彩りを見せているのだ。

 

 

「──かつて魔力を用い、望むままの法を定めたのが"魔法使(まほうし)"と呼ばれ、さらに導き形を成す"魔導師"が現れました」

 

 初日にしてフリーマギエンスを創部した俺は、フラウと共に魔術部魔術科へと足を運んだ。

 キャシーは戦技部兵術科、ナイアブは専門部芸術科へとそれぞれ既に戻っている。

 

「しかし本学科の基本として、みなさんがまず目指すべきは"魔術士"です。魔力を操る術を知り、魔導──そして魔法へと至る為の過程と見る志高き者もいるでしょう」

 

 どの学科を選ぶかは、多少なりと迷うところではあった。

 少なくとも戦技部兵術科のジェーン、冒険科のヘリオ。

 また遠く対岸に集まって同じように水門見学をしている専門部製造科のリーティアとは被らないように──と(なか)ば決めていた。

 

「しかしまずは魔術から何事も始まります。この水門も大型の魔術具によって動かされていて、魔術は様々な形で我々の生活に――」

 

 何かしら適性が活かせそうな専門部を探すのも悪くはなかっただろう。

 しかしやはり元世界(ちきゅう)にはなかった魔術への好奇心はことのほか大きい。

 

 俺の空属魔術も多くが我流も同然であり、体系化された基礎から学ぶのは有意義だと考えている。

 

 

「そういえばフラウは何の魔術を使うんだ?」

「ん~~~? さてさてなんでしょう」

 

 耳打ちするように発した俺の質問に対して、質問で返したのは再会を果たした幼馴染の少女フラウ。

 彼女の魔術は俺以上に我流。それも魔術科を選ぶ一つのキッカケであった。

 子供ながらに世界を生き抜く為に会得し、そして洗練されていったらしいフラウの魔術。

 

 改めて魔術を学び直すということも大事であろうと、俺からフラウを誘った。

 彼女は元々一般教養の単位しか取得しておらず、宙ぶらりんであった為に丁度良かったとも言える。

 

 転生してからずっと過ごしてきて、演技することや、前世からの人見知りも幾分慣れてきた……ものの、やはり知った顔がいるほうが居心地はいいものだ。

 

 

「──っえーということで、まずは皆さんの実力を見たいと思います」

 

ん……(おぉ~)?』

 

 教師の発言に俺達は揃って疑問符が浮かんだものの、すぐに察しうる。

 魔術の練度差はおろか、そもそも扱えないから学びに来ている者のほうが多いだろう。

 

 効率的な教育の為にまずふるい(・・・)に掛けるのは、至極当然の帰結と言えた。

 

「今現在、魔術が使えるという者は手を挙げてください」

 

 すると俺とフラウを含めて、集まった3割超くらいの人間がまばらに手を挙げる。

 魔術士は世界人口比だと1~2割といったくらいらしいのだが、若い時分でこれほどいる。

 やはりこの学苑は自由を尊重しつつも、元々備えている基本水準が高い傾向にあるようだった。

 

 最低限の義務教育のない異世界において、学ぶ意欲ありし者は向上心の塊なのだ。

 

 

 なによりも学苑は種族や国籍を問わない。それゆえに多様性に特化している。

 刺激にも事欠くことはなかろうし、学び取れることもたくさんあろう。

 

 フラウやキャシーのように、行き場を求めて辿り着いた者もいる。

 嫡子(ちゃくし)でない子供も多いと聞く。一夜限りの相手に産ませたような落とし子にも丁度いい場所。

 俺の学苑生活の目的の一つに人脈(コネ)作りがあるが、同じ考えを持つ奴もいるに違いない。

 

 最初から帝国、王国、皇国のいずれかに帰属したいと思っているのであれば、それぞれの最高学府のほうが良い。

 しかし未だ不明瞭で基盤もない状況では、学苑がやはり最も適した環境なのだった。

 

 

「なるほどなるほど、なかなかに豊作です。では湖のほうへと向かいましょう」

 

「これで(てい)よくフラウの魔術も見れるな」

「いや~……度肝抜かれるよ?」

 

「くっははは、そいつは楽しみだ」

 

 冗談なのか本気なのかわからないリアクションに俺は笑う。

 俺とて負けるつもりはないくらいには、積み上げてきた自信はあるのだった。

 

 

 

 

(まぁ実際は……こんなもんか)

 

 というのが素直な印象であった。確かにみんな魔術を使えてはいる。

 しかし大半は単なる発火魔術だったり、風を吹かしたり、あるいは光源を産み出すといった……ささやかな程度のものだった。

 

 一応は教師の一人が隆起させた3メートルくらいはありそうな、土塊が標的がわりに存在している。

 しかしあくまで命中させて精度などを見せているに過ぎず、破壊するほどの者はいない。

 同じように土を操って並べたり、もしくは湖の水を利用して動かしてみせたりといった程度のもの。

 

 

(先輩らはまだわからんが……さしあたって同季生には目ぼしい奴はいない、か)

 

 そも魔術の修練とは、通常10年単位を要することも珍しくない。

 無論才能がある者であれば、1季程度でも使いこなす者がいるとはいえ──

 

(俺もなかなかに苦労したしな、あの極限状態あってこそのものだ)

 

 幼少期からそこそこやっていてもついぞ使えないまま、村を焼かれ奴隷と成り果てた。

 無明たる闇黒の中で、魔術を発動するまでの過程をもはや覚えてないくらいの集中力あって、ようやくモノにできたに過ぎない。

 

 

(一度コツを掴んでしまえば、幅が広がっていったものの──)

 

 それまでは「本当に魔術なんて使えるのか?」なんて思っていたほどだ。

 上手くいったのは魔力の循環操作に長けているエルフの血を、半分でも受け継いでいたからこそでもあろう。

 

(実力ある魔術士がいれば、フリーマギエンスに誘おうと思っていたが……)

 

 そうそう都合よく集まってくれるというわけではないようだった。

 

(いや、逆に考えるんだ──)

 

 新季生が魔術をあまり使えないというのは、すなわち何も書かれていない白紙も同然。

 転じて元世界知識を利用した理論を、馴染ませやすいとも言えるのだ。

 

 

 俺が一人でそんな思考を回していると、左隣にいるフラウがちょんちょんと肩を叩いてくる。

 

「ベイリル、どうする? てっきと~にやる?」

「そうさなぁ──」

 

 フラウの言わんとしていることを、俺はすぐに察しえた。

 今はまだ不必要に目立つ学苑生活は、自治会の手前もあって控えておくに越したことはないと彼女に話したばかり。

 

 とはいえこうした好機(チャンス)を逃すというのも……また悩ましい。

 

 つまるところ落伍者(カボチャ)達を打ちのめした時と、やることはさほど変わらない。

 授業にかこつけて思うサマ実力を見せつけ、フリーマギエンスの教えを広めるという手もアリ寄りのアリだ。

 

 

「気兼ねは……いらんか」

 

 この際は開き直ってしまうとしよう。能ある鷹はなんとやらなどと、気取っていても仕方ない。

 せっかく異世界で(ちから)を持っているのならば、それを誇示しないで──ひけらかさないでなんとする。

 称賛を浴びてちやほやされるのも、それがたとえ虚栄であったとしても……。

 

(得られた充足感は、きっと気持ちいいだろうしな──)

 

 学苑という箱庭の中に限ってしまえば、名が売れてしまってもさしたる問題にはならない。

 それもまた実験になるだろうし、あるいは自治会へのアピールになるかも知れない。

 

「りょ~かーい、んじゃまベイリルを参考にするねぇ~」

 

 

(となると何の魔術を使うかだが……今の俺が使えるのは──)

 

 俺は空属魔術を基本として、さらにそこから"六柱"魔術として派生させ分類(カテゴライズ)している。

 とは言うものの、現在魔術として使えるのは四柱しかない。六柱とはあくまで今後使う()()()()()()()だ。

 

 ──風流(ウィンド・)操作(コントロール)

 風の流れそのものを直接的に扱い、単純な物理的作用を発揮させる魔術。

 

 ──空気(エア・オルタ)改変(レイション)

 空気中に含まれる分子の状態に直接干渉し、様々な効果を及ぼす魔術。

 

 ──大気元素(アトモスフィア・)合成(シンセサイズ)

 大気を構成している元素を分解・結合し、別の物質を生成する魔術。

 

 ──音圧波動(サウンド・ウェイブ)

 空気を介して伝わる音の振幅を増減させ、指向性を持たせる魔術。

 

 四柱の内で何が最も適しているかを考える──

 

 "重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"は威力過剰な上に、今の俺にとって唯一の切り札(ジョーカー)となる魔術である。

 

 

("切り札は先に見せるな、見せるならさらに奥の手を持て"──派手にやるにしても、貴重な手札を曝すまでには至らない)

 

 無難に素晴らしき"風擲斬(ウィンド・ブレード)"でいくことに決める。

 

 どうせ今いる者には初見である。奇をてらう必要はない。

 魔術と戦闘技能を組み合わせた"術技"でも悪くはないが、動かぬ的が相手ではいまいち映えない。

 かと言ってわざわざ対人を望み出るのも、イキり過ぎててなんとなく(はばか)られる。

 

(基本的な魔術であっても、魅せ方次第だ)

 

 土塊(つちくれ)と言っても、魔術で固められた一種の防壁のようなものだろう。

 純粋な岩よりは脆いだろうが、それでも地面と一体化してそびえ立つ物体である。

 

 どう破壊の演出をして見せようかと考えていると、いつしか順番が回ってくる。

 

 手招きされて指定の位置まで移動すると、教師は質問する。

 

 

「名前と、使う魔術と、用途を教えてください」

「ベイリルです。空属魔術で岩を攻撃します」

 

「よろしい、それでは好きなタイミングでどうぞ」

 

 教師に開始を促されたその瞬間──

 

 俺は教師の方を向いたまま、左手指を鳴らし速攻で魔術を放つのだった。

 

 



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#40 魔術科 II

 

 教師の言葉より、間髪入れず放たれた無詠唱・速攻・ほぼ不可視の風擲斬(ウィンド・ブレード)

 それはほんのわずかな風切り音のみを残して、あっさりと岩を真っ二つにする。

 

 その圧倒的な早業に誰もが……虚を突かれる()すら与えられなかった。

 ただ俺が指を鳴らした方向──土塊標的へと、自然と視線が集められていく。

 俺も顔だけを向けると根本付近でやや斜めに裂かれ、半分になった土塊がずれて落ちているのが見えた。

 

 様子を眺めながら地面との隙間が空いたその瞬間へと、俺は術名詠唱を重ねる。

 

「"エアバースト"──」

 

 左手で(すく)い上げるように振り上げる。その動作に連動するように風圧が巻き起こった。

 寸断された土塊は、空中へと一息に押し上げられ宙で一瞬静止する。

 続けざまに俺はボクシングのワンツーを繰り返すように、間断なく風擲刃を放ち続ける。

 

 的当ては得意分野である。否、得意になるよう鍛えてきた──()()()()()()為に。

 フィンガースナップが鳴る音の数だけ、バラバラになっていく土塊。

 最後に地面に落ち切ったそれは、もはや片手でも持てるくらいの大きさになっていた。

 

 その頃には唖然としていた生徒達も、教師陣も十人十色の反応で沸き立ち始める。

 

 

「お……おぉ……素晴らしい才能だ。どこで習ったのか?」

「あー師匠がいまして、その人に幼少期から教わっていました」

 

 ここで言う師匠とはセイマールではなく、"架空の魔導師"のことを指している。

 今後はそうした背景なども、そこはかとなく広めていく必要があった。

 

「なんとも! それにしたって素晴らしい才能だ。君ならばいずれ"魔導講義"を受ける資格を得られるかも知れんな」

「ちなみに魔導講師ってどのような(かた)なんですか?」

「苑内唯一の"魔導師"にして、"学苑長代理"も務めてらっしゃる方だが……あまり表には出てこないし、口止めもされている。詳しく知りたければ講義を受けるより他はない」

「なるほど、どうも──」

 

 なかなか偏屈な人物だなと思いつつ、俺は淡白に答えて(きびす)を返して歩き出す。

 今は魔術だけで十分だが、長い人生でいずれは魔導にまで到達したいものだと。

 

 

(魔法──までは高望みすぎかも知れんが、異世界の長命種として生まれたのだから行き着くところまで飛んでやるさ……宇宙の果ての先であろうとな)

 

 続くフラウと、俺はすれ違いざまにハイタッチする。

 

「参考になったか?」

「少しだけかな~」

 

 一言だけ交わして、お互い足を止めることなく歩を進める。

 フラウは俺の魔術にもさほど驚きはないようだった。

 そんな些細な様子からでも、彼女の実力かどれほどのものか……いくばくか推し量れるというものである。

 

 

 待機場所に戻るところで、誰もが俺に一歩引いた眼差しを向けていた。

 それは一目を置く意味だったり、単純に妬心(としん)が含まれているようなものだったり……。

 しかしその中で一人だけ(おく)すことなく積極性を全面に話し掛けてくる者がいた。

 

「いやーオマエすごいねぇ、お近付きになってもいいか?」

 

 その男は角刈りを少し伸ばした程度の深緑色の短髪に、浅葱(あさぎ)色の瞳を向けてきた。

 

「素直だな、でもそういう手合は大歓迎。よろしく、ベイリルだ」

「おっと先に名乗らせちまうとは失礼だったな、オレは"オックス"。見てわからんと思うが"魚人種"だ」

 

 顔は無骨な部分も残るが整ってはいるようだった。

 俺よりも少しばかり高い背丈に、ほどほどに鍛えた肉が体を包んでいる。

 

 

「へぇ……内陸にいる魚人種って珍しいな」

「ふっはははっ、ハーフエルフだって単純に珍しいじゃん」

 

 距離の詰め方が大胆なものの、オックスには嫌味がなく話しやすい印象を覚えた。

 物怖じせず、天然で育まれたコミュニケーション能力の高さとでも言おうか。

 

「あまり詳しくはないんだが……魚人種も獣人種みたいに種類があるんだよな?」

 

 リーティアであれば獣人種の犬人族の狐人型。クロアーネならば犬人族の犬人型。

 キャシーは猫人族の獅人型など、由来となる生物がいるはずである。

 

 これらの種族は遠い過去に獣と交わった──

 などといった()()()()行為によって産まれたようなものでは決してない。

 魔力の暴走と枯渇の歴史の中で、適応しようとした過程で生まれたものである。

 

 己の魔力をコントロールできず衰えゆく神族が、今のままではマズイと変えようとした結果。

 変身願望ともとれる想像は、魔力を通して肉体を変質させるに至ってしまったらしい。

 さらに暴走によって変質し続けた成れの果てが、今日(こんにち)の魔物──さらに行き過ぎれば魔獣となる。

 

(現代知識で換言するならば、想像だけではなく遺伝子(DNA)の中に眠るそれが発露した結果……)

 

 万年単位で太古の昔から進化してきた哺乳類、我々霊長類いわゆる"隔世遺伝"のようなものなのかも知れないとも勝手に思う。

 

 

「種類? もちろんあるぜ、オレは"クラゲ"族だ。知ってるか?」

「クラゲか、サラダに入れると結構美味いよな」

「ほーほー食ったことあんのか、大陸人なのに珍しいな。知ってるとすら思ってなかったわ」

 

(まぁ日本のスーパーなら探せば大概──)

 

 アクアリウムショップや水族館にも……などと詮無いことを思いつつ、俺は浮かんだ疑問を尋ねる。

 

「……そういえば、よく俺の種族がわかったな」

 

 ハーフエルフは耳がほのかに長いと言っても、意識的に見ないと気付きにくい。

 ナイアブ先輩のことを思えば、男にジロジロと見られていたことに(ほの)かに警戒心も湧くというもの。

 

「そりゃ知ってるぜ、一昨日にカボチャを実力で統一した、鳴り物入りの実力派新季生ってな」

「……まじか、そんな噂になってるのか?」

「よくよく調べて回れば断片的にわかるくらいにはな」

「噂好きなんだな」

 

 そう返した俺に対して、オックスはニィ……と思わせぶりに笑う。

 

 

「有能な人物とは、敵ではなく味方に引き込まないとな。まっ要するにお近付きになりたいんだよ」

「奇遇だな、俺も人脈は大事だと思っているよ」

 

 相手の正直な言葉にこっちも素直に答えると、両手を広げてオックスはアピールする。

 

「そりゃ都合がいい、なおさらオレと友達になっておくべきだ」

「打算だけで友人を作るつもりもないんだが……そう言い切る理由を聞いてもいいか?」

 

 俺は少し呆れた様子を見せつつ尋ねてみる。

 利害のみで結ばれた関係よりは、心の底からも信頼できる友でありたいと願う。

 

「オレは"内海の民"──いずれ"海帝"になる男だ」

「内海の民……?」

「ん? 内海の民は知らないのか?」

「いや一応は聞き及んでいるが、生活圏が違いすぎて知識としては(うと)いな」

 

 

 ──内海の民。陸には陸の国家が当然存在するが、海には海の国家がある。

 連邦の西部と東部の(あいだ)に挟まる内海に棲んでいて、安全な海上貿易には欠かせないとか。

 海帝とは一族の王であり、それになると宣言する男を、俺は自身の物差しで測る。

 

「オレらはそんな隠してるつもりはないんだが……まっ交易くらいでしか接触しないもんな」

「もしかして、海中に住んでたりするのか?」

 

 "海底都市"などを建造して住んでいるあれば、それはとてつもない浪漫をそそられる。

 同時に文明レベルが侮れない勢力ともなり、()()()()()ともなりえる。

 

「たぶん不可能ではないが……不便が多すぎて無理だなぁ。オレらもエラ呼吸できるわけじゃないし、普通の人族らよりは呼吸が続くって程度だからな。オレたち海の民は、海上に住んでるんだよ」

「ほぉ~海上都市? それはそれで……」

 

 

 ──その瞬間であった。話に夢中になりすぎて幼馴染から目を離してしまっていた。

 ただ周囲がどよめいたことで、何かが起きていると視線を向ける。

 

 遠目に捉えたフラウは、空に浮かんでいたように見えた。

 そして真下には俺が破壊したそれよりも、三倍くらいの体積の土塊が鎮座している。

 同じ大きさではなく、教師にわざわざでかく魔術で作ってもらったのだろうか。

 

 跳躍していたフラウの体が、土塊へと真っ直ぐ落ちていく。

 縮尺が狂ったような感覚に陥るほどの速度で、狙い澄ましたかのように。

 

 一体何をどうして、どんな魔術なのかはよくわからなかった。

 ただ物理的な破砕音が響き渡ると共に、土石礫がこっちのほうまで飛んできていた。

 

 

「おわっ!?」

「っ──"一枚風"!」

 

 怯んでいるオックスを横目に俺は両手を目の前へとかざして、巨大な風の盾壁を生徒らの前方に発生させた。

 飛んでくる土石礫は風の壁に触れるとたちまち勢いを失い、その場にぼろぼろと落ちていく。

 

 大怪我まではしないだろうが、危ないといえば危ないくらいの大きさの石であった。

 

「なんっだあれ!? すっげーけどあぶねえなぁ。なあ?」

 

 粉々になった土塊残骸から、フラウが汚れをはたきつつ平然と出て来る。

 皆一様に呆然としていて、俺が披露した魔術のインパクトが全て消えてしまった気がした。

 

「すまんな、俺のツレだ」

 

 こちらに手を振っているフラウに、俺も手を振り返しながら……。

 

 心中で乾いた笑いをしつつ、様々な色の青春というものを俺は全身全霊で味わっていた──

 

 



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#41 魔導師 I

 

 魔術科の初日を終えた夜半──俺の寮部屋に面識のない人物がいきなり訪ねてきた。

 

「……夜分遅く申し訳ありませんが、はじめまして」

「あっはい、どうも」

 

 招き入れた女性──濃紫色の長いコートで全身を包み、同じ色の帽子を目深にかぶった──特に知らない初顔だった。

 

「私は"シールフ・アルグロス"です」

「ベイリルと申します、はじめまして──」

 

 わずかに黒ずんだような銀色の後ろ髪を、太い三つ編みに()って伸ばした女性。

 背丈は大きくも小さくもなく、スタイルも良くもなく悪くもなく。

 顔もごくごく平凡と言った感じで……ただ薄い黄色の瞳には好奇がほのかに(うかが)えた。

 

 こちらの観察するような視線に気付くと、シールフと名乗った女性は帽子を視線を隠す。

 

 

「して、ご用向きのほどは?」

「その……()()()()になるかも」

 

 俺はシールフを部屋へ上げると、とりあえず事前にストックしておいたクロアーネ特製の菓子とお茶でもてなすことにする。

 彼女は遠慮する様子なくパクついたところで、口を手で抑えるように目を丸くした。

 

「んっ……美味しい! それなりに長く生きてるつもりですが初めての味です」

「作ってくれた人に伝えておきます。実はこれ──」

「"()()()()()()()"ですか」

 

 俺は言葉を先に彼女に言われて、一瞬詰まってしまう。

 

「……えぇ、そうです。その味を再現してもらおうと思って、まだ途上ですが」

 

 言いながら俺も同じものを口に入れる。

 

 

「──ベイリルさん、ご出身をお聞きしても?」

「帝国の亜人特区です。育ちとしては連邦西部のが長いですけどね」

 

 するとシールフは少しだけ、含みを持つような表情を見せて何度かうなずく。

 俺はさしあたっての不可解さと意図を探るべく、世間話を延長することにする。

 

「シールフ殿(どの)はどこの生まれですか?」

「私は【王国】の出です」

「へぇ……大陸の東側に位置し、魔術が最も(さか)んと言われる大国ですよね」

 

 シールフはどこか懐かしんでいるような笑みを浮かべながら、カップの中身をすすり──俺はもう少しばかり踏み込む。

 

 

「失礼ですがシールフ殿(どの)はお若くは見えるものの……講師の(かた)で間違いありませんか?」

「たしかに講義も受け持ってはいますが、同時に私は誰よりもここに長くいる、歴とした学苑生(・・・)です」

 

 そう言うとシールフはかぶっていた帽子を裏返すと──内側には校章が貼り付けられていた。

 同時に"その色"は──10年生である黒い校章よりもさらに深い。光すら呑み込むような"闇黒色(あんこくしょく)"であった。

 

「まさか……それって学苑七不思議の一つ──?」

「ついでに学苑長の代理も務めています」

 

 昼間、新たに友となってオックスから噂の一つとして聞いていた、"500季留年の闇黒校章"すなわち実に100年以上の在籍期間を誇る生徒。

 生徒でありながら講師であり、さらには学苑長の代理を担うほどの信頼と実績を兼ね備えているということだ。

 

「失礼しました、この学苑で二番目? に、偉い人だったとは……」

「お気になさらず。ちなみに学苑長は今現在いないどころか、何十年と帰ってきてないので……権限を最も有しているのは私です」

 

 

(それってどこかで既にもう──)

 

生憎(あいにく)あの人が死んでいることは私には想像がつきません。身分を隠して"自分が正しいと思うこと"をして回るのが趣味で世界中を駆けずっているので、長命種のあなたならその内出会えるかも?」

「はぁ……」

 

(自分が正しいと思うこと、か」

 

 本来の意味での確信犯(・・・)ほど厄介なモノはないと俺は頭によぎった。

 宗教にしてもそうだが……それが絶対のモノだと疑わない人間は、自覚している悪人よりも往々(おうおう)にして性質(タチ)が悪い。

 

「心配はいりません。この学苑を見ればわかるでしょう?」

「まさか学苑長って、創立者でもあるんですか!?」

 

 シールフは静かに(うなず)き、俺はその人物像について()せる。

 (ひん)する生徒への支援も割に手厚く、国家や種族を問わない自由な学苑。

 であれば一般的な観点で善人であること、また近代的な思想を持っていることは確かであろう。

 

 機会に恵まれれば是非とも会ってみたいところだった。

 

 

「しかしまぁ……学苑長は随分と長生きなんですね」

 

 そう言ったところで、俺ははたと疑問が浮かんだ。

 

(長生き──シールフ《かのじょ》に、最低でも100年在籍なんだよな……人族なのに?)

 

 パッと見ても、1000年生きると言われるエルフ種の耳やヴァンパイア種の牙もなく、寿命が存在しないとされる神族の輝く金瞳もない。

 他にも100年を越えて生きる種族もいるが、俺の知る限りで長命種にあたるような特徴がシールフには見られなかった。

 

(魔力操作に長じた者の多くは心身が充実し、活性を得られる為に若々しいことが少なくないらしいが……それにしたって限度があるぞ)

 

 そう俺が考えていると、シールフが察して口を開く。

 

「私は神族の()()()()、なので体感ではまったく老いてないわけじゃないですが……寿命に関しては私自身よくわかっていません」

「……へっ?」

「それとこの瞳、陽光に照らせばわずかですが金色に輝きます。ことわっておきますが、私の家系は代々人族で、若かった頃も純然たる人だったのであしからず」

 

 俺は()の抜けた声を発しつつ、シールフは淡々とペースを崩さず説明してくれた。

 

 

(なるほど……いわゆる"隔世遺伝"ってやつか、神族でもそんなケースがあるんだな──)

 

 遺伝的形質が実子に直接出るのではなく、離れた孫々に発現する隔世遺伝。

 

(獣人種や一般的な亜人種などは、わかりやすく先祖の遺伝が受け継がれることがままあるが……)

 

 人と獣人の子供では概ね半々くらいの確率で、人族か獣人種かで生まれてくる。

 また両親が人族であっても祖父母のいずれかが獣人種だと、子が獣人種になる可能性があるのだとか。

 

 一方で亜人種でもエルフやヴァンパイアは、"魔力抱擁"の特性かあるいは遺伝的なものか……確実にハーフとして産まれるらしい。

 

 

シールフ(かのじょ)の場合は──"神族大隔世"、とでも言うべきか)

 

 神族──魔族も人族も亜人も獣人も、あらゆる人型種の祖先であり、かつて大陸を支配した種族。

 しかし時代を重ね凋落(ちょうらく)し、今は儚げな存在とすら思われている。

 

 エルフやヴァンパイアと違い、決して繁殖能力も低くはないのだが……しかして神族は自ずから数を増やすことを恐れ、大陸最北端の"神領"にほとんど引きこもっているという。

 それは果たして、"魔力災害"とも呼ばれる魔力の"暴走"と"枯渇"が、数を増やしすぎたことによる反動であるからだと──まことしやかに語られ、にわかに信じられていると唱える人間もいる。

 

 そんな何世代離れているかもわからない神族の遺伝的形質が、遠い子孫に突然発現したのが目の前の大先輩である。

 

(しかも母体から誕生する際にではなく、成長過程で唐突にとは)

 

 現存する人型種族がすべて神族由来である以上、誰もがその可能性を持っているということなのだろうか。

 

 

「──では、もう一つの疑問。なぜ私がこうして足を運んだのか……ベイリル(あなた)なら、既に察しがつき始めているのでは?」

「……」

 

 俺の感じている違和感──何度かまるで"思考を先んじられた"ような錯覚──それをズバリ彼女に指摘された気がした。

 幻覚・催眠・認識改変、いやこの際はもっと単純(シンプル)に……。

 

(右ストレートでぶっ飛ばす──真っ直ぐいってぶっ飛ばす──)

 

 心の中だけで強く念じる。するとシールフの眉が少しだけ歪む。

 

「実際にやる気がないのはわかりますが、あまり気分の良いものではないですね」

 

(まじかよ、本当に()()()()()のか──)

 

「得心してもらったようでなにより」

 

 そこではたと俺は察し得る。

 なぜシールフが俺に会いにきたのか、この出会いが何をもたらすのか。

 

 

「……私は日中、水門の様子と並行して製造科と魔術科の"試し"を遠く観察していました。学苑長代理として怪しい者がいれば対処するのが、面倒でも仕事の内なので」

「そこで俺が引っかかったわけですか」

 

 しかしそれは不穏分子としてではないだろう。

 不埒(ふらち)なことを考えていても、それはあくまで学苑生活に則した健全なものである。

 

(あぁそうだ、俺の心が読めたなら──()()()()()()()()()()()んだ)

 

「ええその通り。自らの"魔導"に絶対の自信があってなお、本当に読み取れているのか……にわかには信じがたかった。だからこうして確認の為にノコノコとやって来て──狂人でないことも私にはわかる」

 

(魔導──!? 魔導師、ということは……)

 

「はい、学苑で唯一の魔導師──受け持つ講義というのもすなわち魔導」

「"読心"……魔術の領域を越えた異能、納得しました」

 

 物理的な現象を引き起こすのではなく、相手に対して直接作用させる"読心の魔導師"。

 俺は初めて出会う、己の遥か及ばぬ領域にいる大人物(だいじんぶつ)に対し、畏敬の念を感じざるを得ないのだった。

 



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#42 魔導師 II

 魔導師──それは世界中でも100人もいない、本当に選ばれた人間だけが辿り着く領域とされている。

 

(実際のところ"魔導"そのものの厳密な定義というものは……いまいち判然としない)

 

 ただ既存(きそん)の魔術に当てはまらないモノが、便宜的(べんぎてき)にそう呼ばれているに過ぎない。

 

 いずれにしても、魔力を貯め込む生来の容量(キャパシティ)。実際的に魔力を自在に操る卓抜した才覚(センス)

 現実へ落とし込むほど没入する想像力(イメージ)。思い込みを可能とするだけの精神力(メンタル)

 

(それらを結実させる……研鑽と原動力とする為の欲求を、兼ね備えていなければならないのは確かなんだろう)

 

 そして魔導師という者は……自然と一辺倒になるきらいがあり、排他的な傾向が非常に強い。

 王国には魔導師が寄り集まった互助組織こそあると聞くが──しかしそれも、各々が利己的な目的で集まっているに過ぎないと聞く。

 

 ゆえに自身の研究の為の弟子などではなく、単なる善意でもって学苑で生徒へ教えるような人物は稀有と言えた。

 

 

「あなたような人間は……はじめてです。別の世界から新たな生命(いのち)(さず)かった、進んだ未来の知識を持つ少年──」

信じてもらえますか(しんじざるをえません)

 

 俺の思考を先読みして、綺麗に言葉をかぶせてくる。

 そう、シールフ(かのじょ)が好奇心と探究心を抑えきれずに、早々に俺へと接触を図ってきたというのはもはや心に思うまでもない。

 

「ベイリルさん、あなたの"野望"についても今しがた理解しました。その上で問います。私にもっと深い部分まで踏み込ませる覚悟はありますか?」

「……どういうことです?」

「今の状態で読み取れるのは、あくまで表層部分ということだけ」

 

「それはつまり──たとえば俺が意識できない、識域下に格納されてしまって思い出せないような記憶も見られてしまうということですか?」

「受け入れてもらえるのであれば、"そう難しいことではない"……と言っておきます」

「おぉっふ、それは半端(っぱ)ないですね」

 

 

 想定以上の異能。つまるところ俺にとっての忘却の彼方にある既知を引っ張り出せるということ。

 俺の知識を掘り起こし、直接読み取ってくれる。それを魔導師へと至った頭脳でもって噛み砕いてくれる。

 

 それが現代知識を運用するにおいてどれほどの利益になるのか、もはや計り知れない。

 

(曖昧な知識に、輪郭どころか実像(・・)を持たせることができる──ッ!!)

 

 たとえ赤裸々な黒歴史まで読まれてしまうことを差し引いても、莫大なお釣りがくることを確信させるものだった。

 ゲイル・オーラムとの出会いはまさしく運命だったが、このシールフとの邂逅もまたお膳立てされたような都合の良さを感じるほどだ。

 

 

「是非とも俺の同志(・・)となってください、シールフ殿(どの)

 

 俺は心と言葉を重ね合わせるように、万感込めて真っ直ぐにぶつける。

 

「ふ~ん、世界の変革……"文明開華"の同志。それに協力することが、私に記憶を読ませる条件(じょうけ)──」

 

 シールフは途中で止まる、それは新たに俺の本心を読んだからに違いなかった。

 同時に俺は受容者にして理解者となりえる彼女へ口に出して告げる。

 

「いいや、見返りだとか契約といった薄い間柄でなく、俺と同じ価値観で、同じ意志でもって、心底から同道してほしいと願っています」

「なんともまぁ疑いなき確信……"あなたの記憶を読んだなら、もう戻れなくなる"──なんて随分と自信があるようで」

 

 お互いに砕けた雰囲気になってきて、俺はニィ……と笑みを浮かべる。

 

 

「くっはは、それくらいは心が読めない俺でもわかりますよ。あなたが会いにきてくれたこと、それは確信あってのものだと」

 

 俺が持つ別世界の、未来の知識。

 恐らくはこの世界中の誰よりも、世の真理(ことわり)、その仕組みを()る記憶。

 探究者にとってそれは垂涎(すいぜん)モノに違いなく。人目を忍んで、部屋まで訪ねてきたのも大いに(うなず)ける。

 

 そして他人に不信感を与えるに疑いない"読心の魔導"という秘密を、シールフ(かのじょ)があっさりと曝露(ばくろ)してきた時点で自明と言えよう。

 彼女自身がもう認めているのだ、膨大な地球の知識の為ならばと。

 

「そう、ね……確かに私の魔導のことは講義を受けている生徒も、他講師陣の誰も知らない。今、学苑内で知るのはベイリル(あなた)だけ。受け入れられると確信した上で、私が話したのもその通り」

「後戻りする気なんてないってことですね」

 

 グッと前のめりになる俺に対し、シールフは俺の言葉か、態度か、心情か──あるいはそのすべてを見て──ふと笑った。

 

 

「はぁ……まったく、ふふふっ」

「それは肯定的な笑い、と受け取っていいですかね?」

 

「いえ、ね。少しだけ懐かしい人を思い出しただけ」

「懐かしい? 誰か……たとえば初恋の人とかにでも似ていましたか?」

「それは似ても似つかない。あなたの今も()もね」

 

 シールフ(かのじょ)の肉親、知人・友人・恩人、あるいは伴侶(おっと)子供(わがこ)なども自然と思い浮かぶ。

 長命であるからには、相応の出会いと別れ(・・)も経験してきたに違いないと。

 

 

「その人は、私にこの学苑(いばしょ)を用意してくれた人。そして(・・・)──いえ、うん」

 

 シールフは何か言いかけたのを飲みこみ、1人で納得したところで……ゆっくりと両の手の平を上に向けて差し出してきた。

 

「私にとってベイリル……あなたが"素敵で運命的な出会い"だと、思わせて」

「こちらこそ。ちなみに拒否したい記憶とかは見られます?」

「心象風景は個々人によって違っていて、多くは住み慣れた場所で──そこにしまわれたモノを見つける感じ。拒絶される分だけこちらも相応に消耗するけど、秘匿物(ヒミツ)も強引に探すことも可能」

 

(……精神療法(メンタルケア)はおろか、尋問とかも最強なのでは)

 

「あらかじめ断っておくけど、私はそういう()()()()()()()()()()に飽きている。何でもこころよく引き受けるとは思わないこと」

「肝に銘じておきます、貴方の嫌がることはしないと」

 

 俺は口に出しながら、本心を示す。

 

 あるいは彼女は──()()()()だったのかもかも知れない。

 惨劇が起きないまま、一念発起することなく……特段の目標を持たず、長命のまま漫然と、いつか人生の長きを()()いた場合のベイリル(おれ)

 

 今のベイリル(じぶん)はキッカケと得て、紆余曲折を経て、飽くなき未知を求める為に文明を発展させ、果てなき未来を見ようとしている。

 そしてシールフにとって、異世界転生者(おれ)という"未知"と邂逅したことが、100年も続けた講師生活から抜け出すキッカケ。

 

 だからこそ俺の記憶を読めばきっと──シールフ。アルグロスは名実ともに──同調者にして映し身となってくれるであろう。

 

("文明回華"の起爆剤(・・・)と成り得る彼女の気質と異能に比べれば、他の事柄なんて瑣末(さまつ)なことだ)

 

 

 俺は心を重ね合わせるように、シールフの両手に自らの両手を置いた。 

 

「さっ、どうぞ。どんとこいです」

「あなたの性格からすると、もっと警戒してもいいような気もしたけど」

「口では説明できないことが山ほどありますから、()()()()です」

 

「そっ、じゃぁ……気分が悪くなったら言ってね」

 

 まぶたを閉じて集中するシールフに触れた手から、魔力の胎動のようなものがこちらまで伝わってくるようだった。

 それは半分(ハーフ)とてエルフ種に由来する感覚を通じているのか、あるいは常人でも感じ取れるほど濃密な圧力(プレッシャー)でもあるのか。

 

 空間それ自体が(にじ)むような錯覚すら覚え、魔術と魔導は明らかに違うものだと思い知らされるようだった。

 

「おぉ……」

 

 膨大でありながら、これ以上ないほど繊細緻密(せんさいちみつ)に洗練・構成された魔力の流動と滞留。

 ただ観察しているだけで参考になるし、自然と感嘆が漏れ出てしまう。

 

 

「ッッ……!?」

 

 シールフの顔が露骨に歪むのを見て、俺は一体全体俺の何の記憶を見られているのかと眉をひそめる。

 

「なっにこれ、たかが一人分の記憶で……この私がこんな無様な──」

 

(まぁ、そうなるな)

 

 異世界人(こっち)から見れば、俺こそが異邦人(エトランゼ)にして不確定要素(イレギュラー)な存在。

 進んだ現代地球(いせかい)の知識群。それは俺個人ではなく、積算された歴史そのものに他ならない。

 

「くっ……こうなったらベイリル、()()()()()()()()()()

「というと? おっあ──」

 

 

 俺は一瞬にして視界ごと意識の電源が落ちる(シャットダウン)ような感覚に見舞われ、そのまま再起動(リスタート)するように目を開く。

 そこにはかつて住んでいた"自分の部屋"であり、目の前にはシールフが仁王立ちをしていた。

 

「うぉおおお!? すげぇ……これが俺の心象風景(きおくせかい)──」

 

 毎夜()らした明晰夢を、さらに明敏にしたような実感と郷愁に俺は感極まる。

 

「案内──いえまずココにあるものから教えてもらいましょうか。えっと……まずこの動いてるのなに!?」

「"パソコン"ですね、ディスプレイに映っているのは……ストリーミングか。あぁそういえばこの海外ドラマのファイナルシーズンまだ見てないや、めっちゃ心残り」

「わけがわからないよ!! アレは!? ソレは!? コレは!?」

 

「"エアコン"ですね、そっちが"VRヘッドセット"、"洋楽のアルバム"に……おっ図書館から借りっぱなしの本まで──そういえば、サブスクライブって引き落としされ続けるのかな」

「説明!! 懐かしむのはあと!」

「了解です」

 

 そうして俺の学苑生活に、新たな日課が加わったのであった──

 



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#43 調理科

 

 入学してから数週間ほど経ち──色々なモノが少しずつ形になってきた頃。

 

「この世の全ての食材と調理者に感謝を込めて……いただきます」

 

 俺は行儀よく手を合わせ示してから、目の前の料理を食べ始めた。

 サクサクの衣に包まれた肉をタレで煮込み、卵でとじた飯を勢いよくかっこむ。

 合間に唐辛子でピリ辛にした漬け野菜をポリポリと(かじ)りながら、昔を思い出し味わう。

 

「それにしたってクロアーネさんも丸くなったもんだね」

「そう……おかわりはいらなそうね」

「ごめんなさい」

 

 専門部調理科の一角。

 俺は用意されたリクエスト品に大いに舌鼓(したつづみ)を打っていた。

 厳密に元世界の料理とは良く似て少し非なるものだが、細かいことはいい。

 

 ただひたすら食欲を大いに満たす美味しさに、心身が充実してくる思いだった。

 

 

「米も最高です、"ファンラン"先輩」

「あはは、それはなにより。でも言われた通り、かなり仕入れちまったけど(ふところ)は大丈夫なのかい?」

「いいんです、いいんです。食は財源にもなるんで、元は取りますよ」

 

 透き通るような青い瞳に、翡翠色の右横髪を三つ編みにする"ファンラン"と呼ばれた在学4年生。

 【極東本土《・・》】(ふう)の見目流麗にして心胆豪傑と評すべき、面倒見も良い女性だ。

 

「──それだけの発想があるんだからさあ、君もボクらのとこ入ればいいのに」

「お誘いはありがたいけど、俺は俺のやることがあるからな。"レド"こそフリーマギエンスに来ないか?」

 

 そう勧誘し合うのは、"レド・プラマバ"という名の、同季ではないが同じ白校章の少女。

 クロアーネと共に、ファンランに面倒を焼かれている(ふし)がある在学1年生である。

 

 肩ほどまで伸びた──マジョーラカラーのような──毛先までほのかに色味の変わる濃い紫髪。

 何もかも飲み込んでしまいそうな、純粋で混じりっけのない強い黒色の双瞳。

 クロアーネよりも一回り小さい体格で、髪が短ければ一人称も相まって少年に見えるかも知れない。

 

 

「平行線だね、天才のボクは尋常者(じんじょうしゃ)とは相容(あいい)れない」

「天才は大歓迎なんだけどな。ファンラン先輩もどうです? 気が変わったりしました?」

「わたしは派閥とかそういうのは興味ないからねえ、ただ役に立てることがあれば喜んで請け負うよ」

「ん~残念です」

 

「なんでも貴方の思い通りに事が運ぶと思わないことです」

「……お耳が痛い」

 

 レドとファンランに断られた傷に、クロアーネがここぞとばかりに塩を塗り込んでくる。

 出自や能力を考えれば、彼女ら二人ともに非常に得難(えがた)い存在であった。

 

 

(料理とは……視覚に訴えかけ、嗅覚で味わい、触感を楽しみ、聴覚を刺激し、味覚を堪能(たんのう)する──言うなれば五感を存分に駆使した"総合芸術")

 

 さらに調理と栄養に、科学にして化学はつきもの。

 それだけに五ツ星料理人の卵というものは喉から手がでるほど欲しい。

 しかし料理と栄養学の分野そのものに関してまだ芽が出ておらず、見通しこそあるものの現実(リアル)が伴っていない状態では交渉材料にならない。

 

(魔術科では……めぼしい人材を見出すことができなかったしなぁ)

 

 しかし調理科という全く無関係と思えるところに、思わぬ才能は転がっていた。

 ファンランとレド──調理の腕のみならず、それ以上に各人持っているものがあるのは、ほぼ毎日(かよ)っていることでよくよく知りえた。

 

 

(まっ、なんでもかんでも一強偏重ってのも良くないのかも知れんが)

 

 そんなことも同時に思う。

 寡占(かせん)市場というのは、あまり健全な状態とは言えないだろう。

 競合相手がいるからこそ、切磋琢磨し業績を伸ばしていこうとするものだ。

 

 現在フリーマギエンスに自ら入部しに来た、"ニア・ディミウム"という先輩。

 彼女もあくまで部活を利用しているだけ、と公言して(はばか)らない。

 

 別に直接的に所属しなくとも、学んだことを活かしていずれ対抗企業として成功し、その名を轟かせたり、なにか業績を残すのであれば……。

 それもまた未来において、新たな発想を生み出す土壌となるだろう。

 

 フリーマギエンスとして取り込むこと──確かにスタートダッシュには重要なことだ。

 しかし間接的に影響されることで、伝播(でんぱ)していくというのも、文明の底上げという意味ではきっと大事なことであろうと。

 

 

 俺は話しながらもペースは崩さず食事を終え、箸を置いてもう一度手を合わせる。

 

「ごちそうさまです、美味しく大満足でした。っふわぁ~~~あ……──」

 

 ゲップは抑えたが、思わずあくびが出てしまったところで、俺はクロアーネに(たしな)められる。

 

「食べ終えたばかりで見苦しいこと……寝不足なの?」

「心配してくれてるのかな?」

「そのまま過労で死ねばいい」

「くっははは、いやぁなに終わりの見えない二人旅が長引いていてね──」

「……? あなたはいつもそうやって遠回しに言葉を濁す」

「まっ一応は最高機密に類する案件なんでね。教えられるのはオーラム殿(どの)くらいだ」

 

 少しズルいものの……自らの直接の主人の名を出されてしまえばクロアーネとしてはそれ以上言及するわけにもいかなかった。

 シールフとの記憶遡行、また伴う現代知識の発掘作業はまさしく世界を変革する宝物である。

 

 

「教えろよ、ベイリル」

「フリーマギエンスに入って偉くなったらいいよ、レド」

「じゃっいーや」

「そう言うなって、一度くらいは体験してみるべきだ。それでも合わなかったら──」

 

 俺がレドと言い合っていると、食器を下げようとするクロアーネにジトリと冷たい目線を送られる。

 

「というか……まだ居座る気ですか?」

 

 俺への態度は一向に変わらないものの、なんだかんだ構ってくれる彼女に俺はもう微塵にも揺るがない。

 

 

「あぁ、目的(しょくじ)とは別に(たず)ねておきたいことがあってね──世界各国を巡ったクロアーネさんに、お国事情ってのを直接聞いておきたい」

「……昔の話ですし今の事情には(うと)いですし、そもそも極東は行ったことありませんが?」

「その為のファンラン先輩」

 

 うながすように俺はファンランへ視線を移すと、ファンランは少し眉をひそめながら答える。

 

「ん? ご先祖こそ極東本土出身だが、わたし自身は知んないよ」

「えっまじっすか」

フリーマギエンス(おまえさんのところ)にいる【極東北土】出身のシノビだっけ? あれも多分そうだろう」

「スズのことですね。確かに彼女も一族まるごと、大陸へ来ただけと聞いたような……」

 

 

「極東へ向かう外海は、激しい荒天に加えて特殊な海流。さらに棲息しているという"海魔獣"といった要因の所為でもう何百年も、実質上の鎖国状態にあると聞きますから、無理からぬことでしょう」

 

 しれっとわかりやすく解説してくれるクロアーネに、ファンランが付け足す。

 

「そうそう。本当に運良く往来する船があるか、長距離飛行に優れた鳥人族が行き来するくらいさね」

 

 二人の話を聞きながら俺は思いを致す。

 

(ん~む……テクノロジーを発展させないと現状どうしようもない、って感じかな──)

 

 外洋航海術と、耐えるだけの造船技術が必須となってくるだろう。

 万全を期すのであれば、荒天を察知する為のレーダーや、海流を乗り越える為の内燃機関も欲しい。

 

 "海魔獣"とやらを相手にするにも、魚雷とかミサイルなどの高度な軍事兵器が必要になって来るかも知れない。

 極東から無理に文明回華を(おこ)そうと思うと、"時間切れ"になってしまうに違いない──

 

 

「じゃあかわりにボクが"魔領"のことを教えてしんぜよう」

「いや……魔領は別にいいかな、後回し(・・・)だし」

 

 レドの提案を俺はあしらいつつ余計に一言付け加える。

 魔領と神領は最初から文明を(おこ)すにあたって勘定(かんじょう)には入れていない。

 

 現在の情勢を聞いても大して参考にならないから、今焦って頭に入れる必要はなかった。

 

「なんだとー、()()()()()()を前にして」

「未来の魔王が、人領でのんきに料理なんか作ってていいのか」

 

「そりゃ"大地の愛娘"だかの所為で、今は魔領内部で喰い合いの最中。今はどうしたって雌伏の時期だもん。それに美食こそ、全ての生き物に通じる最高の娯楽でしょ。統治するだけの人生なんて真っ平御免だね」

 

 レドの考え方は、共感できる部分が少なくなかった。

 なにせ俺の目的もやり方も、範囲が広いだけで似たようなものだ。

 

 スィリクス会長といい、オックスといい、なんのかんの学苑には近い考えを持つ者がいる。

 そういう者達がいるというのは、色々と張り合いが出るものだった。

 

 

「あぁ"五英傑"の一人の|所為(せい)で、魔領の軍勢は人領への侵攻ができないんだもんな」

「一回だけ遠目に見たけど、あれは規格外だね。"魔人"すらも赤子扱いだろうなあ」

 

 それが歴史のいつ頃なのかはわからないが、時代ごとに"英傑"と呼ばれる者達が現れるようになった。

 例外なく超人をも越える力を持ち、主に人領世界において喝采・称賛されるべき功績を残した者。

 英雄をも超越した傑物が誰ともなく呼ばれるようになり、名を連ねる。

 

「俺みたいな長命種ならともかく、"大地の愛娘"が衰える頃にはお前も老いてるんじゃないのか?」

「何も問題なんてないね、ボクは死なない。ボクが死のうとしない限り──それが"魔導"ってもんでしょ」

 

 少し上から目線でいじめるような物言いだったが、レドは全く気にした風もなかった。

 テクノロジー開発が進めば、不老長寿の秘法も叶うと言って誘おうと思っていたのだが……。

 

「レドは魔導師じゃないだろ」

「最高に脂が乗った頃には魔導師さ、ボクは天才だからね」

 

 (おご)り極まる思い込み。しかしてそれは魔術、ひいては魔導にとって最も大きな力となる。

 もしかしたらこの少女は本当に、いずれそうした魔導に到達し得るのかも知れなかった。

 

 いつの日か……魔王率いる魔領軍として、自分達とぶつかる日が来るのかも──などと。

 

 

「まったくレドの増上慢(ぞうじょうまん)(はなはだ)だしいですね、まるでどこかの誰かのようです」

「えぇ……──俺としては、ほんのちょっと見習いたいと思っているくらいなんだが」

「あっははは、二人とも自信家なのは良いことさね」

「ふっ凡俗がどう言い、どう思おうと、いずれ誰もがボクに刮目せざるを得なくなる──」

 

 独特な居心地だった。ビジネスライクとも違うが、緩く……悪くない。

 お互いに最低限の敬意を持ち、依存せず、(した)うわけでもなく、忌憚(きたん)なくモノを言い合える。

 

(新鮮……なんだよな)

 

 だから食欲だけではなく、たびたび理由をつけてはココに顔を出してしまうのだった。

 

「……それで、国の話でしたね。居座られても迷惑ですし、私の知る範囲で構わないのでしたら──」

「よろしくお願いします」

 

 俺は神妙な態度を押し出すように、クロアーネに頭を下げるのだった。

 

 



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#44-1 国家のお話 I

 

(魔導科学文明を促進させるには──)

 

 どこから着手していくかというのは、ぼちぼち考えていかねばならないことだった。

 だから資料のみならずクロアーネに直に聞く為に、昼食ついでにこうしてやって来た。

 

 大陸には、半ば不可侵地帯となっている大陸西側の最北端にある【神領】。

 そしてレドの出身領で、大陸南部において群雄割拠が極まっている【魔領】があるが、それらは立地的な意味でもひとまず捨て置く。

 

 人口も圧倒的で支配領域も遥かに広い【人領】。

 異世界文明に革命を広げ、人類を大きく進歩させるにあたっては、人領より始めるのは最前提の条件であった。

 

 

「──ではまず私の出身国である、【エフランサ王国】からいきましょうか」

「ご教授ありがたく、拝聴します」

 

 俺の態度にクロアーネは半ば溜息のように一息だけついてから語り始める。

 

「王国は大陸東端に位置し、国王を最上に置いて各地の貴族が統治する、魔術至上主義の色が強い国です。一般市民の中も魔術士が数多く、魔術具も独自に開発しています」

「王立魔術学院、宮廷魔導師、円卓の魔術士、他にも魔導師の互助会みたいなのもあったっけ?」

「通称"降魔の塔"ですね。私が確認した時の在籍者は十名にも満たないほどでしたが……」

 

「そういえば風の噂だが……魔導コースの講師も、昔そこに所属していたって聞いたことあるねえ」

「さっすがファンラン、うだうだ学苑に居続けてるだけのことはある」

「やかましい」

 

 ファンランにワシワシと撫でられたレドは髪の毛をボサボサにされる。

 

(シールフが……? 今夜ちょっと話でも聞いてみようか)

 

 なにぶん俺の記憶を巡るばかりで、シールフのことはあまり知らない。

 

 

「話を続けます。数多くの魔導探求を()とする為か、"魔王崇拝"が多いのも王国の特徴です」

「つまり近い将来、ボクが崇拝されるわけだね」

 

 クロアーネはレドの戯言(たわごと)を無視し、淡々と話を進めていく。

 

「ですから魔法の祖である神族や、魔術素養の高い種族──エルフ種やヴァンパイア種にも寛容(かんよう)で、中には要職を担っている者もいます。一方で素養の低い……特に獣人種への弾圧は激しく、奴隷売買も(さか)んでした」

 

 実際クロアーネもその例に漏れず奴隷として買い取られた。

 そうして拷問のような選別の末に、汚れ部隊として育てられていった経緯があるとゲイル・オーラムから聞いている。

 

 通常主人に対して従順にする為の"奴隷契約"用の魔術具は、様々な面でコストが(かさ)んでしまう。

 しかし王国ほど魔術と魔術具が発達しているのであれば……。そういったモノも比較的安価なものになるゆえだろうか。

 

 

「また現存する大国の中では、最も(ふる)い歴史を持っています」

「確かに王国は結構伝統料理が多いねえ、古き良き調理ってのは奥も深い」

 

「転じて魔術文明の恩恵を最も長く、深く享受(きょうじゅ)していますから、相応の軍事力も備えていることは留意すべきでしょう」

「魔術士の質と量が……すなわち戦力に直結するわけ、と」

 

 強力な魔術士は百人力であり、魔導師ともなれば一騎当千にもなるやも知れない。

 絶対的なイメージに裏付けされた大規模魔術や、攻撃的な魔導は一人で戦術級足り得るのだ。

 

(シールフもその気になれば、学苑全体の心の声を聞くくらい造作もないって言ってたし……ぶっ飛んでるわ)

 

 一般に"伝家の宝刀"と呼ばれる、各国が出し惜しみするほどの単一個人戦力が異世界では当たり前なのである。

 

 

「肉壁を置いて魔術で攻める戦術が基本ですが、その前衛も魔術具で武装していたりと(あなど)れません」

 

 さらに魔術具や魔導具の研究も盛んであることが、鬼に金棒となっている。

 それまで優勢であっても強力な魔導具一つであれば、戦局がひっくり返ることもありえなくない。

 

「侵攻でも脅威ではありますが、それ以上に魔術はやはり守戦。拠点防衛においてこそ真価を発揮します」

「王国は比較的肥沃(ひよく)な土地が多いから糧秣(りょうまつ)にも事欠かない、か」

 

「各所領を管轄する爵位ある有力貴族たちも、相応の権限を有しています。それぞれが国法の範囲内で一個軍隊を保有し、特に王国の公爵家はどれも規模が大きいです」

 

 

「王国は魔領から一番遠いからなー、攻め滅ぼすなら最後っかなぁ」

 

 レドはレドで、クロアーネの話を参考に、彼女なりの算段をつけているようであった。

 俺のようにあらゆる手段を使うわけではなく、魔族らしく武力統一であろうが……。

 

 今現在、友人として接しているようなレドという一個人を見るのであれば──

 彼女が仮に世界征服した暁には、それはそれで意外と面白い世界になるかも知れないと個人的に思ってしまう。

 

「内乱とかは発生しないものなのか?」

「上層・中流・下等・最底辺と、階級の区分けがはっきり常識として刷り込まれていますから。下が上に逆らうという状況が、そもそも発生しにくい土壌が形成されていると言えますね」

 

謀反(クーデター)も起こりにくい……か」

 

 ヒエラルキー構造が確立されていて、伝統的で安定した封建的な社会が構築されている。

 武力にせよ絡め手で潰していくにせよ、かなりの労力は必要そうであった。

 

 

(魔導と科学の釣り合いと、さらなる融合には最適そうな国家──)

 

 学問に秀でた人物も、発掘しやすそうである。そうなれば発展はより早く、より大きな規模と成り得るのだが……。

 しかし如何(いかん)せん、魔術偏重主義の為に科学を広める初期段階の障害(ハードル)が高そうだった。

 

("文化勝利"なら恐らく一番の難題になるかな)

 

 

 

 

「──次に【イオマ皇国】です。大陸の西端で【神領】と【魔領】に挟まれた土地に、教皇を中心とした国です」

「世界で唯一の"政教一致"社会国家にして、"神王教"の総本山か」

 

「魔術士の立場も強く、神王由来の"魔法具"を最も保有しているとされています──」

 

 俺も知る"永劫魔剣"も魔法具の一つであり、その本来の性能は魔導具も比にならないらしい。

 人の手で作れるものではなく、魔法を使えた頃の神族の手によって創られたもの。

 魔法は全能ではあるが、魔力というリソースが不可欠である以上制限は掛かる。

 

 かつては幅広かった魔法も、暴走と枯渇によって失伝状態にあるのが現在の常識であった。

 

 

(もし十全な魔力で扱えるとすれば、在位中の"四代神王フーラー"……あとは"五英傑"とかそういうレベルの連中くらいか──)

 

 それすらも実際のところ定かではない。

 世界全体の魔力量、個人の保有量や放出力、法理の安定性。

 様々な原因や因果が研究・議論されているらしいが、未だに不明瞭なのが現実である。 

 

 魔法具とて暴走と枯渇で魔法が使えなくなる中、神族が苦肉の手段として製作したモノという話もある。

 

 ただの人間が十全に扱えるかは別だが、それでも魔法それ自体よりは遥かに(やす)いと言えるだろう。

 例えば完全な状態の永劫魔剣であれば、単独で増幅器を持つ為に魔力量による(ふるい)もない。

 

()セイマールが(おこな)っていた魔術具研究の中には、そういった(たぐい)のものもあったし)

 

 個人の体質や魔力に干渉して、魔法具の起動や使用に耐えうるべくする実験。

 

 増幅器がないなら行使手を増幅器代わりにすればいいのではないか。

 あの洗礼時の"(にえ)の少女"も、そういった発想の(もと)で被検体にさせられていた。

 

 

「──よって皇国の潜在的な軍事力は……正直言って計り切れません」

 

 性能が完全に発揮されなかったとしても、恐るべき道具であることに疑いはない。

 実際にセイマールが起動し得た半端な永劫魔剣でも、あの時点では脅威だった。

 

 もし武力によって世界を制するのであれば、確実な情報を得て最優先で()いでおくもの。

 逆に言えば、その(ちから)を自らのモノにできるのであれば、凄まじく心強くもなる。

 

(もっとも永劫魔剣は……現状使い物にはならんが──)

 

 それでも確保しておくに越したことはない。先人の大いなる遺産(アーティファクト)

 魔法具の存在そのものが抑止力のみならず、時として求心力にも繋がるのである。

 

 永劫魔剣については最初こそ何かしらの利用を考えたが、今現在は厳重に保管しておくことが決定している。

 

 

「差別も少なくなく……特に魔族とは年中戦争をしている為に、迫害や審問(・・)()き目すら遭う場合があります」

「へぇ~よしっボクが魔王になったら最初に潰そう!」

「やめぃ」

 

 ぼふっとレドはファンランに頭を抑えられ、クロアーネはペースを変えることなく話は続けられる。

 

「潰すのは無理でしょうね。現在皇国には聖騎士にして、五英傑の一人である"折れぬ鋼の"がいますから」

 

 クロアーネの(げん)に、ファンランが疑問を(てい)する。

 

「でもあれだ、たしか"折れぬ鋼の"は世界中で人助けをしてるんだろう?」

 

「仰る通りですが、魔族の侵攻によって皇国が一方的な危機ともなれば戻ってくるでしょう」

「じゃあやっぱり邪魔なのが死ぬまで、ボクは待つことにしよっと」

 

 

「……ほんといい性格してんなレド(おまえ)

 

 俺は半ば呆れた様子を見せつつも、心中では彼女に同意していた。

 魔法具と同等か、それ以上に(ちから)を持つとさえ噂される現代の"五英傑"。

 

 実際にその強さを目の当たりにしたことはないが、少なくとも敵対すべき相手ではない。

 とはいえ現状を(かんが)みるのであれば、レドの(げん)同様あまり考える必要もなかった。

 

 今から準備万端、文明に革命を(おこ)し、世界を統一する為の戦争を仕掛ける頃には──個人の寿命など尽きていることだろう。

 魔法具は警戒すべき対象ではあるが、少なくとも五英傑に関してそれほど心配はしていない。

 

 それに不死身でないのならば、付け入る隙はいくらでも整えられる。

 人間であれば空気でも毒でも病気でも、殺す為の方法は多分いくらでも……。

 

 それにもし仮にこちらの陣営に引き入れることができれば、武力面において圧倒的な優位にもなる。

 

 

「"折れぬ鋼の"と聖騎士長を含めた九人の聖騎士は、民からの信頼も非常にあついです。また独自に軍団を持つことを許されています。と言っても当時保有していたのは三人だけでしたが……。

 国家に帰属する軍団も精強に統一されていて、神王教の(もと)に戦う軍団は士気も高く保たれ、間断なく魔領と激しい戦を展開しているので練度も積んでいます」

 

「そういえば"大地の愛娘"は、皇国方面を無視しているのか?」

「彼女はあくまで人類の為に防衛しているだけですから、()()()()の名分で戦争を仕掛ける皇国側には干渉しません。ですから魔領戦線で常に戦力を割かれてしまう弊害を(かか)えていますね」

 

 仮にも英傑として祭り上げられる人間。人格もまともだということだろうか。

 そうあれば交渉の余地はいくらでもある、いずれ本格的に接触(コンタクト)を取ることも視野に入れておく。

 

 

「それと皇国にも貴族はいますが、あくまで国家より派遣された領地経営者という立場でしかありません。聖騎士のほうが権力は上ですし、皇都の枢機卿(すうききょう)や"黄昏の姫巫女"、神領より派遣されている外交官などもいます」

「皇国は神王教の中でも、初代神王"ケイルヴ派"なんだよな?」

「えぇ──国内には当然、他の派閥もありますが……中核部分を含めてほとんどがケイルヴ派です」

 

 俺とジェーンとヘリオとリーティアがいたカルト教団──"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"は三代神王"ディアマ派"であった。

 連中は国家転覆を画策していたのだから、同じ神王教でも時に水と油にも成り果ててしまう。

 

「強い宗教色の為に秘密も多く、閉鎖的な面はありますが……皇国は神領と交流がある唯一の国家ですから──」

「王国や帝国にも劣らぬ強国……か」

 

 

 俺はそう締めて展望について巡らせていく。

 

(改めて……非常に(かたよ)った国だな、立地的にも最西端──)

 

 宗教──それは地球においても、文明の誕生より現代まで続く根深い問題であった。

 人はたとえ現状に満たされていたとしても、宗派の違いによっても争うことが多々ある。

 

 信仰とは精神性に帰属しつつも、時として逆転し支配することもある。

 それが純粋なものであっても。狡猾な誰かによって利用されるでも……。

 

 宗教を運用する場合、ハイリスク・ハイリターンであることは常に念頭に置いておかねばならない。

 失敗に備えるのであれば、相応の武力・文化・外交手段を持ち得る必要があった。

 

 文明を推進するにあたって最も注意せねばならないし、あらゆる意味で不適格な国家と言える。

 

("宗教勝利"をするにも、皇国はダントツで不向きかね──)

 



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#44-2 国家のお話 II

 

 ファンランが用意したお茶と菓子で小休憩しつつ、俺達はテーブルを囲む。

 

「──さて、【ディーツァ帝国】の話もしますか? 貴方の出身だったと記憶していますが」

「俺が知ってるのは亜人特区だけだから、田舎者みたいなもんさ」

 

 学苑卒業後には世界を、自らの足と眼で旅したいと思っている。

 母を探すのであれば、帝国は優先的に立ち寄って回りたいところだった。

 

「では……大陸中央北で帝王とその一族を頂点とした、人領で最も広い領土を保有する国家です。西に皇国、東に王国、南東に共和国、南部に連邦と、囲まれながらも常時どこかと戦争をしているほどの──」

「実力主義の軍事国家」

「最大領土を維持し、さらに拡張していっているのは、魔術に限らない柔軟性と実力主義が大きいと言えるかと」

「亡命するなら帝国か連邦ってのは、俺もよく聞くところだな」

 

「帝国は種族色豊かだから、料理の幅もなかなか面白いんだよねえ」

 

 実力主義というのは転じて、実力のなき者は排斥(はいせき)されるということでもある。

 しかしわかりやすい立身出世を体現する国として、帝国以上の国家がないのも事実であった。

 

 

「玉座すらも実力で簒奪(さんだつ)可能とされていますが、かの一族は実力によって未だそれを許していません。現在の嫡子(ちゃくし)たちの年齢を考えると、時期的に王位継承戦が水面下で起こっていてもおかしくありません」

 

(いつだったか、街中で見掛けたっけか……)

 

 2人の近衛騎士連れていた以上は、ほぼ間違いない。年格好からしてもドンピシャだろう。

 

「有象無象の切磋琢磨の中で──その純度を磨き上げているわけか」

「一番魔領の気質に近いね、気に入った。ボクが世界征服する時には、最後に残しておいてやろう」

 

 常に戦争を続けていられるだけの、物資や人材といった強力な基盤が整っているということである。

 

 

「帝国軍はその編成も独特です。種族が競合しないように振り分けられ、役割分担も確立されています。多少差別的な部分は(いな)めませんが……それでも最大限、持ち味を活かせるようにされていて士気も維持されます」

 

 適材適所を徹底している、合理主義なのも帝国の特徴である。

 

 情報、間諜、政治、謀略、交渉、兵站、戦略・戦術・斥候・衛生・工作・攻城・騎乗・空戦・水兵・間接・白兵・魔術。

 分野における専門家(スペシャリスト)を揃え、配置されている。ゆえにこそ世界最強の軍事力を誇ると聞く。

 

「帝国貴族はあくまで、国家とそれを()べる一族の為として存在し、王国の爵位持ちほどの権力はありません」

「強力な中央集権体制ってことだな」

「唯一の例外が、五英傑が一人である"無二たる"です。帝国領内において単一個人で【特区】を持っています。他の五英傑と同様、彼は帝国の軍事力には直接数えられません。しかし彼の領域をひとたび侵犯すれば──」

 

「容赦のない逆撃を被りかねないってことか」

「でしょうね。実際に会ったオーラム様の話では、彼は滅多に【迷宮都市】から出てこないとのこと。彼自身が創りし完結された世界で、周辺の凶悪な魔物を誘引して(かて)にしている……という話でした」

 

 

「へえ、それが英傑に数えられた理由なのかい?」

「いえ……それも要因ではあるのでしょうが、彼が英傑となった直接の理由は魔獣の討伐にあります」

 

「魔獣料理か……ボクもいずれ到達したい領分だね」

 

 魔獣──神族が魔力暴走を起こし、異形化が進み続けた成れの果ての怪物。

 暴走が軽微であれば魔族。知能を失えば魔物。暴走が留まることなく、人智を超えた化物が魔獣とされる。

 

 その強度によっては、討伐に際してそれこそ国家総軍を必要とし、あるいは一大国すら抗えないほどの個体もかつては存在したと聞く。

 実際に極東との外界に棲まう海魔獣は、実際にあらゆる国家ですら手が出せないことからしても、そのヤバさというものがわかる。

 

 

「しかも討伐した魔獣の死体をそのまま迷宮に利用しているらしく……貴重な素材も豊富だとか──」

 

 すっとクロアーネから流し目を受けて、俺は薄っすらと笑顔を浮かべた。

 彼女はちゃんとこちらの知りたいことを教えてくれる。よく気を回し、気を遣う、人の良さが垣間見れた。

 

「迷宮都市……か、浪漫溢れるな」

 

 いわゆるダンジョン、それも相当な規模のものなのだろう。

 この世界には"浮遊石"も存在するらしいし、魔力をはじめ元世界に当てはまらない物質が散見される。

 それこそ食材にしても、現実とはまた違った旨味があるものだ。

 

 

(いつかは攻略がてら、入手した物質を用いて文明を発展させたいもんだな)

 

 しかし五英傑の(ホーム)だとするなら、おいそれと荒らすわけにもいかない。

 相応の実力をもってするか、あるいは交渉力が必要となってくるだろう。

 

(晩年の暇を解消する為に"文明回華"を進めてこそいるが、当分は世界探索だけでも最高の娯楽になるし楽しみだ)

 

 せっかくの異世界転生なのだ。異世界探訪はじっくりと楽しみたいと思っている。

 どうせ凡夫な自分にやれることは、元世界の既存テクノロジーのニワカ知識を示すこと。

 全体に対する方針を決めることだけで、土台が作られるまでの時間はだだ余る。

 

 

(さしあたって帝国は有力候補だなぁ……)

 

 現状聞く限りで、帝国は文明を発展させるには、かなり都合良いように見受けられる。

 

 人口が多いから労働力も多い。差別も少ないから、諸々受け入れられやすい。

 領土も広いから資源収集や食糧問題も、かなりの融通が効くことだろう。

 

 仮に帝王の座に成り代われれば、そのまま引き継いで国家政策として打ち出すこともできる。

 

 文化面でも宗教面でも障害となるものは少なく、魔導と科学の融合にはおあつらえ向き。

 接している国家が多いことも……文明を伝播させるにおいてこの際は有利に働く。

 

 

(しかし裏を返せば──)

 

 最初から強大過ぎることはメリットだけでなく、デメリットにも成り得る。

 

 帝国内部で行動を起こしている内に、出る杭として早々に各国から打たれかねない危険も(はら)む。

 またひとたび敵となれば柔軟に科学を吸収し、より版図(はんと)を拡げつつ、さらなる強大な敵となってていくことだろう。

 

("制覇勝利"となれば、立ちはだかる巨人となるかも知れんな──)

 

 

 

 

「──続いて【ファイレンド共和国】。"とある人物"が主導し(おこ)された国家で、大陸中央に位置し、一定年ごとに各地方領主と統領が選出され統治します」

「最も歴史が浅い国だったな」

「はい。帝国と王国、さらに連邦西部と東部を四方に構え、貿易産業が特に発達していて自由主義が強め。特色がないのが特色とも言え、魔術の色も薄く軍事力も比して低いので、外交でほどよく立ち回っています」

 

「共和制なら教育の平均水準は高いってことだよな?」

 

 共和制や選挙が成立してるってことは、それが広く認知されているということである。

 最低限の(がく)や情報の共有がなければ、順当に成立し得ない政治形態だろう。

 

 

「実際的にはそれほどでもないですね。確かに他国の下層と比して多少は高い傾向にあるようですが」

「あまり期待しないほうがいいのか」

 

 教育とその為の機関が充実しているのであれば、既に下地はできているということだ。

 であればそれを利用しない手はなかったが、そう甘くもなさそうである。

 

「人族による人族の為の新興国ですから。露骨な差別や弾圧はないものの人族以外は肩身が狭いです。ひとたび戦争が起きれば他国から裏で援助されますので、軍事力は低いですが継戦力は高いと言えるでしょう」

「どの国も滅んでもらっちゃ困るということか」

「ですね。だから各国援助がなかったとしても、必要以上に攻め込むようなことはないと思われます」

 

「ボクは攻め込むよ?」

「つっても魔領から攻め込むにはちょっと遠いけどな」

 

 

(例えば世界征服とか宗教統一だとか、お題目(・・・)でも掲げられない限りは……大国から攻め滅ぼされることはないと)

 

 ただし例えば最大の軍事国である帝国が、本気で大陸を支配しようと考えたなら──暗黙の了解も崩れ去るだろう。

 

 得てして人は、とかく()()()()()()()()()()()と錯覚してしまうものだ。

 かつて栄華を極めた神族が衰退してしまったように、永久不変のものなど存在しない。

 

 大仰に言えば、宇宙開闢(かいびゃく)以来から存在する法則ではなく、それが終焉まで続くはずもない。

 あくまでそれは人間が定めたものに過ぎず、であるのなら破るのもまた人間である。

 

 たとえ安定していても、いずれ"フリーマギエンス(われわれ)"が……武力か文化か宗教か科学か外交か。

 何がしかの形で席巻し、世界そのものを巻き込んで変革していくつもりなのだから。

 

 

「それと国家の軍事力とは別に、共和国には金で雇うことができる"自由騎士団"が存在します。他国の退役軍人や、何らかの事情でいられなくなった者で構成された傭兵集団とでも言いますか」

「強力なのか?」

「他国の事情を知っている者で構成されていて、かつ歴戦の士が相当数在籍しているようですからね。統一性は劣るかも知れませんが、それだけに柔軟で容赦がなく、厄介極まりないと聞き及んでいます」

 

「汚い仕事もやるということか」

「金次第でしょうね。相当の武力集団ですから、共和国としても諸刃の剣なのは否めないでしょう」

 

 他国の軍事情報を知っている人間。さらには保有しているであろう人脈。

 毒を喰らわばなんとやら。もし接触し扱う機会があるとすれば、重々注意が必要であるし利用もできる。

 

「自由騎士団それ自体が、国家内で権力を持っているということは?」

「大いにありえます」

 

 武力集団が権力を持てば、ロクなことにならないのは歴史の多くが証明している。

 冒険者組合(ギルド)という広く安定した形もあるものの、それとて決して永劫続く保証などあるわけもなし。

 

 かくいう己の野望とて例外ではなく……いずれ大きな(ちから)を手中に収めたと時、変質せずにいられるか。

 そういった意味でも常に(いまし)めておかねばならないし、コントロールは必要だ。

 

 

「地方領主はどの程度の権力を?」

「一定期間の選出制ですから、国があくまで主体です。ですが──」

 

 少し考えるような仕草を見せてから、クロアーネは言葉を紡ぐ。

 

「現在の統領はかなり長期間……その地位についています」

「それは良い意味、ではなさそうか」

「汚職や腐敗は確実に進んでいるでしょうね」

「しかしそうした老獪(ろうかい)さが、国を維持している側面もあるといった感じか」

 

 クロアーネの表情から察した俺の言葉に、彼女は静かに(うなず)いて返す。

 

「ん~む……それでも共和制自体は機能しているのか?」

「多少の自浄作用はあるかも知れませんが……正常とは言えないでしょう」

 

「とはいえ共和制の芽そのものは完全に潰されてはいない、といったところか」

 

 政治形態や社会制度なども、ゆくゆくは考えていかねばならないことだった。

 文明の発展と生活において具体的な方向性を示し、時に誘導し促進させる環境を作る。

 

 国家運営──ひいては世界を回していくのに、決して切り離せない。

 

 

「まとめると共和国は各国家間における緩衝地帯のようなもので生かさず殺さず……各領地には隣接している強国の思惑が介入し、政治的に便利な道具として利用され──」

「内実は一層面倒で混沌としている、と。なるほどなー」

 

 換言すれば、各国からの根が深いことを利用して、逆にこちらも影響を与えやすいということでもある。

 

 交易によって帝国・連邦・王国の多様な文化が流入するので、文明発展の容量(キャパシティ)も大きいだろう。

 宗教偏重の皇国と隣接していないゆえに、宗教的に染めていく障害も少ない。

 軍事力も高くない為に、武力で制するのも他国に比べれば容易と言える。

 

 文明回華の初期立地としては、かなりの有力候補となる。

 ただし強国へとなっていく過程で、他国家への対応には繊細さを求められるだろう。

 

(共和国は"外交勝利"を活用していくのも大きな一手、ってなもんか──)

 

 



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#44-3 国家のお話 III

 

「最後に、ここ【連邦】について。もっともある程度は知っているでしょうから──」

「あっボク実はあんまりよくわかってないから、せっかくだし初歩から頼める?」

 

 レドに頼まれたクロアーネはこちらを一瞥(いちべつ)し、俺もコクリと首を縦に振ってお願いした。

 俺自身、認知している情報も違うかも知れないし、改めて聞くことで見えてくるものもあるやも知れないと。

 

「連邦は元々、数多くの都市国家群による連合国家でしたが、締結後にほどなくして東部と西部に分かれました。小さき者たちが巨大な国家に対抗する為の同盟のようなもので、足並みは決して揃っていません」

 

(俺たちが今いる学苑は連邦西部領内を移動している──"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"も連邦内にあったが、まぁほぼ閉鎖空間だったな)

 

「【諸島】のある"内海"を挟んで東西に分けられ、同じ連邦でも毛色はかなり違っています。ここ【アールシアン西部連邦】は帝国と共和国と魔領、湖を挟んで皇国と接していて、外交摩擦が少なくありません。

 一方の【エイマルク東部連邦】は共和国と王国に接し、海流や"海魔獣"の影響過大なものの……一応"外海"を通じて、極東とも本当にわずかですが交易をしているという話です」

 

「なーなークロアーネ、東部と西部って何で分かれたん?」

「さぁ? 仔細は昔のことで明らかではなく……ただ単に広すぎたという話も聞きます」

 

「連邦を一つの国として見た時に、東西では別の国と言っていいほど()()()()()()()んだよな?」

「根本的に都市国家が主要国への対抗として連合形態を取っているので、細かくは全都市が違いますが……ただ大きな(くく)りとして見た場合でも、西と東では(なま)りを含めてかなり差があります」

 

「内海が大きく挟んでいて、陸路の交易がしにくいからねぇ」

 

 実家の仕事柄、交易業の一部を既に担っているファンランは実体験のように語る。

 

 

「確かに地理的要因も大きいですが、それ以上に"大魔技師と七人の高弟"の存在が大きいでしょうか」

「だいまぎし? 誰よ、そいつら」

端的(たんてき)に言えば、生活用の魔術具を一般にまで広めた人物……それも弟子を通じてそれこそ世界中に」

 

「歴史に名を残す偉人だね」

「大魔技師本人もさることながら、その弟子らもほぼ例外なく偉業を達成している超人集団だな」

「共和国を建国したのも弟子の一人ですし、"使いツバメ"を利用し冒険者ギルドの前身となる組織を作ったのも別の弟子だそうです」

 

「つまりわたしら全員が恩恵にあずかっているし、魔領の文化だって彼らのおかげなんだよ、レド」

「魔術具なんて()()()()()()からあるじゃんか」

「いえレド、ですから──」

 

 俺もクロアーネもファンランも教養を備えているが、少なくとも人領の歴史には(うと)いレドが一人、クロアーネから詳しく説明を受ける。

 それを傍耳(はたみみ)で聞きつつ、俺は俺で思考を巡らせる。

 

 

 大魔技師──連邦東部地方に生まれた、初代魔王と並ぶ歴史上最高の天才と称される人物。

 現在の大陸における魔術文明は、魔術具と切り離すことはできない。

 今の世界は彼とその弟子らによって作られたに等しい、と断言して良いほどである。

 

(俺がやろうとしてることの、言わば"先駆開拓者(パイオニア)"みたいなもんだな──)

 

 彼は魔術具を精製する為に、必要だった高等技術を低減させて革新をもたらした。

 今まで誰も思いつかなかったような用途と、それを実現する魔術具を開発・実現させた。

 そして弟子達は各国へと派遣され魔術具と製法を広め、一般市民にまで広く普及させていった。

 

 魔術具は神領を除く全てを席巻し、その素晴らしさを拡散させていったのだ。 

 それゆえに連邦東部の言語は、世界に広く通じることと相成(あいな)った。

 

 東部は未だに天才を輩出した栄光と、発祥の尊厳を忘れられずにいる国民性のような部分が残っているのだとか。

 

 

(大魔技師は確かに魔術具を改良し広めた。が、それ以上に──)

 

 これは俺だけ(・・・)が疑問に思えることだった。

 大魔技師が広めたもので最も興味深いのが、"単位規格"である。

 秒・分・時・日、長さ・重さなど、度量衡(どりょうこう)()()()()()とほぼ同じに思える。

 

(元の基準点となるものがないから、俺としても正確に計測しようがないが……)

 

 しかし生活している上で、10進法や60進法なども常識として認知されている。

 一年は400日だし、5季で構成され一週間は8日など、星の風土そのものの違いはあるものの……。

 細かく見た時の基準は、元世界と変わらず存在しているのだ。

 動植物や組成にしても類似点が数え切れないほどあり、これらを偶然の一致としてしまうか、それとも──

 

 

「──ということです。調理用の魔術具一つとっても、大魔技師がいなければ成り立っていなかったことを忘れないように」

「はっはぁ~……全然知らなかったなあ。ボクも知らず知らず毒されていたとは」

「ま、便利なのはいいことさね。何事も過ぎることがなければ──ね」

 

 かの偉人がそれを望んでいたのかはわからない。しかし予見はしていたことだろう。

 安価に生産が可能となった魔術具は、生活用のそれではなく戦争用(・・・)にも開発されていく。

 純粋に魔物への対抗策として使われた物も、"人を殺す道具"として使われる。

 

 強力な魔術士以外にもより多くが戦争に参加し、その規模は大きいものとなっていった以降の戦史。

 利便性が増して得たものは大きい、しかし失ったものもまた小さくないのである。

 

 

「連邦の合議制はきちんと機能しているのか?」

 

 連邦は各都市国家に委任された代表を、一堂に会して方策を決める合議制である。

 その中から他国への外交折衝(せっしょう)役として、"総議長"が一人と各担当長が投票で決定される。

 

「東西のみならず都市国家ごとの気質が色濃い為に、それぞれの利害が交錯していますね」

「一枚岩には程遠い、と」

「都市国家間の軋轢(あつれき)は表面化し、近年は戦争で矢面に立たされる都市群への支援体制など……。恐らくは帝国からの離間工作などもあり、盤石とは言えないことを有耶無耶(うやむや)にできないでしょう」

 

(共和国もそうだがネガティブな情報が多いな……)

 

 魔術文明があったとしても最速が"使いツバメ"くらいで、いわゆる情報伝達技術が不足している時代。

 大魔技師がそれを思いつかなかったか、知っていてやらなかったのか──

 いずれにせよ遠距離通信は、非常に限られた稀有なものなのである。

 

(やはりどうしたって熟成されてない民主制などよりは──)

 

 社会体制としてわかりやすく認知されている君主制のほうが、色々合致しているのかも知れない。

 

 

「特に"大地の愛娘"によって魔領側からの"人領征"がなくなってから、それなりに年季が経過しています。その分だけ浮いた軍事支援の分配、防衛がなくなったことで力を蓄えている魔領前線都市の対応など──」

「自都市の利益を優先し、いかに出し抜けるかを各都市が考えているってことか」

「はい、連邦から脱退するような動きなども見られているようですね」

 

「競争相手が多いってのは、それだけ邁進(まいしん)し、発展を(うなが)すものではあるんだろうが……悩ましいな」

「確かに(みつ)に繋がった都市国家間の各種産業や経済は、互いに大きな影響を及ぼしていますね」

 

 クロアーネは「良くも悪くもですが」と付け加えて話を締める。

 

 

 都市国家の清濁を併せ呑み、上手く結合・連鎖させるのはかなり困難。

 しかして実現できたのであれば、最高の潜在性(ポテンシャル)を発揮できることもまた事実。

 

(条件さえ整えられれば、連邦は"科学勝利"を狙えそうだな──)

 

 

 

 

 調理科での話を終え、俺はベンチに座りながら黄昏時の空を仰いだ。

 クロアーネへのお礼は改めてするとして、伝え聞いた国の情報を整理する。

 

 王国、皇国、帝国、共和国、連邦──テクノロジーの進捗(しんちょく)を、考えながら随時見極めていく。

 

 いずれ国家を打ち立てることがあった時、少なくとも寿命の問題は少ない。

 であるならば民主政治より、専制政治を()るという選択も大いに有りだろう。

 

 スィリクスの(げん)と思想ではないが……長命種だからこそできる統治というものがある。

 共和国や連邦を見るに、もっと近現代に近付かないと共和制というものは正常に存続しにくい様子。

 

 地球史における、かの大ローマとて……結局は共和制から帝政へと戻ってしまったように。

 劇的(ドラスティック)な改革をするならば、やはり強力なカリスマある指導者であるべきだ。

 

 異世界文明に広げていくのなら、共和制はあまり政治形態としては向いていない。

 

 

(もっとも俺自身が君主になるのは御免こうむるが……)

 

 遠い未来に心変わりしないとは断言できないが、少なくとも今は王様になりたいといった欲はない。

 あくまで君主とは権能を振るう為の手段であって、目的とすべきではないのだ。

 

 既存(きそん)の国家勢力に"文化"を浸透させ、実効支配し奪い取ってしまう方法──

 どこかの都市国家や地方を治める領主と土地に取り入り、拡げてのし上がっていく方法──

 いっそ自分達でどこか最適な立地に、独立国家を作ってしまう方法──

 

 別段、国家に拘泥(こうでい)する必要性はないのだが……しかしどうせなら国取り合戦もしてみたい、というのは偽らざる本音であった。

 

 

(大規模に一元化(いちげんか)できれば、他国家をコントロールしやすいという側面を否定できないしな……) 

 

 なんにせよ大きな(マクロ)視点で語るには、小さな(ミクロ)進行状況も参照していかねばならない。

 

 黎明期となる今も、考えることは山積みで大変である。

 過渡期へと入っていけば、さらに面倒になってくるだろう。

 

 いずれはあらゆる方面が円熟に育ち、俺は指針のみであとは専門家達が固めてくれる──そんな風に早くなってくれれればと、ひとりごちるのを終える。

 

 俺は立ち上がって伸びをすると、自室寮への帰路へと着いた。



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#45 芸術科

 

「スゴイわねぇ……」

 

 ナイアブ(ワタシ)は邪魔しないように"その光景"を(はた)から眺めつつ、素直な感想を述べる。

 そこには二人の少女と一人の少年が、ただひたすらに"没頭している姿"があった。

 

 かつての学苑生活に思いを()せながら、ワタシはまた新たに始まった学苑生活に実感する。

 

 新入生の少年──ベイリルが唐突に現れ、それまでの世界を根こそぎぶっ壊した。

 最初は生徒会に使われているのかと思ったが、ベイリル(かれ)にはまったく(こと)なる大いなる目標があった。

 

 そうして気付けばワタシはあっという()落伍者(カボチャ)の立場から脱却し、新たな思想部活"自由な魔導科学(フリーマギエンス)"の一員となっていた。

 それは一陣の風どころか、もはや暴風と言える大きな変化から──既に一季が巡ろうとしていた。

 

 

(随分と長い休憩──遠回りになっちゃったけど……)

 

 ワタシは芸術を選ばない。

 彫刻も好きだし、劇場に(かよ)って己の空想を執筆したり、吟遊詩人の真似事もしていた時期もある。

 貴族の着る服や装飾にも興味があって調べたし、化粧なんかも自分自身で実践している。

 

 ただし一番好きなものは? と、問われれば……それはやはり"絵画"になるのだろう。

 幼き日に見たとある"一枚の絵画"──ワタシをこの無限の世界へと引き込んでくれた作品。

 

 その大胆な色使いは今でも鮮明に、脳裏に浮かべることができる。

 そうして色の再現と、新たな色の模索していった結果、毒物を学ぶ必要があって医術科にも所属していた。

 

 

 ──しかして、そこで頭打ちになってしまった。

 心から欲する色を産み出せず、己の腕を試すことすらできない無力感。

 変に()り性な性格も相まって、他の芸術へと逃げることもできぬまま……いつしか情熱すらもガリガリと削られていった。

 

 ベイリルが語って聞かせてくる師匠──"魔導師リーベからの教え"というものは、未だかつてない衝撃をもたらした。

 絵に対するまったく違うアプローチの数々。彫刻の新たな形。壮大な物語と媒体、演技の変化。

 音楽の大いなる可能性。時代を変遷し巡る服飾。化粧の域を逸脱した特殊メイク。

 

 知識の一端によって刺激され、自らも新たな()()()()()()()()()とやらが次々と溢れ出してくる。

 生きた実感というものを思い出させてくれた。

 

 

「──珍しいですね、芸術科の()英才さん」

 

 そういきなり話しかけてきたのは、暗い黄色の髪をうなじあたりで結った……ワタシのよく知る女性だった。

 つり目気味のきつそうな顔立ちは、凛としていて充実した気を帯びている。

 

(もと)、ね──そう言うアナタも、政経科の秀才だったでしょうに……ねぇ"ニア"ちゃん?」

「あそこではもう必要分、学んだだけ。落ちぶれたあなたとは違う」

 

 "ニア・ディミウム"──彼女は専門部に通う同季入学生であった為に、何かと顔を合わせることがあった。

 お互いに優秀とされる者同士、出会う機会も増え……そして一時(いっとき)は男女の関係にもなったのは甘酸っぱい思い出である。

 

 イロイロと噛み合わないことが増えて、関係解消されてからは疎遠であったものの、フリーマギエンスという輪を通じて再会した。

 その時は挨拶すら交わさなかったが、こうして今……隣に立って話す機会に恵まれたのだった。

 

 

「医学科もなにもかも中途半端に投げ出して……反吐(へど)が出るわ」

「……あそこでは、大して学べなかったからね」

 

 慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度で吐かれる毒舌を、ワタシは一度飲み込んでから受け流す。

 努力家である彼女には、さぞあの時期の自分は見ていて不快なものだったに違いない。

 

 とはいえあの時はまだ若かった──などと達観するほど傲慢(ごうまん)でもない。

 

「今度は製造科にでも入るつもり?」

 

 ニアは一度(あらわ)にしてしまった苛立ちを、理性で押し込んでから問うのが見て取れる。

 まるで未練の立ち消えているにも関わらず、怒りを覚えるなど無駄な労力であるとばかりに。

 

 

「違うわ……今はもう芸術科に戻ってるし──ただカノジョらに学ぶことがあると思ってね。まずは心のキャンバスに、焼き付けるように描き留めているところよ」

 

 ワタシは改めて集中している三人を見る。門外漢でも凄いと思わせる、その一挙手一投足。

 並々ならぬ集中力と、ほのかに笑みを浮かべ……熱狂した情動を、そのまま映し出したかのような──

 

 かつて芸術分野において、天才と持て(はや)された頃の自分と、何事も楽しんでいこうとする同じ姿勢があった。

 

 

 魔術具を主軸に多方面で自在な思考をもたらし真に至る、狐人族の少女"リーティア"。

 フリーマギエンスが保有している数々の発想を設計しておこす、帝国人の青年"ゼノ"。

 図面からその中身を実際の形に完成させてしまう、ドワーフ族の少女"ティータ"。

 

 三人はお互いを高め合うように才を伸ばし、凡人には理解できぬ領域へ既に歩を進めている。

 そう……彼女らは今の常識から考えれば、異物とも言える考え方を持つ。

 それゆえに製造科でも半ば爪弾(つまはじ)き扱いされていた。

 

 そんなところも──昔の自分を少し見ているようだった。

 

 

「で、ニアちゃん。アナタはここで何を?」

「わたしはわたしで……収拾がつくよう、取りまとめ役と段取りの為に足を運んだだけです」

 

 平たく言えば雑用──とはさすがに口にはしない。

 彼女が自分と同じように、学ぼうと努力していることは理解している。

 フリーマギエンスで得られる知識は、"異質"としか表現し得ないものだ。ニア(かのじょ)()かれるのも無理はない。

 

 今までに積み重ねられてきた固定観念をぶち壊し、既成概念を一新させるような話ばかり。

 まだ短い間にも実際に数多く知識の正しさを証明し、限定的にそれらをフリーマギエンス員に教えている。

 

 ワタシもその知識を手広く享受(きょうじゅ)するようになったものの、自分の中でしっかり消化し血肉とするにはまだまだ時間が必要であった。

 

 

「そのわかった(ふう)な顔やめてくれる? わたしはあなたと違うのよ」

 

 抑えきれず昔の口調に戻りながら、ニアは忌々(いまいま)しさを隠すこと無く睨み付けてくる。

 そんな些細な感情の()れすらも、ワタシにとっては嬉しいことだった。

 

「"ディミウム"()の名を世界に轟かすんでしょ」

「そうよ、誰かさんみたく立ち止まっている暇はないの」

 

 ニア・ディミウムには──()()()()()

 それは自他共に周知の事実であり、それゆえに秀才という評価に留まる。

 彼女を支えているのは不撓不屈不断(ふとうふくつふだん)の努力だった。

 (おご)りも(おこた)りもない、純然たる積算をする他にやりようがない。

 

 だからと言って才ある者に悪態を吐くことはあっても、自らと比して(うらや)んだり(ねた)んだりすることはない。

 才人から何を己の(かて)とすべきかと、まず第一に考えることができる。

 非才の身でありながら折れず、曲がらず、輝かんとする彼女に、ナイアブ(ワタシ)はかつてどうしようもなく()かれたものだった。

 

「道草を食べた分は……がむしゃらに走って追いつくことにするわ」

「好きにすればいい、わたしの関知するところじゃない」

 

 それ以降の会話はなかった、ただ不思議と悪い雰囲気でもないのだった。

 

 



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#46 製造科 I

 

 学苑へと入学し、リーティア(ウチ)が最初に覚えたのは──疎外感(・・・)であった。

 知識と常識の乖離(かいり)。埋めようのない(みぞ)、越えられない壁、どうしようもない(へだ)たりがあった。

 

(ウチにイロイロ教えてくれたベイリル兄ぃですら、ちょいちょい話が食い違ったりしたもんねぇ……)

 

 ジェーン姉ぇやヘリオは言うに及ばず。

 決して(おご)っているわけではなく、純粋な事実として知識の分野が違いすぎていた。

 

 とはいえ自分は何でも楽しめるから、そうした小難しいことは世界の外に追いやっても問題なかった。

 専門的なことは自分の中で完結する別の知識(せかい)として、あくまで己だけでやっていけばいい。

 

 

「おいおい、なにボーッとしてんだよリーティア」

「ん? あっははは、ごめーん"ゼノ"。ちっとだけ別のこと考えてた」

 

 水色の髪を短くした人族の青年に対し、ウチは笑って答える。

 

 製造科でも同じことで、知識を問わない友人は何人もできた。

 ただしフリーマギエンスのこと、文明の発展をこそ思えば……あるいはベイリル兄ぃのいる魔術科のほうを受講するという道もあった。

 自分の得意とすること、一番やりたいことは、イアモン宗道団と故・セイマール先生が(のこ)した"魔術具"であったからだ。

 

 しかしそんな選択肢は既に吹き飛んで、風化していた。

 

 

「別にリーティアは休んでてもらってもいいっすけどね。ゼノみたく作業をずっと監視するように見つめてくるほうが、なんかこう……気持ち悪いっす」

「いやいや、工程が台無しになったら困るからこっちは親切心でやってるってのに……」

「ウチや"ティータ"と違って、ゼノは心配性だからねぇ」

 

 桃色の髪をツインテールにしたドワーフ族の女の子は、いつも眠たげにも見える半眼で──しかしてその指先は緻密に動いていた。

 

 ゼノとティータ。

 知識という山を1人登頂していたはずのウチに、並び立って歩いてくれる2人と出会えた。

 自分と同じように常人とは違った価値観を持っていたがゆえに、その知識と技術を持て余していた。

 

 必然とも言える出会い、からの意気投合。

 フリーマギエンスの理想を体現するに足る最優の友。

 

(だから今はもう寂しくない、何も恐くない──)

 

 たった3人、されど最高で最強の3人である。

 

 

「んっ、おーーー?」

 

 ティータが作業している最中、ウチはなんとなく視線を感じたほうへ顔を向ける。

 

「ナイアブ兄姉(にいね)ぇええええ!! それにニア姉もーーー!」

 

 大きく手を振ると、ナイアブも薄い笑みを浮かべながら小さく手を振り返し、ニアは静かにコクリとうなずいた。

 ウチは手近な獣皮脂に、黒筆でスラスラ~っと2種類の"図柄"を書き込んだのを持っていく。

 

「ちょっと頼みたいことがあったんだ~」

「あら、ワタシにできることかしら」

「芸術科の兄姉ぇのほうが最適だと思うよ、ちょっち見てもらえる?」

 

 言いながらウチは、中央真円の中に五角星形、周囲に楕円が三つ、背景(バック)には二重螺旋の大樹が描かれた紙をナイアブへと見せた。

 

「コレとコッチがそれぞれ"フリーマギエンス"と"シップスクラーク商会"の象徴記号(シンボル)ってやつでさー、これを清書して欲しいんだぁ」

 

 皮紙を受け取ったナイアブは、図柄を眺めながら少しずつ角度を変えたり回転させ始める。

 

「基本構図はそのまま独立しつつも、実は重ねるられるような感じで上手く描きおこ(デザイン)してもらえないかな?」

「それは構わないけど……何か一つ一つに意味があるってことかしら」

「もっちろん! 魔術と円環、電子の軌道。遺伝子(DNA)と系統樹を表してるんだよ」

 

「ん、う~ん……よくわからないわね、理解したほうが落とし込みやすいんだけど──」

 

 ナイアブは首をかしげて疑問符を浮かべていて、ウチはどう噛み砕いて説明すべきかを考える。

 

 

(ベイリル兄ぃが直接ウチに頼んできたのは、きっと()()()()()って思ったからだろうしな~……)

 

 真円は──回転と循環、連続性と安定性と永久性、そして"惑星"そのものを現す。

 五芒星は──魔の術理と知識と(きら)めく"恒星"を象徴し、五本線がそれぞれ電磁力・重力・強い力・弱い力・魔力(だい5のちから)を意味する。

 

 三つの楕円は──"電子の軌道"、転じて科学を象徴している。

 別世界(ベイリル)の知識と文化という形で寄り添う、オトギ(ばなし)の"地球"という名の星。

 そして自分達の住むこの母星と、双子のような存在として公転する"片割星"とを合わせ、三つの動きを楕円軌道の線で表現している。

 

 二重螺旋は──遺伝子と()()()()()()。一本が"魔導"で、一本が"科学"の意味も含んでいる。

 根っこから続く2本の大いなる幹が頂点で収束・交差し、そこから枝が無数に分かれる。

 そうしてテクノロジーの"系統樹(ツリー)"として、魔導科学(マギエンス)を体現していた。

 

 いくつもの意味を重ね合わせた(マルチミーニング)、普通の人にはそのまま説明したところで……ほとんどわからないだろう事柄群。

 ベイリル(あに)本人も多分に曖昧なトコあるし、リーティア(ウチ)とて全てが完全に理解してるわけじゃない。

 

(ウチもデザインは不得手なわけではないものの──)

 

 それでも完成品は、本職の人に頼んだほうが良いモノができるハズだと個人的に思ったからこそのナイアブへの頼みだった。

 

 

「えっとねぇ要約するとー、"魔導と科学の融合による進化"。ココ一番大事!」

「いまいち判然としないわねぇ……」

 

「──いくつか描いて、指摘や修正をしながら煮詰めていけばいいだけでしょうに」

『それだ《そうね》、さすがニア姉ぇ(ちゃん)

 

 ウチとナイアブ兄姉ぇの声が重なり、ニアはやれやれといった様子で嘆息を吐いた。

 

「でも兄姉ぇ、時間ある?」

「暇人よ、この人はね」

「反論したいところだけど、ニアちゃんの言う通りね。紋章はとても大事なことだし、いくらでも協力させてもらうわ」

 

「ありがとー! たすかる!!」

「リーティアちゃんは本当に活力があってイイわねぇ、これはワタシも頑張らないと」

 

 

(──ウチは褒められることが大好きだ)

 

 褒められて育てられ、伸びてきた子であった。

 ジェーン姉ぇは何しても優しく褒めてくれて、心地がすっごい良くなる。

 ベイリル兄ぃの期待に応えると、驚きと一緒に褒めてくれて楽しくなる。

 ヘリオがたま~に褒めてくれるのが、とっても新鮮で嬉しくなる。

 

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"に買われる前のことをウチは全然覚えない。

 思い出せるのは三人と一緒に居た頃からだ。

 

 

 みんなが褒めてくれたから今のリーティア(ウチ)がある。それ以外は全く想像できないほどに。

 

 いつまでも四人みんなで一緒にいられれば、それでいいと思ってた。

 しかし学苑に入学してもう心の許せる親友であり、仲間であり、同志とも言うべきゼノとティータ。

 ナイアブやニア他、フリーマギエンスを通じて仲良くなったみんな。知識を共有することはできないけど、他にも沢山の友達がいる。

 

 今までと違う生活も楽しく、まったく違った張り合いがある。

 こうやって世界の拡がりを全身で感じながら──いつだってどこだって、ウチは精一杯を楽しんでいくのだった。

 

 



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#47 医術科

 

「わっ!? ベイリルくん、こんなにいっぱい……」

 

 放課後──俺は専門部医術科棟の一室にて、ハルミアと2人っきりになっていた。

 

「おっと、気をつけて触ってください。繊細ですから」

「こ……こうですか? すごく大きいですね、こんなの見たのはじめてです」

 

 ハルミアは言われるがままに、"それ"を撫でるような手付きで俺を手伝う。

 

 

「薄くて、軽くて、とても綺麗──」

「まっ一応はシップスクラーク商会の目玉商品ですが、少しだけ融通して回してもらいました」

 

 多くの化学反応に不活性で密閉も利く"硝子(ガラス)"の器を、俺はハルミア(かのじょ)と一緒に並べていく。

 

「ありがとうベイリルくん、こんな届けてもらっちゃって……」

「なんのなんのハルミアさんと医療の発展の為とあらばお安い御用です。実はこれでも透明度はまだまだなんですが、そこらへんは今後の試行錯誤ということで」

「これでもまだまだなんですか?」

「そーなんです」

 

 ガラス容器を入れていた木箱を下に置くと、ハルミアは手に取った透明な小皿を通して俺を見つめてくる。

 

 

「……ベイリルくんは回復魔術の難しさをご存知ですか?」

「他人を対象とした場合に、難易度が跳ね上がる──ですよね」

「はい、治癒魔術士がとても少ない理由です」

 

 自己治癒魔術はそこまで難しい魔術ではなく、軍人や冒険者など戦闘を生業(なりわい)とする魔術士であれば大なり小なり身に付けているものだ。

 肉体の魔力強化だけでも代謝が上がり、自己の備える治癒力も自然と上昇するので、明確な区分けというのも曖昧である。

 

 しかし回復を他人に適用しようとすると、途端に難しくなるのは魔術界隈にとって常識の一つだった。

 これは例えば相手の脳血管に空気血栓を直接作って殺すだとか、内蔵を直火焼きできないのと同様と考えられている。

 

 

(魔術と魔力は相関であり干渉し合う。ゆえに相手を害すのであれば、物理現象を発生させた上でぶつけなくちゃいけない)

 

 俺は魔術科で習ったことを思い出しながら、回復魔術にも当てはめて考える。

 一種の魔術抵抗力とも言うべきか。魔術が使えずとも魔力は誰しもが持っている以上、どうしたって自由にはできない。

 

 対象が瀕死だったり衰弱していたり……あるいは治癒を受け入れる意識があるからこそ、回復魔術は少ないながらも成り立っているのだろう。

 

「でももし……回復魔術がなくても、魔術の資質にも()らなくても治療できるなら、もっと多くの人を助けられるはずです」

「ハルミアさんが医術を(こころざ)す理由を聞いても?」

「ふふっ、それはおいおい──もっと仲良くなってからですかねぇ」

 

 ドンッと心臓をハンマーでぶっ叩かれたような、最高に俺の本能へと直撃する笑顔。

 放課後に部屋で2人っきりというシチュエーションに、まさに俺は青春真っ只中にいるのだと自覚させられる。

 

(それはそれとして──やはりハルミアさんは、なかなか近代的な価値観を持っているな)

 

 既存()きそん」の理論や固定観念に凝り固まった、(かたく)なな人間と違って……まだまだ若く、知識もほどほどで、感性が新鮮な状態にある。

 

 

「私としては傷もそうですが、(やまい)も魔術でどうにかできないかと思っているのですけど……」

 

(魔術で傷を治すことはできる──が、魔術で"病気を直接的に治すことはできない"ってやつか)

 

 "文明開華"という野望にあたって、農耕と医療・衛生は最優先事項であったがゆえに、既にある程度の知識は入れていた。

 調べた限りで人が()む理由とは、超自然的存在の不興を買うことだったり、あるいは瘴気(しょうき)や呪いの(たぐい)といった説もわりと信じられているということだった。

 つまるところ根本的に治癒魔術の範疇ではなく、祈ることや奉納、(やく)(はら)ったり、呪いを解くことであるという考えも異世界(こっち)ではポピュラーなのだ。

 

(もちろん治癒魔術によって肉体が活性され、副次的に体力や免疫が戻ることで病気を自然治癒させている実績もあるだろうし)

 

 何にしても病気の根本原因は解明されておらず、様々な説が飛び交ってより混乱を招いているのが医療事情であった。

 

 

「ハルミアさんは、どうして病気になると思います?」

「えっ? 私個人だと、体液の均衡が崩れた際に発症するというのがそれっぽいかなって思ってます」

 

(……地球史で似たようなのだと、確か"四体液病理説"だったっけか)

 

 ギリシャ時代くらいにナントカって医学者が提唱したようなのを何かで読んだ覚えがある。

 詳しく思い出したい場合は、シールフの読心の魔導なら精彩に掘り起こしてもらえるはずだ。

 

「ん、残念ですけどそれは間違いです」

「ベイリルくんはまるで正解を知っているような言い方ですね?」

「真理を知っていますし、証明することもできます」

 

「もしそんなことができたのなら、医療界にとっての革命ですよ」

「革命、いい響きです。では一つご教授しましょう」

 

 

 俺はわかりやすく段階的に説明する為に、まず人差し指を立ててぐるぐると腕を回すように大気を攪拌(かくはん)させる。

 

「さてさてハルミアさん、ここには何がありますか?」

「なにって……何もないですけど──」

「いえいえ、空気と光があります」

「そういうことですか、なんだかイジワルな問題ですね」

 

 ムッと唇を尖らせるハルミアに俺は艶やかさを感じつつ続ける。

 

 

「それが実は大事なことなんです、はァ~……」

 

 言いながら俺はゆっくりを息を吐いていき、部屋の中の酸素濃度を少しだけ下げる。

 

「ん……」

「もしかして、息苦しいですか?」

「そう、ですね──はぁーふぅー、深呼吸してもなんだか……」

「感覚が鋭いようで良かったです。俺もそうですけど、半分エルフの血を引いているおかげですね」

 

 俺は"酸素濃度低下"の魔術を解いて、両の手の平を上へ向ける。

 

「あれっ……普通に戻りまし、た? ベイリルくんが何かしていたってことなんですか?」

「そうです、動物の呼吸に必要な酸素(O2)を少なくしてました。空気とは一種類ではなく、いくつもの違う空気が混ざり合って今の空気になっているからです」

 

 ハルミアは「ははぁ~」と疑問符が完全に解消されないまま、さしあたっては納得の様子を見せた。

 実際には理解に及んでいないと思われるが、俺の話の続きを聞く為にひとまずは前提として飲みこめるだけの頭の良さがよくわかる。

 

 

「そして空気には重さがあります。この空気によって光の通り道も曲がってしまいます──歪曲(わいきょく)せよ、投影せよ、世界は偽りに満ちている。空六柱改法──"虚幻空映(きょげんくうえい)"」

 

 俺はハルミアと挟んだ前方空間に、光学迷彩を発生させる。

 

「ハルミアさん、握手しましょう」

「唐突にどうしました? それも何かの一環──えぇ!?」

 

 互いに手首から先が消失しつつも、しっかりと手を握り合う感触を俺は彼女へと伝える。

 

「水の中だと実像が歪むように、光は曲がったり集まったり散ったりします。たとえばこのガラスなんかも形を変えることで、集光や散光ができます」

 

 いわゆる凸レンズや凹レンズであり、メガネにも利用されているもの。

 ただそのメカニズムを知った上で、組み合わせることで──望遠鏡や光学顕微鏡ができあがる。

 

 

「つまり光を上手く使うと、見えないモノをはっきりと()えるようになるわけです」

 

 俺は部屋の(すみ)っこにあって何かを栽培している陶製プランターにある土を、魔術による風を使ってひとつまみほど机の上に運んだ。

 そして右手と左手でOKサインを作り、それぞれの輪っかを土と一直線になるように縦に重ねつつ、動かしながら空気密度を調節していく。

 

「ちょっと待ってください──あぁ、よしよし。さっハルミアさん、ご覧になってどうぞ」

「えっと、はい……それじゃ失礼しますね」

 

 ハルミアは俺の隣に立って、指で作った輪の中を覗き込む。

 

「微生物や原生動物、普通の目には見えなかった生物相が見えるでしょう」

「これって……"ムシ理論"?」

「あーーーそういえばそんな学説もありましたっけ。ただしこれは光の調節で見える範囲であって、実際はこれよりさらに小さい虫が数え切れないほど存在しています」

 

 細菌やバクテリア、ウイルスなど……未発見であるがゆえに、まだ異世界(こちら)には存在しない用語。

 

「一口に説明できるわけではないですが、とっても単純に言ってしまうと……体内に入り込んだ小さいムシに対する、体の防衛反応だったり色々で病気が引き起こされるわけです」

 

 電子顕微鏡でも用意しないと見えない超ミクロの世界があるなどとは、にわかには信じ難いだろう。

 

「その為に必要なのが清潔、身奇麗にすること。汚い状態は医療にとって最も忌避すべきことです、手洗いうがいは大切に」

 

 

「ベイリルくんは、専門でもないのにどうしてこんな知識を……?」

「俺の保有する知識は、いずれも師匠(・・)からの受け売りです」

「それって以前に少しだけ話してた……」

「はい、魔導師"リーベ・セイラー"。エルフである母の(ふる)くからの友人で、"未来予知"ができます」

 

 今後活動していくにあたっての影武者──存在しない架空の存在、それこそが魔導師リーベの正体である。

 現代知識という総体にして源泉そのもの。同時に権威と説得力を示す為の道具(ツール)にもなりうる。

 

「未来──? そう、それで……これが病気の正体なのですか」

「まぁそこらへんも、おいおいじっくりと説明します。ハルミアさんが現状でもまずやるべきは、清潔を保つ為に石鹸を使うことです」

「石鹸ですか……?」

「"公衆衛生"──殺()や消毒、感染症はまず予防からです。俺の所属するシップスクラーク商会でも、安価な量産体制を整えるべく動いています」

 

 他にもエタノールその他、化学の為の高度な蒸留技術もガラス産業と並行して早々と着手していきたい。

 

 

「後すぐにでもできることは……そうですね、耳で聴くことかな」

「……???」

 

 首をかしげるハルミアに、俺は自らの心臓へと手を当てる。

 

「正常な状態を把握した上で、異常を聞き分けるということです。ダークエルフのハルミアさんなら、俺みたく鍛えた分だけ聴力も研ぎ澄まされますよ」

「なるほど……音ですかぁ」

 

 本来であれば聴診器などがあれば良いのだろうが、さしあたっては筒状のモノを当てるだけでもよく聞こえるはずである。

 

 他にも脳や心臓や肺といった内臓各部位の機能、細胞や神経という概念やホルモン分泌、血液の役割など。

 地球の現代人が当たり前に持ってる医療とも言えない基本知識、栄養学ですらも有用で、分野を大きく飛躍をさせる情報となる。

 

 

「あのっ! ベイリルくん、その……まだお時間はありますか?」

「いくらでもお付き合いします」

 

 好奇心・知識欲・探究魂が奮い立ったハルミアに対し、俺は私心を交えつつ承諾するのだった。

 

 



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#48 幼馴染 I

 

 医術科棟から寮自室へ戻ると、わずかに青みがかった銀髪に紫色の瞳をしたフラウに出迎えられた。

 

「おかえり、遅かったね~」

「ん、ただいま。 ハルミアさんと少し野暮用をな」

 

 部屋は隣同士であるものの、基本的には別である──が、しれっと幼馴染が入り浸るのにはもう慣れたものだった。

 

 

「さてはハルっちとの仲が進んだ?」

「さてなぁ、今日は医療関係で突っ込んだ話をしただけだし──」

 

 そう口にしながら俺は、周囲の大気を屈折させて光を捻じ曲げつつ、服を脱ぎ捨てる。

 続いて魔術による風と水を使って、全身を一通り洗い始める。濡れた布などで拭くだけでもいいのだが、繊細な魔術操作(コントロール)も日々努力である。

 

「へぇ~、がんばってんねぇ。そいえば"使いツバメ"で届いた手紙があったから机の上に置いといたよー」

「ありがとうよ。もう週末か」

「なんのなんの~」

 

 強風乾燥してから寝巻き用のチュニックを着た俺は、"歪光迷彩"を解除し、手紙を手に取りつつベッドに腰掛けてから開く。

 それはゲイル・オーラムから送られるシップスクラーク商会の進捗報告書であり、俺が直接的に目を通す必要があるものだった。

 

 

「大変そだね~」

「まっもう一つのライフワークみたいなもんだし。気苦労も多いが面白いよ」

 

 文明回華の為の下地作りは、わかってはいたが途方もない。

 今しばらくは勝手知ったる俺自身でないと、具体的な方針を指し示していかなければならなかった。

 

「ふーん……あーしはハルっちみたいな知識も、ナイアブみたいな才能も、リーちゃんみたいな技術もないからなーーー」

エコライフ(ゆる~くまったり)を信条とする割に珍しいな」

「たまにはね~」

「……まぁ、いずれ手伝ってもらうよ。フラウ(おまえ)とキャシーの魔術はとても有用だ、ただ()()()()使いにくいってだけだ」

「そっかぁ~、あーしも役に立てるんだ」

「無理に仕事や役割を()いるつもりがないことは覚えといてくれよ。嫌なことはイヤって言ってくれていいからな」

「うん、わかってる~」

 

 

 するとトスッとフラウは俺の隣に座り、体を預けてくる。

 

「読むのに邪魔?」

「いや別に、むしろ……昔みたいで落ち着くしな」

 

 フラウはあの"炎と血の惨劇"の日──両親の手によって、無事に逃げることができた。

 そして……同時に両親の死を、目の当たりにしまったと聞かされた。

 

 そこからたった一人の少女が過酷な環境の中で生き延びたことは、容易に語り尽くせないもので……。

 親を喪失(うしな)い、家を焼かれ、苗字を捨て、身一つで放り出された。

 そんな彼女の中に唯一残されていたのは──"俺という存在"だったらしい。

 

 かつて送ったエメラルドの原石と共に、心の内に俺を住まわせて精神を保った。

 俺が幼少期に教え語った話や理論を、修羅場の渦中で実践し、死線の中で身に付けた。

 魔術を使うたびに俺を思い出し、俺が生きていると信じ、俺に再会する一念で頑張ってきたという健気さ。

 

 きっと幼い少女の心を支えるには、そういう単純なものしかなかったのだろう。

 依存し()んでしまってもおかしくないほどの状況で──それでも今、こうして普通にしていられるのは生来の気質ゆえなのか。

 

 まがりなりにもジェーン、ヘリオ、リーティアという家族と共に……。

 カルト教団の管理の(もと)とはいえ、順風満帆に過ごせた俺とは大きく(こと)なる。

 

 

「そういえば聞いてなかったな――」

「なにがぁ~?

「フラウはどうしてこの学苑に来たのかってな」

 

 奇跡や運命と断じて、ロマンチックにそう信じてもいい。確かに学ぼうと思ったなら、門戸の広いこの学苑に来る確率は低くはない。

 しかし偶然の再会にしては……いささか都合が良いような気がしないでもなかった。

 

「ん~? 親切な人に(すす)められたんだよ」

「親切な人?」

「うん、わたし(・・・)はご存知、半人半吸血種(ハーフヴァンパイア)だからさ。まー色々苦労もしてたわけよ」

 

 少しだけ真面目なトーンで語り出すフラウ。

 ハーフヴァンパイアという出自は、彼女を救い──そして彼女を苦しめた。

 社会的に忌避されながらも、生まれによる優れた資質によって生き延びれたということ。

 

 ヴァンパイア種は分類するとなると、魔族という形になる。

 元々が魔領で生まれたのもそうだが、その特性も一因である。

 

 かつて純粋なヴァンパイア種は、実際に魔力を糧として得る為に血を吸っていた。

 暴走を(しず)め、循環させる為という話だが、結果として"吸血種"として呼ばれるようになった。

 時代を経るにつれて魔力補充には非効率。血肉を(むさぼ)る抵抗感に加えて、味も不味い。

 疾病(しっぺい)リスクなどもあり、魔力を操作が安定するにつれ(すた)れていったという。

 

 とはいえ名称としては今もなお残り、人間社会で見れば多くが鼻つまみ者として扱われる。

 それはハーフであっても同様であり、エルフとも少し違う形に変化した耳と犬歯によって察せられてしまう。

 

 

 さらにエルフ種やヴァンパイア種は、種族傾向として単純に優れている。

 基本的に見目麗しく、ヴァンパイアは特に肉体が頑健な部類であり、感覚器官も器用貧乏ながら鋭い。

 

 とは言えそこまでであれば獣人種や他の亜人種でも並ぶ者、超える者はいくらでもいる。

 

 しかしそこに魔力適性が乗っかり、何よりも長命であることが明暗を分ける。

 魔力とは肉体強化の源泉であり、魔術行使における多大な要素(ファクター)

 さらには人の10倍も研鑽できる時間を得られるということ。

 

 実際には3倍も生きれば、飽いて精神的に衰えることが多いそうだが──

 それでも妬心(としん)から(うと)まれることは、決して少なくないのである。

 

 生徒会長のスィリクスが、エルフを上位に置く社会を作ろうとしているのも……。

 そういった反発心や反動の一面が、多分に含まれているように思える。

 

 

「――でもねぇ、やっぱり助けてくれる人もいた。その人が学苑(ココ)で学ぶといいって、路銀と推薦文までくれた」

「金に……推薦文? となると学苑の卒業生とかか」

 

 学苑のOBやOGかなにかだろうかと思うと、フラウは何か思い出すように首を(かし)げる。

 

「う~ん、でも()()()()()()()()()()()んだよね。長い黒髪になんか古臭い喋り方で──」

「灰色の瞳で小柄か? つっても当時としては俺たちよりも大きいが」

「あーそうだったかな? ってことはベイリルも知ってるんだ。昔住んでた人だっけ」

「いやフラっと放浪して、声を掛けてくれただけの人だ」

 

「そっかぁ、あーしのことも覚えててくれたのかな~。お金はくれるって言ってたけど、いつか返さないと」

「そうだな……そん時は俺もお礼を言うよ、大事な幼馴染を助けてくれてありがとうってな」

 

 フラウは学苑に入学し、中央校舎で一般教養を学び……そこで一度燃え尽きてしまった。

 昔からマイペースなところはあったが、今の輪を掛けて(ゆる)い人格とライフスタイルもその裏返しなのかも知れない。

 

 

「"ラディーア"はどうしてるかな……」

 

 ふともう一人の鬼人族の幼馴染(おんなのこ)の名を、フラウは呟いた。

 

「一応は商会に手配して、現在進行形で探してもらってはいる。まぁ大概あいつも好戦的だったし、しぶとく生きてるさ」

「うん……きっと、ラディーアなら絶対に生きてるよね――」

 

 するとフラウの体が強張っているのが伝わってくる。

 

「どうした? 寒いか?」

「ううん、怖くなっちゃっただけ。今さ、あーしはすっごい幸せ。ベイリルと再会できて、キャシーやナイアブや他の皆もいて、ハルっちも優しいし、リーちゃんもかわいいし」

 

 震える声に俺は手紙をピッと机まで投げ、フラウの肩を抱いてやる。

 

「……もう、二度と、大事なものを失いたくない──」

「大丈夫だ、お前が望む限り俺はもうどこにもいかない」

 

 

 幼かった少女は……まだ若々しくも、とても美しくなった。

 季日は妹のような存在を、一人の女の子として見るのには充分な時間を与えた。

 精神年齢に差があるとはいえ、既に十数年もこの転生した体と付き合ってることを思えばもはや些末な話であった。

 

 精神が肉体に影響を与えると同時に、肉体もまた精神へと作用する。

 若く感受性豊かな脳と、子供を演じ続けたことによる変化と慣れ。

 年月を重ねるにつれて遠く追いやられていく記憶と思い出は、徐々に風化していく。

 

「フラウ……お前が良ければだが、"(あかし)"を示そうか」

 

 そう言って俺はフラウと一緒にベッドへと寝転がり、互いの吐息が掛かる距離で見つめ合う。

 

 

「それってぇ――つまり()()()()()()?」

「あぁ、()()()()()だ」

 

 毎夜のように部屋へと通ってくる、再会した可愛い幼馴染。

 今まで手を出さなかったのは、俺が()()()()()()()()()()からに他ならない。

 ハーフエルフだったがゆえに性欲を持て余すようなことはなく、今まで我慢することができていた。

 

 同時に純粋なエルフ種であったなら……繁殖能力も性欲も低いので、こうして一歩を踏み出すこともなかっただろう。

 

(睡眠欲と食欲に並ぶ三大欲求の一つが欠落しているなんて、人生に張り合いが無さすぎるからな)

 

 エロもまた文化を大いに発展させてきた要素である。それを享受(きょうじゅ)できないなど不幸としか言えないだろう。

 半人半妖精(ハーフエルフ)種として生まれたことは、俺にとって最高の幸運だったのかも知れない。

 

 

「んっとさぁ、ハルっちはいいの?」

「学苑生活という青春模様を楽しんでいるだけで、俺の相棒(パートナー)は昔からフラウ(おまえ)一人のつもりだが」

「そっか……そっかぁ――」

 

 にへらと笑うフラウに対し、俺は愛おしさが溢れてくると同時に、離ればなれになっていた間の埋め合わせをしてやりたいと心の底から思わせた。

 俺がジェーンとヘリオとリーティアに注いだ愛情の──ほんの少しずつでも今から与えてあげたいと。

 

「言っとくけど、はじめてだよ?」

「……俺もだよ」

「なんか変な沈黙があったけど?」

「俺だって緊張する」

 

 自分の心臓の鼓動が速くなっていくのを、俺は直に聞いていた。

 それと同時に、フラウの鼓動が速くなってるのも感じ取れるほどの密着状態。

 

 

「ちなみに拒否権はあるからな」

「えっしないの? ここまできて? ベイリルって意外とへたれ?」

「ばか。大事にしたい気持ちもあるんだよ、察しろフラウ」

「気楽にいこうよ、あーしたちらしくさ~」

「それも……あぁ、そうだな」

 

 徐々に距離が詰まっていき……遂には口唇と口唇が触れ合う。

 柔らかく、暖かく、懐かしさ以外の匂いが脳髄を貫くようで──全身でお互いを感じ合いながら、肌色の面積を広げていく。

 そうして俺はフラウの上になるように体を入れ替えた。

 

「つらかったら言えよ」

「ん、痛みは慣れてるけど……そこは素直に甘えるね~」

 

 ゆっくりと俺は迎え入れられる。

 フラウは俺の体を一層強く抱きしめ、俺も気遣うように優しく抱き寄せた。

 

 



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#49 幼馴染 II

 

 見開いて瞳を交わし、お互いの息遣いを耳に残し、湧き立つ匂いをお互いに染み込ませる。

 口唇だけでなく舌を相手へ届かせ、質感と温度とを確かめつつ、心覚でも語り合うかのように。

 

(やばい……)

 

 語彙(ごい)が正直それしか浮かばなかった。

 俺はフラウの為に生まれて、フラウは俺の為に生まれたような──

 

 心の底から体と共に繋がることが、これほどの多幸感を生み出すものだったのかと。

 動かなくても満たされ、充たされる。ポリネシアンよろしくスロー的なあれ。

 

 

「んっねぇ、わかる?」

「っふぅ……もしかして──魔力の流れか、コレ」

「うん、多分そうだと思う」

 

 魔力の循環作用──血液のように、魔力を全身に巡らせる魔術の発動および肉体の強化における技術。

 自分の中に貯留する魔力というエネルギー源を、意識し知覚する基本である。

 

 魔力を明確に認識することで、イメージした魔術の放出へと導く。

 また魔力を強く意識化することで、身体強化の振り幅も変化する。

 

 通常であれば漏出していない他人の内部魔力を、知覚することは不可能である。

 しかし俺はフラウの魔力流動の方向や速度を、肌を(とお)して直に感じていた。

 そしてフラウもまた俺の魔力の流動を、()れるように感じているのだった。

 

 

「これはあれか、種族的な……」

「かもねぇ~」

 

 ──エルフ種とヴァンパイア種。

 それぞれ魔力の枯渇ないし暴走する魔力を肉体に多く留め、巡らせることに成功した種族。

 "魔力抱擁"とも呼ばれる技法は、魔力の知覚・循環・操作に関して一日の長を与えた。

 純血種には劣るものの、ハーフであってもその恩恵の一部を授かっている。

 

 魔力による繋がりは肉体のみならず、精神的な繋がりもより強固にしてくれるような気がした。

 

「フラウ、お前の流れが速くなってる……?」

「へぇ~これもわかるんだ」

 

 それはフラウ(いわ)く、独自に発展修得したという魔力操法。

 自身の肉体を魔力の加速器(・・・)として循環させ、魔術や身体強化がより強力なものになると言う。

 幼少期に俺が語った元世界知識の一つ、"粒子加速器"を(もと)にして着想を得たらしかった。

 

 

「話半分程度に聞いてたがなるほど、こんな感覚なのか」

「信じてなかったんかい、まったくもぅひどいな~。でもこれでコツ掴めるんじゃない?」

 

 俺も"魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)"の話を初めて聞いた時に試してみたことがある。

 というか暇があればトライしたものの、やれそうな手応えは全く得られなかった。

 エルフとヴァンパイアで特性も微妙に違うし、あくまでフラウが死線の中に在って得たもの。

 

「確かに、これは、なるほど、んむ……あまり頭がまとまらんが──いけるかもわからん」

「それじゃこれから()()()()しなきゃ、だねぇ」

 

 八重歯のような片犬歯を見せて「にしし」っと笑うフラウ。俺は愛おしくその唇を自分のそれで塞ぐ。

 脳髄の細胞奥深くまで、魔力が加速し充填されるようで……。

 

 修得以前に──ただ単純に、俺はフラウに溺れると、確信に近い何かを感じさせるほどだった。

 名残り惜しそうに離れ、引き切れる糸を横目に、フラウは新たに瞳を投げかける。

 

 

「あとさ……知ってる?」

「なにをだ?」

「エルフとヴァンパイアって、()()()()らしいよ」

「あー……聞いたことあるな」

 

 類似と対極が混在する二つの種族は、何故だか子を成すことができないのだとか。

 そう噂されるものの、そもそもエルフ種とヴァンパイア種の数は少ない上に基本的には生活圏が違う。

 二種族間で恋仲に発展するに至るなど、実例に(とぼ)し過ぎて真偽は定かではない。

 

「ハーフ同士ならどうなると思う?」

「それって……」

「だ~からぁー、気にしなくていいってことじゃん?」

「確かに可能性は極端に低いかも知れないが……」

 

「それにもしできちゃっても、わたしは別にいいし」

 

 その時、電流走る──ように背筋がゾクゾクと、俺は魂で身震いをした。

 

「そうだな、本音を言えば俺も同じ気持ちだ」

 

 欲望のままに吐き出したい、後先のことなんて考えたくないほどの充実感。

 幸いにも金銭面では困っていない。シップスクラーク商会は順調だし、"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の財貨にゲイル・オーラムの後ろ盾がある。

 認知して養うことに危惧はない。精神年齢で語れば、孫がいることもありえるくらいだ。

 

 学苑生活に支障は出るだろうが、留年制限もない単位制なのでどうとでもなるっちゃなる。

 

「そーそー、素直がいっちばん。そんじゃま……どーぞ」

 

 フラウはそう口にすると……足を大きく絡めホールドしてくる。

 俺たちは心と魔力を交わし合うように、ぎこちないながらも緩やかに続ける。

 そうして同時に達してから一息をついた。

 

 

「あのさぁ~、ハルっちも混ざったらどうなっちゃうのかな?」

「──ッ!?」

 

 俺の腕を枕にしつつ、フラウは突然何を言い出したのかと思った。

 

 ハルミアさんが混ざる……つまり三人でということか。

 確かにダークエルフの彼女であれば、相乗効果で倍率ドン! さらに倍!!

 ──とはさすがに都合よくもいかないだろうが、男からすればなんとも魅力的な欲望ではある。

 

「いや……流石にそれは──」

「でもさぁベイリル、そういうのを考えなかったなんてありえないっしょ?」

「それはまぁ、うん……」

 

 すこぶる丁度良い距離感の相手であり、情欲の眼差しを向けていたのは紛うことなき事実であった。

 フラウをそういう目で見ることはあっても、態度には出さなかった。

 やはり家族のように育った一線のようなものが、心のどこかにあったのだ。

 

 ハルミアにアプローチしてたのも、そういった心理的抑圧の裏返しがあったかも知れない。

 

 

「でもいいのか?」

「……? なにが?」

「俺はもう……フラウ──お前以外を考えるつもりはないんだが」

「えーでもこれから500年近い付き合いになるんだよ~? あーしもハルっちのことは好きだし、男の甲斐性見せなよー」

 

 そこで俺は降って湧いたように思い出す。ああそういえば()()()()()()()()であると。

 地球でだって時代や国によって異なっていたし、一夫多妻制というのは特段珍しいことではない。

 現代日本出身の俺としては抵抗感は残る……が、そこは開き直ってもいいのかも知れない。

 

「今は亡きあーしのお母さんも、大昔の全盛期は100人くらい囲ってたって」

「そんな一面があったのか……てかまだ子供だったお前に、そんなことも話していたのか」

 

 世話になっていた頃を思い出す。純粋なヴァンパイア種のフラウの母。

 俺の母エルフが正統派な美貌であったのに対して、あの人は妖艶なそれであった。

 性格は違うようでも二人はウマがあったようで、だからフラウとも家族ぐるみの付き合いだった。

 

 純血のヴァンパイア種である以上、性欲はそこまでではなかったと思われるが……。

 それ以上踏み込んで考えるのはやめておくことにする。

 

 

「ってか、実はお前も知らない兄弟姉妹いっぱいいるんじゃ──」

「産んだのは私一人って聞いてたけど……どうだろね~」

 

 俺の母からはそういった話は聞いていないが、もしかしたら俺にだっていないとも限らない。

 特にまったく話を聞けずじまいだった父親──異母兄弟なんかが……なんてなきにしもあらずな話。

 

「まーでもわたしはベイリル以外の(ひと)とこういうことする気はないんで」

「そうだな、お前は俺のものだし……俺もお前のものだ。まっ見限られんよう精進するよ」

 

「うむ、励むがよい」

 

 冗談めかして交わされる、穏やかで心地の良いやり取りに二人で笑い合う。

 何百年経とうとも──例えば遺伝子工学やナノマシン、サイバネティクス化など。

 多様な手段でもって、限りなく不老不死にも近付いてたとしても。

 

 俺とフラウのこの関係は決して色褪せることなく、変質することもない──そう確信させた。

 

 

「それにわたしだって、他の誰にも"一番"を譲る気はないから」

「あぁ……少し(あいだ)はすっぽ抜けたが、物心ついてより最期を迎える時まで──俺の隣にいるのはお前だフラウ」

 

 そう誓約を結び立てるように、力強い言葉にてフラウを見つめる。

 

「おっまだ元気だね」

「情緒に欠けてすまん」

 

 お約束の後も夜は続いていき、いつしか日の光が室内を満たしているのに気付く。

 

 青春謳歌の内の1つとなる達成感を得ながら、俺達は朝のまどろみの中で講義をサボって眠りについた。

 

 



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#50 製造科 II

 

 某氏(いわ)く──"科学における全ての偉大な進歩は、新しく勇敢な想像力によってもたらされてきた"、と。

 

 それは科学に限った話ではなく、万物普遍に言えることなのかも知れない。

 停滞や安定のみならず、リスクを(かえり)みず進んできた者達がいたから進化し得た。

 現代の起業一つとっても散っていった者達は、その何倍・何十倍といたに違いないのだが……。

 

 ここには失敗を恐れず、未来に変革をもたらすだろう3人が揃っている。

 

 そんな彼女らの為にできることは、どんな失敗もこちらで(・・・・)リカバリーすること。

 萎縮(いしゅく)させることなく、のびのびと、自由に、思うサマやれる環境を作ってやることである。

 

 

「おい待て、コレおれの引いた図面と微妙に違ってないか?」

 

 帝国人である彼──"ゼノ"は何故か停止してしまい、なんとか引き上げた"装置"を見て製作者へ問う。

 

 淡い水色の短めの髪に、暗い青の瞳。男にしては華奢で筋肉もないだろう。

 顔はわずかに吊り上がった目元くらいで、特徴がないと言えばない。

 凡夫のような男は、しかして常人には理解できない頭脳を持っていた。

 

 

「──……良かれと思った」

 

 亜人種の"ドワーフ"族である彼女──"ティータ"は、装置と男を交互に他人事のようなトーンでそう言った。

 

 狐耳の少女よりも、さらに一回り小柄な体躯。色素の薄い桃色のツインテール。

 なんだか眠たそうな半眼のまま、微動する程度の表情を貼り付けている。

 

 ドワーフ族とは魔力枯渇から派生した、数ある種族の一形態である。

 (つの)のない小柄の鬼人族のようなもので、外見(そとみ)にはわからない膂力を備える。

 さらにその少女は、繊細で器用な指先も持ち得ていた。

 

 

「ッオイ!」

 

「まーまー、ゼノもそうカッカしないでさぁ。やっちゃったもんはしょうがないじゃん? 実はウチもこっちのがいいかなって、ティータの無断改造に乗って調整しちゃいました!」

 

 リーティアが悪びれた様子もなく、ビシッと手を挙げる。

 

「じゃあ二対一でゼノの負けっすねー」

「──ッッ」

 

 年長者としての意地で、ゼノは声にならない声を抑え込む。

 ティータもリーティアも、終始この調子だから慣れたもの──と、割り切るまでには大人になれない。

 しかし意地をぶつけ合ってこそ、"化学反応"が起こるのも理解しているのが悩ましい。

 

 

「それに"失敗は成功の母"ってベイリル兄ぃも言ってるし!」

 

 唐突に話を振られて、()は三人の世界へと入る。

 

「ん? あぁ、まぁ……それは別に俺が言ったわけじゃなくて、いつかどこかのだれかの言葉だけどな。実際のとこは、失敗だけじゃなく成功も含めた膨大なデータの積算・比較・検証あってこそだとは個人的に思う」

 

 俺は「素人意見ですまんが」と付け加え、ゼノの溜飲を少しでも下げようとする。

 

「ほらぁ~」

「ほらぁじゃねえ、んなこたぁおれだって重々十二分相応ぉ~~~に承知してんだっての。ただおれらは……命短し生き急いで、少しでも差を埋めてかなくちゃいけない──だろ?」

 

 失敗から学ぶことあれど、その時間すら惜しい。それほど道は果てしない。

 場を少し沈黙が支配してから、ティータが率直な感想を漏らす。

 

 

「ゼノ、言うことが重い(・・)っす」

「たまの恥ずかしいセリフ解禁だぁ~」

 

 リーティアはまた始まったと言った風に、そして俺は肩をすくめた。

 半長命(エルフ)種である俺自身は、今この場で言えることは何もないと。

 

「はんっ! いちいち照れ臭がっていて、名言・格言・金言が残せるかってなもんだろ。おれはおれの生き方に対して、全く微塵にも恥ずべきところはない」

「じゃあ自分は、いずれゼノの"絶対恥ずかしくない語録"を作って一発儲けるっす」

「ウチは百部くらい買ってみんなに配ろ~っと」

 

「それはやめろ」

 

 

詩集(ポエム)頒布……安価な紙の大量生産と"活版印刷"──)

 

 俺は話の流れからテクノロジーの一つに思いを致す。

 

 "情報の伝達速度"というものは、文化・国家に多大な影響を与える。それゆえにコントロールが必要である。

 大量印刷それ自体はまだまだ先の構想ではあるのだが──リーティア、ゼノ、ティータの三人の才能が本気を出せば、製作するのは案外遠い未来ではないように思える。

 

 いくつもの数式を用いて設計をこなし、科学に対する愛すら垣間見(かいまみ)えるゼノ。

 理論を土台にした感覚派で、繊細かつ挑戦的な創意工夫で貪欲に造り上げるティータ。

 魔術と科学・知識と技術の両輪と両輪で、単独(ソロ)のみでなく、二人の仕事をさらに引き上げるリーティア。

 

 ()()()()()()()()()ものなのだ、こういう手合(てあい)というものは。

 埋もれていた人材。雑多十色(といろ)なこの学苑でこそ出会えた逸材。

 

 

(とはいえ疑問も残る……)

 

 リーティアは幼少期から、この俺が自ら現代知識教育をしてきたからに他ならない。

 しかしゼノとティータは、知識を得てまださほど経っていない。 

 

 若いことを差し引いても、こうも早くに知識を受け入れられる下地を持ち得たのか……(はなは)だ疑問であった。

 ただ単にそういう気質だった、と言われればそれまでだが──

 

(直感的に()に落ちないんだよな、新しきを受け入れるというのは実のところ障害(ハードル)は高いものだし──)

 

 往々にして誰しも育ってきた環境や習俗・常識というものは強固であり、そう簡単に馴染むということはない。

 旧きに固執し、新しきを拒む──地球史上においても、文明の発展や思想の飛躍やテクノロジーの進歩を阻害してきた要因の一つである。

 

(だからこそ若い人間が集まる学苑を箱庭とし、実験的な場所に選んだとはいえ──)

 

 フリーマギエンスもまだまだ人を選ぶ側面は否めない。。

 ハルミアやナイアブも大概優秀ではあるのだが、ゼノとティータの図抜けた吸収力の前では霞んで見えてしまうのだ。

 

 

「なぁゼノ、ティータ……ちょっといいか?」

 

 賑やかな三人の輪に、改めて割り込む形で俺は呼び掛ける。

 

なんだ(なんすか)? ベイリル(ベイリっさん)

「率直に聞きたいんだが、二人はどうして学苑に来たんだ?」

 

 若年ながらもこれほどの知識と技術があれば、どこででも働いてるおかしくはない時勢であり世界である。

 

「どうしてもなにも、そりゃ学ぶ為なわけだが──ただ、そうだな……"使いツバメ"でここの推薦状が届いたからってのが決め手だ」

「あ、それ自分もっすー」

 

(推薦状……? そういえばハルミアさんやナイアブ先輩も確か──)

 

 どこからともなく手紙が届いて、学苑の存在を知って入学したのだと聞いたことがある。

 

 

「まっ色々と悩んでたこともあって、キッカケとしては丁度よかった」

「自分は単純に楽しそうだな~って」

 

(フラウも路銀と一緒に、推薦文だかを直接渡されたと言っていたし。他にも突然送りつけて入学を(うなが)すとは……随分と前のめりなことだ)

 

 手当たり次第に若い芽を収集しているのか、あるいは才能を見抜く眼があって人材を狙い撃ちしているのだろうか。

 卒業生が自主的におこなっているのか、専門の勧誘部門でもあるのか……答えてくれるかはわからないが、シールフにでも聞いてみようか。

 

 

「なるほどな、それともう一つだけいいか。どうしてこうも()()()()()をあっさり受け入れられたんだ?」

 

 少し言葉足らずであったが、何を言いたいのかはゼノもティータもすぐに察する。

 

「……べつに(・・・)。良いものが良いってのは、誰でもとまでは言わんが……まあわかるだろ」

「自分はあれっすねー、同年代の仲良かった子がいたんすよ」

「仲良かった子?」

 

「この二つ結び(ツインテール)もその子の影響なんすよ」

 

 くりくりと人差し指で毛先を回しながら、ティータは話を続ける。

 

「当時の記憶はそんな覚えてないんすけどねー、ただすっごい行動力で色々連れ回されたっす。そんで何か見つけるたびに色々作らされて。新しい何かを見つける為に作らされて。

 もうそこら中を駆けずり回っては、親に叱られて──柔軟な考えはその頃に育まれたみたいな? まっおかげで他の子とはなかなか馴染みにくくなっちゃったっすけど」

 

 少しどこかで聞いたような話であった……俺もフラウを連れ回したし、ラディーアも少なからず影響を受けていた。

 実際にフラウは魔力・魔術面において、俺の想像を超越した実力を備えている。

 

 

「その子は今どうしてるんだ?」

「途中で引っ越しちゃってわからないっす」

 

 いまいち判然としない、ふわふわとした話であった。

 ただ何がしかの影響を与える人物がいた、ということは一考の余地が見える。

 そうした好奇心・発想・行動力があるなら、いずれ迎え入れたい人材かも知れないと。

 

「そっか、ありがとう」

「なんのなんの、ベイリっさん」

「素朴な疑問なんだが、ティータはなんで俺を"さん付け"なんだ? 入学季は俺たちのほうが後だし、同学年で同じ年だろ、リーティアのように呼び捨てでも──」

「えっ、だってベイリっさんって先輩っぽくないっすか? なんていうか……立ち振る舞いが。武具とか工具とか色々なこと教えてくれるし。すっごい物知りで、心の広いおじさんみたいな感じ?」

 

 

「……俺の知識は、魔導師の受け売りだけどな」

 

 俺は核心についたことを言われて、やんわりと否定する。

 精神面で言えば転生しているので、実際のトコその通りでギクリとしてしまった。

 

「ああそういう(てい)っしたね、リーティアから聞いてるんで大丈夫っす」

「すまんなベイリル、おれたちはもう知っているんだ。存在しない魔導師を変わり身に立ててるって」

 

 俺は糾弾するつもりもなかったが、反射的にリーティアをぐっと見つめた。

 一般には架空の魔導師の弟子として、代弁者として活動をしていることを建前としている。

 魔導師が本当はいないと知っているのは──フリーマギエンス設立当初の面子くらいであった。 

 

 

「だってぇ、ベイリル兄ぃ。二人が結託して身辺(しんぺん)洗って、魔導師を探そうとしたからさぁ」

「いや……いいよ、リーティア。ゼノとティータの才覚ならいずれ開示することだし」

「ごめんなさい」

 

 聞こえるか聞こえないかほどの息を吐いて、俺はリーティアの頭を撫でる。

 

「ただ二人とも内密で頼むよ」

「黙っているのは別に構わんが……ベイリル、おまえ自身が上に立とうとは思わないのか?」

 

 ゼノの言葉に、俺は一片の曇りもなくはっきりと強い声音で答える。

 

「思わない。俺が見たいのは"未知"であって、その(さまた)げになりそうな要素は極力排除する方針だからな。矢面に立っていてはどうしたって危うくなる。まぁ処世術みたいなもんだと思っていてくれ」

 

 それは紛うことなき心底からの言葉。その手の支配欲求のようなものは、さして魅力を感じない。

 そりゃある程度の中間管理職みたいな仕事はせねばなるまいが……。

 頂点に立っての義務と責任を負うのは、正直なところ面倒という印象しかない。

 

 

「"未来視の魔導"、なんだってな? 遠い将来のオトギ(ばなし)なんだとか……にわかには信じにくい話だが」

「──無意識の夢のような形で見ているから、魔導なのかも(はなは)だ疑問だけどな」

「まあ既にいくつも実証されてるから、自分はそこらへん疑いはないっすね~」

 

 ゼノとティータは、リーティアが認知している話までしか知らず──"真実"は知りようがない。

 実際のところ俺が"地球"という別世界の話をしたのは唯一、幼少期のフラウくらいのものだった。

 さらに言えば既にそのことは忘れているっぽく、今は混乱させぬよう転生という事実は伏せてある。

 

 俺が転生者であるということを知り、また理解できるのは唯一俺の記憶を共有する"読心の魔導師"シールフ・アルグロスだけだ。

 

 リーティア、ジェーン、ヘリオには、あくまで俺が別世界のことを夢で見たオトギ(ばなし)──

 遥か未来を()た夢のお話として、断片的に教えるという形でしか伝えていない。

 

(つっても異世界でこうも生きていると、本当に地球に住んでいたのかすら曖昧な心地にもなるが……)

 

 シールフの記憶遡行を含めて、夢のような形というのは……あながち感覚としては間違っているものではなかった。

 

 

「他に聞きたいことはあるか?」

「……いや、本人の口から改めて聞きたかっただけだ。おまえは()()()()()ってな。帝国からわざわざ、連邦くんだりまで来た甲斐があったよ。これは素直で偽りのない本心だ」

 

「またクサいっすね」

「はい短時間で二回目~」

「おまえらなあ!」

 

 賑やかな輪がまた形成される。長い時を生きていけば──その過程でいずれは別れが来る。

 それでもこういう暖かな瞬間。その切り取られた時間の一つ一つが……。

 

 かけがえのないものなのだと、俺は今この刹那を全力で楽しむのだった。



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#51 資源

 

 なんのかんの"魔術機械"の小修繕と再調整が終了し、作業を再開する前に試運転をする。

 その動作をリーティア、ゼノ、ティータはそれぞれで注視していた。

 俺は3人の邪魔にならないよう、少し離れた位置で見守る。

 

「おいーっす、ベイリル」

「こんにちは」

「ハルミアさん……と、オックス」

 

 ともすると、見知った顔──魔術講義があれば突き合わせることになる男が、ハルミアと連れ立ってこちらへ来ていた。

 

「なぜお前がハルミアさんと一緒にいる?」

「勘繰るなって。オマエんとこに行くって聞いたから、ついでに"自治会"のことを聞いてたんだよ」

 

 

 魔術部魔術科の同輩であり、友人でもあるオックス。

 後に海の民を統べる海帝とやら目指すだけあって、自然体のまま()き付けられるような何かを感じる。

 

「なにゆえ自治会……?」

「人の上に立つことも慣れとこうかなと思ってな、今すぐってわけじゃあないが」

「オックス、今すぐ新たな自治会長になれ。そしてフリーマギエンスの活動を全面的に認めろ」

 

「ベイリルくん……それは職権濫用です。それに任期がありますから、卒業でもしない限りすぐに選挙とはなりません」

「それは残念。不測(・・)があっても、副会長が代理を務めるだろうし」

「オイオイなんだよ、ベイリルは今の自治会長は気に入らないのか?」

 

「……まっ、ちょっとした因縁があるくらいだ」

 

 ある意味で幼馴染であり、しかして友人とも言えないスィリクスは……なんとも言えない距離感と言えた。

 

 

「ふ~ん──ところで面白そうなことやってんねえ」

 

 リーティア達のほうを覗き込み、好奇心を(あらわ)にするオックスに、俺はニィ……と笑う。

 

「あいにくとフリーマギエンスに属してない者には教えられんな、秘密を知りたくば入部しろ」

「自治会長になれっつったり、入部しろっつったり忙しいなオイ。オレの体は一つしかないぞ」

「ハルミアさんみたく両立すればいい」

 

「……私も最近は自治会の仕事がおろそかになりがちで、遠からず会長から苦言を(てい)されるかも知れないんですけどねぇ」

「そん時は俺に言ってください。直談判しにいきます」

「あははっ、それじゃぁ擁護くらいはしてもらうかも?」

「おまかせあれ」

 

 自治会の協力が得られれば、各所の使用許可や搬出入なども融通が()くようになるので、いずれは交渉の余地がある。

 

 

「──さしあたって自治会は後にして、フリーマギエンスの体験だけでいいから見識を広めるのはどうだ?」

「利は受け入れ、供すれど、迎合はせず。オレが主導する側であって、従とはならないつもりだったんだがまあ……せっかく学苑に来たんだし、何事も挑戦か」

「そんな気負うほどのもんじゃぁないがな」

 

「私たちは()の繋がりよりも()──円を(えが)くような繋がりって感じですからねぇ」

 

 ハルミアからの援護射撃もあって、オックスはうんうんと(うなず)く。

 

「なるほど、ハルミア先輩ともお近付きになれるしこの際は……」

「ハルミアさんはやらんぞ」

「なぬっ──狙ってるのは知ってるが、まさかもう既にお手付き!?」

 

「私は物じゃありませんよー、まったくベイリルくんは最近押しが強くなって困ります」

 

 ふわっと浮いてしまうような満更でもない微笑に、俺は心臓をハンマーで打たれたような気分になる。

 するとオックスにぐいっと首を取られ、小声で話し掛けられる。

 

 

「フラウちゃんといい(うらや)ましいな、ベイリルよ」 

「お前だって故郷に帰れば許嫁(いいなずけ)がいるんだろ、しかも三人も(・・・)

 

「まあそうだが……でも半分は家族みたいなもんだからなあ、実感ねえわ」

「時間が経てば──また違う目で見られるようにもなるさ」

 

 そう俺は実体験(・・・)を踏まえた上で、知った風な口で()く。

 時間とは良かれ悪しかれ、時は色々なものを風化させるものだと。

 

「経験者は語るってやつか?」

「……否定はせん」

「んなっマジかよテメエ!」

「そうだな、せっかくだから留年したらどうだ。百年くらい経てば見方も変わるさ」

 

「おれが学苑七不思議の"闇黒校章"になれってか。少なくともベイリル、()()()()()()生きらんねえよ」

 

 男同士のフランクなやり取りを、ハルミアはどこか羨ましそうな目で見つめていた。

 しばらくして落ち着いた後に、オックスは話を戻す。

 

 

「んで、フリーマギエンスには入るから教えてくれよ。あれは何してんの?」

「地盤を掘ってるんだよ」

「なにっまさか七不思議の中でも実用性ありそうな、開かずの学苑地下迷宮(ダンジョン)を探してるのか!?」

「お前も大概、(ゴシップ)好きだよなぁ……でもハズレ。地下資源の為だよ」

 

 単純に地面を掘り続けるだけの、極々単純な"科学魔術具"。

 

「鉱山とかならわかるが、地下になんかあんのか?」

「色々あるんだよ。詳しくはフリーマギエンスで」

 

 具体的な組成を語るには"原子理論"が必要なので、オックスを相手には割愛する。

 

 冶金(やきん)技術もまだ洗練されていないし、機構も即席で出力も足りていない。

 しかし少しずつ成功と失敗、思考と工夫を繰り返していくのもまたテクノロジーの発展である。

 

「──ってか、カメじゃね?」

「ふっ、甘いぞ。この学苑を乗せた巨大陸亀(ブゲンザンコウ)はな、各地を移動しているから資源が豊富なんだよ」

 

 どこかに停泊している間に植生がごちゃ混ぜになり、ジオラマ湖も巨大水門を用いて攪拌したりと、生態系まで混沌としている。

 なぜだか海藻なども繁茂しているので、それらを焼いた灰などもガラスや石鹸その他を作るのに有効活用させてもらっている。

 

 

「へあ~、ほんっと色々と考えてんだな」

「まぁ掘削しすぎると、生体内部に到達しかねないからほどほどだ」

「苦痛でもし暴れられたら……学苑ごと潰れて、軽く死ねるぜ」

「あぁだから浅い部分に留める、掘り抜いた部分を固定する方法もないしな」

 

(ただいずれ深度が伸びれば、温泉や原油なんかも掘り当てたり……夢が広がる)

 

 "内燃機関"は他にも前提条件が必要なのでさらに先になるだろうが、石油資源やレアメタルなども早期に確保することは可能になる。

 そうした広い地勢調査の為にも──強力な地属魔術士によらない──普遍的な道具(ツール)が不可欠になるのだ。

 

 

(あとは地熱エネルギーなんかも使えれば──)

 

 高次テクノロジーとなってしまうが、あくまでそれは世界に対してであって……リーティア、ゼノ、ティータにのみ限るのであれば、恩恵のほうが大きい。

 実際的な地熱の利用の為には、魔力による介入作用も()るだろうが……。

 

(結局科学一つとっても、現在の文明レベルでは魔術に頼るのが適解なんだよな)

 

 金属加工やガラス製造の為の火力だとか、窒素固定の為の高圧など──特定の条件を得るのに設備を整えるよりも魔術を使うのが手っ取り早い。

 しかしそれこそが醍醐味でもある。本来通るべき過程(プロセス)を魔術によってすっ飛ばす。

 

 簡略化し、効率化し、安定化に漕ぎ着ける──それでこそ"魔導科学"の骨子とするものだ。

 魔術だけではできないこと、科学だけではできないこと、両輪(あわ)せて高みへと昇る。

 

 原子や素粒子──あるいはそれ以上に直接的に働きかけることで、前人未到の領域へと踏み込む。

 手段は選ぶものの、使えるものはなんだって使う。あれこれ気を揉んでは、間に合わなくなるかも知れないのだから。

 

 

「資源、ねえ──なあベイリル……もしかして海にも一般に知られてないモンが眠ってたりする?」

「もちろん。希少金属も眠ってるはずだし、"メタンハイドレート"とかもあるんじゃねぇかな」

「めた……はあ?」

「ん~~~っと、"燃える氷"みたいなもんだ」

「まるで意味がわからん。けど知識を得ることで、知られざるモノも利用できるってのはわかった」

 

「あぁ、大事なのはそういうとこだ。なんにせよ発展を考えるなら、何事も早いほうがいい」

「おうとも。もっとも"海帝"になったら、内海の民(いちぞく)を最優先させてもらうがな」

 

 "内海"の民が住むという海上都市は、文字通り海上に浮かぶ都市であるらしい。

 海面に浮かんでいるので海流によって場所を変え、都市丸ごとで漁業を(おこな)い貿易をする。

 海賊にも内陸国家にも(おび)える必要のない完成された都市であり、魔術がある異世界ではそんなシロモノも極々当たり前の常識として認知されている。

 

 魔術具か、あるいは魔導具なのか、はたまた魔法具であるのか。

 超大規模な儀式系魔術とか、"浮遊石"のような異世界物質を利用していたりするのか。

 それが一体どういう原理なのかは、一般には全くの不明である。

 

 

「【諸島】か、一度くらいは巡ってみたいもんだ」

 

 内海に浮かぶ諸島群。旅行がてら観光人生を楽しみながら、世界を(じか)に見て情報収集すること。

 そうやって文明の発展を促す為の土台作りが完成するまで待つのもまた、やりたいことの一つだ。

 

「暇があったら案内してやるよ」

「ほほぅ……海上都市の()も案内してくれるのか? 部外者は入れないって聞いたが」

「だから内海の民から妻を(めと)って一族になればいい」

「"誓約"しないとダメとか、ケチな民だなあ」

「うるせー、色々と制限(しがらみ)があるんだよ」

 

 排他的というほどでもないのだろうが、完結された社会を(たも)とうという維持機構(システム)なのか。

 技術や文化の流出を防ぐという意味において、鎖国的な政策は全てが悪いわけではない。

 

 

「まあもしオレが"海帝"になったら国賓(こくひん)として招待してやってもいい」

「ただの友人としてなら行ってやってもいい」

「言ってくれんなあ」

 

 お互いにフッと口角を上げて笑い合い、ゴツンと拳をぶつけ合う。

 

 こうやって輪は拡がっていく──人が人を呼び、信用が信用を築いていく。

 学苑生活を通じて繋がった糸は、きっと後々に役立ってくれる。

 

 フリーマギエンスと影響を受けた者達が──いずれ世界を回していくよう願って。

 

 



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#51-2 ロックバンド

 

 俺は製造科で"受け取ったモノ"を持って、旧落伍者(カボチャ)棟──現フリーマギエンスの部室棟の一室へと足を運ぶ。

 "ピアノの音"が聞こえてくる扉を開き、遠慮なく扉を開けて中へと入った。

 

「やっているな、ヘリオ」

「んあ? 誰かと思えば……っと、その手に持ってるのはもしかして」

「まだ試作段階らしいが、リーティアからもらってきた」

 

 そう言いながら俺は空中へ放ると、ヘリオはピアノを飛び越えながらキャッチし着地する。

 

 

「これが"マイク"ってやつか」

「そうだ、魔力を流す量に応じて拡声できる魔術具」

 

『あーあー、おーうーえーいー』

「思いっきり絶叫(シャウト)してもいいぞ、"遮音風壁"は掛けてある」

『アアァァァァァアアアアアア──ッ!!』

 

 言うやいなや早速ヘリオは試し、俺は自分に直接届く音を軽減させる。

 

「ちっと耳が痛ェが最高だぜ」

「まぁ(じか)でマイク本体から拡声されるからな……いずれはアンプ、スピーカーとかどうにかしたいもんだが」

 

 

「ところでマイクから伸びたこの棒っきれはなんだ?」

「魔鋼製の導体だ。それをマイクスタンドとして使う──が、脚はなくしてある」

「それじゃ立てらんねェじゃねえかよ。半端なモンよこしやがって、リーティアのやつ」

「いやいや、()()()()()()なんだよ。魅せプレイ、パフォーマンスの為に使うんだ」

 

 ヘリオから脚なしマイクスタンドを渡してもらい、俺はその場でくるくると回したり決めポーズを取ってみる。

 

「ほーん、なるほど……なかなかおもしれえ」

 

 そうしてマイクを再びヘリオに預けると、俺と同じように大仰な動きを真似して見せてから首をわずかにかしげる。

 

「ただこれだとギターが()けねえな」

「まぁ確かに。どうにかして浮かせられでもできればいいが……なんならステージにぶっ刺すのもアリか」

「ロックだな、それ採用」

 

 

 音楽──文化芸術にして、万人に手軽に通じる娯楽。

 異世界にももちろん存在していて、ピアノやギターや戦場用のラッパや太鼓など、数少なくない楽器の原型となるものがいくつもあった。

 しかしそれらは決して洗練されているとは言いがたく、まだまだ未成熟な分野。

 

 いくつもの(こと)なる楽器を組み合わせた多重奏(ハーモニー)

 巧みに計算された音階(サウンド)や、先鋭化された拍子(リズム)

 さらに歌唱(ソング)を乗せることで、爆発する化学反応のようなセッションといった文化は根付いていない。

 

 未開拓の分野だからこそ、着手する余裕があれば早急(さっきゅう)に推進するに越したことはない。

 

 幼少期から俺が影響を与えた結果、ヘリオとジェーンは数多くの名曲に感化された。

 さらには教団でも情報収集をする為の吟遊詩人の真似事として、鍵盤楽器やハープギターのようなものも習っていた。

 

 時に狂信的とも言える熱量を産み出す音楽を広めるにおいて、急先鋒となってくれるに違いない。

 

 

「──パフォーマンスも激しくなるとギターをぶっ壊したり、客が怪我するくらい巻き込んだりするがな」

「アホ、んなとこまでできっかよ。せっかく作ったのに」

「なにっもう作れたのか」

 

 驚きの表情を見せる俺に、ヘリオは死角となっている机の裏からギターを取り出す。

 

「完成度高いな、オイ。なんのかんの器用だよなヘリオは」

「まだまだ荒削りだがよ、愛着も湧くってもんだ」

 

 言いながらヘリオはジャランと鳴らす。

 ギターはピアノと同じく弦楽器の1つであり、構造も割と単純で作りやすい部類の楽器ではある。

 しかし一朝一夕で素人が製作できるものではなく、試作品の裏でいくつも失敗と試行錯誤が繰り返されたであろうことは容易にうかがえた。

 

 

「爪()きか、ピックはないのか?」

「あ~~~いくつか作ったがなんつーの? こう……音も伝わり方もピンッとこなくてよ」

「鬼人族の爪なら丈夫っちゃ丈夫か。まぁ歯ギターなんてのもあるが、そうだな──硬貨を使うのも良いかも知れんぞ」

 

 俺はベルトバッグから一枚の貨幣を取り出し、ピンッと指弾の要領で(はじ)いた。

 不意打ち気味だったもののヘリオはしっかりと反応し、人差し指と中指の間でキャッチする。

 

「なんだこりゃ? どこの国の銀貨だ」

「近く開店するカジノで使われる予定の、シップスクラーク商会が作った合金貨(チップメダル)だ」

「へぇ~~~アレか、賭博(ギャンブル)のヤツ」

 

 ヘリオは硬貨で弦を鳴らし、軽くメロディーを奏でる。

 

 

「悪くねェな、いやかなり良いかも。手首からしっかり伝わる感じで演奏しやすいし、音もシャープに響く」

「ゆくゆくライブとなれば、ファンサービスとして投げ捨ててくれたりなんかすると宣伝にもなる」

「まだまだ先の話だな。っつかほんっとイロイロ考えてんなベイリル」

 

「それが俺の道だからな。バンドの面子(メンバー)はもう決まったのか?」

「あーーー……他所から集めるより、仲間内でやることにしたよ」

「冒険科のパーティか」

「パラスとスズは断ったが、あとの三人は乗り気だぜ」

 

(グナーシャ先輩とルビディア先輩とカドマイア……そしてヘリオの四人か)

 

 バンドであればモアベターなバランスと言えよう。

 

 

「つーかベイリルはやんないのかよ?」

「俺の場合バンドはバンドでもやるなら"ジャズ"、あるいは"オーケストラ"のほうかな」

 

 R&Bやロック、その他の音楽ジャンルは──カラオケで歌うことこそあれ──演奏はせずに聴く専門であった。

 

「たしか管楽器ってのと、大人数でやるヤツか」

「そうだ。打楽器(ドラム)類とも違って、管楽器で精密な音程操作となると製作難度が高いから……その内だな」

 

 ギターやパーカッションやピアノも興味がないわけじゃないのだが──転生前の自分畑というものもある。

 それに他にやることも多い以上、音楽と演奏に割いている時間もないのが現状であった。

 

「まっ音楽(そっち)方面はヘリオとジェーンに任せるよ」

「おう、まかせとけ兄弟(ベイリル)

「俺はより良い環境作りや、二人に見合った歌唱案を提供するのにしばらく専念する」

 

 地球音楽史における偉大な先人らに、平身低頭で感謝をし続ける。

 皆々方様のメガヒット曲を、異世界にも伝え広げることをお許しくださいと。

 

 

「なあベイリル、こうやって外の世界にいるとよ──」

「うん……?」

「やっぱおまえおかしいわ」

「くっはは、いきなりだな」

 

 ヘリオは改まりながらも、こちらを真剣に見据えるようなことはなく……ハンドメイドのギターを弾きながら、軽い調子で話を続ける。

 

「今までは大して疑問に思わなかったが──"夢で見る予知"にしても限度超えてねェか? ちょくちょく体験談っぽく聞こえっし」

「まっそれこそ夢だからな、まさしく体感だ」

「ふ~ん、そんなもんか」

 

 話を振ってきた割には、興味なさげなあたり……性格がよく出ている。

 本能的なヘリオの直感に対し、俺は自らの詰めの甘さ──と言っても既に告げてしまった言い訳をひるがえすことも、今さら歩みを止めることもできはしない。

 

 

「──オレやリーティアはともかく、ジェーンは気にするかもだぞ。どうでもいいことまで、いちいち気を回すからな」

杞憂(きゆう)や心配性も、ある種においては美徳だよ」

「……たしかに、オレにはない繊細さがジェーンの歌にはあっけど」

 

「個性を集めて、適材適所の持ち味を活かすのが──フリーマギエンスであり、シップスクラーク商会の仕事だよ」

 

 種を撒き、根を張り、芽吹き、(つぼみ)となって(はな)を咲かせ、果実となり、新たに種子を運ぶ──それこそが大いなる"文明回華"の道であると。



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#52 銅と金

 

 ──人生の転機というものは突然やってくる。

 

 昔からそつのない子供だった。【共和国】の交易団で生まれ、学び育った。

 一つの共同体(コミュニティ)の中では、みんなが親であり教師であり兄弟姉妹。

 国内のみならず、越境することもたびたびあった。

 

 子供の頃から付き合い長い馴染みの女性と、生涯を共にしようと誓い合った。

 祝福されながら交易団を抜けて、一所(ひとところ)(きょ)を構えた。

 夫婦仲は円満で、愛娘が生まれてすくすくと育ち、仕事も順調で幸福な人生だった。

 

 

 しかしいつもの日常は、唐突に終わりを告げる──

 

 その日も仕事を終えて家へと帰った。そこには乾いた血がぶち撒けられていた。

 目に映って数分か、数十分か、数時間か……。

 愛すべき妻と娘の遺体だと気付きながらも、ずっと、ずっと、見つめ続けていた。

 

 世界は悲劇に溢れている。それは世界を巡ったから知っている。

 魔物であったり、戦争であったり、事故に病気に災害でも──

 

 自分にとってもそれは例外ではなかっただけだ。

 

 ただ改めて気付かされたのだ。思い知らされたのだ。

 しかしそれを受け入れても……否、受け入れたからこそやるべきことがあった。

 

 今までが幸福だったことに感謝すべきか。

 幸福だったがゆえに、その喪失感はより大きな痛みを伴うことを嘆くべきか。

 

 

 どう足掻(あが)こうとも、家族を失った悲しみは……永劫()えることはないだろう。

 しかしそれ以上に()が殺したと、(いわ)れなき弾劾(だんがい)(そし)りを受けるとなれば……。

 自身の精神が耐えられなくなると、心が壊れてしまうとわかっていた。

 

 だから社会から姿を消した──

 

 犯人が自分を(おとしい)れようとしているのかもわからない。

 場当たり的なそれなのか、あるいは計画的なモノだったか。

 もはやどうでもいい。ただ妻と娘を殺した人物を探し出す。

 そしてこの手で葬ってやろう、その一念のみで第2の人生を歩み出した。

 

 人心掌握を筆頭に、必要となったあらゆる技術を修得した。情報を拾得する為に、ありとあらゆることに手を染めた。

 

 

 およそ8年……もう重ねることのない娘の年齢と同じくらい、費やし続けた。己の才覚を使い尽くした。

 

 犯人は他愛もない──ただ悪徳と権力があるだけの、特に珍しくもない人間だった。

 無様に命乞いをさせ、淡々と殺し、処理した。付随する全てを潰し、断絶させた。

 

 それで、おしまい──

 

 自身の存在は世間に露見することもなく、覚えた技術で残りの日々を生きる。

 持たざる者には何もしない。ただ持てる者を(たばか)る。

 盗み、偽り、侵し、騙し、壊し、脅し、横流し、捕まれば()ける。

 

 別に義賊めいた行為をすることもなく。徹頭徹尾、自分で、使う。

 

 

 そして──()()()()()()は珍しい。何故なら基本的にヘマはしない。

 運悪くということは何度かあったが、しかし明確に追跡され見つかることは……あるいは初めての経験だった。

  

「わたしに何か御用向きですか?」

「ンン~、そうっちゃそうかもネ」

 

 突如眼の前に現れたのは、七三分けの金髪を整える年上の精悍な男だった。

 さらに親子なのだろうか……薄い金色の髪で瞳を隠した少女。

 離れ過ぎず後ろの(ほう)に隠れるように佇んでいて、上等そうな服を着ていた。

 

(──娘と同じ年の頃くらい、か)

 

 そんな詮無いことを思いながら、相対する七三髪の男はポケットに手を突っ込んだまま話を続ける。

 

「"素入りの銅貨"って言うんだってェ?」

「……? わたしのことを言ってるのでしたら人違いでは──」

 

 警団に属するような、法の下に生きる人間ではないのは明らかであった。

 さらに付け加えれば堅気(かたぎ)ではなく、その道の人間だと雰囲気から察せられる。

 

「そういう駆け引きはいらないなァ、キミをこうして追い詰めた時点でわかってるんだろぉ?」

 

 

 逃げ足にはそれなりに自信はあるものの、この男からは逃げられそうもないと本能の部分が告げていた。

 些少ばかりの武術の心得も、全くもって通じる気がしない。

 

「損害の補填ですか? それでしたら二倍……いえ三倍にしてお返ししましょう」

「損害? ン~……まァあるっちゃあるか。確か──なんだっけ」

 

 すると少女が男の服を後ろから引っ張り、男が屈んだところで耳打ちをする。

 

「おーおー"プラタ"ちゃんはスゴいネ。んー利子つけて、連邦金貨を十枚ってとこにしよっか」

「……記憶力は良いと自負しています。どの件について言っているのでしょう?」

「街中で子供三人からスリ盗ったやーつ」

「──あぁ、あの子たちですか」

 

 我ながら物覚えはすこぶる良い。都会へ出て来たばかりの、おのぼりさんのような3人組のことはすぐに思い出せた。

 裕福そうな装いで、確かにそれぞれが連邦金貨1枚分くらいは持っていた。

 

 しかしあいにくと3人分の3倍に利子分まで、すぐには持ち合わせがない。

 基本的にその日暮らしだし、掠め取ったものはすぐに換金して貯蓄もしない。

 

 

「……少しだけ時間を頂いても? もちろん監視付きで構いません」

「ふう~ん、言い訳としては見え透いているが……まっ自分の立場は表情を見るに理解しているようだ。キミをこうして見つけたということは、逃げてもまた探し出せるってぇことだからねェ」

 

 金で解決できるなら安いものである。

 裕福な人間から盗んでもいいし、模造品を本物として売り飛ばしたっていい。

 

「でもねぇ、本当に(まかな)うつもりなら、桁が一つ違う」

「つまり連邦金貨を百、ですか? それはいくらなんでも法外では」

「キミを探し出す為に使った金額と、投入した人材が生み出すはずだった利益を計上するなら……もっとかも知れないねェ。そこも補填してもらわないことには、ワタシとしては承服しかねる」

 

(なるほど、つまり結局のところどうあっても自由にさせる気はない、ということか……)

 

 裏の世界に生きる人間。吹っ掛けるのも当然、報復するのも当然。

 あの3人組が裏側の人間の身内だったとは珍しく見誤った。

 なんにせよこれは……久々に()()()()()()()な事態である。

 

 

「目的を聞きましょうか」

 

 似たようなことは、今までにもある。

 その時はあくまで自分から潜り込んでのことだったが、やることはさして変わらない。

 信頼を積み上げて頃合いを見て去る、その時に少し失敬するだけだ。

 

「んんっん。理解が早くて助かる、キミの才能が使えるか知りたい」

 

 装わずあからさまに怪訝な顔を浮かべつつ、男の次の言葉を待つ。

 最初から雇うつもりならば是非もない、(てい)よく利用させてもらおうと。

 

我々(・・)は事業の為に有能な人材を求めていてねぇ、折角だから雇おうかなーって」

「一体何をさせられるのでしょう」

 

 男はこちらの質問には答えるつもりはないのか、勝手気ままに話を進めていく。

 

「なかなか興味深い犯罪歴だ。数え切れないほどだが、判明しているのは軽いものばかり」

 

 七三分けの男は、一拍置いてからゆっくりと目線を向けてくる。

 それは引き絞るかのように、ねっとりと心臓をワシ掴みにするような……。

 

「一見自棄(ヤケ)にも見えるが……まるで知られたくないナニカを隠すかのようだネ」

「特に隠れ蓑にしてるつもりはないですが」

 

 そこに嘘はない。ただやることがなくなったから、今は好きに生きている。

 いや好きで生きているわけではない──ただ()()()()()()というだけだ。

 

 

「はっは、でもキミは()()()()()()()だろう」

「はぁ……わたしが、ですか」

 

 感情の揺れは一切見せることなく答えてみせる。

 男はこちらの反応を窺いながらも、楽しそうに地面を足先でトントンと叩いていた。

 

「明確な殺意を持って殺人を犯した人間の匂いまで、嗅ぎ誤るほど耄碌(もうろく)しちゃあナイナイ」

「それは……大層な嗅覚をお持ちのようで」

 

 一筋縄ではいかない、海千山千とも言える相手であることを再認識する。

 だが労力を掛けてこの男を騙す必要はない。その周囲を騙してしまえばそれで済む。

 

「いろ~んな人間と関わって、機微には(さと)いつもりなんだけど……読みきれないねえ。それだけでもキミには見るべきところがある。だからこうして、自ら出向くのがやめられない」

「仮に殺人者であるなら、そんなわたしを雇うと?」

 

「べっつにィ~そこに大した興味はない。ただ理由なき殺人をするような人間じゃなければいい」

「貴方のところで百金貨分を労働で稼ぎ出すまで解放しない、ということでよろしいですか」

「いいよォ~どうせその頃には、キミはココ(・・)から出ようとしなくなる」

 

「随分な自信ですね」

「キミが有能であれば自然とそうなる」

 

 こちらを見透かすような男と──こちらをじっと見つめる少女。

 大きく嘆息を吐いてから観念したように、僕は両手を挙げて降参のポーズを取る。

 いいさ、どのみちやることのない身である。この男の話に素直に乗ってやるのに不都合は何もない。

 

 

「さてキミはなんと呼べばいいのかな?」

「"カプラン"です。──貴方の名をまだ伺ってないのですが」

 

「おぉっとすっかり忘れてた、ワタシはゲイル・オーラム」

「わたし……"プラタ"」

 

 人生の転機というものは突然やってくる。

 

 僕にとってそれは2度目の大きな転機であり、3度目の人生の幕開けであった。

 



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#53 銀の新世界

 

 そこそこの名家に生まれ、それ以上に才能に恵まれたシールフ(わたし)は──王立魔法学院にて──普通の人とは違う学生時代を過ごした。

 夢見る少女だった、恋に恋する乙女だった。そして人並以上に傷付いて……卒業をしないまま学院を去った。

 

 家名──アルグロス姓は捨てないまま、時にその権勢を利用しつつ王国領内で多種多様なことに励んだ。

 そうしてある日、神族の遺伝子とやらが発現した結果、非常に老いにくい体となった。

 

 神族大覚醒を経てから世界を放浪し始め、魔力と魔導は研ぎ澄まされていく。

 疲れ果てた先で、"あの人"から話を持ち掛けられた。

 後の"学苑長"となる彼女(・・)は知己を寄り合って学苑を創設し、そこに学苑長代理としての居場所をくれた。

 

 気付けば100年以上が過ぎ去っていた。暇潰しに講師として魔導講義の教鞭までとった。

 学苑七不思議の内、2つほど数えられてしまうまでに居座ってしまった。

 

 しかしそれもようやく終える時がきた──ようやくやりたいことを見つけられた。

 それは寿命不明な一生を懸けても……終わるかもわからないほどの目的。

 

 ベイリルと出会い、フリーマギエンスと関わってあっという間に季節が過ぎ去っていく。

 卒業は今少し先となるが、既に学苑と組織とを行き来することにも慣れてしまっていた。

 

 

「シールフくん、キミぃほんとはいくつなんだい?」

「その質問、ベイリルにもしたでしょ」

 

 私は同室にいるゲイル・オーラムの質問にそう返す。

 

「ほォ~ワタシも忘れてるような記憶を読んだのかな?」

「かもね、別のことに集中している時は、意図せずとも流れ込んできちゃうって言ったはずだけど」

 

 ベイリルの脳内から得た地球の知識を、ひたすらに書き出していく作業。

 それは途方もなく未だ終わりが見えないものの、それでも飽きることはなかった。

 

「そうだったっけェ? どうでもいいことは忘れる性質(タチ)なんでねェ」

「意識的に記憶の取捨選択を完璧にこなせる頭脳、実に(うらや)ましいこと」

 

 

 全く未知の文明、知識、体験、それらを整理し体系化する。

 それがまず私のやるべき仕事、為すべき重要な事柄。 

 

(ベイリルの知識と比較してわかったことは……こっちの世界には積算がない──)

 

 厳密にはいくつもあるのだが、ただそれが広がっていきにくいのだ。

 魔術があるからそっちに流れてしまう。既得権益にしがみつき抑え込んでしまう。

 

 探求好きの魔導師とて門外不出が常であり、他人に享受させるなどもっての他。

 お互い合意の上で契約魔術を使えば、無闇矢鱈に情報が漏洩することもなくなる。

 

 そうして連綿と継承されるモノの裏で、時に失伝することも往々にして存在する。

 

("大魔技師"がいかに特異な存在だったか……)

 

 かつて7人の高弟をとり、自身の知識と技術を教え込んだ男がいた。

 世界各国にそれまでに類を見ない魔術具の用途と製法を広め、統一単位を浸透させた。

 

 人々は溢れ始めていた魔物へ対抗し、生存圏を大きく拡げていった。

 結局は彼らの死後、戦乱の中で多くの魔術具は(いびつ)な発展と衰退を遂げていく──

 

 

「ねぇオーラム、あなたはこれら(・・・)には興味がないの?」

 

 私は紙の束を掴んで(はし)に寄せながら、ベイリルの最初の同志ゲイル・オーラムに何の気なしに聞いてみる。

 

 既に書き連ねた別世界の知識の源泉。まだ断片とはいえそれは宝の山。

 しかしゲイルは手を出すことはない、ただただ己の領分をはみ出ることがない。

 

「折角の楽しみが、台無しになっちゃあもったいないじゃあないか」

 

 そう言ってゲイルは自分の範囲内での仕事と、取りまとめを(おこな)う。

 ベイリルの考えた手順に従って、表裏問わず人脈を使い、各所の成果を積み上げていく。

 

 

 "使いツバメ"によって各地に作った機関とやり取りをして、少なくなく自ら出向いていく。

 ひとたび荒事が発生しようものなら、たった一人で鎮圧し屈服させてしまう。

 

 対外的な交渉と資金繰りに関して、もはやシップスクラーク商会には必要不可欠と言える。

 彼の経験とセンスと能力は、読心をもってしても真似できるものではなかった。

 

「台無し、それはたしかにそうかもね」

 

 不思議な男である。彼には隠すべきことが何もないというほど。

 表層部分とはいえ、記憶を読まれても全く気にした様子がない。

 私がわざわざ他者を巻き込まぬよう、一人で魔導に集中していようと……仕事のすり合わせの為に、こうして平然とやって来るのだ。

 

 だからこそ私も、ベイリルの頼みもあって数えるほどしか知られていない"読心の魔導"の秘密を明かした。

 否、知ったところでこの男は態度が変わることがないと、理解していたからこそ話せたのだった。

 

 

「さってっと、ボクぁそろそろ会う約束があるからごきげんよう」

「はいさようなら、またいずれ──」

 

 ゲイルは何一つ変わらぬ調子のまま、やることはキッチリ終わらせて部屋から出て行った。

 

 私は今しばらく作業を続けてから、魔導を解いて休憩へと入る。

 すると予定した時間通りに、小さき訪問者が現れた。

 

「シールフさん、こんにちは」

 

 まだ10歳にも満たないメイド服の少女が、2人分の食事を載せたワゴンを押してくる。

 

「ありがとう"プラタ"」

「はい、一緒に食べていいですか?」

「もちろん」

 

 既に2人分持ってきているし、恒例のことであっても律儀に確認する。

 それは幼いながらも生来の気質なのか、人に寄り添えることを知る聡い子だった。

 

 プラタはまだ(つたな)さが大いに残るものの、しっかりとした作法で食事をしていく。

 

 読心の魔導を利用した精神療法(メンタルケア)をしてより、やけに懐かれるようになった。

 とはいえ悪い気がするはずもなく、孫娘を相手にするような心地。

 

 色々なことに興味を持つ少女を相手にするのは、丁度良い気分転換にもなる。

 

 

「あのシールフさん」

「なーに? プラタ」

「この後にカプランさんが会いたいって……」

「カプランが? なんの用だろ」

 

 直接実務を担当するカプランとは、特に予定はなかったはずだった。

 プラタは少しだけ言いにくそうにした後に口を開く。 

 

「個人的にシールフさんの(ちから)を借りたいって──」

「ふーん、まぁ構わないけど。私はまだやることが山積みだから、ごちそうさまをしたらプラタが伝えてきてくれる?」

 

「うん!」

 

 

 食事を終えてプラタは空いた食器をワゴンに戻し、押して部屋を出て行った。

 少しだけ待った後に、(くだん)の男を連れてやってくる。

 

「失礼します、シールフさん。少しだけよろしいでしょうか」

「えぇどうぞ」

 

 うながすようにカプランをソファーへ座らせ、その向かいに私も座る。

 プラタは誰に言われることもなく、少し離れた椅子へ座った。

 

「プラタさんを癒したとお聞きしたもので──」

「私はカプラン(あなた)のようなやり方とはかなり違う特殊なもの……魔導だけどいい?」

「魔導……なるほど、それは僕にはマネできない方法ですね。ぜひともよろしくお願いします」

「思い出を土足で踏み荒らすようなことになっても?」

 

「覚悟の上です」

「そっ。じゃあいくよ」

 

 その意思が強固なのを感じた私は、魔導を発動させてゆっくりと同調させていった。

 

 

(おっおぉ、すっごい……)

 

 私は思わず心象風景の中で、言葉に出してしまっていた。そこはまるで、記憶の宮殿だった。

 普通の人は住み慣れた我が家であったり、粗雑な倉庫だったりする。

 変わった人の中には、荒野や深海のような人間もいたものだが……。

 

 読心とはそういった場所に漠然と浮かんだ、残滓(ざんし)のようなものを探していく作業。

 

 しかしここまで整然なものは──未だかつて見たことがない。

 記憶を手間暇かけて探す必要がないほど、スムーズに選別ができる。

 どういう生き方をしたら、こんなにも美しく記憶を詰められるのか興味が湧いてくる。

 

 宮殿内を歩きながら、私はカプランの記憶と目的を読んでいく。

 彼は亡き妻と娘に対し、未だに空虚の中にあるということがわかった。

 本当に自分が記憶し、思い描いている姿が正しいのか……わかっていても不安になってくる、そんな気持ちの奔流。

 

 これほど精彩に記憶できている人間であっても、死別の悲哀は簡単に心を(もろ)くしてしまう。

 

 

(しょうがないなぁ……これは慈善(サービス)、これからもやっていく得難い同志(なかま)だもんね)

 

 私は手馴れたように、彼の心に投映させてやる。

 カプランにとって最も幸福だった頃の記憶を──

 

 ベイリルとゲイル・オーラムに続いて、自らの魔導を曝露するに足る人物であることが心底から理解できたからこそ。

 

 零れ落ちる涙と、ギュッと握り返される手と手。

 しばらくはそのまま(ひた)らせてやる、彼の気が済むまでずっと……。

 

 

「っあぁ……ありがとう、本当にありがとうございます。こんな素晴らしい魔導をお持ちとは──」

 

 しばらくしてから漏らした、感謝に満ち充ちた心と言葉。

 彼の半生と、支え続けた背骨(バックボーン)。同時に信頼に値する人物ということも。

 

「そういうのはいいから。言っておくけど……」

 

 

 

 

「はい何があっても、他の誰にも、あなたの秘密を漏らすことはないと誓います」

 

 嘘が通じないとわかった上で紡がれた真実の言葉に、私は静かに一度だけうなずいた。

 

 そしてゆっくりとカプランは私の手から離れ、彼は焼き付けた(まぶた)の裏を見つめ続ける。

 

「娘は妻の影響で花が大好きでした。二人の墓に……数え切れないほどの種を植えようと思います」

「とてもすてきね」

 

 

 私は微笑を浮かべながら、プラタを連れて出て行くカプランを見送った。

 

 彼は復讐を終えてから、ずっと逃避して生きてきた。

 精神の折り合いをつけられていないのに、そのままやってこれてしまった。

 自覚せぬままも過ごせていたのは、彼の才覚あってのゆえか。

 

 あとはプラタが娘のような立ち位置で、彼の支えにもなってもくれるだろう。

 今の仕事にも充実感を得ているようだったし──()()()()()()()()()()()()()

 

 "血溜まり"の中に、映り込んでしまった違和感。

 彼は"あの場"でずっと立ち尽くしていた、それだけ記憶の奥底に刻まれてしまっていた。

 

 だからこれ以上ないほど鮮明に、その残ってしまった映像記憶に間違いはないだろう。

 復讐すべき相手は──まだ"他に存在している"のかも知れない、ということを。

 

 

「っふぅ……」

 

 私は一息をついて気持ちを切り替える。

 この手のことも数百年の人生においては経験済みのことだ。

 あまりに多くの人間の記憶を読んできた、その数だけ"別の人生を送ってきた"ようなものだ。

 

 長く生きるコツは忘れること、それでも飽いてしまっていたが……。

 彼にもいずれ時機はやってくる。それまでは束の間の想い出を噛み締めていたほうがいい。

 今すぐに無粋にぶち壊す必要性はない。

 

 

(それにしても──)

 

 カプランの優秀さには図らずも驚かされた。

 "素入りの銅貨"──いつでも、どこでも、知らぬ間に、懐に入り込んでいる手腕。

 

 生来の吸収力と、色々なところに潜り込んでいた経験から、事務・実務を完璧なほどにこなしてしまう。

 読心できる私よりも人心掌握に長け、距離感や機微を掴むのが凄まじい。

 按配が絶妙なのだ。人を見て何が適し、どの場所に、どの程度の差配をすれば良いのか。

 

 それら全てを計算した上で、相手を操るように、自覚させず、満たし、遂行してできてしまう逸材。

 

 ベイリルの夢想にして野望──はっきり言って相当無茶なものだと思っていた。

 魔術と異世界の科学テクノロジーを使って、世界に変革を興すなど障害が多すぎる。

 彼にとってはあくまで超長期目標であり、その間の暇を潰せれば良いというだけなのだろうが……。

 

 しかしゲイル・オーラムとカプラン、そして他ならぬ私が揃うのならば現実味を帯びてくる。

 他にも優秀な人材も少しずつ集まりつつある。それらが(ちから)を合わせ、さらなる化学反応を呼ぶのなら──

 

 

「くっふふふ──」

 

 込み上げる笑いが抑え切れなくなっていく。

 未知なる未来をこの目で見ることへの、大いなる文化への期待。

 

 神族返りのこの不詳な寿命に、はじめて心からの感謝ができるというものだった。

 



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第二部 2章「モンスター討伐遠征」
#54 兵術科


 

 兵術科棟の会議室は帝都軍部のそれを再現したものらしく、非常に重厚な印象を持っていた。

 30人くらいは入る程度の広さだが、現在立つのは8人の生徒と教師が1人。

 

 前軍(ぜんぐん)後軍(こうぐん)──それぞれ選ばれた代表となる"軍団長"が二人。

 軍団長の意向で指名される、"副長"・"作戦参謀"・"前衛隊長"が各2人ずつ。

 

 そして引率となる教師ガルマーンの計9名が、やや小さめのテーブルを囲む。

 そこに戦場となる周辺地図を広げ、(コマ)を置いて軍議を(おこな)っていた。

 

 

「今季の"遠征戦"においての戦略構想についてですが──」

 

 学苑に入学してから、既に一年近くが経過した。

 今年の成績優秀者として、前軍"軍団長"に選出された"ジェーン"を中心に机を囲む。

 

「前軍を主攻とし、後軍は予備隊として残します」

「基本通りだな」

 

 やや高圧的にも聞こえるような態度で口にしたのは、後軍軍団長である"スィリクス"。

 

 彼は魔術部であり、本来であれば戦技部兵術科主体の遠征戦では任意参戦となる。

 しかし前回の遠征戦の参加者であり、実力者かつ自治会長であることから選出されていた。

 

 

「はい、奇をてらう必要性はありません。先輩(がた)は後方より、適時戦線への投入・援護をお願いします」

 

 前軍は在学2年までの生徒達を中心として構成された軍。

 後軍は2年を越えた生徒達で編成された軍となる。

 

「現在の情報だと、この丘陵地帯に集まっているらしく、主戦場もこの辺りになると思われ──」

 

 ジェーンは地図を指し示しながら、順繰りに語っていく。

 

 "遠征戦"──学苑における、()()()()()()()()

 ゴブリンなどといった一般的に下等種に類する、魔物の集団を撃滅する小規模戦争行動。

 

 

 ゴブリンは社会性を営む程度の知能があるとはいえ、魔術は使えないし、扱う道具の水準も低い。

 肉体労働者であれば一般的な成人男性の魔力の身体強化でも、武装と罠で何とかなる程度である。

 何事も油断は禁物だが──適切に戦闘術を修得した学生であれば──まずもって問題なく対処可能な魔物である。

 

 ゴブリンも自らが弱い程度のことは自覚しているので、遭遇戦ならともかく率先して人族を襲ってくるようなことは珍しい。

 しかし数が飽和してくるとのっぴきならなくなり、生存を懸けて周辺の小さな村落などへ、物量に(たの)んだ侵攻をしてくるのだった。

 それが成功し調子に乗ったゴブリンは次へ、また次へと被害を広げていくというのが"小鬼(ゴブリン)災害"である。

 

「ゴブリン集団を壊滅せしめた後は、残党対策に軍を分けてこちらの村に派遣します」

 

 通常は冒険者などが早めに請け負って定期的に数を減らしたりするのだが、"専属"がいなかったり地方だとなかなかそうもいかない。

 

 この遠征戦の最大の意義とは──周辺住民の生活と安全を守り、社会へ寄与する、一種の(もよお)し物である。

 

 草の根を掻き分けて殲滅するより、徒党を組まれてから軍を挙げてまとめて叩く。

 秩序と規律を保った一個軍として。また節度ある学苑生として振る舞うのである。

 

 

後詰(ごづ)めの要請については必要・不要を問わず、この時点で一度連絡をします。補給と休息を挟んだ後に、次はこちらの"オーク"集団を叩きにこの(ルート)を使用し──」

 

 またゴブリンの規模が大きくなってくると、コレ幸いとばかりにオークが便乗するように混じることがある。

 オークは今少し上等な知能を持っており、ゴブリンからはほとんど傷もつけられないので、(てい)の良い協力関係が築かれる。

 平時であれば狩る対象である大量のゴブリンを利用し、オークは人族の味を楽しむ。ゴブリンも自分達よりも圧倒的な戦力として組み込むのである。

 

「情報通りであればオークの規模は数十程度ですので、索敵して確認した後に誘導を──」

 

 命の危険こそ0(ゼロ)ではないものの、これはお祭りの一つには違いなかった。

 

 それゆえに兵術科所属は強制参加であり、日々修練の成果を発揮する良い機会となる。

 教師陣は必要最低限のみ随伴し、生徒の自立と対応力と精神とを鍛える。

 

 また任意参加者に対しては報奨金や特別単位、他にも種々の優遇特典が与えられるのだった。

 

 

「──以上が戦略構想です。異議・質問があればどうぞ」

 

 そう言ってジェーンは、その場の一人一人に視線を合わせていく。

 スィリクスも異論はなく(もく)していて、後軍副長に指名されている"ルテシア"が一言添えた。

 

「その時々の若手主導の行事ですから、後軍(われわれ)のことは気にしなくて結構ですよ」

 

 後軍の作戦参謀と前衛隊長に指名された二人の在校生も、語ることは無いようであった。

 

「それでは戦術面のほうに移らせていただきます」

 

 若手が主体であっても、本当に危ないと見れば異議は申し立てられる。

 ただ単純にジェーンの構想が理に適うものだからこそ、軍議はスムーズに進んでいった。

 

 

「鳥人族の方々は索敵(さくてき)の為に独立させ、斥候拠点を都度設けていきます。兵術科は戦い慣れた連係の効く者同士で()り分けつつ、隊長格をそれぞれに。

 それをさらに大きな集団として統一指揮し、半包囲しつつの継続的な打撃を基本とします。散軍でも問題はないと思いますが、相手が単純であればこそ確実な方法をとります」

 

 兵術科だけ見ても、職業軍人のような画一化された調練を長年積んでいるわけではない。

 あくまで基本を学んでいるだけであって、戦闘方法には各人かなりの個性が見られる。

 

 一個軍をもって戦うことは兵術科として基本であり、それも授業・演習の内。

 しかし備えとして、小集団による遊撃・撤退も可能なようにある程度の分担はしておく。

 

 

「兵術科所属でない方々は一定の自由裁量を与え、命令は最低限のものに限ります」

 

 冒険科や魔術部の者達、専門部からも単位や賃金、単に暴れたいだけの目的で参加する者もいる。

 それらの生徒達に細かい命令は通じにくく、輪をかけて個性が目立つ為、集団運用となると混乱と自滅を招きかねない。

 

 ただ戦力としては貴重なものであり、無下に排斥するわけにはいかない。

 散軍として強力に機能する者達は、前線戦力としてだけでなく、後方支援の部隊において必要不可欠の存在。

 工兵や護衛隊はもとより、特に輜重(しちょう)隊・衛生部隊がいなければ軍はたちまち機能不全に陥るゆえに重要な役回りである。

 

「隊長格および連絡員の相互連携だけは、しっかりと確立・徹底を(むね)としてください」

 

 あとは特定した敵陣に対して不意討ちを喰らわせ、一気呵成(いっきかせい)に片を付ける。

 基本的には攻め手有利の奇襲作戦、魔物が集まった所に、動き出しの前を狙って叩き潰す。

 

 

「私は後方で全体指揮。中衛を──"リン"副長にお願いします」

「はいはい。ジェーン軍団長、了解であります」

 

 そう言って軽く敬礼を見せたのは、明るめの橙色の髪色をしたショートボブの少女。

 ワンポイントの髪飾りを着け、やや切れ長の目元だが表情には柔らかさを感じさせた。

 

 王国公爵家の放蕩三女、"リン・フォルス"。

 ジェーンと同じ年齢だが、校章は2年目を示している。

 適度に真面目で、明るく能動的なその性格は、ジェーンと非常にウマが合ったのだった。

 

「中衛の冒険科と他生徒らをまとめ、有機的な適所運用に当たります」

「えぇ、私との密な連携をくれぐれも忘れずにお願いします」

 

 正式な軍議という場ゆえのかしこまったやり取りに、ジェーンは少し気恥ずかしさを覚える。

 フリーマギエンスにも所属する彼女は、ジェーンとは既にかけがえのない友の1人であった。

 

 

「では次に前衛隊長"キャシー"は──」

「押されてる戦線を見極めながら援護しつつ自由に、だろ」

「そうですね……()()()()()()()形で、くれぐれも無茶はしないように」

「任せとけって」

 

 一度は落伍しカボチャとなったキャシーも、兵術科へ戻ってからは順当にやれていた。

 フリーマギエンスという輪と、ベイリルやフラウらに目にものを見せてやるという思い。

 

 肩肘張らずにいられる同年代の仲間達、カボチャの溜まり場とはまた違う充実感を得ていた。

 

 

「最後に"モライヴ"、作戦参謀として意見を」

「あーそうだね、僕としては戦術面で言うことはないかなあ。ただ異形とはいえ人型(ひとがた)を殺す。その行為自体初めての生徒が少なくないから、そこらへんの心理状況は注意しないと……くらいかな」

 

 そう気怠そうな様子をさほど隠していないのは、モライヴという名の帝国人の男。

 天然パーマな黒髪を少し長めに。上背はそれなりにあるが、猫背気味に構えている。

 

 やや小太りな体型は、兵術科の鍛錬をちゃんと受けているのかと思わせた。

 

 

「確かに無視できない事柄ですね。初陣も多いから、疲労や怪我の度合いも把握しにくい。そういった面も多角的に配慮しながら、常に無理を強いることがないよう注意を払ってください」

 

 軍議はさらに細かく、後軍も含めて細かいすり合わせが続いていく──

 

 

 

 

「っはぁ~、疲れた。もう息苦しすぎ」

 

 軍議も無事終わり兵術科棟を出て、肩の力も抜けたところでジェーンは一息吐く。

 

「キャシーですら微妙に(わきま)えてたもんね、わたし思わず吹き出しちゃいそうになったもん」

 

 リンはもはや気兼ねする必要がないと、思う存分笑顔を浮かべながらそう言う。

 

「うっせーなリン。自治会長もいるし、また問題起こすわけにもいかねえから仕方ねえだろ」

 

 カボチャ時代に何かと衝突した自治会長や副会長は、正直気に食わなかった。

 それでも教師がいる前で、これから遠征戦を控えてぶつかるほど向こう見ずではない。

 

 

「というかキャシーだけじゃなく、リンもモライヴもほぼ普段のままだし、私だけかしこまってて恥ずかしかったよ」

「そりゃ僕らと違って、軍団長は責任が違いますから」

 

 唇を尖らせながら不満げに漏らすジェーンに、モライヴが淡々と返す。

 するとリンが(うれ)いたような表情で、手を胸元に当てながら神妙そうに口を開く。

 

「わたしたちはジェーン軍団長の命令で死んでくんだね……」

「殺されても死ぬ気なんてないくせに」

 

「さっすがよっくわかってるぅ」

 

 一転して肩を組んでくるリンに、ジェーンは「はいはい」と返した。

 

 

「命令系統は大事ですが……我々は学生の時分ですから、危なくなったら僕は逃げます」

「アタシもいざとなったら命令なんぞ聞かんな」

 

 モライヴとキャシーの手前勝手な言葉も、ジェーンはいつも通りと流す。

 

「まったくもう、指名したのを少しだけ後悔しそうになるよ」

 

 慣れた日常の1コマの中で、ジェーンはいつかベイリルが言っていたことを思い出していた。

 

 

("遠からず戦争は変わる"かも、と──)

 

 既存の戦略・戦術の概念は崩され、兵站や政治面においてもどんどん変容していく。

 それは兵器の開発や普及はもとより、糧秣(りょうまつ)の供給量や輸送効率の変化も多大であると。

 

 さらに情報交信の多様化。情報の共有や秘匿性の変質。情報そのものの価値基準。

 

 そもそも人口爆発が起こり、戦争の規模も変わってくるかも知れないとか。

 科学兵器がより広範的な軍事投入を可能にし、行き着く果ては──

 

 

(ベイリルにとっての遠からず(・・・・)というのは、どれくらいかわからないけど)

 

 ベイリルの語るオトギ(ばなし)、いつかの未来は……昔から聞かされてきた。

 シップスクラーク商会とフリーマギエンスも、その前身となるべき組織であり思想なのだ。

 

 ただ実際に文明の発展速度というのは、ベイリル本人にも全く予測がついていない。

 さらに言えばベイリルの寿命からすれば、50年でも遠からずと言えてしまう。

 

(いずれにしても……私には今できることをやるしかない)

 

 そこに帰結する。リーティアと違って私が(ちから)になれることは少ない。

 

 それでも兄弟姉妹みんなで──新たな仲間達とみんなで、この世界を過ごしていきたいと。



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#55 遠征戦 I

 

 行軍は驚くほど順調と言えた。既に行程の半分ほどは消化している。

 昨夜の野営でも特に問題は起こらず、3日目の朝も滞りなく進む。

 

 それもひとえに軍団長の私ではなく、モライヴとニアの功績がことのほか大きかった。

 

 ニア・ディミウム"補給統括官"が指揮する、過不足ない的確な各種行軍用品と糧秣の見通し。

 モライヴ作戦参謀の緻密な地理選定と、軍容全体を適切に管理するそつのなさ。

 

 特にニアはフリーマギエンス所属とはいえ、兵術科ではなく製造科である。

 元政経科で実家が商業家系なのを差し引いても、彼女は得難い手腕を持っていた。

 

 それもこれも彼女なりの努力の結果であり、私も大いに見習わなくてはならない。

 

 

「いよぅ、それは何を考えている顔かな? ジェーン姉さん(・・・)

「ん……ベイリル? お姉ちゃん呼びなんて珍しい」

 

 一陣の柔らかな風と共に現れた"弟"は、いつの間にか隣へとついて歩いていた。

 私は軍馬に乗って一段高いところから、ベイリルへ問い掛ける。

 

「ごめんね、上からで……後ろ乗る?」

「いやこのままでいいよ、指揮官たるもの偉そうにしてなきゃな」

 

「よっす、ベイリル」 

 

 少し前方にいたリンが、私達に気付いて馬の速度を落としてこちらへと並ぶ。

 

 

「おーリン。ジェーンと違ってお前は調子(ペース)崩れんな」

 

「そう見せるのが一流ってもんでしょう」

「なるほどなー、公爵家の放蕩(ほうとう)三女は肝が据わってて結構」

 

「演技だってんだろー、わたしだって乙女だよ? 人並に緊張してるんだなこれが」

「そういうお前の(とく)な性格は本気で凄いと思ってるよ。いずれ個人的に頼みたいこともある」

 

「えっそう? なになに?」

「ひみつ、まぁ多分向いてると思うから楽しみにしといてくれ」

 

 馬の上から身を乗り出して来るリンを、ベイリルは意味ありげに一笑だけして流す。

 

 

「ところでベイリルは、お姉ちゃんに顔を見せに来てくれただけ?」

「それもあるが、まぁ陣中見舞いってやつかな」

 

 そう言うとベイリルは、小さな木の実のようなものを私に投げてよこす。

 

「なにこれ?」

「リーティアが作ったお守り(・・・)らしい、なんかあったら割ってくれだと」

 

「これを割るの……?」

 

 手の中のそれをよくよく見ると、小さく綺麗な模様が散りばめられていた。

 装飾品としても使えそうなそれは、部屋で丁寧に保管しておきたいくらいだった。

 

 

「地味に()ってるから壊しにくいよな、カラクリも教えてくれなかったし」

「リーティアは顔見せにきてくれないの? ヘリオはしょうがないにしても」

 

「ヘリオはお年頃だからな。リーティアは色々調整中らしくて、集中してるから無理っぽいわ。落ち着いたら顔出すよう言っとくが、どうだろうな……まっその分戦場では活躍してくれると思うぞ」

「そんなことより、ベイリルみたいに会いに来てくれればいいのに……もう」

 

「仮にも指揮官が戦働きを、"そんなこと"とは……言う姉だこと」

「寂しがりやなジェーンは()いのう」

 

「まったく二人とも──」

 

 からかってくるベイリルとリンを(たしな)めようとしたその瞬間であった。

 

 

「お話し中、失礼するでござる」

 

「わっ!? もう……」

「──お前な」

「ひぇっ心臓に()っる!」

 

 音もなく3人の輪の中に入ってきたニンジャに、私は思わず()の抜けた声を上げる。 

 

「スズちゃん」

「はいスズちゃんでござい。火急(かきゅう)(しら)せなれば手短に──接敵(・・)でござる」

 

 

 スズは冒険科の所属だが、その身軽さと俊足を活かし連絡員をやってもらっていた。

 

 手紙を足に括り付けて飛ばす"使いツバメ"は、基本的に拠点間で訓練を施さないと使えない。

 通信魔術の使い手などは稀有であり、正確な位置情報が必要で距離も短いものである。

 

 鳥人族ならば素早い連絡を可能とするものの、彼らは上空からの索敵の(かなめ)

 そも空を飛べると言っても、無制限にできるわけではなく消耗は少なくない。

 さらに自由に飛行するには熟練がいるし、基本的には地上連絡──足・音・狼煙・光など──を主軸としている。

 

 ドラゴンやグリフォン級であれば多少の積載は見込めるものの、やはり航続距離には難があり、手懐けることがそもそも難しい。

 

 

「遭遇戦ってこと? 予定より大分(だいぶ)はやいね。ジェーン軍団長、どうする?」

 

 改まって役職名を付けて呼ぶリンに、私は頭の中で戦略図を浮かべた。 

 

 順当にいくのであれば通常まだ野戦などにはならない予定である。

 集まっている正確な場所を特定し、奇襲を掛けて痛撃を与えるのが本来の戦略構想。

 

 前回の遠征戦では危うげな場面というのもあったらしいが、圧倒的優位から戦闘を展開するのが常である。

 

「うん……不測があっても先陣隊のキャシーたちが対応するはずだけど──」

 

 ベイリルは口をつぐんだまま、助言などは差し挟んでこない。

 今の会話は軍議のそれと同質であり、何の権限もないベイリルは立場をしっかり(わきま)えているようだった。

 

 本音を言えば考えを仰ぎたいところだったが、そこをなあなあにはできない。

 

 

「しかしそれがどうも様子がおかしくて、統一性がないそうでござる」

「スズちゃん、数は?」

「確認できただけで三十匹ほど」

「斥候にしては多すぎるし、想定されていた総数と行動規模からすると少なすぎる……」

 

「倒すには散逸的なほうが楽だけど、なーんか()に落ちないねえ」

 

 事前情報との食い違いが、鎌首をもたげるように影を落としていく。

 

「その中にオークが数匹混じっているというのがまた妙な話で──」

「オークが混じる……?」

 

 互いに半協力体制を敷くことはあっても、ゴブリンはゴブリンで、オークはオークで集団を作るのが常識である。

 あくまで方向性が同じというだけで、ゴブリンとオークの混成集団というのは習性からしてもありえない。

 

 

左様(さよう)。あまりに()なことゆえ、報告した次第でござる」

「仔細把握しました。リン副長、キャシー前衛長に伝え、共に迎撃にあたってください」

 

「了解。キャシー前衛長に情報を伝え、共に迎撃にあたります」

 

 私が真面目な表情でそう伝えると、先程までと打って変わってリンも真剣味を帯びてる。

 命令を復唱したリンは馬を走らせて、すぐに前線の(ほう)へと向かった。

 

 

「他に情報はありますか?」

「私見で言わせてもらえば、どこかへ向かっているというよりは……まるで()()()()()()()()()ような感じでござった」

 

「なるほど、ありがとうございます。スズさんは引き続き、連絡役をお願いします」

「ういうい承知したでござる、ではまた」

 

 スズはそう言うと、行軍の隙間を()うようにあっという間に姿を消してしまった。

 

「俺も持ち場に戻るよジェーン、何かあったらいつでも言ってくれ」

「ありがとう、ベイリルも気をつけてね」

 

 ベイリルはフッと笑って手を上げると、スズ同様するする抜けて見えなくなってしまう。

 

 

(心配性って笑われるかな……)

 

 胸騒ぎというほどでもないが、一つ一つの噛み合わせが気持ち悪い。

 軍を預かっている重圧(プレッシャー)だけでなく、茫漠(ぼうばく)とした不安がつっかえるようであった。

 

 当て推量は危険なれど、それ以上に危険なのは深刻さを見誤ることである。

 

 それでも揺らぐわけにはいかない、私はみんなの命を預かる立場にあるのだから──

 

 

 



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#56 遠征戦 II

 

 ボッ──という鈍い音と共に、毛のない緑色の肌に耳殻(じかく)が生えたゴブリンの頭が宙を舞う。

 個体差はあれど、成人男性の概ね三分の二ほどにも満たぬほどしかない大きさ。

 石斧や棍棒のような原始的な武器を持っていようと、まったく脅威にはならない。

 

「チッ、歯応えがねぇなあ」

 

 電気を()びた神速の横薙ぎ一蹴。

 キャシーはゴブリンを歯牙にも掛けることなく、既に3体ほど葬っていた。

 

 他の生徒達もそれぞれの戦い方で(ほふ)っていく。

 

 

「油断はダメだよ」

 

 遠間からゴブリンを一匹倒したリンは、リンは弓に次の矢をつがえた。

 "消えない白炎"の矢は、ゆっくりと死体を燃やし尽くしながら異臭を漂わせる。

 

「臭ェぞ、リン」

「わたしじゃないよ、ゴブリンだよ」

 

 元より体臭が酷いのがゴブリンであるが、それとはまた別種の匂いがあった。

 

「お前の火属魔術の所為(せい)じゃねぇか」

四色(・・)の中で一番消耗が少ないのを選ぶのは当然さ、短期決戦じゃないんだから」

 

 

 肩を(すく)めるリンに、キャシーは横目で新たな敵を捉える。

 

「あのオークはアタシの獲物な」

 

 濃い茶肌色に顔の三分の一ほどは占めそうな大きな鼻。

 猪のような牙を口より生やしたオーク種が、闊歩して近づいて来ていた。

 2メートルを超える肉体に脂肪と毛に覆われた肉体は、ゴブリンとは比較にならない強度である。

 

「わたしは闘争好きじゃないからそれは別にいいけど、やっぱりなんか……なんだろう」

「あー……半狂乱で、何かから逃げてきてるような感じってんだろ」

 

 直観でキャシーは言ってみただけだったのだが、それはリンも思うところだった。

 

「そうそう、あまりこっちと戦うって感じじゃないんだよ」

 

 

「つっても細かけぇこと考えるのは、アタシの領分じゃあ……ねえっ!」

 

 キャシーはそう叫ぶと飛び出していき、オークの真正面になるように立った。

 オークは逃げたかろうが、目前に現れた外敵を排除せねばそれ以上進めない。

 

 勢いのままにオークは、刃がボロボロの大斧を縦に振るう。

 キャシーは余裕の表情のまま右へ少しだけ(かわ)し、両手をオークの腹へ叩き込んだ。

 

 そこからさらに電撃を浴びせ掛けるも、オークの分厚い皮膚と脂肪にはまともに通らなかった。

 

 

「出力が、足んねっかあ──」

 

 フリーマギエンスに加入させられてから、電気について学んだ。

 話半分程度だったが、それでも性質を本能的に理解し扱う(すべ)を得ることができた。

 

 とはいえまだまだ練度不足は否めなかった。

 オークへ火力を効率的に通す為に、キャシーは腰のベルトに下げた"それ"に手を突っ込んだ。

 

 それは手首ほどまでを覆う金属製の"鉄爪籠手(ガントレット)"。

 ただし指先の部分が、鋭利に尖って強化されている。

 手を保護する為の防具ではない──敵を引き裂き、貫く為の武器であった。

 

 

()れるから好きじゃねェんだけどな」

 

 そう不満を漏らしながら、両拳を握りガチッガチッと突き合わせ音を鳴らす。

 オークの二の撃、三の撃を回避しながら、もう一度キャシーは両手を腹へ叩き込んだ。

 

 皮膚から脂肪の下まで通したガントレットから、再度電撃をお見舞いする。

 たちまちオークは小刻みに痙攣を起こしながら、内部から黒焦げにされていった。

 

「キャシーも臭いよ?」

「アタシじゃねえよ! それにオークはまだ食える匂いだろ!」

 

「いやぁわたしは無理かな、箱入り娘なんで」

「よく言うぜ、恵まれた自由人が──()っおー……」

 

 強い電撃を使えば自分にもフィードバックがある、それもまた制御しきれぬ副作用。

 

「自分もきついなら、普通に頭狙えばいいのに。実戦と訓練の区別はちゃんとしなきゃ」

 

 リンは弓と矢を背にしまいながら、後ろ腰のショートソードを右手で抜き放つ。

 勢いのままに逆手から順手へ持ち替えつつ、剣は"紫色の炎"に包まれた。

 

「はっ! そんなこといちいち言われるまでもねえ」

 

 

 いつの間にか新たに迫り来ていたオークの横振りの棍棒。

 

 それを"質量を持った紫炎"の剣でリンが受け止める。

 さらにリンの肩をキャシーが土台がわりに左手を掛けつつ、後ろ回し蹴りを放った。

 

「──さってと、あらかた片付いたか?」

「そうだね、ぶっ殺したね」

 

 頭蓋が粉砕され地に倒れたオークの横で、二人は会話を再開する。

 

 

「楽でいいよなオマエの魔術は」

 

 キャシーは籠手をベルトに戻しつつ、消える紫炎を見ながらリンへ当てつけがましく言う。

 

「フォルス家が代々改良を加えてきた、自慢の魔術ですから」

 

 リン・フォルスはショートソードを収めると、これ見よとばかりに右腕を振る。

 

 魔術紋様を肉体に刻み、特定の魔術を引き出す術法。

 優秀な魔術士を輩出し続ける、王国公爵家の秘伝。

 

「血統があってもさらに適性があるし、施術はきついんだよ。キャシーこそわたしは羨ましいよ」

 

 

「アタシの何が?」 

「その豊満な肉体美──」

 

「ッたく、からかうんじゃねぇ」

「母と姉二人を見る限り、有望なハズなんだけどなあ。実はわたし落とし子かな?」

 

「かもな」

「っおーい、肯定するとこじゃないだろー」

 

 軽口を叩きながら、2人とも状況を見渡す。

 兵術科でも精鋭を集めた前衛部隊、目立った怪我人はいないようだった。

 

「さてさてどうしようか、わたしは情報を伝える為だけにきたハズだったんだが」

「結局オマエも戦うのが好きなんだろ」

 

「戦うのは好きじゃないよ、わたしはいたぶるのが好きなだけ」

「余計性質(タチ)が悪ィわ」

 

 

 ──その時だった。

 空気がざわつくような感覚に襲われて、キャシーは反射的に顔を上へ向けた。

 つられて空を見上げたリンが、状況に声をあげる。

 

「はっ? えぇ!?」

「クッソがあ!」

 

 それは墜落してくる羽の生えた人間であった。

 

 キャシーは落下地点を瞬間的に見定め駆け出し、リンもわずかに遅れてそれに続く。

 思い切り跳躍し鳥人族の女を受け止めつつ、キャシーは地面を豪快に削りながら着地した。

 

「っはぁ……はァ……あ? こいつって──」

「ルビディア先輩!? 大丈夫ですか!?」

 

 キャシーとリンにとっても、フリーマギエンスの部員同士交として流がある人物だった。

 見知った人がボロボロになり、下手をすれば命の危険だという事実に二人は戦慄を覚える。

 

 

「うっ、くぅ……後輩ちゃん? あぁ……ありがとう、早く……しないと──」

 

「ルビディア先輩、何があったんですか?」

「おいリン、重傷だぞ!」

 

 珍しくキャシーが嗜める状況だったが、それでもリンは強く意思を込めて口にする。

 

「わかってるけど、尋常じゃない状況だよ。軍副長としては──」

「いいよ……まだだいじょーぶ、斥候拠点に誰かを……」

 

 声を絞り出す様子は痛々しく、すぐにでも治療を受けさせねばと思わせた。

 それでもルビディアは己の責任と使命感からか、ぎゅっとキャシーの服を掴んで続ける。

 

 

「とにかく……知らせて、すぐに引き上げさせて……わたしにもわから、な──」

 

 そこでぷっつりと意識を失った。危険な状態なのは間違いない。

 キャシーはルビディアの体をリンに預けると、首をコキコキと鳴らす。

 

「アタシが直接報告に行ってくるわ、そっちは頼むぞ」

「適材適所……か。場所わかってる?」

 

「あぁ、地図は大体頭入ってる」

「そういうのは覚えいいんだよねえキャシー」

 

「茶化すな」

「無理・無茶・無謀だけはしないように、これは副長からの厳命である」

 

 パチパチと電気が流れる音と共に、細長い猫っ毛が獅子のようなボリュームを持つ。

 

「わかってるよ」

 

 四つ足を地につけ、加速の体勢を取ると同時にキャシーは飛び出した。

 

 

(面白くなってきたかぁ?)

 

 キャシーは大地を蹴り進みながら、不穏な予感に気分が高鳴っていく。

 上等上等。問題上等、困難上等、波乱上等。全て真正面からすり潰して(かて)にする。

 

「そうじゃなきゃアイツらには追いつけないからな──」

 

 不謹慎だと思いつつも、キャシーは浮かぶ笑みを止めることはなかったのだった。

 

 



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#57 遠征戦 III

 

 臨時天幕にはジェーン、リン、モライヴと、兵術科の各隊長と関係者達が集まっていた。

 

「後軍に連絡が行き、追いつくまで時間がまだ掛かります。よってそれまで敵軍を食い止める必要があります」

 

 ジェーンは神妙な面持ちでそう告げる。

 地図を囲みながら事態の深刻さに皆、一様に顔色が優れない。

 

「モライヴ作戦参謀、戦地の設定はありますか?」

「そうですねぇ、とりあえずここで大丈夫かと。下手に移動するより、防衛の構築・設営をすぐに始めたほうがいい」

 

「もう一度確認しますけっどぉ、ゴブリンとオークの混成軍が少なくとも1000体近く。さらに"飛行型キマイラ"が現在確認されている──でいいんですね? ハルミア先輩」

 

 

 リンの問い掛けに対し、ルビディアの治療を担当し情報を直接聞いたハルミアが答える。

 

「ルビディアさんが確認した限りではその通りです。何故かまとまった軍として統制が取れている。一番近い村にも向かっているような様子があり、彼女自身は飛行型キマイラとの交戦で怪我を……」

 

 ジェーンは歯噛みする、完全に想定外の不確定要素(イレギュラー)である。

 

 直接的な采配ではなく、あくまで基本通りの索敵であるが……それでも仲間が傷ついた事実。

 今から命令によってみんなに命を懸けさせる現実と、己の不甲斐(ふがい)なさ──

 

「僕としては全員で遁走(とんそう)を決め込むという選択も、一考の余地があるかとも思います。良くも悪くも我々は軍としての規模は小さい。今なら混乱も少なく、秩序ある撤退も可能かと」

 

 

 モライヴの提案には聞くべきところがあった。リンはさらに突っ込んでいく。

 

「でもさモライヴ、後ろから追撃される可能性は?」

 

「当然あります、敵軍の足は早い。今いる位置は、()()()()()()()()()()()()()()()()()ような速度です。後軍と合流することができても、今度は指揮系統の乱れの中で大混戦になるということも考えられます」

「それは想像したくないなぁ」

「また後軍と合流する前に迫られて、狂乱すれば壊滅すら有り得る。確実な回避の為には足止めが()りましょう」

 

「足止め、ということは……?」

 

 半ば察しているジェーンの疑問符に、モライヴは粛々と事実を告げる。

 

「"決死"の殿(しんがり)軍ですかね。……必要とあれば僕が(ひき)いますが」

 

 

 ジェーンは目を瞑って、心を冷やすように考える。

 自分がこうも打たれ弱い人間だったとは……改めて認識させられる。

 

「ニア補給統括官、糧秣類は問題ないですか?」

「こっちは特に問題ない。ただし素早く撤退するのであれば、余剰分を捨てる計算が必要になるでしょう」

 

 片隅で軍議を聞いていた補給管理を担っているニア・ディミウムは、客観的にそう告げる。

 

 

「ハルミア衛生長、衛生部隊全体から見てのご意見は?」

 

「そうですね……個人的に言わせていただけるのであれば、抗戦は()けて欲しいところです。どれほど怪我人が出るのかわかりませんし、死者を治すことはできません……手が足りるか未知数です」

 

「リン副長──」

「わたしは……全員で徹底守勢がいいと思う。キャシーとさっき戦ったけど、あくまでゴブリンとオークなら……後詰めまでは持ち(こた)えられるはず──キマイラも単体ならなんとかなるっしょ」

 

「他に意見のある者はいますか?」

 

 一般隊長らにも呼び掛けるものの、それ以上案が出てくることはなかった。

 残るは軍団長たるジェーンが、策を統合して決めるというところで場が沈黙する。

 

 

「こっちから攻めりゃいいだろ。っはぁ……ふぅ……」

「キャシー!」

 

 そう天幕の入り口に現れた者の名をリンが呼んだ。

 息せき切って疲れは見えるものの、さしたる怪我はないようであった。

 

 そんな状態を目視で見るやいなや、モライヴがキャシーへ尋ねる。

 

「キャシー、無事で何よりです。斥候拠点の皆は?」

「全員大丈夫でござる、ルビディア殿(どの)以外は──」

 

 質問に対して隣に涼しげにいるニンジャが、キャシーより先に答える。

 

「くっそスズ……なんでてめェは息切れてないんだよ、っぜェ……」

「そりゃもう鍛え方が違うでござる。瞬発力や加速力はともかく、地力が違うのでござるよ地力が。持久力(すたみな)を競うのであれば負ける要素なし。キャシー殿(どの)はとにかく動きの無駄が多すぎでござる」

 

 

「斥候部隊のみなさんの怪我は?」

 

 心配そうに聞くハルミアに、スズはニッと笑って返す。

 

「ルビディア殿(どの)以外は、概ね索敵の疲労が溜まっているくらいだけでござるから安心してくだされ。もっともルビディア殿(どの)も大概頑丈(たふ)でござるから、ハルミア殿(どの)の治療なれば拙者も安堵でござる」

 

「あーそれ、と……追加情報っだ。トロルだ、しかも四体まで確認」

 

 新たに情報としてもたらされた敵性戦力に対し、天幕内の緊張は一層高まる。

 

「トロル!? それは……」

「キャシー殿(どの)がこれ試しにと、喧嘩売りにいって大変でござった」

「なんなんだよあの生物は……雷が通りやがらねえし、(かって)ェしすぐ再生しやがって」

 

 キャシーは悪態をつき、スズは地図に現在判明している範囲での情報を書き込んでいく。

 まとまった敵軍の進行方向と、トロルの大まかな位置。

 

 

 トロル──ゴブリンやオークとは、まるで比肩しない強度の魔物。

 成人男性の二倍以上の毛一つない青白い巨躯。顔には巨大な(ひと)()と裂けた口。

 異様に膨張し盛り上がった筋肉団子の様相を呈し、単一生殖で増える個体である。

 

 生半(なまなか)な魔術では硬質化した外皮を破るのも至難であり、その下も高密度筋肉の鎧で(はば)まれる。

 特筆すべきはその耐久力と再生力にあり、温度変化や圧力にも強く、四肢を切断してもすぐに元通りだと言う。

 弱点のように見える巨大な瞳も外膜によって保護されていて、傷をつけてもたちまち再生してしまう。

 

 岩石すら飲み込む雑食性で、その胃酸は驚異的な消化能力を有し、吐き出して攻撃をしてくる。

 吐出(としゅつ)圧力によってその範囲や速度を調節するので、脅威度は極めて高い。

 

 とてもではないが一生徒が戦えるような相手ではなく、ガルマーン講師でも持て余しかねない。

 

 

「──そんでぇ、グダグダなんの算段してんだか。やるこた一つっきゃないだろ」

「……攻めの一手でいけと? キャシー」

 

 ジェーンは問い質すように、毅然(きぜん)とした態度で口にする。

 

 それはキャシーの気性を考えれば当然の答えであった。

 しかして勢いのままに、軍議の場に混乱を与えられることは困ると。

 

「当たり前だ、オマエらは自分自身たち(フリーマギエンス)を過小評価し過ぎなんだよ。アタシらは強いし、補給も潤沢。主力軍は全員五体満足で、有能な回復役もいんだから」

 

 キャシーはかつて治療された時のことを思い出しながら、ハルミアを一瞥(いちべつ)する。

 最初は乗り気じゃなかったフリーマギエンスも、今や心地の良い新たな居場所であった──

 

 

「目に見えた悪手じゃねえんなら、前のめりにいこうや。兵術科なら大なり小なり(いくさ)が好きだろうが、なあ?」

 

 キャシーの同意を求める声に、はっきりと答える者はいなかった。

 しかしてその意気はジワジワと昂ぶり、高鳴り、肯定するようであった。

 

 短い時間の中でもジェーンは熟考する。それぞれの策の利点と欠点を比較・検討。

 包括的な戦略・戦術、彼我の戦力差、兵站線と士気、救援と救護態勢──

 

 

「──軍を、四つに分けます」

「兵力の分散ですか? それは危険では……」

 

 モライヴの(げん)はもっともである。寡兵(かへい)が大軍より不利なのは当たり前のことだ。

 より多い物量差でもって、可能ならば包囲し、壊滅に追い込んでいくのが常道。

 

 だが前提が違えば話も変わる。ジェーンはよくよく知っているのだ。

 今現在、自軍にいる"特記戦力"とも言うべき者達──(かなめ)となるその総戦力を。

 

 大軍・強軍に奇策はいらない。

 まして学生が初陣で捻り出す方策、慣れない土地で可能なことなど、たかが知れている。

 

 持ち味とは殺すのではなく活かすもの、存分に(ちから)を発揮する場を用意すること。

 それが軍団長であるジェーンが──この状況で最大限すべきことであると。

 

 

「前提として我々の第一義──周辺地域への救援を果たします。退却すれば見捨てることになりますから、撤退は各地の避難が終わるのが前提条件です」

 

 退却それ自体に全くリスクがないのであれば、生徒の身柄を第一にする選択もあっただろう。

 ただ現況を鑑みるに、どの策も危険性を孕んでいて結果論として出た時にしか語れない。

 

「まだ我々は前哨戦しかしておらず、士気も保たれています。速やかに敵に打撃を与え、後軍と合流。軍を再編しつつ村への救援を派遣。戦闘の継続か、秩序ある撤退かは……その時の状況次第とします」

 

 ジェーンの力強い言葉に、異議が出ることはなかった。

 誰にも正解はわからないし、責任を負いたくないという面も否定はできない。

 

 いずれにせよ軍団長たる人間が、勝算を宿した瞳で(くだ)した決断。

 得てしてそういうものは昂揚感と、不思議な信頼感が芽生えてくるというものだった。

 

 それがたとえ錯覚や狂奔であったとしても……楽観的な勘違い大いに結構。

 わずかにでも戦意が高まり、勝率を上げられるのであれば是非もなし。

 

 

「中央と左翼と右翼に軍を三つをほぼ独立させた指揮系統とし、さらに後方陣地で一つ──」

「トロルとまともに()り合うか?」

 

 キャシーが嬉々としているが、ジェーンは感情を出さずに答える。

 

「そうですね……まぁ倒せるでしょう。無理なら食い下がればいいだけですから。後方陣地はリン副長とモライヴ作戦参謀、二人の判断で適時お願いします」

「ジェーン軍団長が自ら前線へ出るつもりだと?」

「私も最高戦力(・・・・)の一人ですから」

 

 モライヴは頭を()きながらしばし考えた後に、得心(とくしん)したように黙り込んだ。

 

 そもそも彼の役割は、次善策や反対意見を挙げ、軍団長であるジェーンの思考を深めることにある。

 既に決断の域に達しているのであれば、それ以上異論を唱える必要はないと理解していた。

 

 

「ちょっと待って、なんでわたしが後方なのさ」

「備えは必要でしょ? 今回は割食ったと思って我慢して」

 

 友人に対する話し方で、ジェーンはリンへ頼んだ。

 それにリンの専用魔術は長期戦に向いていないし、実力者を置いておく必要もある。

 

「しょうがないなぁもう、命令じゃなく頼まれちゃあね」

「アタシは戦場に出るぞ」

 

『それはみんな知ってるよ(います)

 

 ジェーンとリンとモライヴの示し合わせたようなツッコミに、キャシーは閉口する。

 腕を組みながら「はんっ」と一度だけ笑うと、それ以上言うことはないようだった。

 

「では陣容の振り分けを──」

 

 既に頭の中で構築されていたそれを、ジェーンは(よど)みなく言葉にしていく。

 同時に自分の胸の(うち)(くすぶ)っていたモノが、ゆっくりと燃えていくのを感じていた。

 

 

 



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#58 左翼戦 I

 

 敵軍が地平に蠢き出す戦地にて、(たたず)むのは──5人と1人。

 スズが持ってきた情報を元に、分割投入された前軍。

 

 ゴブリンにオーク、トロルを加えてもなお味方の過剰戦力(・・・・)のようにも思える。

 

「わざわざありがとう、クロアーネさん」

「感謝が足りませんね」

 

「……俺が必要以上に感謝する理由はないと思うんだが」

「そもそも学苑に引きずり込んだのは貴方が発端でしょう」

 

 

 ベイリル(おれ)は連絡員として任を帯びたクロアーネさんから、詳細を聞いたついでに話に興じる。

 

「そこまで(さかのぼ)られるかぁ。まっ戦争後の食事への期待も込めて……ありがとうございます」

 

「はぁ、まったく……私は糧食班として同行したと言うのに。こんなことなら、レドを連れて来るべきでした」

「まっレドは面倒臭がってついてこない気もするが、せめてファンラン先輩がいてくれればな」

 

 レドは暇をしているだろうが、ファンランは現在タイミング悪く学苑にいない。

 実家で用事があるとのことで、少々里帰りをしているのだった。

 

 

「二人ともクロアーネさんより強いかな?」

「さぁどうでしょうか、別に争う理由もありませんし」

 

 俺も直接闘ったこともないし、戦っている様子も見たことはないが……。

 

 ファンラン先輩は調理の動き一つとっても、凄絶さが見て取れるほどに洗練されている。

 レドにもいつだったか、自分で狩猟したという魔物料理を食わされたこともあった。

 

 調理科に所属した者が自分で狩って自分で調理する──美味い食事。

 あとは適度な運動でもしていれば、弱いわけもなかろうと。

 

 

「なんにせよ、ないものねだりしても仕方ありません」

「そらまぁそうだが……クロアーネさんは戦わないのか?」

 

「情報と伝達の重要性は、よくよく知っていると思いますが?」

「スズにしても、遊ばせておくにはもったいない武力だと思ってね」

 

「名ばかり護衛をしていた時期もありますが、私はもとより情報収集のほうが専門です」

「そういえばオーラム殿(どの)は、新たに"プラタ"を連れ回してるらしいな」

 

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の"(にえ)"として、殺されそうになっていたところを助けた少女の名を出す。

 あれ以来シップスクラーク商会の庇護下にいて、定期会議の際にはたまに会うこともある。

 

「どのみちあの(かた)には補佐などいりませんから、戯れでしょうが」

「情操教育に悪影響がなければいいんだが……」

 

「あの子はなかなか筋が良いから大丈夫でしょう」

「オーラム殿(どの)が一般的でないことは否定しないのね」

 

「事実に目を瞑っても無意味ですので」

 

 昔のクロアーネであれば確実に噛み付いていただろうな──などと思いつつも口には出さず、俺はやんわりとした笑みで返す。

 

「では敵も迫っているようですし、私もまだやるべき仕事がありますので失礼します」

「あぁ、また後で」

 

 淡々と告げたクロアーネは、(きびす)を返すと、静かな動作で走り去って行った。

 

 

 広い荒野でクロアーネの姿が完全に消えるまで、ぼんやり眺め続ける。

 ──と、いつの間にか隣にしゃがみこんでいたフラウが、上目遣いで問うてくる。

 

「……ねぇベイリルさー、ちゃんクロも狙ってる?」

「いやそんなつもりはないが。元々蛇蝎(だかつ)の如く嫌われてたしなぁ」

 

「ふーんそっか、そっかー」

 

 フラウはそう流しながら、とりあえずは納得したようだった。

 クロアーネは確かに綺麗だとは思うものの、お互いそういう関係には程遠い。

 

「なんだ? お前一人を愛せと言うなら、今からでも俺は全然構わんが」

「うんにゃ、ただいずれ正妻(・・)になるあーしとしては、仲良くなっておかないとかな~って」

 

「おう、犬も食わん話は後にしろ」

 

 

 俺達の会話にゼノが割り込み苦言を呈す。

 今の状況で暢気(のんき)にしているのが、まるで信じられないような顔だった。

 

「どうしてそんなに楽観的でいられるんだよ? トロルだぞ? オーク混じりのゴブリン軍勢が数百に加えてトロル一匹相手にしろって──」

「なに、我らが軍団長の判断だ。大人しく従おう」

 

「しかも左翼は"おれらだけ"って、どういう采配!?」

「確かにちょっと見通し甘いっかね……」

「だろ?」

「あぁ、最高戦力を三人もここに配置するなんて過剰すぎる。ティータも強いし」

 

「はぁあぁああああ!? ベイリルおまえの自信こそ過剰じゃねえ!?」

 

 

 ジェーンは多人数での戦い慣れをしていない、兵術科以外の生徒を分けた。

 

 戦闘力の低い一般生徒を排して、単騎で殲滅力が高い俺達だけを左翼へと配置する。

 右翼はヘリオを筆頭に荒っぽい冒険科の連中が中心となって、同規模の手勢を相手にする。

 そして最も敵勢が厚いと見られる中央は、ジェーン自ら兵術科の生徒と共に陣頭指揮を執る。

 

 実際問題として、個人間の連係慣れをしていない兵術科生徒達。

 率直に言ってしまえば──足手まといがいると、十全に戦えないのも事実。

 

 戦術的に見るならば適解と思われるし、こっちとしても気が楽であった。

 

 

「なぁゼノ、実際のとこ……そんなやばいのかトロルは」

「当然だ、トロル一匹で街一つが軽く壊滅することだってあるんだぞ」

「ゴブリンやオークとは比べ物にならんことは知っているが──なるほど、街一つか」

 

「溶岩に飲み込まれようが動じないとか、"大空隙"の底まで落下しても傷一つないとか」

 

(眉唾な感じだなぁ──)

 

 俺はそんなことを思いながらも、何かの参考にはなるかと耳を傾ける。

 

「"紫竜"の病毒に曝されようが、内海の底に沈もうが平然と進み続けるとか」

 

 そんな危険地域で一体どこの誰が確認したんだ……とでもツッコミたくなる。

 

「フラウは知ってるか?」

「トロルか~~~、通った跡くらいしか見たことないかな。まっ昔ならともかく今なら普通に倒せると思うよ?」

 

 俺達の様子を見てゼノは、呆れから無気力へと表情が変わっていく。

 

 

「"冬眠"状態こそあれ、トロルの死体は発見されたことがないとすら言われてんだぞ……。人族なら一生に一度会うかみたいな珍しさのはずなのに、四体とかおかしいだろうがっ!!」

「まぁ確かに群れるような魔物ではない、はずだよな」

「そもそもなんで、おれが前線に出てんだよ……。大して戦えないのに、おまえらの所為だぞ!」

 

 ゼノは自身を戦場に引っ張ってきた元凶の2人──リーティアとティータに叫ぶ。

 

「設計者も現場に出てこそっすよーゼノ。たまには健康の為に運動しないと」

「健康どころか命が危ぶまれるんだが?」

 

 ティータは言うだけ言って、続くゼノの言葉をスルーする。

 一方でリーティアは目の前のモノに魔力を集中させていた。

 

「なぁにトロルがいかに殺しにくくとも、封じ込める方法はいくらでもあるだろうさ」

 

 俺はそうポジティブを言葉にして、指をポキポキと鳴らす。

 

 トロル──いわゆる地球で言うところの、"クマムシ"のような極限環境生物的なものが巨大化したとでも思えばいい。

 死なないのと倒せないは別物だということを、ゼノに見せてやろうと。

 

 

「言うは(やす)いよなあ? な?」

「俺も異世界(こっち)で強くなりすぎた、多少は前のめりにいかないと戦う相手がいないからねェ」

「今あーしの魔力は人生で最っ高に充実してる。今日のあーしを倒せる者は、この地上にいないよ」

「実際にやってみて初めてわかることがある、何事も経験っすゼノ」

 

「ぐっぁあぁあアア!! 能天気ばっかっかよ!」

 

「できたぁ! はぁ~調整完了!」

 

 ゼノの慟哭を掻き消すように、リーティアが立ち上がる。

 その足元には(にぶ)く銀色に光る金属の塊があった。

 

リーティア(ウチ)謹製《きんせい》、流動魔術合金。名付けて"アマルゲル"! 起動!!」

 

 声に呼応するように立ち上がっていき、リーティアより少し大きめな体積の液体合金。

 水たまりの上に、のっぺりとした人型が浮かぶようなシルエット。

 

 ともするとリーティアは魔物の方向へと、その人差し指を突きつけながら叫ぶ。

 液体合金(アマルゲル)も、同じように手指を器用に作って指差していた。

 

「ギリギリおまたせ! さぁいこう!!」

 



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#59 左翼戦 II

 

 皆が準備万端で主戦場となるべき荒野に立ったところで、俺はリーティア達へと告げる。

 

「まぁリーティアが特にはりきってるところ悪いが、ここは俺がやる」

「え~……別にいいよ、ベイリル兄ぃ」

 

 聞き分けの良いリーティアの前で、俺は軍勢を捉えつつ領域を見定める。

 

「何をする気なんだ?」

「まぁ見てろって、ゼノも大人しくな。はァー……──」

 

 俺は精神を集中させ、ゆっくりと肺から息を絞り出し……呼吸を止める。

 "酸素濃度低下"によって形成された死域(・・)へと、ゴブリンやオークが気付くことなく踏み込んでいく。

 

 そして──

 

 

「……なあおい、一体何が起こるんだベイリル」

 

 死域へ続々なだれ込むゴブリンとオーク……しかし素通り(・・・)してこちらへと抜けて迫ってきていた。

 

「んぶっはぁ……ふぅ、あれ? おっかしいぞ」

 

 息が切れて肺に酸素を供給しつつ、俺は首を(かし)げる。

 魔術が発動している感覚はある以上、領域内の酸素が低下しているのは確実。

 呼吸をする生物相手には無類にして、初見殺しの必殺魔術のつもり──だった。

 

「おぉぉおおおい! なにがおかしいんだ!? 普通にこっち来てんだけど大丈夫か?」

 

 慌てふためくゼノを背後に、俺は首を傾げてなが腕を組む。

 

(ゴブリンやオークには効かないのか……?)

 

 人間とは体の作りが違うとはいえ、人型で肺呼吸には違いない。

 ここは効率よく一網打尽にして温存でもしようと思ったが、まだまだ検証が必要なようだった。

 

 

「すまん、やっぱ各自で迎撃頼む。ふゥー……」

 

 俺は息吹による"風皮膜"を纏いながら指を鳴らし、連続で"素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)"を放った。

  

「あいは~い、じゃっ暴れちゃお」

「そうこなくっちゃ! アマルゲルくんの試運転できるーーー」

「よくわからんけど、了解っす」

 

「いやいや思わせぶりなの一体なんだったんだよ!?」

 

 フラウ、リーティア、ティータ、ゼノ。

 四者四様の返事と共に、たった5人の左翼軍は真正面からぶつかり合う。

 

 "魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)"でさらなる身体強化が為された、半人半吸血種の肉体で無造作に敵を打ち砕くフラウ。

 変幻自在の流動液体合金アマルゲルとやらで、試運転も兼ねて四方八方屠っていくリーティア。

 両手に持つ2振りの斧とドワーフの膂力、さらに柄元(つかもと)から伸びる鎖で射程(リーチ)を伸ばし叩き切るティータ。

 

 いちいち叫びながらリアクションしつつも、的確に敵の攻撃を(かわ)しながら剣術で戦うゼノ。

 敵の数は多いものの着実に減っていき、第一波はあっという間に全滅してしまった。

 

 

「弱すぎてあんまりアマルゲルくんのデータにならなかったなー」

「いやー充分スゴイっすよ、リーティアの魔術具は自分には真似できんっす」

 

 リーティアはアマルゲルを、ふよふよと動かしながら不満を漏らす。

 ティータは双斧を振って地面にめり込ませ、ついた血を豪快に(ぬぐ)い取っていた。

 

「ぜっ……はぁ……ぐぅ……、おまえら少しは……おれの、援護してくれよ……」

「本当に危なかったら助けたよ。というか、かすり傷一つないじゃないか」

 

 肩で息をするゼノに、俺は純粋な称賛を感じていた。

 動き自体は危なっかしくも見えたのに、その(じつ)危なげなく乗り切っている。

 

 

「あのさー、なんかこいつらおかしくない?」

 

 フラウが周囲を見渡しながら、そう口にして全員が疑問符を浮かべる。

 

「あーしは昔戦ったことあるけど、ゴブリンって連係はちゃんとしてくるんだよね。オークも混じった謎の軍を作る割には、まったくそんな気配なく意思疎通もしてなかった──」

 

 あれから強くなったことを差っ引いても、動きの緩慢さのほうが目立っていたと。

 珍しく不穏な表情を浮かべるフラウに、俺も眉を(ひそ)める。

 

 

 ──その瞬間だった。

 

「ゼノッ!」

 

 俺は反射的に指を鳴らし、"風擲刃"をゼノの後方へと放つ。

 いつの間にか立ち上がっていた、死に損ないのゴブリンの首が一瞬で飛ぶ。

 

「うぉああ!? 心臓止まるっつの……って、ん~?」

「ゼノー、油断や慢心まで援護しきれないっすよーーー」

 

 ゼノは寸断されたゴブリンを眺め、ティータの言葉が耳を抜けていってるようだった。

 先程までの慌てぶりとは一転して、研究者らしい真剣な目つき。

 

「いやおれ、トドメだけはきっちり刺していったハズなんだが──」

 

 殺したつもりで殺されるほど、無様なものはないからと念入りに。

 しかしそれは確かに、ゼノ自身が心臓に剣を突き立てたゴブリンに違いなかった。

 

 さらによくよく観察してみると、出血が少なく……転がった首が()()()()()()()

 

「……へっ?」

 

 ゼノの間の抜けた声につられるように──周囲の死体がいくつも動き、起き上がり始める。

 

 5人の誰もが経験したことがない怪異が、今眼前で展開されているのであった。

 

 

「下がれッ!」

 

 俺は反射的に叫び、4人は反応してすぐに後退する。

 

 "その光景"を直接見る(・・・・)のは、俺としても前世も含め、初めての経験である。

 しかし画面越し(・・・・)にあっては何度も見たことあるし、なんなら倒して回ったこともあった。

 

「誰も噛まれてないな?」

 

 俺の確認に全員が怪訝な表情のまま(うなず)く。ひとまずは安心──と思いたい。

 

「血液と唾液に気をつけろ、一応呼吸もしないよう遠間から頭を狙え」

 

 

「知ってるんすか、物知りおじ……兄貴」

「うむ、オトギ(ばなし)で知っている。あれは生物学的に死んでいるのに動き回る"生ける屍体(ゾンビ)"だ」

 

 酸素濃度を減らしても効果がなかったのも、呼吸それ自体をしていなかったからだ。

 ゴブリン同士で連係をしないで弱いというのも、思考能力が欠如しているからなのだ。

 集団にオークが混じっている理由も、感染して操られていることで合点がいく。

 

「ほへ~、あれが噂のゾンビかー」

「知っているのか、リーちゃん」

「うむ、昔ベイリル兄ぃによく脅かされた。そういうの繰り返したせいで、ヘリオはこの手のものが苦手になった」

 

 フラウとリーティアは、俺とティータのやり取りを真似して繰り返す。

 結果としてヘリオにもとばっちりがいったが、本人の耳に入らなければまぁよかろう。

 

 

(さてどうするか……)

 

 もし人間にも感染するなら、すぐにでも中央と右翼へも知らせなければならない。

 感染爆発(パンデミック)でも起これば戦線瓦解どころか全滅。

 下手すれば最悪、その感染力で世界が滅ぶかも知れないほどヤバイかも知れない。

 

「ティーちゃんの斧は大丈夫?」

「あっ……あ~大丈夫っぽいす、一応地面で(ぬぐ)ったんで」

 

 

 フラウはその答えを聞くと、空に向かって広げた右手の平を振り下ろす。

 その瞬間"見えない力場"によって、屍体群は圧し潰されて地面もめり込んでしまっていた。

 

「フラウ義姉ぇすっごー」

「まじやばいフラウちゃん、桁が違うっす」

 

「っあ……まぁいいか」

「ん、ベイリル、あーしなんかマズった?」

 

 漏れてしまった呟きにフラウは反応するが、俺は「いや──」と(かぶり)を振る。

 一匹生け捕ってサンプルとして、ハルミアに精査してもらおうと思っていた。

 

「ちょっとここで待っててくれ」

 

 俺は潰されていても手掛かりはないかと、"重力"の解かれた屍体へと一人で近付く。

 "風皮膜"で血液が付着することもなく、空気感染も内側の空気で呼吸するので問題ない。

 

 もはや原型を留めぬほどの、血風呂(ブラッドバス)のような光景。

 にわかにこみ上げてくる嘔吐感を、必死に我慢しながら観察する。

 

 

 それが果たして、"ウィルス"や"細菌"を根源とするものか。

 それともハリガネムシのような、"寄生虫"によるものなのか。

 もしくは冬虫夏草などに類する、"真菌"などで発症するものか。

 

 あるいは単に魔術の一つとして、"屍霊術"みたいなもので操ったりしている可能性は。

 エメラルドゴキブリバチのような、"脳の作用の一部を喪失"させる類のものだろうか。

 単純にそういう、"生物種の一形態"として存在していたりするだけなのか。

 

 考えられそうな原因を頭の中で羅列しながら、目を凝らして探っていく。

 

 十数年来の記憶がスラスラ出てくるのも、ハーフエルフの肉体と魔力。

 そして"読心の魔導"シールフとの日々で、記憶の整理をし続けたことによる部分が大きい。

 

 

 ──するとドロドロの屍体群の中に、何やら蠢く影が見えた。

 それは10センチメートルほどの、細長い黒芋虫のようだった。

 

「寄生虫、だな」

 

 俺は拾い上げて綺麗な地面に置いて、その様子を眺める。

 寄生虫が原因なら、血液や空気で即時感染という危険はないだろう。

 

 最初に散逸的に遭遇し、キャシーとリンらが倒したという魔物群。

 スズの所感では"逃げているようだ"──と言っていたらしい。

 

 それはきっとその通りなのだろう、きっと"ゾンビ化"した同種を恐れて逃げ出してきたのだ。

 そいつらがゾンビ発症してないということは、感染経路は限られたものになると思われる。

 

 

 しばらくニョロニョロと動いていた芋虫が、ゆっくりと動かなくなっていく。

 外気に晒されると死ぬのか、あるいは休眠にでも入ったのか──

 

(ただゴブリンやオークが組織だった動きをしているということは……)

 

 ──目的までは定かではないものの、少なくとも大元が存在するだろう。

 

 寄生虫を媒介にし、予めプログラムを植え付けるように特定行動を実行させるよう仕向けた存在。

 もしくは寄生虫を端末代わりに、簡素な命令を与えるようなことが可能な存在。

 

 ゼノがさらっと言っていた、トロルが四体もいること自体がおかしいこと。

 まして軍勢としてやってくるなどいう異常事態に加え、飛行型キマイラの存在。

 

 

 いよいよもってきな臭くなってきた事実。

 

 そして同時に言い知れぬ好奇心が、鎌首をもたげてくるのが……我ながら非常に考えモノであった。

 



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#60 左翼戦 III

 

 なんにせよ、いつまでも悠長に検証している暇はなさそうであった。

 

「おかわりきたー」

 

 その場で屈伸運動をしながら、リーティアが敵軍の第二波へ臨戦態勢へと入る。

 アマルゲルもリーティアに追従するように、合金溜まりの上で屈伸や伸脚を真似ていた。

 

「おいあれ! トロルいんじゃねーか! さすがにおれは逃げていいよな?」

「ウチは戦うから、ティータ守ったげてー」

「うーっす、一緒に離れてるっすよゼノ」

 

 

散弾銃(ショットガン)でもあればなー……)

 

 などと思いつつ、俺は寄生虫を宿したゾンビを確実に倒せる魔術を詠唱する。

 

万物合切(ばんぶつがっさい)()てつき(たま)へ。空六柱改法──"浸凍(しんとう)(さい)"!」

 

 手の平をゾンビの頭部目掛けてかざし、周囲へと膜のように液体窒素を生成する。

 

 空気割合の大部分を占める窒素操作は、科学肥料の為の窒素固定や"重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"など散々修練し続けてきた。

 "酸素濃度低下"も厳密には窒素の割合を増やすことであり、"風擲斬(ウィンド・ブレード)"も窒素を固体のように扱い(はな)っているようなものである。

 

 空気に関わる運動・温度や圧力といったあらゆる変化は、俺にとって現代知識を魔術に応用する基本であり応用。

 

 

 両手の掌握と同時に凝縮凍結し、肩口あたりからゾンビを自壊させていく。

 高度な動きはしてこないが、隊伍を組んで突っ込ませる程度はできる軍団。

 

 となればやはり頭に寄生しているだろうと、寄生虫ごと凍らせ砕くやり方。

 実際に粉々となった首なし屍体は、以降全く動き出す様子はないようだった。

 

 

 こちらがちまちま削ってる横で、フラウは遠間のゾンビを豪快に圧殺していく。

 

 "重力協奏"──見た俺が名付けた魔術、その内の一つ。

 オーケストラの指揮者(コンダクター)のように腕を振り、任意の場所に"重力場"を落とす。

 

 魔力の消費対効果(コスパ)は決して良いわけではないのだが、フラウだからこそ使える魔術だった。

 かつて小さい頃に俺が話した、引力や斥力といった重力の話──それらを自分の中で練り上げ、形と成してしまったもの。

 

 それは唯一無二と言っていいほどの領域まで、修羅場の中で昇華されていたもの。

 

 

串刺し(ニードル)! 回転(スピン)! (サイコロ)!」

 

 リーティアの指示と同時にアマルゲルはゾンビの頭を貫き、コマのように回転し弾く。

 さらには立方体(キューブ)状になって押し潰したりと、多彩にぶっ殺していく。

 

 水銀をベースに、その他の金属と魔力とを混ぜ合わせた魔術合金。

 リーティアの魔力に紐付けされていて、リーティアの意思に従って動く人形(ゴーレム)

 

 液体金属が流動し組み替わることで、(こと)なる魔術紋様をも組み換えて、別の魔術効果を発揮。

 ──するという予定の、リーティアだけのオリジナル魔術具である。

 

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の教師だったセイマールの遺物である、魔術具製作ノウハウを学んだ。

 魔術と科学を理解し、ゼノやティータと切磋琢磨し高め合った。まさに魔導科学の申し子たる、自慢の妹の傑作の一つであろう。

 

 

 俺は第二波ゾンビ群の最後の一体の、胸元あたりから"風擲刃"で切断する。

 さらに追加で下顎を蹴りで吹き飛ばして、噛まれる心配も念入りに()ちつつ、は半端に死んでないゾンビ頭を持ち帰る準備を完了させた。

 それで何かしらわかることがあれば──というところ。

 

「もっとも検体(サンプル)を持っていくのは、"アレ"の後になるか」

 

 粗方(あらかた)片付けたところで、いよいよ本命を前にする。

 

 災害級の極限環境生物トロルを正面に据え、俺は魔力の律動をより強く感じていた。

 

 

 3メートルを超える青白い巨躯に、筋肉で覆われた団子のような横幅。

 何重にも層になったような外皮に、単眼をギョロつかせている。

 トロルは顔の半分ほどまで裂けた口をあんぐりと開けていた。

 

 俺はパチンッと挨拶がわりに、全力の"素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)"を放つ。

 

「陸竜の鱗もあっさり斬断したものだが……まじで硬いな」

 

 研ぎ澄ませた風擲刃もトロルの皮一枚を切るに留まり、それすらも一瞬で再生していってしまう。

 

 

 続いてフラウが重力場で潰そうとする。

 しかしトロルは動きにくそうにするだけで、地面だけがめり込んでいく。

 

「うわっ……あの巨体で潰れないんだ。ねぇベイリル、あいつも近付いちゃダメなん?」

「一応念には念をだな、間接攻撃で仕留めたほうがいい」

 

 フラウも俺の"風皮膜"のような防護手段は持っていが、それでも無闇に接近しないに越したことはない。

 寄生虫の侵入経路がわからない以上、隙間を通じて入り込んでくる可能性もないとは言えない。

 

「そっかー、近付けばやりようもあるんだけど……あーしの魔術だと今はまだこれが限界かなぁ」

 

 

 トロルは超重力下でもゆっくりと顔を上げ、胃酸を圧縮して吐き出した。

 しかし超重力圏内では高圧胃酸もこちらまで届くことなく、地面だけを溶かす。

 

「リーティアはいけるか?」

「内部からなら多分。でもアマルゲルくんを強力な胃酸に晒したくないから、ベイリル兄ぃに任せる!」

 

 流動液体魔術金属も、金属には違いなく……酸には極力触れさせたくないようだった。

 せっかく行軍中まで延々調整していたのを、早々に使い物にならなくさせるのは忍びない。

 

 

「んじゃ俺が()ろう──」

 

 そう話している中で、トロルは鈍重にも見えるような動きながら移動していた。

 こちらへではなく周囲の潰れた肉塊の(ほう)へと──

 

「うえぇ……屍体食べてるぅ」

 

 リーティアのげんなりした言葉とは対照的に、トロルは裂けた大口のまま地を這う。

 粉砕されたゴブリンやオークのゾンビ体を、丸呑みにして(むさぼ)っていく。

 

 高重力場環境でも適応するように、機敏に動くそのおぞましき姿。

 無造作に捕食していくそのサマは、ある意味清々(すがすが)しさすら覚えるような食いっぷり。

 

 目につく範囲の屍体全てを、あっという間に平らげてしまう──と、トロルは一度だけ身震いしたかと思うと何かを吐き出した。

 

 

 言葉にならなかった。

 それはトロルの頭ほど大きさの──もう一体のトロル。

 今まさに産んだ(・・・)のだ。被圧殺屍体群とは、また違ったグロテスクさ。

 

 この場において栄養を摂取し単為生殖をするサマなど、言葉にし難い異様。

 今回の戦場にいるトロルも、元々は一匹だったのかも知れないとも考える。

 

「アレも大昔の吸血種(ヴァンパイア)みたく、血肉から魔力を取り込んでたんかもね」

 

 そんなことをフラウは言いつつも、その様子を人並に気持ち悪がった表情を浮かべている。

 

 

「まぁ殺すことに違いはない。フラウ、リーティア、一応下がっていてくれ」

「おっけ~、行こっかリーちゃん」

「うん、フラウ義姉ぇ」

 

 二人は微塵の心配もなく俺に託し、ゼノとティータに合流する。

 

 トロルの大きな単眼がこちらを向くと、その瞳孔あたりから寄生虫がニョロリと顔を出していた。

 瞳を防護する膜の裏側で、蠢く寄生虫もまた一層気色悪い。

 

 

 重力場が消失したことで、超高圧の胃酸カッターがこちらまで届くものの、風一枚で(かわ)す。

 

(過言だろうと少し思っていたが……──)

 

 噂や風説というものは、得てして尾ひれが付いて肥大化していくものだ。

 しかしゼノが語っていた情報(たが)わぬ化物やも知れないと実感し始める。

 

 溶岩や深海のような環境でも大丈夫ならば、"酸素濃度低下"は効くまい。

 半端に生成するだけの"液体窒素"も、分厚い外皮には通るまい。

 落下の衝撃にも強く、重力もモノともしない。そしてあの再生力。

 

 "重合窒素爆轟(ポリニトロボム)"なら一撃で粉砕できるだろう。

 しかしあれは燃費も悪いし、集中も必要で胃酸を回避しにくくなる。

 今少し消費も少なく、飛散させることもない術技──

 

 

「必ぃ殺──」

 

 俺は右腕を天へと掲げ、人差し指の先に小さな旋風(つむじかぜ)が渦巻く。

 旋風は一点に凝縮したまま回転数を上げ続け、局所的な竜巻を作り出す。

 

「テンペストォ!」

 

 右腕を振り下ろし、指先をトロルへ向けると同時に解放された嵐の奔流。

 それはトロルの巨体へ正面から衝突し、その重量を一息で上空高く打ち上げた。

 

「ドォリィルゥウ!」

 

 間断なく伸ばした右貫手へと竜巻が収斂(しゅうれん)しながら、螺旋の回転を帯びていく。

 形成されるエアドリルの上昇流に乗って、俺はトロルまで導かれるように突貫した。

 

「ブゥレェイクゥゥウウウ!!」

 

 躰ごと天空へと撃ち出され、トロルと嵐の道によって繋がる竜巻誘導路の風を段階的に束ねていく。

 終域たる一極まで肥大化し続けたドリルは、加速と共にその鋭き先端からトロルの皮膚を穿ち抜いた。

 

 螺旋回転に巻き込みながら、内部からミキサーのように削り下ろし続ける。

 その強靭な肉体を掘削し、再生力を超える速度で微塵にしていく。

 

 みるみる内に跡形もなくなったトロルは、収縮させた風の中で血袋と化していた。

 

 

(……早く飛行できるようになりたいもんだ)

 

 俺は風と共に地面へと着地しつつ、そんなことをついつい思ってしまう。

 風に身を任せるくらいはできるが……それが限界。

 

 空属魔術を選んだ理由は数あれど、最大の動機は"自由に空を飛ぶこと"。

 鳥人族のような翼なしでは、飛行への障害(ハードル)はことのほか多い。

 

「さて、こっちはどうするかね」 

 

 余波で打ち上げられたが"導嵐・(テンペスト)螺旋(・ドリル)破槍(ブレイク)"に巻き込まれず、その場に落ちた"仔トロル"を見る。

 小さく、しかし頑健であろ、それこそ"乾眠"のような状態で全く動かなかった。

 

(持って帰れば……いずれ使える、かも?)

 

 それはいつの話になるかはわからないが……。

 遺伝子解析ができるようになれば、有用な何かが得られる時代も来ることを願って。

 

 

 幼体トロルと行動不能にさせたゴブリンゾンビを、それぞれ拾い上げて俺は4人へと告げる。

 

「一旦本陣に戻る、あと頼めるか?」

 

「いいよ、ここは任せてベイリル」

「トロルいなきゃ余裕っすよ~」

「おれも戻りたいんだが」

「ゼノも付き合うんだよー」

 

 フラウ、ティータ、ゼノ、リーティアへ頷きで返し、俺は"荷物"を両手に走り出した。

 

 



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#61 戦争の形

 

(戦争といっても、案外なんとかなるもんだな──)

 

 魔物──しかもゾンビ相手で勝手は違う部分も多々あっただろう。

 俺は大地を駆けながら、独りごちるように思考をきたす。

 

 前世では当然だが、現代日本において戦争になど参加したことがない。

 戦争史も一般教養や、興味本位で調べた程度ではあるが……。

 

 

 ──異世界の戦争は、元世界(ちきゅう)のそれとは特異である。

 当然ではあるのだが現代地球の常識などは、通ずる部分こそあれ時代性も含めて多くは通用しない。

 

 車両や航空輸送はないし、巨大なパンゲア大陸ゆえに水上輸送なども場所が限られる。

 しかし魔力と魔術によって身体能力が大いに強化されることで、時に生身の何倍もの行軍速度を生み出す。

 

(学苑一年生でも、地球の一流スポーツ選手ら並に思えるし……)

 

 魔術を使えぬ人間でも魔力による身体強化はある為、全体として迅速な行動ができる。

 亜人種や獣人種ともなれば、さらに数段上のスペックを誇ることも珍しくない。

 

 それは騎乗・輸送用の動物も例外ではなく、速度・体力・踏破力のいずれも優れる。

 家畜として適している馬が戦場で多く利用され、飛行生物も存在するが人員・物資の大量運搬には適しておらず陸上輸送が基本。

 

 

(バカ食いする必要もないしな)

 

 地球人の何倍もの頑健かつ運動量を誇っても、消費カロリーに対して食事量は多少増えても何倍・何十倍にもなるということはない。

 食物の保有エネルギー量が多いのかは現状だと検証しようもないが、圧倒的な運動量に見合うほどの熱量(カロリー)を摂取する必要がない。

 ひいては補給線においても、通常の何倍もの量を運搬しなくても済んでいる利点が挙げられる。

 

(……"超一流の冒険者は排泄(うんこ)をしない")

 

 ──という格言が異世界(こっち)には存在する。

 つまりは摂取したエネルギーを無駄なく吸収する。"鉄の胃袋"と"消化能力"をもってして、一流だということ。

 排泄行為という絶大な(すき)と、後処理の手間を最小限にしてこそ、冒険者稼業はよりよい成功を収めるというものだった。

 これは職業軍人などにも同様のことが言え、実際に専門の鍛錬までするという話も聞いたことがある。

 

 転生し日々修練するベイリル(おれ)自身も、そこらへんは実感するところであった。

 

(それと……"農耕"でも重要なことだ)

 

 一般人まで大量に食物を必要とすれば食糧自給が追っつかず、人口はいつまでも増えないままとなってしまう。

 どうにか"化学肥料"が普及したとしても、生産高に対して人口爆発が控えめとなってしまい急速な文明の発展は望みにくい。

 

 

(──魔術で水は補給できるし、地属魔術士がいれば工作用の道具類も多くはいらない)

 

 マルチツールとなる"魔術具"などもあり、輸送量と輸送能力の両面で見た時に、実働負担が少なく地球戦史と比較して非常に効率が良い。

 しかしいくらなんでも糧秣が振って湧くようなことはないので、清潔な水は魔術調達できても、食物は狩るか運搬するか略奪する必要は逃れられない。

 

("転移(ワープ)"や"異空間収納(よじげんポケット)"のような真似は"魔法"級の領域だし、高効率でもやることやれることは一緒だ)

 

 つまるところ補給線を断つという戦略・戦術は、効果は減じれど普遍的に通じるやり方となる。

 

 

(ざっくり地図と単位から照らし合わせたに過ぎないが──)

 

 異世界のこの大地──この星は、地球よりはちょっと小さいようにも感じた。

 魔物が跋扈し戦乱も絶えぬ為か、地球史の人口とで比較してみてもかなり些少な部分がある。

 

 しかしそれらを補って余りある、異世界なりの繁栄というのも随所で散見された。

 

 例えば各国の軍事行動とは、共通して魔物の討伐も含まれる。

 魔物を減らすついでに、他国の領地も奪おうというわけである。あるいはその逆も。

 

 相容れない魔物という内敵を排すことで国威を示し、国内の治安を保つのもまた大切な仕事の内。

 どうしても手が回らない部分に関しては自助だけでなく、冒険者といったものも利用してきたのが歴史。

 

 

 そして魔術士が強力であるがゆえに、実際的な戦争の形も多様極まる。

 

(冒険者もそう……個人レベルの武勇が目立つ)

 

 単一の火力が、集団を容易(たやす)く駆逐してしまうことがままある。

 俺自身も例に漏れないし、フラウやリーティアも一騎当()級の猛者。

 

 現代では個人携行火器にも限度があるが、魔術士はナパーム弾を一人で何十発と撃てるようなもの。

 しかも魔力強化された機動力をもって、弾薬補給を必要とせず、休むだけで魔力も回復する。

 

 また対軍にまで特化した個人火力というものは、すなわち"伝家の宝刀"ともなる。

 言わば核兵器のような抑止力。抜かないことに意義があるし、抜けば互いに殲滅戦になりかねない。

 

 

(一騎当千級の魔術士を積極的に使う時とは、相手も同じ札(ジョーカー)を持っていることが多いんだとか)

 

 神族が繁栄した頃の名残か……"名誉ある決闘"のような慣習も、共通認識として強く残っている。

 

 また戦場魔術士として名を挙げるほど、平時での暗殺の危険(リスク)が付いて回ってしまう。

 なので平均水準より強力な魔術士も、余力を残しつつの部隊運用で目立たないようにすることが少なくない。

 

 感覚に優れた獣人種の隠密行動や、地属魔術士の迅速な陣地構築も脅威と言える。

 防御に撹乱に回復まで、優れた魔術士の存在は戦場を一変させてしまう。

 

 

(空挺戦術なども存在するらしいが……)

 

 敵方に強力な魔術士がいれば、それだけで虎の子の空軍が対空魔術で墜とされかねない。

 ゆえに航空戦力というのも飛行難度も相まってさほど多くなく──陸上輸送と同様──戦争は陸戦がメインとなる。

 

 往々にして用意・維持コストが(かさ)む飛行部隊は基本にして最重要ともいえる索敵といった情報収集に回される。

 戦力としての運用は最序盤の制空権の奪い合いや、趨勢を決する為のトドメばかりとなる。

 

 一方で水軍・海軍は相応に強力なようで、さらには巨大湖を挟んで国家同士が接している。

 その為にだだっ広い大陸においても、水軍が使える地理においては重要性が非常に高い。

 

 戦術は雑多に存在し、参加する魔術士の特色で良くも悪くも大きく変化する。

 

 

(王国軍などは、大規模な攻撃魔術と防御魔術を掛け合わせた集団戦術が多いと聞く)

 

 非魔術士の肉壁を前に配置し、定点型の魔術士の多さを利用した攻防強力なそれである。

 さらに罠型(トラップ)魔術や、魔術具を利用した伏撃戦術も得意としている。

 

 帝国軍は集団戦術はもちろん、魔術士を主軸とした小隊戦法も好んで使用する。

 他にも獣人種によるゲリラ戦法や、騎乗生物や大型魔物を利用した複合戦術も効果的に扱う。

 情報にも比較的重きを置いていて、特化させた部隊を適切に投入・運用する(すべ)を心得ていた。

 

 

(さらに突っ込んでいけば……)

 

 魔術士がいくら強かろうと、魔力が尽きればただの人。

 疲労や精神状態にも左右され、集中を掻き乱したり不意を突いて倒すことも可能だ。

 

 魔力身体強化に特化した戦士の中には、魔術士を倒し得る者も少なくない。

 

 それゆえに必ずしも定石(セオリー)通りにはいかないのが、異世界戦争の常。

 非常に(いびつ)で複雑な戦模様(いくさもよう)が、随時展開されるのである。

 

 なんにせよ魔術も使ってくることなく、敵軍の恨みも買わない魔物戦において──強力な駒を惜しみなく使うジェーンの判断は、理に適うものだろう。

 

 

 考えを巡らせていると、いつの間にか追従しつつある影が在った。

 トップスピードではないまでも、風を(まと)う俺の速度にも難なくついてきている。

 

 そんな見知った"ニンジャ"は、首を傾げながら言葉を投げかけてきた。

 

「変な走り方でござるね」

「これは俺の知る"強者たちの走り方"だ、素敵だろ?」

 

 上体を一切()れさせることなくやや前傾に。

 足のシルエットが見えないほどに高速で地を蹴り続ける。

 

 それは腕を組んだり、煙管(キセル)を吸うような優雅さで……極めれば急加速・急制動・急転換まで可能な、俺の知る最高にイカす走法。

 

 

「そんなことより手に持ってるのはなんでござる、いよいよ狂ったでござるか」

「ちょいちょい辛辣だな、これは実験材料だ」

 

 乾眠でもしているかのような仔トロルと、下顎のないゴブリンの頭を掲げて見せる。

 しかしスズは女の子らしいリアクションもなく、ただ見つめるのみであった。

 

「──で、スズ。お前は何か連絡しにきたのか?」

「左様、少々問題が発生したでござる。後軍軍団長と一部の生徒が先走って──」

 

 お互い大地を駆けながらも息を切らすことなく、悠然と会話を続ける。

 

「やや独断専行気味で村への救援へ向かって、ガルマーン教諭もついてったでござる」

「……スィリクス、何やってんだか」

 

 俺はかつて幼馴染と言うほどでもなく、学苑にて再会を果たした自治会長であるハイエルフの顔を浮かべた。

 クロアーネから聞いた話では、後軍の部隊は合流した時の戦況を見てから編成。その後に各戦線へ適時投入する予定だったはず……。

 

 だが後軍が当初の予定から減っていれば、ジェーンの采配にも支障も出るだろう。

 さらにガルマーン講師までいなくなったとなると、状況判断はどうなるものか。

 

 

「もっとも村方面もトロルが向かったらしく、致し方ない部分も否めないでござるがねぇ」

「なるほど、左翼のトロルは駆逐したことだし……俺は左翼へ戻らず中央戦線へ()くか」

 

「トロルはベイリル殿(どの)が倒したでござるか?」

「無論だ」

「流石でござるねぇ、拙者の見立て通りで良かったでござる」

 

 片眉をひそめつつ疑問符を浮かべる俺に、スズは「こっちの話でござる」と流す。

 

「中央へ行くにしても……一応判断を仰ぐがいいでござるな」

「そうだな、俺はどのみち後方陣地へ一旦向かう。スズはこの後はどうするんだ?」

「指示待ちでござる、多分」

「それじゃあ一つ、ヘリオに伝えて欲しいんだが──」

 

「貸し一つでござるよ」

 

 

 俺は屍体(ゾンビ)のこと。寄生虫感染への注意として、間接攻撃でなるべく倒すこと。

 トロルへの有効と思われる戦法。寄生虫を操る存在(ぼす)の示唆。そして「無理はするな」ということを言付ける。

 

「ういうい、委細承知。確実に伝えるでござるよー」

 

 そう言いながら声は遠くなっていき、スズと分かれた俺は後方陣地へと走り続けた。

 

 



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#62 後陣地

「ベイリル! 左翼はどうしました? ――っなんだそれ!?」

 

 後方陣地へ着くなり、モライヴが見たこともないような荒い声で聞いてくる。

 いつもの気怠げなテンションとは打って変わった、焦燥の見えるそれだった。

 

「土産と警告だ、左翼は概ね片付いたから任せてきた。リンは?」

 

 俺は早足のまま話しつつ、モライヴも訝しげな表情を貼り付けたままついてくる。

 

 

「左翼はそうか……流石ですね。リンはルテシアさんと軍の編成中です」

「ルテシア先輩はいるのか……思ったより早いな。あぁそれと、スズはヘリオのとこへ行かせた」

 

 ルテシアはてっきり、スィリクス会長についていったのかと思っていたが……。

 学園生活を振り返ると――確かにあの二人はそれぞれが持つ役割。

 その領分をきっちりと切り分けて、動いていたような気がする。

 

 

「スズを? 了解しました。だだ戦場で不可解なことが――」

「これだろ」

 

 そう言って俺は、ゴブリンゾンビの頭部をモライヴの前に見せる。

 ぐるんと目玉が動いて、それを興味半分恐れ半分といった表情でモライヴは視線を返す。

 

「本当に……生きている? 不死者にしては数が異常すぎる。それに首だけでなど――」

「確かに不死者(アンデッド)でもあるが、これは生ける屍体(ゾンビ)だ。今から少し調べるから待っててくれ」

 

 異世界には一般に、"不死者"とされる存在もいるにはいる。

 詳しい原因は不明なものの、散発的なものでサンプルケースが少ない。

 

 少なくとも今回のように、大挙して発生するようなものではなかった。

 

 

「――とりあえず中央はもうすぐ俺も参戦する。右翼もまぁヘリオならイケるだろう」

 

 そう話しながら俺とモライヴは目的地へと到着する。

 

「ハルミアさん!」

「ベイリルくん? えっなにそれは……」

 

 傷病人の対応による疲れを見せぬハルミアも、流石に顔を歪める。

 

「ちょっとこっち来てもらえます?」

 

 怪我人らがいる前で大っぴらに聞かれても困るし、ゴブリンの死体を晒すのも衛生上良くない。

 よって速やかに誰もいない離れた場所まで、3人で移動した。

 

 

「とりあえず"こっち"は置いときます」

 

 俺は"トロルの乾眠幼体"を横に置いて、ゴブリンの死体をうつ伏せに地面に置く。

 

「それで、どういうことですか? ベイリルくん」

「怪我人の中で、戦場で噛まれりした人は居ますか?」

 

「えぇ右翼戦場で二人ほど」

「特に問題は?」

 

 潜伏期間も考えられるがはたして――

 

「ない、と思いますが……」

「そうですか、まぁ多分大丈夫だとは思うんですけど、これ解剖できます?」

 

「これを……ですか? あまり気はすすまないですが必要なことなんでしょうね」

「中に黒い芋虫みたいなのがいるんで、それに気をつけてください」

 

 

 ハルミアはいまいち意図を理解しきれてないようだが、とりあえず頷いて施術へ入る。

 魔術によって指先から、淡く赤い発光刃(レーザーメス)を作り出し、脳を切り開いていく。

 うなじよりやや上の部位まで開いたところで、黒芋虫が顔を出した。

 

「大きさからしても、やっぱり精々一匹か」

 

 俺は気持ち悪さに我慢しながらも、頭は切り離して分析する。

 一匹の頭に一匹の芋虫。それ以上は特に見当たらないようだった。

 

 であれば、空気中に卵を散布するような繁殖方法じゃないだろうと。

 恐らくは直接植え付けるような接触感染だろうか。

 

 俺は創作(フィクション)の知識から、手前勝手にそう類推する。

 

 

「……今の虫に気をつければいいんですね」

「さっきのが戦場を騒がせてる、殺しても動く"ゾンビ"とやらの原因――ということですか」

 

「正解。体内に潜り込むタイプの寄生虫ってやつで、人間も操れるかはわからない。

 感染も空気や血液よりは、直接接触で卵か幼体を潜り込ませるような(タイプ)と思われる」

 

 冷静で知的な二人を相手にすると、会話もスムーズで助かるというものだった。

 とはいえ医療従事者でないモライヴは、話半分といったところ。

 

 それでもハルミアが理解していることを察すると、話の腰を折るようなことはしない。

 

 

「えっと、私はどうすればいいんでしょう」

「感染している可能性も0(ゼロ)ではないので、もし疑わしければ触診かなんかで……」

 

「もし確認できたら……今みたいに外科手術を?」

「えぇまぁ……できますか?」

 

 ハルミアの表情は、苦悶の入り交じるものだった。

 それでも医療を志す者の矜持(きょうじ)が、それらをあっさり上書きする。

 

「そうしないと助からないのであれば――わかりました、やってみせます」

 

「お願いします。それじゃあ俺は中央戦線へ出撃するんで」

「ベイリルくん、そっちのは……?」

 

 ハルミアは俺が掴んだ青白い肉団子を、指差しながら問い掛ける。

 

 

「この戦争が一段落したら説明します、それじゃ――」

「ベイリルくん!」

 

 再度呼び掛けられ、俺は半分ほど振り向きかけた体を戻す。

 ハルミアは俺の空いた手を取ると、ポケットから"何か"を取り出す。

 

 それを俺の手の平へと置くと、ギュッと両手で包むように握らせる。

 

「ご武運を――」

 

 俺は安心を十全に込めて頷いてから、力強く前に踏み出した。

 

 

 

 

「クロアーネさーん! クロアーネさんはおるかー! ちゃんクロー!」 

 

 軽い駆け足で後方陣地を抜けるまで、俺は叫び続ける。

 ともすると上空から気配を察し、肩口まで迫った山刀を滑らせて回避する。

 

「一体なんのご用向きでしょうか、急ぎでないのならもう一撃お見舞いします」

 

 そう言いながら彼女は何事もなかったように、山刀をもう一本引き抜く。

 

「すみません、急ぎです。このトロルの幼体を、どこか周囲に安全なところに隔離置いてください。

 後でオーラム殿(どの)まで届けるので、とりあえずこの戦争が終わるまでの(あいだ)だけでいいので」

 

「……わかりました。ちなみに次やったら貴方の料理は二度と作りませんのであしからず」

 

 

 クロアーネさんは山刀を収めるとトロル幼体を躊躇いもなく掴み、お互いに別方向へと走り出す。

 

(二度と料理は作らない……か)

 

 俺も彼女との距離感や扱いには慣れてきたが、向こうも慣れてきたということか。

 

 トロルって食えんのかな……などと食欲が減退するようなことを思いながら、俺は風に乗った―― 

 

 

 

 

 ゾンビ体で通常より弱いとはいえ、それでも中央戦線はなかなかに士気が高かった。

 連係もしてこないし、行動も単純だが、急所を突いても襲い掛かってくる狂気。

 

 殺しても死なないという恐慌状態が、軍隊をどれほど脆弱なものにするのか……。

 そんなことを思っていたのだが、案外杞憂だったようだ。

 

(そこれへんは魔物慣れしている異世界だからかね……)

 

 あるいはジェーンの指揮能力の高さによるものか――

 なんにせよ維持はできているし間もなく後軍も来るだろう。

 さしあたって加勢の必要はなさそうだった。

 

 走りながら一際大きな巨体を見つけて近付くと、トロルが氷漬けにされたように眠っていた。

 

 

「俺の液体窒素じゃ、こうは無理だな」

 

 呟きながらゴンッと拳を軽く入れてみるが、言葉にしにくい感触が返ってくる。

 トロルを急激な温度差という環境変化に曝し、防衛行動として乾眠状態を強制させた。

 殺すことはできなくても、倒すことならどうとでも――を地でいったのだ。

 

「流石だな、ジェーン」

 

 トロルの生態・特性をよく理解し、水属の強力な氷魔術だからこそ可能な芸当だった。

 乾眠の所為か実のところ凍結はしていない。それでも行動不能にするには至っている。

 

「ん~む……すごいなコレ」

 

 クマムシなどに代表される、乾眠状態のようなトロルをペタペタと触る。

 

 超高温・超低温・超高圧、真空や放射線にも耐えるのであろう形態。

 完璧な乾眠状態では、"ポリ窒素爆轟"をまともにぶつけても耐えられるのでは? とすら思えた。

 

 

(にしても、ジェーンとキャシーはどこだ……?)

 

 一度空中高く跳び上がって見渡すも、それらしいものは見当たらない。

 耳に入れるべき情報が少なくないのだが、どこまで行ったというのか。

 

 同時に視界に入った黒い影に注意が向く。

 それは(くだん)の"飛行型キマイラ"であった。

 

 森近くの上空を旋回しているようで、アレが存在している為に空中斥候が出せない状況にある。

 

「ああ、"素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)・飛燕"――」

 

 

 俺は胸元で(ペケ)を描いた両手を、勢いよく横一文字に広げながら指を鳴らす。

 貫通性能に振った風刃の"捻燕"、誘導性能に振った風刃の"飛燕"を派生として使い分ける。

 

 形成された2羽の風の刃は、軌道をゆっくりと曲げながら遠くのキマイラへと向かっていった。

 大気を通じた視線による有線誘導イメージ。遮蔽物のない空中で外すことはない。

 

 俺は地面に着地しつつ様子を見る。

 二枚刃の速度は僅かに変えて、時間差で当たるようにした。

 まず一撃目が命中し、敵が気付いた後にさらに二撃目が叩き込まれる。

 

 

 風刃の飛んできた方向から敵はこちらの存在に気付き、想定通り近づいて来るようだった。

 敵愾心(ヘイト)を稼ぎ、俺へと釘付けになったキマイラを撃滅する単純作業。

 

(まあアレも寄生されてんだろうから――)

 

 既に死んでいれば酸素濃度低下は効かない。多種混合の魔物の呼吸メカニズムも不明瞭。

 そもそも動き回る相手には使いにくく、魔力消費も(かさ)んできたので無駄撃ちも避けたい。

 

 俺は戦法を決めると"素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)・飛燕"をもう一度、左右それぞれ指を鳴らす。

 

「"エアバースト"」

 

 飛燕が両翼を裂いた瞬間、天頂方向から最大出力のダウンバーストをお見舞いした。

 

「墜ちろ、カトンボ」

 

 滞空手段が削がれたのに加え、上空から襲い来る風圧に叩き付けられて為す術はない。

 俺の言葉に導かれるかのように、キマイラは墜落する。

 

 

「――"刹那風刃脚(アトウィンドカッタッ)"!」

 

 左半身に構えた状態から、落ちるキマイラと交差するその瞬間。

 俺は前方向へ捻転させるように、僅かに溜めを作る。

 

 そして落下とは逆の上空へ向けたカウンターの形で、密着状態から放たれる必殺の術技。

 

 上円軌道の右蹴りと共に、二重風刃がキマイラの硬い皮膚を引き裂き、臓腑を斬り断つ。

 余勢(よせい)を駆った左脚による、天頂蹴り上げに追従した風刃刺突が肉体を貫き穿つ。

 ダウンバーストを取り込んだ"風皮膜"の流れを利用し、空中で一回転しながらさらに(かかと)を落とした。

 

 キマイラは改めて地面に衝突し、断末摩一つなく絶命する。

 

 

 切り下ろされ、穴が空き、頭の潰れて行動不能となった死体。

 地面にへばりついた肉片の上を歩きつつ、黒い芋虫を踏み潰して俺は実感する。

 

 入学初日にカボチャと打ちのめし、フリーマギエンスを設立してから一年近く。

 

 フラウと心身を重ね、コツを掴んだ魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)の修練。

 それ以前の無明の暗闇で決意した時より、積み上げ研ぎ澄ませてきた己の(ちから)

 

 それらが十全に機能し、役に立っていることが報われている。

 やれるようになったことが増えてきて、自分の可能性を大いに楽しんでいる。

 

 前世とは比べるべくもない充実した生の謳歌が、俺に活力を与え続けてくれた。

 

 

「――? んっく……」

 

 突然ふとした耳鳴りに襲われ、俺は咄嗟に鼻をつまんで耳抜きをする。

 特段調子が悪いというわけではないが……。既に前方には新たな軍団が見え始めている。

 

 しかし何故だか、虫の報せのような予感が脳を打った(・・・・・)のだった。

 

 



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#63 後軍議

 

「私は早急に村へと向かう!!」

 

 スズからの火急の報告を受けたスィリクス後軍軍団長は、馬上からいきり立ってそう叫んだ。

 

「ですが会長、前軍は援軍を必要としています。ジェーン軍団長も、再編した後に救援を向かわせるかと」

 

 嗜めるように副長のルテシアが言うが、スィリクスは聞く耳を持つ様子はあまりなさそうだった。

 

「副会長、我々の本分はなんだ? この遠征軍の目的は、周辺の治安維持の為の討伐である。

 そこを忘れては存在意義がないではないか! ほんの僅かの差で命が喪われるのかも知れぬのだ!」

 

 エルフ至上主義を是とするスィリクスには珍しい光景と言えた。

 これには扱いに慣れていたルテシアも、思わず怪訝な表情を浮かべてしまった。

 

 

 助け舟というほどではないが、提言を求めるような教え子の視線にガルマーン教師は答える。

 

「スィリクス、お前の言うことももっともだが、頭が二つあっては指揮系統に乱れが生じる。

 ここは既に戦端を開き、最も状況を把握しているジェーンを筆頭に据えて指示を仰ぐべきだ」

 

 そう言うものの、スィリクスは強い意志を宿した瞳で退く様子は見せなかった。

 

「これは生徒主導の戦争です。異常事態ではありますが、そこはガルマーン教師も仰る通り――

 指揮権は生徒にあって(・・・・・・・)教師にはない(・・・・・・)のです。私はジェーン軍団長と同等の指揮権を持ち得ます。

 その私が判断しているのです。それに頭も二つには成り得ません、我々は別働隊として動くのですから」

 

 

 

 今この瞬間――ガルマーンは無力感のような何かをにわかに感じていた。

 少しぬるま湯に浸かりすぎていたことは、明らかとさえ言えた。

 

 かつて最も親しき友と(たもと)を分かち、放浪の後に学園長に誘われた。

 人柄と経歴を買われ、どうせやることがないならとこの学園へと――

 

 前任者から受け継いでもう10年近くはなろうか、かつての磨き上げたモノはもはやない。

 鍛錬を怠ったことはないが、しかし研ぎ澄ますことは忘れて久しい。

 

 もちろん学べたことは数えきれないほどあったが、同時に失ったものも否定はできない。

 

 血反吐を流す鍛錬と、途切れることなき実戦の繰り返しだった日々。

 あのギラギラした日常から得ていた感覚は、思い出そうとして戻るものではない。

 

 

 情報が足りないのを鑑みても、現況における最適解を見出すことができない。

 強固な態度の生徒を説き伏せるだけの、弁舌を持っていない。

 

 軍において指揮系統とは絶対のものであり、上官が死ねと言えば死ぬものである。

 そこに疑問を差し挟む余地はなく、より多く情報を持つ上官がそう判断したのだから。

 

 仲間を守る為に、より多くを活かす為に、非情な決断と命令を差し迫られる。

 自分も上に立った時は懊悩(おうのう)し、死ぬかも知れない命令を下したこともあった。

 

 そうした命令があり犠牲になった者のおかげで、自分が生きている。

 そうした命令によって、自分の命で仲間を生かすことができる。

 

 あくまで引率であり、緊急時の指揮権の移譲などは想定されていない。

 それゆえに、正しく適した判断というものをつけられずにいる――

 

 

「別にいいと思うでござるよ?」

 

 そう事もなげに軽々と口にしたのは、情報を持ってきたスズであった。

 

「それはどういう意味でしょうか、スズ連絡員」

 

 ルテシアは行軍を続けながら、地上でついてくるスズへと問い詰めるような声音で聞く。

 

「軍を分割してもいいと言ったでござる。ジェーン殿(どの)はその程度は想定しているでござる」

「最初から後軍をアテにしてないということか? 緊急の援軍要請ではないのか!?」

 

 スズの言い分は、図らずもスィリクスの判断を肯定する言であった。

 しかしスィリクス本人も腑に落ちないのか、言葉を荒げる。

 

 

「ジェーン殿(どの)らが欲しているのは、前線で戦う人材じゃなくて退却の為の人員でござるゆえ。

 忌憚(きたん)なく言えば戦力は既に足りている(・・・・・・・)のでござる。半分もいれば副長と作戦参謀が調整するでござい」

 

「トロルもいるのなら、足りるわけがないだろう」

 

 ガルマーンはそう断定口調で言った。トロルとは一種の災害とも言える生物である。

 

 かつて帝国で何度か出現した際も、"黒騎士"団員が十数名で戦術を展開し、確実に葬るもの。

 黒騎士でも精鋭であれば単独でも倒せないことはないが、危険を考えればそうして(しか)るべき存在だ。

 

 学園の生徒達は優秀だ、しかしだからと言って討伐など見通しが甘すぎる。

 

 

「拙者も仕事柄、目が肥えているゆえ――単一で抗し得る者は、とりあえず五人ほどいるでござる。

 あっガルマーン教諭も含めれば六人でござるかね。ジェーン殿(どの)もそれをよくよく承知している。

 なればこそ今の戦術があるのでござる。数で劣れども強軍に小細工は()らないのでござるよ」

 

「馬鹿な……――」

 

 5人? トロルを知らぬ者の戯言(たわごと)――と切り捨てるには難しかった。

 入学時の冒険科振り分け試験の時に、グナーシャ、ルビディア、ヘリオ、パラス、カドマイア。

 彼らは次の英雄コースの人材として目をつけていて、たまに様子を調べたりしていた。

 

 スズは一流の諜報員であることは、自他ともに認められている。

 極東北土における忍者の系譜であり、この1年近くでその優秀さはたびたび耳にしていた。

 

「それが"フリーマギエンス"でござるよ」

 

 付け加えるように言ったそのセリフに、スィリクスの顔が歪んだ。

 努めて平静を保とうとしていても、どうしても苦い顔をせざるを得ないようだった。

 

 

自由な魔導科学(フリーマギエンス)――)

 

 最初の頃に顧問として、ガルマーンは打診されたことがあったが、さる事情により断った。

 それはフリーマギエンスに限った話ではなく、あらゆる部活動の顧問を……である。

 

 英雄コースのみで関われるからこそ、人はその恩恵を受ける為に志す。

 誰でも入れるような部活で教える立場になれば、英雄コースの優位性が失われる。

 

 しかしフリーマギエンスの名はあれから随分と、そこかしこで名を聞くようになった。

 既に学内活動における最大派閥なのではないかと思うほどに。

 

 あまり積極的に人と絡まない、あのシールフ講師ですら引き入れてしまった……。

 生徒の自主活動に参加するなど、恐らく初めてのことなんじゃないだろうかと。

 

 ひとたび事件が起これば、その裏にフリーマギエンスが関わってるとさえ噂される。

 

 

 3人の中で唯一ルテシアは、速やかに事情を飲み込み判断を下す。

 

「想定内と言うのであれば是非もありません。急を要することは事実ですし、会長は精鋭三十人を選んでください」

 

「っぬぅ……なに?」

「数が多ければ足をとられます。避難誘導と一定抗戦の為の精鋭(・・)です。私は残りの軍で後詰めに回ります」

 

「副会長は残るのか」

「もちろんです、軍団長なき後軍を率いるは副長以外にいないでしょう」

 

「……そうだな、副会長。君の言うことは正しい、そうすることにしよう」

 

 スィリクスは言葉に詰まった後に、言いたいことは飲み込んでから承服する。

 いつまでも話を長引かせては、それこそ救援に遅れてしまう。

 

 

「村へのトロルはどうするでござる?」

「ガルマーン先生、お願いできますか?」

 

「なに、俺がか?」

「他に人手がいないかと。戦場のトロルは逃げればいいですが、村へのそれは迎撃するしかありません」

 

 確かにトロルに対抗できるのは、ガルマーンしかいない。

 指揮系統はジェーンとスィリクスにあるし、その(げん)はもっともな部分がある。

 

 ガルマーン一人で生徒全員をカバーするのは不可能であり、事態は既に動き出している。

 

 そもそも学園は校風として自由を謳い、それゆえに生徒であっても責任を負い伴わせる。

 たとえ命を懸けるような状況であっても、世界とはそういうものであることを身をもって教える。

 

 生徒ら自身が決断し、なによりも強い意思をもって行動している。

 それらをこちらの曖昧な判断で混乱させるわけにもいかなかった。

 

「わかった、俺も村へと向かおう」

 

 いつの間にか場の主導権を握っていたルテシアに乗るように承諾する。

 こうなれば自身の力量を、最も発揮できる形で使うしかないと。

 

 

「そいじゃ後は本陣でよろしくお願いするでござる~」

 

 ガルマーンは遠ざかるスズの背を眺めつつ、背負う大剣の柄の握りを確かめる。

 

 

 生身のまま、戦場を駆け回っているのだろう――フリーマギエンス所属の生徒達。

 

 次期英雄コースの候補として、一目置いたヘリオ、グナーシャ、ルビディア、カドマイア。

 初日に落伍者(カボチャ)を制したベイリル。落伍者の一員だったキャシー前衛長。

 

 前軍軍団長のジェーン。リン副長、モライヴ作戦参謀。

 ハルミア衛生長とニア補給統括官も、確かフリーマギエンスの一員の筈だ。

 

 要職の多くにいつの間にか(・・・・・・)フリーマギエンスがいる。

 そうでなくても人員の中には特定多数の、フリーマギエンス員が存在している。

 

 それだけの底力と潜在性を秘めた、いまいち不明瞭な学内集団。

 

 

 学内史において、教師を必要としなかった遠征戦は他に例を見ない。

 

 慣例から見れば、特に兵站部分は教師陣が助力し、軍団としての機能を確立させる。

 隊長格や斥候・連絡に関しても、人手不足になりがちな部分を穴埋めする。

 

 つまり遠征戦には、教師が必ず十数人ほどは付くものなのである。

 

 しかし今回はそれがない、全ての人員が必要十分に賄われている。

 それどころか下手な教師よりも、優秀な人間によって固められている。

 

 突き詰めれば、ガルマーン自身さえ本来であればいらなかった。

 しかし教師が1人もいないというのは、流石に問題であった為に随行したのだ。

 

 

 既にフリーマギエンスを中心に、戦場は展開されている。

 

 彼らの実力が垣間見られる……否、彼らがその本領を発揮する舞台となっているような――

 

 ガルマーンはそんな感覚に囚われるようですらあった。

 

 



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#64 右翼戦 I

 その戦場は赤く染まり――さらには歪んでいた。

 焼け焦げゆく無数の死体の発せられる熱――陽炎(かげろう)によってである。

 

 右翼戦場には最低限の秩序しかなかった。

 分を弁えて実行可能な範囲でもって、己の人事を尽くす。

 

 それが冒険者本来の気質と言わんばかりに。

 しかしてその意気によって、互いを邪魔することは殆どない。

 

 動きに統一性は全く見られない、にも拘わらず意思に関しては皆が同一であった。

 

 ただ各々がその最低限を胸に留め置くだけで、ある種の規律が保たれている。

 

 

「呆気ないですわね、それにしても本当に燃やせば大丈夫ですの?」

「実際に今のところ大丈夫だろ。"ゾンビ"は頭吹き飛ばすか、燃やしちまうに限る」

 

 第一波の戦闘を終えて一休みしながら、ヘリオはパラスの問いに答えた。

 カドマイアは燃え尽きた死体を観察しながら、質問を投げかける。

 

「結局このゾンビというのはなんなんです?」

「ベイリルが昔したオトギ噺に出てきた魔物だ。生ける屍。強弱ピンキリ。伝染(うつ)って危険だってな」

 

「確かに我が以前戦ったゴブリンは、徒党を組んで囲ったりしてきたものだが……」

 

 グナーシャは不動のままそう口にし、第二波を眺めている。

 

 

「はぇ~ベイリルさんって何者なんですの?」

「……さぁな」

 

 ヘリオはそうはぐらかしながら、軽く流した。

 幼少の頃から一緒に育ってきたが、全てを知っているわけではない。

 こことは違う地球という異世界を夢で見て覗くことができる、それゆえに色々知っている。

 

 年下のくせにまるで父親のようでもある弟。まだ秘密を持っているのはわかる。

 とはいえ隠し事を無理やり聞き出したいとは思わない。

 

 ただいつかベイリルと本当の意味で肩を並べ、本人の口から言わせてやりたかった。

 

 

「お嬢もフリーマギエンスに入ればいいんですよ、いつまでも意固地になってないで」

 

 やれやれと肩を竦めながら、カドマイアは主人であるパラスを煽る。

 

「っな!? 意固地などではありませんわ。ただわたくしは、何か一つのものに迎合し傾倒することを――」

「……その割には我らを経由して、もう殆ど染まっているようにも見受けられるが」

 

「それはそれです! 一線を引くことに意味があるんですの!」

 

 ヘリオ、グナーシャ、ルビディア、パラス、カドマイア、スズの6人パーティ。

 冒険科で学ぶようになってより長く続いているが、未だにパラスだけは加入していない。

 

 平然と活動に混ざってきたりする割には、完全に感化することを良しとしないのだった。

 

 

「そろそろくっちゃべってるのも終わりだ、大物喰い(ジャイアントキリング)の時間がきたぜェ」

 

 意志薄弱なゴブリンとオークの第二波の群れの奥、一匹そびえる青白い巨体。

 トロルを見据えながらヘリオは、ボキボキと拳を鳴らした。

 

 冒険科の面々がそれぞれ臨戦態勢に入る中で、ヘリオは我先に駆け出した。

 

 

「ンドゥオッッゴルルァラアァァ!!」

 

 ――"暴炎熱狂(タイランレイジ)"。

 追従する7つの炎を、順次足裏で爆燃させて速度を高めていく。

 推進剤にした炎は足元からヘリオの体を包み、最後の鬼火をもって全身に纏う。

 

 次の鬼火が自動充填されるより先に、ヘリオは敵陣をへと――その身をぶっ込んでいく。

 進行上のゴブリンやオークは炎に巻かれながら轢殺され、一直線にトロルまで突き抜けた。

 

 右逆手に持った"長巻"を右腕に添えるように、最前方で両腕を交差(クロス)させる。

 最高速を維持したまま、ヘリオの炎身はトロルの肉体へと衝突した。

 

 

 地を削りながら10メートル近く後退させ、熱エネルギーと運動エネルギー喰らわせる。

 トロルの肉体は再生しながらヘリオを標的と見定め、高圧胃酸カッターを放った。

 

「ッアあ!」

 

 ヘリオは身をよじって躱すが、僅かに飛び散った胃酸によって軽鎧は溶解し鼻につく。

 巨大な一ツ瞳はさらにヘリオを追って、二発目の胃酸が広範囲に放たれた。

 

 既に新たな鬼火を5つ収束させていた刃を、ヘリオはすくい上げるように地面へと突き刺す。

 

 「猛焔(サーベイジ)――泉牙(ゲイザ)ァア!!」

 

 刀身から地中に伝わった炎は、鋭い牙のように噴き出てトロルを貫く。

 ヘリオ自身は後退しながら、残る2つの鬼火で"炎壁"を展開し胃酸を蒸発させた。

 

 

 大きく間合を取って(のち)、再充填された7つの鬼火がジリジリと音を立て揺らめく。

 それはヘリオの今の心情を、如実に表しているようであった。

 

「っべぇ……ここまで硬ェ上に治るとか、反則だろ」

 

 トロルは立ち止まったまま、焼けた細胞も難なく再生させていく。

 相性が悪いのを差し引いても、彼我の戦力分析が足りなかったかも知れない。

 

「ほう……珍しく苦戦しているようだな」

「うるせぇよ、今考えてる」

 

 道中のゴブリンの首を飛ばしながら、一足先に追いついてきたグナーシャもトロルを睨む。

 パラスとカドマイアは、まだ後方でもたついているようであった。

 

「単純火力だけなら最強のお前がきついのであれば……我では無理か」

「だろうな、まっ倒さずとも足止めすりゃ十分らしいが」

 

 ジェーンが最高戦力の一人だとオレをここに()てた以上、引くわけにはいかない。

 

 

「呼ばれず飛び出て、スズちゃん参上ぅ!」

 

 スタリと着地しながら、神出鬼没の極東忍者が現れ出でる。

 

「よう使いっ走り」

 

 トロルを倒しきれぬ苛立ちと焦燥を、ほんの僅かに込めて皮肉る。

 

「うはは、言うでござるねぇ。ベイリル殿(どの)から言付けでござるよ」

 

 

 スズは一笑に付すと、再生を終えて進み出すトロルを一瞥し、視線を戻して話し始める。

 

「ゴブリンやオークらは"生ける屍体(ぞんび)"らしいでござる」

「知ってる」

 

 誰あろうベイリル本人に、子供の頃に語って聞かされた話の一つである。

 囁霊(ウィスパー)だの、ゾンビだの、妖怪だの、呪い人形だの……。

 克服するまでえらく時間が掛かってしまったものだ。だからこそすぐにわかった。

 

 

「なぬっ左様でござるか。原因は"キセイチュウ"らしいでござる、間接攻撃が吉だそうな」

「寄生虫だあ? 虫、か……まあ直接攻撃だろうと気ィつけりゃいいってことだな」

 

 ヘリオは幼い頃に、ベイリルに語って聞かされたことを思い出しつつ照らし合わせる。

 

「それとトロルは跡形もなく(・・・・・)消し炭にすればいいとのこと」

「簡単に言ってくれるぜ」

 

 恐らくやれないことはない。ただし残る魔力をすべて使い切ってしまうだろう。

 無論その時点で仕事は果たしたわけで、残るは任せて撤退してもいいのだが……。

 

 

「おうスズ、ベイリルはもうトロル倒したのか?」

「ベイリル殿(どの)はそう言ってたでござる。今頃は中央戦線でござろうな」

 

 心の中でヘリオは舌打った、ベイリルが余力を残してトロルを倒していることに。

 ベイリルは常識の枠に当てはまらないとはいえ、それでも風属を基本としている。

 

 魔術の通念として、火属こそが単純火力においては最強とされている。

 炎がもたらす印象は非常に強く――それが魔術にも大きく影響されるのだ。

 

 アイツが言ったことだ、本人はきっと跡形もなく(・・・・・)片付けてやったのだろう。

 

 ベイリルより出遅れている……しかも討伐をやってのければ余力などなくなる。

 

 

「それと操っている大元がいるらしいでござい」

「大元……?」

 

 改めて考えれば当然だった。ゴブリンにオークが混じっていて、トロルまでいる。

 軍団を形成しているのだから、その中心に(おさ)がいるのは自然な成り行き。

 

「最後に――『無理はしなくていい』だそうでござるよ?」

「ぁア"?」

 

 ヘリオはそのまま伝えているだけに過ぎないスズを、恫喝するように凄む。

 とはいえスズもその手のことは既に慣れっこなので、いまさら何も思わないようであった。

 

 

「あークソッたく……よう」

 

 毒づきながらも――口元には笑みが浮かんでいた。

 わかりやすい挑発。オレ(・・)を焚き付ける為だけのあからさまな言葉。

 

 オレがやれるということを信じて、ミエミエにオレの炎を煽ってやがる。

 それにまんまと乗せられてしまうオレも、結局単純でお見通しなのだ。

 

 

 一歩一歩、着実に踏みしめるように足を前へと運ぶ。

 

 ベイリルはまだ先を行っている。

 しかし比肩してやろうじゃないか、超えてやろうじゃないか。

 

(オレだけの道を――自ら作り歩んで、なァ)

 

 

 



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#65 右翼戦 II

「おいっヘリオ!」

「大丈ォ夫だよ、腹ァ決めたからな」

 

 グナーシャの制止を流しながら、オレ(・・)はゆっくりと歩を進めてトロルへと詰めていく。

 長巻を収めて鬼火を1つ、掌中で弄びながら……じっくりたっぷり思い描く。

 

 その魔術は未完成――ならば今この場で完成させればいい。

 死線にあってこそ見出だせる"活"。余力を残しベイリルに追いつく為に……。

 

「オレを無礼(ナメ)んじゃねェぞ」

 

 縮まってきた距離に、胃酸カッターが飛ぶが既にリズムは読めている(・・・・・・・・・)

 一歩だけ軸をずらして回避しながら、ペースは変えず歩いていく。

 

 縦に、横に、斜めに、高圧カッターが飛ぶ。

 しかしタイミングがわかっていれば、躱すのは容易かった。

 

 

 圏内に入ったところで、機を見て跳躍した。

 トロルは大口を開けるが、そこに6つ分の鬼火が入り込ませて動きを止めてやる。

 ただの炎を重ねただけではトロルを焼くことはできない。

 

 切り札は手の中に一つ残していた鬼火。

 

 オレはトロルの肩へと着地し、上を向いたトロルの頭へと――右掌中の炎を重ねる。

 生成できるのは鬼火一つ分でしかないが、それはあらゆるものを燃やす炎。

 

「――"超流動炎"」

 

 浸透する熱は……トロルの脳と寄生虫を静かに、一瞬だけ、燃やした。

 

 原子一つ分の隙間にすら入り込んで、結合から焼き切ってしまう究極の炎。

 見た目には全く変わらない。しかし頭部は消し炭と成り果てた。

 

 それでもトロルを殺すには至らない。いずれは脳すら再生させてしまう。

 しかし長時間行動不能にするには、脳の破壊が一番だと授業で習っていた。

 

 

「はっ、燃えたろ?」 

 

 鬼火の再充填はない。これで終わらせるという心積もりで、そしてやりきった。

 オレは倒れる巨体と共に地面へと着地すると、踵を返して歩き出す。

 

 寄生虫も死んで、そのまま強制的な乾眠状態へと移行したトロルを横目に……。

 オレは仲間達の元へと帰参する。オレだってやりゃあできると。

 

 思ったよりも魔力を消費し、集中の疲弊でダリぃものの、まだ十分に戦える。

 ベイリルの目論見通りかも知れないが、それでも「ざまあ見さらせ」と言ってやりたい。

 

 

「やるなヘリオ、これは我も負けていられぬな」

「センパイと戦う時ゃ、あんなお上品な魔術(ワザ)で倒せるとは思っちゃねェよ」

 

 グナーシャと拳を突き合わせる。所詮リズムを読みやすい魔物だった。

 あれ一つに極度集中を割かねばならず、ほとんど生身の無防備状態になってしまう。

 とてもじゃないが対人で使えるような技ではない。

 

 

「流石でござるねえ。これ、ベイリル殿(どの)にも言った言葉でござるよ」

「おう、もっと言え」

 

「ところでヘリオさん、トドメを炎で刺してきてもらえます? 首だけでも動いてて恐ろしいんですの」

「追いついてきたと思ったら開口一番それかよ」

 

 パラスへと反射的に呆れ目を送るが、当の本人はキョトンとしていた。

 

「あら、心配や称賛を送って欲しいんですの? わたくしは最初から勝つと信じておりましたわ」

「よく言うぜ」

 

 

 そう口にしつつも悪い気はしなかった。

 

「炎は他ァ探せ。これ以上魔力使いたくねェ」

 

 余力は残す。"大元"とやらがいるのであれば、そいつをぶち殺す必要があるからだ。

 その為に魔力を使う必要はない、寄生虫が原因であるなら多分やらなくても大丈夫な筈だ。

 

「ルビディアさんがいれば楽なんですけどねぇ。ぼくは火属魔術はからっきしですし」

 

 そうカドマイアが漏らした瞬間、火の玉が降ってきて、ゾンビを焼いていく。

 見上げれば空中から爆撃するように、炎翼を纏った鳥人族が魔術を放っていた。

 

 そんな彼女はこちらのへと降り立つ。

 

「呼ばれて飛び出てルビディア登場!」

 

 最後に合流したパーティメンバーに対し、めいめい心配の声が飛ぶ。

 

 

「ちょっとルビディアさん! 体は大丈夫ですの!?」

「あーダイジョーブダイジョーブ。わたしはほらあれあれなんだっけ、そう不死鳥(フェニックス)ってやつなんで」

 

 冗談めかして言いながら、ルビディアはくるりと回って見せる。

 目立った傷痕はなく、実際に飛行して魔術を放つくらいの元気はあるようだった。

 

「ハルミア殿(どの)がいれば、無理し放題でござるねぇ」

「それね! いやーほんと助かった、ハルミアちゃん様々だよ~」

 

 一時(いっとき)は命も危ぶまれたが、それでも後遺症なく立っている。

 ハルミアの医療魔術とルビディアの耐久(タフ)さあっての早期回復だった。

 

「精神的外傷とかは大丈夫ですか? 死地に陥って怖くなったとか」

「カドマイアは心配性だねえ、わたしがそんな繊細なタマかね、ん?」

 

 本当に全快しているようで、全員が安堵する。

 なんのかんのこのパーティは居心地が良い、誰かが欠けては寂しいと。

 

 

「問題なさそうで何よりだ。さて全員揃ったことだし、暴れるとするか」

 

 ゴキリと関節を鳴らしつつグナーシャは気合を込めるが、ヘリオは一人遠くを見つめた。

 

「いや――オレは大元(ボス)を探す。ベイリルも行ってるだろうしな」

「……? どういうことですの?」

 

「この戦争を仕掛けた野郎が、どこかにはいるハズなんだ」

「でないとゴブリンとオークが共闘するわけないでござるからねえ」

 

「それは許せませんわね! ではわたくしたちも――」

 

「いらん。第三波を押し止める人員も必要だろ。それにトロルまで支配下に置くような奴だ。

 半端にうろちょろされると、正直オレとしてもベイリルたち(・・)と連係が取りにくいからな」

 

 なるべくだが、オブラートに包んで言ったつもりだった。

 端的に足手まといだと切り捨てるのは、勝手知ったる間柄であっても憚られる。

 

 

「いいんじゃないですかね、あまり多人数で動くと右翼も崩れますし」

「じゃあ拙者も行くでござるかね、元々連絡員だし。邪魔しないことは得意でござる」

 

「スズは残れ、かわりにルビディアがきてくれ」

「おぉう病み上がりをこき使うつもりだねぇ、ヘリオ。まぁいつの間にかキマイラの姿もないし――」

 

 ルビディアは「別に構わないけど」と付け加えながら、空を注視して影を改めて探す。

 鳥人索敵へのカウンターとして存在していた飛行型キマイラは、影も形もなくなっていた。

 

 

「空から探すのが手っ取り早いからな、オレを運んでくれ」

「ほっほ~ヘリオがわたしのことを、そんな風に想っていてくれたとはー」

 

「……はあ?」

 

 ヘリオの言に対して、ルビディアは笑いながら視線を浴びせかけた。

 

「鳥人族は生涯の伴侶とする者しか、抱えて飛んじゃいけないんだよ?」

 

「ヘリオ殿(どの)、ほんに流石でござる」

「大胆ですねえ」

「男は度胸、その意気や良し」

「こ、こんな時にふしだらですわ!!」

 

「なあ……がっ――」

 

 スズ、カドマイア、グナーシャ、パラスとそれぞれから言葉が飛ぶ。

 ヘリオは言葉に詰まり、失言したことに顔がほのかに火の色に染まっていく。

 

 

「あっはは、ごめんウソ」 

 

「嘘かよ!!」

「嘘でしたの!?」

「この程度はすぐに見抜けねばならぬでござるよ」

「無知って怖いですよねえ」

「……うむ」

 

 ヘリオは羞恥を覆い隠すように声を荒げ、パラスも便乗して驚く。

 スズとカドマイアはしれっとしていて、グナーシャは目を閉じ頷いていた。

 

 

「クッソ油断した」

 

 いつもはイジられるキャラじゃないだけに、隙を与えてしまった不覚。

 満足そうな表情のルビディアは、ヘリオの手を取ってウィンクをする。

 

「それじゃさっさと行こっか」

 

 ヘリオはいわゆる、お姫様抱っこされる形で抱え上げられる。

 ――と、高度がぐんぐんと上がっていった。

 

 

「ちょっ待てよ! もっと他に掴まり方ねえのか!!」

「えー変なとこ触られてもヤだし、背中は羽ばたくのに邪魔だし」

 

 既に無防備に飛び降りるには、危険な高さになっている。

 発見も優先したい気持ちもあるし、もう観念するしかないようだった。

 

「手や足だと疲れるし痛いし、これが重心も安定するんだよ」

「くっ……」

 

 地上に眺めるスズとカドマイアのにやけ(づら)――

 

 当分はネタにされる覚悟を決めないといけないようだった。

 

 



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#66 中央戦 I

「隊列! 構ぇえ!」

 

 戦列を組んだ兵術科の生徒達が、統一された動きによって迎撃の態勢を取る。

 最前列に盾を構えて、次に槍を突き出し、少し離れた3列目には魔術部隊。

 

 さらに離れた最後列の弓隊へ、ジェーンは命令を響かせる。

 

「弓つがえ、引け! そのまま……――」

 

 数十人の弦が引き絞られる。

 確実に近づいて来るゴブリンとオークの混成軍。

 生徒の多くが初めての実戦なれど、しっかりと形に成っていた。

 

 

(ふぅー……――)

 

 心の中で深呼吸をしながら、ジェーンは昂ぶった気を鎮める。

 

 魔術を使わないゴブリンら魔物の相手であれば、こうした原始的な戦術で事足りる。

 まだまだ練度の足りぬ生徒で戦争する場合、最も安定する形になるのである。

 

 本来なら地属魔術士らの手によって、防壁・塹壕・地形罠なり……。

 迎撃に適した、防衛用陣地の構築をしたいところだった。

 

 しかしそれほどの実力があるのは、魔術科ないし後軍の上級生ばかりである。

 前軍のみにおいては、後方の補給・衛生拠点への防備に当てるだけで精一杯。

 

 唯一苦もなくやってのけるリーティアも、自身の魔術具調整で忙しそうにしている。

 それに左翼に少数精鋭で割り振った以上は、妹に余計な魔力を消耗させるわけにもいかない。

 

 

 なんにせよ与えられた手札で勝負するしかない。

 幸いにも自身を含めてジョーカーは潤沢、エースも備えている。

 不穏ではあるが、さらなる不測がない限り負ける要素など……ない。

 

「放て!!」

 

 充分に引き込んだところで矢の雨が戦場へと降り注ぐ。

 そこでようやく異変に皆が気付き始める。

 

 

 ――矢が刺さったまま、魔物は一匹も倒れることなく進み続けていた。

 無数の矢に曝されて、ハリネズミのようになったゴブリンも歩を止めることがない。

 

 矢を抜くようなこともしないまま、ただただ真っ直ぐ向かってくる。 

 それはげに恐ろしき想像を、いくつも掻き立てた。

 

 

(何が起こってるの……?)

 

 大きな動揺が軍全体に走る。ともすれば群集心理が、悪い方向へ働きかねない。

 

 悪いことは重なるというのか、この後に及んで特大の不確定要素が出てくるなんて……。

 

「……魔術部隊詠唱! 順次放出!! 弓つがえ引け!」

 

 

 今はまだ、継続的に命令を出し続けねば――

 ひとたび恐慌状態に陥れば……軍は崩壊してしまうだろうと。

 

 放物線を描くように4属の魔術が飛んだ。

 これには流石に行動不能となるゴブリンもいくつか見える。

 

 倒せない相手ではないということは確かである、それは軍の士気にも影響する。

 

 

「二射、放て!!」

 

 魔術が()んだところに、二度目の矢雨が飛ぶ。

 全く怯む気配のない敵軍は、いよいよもって眼前へと迫りつつあった。

 

「接敵! 槍上げえ! 弓隊白兵用意!」

 

 ぶわっと槍が空へと向かうように振り上げられる。

 間断なく声を張り続け、士気を一定のまま保たせる。

 

「盾逸らし!! 槍叩け!!」

 

 振り上げられた長槍が、前衛と盾の隙間に通しつつ……敵陣へと勢いよく振り下ろされる。

 鈍い音と共にゴブリンらの肉体はいくらかがひしゃげ、動きが止まる。

 

「盾受け! 槍迎え!! 魔術詠唱開始!!」

 

 盾は再び前方へと向けられ、敵軍を押し止める。

 しかし槍衾(やりぶすま)を気に留めることなく、ゴブリン達は進み続ける。

 

「前進(いち)!! 魔術放て!」

 

 

 前衛の戦列が一歩だけ進むと、盾と衝突する音が聞こえる。

 敵中衛が魔術で迎え撃たれ、原型が破壊されつつも攻撃し続けるゴブリン達。

 

「ひっ……」

 

 敵を視界に捉えている槍兵の一部から声が上がる。

 

 行動不能になったゴブリンを踏み潰し、押しのけるように進むオーク。

 その振るわれる棍棒は、盾部隊であっても何度も受け止めきれるものでもない。

 

 

 殺しても……死なない。あるいは死にながら、生きている。

 動かないのも散見されるが、それ以上に多すぎる。

 

 恐怖が伝染する――戦列の一部が崩壊すれば、恐慌によって瞬く間に瓦解するだろう。

 まだ入学して1年か2年そこら生徒ら、しかも初陣。あまりにも荷が重かった。

 

 こうなればもはや打つ手は一つしかないと、判断を下す。

 左翼と同じ――圧倒的な単一戦力(・・・・・・・・)による敵軍の駆逐。

 

 

 その瞬間であった。空気を引き裂くような音響が鳴り渡る。

 赤い影がオークの首を飛ばし、最前衛へ踊り出でていた。

 

 それはジェーンの決断と同時であり、ジェーンの命令よりも先に動いていた。

 

「てめェら、ちったぁ気合入れろぉ!!」

 

 キャシーが空気を震わすような叱咤(しった)を飛ばし、軍全体が改めて引き締まる。

 

「槍隊、後退()!! 盾隊、後退(さん)!! 」

 

 命令を発しながらジェーンは、馬の背でしゃがむような姿勢を取る。

 なんとか整然さは保ったまま後退する兵術科の生徒を眺めながら、自身も詠唱を開始する。

 

「氷晶よ、我が意に倣い形を成せ――」

 

 ピキピキと凝結した氷が槍となり、円形放射状に十本ほど頭上に展開する。

 

 続いてジェーンの左手にも氷槍が握られ、右手には丸盾が形作られた。

 さらに鎧・籠手・具足と肉体の主要箇所を氷が覆っていき、"武装氷晶"は完成する。

 

 

「元カボチャどもォ!! やれンなあ!?」

 

「やれます!」

「っっ――うっす! 姐さん!」

「しゃっあああ!!」

 

 キャシーの叫びに、兵術科の中の生徒が何人か呼応する。

 その熱気にあてられるように、周囲の生徒の恐慌も薄まっていく。

 

 逆に敵には恐怖が全くない。本来あるはずの感情が全く感じられない。

 こういう既存の戦術よりも、手っ取り早く撃滅するが適確なのはもはや明らかであった。

 

 

 馬から軽やかに跳躍したジェーンは前衛の盾隊を飛び越え、着地地点のゴブリンを蹴散らす。

 ジェーンは一息をついてから、ゆったりと……それでいて力強く歌い出した(・・・・・)

 

 それは"歌唱"という形をとった、明確な魔術の詠唱。

 戦場に響き渡る調べに合わせるように、放射状に展開していた氷槍が個々に舞い踊る。

 

 それは戦場らしからぬ、一つの舞台劇を見せているようであった。

 

 味方を巻き込まぬよう繊細に、しかして鋭く敵を屠っていく。

 斬り、貫き、砕き、縫いつける。続けることで見えてくる。

 魔物の動きの差――どこを破壊すれば、完全に動かなくなるのかということが。

 

 

 その歌と、その強さと、その美しさに……味方の戦意も戻り、士気も上がっていく。

 鼓舞であり、激励であり、応援であり――戦うことへの煽動。

 

 かつてベイリルが言っていたことがある――"戦争なんかくだらない、歌を聴け"、と。

 歌が……文化こそが、種族を超越した橋渡しをすることもあるのだと。

 

 音とは何も戦場における指示だけに使うものではないのだと。

 

 

 足裏を氷で常時コーティングしながら、滑走するように戦場を舞うジェーン。

 女性特有の柔軟性と可動域の幅を活かした動きは、全身をバネのように連動させる。

 

 円を描くような緩急無尽の攻勢は、止まることなく敵を崩し破壊せしめる。

 さらにキャシーが目についた討ち漏らしを、見る端から仕留めていく。

 

 死ににくいが意思がなく、動きの鈍い敵混成軍の第一波は、ほどなくして殲滅された。

 

 

 

 

「各小隊長は集合! 他はその場で休息!」

 

 ジェーンはそう命令を発し、魔物の死体を眺めながら戦闘の感触を思い返す。

 

("生ける屍体(ゾンビ)"……ね、多分間違いない)

 

 幼少期よりベイリルに語って聞かされた、多様なオトギ噺の数々。

 

 ヘリオは冒険活劇が好きだった。リーティアはSFが好きだった。

 そしてジェーンは……ホラーやサスペンスに妙に心がそそられたものだった。

 

 ゆえに戦っていて気付いた。その挙動はまさに、ゾンビそのものなのではないかと。

 

 

 考えを整理しつつ、集まった小隊長達へジェーンは次の指示を出す。

 

「第二波の攻防において、私はトロル討伐へ向かいます。よって各小隊長へ指揮権を移譲します。

 各員が分隊規模で適時抗戦し、魔物を討伐してください。皆さんの判断で撤退して構いません」

 

 第一波を退けた時点で、完全撤退のリスクも大幅に減った。

 しかし軍には今勢いがある。後軍の合流を待たず、敵を減らせれることができれば――

 それだけ村への救援部隊を増やすことも可能となる。

 

 

「幸いにも魔物の動きは緩慢で御し易いです。ただし頭を潰すことだけ徹底してください。

 それと噛まれたり、口腔や傷口から返り血を浴びることだけはないよう、心してください」

 

「それはどういうことでしょうか?」

 

 不可解な命令に質問が飛ぶが、理解させられるほど説明するほどの暇はない。

 

「詳しくは長くなるので割愛します。後軍が合流したら、後軍指揮官の判断に従ってください」

 

 

 いまいち不明瞭なことが多かろうと、それ以上の疑問の差し挟みはなかった。

 それもひとえに、ジェーンの人柄と実績によるものに他ならない。

 

 穏和で分け隔てなく、誰とでも接してきた。

 誰彼構わず世話を焼いて、皆を引っ張ってきた。

 種族差が顕著に出る成長期に、ただの人族でありながらも努力によって補ってきた。

 

 誰もが知っている。誰もが認めている。彼女こそが指揮官に相応しいことを――

 

 皆が皆たった今……陣頭に立って歌い、舞い、槍を振るう姿に魅せられた。

 

 だから信じられる。命令があれば死ねる、とまでは言わない。

 しかし彼女の判断によって、多少身を斬られることになっても構わないし厭わない。

 

 誰あろうジェーンが最も――全身全霊を犠牲にしようとしているのだから。

 

 

 



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#67 中央戦 II

 青白い巨躯のトロルを、ジェーンは眼前に捉える。

 背後では雷音を轟かせながら、キャシーがオークを優先的に処理していた。

 

 そんな中でも……波紋一つなき水面のように集中を維持する――

 

 戦技部にとって基本的な教養である魔物の生態は、頭の中に入っている。

 トロルとてそれは例外ではない。だからこそ組み立て得た……。

 

 自分だけが可能な、極限環境生物を機能不全に追い込む為の戦法。

 

 

「我に(あだ)なす(あまね)く敵を囚えよ、"獄雪氷牢(ごくせつひょうろう)"」

 

 詠唱の後にジェーンは跳躍する。

 一度だけ空中に瞬間的な氷の足場を作りさらに高く――

 

 トロルを覆い囲む氷の檻……筋肉の塊である巨体を捕えるには心許ない。

 しかし胃酸カッターをワンテンポ遅らせ、次の魔術へと繋げる僅かな時間が稼げれば十分であった。

 

 ジェーンはトロルを飛び越えるように裏回る。

 視界から外されたトロルが気付くよりも先に、早く魔術を完遂させた。

 

 

「我いと"凍時(とうとき)秘封(ひふう)"を報じ奉る者にて。有象無象の区別なく、一切ことごとく鎮め護する者也――」

 

 その魔術は未完成。さらには魔力の消費も過多である。

 しかしそれでも、その魔術だけがトロルを唯一戦闘不能に追い込めるものだった。

 

 直接触れている手の平を通じて、トロルの体温が急速に下がっていく。

 囲った氷が引き(むし)られ砕かれる音が耳に入るも、極度集中を途切れさせることはない。

 

 切らせばそこで終わってしまう――それゆえに崩さない、崩れない。

 

 

 その魔術は――"絶対零度"をもたらす水属魔術。

 

 熱を奪って物質の温度を下げ、分子の運動を抑制し、原子を完全停止させる。

 極まればその状態を固定するに至るだろう、魔導領域のほんの僅かな一端。

 

 今はまだ熱を奪う程度に留まるが、封殺するにはそれで十分であった。

 

 トロルは再生の許容量(キャパシティ)を超えるダメージが蓄積された時、防衛行動に移る。

 丸まって筋肉を固着させ皮膚を超硬化させる。肉体の代謝機能を下げて、眠ってしまう。

 

 即ち"乾眠"状態に入り、より強固な防護状態となって極限環境をやり過ごすのである。

 

 

「はっ……ふぅ……」

 

 己の実力で可能な限界まで温度を下げたジェーンは、停止したトロルの肩から飛び降りる。

 呼吸をすることも忘れていたほどの集中力。だが……未熟なれども扱えた。

 

 こうなればもはや外から炎を浴びせ掛けようが、溶けることはない。

 トロル自身の硬質化した皮肉に阻まれ、熱を通すことも傷をつけることもできないのである。

 

 少なくとも戦争が継続している(あいだ)に、覚醒して動き出すことはないだろう。

 

 

「キャシー!!」

 

 仲間の名を呼んで、二人で敵陣を抜けて距離を取る。

 すると一定以上離れた時点で、ゴブリンらがこちらを追ってくることはなかった。

 

 何がしかの方法で味方を識別し、特定範囲にいる味方以外の生物を単調に襲う。

 ゴブリンやオークが連係は取らず、しかし組織だっていて、トロルも混じっている。

 

 三方に軍を分け、さらに波状攻撃かのように突っ込ませる。

 他に村へも襲撃部隊を送ったりと、作為的なものがあるのは火を見るより明らか。

 

 

「さすがに疲れた?」

 

 ジェーンは肩で息をするキャシーに、心配とからかいを含んで問い掛ける。

 なにせキャシーだけは、殆ど休みなしで動いてるようなものであった。

 

「っはぁ……まあ、否定はしない」

 

 身体的にも精神的にも魔力的にも、その消耗は圧倒的と言えよう。

 それでも戦闘狂な一面が彼女を掻き立て、駆り立てている。

 

 

「これから敵指揮官を討ち取ろうと思うんだけど……くるよね?」

「ほー場所わかんのか?」

 

「なんとなく、ね」

 

 軍団長として、あらゆる情報を取得する立場にあるからこそ導ける。

 元々の想定されていた配置と戦略構想、戦場立地と敵の陣容、その進行速度。

 

 全体を把握するのであれば……仮に指示を出すならば、どの位置が最適であるのか――

 

 魔物を操っている元凶を絶ってしまえば、自然と魔物の軍勢は全滅するかも知れない。

 

 情報で得ていた位置とはかけ離れて、本来戦場とする予定のない場所までやってきている。

 つまりはゾンビ化にあかせた、飲まず食わずの超強行軍。

 

 生体としてはずっと以前から、とうに死んでいる可能性は非常に高いと見る。

 もしも支配が解けてゾンビを維持する能力を失うのであれば、それでこの戦争はほぼ終わる。

 

 極限環境生物たるトロルだけは、その程度じゃ死ぬことはないものの……。

 しかし支配がなくなれば、よほど村が近くない限りは襲うような可能性は低くなる。

 

 

「っはは! そうこなくっちゃな」

 

 口角をあげたキャシーにより先に、ジェーン笑みを浮かべていた。

 

 努力した強さを発揮し実感する喜びは、大なり小なり誰もが持ち得るもの。

 抑えようにも、律しようにも、解放する快感には容易に抗えない。

 

 何より優位に戦況を展開させる施策。それもまた軍団長としての責務。

 (ちから)ある者が持ち得る義務感。名分があるからこそ前に踏み出せる。

 

 

 

 大地を滑走し、大地を駆け抜ける。

 二人は荒野を踏破し、森へと入り速度を緩めながらも止めることはない。

 

 しかし唐突に降ってきた無数の飛来物によって、行足を止められてしまった。

 樹上にて折りたたんでいた巨翼を広げて、滞空し始める"キマイラ"の姿がそこにあった。

 

「コイツはアタシに任せて先に行けよ」

「キャシー……?」

 

 ジェーンは"珍しい"と、素直にそう思った。

 

 強い敵と、より強い敵がいるのならば――後者を狙う。

 より大物を喰らいにいく性格だが、トロルを譲ったことといい……。

 

 ただ猪突だけだった最初の頃とは、いささか心境にも変化が出ているように思える。

 

 

「アレには一回、斥候拠点でスカされてっからな。丁度いい」

 

 ジェーンはキャシーの言葉に頷くと、水属魔術を詠唱する。

 

「満たしゆけ小さき水よ……世界を覆い、我が姿を隠したもう――"表裏霧中(ひょうりむちゅう)"」

 

 魔術によって周囲に霧が立ち込め始めると、ジェーンは滑走して消えていく。

 

 キマイラは地上に張られた霧幕によって標的を見失い、キャシーは帯電を開始する。

 

 

(今は譲ってやるさ……)

 

 トロルとは斥候陣地から戻る時に一戦交えて、まだ(・・)通用しないことはわかっていた。

 それに連戦続きで諸々がきつい、ここがぼちぼち限界点といったところだ。

 

 自身を知ること、他者を知ること。フリーマギエンスに入らされて――最も強く学んだこと。

 

 ベイリルが言うところの、某氏曰く――"無知の知"。

 知らないことを知って、知ろうとあがき続ける。

 

 薄氷のような尊厳(プライド)は割らないように、己の今を認識して進んでいく。

 向こう見ずなままでは……いつまで経ったってダメなんだ。

 

 それじゃあベイリルにも、フラウにも、ジェーンにも、勝てはしない。

 

 加えてヘリオも、リーティアも――1年近く関わってきて知った。

 あいつらはモノが違う。最初から積み上げてきた前提が違うのだ。

 

 

(今に見てやがれってーの)

 

 だが今は違う。フリーマギエンスの恩恵を享受し、我ながら成長を実感している。

 アイツらも当然学び、成長し続けるだろうが関係ない。 

 

「覚悟しとけ……アタシの全力疾走は、すっげぇ速いんだからな――」

 

 



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#68 人成獣 I

 森の中にポツンと、木々が禿げた広場のようなものが存在した。

 

 元あった木々は、根本近くから叩き折られている。

 それらは端の一角へ乱雑に、山のように積まれていた。

 

 

「あなたが首謀者ですね」

 

 氷で武装したジェーンは、歩いて近付きながら広場中央――

 大木数本によって作られた丸太(たば)の上に座る"人物"へと告げる。

 

「ん~? 誰だっけ、キミ?」

 

 それはパッと見では……人間の女性のようであった。

 少なくとも言葉を交わすことができるだけの相手。

 

「初対面ですが――」

「はは~……そうか。ここまで辿り着くなんて、こんなにも早く来るなんてビックリだ」

 

 青白い肌にボロい麻のローブを着ていて、ボサッとした黒髪が腰元を超えて伸び切っている。

 広めの目元に鳶色の三白眼は、心底興味深そうにこちらを見つめていた。

 

 

「一応お尋ねしますが、魔物の支配を解いてくれませんか?」

「……興味深いなあ、実に興味深い」

 

 ジェーンは自身にとって、対応しやすい位置に立ちつつ次の言葉を待つ。

 

「よくわかったものだあねえ、勘にしては些か良すぎる……どこで知った?」

 

 チリチリと殺気立った女の声音(トーン)に、ジェーンは臆さず答える。

 

「ゴブリンとオーク、トロルまで組織だって動いていれば、自然と想像がつくと思いますが」

 

「まだ学生の割に優秀だなあ、それとも誰か入れ知恵してる奴でもいるのかなあ?」

 

 目を細めつつジェーンは女の言葉を反芻した。

 こちらが学園生であるということを知られている……。

 

 支配している魔物から情報を得られたりできるのか。

 学園生の遠征戦そのものが織り込み済みで、こんな事態を引き起こしたのか。

 

 

「ま……なんでもいいかあ。丁度いいからゴブリンがどう動いてたか教えてくれるう?」

 

 積まれた大木の上から飛び降りた女は、首を傾けつつこちら覗き込む。

 

「ワタシが命じたのは、"死んでも戦え"だったんだけどお……ちゃんとしてたあ?」

「っ……」

 

 ジェーンは思わず言葉に詰まってしまった。

 

「あんな下等魔物でも最低限の知恵はあるわけで、生物は本能的に死を恐れるわけだしい。

 一体どこまで操れるのか、どこまでその意思を無視できるのか知るのは最優先じゃんねえ?」

 

 

 何故こんなにも平然と――目の前の女の思考が理解できない。

 未知であることが恐ろしいと感じてしまう。

 

「殺されるほどの痛みをもってして、戦い続けられるのか見てみたかったんだよねえ、あと耐久性」

 

 今まで出会ったことのない、人格それ自体に畏怖を抱かせる人種。

 

「当然、試す数が多いほうが信頼性も増すわけだけどお……ねえ聞いてるう?」

 

「――最後通告です、魔物の支配を解いてください」

 

 少し逡巡した後にジェーンはそう告げる。

 すると女はにまーっと不気味に笑顔を浮かべた。

 

 

「そうだよお、そうだよねえ。キミから見ればワタシは敵だもんねえ、しょうがない」

 

 女は少しガッカリした様子を見せてから、パンと一度だけ手を打ち合わせる。

 

「うん、なかなか意思もそうだし。せっかくだから操って聞き出してみるのもいいなあ」

 

 左利きであるジェーンは右半身を前に、重心を低く中段に氷の槍先を真っ直ぐ向ける。

 

「人族相手にはまだそんな(・・・・・)に試してないんだけどお、いい結果を残してくれることを期待するよ」

 

 

 敵は人災。この女を殺して、魔物の支配が解けるかはわからない。

 だがそれ以上の追加の命令がないのならば、少なくともさらなる混乱は防げる。

 

 ジェーンは"氷面滑走"ではなく全身の筋肉を爆発させて、大地を蹴り抜く。

 一直線に、最短で、敵前まで――そこから枝分かれする無数の槍の軌道。

 

 殺すことを全く厭わない、あらゆる急所を穿たんとする神速の槍撃――

 

 

 敵を眼前まで捉え、迫っていた――

 はずだったが……気付けば遠く、女との距離が大きく離れていた。

 

 敵が高速で移動したわけではない……。

 自分が遠くぶっ飛ばされたのだと、一拍遅れてから気付く。

 

 体に鈍い痛みが走り、氷槍と氷鎧は砕け散っていた。

 木を背に座り込む形で、目が僅かに明滅し霞む。

 

 映るシルエットはさきほどまでと違い、女の左腕は異様なまでに"肥大化"していた。

 

 

("あれ"で……殴られた?)

 

 それはトロルのそれとひどく似ていた。不釣り合いなほどの筋肉の"巨腕"。

 さらにズルズルといくつもの節が連結された、虫のような尾が背中側から生えている。

 

「慣れてないからつい(ちから)が入り過ぎちゃったけど、まだ生きていてよかったよかった」

 

 

 ジェーンは氷槍をもう一度作り、杖がわりにして必死に立ち上がる。

 しかしカウンターの形で、まともに喰らった衝撃は全く抜ける気配はない。

 

「いいねえ、肉体も頑健ならやれる幅も増えるというものだあ」

 

 氷の結合が不十分で今にも槍は折れそうだったが、敵は容赦なく距離を詰めてくる。 

 それでもジェーンは意志まで折ることは決してなかった。

 

「人型のキマイラ……ッ」

「そのとおり~その驚いてくれる表情、ワタシが一番好きなやつ」

 

 どうにかして目前の害意から逃げる道を見つけようと頭を巡らす。

 しかし思考がどうにも上手く回ろうとはしてくれなかった。 

 

 

「っ……ぐぅ……」

 

 視界に()まるのは、女の着るローブの一部に少しだけ染まった血の色。

 殴り飛ばされたが、それでも僅かに槍刃によって削ることができていた。

 

 なけなしの集中力を絞り出しながら、ジェーンは魔術を放つ。

 

「汝が一部、自身を仇なす刃たれ――"凍血氷柱"」

 

 キマイラ女のトロル左巨腕とは逆の、人間のままの右肩部の滲んだ血が凝固していく。

 それは血液で形成された小さな槍となって、再生しつつある傷口から内部へ侵入した。

 

 

 ――魔力とは個人に貯留した時点で、基本的にその人にだけしか使えないものとなる。

 シールフ・アルグロス曰く"色のようなものが付く"らしい。

 

 よって通常は魔力が流れる肉体、その内部に対して直接的な干渉などは(おこな)えない。

 

 触れる端から熱を奪ったりすることはできても、心臓を直接潰すなどは不可能だ。

 しかし一度外部へと、漏出してしまったものであれば……その限りではない。

 

 吹き出続ける血を、順次凍結させながら抉っていき、その肩から内臓深くまでを貫いた。

 

 傷口と流血あらば、連鎖的に刺し貫いていく水属魔術――

 

 ジェーンの気質からすれば……大いに使用を憚られる魔術。

 だが相手が相手である為に、もはやそれを使うことに躊躇いはなかった。

 

 

「おっ? おおっ??」

 

 現状を把握してないような声をあげながら、キマイラ女は肩口を見やる。

 大きすぎる左腕では上手く届かないとみるや、蟲の尾をつかって引き抜くとそれを頬張った。

 

「味を見ておこう……うん、まっ美味くはないなあ」

 

 バリボリと失った血を補充するかのように、己の血氷を噛み砕きながら呑み込む。

 普通の人間であれば致死足り得る攻撃も、全く意に介した様子がなかった。

 

 

「昔の吸血種(ヴァンパイア)ってこんなの常食してたとか、酔狂だあね」

 

 キマイラ女は歩みを再開しつつ、急速再生させた右手をぐるぐると回す。

 傷口はおろか内臓にも、もはや傷らしい傷は残ってないのかも知れない。

 

 見た目はまだ人型を残していようと、実体は完全な化物であった。

 

 

「一矢報いても無駄、逃げるのも無理、さあてどうするう?」

 

 ジリジリと下がりながら、魔術を詠唱しようとするが……もはやイメージが確立できない。

 心臓の鼓動と共によくわからない魔力のうねりは感じるが、それだけだ。

 

 痛みとダメージは深く刻まれ、ジェーンを縛り付けていた。

 

「いやいやどうしようもないっかあ」

 

 

 ゆっくりと目を瞑って、ジェーンは覚悟を決める。

 これは教訓である。見通しが甘かったことへの戒めとして。

 

 たとえこのまま捕まったとしても、きっとみんなが助けに来てくれると信じる。

 支配されようとも抗ってやる。尋問だろうと拷問だろうと耐えて見せる。

 なにがなんでも生き延びてやるのだと――

 

 

「助けなんてこないんだから諦めなあ?」

 

 その瞬間(とき)だった。一陣の風と共に、声が響き通る。

 

「いるさっ、ここに一人(ひとり)な!!」

 

 



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#69 人成獣 II

「助けなんてこないんだから諦めなあ?」

 

 巨腕を引きずり、連節蟲尾を振るキマイラ女。

 覚悟を決めて目を瞑っていたジェーンの耳に、風と共に届いた声。

 

 

「いるさっ、ここに一人(ひとり)な!!」

 

 よく知った声の(ぬし)たる"弟"はジェーンの前に立ち、その頼もしい背中を見せる。

 

「待たせたな」

 

 ジェーンの緊張していた体が弛緩し、涙腺が緩んでくる。

 

「誰だあ、オマエは?」

 

「貴様に名乗る名はない!」

 

 

 そう()は勢いでのたまうも、すぐに言葉を返す。

 

「――と言いたいところだがベイリルだ。あんたは?」

「んあー……名乗らせといて難だけどお、ワタシの名前は言えないかなあ」

 

「そうか……じゃあ"女王屍(じょおうばね)"とでも呼ぶとするか」

「じょおうばね……ふむふむう、なかなか気に入った。暫定的にその名で呼ぶといい」

 

 女王屍はそう答えてから、しばし考えてより続ける。

 

「しかし女王(・・)かあ――なるほど、キミどうやって知った?」

 

 

 とりあえず俺は相手から注意は逸らさないまま、無視をしてジェーンの状態を見る。

 

「大丈夫か? ジェーン。これ飲めるか? 自力が無理そうなら――」

「うん、大丈夫。ありがとうベイリル」

 

 ジェーンは渡された"ポーション"をゆっくりと飲み干していく。

 

 自己回復力を高める液状薬で、ハルミアから手渡されていたものだった。

 市場でも存外高価で貴重なものであるのだが、今が使うべき時なのは疑いない。

 

 

「さすがジェーン姉さん(・・・)だ、少し休んでていいぞ」

「っもう……本当に、こんな時にもお姉ちゃん呼ばわりして――」

 

 そう微笑みながらジェーンはしばしその場に座り込む。

 

(珍しく無茶したもんだな、"あいつ"の気性が伝染でもしたか?)

 

 ここに到着するまでの道すがらに遭遇した、"キャシー"を思いつつ……。

 俺はゆっくりと振り返って、女王屍の問いに答えてやる。

 

 

「ご丁寧に待っていてもらって、どうも。さてそれで――俺が知っているかだって?

 まぁ正確に言えば知っているわけじゃないが、理解(わか)ってはいると言えばいいのかね」

 

「ワカってるう? ますます知りたいなあ」

 

 俺はビッと女王屍を指を差すと、キメ顔で推理を披露してやる。

 

「お前が"支配種"。寄生虫を媒介にして、女王蜂のような一種の社会性を持たせた集団作ることができる。

 脳髄を侵された被寄生体は、死にながらも動く屍体となって簡易な命令行動に従う。

 その歪な左腕はトロルで、ムカデのような連体節の尾が大元の女王蟲のキマイラってとこか」

 

「ええっなんで? なんでそこまでワカる!?」

 

 

 女王屍はどこか嬉しそうな表情を浮かべ、こちらに食いついてくる。

 御し易いと言えば御し易い相手だった。こういった手合は"話したがり"なのだろうと。

 

 だからこそ引き出せるだけ引き出しておく。

 ぶっ殺す(・・・・)のはその後だ――

 

「次は俺の質問だ。そうだな……アンタの目的はなんだ?」

「ワタシは徹頭徹尾、実験しているだけだよお。あと検体収集もかな。それでなんでワカったのお?」

 

「未来予知の魔導師から色々教えてもらっていてな……似たような話から類推しただけだ」

「予知、ほう予知……それはつまらなそうだなあ、(おもむき)に欠ける」

 

「お前は何故ここを選んだ? 俺たち学園生を標的にしているのか?」

 

「理由はいくつかあるなあ。まず逃げ出したキマイラが、ここらへんで討伐されたって聞いた」

 

 

(冒険科で振り分ける為の適性試験で、ヘリオらが倒したって奴か)

 

 今の状況も巡り廻った因果ということか。

 何にせよキマイラを造り出す技術を持っている(やから)である。

 このまま放置したり、逃がしたりするわけにはいかない。

 

「研究も煮詰まってきたし、丁度時期が良かった」

「おあつらえ向きだった、と――」

 

「そうだあねえ、ワタシ自身も試したかった。自身を被検体にしたのは初めてだったし。

 大変なんだよ? キマイラとして混ぜた際に、理性を維持できるのって一種までだからさあ。

 だからまず再生に優れたトロルを混ぜて、その後に人間を混ぜて、その上でさらに寄生蟲を混ぜた」

 

 

 突っ込んで聞いてもいないおぞましいことも、女王屍はベラベラと話し続ける。

 それはまるで、褒めてもらいたい子供のようにも見えるようだった。

 

「ワカるならさあ、ワカるでしょ? これがどれほどのことかさあ!」

 

 好奇心や探究心とは、すなわち童心を忘れないことにあるのだろうかと。

 

「あぁそうだな、よくわかるよ……」

 

 童心――転じて新鮮味、それらが人生を彩る最高の刺激となる。

 諦観した人生より転生して、もう一度の幼少時代を体験して……認識させられた。

 

 いつまでも子供でいること。

 それが長く生きていく上で、最も大事なものなんじゃないかと。

 良い意味でバカになること、なれることが心身を大いに充実させる。

 

 

(少し惜しいが――)

 

 寄生虫にキマイラの研究、異世界基準でもぶっ飛んでいる才能。

 正直に言えば"文明回華"の野望の為に、引き入れたいという気持ちもなくはない。

 

 仮に現代知識の一端を授けたら――どういう発想に至るのだろうか。

 遺伝子分野などで、多大な功績を挙げてくれるのではないのかと。

 

 しかしてその行動は、人道に(もと)る悪鬼羅刹に他ならず……。

 外道にして邪道をゆく、人非ざる――ただの化物であることは明瞭であった。

 

 幸運だったのは今この場で――まだ研究初期の段階で、こうして接触できたこと。

 もっと深く研究が進んでいれば、ゴブリンゾンビなど下等魔物ではなく……。

 

(それこそゾンビ映画の世界――)

 

 人族すらも高度自在に操り、戯れで屍者の軍団を増やし続けていたかも知れない。

 

 

「うんうん気に入ったよ少年、それじゃあワタシの番だ。そうさなあ、う~ん……――」

 

 人格は破綻していると言っていい。それははたして生来のものなのか。

 あるいはキマイラとなって、一層拍車が掛かってしまったのか。

 

「別に聞きたいことはないなあ。ただワタシの研究に付き合わないかい? キミは特別待遇だ。

 それにせっかくだしい、その魔導師ってのとも会ってみたいねえ……どうかな? さてどうかな?」

 

 

(――こいつの手綱は……握れない)

 

 俺は手を顔に当てながら、酷く冷ややかな瞳でそう心中で呟いた。

 

 御し得るには些か狂い過ぎている。あまりに危険(リスク)が過ぎる。

 生じ得た場合の災厄規模は、国家や世界を滅ぼしかねない。

 

 その能力、欲すべきところだが……文明を押し進める方法は他にいくらでもある。

 

 ゲイルという出資者(パトロン)にして同志に恵まれ、"読心の魔導"たるシールフにも出会えた。

 魔導と科学の両方が合わさることで、当初考えていたよりも早く事も進んでいる。

 

 それにジェーンを傷つけ殺しかけた。その一点だけでも死に値していい。

 

 

「拒否しよう、俺には俺の成すべきことが山積みなんでな」

 

「あらら~残念、でもせっかくだ。聞きたいことはなんでも答えようかあ」

 

 へらへらと笑って女王屍は気にした様子もなく、問答を続けようとする。

 よほど気に入られてしまったのだろうか。それともこの手の会話に飢えていたのか。

 

 もっとも情報を得る為にも、ジェーンの回復を待つ為にも、好都合であった。

 

 

「お前は個人か? それとも組織か?」

()は個人だあね。最初こそ利用していたけど、煩わしくなったから潰しちゃった」

 

 可能であれば……シールフに読心してもらいたいところである。

 しかし彼女はいないし、捕獲するような余裕もないだろう。

 

 シールフの魔導は凄まじいが、脳の許容量(キャパシティ)にも限界がある。

 ただでさえいっぱいいっぱいの彼女に、さらに詰め込んでくれと頼むのは気の毒だった。

 

 

「村を襲うのは何の為だ?」

「検体収集」

 

 なにも俺とて聖人君子や、英雄・勇者の類を気取るわけではない。

 とはいえ私的研究の為だけに、無辜の人命を蔑ろにするような奴とは……。

 少なくとも現時点において、相容れることはありえないだろう。

 

「研究拠点はどこだ?」

「それはついてくるなら教えよっかあ」

 

 せめて研究成果を、リーティアやゼノに預けたいところだった。

 すぐには無理だろうがいずれそれらを解析し、役立てられる筈であると。

 騙してついていくというのは、流石に相手の拠点(ホーム)ともなると命の保証はない。

 

 

「研究の目的は? 最終目標はなんだ?」

 

「ふ……む――それは考えたことなかったなあ、いや昔はなんか目指した覚えあるんだけど。

 いつの間にか生活そのもの、日常になっちゃったし。完成も、終わりも、ないんじゃあないか」

 

「寄生虫の効果は?」

「研究内容については教えなあい、協力者になるなら別だけど」

 

 

(真に迫ったことは答えない、か――)

 

 女王屍は興に乗って、なんでも答えるとは言ったが……。

 それはあくまでこちらが、奴の側につくことが条件なのだろう。

 

「ふゥー……埒をあけるか」

 

 俺は一層深く息吹を重ねながら、女王屍の前へと立った――

 

 



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#70 人成獣 III

「ふゥー……(らち)をあけるか」

 

「ん? ん? どういうことかなあ?」

 

 俺は一足飛びで距離を詰め、人語を解す異形を眼前へと捉える。

 

「少しだけ付き合ってもらおう、俺の我儘(ワガママ)に」

 

 喋りだそう口を開きかけた顎へと、俺は最速の動きで左フックを見舞ってやった。

 試さずにはいられなくなる。培った術技を気兼ねなし(・・・・・)に振るえる機会は少ない。

 

「……は? えっ」

「無抵抗でも、俺は一向に構わんよ」

 

 ――ジェーンの分を、まず返す。しかしそれ以上に……。

 

 

 準備(そな)え続けた実力、積み上げ続けた努力を存分に発揮できる幸せ。

 思う様に解き放つ喜びは――筆舌に尽くし難い。

 

「そおぅらららラララララララ――ッ」

 

 ――颶風百烈拳(ハリケーンラッシュ)

 風流によって回転を上げた拳を、一瞬にして打ち続け終える。

 それは一つの巨大な拳のような衝撃でもって、女王屍の全身を殴りつけた。

 

 女王屍の肉体は地面を削り下がりながら、左のトロル巨腕を思い切り振るう。

 こちらの攻撃をものともしない、硬質化したような"部分乾眠"状態での一撃。

 

 

「しゃあっ」

 

 しかしこちらもタダでは喰らわない。"風皮膜"で滑らせながら受け流す。

 さらに自ら回転した勢いを、全て集約させた"あびせ蹴り"を叩き込んだ。

 

 頭部を無防備に蹴り抜かれた女王屍は、体勢を崩すことなく立ち続けている。

 

「脳震盪もおこさんか」

 

 思っていたよりもずっと強い。見た目は人型でも諸々の構造は違うのだろうか。

 敵性戦力の底の見えなさに、僅かばかりの冷や汗が滲む感覚を覚える。

 

 

 しかしそれすらも緊張感(スリル)として、心地良く感じてしまう。

 我ながら……心の底から、御しにくい性格になってきたものだった。

 異世界の文化と死生観に、ついぞ慣れてきてしまっている。

 

 数多くの夢想の現実化と、それを実行する充実感――それ自体は大いに結構。

 しかし成長に伴って育まれた精神性。戦闘狂が如き性質(タチ)はご多分の例に漏れない。

 

 前世ではそれらしい体験などない。ついぞ味わうことのなかった娯楽と愉悦。

 本来邁進(まいしん)すべき目的すら(ないがし)ろにさせてしまう、麻薬のような陶酔感と中毒性。

 

 "(ちから)"に溺れるということが、いかに心地良く危険であるということか――

 

 

(知能を持ったトロルの寄生蟲付きと……)

 

 どれだけ闘争に熱狂しても、根っこの理性は冷静に状態を判断していた。

 手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に――その精神を思い出しながら……。

 

 部分的な乾眠硬質を使いこなし、柔軟な動きと(にぶ)く強靭な肉体と反応速度を持つ。

 "風皮膜"の下に重ねていた筈の"圏嵐層甲(けんらんそうこう)"も吹き飛んでいた。

 

 いわゆる爆発反応装甲から着想を得たもので、気圏に入った衝撃に自動反応して発動する魔術。

 圧縮個体化した空気の装甲を挟み込むことで、衝撃を受け止めると同時に局所爆嵐を発生させる。

 その際に発生した衝撃の全てを、風皮膜の流れに乗せてしまうもの。

 

 結構自信のある防衛魔術だったのだが、ただの一振りで剥がされてしまった。

 余った風が収束し新たに形成するものの、次に喰らえば幾許(いくばく)かのダメージは免れえまい。

 

 最悪ジェーンを抱えて逃げるということも、視野に入れつつも――

 

 

「ああーもう、いきなりなんなんだい?」

 

 女王屍は何事もないように、まるでこちらの術技が児戯であるかのような反応を見せる。

 それは酷くこちらの神経を――逆撫でされるような行為とすら感じられた。

 

「その、なんだ。言いたいことは……いくつか、あるんだが」

 

 男の子には譲れない部分がある。"安い尊厳(プライド)"にだってしがみつく。

 どんな人間でも"安い尊厳(プライド)"があれば何とだって、化物とだって戦えるものだ――

 

 俺の中には――もうどうしようもないほど、俺だけの自負が芽生えている。

 転生してより研ぎ澄ませてきた、絶対の矜持(きょうじ)というものが。

 

「まっ、一言で言うならあれだ――」

 

 人間……熱を忘れたらおしまいだ。それは前世でも思い知ったことだ。

 

 戦場の空気や、闘争のテンションにあてられただけでも。

 例えそれが命を賭け(ベットす)る行為でも、未来のことを考えぬ一時(いっとき)の感情でも。

 

本気(ホンキ)にさせたな」

 

 

 ズンッと左足を震脚で一歩踏みしめ、半身に構える。

 まだイケる。本当にヤバくなったら逃げるが、ここは踏みとどまれる時だ。

 

 無礼(なめ)てかかられた以上、一矢報いなければなるまい。

 ジェーンの分は、後で本人が直接(・・・・・・・)返せばいい。

 

 今は俺による俺だけの闘争。

 意志だけでなく肉体が……細胞全てが、戦えと叫ぶのだ。

 

 

空華(くうげ)夢想流・合戦礼法、奥伝――」

 

 魔力を加速させるイメージで全身に行き渡らせる。

 フラウのそれには遠く及ばないが、それでも練り上げてきた。

 

 後ろに引いた右拳を、左手でパンッと叩いて全身を躍動させ、(ねじ)るように連動させる。

 叩いた(がわ)の左手を返しつつ相手へと振り抜き、"風の拳"を当てて視界を一瞬だけ潰した。

 

 ――"音空波"。

 続けざまに増幅させた音圧波動による衝撃を、右拳と共に女王屍の顔面へ叩き込む。

 振幅する音の波は、余すことなく浸透するように……内部を直接的に震わせ砕いた。

 

 

「ごぅぶっはあ……」 

 

 女王屍も流石に呻き声をあげ、目・耳・鼻・口から血液が流れ出る。

 いくら再生できようとも、脳組織へダメージがいけばタダでは済むまい。

 

 反動による右腕の犠牲も小さくはなかったが、有効打となりえただけの感触はあった。

 

 一度ジェーンの近くまで距離を取って、俺は深く沈み込ませるように言葉を口に出す。

 

「俺の右腕よ、痛み(・・)を……を伝えるな」

 

「うぶっぐう……なんかの、おまじないかあ?」

 

 ゴボゴボと少し血が詰まったような声で、惹かれた興味を女王屍はつい尋ねてしまう。 

 

「魔力操法のちょっとした応用だ。思いついたことは……なんでも試してみるもんさ」

 

 

 ――痛覚の遮断。生物である以上、死ねばそれで終わりだ。

 異世界でも多分幽霊はいないと思うし、死ぬことそれ自体はまだいい。

 

 しかし生かされたまま、苦痛を味わわされ続けるのだけは御免こうむる事態。

 万が一捕まったりして、拷問など受けたらと想像するだけで……。

 

 そんな一心から、肉体感覚の制御・支配についても修練し続けた。

 ハーフとはいえエルフ種の肉体というものは、その手のことに優れている。

 

 実際にはアドレナリンやエンドルフィンなど、脳内物質も分泌されているだろう。

 なんにせよ取り返しがつかない怪我でなければ、ハルミアさんが治してくれる。

 

 

「試す、いいねえ。ワタシも絶賛お試し中だからさあ――」

 

 血を流したまま薄ら寒い笑みを浮かべて、今度はこちらの番だとでも言うように……。

 女王屍はトロル左腕を振りかぶり、蟲尾を鋭くこちらへと向けた。

 

 俺は頃合と感じる(・・・・・・)や否や、空気を弛緩させるように語りかける。

 

 

「少しいいか、女王屍」

「……なんだあ?」

 

 話し掛けたところで、女王屍は攻撃の手を止めてしまう。

 本当にムラッ気の強いことだった。

 

 俺はちょいちょいと女王屍の後方を指差してやる。

 

「後ろ後ろ」

 

 

 首を傾げつつ女王屍は振り向くが、何もなかった――

 

「ごあっ……――」

 

 しかしすぐさま落下する影によって、背面上空から斬り裂かれていた。

 

「よーおベイリル、コイツぶった斬って構わなかったよな? 見るからにやべえし」

 

 女王屍の右肩口から腰まで開かれた断面には、炎が踊っている。

 落下斬撃を放った当の本人は、収束させた刀身の炎を振って消していた。

 

「ぁはあ!」

「ヘリオ()けろっ!」

 

 

 俺の叫びに瞬時に反応したヘリオは、反射的にこちらまで距離を取る。

 一瞬前まで立っていた場所に青白い巨腕が薙ぎ、地面が豆腐のように削り取られた。

 

 火と熱を帯びた断面も、関係ないといった(ふう)に、ズグズグと癒着し再生し始めている。

 

「クッソ、あれで仕留め切れねンかよ」

「トロルも混じったキマイラだからな」

 

「まったく誰だよお、オマエいきなりやってくれてえ。でもちょーどいいか……この(にく)を試すのには――」

 

 

 そう言いつつも女王屍は、攻め気をまだ見せてはこない。

 蟲尾を振って牽制しながら、自身の再生を待っているようであった。

 

 ヘリオを落とした後に、近くまで降りてきたルビディアは気持ち悪そうに言う。

 

「うわっ……あれが親玉?」

「ルビディア先輩、無事だったんですね」

 

「もっちのろん」

 

 怪我の様子を尋ねてみたが、特に問題はなさそうな様子であった。

 そもヘリオを抱えて飛んできたのだろうから、心配するようなことではなかろうと。

 

 

「差し支えなければ、後方の森の中にキャシーいるんで助けといてくれますか?」

「へっ? キャシーになんかあったの?」

 

大事(だいじ)はないです、ただ連戦に次ぐ戦闘と消耗で休んでるようなので」

「オッケー了解! 彼女には落ちたところ助けられたから、もう借りを返せる」

 

 

 ルビディアは意気揚々と、低空飛行で森へと突っ込んで行った。

 既に女王屍も再生が終わって、万全の状態になったところで口を開く。

 

「えっとキミ名前なんだっけ……いいや。敵対、でいいんだよねえ?」

 

「まぁそうだが……ただもう少しだけ待ってくれるか」

「何を?」

 

役者が揃う(・・・・・)のを、だよ」

 

 

 そう言ったところで、タイミングを見計らったかのように森の奥から人影が飛び出す。

 急ブレーキをかけながら、狐耳をぴょこぴょこと動かした少女は隣へと並ぶ。

 

「ウチ間に合った! ……のかな?」

「あぁリーティアのおかげで、俺が先に間に合ったから問題ない」

 

 ポフッと、妹リーティアの頭を撫でながら俺は言う。

 

「えっ……? あぁ、"アレ"の原理わかっちゃった?」

「聞こえたからな。犬笛みたいなもんだろう? 渡された"お守り"が壊れた時に、鳴るようになっていたと」

 

 その言葉を聞いていたジェーンはふと体を探る。

 開戦前にベイリルが届け、懐に入れていたお守りが……確かに砕け散っていた。

 女王屍に一撃をもらった時に、知らず助けを呼ぶ形になっていたのだ。

 

 

「オレには聞こえなかったんだが」

「だってヘリオは鬼人族じゃーん」

 

 耳の良い獣人種であれば、恐らくは概ね聞こえたことだろう。

 ハーフエルフでも戦闘中の魔力強化のおかげか、僅かにでも聞こえたのは僥倖だった。

 

「まぁ空から見つけたんだから結果オーライだ」

 

 飛行型キマイラを早めに駆逐しておいて正解だった。

 キャシーも助けられたし、ルビディアが飛行してヘリオが届けられた。

 

 

「それでえ……役者とやらは、揃ったかなあ? ガッカリさせないでよねえ」

 

「もうすぐにでも整うよ、なぁジェーン姉さん(・・・)?」

「大丈夫? ジェーン姉ぇ」

 

 ポーションと問答の時間稼ぎのおかげで、ジェーンは十分回復はしていた。

 でもせっかくだから……少しだけ欲を見せてもバチは当たるまい。

 

「あーあ、ヘリオも昔みたいに呼んでくれたらなー。(ちから)が出るのになー?」

「はあッ!?」

 

 俺とリーティアの視線が突き刺さったヘリオは、逡巡した後にボソリと呟く。

 

「ッ――ジェーン……姉ちゃん」

 

 ニコリと笑ったジェーンは飛び上がるように立って叫ぶ。

 

「お姉ちゃん復活ッ!」

 

 俺とリーティアの(あいだ)に入り、一列に並んだ4人は女王屍と相対す――

 

 

 

「ったく、てめェらは……。にしても肩並べて戦うなんて、一年振りくらいかァ?」

 

「そうかも、もう負ける気がしない」

 

「ウチも本気出しちゃおーっと」

 

「さって、女王屍。存分に御覧(ごろう)じろ、その身をもってな――」

 

 



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#71 四重奏 I

「さって、女王屍。存分に御覧(ごろう)じろ、その身をもってな――」

 

 リーティア、ジェーン、ベイリル、ヘリオ、並び立つ4人は不敵な笑みを浮かべる。

 そう――文字通り"不敵"。その戦力は留まることを知らない。

 

 挑発するように息巻いた台詞を吐いたベイリルは、息吹と共に"風皮膜"で自身を覆う。

 

燦然(さんぜん)と燃え(のぼ)れ、オレの炎ォオ!」

 

 ヘリオは長巻を右肩に担ぎ、周囲に鬼火を7つ浮遊させる。

 

 

 そこにベイリルが手をかざすと、吸息しつつ酸素濃度を操作した。

 すると赤く燃え盛る炎は、静けさすら帯びたような"蒼い鬼火"へと色が変わっていく。

 

 さらには吸った息を吐き出しながら、女王屍にも酸素濃度低下を仕掛ける。

 しかし何やら変態し始め、肉体が変化していく女王屍は意に介した様子はなかった。

 

 普通の生物とはもはや身体の維持・代謝機能が、別物になってるのかも知れない。

 

 

「リーティアおねがい」

 

 ジェーンはふよふよと浮かせた水塊を、妹へと差し出す。

 水の表面近くへとリーティアは両手を添え、数秒ほど集中して手を離す。

 

「はぁーい、できたよジェーン姉ぇ」

 

「ありがとう。"形成――我が右手に氷槍、我が左腕に氷盾"」

 

 それはリーティアの手によって、水中の不純物を分解した純水。

 ジェーンは純水を利用して、新たに純氷の槍と純氷の小盾を作り上げた。

 

 不純物なき氷の分子結合は、実に鋼の3倍とも言われる。

 これで少なくとも、最初に一撃喰らった時のように易々と砕かれることはない筈だ。

 

 

「そういえばリーティア、"アマルゲル"はどうした?」

「アマルゲルくんは置いてきた。ハッキリ言って、もうこの先の戦いについてこれそうにない」

 

 見当たらないことに所在を問うたベイリルに、リーティアは軽い調子で答える。

 

「なんだあ? そのアマなんとかってのは」

「ウチの作った特製魔術具だよ。まーあれだ、ウチの全速力に追いつけないから置いてきちゃった」

 

 リーティアは「今後の課題だね」と付け加え、ぺろっと舌を出す。

 それでも生粋の魔術士でもあるリーティアの戦力には、さほどの痛手もない。

 

 

 こちらが準備を整えている合間に、女王屍の全身は再生を完了し筋肉に覆われていた。

 顔の左半分には目が一つ、口が一つ増え、トロルの左腕は二回りほど大きく。

 

 連節蟲尾の先端はクワガタのようなハサミも生えてきていた。

 さらには尾内部から突き出すように、ピストン運動する針がこちらを向いている。

 

「くっはあ……ここらが限界かなあ、理性を保つのが大変だあ」

 

 急速肥大によって代謝機能が高まり、伸び過ぎたボサ髪。

 それを女王屍はザクリと、蟲尾ハサミで肩あたりで切断する。

 

 もはや人間としての風貌の大半を失った異形を前にしても、四人は小揺るぎもしない。

 

 

「あの蟲尾の針だけは気をつけろ、寄生虫の卵を産み付けられるかも知れん」

 

「はああ? そこまでワカんの!? ねえ? ねええ??」

 

 低く野太くしわがれたように変質し、二重に聞こえる声をベイリルは無視する。

 

 元世界と異世界――細かな違いはあれど、基本的な共通事項が多いゆえか。

 現代地球の生態知識や娯楽物の設定から類推したものも、得てして当てはまる。

 

「まあでもなんかもう――どうでもいいやあ」

 

 女王屍はトロルの巨左腕と連節蟲尾を、無造作に振る。

 積み上がっていた何本もの丸太が、こちらへ向けて投げつけられていた。

 

 

 尋常ではない速度と質量を伴った大木片。

 四人は躱さぬまま、既にそれぞれ魔術イメージを確立させていた。

 

(フン)ッ、"混沌焼旋柱"!」

 

 ヘリオが蒼い鬼火を1つ地面に撃ち込むと、溶解した赤き大地が湧き上がり燃やす。

 

「"一枚風"――」

 

 ベイリルはかざした左手で受け止めるかのように、風の盾壁で勢いを殺し切る。

 

「守りて流せ――"水陣流壁"」

 

 ジェーンは縦方向の水流による圧壁で、削断しながら上空へと打ち上げる。

 

岩盤(がーんばん)!」

 

 リーティアがクンッと指を立てると、目の前の地面がめくり上がり防壁と化す。

 

 

 四者四様の四属魔術によって、投げ付けられた大木は無力化された。

 

「ハッハハ! ほんっと燃えるぜェ」

「慢心はナシよ、我ながら……だけど」

「白兵戦じゃなく、遠間からやるぞ」

「うっしゃー!」

 

 

 ヘリオは溶岩溜まりを飛び越えながら、蒼炎を剣へと収束させる。

 ジェーンは水圧壁として生成した水をくぐり、氷鎧で全身を覆っていた。

 ベイリルは左手で二度パチンと指を鳴らし、両端を切断された"丸太"を左手で掴む。

 リーティアは岩盤の上に飛び乗ると、周囲を見渡し世界を知覚する。

 

「長い射程(リーチ)に容易な調達。燃料にもなり重量も申し分なし。

 さらに打たば槌、突かば槍、守らば盾、飛ばせば質量兵器――っと!」

 

 ベイリルは掴んでいた丸太に、風を纏わせるとその場に浮遊させる。

 バックステップした後に走り出し、"エアバースト"を自身の背後から追い風として発生させた。

 

 "風皮膜"で取り込み加速しながら左拳(ストレート)を、浮かせた丸太の断面へ叩き込む。

 風圧を収束させて噴出点を作るかのように、爆発させるかのように打ち出した。

 

 

「"結瞬凍縛(けっしゅんとうばく)"!」

 

 ジェーンは女王屍の動きを注視しながら、水属魔術を放つ。

 すると女王屍の全身は一瞬にして凍結し、氷の結晶によって釘付けにされた。

 

「あ?」

 

 氷晶の中で……そんな届かぬ間の抜けた声が聞こえるようであった。

 拘束できるのは、ほんの数瞬であったがそれで十分。

 

 破壊して動き出すまでの間に、その頭部へと吸い込まれる丸太。

 女王屍自身が投げ込んだ以上の速度だったが、難なく蟲尾鋏で縦に切断されてしまった。

 

 しかし丸太はただの目眩まし。粉々に砕けた氷片も、次なる併せ技へと繋がる。

 

 

Wuld(せんぷう) Nah() Kest(しっそう)!」 

 

 丸太を打ち出した勢いのまま、ベイリルは刹那の間隙に詠唱するでなく、叫んで(・・・・)いた。

 

 "風皮膜"によって速度を補助し、強力な風圧を取り込むことで"暴風加速"する。

 さらに瞬間的に超加速する"旋風疾走"の魔術を重ねる。

 

 

 ――パァンッ!!

 

 叫び(シャウト)と共に、一聞(いちぶん)単純な音だが、しかして超大音響が空間を震わせた。

 ベイリルの肉体は音速を突破し、大気の壁を突き抜け、女王屍の脇を通り過ぎただけ(・・・・・・・)

 

 当てる必要はない――

 貫くでなく、弾くでなく、砕くでなく、響かせるでなく、切るでなく。

 跳ばすでなく、潰すでなく、壊すでなく、抉るでなく、折るでもない。

 

「――俺だけの超音速(マッハ)

 

 ベイリル自身に降りかかる負荷さえも、指向性を持たせて叩き付ける術技。

 その衝撃波は巨大な砲弾となり、無数の氷片を巻き込んで女王屍を激烈に打つ。

 

 風皮膜を全てクッションにして、ベイリルは地面を削りながら急制動を掛けた。

 

 やはりソンビには散弾銃(ショットガン)に限る。

 いささかデカ過ぎであるし、そもそもゾンビではなくキマイラであったが……。

 

 

 なんにせよ敵に行動させる暇は与えない。それは大原則である。

 

 常軌を逸した膂力であり、まともに喰らえば防壁越しでも致命傷足り得よう。

 さらに寄生卵を植え付けられる以前に、巨大針に突き刺されればそれだけで危うい。

 

 ゆえにこそ攻め立てる。常に先手を取り続け封殺するべきだと、全員が理解している。

  

 お互いの性格を知っている。

 挙動で何がしたいかわかる。

 目配せだけで意思疎通できる。

 

 それがこの1年近くで新たに修得した、初見の魔術や術技であっても連係できてしまう。

 新たに覚え扱う魔術技を、フリーマギエンスの活動でお互いに話して知っているだけで十分だった。

 

 4人は個々ではなく総体。一群体や一人格かのように行動する。

 

 10年近く共に過ごし、研鑽してきた日々は――決して裏切らないのだと。

 

 



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#72 四重奏 II

 それは実際に温度が上がっているのか、単なるイメージによるものなのか。

 ベイリルの酸素濃度操作によって、刃の上で揺蕩(たゆた)う蒼く幻想的な鬼火。

 

 ヘリオは刀剣に収束させた蒼炎を、リーティアが作り出した岩盤へと勢いよく刺し込む。

 ガキの時分ではトラウマにもなっていたその蒼炎は、岩を飴のように溶かしきる。

 

 刺し込まれる瞬間に跳んでいたリーティアは、空間を()ねるように両手を動かしていく。

 実際に掴まれてるかのように溶岩が蠢き立ち、周囲の大地を巻き込み溶解した。

 

 ヘリオが防壁として作った溶岩まで範囲を拡げつつ、それは意思ある津波と化す。

 

 赤黒く熱と質量を多分に含んだそれは、怒涛の勢いで女王屍へと向かっていった。

 

 

「そぉーれ!」

 

 溶岩津波はリーティアの意思と手の動きに沿って半包囲し、そのまま瀑布のように押し潰す。

 超音速氷礫弾を喰らった衝撃で動けぬ女王屍は為す術なく、その身を無防備に焼かれた。

 

 溶岩を圧縮しながら山のようにし突き上げ、そこにベイリルが風属魔術で迎え撃つ。

 

「刈り払え、"雲身払車(うんしんほっしゃ)(ソー)"」

 

 微細な風の刃を円形状に高速回転させて、チェーンソーのように削り刻む。

 真上へ向かう溶岩と、真下へ向かう"風鋸"とに挟まれ、強靭な女王屍も確実に切断されていく。

 

 「せぁあ!!」

 「ッオラァ!!」

 

 ジェーンとヘリオの声が重なった。

 左右斜めの中間距離から、それぞれ武器を投げ放つ。

 

 純氷槍は尾の先端部に突き刺さり、その部分から蟲尾を凍結させていく。

 再充填した赤い炎を収束付与し赤熱した刀身は、トロルの硬腕を貫通し内部から燃やす。

 

 

 恐るべきは……それでもまだ、原型を保っていたということである。

 尾と左腕を潰され、肉体も半分以上削られ分断されそうになっていようとも。

 

 トロルと寄生蟲を取り込んだ、純粋なトロル成体すら超越した再生力。

 途切れることなく肉片をぐじゅぐじゅと泡立たせて、肉体を治そうとしていた。

 

 しかし先んじて"音空波"によって脳ミソにぶち込んでいた(くさび)

 さらには強引なキマイラ変態の所為か……機敏さが失われているように思える。

 

「学園生程度なら、(てい)のいい試金石だと高を括ったんだろうが――」

 

 フリーマギエンスが存在したことが、運の尽きと断言し得よう。

 

 

 ベイリルは冷えた岩石の上――女王屍の前へと立った。

 直視するのはなかなかきついものがあったが、こちらへとひん剥かれた眼を見つめる。

 

まさか(・・・)ってな、思っているだろう。まさかこの"ワタシ"がって」

 

 尾と腕の再生が済んで使い物になるまでは、もう一度白兵戦もやれるだろう。

 しかし流石にもう、それだけの余裕を見せることはない。

 

(ミョー)なタイミングが重なって、重なれば、こんなものだって、あぁやっちゃったなあ……」

 

 眼は見開かれてるが、声は絞り出したくでも出せないようだった。

 耳が機能しているのか、脳が正常かすらもわからないがそれでも宣告する。

  

「――って思いながら、死ね」

 

 

 ベイリルは岩の上から後ろに跳びつつ、開いた腕を交差させ竜巻を発生させる。

 あんな状態でも、時間が経てば再生しきってしまうだろう。

 

 だから――細胞一つ残さず、余さず、完全に、消し飛ばす。

 

「みんなあれ(・・)をやるぞ!」

 

「あれ?」

「アレェ?」

「あーれー?」

 

 ジェーン、ヘリオ、リーティアの……あえて(・・・)の声が重なる。

 

「決まってるだろ――」

 

 ベイリルは今一度、不敵に笑って叫ぶ。これこそが本懐であるといった(ふう)に。

 

 

「合体技だ!!」

 

 ベイリルの竜巻を起点にした、4人連係併せ技は一つ。

 

 ジェーンは純氷盾を上空高く放り投げた。

 さらに分解し粉々に砕きながら、氷粒をさらに追加で形成していく。

 

「燃えろ! 燃えろ燃えろ燃えろ燃えろぉォオ!!」

 

 冷えた岩石を砕きながら巻き込んでいく"竜巻"に、ヘリオが鬼火を次々と突っ込んでいく。

 ヘリオの魔力が空っぽになるまで、炎の嵐は巨大化していった。

 

 

「んんーんーん~……うん!」

 

 リーティアは地面へと両手を当て、遠隔で金属質の地殻礫を混ぜ込んでいく。

 上昇気流凄まじい炎熱竜巻の内部に、女王屍を留め置きながら……細かい礫片で刻んでいった。

 

「我が声に乗り舞い踊れ白雹(はくひょう)。されば我が敵を喰らう天威たれ――」

 

 指向性炎熱竜巻の上空に発生させていた雲の中で、氷の粒が高速で暴れ回っていた。

 摩擦によって帯電し、確実に蓄積されていく――

  

「"雹衝雷導(ひょうしょうらいどう)"!」

 

 

 ジェーンの言葉と共に、一筋の雷光が誘導されて竜巻の中心部へと落ちる。

 雷は地殻礫によって大地へと逃げるには至らず、女王屍を肉体を通り続ける。

 

 鋭く収束しながら撹拌させる竜巻。

 際限なく燃焼し続ける炎熱。

 氷粒摩擦で発生した雷撃の暴威。

 電撃を誘導し骨肉刻む地殻礫。

 

 まともに喰らい続けて耐えられる生物など――異世界でもいない、と思いたい。

 

 

 ベイリルは傷んだ右手を顔近くまで挙げ、立てた人差し指と中指を振り下ろす。

 

「さよならだ」

 

 四つの魔術が織りなした特大の災害は、一気に収斂(しゅうれん)し――

 

 支配種たるキマイラ――女王屍は、塵一つなく昇華したのだった。

 

 

 

 

「いやぁーたまには全力全開ぶっぱも気持ちいいね!」

 

「あーーー……オレぁもう、完全燃焼で動く気起きねえ」

 

「欲張らず今はこれで上等か、まぁいい」

 

 リーティアは地面にあぐらをかいて座り込み、ヘリオは大の字に寝転がる。

 ベイリルは右腕に障らぬようその場に立って、しゃがんでいたジェーンは顔を上げる。

 

「ありがとう――ベイリル、ヘリオ、リーティア。それとごめんね」

 

 事が終わってからジェーンは改めて家族へとお礼を述べ、そして謝る。

 

 

「どういたしましてー、ウチもお守り作っといた甲斐があったよ~」

「はっ! オレらの誰が危機(ピンチ)でも、同じことなんだからいちいち気に病むな」

「親しき仲にもなんとやらだが――まぁ迷惑くらいなら、いつでも掛けろ」

 

「でも私が突っ走っちゃった所為もあるから……」

 

 ジェーンも結局のところ、自分の力量を試したい気持ちがあったことは否定しない。

 規模の大きい実戦指揮は、初陣のようなものだったとはいえ……。

 

 自分の新たな側面を垣間見たと同時に、迷惑はまだしも心配は掛けないようにとも。

 

 

「結果論だが……これで良かったよ。これ以上感染拡大することもないしな。

 実験データだけまんまと集められて、トンズラされたら目も当てられなかった」

 

 本来であれば陣営に取り込むか、もしくは研究所とデータを掠め取りたかった。

 しかし話していた限りでは、あの破綻者にまともな期待はできないし困難である。

 

 同時にあんなヤバい奴を放置すれば、後々に"文明回華"の大きな障害と成り得た。

 

 マッドサイエンティスト本人も、キマイラとしての融合と進化と変態するほどの異様。

 寄生蟲の利用とその完成度、世界を滅ぼしかねないほどの特大厄災に成り得た。

 

 ゆえに殺すのが、情報を得られないあの場での最適解。

 その判断は間違っていないと確信している。

 

 何もかもを思い通りに得られるわけではない。

 むしろ今までがトントン拍子すぎたのだ。

 

 

「運も実力の内ってやつだねー」

「気ィ張り過ぎだ」

 

「ん……」

 

 ジェーンはほっと胸を撫で下ろすように、微笑みを浮かべてから頭を切り替える。

 

「他の戦局はどうなってるかわかる?」

 

「左翼はフラウ義姉ぇに任せてきたからだいじょーぶ」

「右翼もまあ、残党程度なら問題ねェだろうよ」

「中央もパッと見では大丈夫だろう、ルテシア先輩ら後軍も合流していたし」

 

 既にこれ以上の統制が取れない上に、鈍感・緩慢なゾンビ軍。

 トロルも行動不能だし、精々がオークに注意すればいいくらいである。

 

 

「うん、それでも不測続きだったからどうしてもね――」

 

オレたち(フリーマギエンス)を信じろよジェーン」

「ヘリオいいこと言う~」

 

「そうだろそうだろ」

 

「まぁ村方面は俺たちの誰もいないんだけどな。スィリクス会長が先行したらしいが……」

「たまにいいこと言ったと思ったら、的外れだ!」

 

「リーティアてめっ!」

 

 サッと俺の後ろへと、リーティアは隠れて様子を窺う。

 立ち上がろうとしたヘリオは、ジェーンにそっと手を添えられ止められた。

 

 

「戦力は十分なの?」

「ガルマーン教諭も共に向かったそうだから、トロルも大丈夫だろう多分」

 

 ベイリルは希望的観測も交えつつ、スズから聞いていたことを伝える。

 

 ガルマーンの正確な力量は定かではないものの、仮にも英雄コースを指導する立場。

 トロルだろうと倒すくらいではないと、正直なところ名折れだろう。

 

 余力はそんなに残ってないし、ここは素直に任せておくしかない。

 

 

「スィリクス会長も先の遠征線の経験者だし、なんのかんの優秀な人だ」

 

「ベイリル兄ぃって、結構あの人評価してるよねー?」

「あの野郎、いちいちオレらの活動に茶々入れてきてウッゼぇんだよな」

「い……一応は私と指揮権を二分(にぶん)する、後軍軍団長だからね」 

 

 ジェーンが少し困ったような顔をしているが、ベイリルもそこは否定しなかった。

 

 

「まぁ面倒な人だな」

 

 と言いつつも、どこか小物臭く悪人になりきれないスィリクスはどうにも憎みきれない。

 生徒会権限を振りかざすものの、本当に悪辣なことはしてこない。

 

 彼には彼なりの一貫した矜持がある、であればそこは美徳と言えよう。

 

 

「なに村民の退避を徹底しつつ、部隊も退却を優先するだけ。そう難しいこともあるまいさ」

 

 



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#73 戦余韻 I

「徹底抗戦だ! 死守するぞ!!」

 

 スィリクスの命令が飛ぶ。村への援軍は間に合った。

 拙速ではあるが、可及的速やかに行動したおかげで猶予もあった。

 

 30人ほどの内10人は専属冒険者と共に避難誘導。

 残る20人はスィリクスと共に、防衛線にて魔物と戦う。

 

 人命のみを優先するのであれば、即時退避が至上である。

 しかし村そのもの(・・・・・)は――時として命と同義となる。

 

 人の心とは……その土地に根ざしたものなのだ。

 そこを離れるということは、身を切られる苦痛となんら変わりない。

 

 

 そういった機微をスィリクスは理解していた。

 だからこそギリギリまでは粘って戦おうという判断を下した。

 

(恩を仇のようにして返すなど、私にはできん)

 

 前回の遠征戦において、若きスィリクスは不覚を取った。

 その時にこの村の人々が良くしてくれたことは、決して忘れていない。

 

 あの経験があったからこそ、今の自分を形成しているのだと理解している。

 エルフ至上を()としつつも、多種族も(しか)と導いていかねばならないのだと。

 

 

 しかし防衛戦はスィリクスの危惧とは裏腹に、呆気なく終結してしまった。

 抵抗が少なく、崩れるようにあっさりと倒せていってしまったのだ。

 自身の成長とは別にして、かつての遠征戦の折に感じた脅威は全く感じなかった。

 

 不可解な点は数多く残るが、それでも村と民が無事であることに安堵した。

 村への防備に生徒らを残しつつスィリクスは、ガルマーンとトロルの戦域へと馬を走らせる。

 

 しかし到着するよりも前に、戻ってくるガルマーンの姿があった。

 

「ガルマーン教師! トロルは退(しりぞ)けたのですか!」

 

 

「あぁ殺しきれた(・・・・・)、そちらは問題ないか?」

「こちらは無事終結を見ました、村の人々は全員無事。我々の戦果です」

 

「そうか、村はお前たちに任せていいか?」

「では私も本陣地へ――」

 

「いやまだ何が起こるかわからない、オマエはここで指揮を()ったほうがいい」

 

 スィリクスはしばし(もく)して考えた後に、決断を下す。

 

「確かに村の安全を最優先するのであれば……」

 

 意思を確認したガルマーンは頷いて、主戦場の方角へと全力で走り出す。

 

 

 走りながらガルマーンは実感する。

 トロルとの闘争は久々に昔の自分を思い出せた。

 死闘ではあったが、それだけに得られ――取り戻せたものも大きい。

 

 自分の命を、死との境界線上に置く感覚。久しく、そして懐かしい。

 もしもまだトロルが残っているのであれば、生徒を守護(まも)る。

 

 消耗しているこの身だろうと、いくらでも(なげう)つ。

 それが教師としての――大人としての責任。

 

 この戦場において自身が為せる最大限の義務であるのだと。

 

 

 

 

 言い訳になってしまうが、万全であれば勝てたと思っている。

 

 ジェーンに格好つけて"アタシに任せて先に行け"などと言った手前……。

 我ながら醜態とも言えた。今にして考えれば、敗北要因は色々あった。

 

 

 飛行型キマイラは厄介だった、空から一方的に攻撃してくる。

 対空攻撃手段に乏しいが、取り付けばなんとかなるだろうと楽観視していた。

 

 戦場を駆けずり回りっ放しで、疲労と消耗によるペース配分をしくじった。

 それでも出した言葉を引っ込めるわけにはいかず、食い下がり続けた。

 

 そうしてキマイラは一瞬だけ空中でよろけたかと思うと、どっかに行ってしまった。

 

 

 その後に変な走り方で、急に目の前で止まったのはベイリルだった。

 

(っんの野郎……)

 

 聞けばアタシが苦戦したキマイラを、あっさりとぶっ殺したらしく……

 ついでとして、まんまと助けられてしまった形になる。

 しかも左翼のトロルまで駆逐した上で、ジェーンを探しに来ていた。

 

 方向を教えるとベイリルは、回復用ポーションが必要か聞いてきた。

 怪我自体はそこまで深刻でもないし、丁重に断ってやった。

 

 ベイリルは心配と激励の言葉だけ残して、すぐにいなくなってしまう。

 

 左翼できちんと戦果を挙げながらも、さらにベイリルは中央を援護しに来た。

 無尽蔵の体力・魔力というわけではなかろうが、それでもやはり実力差を痛感した。

 

 

(わかっていたことさ……)

 

 ジェーンにベイリル、そしてフラウも。

 まだアイツらには勝てない、なんてことは織り込み済みである。

 これもいい勉強だ。生きてりゃあ、まだまだ鍛錬できるんだから御の字だ。

 

 死にかけてから、何かを得ることは人生の内に何度かあった。

 遠目にも見えた――あのわけわからん"災害のような魔術"だって超えて見せる。

 

「なにをニヤけてるの? キャシー」

「別に……ニヤけてねえよ」

 

 ルビディアに肩を貸してもらいながらも、森の中をせっせこ歩き続ける。

 

 

「照れ隠しは別にいいけどサ、やっぱり飛んでかない?」

「みっともない姿は晒したくねぇ、イヤなら先に帰っていいよ」

 

 帰還するにしても自らの足で――それが己の最後の意地である。

 

「イヤじゃないよ? それにこれは借りを返してるんだからさ」

「そうさ、アタシがいなきゃ大地に激突してたんだ。こんくらいのワガママ付き合え」

 

「へいへ~い、ヘリオはみっともなく抱えられたのに強情だねぇ」

 

 荒っぽい気性は多少なりと似た部分はあるものの、キャシーははっきりと告げる。

 

「一緒にすんな」

 

 

 

 

「以上で報告を終えます」

「でござる」

 

 クロアーネとスズの報告を聞いて、モライヴはひどく解放された心地になる。

 

「ありがとうございました、お二方。斥候・連絡部隊みなさんの情報があってこその戦果です」

 

「それでは、私は本来の業務へと戻らせていただきます」

「えぇ以後の糧食のもよろしくお願いします」

 

「拙者は誰かさんをからかってくるでござる」

「……ほどほどに」

 

 

 中央テントに一人残ったモライヴは、大きく一息吐いた。

 まだまだやることは山のようにあるだろうが、それでも急場は凌ぎ切った。

 

(今回は……とても良い経験になった――)

 

 地図を眺めながら、戦況の推移を頭の中で再現しながら独りごちる。

 

 否、それだけではない。今の己の置かれた立場(・・・・・・・・)も、全て考えた上で。

 フリーマギエンスという組織と、その展望までも見据えて……。

 己の半生と、今後歩むべき未来への方策も兼ねて、超長期戦略的に――

 

 深く、ゆっくりと……思考の海へ潜行(ダイブ)する。

 

 

あいつら(・・・・)の誰かの好きにさせるわけには、いかないからな」

 

 そう遠く――遥か遠くを見つめるように、モライヴは決意を静かに口にした。

 

 

 

 

「ははは、やったぜ。やってやったさぁ」

 

 リンは後方陣地の衛生テントでそうのたまい、ハルミアは律儀に尋ねる。

 

「なにがです?」

「誰にも文句を言わせないほど、完璧な補助(サポート)を少々」

 

 ルテシアは合流してきたガルマーンと話している。

 ニアは村への臨時配給も含めた、糧秣の再計算で手が離せない。

 

 結果として同じ部員同士、ハルミアがリンの雑談に付き合わされる結果となった。

 

「いやーわたしって上に立つ側だと思ってたんだけどさぁ……」

「そうですね、王国の公爵家ですもんね」

 

 

 ハルミアとしても実際、悪い気はしなかった。

 怪我人が多くいれば別だが、想定よりも遥かに少なく済んだ。

 

 ダークエルフという素性のおかげで、昔は身の振り方を慎重に選んでいた。

 しかし今はフリーマギエンスという枠が、多様な人と繋がりをくれていた。

 

「そうなんですよぉ、でも案外副官のほうが(しょう)に合ってるのかも」

「ふふっ、そういう感覚は大事だと思いますよ」

「それってもしかしてハルミア先輩の経験談です?」

「さぁどうでしょう」

 

 

 フリーマギエンスで活動をしている内に、より確かとなっていった実感。

 それは己の人生の指針を、より強くしてくれる支えにもなる。

 

「でも、うん。そうだなぁ……今回は考えさせられたあ」

「私としても課題が多くなってきました――」

 

 実際的な戦場における医療の重要性。

 今回は重傷者が少なかったものの、自分の力不足と限界は測ることができた。

 

 今しばらくは学生の身分として、やれることをやっていく程度で良い。

 しかしいずれはまた別のやり方で学んでいく必要も……出てくるやも知れない。

 

 世界をこの目で見て、赴く先々で人を救う――

 

 長い人生の内、そんな生き方をする時期があるのも悪くはない。

 

 



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#74 戦余韻 II

 戦争は終わった――僅か1日にして収束してしまった。

 完全撤退は村救援軍の合流を待ってからとなり、今日はこのまま夜営となる。

 

 ニアさんが計算した上で糧秣を一部解放したので、ちょっとした(うたげ)騒ぎになっていた。

 フリーマギエンスの面々も例に漏れず、皆で集まって互いを労っている。

 

 軍を率いて勝利へと導いたジェーン、リン、モライヴ、キャシー。

 転戦を繰り返し首魁を討ったベイリル、リーティア、ヘリオ。

 

 左翼・右翼でそれぞれ戦果を挙げたフラウ、ティータ、グナーシャ、カドマイア。

 厳密にフリーマギエンス所属ではないが、しれっと混ざっているパラス。

 重傷を負いながらも、斥候及び戦線復帰したルビディア。

 

 後方にて戦争行動の根幹を支えたニア。数多くの治療をして回ったハルミア。

 戦場伝達の(かなめ)であったスズ。糧食から連絡まで補助に徹したクロアーネ。

 

 それぞれの単位・授業時間が違う為に、普段は部活動でもまばらにしか集まらない。

 そんな主要面子がこうも一堂に介しているのは、非常に珍しい光景であった。

 

 

 しかしおれ(・・)は途中で1人抜け出し、夜空と片割星を見上げていた。

 

 改めて戦果を列挙すれば――フリーマギエンスの独壇場のような戦争だった。

 おれ自身はほぼほぼ足手まといだったが……元々分野が違うのだからそこは目を瞑る。

 

(尋常じゃあない……よな)

 

 帝都幼年学校に一般公募の狭き門から入学し、中途退学した身としてはそれに尽きた。

 世界最強の軍事大国の貴族家系に生まれ、幼き頃から英才教育も受けてきている士官候補生達。

 

 そんな人間達が優秀でない筈がない。しかしそれらすら霞んでしまうほどの部活。

 世界4大学府とも呼ばれる内の一つである学園は、確かに基本水準が高めな部分がある。

 しかしそのレベルを凄まじいほどに引き上げている。

 

 フリーマギエンス――ベイリル――の目指すところは知っている。

 はっきり言ってしまえば無茶苦茶だが、結果は実際についてきている。

 

 

 魔導師リーベ――存在しない代理を立てて、色々と画策している。

 

 裏社会の組織を後ろ盾に持ち、資金力を様々な研究へ投資している。

 その研究の内容や成果も、ベイリルを通して色々と教えてもらっている。

 

 時におれやリーティアやティータが、口を出して改善することもある。

 

 他の連中は……さしたる疑問も差し挟まないようだった。

 しかし()れれば触れるほどに、その特異さに危惧を覚える。

 

 己の知識が引き上げられるにつれ、徐々に理解するようになってくる。

 

 この"科学"の、行き着く果てというものが――

 

 

 王国には魔導を探求する、"降魔の塔"と呼ばれる魔導師の互助集団がある。

 他にも王立魔術研究所や、皇国にだってその手の研究機関は存在する。

 

 連邦東部には大魔技師と7人の高弟の一人が、師の死後に作った"魔術具商社"。

 その技術を受け継ぐ集団が多くの魔術具を取り扱い、荒稼ぎをしている。

 

 そして帝国にも"工房"と呼ばれる研究・開発機関がある。

 最強国たる帝国が、予算を惜しまない工房こそが――世界最高峰だと思っていた。

 

 しかし実状は恐らく違う。きっと……おれたちのいるところが最先端(・・・)

 これほど未知で膨大に多岐に渡る分野を、包括的に取り扱っているという事実。

 

 おれが担当しているのは主に工学分野だが、とりわけ医学分野も目覚ましい。

 芸術関連もナイアブさんを含めて、様々に手を出しているとかなんとか。

 

 最近ではヘリオらも、音楽で色々やっているようだった。

 

 

(長命種か――)

 

 生まれを……種族を、羨むなんて初めてのことだった。

 医療に打ち込めるハルミアが……心の底から羨ましい。

 世界と文明の発展を、間近で見ていけるベイリルが羨ましい。

 

 人族の一生は、短くはないが長くもない。

 取り巻く謎の全てを解き明かすには……到底時間が足りない。

 

 なんとなく――"大魔技師"も同じようなことを思っていた気がした。

 彼は彼自身の考えの中で、必要以上のことをしなかった。

 それでも7人の高弟を迎え入れ、世界そのものの生活水準を一変させてしまったのだが……。

 

 でもそこで終わりだ、彼はもっと世界を変革できた(・・・)のだ。

 晩年はどこか静かに暮らし、平穏に亡くなった――と(のち)に高弟の一人が語った。

 

 きっと彼は自分自身の頭脳と技術に、責任を持とうとしたのだ。

 手に余らない範囲で、己の一生の内だけで終結させてしまった。

 

 

(だけどベイリルは違う)

 

 あいつはハーフとはいえエルフ、人族の5倍以上の寿命を誇る。

 だからあいつはあいつにとって、見たい世界を観ようとしている。

 

 ベイリルはあくまで音頭(おんど)役であり、それで周囲を巻き込んでいく形。

 フリーマギエンスもその一環。世界変革の為の、第1段階のようなもの。

 

("未来視の魔導"と言っていたが――)

 

 それは嘘だろう、確かに若くして魔導に至る者もいるにはいる。

 ベイリルの実力を間近で見ても、並の魔術士ではないことは明白。

 

 長命種ゆえに年齢を偽っていれば別だが、そうでないことは知っている。

 

 

(おれの持ち得るそれとは、別の源泉を持っているような感じ……)

 

 もっともそれはそれで、おれが構うようなことじゃなかった。

 

相利共生(ギブアンドテイク)

 

 ベイリルの言葉を口に出して呟きながら、フリーマギエンスの居心地を再認識する。

 あいつにできないことをおれがやり、おれにはできないことをあいつはやる。

 おれのやることがあいつの利益となり、あいつのやろうとすることがおれの利益になる。

 

 腹に一物抱えていようと、ベイリルが同志であることに疑いはない。

 あいつは未知なる未来を夢見る――おれたちもそれに乗っかっている。

 

 惜しむらくは……あいつとおれとじゃ、生きる時間が違うということだけ。

 

 

「なーにしてんのさ、ゼ~ノ」

 

 ゆったりとした自分だけの時間に割って入るは、勝手見知ったる狐耳の少女だった。

 

「よくわかったなリーティア」

「ふっふ……狐人の嗅覚を侮るでない、なやみごと?」

 

 無遠慮に隣へと座り、無垢な瞳でこちらを覗き込んでくる。

 

「そうさなあ、おれも恋がしたいってな」

 

 別に後ろめたいことがあったわけでないが、つい本音を隠すように嘘をつく。

 

「ほほー誰か特定の相手?」

「まぁおれの近くにいる女って言ったら……おまえとティータだが――」

 

 

 誤魔化すついでに、狼狽える姿でも見られればと思ってそう口にする。

 しかしリーティアはいやにあっさりと、表情を変えないまま返してくる。

 

「ウチを射止めたいなら、ベイリル兄ぃの許しをもらわないとかな~」

「……ベイリルはおまえの親父かなんかか」

「ジェーン姉ぇにも気に入られることが条件」

「ヘリオは?」

 

「ウチに気に入られないと交際を認めない」

「そっちかい――」

 

 二人でくだらないことを、くっちゃべりながら……時間は過ぎていく。

 

 

 

「珍し……くもない取り合わせだな」

 

 今度はいつの間にか、灰銀髪に碧眼の男が音もなくそこに立っていた。

 

「よくここがわかったね、ベイリル兄ぃ」

「はっはっは、ハーフエルフの感度を甘く見るなよ」

「おまえらってほんと仲良いな」

 

「何をいまさら」

 

 リーティアとベイリルの声が、同時に重な(ハモ)る。

 血は繋がっていなくても兄妹として、長く年月を重ねてきたゆえの親和性。

 

「あっベイリル兄ぃ~、ゼノがさぁ……ウチを嫁に欲しいって――」

「おいそれと我が娘――もとい妹はやらんぞ」

「はぁ~……ほんっとよく似ているよ」

 

 おれは微笑を浮かべながら、見上げていた目線を外す。

 そんなおれの横にベイリルは、多少の遠慮を見せつつも座ってくる。

 

 

「なんか聞きたいことでもあるのか?」

 

 少しばかり見透かされているようだった。それともそんなに顔に出ていたか。

 おれよりも年下のはずなのに、そうは思えない立ち振る舞いをよく見せる。

 

 しかしリーティアが幼い頃は、ちゃんと子供だったらしい……。

 実年齢を偽っているということは、本当にないのだろう。

 

「そうだな、一つだけ尋ねるとするか」

 

 ゆっくりと、覚悟を決めるかのように、おれは真剣な眼差しを向ける。

 ベイリルは僅かに目を細めると、同じように視線を動かさない。

 

 今までなんとなく聞けなかった。底知れないということも含めて。

 

 

「ベイリル、おまえの最終目標はなんだ?」

 

 考えた様子を少しだけ見せたベイリルは、夜空を見上げて手の平を伸ばす。

 そうしてじんわりと指を折り閉じて、ギュッと握り拳を作った。

 何かを掴むように――掴んだ大事なものを離さないかのように。

 

「――限りなく果てのない、宇宙の星々までか。あるいはそれ以上か……俺にもわからん」

 

 それは古今東西どこの世界でも――数限りなく、繰り返されてきた動作であろう。

 人はいつだって……その手の届き得ぬものを、一心に追い求め続ける。

 

 

「"未知"、か……」

 

 色々とスケールが違う。だが根幹の部分は同じようだった。

 恐らくはハーフエルフの寿命でも届き得ない、遥か未来の世界。

 

 

 

「そうだ。俺の想像を超えた何か、いつだって感動を忘れぬ人生を――ってなとこか」

 

 これ以上無いほど感慨深くそして純粋な瞳に、星の煌めきが映り込んでいるようだった。

 

 

「納得したか? ゼノ」

 

「そうだな、なんというかまっ……人間そんなもんだよな」

「あぁそんなもんさ、だから走り続けるんだ」

 

 こいつはその為にきっとなんだってするのだろう。

 あらゆる手を尽くし、そこから選び取り、仲間だけでなく――世界をも巻き込んで。

 

「ゼノもベイリル兄ぃも……酔ってんの? 補給品にお酒ないよねぇ?」

 

 やや辛辣なリーティアの言葉に笑い合う。

 

 ベイリル――こいつは良くも悪くも、"変革者"。

 ただ備える思考が、他者と大きく隔絶している節があるだけ。

 

 しかして行動原理は至極単純(シンプル)、それゆえに同道し、共に創ってゆけるのだ。

 

 

 




対魔物戦争編はこれにて終了です。
気が向いていただけたら、感想や評価をお待ちしてます。


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#75 白金の見る夢

幕間劇となります。


 あの頃の記憶はすっごくおぼろげだ。

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"に連れてこられてから、ずっと……実験台にされてた。

 

 そして使い物にならなくなったわたしに、運命の夜がやってくる。

 死ぬことで解放されるはずだったけど、生きて解放されることになった。

 

 怖がるわたしが寝るまで、4人が一緒にいてくれた。

 

 優しく包み込んでくれたお姉ちゃん。

 ぶっきらぼうだけど構ってくれたお兄ちゃん。

 色々と悩みながら受け入れてくれたお兄ちゃん。

 人懐っこく元気づけてくれたお姉ちゃん。

 

 わたしはあの人たちのおかげでこうして生きてられる。

 

 

「ん、今日も一日がんばるぞっと……」

 

 助けられてから、もうかれこれ2年ちょっとほど経った。

 元々クロアーネさんにならって、着ていただけのメイド服。

 それもすっかり板について馴染んでしまい、今日も一日の業務に励む。

 

 家事は一通りなんでもこなすが、その中でも得意なのは裁縫だった。

 お人形を作ったり、わたし自身の体に合わせてメイド服だって(あつら)える。

 

 

 最初はゲイルさんに連れ回されるように、世の中を()っていった。

 武力・権力・財力など、(ちから)という(ちから)の作用と、もたらされる現実をその目で見る。

 

 偉い人たちと会って、その周囲の人たちとも会って、様々なことを学んだ。

 世の中の仕組み、新たな社会の機構、それを実際的に動かす人々。

 

 連邦内を巡りに廻った。よくわからない実験や、魔物と相対することもあった。

 ゲイルさんはとってもすごく強い。どんな危機的状況もあっさりなんとかしてしまう。

 

 なんでもかんでも飄々と達成してしまう。これが"大人"ってやつなんだ。

 

 少しばかり歪んだ常識を植え付けられてしまったが、それも自覚の(うち)

 成長期にしっかりと体を鍛え、ゲイルさんの闘争術を習い、頑張って修行中である。

 

 

 次にシールフお師さまに師事して、様々な知識を吸収していった。

 

 お師さまは本当に色々なこと知っていて、体験もしてきた。

 そういった教訓やら、おばあちゃんの知恵袋を教えてもらう毎日だった。

 

 多忙な仕事の合間でも、嫌な顔一つせずお師さまは時間を割いてくれる。

 シールフ元講師の手腕と指導の(もと)、魔力の扱い方も修得することができた。

 

 最近では未来の知識についても、お手伝いするようになった。

 わけのわからないことばかりだけど、それもまた楽しい。

 

 いつかはわたしも学園に通いたい。シールフお師さまが100年以上も通った学園。

 ジェーンさん、ヘリオさん、ベイリルさん、リーティアさんも在籍する学園。

 

 わたしが入学する頃には、皆さん卒業してるだろうけど……。

 フリーマギエンスとその意思を引き継いでいきたいなって──

 

 

 最後にカプラン先生からは、実践的なことをいっぱい仕込んでもらった。

 元々教えるつもりはなかったそうだけど、わたしからお願いした。

 

 少しでも組織の力になりたい。その為にできることはなんでもしたかった。

 

 カプラン先生の持っている技術は、実に広範で多岐に渡る。

 その中でも役に立つのはやはり──人心掌握術だった。

 

 ゲイルさんのそれとはまた違う、人の表情と心理を読みきる具体的な方法論(メソッド)

 理論化された技術に、経験を上乗せしていくことで完成する精神支配(メンタリズム)

 

 巧みに相手を誘導し、悪い言い方をすれば陥れてしまう。

 こちらの術中に嵌め込んで、自覚させないまま操るのである。

 それは読心の魔導"である、シールフお師さまにもできることじゃない。

 

 さらには事務・実務についても、手を貸すこともしばしば増える。

 勝手がわかってくると、これまたやり甲斐が出てくるというものだった。

 

 

 三人に教えを請う中で、時に筆舌に尽くし難い荒行も珍しくなかった。

 それでも無事生きているし、お三方が凄いから、わたしも凄くなっていけるのだ。

 

 

 準備を万端整えて、飲み物と菓子をワゴンを押して小会議室へと向かう。

 今日はいつもとは少し変わった、大事なお仕事の日。

 

 わたしにやれることは殆どないけれど、満足してもらえるように──

 

 

 

 

 テーブルに置いた器へと、熱めの緑茶を注いだ。

 さらにお茶菓子をその隣へと並べて、わたしは作法に則り一礼して下がる。

 

「ありがとう"プラタ"」

「はいっ、ほかに欲しいものはありますか? ベイリルさん」

 

 ベイリルさんは一口だけ緑茶をすすってから、穏やかな声音で答える。

 

「いや今のところは大丈夫。にしてもプラタは会うたびにサマになってきてるな」

「ベイリルさんたちに助けられてから、お役に立てるよう頑張ってますので」

 

 わたしはふんすっと鼻を鳴らして、自信たっぷりに言う。

 それがいつの日になるかはわからないが、いずれどんな形でも貢献したい。

 

 

「頼もしいことだ、()()()()が師匠なんだもんな」

「随分と鍛えられました……」

 

「っはは、出会った頃の怯えた小動物のような面影は完全に消えてるよ」

「みなさんだってお変わりになってます!」

 

「そうかもなぁ、まっ今は学園の(ほう)が"生徒会選挙"で忙しいし……また改めてみんなで来るよ」

「はい! なんならわたしから会いに行きます」

 

 

 ともするとノックの後に扉が開き、1人目が粛々とした動作で入室してくる。

 くすんだ茶色の短髪を整え、中肉中背に身綺麗にした服で装った男は一礼する。

 

「お久しぶり……ですかね。ベイリルさん」

「確かにご無沙汰かも知れません、カプランさん」

 

 あらゆる事柄の調整役。采配を司る"素銅"カプラン。

 

 わたしはベイリルさんの左方に座る、カプラン先生の前にカップを置いた。

 先生は注がれた珈琲(コーヒー)を口に含んでから、苦笑しつつ口を開く。

 

 

「ふぅ……今回のことで、また苦労が増えそうです」

「それでも今後の発展の為には必要ですんで。その手腕、大いに頼りにしてますよ」

 

「信頼されるのは喜ばしいですが、僕なんかをそこまで信用していいのですか」

「一度シールフに読心してもらっているんでしょう。最初(ハナ)からマズい人間であれば、そこで弾かれます」

「僕は……数えきれないほどの隠し事をして生きてきた人間ですよ?」

「ははっでも"目的"に嘘はないでしょう。それに──」

 

 ベイリルさんは数々の思いも飲み込むように、お茶を喉へと通す。

 

「その時は俺たちに見る目がなかったということです」

「契約魔術である程度は、強制することもできるでしょうに」

 

「そんなものがなくても、()けないし裏切らない。そんな組織でありたいんで。

 同意であっても魔術で縛り付けることを前提としてしまうのは、なんか歪んじゃう気がして──」

 

 

 ベイリルさんは何か、遠くを憂い見つめるような顔を浮かべた。

 昔に何かあったのだろうかと思わせる、そんな瞳だった。

 

「その結果、不測があっても良しとすると?」

()()()()()よ。オーラム殿(どの)もシールフもそんなに甘くない」

 

「確かに……まったくとんでもない組織に入ってしまったものです」

 

 カプラン先生は愉快そうな笑みを浮かべる。 

 それは人心掌握や、よそ行きの時に貼り付けたような表情ではない。

 

 本当に純粋な……心の底からのそれのような気がした。

 

 

「僕としては金を返したら、とっととおさらばかと思っていたのですがね」

「"目的"の為に、必要な範囲でガンガン使ってどうぞ」

 

「組織を大きくすれば、それだけ真相(・・)に近付きやすくなる……ということですか」

「必要とあらば俺も協力します」

 

「その気持ちだけで十分と言いたいところですが──必要に迫られれば、えぇ遠慮なく」

 

 ベイリルさんとカプラン先生は、お互い静かに頷き合った。

 なんだか不思議な力関係と距離感だった。わたしはほんの少し羨ましく見つめる。

 

 

「おっまったせ~」

 

 軽やかな足取りで次に入室してきたのは、やや華奢にも見える女性であった。

 僅かに黒ずんだ銀髪を結い、ラフな装いでベイリルさんの右方へと座る。

 

「やあベイリル」

「おうシールフ、いくらか若返ったか?」

 

 各種事業の加速役。叡智を秘めた"燻銀"シールフ・アルグロス。

 

「わかるう? 諸々落ち着いてきて、ようやく肉体も精神も充実してきたとこ」

 

 気分上々のシールフお師さまのもとへ、わたしは紅茶を運ぶ。

 

「ありがとープラタ。蒸留果実酒(ブランデー)は少しじゃなくたっぷりね」

「一応は大事な話なんだから、あまり酔ってくれるなよ」

 

 香りを楽しんでからゆっくりと味わって、シールフお師さまはニヤリと笑う

 

「私は酔えば酔うほど冴え渡る──」

「俺の記憶に毒されすぎだ……」

 

 半眼になったベイリルさんは、呆れたような声で呟く。

 

「大いに影響され、時にかぶれちゃうのは……我が魔導の弱点でもある」

 

 

 そんな言葉のすぐ後に、大きめの足音が部屋の中まで響いてくる。

 最後に無遠慮に扉を開け放つは、金髪を七三に分けた精悍な男。

 

「おっとぉ? 少し早めに来たつもりだったんだがねェ」

「残念ですが、オーラム殿(どの)待ちでした」

 

 わたしが手渡した炭酸飲料を、ゲイルさんは喉を鳴らしながら飲み干す。

 すぐに注がれた2杯目を持ったまま、ベイリルさんの正面側へと座った。

 

「待つ時間もそれはそれで楽しいが、人を待たせるというのも良い気分だネ」

 

 

 それぞれに好みの飲み物が行き届いたところで、わたしは一礼して退出する。

 ここからは組織の偉い人たちだけで(おこな)われる、とても大事な会議。

 

 今はまだまだだけど……いつかわたしも、皆さんと共に歩みたい。

 

 それがわたしの、とってもでっかい夢なのだ。

 

 



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#76 財団の設立

 俺はさほど緊張した心地もなく、非常にリラックスした状態で言葉を紡いでいく。

 

「まぁ改めて言いますと、以前より計画していた"財団"の設立を本格的に始めたい」

「いい加減うちの組織(ファミリア)の名前じゃあネ」

 

 ゲイル・オーラム――彼がいたからこそ、ここまで早く漕ぎ着けることができた。

 あの日の出会いは本当に奇跡であり、運命とさえ言えたであろう。

 

 全くの0(ゼロ)から始めていたら……などと、もはや想像すらしたくなかった。

 オーラム殿(どの)は俺に感謝しているようだが、俺こそ多大な感謝をしている。

 

 彼には本当に心の底から、報いてやりたいと思っている。

 ジェーンもヘリオもリーティアもフラウも……あくまで幼少期からの俺の影響に過ぎない。

 

 ゲイル・オーラムこそ"未知なる未来を見る"……最初の同志にして盟友である。

 

 

「内外ともに浸透させていくには、遅いくらいだったと思いますよ」

 

 カプラン――彼とは、まだそこまで交流が深いわけではない。

 しかし大人としての落ち着いた物腰と、その考え方は多くに通じる部分がある。

 

 彼を語る上で何よりも特筆すべきは、その多彩にして多才な能力である。

 オーラム殿(どの)もよくよく有能な人物をスカウトしてきたものだった。

 

 特に記憶力・人心掌握術。その半生で得てきた情報と、組織に入ってくるデータ群。

 それらを円滑に処理及び整理し、的確に調整しながら実行する高度な並列処理(マルチタスク)能力。

 

 もはや彼がいなければ組織は回らず、オーラム殿(どの)もシールフも十全に(ちから)を発揮できない。

 カプランを手放すことがないよう、見放されることなきよう、尽くしていきたい。

 

 

「より多忙化していくか、分業化して楽になるか……それが問題だ」

 

 シールフ・アルグロス――俺の半身。

 今となっては……ある意味で、俺以上の俺とも言える存在となった。

 俺の記憶を俺以上に知っている。その過程で私的(プライベート)なことも結構知られてしまっている。

 

 前世の現代地球の記憶に感化されつつも、それでもお互いの人格は違う。

 彼女にとっては今まで読んできた、膨大な記憶群の一つに過ぎない。

 

 だから厳密には……俺の代理にはなりえない部分が少なからずある。

 

 

 未知なる未来を見るという大望は、俺が持ち得るものでシールフにとってはそこまでではない。

 だから基本的な方針は俺が継続して決めているものの、その補完は彼女にしかできない。

 

 俺が思い出せないような記憶も、上辺だけとはいえ知識や経験として蓄積している。

 中途半端な俺の指針への肉付けも、シールフがやってくれている。

 

 シールフの野望(・・・・・・・)は俺のそれとは、全くの別に存在している。

 個人的には気が進まないが……"それ"が彼女の望みなので、協力はするつもりだった。

 

 

 俺は立ち上がって懐から紙を取り出し、ボードへと広げて貼り付けた。

 

「えーでは、これが"シップスクラーク財団"の概略草案となります」

 

 そこには組織図の他に象徴(シンボル)となる絵図、各種事業の系統などが書かれている。

 

(この人らめっちゃ頭良いから、メモとかいらねぇんだよな……)

 

 ゲイル・オーラムはいわゆる持ち得る者であり、シールフも記憶周りは専門家(スペシャリスト)

 カプランも才能と鍛錬によって、誰よりも整然とした記憶術を修得している。

 

 陳腐でありふれた言葉ではあるが、やはり"天才"ってのは世の中いるものなのだ。

 

 政戦両略にして文人でもあり、時の先鋭文明であるローマの(いしずえ)を築いたカエサル然り。

 様々な分野で文化的・学術的に飛躍した発想と、卓抜した思考を持ったダ・ヴィンチ然り。

 悪魔的な頭脳をもって常人の理解の外にあり、天才が認めた天才たるノイマン然り。

 

 古今東西の歴史において、人類と文明を大きく飛躍させてきた傑物達。

 異世界において該当するような人物が、俺と共に道を歩んでくれている。

 

 

「とはいえ最初は馴染みがなく規模も小さいので、"商会"名義で設立する予定です。

 まずは慈善団体としてスタートし、段階的にありとあらゆる業種を網羅していく――」

 

 一次産業から四次産業まで、最終的には超弩級巨大複合企業として名を刻む。

 テクノロジーの系統樹を"特許"として管理し、広く伝えて在野の優秀な者を見つけ引き込む。

 

 

「財団はその内側において"フリーマギエンス"を推進し、また帰属する形をとっていきます。

 密かに着実に布教し伝播させていく……これは半分は実利に基づき、半分は拠り所となる――」

 

 言うなれば無色の宗教とでも言えばよいだろうか。

 陰謀論が飛び交い、その実体はいまいち判然としない。

 誰もが自由に信仰し、気付かぬ内にフリーマギエンスに傾倒し、知らず啓蒙しているような。

 

 そうやって拡がっていく輪が本質。宗教らしくない宗教だからこそ浸透する。

 

 一方で別の宗教を崇拝しながらも、他方でその隙間をフリーマギエンスが占める。

 生活に寄り添い密着し、文明を豊かに促進させ、それが空気のように当たり前になる。

 

 かつての大魔技師が開発した魔術具の数々。

 彼らがもしも信仰を広めていれば、たちまち浸透していたに違いない。

 

 

「既に学園で種を撒き、芽も出てきています。あとはそれらを咲かせ、世界中で広げていきます」

 

 部活動として発祥させたフリーマギエンスも、既に実感を得る段階に入ってきた。

 卒業した学園の生徒達は各国へと戻り、自然と布教していくことになるだろう。

 

 そうした伝統と存在は学園に残り続け、後輩達もまた順次巣立っていくと素晴らしい。

 流れは大きなうねりとなって、世界中を席巻していくのである。

 

 

「それと慈善団体としての最初の試みは、まず"私有教育機関"の設立ですね」

 

「孤児や奴隷などを集め、無償で教育をするのでしたね」

「要するにィ、我々の色に染め上げるってぇワケだ」

 

 後天的教育というものは、大なり小なりそういう側面を持っている。

 

 一流スポーツ選手やプロ棋士、バレエや絶対音感などの多くがそうであるように。

 親の意向と協力によって幼少期から育てられ、その中でさらに勝ち抜いて大成していく。

 

 一般家庭の子が、日がな遊んでいる中で、家庭教師や塾通いで優秀な成績を修める。

 さらに勉学に励み続け、ゆくゆくは官僚であり高給取りとなるように。

 

 国家から人種まで……あらゆる環境に曝されて、人間は多種多様に育っていく。

 そうやって人格であり、価値観であり、能力が構成されていくのだ。

 

 日本でも海外でも――異世界であっても、後々の為の英才教育は基本中の基本となる。

 さらには宗教を根本に置いた学校も、ミッション系を始めとしてさほど珍しくもない。

 

 

「否定はしません。超極端に言ってしまえば洗脳ですが……人間なんて皆そんなもんでしょう。

 それが個人であったり社会であったり己の欲得ずくであったり、何かしらに支配されているのが常です。

 まぁ図らずもプラタがお三方の弟子として育っているように、人生の一助となるような感じで――」

 

 現代的な高等教育を(おこな)えば、"自由な魔導科学"という考え方はどのみち自然に根付くハズ。

 異世界にとって異端であるがゆえに、それは大きな独自(ユニーク)性が保たれる。

 

 なるべく年若い子供を優先して、世界中から集める。

 資金的に余裕がでてくれば、単純労働力として奴隷を買ってもいいだろう。

 

 いわゆる手に職をつけさせる。

 知識や技術が何世代も継承されていく体制にする。

 工業的な面は当然として、ゆくゆくは老舗とする料理などでも……古き良きが受け継がれていく。

 

 温故知新(おんこちしん)――旧きをたずね、新しきを生み出すことも忘れぬように。

 

 

 



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#76 小さな一歩

 この世界には奴隷制度がある、といっても珍しくもなんともない。

 実際に俺も奴隷とされる可能性は十分にあったと言えよう。

 

 地球史上でも多数の国家や土地で存在していたし、強者がいれば相対的に弱者がいる。

 そも現代とて資本主義の奴隷であり、支配者層と労働層には厳然たる差があった。

 

(結局のところ、制度として存在するかしないかというだけ……)

 

 一口に奴隷と言っても、国家の数だけ存在し、時代の流れで変遷していった。

 それこそ単なる主人と使用人の関係性のような場合もあったろう。

 奴隷という名称ではないだけで、本質が同一なものもある。

 

 なんにせよ"一つの文化"であること、文明を支える柱の一つであったということ。

 そこはどうしたって否定しようがない。

 

 

 異世界の奴隷制度も国家や風俗によって特色が見て取れる。

 

 連邦では――都市国家ごとに法があり、程度の差もまちまちだ。

 帝国においては――奴隷は明確に区別され、一つの職業のような節があるらしい。

 王国などは――獣人を中心として、非常に手酷い扱いを受けている現実がある。

 共和国は――制度としては表向き存在はしていないが、あくまで契約であるとして存在する。

 皇国に至っては――犯罪者や一部異教徒に対して、法によって奴隷とすることを定めている。

 

 契約魔術や類する道具によって、任意あるいは強制的に隷属させられる。

 それは元世界と違って、決して小さくない強制力が働いてしまう。

 

 

(魔術ありきで精神や行動を縛るのと。魔術なしで単純に追い込み、思考力を奪うのと――)

 

 どちらが悪辣なのだろうかなどと……ふと考えてしまう。

 

 現代的社会の通念上、奴隷制度とはいわゆる悪法に類するものだ。

 実際に歴史上では戦争や解放運動などもあり、人権を考えるのであれば当然だろう。

 

 しかし奴隷制度とは、人々の社会と生活に深く根付いているのである。

 だからこその"文化"――安易に崩壊させれば、どういう反動が発生するかは未知数。

 

 よって立つに……ここは解放運動などを先導するよりも、利用(・・)したほうが都合が良い。

 

 解放を成功させるのも手間であるし、戦争などが起こればコントロールしにくい。

 制度廃止の援助の暁として、人心を得るという方法こそある――

 しかし奴隷は奴隷として扱う利益のほうが大きく、より安定的だった。

 

 

(安易に奴隷を解放するのでなく、いっそ全て買い取ってしまえばいい――)

 

 順調に財団が拡充していけば、世界中にその手を伸ばすことが可能となる。

 

 買った者達に教えを授ければどうなるだろう。

 結果的に自分の(ちから)で、自身を買い取っていくことになる。

 自ら解放された意識高き元奴隷達は、そのまま財団とフリーマギエンスの財産になってくれる。

 

 奴隷にせよ孤児にせよ、教育なき者を先導することの大切さ。

 あらゆる文化を有効に使って、大事を成す為の(いしずえ)とすることこそ肝要なのだ。

 

 

「原石たちを普遍的に教育し、才能を見出し磨き上げ、特段の希望がなければ財団で働いてもらう。

 否――財団にとっては、全てが仕事となりえる。それらを推進・援助する形をとれば、何も問題はない」

 

 左脳は、言語・計算・分析・論理的思考能力。

 右脳は、瞬間記憶・直感・芸術性・空間認識を司るとされている。

 

 特に右脳は0歳に近ければ近いほど、その能力があると言われる。

 さらには6歳を過ぎると、どんどん失われていくとすら聞いたことがあった。

 

(まぁ脳ってのは現代地球でも未知の領域が多すぎる分野だけども――)

 

 いずれにせよ、何かで大成したいのならば――

 時代を切り拓く、抜けば玉散る美しき刃になるのなら……。

 スタートダッシュが全てだ。可能であれば物心つくより前から、教育漬けこそが望ましい。

 

 少なくともそれは多くの実例が証明しているし、逆に偏っていない者は在野から見つけ出せばいい。

 なにより俺自身もカルト教から――亡きセイマールから学んだことでもある。

 

 

「例えば教師が、医者が、警団員が、政治家が、小料理屋が、芸術家が、酒場の主人が――」

 

 指折り列挙していく俺の言葉に、バトンタッチされたかのようにシールフが続けた。

 

「高名な学者が、王侯貴族の婚姻相手が、強力な魔導師が、偉大な英雄が――」

 

 改めて万感込めた口調で、俺はシールフから引き継ぐ。

 

「財団の人間であったなら……フリーマギエンスの一員であったなら――」

 

 それ以上の言葉は蛇足となるので紡がない。

 もしもそんな日が(きた)れば、世界はもうこの手の中にあると言って良い。

 

 

 世界中に散らばった者達が、文化と宗教と魔導科学を広めていく。

 大魔技師の7人の高弟にも(なら)うやり方だ。

 革新的な技術をもって、多くに受け入れさせる。

 

「いわゆる先行投資ってやつですね」

 

 そうして人類と文明社会が、高みへ高みへと昇っていくのだ。

 

 

 俺が一息つけて茶菓子を頬張りお茶を飲むと、3人もそれぞれ胃へと流し込む。

 既に話していたことの確認作業であるし、頭の良い"三巨頭"には今更な話である。

 

 質問・異議は殆どなく、そもそも基本的方針にはお三方共に興味が薄い。

 

 ゲイル・オーラムは、未知なる未来のテクノロジーへの好奇心。

 シールフ・アルグロスは、自身の探究心と彼女だけの目標。

 カプランは、単純に仕事であることと復讐の為の利用。

 

 俺のように文明を興す過程には、3人とも楽しみをあまり見出さない。

 積み上げていく状況を楽しむ気質は、さほど持ち合わせてはいないのだ。

 

 

(まぁそれはそれで都合が良いのかも知れないな――)

 

 能力ある者が実権を持ったら、俺自身が排斥される憂き目にあってしまう。

 

 もっとも俺の最たる目的は、長命に対しての"暇つぶし"である。

 よって文明が発展するのであれば、追放され流浪の身になろうが問題はないのだが……。

 

 

「組織の構成は従来通り、架空の魔導師を置きます」

 

「シップスクラーク財団の"総帥"にして、フリーマギエンスの"偉大なる師(グランドマスター)"リーベ・セイラー」

 

 カプランの確認の言葉に俺は頷きつつ、一度着席して話を続ける。

 

「財団では(おおやけ)にその名を内外に示すものの、フリーマギエンスではその名を隠す。

 存在そのものが疑われるくらいで丁度いい――組織における、影の黒幕であり生贄です」

 

「代理はまったく立てないのですか?」

「今すぐにではないですが、実在人間でないモノの目途(めど)は一応既についています」

 

 

「ほほぅ……もしかして"ロボット"かね?」

 

 カプランの質問に答えた俺に、期待が僅かに滲んだゲイルが冗談をぶつける。

 

「いやいや流石にそんなにテクノロジーはすっ飛ばせないです、魔術人形(ゴーレム)ですよ」

 

 俺は笑って否定する。ただいずれは自律AIアンドロイドなどが、立つ日が来るかも知れない。

 

 今のところは"アマルゲル"のような、形だけのゴーレムで十分通用する。

 声を記録した魔術具を埋め込み、本当に必要な時にだけ出張らせる程度で十分だ。

 

 

「お飾り頂点の下に、お三方が存在します。大きな意思決定は、さらにその下に10人ほど用意します」

「あ~……キミ一人じゃダメなのか、ベイリルゥ?」

 

「正直規模が大きくなれば俺一人だと限界もありますし、広く意見を募ったほうがやりやすい。

 もちろんオーラム殿(どの)もシールフもカプランさんも、意向や異議があれば最大限重視しますよ」

 

「その10人の選定は既にお済みなのですか?」

 

「諸事情で断った人もいて現在は9人ですね。まぁ10人が収まりいいですが、絶対拘ることもないので。

 いずれもお三方に負けず劣らず――とまでは言わないが、優秀で信頼に足る人物たちです」

 

 学園で出会った多くの仲間。そこから厳選された必然とも言える優秀な者達。

 

「ふむぅ……それ私もまだ知らないんだが?」

「最近はシールフに記憶渡ししてないから、そりゃね。でも候補はわかるでしょ」

 

 俺の記憶を知っているのだから、概ねの当たりはつけられるだろう。

 

 とはいえモノのついでだからと、俺は仮のメンバーの紹介を始めるのだった。



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#78 大きな一歩

「えーまず、クロアーネさんには断られました」

「はっは、あの子は相変わらずだねェ。どうしてもと欲しいなら、ワタシから伝えようか?」

 

「無理強いはしたくないんで大丈夫です。まぁ彼女も心の底からイヤというわけではないでしょうが」

 

 クロアーネは卒業後に、料理に関して色々やりたいことがあるようだった。

 スズ共々従来通り、情報面では手助けをしてもらって、あとは自由にやらせてやりたい。

 

「まずは俺、ジェーン、ヘリオ、リーティア――ご存知の四人ですので紹介は省きます」

 

 カプランも一番最初に、貨幣袋をスリ盗った時に会っている。

 またプラタに会いに何度か来ている中で面識はあるし、遺恨も解消されていた。

 

 なんにせよ"文明回華"の志を共にした――言うなれば始まりの4人。

 

 

「俺の最も古き幼馴染であり、俺の知識を利用して独自の魔術を会得したフラウ」

 

 記憶を共有するシールフを例外とすれば、俺の最も良き理解者でもある。

 (ねや)を通じて俺もコツを掴んだ魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)とは別に、"とある術法"が使える。

 

 そのもう1つというのは俺にも真似できない、彼女だけの精緻な術法。

 もしも"アレ"を極めていくのなら、いつかは――そんな期待を抱かせてしまう。

 

 

「医療分野において、遠くない将来に確固たる功績を残すに違いないハルミア」

 

 彼女の才能は他の賢人と比べれば……そこまでではないだろう。

 しかしコツコツと着実に積み上げる気質という、確かなものを持っている。

 集積された各機関のデータと知識。それらを組み合わせ、まとめることに優れていた。

 

 医療とは数多くの実験の積算にこそあり、そういう意味で適性は十分に過ぎる。

 医薬品一つとっても、膨大な動物実験と人体治験によって支えられているのだ。

 

 天才とはまた別口で、得難い人材なのは間違いない。

 むしろそうした地道さこそが、あらゆる発展を支える屋台骨となる。

 

 突出した個が牽引し、秀才な集団が脇を固める。

 健全で理想的な文明進歩の形。

 

 

「既に芸術分野で、その名が知られ始めているナイアブ」

 

 ナイアブのカバー範囲は非常に広い、絵画・彫刻・服飾・音楽・演劇・舞踊・執筆。

 書や詩歌に建築デザインまでこなしてしまうのだ。

 そしてそれらが相乗効果を生み、さらなる想像力を育むことに彼は至上の喜びを感じている。

 

 その中でも本人が得意とするのは絵図周りであり、そういった意向は尊重している。

 彼があと10人くらいはいれば……と、文化面においては切に強く思う。

 

 地球でも……世の財ある者達によって、時に数百億という価値を持つ美術品の数々。

 ある種――美術品こそ世界で最も価値のある、単一で創られるモノの頂点とも言えよう。

 

 文化の(ちから)が人を前に進ませる。

 数いる生物の中で人間だけが芸術を(たっと)び、価値を見出すのである。

 

 

「ちなみにシンボルマークも彼に書いてもらいました」

 

 座ったまま俺は、概略図にあるイラストを指差した。

 財団のほうはより簡略化され、二重螺旋の系統樹が中心の紋章である。

 

「俺の脳内からそのまま描ければ、色々手間がないんですが……」

「私は絵が不得意なんじゃない、長年のクセが強いだけだからね?」

 

 シールフの言葉に俺は、平坦な声で続ける。

 

「――……ということらしいです」

 

 

 もっともシンボルマークに関しては、俺の思考をそのまま描くより断然良かった。

 そもタイミング的にシールフも、まだフリーマギエンスに属していなかった頃。

 リーティアが機転を利かせて、デザイン含めてナイアブに描いてもらって正解であった。

 

 地球の芸術作品についても、写し取れればと思うが……それも詮無い話である。

 そもそもシールフはやることが多すぎて、仮に絵描きが上手かったとしてもそっちまで手は回らない。

 

「何か言いたそうね?」

「んっ(べっつ)にィ~」

「……僕はノーコメントで」

 

 シールフのニッコリと笑う睨みを、ゲイルとカプランは受け流す。

 剣呑といった雰囲気ではなく、俺もさらっと流して先へと進む。

 

 

「あーっと、続いてティータ。モノの試作に関して、右に出る者はいません」

 

 中途半端な情報からでも、自分なりに試行錯誤を繰り返して完成させてしまう。

 失敗作も決して少なくないが……それを肥やしに、確実に次へと活かす。

 繊細な技術を持ちながらも恐れを知らない。前向きな考え(ポジティブシンキング)を貫き通す。

 

 幼少期から根付いたその精神性は、リーティアとも波長がよくよく合う。

 魔術具全般を扱うリーティアと違い、工業製品全般を作り出す器用な指先。

 

 お互いを意識し、論を交わし、助力し合い、ミックスアップかのように伸びていくのだ。

 彼女は製造分野における至宝。想像を形にできる逸材である。

 

 

「最後に工学・設計担当のゼノ。科学周りに関しては、当分彼を中心に回していきます」

 

 リーティアが発想の天才。ティータが実践の天才。そしてゼノは理論による天才である。

 安っぽい言葉かも知れないが、それ以外に形容しようがないほどの三人組(トリオ)だ。

 

 ゼノは異世界のアルキメデスと言っても、正直なところ過言ではないとすら思えてくる。

 

 恐らくゼノだけは――()()()()()()()()()()()()()()()()……変わらない。

 

 リーティアとティータの協力、そして俺を通じて伝える地球のテクノロジー知識。

 それらがゼノを、一足飛びで階段を登らせていることは間違いない。

 

 しかし仮に無かったとしても……いずれ彼だけは、自分自身の足で高みへと身を置いた――

 そう確信させるほどの才能と努力と精神。あるいはそれ以上に、何かを持ち得ている。

 

 

「――ってなとこです。なおシップスクラーク財団もフリーマギエンスも基本構造は同じ。

 ただフリーマギエンスで(おおやけ)に仄めかすのは、リーベというトップの名前だけです」

 

 現段階ではさしあたってこんなものでいい。

 財団として強大化していけば、フリーマギエンス員が増えていけば……。

 自然な形で、また新たに納まっていくに違いない。

 

 

「なにか異議や改善点はありますか?」

 

「ないネ、キミを発端とした組織だ。好きにやりたまえ」

「――そうね、ベイリルの往く道が……私の目指す道とも繋がってるからオッケー」

「僕は乗っかるだけです。何か差し障りがあれば、その都度言いますよ」

 

 ゲイル、シールフ、カプランとそれぞれ視線を返しながら、俺はニィと笑う。

 なんというか、もう――負ける気がしないというやつだった。

 

 

「では次に各種事業の進捗状況と、今後の詰めていく順番ですが――」

 

 ようやく明確な形となって、"文明回華"の足掛かりが作られる。

 撒いた種が、芽を出し、すくすく育って、やがて結実へと至り、さらに数を増やしていく。

 

 しかしこれもまた新たなスタートラインであり、始まりに過ぎない。

 まだまだ転換点や分水嶺となるべき時は、数限りないほどあるだろう。

 

 

 これからも数多くが積み重ねられる、長い歴史の中において――

 こんな小さな会議室の……4人だけの話し合いで設立が決定された財団もとい商会。

 

 まだ本当にちっぽけなものに過ぎないし、与える影響も些少なものだ。

 

(それでも敢えて言おうじゃないか――)

 

 信念と、覚悟と、気概と、決意をもって。

 俺は誓約を証し立てるかのように胸中で発する。

 

 

 これは"人類にとって小さな一歩"だが、"文明において偉大な一歩"である――と。

 

 



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第二部 3章「最大闘技フェス」
#79 前日祭 I


「すっげ! なにこれすっげ!! なんかこうすげえな!!」

「ほあ~……」

 

 わたしたち(・・・・・)は学園七不思議の一つ――"咆哮する石像の竜"を前に、2人して感嘆の声を漏らす。

 なんだか語彙がすこぶる足りない"カッファ"は置いといて、まるで生きてるような迫力だ。

 

「おーい、置いてくぞー! "ケイ"~!」

 

 唐突に自分の名前を呼ばれ、わたしは見入ってたことに我に返る。

 それにしたってカッファは飽きっぽくて困る。

 

 

 追いつこうとするわたしをよそに、カッファは近くの人に声を掛けていた。

 スラリと伸びた身長に、長めの薄緑髪を後頭部で結んでいた。

 

「おねーさん、おねーさん、お一人ならおれと――」

「あら、いいわよ」

 

「おにーさん!?」

 

 

 振り返ったその人物は、美しいものの……()であった。

 ただ一挙手一投足に艶やかさが乗っていて、女性と見紛うのも無理がなかった。

 

「どっちでもいいわよ? 男女両方の()いも甘いも、噛みしめ楽しむのがワタシの人生。

 それこそがワタシの感性をより高みへと導いてくれるの、アナタがお望みとあらば――」

 

「いいえぇっいえいえ! なんかもう色々結構です!!」

 

 わたしは走って近付くと、カッファの後頭部を掴んで頭を下げさせる。

 傍から見ていて失礼な振る舞い。一緒に頭を下げてなんとか溜飲を下げてもらおうと。

 

「あのごめんなさい、私たち田舎から出てきたばかりで!」

 

「ツレがいたのね。こんにちは」

「え、あっ……こんにちは」

 

 

 すごく優しそうで、包み込まれるような微笑みだった。

 男性と女性――両方の包容力を備えていると、確かに思わせる。

 

「まっココも立地としては田舎みたいなものだから、気にしなくていいわ」

「ほらカッファも!」

 

 わたしに促され、カッファも謝罪の言葉を口にする。

 

「っあぁ、ほんとすんません! おれ――」

「別にいいのよ、素直な子たちね……入学希望者かしら?」

 

「そうなんです! 」

「おにーさんは学園生ですか?」

「い~え~、卒業生よ。少し前までは現役だったけどね」

 

 

 わたしは少しも逡巡することなく、卒業した先輩へと質問する。

 

「あのっあの! "フリーマギエンス"ってご存知ですか?」

「えぇ、()()()()()()()()わ。というか今や、学園で知らない人はいないでしょうね」

 

「それじゃ聞きたいことがあるんですけど!」

 

 少し興奮気味に話すわたしに、お兄さんは穏やかに諭すように口を開く。

 

 

「いいわよ、でもその前にせっかくなら名前を教えてくれるかしら? ワタシは"ナイアブ"」

「わたしケイです、"ケイ・ボルド"」

「おれはカッファ!」

 

「ケイちゃんにカッファちゃんね、姓があるってことはいいとこの出かしら?」

「はいそうです。わたしは連邦東部の都市国家出身で、家庭の方針で農家に預けられたんです」

「ケイは都市国家長の娘なんだぜ!」

 

「あんたが偉そうにしないの! カッファともその時からの腐れ縁ってやつでして」

「へぇ~、だからどことなく品があるのね」

「そっそうですか……? いやぁ嬉しいな」

 

 わたしは思わず照れてしまう。田舎でみんなと育ったことに、別に不満も後悔もない。

 それでもやはり都会派という、心根を捨てることはできない。

 

 

「えっと、それでですね。お世話になったんです、フリーマギエンスの人に!」

「お世話?」

 

「うちの都市国家は農耕の比重がかなり大きく、近年は(かんば)しくないことが続いていて……。

 父もあの手この手で奔走して、わたしもそんな一環として早くに預けられて農耕と狩猟をしてたんです」

 

 最初預けられる段にあっては乗り気ではなかったが、実際得るものは多かった。

 

「なかなか興味深い話ねぇ、現場を知るってのはいいことだと思うわ」

 

「ありがとうございます。そしたら三年くらい前に、一帯を調べに来た人がいたんです。

 その後しばらくして……領内の農地で試験をしたいということで、父はそれを許しました」

 

 

 農地をいくつかに区分して、複数の肥料を撒いてその経過を観察する。

 わたしは物書きや計算が少しだけできたから、そういったことの補助もした――

 

 ナイアブは相槌を打ちながら、わたしの話を興味深そうに聞いてくれていた。

 

「一年目はいくつかが成功し、二年目はそれが広がり、三年目は豊作と言えるほどに。

 奇跡だと……思いました。かなり死に体だったうちの領地が、美事に潤ったんです」

 

 あの時の皆の喜びようったらなかった。もちろんわたしもすごく嬉しかった。

 自分達が必死に費やしたものが、金色に実り広がる。区画ごとに野菜が彩る。

 

 将来の不安を払拭し、希望に満たされたあの分かち合いは……一生忘れられないだろう。

 

 

「それでお手伝いをしていた時に、小耳に挟んだんです。そもそもの発起人が学園にいるって」

「なるほどねぇ」

 

「調べていくとそういうなんか……よくわからないことをやっている部活があるみたいで。

 きっとそれだ! と思ったので、"闘技祭"で一般開放されている今日を狙ってきたんです」

 

「本当は初日から来たかったのになー、ケイが道に迷うから」

「あんたが自信満々にコッチだ! って言うから余計に時間食ったんでしょ!」

 

 

「ふふっ、まぁフリーマギエンスは将来ある若者を応援してるから、ワタシで良ければ――」

 

 その時ナイアブさんとわたしたちの(あいだ)に、割って入る影があった。

 わたしよりも一回りくらい小さい体躯で、薄く色素の抜けた金色の髪をした女の子。

 

「ごめんなさい、ちょっと急いでて――前を失礼します」

 

 そう一言だけ残し、足早に少女は通り過ぎていく。

 

 

「……?」

「結構かわいかったな――あっ痛」

 

 疑問符を浮かべるわたしの横で、節操のないことを言い放つカッファを肘で小突く。

 するとナイアブがちょいちょいっと、腰元を指さしていた。

 

「なんでしょう?」 

「あぁアあ!?」

 

 先に気付いたのはカッファだった、一拍遅れてからわたしも気付く。

 僅かに軽くなっている体、腰に下げていた貨幣袋が――ないッ!

 

「もしかしてさっきの子!?」

「まっじっか!!」

 

 二人して少女が去っていった方向へ顔を向ける。

 すると白金髪の少女は、「あちゃ~」と遠目に口を開けていた。

 

 

いけ(ゴー)、カッファ!」

「うぉぉおおおォォォオオオオオオっ!」

 

 わたしが叫ぶと同時に、カッファは駆け出していた。

 大自然の中で培ったその身体能力は、わたしよりも数段優れている。

 

「あらっ大丈夫かしら?」

 

「わたしも住んでいた農村一帯は野盗や魔物対策に、田舎剣法ですが皆が代々習っているんです。

 あんなんでも剣術流派の跡取りで、宗家十五代目を襲名予定なので女の子に怪我させることは――」

 

 逃げられるという想定はない。良くも悪くもカッファには信頼を置いている。

 

 

 あっという間に追いついたカッファは、女の子を手心を込めて取り押さえようとする。

 しかし少女は反射的にその腕を取って、逆にカッファを地面へと思い切り投げ抜けていた。

 

「ぐぇぁあ!」

「あっ……」

 

 カッファは肺から呻き声を絞り出されてしまう。 

 一方で少女は「やってしまった」という表情を浮かべていた。

 

「ごめんなさい! つい反射的に!!」

 

 

 言うやいなや少女は貨幣袋を、倒れるカッファの体の上へ置く。

 その(あいだ)にわたしとナイアブさんは、カッファ達のもとへと追いついていた。

 

「本当にごめんなさい、先生(・・)からの課題で……」

「えっあっ……うん?」

 

 少女はすぐにわたしにも、貨幣袋をちゃんと返却してきた。

 未遂とはいえわたしに実害ないので、事を荒立てる気はなかったものの……。

 

 しかし年端ゆかぬ少女がスリを働くなど。事情を尋ねようとするやいなや――

 

 

「おぉ!? 銅貨が増えてる!」

 

 いつの間にか上体をあげ、小さい鉄貨ばかりの貨幣袋を確認したカッファが叫んだ。

 特に肉体にダメージはないようで、ピンピンとしている。

 すると盗人の少女が、聞いてもいないことを話し出す。

 

「盗んだ相手に、銅貨一枚増やして気付かれずに戻す。ここまでが一行程なんです」

「なにそれ、どういうこと、一体どんな先生なの……」

 

 呆れ顔で言ったわたしに、少女はちょっとだけ誇らしそうな表情を浮かべていた。

 

 

 すると両手をあげて敵意のないポーズを見せた後に、少女は握手を求めてくる。

 

「胆力と手先、さらに人の思考と意識の波を見る練習です」

「思考と意識の波……」

 

 言い得て妙だ。わたしとは違う(・・・・・・・)ものの、武にも通じる理念。

 

 少女が両手の平が見せた時には何もなかったのに、いつの間にか握らされた銅貨。

 わたしはそれを見つめながら、自分より年若き少女に並々ならぬ興味を覚える。

 

 

「ところでナイアブさんのお友達ではないですよね?」

 

 少女はふっと顔を向けると、ナイアブのほうへと見知った様子で声を掛けていた。

 

「一応まだ会ったばかりの知り合いね」

 

 どうやら二人は知己の間柄のようで、わたしたちは少し輪の外へ置かれる。

 

「ですよねぇ、私の観察力は間違ってなかった」

「えっ!? おれたちもう友達じゃないんすか?」

 

 我が同郷人にして幼馴染ながら……心底馴れ馴れしい男である。

 しかしそこがまた美徳な部分もあるから、一概に否定できないのも悩ましい。

 

「……だそうよ」

「なるほど、こういう場合もある――と」

 

 

 パンッと少女は手の平を一度叩くと、人懐っこい笑顔を向けてくる。

 

「じゃあ私も混ぜてもらっていいですか? "前日祭"巡るんですよね?」

 

 盗人の割に随分と図々(ずうずう)しいが、不思議と不快感を感じさせない。

 それは表情や抑揚、一つ一つの動作や雰囲気の所為なのだろうか。

 

 まるで引き込まれていくように、なんとなく頷いてしまいたくなる。

 

「えっと……わたしは構わないけど、カッファは?」

「おれもいいぜ~、かわいい子は大歓迎!」

「ナイアブさんもお暇してるならどうです?」

「元からそのつもりだったから構わないわ」

 

 あれよあれよと流され、いつの間にか4人で巡ることになった。

 本来であれば途中でカッファとも分かれて、単独で満喫するつもりだったのだが……。

 

 

「申し遅れました、私の名前は"プラタ"――どうぞお見知り置きを」

 




学園編ラスト


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#80 前日祭 II

「なるほどなるほど、なるほど~。お二人は、東部のあの(・・)――それでフリーマギエンスを」

 

 自己紹介を終えて連れ立って歩きながら、プラタはうんうんと頷く。

 

「お? 知ってる?」

「知ってますよ~仕事柄(・・・)

「まだ若いのに、お仕事してるの?」

 

「はい、これでも私は"シップスクラーク商会"の雇われ雑用メイドです」

 

「えっ……ということは前身はゴルドーファミリア? それじゃあわたしたちの――」

「そうですよー、三年目ならわたしも資料整理のお手伝いしてたので記憶にあります」

「まじかよお!?」

 

「まじです。フリーマギエンスの後ろ盾ですから」

 

 プラタは自慢げに答えた後に、ナイアブのほうを見る。

 

 

「ってゆーかナイアブさん……?」

「んーまだそこまで話してなかったからね、友人に()()()()()()だし」

 

 プラタはコホンッと一つ咳払いすると、大仰な仕草をとった。

 

「この御方こそフリーマギエンス創部メンバーの一人にして、商会の選ばれし十人。

 芸術文化にその名を轟かす、時代の俊英。"雅やかたる"ナイアブさんその人ですよ」

 

「えっぇぇぇぇえ!? よくわからないけどすごい人だったんですか!?」

「お、おぉ……かっけぇ……」

 

 露骨に見る目を変えるケイとカッファ。

 二つ名にどことなく気恥ずかしさの残るナイアブ。

 

 

 心中でニヤリと笑うはプラタ、しかし表情には一切出すことない。 

 何を隠そう、各人の二つ名を考え広めているのがプラタであった。

 

「ご卒業後はシップスクラーク商会で、その手腕を遺憾なく発揮し、芸術関係を一手に担う英才。

 この学園でもナイアブさんが関わったモノを、見ないことのほうが珍しいくらいありふれてます」

 

「あまり持ち上げられちゃうのもね……(ハク)がつくケド」

 

 そんなナイアブの態度は、確立された自己に裏打ちされたそれ。

 芸術家とは得てして傲慢で自信家であることを、地でいくようにしていた。

 

 

「ま、ワタシも色々あったわ。一時(いっとき)は頭打ちになり、色味を出すために毒を研究したり。

 新たな世界を見ようと"魔薬"を試してみたり……、結局あまり実りはなかったんだけどねェ」

 

 僅か3年近くで変化しすぎた人生に、ナイアブは目を細めて郷愁に浸る。

 

「それでもフリーマギエンスで、得られるものがあったから今はこうしてられるワケよ。

 もしアナタたちが興味があるというなら入るといいわ、きっと何かを見つけられる――」

 

 ケイとカッファは憧憬と得心の入り混じった様子で、コクコクと頷いていた。

 

「っていうかプラタちゃん、商会や部活のこと。ぺらぺらと喋っちゃっていいのかしら?」

まだ(・・)大丈夫です。それに友人ですから!」

「そうだ! 友達だ!!」

「だよね! 友達だもんね!! わたしもっと知りたいな!?」

 

 調子のいい3人組にナイアブは手を頬に当てながら苦笑を漏らす。

 

 

「それじゃさらなる親睦を深める為に、まずはー……"ライブ"へ行きましょう!」

「ライブ?」

「ってなんだ?」

 

 疑問符を浮かべる2人に、プラタは扇状にチケットを両手それぞれにバッと広げた。

 

「吟遊詩人のちょーすごいやつと思ってください」

「というかプラタちゃん、アナタなんでそんなに持ってるの?」

 

「失敬した貨幣袋を戻す時に、一緒に懐に入れておくサービスです」

 

 そう言うとプラタは違うチケットを2枚ずつ、半ば押し付けるように手渡した。

 

 

「ロックバンド……?」

「アイドルユニット……?」

 

 ケイはバンドのほうへ興味を示し、カッファはアイドルのほうを凝視する。

 

 グループ名とロゴがデザインされたバンドチケット。

 ユニット名と二人の肖像が描かれたアイドルチケット。

 

 その見目彩るチケットだけでも、値打ちがありそうに感じる。

 両方ともナイアブがデザインし、商会独自に印刷・発行されたものであった。

 

 

「ロックライブが昼からなので、そっちから行きましょうか」

 

 ギターボーカルのヘリオ、リードギターのカドマイア、ベースのルビディア、ドラムのグナーシャ。

 専門部ではなく戦技部冒険科の4人で組まれた、学園を席巻する音楽グループ。

 最初の頃はシールフが作曲していたが、最近は自分達で曲を作り始めている。

 

「ギター? ベース? ドラム?」

 

 ケイとカッファにとっては地元である、連邦東部(なま)りっぽい単語。

 しかし全く聞いたことのない言葉に、2人とも首を傾げる。

 

「商会が作った楽器です。()れば、聴けば、(ソウル)で感じられます!」

 

 プラタは「ふっふっふ」とほくそ笑みつつ、カッファは鼻息荒めに次の興味を尋ねる。

 

 

「そんでこっちは!?」

「いつでも貴方の心の傍に――歌って踊るみんなのアイドルです」

 

 ジェーンとリンの兵術科2人がタッグを組んだ、戦場の歌姫にして舞姫。

 こちらもシールフが作曲し、振り付けの(ほう)はナイアブが担当している。

 

「夜のアイドルライブは携帯式光灯(サイリウム)で、超一体感(グルーヴ)!!」

「サイ……グル……え?」

 

「魔力を込めると光るんです。ちょっと高いですが一本は必須です、単なる光源としても便利!」

 

 

「アラこれ結構イイ席ね。高かったんじゃない?」

「私、これでも小金持ちですから! 現役生徒ばかり良い席取るのは、ズルいと思いまして」

「清廉な入手法なんでしょうね?」

「もちろん潔白です。身内価格でしたが、転売しない約束もしてます」

 

 少し訝しんだナイアブに答えると、プラタは少し残念そうに呟く。

 

「没になった"握手券"も欲しかったです」

「……アレはベイリルが案として出してたのに、結局自分で却下してたもんねえ」

 

「絶対儲かりますよ! 音盤(レコード)につけて売ればきっと――」

「だからやめたんでしょうね。ジェーンちゃんやリンちゃんの負担も大きくなるし」

「ですよねー」

 

 

 納得させるようにプラタはくるりと回って頭を切り替えると、学園のほうへ手を広げる。

 

「昼まではいっぱい飲み食いしときましょう。きっとカロリー全部使っちゃいますよ」

 

「かろりーってなあに?」

「体を動かす為の栄養って言えばいいですかね。見たことのない食べ物ばかりでいっぱいですよ~」

 

 4人は連れ立って、露店を巡るべく歩き出したのだった。

 

 

 

 

「ピザ! ラーメン! タコやき! カレー! あげもち! てれやきばっか!」

 

「ドーナツ! シュークリィム! おーばんやき! チョコバナナ! かすていら!」

 

 カッファとケイは興奮冷めやらぬ様子で叫ぶ。

 連邦東部の田舎では、どれもこれも当然見たことがない品々ばかり。

 いや世界のどこであっても、それらは見ることはできないだろう。

 

 さらにその美味しさは筆舌に尽くし難く、これ以上無い幸福を味わっていた。

 

「今はまだここでしか食べられませんからね~、はふっはむ」

 

 プラタは醤油を一滴(ひとてき)垂らした、じゃがバターを食べながら……。

 フリーマギエンスと、その後ろ盾たるシップスクラーク商会の恩恵であることを説明する。

 

 

 それらはベイリルとシールフを起点とした事業の一つ。

 さらに商会が出資する研究部門と、学園調理科の共同で作ってきたもの。

 

 数多く雇った冒険者の探索によって、入手させたデータから収穫・栽培。

 既存の素材や調理法、生育や醸造他、類似した情報を一手に集めて研究。

 魔導師リーベ・セイラーの観る未来の完成品――それらを目標に少しずつ生産体制を整えた。

 

 醤油やマヨネーズなど各種調味料に、数多くの香辛料(スパイス)

 餅米、鰹節、(あん)、発酵食品やカカオチョコレートなど枚挙(まいきょ)(いとま)がない。

 その多くに未だ改良の余地は多くあるそうだが、それでも一財産を築けるほどのものばかり。

 

 曰く――既に存在する明確なヴィジョンと、集合知によって為せた(わざ)

 闇雲に突っ走るのではなく、ゴールが見えているからこそ真っ直ぐ走れるのだと。

 

 魔導師リーベ・セイラー、魔導師シールフ・アルグロス、ゲイル・オーラム、カプラン、ベイリル。

 彼らが人材・資金・時間・場所を惜しみなく用意し、思う存分振るわせた結果。

 

 

「コーラ! 美味ェ!」

「いえカッファ、ラムネのほうが上よ! このガラス球もキレイ」

「"ビー玉"って言うんですよ。あとこのスムージーもオススメです」

「ワタシはやっぱりこのカクテルがたまらないわぁ」

 

 プラタやナイアブにとっても、初体験の飲食物は多い。

 採算を度外視で様々な調味料や材料を生徒らへ供給し、調理法を教えて皆に振る舞わせている。

 

 今日この日の――美味しさと、感動と、賑わいを……生徒達は忘れることはないだろう。

 闘技祭に訪れた多様な客達も故郷へ帰った後に、その衝撃を広く伝えてくれるに違いない。

 

 見知らぬ人々はきっと想像するだろう――それが一体どんなものなのか。

 

 噂はいくつもいくつも波紋のように広がっていく、これはまだその手始め。

 

 

 4人は飲み食いを存分に堪能し、昼にはロックライブで魂を燃焼させた。

 学内の多様な出し物を見て回り、夜にはアイドルライブで盛り上がった。

 

 プラタから小金を借り入れし、田舎のみんなへの土産を買い込む。

 最後に"温泉"に浸かりながら、夢のような時間で消耗した体を休める。

 

 明日が祭りの本番であるということも忘れ、開放宿舎の布団で眠りへとついたのだった。

 

 



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#81 闘技祭

『闘技祭開幕!!』

 

 魔術具によって拡声された声が、だだっ広い観客席の端まで余すことなく響き渡る。

 戦技部の広域演習場にて、数多くの地属魔術士達の手により建造された巨大闘技場。

 王国のそれを模した戦場は、一つの領地のような空間に熱を内包する。

 

 第一声を放った男――オックスは、肺にたっぷりと空気を吸い込んで叫ぶ。

 

 

『美事に予選を勝ち抜いた、学園最強の豪傑を見たいか――ッ!』

 

 観客席は満員御礼の大盛況。歓声が試合会場全体を叩くようであった。

 

 "闘技祭"――学園で3年ごとに開催される、純粋な闘争をもって勝敗を決する行事。

 

 一日勝ち抜き方式(ワンデイトーナメント)で、試合内容に対する賭けも同時に(おこな)われる。

 卒業までの生活費を、この闘技祭で賄おうという生徒もいるとかいないとか……。

 

 

『オレもだ! オレもだぞみんな!!』

 

 オックスは大歓声の意志に応えるように、テンションを最高潮に持っていく。

 

 前日祭の期間から、生徒達の手で様々な店舗や催事が運営されるのが闘技祭である。

 普段は単位別で、統一性があまり見られない学園生達。

 そんな彼らも、一大行事となれば話は別なのだ。

 

 日頃溜め込んでいるモノを開放する絶好の機会は、人々を大いに発奮させる。

 群集心理は一般人を時に暴徒へ変える。その方向性を祭りへと向けるのだ。

 

 

『全選手入場!!』

 

 オックスの一際大きい合図に続いて、1人ずつ選手が闘技場中央へと出てくる。

 

 

()()()()()()なら、こいつが怖い!!

 その男に死角なし! "空前"のベイリルだ!!』

 

一対一(タイマン)ならば、絶対に()けやしねェ!

 昨日のライブを超える喧嘩を見せてやる! ヘリオ・"ザ・ロック"!!』

 

『実践で磨き抜いた、本格双棍(トンファー)術!

 攻めも守りも知らしめたい! "撃狼"グナーシャだ!!』

 

『特筆すべき理由はないッ! 自称(・・)次期魔王が強いのは当たり前ェ!

 調理科からの刺客! "魔領の美食家"レド・プラマバ!!』

 

『アタシに触れたら、火傷なんかじゃ済まさねぇ!

 兵術科の危険な女傑(デンジャラス)! "雷音"のキャシーだ!!』

 

『"極東本土"の拳技が今、そのベールを脱ぐ!

 調理場で振るわれるその腕が試合場で爆発する!! "食の鉄人"ファンラン!!』

 

『今の自分を試しに、この予選を勝ち抜いた!

 白兵・魔術なんでもこい! "見えざる力"のフラウだ!!』

 

『ファンの前なら、私はいつだって全身全霊だ!

 歌って踊る戦場のアイドル! "結唱氷姫"ジェーン!!』

 

 8人の男女が実況紹介に応じるように、一列に並び立った。

 歓声は一際(ひときわ)大きくなって、大気そのものを震わせる。

 

 

『改めて実況はこのオレもとい、わたくし"生徒会長"のオックスが務めさせていただきます』

 

 名乗ったオックスは、次に隣にいる人物を紹介する。

 

『そして解説はこの(かた)! 医療班の仕事はどーした!

 治すも壊すも思いのまま! "命の福音"のハルミア!!』

 

『最初は怪我人もいないから……と、強引に解説させられるハルミアです』

 

 にっこりと微笑を浮かべて、ハルミアが拡声魔術具越しに声を通す。

 

『おっふ……仰るとおり。彼女への誤解なきよう、みなさん』

 

 

 ゴホンッと一度だけ咳払いして、オックスは改めて進行へと戻る。

 

『ルールは単純! 武器あり魔術あり殺しなし! 勝敗は闘士たちによってのみ委ねられます!!

 生え抜きの出場者たちだけで形作られる純粋な闘争。即死じゃなければ、ハルミアさんが治します』

 

『はい、なんでも治してみせます』

 

 その言葉には自信が満ち満ちている。

 少なくとも彼女はそう誓いを立てるように口にした。

 そうすることで、本来の実力以上のものを発揮できるのであろうと。

 

『第一試合の選手入場前まで、賭けは受け付けています。配当率(オッズ)は逐次変動しますのでお注意を。

 それでは一度選手たちにはご退場していただき、先に前哨公開試合(エキシビション)(おこな)います』

 

 

 オックスの指示に、選手たちは試合場から控室へと戻っていく。

 

 その様子を眺めながら、わたし(・・・)とカッファとプラタは拍手を送っていた。

 

「ねぇプラタ、あれってほとんどがフリーマギエンスの人間なんだよね?」

「そうですよぉ、レドとファンランって人以外。あとハルミアさんも所属してます」

「会長ってのは違うのか?」

 

「あの人は半々、ですかね。会長になってからはケジメつけてます」

 

 ナイアブが付き合ってくれたのは昨日までで、今日は3人で闘技祭を観戦しに来た。

 ここでもプラタが用意していた最前列の席に座り、飲食物片手に間近で見られることができる。

 

 少女との出会い――最初こそスリの、加害者と被害者であった。

 しかしプラタと友達になれたことで、学園の祭でこれ以上ないほど満喫できた。

 巡り合わせというものに、心の底から感謝せねばなるまい。

 

 

『そしてぇ~……前哨試合を盛り上げてくれるのは、この人!!

 卒業した彼が帰ってきたッ! スィリクス前生徒会長の登場だーッ!!』

 

 闘技祭出場者ほどではないにせよ、熱に浮かされた人たちは拍手と歓声を送る。

 

「元生徒会長の卒業生? 結構人気あるんだね」

「はい、生徒会長としては()()()()有能な(かた)だったらしいです」

「前哨試合ってなんだ?」

 

「本番前の盛り上げ試合ですよー」

 

 プラタはわたしが持ってるポップコーンへと、手を伸ばしながらそう言った。

 何個かつまんでは食べているその姿は、なんだか小動物のようである。

 

 

 オックスが予備の拡声具を試合場へと投げ込むと、入場したスィリクスは華麗に掴んだ。

 スィリクスは紳士的な所作と態度で、会場の客達へ声を届ける。

 

『ありがとう、オックス現会長。そしてみなさんどうも、スィリクス元生徒会長です。

 このたびは闘技祭へのお招きに感謝し、そのお礼として前哨試合を臨み興じる次第』

 

『前会長の対戦相手はァ――そうそこのアナタです! 参加者は会場内の人であれば、どなたでも挑戦可能!!

 もちろん危ない目には遭わせません。ただし対戦者が望むのであれば、真剣勝負でも構わないそうです!』

 

『あくまで試合である。我こそはと思う者は、是非名乗りをあげてくれたまえ!』

 

 

「――ハイッ!!!」 

 

 わたしとカッファは、隣で発せられた大きな声に驚いて、反射的に目を向ける。

 なんとプラタが真っ先に叫んでいて……そして勢いよく、()()()()()()()()()()()()

 

「えっ、あっ……はぇあ!?」

 

 手に持っていたはずのポップコーンは、いつの間にかプラタの手元にあった。

 

 間の抜けた声を発してしまったわたし。当然自分で手をあげたつもりなどない。

 目を凝らすと陽光に煌めく糸のようなものが、なんだか右手首あたりに巻きついていた。

 

 反射的にその糸を目で辿っていくと、会場の突起物に引っ掛かり……。

 そこからさらにプラタの指へと繋がっていたのだった。

 

 

『おお元気がいいな! それじゃあ、そこの明るい青髪の少女!!』

 

 スィリクスは何人か挙手している希望者の中から、指を差してわたしを選んでしまう。

 糸はいつの間にか(ほど)かれ、わたしはプラタへと疑問をぶつけていた。

 

「ちょっえぇぇぇええ!? わたし!? わたしナンデ!?」

 

「お膳立てはバッチリです、さぁどうぞ!」

 

「あっはははははっは! いいじゃねえかケイ、行って来い!」

 

 わたしはカッファに体を持ち上げられて、試合場まで投げ飛ばされた。

 くるりと回って着地しつつ、わたしはカッファとプラタのほうを睨む。

 

 しかし客席は大盛り上がりで、もはや引き返せるような状況ではなかった。

 わたしは観念して、動悸を整えながら中央へと歩き出した。

 

 

 

 

「計画通り」

 

 プラタは少女らしからぬ笑みを浮かべ、カッファが尋ねる。

 

「ん? 計画?」

「元会長にはケイさんの髪色と同じ"青"を、朝方に印象付けておいたんです」

 

 ナイアブに色を作ってもらい、それを塗った箱で差し入れを届けに行った。

 世間話をしながらケイの特徴をそこはかとなく伝え、感情へと植え付けた。

 

「どういうことだ?」

「無意識に選びやすくなるんですよ、"心理誘導(メンタリズム)"です」

 

 

 あとは大声と挙手でシメ。それでほぼほぼ選ぶだろうという確信があった。

 それもまた"カプラン先生"との練習の一環であったが、それ以上に――

 

「なんで、んなことを? おれも出たかったのに」

「ごめんなさい、でもケイさんの実力を見ておきたくて――」

 

 ケイは細身の刃引き剣を2本所望し、受け取ってからスィリクスと話しているようだった。

 

 彼女らとの出会いは縁であり、人を見る訓練をしているプラタは直感的に思った。

 スィリクスには悪いが、これはいい試金石になるのでは……と。

 

 

「幼馴染の目から見て、彼女は強いですか?」

「強い――というのとはちょっと違うかなあ」

 

「……どういうことでしょ?」

 

 一拍置いてから、カッファはしみじみと言った風に呟く。

 

「あいつは……あいつだけの世界を持っている――って言えばいいのかなあ?」

 

 




ついやりたくなったトーナメント


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#82 前哨戦 I

 試合上に引っ張り出されたケイは、正直なところ満更でもない気持ちだった。

 歓声を一身に浴び続けてると、なんというか……思ったよりも気分が良い。

 

 それにフリーマギエンスの面々が闘う場に、及ばずながら自分も立てるということ。

 彼らに己の姿を見てもらい、彼らの為に会場をあっためられるなら――とも。

 

 左右それぞれの柄の握りや重量を確かめながら、何度か振ってみる。

 非常に良い鋼のようでバランスも良い。これなら十分耐えられよう。

 

「用意はいいかね?」

「大丈夫です」

 

 そうケイが答えると、スィリクスは拡声具を腰の後ろに差して手を挙げる。

 

 すると四方に配置された魔術具によって、結界となる壁が上空高く伸びていった。

 

 

不躾(ぶしつけ)ですが、本気でやってもらってもよろしいですか?」

「む? しっかりとした試合が希望か」

 

「はい、わたしも一応は――腕に覚えがあるほうなので」

 

 ケイは手首を回しながらくるくると双剣を何度か回転させ、右手の剣を逆手に持った。

 そして左足をやや前に、スッと左手の刀身を相手へ真っ直ぐに向ける。

 

 ピタリと止まったその()()()()()構えに、スィリクスも並々ならぬものを感じた。

 

 しかし圧というものがない、剣気の感じられぬただの自然体。

 

 

「……では参るぞ!」

 

 スィリクスは困惑しつつも右手にロングソードを持ち、魔力強化した肉体で地を走る。

 魔力の操作に関しては全種族で最も優れる、人族と神族のハーフたるハイエルフ。

 

 一方でケイはスィリクスを見ているが――見ていなかった。

 

 それは顕在と潜在の狭間にて。

 境界線となる(つな)を、五感を遮って渡り続けるような心地。

 剣禅一致の領域にして、求道の極致。

 

 世界から切り離され、自身という世界と同化し、少女は己の中で完結する――

 

 

 

 

 ケイ・ボルドは――夢見がちな女の子だった。

 

 連邦東部で代々ボルド家は、都市国家の首長を勤め上げてきた。

 追い落とされることなく連綿と続いた血筋は、相応の誠実さを備えている(あかし)

 

 元々は一農民から端を発し、都市国家の長にまでなったという経緯がある。

 その為、生まれた子供は農耕をするべく預けられるのがいつしか慣例となった。

 

 通常は10歳くらいまでは生家で教育を受け、5年ほど預けられて奉公してから戻ってくる。

 しかしある年に不作が続いたことで……ボルド領主であるケイの父は、我が娘を5歳の時分で預けた。

 

 同世代の村の子と共に剣術を学びながら、ケイは農耕に励み、自然を愛し、愛され生きた。

 

 

 ケイ・ボルドは――感情的であっても利発な女の子だった。

 

 時が過ぎゆくも、作物の出来の悪さは一向に改善せず、それどころか悪化する一方。

 領主である父は抜本的な解決策や、農業以外の代替を求めていた。

 なんとか手伝いたいと思ったが……ケイが(ちから)になれることはまだない。

 

 最低限の支援があったものの、生活水準は低くなり続け――村は進退(きわ)まっていく。

 農耕だけでは生活できず、狩猟へ行く回数が日に日に増えていった。

 

 いつしか、村からそう遠く離れぬ場所での狩猟も難しくなってきた。

 狩猟する為の行動範囲も広がっていき、慣れた大人はそちらへ割かれるようになった。

 

 ――そんなある日、ケイは森の中で見つけてしまった。

 食い詰めた賊が大挙してやってくるのを……最初に発見してしまったのだ。

 

 当然村にも防衛戦力は残しているが、とてもではないが対処しきれる数ではない。

 そんな状況において、まだ子供と言えるケイは……"ある一つの考え"に至った。

 

 

 ケイ・ボルドは――決して器用とは言い難い少女だった。

 

 村で受け継がれる剣術を学ぶものの、いまいち身にならなかった。

 それでも不器用ながらに、愚直なまでに、剣を振り続けた。

 

 時に家族とも言える友人達に、不器用さをからかわれても……。

 何事においても自分にできることを、必死になって追い求め続けた。

 

 そして流派の心のみを、彼女なりの解釈で体現した。

 彼女に妥協という一念はなかった。ただ一心となることが最適解だと知っていた。

 

 

 ケイ・ボルドは――()()()()の激しい少女だった。

 

 現れた賊が村を襲えばどうなるか、彼女は強く心に描き出した。

 少ない食料は奪われ、心なき者達は田畑を焼き、村を楽しんで破壊するに()()()()

 男と老人は殺され、女は犯され、子供は奴隷として捕まる。

 

 父は哀しみ、娘を喪失した心身は限界に達し、近く倒れるはずだ。

 それでも父はきっと自分を探す。私財を投じ、領内は(ないがし)ろになる。

 外交も疎かになり、不作も続き、遠からず土地そのものが滅びゆくに()()()()()()と。

 

 

 ケイ・ボルドは――少しだけ、変わった少女であった。

 

 彼女が至った答えは、今ここで"全員が死ねば確実に回避できる"ということだった。

 だから少女は狩猟用の弓を捨てて歩き出し、剣一本のみで賊達の前へと立った。

 賊達はたかが少女一人に多少の警戒心こそ(いだ)いても、それで大事になるとは思っていなかった。

 

 

 本当に静かに、心臓へと刃を押し込んだ。隙間を通すように……ゆっくりと。

 あまりに自然な動作で、賊の誰もが呆気に取られた。

 狩猟で動物を殺し、解体することは何度もあったが――人を殺すのは初めてだった。

 

 ケイは殺した男の剣を拾っていた。

 流派は一刀であったが、彼女にはまともに使えない。

 だったら……一本の剣より、二本をそれぞれ両手に持ったほうが多く殺しやすい。

 

 ――ただそれだけの理由だった。

 

 

 かくして30人以上からなる賊は、たった一人の少女によって余さず殲滅された。

 返り血一滴として付着することなく、刃も矢も魔術の一つとして彼女には届かなかった。

 敵を狩り尽くした(ふた)つの剣は、塵と化して散ってしまっていた。

 

 殺戮の途中から少女に追いつき、一部始終を見ていた少年と共に……何事もなく村へと帰った。

 それはたった2人しか知らない、村を救った少女の真実。

 

 斬ることのみを追い求めた、無比無双の剣技。

 それは言うなればケイ・ボルドだけの……たった一代のみの亜流。

 少女は剣と成り、世界と成る――思い込みの果てに得た、有意識と無意識の融合。

 

 

 斬るという刃の本質と同化する、それゆえに――

 

 

 

 

「……はっ?」

 

 勝負は一瞬――という時間感覚すら超越した一太刀で終わっていた。

 

 少なくともスィリクスにはそう感じていた。さながら時間が吹き飛んだような……。

 過程が丸々すっぽ抜けて、結果だけが残ったような錯覚に陥る。

 

 ロングソードは音もなく切断されて、地に落ちる音だけがあった。

 いつの間にか順手に持ち替えられていたケイの右剣が、命の手前で止まっていた。

 

 首に押し当てられていた刃から、一筋の熱を感じる。

 刃引きしてあるハズなのにどうしようもない死の予感が、冷や汗となって溢れ出ていた。

 

 

『おっおぉぉぉおおおおお!! 挑戦者の勝利!? 一撃です!! いや二撃!?』

『速さというよりはなんでしょう……剣を鞘に納めるような、至極当然の動きのようでしたねぇ』

 

 魔術結界も解かれると――実況と解説と歓声とが、一気になだれ込んでくる。 

 

「あのっ! ありがとうございました。よろしければ魔術を使って頂いてもう一度……」

「いや……もはやそういう雰囲気ではなさそうだ、君の名は?」 

「ケイです、ケイ・ボルド」

「そうか見事、文句なく君の勝ちだケイくん」

 

 スィリクスは苦々しい表情は出さずにそう言い、ケイは少し表情が曇った。

 しかし目立つのはそんなに好きではないし、ここで食い下がっても仕方ない。

 

 

 スィリクスは握手すべく、右手を差し出す。

 するとケイは剣を2本とも渡してきて、一礼するとそそくさと退場していった。

 スカされたことに乾いた笑いを漏らしながらも、とりあえず平静を装う。

 

『……諸君!! ケイ選手に盛大な拍手を!!』

 

 スィリクス腰から抜いた拡声具で観客を煽り、ケイは万雷の拍手を浴びる。

 

『いやぁ~予想外ですが、なかなか見られないものを見た気がします!』

『未来ある新入生となってくれると、とても嬉しいことですね』

 

 

『さてさて、まだまだ時間があります! スィリクス会長もう一戦できますでしょうか?』

『もちろんだ』

 

 スィリクスは二つ返事で了承する。

 負けた自分が言うのもとてもとても難だが、本番(・・)前のウォーミングアップにならなかった。

 

『それでは我こそはという人はどうぞ!!』

 

 最初はまばらに挙がっていた手も、2回目は上がることはなかった。

 それほどまでにケイの実力が凄まじかったのだ。

 あれを見せられた後に、お祭り気分の人間が満足させる実力を披露できるのかなどと。

 

 

『誰もいませんかー、なんならこのオレが出ちゃっても――』

 

「うっしゃあ!!」

 

 拡声具なしで喧騒なき会場に響かせたのは、またしても年若き……今度は少年だった。



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#83 前哨戦 II

「うっしゃあ!!」

 

 そう叫んで、オックスに選ばれるよりも前に会場へ直に乗り込んだ少年。

 

『元気がいいなあ!! さきほどのケイちゃんの同伴かあ!?』

 

「そうだ!!」

「名乗りをあげたまえ」

 

 スィリクスは手に持った拡声具を渡そうとするが、その手は浮いたままとなる。

 

「おれはカッファだ!! 拍手をくれーーー!!」

 

 カッファは歓声を浴び、スィリクスはなんとか表情筋を保ちながら感情を飲み込む。

 

 

「っ……んん、ゴホンッ。君も本気の戦いが所望かね?」

「おうともさ!」

「君も二刀流か?」

「うんにゃ、おれは由緒正しい一刀流。ケイと違って正統派だから安心してくれ!」

 

 安心かどうかは知らぬが、それでも先程のケイと同門であるのなら油断はならない。

 いや――もとよりスィリクスは本気だったのだが、気を引き締める必要はあった。

 二度連続で敗北を喫するのは……卒業した後ど言えど、自らの沽券(こけん)に関わる。

 

 

「では剣を」

「おう、ありがとう!!」

 

 ケイから渡された2本ある内の1本を渡して、互いに間合いを取って構える。

 

『前哨戦、第二試合開始だァ――!!』

 

 別に実況の声に引っ張られる必要はないのだが、カッファは同時に飛び出していた。

 結界がまだ完全に張られていないことも、まったくのお構いなしであった。

 

 

 カッファは最小限のステップで最大限まで加速し、スィリクスの眼前で消える。

 それでもスィリクスは反射的に、()()()()()()を受け流していた。

 

 観客席から見えたのは、突貫しながら跳躍しつつ、体躯を捻転させながらの薙ぎ払い。

 スィリクスが無傷で済んだのは、半分ほどは運だった。

 

 カッファはさらに着地から、強引に脚力だけで反転する。

 今度は顔面が地面を(こす)らんばかりに、(かが)みながら間合いを詰めていた。

 

 

 繰り出される斬撃は、下からではなく――上。

 自然と相手を注視し、下方へと向けられる意識の逆を突く技。

 柄頭ギリギリで掴み、柔らかい肩関節と腕を伸ばした斬撃が円を描いて襲い来る。

 

「ぬっ――うぉぉォォォオオオオオ」

 

 体を捻りながらスィリクスは身を躱し、鼻先一枚のところで刃は空を切る。

 カッファは地面の下まで切り沈めた剣を支えに、勢いを利用してまた跳んでいた。

 距離が大きく()いてから、実況が遅れて響き渡る。

 

『惜しいが決まらない~~~ッッ! これは完全に見切られているのかあ!?』

『非常に(やわ)らかい良質な筋肉と関節ですね』

 

 

 スィリクスは改めて自覚するしかなかった。

 最高精度の魔力抱擁で強化された、ハイエルフ種でなければ確実に終わっていた。

 

 もちろん種族も己の(ちから)の一つであり、切っても切り離せないものだ。

 だからそれ自体は何の負い目も感じることはない。

 

 ただ種族だけではなく、学園卒業までの5年間で自分自身を鍛え上げてきた。

 そうした自負が、まだ少年少女と言える年頃の子に及んでいないという現実に打ちのめされる。

 

 

「いやーすごいな!! 一応どっちも"皆伝技"なんだけど、初見で避けるなんてな!!」

「っハァ……ふぅ、正統派(・・・)ではなかったのか?」

 

「えっ? うちの田舎流派じゃこれが正統だけど……もしかして都会って違うの!?」

 

 飛んで、回って、伏せて、跳ねて……対応しにくいことこの上ない。

 単に測れぬほどの実力差だったというだけで、先程のケイの(ほう)が正統派に思える。

 

 

「いや……勝てばすなわちそれ正統だ、カッファくん」

「お、おぉ……その言葉もらっていい?」

 

 緊張感のない少年に対し、スィリクスは切っ先を向け止める。

 奇をてらう必要はない。ハイエルフとは地上最高の種族。

 ただひたすらに研ぎ澄ませた基本こそが、奥義となる選ばれし血。

 

「んっじゃあ、おれ本気出しちゃうぜぇ~」

 

 

 カッファは初撃と同じように、一挙に間合いを詰めてきた。

 しかし瞬時に違和感に()()()()()()

 それはステップのタイミングが、先刻と変わっているということだった。

 

 それは全力疾走には違いない……が、はたして全力疾走ではないのだ。

 歩幅を変え、速度を調整し、体を風に吹かれる柳のように揺らす。

 その間合いを測れない――その間合いを悟らせない。

 

 最初の一撃は……たとえ回避されたとしても、こちらに印象付ける為のものだったのだ。

 一度目を見せたからこそ、二度目で確実に翻弄させてしまうその疾駆(はしり)

 

 スィリクスはハイエルフが持つ反射を、理性で抑えつける。

 先走って手を出してしまえば、無惨な結果が待つのみであると強く悟った。

 しかし一瞬でも遅れれば、それもまた同じザマに成り果てる。

 

 つまり……絶対に逃せぬ機を、しかと捉えるしか勝ちの目はない。

 

 

 カッファのそれは、ある種の――物質的なそれではなく、剣技としての"魔剣"である。

 田舎剣法とのたまいながら、対人を想定して練磨され続けた一つの完成型。

 

 スィリクスは己と自身に流れる血を信じ切った。

 僅かに上方へ振った手首からその刃を、カッファへと振り下ろす。

 

 それはまさに完璧なタイミングであり、勝機を掴んだと確信を得るものだった。

 

 

 ――しかし、斬るべき体は、そこになく……少年の姿は消え、中空に刃が光っていた。

 

 それこそが"秘奥"にして"魔剣"たる真髄。

 布石を置き、相手を幻惑し、見破られてなお、意志によりて限界を踏み超える(・・・・・・・・)

 だから絶対にタイミングを合わせることができない。

 

 さながら駆け引きと信じ込ませてからの、後出しジャンケンのようなもの。

 

 

 (くう)を切ったスィリクスの剣先が地面へとむなしく当たった――その時である。

 ハイエルフ種としての抑制し続けた反射が、期せずして解放されていた。

 

 はたしてそれは結果的に、極致とも言える即応を生む結果となる。

 跳ね上がる刃に逆らわずに手首を返し、スィリクスは肉体本能のままに振り上げた。

 

 スィリクスの刀身が先に、空中前転するカッファの水月(みぞおち)を斜めから打つ。

 刃の潰れたカッファの剣もスィリクスの背を斬るが、服を裂くだけに留まった。

 

 

『切り……返したぁあ!! これは決まったぁあああ!!?』

 

 地面を転がるカッファ――すぐに起き上がるものの、むせこんでしまう。

 

「ゲホッ……ガホッ……うっくぅうう~~~っっ、真剣だったら死んでたなこれぇ」

「むっうぅ、勝ったのか?」

 

 スィリクスは未だ判然としない実感についていけないでいた。

 勝った気はしないが、少年は負けを認めるように両手を挙げていた。

 

「んーーー参った! やっぱケイみたいにはいかねえや。でも楽しかった!」

「――……っ、そうか。観客も楽しんでいるようでなによりか」

 

 終わってみればこれもまた僅かな攻防であったが、観客は十二分に湧いてくれていた。

 

「さっきの技、なんてーの?」

「名など――ない」

 

 本当に咄嗟に出ただけのもので、というか何をしたのかいまいち覚えていなかった。

 

 

「かっけえ……突き詰めた技に名前なんていらねえってことか、なるほどお!!」

「はっ? いや……」

 

 説明しようとすると、カッファは右手を差し出してくる。

 スィリクスとしては、それに応じないわけにはいかなかった。

 しかしいざ手が交わされる瞬間、握手ではなく剣が渡される。

 

「んえっ――」

 

 スィリクスの困惑など関係なく、カッファは無垢な笑顔を見せる。

 

「あんがとよ、えーっと元会長? 技の師匠はいるから、あんたは心の師匠にしとくぜ!」

「う……うむ、精進するといいカッファくん」

 

 打たれたダメージもなかったかのように、軽やかな足取りでカッファは観客席まで戻っていく。

 するとすぐに実況であるオックスの声が、スィリクスに対して向けられた。

 

 

『そろそろ時間も良さそうです!! それではスィリクス前会長、ありがとうございました!!』

『一つだけよろしいかね』

 

 前哨戦も終わろうかというその時、スィリクスは拡声具越しにオックスへと伺い立てた。

 

『おっとぉ、スィリクス前会長。なんならもう一戦くらいやりますかあ?』

 

 冗談めかして言うオックスの言葉に、スィリクスは力強い言葉を会場へと届けた。

 

『そうさせてもらおう。私は……ベイリル選手を希望する!!』



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#84 前哨戦 III

『そうさせてもらおう、ベイリル選手を希望する!!』

 

 会場の誰もがその言葉を呑み込むのに、多少なりと時間を要した。

 最初からスィリクスにとっての本番(・・)はそれだけであった。

 

 先の2戦は彼にとっての前哨戦に過ぎない。

 もっとも初戦では負け、二戦目もたまたま勝ちを拾えたものの……。

 この三戦目の為だけに、前哨試合(エキシビション)での見世物になることを良しとしたのだった。

 

 

『スィリクス会長、ベイリル選手は試合の出場者です』

 

 そう最初に呈したのはハルミアであった、当然百も承知のスィリクスは返答する。

 

()会長だよハルミアくん。その言葉はもっともだが、男には引けないことがあるのだよ。

 私はこの場で諸々を呑み込んで言っているのだ。無論、彼がどうしても拒否するのであればそれは仕方ない』

 

 非常識なのは重々承知の上で、この場に残って主張している。

 だからベイリルが……彼が断るのであれば、甘んじて受け入れるしかない。

 

 しかしスィリクスは、きっとそうはならないという確信に近い信頼があった。

 

『いやーさすがにどうでしょう。賭け率(オッズ)にも問題が――』

 

 ベイリルが負けるという想定は――ハルミアの頭にもオックスの頭にもなかった。

 ただ一戦交えれば多少なりと疲弊するし、まして一試合目の選手である。

 賭けがあるというのに、ハンデを背負わせるというのは容認しにくい行為だった。

 

 

『俺は構いませんよ』

 

 灰黒髪に碧眼の男が、入場口より……拡声具もなしに会場中に快諾の意を通した。

 そうなると勝手に盛り上がるのが、観客という群集心理である。

 まして本人が納得ずくのことであれば、オックスとしてもそれ以上言えることはなかった。

 

『感謝しよう』

 

 スィリクスはそれだけ言うと拡声具を、オックスのほうまで投げ返した。

 全力で戦う以上は、拡声具一つとて邪魔になると判断したゆえ。

 

『これは……なかなかに困ったことになりました。しかしこれも醍醐味かあ!?』

 

 オックスはもう開き直って、実況を開始するしかなかった。

 

 

『――お二人はやる気のようですし、もう他人がどうこうできる状況ではないかも知れません』

 

 2人を知るハルミアの言葉。相対する2人の(おとこ)

 

『仕方ない、前哨戦第二試合――スィリクス前会長対ベイリル選手!!』

 

 魔術防壁による結界が張られると、試合場の声は観客席には届かない。

 するとスィリクスとベイリルは互いに距離を保ちながら、円を描くように歩き出す。

 

 

「もはや今更だ、貴様の前では恥も外聞も完全に捨て去ろう」

 

 ベイリルは何やら話したげな、スィリクスの自由にさせてやる。

 

「私の人生設計は完璧だった――完璧のつもりだったが、お前が……お前たちが来て変わった」

 

 今までスィリクスは自分に対しても他人に対しても、その向けるべき意識がズレていた。

 己自身の矮小(わいしょう)さというものを、これでもかと思い知らされた。

 

「学園の慣例を無視し、自由気ままに活動し、生徒会の権威を(おとし)めた忌むべき(やから)――」

「……俺は貴方のことは、まぁ嫌いではないですよ」

 

 涼しげに返すベイリルの偽らざる本音に、スィリクスの感情が白波立つ。

 

「そういうところだ! 私ばかりが空回りして……いっそ反目し合えればどれだけ楽だったか」

 

 

 もはやスィリクスは単なる愚痴を零すように、後悔と怨嗟を垂れ流す。

 

「ルテシア副会長には(そで)にされたし……卒業してからの進路すら教えてくれなんだ」

「やっぱり好意を持っていたんですね、ルテシア先輩に」

 

 ルテシアからすれば、スィリクスは扱いやすい人だったのかも知れないが――

 と、節々の対応や主導権の取り方を見る限りではそう思っていた。

 

「ハルミア庶務もお前を選んだ」

「……ハルミアさんも狙ってたんですか」

 

「入学初日から、我々が苦慮していたカボチャをあっさり手懐けるし……」

「そもそも生徒会からの依頼でしたけどね」

 

「製造科の連中は、特に好き勝手やるし……」

「一応学内法規は守っていた――ハズです、多分」

 

「遠征戦においても華々しい戦果を挙げて……」

「スィリクス前会長も村を救った功績、ご立派なものでしたが」

 

「スポーツやらゲームやら、よくわからない祭りや行事を私的に(おこな)い……」

「できれば正式に認めてもらって、大々的にやりたかったんですけど」

 

「学園はお前たちが作ったものでいっぱいだ……いやそれ自体は別に活気があっていいんだ」

「――ありがとうございます」

 

 

 ついには足を止めて、ブツブツと気落ちした様子となるスィリクス。

 

「まだまだ学びたいことがあったのに、魔導師どのまでお前たちの元へ行ってしまった」

「それはごめんなさい」

 

「ガルマーン教諭も学園を去ってしまった」

「そっちは関知していないですね。帝国へ戻ったと風の噂には聞いたが――」

 

「魔導コースも英雄コースもなくなった……するとどうだ、皆がお前たちの教えに染まっていく」

「そこまでは意図してやったわけではないですがね」

 

「お前たちばかり……私はすっかり道化だ、お飾りだ!」

 

 

 スィリクスは手の内にある2本の剣の片一方を構え、残る1本をベイリルへ投げよこす。

 そして闘志を剥き出しに戦士の形相で、明確な感情を込めて叫んだ。

 

「ゆくぞ、ベイリル。私は貴様を……いやお前を倒し、これまでの己と訣別(けつべつ)する!!」

 

 不要だとばかりに、ベイリルは剣をその場の地面に突き刺してから薄く笑って応える。

 

「えぇスィリクス先輩、その意思――受け止めましょう」

 

 

 ハイエルフ種に恥じぬ魔力の高まりが、スィリクスの肉体を駆け巡る。

 前二戦も本気だったが、感情の昂ぶりが比べ物にならぬほどだった。

 

 スィリクスは魔術士にしては珍しく、四属全てを使いこなすことができる。

 一つ一つの威力は高くはないが、短い詠唱で剣技と組み合わせる戦型(スタイル)

 魔術を使う今こそが、正真正銘の全力となる。

 

「風よ――炎よ――岩よ――氷よ――」

 

 浮かんだ4色の魔術と共に、スィリクスは飛び出した。

 "風弾"が、"炎球"が、"岩礫"が、"氷柱"が、順次襲いかかっていく。

 

 しかしベイリルの"風皮膜"と、その下の"圏嵐装甲"を破るには至らない。

 四属魔術の全てが、見えない風の鎧によって受け流され……さらには砕かれる。

 

 

 ベイリルはスィリクスの出掛かりの膝を、右足で狙撃(スナイプ)していた。

 そしてそのまま左腰の()()()()()()へと右手を伸ばすと、居合の要領で抜き放つ。

 

真気(しんき)――」

 

 腰に添えた左手の人差し指と、親指によって作られた輪っか。

 存在しない鞘から、収束する風が一瞬で形成されると、一呼吸の内に抜き放たれる。

 "風皮膜"に砕かれた氷破片の入り混じった風の太刀が、スィリクスの肉体を通過した。

 

発勝(はっしょう)

 

 その言葉と共に"太刀風"を納刀した瞬間、スィリクスは血を噴き出し膝だけで立つ。

 

 

 ――"無量空月"。

 サイズ可変自在の恒常的な風の剣を作り出し、敵を斬り伏せる術技。

 原理は素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)と同じ、個体空気と真空層の圧差風刃。

 

 切れ味(にぶ)く風の棍棒のように打ち据えたり、風の内に魔術を纏わせる。

 さらには消費を抑える為に一瞬だけ形成し、居合のように切り捨てたのだった。

 

 

「ぬっぐぅ……手心なき一撃、感謝しよ……ぅ――」

 

 スィリクスは倒れ、ベイリルは右腕を振り上げた。

 

『動いたと思ったら一瞬で決着! けっちゃぁああああく!! 解説のハルミアさ――』

 

 ハルミアはベイリルに手を振られてるのに気付いて、すぐさま実況席から跳んでいた。

 

 それなりの高さがあったが、全く躊躇した様子はなく……。

 立方体に構築されている魔術防壁の、直上吹き抜け部分から着地する。

 

『あっ……まぁそうなりますね、派手に出血してましたし』

 

 

 ハルミアは集中する為に、ポケットから取り出した赤フレームのメガネを掛ける。

 そしてすぐにスィリクスの応急処置を試みて、傷を塞いで血を止めてしまった。

 

『二人の因縁は詳しくはわかりませんが、男の意地のようなものは垣間見えました』

 

 ベイリルは肩を貸すようにスィリクスを担ぎ上げると、共に一時退場していった。

 

 

『前哨戦はこれにて終了し、しばらくしてより第一回戦を開始いたします!!』

 

 

 



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#85 一回戦 I

『えーエキシビションも無事……? 終わり! いよいよ一回戦第一試合。

 それでは新しい解説役の――"(たえ)なる"リーティアさんどうぞ!』

 

『はーいどもども~よろしく』

『ベイリル選手とヘリオ選手の身内ということで、彼女以上の解説者はいないでしょう!』

 

『たしかにウチほど二人を知るのは、あとはジェーン姉ぇくらいしかいないからねぇ』

『ジェーン選手は出場者ですから、やはりここは妹の――』

 

 実況のオックスと解説のリーティアが、わいのわいのやっている中。

 喧騒が全く耳に入らない、2人の雄が言葉を交わす。

 

 

「前試合の消耗は?」

「スィリクス先輩には悪いが……全く問題ないから安心しろ」

 

 不敵に笑うベイリルに、同じく不敵の表情をもってヘリオは返す。

 

「オレぁよォ……ベイリル、ずっと楽しみにしてたんだぜ」

「そうだな、まぁ俺もだよヘリオ」

 

 兄弟として、家族として、親友として、仲間として、同志として。

 軽い模擬戦程度などはすることこそあれ、本気で争うような事態はない。

 

 それに学園に入学してからは、そういった試し合いすらもなくなっていった。

 お互いの手の内は知っているし、全力で闘争する理由なども見つからない。

 

 

 しかしていつだって意識はしていた……。

 10年近く、いつも傍にいて研鑽し合ってきた日々。

 男の子である以上、己を鍛えている以上――強さ比べが、気にならないハズがない。

 

 武に生きる者の"(ごう)"――眼の前に強い奴がいる。

 いかに闘い、いかに倒すか、それに没頭することに、無常の喜びを感じてしまう。

 

 進む道は少し変われども、関わり続けた男。

 これからも共に、果てなき未知へと歩み続ける目の前の男へと。

 

 

「燦然と燃え昇れ、オレの炎ォ!!」

 

 ヘリオの周囲に浮かび、チリチリと感情に揺らめく10つの鬼火。

 

「いくぜェ……腹ァ(くく)れや」

 

 それらを一気に右腕へ収束炎上させると、ヘリオは地を這うように大地を蹴った。

 

噴炎(ヴォルカニック)――昇龍拳(アッパー)!!」

 

 炎を纏った右腕で、地表を削り取りながら溶解させる。

 そのまま火山が噴火するかのような勢いで、右拳を空中高くまで殴り上げた。

 

 

 しかしベイリルには、紙一重で回避されてしまっていた。

 ヘリオが対地攻撃へ移行するよりも先に、振り下ろされたベイリルの左手。

 詠唱もなく発生した"エアバースト"が、ヘリオを地面まで一息に圧し付ける。

 

 ヘリオは鬼人の筋力を総動員し、大地に足を先に付けてベイリルの方向へと水平跳躍した。

 強引な風圧圏外へ突破を敢行すると共に、収束したままの炎の右腕を掲げる。

 

「喰らい――やがれェ!!」

 

 ――"裏拳・大発火薙"。

 溜めた炎の右腕を左肩まで振りかぶり、豪快に真横へと振り抜いた。

 解放された火炎は巨大に膨れ上がり、前方すべてを覆い、焼き尽くす。

 

 観戦者の魔力を利用した魔術具による、高燃費で強力な結界力場で防いでいなければ……。

 客席の一画が、瞬時にして灰燼と帰してしまうほどの単純にして強力無比な大炎。

 

 

 しかしベイリルは、防御するでなく回避するでなく、ただ前へと進んでいた。

 ヘリオが炎を纏いし右腕を振った――瞬間に、その懐へと。

 

「踏み込みが足りん!」

「――ッッ!?」

 

 接近距離(クロスレンジ)の間合、完全にスカされて突かれた虚。

 ヘリオの瞳に映る視界の端では、ベイリルが指を合わせていた。

 

 それはヘリオもよく知る……彼にとって最も使いやすく、それゆえに好んで使う"風の刃"。

 

 ヘリオは攻撃を覚悟し筋肉を硬直させ身構えるが、飛んできたのは風刃ではなく――"音"だった。

 パチンッという、フィンガースナップの――増幅された音が耳を盛大に打ち、脳ミソまで叩く。

 

 急激な大音量によって、ほんの一瞬に過ぎないが……鼓膜と内部の耳石器まで音圧が通る。

 三半規管を揺さぶられることで、目眩を引き起こし、平衡感覚を失った。

 

 さらには意識の波長――攻撃だと思い込み覚悟した……その間隙へとぶち込まれた。

 敏感になった山に対して音を当てられたことで、神経までが麻痺して動けなくなる。

 

 

「歯ァ食いしばれェ!」

「くぼァあッ――」

 

 言葉と同時にベイリルは右拳を、ヘリオの左頬へと叩き込んでいた。

 先んじて言っていたとしても、一時的に麻痺した耳には決して届いていない。

 

 豪快に吹っ飛んだヘリオは、()れる意識の中でも……勘だけで地面を認識し立ち上がる。

 

 

『開幕からド派手だぁあああ!! 炎で見えなかった観客に言うとだな、ヘリオが殴り飛ばされたあ!』

『アレを踏み込んで(かわ)しつつ、カウンター入れちゃうのが……ベイリル兄ぃなんだよねぇ』

『殴る前にベイリルの使った技はなんだ?』

『"スナップ・スタナー"かな。ただの音も度を越せば、生物には凶悪な攻撃手段になる』

 

 絶好の機会にも拘わらず、ベイリルからの追撃はなかった。

 ドロッドロに歪み、霞む――ヘリオの視界が……徐々に輪郭を帯びてくる。

 

『詳しいことはハルミ(あね)ぇのが詳しいけど、要するにぃ――』

 

 リーティアによる技と人体へのダメージ解説も、結界越しに耳に入るようになってきた。

 

 

「チィ……ご丁寧に回復を待ってくれるたァお優しいことだな、え? ベイリルこら」

「そうだな――尻上がり(スロースターター)で不出来なお前を()()()()()()()

「ッぁあ?」

 

 額に青筋を立てながらベイリルを睨み付けるヘリオ。

 しかしベイリルはどこ吹く風と言った様子で、話を続ける。

 

「燃え上がるまでが遅いんだよヘリオ。それは時として致命的になる」

「昨日の屋外ライブでもそうだ――テンションマックスになるまでが長い」

「オマエも来てたんかよ……」

 

「あれでは急ぎの客に、お前たちの最高潮の良さを知ってもらえない」

「プロデューサー気取りか、いや……大元の発起人はオマエだけども」

 

 バンドにしてもアイドルにしても、発案者はベイリルである。

 

「半端なライブを聞かせて、客に申し訳が立たないだろ?」

「うっせ、ライブってのは生き物なんだよ。つーか、んなこた楽屋に差し入れでも持ってきて言えよ!」

 

 

 肩を竦めてから落としたベイリルは、心底呆れた様子をヘリオへと向ける。

 

「脱線しすぎたが……要するに、お前に足りないモノは――それはっ!!」

 

 ベイリルは纏った風を強くし、一気に駆け抜ける。

 その交差のタイミングを読んで、ヘリオは長巻を抜いて薙ぐも……(くう)を斬っただけだった。

 

「情動、気合、信念、見識、尊厳、明媚さ、斬新さァ! そして何よりもぉおおお!!」

 

 刃を躱したベイリルは、ヘリオの周囲を円を描くように加速していく。

 そして空中に"圧縮固化空気の足場"を作り、三角飛びの要領でヘリオに蹴りを見舞う。

 

「っがァ――」

 

 なんとか腕で防御はしたものの、もう一度吹き飛ばされてヘリオは受け身を取った。

 ベイリルは蹴った勢いで華麗に空中捻りを決めてから、着地し一言告げる。

 

「"迅速さ"が足りないッ!」

 

「クッソがぁ……説教なんざなァ」

「俺のリズムは把握済みってか? それだけで勝てると思うなよ。もっと熱くなれよ!」

 

 

 先の前哨戦の二試合目がイヤでも思い浮かんだ。

 スィリクスが読んだタイミングと、ヘリオが遠目に読んだタイミングは一致していた。

 カッファという名の少年は、その瞬間を強引に踏み超えていったのだ。

 

 ベイリルに交差のリズムを、加速によって回避されたのも同じことだった。

 リズムとは絶対のモノではない。実力差がまだあるのも身に染みている。

 だからこそ一層、全力をぶつけるべき時に違いないのに――

 

 

「突っ張っていようがな、ヘリオ。なんだかんだお前は……ジェーンの影響で、優しいし世話焼きだ。

 だから口では楽しみと言っても、いまいち興が乗ってないんだろう。俺も人のことは言えんがな」

 

 ベイリルも結局こうして追撃をせずに、ヘリオに向かって垂れている。

 闘争の喜びを分かち合いたいがゆえに――

 

 そう、物事は単純(シンプル)でいい。多くはそれが最良(ベスト)である。

 調子がどうだとか、家族の情だとか、残る試合についてだとか。

 雑念が――不純物が多すぎた。

 

 

「ったくよォ……その後のセンパイや、ジェーンとの闘いも楽しみだったんだがなァ。

 だがもうここで終わってもいい。オマエに落胆されることだけは、我慢できねえかンな」

 

 ヘリオは自動で再充填されていた鬼火を、今度は左手へ一挙収束させる。

 まるでその炎へ、己の全ての魔力を込めるかのように――

 

 煌々と光を持ち始める炎を、ベイリルはその瞳に映しつつ僅かに唇の端を上げ詠唱へ入る。

 

「其は空にして冥、天にして烈。我その一端を享映(きょうえい)己道(きどう)を果たさん。魔道(まどう)(ことわり)、ここに()り」

 

 ベイリルの詠唱の終わりとほぼ同時に、ヘリオは左手の炎を自身の胸元へ注ぎ込む。

 

「"内なる大炎"!!」

「"決戦流法(モード)・烈"――」

 

 

本気(マジ)だねぇ、ベイリル兄ぃとヘリオ』

『二人の話は結界の所為で聞こえないが、わかるのか?』

 

『お互いにそれぞれ、身体能力を極限解放(ブースト)させる魔術だからね』

 

 かたや燃焼させ続ける炎と魔力。その熱が上がるほど、肉体を限界以上に発揮させる。

 かたや最大魔力加速循環。短時間に負荷を掛け続け、肉体と感覚の全てを引き上げる。

 

 

 既に戦闘は再開されていた――しかしその攻防は、観客の目には映らない。

 他の闘技者であっても、その全てを捉えられる者はいないほどに。

 

 ヘリオの"収束炎剣"と、ベイリルの"無量空月"。

 炎太刀と風太刀による剣戟。その合間に混ぜられる体術と駆け引き。

 

 そのスピード&パワーは……何重にも織り込まれたような軌跡しか残さない。

 お互いに防御・回避は最小限に……動きの全てが、次の攻撃へ繋がるような動き。

 

 豪壮極まる、大味だが圧倒的速度の一撃――そして一撃の交わり。

 思考が介在する余地もない、ただ二人だけの世界。二人にだけ感じられる世界。

 

 刹那をさらに無限に切り刻み続けるような、そんな時間感覚の中で――

 数えきれないほど……想いの込められた剣が繰り返されていく。

 

 

「ドゥゥオォオオオルルラァアアアアアアアッ!」

「くぅぅうぅうおおおおおおおおおオオオオッ!」

 

 双方出し尽くしていく中で、少しずつ差が出始める。

 超神速の世界の中であっても、新たにリズムを掴み始めたヘリオ。

 

 ただ読むだけではない。誘い、導き、乗せていくのが本分。

 この攻防に呼吸する合間などなく、考える余裕など存在しない。

 しかし天賦の才と努力により培われたそれは、不確かなものさえ掌握しつつある。

 

 ミックスアップし、お互いが限界を超えることで得られる境地。

 人を超えし領域へと踏み込み、優位性が確立される――その瞬間であった。

 

 

 ベイリルのその行動(・・・・)だけは、リズムとして全く読めなかった。

 (リズム)が無い――ただいつの間にか、予備動作なしに懐へと密着されていた。

 

 それはベイリルにとっても、完全なる識域下での動きであった。

 彼もまた限界を超えて、偶発的に無念・無想・無我・無心へと至っていた。

 

 初めて魔術を覚えた、かつての時のように――

 前哨試合で闘った少女が、意識的にゾーン・トランス状態に入ったのにも似て――

 

 太刀風を手の中から消し、一歩踏み込んで、ヘリオの右腕と肩口を掴んでいたのだった。

 

 

 無拍子(・・・)――"竜巻一本背負い・(いかずち)"。

 

 右の肘関節を挫き折られつつ、ヘリオの体が背中から叩き付けられていた。

 無意識ゆえに意識的に出すトドメの蹴りはなく、ただただ全力全開の投げ。

 地面が一部陥没するほどに強烈な、幼少期に何度か練習台になり、受け身を覚えさせられたその術技。

 

 お互いに出し切っていたがゆえに、その一撃で勝負は決した。

 衝撃によって吐き出せる息は、空っぽの肺にはなかった……お互いに声もない。

 

 終わってみれば――その時間は、ほんの十数秒程度に過ぎなかった。

 しかし観客達にはその10倍には感じられ、本人達には100倍以上であった。

 

 

 心と魂を燃え(たぎ)らせた余熱と、酷使した肉体を冷ますように撫でる心地良い余風の中で――

 

「ッたく……たまンねえな――"男の世界"、だったっけか」

「別に()()()()()はないから違うけどな」

 

 ベイリルの差し出された左手を取り、ゆっくりと立ち上がるヘリオ。

 それ以上交わす言葉はなかった。実況も解説も観客の声も、二人の耳には入らない。

 

 ただただこの闘争の余韻を、全身で味わい尽くしていたのだった。

 



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#86 一回戦 II

 ベイリルとヘリオが退場する中で、オックスは興奮を存分に発散する。

 

『なんというかそう! もうあれですね!!』

『あれ?』

 

『初戦からまるで決勝戦もかくや! な内容でした』

『確かにベイリル兄ィとヘリオ凄かったねぇ~』

『あれで燃えなきゃ男じゃねえ』

『でも勝者は一人』

 

『それが残念です、ヘリオ選手のさらなる活躍も見たかった』

『まーウチから見れば順当な勝敗。でもいつかヘリオが勝つ日も来るかもねぇ』

『お互いに高めあうライバル関係、非っ常~に羨ましくもあります』

『次の選手出てきたよ~』

 

 入場に気付いた解説のリーティアの言葉に、オックスは実況を再開する。

 

 

『さあさあ! 一回戦は第二試合。グナーシャ選手対レド・プラマバ選手!!』

『読みにくい対戦札(カード)だねぇ』

 

『ベイリル、ヘリオ、グナーシャ選手と、男が偏ってしまった左ブロック唯一の女性。

 というか八人中五人が女性って、この学園の女性がめっちゃ強いよね? ね?』

 

『世は男女平等だよ、オックスかいちょー。ウチも戦えば強いし』

『ほほぅ……ではなにゆえ、ここでこうして解説を?』

 

『予選に割ける時間がなかった』

『確かに色々と、承認の判を押した気がするな。製造科の出し物も、是非見てって下さい!』

 

『宣伝ありがと!』

 

 

 実況と解説の中で入場し、軽い跳躍(ステップ)を繰り返しながら……グナーシャはレドを見つめる。

 体格差で言えば大会屈指の組み合わせであり、そのリーチ差を測っていた。

 

 闘技祭には試合開始の合図も、審判役もいない。

 闘いを始めるのも、勝敗を決めるのも――たとえ実況が先走ろうと、全て当人同士のみで完結する。

 

「我としては消耗戦は好ましいところではない、一撃全力で片を付けさせてもらおうか」

 

 グナーシャはそう告げる。この場でヘリオとも改めて闘いたかった。

 しかしそれを倒したベイリルとも、是非()り合いたい。

 あれほどの熱戦の直後――否が応でもテンションは最高潮にある。

 

「あっははは、ボクはどっちでもいいけどね。でもそれならボクも一撃で粉砕してみせよっか」

 

 

 グナーシャは左膝を深めに曲げ、右足を後方へ指先で大地を掴む。

 トンファーを持った左手を前へ伸ばし、右腕を曲げトンファーを回した。

 魔術具"衝撃双棍"は回転のたびに、衝撃波を許容限界まで溜め込み続ける。

 

 レドは両足を開き、頭より高く両腕を大きく広げ、拳を握らぬまま迎撃の態勢をとった。

 

『さァ双方構えをとる! グナーシャ選手も高回転型の戦士で、一瞬たりとも見逃せない!!』

『レドの戦うとこ、初めて見るなぁ……』

 

 グナーシャは隻眼でギロリと眼と牙を剥き、気勢をもトンファーへ込める。

 

「ぬんッ――」

 

 狼人の盛り上がった肉は、太腿から爪先まで余すこと無く(ちから)を伝えゆく。

 持久と瞬発を兼ね備えた筋肉から、全身運動を乗せて繰り出される右トンファー。

 

 一瞬にして詰まる間合い――これ以上無いほどの一撃、という実感が肉体を打った。

 

 

「なん……だと……?」

 

 しかし突進と共に放たれた重衝撃はあっさりと……。

 何事もないかのように、小さき少女の左手で止められていた。

 体重差や運動エネルギーも関係なく、ただただピタリと。

 

「ふっはっ甘いよぉ!」

 

 レドが放った右拳を、グナーシャは左トンファーでなんとかいなす。

 それだけで腕が痺れて動かなくなるのではというほど、重い一撃であった。

 

 そして次の瞬間には、グナーシャは地面を転がり倒れ込んでしまっていた。

 受け流した直後にレドの右蹴りが、吸い込まれるように腹筋を貫いていたのだった。

 双棍は手から離れ、鍛え抜いた筋肉はピクリとも動こうともしなかった。

 

「前言撤回、二撃で粉砕!!」

 

『こっこれはぁァァア――ッ!?』

『予想外の早期決着……レド、恐るべし』

 

 

 しかしその次の瞬間であった、ギヂリッと()り切れるような……。

 やにはに総毛伸び立つグナーシャの体毛。

 さらに筋骨は変形するかのように膨張していく。

 

 隻眼には新たな色を宿し、狼そのもののような鼻先と、裂けるような口と大きな牙。

 

「へぇ……そんな隠し札があったとは――」

 

『グナーシャ選手、変身だあ!! これは珍しい!!』

『進退窮まっての奥の手っぽい?』

 

 

 ――"獣身変化"。

 己の中の獣を呼び出し顕現化させる、獣人種特有の技にして(カルマ)

 かつて神族が魔力の暴走を押し留められず、魔族を超えて魔物となってしまうように……。

 

 獣人種も行き過ぎれば――完全な獣と成り果ててしまう。

 ともすればそれを技法(・・)として確立させ、自由に操る者も一定数存在する。

 

 選ばれし者が、高潔かつ強靭な精神をもって、修練の果てに得られる(ちから)

 野生を解き放ち、理性と本能の均衡を保つことで、獣身変化は完全なモノとなる。

 

 しかしてそのバランスが崩れれば、たちまち身を滅ぼす諸刃の剣ともなりかねない技。

 

 

 半獣化したグナーシャは、四足で大地に爪を立てるように飛び出す。

 そこには思考も感情も存在しなかった……。

 ただ中途半端な暴力の化身としての姿。

 

 未だ練度不足の身でありながら発動させたのは、"次も戦いたい"という一心。

 だがそれはグナーシャ自身を灼いてしまう、不完全な業。

 

 

 目を見開いて笑ったままのレドは、右腕を真上へと伸ばす。

 

「知恵なき獣など、ボクの敵じゃないッ!!」

 

 一閃。突進してきた巨体を、レドは一撃の(もと)に切って落とした。

 振り下ろされた手刀は頭から背までを打ち据え、グナーシャの意識は完全に途絶える。

 

 そうして中途で終わった獣身変化も、人間の状態へと戻っていく。

 今度こそグナーシャに次は訪れず、試合は決着を見たのだった。

 

 

 

 

 医務室にて――勝者が敗者に対し、通常かける言葉などない。

 しかしレド・プラマバという少女にとって、そんな機微など全く関係ないことだった。

 

「いやー脳天叩き割ったかと思ったけど、案外丈夫そうでなにより」

「すまぬ……我が身の不徳であった、未熟極まる醜態を晒してしまった」

 

 体毛も多く残り、爪牙も長いままで喋りにくそうなものの……グナーシャは謝罪する。

 怪我と治療で未だ朦朧した意識は晴れていないが、それでも誠心誠意――

 

 

「別にいいよ、どっちにしろボクの相手じゃなかった」

 

 容赦ない言葉に悔しい気持ちもある……。

 しかし反射的に会得に至ってない"獣身変化"を使ってしまった負い目。

 レドが早々に片を付けてくれなければ、二度と精神が戻ってこれなかったかも知れない。

 

 そういう意味で感謝すべきであるし、なにより野生の本能だけで戦ってしまった。

 それはグナーシャにとって、闘争それ自体を(けが)したとすら思える行為であった。

 

「まっ死んでなきゃ別にいいんだ。それじゃぁボクは失礼するよ」

 

 そう言うとレドはさっさと出て行ってしまった。

 傲岸不遜な少女――しかし次期魔王と、自称するのには得心させられるものがある。

 

 

「うちの男どもはだらしないでござるねぇ」

「うっせェぞスズ」

 

 ハルミアの補助(サポート)として治療班にいるスズが、パーティ面子に向かって言い放つ。

 それを近くのベッドにて、まだ療養中のヘリオが突っ込んだ。

 

「言ったでござるね、ヘリオ。拙者の"調香"技術なかったら、その吊った左腕も痛いでござるよ~」

「きたないぞ、予選にも出なかったニンジャめ」

 

「隠密が自身の技を大衆に披露するなど、愚の骨頂でござる」

「あぁそうだな、そうだ。お前はほんっとすげーシノビだよ」

 

 

 そうヘリオがすんなり言うと、スズは不満そうな表情を浮かべた。

 

「むぅ、言い返してこないと張り合いがない……」

「んなことより、もっと痛み止めよこせ。最低でも四試合目からは観なきゃなんねェんだ」

「我もどうにか――」

 

「はいはーい、ヘリオ殿(どの)はともかくグナーシャ殿(どの)は大人しく寝るでござる。敗北者の治療は後回しゆえ」

 

 緊急性を要する負傷でなければ、次の試合へ出場する勝者が優先される。

 レドには怪我がなかったので、ハルミアはまだ別室でベイリルの治療へと専念していた。

 

 

「なぁセンパイよォ、誰が勝つと思う?」

「んんっぬぅ……皆が皆、実力者だ。予想しかねるが――」

 

「まっオレとしちゃやっぱベイリルだな」

 

 一回戦負けとはいえ、それが優勝者であったなら面目は保たれる。

 そんな打算もなきにしもあらずだし、身内贔屓な部分も否定はできない。

 それでも冷静に見て、ベイリルが勝つとヘリオは思っていた。

 

「敢えて言わせてもらうなら、レド・プラマバ……彼女は底がまるで知れぬ」

 

 恐怖とはまた違う――言い知れぬ予感のようなものがあった。

 それはきっと実際に対峙した者にしかわからないナニカとでも言えばいいのか。

 

 

「二人とも……自分に勝った相手を持ち上げるのは如何(いかが)なものでござろう」

 

 苦言を呈するスズ。とはいえ実際に戦った相手しか、実力は測りようがない。

 二人がそれぞれ贔屓しようとするのも、いささか無理からぬことであった。

 

「あ? じゃあスズは誰だと思うんだ?」

 

「拙者が思うに……優勝者なし! でござるかな」

「それじゃ運営が決勝戦の掛け金総取りじゃねーか」

 

「ぬっははは、正直なところ拙者の卓越した眼から見ても予想はつかぬゆえ」

「卓越ね……手前ェで言ってちゃ世話ねーぜ」

 

 スズに介抱されつつ、ヘリオとグナーシャは様々な想いが胸中を駆ける。

 

 惜しむらくは、どっちらけな終わりではなく――しかと学園最強たる優勝者をと。

 

 



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#87 一回戦 III

『左ブロックを終えて、一回戦は第三試合へと突入!!』

『こう見ていると、やっぱり多少無理してでも出れば良かったかなーなんて』

 

『オレも実は予選で落ち――っと先にキャシー選手が入場!!』

 

 関節を鳴らし体中を慣らす、先んじて立った赤い髪の雌獅子キャシー。

 手首から指先まで覆う鉄籠手を着け、待ちきれんとばかりの笑みで相手を見据える。

 

『ゆったりとした歩調で中央へゆくは、ファンラン選手!!』

 

 身の丈ほどの長い柄の偃月刀(えんげつとう)を背に、堂々と歩くファンラン。

 それは槍とも矛とも違う。"極東本土"独特の青竜の意匠が彫られていた。

 

 

『魔術防壁が張られ――っとォ!?』

 

 一足飛びで間合いを詰めたキャシーの猫手。

 しかしそれをファンランは事もなげに、いつの間にか抜いた偃月刀で止めていた。

 

「強そうで安心したよセンパイ。あんたのこと大して知らないからな」

「不意に小手調べってわけかい、元気だねえ」

 

 ファンランはグッと(ちから)を込めて、偃月刀を強引に振って距離を空けさせる。

 

 

 自ら後ろに跳んだキャシーから視線は離さないまま――

 ファンランは舞うような体捌きを(おこな)った。

 すると空中に水が生成され、ファンランの周囲を漂い始める。

 

「わたしが使うは水の踊り、舞踏にして武闘――我が身は水となり、対せし者の水を打つ」

 

 同時にバチバチと空気が弾ける音と共に、キャシーは爆ぜる電撃をその身に纏う。

 

「アタシはアタシのやりたいようにやる」

 

『二人ともやる気満々だねぇ』

『お互いに戦闘準備が完了し――』

 

 

「っらァ!!」

 

 実況を遮るように、勢いよく突き出されたキャシーの左腕から雷鳴が迸る。

 ファンランは一瞬早く、偃月刀を目の前の地面に突き刺していた。

 方向くらいしか誘導できない雷は、手から離れた偃月刀へとぶち当たって地面へと流れていく。

 

「悪いけどネタを知っているからねえ」

「チッ、ベイリルの野郎か」

「まっあんた個人の話じゃなく、電気についてさね。なんでもそれを使った調理器具があるとか」

「やりにっきぃな……そんならそれで構わないけど――なッ!」

 

 視線が滑ってしまうほどの、爆発的な急加速を伴うキャシーの突進。

 獣人種にとって基本ともいえる、身体能力にあかせた攻撃方法。

 

 しかしキャシーの軌跡はファンランに重なった瞬間、明後日の方向へと描かれた。

 そのまま魔術結界の力場に着地するように、キャシーは足裏から壁に衝突する。

 

『うぉぉおおっっとォお!! 受け流しィ!?』

『完璧に捉えてたね、ラン姉ぇの技術の高さが窺えるっぽい』

 

 

「っく……んだとォ」

 

 そのまま落ちて地面へ一度立ったキャシーは、しゃがんだまま毒づく。

 突っ込んできたキャシーをいなした際に、帯びた電撃を感じながらファンランは笑う。

 

「痛っつ……意外ときついもんだねぇ電撃。けど直線的な攻撃じゃあ、わたしは倒せないよ」

「言ってろ」

 

 キャシーの肉体がジリジリと軋むように熱を上げていく。

 獣人らしく四ツ足から、大地へ籠手爪を引っ掛ける。

 

 全神経が逆立ち沸騰するような感覚を保ち、電撃を放出させながらキャシーは今一度――

 

 

 先刻よりさらに数段速い突貫。

 ただ一筋の雷光が向かうような軌跡だけが、観客の目には映り込んだ。

 

 同時に放たれた幾筋もの無軌道な雷撃は、周囲へ配置された水塊へと吸い込まれる。

 水塊から伸びた細く伸びた水柱は大地へと繋がり、電気を逃がしていた。

 

「濁流を制するは清流――」

 

 刹那よりも短き一瞬に、キャシーにはそんな言葉が聞こえた気がした。

 

 爪先から皮膚・肉・骨・関節・(きん)・血液と経由し、手指の先まで……。

 澄み、冴え渡り、一分(いちぶ)の乱れなく、整然と、流水に身を任せたように、またもいなされていた。

 

 

 吹っ飛ばされたキャシーは、もう一度魔術防壁へ衝突する――ようなことはなかった。

 正確にはただ衝突するのではなく、逆に反動を利用していた。

 

 勢いを殺さぬどころかさらに加速するように、終わりなき三次元軌道の突進を繰り返す。

 それは跳弾どころか電撃を伴った跳ね回る人間砲弾。

 

 ほんの僅かにでも芯がズレてしまえば……。

 ファンランもキャシー自身も大事故となり、ただでは済まない。

 

 結界内を跳び回るキャシーを、ファンランは捕捉し続ける。

 お互いに電撃に身を焼かれながらも、微塵にも引くことはなく――

 ひたすらに雷の残像線が、観客の瞳を通じて試合場に殴り書かれていった。

 

 

「ッガァァァアアアアアアアアア」

 

 キャシーが一際(ひときわ)大きく咆哮(ほえ)た。

 それは彼女の限界ゆえに、今までにない限界を超えた最高速でもって――

 

 対するファンランは、その双眸を見開く。

 直後に地面に足型を残す右震脚から、(たい)を開くように右の肘を打ち上げていた。

 

 いつの間にか真上に集められていた大水塊へと、キャシーの身は天頂方向に沈んでいく。

 寸分違わぬ完璧な迎え打ち(カウンター)。相手の最高速を捉え、一撃で終わらせたのだった。

 

『キャシー選手ぅぅうう!! 完全に気絶してるようだあああ!!』

『ラン姉ぇつっよ!!』

 

 水と共に地面へと横たえられたキャシーは、完全に意識を失っていた。

 

 ファンランはキャシーの息を確認すると、小脇に抱え退場していく。

 

 

『ファンラン選手、終わってみれば一撃で倒してしまいました』

『直線的な攻撃に慣れたところで、狙い澄ましたって感じ?』

 

『二試合目に続いてその実力を見せつけた専門部調理科!!』

『これはもしかすると……もしかするのかなぁ?』

 

 

 

 

「やーやー負け猫」

 

 運ばれた仲間を見舞いに、医務室に顔を出したリンは開口一番そう言った。

 

「あー……予選落ちした奴の言葉なんて聞こえんなぁ」

「言いよったな。でもまっ、兵術科はもうジェーンに期待するっきゃないね」

 

 そうアイドルユニットを組んでいる相棒へと、リンは流し目を送る。

 先んじてキャシーの様子を見ていたジェーンは、ゆったりと口を開く。

 

「そうね、優勝は……したいけど――」

 

 声のトーンがじんわりとくぐもっていく。

 ファンランの強さもさることながら、ベイリルとレドにも勝てるかわからない。

 

 しかしそれ以上に最初に戦う相手こそ、最大の障壁(カベ)と言えた。

 

 

「くっそぉ、フラウはアタシが倒すつもりだったんだがな」

「ちょっとキャシー? それじゃ私が負けてることになるんだけど……」

 

 もうすぐ戦うというのに――縁起でもないこと言われ、思わずジェーンは突っ込む。

 

「そんで決勝でベイリルを倒してアタシが――」

「キャシーの計画がそんなだったなら、次はジェーンが勝つかもね」

 

 あまりにも杜撰(ずさん)で楽観的なそれに、リンも口を出さずにはいられなかった。

 

「んなあっ!? どういう意味だ!!」

「キャシーの予定に逆張りすれば、儲けられるってこと~」

 

 無言のまま掴んで引き込もうとするキャシーの手を、リンはくるりと回るように躱す。

 

 

「――それで、リンはフラウと私のどっちに賭けてるの?」

「えっ……と、ひ・み・つ!」

 

「裏切ったなリンめぇ、あ~もう薄情な相棒だ」

「いやいやいや、だってジェーンって一番人気だから勝っても配当がさぁ」

「王国公爵家のくせに、考え方がなんつーかセコいな」

 

「それはそれ、これはこれだよキャシー。それに儲けた分は"商会"の慈善事業に寄付するし~」

 

 

 慣れたやり取りに、少し緊張していた心地が和らいでいくのをジェーンは感じる。

 

「にしたってさ、モライヴも応援くらい来ればいいのに」

「確かにお祭りの時にも来ないって、結構忙しいのかな」

 

 卒業したナイアブも闘技祭では色々と手伝い、ニアも食材流通で関わっている。

 しかしモライヴは卒業し帝国へ戻ってからは、まともな連絡を取れていない。

 

 とはいえ彼は彼なりの目的をもって行動しているのだろう。

 抜け目ない性格をしているし、大丈夫だとは思うのだが……心配がないと言えば嘘になる。

 

 

「人それぞれに事情があるんだから詮索するなよ」

「おっキャシーにしては言うねぇ」

「それでも分かち合えることなら、協力したいけど……ね」

 

「ジェーン殿(どの)~、そろそろ試合準備したほうがいいでござるよー」

 

 ともするとファンランの元から戻ってきたスズが、ジェーンを呼びつつ入室してくる。

 

「それじゃ、いってくるね」

 

 キャシーと右拳をぶつけ、リンと左手でハイタッチする。

 

 威風堂々たる歩みで、ジェーンは控え室へと向かっていった。

 

 

 

 



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#88 一回戦 IV

 ロックバンドとアイドルユニットは、もはや学園で知らぬ者はいない。

 昨日のバンドライブとアイドルライブの熱狂を、試合会場へとそのまま持ってきたように……。

 リンと共にアイドルユニットのメインを張るジェーンが出場する、一回戦の第4試合。

 

 先三戦も含めて最高潮に達しようかというほどに、大盛り上がりを見せる。

 

『午前の部は最終試合。フラウ選手とジェーン選手が向かい合う!』

 

『個人的にはフラウ義姉ぇよりも、ジェーン姉ぇの応援かなぁ』

『ほう、してその心は?』

『うんにゃ、二人の実力は知ってるから。その、相性(・・)もねぇ……』

『なるほど貴重なご意見。でも賭けはもう締め切ってますのであしからず!!』

 

 

 観客席を仰ぎ見てから、フラウはジェーンを見つめる。

 

「いやはやすっごい人気だねぇ、ジェーンさん?」

「……ほんともう、なんでここまでになっちゃったんだか」

 

 歌は昔から好きだった、踊るのも好きだった。

 子供の頃から……ベイリルからいろんなメロディーを聞かされた。

 

 音楽は人生の一部だった。だからアイドル業そのものは嫌いではないのだ。

 リンと一緒にやるのも楽しいし、スタッフと一緒に作り上げるライブも感動する。

 

(それでも……やっぱり気恥ずかしい)

 

 ライブ中は違う自分でいられる。

 でも終わった後になんとも言えない気分になる。

 元々ただの趣味だったし、ささやかに自分だけで歌うだけで良かった。

 

 しかしユニゾンする喜びを知った。息を合わせる面白さを知った。

 少なくとも残り少ない学生である内は、求められるだけ応えたいとも思っている。

 

 

 魔術防壁が張られ、戦闘開始が闘技者同士へと委ねられるとフラウが尋ねる。

 

「そいえばジェーンさんてさ――」

「なぁに?」

「ベイリルのこと好き?」

「えっ? それはもちろん好きだけど」

 

「弟として? 男として?」

「ん、あぁそういうこと。フラウが彼女でしょ?」

「そうだけどぉ、もし第一夫人を争うなら最大の相手かなって」

「考えたことなかったなぁ……――」

 

 ベイリルは家族だ、弟ではあるが父のようにも感じている。

 遠征戦の時に助けに来てくれた時は、「男の子なんだな」と感じた部分もあったが。

 

 

「頼りがいのある弟、に尽きるかな。それでフラウは義妹(いもうと)ね」

「そっかぁ、でも勝ちは譲らないよ。お義姉ちゃん(・・・・・・)

 

「だいじょうぶ、奪い取るつもりだから」

 

 薄っすらとした笑顔を交わし合い、空気が闘争のそれへと一変する。

 

「お互い手の内はある程度知ってるわけだし~、遠慮なくいくね」

 

 

 フラウは不動の姿勢のままに、魔力を加速させながら(うた)い唱え始めた。

 

「求むならばその手、拒むならばその心、支え配するはその(ちから)――」

 

 一方でジェーンは呼吸を整えるように、血の巡りを意識する。

 

 水属魔術――"血流作法"。

 自身の血液を操ることで、魔力と共に全身へと効率よく、また強固に行き渡らせる。

 そうすることで肉体のパフォーマンスを、引き上げる自己強化魔術。

 

 1試合目で見せたベイリルの"決戦流法(モード)・烈"や、ヘリオの"内なる大炎"と似ている。

 当然2人のそれと同じく反動も小さくないが、初手から全力を振るわねばならぬ相手。

 

 

「万象より自由にして、望むならば人よ――」

 

「我が意に倣い形成せよ、我が身と宙空――"武装氷晶"」

 

 フラウは詩を続け、ジェーンは魔術の発動と同時に駆け出す。

 左手に氷の槍を、右手に氷の小盾を、肉体に氷の鎧を纏いながら。

 

 空中には無数の氷の武器が踊るように、ジェーンへと追従していた。

 

 

「遍く存在するくびきの一端にその指を、疑いなくその意思を――」

 

 フラウは四方八方から迫る氷の猛撃を躱しながら、言葉を紡ぎ続ける。

 

 焦燥がジェーンの冷えた頭脳を満たしていく。

 もはや魔導の領域に踏み入れていると思えるほど、フラウの魔術は強力である。

 

 術を完成させられるまでが最大の勝負であり、ほんの数秒余りの攻防がいやに長く感じられた。

 魔術がなくとも、フラウを支える肉体と精神もまた侮れない。

 

 

「世界はみな――引き寄せ合っている。"重力(グラビティ・)協奏(コンチェルト)"」

 

 詠唱(アリア)が終わって魔術発動の準備が完了すると、フラウは腕を振り下ろす。

 ベイリルのオトギ噺でしか聞いたことのない、オーケストラの指揮者のように。

 

 ――前奏曲(プレリュード)

 何十倍にもなった重圧(プレッシャー)が、結界内の試合場を余すことなく圧し潰さんとする。

 空中を舞っていた氷武器は全て微塵と化し、ジェーンの盾も鎧も砕け散る。

 

「ぐっ……!!」

 

 しかし右氷槍を破壊されるだけは、どうにか防ぐ為に気合を入れる。

 膝を折って中腰の体勢のまま常に魔力を注ぎ、魔術を使い続けることで形成を保った。

 

 

「ちなみに時間が経つほど強くなってくからねー」

 

 フラウ自身は超重力下においても、中和ないし相殺しているのか。

 その場で泰然自若とした様子で、ジェーンを窺っていた。

 

 規格外の魔術――やはり彼女はモノが違う(・・・・・)……そう、思い知らされる。

 

 自分たちよりも先にベイリルと幼少時代を過ごし、様々な知識を得ていた。

 ハーフヴァンパイア種にして、修羅場を生き抜く為に洗練し続けたその実力。

 

 

「っぁああああっっ!!」

 

 "血流作法"で脳への血の巡りを補助し、飛びそうな意識を繋ぎ留めゆく。

 さらに血と魔力で全身を(みなぎ)らせ、足裏の"氷面滑走"にて、重圧下で一気に間合いを詰めた。

 

 摩擦を極限まで減らした移動に、遠心力を重ねて氷槍を突き込む。

 しかしその冷たい切っ先は、フラウの掌中で握られ粉々にされてしまう。

 

「それじゃぁ、あーしの"斥力層装"は抜けない」

 

 重力場に晒されていて、その声はよく耳にまで聞こえなかった。

 

 ベイリルの"風皮膜"のような――全身に纏う、"見えざる(ちから)"。

 生半(なまなか)な攻撃は反発し、フラウの体までは届き得ない。

 

 

 しかしそれはジェーンも知るところであった。

 

 イメージ集中と同時に、ジェーンの左手の平が裂けて血が漏れ出てくる。

 出血は砕けた氷と混じり合い再形成され、"薄紅色の血氷槍"を造り上げた。

 

 水属魔術――"氷尽血器"。

 それは自身の魔術の中でも、禁術に類するもの。

 人体の魔力の多くは、血液によって循環する。血こそが魔力を最もよく通す物質とされる。

 

 "血流作法"によって自身の血液を完璧に操作支配(コントロール)し、必要な分だけ流血し魔力を通わせる。

 

 それは魔力量によって硬度を変える"魔鋼"と同じ性質を、形成したモノに持たせる。

 さらに自らの血を介して、自らの魔力を通す親和性は――魔鋼にも(まさ)る。

 

 己の身を切ることで最強の武器とし、最硬の防具とする。

 まさに切り札の一つとも言える魔術だが、ジェーンに迷いはなかった。

 

 

「っ――!?」

 

 反射的に身をよじって槍を躱し、フラウは距離を取った。

 しかし僅かに切られた右腕から、一筋の血が(したた)り伝う。

 

 さらなる攻勢をかけるべく、ジェーンは地面を滑りながら迫る。

 しかしフラウが大きく右腕を振り払うと、ジェーンの体を激しく打ち据えた。

 

 上からの重圧と横からの衝撃によって地面を削り、引きずるように転がっていく。 

 

 

 ――行進曲(マーチ)

 肉体の動きに応じた、斥力場を発生させる魔術。

 フラウはさらに左拳を振り抜くと、目には見えない巨大な斥力場が拳の形をとった。

 

 立ち上がりかけたジェーンは、新たに結界壁まで運ばれるように殴り付けられる。

 

 フラウとしては白兵戦でも遅れを取るつもりはなかったが、それでもまだ一回戦。

 可能な限り危険(リスク)は回避すべき――という考えが、フラウに間接戦闘を選ばせた。

 

 

「あっぐぅ……」

 

 フラウは見えざる斥力場の左手で、ジェーンを握り締めて拘束する。

 そのまま左腕を掲げると、ジェーンの肉体も浮かび上がっていく。

 

 フラウが左腕を回すと同時に、掴まれた体は結界外周ギリギリを、円を描くように何度も振り回された。

 ジェーンは脳への血流を操作し続けながら、次なる策を考え続ける。

 しかし多大な遠心加速を受け続け、遂にはブラックアウトして試合は終了してしまった。

 

「っふぅ――想いは優勝まで持ってくよん」

 

 脳震盪を考えてフラウは助け起こすことはせず、ハルミアが来るまで待つことにした。

 一番人気のジェーンが沈んだことで、悲喜交々(ひきこもごも)の歓声があがる。

 

 

 また重力場が解除されたことで、実況と解説の声もようやく会場まで届く。

 

『う~ん、やっぱりフラウ義姉ぇは役者が違うね』

『順当な結果、ということですか。なんにせよ準決勝出場者が出揃いました!!』

 

『ベイリル兄ぃ、レド、ラン姉ぇ、フラウ義姉ぇ――誰が勝てるか予想つかないや。

 ハルミ(あね)ぇの治療があっても、一回戦の消耗も考えると……ほんっとどうなるんだろ?」

 

『たしかに……準決勝のオッズが楽しみですねえ。――なお試合開始は午後からとなります。

 観客のみなさんも一度休憩と昼食をとって、さらなる大盛狂に是非備えてください!!』

 

 

 

 



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#89 準決勝 I

 昼休憩を挟んで後に、賭けも締め切り――闘技祭は後半戦を迎える。

 

『二回戦からの解説はこの(かた)、"静謐(せいひつ)の狩人"クロアーネ!』

 

 クロアーネは黙したまま、オックスはさらに続ける。

 

『準決勝に二人も上がった調理科の同輩であり、ベイリル選手とも交流があります!』

 

 今なおリアクションを見せぬクロアーネに、オックスは恐る恐る声を掛けた。

 

『あの……解説を――』

『今は必要性を感じませんので』

 

『そっそうですね、まだ試合始まってませんしね!!』

 

 

「クロアーネを呼んだのは人選ミスだろオックス……職権濫用するから」

「あっははは、ひどいねあれ!」

 

 俺は解説席をチラリを横目にして、レドは同輩相手に笑う。

 

「ところでさ、出場選手で一番強いのってベイリル? ボクを除いてだけど」

「さてどうかな……優勝はするつもりだが」

 

 とりあえずなんか可哀想になってきた実況は無視し、レドと雑談に興じる。

 

 

「そいえば一回戦の怪我は? 負けの言い訳にしてもいいよ」

「一試合目だったしもう万全だよ、なにせ医療担当の腕が良い」

 

 ハルミアは通常の治癒魔術ではなく、外科手術を織り交ぜて(おこな)う。

 

 単なる回復のイメージをもって傷を癒やすのではなく……。

 実際に患部を見極め、治りやすい形に施術した上で、治癒魔術を掛ける。

 

 本人の努力と才能もあり、"商会"も色々と支援している。

 そのおかげか非常に高度な治療を、単独でこなしてしまうほどに至っていた。

 

 

「しかしまっ、グナーシャ先輩を歯牙にかけないとは……ここまで強いとは思ってなかったよ」

「ふっふっふ……やる時はやるんだよね~ボクは」

 

「――どんな魔術だ?」

「教えると思うかい?」

 

「新レシピを一つ」

「十個!」

「欲張り過ぎだ……二つ」

「おおまけにまけて五個!」

「じゃあ三つ」

「乗った!!」

 

 扱いやすいと思いつつも、俺はさらに一言付け加える。

 

「交渉成立だ、ただし俺が勝った後でな」

 

 全力で雌雄を決する試合において、先に知るのは公平(フェア)ではない。

 

「いいよ、キミが負けたあとにね」

 

 

「ふゥー……じゃっ()るか」

 

 俺は息吹と共に"風皮膜"を纏い、体内魔力を加速させていく。

 

「さァこい!」

 

 レドは頭より高く両手を広げ、迎え撃つような体勢をとった。

 一方で俺は腰元ほどに両手を広げ、手を握り開くを繰り返す。

 

『さ……さぁ、両者構えて試合開始だあ!!』

『……』

 

 

 

 左右それぞれでパチンッという指を鳴らす音が重なった。

 "素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)"が、レドまで真っ直ぐ最短距離を飛んでいく。

 

 しかしレドは回避する様子を見せることなく、両手でそれぞれ受け弾いてしまった。

 

「……はっ?」

「小手調べとは余裕だね」

 

『まずは挨拶変わりの"風刃"かあ!? しかしダメージはないィ!』

 

(いやいやいやいや――)

 

 俺は腑の落ちなさに、ありのまま起こったことを心中で否定しようとした。

 

 試合である以上は、真っ二つにするほどの鋭さを持たせていたわけではない。

 しかし手の平で止めたのに、血の一滴も流すことがないなど――

 

 俺の"風皮膜"のようなものでも、ジェーンやフラウの"それ"とも違う。

 ただ純粋に皮膚で止めていた……理解不能であった。

 

 

「次はこっちの番だ――ね!」

 

 意識を外したつもりはない……しかしいつの間にか、眼前へと迫っていた速度。

 

「しゃあっ」

 

 俺は弾丸のようなレドの左拳を、"風皮膜"の流れに巻き込んで滑らし流す。

 一旦間合いを空けようとするが、しかして瞬時に反応され回り込まれてしまっていた。

 

「"知らなかったのか、大魔王からは逃げられない"……だっけ?」

「まだ魔王ですらないだろう――がッ!!」

 

 俺は両の掌中に"無量空月"を作り出し、二刀流の風太刀でもって十字を斬った。

 先の "素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)"より鋭利にしても、やはり皮膚は斬り裂けなかった。

 

 

『攻勢そして攻勢! しかしレド選手には通じなぃいいい!!』

 

「どんな原理だか……」

「ベイリルが負けたら教えるってぇ」

 

 そんなレドの反応を見るに、何かしらのカラクリがあることは確かであった。

 大きく振りかぶるように、レドは左腕を縦方向に回転させる。

 

『レド選手の打ち下ろしの左(チョッピングレフト)ォ!! しかしベイリル選手後ろに跳んで避けるゥ!!』

 

 レドは豪快に地面にクレーターを作りつつ、浮かぶ岩礫を意に介さず突っ込んできた。

 こうなったらもはや、己にやれるだけのことをやってみることにする。

 

 

「"烈風呼法"!」

 

 俺は闘気込めるように左足を地面へと擦るように叩き付け、地を這う"圧縮風塊"を射出する。

 同時に沈み込ませた左半身から右足で弧を描き、風刃を纏って蹴り上げた。

 

「アトウィィィンド――カッタッ」

 

 大地を踏み抜いた左蹴りを続けてぶち込みながら、レドの体躯と共に空中へ追従する。

 

 

『ベイリルがぁ! 捕まえてェ!』

 

 オックスのうるさい実況が耳に入るが、構わず追撃を続ける。

 風皮膜を利用してその場で回転し、踵落としを見舞いレドを地面へ叩き落とす。

 

「ブゥゥゥストッふぅうせぇええキィィイック!」

 

 間断なく空中で圧縮固化空気の足場を蹴って、斜め下方向にキックを放った。

 

 

『さらに追い討ちィ!』

 

 足裏をまともにぶつけたものの、レドにダメージを与えている手応えがなかった。

 反応しきれていないようだが、それでも防御しようとは動いている。

 

 蹴りの衝撃でバウンドしたところに、先んじて放出していた地面を削り這う"圧縮風塊"が直撃する。

 一瞬拘束されたレドに向かって、俺はキック後の着地から体ごと突貫をかけた。 

 

「ライッディィイーーーン!!」

 

 短い距離でも風速全開にし、真っ直ぐ加速して結界の壁に運送(・・)するように叩き付ける。

 

 

『ベイリルがぁ! 結界(はじ)ィ!』

 

「そおぅらららラララララララ――ッ」

 

 衝突から息継ぎの間もなく、全開風速を腕に流して超高回転の拳を放つ。

 壁に挟まれつつの巨大な拳がごとき乱撃を、数瞬にして殴り込んだ。

 

 

『反撃許さず! まだ入るゥ!』

 

「ラァイジィングストォーゥムッ!」

 

 隙は全く与えない、怒涛のフルコース。

 両腕を交差する形で掲げ、足下までしゃがみながら円を描いて再交差する。

 発生した風の奔流は、攻防備えた渦巻くような波の柱となりてレドを打ち上げた。

 

『さらに浮かしぃーの!?』

 

「ひゅるっるるるる――」

 

 俺は吸息しつつ、前方に真空に近い空間を作り出す。

 大気の移動と共にレドは吸い寄せられ、俺は右手でレドの頭をがっちり掴む。

 

 

『ベイリルがぁ! っ――近付いてぇ!』

 

「お別れだ……」

 

 そのまま全身に纏った風流を、全て竜巻へと変えてレドへと巻き込んだ。

 

 さらに結界壁側とは逆の方向へと、半円軌道を描く投げへと繋げる。

 指向性竜巻によって運ばれたレドの肉体は、地べたへと思い切り打ち墜とす――

 

 

「真気――発勝」

 

 ――その一瞬に割り込んで、"無量空月"による太刀風居合を抜き放った。

 律儀に鞘に納める動作まで含めて、連係させた俺のコンボ技。

 

 "烈風呼法"、"刹那(アト)(ウィンド)刃脚(カッター)"、"ブースト風勢キック"、"ライディーンプレッシャー"。

 "颶風(ハリケーン)百烈拳(ラッシュ)"、"烈雷(ライジング)暴嵐(ストーム)"、"空投哭(そらとうこく)"、"発勝する真気也"。

 

 どの術技も、レドを殺す気で放ったわけではないものの……。

 それでも尋常者であれば、少なくとも八度以上は死んでいてもおかしくない連続攻勢。

 

 

『ベイリルがぁ! 決めっ――られないぃい!!』

 

「ぐあああああ!! っ効いたぁ~~~」

 

 陥没した地面から立ち上がったレドは、首を何度かコキコキと鳴らす。

 全身ボロボロになってはいるし、多少は出血も見られるが……それだけだ。

 

「なーベイリルって、ひょっとしてボクに恨みでもあんの?」

「お前が倒れないから、引くに引けなかったんだよ。つーか俺の心が折れそうだ」

 

 同世代相手に負けるとしても……精々がフラウ相手くらいだろう、という自負はあった。

 しかしそれは驕りであった。レドがここまでとは、全くの予想外としか言いようがない。

 

 

「ふっははっは、おそれおののけ。我が魔術、"存在の足し引き"――」

「ん? おいおい、まだ勝敗は決してないんだから秘密漏らすなよ」

「次期大魔王のありがた~い御高説に茶々を入れない!」

「あいはいマム」

 

 俺は大人しく聞く姿勢を取ると、レドは得意げに語り始める。

 

「まー答えから言っちゃうと、ボクの筋力を視力に変えたり、魔力を頑丈さに変えたりできる」

「いきなりざっくりだな。しかしそれってつまるところ――"能力の割り振り"……?」

 

「そーいうこと、"テーブルトークあーるぴーじー"をやってて閃いた」

「そういえばなんか、一時期クロアーネが愚痴こぼしてたっけな……」

 

 しばらく料理がそっちのけになってしまったこと。

 俺が持ち込んだ娯楽玩具の所為(せい)だなんだと――

 

 

「引いて足したのは当然元に戻せる。だから魔力はさほど使わないし、魔力だって何かに足せる」

「魔術の域を超えかけてんな」

 

 つまりは俺の連係技を耐えたのは、頑健さに全振りしていたということ。

 レドの動きが比して鈍く感じたのも――反射神経などをマイナスし、全てを耐久力(タフネス)にプラスしていたのだ。

 

「いずれ寿命を伸ばすし、なんなら運に振っても面白そう」

 

 ――因果律さえ捻じ曲げ、運命も味方につける。

 (きわ)まればその魔導――自己に対して、半全能に近い真価を発揮するかも知れない。

 自称魔王、侮り難く……恐るべし。

 

 

「キミら人族はいずれ魔族の王たるこのボクに、利することをしてしまったのだ」 

「俺個人としては、お前を敵だと思ったことはないがな」

 

 それはある意味では喜ばしいことである。

 フリーマギエンスに直接関わらなくとも、生み出されたモノに様々な影響を受ける。

 そうやってより多くの国家・文化圏に、浸透させていくことも"文明回華"の意義。

 

「さて、まっ……そんなわけで。振っていた再生力を戻したから、戦闘再開といこうか?」

「自己治癒にも振れる――当然か。俺はまんまと話を聞いて、お前に回復されちまったと」

「ボクのカリスマと弁舌には抗えまい?」

「ふゥー……まぁそういうことでいいよ」

 

 

 俺は"風皮膜"を改めて纏いながら、左足を踏みしめ半身に構えを重心を後ろに取った。

 レドのカラクリはわかった。ならば試してみる価値のある技が一つ。

 

「まだ抗うかあ!!」

空華(くうげ)夢想流・合戦礼法、奥伝――」

 

 左手でパンッと叩いた直後に、広がるように負荷が右腕に掛かっていく。

 増幅される"音圧振波動"を溜めながら、レドまでの距離をノーモーションで詰める。

 

 "閃空(レーン)"――構えたまま不動の姿勢を保ち一瞬にして接近する。

 これに反応できる人間など、学園では片手で数えられる程度に違いない。

 レドはその一人であろう。恐らくは今この瞬間も、感覚へと素養(パラメータ)を振って反応していた。

 

 レドは軸ごとズラすように(たい)を右へ傾け、俺の右拳は虚しく空を切る。

 紙一重で躱したレドは、交差ざまに白い歯を覗かせつつ宣告する。

 

 

()()()()()()だねえ!」

 

「その台詞はやめときな、大抵は"これで終わり"じゃない」

 

 カウンターの形で差し込まれたレドの左膝が、俺の腹を打つ――

 

「ッがぁ――っ!?」

「っぐ……ッ!!」

 

 俺の呻き声とほぼ同時だった。レドの肉体が一瞬だけ()れて声をあげる。

 倒れるのだけは拒んだレドは、そのまま両足の膝をついてしまう。

 同様に俺もパワーに極振りしたレドの膝によって、無様に両手ついてうずくまる。

 

 

『両者ダウン!! これは……どっちでしょう!?』

『さぁ……?』

 

 クロアーネの解説にならない声を聞きつつ、俺は肉体のダメージを確認する。

 狙いに合わせ"風皮膜"を絞り、"圏嵐層甲(けんらんそうこう)も重ねていてなおこの威力。

 圧縮個体化した空気装甲も、衝撃に反応する局所爆嵐をもぶち抜いてきた。

 

 カウンターの形で入ったとはいえ、まともに喰らっていたなら……。

 

(内臓破裂で死んでるっつの――)

 

 

 しかし代償として得たものは小さくなかった。

 奥伝、"音空波"――その実体は内部を震わせ砕く、振幅し浸透する音の波そのものである。

 つまり直でぶち当てるよりは減衰するものの、()()()()()()()術技。

 

 耐久に振っていれば、ダメージなど大してなかっただろう。

 しかしレドは感覚回避から筋力攻撃へと割り振り、肉体への防備を疎かにしていた。

 彼女の性格も相まってか、割り振りの見極めと実際の調整が大味で甘い。だからこそ(とお)せた。

 

 

「うぐっく……」

「ふっはァ……」

 

 回復もままならないまま、お互いに意地だけで強引に立ち上がる。

 

「前言撤回……今度こそ終わりにしてやる」

「そうだな、降参だ」

 

「――……はぁあ!?」

 

 レドは間の抜けた顔を声を張り上げ、俺は淡々と語る。

 

「先んじて情報を得た上での奇襲紛いだ。なんというか本意じゃない」

「そんならボクだって話術で再生したんだからおあいこじゃん?」

話術(・・)だとは言い張るんだな……」

「それに今のベイリルの技よくわかんないし、勝ち譲られたみたいで納得できないんだけどぉ?」

「気にするな、これ以上俺に打つ手はない。一試合目の消耗も思ったよりきついし、もう魔力も限界だ」

「ぬふぅ……」

 

 レドは気が抜けたようでそれ以上の追及はなく、俺は降参の合図を出した。

 そうして実況と歓声をバックに、退場しながら――心に思う。

 

 

(無節操に覚えた術技の数々、改めて"殺し技"が多すぎる……)

 

 そう、試合(・・)において打つべき手はもうなかった。

 残るは力加減がしにくい術技ばかりで、"死合"で使うようなものである。

 それでも強者であるレドを相手だからこそ、使ったものもあったくらいだ。

 

 使いたいやつをやりたいように修練した結果、我ながら無軌道となってしまった。

 

 結果としては敗退してしまったが、さしたる後悔はない。

 

 むしろ次の3位決定戦こそ、新たに楽しむべきがあるというものだった――

 




例の実況部分は2Dで展開するイメージ


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#90 準決勝 II

 試合上で向かい合う2人――お互い顔見知りだが、その実力は(よう)として知れない。

 しかし片鱗を双方共に一回戦で見ている以上は、侮りも油断も晒すことはない。

 

『準決勝はファンラン選手とフラウ選手!! どちらもまだ底が見えない対決!!』

 

 ファンランは"水の舞"を、フラウは"詠唱(アリア)"をそれぞれに終えている。

 いつでも戦闘を開始できる状態だが、しばし視線を交わし合う。

 

『しかしオッズは、一番人気のジェーン選手を倒したフラウ選手に分があります!』

 

 

 どちらもまだ意気立ててない状況で、フラウがふと気になった疑問を投げ掛ける。

 

「ランさんってぇ――もしかして竜に(ゆかり)とかない?」

「……急にどうしたんだい」

 

「ベイリルと調理科に行くたびに、少ぉし気になってたんだよねー。

 帝国の亜人特区にいた人と、なんというか雰囲気みたいなのが似ててさぁ」

 

 人型においては――ハイエルフやヴァンパイアと並ぶ、最強種に数えられる"竜人"。

 獣人種は爬人族に類していて、その数はエルフやヴァンパイアよりもさらに少ない。

 

 魔力の知覚・操作は二種族に劣るものの、それを補って余りある最高の身体能力を持ち得る。

 古代において世界を支配し、今でも信仰の対象とされる(ドラゴン)の血を引くとも言われる種族。

 

 

「その浮かべてる水塊を見ても……。魔術・魔力感覚は鋭い性質(タチ)なもんで」

 

 フラウは「今は特に(・・・・)ね――」と付け加えて、ファンランからの反応を待った。

 

「んんっ、参ったねぇこりゃ……。まっ、もとより全力のつもりだったからいいか」

 

 そう言うとファンランは偃月刀(えんげつとう)をフォンッと一回転させ、地面を石突部で叩く。

 すると浮遊する水は集まって、たちまち長く巨大な"龍"へとその姿を変えていた。

 

 それは偃月刀に彫られている青龍の意匠が、そのまま飛び出してきたかのようであった。

 

 

「我が身は龍血。我が心は人。我が気は"水龍"」

「わお! これはあーしも開幕全力じゃないとやばそ」

 

 苛烈でありながら澄んだような闘気が、試合場を包み込む。

 

「――動植物の大いなる恵みにして、押し流し破壊する災厄の化身」

 

『うぉぉぉっぁぁあああ!! ド派手だぁぁァアあああ!!』

 

 実況と観客は驚愕の声をあげながら、フラウも闘気と魔力を加速させた。

 

「すっかり、ランさんの噛ませ獅子(ネコ)になっちゃったキャシーの無念――」

「ははっ友達思いだねえ……」

 

「とは全く関係なしに、あなたを打ち倒そう」

「楽しみだねえ、本当に楽しみだ」

 

 

 闘争は静かに、されど見た目は豪快に始まった。

 巨大な水の龍はファンランの動きに呼応するように、縦横無尽の軌道でフラウへ迫る。

 

 フラウは水の顎門(あぎと)眼前に置いて、左手を思い切り横に振った。

 するとまるで支配し誘導されるかのように、水の流れはその向きを一瞬だけ変えてしまう。

 

 瀑布(ばくふ)のような水龍は結界へぶち当たると、凄まじい轟音と飛沫を撒き散らした。

 結界越しであっても、試合場が揺らぐほどに感じられるほど……。

 否、大気を通じて天上吹き抜けから感じられる程度には震わせているようであった。

 

 さらに一度飛散した水は、すぐに青龍の姿へと変えて再び襲い掛かる。

 

 

 ――前奏曲(プレリュード)。フラウの振り下ろす腕に合わせ、圧潰重力が襲いかかる。

 ジェーンの氷武具を根こそぎ砕いたその一撃に、水龍もたちまち形を失いかける。

 

 されども水は――砕けない(・・・・)。氷であれば押し潰して、細かくしてしまえばいい。

 それゆえにジェーンとの相性は、すこぶる良いものと言えた。

 

 しかしてファンランの水龍は、圧力をいくら掛けても効果は薄かった。

 魔術による水分子同士は決して離れることなく、重力のくびきの中でも大いにもがく。

 

 水龍の出力もさることながら、その操作性においても非常に優れた使い手。

 それがファンランの真なる実力であった。

 

 

「――っにしても、調理科って化物揃い?」

「レドがあそこまで強いとは、わたしも知らなかったさね」

 

 倍増重力下の中にあって、歩くたびに地面を砕きながらも……。

 さして変わらぬような足取りで、間合を詰めてくるファンラン。

 

 まるで重圧すらも、清き水の流れが如く受け流してるようにすら感じられた。

 

「そっかぁ、そいじゃこっちも魔力加速(アクセル)もっと上げないと――か」

 

 水流を伴った偃月刀の横一文字――膂力・技術・速度とが融合した、無比の斬撃。

 

 フラウは魔力加速を伴って、種族由来の身体能力を活かし切る。

 ファンランの重さを感じさせぬ一閃に追従する水龍は、さらに二撃・三撃と繰り返された。

 

 死線で培ってきた体捌きと、全身を包み込む斥力場で確実に弾きつつ相対距離は縮まっていく。

 

 

 確実に処理し続けたフラウが、反撃の一撃へと転じようとした矢先であった。

 

「わたしの動き全てが、魔術の布石(・・)だよ」

 

 そう耳に聞こえ終わった瞬間、視界が大質量の水(・・・・・)によって覆われてしまっていた。

 魔術防壁によって立方体に囲まれた領域に、大量生成された水が並々と注がれていたのだった。

 

『ぉおおオオオ!! 水のない場所で、これほどの水属魔術を!?』

 

 お互いに水中に在って、実況オックスの声はもはや聞こえない。

 黙して、しかし試合場から瞳は離さない解説クロアーネも見えない。

 

(布石か、そういえばレドっちがボードゲームを色々とやっていた横で……)

 

 ランさんはベイリルと囲碁や将棋に興じてたなぁ、などと思いつつ――

 フラウは魔力の消耗を直に感じ取りながら、さらに集中を高めていく。

 

 

 それにしても――"水の舞"とはよく言ったものであった。

 魔術の発動にはイメージを強化する為に、詠唱だけでなく動きで補強する者もいる。

 

 ベイリルの指パッチンもそうであるし、単純に腕を振る動作一つとっても同様。

 ジェーンが氷によって生成する武器のリアルタイムコントロールも、同じ(たぐい)のものである。

 

 ただファンランの場合は、発動それ自体を舞う動作の中に組み込むことで、強力な魔術を使っている。

 攻撃・防御・回避などと同時に、魔術を発動させるに至る一つの完成型であった。

 

 

(もう使っちゃうっかぁ――)

 

 斥力場は全身に纏っているし、たとえ水中であろうとも重力操作で動きも確保はできる。

 しかし間髪入れず襲い掛かってきた、保護色で見えなくなった水龍の圧力。

 

 ベイリルの"風皮膜"と違って、"斥力層装"の内側の空気は、新たに供給されることはない。

 決勝のことを考えれば、これ以上の魔力消費は好ましくなかった。

 

「すっ飛ばして――最終楽章(フィナーレ)

 

 フラウは体の前へと両手を持っていくと、その空間へ重力場を一挙に集めた。

 

 すると見えない水龍と共に大質量の水は数瞬の内になくなり、空中に投げ出された2人は着地する。

 

『なんだあ!? 何が起こっている!? 解説のクロアーネさん!?』

『さぁ……?』

 

 

「おっとと、わけわっかんないけど流石だねえ」

 

 これにはファンランも動揺を隠しきれぬ様子で、同時に彼女も消耗が見て取れた。

 あれだけの大規模な水属魔術を使い続けられるだけでも、驚嘆すべきことである。

 

「でっしょぉ~?」

 

 そう笑いながらフラウは掌中の空間にあったモノを、両手で閉じて握り潰した。

 最終楽章(フィナーレ)――"有量円星"。それは擬似的なブラックホールを創り出す。

 

 あらゆる物質を無に帰せしめ、蒸発し消え去ってしまう。

 それまで発生させていた重力魔術の全てを注ぎ込む、自身の極致魔術の1つ。

 

 

「妙な圧力がなくなって体が軽くなったのは……さっきの魔術の副作用ってとこかねえ」 

「ヒューッ! こわいなぁ、その洞察力」

 

 ファンランは偃月刀を手元で回転させながら、新たに武器へと水でコーティングした。

 

「正直なところ、もう一回使えるだけの魔力は残ってない。そろそろ決着としようか」

 

 偃月刀大の水龍をその手に持ち、重心を低く構えるファンラン――

 先刻までど比すれば……とても、か(ぼそ)くも見えるそれ。

 

 しかして研ぎ澄まされた術技と圧力は、それまでの水龍に劣るものには感じられなかった。

 

 

わたし(・・・)も"奥義"をもってお相手しよう」

 

 フラウは両足をやや肩幅より開き、左手を上に、右手を下に、真正面に相手を捉える。

 

「"天地人威の構え"――これは、ベイリルにだって打ち砕けない」

 

 天に浮かぶ星々、踏み立つ大地、人と取り巻く環境――

 遍く宇宙に作用する(ちから)を威とし発露させる。

 

 

 先に動くはフラウであった。

 その構えはカウンターではなく、先手必勝のそれ。

 

 地の右を横に振ると同時に、天の左を振り下ろす。

 

 右手に呼応するように全方位から"重力衝壁(グラビディウォール)"が展開され、急速に包囲を狭めていく。

 左手から放出された"引力収翼(アトラクターウィング)"が、誘導されるようにファンランへと向かう。

 

 その衝壁は触れれば圧壊させる、逃げ場なき重力の(おり)

 その翼はあらゆる魔術や攻撃を呑み込み、相手を引き込み拘束する引力の砲弾。

 

 

 ファンランは(ちから)の限り大地を蹴り、水龍を伴った刺突をフラウへと刺し向けた。

 

 "重力衝壁"によって突進以外の機動力は奪われ、引力収翼によって水龍は喰われてしまう。

 それでも真っ直ぐ押し通された偃月刀は、彼女の矜持そのものであった。 

 

 穿たんとする偃月刀の切っ先へ、フラウは右手を振り抜き、指先を衝突させる。 

 万物を裂き貫く"斥力手刀(リパルシヴエンド)"によって、偃月刀は刃先から柄の半分ほどまで砕け散った。

 そのまま首元で寸止めされた右手刀をもって、勝敗は決したのだった。

 

「参った、わたしの負けさね」

 

 砕けた武器を捨て、両手を挙げたファンランを見て、実況のオックスが叫ぶ。

 

『フラウ選手の勝ォォォオオ利!! いやぁ凄かったですね! こればっか言ってる気がします』

『まぁ……そうですね、それでは私は仕事がありますので失礼します』

『えっ、あ――』

 

 役目を終えたとばかりに、そう告げたクロアーネは、解説席から瞬く間に姿を消す。

 ファンランは遠目に後輩の様子を見ながら、気を抜いて笑う。 

 

 

「そいえば、武器……大事なものだった?」

「んっ? あぁ一応値打ち物だけど、気にしなくていいよ。試合に出す時点で刃引きしてあるしね」

 

「そっか――優勝祝いの豪華晩餐、楽しみにしてるね」

「勝つ気満々だねえ。まっわたしとしてはどっちも応援しとこうかね」

 

 フラウとファンランは握手を交わし、それぞれ試合場へ背を向けるように爽やかに歩き出した。

 

 

 

 



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#91 三決戦

 長めの休憩を挟んだ後に、賭けの最終受付も終わる。

 観客席は変わらず満員御礼で、時間が空いてなおテンションはさらに高揚する。

 

『それでは三位決定戦です!! 新しい解説は"大賢(おおさか)しき"ゼノ!』

『あーーーどうも、不慣れかも知れんがよろしく』

 

 リーティアに引っ張り出されたゼノが、テンション低めに口を開く。

 

『どうでしょうゼノさん、準決勝まで見てきての率直な感想は?』

『そうだな……例えおれが千年生きられたとしても真似できんな』

『確かに、本当に学園生かって言いたくなります』

『まったくだ。あいつらおかしいんだよ、ほんっと』

 

 ゼノの言葉は心の底から真に迫っているようだった。

 

『さぁベイリル選手対ファンラン選手! 表彰台に上がるのはどっちだ!?』

 

 

 解説と実況を耳の端に、()は相対する人物へ俺は尋ねる。

 

「極東の"龍人"――なんですって? ファンラン先輩」

「フラウから聞いたんだね」

「見た目では……全然わからないもんですね」

 

「大陸の"竜人"と違って、表には出ないからねぇ。彼女もよくよく見抜いたもんだ」

「まぁフラウには一応口止めしときました」

「そうしてくれるとありがたい、他人様(ひとさま)に触れ回ることじゃないからね」

 

 過去にあまり良くない思い出でもあるのか、ファンランは自嘲するように肩を竦めた。

 

 

「ついでに言うと、"龍"ってのは竜種(ドラゴン)とは違って、極東のほうで違う進化を遂げたやつらしい」

「遠い祖先の血が発現したと?」

 

 それもまたシールフの神族大隔世のような、一種の隔世遺伝だろうか。

 

「いや、女系に生まれれば必ずさ。先代から代替わりしていく感じでね」

「なかなか興味深い話ですね」

 

 希少性というのはそれだけで、付加価値がついて回る。

 例えば今は亡き"女王屍"みたいなのに目をつけられれば、それこそ実験台にされかねない。

 

「こっちとしちゃありがたいけどね。寿命が長めだから思う存分、美食を探求できる」

「その気持ち……わかります」

 

 彼女はフリーマギエンス所属ではないが、より良い関係を築き恩恵を双方享受している。

 いずれ未来の調理具を使ってもらう日も来るだろう、と。

 

 

「それと話は変わりますが……うちのフラウが武器壊して申し訳ない」

「なぁに試合でのことさね。キミらんとこに改めて武器製作でも依頼するよ」

「どうぞご贔屓(ひいき)に……。それはそれとして提案なんですが、お互いに()()()()()()じゃないかと」

「はっは、考えることは一緒ってことだね」

 

 それぞれがキャシーとの勝負を、レドとの勝負を見ていて……。

 薄々ながらも"確信に近いそれ"を(いだ)いていた今――こうして通じ合えた。

 

 

 ファンランは右足を前に、腕を曲げ右手を開いて顔の前方へ。

 左手を少し低めの位置に同じように置く。

 

 俺は肩幅に開いた右足を後ろに置き、(たい)を左半身に。

 両の腕は半ばほど脱力した構えを取る。

 

『これは……アレですかね? ゼノさん』

『アレだろうな。(うと)いおれでも……なんとなくわかる』

『――"素手喧嘩(ステゴロ)"』

 

 実況と解説の言葉が重なった。魔力を注ぐは己が五体にのみの、純粋な体術勝負。

 素手喧嘩(ステゴロ)こそ、己の全存在を懸けた原初にして至高の闘争。

 

 

空華(くうげ)夢想流・合戦礼法、憧敬拳(しょうけいけん)ベイリル――(おして)参《まいる》」

 

「東派永極拳(えいきょくけん)ファンラン――見参」

 

 彼女が武術を修めているのは明白で、徒手空拳でこれ以上の相応しきはない。

 フラウが俺と当たる以外で負けることは、全く想定していなかった。

 一回戦の闘争を見てより、ファンラン先輩が3位決定戦にくると踏んでいた。

 

 五体も魔力も十全な状態であったならばいざ知らず。

 今の消耗状態で決勝に上がっても、フラウに勝てないことはわかっていた。

 

 だからレドを相手に食い下がることもなく、後悔なくあっさりと降参できた。

 

 

『構えたと思ったら動かない! 両者動かないぞおおお!! ゼノさん!』

『おれにわかるわけねえ……けど、お互いの先読みの中で闘ってんのかもな』

 

 ゼノの言はピタリ的中ではないものの……そういった側面もなきにしもあらず。

 双方が集中し、観察し、牽制し、いかにして自分の間合いへ取り込むかを組み立てる。

 

 娯楽で見て、憧れ、敬い、使いたいと思ったモノを模倣しているゆえに散逸的。

 実体のない空華――夢想し、修練を積んだ種々雑多な動き。

 俺の使う術技には統一性がない、言うなれば無形ともとれる構え。

 

 

 曰く、敵を打ち倒すを可能にするは全て距離にかかっている。

 実際にその距離を体験したという経験。

 すべての距離を自分のモノにできれば――生殺与奪は思いのままとなる。

 

 曰く、一歩目で崩し、二歩目で討ち、三歩目で残心(そなえる)

 即ち"三歩破軍(ひっさつ)"。

 

 曰く、柔()く剛を制す。剛()く柔を断つ。否、剛柔一体こそが理想の形。

 

 曰く、同時に四方の敵を倒せれば、全世界の人間と喧嘩したって倒されない。

 

 武における多様な理合をも柔軟に取り入れ、咀嚼(そしゃく)し昇華する。

 それが俺だけの我流武術。異世界における俺のやりたい最適解。

 

 

「最後にこんな闘いができることに感謝します、ファンラン先輩」

「わたしもさ、あの子に負けたのも結果的に悪くなかった」

 

 魔術を使わない、当然"風皮膜"も使わない。

 "風皮膜"は言うなれば攻防両輪に長じた、バランス重視の基本型。

 ヘリオを相手にした時の"決戦流法(モード)・烈"は、完全な攻撃特化の戦型。

 

 そして……()()()()()()ことで、初めて使える技術も存在する。

 

 ハーフエルフの感覚器官を、魔力によって極限まで鋭敏化する。

 肌を空気へ(さら)し、ありとあらゆる感覚を余すこと無く使用し得られる境地。

 

 

 お互いが――"制空圏"とも言うべき領域を感じ取り把握する。

 

(シィ)ッ――」

 

 俺はノーモーションから、残影を重ねるように一歩で間合いを詰める。

 そして基本戦術である、膝の狙撃(スナイプ)を目的とした蹴りを放った。

 しかし相手の領域に入った俺の左足は当然のように外され、最短距離で右拳が飛んでくる。

 

 

("空視"――)

 

 俺は空気(エア)()た。

 自身と、相手と、空間全てのそれを、五感を通じて感じ読み取る。

 極まれば、"因果を受け入れ、呑み込む"。あらゆる流れを掌握し、支配下に置く高々度技法。

 

 ファンランの一撃を左手で(まわ)し受ける。

 そのまま流れるように、右掌底をやや掬い上げ気味に顎へと打ち放った。

 しかしあまりにも自然と差し挟まれたファンランの左手によって、あっさりと弾かれる。

 

 

 そこからは緊湊(きんそう)に至る、さながら功夫(カンフー)映画のような打撃の超応酬。

 相手の陣地を踏み出す足で上書きしながら、支配領域を染めるように両の手を交換し続ける。

 

 打ち、(かわ)し、切り、流し、投げ、受け、突き、止め、()め、外し、払い、弾く。

 

 (ねじ)り、戻し、固め、(たわ)み、握り、(きし)み、緩め、振り、転じ、曲げ、回し、引き、伸ばし、滑らせ、掛ける。

 

 速く、鋭く、重い――打突に払打に、掴みや足技も織り交ざるやり取り。

 崩せない……崩れない。読んでいるのに、読み切れない。

 

 

 決定打に繋げる為の一撃一撃が、両者共にことごとく(くう)を切る。

 

 脳と反射を焼き切るような削り合いが、楽しく……愛おしい。

 ヘリオと()ったそれとはまた方向性(ベクトル)の違う、高密度で高次元の攻防。

 

『速いぃィィィイイイ!! まるで演舞のような超闘争ッ!!』

『派手な魔術だけが戦いじゃないってことか――』

 

 

 あの型(・・・)を夢想し修練をしていなかったら……。

 たちまち押し切られていたに違いなかった。

 

 事ここに至ってしまえば、術技を出す隙すらない。

 ひとたび崩されれば、そこから波状して必倒となりかねない。

 

 ファンランの拳技は、精緻・精密な手技だけではない。

 頑丈(タフ)なキャシーを、カウンターとはいえ一撃で屠った"剛の技"も持ち併せている。

 

 

 ――徐々にだが、押し切られていく。

 やはり純粋な技においては、ファンランのほうが研ぎ澄まされていることに疑いなし。

 そもそも俺はセイマールから最低限の基本を習った程度で、残りは見様見真似の我流である。

 

 意識感覚が宙に浮かぶような感覚と共に、俺は敢えて一歩引くように空間を作る。

 すると途端にファンランの左足が、地面を響いてくるほどに揺らした。

 

 強靭な足腰の土台から、重心を据えて。中上段に置かれた左拳が撃ち出されていた。

 

 

 ファンランの崩拳(ぽんけん)のような一撃。

 それを空気の流れからリアルタイムで感じ取る。

 

 意識感覚を肉体へと直結させて、"完璧な俺"を想像する――最適にして最高の自分を。

 その虚影(ヴィジョン)へ追い求め、追いつく。映る姿に自身を重ね、己の(からだ)を先に置いておく。

 

 半ば賭けな部分もあることは確か――しかしそれでも、()()()()()かのように肉体は瞬動する。

 イメージとして視覚化された拳打の軌道を捉えつつ、俺は身を躱しながら跳んでいた。

 

 ファンランの伸ばされる左腕に飛びつき、右足を首の裏まで掛ける。

 それはさながら噛み砕く虎の顎門(アギト)になぞらえるように――

 

 残った左膝が勢いよく閉じると同時に、衝撃を彼女の脳にまで届ける

 さらにそのまま地面へと(ひね)り倒し、腕を掴んだまま肩を()めた。

 

「――完了」

 

 

『決ィまっったああああのか!?』

『その道の達人じゃねえと、判断も解説もできねえよこんな試合――』

 

「うっく……手心、加えられるとはねえ」

 

 極め伏せられた体勢のままに、ファンランは悔しさの混じった声を出す。

 (あご)を砕けたであろう膝蹴りは……脳震盪に留まった。

 さらには極められた腕や肩にも、脱臼や骨折はない。

 

「治癒魔術があるとはいえ、口内や手腕(てうで)に万が一にも後遺症が残ったら……多大な損失です」

「にしてはレドには容赦なかったような?」

 

「まぁあいつは恩に着る奴じゃないんで」

 

 俺は掴み抑えていたのを解いて立ち上がり、ファンランも続いて汚れた服をはたく。

 

「はっはは、言えてるね。仕方ない、好きなもん作ってあげるかね」

 

 

 お互いの健闘を称えるように、両の拳を突き合わせる。

 

「それじゃ仲良く観戦しましょうか、俺たちをくだしたお互いの相棒の闘いを」

「わたしらはみんな調理分野(ジャンル)違うから、レドは別に相棒ってガラじゃないけどねえ」

 

 お互いに晴れ晴れとした表情で闘争を終える。

 

 そうして長い一日の――最後の闘いの火蓋が、いざ切られようとしていた。

 

 

 

 



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#92 決勝戦

『強さとは、生きる(すべ)である』

『そっすね』

 

『強さとは、()を通す(ちから)である』

『うんうん』

 

『強さとは、己を高める不屈たる意志の結晶である』

『なるほど』

 

『今ここに立つは……たかが学園、されど学園最強の二人』

『もうすぐ唯一(・・)の頂点になるんすねー』

 

『激戦に次ぐ熱戦続きな闘技祭は最終戦。レド選手とフラウ選手が入場します!!』

『どっちも消耗感じさせない』

 

『ゼノさんは、"おれには荷が重い"と決勝の解説を辞退しましたが……代わりに来てくれたのはこの人。

 彼女の造るモノは、もはや学園でも入手困難。職人芸はどこまでいく!? "施巧者(しこうしゃ)"ティータ!!』

 

『自分としてもあまり語れないと思うんすけど、どーぞよろしくっす』

 

 

 それぞれ東と西より、闘技場の中央へと相対する二人。

 出場者達の中で比較すれば、どちらも華奢と言える少女。

 魔術戦闘において、体格差は絶対のものではないという証左でもあろう。

 

「やっほ~レドっち」

「おーっす、フラウ」

 

 ベイリルと共に調理科によく顔を出すフラウ。

 先輩であるファンランと違って、年の近いレドは気心知れる友人同士。

 多くのボードゲームなども一緒にやった仲である。

 

「まさかレドっちと決勝で相見(あいまみ)えるとは思わんかったよ」

「ボクの強さに驚いたか」

「まっねぇ~」

 

 

 へらへらと闘争の空気もなく、マイペースな会話が展開される。

 ともするとレドはパンッと手を叩き、ニヤリと笑って目を細めた。

 

「そうそう、ボクが勝ったらフラウは次期魔王軍の"軍将"にでもなってもらおうかな」

「えー……めんど」

「これまでの戦いっぷりを見て思ったんだ。確かに決勝進出も納得の強さだった。

 ハーフヴァンパイアなら半分とはいえ、魔族に類するから体面も十分。うん、そうしよう」

 

「"ダンピール"ね」

「んあ?」

「ハーフヴァンパイアじゃなくて、ダンピール」

「なにそれ」

「ベイリルが言う、ハーフヴァンパイアの別名。だから名乗る時はそうしてる」

「ふーん、なんでもいいけど。ボクの配下として――」

 

 

 レドの言葉を遮るように、フラウは忌憚(きたん)ない事実を口にした。

 

「でもさ、レドっちじゃあーしには勝てんよ?」

「言ってくれるなあ?」

 

 レドは筋肉と関節を鳴らすように、手をギチリと開いてから拳を握る。

 

「だってさぁ……」

 

 そう言うとフラウは手を上方へと振り上げる――

 

『おっとぉ、レド選手が宙へ浮いたあ!!』

『あれは……フラウちゃんの術中っすね』

 

「おっ? えっ?」

 

 

 ――諧謔曲(スケルツォ)。相手へ直接的に重力を作用させる魔術。

 さらに任意の方向に重力を発生させることで、縦横無尽に翻弄する。

 

「これまでの戦いっぷりを見て思った。たーしかに、次期魔王を自称するだけあって強いよ?

 けどレドっちは空中移動も、遠隔攻撃もないっしょ? だから浮かされたら抗いようがない」

 

「……あっ――」

 

 レドは言われてからはたと気付き、何かを察したかのような声を漏らす。

 

 ヘリオであれば爆炎噴射、ベイリルは疑似飛行や圧縮固化空気足場。

 ファンランは水場利用、ジェーンは氷結足場を作り、それぞれ空中で機動力を確保できる。

 

 しかし現状素養(パラメータ)を割り振るだけのレドには、それがないと見抜いていた。

 

 

「で、でもボクの"全振り耐久力"を抜けなければあれだ! 千日手だっけ? ってやつ!」

「それがあるんだよねー」

 

 フラウは指を曲げた左手の平を、宙に浮かぶレドへと向けた。

 そしてゆっくりと内側へ(ひね)りながら、重力場を操作する。

 

「うっげぁ……」

 

 レドの呻き声と共に、その右肩口が回転するように(ねじ)れていく。

 

 ――終序曲(カデンツァ)。指定領域の空間を歪曲させる魔術。

 あとはそのまま掌握することで、完全に削り取ってしまう絶対攻撃。

 

 空間座標をゆっくりと捻じ曲げる為に、通常の攻防では使いにくく範囲も狭い魔術。

 しかし相手が動けず、為す(すべ)のない場合であれば……その限りではなかった。

 

 

「あーしとは相性が悪すぎるよ、ま~じで」

「うぐぐ……手も足も出ない。バーカ! バーカ!」

 

「口を出されても痛くないよ~」

 

 フラウはそう返しながらも、あっさりと重力干渉を解いてしまう。

 

 地に着地したレドは怪訝な眼で、フラウを睨むように見つめた。

 

 

「どういうつもり? ボクは降参など死んでもするつもりないんだけど」

「勝とうと思えば勝てる。でもこんなんで勝っても、"決勝戦"には相応しくないし」

「あーーーっ! さーてーはー、三決に影響されたな!!」

「そうかも。観客を興醒めさせるわけにはいかないもんね~」

 

 レドは頭より高く両手を大きく広げて、明確な戦闘態勢を取る。

 フラウは重心を下にするように腰を落とし、全身を脱力させる。

 

「まっなんにせよ本気だったら、既にレドっちの負けだから勧誘は諦めてね」

「てかさ、なんかずっこくない? ボクはフラウの魔術がよくわかんないんだけど!!」

「理解させるのもめっちゃ時間掛かりそうだし、対処できないんじゃどのみち意味ないってばさ」

「むぅ……でもいずれキミのほうから、次期魔王軍に入れてくれって言わせてやろう」

 

「レドっちのそういうトコ、好きだよ」

 

 

 獰猛な笑顔を交わし合い、地を蹴ろうとするレドの出鼻をフラウが(くじ)く。

 

 スッとかざしたフラウの左手に――レドの体が吸い寄せられていた。

 そのままフラウの左拳を顔面にもらって、さらには反発するようにぶっ飛ばされる。

 

「ぬあーーーぁあ!!」

 

 凄まじい勢いで結界壁際に叩き付けられ、思わずレドは叫んでいた。

 瞬間的に耐久力に全振りしている為に、ダメージはないものの衝撃は残る。

 

 

「ッあれェ――!?」

 

 レドはすぐに見やるも既にフラウは視界内におらず、ゾクリと悪寒のようなものが首筋に走る。

 導かれるように空を見上げれば――軽やかに浮かんでいる影……それが()()()()()した。

 

 落下と共にフラウの右手刀が、レドの肩口から(えぐ)るように振り下ろされる。

 自重を瞬間的に倍増させ叩き込む、(けが)れを(はら)い落とし、清めるかのような一撃。

 

 恐るべき速度と重さ、大地は砕け散り土礫が舞い上がる。

 

「レドっちとは違うけど、あーしもちょっとだけ似たようなことはできる」

 

 ――"重闘術"。重力魔術を全て自分に集約させる、白兵専用の戦型(スタイル)

 引力・斥力・重力を同時に使い分けるそれは、フラウだけの我流闘法。

 

 瞬間的な判断と調節・切替により、攻撃と防御に転じ利用するサマ。

 それはレドの"存在の足し引き"に近い部分があった。

 

 

『フラウ選手の左ストレートからの、右墜ち下ろし! まともに喰ったかあ!!』 

『いや……それでも、まだ(・・)っすね』

 

「クックク、カーハッハハハハッハハハァ!!」

 

 レドは自らの肉体と衝撃でクレーターを作りながらも、フラウの左足首をドサクサで掴んでいた。

 

「うあっ――」

 

 レドはボロ布を振り回すが如く、フラウの体を結界壁に叩き付ける。

 さらに地面へと叩き付けたところで、握っていた部分が斥力によって弾かれた。

 

「っぶな……いまひとつ出力足りなかったら、握り潰されるとこだったなぁ」

 

 ふよふよと浮かびながらフラウは距離を空けて着地し、左つま先でトントンと地面を叩く。

 一方でレドはズチャズチャと足音を立てて、クレーターから地上へと上がってきていた。

 

「はぁーーーあっははははは!! もうなりふり構っちゃらんないなあ!!」

「なんか(こっわ)……驕りと過信や慢心、それに油断と余裕は強者の特権だよ?」

 

 

「どうせ最後だ、派手にやる。ボクに付き合わせやるからな!!」

「しょうがないにゃあ……いいよ」

 

 既に間合いは詰まっている。言葉と同時にお互いの拳が飛び、眼前で交差した。

 

 しかしフラウの拳は外れ、レドの拳だけが左頬に突き刺さる。

 斥力場の膜をぶち抜きながら、なお勢いと威力を残すストレート。

 

 フラウは殴られながら、足場が不安定にされていたことに気付く。

 レドは踏み込みと同時に、()()()()()()()()打ち込んでいたのだった。

 

 狂い開き直ったと見せ掛けてその(じつ)、ちゃっかりと冷静(クレバー)に接近戦を展開していた。

 

 

 重力を操作し踏ん張りながら、今度はフラウがレドの水月(みぞおち)へと殴り込む。

 瞬時に耐久力へ振っていても、なお深く突き刺さる一撃。

 呼吸に喘ぐのを(こら)えながら、レドは左腕を大きく振りかぶっていた。

 

『決勝も壮絶な殴り合い!!』

『みんな素手喧嘩(ステゴロ)が好きっすねえ』

 

 ただただ持てるものを出し切る。

 ベイリルとファンランのような、高次元のやり取りはどのみち無理である。

 双方――己を顧みない、単純極まる打撃の交換……上等であった。

 

 

 レドの左打ち下ろしをもらいながら、フラウは右アッパーを返す。

 顎を打ち抜かれながらも、レドは強引に右フックを放つ。

 喰らう勢いを利用し(たい)ごと廻すように、フラウは後ろ回し蹴りを見舞った。

 返しの肝臓打ち(レバーブロー)で浮かされながら、左飛び膝がレドの顔面を捉える。

 フラウは両手握り(ダブルスレッジ)打ち(ハンマー)の殴打を耐えて、中間軌道の右拳(スマッシュ)を叩き込む。

 

『一歩も引かない泥臭い応酬! そして応酬!!』

『豪快な意地の張り合いっすねえ、返して返されての繰り返し――』

 

 

「ぐはぁ……」

 

「っむむむぅ――」

 

 一撃ごとにレドもフラウも、防御より攻撃へと偏らせていった。

 

 それゆえに均衡は崩れ、遂にはそれ以上の攻勢が同時に止まってしまう。

 

「っはぁ――次で終わりかな? レドっち」

「ぜェ……ふぅ、ボクじゃなくフラウがね」

 

 肩で息をしながらもゆっくりと呼吸と魔力を整え、レドは万感込めるように口を開く。

 

「せっかくだから披露してしんぜよう、フラウ。ボクには理想とする究極攻撃がある」

「へぇ~どんなん?」

 

「足の指の先から拳まで、一動作の流れを完璧に割り振ったならどうなるか」

「……なんかすごそう」

「高まった今のボクなら、やれるという確信がある」

「じゃっ、あーしも次の一撃に全てを込めよう」

 

 

 レドとフラウはそれぞれ左足を前に、右腕を引き、腰を落として(ちから)を溜める。

 図らずも同じ構えであり、互いにその状態から出せるのは、中段右突きのみ。

 

『これは……最後ですかね?』

『――っすね』

 

 一息。聞こえるか聞こえないかの呼吸と共に、レドとフラウは同時に動く。

 

「"超魔王パンチ"!!」

 

「"反発勁(はんはっけい)"」

 

 レドの右拳をフラウの右掌底が包み止めるように衝突し――ついに勝負は決した。

 

 

「……正しい打撃とは、たゆまぬ反復によって染み込ませるものだよ~レドっち」

 

 そんなフラウの言葉と共に、レドの右腕はダランと垂れ下がる。

 右拳から肩まで()()()()()斥力衝撃によって、苦痛に顔を歪めた。

 

「できる、と思ったんだけどなあ……」

 

 レド曰く究極の攻撃は、不発に終わってしまっていた。

 再生力に振って食い下がれば、まだまだ戦えても……地力の差を思い知らされた。

 

 フラウにもまだ余裕を感じるし、そもそも本気なら浮かされた時点で負けている。

 であれば……これ以上は足掻かない。そこまで尊厳(プライド)を捨てることはできなかった。

 

 

「まぁほらあれだレドっち、"敗北の味がいつか大きな財産になる"ってやつだよ」

「ちぇっ……課題はまだまだ多いってことか」

 

「そいじゃ一応、()()()()()()()()終わりにするね~」

「っしゃー、こい!」

 

 言うやいなやフラウは、(きびす)を返すように背を向けながら――左拳を振り上げた。

 レドの顎を殴り付けるように、しかして実際は殴らず、斥力で体ごと上空へと押し出す。

 

 勢いよく、華々しく、これ以上ないほど高く……高く。

 

 オーバーリアクションにも見えるほど打ち上げられ、吹き飛んでいくレドの体躯。

 結界で囲われた吹き抜けを超えて壁の外へ――そのまま地面まで落ちて、レドは大の字に倒れた。

 

 フラウは振り上げた左拳はそのままに、己の勝利を観ている者全てに示す。

 

 

『優勝ぉおぉオオ決定ぇぇェェええい!! 頂点を制し輝いたのはフラウ選手ぅぅゥうう!!』

『決勝もさることながら、出場選手みんな美事っしたねー』

 

 歓声と拍手は止む気配を見せず、いつまでも喝采に包まれていたい――

 

 ガラではないのにそんなことを胸裏でほんの少しだけ思いつつ……。

 フラウはその余韻に身を任せ続けた。

 

 



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#93 後夜祭

 一堂を介したパーティを抜け出し、後夜祭の"花火"を眺めながら――

 俺とジェーンとヘリオとリーティアの始まりの4人。

 フリーマギエンス棟の最上階庭園の特等席より、闇夜を照らす夜空を望む。

 

 あくまで火薬調合の試作から作ってもらったもので、質も量も大したことがない。

 それでも魔術を組み合わせた、締めの一発だけは……。

 郷愁を感じさせるほど、実に美事なものだった。

 

 これにて学園生最後(・・)の"馬鹿騒ぎ"は終わった。

 

 

「もうすぐ卒業だな」

「おう」

「んっ、そっか」

「だね~」

 

 今季が終われば、現行面子の大半は卒業する予定となる。

 

 既にナイアブやニア、パラスとカドマイア、モライヴと――ちらほら卒業している。

 しかし手塩を掛けて、フリーマギエンスの教えと精神を学んだ者達の多くが……。

 国中へと羽ばたかせ、巣立っていくのはこれからである。

 

 世界という水面(みなも)に、ポツポツとその波紋を広げていく。

 いずれそれは大きなうねりとなり、発展と進化を促す大波となる。

 

 

「"しばしのお別れ"、だな」

 

 皆それぞれに()く道がある、やりたいことがある。

 いつまでも一緒にはいられないが、永劫会えないというわけでもない。

 何かがあれば招集を掛けるし、都合が合えば不定期会合も催すつもりである。

 

「ヘリオは"連邦東部"だったか」

「それか……"共和国"あたりに行こうかって話になってる」

「グナーシャ先輩とルビディア先輩とか」

「おう、スズはどうだかな。一緒に行くんだか行かないんだか」

 

 既にシップスクラーク商会に存在する情報部。

 スズにはそこに携わって、大いに貢献して欲しいと考えている。

 

 しかしなんのかんの気ままな性分の彼女は、今はまだ自由にやりたいようで……。

 実家の一族、仲間との冒険、商会の仕事、色々な道筋を決めあぐねていた。

 

 

「ライブ活動もよろしくな――歌ほど大衆に浸透しやすい文化はない」

「頼まれんでもオレの歌を聴かせてやるさ。カドマイアはいないが……みんな染めてやンよ」

 

 カドマイアは一昨日より音・曲合わせにきて、昨日は共にライブを共に()っていた。

 しかし闘技祭当日の朝にはもう、戻るべく出立してしまった。

 

 パラスは来られなかったし、祭りにも顔を出せぬほど多忙のようであった。

 

 

「その意気だ。アイドル業も世界に広められれば良かったんだが……」

 

 俺はスッとジェーンへと視線を流す。

 

「ダメ、恥ずかしいもん。リンもしばらくは自領に帰るし、学園と一緒にアイドル活動は卒業!」

 

「えーーーじゃっこの前ので見納め~?」

「オレらみたいにラストライブくらいすんだろ、まっこっちは腕が完治してからだが――」

「試合でのことだから謝罪はせんぞヘリオ」

 

「はっわかってら。後遺症もないって言われたし、てめぇに手加減させないくらいには追いついたってこったベイリル」

「まぁ俺は……殺す前提の隠し技がまだいっぱい温存してたけどな」

「抜かしてろ、オレにだっていくつかある」

「それを言うなら私だって――」

 

「あーもう、戦闘狂の姉兄は困ったちゃんだねぇ~。意地の張り合いはほどほどに」

 

 リーティアに(いさ)められながら、俺達は沈黙を共有してから一度落ち着く。

 

「んっごほん……とりあえず私たちも、ヘリオたちと被らない日にでもやるつもり」

「世界を越えて銀河に、その名と歌を響かせるアイドルはしばらくお預けか――」

 

「一体何歳までアイドルをやらなくちゃいけなくなるの、私それ……」

 

 

 苦笑するジェーンにヘリオが当てつけるように言う。

 

「んでジェーンは、歌ァ放っぽりだしてどこ行くんだ?」

「歌と踊りは趣味で続けるつもりだけど……私は一度、"皇国"へ行こうかなって思う」

「皇国かー、遠いねぇ」

「元々いたっていう孤児院か――」

 

 カルト教団で出会う前、ジェーンは皇国の孤児院で暮らしていた。

 経営難から彼女は自分自身を売るという、子供らしからぬ決断をする。

 

「うん、まだ残ってるらしいから……」

 

 自身を立ち返るという意味で、出自(ルーツ)を辿るというのは基本である。

 俺もいずれはかつての亜人特区街へ、フラウと一緒に赴くこともあるだろう。

 

 

「商会も軌道に乗ってきたし、なんなら孤児みんな連れてきてもらっても構わんぞ」

 

 商会直下の教育機関も、まだ規模が小さいながら設立されている。

 定員はあるものの、そこらへんの融通は多少なりと利かせられるだろうと。

 

「諸々の手筈はカプランさんに言っておけば、そう時間掛からず整えてくれるさ」

「ありがとう。うん、そっか……そういうこともやれるんだね」

 

 ジェーンは何か考えるような、真剣な眼差しを見せる。

 やりたいことの指針が見つかったのか、その瞳に充実さが見える気がした。

 

 

「あー……皇国なら、カドマイアとパラスに会ったらよろしくな」

「えぇ、もし私で(ちから)になれることがあれば貸すつもり」

「なんかあったら遠慮なくオレらに連絡とってくれ、アイツら意地っ張りなとこあっから」

 

「ヘリオも他人(ひと)のこと言えないよねー」

「んっぐ……」

 

 リーティアの突っ込みに思わず次の言葉にヘリオは詰まる。

 

「お互いに言えることだな――フリーマギエンスとシップスクラーク商会は思う存分使ってけ。

 ささやかなことも何かしらに繋がっていく。あらゆるものを取り込み利用し発展させる為の組織だ」

 

「ウチはもういっぱい、わがまま言って使ってるかんね~」

「まぁリーティアはそれ以上に貢献度のほうが大きいがな」

「自慢の妹だね」

 

 末妹は俺とジェーンに頭を撫でられつつ、にへらと笑って身を委ねる。

 

 

「リーティアはどうするの?」

「んーと、"連邦東西"ぜんぶ回ろっかなーくらい?」

「ザックリとしてんなァ」

「ゼノとティータもついていくんだろ?」

 

「多分ね~。とりあえず西部の"壁街"と、東部の"大魔技師が生まれた街"は行くかも」

「どちらも魔術具が発達しているところだな」

 

 俺は異世界の地図を浮かべながら、特徴的な都市を思い出す。

 いずれは正確・精緻な世界地図も、金と人とを注ぎ込んで作る必要が出てくる。

 

 

「ベイリル兄ぃは? 商会の運営?」

「いや……しばらくは俺が関わらんでも大丈夫だから、放浪の旅に出ようと思ってる」

 

 異世界へ来たのだから、世界を放浪し、堪能せずしてなんとする。

 "文明回華"の土台と撒いた種が咲くまで、数多くの新鮮さを与えてくれるに違いない。

 

「まっ風の吹くまま気の向くまま、世界を順繰り巡って行くつもりだ」

 

 世界旅行をしながら、在野より人材を見つけ引き抜き、資源類も確保する。

 今しばらくはそうやって暇を潰していくのが、一番具合が良い。

 

「さっすが長命種(ハーフエルフ)様は言うなァ?」

「はっはっは、時間はたっぷりとある――と言いたいが、思ったより進行度が早い」

「どーゆー意味?」

 

 

「魔導と科学の両輪がもたらす恩恵は大きく、非常に頼りになる大人たちも揃っている。

 俺が想定していたよりも遥かに早く、諸々の計画が動き出すかも知れないってことだ」

 

 初期に得られたゲイルの後ろ盾に()ることが、やはりことのほか大きい。

 シールフの"読心の魔導"で俺の記憶の底に眠った現代知識を、精細に引き出し起爆剤とした。

 さらにはカプランが広範に渡った運営において、あらゆる補佐をしてくれている。

 

 リーティア、ゼノ、ティータの功績は言うに及ばず。

 他に設立・援助している、各所種々の研究機関も順調である。

 

 

「オレらがジジババになるよりか?」

「あぁ――だから結構駆け足で、世界中を巡っていくかも知れんな」

「そっか、じゃあ私たちとも何かの機会でかち合ったりするかもね」

 

 たっぷり寿命500年掛けるつもりだった。

 しかし良かれ悪しかれ、何事も予定通りとはいかない。

 

 発展前の異世界を、飽きるまで見て回ってから……という気持ちもある。

 嬉しい悲鳴という側面も否めないが、それでもなるようになっていく。

 

 今更停滞させるわけにもいかないし、それならそれで構わないと割り切る。

 遠い"未知なる未来"を見る筈だったのが、より遠い"未知なる未来"へと繋がるだけだ。

 

 それにただの科学には無理でも、もしかしたら魔導科学なら――

 限定的なタイムマシンや多元世界移動なども、可能になるかも知れないとも思っている。

 

 

「次にみんなで集まる時は~……――」

 

 リーティアはグッと握った手を前へと突き出す。

 

「ウチはなんかこう、史上最高の魔術具を作ってる!」

 

「オレぁ世界中の奴らの心を震わせて名を知らしめる、その手始めだ」

 

「私はこれといったものはないから、まだ探す途中ってことで――」

 

「俺は逆に山積みだから、自身のやれる範囲での消化だな」

 

 4人で拳を突き合わせ……希望にして(こころざし)、願いにして夢を語る。

 

 

 出会いと別れを繰り返し、人の歴史は流れゆく――

 

 

 

 

 




第二部の学園編はこれにて終了です。
時系列的にはかなり飛ばしていますが、それでも自由に書いてたら長くなってしまいました。

次からはいよいよ第三部、学園という箱庭から世界へと話が広がっていきます。
ここまで通しで読んでくれた方、長らく付き合って頂いて本当に感謝と感激です。

評価や感想などを頂けるとモチベ上がって筆が乗るので、よろしくお願いします。


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幕間
#94 なぜなにシールフ


「三、二、一、どっか~ん!」

「わ~い」

 

 商会の敷地内に一堂を介した中で、シールフとプラタの師弟コンビがテンションを上げる。

 

「卒業おめでとうございます! それではみなさーん、"なぜなにシールフ"の時間ですよー」

「今日は私が特別に、直々に魔導コース講義で開催しちゃいます」

 

 これからフリーマギエンスの面々は、それぞれの道を()く。

 その前に思い出作りも意味合いも含めて、ベイリルがシールフに講義を依頼したのだった。

 

 単位制の学園では、ついぞみんなであつまって授業を受ける機会などなかった。

 早めに卒業した面子はいないものの、さしあたり同季卒業メンバー内で最後のイベントである。

 

「はいっ! シールフお師さま――もといおねいさん!」

「なんでしょうプラタ」

「"魔導"ってなんですか?」

「そこを説明するにはまず魔術からいきましょう。みなさん大なり小なり使えますね」

 

 シールフはゆっくりと、丁寧な口調でもって講義を続けていく。

 

 

「では魔術で大事なのことはなんでしょう? それじゃあ――」

 

「はいはーい」

「リーティアちゃん、どうぞ」

「想像力!」

 

 元気よく手を挙げて答えたリーティアに、ヘリオが口を挟む。

 

「魔力だろ」

「想像のが大事!」

「いやいや魔力ぶっ込んだほうが火力出るし」

「想像力あったほうがいろんなことできる!」

 

「はーいそこまで! どっちも大事ですが、正解は――"認識"です」

「認識……ですか?」

 

 持っている知識とは少し違った答えに、思わずジェーンが聞き返す。

 するとシールフは魔術によって、岩壁を大きくせり上がらせた。

 

 

「この壁の裏に標的を十個ほど用意しました。全部にピタリ当てられるかな?」

「余裕だな――」

「ベイリルはダメ~、あなたは裏の(マト)を感覚強化で認識(・・)してるでしょ」

「あーそういうことか」

 

 説明で思い当たることがあったのか、ベイリルはあっさり引き下がる。

 

「見えない的だけ(・・)を正確に撃ち抜ける人~、いないよね?」

「クロアーネもできるんじゃないか? 嗅覚で」

 

 続けてベイリルがそう話を振ると、クロアーネは澄ました顔で言う。

 

「……造作もないでしょうが、話の腰を折るつもりはありません」

「いいこと言うね~クロアーネちゃん、ベイリルは黙ってなさい」

「これは失敬、シールフおねいさん」

 

 

 かつて学園で講師していた時と同じように、シールフは一つ一つ段階を踏んでいく。

 とはいっても淡々とやっていたあの頃と違い、ウルトラハイテンションな違いがあった。

 

「さてさて、改めて"認識"の一側面。見えないものをイメージすることはできません」

「なるほど……確かに私も、内臓損傷を治す場合は皮膚組織を開いてみないと無理ですねぇ」

 

 ハルミアがポンッと、拳で手の平を叩きながら得心する。

 

「そういうことです。知ること(・・・・)が魔術でも第一歩であり、その延長線上に魔導があります」

 

「なぁよー、まとめて破壊しちゃダメなのか?」

「キャシーさぁ、脳筋すぎるってば」

「でも結果は同じじゃん、つーかフラウこそよくやってることじゃん」

「シールフおねいさーんよろ~」

 

 キャシーの疑問に一度は突っ込んだフラウは、シールフへと解説を丸投げる。

 

 

「たしかに漠然と壁裏を丸ごと潰しちゃえばいい、これならかなり容易になります。

 ただイメージとして認識すること、魔力の流れと放出を認識すること。ここが(かなめ)なのです」

 

 範囲魔術となれば、それだけ魔力の消費も大きくなる。

 そういったイメージと魔力のトレードオフに、認識が関わってくる。

 

「通信系の魔術が活用できないのも、そこらへんが小さくない障害(ボトルネック)なんだな」

 

 ベイリルは元世界と異世界との差異を、頭の中で比較しながらそう口にする。

 異世界における通信手段は、手紙をくくりつけた"使いツバメ"による拠点間交信が基本となる。

 

 戦場でも狼煙(のろし)や手旗、望遠や音暗号こそあれ――直接的な通信はほとんど見られない。

 "無線通信"などが実現すれば、それだけで確実に優位に立てるテクノロジーなのだ。

 

 

「そう……あの人にこの想いを伝えたい、伝わったらいいな。そういう部分はイメージしやすいんです。

 でも伝えたいと思うと同時に、知られたくないという心が、無意識に抑制(リミッター)を掛けてしまう」

 

 この手の話は、"読心の魔導"たるシールフにとって専門分野であった。

 人の心の在り様を語らせれば、彼女の右に出る者は存在しない。

 

「自分の頭の中が筒抜けだったら怖いよね? しかも遠く離れた相手に、的確に伝えるなんてとっても大変」

「確かに見知らぬ誰かに届いたらって思うと、すっごいイヤでござるねえ」

 

「そうです嫌なんです、だから意思伝達魔術というのは使い手が非っ常ぉ~に少ないのです」

「拙者ら一族もついぞ苦戦してたと、聞いたことあるでござるねえ」

 

 スズがうんうんと頷く後ろで、挙がる手があった。

 

 

「質問いいっすか~? シールフおねいさん」

「どうぞ~ティータちゃん」

声だけ(・・・)を届けるってのは無理なんすか?」

 

「職人らしい着眼点ですが、これも同様に相互の位置関係が問題になります。

 所在不明な特定個人へ届かせるというのは、至難なことに変わりありません」

 

「場所を固定したとしたらどうなんっす?」

「すっごく近くであれば可能でしょう。でも遠隔だと正確さが失われ、収束できない声はだだ漏れです」

 

 コホンッとシールフは咳払いを一つしてから、人差し指を立てる。

 

「だから通信魔術を扱うには、中継地点が必要になります」

「わたしら鳥人族の出番だ!」

 

 ルビディアがニヤリと笑って、シールフの答えを先回りする。

 

「正解~。地上から空中、空中から地上と橋渡しすることで、劇的に現実味を帯びます」

「見える相手に届けるから、認識できるってわけっすか」

 

「そうですがしかし、鳥人族と言えど魔力による身体強化や、魔術補助なしの飛行はほぼ不可能です」

「たしかにきっついですわ~。人一人抱えて飛ぶだけでも地味にきついもの」

 

 やや棒読み気味のルビディアの言葉に、一人だけ表情をしかめる者がいたが……。

 シールフは気にすることなく、補足するように講義を続ける。

 

 

「ただでさえ覚えにくい通信魔術を、飛行しながらの並列処理(マルチタスク)。さらには――」

「敵からの対空攻撃にも備えなくちゃいけないわけだな」

 

「グナーシャくん、Exactry(そのとおり)!! 中継の鳥人族は真っ先に狙われちゃいます」

 

 ずばり正解したことに、グナーシャは腕を組んで満足そうにうなずく。

 

「悠長に信号送ってるの見たら、わたしも火矢で狙っちゃうね」

 

 リンは指先から四色の炎を出して弄びつつ、話を聞き続ける。

 

「せんせー、魔術具は使えないん?」

「おねいさんですよリーティアちゃん。実は大魔技師と七人の高弟が使っていた、という話です」

 

 

「そこ! それ! 詳しく聞かせてくれ! あーいや、聞かせてください」

 

 それまで静かに耳を傾けていたゼノが、唐突に食い付いた。

 そうしたわかりやすい反応に、シールフはやり甲斐を見せながら解説を重ねていく。

 

「これは私の"恩人"が、大昔の知り合いから聞いたそうですが――魔力には()があるとか」

「色……?」

 

「魔力を他人に譲渡できないのは、その色が付いてしまうのが原因だそうです。

 体内に取り込んだ時点で個々人の色に染まり、個人でしか使えない魔力となる」

 

「あぁおれ、その学説聞いたことあるわ。たしか王国のだったっけかな」

「私も……魔領で割と信じられていたと記憶しています」

 

 ゼノの曖昧な記憶に、ハルミアが話を重ね、改めてシールフは首肯(しゅこう)する。

 

 

「わたしも長年の経験則からすると、多分間違ってはいないように思えるね、うん」

「……そんでどう大魔技師に話が繋がるんですか?」

「その魔力の色を、捕捉・検知・判別する魔術具を作ったのが大魔技師だそうです」

 

「おおう、ますます有力になってくるな色説」

「少なくとも魔力を何がしかの形で、個人単位で認識できていたことには間違いない」

 

 ゼノのテンションがどんどん上がっていき、周りは少し取り残される。

 

 

「それを使って各国へ派遣した高弟と連絡を取っていたらしいですが――」

「らしいが?」

「構造を知り、造れたのは大魔技師本人のみ。高弟にも受け継がれず、技術は失われました」

 

「現物は!?」

「さあ? きっと高弟が再現する為に解体しちゃったんじゃない?」

「くぅっ……おれも中身を見たい」

 

 

 ゼノの悔しさを他所(ヨソ)に、スズがあっけらかんと質問する。

 

「――で、結局どう認識すれば魔導に至れるでござるか?」

「それはぁ……個人の資質です」

 

「なんの参考にもならないでござるぅ」

「身も蓋もないないっすね」

 

 口々に不満と落胆が見て取れるが、シールフは紀にした様子もなく続ける。

 

「わたしが魔導を覚えたのは、あなたたちくらいの年の頃でした。そんなもんです。

 世知辛いですが、持たざる者はその分だけ努力を重ねましょう。何事もそれが基本で、始まりです」

 

 シールフは遠い過去を思い出しながら、空を一度見つめてから視線を元へと戻した。

 

「魔導コースの講義は、いつもこんな感じ。長く教鞭は取ったけど、至った人は……いたのかな?」

 

 あっけらかんとした答えに、講義を聴いている全員が沈黙する。

 

「まぁまぁ結局のところ魔導は狂信的妄想の具象化であり、想像だけの魔術とは一線を画すもの。

 魔法は拡大解釈にまで至る、超すっごいやつ。ただしどれも"認識"という共通項だけ覚えといてね」

 

 あくまで講師として教えてはいたが、突き詰めれば才能と努力の結果。

 

「では実践授業でもしましょうか。特別に一人一人見ていって指摘してあげましょう――」

 

 

 いずれこの中から魔導師が出たとしたら。この講義がほんの一助になれたなら。

 まぁそれはそれで――ほんの戯れにすぎないが気分転換には丁度良い。

 

 未来ある若者達に祝福あらんことを願いつつ、シールフは久しぶりの講師を思うサマ楽しんだのだった。

 



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#95 わりと自由なプラタの一日

 学園に通いたい――ずっと夢想し続けたことだ。

 

 連邦西部国土で、帝国との国境界線上に近い場所に位置するこの学園。

 独自の生態系も存在する森山河に恵まれた、境界線がわからないほど広い敷地。

 

 学園の正門の先にある象徴(シンボル)のようにそびえる"石像の竜"を眺める。

 

 帝都の幼年学校。王立の魔術学院。皇国の聖徒塾。そしてここ連邦の統合学園。

 しかし世界四大学府の一つであるということよりも、遥かに素晴らしい付加価値がここにはある。

 

「なーよー、この"石像の竜"って七不思議なんだっけ?」

「たしか……そうかも、なんでも咆哮(ほえ)ることがあるとか?」

「そうですよー、設立当初から"幻想の学園長"が置いた歴史あるモノらしいです」

 

 ゲイル、シールフ、カプラン――三人の(もと)で学んだ為に、今さら一般教養に行く必要はない。

 好きなところで好きなように学ぶことができる。

 

 ()()()()は今――新たな人生の岐路に立って、歩きだそうとしていた。

 

 

「そういえば、ケイとプラタって結局学科どこに行くか決めたのか?」

「やっぱり政経科かなー……都市国家長の娘として学ばないと」

「わたしは製造科です。カッファさんはまだ決まってないんですよね?」

 

「おう、おれはもう道場継ぐことは決まってるし、専門部のどっかでなんかいろいろやりたい」

 

 闘技祭で"縁"を得た三人揃っての、晴れて今季入学。

 本当は先輩の皆さんがまだいる時に入学したかった気持ちもあったが……。

 商会のほうで色々と立て込んでいて、師匠らの心労をほんの僅かにでも取り払うべく働いていた。

 

 きっとお願いすれば、ゲイルさんもシールフお師さまもカプラン先生も、(こころよ)く送り出してくれただろうが……。

 途中で色々と放り出して行くには――多忙だからこそ、学べる機会を失するには――

 いささかもったいなかくて、入学を遅らせたという部分も否定できない。

 

 それに入学時期は逸したものの、前季は暇を見つけてはちょくちょく学園に顔を出していた。

 そのたびに一緒に遊んでもらい、色々と学んばせてもらったので、それだけでも十分満足である。

 

(こうしてケイさんとカッファさんと同季入学できたことだし……)

 

 

「ぃよ~お! いたな、新入生!」

 

 唐突にこちらへ手を振りながら大声を発したのは、黄色校章の男の人であった。

 深緑色した短い髪に、浅葱(あさぎ)色の双眸を向けて近づいてくる。

 

「この学園の"生徒会長"を務めているオックスだ」

「お久しぶりです、オックス会長」

「ケイちゃんとカッファくんも無事入学か」

 

 ケイさんとカッファさんは一瞬だけ見合せてから、揃えるように口を開く。

 

「おれたちのこと――」

「……ご存じなんですか?」

 

「闘技祭で実況していた人ですよ」

「ああ――そういえば!」

「あのうっさい実況の人かあ!!」

 

 

 そうカッファさんが叫ぶと、パシィッとその後頭部をケイさんによって(はた)かれる。

 

「あ(って)

「あんたはほんっとにもう、失礼なんだから」

 

 しかしそんな様子にオックス会長は愉快げに笑って飛ばす。

 

「ハッハハハ! いいよいいよ、遠慮はいらない。権力を笠に着るつもりはないからな」

「ってかおれたちの名前も覚えてんの?」

「確かに……ちょっと試合出ただけで。こっちは忘れてたのに――」

 

「人の顔と名前を覚えるのは得意だし、キミらの前哨戦での活躍は鮮烈だったからな」

「スィリクス元生徒会長がちょっと可哀想でしたねぇ」

「あーあの金髪の……」

「おれは負けたけどな!」

 

 互いに共通する闘技祭の話題の中で、わたしは核心を問うように疑問を尋ねた。

 

 

「ところで、なぜ現生徒会長がわざわざ……?」

 

 学園に通っていた時も彼と会ったのは、二回か三回かその程度だった。

 多少の交流こそあれ、わざわざ出向いてくれるとは何か理由があるのだろうと。

 

「あーそうそう、よかったら三人とも生徒会に入らないか? 庶務か書記あたりでどうだ」

「わたしはちょっと……」

「遠慮しなくていいぞケイちゃん、都市国家を治めるなら人の上に立つことも慣れておくといい」

 

 オックス会長のもっともらしい言葉に、ケイさんは腕組み悩み考えていた。

 都市国家出身というのは、生徒会長だから知り得た情報なのだろうか。

 

「おれは生徒会長のイスくれるならいいぜ!」

「それはさすがに無茶ってもんだカッファくん。適性がいるし、なにより皆に認められて選挙で勝たないと」

 

 何か思い出しているかのようなオックス会長は、どことなく楽しそうな表情が浮かんでいた。

 

 

「いずれは奪い取ります! てっぺん取ります」

 

 そうわたしは宣言する。今はまだやるつもりはないが、落ち着いたら生徒会もやりたいと思っている。

 興味を持ったらなんでもやっていくことが大事だと、常々三人の師匠に言われていることだ。

 

「良い意気込みだ、プラタちゃん。楽しみだ――と言いたいが、オレも来季の選挙時には卒業する予定だからな」

「えーそうなんですかぁ、残念です」

 

 来季がちょうど生徒会選挙の時期にあたり、引き継ぎおよび引退と共に卒業なのだろう。

 生徒会長をやる場合は一年継続が基本なので、卒業も一人遅れる結果となってしまったのだ。

 

 

「まぁオレが会長やっている(あいだ)に、興味を持ったならいつでも言ってくれ」

「はい、遠慮なく言います! フリーマギエンスの活動が暇な時にでも――」

 

 そうわたしが言うと、オックス会長は何か気付いたように顔を曇らせる。

 

「あー……、フリーマギエンスか」

「奥歯にモノが挟まったような感じですね?」

「それがなあ、アイツラ一斉に卒業しちまったから、ちょっとおかしな方向へ行っている臭くてな」

 

「変なのも受け入れるのがフリーマギエンスです」

 

 わたしはその精神性を説く――と言っても、オックス会長もそれは承知しているだろう。

 生徒会長になってからは立場を切り分けてはいるものの、フリーマギエンス員であることに違いはない。

 

落伍者(カボチャ)ってわけじゃあないんだが、良からぬ噂がちらほら……な」

「ふむふむ」

「オレが動いてもいいんだが、やっぱ立場上は出張りすぎるのもはばかられてななあ」

「問題ありません、今からわたしたちが行きますから」

「そう言ってくれると思っていたよ」

 

 それが予定通りだと言わんばかりに、にんまりとほくそ笑むオックス会長。

 対してわたしもにっこりと、有無を言わさぬような良い笑顔でお返しする。

 

「もしも信条に反しているようなら粛清しますから――正式な許可か、お目こぼしお願いしますね」

 

 

 

 

 専門部のフリーマギエンス棟の敷地正門はあっさりと開き、三人で中へと入る。

 

 落伍者(カボチャ)の溜まり場だった頃は、単なる部室棟の一つに過ぎなかったそうな。

 しかしフリーマギエンス設立以降は、あれよあれよと拡大し続け現在に至る。

 

 周辺の建物を改築したり壊したり、土地を整備して様々な意匠と実用性を取り込んだ。

 特にナイアブ先輩がデザインしたモノが多く、庭には奇怪にも見えるオブジェまでも存在した。

 

 他にも温泉やら訓練施設、遊技場からスポーツ演習場。没魔術具倉庫まで。

 種々雑多な様相を呈していて、所属人数も学園一にまで至っている。

 

 

 前衛的な庭を堪能しながら歩き続け、ひときわ大きいフリーマギエンス本棟の前へと来る。

 これまた珍妙とも思える豪奢な扉をくぐると、わかりやすく出迎えられることになった。

 

「お……? やぁやぁ"白校章"の新入生さんたち、ようこそフリーマギエンスへ」

「どもどもです」

「我々のことは知っているのかな?」

 

 大仰な仕草で語る男は周囲に人を引き連れ、その声色には胡散臭さが多分に混じっていた。

 何度かフリーマギエンスには遊びに来ていて、ぼんやりと覚えがあるが思い出せない。

 

「もちろん、その為に入学してきたと言っても過言じゃありません」

「それならば話は早い! 我々は学園で最高の集団であり、最高の環境を備えている。大歓迎だよ」

 

 わたしは常々――相対する者の心意を読み取れるよう、つぶさに人間を観察している。

 それはカプラン先生の教えであり、シールフお師さまからも「器用に生きたいのなら」と言われていること。

 

(ゲイルさんは……他人のことなんて知ったこっちゃないけど――)

 

 なんにせよ眼前の男は、底が浅く信用ならない。

 それは人を見る訓練などしていなくても明白であろう。

 

 

「しかしここまで来て見てきただろう? 最高の施設には……実は維持費がいる」

「つまりどういうこと、ですか?」

「この素晴らしい部活を存続させる為にも、入部費用と季毎の上納金が必要なんだ」

 

「なるほどなるほど、なるほどー」

 

 まぁそんなハズはなかった。

 シップスクラーク商会が後ろ盾にあり、資金はすべてそこから供出している。

 個々人が金を出すことはあっても、徴収するようなマネは一切しない。

 

 もっともこの男が――わたしのような小娘が、経理関係も(たずさ)わっていたなどとは(つゆ)ほどにも思うまい。

 

「なに、施設の利用料だと思ってくれれば――」

「お支払いすることはできません」

 

 わたしは男の言葉を遮りながら、強めの口調で言い切った。

 

 

「我が部へ入りたくないのか?」

「い~え~、出て行くべきはあなたがたってことです」

 

「おいおまえ――」

 

 すると別の男がわたしに対し、肩でも掴もうというのか手を伸ばしてくる。

 しかしその手は、別の手によって防がれ……払い倒された男はそのまま地面と熱い抱擁を交わした。

 

 

「勝手に手ぇ出すなよ」

 

 あまりのカッファさんの早業(はやわざ)に、周囲どころか倒された男すらも理解まで時間を要した。

 

「なってめえらッ!?」

 

 遅すぎる臨戦態勢にわたしは嘆息を吐くと、カッファさんが止めるように手を水平に差し出す。

 

「やめとけ、ケイは加減あんま知らないんだからさ。おれが全員やるって」

「心外な――と言いたいけど、否定できない……」

 

 前へ出ようとしていたケイさんは、少し不満そうな顔で踏みとどまる。

 わたしは思わず笑みがこぼれる。二人のやる気はありがたく頼もしかったが――

 

「大丈夫、お二方(ふたかた)の手は(わずら)わせません。だって()()()()()()()()から」

 

 

「なっ……え、あ? なんだぁあ!? うっ動かな――」

 

 口々に狼狽(うろた)える男達は、まったくの身動きが取れなくなっていた。

 窓の隙間から差し込む光で、わずかに輝く"糸"が男達を捕えて既に離さない。

 

「すっげ、超はっえー手並みだな! ケイとは真逆だ」

「いちいち引き合いに出さなくてよろしい」

「あははっ、でもケイさんの強さの足元にも及ばないですよ~」

 

 話しながら、まがりなりにもこのフリーマギエンス員をどうしてくれようかと考える。

 

 ともすると無遠慮に開かれた扉から、嬉しいお客がやって来たのだった。

 

 

「倉庫のカギ、貸してもらいにきーたよ」

 

 その狐耳の少女は、室内のただならぬ様子をキョトンと見つめる。

 

「リーティア先輩!!」

「んっんープラタ? あっそっかぁ、もう入学?」

「はい、今日からです!!」

「よしよし、がんばりたまえ。ところでこれ、どういうじょーきょー?」

 

 リーティア先輩の問いに対し、わたしは主犯格を指差しながら答える。

 

「あの人がフリーマギエンスの名で、勝手にお金を集めてたんで懲らしめてる最中です」

「そんなことしてたん?」

「ちっ……違うんですリーティアさん、これはその――」

 

 影が薄いとは言っても、さすがに創部メンバーのことは知っているようだった。

 リーティア先輩の様子を見ていると、どうやら顔見知りも怪しい感じである。

 

「ダメだよーそういうことしちゃ。でもちょうどいいや、以後はプラタ……この子に従うように」

「えっ……あ、はぁ……わかりました」

 

 OGであるリーティア先輩の言うことに、素直にうなずく主犯格の男。

 もっとも逆らえば(ちから)ある元先輩(がた)から、どういう目に遭わされるかくらいは想像に難くない。

 そんな様子を見ていると、記憶に引っかかっていたその顔を、わたしはようやく思い出す。

 

 

「あっ……そうだ!! あなた"卒業記念限定コラボライブ"の、最前列でめっちゃ荒ぶってた人!!」

 

 あの時は今の姿とは似ても似つかぬ装いではあるが、よくよく見れば印象的だった特徴が見て取れる。

 であればわたしは本物と確認すべく、懐中(かいちゅう)よりとある物を取り出して見せつけてみる。

 

「なっ!? それは買えなかった限定五枚のジェーンさんウチワ……しかもサイン入り!?」

「ほいっほいっほいっ」

「リンさん色の携帯式光灯(サイリウム)もサインが!? さらにチケットのデザインラフ画!? ヘリオさんのピックまで!!」

 

「よく集めてんねぇ。ってか持ち歩いてんの?」

「せっかくだから部室に飾っておこうかと思って持ってきました!」

「なるほどねぇ、そういえばいろいろ集めてたもんねぇ」

 

 見せびらかしたグッズから目を離せない男に、わたしはふふんっと鼻を鳴らす。

 

 

「いったい何者なんだ……」

「確かに――なんなんでしょう、わたし?」

「みんなの弟子みたいなもの?」

 

 リーティア先輩と同じように首をかしげて、二人で疑問符を浮かべ合う。

 

「じゃっそういうことで! ところでリーティア先輩は、なにをしにお戻りに?」

「ウチらが最初に作ったやつの、構造をちょっと写しにきたんだよ~」

「最初? えーっと、温泉掘り当てたやつですか?」

「そーそーあれはウチらも本当に自由にやりまくったからさー。ちょっと役立ちそうな部分が――」

「お手伝いしますよ」

「ほんと? じゃあ手伝ってもらっちゃおっかな」

 

「ケイさんとカッファさんはどうしますか?」

「興味あるからいきます!」

「おれも見てみてえ!」

 

 

 話が盛り上がってきたところで、水を差すように囚われの男達が申し訳なさそう呟く。

 

「あのー我々はいつまでこうしてれば――」

「もうしばらくはそのまま反省しててください」

 

 そう言い放ってわたしたちはリーティア先輩と一緒に、カギを取りに行く。

 

 いきなり面倒な幸先だとも思ったものの……。

 思わぬ再会で一転して素晴らしく自由な今日というこの日に――祝福と感謝あらんことを。

 

 

 



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#96 とある魔術士の取材記録

ちょっとだけやってみたかったインタビュー会話劇形式


 ――【鋼鉄】級冒険者、34歳男性の吐露。

 

『あーアイツラね……かなり前の話になるが覚えてるよ』

「ささやかなことでもいいのでお願いしまっす」

 

『冒険者パーティとしては、まあ少し珍しい程度だった』

「少し珍しい……ですか」

 

『若い四人組でリーダー格は男だろうな。あとの三人の女は、全員ソイツの(れこ)かも知んねえ』

「ははー全員若かったんですね」

 

『おう。でも嬢ちゃんも若そうじゃねえか』

「いやーそうなんですよー、この仕事は結構長いんですけど」

 

『ふーん、まあ冒険者の詳しい説明聞いてたから、アイツらが初心者(トーシロ)なのは明らかだった』

「ということは……冒険者ギルドにも初めて来たわけ、と」

 

『だろうな。つっても装備(モノ)傍目(はため)にもかなり良かった。どっかの金持ち(ボンボン)だとすぐに思ったね』

「――どんな格好だったか覚えてます?」

 

『全員が色は違えど、おんなじような外套(ローブ)にフードを被ってた。男のだけ足元に届くほど長かったなあ』

「それでそれで?」

 

『下に身につけていたものもチラッと見えたが、真新しく充実していたよ。よくわからん代物(シロモノ)もあった』

「本当に出てきたばかりの、若者ということですか」

 

『だろうよ。アイツらは窓口としばらく話した後に、冒険者登録を済ませた」

「であれば新米の証である【石】級のタグプレート?」

 

『あぁ。その後は、(たば)になってる賞金首のリストを熱心に眺めてた』

「探索や収集や狩猟よりも、対人か犯罪者に重きを置く冒険者志望――と」

 

『だからまあ……オレらは少し世間の厳しさってもんを、教えてやろうと思ったわけよ』

「具体的には?」

 

『少しだけ悶着を起こすか、連中を囮にして恩を売るか、あわよくば横取るとかよ』

「ほうほう……」

 

『一つ判断を誤れば、死ぬこともある商売だからな。オレたちもウマいし、連中も学べる』

「あくまで若い新人冒険者たちの為だと?」

 

『まっ最悪、見殺しにして……得た情報を売っちまうのも考えていたがね』

「容赦がないですねー」

 

『結局は我が身大事だからな、利益がなきゃお節介も出さねえよ』

「しかし実際にお節介は焼けずじまいだったと?」

 

『そうさ、しばらくしてから――オレらも連中が熱心に眺めてた賞金首がいると思しき場所に向かった。

 まあ算段は色々あったわけよ、頃合を見計らって向かったつもりだった。ただオレらが着いた時には……」

 

「着いた時には?」

 

『――(おびただ)しいほどの血の(あと)しか残ってなかったよ』

 

 

 

 

 ――冒険者ギルド受付窓口担当、年齢非公開女性の述懐。

 

『はい、懇切丁寧に説明した新人の方々なので覚えています』

「それで――早々に賞金首を討ち取ったんですねー」

 

『"使いツバメ"による定期連絡にも書かれていましたので、確かですね』

「彼らは次の街で、報酬を受け取ったわけです?」

 

『そうなります、検分にも疑いなし。有望な冒険者は喜ばしいことです』

「賞金首の危険等級からすると、これで彼らは最低でも【銅】級冒険者並――ということでしょうか」

 

『実力的にはそうかも知れませんね。【銅】級に上がるのであれば、まだ実績が重ねねばなりませんが』

「実際はそれ以上の可能性もあると」

 

『ただ――あまり頓着(とんちゃく)はなさそうでした』

「……つまり?」

 

『"依頼型"には興味を示さず、ただ換金に必要だから冒険者登録をしたということです』

「賞金首の多くは制限がありませんもんね」

 

『【白銀】や【金】級でないと秘匿される情報もありますけど――』

「ということはもしかしたら、今後頭角を現してくる可能性も?」

 

『えぇ……もっとも賞金首については、市民にも周知しておく事柄ですから。本当に極一部です』

「そこまで狙うつもりなら、ということですかー。ちなみに年齢や名前は――」

 

『そういった情報は、特別の事情がない限り教えることはできません』

「あっはい、ですよねー」

 

『そもそもあなたは何故、このようなお調べを?』

「これが仕事なんですよぉ。彼ら以外にも色々調べています」

 

『はぁ……お仕事、ですか』

「しがない情報屋風情でしてー」

 

『既にギルド所属の冒険者ですので、くれぐれも強引なことは控えてくださいね』

「もちろんです」

 

 

 

 

 ――【銅】級冒険者、29歳男性の告白。

 

『我々は隠れて偵察をしていた。賞金首を狩る際には、状況を見るのが鉄則だからな』

「基本に徹していたわけですかー」

 

『賞金首どもも馬鹿じゃない。一定の行動拠点を持つ連中は罠を張っているし、一癖ある実力者揃いだ。

 大規模な討伐隊が組織されるギリギリの(ライン)、それを越えるようなことは決してしてこない。

 さらに近くの街へ顔の割れてない奴を使いに出して、実力者がいないかなど監視だってしている』

 

「確かに今回の賞金首も、かなり長期間リストになっていたようですねー」

『その通りだ、それゆえにこっちも万全と慎重を期して事にあたっていた』

 

「それで……状況の詳細お願いします。ささやかですが謝礼はいたしますので」

『連中は音もなく現れた。唐突に声を掛けられ、思わず大声をあげそうになってしまったよ』

 

「あなたがたは慎重に隠れ潜み、偵察していたハズなのに……?」

『そうなんだ……簡単に見つけられただけでなく、我々に悟られずに近付いていた』

 

「それで彼らはどうしたのですか?」

『連中は言った。協力するか、そうでなければ先に仕掛けても構わないか――とね」

 

「協力は断ったわけですねー」

『あぁ。我々が生きる冒険者の世界――確かに若くても優秀な奴は、いくらでもいるさ。

 こちらの場所をあっさり特定し、接触をはかってきたことが何よりの実力の証明だった』

 

「それで彼らは自分たちだけで討伐に向かったと」

『賞金首も一筋縄でいく相手ではない。我々は止めたが、聞く耳はあってもうなずかなかった。

 "相互不可侵"も大事なのがこの手の仕事だ。だから連中を必要以上に説き伏せる真似もしなかった』

 

「あわよくば"威力偵察"にでもなれば……ということですかー」

『そうだ。冷酷ではあるがそれで付け入る隙ができるのであれば、我らも安全に事を為せる。

 若き冒険者たちには気の毒であったが、やはり自分の仲間たちの生命が最優先される』

 

「されど結果は違ったわけと――」

『最初は何かを話しているようだった。下卑た笑い声も聞こえた。そうしてすぐに賊どもは集まり――』

 

「多勢に無勢ですね」

『賞金首である敵首魁の魔術士は、かなりの実力者だったはずだ……だが一方的に蹴散らされた。

 魔術も直撃していたように見えたが意に介さず、何度か鳴った破裂音(・・・)と共に賊どもはうずくまった。

 本当にあっという間に……しかも殺さず(・・・)に、次々と賊どもを制圧してしまった』

 

「別の(かた)から"血の痕"が残されていたと、お聞きしたのですが――」

『あぁ……残ったのは血だけだ』

 

「しかしあなたのお話だと――」

『そうだ、我々が戦慄したのはそこからだ』

 

「はぁー……――」

『一人だけ後方で戦わぬ者がいた……。事態が概ね終結し、他の者たちが拠点を探索している(あいだ)

 その人物がゆっくりと人間を解体し始めたのだ。()()()()()体を切り開いて、内部を(いじく)り回していた』

 

「賊たちを……つまり人間を、ですか?」

『我々は動けなくなった。四肢を切断した後に、また繋ぎ合わせたり――理解の埒外(らちがい)だった』

 

「だから血だけが残った……と――」

『地面に染み込むより先に溜まっていった……。何人か死んでしまった者は埋められていた』

 

「繋ぎ合わせたということはつまり……回復魔術の使い手? ということでしょうか」

『改めて今思えばそうなのだろうな、人体を使って実験をしていたんだ』

 

「興味深い。相手が賊だからこそやれる無法ですねー」

 

『我々は全員、連中が去っていくまで……ただただ見入ることしかできなかった。

 動けば我々も同じにようにされてしまう――そんな気分にさせられたのだよ、失礼な話かも知れんがな』

 

 

 

 

 ――連邦西部方面・33号調査員より、案件17番・第三次報告――

 

 二次報告書において記載した資料に、さらに情報を追加します。

 詳細については別記参照のこと。引き続き調査にて報告予定。

 帝国方面への異動申請の受理をお願いします。以下私見――

 

 現段階でもかなりの実力者と見受けられ、将来性も良好のように見られます。

 分別はあるようですが……彼らの行動の節々を見るに、接触は慎重を要する可能性有り。

 

 冒険者ギルドとは別に、何らかの後ろ盾ないし組織に属している可能性が高い。

 同時に懸念材料にもなりえるので、注意度の引き上げ検討も視野かと思われます。

 

 




幕間はこれにて終了、次回から第三部です。


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第二部 登場人物・用語

読む上で必要なことは、作中で説明しています。
この項は世界観の補完や、あのキャラ誰だっけ? というのを簡易に振り返る為のものです。
読まなくても問題ありませんので、飛ばして頂いても構わないです。
以前のモノと重複箇所があるかも知れません。

※先に読むとネタバレの可能性。適時更新予定。砕けた文章もあるのでご注意ください。



 

 

○兵術科

◆ジェーン

皇国の孤児院出身、薄藍色の長髪と銀瞳。水属魔術を使う、氷派生が得意。兵術科主席。

面倒見が良い。学園アイドルをやっていて人気も高く、生徒会長選挙にも推薦されたが最終的に辞退。

 

◆リン・フォルス

王国公爵家出身の三女。人族。明るめのオレンジ色のショートボブ。

お嬢様として育てられたハズなのに、何かと自由人な気質。一族固有の火属魔術を使う。

誰とでも結構絡んでいく、遠慮しない。アイドル業もノリノリ。

 

◆モライヴ

帝国出身、人族。他より早めに卒業。長身でやや太めの猫背。

黒髪で少し天然パーマが入ってる。基本的に頭脳労働担当。

 

◆キャシー

連邦東部の農村出身、赤い癖っ毛ロングの獅人族。

他の四属魔術と比して珍しい、雷属魔術を使える。

短気で喧嘩っ早い、地頭は悪くなく勘は鋭い。負けるのが嫌い。

 

◆ルテシア

純粋なエルフ種の副生徒会長。掴みどころが少なく謎が多いミステリアスウーマン。

 

 

○冒険科

◆ヘリオ

連邦東部出身。白髪に赤メッシュ、薄紅の瞳の鬼人族。火属魔術を使う。

学園バンドで作詞や作曲も最近はこなす。ギター&ボーカル担当。

 

◆グナーシャ

王国出身、灰色ロン毛の狼人族で隻眼。バトル好きなトンファー使い。ドラム担当。

お茶目な堅物、過去に色々あって傷だらけ。魔術は不得手なので魔術具で補強している。

 

◆ルビディア

帝国出身、鷹の鳥人族。薄い赤髪の三つ編みテール。火属魔術が使えて、飛行できる。

ベース担当。ノリが軽いが、空気はちゃんと読める。

 

◆パラス

皇国出身の人族、お嬢様口調の金髪縦ロールの没落貴族テンプレ。剣と盾の基本戦法、前衛のガード役。

良くも悪くも素直で、プライドは高かったり低かったり。

 

◆カドマイア

皇国出身、パラスの名ばかり従者で人族。くすんだ黄土色のサラサラヘアー。リードギター担当。

地属魔術を使う。割と遊び人で、ご主人への忠誠心はあったりなかったり。

 

◆スズ

連邦東部出身、忍者の家系。黒髪を頭頂部で結ってる。先祖は極東北土からやってきた。

「ござる」口調。忍者としてのスキルに加えて、調香術なども扱える。人をからかうのが好き。

 

◆ガルマーン

帝国出身、兵術科英雄コースの教師。実力は申し分ないのだが、それ以上にフリーマギエンスが濃い。

さる事情で学園を去り、後任がいないので英雄コースは無期休講となった。

 

 

○魔術科

◆ベイリル

本作の主人公、帝国出身。黒灰銀の髪と碧眼のハーフエルフ。現代日本からの転生者。

地球の創作作品(フィクション)から着想を得た技を使い、空属魔術から派生して音波なども扱う。

 

◆フラウ

ベイリルの幼馴染、帝国出身。青みがかった銀髪に紫の瞳を持つ、ハーフヴァンパイアもといダンピール。

重力・引力・斥力を操り、普段はかなりスローライフちっくなマイペース。

 

◆オックス

諸島の海上都市出身、内海の民。深緑色の短髪の魚人種でクラゲ。スィリクス卒業後の生徒会長。

コミュ(りょく)が高い。故郷には三人の許嫁がいる、海帝の血脈。

 

◆スィリクス

皇国出身、ハイエルフの生徒会長。何かとフリーマギエンスを目の(かたき)にするが、大概ババを引く。

火・水・風・地属魔術を満遍なく使う。長寿なエルフ種による、平等で統一された社会作りを目指している。

エルフ種で見た目は若いが、実際も若く他の学生とそう変わらない。

 

 

○製造科

◆リーティア

出身覚えておらず、長い金髪と鮮やかな赤色の眼な狐人族。地属魔術を使う。魔術具担当。

人懐っこく、年上はだいたい兄姉呼びをする。でもヘリオとゼノは呼び捨て。

 

◆ゼノ

帝国出身、水色の髪の人族。天才であり秀才。数学に通じ、工学分野が得意。設計担当。

合理性を重んじるが、熱い気性も持ち合わせている。

 

◆ティータ

連邦西部出身の眠たそうな半眼のドワーフ族、そこそこ小柄な薄桃色のツインテール。製作担当。

「~っす」口調で性格は大雑把だが、仕事は繊細緻密丁寧で独創性もある。過去に幼馴染がいた。

 

 

○専門部

◆ハルミア

魔領出身、医学科のダークエルフ。薄い紫髪なベイリル好みの美人。治癒魔術の使い手。

普段は裸眼だが、集中する時だけ母からもらった赤いフレームの眼鏡を掛ける。

元生徒会庶務だが、オックスの新体制で後任に引き継いだ。

 

◆ナイアブ

魔領出身、色素の抜けた緑色髪の魔族。芸術科だけでなく医学科にも在籍した両刀使いのオカマ。

昔ニアと付き合っていた。芸術分野はオールマイティに造詣(ぞうけい)が深い。

 

◆ニア・ディミウム

政経科、共和国出身。暗い金髪の人族。ディミウム商会をNo.1にする夢を持つ努力家。

昔ナイアブと付き合っていた。特に輸送とその管理に強い。

 

◆クロアーネ

調理科、王国出身。茶髪の犬耳メイド。栄養などにも詳しくなってきた。

フリーマギエンス所属なので、商会における料理や調味料の情報の多くを取り扱う。

 

◆ファンラン

調理科、連邦東部出身。翡翠色の髪を持つ希少な龍人族。一族は極東本土の出身。水属魔術を得意とする。

青龍偃月刀を使いこなし、武術による白兵戦もべらぼうに強い。将棋などが好き。

 

◆レド・プラマバ

調理科、魔領出身の魔族。濃いマジョーラカラーな紫のショート。

いずれ魔王になるという野心を持っている。多人数ボードゲームが好き。

 

 

○その他

◆リーベ・セイラー

フリーマギエンスの偉大なる師(グランドマスター)にして、シップスクラーク財団(商会)の総帥。

架空の人物であり、表向き存在するスケープゴート。"予知の魔導師"であると、まことしやかに宣伝されている。

 

◆ゲイル・オーラム

三巨頭の一人、"黄金"。金髪七三分けなおっさん。連邦東部出身。

商会の武力を象徴する。大概のことは初見でやってのけてしまうし、一度みれば模倣もできちゃう天才。

 

◆シールフ・アルグロス

三巨頭の一人、"燻銀"。王国出身。神族大隔世により先祖返りした人族。"読心の魔導"を使う独身。年齢は秘密。

ベイリルの秘密を全て知っている唯一の人物。心を読むくらいじゃないと、そもそも話が理解できない。

心を読んでも全てを咀嚼し理解しきるには至らない。かねてより彼女なりの目標ができた。

ベイリルの記憶に触れたことで、百数十年振りにはっちゃけている。

 

◆カプラン

三巨頭の一人、"素銅"。共和国出身。くすんだ茶髪のパッと見は冴えないおじさま、人族。

家族を失ってから、復讐の為に色々と学んだ。心理掌握に非常に長けている。

もはや彼がいないとシップスクラーク商会は機能不全を起こしかねない。

 

◆プラタ

"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の実験体だった生贄の少女。ゲイルとシールフとカプランによって、とてもたくましく育つ。

師匠が凄いので、弟子も自然と凄くなる。元々実験体として諸々リセットが掛かっていたのか、吸収率が半端ない。

 

◆ケイ・ボルド

連邦東部の都市国家長の娘、人族。親の教育方針で田舎で幼少期を過ごした。

引っ込み思案な面もあるが感情的で、思い込みが激しい。

 

◆カッファ

連邦東部の田舎出身、人族。田舎剣法の次期継承者候補。

後先考えない、良い意味でお馬鹿でさっぱりな性格をしている。

 

 

女王屍(じょおうばね)

自らにトロルと寄生虫を混ぜた人間のキマイラ、はた迷惑なマッドサイエンティスト。

寄生虫の"子"は脳神経を支配して、生ける屍として"母"の簡易命令を実行することができる。

 

◆大魔技師と7人の高弟(こうてい)

連邦東部地方に生まれた、初代魔王と並ぶ歴史上最高の天才とされる人族。

魔術具を製作する為に必要だった高等技術を、効率よく低減させて魔術具革命をもたらした。

今まで誰も思いつかなかったような用途と、それを実現する魔術具を開発・実現させた。

 

大魔技師の直弟子である高弟はそれぞれが各国へ派遣され、一般市民に広く普及させていった。

副産物として連邦東部のなまりが広く伝わり、統一された度量衡も認知されるようになった。

高弟は大魔技師の弟子としてだけではなく、それぞれが何かしらの偉業を達成している。

 

 

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■魔力

血液のように全身に循環して、肉体を強化し魔術へと転嫁する謎のエネルギー源。生物ならほぼ誰でも持っている。

体内に貯留され消費されるが、体格よりも体質によってその魔力量には大きく違いが出る。

休んでいれば自然と回復していく。消費量・貯留量・回復量もろもろ個人差があるので画一視できない。

魔力が常に充実していると、美容や抗老化(アンチエイジング)効果がある。

 

■魔力の暴走

神族を最初に襲った厄災。暴走した魔力はコントロール不能になり、肉体を異形なさしめた。

異形が止まれば魔族、止まらなければ魔物と成り果てる。鬼人族やヴァンパイアは暴走から派生進化した種族。

魔力量には秀でている傾向があるものの、逆に操作に関しては不得手な部分がある。

 

■魔力の枯渇

暴走で弱った神族にトドメを刺した厄災。魔力そのものが枯れ果てていき、貯留できなくなってただの人になる。

今いる神族は常に暴走と枯渇の恐怖に悩まされる。ドワーフ族やエルフなどは枯渇から派生進化した種族。

魔力量が魔族より物足りない傾向があるものの、逆に操作の繊細さ関しては得意とする部分がある。

 

■魔力抱擁

暴走する魔力や枯渇する魔力を、体内で循環するように抱き留めおく術法。

結果として魔力操作と魔力貯留・循環に優れた種族として進化し、ヴァンパイアとエルフがそれにあたる。

 

魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)

フラウがベイリルから聞いた、現代知識の粒子加速器から着想を得て修得した術法。

体内の魔力循環に、意識的な加速を加えて魔力同士をぶつけてさらなる魔力を取り出すイメージ。

魔力抱擁により生まれた種族の血を、半分継いでるからこそ使える特殊技能。

 

■魔術

初代魔王が体系化して広めた、少ない魔力で物理現象を引き起こす術法。

最初は魔法しか存在しなかったが、暴走と枯渇でそれすら喪失していき、理論的に考える者もいなかった。

明晰夢で意識的に事象を引き起こす感じで、詠唱や動作で補強することで刷り込みと手順(ルーティン)の確立化が(キモ)

 

主人公および近しい人間は、現代知識の恩恵によって一定のプロセスを無視したり、違う発想によって魔術を使う。

しかし同時にそれらが固定観念となって邪魔をする場合もあり、都合よく共存させていいとこ取りする者もいる。

使う者は魔術士と呼ばれる。

 

■魔導

魔法が失われ、魔術が確立され、そして最後に魔導へと至った。

実際のところ定義は曖昧だが、魔法には到底及ばず、似てはいるが非なる異能。

魔導を覚える方法は一切確立されておらず、個々人によってまったく異なる。

使う者は魔導師と呼ばれる。

 

■魔法

魔導すら比較にならない魔力と、現実と妄想の区別がつかない想像力で拡大解釈して世界を改変する。

大昔の神族は誰しもが使えた全能に近い(ちから)だが、現在は魔力の暴走と枯渇によって失伝している。

残存する魔法具も膨大な魔力を必要とするのでほぼ十全には扱えない。

使う者は魔法使(まほうし)と呼ばれた。

 

■科学魔術具

魔術を道具として扱えるようにしたものに、科学的理論と設計を加えて実用化した物。

潜在的に存在してはいるが、基本的にシップスクラーク商会で製造された物をさす。

 

■読心の魔導

シールフ・アルグロスが使う、人の心を覗く術法。

表層部分を読む程度なら学園全域を軽く網羅できるくらい広い。映像記憶としても読み取れる。

触れ合えば隠したい秘密や忘却した記憶なども、問題なく掘り当てることが可能。

情報が膨大なほど処理に苦労し、また感情といった要素も読んでしまうので、普段は最低限に抑えている。

 

 

■進化と隔世遺伝

異世界の魔力によって進化を遂げた生物相は多種多様である。また人型種の多くは神族から枝分かれした。

想像力と願望、魔力と遺伝子に眠る記憶が、獣人種や鬼人など多彩な進化を(うなが)した。

血統として一部受け継がれ、世代の離れた祖先の遺伝的形質が、遠い子孫に突然発現することもある。

 

■五英傑

単一個人でありながら、国家すら手を出せない天頂の英雄。

人類史でも圧倒的な戦果を挙げた当代の者が、自然と呼ばれるようになる。

一人だけ非常に長い間、居座っているのもいる。

 

■騎士

貴族とはまた違い、国家から容認された一定の特権を有する階級。

帝国の近衛騎士・黒騎士・特装騎士・竜騎士。王国の正騎士・魔術騎士。皇国の聖騎士。共和国の自由騎士など。

 

 

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▲学園

連邦西部に作られた教育機関。帝都幼年学校、王立魔術学院、皇国聖徒塾と並ぶ最高学府の一つ。

強力な後ろ盾がいるのか、学園自体が半ば都市国家のような扱いという特殊な形態を維持している。

 

ワケありの者でも広く受け入れられ、国家や種族の差別があまり見られない生徒の自主独立を尊重している。

一般教養、戦技部、魔術部、専門部の四つに大別され、季ごとに単位を取得することで卒業要件を満たしていく。

要件さえ満たせば卒業も自由なので、長く留まって勉学に励み続ける者もいる。

 

▲学園七不思議

学園で古くから語り継がれている、オカルティックな噂。

・咆哮する石像の竜

・幻想の学園長

(トイレ)の童女さん

・500季留年(ダブリ)の"闇黒"校章

・開かずの学園地下迷宮(ダンジョン)

・別世界に続く階段

・消えた英雄

 

▲フリーマギエンス

学園という狭い社会を利用し、部活という形から実験的に発足させた思想団体。

文化の伝播や宗教勝利の為の前身であり、「未知なる未来を見る」という"文明回華"の野望にして大志に基づいている。

来る者拒まず、去る者は追う。いつでもどこでもだれにでも、生活に密着した心に寄り添う宗旨。無色の宗教。

 

▲シップスクラーク商会

ゲイル・オーラムが(おさ)をやっていた反社会的裏組織を前身として、新たに設立した慈善的営利団体。

その実体は文明と人類全ての発展と進化を目的とする、超広範に及ぶ複合企業──を目指している。

現代知識を利用した、ありとあらゆる物質的・手法的・概念的な文化を推進・開発している。

 

 

▲アールシアン西部連邦 / エイマルク東部連邦

大陸の南部方面に位置する連合国家。議会制で定期的に総議長が選出される。統一された国教はなし。

連邦は内海を挟んで西と東に分かれており、大きくは一つの括りとして扱われる。

多くの都市国家が大国に対抗すべく寄り集まったもので、都市ごとに特色が異なる。

 

▲ディーツァ帝国

大陸の北西方面に位置する、最大領の軍事国家。帝王の貴族が支える中央集権の封建社会。国教は神王教。

亜人種や獣人種、魔族も柔軟に受け入れる完全な実力至上主義社会で、帝王一族は実力で常に頂点にいる。

土地持ちの有力貴族領の他に、特区と呼ばれる領地の割譲と一定の法権が認められる場合がある。

 

▲エフランサ王国

大陸の東に位置する、魔術に重きを置く権威主義的絶対王政の国家。国境は魔王崇拝。

人族を至上とし、獣人種差別が強く奴隷の数も非常に多い。人権なども無視されがち。

特に魔術士であれば出世しやすく特権も強く多いので、非常に暮らしやすい国と言える。

 

▲イオマ皇国

大陸の最西端に位置する、神族と関わり深い宗教国家。国教は神王教ケイルヴ派。

教皇を中心として貴族社会が形成されている。最も古い国家であり閉鎖的かつ排他的な面が多い。

魔領とは年中戦争していて魔族差別は最も激しく、神族と交流がある唯一の国家。

 

▲ファイレンド共和国

大陸の中央に位置する、最も歴史の浅い共和制の外交国家。投票によって統領を決める。国教はなし。

自由主義的な面が強いが、反動としての暗部も数多い。

 

▲内海諸島

連邦の東西の間に存在する、数多くの島と文化の総称。

海上貿易が盛んであり、海洋の大半が過ごしやすく魚人種の数が多い。

 

▲極東 本土シーハイ / 北土ヒタカミ

大陸から外海を挟んで東に浮かぶ島国。南の"本土"と、北の"北土"に分かれて違う文化を築いている。

外海には凶悪な魔獣と悪天候によって、交易や往来はかなり制限されている。

 

▲魔領

大陸最南端を占める、群雄割拠の領地。人柄・土地柄・文化柄、とにかく好戦的。

国教はないが魔王崇拝が根付いていて、交易や往来も割とある。

 

▲神領

大陸最北西に位置する、全ての人型種の祖たる神族が住まう原初の土地。

四代神王によって統治され、皇国とわずかに交流するのみでその他一切を係わらない。

 

 

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●ドワーフ族 / 鬼人族

魔力枯渇から変異・進化派生した種族がドワーフであり、暴走からの場合だと鬼人族となる。

両種族は外見(そとみ)にはわからない、強靭な筋肉を備えているという特徴を持つ。

つまりは進化の方向性が一致している、言わば親戚であり近似種。

鬼人族が恵体(けいたい)(つの)が有るのに対し、ドワーフはより凝縮された筋骨を有していて(つの)はない。

鬼人族の気性は雑把で荒い傾向があるが、一方でドワーフは頑固で静かな傾向がある。

 

●鳥人族

羽翼を背から生やし、魔術なしで魔力強化だけでも大半が飛行できる種族。

一族単位で独自の社会形成をしていることが多い。鷹や白鳥や鴉など細かく種類が違う。

 

●魚人種 / 水棲種

河・川・湖・沼にも棲息する水中生活に変異・進化派生した種族。水棲種とも呼ばれる。

エラ呼吸はできず、肺活量と効率的な動きで水中でもある程度活動可能。でも空気供給魔術を使うのが基本。

他種族からの干渉が極めて薄い為に、鳥人以上に独自の生態系と社会性を持つ。

 

●竜人族

爬人種に属する、竜への強い憧憬によって半端に変異・進化派生した種族。

その成り立ちから多くが竜信仰を継ぎ、純粋な身体能力だけなら最強の人型種で、寿命も長め。

"龍人"は極東から派生した稀少種。

 

●魔王

魔領を統治する領主の名称。現在は東西南北で、それぞれ四人の魔王がいるらしい。

全ての魔王の頂点に立てた者は大魔王と呼ばれるが、群雄割拠を制覇する資質が必要。

 

●魔物

神族全体を襲った魔力暴走によって、異形へと変異・進化した生物の末裔。

人としての知能を失い、本能のままに生きる(ケダモノ)

 

●魔獣・魔人

魔力暴走した魔族の成れの果てであり、またある意味では窮極到達点。

異形のままに際限ない魔力暴走によって巨大化や異能を有した魔物を魔獣と呼ぶ。

異形とならず、人型のまま増大し続けた魔力を保有する怪物が魔人と呼ばれる。

 

過剰な魔力による汚染の所為(せい)かほぼ自我を失っている移動する天災扱いであり、その対処には慎重を要する。

 

 

●虫

寄生虫だけでなく、他にも数多くの虫が存在している。現実同様、異世界の自然バランスの一角を担っている。

中には魔力によってか外骨格を保ったまま、自重に潰されることなく巨大化する固体もある。

 

●ゴブリン

緑色の体色で小柄な魔物。ある程度の社会性を持つ。

雑食だが肉食を好み、人間から動物から魔物まで向こう見ずになんでも襲う。

集団行動をする為に危険性はあるものの、より高度な社会性と強さを持つ他種族であれば敵ではない。

 

●オーク

猪のような顔に、丈夫な体毛と厚い脂肪とで(おお)われた魔物。

一族単位の社会性があり、一度に組む徒党の数はそう多くない。

強靭な筋骨から繰り出される攻撃、分厚い脂肪と皮膚と体毛による防御能力。

並の冒険者では警戒が必要なくらいには厄介な魔物。

 

●トロル

一つ目の青白いダルマ巨人。出会ったら逃げるべき、各国で災害指定されるくらいやばい魔物。

胃酸を吐出し、全身筋肉のような強靭さを誇り、その再生能力は他の生物を圧倒する。

脳を破壊しようがいずれ再生し、有機物・無機物問わず食い漁る雌雄同体の化物。

 

●キマイラ

他種族混合の獣。基本的には自然にではなく人工的に産み出される。

稀に交配によって産まれる、グリフォンやミノタウロスといった種族もいる。

 

●竜種

太古の神話時代に大陸全土を支配していた地上最強に数えられる種族。

さらに一部残る強力な"純血種"はそれぞれ象徴する色を持ち、今なお地上最強に数えられるような個体。

 

 

 



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第三部 戦が結ぶ合縁奇縁 1章「たった一つのスマートな迷宮攻略」
#97 道中一会 I


世界が広がっていく第三部スタート。
本命である文明の興亡と変革は並行していく形です。


 ──世界には国境がある。とはいえそれらは非常に曖昧なものだ。

 

 戦争一つとっても、それは面の取り合いではなく点の奪い合い。

 街や城砦など一定の拠点を中心とした、特定行動範囲が基準であり領土となる。

 

 そういった基本的なものは、地球の過去史とそう変わるものではない。

 しかし異世界で違うこと……それはやはり魔術の存在に尽きる。

 

 強力な地属魔術士を使って短期間で拠点を作ったり、逆に完全破壊してしまったり。

 大規模な戦争では、そんなダイナミックな領土の塗り替えが生じることがある。

 

 ただし……そんな世界の中にあっても、無縁の場所が存在する。

 学園を卒業し、常々行ってみたかった場所の一つであった。

 

 そこは圧倒的な(ちから)を背景に、各国家から不可侵を獲得する土地──

 

 

「あ~~~? 今なんか聞こえなかったか?」

 

 腰元程度の薄黄色を基調とした外套(ローブ)の下に、動きやすいショートパンツルック。

 燃えるような赤く長い癖っ毛を収めきれぬまま、"キャシー"の獅子耳が僅かに動いた。

 

「んー……なんも。キャシーの気の所為(せい)じゃない?」

 

 前を閉じて太股(ふともも)ほどまでを隠す、淡めの群青色を基調とした外套(ローブ)

 青みがかった銀髪サイドテールと紫色の瞳、片八重歯を覗かせつつ"フラウ"は気怠(けだる)そうに答える。

 

「いや──多分勘違いじゃないな、言われてみれば俺も聞こえた気がする」

 

 足元ほどまでの長さの(にぶ)い灰色を基調とした外套(ローブ)と、幼少より洗練させてきた筋骨(シルエット)

 碧眼には雑多な意思が込められ、黒灰銀の髪をかきあげながら"ベイリル"は五感へと集中を(かたむ)けた。

 

「私も気付きませんでしたかたら、キャシーちゃんとベイリルくんだからかもですね」

 

 (ほの)かな象牙色を基調とし、膝下ほどまでの(たけ)のある外套(ローブ)

 セミロングの薄い紫髪を顔の横で束ね、"ハルミア"は技術と共に様々な医療道具とその身につけていた。

 

 4人のローブは全て規格統一された個人特注品(オーダーメイド)

 肩には"枝分かれした樹木"の紋章が縫い付けられていた。

 

 

「あぁアタシが獣人だからか。ベイリルはなんだ?」

「俺はハーフエルフだし」

 

 さらっと答えるベイリルに、キャシーの眉がひそまる。

 

「んならハルミアもほぼ一緒じゃん」

「私はダークエルフですから。魔力暴走を根源とした魔族ですし、種族特性差があります。

 魔力量で恩恵がある反面、魔力操作の繊細さなどは人族や神族由来、ないし純血種には劣りますよ」

 

「はーん、じゃあフラウも似たようなもんか」

半吸血種(ダンピール)だかんね~。正直、雑把(ざっぱ)なところは──多分にある」

「まぁ魔力面で言えば、例えば獅人族と虎人族の身体的特徴の違いよりも大きいかもな」

 

 

 腕を組んでうんうんとうなずくキャシーが開口して言い放つ。

 

「つまりベイリルは神経質ってことだな」

「オイ言い方──まぁ種族差にかまけるだけじゃなく、俺は俺で色々やっているしな」

 

 幼少期から明確な目的をもって、鍛え続けたゆえの感覚(センス)であった。

 長く生きる上で最も怖いのは不慮であり不意、奇襲のような状況である。

 

 だからこそ自身の肉体周りは、考えられる限りの支配と操作とを意識し研ぎ澄ませた。

 エルフ種というものは、半分(ハーフ)でもそういった方面には強く大いに(はかど)ったものだ。

 

「色々?」

「物心つく頃から持て余した時間であれこれと」

「やっぱ神経質じゃね?」

 

「あーしもいろいろ付き合わされたよ~、昔()ね」

 

 もっとも本格化したのは"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"に買われてからだった。

 閉じ込められた生活の中で、他にやることもなかったという側面もある。

 

 

「事実役に立つんだから、神経質と言われても一向に構わんがね」

 

 如何(いかん)ともし難い状況を打破する為に、持ち得る知識を総動員して試し続けた。

 ホルモンや脳内物質、生体自己制御(バイオフィードバック)に加えて、あらゆる肉体操作を支配するよう心がけた。

 

 眼筋と動体視力を鍛えた。より遠くを見られる為に。

 夜闇でもさらに眼が利くように……。

 

 耳から膨大な情報得る修行をし、無意識に処理するのを慣らした。

 皮膚感覚をもってさらに精細さを求めた。

 

 調香師や一流料理人よろしく、嗅覚や味覚も訓練した。

 動物を模倣するようなそれを──毒物・劇物を判断する為のそれを。

 

 五感に関しては獣人種は狐人族である末妹、リーティアと競い合ったものだった。

 

 さらには痛覚の緩和・一時遮断に加え、毒・病原菌の耐性すらも……。

 魔力感知や第六感のような、曖昧なモノも魔力を用いて意識付けるようにした。

 

 ファンタジーなのだから──思いつく限りのモノを異世界半生で続けてきた。

 そういった現代知識や机上理論で、幼少期から積み上げ実践してきた。

 

 これもある種の自身だけのチート。地球の人間規格では難しくても、異世界では違う。

 その扱いに長じたエルフの血を半分継ぐ、この肉体だからこそ苦痛なくやってこられた。

 

 

「それでその──聞こえたのはなんだったんですか?」

「ん? 男の叫び声」

「俺は獣の咆哮のように聞こえたんだが」

「食い違ってんねー」

 

 4人は進みを止めぬまま掘り下げていく。

 

「……つまり襲われて絶叫した、ということでしょうか」

「獣のような男の声、じゃないよねぇ」

「それはそれでなんか怖いな。俺は元々明確に聞こえたわけじゃないしどうだろうな」

「──んじゃ手っ取り早く探して確かめるか?」

 

 全員の行き足が止まり、目配せだけで結論付けてうなずき合った。

 もしも見知らぬ誰かが危険な目に遭っているとしたら……。

 

 率先して助ける理由もないが、見捨てる理由もないだろうと。

 

「探すならまぁ俺が適任だな」

「一緒に行く?」

 

「いや俺一人で充分だよ、見つけたら"鳴らす"」

 

 そう言って()は空中高く跳躍し、さらに圧縮固化空気の足場を蹴った。

 ぼんやりと聞こえてきたと思われる方向へ、勢いよく飛び出していく。

 

 

 勢いが落ちかける瞬間にローブへと魔力を通し、大きくムササビのように広げた。

 柔らかかった布地は少しばかりの硬度を帯びて、俺は鳥のように滑空していく。

 

 "ウィングスーツ"とも呼ばれる、現実でも実際にある空のスポーツ。

 中には軽量素材で飛行翼を作り、ジェットパックを取り付ける本格派までいたのを動画で見たことがある。

 

 それを俺は空属魔術と組み合わせることで、鳥人族には劣るものの……夢の一つを実現させた。

 自由自在の空中機動とまではいかないが、エコな飛行を提供してくれるのだ。

 

「ん~~~この為に空属魔術を選んだと言っても、過言じゃない──」

 

 他にも理由はいくつも挙げられる。しかしこれこそが道半ばとはいえ……本懐。

 "空を飛ぶ"──地球では遥か古来より、思いを馳せ続けられたであろう人類の夢だ。

 

 火でも水でも地でもなく、"風"──空属魔術こそ俺にとっての最適。

 

 

 ──ほどなくして、戦闘音と怒号、(うな)り声のようなものが聞こえてくる。

 遠く聞き間違えということはなく、トラブっているのは間違いないようであった。

 ハーフエルフの肉眼でも精細には捉えづらく、空気を歪めることで光を屈折させて"遠視"をする。

 

 巨獣とそれに襲われるパーティがいた──既に2人ほど倒れ満身創痍に近い。

 残る1人も半狂乱のようで、今にも殺されかねない雰囲気だった。

 

 俺は左手で"スナップスタナー"による大音響を発して、遠く3人へ合図を送る。

 同時に右手の篭手に仕込んだワイヤーを射出した。

 

 空気圧で撃ち出された先端が地面に刺さると、瞬時に巻き取りを開始する。

 俺の肉体はグンッと大地へと高速に引っ張られ、華麗に着地しながら割り込んだ。

 

 "ウィングローブ"と"グラップリングワイヤーブレード"。

 どちらもティータ謹製にして、リーティア印の一品である。

 

 

「っ……あ、あんたは?」

 

 どこか安堵したような表情と共に、力尽きそうな男を観察しつつ……。

 

「通りすがりの──世話焼き屋サンよ!」

 

 俺は振り返るように巨獣へと体を向けて、獲物を前に舌なめずりをした。

 

 



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#98 道中一会 II

 

 (けもの)──異世界では魔物以外に動物も、独特の姿へと遂げているケースがある。

 それは自然淘汰と進化の末であるのか、魔力の作用であるのか……。

 

 目の前の濃い灰色の"熊"一匹を例にとっても、それは地球のそれを遙かに凌駕している。

 毛並みは大層強靭そうで、筋肉も肥大して見て取れる。関節の形も(いびつ)で、牙も大きく鋭い。

 

 変わらないのは……腹の底から響かせるようなその唸り声。

 前世の記憶からくる、本能的な恐怖が背筋を走った。

 

(オープンワールドRPGなんかでも──)

 

 魔物・怪物の(たぐい)より、不意に遭遇する単なる熊の声のほうがビビったりしたものだ。

 

「まっ実際的な相手にはならないが……」

 

 彼我の戦力差を一目で()(はか)る。

 大きさでは遙かに(まさ)っていても、所詮はただの獣の域を出ない。

 

 質量差を考えれば、オークなどよりは強かろうものの。

 トロルのような化物に比べれば、いくらでも御し得る獲物である。

 

 

「所詮この世は弱肉強食──悔しいだろうが仕方ないんだ」

 

 直接的に魔術をぶち当てるまでもなかった。

 ただ鍛え上げた拳足をもって、打ち抜き、打ち払い、打ち砕く。

 巨大灰色熊を一方的に屠り去る連撃。

 

 その血肉は今日の栄養とさせてもらう──

 

 絶命し崩れ落ちた熊を背にして、俺は周辺一帯にこれ以上敵性生物がいないことを把握する。

 

 周囲を見れば──血溜まりの上で、うずくまるように息絶えている白髪交じりの男性。

 衝撃痕と共に、木にもたれかかって動かぬ女性の死体。

 そして陰に隠れていた……上半身がごっそりなくなっている肉片。

 

 残っていたのは流血と共に膝をつき、大きく呼吸を繰り返している男だけ。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 ズタボロの男に近付いた俺は、意識と安否とを確認する。

 

「うっく……助けてもらってすまねえな、もののついでだが……あんた回復魔術は使えるか?」

「いや他人に対しては──魔術なしの応急処置が精々です」

 

 自己治癒能力を高める魔術は最低限修得しているものの、他人を治すような真似はできない。

 

「ちっ、じゃあおれもダメか──」

 

 男は朦朧(もうろう)とした意識のまま、死した仲間の(ほう)へと順繰りに顔を向けていった。

 後悔と惜別(せきべつ)の色を宿しながらも、非常に落ち着いた様子で死を受け入れようとする男。

 

 そんな彼の心情を踏みにじるように、俺は一言告げる。

 

「まぁもうちょっと耐えられるなら、助かりますよ多分」

 

 

 

 

 ──世界を放浪するように旅をするのは、簡単なことではない。

 

 地形は険しく、舗装されてる道ばかりでなし。むしろ獣道の(ほう)が圧倒的に多い。

 自然は平然と猛威を振るい、環境はいつだって敵のようなものと思わねばならない。

 野生動物や野盗などだけでなく、凶悪な魔物との遭遇も低い確率ではない。

 

 一般的には野外キャンプ可能な道具一式を、馬車などに積載しておく。

 生活していく上で必要な"携帯型魔術具"も、各種取り揃えておくのも基本である。

 さらには護衛をつけて、全員分の飲み水や食料を確保し、道中の計画も立てて(しか)るべきだ。

 

 しかしながら異世界の──強力な魔術士にとっては、必ずしも当てはまらない。

 

 生半可な騎乗動物よりも素早く、道なき道も強引に走破する。

 迷っても高き場所に陣取って位置を把握し、危険な魔物の索敵も(おこな)える。

 

 自然は脅威ではあるが魔術によってある程度は切り抜けられるし、フットワークも軽い。

 

 着火や飲み水程度であれば、火属や水属によらない汎用的な魔術によって生み出せる。

 そうした日常的な"汎属(はんぞく)魔術"は、魔術士であれば大概の者が最低限扱える。

 生活に根付いたものを想像(イメージ)するのは、魔術を最初に覚える際の初歩として珍しくない。

 

 食料も現地調達で済むし、なんなら一日の内に集落から集落まで移動したっていい。

 実際に持ち歩く荷物も──精々が金銭と、ハルミアの医療道具が少しあるという程度であった。

 

 それゆえに鍛錬ついでに、身一つで賞金首を狩りながら目的地へ向かう。

 道中のトラブルも割かし率先して関わりながら──

 

 

「なにからなにまですまねえな……」

 

 助けられた男"ヘッセン"はそう深く頭を下げた。

 命を助けられ、治療してもらい、逃げた馬まで見つけてきてくれた若人達。

 

「いえいえ、お気になさらず」

 

 ハルミアはそう温和な表情を浮かべて言った。

 彼女にとっては"こうしたこと"が第一義な為に、心の底から出た言葉。

 

 世界を回って様々な怪我や病気を見ること、治療すること。

 悪漢や賞金首を相手に、色々と試すのも含めて……。

 自身の可能・不可能を都度確認しながら、地力を上げていく段階。

 

「ところでヘッセンさん、仲間の亡骸はこの場に埋めるだけでよろしかったんですか?」

 

 故郷の土に埋葬してやりたい、というのは誰もが思うことだったろう。

 しかし男はハルミアの心遣いを否定する。 

 

「ああ構わないさ……こういう稼業じゃ別に珍しいことじゃあない。運ぶほどの余裕もないしな。

 それにしっかり(とむら)ってやれるだけ、まだマシってもんだ。タグプレートごと喰われることもある」

 

 

 焚き火で焼かれた熊肉を頬張りながら、キャシーはあけすけ尋ねる。

 

「なんでこんな無謀なことしたんだ?」

「えっ、キャシーがそれ言っちゃうんだ?」

 

 その隣でスープをすすりながら、フラウが思わず突っ込む。

 

「最近のアタシはそこまで無茶しねえよ。で、どうなんだよ?」

「見た感じ、あんたらは"挑戦組"だろう?」

「あぁ──俺たちは一応、"制覇"まで視野に入れている」

 

 男の問いに対して率直に答える。

 

「はははっ言うねえ。まっおれらは敗残者さ、上層(・・)でもそこそこ稼げると聞いたんだが甘かった」

「それがどうして、こんな離れたところで?」

 

「ここら一帯は言うなれば"宝庫"なんだ。最初(ハナ)っから攻略じゃなくこっち目的の狩猟者も少なくない。

 攻略失敗しちまった代わりとして、せめて何かしら成果を挙げようと……またも甘く見ちまった結果さ」

 

 男は煮込まれている野菜を食べながら自嘲した。

 

 

「皇国からわざわざ渡ってきたってのに……、悪いが治療費どころかこの食事代も払えやしねえ」

「別にお代は結構ですよ。これも"フリーマギエンス"の導きです」

 

 ハルミアはにっこりと笑いながらそう答えた。

 彼の他にも今まで助けた者に対して、共通して述べる口上。

 

「フリーマギエンス……?」

「俺たち同志集団の信条です。未知を欲し進化を求む──全てのものを自身への(かて)としようというね」

 

 情けは人の為ならず──巡り廻って自分へと還ってくると信じたい。

 "文明回華"という超事業は、世界規模で文化を循環させることにある。

 

 撒いた種がどこかで芽吹いてくれれば……それでいいのだ。

 それぞれ複雑に絡み合い、互いに影響し合って、人類全てが前へ進むことに意義がある。

 

 

「そりゃあご立派な心意気なことで」

「恩を売るのもその一環。何か報いたいと思ったら、"シップスクラーク商会"へどうぞ」

 

 行き過ぎた善意は、時に不信感をもたらす。

 ハルミアには悪いが、彼女の笑顔も見る者によってはその裏や含みを感じることだろう。

 

 だからこの程度が具合が良い。フリーマギエンスとシップスクラーク商会。

 どちらもやんわりと流布させながら、繋がりの輪を構築していく。

 

「なんだあんたら雇われか?」

「厳密には違いますが、認識としてはそれでいいです」

「そうか……まあなんでもいいか、おれみたいなのにはありがたい。覚えとくよ」

 

 

 ゆったりと会話と食事を終えて、諸々の片付けが済んでから早々に別れを告げる。

 余った肉に毛皮や骨類は重く加工も時間が掛かるので、必要分だけ分配して残りは埋める。

 

「それじゃ、俺たちは日が暮れる前に着きたいんで……一人でも問題ないですか?」

「あぁ馬も見つけてもらったし、街道まで出られれば危険も少ないからな」

「完治したわけではないですから、無理はしないでくださいね」

 

 男は馬へまたがり手を挙げると、4人の若者はあっという間に消え去った。

 

 馬を走らせながら思いを馳せる──

 

 己の足のみでここまで来た強者。

 空より飛来し巨熊を一蹴した魔術戦士。致命傷に思えた傷も治すほどの治癒魔術士。

 残る2人も相当な使い手のようだし、なにやら白昼夢でも見たような不思議な感覚も残る。

 

 所詮は一般冒険者の域を出ない己と違って……。

 

「あいつらならいいトコまで行けるだろうよ」

 

 

 



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#99 無二特区 I

 "五英傑"の一人――"無二たる"カエジウス。

 人族、男性。年齢不詳だが、少なくとも200年以上は生きているという話。

 

 端的に語るのであれば、彼はいずれ来る世界の滅びを救った――とされる。

 

 山脈ごと大地を喰らい、とてつもなく巨大な湖を作りし"魔獣"。

 休眠と活性を繰り返しながら、国家すら呑み込んだ超生物。

 かの魔獣が目覚めて動き出すたびに、巨体は際限なく喰い荒らして大きくなり続ける。

 

 "ワーム"と――ただ一言その名は、古来より天災として恐れられ続けた。

 

 "翼なき異形の竜"とも言われ、かつて地上を支配した竜族が神族に敗れ……。

 叡智ある獣の王たる"頂竜"と共に、ほとんどがその姿を忽然(こつぜん)と消した時――

 彼ら竜族が神族に支配された世界を、遠い未来に滅ぼすべく遣わした置き土産とも伝えられていた。

 

 しかし神族どころか世界そのものを滅ぼしかねない、暴食の化身たるそんな超生物も……。

 カエジウスの手によって、命運尽き果てることになる――

 

 

 

 

「ははー盛況だね~」

「おーおー、すっげぇ」

 

 フラウとキャシーはキョロキョロと辺りを見回す。

 

「フラウおまえ来たことなかったんかよ」

「ないね~、でも今にして思えば子供が一人で生きていくなら、割と良い場所だったかも」

 

 帝国領の東部に位置する――通称"カエジウス特区"。

 そこは世界最大の迷宮(ダンジョン)を中心に形造られた街。

 放射状に展開していく街並は、夢見る冒険者達の坩堝(るつぼ)でもある。

 

 

「どこか学園と似たところがありますね」

「確かに種族を問わず、皆が活気で溢れているな」

 

 ハルミアの言葉に同意しながら、俺はうんうんと頷いた。

 

 元々種族差別が少ない帝国だが、さらにカエジウス特区だけの治内法権で管理されている。 

 彼は独自の"契約魔法"が使えるとされ、治安を乱せば強制的に従属させられてしまうらしい。

 

 実際に犯罪者などが絶対の奴隷として……。

 治安維持やの迷宮(ダンジョン)管理他、様々に組織されているという噂であった。

 

 

「そして、あれが"ワーム"か」

 

 ――カエジウス特区の中心点、死なずの超巨大迷宮(ダンジョン)を俺は見つめる。

 

(いずれ世界遺産認定して、是非観光資源に組み込みたいところだ……)

 

 カエジウスはワームを討伐したが、生体そのものの活動は完全には停止していない。

 それはあえて生かされたのか、ワームの生命力が強靭過ぎたのかは定かでない

 なんにせよ彼は生きた死骸を利用して、自らの手で内部に迷宮(ダンジョン)を造り上げた。

 

「でっかいねー、あんなん倒すなんてあーしでも何百年掛かることやら」

 

 迷宮(ダンジョン)内はカエジウスが契約した魔物が跋扈し、下層へ向かうほどに凶悪になっていくという。

 契約しているとはいっても基本は野生そのままであり、容赦なく殺しに掛かってくる。

 

 しかし倒せたならば、その素材類は珍重され、高く売ることができる。

 また犯罪者から収奪した金品や、カエジウスの収集品も"宝箱"にご丁寧に入れられているのだとか。 

 

 

「五英傑の(かた)って本当に凄いんですねぇ」

 

 さらに罠を含めた構造全てが、カエジウスの手によってトータルデザインされているという話。

 世界最大にして唯一の完全管理迷宮(ダンジョン)であり、一般に広く開放している。

 それゆえに迷宮(ダンジョン)から広がるように、街が作り上げられていった。

 

「英傑っかぁ……アタシもソレ目指すのも悪くないかもな」

 

 領内の法も含めて、"無二たる"の()()()()()というものが窺い知れるというものであった。

 そして造られし迷宮(ダンジョン)の最下層まで完全制覇(クリア)した暁には――

 

 

「えーっと、泊まる場所どこだっけ?」

 

 黄昏時を背景(バック)に、キャシーと並んで前を歩いていたフラウが振り返る。

 俺はポケットからメモを取り出し、書かれている住所を確認する。

 

「北大通り三番目――"ディミウム商会"の店だ」

 

 

 

 

 寄り道をしながら到着する頃には、既に()も落ちていた。

 店には雰囲気のある照明と、わかりやすい看板が掲げられている。

 

「お久しぶりです、ニアさん」

「あなたたち……思ったより早かったわね」

 

 そう言って暗い金髪をうなじあたりで結んだ"女主人"は、カウンター下を漁る。

 予め連絡していた通り、宿の部屋二つ分の鍵を渡してくれた。

 

 それを俺はフラウとハルミアへそれぞれ手渡した。

 

「先に休んでていいぞ」

 

「いいの~? じゃっお言葉に甘えて」

「あーーーさっぱり洗い流してぇな」

「キャシーちゃんって意外とキレイ好きですよねぇ」

 

 フラウ、キャシー、ハルミアはそれぞれ手荷物と共に、2階へと上がっていく。

 残った俺は改めて、目の前の女性との会話を再開する。

 

 

「使いツバメがちゃんと届いてたようで何よりです」

「そうね、飛び込みだったら部屋は埋まっていたと思うわ」 

 

 そう業務連絡のように返した"ニア・ディミウム"。

 学園の専門部政経科に属し、製造科へ移った後に一足先に卒業していた。

 ディミウム家を盛り立てる為に、フリーマギエンスを利用するだけと公言して(はばか)らなかった。

 

 努力の人――と自他共に認めているが、努力をし続けることも一つの才能である。

 俺とてハーフエルフという種に恵まれていなければ、修練なぞ苦痛しかなく諦めていたこと疑いなく。

 本来苦痛となることも楽にこなせるからこそ継続できたし、新たな楽しみを見出せたに過ぎない。

 

 なんにせよ努力によって(つちか)い得た、その商業的な敏腕。

 特に補給周りの采配と輸送は、学園での遠征戦においても大いに発揮された。

 

「依頼通り迷宮(ダンジョン)攻略に必要な物はこちらで揃えておいたわ。請求はシップスクラーク商会に?」

「いえ、帝国金貨一括で」

 

 ドンッと道中の荷物になっていた、重めの貨幣袋をテーブルへと置く。

 道すがら賞金首を狩り続けてきた報酬も、決して安くないほどに貯まっていた。

 

「滞在費やその他諸々の必要経費も、ここから出しちゃってください」

「はいはい、毎度どうも。迷宮(ダンジョン)探索用一式も準備してあるわ」

 

 

 ――その店は総合雑貨屋と言うべきものだろうか。

 武器・防具・装飾具から、冒険に必要な各種道具類が整然と並べられている。

 ポーションや魔術具も一部取り扱っているようで、なかなか繁盛しているようだった。

 

 2階部は宿屋になっていて、そこを特別に早くから予約していた。

 

「ここがニア先輩の――最初の城、ですか」

「……本当に運が良かったわ。あなた発案の"値段均一商品"も悪くないし、ガラスの(おろ)しも助かってる」

 

 質の良いガラスは、各種研究の為には必須とも言える素材である。

 数多くの化学変化に強く、溶媒などの保存や混合に、ガラス容器は大いに使われる。

 それをニアへと(おろ)すのは商会としても、なんら拒むようなことではない。

 

「なんのなんの、良い店とは良い関係でいたいですから」

 

 カエジウス特区街では、"商業権"が存在する。

 ()()()()()を除いて、全店舗が2年ごとに店を入れ替えねばならないのだ。

 

 それは審査に通った者達の中から、厳正な抽選の(もと)に決定される。

 隔年でがらっと立ち替わっていく商店群も、ここ迷宮街の観光要素でもあった。

 

 

「早めに卒業した甲斐はありましたか」

「えぇ、ここから始める。あなたたちの商会もいずれ超えるわ」

 

 店舗はそのまま利用することもできるが、取り壊して新築するケースも少なくない。

 魔術によって壊すのも造るのも、そこまで労を要しないという側面もある。

 なによりもここカエジウス特区では、"契約奴隷"による格安建築がサービスとして提供されるのだ。

 

「というかニア先輩が自ら出張って、店舗運営してるんですね」

「ここは多彩で質の良い店が多くあるから……学べることも多いのよ」

 

 奴隷は人手としても雇い入れて労働させることが可能であり、絶対服従というおまけ付き。

 売買需要もさることながら、そうした恩恵も抽選倍率を高めている要因であった。

 

 "無二たる"カエジウス単一個人による、高精度な奴隷契約によって管理される――

 世界でも片手で数えられる、どこの影響も受けることなき独立した一つの領地。

 

 

「っと、そういえばティータからモノ届いてます?」

「今朝方ちょうどね、部屋に既に届けてあるわ」

「いやぁ道中結構消耗しちゃったんで。今のとこ作れる人は限られてるからなかなか」

「……興味本位だけど、どういう物なの?」

 

 俺は少し悩んでから、申し訳なさそうな表情を浮かべて断る。

 

「すみません、現状ではまだ言えません。色々な意味で難があるテクノロジーなので――

 諸々の障害(ハードル)や先々の見通しが立てば、ニア先輩のとこにも優先的に開示し(おろ)しますよ」

 

「まあ……別に構わないけれど」

 

 不満そうな顔は一切見せぬまま、ニアは渡された貨幣を数えていく。

 

 

「ところで有益な情報を得るなら、どこがいいでしょう?」

「この店……と言いたいけど、"黄龍の息吹亭"以外にはないでしょうね」

 

 情報も売買対象ではあるが、やはりこの"迷宮街最大の店"にはどうしたって劣る。

 店の規模じゃ言うに及ばず、客の数とその交流、流通にしてもまた桁違いである。

 

「確かそこって――」

 

 俺は昼間に道中で助けた、攻略脱落者である男の話を思い出していた。

 迷宮街がこうも賑わっているのには様々な理由がある。

 

 人造迷宮(ダンジョン)内に眠る素材やお宝。独自の法によって維持される治安。

 国家からの干渉がなく、定住はできないものの一時避難としては最適な土地。

 種族差別が少なく、人が人を呼ぶスパイラルで賑わい拡充していく街。

 

 それらもおまけでしかない最たる理由――実際に俺達もそれを目当てにここまでやってきた。

 

「共和国の"大商人"が、"無二たる"に願って手に入れた……永久商業権による大衆酒場よ」

 

 

 夢と浪漫と実利が、迷宮(ダンジョン)には眠っている。

 しかしそれ以上のものが、"完全制覇の報酬"として存在する。

 

 迷宮(ダンジョン)を攻略した者に与えられる、制覇特典。

 それは――"どんな願いでも3つだけ叶えてもらえる"こと。

 

「この街で唯一のってあれですか」

「えぇそう。二年縛りによらず、恒久的な商売を認められただけでも価値はあるけど……。

 何よりも完全攻略者の願いによって建てられた店。その制覇情報は挑戦者には垂涎(すいぜん)ものでしょう」

 

 

 "無二たる"カエジウスとて全能ではないだろう――

 しかし五英傑の一人が、可能な範囲で願いを聞いてくれるということ。

 それはつまり大概のことは叶えられることに他ならない。

 

「なるほど、明日から本格的に励みますか」

「イザコザ起こして、わたしにまで波及させないようにね」

 

「心外です……と言えないのが辛いとこです」

 

 

 

 



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#100 無二特区 II

 夜明けと共に、温もりの中で体を起こす。

 寝覚めが良いのは、質の高いベッドと布団のおかげだろうか。

 そこまで要望は出していなかったのだが、ニア先輩が良い部屋を用意してくれたおかげだ。

 

 しかしなにやら下半身に違和感のようなものに気付く。

 

「んっく――ぷはぁ、ベイリルおはー」

 

 唇を離したフラウは糸を引きながらいつもの調子を見せる。

 

「……あぁ、おはよう」

「うん、そいじゃ――」

 

 同じベッドで横に眠っていたフラウは、先に起き出してなにやらコトに及んでいた。

 再開されるソレに対し、俺としても特に拒むことなく受け入れる。

 

「ところで、なにゆえ朝っぱらから?」

「っふ……んんっ、だって昨晩やってくれって言ったじゃん」

 

 答えてすぐにまた始めるフラウの頭を撫でつつ、俺は昨夜を思い出す。

 

 

「言ったっけか? それならさすがに覚えてると思うんだが」

「言ったよ~? こうやって起こしてくれって」

「まじかぁ、ハーフエルフに生まれてからの記憶力は自信あったんだが……」

 

「だよね~ほんとは言われてない」

「……やっぱりか」

「あはは~日頃の調教の賜物(たまもの)と思いたまへ」

 

 閨を共に過ごし続けたフラウは的確にツボを心得ていて、俺を頂きへと(いざな)う。

 

「なんとなく人聞きが悪いなあ」

「じゃーやめる?」

「やめないで」

「オッケィ、まっかせなさい」

 

 こちらの反応と限界も見抜かれ、フラウはペースを上げる。

 その手練手管は……確かに俺が仕込んだ(わしがそだてた)、とも言えるのかも知れなかった。

 

「うっく……ふぁ、んっぐ――うん」

「まぁ飲んでもらうのは嬉しいんだが、美味いのか? 無理してんのなら別に」

「ん~? もう慣れたよ。それにほら、半吸血種(ダンピール)だし血の代わり的な?」

「栄養になる、のか」

「……多分?」

 

 確かに血肉から魔力は得られるという話だが、それは非常に微々たるものだろう。

 吸血種(ヴァンパイア)と呼ばれていても最初期の風習のみでしか見られず、すぐに(すた)れたと聞く。

 

「はーい、おしまい」

「ありがとよ、最高だった」

 

 そう言って最後まで綺麗にしてくれたフラウに俺は素直に感想を述べる。

 まぁ寮生活の頃も何度かあったが、基本的には俺のほうが早起きだからこうした機会は少ない。

 

 

「いやーしっかし昨日は久々に燃えたね!」 

「確かに……結構ご無沙汰だったからなぁ」

「思いつきでやってみたけど、意外と良かったねぇ無重力(・・・)

「布団汚したらアレだからって、ちょっとアクロバティックすぎたわ」

 

 全員とねんごろになってしまえば、気兼ねなくできるのだが……実際はそうもいかない。

 ハルミアとはいずれそうなりたいが、キャシーはまぁそうでもあるまい。

 

 アホなことを話し、アホなことを考えながら服を着ていく。

 

「あれっもう一回しないんだ? あーしちょっと昂ぶってんだけど」

「やらんやらん、ハルミアさんとキャシーも起きてくるだろうし」

「一人でスッキリしてずっこい」

「また今夜な、時間はたっぷりあるさ」

 

 長期滞在になる可能性も考え、希望通り部屋を2つ確保してくれていて本当にありがたい。

 

 

 全員揃って食事を()ったら、とりあえず迷宮街最大の店で情報収集でもしようか。

 当然目指すべきは、ワーム迷宮(ダンジョン)の最下層制覇である。

 叶えられる願い事とやらが、どの程度かはわからないが……腕試しにも丁度良い。

 

(少なくとも一個だけ叶えたい願いは――決まっている)

 

 シップスクラーク商会の情報網から得た、この土地特有のもの。

 カエジウスの裁量内で叶えられることだし、きっと叶えてくれるだろう。

 "文明回華"という、大いなる野望の為の(いしずえ)の一つとする為に欲しいところだ。

 

(取らぬ狸の皮算用。まずは目の前のことを達成すること、か)

 

 前人未到というわけではなく過去に何度か達成されているのだから、やってやれないことはないハズだ。

 

 なんだったらカエジウス本人とも……戦ってみたいとすら思ってさえいるのだった。

 

 

 

 

 ――"黄龍の息吹亭"。

 "七色竜"の一柱の名を借りるその店は、迷宮街で唯一歴史ある老舗(しにせ)である。

 迷宮街の中央で、拡張を重ね続けた店は圧倒的な広さを誇る。

 

 情報売買と交流の為の酒場を備え、昼夜を通して活気が絶えることはない。

 さらに迷宮(ダンジョン)で得た素材や物品の売買、その多くを一手に担っている。

 そうした流通が迷宮(ダンジョン)内の生物相や構造のみならず、挑戦者の実力まで測るデータとなっていた。

 

 

 俺とフラウとハルミアとキャシーの4人は、酒場の入り口付近から内部を見渡す。

 

「あははっ結構いんなぁ、歯ごたえのありそうなのが」

「ダメですよキャシーちゃん、問題起こすのは」

「これって全員挑戦者なのかな?」

「う~ん混沌(カオス)だ」

 

 多種族が雑多にごった返すその光景は、学園の学食風景を思い出す。

 さしあたって有望そうな人間とでも絡もうかと、じっくりと見渡しながら物色していく。

 

 自然と目に留まったのは――壁際の席に座る、大柄な虎人族の男。

 歴戦の傷のようなものが散見され、グナーシャを思い出させる。

 上半身が隠れるほどの丸盾に、剣とも斧とも取れぬ刃渡りの武器を立て掛けていた。

 

 (かも)し出される雰囲気は……強者然としていることを隠す様子はなく。

 結果的に近寄り難いのか、大きめのテーブルを1人で占有しているように見受けられる。

 

「あそこにしよう」

 

 反対意見は出ない、考えることはみんな一緒のようであった。

 それが丁度よい()き席だとばかりに、連れ立って真っ直ぐ歩いていく。

 

 

 すると鍛えたハーフエルフの感度高めの聴覚に、薄っすらと声が入ってきた。

 

『おいアレ見ろ』

『怖いもの知らずか』

『新参っぽいな、なんか揉め事おこさねえかな』

 

 聞こえるのは獅人族のキャシーも同様のようで、耳がピクッと動いてわかりやすかった。

 

 虎男の近くまで来ると、ジロリと一瞥(いちべつ)される。

 凄まれているようにも感じるが、威圧されるようなものは感じない。

 

「どうも、相席いいですか? (おご)りますよ」

「いらぬ世話だ、群れるのは苦手でな」

 

 淡々と、にべもなく断られてしまう。

 はっきりとした拒絶の意思というよりは、ただ面倒という印象。

 本人の風貌がアレなだけで、粗暴というわけではないようだった。

 

「まぁまぁ固いこと言うなっておっさん、ちょっと話聞くだけだ」

「キャシー、そこはお兄さんって言おうよ」

 

 ドカッと遠慮なくキャシーが隣に座り、フラウも物怖じせず続いて座る。

 

「オレは四十を数えるおじさんだ、間違いではない」

「とてもよく研ぎ澄まされた肢体(にく)ですね、素晴らしいです」

 

「うん……ああ」

 

 人体を観察するようなハルミアの言葉に、虎男は少し戸惑った様子を見せた。

 

 

「ベイリルです、よろしく」

 

 俺はスッと右手を差し出し、半眼で値踏みされながらも握手を交わす。

 キャシーとフラウだけでなく、ハルミアも俺も今更恐れるようなことはあんまりない。

 

「あーしはフラウ~」

「ハルミアと申します」

「キャシーだ。おっさんの名前は?」

 

「オレは――"バルゥ"だ」

 

 立て続けに俺達に自己紹介されて、渋々名乗る様子を見せるバルゥという名の虎人族の男。

 こうして座れたことで、とりあえずファーストコンタクトは成功と言えるだろう。

 

 

「なぜ貴様らは、わざわざオレへまとわりつく」

「バルゥ殿(どの)()耳をすませてたんですよね」

 

 そう言うとピクっと虎耳が動く、隠そうとしてもなかなか隠せない習性のようなもの。

 獣人種の反応はリーティアで散々見てきたので、よくよく知っている。

 獣の本能的な部分が、どうしたって理性とは別に反応しやすいのであった。

 

「この場で見るからに一番強そうですし、有益な情報が得られるかと」

「それをちょっと(おご)る程度で聞き出そうというのか」

「もちろんそれだけじゃないです、いい店を紹介しますよ。大概のモノを安く揃えられます」

「別に店にも金にも困ってないがな」

 

「なぁバルゥのおっさん、アンタ傷が多いなあ」

「他人に話すようなことじゃない」

「もう他人じゃないだろ? 少なくとも知り合いだ」

「馴れ馴れしいことだ」

 

 言葉にトゲは感じるものの、バルゥは無礼にも思えるキャシーに対し心底不機嫌な様子を見せない。

 同じ猫科を基本する獣人同士、気が合うところもあるのかも知れない。

 

 

「知り合いとて簡単に語るようなことではないがな」

 

「まっ……悲惨な過去を語らせたら、俺らもなかなかのもんですよ」

「んじゃまずはあーしから」

「一番悲惨なフラウが最初に話すなって」

「となると私からですかねぇ――」

 

 するとバルゥは何かを思い出すような仕草を見せると、観念したように僅かに微笑を浮かべた。

 

「わかった、何が聞きたい?」

 

「せっかくですから、まずは友好を深めましょうか」

 

 

 



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#101 無二特区 III

 身の上話を交えながら、徐々に踏み込んでいくようにバルゥと交流を重ねていく。

 

「へー、王国の奴隷剣闘士から成り上がったんかぁ。だからそんな傷があるんだな」

「どれも古傷ばかりだがな、まだ弱きものだった頃のものだ」

 

 改めてまじまじと見つめるキャシーを横目に、俺は後の展望のことを考える。

 

闘技場(コロッセオ)か……あとは"キルクス・マクシムス"とか、多様な競技場も国会遺産として作りたいな)

 

 かつて栄華と隆盛を極めた、ローマに(なら)う一大事業。

 建国などまだまだ遠い先だろうが、後世の歴史で語られるモノは色々作っていきたい。

 

 人的資源や戦略資源のみならず、観光資源もまた文化の(ちから)として……。

 人類世界を席巻する促進剤になるのだから。

 

 

「名誉の傷ですねぇ、良かったら治すこともできますけど――」

「いや、後遺症などはないから結構だ」

 

「ところでバルゥ殿(どの)は、何故迷宮(ダンジョン)へ挑戦を?」

 

「オレは"騎獣の民"の()でな。奴隷に身をやつす時に、絆を結んだ相棒が先に冥府へ向かった。

 カエジウスの"契約魔法"とやらは、死んだ者すら召喚できると噂に聞いたから少し、な……」

 

("死後の世界"を信じているのか――というか死んだ者すら召喚……?)

 

 どこまでが真実かはわからないが、とんでもない話である。

 そもそも死後の世界が存在しているのかも、あやふやではある。

 

女王屍(じょおうばね)の寄生虫みたいな例もあるし、一概に死者蘇生を否定はできんか――)

 

 ほぼ失伝しているとはいえ、全能といわれる魔法が存在するファンタジーな異世界である。

 もし仮にカエジウスの"契約魔法"とやらが本物であれば、可能性は0(ゼロ)と切り捨てられまい。

 

 

「あ~……"騎獣民族"、あーしは一回だけ世話になったことある」

「なんなんだそれ?」

「まつろわぬ民――常に獣と共に野生に生きる、誇り高き遊牧民族だったか」

 

 キャシーの疑問に対し、俺は頭の中に蓄えた知識を探してそう口にした。

 

「あぁそうだ。大陸中を移動しながら牧畜し、戦士は狩猟した獲物のみを食す民」

「そうそう、あん時は獲物かち合っちゃって、獰猛(どうもう)だけど気風(きっぷ)のいい人らだった」

 

 フラウは懐かしむように、何度かうなずく動作を見せる。

 

「奴隷じゃなくなったんならよぉ、おっさんは古巣に戻らねえの?」

「オレは"絆の戦士"だからな、相棒を失えばもう資格はない」

「よくわからないですけど、なんだか厳しいんですねぇ」

 

「それが"(おきて)"だ、それこそが我らの誇りと純度を保つ――」

 

 その時――壁際に座るバルゥとキャシー、その隣のフラウの目線もスッと動いた。

 俺とハルミアもつられるようにして振り返ると、入り口から入ってくる男が見える。

 

 

 幽鬼のような男、とでも言えばいいだろうか。明らかに正常ではない。

 元の素材だけは良さそうな服はボロきれのようになり、焦点は宙を泳いでいる。

 

「なんだぁ? アレ」

「敗北者だ――当然だが迷宮(ダンジョン)には、あらゆるものを失う危険がある」

「死ぬだけでなく、精神が壊れてしまう人もいるわけですねぇ」

 

 ハルミアの言葉に、俺はふっと彼女へと視線を移した。

 医療術士である彼女がいれば、早々取り返しのつかないことはあるまい……。

 それでも生命の危険は、常に意識はしておかねばならないことだ。

 

「奴らは確か百人くらいで潜って、ほとんどが全滅・離散したのだったか――」

「大所帯だねー、逆に身動きとれなそ」

「やっぱり一筋縄ではいかんわけか」

 

 

 さもありなん。数が多ければ、それだけ多数を相手にしなくてはならぬ場面が増える。

 大人数だからこそカバーできる部分もあるが、やはり温存を考えれば少数精鋭のほうが良い。

 

「そうだな。一部の本気で制覇を狙う実力者は、長く深く潜り続けている」

「どれくらい掛かるもんですかね」

「噂では……一年以上棲みついてる猛者もいるという話だ」

「なんというかもうそれ、目的が変わってません?」

 

 半ば諦めているのか、ライフワークと化しているのか。

 手段と目的とが入れ替わって、本末転倒な事態に陥ってるようにも思える。

 あるいは本当にそれくらいは当然のものとして、臨み挑まねばならないほどの難度なのか。

 

「実際にオレも二季と少しほど潜った。本攻略であれば、一年はさほど馬鹿げた数字ではない」

「うっへぇ~……きっつ」

 

 キャシーはガクリと肩を落としつつ、それまでのやる気が一気になくなっていく。

 

「行きはまだしも、戻りのことも考えねばならん」

「深くなるほど助け合えるような探索者もいなくなっていくわけですしねぇ」

「それが邪魔になっちゃうこともあるかもしれないけどね~」

 

 ハルミアの言葉もフラウの言葉ももっともである。

 

(果たしてどこまで通用するものか――)

 

 たかが迷宮(ダンジョン)にそこまで悠長な時間は掛けたくはなかった。

 願い事特典は魅力的ではあるが、制覇できる保証もあるわけではない。

 

 

「なぁおっさん、そん時は何層まで行ったんだ?」

「三十三層だ、一番進んでる組は四十二層と聞いたことがある」

「何層まであるんでしょう?」

 

「さてな、ワームの大きさから推測するに六十層――多くとも七十層あたりと言われている」

「でもさでもさ、制覇者が建てたっていうこの店の情報ならどうなん?」

 

 フラウの質問にバルゥは腕組み答える。

 

「そういう直接的な情報は、売ることはできないらしい」

「それはつまり造物主の意向にして、御威光か……当然と言えば当然」

 

 口止めされているのだろうか、人工迷宮(ダンジョン)であれば十分にありえる話。

 もしくは安易に制覇者を増やしたくないという理由からか。

 

「どうしても知りたいなら、"無二たる"カエジウス本人に聞くしかなかろうな」

「会おうと思って会えるのぉ?」

 

 

「無理だ。()の者が自ら出向くのは迷宮(ダンジョン)構築の時だけで、それも人知れずで見たことがない。

 オレも姿すら見たことがなく、真っ当に会いたいのならば、それこそ迷宮(ダンジョン)を制覇した時に他なるまい」

 

「……? 真っ当じゃない方法もあるということですか?」

 

 ハルミアの質問に、バルゥは少し沈黙を置いてから答える。

 

「治安を乱して捕まり、強制的な奴隷契約をさせられる時くらいだろうな」

「さすがにそれはムリだね~」

「意外とそこらに紛れ込んで、普通に飲み食いしてたりしてな」

「ははっありえんとも言い切れんが、そんなら警備奴隷とかが何かしら反応示すだろう」

 

 完全に思考を縛るような強制契約ではなく、しっかりと考える頭は残っているのは見て取れる。

 キャシーの冗談を一笑に付しながら、俺は少し考えを深めていく。

 

(本人に聞く、か……)

 

 無理やり潜入することもできるが、心象も悪く不法侵入の(とが)で強制契約させられても困る。

 逃げ足には自信はあるが、それでも相手は"五英傑"――その底は計り知れるものではない。

 

 ともするとハルミアが突然席を立った。

 

「どしたんハルっち」

「……えぇ、ちょっと失礼――」

 

 追加注文でもしにいったか、あるいはお花摘みか……ハルミアはその場から離れていく。

 

 

「法の抜け道ってのはないもんかね」

「えーでも会えたとして、聞いても答えてくれないっしょ~」

「……ごもっとも」

 

 いずれ国家級の(ちから)をもって、改めて接触するという方法はある。

 五英傑はそれぞれが国家すら恐れぬ武力だそうだが、"無二たる"は実際に帝国の特区にいる……。

 であるならば――国という立場として、交渉の場に立つことはできるだろう。

 

 迷宮(ダンジョン)を完全制覇した上での願いが理想的だろうが――

 

(俺が願うのは直接的に交渉したっていいモンだしな……)

 

 迷宮(ダンジョン)充実の為のテクノロジーを提供し、引き換えにこちらの願いを通すということも可能と思われる。

 

 

「つーか情報を知りたいなら実際の? 攻略者を探したほうが早ェーんじゃね」

「その人らも口止めされてるかもだけどね~」

「それでも可能性はあろうな。ただこの店が経営され始めてから既に二十年ほどだ」

「つまり直近の攻略者もそれくらいだと?」

 

「その通りだ、ここが作られてから制覇は達成されてないらしい」

「そんなに超難度なのか」

 

 まさか新たな攻略者を出すまいと、虚偽の情報や妨害行為を売っている……なんて思い浮かぶ。

 しかし"無二たる"カエジウスの法治下があるのなら、そんな無法はすまいと考えを振り払う。

 

 その場合はただただ攻略が困難、という現実が目の前に立ち塞がってしまうわけなのだが――

 

 

「制覇者の情報はあるん?」

「実攻略が四人と、補給が一人。その補給担当が永久商業権を願った」

「へー、じゃあ他の二つの願いはなんなんだ?」

「さぁな、とんと知れん」

 

(俺らとニア先輩で丁度ピッタリ編成か――)

 

 験担(げんかつ)ぎをするというわけでもないが、一つの指標があるのは参考になる。

 

「制覇者の情報も売られてたりするんですかね?」 

「売られてはいない。ただし名前は堂々と書いてあるぞ、あそこにな」

 

 バルゥは受付の上方を指差し、俺はハーフエルフの視力で目を凝らす。

 やや大きめの看板に、5人の名前と祝福の言葉が確かに飾ってあった。

 

 オラーフ・ノイエンドルフ

 ファウスティナ

 ガスパール

 ゲイル・オーラム

 エルメル・アルトマー

 

 ――()の者達の勇気と栄誉を永久(とこしえ)(たた)える――

 

 

「へぇ……うん!?」

 

 俺は思わず目を泳がせながら、しかめっ(つら)で二度見する。

 よくよく見知った名前がそこにあった――"ゲイル・オーラム"。

 

(――本人で間違いない、わな)

 

 オーラム姓はあの人の生家のもの。

 さらにゲイルという名で、迷宮(ダンジョン)制覇までする実力者となれば――他に考えられない。

 

(そういえば……五英傑と会ったことあると、やんわりと聞いたことあったっけ)

 

 まさかそれが"無二たる"で、しかも迷宮(ダンジョン)攻略者だったとは……一顧(いっこ)だにしなかった。

 灯台下暗し。だがすぐにでも使いツバメを送れば、彼から情報を得られる僥倖(ぎょうこう)でもある。

 

 

「あれ? ゲイル・オーラムって――」

「あぁ、あの人だ」

「誰だよ」

 

 続いて気付いたフラウの疑問に俺は肯定する。

 キャシーは直接会ったことはないものの、名前は教えた筈なのだが……。

 

「なんだ、おまえたち知り合いなのか?」

「えぇ、幸運(ラッキー)でした。知り合いどころか同志で――」

 

「う"があぁあああ"あ"アァアア"ア"アああ!!」

 

 その瞬間、酒場全体に響き渡るほどの叫び声が会話を中断させた。

 

 反射的にそっちを見れば、幽鬼のような敗北者が寝転がって発狂していて……。

 ハルミアがそれに寄り添うように、巻き込まれているようだった。

 

「ハルミアのやつ、アイツのほうが一悶着おこしてんじゃねえか!」

「なんがあったんだろ?」

「というかマズイな――」

 

 すぐに酒場の雇われ警備に囲まれて、外からも応援が駆けつけていく。

 他の客はやばいと思いつつも野次馬感覚で円を作り、発狂者とハルミアだけが中心に残されていた。

 

「どうやら"無二たる"カエジウスとすぐに会えることになりそうだな」

 

 バルゥのそんな他人事の一言に、俺は少々頭が痛む思いとなったのだった。

 

 

 



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#102 無二特区 IV

 その住居は豪邸と言って差し支えないものであろう。

 しかしある種――主要国家の王よりも上位とも言える人物が住むには……。

 簡素で最低限の権威を示すくらいにしか見えなくもない。

 

 地上に露出しているワーム迷宮(ダンジョン)に、張り付くように建てられている邸宅。

 庭には隷従契約された魔物が跋扈し、不法侵入しようものなら喰い殺されかねない様相。

 

 一方で屋敷内に大した物は見当たらず、生涯のほとんどを迷宮(ダンジョン)構築に(いそ)しんでいる――

 そんな噂も、あながち間違いではないと思わせた。

 

 連れてこられた広間の床には、魔法陣のようなものが薄っすらと描かれていた。

 さらに奥の少しだけ段差が高くなった場所に、椅子がポツンとある。

 それなりに豪奢ではあるが、どちらかと言うとみすぼらしい玉座のような印象を強く受けた。

 

 その座に腰掛ける人物こそ――生ける伝説、五英傑が1人――"無二たる"カエジウス。

 

 

「そっちの三人は長命種のようだが……まだ若いな」

 

 一見してそう見抜いた、口ヒゲから顎ヒゲまでをたくわえた老齢の男――

 人族で200年以上となれば、年相応ではないのだろうが……。

 それでも枯れた老人のそれを彷彿とさせる容貌であった。

 決して高価そうには見えないローブを何重かにまとい、首元にはチョーカーのようなものを付けている。

 

 

「もう一人は普通の獣人か。なんにせよ、法を知らぬ存ぜぬでは通じんぞ」

 

 周囲には魔物も護衛もいない。ここまで連れてきた奴隷も、扉前で失せてしまった。

 必要がないのだろう。彼を脅かせる存在など、はたして地上にいるのかどうか。

 

 

「お言葉ですが……罪を犯した事実はありません」

 

 毅然(きぜん)とした態度でハルミアは、まっすぐカエジウスを見据える。

 当然のように俺とフラウとキャシーも付き添いでやって来て、バルゥとは一旦別れた形。

 そして同じく揉め事の当事者である、幽鬼のような男が意識のないまま床へ横たえられている。

 

「一応聞こうか、そういう申し開きの場だからな」

「おいジィさん」

 

 一歩前へ出たキャシーの次の言葉が続く前に、俺は幼馴染の名を呼ぶ。

 

「フラウ――」

「あいはいさー」

 

 勝手理解したるフラウは瞬時にキャシーの背後に回り込むと、その首へと腕を回して抑え込んだ。

 

「ぬっうぐ……」

「ややこしくなるからさ、大人しくしてようねキャシー」

「わーかった、わかったから地味に技かけるのやめろォ!」

「まったくこういう交渉ごとは、あーしらは不向きなんだからさぁ~」

 

 

 場が落ち着いたところで、ハルミアは咳払いを一つ挟んでから弁明を述べる。

 

「私が(おこな)ったのは――"医療行為"です」

「話では……店内でその"肉を裂いた"と聞くが? 目撃していた契約奴隷は嘘をつけんぞ」

 

 恫喝(どうかつ)するような声音のカエジウスに、ハルミアはペースを崩さず続ける。

 

「もちろん否定しません――なにぶん緊急性を要する状態でした。前後不覚で今にも()り切れんばかり。

 骨そのものが歪み……血の巡りも滞らせていて、強引ですが一度切り開く必要性を認めました。

 今は脳への血流も正常化されたので、時間が経てば()れていた精神もいくらか落ち着いていくでしょう」

 

「にわかには信じられんが、さて……」

 

 そう言ってカエジウスは幽鬼のような男をチラリと見る。

 息はしているし、既に外傷らしい外傷も見当たらず治療痕のみ。

 警備奴隷達が判断に困り、直接裁定を求めてきたのもうなずける様子であった。

 

 

「彼女の"医療術士"としての能力は確かなものです。僭越(せんえつ)ながら(わたくし)も何度も助けられています。

 これ以上不当な拘束を続けることは、"無二たる"殿(どの)の御心にも反するのではないでしょうか?」

 

 ()も臆すことなく、大仰な敬語でもって告げる。

 ここに来るまでに、"ハルミアに耳打ちされたこと"を思い出しながら……。

 彼女一人に重荷を背負わせるわけにはいかないと。

 

(結果としては確かに会えたものなんだがなぁ……――)

 

 制覇する以外に真っ当な方法では"無二たる"には会えない――では真っ当でない方法なら……?

 バルゥの言葉を聞いて、ハルミアは機転を利かせてすぐに行動に移した。

 

 医療行為として相手を傷つける。問題を起こしながらその(じつ)、慈善的な行為に他ならない。

 本当の目的はこうして"無二たる"カエジウスへ、事態の判断をさせるということ。

 

 つまるところ騙したような形だが――実際にこうして直接会い、話している現実が存在する。

 

 

「はんっ、好き勝手言ってくれるわ。こちらの判断一つでキサマらなぞ吹き飛ぶことを忘れるなや」

迷宮(ダンジョン)を素晴らしく完璧に管理する御仁であればこそ、正当な判断を(くだ)されるはず――」

「もってまわった言い回しをしよってからに、気持ち悪いわ。若者らしく喋らんかい」

「それじゃぁ、もう少し砕けて物言います」

 

 迷宮(ダンジョン)から法律まで、手ずから整備し、自ら契約し、そして全てを管理する。

 そんなことを200年と続けているだけあって、なかなかに偏屈な爺さんのようだった。

 

 しかし裏を返せば彼の信条に反しない限り、多少横柄な態度でも許されると見る。

 こちらが少なくとも肉体的には若いことは見抜かれているし、ここは若者らしく振る舞おうと。

 

 

「どうでしょうここは一つ、会食の場でも改めてもうけるというのは――」

 

 カエジウスは一拍の沈黙を置いてから、やや冷ややかな瞳でもってこちらへ投げかける。

 

「なるほど、小賢しか。キサマらの本当の狙いはそっちということかい」

「ご明察、恐れ入ります。こうして会って話すことが我々の真の目的でした」

 

 椅子に肘掛けた状態から、カエジウスは呆れたように溜息を吐く。

 

「抱き込めるとでも思っているのか?」

「そこまで都合良くいくとは思っていませんが」

「では直談判か? それかなんぞ聞きたいことでもあるんか」

「そらまぁ情報収集するのに……製作者以上の人物はいないでしょう」

 

 一瞬呆気にとられた表情を見せると、カエジウスはくつくつと笑い出す。

 

「ぬっははははははっ! それで一騒動起こしてまで会いにきたか! とんだ莫迦者(バカモン)よ」

 

 思ったほどの悪印象は持たれてないことに安堵する。

 実際のところは、ハルミア一人の発想にして独走であったのだが……。

 なんにせよ状況を臨機応変に活用することも、物事を円滑に進めるコツであろう。

 

 それに少なくとも今回は、彼女はちゃんと計算していてのことである。

 事前に相談くらい、しておいて欲しかったのだが……。

 

 連行されている途中で「どうですか? いけるでしょ?」と、目を輝かせられたら何も言えない。

 やらかしと言えばやらかしなのだが、そこは惚れた弱みのようなものもあった。

 

 一見冷静沈着なようでいて、異様に行動力があるハルミアをフォローするのは決して楽ではない。

 何かと猪突猛進なキャシーにせよ、時折掴めないことをやらかすフラウにしても。

 俺とて楽観主義的に、刹那的で浅慮(せんりょ)な行動に出ることもなくはない。

 

(まっ、()()()()()()()()()も時には緊張感(スリル)があって良いものだ)

 

 

「褒め言葉としてお受けします。では将来ある若人たちに、ささやかな贈り物でもどうです?」

 

 闘争心を前面に、わずかに稚気(ちき)を見せてみる。

 

「抜かせ、この(たわ)けどもが」

 

 ピシリと、空間に亀裂が走ったような錯覚に突如として陥った。

 臨戦態勢というわけではない、ただカエジウスの意識が切り替わっただけである。

 

「身のほど知らずは若き特権なれど――知れ、我が()を。学べ、我が()を。」

 

 ハルミアは無意識に一歩ずつ、ゆっくりと後退(あとずさ)っていく。

 キャシーは歯を剥き出しに身構えながらも、長髪が総毛立っていた。

 しかし俺は微動だにしない。フラウも涼しい顔で視線を外さない。

 

 彼我の戦力差が圧倒的なものであることを理解(わか)らされる。

 それでも(じつ)を伴わぬ殺意に、気圧されてしまうことなど――もはやない。

 

 かつて……初めてゲイル・オーラムを前にした時とは違う。

 あれから学園生活を経て、色々と成長と進化を繰り返してきたのだ。

 真正面から受け止め、受け流すことになんの造作があろうか。

 

 

「ほう……なんと見込みはありようか、(クチ)だけでないとはな」

 

 圧力に抗う俺たちを見てカエジウスは感心し、また関心を示す。

 

「過言でした、肉体言語による交渉は考え直すんで収めてもらえますでしょうか」

 

 カエジウスが感情を抑えると、その場に充満していた気も晴れていく。

 

「持て余す若気(わかげ)迷宮(ダンジョン)内で発散しとけぃ、この跳ねっかえりどもが」

迷宮(ダンジョン)内で暴れていいってことは……とりあえずこの悶着の一件は不問で決着ですか?」

 

 カエジウスは一度だけ鼻を鳴らしてから、不満気な様子を見せる。

 

「そこな倒れている男が無事起きてから、だがな」

 

 



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#103 無二特区 V

 当事者の一人である幽鬼のような男が起きるまで、カエジウスとの会話に興じる。

 

「――にしても喰えぬ奴らよ。しかしなんだ、これは誰ぞの入れ知恵か?」

 

「いやぁ彼女の発案です。人を救って目的も果たす、なんと利口(スマート)なやり方でしょう」

(たばか)るような形になったのは心苦しくはありますが、彼を助けようと思ったのは本心です」

 

 俺とハルミアの言葉に一つだけ溜息を吐いたカエジウス。

 彼はふんぞり返ったまま、髭に覆われた口を開く。

 

「こうして会うことは果たせても、答えるわけがなかろうて」

「そいつはまっこと残念なことです。尋ねたいことは山ほどあるんですが――」

「まずは制覇してからにせい、できるものならな」

「じゃ、()()()()答えてもらうことにします」

 

「挑戦的なその態度……貴様らのような恐れを知らぬ者たちも、昔はよくおったものなあ」

 

 

 想起に(ふけ)りにかかるカエジウスの思考に、俺はすかさず割り込んで引き出しに掛かる。

 

「もしかして"ゲイル・オーラム"?」

 

「名指しか。ああ、確かにトンデモなく暴れん坊な連中だった。修繕も時間が掛かったものよ。

 だが制覇したことは素直に賞賛に値する。まったく最近の(やから)は骨がなくていかん」

 

(老害みてぇだな……)

 

 いわゆる「近頃の若い者は――」と(なげ)くような老人のそれ。

 はたしてそれは事実なのかも知れないが……言い回しはまさに、である。

 

 人の振り見て我が振り直せ。

 俺自身、転生前は古い感性に囚われ、意欲をなくし、そういう気質があったことは否定しない。

 改めて長命種(ハーフエルフ)として生きていく以上、忘れてはならないことだ。

 

 彼は迷宮(ダンジョン)を造る――俺は文明を創る――

 モノは違えど、己の欲得ずくと、趣味でやっていくことに……大きな違いはない。 

 基本骨子が似通っているのであれば、良くも悪くも参考にすべき点は多いだろう。

 

 

「にしても、知り合いがおってもわざわざ問いに来たとは……それもそのはず。迷宮(ダンジョン)に手を加えぬ日はない。

 まして二十年かそこら前の話となれば、昔とは全くの別物である。聞いたところで得るものは無いに決まってるでな」

 

「いやまぁ制覇者だと知ったのは、つい先刻(さっき)ですけどね。ただこっちのが手っ取り早いと」

 

 俺は正直に言うと同時に、少し余裕を見せながら煽るように言う。

 

「情報なぞ所詮上辺(うわべ)だけのもの。そうやって沈んでいった者たちが幾人いることか」

「なるほど……真に得られるべきは、自らの眼で()て、耳で聴いて、その手で得た感触だと?」

「そうだ。こんなことを続けていても――貴様らの寿命を、いくら費やしたとて制覇などできん」

「でもゲイル・オーラムが制覇したのは……俺たちとそう変わらない年の頃ですよねぇ」

 

 迷宮(ダンジョン)踏破して願いを叶えたのが20年前なら、大体同じくらいの年齢となる計算。

 もっとも俺の精神年齢は、さらに30年ほどプラスされるが……。

 

(なんにせよ目標としては悪くない)

 

 今度オーラム殿(どの)会った時には、しれっと「俺も制覇しました」と言ってやりたい。

 

 

「キサマらとヤツらとでは大いに違う。キサマらでは何年掛かったものか」

「かの御一行はどのくらいでした? 直接聞けば遅かれ早かれです。それくらいは教えてくれませんかね」

「あやつらは、たしか二季……いや準備も含めれば三季ほどか」

 

(なっげ)ェ……バルゥ殿(どの)の潜り日数にしてもだが、そこまで手間暇掛けるつもりはないぞ)

 

 三季となるとおよそ240日に及ぶ。一年以上潜ってる連中から考えれば、それは破格のスピードではあるが……

 さしあたり長命種(ハーフエルフ)の時間感覚で言えば、大した浪費にはならないだろう。

 しかし迷宮(ダンジョン)攻略そのものに魅力を感じるか、と問われれば別段そこまででもない。 

 

「あの時よりさらに洗練させ、凝った作りにしている。最低でも2年は覚悟してもらおうか」

 

(……なんつーか、こじらせてねぇか?)

 

 五英傑と呼ばれても、俗物的な面があるのは――ある意味で厄介でもあるが、安心もできる。

 何もかもを超越した理解できぬ精神性で、無茶苦茶やられるのが一番困る事態なのだから。

 

 いずれにしても、これは意地でもクリアしてやりたいという気持ちが沸々(ふつふつ)と湧き上がってくる。

 "簡単にクリアされたら悔しい"精神のクリエイターの、度肝を抜いてやろうじゃあないかと。

 

 

「――迷宮(ダンジョン)攻略には(ルール)はないんですよね?」

「ないない、好きなようにやるがいい。自由に狩って、罠も破壊したって咎めることはない」

「ゴリ押しでの攻略もあり、だと」

(ちから)ずくもまた妙よ、それだけの実力が伴うのであればな。修繕も楽ではないが、それは必要なことだ」

「徹底的に逃げ、隠れ、最下層まで到達しても?」

「逃げられるものならば、やってみるがいい」

 

 ニタリと笑ったカエジウスは、目を細めながら()めつけて釘を刺す。

 

「しかし街全体の法として、同じ攻略者を害する目的で事に及べば……奴隷の仲間入りを心しておけ」

「それは大丈夫です、他者を蹴落とすまでもない」

「ほんに言いよるわ」

 

 

 ぐぐっとにわかに動き始める物体に、全員の視線が注がれる。

 床に寝かされていた男が、両の(まなこ)を開きながらゆっくりと上体をあげた。

 

「お……おぉ、我が女神(ディアマ)!」

「えっ……はい!?」

 

 もはや幽鬼とは言えなくなった男は、土下座するように膝を折ったままハルミアを見て叫ぶ。

 

茫漠(ぼうばく)たる意識の中で確かに感じました。あなたに助けられた! 是非報いさせて頂きたく――」

 

 ハルミアに接近した男を俺は止める。

 俺ですらそういうアレではまだなのに、こんなのに近付かせてなるものかと。

 

「おっごがぁ……」

 

 右手の平で覆うように、俺は男の顔面を掴んで大人しくさせる。

 

「あーーー……これで名実共に嫌疑も晴れたということで、よろしいですか?」

「そのようだ、以後も穏便に済ませよ」

 

「おっふぅ……これは失礼した」

 

 起き抜けのテンションが落ち着いた男を離し、扉へと誘導して先行させる。

 

「そうそう、これだけ聞いておきたいんですけど。死んだ生物を召喚契約できるってのは……?」

 

「後々詐欺だと訴えられても困るから答えてやるが……尾ひれのついた話だ。

 大概のことは叶えてやるが、あくまでこちらの趣味であるということを忘れるな」

 

「ご丁寧にどうも。それでは存分に観光させてもらいますよ――()()()()()ね」

 

 

 

 

 きちんと条件付けされているのか、警備奴隷がいなくても庭の魔物は襲ってくることはなかった。

 襲ってきても返り討ちにはできるだろうが、治療された男は戦々恐々と後ろをついてくる。

 

「んで、どーすんのさ? ベイリル」

「もちろん攻略する」

「でも時間……結構掛かりそうですよねぇ」

「オマエらは寿命長いからよくても、アタシはあんま乗り気になれんな」

 

「大丈夫だ、()()()()はしない」

「どういうこった?」

「攻略のやり方に対する言質(げんち)はとった。要するに最下層にさえ到達すればいい」

 

 疑問符を浮かべる3人に、俺はほくそ笑むようにして言葉を紡ぐ。

 

 

「"テクノロジー"で攻略する――厳密には併せ技だがな」

 

 最下層に何が待つかはわからないが、そこだけは真っ向勝負するしかない。

 まさかカエジウス本人が出てきて、ラスボス気取る――なんてことはないと思いたい。

 いやそれならそれでも、どうにかどうして、やりぬきやってやる……しかないだろう。

 

「一応は慎重に事を運ぶ必要がある。中途で取り締まられて、新たにルール追加されても困るし」

「今攻略と言ったか? キミたち」

 

 庭を抜けて街中へと差し掛かろうとすると、幽鬼のようだった男が話し掛けてくる。

 

「えぇまぁ……でも部外者に聞かせることではないんで」

 

 そう切って捨てようとすると、男は深く頭を下げて懇願するのだった。

 

「ならば頼む! 私を加えてはくれまいか!?」

 

 

 



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#104 救国企画 I

「ならば頼む! 私を加えてはくれまいか!?」

 

 少し前まで幽鬼のようだった男は一転した様子でもって、無粋にも距離を詰めてくる。

 

「治療費などは結構ですから、さっさとお帰り頂いていいですよ」

 

 先の印象からか、一歩引いた位置からハルミアはそうバッサリと斬った。

 

「アンタ弱そうだし、役立たずはいらんだろ」

「攻略部隊を全滅させたんしょ? ちょっとアレだよね~」

「熱意だけじゃ如何(いかん)ともし難いこともあるんで、申し訳ない」

 

 

 歩みを止めず進み続ける俺たちの前方に回って、男はさらに食い下がる。

 

迷宮(ダンジョン)の情報がある! それならば価値があるのでは!?」

「何層まで行ったんだよ?」

「二十一層だ」

「バルゥのおっさん個人より全っ然行けてねぇじゃねえか」

 

「もう内部情報(・・・・)はいらないんで。さっさと国へ帰ったほうがいい、あんたにも家族がいるだろう」

 

生憎(あいにく)だがもはや家族はいない、だから私はここへ来た。国も死に体……私がやらねばならんのだ」

「国、ですか?」

「なにさまなんだよ、てめーは」

「私は"ヘルムート・インメル"辺境伯、このカエジウス特区の東の土地の領主だ」

 

「辺境伯ぅ? それってめっちゃ偉いじゃん。絶対ウソっしょ」

「しかも王国と境界線を分かつ、南東戦線の最先鋒――」

 

 帝国貴族の中でも、恐らくは上から数えたほうが早い爵位持ち。

 精々が30そこそこ程度の威厳のない男――ただの虚言癖にも思える。

 

 

「嘘ではない、これが証明だ」

 

 自らを辺境伯を名乗る男は、懐中からペンダントを取り出し魔力を(かよ)わせる。

 すると帝国国章と共に、領地の紋章のようなものが浮かび上がった。

 各国で身分証明に使われる魔術紋様の一種で偽造は難しく、(かた)れば極刑もありえる。

 

「あぁこりゃ確かに本物っぽい、まじもんの帝国貴族か」

 

 俺は記憶にある帝国本国の紋章と照らし合わせてそう言った。

 同時に怪訝(けげん)な顔でハルミアが疑問を呈する。

 

「そんな人がどうしてこんなところで……」

「話すと長い――それに今すぐに報いることもできない。しかし必ず恩は返す! だからこの通りだ!!」

 

 ヘルムートは何もかも投げ出すかのように頭を下げ、俺たちはどう対応したものかと逡巡する。

 

「そもそもあーしらが絶対に攻略できる保証はないけどねぇ」

「それでもわずかな希望に懸けるしか……私には道は残されていないのだ!!

 あの"無二たる"を相手に交渉をしていた様子で、今なお攻略の意志を見せる君たちに!!」

 

 

 俺は腕組み考えながら、辺境伯を名乗る男を観察しつつ思い返す。

 

(家族はもうおらず国が死に体、ねぇ……?)

 

 非常に気になる話であった。それに帝国南東端"インメル領"。

 この一点に関しては、個人的にも商会的にも大いに価値があろうというものだった。

 

「ゆっくりと話を聞いてからにしましょうか。いい店があるんで」

 

 

 

 

 ニアの店の借り受けた一室に集まって、改めて内々の話をする。

 それぞれがしっかり腰を据えたところで、俺はインメル領主へと話を振った。

 

「粗茶もなんもないですが、それではどうぞ」

「あ、あぁ……どこから話せばいいものやら」

「順を追って話す以外ないですよ」

「っそうだな――それは……急激だった。領内で"伝染病"が発生して、対処よりも先に広がっていった」

 

 ハルミアの表情が鋭くなる。彼女自身――医療術士として、思うところは数あるようだった。

 

「帝国内でも豊かな我が領地は、王国との最前線ということもあり精強だった」

「共和国も隣接していて、常に戦に備えねばならない土地柄ですもんね」

 

 俺は聞きかじった程度の知識を、改めて本人に確認を取る。

 

「そうだ。しかし伝染病に加えて、その治療薬と称して"魔薬"が出回り始めた」

 

 

(ふむ……人為的なもの、か?)

 

 ――"魔薬"。地球でいうところの麻薬に近いもの。

 原材料の薬効に加え、()け込ませた魔術の種類や量によって、依存度や効果も変化する。

 治癒ポーションも広義的には魔薬の部類に入り、様々な効用を服用者へともたらす。

 

 薬も過ぎれば毒となるし、その逆もまた(しか)り。

 

 快楽からドーピング目的まで多種多様であり粗悪品も多い、世界各地の社会問題の一つ。

 商会の前身であるファミリアでも、収入源として小さくはなかった。

 

 しかし(しつ)の悪い魔薬は"文明回華"の妨げになると、取り扱いをやめてもらった。

 ゲイル・オーラム自身も特に拘泥(こうでい)していたわけではないので、あっさりと了承してくれた。

 

 とはいえ魔薬それ自体は、色々な可能性を秘める異世界の錬金術の一つ。

 研究それ自体は諸機関の一つで、続けさせてはいる。

 

(……まさかうちの商会から流出したワケじゃあるまいな)

 

 俺はそんな危惧を振り払う。ヘルムートの話だとかなり規模の広い話に聞こえる。

 いくらなんでもそんな量産体制にあれば、さすがに気付くというもの。

 

 

「あっという間に国は崩壊していった。父は奔走し、立て直しを図ったが……どうにもならなかった」

 

 ヘルムートは己の無力を(なげ)くように、拳を握り締めて歯を食いしばる。

 

「戦争でも政治でも辣腕(らつわん)を振るっていた父だが、遂には伝染病の餌食となった。

 結局そのまま急逝してしまい、私がその後を未熟ながら継いだのだ。しかしどうしろと言うのだ!」

 

 荷が勝ちすぎる問題であることは、(はた)から聞いていても明らかであった。

 しかし民衆にとっては、ただ助けてほしいという一心であろう。

 過程に意味は持たず、結果のみが彼ら一族を評価する。

 

 ――ノブレス・オブリージュ。

 地位ある人間には、大いなる義務が発生する。その責任はその地を治める長にこそあるのだ。

 

 

「私とて次期領主として色々なことを学んできた。だが知識も経験も、父には遠く及ばない。

 父が無理だったことを、私が中途から持ち直させることなど……できるわけがないッ――」

 

 自責の念にまみれたヘルムートに、ハルミアがもっともなことを問う。

 

「帝国本国からの救援はないのでしょうか?」

「要請は何度も送ったが、あの戦狂いの帝王のことだ。(てい)のいい撒き餌にでもするのかも知れん」

「ああん、それってどういう意味だ?」

「撒き餌……つまり重要な自国領を一つ失ってでも王国を釣る、ってことか」

 

 キャシーの疑問に俺は察した答えを言いつつ、帝国について思考を致す。

 

 帝国の頂点、王者の血族――"戦帝"。

 あらゆるモノを手にし、娯楽を堪能してきた男。彼が最終的に落ち着いたのは……戦争だった。

 自らが軍を率いて先陣を切り、戦果を挙げ華々しく勝利することも珍しくないと聞く。

 

 それゆえに誰ともなく自然に、"戦帝"と呼ばれ始めた。

 冷徹にして心熱き帝王。非情にして高潔な帝王。政戦両略にして賛歌の絶えぬ帝王。

 帝国の拡大し続ける支配領域を、さらに加速させたのが現在の戦帝であると。

 

 最近はさる理由(・・・・)から、あまり思い通りには進んでいないと風の噂に聞く。

 しかしそれでも未だに、最前線に赴いては暴れ回っているのだとか。

 

 

「"キルステン"領からも、父は協力を得たはずなのだが……遅れている」

 

 同じ帝国領内、インメル領の南に位置する土地、キルステン領。

 

 そこの領主もあわよくばを狙っているのか。もしくは戦帝によって遠回しに厳命を受けたか。

 単純に伝染病や魔薬に関わりたくないのか。本当に単純に遅れているだけか。

 

 真意については謎であり、現状では確かめる(すべ)もないのだろう。

 

「魔薬も実は王国軍の策略なのかも知れない。今にも攻めてくるかも知れない……」

 

 ヘルムート・インメルは焦点の定まらぬ瞳で話し続ける。

 

「共和国との(あいだ)で結ばれた約定もいつまで守られるか、好機と見られれば……」

 

 今にも圧し潰されそうなほど、怯え追い詰められた表情でにわかに震えだす。

 

「そもそも喰い荒らされるほどの土地と人が残っているのか? もう既に民はみな伝染病と魔薬で――」

 

「うるせえ!」

 

 キャシーがガツンと椅子を蹴り払うと、ヘルムートは強く尻もちをついた。

 

 

「っが……うぐぐ」

「女々しいんだよ、ぶつぶつ言ってんな」

 

 一喝されたヘルムートは改めて神妙な顔のまま椅子を戻し、座り直したところで震える唇を開く。

 

「っすまなかった、続けさせてくれ」

「つまり大事な国を放っぽりだしてぇ、なんでこんなところにいるのか、だよね~?」

 

 フラウはあえてそう言葉にしたが、もうここまでくれば察しもついていた。

 

「あぁ……だから私が頼るべきはもう、"無二たる"カエジウスしかなくなった」

「どうしてそのような結論に?」

旅の人物(・・・・)から助言を受けて、もうそれしかないと思ったのだ」

 

(どんな願いでも三つ叶えてくれる――とはいえ限度がある)

 

 "無二たる"カエジウスには、カエジウスなりの規範とその精神があるようだった。

 死者は蘇らせられないし、例えばワーム迷宮(ダンジョン)を譲ってくれとかも聞いてはくれまい。

 

 物質的なものは大概叶えてはくれそうだが、伝染病といった事柄となると……。

 

「一領主として会談を申し込んだが断られた。文書をしたため送ったが……迷宮(ダンジョン)を攻略せよ、とだけ」

 

 

(偏屈な爺さんなことには変わりないか――)

 

 当然だがカエジウス本人には、ヘルムートを助けてやるような義理も利益もないだろう。

 

 たとえ王国がインメル領を支配しようとも、彼にとっては全く関係ないのだ。

 王国軍だろうが帝国軍だろうが、攻めてくれば討ち滅ぼすだけの戦力をカエジウスは保有している。

 

 しかしながら"五英傑"と(たた)えられ、救うだけの(ちから)を持つ者の行動としてはいかがなものか。

 仮にもお隣さんであり、伝染病や魔薬ともなれば自国領への影響も看過しきれまい。

 

(長きを生きてきて……)

 

 そういった世界のどこかの不幸にも慣れてしまったか――あるいは辟易(へきえき)しているのか。

 彼の気質も、英雄にありがちな側面の一端を――味わった上でのものなのかも知れなかった。

 

 俺自身、何百年と生きて爺さんな精神性になったら……一体どうなっていくことやら。

 

 それはなんともかんとも、言葉には形容し難い気持ちにさせられるようだった。

 

 

 



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#105 救国企画 II

 インメル領主ヘルムートは、続く話をやや早めの論調で吐き出していく。

 

「仕方なく私は迷宮(ダンジョン)攻略へ踏み切ることにした。長じた精兵を集め、経験豊富な挑戦者を(つの)った。

 およそ百人の攻略隊――計画も十分に練って、補給も確保したハズだった。しかし結果は……」

 

「部隊は全滅の()き目に()って~」

「あなた自身も心身ともにボロボロになったわけですねぇ」

「それでもまだしがみついて、酒場へやってきてたんか」

 

 口をつぐむようなヘルムートに、フラウとハルミアとキャシーがそれぞれ代弁する。

 もはやこれ以上語らせることもない。浅慮に失敗したという、それだけの話。

 

「私一人が犠牲になって……民が助かるならば安いものだと思ったのだ」

 

犠牲(・・)、ね――」

「それが貴族としての権利を享受(きょうじゅ)し、行使してきた私の責任である」

 

 地位と権力のある人間は、得てして腐敗もしやすいものだろうが……。

 少なくとも彼を教育した父――前インメル領主は本当にまともな人間だったのだろう。

 

 

 俺は腕を組んだまま背もたれにゆっくりと体を預ける。

 観察している感じでは嘘は吐いていないことは、よくよく察せられた。

 目線や声の抑揚、細かい動作や態度に、動悸まで(いつわ)れるほどの人材ではない。

 

「事情は了解しました。俺の結論としては――」

 

 考えは既にまとまっているものの、一拍置いてから宣告する。

 

迷宮(ダンジョン)攻略には利点(メリット)が皆無なので、貴方を迎え入れるつもりはありません」

「……そうか、いやその通りだ。長話に付き合わせて申し訳なかった」

 

 消沈したヘルムートはゆっくりと腰をあげて、潔く部屋から出て行こうとする。

 改めて口に出して説明したことで、自分がどれだけ向こう見ずな無茶をやったのか……。

 心身が正常に、冷静になっていることで身に染みるように理解できたのだろう。

 

 

「これからどーすんのさ?」

「我が身は領地に捧げる以外に使い道はない。新たな挑戦者を探すか、帝国へ直談判をしに行く他ない」

 

(そもそも何故最初に直談判にいかなかったのかが疑問だが――)

 

 戦帝が本当に領地一つを戦争をする為の口実として、犠牲したとしても……。

 いくら権力のある帝王と言えど、それを支える者達がいなければ国政は成り立たない。

 まして(いくさ)に明け暮れる王様なれば、なおのこと地方貴族の意向は無視できるものではない。

 

 もしもインメル領を戦争の為に見捨てるような王であれば、それは他の貴族達にも猜疑心(さいぎしん)を招く。

 旅の人物にそそのかされたようなことを言っていたが、彼はそこまで世間知らずだったのか。

 考えてはみるものの、正直なところそこまで興味もない。重要なのはむしろここからであった。

 

「民を優先するのであれば、王国や共和国へ救援を求めるというのはどうでしょう?」

「共和国の各所へは既に特使を派遣しているが音沙汰がない。王国に土地を明け渡せば……」

「奴隷にされんだろうな」

 

「あぁ……徹底的な搾取(さくしゅ)を免れることは無理だ、今まで戦い続けた仇敵でもある」

 

 フラウ、ハルミア、キャシーへそれぞれ答えたヘルムートに、俺は座ったまま言葉を紡ぐ。

 重要なことを――商会にとっての新たな分水嶺となるかも知れない好機(チャンス)を。

 

 

「早合点は良くない、インメル卿」

「……?」

 

 ヘルムートはただただ疑問符を浮かべて、後ろ髪を引かれる思いでこちらを見る。

 

「貴方は確かに迷宮(ダンジョン)攻略には役立たずですが、別に助けないわけじゃない(・・・・・・・・・・)

 

「う、ん? すまないが……要領を得ない、どういうことだろうか」

「まどろっこしいんだよベイリル、さっさと言え」

 

 キャシーにたしなめられて、俺はもったいつけた言い回しを改める。

 

「――すまん。えーつまりインメル領は、我々"シップスクラーク商会"が援助します」

「シップスクラーク……商会?」

 

「俺たちの属する組織で、多種多様な事業を推進し、時に出資者(パトロン)のようなことも」

「そっ――そこへ口利きしてくれるのか!?」

「我々は既に潤沢な資金力と流通だけでなく、人的資源と……なによりテクノロジーがあります」

「テク・ノ・ロジー……」

 

 聞いたことのない単語を耳にしたヘルムートは、その言葉を漫然と繰り返した。

 

 

「飢える者には食べ物を。伝染病には治療薬を。魔薬中毒者には適切な療養を」

「できるのか!?」

 

「これは"無二たる"カエジウスにだって無理でしょう。だがしかし、我々シップスクラーク商会なら可能です」

 

 俺は自信たっぷりに五英傑の一人を否定してから、自らの組織を肯定する。

 

「ハルミアさん、"抗生物質"ってまだまだ不安定ながらも……薬効が認められてきたはずですよね?」

「はい……以前の結果報告(レポート)を見ていた限りだと。ただ難航はしているようで――」

「それでも使う価値はある?」

「人体治験データ……欲しいですねぇ」

 

 薄っすらとした笑みを、俺とハルミアは浮かべ合う。

 

 

 食物と医療、これは人口増加において非常に重要な要素である。

 病気というものは常に人類の大敵であった。外傷と違って魔術でも非常に治しにくい。

 

 それどころか治癒しようとした魔術士本人が(おか)されてしまうこともままある。

 そうなると魔術を使うこともできなくなってしまう為に、重病者の治療はただでさえ忌避(きひ)されてしまう。

 

 だからこそ最初期から資金と人材を投じて、様々な試行錯誤を繰り返させてきた。

 既存のそれっぽい(・・・・・)中途・未完成のシロモノに目をつけ、片端から回収していく。

 

 資金や時間的問題、見通しがつかずに諦められてしまった半端な研究データや人材。

 日々何気なく使われていて、それ以上の発展がないと思われている成果。

 医薬品やら調味料一つとっても、既に在る何かしらを接収して地道に発展させてきたのだ。

 

 そして完成品の存在を明示し、魔術もふんだんに利用する。

 それは本来試行錯誤に費やされるはずの、膨大な時間を短縮させることができる。

 一寸先もわからない暗闇を歩き続ける労力と、精神的疲弊をも大幅に軽減することが可能なのだ。

 

 異世界の歴史と魔術を踏襲しつつ、現代知識を利用してショートカットする芸当。

 それこそがシップスクラーク商会という組織と事業の基本骨子。

 そうでもしないと、ありとあらゆる分野を網羅することなど不可能な側面もあるゆえに。

 

 

「既に逼迫(ひっぱく)した状況のようですから、民にも多少の負担を強いることはご理解頂きたい」

「よくわからんが、それで助かるのであれば……頼む」

 

 俺は一息だけ吐いてから、問い(ただ)すように口調を強くした。

 

「そしてインメル卿、さきほど犠牲になると仰いましたね?」

「……? あぁそのつもりだ」

「ならば是非とも、その身を切ってもらいましょう」

「なにをすればいい!? 私にできることであればなんでもする」

 

 緊張した面持ちを見せるヘルムートに対し、俺は容赦なく告げる。

 

「貴方は――亡き偉大な父の後をなし崩しに継いで、血税を浪費し迷宮(ダンジョン)探索という娯楽に興じた。

 インメル領を滅ぼしかけた希代の放蕩領主として、民衆の憎悪を一心に受け止めてもらいます」

 

「ッッな……!?」

 

 理解しきれないと言った様子で、あんぐりとヘルムートは口を開きっぱなしになる。

 

 

「えっベイリル、それはさすがにひどくない?」

「オマエ、クソ野郎だな」

「ベイリルくん……どん引きです」

 

 キャシーにもハルミアにも、フラウからすらも負の感情の混じる視線が注がれる。

 

「言うな言うな、我ながら悪辣(あくらつ)なのはわかっている。それでもこういったわかりやすい構図が必要なんだ」

「アタシらにもわかるように説明しろ」

 

「シップスクラーク商会は、それなりに(ちから)はあってもまだ設立して間もない。だから悪役と救世主が()る」

「この私が悪となることで、民が救われるのか?」

「そこにわかりやすい物語性(ドラマ)があるほど、民衆は信じ酔うものですんで」

「そういう……ものなのか?」

「えぇ、そういうものです」

 

 

 俺は咳払いを一つして、改めて語りかけるような説明口調で話す。

 

「魔薬がどこかの国の謀略だったとしても、真相は不明。伝染病に至っては誰を憎めばいいのか?

 ぶつけようのない哀しみと憎悪の受け皿。ドン底から助け出してくれる存在の演出(・・)

 それらが効果的に国中へと、"救い"を広げていくことになる。より多くを助けたいならそうすべきだ」

 

(ついでに"魔導科学(フリーマギエンス)"の教えも広める――)

 

 こういう時こそ、宗教もとい思想を広める絶好の機会でもある。

 救国と共に考えを浸透させることで、精神的支柱にもなりえるのだ。

 

「っそれで民が多く助かるならば……もとより命を賭す覚悟は決まっているよ」

 

 決意が込められた瞳に、俺は大きくうなずいた。

 確かに彼は浅薄で蛮勇であるかも知れない――しかし自己を犠牲に尽くす芯が存在する。

 少なくともその一点に関しては、敬意を払うべき美徳だった。

 

「当然ですが貴方には領主の座は降りてもらいます。代理と引き継ぎはこちらから適した者を出します」

「わかった、引き継ぎの他にできることはあるのだろうか?」

「今はまだないんで、とりあえずこの宿にいてもらい――指示は追って伝えます」

 

 残りの面倒な諸々は"三巨頭"を筆頭に、他の商会員におまかせする。

 他部署にも多くの支障は出てしまうだろうが、ここは商会も負荷を掛けるべき時だ。

 

 

「それと支援をし始めたら、当然ながら経過観察をしないわけにはいかない。

 以後インメル領はシップスクラーク商会の、"全面影響下"に入るのであしからず」

 

 そう……それこそが本当の目的。

 

 "インメル領"――(のち)の建国の為に、いくつか選定した候補地の一つ。

 数ある立地の中でも、好条件を多く満たしている場所であった。

 

 北にはワーム海、北西には世界有数の山岳、勾配激しい土地と河川、豊かな草原地帯もある。

 農耕や鉱業も盛んではないものの、形としては十分すぎるほど整っている。

 また王国・共和国と国境線を接し、陸運と水運含め、文化や信仰の伝播(でんぱ)にもそれなりに適している。

 

 帝国に属しているのが懸念事項ではあるが、西にはここ――"カエジウス特区"がある。

 

(この特区領に帝国軍は入ることができない)

 

 つまり陸軍による進行ルートが、大幅に狭められるという利点がある。

 いつか大っぴらに敵対することになったとしても、特区が防波堤となってくれるのだ。

 逆もまた(しか)りではあるが、本格的な制覇勝利に動く頃には大した問題にはならないだろう。

 

 

「抗生物質の効果と、その他の薬の副作用も今後()ていかないといけませんねぇ。

 魔薬による中毒症状とその対症療法にしても、多くの情報を集めなきゃ――」

 

 さらなる後押しをかけるような、医療術士としてのハルミアの理路整然とした言葉。

 

 順当にいけばここから独立・建国して、文明を開拓していってもいい。

 第二都市にして後々の首都と接続してもいいし、いざという時の保険(セーフティ)としても機能させてもいい。

 

 単純にモデルケースとして割り切って、運営する手もある。

 問題点を洗い出した上でブラッシュアップし、より良い建国に移るのも良いだろう。

 

 

「おめでとう、インメル卿。貴方の願いは聞き届けられた。愛すべき領民は、どうあれ救われます。

 これまでの努力は決して無駄ではなかったし、これからの苦難も無駄にはしません。

 結果的にこうした巡り合わせに恵まれたことに――既知となる未来へ共に感謝をしましょう」

 

 俺は大仰に両手を広げた後に、祈るような仕草を取ってみる。

 キョトンと見つめる辺境伯、半眼で呆れ顔のキャシー、微笑ましく眺めるハルミア。

 

「ベイリル、すっごい胡散臭いよ~」

 

 そして待っていたフラウの突っ込みをもらったところで、俺は肩をすくめる。

 

「やっぱ俺は教主には向いてないかね」

 

 

 



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#106 攻略構想

 思わぬ"文明回華"の足掛かりはとりあえず商会に任せ置いて、本来目的としていた行動へと指針を戻す。

 宿を出た俺は酒場へ戻って、バルゥと接触を図っていた。

 ヘルムートと違って、彼ならば勧誘するだけの価値があると。

 

「――というのが顛末(てんまつ)です」

「全て計算ずくの行動だったわけか、それで無事に帰れたと」

「ご心配は……お掛けしました?」

「オマエたちとは知り合い程度に過ぎんがな、まあ人並み程度には」

「少しでもお気を煩わせたのなら申し訳ない。それで……ついでに聞いてきたんです」

「……?」

 

 眉をひそめたバルゥに、俺はカエジウスに聞いたことを口にする。

 

「死した者を召喚し、契約することができるのかということです」

「ふむ……"無二たる"は答えてくれたのか?」

「はい、ただ――」

「そうか、叶わんか」

 

 俺がはっきりと伝えきる前に、バルゥはそう漏らした。

 声のトーンと共に、虎の尾も心なしか(ちから)なく下がっている。

 

 

「残念です。余計なお世話、ではなかったですよね」

「ああ……仮に制覇した後にダメだった、などという事態を避けられた」

「目的は果たせないかも知れませんが……もし良かったら、俺らと一緒に迷宮(ダンジョン)制覇しません?」

「いや、それは遠慮しておこう」

 

 即答であった。腕を組んで壁を作るように、明確な拒絶の意思が見て取れた。

 

「やはり願いが叶えられなければ、価値を見出だせないですか?」

「いや……オレは常に一人で勝ち取ってきた」

「唯一の仲間は――"死した相棒の獣"だけ、ということですか」

「そうだ、あの日から決めていることだ」

 

 人それぞれに――人の数だけ、その理念や信条がある。

 騎獣民族としての生き方にせよ。死後と冥府への信仰にせよ。

 俺やフリーマギエンスも。協力している皆にも。等しく思うところがあるものだ。

 

 そして半身を失った孤高の戦士たる生き様も――

 

「それにここは何も考えず没入できる。存外気に入っているんだよ」

「はぁー……そうですか、それじゃあ諦めます」 

 

 これ以上引き止めるのは、野暮というものだった。

 しかしただ()られるだけなのも(シャク)なので、捨て台詞を残していく。

 

「ただ俺たちが一足先に制覇しちゃいますんで、あしからず」

「ふっ……頑張れよ」

 

 

 酒場を出て宿に戻る途中、俺は歩きながら思考に(ふけ)る。

 

("死者蘇生"、か――)

 

 バルゥが欲した、たった一つの願い。

 発達した魔導科学においても、それは果たして到達し得る領域なのだろうか。

 

 寿命・事故・病気・災害・戦死、永遠の別離とはいずれ不可避に訪れる。

 

 たとえば致死直後に低体温維持睡眠(ハイバネーション)などで、未来の医療技術や遺伝子工学に望みを託す――

 そういった先延ばしで、今は無理でもいずれ命を救うことは可能かも知れない。

 

 しかし遺体の――脳の損壊状況が酷ければ、あるいは肉体そのものが消失していたら……。

 それはもう全能と語られる"魔法"の領域である。否、魔法であっても可能なのかどうかわからない。

 実際にはほぼ失伝しているので、その詳細は(よう)として知れず内実は判然としない。

 

 はたして本当に全能なのか、理論上は可能であってもそこに到達できる者はいるのか。

 

 

(科学的見地で言うのなら……)

 

 遺伝子が残っていてゆくゆくクローンは作れても、人格はまた別物になってしまう。

 この異世界にもしも、魂や幽霊に類する存在があるのなら――

 それらを捕捉して利用できる技術が実現できたのならあるいは。

 

(いやそれでも知識や人格が、生前と変わらず伴っているとは限らない……)

 

 カエジウスの"契約魔法"とやらも、実際に見たところで判別がつくか

 

(生き返らせるのとは違うものの――)

 

 時間遡行で未来を変える。多元世界移動で他所から連れてくる。

 そういった方法ならば厳密には蘇生とは違うものの、死を超越したことになる。

 しかしそれはそれで蘇生とはまた違う、文字通り別次元の全能が必要になるだろう。

 

詮無(せんな)いことか」

 

 結局は自分達にできることをするしか、今はするしかない。

 異世界における魔導と科学の融合がもたらす果て――"未知なる未来"は誰にもわからないのだから。

 

 

 

 

「それじゃ作戦会議を始めよう」

 

 昼も回って改めて、俺とフラウとハルミアとキャシー、そしてニアで集まる。

 構図としては20年前のゲイル・オーラム達と同じ、冒険者四人と補給一人。

 

「わたしも一枚噛ませてもらっていいのかしら?」

 

 ニアは野心ある商人らしからぬ、遠慮がちな様子でそう言った。

 

「やってもらいたいことがあるんで。なんなら永久商業権でも願いましょうか?」

「いいえ、それは別にいらないわ。既に最高の立地は取られてるし、客を奪い合ってもね……」

 

 "大商人"エルメル・アルトマーが願った、永久商業権による情報酒場と獲物・物品の売買。

 迷宮(ダンジョン)内の――ときに希少な魔物の素材流通を牛耳っていること。

 それらを共和国本国で、広く取引をして彼は元あった財をさらに肥大化させたという。

 

 見習うべきところはあるし、その流通の一部でも奪い取れれば旨味は小さくない。

 しかし相手はここ迷宮街における、唯一にして20年の老舗。

 今から巻き返すには、いささか時間が掛かりすぎるのも事実だった。

 

 

「それで、わたしは何を手配すればいいのかしら?」

「はい、ニア先輩には――学園にある"魔術機械"をここまで運んで欲しいんです」

「遠いわね……安全・確実な輸送経路の選定と、計画手順を作ればいい、と?」

「その通りです。結構繊細な作り(デリケート)で、しかも大型です。絶対に破損することがないように」

 

 "あれ"を直せるのはリーティアとティータだけだ。

 破損箇所によっては、設計したゼノも必要になる可能性もある。

 それぞれにやりたいことやっている3人を、この地まで招集するのはさすがに躊躇(ためら)われる。

 

「そこまでのモノなら、直接わたしが輸送指揮しないとまずいってことね」

「よしなに、お願いします。それと道中の護衛にキャシーをつけますんで安心してください」

「はぁ? アタシにも学園くんだりまで戻って、またこっち来いっての?」

 

 キャシーはあからさまに不満げな抗議をあげ、なだめるように俺は言う。

 

「俺とフラウは別にやることがあるから、荒事はお前しか残らないんだよ」

「ったく何日掛かるんだかなぁ……本当に攻略できんのか?」

「ちゃんと届けばやれる、その後は暴れてもらうから安心しろ」

 

 気が乗らないのを飲み込んだキャシーは、とりあえず納得したようだった。

 

「わかったよ、アタシは護衛につかせていただきますよっと」

「よろしくね」

「任せとけって」

 

 

「ではニア先輩、この手紙を"使いツバメ"で送っといてください」

 

 俺は商会印で封蝋(ふうろう)をした手紙を2通、ニアにしかと手渡す。

 あとは商会から元講師であるシールフ経由で、学園に連絡がいくはずである。

 

「わたしたちが到着する頃には、準備が整っているというわけね」

「必要な予算は商会に好きなだけ請求してください。経費で落とします」

「それじゃ遠慮なく。手紙は二通ともシップスクラーク商会でいいのかしら?」

 

「そうです、ついでにヘルムート・インメル卿も運んでください」

「ついで……ね、わかったわ」

 

 彼はどうせここにいても、やれることなどない。

 インメル領の管理・移行をつつがなく実行する為にも、商会本部へ行ってもらう。

 諸々の事情と大まかな履行計画を伝えれば、あとはカプランが主にやってくれるだろう。

 

 

「ベイリルくん、私は何をすればいいんでしょう?」

「ハルミアさんには情報収集をしてもらいたい」

迷宮(ダンジョン)の情報ですか?」

「そうです。ただし調べるのは(うち)じゃなく、(そと)です」

 

 首をかしげて疑問符を浮かべるハルミアに、俺は付け足し説明していく。

 

「挑戦者たちの治療をしつつ近付いて、内部の構造ではなく外部の形を知りたい」

「外部の形ですか?」

「地中に埋まっているワームの外形、どう曲がりどこまで伸びているかということです」

 

 ハルミアは手を顎に添え……少し考えた様子を見せてから、さらに投げかけてくる。

 

「層ごとの情報を集積して、広さや角度から算出していけばいい……と」

「割と得意分野ですよね?」

「そうですね、慣れざるをえませんでした」

 

 彼女は商会の各機関から定期的に送られてくる、数多くの医療データに目を通し続けてきた。

 時にはそれらを分類し、有効な情報を拾い上げ、精査し、まとめてきた学生時代。

 

「でも私はゼノさんとは違いますから、あまり細かい計算は無理ですよ?」

「そんな詳細じゃなくても大丈夫なんで。治療経験積むついでにその医療手腕で籠絡(ろうらく)し、情報収集を頼みます」

「もうっ人聞きが悪いですよ、ベイリルくん」

「俺の(ほう)が成功するとも限らないし、二重整合取るんで期待してます」

「はい、任されました」

 

 

 ベッドに寝転がりながら、フラウはようやく自分の番かと問いかける。

 

「んで~ベイリル、あーしは何をすればいいん?」

「何もしない」

「えー……え?」

「お前が働くのは"魔術機械"が届いてからになる。だから魔力を貯めて(・・・)おいてくれ」

 

 俺がそう言うと得心したようにフラウは頷いた。

 

「あぁはいはい、アレかぁ」

 

 ――"魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)"という特殊な技法がある。

 幼少期に教えた現代知識の粒子加速器を元にフラウが編み出した、自身の肉体を魔力加速器として扱う技。

 魔力抱擁による感覚と操作に長じた種族の血ゆえに使えるモノだった。

 

 単純に加速させた魔力は、肉体や感覚の強化幅を一時的に増加させる。

 さらに加速させた魔力に魔力をぶつけるイメージで、より大きな瞬間放出を実現する。

 負荷も小さくなく緻密(ちみつ)な操作を要求されるが、有り余る効力を得られる限定技法。

 

 多種族から見れば、(うらや)(うら)まれても仕方のない……反則技の一つである。

 フラウの重力・引力・斥力を操る破格の魔術も、この技法あっての物種(モノダネ)

 

 俺も学園生活の(あいだ)にフラウとの(ねや)を通じて会得し、使う魔術の幅が大きく広がった。

 ダークエルフであるハルミアも、俺よりさらに練度は及ばないものの多少は扱える。

 

 

 そしてそのさらに上の領域にある、フラウだけが扱える技法――"魔力並列循環(マジカルループ)"。

 

 通常魔力には個々人が蓄えられる容量があり、生まれつきの体質が大きく関係してくる。

 シールフの仮説では、固有の色のついた魔力が(おも)に血液に混ざるように溶け込むのだとか。

 つまり魔力容量は成長に従って一定までは伸びるが、それ以上は物理的に肉体の限界が訪れる。

 

 しかしフラウの魔力並列循環(マジカルループ)はその限りではない。

 単一としてではなく同時に魔力の加速を(おこな)いながらも、衝突させることなく循環させる。

 魔力を瞬間的ではなく恒常的に、全身の隅々まで余すことなく加速循環()()()()()》その技法。

 

 結果どうなるのか――外界から体内に取り込まれるとされる魔力は、強引に捕えられ逃げられなくなる。

 容量を超えた魔力は越流することなく、その貯蓄量を超幅に増やすことが可能になるのだ。

 

 種族・天性に加え、知識と想像力。さらに多感な幼少期だからこそ得られた、比重と配分のバランス感覚。 

 止めればたちまち霧散してしまう為にまともに行動できなくなるが、唯一無二の充填(チャージ)技。

 暴走した魔力を抱擁し肉体に留めた吸血種(ヴァンパイア)と人族の混血(ハーフ)ゆえか、俺やハルミアにもついぞ修得できない。

 

 神族すら"魔法"を使えなくなった理由の一つに、魔力不足が挙げられる。

 魔法とは――盲信とも断ずる想像力と、それを形創り極める絶対的な魔力量を要する。

 魔力並列循環(マジカルループ)は、魔法を使う為の条件――膨大な魔力量に関していつか届き得るかも知れないとも。

 

 

「フラウお前にしかできない前提条件だから、頼んだぞ」

「おっけー。じゃっあーしは決行日まで寝てるね、おやすみ~」

「おう、おやすみ」

 

 そう言ってフラウは自分のベッドへと、最も楽な姿勢で寝転がった。

 

「んで残ったベイリルは何をすんだよ?」

 

「俺は外からワーム迷宮(ダンジョン)を探査する。"俺にしかできないやり方"、でな」

 

 

 



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#107 攻略準備 I

 魔術によって圧縮固化空気で作った足場に立って、俺は上空から迷宮街を鳥瞰する。

 

(う~ん、でかい)

 

 改めて――とんっでもなく巨大(デカ)い。まるで怪獣映画に出てくる敵のようだ。

 天災と恐れられ、時代によっては信仰の対象にもなったと聞く魔獣。

 星の大地をキャベツの葉のように、喰い散らかし続けたワーム。

 それを"無二たる"カエジウスが、どうやって討伐したのかも興味は尽きない。

 

 円筒形をいくつも繋ぎ合わせたような、多体連節構造。

 その体節がそれぞれ一層ずつ、迷宮(ダンジョン)を構成している。

 

 1層分の体節が目算で縦100メートルくらいの高さはあろうか。

 バルゥから聞いた話では、それが60層だか70層――

 

(とすれば全長にして6か……7キロメートルくらいか)

 

 

 俺は改めてその異様にして威容を認識させられながら、思わず口をついて出る。

 

「はてさて届くかねぇ……」

 

 圧縮固化空気の足場を解除し、ウィングローブで大地へと滑空しながら降りていく。

 人気(ひとけ)のない場所へ着地してから、さらに手頃そうな場所へと歩いていった。

 

 俺は適当なところを選んでしゃがみこみ、地面へ両手の平を当てる。

 どのみち色々な箇所で試してデータを取り、ハルミアと照らし合わせねばならない。

 

「はぁ~、ふぅー……――」

 

 目を瞑って大きく何度も深呼吸繰り返して、触覚と聴覚へと二極集中させる。

 

 ――"反響定位(エコーロケーション)"。元世界にも存在する技術。

 音を発して周囲の物体に当て、跳ね返ってきた音によって位置を把握する。

 例えばコウモリ、イルカやクジラ、鳥にも反響定位を利用して生きる種がいる。

 

 しかし侮るなかれ、現代地球の人間にもこの技術を使える者がいる。

 盲目の人の中には実際に反響定位を使って、実生活を送っているというのは割と知られた話。

 まして異世界であればなおのこと、獣人種によっては当然のように使いこなす者もいる。

 

 

(人の潜在能力(ポテンシャル)ってのは凄いんだよなぁ……)

 

 同じ人間同士とは思えない人間が、現実でもいたものだ。

 反響定位しかり、嗅覚や味覚も鍛えればとんでもないレベルに到達する。

 運動でも芸術でも、常人の想像だにできない世界に生きている者達がいた。

 

(だからハーフエルフに転生した俺なら――)

 

 魔力操作に優れ、五感も優れるエルフ種の血を半分継ぐ俺なら――できないことはないのだ。

 学園時代の遠征戦でリーティアに渡された犬笛お守りによって、ジェーンの元へ駆けつけられた時から……。

 反響定位技術も、使えるのではないかと(ひそ)かに練習していた。

 

 つまりは"ソナー"。双掌から音波を地下へと打ち込み、反響を感じ取る。

 空属で"音圧波動"魔術を使う俺以外には不可能な、ワームの姿形調査方法。

 

 何度も……何度も……地殻へと音波を放ち続け、感触を確かめ続ける。

 "魔術機械"がここへ運搬されるまでは、まだまだたっぷり時間はある。

 これもまた一つの鍛錬ついで。

 

 五感で周囲を感じ、識域下で情報処理し、空気をも()る修練を積んできた。

 地下生物相手のソナー探知とて、遠からず慣れてくるだろう。

 そう自分自身を信じることも、とても大事なプロセスである。

 

 

 

 ――閉じていた(まなこ)を開けば……既に日が沈んでいた。

 前世では到底不可能な集中力も、苦もなくやってのけるこの肉体(からだ)がありがたい。

 

「まっ明日はもうちょっと効率良くやれるかね」

 

 まだまだ探査深度が足りないものの、一部分の輪郭はぼんやりと把握できた。

 とりあえずワームの節体が、真っ直ぐ地下を伸びてるわけじゃないのは御の字だった。

 いくらなんでも6キロメートル以上も、()()|()()()していくのは公算が低くなる。

 

「帰って飯食って……今夜は素直に寝る、か」

 

 フラウは魔力充填の為に、集中しつつ休眠状態に入っている。

 最低限の日常生活くらいは送れるものの……決行日までは、ほぼその状態を維持せねばならない。

 つまり魔術を使ったり、()()()()()などをして魔力を乱すのは御法度(ごはっと)である。

 

(せっかく部屋を分けて二つ取ったのに……初日だけになっちまったなぁ)

 

 気怠(けだる)さと一緒に、悶々とした気持ちを押し殺しながら――俺は帰路へと着いたのだった。

  

 

 

 

 商会に保管されていた"魔術機械"を積載し、比較的ならされた道を進んでいた――

 

 衝撃吸収付きの強固な車輪で、索敵に優れた大狼が4頭で()いていた。

 馬よりも遥かに値が張るものの、出費は惜しまないと言い含められている。

 

 より荷の安定性を取るならば、大型陸上竜などのほうが適していた。

 しかし選定したルートを吟味し、さらにキャシーという護衛がいる。

 いち早く異変を察知し、彼女が即応できる為に大狼のほうが良いと判断した。

 

 わたし(・・・)は馬に乗り、簡略地図を眺めながら……とある考えに(ふけ)る。

 

("テクノロジー"……)

 

 フリーマギエンスの創部者である、ベイリルが好んで使う言葉である。

 連邦東部(なま)りらしいが、あいにくと聞いたことはない。

 

 様々な意味を内包していて、科学技術だったり知識そのものや方法論。

 概念的な体系を指す場合もあり、広範で多岐に渡る言葉。

 

 シップスクラーク商会の、確固たる理念として掲げられている。

 生家であるディミウム商会も、何よりわたし自身がその恩恵を強く受けていた。

 

 

「異常よね……」

「ん? なんか言ったか?」

「シップスクラーク商会は異質って言ったの」

「そうなのか? まぁアタシは詳しいことは知らんけど」

 

 赤い髪の獅子娘は騎乗することなく、己の足で道中歩き続けている。

 当然彼女の馬を用意したのだが、「いざという時に動きにくいから」と断られてしまった。

 

 なんにせよ聞く相手を間違えた。しかし同時に浮かんでくる。

 

(いいえ、実際に答えられるのは……)

 

 ――ベイリルだけだ。彼だけは明らかに他の者とは違う。

 フリーマギエンス偉大なる師(グランドマスター)であり、シップスクラーク商会の総帥。

 その二つの元締めである魔導師、"リーベ・セイラー"の弟子にして直下連絡員。

 

 否、ただの弟子や連絡員には留まっていない。

 全容を把握しながら、相当の裁量も任されている節がある。

 

 

(いずれにおいても――)

 

 シップスクラーク商会の扱うモノは他に(るい)を見ない。

 

 農耕で不作地帯を実り豊かにし、畜産では交配を繰り返し選別している。

 鉱物の調査・採掘に抜かりなく、冶金技術や建築も請け負って工学の積算を重ねる。

 いずれは水産や運輸業にも、大きくその手を伸ばしてくることは明白であろう。

 

 医療研究は特に目覚ましく、"生物そのもの"まで含まれた各種資源類の収集。

 それらの研究・応用も多岐に渡り、専門の機関がいくつもある。

 

 また多くの金融商品は商会から発案され実用化。それだけでも莫大な儲けになっているはずである。

 さらに人材の収集には余念がなく。世界中から種族や身分を問わず集められている。

 

 魔術および魔術具の研究・開発に、まだ見ぬエネルギーとやらの探求まで……。

 数え切れないほど網羅する学術分野は、全く理解不能のものまで散見される。

 前身があったとはいえ、ほぼ単独・短期間の内に今の規模にまで成長した。

 

(そして今も急成長し続けている……)

 

 闘技祭でも振る舞われた、見たことも味わったこともない食べ物に、酒類の製造。

 ナイアブが何枚も噛んでいてる芸術も、建築設計から服飾、執筆に演劇、舞踊や音響学まで。

 

 ギャンブルやボードゲーム、楽器など多種多様な娯楽物。

 用途不明の武具・兵器から、日常に便利な工具に道具。玩具(オモチャ)に至るまで。

 

 列挙すればキリがないほどに、シップスクラーク商会の事業幅は広い。

 

 

(そして、情報と……"特許")

 

 げに恐ろしきは、その多くがまだ大っぴらにされてない閉じた世界であるということ。

 それらテクノロジーという情報体系は、いずれ特許として壁となる。

 

 わたしが多くを知っているのは、流通に関して(たずさ)わっていたことがあるからだ。

 さらに突っ込んで調べようとはしたが、その詳細までは……ついぞ知ることはできなかった。

 直接的な横の繋がりは薄く、必ず一度上を通してから情報が共有される秘匿性。

 

(……ナイアブから聞き及んでいることもあるけど)

 

 浮かんだ人物に心の中で振り払いながらも、学園生時代を思い出してしまう。

 

 何かを新しい刺激が得られるかと、フリーマギエンスへと入部した。

 予想を遥かに超えるものが身についたし、人脈も作ることができた。

 

 フリーマギエンスはシップスクラーク商会と繋がり、さらに学園で地位を築き上げた。

 わたしは常々「利用するだけ」と公言しながらも、商会から流通の一部の仕事を打診された。

 

 これも良い経験になるだろうと、依頼はありがたく受諾した。

 なによりも……磨き続けた自分の能力を、認められたことが嬉しかった。

 

 しかし知れば知るほど、その胸裏が恐怖で満たされていく。

 まるで目には見えない――それこそワームのような……。

 世界を呑み込みかねない魔獣のような存在とすら錯覚してしまうほどに。

 

 

「本当に勝てるのかな……」

「なんだ、勝負か? 必勝の気概がないなら最初から戦うなよ」

 

 ふと口をついて出てしまっていた言葉に、事情もわからぬキャシーに差し挟まれる。

 その単純さと実直さが羨ましい。そしてわたしの信条とは、習い学ぶことにこそある。

 

「そうね、負ける気で戦うバカなんていない」

「おうとも。今は無理でも、最後に勝てばアタシの勝ちだ」

 

 連邦東部の"魔術具商社"にも、帝国の"金満大貴族"にも、皇国の"権勢投資会"にも……。

 共和国の"大商人"――永久商業権を叶えた"アルトマー商会"にだって負けてたまるか。

 いずれ間違いなく世界に台頭するシップスクラーク商会も、傘下にしてやろうじゃないか。

 

 わたしの代では無理でも、いずれその家名が頂点に立つ。

 

「商売・交渉で最も大切なのは自信、それを忘れちゃダメね」

 

 たとえ根拠がなかろうと、それが虚勢に過ぎずとも。

 それが大いなる価値を生みだし、利益へと導いてくれるのだから――

 

 

 



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#108 攻略準備 II

 ワーム迷宮(ダンジョン)の入口近く――

 見舞われたトラブルに対して、極力表情には出さないで対応するよう心がける。

 

「だからこういうのは非常に困るんだよねえ」

「そうは言われましても……短期間だけですから、ご容赦いただけませんか?」

 

 3人の男達は口々に唱えるように、詰問(きつもん)してくる。

 

「いつまでだ?」

「具体的にはまだ――」

「それじゃ今すぐにでも退去してくれねえかなあ?」

「まったくだ、本当に迷惑してんだよ」

 

 しかしながら彼らはあくまで雇われた上で、こうして絡んでくるに過ぎない。

 同時に雇い主たる人物が、こういった(やから)を派遣してくる言い分もわからなくはない。

 

 当然ながら迷宮(ダンジョン)では死ぬことがあるし、対応しきれない怪我をすれば地上まで戻ってくる。

 カエジウスが無料で提供する契約奴隷に、"治癒術士"は非常に少ない。

 少ない上にその実力も決して高いわけではないのだ。

 

 つまるところ、順番待ちですぐに回復してもらえない者や、あるいは重傷の者――

 そういう患者はこの街でモグリに開業している、治癒術士に金品を支払って回復魔術を頼むことになる。

 それは店舗ではないし、攻略には必要な存在である為、カエジウスも黙認している現状がある。

 

 

 ともすれば()は、情報という対価と引き換えにしているとはいえ商売敵には違いない。

 さらに言えば、自分で言うのも難だが……"医療術士"としての腕が良い。

 競合する治癒術士達に(うと)まれるのも、さもありなんといったところだった。

 

「つーかあんたダークエルフだろ? それが治癒術士ってなあ?」

「この街は、差別や偏見が薄いと聞いていましたが……」

「表向きはな? オマエみてえなのに治されるなんざ哀れでしょうがない」

「違ェねえや、ハッハハハハ」

 

 下卑た声で粗野な男達は笑い出す。

 

 

(――まぁでも、別にさほど実害があるわけではないんですよねぇ)

 

 私闘などをすれば、たちまち警護部隊がやってきて捕まってしまう。

 だからこうして悪態をついて邪魔をするくらいしか、彼らにはできない。

 同時にこっちから仕掛けて痛い目を見させることもできないのだが……。

 

(思うさま()らしめてから、治せばいいんでしょうけど……)

 

 ただ既にカエジウスとは一悶着あって、顔を覚えられてしまっている。

 作戦の準備段階に入った今、改めて目を付けられるのは得策ではない。

 

 

 とはいえ流石に辟易(へきえき)してきた部分もあり、彼らがいることで情報収集の妨げにもなる。

 ただこの場にたむろされるだけでも、一定層には忌避(きひ)されてしまうし良くない噂も流れてしまうからだ。

 

 いつまでもやんわりと対応するだけでなく、どう処遇を下すべきか考えていると……。

 

 音もなく背後に現れた人物の、大きな影が私を覆うように包み込んだ。

 

「なっなんだァ? てめェ!!」

「彼女の知り合いだ、オマエたちこそ治療すべき怪我はないようだが?」

 

 振り向いて顔を確認する必要はなかった。

 短いながらも飲食を酌み交わし、お互いに過去を語り合った仲ゆえに。

 

「てめぇには関係ねえだろ!!」

「オレで良ければ、治療する理由を作ってやろうか」

 

 歴戦の"虎人族"の大男は、瞳孔を開いて毛を総毛立たせる。

 しかし彼らも一流の難癖屋とでも言おうか、怯みつつも引く様子は見せない。

 

「"獣人"風情(ふぜい)が、手を出したきゃ出しやがれ!!」

「そうだ、おれらに傷一つつけりゃわかってんだろうなあ!?」

 

 

 カエジウス特区の法を盾に調子を崩さない難癖男達を他所(ヨソ)に、私は真上へ顔を上げて視線を合わせる。

 

「あの……"バルゥ"さん。言いにくいのですが、彼らからは何の情報も得られないので――」

「んっ、そうか。コイツらに価値はないか」

「はい、残念ですがまったくないです。私も今は慈善事業で治すつもりはありません」

 

 見下ろすバルゥは一拍だけ置いてから、男達の(ほう)へ鋭い眼光で刺し貫いた。

 

「ならば()()()()()()()()それで終わりだな。警備の連中は証拠がなければ動かない」

「なるほど、それなら問題になりませんねぇ。解体ならまかせてください」

 

 虎男の威容と、ダークエルフの底知れぬ笑顔――

 それら二つに容赦なく晒された男たちは、一度だけ身震いして顔面が蒼白になる。

 

「オマエたちのソレに見合うだけの報酬を貰っているのならば、殉じるといい」

 

 バルゥによるトドメの一言。

 ともすると捨てゼリフもなしに、男達は渋々と立ち去ってしまったのだった。

 

 

 改めて私は虎人族の元剣闘士へとお礼を述べる。

 

「ありがとうございました、バルゥさん」

「毎日精が出ることだな」

 

「バルゥさんは、再挑戦しないのですか? 情報だけ頂いてて恐縮ですから治療しますよ?」

「今から潜ったとして、オレが怪我するような層まで行って戻ってくる頃はいつ頃になることか」

「たしかに私達が制覇して、もうこの街にいないかも知れません」

 

 あくまで順当にいけば――である。この作戦が必ずしも成功するとは限らない。

 何よりも最下層が完全な未知の領域であり、何が待っているものか。

 

「大言なことだ。まあオマエたちのやることに興味も出てきたからな、今少しは様子を見させてもらおう」

「では是非ご一緒に攻略を――」

「それは遠慮しておく」

「ん~……残念です」

 

 あまりしつこくても気分を害するだろうと、それ以上は口をつぐむ。

 

 

「ふむ……新たな怪我人のようだな」

 

 耳をピクリと動かしたバルゥは、そう言うと迷宮(ダンジョン)の出口へと顔を向ける。

 ほどなくして6人ほどのパーティが、出入り口より現れたのだった。

 

「なかなかの強者っぽいですねぇ」

 

 心身疲れ切りつつも、大量の荷物を引きずりながら出てきた者達。

 装備や体格、足運びを見ても練度を重ねた尋常でない玄人のそれ。

 そして仲間によっておぶさられた重傷者も見受けられた。

 

「あれは名のあるパーティが三つ組んだ、共同攻略組だな。その一部が治療と補給で戻ってきたようだ。

 本人らも一定層ごとに拠点を作りながら、完全攻略を目指している実力派だ。いい情報を持ってるだろう」

 

 ――都合よく地上には戻れない以上、仮拠点というものは大事なものである。

 大半は挑戦者の誰もが、共用として作り使うものなのだが……。

 なにせ迷宮(ダンジョン)製作に邪魔になる場合、カエジウスに撤去されることもあるらしい。

 それゆえに物資だけ巧妙に隠してあったり、一見してわからないような工夫がされるのだとか。

 

「なるほど、ありがとうございます。それでは私は彼らの(ほう)へ……」

「あぁ、存分に"本懐"を果たすといい」

 

 

 バルゥさんと別れて、私は怪我人を連れたパーティの元へと歩を進めていく。

 

本懐(・・)か……)

 

 その言葉に医療を志した時のことをふと思い出してしまう――

 

 

 父は勇敢なエルフの戦士、母は魔族の従軍治癒術士であった。

 馴れ初めについては……よく聞かされていない。

 ただ話の端々を耳に捉えている限りでは、情熱的であったことは察せられた。

 

 幼少期は軍と共に在った。戦争に生まれ、戦場で育った。

 戦乱激しい魔領では――そういった子供はさほど珍しくもなかった。

 

 しかしそれも……母が敵軍の攻撃に巻き込まれて、後遺症が残って引退を余儀なくされるまで。

 父は戦いを続け、私と母は戦乱から逃れる為に人領へと移住した。

 

 帝国西方――"頂竜湖"に面する"魔族特区"。

 軍隊では皆が優しかったが、村での風当たりはそれなりに強かった。

 

 人族の差別や偏見ほどではないにせよ、魔族の中にあっても例外ではない。

 エルフと交わったこと……その子供というのは、やはり嫌厭(けんえん)の要因となりえた。

 

 

 ある時季(じき)――村に流行り病が発生した。

 万全でない体でも、母はその身を粉にして患者の対応に当たった。

 幼い私は母から得ていた知識と支持で、対症療法として村中を駆け回った。

 

 その時に子供ながらに様々なことを手伝って、色々と思うことがあった。

 

 幸いにも死者はそこまで出なかった。それが対症療法の甲斐(かい)あってのことかはわからない。

 しかしその出来事があったからこそ、私たち親子は村の一員として受け入れられた。

 

 人を助ける立場にあれば、ダークエルフでも感謝される。 

 同時に、みんなの役に立てるということが……すごく嬉しく感じられたのだった。

 

 元々治癒術士としての母の仕事に、憧れと尊敬が強く心にあった。

 これがきっと私の天職だと、日増しにその想いは強くなっていった。

 

 (つの)らせ続けた思いの結果、私は一念発起して学ぶことにした。

 ダークエルフという出自と、医療技術を考えた時に……選択肢は学園だけだったのだ。 

 

 

(そうして今がある――)

 

 ベイリルくんと出会い、キャシーちゃんにフラウちゃん。

 ナイアブ先輩やフリーマギエンスのみんなも……多くの友と仲間に恵まれた。

 自身がダークエルフということも忘れてしまうほどに、とても幸福な学生時代だった。

 

(それでもやっぱり最初のキッカケは……)

 

 学園内の落伍者(カボチャ)を制し、私を誘った彼なのだろう。

 卒業後に研究か実地か迷っていた時も、この冒険へと誘ってくれた彼なのだろう。

 彼なりの下心もあったのかも知れないが、こうして人助けをして力量を高める充実感。

 研究職だけでは決して味わえなかったと、今は確信している。

 

 そもフリーマギエンスを作ったのも彼――ベイリルくんだ。

 彼が私の今を取り巻く、全てを形作った人に違いなく。

 

「ふふっ」

 

 思わず笑みと共に声ががこぼれでてしまった。

 彼がいない人生はどうなっていただろうか、もう想像がつかないほど深く関わりすぎた。

 だからこそ――

 

(私ももうちょっと、自分に素直になっても……いいのかもしれませんね)

 

 



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#109 親愛星夜

 空気が澄んで雲ひとつなく、片割れ星が大きく照らす夜半。

 

「よっし、これでワームの全景もかなり掴めてきました」

「本格攻略組から情報、なかなか役に立ったようで私としても良かったです」

 

 ハルミアとキャシーが泊まっている(ほう)の部屋で、俺達は計画を煮詰めていく。

 

「計画は滞りなく実行に移せそうですか?」

「順当にいけば、十二分な勝算が得られるハズです」

 

 フラウは基本寝たきりなので、ハルミアと2人きりという状況が自然と増えた。

 そうなるとどうにも、改めて意識せざるを得なかった。

 

「……? 私の顔に何かついていますか?」

「えぇ、見惚れてました」

 

 臆面もなくそう言ってみる、なんかこうしたやり取りも学園以来になるだろうか。

 ハルミアは俺が異世界に転生してから、初めてまともに情欲を抱いた相手であろう。

 関係を持っているのはフラウだし、愛してはいるが……あいつは空気のような存在である。

 もはや生きていくのになくてはならず、そこにいるのが当たり前な感じ。

 

 ハルミアの場合はなんというかこう……雄の本能を刺激させる。

 脳髄へダイレクトへぶつけてくるような、性欲に訴えかける暴力的なそれ。

 

 

「そうでしたか、それじゃぁ私もベイリルくんを見ちゃおうかな」

「えっ? あぁ――どうぞどうぞ」

 

 それは正直珍しい反応と言えた。いや……初めてのことかも知れない。

 いつもはてきとうに流されてしまうのだが、真っ直ぐ対応されたことはあっただろうか。

 学生時代の3年間、常日頃ではないものの――折を見てアプローチはし続けてきた。

 

(やっぱ綺麗だよなぁ……)

 

 俺の碧眼とハルミアの虹彩とが交錯し合う。

 星光によって煌めく瞳は、吸い込まれそうな引力を持っている。

 

 肩より少し伸びた、薄い紫色した(つや)のある髪。その下に隠れた短い両角。

 豊満で扇情的な肢体は、どうしようもなく下卑(げび)た劣情を掻き立てる。

 同時に慈愛溢れる母性と不可侵性を帯びた神聖さに、理性がストップを掛けるのだ。 

 

(いけるの……か?) 

 

 フラウと関係を持っていても、まともな恋愛経験は前世を含めて皆無と言っていい。

 だから学生時代も攻めあぐねたし、()()()()()()()というのもいまいち掴めない。

 空属魔術士として名折れであるが、空気を読み切ることができないでいたのだった――

 

◇ 

 

(んっ……ベイリルくん、やっぱり男の子だなぁ)

 

 ()は改めて、お返しとばかりに後輩をじっくりと見つめてみた。

 こうもまじまじと観察したのは……初めてかも知れない。

 ダークエルフの私と同じ、少しだけ長く水平なハーフエルフ耳に親近感が湧く。

 

 無駄なく鍛え上げられた筋骨、洗練された魔術、どこか年上にも思える雰囲気。

 合理的な考え方、飄々(ひょうひょう)と装っていても節々で見え隠れする本音。

 たびたびアタックを掛けてくる割に、ここぞで踏み込んでこない小心さ。

 冷静でありながら時に情熱的で、子供のような瞳の輝きを残している。

 

 彼の顔の美醜は……どうなのだろう。

 男にせよ女にせよ、あまりそういう目で見たことがない。

 ただ数多く治療してきた患者と比較すると、平均的なもののように思う。

 

 そして……――こうして見つめ合って、体温の上昇を感じている。

 

 

(やっぱり私は――うん、私も惹かれているんでしょうねぇ)

 

 なにぶん色恋など初めてのことだから、その気持ちを自覚するにこうして時間を要した。

 半分エルフの寿命から考えれば、大した時間ではないけれど……。

 

「あっ……」

 

 思わず口から漏れる、自分でも驚くほど無防備だった。

 いつの間にか彼の右手の平が、私の左頬へと当てられていた。

 

「ぉおっと、ごめんなさい」

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 引き離そうとしたその手に、自分の左手を重ね留める。

 

「えー……っと、その――」

 

 ゴクリと目の前の男の子が生唾を飲む音がこっちにまで聞こえる。

 待たせた分だけ私から言ってもいいのだが、せっかくだからここは彼におまかせしよう。

 

 

「――あーまぁあれだ、ハルミアさんって制覇したら叶えたい願い決まりました?」

「はぁ~……」

 

 私は大きく溜息を吐いて、もう一度真っ直ぐ見つめてあげる。

 こういうところもかわいいし、恋心を自覚した今では愛おしくも感じる。

 母性と庇護欲を掻き立てられるような、こちらから教えてあげたい衝動に駆られる。

 しかしここはちゃんと彼を信じて待つように、視線を通して熱を投げかけた。

 

「――ですよね、すみません。ハルミアさん、改めて……俺のモノになってください」

 

(覚悟を決めた男の子の顔だ――かっこいいって言えばいいのかな)

 

 しかしいざこうなってくると、少しだけイジワルしたくもなってしまう。

 

「私はモノじゃありませんよ?」

「俺はもう(・・)心の底から欲したら、諦めないと決めたんで」

 

 もう一度日和(ひよ)るようなことはなかった、堅く強い決意を秘めた言葉。

 

 

「んー……それじゃぁ――()()()()()

 

 ニッコリと笑って受け入れる。

 するとベイリルくんはゆっくりと、心を確かめるように体を寄せてきた。

 

「でも一つだけいいですか? 叶えたい願いってわけじゃないですけど」

「なんでしょう」

「私はベイリルくんの"本当の姿"が知りたいな――って」

 

 "公然の秘密"とでも言うべきか――彼が"色々と隠している"のは、皆が薄々だが気付いている。

 とはいえ言いたくないことなど誰しもにあるし、なにか事情があるのだろうと誰もが思っていた。

 

 少なくとも悪意によるものではなく、お互いに信頼し合っているゆえに。

 

 それでも彼の全てを受け入れたい――そんな気持ちからの言葉だった。

 

 

「う~ん、難しいですね」

「私にもさらけ出せないですか?」

「言うのは簡単です、でも信じられる話じゃないし混乱させるだけなんです。唯一知るのはシールフだけです」

「"読心の魔導"じゃないと……理解できないような話だと?」

 

 彼は真摯(しんし)な眼差しを揺らがせることなく、一度だけうなずいた。 

 

「そっか、フラウちゃんも知らないんだ?」

「はい、あいつにもハルミアさんにも百年後か二百年後か……それくらいには話せるかもしれません」

「うん……それじゃ、気長に待たせてもらおうかな。三百年でも四百年でも――」

 

 改めて顔が互いに近づけ、唇を触れ合わせた。

 情熱的ではないが、相手を優しくいたわるようなそれ。

 

 

「この泥棒猫、いやキャシーと違って猫じゃないか」

「っあ――フラウちゃん!?」

「ぉおい!」

 

 はたしてそれはフラウが、扉の隙間からひょっこり顔を出していた。

 

「えーっと、フラウちゃん、これはその……」

「待て待てフラウ、俺は散々っぱらお前にハーレムの確認とったはずなんだが?」

 

「あーもう、()()()()()()()()()()寝取られたぁ……」

 

 一瞬だけ思考を要したが、すぐに意味を理解する。

 

「……えっ? ええ!?」

「――泥棒猫は俺のほうかよ!」

「あーしの願い言っていい? ()()()()()()よ」

 

 私がなんともついていきにくいやり取りに、2人はマイペースに続けていく。

 

 

「さすがにダメだ。ここまで魔力を充填してきたのに霧散すんだろ」

「じゃあぜーんぶ終わったら約束ね。ハルっちの初めては仕方ない、ベイリルにゆずろう」

「あはは……」

 

 なんというかもう苦笑することしかできなかった。

 女の子同士だけだと少し抵抗はあるが、三人でなら――うん……意外と?

 

「それにベイリルは、あーしが育てた。つまりこれはもう、間接的にハルっちとしてるのと同じ!」

「うん、その理屈はおかしい」

「んもーそういうことにしといてよ~、それとも見てていい?」

 

「さすがにそれは私がちょっと……」

「だよね~冗談。さすがにそこまで無粋じゃないから安心してよハルっち」

「ありがとよフラウ。埋め合わせは必ずしてやるから」

 

「あいあい、それと充填中は色々と鋭敏になるかんね、"遮音風壁"かけといてよ」

「すまん、失念してた」

「聞こえてきたら、真剣(マジ)で我慢できなくなっちゃうかんね」

 

 残念がり惜しむようなフラウは去ろうとして立ち止まると、(きびす)を返して最後に言い残す。

 

「そうそうハルっち~」

「なんですか?」

 

「ベイリルは耳がめっちゃ弱いよ。エルフ種ってみんなそうなのかな?」

「おまッ――」

「そいじゃね!」

 

 自由なフラウは颯爽と隣の部屋へ帰っていった。

 ベイリルくんは部屋の音を魔術で遮断して、もう一度向き直る。

 

 

「なんかすみません、ムードが台無しになっちゃって」

「それは構わないんですけど」

 

 少しだけ()を置いてから尋ねてみる。

 

「えっと……ベイリルくんもしたい(・・・)んですか? その……三人で」

「やぶさかではないです。いえ正直に言えば、浪漫です」

 

 これ以上なく純粋で真っ直ぐな瞳だった。今日一番の輝きかも知れない。 

 

「仕方ないですねぇ、ベイリルくんもフラウちゃんも。でも……今夜はひとりじめです」

「えぇ俺だけのハルミアさんです」

 

 衣擦れの音、丁寧な触れ合い、繊細な指使い、高まる動悸と体温をこの際は堪能(たんのう)する。

 

「っはぁ……ん、さすが慣れてますねぇ……私は初めてなのに、ズルいですベイリルくん」

「いやぁ、返しに困ります。ところで今日って大丈夫な日ですか?」

「あぁそれでしたら問題ないですよ、私が"その手のこと"に長じているのは知っているでしょう?」

「それってつまり……」

 

「自由自在ですよ」

 

 

 "医療術士"として人体を熟知した私だけの魔術。肉体に付随する機能の完全支配。

 ベイリルくんも多少なりと使える生体自己制御(バイオフィードバック)を、さらに強力にしたものである。

 筋力強化や心肺能力の促進から、脳内分泌から生理機能の抑制まで。

 

「だからもし子供が欲しくなったら、こっそりと――」

「そういうの割とまじでシャレにならないんで……」

 

 焦った顔の彼へ微笑みかけながら、私は迎え入れる。

 

 ベイリルくんには悪いが、私はけっこう欲張りで母性が強い。

 この人との新たな命を育みたいと思ったなら、きっと躊躇(ちゅうちょ)はしないだろうと。

 

 



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#110 攻略開始

歪曲(わいきょく)せよ、投影せよ、世界は偽りに満ちている。空六柱改法――"虚幻空映(きょげんくうえい)"」

 

 まずは空間に満ちる大気の密度を歪ませて、一定範囲内の光の屈折を調整する。

 これで周囲からは誰にも見えない、傍目(はため)からは単なる地面となる。

 

鳴響(めいきょう)(ことごと)く、(さえぎ)(しず)めん。空六柱振法――"(なぎ)気海(きかい)"」

 

 続いて音の伝播を遮断する。これで内側から外へと音が漏れることがなくなった。

 光学迷彩と遮音壁、二つの魔術を重ね併せることで、ここは完全なステルス領域となる。

 不用意に近付かれない限りは、見つかることがない。

 

 

「それじゃぼちぼち始めるか」

 

 全員の心身は充実している。装備品の要不要も選別し、戦闘準備は万端。

 万が一に備えての、迷宮(ダンジョン)滞在用の備蓄も用意した。

 "魔術機械"の起動と操作方法は昔に何度か見ていて、難しいこともない。

 

前の時(・・・)よりかなり形も違いますね、それに大きくなってる……」

 

 もう3年近く前ではあるが、ハルミアは覚えていた。

 かつて地熱を発掘するという話で製造され、利用された魔術機械。

 リーティアとゼノとティータの初の合作にして、魔導と科学の融合品。

 

「あれから魔改造されまくったんで、この"大型穿孔錐(ボーリングマシン)"」

 

 テクノロジートリオの独創性が遺憾(いかん)なく発揮された結果。

 とはいえ得たデータを叩き台にして、より安定した性能のモノが何基か作られたのも事実。

 それらは商会の事業――掘削や採掘など――の為に、場所を選定して使われている。

 

「三人集まるとすごいよね~、ほんと」

「まったくだ」

 

 三人寄らばなんとやら。卓抜した三人の親和性と、相互影響によってブーストされる。

 そんなリーティアとゼノとティータが、さらに自由に創造性を発揮させた魔術機械。

 それはとんでもない出力を誇ると同時に不安定さもぬぐえない為、学園に保管されっ放しだった試作品。

 しかしこんなシロモノでも、場所を選ばないと掘り抜けないのがワーム迷宮(ダンジョン)である。

 

 なにせワームの巨大(デカ)さと、地盤の深さたるやトンデモとしか言えなかった。

 それでも何度となく試行したソナー探査と攻略組からの情報を統合し、大まかな形は把握できた。

 あとは最下層と思われる層節の部分まで、直通のトンネルをぶち抜いていく。

 

 

「名付けて――"掘って掘って掘り抜いて、突き抜けたなら俺らの大勝利"作戦」

 

 見た目は奇抜さもあるが、マシンの構造それ自体はさほど複雑なものではなかった。

 

 地上で収納および、引き上げ時の支え部分となる土台。

 魔力を送り込む為の魔鋼棒が上部から突き出た、本体ドリル部。

 そして引き上げ用のワイヤーと、巻取り用の装置である。

 

 つまるところ地盤を固める作業は、人の手で(おこな)わなければならない。

 まともにやるのであれば時間を掛け、セメントや鉄管などで崩落しないよう組んでいくもの。

 当然ながらそこまでの準備や輸送を許すだけの時間も、場所の確保も、材料の調達もできない。

 

 しかしここは異世界であり――魔術がある。

 学園時代では地属魔術の卓越したリーティアが、機器の運転と地盤固めの両方をこなしつつ時間を掛けた。

 今回は魔力を充填したフラウが担当し、斥力場を使って穴を固めながら短縮速攻(ショートカット)する。

 

 

「ベイリルよぉ、ホントに大丈夫なんだろうな?」

「まぁあーしは最悪生き埋めになっても、自力脱出できるけどねぃ」

 

「リーティア、ゼノ、ティータの共同力作の一つだ。個人的にはまったく心配していない。

 空気供給は俺が責任を持つし、最悪壊れてもまぁ……"嵐螺旋槍(エアドリル)"でどうにかする」

 

 燃費は悪いものの俺とフラウの魔術を併せれば、単独で掘り抜くことも恐らく不可能ではないだろう。

 しかし最下層に"ラスボス"が待っているとするなら――魔力は温存しておくに限る。

 

(今のあいつらなら、さらに凄いの作れるだろうし……有効に使わせてもらおう)

 

 どうせ学園で(ほこり)をかぶっていたモノだし、死蔵させておくのも損というものだ。

 壊す気はないが、最悪壊れてしまっても……その時は心の底から謝ろう。

 

 

「気をつけてくださいねフラウちゃん」

「あいよ~。そういやさ……合図はどうすんの?」

「声の伝達も全部俺が請け負うよ、方向がズレたりしたらこっちから連絡する」

 

 うなずいたフラウは本体ドリル部の上に飛び移り、魔鋼棒を掴んだ。

 

「ほんじゃっ地底探索、いってきま~す」

 

 フラウはビッと形だけの敬礼して魔力を込めると、ドリルが回転して地面を削っていく。

 ゆっくりと土台部から切り離されたドリルは、フラウを載せたままゆっくりと沈んでいった。

 

 

 

 

 早朝より始めて昼に差し掛かりそうになると、声が穴の奥底から響いてくる。

 

『うおぉ~い、きていいよ~!!』 

「おーう! そのまま待機なー!!」

『りょーかーい、まじすごいよーーーっ!!』

 

 俺はそう頼んだ後に、ハルミアとキャシーへと向き直る。

 

「大事はないと思うけど、俺が殿(しんがり)で」

「よっしゃ、じゃっお先ィッ!」

「それでは私も失礼します」

 

 言うやいなや跳んでワイヤーを掴み、一直線に落ちていくキャシー。

 続くようにハルミアも、下を一度だけ覗き込むとすぐに(おく)することなく降りていった。

 

「んじゃニア先輩、すみません。後のことはもろもろ全て頼みます」

「えぇ、しかと請け負いました」

「遮音と迷彩は解けちゃうんで、誰かに問われたらてきとうに」

「わかっているわ――無事制覇することを祈ります」

 

 俺はニィっと笑って、備蓄袋を背負うと落ちていく。

 深く――暗く――長く――何キロメートル地下かわからないほど。

 

 そうして――光がふっと見えた瞬間には、あっという間に広い空間へと出ていた。

 

 

「おっ……ほぉあああ――これが本当にワームの中なのか」

 

 自然と配置された岩場からは滝が落ち、流れる川は大きな人工湖へと続いていた。

 森があり、緑が生い茂り、草原の一角には花びらが舞っている。

 領域を照らす謎の光源、僅かに吹き抜け香る風、さらには適温にまで保たれていた。

 

「やたらめったら凝った人工庭園だ……」

 

 天井からワイヤーで垂れ下がる、ドリル機関部から俺は飛び降りる。

 そして地上で既に立っている、3人のもとへと着地した。

 

「なあなあおいおい、ここが最下層か? すっげーいいとこじゃん」

「いーあ、ここは最下層じゃないよ」

「フラウの言う通り、最下層の一歩手前だな――そうだな、さしずめ"休憩所"のようなものか」

 

 なかなか(いき)な真似してくれる。直径数百メートルのだだっ広い自然公園。

 魔物の気配も感じない、どういう技術で保っているのかもわからない。

 流石は生涯の多くを迷宮(ダンジョン)建築に費やしている、良くも悪くも変人。

 

「でも英気を養う必要があるということは……最下層は覚悟しろってことでしょうねぇ」

「確かに体調万全で挑めということなんだろう」

 

 

 俺は備蓄袋を地面に置くと、中から食料と水を並べていく。

 

「アタシはすぐにでも突っ込んでいいんだがな……フラウは疲れてんか?」

「充填分は(から)(けつ)だねぇ、通常分もまぁまぁ使っちゃった。でもキャシーよりは多いよ」

「うるせー、戦いは魔力だけじゃねえ」

 

「俺も思ったより消耗が激しかった。ここは素直に休息しよう」

「どんくらい? 一週間くらい休憩旅行(バカンス)気分でお楽しみ(エンジョイ)?」

 

「そこまでニア先輩を放置したら申し訳なさすぎるわ。フラウは半日もあれば回復するか?」

「いや、その半分くらいでだいじょーぶダイジョーブ」

 

 そう言うとフラウはトテトテと近付いてきて、左隣に座るとしなだれかかってくる。

 

「ふー……落ち着くねぇ」

 

 小さな体躯を俺へと預け、ゆったりとリラックスする。

 

「ったく、二人でイチャつきやがって。そういうのは見えないトコで――」

「おっそうだねぇ、確かに二人だけじゃあねぇ……ほれ~ハルっちもおいでおいでー」

「えっ? んーっと……」

 

 フラウはちょいちょいと手招きをし、ハルミアは少し遠慮がちに右隣へと寄り添った。

 

「……んあ? ハルミア? どういうこった」

 

 キャシーは一人、わけがわからないと疑問符をいくつも浮かべ、首を大きく傾げる。

 

「フラウはいつも通りだが――ん? えっ、はああ!!?」

「その……まぁ、はい。そういうことです、キャシーちゃんのお察し通り」

 

 やや照れながらもハルミアは、所有権を主張するように腕を絡めてくる。

 

「残るはキャシーだけだね~」

「あぁキャシーは()が強いからな。攻略するなら、この迷宮(ダンジョン)より骨が折れそうだ」

 

「こっちは願い下げだっつーのッ!!」

 

 同じパーティ面子として何とも表現しにくい感情のまま、獅子の咆哮が人工庭園に響き渡ったのだった。

 

 



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#111 迷宮決戦 I

「さて、いよいよ最下層だ。準備はいいな」

詠唱(アリア)も完了済みぃ~」

「私も万端です」

「おう、さっさといこうぜ」

 

 出入り口っぽく見える、肉の隔壁扉のようなものを強引に開いていく。

 動きはしないものの、ここがワームの体内だと思い出させる見目気持ち悪い内壁。

 肉と肉の(あいだ)を潜ると、三層分は重ねたような広さの空間へと踊り出た。

 

「──いたなぁ、とんでもない()()()()が」

 

 そんな言葉が自然と漏れ出ていた。最下層に鎮座し、眠っていたのは"一匹の生物"。

 はたしてそれは"完全生命種"とも呼ばれ、彼らを信仰する宗教も存在する。

 地球の逸話でも古今東西に存在した、悪敵の象徴にして"財宝の番人"として君臨する生物。

 

「すっげ、初めて見たわ」

「あーしは飛んでる奴だけかな~、それも遠目でしか見たことなかったけど」

「私は魔領の戦場で何度か。でも横になっているだけなのに、ずっと大きい固体です」

「俺が倒したのはチンケな陸上のだったな。いやあれは違う種だっけか」

 

 なんにせよ──"無二たる"カエジウス本人が出てこなくて良かった。

 ワームを討ち倒して、趣味で迷宮(ダンジョン)リフォームするような五英傑──

 そんな規格外を相手にするくらいならば、あっち(・・・)のがまだ可愛く思える。

 

 ともするとこちらの気配に気付いたのか、あるいは悠長に話しているのが耳に届いたか……。

 その巨体はゆっくりと立ち上がり、大きく翼を広げてこちらへと向く。

 

 

『挑戦者か──』

 

 一息に俺達全員を丸呑みにできそうな口から、地響き震わすように言葉が紡がれる。

 

 ややくすんだ黄色い鱗。天頂を突かんとする長く太い角。

 上下(いびつ)に生え揃う牙。両翼を広げた差し渡しは100メートルにはなろうか。

 巨体を支える後ろ(あし)に、負けず劣らずの──爪が鋭き巨大な前腕。

 長く強靭そうな尻尾の先端まで、鉱物質のような背びれがいくつも生えていた。

 

「こりゃなかなかどうして、()甲斐(がい)ありそうだね~」

「ってか、喋れんのかよアイツ」

「"眷属(けんぞく)"は言語を解すが、共通語を実際に喋れるのは……」

「──"七色竜"、ですねぇ。どおりで通常の個体よりも遥かに大きいわけです」

 

 遥か遠い昔に大陸を支配した、旧き最強の種族──"竜種(ドラゴン)"。

 

 神族との大戦に破れ、叡智ある"頂竜"はいずこかへと消えてしまった。

 その時に多くの竜も忽然(こつぜん)と姿を消した。どこか別の世界に移住したとも言われるが……。

 しかし残った竜種も存在する。それが"七色竜"と言われる7匹のドラゴン。

 

 それぞれが純血種とも呼ばれ、"竜教団"によって個別に信仰される存在。

 

 

 炎熱を司る"赤竜"──唯一、人族との交流を持ちし最大の勢力を誇る竜。

 

 氷雪を司る"青竜"──魔領の最西端、"零の聖堂"を住処とする不可侵の竜。

 

 豪嵐を司る"緑竜"──遥か超高空を気ままに飛び続ける、地上に興味なき自由の竜。

 

 病毒を司る"紫竜"──所在知れぬ厄災の竜。

 

 光輝を司る"白竜"──頂竜に次ぐ叡智を持つと言われる、自らの姿を見せぬ竜。

 

 闇影を司る"黒竜"──"大空隙(だいくうげき)"にて眠る、意志なき獣と成り果てた魔の竜。

 

 そして──神族を相手に、その激しき気性を(ふる)ったという、雷霆(らいてい)を司りし"黄竜"。

 

 

永久(えーきゅー)商業(しょーぎょー)権の"黄竜の息吹亭"? あれ実は最下層の答えだったんだね~」

「あの偏屈な爺さんが、そんな名前よく許したもんだ……いや、逆に盲点なのか」

 

『お前たちには選ぶ権利がある──戦うか退くか、決めるがよい』

 

「ここにきて親切なこったなぁ」

「一応選択肢は与えてくれるんですねぇ」

 

 それはあくまで、デザインされた迷宮(ダンジョン)ゆえの心配りとでも言うべきか。

 

『俗世での我が名は"黄竜"──人の身で、勝てると思うならば掛かってくるがいい。しかして命は覚悟せよ』

 

 こちらの言葉に調子を崩すことなく、最下層の番人としての立場から語りかけてくる。

 黄竜はカエジウスに言い含められているのか……与えられたセリフを芝居がかって喋っているかのようだった。

 

「人の身で勝てるか、ねぇ……。いつから最下層の(ヌシ)やってるのかはわからないが、少なくとも20年前に負けてるよな」

 

 永久商業権で建てられた店に、黄竜の名を冠している以上はまず間違いない事実だろう。

 

 そしてその時から──最下層へ挑戦者が現れていないとも聞く。

 まともに迷宮(ダンジョン)攻略しようとしたらどれほどのものか、難しすぎやしないかと。

 遠い過去にも最下層まで来れたのに、黄竜を眼の前にして帰ることを選んだ者もいたかも知れない。

 

 

人族(・・)風情(ふぜい)が、生意気な口を聞く』

 

「これは失礼、ついでに言うと俺はハーフエルフだ」

「あーしも半分だけのヴァンパイア~」

「私は厳密に、人族の血は流れてないですねぇ」

「アタシは獣人だ」

 

『自らを"神族"と呼称した生物の末裔(まつえい)なぞ、どれも変わらん』

 

 こちらの揚げ足取りにも、きっちり返してきた黄竜に俺は素直に感嘆を漏らす。

 確かにほとんどの人型生物は神族から派生していった種族であり、どれも同じであると言い切ったのだ。

 

「ははぁ……考え方のスケールが違うな。さっすが最古の神話に生きた竜ってとこか」

「彼らから見たら神も、魔も、人も、獣も、みんな同じなんですねぇ」

「ったく、偉そうなこった」

「でもでも~今からその末裔にやられるんだよ?」

 

 

『退く気はないようだな──』

 

 そんな言葉と共に、こちらへ向かって一筋の雷光が飛ぶ。

 しかしまるで来るとわかっていたかのように反応したキャシーが、それを(はた)き落としてしまった。

 

「"雷"か──気が合いそうだなぁ、ドラゴンさんよォ!」

 

 黄竜は広げていた翼を折りたたむと、巨大な前腕の爪を地面へと突き立てる。

 ()になる、とでも言えばいいのだろうか。背景と合わせて堂に入っている。

 

 最下層には前層のような水場があり、ご丁寧に土の地面が造られていた。

 水属魔術や地属魔術も存分に使えるように、しっかり配慮をしたのだろうか。

 連結されたエリアは相応に広く、遺跡の名残のように風化した建築物──つまり遮蔽物もある。

 

 最終決戦に相応(ふさわ)しい、とても戦いやすそうな作りであり……カエジウスのこだわりが見られた。

 

『大した負傷なく、ここまで到達しただけのことはあるか』

「えっ、あーうん。そうだろう、そうだろうとも」

「ねー」

 

 俺は取り(つくろ)うようにそう言い、フラウも同意しながら笑う。

 ここまで掘り抜き到達できたのは、ほぼほぼ幼馴染の手柄である。

 充填分は尽きたものの消耗は完全回復しているし、怪我など当然あるわけもなし。

 

 

『……それにしても、そうか。あの人族らが二十年前か──』

 

 時間間隔を置き忘れているのか、しみじみと言い出すお茶目な黄竜。

 知能を持ちて言語を話すだけに──なんだか哀れにも思えてくる。

 

「二十年以上もあの爺さんに隷属させられてるとは……それとも同意か、善意か、実は同じ趣味とか?」

 

(はなは)だ不愉快なことだが、奴が主人となる』

「俺らが倒して見せようか? そうすれば解放されたりするのかね」

『なにっ』

 

 初めて黄竜の本音のような感情が漏れ出る。

 

「すまん、やっぱ無理。あの爺さん相手にするよりは、多分あんたのほうがやりやすい」

 

 俺の露骨な煽りに対して、(うな)るような音が竜の喉から鳴る。

 とはいうものの、黄竜もそこは認識している事実なのだろう。

 ムキになって言い返してくることはなく、ただビリビリと帯電する雷が空気中へ漏出する。

 

 

 問答と挑発を繰り返しながら、俺は久方振りに使う魔術のイメージを固めていく──

 

 竜種──それも最上位たる"七色竜"は、疑うことなき地上最強の一角である。

 大概の魔術など通じぬ重装甲の巨体が、高空を飛行し一方的に爆撃してくるのだ。

 

 仮にそれを撃ち墜とすのであれば……、爆撃に耐えうる防御性能は大前提。

 その上で尋常ならざる対空遠距離砲撃火力と、捕捉・命中精度を要する。

 あるいは同等以上に飛行し肉薄しながら、竜を殺すに足る攻撃能力を備えていなければならない。

 

「なぁおいドラゴンさんよォ、アンタを倒せば終わりなんだよな?」

『そうだ、それだけが唯一無二の(あかし)となる』

 

 答えを聞いたキャシーが四ッ足の体勢を取ろうとする瞬間、フラウが肩を掴んでそれを止める。

 

 その(あいだ)に俺は両手の親指・人差し指・中指をそれぞれ合わせ、黄竜へと向けて覗き込みながら話しかける。

 

「最下層の(あるじ)を倒し、晴れて迷宮(ダンジョン)制覇──と」

『その通りだ──』

 

「ドラゴンって言えば……俺の故郷でも財宝の番人ってのがお約束(テンプレ)の一つだった」

『ヒトが望む財宝は地上へ戻ってからだがな』

 

「あぁ……打ち倒して叶えてもらうことにするよ」

 

 言葉を交わしながら、三本の手が蜂の巣(ハニカム)構造に結合し形作られるイメージを完成させる。

 

 

「繋ぎ揺らげ──」

 

「キャシー、ハルっちも耳ぃ(ふさ)いで」

 

 そう言われてすぐに察した2人は両手を耳へ持っていく。

 

気空(きくう)鳴轟(めいごう)

 

 目の前の世界が、染め尽くされるように爆裂する。

 

 ──"重合(ポリ)窒素爆轟"。

 俺の使う魔術の中で最強の破壊力を持つゆえに、T(ときと)P(ばしょと)O(ばあい)を大いに(わきま)えねばならない魔術。

 核兵器とは比べるべくもないが、次ぐ威力を誇る分子運動による圧倒的な連鎖エネルギー。

 

 普通の地下であれば地盤崩落の危険性があるだろう。しかしここはワームの体内。

 本来であれば過剰火力となる魔術も、七色竜の一柱を相手にするのであれば申し分なし。

 

 広いとはいえ密閉空間で炸裂した爆発は、黄竜の巨躯を壁へと激突させた。

 衝撃による余波と轟音は、フラウが張った斥力場によって後方へと逃がされる。

 流石は相棒。ちゃんとフォローしてくれると信じていた。

 

 

「まじっかよ、なんだ今の……」

「俺の"切り札"の一つだ、本当に久々に使ったがな」

 

 実戦で使ったのはそれこそ、"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"相手にした時が最後だったろうか。

 斥力場が解かれると、未だ止まらぬ地鳴りのような残響と、暴れ狂う風が空間内をもみくちゃにする。

 

「チッ、てめーはいくつ隠し技持ってんだよベイリル」

「たまに自分でも忘れ──」

 

 バチバチと空気の絶縁を破りながら、角が帯電し始めるのを見て俺は乾いた笑いがこみ上げる。

 奇襲でぶち当ててもなお、殺すどころか倒すにも至らない。一個生命としての強靭さ。

 

「まっそんなに甘かねぇわな……」

 

 

 



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#112 迷宮決戦 II

「がぁあああああああっっ!!」

 

 キャシーは黄竜の咆哮に重ねるように声を張り上げ、両者は全身で帯電していく。

 まるでそれこそが真なる戦闘開始の合図とでも、主張するかのように。

 

前奏(プレリュ)ゥゥゥ()ォ!!」

 

 フラウは機先を制するように、気合の入れた重力場を黄竜の周囲へと見舞った。

 極度重圧は黄竜の行動を多少なりと阻害しつつも、しかして圧し潰すには至らない。

 

「やっぱ電気に重力は相性悪いかな~、キャシー相手なら使わなくても勝てるのにぃ」

「こんな時にまでおちょくんじゃねェフラウ!」

「まぁまぁキャシーちゃん、こういう時だからこそ軽口が必要だったりするんですよ。戦場でよく見ました」

「確かに(りき)みは良くない、持てる(ちから)を余さず使わんとヤバそうだ」

 

 

 黄竜の動きには精彩さを欠いているよう見受けられた。

 それはすなわち"重合(ポリ)窒素爆轟"で与えたダメージが、決して小さくはないことの証左であろうと。

 普通にやれば相手になるまいが……しかしてここは太陽の(した)でなく、ワーム迷宮(ダンジョン)内。

 

 さしあたって奇襲を直撃させたことで、圧倒的優位性(アドバンテージ)を得たと分析する。

 それを崩すわけにはいかないし、畳み掛けるのは基本である。

 

 己より格上で強い敵を相手にする場合、最も重要なのは流れを掴むことと心得る。

 決して相手に主導権を渡してはいけないのは、闘争において当然の理。

 実力差がある敵に流れを奪われてしまえば、それはもう一方的な虐殺が待つだけ。

 

 逆にこちらが場を支配し、相手をコントロールできる立場にあるのなら――

 ありとあらゆる戦闘行動がこちらを底上げつつ、相手を封じる一手ともなる。

 

 黄竜から解き放たれる雷光が、跳躍した俺の身へと一直線に突き通される。

 しかし先んじてキャシーが撃っていた雷撃によって誘導され、近くの内壁までぶち当たった。

 

「貸しィ!!」

「応ッ!!」

 

 キャシーと一言ずつ交わし合う。"雷霆"を体現する黄竜に雷は効かないのは自明。

 いつも(・・・)であれば、キャシーが攻撃、フラウが防御と補助、俺は攻防応変に、ハルミアが回復と分かれる。

 しかし同じ雷属だからこそやれること――自身の役割を瞬時にキャシーは理解していた。

 

 

 俺は竜巻をその身に纏い、もろとも圧殺せんとする重力場を切り裂くように上昇する。

 直上まで飛び上がり、天井内壁を足場に蹴り抜いて、半回転して風力を爆発させた。

 反転させた竜巻を、黄竜の頭頂部目掛けて一直線に――

 

「究極ゥ! "ブゥゥゥーースト(ふぅ)(せぇ)ェェキィィイイイーーーック"!!」

 

 この術技の基本型はなんてことはない、ただの急降下飛び蹴りだが……バリエーションが複数存在する。

 今まさに見舞わんとするは、片足をドリルの先端と見立てた回転蹴り。

 螺旋の回転に加えてフラウの重力場によって、さらに威力を倍増させた渾身のキックである。

 

 黄竜の首が弾けるように、その頭が地面へと叩きつけられ大きく跳ねる。

 足蹴(あしげ)にした反動で再び跳んだ俺は、ワイヤーを射出して巻き取りながら空中を移動する。

 

 

「よっ――ほっ――はっ!」

 

 フラウは一度重力場を解いて、その場の空間へと右拳を放った。

 行進曲(マーチ)――それは巨大な斥力場の衝撃として、黄竜の横っ面を大きく打つ。

 さらに左のアッパーカットから、右胴回し回転蹴りの斥力場を叩き込む。

 

 その(あいだ)に俺は、両手のグラップリングワイヤーブレードを交互に順次射出する。

 三次元機動を繰り返しながら再び黄竜の上方を陣取り、さらなる攻撃で畳み掛けようとした――

 瞬間――黄竜の顎門(アギト)と、その奥に輝けるものが瞳に映りこむ。

 それは体内にて超高温・超高圧に凝縮されたプラズマ塊のような、雷霆を体現する輝き。

 

 雷光一閃――極太の雷撃レーザーが、黄竜の体内から放出された。

 それはワーム内壁を容易く穿ち、地盤を溶かし貫き、地上から上空へと一条の軌跡を残した。

 

「残像だ」

 

 冷や汗が一瞬で凍りつくような、奔流の残滓(ざんし)を横に捉えつつ俺はそう口にしていた。

 七色竜の面目躍如と言えるほどの、無茶苦茶な超威力の雷大砲。

 はたして黄竜の怒りなのか、それともあの程度は普通の攻撃の範疇であるのか定かではない。

 

 いずれにしても"虚幻空映"によって実像をずらして見せていなければ、確実に消し飛んでいた。 

 それでも……俺は舌なめずりをするように笑った。次は撃たせない、これで終わらせる。

 

 

「右腕はくれてやる」

 

 有能な医療術士であるハルミアがいるから、気兼ねなく全力を振るうことができる。

 フラウと昼夜問わず練ってきた3年間で、意思疎通と連係も申し分ない。

 

 圧縮固化空気の足場を蹴って、俺はもう一度直上から急降下する。

 さらに黄竜の足元まで急接近していたフラウが重力を反転させると、逆に直下から急上昇した。

 

 音を振動増幅させた"音空波"と、斥力場を内部浸透させる"反発勁"の挟み打ち。

 

「ッッ――」

「あっ――」

 

 無防備に当たるかと思いきや雷竜は巧みに首を動かし、俺達の連係攻撃は紙二重(かみふたえ)ほどで躱し切られてしまう。

 "重合(ポリ)窒素爆轟"の奇襲ダメージで、(にぶ)っていたと判断していた。

 しかしその(じつ)しっかりとこちらの動きを把握し回避するだけの余裕は残していたのだ。

 

 俺は空中で瞬時に回転しながら、フラウと衝突を()けて着地する。

 そこへ狙いすませたかのような雷撃を纏った尾が、今まさに眼前へと迫っていた。

 さらにフラウには、噛み砕かんとする顎門(あぎと)が襲い掛からんとしている。

 

「くぁあアアッ!」

 

 その叫びが追いつくよりも速く、赤い軌跡が空間を走った。

 四ツ足から初速にして最速であるキャシーの突進が、黄竜の顔面へとぶち当てていた。

 同時に黄竜は体勢を崩し、フラウは牙を逃れ、雷尾は俺の頭上を空振りする。

 

「私に切り開けない皮膚組織はないんです」

 

 呟くようなハルミアの言葉も、研ぎ澄まされたハーフエルフの耳は拾い上げる。

 いつの間にか(ふところ)へ潜り込んでいた彼女は、黄竜の後ろ足の一部を切り裂いていた。

 そのたおやかな手にはあまり似つかわしくない、身の丈ほどの赤色"レーザーブレードメス"。

 

 黄竜の動きを観察し、どこに動きの起点があるのか。

 竜鱗によって全身が覆われた中でも、どこに隙間となるべき脆弱な箇所があるのか。

 生理学や解剖学も修め、今なお学び続けるハルミアだけの一点突破であった。

 

 

 キャシーとハルミアの一撃で、崩れ掛かる巨体が支えられるその刹那――

 再度俺は飛び、フラウは倍増重力で墜ちる。

 それぞれに助けられた……再び与えられた好機(チャンス)を絶対に無駄にはすまいと。

 

()ァ――!」

(とお)れぇ!!」

 

 今度は避けられぬであろうその巨体へと、"音空波"と"反発勁"を同時に重ね当てた。

 

 強靭な鱗も、その下の筋肉の鎧だろうと、何一つものともしない。

 内部へと直接叩き込まれる、黄竜が生涯味わったことのない衝撃。

 地上最強の肉体を持つドラゴンと言えど、体内を撹拌(かくはん)されて無事に済むハズもなし。

 

 沈んでいく巨体をフラウは軽やかに飛び越し、キャシーは遺跡の残骸を蹴って元の位置へ。

 ハルミアは攻撃後にすぐ離れていて、俺も押し潰されるより先に飛び退く。

 

 その中途であった――もはや意思能力を失った黄竜から、全方位に雷撃が飛び散った。

 

 

「ぐっがあっ……!!」

「ベイリルくん!!」

 

 "風皮膜"なぞ全く意味を為さない電撃をまともに喰らい、その身を奥底から焼かれる。

 

 接近戦を敢行(かんこう)したのだから覚悟の上であったが、それでもなお――

 視界は明滅し、ただただ痛みすら感じ取れぬ衝撃が全身を打った。

 

 フラウの引力によって俺は引き寄せられ、キャシーが盾となり雷を逸らす。

 俺はハルミアに治療されながら、意識を途切れさせないようひたすら(つと)め続ける。

 

「無茶しないでよ~ベイリル」

「私をかばうからこんなッ――」

「くっ()ぅ……ハルミアさんが無事なら、どうとでもなるんで」

 

 雷撃が放たれるより一瞬早く、俺はハルミアへ"エアバースト"を放っていた。

 そのおかげで距離の開いた彼女に、雷撃が当たることがなかったのは幸いであった。

 "音空波"を全力で放っておしゃかになった右腕ごと、肉体が治癒されていく。

 

 

「うっおっやばっ……この調子(ペース)じゃ、(さば)ききれないっ!!」

 

 完全にブチギレた発狂状態、無差別に雷を放つ天災兵器たる黄竜にキャシーが焦燥を見せる。

 誘導雷撃だけでは対応しきれないほどの雷の嵐が、最下層のエリア内を蹂躙する。

 

「ぬぅぅぅううううう、"狂詩曲(ラプソディー)"――」

 

 フラウは指揮者(コンダクター)のように、両手を何度も振った。

 そのたびに空間内に小さな中性子星のような引力が発生して、不規則な重力場を形成していく。

 無差別雷撃がある程度(ゆが)んだことで、キャシーも幾許(いくばく)か負担が減る。

 

「けっこう消費やばいな~、長くは()たないよ?」

「くっそ! 悔しいが、アタシには思いつかん。なんか手は!?」

「黄竜の状態を見るにダメージは大きいですが……それでもまだ――」

「完全生命種だ、再生力も一級品かも知れん」

 

 ハルミアの全力治癒魔術のおかげで、立ち上がりながら俺は戦況を分析する。

 オーラム殿(どの)のパーティは、一体どうやって倒したのだろうかなどと考えながら……。

 

 実際に絶望を目の前にしつつ、一ツの結論へと至ったのだった――

 

 



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#113 迷宮決戦 III

 終わりなき雷の暴風に晒されながら、俺は脳みそをフル回転させる。

 結局はオーラムに(なら)うでなく、自分達がやれることで打ち倒すしかない。

 

(魔力量には……まだ余裕はある)

 

 ハルミアの治癒魔術に、自己回復魔術を重ねたおかげで体も十二分に動く。

 あとはどう倒すかという選択なのだが……それこそが問題であった。

 

 あの雷撃範囲内でもう一度、繊細なポリ窒素を結合させることは不可能。

 キャシーには雷霆を司るドラゴン相手に、直接的にダメージを通す手段はない。

 ハルミアも場所を選んで突き通すことができるだけで、決定打にはほど遠い。

 

 フラウの斥力手刀(リパルシヴエンド)ならば、どの鱗だろうと貫けるだろうが……あの巨体相手には針で刺す程度のもの。

 指定領域を歪曲させて直接削り取る"終序曲(カデンツァ)"も、外側からだけで範囲も狭い。

 

 "最終楽章(フィナーレ)"のブラックホールは、手中でのみ形成されすぐに蒸発する。

 そもそもほぼノータイムで発生し続ける雷霆の出力に、近付くことが自殺行為である。

 仮にそんな中でまともに当てることがてきても、ドラゴンの一部が消せるのみでしかない。

 

 

(だが……――)

 

 ブラックホールを形成する瞬間は、フラウの重力魔術が作用している一定範囲を圧縮にかける。

 今の彼女の実力では、ドラゴンの巨体まで引き寄せることは不可能だが――

 

「なぁフラウ、雷撃を一瞬だけ消せるか?」

「それって"最終楽章(フィナーレ)"で? 多分できると思うけど一回こっきりだよ?」

 

 作戦を考えているとキャシーから、心の底よりの声が漏れ出る。

 

「あーダメだ、もう魔力切れるわ」

「えっちょ……わたしだけじゃムリだってば!」

「キャシーちゃん!」

「お前が生命線なんだぞ!?」

 

 退却しようにも、入口は実際に見えている距離以上に遠く見える。

 今この瞬間キャシーが倒れられたら、全滅必至であった。

 

「わかってるっての、やり方を変える。ハルミア頼む」

「はい……? 私ですか?」

「気合で耐えるから回復し続けてくれ」

「ぇえ!?」

 

 言うやいなや、キャシーは雷撃を放つのをやめて別の集中を開始する。

 自らを避雷針にするように、両手を突き出して雷を一身に受け止めた。

 

「ぐっぁあああああああああッ!!」

 

 咆哮とも絶叫とも知れぬそれを肺から絞り出すキャシーに、俺は意志を固める。

 もはや逡巡(しゅんじゅん)している暇はない。思いついていたそれを、即座に実行に移すしかなかった。

 

「其は空にして冥、天にして烈。我その一端を享映(きょうえい)己道(きどう)を果たさん。魔道(まどう)(ことわり)、ここに()り」

 

 ――決戦流法(モード)・烈。ここが最高潮(クライマックス)

 もはや後先を考えず全力全開。防御を捨てて攻勢へと極振りする。

 ハルミアの魔力がなくなってキャシーが倒れる前に、決めきるしかない。

 

「"旋風疾走"で(あわ)せる!」

「おっけぃ!」

 

 俺はフラウへそれだけを伝えるとすぐに理解し、彼女は応じるように集中する。

 作戦の仔細(しさい)を悠長に伝える暇はない。それでもフラウは俺を信じ、切り札を託してくれる。

 

 

「斬()"太刀風"」

 

 それは風の剣というには、あまりにも大きすぎた。

 黄竜の巨体と変わらぬほど大きく、ぶ厚く、そして繊細すぎた。

 それはまさに極限まで研ぎ澄ませた風の塊であった。

 

 しかし、それだけでは終わらせない。

 追い詰められた状況でこそ、開眼できることがあるのは身をもって知っている。

 言わば黄竜は踏み台だ。俺の為に律儀に用意された、成長材料を見なせ。

 

 かねてより思い描き、修練し続けていたそれを――今、完成させるのだ。

 

("手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に")

 

 術同士を強固に結合する。技同士を鎖のように繋ぎ、渾然一体に混ぜていく。

 過去何度か味わった極度集中を今一度、俺自身に刻みつけろ。

 

 圧縮固化空気による微細な刃と、真空の層による圧差をチェーンソーのように回転させる。

 さらに超音圧振動波を混ぜて、強引に切れ味を超増強した荒術技。

 

 基本の"風太刀"に、"風鋸"仕様と"音空波"機関を搭載させる。

 音空波が内部破壊ならば、音圧振動はその応用となる外部破壊。

 

 

(もう、一歩――ッ!)

 

 黄竜の鱗に通じさせる為に……さらにもう一つだけ欲張る。

 状況が状況であるからこそ、己の限界を超越し、事を()さしめる。

 

 "風太刀"を形成できているわずかの数瞬。

 フラウの"有量円星(ブラックホール)"で雷嵐が止まる間隙(かんげき)

 そして直前に()()()()()()その刹那。

 

「我が一太刀は気に先んじて(そら)疾駆(はし)り、無想の内にて意を引鉄(ひきがね)とす。天圏に捉えれば、すべからく冥府へ断ち送るべし」

 

 ただただ全てのタイミングを合わせ、(のが)さなければいい――それだけの話。

 ここまで積み上げてきた自分自身の強さ。"俺が信じる俺を信じる"。

 

 頭と心に思い描く"最適の俺"に、俺自身を重ねて動くだけだ。

 最高の"機"を確実に掴み、決して離してしまうことなどありえないと……狂えるほどに盲信していた。

 

 俺はあらん限りに声叫(シャウト)すると同時に、フラウが魔術を重ねる。

 

 

「"最終(フィ)楽章(ナーレ)"!!」

 

 フラウの重力魔術によって、小型中性子星ごと雷の嵐が一気に収斂(しゅうれん)させる。

 同時に俺は超音圧振動波を宿した風鋸太刀を(あいだ)に差し込みながら、無差別雷を内部に織り込む。

 最下層は一瞬の静寂を帯び、プラズマを内包した風太刀がエリア内を煌めき照らした。

 

 超加速を得た俺自身と共に、刃と黄竜とが交差する。

 

 決戦流法(モード)・烈から風太刀を形成し、さらに長大化させる。

 風刃を高速回転させて、共振増幅する音圧振動波を纏わせる。

 電撃を取り込んで内部をプラズマ化したエネルギーと共に、肉体ごと超音速突破。

 

 たった一人で連結合一させた――ドラゴン(ころ)しの風の太刀。

 フラウとタイミングを同調(シンクロ)させて叩き込んだ、至大至高の一閃。

 

 その一撃は、黄竜の翼をもぎとり、肩口から鱗を引き裂き、胴体から右腕部までを、斬断した。

 

「空華夢想流・合戦礼法が秘奥義――"烈迅(れつじん)鎖渾(さこん)非想剣(ひそうけん)"」

 

 手の中から消えた風と共に、俺はその余韻を噛み締める。

 

竜殺し(ドラゴンスレイヤー)――良い響きだ、これは過言じゃない」

 

 

 

 

「ギリっギリでした! 本当にもう死ぬところだったんですよ!?」

 

 珍しくハルミアが……しかも怪我人相手に声を張り上げる。

 治療が済んでしばらく休んでからであったが、怒りと心配の入り混じる言葉。

 

 キャシーはまだボーっとした意識のままで、けだるそうに口にする。

 

「あーもうわかったってぇ、信じてたんだよ。それに収穫(・・)もあった」

「ハルミアさん、俺もキャシーと同感だ。結果オーライ、もちろん教訓は次へ活かすつもりだ」

「ぜったい嘘です! それが必要と思い込んだらベイリルくんもキャシーちゃんも、無茶しないわけがないんです!!」

 

 ぷんすかと息を荒げる彼女の姿も愛おしく、また魅力的に感じられた。

 普段見られない姿というのも、なんというか乙なものである。

 それにこうして叱られるのも……なんだろう、すっごく悪くない。

 

 心地良さを確かめながら、俺は最下層エリアを改めて見渡す。

 破壊痕が戦闘の苛烈さを物語っていて、同じく黄竜との決戦は終着を見た。すなわち俺達の大勝利。

 

(オーラム殿(どの)に、土産話として持ってけるのが楽しみだ)

 

 飛行もできないワームの体内という狭い空間で、"重合(ポリ)窒素爆轟"で不意討ちをした上で……。

 危うき場面も多かったものの――それでもあの"七色竜"の一柱を打ち倒すに至った。

 

「ハルっちハルっち、あーしは?」

「フラウちゃんも何しでかすかわからなくて危なっかしいです!」

「えーーー……」

 

 フラウがやんわりと抗議のうめきをあげ、ハルミアは大きく溜息を吐いた。

 

「はぁ……まったくもう、結局は私がもっともっと医療魔術を高めるしか……」

 

 

『緊張感のないことだ』

 

 "打ち倒した黄竜"の口から、呆れたような声が聞こえる。

 

「なに、強者ってのは常に余裕を見せるもんさ」

『たしかに美事だった。名乗るがいい、強き人族よ』

 

「ベイリルだ」

「フラウ~」

「ハルミアです」

「キャシー」

 

『覚えておこう。ベイリル、フラウ、ハルミア、キャシー』

 

「なぁよぉ……偉そうにしてるとこ悪いんだが、オマエ死なないの?」

 

 キャシーが素朴な疑問を口にする。

 黄竜は左肩から斜めに向かって胴体が泣き別れとなり、右腕も切断されている。

 生きて喋っているのが不思議なほどに、通常どうあがいても死は()けられないダメージである。

 

 

『腕や翼は"人族で言うところの一週間"もあれば十分、肉体もそう掛からん』

 

「さすがは完全生命種たるドラゴンの最上位ですねぇ――う~ん、興味深い」

 

 ハルミアの目が鋭くなる。解剖したい欲が、やんわりとにじみ出ていた。

 

「でもさでもさぁ、トロルだったら多分すぐに再生してるよね?」

「さすがにありゃ例外すぎる」

 

 フラウの耳打ちに、俺も黄竜には聞こえないように返す。

 首だけでもまだまだ戦えそうな、地上最強の種族に恥じぬ純血種のドラゴン。

 

 全員が魔力をほぼ切らした俺達には、もはや戦闘の再開なぞ不可能である。

 この期に及んでブチギレることもないとは思うが、機嫌は損ねないに越したことはなかった。

 

 

『切断した部位は、おまえたちの戦果だ。自由に持って帰るがいい』

 

 太っ腹なのか、無頓着なのか……。黄竜はあっさりと言う。

 しかしながら胴体の大部分を持ち帰るには、とてつもない骨が折れそうであった。

 

「あー……地上までの直通転移装置、みたいなのはなかったり?」

『なんだそれは?』

「いやほらカエジウス殿(どの)の屋敷に、魔法陣みたいなのがあったんですけど……」

『知らんな、過去のものたちも自らの足で帰っていったが――』

 

 実に気さくに話してくる黄竜の言葉には、真実しか含まれていないようだった。

 

(まじかよ……迷宮(ダンジョン)制覇は地上に帰るまでが――ってか。悪魔かあの爺さん)

 

 限定的であっても空間転移ともなれば、最低でも魔術を超えし魔導級のシロモノ。

 五英傑なのだからそれくらいとは思っていたが、事実はそう甘くはなく所詮は希望的観測に過ぎなかった。

 

 

『我が一部を運ぶのなら弱い魔物は寄っては来まい、戻りはそう苦難にはならんだろう』

「あっはい」

 

 黄竜からすれば、何もおかしいことは言っていない。

 だがテクノロジーチートで、最下層までショートカットした自分達には少々耳が痛い純粋な助言(アドバイス)

 最下層以外にも恐らく凶悪な魔物がいるだろう。

 

 そういった厄介な魔物を道中で倒しているのなら――

 実際に攻略して内部構造を直で知っているのなら――

 帰りの途も黄竜の部位を魔除け代わりに、比較的容易に戻れるのは確かなのだろう。

 

『奴が修復するとしてもお前たちが去った後の最下層(ココ)からだ、安心するがよい』

「カエジウス殿(どの)はどうやって最下層まで?」

『知らぬ』

「――さいですか」

 

(まぁなんにせよ超伝導物質っぽいし、意地でも持って帰るしかないな――)

 

 隣の休息エリアへ続く内壁扉や、最下層近くまで掘り抜いた穴の大きさを考えると……細かく解体していく必要がある。

 正直なるべく大きいまま、極力傷つけないようにしたいがそこらへんは仕方ない。

 

 

『ちなみにあの穴は利用しないほうがいい』

 

 黄竜の言葉にドキリとする――が、その目線の動きを見て数瞬を置いて理解する。

 残像で回避した時の……黄竜が放ったあの、極太雷ビームでぶち抜いた穴のことを言っているようだった。

 

『あれを使えば地上まで直通だろう、しかし奴はその手のものはすぐに塞ぎに掛かる』

「まぁ当然っちゃ当然ですね」

 

 そう話を合わせるように肯定しながら、俺の心中でなんとはない不安の種が芽吹く。

 

(いやまさか……な――)

 

「ちょっとだけ失礼」

 

 俺一人は最下層から戻って人工庭園への内壁扉を潜り、空気を歪ませて"遠視"を試みる。

 ハーフエルフの視力と魔術を組み合わせれば、地平線に立つ人間だって判別できる。

 

「……無い、ないナイNAI――」

 

 その双瞳に"映るはずのモノ"が映っていない。芽吹いた不安は満開に咲き散った。

 探しても探しても――ワイヤーで垂れ下がっているはずの"魔術機械"がなかった。

 それどころか掘り抜いて通ってきた穴も、天井内壁には一切見当たらない。

 

『やられた……やられたやられたやられたやられた――あんっのジジイぃ!!』

 

 思わず俺は残りわずかな魔力を振り絞り、音圧最大の怨嗟を人工庭園に響き渡らせたのだった。

 

 



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#114 制覇特典 I

 ――話をしよう。黄竜を打ち倒したところまでは、全てが順調であったと言える。

 だが"大型穿孔錐(ボーリングマシン)"は人工庭園から引き上げられ、いつの間にか穴は塞がれてしまっていた。

 結局俺達は聞くも涙、語るも涙。迷宮(ダンジョン)を最下層から地上まで、片道制覇するハメと相成った。

 

 悪意しか感じない即死トラップの雨あられ。精神に訴えかける幻惑空間。

 浮揚する足場をパズルのようにハメこんで、正規ルートを通らねば踏破できぬギミック。

 

 絶滅したとされる巨人族からの逃走。その先に待ち構えた、素敵で秘密な出会いと別れ。

 既知の生物相から逸脱した、独自の進化を遂げたような謎魔物との遭遇戦。

 生きたワーム内壁が常に形を組み換え続ける迷宮と、奥底で待つミノタウロスとの対決。

 

 ワーム海の水が流入し満たされたエリアで、水棲魔物相手に大立ち回り。

 温厚なれど竜を信仰するリザードマンの集落へ、黄竜の部位を持ち込んでしまって一騒動。

 攻略途中のバルゥとのはからずの再会、道中苦労話をしながらの共闘戦線。

 

 はてさて本の一冊にはなろうかという大冒険だった。

 製本技術が発達し、流通も円滑になった暁には、娯楽本として売り出すことも考えるほど。

 

 そして迷宮(ダンジョン)逆走攻略は――黄竜との決戦とはまた方向性が別だった。

 一個体としての総合力が試され、そして結果的に……能力を大いに磨かれる結果となった。

 持ち得るサバイバル技術を余すことなく駆使し、自らの全能を賭して切り(ひら)いた。

 

 ワーム内では時間感覚も喪失し、少なくとも100日以上は軽く費やしただろう。

 数多くの苦難やトラブルこそあれ、黄竜の部位を運搬していたおかげで、楽に制覇できたことは否めない。

 まともに攻略していたとしたら、一体どれほどの時間が掛かったかわからなかった。

 

 ただ……自らを高め鍛え上げる――今までになかった"修行"となったことも同時に疑いない。

 

 

 そして今――最上層にあたる屋敷広間にて、"無二たる"カエジウスを前にしていた。

 同時にニアも連れて来られていて、久方振りの再会を果たす。

 

「みんな……ごめんなさい」

「いやいや、ニア先輩はなんも悪くないです」

「それに無事でなによりだったわ」

「ニア先輩は……まさかずっとここに囚われていたとか?」

「いいえ、あなた達が地上に戻ったから改めて呼ばれただけよ」

 

 俺はほっと胸を撫で下ろしつつ、大きく息を吐いた。

 わざわざ迷宮街の商業権を得たのに、俺達に加担したことで拘束など目も当てられない。

 

 上座にて一言も発することなく、ただただ静かに見下ろすカエジウスへ向き直る。

 向こうから口を開く様子がないと見るや、俺は神妙に言葉を選んで様子をうかがう。

 

 

「――迷宮(ダンジョン)制覇しました。これが証拠です」

 

 そう言って背後に置かれた黄竜の分割された躯尾や爪牙へと、手を広げて指し示す。

 既に見抜かれている上での演技であろうとも……とりあえずそれで反応を見るしかない。

 

 カエジウスはしばらく黙っていたが、考えがまとまったのかゆっくりと口を開いた。

 

「誰かしらが最下層へ到達するには、まだまだ猶予があったはずだが……黄竜の"雷哮"が空を走った。

 さしあたり土埋めだけをさせ、自ら周囲を探してみれば――なんとも奇っ怪なシロモノを見つけた」

 

 虚空を見つめるように、もったいぶった調子でカエジウスは語り続ける。

 

「見たことのないモノだったが、地面を掘る機能があることは状況からすぐにわかった」

 

 少しずつ声の抑揚(トーン)が下がっていくのを感じる。

 それはカエジウスの感情を、如実(にょじつ)に表しているようだった。

 

「"その場にいた者"に問うてみた、我が地にて店を構えるそこな"ニア・ディミウム"にな」

 

 糾弾するようにぐっとカエジウスの視線が、ニアへと突き刺さった。

 ニアはいたたまれぬ表情で目線をそらしてしまう。

 

「そやつは地質調査などとのたまった。まあ察しはすぐについたし、地中のモノを引き上げれば一目瞭然」

 

 こっちとしても弾劾(だんがい)を想定をしていなかったわけではないが、返す言葉が見つからない。

 というよりは気が穏やかでない五英傑を相手に、下手に(げん)を遮って刺激したくなかった。

 

「当然だが穴はすぐに塞がせてもらった。純粋に迷宮(ダンジョン)を攻略してもらう為に造ってきたが、侮辱された気分よの」

 

 肩を落として顔を下に向け、目を瞑りながら深く溜息を吐くカエジウス。

 そこに関しては正直なところ、申し訳ないという気持ちもなくもなかった。

 

 

「そしてキサマらはこうして現れた。もっとも倒された黄竜から名を聞き、だろうな――とは(おも)とった」

 

 カエジウスは視線を上げると、改めて全員の顔を見つめていく。

 

「だが振り返ってみれば……確かに、"自由にやれ"という(むね)をまんまと言わされていた」

「申し訳ない。あの時点で頭に絵図が浮かんでいたので、引き出させてもらいました」

 

 空気を読みながら、すかさず俺は謝罪を述べる。

 

「もっとも地上へ戻るまで、大分苦戦した様子――」

「正直に言えばまぁ……堪能させていただきました、良くも悪くも」

 

「なれば、少しは溜飲も下がる」

 

 剣呑(けんのん)な雰囲気が緩和されたのを、はっきりと感じた。

 時間の浪費こそあったものの、迷宮(ダンジョン)逆走攻略それ自体を通じて得たモノは決して少なくなかった。

 

「黄竜を討伐したことは事実だし、約束を反故(ほご)にするのも矜持(きょうじ)に関わる」

 

 問い(ただ)されて制裁すらも覚悟していたのだが、思ったより話がわかる爺さんにとりあえず胸をなで下ろす。

 

 

「――よって温情を与える。キサマらのやったことも、今後の良き課題である」

「ありがとうございます、俺たちもいい経験はさせてもらいました」

 

 俺は深く頭を下げると、フラウ、ハルミア、キャシー、それにニアも続いて礼をする。

 一拍置いてから恐る恐る、俺はダメ元で尋ねてみる。

 

「ちなみに穴を空けた道具についてですけど――」

「大した使い道もないのでな、没収などはしておらん」

「わたしの店の裏でしっかりと保管してあるわ」

 

 ニアの言葉にとりあえず安心はする。あれも貴重な商会の財産である。

 個人的に使ったりはしても、それを壊しただの、失くしただのはあまりしたくなかった。

 

「――ではまず言っておくべきことを一つ。迷宮(ダンジョン)の攻略情報は、向こう二年は他言せぬこと」

「二年もあれば……完全に造り変えてしまうということですか」

 

「そういうことだ――では。さあ願いを言え、どんな願いでも三つだけ叶えてやろう」

 

 カエジウスは「許せる範囲でだがな」と付け加え、こちらの返答を待った。

 

「んでは、遠慮なく。お約束なんですけど、願いを百個にするというのは?」

「別に構わんが、叶うべき価値基準も相応になる」

 

「じゃあ三つでいいです。一つ目は――」

 

 これは最初から決めていたと同時に、唯一の願いでもある。

 

「ここカエジウス特区領における"採掘権"が欲しい」

「ほう……」

 

 

 冒険者などに依頼していた世界中の"地勢調査"の結果。それらを一部分析していって判明したこと。

 この土地には"浮遊石"が大量に埋蔵されているのがわかった。

 恐らくはワームが関係していると思われ、迷宮(ダンジョン)内部でも散見された。

 

 どういう原理なのかは不明であるが、工業的にも建築遺産的にも注目すべき素材。

 さらに実用化が進めば、軍事面においても重要な物質になりえよう。

 元世界には……少なくとも地球にはなかったロマン溢れる資源――絶対に確保しておくべきものだ。

 

「まあよかろう、周囲の環境を過度に破壊することのないよう留意せよ」

「どうもです。この紋章をつけている人間を派遣するので、よしなに」

 

 俺はそう言って外套(ローブ)の肩にある、シップスクラーク商会の紋章を見せる。

 国家的な干渉はカエジウスにとって御法度(ごはっと)だろうが、今はまだ商会規模だから問題ないようだった。

 

 

「二つ目の願いを言うがよい」

「それがまだコレといって決まってなくて――」

 

 俺はちらりとフラウ、ハルミア、キャシーへと目を移す。

 

「私はその……攻略前に、叶っちゃった――ってことでいいかも知れません」

「あーしの願いは帰りの攻略途中で叶っちゃったかな~」

 

 フラウは俺とハルミアをそれぞれ交互に見る。

 まあずっと迷宮に潜っていたゆえに、()()()()()は既に済ませてある。

 

「アタシの願いはベイリルとフラウに勝つことだしなあ。自分で叶えることだから関係ないや」

 

 キャシーは後頭部で両手を組みながら言い、俺はニアの(ほう)へと視線を移した。

 

「というわけで、ニア先輩が良かったら……なんかどうぞ」

「いえ、わたしは遠慮する。対価をもらっての仕事だったし、それも最後まで果たせなかった」

 

「まぁ……そう(おっしゃ)るなら――」

 

 細かく考えるなら、それこそ叶えてもらえることは山ほどある。

 金が欲しい、宝物が欲しい、永久商業権でもなんでもいい。

 それらはどんなものでも、小さくない利益に繋がってくれるだろう。

 

 しかし可能な限りで叶えられる3つの願いとなると、なかなかに悩ましいところだった。

 

 迷惑を掛け世話になったニアになら、一つくらい譲っても良かったのだが……。

 彼女にはそもそも自分自身で努力・遂行し、その成果を良しとする信条がある。

 だからあまり無理に譲っても、逆に反感を買うだけにも思えた。

 

 

「"無二たる"殿(どの)、今までの制覇者は何を願ったんでしょう? よければ参考にしたいんで」

「多かったのはやはり"召喚契約"だ」

 

 迷宮街を構成するのに、切っても切れないカエジウスのみの法。

 強制契約をしつつも相手の思考能力を奪わないその性質は、通常の魔術契約の域を逸脱している。

 

「"魔法"なんですか?」

「質問ばかりか――完全とは言えんが制覇したゆえ、仕方なく答えてやるが……魔法だ」

「つまり魔法使(まほうし)――さすがは五英傑と言えばいいんでしょうか」

「……さてな、迷宮(ダンジョン)以外のおべっかはいらん。さっさと願いを決めろ」

 

 引っかかりを感じつつも急かされるように言われ、俺は叶えるべき願いを質問と同時に投げかける。

 

「ワームって召喚契約できますか?」

「無理だ、この一匹のみしか存在しない。完全に死んだわけではないが、蘇生させることも不可能だ」

 

(……カエジウス本人は、ワームと契約することはできなかったんだろうか?)

 

 それは一つの素朴な疑問だった。とはいえこんなデカブツを養えるわけもないか。

 すると様子を眺めていたキャシーが、思いついたように口にした。

 

「そうだ、"黄竜"だ――黄竜と契約しようぜ!」

 

 

 



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#115 制覇特典 II

 二つ目の願いに召喚契約を考えていたところで、キャシーがカエジウスへと告げる。

 

「"黄竜"と契約しようぜ! もう再生してんだろ? アレと契約で丁度いいじゃんか」

 

「キャシー、そんなに気に入ってたのか」

「まっ()()()()()大きな世話になったからな」

「確かに結果的にとはいえ、俺()得られるものがあったが――」

「アイツに乗って暴れるなら……うん、なかなかいいかも」

 

 彼女なりに自分が乗っている姿を想像して、なにやら笑みを浮かべる。

 

「それは叶えられんな、迷宮(ダンジョン)(ヌシ)の代替を連れてくるなら考えぬでもないがな」

「えっ……ちぇッ、そうかよ」

 

 一瞬どん底へ落とされたような表情を浮かべ、すぐに舌打ちをしてキャシーは諦める。

 黄竜の代替などそれこそ"七色竜"にしか務まるまい。

 そんなのを探して、捕獲して、まして連れてくるなど不可能である。

 

竜を駆る騎士(ドラゴンライダー)か――」

 

 キャシーのように実際に想像してみると……なかなかどうして()かれるものがある。

 変則的ながらも飛行を成し遂げている今、飛行生物は別に欲していなかった。

 

 しかしドラゴンとはファンタジーの王道にして、強さの象徴でもある。

 

(その威光を利用して、竜信仰を取り込む――なんてこともできるかも知れんし)

 

 

「二つ目の願い決めました」

「なにか」

「この世界で"一番珍しい竜種"と契約したい」

()()()()()ドラゴンか、二つ目はそれでよいのだな?」

「お願いします」

「よかろう、しばし待て」

 

 そう言うとカエジウスはその場から消える。

 玉座の後ろの扉から背後――ワーム迷宮(ダンジョン)内へ入っていく。

 

「……どこ行ったんだ?」

 

 キャシーが腕を組み疑問を呈すが、全員が肩をすくめて首をかしげた。

 

「どっかに契約しにいったんですかね?」

「しばしって言ってたけど、もしかして何日もあーしら待たされるん?」

 

 しかし玉座の後ろの扉は構造を考えると、隣のワーム内に繋がってるように思える。

 

「ところでなぜ、"一番珍しい"という条件をつけたんです?」

「あぁ、まぁ単なるR(レア)よりもSSRのほうがいいかなって」

「えすえ……なんですか?」

「凄まじく限定的な専門用語だから気にしなくていいです。まぁより価値のあるモノをってことで」

 

「一番珍しいってーとなんだろ、"七色竜"は当然無理だよねぇ?」

「ったりめえだろ、そんなら黄竜の代わりなるし黄竜と契約でいいじゃんか」

「まっそれに次ぐくらいのを、連れてきてくれるとありがたいと思って言ってみたわけだが……」

 

 炎熱を司る"赤竜"とその眷属(けんぞく)のドラゴン達は、帝国の竜騎士と契約して軍団を作っているという話。

 そういうありふれた眷属竜ではなく、希少(レア)な竜種のほうが欲しい。

 

(個人的には同じ空属同士として"緑竜"に近しいか、その眷属――)

 

 キャシーと同じく、やはり同属というのは共感性(シンパシー)を感じざるを得ない。

 

 

 しばらく待っていると、ようやくカエジウスが扉を開けて戻ってくる。

 

「ほれ」

 

 突然ぽいっと投げてよこされた物体を、反射的にキャッチしてみると思ったよりも重かった。

 はたしてそれは丸っこく、頭くらいに大きい石のような物質。

 

「……? なんですこれ」

「二つ目の願いは叶えた、三つ目を言え」

「はっえ、叶えた!? じゃあこれって……もしかして竜の、卵?」

「世にも珍しい純血種同士の卵よの」

 

 そう言われてみるとオーラを感じる……ということも別段なかった。

 黒と白のマダラ模様の石を、綺麗に成形して研磨したような感じ。

 ナイアブに頼めば半日と掛からず、ほぼ同じものを作ってくれるのではないだろうか。

 

 横から石卵を覗き込むフラウが、カエジウスへと質問する。

 

「"純血種"同士って……つまり"七色竜"同士?」

「いかにも、世界でたった一匹の存在に相違なし」

「七色竜の誰だ? 黄竜か!?」

 

 少しテンション高めのキャシーだったが、返ってきた言葉は彼女の期待には応えない。

 

「黄竜ではないが、まあ産まれればわかるから楽しみにせい」

「いつごろ産まれるんでしょうか?」

「わからん。ただ()()()()()()()()()()というだけだ」

 

 場が沈黙する、それはつまり――

 

 

「こ……これが本物だという証拠は?」

「産んだ本人から"奪った"もの――紛れもない本物だ」

「ひっど」

 

 "七色竜"と契約してこき使うばかりか、卵を奪ってくるとかとんでもない。

 そういうワガママが許される強者こそが、五英傑なのだと思い知らされる。

 

「一向に(かえ)る様子がないのでな」

「じゃー実質ただの飾りじゃねえか!」

「詐欺だ!」

 

 フラウとキャシーが抗議の声を上げるものの、カエジウスにはどこ吹く風であった。

 

 俺はハルミアへと卵を渡すと、乾いた笑いを浮かべる。

 

「――俺らが抜け道を利用した……意趣返しってとこですか」

「さてな……ただ嘘はついていない。間違いなく"一番珍しい竜"ということだ」

「内容は契約なんですけど?」

「産まれた時にしてやろう」

 

 食えない爺さんだった。とはいえ甘んじて受け入れるしかないだろう。

 あまり誠実でない攻略法を先にしてしまったのは、紛れもなくこちらである。

 

 それに卵というだけでも、取り込むべき竜教団にとって価値は大いにあるに違いない。

 

(本物だと信じ込ませるのには……骨が折れそうだが)

 

 どのみち"採掘権"という一番欲しい願いは叶えられた。

 なんなら三つの願い全てを集約させてでも、押し通そうと思った願いである。

 

 だからこれはおまけと思えばなんてことのない。

 ゲイル・オーラムへの土産話に、物質的なお土産も付属したというだけだ。

 

 

「了解、これはこれで頂いておきますよっと」

「いさぎよし。では最後の願いを言え」

 

 俺は少しだけ()を置いてから、提案するように投げかける。

 

「三つ目の願いは保留にしておくのもアリですか?」

「新たにドラゴン契約を所望せんのか」

 

 煽るようにカエジウスは問うてくる。

 確かに二度目の願いはスカされたが、三度目は細かく条件を付ければ問題ないということだ。

 改めてどこぞのドラゴンと契約してもいいが、俺は淡白に答える。

 

「正直なところ――特段(あせ)ることもないんで」

「まあ……前例はないが構わん。同等以上の最下層の(ヌシ)を用意してくるのであればそれもよし」

 

「まじっ!? 黄竜と契約!!」

「すまん、その為に保留したわけじゃない」

「っんだよー」

「まぁキャシー個人で捕まえて、叶えてもらう分には別にいいよ」

「むぅぅうう」

 

 難題に唇を尖らせて肩を落とすキャシーをよそに、俺はもう一つ疑問を聞いてみる。

 

「ちなみにもう一回迷宮(ダンジョン)を制覇したら――」

「二度目はまかりならん」

「さいですか」

 

 もう一度黄竜と戦う気はなかったが、もっと強くなったら――とも思った。

 しかし流石にそこまでは許されていない。結局は"無二たる"カエジウスの道楽なのだ。

 

「あとそれとですね――」

「いい加減にしろ、多少は許したが……叶える願いが思いつかないのならばとっとと()ね」

 

 聞きたいことは山ほどあったが、釘を刺された俺は閉口せざるをえなかった。

 かと言って、"質問に答えてくれ"というのを、残る一つの願いで叶えてもらうのも……いささかもったいない。

 

「キサマらが地上へ戻るまでに荒らした部分を修繕せねばならぬでな、話は以上だ」

 

 やや邪険気味だろうか、俺達は追い払われるように広間を後にする。

 どうせ残る一つの願いを叶えてもらう口実で、カエジウスと自由に謁見できる。

 彼の機嫌がもっと落ち着いてからでも遅くはない。

 

 俺は立ち止まると(きびす)を返して最後に1つだけ、願いに関わる形で問い掛ける。

 

「あぁ……そうそう、この土地が欲しいと言ったら?」

「当然叶えられぬ願いよの。()()()()なら、好きにするといい」

「いえいえ、過言で失言でした。それでは失礼します」

 

 威嚇するような笑みを俺はさらりと風に流し、部屋を出て扉を閉めた。

 

 いずれこの領地も、なんらかの形で頂戴する日が来るだろう。

 その時は――彼と闘り合うか、暗殺するか、老衰するのならそれまで待つか、それとも何か別の……。

 

(なんにせよもしも準備するなら、早め早めに……か)

 



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#116 制覇凱旋

 

「それにしてもドラゴンの卵にしては……小さいんですねぇ」

 

 赤子を抱くように卵を持つハルミア、確かに言われてみると小さい。

 純血種たる七色竜が成長しすぎて巨大なだけで、これで標準的なのだろうか。

 未成熟の不完全卵ゆえなのか、他の竜卵を見たことなどないからわからなかった。

 

「これどーすんのさ?」

「どーすっかね、向こう五百年で孵化(ふか)するまで待つのもな……」

「おまえらはともかく、アタシはそんなに生きらんねェって」

 

 既に何千年も孵化してないものが、俺の寿命が尽きる前に孵化するとも思えない。

 遺伝子工学が進んでいけば、どうにかする方法も見つかるかも知れないが……。

 "女王屍"のマッドっぷりが幾分マシで、仲間に引き入れられていたら──いまさらながら惜しい。

 

「ん~……トロル細胞、使ってみますか?」

 

 事もなげに言ったハルミアに、俺は一瞬ポカンと開いてしまった口を閉じる。

 そういえば──幼体を回収していたのを失念していた。だがしかし……。

 

 

「イケるんですか? ハルミアさん」

「試してみる価値はあると思います」

 

 医療分野としての、再生医療の一つとでも思えばいいのだろうか。

 確かにキマイラ融合した女王屍の再生力は、トロルそのものと比肩しても遜色なかった。

 黄竜の例を考えるなら、完全生命種としての再生能力は他の生物よりも遥かに高い。

 

(それよりさらに圧倒的な再生能力を持つトロル細胞、か)

 

 再生能力を補完してやるというのは……可能性としてはアリなのかも知れない。

 とはいえ不純物とも言える生物細胞を混ぜるのも、なかなか躊躇(ためら)われる部分もある。

 

 竜が取り込まれるのか、逆にトロルに取り込まれるか、あるいは何も起きないか。

 

(為せば成る、為さねば成らぬなんとやら──)

 

 どうせほとんど死んだ卵なわけだし、試してナンボな部分があるのは否めない。

 仮に200年後の遺伝子工学で、卵を順当に孵化させることができたとして……。

 現段階でトロルを混ぜ込んで失敗し、200年で可能だったことが300年後に伸びてしまったとしても。

 

(誤差の範囲と見る、か)

 

 その場合はもとより300年後のテクノロジーじゃないとダメだったと思えばいい。

 人生は前のめりに、トライアンドエラーで突き進んでいこうじゃあないか。

 

 

「よしっやるか! つってもハルミアさん任せになっちゃいますけど」

「私はむしろ良い経験になるので……商会に連絡して送ってもらいましょう」

 

 前半の一言にハルミアの本音が出ていたような気もするが、結果的にやることは変わらない。

 

「細胞を送ってもらうってことは、この街でやるんですか?」

「はい、経過観察しながら注入していくだけですから。私一人いれば十分です」

 

 随分とざっくりしたやり方だが、トロル細胞はそれほどやばいものでもあるのか。

 実際にキマイラとして女王屍が存在した以上、他種生命との親和性があるのも実証済みではある。

 

「なるほど、それじゃ……──?」

 

 俺達は屋敷の門近くまで来たところで、入ってきた時との変化に気付く。

 

「──まぁ、そうなるな」

 

 カエジウスの住む屋敷の敷地外には、多くない数の挑戦者達が出待ちをしているようだった。

 迷宮(ダンジョン)から出るとすぐに、"無二たる"の名を出した(つか)いから屋敷まで半強制的に連行されてきた。

 布で巻いていたとはいえ、黄竜や道中魔物の素材を引きずったままここまで練り歩いてきたのだ。

 

 迷宮(ダンジョン)から大型素材を持って出てきた制覇者が、カエジウスの使者と共に願いを叶えに行った──

 などと見られるのは至極当然の帰結であり、内実としてもほとんど合っている。

 悠長に話している(あいだ)に、制覇者として噂が広がらないわけがなかった。

 

 

「どーすんだよ? ベイリル」

 

 キャシーが俺の判断を仰いでくる。

 カエジウスの様子を見るに、制覇者が出たからといって別にお祭り騒ぎなどはしないようだ。

 そもそも攻略の内容は向こう2年の(あいだ)は、喋ってはいけない条件がある。

 

「ニア先輩としては、制覇者を支援した店として喧伝して欲しいですか?」

「……悩ましい部分もあるけれど、遠慮しておくわ」

「じゃあ内密ってことでいいですか」

「そうね。わたしが主導したわけじゃなく、あくまで依頼されてのものだしね」

 

 ニアらしい答えであった。正直なところ俺も、現段階で個人の名を挙げたくはない。

 基本的にフードを被ってきたし、他の皆も顔はそこまで知られていない。

 ここはしれっと他者に姿を見せないよう、煙のように消え去るに限る。

 

「正面から()()()()()()出るとしようか」

 

 例によって遮音と光学迷彩の魔術を重ね掛けし、俺達は大手振って宿へと帰った。

 

 

 

 

「無事帰れたようだな」

 

 ニアの店へ戻ると、バルゥが先に待っていた。

 迷宮(ダンジョン)の帰り道で、地上へ戻るまで彼とは同行していた。

 しかし俺達は出口にてカエジウスの奴隷使者に連行されたことで、いらぬ気を回させてしまったようだった。

 

「なんだおっさん、アタシらの心配してくれたのか」

「不穏な雰囲気だったからな。いくら黄竜を倒したとて、五英傑が相手では……とな」

 

 孤高の元奴隷剣闘士も、慣れてくれば案外気のいいおじさんであった。

 迷宮逆走攻略において共に死線を分かち、確かな"絆"というものが結べたと思っている。

 

 俺はとりあえず黄竜の名を出したバルゥへと、注意を喚起する。

 

「なんのかんの、お(とが)めもなしと言える結果です。それと迷宮(ダンジョン)攻略情報は口外を禁止されました」

「そうか、それも当然か──」

「というわけでバルゥ殿(どの)も秘密でお願いします」

「どのみちオレ他人に話すことようなこともない」

 

 そう自嘲するバルゥに、キャシーがその背をバンバンと叩く。

 

「おっさんの身内はアタシらだけだもんな!」

神経の細やかさ(デリカシー)ってもんがないよな、キャシーは」

 

 俺は呆れ顔を見せつつ突っ込む。しかしバルゥは穏やかな笑みを浮かべるだけだった。

 

「なに、結果的に地上へ戻ることになってしまったが……共に戦ったのは悪くない経験だった」

「そりゃあれさ。おっさんと釣り合うだけの強さを持ったのが、アタシらしかいなかったんだよ」

「むしろあーしらに引けを取らない、バルゥおじがすごいよね~」

 

 フラウの増上慢(ぞうじょうまん)がいささか(はなは)だしい一言。とはいえそれもむべなるかな。

 一目で強いと見抜いてはいたものの、まさか比肩しうる強さとまでは思ってなかった。

 

 

「まだ騎獣民族だった頃、友や家族たちと駆けていた頃を思い出せたよ」

「あの、バルゥさん。少々踏み込んだ質問になるのですが……騎獣民族へは戻らないのですか?」

 

 バルゥはハルミアの問いに少し考えた様子を見せるが、特に嫌な表情などは見せない。

 

今なら(・・・)戻れないこともないがな、それでもまだ踏ん切りはつかない」

「それならインメル領が復興した暁には、うちに来ませんか?」

 

 俺は改めて勧誘してみる。彼もまた貴重な人材であり、苦楽を共にした戦友でもある。

 

「そうだな……それも悪くない。一段落したら、訪ねてみよう」

「そうこなきゃな! おっさん!」

 

 バルゥと話していると、ニアが店の奥から"大きな板"を抱えてやってくる。

 

「はい、これで全部ね」

 

 その板には折り畳まれた大量の紙が、まるで売り物のように陳列してあった。

 それらはワーム迷宮(ダンジョン)に潜っていた(あいだ)に、溜まりに溜まった商会からの連絡文。

 綺麗に分別されているのは、ニアの性格というものがよくよく現れていた。

 

「……聞いてはいたが、多いですね」

 

 本来であれば最下層攻略および制覇だけで戻ってくるつもりだったが、予定外は常に起こり得る。

 特にインメル領を接収しようと画策していた途中だっただけに、かなり読むのが怖いものがあった。

 

 

「それと店の敷地に置きっぱなしの素材は、一体どうするのかしら?」

「とりあえず商会送りで」

 

 黄竜の金属質も入り混じったような素材は、超伝導物質的な特性を持っている。

 実際に戦闘してみて、強靭な鱗としての特性に加えて、牙や角にまで帯電させていた。

 逆走の道中でも色々と試して、導電性の高さは確認済みである。

 

 研究・開発が進めば、もしかしたら電子分野において凄まじい進歩をもたらすかも知れない。

 再生するからと言って黄竜をまた狩りに行くわけにもいかないが、生体培養などが実現すれば最高であった。

 

「なんだよ、装備に加工しねえの?」

「七色竜の素材を、過不足なく加工できる職人がいるんならな」

()()()()ティーちゃんやリーちゃんでも無理だろうね~」

 

 残念がるキャシーに、俺とフラウがなだめるように言う。

 "永劫魔剣"にしてもそうだが、結局のところテクノロジーが進歩しないと十全に扱えない。

 

 

「はぁ~あ……早急(さっきゅう)に読んで、指示出しせんとなぁ」

 

 あらためて俺は手紙の量を見つめてから、嘆息をついた。

 "文明回華"の指針は俺にしか決められない。

 半身(はんしん)であるシールフが代わりに多少はやっていても、彼女はあくまで代理でしかなく受動的。

 

「私もトロル細胞の輸送について一筆書きますので、一緒に頑張りましょうか」

「ハルミアさん……じゃあ俺もがんばります」

「え~……もしかして今夜はおあずけ?」

 

 割って入るようにフラウが残念がった様子を見せる。

 

「お前も手伝ってくれれば、速く終わるかもな」

「」

「まったくベイリルくんもフラウちゃんも……私を甘く見ないほうがいいですよ?」

「ったく……おまえらは」

 

「キャシーも混ざっていいよ?」

「おことわりだ」

 

 ご褒美があると思えば俄然、(ちから)が入るというものだった。

 と同時に──ふと思いついたことを頼んでみようかなと、俺は思った。

 

「そうだニア先輩」

「なにかしら」

「明日の朝起きた俺に、言ってほしいことが有るんですけど」

「……?」

 

 眉をひそめて怪訝(けげん)な顔をするニアに、俺は真面目な顔で告げる。

 

「開口一番、"ゆうべはお楽しみでしたね"。と──」

「丁重にお断りします」

 

 ちょっとした憧れのささやかな願いは、にっこりと両断されたのだった。

 

 

 

 




迷宮編はこれにて終了、次から新たな展開です。評価や感想などをもらえると嬉しいです。


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#117 状況整理

 ――インラインもとい、"エアラインスケーティング"とでも言えば良いだろうか。

 俺は見えないスケート靴とリフボードをイメージして、空中を"風乗り"して移動する。

 大気を海原に、風を波に見立て、時にローブを(セイル)のように使い、大空原を渡る。

 

 滑空だけだった空中飛行も、こういう形であれば風の向くまま気の向くままに飛翔できる。

 そんな"エリアル・サーフィン"を会得したのが、ワームの胎内迷宮の帰りの途。

 実際的な高度で言えば、風も吹かぬ密閉された地下だったのは皮肉だった。

 風なきゆえに大気を掴み、空気に乗るというやり方を見出す他なかったのだ。

 

「ふっはぁーーー……」

 

 大きく肺に取り込んだ澄みし空気を吐き出していく。

 見渡せば大いなる空があり、地上から見上げるどこかの誰かと繋がっている――

 しかし異世界の青空や星空から……"地球"を感じることはできない。

 

 もう一度"元世界"の空を望みたいか、と問われれば――正直どっちでもよかった。

 もとより大した未練はないし、異世界生活が大いに充実している。

 行き来できるならば別だが、一方通行であったなら戻りたいとはまったく思わない。

 

 地球の精細な科学知識は大いに欲しいが、現状でも有能な人々が着実に前へと進めてくれている。

 

 需要はあっても必要はない。

 それにもはや記憶にもおぼろげになってくるほど、昔のことのように思えた。

 それこそ本当に胡蝶の夢のようなものだったのではと、現実感のなさすら感じ入る。

 

(シールフのおかげで忘れずにいられるものの――)

 

 "読心の魔導"と、性能(スペック)の高いハーフエルフの肉体あってこそだろう。

 前世の記憶も思い出そうと思えば、その多くをはっきりと情景として浮かべることはできる。

 そもそも転生しているのだから、脳味噌は別物なのに……不可解な点まみれなのだが。

 

 魂の在り処はどうだとか、霊体がどうのオカルト的なアプローチ。

 心は一体どこにあるのか。観測によるクオリアを追究していけば何があるか。

 思考とは単なる神経伝達であり、人体そのものが化学反応の集合体に過ぎないだとか。

 

 

 我思う(ゆえ)に我あり。哲学的・形而上(けいじじょう)学的に、多方面からの焦点を当てたり。

 あるいは集合的無意識だの、アカシックレコードだのと発展したなら……。

 つまるところ考え始めたらキリがないということだ。頭がパンクどころかバーストする。

 

(もしも地球史上の高名な学者達に、エルフ種1000年の寿命が与えられていたなら――)

 

 どういう境地に至ったのだろうか、などともふと思ってしまう。

 それこそ集まれば世界の真理を解き明かすことも、可能であったのかも知れないと。

 

 実際に俺が味わい尽くしたい――未知なる未来にも繋がる話の一つ。

 過去に存在した超のつく天才が積み上げ続けたら、どういう科学の発展が待っていたのか。

 

 とはいえ今はそういったことに、脳のリソースを割いている時間もあまりない。

 

 思考実験的な気分転換は終わりにして、俺は空中に圧縮固化空気の足場を作って座る。

 何者にも邪魔されない、遥かなる蒼穹を独占したような状態で一人ごちる。

 

 情報を整理しながら、今まさに眼前にある"文明回華"の展望に考えを巡らせていった。

 

 

(俺たちが迷宮(ダンジョン)から戻ってくるまでに、"インメル領"は既に実行段階に入っている……)

 

 カエジウス特区よりさらに東にあたる――帝国に属する崩壊しかけているインメル領。

 王国と共和国を国境に接するその土地を、救世組織として立て直す計画。

 

 カプランがつつがなく用意をしてくれて、滞りなく進めてくれていた。

 商会の名の(もと)に食料の輸送と配給がなされ、管轄ごとの取りまとめ。

 住民の誘導に患者の隔離、仮住居の設置やその他必要物資の提供。

 抗生物質の人体治験についても、専門の研究班と共に――順次選別(トリアージ)と投与が始まっている。

 

 また特定区域の治安維持や、不穏分子の抑制なども手を抜くわけにはいかない。

 

 そしてなによりもシップスクラーク商会の喧伝(けんでん)と、フリーマギエンス教義の浸透も忘れない。

 

 

 なにぶん一つの領地である為に、非常に大変な事業であるのは――負担として既にのしかかっている。

 これまで積み上げてきたリソースの多くを、既に割いてしまっているほどの賭け。

 今更シップスクラーク商会としては、後戻りできない状況となってしまった。

 

(見通しが甘かったなぁ……――)

 

 もう少し楽にイケると思ったが、想定以上に負荷が大きい。

 仮に失敗したところで、商会自体がなくなるほどではないものの……。

 またここまで積み上げるのは、相応に時間が掛かってしまう。

 

 なによりも所属する人間が(うしな)われてしまえば、取り返しがつかない。

 

 "三巨頭"を筆頭に、その下にも三人を支える多くの有能な人材によって組織は成り立っている。

 金と時間と運によって巡り会えた天才達も少なくないし、文明を発展させるには彼らの牽引力こそが最も重要である。

 しかして実際的に運営し、世の中を回していくのは……得てしてスカウトして回った、(えん)の下の(ちから)持ち達なのだ。

 また人と人との"(えん)"が作っていく大きな輪によって、フリーマギエンスが成り立っているのだから。

 

 当初の予定通りワーム迷宮最下層制覇後に、来た穴戻って最短で地上へ帰れたなら――熟考する時間もあった。

 試算をしっかりと出してから、落ち着いた状況でカプラン達と協議できた。

 状況を様々な側面から比較・検討し、方針を決定できたハズなのだ。

 

(不可抗力もあったとはいえ……こんなにも早く勝負(・・)するハメになるとはな)

 

 当然ながら計画に不測があったなら、カプランはそれを推し進めるようなことはしない。

 シールフやオーラムとも協議し、可能だと判断したから実行されていることは確かだ。

 

 

「切り札は流々――」

 

 俺は口に出して、己の持ち得るモノを再認識する。

 

 多少追い詰められても、強引にやれないことはない。

 秘匿している現代知識を開放してしまえば、巻き返し自体はそう難しくはない。

 ただしそうなると今度は、世界全体のバランス調整がしにくくなってしまう部分が否めない。

 

 ()()()()()順調であるのだ。ただ一点、"差し迫った大問題"を除いては。

 あくまで平時における計画・構想を踏み切っただけで、不確定要素(イレギュラー)はまた別問題。

 

(介入の余地がない"戦争"は、非っ常ぉ~に困るんだよなぁ……)

 

 その大問題こそ、王国軍によるインメル領への侵略行動だった。

 弱体化した国境線上の帝国領を奪い取る――当然といえば当然の戦争行為。

 徐々にではあるが、インメル領の復興が進み始めていた矢先の出来事が展開されていた。

 

 迷宮逆走攻略で時間を取られてしまった為に、事前段階として指針を示すことができなかった。

 予想していなかったわけではないが、楽観視していた部分は否めない。

 外交的に抑止を試みてはいたが……結果として、徒労に終わってしまったということに他ならない。

 

(あるいはここまで保たせられたことを、良しと考えるべきか……)

 

 未だ商会としての(ちから)はそこまで大きいわけではない、紛争などの介入には限度がある。

 まだまだ戦争をするつもりはなかったので、戦史研究や参謀本部のような部署もない。

 よって仮に戦争する場合、大まかな組み立ては俺がやらなくちゃいけない。

 

 商会の保有するテクノロジーや、地球の近代戦術を知っているのは俺とシールフだけ。

 たとえそれがニワカ知識であっても、有効になりそうなものはいくつか存在する。

 

 

「まぁこうやって考えるのも……楽しいと思ってしまうのが我ながら――()(がた)い」

 

 口に出して風に揺られるように、思考を深めていく。

 

 前世の地球においても俺は健全な男の子であり、オタク気質も大いに備えていた。

 軍事(ミリタリー)ネタとてご多分に漏れず、大いにハマっていた時期がある。

 サバゲーまではしなかったが子供の頃はエアガンで遊んでいたし、大人になってもモデルガンをいくつか買った。

 

 自衛隊に入ろうなどとは(つゆ)ほどにも考えなかったが、軍隊や特殊部隊はかっこいいとは思っていた。

 習った歴史は当然として、漫画やドラマ・映画のみならず、特にゲームで触れる機会は多かった。

 擬人化された武器や兵器、女体化した歴史上の人物達、遥か遠い未来のSFに至るまで。

 興味が過ぎて上っ面の知識ながらも、図書館で読み漁ったこともある。

 

 問題はこれが決して戦略シミュレーションゲームなどの(たぐい)ではないということ。

 実際に存在する多くの他人の命を、預かってしまうということである。

 

 正直なところただでさえ詰まっている状況で、大規模な軍事行動としてのアクションは起こせない。

 

 一応はヘルムートとの約束もあるし、いまさら民衆を見捨てる選択肢もない。

 商会は既にインメル領に突っ込み過ぎてる以上、対策を講じないわけにはいかない。

 現段階で対処するには、どこから手を付けていいものやら……問題が山積みであった。

 

 

(戦争自体は悪いこっちゃないんだがなぁ……)

 

 戦争とは政治の一手段である。

 武力をもって、相手の頭を掴んで下げさせる。

 内外に威光を示して国の安寧(あんねい)をはかり、領内の魔物も討伐して安定を維持する。

 

 戦争とは経済活動の一環である。

 利権や特需を味わう者がいて、被占領地の物資を奪い取り、賠償金を支払わせる。

 直接的に武器や糧秣の取引によって儲け、共和国の"自由騎士団"のような傭兵派遣業で稼ぐこともできる。

 

 戦争とは文化促進剤である。

 軍事費として研究に()てられた分野は、急速に発展を遂げることがままある。

 得てしてそれらは戦争だけに限らず、幅広いテクノロジーとして世界に広がる。

 

 平時と戦時の振り幅こそが、文明を作ってきたといっても過言ではない。

 

 

(そして"戦災復興"――)

 

 戦争の爪痕は、時として民衆に凄まじいまでの重荷としてのしかかる。

 敵国の略奪によるものだけでなく、自国の無軌道さによって滅びる場合すらある。

 

 なんにせよ戦争は、()()()()()こそが真に重要だとする見方もあろう。

 悪い言い方をするならば、弱みにつけ込んで(ほどこ)しを与えることで恩を売ることができる。

 仲介業として仕事を斡旋(あっせん)したり、テクノロジーの一部を開放し復興にあてる。

 

 なし崩し的にインフラ建設などを請け負えられれば……。

 間接的な実効支配下に置ける上に、後々のデータ材料やノウハウ積算になる。

 

(それらもあくまでコントロールできてこその果実……)

 

 戦争を始めるも終わらせるも、勝つも負けるも、被害の多寡(たか)すら可能な限り制御下に置く。

 そうすれば文化発展において、これ以上ないほどの手段として戦争は重宝すること疑いなし。

 

 しかしながら王国軍による侵略は、コントロールはおろか介入すら困難な状況となっている。

 領地を奪われれば、こちらの手柄はそのまま接収されるに違いない。

 その中にはまだ広めてはならないテクノロジーの一端が含まれているのも見過ごせない。

 

 そして――多少なりと領民の心根に、フリーマギエンスの教義と商会の為した成果は残るだろうが……。

 実利の多くが失われてしまうことは避けられない。

 

 ふと……"遠く広がる視界"の一部に、二羽の鳥が連携し空中で別の鳥を狩って食す姿が映る。

 

 

「――殺す(・・)か」

 

 俺は漆黒の殺意を言の葉に込めて吐き出した。

 

 あいにくと季節は味方をしてくれない。インメル領は気候的に安定した土地なのだ。

 それは本来は嬉しいことなのだが、こういう非常時に"神風"や"冬将軍"といった大自然をアテにはできない。

 

 結局は人の手に頼ることになってしまう。俺にできる最善手こそ――"暗殺"という手段。

 直接的に幹部級を殺して回れば、軍を機能不全に(おちい)らせることができる。

 決して褒められる行為ではないが、それもまた(いくさ)の一部分であることは否めない。

 

 我ながら暗殺者(アサシン)としては、かなりのモノを持っていると自負がある。

 無軌道に覚えた殺し技の数々、それらを重ね併せることで得られる威力。

 やり方はいくらか考えられるが、過信もまた禁物であった。

 

 俺自身強くなったが、今はまだ――上には上がいるのもこの異世界の常。

 (から)め手や不意討ち対策はしているが、それも絶対のものではない。

 

 

 その上には上――という存在も我らが陣営にいるにはいる。

 "黄金"ゲイル・オーラムと、"燻銀"シールフ・アルグロス。

 シールフは本人のことを考えると、あまり鉄火場には立たせたくはない気持ちがある。

 ゲイル・オーラムは頼めばやってくれるだろうが……。

 

(オーラム殿(どの)はあまり(かつ)ぎ出したくはないな――)

 

 裏社会の顔役の一人であったし、今は商会の顔役の一人である。

 強く出るべき対外交渉の多くを彼が担当している以上、あまりよろしくない。

 あの人が負けることは想像できないが、それでも万が一がないとも断言できない。

 

「まだ猶予(ゆうよ)はある……まずは――」

 

 その時だった、ハーフエルフの強化センサーに感アリ。

 柔らかく撫でる風と共に、パーソナルスペースへと侵入してきた人物が俺へと告げる。

 

「やあやあ、どーもどーも。やっと見つけましたよー」

 

 そこにいたのは記憶にはない、鳥人族の女であった。

 



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#118 突撃取材

「やあやあ、どーもどーも。ついに見つけましたよー」

 

 無防備に空中へ現れた鳥人族の女が、間延びした声でこちらを知った風に話し掛けてくる。

 害意があれば墜ち落としていたし、「見つけた」とのたまうことから目的あってのものなのだろう。

 俺は圧縮固化空気の足場に座ったまま、(いぶか)しむ様子は崩さないまま(ただ)すように問い掛けた。

 

「誰だ?」

「自分はしがない情報屋をやっている者です。色々とお聞きしたいので、お時間よろしいですかー?」

「情報屋ねぇ……どうしてここへ?」

「連邦西部から色々な人に話を聞いてここまで来ました。随分と羽振(はぶ)りが良く勢いがある若い四人組ってー」

 

 なるほど、確かに。ここに来るまで賞金首を狩っては、他の冒険者への横入り(まが)いもした。

 目ざとい人間に目を付けられるのも、やむなしと言ったところだろう。

 

「なぜ俺に?」

「取材によると、リーダー格は灰色のローブを纏った男性だと……」

「それで、俺に真っ先に接触してきたのか?」

「はいー三人の女性の方々(かたがた)はまだですー」

「君の名は?」

「"テューレ"と申します――って、自分が質問しようと思ってたのに!?」

 

 肩甲骨あたりで2つに結んだほぼ黒に近い群青色の髪に、黒色の双瞳。

 身軽な冒険者向きの服装で、一の腕の長さほどもある扇を後ろ腰に2つ括り付けていた。

 

 

「気の所為(せい)じゃねえかな」

 

 とりあえず何かを後ろ暗いことを隠し、こちらへと近付いてきたような気配は感じない。

 ただ個人的に追跡された上で、しっかりと見つけられてしまったようなのが気に掛かる。

 

「いえいえ今度はこっちの番です! お名前は?」

「ベイリルだ、よろしくテューレ」

「あっはい、よろしくお願いします」

「鳥人族のようだが何種だ?」

「ツバメですー」

 

 異世界では伝書バトなどではなく、"使いツバメ"が拠点間の情報交換として重宝されている。

 なるほど、情報屋としてはある意味でピッタリな種族であった。

 

「出身は?」

「連邦西部ですー」

「誰の使い……もとい遣いだ?」

「雇い主は――っとと、自分が手の平で転がされいる……だとー!?」

「わけわからん奴に、情報を開示するつもりはないんでね」

 

 俺はハッキリとそう告げる。意図のわからない問答はご遠慮願いたい。

 

 

「もちろん些少(さしょう)ながら金銭を……」

「金には困ってないしなぁ」

「んんっさいですかー、えっとじゃあ……内緒ですけど、大元締めは共和国のさる御方です」

()()()()ねえ、それを言う権限はないわけか」

「え"っ……」

「ん……?」

 

 風の吹く音だけが耳に入る。しばし視線を交わし合ってからなんとなく察する。

 それは彼女の権限や、俺に対する開示レベルどうとかの話ではなく――

 

「いやーそのぉ……実は知らないんです」

「そうか知らないのか」

 

 問い詰めて責めるかのように、俺は言葉を繰り返す。

 

「だってだって、下っ端には教えてくれないんですよ!」 

「使いっ走りなら、そりゃそうだろうな」

 

 情報を取り扱う機関として、末端まで安易に知らせるようなことはすまい。

 演技でないのなら、彼女には多少の情報を与えても問題はなさそうだった。

 

 

「自分は結構この業界長いのに、昔から変わらず……」

 

 いきなり声の抑揚(トーン)が一気に落ち込むテューレ。

 

「まだ若そうに見えるが、そんなに長いのか――」

 

 肉体年齢で見るならば俺達とも、そう変わらないように見える。

 鳥人族であれば、エルフ種のように見た目と年齢差(ギャップ)はないだろう。

 

「子供の頃からせっせこ情報集めて、必死に生きてきたんでー」

「案外苦労してるんだな」

「そうなんですよー、自分としてはそれなりに愛着と誇りと自信があるのにどうにも評価が……」

 

 取材からただの愚痴に変わったテューレは、不満と共に自らの個人情報を曝け出していく。

 

「上司に直談判してみたらどうだ?」

「何度か申請はしてるんですけど、ことごとくダメでしてー」

 

 幼い時分から情報を集めさせ、それらを組織的に統括管理している。

 専任の情報屋として雇い、経験(キャリア)によって昇進も可能のように思える。

 あるいはぶら下げたニンジンなりアメ代わりか、いずれにしても情報の重要性を理解している存在。

 

「――まっ管理職として求められるものは、また違っているもんだしな」

「はぁ……そういうものなんでしょうかー?」

「若いからナメて見られる、というのもっともな理由だが」

「たしかに小娘なんかに、アゴでこき使われたくないとは思いますけど、でもー……」

 

 逆に彼女から情報を引き出そうと思ったが、なんだか単なる人生相談じみてきた。

 前世での記憶も引っ張られて、共感できる部分もなくもないと言える。

 

 

「君はあれだ。現場でこそ活きる能力、前線で役に立つ人材として見られているのかもな」

「むむむぅー悩ましいところですね、それ。評価はされているのかも知れませんがー」

「とはいえ経験を積ませなきゃ、何事も始まらないのも事実」

「……!? ですよね! そうですよね!!」

 

 テューレは目を輝かせて、グイッと距離を詰めてくる。

 取材など完全に忘れているのを見るに、こういった会話に飢えているようだった。

 

「――だから使う側としては、どうにも捨て難い葛藤(ジレンマ)があると」

「ベイリルさん! あなたすっごい話がわかる人です!」

 

(鳥人族の情報屋、か――)

 

 若いながらも自在飛行をこなし、こうして滞空しながら容易に雑談に興じる能力。

 それに末端と言えど、組織の情報や人脈(コネ)と経験、なによりも情報への嗅覚がある。

 実際に現段階の俺達に接触してきたことが、その目利き能力の高さの証左であった。

 

(にしてもあっさりと突き止められたのは問題だな。もう少し注意すべきかね)

 

 なんにせよ彼女の将来性には感じ入るところがあった。

 カプランの下につければ、一気に化けるかも知れない。

 俺は彼女を引き抜き(ヘッドハンティング)すべく、頭の中でスイッチを切り替える。

 

 

「まぁな、俺で良ければ助言(アドバイス)を与えられるが?」

「是非おねがいします!!」

「そうさな、仕事を辞めると言って上司を揺さぶれ」

 

 交渉するのであれば、弱気なままでは駄目なのだ。

 自信のない者は相手にも不安感を与える。それが虚勢であってもまずは胸を張ること。

 己こそが強い立場なのだと、対等に交渉できるのだと示さねばならない。

 

「えぇ!? でも自分はこれで食べてるし、それに中途で投げ出すのも……」

「転職は悪いことじゃない、割の合わないところで一生飼い殺しにされていいのか?」

「うぅ、う~ん……」

 

 悩むテューレに俺はダメ押しの逃げ道を与えてやる。

 

「なぁに、仕事がなくなったら……うちで働けばいいだけのことさ、テューレ」

 

「まじすか? 信用していいんですか!?」

「うちの商会にも情報機関はあるからな、仕事ならいくらでも斡旋(あっせん)できる」

 

 降って湧いた申し出に、テューレは真剣な表情で考え込む様子を見せる。

 

「確かにこのままじゃ、自分はいつまでもくすぶって――」

「ただし今すぐ直談判してきてくれ、情報員の空きはもうすぐ埋まる」

「えっ……ぇえー!?」

 

 驚くテューレへと俺は一笑しながら、前言をひるがえす。

 

「冗談だ――とまぁ、上司にはこんな感じで強気に攻めてけってことだ」

「あ、ほっ……んともう、別に何かを失うわけじゃないけど、すっごい焦りましたよー」

 

創造性豊か(クリエイティビティ)壮麗たる構想(グランドデザイン)をもって、劇的(ドラスティック)新機軸(イノベーション)相乗効果(シナジー)を狙い、変革(パラダイムシフト)を巻き起こし洗練(ブラッシュアップ)させていく我らがシップスクラーク商会」

 

「はいー……?」

 

 意識高い系な紹介に極大の疑問符を浮かべるテューレに、俺はもう少し付け加える。

 

「福利厚生に恵まれ、風通しがよく、笑顔の絶えない職場です」

「いーですねーえがお」

 

 現代日本の皮肉ジョークは通じないのは当然として、あっさり籠絡されそうなテューレ。

 今までの交渉相手と比べると、大分御しやすいことに少し不安も残る。

 

 

「ただそのー……気分を害したら悪いんですけどー?」

「なんだ?」

「一応情報屋としてやってる身としては、言葉を鵜呑みにするわけにもいかないというかー」

「道理だな、これがシップスクラーク商会の象徴(シンボル)だ」

 

 俺はそう言って外套(ローブ)の肩口に刺繍されたロゴマークを見せる。

 

「あっそれは調べたので知ってますー。商会も新進気鋭ながら勢いがすごいようなのも」

「仕事が早いな」

「いやーえへへ」

「つまるところ……俺にそこまでの裁量権があるか、ということだろ? 辞めたあとでやっぱり無理だとならないよう」

「そういった転職保証は別としても、個人でも訴えるべきことだとは思うんですけどねー」

 

 

 知り合って間もない俺が、後の面倒見るから上司にクビ覚悟で喧嘩売ってこい。

 なんて言ったところで、踏み出すにはなかなかの勇気がいるだろう。

 

「まぁ実際俺はそこそこの立場にいるんだが……そうでなくても、うちの商会は人材収集には(ちから)を入れている」

「なるほど、そこらへんも調べてけばいいんですかー」

「なんなら一筆(いっぴつ)書こう、印璽(いんじ)も常時携帯しているからな」

「おぉ……ほんとに偉いんですねー」

 

 立場上、ゲイルとシールフとカプランの三巨頭に手紙を送ることは多い。

 そういう時は常に機密性を考え、暗号文に加えて封蝋(ふうろう)して送るのが常である。

 

 

「それと確認なんですけどー、商会の情報部門で? 雇っていただけるんです?」

「そうだな、無関係の仕事には()けないよ。基本は情報収集と……情報の喧伝(けんでん)だな」

「つまりー情報操作全般ってことですか」

「理解が早くて助かる。ふむ、そうだな――」

 

 俺は思い当たったところで、ポケットから"ペン"と"メモ"を取り出して見せた。

 

「それは……?」

「これはなテューレ、うちの商会で扱っている"テクノロジー"の一品(ひとしな)だ」

 

 首を(かし)げるテューレへ、俺はぺらぺらと紙を指で弾いてからペンで名前を書いた。

 特定の繊維樹脂にインクを染み込ませただけのサインペンだが、それでも十分なものである。

 

「わわっすっごい薄い紙!? しかも綺麗な束!! それになんですかこの筆!?」

「これも数え切れない事業の結晶。うちに就職するなら支給するよう取り計らう」

「お……おぉーーー」

 

 いい反応(リアクション)だった。どうにも抑えようがない未知への欲求。

 

「せっかくだから新聞屋(ブンヤ)でも任せてもいいかもな」

「ぶんや?」

 

 手渡したペンとメモを、興味深そうに眺めてたテューレはさらに好奇心を(あらわ)にする。

 

「紙の大量生産以外にも、情報を載せた紙を大量に作る計画がある」

「ふむふむ」

「そこで一筆書いてもらって、それを世界へと配る」

「なんかもーわけがわからないです!」

「商会に来れば、おいおい理解できるさ」

 

 テューレはしばし紙とペンを見つめてから、おずおずと俺へと返してくる。

 

「それはいずれ世界を動かす(ちから)にもなる。(いわ)く、"ペンは剣よりも強し"――」

「ペンは……剣よりも、強し――」

 

「そうだ。時として言葉とは武力に勝り、権力をも打倒し得る」

 

(もっとも新聞とてインターネットに駆逐されつつあったが……)

 

 それは情報技術の進歩によってグローバル化しただけで、本質的には変わってはいない。

 誰もが情報を記録し、情報を発信し、情報を共有するという時代にシフトしただけ。

 情報を握る者は世論を動かし、味方につけることだって不可能ではないのだ。

 

 

「まっそこらへんはテクノロジーの目処(めど)が立ってからの話だがな。当分は情報員業務だ」

「あー、はい。うん、あははー……」

「なんか歯切れが悪そうだな」

「いえーその、なんか話がうますぎる気がしちゃってなんか――」

 

 極々普通の感性も持ち合わせているようだった。

 そういった按配(あんばい)も非常に大事なもの、やはり引き抜くに値する。

 

「世の中そんなもんだ、不意に訪れる幸運を掴む……いや今回はテューレ、君自身が見つけた巡り合わせだ」

「自分に掴めとおっしゃるわけですかー」

「あぁ大事なのは見極めだ、それが不運の場合もあるからな。だが今回は幸運と見てもらっていい」

 

 

 まだ煮え切らない表情をしたテューレに、俺は下卑た笑みを浮かべて言ってみる。

 

「どうしても納得いかないというのなら、見返りは体で払ってもらってもいいぞ」

「あらら、結構スキモノなんですねー」

「生涯現役をモットーにしようと思っている」

 

 性欲の減退は老化に拍車をかけかねない。それにエロは大いなる原動力でもある。

 ハーフエルフとして500年生きるつもりなのだから、いつまでも元気でありたい。

 

「自分なんかでよければー。ただしちゃんと仕事を貰ってからですけど」

「俺から提示しといて難だが……軽いな」

 

 異世界の貞操観念は国や地域にもよるが……。

 総じて、元々そこまで高いものではないにしても――であった。

 

「そりゃもー自分は子供の頃から、ほぼほぼ一人で情報屋やってるんですよー」

「――あぁ、つまり……」

「そういうことですー。実力ついてからは、なくなりましたけどねー」

 

 

「とりあえず冗談だから流してくれ。……女には困ってないしな」

 

 なんという不遜な言葉だろうかと、我ながら言ってから少しだけ後悔する。

 人生で一度は言ってみたかったセリフの一つではあるものの……。

 いざ口に出すとなんか自己嫌悪にも似たような、前世の自分に対する痛ましさがあった。

 

「いやはやほんのすこーし、この人信じて大丈夫かな? って思っちゃいましたよー」

「さしあたって期限も設けないつもりだから、自由に調べてから決断してくれ」

 

 俺は改めて空中で真っ直ぐ立って、圧縮固化空気の足場をテューレの足下にも作る。

 立った彼女と向かい合うと、ゆっくりと息を吸ってから穏やかなスマイルを浮かべた。

 

「清濁呑み込み、魔導と科学を併せて事を成す。未知なる未知を追い求め、世界を席巻し変革する。

 我らがシップスクラーク商会は、いつでも貴方をお待ちしています――テューレ殿(どの)

 

「ありがとうございますーベイリルさん」

 

 営業トークで締めて、俺はテューレと握手を交わした。

 

 

「ベイリル、終わった~?」

「あぁ、もういいぞフラウ」

「えっ――いつの間にー!?」

 

 俺の"歪光迷彩"を模倣し、重力魔術で光を捻じ曲げて隠れていたフラウが顔を出す。

 大空のように何もない空間であれば、幼馴染の不完全ステルスでも十分に通用するようだった。

 強化感覚で気付いた俺と違って、テューレは顔に驚きを貼り付けている。

 

「三人目のハーレム入り?」

「――は、ならずかな」

 

 反重力で浮かぶフラウに、テューレは理解不能といった顔で全身をなめ回すように見つめる。

 

「やっほ~、あーしはフラウ。商会に入るならよろしくね」

「あっと、どーもー情報屋のテューレと申しますー。四人組のお一人ですね」

 

 手をあげたフラウにつられるように、テューレはハイタッチをする。

 

「で、フラウ……何か火急の用向きでもあったのか?」

「うん、まーそっかな。ハルっちが"アレ"を超音波で調べて欲しいってさ~」

 

 

 

 

 



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#119 生命孵化

 テューレは一度去り行き、俺はフラウと共に宿の部屋へと入室する。

 そこにはハルミアとキャシーも揃っていた。

 

「意外と早かったな。トロル細胞恐るべし、ですか?」

「どうでしょう……ただにわかに熱を帯びたので、ベイリルくんに調べてもらおうかと」

 

 俺はゆっくりと卵へと触れると、僅かな音波を放って反響を測る。

 

「いかがですか?」

「お……おぉ――微動してる、生きてるぞ!!」

 

 映像に映し出せないのは残念だが、感覚として確かに伝わってきていた。

 輪郭も薄っすらと心臓の鼓動まで、ドラゴンの幼体が中で生きているのはほぼ間違いない。

 

 

「なによりです。ただ問題が……」

「問題?」

 

 ハルミアは少しだけ眉をひそめて困り顔で告げる。

 

「卵の殻が硬すぎて、このままだと出てこれないかと」

「なにっ――いやまぁ確かに当然か」

「何千年もだっけ? そりゃそ~だよねぇ」

「じゃあどーすんだよ?」

 

 ハルミアは卵へ指を沿わせながら、探るようになぞっていく。

 

「私の"レーザーメス"は通りません。ベイリルくんはソナーで常時経過観察する必要があります。となると――」

 

「おっけー、まかせてよ」

 

 ハルミアの視線だけで言われずとも察したフラウは、袖をまくって自身の内の魔力を加速させる。

 トロル細胞注入用の極小穴を開けた時と同じように、ピンッと張り詰め集中していった。

 ただし今回は死蔵されていたドラゴンの卵へ、極小穴をちょっと開けるのとはワケが違う。

 今まさに産まれようと卵内でもがく幼生竜の命に関わるということ。

 

 

「というかハルミアさん、すぐに施術するのか?」

「既に何千年と経過しているものですし、栄養状況がわかりません。トロル細胞の過剰注入もマズいですから」

「なるほど、蘇生確認したならすぐに出してやったほうが良いという判断か」

 

 ハルミアがうなずいたところで、俺も同意する。

 どのみち俺は門外漢であるし、医療術士である彼女の判断であれば従うのみ。

 

「ベイリルくん、厚さはどれくらいですか?」

「こんなもんかな」

 

 俺は親指と人差し指の間隔で厚さを伝え、フラウがゆっくりと指先を卵へと向ける。

 

「りょーかい、失敗できないねぇ」

「それでは、ここをこう……縦の(ライン)で」

 

 万物を裂き貫く"斥力手刀(リパルシヴエンド)"の指先を、フラウはじわりじわりと沁み込ませていく。

 

「ストップだフラウ! そこでドンピシャ」

「慌てないで腰を据えてじっくりお願いします、フラウちゃん」

「ふぅー……いえっさー、あいあいまむ」

 

 じっくりとフラウは、卵の外郭に裂け目を刻んでいく。

 俺もハルミアもキャシーもそれを見守りながら、緊張した時間が過ぎていった。

 

 

 ゆっくりと、ゆっくりと――ついに一本線が(まわ)った竜卵は、縦に綺麗に割れる。

 しかしようやく出てきた幼体は……うなだれるように()()()()

 今にも力尽きて死にそうにも思えるほどの、弱々しさだった。

 

「フラウちゃん、無重力!」

「っ……うん!」

 

 フラウが即座に周辺重力を緩和し、竜体への負担をなくす。

 

「ベイリルくん、空気供給!」

「あぁ!」

 

 俺は新鮮な空気を、直接幼生竜の肺へと送り込むように微量な流れを作り出す。

 ハルミアは竜幼体を触診しつつ、曇った表情を浮かべる。

 

「まずいです、鼓動も血流も非常に不安定で弱々しい。トロル細胞の所為(せい)か、急激な環境変化によるものか……」

「まじっか、卵内ではちゃんと動いてたのに……確かにこれは――」

 

 俺は強化感覚で耳を澄まして幼竜の体内状況を探るが、門外漢な以上はやばそうということくらいしかわからない。

 なんにせよせっかく産まれた命が危ぶまれる、事態は深刻だった。

 

 

「キャシーちゃん、電気をお願いします」

「ぅええ、アタシも!? そんなことして大丈夫なのか!?」

 

 それまで固唾(かたず)を飲んで静観しているだけだったキャシーが、普段は見せぬ慌てふためいた声をあげる。

 ハルミアは説明を求めるように、俺へと視線を向けてきた。

 彼女としても実際に試したことはない以上、不安な部分もあるのだろう。

 

「不整な心臓に電気を流して、自律機能を復活させる方法がある。キャシーにしかできない」

 

 神妙な面持ちで、俺は"電気ショック"をキャシーへと促す。

 俺とて電気はほんの少し扱えるようになったが、繊細な操作は到底無理であった。

 

 ジっと全員に見つめられてキャシーは、ゆっくりと深呼吸を一つだけついた。

 

「今のキャシーちゃんなら、できるはずです」

「信じてるよ~、キャシー」

「キャシー頼んだぞ、お前自身もやってるように体内の電気信号を意識しろ」

 

 

「はっ……ふぅ――おう、わっかんねえけどやってやる」

「指と指の間に心臓を置くように、挟んでください」

 

 キャシーはゆっくりと両手の人差し指で、幼竜を胴を優しく挟み込む。

 

「電圧は少しずつ上げていきます、最初は本当にわずかで大丈夫です」

「あ、あぁ……わかった」

「もし感覚的に可能ならそのまま調整してみてください。おかしいようなら止めます」

「くぅぅううぁあああーもう、まかせろ!」

「ではまず一回目――はい!」

 

 ハルミアの言葉に合わせ、ビクッと幼竜の体が電流によって動く。

 

「ベイリルくん――」

「空気供給のタイミングはこっちで合わせるんで、大丈夫です」

 

 俺はハルミアから説明される前に、そう表向きは自信をもって答えた。

 

 元世界の自動体外式徐細動器(AED)講習を思い出しながら――しっかりと新鮮な空気を調整する。

 交代したハルミアが、ゆっくりと心臓マッサージを幼竜へと施す。

 まだ動かないのを見てから、再度キャシーが電流を流す――その繰り返しでまた時間が過ぎていった。

 

 

「クァ……キュアァ」

 

 か(ぼそ)くも確かな鳴き声が、小さな部屋に響いた。

 軽減重力下のハルミアの両手の平の上で、小さく呼吸する生命の息吹。

 人間の赤ん坊も泣くまでが重要だと聞くし、ひとまずは安心に思えた。

 

「よかった……予断は許さないですが、ひとまずはみんなの成果です」

 

 一通り様子を観察したハルミアが、安堵した様子でそう言った。

 

「よっしゃあ!!」

「は~良かったぁ、こんな緊張したのはじめて」

「なんというか、やりきった感が半端ないな」

 

 産湯(うぶゆ)につけて汚れを洗い落とし、竜の子の容体も安定しているようだった。

 

「色は灰色(・・)か……あの爺さんの言葉を信じて、順当に考えれば"白竜"と"黒竜"のハーフ(・・・)かね」

 

 竜卵も黒と白のマーブル模様であるし、純血種同士となるとそれしかないだろう。

 

「キャシー、泣いてる?」

「ばっか、うるせえ……おまえだって泣きそうじゃねえかよ」

「んぇっ、まぁ感動するもんねぇ……ぐすっ」

 

 2人の鼻をすする音と共に、幼竜は小さい瞳を開けて何度も(いなな)いた。

 

 

(とり)みたいな……最初に見た者を親と思い込む、"()り込み"はあるんかね」

「どうでしょう? 純血種は特に智恵があるみたいですから、いずれ自分で判断するんじゃないですか?」

 

 恐竜は鳥の祖先とされるが……異世界のドラゴンはまた別種である。

 迷宮制覇後から調べた限りでは、単なる大きい爬虫類などでは決してない。

 

 竜種はかつての(ふる)き時代において独自の文化を(たっと)び、統一国家のようなものを形成していたという。

 しかしそれも神族との戦争に破れ、頂竜と共に多くがいずこかへと消え去ってしまった。

 竜文明は初代神王の手によって徹底的に破壊され、その後の年月を経て種族単位で弱体化したとも言われる。

 

 それでもなおドラゴンは、数は少なくとも種族として精強を誇る。

 

 巨体を支える骨格と特異な筋繊維の塊。潤沢な魔力による強化と飛翼によって大空を駆ける。

 強靭な鱗に覆われた肉体は重装甲が如くであり、剛性に優れた爪牙は天然の武器となる。

 それぞれに属したブレスを吐き散らし、ありとあらゆる獣の王として君臨していた。

 

 その中でも純血種と呼ばれるのが"七色竜"であり、混じりっ気のない長寿命の最上位竜。

 人語を解すばかりでなく、喋ることも可能。一説には神族のように魔法をも使えたとされる。

 

 調べれば調べるほどに、色々な条件が重なったとはいえ"黄竜"に勝てたのが不思議であった。

 もしも全盛期であれば勝ち目は一切なかったように思えるほど、過去の神話には事欠かない。

 あくまで"無二たる"カエジウスに使われているだけで、全力には程遠く手加減してくれていたのかも知れない。

 

 

(よう)は愛情をもって育てりゃいいってことだろ?」

「キャシーが愛情だって~、似合わない」

「んだと、フラウ。アタシだって昔に獣を飼ってて――ってぇ!?」

「じゃっあーしが、"人の愛"を教えたげよう」

「やめろォ! こっちでまで負けたくねえ!!」

「うっはっは、観念するがよいぞ」

 

 キャシーの肢体にするりと、フラウが絡むように手を伸ばす。

 ナニ(・・)をされるのか察したキャシーはそれに必死に抵抗し、抑え込み対決が始まった。

 

「そいえばさ、契約ってすんの?」

 

 キャシーと絡み合うようにじゃれあいつつ、フラウは顔だけを向けてそう言った。

 

 カエジウスに見せびらかすついでに、契約を結んでもらってもいい。

 しかし疑問を呈したフラウも含め、不思議と全員の意見は一致していた。

 

「別っ、にっ、いらねえっ、だろ!」

 

 言葉を区切りつつフラウの魔の手を(かわ)しきり、キャシーは乱れた衣服を正す。

 

「キャシーの言う通りだな。ノビノビ育てて、自由にさせてやろう」

「ですねぇ」

「だよね~」

 

 カエジウスには正直なところ……あまり関わりたくないというのも本音であった。

 彼としては意趣返しのつもりで竜ではなく卵をよこしたのだから、それが無事生まれたというのは面白くあるまい。

 今さらどうこうするのは矜持に反するからしないだろうが……。

 まだ願い事を一つ温存してる以上、感情面で刺激はしたくない。

 

 素体任せの単純な遺伝子工学とはいえ、五英傑の思惑をも凌駕したテクノロジー。

 それを迷宮制作の為にと、強引に欲しがられてもそれはそれで面倒な事態になりかねない。

 

 

 ちょこちょこ動く幼竜の様子を四人で見守っていると、疲れたのか体を丸めてウトウトとし始める。

 

「名前、どうしましょうか」

「キャシー」

「アタシの名前かよ!!」

 

 思わず叫んで突っ込むキャシーに、フラウは人差し指を唇に当てる。

 

「シーッ! 違うってば、いっぱい名前の候補考えてたじゃんキャシー」

「くっ、なんでそれをオマエが知ってんだよフラウ」

「気にしない気にしない、"灰竜"呼びじゃ味気ないもんね~」

 

 ハルミアは眠る幼竜を指で撫でながら、(いつく)しむような表情で口を開いた。

 

「私たちみんなから一文字ずつとかって考えたんですけど、いまいちしっくりこなかったんですよねぇ」

「アタシはなんでもいいよ。どんな名前でもこの子には変わりないわけだし」

「わー……キャシーがなんかすっごい母性に目覚めてら~」

 

 無言のままに今度はキャシーから逆に掴み掛かり、フラウも手四つで握り合って応戦する。

 しかし単純な膂力(ちから)比べとなると、食い縛るキャシーに対してフラウは涼しげであった。

 

 

「ベイリルくんは何かないんですか?」

「あーしはベイリルにまかせる~」

「ぐぬぬ……アタシもだ」

 

 一任された俺はふっと笑った後に、()()()()()で名を(つむ)ぐ。

 

「"アッシュ"だ」

 

「どういう意味だ?」

「"灰"という意味を持っている、何事も単純(シンプル)が一番だろう」

「うん、いいと思うよ~」

「なかなか良い響きですねぇ、アッシュちゃん――」

 

 すると――まるで呼ばれたのがわかったかのように、寝ていた幼竜は起きて顔を上げた。

 

「クアァア! キュァアア!!」

 

 俺はゆっくりと語りかけながら、その小さな頭を撫でてやる。

 

「世界を自由に羽ばたき、文明の架け橋となる翼たれ。我らが竜の子」

 

 



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第三部 2章「インメル領 会戦 -序-」
#120 方策会議 I


 カエジウス特区を離れて、"インメル領"――商会の輸送集積拠点となっている街の郊外。

 "遮音風壁"によって囲まれた、たった二人だけの部屋での密談。

 俺は目の前に座る人物に、素直な気持ちを吐露する。

 

「わざわざご足労掛けましたカプランさん。お忙しいのに引っ張りだしてしまって……」

「いえお気になさらず、必要なことですから」

 

 カプランは柔和な表情で口にする。

 ハルミアは疾病対策と、魔薬療養のデータ集積の為に欠席。

 キャシーはそもそも面倒だと商会幹部の誘いを断っていて、それは今も変わらない。

 俺へと意見委任したフラウと共に――領内の治安維持の為、少し出張(でば)ってもらっていた。

 

 ひとまずは戦略以前に、どう指針付けをするかという段階。

 どう守りどう攻めるかという以前の問題であった。

 地理の選定や、敵軍情報の()り合わせどころの話ではない。

 

「正直なところ、カプランさんと直接話さないと回らないと思ったんで、本当に申し訳ない」

「こちらこそ外交の段階で決着をつけられなかったこと、悔やむばかりです」

「いやいやそれは仕方ないですって。これほどまでに領地が荒れてちゃね……」

「僕が直接行けていればまだどうにかできたかも知れないですが――」

「そもそも俺が判断して、(なか)ば強行してしまったことです」

 

 ただでさえ多忙で負担を上乗せしているというのに、本当に頭が上がらないことだった。

 結局のところ、個人でやれることには限度がある……だからこそシップスクラーク商会を作ったのだ。

 責められるべきは、見通しが甘かった俺自身にこそある。

 

「ではお互いに(ちから)及ばず、ということで」

「……そうっすね」

 

 

 二人して責を負うようなやり取りに破顔一笑に付したところで、改めて俺は口にする。

 

「それにまだ終わっちゃいない、()()()()ですよ」

 

 差し迫ってはいるが、追い詰められているわけではない。

 

「言いますね、領内復興は順調ですが……とにかく問題は"王国軍の侵攻"――戦力の確保にアテがあると?」

「えぇ一応は。ただ問題は兵站管理なんですが……」

 

 俺は言いにくそうにするものの、カプランは一笑して口を開く。

 

「そちらは問題ないと思います、ニアさんが主導してくれていますから。彼女の手腕は僕も見習いたいです」

「カプランさんにそこまで言わせますか……やっぱ凄いんだなニア先輩――」

 

 インメル領の復興に際して、(ひそ)かに手伝ってくれていたニア・ディミウム。

 ワーム迷宮制覇後に再会した時には、そんなことは微塵にも言っていなかったのに……。

 逆走攻略の日にちの(あいだ)に「もう十分な経験は積めたから」と、こちらを手伝ってくれている。

 

 天賦の才はなくとも不断の努力と、経験によって得難い能力を有する商人家系。

 決して態度には出さずに裏から支え続けてくれている彼女には、感謝してもしきれなかった。

 

 

「一口に補給と言っても分野も様々ですからね。足りないところは僕や商会員も補助しますし、おまかせください」

「頼もしいです」

 

 たやすく言ってのけるカプランに俺は心の中で苦笑しつつ、頼もしさと共に恐ろしさも感じた。

 ゲイル・オーラムやシールフが色々ぶっ飛んでる所為(せい)もある。

 しかし彼もまた別種の傑物にして超人なのであると、再認識させられるのだった。

 

「実働戦力さえ確保できるなら、采配についてはどうにかやりくりしてみせましょう。

 ただし現状のままでは、直接的な資金についてこれ以上の供出ができませんのでご留意を」

 

 カプランの言う通り、すぐに現金化できる資産はほとんど使い尽くしていると言ってよい。

 他の並行事業を切り崩せば(まかな)えないこともないが――それは本末転倒になるだけだ。

 それにしたってすぐの現金化は無理なので、見込み手形として安く買い叩かれないとも限らない。

 あとはその道の人間に、非公開テクノロジーを直接売り渡すしかないが……それは極力避けたいところ。

 

「復興は継続する、侵攻にも対処する。両方(・・)やらなくっちゃあならないのが"幹部"の辛いとこです」

 

 俺は肩をすくめつつ、それでも声の抑揚(トーン)は落とさなかった。

 

「そうですね、それと帝国軍から援軍が早まればいいのですが……そちらにも折衝(せっしょう)を――」

「いや……"この期に及んで"と思われるかも知れませんが、そこは最低限でいいです」

 

 今後独立するにあたって、帝国本国からの介入は最小限に抑えたいところだった。

 幸いにもカエジウス特区が挟まれる為に、最短・最速の行軍はできない。

 こちらだけで対応しきれるとなったところで、帝国軍が腰をあげても後の祭りにしてやりたい。

 

 

「大幅に介入するのは俺たちだけでいい。南の"キルステン領"にもご遠慮いただく」

「幸か不幸か……伝染病と魔薬の蔓延が、周辺の行動を躊躇(ためら)わせていますからね」

 

「まぁ帝国正規軍が遅れているのは、戦帝の意向だと元インメル卿は言ってたんですが――」

 

 帝国は王とその血族を主権としつつも、各所領貴族の自治権もそれなりに許している。

 特区などもそういった例の一つであり、そのバランスが帝国を形作っている。

 だからこそ王国軍なにするものぞ。インメル領ここにあり、と示さねばならない。

 

「どういう意図であれ、戦端を開いたら一気呵成(いっきかせい)に俺たちだけで決めきらないといけない」

 

 もしも王国軍が勝てば占領され、長引けば領内が荒れ果ててしまう。

 帝国本軍によって勝利を収められてしまえば、インメル領に対しどういう判断を下されるかもわからない。

 ゆえにこそ帝国からの援軍が来るよりも疾く、王国軍に勝利し撤退に追い込むのを両立させる。

 

「しかし現行戦力はインメル領軍のみですが……?」

「戦争における勝利とは――戦術でなく、戦略でなく、政治レベルで勝つのが理想ですよね」

「はい、今回は叶いませんでしたが」

 

 戦術的勝利をいくら重ねても、戦略的優位を奪われ負けてしまえば意味がない。

 そして戦略的に勝とうとも、政治で負けてしまえば首根っこを掴まれたようなものである。

 

「そも俺たちはまだまだ所詮一介の商会に過ぎません。()()()()王国との交渉能力はない――」

 

 既に持っているテクノロジーと、未来の知識は交渉材料にはなるだろう。

 しかしそれを明け渡すわけにはいかないし、実際に証明し理解させる時間的猶予も少ない。

 

 なによりも主要国家の国力をもってすれば、強引に併呑(へいどん)されかねない危険性を(はら)む。

 各国からハイエナのように喰い散らかされてしまえば、商会などたちまち崩壊する。

 "文明回華"という果てなき野望も、全てがご破算になってしまう。

 

 

(いわゆる(いくさ)の"重心"を攻めるのも難しい)

 

 戦争行動における屋台骨。軍政における中心部を攻めるのが基本である。

 そこを履き違えてしまうと、徒労どころか泥沼化することもありえてしまう。

 

 それは独裁政権であれば王様であったり、傀儡(かいらい)ならば役人や軍部であったり。

 さらに経済や国力そのものであったり、あるいは世論であったりする。

 敵国の民衆に厭戦(えんせん)気分を煽ることで、戦争行動そのものを停滞させることも大いに可能となる。

 

 しかしこたびの王国軍の侵略戦争は、極々真っ当な国力を備えた上での軍事行動。

 王権が"核"であろうが、国王それ自体をどうこうする手立てはない。

 

「正直なところ戦争は門外漢なのでわかりかねますが……兵站を気にしたということは戦略レベルでなら勝てると?」

「俺の思惑が成功したなら、戦術的勝利を重ねて戦略的勝利をもぎとるつもりです」

 

 仮に"前提"が整わなかったら――その時は(いさぎよ)く諦めて、最悪"リン"に泣きつくことも考える。

 彼女の生家であるフォルス公爵家を渡りをつけてもらい、王国政府へのパイプを繋いで働きかける。

 交渉の場を設けるあたり、諸々のリスクは抱えねばなるまいが……それは必要な痛手と諦める他ない。

 

 

「なるほど、具体的には……?」

「えぇ……前線で戦い続けたインメル領の精兵が二千程度、ですよね」

「はい、一方で王国軍は兵站の流れを調べるに、三万か四万規模は(くだ)らないようですが」

 

「実際的には土地を占領しておく為の人員が必要ですから、ある程度は目減りするものの主力は残る、と。

 現行戦力比が十倍差を軽く超える、それは恐らく(くつがえ)らないでしょう。これじゃどうあがいても勝てない」

 

 時に一人の強力な魔術士が、戦局をひっくり返すこともあるのが異世界ではある。

 それでも限度というものがある。なぜなら敵もまた戦術級の単一戦力を保有しているゆえに。

 片一方が伝家の宝刀を抜くならば、相手も鬼札(ジョーカー)を容赦なく切ってくる。

 

 それに人間である以上は、体力と魔力にも限度がある。

 "五英傑"のような例外も存在するが、彼らは国家に従うようなことはない。

 

 

「さしあたって俺の考える自陣戦力の補完が、二つ(・・)ほどあります」

 

 カプランは「伺いましょう」と言った表情で、俺のほうを見据えうなずく。

 

「空の下で色々と考え事をしていた時に――"つがいフクロウ"が飛んでいました」

「それは……つまり、"騎獣民族"を利用すると?」

 

 バルゥとの話から得ていた話――彼の出身でもある騎獣民族。

 騎獣の民は雄雌つがいのフクロウを、探索用の斥候鳥に使っているらしい。

 

 かの民は遊牧と狩猟によって定住せず、世界中を巡っていくように放浪する民。

 時に略奪もすることもあるが、魔物も狩猟対象である為に村や街に役に立つ部分も多い。

 当然どこの国家にも属することなく、また集団としても精強な為に単純にどこも手を出さない。

 

 

 カプランはそういった情報にも詳しく、話も理解も早いので手間が省けるというものだった。

 

「地上最強とも名高い機動力を持つ陸軍です。取り込めればこれ以上のモノはない」

「彼らが従うとは……いささか考えにくいのですが――」

 

 カプランの危惧はもっともなものであった。

 まつろわぬゆえに騎獣民族であり、何者からも自由であるからこその騎獣の民。

 彼らの心を動かし、統制下に置くということは生半(なまなか)なことではない。

 

「僕の記憶では……騎獣の民が歴史上誰かの(した)についたのは、たしか一度だけ……」

「はい、第九代の"大魔王"だけです」

 

 下手をすればそれまでの生き方を否定し、その矜持(きょうじ)を踏みにじることにもなりかねない。

 命を懸けることにもなるかも知れない交渉は、しかと覚悟しなくてはならなかった。

 

 

「騎獣の民は自由であると共に、"弱肉強食"を信条としています」

 

 迷宮(ダンジョン)逆走でバルゥと合流してから、その帰路を共にしつつ話をよくよく聞いていた。

 騎獣民族の風習から生活様式まで、彼らが何を信奉し(うやま)っているのかを――

 

「それはつまり……(ちから)ずくもやむなしと?」

「強き者を(たっと)び――民族の王がその頂点です。俺は最大限そこに敬意を払って対話(・・)するだけです」

 

 俺は万感込めるように一度だけ深呼吸してから口を開く。

 

「それに……違う生き方を――文化を伝えることこそ、"我々の存在意義"ですから」

 

 フリーマギエンスと、シップスクラーク商会を創立させた理由。

 世界そのもの文明を加速させ、それらを皆で享受(きょうじゅ)しつつ全員が高みへ昇ることにある。

 

 

「僕の交渉術も、さすがに彼らには役に立たないですよ?」

 

「カプランさんの手は(わずら)わせません。どのみち最初に通じ合う為には、"肉体言語"が必要でしょうから。

 荒事に関してはすべて俺たちに任せてください。なので受け入れ体制だけ整えてもらえれば十分です」

 

「随分とお強くなられたようで。黄竜をも倒すだけのことはありましたか」

「まぁあれは変則的な状況での勝利ですけどね。それでもオーラム殿(どの)には及ばずとも、自信は出てきました」

 

 フッと笑い合って、お互いの領分――最も発揮できる形を再確認する。

 

「俺たちは世界を巻き込んでいくんです。騎獣の民も例外じゃあない」

「遅かれ早かれ……ということですか」

 

 意思があり己で考えることができる種族は、全員が"文明回華"の対象となる。

 

「その通りです。結果はどうあれ、この巡り合わせを利用しない選択肢はありません」

 

 好機を掴める時に掴めなければ、大望を果たすことはできない。

 ここも一つの分水嶺(・・・)。ゲイル・オーラムを引き入れたように、勝ち波に乗ってみせる。

 

 

「承知しました、騎獣の民の数はいかほどでしょうか」

「それに関しては――っと、ナイスタイミング」

 

 部屋の扉を開けて"遮音風壁"を越えてきたのは、茶髪で犬耳を生やした女性だった。

 



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#121 方策会議 II

 部屋へ入ってきたのは、俺と同じく商会印の外套(ローブ)を纏った女性。

 彼女はフードを取ると……茶の髪色と近しい犬耳をぴょこんと晒す。

 

「よぉ"クロアーネ"、久し振り」

 

 俺はピッと手を挙げて彼女を歓迎する。

 

「ごきげんよう、カプラン様」

 

 するとクロアーネはカプランへと向かって、(うやうや)しく一礼した。

 

「これはご丁寧にクロアーネさん、旅は順調でしたか?」

「はい、(とどこお)りなく進んでおりました。……呼び出されるまで」

「それはなによりです」

 

「俺は無視? 態度違わない?」

「相手によって使い分けるのは当然です」

「それだけ俺たちの距離が近いって解釈しようか」

 

「……呼び寄せたのは、私だけですか?」

 

 軽口を無視してペースを崩さないクロアーネに、俺は自嘲してから答える。

 

「今はまだそうかな。すぐに連絡取れて自由かつ情報周りとなると、クロアーネしかいなかった」

 

 皆それぞれに自分の道を歩んでいる、それを安易に邪魔したくはなかった。

 とはいえ本当に進退(きわ)まったら、フリーマギエンスの面々を招集する必要はあるのだが。

 

 

「それで、ご希望通り調べてきた内容ですが……報告書だけ渡し、私は席を(はず)しますか?」

「いやいや、是非このままいて欲しい。幹部打診を断ってもオーラム殿(どの)の腹心なのには変わりないだろ?」

「もちろんです」

「それに情報部門にしても、まだクロアーネが統括だ」

 

 クロアーネは一息、溜息とも違うそれを吐いてから席へとつく。

 

「それと近く"新入り"を預けたいんだけど――」

「あの子ですか……名を"テューレ"。既に挨拶をされました」

「さすがに早いな。それで頼まれてくれるか?」

「そうですね――それで私の負担が減るなら、請け負いましょう」

「是非そうしてくれ、本人も意欲に溢れている」

 

 見込みがありそうでなら、そのままいずれ情報部門を(にな)ってもらってもいい。

 クロアーネの()く道が料理であるなら、テューレは情報こそがその正道。

 お互いに合致するのであれば、それぞれに優先させてやりたい。

 

 

「そんじゃ頼んでおいた"騎獣の民"の現状についてよろしく、てきとうに座ってくれ」

「立ったままで結構です」

 

 クロアーネはそう淡白に言い放ってから、慣れた立ち姿で報告をする。

 

「彼らは連邦西部方面から北上し、現在はカエジウス特区・インメル領・キルステン領のちょうど中間付近にいます」

 

「それは休んでいるということでしょうか?」

 

 カプランの質問に、クロアーネは首を縦に振りながら私見を述べる。

 

「そのようです、既に長期間に渡っています。そこからどの方面へ行くのか、斥候を出している模様」

「つがいフクロウは俺も見た、動き出す前に交渉しに行かないとマズいか」

 

「えぇ、現在の(おさ)は名前はわかりませんでしたが、"荒れ果てる黒熊"の異名で通っています。

 十数年前から王の座についているようで、入れ替わりが珍しくない騎獣民族ではそれなりに長い(ほう)です」

 

「それは前線に出ない慎重な性格ってことか? それとも――」

「気性はかなり激しいそうで、騎獣民族の最も荒々しい部分を体現していると評判の野人(やじん)だとか」

 

「そいつは重畳(ちょうじょう)、どちらかに寄っているほうが交渉しやすい」

 

 賢い王であるなら理詰めと恩恵によって文化を浸透させやすい。

 逆に猛き王なら弱肉強食を叩きつけ、わかりやすい恩恵を与えれば良い。

 優柔不断で日和見(ひよりみ)な無能の王でないのならば、この際は問題なかった。

 

 

「部族の数はおおよそ一万五千人ほどで、同等以上の家畜や獣を連れている大所帯です」

「戦闘要員の数は?」

「五千を数えるくらいでしょうか」

「いいねぇ。カプランさん、問題はなさそうですか?」

 

 カプランは一呼吸も置かずに判断を(くだ)す。

 

「彼ら自身の備蓄も考えれば――問題はありません」

「心強い言葉です。であれば後は……交渉する俺ら次第ってことで」

 

「それと詳しくはわかりませんが……警戒が非常に厳重で、不穏な気配があるそうです」

「んっ、つまり?」

「詳しくはわかりません。私も獣人種です、道中であれば直接潜入し調べたところでしたが――」

 

 要望があれば今からでも行って調べてくる、と言わんばかりのクロアーネに俺は首を横に振った。

 

「いや――不穏なら無理は必要ない。どのみち向かうところだしな」

「情報を素直に受け取ると……なかなかにきな臭いようですが、仲間に引き入れられますか?」

「まっ、やるだけやってみますよ。やってみないことにはなんとも言えませんし」

 

 

「わかりました。ではもう一つの(ほう)の補完案をお聞きしましょう」

「インメル領……だけでなく、ワーム海およびその沿岸部を悩ませている集団――」

「"海賊"……いえ正確には湖賊ですか」

「そうです。水軍を手に入れられれば、強兵を移送することが可能になる」

 

 特定戦力を水上輸送によって、大きく経由してぶつけることができる。

 また王国軍の海軍戦力と補給を、抑えておく意味でも必要な存在である。

 

「確かに……ワーム海の波を、最も読めるのは彼らでしょうね」

 

 かつて存在した山脈を喰らい尽くし、その穴に水が流れ込んでできた湖――"ワーム海"。

 大地を無造作に掘り食い散らかした所為(せい)で、水底も不規則で凹凸(おうとつ)が激しい。

 さらに国家間を大きく隔てるその広大さは、様々な気候が入り混じる。

 

 それら気圧差によって風も強く、時として大波も起こり、急激な天候変化も珍しくない。

 厳密には湖であっても、その内実はまさに"海"なのであった。

 

 

「帝国海軍や王国海軍も、ついぞ手を焼いているような連中です。連中を味方に引き込めれば――」

「なるほど、僕は(いくさ)については素人ですが……少々読めてきました」

 

 騎獣民族とワーム海賊、どちらも味方にしたという前提で俺は概要を説明する。

 

「皮肉な話ですが……インメル領は結果的に、自然(ナチュラル)焦土(しょうど)戦術が可能です」

 

 疫病・魔薬・暴動などによって、略奪するものが非常に少なくなっている。

 つまり行軍における略奪行為による補給の構築が、王国軍にはやりにくい状況。

 

 焦土戦術には通常デメリットが多い。なにせ守るべき場所と人とを犠牲にするのだ。

 流れを見誤れば、自国そのものが潰れてしまう作戦でもある。

 しかし今回に限っては、既に下地が整っている為に非常に有効と言わざるを得ない。

 

「海賊による水上移送と、騎獣の機動力を活かした"兵站線の分断"というわけですね」

「その通りです。しかる後に一気攻勢を掛けて、潰走(かいそう)たらしめる――」

 

 糧秣を前線へ送り込む補給線は、王国軍にとってまさに生命線そのものになる。

 彼らは帝国正規軍の動きが遅いのも掴んでいるし、インメル領にまともな戦力がないのも承知だ。

 それゆえに大軍でもって大規模侵攻を仕掛けてきている。だからこそ逆手(さかて)に取れる。

 

 大軍であることが、この際は最大の(アダ)となる。王国軍は地獄を見ることになるのだ。

 

 

「さらに()()()()()()()()()――他にもやりようはある」

「あまり聞かないでおきましょうか」

「まぁそれは最終手段ですんで」

 

 今まさにインメル領を危ぶむ――"疫病"や"魔薬"を使うという手がある。

 

 焦土戦術と言っても、"水"に関しては水属・汎属(はんぞく)魔術によって生み出すことができる。

 魔術に秀でた王国軍なれど、輸送する為の動物の分も(まかな)うとなると相当な量になる。

 つまり水源を(おか)すということは、それだけで敵軍の実効能力に打撃を与えうる。

 

 なにせ水が使い物にならないと判明すれば、戦闘以前の問題となってしまう。

 それがなければ生きられないのだから、いくら魔力を消費してでも水を作り出すのは必定(ひつじょう)

 さらに効果的に敵軍を侵すのであれば、すぐに突き止められない毒物を仕込む方法もある。

 

 かつて地球史上最大級の版図(はんと)を築き上げた、モンゴル帝国。

 彼らは投石機(トレビュシェット)を使って、伝染病の罹患者を防壁の向こうへ投げ入れたという。

 同じように王国軍の野営地に、病死体を空から落とすということも……その気になればできないことはない。

 

 さらには敵軍の足を止め、また誘導するという意味で……安価で有用な兵器である"地雷"。

 罠型魔術具として量産体制はないものの、少量ながら製造して局所的に敷設(ふせつ)するくらいなら可能。

 しかし戦後処理や今後の戦争への影響を考えると、なるべく自重したいところでもある。

 

 そして――いわゆる"NBC兵器"。"核"・"生物"・"化学"兵器の(たぐい)

 核兵器はさすがに無理なものの、生物兵器や化学兵器であれば近いものを用意できないことはない。

 

 シップスクラーク商会が保有・研究させている、多種多様多岐に渡る分野群。

 その一部には兵器として応用できるものが……少ないながらも存在する。

 非人道的な行為を(いと)わないのであれば、これほど凶悪で効果的なモノはないのだ。

 

 

「……何をするつもりなんですか」

「おっ、クロアーネは気になる?」

「場合によっては、私がやらされるハメになるでしょうから」

「確かに、手分けしてやる必要はあるが……つまるところ毒殺や中毒死で(やっこ)さんらを――」

「貴方って本当に最低の(クズ)ですね」

 

 こちらが言い終わる前に、冷ややかな言葉でクロアーネは俺を突き刺す。

 しかしそんな罵倒も少し心地良く感じてしまうのは、(カルマ)というものであった。

 

「まぁまぁクロアーネからしたら、そりゃ"食"を冒涜(ぼうとく)する行為に映るかも知れんがね」

「当然です」

「それでも必要に迫られたらやらなくっちゃあいけない」

「命令には従います。ただその時はベイリルという、一個人的評価が地に墜ちるだけです」

 

「今はまだそこまで落ちてないってだけで、俺個人は嬉しいけど」

「会ったばかりの頃より少しマシな程度です」

「ははっなんにせよだ、そういう事態にならないよう願っておくよ。俺だって本意じゃないしな」

「その割には()()()()()見えますが」

 

 

 クロアーネの見立てはもっともで――的を得ている部分が少なからずある。

 よくよく人を見ている、それが彼女の有能さをよくよく表していた。

 

 実際のところ敵を制覇する為に、(うわ)(つら)であれこれ練るのは正直なところ楽しい。

 不謹慎極まりないし、人の命が懸かっていても……である。

 武力から策略まで手段を選び選ばず考え抜いて、それがピタリとハマった達成感はきっと最高の美酒なのだと。

 

「多少なりと歪んだ性根は否定しない。でなきゃオーラム殿(どの)たちと"文明回華"の道なんて歩まないからな」

 

 少し卑怯だったが……その名前を出せば、クロアーネにそれ以上言えることはなかった。

 結局のところ数百年の娯楽を求め、未知の好奇心を満たす利己的行為に違いはないのだから。

 

「あまりにも間違った方向へ行ってると思ったら、その時はクロアーネ()止めてくれ」

「言われるまでもありません」

 

 断固とした頼もしい返答に俺は笑みを浮かべた――その瞬間であった。

 

 突然遮音していた領域内に侵入する気配に、俺は瞬時に警戒態勢を取って身構える。

 しかし扉を遠慮なしに開け放ち、ヌッと出された顔はよくよく知っている人物。

 噂をすればなんとやら――であった。

 

「いよッ! 久しぶりだネ」

 

 はたしてそこには商会の三巨頭が一人、"黄金"ゲイル・オーラムが立っていた。

 

 



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#122 方策会議 III

「オーラム殿(どの)? 何故ここに?」

「ベイリルゥ、ワタシを()け者にするなんて人が悪くなってないかな? ん?」

 

 俺は反射的にカプランの(ほう)を見るが、彼は首を小さく横に振った。

 さらにゲイルの横に立つ、見知った少女のへと俺は視線を移す。

 

「それにプラタまで……」

「ベイリル先輩、クロアー姉さん、カプラン先生、ちはーっす!」

 

 そうプラタは被っていた帽子を取りながら全員に挨拶し、またかぶりなおす。

 あれはナイアブがデザインしたやつだったかと、俺はそんなことを思いつつ……。

 次に表情を小揺るぎもさせないクロアーネを、半眼で見つめながらつぶやいた。

 

「……クロアーネ、呼んだな?」

「――私はオーラム様に現状の報告をしただけに過ぎません」

 

 そう澄ました顔で言う彼女の、隠れた尻尾(・・)(ちから)が入っているのを空気の流れで感じる。

 振り出したいそれを、必死に抑えているのがよくよくわかった。

 

「ちゃんクロも久しぶりだねェ」

「はい、一季と二週と五日ぶりです」

「カプランくんはァ……そうでもないか」

「そうですね、我々は定期的に商会事項のすり合わせをしますから」

 

 ゲイル・オーラムはテーブルへとつくと、投げ出した両足を組む。

 

 

 さながら「弁明を聞こうか?」とでも言いたげなオーラムの表情に、俺は一応の説明をする。

 

「まぁ本当にヤバくなったら、呼ぶつもりでしたよ」

「戦争だろォ? ワタシを出し惜しみしてどうする」

「もう戦いは"飽きた"みたいなこと、前に言ってませんでした?」

「たまには暴れるのも悪くないからネ」

「そう言ってもオーラム殿(どの)は対外交渉の顔役。ファミリア時代から地味に有名なんですよ」

 

 ゲイル・オーラムは言わば、商会におけるワイルドカードである。

 使えば絶対に勝てるというわけではないが、一部の戦局をひっくり返すくらいの信は置いている。

 

 しかしそれは相手にも伝家の宝刀を抜かせる事態になりかねない。

 そうなれば戦争は一転わやくちゃとなり、予想もつかず収拾までつかなくなってしまう。

 つまるところ強いカードというものは、人知れず盤外で処理するに限るのだ。

 

 

「戦後の帝国への体面を考えると、面倒なことになりかねないのが本音です」

「んっン~……なるほどネ。商会が目立つのはまだ最小限にしたいと」

 

 こちらの言い分をすぐに察してくれる。

 なんのかんのきちんと話せば聞き入れてくれる、気のいいおじさんであった。

 

 なにせ出る杭は打たれるものと相場は決まっている。

 まだ商会全体が軌道に乗ってない状況で、帝国に目を付けられたくはない。

 

 あくまでインメル領は、帝国に属しつつも――その裏で(ちから)を付けるのが理想的。

 シップスクラーク商会も、まだまだ表舞台に堂々と繰り出すべき時ではないのだ。

 

(ゆっくりと、沁み込ませるように……)

 

 世界を侵蝕し……気付いた時には、もはや手遅れ――くらいでもいいくらいだ。

 ダイナミックにやりたくもあるが、慎重を期すのならそうあるべき。

 

 

「そんじゃま土産(みやげ)だけ置いて、出番を待つとするかネ」

「オーラム殿(どの)の手は(わずら)わせませんて。こっちだけで粉砕してみせ――ん、土産?」

 

「ボクちんが手ぶらで来るような男とでもォ?」

 

 そう言うとゲイル・オーラムは、指先から伸びる"金糸"をクイッと引っ張る。

 それが合図だったのか、扉が開くと新たな人間が入ってきた。

 

「……どなたです?」

 

 面識がなかった――とはいえオーラムの顔の広さを考えればいくらでもいる。

 ただし今この状況で連れて来るだけの、価値がある初対面の男。

 

「ほっほう――」

 

 (くだん)の男は、俺とカプランとクロアーネへと値踏みするように……瞳だけを動かしていく。

 

「"素銅"どのに、そちらの女性がゲイルの懐剣クロアーネ。そして君がウワサの――」

「……うわさ?」

 

「"無二たる"カエジウスのワーム迷宮(ダンジョン)制覇者――"空前"のベイリルくん」

 

 俺は思わず目を細めて、不用意にも警戒心を(あらわ)にしてしまった。

 迷宮(ダンジョン)を攻略したことは、本当に一部しか知らないハズの事実。

 

「ンン~!? ベイリルきみィ、迷宮(ダンジョン)制覇したのか?」

「ベイリル先輩……すごいです! さすがわたしの目標の一人です!!」

 

 ゲイルとプラタの反応(リアクション)によって、こちらを一方的に知る謎の男との会話の空気を外されてしまう。

 否、男がそうなるように仕向けたのかも知れなかった。

 

 とりあえずオーラムも今初めて聞いたということは、彼がどこからか知って教えたわけではない。

 俺とは初対面の男が、隠していた情報を何故か知っている……。

 

 

「おう、ありがとうプラタ。オーラム殿(どの)が制覇したのも、同じくらいの年の頃でしたよね」

「そうだっけェ、キミは覚えているか? "アルトマー"」

「数えれば確かに……それくらいだろうねえ」

 

 瞬間、クロアーネの垂れた犬耳がわずかに動いた。

 俺のちょっと長めのハーフ耳も同様で、はたしてそれは聞き間違いではなかった。

 そしてカプランもその姓だけで、目の前の人物が誰なのかを理解した。

 

「貴方が"エルメル・アルトマー"? 迷宮制覇特典で永久商業権を得て、"黄竜の息吹亭"を運営する――」

「共和国の"大商人"。落ち目だった"アルトマー商会"を親子二代でとのし上げた、オーラム様の盟友」

「なるほどあなたがそうでしたか、直接お会いするのは僕も初めてです」

 

 立ち上がったカプランは、完璧な所作をもってアルトマーと握手を交わす。

 そうやって彼は人の心理を読み切り、手練(てれん)手管(てくだ)・口先を用いて巧みに隙間へと入り込む。

 

 

「別に盟友なんかじゃないけどネ。個人的には会いたくなかったし、事実会ってこなかった」

「それはこちらも同じ言葉で返したいところだ。強引にこんなとこまで連れて来られ、外で待っていろなどと」

 

 溜息と共にアルトマーは、オーラムとは離れた席へ座る。

 

「ま、まぁその……うちのオーラム殿(どの)が失礼しました。それでどういう要件でしょう?」

 

 今この場はシールフがいないくらいで、最高幹部会議の様相を呈していると言っていい面子である。

 そこに部外者である男を招き入れるのは、いささか遠慮したいところだった。

 

「コイツには貸しがあるんだよォ、それを返してもらおうと思ってネ」

「貸し?」

「きみも制覇者なら知っているだろうベイリルくん、叶えられる()()()()を」

 

 そうアルトマーに問われて、俺はすぐに察する。

 

「なるほど――攻略面子は五人で、願い事は三つ。アルトマー殿(どの)は願いを叶え、オーラム殿(どの)は譲ったと」

「そういうこった、返済してもらうのに丁度いい機会だろォ?」

 

「まったく……二十年も前のことを、いまさら蒸し返されるとは思わなかったよ。だが借りは借りだ。

 おまえと"ノイエンドルフ卿"が頼むのであれば、私も一商人としてそれを無下に断ることはできない」

 

 

 腕を組んだアルトマーは、長年喉奥(のどおく)に引っ掛かっていた小骨を取ることができたような表情だった。

 

「それで、具体的にどのように支援して頂けるので?」

「共和国の戦争介入はこちらで止めておく」

「それが確約となるなら、負担はかなり減りますね」

 

 カプランはそう口にしながら、頭の中ですぐに仕事の振り分けを考える。

 

「さらに"自由騎士団"と、"契約労働者"の派遣。その一切を請け負い、負担を全て受け持とう」

 

 ――自由騎士団。

 他国の退役軍人や、さる事情によって追放された者達で構成された武力集団。

 数多(あまた)の修羅場を生き抜いた、海千山千の実力と戦闘経験は言うに及ばず。

 各国の重大な情報もいくつか保有し、今なお保有する人脈(コネ)も侮れない。

 契約内容次第では汚い仕事も、平然とやってのけるという怖いものなしの傭兵稼業。

 

 ――契約労働者。

 共和国法では名目上禁止されている奴隷の呼び名の一つで、あくまで合意契約のもの。

 しかし追い詰められた人間は、理不尽な契約でも結ばざるを得ない。

 そうした契約労働者は他国ほどではないが、やはり不自由を強いられた存在である。

 

 

「数はどの程度でしょう?」

「まず自由騎士団が1500ほど――」

「おいィアルトマー、少なくないか?」

 

「馬鹿な、即応出撃に応じられる数だ。それでも私が依頼しなければ契約は不可能だ」

「しょっぱいなァ」

「いえいえ、十分ありがたいことです」

 

 帝国への体裁を保つ意味では、かなり良い隠れ蓑となってくれる。

 自由騎士団がいたから撃退できたのだと、喧伝することができるのは決して小さくない意味を持つ。

 

「それと契約労働者は後方配置要員として、約4000の用意がある」

 

(用意……?)

 

 俺はアルトマーのその言葉に、なにやら引っ掛かるものを感じたのだった。

 



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#123 方策会議 IV

(契約労働者――の、用意(・・)か)

 

 当然ではあるが……アルトマー商会の私的な人員ということだろう。

 商会の規模を考えれば、全てでなくとも相当数を契約し雇い入れているのは間違いない。

 

「後方支援については現状とりあえず足りていますかね、カプランさん」

「はい、そちらの(ほう)は今のところ必要十分かと」

「こちらに遠慮しているのならば無用だ。どのみちこの一回で清算という約束」

 

「そうですねぇ――」

 

 俺はあえて深く考える振りをして見せた。

 外部団体である自由騎士団ならともかくとして……。

 エルトマーの息がかかった者達に、兵站管理の一部とて任せたくはない。

 

 確実に多数の間諜(スパイ)を紛れ込ませてくるに違いなく……。

 領内復興の手腕も含めて、こちらのやり方を内部から直接的に晒すのは大いに(はばか)られる。

 

 それは価値のある情報や、隠しておくべき情報までも渡してしまうことになりかねない。

 さらに騎獣の民を味方につけられるなら、輸送や管理面でも(うれ)いはなくなるだろう。

 戦闘要員5000近くと、老人・子供を除いた数千単位の支援要員を確保できるだから。

 

「管理体制を整理しなくてはなりませんから、それまではとりあえず待機させておいてもらえますか――」

 

 俺はこの場すぐの回答は避けて、曖昧に濁しておく。

 カプランも意図を察しているのか、すぐに言を付け加えた。

 

「戦場は広範に渡ります。配置や指示の為の受け入れ態勢は、順次整えていきます」

 

「ではこちらは人員を送る準備だけ整えておく。整い次第、使いツバメを我が商会によこすといい。

 その時点で差配(さはい)を詳細に伝えて、効率的に運用するなら……"あの情報員"を使ってもいいだろう」

 

 

「"あの情報員"……ですか?」

「つい最近、君たちの商会へ移ったと記憶しているがね」

 

 はたと鳥人族のツバメ少女の顔が、俺の脳裏に思い浮かぶ。

 

「"テューレ"のことか」

「迷宮制覇者と思しき情報から逆へ逆へと辿っていくと、君たちパーティの特徴へと行き着いた。

 それを早い段階で調べていたのが彼女だ。優秀な人材だったようだが……まことに残念なことだよ」 

 

(そうか、テューレはアルトマー商会の情報員だったのか……)

 

 彼女は大元まで知らなかったようだがなるほど、彼の情報機関に属していたとは。

 そして同時に俺がワーム迷宮(ダンジョン)制覇者だと、彼が個人的に知っていたことにも得心がいった。

 

 さらには情報の取り扱いに関して、アルトマーという男がどれだけ比重を重く置いてたか察せられる。

 いずれにしても引き抜いたことに関しては、特に要求や悪態はないようであった。

 

(なるべく隠蔽して目立たないよう、していたつもりなんだがなぁ……)

 

 それでも漏れるところからは漏れる――というよりは、少し毛色が違うだろうか。

 

 恐らくは無価値とも思える些細な情報まで網羅して、包括的に取り扱う。

 そうすることで輪郭を明確にしていき、全体像まで把握してしまうのだ。

 確かな情報収集システムを確立・運用させているのは、さすが共和国の"大商人"と言ったところ。

 シップスクラーク商会としても、大いに見習うべき部分でもある。

 

 

「戦略・戦術によっては――アルトマー殿(どの)、逃走を前提として人員だけを偽装配置などしてもよろしいですか?」

「直接戦闘でないなら、自由に使ってくれて構わない」

「もし仮に損害が出たとしたら……」

「後方支援でない場合は、補償金は請求させてもらう」

 

 毅然(きぜん)とした態度を見せるアルトマーに、オーラムが煽るように口を開く。

 

「儲けているクセに渋いねェ、それくらいポンッと出してもいいんじゃないかね?」

「確かに迷宮素材を、(しか)るべきルートを通じて得た利益を考えれば些少なものだ」

 

 人的損害も些少と言ってのけるアルトマーの価値観と財力に、俺は表情に出さぬよう耳を傾ける。

 

「ふーん、だったらサ――」

「しかし私の財産を使い潰す真似をするのであれば慰謝料は払ってもらう、当然だ」

 

 共和国の"大商人"エルメル・アルトマー。その声色に初めて彼の感情らしい感情を垣間(かいま)見た気がした。

 

「肝に命じておきます。俺たちとしても、無駄な犠牲は好むところではないんで」

 

 人は城、人は石垣、なんとやら――

"文明回華"において人間こそが財産であり、代え難き主体である。

 時には目を瞑らなければならぬ場面もあるものの、基本思想としては"人類皆進化"に相違ない。

 

「なんにせよこれで貸し借りは解消だ。個人単位では関わってくれるなよオーラム」

「こっちも願い下げだから、安心していいヨ」

 

 アルトマーは席を立つと、最後にもう一度俺達を順繰りに見つめていく。

 

 

「君たちシップスクラーク商会とは、改めて話したいことが湯水のごとく思いつくが……。

 なに、ゴタゴタが片付いてからでも遅くはない。そういったことはまた別の機会にしようか」

 

「それではよしなにお願いします、アルトマー殿(どの)。ちなみに帰路は――」

 

 オーラムはこのままここに残る以上、道中の新たな護衛が必要だろうと俺は尋ねる。

 

「世話はいらないよ、ちょうど"運び屋"を雇っているのでね」

 

 開けられた扉から遠目に見えたのは、"薄布のようなもので目隠しをした女性"であった。

 スラリとした肢体に、灰色の長髪が腰ほどまで伸びている。

 

 なんとなく本能的な部分で目がいってしまっていたことに気付く。

 とはいえ相手がこちらを見てるのかは、薄布の所為(せい)でよくわからなかった。

 

「では失礼する、追って自由騎士団の代表が来るだろう。丁重に迎えてくれたまえ」

「了解しました」

 

 俺とカプランは立ち上がって、クロアーネと共に会釈(えしゃく)して見送る。

 オーラムだけは一瞥(いちべつ)することもなく椅子を揺らし、プラタは一挙手一投足を観察していた。

 

 

 扉は閉められ、改めて遮音空間が作られたところで俺とカプランは座り直す。

 

「久方ぶりでした。ボクが(サイン)を見つけられない人間と相対するのは――」

「わたしもダメでした!」

 

 カプランの言葉に、プラタが乗っかった。そして俺もまた掴みかねていた。

 人それぞれ状況に応じた動きや起こり、そういったものを読み取るのがカプランの得意技である。

 

 わずかな目線の揺らぎ、表情筋の変化、全身から発せられる、ありとあらゆる反応(リアクション)。 

 不随意筋に至るまで精細に。心理状態を把握し、ときに誘導し、掌握して、操ってしまう。

 

 俺もカプランに(なら)い、ハーフエルフの強化感覚で多少は読み取れるが……カプランには到底及ばない。

 しかして"素入りの銅貨"と呼ばれた男の技術でも、アルトマーは読めないようであった。

 

「もっとも……じっくり腰を据えて話せれば、また別ですが」

「はははっ、まぁ現状ではあまり情報を出したくないしそこは仕方ないです」

 

 俺は笑ってカプランの頼もしさに首肯(しゅこう)する。

 アルトマーも傑物には違いないだろうが、うちの金銀銅の"三巨頭"はそれ以上だと確信している。

 

 とはいえシップスクラーク商会が、いずれ財団として名を()せる時には……。

 経済圏において、確実に立ちはだかる壁の一つであろう。

 寡占(かせん)市場の堕落と腐敗を考えれば、競争相手というのは――いるに越したことはない。

 

 

(にしても、少し出張(でば)りすぎたかな――)

 

 それはそれとして……己の行動を色々と(かえり)みざるを得なかった。

 商会もフリーマギエンスも、あくまで魔導師"リーベ・セイラー"を頂点に置いてはいる。

 しかしながら迷宮制覇含め、ベイリルという一個人が目を付けられたことはもはや間違いない。

 俺が三巨頭と同等に、交渉事や指針決めの一端を担っていることがアルトマーには露見してしまった。

 

(情報は結構バレてたし、別にいいっかぁ……)

 

 腹を括るより他はない。それにアルトマーとは今後も付き合っていく可能性は十分にある。

 既に俺を知っていた彼の情報網を考えれば、遅かれ早かれ……(まぬが)れえまい。

 

 ハーフエルフだから見目が年若い不自然さは、いかようにも誤魔化せる。

 若くではなく、老いた方向にサバを読んでも通じるのは地味に良いメリットだった。

 

 それに露出が多くなってきた時の為にも、不意討ち・暗殺対策には(ちから)を入れている。

 

 新たに進化させた"六重(むつえ)風皮膜"で大概の攻撃は防げるし、毒ガスも効かない。

 危うき時は"遮音"と"光学迷彩"で隠れられる。音速突破など風による加速とその逃げ足にも自信がある。

 強化した聴覚で周辺を察知し、赤外線視力で夜目だって効く。

 クロアーネほどではないが鋭い嗅覚、繊細な味覚で大概の毒も察知できる。

 

 ハーフエルフとして幼少期から練磨し、積み上げ続けてきたのは伊達じゃない。

 結局最後にモノを言うのは武力にして暴力であることは、決して否定できるものではない。

 古今東西の権力者が……一体どれほど謀殺されたてきたか――決して甘く見てはいけないのである。

 

 

(……もうちょいなんか隠すか)

 

 フードだけでは足りない。もっとこう……名と顔が通らないように注意を払う必要があろう。

 

「そういえば……"運び屋"ってのは――」

 

 

 ()()()()ことを考え、ふと浮かんだ……"つい先刻見た人物"のことを俺は口にした。

 



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#124 方策会議 V

「そういえば……"運び屋"ってのは、なんか知ってます?」

 

 ふと気になったアルトマーの護衛について、俺はオーラム達に聞いてみる。

 

「なんだっけェ? クロアーネ」

「はいオーラム様。"なんでもはこぶ"を信条とする、その道では有名な(かた)です」

「あーそうそう、それそれ」

「僕が聞いていたところによれば……失敗したことがないという話でした」

 

「まじすか、あの場には女性一人のようでしたが……」

 

「私が知り得る情報では、組織だったものではなく彼女一人だけなようです」

「つまり単身(ソロ)で成功率100パーセントで、その道では有名──よっぽどの凄腕ってことか」

 

 現段階では特に必要とするものでもないが、是非とも人脈(コネ)として欲しい人材である。

 少なくともアルトマーの子飼いではないようだし、少しくらいは話してみたい。

 

「途中から道中一緒だったけど、なーんも掴めなかったねェ」

「わたしが話しかけても全然反応してくれませんでした……でも多分ですけど、強そうでしたよ!」

 

「思い出した、()すら運び届けるってェウワサのやつだ」

「それもう半分はなんでも屋みたいなものなのでは」

 

 依頼内容に"運ぶ"ってことを絡めれば、どんな障害をも乗り越えかねない。

 

 

(オーラム殿(どの)もそうだが、五英傑以外にもやべえの多いんだよなぁ……)

 

 間違いなく絶対強者であるはずなのに(ぜん)とせず、逆にまったくそう感じさせない──

 そういった部分がとても恐ろしい。自身にとって知覚できない領域にいるという畏怖(いふ)

 

 俺も密閉空間で不意撃ちかつ四人協力でとはいえ、全盛期からは遠くとも地上最強種の一匹たる黄竜を倒し得た。

 しかし世界は広いのだ、やはり油断・過信・余裕・慢心・驕りは最大の敵である。

 修練は数百年どころか、死ぬまで続けるハメになるかも知れない。

 

 それでも天頂(てっぺん)へと登りつめるどころか、見えるかどうかかも知れないかも知れない。

 

(ついつい闘争ではテンション上がって、イキがっちまうが──)

 

 こうして一歩引いた位置で冷静に考えると、悪癖と言えるだろう。

 とはいえ……やめられないとまらないのが"熱狂"というものだ。

 同じく気持ちの(たか)ぶりがもたらす爆発力と、大いなる成長は代え難いものがある。

(ん、"五英傑"……五英傑か──)

 

 とあることを思い出して、考えを(いた)す。切り札だの伝家の宝刀どころではない。

 不確定ながらも"盤面ごとひっくり返す最終手段"が……一つだけ存在していることに。

 

(いや、今はいい)

 

 俺は回していた思考を閉じる。

 それはある意味で、最も有効な方法なのかも知れないが……今はそれに及ばない。

 すると少しばかり続いた沈黙を破るように、ゲイル・オーラムが口を開く。

 

 

「んでベイリルゥ、ワタシは結局どうすればいいんだネ?」

 

「あぁそうっすね……オーラム殿(どの)鬼札(ジョーカー)なんで、とりあえず領内でのんびりどうぞ。

 もしも南のキルステン領に動きがあった時に、その抑止と交渉をお願いしたいんでそれまでは──」

 

「仕事が欲しいなら用意しますよ、オーラムさん」

 

 含みを笑いを隠さぬカプランに、ゲイル・オーラムは首をコキリと鳴らして口を開く。

 

「い~や結構だ、久し振りにクロアーネの料理でも食べてのんびり待つさ」

「かしこまりました、オーラム様。私の日々の研鑽を披露させて頂きます」

 

 ほんのわずかに柔らかく、クロアーネの本心からの微笑みと、普段は聞けないような声色を捉える。

 なんとなく……その笑顔を俺自身が引き出してやりたい──ふとそんなことを思ってしまう。

 

「プラタはどうする?」

「ゲイルさんがのんびりするなら、わたしはカプラン先生の下でお手伝いします!」

 

 カプランの実務はかなり高度であるはずなのだが、プラタはあっさりと言ってのける。

 三巨頭の(もと)で弟子として励むプラタは、なんというかとんでもない速度で成長していた。

 

 それらは生来持っていた気質と才覚がゆえなのか。

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"で"永劫魔剣"の増幅器の被検体として、人格を半ばリセットさせられていたこと原因か。

 

 あるいは……単にゲイル、シールフ、カプランの、師匠としての能力が異常すぎるのか。

 スポンジが水を吸収するように、多方面でメキメキと頭角を現し始めている気がする。

 

 

「でもそのまえーに~、すわっ! 料理勝負です!!」

「んんっ!?」

「はぁ……?」

 

 俺とクロアーネは揃って疑問符を浮かべ、オーラムとカプランは慣れた様子を見せる。

 

「クロアー姉さん仕込みの我が調理道をお見せします! 師匠越えです! 恩返しってやつです!!」

「プラタには……ほんの少し手解(てほど)きをしてあげただけでしょう」

「でもでも、わたしにとっては師匠の一人なので」

 

 そう、彼女の師匠は三巨頭が主筋(メイン)ではあるものの……教わるのは彼らだけに留まらない。

 俺達がまだ学園生の頃。フリーマギエンスへちょくちょく訪れては、興味を覚え趣味を広げていった。

 

 ジェーンやリンと歌い踊って、ヘリオたちから楽器を習ってセッションする。

 魔術具をリーティアから教わり、ゼノと機巧(カラクリ)を作り、ティータと金属を鍛える。

 モライヴに戦術の基礎を。ハルミアからは魔術によらない医療処置技術を。

 ナイアブからは多様な芸術とその感性を。そしてクロアーネからは料理を伝授されていた。

 

 プラタという少女にとって、世界の全てが師匠とも言っていいほどに思えた。

 

 しかし俺が教えられるものが何もなかったのは、なんとなく寂しく悔やまれる。

 プラタが空属魔術士であれば別だったのだが、彼女は()()()使()()()()

 

 ゆえに精々が地球のことを、オトギ(ばなし)として語って聞かせてやる程度だった。

 かつてフラウやジェーンやヘリオやリーティアにそうしたように──

 

 

「そんじゃ俺も参加するかねぇ。大した腕じゃないが、黄竜の干し肉が余っている」

「おおぉ、素材で勝負ですね。負けられないです」

「あまり期待されるとちょっとな……珍味ではあるが、まぁ美味い食材ではないぞ」

 

 俺がそう言うと、クロアーネは割って入るように添える。

 

「某氏(いわ)く──"まずい食材はない、まずい料理があるだけだ"。貴方がのたまった言葉でしょう」

「よく覚えてんなぁクロアーネ。確かにそうだな……言い訳はしない、勝つつもりでいこうか」

「わたしも! わたしも勝ちます!」

 

 前のめりな俺とプラタに、クロアーネが冷ややかに宣告する。

 

「悪くない意気です、二人とも……微塵の容赦なく粉砕してあげましょう」

 

 

 

 

 早めの晩餐会を終えて、カプランとプラタは早々に仕事へと取り掛かる。

 ゲイル・オーラムは食後の散歩だと言い残し、どこかへ消えてしまった。

 

 俺は空属魔術によって小さい旋風(つむじかぜ)を起こし、商会製の洗剤と水を流して食器を撹拌させる。

 その隣ではクロアーネが己の調理器具を一本一本丁寧に手入れし、ケースにしまい込んでいた。

 

「迷宮内で一回だけ食ったんだが、やっぱ作る人が違えば全くの別物になるんだな」

「当然です」

 

 適切な調理器具と調理法、そして料理人の腕があってこそ食材は最高の物に仕上がる。

 

 調理科のファンランやレドと共に、地球の記憶・伝聞から数多くの料理を再現させてきたその練度。

 オーラムに拾われる以前、各地方で未知の食材を現地調達し、調理してきた経験。

 

 商会の情報部のみならず、彼女の貢献度はいかほどか概算のしようがない。

 

「──まぁ……貴重な竜肉を調理できたのは、良い経験になりました」

「正直に言えば、俺は元から大した料理を作れる気ぃしなかったから、むしろ狙い通りみたいな?」

 

 もちろんこちらの思惑なぞ見透かされていて、それでもクロアーネは乗ったのだろう。

 そしてオーラムに出す料理のついでに、俺達にも素晴らしい味の世界を振る舞ってくれた。

 

 外部からエネルギーを摂取する"食事"という行為は、人生において切っても切り離せない──あまねく生命(いのち)(かて)

 それゆえに"食欲"というものは生きることそのものに密着した、陳腐化することのない必須の文化である。

 

 人は衣・食・住が足りてこそ礼節を知る。

 健全な魂と精神は、健全な肉体にこそ宿り──健全な肉体とは、健康な食事によって形作られる。

 食こそが全ての根幹を支え、また文明を発展させる特大の原動力となるのだ。

 

 

「プラタは──まぁ、個性的(・・・)だったな」

 

 少女の料理は……なんというか、非常に独創性が溢れるものであった。

 味も可もなく不可もなく──ではなく、なんというか不可思議にトリップするような。

 言葉には形容し難い絶妙な按配(バランス)を地でいっているのか、狙ってやったのか。

 

 多趣味なだけにああいう感性なのか、理解するには時間が掛かりそうだった。

 

「ですが……少しだけ、(うらや)ましくも思えます」

「確かに生き生きしててプラタは良いな。ほんと最初は死にかけだったのが嘘みたいだ」

 

 それもこれも、オーラム、シールフ、カプランのおかげであろう。

 

「正直なところ嫉妬すら覚えます。あの子はオーラム様の(もと)で学べている──」

「クロアーネ……? もしかして自分と比べているのか」

 

 調理器具のケースに両手を置いたまま、彼女はまるで心だけが遠くを見ているようだった。

 

「私は依存していただけだった……あの(かた)に付き従うだけで、何一つ学べなかった」

 

 俺はクロアーネの表情を見ながら、次に紡ぐ言葉に悩む。

 安易に(なぐさ)めるべきなのか、それとも一部肯定しつつ方向性を変えるべきか。

 

 悩んでいる内にクロアーネは──ほんっっっっっのわずかにではあったが、唇の端を上げる。

 

「だから違う生き方を示してくれたのには……感謝しています、ベイリル」

「デレた? クロアーネがデレた!!」

「……? 意味はよくわかりませんが、なぜか不快です」

「すみません」

 

 俺は平身低頭さを見せつつも、緩く和やかな雰囲気で謝る。

 今までもそこまで悪くはなかったが……改めて彼女との距離が近付いた。

 オーラムに向けられる百分の一程度でも、素直な感情表現を俺が引き出してやった。

 

 そんな充足感は黄竜肉料理同様、なにやら筆舌に尽くしがたいモノがあった。

 

 

「ま、いいでしょう。それと──"これ"」

 

 クロアーネは横にあった大きな包みを、俺の前へと置いた。

 

「貴方のお国(・・)では"弁当(べんとー)"って言うんでしょう。余りで作りました」

「一体いつの間に……」

 

 俺やプラタも近くで調理していたハズだったが、全くもって気付かなかった。

 包みを覗くと重箱のようなものに、ズッシリと詰められているようだった。

 

手際(てぎわ)が違います」

「結構多そうだな」

「男ならそれくらい食べれるでしょう、残したら同じ重量分だけ刻みます」

「ハーフエルフの鍛えた胃袋だ、安心してくれ」

 

 俺は洗い終わった皿を積み重ねてから、弁当を片手にクロアーネに尋ねる。

 

「よかったら俺らと一緒にいくか? 騎獣民族のところへ」

「いえ、私もまだまだやることが多いので遠慮しておきます」

 

「ですよねー、テューレによろしく」

 

 俺は一足跳びで空中へ駆け上がって、風波に乗って飛行する。

 情報部はテューレに任せ、彼女には彼女の道を邁進(まいしん)してもらいたい。

 

(素直にそう思う──)

 

 箱の中身を少し覗いて見ると、彩りとバラエティ豊かな料理が詰め込まれていた。

 そして……残したら──などと言いつつ、しっかりと日保ちしそうなものが多分に含まれている。

 こういう細やかな気遣いが、彼女の本質を如実にあらわしていた。

 

「気合、入れて、いきますか」

 

 騎獣民族とワーム海賊の勧誘。両方こなして戦にも勝つ。

 まずはそれが俺が果たすべき使命であり、やるべき仕事だった。

 

 

 



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#125 騎獣民族 I

 

 俺、フラウ、ハルミア、キャシー、灰竜アッシュ、そしてバルゥ。

 5人と1匹のパーティで、道なき道を進んでいく。

 もちろんその目的とは、騎獣民族を勧誘して陣営に引き入れることにあった。

 

「クゥゥア!!」

「ほう、ドラゴンも気付いたか。匂いに揺らぎを感じる、そろそろだ……」

 

 頭の上で旋回する灰竜を上目(うわめ)に、バルゥはそう口にした。

 騎獣民族が一時拠点としている領域に入ったことが、残り香によってバルゥにはわかるようだった。

 

 俺は改めて、バルゥに今回の一件について尋ねてみる。

 

「本当に良かったんですか? 無理を言った形になってしまって──」

「構わん。お前たちのおかげで、(とも)に歩むことの面白味をまた思い出せたことだしな」

「そうだそうだ、おっさんも立派になったんだから古巣への凱旋だ」

 

 キャシーの言葉にバルゥは特に反応は見せないが、そう嫌がってるようにも見えない。

 騎獣民族への交渉にあたって、バルゥには案内と橋渡し役をこころよく引き受けてくれた。

 

 

「それに気になることもあるしな」

「気になること……ですか?」

 

 ハルミアの問いに対し、バルゥは少し懐疑的(かいぎてき)な表情を浮かべて自身の見解を述べる。

 

「騎獣の民がこうも一所(ひとところ)に長居していることは珍しい」

 

 騎獣民族は遊牧と狩猟で主に生活をし、その規模も万を超える。

 次に向かう方面を決める為だったり、肥沃(ひよく)な土地で少しばかり滞在することも確かにある。

 しかしこうも長期間に及ぶのは、まずもってありえない事態であるとバルゥは考えていた。

 

 なにより今いるこの領域は、遊牧するにあたって豊かというわけではない。

 さらに滞在が長期間に及ぶほど、狩猟する獲物はどんどん少なくなってしまう。

 

「東にインメル領、西にカエジウス特区、南にキルステン領、ちょうど中間だもんね~」

 

 フラウの言葉通り、立地としてはおおよそ中間にあたり、どの領地にも対応できる位置にある。

 帝国領内だが境界線は曖昧ゆえに、長居しやすい側面はあるものの……やはり大所帯を養うには至らない。

 

 しかし周辺に略奪などの事態は聞き及んでもいないので、はたしてどういう意図があるのか。

 あるいはそこに付け入る隙があるのやもと、俺は思考を巡らせていく。

 

 

「おっおぉ~、聞こえる聞こえる」

 

 最初に明確に感付いたのはキャシーであった。

 黄竜との死闘後──逆走攻略での研ぎ澄ましたことで、さらに索敵感度が上がっていた。

 バルゥと俺も負けじと集中して、全身の感覚を集中して周囲を探る。

 

「ふむ……なんか結構多いっぽい? とっくに捕捉されていたか」

「オレたちも尋常者より優れているとはいえ、探索用の獣は特別な訓練をしているからな」

「はんっ、向こうから見つけてくれるなら手間が省けていーやな」

 

「アッシュちゃん、おいで」

 

 ハルミアがそう言うと、走るペースを落とさぬ俺達の周囲に寄って幼竜は飛ぶ。

 すると間もなくして、眼前に巨大な猪に乗った女獣人が立ちはだかっているのが見えた。

 

 

「止まれッ!!」

 

 ──と、猫人族のように見える女が叫ぶ前に、既に俺達は速度を落としていた。

 適切な距離を保って全員が立ち止まり、真正面から相対する形となる。

 

 すぐに周囲に集まりだした騎獣の民は、50にも及ばんばかりであった。

 

「この一帯は現在、我ら騎獣の民の縄張りにある。おまえたちは何者か──いや、何者であっても関係ない。

 今すぐに引き返すというのであれば、我々は何も奪わないし、お前たちが無事に帰れることを保証しよう」

 

 大きく深呼吸を一度してから俺は前へ出る。

 さらに音圧を調節しつつ、周囲全員に聞こえるように告げた。

 

『俺たちはインメル領を庇護下に置いている団体だ。よって領主代行として、正当な権利を主張する立場にある』

 

 猫女は巨猪の上で腕を組み、泰然とした態度を崩さぬまま負けじと叫ぶ。

 

「我らの知ったことではない!」

 

(取り付くシマもない、か……)

 

 周囲の連中を観察しながら、俺はどう言いくるめようかいくつかの案から選ぼうとする。

 しかし口を開く前に俺の肩を掴み、前へと進み出るバルゥの姿があった。

 

「ベイリル、ここはオレが──」

「バルゥ殿(どの)、いいんですか? そんじゃお言葉に甘えてよろしく」

 

 勝手知ったるバルゥのほうがいいだろうと、俺はあっさりと一任する。

 すると俺の音圧操作の大声に負けんばかりにバルゥは叫んだ。

 

 

『オレは騎獣の民、虎人族の子──"バルゥ"!! ゆえあって交渉すべきことがあり、こうして戻った!!』

「我が名は猫人族の子、"ポーラ"! 民から離れた落人(おちうど)よ、我らはおまえに踏ませる足跡を持たぬ!」

 

「重々承知、だからオレは"(ふる)き掟"に(のっと)り大族長との面会を求む」

「なっ……!? 今はダメだ!!」

 

 堂々としていた猫女、ポーラはそこで初めて狼狽(ろうばい)する様子を見せた。

 

(ふる)き掟の一つだ、何物よりも優先されるハズ。理由を聞かせてもらおう!」

 

 

 対してバルゥは一歩も引かず、威嚇し恫喝(どうかつ)するような獣気迫る雰囲気をかもしだす。

 

「り……理由などない!! 今この場で見せてみよ!!」

「バカな……"証明"は大族長と、諸部族長を含めて(おこな)われる神聖な行為。不勉強だな、娘よ」

 

「──っそれくらいは知っている! だが今はそのような時はないのだ!!」

「ならば正当に足る理由を聞かせよ。小娘の一存で決められるほど、旧き掟は軽いものではないぞ」

 

 ポーラはギリッと歯を鳴らし、バルゥを一層睨みつける。

 

「そんなにこの場で見たいのであれば──このオレを追い込み、()()()()みればいい」

 

 そう告げてバルゥは、不気味に思えるほどの笑みを浮かべた。

 曰く──笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙を剥く行為が原点であるという。

 ゆえにそれは獣が見せる、狩猟本能としての本来の笑みであったのかも知れない。

 

 

「だが無理だろうな。この包囲と人数、オレたちの実力を察し、集めた……不安の裏返しは明白。

 そしていざ対峙すれば──まだまだ戦力が足りぬこと、体の芯から理解できただろう?」

 

 バルゥは周囲の緊張状態にある者達を、ぐるりと見渡した。

 

「震えが隠せていないぞ」

「ッッ我らにやれぬと思ってか!? 我らは騎獣の民、何者も恐れはせぬ!!」

 

 自らを奮い立たせるように、ポーラは長槍の柄へと手を伸ばす。

 獣の本能に訴えかける恐怖も、気性によって乗りこなすのが騎乗の民ゆえに。

 

「言っておくが、ここにいる四人は"七色竜"の一柱を打ち倒している」

「キュァァアアッ!!」

 

 その一言と灰竜のいななきに、周囲に動揺が走る。

 

 

「バルゥ殿(どの)、一応それ秘密だって言いましたよね?」

「どれを倒したかまでは言っていない」

「……確かに、まぁいいか」

 

 軽口のような叩き合い。そのやり取りが信憑性をさらに増幅させていた。

 

「それと俺らも暴れるのは嫌いじゃないですが……共同歩調を取りたいんで、そのへんお願いします」

「ちょっとベイリルくん、それは非常に心外な言葉ですよ?」

 

「そうですね、ハルミアさん以外は暴れるのが好きです」

「うんうん」

「おう」

 

「ふむ……ついムキになってしまっていたな」

 

 獣気を薄れさせるように、バルゥは声の抑揚(トーン)を落とす。

 

 

「まったく、(らち)が明かぬ。ならば大族長はいい、熊人族の子──"バリス"に伝えてほしい」

「なんだと……?」

「ん? 奴のことだ、まさか死んでいるということもあるまい」

 

 わなわなと震えるポーラは、一転して激昂するように咆哮する。

 

「ふざけているのか、バリスは我らが大族長だ!!」

「なに? そうか、アイツが大族長とはな……オレも年を重ねたものか」

 

 かつて最もウマが合った旧友への郷愁に浸りながら、バルゥは穏やかな笑みを浮かべた。

 

「どうあっても会わせないか? 伝言も頼まれてくれないと?」

「っはぁ、ふぅ──同じ騎獣の民ならば……(ちから)で語れぃ!!」

 

 ポーラは騎乗する巨猪の腹を足で蹴ると、長槍を振りかぶった。

 バルゥもそれに応えるように、背の丸大盾と大斧剣をそれぞれ掴んでいた。

 

 バルゥはその場から動かず迎え打つ。ほんの一動作であった。

 大質量の突進に対し、左手に構えた身の丈ほどの大盾を横に殴り薙ぐ。

 巨猪の顔面にぶち当たった盾によって片牙は折れ、肉体ごと大きく弾かれる。

 同時に振り下ろされる大斧剣が、ポーラを地面まで盛大に叩きつけた。

 

 

「アラ削りだ、悪くはないがまだまだ足りん」

 

 バルゥの大斧剣を長槍の柄で防御するも、全く微動だにできないポーラは息を切らすように毒づく。

 

「ぐっ……ふっ、はっ、くっそ──」

「さて、本当に(しん)に迫った事態のようだな」

 

 周囲の騎獣民族は手を出してはこなかった。

 それが現在の状況をよくよく表しているようにも思える。

 

「より強きが勝ったわけだし、これで案内してくれますか?」

 

 横から見下ろす形なものの、俺はあくまで丁重に申し入れる。

 

「ッわかっている……二言はないから刃を引け! これでは……その、動けない」

「すまぬな」

 

 バルゥはスッと大斧剣を戻し、ポーラは長槍を突き立てて立ち上がる。

 

「なかなかに聡明な娘子(むすめご)だ。そして無謀と決断力もある」

「そこは勇気じゃなく無謀なんですね」

「騎獣の民にとって、その二つに大きな違いはない」

 

 俺はしっかりとバルゥへツッコミを入れてから、ポーラへと視線を移した。

 殴られて吹き飛んだ猪をなだめながら、もう一度その背に乗る。

 

「くっ……案内する、黙ってついてこい」

 

 負けたくせにまだ意地を張っているのかと思いつつも、俺達はそれに続いていった。

 



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#126 騎獣民族 II

 

 "騎獣民族"はまつろわぬ民──人と獣の共同体。

 人族・獣人・鳥人・亜人・魔族、種を問わず構成されている大集団である。

 それでもやはり多く目立つのは、国家によっては被差別階級ともなる獣人種であった。

 

 彼らの階級は大別してしまえば、"戦士"と"従者"の二種類しかない。

 

 騎獣の民は人も獣も生まれるとすぐに親許(おやもと)から引き離され、一所(ひとところ)に集められる。

 雌雄問わずまとまって暮らすことで伸び伸びと教育され、民族の社会性を学んでいく。

 全てが親であり、祖父母であり、兄弟姉妹として生活していくのだ。

 

 そうして物心ついてしばらくすると相棒(パートナー)となる獣を定め、そこから教育は一層厳しくなる。

 10歳を数えると、相棒である獣と共に野に放たれ、自活して生き延びていくという掟。

 途中で脱落した者は戦士になれることなく、残る一生を従者として過ごすことになってしまう。

 

 いずれも乗り越え、野生を生き抜き5年ほど経ったところで群れを探し出して戻る。

 そこで部族の"洗礼"を受けて、晴れて一人前の戦士階級となるのである──

 

 

 バルゥから聞いた騎獣民族の風習を思い出しつつ、俺達は民の臨時集落を突き進んでいく。

 

 そこには多種多様な獣や、中には魔物すら散見された。

 本来の気性から考えれば、きっと活力が(みなぎ)る光景なのだろうが……実際は陰鬱な様子であった。

 目移りするかのように周囲に視線を飛ばしつつ、俺は半長耳に入る苦悶の声から状況を分析する。

 

「なるほどな……インメル領の疫病の余波ってわけか、あるいは風土病か何かかね」

「うつされないよう気をつけてねキャシー」

「アタシはそんな軟弱じゃねえ」

「そういう問題ではないですよキャシーちゃん、特に伝染病というのは──」

 

 ハルミアの説明を、キャシーは意外にも大人しく聞き始める。

 そもそも異世界は地級史同様、衛生観念が未発達なのも大きな一因である。

 普通の人間の肉体よりも強靭なハーフエルフと言えども、決して慢心してはいけない話であった。

 

 

(まっ、その為の空属魔術なんだけどな──)

 

 毒ガスに(さら)されても風被膜の下に届くことはないし、酸素供給も長時間可能。

 吹き飛ばすのも容易であるし、それは空気感染する病原菌にしても同じことである。

 

 フラウも"斥力層装"によって、俺と近いことができる。

 ハルミアはダークエルフの肉体と、身体機能操作術で免疫力も非常に高い。

 さしあたって注意すべきはキャシーとバルゥくらいであった。

 

「アッシュ──」

 

 名を呼ばれてつぶらな瞳を向けてきた灰竜に、俺は上方向へとハンドサインを出す。

 すると灰竜アッシュは一声だけ鳴いて、高く高く空へと上昇していった。

 完全生命種かつトロル細胞を取り込んでいる竜とはいえまだまだ幼体。

 一応の用心はしておかねばならないので、上空へと一旦待機させておく。

 

 

「──これが見せたくなかった光景というわけだな」

「っっ……」

 

 バルゥの言葉に先導するポーラは言葉を詰まらせる。

 騎獣民族が一ヶ所に長く留まらざるを得なかったのは、集団感染が原因なのは自明であった。

 

「獣には獣なりの衛生観念や予防手段がありますが、それもあまり意味を()していないようですねぇ」

「まぁウイルスは変異したり、種の違う動物間で感染したりするしな」

 

 インフルエンザなどに代表される、ウイルスの変異現象や感染経路問題。

 衛生観念が未熟な社会では、パンデミックはまさに死活問題となりえる。

 実際の症状を診てみないことは、何が原因なのかは不明ではあるものの……。

 獣人種も遺伝的形質の一部が発現している以上、どちらにも感染する可能性も考えられた。

 

 

「カプランさんに、こっちにも支援を回してもらうしかないか」

「インメル領民で治験データはかなり取れてきています。こっちではより効率的できるかと」

 

 ハルミアの言葉に俺は強くうなずいた。

 抗生物質で対応できる(たぐい)のものなら良いのだが……。

 病の数だけ治療の方法がある、対症療法どまりでしか対応できないことも少なくない。

 

(問題は戦力減、か──)

 

 あくまで先の戦争に備えて、騎獣民族の人員を期待しての交渉。

 仮に仲間に引き入れても、ほとんどが戦えないではかなり困った事態になる。

 少なくとも騎獣による輸送周りなど、後方要員の目減りは覚悟せねばならなかった。 

 

 しかし交渉材料としては、ある意味で強い(カード)を手に入れられたとも取れる。

 たとえ戦力にならなかったとしても、ここで騎獣民族を取り込んでおくことは後々の為になるゆえに。

 

 

 しばらくすると、ひときわ巨大な天幕のようなものが見えてくる。

 その天幕の前に広くスペースが取られた、広場のような場所に目的の人物が座していた。

 

「なんだ、客人かァ?」

 

 真っ二つに叩き斬られた巨木に、大股を広げて座る"熊人族の男"を前に俺達は立つ。

 

 荒い黒髪に黒ヒゲをたくわえ、年相応の偉丈夫然とした男。

 バルゥと同程度の巨躯であるが、横のシルエットはさらに大きかった。

 筋骨隆々な者は数多く見てきたものの、その中でも間違いなく一番とも言える巨漢。

 

「久し振りだな、"バリス"」

「お、おぉぉおお……誰だ?」

 

 バルゥのそれが必要な分だけ洗練された筋骨であるなら、バリスのそれはただ鍛えまくった筋骨。

 熊人族としての生まれ持った筋繊維を、際限なく肥大化させたような……。

 トロルほどではないにせよ、一人の人間が備えるには過剰すぎるモノに見える。

 

「"バルゥ"だ」

「っあ──ー知らんな。洗礼直後に相棒を失い、あまつさえ王国軍に捕らえられた野郎なんてなあ」

 

 聞こえてないと言いたげに、オーバーリアクションでバリスは首を振る。

 

 

「ふっ……立派になったものだな、大族長とは。もっとも"荒れ果てる黒熊"と聞いて、もしかしたらとも思っていたがな」

「立派などと言われるほどのものじゃあない、軟弱者ばかりだ。で、バルゥおまえは今さらなんの為に戻ってきた?」

 

「オレはあくまで案内人だ、話があるのは──彼らだ」

 

 そう言ってバルゥは俺達の(ほう)を、親指でクイクイッと指差す。

 俺は前へ一歩出ようとするものの、一瞬早く空気を読んでもう少し待った。

 

「なんだあ? そいつらは。……お前の子供(ガキ)というわけじゃあなさそうだが」

「あいにくと独り身だ」

「そうか、つまらんな。息子なら不出来の娘の一人くらいやっても良いと思っていたのだがな」

「ほう娘がいるのか」

 

 バリスは首を傾けてから、ここまで連れてきたポーラを顎で()した。

 

「そこにいるだろう、敗北の匂いがする不肖の娘が」

 

 全員の視線が集中する。道中案内してくれたポーラは地面へと目を逸らし、歯噛みしていた。

 

 

「まあどうでもいいことだ、それで用向きを聞こうか? そこの、あー……──」

 

 改めて俺は進み出るとバリスを真っ直ぐ見据え、彼に付け足すように自己紹介する。

 

「ベイリル、俺の名前はベイリルと言う」

「熊人族の子にして騎獣民族の大族長、バリスだ」

 

「ではバリス殿(どの)。単刀直入に申し入れる、ここより東のインメル領地の戦争に加勢してくれ」

 

 相手によって態度を変えるのは交渉術の基本である。

 せせこましく話すよりも、強気で堂々と交渉するほうが、こういった手合いには適していると判断した。

 気圧されることなく、毅然(きぜん)とし、自信に満ち満ちて、相手の気質に合わせていく。

 

「ほお……タダでやれというわけではないだろう?」

「無論。見返りはたった今、騎獣の民を襲っている(やまい)の治療。そして東の土地への居住権だ」

 

 バリスは一息だけつくと、「話にならない」と言ったように吐き出す。

 

「病災は自然の成り行きだ、弱き者は淘汰(とうた)されるのみ。そして我ら自由の民に、安住の地など不要」

 

 それはこちらとしても、あらかじめ予想していた答えの一つであった。

 獰猛を絵に描いたような民族が、あっさりと聞く耳を持たないことなど百も承知。

 

「じゃあ普通に戦ってくれるだけでいい。長居していて血の気が有り余っているんじゃないか?」

 

 俺は煽るように告げる。すると騎獣の大族長たる男は、腹の底から響く声で笑い出した。

 

「ヴァッハッハハハッ!! いいなぁ、キサマ。我らの性質(タチ)がよくわかってるようだ」

「そりゃどうも。地上最強の陸軍とも噂される、その機動力を貸してほしい」

 

 バリスは手を顎に当てると、しばし考える様子を見せる。

 豪放磊落(ごうほうらいらく)に見えて、ちゃんと大族長として考える頭を備えているようだった。

 バルゥにしてもそうだが、野生に生きることを(むね)とする割には言葉の節々に教養が感じられる。

 幼少期に小さな社会を作ってほどこす教育というものが、かなり洗練されているという証左なのだろう。

 

 

「確かに発散の場は欲しいと思っていたところだ。しかしなあ──」

「弱き者には従えない、実力を示せ?」

 

 俺の言葉にバリスはばっと目を見開いて、歯を剥き出しにし口角を上げた。

 まさしく想定通りの反応に、俺も同じように笑ってみせる。

 

「その通り。我らが従うとすれば強き者のみだ、()()()()()()がそうだったように。そしてあいにくとおれは負け知らず」

「それで大族長にまでのし上がったわけと──」

 

 野生においては(ちから)こそが正義。

 そこらへんはわかりやすくてとても助かる民族である。

 

「せっかくだから敗北を知りたい?」 

「いーや、おれは闘って"勝つ"ことだけが大好きだ。一方的な"狩り"もな」

 

 バリスは立ち上がると、ゴキゴキと全身を鳴らし始める。

 

「部族長を全員呼んでこい、虫の息の奴だろうと全員だ」

「はいっ我が父!!」

 

 誰にともなく言われたその命令に、娘であるポーラが叫んですぐに走った。

 

「あんな娘でも我が子らの中では、一番出来が良かったのだがなあ」

「まぁ彼女に土をつけたのはバルゥ殿(どの)ですけどね」

 

「んなあにぃ~?」

 

 そう言うとバリスは眉をひそめて、バルゥを睨みつける。

 

 

「すまんな、お前の娘子(むすめご)だと知っていれば……もう少し手心を加えた」

「それは構わんが、そうか──ところでバルゥよ、キサマは()()()()()()()のだ?」

「さてな、オレもまだ完全には決めあぐねていると言ったら?」

 

 視線を交わし合うかつての友と友は、距離感を測りかねているようにも見受けられた。

 

「バルゥ殿(どの)は同志です。バリス殿(どの)とは別口で、騎獣部隊を率いてもらう予定です」

「まったく強引なことだな、ベイリル」

「すみません、でも他に頼れる人がいないんでなにとぞ」

「ふうむ……」

 

 ともすれば悪い気も見せないバルゥに、俺は安心した表情を浮かべる。

 なんだかんだで面倒見がいいのだ、孤独を好んでも決して拒絶するわけではない。

 

「大族長たるこのおれが率いるのは問題ないが、騎獣の民を直接率いるのは同じ民のものだけだ」

「なにか問題でも?」

「バルゥは騎獣の民から(はず)れた者、ということだ」

 

「案ずるなベイリル、(ふる)(おきて)に従えば問題は解消する」

 

 バリスの顔が冷ややかに歪む、それをバルゥは不敵な笑みで返していた。

 

「ほほう……おもしろいことを言うなバルゥ。洗礼で選んだ相棒を殺したお前が戻るということは──」

「そうだ。相棒を(うしな)ったオレが戻る唯一の方法を示そう、バリス大族長」

 

 騎獣民族における"洗礼"とは──相棒を殺すか否か、人と獣の双方に問うことである。

 幼少期から過ごし、共に野生を生き抜いた人と獣が殺し合う儀式。

 

 一ツ、獣を殺した"人"は、様々な獣を乗りこなす非情の戦士に。

 一ツ、人を殺した"獣"は、強靭にして凶暴な尖兵(せんぺい)に。

 一ツ、共に殺さぬ"同士"は、生涯の友として絆深き闘士に。

 

 そしてバリスは非情の戦士を選び、バルゥは絆深き闘士を選び取った。

 

 

 しかし洗礼から()もなく王国軍と大規模な交戦となり、バルゥは早くに相棒を死なせてしまった。

 洗礼で選んだ相棒は己の半身そのもの、獣が死ぬ時は人も死ぬ時であり、その逆もまた(しか)り。

 

 寿命以外で失えば自ら命を絶つか、騎獣の民から追放され野生へと戻るのが従うべき掟である。

 

 相棒を殺してしまった戦争の際に、バルゥは騎獣民族の多くを救っていた。

 洗礼を終えた直後でも、彼はまぎれもない若き英雄であった。

 

 しかしそのまま王国軍に捕えられてしまった男のその後など……。

 すぐに忘れ去られ、誰も覚えていなかった──()()()()、新しく大族長に昇り詰めた男を除いては。

 

 

「ベイリルと言ったな、予定を少し変えようか」

「俺は一向に構わないです。思う存分、二人で()り合ってどうぞ」

 

 わかりやすいバリスの想いを俺は察して、両手を広げるジェスチャーと共にそう言った。

 

「キサマには我が子らを当てるとしよう、ベイリル」

 

(てい)のいい露払いだったら、俺の(れこ)たちで十分だ」

「アタシは違うっつーのボケッ!!」

「私も荒事はちょっと遠慮したいです」

「あーしはまとめて相手したげてもいいよ~」

 

 小指を立てた俺の言葉にキャシー、ハルミア、フラウが三者三様の反応を見せる。

 

「ヴァッハハハ、いいぞキサマ。男なら多くの女を(はら)ませ、産ませよ」

 

 笑い飛ばすようにバリスは肩をいからせて、バルゥへと視線を移す。

 

「バルゥも……おれに勝ったら娘をやろうぞ」

「別に欲してないがな。しかもオマエを父呼ばわりするのは……寒気がする」

 

 尻尾を萎えさせながらバルゥは、かつての友にして今の強敵たるバリスへ告げた。

 

 

「そんじゃ俺のほうは二番目に強い戦士と、存分に闘わせてもらうよ」

 

「ならば大族長を決める際に覇を争った、象人族の長だな。大口を叩く実力を族長たちの前で、見せてもらおうか」

 

 



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#127 騎獣民族 III

「遅ェ!!」

 

 一度だけ雷鳴が轟くと、獣と乗り手は痙攣(けいれん)しながら倒れ伏す。

 

「ほいほい~っと」

 

 斥力場による見えざる(ちから)に掴まれた騎獣戦士は投げ飛ばされ、木々を薙ぎ倒しながら意識を失う。

 

「――"二重相破(ふたえそうは)"」

 

 水素を内燃させた右の"太刀風"と、液体窒素を封入した左の"太刀風"。

 象人族の部族長とその相棒獣をそれぞれ二文字(にもんじ)(もと)、交差ざまに平行に斬り抜いた。

 

 正面には各部族長が揃って並び、それらの様子を観戦していた。

 周囲には多くの健康な騎獣民族で沸いていて、いかにストレスが溜まっていたか察せられる。

 

 

「なぁるほどお、こりゃ"七色竜"の一匹を倒したってぇのも嘘じゃなさそうだ」

 

 キャシー、フラウ、ベイリルをそれぞれ相手にした者は、皆それぞれが歴戦の勇。

 彼らがまったく歯牙にも掛かることなく、粉砕されてしまった。

 そして負けた者達を、ハルミアがあっさりと治療してしまうのを見せられれば……。

 

「個人的に闘いたくもあるが……さすがにきさまを相手にした後ではおれもキツイだろうな、バルゥよ」

「負けの言いワケを考えていたほうがいいぞ、バリス」

「抜かせぃ」

 

 虎と熊――二人の雄は共に入場し、背中合わせに離れて間合いをあけ、振り返って相対する。

 しかしお互いに騎乗する獣はいない、純粋に一対一(タイマン)の決闘であった。

 

 バルゥは左手に巨大な丸盾を、右手に剣とも斧ともとれる長大な刃渡りの得物を肩に担ぐ。

 バリスは斧の刃部分だけを取り外したような、ブレイドナックルを両手に握り込む。

 

「っフゥ……」

「ヴァッハァ~……」

 

 双方共に気を吐きつつ、戦闘準備が整ったところで先にバリスが口上を述べる。

 

 

「偉大なる"獣神"と大族長の名の(もと)に、(ふる)き掟に従いこの場にて再洗礼を(おこな)う!!」

「虎人族の子、バルゥ。偉大なる獣神と騎獣の民たちの前にて、この新しき身の(あかし)を立てる!!」

 

 二人が(まと)った圧と、周囲の大気が一瞬にして変容する。

 空間そのものが歪んでいくような錯覚を、誰もが覚えてしまうほどに。

 

 それは半ば形骸化(けいがいか)した儀式であり、最後に()り行われたのは遠い記憶であった。

 

 騎獣の民――獣に乗りこなすことが、彼らの本分と言える。

 それゆえに一度洗礼を受け、そこから(はず)れた戦士は放逐されるが掟。

 最初の洗礼すら受けられなかった者も含め、多くは社会に適応して民の足跡を()けて通る。

 

 しかし例外的に認められる掟も存在する。

 それこそが騎獣の民――否、()()()()()()()()()()()とされるもの。

 

 

 バルゥの肉体が盛り上がり、白き体毛が伸びていく。

 顎門(あぎと)には牙が生え揃い、伸びる爪はあらゆるものを引き裂かんとする。

 瞳には人の心を宿したまま、その体躯は完全な獣へと変貌を遂げていた――

 

「あれが完璧(パーぺき)な"獣身変化"か~、すごいね」

「グナーシャ先輩は我を失ってたが、バルゥ殿(どの)のそれはちゃんと(ぎょ)しているな」

 

 フラウとベイリルは闘技祭の時を思い出しながら、バルゥの真の実力を目に焼き付ける。

 

 自身の(うち)に宿りし獣を乗りこなす。それこそが"獣身変化"にして究極の形。

 獣人種の祖と言われ、ありとあらゆる獣になれたという土着信仰の"獣神"。

 どこぞの究極生命体のような、その権能の一部を操ることは獣人種にとっての至高天。

 

 

「あれすっごい負荷が掛かるんですよねぇ。グナーシャさんの肉体もかなりヒドかったです」

 

 闘技技で実際に治療を担当したハルミアの(げん)

 完成を見るには――肉体と魔力、さらには理性と本能を両立させねばならぬ最高技法。

 

「キャシーはできないん?」

「アタシにはいらん技術だな、使ったとしても"部分変化"で上等だ――あの熊のおっさんみたいに」

 

 一方でバリスも熊人族としての野生を解放していた。

 しかしバルゥと違って完全な獣身変化ではなく、中途半端に獣化を止めたような形。

 

「でも……完全な熊形態と、あんまり変わらん気がするね~」

「たしかに見た目は熊そのものですねぇ」

 

 

「――美事だバルゥ、本当に到達していたか」

 

 白虎の姿となったバルゥは大斧剣を口にくわえ、尻尾で大丸盾を掴んでいた。

 

「ちなみにおれもやれるがな。ただ人語が話せなくなるし、半獣半身が一番具合がいいッ!!」

 

 本来であれば獣身変化し、その意思を確認した時点で騎獣の民へとまた迎え入れられる。

 しかし二人――もとい()()()()にとっては、この先こそが真に重要なことであった。

 

 大斧剣をくわえたまま、白虎の唸り声が大気を打ち震わせる。

 呼応するように人黒熊も大きく、本物の(ケダモノ)同然の声を発した。

 

 観戦しようとしてた者たちは反射的に、さらには一斉に逃散するかのように距離を取った。

 野生の獣でなくとも、周辺が超危険地帯になったことが本能に刻み付けられるに相違なし。

 心胆寒からしむるその(たけ)りは、黄竜と対峙した時をも想起させるほどに――

 

「……やばそ」

 

 そう言ってフラウは重力魔術を使おうとするが、俺はそれを制した。

 

「常時反重力だと闘争の邪魔になるだろう――俺がやる」

「あーそれもそっか、じゃっよろしく」

「うおっ!?」

「んっ……」

 

 俺はキャシーとハルミアを両脇に抱きかかえて、風を噴出し浮き上がった。

 フラウもそれに続くように軽やかに跳躍し、作った圧縮固化空気の足場に四人で並ぶ。

 灰竜アッシュも、もうさらに上空から好奇心旺盛な様子で眺めているようだった。

 

 

 そして――白と黒が交差し、大地が豪快に爆ぜた。

 余波で舞い上がった岩礫が……次の瞬間には粉微塵となってしまう。

 

 単純(シンプル)ゆえに強い。それが率直な感想であった。

 迷宮逆走の道中で共にした時でも、"獣身変化"をする状況には至らなかった為に、バルゥのそれは初見。

 

 巨躯に搭載された筋骨(パワー)と、そこから生みだされる超速(スピード)

 追従する思考と反射に、(しな)やかで美しくも無駄のない動作。

 筋力を全開に保ちながら最高速を維持し続ける持久力(スタミナ)、それら全てを完全両立させる理想な姿。

 

 ただただ獲物を狩る――相手を仕留めることだけに念を置いた、一つの到達点。

 そんなバルゥを相手に、一歩も劣っていないバリスもまた……獣人種の極致であろう。

 

「やっぱデカい奴は強いな」

 

 体重差(ウェイト)体格差(リーチ)筋力量(パワー)、どれも比較にならない。

 仮に同じだけの修練を積んだのであれば、小は大に決して勝てない。

 

「それをくつがえす為に魔術があるけどもー、アレは骨が折れそうだね~」

 

 なんとか打ち勝った黄竜にしても、まともに戦っていれば敗北を喫していたのは自明。

 それでも竜種は勝つ為に努力などしない、純粋に種族としての強さである。

 実際に付け入る隙がいくらかあっただけ、まだ御し易い部類と言えたのかも知れない。

 

 

「細胞とかどうなってるんですかねぇ、獣身変化……興味深いです」

 

 元の人型の二倍以上の大きさで、明らかに質量も増しているように見える。

 肉体を鍛え(フィジカル)精神を修養し(メンタル)技術を磨いた(スキル)、殺す為に訓練した人間。

 それが巨大な獣となって、その(ちから)を振るうことの意味――

 

「おっさんらの戦い方……やっぱ参考になるな」

 

 魔術と言ってもそのほとんどが、突き詰めれば物理的なエネルギーによる破壊である。

 風も重力も雷も、もたらされる結果は物理現象であり基本的には外部作用。

 よくわからない(ちから)で呪い殺すとか、オカルト的なものでは決してない。

 

 なにせ生体内部への直接的な魔術干渉は、個人の持つ魔力によって阻まれてしまう。

 治癒魔術とて直接患部に触れることが前提であり、それでもなお難度が高いのである。

 

(魔導の領域に踏み込めるなら……)

 

 物理法則を超えて、概念的に干渉する作用もあろうものだが――あいにくとその域には達していない。

 結局のところ魔術とは、スピード&パワーでねじ伏せることとさして変わらないのだ。

 

 

 天秤がどちらに傾くかわからないほどの拮抗。

 もしもバルゥが負ければ、今度は俺が戦わねばならない。

 俺はバルゥとバリスの激戦を俯瞰しながら、自分ならどう戦ってくかを組み立てていく。

 

 最高速度では(まさ)っていても、あれほど常に維持することはできない。

 総合的な反応速度は、そう負けてはいないだろうが……。

 彼らには野生と本能で補助された戦闘嗅覚も備わっている。

 

 破壊力に対しては魔術の火力で対抗できるものの、悠長に詠唱する暇は与えてはくれないだろう。

 

(白兵では……確定で負けるなありゃ)

 

 "酸素濃度低下"も"ポリ窒素爆轟"も、ああも動き回られては……。

 すぐに大気を撹拌(かくはん)されて、霧散させられてしまう。

 大半の近接用の術技は打ち落とされるか、(ちから)負けか、よくて相討ちがいいところ。

 

(有効手は……やはり空から一方的に攻撃するのが確実か)

 

 飛行という絶対のアドバンテージをもって、対地火力で一掃するのが最適解。

 地上で戦うなら開幕からの短期決戦で、ワンチャンどうにかあるかどうか。

 

(まっ再戦するとしても時間掛かるだろうから、じっくり観察させてもらいますよっと――)

 

 

 

 

 戦闘は小一時間ほどに及び、戦闘域は爆心地とも言えるほど巨大なクレーターを作っていた。

 百数十メートルという深さまで及んだ、実力伯仲の血戦を制したのは――"バルゥ"であった。

 

杞憂(きゆう)に終わったか……御美事でした、バルゥ殿(どの)

 

 そう心中で賞賛をおくりつつ、俺達4人はその場から飛び降りて二人のもとへ着地する。

 実際には闘ってみないとわからない部分もあるが、個人的な彼我戦力分析では微妙なラインだった。

 弱肉強食に(のっと)り、カプランには勝って言うことを聞かせるなんてのたまったものの……。

 

 俺が相手にすれば負けたことも否めず、そうなれば騎獣民族を引き入れるのは叶わなかった可能性は高かった。

 

 

「バルゥのおっさん、イェーッ」

 

 体毛で覆われながら徐々に人型に戻っていくバルゥは、キャシーと拳を突き合わせる。

 

「危うい場面も幾度かあったがな。あぁハルミア、バリスのほうを頼めるだろうか」

「――わかりました」

 

 バルゥは己の怪我の具合を()ようとしたハルミアへ、友の治療を優先するよう(うなが)す。

 

「バルゥ殿(どの)、着るもんか羽織るもんいります?」

「なに、半日ほどは毛むくじゃらだ……すぐには問題ない」

 

 ハルミアに救急処置を施されたバリスは、曖昧だった意識を明確にして口を開く。

 

「むっぬぅ……おれが負けたか、敗北の味なんぞ咀嚼(そしゃく)するハメになるとは」

「オレの勝ちだが――騎獣したのなら、乗れないオレが負けていただろうよ」

 

 完全な虎形態になるバルゥと違い、半獣形態で止めるバリスは騎獣で戦うこともできる。

 それが本来の騎獣民族の戦い方であり、十全に(ちから)を発揮する為の持ち味でもあった。

 そうなっていれば、紙一重の差はひっくり返っていたやも知れない。

 

 

「確かにな。だがまあいい、おれの本気についてこれる獣は希少だからな。私闘で巻き込むわけにもいかん」

 

 立ち上がったバリスは、まだ止血した程度だというのに大きく伸びをした。

 とんでもないタフさだなと思いつつ、俺は改めてバリスへ確認を取る。

 

「では改めて騎獣民族とは共闘を組むということで、うちの命令系統に入ってもらいます。

 それとバルゥ殿(どの)にも、騎獣部隊を率いてもらう形でいいですね? バリス殿(どの)

 

「二言はない。どのみちおれたちが暴れすぎて、もうここじゃ休めん。獲物らも遠くへ逃げたろうし頃合だ」

「では(やまい)の治療もこちらで請け負います。(げん)として従ってもらいますよ?」

「んっむ……良い気迫だなむすめ。民にはおれから強く言い含めておこう」

 

 手首を回しつつ、ボロボロになって原型を留めぬ鉄刃拳を見つめてから視線を移す。

 

「それにしてもバルゥよ、貴様の剣と盾は壊れてないのだな」

 

 吹き飛んで地面に突き刺さる大斧剣と、転がっている大丸盾は破損した様子がない。

 

「王国最良質の"魔鋼"だ。竜の吐息(ブレス)を防ぎ、竜鱗だって斬り裂いてみせるさ」

「武器の差もあったか……なんにせよ次は負けん」

「そうだな――次は狩った数で勝負でもするか、王国軍相手にな」

「ヴァッハッハッハ!! そいつは楽しみだ。なんなら大族長も代わりにやるか? もはや誰も異論は挟まんだろう」

 

「そんな面倒事はゴメンだ」

「昔と違って随分と減らず口になったものだな、バルゥよ」

「お互い様だろう」

 

 二匹の獣は大いに通じ合う。何十年と会っていなくとも、変わらぬ関係性。

 

 そんな二人に、純粋な羨望とちょっとした妬心(としん)(いだ)きながら……俺はしばらく眺め続けていた。

 100年や200年経とうとも、変わらぬ想いと関係があればいいな――などと。

 

 



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#128 海賊浮島 I

 インメル領の北に位置するワーム海を渡る――正確には海上ではなく、さらに上の大空を……である。

 

「そろそろ見えてくるハズなんですけどー、ごめんなさい」

「焦ることはないさテューレ。魔力も時間もまだ余裕がある」

 

 俺はフラウをいわゆるお姫様抱っこしながら、"エリアルサーフィン"で空を飛んでいた。

 フラウとて重力魔術による擬似飛行もできないことはないが、やはり速度では大きく劣ってしまう。

 それに運搬物(・・・)があった為に、幼馴染には重量を0(ゼロ)にすることに集中してもらっていた。

 一方その前方では、テューレが俺の空を走るような飛行と変わらぬ速度で先導してる。

 

 "飛行魔術"というのは誰でも使えるというわけではなく、珍しくはないものの人を選ぶ魔術である。

 浮遊まではできても、自由自在な飛行となると空属魔術士であっても数は多くない。

 鳥人族などは翼を補助にして滑空ができるので、高じて使える者は多いがテューレはさらに指折りだろう。

 

 その旋回性能や最高速度を維持しつつの連続航行距離は、魔力量がずっと多い俺よりも上をゆく。

 それだけ飛行魔術それ自体に無駄がなく、ツバメとしての本領をいかんなく発揮している様子。

 

 特に飛行しながら別の魔術を使うとなると並列処理(マルチタスク)となって、安定した行使はことのほか難度が高い。

 テューレはそれもそつなくこなしてみせるあたり、彼女なりに大変な人生を送ってきたのだろうと察せられた。

 

 

「ハルっち不足だー、欠乏症(けつぼーしょー)ってやつだ~」

「キャシーは欲しくないのか?」

「うん、そっちはベイリルが会議してた時から補給済み」

 

 騎獣民族を引き入れてから一週間ほど。

 諸々の準備を整えて、俺とフラウはテューレと共にワーム海へ踊り出た。

 

 飛行手段を持たないハルミアは、騎獣民族の治療の為に(おか)に残っている。

 同じく飛べないキャシーも、バルゥやバリスとちょっと闘って学ぶのだと居残り組であった。

 灰竜アッシュも、多くの獣の中で社会性を学ぶ良い機会だと一緒に残してきた。

 

 

「そういえば、(しま)って()()()()()()()()()しないのか?」

「いやいやさすがにそこまで動きませんてー、たしかにワーム海は荒れるって話ですけどー」

 

 帝国領と王国領に挟まれるワーム海上には、小さな島がいくつも存在する。

 それはさながら氷山のように、海面に浮き出た巨大な岩土の塊。

 

 恐らくは"浮遊石"が混ざり込んでいることで、比重が海水と釣り合っていると推察される。

 ワーム由来の物質であるならうなずける話であり、埋蔵されているなら有効利用もしたい。

 迷宮制覇特典でカエジウス特区の採掘権はあるものの、量はあるに越したことのない浪漫物質(ロマンマテリアル)である。

 

「動くと言っても本当に微々たるものって話です」

「それもそうか……停泊させている船が滅茶苦茶になりかねんもんな」

 

 海賊達はそういった場所を略奪行為の根城(ねじろ)として、居を構えているらしい。

 方向感覚に優れたツバメ種の鳥人族たるテューレでも、変動いちじるしい風波模様までは読めない。

 

「特定したのも数日前ですし、方向はほぼ間違いないとー……あっ、ありましたぁ!!」

 

 言っている最中にテューレは大声を上げ、指差した方向へ俺も"遠視"で目を凝らす。

 大気を操作することで、光の屈折率を変えて望遠する空属魔術。

 すると水平線の彼方に映ったそれがどんどん大きくなり、いくつもの海賊船が係留された浮き島が見えた。

 

「うんうん! 別の浮島じゃなく間違いなくアレです。あーよかったよかったー」

「まっ、交渉の本番はこれからなんだがな」

「たしかにー、がんばってくださいとしか言えないですが」

 

 グッと気合を送ってくれるテューレを視界の端に、海上に浮いている海賊島へと焦点を合わせる。

 

 

("内海の民"も、あんな感じなんかね……)

 

 俺は同季生であったオックスの話を思い出しながら、よくよく観察してみる。

 岩石をくり抜いて造ったような居住区が立ち並ぶその威容。

 さらには島を取り囲むように、船団と言って差し支えない量の船が浮かんでいた。

 

 内海の民が住む"海上都市"は、波に揺られながら都市ごと移動できると聞いた。

 見た目だけなら、もしかしたら近いものがあるのではないかと勝手に想像する。

 いつになるかはわからないが、一度は訪れたいと思っている。

 

「代表が住んでるとしたら、あの一番でっかいやつかなぁ?」

 

 フラウは空いた手で輪っかを作って、そこから海賊浮島(ふとう)を覗き込んでいた。

 重力によって光を捻じ曲げて直接見るという、精度は低いが俺の真似をしたフラウ流の"遠視"魔術。

 

「よしっ、突入する前に情報のおさらいを頼む」

 

 俺はゆっくりと速度を落としていき、テューレもそれに合わせて減速する。

 

「あっはいー、了解しました。えーっとですね――」

 

 テューレは懐からメモ用紙を取り出すと、ペンをくるくると回し出した。

 シップスクラーク商会の情報員として支給し、俺が教えたペン回しであった。

 

 

「通称"ナトゥール海賊団"――現在ワーム海で、最大の勢力を誇っています」

「取り込むならデカけりゃデカいほど望ましいな、よしっ」

「えーまー広いワーム海には、それぞれ浮島の拠点を中心に縄張りとする海賊派閥がいろいろあるわけでしてー。

 それだけ数も多いんですが……なんとその三割ほどを吸収・併合して南方海域を牛耳ってるのがアレなんです」

 

 そう言ってテューレはキャップがされたペン先を、海賊浮島の方向へと向ける。

 

「多くは前代の"姉弟海賊"が暴れ回った結果だそうですが、当代の首領も凄いやり手だそうでー」

「でも今の首領の情報はとんと知れないんだったな」

「そうなんですよー、調べてもあまり(つか)めなくて。貿易船の襲撃を主として活動してるようで」

「護衛船ごと奪い取ってるわけか」

 

 いわゆるキャラック船やキャラベル船といった、典型的な海賊船(ぜん)としたモノはもとより。

 大量輸送用と思われる、巨大なガレオン船もいくつか見える。

 

「以前は沿岸襲撃もそこそこあったそうですが、ここ数年は海上襲撃ばかりで……しかも負けなしだとか」

「帝国海軍も王国海軍も手を焼いている、と――」

「はいー、一部の商船なんかは最初から取引を前提とすることで見逃してもらったり」

「海賊も商人も、両方したたかなことだな」

 

 もはやペン回しではなく、風によって高速回転までしていたペンをしまう。

 

「えーっと、そんなところですかねー。いまいち情報不足で申し訳ないです」

「いや短期間で十分調べてくれたよ。なによりこうして拠点を特定してくれたのが最高の功績だ」

「なんのなんのーそう言っていただけると、がぜんやる気が増しますねー」

 

 照れを見せつつも意気軒昂(いきけんこう)に振る舞うテューレ。

 クロアーネの短期教育もあってか、素晴らしい才能を発揮してくれている。

 

(アルトマー殿(どの)も随分と大きい魚を逃がしてしまったな)

 

 共和国の"大商人"たる彼とて末端まで完全掌握できるはずもなく、致し方ない部分は否めない。

 逆にこれを教訓として、より徹底した管理を(おこな)い強大化しかねない恐ろしさもあった。

 

「それじゃ行くかね」

 

 俺達は改めて風に乗ると、海賊浮島まで一直線に飛んでいった。

 

 

 

 

「なんだあ、てめえらぁ!!」

 

 上空から降下して地上へ降りた為に、当然のように注目と警戒の的となっていた。

 しかも人間よりも巨大な荷物付きなのだから、余計に怪しまれるというもの。

 

「――ぃよっとととぉ、派手になっちゃったね~」

「つっても、どうしたって目立つことに変わりはないさ」

「ん~……それもそっか」

 

 お姫さま抱っこから地上へ降り立つフラウに、俺はもっともらしげに答える。

 危険をともなう仕事の為に、テューレには上空で待機してもらっていた。

 

「なにくっちゃべってやがる、ナメてんのかあ? ああ?」

 

(わかりやすいな……)

 

 落伍者(カボチャ)もそうだったし、チンピラというものはどの世界でも似たようなものなのだろうか。

 

 ただし今回は絡んでくる程度ではなく、明確な敵意と共に一人の男が湾刀(シミター)を手に刃を向けて近付いてくる。

 

「まぁ待て待て、俺たちは"空賊(くうぞく)"だ」

「くうぞくぅ?」

「あんたらと同類だよ、ただし縄張りが海ではなく(そら)というだけだ」

「んなこた知ってるわ。海の上にてめえらが奪えるもんなんてあると思うなよ」

 

「奪おうなんて思っちゃないさ。首領と話がしたい、こっちのはささやかな贈答品(おくりもの)だ」

 

 そう言って俺は布に包まれた巨大な物体を、親指でちょいちょいと指す。

 

 

「……中身は?」

「それなりの立場にある人間じゃないと教えられんな」

「好き勝手に侵入してきた割に、偉そうで気に食わねえなあ!!」

「無法者が語ることか」

 

 頭の弱そうな男は顎でクイッと周囲の男達へ促すと、取り囲むように動き出した。

 

「おいおい土産(みやげ)を持参して面会を求める客人に対し、失礼とは思わないのか?」

「うるせえ、誰も彼もが"アイツ"を認めてると思うんじゃねえ!!」

 

(んん、一枚岩じゃないのか……?)

 

 多少なりとややこしそうな事情をその言葉から察する。

 次々と併呑(へいどん)していったのなら、確かにそういう手合いも少なからずいるのかと。

 同時に首領のカリスマ性というものが問われてしまうに不安を覚える。

 

(輸送艦隊だけでも確保できれば十分だし、まぁいいか)

 

 

「おっ、やっちゃう?」

 

 顔色から俺の心を読んだかのように、フラウがそう言った。

 

「想定の範囲内だからな、久々に腕が(なま)ってないか試したいところだ」

 

 どのみち一悶着(トラブル)があると思っていた――というか無いワケがないと。

 ゆえに最初から暴れるつもりで、相応の態度で接していたのだ。

 

 騎獣民族ほどではないにせよ、海賊なのだから(ちから)を見せ付けるのが手っ取り早い。

 粗暴(そぼう)野卑(やひ)で刹那的に生きる彼らには、相応のやり方というものがある。

 

 それにここの首領(トップ)にとって不穏分子のようであるなら、多少やり過ぎても問題あるまい。

 

「安心しなあ、贈り物とやらはおれたちが使ってやる」

「お前らみたいな脳なしには、有効に扱えんからご遠慮願おうか」

「よーしよし、てめえは奴隷じゃなく殺すの決定だ。女のほうは島の全員を相手にさせてやるよお!!」

 

 

 振りかぶった男の曲剣は――振り下ろされる前に地面へと落ちる。

 

 周囲を取り巻く男達が、事態を把握できず一斉に止まってしまった。

 男は手から血を流し、耳慣れぬ破裂音と太く一筋の白煙が残る。

 

「最高にハイってやつだ、こっちだけズルして無敵モードみたいなもんだしな」

 

 俺は手元の魔術刻印(エングレーブ)(ほどこ)された、"リボルバー"をくるくると回す。

 そうして銃口を口元近くで止めつつ、ふっと息を吹き掛けた――

 

 

 



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#129 海賊浮島 II

 俺は右手で回した回転式拳銃(リボルバー)に加え、さらにもう一挺(いっちょう)左手で抜いて二挺(にちょう)で構える。

 

「掛かれやあっ!!」

 

 無法海賊達はわけがわからないままであっても、苦悶の表情を浮かべる男の声で突っ込んでくる。

 それを俺は"規則的な両腕の動き"をもって、的確な順番で迎え撃っていった。

 

 弾薬の雷管を撃鉄(ハンマー)が叩き、黒色火薬が爆燃して鉛の弾丸を押し出す。

 反動を利用して親指でコックしながら連射していき、11発の破裂音が周囲を打つ。

 きっかり11人――それぞれが手・腕・肩のいずれかを撃ち抜かれ、手に持っていた武器が落ちる。

 

 その数瞬の出来事に、さすがの無法海賊達もたたらを踏んだように動けなくなってしまった。

 

 

「ふっ――」

 

 俺は左手に持っていたリボルバーをガンスピンさせながら、腰元のホルスターへしまう。

 そして(くゆ)る白煙の中で、右手のリボルバーの銃口を天へと向けた。

 ローディングゲートを開けて一発ずつ落とすように排莢し、次に銃口を地に向け弾薬を込めていく。

 

「んな……なんなんだっ……!?」

 

 混乱する無法海賊になど見向きもせず、俺は装填済みのリボルバーを右のホルスターへ収める。

 続いて左のリボルバーへと、同じように弾込めをしながら頭の中で考える。

 

 開拓(フロンティア)精神(スピリッツ)――素晴らしい言葉である。

 異世界を開拓し、進化を促し、未知なる未来を見るのにとても相応(ふさわ)しい。

 テクノロジーを示す意味でも、この"手の中のモノ"は実におあつらえ向きの武器と言えよう。

 

 かつてアメリカ西部の象徴として、"平和をつくるもの(ピースメーカー)"という名を冠した弾倉回転式の拳銃。

 マカロニウェスタンでおなじみ――コルト社の"シングルアクションアーミー"――を、再現したモノ。

 

 銃身長は"砲兵(アーティラリー)"モデルをイメージし、見目と取り回しのバランスを整えた。

 その六連発リボルバーに加えて、専用の弾薬まで作り上げた珠玉の一品。

 

 

(――本当(ほんっと)、"テクノロジートリオ"には(せつ)に感謝だ)

 

 俺が両腕に付けている、"グラップリングワイヤーブレード"が仕込まれた籠手同様――

 完全に俺の私欲と我儘(ワガママ)な依頼でもって作成してもらった。

 

 現代知識による完成品を既に知っているがゆえの一足飛びの開発。

 化学的な雷管に加えて、"弾薬"という銃における革命的な概念。

 

 比較的シンプルな連装機構の概要を伝え、ゼノと一緒に設計して煮詰めていった。

 商会に蓄積された冶金技術に加え、フラウの重力魔術とリーティアの変性魔術で作り出された無重力合金。

 そこからティータによる削りだし・成形技術に甘えさせてもらった。

 最後に魔術刻印による魔術具加工によって、強度の確保や補助機能を付加させた。

 

 試作含めて世界に10丁と生産されていない――希少な限定特注品(オーダーメイド)

 カエジウス特区に行くまでに、賞金首相手に使い倒した弾薬……。

 ニアを通じて補充分を受け取ったものの、迷宮最下層攻略には置いていったのでついぞ使う暇がなかった。

 

 

「弓!! 魔術もだ!!」

 

 無法海賊達は近付くのはマズいと思ったのか、間接攻撃へ切り換えるも時既に遅し。

 弓矢にクロスボウに魔術詠唱と、同士討ちにならないよう敵が布陣し動き出す瞬間には……。

 既に二挺の拳銃とも装填(リロード)は完了していた。

 

「無駄無駄無駄無駄ァッ!!」

 

 俺はテンション高く狙い撃つ。集団の合間を縫うように、弾道が幾筋もの軌跡を描いた。 

 射線が通らない相手には、風による補助推進を付加し誘導させた"跳弾"を駆使して命中させる。

 攻撃に入ろうとした弓手と魔術士を、的確に狙い撃って行動不能にした。

 

「おっとぉ――」

 

 静観していたフラウは、近付いてきた男達を転がりながら一度の破裂音で3人撃ち倒す。

 

 ――"ゲット・オフ・スリーショット"。

 引鉄(トリガー)を引いたまま、撃鉄(ハンマー)を右親指、左親指、左薬指でコックし三連射する銃技。

 実際的には3発の発泡音が鳴っていても、早業(はやわざ)ゆえに1発の銃声にしか聞こえない。

 

 さらにフラウは転がる勢いのままに、反重力によってふわりと浮き上がる。

 天地(さか)さになった状態から、追加で3発の弾丸を撃ち切った。

 

 銃口から超局所的な倍増重力によって加速した鉛玉は、体内で暴れ回ることなく綺麗な穴を穿つ。

 海賊達の叫び声を背後に、当のフラウは華麗に着地していた。

 

 

「ンッン~、銃は魔術よりも強し。至言じゃないか? フラウ」

 

 魔術は魔術によって防がれる。矢は見てからでも反応できる者も珍しくない。

 しかし俺やフラウの抜き撃ち速度は、尋常者(じんじょうしゃ)の反応速度を容易(たやす)く凌駕する。

 構え、狙い、撃つまでを(なめ)らか()つ徹底して速やかに――

 機関銃などが発達した現代地球においても、抜き撃ちにて最速を競い合う名銃は伊達ではない。

 

 さらにこの世界には、弾薬の存在と発射する銃の情報それ自体がない。

 つまるところ初見殺しの極致――不意を撃つ凶弾を防ぐ為には……。

 俺やフラウが常日頃そうしているように、魔術による防御膜を恒常的に纏っているしかない。

 

「いやぁ~大概は魔術のが強いっしょ」

「……まぁそうだな、言ってみたかっただけだ」

 

 立ちこめる黒色火薬の煙を空属魔術によって一息で吹き飛ばしながら、そう口にしつつ唇の端を上げる。

 無煙火薬も遠からず作れるだろうが、こだわるのであればピースメーカーはやはり黒色火薬である。

 

「その真価は両方(あわ)せてこそ、だしな」

 

 片手でも照準の()れなく衝撃を抑える膂力に加え、適切に反動を逃がす柔軟性と反射。

 強化した視覚・聴覚・嗅覚・触覚を総動員して空間を把握し、的確に見極め命中させる精度。

 それらは魔力の循環強化に優れた、半分でもエルフ種やヴァンパイア種あってこその物種(モノダネ)

 その肉体と感覚をもってすれば、二挺拳銃とて十二分に実用圏内となりえる。

 

 さらに空気の膜によって弾倉(シリンダー)周りを包むことで、燃焼ガスの漏洩を防ぐ。

 その気になれば空気抵抗をなくし、回転を増やし、軌道を制御するにまで至る。

 

 

「別に排他要因じゃない、何事も欲張ってくのが我が人生」

 

 魔力による身体強化や、銃本体に銃弾やその軌道への魔術的な付与効果は魔導分野の賜物(たまもの)

 銃と弾薬は冶金・化学・工業など、科学分野におけるテクノロジーの結晶である。

 これもまた一つの"魔導科学(マギエンス)"を体現していると言っても過言ではない。

 

「まっ確かに、()()()()なかなかすごいね~」

「それな」

 

 いつか使う時の為にと、幼少期から修練し続けてきた的当て技術を遺憾(いかん)なく発揮する。

 

(武器や兵器も少しずつ進化していく――これもその一つだ)

 

 シップスクラーク商会としても優先度は低いが……それでも技術の多くが流用され、また応用できる。

 

 初めに憧れ、夢想し、模倣したいと願ったのは――自動拳銃による二挺(にちょう)の銃型であった。

 それを思い描き、修練し続けた恩恵として、闘技祭ではファンランとも超接近戦で()合えた部分がある。

 相手と重なった制空圏――領域を奪い取り、己の攻撃を通し続ける動作を鍛え続けたのだ。

 

 文明が進んでいけばいずれは多様な選択肢を、この手に掴むことができるだろう。

 

 

「さてっと、次に来た奴は……殺してやるかね」

 

 俺はそう宣告するように、殺意を(みなぎ)らせて言い放った。

 今度こそ無法海賊達の顔色は、恐怖によって完全に染まってしまっていた。

 

 なにせ得体が知れないまま、破裂音がすれば確実に仲間が戦闘不能になる。

 仲間達が今生きているのは、俺達が手加減しているからだと刻み込まれたのだ。

 そうなればもはや動けなくなってしまうのも無理からぬことである。

 

 その(あいだ)にもう一度、左右それぞれのリボルバーへ装填(リロード)していく。

 すると横目で覗くフラウが、素朴な疑問を投げかけてくる。

 

「そいえばベイリルのって何で"ソリッドフレーム"だっけ、なん?」

「こっちのほうが強度が高い。それに薬莢(やっきょう)の排出と、弾薬を入れる()が良い……息吹を感じる」

 

 俺のリボルバーは"ソリッドフレーム"。いわゆる弾倉部分が動かない、一体型に作ってもらった。

 一方でフラウのは"スイングアウト"方式で、機巧(ギミック)が一つ余計に多い。

 弾倉(シリンダー)を真横に出して、即排莢(はいきょう)弾薬込(タマご)めが可能な作りである。

 

 

「"俺のリロードは革命(レボリューション)"ってやつさ」

「ぜったいめんどーだよ~」

 

 そう言ってフラウは()()()()から弾薬を6発分、宙空へと放り出した。

 重力制御を掛けて向きを整えると、そのまま手首を返してリボルバーを振る。

 するとたった一回の動作で、六発分の弾倉(シリンダー)全てに弾込めを完了させてしまった。

 

「ほらほら~ベイリルにどうしてもと教え込まれた、"胸部式弾込閃術(おっぱいリロード)"!」

「んむ……完璧にモノにしてるな、素晴らしく最高だぞフラウ」

「でっしょぉ~、わざわざ練習したんだからさ。せっかくだからベイリルもやれば?」

「俺がやっても気持ち悪いだけだ」

 

 風力制御でやってやれないことはないだろうが……想像するだけでとてつもない躊躇(ちゅうちょ)が生まれる。

 

 空属魔術と重力魔術――勝手は全然違えども、使う術技には似通ったモノは少なくない。

 それは俺もフラウもお互いに、様々な部分で影響をし合っているゆえであった。

 

 しかしハーフエルフとハーフヴァンパイア、それぞれ枯渇と暴走から成り立った差異が個性となる。

 フラウは力技(ちからわざ)のほうが得意であり、俺は繊細な技術のほうを得意とする。

 それが同じようにリボルバーを使っていても、戦型(スタイル)に如実に表れていた。

 

「男だから谷間もないし」

「あーしも、もうちょいあったらなー。キャシーくらい」

 

 

 のんきにくっちゃべりながらも、堂々と道の奥の(ほう)から歩いてくる集団へと注視する。

 

「おでましか」

 

 周囲で戦意喪失しているような木っ端ではなく、屈強を絵に描いた海の(おとこ)といった様相。

 海のチンピラ共とは違う――まさに歴戦の海賊然とした連中であった。

 

「あっちは歯ごたえがありそうだね~」

「と言っても雰囲気がな……」

 

 船乗りとして鍛錬された筋肉と、精神性を瞳に宿す屈強海賊達。

 彼らは周囲のチンピラ海賊に一瞥(いちべつ)をくれるだけ……それも(さげす)みを孕んだ色であった。

 

「失礼したなぁ、客人さん。こいつらはまあ……浅い連中でなあ」

「いやなに、良い運動になった」

 

「はっはっはっは!! まあ後片付けはこいつら自身にやらせとく。でだ――"首領"がお呼びだから案内しよう」

「色々とやらかした手前……いいのか?」

「始終見た上でのお呼びだからな。おれらもあんたらも気にすることじゃない」

 

 俺はリボルバーをホルスターに納めると同時に、後ろ手に空属魔術で風を操った。

 地面に落としていた薬莢を、フラウの分もまとめて残らず回収する。

 薬莢も再利用可能な大切な資源であり、テクノロジーの漏洩を防ぐ意味もある。

 

「話が分かる奴がいるってのはいいもんだ」

「お互いにな。さっ、こっちだ」

 

 バルゥのような人脈(コネ)がない以上、素直に交渉の場を設けられるのは僥倖(ぎょうこう)である。

 不安を期待を入り混じらせ、俺達は待ち人の元へと向かった。

 



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#130 海賊浮島 III

 屈強海賊に案内されたのは、奥まったところにあるものの青空吹き抜ける中庭であった。

 人払いされたそこへ大荷物を鎮座し、しばらくしてから待ち人が(きた)る。

 

「随分と大暴れしたとか」

 

 徹底的な人払いがされたその場所へ、無防備にも現れたのは小柄な――

 その幼さの残る声色からも察するに、(まぎ)れもない"少女"であった。

 

「あなたが首領……ですか?」

「うん、そう。なんか文句ある?」

 

 目深に被っていた帽子を取ると、エメラルドブルーの髪をほどよくなびかせる。

 海色の瞳と華奢とも言える体躯は、とても荒くれ者を束ねる者には到底見えなかった。

 耳なども普通の人間のそれであり、エルフやヴァンパイアといった長命種の特徴は見られない。

 

 

「いや……ケチつけるとかじゃあない。それに俺も人のことは言えない若さだ」

 

 俺はそう言ってフードを脱いで、顔をしっかり見せながら口調も砕けた感じに変える。

 精神実年齢はアレだが、肉体年齢はまだまだ若い。少なくとも嘘はついていない。

 

「ふーん、ハーフエルフ」

「半分のみってことまでわかるか」

「奴隷の中にはいろんな種族がいた。耳長じゃなく耳(なか)ばだし――」

「そうか、まぁベイリルだ。よろしく」

 

 俺は手を差し出し握手を交わそうとするが、少女は首を横に振って拒否する。

 

「あーしはフラウ、よろ~」

「あなたは人間?」

「んーん、人間とヴァンパイアのハーフだよぉ」

 

 フラウはそう言うと、口を大きく開けて犬歯を見せた。

 

「へぇ……吸血種は初めて見た。うちは"ソディア"。いちお、ここの首領」

 

 舌っ足らずなのか、あえてなのか。ソディアという名の少女はぺこりとお辞儀をする。

 俺とフラウも返すように一礼してから、改めて話へと移った。

 

「差し出がましい言葉で恐縮だが、少し不用心なのでは?」

「あーしらとしてはありがたいけどね~」

 

 騒動を起こした相手に護衛もつけずにこうして話すなど、通常考えられない。

 

 

「うちが偽物って言いたい?」

「いやぁ今までそれなりに立場ある人間と交渉してきた感覚からすると……本物だとは思ってる」

 

「監視させていた"目"からの報告は信用してる。だからわざわざ会ってあげたし」

「ほう……視線を感じなかったな、できる連中のようだ」

「船乗りなら持ってて当然の技能だし」

 

 そう口にするソディアは、改まった様子で言葉を紡ぐ。

 

「それに"ばぁや"が大丈夫だって言ってる」

「お婆さん?」

「別に……探しても見つかんないし」

 

 視線が滑ってしまった俺に、ソディアはそう告げる。

 口振りからすると、今もどこかで見ているのだろうか。

 感覚強度を最大限に引き上げてみるも、何も引っ掛かることはなかった。

 

「まじか、凄腕(スゴウデ)か」

「今の海賊団を作ったのも、ばぁやとおじいさまだし」

「へぇ……もしかして首領は世襲制とか?」

「そんなワケない、実力主義。ま、両親の時代から良くしてくれてる人が多いけど……」

「先代暴れ回った"姉弟海賊"ってのも……?」

「それは母と叔父さん、もういないけど」

 

 あっさりと答えたソディアは、一転してこちらへと当然の質問を投げかける。

 

「で、あなたたちはナニモノ?」

「なにものかと聞かれたら、答えてやるのが世の情け……シップスクラーク商会の幹部だ」

「空賊ってのは?」

「あれは方便だ」

 

 

「商会ってことは貿易船の取引かなんかだし?」

「いや違う、戦争の合力を要請しにきた」

 

「ふーん~~~……それってもしかしてインメル領?」

「"目"だけじゃなく、優秀な"耳"をお持ちのようで」

「まっそれなりに――で、どっちだし」

「どっち、とは?」

 

 ソディアは表情を変えぬまま、首を右に傾けてから左に傾ける。

 

「帝国か王国か、共和国もありえるのかな?」

「あぁ、一応陣営としては……――帝国側になるのかね」

 

「今の()はなんだし」

「王国軍を相手にするのは間違いない。ただインメル領の救済として、ほぼ独軍として事に当たる」

「国家帰属じゃないんだ。それでうちらには、王国海軍を相手しろと?」

 

「形としてはそうなってしまうが、目的は別だ。騎獣部隊の輸送をお願いしたい」

「騎獣の民……? が、仲間にいる?」

「あぁ、海の助力があれば勝ち戦の可能性はさらに高まる」

 

 

 するとソディアは逡巡(しゅんじゅん)した様子もなく、首を縦にうなずいた。

 

「わかった、乗ったし」

「あっさりだな、おいオイ」

「そういうのすっごく待ってた」

「ん……どういうことだ?」

 

 疑問符を浮かべる俺に、ソディアは薄ら笑いを貼り付けたまま話し始める。

 

「本当はこんなところにいたくないし」

「どういうこった」

「両親の代から恩義を感じて、世話を焼いてくれてる人ばかりだから……」

「あーなるほどな。つまり変化(・・)が欲しかったわけ、と」

「ここは娯楽がない。それにみんな汚くって……正直かなり我慢してたし」

 

(娯楽がない――か)

 

 俺の場合は、元世界と異世界というスケールでの話だが……共通項には違いない。

 すなわちソディアは、フリーマギエンスの思想に見合った思いを(いだ)いているのだ。

 

「ははっ、人それぞれの苦労はあるもんだな――」

 

 少女はどうしようもなく名分(めいぶん)を欲していたのだ。

 彼女自身を縛る鎖を解き放つ為の、飛び出すに足る理由を。

 

 

「先に(ことわ)っとくが犠牲も出るぞ、絶対の勝ちも保証できるわけじゃない」

「こちとら海賊。最悪逃げればいいし、退屈な生にしがみつくより好き放題やって死んだほうがマシなのばっか」

「にしては今まで踏み出せずにいたわけ、と」

 

 ソディアは嘆息をつきながら、俺へと教授するように言う。

 

「何事も機がある。良い波ならすぐ乗るし、風が吹かなければそれを待つ」

「なかなか共感できる心意気だな」

「それにうちは……海戦で負けたことないし。聞く? うちの()勇伝」

「いずれたっぷり聞かせてもらおうか。頼もしい貴方にはコレを進呈しよう」

 

 俺は左手を広げて大荷物を示し、フラウが勢いよく包んでいた布を取っ払う。

 出てきた巨大木箱の横蓋をスライドさせて、中身を見せた。

 

 

「……大砲?」

 

 それははたして黒光りし、長めの砲身を備えたカノン砲。

 さらに中には砲弾と装薬を詰めた箱が、砲本体を固定するように入れてある。

 

(しか)り、我らが商会最新式の一品。是非旗艦に配備してくれ」

「"魔術砲"なら帝国海軍から奪った、比較的新式のがいくつかあるけど……なんか違うの?」

 

「ふっふっふ、聞いて驚け! なんとこれは魔術を使わない!!」

「ベイリルぅ、それ語弊(ごへい)あるよ~」

「そうだな、過言だった。そう純火力に関して、魔術は一切使われていない」

 

「ん……うん?」

「魔導科学兵器だ、まぁ詳しく説明するとだな――」

 

 俺はその詳細をなるべく伝わりやすいように、噛み砕きながら解説する。

 数多くの非公開の特許技術を土台に、商会の武具・兵器部門が開発および生産した逸品。

 テクノロジートリオを含む商会所属研究員達の結晶の一つ、魔導と科学の両輪を併せたカノン砲であること。

 実際に備えた性能(スペック)や、既存(きそん)兵器との比較データまで含めて――

 

 ソディアは好奇心を裏に隠しながら、しっかりと耳を傾けてくれていた。

 

 

「――とまぁ、大体の仕様はこんなものだ」 

「理屈はなんとなくわかったけど、正直信じられないし」

 

 一応はテクノロジーに(うと)い人間にも、なるべくわかるように説明していったつもりだった。

 それでもすんなりと飲み込んでくれたあたり、ソディアの地頭の良さがうかがえた。

 

「使えばわかるさ、王国海軍と戦うことになっても問題ないか?」

「水兵としても超一流が揃ってるし、余裕」

 

 一段落ついたところで、俺は今一度真剣な面持ちで交渉を再開する。

 

「それと報酬の話だが――とりあえず私掠船(しりゃくせん)免状(めんじょう)(仮)(かっこかり)を用意する」

「しりゃくせんめんじょう?」

 

「本来の意味は国家公認の海賊だが……とりあえずは領主公認ってところでここは一つ」

「だから()……? それになんの利がある?」

 

「少なくとも帝国からは追われないよう取り計らう。商会も後ろ盾にしつつ、海賊を狩って欲しい。

 まだまだワーム海には残存勢力が多くいるだろう? そいつらを併合しどんどん()え太ってくれ」

 

「言いたいことはわかる。でも見返りとしては弱い、そんなん今までと対して変わらないし。船員には即物的なモノがいい。

 今回の一戦だけならともかく、これからも使われるというのは海賊の信条に反するし、説得もちょっと面倒。

 うちも海は好きだから……ここから抜け出したくはあるけど、飼われるのはまっぴらゴメンだし」

 

 否定的な様子を見せるソディアに、俺はさらに利点を重ねていく。

 

「商会と結び付くということは、必要な物資と賃金を払うということだ。つまり物質的なのも含まれる。

 それに基本的には、自由にやっていてもらって構わない。ただ必要があった時に応じてくれるだけで」

 

「ふむむぅ……」

 

 

「さらにこのカノン砲を筆頭に、様々な海上兵器。"風がなくても走る船"や、"海中に潜水する船"――

 商会が作り出し提供する、あらゆる最先端を試してもらう。どうだ? 商会との契約はどうだ?」

 

 テンションを上げつつ話す俺に、フラウが少々口を挟む。

 

「ねーねーベイリルさんや、そこまで言っちゃっていいん?」

「大丈夫だ、問題ない。同類を見抜く嗅覚は……そこそこ鋭いつもりだ」

 

 ゲイル・オーラムをはじめとし、他にも大志を同じくする者達と同じ人種。

 カノン砲の説明を聞いていた時にこぼれ出ていた感情を、俺の強化感覚は見逃さなかった。

 

 それに現段階では夢物語でしかないし、カノン砲にしても知識の積算なければ再現はしにくい。

 彼女が裏切るつもりだったとしても、今の状況では特段の心配はないだろう。

 

「"未知なる未来を見る"――共に()こうじゃあないか、ソディア」

 

 ガバッと大仰に両手を広げ、俺は海よりも広き世界の果ての無さを表現する。

 原初の野望を共有し、同道できる気質を……彼女は備えていると確信した。

 

 

「娯楽もいっぱい供給してやる。世界をいくら巡っても、到底拝めないのを見せてやれる」

「……にわかには信じがたい、し」

 

「なぁに今回の一戦に関わるだけで理解できるさ。それでも気が乗らなければ、別途報酬を用意するよ」

「……わかった。それじゃ見極めさせてもらう」

「一時契約成立だな、それじゃ改めてよろしく」

 

 俺はチェーンのついた"それ"をポケットから取り出して、ソディアへ投げて渡した。

 

「んっ、これはなんだし?」

「船乗り用の携帯羅針盤だよ」

 

 懐中時計のような羅針盤のフタが開くと、方位磁針が方角を指し示している。

 

「某氏(いわ)く――"この世で大切なことは、今自分がどこにいるかではなく、どこに向かって進んでいるかということだと思う"」

「……それって、うちのこと言ってる?」

「かもな」

「まぁうん、悪くない言葉だと思うし」

「んじゃ改めて」

 

 今一度、俺は握手をすべく右手を差し出した。

 しかしソディアは不動のままで、一向にこちらへと交わすことはなかった。

 

「――まだ何か要求、あるのか?」

「うちは綺麗好きだから、誰とも握手するつもりないだけだし」

 

「……さいですか」

 

 俺は潔癖症の少女に乾いた笑いを漏らしながら、武者震いをした。

 騎獣民族にワーム海賊、二つの大きい欠片(ピース)が揃った。

 

 いよいよもって決戦は近い、まだまだ戦争の準備も多い。

 ようやく目に見えた実感が重圧としてのしかかる……。

 

 しかしもはやそれも楽しみとするだけの度量を、俺は持ち合わせていた。

 

 

 



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#131 自由騎士

「お待ちしておりました、"ベルクマン"殿(どの)

 

 金髪がくすんだような白髪をバックにあつらえ、口ヒゲから顎ヒゲまでを短めに生やした老人。

 しかしその肉体は若々しさを感じられるほど(みなぎ)り、鍛え抜かれているのを感じる。

 動きやすそうな中装に、左腰の鞘に収めた長めの直剣。マントをたなびかせる歴戦の勇士然。

 

 自由騎士団、序列第3位。"強壮剣(ごうそうけん)"フランツ・ベルクマン。

 

 いくらエルメル・アルトマーの口聞きとはいえ、自由騎士団も無謀な戦を承諾するわけではない。

 騎獣民族やワーム海賊に関しては命の頓着すら薄い部分があるが、彼らは歴とした営利に基づく集団。

 それゆえにこうして代表となるベルクマンが、見聞して彼我戦力分析をはかっているのだった。

 

「そちらのお名前を伺ってもよろしいか?」

「"リーベ・セイラー"と申します。商会の総帥を務めさせて頂いております」

「ほっ、わざわざ代表に出迎えさせるとは……お手間を取らせましたな」

「お気になさらず。まだ設立して間もないですし、わたくし自らが出向くべき案件です」

 

 ベルクマンは一拍置いてから、軽い口調で尋ねる。

 

「その仮面(・・)は、表情を悟らせたくない警戒心の現れですかな?」

 

 

 覆い被ったフードの下――中央の小円を取り巻くように、大きな四重円の描かれた特異な仮面。

 その大円の内側2本の軌道上には、2つずつ小さな球が規則的に配置されていた。

 それは水面に浮かんだ波紋にも似て、見る者によっては不気味にもとらえられる。

 

「申し訳ありません。(いくさ)での古傷が見苦しく、また頻繁に痛みますゆえ」

「そうでしたか、これは失礼した」

 

 実際にその言い訳が信じられているかは別として、体面上はそれで押し通す。

 

 ()は他の物よりも華美な総帥専用の外套(ローブ)を着て、魔導師リーベ・セイラーを装っていた。

 顔を隠す為の仮面。さらに魔術によって空気中の伝達速度を変えて、声色まで別物にしている。

 

 存在しない頂点(トップ)が、実際にいると見せしめる為にも……。

 たまにはこうして出向くことで、影武者として対外交渉もしないといけなかった。

 

(それに俺自身もちょっとばかし、顔を出しすぎたしな――)

 

 族長バリスや首領ソディアのような、後に仲間に引き込む相手には誠意も必要だから別として。

 こうした雇い雇われの相手には、"ベイリル"としてあまり出しゃばるべきではない。

 出る杭は打たれる――不意討ちや暗殺対策はしていても、絶対のものではないのだから。

 

 あくまで俺はリーベの弟子の一人であり、代弁者の一人であり、組織の一幹部である。

 そういうスタンスを崩してはいけないし、心持ちが変わったわけでもない。

 

(目立つほど面倒事が増えて、手が回らなくなるだけだ……)

 

 今はまだ商会も歴史が浅く、体制全てが固まったわけでなく成長途中の段階。

 落ち着くまでは俺自身が表立って、諸々の采配するのは致し方ない側面もあるとはいえ……。

 基本的に矢面に立つことは非常に忌避したい案件である。

 

 一度でも表舞台でド派手に演じてしまえば、それだけまた身を隠すことは大変になる。

 そう、名を売ることはいつでもできる。まだまだ人生は長いのだから"必要"があるまでは待つ。

 

 

「それにしても――聞いていた話とは随分と違いますなあ」

 

 ベルクマン連れ立って歩くように、周囲を見渡しつつそう口にする。

 

「と、言いますと?」

「王国軍だけでなく、騎獣民族からも襲撃に()ったという話でしたが……」

「それは我々の流した虚報ですね。幾許(いくばく)か効果があったのなら、甲斐(かい)もあったというものです」

 

「はっは、実際は軍団として引き入れていると――なかなかどうして(あなど)れませんな」

「恐縮です。さらに水軍戦力としてワーム海賊を(よう)しております」

「ほう、海賊まで……勝ちの目はかなり見えましたが、はたして御しきれますかな?」

 

 目を鋭く詰問するように投げかけたベルクマンに、リーベとしての見解を述べる。

 

「統一軍としてまとめようとは思っていません。それぞれの役割と持ち味を活かしてもらう。

 ご契約頂けるなら、具体的な戦力状況と戦略の仔細についてもお話できるのですが……」

 

「判断はワシに一任されてるゆえ、率直に言わせて頂くと――」

 

 ベルクマンが言葉を紡ぐその瞬間であった、空から飛来した人影が割り込んでくる。

 

 

「うーっす。あー……リーベ総帥《・・》、ここにいたかぁ」

「"シールフ"さん、既に到着していましたか」

「まったくぅ、私を戦争に引っ張り出すなと言っておろう」

 

 俺自身とて大概なものの、彼女も相変わらずキャラ()れて安定しない人だった。

 俺の中に存在する記憶を読んで感化されているのか、不定期でテンションが様変(サマが)わる。

 

「申し訳ない。今回だけということで」

 

 シールフは同志ではあるが、戦争に直接介入することは良しとしない。

 単純に戦場に渦巻く――大量の記憶の処理や、負の感情を読みたくないということだった。

 さらには殺す相手のそれまで、ダイレクトに伝わるのがきついという部分もあるのだろう。

 

「まったく、どのみちドンパチはやるつもりはないからね」

「承知しています。あくまで補助要員としての招集です」

 

 しかし今回だけは、なかなかに切羽詰まっているということ。

 試用兵器の効果的な運用の為に、戦争参加の要請をするに至った。

 

 

「むう……失礼、アルグロスどのでいらっしゃいますか?」

「ん? んーーーおぉ……あーーーっ、そうだベルクマンくん。久しぶりだねえ」

「シールフさん、今忘れてませんでした?」

 

 明らかにたった今、表層記憶を呼んだようなリアクション。

 俺は耳打ちするように言うが、シールフは特に隠すつもりもないのか普通の声量で言う。

 

「昔の面影がないもの」

「はっはっはっ!! いや忘れられていても致し方ありますまい。しかしあなたはお若いままですな」

「うん、まぁね。私は死ぬまで若い」

「さすが"魔導師"どのは、肉体の活性が違うのでしょうなあ」

 

 談笑し合う知己同士と言った様子に、俺はそれとなく尋ねる。

 

「それにしても、お二人に面識があったとは……」

「まだ特務少尉だった頃に、少しだけ世話になりましてな」

 

(特務少尉……? というと、元帝国軍人か)

 

 フランツ・ベルクマン――名前の響きからしても恐らくは間違いない。

 自由騎士団に在籍する以上、人それぞれの事情があるのだろうから深くは踏み込まない。

 

「あーそうそう、そうだったねぇ。まっ私的な話に突っ込むから控えるけども」

「いやいや若気の至りでしたなあ。しかしあの時のことは我が人生にとって、とても大きな収穫でした」

 

「というかシールフさん……学園から出てたんですね」

 

 100年以上は学園で講師をしながら引きこもっていたハズである。

 ベルクマンは長命種ではなく人族なので、100年より前の話ということもない。

 

「バカにするねぃ、少しは出てたさ。……実際のところは学園長に連れ出されただけ」

「あぁ、例の――」

 

 噂にだけ聞く、謎の学園長。学園生時代にも、ついぞ会うことはなかった。

 ひとかどの人物ということは確かだが、シールフも未だに詳しく教えてくれない秘密の一つ。

 

 

「しかしなるほど、アルグロスどのまでおられるとは……」

「はい、負け戦にするつもりは毛頭ありません」

「勝利目標をお聞かせ願えますかな?」

「戦略的には帝国本軍が到着すること。本国がいくら機を待つとしても限度があります」

 

(まっ……俺としては、援軍が来る前に決着をつけるつもりだが)

 

 介入されるにしても、趨勢(すうせい)がほぼほぼ決してからが望ましい。

 あくまで戦争の後処理として、思うさま使い倒してやるくらいの心積もりでいる。

 

「契約いただけるのであれば、後ほど戦略会議にてご意見を(あお)ぎ、諸々を詰めていきたいのですが」

 

「そうですな、さしあたって問題はないでしょう。勝つ為に貴賤(きせん)を問わず巡らせている者は信頼できる。

 他の戦線にも出張っていて、こたびの急場に1500ほどしか投入できないのが非常に残念です。

 ですが我ら自由騎士団の歴に恥じぬ、生粋の傭兵集団の(いくさ)というものをご披露いたしましょう」

 

「頼もしい限りです。それでは早急(さっきゅう)に軍議を開きたいのですが、いかがしますか?」

 

「ワシとしては今すぐでも問題ないですな。こんなジジイでも序列三位にて采配(さいはい)を振るう立場。

 騎士団も準備は既に整っております。ワシが使いツバメで指定すれば、すぐにでも布陣可能です」

 

「であれば今夜に開くことにします。それまでに現在までの戦略と戦術をお伝えします」

 

 俺はそう言いながら、()()()シールフには会議に出なくてもいいと伝える。

 するとちゃんと読んでくれたようで、ウィンク一つだけ返してきた。

 

 

「よしなに。ところで――少しばかり運動でもいかがですかな?」

 

 ベルクマンは眼光を鋭く、そうこちらへと投げ掛けてきた。

 彼はこちらの(たたず)まいから、戦いもイケるクチと踏んだのだろう。

 さすが自由騎士団に所属し、兵を統率する立場にある者――ご多分に漏れず闘争が好きなのだろう。

 

(個人的には一戦くらいやってもいいが……)

 

 今の俺はベイリルではなく、あくまでリーベ・セイラーである。

 そういった立ち居振る舞いも、リーベを装う上で注意せねばと考えつつ、俺は断りを入れる。

 

「あいにくとわたくしは、傷を負った時を思い出してしまうので第一線は退(しりぞ)いております」

「これは失礼した。いやはや年甲斐(としがい)もなく昂ぶってしまうのも考えものですな」

「その気力は戦争にて存分にお役立てください。どうしてもと言うのであれば、我が弟子の一人を」

「ほう、お弟子さん……」 

 

「ベイリルという――今は所用であちこち飛び回っておりますが。まだ若輩(じゃくはい)ですがなかなかやれる弟子です」

 

 ()()()がそう自画自賛すると、シールフが笑いをこらえているのが視界の端に映った。

 しかし実際的にベイリルという俺個人が、リーベの代弁者としてあれこれやることもある。

 ある程度は持ち上げておかないと、色々と齟齬(そご)が発生してしまうから仕方ない。恥ずかしいが仕方ないのだ。

 

「彼が戻ってきたら、あなたのもとへ行くよう言付けておきましょう」

「はっはっは、それは楽しみですな。若い者と()ればこちらも幾分若返るというもの」

 

「弟子もまだ任務がある身ですので、お手柔らかにお願いします」

 

 あぁそうだ……やることは山積みで、前世界の繁忙期を思い出すほどの労働。

 しかしそれでも得も言われぬ充足感があるのは――やはり好きなことをやっているからなのだろうと。

 



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#132 暗殺信条 I

「本当に一人で大丈夫か?」

「私もずいぶんと見くびられたものですね」

 

 俺とクロアーネは木の上から、王国軍の夜営陣地を遠く眺めて話に興じる。

 

「いや純粋に心配しているだけだ」

「それを(あなど)りと言うのです。貴方とは年季が違います」

 

 彼女の言葉に俺は苦笑するように肩をすくめた。たしかに釈迦(シャカ)に説法のような行為だったかも知れない。

 クロアーネは蠱毒(こどく)のような環境で生きのび、王国の獣人奴隷による暗躍部隊として生きてきた。

 そして幼いながらに数々の汚い仕事をこなす中で、潜入任務ども多くやってきたのだ。

 

「でもここまで敵地での潜入は久々じゃないのか?」

「やることは変わりません。むしろ獣人奴隷が多い分、やりやすいくらいです」

 

 

 主要人物を交えた大戦略会議を、"リーベ・セイラー総帥"の影武者として終えてから東奔西走(とうほんせいそう)

 いざ戦争が開始される前にも、否──戦争が始まる前だからこそ処理しておくべき事柄は多い。

 軍議が交わされる中で提起された問題。それらを解決すべく抜擢(ばってき)されたのが俺とクロアーネだった。

 

「わかった、まぁ個人的にもそこらへん信頼しているし……でも危なくなったら呼んでくれ」

「助けを求めることはないでしょうね」

()()()()()()()()()()()()つもりだけどな」

「それは貴方の自由ですが、くれぐれも潜入の妨害になるような行動は(つつし)むよう──」

「ふむ……一見して危機に見えたとしても計算だから軽々しく邪魔するな、と」

「理解しているなら結構です」

 

 商会が広げていた人脈や買収によって、王国軍の情報も多少なりと入るものの……。

 やはり現地で直接調達した確度(かくど)や、リアルタイムだからこそ得られる情報には及ばない。

 より確実な勝利の為には、かなり危険なものの……戦略的に必要不可欠とも言える仕事である。

 

「クロアーネが(よそお)い演じている姿、ちょっと見てみたいな」

「お遊び気分で覗くのなら刻みます」

「了解、その時はぶっ斬られる覚悟をもって(のぞ)むよ」

 

 こっちの調子にクロアーネは溜息を一つ吐いて切り返す。

 

「貴方こそ決してしくじらないよう、私は助けませんので」

「俺のやり方はクロアーネと全然違うけど、もちろん留意するよ。心配してくれてありがとう」

「……オーラム様の同道者ですから。あの(かた)を裏切るような真似は死んでも許しません」

「死んでも想われるなら本望なことだ」

 

「まったく……軽口ばかりしようもない。私はそろそろ失礼します」

 

 悪態を吐きながらもここまで付き合ってくれた彼女は、こちらの返答を待たず飛び降りて闇夜に(まぎ)れた。

 地上から行くクロアーネとは対照的に俺は風を纏って飛び上がり、夜闇の風波に乗ってサーフィンする。

 

 

 彼女と違って俺の場合は単純な潜入(スニーキング)任務(ミッション)ではなく、さらに追加でやることがあった。

 

(俺にしか(・・)できないんだからしゃーなし)

 

 つまるところ"暗殺"──厄介な人間をあらかじめ殺すことで、敵戦力を効果的に削ってしまう。

 さらには妨害工作によって進軍経路を限定させ、こちらで"主戦場と定めた場所に誘導"することである。

 

(まっ……それでもカプランさんの仕事量に比べれば、な。大したモノじゃない)

 

 超広範に及ぶその仕事をほぼほぼ完璧にこなしきる能力は、本当に頭が上がらないことだった。

 彼自身の目的は復讐だが、商会の仕事に対してこれ以上ないほど働いてくれている。

 この戦争が終わったら、しばらくは長期休暇で静養してもらわないといつ倒れるか心配なほどである。

 

(それに俺は、俺自身の目的の過程での仕事だ)

 

 本懐を果たしている中途なのだから、文句を浮かべることすら門違いもいいところ。

 俺がやらざるを得ないこと、やるべきことなら──いくらでも身を切る覚悟と責任感からは逃げない。

 

 

 俺は高高度から真下を鳥瞰し、"遠視"と"赤外線視力"を併せた魔術を使う。

 

「我は照らす──彼方への残滓(ざんし)

 

 遠く地上に望む敵陣営も、昼間ほどではないものの──かなりはっきりと見えてくる。

 

「あれだな……」

 

 陣の配置や警備状況を観察し、目当ての指揮官級がいると思しき拠点へと目をつける。

 本来であれば反響定位(エコーロケーション)も使って精細に把握したいが、獣人種に気付かれると面倒なので仕方ない。

 

「ふゥー……」

 

 "六重(むつえ)風皮膜"──ゆっくりと息吹を重ねて、俺は六層に及ぶ風皮膜を纏った。

 一層目の"歪光迷彩"によって、己の姿を周囲と同化させる。

 三層目には断熱・絶縁・遮音を兼ねた"真空断絶層"によって、音の伝達を阻害し漏出を防ぐ。

 そうして視覚的・聴覚的・嗅覚的に隔絶した、完全ステルス状態で飛び降りた。

 

 

 ゆっくりと地面へ落ちながらが考える──"魔術"という異世界の(ちから)について。

 

 魔術と魔力については、科学と違ってこの世界でも大昔から研究が(おこな)われている。

 しかしながら実際的な事象や原理のようなものは、いまいち判然としてないのが実状であった。

 研究者の多くが秘密主義であり、世間一般に広まらないという側面もあるが……それ以上に謎が多いのだ。

 

 それは魔導師であっても同様で、初代魔王の心深暗示(おもいこめば)メソッド(なせばなる)も……あくまでやり方でしかない。

 自由で強固な"想像の確立"、個々人の色がつくとも言われる"魔力の転換"、世界に直接影響を及ぼす"現象の放出"。

 

(でも"風皮膜"みたいなのは、ほとんど意識なんてせず使ってるんだよなぁ)

 

 今その身に纏っている"六重(むつえ)風皮膜"──ただの風被膜と違って非常に複雑なものであった。

 なにせ一層ずつ別々の効果を持ち、それを肉体に合わせて鎧のように纖細に(おお)っている。

 

 難度が非常に高いものの一度発動さえしてしまえば、それ以上意識して保持するということはない。

 行動を阻害することなく、逆に風を利用して加速させたりする複雑な工程も自然と(おこな)えている。

 もちろんそれはハーフエルフとして、並列処理(マルチタスク)を含めた修練を重ねてきた成果もあるだろうが……。

 

(使う魔術の多くが無意識(・・・)レベルで使っている──)

 

 そうでないと白兵戦で魔術なんて扱えないし、反射的に魔術で防御もできない。

 でも多くの魔術士がそれをできているのだから……魔術とは不思議なものである。

 

 

(まぁ人間の生態行動なんて99%が識域下(しきいきか)(おこな)われている──なんて話も聞いたことあるしな)

 

 人は無意識で生きている。自分で心臓は止められないし、まばたきや呼吸を普段は意識しない。

 内臓は各種機能を機械的に果たし、見たものを認識して自然と記憶し、心身は痛みや悦楽を覚える。

 俺やハルミアは生体自己制御(バイオフィードバック)なんかも多少なりと使えるが、それでも限度というものがある。

 

 例えば"食べる"という動作一つとっても細かく見れば膨大だ。

 一瞬で距離間を把握し、箸を自然に持ち、食物を掴み、香りと味を楽しみ、噛みながら適切に嚥下(えんげ)する。

 ありとあらゆる、ありふれたことが自然に──生物が意識しないところで、生体行動は(おこな)われている。

 もしも意識的に行動の全てを脳で命令したとしたら、重心移動にすら四苦八苦し、日常生活などままならないだろう。

 

 感情や思考についても同じ、突き詰めれば炭素由来生命の化学反応の一種に過ぎない。

 それがきっと魔術にも言えるのかも知れない。魔力による身体強化は言うに及ばず。

 イメージだの魔力知覚だのも所詮は枝葉(えだは)の技術であって、根っこの部分は無意識であると。

 神族におこった魔力の暴走や枯渇といった現象も、あるいはそうした部分に(たん)を発している可能性もある。

 

「わかんないことだらけだわなぁ……」

 

 哲学的な思考実験にまでなってしまうが……知的生命とは、一体なんなのであろうかと。

 

 森羅万象──物事は往々にして単純なのかも知れないし、あるいは複雑なものなのかも知れない。

 現代地球でも不明なことまみれであり、主体となる人体のことすら未知の領域が多かった。

 つまるところ人智の及ぶ範囲など本当に一部分だけで、世界の真理というものは果てしない。

 

 だからこそ長く長く生きて、より多くを知るという楽しみがあるのだ。

 

 

 ぼけーっと頭を回していた(あいだ)に、俺は天幕の真上で音もなく静止する。

 

(はてさて、いよいよ暗殺開始なわけだが──)

 

 一辺倒(いっぺんとう)に殺して回っては、すぐに傾向と対策がされてしまうだろう。

 (ちまた)で噂の殺人鬼(・・・)ではないが、多様な殺し方をすることで暗殺者の存在とその数。

 さながら煙に巻くように情報を錯綜(さくそう)させ、存在を曖昧にして特定されるのを先延ばしにする必要があった。

 時に失踪や自然死を装うよう削ぎ落とし、少しずつ、明確に、殺されていっているのだと自覚させる。

 

 商会側の準備が可能な限り整うまで、俺自身も危機管理(リスクマネジメント)していかねばならない。

 クロアーネの潜入・諜報任務にも、可能な限り邪魔にならないよう配慮しつつ……である。

 

 情報収集だけでなく王国軍全体に混迷をもたらし、その足を止めていくことが肝要となるのだから。

 可能であれば──軍勢にとっての"伝家の宝刀"となる戦力も、盤上から排除しておきたい。

 

 

 敵陣の真っ只中で俺は今一度、己の中の芯というものを再確認する。

 異世界に転生してから数多くの人間を殺してきた……しかし、今回はまた毛色が違ってくる。

 

(相手は狂信者や賞金首じゃあない──)

 

 自身と姉兄妹の為に……説得は至難かつ、のっぴきならぬ事情で殲滅した"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の狂信者達。

 罪を重ねて賞金首になった者と、それに(くみ)し無法を働く野蛮な賊どものような……。

 たとえ殺したところで、良心の呵責(かしゃく)もおきないような連中とは違う。

 

 今から暗殺するのは、戦争で大量に殺すのは──王国軍属の兵士達。

 戦争でなければ……多くは善良とは言わぬまでも、大半が普通の人間であろう。

 さらに王国軍は(とが)なき奴隷達を多く(よう)し、最前衛や警備や運搬などに酷使している。

 

(割り切るには色々と考えさせられるが……いまさらか)

 

 例えば警備奴隷に直接的に手を下さなくても、仮に護衛している指揮官が死ねば責任を問われるに違いなく。

 処断されることもあれば、()さ晴らしに虐待されることも──聞くところによれば王国では珍しくもない。 

 

 学園生活でいささかヌルくなっていたが、異世界の現実は非情である。

 

 あれこれ考えてしまうのも、現代日本人的価値観が未だに俺の中で(くすぶ)っているゆえなのかも知れない。

 もう異世界に転生してそこそこ長いというのに、染み込んだ性根というのはなかなか矯正されないものだった。

 とはいえそれを含めて己という人格であるし、それを無理に否定しようとも思わない。

 

 

(ただ……痛みを伴う、ということだ)

 

 "文明回華"という大業を為す上で、()けては通れず……また常に考え続けるべき事柄。

 主筋であったとしても副次的なものだったとしても、数多くの弱者に対する蹂躙(じゅうりん)そのもの。

 

 それは異世界だけでなく、現代地球でも──古今東西ありふれていた悲劇と不幸。

 弱肉強食の摂理であり、他者へ理不尽を強要し、その生命すら踏み抜いて打ち砕いていく。

 

(それは君主論的(マキャベリズム)に言うところの──)

 

 "支配者は時としてより多くの幸福の為、一部の犠牲を容認する必要に迫られる"ということ。

 俺自身、支配者や王様を気取るつもりではないが……(ちから)ある者がその権能を振るうこと。

 大なり小なり生じ得るありとあらゆることを、呑み込むこと。

 

 それははたして実際に搾取(さくしゅ)される側からすれば、なんとも都合よく、そして身勝手なことだろうと思う。

 現代日本で社会の歯車として生きてきた自分とて、比して遥かに自由だったとしても、縮図としては同じことだった。

 

「──感傷に(ひた)るのはこれが最後だ」

 

 自嘲するように心底から吐き出した言の葉は、纏った風に流れて消えていった。

 



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#133 暗殺信条 II

 「――感傷に(ひた)るのはこれが最後だ」

 

 小さく呟いた言の葉は、風皮膜の外には漏れることはない。

 

 俺達(・・)がやるべきことは――可能な限り効率良く、野望へと邁進(まいしん)するということだけ。

 メリットとリスクを天秤に掛け、せめて無駄死にとならぬよう人事を尽くすということだけなのだ。

 この浮き世というものは、欲得ずくによって動いているし……また動かされるもの。

 

 既に多くを巻き込んでしまったし、後戻りするつもりもない。

 ただ今一度、その一歩を踏み出す為に俺は心を強く気合を入れる。

 

("おもしろき、こともなき世を、おもしろく"――ってなとこか)

 

 それが暗殺を含め、俺の行動全てにおける信条(クリード)

 確か(しも)の句もあって、本来の意味とは違ったような気もしたが……字面(じづら)的にはそれで良い。

 

 徹頭徹尾、自由に生きて、魔導科学を求め、未知を知るということ。

 犠牲を胸裏に刻んで、しかして気負わず、ただ(おの)が"冥府魔道"であろうとも往《ゆ》くのみ――

 

 

 俺は天幕内部の状況を把握し終え、"グラップリングワイヤーブレード"の刃先で上部に穴を空けた。

 音もなく着地した先には、布で区切られたスペース内で……首輪を付けた獣人女を男が(しいた)げていた。

 

「お(さか)んなことで」

 

 とはいえ行軍中であれば溜まるものも溜まる。それを適切に発散することも大事なことである。

 

「はァ~……」

 

 最初に"酸素濃度低下"の魔術を使い、瞬時に獣人女だけを殺すでなく昏倒に留めた。

 さらに微風が天幕内を流れると同時に、俺は指揮官級の男の首を後ろから掴んでいた。

 

『抵抗したら即座に殺す』

「っ――!?」

『質問に答えてもらう、首を縦に振るか横に振るかだ』

 

 心胆に訴えかけるような音圧操作した低音で、俺は下半身丸出しの男を恫喝する。

 

「はっ、ハッ、っふ……」

『手荒な真似をさせてくれるなよ。今お前は――』

「ッ誰か――!!」

 

 瞬間的に抑えた首を絞められたことで、指揮官級たる男はそれ以上の言葉が止まってしまった。

 ほんの少し手首を返して、籠手に仕込まれたワイヤーブレードを空気圧で射出し首を貫いても良かった。

 しかし状況が状況なだけに、別のやり方を選ぶことにする。

 

 

『音は外には漏れないようにしてある』

「なっ……がぁ……」

『残念だ――協力を拒むなら仕方ない。拷問してもいいが……専門技術(ノウハウ)も回復魔術も時間もない』

 

 俺は空いた左手でポケットから小瓶を一つ取り出し、風を回転させて(ふた)を空けた。

 

『本来は蒸気で少しずつ吸って慣らすものらしいが……これは原液だ。陶酔(とうすい)悪夢(あくむ)かは、祈るんだな』

 

 それはインメル領内から回収した魔薬であった。

 注射などはないので経口摂取となるが、"自白剤"代わりになればそれで良し。

 吐かなかったとしても、行為の最中にエスカレートした指揮官が一人中毒死したという事実だけ。

 

(これも大事な治験データかねぇ……)

 

 そんなことを思いつつ、少量を強引に口に含ませて飲み込ませる。

 ほんの数秒ほどで痙攣(けいれん)したと思えば、呆気(あっけ)なく意識を失い……命をもそのまま(うしな)った。

 

「体質差もあるんだろうが――もう少し量を考えないとダメ、か」

 

 死んだ男をそのまま放り捨て、俺は小瓶をしまって内部の資料を(あさ)り始める。

 それっぽいところ探し、家探(やさが)ししたこともすぐにはバレないように丁寧に戻しつつ……。

 

 

(探すといえば……"ソディア・ナトゥール"、彼女が予想以上の拾いモノだったなあ)

 

 在野から探すのであれば、ソディアやバリスのような人物が良い。

 なにせ現時点で上に立つ人間である。大概は何かしら優秀な素養を持っている。

 

 幼少期の玉石混交の中から磨き上げ、じっくり育てていくのも悪くはない。

 しかし現在のような急場ではこの際、即戦力こそが手っ取り早くありがたい。

 

 若いながらも海賊を束ねていたのは、その卓抜した戦略眼によるところも大きかったようだ。

 海戦で負けなしと豪語していたのもうなずける。理に適い、真に沿った組み立て。

 理論と経験の両面からガッチリと噛み合わせ支えるような、若くも隙のない頭脳。

 

 今回の戦地選定や戦略・戦術を含めて主導し、気性の荒いバリス相手にも一歩も引くことはなかった。

 王国軍の進路選択において、誰を優先的に排除し情報を集めていくべきか。

 ナチュラル焦土戦術を実行しているインメル領内で、あえてどこに食料を置いて誘導すべきか。

 

「一体どこで学んだんだか」

 

 天賦の才と一言で説明するには……不可能と断言していいほどの領域(ステージ)違いの頭脳に思えた。

 それとなく(たず)ねてはみたものの、上手くはぐらかされてしまった。

 つまり何かカラクリがあるだろうことは、ほぼ間違いないのだと察せられる。

 

(まぁいい、敵だったら恐ろしいが味方だしな。いずれ教えてくれる日を待とう――)

 

 めぼしい資料っぽいものを根こそぎ奪ってから、俺は上空へと躍り出る。

 

「さーてブラック労働のはじまりはじまり」

 

 

 

 

 毎夜から早朝にかけて敵陣へ潜入して回る、任務であり作業が幾日も続いた。

 結局、魔薬は自白剤としての効用は望めず……情報が集まっきてからは暗殺が日課となった。

 

 情報を精査して選んだ敵将校や士官に対し、状況が合致するなら魔薬による中毒死を装う。

 そうでなければ"酸素濃度低下"に加え、空気中の酸素や二酸化炭素、オゾンなどを増加させて死に至らしめた。

 さらには酸素を供給して支燃・促進させ、広範囲に渡って炎上を加速させて拠点を潰す破壊工作なども敢行した。

 

 都度、集積した情報を拠点へと送り続けて、データを(もと)に戦術を修正していく。

 適時、臨時軍部の方策通りに、行軍速度と進軍方向を調整するように立ち回った。

 

 必要以上に足を止めさせても、今度は逆に目標戦地へと辿()()()()()()()()()()()()

 

 

 しばらくして王国兵の(あいだ)に、暗殺の噂が流れるようになってからは本格的に切り替えていく。

 

 優先して殺したい士官については露骨な暗殺でなく、自然死や不審死になるよう今まで通り呼吸器系を侵して殺す。

 それ以外に奴隷に対して手酷く当たってるような人間を選び、攪乱(かくらん)の為に殺す。

 陣地から不用心に離れた王国兵や、巡回や斥候で少数になっている警備兵を狙って殺す。

 

 刺殺。絞殺。撲殺。斬殺。圧殺。折殺。銃殺。殴殺。窒殺。埋殺。薬殺。毒殺。

 焼殺。凍殺。電殺。爆殺。振殺。溶殺。血殺。剥殺。破殺。墜殺。轢殺。衝殺。

 

 己に可能な範囲で実に多様な殺し方を()()()、自身の経験として蓄積させていった。

 フラウ達の手前、冒険中に狩った賞金首や賊相手にもやれなかったような、酸鼻(さんび)極まる殺し方すら……。

 

「ぼちぼち潮時(シオ)か――」

 

 俺は物色するのも手慣れたものとなり、空で大きく伸びをしつつ敵陣地を見定める。

 警戒や暗殺への対策も最大限高まってきた為に、そろそろ切り上げ時であった。

 

 王国軍から見れば、襲撃者の正体はまったく判然としない。

 殺し方も散逸的であり、時にやりすぎなほどの虐殺。

 

 しかして帝国の本国軍は、未だインメル領内には到着していない。

 半ば崩壊しかけのインメル領に、これほど無体な行動を実行する者達がいるものかと……。

 何重にも思考が雁字搦(がんじがら)めにされているに違いない。

 

 敵軍を主軸の一部を削ぎ落とし、行軍の足を引っ張り、時間を稼ぎ、こちらの準備はおおむね整った。

 さらに主戦場への経路(ルート)を絞る目標自体も、ほぼほぼ達成されている。

 情報についても俺とクロアーネの収集分だけでなく、さらに"別の情報源"も得られたことで圧倒的優位にある。

 

 

「ほんっと疲れたな……」

 

 俺は心底から溜息と共に吐き出す。我ながらだいぶ、精神性が()れてきた。

 日常と非日常を切り分けてはいるものの、いいかげん限界が近いのは身に染みてきている。

 

(こういう汚れ仕事()やれる部隊というのも必要、か――)

 

 クロアーネがかつて所属していた獣人隷奴部隊ではないが……。

 私設兵として、自由に動かせる戦力も欲しくなってくる。

 

「とりあえず戦争が終わったら、しばらく静養してのんびりしよ」

 

 どこかロケーション素晴らしき場所で、フラウやハルミアと(ただ)れた生活を送るのも良かろうと。

 

 

「結局、大物(・・)は喰えずじまいだったが……仕方ないな」

 

 俺は敵陣へ降り立ち、ゆっくりと歩きながら考える。

 "穏健派将校"は何人か殺せたが、ついぞ戦場で厄介そうな高級将校を仕留めるには至らなかった。

 それだけ実力もあり、守りも厳重で、いくらステルスでも危険を感じたがゆえである。

 

(もっとも……うちの陣容も厚い)

 

 厄介なのは無理に暗殺せずとも、いまや戦争で叩き潰せるだけの戦力がこちらにはある。

 そこまでに持ち込む為の戦略・戦術も、ソディア達が用意してくれている。

 

(陸と海は問題ない、あとは空を――)

 

 思考を巡らせていた次の瞬間であった。

 少し離れて()()()()()()()()()()()()を、俺は"六重(むつえ)風皮膜"と体滑りによって受け流す。

 

 

「ッく――!?」

 

 俺は(かわ)した勢いのままにすぐに跳躍し、そのまま"エリアルサーフィン"にて撤退行動へと移った。

 まだ薄明かりもない夜闇に紛れるように、王国軍陣から遠く離れていく。

 

(見破られた……? しくじっちゃいないはずだが……)

 

 ステルスは万全だった。考え事をしていても無意識に発動しているし、気を抜くほど愚かではない。

 となれば何かしらの、"対人センサー"に引っ掛かったのかも知れない。

 

(結界の(たぐい)か、あるいは個人的な――)

 

 直後にまたも思考が寸断され、俺は()()()()()()()()()()()

 

 叩き付けられるような勢いで大地へ着地すると、いつの間にか"敵"が視界内にて剣を抜いて立っていた。

 恐らくは最初に一撃を入れてきた奴と同じと思われる風貌。

 俺に悟られることなく一方的に奇襲せしめ、あまつさえここまで追いついて来たその実力――

 

 男はただただ、ゆったりとした圧でもって……口を開いて俺へと一言問うのだった。

 



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#134 暗殺信条 III

「貴殿が"暁闇(ぎょうあん)の死神"か?」

 

 王国軍陣地で一撃を見舞い、さらに離れた場所で俺を叩き墜としてくれた眼前の男。

 俺は焦燥(しょうそう)や動揺を無様に(さら)すようなことはなく、あくまで平静を保って(げん)を返す。

 

『そんなご大層で、物騒な名がついていたとはね――確か三代神王ディアマに付き従った三人の内の一人だったな』

 

 俺はディアマを信仰していたカルト教団にいた頃に、教え込まれた歴史や教義の一部を思い出す。

 

 歴代で最も苛烈であった、武を司る三代神王ディアマには三人の従者がいた。

 その内の一人が"死神"の通り名で、視界に入った敵は全て(むご)たらしく命を散らせたという。

 "暁闇"については、気が緩む夜明け近くを狙って、俺が暗殺を繰り返していた為に付けられたのだろう。

 

(がく)があるようだ、ディアマ信仰者か――」

『いやあいにくと違う。むしろ過去のことを思えば、()()()()()ってくらいだ』

 

 相対し悠長に話しかけてくる男に対し、俺は軽口を叩くように余裕を見せる。

 空中でもらってしまった一撃、それ自体にダメージはない。

 

 しかし"六重(むつえ)風皮膜"の五層目――"音振反応装甲"までをたった一撃で破られた。

 残るは肌一枚の"圧縮固化気圏"の防護のみであり、とっさに身躱(みかわ)してなければ斬断されていただろう。

 さらには甘く見ていたところにもらった精神的な衝撃(ショック)も……決して安くはなかった。

 

「そうか、ならば手心もいるまいな」

『手心……? ってことはあんたはディアマを信奉してるのか。つまり信徒同士であれば、と』

「今夜限り――いやもう今朝になるか、命脈の尽き果てる貴殿にはもはや関係があるまい」

 

 

 その男は一般兵の兜や鎧を脱ぎ捨て、コート姿となる。

 腰元まで伸びた黒めの長髪に整った顔立ち。オーソドックスな長さの剣を両手で握る立ち姿。

 目線は真っすぐ外すことなく、一切の(すき)を感じさせない。まさに達人然とした(たたず)まい。

 

『さいですか、そんじゃま……せめて最期に俺を殺すあんたが、一体何者なのか聞いてもいいか?』

「王国"円卓の魔術士"第二席、王国"筆頭魔剣士"テオドール――」

 

 その男の自己紹介に、俺の瞳は大きく見開かざるを得なかった。

 情報にあった王国軍の"鬼札(ジョーカー)"の内の一枚。大物どころか超物と言っていい獲物。

 

『なるほどなるほど、これは大魚が釣れたなぁ』

「釣られたのは貴殿のほうだがな」

 

 テオドールという名の男は、魔力を通された紋様輝く――"魔鋼剣"の切っ先をこちらへ向けてきた。

 なるほど、あれで五層目まで斬り抜かれ、また叩き墜とされたのなら納得もいくというもの。

 抜かれる途中の"伝家の宝刀"は、まだその刀身の全てを見せずとも……異様なほどの剣圧が俺を襲う。

 

『まさか一般兵に(ふん)しているとはね。でもあんたを殺せば、俺は目的達成だ』

「暗殺者風情(ふぜい)が、我に勝てるとでも?」

 

『ふゥー……やってみりゃわかんでしょ』

 

 "六重(むつえ)風皮膜"を掛け直しながら、俺は両手を僅かに広げ半身に構える。

 

()れ者が、今生(こんじょう)から失せよ」

 

 予備動作なく、いつの間にか振り下ろされていた刀身。

 暗闇の中で最短距離を駆って迫り来る――確実な致死を伴った斬撃。

 しかし空気の流れを感じ取る俺にとって、それは十分に()える攻撃だった。

 

 層をズラすように(たい)を躱し、発勝する真気をもって"無量空月"を抜き放つ。

 首を狙った圧差真空と固化空気による"太刀風"は――しかして魔剣士には届かない。

 肌の手前で"見えない障壁"に(はじ)かれたように、血の一筋も残すことができなかった。

 

 

(魔力を純粋な形で、エネルギーとして使うタイプか……)

 

 薄暗闇へ目を凝らして見れば――わずかに色味の歪んだなにかが、男の体と剣を包んでいた。

 それは魔力そのものを魔術的に力場として現出させ、纏うように扱う術法にして技法。

 

 その形成と保持はかなりの習熟を必要とし、また魔力の消費も通常の魔術に比べてかなり大きい。

 ただ障害を全てクリアしたならば、不純物なきエネルギーは直接的(ダイレクト)に形作られる。

 仮に出力を確保し研ぎ澄ませるのであれば、爆炎だろうが流水だろうが暴風だろうが大地だろうが……。

 有象無象の区別なく斬断することが可能で――魔法具"永劫魔剣"はその窮極形である。

 

 闘技祭などでも使われた、魔術結界も同じ原理。あれは観客の魔力を流用する大規模なものだった。

 "フィクション脳"的に言うのであれば、"無属"性魔術とも言うべき魔力の一形態。

 

 さらには結界として力場で(おお)われてしまうと、内部への魔術干渉に対する防護壁としても機能する。

 使用魔力に糸目をつけないのであれば、ほぼどんな物理的作用も防ぐことができるのである。

 大きさも自由自在であり、"筆頭魔剣士"テオドールは剣だけでなくそれを鎧としても使っているのだ。

 

 恐らくはステルス状態であっても、その索敵範囲内に引っかかったのかも知れないと類推(るいすい)する。

 

 

「――暗殺者風情と(あなど)った非礼は詫びよう。風の剣……貴殿は魔術剣士か?」

『いや剣だけじゃない、()()()()使う』

「そうか――剣士たれば尋常(じんじょう)なる立ち合いにしようと思ったが」

『ご期待に沿えずに申し訳ないね』

「なれば暗殺者に相応(ふさわ)しき末路とさせてもらう……その首をもってな」

『やってみろ』

 

 俺は右手に残る風の刃を無数に枝分かれさせ、さながら七支刀のような系統樹の剣へと形成する。

 さらに左手には小型の"風螺旋槍(エアドリル)"を構築して回転数を全開にする。

 

「死せよ」

 

 こちらが"暴風加速"して動き出すよりも、テオドールの(ほう)が一歩早かった。

 瞬時に間合を詰めて"(せん)"を取ってきた男に対し、俺は"先の後"を狙って反攻する。

 

『――(シィ)ッ!』

 

 見えているのか、感じているのか。薄暗闇で捉えにくいそれを、テオドールは()()()()()()()()()

 系統樹ブレードの枝刃を丸ごと全て、風ドリルの回転風圧もものともせずに一刀の(もと)に。

 さらにまったく変わらぬ勢いを保って踏み込みながら、俺の胴体も切断すべく剣を振るう。

 

 

 俺は切断されて余った掌中の風を圧縮しつつ、両手それぞれに風塊を作り出した。

 

『"二連烈風呼法(ダボゥれっぷうこほう)"!』

 

 テオドールが放つ魔力力場の刀身ではなく、持ち手と足元の空間に風をぶち当てて肉体ごと軌道を()らさせる。

 纏った魔力力場の鎧をわずかに削りつつも……ダメージを与えた手応えまでは感じなかった。

 

「ぬぅッ貴殿……往生際をわきまえよ!!」

『人間は皆いつかは死ぬもんだが――少なくとも俺が死ぬのは今じゃあないッ!』

 

 俺はそう告げて、筆頭魔剣士へ体を正面を向けたまま大地を蹴って後ずさっていく。

 これ以上長引けば増援が到着し、包囲されかねない以上は遁走(にげ)の一手が最上と判断した。

 

「逃がさん!!」

『あいにくと逃げ足には自信がある』

 

 しかしテオドールも負けてはいない、決して離されることなくついてくる。

 さらには魔力力場をより強固に収束させ、その刀身を長くしていた。

 

(う~ん……プチ"永劫魔剣"かな?)

 

 相対距離を埋めるほどの長さ(リーチ)を確保した、筆頭魔剣士テオドールの魔力力場ブレード。

 俺の"斬竜太刀風"にも似る研ぎ澄まされた刀身は、まともに喰らえばマズいと直感させる。

 

 

『致し方ない』

 

 俺は加速に使っていた風を反転させ、右足で大地を蹴った。

 同時に"発勝する真気"をもって、左腰から"無量空月"を抜き放つ。

 

 進行方向と真逆へ瞬時転換され、追っていたはずが逆に突っ込まれてしまったテオドール。

 それでも反射的に受け太刀し、(なか)ばほどで切断された"太刀風"は相手の肉体へは届き得ない。

 

(おろ)かな、不意など討てんッ!!」

 

 太刀風を振った勢いが余って、背を向けていた俺へと叫んだテオドール。

 刀身伸びし魔鋼剣を振りかぶっているのを、俺は空気(エア)()て相対位置を含めて把握していた。

 

 受け太刀された一撃――それは()()()()()()()()()()超神速の居合術だった。

 一斬目が防がれようと、回避されようと、その一撃によって生じた真空が敵を引き込んでいく。

 

 さらには真空となる直前の空間に存在していた大気を、風速回転に利用し瞬間的に加速する。

 真空吸引に導かれるように――纏った風も、加速に使用した空気も、再形成した"太刀風"へと収束させる。

 円を描く動きの全てが……一つの流れとして、その"隙を生じぬ二段構えの術技"は完結する。

 

 

「――"天裂(あまさける)空閃(そらのひらめき)"」

 

 刃を振り切ったところで俺はそう術技の名を呟いた。

 今度こそ魔力の力場によって形成された鎧相手にも(とお)した手応えがあった。

 

「ぐっ……おぉ」

 

 鮮血がコートを少しだけ染めるが、テオドールは気にも留めないかのように構えを崩さない。

 

「貴殿がどうあれ、剣士として認むる。我が全霊をもって相手しよう、名乗れ」

 

 殺意が満ちる空間に怖気(おぞけ)が走るも、俺は解きほぐすように言った。

 

「いや……ん、ゴホン」

 

 いつの間にか音圧操作した声が元に戻っているのに気付き、咳払い一つで改めて変声し直す。

 

『お楽しみは本番に取っておこう』

「……なんだと?」

『今はまだ決着の時じゃない』

 

 ハーフエルフの強化感覚と赤外線視力、さらに与えた一撃を考慮するならば……。

 このまま続行すれば、いっそ俺が有利とも言える状況かも知れない。

 さりとて、ただ勝てばいいというものではない。

 

 多少離れたとはいえ、ここが敵地であることに以前変わりなく。

 このまま長引いたり辛勝することになれば、その後の包囲は(まぬが)れえまい。

 

 そもそも相手は本気を出していなかったのが全身で感じ取れる。

 勝てるかも知れない、それでも未知数が大きい以上は無理をすべきではないと判断する。

 

 

「軽調子も大概にせよッ!!」

 

 隠すことない怒気。実直にして愚直、頑固にして一徹。生粋(きっすい)の武人。

 しかしそこをかわすのが、飄々(ひょうひょう)たる風の妙味(みょうみ)である。

 

『なぁに、あんたは必ずこの俺が殺す。だから指折り数えて待っていてくれ』

 

 俺はそう挑発的にのたまいながら"スナップスタナー"を鳴らした。

 指向性を持たせた音圧波動として、眼前のテオドールへと叩き付ける。

 しかし円卓の魔術士第二席たる"筆頭魔剣士"は、腕を一振りする動作だけでそれを難なく斬り払ってしまった。

 

「"Wuld Nah Kest"!!」

 

 しかしその刹那の間隙(かんげき)を突いて声叫(シャウト)し、ソニックブームの余波を残し俺は最大風速まで加速上昇した。

 返す(つるぎ)の超長刀身が俺の目前まで迫るが、斬断圏外へとなんとか脱出する。

 

(っぶね、音も切断するとは……喧嘩売ったものの過言にならなきゃいいが――)

 

 俺は心中で生きている実感を噛み締めながら、上がったテンションを落ち着かせつつ飛び続けた。

 

 

 



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#135 王国軍陣

 ――王国軍中央、総大将が野営の居を構える天幕内。

 

「以上が報告だ」

「なるほど、その暗殺者の所為(せい)で、下位級とはいえ統率する立場の者たちもいくらか殺されてしまった。

 おかげで……ただでさえ略奪も難航するこの土地で、行軍の為にかなり時間を浪費してしまっている――」

 

 用意された椅子には座らず、立ったまま報告した男は(さえぎ)るように告げる。

 

「我が領分ではない」

「……少しばかり愚痴となりましたこと、申しわけない」

「これ以上聞かされぬのであれば、別に構わん」

 

「改めて感謝を、"テオドール"どの。円卓の魔術師である第二席のあなた自らご足労いただき――」

「かしこまった口上など不要だ、我が興味からやったまでのこと。それに立場は上でも、戦場における指揮権は貴殿にある」

 

 慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度の第二席に対し、王国軍の総大将、"岩徹(がんてつ)"のゴダールは中途の言葉を呑み込んだ。

 大きな肉体に相応しい鎧をまとい、歴戦の様相が顔面にも強く表れている。

 ゴダールは格上の存在を相手にも気圧されることなく、責任を瞳に宿して真っすぐに見据えた。

 

「……指揮権を理解した上で、こちらの要請を無視してでも"(くだん)の暗殺者"を待つと?」

「無論。彼奴(きゃつ)は我が剣の(かて)(あたい)する」

「御弟子の方々(かたがた)は――」

「こちらの標的を遂げた後に、我が監督の(もと)で動員するつもりだ」

 

 ――円卓の魔術士、第二席。王国"筆頭魔剣士"テオドールには直下の門弟(もんてい)が存在する。

 総大将である岩徹であっても、完全な私兵たる彼らを自由に命令できる立場にはない。

 それでも第二席を含めて軍全体にとって貴重な戦力であり、"伝家の宝魔剣"には違いなかった。

 

 暗殺者の噂にわざわざ後方から前線まで来て、一般兵にまで(ふん)して迎撃したことだけでもありがたいほど。

 であるならばこれ以上引き留めるのは、さらに心象まで悪くすることになりかねない。

 

 

「存分に意を果たされるよう……」

「雑事は任せる」

 

 円卓の魔術士本人も含めて、それらを遊ばせておく余裕は正直あまりなかった。

 それでも()が強く気まぐれな国家直属の重鎮の一人に……命令を強制すればどうなるかはわかりきっている。

 強力であるが扱いにくい――戦争においては面倒極まりない駒であるが、"岩徹"としても初めてのことではない。

 

 数多くの戦場経験は決して伊達(だて)ではなく、遠征軍に相応しいだけの実力を備えている。

 こういった状況をきっちりと含んだ上での、戦争のやり方はしかと心得ていた。

 

「もし暗殺者の風貌をお教え頂ければ、こちらでも――」

()らぬ世話だ」

 

 実際のところ暗闇と魔術とフードによって、よく見えていなかったというのが一つ。

 しかし仮に見えていたとしても、テオドールは己の獲物の特徴を教えるつもりはなかった。

 

「あなたがそこまで意思を固めているのであれば……これ以上言えることはありません。

 どのみち厄介な敵へは、王国軍としても分相応の戦力を充当せねばなりませんから」

 

 総大将でありながら中間管理職のような役回りを甘んじるのも、全ては国家と戦友と家族と己自身の為。

 こういった厄介な事案も上手く転化し、大いに利用してこその軍属で上に立つ者としての器量であった。

 

「失礼する」

 

 "筆頭魔剣士"テオドールはそう言うと、一瞥(いちべつ)もくれずに天幕を去ったのだった。

 

 

 

 

「おぉーーー……これはこれは、第二席どの、ご機嫌(うるわ)しゅう」

 

 テオドールが天幕から出てからそう時間も経たず現れたのは、一人の紅い魔術士用ローブを纏いし男。

 

「何用だ、貴殿に(とき)()く価値があるだけのことか?」

「はははっまあ、そう邪険になさらぬことです。この"火葬士"、いずれは同じ円卓へ座る身ですゆえ」

 

 そうのたまうは王国魔術部士隊3000人の長である、火葬士と呼ばれる将軍級魔術士。

 派手な火属魔術を操るその男は戦場における花形であり、戦場経験も豊富な叩き上げ。

 頬から首下まで続く痛ましい火傷の痕は、体中を(おお)っているのだろうと容易に想像させた。

 

「貴殿は戦争が好きなのだと思っていたがな」

「たしかに円卓なぞに納まってしまえば、(いくさ)の機会も少なくなってしまう」

 

 火葬士は薄気味悪い笑みを浮かべながら、腕を組んで悩むような仕草を見せる。

 

「ただ円卓の方々(かたがた)が持つ数々の特権は捨てがたく、また命令系統に囚われぬ軍事行動も魅力的です」

(いか)れが……――」

()なことをおっしゃる、それはあなた()そうなのでは?」

「我は試しの場を欲するだけに過ぎん」

「ならばわたくしも似たようなものです。己の限界を超え、戦場を華やかにしているだけですから」

 

 

 テオドールは鋭く冷やかな色をした双眸を、対面の男へと向ける。

 

「ふんっ、二つ名(・・・)に偽りなしか」

「それが何か? 火葬は素晴らしい処理方法です。生物は軽い軽ぅ~い灰と化し、(やまい)を生むこともない」

「たとえ()()()()()()でもか?」

「手間を(はぶ)いてやってるに過ぎません。それに火とともにその魂は、ディアマ様のもとへゆくことでしょう」

 

 火葬士は大仰(おおぎょう)に手を広げて、その正しさを説くように言い放った。

 後半の言葉に対し、目を細めたテオドールは問いただすように口を開く。

 

「貴殿は――三代神王"ディアマ"信仰か」

「そう言うあなたはやはり魔王崇拝ですか? まさか邪教(・・)や竜教団はないですよね?」

「いや……(はなは)だ不愉快なことだが」

「ん、おぉ!! これはこれは意外な共通点、いやしかしなるほどそうか、魔剣(・・)ならば確かにそれも納得です」

 

 三代神王ディアマは火属魔法のみならず、"永劫魔剣"という魔法具を用いた剣士でもあったという伝承。

 戦争をその象徴とする彼女(・・)は、大陸を斬断した結果として極東が切り離されたという事実が残る。

 

 "筆頭魔剣士"よばれる者の使う技は、実際に同じものかは定かではないものの……それに近しいものはあろう。

 となればディアマ信仰もうなずける話で、はからずも同じ神王教ディアマ派という信徒同士となる。

 

 

「はてさて同じ話題で語り合いたいところですが、どうやら諸将(しょしょう)もお着きのようで――」

 

 火傷によって敏感となった肌を通じて感じ取った気配に、火葬士は肩をすくめた。

 

「円卓の方々(かたがた)は軍議には参加しないのですかな?」

「雑事は貴殿らの領分だ」

「雑事、ですか……」

 

 そう一言だけ繰り返し、火葬士は天幕のほうへと歩いて行った。

 筆頭魔剣士も自陣へ戻るべく移動を開始すると、すぐに次々と諸将とすれ違っていく。

 

 隣領ベルナール領主にして、同領地軍の将軍――"ベルナール卿"。

 全身鎧に身を包む大男――精鋭魔術騎士隊の"大隊長"。

 戦場(いくさば)に似つかわしくない――実験魔術具隊の統括、名も知らぬ"王立魔法研究員"。

 他にも正規軍の"岩徹"直下に命令系統に属する、上位級指揮官が幾人(いくにん)も。

 

 

 だがいずれにも興味は湧かない。テオドールにとって相手すべきは――

 

『あらぁ? 魔剣士ちゃんはゴキゲンななめぇ?』

 

「黙るがよい」

()()()()()()()()として、これくらいの会話はいいんじゃなぁい?』

 

 そう唐突に現れて両脇から同時に喋るのは、"二人の同じ顔をした女"であった。

 

「貴殿らの声は聞いていてかなわん」

『えーっ?』

 

「そうぅ?」

「かしらぁ?」

 

 それまで同調して喋っていた女二人は、あえて分割して疑問符をつけた。

 ――円卓の魔術士、第十席。二人にして一人たる"双術士"。

 実年齢よりも若々しく見えると同時に、内包する(つや)めきは特殊な魔術と魔力あってのもの。

 

『少し前までは、なーんか淡々としてたのにどうしたのぉ?』

「わかるまい」

『というか実はけっこう乗り気ぃ?』

「……」

 

 黙ったままのテオドールの態度にも気にすることなく……。

 歩く速度を落とさぬまま、双術士はまとわり離れずついていく。

 

『それにしてもぉ、持ち回りとはいえ兵役義務があるのは面倒ねぇ』

「承知で円卓に座ったのだろうが」

『たしかに。でも今回は()()()()()()()()が見られるからいいかしらぁ』

「"魔術騎士隊"か――」

『まあわたしには足元にも及ばないだろうけど、少しだけ興味があるわぁ』

「結構なことだ」

 

 ふとテオドールは、少しだけ双術士の話に付き合うことにする。

 彼女らの魔術には見るべきところがあり、魔術騎士隊の有用性が証明されたのならば……。

 弟子達にも一部応用・流用が可能なのかも知れないと。

 

 

『ただなんかインメル領軍が、地味にやる気マンマンみたいなのが気になるよねぇ』

「一個軍など、所詮は有象無象に過ぎん」

『でも番狂わせってやつぅ? これはきっと何かの陰謀を感じるわぁ』

「聞きかじった程度で戦術を語るな。戦争などほぼほぼ順当に始まり、順当に終わるのみ」

 

()()()()、でしょぉ? 例外だってないわけじゃないんでしょぉ?』

 

 すると双術士は顔を見合せてから、自問自答するように同時に発した。

 

「もしかしたらぁ?」

「もしかするかもぉ!」

 

 パンッと二人の女は両手でそれぞれの両手を、鏡合わせのように叩く。

 その一挙手一投足が、統一された動きを二人は常に(おこな)っていた。

 

(つゆ)ほどにも思ってないだろうに、薄ら寒い小芝居はやめろ」

『そっかなー、あははははっ! でもぉ暗殺者ってのは、その"例外"なんじゃなぁい?』

「……彼奴(きゃつ)ともし出会っても、手を出してくれるなよ双術士」

『んっんっん~? もしかしてそれが気分が揺れてる理由かなぁ?』

 

 ぐるりと回り込むように、覗き込んでくる双術士を気にも留めずテオドールは再度勧告する。

 

「その時は我が手で貴様を斬る」

 

 そうして立ち止まりながら、ゆるりと剣の柄に手を掛けるような仕草を見せる。

 

『円卓同士の争いはご法度(はっと)じゃなぁい?』

「それでも、だ」

 

『うわぁコレ本気のやつぅ。別に興味ないからいいけどぉ――』

「それで良い、余計なことをするな」

 

『はいはーい、こじらせると大変ねぇ』

 

 ひらひらと躱すようにそう言い残すと"双術士"は姿を消した。

 一方でテオドールは嘆息を一つだけ吐いて、歩みを戻したのだった。

 

 



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第三部 3章「インメル領 会戦 -破-」
#136 開戦号砲


 

 ──シップスクラーク商会、中央拠点。

 

(仮にこっちが突出しすぎると……)

 

 周辺の手書き地形図に並べられた駒の一つを、"素銅"のカプランはコツンッと指ではじく。

 

 戦争というものはこれまで門外漢であったが、触れてみれば存外に奥が深い。

 直接指揮などはあまり(がら)ではないものの、後方で考える分には面白い。

 

 ありとあらゆる情報を集積し整理、そこから輪郭だけでなく中身まで推察。

 必要なモノを、必要な場所に、必要な分だけ、適切に差配・投入していく。

 敵の心理を読み取り、利用して裏をかく。今までの仕事とそう変わらない。

 

(その場合こっちの気勢を削げば──……うん、あとは実際になってみないとわからないか)

 

 想像しうる限りの戦局を頭の中で浮かべながら、カプランは自分なりに結論付けた。

 彼に付随するありとあらゆる行動には(おご)りも謙遜(けんそん)もなく、過不足のない評価だけが存在する。

 

 

(ソディア・ナトゥール……彼女は参考になったな)

 

 ワーム海賊の首領たる少女の戦略眼と戦術の組み立て、学べることは非常に多かった。

 組織を使って復讐を為す──それまでは、考えはしても実行しようとは思わなかった。

 他者を巻き込むのもはばかられたし、復讐とは自分だけのもので他人には渡したくなかった。

 

(しかし今は──)

 

 今度は奇抜な発想でもって地図上の駒を動かしながら、脳内で並列処理しつつ自身へと思いを致す。

 共有することも……そう悪くない。環境とはこうも自分を変えてしまうのかと。

 未知を知り未来を求め、何事も楽しんでいく心意気の(とうと)さがいつの間にか身についていた。

 

 自分で組織を作ることはなかったが、シップスクラーク商会の組織の幹部として……。

 それを利用することに、もはや躊躇(ためら)いのようなものはなかった。

 

 

「そろそろかな……──」

 

 開戦を直前に控えたところで口に出し、ゆっくりと深呼吸する。

 頭の運動を終えたカプランは、改めて駒を元に戻しつつ照合させる。

 

 海上における主役──輸送と海戦を展開する、ソディア率いるワーム海賊と輸送艦隊を含めた700。

 商会の秘匿部──テクノロジーの(すい)を運用する、シールフとプラタ率いる砲兵陣地が50と同数近い専属傭兵。

 陣地防衛の(かなめ)──後方本陣の防衛に専念する、インメル領地軍が2000。

 陸上における高機動軍──主戦力にして遊撃も担う、バリス率いる騎獣兵団が3000。

 戦場の後詰(ごづめ)──予備隊として戦線に逐次投入する、ベルクマン率いる自由騎士団が1500。

 航空制圧の精鋭──ベイリル、プラタ、そして鳥人族などで構成された騎獣空軍が100。

 戦争の決め手──兵站線を破壊する、バルゥ率いる騎獣猟兵部隊が200。

 

 自身は本陣にて各種取りまとめ。ゲイルは主戦場外で仕事がある。

 クロアーネは引き続き諜報任務を継続中。テューレは上空で観測と通信要員を兼ねる。

 ハルミアは前線医療。キャシーは遊撃要員。戦場外の領内にて、ニアが輸送を担当している。

 

 実動戦力は10000にも満たないが、しかして生え抜きである。

 騎獣民族・ワーム海賊・自由騎士団を仲間に引き入れられたことで(えが)かれた絵図。

 

 

(王国遠征軍──)

 

 次に地図上に長い列になって並べられた、赤色の駒へと視線を移す。

 

 商会が張り巡らせている情報網と、ベイリルとクロアーネが収奪してきた資料類。

 さらにはアルトマーからもたらされた情報と、"リン・フォルス"や自由騎士団の人脈(コネ)から得た情報。

 また補給の流れから把握可能な、実際的に動いてる──動ける数の類推(るいすい)

 

 道中で制圧していった各拠点に残した予備兵を差し引いて……。

 それら全てを統括して導き出された敵軍の陣容を、盤上の駒と共に確認していく。

 

 帝国インメル領に隣接した、王国領にあたるベルナール領地軍が4000ほど。

 王国中央からの正規遠征軍が5000近く。

 ベルナール領軍と王国正規軍の騎馬隊がそれぞれ約2000ずつ。

 正規軍に随伴する奴隷前衛軍が8000超。

 同じく後方で多様な戦局変化を(にな)う専門魔術士部隊が3000。

 独自裁量が許されている精鋭、魔術騎士隊とやらが300。

 王国の"(おおやけ)の暗部"とも言われる、実験魔術具隊が100。

 王国航空部隊と、王国海軍に関しては不明瞭でいまいちわかっていない。

 

 さしあたり(りく)で確認できているだけでも、およそ25000弱に及ぶ大軍団。

 侵略道中の制圧拠点に兵員を()いての軍である為、総量としてはさらに多いことになる。

 

 実際的な数までを完全に把握することはできず、常に想定し続けねばならない。

 

 

(王国遠征軍、総大将"岩徹"。王国でも指折りの大将軍──)

 

 さらには"円卓の魔術士"という切り札も控えている。

 単純な兵力の多寡(たか)で言うのならば、防衛戦であることを差っ引いても決して(やす)(いくさ)ではない。

 とはいえ焦土戦術を含めて、敵軍は補給が十全でなく、士気も決して高くなく……。

 

 シップスクラーク商会にとって、敗北や撤退という選択肢はもはやない。

 徹底させた情報操作によって、向こうはこちらの情報をそこまで掴めていない。

 

「戦略目標は──」

 

 盤外に存在する帝国本軍の位置も計算に入れながら、カプランは感情を(おもて)に薄く笑みを浮かべる。

 

「人生の張り合いというものは、いつだってどこにだって転がっているものか……」

 

 そうささやくような言葉は、彼の今までの人生になかった色を添えているようであった。

 

 

 

 

 ──対王国遠征軍、予定戦地高空。

 

 ()は"圧縮固化空気の足場"の上に座り、遙か下の地上を盤面のように捉える。

 彼我の戦力差と布陣とを眺めながら、後顧(こうこ)(うれ)いはないかと自問する。

 

「よしっ、準備は万端整っている。あぁ……もうこれ以上は望むべくもない」

「カァゥッ! キュァッ!」

 

 俺の言葉に応えてくれたかのように鳴いた幼灰竜は、くるくると周囲を飛び回っていた。

 

「元気だなぁ、アッシュは」

 

 すると灰竜アッシュは、翼を折りたたんで俺の右肩へとおさまった。

 今はまだ人語を解していることもないだろうが、俺は一人言ついでに語り掛ける。

 そうやって口に出すことで再認識できることもあるし、相槌を打ってくれるなら興も乗る。

 

 

「人類ってのはな、アッシュ。お前たちから見れば愚かなのかも知れない。どんな状況でも争いは起きる」

「クアァァ」

 

 かつて竜種は──神族が台頭してくるまで、"頂竜"を獣の王として完全な統一社会を築いていたのだという。

 同族同士で血を流すことは決してなく、あくまで秩序を持って覇を争うでなく、(きそ)っただけなのだと。

 

「俺も例に漏れんわけだが、いざこう落ち着いて待っていると……本当に()(がた)いと思う」

「クウゥゥ」

 

 まるで俺の感情を代弁するかのように、灰竜アッシュは反応を返してくる。

 

「まぁ()()()()()人生──皆で企図(きと)した戦争だ。人類の発展と未来の為に頑張るさ」

「クゥアッ!」

 

 映し鏡のように灰竜アッシュは翼を広げながら、元気良く声を上げた。

 そのまま肩から膝の上に降りた灰竜の頭を撫でてやりながら、俺は話を続ける。

 

 

「さてさてアッシュよ、戦争はいったい(なに)ですると思う?」

「カァゥゥ?」

 

 見つめる俺に対し、灰竜アッシュは首を(かし)げるように視線を返す。

 

「そうさな……火力、機動力、練度、物量、兵站、士気、戦略・戦術、そして情報──」

 

 この異世界には"伝家の宝刀"にして戦略兵器ともなる、圧倒的な単一個人戦力もある。

 指折り数えていった俺は、そのままグッと拳を握り締めて灰竜アッシュへと強く語る。

 

「どれも重要だが、あえて言わせてもらおう。戦争とは──"テクノロジー"でするものだ! とな」

「クアァアッ!」

 

 相手の技術水準より高い兵器を持つことが、戦争をより確実な勝利へと導いてくれる。

 

 石器時代に弓を。青銅器に対し鉄器を。槍と弩には、新たに銃と大砲を与えよう。

 戦列へは機関銃を叩き込もう。敵の陣地ごと戦車による電撃戦で蹂躙しよう。

 大艦巨砲主義には、潜水艦や航空戦力にて目にものを見せよう。

 レシプロ機を相手に、ジェット戦闘機を持ち出そう。

 アナクロな軍事国家へは、レーダーと電子制御とミサイルで思い知らせてやろう。

 認識圏外からの超高々度ステルス爆撃機で、戦意を粉々に打ち砕いてしまおう。

 

 そういった圧倒的優位(アドバンテージ)を、こちらは一方的に得ることが可能なのだ。

 それこそが相手国より一歩・二歩と先んじた、"テクノロジー"の為し得る絶対戦略。

 

 

「そうだ──恐れよ、(おのの)けよ。そして自分達にも"必要"を感じ取れ」

 

 戦争こそが文明を発展させてきた──起爆剤にして燃焼促進剤。

 こちらが保有するありとあらゆるモノに……嫉妬し、羨望し、そして追い求めよ。

 文化に震え、開発に投資し、競合し争い、人類皆すべからく進化するべし。

 

「英雄を欲するような戦争は……いずれ終焉を告げる」

 

 特定個人であれば恨みを買い、暗殺されることもあろう。

 しかし高度なテクノロジーで武装した、国と軍という曖昧なものを恨んだところで無駄なこと。

 国家規模の軍事力に対抗し得るなど、()()()()()()なものである。

 

 

「キュゥゥア! クアッ!」

「そうだアッシュ! 俺たちがその最先端だ!!」

 

 灰竜の鳴き声を好き勝手に解釈しつつ、俺は自分に言い聞かせるように叫ぶ。

 

 異世界では科学的な軍事テクノロジーは、大して発展していない。

 それはやはり魔力と魔術という存在が大きく、また積まれた時間と歴史的な問題もある。

 

 広域破壊魔術があるのに、何故わざわざ輸送と製造の手間がある大砲を使わねばならないのか。

 需要が存在しなければ、そこに必要と発明と研究は生まれないのである。

 

「まぁあと1000年ほど後に生まれていたなら……諸々が発展した世界だったかも知れないが」

 

 火薬をはじめとした化学物質の多くは、元は不老不死や錬丹術・錬金術などにより端を発している。

 異世界で不老長寿を求めるならば……既にいる長命種を研究したほうが手っ取り早い。

 未知の科学分野を研究するよりも、まずは身近なモノに向かってしまうのが人情である。

 

 さらには強力な魔導師が肉体活性で若々しいように、魔力による恩恵は寿命にも影響を与える。

 そんな魔術の探究も、個々の魔力容量に大きく左右されてしまい、また秘匿性も高く共有されることがない。

 神族も魔力の暴走・枯渇という現象もあってか、思うようにならないのもまた事実。

 

 

(そもテクノロジーは()()()()も数多いわけで)

 

 もちろん集合知や、人数や資金を投入した地道な研究から芽吹くモノもある。

 しかして特定少数の天才の閃きと研究によって、急激に特定分野が進むことが散見される。

 効果の高い物質も、一定の割合で調合や培養することで、偶発的に完成することが少なくない。

 さらに記録の保存や通信技術が未熟な世界では、散発的に発生したとしてもいずれ失われてしまう。

 

(そこらへんは地球史でも変わらない──)

 

 歴史の中で"ロストテクノロジー"と言われるものがいくつか存在している。

 そうでなくとも紀元前の文明で(つちか)われたモノが、中世においては存在せず重大問題となることもある。

 結局のところ技術一つとっても、それを継承していく体制がなければ一時(いっとき)のものとなってしまうのだ。

 それは異世界の魔術文明にしても同じであり、門外不出のまま失われたモノも少なくないだろう。

 

 欲求に伴う"必要"と、育て研究する為の"環境"と、保存し共有する"継承"。

 この三角形を維持することが、文明を進化させる為の大原則である。

 

「だからこそ現代知識ってのはチートなわけだ……」

 

 たとえば馬に着ける(あぶみ)だとか衣服のボタン、農耕用具や出産器具、スクリュープロペラに熱気球、あるいは望遠鏡や光学顕微鏡など。

 発想それ自体はとても容易(たやす)()()()()に過ぎないように見えて、構造も極々単純なものであったとしても……。

 その()()()()()()()に至ることができなければ、まったくもって気付くことができない。

 また技術的に運良く到達したとしても理論にまでは届かないまま、児戯のようなものとして埋もれていったのも……人類のテクノロジー史の一端(いったん)であった。

 

 最初から理論と技術における正解を知っているというだけで、歴史上の数え切れない偉業を(かす)め取っている所業。

 あらゆる資源の浪費と、終わりの見えぬ労力と、膨大に積んでいく過程をすっ飛ばし、成果と生産性をもたらす行為。

 

 情報の共有や積算が未発達な世界において、それは凶悪という言葉すら生ぬるい。

 そうした成果の、まだまだほんの一部ではあるものの……これから試される──

 

 

「さていよいよだ、アッシュ」

 

 俺は地上で見つめながら立ち上がり、灰竜アッシュも翼をはばたかせる。

 

「開戦の号砲だ、アッシュ。俺たちも()くぞ!!」

「キュゥゥアアアッ!!」

 

 ドォンッ──と、発した言葉と鳴き声に重なるように、商会謹製のカノン砲の発射音が上空まで轟く。

 

 眼下で(うごめ)く王国軍まで伸びていく軌跡は、無造作に敵陣を食い散らかしていくのだった。

 

 

 



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#137 制空戦力

「ひやーすごい」

 

 地上軍を望む高空から、鳥人族の"観測手"テューレは言葉を漏らす。

 

「個人としても記録せねば」

 

 そう言って観測の合間を見ながら手元のメモに、戦争の様子を事細かに書き連ねていく。

 それらは全てシップスクラーク商会の記録として、各種保管すべき文書やデータとなる。

 また直近においても戦災復興措置や他国への喧伝(けんでん)材料として、重要な情報資材――

 

 テクノロジーがもたらす戦果、戦場の推移と行く末。

 一つの視点から構成される、歴史の一端(かけら)にして一譚(ストーリー)

 こうして関われることは、情報員冥利(みょうり)にも尽きるというものであった。

 

 

「う~ん、にしても本当に"強く念じる"だけでいいんですかねー?」

 

 それで"読心の魔導師"には伝わっているらしいのだが、実感としてはまったく存在しない。

 ただ確かにカノン砲による第二射・第三射がより効率的に、敵軍を粉砕していくのを見る限り……。

 

「まーまーちゃんと伝わってるんでしょー」

 

 頭の中を覗かれていると思うと、少し嫌悪感のようなものもなくはない。

 とはいえ隠し立てすることも特にないし、あくまで表層部分だけだという。

 

 地上でのやり取りを思い出す――シールフ魔導師と手を繋いで、()()()()()とかいうものをした。

 それでこちらが送信し、むこうが受信するという条件が整ったのだとか……単語の意味がいまいちわからない。

 

 なんにせよ勝利と発展には必要なことであると()かれた手前、さして拒む理由もなかった。

 

 

 ――しばらくすると疾風と共に参上する影を、目と肌で捉える。

 

「よう、テューレ」

 

 ゆらゆらと風の波に乗るベイリルが、幼灰竜を肩に乗せてそこにいた。

 テューレは"虚幻空映(きょげんくうえい)"の範囲から、体の半分ほどを出す。

 

「どもどもー、よく見つけられましたね?」

「そりゃ"その魔術"を教えたのは俺だし、まだまだ練度が足りてない」

「まだ甘々ですかー、精進します」

「知らん奴なら早々気付かれないだろうけど、一応は気をつけてくれ」

「心得ましたー」

 

 周囲の大気密度を操作し、光を歪めて姿を消す魔術。

 その性質を知り、直伝したベイリルだからこそ見つけられた。

 ハーフエルフの強化感覚と索敵魔術があってこそ、あっさりと捕捉できたに過ぎない。

 

 

「まっとりあえず、こっちは今のとこ大丈夫そうだな」

「はいー、ベイリルさんとフラウさんたちのおかげで、安全に観測できてます」

「本当なら"気球"や"飛行船"で、空中拠点を用意しときたかったんだがな」

「あー例の。たしかに空でも羽休めできるのなら、確かにありがたい話ですねー」

 

「ただ目立ちかねんし、今はまだ他国に知られると面倒なテクノロジーだからすまんな」

 

 単純に間に合わなかった、人員を割くだけの余裕がなかったのも事実。 

 ないものねだりは詮無(せんな)いことであるし、運用する機会はまだまだある。

 

「お気になさらずー、飛び続けるのは慣れてますから」

「まぁ制空権についてはこっちで引き続き確保するが……万が一の時は――」

「はい大丈夫です、自分も人並には戦えますのでー」

 

「いや普通に逃げてくれていいよ、最速で」

「じゃっそうしますー、最速で」

 

 鳥人族でツバメの翼を持つテューレの平均時速と航続距離は、ベイリルをも凌駕する。

 さらに竜巻を纏った凶悪な軌道は、空中戦でも戦力として数えられるくらい達者であった。

 

 

「どうしても戦力が必要になったら、改めて打診するよ。特別賞与(ボーナス)込みで」

「それじゃ必要になることを願いますー」

「くはっはははは、今しばらくは重要な役割だからな。引き続き安全圏で"観測"を頼むよ」

「承知してますー」

 

「結構――さてとじゃあ俺もぼちぼち、派手に敵陣を攪拌(かくはん)してくるかな」

()()()()……混ぜるんですかー?」

「そうだ、攪拌だ。魔術を使ってな」

 

 そう言うとベイリルはほくそ笑むように唇の端を歪める。

 

「地上からの対空攻撃にも、くれぐれも注意してくれ」

「了解ですー」

 

「キュァア!!」

 

 元気みなぎるいななきを残した幼灰竜とベイリルは出撃していく。

 

「背伸びせず、まずは自分の仕事をこなしきる。大切なことですねー」

 

 テューレはペンを回しつつ、敵陣に伸びる弾道を鳥瞰しながらうんうんとうなずいた。

 

 

 

 

 俺は"エリアル・サーフィン"で風の波を掴み、大空を走るように移動する。

 しばらくすると遠目に無数の影を捉え、次々と墜落していくサマが見て取れた。

 それは倍増した"重力場"の領域に入った敵の飛行部隊であり、ことごとく地面へ激突していく。

 

「あっちも危なげはなさそうだな」

 

 "遠視"でフラウや、さらに遠くに見える騎獣民族の飛行部隊を確認する。

 フラウが重力場を作り出し一定範囲を制圧。鳥人族入り混じる騎獣部隊も散逸する敵空軍を駆逐している。

 

「戦果は重畳(ちょうじょう)。俺たちは本丸を攻めるぞアッシュ」

「クァアッ!」

 

 幼灰竜の返事と共に、俺は魔力加速のギアを上げてさらに風速を上げる。

 風力圏内にいる灰竜アッシュも、俺の空属魔術の恩恵をその身に受けてついてくる。

 

 一定の位置に来たところで急上昇し、空中で固化空気の足場に立って静止する。

 

 

歪曲(わいきょく)せよ、投影せよ、世界は偽りに満ちている。空六柱改法――"虚幻空映(きょげんくうえい)"」

 

 はじめに周辺の大気密度を歪め、光を屈折させて灰竜アッシュもろとも周囲一帯の姿を隠す。

 続いて――叫ぶ(シャウト)でなく(ささや)く声が、生きとし生ける者の全てを明らかにする。

 

「"Laas Yah Nir"――」

 

 反響定位(エコーロケーション)と"空視"を併用して索敵し、天空における敵配置を把握する。

 感知した敵をマルチロックするかのように、頭の中で狙い澄ましてから詠唱を開始した。

 

(くう)流弦(りゅうげん)(かな)(とど)まるその旋律、凄絶(せいぜつ)にして第四の(いかずち)――」

 

 俺は目の前に両手を突き出して、ゆっくりと丁寧に()()()()()していく。

 フラウの引力圧縮するサマを参考にし、大気を移動させるでなく逆にその場に固定し続ける。

 空気圧縮機(コンプレッサー)の超強化版。極一点に凝縮される空気は……()()()()()()()()()()()()

 

 地上において、およそ物質には固体・液体・気体の三つの状態がある。

 しかしこの魔術はさらにもう一段階、第四の形態である電離体(プラズマ)へと導くもの。

 圧縮し続けて熱せられた空気は分子の結合を解かれ、原子はさらに正イオンと電子に分かたれ電磁場を持つ。

 

 すなわち超高密度に圧縮された、超高熱のエネルギー塊。

 "黄竜"が周囲に浮かべていた電撃の塊を模して、"電離気球(プラズマスフィア)"を(つく)り出す魔術。

 

 その身に電撃を直接受けたことで、はからずも()()()()()()()()体得することができた。

 実際に経験すること、痛みと共に刻み付けられたイメージというものは存外強固なもので――

 迷宮最下層からの地上までの帰り(みち)で、練り上げる時間はたっぷりとあった。

 

(キャシーよろしく自由自在とはいかないが――)

 

 直接操るというよりは、物理的に作り出されたモノを利用する非常に変則的な発動。

 死にかけたものの魔術士として新たな幅を広げられたことに、黄竜にはとても感謝したい。

 引き出しは多いに越したことはなく、新たに発展できることもある。

 

 

「空六柱操法――"天雷霆鼓(てんらいていこ)"」

 

 俺はじっくりと安定化させた電離気球(プラズマスフィア)を、遠く敵空軍へ向かって射出した。

 虚空から出現した謎のエネルギー塊に対して、逃散するような動きを見せる王国空軍。

 そんな敵陣のド真ん中へいったところで……圧し潰すように右手を掌握する。

 

(はじ)けて()ぜろ」

 

 小さく圧縮した後に、さながら花火のように膨張・拡散する雷撃が炸裂した。

 空気の絶縁を破壊しながら空間を染め上げる電撃は、逃げ場なき暴威として一切の容赦なく。

 目が潰れんばかりの閃光と、耳を裂け貫く爆音が(とどろ)き渡る。

 

 まともに喰らった過剰電流で、血肉が沸騰し黒焦げとなる者。

 運良くダメージが軽度であっても、麻痺して航空能力を失い墜落する者。

 雷撃を逃れても、閃光と爆音によって視力と平衡感覚と思考能力とを奪われ、これもまた地に落ちていく。

 

 しかし唯一敵部隊長と見られる人間は、なにかしらの魔術で防御したのかこちらを捕捉し飛んできていた。

 

 

「やってくれた、やってくれたなキサマ……」

 

 死に落ちていく部下をわずかに視界におさめつつ、憤怒の表情をこちらへ向けてくる。

 

「悲しいけどこれって戦争だからさ、手心を加えず殲滅させてもらう」

「わからいでか、秩序を――」

「うん……?」

 

 わなわなと震える敵部隊長へ、俺は疑問視を投げかける。

 

「戦場には戦場の秩序がある、キサマらのこんなやり方が戦争などと――」

 

(王国軍人らしい、実に型にハマった考えなことだ……)

 

 とはいえ戦争の慣習から鑑みて、破天荒にやらかしているのはあながち的外れというわけでもない。

 通常は追い詰められるまで温存しておくというのが、国家間戦争における共通認識。

 

 しかしながらリスクを覚悟の上でゲイル・オーラムも使っている。

 本当の本当に追い詰められた時には、シールフも戦ってくれるだろうと淡く姑息な打算もある。 

 そして自らを伝家の宝刀を気取るつもりはないが、初手から全力で殺しに掛かっている。

 

(まぁ厳密には国家同士の戦争ではないし、な――)

 

 さらには焦土戦術を仕掛け、圧倒的なテクノロジーで一方的に蹂躙している。

 暗殺して回って得た情報を利用して、常に優位に立つよう戦略を組み立てている。 

 

 労なき侵略戦争だと考えていた王国軍からすれば……今の状況はまさに悪夢に違いなく。

 部下を目の前で殺し尽くされた彼も、悪態の一つでもつきたくもなろう気持ちはわからなくもない。

 

 

 嘆息(たんそく)するように肩をすくめてから、俺は敵部隊長へと告げる。

 

「俺の故郷(・・)に、"勝てば官軍"という言葉がある――」

「……なに?」

「普遍的に言うのであれば、"歴史は勝者が作る"ってこと。あいにくだが常識は変わっていく。

 新たな秩序とやらは俺たち(・・・)が定める。魔導科学によって創られ、世界中へと浸透していく」

 

 テクノロジーの発達は、それまでの戦場の基本を塗り替えてしまう。

 

 他方から見ればそれはズル(・・)としか言いようのない、理不尽極まりないものだろう。

 しかしそれが新たな価値基準(スタンダード)となり、思想も伴って変化していくのが歴史の常。

 

「"神王"でも気取るつもりかァ!!」

「人類と文明の発展は、神族をも超越する――否、全員が揃って進化の階段を(のぼ)るんだ」

 

 激昂して突っ込んでくる指揮官へ、俺は冷静に距離を見つつ魔術を叫ぶ(シャウト)

 

「"Fus Ro Dah"!!」

「ぐっうぉあアッ――」

 

 肺中から続くように放たれた"音圧衝撃波"によって、敵部隊長は自身を支えられず吹き飛ぶ。

 大気をつんざく轟音の余韻が消える前に、俺は直近で飛んでいた幼灰竜へ手を伸ばし――その身を撫でた。

 

「アッシュ……」

「クァアッ!」

 

 意図を察した灰竜アッシュは、くるりと一回転して敵の姿をはっきりと瞳に映す。

 

「"Dracarys"――」

 

 俺は教え込んだその合図を口にすると、アッシュは「クルル」と喉を鳴らしてブレスを吐いた。

 幼いながらに放たれる灰竜の吐息は、標的となった者を直接"風化"させゆく。

  

 瞬く間に(ちり)と化した敵部隊長を振り返ることもなく、風波に乗って次に向かう。

 

 彼が放った悪態にも、死の(きわ)の顔も、もはや心が揺れることなど……微塵にもなかった。

 清濁余さず併せ呑み、余さず(かて)とすることを――己自身へと誓ったゆえに。

 



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#138 砲兵陣地 I

 そこは小高い丘の逆斜面上に構築された、特別な陣地であった。

 味方の軍内においても特殊な立ち位置であり、また厳重な警備と管理体制が敷かれている。

 なにせテクノロジーの機密が詰まった場所。そこにいるのも選別された人間のみ。

 シップスクラーク商会の兵器関連研究員と、運用補助および護衛の為の専属契約する傭兵部隊だけであった。

 

 統括するのは"燻銀"シールフ・アルグロスと弟子のプラタ。

 

 陣地には従来のそれとは一線を画すデザインの、天を突く長砲身が一定の距離を置いて並べられている。

 それらが順次轟音と共に煙を吐いて、自軍の頭上を抜けて敵軍へと突き刺さる。

 

「プラタ~、一番は方位(ほうい)そのままで仰角(ぎょうかく)を五度上方修正、二番は維持で再観測、三番は――」

 

 椅子に座る()は、ゆったりと聞き取りやすい発音で弟子へと命令を伝えていく。

 

「はいお師さま」

 

 プラタは言われるままにメモに取っていき、次に"グラス"へと()を当てた。

 

『一番通達、方位据え置きで仰角を五度上方修正してもう一発おねがいします、どうぞ――』

 

 口に当てたグラスを今度は()に当てて、器の底に繋がれた糸をピンッと張る。

 

『確認よしっ』

 

 その一動作が終わるとグラスを置き、次に隣のグラスを取って同じようにする。

 

『二番通達、現状維持のまま固定で再射を願います、どうぞ――確認よしっ』

 

 合計で5つほど並べられたグラスに順次声を当てて、プラタは繰り返していく。

 "糸電話"の要領で離れた砲手達へ伝達する、原始的だが有効な通信手段。

 

 5台のカノン砲と砲兵部隊は、命令内容に準じて再度砲撃を(おこな)った。

 

 

「お師さまー、大丈夫ですか?」 

「ありがとプラタ。問題ないよ」

「気分悪くなったらいつでも言ってください」

 

 我が愛弟子(まなでし)は"戦場の悪感情"からくる、私の体調不良を心配してくれていた。

 

 しかし実際的に調子を崩すなどといった、ヤワな時期(・・・・・)はとうの昔に過ぎ去っていた。

 確かに読心の魔導を開眼してからしばらくは、読みたくもない記憶や感情が四六時中襲ってきた。

 

(若かったなぁ――)

 

 あの懐かしき日々を思い出す。王国の一般家庭の子として生まれた。

 夢見る少女だった、恋に恋する乙女だった。

 憧れた人がいる王立魔術学院へ、猛勉強して特待生として入学するほどに。

 

 でもどうしても、どうしたって、どうしようもないほどに、今一歩を踏み出せなかった。

 だから本当にただ一心で願い続けていた――"あの人の気持ちが知りたい"、と。

 

(それで実際に魔導に至ってしまったのだから、我ながら……)

 

 そんな過程で開花してしまったものだから、まともなコントロールもできず未熟なまま振り回された。

 叶えたかった願いも成就した……確かにあの人の気持ちを知ることはできた。

 

 しかし読み取った想いが、自分の願望に沿うかは……――まったく別のお話。

 まさに"若気の至り"そのものであり、若くして魔導に至ったことで散々な目に()ってしまった。

 "憧れは幻想だった"し、当然ながら人間不信からも(まぬが)れることはできなかった。

 

 それ以上に周囲からの記憶と感情の濁流で、単純に精神がどうにかなってしまった。

 

 

(う~ん、忘れたい"黒歴史"――)

 

 ベイリルの記憶から読んだ単語が、この際はとてもしっくりくる。

 魔導によって自分の記憶を消すこともできるが、いくらなんでもそこまではしない。

 今となっては大切な思い出とも言えるし、現在の自分を形作るものゆえに。

 

(なんにしても……)

 

 私にとって戦争とは単純(シンプル)好きではない(・・・・・・)こと――と言うのが正しい。

 暑いから嫌い、寒いから嫌い。食べにくいから好きじゃない。言ってしまえばその程度のこと。

 いまさら戦争でどうこうされることもなく、ただ面倒だから"つらい"と言って押し通しているだけ。

 

 神族の血が発現(せんぞがえり)し、長きを生きて今さら動じることなどない……だから学園に引きこもっていた。

 終わりの見えぬ魔導研究も飽きてしまったし、世界中もおおむね巡って回った。

 私よりも遥かに長命のくせに、一体どこから湧いてくるのか――"あの人"みたいな行動力もない。

 

 だからと言ってわざわざ自ら命を絶つのもバカらしいことこの上ない。

 感情の起伏がなくなり、無味乾燥とした人生をなんとなくで過ごしていて――ついに変化がおとずれた。

 

(ベイリルのおかげ――な~んて面と向かっては言わないけどねん)

 

 彼の持ち得る記憶は……長きを生き、数多(あまた)の人生を読んで追体験してきた私の度肝すら抜き去った。

 一個人の情報量もさることながら、あまりにも未知で想像だにしない事柄まみれ。

 大昔のように気分が悪くなるまではいかなかったものの、単純に噛み砕いて処理しきれなかった。

 

 半分は死んだような人生から解放され、また新たな生を与えられたような気分だった。

 だから"私だけの野望"の為にも、どうしてもと頼まれればこうして戦争参加するのもやぶさかではない。

 

 

 3度目の一斉射の為の指示をプラタに言い、プラタが各砲手へ伝達する。

 眼前の様子と"受信する映像記憶"とを、ダブルで眺めつつ……なんとはなしに口からついて出る。

 

「"弾着観測砲撃"――」

 

 いざやらされてみて、その呆れるほど有効な戦術に舌を巻く。

 もともとベイリルの記憶として知ってはいたものの、いざ実践してみるとまた別物であった。

 

 機動力と視力を兼ね備えた観測手のテューレから読み取る、戦場のリアルタイム映像。

 その映像記憶を"読心の魔導"によって受信して、砲手へと適宜(てきぎ)指示を出す――ただそれだけ。

 

 戦いとは基本的に距離がモノを言うものであるが、こうも一方的に敵軍を引き裂くとは……。

 一般的な攻撃魔術の射程を超越した距離から飛んでくる砲撃は、あまりに一方的でしかない。

 

 たとえば魔術の攻撃や防御に統一性を持たせる為に、戦列を組むことは珍しくない。

 特に王国軍は奴隷を盾にして、後ろから魔術を浴びせ掛けるという戦術を多用する。

 しかし観測と砲撃の両輪の前では、それらは単なるどでかい的に過ぎない。

 

 不意撃ちの一撃。敵軍は戦列ではなく移動軍列ではあったものの……それでも凶悪の一言。

 なにせ魔術士軍団を防御行動に釘付けさせるだけでも、凄まじい効能である。

 相手の次なる軍事行動を阻害するだけで、こちらのペースにハメることができるのだから。

 

(それに、ねぇ――)

 

 さらには展開した防御魔術を嘲笑(あざわら)うかのように、別地点へ効力射を集中させることも可能。 

 かつて自分も戦争には何度も参加したことがあるし、なんなら鬱屈して暴れ回っていた時期もあった。

 こんな長距離砲撃は、それこそ戦闘を専門にする高等魔術士級でなければやれないような戦い方だ。

 確かに勝利には必要なことで、その為にわざわざ自分を呼んだのもうなずける威力。

 

 

(怖いね~、コレをほんの数年ぽっちで用意した商会の技術力の向上速度もこわいこわい)

 

 この一方的な戦術を成立させるにあたっては、およそ三つの要素が存在した。

 

 一ツ、魔術的に反動を逃がし一部を推進に変えうる、超射程・高精度のテクノロジー兵器。

 一ツ、上空から戦況・戦果と弾着を確認する飛行観測要員と、行動範囲における制空権の確保。

 一ツ、遠く離れる観測要員からの情報を、映像記憶として瞬時に受信し、指示を出す"読心の魔導"。

 

 卒業記念講義で、魔術とは"認識"が大事であると教えたが――

 それをこういう形で戦争にして、実験的にやるあたりベイリルはほんっとに可愛くない。

 

 無線通信あるいはその代替となる魔術具が実現すれば、自分がわざわざ出張ることもない。

 調練した軍人と兵器の確保で、どの部隊でも運用可能になるのが魔導科学であり、それら技術体系。

 さらに飛行技術やレーダーなどが発達すれば、魔術を使えない人間でも観測主になれる。

 

 当然ながら糸電話なんてものも不要であり、もっと広域に配備して相互通信しながら敵軍を撃つ。

 それすらも戦争の一部分だけであり、テクノロジーのもたらす恩恵の一端に過ぎないのだ。

 

 

「んんっ……防壁が安定してきたな」

「魔術士部隊ですか? どうしますか?」

「王国の魔術士だからねぇ――」

 

 科学魔術兵器たる商会試製カノン砲は、すべてが十全に機能しているわけではないものの……。

 これでもかというほど様々な工夫が、試験的に(ほどこ)されている。

 

 長い砲身と施条痕(ライフリング)に、魔術的な減音・放熱仕様と強度を確保した耐久性。

 形状や粘性などまで突っ込んで生成した化学装薬や、いくつかの魔術砲弾。

 砲を自在に動かし固定する為の土台機構から、後装式の薬室に装填する為の機構(ギミック)まで。

 

 なによりも反動の方向性(ベクトル)をコントロールし、全てではないが一部を推進力へと変える魔術装置。

 これは発射方式を火薬と雷管によって代替することにより、空いた容量(キャパシティ)を利用して可能となった技術。

 

 既存(きそん)の魔術砲は、砲弾の推進にも魔術を使う。砲弾ではなく魔術それ自体を撃ち出すモノもある。

 そこを化学で代替することで、空いたスペースに反作用の方向操作の為の魔術紋様を刻み込む。

 複雑な術式だが、そこはリーティアという希代の才能と"セイマールの遺産"による魔術具作成ノウハウによるもの。

 

 通常、魔術砲では砲身を長くするほど推進力も増すが……同時に反動も大きくなってしまう。

 しかし試製カノン砲では、逆に砲身が長いほど反動を有効利用しやすくなるのだ。

 実際には全体バランスを考えねばならない為、そう単純ではないものの……。

 長い砲身というものが、機構そのものを支える利点(メリット)にもなりえる。

 

 さらに魔術砲は込める魔力によって砲撃の威力が不安定(・・・・・・・・・)で、非常にまちまちになってしまう。

 個人運用レベルでも精度はバラついてしまい、集団運用であればなおのこと安定からは程遠い。

 

 しかし正確に計量した装薬であれば、砲撃の結果を限りなく"均一的"にすることができる。

 また装薬を増やしたり減らしたりすることで、威力調整も容易(たやす)いのである。

 兵器としての安定性――それは正確なデータとフィードバックに繋がり、より効率の良い戦果を生む。

 

 木造帆船で使ったとしても、負荷を限りなく抑えるテクノロジーの結晶。

 それらを適切に運用する為の手順を含めて完成を見る、圧倒的な継続火力。

 

 

「別のとこ狙おっか。プラタ、一番砲の仰角を――」

 

 敵軍にとってはまったくもって未知との遭遇であろう。

 的確に軌道修正し、陣形における弱点部分となる場所へと、集中砲火されるのだ。

 視界と常識の埒外(らちがい)から飛んでくる砲弾は、恐怖と混乱を軍全体へ伝播(でんぱ)する。

 

 それでも王国の魔術士が本気で防壁を張るのであれば抜くのは難しいだろう。

 大昔から伝統を受け継いできた最強の魔術国家の実力は、出身国である以上よくよく知っている。

 だが戦列ならばともかく軍列であれば穴はいくらでもあり、それを狙い撃てるのがこのカノン砲である。

 

「あっお師さま、四番砲に不具合発生だそうです」

 

 命令伝達途中に耳元にグラスを当てたまま、プラタがやや曇った表情で告げる。

 

「原因は?」

「えっと……不明なので余剰員含めて、洗い出しをしたいと」

「許可すると伝えて、今後の為にもどんどん優先しちゃっていいから」

「了解です」

 

 基本的な設計は同じでも、あくまでどれも試作品であり、それぞれ仕様は微妙に(こと)なっている。

 そういうデータを収集するのも目的の一つ、さらには砲弾と装薬にも限りがある。

 戦争における火力として無理にこだわる必要はなく、最初に突き崩して軍を(みだ)す役割は既に十分に果たした。

 

 

 そして――4度目の一斉砲撃音に、別の爆発音のような混じっているのは聞き逃しようがなかった。

 

「あぁぁああっっ!?」

 

 声を上げるプラタと共に音の方向を見ると、一番砲台の辺りに煙が見えた。

 

「うわっちゃ~……二台もダメになったか。私が応急処置しとくから、衛生兵呼んできて」

「はいっ! お師さま!!」

 

 全速で駆けていくプラタから、煙の方向に視線を移して地面を蹴って私は宙を舞う。

 

「魔導科学の発展に犠牲はつきもの――」

 

 自分自身が砲弾のように一筋(ひとすじ)の放物線を描きながら、一息で到着するまでに思考を巡らせる。

 

 ある視点から見れば、商会のそれは冥府魔道を歩み果てることにも他ならぬだろう。

 そしてその中心であり推進しているのが、私を含む者達であるということを。

 

(見届けなくっちゃぁね――)

 

 己が責任と信念とを果たすべく、商会唯一の魔導師たる私は薄っすらとした笑みを浮かべたのだった。

 

 

 



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#139 騎獣兵団 I

 男の人生には()()()()()――否、振り返る必要性がないと言うべきか。

 己を(かえり)みたことなどなく、ただただ純粋に本能のおもむくままに生きてきた。

 

 騎獣民族の子として生まれ育ち、大族長となるのにそう時間は掛からなかった。

 唯一張り合えた友は洗礼後()もなくいなくなり、頂点にあってただ日々を過ごす。

 不満はないが……いつしか充実感とは縁遠いだけの生活となってしまっていた。

 

 しかしそれも慣れてしまえば思うところなどなくなっていき――

 ただ単に改めて意識し、気付く機会がなかったのだろうと今なら思えた。

 

 個人であったならば――勝手気ままに放浪して、より欲望のままに生きられたに違いない。

 しかし騎獣民族の長という立場は、どうにもそれを許すことは決してない。

 それゆえに男は気付かされた。かつての友と青年がもたらした変化(・・)によって。

 

「ヴァッハハハハッハハァッ!!」

 

 "バリス"は腹の底から笑い声をあげた。巨大なカバにまたがって戦地を駆け抜ける。

 待ち伏せの為に存在を潜めて駐留していたゆえに、突撃にはより一層の解放感を(ともな)った。

 これほどの快感は、もはや数十年前にも(さかのぼ)ることだろう。

 

 生じた責任はすべて己ではなく、さらに総指揮する別の者が負うという事実だけで……。

 (うち)なる獣性に従い、自由気ままに戦うことができるのだった。

 

 

「本当に色々と()まってらしたんですねぇ」

 

 一翼・二尾・三ツ目・四腕・五角・六足の異様を備える、(いびつ)な大型の魔物。

 それをダークエルフの少女ハルミアは、美事に乗りこなしてバリスについてきていた。

 

「まったく貧弱な連中の所為(せい)で辺境に長居しすぎた。本来ならば軟弱者など、全員殺してゆくのだがなあ」

「見捨てるならまだしも……わざわざ殺すんですか」

「せめてもの慈悲だ、わざわざ同胞を苦しませることはない――」

 

 野生に生きる死生観がそこにあった。強き者だけが生き抜く現実。

 そうやって騎獣の民は純度を保たれてきていたと言って良いのかも知れない。

 

「だが今回ばかりはあまりにも数が多すぎてな。進退を巡って一族が割れかねんほどだった」

「まぁまぁそうして(とど)まっていただいたおかげで、私たちと巡り会えて伝染病に対処できたわけですし」

「おれとしては、わざわざ助ける必要性など感じんのだがな」

「野生の獣も……助けられる余地があれば、救うのではないのですか?」

「たしかに家族愛が強いのもいる。特に"絆の戦士"はな……」

 

 バリスの言葉に、早くに相棒を失った絆の戦士――バルゥの姿がハルミアの脳裏に浮かぶ。

 最初こそぶっきらぼうに思えたが、話してみればなんだかんだ付き合ってくれた。

 

 治療兼情報収集の最中に、営業妨害すべく雇われた者達に絡まれた時も――

 最下層攻略後に迷宮(ダンジョン)を逆走し再会した後も――

 そして騎獣民族との交渉に差しいても――自分達の世話を焼いてくれた。

 

 そんな情が深い一面も、バルゥが"絆の戦士"であったからというのが今なら納得できる。

 

 

「――だが屈し滅びるのもまた自然淘汰(とうた)だ。より強き者だけが生存し、子々孫々はさらに強靭となる」

「免疫や耐性というのも確かに存在します。それでも病気は甘く見ないほうがいいですよ、これは真剣な忠告です」

 

 バリスが目を向けると、真っ直ぐ見据えるハルミアには一切の揺らぎがない。

 

「まったく恐れを知らぬ――胆力のある女だ、騎獣の民にもそうはいない」

「苦しむ人々を(たす)けるのが私の仕事ですから」

「しかもこうして戦場にまでついてくるとは……後方におればいいものを」

「戦場における応急処置と識別救急こそ、私の(ちから)を存分に振るえる機会なので」

 

 弱い魔物を相手にした"遠征戦"の時と違って、今回は戦地が広きに渡る。

 学生の頃と違って、ハルミア自身も前線で戦えるだけの実力を得た。

 となれば後方の衛生陣地で悠長に治療するよりも、前線でより多くを救う(ほう)が良いという判断。

 

「治癒術士とやらの挟持(きょうじ)というやつか」

「治癒術士じゃありません、"医療術士"です」

「……? なんぞ違うのか」

「治癒術士は回復魔術を使う者であり、医療術士は医療技術()扱う者の意です。私なりのこだわりです」

「違いがよくわからんが、誰にでもゆずれないモノはあるものか」

 

 バリスは口角を上げて遥か前方の敵軍を見据えた。

 まさにそれが譲れぬものとばかりに、組んだ両腕の筋肉を盛り上げる。

 

「最低限の気は配ってやるが……それでもすべての面倒は見きれんぞ」

「ご安心を、自分の身は自分で守れます」

「にわかには信じられんな、おれから見れば細枝のようだ」

「これでも私、結構やれるんですよ? 確かにベイリルくんたちには劣るかも知れませんが――」

 

「あの三人の闘争は直接見たから、その実力はわかっているのだがな」

「でも戦場経験は私のが遥かに多いです」

「ほう……」

「幼少期は従軍して過ごしていましたから。父からも多少手ほどきがあります」

「だがその程度で最前線にまで来るとは、いささか過信だろう」

「騎獣民族の大族長たる立場のバリスさんがそれを言うのですか?」

 

 意趣返すように疑問に対して疑問を、ハルミアはバリスへとぶつける。

 今走っているところは機動部隊の最先陣――すなわち真っ先に敵陣へと突っ込む(さきがけ)の位置であった。

 

 

「ヴァッハッハッハァ!! たしかになあ、おれも他人のことはとやかく言えん立場だわなあ」

「そうですよ、もしも貴方がやられたら誰が指揮をとるのですか」

「そんなことはありえんが、仮におれの代わりなど――あいつ(・・・)しか無理だろうな」

「民から距離を置いていた"バルゥ"さんでも大丈夫なんですか?」

 

 ハルミアは何一つ迷いなく、その人物の名を挙げた。

 

「ああ……事実、別働隊を率いている。我々は認めた相手でないと決して従うことはないからな。

 あいつはおれとの闘争で既に()を皆に示した。あれでついてこない奴がいれば、それはもはや騎獣の民ではない」

 

 ハルミアはどこか懐かしむような表情を浮かべて、つぶやくように微笑を浮かべる。

 

「本当に(ちから)こそが真理、なんですねぇ」

「当然だ、真に追い詰められた時に信じられるのは己のみ。それこそが原初の摂理」

「魔族よりも豪気です、思い出すなぁ……」

「ほう、魔領出身だったのか」

 

 なびく髪をかきあげると、異形の横角と人よりも少しだけ長い上向きの耳をハルミアは見せる。

 

「私はダークエルフですから」

「なるほどな……従軍とやらも魔領での話か。それで獣でなく魔物に騎乗していると」

 

 騎獣の民が騎乗するほとんどは共に育ってきた獣であって、魔物に乗る者は非常に少ない。

 何故ならばまともな自我がない為に、単純に扱いにくいゆえあってのことだった。

 

「魔物の多くは、元々魔族ですから――」

「魔力の暴走が止まらずにああなってしまったのだったな」

「昔から慣れているのもそうですが……大元の(もと)とを辿れば、神族であり人間です。であれば、扱いは熟知しています」

「それは医療術士とやらだからか?」

「はい、生体に関しては専門家ですので。私自身を含めて、ヒトを乗りこなすのが私です」

 

 

「人もまた獣、か……ヴァッハハ、おれ好みの女だ」

「残念ですけど、私はもう心に決めた人がいますので」

「知っているか、騎獣民族は欲しいものは奪うものだということを」

「ご存知ですか、人が無防備になってしまう時間がどれほどあるのかを」

 

 互いに含んだような笑みを浮かべ、目を細めて視線を交わす。

 

「それに……危なくなったら助けが来ますから、案ずることはないんです」

「助けだと?」

「私の英雄(ヒーロー)です」

 

 そう言ってハルミアは大空へと指をさした。つられるようにバリスは見上げて察する。

 

「"あの男"か」

「いつでも"ベイリル"くんが空から駆けつけてくれます」

「ッハ! ああいう男はしっかり捕まえておけ。ふらふら知らぬ()にどこぞへ行きかねん」

「どれだけ無茶して疲弊しようと、最後に帰ってくる心安らげる居場所を作っておけばいいんです」

 

 ニッコリと裏表が入り混じった笑顔を見せるハルミアに、バリスは大きな肩をすくめた。

 

「騎獣の民たるおれにはわからん感情だ」

「同意いただけなくて残念です。私がもしも貴方のモノだったなら、理解させてあげられたのですが――」

「フッ……ヴァハッハハハハッ!! ほんにおもしろい女よ」

 

 

 ひとしきり豪快に笑い飛ばしたバリスは、落ち着いたところで表情が(ケダモノ)のそれに変わる。

 

「さて馬鹿話はここまで、そろそろだ」

「割と有意義な会話だったと思いますが――」

 

 ハルミアの言葉を他所(よそ)に、バリスは巨大カバの横腹に備えていた複合弓(コンポジットボウ)を手に取る。

 取り回しと威力を共存させる複合弓であるにも関わらず、それはバリスの巨躯に見合うサイズ。

 もはや槍にしか見えない長さの矢をつがえると、肥大化した熊の筋肉によって引き絞られていった。

 

 消えゆく断末摩のような音が(げん)から鳴り、背後からも無数の大合唱が響く。

 すぐ近くにいた片牙猪に乗った猫獣人が矢を放ったのを契機に、次の瞬間には一斉に矢影で空が(おお)われた。

 

 強靭な素材を複合し作られた弓矢と、騎獣民族の膂力(りょりょく)

 たとえ魔術を使っておらずとも、機動力に上乗せされたその射程と威力は恐るべきものとなる。

 

 バリスを筆頭に前衛に陣取る弓をつがえた巨兵達は、一拍(ワンテンポ)遅らせてから巨大な"槍矢"を前方へ射つ。

 風を切った轟音の後に、王国軍の混乱を多分に含んだ雑多な声や音が大気を震わせた。

 

 一方でバリスは弓を戻すと、今度は背負っていた巨大な両刃斧を掴んでいた。

 同様にして他の騎獣民族もそれぞれ白兵用の得物をそれぞれ手に取っていく。

 

 

「存分に喰い荒らせェ!!」

『ッォォォォオオォォォオオオオオオオオアアアアアアッッ――!!』

 

 バリスの異形とも言えるほど膨張した肺から発せられた巨声に、後ろに続く獣達が皆揃えて咆哮する。

 それは王国軍の恐慌を完全に塗り潰すほどの大叫喚として、軍列の横腹を激しく打ち据えた。

 敵陣への横撃を眼前にまで迫って、その激情は最高潮に高まり衝突していく。

 

 それぞれ両端に肉厚の刃が踊る両刃斧を、バリスは掲げるように回転させる。

 最前衛にいる巨大なカバと黒熊による、遠心力を利用した一撃は――

 

 ただただ王国軍を轢殺(れきさつ)しながら、攪拌(かくはん)したのだった。

 



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#140 元辺境伯

 ――不思議な心地だった。"ヘルムート"はそう一人ごちる。

 否、今までが息苦し過ぎたのかも知れないとも……今となっては思える。

 

 帝国貴族として生を受け、果たすべき義務と責任の為に、文武に渡って研鑽を積んできた。

 それは凝り固まった観念かも知れないが、決して無駄ではないし同時に誇りあることだった。

 亡き父の教えは以前と変わりなく、色褪(いろあ)せることなく胸裏に刻まれている。

 

(ただ()くべき道が……変わってしまっただけのこと)

 

 圧し潰されそうな……いや、実際に精神が崩壊するにまで至っていた。

 そこへ現れた四人の男女、これを運命と言わずなんと言えるものだろうか。

 己には他にそれを表現するだけの言葉を持っていなかった。

 

(感謝の念が絶えることはない)

 

 我らが一族で及ばなかった事態を解決してくれた、領民を救ってくれた者達がいた。

 責任と義務を代わりに果たしてくれた彼らが、その権利を行使すること――

 そこに多少の戸惑いはあれど、助力を求めたことに後悔はなかった。

 

(シップスクラーク商会とフリーマギエンス――)

 

 彼らの持つ"テクノロジー"とやらで、みるみる内に領内は復興していった。

 領民は衣食住を満たし、領内に蔓延していた伝染病や魔薬も時間と共に駆逐されていく。

 彼らは彼らの打算あれど、自らの身を()にして領内の復興に尽力(じんりょく)した事実は変わらない。

 

(そう……民が欲しているのは、決して我がインメル家というわけではない)

 

 望むのは"救い"ただ一つであり、それを誰がもたらすかは関係ないのだ。

 

 

 人々は心底からの笑顔を取り戻し始め、少しずつ立って戦うだけの気力を取り戻した――矢先である。

 王国軍の侵攻がにわかに噂になり……はたしてそれが現実のものとなった。

 

 インメル領民は国境線上で常に戦陣にある為に、戦争行為それ自体には慣れている。

 しかしそれはあくまで十全な能力・余力があることが大前提である。

 厭戦(えんせん)どころではなく、ただただ外敵には怯えるしかないほど領地そのものが衰弱していた。

 

 そして――商会は王国軍の侵攻軍に対しても、変わらず守るという方針を固めた。

 世界に名だたるいくつかの組織とて、一国軍を相手にするなど正気の沙汰ではない。

 それでも彼らはそれをやる、やってのけようと人事を尽くし続けている。

 

(だから己が犠牲になったことに後悔はない)

 

 商会は自らの進退すら懸けた。それだけの信念と見通しがあったということだ。

 悪評を一身に受け止め、辺境伯の地位を喪失しても……父祖から代々受け継いできた矜持(きょうじ)は本物ゆえに。

 それで領民の心に安寧(あんねい)をもたらすのであれば、いくらでもこの一命を(なげう)つことができる。

 なによりも犠牲に見合うだけの価値を――それ以上の成果を、商会と教義はもたらしてくれたのだから。

 

 彼らの目的は営利が第一ではなく、(おこな)っていることも慈善事業。

 しかして目指すべきところは遥かに大きな――世界を巻き込んだ進化だと聞いた。

 

 ほとぼりが冷めたら「改めて商会員に迎える」と勧められたが、それは丁重にお断りした。

 気が変われば「いつでも訪ねてくれ」とも言われたが、今のところそのつもりもない。

 まだ日は浅いが、今の暮らしが存外気に入っている。

 

 きっとフリーマギエンスの教義と共に、シップスクラーク商会員として生きたのなら……。

 それはそれで充実した人生となるだろうし、己の持ち味もどこかしらで活かせたのだろう。

 

 しかし既に犠牲になってしまった領民達に、申しわけが立たない気持ちが(おり)のように溜まっている。

 意固地なのかも知れない、不器用なのかも知れない。

 さりとて父の代からついぞ、救えなかった者達を思えば――どうしても開き直ることはできなかった。

 

 

「緊張していらっしゃらないのですな」

 

 いつの間にか隣に立っていた人物にヘルムートは驚き、こわばる体を無視して頭を下げる。

 既に開戦の号砲が轟き、敵軍の到着を待っている中で最前線にまで出張ってきた老齢の男。

 

「……っこれはベルクマンどの!? なぜこのような前線に――」

「少し話をしたいと思いましてなあ」

 

 ベルクマンが団員達に目配せしながら鷹揚(おうよう)にうなずくと、周囲は人払いされて二人だけになる。

 

「あ……失礼しました。わたくしは少し前に麾下(きか)に加えていただいた――」

「ヘルムート・インメル()辺境伯、ぬしのことは既に知っております」

「――御存知、でしたか」

 

「ははっ堅苦しいはやめましょうか。むしろ以前を考えればワシは"元帝国陸軍中将"で、あなたは短期とはいえ"辺境伯"。

 立場としてはワシよりもずっと上だった御仁。むしろワシのほうがへりくだらねばならぬかも知れませぬなあ」

 

 茶化すように言う自由騎士団の第三位にして、こたびの自由騎士団遠征軍団長のフランツ・ベルクマン。

 年の功を見せるその包み込むような声音と物言いに、ヘルムートは肩の(ちから)を抜く。

 

「しょせんは名ばかりでした。家督も今は()が引き継いでいるようです……」

「なるほど、あなたの祖父にあたるインメル卿とは少しだけ面識がありました」

「そうでしたか、いやっえっと……なんと言っていいものやら」

「はっはっは、ワシが勝手に懐かしんでいるだけですから、お気になさらず」

 

 ベルクマンは戦場の方向を見ると、つられるようにヘルムートも眺める。

 しばらくしてからベルクマンは、向けた視線はそのままに口を開いた。

 

 

「懐かしいですかな?」

「わたくしの素性もよくよく知っているのですね」

 

 シップスクラーク商会にインメル領の引き継ぎを終え、表向きは逃げるように自由騎士団に入った。

 しかしながら……こんなにも早く、このような形で、またかつての土地を踏むとは思っていなかった。

 

「まっ自由騎士団の特性と立場上、序列七位くらいまでは知っていますな。どうです、不自由などは――」

「とても良くしてもらっています。気持ちも身軽で、居心地はとても良いくらいです」

「はははっ、ワシらは様々な境遇の人間が多い。団の気風が性に合ったのならなにより」

 

 ヘルムートは土地を見つめながら、ベルクマンの問いに改めて答える。

 

「離れてからまだ一季ほどですが……ひどく久しぶりな気がします」

「――断ってもよかったでしょうに」

「生まれてから住み続け愛した土地であり、今もなお愛し続ける土地です」

 

 ベルクマンは遠くを見つめる眼差しのヘルムートに、確固たる色を感じた。

 

「迷いがないのなら……ワシとしてはもはや言うことはありませんな」

「わざわざお気に掛けていただきありがとうございます」

「いやなに、古巣というものは思い入れがひときわ変わるものですからなあ、気負いは余計な(りき)みも生む」

「元いた場所()戦うわけではなく、元いた場所()戦うだけです。ベルナール領軍相手も慣れています」

 

 

「けっこうけっこう、とんだ杞憂(きゆう)でした。それにしても……なんなんでしょうな」

 

 ベルクマンは一転した面持ちで、声の抑揚(トーン)を二段ほど落とす。

 

「と、申されますと……?」

「ワシも戦場経験は豊富なつもりだが、このような(いくさ)は初めてでしてな」

「ベルクマンどのほどの(かた)でもそうなのですか」

 

 圧倒的な長距離砲による弾着観測砲撃。

 その詳細など門外漢の二人にわかるはずもない、だが……極めて異様なのことは理解できる。

 

「もっとも戦端はすでに開かれておる。いまさら騒ぐこともないですがのう」

 

 剣の柄頭に両手を置いたベルクマンは、なにか思うことがあるような表情を秘める。

 

「それに……魔導師どのもおります。何をしても不思議はないですわな」

「魔導師、ですか」

「はっはっは、騎獣民族にワーム海賊。つくづくシップスクラーク商会とは――なかなかコレ末恐ろしく感じ入る次第(しだい)

「……!? ワーム海賊まで(よう)しているのですか!?」

 

 ヘルムートは驚愕の声を上げざるをえなかった。

 

 

「ですな、いざ段に立ち会った時に混乱せぬよう……。元インメル領主だからこそ口を滑らせたのです、他言無用ですぞ」

「っっ、はい……承知しております」

 

「それでもまだ戦えますかな?」

「ワーム海賊がかつて領民に対して(おこな)った無体には、未だ(いきどお)りはありますが……。

 商会がインメル領を救うために(くだ)した決断に、もはや異議を唱える立場にわたくしはない」

 

「ふむ、()りるならまだ間に合いますぞ」

「わたくしは彼らに託しました。あとは我が身を尽くすのみ」

 

 ベルクマンはただ満足気にうなずき、ヘルムートは吐いた言葉を噛み砕き――実際に喉を鳴らして呑み込んだ。

 ワーム海賊にも代々手を焼かされてきた。昔から数多くの遺恨が残る相手である。

 だがそれが今いる領民を救い、今ある領地を守ることに繋がるのであればもはや是非もない。

 

 げに恐ろしきはシップスクラーク商会、手段を選び手段を選ばないその手腕。

 ワーム海賊は語るに及ばず、騎獣の民の猛々しきも学んだ歴史で知っている。

 

 2つの存在にこそ目を奪われがちだが、実際的にこの短期間で2つと手を結んだことが根源的な異常。

 一体どういう(すじ)を経て味方に引き入れたのか、にわかには信じられない。

 さらに魔導師まで陣営にいて、ベルクマンですら納得させるシップスクラーク商会の"怪物性"。

 

 

 ヘルムートはいつの間にかグッと握られていた拳をゆっくりと開いて、ベルクマンに尋ねる。

 

「この戦争……どういう結末になるとお思いですか?」

「こたびの(いくさ)は恐ろしいほど精細緻密に描かれている」

「どういうことでしょうか」

「相手にまともな情報を与えぬまま、一方でこちらはよく収集し、その上で役割分担がしかとされている。

 ただ局所的に戦争で勝つだけではない。そこに至るまでの周辺環境全てと、戦中で起こり得る可能性と対処。

 そして戦争後の顛末と復興まで、ありとあらゆることを視野にいれて積極的な防衛戦に(のぞ)んでいる」

 

「勝ちは揺るがぬ、と?」

「でしょうな、一組織が戦争後のこともしっかりと考えておる。いやはやとんでもない」

 

 忌憚(きたん)なき私見を述べたベルクマンに、どこかヘルムートは安堵したような様子を見せる。

 

 

「……我々の"役割"は、左翼側でベルナール領軍の足止め――」

 

 ベルナール領軍の情報については、個人的にも商会へと提供した。

 王国との国境線を介し、定期的に戦争を(おこな)ってきた因縁の間柄である。

 その(いくさ)の多くは父祖の代であるが、自身も何度か従軍し刃を交えていた。

 

左様(さよう)、ワシらはベルナール領軍を相手に退かぬ(いくさ)をし、インメル領軍が奴隷兵を相手にする。

 敵軍の位置と誘導、その後の展開まで予測した上での配置……順当にいけば崩れることもありますまいな」

 

「まともな戦列もない、騎馬隊にしてもその恐ろしさは発揮できない……」

「盾に専念するのであれば、数の差はあれど練度と士気に(まさ)るワシらが苦戦することもありますまい。

 最も厄介な王国魔術士部隊は防御魔術で手一杯。魔術具で武装する正規軍には騎獣の民が当たるそうですしな……。

 先ほどの先制砲撃のようなもので打撃も与えておる。我ら自由騎士の本分を発揮できる陣立てに敗北はありませぬ」

 

「自由騎士の基本戦術――"盾と剣"」

左様(さよう)、受け止めて斬る。基本にして奥義ですなあ、持ち味をちゃんとわかっておる」

 

 さらに大きく見れば、自由騎士団とインメル領軍という"盾"が(フタ)の役割をしている。

 そこに"騎獣民族"という刃で横腹を刺し貫く。逃げ場なき王国軍はもはや食われるだけの獲物――

 

「守ります、この地を……。そしてわたくしを迎え入れてくれた団の仲間を」

 

「良い意気です。人はひょんなことから化けることもある、期待してますぞ」

 



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#141 砲兵陣地 II

「お師さま! 警戒網が破られました!!」

 

 砲兵陣地へと飛来する集団あり。プラタの声が響き、瞬時に魔術信号弾が打ち上がる。

 それを合図として商会の砲手と研究員達は、即断撤退を始めていく。

 

「まーまー、ここまで侵入してくる奴らがいたか」

 

 シールフは重い腰を上げながら、ゆっくりと大きく伸びをした。

 現段階で速攻を掛けてくるとは、王国軍もなかなか油断ならない。

 

「地上班からの連絡はありませんでした。制空権は確保してるハズですし、まさか……」

 

 プラタは心配と不安が混じった表情を浮かべるが、シールフはあっさりと否定する。

 

「いやそれはない。テューレの眼に異常は見当たらないし、ベイリルらが連絡なしで制空権を明け渡すわけもない。

 ふぅむぅ……なぁるほどぉ、うま~いこと中間圏を集団飛行してきたっぽい。数は三十と、一人か――」

 

 シールフが本気を出せば、すなわち主戦場のほとんどが"読心の魔導"の領域に入る。

 瞬時に読み取った限りでは、王国"魔術騎士隊"の少数精鋭による、隠密突破急襲のようであった。

 

 

「お師さまお師さま、わたしで相手になりますか?」

「無理だろねー」

「ですかぁ、警戒用の糸もぶち破られてストック少ないし……諦めます。それじゃぁベイリル先輩への信号弾を――」

「いやぁいいよ、あっちはあっちであまり手を離せそうにない感じだし」

「えっと、でもゲイルさんもいないし……余剰戦力も傭兵の皆さんだけでは――」

 

 プラタは頭を絞って打開策を練るが、シールフはあっさりと言う。

 

「わた~しが相手するから」

「お師さま自らですかぁ?」

 

 本来は直接戦うつもりはなかったが、こちらの陣まで侵犯してくるなら火の粉は振り払う必要がある。

 現段階でテクノロジーを盗まれるわけにもいかないし、愛弟子プラタにも危険が及びかねない。

 

「まっ私としては、もうそういうヤンチャやる(とし)じゃないんだけど」

「すっごい珍しいです……というかわたし、お師さまが戦ってるの見た記憶ないですけど」

「まともなのは何十年以上ぶりかなあ」

「えっ……戦い方わすれてるんじゃ――」

「これプラタ、それはいくらなんでも失礼だ」

「ごめんなさいお師さま。でも……本当に大丈夫なんですか?」

 

 負けるという不安はない。しかし争い事を忌避していた師匠が、自ら戦う言い出すとは。

 

「だいじょーぶダイジョーブ」

 

 シールフは彼女だけがわかる"敵の飛来予測位置"へと歩き出し、プラタは師匠に追従する。

 

「まぁせっかくだから遠くから眺めてなさい。見られるなんて最初で最後かも知れんからね」

 

 

 

 

 王国魔術騎士隊"大隊長"と、魔術騎士30名はその物体を眺める。

 自身には王国軍総大将の"岩徹"より、自己判断による戦力投入が認められている。

 よって開幕から猛威を振るった謎の攻撃の正体と、対抗の為の戦力を()くに至った。

 

 共通のイメージで訓練した集団飛行魔術によって、精鋭のみを連れて敵陣深く侵攻する。

 裁量権の限界とも言える独断専行であったが――それだけの価値はあったように彼は思う。

 

「周辺に敵影なし! おそらくは先の信号魔術で退却したものと思われます」

「私軍にしては動きが早いな」

 

 インメル領軍、共和国自由騎士団、騎獣の民。それらとは別に雇われている組織の軍という情報。

 補給を一手に担い、謎の超兵器を使って打撃を与え、襲撃と見るや瞬く間に撤退。

 

「いったい何者なんだ――」

 

 眼前にあるモノが大砲ということはわかるが、しかしてその形は見たことがないもの。

 やたら長い砲身はあまり実用性は見出せず、その大きさもかなりある。

 よくわからない機構も多数備えているようで、とても素人目でわかるものではなかった。

 

 

(本国の技術者が見ても……)

 

 理解できるかは大いに疑問が残った。

 さしあたり実験魔術具部隊と共に従軍した、"王立魔法研究員"に意見を(あお)ぎたい。

 しかしその為には多くの障害が残り、判断には悩むところであった。 

 

「大隊長……どうしますか?」

「んむ、本国へ輸送したいが運搬するには巨大だ。だがこの場を占領しておくには、人数が足りぬ」

「では破壊を?」

「……そうだな。とりあえずはこの一基だけを残し、残りは再利用できぬよう徹底的に破壊を――」

 

 ゆらり――と、空間が歪んだように見えると共に、唐突に姿を現した人影があった。

 非常に緩やかな外套(ローブ)をまとったそれは、女性の体つきが見てとれる。

 

 

「はーい、どーも」

 

 目に見えて身構えはしなかった。しかし命令一つで精鋭騎士達は即応できる。

 

「いつの間に……」

 

 魔術騎士の一人が小さく漏らすと、まるでそれを聞き取ったかのように相手は返答する。

 

「これは"虚幻空映"って言ってね、模倣(パクリ)なんだけど――空気を歪めることで光を曲げて姿を(おお)い隠す魔術さ。

 原理を知れば単純だけど、なかなかそういう発想にならないだろう。ところで君たちも面白い魔術を使うよね~」

 

 女の顔はフードの下でよく見えない、だが軽口から現状認識の甘さが見て取れた。

 我らがどれほどの精鋭部隊であるのかを、彼女は知る由もない。

 

「"共鳴魔術"か――単独飛行は難しくても、全員で同じイメージを持って効果を発揮させると」

「……!? 何者か!」

 

 眼光を鋭くそう詰問するように発した大隊長の言葉には、複数の意味が含まれていた。

 それをローブの女はすぐに察して、全てを答えてくれる。

 

「私はここの防衛戦力で、"燻銀"という名で通り、"シップスクラーク商会"の人間で、あなたたちの心を読んで(・・・・・)喋っている」

「な、に……?」

 

 理由も、名前も、所属も、そしてなぜ共鳴魔術のことを知っているのかも。

 にわかには信じ難かったが、はたして知りたかった答えを一度に示した女に薄ら寒さを覚える。

 

「王都に残した妻と息子さん、思い浮かべたね――」

「っな……!?」

「ふ~ん、十歳か。ヤンチャ(ざか)りで、かわいいかわいい」

 

 

(バカな、本当に……?)

 

「本当だよ、だって私ってば魔導師(・・・)ですから」

 

 そう女が言った瞬間に、魔力の膨張が空間を支配する。

 それは確かな圧力のようなものをもって、全員の思考を一瞬停止させた。

 かつて宮廷魔導師より教えを受けた時と同じような感覚、忘れられるはずもない。

 

「撤退せよ!!」

 

 大隊長はいち早く思考を戻すと、即時判断して速やかに全員に対し命令を下す。

 瞬時即応する魔術騎士達は、来た時と同じように集団飛行魔術を使って高速離脱を試みる――

 しかし共有感覚の齟齬(そご)によって乖離(かいり)が発生し、魔術は発動せずに終わってしまった。

 

「なッ……!?」

 

 その場にいる女以外が困惑し、挙動が不審となってしまう。

 想像するほんの一瞬の最中――割り込む(・・・・)かのようによくわからないイメージが流入してきた。

 

「"魔術妨害"――まっ商会の機密事項だから、見ちゃった者を逃がすわけにはいかないからさ」

 

 まったくわけがわからないが、もはや闘う選択肢しか残されていないことだけは理解させられる。

 

 

「大人しく投降してくれるなら、一人ずつ記憶を消すか書き換えて回ってもいいんだけど?」

 

(それはつまり自軍の情報を――)

 

「うん、全部覗かれちゃうことになる」

 

 こちらの考えを先回りするように答えてくる。既に"読心の魔導師"ということに疑いはなく。

 さらには直接干渉する魔導まで使える、はっきり言って格が違う相手であった。

 

 それでも投降し、情報を渡し、都合良く記憶を操作されるなど……。

 そんなことで王国軍に不利をもたらすくらいならば、自死するだけの覚悟は全員持っている。

 

「容認はできん」

 

 大隊長は心が読まれていようとも、最大限示せる矜持(きょうじ)をはっきりと口にする。

 

「だよね。じっくり心を折ってもいいけど、それは誇りを踏みにじる行為だ。だから――」

 

 パンッと魔導師が手を叩くと、視界が暗転して足元の底の底が抜ける――

 実際に地に足はついていても、それは確かな感覚として襲い掛かった。

 

 認識した次の瞬間には体全体が崩れ落ちている。否、膝を折り倒れるしかなかった。

 脳みそから内臓に足先まで、全身をくまなく襲う激痛によって思考を断絶されてしまっていた。

 

 

 ――時間感覚が消え失せる。何日も何十日・何百日と苦しんでいたような……心地。

 かろうじて目を開けると女魔導師が目の前でかがんで、こちらを覗き込んでいた。

 薄目で視界に捉える光景、後ろにもう一人見知らぬ少女も立っている。

 

「すごいね、よく保った」

「っ――」

 

 言葉が出ないし、頭も回らない。ただ判然としない意識で心を傾ける程度。

 

「君以外はもう死んでしまった。それだけ君は強かった。もしも冥府があったなら自慢していい」

 

 魔導師の瞳にはあらゆる感情が渦巻いているように見えた。

 その中でも色濃く見えるのは――憐憫(れんびん)と慈悲と苦痛。

 それはまるで彼女の感情が、自身に直接流れ込んでくるかのようで……。

 

「これまでの人生で受けた"苦痛の記憶"を、全て(よみがえ)らせた。それも一気にね……でも耐えた。

 肉体も精神も、強い人間ほど多くの痛みと重みを刻んでいるもの。君はじき死ぬだろうけど、でも耐え抜いた」

 

 ゆっくりと語りかけ続ける魔導師。

 言葉としては伝わらないが、その心意は余すことなく伝わり理解する。

 

「このまま弱った君の記憶を掘り起こして、情報を奪い取って事を有利に運んでもいい――けれどそれはしない。

 このまま治療した上で記憶を改竄(かいざん)して仲間に引き込み、王国軍と対峙させることもできる――けれどそれはしない

 私は感傷的だから、利益のみを追求して動かない。今なお気高く強い一人の人間に対して、敬意を決して忘れない」

 

 心を読むどころではない――記憶を司る全てを支配する魔導師の手の平が、柔らかく額へと当てられる。

 深い眠りに(いざな)われるように、大隊長は穏やかな心地で目を閉じていった。

 

「だから最期は――幸せな記憶を抱いて逝くといい」

 

 心残りは数多くある。しかし軍人である以上は承知の上であり、他の皆もそうなのだ。

 そのような事態にあって自分一人、幸福な中で死んでいくことに負い目すら感じる。

 

 そうした考えがまるごと搔き消されるように、ありとあらゆる幸福な記憶が一瞬で駆け巡っていく。

 

 

 家族と、戦友と、友人と、郷里と――圧縮・解凍された記憶の奔流は、脳をオーバーフローし破壊する。

 そうして"大隊長"は安らかな表情を浮かべたまま、永遠に目覚めることがなくなった。

 

「あの、お師さま――」

「なにプラタ?」

「すごい強かったんですね」

「まぁあまり手加減できる相手でもなかったから、割と本気でやらせてもらった」

 

「……ですか? 圧倒的に思えました」

「良いかね愛弟子プラタよ――"七色竜"とはぐれ飛竜くらいの差があったとしても、決して慢心をしてはいけない」

「はい、肝に銘じて精進します」

「それじゃ後始末よろしくね、兵器も諸々ぜ~んぶ撤退で」

「了解です!」

 

 プラタの頭へポンッと手を置いて、シールフは一人ごちるように心中で呟く。

 

(あぁまったく……闘争ってのはほんとにヤだヤだ)

 

 読心の魔導師ゆえの苦悩を想起し噛み締めながら、シールフはもうこれっきりにしようと何度目かの決心をするのであった。

 

 



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#142 騎獣兵団 II

 音が異様(・・)であった、ハルミアの人生においてもまず聞いたことのない音。

 

 ――肉――骨――血――木――鉄――布――風――土――石――

 通り過ぎた場所に存在していた……ありとあらゆる物質が衝突し、弾け散り、ないまぜにされる音。

 

 巻き込まれぬよう反射的に距離を取ったものの、勢いは止まることなくすぐに見えなくなってしまった。

 続く騎獣民族も、暴走と言って遜色(そんしょく)のない動きで、中途半端に形成された軍列を喰い散らかしていく。

 

 地形的に大規模な戦列は組みにくく、商会製カノン砲の奇襲で混迷の中にある。

 そんな状況でも必死に指揮し編成しようとしている最中に、騎獣民族の矢を射掛けてからの神速の横撃。

 王国の正規軍の鎧をまとった練度高き兵士達でも、ほぼほぼ対応しきれないでいる。

 

「乱戦、ですねぇ……」

 

 一度軍列を突き抜け、通り過ぎた向かいでつぶやきながらハルミアは戦況を見つめる。

 

 乱戦は魔領の戦争ではさほど珍しくない光景だったが、魔族には双方共に慣れているゆえの開き直りがあった。

 しかし秩序立てて戦うことを()とする人族の国軍にとって――

 この大混戦は思っていた以上に、痛撃を与えているようだった。

 

 機動力と索敵能力を活かした弓騎兵として、戦場を駆け巡り、遠間から敵を討つだけでも十分であったろう。

 しかし(ケダモノ)の気性がそれを良しとしない。彼らは世界で最も"狩る"ことに()けた民族。

 相手にとって最大限に痛く、そして効果的なやり方を()(おこな)っているに過ぎない。

 

 その純然な破壊力たるや――奇襲も相まって、王国軍を紙のように引き裂いてひたすらに蹂躙していった。

 

 

「ぅぅううおおおああああッ!!」

 

 戦況を観ている最中、乗っている魔獣が動いた。ハルミアはあわてた様子もなく視線を移す。

 迫り来る王国軍兵士は、魔獣の迎撃をすり抜けて炎をまとった長剣を振り下ろしてきていた。

 

「っと――」

「んなっ……!?」

 

 迫る刃に左手の平から伸ばした、赤色に光るレーザーブレードを(すべ)り込ませる。

 長剣はバターのように真っ二つにされると、王国正規兵らしい風体の男は驚愕の表情を浮かべた。

 折れた剣は魔術具だったのか――炎が一瞬にして消え失せる。

 兵士はすぐに剣を捨てつつ、腰元の予備の短剣を抜き放とうとしていた。

 

「こっんのっ!!」

「単騎突撃とはよっぽど自信があったんでしょうか」

 

 ハルミアの剣術は、父に少しだけ習った程度で……実戦で使い物になるものではなかった。

 ゆえにほぼ我流――それはただ相手の動きに対して、最適な動きで対応するだけのもの。

 ただし人体や生理機能を誰よりも知るハルミアにとって、それは相手の行動を掌握するに等しい。

 

「でも戦力差はちゃんと把握しないとこうなります」

 

 ズグリと兵士の左肩口が掴まれ、五指から伸びた短めのレーザーメスが刺し込まれた。

 握り込まれた短剣は途中で地面へと落ち、痛苦によって王国兵は両の膝をつく。

 

「っ……がぁぁああ!!」

 

 周囲を見渡して状況を確認してからハルミアは、ひざまずく兵士を見つめる。

 他は熾烈(しれつ)な乱戦にあって、こちらに見向きもしていない。

 

「降参しますか?」

「ふざけっ――」

 

 ハルミアは肩を掴んだ右手をそのまま、兵士の背に回るように左のブレードで両足の腱を切った。

 首を()ねることもできたが、それはしない。

 たとえ敵であっても、命を救う立場にある者が無闇に命を奪うことは躊躇(ためら)われた。

 

 

(どうしようもない悪人であれば、練習台になってもらうところですが――)

 

 しかし彼らはあくまで国に仕える軍人に過ぎない。

 それに軍の戦力を削ぐ意味では、殺しで士気を上げさせるより怪我人に人員を割かせるがより効果的なのが基本。

 

「うっ……ぐぅぅ」

 

 王国騎士を魔獣の背から転がり落としてから、ハルミアは戦場を見据える。

 

「ダメですよ」

 

 地面で動けない兵士を食いかねない魔獣を、言葉一つで止める。 

 

「んー……私の出番、あまりなさそうです」 

 

 まるで戦闘する為に生まれたような種族とも思えるほど、騎獣民族は圧倒的であった。

 伝染病にも負けず生き延びた強き者ばかりであることも……あるいは一因かも知れない。

 

 

「クァァアッ!!」

 

 突然――空から飛来した幼灰竜が、反射的に伸ばした腕にとまる。

 

「あらあら、アッシュちゃん? どうしたのかな」

 

 ハルミアは撫でられる幼灰竜の尻尾にくくり付けられていた手紙を読む。

 そこにはベイリルの字で、退屈そうにしている幼灰竜を頼む(むね)が書かれていた。

 

「ん……それじゃぁ守ってもらっちゃおうかな、アッシュちゃん」

「キュゥゥアッ!!」

 

 幼灰竜アッシュは、くるくるとハルミアの頭を回ってから肩へと移る。

 なんとも言えない手持ち無沙汰感と共に、ハルミアは灰竜を撫でながら戦局を見守ることにした。

 

 

 

 

 それは人災と言って差し支えない、止められる者なき大暴風。

 騎獣民族の王――"荒れ果てる黒熊"のバリスは……無作為に突き進んでいたわけではなかった。

 

 彼は自身の持つあらゆる感覚器官を総動員して、既に獲物を見定めていた。

 敵陣を引き裂いてから真っ直ぐ、あらゆる障害物を蹴散らしていく。

 

 バリスら騎獣民族部隊に与えられた戦術目標は、王国正規軍に打撃を与えて離脱すること。

 またその機動戦力に余裕があれば、砲撃によって防衛に余力を割く魔術士隊を叩くこと。

 

 しかし彼にとって、そんなものは御託(ごたく)も同然であった。

 もちろん最低限の命令はこなすが……所詮は二の次。己の中にいる(ケダモノ)に従うのが大前提。

 王国軍を打ちのめし、その過程で()()()()()()()()それは"不可抗力"であるのだと。

 

 

「ヴァッッッハァアア!!」

 

 王国軍の方陣を(いびつ)に崩しながら、()()()()へ遠心力を最大限に乗せた刃を(ほう)った。

 

「――"(そび)える大地"!!」

 

 突如として出現した何重にも上積みされた"岩壁"をも破壊し、バリスは勘だけで返す刃の二撃目を入れる。

 

「ぐっぬぅうう――!?」

 

 今度は"岩の鎧"によって阻まれ、一刀の(もと)に斬って落とすには至らなかった。

 しかし肉にまで達した手応えは感じ、バリスは獣の速度を落として相対(あいたい)する。

 

「フンッ……斬ったのは馬のほうか、まあいい。確認するが、きさまが総大将(・・・)で間違いないなあ?」

「騎獣の民、か――っ!!」

 

 獣の本能が告げている――初日にして迫った最大の首級、最高の獲物。

 

「バカなっ、単騎で……気が()れている」

 

 王国軍総大将"岩徹"のゴダールは、馬から落ちた地面で態勢を整えつつ驚愕の視線を送る。

 そしてバリスが到達するまでに巻き込まれた王国兵の死に、歯噛みするように表情を(けわ)しくした。

 

「せぃぁぁああああああッ!!」

 

 一時的に勢いが止まったバリスに対し、周囲の兵が突っ込んでいく。

 

「ッ――待て!! おまえたち!!」

 

 ゴダールの制止よりも早く、一振り、二振りと、兵は肉片となって吹き飛ぶ。

 総大将直下の兵士である以上、バリスに気圧されるようなことはなく士気は保たれている。

 だからと言って実力が通じるかはまったくの別問題であった。

 

 

「弱者とはいえ目障りなことだ。ふむ……たしかきさまらの文化に()"決闘"があるんだったな?」

「それは三代神王ディアマ信仰を共通する者たちだけだ、あいにくと我は違う」

「では個人として応じるがいい」

 

 傍若無人(ぼうじゃくぶじん)にのたまう男に、ゴダールは興奮する気を抑えながら答える。

 

「立場がそれを許さぬ」

「おれは騎獣民族の大族長だ、それでも釣り合わんか?」

 

 ゴダールは目を見開き、周囲にも動揺が走る。嘘には決して見えぬ自信に満ち満ちていた。

 それがたとえ嘘だったとしても、強さは本物であり放置するには危険過ぎる。

 

「きさまらはどのみち負け(いくさ)だ、ならば武人らしく散るがよい」

「騎獣の民を(あなど)るわけではない……だが我ら王国軍の戦力は決して劣ることなどない」

 

 そんな王国軍総大将たる言葉に、バリスは(あき)れと(あわ)れみとが入り混じった苦笑を浮かべる。

 

「まったくもって、"目と耳が潰された餓死寸前の獣"も同然よ」

「は……?」

「既に開戦からそれなりに経った、きさまらの補給線は既にズタボロだ」

「なにを馬鹿な……」

 

 陽動や詭道(きどう)ではなく本気で言っているように見える――が、はたして真実になっているとは限らない。

 だが眼前の男の言葉が戦術行動として存在するということが、この際は重大な問題となる。

 つまり王国軍は最初から動かされていたということになってしまう。

 

 

「はぁ~……まったく、つまらぬ狩りだ」

 

 大きく溜息を吐いてそうのたまったバリスは、巨大カバの背から跳び降りた。

 そして膨張する筋肉と共に両刃斧を振り上げ、歩いて近付いていく。

 

「"我が身を包む大地"!」

 

 泥のように全身を覆った"岩徹"のゴダール岩の鎧が、さらに大きく変形し硬度を増す。

 巨躯のバリスより一回り大きくなったシルエットで、ゴダールはその拳を振りかぶった。

 

 間合いが交差し、振り下ろされた両刃斧――ゴダールは左肩口の岩鎧で受け止めながらも砕かれる。

 熱く燃えるような血の痛みを伴いつつ、衝撃の瞬間を逃さず右の岩拳を叩き込んでいた。

 

「相討ち覚悟か、甘いな……おれの前では誰あろうと狩られる側だ」

 

 平然と言い放つバリスには並々ならぬ意志が込められ、はたしてその言葉は偽りでなかった。

 

 確実に命中すると思われたゴダールの右拳は、バリスの左手に掴まれると強引に逸らされた。

 そのまま握力によって砕くと同時に、見舞われた頭突きによって纏った岩鎧が粉砕される。

 

 

 (うめ)き声と一緒に肺から全ての息が漏れ出て、全身の骨が折れんばかりの一撃に意識が飛ぶ。

 剥がれ散る岩礫にまみれながら、ゴダールは瞬時に繋ぎ止めた思考で飛び退(すさ)った。

 

「ごっ……かは――っ、"足止める大地"」

小癪(こしゃく)な真似をまだするか」

 

 ゴダールは下がったと同時に、追撃せんとするバリスの足元の地面を地属魔術で沈ませた。

 太ももほどまで絡め取っていた大地も、バリスは少しだけ面倒そうな様子を見せただけで跳び砕く。

 

「"隔絶せし大地"」

 

 ドーム状に包み込む岩壁がバリスを周辺空間ごと閉じ込め、一時(いっとき)の猶予の(あいだ)にゴダールは決断する。

 

「あとは……頼む」

 

 何層にも重ねられた岩のドームも、黒熊の獣人の進行を阻むにはあまりにも心もとなかった。

 砕かれた岩片を弾きながら、ゴダール直下兵は覚悟を心に刻む。

 

「"流動する大地"――」

 

 魔術が発動するとゴダールの足裏から同化していくように、その肉体は頭の先まで地面の中へと消えていった。

 

 

「"総大将"が逃げるか……無様よなあ」

 

 岩のドームを粉々にしたバリスはそう判断した。仮に地下から奇襲されたところで、恐るるには足らない。

 それは相手とて重々に承知の上のことであろうし、遁走の一手であることは明白。

 さりとて地面の下を移動するゴダールを捕捉するのは、いかにバリスとて不可能であった。

 

「なんとでも言うがいい、我らが御大将は判断を見誤ることはない。たとえここで我らが死せども必ずや――」

 

 兵士の一人が堂々たる威風で、(おく)すことなくそう告げる一方で、バリスは嘲笑を顔に貼り付ける。

 

「根源的な部分で見誤ったから、こうして追い詰められたというのになあ……」

「黙れケダモノが!!」

 

「吠えるきさまらの(ほう)がよっぽど……まあ構わん、狩り甲斐(がい)のない獲物だが――」

 

 持っていた両刃剣を真ん中の柄から真っ二つに分割し、刃をそれぞれの手に持って牙を剥いて笑う。

 バリスの発す獣気にあてられ巨大カバが咆哮し、王国軍正規兵達は戦慄の黒色で塗り潰された。

 

「きさまらを何人殺せば"奴"が出てくるか――試してみるとしよう」

 



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#143 海上狩猟 I

 帝国と王国の中間に存在する、内陸の巨大な湖。

 しかしてそこはまさしく、"大海"と言って良い場所であった。

 五英傑の1人、"無二たる"カエジウスが討ったとされる超巨大厄災――通称"ワーム"。

 神族に敗北した竜族が一斉に姿を消した時に、世界を滅ぼすべく残したとも伝えられる"翼なき竜"。

 

 ワームは大陸中央部に最高峰を構えた大山脈、そのことごとくを喰らい尽くした。

 山だけでなく大地までを無造作に掘り散らかし、世界に大穴を穿った。

 凹凸(おうとつ)が滅茶苦茶なその地形には、長年を掛けて水が沁み込み流れ続けた。

 

 その広大さと国家間をまたぐ季節は、多種多様な気候変動をワーム海にもたらす。

 気圧差は大風(おおかぜ)を生み、不規則な水底は大波(おおなみ)を作り上げる。

 生半(なまなか)な海をも超える海模様に違いなく、ひとたび荒れればたやすく船を飲み込んでしまう。

 

 そんな大海原を堂々()くは、ワーム海賊を中心として組織された輸送船団――

 

 

「天気晴朗なれども波高し」

 

 そう"キャシー"はピクリと獅子耳と尻尾を動かして、甲板上から風を大いに感じていた。

 

「へー陸者(おかもの)のわりに、よく波が読めたもんだし」

「いや言ってみただけだ。ベイリルがなんかそんなこと口にしてた気がする」

 

 ワーム迷宮(ダンジョン)逆走攻略途中の、海のようなエリアで水棲魔物を相手取った時だったか。

 海賊艦隊の首領"ソディア・ナトゥール"は、やや呆れ気味の表情を浮かべる。

 

「まぎらわし!」

「合ってんならいいだろ、さっさと開戦(・・)しようぜ。一気に片ァ付けてやんよ」

 

 海上の彼方に浮かび見えるのは、明らかに商船ではない一隻(いっせき)(ふね)

 

「言っとくけど……()()()()に出番なんてないし」

「はぁ? なんでだ!」

「なんでもなにも、海上戦闘は基本的に魔術砲を含めた魔術合戦が主軸」

「乗り込まねぇのかよ?」

「まず乗り込まない」

 

 

 ワーム海賊は略奪と一部交易によって生計を立てている。

 海上戦闘においては専門家(スペシャリスト)であり、ソディアはかいつまんで説明する。

 

「いーい? 海戦とは隠蔽・索敵に始まり、航行速度の補助に、攻撃魔術・防御魔術の割合その他を総合した戦術なの」

「ふーん……白兵戦は?」

「前提にはしない。そんな危険を冒すくらいなら逃げるが勝ち」

「つっまんねえなあ」

 

 それは海賊としての立場ゆえという側面もあり、海賊だからこその見解でもあった。

 たとえば国家帰属の海軍が犠牲を前提にした戦闘を良しとするのであれば、そうした戦術も十分ありえる。

 ただ肉薄するということは、攻撃魔術が船体に対して確実に直撃する距離だということ。

 防御も回避も困難な状況で船を破壊され、海上での足を失うことは死も同義に近い。

 

 だからこそ船体の修繕には、専門の技術屋魔術士もいる場合も少なくない。

 また機動力の確保の為に、風や海流を操る強力な魔術士なども重宝された。

 

 

「だーかーらー! 準備運動すんなし! しかも二人(・・)して!」

「っんだよー、こちとら暴れたいんだ。アタシらが勝手にやる分にはいいだろ?」

 

 キャシーは指をポキポキと鳴らしながら、何度か軽いステップを踏んでいた。

 

「血の気の多い最強の白兵陸軍が乗っている、それを活かすというのはどうだ?」

 

 さらにもう一方、虎人族の"バルゥ"も体を回すように四肢を伸ばしながらのたまった。

 

「そんなのは(おか)の上にあがったら思う存分やればいいし」

 

 旗艦に乗船する人員の中で、最年少のソディアは溜め息を吐きながら言う。

 

「だいたい目減りしたら、移送を頼まれてるうちが色々言われるんだけど――」

「ベイリルは、んなしみったれたこと言わねーって! ……いや、やっぱ気にするかも」

「でしょ? あの人、意外と細かそうだし」

「う~ん……たしかに」

 

 

 陰口まがいを叩く二人を眺めながら、バルゥはもっともらしい理屈を並べ立てる。

 

「ここ数日ずっと海の上で、みな色々と鬱憤(うっぷん)が溜まっている。それを発散させておくのは悪くない。

 士気にも大きく関わるからな。それがひいては戦闘力に直結するのが、我ら騎獣の一族の気性というものだ」

 

「それはここ何日かでよぉーくわかったし。てか海賊団(うちら)よりも荒っぽすぎ」

「まあオレも民から離れていた身だ、その気持ちはよくわかる」

 

 バルゥは大きくうなずいてソディアの意見に同意した。

 騎獣猟兵部隊は民族の中でも、特に生え抜きとして組織された精鋭揃い。

 それだけにその野性味はただでさえ猛然たる気質を持つ騎獣民族の中でも、さらに激しい者ばかりであった。

 

 かつての友にして今の友たるバリスにしてもそうだが、本当に自由に生きている。

 欲望を隠すことなく解放するその生き方には、ベイリルらも細かい交渉にあたって苦労していたようだった。

 

「そもそも移送用の船団だから、海戦には不向きってことくらいわかってほしいし」

「そこをなんとかできねえの?」

「大嵐に遭っても船が沈んでも、全員が欠けることなく、正確に目的の陸まで、泳いで到着し、すぐ戦闘もできると言うならいい」

「ぬぅ……さすがに半分は喪失(うしな)うかも知れんな」

「半分も生き残れるのがおかしーし」

 

 それでもソディアが()るに、バルゥは本気でそう思っているようだった。

 確かに獣の中には方向感覚に優れた種もいるし、人獣一体なればその感覚能力は凄まじいと聞く。

 ソディアが伝え聞く騎獣民族の逸話からも、海を甘く見てる部分はあれど実際にやってしまいそうな予感はあった。

 

 

「まっなんにしても海上ではうちの権限のが上。大人しく従ってもらうから」

 

 ソディアはわかりやすく(ちから)の抜けた虎の尾を見つめつつ、はっきりとそう告げた。

 

「それに言わせてもらうと、アレは斥候船だからまともな戦闘にならない」

 

 王国海軍が一応の警戒網として、各所に散らせているものとソディアは半ば確信していた。

 

「なんだよ、単なる見張りかよ。すっげえ腕に自信がある敵船とかじゃないんか」

「機動力を重視した帆船で、戦闘艦じゃない。どんなに強くたって護衛船くらいつける」

 

 海での戦闘は、時に個人が突出して戦果を挙げることもままある陸上の戦争とは違う。

 のっぴきならぬ事情がない限りは、随伴艦と連携を取るものだ。

 まして帝国や王国に所属する海軍であれば、確実に戦列を組む。

 

 もし仮に単独専行する戦闘艦があるとすれば、どのみちそれは白兵戦どころではない。

 防御魔術をぶち抜いて敵船を撃破できるほどの強力な魔術士、ないし魔導師が乗っているということになる。

 

「あとちなみに魔術戦にもならない、"それ"があるから――」

 

 そう言ってソディアは甲板前方に鎮座している、"カノン砲"を指差した。

 

「ベイリルとフラウが空輸したやつか」

「うん、ありがたく使わせてもらうし。最大戦速・針路維持、仰角固定で撃ち方」

 

 

 ソディアが命令を発すると、すぐ近くにいた海賊副船長が大声で復唱する。

 

『針路は維持したまま最大戦速! 砲の仰角は固定したまま撃ち方用意ィ!!』

 

 ソディアは左腕を挙げながら、慣れ親しんだ海を見つめる。

 相対距離は確実に縮まっていき、ソディアはあげていた腕を振り下ろした。

 

 合図と共に砲撃音が広い海原に轟き渡り、船体は……多少揺れる程度であった。

 それは科学魔術兵器たる商会新式カノン砲が、適切に反動を逃がし、その一部を推進に変えている証左。 

 砲弾はグングンと距離を伸ばし、標的たる船体をたった一発、確実に捉えていた。

 

 直撃した王国軍の斥候と思しき船は爆発炎上し、黒煙を吐き始める。

 

 

「へぇ……この距離から一発か」

「やるな、娘」

「弾道は一回だけ試射した時に見てるし、あとは風を読めばわかる。この程度なら補正魔術もいらない」

 

 さも当然と言ってのけるソディアに、キャシーとバルゥは感嘆の声を禁じえなかった。

 

「それにうちの船には超一流しか乗ってない」

 

 旗艦には生え抜き中の選り抜きが乗っている。

 祖父母の代から母と叔父の時代より、数多の経験を積んだ熟練の水兵揃い。

 ソディアは彼らを信用しているし、海賊達もソディアの指揮に絶対の信頼を置いていた。

 実力あるとはいえ武力的には小娘にすぎない少女が首領なのも、そうした支えがあってのもの。

 

 

「にしても――この大砲ほんとスゴすぎだし」

「そうなんか?」

 

 話に聞けばフリーマギエンス創部以来の古株で、シップスクラーク商会員でもあるキャシー。

 ソディアよりも遥かに詳しいだろうはずなのに、疑問符を浮かべるキャシーに少女は説明する。

 

「まず圧倒的な射程で、一方的に主導権を取ることができる」

「あー……まっアタシは殴り合いのが好きだけどな」

「聞いてないし。それと魔術による攻防はそのままに、もう一つ攻撃手段を追加できる」

「どういう意味だ?」

「普通は攻撃魔術と防御魔術と機動魔術とで、消耗を考えつつ動いて撃ち合いをしていくのが常道。

 でもこのカノン砲ってのは観測兼砲手の最低一人だけでも、砲弾の数だけ強力な火力支援が可能なの」

 

「剣と盾で戦ってるところに、もう一本生やした腕で殴れるってことか」

「ん、うん……まぁそんなとこ」

 

 キャシーの言い回しに、ソディアはとりあえず肯定(しゅこう)する。

 すると横で話を聞いていたバルゥが、付け加えるように口を開く。

 

「さらに言うなら根本的に()()()()()()()()、ということだな」

「そうそこが最大の特徴、これがいくつもあったら戦争の形態が変わっちゃうし」

 

 バルゥのズバリ的を得た言葉に、ソディアは同意しながら未来についての想いを馳せるのだった。

 

 



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#144 海上狩猟 II

「これがいくつもあったら戦争の形態が変わっちゃうし」

 

 そうソディアが戦争の変容に言及するも、キャシーは相変わらず普通の様子を見せていた。

 しかしあるいは彼女にとって、もはや日常となっているからかも知れない。

 最初期からフリーマギエンスに参加し、変化することにさして驚くようなことではないのだと。

 

 一方でソディアはあれからベイリルらと何度も話した。

 シップスクラーク商会の事業とフリーマギエンスの教義を大いに知った。

 彼らの目指すところ、行き着く果ての世界に大いに魅了されてしまった。

 そして魔導と科学がもたらすテクノロジー兵器の恐ろしさを、こうして改めて垣間(かいま)見た。

 

「魔術士がいらないっつってもさぁ、いたほうがいいだろ?」

「まぁ、ね。ただ重要性が薄れてくるのは間違いないし」

 

 まだ理屈のすべてを理解したわけではないが、ベイリルの師匠が語る未来のオトギ(ばなし)――

 火力も装甲性能も機動力をも、魔導科学によって代替するとなれば戦争は別物になる。

 まだまだ薄ぼんやりとしたものではあるが、その光景が漠然と脳裏に浮かんではいるのだ。

 

 

「それに見たでしょ? 今の威力。あれが誰でも使えるようになる、しかも熟練すれば一人で」

 

 ――魔術砲は重心や反動の都合上、船体内部に収納し発射口を設けるものだ。

 撃つ場合も船体の側面からのみであって、仰角(ぎょうかく)もまともに取れない。

 また最低でも魔術砲弾を作る人員、砲身に魔力を込める人員、動作の為の補助人員の計3人がいないと成り立たない。

 

 推進の為の魔力は魔術士でなくても問題ないが、砲弾の形成には魔術士が必要となる。

 さらに魔力を注ぐ場合にも個人差があって、再充填までの時間もまちまちになってしまう。

 それでも普通に魔術を放つよりは射程も長く、安定して標的へ命中させられる。

 だからこそ魔術砲は海戦や防衛戦などで重宝される兵器なのである。

 

 しかしこの新式カノン砲は装薬を推進にし、砲弾も金属による質量弾が基本である。

 従来の魔術砲よりも砲身は長いが、軽量化されている為に艦首近くに取り付けることが可能。

 それはすなわち仰角や方囲角も自由に取って、狙い射つことが可能となる。

 

 重心バランスには慣れが必要だが、反動の一部を推進に変える驚くべき機構を持つ。

 なによりも射程と精度と連射性において、その性能差はまったく比較にならない。

 数を揃えられるのであれば、局地的継続火力は単純に倍以上に跳ね上がるのだった。

 

 

「たしかに対処するには少しばかり面倒そうだな」

「ベイリルがよく言うけど、当たらなけりゃどうということはないってやつだな」

 

 少しだけ面倒と切って捨てたバルゥ、個人ではまったく脅威ではないと豪語するキャシー。

 ソディアは何度目かとなる溜息を吐いて、突っ込むことなく話を続ける。 

 

「あと今撃った"焼夷弾"ってのもやべーし、なにあれ」

「わかってて使ったじゃねぇんかよ」

「燃えるってのは聞いてたけど、いくらなんでも燃えすぎだし」

 

 一瞬にして船体は爆発炎上して、あっという間にマストまで燃え広がっていった。

 あれでは信号用魔術を王国海軍の本船団に送っているのと、そう変わりがない誤算となってしまった。

 直撃死をまぬがれた乗組員が、次々に海へと飛び込んでいくのが見える。

 

 何よりも魔術砲弾ではなく、物質的に作られて管理されている特殊弾頭であるということ。

 魔術なしに純粋なテクノロジーだけで、あのような結果をもたらしていることに戦慄すら覚える。

 だからこそ戦争は変質する。魔術を前提にしたものではなく、資源と物量を基点としたそれに――

 

 

「しかしあの勢いで燃え尽きてしまっては……重要な情報まで灰になるのではないか?」

 

 燃えゆく敵船を瞳に移しながら、バルゥがそう漏らす。

 

「まぁ情報は元から得るつもりはなかったから、そこは別にいい。」

「ふぅむ……そうなのか、船員も拾わないのか?」

「うん、どうせ大した情報は持ってないから時間の無駄だし。それに王国海軍の基本戦略は頭に入ってる。

 斥候船の位置()()()()が情報。あとは波と風を見ながら、大まかな位置はわかるからなんも問題ない」

 

「やるなぁオマエ、アタシには絶対無理だわ」

「さすがだな」

「別に――」

 

 他人からは褒められ慣れていないのか、ソディアはそっぽを向く。

 しかしそんな反応も、バルゥやキャシーから見ると微笑ましいものであった。

 

 

「とりあえず移送用の船団は置いとくけど、どうする?」

「大人しく待ってられる性質(タチ)じゃないぜ、アタシは」

「オレも見物させてもらう、せっかく旗艦に乗っているんだしな」

 

「ん――わかったし」

 

 ソディアが合図を出すと、マストの水兵による手旗によって後続の船に伝令がいく。

 すると7隻の(ふね)が船団の中から飛び出してきて、並走する形をとった。

 

「なんだぁ、あいつら……?」

「うちの主力。一番艦から七番艦、この(ふね)と合わせてうちの総戦力のほとんどを担ってる」

 

 それぞれ真紅・淡黄・深緑・群青・薄紫・純白・漆黒の()を張った船。

 帆船(はんせん)は遅れることなく一定の距離を保ったまま、快走しながら旗艦へと追従する。

 

「あーーーもしかしてそれぞれ"七色竜"の色か」

 

 キャシーはすぐに察したようにそう口にして、ソディアは肯定する。

 

「うん、そう。祖父が竜信仰だった影響らしい」

「ほう……一番艦が最も優秀なのか?」

「それぞれ得意分野はあるけど、優劣はないし」

 

 ソディアは灰色の帆の下で、風になびく海色の髪をすく。

 祖父母の代から連綿と継承されてきた、ワーム海で(まぎ)れもなく最強と自負できる水軍。

 さながら自身の手足のように動いてくれる、()にして()だが()ではない信頼できる海賊達。

 

「へぇ~……じゃぁこの船は(ゼロ)番艦ってか?」

「優劣がないのであれば、普通に八番艦なのではないか?」

「好きに呼んでいいし。ま、ただ単に旗艦って呼ぶことが多い」

 

「つーか色が派手で目立たねえの? まっアタシとしちゃ()()()()()だけどな」

「騙し討ちする時は別の(ふね)を使うだけ。それに相手が七色を見た時は、もう終わりだし」

 

 

 

 

 大海原をゆく8隻の海賊船は、船団から遠く離れて"真っすぐ最短距離"を進みゆく。

 

「……本当に迷いがないのだな」

「迷いがないだけで、実は見当違いのとこいってたりすんじゃね?」

「失敬な。ちょうどもう見えてきたし」

 

 マストに登った水兵の合図を見て、ソディアは自信ありげに笑みを浮かべた。

 斥候船がいた位置、海域と海流と海風から考えればそう遠くない場所にいると確信していた。

 

 言われてキャシーとバルゥは水平線へ目を凝らすものの、甲板にいる2人にはまだ見えない。

 一方でソディアは2人とは違う心地で、ほんのわずかに緩いカーブを描く水平線を眺める。

 

 ――"世界は球のように丸い"。

 感覚的に理解していた部分はあったものの、実際に知識として頭にあるとまた違った風景として映った。

 テクノロジーのみならず、多種多様な知識も保有しているシップスクラーク商会。

 今後も長く付き合っていくことになりそうだと、ソディアは祖母(ばぁや)教え(ことば)に従う。

 

 

「ほーらね」

 

 ソディアの言葉に、キャシーとバルゥは細めた眼に映るそれにわずかに息を呑んだ。

 ゆっくりと水平線から覗かせてくる船影の大きさと数は、まさに大艦隊と言うべき威容。

 戦争だからこそ揃えられたもので、通常の海賊業では決して相手にしない数である。

 

「うっへぇ~、数えんのもかったるいな」

「たしかに多いな……本当にたった八隻で勝てるのか?」

 

「数が多いほど動きは(にぶ)いから余裕だし。それに……補給艦もいっぱい混ざってる」

 

 遠征軍なのだから補給線は可能な限り用意しておくものである。

 海上ルートもその内の大きな一つであり、安定した制圧と支配の為には必須のもの。

 

「なるほどな。放置しては禍根(かこん)を残す、と」

「それと別に全滅させるわけじゃない、適度に沈んでもらうだけ。うちらが目をつけられない程度に」

 

 今後のことを考えれば、ほどほどに痛撃を与えるくらいでいい。

 王国側に戦争に深く関わっていると疑われるのは、今はまだ()けたいところであった。

 

 あくまで浮き足立った戦争の隙を突いて、補給を奪っていった無法者くらいの認識でいてもらう。

 ベイリルの言う"私掠船免状"とやらが正常に機能するかもわからない以上、余計なモノは背負わないに限る。

 騎獣民族の移送についても、確たる証拠を握られないようにする。

 

「部隊を安全に運ぶだけが仕事ではないのだな」

「海上からの補充と情報を妨害するのも、うちらの仕事の内だから」

 

 さらには万が一に備えての補給物資も積んでいる。

 順当にいけば不要なものだが、常に事態に対して備えておくのが戦略というものだ。

 

「勝ちの目が見えなくなったら遠慮なく言ってくれよ、アタシらが戦ってやっからさ」

「……はいはい、覚えとくし」

 

 

 戯言(たわごと)にも聞こえるキャシーを横目に、ソディアは集中し全身を流れる魔力を知覚する。

 

「我が右手には反逆の風。我が左手には暴虐たる水。遥かなる(そら)より来りて、母なる海へと至る循環よ――

 其の水底の暗きと輝きを追い求め、押し流し、洗い清め、何物よりも尊く深い眠りへと(いざな)いたまえ」

 

 ソディアは詠唱を終えると、両手それぞれ魔術の塊を混ぜ合わせて青空へと向けて解き放った。

 

「なぁ……何も起きてなくね?」

「たしかに、いったい何をしたのだ」

いずれ(・・・)、わかる。さてそれじゃ――」

 

 ソディアは腕組み不敵な笑みを浮かべて、水面(みなも)に向けて言い放つ。 

 

ワーム海(うちのにわ)で、最も好き勝手に自由なのはこっちだって教えてやるし」

 

 



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#145 海上狩猟 III

「うちらの戦いを……二人とも、とくと拝んでいくといい――海戦始め」

 

開戦(かいせェん)ッ!!』

 

 ソディアの(そば)に控えた屈強な副船長が命令を、並走する船にまで届きそうなほどに復唱する。

 

 王国海軍は警戒陣形こそ取っていたが、実際に接敵するなどとは思わなかったのだろう。

 艦隊の動きには精彩さを欠いていて、新たに迎撃態勢を整えるべく動いているのが見て取れた。

 

「そんっな~、暇は~、(あった)えない~♪」

 

 ソディアは甲板でステップを踏みつつ口ずさむ。

 七色の精鋭艦隊は最大船速を保って、急速に相対距離を縮めて行く。

 

「なぁよぉ、大砲でやんねぇの? もうとっくに射程内じゃね?」

 

 キャシーは先の砲撃から正確にカノン砲の射程を見極め、敵艦隊との間合いを見てそう尋ねてくる。

 

「もったいないし」

「出し惜しむってぇの?」

「そうとも言えるけど、必要性がないだけ」

「どういうこった」

 

「あくまで王国海軍艦隊を翻弄しつつ、相手にとって一番痛いとこにぶっこめばいい。

 過剰な火力なんていらないし。わざわざ貴重な手の内を晒すこともないってだけなの」

 

「いやいや、ちまちましないで全部ぶっ潰そうぜ」

「オレも同感だな」

「やめーっ!! やりすぎて今後目を付けられるのはうちらなんだから、もーこれでこの話はおしまい!」

 

 

 キャシーとバルゥとの会話を中断し、ソディアは目の前の海戦へと意識を傾ける。

 

「二番艦は旗艦を追従で、三・五は裏回りで押し止め、一・七は火力支援、四と六は巡回・牽制しつつ備え」

『黄二番は旗艦追従! 緑三番と紫五番は迂回抑え! 赤一番と黒七番は魔術支援! 青四番と白六番は予備牽制!』

 

 ソディアの命令を副船長は同じように繰り返し、マストに立つ海賊が手旗でそれぞれに支持を出した。

 すると速やかに艦隊は分かれて、上位命令を遵守(じゅんしゅ)すべく各々の戦術行動へと移っていく。

 

艦旗(かんき)(かか)げ! 右舷開いて面舵三点、適帆あわして戦速維持」

『右舷開き! 面舵三点! 艦旗ィをぉ()げろォォおおお!!』

 

 副船長から拡声伝達されるソディアの命令に、船員達は適宜操船を(おこな)う。

 海賊旗がマストの頂点でたなびき、他の7つの(ふね)も呼応するように掲げた。

 

 これにて王国海軍もよくよくもって思い知らされることになる。

 ワーム海の南方を暴れ回る――ナトゥール海賊団が攻め寄せてきたのだと。

 

『もっかい適帆あわせ!! 最大戦速!!』

 

 相対距離が急激に縮まっていき、ソディアは眼光をするどく境界線を見極める。

 

上手廻(うわてまわ)し――取舵一杯」

 

 旗艦は的確な角度で切り上がっていき、交戦域のギリギリを狙って回頭した。

 ソディアはワーム海の風が変わる瞬間を見逃さず、船員への操船における実時間差も考慮して命令していく。

 王国海軍が放った魔術砲は当たることなく、空転させたところで変針を繰り返す。

 

 

「二番停止、三番は半方囲で狭めて、七番は原速前進――」

 

 ソディアの命令が手旗で伝えられ実行されるたびに、王国海軍の陣形はどんどん(ゆが)んでいく。

 補給艦や練度の低い船を編成する大艦隊は……みるみる内に小集団に分断されていった。

 

「逆帆、行き足止め」

『逆帆打たせェえ!!』

 

 急激に速力が落としたところで敵艦を誘発させ、さらに孤立を強める結果を海域にもたらす。

 敵艦同士の連携を希薄にし、逆にソディアの命令によって七色艦隊は完璧で(みつ)な統制を持って動く。

 

「"心意に応えし風よ"――」

 

 そこからソディアは空属魔術で風流を操作して、急速機動で旗艦を移動させた。

 

下手廻(したてまわ)し――防魔用意」

 

 船員がそれぞれ命令通りに動き回り、防壁魔術を張る中で――

 ソディアはゆっくりと瞳に映る世界を堪能し続けた。

 

 

 しばらくしてからソディアはくるりと振り返って、虎と獅子へ言葉を投げかける。

 

「そんじゃ、ご要望にお応えして暴れる機会あげるし」

「むっ……出番か」

「なんだよ、やっぱアタシらに頼るんか?」

 

「海風模様がなかなかいい。それに二人ともうちらの操船で酔うと思ってたけど、大丈夫そうだし」

「酔う……とは?」

陸者(おかもの)が船に乗ると、なんか気持ち悪くなって吐くことが多い」

「意味わからん」

「わからないのなら別にいい。それに褒めてるし」

 

 ソディアはほくそ笑むように言い、バルゥとキャシーの表情に生気がみなぎる。

 

 

「衝角戦法で側面に突っ込んだら存分に戦ってどうぞ」

「しょーかく?」

「船首の装甲化させた部分で、直接ぶつけること。さらに防御魔術も重ねる」

 

 (くらい)の高い将校級が乗っている艦は既に見極めた。

 敵海軍の上位艦相手と肉薄するのであれば、敵も同志討ちになるような魔術は撃ってこない。

 王国海軍は特に貴族の立場と権威が大きいことも、しっかりと見越した上での接近戦法である。

 

「へぇ~そんな戦い方もあるんだな、海はさっぱりだ」

「そのまま白兵戦に移行するから、うちの船員と一緒に――」

 

「いらん世話だぜ。つーかこんだけ距離が縮まってりゃ十分だろ」

「……んぇ?」

「バルゥのおっさん、アタシをぶん投げてくれっか」

 

 ソディアからバルゥの(ほう)へ向いたキャシーは、ギラリと白い歯を見せる。

 バルゥはまばたきを一つ、背なの丸い大盾を左手で持つと、右足を後ろに腰を落とした。

 

「よかろう」

「っしゃ――」

 

 二つ返事で了承したバルゥは大円盾を斜めに構え、その上にキャシーが一足飛びで着地する。

 

 

「っぅわぁ!?」

 

 年相応の女の子らしい、ソディアの控えめな悲鳴。

 船体が大きく揺らぐほどの踏み込みにもちをつきそうになるも、少女はなんとかこらえる。

 次の瞬間には思い切り振り抜いたバルゥの左盾から、キャシーの肉体が射出されていた。

 

 放物線を(えが)いて跳躍したキャシーは、空中で大きく息を吸って顔を上方へと向ける。

 身に纏った電撃を体内に貯留するイメージをもって、"黄竜"をその胸裏に強く浮かべた。

 

 ――"雷哮"一閃。

 雷光の軌跡が敵船団を横薙ぎに撃ち払い、水柱を高く高く()げる。

 (いかずち)の奔流は、対面にあった木造船の群を容易く破壊し炎上させたのだった。

 

 そのままキャシーは海中に没したものの、まさか泳げないということもあるまい。

 

「ムチャクチャすぎだし……」

 

 ほとんど絶句のようなもので、それしかソディアには言葉が浮かばなかった。

 考えていた戦術や流れを全て台無しにする、単一個人による突貫戦法。

 いつの間にか燃える船の1隻によじ登っていたキャシーは、戦闘意欲が残ってる連中を相手にし始める。

 

 

「なかなかやるな、オレも負けてられん……()くか」

「ちょっと待つし! 今またタイミング悪く(・・)踏み込まれたら最悪、横転・転覆しかねないし!!」

 

「安心しろ、オレは跳ばん」

「えっ……まさか泳いでいくつもりだし?」

「そんなわけないだろう――疾駆(はし)っていく」

 

 (かたむ)く船体と同じ方向に、ソディアも頭を(かし)げて疑問符を浮かべてまた倒れそうになる。

 目の前の虎獣人言っていることが……何一つとして理解できない。

 

「ふむ……そうだな。ベイリル曰く、一定の速度を超えると水は"コンクリート"のように変わるらしい」

「まったく意味わからんし、()()()()?」

 

 反射的にソディアは疑問を返したが、すぐに記憶の片隅から引っ張り出されてくる。

 シップスクラーク商会や事業について話していた中に、そんなような"建材"の名があったと。

 

「オレにもわからん。ただ水の柔らかさが、硬くなるのだそうだ」

 

 バルゥは揺れる船でもまったく不動のまま、表情を変えずに答える。

 

「あー、水面に落ちると痛いってこと……とか? で、それがなんなんだし」

 

 いまいち要領が得ない会話だったが、バルゥはさも当然のように口にする。

 

「固い地面と変わらない、つまり体が沈む前に素早く足を踏み出すのを繰り返せば走れるということだ」

 

 今度こそ本当にソディアの口からは、言葉が吐き出されることはなかった。

 水属魔術で海面を滑る者もいるが……目の前の虎獣人が言っていることはそうではない。

 

「既に何度か迷宮でやったことがある、まあ見物していればいいさ」

 

 言うやいなやバルゥは横滑りするように船体を走り、そのまま砲弾のように真横方向に飛び出していく。

 勢いのままに確かに海面を走っていた。ただただ単純な身体能力それだけでもって――

 水切りでもするかのように、キャシーとは別の炎上する船へと到達して闘い始める。

 

「たしかに……ばぁや好みだね、あの人たち」

 

 ソディアはそう漏らしながら、予定外の戦況を見守ることにしたのだった。

 

 

 

 

「まったく、撤収って何度も言ってるのに遅いし!」

 

「あーーーつっかれた」

「本番前のいい準備運動になった」

 

 ようやくキャシーとバルゥを拾った頃には、王国海軍の船団は半壊状態にある。

 同時にこれで王国に、本格的に目を付けられることも明白であった。

 

 あるいは彼女らは……そこまで()()()()()()()()()()()()のかと。

 こちらの退路を()って商会に引き入れるべく、王国海軍を滅多打ちにしやがったのかと。

 そんなことも浮かぶ――が、ただ単に暴れたかったというのが……二人の真相なのだろう。

 

 

「あんたら(われ)を忘れすぎだし」

「すまなんだ、上陸には間に合うか?」

「ん、それは大丈夫。もともと余裕は持たせてあるし。でもきわどかったから!!」

 

 一番艦から七番艦までを伴い、既に最大船速で輸送艦隊のところに戻っている最中にあった。

 甲板にドカッとふんぞり返ったキャシーは、あくびを一つする。

 

「あーーーっと、アタシはこのまま休むわ。ちょっと魔力使いすぎて戦えん」

「えぇ……」

「どうせアタシは"遊撃"ってので自由に動いていいらしいからな」

 

 それは命令をまったく効かずに暴走するから、開き直った役割を与えているのでは?

 ソディアは素直に思ったが、さすがに口には出さなかった。 

 

(あらし)が近づいてなけりゃ、この際もうちょっと暴れたのになァ……」

 

 遠く空は暗く染まり、風は強く、波が荒れ始めている。

 もうしばらくすれば、王国海軍とその艦隊は確実に呑み込まれる位置にあった。

 

 

「元々アレ(・・)で、最後の足止めする予定だったのに……王国海軍があんな壊滅状態じゃ、もはやトドメだし」

 

「ほほう……この(あらし)まで読んでいたのか」

「いや、あれは海戦前にうちが使った魔術」

「まじかよ、あれおまえがやったの!?」

 

「天災か――そこまでいくと魔導師なのか?」

「いやうちは魔導師じゃない。アレはただキッカケを与えただけ。あとはワーム海が自然と作りだしてくれる」

 

 ()()()()から海模様(うみもよう)を読めるがゆえの、ワーム海限定の究極魔術。

 これこそがソディア率いる海賊団が、その実力のみならず王国や帝国を振り切り、好き勝手自由にできる最大の理由。

 あくまで大自然の猛威にしか映らず、直接関与を疑われない切り札であった。

 

「いっそ全滅させちゃえばどうよ?」

「それはムリ、向こうだって魔術士は相応のがまだ残ってるし。なにより天災の中で乱戦はやらない」

 

 そうピシャリと言い切ると、それ以上キャシーとバルゥからは言葉はなかった。

 自然の恐ろしさというのを二人がそれぞれ、しかと認識しているからだろう。

 

 

 ソディアはふとベイリルが言っていたことの一つを思い出し、心中で自問するように投げ掛ける。

 

(テクノロジー……)

 

 シップスクラーク商会が成長し、フリーマギエンスが浸透していく未来。

 より多くの人間がテクノロジーの恩恵を享受(きょうじゅ)し、進化の階段を登っていったその先に……。

 

 数々の大自然の脅威にすら、自らの手で勝ち得る時が来るのかも知れない――と。

 



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#146 騎獣猟兵 I

 バルゥは戦いを前にして穏やかな心地で、走る獣の上からひとりごちた。

 まったく違った新たな人生に対して、その半生をゆっくりと思い出していく。

 

 ――騎獣の民として生まれ、騎獣民族の社会で若き日を過ごした。

 よくよく突っかかってきた熊人族のバリスを含め、騎獣の民らしく健全に育った。

 

(そして"洗礼"の日を迎えて、オレは絆の戦士となった)

 

 しかし直後に王国軍との戦争となり、王国軍兵士を本能のままに殺し回った。

 結果として――オレは相棒だった獣を(うしな)い、王国軍に捕えられる憂き目に遭ってしまった。

 

(生殺与奪を握られながらも、生かされたのは感謝とさえ言えるな)

 

 騎獣民族とて奪った獲物は奴隷とする習慣があり、互いに死力を尽くした上での結果。

 多勢に無勢であったにせよ恨む理由などなく、負けた己の至らなさこそ責めるべきであった。

 

 

(あの頃は弱いとは言わぬまでも強くもなかった、だからこそ学ぶことも多かったが――)

 

 白き全身を鮮血に染めし武勇によってか、オレが買われた先は王都最大の闘技場であった。

 

 闘技場には様々な(もよお)し物があり、純粋な決闘から、貴族同士の戯れの小戦争。

 最も多いのは奴隷同士を戦わせたり、あるいは魔物と戦わせるようなモノ。

 時には宮廷魔導師や円卓の魔術士が、その技にして(わざ)の一部を披露することもある。

 

 それらは闘技の中でも"死"が日常となる機会であり、消費すればその分だけまた補充される。

 そして――生命を燃焼させる殺し合いというものは、かくも王国の民を熱狂させた。

 

(オレにとってもそこは……本当にとても居心地が良い場所だった)

 

 闘争によって相棒がいなくなった"絆の戦士"たる己には、どのみち騎獣民族のもとへは帰れない。

 狩り狩られの殺し合いなど騎獣民族にとっては日常であり、哀しみを忘れるにも丁度良かった。

 

 同じ奴隷のほとんどが、やつした身を(なげ)くばかりであり……最初は理解できないほどあった。

 また奴隷になる人間には皆、それぞれ紆余曲折(うよきょくせつ)した人生を送っていた。

 間接的にではあるものの、彼らから様々な知識や経験を得ることができた。

 

 

(そこからはあっという間だった気がするな……)

 

 相棒獣を喪失した悲しみが、思い出せる過去の1つになった頃――

 王国の民はオレを()に来るようになり、オレに歓声を送るようになっていた。

 勝つという結果だけを残せば、奴隷という身分からは出られないものの認められる。

 それが"奴隷剣闘士"という存在であった。

 

(性にも合っていた。単純なだけに、考える必要もなかった)

 

 普段こそ同じ奴隷や魔物が相手となるが、勝負にすらならなくなると事情も変わってくる。

 闘技場で名を挙げたい、世界の猛者と闘うような機会も自然と増えてきた。

 中には集団を相手に立ち回らされることもあったが、それもまた趣向の違いを楽しんだ。

 

(ついぞ負けることはなかった)

 

 そうでなければオレは今こうして生きてはいない。

 

 次第に挑戦者すら減っていき、同じくしてオレの闘争に熱狂する人も減っていった。

 円卓の魔術士と1度くらいは戦ってみたかったのだが、直接の機会に恵まれることもなかった。

 

 そうなると闘技場側としても――この身は、ただ持て余すだけの大飯喰らいとなってしまう。

 結果としてオレは獣人差別激しい王国において、奴隷の身分から解放される数少ない異例に至る。

 

(どのみち強き者がいないことに()いていたところだった――)

 

 丁度よい頃合いと言えた。しかしだからと言って王国に住むことなどはできない。

 獣人奴隷で、まして見世物でもあった身が……王国籍を得られるようなことはまずもってありえなかった。

 事実上の追放という形であり、夜半に身を隠されるようにして王都から出て行くことになる。

 

 

 闘技場に稼がせてやったであろう金額からすれば、本当に些少の金銭のみを渡されたが不満は特になかった。

 

(もとより富や名声の為に戦っていたわけではない)

 

 好きだからやっていただけだ。観戦と熱狂も悪い気はしなかったが、あくまでおまけ。

 闘技場の経営者達に復讐しようなどといった気もまったくない。

 かと言って他の服従を強いられる奴隷達を、解放してやろうといった思想や価値観もなかった。

 

(気軽に気楽で気ままな一人旅だったな――)

 

 その後は騎獣民族とは決して(まじ)わらないように、世界を巡って回った。

 

 王国の北方から帝国へと入り、臨時傭兵として路銀とする大金を稼いだ。

 帝国北西部から経由するように皇国へ越境し、とある聖騎士と知り合い、共に闘った。

 皇国から"大空隙(だいくうげき)"を観光しつつ、さらに南へ下って魔領へと乗り込んだ。

 絶えぬ戦乱に身を投じ、我を忘れて体を鍛え、技を磨き上げていった。

 

 やがて戦争にも目新しさを感じなくなり、連邦西部へと踏み入れて散財して過ごした。

 その後は内海の各諸島を渡りながら、様々な文化を味わいつつ共和国へと入国――

 

 

(そうして最後に行き着いたのが……)

 

 帝国"カエジウス特区"のワーム迷宮(ダンジョン)であった。

 

 そこは閉鎖された弱肉強食の世界。

 己を試され、決して一筋縄ではいかず、全身全霊を懸けて攻略する必要があった。

 闘技場で戦い始めたばかりの頃を思い出すような……得も言われぬ達成感。

 

 ただ闘うだけではどうにもできないことも、よくよく思い知らされた。

 

(迷宮の踏破は、オレに新たな充実を与えてくれた)

 

 久しく忘れていた獣性を、思うさま解放することができる(よろこ)び。

 剣闘士時代――傭兵稼業――聖騎士との共闘――魔領の派閥戦争――どの闘争とも違う新鮮さ。

 生き抜くというただ一点の熱量を、攻略に差し向けることで切り拓かれる道。

 

(そして……願い求めた――)

 

 もしも五英傑が()()()()()()()()ことができるのならばと。

 これほどの迷宮を造り上げる"無二たる"カエジウスならば――あるいは、もしかしたら……と。

 

(足手まといとなる弱者などいらなかった――)

 

 友を失う悲しみは一度で十分。生き返らせるとしても1頭で十分だ。

 後にも先にも相棒と言えるのは、かつて絆を結んだ獣のみ――

 

 

(そうだ、そう……思っていた)

 

 今の己の後ろには、多くの仲間――改めて道を同じくする騎獣の民達が追従する。

 

 オレは乗りし獣の上から、声を発せず(あご)だけを振って指示を送った。

 人と獣が200(つい)の騎獣猟団は、音を殺すように横へと展開していく。

 

 陣を展開するまでの(あいだ)に、さらに(ひた)るように直近の記憶を想起する。

 

()()()()は……唐突に現れた)

 

 話し掛けてくる者などほとんどいなかった。

 まして初対面であんなにも馴れ馴れしく――ベイリル、キャシー、ハルミア、フラウ。

 聞けば内三人は長命種なれどまだ若く、全員と親と子ほどの年の開きがあった。

 

 酒を()み交わし、多少なりと親睦を深め……相棒獣やバリスのことをオレは思い出していた。

 

 

 そこからあっという()の出来事と言えよう。

 あいつらは迷宮攻略に乗り出したかと思えば、地上から直接最下層へ向かう行動を開始した。

 謎の大型道具を持ちだして、情報を収集し、準備が完了するまで何度か誘われた。

 

(オレはそれでも固辞した)

 

 正道ばかりを()くつもりではないが、邪道を選ぶ気にもならなかったのも1つ。

 何よりもわずかばかりでも情の湧いてしまった者が……希望ある若者達が――

 

(打ちのめされてしまうのを……見たくなかったのかも知れないな)

 

 しかしてオレがわざわざ守ってやるようなことは、相棒獣を失ってよりの生き方に反していた。

 

 だが予想とは違い、彼らは……なんともはや最下層を制覇してしまったのだった。

 また迷宮に深く潜っている最中に、逆走する帰りの四人と再会し、黄竜を倒したことを知った。

 その後は地上まで同道することに決め、十数年振りかのパーティを組んだ。

 

 有言実行を成し得た彼らは、オレの強さにも決して引けを取ることはなかった。

 それぞれの得意分野を活かし、こちらの動きにも反応よくついて回って連係する。

 

 

(そして……認識させられた)

 

 やはりオレは"絆の戦士"であり、本来の気質は他者と組むことにあったのだと。

 

 ただ見合うだけの者がいなかっただけで――

 潜在的に喪失する恐れを(いだ)いていただけで――

 もはや生き方を変えられぬと、自らを()ざしていただけで――

 

 

 彼らにとっては利を得る打算があったとしても、騎獣民族へ戻る決心をつけさせてくれた。

 そしてバリスとも昔のように語り合い、こうして民を率いて戦うこともできるようになった。

 

(だからオレは――)

 

 この戦争が終結したなら……今度は改めて、自分の口から言おう。

 シップスクラーク商会へと、フリーマギエンスの作る輪の中に入るということを。

 

 もう十二分すぎるほど自由に生きた。だからあいつらの想いと目的に答えてやろう。

 それがオレが次世代へと託す――新たな(しるべ)――新たな生き方。

 

 奴隷から成り上がり、世界を放浪した果てに行き着いた、オレの居場所であると――

 



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#147 騎獣猟兵 II

 

()くせェッ!!」

 

 騎獣猟兵部隊が左右への展開を終えたところで、大斧剣と大円盾を握ったバルゥが咆哮した。

 続くように猟兵と獣達も連鎖するように吠え立てて、武器をそれぞれ抜き放つ。

 

 騎獣民族には騎獣民族の()り方がある。すなわち最も強き者が先陣を切り拓くが常。

 それは大族長たる立場であっても例外ではない。

 バリスの性格からしても、間違いなく同じように先陣を走っていると確信できる。

 

 横陣の中央にいるバルゥが、長く伸びる輜重(しちょう)隊とその護衛部隊を低地に見据えて一気に駆け下りる。

 後に続くべく左右から順繰りに、波立つかのごとく猟兵部隊も突撃していった。

 

 収集した情報・解析・誘導によって、圧倒的優位から最も効果的な一撃を与え粉砕する。

 焦土戦術の上で、兵站線の分断――この戦争の趨勢(すうせい)を決め打ちする最も重要な任務の遂行。

 

 追い詰められた獲物の狂奔。周囲から迫り渦巻く仲間の圧力。

 今までになかった心地良さに、バルゥの気持ちは最高潮にまで昂ぶる。

 

 

「この野人(やじん)がぁあああッ!!」

 

 半狂乱で突っ込んでくる護衛兵の一人の首が飛び、さらにもう一人の頭蓋が原型をなくす。

 弱くはない、むしろ輜重隊を護衛するだけあって強い部類である。

 しかしバルゥの突出した"武"の前では、有象無象とさしたる変わりはなかった。

 

 獣から地上に降りたところで、剣で斬り払い、盾で打ち潰す。

 ただひたすらそれだけを繰り返していく単純明快な作業。

 舞う血しぶきは白き虎の衣を染めることなく、瞬くたびに周囲の兵士達は全員死に絶えた。

 

 騎獣猟兵部隊も精鋭なだけあって、遅れを取ることなく蹂躙(じゅうりん)を重ねていく。

 人と獣の相互の咆哮が飛び交い、遠間からでも意思を伝えて連携を取ることができる。

 匂いをはじめとした人獣一体の感覚器官で、環境そのものを情報として交換可能する圧倒的な攻勢。

 

 

「うっ……あ――」

 

 バルゥは()()かされている者と目が合った。

 それなりに年を重ねた亀人族の男、魔術具の首輪が奴隷の証であった。

 獣人種に限らず、肉体的に(ちから)ある者を牽引労役(けんいんろうえき)として使うことは珍しくはない。

 

 ただしその多くは見せしめか、あるいは単なる嗜虐心(しぎゃくしん)か。

 それでも肉壁として前線に出され、交戦する敵軍もろとも魔術で殺されるよりはマシかも知れない。

 

「――オマエの契約は弱いようだな、ならば戦え」

 

 闘技場で奴隷として長きを過ごしたバルゥは、契約首輪を一目見てそう判断する。

 契約魔術と契約内容には"強度段階"があり、より高度で縛りが強いモノは相応の魔術具や相互意思が必要となる。

 奴隷文化が根強く、魔術に優れた王国であっても、費用がかさむ物はそう多くはない。

 もとより戦争で大量に動員するような奴隷は、さほど縛りが強くない者が大半なのであった。

 

「っ……いま、なんと?」

「既に命令を(くだ)す立場の者は死んだ。すなわちオマエたちは一時(いっとき)の自由を得た、だから戦え!」

 

 契約による服従と言っても、精々が直接接触命令で、特定の単一行動を強制する程度のもの。

 本来奴隷という身分を受容するにあたり、大層な魔術具などは必要ない。

 明確な立場を教え込み、境遇を強いれば、ほとんどの人間がそれに適応し準ずることになる。

 

「し、しかし……」

「権利が欲しくば勝ち取れ。"自由な魔導科学(フリーマギエンス)"の教義の(もと)に」

 

 バルゥは周囲の他の奴隷達にも聞こえるように、声高(こわだか)に語りかける。

 

「ふりーまぎえんす……?」

「"未知なる未来"を求めよ、奴隷の立場から脱却する好機を掴んで離すな」

 

 

 奴隷の多くが()()を持たず、愛国心もない。取り込みやすく、御しやすく、使いやすい"労働力"である。

 それらは戦災復興の為に有用な人員であり、さらに後々の組織づくりの為にも必要な存在。

 ゆえに奴隷はそのまま活用するという方針が、軍議にて決定されていた。

 

 騎獣民族に対しても奴隷は殺さず、戦利品として奪うという(むね)が言い含めてある。

 また王国において獣人であれば、高確率で奴隷であるので判別もしやすい。

 

「胸裏に刻み込め、我ら"シップスクラーク商会"は明日を想い(えが)く者の味方であると」

 

 バルゥは布教の為の演説をざっくりと吐き終える。

 それは借り物の言葉ではあったが……バルゥ自身も思うところがあった。

 彼らと深く関わることで知った。闘争以外にも得られる充実感というモノが商会にはあると。

 

「他の者達にも伝えよ。境遇に甘んじることなく(あらが)え、自分を救えるのは自分だけなのだ」

 

 そこからの言葉はバルゥ自身の経験からくる部分が多分に含まれていた。

 己の意思にして意志をもって勝ち取ることを覚えねば、奴隷精神からの脱却は決してはかれない。

 

 自ら戦うことで死んだとしても、それは必要な犠牲であり、闘争という行為そのものが重要となるのだ。

 どこかの誰かに救ってもらっては、結局のところ受け身なままの奴隷である。

 

 そういう奴隷を剣闘士時代に数え切れないほど見てきたし、その末路もよくよく知っている。

 能動的に生きる権利を行使せねば、奴隷根性はいつまで経っても変質することがないのだと――

 

 

「ふんッ!」

 

 演説途中にバギンッ――と、不意打ちで放たれた投射物をバルゥは大盾で弾いていた。

 それと同時に風を纏って浮遊する影へと、バルゥは目線のみを動かして注視する。

 

「殺意が込められてなかったようだが?」

 

 問い詰めるようなバルゥの口調に、頭からいくつか突起物を生やす魔族らしい男は口を開く。

 

「そうやって慎重になってもらうのが目的だ。いきなり襲われちゃ困るからな」

 

 "飛空魔術士"――単独で飛行可能な魔術士は、一般に区別してそう呼ばれる。

 空を利用することができる魔術士は、その索敵能力と機動力において重要な位置を占める。

 羽翼によって飛行補助が可能な鳥人族に多いが、獣人差別の激しい王国には軍人として存在しない。

 

「奴隷の扇動(せんどう)なんて、面倒事を増やさないでもらいたいところだ」

 

 そう言いながら弾いた槍が、風に乗って魔族らしい男の手元まで戻っていく。

 

 

「まったくもってしくじった。おまえら騎獣民族か……? 信じられんが、あまりにも動きが速すぎる。

 空中哨戒兵が不足しているのが、ここにきて(アダ)になってしまうとはな。ほんっとうに参った」

 

「悠長にくっちゃべってていいのか?」

「正直間に合わなかった時点で終わりだろう。もちろん補給線の壊滅を知らせる必要はあるが……」

 

「あいにくだが、本軍も既に壊滅の一途を辿ってるぞ」

 

 バルゥはそうはっきりと飛空魔術士へと告げた。すると男はどこか納得したような表情を見せる。

 

「そうか、やはりな……それも確認したかった。遠目からだけじゃ、状況がわからんかったもんでな」

 

 飛空魔術士はそう言うと、そのまま風を増やして高度を上げる――刹那であった。

 ノーモーションで地面を踏み砕いて跳躍したバルゥは、飛空魔術士へと斬り掛かる。

 飛空魔術士は予測済みだったのか、しっかりと回避しつつニヤリと口角を上げる。

 

「まっそりゃ敵のおれを逃がすわけないわな、でもおまえは飛べんだろう」

 

 しかしバルゥはまったく気にした様子もなく、即座に()()()()()()()()

 

 

「ッは……? ゴッッぉぐぅあ――!?」

「甘いぞ」

 

 左腕を回転させながら振りかぶり、打ち下ろされたバルゥの盾打が飛空魔術士の肉体前面へ激突していた。

 バルゥはそのままそのまま盾を手放し、空中で捻転しながら華麗に地面へと着地する。

 

「う……っグハ……ごほッ!」

 

 大地に破砕痕を残すものの、風をクッションにしたのだろうか――

 飛空魔術士は全身近く(おお)(かぶ)さる大盾を蹴り飛ばし、何度も咳き込む。

 バルゥは男の(ほう)へ歩いて近付きながら、一つの達成感を内心で浮かべていた。

 

(やればできるものだ)

 

 空中を疾駆(はし)る――とりあえず試してみたが存外上手くいった。

 

(空気にも重さがある、本当なのだな)

 

 ベイリルから聞いた商会の科学知識。そしてベイリルがよく使う"固化空気の足場"。

 水面を走れるのだから、もう少し頑張れば空面も走れると思った。

 

(何度も空中へ踏み出し続けるには、今一つ練習が()りそうだが……)

 

 さしあたって厄介な飛空魔術士をこうして撃墜することができた。今はそれで良しとする。

 

 

「くっそ……あーーー飛行補助の魔術具が壊れちまった」

 

 立ち上がりながらそうつぶやく"()飛空魔術士"の声を、虎耳は聞き逃すことはなかった。

 

「こうなりゃもうおまえが乗ってた獣をもらうしかねえ」

 

 そして飛べなくなった魔族の男は、握って離さなかった槍を構える。

 

「まずは今の主人を殺さなくちゃいけないんだっけか」

「オレを殺したからって騎獣できるとは限らんが、少なくとも殺さねば始まらんな」

「だよな、じゃあ……死ね」

 

 突風を伴う槍の一点突破に対し、バルゥは残る右手の大斧剣を振り下ろす。

 自暴自棄にも見えた渾身の一槍は……しかしてバルゥの剣を絡め取るようにいなしていた。

 そのまま勢いを保ちつつ軌道を変えた刃先は、バルゥの左腕へ突き通される。

 

「やっぱりなあ、上から見ていて流派を学んだわけじゃないと思ってたんだわ」

「やるな……名を聞いておこうか」

 

「今から死ぬ相手と名を交わす感傷なんざ持ち合わせてないッ!」

 

 左腕の傷口から抉るように槍を振った魔族の男は……はたして既に心臓を貫かれていた。

 

「ぶ……"部分獣化"……だ、と――」

 

 血反吐を吐きながら、その言葉を最期に男は絶命し倒れる。

 少しばかり血に染まった"白き虎の左腕"から伸びた虎爪を抜くと、バルゥは感情を漏らす。

 

「残念だ」

 

 そう一言だけ残して、バルゥはグッと獣化した左腕を握ると、穿(うが)たれた傷が一時的に塞がる。

 死力であったことを加味しても、正面から傷を負わせてくるほどの強者だった。

 その名を覚えておこうと思ったが、拒否されてしまっては致し方ない。

 

 

 バルゥは蹴り飛ばされていた大盾を尻尾で拾ったところで、平時と変わらぬ様子のまま改めて奴隷達の前に立つ。

 

「その目で見ただろう、王国軍はじきに敗れる! 必要なのは己が身一つでいい!」

 

 バルゥは死んだ王国兵の武器を器用につま先で持ち上げると、牽引していた亀人族へと蹴り投げ渡す。

 すると彼はグッと握った拳に、意志をも込めるようであった。

 

「進化しろ――使われるだけの獣から、(こころざし)ある人へと。我らと……このオレと共にッ!!」

 

 バルゥは自分自身を示すように、剣を大きく振り上げた。

 周囲の者達もそれぞれ刃を取って、立ち上がって得物を掲げる。

 

『うぅぅおぉぉぉおおおおォォォオオオオッ――!!』

 

 虐げられていた奴隷達は、各々で腹のそこから魂の咆哮をあげた。

 獣人種は獣性を解放するという、わかりやすい形で感情を発露しやすい。

 こうして誘導するのも容易く、また手馴れたものであった。

 

 

「あの、"白き流星の剣虎"どの――ですよね?」

 

 改めて獣に乗ったバルゥを見上げながら、亀人族の男は恐る恐るの口調で尋ねる。

 

「……懐かしくも仰々(ぎょうぎょう)しい名だ、よくわかったな」

「王都近くにいる奴隷であれば、直接見たことがなくとも……誰もが貴方さまを、数々の逸話の音に聞こえて知っております」

「そうか、そんなに有名かオレは――」

 

 いまさら気恥ずかしいとも思わないし、いまいち頓着(とんちゃく)もなかった。

 だがそんなかつての名声も役に立つのであれば……自身の人生にも意味があったのかと思える。

 

「はい、誰しもが憧れる貴方さまと戦えるなら、死んでも本望」

 

「そうか……ならば奴隷としての己を殺せ。遅れずついてくるがいい、さらに王国軍を討ち払う」

 

 白き剣虎は牙を剥き、強く遠吠えするような咆哮は鳴り止むことがなかった――

 



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#148 紅獅子吼 I

「ふぁ~あ……よっく寝たわ」

「ほんと寝すぎだし」

 

 太陽が真上を過ぎた頃――インメル領の海岸線を望む沖合。

 バルゥ率いる騎獣猟兵部隊は昨日(さくじつ)中に既に上陸し、王国軍の輸送隊の元へ発していた。

 

 旗艦の上でキャシーは四足で伏せるように、ぐぐーっと伸びをする。

 

「おかげで体力も魔力も最っ高にみなぎってるぜ? 飯も美味いのがいいよな」

「船上の数少ない楽しみだから当然だし。そんなに元気なら小舟出すよ、出撃するでしょ」

 

 するとキャシーは少しだけ考える様子を見せて、甲板に座り込んだ。

 

「んーーー、もうちょいノンビリしてもいいかな」

「戦闘狂っぽいくせに、まだ休む気か」

 

 普段あまり人と交流を持たないソディアも、ズケズケと踏み込んでくるキャシーには容赦がない。

 お互いに遠慮なく言えるからか、変に気負うこともなく自然体でいられるのだった。

 

 

「弱い者イジメは(しょう)に合わないんだよ」

「王国という国家そのものという大きな枠組みで見れば強いし。帝国の次に強い国だし」

「御託はいらね」

「それに昨日は一方的にぶちのめしてんじゃん」

「海の上な時点でアタシが不利だ。それにそういう気分の時もある」

「ほんっとむちゃくちゃだし」

 

 呆れ顔を見せるソディアに、キャシーは思い出したことをそのまま口に出す。

 

「まーまーあれだ、猫は気まぐれなんだってよ」

「はぁ……?」

「ベイリルがそう言ってたんだ。獅子も大きく見れば猫だし、アタシは気まぐれだって」

「知らんし、みんな頑張ってるんだから働け」

 

 まるでこの船にいられるのが邪魔であると言うように、ソディアがサッサッと手を振る動作をする。

 

「オマエだって働いてねーじゃんか」

「うちは一番大事だった仕事はもう果たしたし。あと海上からの補給を絶つ任務の真っ最中」

 

 キャシーとバルゥが暴れ、そこにダメ押しの(あらし)を見舞ったとしても決して油断はならない。

 どこまで読もうと海は気まぐれであることに変わりなく、全てを見通すことなどできはしないのだ。

 

 

「ちぇっそうかよ、そいつは大層なお仕事だ」

「まぁ……――でも、別にいいんじゃない? 使いツバメによると優勢らしいし」

「あン? アタシが必要ないって?」

 

 ソディアはキャシーの性格がわかってきたのか、切り口を変えて煽る。

 

 今朝方もたらされた情報を照らし合わせれば、戦域全体として見た時に、ほぼほぼ順調に事が運んでいる。

 

 制空権の一部確保と弾着観測砲撃。自由騎士団とインメル領軍による進行ルートの封鎖。

 バリス率いる騎獣兵団の横合いからの奇襲。ソディア率いるワーム海賊による騎獣民族の輸送と海域の掌握。

 バルゥを筆頭とした騎獣猟兵部隊も、奴隷を取り込みながら補給線の破壊。さらに挟撃にまで至ったそうな

 

 一夜過ぎて現在は王国軍も再編・陣地構築を開始し、安易な交戦を()けて睨み合っている最中にあるらしい。

 以降は当初の予定通り、王国軍が日干しになるのを待つだけで……この戦争は遠からず終結するだろう。

 

 残るは敵が"円卓の魔術士"という、伝家の宝刀を抜くタイミングだけを見極めればいい。

 現状では後方拠点から動いておらず、膠着(こうちゃく)状態は確実に王国軍を(むしば)んでいく。

 

 

「うん必要ないよ、どうしても寝てたいなら好きにすればいいし。働かない奴の寝食代はあとで商会に請求する」

「ちィ……ノセられてやるよ、ったく」

 

 キャシーは甲板に座った状態から軽やかに跳躍し立ち上がる。

 静電気によって逆立った(たてがみ)のように見えないこともない赤髪が、潮風に逆らっていた。

 

「そうそう素直が一番だし」

「オマエがそれを言うんか」

「うっさいし――それとあなたにおあつらえ向きの仕事がある」

「……なんだ?」

「弱い者イジメする奴をイジメる仕事」

「へぇー、いいなそれ」

 

「んと、王国軍の"実験魔術具隊"。こいつら本軍の行軍経路から離れて、他所の村落で非道なことやってる」

「ぁあ? クソ野郎どもってことか。ますます気に食わねえなそりゃ」

「大半は領内復興の時点で退避させてたみたいだけど、やっぱり全員とはいかなかったっぽいし」

「そいつらを狩ってくりゃいいんだな」

「うん、そう。ある程度の位置はわかってるから、あとは見つけ出してぶっ殺してくるし」

 

「あーーー……でも、そういうのはベイリルやフラウのが適任じゃね? 上から探した(ほう)が見つけやすいだろ」

 

 そう言ってキャシーは青空を指差し、ソディアは軽く首を振った。

 

「それは難しいし。主戦場が優勢とは言っても王国軍の(かなめ)である魔術士部隊の大半が残ってる。

 対空魔術の所為(せい)で制空権も完全確保とはいかないし。騎獣兵でも攻めあぐねてるのが現状らしい」

 

 

「だらしねぇ奴らだなあ」

「無茶言うなし。王国の魔術士は腐っても世界最強の練度。完全な迎撃態勢になったら突破は至難」

「ほぉーーーん、魔族よりも魔術すげーの?」

「単一個人で上回る魔族は結構いるっぽいけど、集団では人族のが圧倒的に強い――らしいし」

 

 どこか借り物のような言葉でソディアは述べるが、キャシーは気にすることなく続ける。

 人領が魔領より圧倒的に広いのも、絶対数と連携によって魔族よりも圧倒的に強いからである。

 

「しゃーねえ、他が動けないってんなら、面倒臭ェけどアタシが足で探すしかないんだな」

「まぁ別に――戦争には直接関わらないし、民間人を襲うだけだから無視しても大勢(たいせい)に影響はないけど……。

 (くだん)の実験部隊は希少で特殊な魔術具を保有してるから、"可能なら鹵獲(ろかく)したい"――ってベイリルが言ってたし」

 

「人間の(ほう)はぶっ殺して、道具だけ集めればいいってか」

「そゆこと」

 

 

 ソディアは地図を持ってこさせると、甲板に広げて人差し指を置いていく。

 

「うちらの位置がココで、部隊がいると思われる場所が大体ココらへん。行動半径を考えても……この領域内にはいるハズだし」

「あぁ……そこらへんならわかるわ」

「そうなの?」

「おう、ちょっと前にフラウと治安維持の為に、領内の荒事を抑えて回ってたからな」

「じゃっ案内の手間はいらないね。水と食料は出すし、沿岸までは小舟で」

「あんがとよ」

「うっ――ん、どういたしまして」

 

 素直にお礼を言われたソディアは、なんか肩透かしを喰らったような気分にさせられる。

 さらには照れを隠す為に逆の水平線を眺めながら、懐中に手を突っ込んで出したモノを見る。

 

「ん……あれ? なんだろ」

「どうした?」

「いやなんか……羅針盤がおかしいし」

 

 ソディアが(ふところ)から取り出した羅針盤の、針が()れて不安定になっていた。

 

「羅針盤ってあれか、方角を確認すっ為の磁石だっけ」

「そう、これは小型で精度が高いやつで……ベイリルがくれたやつなんだけど――もう狂ったし」

「あーすまん、そりゃアタシの所為(せい)かも」

「どういうことだし」

 

 バツが悪そうにするキャシーに、ソディアは眉をひそめて怪訝(けげん)な表情を浮かべる。

 

「雷属魔術で自然と帯電したりもすっからさ。電磁気? ってのが狂わせてんのかも」

「意味わからんし」

「えーーーっと、確か"コイル"ってのに雷が流れるとじかい(・・・)ってのが? ……教えてもらったけど忘れた」

「???」

 

 疑問符を浮かべるしかないソディアに、キャシーももはや諦めた様子でバッサリ斬る

 

「要するにあれだ、雷と磁力って近いんだってよ。そんだけ」

「あ……うん。うちはうちで個人的に聞くからもういいや」

 

 

 直接的な"テクノロジー"のみならず、商会の保有する"知識"もまた資産である。

 知的好奇心が旺盛(おうせい)なソディアとしても……。

 もはやシップスクラーク商会とフリーマギエンスは、なくてはならないものになりつつあった。

 

「昨日も思ったけど……珍しいね雷属魔術。あんなにも自在に使う人は初めて見たし」

「つっても数年前までは、帯電したり放電する程度だったけどな」

「嵐で見慣れたうちでも雷を直接なんて扱えない。コツとかある?」

 

「あ~……別に。強いて言うなら子供の頃に雷に打たれたおかげか?」

「えっ――」

「アタシが生まれたのは連邦東部のド田舎で……土着信仰っての? が強くてさ。大嵐とかあると人柱を立てんだわ。

 大風雨(おおあめかぜ)が吹き荒れる丘の上で丸太に縛られて、過ぎ去るまでの生贄にされんだけど……そん時にちょっとな」

 

「それで雷に当たって生きてたし……?」

「あぁ、あん時はすっげー衝撃だったわ」

「あの"白虎"や"黒熊"くらい、肉体的に強いならわかるけど――まだ子供の頃に?」

「そうだな、オマエよりずっとチビの頃だった。でもま、落雷でも生きてるって割とあるらしいぜ?」

「そんなん信じられんし」

「ベイリルがそう言ってたんだよ」

 

 腕を組んで首ごと頭を(ひね)るソディアは、いまいち()に落ちないと言った様子であった。

 

 

「そっからがひっでえ話でさ、生き延びたアタシは村中から責められまくったわけよ。両親からもな」

 

 結局キャシーの住んでいた村は、水害に()って大きな被害をこうむった。

 人柱としての役目を果たせなかった以上、叱責を受けるのは当然の成り行きだったのだろう。

 

「それは……ひどすぎるし」

「んでアタシは殺される前に村から飛び出したわけよ。雷浴びたおかげで、魔術も使えるようになったしな。

 そんおかげで色々とヤバい時でも生き延びられたってのが、不幸だったけどコレおもしれえ話でさぁ――」

 

 両親から見捨てられたという事実が――子供ながらに悲しく、やるせなく、そして許せなかった。

 元々気性が荒かった所為(せい)もあって、キャシーが故郷を捨てる決意をするのに時間は要しなかった。

 

 そうして放浪し辿り落ち着いたのが学園であり、同じような境遇だったフラウと時を過ごすようになった。

 その後はナイアブや他の落ちこぼれの落伍者(カボチャ)達が、自然と集まって徒党を組んだ。

 昂揚感や充実感はなかったが、それでも生き辛さはなくなったのだった。

 

 

「いや……(はた)から聞いてる分にはふっつーに悲惨だし」

「まぁよ、今となっちゃそれで良かったんかもな」

 

 そう吐く息と共に、キャシーは素直な心情を吐露する。

 あのままでは――農耕と狩猟だけして、一生を終えていたかも知れない。

 こんなにも仲間と刺激に恵まれて生きることなど、決してなかったと断言できる。

 

「それでも家族に愛されないってのは……(こた)えるし」

「んお? おまえ家族いんの?」

「――いないこともない」

「そりゃ良かったな。ぼんやり聞いてた話だと、もう一人ぼっちなのかと思ってたわ」

 

 素直なキャシーの言葉に、ソディアはそっぽを向くように唇をとがらせる。

 

「うちの話はどうでもいい」

「んだよー、アタシ一人に身の上話させてよォ」

「別に……うちは聞きたいなんて言ってない。そっちがいきなし語り始めただけだし」

 

「そうだっけ? かもな、んじゃアタシはそろそろ()くかね」

「ちょっと待つし」

「まだなんかあんのか?」

「……やっぱり近くの(おか)までこの旗艦(ふね)で送る。そこそこ遠いし」

「持ち場から離れていいんかよ?」

 

「陣は整ってるから、少しくらい問題ない。うちが本気出した巡航速度を見せたげるし」

「そっか、あんがとよ」

 

 

 帆船の耐久を綱渡(つなわた)るような、ソディアの空属魔術による加速操船に揺られながら……。

 キャシーは舌なめずりするような笑みを浮かべて、この刺激ある人生をめいっぱい楽しむのだった。

 



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#149 紅獅子吼 II

「ん~フフーん~ンーンー♪」

 

 ソディアに陸まで送ってもらってから数時間ほど。

 ジェーンとリンが組んでいたユニットのアイドルソングを口ずさみながら――

 キャシーは自分の庭とばかりに悠々と森の中で歩を進める。

 

 既に獣道を移動途中の"王国軍実験魔術具小隊"を捕捉し、ゆっくりと確実に敵性戦力を数えていく。

 今は医療術士のハルミアもいない為、無茶はしない程度に留める心づもりもあった。

 

(ベイリルはまるで"レーダー"つってたっけか――)

 

 迷宮の最下層で"黄竜"と戦い、その雷撃を身をもって受け続けたことで……雷の扱い方にさらなる変化が生じた。

 黄竜を模倣することで、雷属魔術士としての在り方というものがわかってきたのだ。

 さらには逆走攻略をする過程で、いくらでも練り上げる機会と時間があったのが功を奏した。

 

 その1つに――やたらと敏感になった、索敵・空間把握能力があった。

 

 雷属魔術にこそ由来するレーダーで、己だけの能力である……と。

 "電磁波"だとか"電子風"だとか――無意識領域上で、電気的に受信してそれを感覚として認識している。

 そんなような講釈というよりは、御託をベイリルが垂れていたのを思い出す。

 

 電磁気について詳しい話はベイリル本人もあまりわかってなかったようだが、理屈があることは理解した。

 上辺だけの知識でも、そういうものだと認識したことで……意識にも変化が生じる。

 

(たしかそんくらい曖昧なほうが、むしろ伸び幅があるんじゃねえかとも言ってたなぁ)

 

 自分の(ちから)を明確に意識しつつ、その想像性と創造性の余地を残すとかなんとか。

 なんにせよ学園で教えられ――迷宮で死線を潜ってからは、雷属魔術もかなりモノになったように実感している。

 

 

「……ちょうど百人っか」

 

 予備部隊や補助も混じっているのだろうか、実験部隊という割には大所帯な気がする。

 "王立魔法研究員"とやらが率いているのは、ほとんどが契約奴隷らしいが……通常のそれとは違うそうな。

 目減りしてもまったく痛むことがなく、良心の呵責(かしゃく)躊躇(ちゅうちょ)を覚えない罪人で構成されているらしい。

 

 それこそ戦争を名分に無辜(むこ)の人間を平然といたぶり殺す為の、(おおやけ)の暗部こと"魔術具実験小隊"の内実であった。

 

「まっいけんだろ」

 

 彼我戦力の分析は、迷宮において死活問題であり――嫌でも()らされ、(つちか)われるに至った。

 魔術具の存在が不確定要素ではあるが、それを差し引いても負ける要素はないと判断する。

 

 

 キャシーは鉄爪籠手を身に着けると一足飛びで木の上へと登り、集団を飛び越えるように跳躍していく。

 外套(ローブ)をなびかせながら、情報に聞いていたメガネを掛けたそれっぽい男を見つけて飛び降りた。

 

「……は?」

 

 舞い散る木の葉に(いろど)られるように、キャシーはしっかりと地に足つけて男の眼前に立つ。

 

「アンタが研究員ってやつか?」

「っな――おまえナニモンだ? というか……バカか?」

「あー……かもな。まっ別にオマエらみたいなゲスどもに、なに言われても構やしないんだわ」

 

 キャシーは片目をつぶりつつ嘆息を吐く。

 学園生時代ならばともかく……有象無象の言葉などで、今や心を揺らすことなどない。

 

「はっ! てめぇら、この女を好きにしていいぞぉ」

「"フェルナン"さん、いいんですか? 今まではほとんど最初に手を付けてたのに」

「獣人女は臭くてオレの好みじゃないしな。道中の物資もなにやら不足気味だし、たまにはな」

 

 フェルナンと呼ばれた男は、罪人奴隷達へ告げて数歩下がる。

 にじり寄ってくる罪人奴隷達は、それぞれが手に魔術具を起動して向けてきていた。

 

 

「大人しくしときゃあ、いずれ解放されっから安心しろや」

「おれぁ少しくらい抵抗してくれたほうがいいがな」

「獣人は立場ってのを教えてやると、途端に大人しくなるからなあ――」

 

 下卑(げび)た態度で迂闊(うかつ)にも間合へと入った男三人。

 キャシーは右籠手と尻尾で払うように、まとめて一撫(ひとな)でしてやった。

 それだけでバヅンッ――と、音無き悲鳴が3つほど……地面へ崩れ落ちていく。

 右手から尻尾へ戻るように発せられた大電流は、一瞬の内に肉体に通され絶命たらしめたのだった。

 

 自らの肉体を電源とし、端末から端末へと電撃を循環させる。

 魔力の消耗を抑えながらも、単純にして強力無比な威力を叩き込む――名すらない基本的な雷属魔術。

 

「ぁあっ? なんだ、なにをした?」

 

 眉をゆがめて問うフェルナンと、l状況を認識できていない周囲の罪人奴隷達。

 キャシーは「コレが答えだ」とばかりに、健脚によって死体の1つを持ち上げるように(ほう)り蹴った。

 

 

 それなりの勢いを持った死体を、フェルナンはカカト落として地面に叩き付ける。

 

「おいおい……なんだ死ンでんのかよ、だらしねえ奴らだなぁオイ」

 

 死に顔をそのまま足蹴にしながら確認したフェルナンは、鼻で笑って自身の魔術具を両手に取り出す。

 

「まあタダモノじゃないとは思ったが……いい実験台にはなりそうだ」

「ふゥ~ん……アタシを試したんか?」

「そりゃそうだろ。突然一人でやって来たバカだ、相当腕に自信があるんだろうことは明白」

「ダッセェおっさんだな、オマエが自分で試せばいいじゃん」

「っは! おれは王立魔法研究所の人間だぜ? 命の価値の違いもわからん獣がほざくなって」

 

 そう言うとフェルナンは魔術具を持たぬ(ほう)の腕をあげて、罪人奴隷へと指示を出す。

 契約魔術の強度の所為(せい)か、フェルナンの使い捨てるような態度にも不満一つ漏らすことはない。

 

 

「そうそう、回復用の魔術具もある。死んでなきゃ生かしてやるよ、まだ問題点が多いがなあっ!!」

 

 砂塵が巻き上がり、水が這い寄り、岩が隆起し、炎が前方を染め上げる。

 しかしそのどれもがキャシーの体躯はおろか、影すらも捉えることはなかった。

 

 ただただ雷がごとき反応速度と、帯電した身体能力を活かした加速力と制動力。

 どんな攻撃だろうと当たらなければ、それは(から)撃ちと変わらない。

 キャシーにとって罪人奴隷たちの動きなど、もはや止まっているようにすら感じられた。

 

 罪人奴隷はまばたきをするたびに、死体が積み上がっていくことに恐怖する。

 もはや獅子の紅色か、血の赤色かも判別がつかなくないほどに。

 それでも逃散することは許されず、対峙し戦うという選択しか許されない。

 

「ちぃ……役立たずのゴミどもが――てめえら"()()()()()()()()()"!!」

 

 処刑をまぬがれる条件として主人の命令に従う――という、"同意契約"魔術の強制力は堅い。

 たとえ死線を前にしても、感情を残したまま突撃せざるを得ないほどに……。

 

「邪魔っくせ――」

 

 フェルナンの決死命令が飛んだ直後、勢いのままに我が身を捨てて突っ込んでくる罪人奴隷の()れ。

 それは巨大な塊となって、キャシーの体躯を押し包み潰すように迫る。

 大電流を喰らって命を絶たれながらも、その死体が次々と覆い被さろうとしてくるのだった。

 

 

「喰らっとけやケダモノォ!!」

 

 そうしてほんのわずかに生じた隙に、フェルナンは死角となった位置から確実に魔術具を差し込んできていた。

 まともに喰らってしまった攻撃を、キャシーは歯を食い縛って耐えようとする。

 

「っははは!! これは希少な()()()()()だ! 今までに味わったことのない痛み……だ……ろ?」

「――っんだよ、気合いれて損したじゃんか」

 

 キャシーは平然とした様子で、まとわりつく死体を振り払うように一回転して弾き飛ばす。

 その動作に反射的に距離を取ったフェルナンは、驚愕の表情を貼り付けたままだった。

 

「は……ははは、なっ……え……あ? ど、どういうことだ!?」

 

 乾いた笑いを漏らしながら狼狽(ろうばい)するフェルナンに、浮かび続ける疑問符をキャシーは解消してやる。

 

「アタシは雷属魔術士だからな。そんな電撃じゃ按摩(マッサージ)にもなりゃしねぇって」

「っが……こっんの! ならコッチだ――」

「させっかっての」

 

 キャシーはフェルナンのもう片方の持ち手を蹴り上げると、魔術具はあっさりと空中に舞う。

 

 

「クッソッ、同士討ちも構いやしねえから殺せェ!!」

 

 フェルナンは混乱する脳内を静めるより先に、そう叫んだ。

 一人戦域を離れるように後退しながら、罪人奴隷達は魔術具による一斉飽和攻撃を仕掛ける。

 

「なんもかんも遅いな……」

 

 空間を埋め尽くすよりも早く――空高く跳躍していたキャシーの一言。

 

「消費は少し増えるけどっも!」

 

 同時に下へと向けられた両籠手の指先から雷撃が10本、地面へと飛んだ。

 

 ――"雷爪(らいそう)"。指向性を伴った雷の筋は、空気を引き裂いて10人の罪人奴隷を的確に撃ち貫く。

 学園生時代とは違い、今や飛ぶ雷撃を操作できるようになり、また威力も段違いとなった。

 それは静電遮蔽すら無意味であり、隙間を縫って人体まで届き得る。

 

 森を轟かせた10の雷鳴は、人肉の焼け焦げた匂いを残したのだった。

 

 

「まっついでだ、全力でいくかよ――"雷獣(らいじゅう)"ゥ!」

 

 落下するキャシーの(あか)く長い毛が、空気抵抗に加えてさらに逆立つ。

 許容限界のギリギリまで雷撃を纏うことで、自信の反射と身体能力を最大限引き上げる自己ブースト術技。

 その運動エネルギーは岩盤を粉微塵にし、纏う電撃は近付く者を抵抗熱によって(すみ)へと変える。

 

 足先が地面へと触れた瞬間――フェルナンの視界に映ったのは……赤き無数の残光のみであった。

 

「うぉぉぉぉぁぁぁあああああ――っっ!!」

 

 他に何もできないフェルナンの叫びを掻き消すように、雷鳴が地上を埋め尽くす。

 王立魔法研究員の視力と聴力が戻る頃には――林立していたはずの森木も含めて……。

 その場に立っている者は……もはやたった2人しかいなかった。

 

 フェルナンのまぶたの裏には今なお軌跡が焼き付き、まるで自身が電撃を喰らったかのように明滅する。

 

「おーい、聞こえてっかぁ?」

 

 のんきに声を掛けるキャシーに、焦点の合わぬ瞳を揺らしてフェルナンは心の底から叫ぶ。

 

 

「っあ――ありえん、ありえんありえんありえんありえんッ!!」

「余波で死ぬと思ったんだが、意外と生きてんのな」

「っぐ……魔術具が……我々の結晶がこんな――」

 

 残る手に持った雷属魔術具が壊れるかと思うほど握り込むフェルナンに、キャシーは心底呆れ果てた顔で口を開く。

 

「アタシは"テクノロジー"だの"科学魔術具"だのそんなに詳しくないが、それでもあれだな――」

「あ……?」

「アンタらのそれは陳腐(・・)ってやつだ」

 

「っ――てめえみたいなケダモノ風情(ふぜい)に何がわかる!!」

 

 瞳に生気が戻ったフェルナンは激情のままに言の葉を叩き付ける。

 しかしキャシーはそれを風に流すように、あっさりと事実を突きつけてやる。

 

「別に、アタシが勝手に思ってるだけだし。結局アタシに傷ひとっつもつけられてねえしさ」

「っ……今回持ってきたモノは行軍の為の魔術具が本位なんだ! 小型化や軽量化、効率性に耐久性にも――」

 

 

「知らね。どうでもいいわ、もう死ね」

 

 キャシーはフェルナンの矜持(プライド)を両断するように、電撃を乗せた右拳を腹に叩き込む。

 

「ごッ……はぅ……うぐ、おれの魔術具装甲を雷で抜けると思ったかケダモノ女」

 

 雷撃の魔術具を扱う以上、自身に被害が及ばないようにするのは当然の備えであった。

 しかしそんな思惑を嘲笑うかのように、キャシーは死刑宣告をする。

 

「いやまぁ本気じゃねぇし。今のアタシの課題は効率的な魔力運用だからさぁ」

「……は?」

「でもとりあえず他全員()って少しは手応えはあったし、最後だからもういいか――」

 

 そう告げたキャシーは、スゥ……と一息吸うと出力を瞬時に振り切らせるように咆哮する。

 

「"雷牙(ライッガ)"ァァァァアアアアアッッ――!!」

 

 接触状態で放たれた全力全開の雷撃は――魔術具装甲もろともフェルナンを蒸発させた。

 特大の雷轟がおさまったところで、髪と尻尾のボリュームが戻ったキャシーはつぶやく。

 

「ん……やっぱアタシが弱いわけじゃねんだよな。フラウとベイリル(あいつら)のほうがおかしいんだ」

 

 

 



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#150 紅獅子吼 III

フラウとベイリル(あいつら)のほうがおかしいんだ」

 

 キャシーは鉄爪籠手を(はず)しながら、うんうんとうなずくように自分に言い聞かせる。

 と言っても……学園生時代に痛感したほどの(ちから)の差は――今はない。

 

 多様性が増えると共に、勝てる可能性も負ける可能性も、枝分かれした印象なのが正直なところ。

 どうにも種族的に(くつがえ)し難いのが、魔力量とその運用・操作だが……。

 それもいずれは克服してみせるし、現状でも短期決戦であれば問題ないと言えよう。

 

 あとは対空能力を磨き上げるか、自身も飛行する方法を得るしかないだろう。

 電磁気で大地と反発すれば、"浮遊石"みたいに飛べるんじゃないかみたいなこともベイリルが言っていた気がするが――

 

("黄竜"に乗って戦いたいなぁ……)

 

 もう何度目かわからない想像図(イメージ)を、キャシーは頭の中に思い描いた。

 それはそれで純粋な決闘(タイマン)にはならなくなってしまうが、あっちも二人で組ませれば問題ない。

 

 

「あっ――」

 

 この場から立ち去ろうとした瞬間、キャシーは忘れていたことを今さらながら思い出す。

 実験魔術具隊を殲滅するだけではなく、魔術具を回収するのも仕事の内であったことに。

 

「だっりぃ……っつか壊れてないのあんのかよ」

 

 手加減せずに"雷獣"形態で暴れた惨状を改めて見渡す。

 森は森でなくなり、焼けた人肉の匂いが(ただよ)う死体まみれの空間。

 その中から一つ一つ無事なモノを探すのは、さすがに骨が折れるというものだった。

 

「全部ぶっ壊しちまったことにすっか」

 

 どのみちリーティアら商会が作る"科学魔術具"に比べれば、大したモノとは思えなかった。

 参考になる部分もあるかも知れないが、運搬も考えればそれほど数も選べない。

 そもそもどれが有用なモノであるのかも判断がつくものではなく、そうなると全部回収しなくてはならない。

 

「はぁ……しゃーねぇ。とりあえず一所(ひとところ)に集めて、回収はあとで商会に――」

 

 観念したように溜息を吐いた時、キャシーの猫科耳がピクリと動いた。

 空高く無意識の電磁波レーダーに引っかかる巨大な影に、ゴキリと腕を鳴らす。

 

 

「んっ、火竜……?」

 

 目を凝らすと赤く飛ぶ姿が見えた。そしてそれはどんどん大きくなって来る。

 

「待った待った~!! 攻撃すんなよーーー!!」

 

 キャシーが帯電した両腕を降ろすと同時に、火竜はすぐ近くへと翼膜を畳んで着陸した。

 

「よーっす! ひさしぶりキャシー!」

 

 そう名を呼んだ少女は、短めの薄い橙髪に商会の外套《ローブ》をまとっていた。

 布地の下には王国の軽鎧を着込んでいて、さらに四色の炎を象徴する紋章が刻まれている。

 

「"リン"じゃねえかっ!」

「いやーさ……昼に雷が鳴りまくってたから、これはもしかしてと思って。わたし大っ正解じゃ~んさ!」

 

 はたして王国公爵家の三女にして、学園は戦技部兵術科の学友でもあった"リン・フォルス"であった。

 

 

「なんでンなトコにいんだよ、リン」

「わたし王国人(おうこくじん)。わたし商会所属のフリーマギエンス員。わたしん()はベルナール領を挟んで北の、由緒ある公爵家」

「ふんふん、で?」

「秘密の多い商会の為に色々と人脈(コネ)()ね働きかけたんだよ? わたしそういうタイプじゃないのに」

「誰かに任せりゃいいじゃん」

「もっちのろんで任せたさ、大姉(おおねえ)さまと小姉(ちいねえ)さまに」

 

「そういやオマエって三姉妹の末っ娘だっけ」

「そーだよ。大姉(おおねえ)さまは詳細は突っ込んでこなかったけど、でっかい借りはいずれ返さなくちゃだし。

 小姉(ちいねえ)さまは絶対いろいろ聞いてくるから、しょうがないのでナイアブせんぱいの名前を使わせてもらった」

 

「ナイアブぅ? ……がなんか役に立つんか?」

小姉(ちいねえ)さまは実家の美術品の影響を受けて、画家志望なんだよ」

「あーまぁそこらへんはナイアブの得意分野か」

「うん、今をときめくナイアブせんぱいに会わせる勝手な約束で小姉(ちいねえ)さまの交友も利用した」

 

 王国軍の情報の多くをもたらしたのは、ベイリルとクロアーネと各所の商会員が集めたモノだけではない。

 リンとフォルス家によって広げられた情報の(あみ)からのものもかなり多かった。

 さらには王国軍から今以上の援軍が送られないよう、戦況の印象操作などまで流布させた。

 

 

「まーなんだ、そいつはごくろうさん。ベイリルの代わりに言ってやるよ」

「うわっなんか素直で気持ちわるっ! キャシー丸くなった?」

「どうやら100人斬りが101人になりそうだな」

「へーやっぱりこいつら全員キャシーがやったんだ?」

 

 リンは惨状にも平然とした様子で、改めてキョロキョロと見回してそう言う。

 

「100人斬りかぁ、強くなったねぇ。雷鳴もめっちゃやばかったし」

「オマエじゃもう逆立ちしたって勝てねえぜリン」

「ふーん……ジェーンには?」

「負ける気しない」

「あれは? 闘技祭で無様に負けたファンランせんぱい」

「ぶざまは余計だっつの。――今なら勝つぜ」

 

 向こう見ずなそれではなく、確かな自信を秘めたキャシーのふてぶてしい態度にリンは笑う。

 

「そっかそっか、みんな成長してんだねー。わたしもだけど」

「一戦、()るか? まだアタシは余裕あんだけど」

 

「やらんて。……ところで火竜に驚かないの? 反応なくてさびしいよ」

 

 リンが乗ってきた火竜は、後ろで大人しく様子を見守っているようだった。

 

「あん? 別に――」

「うちの曾祖父(ひいじい)さまが帝国の"竜騎士特区"との取引で手に入れた火竜だよ、すごいっしょ」

「いやまじで、いまさら()()()()じゃなぁ……」

「強がりおる」

「そう言われたって、アタシらはもっとすげーのと闘ったし」

 

 

 頭をポリポリと掻くキャシーは、心の底から口にしているようだった。

 

「えっ――それってもしかしてドラゴン?」

「おう、"黄竜"」

「……あぁ、キャシーよ、ついに妄想の世界に生きるにまで」

「こっの、オマエは調子変わんねえなぁ。あとでベイリルにでも聞いとけ、あいつらと倒したからな」

 

「倒したぁ!? 本当にぃ!? 七色竜の一柱でしょぉ!?」

「あとフラウとハルミアでな。リンはワーム迷宮(ダンジョン)って知ってっか?」

「えーあー、うん。あれでしょ、五英傑の――」

 

 アゴに手を当てながら、(いぶか)しむ瞳でリンはキャシーを見つめる。

 

「あれの最下層にいた、倒した、制覇した」

 

 端的に三言、キャシーは確かに断言する。

 

「んぁーーーあ? やっべ、これ言っちゃいけないんだった。誰にも言うなよ」

「……本気で言ってる?」

「証拠に灰竜もいんぞ」

「はい? りゅう?」

「まだ子供だけどな。黒竜と白竜の卵で、アタシらで孵化(ふか)させたんだけどさぁ――」

 

「ちょぉー待った待った! 色々話を飛ばしすぎてもうわけわからん」

「なんだよ、少しは自慢話を聞いてけよ」

「積もる話はあとでゆっくり聞くってばさ。本当の話かどうか一応ベイリルに確認取ってからね」

「アタシがこんなつまらない嘘をついたことあったか?」

「嘘も本気で信じ込めば真実になる」

 

「おまえなぁ……ま、いいや。あとで度肝抜きゃいいよ」

「ぬーーーん、これは真剣に覚悟せねば」

 

 

 雑談が一心地ついたところで、キャシーはリンに尋ねる。

 

「――で、リンは何しに来たんだよ?」

「そりゃ戦況を知るためだよ。関わった以上は、見届ける義務があるもん」

「オマエん家は大丈夫なんか?」

「こっちは問題ない、今はもうやることないし」

「んじゃ王国軍のほうは?」

 

「王国からの援軍も、一応大丈夫だと思う。っていうか支配拠点がとんでもないことになってる」

「……?」

「そうそれなんだよ! 商会の"三巨頭"があんなにヤバいなんて聞いてない!!」

「どういうこった」

 

 錯乱した様子を見せるリンに、キャシーは珍しいものを見たように尋ねる。

 

「王国軍はインメル領土の一部を奪うために、侵略戦争仕掛けてるわけ」

「そんくらい知ってる」

「そうなると拠点をいくつか保持しとかなきゃいけない。城砦とか大きな街とかさ」

「だろうな、学園の講義で習った」

 

 学園の戦技部兵術科で習ったことの中には、実戦的なことだけでなく戦略や戦術も含まれる。

 制圧した拠点を中心とし、駐屯する軍団の規模から算出されるおおよその半径が支配領域となる。

 そうした点と点を繋げていって安定統治させてこそ、はじめて支配領土の塗り替えが完了する。

 

 

「それがのきなみ崩れてる!」

「ふーん」

「反応(うっす)っ!! なんでか知りたい!? 知りたいよねッッ!!」

 

 詰め寄るリンの顔に、キャシーは面倒臭そうな顔を返した。

 正直なところ、頭でちまちま考えることは自分の性分ではない。

 そういうのは得意な奴がやればいいし、学園時代もジェーンやモライヴが担っていた。

 

「はいはい、おしえてくれ」

「シップスクラーク商会三巨頭の"黄金"の人!」

「金髪のおっさんか? アイツ強そうだよな、今度闘ってみてえわ」

 

「やめといたほうがいいよ、あの人ほんっとやばい」

「なにがどうヤバいんだよ?」

「だって一人で拠点を保持している王国軍を潰して回ってんだよ!?」

「そりゃ……すげー、な?」

 

「ベイリルから、"インメル領から()()()()()()も可能な限りごまかしてくれ"って言われてたからさ。

 てっきり新しい補給線とか援軍とか諸々(もろもろ)構築されないよう、情報封鎖しておけって意味だと思うじゃん!?」

 

「まーーーうん、そうなんかもな」

「でも違ったんだよ、ベイリルたちが本当に王国側に知られたくなかったのは――|()()()()()()()()()ことだったんだ」

「バレるとなんかマズいんだっけ?」

 

 そこらへんも座学で習ったような気がしたが……途中から寝ていたのかも知れない。

 

「過剰戦力による潰し合いを()ける為に、"伝家の宝刀は温存"しておくってのが戦争における暗黙の慣例!!」

「追い詰められて使ったとしたら?」

「それは本当に最後の手段だけど、仮にそうなったらお互いの(やいば)同士をぶつけて戦争の勝敗も決することも」

 

 

「どんなに負けてても一発逆転ってか、夢があんな。まったしかに習った気がする。」

 

 軍に縛られるのはまっぴらゴメンなものの、いずれはそのくらいまで至りたいとも思ってしまう。

 

「いやいや常軌を逸した単一戦力ってのは、まんま軍事力にも繋がってくるんだよ!?」

「つまり失ったら痛いわけか、だから簡単には抜かないと」

「そうそうお互いに余剰戦力が残ってるのに、いきなり抜くなんてはっきり言って非常識なわけさ」

 

 公爵家の三女として――国家と軍事の在り方をよく知るリンは、固唾(かたず)を飲んで話を続ける。

 

「でもそれも万が一バレたとしても計算ずくなんだよね、だってシップスクラーク商会は()()()()()()

 外交的に非難される(いわ)れがない。それでも用意周到に隠そうとするってことは……うむむむむ」

 

「じゃあいいじゃん。それともなんだよ、フリーマギエンスを裏切るのか?」

「いやそれはないない。正直ここまでわたしを信じて頼りにしてくれたってことも、嬉しいことは嬉しかった」

「まっ……家柄だろうけどな」

「お(いえ)も自分の才能の内だよ、キャシー。ただそのね、やっぱわたしも心根はまだ王国民であってだね――」

 

 リンとしては正直に言えば、今回の人脈(コネ)を利用した情報戦術もそこまで乗り気にはなれなかった。

 侵略戦争している側とはいえ……王国を裏切っているという事実は、どこか(かげ)を落とすことを否めない。

 

 

「割り切れ割り切れ、オマエが頑張ればそれだけ犠牲も少なくなんだからさ」

「むむぅ……キャシーなんかに(さと)されたあ」

「ふっはっは、そんだけアタシも成長しているということだ、もうリンを追い抜いたな」

「この猫……本当に言いおるわ――むっピリピリする」

 

 静電気が残る猫っ毛と獅子尾を撫でるリンを他所に、キャシーは思いついたことを口にする。

 

「なぁリン、頼みがあんだけど」

「ん~? なにさ」

「死体から魔術具を集めといてくんね? ぜんぶ」

「は? ヤダよ、自分でやりなよ。わたしの仕事とちがうよ」

 

「アタシは身一つだし、そっちは火竜で運べんじゃんか。だいたい王国人が戦場にいたら狩られんぞ、騎獣の民に」

「わたしは王国軍にもなれるし、商会員としても動ける人材ですよ?」

 

 ちらちらと鎧についているフォルス領の四炎の紋章と、外套(ローブ)に刺繍された商会の紋章を交互に見せる。

 

「混乱すんだろうが」

「それに自分の身くらい守れるってば」

「とにかくやめとけ。もしもややこしくなったら……終わった後でネチネチ言われんぞ」

「やっぱネチネチ言われちゃう?」

 

『――ベイリルに』

 

 ハモらせた二人は遠くを見つめるかのように、顔を揃えてゆっくりとうなずいたのだった。

 

 



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第三部 4章「インメル領 会戦 -急-」
#151 戦域潮流 I


『くっくっく……くぅーっはっはっははははははっハハァッ!!』

 

 空属魔術で音圧を上げながら、俺は肺の中の空気を高笑いして消費する。

 

「な~に笑ってんの?」

「いや、なんかこう……"黒幕(フィクサー)"みたいじゃないか? "灰色の枢機卿(すうききょう)"とも言ったっけか」

「しょーじきあんまり馴染んでないね~」

「そうか? じゃあ後200年くらい経てば円熟した魅力で──」

「どうだろ~」

 

 フラウにはいまいち不評なようだったが、たまにはそういう気分の時もある。

 

 

 開戦より8日目を数え──俺とフラウは天空より戦域全体を眺望する。

 

「にしてもだ、おおむね予定通りではあるんだが……ほんと魔術ってのは半端ないな」

あれ(・・)も計算の内なん?」

 

 フラウが指差したのは──大岩で形作られた城塞(・・)

 小高い丘の周辺に沿うような岩壁と、単純ながらも堅牢な拠点が建造(・・)されていた。

 

 遠目にも多くの王国軍が駐留していて、大魔術要塞とでもいうべきか。

 魔術の歴史と造詣(ぞうけい)が深い王国の魔術士が、数多く存在するからこそ成しえる形。

 

 既に魔術による迎撃態勢が確立されていて、おいそれと攻城戦を挑めば逆撃に見舞われる。

 また魔術士らによる対空火力がある為に、周辺空域に限っては制空圏を確保できないでいる現状。

 とはいえ領域外に関しては、包囲するように掌握しているので"使いツバメ"などは漏れなく通さない。

 

 本来攻城戦こそ、その真価を発揮する科学魔術兵器たるカノン砲も……既に装薬を使い尽くしていた。

 そもそも不具合や故障もあって、現状で使い物になるのが1基のみ。

 まして魔術防壁が強固すぎる為に、効力射は正直なところ望めないようにも思われる。

 

 "重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"も城塞の魔術迎撃半径が広すぎる為、射程を考えると安定的な結合は難しい。

 もっとも仮にぶち当てられたとしても、そこまで追い詰めることは本意ではない。

 戦術・戦略どころか政治的に、後々を考えた時に色々と(いびつ)な支障が生じてしまう。

 

 

「一応、想定内だ。バリス殿(どの)が突っ走ったおかげで、予測よりも早く構築されちまったが──」

 

 "岩徹"のゴダール。王国軍の大将軍の一人であり、地属の戦場魔術士としては世界でも五本の指に入るかも知れない。

 自らを(おお)う巨大な岩鎧に加えて、地上であれば自由に防衛拠点を作れると噂される実力者。

 王国軍が混乱と恐慌の渦に(おちい)れば、彼が城塞を目印にして軍の再編を図るだろうことは想定の内だった。

 

「そこにダメ押しの"制空権の掌握"と"騎獣民族による包囲"。そしてなんと言っても"兵糧攻め"だ」

「かわいそ。()えってほんっとーにキツいんだよ~? ベイリルは知らないかもだけど」

 

 フラウは少しだけ俺に当てつけるように言う。

 確かに幼少期を1人で生き抜いたフラウは、そうした苦労が多くあったに違いない。

 対して俺は三代神王ディアマ信仰のカルト教団の庇護下(ひごか)で、ヌクヌクと育ったことは否定できなかった。

 

「いや……俺も極貧生活をしていた時が、一応ある」

「へぇ~初耳!」

 

 それは転生する以前──地球時代での話だったが……それでも日本に住んでいた以上、真に迫った状況ではない。

 とはいえ"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"に奴隷として買われるまでの(あいだ)は、かなりきつかったとも言える。

 

「まぁそこらへんは例によって秘密だ。とりあえず100年後くらいに話すかも」

「でた! あーしにも言えないベイリルの秘密!!」

 

 ぶーぶーと膨らませたフラウのほっぺたを指でつっついてやる。

 こうしたやりとりも慣れたものだし、フラウとしても意固地になって追求はしてこない。

 

 

「さて、兵站線はバルゥ殿(どの)が破壊したし──」

 

 一度破壊されたラインを、再び繋ぎ直すことはほぼほぼ不可能だ。

 そういった"魔導具"や──あるいは"魔法具"があれば、シールフが看破してくれている。

 

「バルおじもすっかり、あーしらの仲間だね~」

「そうだな。迷宮逆走から騎獣民族の引き入れに今回の戦争まで……世話になりっぱなしだ」

 

 出会いとはいわゆる一つの宝物である、と──改めて身に沁みることが多々ある。

 互いに影響し合い、共に成長しすること。"人類皆進化"という本義を大いに自覚できる。

 

「それとバルゥ殿(どの)のおかげで、意思ありき奴隷という"労働者"を大量に確保できたのが大きい」

 

 土地を改善し生産性をもたらす人的資源(リソース)

 国力とはすなわち人口である。労働力こそが国家を支える全ての基本なのだ。

 それぞれが細かく分化して役割を担うことで、社会という大きな歯車が回る。

 

 人手(ひとで)というものは、いくらあっても足りないということはない。

 大人数を養うだけの食料も、労働者によって生み出されるし、その為の土地はまだまだある。

 

 土地を超える人口があれば拡張すればいいし、地下や海や空──惑星で足りなければ宇宙へ行く。

 "文明回華"という大望を果たす為には、奴隷労働者も大切な一員となるのである。

 

 

「バルおじの過去って、やっぱそんなにスゴいの~?」

「らしいぞ。王都では相当有名だったっぽい」

 

 奴隷剣闘士として、闘技場で()けなしの戦績のまま奴隷解放という華々しい引退。

 去ってからそれなりに時は経っているものの、それでも色褪(いろあ)せぬ語り草であろう。

 

「閉鎖空間で兵糧不足が重なれば、奴隷は解放せざるを得ない。全て、計算通り」

 

 愉悦に浸るように俺は邪悪にも見える笑みをつい浮かべてしまう。

 

 王国の文化背景を(かんが)みるならば、獣人奴隷などは殺すという暴挙も考えられた。

 しかし死体処理の手間を考えた時に……それはありえないと踏んでいた。

 

(そんなことに肉体を酷使し、精神を疲弊させ、魔力を消耗するなど──)

 

 こちらに付け入る隙を与えることに他ならないのだから。

 

 

「そして領内における被制圧拠点の奪還はオーラム殿(どの)に任せてあるし、後方からの援軍は見込めない」

 

 それは相手に目隠しをさせて、いけしゃあしゃあと鬼札(ジョーカー)を切るイカサマのようなやり方。

 伝家の宝刀の……刀身を見せることなく、瞬時に居合い抜くが(ごと)き行為。

 

 本来は相手の単一個人超戦力(さいしゅうへいき)への予備要員(カウンター)として温存させておくつもりだった。

 しかして軍議の最中に、ソディアがあっさりと"黄金"の活用を言いのけた。

 

 相手に知られなければ……悟らせなければ、こちらの温存戦力をいくらでも使ったって構わない。

 これは国家ではなく、あくまでただの商会だからこそ可能な、"邪道"にあたる戦い方である。

 なんでもありな海賊ならではの発想であり──実に悪辣(あくらつ)狡猾(こうかつ)なやり方。

 

(でも効果的なのは確かだった。だからこそ採用した)

 

 ゲイル・オーラムに各拠点の奪還に奔走してもらう。

 そうすることで新たな軍の構築を妨害し、情報も効率よく封鎖できる。

 

 また責務と虚栄によって出兵しつつも、後方で安全にいる高級将校を既に何人か捕えていた。

 それらは身代金をふんだくるだけでなく、いざという時の交渉材料にすることもできる。

 順当に勝てば、賠償金に上乗せし……戦災復興に()てられるのは非常に大事なことだった。

 

 

「ん~~~……──ねぇねぇベイリル」

「なんだ? フラウ」

「楽しそうだね~」

「まぁ、な」

 

 "俺は戦争が好きだ、大好きだ"──とまで言うつもりはないが、やはり後ろ暗い娯楽なのは否定できない。

 制覇勝利の為の初陣にして、結果的には"開拓"の第一歩となったこと。

 "文明回華"という道が、はっきりとヴィジョンとして見えてきたことに嬉しさもある。

 

「あーしはあんまし詳しくないけど、戦略とか知っといたほうがいい?」

「そんなこと言い出すなんて、珍しいな」

「いやさ、そういうのも援助(サポ)して欲しいのかな~って」

 

 理解してくれる相手がいるということ、吐き出して話すことで思考というものは整理される。

 往々にして一人で考えるよりも、二人で考えた(ほう)がご多分に(はかど)るものだ。

 "三人寄らばなんとやら"──その究極がシップスクラーク商会でありたいと常々思っている。

 

「ハルっちみたいに戦場経験もないし、兵術科のキャシーと違って魔術科だったから習ってないしさ」

「そこらへんは俺も同じだ……もっとも俺はセイマールから基礎は教えてもらったし、元々多少の知識はあるか」

 

 

 日本に住んでいた頃に読み聞きした歴史や、本や動画から得た知識群。

 シールフの読心補助によって、かなり精細に思い出せたにせよ限度はある。

 

(精々俺ができるのは、過去の歴史からそれっぽいものをピックアップするだけだが──)

 

 結局のところ餅は餅屋に、専門的なことは専門家(スペシャリスト)に任せるのが良い。

 答えだけをやんわり示して、そこまでの道程は選ばれた人間がやってのければいいのだ。

 

「俺のことを想ってのことなら嬉しいが……別に無理はしなくてもいいぞ」

 

 相手を深く理解する為に、合わせる為に、興味のないことを知ろうする彼女の精神はありがたい。

 しかし別に無理してまで──とは思わなかった。

 

「興味ないわけじゃないし、せっかくだから。あと世界ってのは(ひろ)げてくもんっしょ?」

「そうか? それじゃぁ少しだけ説明するか」

「よろ~」

 

 俺自身も現状の把握という意味で、改めて振り返ってみる。

 

 

「まず戦略の意味はわかるな?」

「広いのが戦略で~、狭いのが戦術!」

「ざっくり言えばその通りだ」

 

 政治で解決できず相手に対して武力手段を取る場合に、軍事行動における広域的な作戦・方針の組み立てが戦略。

 戦術はさらに狭域における作戦行動で、戦法はさらに局所的な意味合いを持つ。

 

「本来想定していた第一戦略目標は、インメル領から王国軍を排除することだった」

「シップスクラーク商会の(ちから)を見せつけるわけだねぇ~」

「ん……うん、間違いではないが──まぁいい」

 

 俺はメモ帳に図面と文字を書いて、概要をフラウへ伝えていく。

 

「まず戦略的な前提として、(ひと)ツに帝国援軍の位置と到着予想を計算する」

「帝国本軍に頼らずに解決したいんだっけ」

「その通りだ、(ふた)ツにワーム海との距離を測る」

「えーっと……?」

「内陸部にいきすぎて、バルゥ殿(どの)率いる騎獣猟兵部隊が遅滞したら困るからな」

 

 大陸を駆け回る騎獣の民のさらに精鋭部隊とて、体力は温存しておくに越したことはない。

 道中が長くなるほど、道中で余計なトラブルに巻き込まれないとも限らない。

 伝染病の終息宣言するにはインメル領は広く、未だに予断を許さない状態であることに変わりはないのだから。

 

「あーなるほど、他には?」

「三ツ目は王国軍の兵站(へいたん)線と、援軍状況を知ること」

「兵站ってのはあれだよね。食料とか武器とか兵士とか──」

「あぁ、軍の行動に必要な生命線。拠点を(もう)け、道を繋ぎ、過不足なく送るもの」

「魔力がないと魔術が使えないようにってことだ」

「その通り。そうして各要素のバランスを考えて基本方針に肉付けをしていく」

 

 

 帝国の情報、王国の情報、土地の情報、自陣の情報──とにもかくにも情報こそが全てを支える土台にして背骨。

 それは近代戦においても基本であり、より確度の高い情報を制してこそ……ありとあらゆる前提を成さしめる。

 王国軍は言うなれば目と耳を潰された状態で、道なき道を無事故・無違反で車両運転しろと言われるようなもの。

 そしてシップスクラーク商会は、そんな哀れな敵の周囲に罠まで敷き詰めたのだ。

 

 (いわ)く──"敵を知り己を知れば百戦危うからず"。

 大昔から()る人は()っていた不変の(ことわり)

 

(もちろん王国とて情報を軽視していることはない、ただ……)

 

 その真なる重要性をよくよく理解しきれていないのだ。

 それは地球の戦争史においても同じで、兵器から主義主張に至るまで、同じ(てつ)を踏む愚が散見される。

 他国の状況を見ても(かえり)みるということがなく、実際に経験しないと骨身に染みないことも珍しくない。

 

 情報という大きな概念そのものを理解して、統合して取り扱うということ。

 感覚的なところで理解してはいても、それを実際に明確な形として運用することまで国家や軍人は簡単に至れない。

 一度組織として、社会として、巨大になってしまえば……それだけしがらみが生まれ、雑音(ノイズ)も多くなる。

 

 そうなれば"一枚岩"には程遠くなり、あらゆる動きは鈍化する。

 合理的に遂行すべき事柄も、適切に実行できなくなる。

 

 

(実際にそれらを知り、取り扱うのは──そう、いつの世も嗅覚の優れた商人(・・)だ)

 

 共和国の"大商人"エルメル・アルトマーは、まさにその(たぐい)の人間であったと言えよう。

 

 戦争とは()()()()()勝利を決定付けておくべきもの──と、時に言われるように。

 極端に強い単一戦力が存在する異世界では、確約された勝利は無いものの……。

 それでも限りなく勝利に近付ける為に、最も大事なものこそ"情報"なのは変わりなし。

 

(そして情報だけでなくあらゆる行動に繋がり連なるのが──"テクノロジー"なんだ)

 

 



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#152 戦域潮流 II 

 俺はフラウが頭の中で整理するのを待ってから、解説を再開する。 

 

「んでんで、どう肉付けしてったん?」

「おう、さしあたって前提となる戦略条件は整ったから次は戦術だ」

「実際にやる作戦行動か~」

 

「まずは弱った土地を利用した焦土(しょうど)戦術を仕掛けた」

「えーっと……?」

「現地での略奪をさせずに、飢えさせる。王国軍自身の補給に頼らざるを得ない状況を作る……」

疫病(えきびょー)と魔薬のおかげ?」

「そうだ、今回はそれを利用させてもらった」

 

 インメル領を(むしば)んだ伝染病。その後の領地運営における収拾失敗で発生した領内の疲弊(ひへい)

 シップスクラーク商会の介入によって、領民や食糧および一部財産を移動させ包括的に管理した。

 

「"渡りに船"ってやつか~」

「そうだな、普通はやりたくない戦術だ。だが既に存在している状況は、有効活用してナンボだ」

 

 復興中途の結果として、領内には虫食い箇所がいくつも発生した――避難した場所と、避難を拒否した場所。

 残った場所の多くも、避難や移送を順次(おこな)っていったがこればかりはどうしようもない。

 土地から離れたくない人達もいるし、実際的な被害に()ってないからと断固として動かないという人々もいる。

 

 そうした点と点を……略奪が限られた大所帯の王国軍は、自然と追っていかざるを得ない。

 こればっかりは住民自らが招いたことであるし、()()()()()()()()()()ので見過ごすことにした。

 

(インメル領は早くに復興支援したいところだったんだがまったくもって――)

 

 王国軍も抜け目なく攻めてきたものだった。

 しかしてその侵略戦争への代償は、その身で支払わせてやったということだ。

 当然ながら我らの勝利で戦争を終えてからも、復興に必要な賠償金をふんだくってやるつもりである。

 

 

「次に局所的な糧秣(りょうまつ)配置と"慎重派将校"の暗殺により、進軍経路(ルート)を誘導して予定戦地へ引き込んだ」

 

 進軍を遅滞ないし退却などを含めた進言をさせぬよう、やる気のない奴を狙い討った。

 あえて残し置いた物資や、清廉な水源を餌にして……進行方向を限定させた。

 

 戦地はなるべく入り組んだ場所を選び、さらに地属魔術によって伏撃が有利になるよう改変した。

 自然な形で落とし込み、不適格な土地を演出するのは簡単なことではなかったが……。

 そこは商会がそれまでに集めてきた、人材を第一とした積算の賜物(たまもの)である。

 

「暗殺ぅ大変そうだったね~、あーしも手伝ったのにぃ」

「あまりにも無惨な汚れ仕事だった。お前にはやらせられん」

「んっ、あんがと」

 

 余計なお世話だったかも知れないが、俺なりの気遣いに幼馴染はフッと笑みを浮かべる。

 

「それにフラウは俺ほど暗殺技能が高いわけでもないしな」

「むぅ~……他ではけっこう勝ってるし」

 

 フラウは俺の術技を模倣するし、俺もまたフラウの術技を参考にする。

 そうして学園生時代はお互いを高め合ってきたし、お互いに真似できない領域も存在する。

 

 

「あとはソディア率いるナトゥール海賊団による騎獣猟兵部隊の輸送と海上封鎖」

 

 陸上のみならず、海からの援軍と補給をも徹底して()つ。

 ここが敵海軍の情報も少ない、一番の懸念点だったが……ソディアは現状完璧にこなしてくれていた。

 彼女らは立場上しばらくしたら浮島拠点に戻り、あくまで戦争ではなく海賊行為であることを示す予定である。

 

「そしてオーラム殿(どの)による被制圧拠点の奪還」

 

 王国軍に支配された街や砦など、後詰めとして利用される為に温存された後軍の処理。

 

 彼には正直なところ、たった1人で最も面倒な事を頼んでしまったことは否めない。

 とはいえ特段呼んでいないのに自ら参加しに来たのだから、それくらいは我慢してもらおう。

 

(それにオーラム殿(どの)を割り振った分の負担は、()()()()()()わけだしな)

 

 

「いよいよ本格開戦だ、まずは――」

「あーしらと航空騎獣兵で、制空権を確保した」

「んむ。王国軍の空中索敵を封じつつ、弾着観測を可能にした。テクノロジーによる奇襲は美事大成功だ。

 ある程度は備えている移動軍列ではあっても、陣立てた戦列じゃない。そこに未知の不意撃ちたるや……」

 

 王国軍の立場からでは……決して想像したくない。

 しかしそれくらい綺麗に型にハメてやらないと、どうしようもない戦力差も事実だった。

 

「まぁカノン砲が故障したり、魔術騎士団が襲ってきたりと不測はあったが……それでも十分な効力射を実現した」

 

 不確定要素(イレギュラー)だったとはいえ、シールフには正直悪いことをさせてしまった。

 あくまで直接戦闘はしないという前提での、弾着観測の手伝いだったのだから――

 

 

「続いてインメル領地軍と共和国自由騎士団で、正面進軍方向に(フタ)をして足を止めさせた」

「んで騎獣民族が横合いから、思っきし殴りつけたと」

 

 フラウは空から自分の眼で見ていた状況を振り返りつつ言った。

 

 王国軍とて、こたびは国家存亡が懸かったわけでもない――単なる侵略戦争で死力を尽くそうなどとは思わない。

 命令による戦闘行為としては本気だったとしても、心の底から全力にはなれない……だから両軍(とも)抜いて(・・・)戦う。

 結果として寡兵(かへい)であっても十分に保つし、それが王国軍にとって致命的な行動となってしまう。

 

 食料もない、やる気もない、情報もない前衛が間延びしている(あいだ)に、こちらは全力の一撃をぶつける。

 そこまで追い込んでこその戦略であり、ここまでやってこその戦術。

 

 

「あぁ、高空(うえ)から見てても半端ない威力だったな。機動力を活かした容赦のない大攻勢」

「平地じゃないのにすごい動きだったねぇ」

 

 物量の広域展開が難しい、起伏があり死角も多く、魔術改変までした戦地。

 しかしそんな戦場においても、野生に生きた獣と乗りこなす戦士達には、ほとんど意に介さないものだった。

 

 王国軍は戦闘はおろか、撤退すらも(さまた)げられて(なか)潰走(かいそう)状態に(おちい)った。

 あの恐れ知らず、疲れ知らず、負け知らずな圧倒的機動力は、過不足なく大陸最強クラスであろうに思う。

 

「そこにもって兵站線を破壊し、後方を遮断する本命――バルゥ殿(どの)率いる騎獣猟兵部隊。

 兵站線をズタズタにした後は、退路を(ふさ)いで攻め上がってもらうことで半状態を作り出した」

 

 前線指揮官らが機能しにくい中で、王国軍が包囲殲滅をまぬがれる為には一度離散するしかなかった。

 そもそもが恐慌の伝播(でんぱ)によって、そうせざるを得ない戦況とも言えた。

 あとは散り散りになった敵兵を予定通り、索敵と機動力に優れた騎獣民族がしらみ潰しに(ほふ)っていく。

 

「さしずめ前門の騎士、後門の白虎、内部へと食い破る黒熊、上空を支配する猛禽――」

「それとダンピール(あーし)ハーフエルフ(ベイリル)だねぇ」

()()()()だがな。とにかくこの初日、奇襲のタイミングを合わせるのも(きも)だったが――素晴らしい結果だった」

 

「ほんで話は戻って~、城塞作られたのも予定通りの飢え殺しっと?」

 

 

 王国軍は無秩序な軍団を再編すべく、少し離れた荒野の丘に拠点を作り上げ集結した。

 地属魔術によって防壁や堀まで作られ、強力な魔術士の数にモノを言わせた籠城戦。

 

「水はなんとかなっても、糧秣は最小限で補給はない。情報は錯綜(さくそう)し、連絡手段もこちらの手の内だ」

 

 城砦上空付近は敵魔術部隊の対空攻撃の為に展開できないが、その周囲はすべて固めて制空権を維持している。

 地上は地上で騎獣の民が巡回している為に、おいそれと抜くことはできない。

 

 そうして命令を出す立場の人間が、即席の城塞拠点に封じ込められている現状。

 結果として兵站線ごと分断された後方の王国予備軍も、好き勝手な軍事行動を取れないでいる。

 

 なにもかもが情報の利がもたらす恩恵であり、王国側も正常な判断がつけられないのである。

 

「そして戦術的包囲状態を維持したまま、元奴隷剣闘士であるバルゥ殿(どの)を中心に奴隷を確保して回って完了だ」

 

 王国の奴隷にとって、バルゥはカリスマ的な存在である。

 昔の栄光なので知らない世代もいることにはいるが、どちらにしても奴隷達だけでは為す(すべ)がない。

 混乱で前線に留まった奴隷。退避にあたって捨て石にされた奴隷。命令者を失った奴隷。城塞から追い出された奴隷。

 

 魔術契約がある以上は、そのまま寝返らせて自軍戦力にすることはできないものの……。

 王国と一戦交える上では総力を減らすだけで十分なのである。

 奴隷集めもまた、戦略の中に組み込まれた大きな目的の一つであった。

 

 

「だがこんな状況でも、実質的に"自由に動ける存在"が二つ(・・)ある――」

「"円卓の魔術士"、だね!」

「その通り。ただ連中は言わば……自由なれども浮いた(コマ)でもある」

 

「んん~っと、どういう意味?」

「王国正規軍との命令交換ができない。権限が自由すぎて、逆に動きにくくなっているんだろう」

 

 いくら円卓の魔術士としての裁量があっても、王国遠征軍内の命令系統を無下にはできない。

 現在展開されている籠城戦を察知できたとしても、仮に王国正規軍の勝つ為の方策だったとしたら……。

 それを勝手な判断でぶち壊すような真似は、二の足を踏ませてしまう可能性は高い。

 

 特に伝家の宝刀(ワイルドカード)とも言える戦力は、協力の要請を受けてから動くのが常。

 互いに度を越えた潰し合いにならないように、暗黙の了解として世界的に共通した慣例事項。

 時に国家の威信と名誉を懸けた"決闘"も(おこな)われ、その勝敗によって戦争自体を決することもあるほど。

 

 もしも円卓の魔術士が殊勝な性格で、軍議にも積極的に参加する人間であればこうはならなかっただろう。

 

(だがその気性は実際に交戦して一人は把握済み、もう二人も調査ではそういうタイプではない)

 

 そも不測が起きた時にどう動くかを決めているなら――とっくに行動を起こしていて(しか)るべきである。

 

 

「今もクロアーネが潜入して収集し続けている。彼奴らの情報とその動向はしっかりと掌握している。

 それに円卓の魔術士とて自らが出張るのは基本的に危険(リスキー)。とはいえ、いい加減そうも言ってられない」

 

 戦局を単独でひっくり返せる強札というのは……魔導具や魔法具同様、各国で貴重な存在である。

 よほど(・・・)のことがなければ切りたくないが、その"よっぽどの事態"が既に展開されている。

 

「あ~……補給がないことは、後方も一緒?」

「イエスだ。今の状況が王国軍の戦術行動の一環ではなく、単に苦肉の策で耐えているに過ぎないことは察せられる。

 膠着(こうちゃく)状態がこうして高まれば、否応(いやおう)なしに何らかの行動(アクション)を取らざるを得なくなってくるだろうよ」

 

 いよいよもって円卓の魔術士も戦争に出てくる。その時に"後手に回ってはいけない"。

 そうなった時の被害は想像できないし、その一手によって戦局が傾かないとも限らない。

 それゆえに警戒は最大限に、常にこちらの優位性(アドバンテージ)を確保し続ける必要がある。

 

 

「初日の次に大事な……()()()()()を待つ」

 

 見極めるべきは限界点――戦略と実状の天秤――飽和点に達する前に決着をつける。

 

 そして――"黄金"は出張っていて、"燻銀"はもう闘わない。

 "荒れ果てる黒熊"は騎獣民の統率と、王国正規軍の対抗(カウンター)の為に置いておかねばならない。

 "白き流星の剣虎"は奴隷に対して存在を示しておく必要がある。

 

 他に抗しえるだろう者も、"雷音"は遊撃で今現在どこにいるかわからない状態。

 自由騎士団の"強壮剣(ごうそうけん)"は、あくまで集団における戦争契約で円卓を相手にするのは埒外(らちがい)

 

 それ以外の人間ではさすがに相手にはならない。となれば、選択肢は決まっていた。

 

俺たち(・・・)()るぞ」

「うんうん、やっぱりそっちが本分だよね~」

 

 フラウとしては、やはり戦略の話よりも……単純明快にわかりやすいのを好むようだった。

 

(かくいう俺も――楽しみなんだがな)

 



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#153 戦域潮流 III

 男は憔悴(しょうすい)しきっていた――目の下の(くま)は日毎に濃くなり、全身から疲労感が溢れている。

 動悸も安定した状態とは言えず、優先的に摂取する食事だけが体をなんとか保たせる。

 "総大将"という責務と、部下を殺させてしまった後悔が……彼を今なお(かろ)うじて支えていたのだった。

 

「っむぅ……」

 

 グッと両眼を親指と人差し指で抑えながら、目眩(めまい)の頻度も多くなってきたことを自覚する。

 不倒不退転の決意でもって目の前の状況に(のぞ)みたいが、状況がそれを許さない。

 休むべきなのは重々承知していても、まともに眠ることができる精神状態ではなかった。

 

「くっ、ふはっ――」

 

 呆れを通り越した自嘲が漏れる。自身がこれほどまでに逆境に弱いとは思っていなかった。

 これでは後方の各拠点に置いてきた、モノの役にも立たぬ貴族将校らをバカにできない。

 上に立つ以前であれば苦境は幾度かあったものの……それでもあまりにもあんまりな惨状。

 

 ここ十数年で()()()()()()、"一方的な戦争行為"というものがなくなってしまった。

 それゆえに自身が指揮官として立つようになってから、拮抗(きっこう)こそあれ追い詰められることなどなかった。

 

 

(本来であれば……)

 

 実際的な直接戦争行為としては、帝国の援軍のみが想定されていた。

 しかして帝国軍が到着してもいないのに、当初の計画から(はず)れすぎた大劣勢。

 

 経験不足の兵士の練兵を兼ねていた部分もあったし、自身の引き出しの中にこうした奇襲対応もなかった。

 仕方ない面も確かにあったが、事この場にあっては決して言い訳にはならない。

 王国軍兵士達の命を預かる立場。散っていた犠牲を無駄にせぬ為にも、諦めることなどできはしない。

 

「一体どこで間違った、か」

 

 インメル領を襲った災禍の機を利用し、その領土の一部を切り取り、王国領として奪う為の大侵攻。

 弱っている領地兵を蹴散らした後に、帝国軍が到着してからの防衛戦こそが本番という戦略構想。

 数年単位の守備を保った上で、王国領として根付かせて帝国版図(はんと)の一部を削り取る。

 

 だからこそ守勢に定評のある自分が、こたびの遠征軍の総大将に選ばれたのだ。

 

(それが()()()()で……)

 

 己の采配と技量が防衛としてではなく、単に王国軍を"延命する手段"になるとは思ってはいなかった。

 もしも他の大将軍の多くであったなら――最初の一撃で軍を再編できぬまま、全滅の憂き目に()っていたやも知れぬ。

 そう好意的に解釈して自己肯定でもしなければ、正直どうにかなってしまいそうであった。

 

 

「失礼――以前よりも疲労の色が濃くなったようですね、"ゴダール"卿」

 

 そう()()()()()()に入ってきたのは、火傷痕の残る男であった。

 

「"火葬士"……なぜここにいる」

「形だけの短い謹慎が解けましたので」

「知っている。だが()んだ覚えはない」

 

 王国軍総大将"岩徹"のゴダールは、魔術部隊の隊長である"火葬士"に「出ていけ」と続けようとする……。

 が、言葉がそれ以上出てこなかった。王国三大公爵家の1つ――"フォルス"家の傍系(ぼうけい)血族。

 

 しかしながら家柄でなく軍内にて実力で成り上がった。戦場でも何度か共にしたこともある仲。

 さらに今は彼に対して負い目(・・・)もあり……、なによりも現況において話せる相手が欲しかった。

 

 そんな葛藤を知ってか知らずか、火葬士は悠長な物言いで喋りだす。

 

「いやはや……それにしても美事な部屋(・・)ですな」

 

 そこは"岩によって構成された部屋"であり、家具などは置いてはいない。

 しかし構築する際に、机や椅子や簡易ベッドまでも造形されて配置されていた。

 

「もっとも貴方の性分からすれば本意ではないのでしょうが……それでも大将たるもの見栄を張らねば」

 

 上に立つ者の義務と権利。下の者に示す為に、甘んじて受け入れねばならぬものがある。

 そうした総大将の機微までも理解している火葬士に、ゴダールも沈黙せざるをえなかった。

 

 

「もちろん魔術部隊や残存した魔術騎士による補助もあったとはいえ、それでも貴方だからこそできたことでしょう。

 "大地の愛娘"とは比べるべくもないですが、さすがは王国軍きっての地属魔術士です。わたくしにはできない芸当だ」

 

 火葬士はわかりやすい持ち上げ弁舌をしてから、石造りの窓へと歩いていくとそのまま外を眺める。

 ()()()()()側では、騎獣民族が巡回するように大地を駆け回っていた。

 

「はてさて、いつまでも一人言ばかりだと、いささか(つら)くなってきたのですが……まだ気にしているのですか?

 貴方が判断を(くだ)せぬからこそ、わたくしがやったまでのこと。他に方法がなかったのはご承知でしょう。

 契約を"強制"させたところで精神が崩壊すればこれも無意味。そうなれば内部から破滅するのみ。不可抗力ですよ」

 

「……わかっている。結果的に貴公が泥をかぶったという事実も忘れはしない」

 

 騎獣民族の(おさ)を目の前にして無様に退却し、この"一夜要塞"の基礎部分を作り出した。

 王国軍が散り散りに混乱した戦況にあって、見目わかりやすく参集させ、部隊を統合し、軍団を再編した。

 糧秣が非常に限られた中で、"奴隷兵にまで食わせるほどの物資"は残っていなかった。

 

「構いませんよ、短期謹慎について恨んではいない……立場上わたくしも理解してやったことです」

 

 王国ベルナール領と正規軍の騎馬隊は、自由騎士団とインメル領軍という盾に阻まれていた。

 そこを横撃した後の騎獣民族が、挟撃し包囲するような形で騎馬兵を執拗(しつよう)に潰して回ったのだ。

 さらには軍列が崩壊し、散逸した兵を狙いうちするように、交戦から一日にして"残党狩り"の様相を(てい)した。

 

 結果として……緊急時に食糧とすべき馬もほとんどなく、奴隷を要塞から追い出すより他なかった。

 

 その判断を迷っていた時に、勝手に解放の(きょ)を実行したのが他ならぬ火葬士であった。

 独断専行の件に関して総大将としては処分せざるを得ず、緊急時ということもあって配給無しの短期謹慎。

 本来であれば戦争後にも裁定される事柄だが、そこは己の権限によって遡及(そきゅう)はしないことを決定した。

 なにより要塞内部にいる誰もが理解していた――火葬士がやらなければ、いずれ崩壊することは明白であると。

 

 

「わたくし個人としては燃やして灰にすべきだったと、思っているのですがね」

「そこまでは許されん。奴隷とはいえ王国軍内部での同士討ちは、いらぬ不和を呼ぶ」

 

 軍内部に発生する疑心はもとより、奴隷も国家の財産の一部である。現場裁量はあれど戦争後に責任が生じうる。

 それに解放したところで、上位命令権が健在な限りはこちらに牙を剥くこともない。

 

「固いですなあ……"業嵐"はともかく、"残火"や"撃氷"であれば焼却処分を選んだでしょうに」

「不服か?」

 

 ゴダールはただ静かに目線を移し、火葬士の曇りなき(まなこ)を見据えた。

 瞳には狂気の炎が映るようにも見えるが……その頭は常に冷静であることを知っている。

 

「滅相もない、結果で証明したでしょう」

 

 またインメル領側とて土地がこのような惨状では、食料に余裕がある可能性は非常に低い。

 逆にこちらの奴隷を吸収させることで、向こうの糧秣を圧迫する意図があった。

 余裕のない敵軍が奴隷を惨殺するのであれば……奮起(ふんき)材料ともなり、不本意ながら好都合でもある。

 それは火葬士も当然わかっていたに違いなく、その後の処分とを(はかり)にかけて実行した計算高さ。

 

「なんにせよわたくしの軽挙で迷いが晴れたのなら、言うことはありません」

「貴公にしては殊勝だな」

「かはっっはははは、貴方に倒れられてはそれこそ総崩れですから」

「礼は言わん――だがいつか報いよう」

 

 価値観が違う。生き方にも相容(あいい)れぬ部分がある。心からの信用はできない。

 気が()れている面もあるが、しかし彼は同時に合理でもって行動し、身を切ることを(いと)わない。

 部下としては有能であり、指揮官としても優秀、さらには戦友であることも否定できない。

 

 それゆえにゴダールとしても、非常に扱いに困る(ふし)があるのだった――



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#154 戦域潮流 IV

 ゴダールの移り気を感じ取るように、火葬士はやんわりと話題を変える。

 

「いやはやわたくしの謹慎中も、副長とその補佐が有能で助かりましたよ」

 

 王国魔術士部隊の長である火葬士にとって、一番の憂慮(ゆうりょ)はそこにあった。

 処分されるのは覚悟の上だったし、その処分が致命的にはならないと、総大将ゴダールの性格上わかっていた。

 しかして自分が動けない(あいだ)に、王国軍と要塞そのものが敗北してしまっては悔やみきれない。

 

「副長はこうした戦いは慣れたものですが、補佐が他の侵略拠点に置いてきた無能とはワケが違いましたな」

 

 魔術士部隊の副長補佐として付けられた人物は、いわゆる戦争の実態を知らぬ年若い貴族士官の1人であった。

 王国の魔術学院を主席で卒業し、そのまま軍へと士官した――ほぼほぼ新兵と変わらぬ素人。

 はたして鳴り物入りは、垢抜けない部分も確かに残るものの……これ以上なく実戦向きであった。

 

「状況が状況だ、正直なところ荷が重かろうと思ったのだが……補佐として重責をしかと(まっと)うしていたようだ」

「それで正解です。あれは使いモノになる――この(いくさ)で生き延びられれば、ですがね」

 

 

 煽るように言い放った火葬士の言葉に、ゴダールの顔色が大いに曇る。

 双方の本音において、この戦争が無事に終えられるとは思っていないことは共通していた。

 

 謎の砲撃、自由騎士団、そして騎獣民族――遠征戦における情報不足は言うまでもなかった。

 しかし航空戦力が真っ先に全滅していたことが、この際は被害をことさら甚大(じんだい)なものにした。

 

 新たに情報を得られなかったこと――敵軍の存在を早期に察知できずに、相手に翻弄される始末となった。

 魔術士部隊の対空火力がなければ、この要塞上空の制空権を取られて爆撃を受けていたことは想像に難くない。

 防壁魔術がなければ、開幕に軍団を蹂躙した謎の砲撃で要塞も破壊されかねない。

 

 隊長である火葬士と魔術士部隊こそが要塞建築・修繕を含めて、駐留軍にとっての命脈そのものだった。

 

「貴公はこたびの(いくさ)、どう考える?」

漠然(ばくぜん)としてますねえ。ところでこれは……軍議ですか?」

「そんなつもりはない――単なる個人的な話だ」

「王国の不屈なる(よろい)たる"岩徹"ともあろう(かた)が、ずいぶんと――」

「話す気がないならば……出て行くがいい」

「いえいえ貴方の二つ名に反した柔軟さは、わたくしも大いに尊敬し見習うべきところです」

 

 火葬士はそうぬけぬけと言ってから、部屋の隅に設けられた石椅子に座る。

 

「今回の戦争――絵図を(えが)いたものは、さぞ楽しかったことでしょうな」

「言わんとすることとは……?」

徹底(・・)している。おそらくはすべて計算ずくで(おこな)われた戦術行動であることは、もはや疑いない」

 

 ゴダールは黙して語らず、ただ火葬士の言葉を静寂によって肯定した。

 

「焦土作戦の時点から、その戦略に(おとしい)れられていたのかと思うと……あな恐ろしや」

「インメル領の災いに乗じて王国軍を――否、王国それ自体を引き込んだと、貴公は言うのか?」

 

 

 足を組んだまま両手を広げ、大仰な仕草を見せた火葬士は畏怖と愉悦の入り混じった笑みを浮かべる。

 

「乗じるどころか"災禍"を自ら引き起こしていた、と言われても今さら驚きはしますまい」

 

 確かにそう言われても、思わず納得してしまいたくなるような恐ろしさが敵にはあった。

 あの騎獣民族が……自由騎士とインメル領軍と共闘している事態が、そもそもありえないのだから。

 

 この戦争の全容が(よう)として見えず、ただ天を突く巨大な化物を相手にしているような心地。

 見えているのはほんの足先だけで、(もてあそ)ばれている感覚すらある。

 

(ぜん)インメル領主は先の災いで死に、今は代替わりしているという。その新当主が(えが)いたか」

「その可能性も無いとは言えませんが……非常に小さいでしょう。わたくしの知るところでは現当主は失踪しています」

「なんだと……?」

「軍によらない個人的な情報網ですのであしからず。ただし確度(かくど)はそれなりに高い」

 

 インメル領主が関わっていないとなると、今現在率いているのは本当に何者なのであろうか。

 帝国本土のやり方にも明らかにそぐわない。それに帝国本軍を動かせるなら、もっとやりようがある。

 決して騎獣民族など使わないし、そもそも従うような連中ではない。

 自由騎士団と契約したこと、契約できたことそれ自体に不可解な点が多すぎる。

 

 

「それともう一つ、これは噂に過ぎないのですが……"白き流星の剣虎"が敵方にいるとか」

「……聞いたことがないな」

「あぁ――ゴダール卿は王都にはほとんど行ったことがないのでしたな。()の者は王都の闘技場で勇名を()せた"奴隷剣闘士"」

「わからぬな、なにゆえ奴隷剣闘士がなぜ戦場にいる?」

「奴隷の身分から解放されたのですよ。闘技場史でも数えるほどしかいない例外――それも伝説級の」

 

 ゴダールは話半分に(いぶか)しんだ様子で切り返す。

 

「それを軍内で見た者がいたというのか?」

「いいえ、所詮は噂。そもそも姿を直接知る者がいても、二十年以上も前の話ですから……」

「姿形は変わっているか」

「ただ白い虎の獣人は珍しい。見かけたら警戒すべきでしょう、ご留意を」

 

 ゴダールは考える様子を見せて、火葬士はあえて言わなかったことに考えを致す。

 

 闘技場の逸話によれば、その全盛期には当時の円卓の魔術士すら闘争を拒んだというほどの実力者らしい。

 さらには元奴隷(・・・)剣闘士という立場。解放した奴隷が利用されているかも知れないという危惧。

 戦争に直接戦闘で参加させることは契約では不可能だが、後方の支援や雑用には十分に使える。

 

 もしも今回の敵が食料も織り込み済みで展開していた場合、当然ながら兵糧攻めの効果は無い

 そうなればみすみす敵に、奴隷という労働力を明け渡してしまったことになってしまう。

 

(どちらにしても同じことか――)

 

 火葬士は既に終わってしまったことを割り切って捨てる。

 仮にこれだけの戦略を構築した敵であれば、当然こちらが処分した場合の方策も用意している。

 であれば……糧秣が少ない要塞陣地、不和による内部崩壊の(ほう)が恐るるべき事態。

 "岩徹"の意向を汲んで勝手に奴隷解放した結果など、趨勢(すうせい)に直接関わることはないだろう。

 

 

 一方で思考の泥沼で溺れるゴダールに対し、火葬士はしばらくしてから尋ねる。

 

「――これからどうするつもりですか?」

「……増援を、待つ」

「来る、と……本気で思っていらっしゃるのか」

 

 ゴダールはギリッと歯を鳴らした。問題はそこなのである。

 敵軍は確かに要塞の外を包囲しているが、戦力がそれだけとは決して限らない。

 

 補給線は護衛があろうとも、(こと)ここに至っては無防備も同然に近いと言えよう。

 兵站線ごと破壊されている可能性は決して低くはない。

 仮に予備軍と合流していて、糧秣自体が無事だったとしても……連絡する手段がなかった。

 

 地上は包囲状態にあり、要塞直上以外の敵制空圏を抜けて貴重な使いツバメが届く可能性は非常に低い。

 状況を打開する為に定期的に打って出てはいるものの、やはり敵もそこは熟知していて深追いはしてこない。

 

 限りある糧秣も目減りしていて、もはや出撃そのものもままならなくなるだろう。

 何よりも情報が外からも内からも封鎖された状態にあり、いずれが正しい判断かなどつくはずもない。

 

 

「かっはは……いっそ奴隷だけでなく、他の余剰兵もこの際は突撃させて数を減らしますかな?

 減ずればもうしばらくは戦える。もっとも我ら魔術部隊は貴重ですし、迎撃・防備の(かなめ)です。

 正規兵も王国の財産でありますから……そうですな。ベルナール卿を殺し、かの領兵たちを――」

 

「黙れ」

 

 ただ連綿と(たたず)む巨岩のような、そんな強く硬く重い一言であった。

 火葬士も調子に乗りすぎたことに閉口しつつ、肩をすくめてみせる。

 

(げん)が過ぎましたな、ですが現実問題として誰かが犠牲にならねば……全員が犠牲になる」

「わかっている」

「全員で逃げ出しますか? 途方(とほう)もないですが、総動員すれば……掘れないこともないでしょう」

 

 ゴダール自身と優秀な魔術士部隊が、地下道の構築・維持に注力すれば……脱出路を作ることも不可能ではない。 

 しかし後方軍の状況も位置もどうにも不明ゆえに、迂闊(うかつ)に動きようがなかった。

 

「空にある()を誤魔化せるとは思えん。こちらの数が少なくなれば悟られるし、対空迎撃がおろそかになる」

「では降伏しますか? ただし相手は"蛮族"混じり――負けた後はどうなるかわかったものではない」

 

 ゴダールの様子をつぶさに見て取って、火葬士はもっともらしく口にした。

 

「このまま餓死するの待つだけであれば……降伏もやむなし。相手は騎獣の民を統制下に置いている。

 その上でこれほどの戦略でもって仕掛けてきた連中だ。こちらが降伏した場合のことも想定内……のはず」

 

「はっはは!! 相手に生殺与奪を握られ、その良心に(すが)らざるを得ないとは――」

 

 

 火葬士はそこから先の言葉を紡ぐことはしなかった。

 しかし自嘲的に浮かべる笑みが、よくよくもって事の深刻さを表しているとも言えた。

 

「最終的に降伏をするにしても、限界までは待つ。それまでに……」

「――"二席"と"十席"ですか。彼らには期待しない(ほう)がいいと思いますがねえ」

 

 王国軍の伝家の宝刀――円卓の魔術士。彼らであれば戦況を打破できる。

 後方の予備軍だけでなく、侵攻途中の各拠点にて置いてある余剰戦力を統合すればまだ巻き返しは図れる。

 

 問題は円卓の魔術士が軍人でないこと、戦争の機微を知る連中ではないということだった。

 命令なくしてこちらへ援軍としてやって来るかどうか。こちらの危急に後軍の将が気付いてくれるか。

 

「総大将は貴方です、ご随意に」

 

 火葬士の一言に、"岩轍"のゴダールは強く……強く、血が滲むほどに拳を握りしめた。

 

 



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#155 戦域潮流 V

「さて、と――」

 

 王国側の籠城に対するように、新たに造営された前線陣地の総司令部用天幕。

 "素銅"のカプランは、イスに座ったまま"紙の束"を使って手遊びをし始める。

 

「あのぉ~"それ"ってなんなんですかー?」

 

 ツバメの鳥人族テューレは、カプランの対面に座ってその様子を眺める。

 

「フリーマギエンスで作られた娯楽品の一つですよ」

「ははー……本当に色々作ってるんですねえ。あれも、そっちも――」

 

 テューレは部屋にある様々なモノを順繰りに指差していく。

 カプランの趣味で持ち込まれていた、一見して用途のわからない物品がいくつか並べられていた。

 

 

「ちなみにこれは"トランプ"と言います。さぁどうぞ一枚引いてください、僕には表側を見せないように」

「……? はい、わかりましたー」

 

 カプランはテューレが引く(あいだ)、目をつぶって昔を思い出す。

 (ふだ)遊びはカプランの生まれと育ちである、共和国の交易団にもあった。

 亡き妻や娘とも興じたものだが――この54枚の紙束で可能なゲームの多様性は、比較にならないほど多い。

 

 さらにこれはシップスクラーク商会最高品質(クオリティ)を誇る、試作見本の数点物。

 弾力と耐久性のある紙質に、裏には上下左右対照的に簡易化された、二重螺旋の樹と根の紋章。

 (おもて)には赤と黒の数字と4つのマーク、また一部には色彩ある人物の絵柄が描かれていた。

 

 それは(もてあそ)ぶだけで良い手慰(てなぐさ)みになり、疲れゆく頭を解きほぐすのについ無心になってしまう。

 

 

「おおー綺麗ですねコレ」

「表を見たらまた裏を上にして、こちらへと戻してください」

 

 テューレは言われる通りに、トランプをカプランの手札へと戻す。

 するとカプランは慣れた手つきで、まとまった山札をシャッフルしてから置く。

 

「テューレさん、あなたが先ほど引いたのは……コレですね」

「いえ? 違う数字でしたけどー」

「なるほど、それはおかしいですねえ。よく見て触って確かめてください。本当に違いますか?」

 

 テューレはカプランから手渡された札をもう一度見ると、それは確かに自分が引いた数字へと変わっていた。

 

「えっ、あれー? さっきは……んへぇ!?」

 

 何度も持った(カード)を見返し、疑問符をいくつも浮かべる。

 そんな素直な(反応)リアクションにカプランは薄い笑みを浮かべながら、残る山札を机に扇状(おうぎじょう)に並べた。

 

 端っこから一斉に表にしていくと、同じ数字と絵柄の組み合わせは何一つない。

 確かにテューレが持っているものだけ。眼に自信がある彼女にも、いつ変わったのかまったくわからなかった。

 

 

「どうして……まさか心を読まれたー!?」

「僕はシールフさんはおろか、魔術も汎属(はんぞく)魔術くらいしか使えませんよ」

 

 シールフの読心と違って、自分が積み上げてきたのは単なる技術である。

 それゆえに対象が意識しない部分ですら、読み取ることもできるのだ。

 だからこそシールフの魔導でも不可能な己の特技であり、彼女に一目置かれる部分でもあった。

 

「あのー……どうやったんでしょうかー?」

「種も仕掛けもありません」

 

 ベイリルから聞いた定型句で()めてから、カプランはもう一度シャッフルしていく。

 ()に落ちないままのテューレも、晴れて商会員となってからはこうした(たぐい)の驚きには慣れたもので……。

 理屈がわからずとも、そういうものなのだとすぐ納得した表情になった。

 

 

 テューレはまた新たに何かをしようとしているカプランを眺め続ける。

 ひとしきり(カード)を混ぜ終えたカプランは、束のまま山札として置いてから二枚(・・)引いて表にした。

 

「これ誰ですー……?」

「"道化師"です。宮廷内や貴族を楽しませる専門家ですね」

「聞いたことはありますけど、これがそうなんですかー」

 

 道化師(ジョーカー)が二枚。

 トランプで可能なゲームで切り札(ワイルドカード)として機能する。

 

 すなわち"黄金"ゲイル・オーラムと、"燻銀"シールフ・アルグロス。

 自身と同じシップスクラーク商会の"三巨頭"の内の二人であり、実務能力のみならず戦闘力も逸脱している。

 

 とはいえ、決して自由に切ることができる(カード)というわけでは決してなかった。

 1人は気まぐれな為に行動にムラがある。1人は厭戦(えんせん)感情が強く既に終戦ムード。

 それでも2人の活躍あってこその部分は非常に大きい。

 

 今現在もオーラムは主戦場とは別途展開される、インメル領の王国側広域の対処を(おこな)っている。

 ――と、目の前にいる連絡員テューレが、戦域の情報をもたらしてくれたばかりであった。

 

 前線から離れた支配拠点というものは、侵略戦争に必要な場所でありながらも、命の危険は少ない。

 高度な指揮も必要なく、居丈高(いたけだか)で無能なだけの貴族将校を置いておくにはおあつらえ向きの配置。

 そういった者達を既に何人も(とら)えていて、身代金交渉もさぞ(はかど)ることだろう。

 

 

 シールフは砲兵陣地へ襲撃してきた魔術騎士の精鋭部隊を撃滅した。

 商会製カノン砲は決して奪われてはならないテクノロジーの1つである。

 またそれを稼働させていた研究員や、信頼できる専属傭兵らもまた得難い人材。

 

 戦闘を忌避(きひ)していたはずのシールフが交戦したのも、彼女なりに思うところがあったのだろう。

 しかしその後は、今度こそもう戦う気はないと後方へ退(しりぞ)いてしまった。

 

 ただ"読心の魔導"によって、危急あらばそれを知らせるくらいのことはしてくれている――らしい。

 なにせ今のところ何も音沙汰がない。ただ食っちゃ寝していると言われても信じてしまうだろう。

 

(彼女の反応がないということは、順調に戦争が展開されているという(あかし)だと信じましょう)

 

 カプランはそう己の中で思考を閉じ、新たに山札の上に手を伸ばす。

 

 

「これはー……王さまと女王さまみたいですね!」

 

 上から順に引かれて並べられた二枚の(カード)には、絢爛(けんらん)な男と女の人物像がそれぞれ(えが)かれていた。

 

「正解です、(キング)女王(クイーン)がそれぞれ一枚ずつ」

 

 騎獣民族を率いる"荒れ果てる黒熊"バリスと、海賊艦隊を率いる"嵐の踊り子"ソディア・ナトゥール。

 この二人の存在なくして、今回の戦争はなかったと言ってよい。

 予備戦力に(とぼ)しい状況でありながらも、ほぼほぼ最高の戦果をおさめた功労者達。

 

 

 王国軍の軍列を打ち砕いてから、個人的に先行して総大将まで迫って痛撃を与えたバリス。

 それ自体は想定外の行動であったものの……結果的には問題のないものだった。

 

 その後は一帯の掃討に駆けずり回り、恐れも疲れも知らぬ強靭さを見せている。

 現在は彼自身が討ち漏らしてしまった王国軍総大将、"岩徹"のゴダールに備えていた。

 

 騎獣兵団も主戦力が城塞周囲に展開して巡回しつつ、残りは小部隊に分かれて散兵を狩りにいっている。

 "戦利品"として奴隷を奪い、兵士を捕えて帰陣しては、また出撃していくサマ。

 おかげでこちらの糧秣が圧迫される始末なのだが、戦後のことを考えれば必要な出費である。

 シップスクラーク商会の現物資産の大半を使い切るほどだったが、将来への投資と割り切る。

 

 少なくとも奴隷に関しては、既に労働力として引き受ける取り決めが()されている。

 兵士も身代金が取れそうな高級将校であれば、手酷く扱われぬよう配慮することになっていた。

 

 蛮族だの野人(やじん)だのと呼ばれる騎獣民族にとって、奪ったモノは奪い取った者に絶対の所有権がある。

 1度は従うことを容認したバリスを含めて、そこを譲歩させるのはなかなかに苦労した。

 同時に彼らの風習を無視するに(あたい)するだけの――見合った代価を用意する課題が残されている。

 

 

 そして海上輸送と封鎖を一手に引き受けてくれた豪の者達、ワーム海賊の首領であるソディア。

 騎獣猟兵部隊を移送し、王国海軍を壊滅させ、現在も沿岸で海上封鎖を(おこな)っているとのこと。

 海からの補給を(はば)み、情報の統制をすることで、戦域全体を有利に運ぶことができた。

 

 彼らは騎獣民族と比べればずっと俗物であり、同時に非常に即物的でわかりやすい。

 いつ裏切るかわからない、悪い意味での自由さと気質を備えているが……。

 少なくともソディア個人に関しては、カプラン自身も会って、話して、信用たりえると――

 彼女が首領として統制している限り、ワーム海賊は商会にとって大きな利になると判断した。

 

 海賊達がそれまでインメル領にも(おこな)ってきた所業は様々である。

 その中には――当事者にとって、決して許されざる行為も含まれているだろう。

 

 復讐を生きる目的にしているカプランにとっても、そういった被害者感情というのはよくよく理解できる。

 しかして、背に腹は代えられないのも事実であるのが……今回の戦争である。

 

 ましてやそういった清濁(せいだく)(あわ)()むのもシップスクラーク商会の在り方。

 

 カプランとて大なり小なり……各国の法に囚われることなく、気の向くままにやってきた。

 オーラムはかつての仕事柄、数多くの弱者を食い物にしてきたことをまったく()いていない。

 シールフも過去について多くを語ることはないものの、若い頃はあれで色々とやらかしたようだった。

 ベイリルが語る"未知なる未来"の為には、彼自身も――良心を踏み砕くだけの意志で(こと)に臨んでいる。

 

 なんにせよ、そうした灰汁(アク)の強いモノを煮詰めて出来上がるのが商会というもの。

 "文明回華"による"人類皆進化"。"未知なる未来を見る"果てなき旅路(ゆめ)には、必要不可欠なのだ。

 

 

 カプランは浮かべていた笑みの質を自嘲を含んだそれに変えつつ、(カード)を引く。

 

「うーんと……騎士、ですかー?」

従士(ジャック)が一枚」

 

 (おもて)に開いたジャックの下には、隠れるようにスペードのエースが重なっている。

 されどその二枚が示すのはたった1人の獣人――"白き流星の剣虎"バルゥ。

 

 騎獣猟兵部隊を率いているが、実質的には4枚目(・・・)のエース。

 王国軍兵站線の破壊作戦と、伴っていた奴隷の懐柔(かいじゅう)をしっかりと果たした。

 

 その後は挟撃にて王国軍を追い散らし、前衛まで貫き進んで奴隷兵を扇動して回った。

 

 特に研ぎ澄まされた眼と鼻は夜襲を得意とし、その(ちから)を大いに振るって王国軍を追い詰めている。

 幾人か捕えられた王国兵士らは、夜ごと虎の唸り声に(おび)えて過ごしているそうな……。

 

 次にカプランは山札の上から続けて三枚、(カード)を取って並べる。

 そこにはクラブ、ハート、ダイヤのエースが、それぞれ(えが)かれていたのだった。

 

 



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#156 戦域潮流 VI 

「えーっと……これはなんでしょうー?」

一の札(エース)です」

 

 テーブルの上に並べられたエース。クラブとハートとダイヤ。

 "空前"のベイリル、"見えざる(ちから)"のフラウ、"雷音"キャシー。

 

 命令系統に縛られることなく自由に動けて、さらに機動力にも秀でた個人戦力。

 特に飛行能力に加えて、隠密技能と殲滅能力を有するベイリルとフラウ両名は非常に強力である。

 2人は(おも)に飛空騎獣部隊と共に、制空権を確保しながら局所的に地上戦力も()いでいる。

 散発的な対空魔術であればさしたる痛痒(つうよう)もなく、逆に反転攻勢によって潰して回るほどだった。

 

 一方でキャシーはテューレからの情報によれば、まず王国海軍相手に暴れたとのこと。

 次に実験魔術具小隊を殲滅させてからは、気ままに王国軍を潰して回っていると思われる。

 昼夜問わず遠雷が聞こえるたびに、王国軍はその戦力を確実に減じている。

 

 

 他にもいくつもの有用な(カード)を、いくつも(めく)っては並べていく。

 今まさに目の前に座って、律儀(りちぎ)にこちらを観察し続けている少女もその1人。

 

 広域の情報収集および相互連絡を一手に引き受けて報告する、"風聞一過(ふうぶんいっか)"テューレ。

 後方に下がってからは統括衛生長として、怪我人の治療に医療術を振るう"命の福音"のハルミア。

 王国出身の過去を活かし、王国予備軍陣地にて情報収集に(いそ)しむ"静謐の狩人"クロアーネ。

 シールフだけでなく自分の補佐もしてくれている三巨頭の愛弟子、プラタ。

 

 与えられた仕事を完璧にこなす自由騎士団序列三位、"剛壮剣"フランツ・ベルクマン。

 王国公爵家の三女として多方面に渡りをつけて回った、"揺るぎなき灯火"リン・フォルス。

 戦域とは別に領内復興の流通・采配に(ちから)を発揮している、"微動せぬ天秤"ニア・ディミウム。

 

 戦争である以上は多少の犠牲は(まぬが)れえないが、今のところ大きな"欠け"はない。

 

 それもこれも自分達が作り上げてきたシップスクラーク商会が、土台から強くあったということ。

 自由な魔導科学(フリーマギエンス)(もと)に在る皆々が、一心に団結して事に当たっているからに他ならない。

 

 

(そしてなによりも――)

 

 "情報の差"が勝敗を完全に分けたと言っていい。

 かつてベイリルが語っていた意味を、身をもって()ることができた。

 

 こちらはあらゆる手段を講じて敵軍の陣容と動き、その流れまでも掴んでいた。

 情報という見えないモノを広範・多岐に取り扱う、そうした概念自体を利用すること。

 

 あの手この手で撹乱(かくらん)して、侵攻という行為そのものを突き崩していった。

 商会員を王国に送り、市井(しせい)に暮らす者達を買収して情報を収集。

 補給や増援に関わる王国人に賄賂(ワイロ)を渡し、適時小さな(ひず)みを積み重ねて麻痺させた。

 

 実戦場における王国軍の不利の(しらせ)を徹底的に潰し、逆に順調であると(ちまた)に噂を流布している。

 王国側は侵略戦争の遠征軍が、こうして窮地に陥っているとは未だに掴んでいないはずである。

 

 それは騎獣民族の長たるバリスが言うところの"狩り"と同じことである。

 戦争は決闘ではない。であれば……相手より先んじたものが、圧倒的優位を確保し制するのが基本。

 そして相手の不意を打ち、また討たれるのであれば、おおよそにおいて初撃にして"致命の一撃"となりうる。

 戦争とは往々にして"戦う前から決まっている"という言も、そういう部分を多分に含んでいるのだろう。

 

 

 カプランの(カード)を引いて並べる手が止まったところで、テューレは首をかしげて尋ねる。

 

「今度はどんな不思議を見せてくれるんですー?」

「いえ……これらは先ほどの手品ではなく――単なる戦力の確認です。味方側のね」

「なるほどー、さっきのは手品って言うんですか」

 

 現況の確認ではなく、手品の(ほう)に食いついたテューレは並んだ(カード)を手に取っていく。

 テューレが持つ二枚の道化師(ジョーカー)を見つめ、カプランは眉をじんわりとひそめる。

 

(王国軍の二枚の切り札(ワイルドカード)……)

 

 カプランは周辺戦地の地形図と、戦略域における両軍の配置を頭の中で正確に浮かべた。

 そこにテューレからもたらされた情報による修正を加えて、改めて見直していく。

 残る大きな問題は2つ――王国正規軍の後方の予備陣地に展開する、"円卓の魔術士"である。

 

 思考の海に潜行(ダイブ)していると、総司令部天幕の入り口に人影が見えた。

 

 

「カプラン様、火急の用にて失礼します――」

「どうぞ、"クロアーネ"さん」

 

 聞いた声から判断したカプランは不意の来訪者を招き入れる。

 肩で息をするその様子は、彼女が潜入していた王国予備軍陣地から全速力で来たことを表していた。

 

「円卓の二席および十席は、独断で正規軍の援軍には向かう様子は未だ見せていません。

 しかしの残りを糧秣から判断するに、出撃か撤退か――いずれにせよ、じきに動くと思われます」

 

 円卓の魔術士という立場もあってか、もとより兵糧は余裕をもって配給されていたよづあった。

 しかしそれも追加の補給がない状況で好き勝手に消費すれば、長く保つわけもなし。

 

「ありがとうございます、委細承知しました。こちらは順当に事が進んでいるので、予定通りに――」

 

 うなずいたカプランに、クロアーネも示し合わせるように首を縦に振ってから視線を移す。

 

「テューレ、仕事です」

「はいクロアーネさん、なんでも言ってくださいー」

 

 同じ情報部として既に面識あるテューレは、先輩であるクロアーネの言葉に気合を入れる。

 

「と言ってもただの伝言……いえ、ベイリルとフラウ両名への指令ですね――」

 

 

 

 

「――というわけで、円卓の魔術士が駐屯する陣地が限界近いそうです」

 

「了解だ、テューレ」

「どんだけ強いか知らないけど、食うもん食わなきゃ死ぬもんね~」

「えーとそれで、クロアーネさんとカプラン氏の話では――」

 

 律儀に説明しようとしてくれるテューレを、俺は手をあげて続く言葉を止める。

 

「みなまで言わずとも、わかっているから大丈夫だ」

「ですよねー、ベイリルさんも大幹部ですもんね」

「違うな、俺は影の黒幕(フィクサー)だ」

「ふぃくさー……ですかー?」

 

 俺が使う地球由来の独自言語を理解したり使用するのは、俺と長く過ごした人間だけである。

 この世界に変換させた造語や日本語、英語そのまんまの単語(ワード)は身内の隠語として使いやすい。

 付き合いの短いテューレに通じないのを知った上での冗談(ジョーク)だが、いずれは理解していくだろう。

 

(あと商会を運営していくにあたって、そうした言葉も正式に広めてかないとな――)

 

 異世界にとって未知のテクノロジー群は、存在しない専門用語が多すぎる。

 文化や娯楽にしても、新たな言葉を造らねばならないのなら、発音そのままに流用するに限る。

 それらは商会とフリーマギエンスの共通単語の1つとして、また()()()()でも機能することになる。

 

 

「ベイリルそれぇ、まだ言ってんの~?」

「言ってみただけだ。気にしなくていいぞ、テューレ」

「……? はいーわかりました」

 

 フラウのツッコミを(かぜ)に流しながら、俺はグググッと全身を天に投げ出すように伸びをした。

 

「さってとフラウ、(わり)を食ってくるか」

「いぇあー、()()()()()()ってやつだね」

 

 左隣に寄り添うように浮遊しているフラウと、パンッとハイタッチしてから拳で突き合わせる。

 

 円卓の魔術士を討ち果たす機会こそ――今この時、これで王手詰み(チェックメイト)とする。

 それさえ済めば、もはや逆転されるような状況は起こりえないと言ってよい。

 多少の不確定要素(イレギュラー)があったとしても、情報を支配している以上狼狽(ろうばい)するような事態はもはやない。

 

 

「んでだ、この辺の空域から抜ける俺たちの割を食うのが……」

 

 俺がじっとテューレを見つめると、瞳をぱちくりとさせてから彼女自身の顔を指差した。

 

「えっ? へっ? 自分ですかー? かわりに制空権の確保をしておけとー?」

 

「まぁ基本的には騎獣民族の飛空部隊がいるし、今さら戦闘も起こらないだろうから安心してくれ。

 城塞上空にさえいかなければ対空魔術も飛んでこないし、テューレの実力なら余裕だろう?」

 

 戦闘はともかく単純な飛行能力に限っては、俺ですら及ばないほどの実力者である。

 長距離巡航速度と旋回性能、視力やその身に纏う竜巻魔術があれば、生半(なまなか)な敵も相手にならない。

 

「えーまー、そうですけど」

「ただここら一帯を巡視しつつ、王国の使いツバメを捕まえて、何かあれば本陣に連絡してくれるだけでいい」

 

 やることは戦闘員のそれではなく、あくまで斥候としての仕事であることを強調する。

 

「そのくらいなら自分でもなんとかー」

「頼んだ、そんじゃ俺らは出撃する」

 

「はーい、勝利とご無事を祈ります」

 

 俺はフラウの手を取って、お互いに風と軽減重力を掛け(あわ)せ合う。

 そのままテューレを置き去りにするように、空から空へと飛び出した。

 

 

 

 

 目には見えない空の道を疾駆するように、手を繋いだまま揃って飛行する。

 

「おさらいだフラウ。今回来ている円卓の魔術士は三人(・・)――第二席"筆頭魔剣士"と第十席の"双術士"」

「双術士ってのはぁ~……二人あわせて第十席なんだっけ?」

「そうらしい、左右対称(シンメトリー)の杖のような(はた)が目印だ」

「あーしはそっちを撃破すればいいんだね~」

「俺はやたら長い剣の紋章――"筆頭魔剣士"を()る。因縁はしっかりと解消しておかないとな」

 

 固まってくれていたなら……こっちもコンビネーションプレイで、幾分か楽に打ち倒せただろう。

 しかし誘導する手間などを考えると、それぞれで各個撃破することになる。

 

「"円卓殺し"かぁ……"竜殺し"ほどじゃないけど、(ハク)がつくねぇ~」

「厳密には黄竜を殺してはいないし、向こう二年は打ち倒して迷宮制覇したことを言いふらせないがな」

 

 もとより喧伝(けんでん)するつもりもないのだが、それが"無二たる"カエジウスとの約束事である。

 

 

「まぁ危なくなったら逃げろよ、俺も逃げる」

 

 俺は瞬間的な音速突破を併用しつつ、高速飛行とステルスで遁走できる。

 フラウも重力場をばら撒きながら、自分だけ浮遊して退避することが可能。

 そこに追いすがることができるのは、本当に極々一部の限られた者だけだろう。

 

「そだねー、それはそれで敵戦力を()ぎきれず遊ばせることになっちゃうけど」

「そん時ぁまた別案を考えればいいさ」

 

 仮に戦略的撤退をして相手に時間的猶予を与えることで、円卓の魔術士が本格的に動き出してしまうものの……そこは致し方ない。

 また機を改めて、俺とフラウの連係で個別に殺してもいいし、キャシーやハルミアとパーティを組んでもいい。

 展開した戦陣こそ崩れてしまうものの、バルゥやバリスと協力すればさすがに問題なく殺せるだろう。

 

「とりあえずは様子見で――勝てそうなら、倒してしまっても構わないって感じで」

 

 大勢(たいせい)は既に半分ほどは決している。残る半分――円卓の魔術士を討ち果たし、戦争を終結させる。

 



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#157 円卓二席 I

 標的の拠点を天空から視認した俺は、螺旋状に風を纏いながら軽やかに着地する。

 渦巻いた風は砂塵を巻き込むように小規模の竜巻を作り──

 

 それを一刀の(もと)に両断するは、王国円卓の魔術士第2席"筆頭魔剣士"テオドール。

 

(っぶ)なっ……」

「我が陣地へ侵入しておいてぬけぬけと(さえず)るな、暗殺者風情(ふぜい)

 

 斬り飛ばされた竜巻から、俺は約束した相手を見据える。

 

「確かにな。まっ約束通り、あんたともう一度闘いにきた」

「声が違うようだが……」

「あの時は正体を隠していたからな。今はあんたを確殺するって"漆黒の意思"の(あらわ)れとでも」

「そうか、しかし──いささか遅かった」

「うん……?」

 

 テオドールがその愛剣を鞘へと納めた音を合図に、周囲から複数の影が飛び出してくる。

 長い剣の紋章が記された統一衣装に身を包み、それぞれが剣を抜き放っていた。

 

「我が弟子たちだ、貴殿……いや貴様(・・)の相手には丁度いい」

「約束は反故(ほご)か? 俺を消耗させようって腹積もり、と……案外セコい真似をしてくれるんだな」

「貴様が勝手に言い残した約束だが……それはよい。真っ先に来れば相手してやったものを」

 

「つまり後回しにされたことにご立腹だと? 戦争なんだからそういう機微くらい理解してもらいたいもんだ」

 

 テオドールの弟子の数を把握する。24人を数える中所帯(ちゅうじょたい)

 既に完全な包囲網を形成し、隙を見出せないほどであった。

 彼らを相手にしてからテオドールを相手にするのは……さすがに俺も不利と見る。

 

 

「あーそうだ二席さん、三代神王ディアマの名の(もと)に"決闘"を申し込む。これでどうだ?」

 

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"時代に習ったことを思い出す──武力を象徴する三代神王ディアマは決闘を好んだ。

 それゆえにどうしても譲れぬモノがあれば、その勝敗によって全てを委ねるという慣習がある。

 

「貴様はディアマ信仰なぞ()()()()()だと、あの明け朝に自らのたまっていただろうが」

「むぅ……そういえば、確かに。あれは失言にして過言だったな」

 

 決闘が通じるのはあくまでディアマ信仰者同士の話であって、(たが)えばその限りではない。

 筆頭魔剣士テオドールが言うことは、まさしくぐうの()も出ない言い分だった。

 

「まぁいい、俺が信仰するのは"自由な魔導科学(フリーマギエンス)"ただ一つ」

「聞いたことがないな」

「いずれ世界中が知ることになるさ、だがあんたはそれを見ることはない」

 

 口角を上げながら、轟然たる我が魔力の胎動を知覚する。

 

 

戯言(たわごと)は不要だ。本来弟子たちが経験すべきだった戦場経験、貴様の身をもって(あがな)ってもらう」

「手元に置いといたのはあんたの判断だろうが。経験なんて好きに積ませときゃいいものを──」

「師が実戦における弟子の剣筋を見ずして、いかに指導ができよう」

「ごもっともだが……意外だな。弟子なんざ()()()()()な"求道者"タイプかと思っていたよ」

「勝手をやらせて、我が境地に到達する者などいるものか」

 

 背を向けて歩き出すテオドールに、弟子達は道を空ける。

 すると一つ思い出したのか、首だけで振り返るように顔を向けて俺へと一言告げた。

 

「なぜだか配給が届かぬ落とし前も、ついでに(つぐな)ってもらおうか」

「そっちは戦術の一環なんだがな……まぁ飢餓ってのは理屈じゃないか」

 

 弟子の包囲から抜けたテオドールが鞘底(さやぞこ)で地面を叩くと、一斉に門弟達が動き出すのを肌で感じる。

 

 

(どうせなら剣で相手して──)

 

 風の太刀を形成しようとする()もなく、幾筋もの剣閃が俺を襲う。

 

「くっおぁ……」

 

 その口から驚愕が漏れ出ざるをえなかった。四方八方に全身をギリギリで揺らし続ける。

 回避一辺倒を強いられるほどの、苛烈だがそれでいて整然とした波状攻撃。

 感覚強化した俺自身、ほぼ死角はないものの……精密に繰り出される連係に反転攻勢する機が全くない。

 

(しかもこいつらッッ──)

 

 筆頭魔剣士たる門弟だけあって1人1人が魔鋼剣を持ち、魔力力場を体得しているようだった。

 練度から(かんが)みるに防御できないこともないのだが、それでも本来の防御効果は見込めない。

 魔術ごと斬り裂くそれを、まともに喰らってしまえば非常に危うく……空へ飛んで逃げる暇すらなかった。

 

(完全に見誤った)

 

 付け加えるのであれば、彼らはなによりも"多人数で戦う"ということに非常に慣れている。

 互いを邪魔することなく効果的に。獲物を追い立て、追い詰めるということに。

 逆に俺自身が、連係してくる部隊を単独で相手にすることに()()()()()()

 

 対人・対物は言うに及ばず。対部隊、対軍用の魔術こそあれ……。

 それらはあくまで砲台火力として、遠距離から奇襲含めてぶっ放す為のもの。

 

 迷宮逆走攻略においては敵が多い場面(ケース)もそれなりにはあった。

 しかしそういった時は必ず仲間がいたし、こんな極まった連係などもありえなかった。

 常に不利にならないよう立ち回り、圧倒的優位から速攻で決着(ケリ)をつけるのが基本だった。

 

 ゆえにこうした高度連係部隊を相手にした実戦経験は、皆無と言わざるを得ない。

 

 

 感覚強化と回避専念にリソースを割いていて、打開の為の魔術イメージすら固まらない。

 魔術力場の装甲を纏う24人からなる剣術部隊を相手に、一体何人打ち倒せば崩しうるのか。

 それまで敵の攻勢を凌ぎ切りながら、隙を突いていくという途方もない作業。

 

「──たしかに一人の強駒によって決着がつくこともある」

 

 テオドールの独り言のような、嫌みたらしい言葉を……強化聴覚は(いや)(おう)にも拾ってしまう。

 

「だが高度に洗練された部隊というものは、それを凌駕する。我が弟子たちの餌と散れ」

 

(暗殺任務もそうだったが……"数の有用性"ってものを改めて認識せざるをえないな──) 

 

 死の淵にありて延々と(かわ)し続けながらも……ハーフエルフの脳と肉体に、加速された魔力が循環する。

 それはさながら走馬灯のような──時間を切り刻み続けるがごとき感覚と、並列思考をもたらした。

 

 

(どんな人間でもつぶさに観察し続ければ、存在しない(クセ)が見えてくるもの──か)

 

 人心掌握に長けたカプランの──いつぞやに聞いたか思い出せない──そんな言葉が浮かぶ。

 ヘリオほどの才能もないが、多少なりと相手の拍子(リズム)だって読める。

 

 入れ替わり立ち替わり、刃を繰り出してくる個人は常に違えども──

 非常に高次元の連係攻撃だからこそ、それ自体を一人の剣士として見ることができる。

 総体としての一定の傾向のようなものがあり、利用するまでは至らずとも流れに自らを寄せることはできる。

   

 そしてさらに()()()()──修羅場にあってこそ、開眼できそうな直観めいた閃きを自覚する。

 しかし悠長にそれを許すほど、敵も甘くはない。彼らとて闘争の中で成長していく。

 連係した剣撃はこちらを確実に追い詰め、捕捉されつつあった。

 

(危なくなったら逃げりゃいい、などと──過言だったか……)

 

 もはや退却一択の状況ではあるが、それも確実な成功はまったくもって望めない。

 それどころか己の命を懸けるには……正直なところ、あまりに()の悪い賭けと言えた。

 

(生き残れたなら……今後の課題にする)

 

 撤退に転じる為の一手として、被弾覚悟で"スナップスタナー"を鳴らす──まさにその瞬間であった。

 

 

 展開していた何十もの影を塗り潰すように、さらなる影が覆いかぶさった。

 

 包囲をぶち破りながら突っ込んできたのは──遠近感が狂ったような片牙の折れた"巨大猪"。

 どこか見覚えがあるが……そんな些末(さまつ)なことなど、どうでもよくなほどの衝撃。

 

 青天の霹靂としか言いようのない、あまりにも()が奪い去られた異様な事態。

 

 さしもの門弟部隊も、自陣に最高速のまま突如現れた大質量の塊を相手にはどうしようもなく。

 それでも即座に衝突を避け、無傷のままで逃散し済ませているのは流石であった。

 

 巨大猪は勢いのままに走り抜けていき、進路上の天幕だけでなく岩や木々をも薙ぎ倒していった。

 それを目で追っていたテオドールのぽかんと開いた口を見ながら、俺は自身の開いた口を閉じる。

 すると背後で、どこか聞き覚えのある声がした。

 

 

「あーあ、行っちまった。まあでも迷わずに済んでよかったよかった!」

「全部あの子のおかげじゃん」

 

 乱入してきた巨大猪の背から、着地していた二人の闖入者(ちんにゅうしゃ)はのんきに会話を展開する。

 俺は頭の中で浮かんだ2人に対し、解消されぬ疑問はひとまず置いて声をかける。

 

「君ら……──」

「あーどもども、後夜祭の折にお会いしたケイです、"ケイ・ボルド"!」

「"カッファ"っす! どうもどーもお久しぶりで!!」

 

 かつて学園の"闘技祭"──前哨試合で会場を盛り上げてくれた、少女と少年がそこにいた。

 

「何故ここに?」

「プラタに会いに遊び来たんですけど、そのお師匠って人に頼まれて加勢にきました!」

「おれはケイを止める為に来ました」

「なにそれ」

「だってケイが全力になったら、止めるのも一苦労じゃん」

「ん、う~ん。聞き捨てならないけど、今は許す」

 

 

(プラタの師匠──シールフか。つまり俺が危機に(おちい)ると思われたわけか……いや事実だけど)

 

 先刻の巨大猪は騎獣の民から借り受け、ここまで乗ってきたのだろう。

 俺のところまで真っすぐ来れたのは……象、熊に次いで、犬と同等と言われる嗅覚ゆえだろうか。

 

 肝心の2人は何やら能天気にも見えるが、この状況が認識できていないとは思いたくない。

 さらには戦場がお遊び感覚ということに、一抹(いちまつ)以上の不安を覚える。

 

 闘技祭で実力の一端は見ているし、シールフが判断して増援に送ってきたのだから戦力になると信じよう。

 

「そうか、もう二人とも学園の後輩か」

「はい! それとボルド領を救ってくれた恩返しが、ほんの少しでもできればと!」

「スィリクス先輩との戦いは見ていたが……イケるのか?」

「やります、やれます、やってみせます! 露払(つゆはら)いはおまかせあれ!!」

 

 少女はガッツポーズのように両腕を胸の前に、ふんすと鼻を鳴らしてみせる。

 

「……それじゃぁ、お言葉に甘えようか。危なくなったら助太刀に入るから──」

「大丈夫です、()()()()()()

 

 にやーっと不敵な笑みを浮かべたケイは、門弟部隊に見渡すような一瞥(いちべつ)をくれただけでそう言い切った。

 

「ナメられたものだな……大口吐きを叩き斬れ」

 

 こちらの様子を(うかが)っていたテオドールの、苛立(いらだ)ちが込められた一言。

 弟子達はすぐに包囲を展開し狭めていき、一方でケイはマイペースに両腰の双剣を抜いて見せた。

 

 

「じゃっじゃーん! コレこの魔鋼剣。プラタ経由で作ってもらったティータ先輩とリーティア先輩の逸品!

 これなら()()()()使()()()()()()()()()!! フリーマギエンスってほんとすごい!!」

 

 構えた剣をくるくると何度か回しながら間合いを取り、ケイは刃の切っ先を敵となるべく相手に向ける。

 

 テオドールの門弟達はケイを囲みつつも、こちらへの警戒も一切解いていない。

 俺が攻撃や退却をすればきちんと対応してくるに違いなく……。

 

(うん、やっぱ欲しいな──こういう特殊部隊)

 

 俺がそんなことを考えた瞬間、門弟の一人が動き、波状するように二人三人と動き出す。

 改めて(はた)から観察してみると、本当に完成された動きなのが理解できる。

 

 可愛い後輩を殺させるわけにはいかないと、テオドールにも注意を払いつつ……。

 俺は肉体と精神とを適度に弛緩(しかん)させたまま、全力で動く用意を整えていた。

 

 しかしてそんな予想は、まったくもって違う形で裏切られ終わるのだった──

 

 



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#158 円卓二席 II 

 剣で(さば)き――剣で斬る。ケイが実行したのはただそれだけ。

 

 その瞬間を全員が見ていたし、頭で理解できたのだが――思考がついていかなかった。

 時間がすっぽ抜けたような、吹き飛んだような……とにかくいつの間にか終わっていたのだ。

 

 それはスィリクスとの闘技祭前哨戦の再現のようでいて、違っていたのは"死合"であるということ。

 最初に攻撃を仕掛けた門弟は首を貫かれ、絶命し倒れ伏す。

 彼女の背後にいた門弟も胴体部を裂かれ、膝を崩してそのまま死んでしまっていた。

 

 その光景に思考が回らずとも……反復と反射によって会得したであろう、高度に洗練された門弟達の連係は止まらない。

 1人2人と殺されようとも、決して動揺することなく、一糸乱れぬ攻勢は続けられた。

 

 魔力力場を伴った剣撃は、およそ完璧とも言えるタイミングで少女へ襲い掛かる。

 一撃目をフェイントに、二撃を死角から、三撃をトドメの追い討ちとして――

 

 自身がそれらの渦中(かちゅう)にあった時は必死であったが、傍目(はため)から観察をすればするほど……。

 それぞれが最適に準じた役割をこなし、精緻(せいち)極まる流れをもって仕留めに掛かる一種の芸術にも思える。

 

 

(まじ、か……?)

 

 しかしそんな敵集団への感動と敬意を他所(ヨソ)に、俺は心中で度肝を抜かれていた。

 門弟部隊にも確かに驚異なのだが、それ以上の驚愕が眼前で繰り広げられてる。

 

 そう――あれはおよそ"完全無欠な集団戦闘"であり、まともに付け入る隙などないように見える。

 それをまるで後ろに目でもあるかのように、そのことごとくを(さば)いて、斬って、捨てていく。

 

 俺のような空気を()て感じ取っているような、感覚強化とも違うようで……。

 ただ来たものを撃ち墜とすような、正確無比の無双剣。

 

 彼女の刃の届く範囲こそ絶対の制空圏。

 決して派手ではないが、その領域内では唯一の支配者たる少女。

 魔力力場によって見えぬ間合いが伸びてこようが、全く関係無いと嘲笑(あざわら)うかのように。

 

 敵の刃は彼女へと一切届かない。しかして彼女の刃は確実に敵へと届くのだ。

 げに恐ろしきは伊達(だて)にして帰すでなく……命脈を漏れなく、確実に、断ち斬っているということ。

 

 腕が振るわれるたびに、一刀の(もと)に命が消えていき――

 24人からなる門弟集団は、たちまち"殲滅"されてしまったのだった。

 

 

「ふぅ……お掃除完了しました!!」

「お、おう……ありがとうケイちゃん」

 

 俺は乾いた笑いを漏らしながら、感謝を述べる。

 彼女はかすり傷はおろか、返り血の一滴も浴びていない。

 ここまで凄まじいとは微塵(みじん)にも思っていなかった。助太刀の備えはまったくの杞憂(きゆう)に終わってしまった。

 

 たとえばフラウも、ジェーンやヘリオやリーティアも、何より俺自身も――

 俺と関わって現代知識に触れ、異世界にない常識や知識を利用することで強くなっている。

 それはレドも間接的にそうだったし、ファンラン先輩にだって少なからず影響を与えてきた。

 

 しかし彼女には――少なくとも強度面においては、何一つ関わっちゃいない。

 そう、天禀(てんぴん)に理屈なし……やはりいるところにはいるものなのだ。

 

 

 大昔ならいざ知らず、記録として残る地球の近代戦史にも少なくなく存在した。

 悪魔だの死神だのと様々な異名を冠するに至った軍人達。

 それは何も戦争だけに限らず、知識においても芸術においても、あらゆる方面(ジャンル)に存在した。

 

 同じ人類とは思えない、その底知れぬ人間(ヒト)潜在性(ポテンシャル)を発揮する、()を超えた規格外の怪物。

 生ける伝説ともなりえて、常識の埒外(らちがい)に住まう、非現実の住人と言って差し支えない大いなる傑物。

 ゲイル・オーラムのように、誰に教えられることなく超人を越えし域に至る者。

 

 俺とてハーフエルフというおあつらえ向きの種族に転生し、才能と模倣と発想と努力でもってここまできた。

 フラウとの(ねや)で体得した魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)の絶大な恩恵を含めて、互いに影響し合って高みへきた。

 汎用性と多様性に富んだ戦術の組み合わせ、さらに絶対的な速度と火力を(むね)に、時に命を懸けて研鑽を積んできた。

 

 だからケイに負けるとは、口が裂けても言わない――しかして勝てるヴィジョンもまったく浮かばない。

 俺よりも年若い彼女はそういった(わく)より(はず)れた領域に、日常と変わらぬように平然として立っている。

 スィリクス先輩を相手にした時は……本当に氷山の一角(いっかく)どころか、単なる氷片に過ぎなかったのだ。

 

 

「馬鹿な……我が弟子たちが――」

 

 茫然自失(ぼうぜんじしつ)とした表情を見せているのは、弟子を皆殺しにされたテオドール。

 

 彼が止めれば門弟達も攻撃の手を止めたのだろうが、その機を逸してしまったのも無理はない。

 おそらくは時間にして10秒にも満たなかったし、ケイの剣技は凝視せざるを得ないほどのものだった。

 

 そして師匠たるテオドールは、弟子が死んでしまったことよりも……。

 自身の技術を超越したモノを見せられたこと。その衝撃をどうにも隠しきれずにいたのだった。

 そしてそれは俺もまったく同じ気持ちであるのが、また皮肉というものである。

 

彼奴(きゃつ)はすべてを剣に注いでいる、それでいて……ありえんッ!」

 

 観察していた限りではケイ・ボルドのそれも、魔力と魔鋼剣による単純(シンプル)を突き詰めた戦型(スタイル)

 少し違うのは魔術力場を体に纏うことなく、ただただ刃に注いで切れ味を高めただけということ。

 だからあらゆる装甲は意味を為さず、魔力の力場や魔術すらも斬り伏せてしまう。

 

 (ふた)つの剣のみで完結された技術。

 ケイ・ボルド――もはや彼女の存在そのものが"魔剣"とも言うべきものだった。

 

 

「はぁ……別に自分がやりやすいようやってるだけなんでよくわかりません、ごめんなさい!」

「なあッ……が――」

「諦めたほうがいいぜ、おっさん。ケイの世界はこいつだけのもんなんだ。理解なんてできないって」

 

 密着するように肩に腕を回して偉そうにのたまうカッファに、ケイは半眼でその手を振り払う。

 

「なんであんたがわかったようなこと言ってるの? カッファ」

「おまえだって自分でわかってないじゃん」

「うっ……いやまぁそうだけど」

 

 幼馴染の距離感でじゃれ合うような二人の(あいだ)に、気が抜けた俺は割って入るように前へ出る。

 

 

「本当にありがとうな、おかげで助かったよ」

「どういたしましてです! 偉そうな(ほう)はおゆずりします!」

「まぁ俺としては別に、アッチも引き続き()ってもらっちゃっても一向に構わんのだが」

 

 スッと俺はテオドールの(ほう)へ視線を流す。

 正直なところ、彼女の死合における絶技をもう一度見たいという部分があった。

 

「いえいえ大先輩の雄姿を、特等席で見さしてもらいます」

「じゃあおれがやろっかな?」

「カッファじゃムリだってば」

「そうかなあ?」

「そうだよ」

 

 余裕を見せる後輩二人に、俺はフッと笑って己の背中を見せることにする。

 気は抜けたが不必要な緊張も抜けている。一方で苦い表情を貼り付けたままの、テオドールへ告げてやる。

 

「さぁて、なにはなくともこれで約束通りか――お楽しみの本番、決着の時だ」

 

 

 ――円卓の魔術士、第二席。王国"筆頭魔剣士"テオドール。

 王国の高品質な魔鋼剣に、魔術による力場を纏い、(そく)した魔剣術を使う男。

 筆頭(・・)と称される以上、その剣技は王国でも最強クラスと言って相違ないのだろう。

 

「円卓第二席……相手にとって不足なし、これは過言じゃない」

 

 俺は傲岸不遜(ごうがんふそん)を顔に貼り付けて、煽るように言い放った。

 すなわち己の実力が、王国に認められた特権階級の円卓の魔術士以上なのだと――

 そう言い聞かせるように自分自身に()み込ませていく。自信とは"楽観的勘違い"とも言い換えられるだろう。

 根拠がなくてもとりあえずポジティブシンキングでいることが、運や流れを引き寄せることもある。

 

(なぁに黄竜に比べれば、幾分もマシには違いない)

 

 一対一(タイマン)の決闘ではあるが、控えの後輩もいるので気も大いに楽である。

 最初の暗殺潜入時は……本気ではない交戦で、手傷こそ負わせて逃げおおせた。

 ――が、これなるは小細工なしの真っ向勝負。

 

「軽調子は相変わらずか――それが最期の言葉でいいな?」

 

 いざ闘争の空気になると、それまで狼狽を隠せずにいたテオドールはすぐに冷静さを取り戻す。

 世界単位で見れば"五英傑"といった、上には上がいようとも……円卓に座る者は決して伊達や酔狂などではない。

 眼前の男は王国軍の伝家の魔宝刀であり、たった一人で戦局をひっくり返す戦術級の猛者。

 

 

最期(・・)の言葉、か……そうだな、せっかくだ――和解する気はないだろうか?」

 

 そうだ、それゆえに惜しい。確かな実力があり、あれほどの弟子を育成する能力がある人間。

 単純な武力であっても、"文明回華"の道ではあらゆることが役に立ってくれる。

 

 ケイ・ボルドのおかげで圧倒的優位を確保できた。

 テオドールを引き止める理由となるだろう弟子達も、結果的にはもはや全員いない。

 彼に個人的に恨みがあるわけでもない。この機会を利用しない理由は、むしろ無いとさえ言える。

 

「……命乞いをしているつもりか?」

「俺は立場上、有能な人物を引き入れる権限がある」

「貴様ら、の――?」

 

 言いよどんだテオドールの言葉に繋げるように、俺は引き抜き(ヘッドハンティング)を続ける。

 

「"シップスクラーク商会"だ。既にこの戦争の趨勢(すうせい)は決している」

「……ふんっ」

 

 戦争は門外漢であったとしても、そこを見誤るようなことはないようだった。

 

 それに王国領土防衛の総力戦争ならいざしらず、あくまで帝国領への侵略戦争であり遠征軍。

 政治的に見るのならば、伝家の宝刀を抜き合って潰し合うほどの戦争ではないのだ。

 さらに終着が既に見えているのであれば、個人として身を切ってまで出張る必要もなくなってしまう。

 

 

「"円卓の魔術士"という地位にどれほどの価値と恩恵が与えられているかは、まぁあまり知らないんだが……。

 我らが商会に来るのであれば、それらを超える報酬を約束するが……どうだ? 一考の余地はないだろうか」

 

戯言(たわごと)だな」

 

 聞く耳を持つ様子すら見せないテオドールに、俺はぬけぬけと交渉の(カード)を切る。

 

「あーそれと商会(うち)には"永劫魔剣"があるぞ。ディアマ信仰者ならその意味わかるよな」

「なん……だと……?」

 

 その情報にはさすがにテオドールとしても、顔を歪めざるを得なかったようである。

 

 かつて幼少期を過ごしたカルト教団が、その存在だけで聖地として定期巡礼されていたほど。

 三代神王ディアマ本人が使い、大陸を斬断したと伝え語られる"魔法具"。

 しかもディアマと同じ魔剣士という戦型を持つ身としては、それは垂涎(すいぜん)必至のシロモノに違いない。

 

 

「まぁ循環器である刀身の部分だけで、安定器……――と、増幅器がまだ見つかってはないんだが」

「貴様は虚言(きょげん)をも(ろう)すのか」

「本物かどうかは実際に、見て、触って、確かめてみればいい。素人眼(しろうとめ)でもわかる」

 

 そも魔剣士ともなれば、刀剣類の目利きも秀でているだろうことは疑いがない。

 

「見くびるなよ。貴様は今先刻(さっき)、安定器について言葉を(にご)したな?」

「あぁ……まぁ、安定器は実のところ破損してしまっていて、ただいずれそれもなんとかする」

「なんとかだと?」

 

 俺は内心でほくそ笑んだ。こちらの言葉を切り捨てることなく、食い付いてきていることに。

 

「元々増幅器がなくて、その代替物を作り出す研究をしていた連中からいただいたモノだ。

 安定器もいずれは作り出す。それだけの"テクノロジー"と将来性が商会(うち)にはある」

 

「てくの……?」

「テクノロジーだ、多種多様な技術を集め、研究し、体系化し、推進していくのが我らが本分。

 その恐ろしさは……今回の戦争でよくよく知っただろう? たかが一商会が王国軍に勝利した事実――」

 

 実際には騎獣民族やワーム海賊によるところが非常に大きいのだが……。

 それらを引き入れ、兵站を整えたのはシップスクラーク商会の功績と言って良い。

 

「勝利しただと――」

趨勢(すうせい)は決したと言っただろう。情報が伝わってないだろうが、兵糧が届いてない以上は明白。

 そして貴方が仲間になってくれれば完全勝利だよ、テオドール殿(どの)。"双術士"の(ほう)も既に手は打ってある」

 

 眼光を鋭くするテオドールに、俺は場の空気を感じ取りながら話を続ける。

 

「譲渡するとは軽々に言えないが……場合よっては貸与(たいよ)したり、研究や試験運用に(たずさ)わってもらって構わない」

饒舌(じょうぜつ)なことだ」

「まずはお互いをよく知ることから始めよう。それからでも遅くない」

 

 テオドールは数秒ほど目をつぶってから、ゆっくりと見開いて意思を言葉に乗せた。

 

 

「弟子を殺させてしまった我が不明は、貴様らまとめてこの刃にて(そそ)ぐ」

「別に今すぐ回答してくれってわけじゃない、後日改めてでも――」

二言(にごん)なし」

 

 はっきりと拒絶を示したテオドール。その覚悟に対して、これ以上は聞く耳は持たないと判断せざるを得なかった。

 俺は交渉をしている(あいだ)に、(ひそ)かに完成させていたイメージを解放する。

 

「はァ~……残念だ」

 

 肺の中から息を空っぽにするように、そう殺意と共につぶやいたのだった。

 



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#159 円卓二席 III

「はァ~……残念だ」

 

 ──"酸素濃度低下"。テオドールの周囲の大気の割合を操作する。

 吐息によって空気を肺から絞り出した後に、呼吸を止めている間だけ持続する空属魔術。

 そこはすなわち死域と化し、一呼吸で昏倒。時経ずして命をも絶つ。

 

 もったいないが仕方がない。テューレやソディアのように、必ずしも勧誘が成功するとは限らない。

 それにバリスと騎獣民族の助力は、バルゥがいなければ正直かなり難しかったろう。

 遠征戦で相対した女王屍(じょおうばね)に至っては、まともに交渉できるだけの余地すらなかったと言える。

 

 円卓の魔術士第ニ席は……良くも悪くも、矜持(きょうじ)ある武人であったということだ。

 己の命を何度となく懸けてまで、粘り強く交渉をし続けるほどの危険(リスク)は冒せない。

 

(──だから殺す)

 

 微塵(みじん)躊躇(ちゅうちょ)は無く、一片(いっぺん)の後悔だけ(かか)えて殺す。

 それが彼の生き様を(けが)す、不意を討つ卑劣な()り方であったとしても……。

 

 しかして、初見殺しの見えない魔術は──

 テオドールの抜き放った魔鋼剣の一振りで、あっさりと霧散させられてしまった。

 

 

(さだ)かでなし……だが小細工などは通じん」

 

 大気が安定した状態でなければ、この必殺の魔術も通用しなくなってしまう弱みがある。

 だからこそ酸素濃度低下の魔術は、奇襲や設置罠(トラップ)として使うものだった。

 しかし不意を討ったはずなのに、テオドールには勘付かれてしまっていた。

 

「……なぜわかった?」

「語らず」

 

 さすがに敵相手に、ご丁寧に教えてくれるということはなかった。

 

 あくまで想像ではあるが、一番最初にステルスを見破られてしまったのと同じ理屈なのかも知れない。

 魔力を魔術的な力場(りきば)として纏うゆえに、その周辺環境の変化に関して察知することができるのやもと。

 

「まぁいい──俺は暗殺者(アサシン)ってだけじゃない。変革者(イノベーター)にして調整人(バランサー)にして……魔術戦士(ウォリアー)だからな」

 

 真正面から打ち倒すのも、十分に得意とするところ。

 異世界に転生してより闘争の悦楽を知り、時として命を懸けることも(いと)わない。

 

「俺たちの"文明回華(みち)"を邪魔立て(さわ)らば、屍山血河(しざんけつが)に沈みゆけ」

「意気だけは良し」

 

 

 "筆頭魔剣士"テオドールは靴底で地を(こす)りながら、刃先を掲げるように大上段の構えを見せる。

 

 瞬時にぶわりと殺意を内包したかのような魔力圧が膨れ上がった。

 魔鋼剣に力場がはっきりと現出するのを、大気を通じて感じ取る。

 それは黄竜を斬断した俺の"太刀風"より遥かに──天を斬り裂くほどにバカ巨大(デカ)い。

 ただの一振りにて軍勢を叩き斬り、航空戦力さえ(やいば)を浴びせかけ、斬って()とすこと疑いなし。

 

(攻め気を見せてもいいが)

 

 最初の不意討ちが効かなかった以上は無駄であり、この(あいだ)に俺も魔力の循環加速に集中する。

 

 一度全開放出されたテオドールの魔力場は、さらにグッと圧縮されて取り回しやすい長さとなっていた。

 

(凝縮したとは言っても五メートルは(くだ)るまい、か……)

 

 俺は大気の揺らぎを感じながら、自身の周囲に纏っていた"風皮膜"を解いて完全な無防備(・・・)状態になった。

 "風皮膜"というフィルター越しに得られる感覚情報は、わずかに時間差(ラグ)が生じ、精度も低下する。

 筆頭魔剣士たる人間を相手にしたコンマ秒を奪い合うような闘争において、それは致命的な差となってしまう。

 

(あの魔力場ブレードには、既に5層目までが破られているしな)

 

 暗殺で潜入してきた初見時に、たった一撃で"六重(むつえ)風皮膜"のほとんどをぶち抜かれた。

 加えて言うならあの時より濃密に、斬れ味の(ケタ)が違うと本能の部分で理解させられる。

 円卓の魔術士が全力を込めたブレードに対して、"六重(むつえ)風皮膜"など紙っぺら同然で無意味であると。

 

(二人は、と──)

 

 スッと一瞬だけ視線を移すと、後輩達は遠くからのんきな様子でこちらを眺めていた。

 俺が負けるとは思っていないのか、あるいは危害が及んでも対処できると確信しているからか。

 ケイの実力であれば……こちらが気を(つか)うだけ失礼というものかも知れない。

 俺は心置きなく眼の前の相手に全集中して(のぞ)むことにする。

 

 

「円卓の魔術士第二席、王国"筆頭魔剣士"テオドール。モンド流・魔剣術──ゆくぞ」

 

「シップスクラーク商会、"空前"のベイリル。空華夢想流・合戦礼法──推参(おしてまいる)

 

 俺はわずかに左半身に(たい)を開き、無意識な自然体をとりつつ握った両拳をゆっくりと開く。

 

 自分で名乗るのはいささか恥ずかしさが残るが……そも二つ名とは、自身を表す最も端的な言葉。

 本人の気質と功績と、時に身分をも示し──世界でも多くの者が持つポピュラーな文化である。

 そして……決して名折れとならぬように、己を律して生きていく指針の一つともなるのだ。

 

 "空前"──他に(るい)を見出させない、俺だけの人生(たたかい)だ。

 

 

「我が剣閃をその身に刻み、そして消え去れ」

 

 一息の半分のさらに半分ほどで繰り出された無数の斬線は、通った箇所を無塵(・・)へと変えた。

 その剣速はまさに神域にあり、空間そのものを(えぐ)り取るかのような剣技。

 俺はしっかりと(かわ)しながら、相手の戦い方とその対処を詰めていく。

 

(音まで斬り裂いてくる以上、受け太刀はできない)

 

 "無量空月"により形成される風の刃は、もとより実体としてさほどの強度を持つモノではない。

 ゆえに凝縮魔力ブレードは明らかに過剰火力なのだが、暗殺襲撃の(おり)に一度喰らってまがりなりにも防ぎ切った所為(せい)だろうか。

 テオドールとしても、俺を確実に殺す為の威力というものが計りかねているゆえの全力なのだろう。

 

 攻撃に全振りするようなその姿は、あるいはケイの魔鋼剣二刀流への対抗にも見えないことはない。

 弟子を皆殺しにされた衝撃と共に……テオドールの心裏に、深く強く刻み込まれているのかも知れなかった。

 

(魔力を直接的に力場とする技法は、単純(シンプル)ゆえに強力だが……消費対効果(コスパ)が非常に悪い)

 

 魔力加速に伴うハーフエルフの脳は、闘争の最中(さなか)にあって平静に回転し続ける。

 使う魔力量には個人差が大いにあるし、円卓の魔術士であることを(かんが)みても……。

 あれほど巨大だった魔力力場を凝縮した刃を、いつまでも維持できるとは思えない。

 持久戦に持ち込むという手もあるが、それはそれで精神を削り過ぎる行為だ。

 

 

 なればこそ──文字通りの"死線"を()(くぐ)りながら俺は……自身の"進化の階段"を昇る。

 成長に終わりはない。今回の闘争は、結果的に一つの仕上げになると確信する。

 

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"時代から学園生活を経て、迷宮逆走の帰途でも積み上げた己の集大成。

 

 "ケイ・ボルド"……彼女のそれを模倣するわけではない、というかできない。

 しかし別物として系統立てて見れば、似たようなことは可能であり、既に些少(さしょう)ながらやっている。

 

 眼で観て、耳で聴き、鼻で嗅ぎ、舌で感じ、肌も含めて総合的に空気(エア)()ている。

 しかして視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚だけにとどまらない。

 エルフ種の鋭敏な第六感とでも言うべきか、魔力の流れも無意識的に感じ取っている(ふし)がある。

 

 今ある魔術を連係させるのも良いが、そろそろ別の領域(ステージ)を開拓する必要があった。

 その一端を……乱入される前に、門弟らを相手にした対集団戦闘で掴みかけていた。

 

(あぁそうさ……今までにも近いことは何度かあった)

 

 

 つまりは無意識で得て処理されている膨大な情報を、()()()()()()()すること。

 明確なイメージとして……精細なヴィジョンとして()て、掌握すること。

 それは時として最適な動きをトレースさせ、未来予知のような先読みを可能としてきた。

 

 過去の経験を一つ一つ繋ぎ合わせ、パズルの欠片(ピース)のように当てはめていき、完成させる。

 

(──"天眼")

 

 己が地に足をつけたまま精神だけが(そら)へ浮かぶように、俺はくびきより()き放たれて俯瞰(ふかん)する。

 地上を平面という"二次元"に(とら)えるのであれば、それはさらに自身を()()()()()()()()()もの。

 

 つまりは"三次元"的に……自分と、相手と、周囲全てを、見下ろす映像として構築する。

 それは単に飛行して見下ろすといったそれでなく、場そのものを全体像として把握するということ。

 まるでゲーム画面でも見て操作でもするかのように、あらゆる存在を知覚し支配する技法。

 

 見るでなく、聞くでなく、感じるでなく──理解(わか)るのだ。

 

 この状態は長くは続くまい、それでもこのわずかな時間は──

 

「"俺だけの世界"だぜ」

 

 あとはいつも通りに事を()さしめるのみ──"手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に"。

 テオドールの魔力場ブレードの数え切れない死の斬閃だろうとも、全てが我が心と手の内に在り。

 流れを支配し、自他の動きをあらかじめ知って、最適をもって万事を決する。

 

 瞳には映らぬ速度の太刀筋の一つを選び取り……その"因果を受け入れ、呑み込む"。

 予備動作なし(ノーモーション)空隙(くうげき)へと差し込み、俺はテオドールとの相対距離を0(ゼロ)にしていた。

 

 

「死を()ること──」

 

 テオドールの懐内(ふところ)でそう小さく呟いて、俺は風の刃を作り出していた。

 奪わんと欲すればまずは与え、弱まんと欲すればまずは強め、縮めんと欲すればまずは伸ばす。

 そして開かんと欲するのであれば……()()()()()()()()──それは全身を余すことなく使った(ちから)の"溜め"と"解放"。

 

 抜き放たれた"無量空月"──三瞬・三廻・三斬──斬り払い、斬り下ろし、斬り上げた。

 

 陽光に輝く氷の結晶が舞い──

 昼に三日月の残像が浮かび──

 美しく燃ゆる花が咲き散った──

 

()するが如し」

 

 左手の指で作った輪に、刀身が残っていない()のみの"太刀風"を納刀して()め。

 

(FATALITY《フェイタリティ》──)

 

完璧に俺の(Flawless)勝ちだ(Vivtory)

 

 そうして円卓の第二席は断末摩なく灰と化し、魔剣術に捧げた生涯を終えたのだった。

 

 

 俺は(きびす)を返すように、ケイとカッファの元へ歩いていく。

 

「うっっぉぉおおおおおおっ!! すっげえ派手!!」

「さすがです! 見入っちゃいました!!」

「ありがとうよ二人とも、先輩としてイイところは見せられたかな」

 

 持ち上げられ過ぎるのも、なんだかこそばゆい。

 終わってみれば無傷ではあるものの、一撃でももらってれば死んでいた紙一重の金星である。

 とはいえ心底からの素直な感想のようなので、後輩からの言葉はありがたく受け取る。

 

「もっちろんです! ほんとにキレイでした!! 」

「なあなあセンパイ、さっきのなんてー技?」

「ん、あぁ──"(ねじ)れ雪月花"だ」

 

 

 空華夢想流・合戦礼法──絶命奥義"(ねじ)れ雪月花"

 

 液体窒素を混ぜ込んだ"雪風太刀"で、溜めから解放した捻転と神速をもって居合で斬り払う。

 それは周囲の空間を急速に冷やしながら、敵を凍結によって拘束し、芯から切断し砕く。

 

 続いて回転する勢いで地擦(じず)りながら振りかぶり、電離気体(プラズマ)を織り込んだ"雷刃"で斬り下ろす。

 残滓(ざんし)によって(えが)いた三日月と共に、敵の体はその鎧や盾ごと真っ二つとなる。

 

 そして残影が消える()もなく回転の空気を送り込みながら、生成した水素を内包燃焼させた"爆燃剣"で斬り上げる。

 炎は大輪の華を咲かせるように広がり、風太刀の刀身部分を燃やし尽くしながら火の花びらを散らせた。

 

 基本となる"太刀風"に、それぞれ異なる属性を取り込んだ派生。

 "雪風太刀"──"雷刃"──"爆燃剣"──それぞれが一撃必殺となるだけの威力。

 見るも美しいその三連係は、はたして確実に敵の命を絶つ為の術技である。

 

「えっと、()……ですか?」

「ってなんだ?」

「あーうん、そこは気にしなくていい。技名なんてそんなもんだ」

 

 この異世界には月がない。満ち欠け美しい衛星ではなく、対となる双子の片割れ惑星が浮かんでいる。

 だから月と言って通じるのは、俺のオトギ噺を語って聞かせたことのある者達のみ。

 実際にその美しさを見たのは──俺の記憶を覗いたシールフだけであった。

 

 

「っしゃあぁああああアアア──ー! おれも燃えてきた!! 残りはまかせてくれ先輩!!」

「ちょっおい──」

 

 言うやいなやカッファは自前の剣を抜いて、俺が止める()もなく走り出していった。

 

「大丈夫だと思いますよ、あんなんでもわたしの剣の相手をずっとしてくれてますから。本気ならそこそこ!」

 

 俺を(げん)を先回りするように口にしたケイは、すぐにカッファを追うように飛び出していく。

 

「いやもう任務は果たしたから、余計な戦闘なんだがー……」

 

 俺の言葉はむなしく風に流されてしまう。本命倒した時点で、一般兵は相手にするだけ無駄というものだった。

 2人抱えて飛行は無理なので、あとは"歪光迷彩"で姿を隠して悠々と退避しようと思っていたのだが……後輩2人はまだまだやる気。

 

(まぁいい。先輩の面目は保てたし、未来ある後進には好きにさせてやろう)

 

 俺は月の代わりに片割れ星を仰ぎ眺めながら、確かな"進化"の実感と共に──ゆっくりと息を吸って一心地ついたのだった。

 

 



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#160 円卓十席 I

 前奏曲(プレリュード)の詠唱を終えて宙を漂いながら、フラウは討伐対象の控える本陣を地上に捉える。

 ベイリルを参考に重力で光を歪めたステルス状態で、目立たぬところに無重力で降り立った。

 最も(くらい)高き人物がいると思しき天幕へと、浮遊したまま足音を立てないよう近付いていく。

 

 ――円卓の魔術士第10席。"双術士"。

 一卵性双生児である姉妹は魔術士として才知に長け、常に一緒に生きてきた。

 それゆえに魔力を同調させ、全く同じイメージをもって魔術を使うという。

 

 ベイリルとクロアーネが集めてきた情報を思い出しながら、フラウは護衛なき入り口をくぐる。

 そこには豪奢で大きなベッドがあり、そこで眠っていた人物は起き上がって顔を向ける。

 

 

「あらぁ、これは随分とかわいらしい殺し屋さんねぇ」

「ん~あー……なんでバレたん?」

 

 ステルスを解いたフラウは、敵意を隠したままそう尋ねる。

 ベイリルのステルス性能には及ぶべくもないが、それでも結構イイ線いってると思っていた。

 

「見え見えよぉ、ここは私の領域内だもの。それにアナタみたいな手練(てだれ)は我が軍にはいないわぁ」

「そっか、じゃあもう正面から()るっきゃないか」

 

 ベッドから立った双術士は、キョトンと見つめてから口を開く。

 

「ほんとうに見目かわいらしいわねぇ。アナタがあんな残忍に暗殺して回った賊だなんて嘘みたいだわぁ」

「うんにゃ、その暗殺者はまた別だよ。でもその気ならもっと(むご)たらしく殺せないこともない、多分」

「あら恐い。でもそっかぁ……じゃあ別の暗殺者のほうはもしかして、魔剣士ちゃんのところだったりぃ?」

「えーっと……うんまぁ、そうかな~?」

 

 一瞬誤魔化そうとも思ったが、双術士が既に察しているから無駄だろうと、少し濁したような物言いになってしまう。

 すると双術士はパンッと両手を合わせるように胸の前で叩き、的中したことが嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

 

「戦うのも面倒だしぃ、どうせなら一緒に見物でもしに行かなぁい?」

「それはさすがに無理な相談かな~。隠れてる()()()()も姿見せてくれてないし」

「あらぁ……? やっぱりタネ割れちゃってるんだ――」

「そりゃ狙って来ているわけだし? それに"()術士"なんてあだ名されてる時点でどうかと思うよ~」

「確かにねぇ、でもそれで名が通っちゃったから……」

 

『しょうがないわぁ』

 

 フラウの背後から現れたもう一人の双術士、二人で重なるサラウンドの声が耳に響く。

 

「あーしに不意討ちできなくて残念だったね~」

『まったくよぉ、でもお互い様じゃなぁい?』

「う~んたしかに」

『それじゃさっそく――』

 

 双術士はそれぞれが同じような小ぶりの杖を片手に持ち、同時に詠唱する。

 

(すこ)やかに撫でる風よ、吠え猛る(ケダモノ)のように破裂なさいな』

 

 それは風の爆弾と言って差し支えないほど、あまりにも凄まじい風圧であった。

 天幕はおろか周囲全てが一息でまっさらとなるほどの勢いと衝撃波。

 

 ベイリルを相手に鍛錬し、風を受け流すことに慣れていなければ……。

 いかに"斥力層装"をその身に纏っていようとも、数百メートルと吹き飛んでいたかも知れないほどの威力。

 

 

『すごいわぁ、どうやったら微動だにせずいられるのぉ?』

「別に、普通に耐えただけ~。ってか味方がいようとお構いなしなんだ?」

 

 円卓第10席の本陣には、王国軍の予備兵達が多くはなかったものの存在していた。

 彼らは突然の超風によって、おそらくは大混乱に陥っていることだろう。

 怪我だけならまだしも、先ほどの風圧爆破の規模だと死人も多数いるに違いなかった。

 

『足手まといの雑兵なんていらないわぁ』

 

 彼女達からすれば、王国兵など確かに足手まといに違いなのは前情報から明らかであった。

 もしも一般の兵士に配慮などしたならば、伝家の宝刀とは大した切れ味を発揮できないのだから。

 

「しっかしスゴイね~、ウワサの"双成魔術"?」

『そりゃあ魔術騎士隊なんて(まが)いモノなんかとは違うわよぉ』

 

 魔術騎士隊の"共鳴魔術"は、彼女らを模倣して修練されたという。

 同じイメージを持たせて、同じ訓練を積み重ねることで統一した魔術を扱う。

 しかしそれはあくまで足しているだけに過ぎず、100人で1ずつ供出して100の魔術を使うだけ。

 

 確かに規模は大きくなるし、お互いに補強する組織的な魔術というのは戦術的には有用である。

 それでも彼女らが使う魔術の本質とはまったくの別物であり、ニセモノ呼ばわりもうなずけた。

 双術士のそれは、1+1の魔力から200の魔術を産み出すかのようなもの。

 

 それが円卓の魔術士たる所以(ゆえん)であり、戦術兵器ともなりえる力量なのである。

 

 

『それじゃあもっと派手にいきましょっかぁ――』

 

 双術士はそれぞれ左手と右手で指を絡めて繋がり、魔力を(かよ)わせ合うような様子を見せる。

 

『動けよ(うごめ)け、土っくれよ――忠実な奴隷(イヌ)のようにかしずき(ひざまずき)なさぁい』

 

 地鳴りと共に振動する地面が、もりもりと隆起していく。

 それは黄竜並の体長の分厚い巨大な人型ゴーレムとして、周囲が夜になったかと思うほどの影を作った。

 

『かわいいかわいい殺し屋さ~ん、私たちまで届くかしらぁ?』

 

 巨大土ゴーレムの()()()()で、ひらひらと二人してそれぞれ手を振るのが見える。

 

 

 フラウは何か思いついたようにニヤリと唇の端を上げると、全身の魔力を加速し胎動させた。

 ベイリルも使えるし、ハルミアも少しだけ使える魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)

 だがしかし、己の加速力と制御はさらにその上をいく。

 

「そうだぁね~……魔術には魔術を、刃には刃を、拳には拳を」

 

 フラウはつぶやきながら両腕を高く掲げ、その上空に"引力場"を創り出す。

 

 すると根本(ねもと)から引っこ抜かれた木々に、めくれ上がった土岩。

 天幕を作ってた土台や布、打ち捨てられた武器や補充用品の数々。

 周囲からありとあらゆる物質が吸い寄せられていき、一つの形を成していく。

 

「――()()()()()()()

 

 同等の巨大さにまで造り上げた即席ゴーレムの頭頂部(・・・)に乗り、上から目線でフラウは不敵な笑みを返した。

 

『ぷっ……あっははははははハハハハハハハハハハッ!!』

 

 両肩にそれぞれ乗った双術士二人の哄笑(こうしょう)が響き渡る。

 

『すごいわねぇ、すごいわぁ……本当に殺しちゃうのがもったいなぁい』

 

(ベイリルにも見えるかなぁ……)

 

 そのサマは怪獣決戦か、はたまた巨大ロボット合戦とやらか。

 大きいものは浪漫(ロマン)だと語っていた、幼馴染であり愛する男の顔を浮かべる。

 

 

 フラウに負けじと二人揃って土ゴーレムの頭の上に移動した双術士は、魔力を揃って蠢動(しゅんどう)させた。

 

(うるわ)しき炎よ、汝が右手に(つど)いて(つち)となせ」

「頑健たる岩よ、汝が左手に(つど)いて(つるぎ)となせ」

 

 それぞれ別々に詠唱した双術士の魔術により、土のゴーレムは炎焼の右腕と硬質化した刃の左腕を宿す。

 

『ハリボテでないことを祈るわぁ!!』

 

 垂直方向に天を突く巨大な岩の剣に対し、フラウはグッと右拳を握り込む。

 振り下ろされる大岩刃に対し、すくい上げるように腕を回転させると、連動するように引力ゴーレムの右腕も動いていた。

 斥力場を纏わせた引力ゴーレムの右拳は、土ゴーレムの岩刃とまともにぶつかり、どちらも腕ごと砕け散る。

 

 互いのゴーレムはさらに、それぞれ焼熱右腕と、斥力左腕を振りかぶり――真っ直ぐストレートを衝突させる。

 これもまた双方の腕を破壊し、炎もろとも無数の破片が落下していった。

 

 周辺は風爆弾と、土ゴーレム生成・引力ゴーレム生成、加えて飛散した瓦礫と炎の雨あられ。

 もはや原型を留めぬほどに変形し延焼する陣地で、両腕のない二(つい)の巨大ゴーレムが鎮座する。

 

 

『すごい、スゴイわあ! ちょぉっと甘く見てたわねぇ、こうなったらぁ――』

「まっだまだぁ!!」

 

 土ゴーレムが再生し始めるのを見るや、フラウは()()()()()()()()()()急接近する。

 相手に対抗してやってはみたものの……引力ゴーレムの生成・操作は、思いのほか魔力消耗が激しく継続的運用は困難。

 半吸血種(ダンピール)としての生来の魔力と、魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)があってもジリ貧は自明だった。

 

 もとより円卓の魔術士二人分の魔力から繰り出される、双成魔術の魔力効率は自身の上をいく。

 それゆえにこれ以上、好き放題に優位性(アドバンテージ)を取られるわけにはいかなかった。

 

『えぇっへ? ちょっちょっちょっちょぉおおおお……――』

 

 迫り来る引力ゴーレムの"頭突き"を眼前にして、双術士は土ゴーレムの後背へと飛び降りる。

 豪快に頭を縦に振ったフラウも、そのまま空中回転しながら追従していった。

 

 倍増重力によって衝突した二体の巨大ゴーレムは、自重を含めて巻き込みながら崩壊していく。

 

 轟音と共に視界がまったく確保できないほどの、大量の土ぼこりが舞い(ただよ)う。

 するともう一度、双術士による"風の爆弾"が炸裂して一気に霧散してしまった。

 もはや動くことないゴーレムの巨大残骸も多くが吹き飛び、改めて双術士と向かい合う。

 

 

『まったく無茶苦茶やるのねぇアナタ』

 

 疲労や消耗といった様子をまったく見せることもない双術士に、フラウはゆっくりと溜息を吐く。

 彼女らにとってはあの程度は、本当にやれて当然の魔術なのだろうと。恐るべし、円卓の魔術士。

 

「いや~~~強いねぇ、二人相手だとあーしも正直きついかも」

『違うわぁ、私たちは一人よぉ。二人でも一人なのよぉ』

「そこらへんの機微? みたいなのは、よくわっかんないけど~……」

『でしょうねぇ、私たちにしかわからないでしょうねぇ』

 

 双術士はまったく同じ笑みを浮かべながら、へらへらと話し続ける。

 

『対してアナタはたった一人で、本当にスゴイわぁ』

「そりゃどーもどーも。褒められるのはま~ま~まぁ嫌いじゃない」

 

『使う魔術も見たことがなくって、とっても興味深いしぃ』

「そっちこそ、ちょっと想定外のやばさだよ~」

 

 ゆっくりとフラウは肩の力を抜き、全神経を魔力と"腕と指先"へ集中させる。

 

「だからごめんねぃ」

 

 そんなフラウの一言から、双術士の視界は閃光(・・)によって満ち満ちたのだった――

 



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#161 円卓十席 II

「だからごめんねぃ」

 

 瞬間――双術士の二(つい)四つの瞳に映ったのは、目の眩むような"閃光"であった。

 聞いたことのない破裂音の後に……並んでいた二人の内、片一方が地面へと倒れる。

 

「っえ……?」

 

 発せられたのは――残されしたった1人だけの声であった。

 半身(はんしん)の最期の姿を脳裏に刻みこむように、唯一だった姉妹を覗き込む……。

 

 光で(くら)んだかと思った視界に異常はなく、倒れている姿を鮮明に捉えていた。

 あるいは身に浴びた"閃光"は単なる錯覚だったのかも知れないとも、どこかで感じている。

 

 抱き起こした己が命の半分は(ちから)なくうなだれ、間違いなく絶命は(まぬが)れえないと確信させた。

 心臓付近から広がるように鮮血が染まり続け、まるで己の血液まで失われていくような感覚に(おちい)る。

 

「――ッ」

 

 声にならない言葉と共に、小ぶりの杖が形見かのように渡される。

 死の(きわ)にあって、残る姉妹に全てを託して(のち)――"双術士"は()術士ではなくなった。

 

 1人で座ることになってしまった円卓十席は、ゆっくりと対面の少女を見つめる。

 

 

「ぃ~よっと」

 

 地面に排莢(・・)の金属音が鳴り、フラウは胸の谷間から弾薬を飛ばし装填を終える。

 姿を覆うほどの白煙が消えた時、くるくると回していたリボルバーをホルスターへ納めた。

 

 ――"スポットバーストショット・六連"。

 半吸血種(ダンピール)としての強靭な肉体と強化感覚、さらにフラウの重力魔術の併せ術技。

 

 リボルバーを抜いた瞬間に、腕と腰を使って銃を完全に固定。

 引鉄(トリガー)を引いたまま撃鉄(ハンマー)を右親指でコックし、早撃ち(クイックドロウ)一発。

 それだけでも初見ではほとんどの人間は反応できまいが、そこからが銃技の真骨頂――

 

 間断なく左手の親指・人差し指・中指・薬指・小指の全指で、撫でるように撃鉄(ハンマー)を叩いて5連発。

 合計6連発の弾丸を、一瞬の内に寸分違わず同じ箇所に叩き込むという超々精密技巧。

 

 その実態は――初弾に引力弾を放ち、残る5発に斥力場を纏わせてぶっ放すというもの。

 反発しないよう調整し、威力のみを跳ね上げるという最高級術技。

 それは双術士を包んでいた魔術防壁をもいとも容易(たやす)く破壊し、その心臓を射殺(いころ)していた。

 

 

「どんな障害も意識の外から撃ち貫く――これでもう一人だね~」

 

()が一人なら……勝てるとでもぉ?』

 

 片一方は既に死しているのに、声が二重に聞こえるのは決して気の所為(せい)などではなかった。

 フラウは言い知れぬ怖気(おぞけ)を感じながら、再度リボルバーを抜き撃つ。

 

私は(ほのおよ)死なないのよぉ(とどろきくるえ)……』

 

 今度は完璧なスポットバーストショットとはならなかった。

 かつて幼い頃に味わった――故郷を焼かれてからの最初の夜を思い出すような恐怖。

 

「まじ? わたしが気圧(けお)されるなんて……いつ以来だろ」

 

 その純然たる殺意を固めたかのような重圧は、フラウの集中を乱して本来の銃技から程遠いものとさせた。

 引き寄せ集弾の基点となる初弾は防がれ、残る不完全な斥力弾も炎の障壁に阻まれ溶け落ちる。

 

 双術士は焦点こそ合っているのだが、どこか(うつ)ろで判然としないようにも見える表情を浮かべている。

 ただただ不気味を通り越して、本能的に訴えかけてくるような得体の知れぬ()があった。

 

 

だから別に(くうきよ)あなたを恨まないわぁ(おどりくるえ)

「むぅっ――」

 

 迫る純粋な"熱波"の渦に対して、斥力場を二層に分割しつつ厚みを増して防御壁とした。

 ベイリルのように"真空断熱層"を挟むようなマネはできないものの、それでなんとか輻射熱(ふくしゃねつ)を遮断する。

 

 普通に喋りながらも、副音声のように詠唱する双術士。

 さながら2人分の魔力が彼女の中で、奔流として漏れ出ているのが肌で感じ入るようだった。

 魔力の受け渡し――普通は不可能だが、双子であれば……確かにそれも可能なのかも知れない。

 

(二人同時に処理するのが正解だったかー……)

 

 六連発のスポットバーストショットを三発ずつ分ければ良かったかも知れない。

 否、それはそれでまた難度が上がり、威力もそれぞれ半減以下となり通じたかどうかわからない。

 どちらにせよ遅きに失した、どうしようもなく詮無(せんな)い話であった。

 

 各個撃破が戦闘の基本なれど、こうも裏目に出るハメになるとは思わなかった。

 

 

だって私は(だいちよ)ずっと一緒だからぁ(うねりくるえ)

 

 熱波によって赤熱した土石の巨塊(かたまり)が、さながら大蛇が(ごと)くせり上がっていく。

 それをフラウは"行進曲(マーチ)"による斥力場の両腕で、掴み、潰し、打ち砕いた。

 

みずよ(かぜよ)はしりくるえ(まいくるえ)

 

 二重詠唱によって同時に別々の魔術を発動させたのを見て、フラウの背中に冷や汗が流れる。

 副音声のような詠唱の時点で()()()()とも思ったが、そんな芸当ができるなどと。

 

「まっずいな~、これかなりマズい」

 

 自身にとって非常に珍しい焦燥が、思わず口から漏れ()でてしまっていた。

 

 "竜巻"によって巻き上がる"岩礫"の人型(・・)は、"熱波"を身に纏い沸騰する"水流"を血液のように脈動させる。

 最初に戦った土ゴーレムよりも、倍近くの威容を誇る四属魔術の超巨人。

 迷宮逆走の折に出会った巨人族も、まったくもって比較にならない巨大(おおき)さ。

 

 あまりに禍々(まがまが)しく、双術士の内なる感情が凝縮されたような意思をもって操られる人形。

 その気になれば敵も味方も有象無象の区別なく、戦場を蹂躙し尽くしかねない破壊の化身。

 もはやどこにも逃げ場なき、これ以上ないほどの()を予感させた。

 

(久しぶりだなぁ……)

 

 振り下ろされる巨腕を眼前にして、フラウは胸元に下がるヒモで通したエメラルドのリングを見つめる。

 それは幼き頃に幼馴染からもらった原石を、学園時代にベイリルが依頼して加工してもらったもの。

 指にはめておくと何かと邪魔だからと、ネックレスにして肌身離さず身につけていた。

 

 懐かしき感慨と心中するかのように――フラウの視界は闇へと染め上げられた。

 

 

 

 

 半径周囲数百メートルに及ぶ、大災害の爪痕の只中(ただなか)に立つ――もはや"たった1人の双術士"。

 

『私はいつまでもおわらない(そばにいる)

 

 隕石が落ちたような爆心地に背を向けて、二本の杖を持った双術士は幽鬼のように歩き出す。

 これまでとなにも変わることはない。なにひとつ変わるわけがないのだ。

 

 するとしばらくして……踏み出したはずの右足が、地に立つことがなかった。

 さらには左足も地につくことなく、肉体が浮遊しているということに気付く。

 

()っ……!?』

 

「――"諧謔(かいぎゃく)・天墜"」

 

 双術士は"それ"が敵によって引き起こされていると判断した瞬間――()()()()()()()()

 真逆の重力加速度に加えて、倍増させた反重力によって、天上へとグングン上昇していく。

 

「"リーベ・セイラー"はかく語りき。天地がひっくり返るような冗談も、この世には存在するんだよ」

 

 フラウはグチャグチャのクレーターから這い出しながら、遠く双術士へと腕を向けたままそう言った。

 

 

 地上から(そら)の彼方へと放逐されたのを見届けて、フラウはその場に座り込む。

 

「んっんーーーん! 無事お星さまになったかな?」

 

 息を整えつつ、覚悟を決めて敢行した戦法がなんとか功を奏したことに安堵する。

 トロルのような厄介な敵を相手にした時を考え、極致まで高めた反重力魔術。

 

 相手へ直接重力を作用させる"諧謔曲(スケルツォ)"を、天頂方向へ極大化させる。

 その出力に伴う魔力消費は多大なれど、たとえ死なない究極生物だろうと宇宙まで追放してしまう裏秘奥(うらひおう)

 

 実際は離岸流のように、横方向へ移動されるとあっさり抜けられてしまうのだが……。

 思考力が欠如(けつじょ)した双術士の精神状態では、そこまでの機転は回らなかったようであった。

 

 

「っふぅあ~あ……割とってか、めっちゃギリギリだったなぁ」

 

 座った状態から大の字に寝転んで、わたし(・・・)は改めて思い起こす。

 多重詠唱の波状攻撃をされては、先にこちらの魔力が尽きるのは確定であった。

 

 ゆえにあの大猛攻をなんとか受け切り、死んだと見せかけて不意討ちするという作戦。

 あの一瞬ではそれくらいしか思い浮かばなかったが、結果としては成功だった。

 

 自称(・・)次期魔王少女レド・プラマバの、"存在の足し引き"による耐久力全振りをイメージした。

 斥力で反発させ、引力で流れを変え、重力で押し潰す――それを幾重にも幾重にも。

 己に防ぎ切れぬモノなしと言わんばかりに、"繊細(せんさい)かつ力業(ちからわざ)"なコントロールでもって全知全能全身全霊全振りした。

 

「"多重奏層"――とでも名付けよう」

 

 修羅場でこそ覚醒し、開花することもある……常々ベイリルがやっていること。

 

(わたしもすっかり命名するようになっちゃったな~)

 

 元々術技にいちいち名を付けることなどなかった。自分だけが性質を知っていればそれで良かった。

 しかしベイリルが気分的な問題だと言い出し、あれもかれもとネーミングされてしまった。

 いつかは"オーケストラ"というのも、実際に聞いてみたいと興味が沸々(ふつふつ)と湧いている。

 

 

「しっかしまっ、本当に(ひっさ)しぶりだなぁ……この感覚」

 

 ひとりぼっちで戦い続けた、あの幼き日々――いつだって死と隣り合わせだった。

 死線にあって、そのたびに強くならざるを得なかった。

 

 父と母はわたしを逃がす為に、目の前で死んでいった。

 受け止めきれぬ傷心と、惨劇で故郷を失った身寄り無きわたしが、たった1人で生きていく苦難。

 姿が見えぬ大人びた幼馴染……ベイリルだけが、もはや唯一の家族。

 だから再会する為だけに、死ぬことを諦めた。生き残る為に……毎日考え、毎時考え、毎分・毎秒考え抜いた。

 

 そんな無限にも思えた繰り返しも――強くなってからはめっきりなくなってしまっていた。

 

 学園に入学して一般教養を学ぶ頃には、周囲は枯れ枝(・・・)のような存在にしか見えなかった。

 それからキャシーと出会い、ナイアブと出会い、落伍者(カボチャ)とたむろするようになった。

 フリーマギエンス設立以後は、部員であり同志であり友であり、決してみんなは敵ではなかった。

 

 自身の身を脅かすほどの敵らしい敵は、黄竜を相手どる時までついぞなかった。

 その黄竜とて信頼し愛すべき仲間達がいたから、今のような心域には程遠かった。

 

 適者生存(てきしゃせいぞん)――逆境が生物を強くする。進化できなければ淘汰(とうた)されるだけで、生き残る為に成長した。

 

 

「たまにはこういうのも悪くないね~」

 

 学園の闘技祭で優勝こそしたものの、別に最強になりたいだとかは思っていない。

 闘争は嫌いではないものの、戦闘狂って言えるほどの気性を持ち合わせてもいない。

 

 必要に迫られていたから……極々自然な流れで強くなっただけだ。ならざるをえなかっただけだ。

 そしてベイリルとも再会できたし、フリーマギエンスという大枠で仲間も増えた。

 

 ただ自分は――もう二度と……()()()()()()()()ことだけはしたくない。

 故郷と同じような惨劇に見舞われても、今度はなんとかできる(ちから)をわたしは欲するのだ。

 

「この魔術が届く範囲は、あーしの領地(くに)ってやつかな」

 



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#162 円卓十席 III

 この重力圏は自分だけの領地。そこではどんな理不尽であろうとも、好き勝手に奪わせない。

 大の字に寝転んだまま、そう胸裏に刻んで空へと伸ばした両手を見つめる。

 

「なーに気取ってんだよ、フラウ」

 

 バチッ――と空気が破裂する音が鳴ったかと思えば……。

 いつの間にか静電気で逆立つ赤い猫っ毛の獅子によって、まじまじ覗き込まれていたのだった。

 

「あれっ、キャシーなんでいんの~?」

「ちょいと読心の魔導師さまに頼まれてな、援軍に来たんだよ。まっ必要はなかったみたいだな」

 

 周辺の大災害の爪痕を眺めつつ、キャシーはのんびりとした調子で言う。

 フラウはゆっくりと上体を起こしてから、なんとはなしに皮肉を口にした。

 

(おっそ)いご到着だねぇ、"雷音"が聞いて飽きれるぜ~」

「いやオマエらメチャクチャにやりすぎで、まともに近付けなかったっての」

「んっ、なるほど」

 

 改めて見回す必要もないくらい、陣地は完全に崩壊し尽くされていた。

 王国軍の兵士は1人たりとも生きてはいないだろうほどに。

 

「あーしは大丈夫だから、一応ベイリルのとこに行ったげて」

「そっちにも別のヤツらが向かったよ」

「だれが? ハルっち?」

「いーや違う。男女二人、アタシらの後輩っつってたな。知らん顔だったが大丈夫だろ」

 

 

 腕組み言い捨てたキャシーに、フラウは立ち上がって気怠(けだる)そうに言う。

 

「キャシーってさ……昔っからマイペースだよね~」

「悪いか?」

「んーん、キャシーらしくていいよ。ところであーしを(はこ)んでくんない?」

「自分で歩けよ」

「正直かなりキツいんだぁ、魔力もほーぼ(から)っぽ」

「さっき大丈夫っつったじゃねえか。……つらいなら強がらず最初から言え」

 

 キャシーにお姫様抱っこをされる形で首に手を回し、重力魔術も使わず全ての体重を預ける。

 

「あんがと~」

「いいさ、フラウの弱いとこなんて珍しいもんが見れたからな」

「くっくっく、ばかめ。イタズラしてくれるわ」

 

 うなじの部分をこしょこしょとくすぐると、キャシーに半眼で(にら)まれてしまう。

 

「……落とすぞ」

「引力使えば離れらんないかな~」

「キツいんじゃなかったんかよ!」

「ま~ま~、くっついてるくらいならだいじょうぶ」

「じゃぁ帯電したる」

「おーきーどーきー、おとなしくしてよう」

 

 

 ちょっかいをやめると、キャシーは残骸をものともせず軽やかなステップで本陣方向へ走っていく。

 しばらくしてフラウは見上げるような形で、キャシーに語りかけた。

 

「キャシーはさぁ」

「んあー?」

「ベイリルのこと好き?」

「……男女の意味でか?」

「うん、そう~」

 

 それは今までも何度も問われ、何度も同じように答えたことだった。

 

「前と答えは変わらん」

「そっか~……――あーしはベイリルが好き」

「なにをいまさら。んなこと知ってるっつの」

「そんでさ~、キャシーも好きなんだ」

 

 それは――今までの言葉とは違っていて、またいつもの冗談めいた雰囲気とも違っていた。

 そうした空気を敏感に察したのか、キャシーは真面目な面持ちで返す。

 

「それは――"ナイアブ"的な意味でか?」

 

 キャシーは眉をひそめながら、ナイアブの性愛を引き合いにして問い返す。

 異性だけでなく同性も(・・・)平等に愛する主義なのか――と。

 

「ちょ~~~っと違うかな」

「ちょっとぉ?」

「女の子も好きなんじゃなく、好きになったのがキャシーってだけ」

本気(マジ)か?」

大真剣(おおまじ)だよ。キャシーも……あーしの"世界の一部"なんだよ」

 

 

 真っ直ぐ見据えるフラウの淡い紫色の瞳に、キャシーは赤い瞳で受け止める。

 

「それにほら、キャシーって男(まさ)りだし」

「うっせ」

「おっ気にしてる?」

 

 沈黙を(つらぬ)くキャシーに、にまーっとフラウは笑いかける。

 

「そっかぁキャシーも色気づいてるかー、じゃあもっと押してこ」

「開き直ってるナイアブほどじゃねえが……なんつうかオマエもアレだな」

「まぁ少しだけ(ゆが)んでるのは否定しないよ~、そんだけ苦労してきたし」

 

 はっきりとは明言しないキャシーに、フラウは補足するように乗っかった。

 

「ベイリルは地道にがんばってハルっちを陥落()とした、ならばあーしも頑張らざるをえない」

「あほくさ」

 

 

 取り付く島もなさそうなキャシーに、フラウは()れることなく続けていく。

 

「ベイリルはさ……子供の頃を一緒に過ごして、故郷が焼かれてから――生きてく意味のすべてだったんだ~。

 昔から好きだし、再会してからもっともっと好きになった。いっぱい愛してもらって……本当に生きててよかった」

 

惚気(ノロケ)かよ」

「あははっ、でもさ……ベイリルとの付き合いは長いけど、同じくらいキャシーも長いんだよ?」

「そうだったか?」

「そうだよ~、学園で出会ってからずっとじゃん?」

「まっ一般教養から落伍者(カボチャ)やってた期間考えると、それなりには長いか」

「その後は魔術科と兵術科で分かれたけどフリーマギエンスで一緒だったし、ベイリルとは離れてた期間も長かった」

 

 学園卒業後は4人でパーティを組んでいたし、総合(トータル)で言うならほぼ同等くらいと言える。

 

 

「学園に来た頃には、あーしも世の中を這いずってきてて、"ベイリルが生きてる"って一心でそれまで頑張ってたけど……。

 正直もう色々とすり減っててさぁ、半分くらい諦めてたんだよね~。空想の依存心ってのにも、正直限界がきてたわけで」

 

 フラウはぎゅっと(ちから)を込めると、キャシーの胸にうずめるように抱きつく。

 

「っオイ、フラウ――」 

「そこで絡んできたのがキャシーだったのさ」

「……覚えてねぇな」

「あーしも割かし(すさ)んでて、喧嘩売られてボコボコにするにしても……後からやりすぎたかな~って思って」

「んなボコられてねえよ」

「なんだぁ、しっかり覚えてんじゃん。一発だったもんねぇ~」

「あん時はちょっと絡んだ程度でいきなり殴られて、面食らっただけだ」

「はいはい。それでも諦めず何度も何度もつっかかってきてさぁ。いつの間にか一緒にいるようになったじゃん?」

 

 孤独だった――というよりは自分から(こば)んでいた。

 幼少期に"故郷で会った程度のよく知らない人物"に(すす)められ、どうにか辿り着いた学園生活。

 それまで死線と共にあった自分にとって、あまりにも平和で受け入れることができなかった。

 

「まったしかに、いつから一緒だったかってのも覚えてないくらいだな」

「今だから言うけど、キャシーがいなきゃどうにかなってたかも」

 

 本音を絞り出すようなフラウに、キャシーはそっぽを向きながら素直な心情を吐露する。

 

「……()()()()()だ」

「そ~お? なら良かった。あーしら似たもの同士だもんね~」

 

 うずめていた顔をあげてにっこりと笑いかけるも、キャシーが顔を合わせることはなかった。

 ただ紅潮した首元が、その感情をわかりやすく表していた。

 

 

「ところでベイリルの故郷はさ、一夫一妻制なんだって」

「アタシの村もそうだったな……ん? オマエとベイリルって同郷だろ?」

「そうだよ? でもベイリルにはもう一つ故郷があるんだって」

「あー……そういえばそんなこと言ってたっけか。学園がアタシらのもう一つの故郷みたいな?」

「そんな認識でいいと思うよ~」

 

 ようやく顔を向けたキャシーに、フラウは首に回していた片一方の手を広げた。

 

「でさでさ、あーしは"自分の世界をぜーんぶ愛したい"」

 

 フラウはその広げた腕の中にキャシーをしっかりとおさめる。

 

「だから積極的に一夫多妻を推し進めてるんだけど、その中にキャシーもいて欲しい」

「もうハルミアがいんだろ」

「うん、ハルっちも好き。今はもう亡きお母さんよりもお母さんみたいで、いっつもみんなを心配して愛してくれる」

「アタシも……正直、頭が上がらん時が多いな」

 

 優しくも厳しく、どんな時でも見捨てず受け入れてくれる。

 無償の慈愛と深き愛情をもって、仲間に接するダークエルフのハルミア。

 迷宮逆走攻略でも散々っぱら治療の世話になったし、ある意味で彼女には3人とも勝てない。

 

 エルフと魔族のハーフであるハルミアの両親は、一夫一妻の間柄であるものの……。

 一夫多妻・一妻多夫である"魔領"出身である彼女は、そのへん自由な観念を持っていた。

 

 

「それにねー、二人でするのもそれはそれでいいんだけど……三人でするのもすっごい気持ちいいんだよ~?」

「知るか」

「四人ならもっともっと満たされると思うんだ?」

 

 実感の込められた言の葉ついでに、フラウは思い出したことを付け加える。

 

「ナイアブ(いわ)く――"自ら世界を狭めてしまうというのはもったいないわ"」

 

「……アイツはアイツで、落伍者(カボチャ)としてアタシらと引きこもってたクセに偉そうな」

「あはは~たしかに。それと"どんなものでも幅広く楽しめる度量こそ真の勝者の証なのよ"とも――」

 

 舌が肥えてしまって、高級な料理しか受け付けなくなってしまうのは惜しい。

 たとえ不味いモノでも、それはそれで美味しいと思える感性の(ほう)が実のところ勝ち組なのだと。

 些細なことにも喜びを見出すこと。芸術でも人生でも、そうあるべきだとナイアブは言う。

 

「あとあと……体と心を一つにして強くもなれる」

「それはヴァンパイアやエルフだけってやつだろ」

 

 何度か聞かされていた、よくわかっていない理屈をキャシーは思い出す。

 体を重ねることで魔力の操作感覚を共有するような眉唾(まゆつば)の話。

 しかしそれは同時に魔力の暴走・枯渇現象から進化した種族の血ゆえの特性でもあると。

 

 

「いやいや、もしかしたらもしかするかも?」

「もしかしなくても、いずれオマエもベイリルも追い抜くから待っとけ」

今日(きょー)はあーしも久々に成長しちゃったからな~、どうだろ」

 

 死線の果てを垣間(かいま)見た闘争と成長の熱は、今なお自分の中に渦巻くように残っている気がした。

 

「それにベイリルも言ってたよ。"禁欲の果てに辿り着く境地など高が知れたものッッ"――」

「なんのこっちゃ」

「いつかのどこかのだれかの言葉だってさ……――"強くなりたくば喰らえ!!!"」

「その言葉は……なんかこう、そそられるな」

 

 まんざらでもない様子を見せるキャシーに、フラウはダメ押しの言葉を添える。

 

「愛もまた人を強くする要素だよ、キャシーくん」

「なにさまだ」

「闘技祭優勝者さまであらせられるぞ。一回戦敗退者に直々(じきじき)()いているのだよ~」

「っぐ……クソ、そこは反論できない」

 

 もう一度だけ頭ごとキャシーの体に預けて、殊勝(しゅしょう)に振る舞う。

 

「まぁその、さ……考えといてよ」

「はーったく……もう、オマエほんと今日は弱りすぎだフラウ」

「まーまーたまにはさ。久々に死にかけて色々思ったんだ~、たとえ長命種でもやっぱり死ぬ時は死ぬって。

 だからやり残して後悔しない為に、もうちょっと前のめりでいく。それに珍しいモン見れたって言ってたじゃん?」

 

「そうだけどよ、なんかやっぱ調子狂うんだわ」

「じゃっ今はこれくらいにしとこう、今はまだ焦る必要はないもんね~」

 

 

 少しばかり無言の時間がおとずれる。

 しかしそれは気まずいといった(たぐい)ではなく、どこか穏やかなものだった。

 ともするとキャシーは(ガラ)にもない声音で、やんわりと口を開く。

 

「あーなんだ、そういう恋愛の機微っての? は、よくわからんが……ベイリルは知ってんのか?」

「もっち知ってるよ~。ベイリルもあれはあれで色々と寛容だし、ハーレムが増える分には別に」

「ベイリルと、か。あんま想像できんな」

 

 目線がわずかに泳いだ様子を、フラウの瞳は見逃すことはなかった。

 

「はい、ウソ。どんだけ一緒にいると思ってんのさ~」

「チッ……やりにくいな」

「それにさぁ~、あんだけ一緒に過ごしててまったく意識しないわけないじゃん」

「ちっとはな、頼りになるとこもあるとは思うよ」

 

 遠征戦では結果的に助けられたこともあった。学園卒業後は、それこそ四六時中を共にしていたのだ。

 特区まで旅して、黄竜を倒し、迷宮まで逆走して……それだけ情が移るのも否定できない事実。

 

「でもさでもさ、もしもキャシーに他に好きな人ができても――それはそれで応援するよ~」

「はいはい、オマエの気持ちってのも心の(スミ)にだけ()めといてやるよ」

 

「そういうとこだぞ、キャシー」

「なにが?」

「なんでしょ~」

 

 いつもの調子に戻ってじゃれ合いながら、フラウは自身が守るべき世界というものを味わうのだった。

 

 



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#163 暗躍部隊 I

 夜明け(ぎわ)の薄暗がりを走る影が、何かに気付いてその足を止める。

 

 ――それは一種の符牒(ふちょう)であった。連絡や合図として使われる匂い(・・)

 事実それを嗅ぐまでは忘れていたし、思い出したくもないモノであった。

 

「まったく……」

 

 犬耳メイド――と言っても今や()であり、商会の外套(ローブ)に包んだクロアーネは毒づく。

 本能に訴えかけられたそれは、肉体と精神に刻まれた忌まわしき記憶――

 

 ゲイル・オーラムのに救われる前に、()()()()()()()()()王国侯爵の私設部隊が使っていた匂い。

 100人近い獣人奴隷からたった6人にまで選別された、ありとあらゆる汚いことを請け負った暗部。

 獣人種ゆえに可能な体捌(たいさば)きや野生の本能、何より鋭い感覚器官を有した実行部隊。

 

 侯爵家そのものはゲイル・オーラムの手によって、お(いえ)まるごと潰されてしまった。

 その時に部隊も解散したハズであった――しかし、である。

 

「過去の亡霊とでも言えばいいのでしょうか」

 

 なんらかの形で部隊そのものが生きている。あるいは基底(ベース)にして新設されたのか。

 

 彼女にとってはもはや関わり合いたいシロモノではなかったが、気付いてしまえばそうはいかない。

 主戦域外で騎獣民族に見つからずに動き回っている面倒な連中を、このまま放置するのは(はばか)られる。

 

 クロアーネの大腿筋が躍動し、大地を跳ねるように進んでいく。

 風下を確保しながら動向を追跡(トレース)していき、しばらくして捕捉するに至った。

 

 迷うということはなかった。そうした多くが、無駄で無為であると経験で知っている。

 同時に直接的な禍根(かこん)とは違うものの……これは過去を共有する己が処理すべき事柄であると。

 

 

「――ッぐ!?」

 

 敵部隊の数は20人ほど。その内の一人が、叫びを一つ残して息絶える。

 首に刺したダガーナイフの柄頭から伸びたワイヤーで、クロアーネは手元まで戻す。

 ――と、部隊はすぐに陣を組むと厳戒態勢を取った。

 

 キョロキョロと部隊が見回している中で、一人の男が前へ出て来るのが見える。

 もう一度会いたいとは微塵(みじん)にも思わなかった。

 同じ犬人族であり、かつて部隊の長を務めていた苛烈で冷徹な男。

 

 幾度も同じ任務をこなした男は死体を一嗅ぎした後に、真っ直ぐクロアーネの方向を見据えて喋りかける。

 

「殺した武器を回収したのか、血が(にお)うぞ……不意討ちはもはや通じん」

 

 クロアーネはゆっくりと、部隊の前に姿を現す。

 フードを被り、ローブの内側にいくつもの暗器を隠したまま……。

 即応できるように備えつつ、こんな形で再会などしたくなかった男へと。

 

 

「何者だ」

「匂いでわかりませんか、耄碌(もうろく)したものですね」

 

 クロアーネはゆっくりとフードを取ってみせる。

 

「嗅いだ記憶はないが……身覚えはある――クロアーネ」

「……隊長(・・)

 

 姿を(さら)したのは――はたして感傷に近いものだったのかも知れない。

 好感を(いだ)いたことはなかったが、それでも同じ部隊で任務を何度を(くぐ)り続けたのだから。

 

「……いきなり攻撃してきたということは、おまえはインメル領軍の手先か」

「そうですね、一応はそういうことになります」

 

 元隊長は目を鋭く睨み付ける。一方でクロアーネは感情の見える視線で受け止めた。

 

「そうか、おまえも使われる身か。ならばこちらへ裏切れ」

「私が任務を失敗した時に見捨てたというのに、いまさらですか?」

「それは部隊の規律だった。本意ではないが仕方がなかったことはおまえも理解できよう」

 

「……たった今あなたの部下を殺した私に、裏切れと?」

「おまえの持っている情報は得難(えがた)いだろう? それに死んだ奴の穴埋めをしなければならん」

「私が代わりになれ、などと――部隊の者は納得しないでしょう」

 

「こいつらにはそういった感情はない、ただ任務をこなすだけだ」

「――……魔術契約済みというわけですか」

 

 視線を移して目を凝らしてみれば、誰も彼もが空虚の色を瞳に宿している。

 

 

「詳しくは言えないのだが……王国に属する、さる人物との共同作品とでも言えばいいのかな。

 "強制契約魔術"で心を限界寸前まであえて壊し、薬物と手ずから徹底的な教育(・・)(おこな)う。

 すると思考と経験を維持しながらも、私心(ししん)なく実に従順な兵士ができあがるというわけだ」

 

「かつての隊員はいないようですが……貴方だけですか」

「最初の頃は、"選別"も難航したものだ」

 

 クロアーネは大きく溜息を吐いてから、呆れるように言い放つ。

 

「貴方は未だに(とら)われているのですね」

「なにを言う、こいつらは言わば我々の後輩であり完成された部隊。それを統率するのがおれだ」

「完成された部隊? その割にはあっさりと私に殺されたようですが」

「そいつができそこないだっただけだ。それにこいつらも全員、今後さらに進化(・・)していく叩き台に過ぎん」

 

 (つば)と共に吐き捨てられた仲間の亡骸(なきがら)を見ても、部隊員は反応をまったく見せなかった。

 

「哀れな……」

 

 そう口からついて出た。かつて感情なく任務をこなしていた頃の己と重ね合わせるように……。

 しかし彼らは感情を殺しているのではなく、もはや精神そのものが崩壊しているのだ。

 "進化"という言葉1つとっても、こうも違う感じ方になるものかと。

 

「哀れなものか。おれたちの頃と違い、痛苦から解放されているのだから」

「――そんな操り人形に私にもなれと言うのですか」

「拷問の末に死ぬよりはマシだろう?」

 

 

 そう信じてやまぬ言葉を紡ぐ男に対し、クロアーネはわずかに波立っていた心身を落ち着ける。

 頭の中では……学園の風景と見知った顔とが、いくつも浮かんでくる。

 

「貴方は最初、"私の匂いがわからない"と言った……とても喜ばしいことです」

「……なんだと?」

「それは()()()()()()という(あかし)ですから」

 

 昔の自分とは違うということ、それは賛辞にも思える言葉。

 

「知ったことか……。四号、五号、六号、"奴の手足を潰せ"」

 

 隊長は明確にそう命令を下すと、部隊員は即座に動き出す。

 囲むように迫る敵に対し、クロアーネは山刀を即座に抜いて回転した。

 ほんの一瞬の交錯で、3人の部隊員の命にまで到達し――それでおしまい。

 今度は不意討ちではなく正真正銘、正面から背後を含めて一刀に断ち切った。

 

「っ……馬鹿なッ!?」

「貴方がたとは、()()()()()()が違います」

「は? なにを……言っている……?」

 

「気高き精神は、強靭な肉体に宿る。その資本となるのが、洗練された料理ということです」

 

 

 言い切った瞬間にクロアーネの両袖から飛び出たダガーが、隊長であった男へと放たれた。

 ワイヤーを通じて"有線誘導"の魔術によって操作される、(きら)めく二つの白刃。

 

 クロアーネ自身が嗅覚から得た情報と直結(リンク)させるように……。

 ワイヤーの先に括り付けられたダガーナイフが、獲物をを捕捉して隙間を縫うように飛んだ。

 

 刃は標的の前に立ちはだかった2人の部隊員によって、強引に体ごと(はば)まれ――

 即座に軌道を変えた白刃は、2つの心臓を貫いていた。

 

「よくやった七号・九号、"()()()()突き崩せ"!!」

「ッ――!?」

 

 その命令に忠実に、血液を噴出した状態で間合を詰めてきた隊員に対し、クロアーネは驚愕をなんとか呑み込む。

 有線誘導ダガーの結界を踏み越えて白兵距離まで迫り来るものの、次は振るわれた山刀で刈り払った。

 

「七号、"隠剣(おんけん)"!! 九号、"振り下ろし"!!」

 

 心臓に加えて横っ腹から内臓の半分ほどまで切り裂かれながらも、9号と呼ばれた部隊員が振り下ろした剣を弾き返す。

 同時に()()()()7号の投擲したナイフを、(たい)(ひね)って(かわ)した。

 それ以上の命令がない死体は、そのまま地面へと沈むように倒れ込む。

 

 

「チッ……」

 

 投げ放たれた短剣が、しかし少しだけかすってしまったことにクロアーネは舌打ちする。

 絶命しながらも、直近の命令に従って動き続けたほどの(わざ)にして(ごう)

 命令よりほんのわずかばかり先に、首を落とし切れなかったことが悔やまれた。

 

 左脇腹の痛みと、鼻腔に届く血が滲む匂いからすれば――大した傷ではない。

 しかし問題は"もう1つ"の(ほう)にこそあるのを、経験から知っている。

 

「終わりだな」

「かつて部隊が使っていた"毒"……。私たちが耐性を持っていたことすら忘れているようですね」

 

 刃に塗られていた毒は、匂いで気付いていた。それゆえにかすり傷でも負うつもりはなかったが……。

 敵が完全な致命傷を喰らっていようと、襲い掛かって来られては如何(いかん)ともし難かった。

 

「フンッそれは死なないというだけの話であって、肉体と感覚がひどく(にぶ)るのは()けられまい」

 

 はたしてそれは事実であり、虚勢とまでは言わぬが状態を見抜かれていた。

 血液を通して駆け巡る毒はクロアーネの体を(むしば)み、じんわりと脂汗(あぶらあせ)が浮かぶ。

 

 

「まったくやってくれたな、だがどうだ? 死んでも動き続ける部隊とは実に厄介なものだろう。"相互契約"程度では成し得ん」

「私を殺すには、ほど遠いことです」

「なあに、おまえが死ぬのはこれからだ。」

「こいつらと同じように……傀儡(かいらい)にするのではなかったのですか」

 

 クロアーネはあえて会話を続けながら、肉体の状態を確認しつつ気を静めていく。

 

「もう(あなど)りはしない、補充は別途すればいいし情報も二の次でいい――十三号、"濃霧"だ」

 

 部隊長はそう答えて命令を下すと、部隊員の1人が霧を発生させる魔術を使う。

 

(厄介ですね)

 

 かつて部隊を共にしていた時を思い出す――苛烈で冷徹なそれを。

 先刻までは付け入る隙が見られたものの、もはや言葉通りこちらを確実に殺しに掛かってきている。

 霧の発生と同時に立ち込めていく臭気は、連絡合図用のものを撒き散らしているようだった。

 

(視界を(ふさ)ぎ、嗅覚を不能にする――)

 

 こちらも相手をよくよく知っているが、相手もこちらを知っているがゆえの戦法。

 敵部隊も正確な捕捉はできまいが、数に(まさ)っていて、こちらは毒によって動きが(にぶ)い。

 犠牲を承知の上で圧殺するという、ただただ対処しにくい()り方だ。

 

(毒を喰らってしまった時点で……戦術的撤退も困難)

 

 

 しかし昔ならばいざ知らず、今の己は諦めることはない。

 

「美食を求めるという私の夢を、()()()()()()(つい)えさせるわけにはいきません」

 

 はっきりと口に出して、視覚と嗅覚が機能しない中でも集中する。

 状況を打開する最大効率のやり方――隊長を殺すこと。

 

 命令で動く部隊ゆえに、その司令塔は絶対の弱点となる。

 次なる継戦命令よりも前に先んじて、最速で殺すべく動くその瞬間であった。

 

 霧を晴らす叫び(シャウト)が――知った人物の声が、大きく響き渡ったのだった。

 



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#164 暗躍部隊 II

「"Lok Vah Koor"!!」

 

 魔術でなく叫び(シャウト)そのものに吹き飛ばされるかのように、(おお)っていた濃霧と臭気が一瞬にして晴れ渡る。

 突然に姿が(さら)け出され、今まさに眼前へと迫っていた敵影。

 クロアーネはその背後を取るように、有線誘導ダガーで部隊員の心臓を貫きながら地面へ縫い付けて拘束する。

 

「さぁて呼ばれなくても駆けつけたぞ、クロアーネ」

「っ……ふぅ、随分とタイミングが良いことですね――"ベイリル"」

「制空範囲を広げて天空(うえ)から見張っているし、戦闘(ドンパチ)があればわかる。俺だったのは巡り合わせかな」

「恩を売ったつもりですか」

「助け合うのも戦場だろう。それでも言わせてもらうなら……弁当の恩を返しただけだ、方策決定会議の時のアレな」

 

 現れたよくよく見知った男――ベイリルは、涼しげな表情で死角を埋めるように背中合わせに立つ。

 クロアーネは()れる体を休めるように、躊躇(ためら)いなくその背に寄りかかった。

 

「……それほどのモノと感じてくれるのなら、あと百個くらい貸しを作っておきましょうか」

「借りなんぞなくても、何度だって助けるけどな。まぁ百食の美味いタダ飯は大歓迎」

 

 悠長に話に興じる瞬間にも、敵は戦闘態勢を崩さぬまま命令を待つ。

 部隊長は霧の中で自身が真っ先に狙われるということを見越していたのか……。

 かなり離れたところで、こちらの様子を(うかが)っていた。

 

 

「訓練されているようだな、敵の特殊部隊か?」

「私の古巣の残党です」

「あー……王国貴族のやつだっけ。オーラム殿(どの)が潰したんじゃなかったか」

(くだん)の侯爵家は潰えましたが、私設部隊の隊長が残っていたようで」

 

 ベイリルは委細承知したとばかりの表情で述べる。

 

「なるほど……未だ雇われの嫉妬から、人生やり直して充実しているクロアーネを狙いにきたわけか」

「まったくもって違います」

「さいですか」

「覚えのあった匂いから、私が追跡して見つけました」

「クロアーネの(ほう)から喧嘩を売ったわけね。それで自らを危地に落とし込んだら駄目だろう」

「貴方に言われずとも……」

 

 

 敵隊長らしい男に向かって、ベイリルは真っ直ぐ眼光を叩きつけて威圧するように牽制する。

 今は大切なクロアーネとの時間。彼女を傷つけた分を含めて、(のが)すまいという意志を込めて。

 目が合った男は歯噛みするような表情を見せて、闖入者(ちんにゅうしゃ)をはかりかねているようだった。

 

「――もしくはあれか? 郷愁に駆られたとか」

「……どうでしょうね」

「もっとも、向こう見ずなのは俺も他人(ひと)のことは言えんから似た者同士ってことで」

「心の底から心外です」

 

 小気味よく慣れたやり取りに、クロアーネは寄りかかる体だけでなく脳もいくらか緊張感が解きほぐされる。

 

「私は隊長を()りますので、他を任せてもよろしいですか」

「素直に頼ってくれるとは嬉しいねえ」

「優先目標を()(ちが)えないだけです」

「あぁ、引き受けた。有象無象は(はら)っとくから、気兼ねなくいけ」

 

 

「"もろとも殺せ"ぇ!!」

 

 敵隊長とやらの命令によって動き出す瞬間――クロアーネは地面を蹴ると、()の両肩を踏み台に大きく跳躍する。

 俺はさらに彼女へと風の補助を与えると、その五体は敵の包囲のさらに上空を抜けていく。

 後方で冷然と命令を出した敵部隊長のもとまで、一直線に飛んだのだった。

 

「今度は俺が露払い役か。吹き(すさ)べ――"風陣結界(サークル・トーネード)"」

 

 (するど)く渦巻く嵐が、俺の中心から円を描くように大きく敵部隊を囲い込む。

 全方位守勢に使う魔術であるが、敵を逃散を阻止する意味でも使い勝手のある空属魔術。

 

 俺は続けざまに近付いてきた敵の首元へと、一息に跳び上がると両足で着地した。

 腕を組んだまま風勢を強力に竜巻回転しつつ、首の骨をへし折りながら圧し潰していく。

 

「クッハッハッハッハッハァ!」

 

 ――"デッドエンド・スパイラル"。力瘤(ちからこぶ)を作るように俺はマッスルポーズ(ダブルバイセップス)を決めた。

 敵部隊は間断なく飛び掛かってくるものの、ギリギリまで引き込むように息を吸った。

 そのまま振り上げていた両腕を交差(クロス)させ、足元までしゃがみ込みながら円を(えが)き再交差させる。

 

「ラァイジィングッ――ストォーゥムッ!!」

 

 周囲から巻き上がるような奔流はプラズマを帯び、渦巻くような風波の柱となりて打ち上がる。

 殺傷圏内にいた複数の命がその一撃によって絶たれ、俺は乱れた髪をかき上げて整えた。

 

(ん、こいつら……?)

 

 そこではたと気付く――既に数人となった敵の動きに精彩さが欠けるのは、単純に練度が低いからなだけではない。

 反応すべてに、妙な鈍臭(どんくさ)さを感じる。思考こそしていても……自我がない、揺らぎがない。

 一般的な契約魔術とも違うような違和感だが、"(にえ)"とされた時のプラタを思い出させるようなそれ。

 

 殲滅するつもりだったが、俺は少しだけやり方を変えることにする。

 

「踏み(なら)せ――"空圧潰乱(サイクログラビトロン)"」

 

 上空からのエアバーストによって、結界内の俺以外の全てが一斉に(こうべ)を垂れた。

 余剰の暴嵐は風陣によって渦巻き押し上げられ、気流は(たて)に循環加速して圧力(プレッシャー)を与え続ける。

 まるで()()()()()したかのように地面と熱い抱擁を交わす部隊員らは、一切(いっさい)の身動きが取れぬまま戦闘不能となった。

 

 俺は"風皮膜"によって風圧内でも1人涼しく(たたず)みつつ、クロアーネの(ほう)へ視線を向ける。

 するとちょうど敵隊長の首が、彼女の交差(クロス)させた鉈で()ね飛ばされていた――

 

 

 籠手のギミックから空気圧でワイヤーを射出し、俺はクロアーネの近くの地面へ刺し込む。

 "風陣"と"空圧"は持続させたまま、俺の肉体は風力で巻き上げられるワイヤーによって彼女のもとへ移動した。

 

「首級の討ち取り御美事。ところで血が(にじ)んでるようだが大丈夫か?」

「少し(かす)った程度です。喰らった毒も耐性があるものですから問題ありません」

「毒かよ、問題ないならいいが……しかしなんとここに、ハルミアさんの魔薬(ポーション)がある」

 

 微笑を浮かべて差し出した俺からクロアーネは無言で受け取ると、液体を患部に躊躇(ちゅうちょ)なく掛けた。

 残りを口に含むと、苦悶を含んでいた表情も(やわ)らいでいく。

 

「かつての仲間を殺した感慨は?」

「なにひとつ」

「っていうかこいつらは何をしていた部隊?」

「さぁ? 無力化した今、興味ありません」

 

 とりあえずクロアーネを観察してみる限り、そう深刻な状態にはないようだった。

 ただし無感情に見える雰囲気に、どこか()きモノが取れたように感じる。 

 

 

「ところで……何人かは、生かしているようですね」

「まぁ()た限りなんか特殊な事情があるっぽかったから、ああいうのは()()()()()になる」

「ベイリル、貴方がどう考えようが自由ですが……少し危うい(・・・)のでは?」

「んっ――?」

「自覚もなさそうですね」

「いや、言わんとしたいことはわかる。ちゃんと()()()()()()()()()()()、とかそういうあれだろ?」

 

 確かに仲間に対してはともかく、他人に対しては随分と割り切った考えになってきた。

 戦争という環境がそうさせているのか、精神そのものが変質しているのかはわからない。

 

「でも意外だな、クロアーネがそういう気を(つか)ってくれるとは。オーラム殿(どの)以外は雑草程度にしか思ってないのかと」

「今の私にとって、他人とは"客"です」

「なるほど、得心。実に料理人らしい見方(みかた)なことで」

「それに雑草などという草はありません。野草にも様々な種類があり、食用や香り付けにも使います」

「……ごもっとも。人についても同じだな、それぞれの人生がある――」

 

 俺はゆっくりと一度だけ深呼吸してから、クロアーネにやや真剣な面持ちで告げる。

 

「まぁあれだ、俺がおかしくなったと思ったらクロアーネが遠慮なく止めてくれ」

「貴方に遠慮したことなど一度もありませんが」

「う~ん確かに」

 

 すました顔で言うクロアーネに、俺は自嘲的な笑みで返す。

 道を誤ったのならば、互いに正し合って、また共に同じ道に戻る。

 そういう間柄というのは、きっとかけがえのない宝なのだろうと漠然と浮かんだ。

 

 

「ところでクロアーネの有線誘導ダガーって、俺の"これ"とお揃いっぽくない?」

 

 両籠手にそれぞれ仕込まれた機構(ギミック)、"グラップリングワイヤーブレード"。

 俺が手首を(ひね)りを戻すとカチリと音がして、ワイヤーが地面から離れ籠手内部へと収納される。

 

「私のはオーラム様の"金糸"を、私なりに模倣(まね)しただけです」

「それを言うなら俺も――とある革命の英雄を参考にしただけだが、似たものには変わりない」

「そうですか、どうでもいいことです」

 

 バッサリと斬って捨てるクロアーネにももはや慣れたもので、いちいちへこたれる俺ではない。

 

「そういえば話を少し戻すけど」

「なんでしょうか」

 

 

 淡々(たんたん)(なた)についた血を(ぬぐ)う彼女の姿を見つめながら、空気を読みつつも意を決して言うことにした。

 

「もし恩を感じてくれてるなら――」

「……?」

逢引(デート)でもしないか? 手作り弁当付きで……」

 

 しばらく無言の圧力が続いたが、辛抱強く待つ俺に対してクロアーネは渋々(しぶしぶ)口を開く。

 

「そういった冗談は嫌いです」

「やっぱり俺はさ、クロアーネに()かれてるのかも知れない」

「唐突になんですか。貴方には既に相手がいるでしょうに」

「そうだな、フラウとハルミアさんの二人いる。でも魅力は人それぞれだ」

 

「二人では飽き足らない、と」

「帝国の頂点たる"戦帝"は二十人ほどいる兄弟姉妹を、それぞれ別の女性に産ませているらしいし?」

「貴方が戦帝と同等だとでも?」

いずれ(・・・)はそれ以上かも、な」

「口が減らないものですね」

「なんにせよ"胃袋を掴まれた"俺の負け」

「……そこは褒め言葉と受け取っておきます」

 

 会話には些少(さしょう)ながらトゲを感じるものの、雰囲気は穏やかなのは明白だった。

 

 

「んで、どう? 返事のほどは」

「物好きな、ことです」

 

 それを了承の返事と受け取って、俺は心の中でガッツポーズをした。

 たとえこちらが貸しではないと言っても、律儀に負い目を感じる性格なのも知っている。

 かなり打算的ではあるが、男女の駆け引きだからそこらへんは気にしない。

 

「くっははっ物好きだと……自分で言うかね。だとしても俺が感じた心に(いつわ)りはないさ」

「そして徒労です」

「まぁ出会いは険悪だったし、その後もしばらくは(かんば)しくはなかった。俺も意識してなかったしな」

「私は今も意識していません」

 

 そう口にしたクロアーネの声色に、わずかばかりの感情が乗っていたのを――

 新たな開眼を経て……さらには闘争直後で敏感な、俺の強化感覚は聞き逃さなかった。

 

 しかし()いてはことを仕損じる。今はまだ距離感を大事にするのを選ぶことにする。

 

「今はそれでも構わない、いつか気が向いてくれ()()()()の精神でいくよ」

「気が長いことですね」

「そらもう俺は長命種(ハーフエルフ)ですから」

 

 

 嘆息(たんそく)を吐くクロアーネに、確かな実感を得ながら思いついたことを伝えてみる。

 

「いわゆるあれだ――"俺の為に毎朝、味噌汁を作ってくれ"」

「……また貴方の故郷とやらの言い回しですか」

「その通りだ、古いけどな」

 

 クロアーネは一拍置いてから、平時と変わらぬ調子で答える。

 

毎朝は(・・・)お断りします」

「その心は?」

「料理人としてたまに作るくらいならいい、ということです」

 

「ですよねー、それともう一度言おうか。今はそれでいい」

「言ってなさい」

 

 そう、まだまだこのままの距離感で良いのだ。

 愛を(はぐく)むのも素晴らしいが――色恋模様を楽しむのは今しかできないのだから。

 



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#165 戦争終結 I

 ──開戦から13日目を数えた、王国軍の即席城塞を中心とした主戦場一帯。 

 表面上は千日手(せんにちて)の様相を(てい)しているが、王国軍の内情は無補給の地獄そのものだろう。

 

 定期的な反攻出撃も遂にはなくなってしまい、いよいよもって限界が近付いていた。

 それでも包囲を解くことはなく、こちらはこちらで前線陣地の高台より、眺めるだけの時間を過ごす。

 

 円卓の魔術士は既に死した。籠城し続けようとも、いよいよもって状況が打開できないと知れば……。

 決死隊として打って出るか──全面降伏を求めてくるか──あるいは内乱によって血風呂(ブラッドバス)と化すか──

 

 なんにしても内部で人肉食にまで(おちい)るほど、心身を追い詰めるような事態は()けねばなるまい。

 そこまでいくと戦争後に、あまりにも大きい禍根(かこん)を残すことになってしまう。

 王国側も死にもの狂いで戦う理由などなく、単なる空き巣まがいの侵略戦争に過ぎないのだ。

 膠着(こうちゃく)がこれ以上続くようであれば特使を送って、降伏ないし和睦(わぼく)をこちらから求める必要が出てくるだろう。

 

 

 

「だ~れーだっ」

 

 俺は後ろから目を両手で包み込まれ、視界を(ふさ)がれてしまう。

 ハーフエルフの強化感覚によって近付いてくる時点でわかっていたが、それでもあえてイタズラに掛かった。

 心も乾燥していく戦争中には、こうした甘ったるい日常の一幕もありがたい清涼剤となるのだ。

 

()()()()()は……ハルミアさんです」

 

 彼女としてはそんなつもりはなかったのだろうが、背中に当てられた感触でそう答えた。

 

「ベ~イリ~ルくん、昼間からそういうのはいただけないですよ?」

「ごめんなさい、今後は()()()()自重します」

 

 俺は素直に謝りつつも、叱られたことに表情が緩んでしまう。

 彼女は医療術士というだけでなく、俺にとって何者にも代えがたい癒しの存在であった。

 

「まったくもう……」

 

 子供の戯れを受容する母性の笑みは、今すぐにでも事に及びたくなる劣情をも掻き立てられる。

 とはいえさすがに現在の状況を鑑みれば、そこは本気で自重せねばならないところだった。

 

 

「ハルミアさん、傷病者の(ほう)はどうです?」

「私を誰だと思っているんですか?」

「愚問でしたか」

「――と言いたいところですが……やっぱり私にも限界があります。」

「残念です、お互いに精進(しょうじん)あるのみですね」

 

 商会の医療部門とハルミアが揃っていても……やはり命をあまねく救うというのは難しい。

 治癒魔術こそあれ医療技術はまだまだ発展途上であり、道具や薬も不足しがちなのが現実。

 高度な医療用機器などはまだまだ遠い未来の話だし、あるモノでなんとかするのが戦争の一側面。

 

「トロル細胞の再生医療があれば、救える人もいっぱいいたんですが……実現化はまだまだ先です」

「アッシュは例外ですからしょうがない」

 

 (ドラゴン)という最強種ゆえに成功したと言える稀有(レア)なケースである。

 

「たださしあたって治療状況としては落ち着いてきました。本格的な施術は、薬が補充されてからですねぇ」

「食料・医療分野は商会としても(ちから)を入れてるんですけどね……」

 

「よーく知っていますよ、便宜(べんぎ)をはかってくれていることも。だからベイリルくんが気に病む必要はないです」

 

 スッと自然に頬に右手をそえられ、俺は左手を重ねて握り返す。

 

「ところでフラウちゃんがどこにいるか知っていますか?」

「フラウ? あーっと、今朝に少し会って……どこ行ったんだか。アッシュも一緒だったな」

「んっと……なんでも一人じゃダメだから、私と二人でキャシーちゃんを責めたいとかなんとか――」

「一体ナニをやっているんだあいつは」

 

 いつぞや言っていたキャシーのハーレム入り計画だろうか。

 まぁキャシーのことも好きだが、別に無理強いしようとかは思わない。

 それにしてもフラウもフラウで変なところが意固地であった。

 

「なんでしょうねぇ、でも楽しそうなのでやっちゃいます。それじゃベイリルくん、またね」

 

 ハルミアは名残惜しそうに離した手を小さく振ると、フラウを探しに行ってしまった。

 彼女もまた恐れを知らない。興味があれば躊躇なく踏み出す(フシ)がある。

 

 

『俺も人のことは言えない、か――』

 

 ふと漏らした一人言(ひとりごと)が重なった。俺の声と……()()()()勝手知られたる女の声。

 

「独特な距離感だけど、甘酸(あまず)っぱくていいねぇ」

「"シールフ"、いつの間に」

 

 そこにはやや黒ずんだ銀色の髪に、とんがり魔女帽子をかぶった戦争の功労者がいたのだった。

 

「ちょっとしたイメージを送りつけて、"認識阻害"しただけだよん」

「……"読心の魔導"って、割となんでもアリだよな」

「ここまで幅が増え広がったのはベイリルの頭から読んだ、地球の創作作品(フィクション)ネタの所為(せい)だから」

「それをあっさりと実践するのがシールフの凄さだよ」

「伊達に長生きしてないよ」

 

 

 シールフは戦場を眺める俺の隣に立つと、しばらく静かにしていた。

 沈黙に耐えかねたわけではなく、ただただ単純な話し相手として俺は口を開く。

 

「ここまでの大勝とは、な……」

「そりゃそうでしょ、私たち"金・銀・銅"が全員揃ってるんだから。数え役満だよ」

 

 シールフはさも当然と言った風を隠すことなく言ってのけた。

 確かに"三巨頭"が揃っていてこその戦果であることは疑いようがない。

 

「そっれにぃ~カプラン、あれは戦略・戦術の才まである」

「まじ?」

「うん、間違いないよ。なんっせ中盤くらいからこっち、いろいろと動かしてたのあの子だもん」

「兵站管理だけじゃなくてそっち方面もかよ……しかも初陣(ういじん)指揮でか」

 

「もちろん商会の情報力あってのものだけどね。カプランはねぇ、相手側の心理を読んでいるんだよ」

「なるほど、確かにそれなら彼の得意分野。敵の攻め気なんかもお見通しってか」

 

「そそ、経験積めば相当な使い物になるよ。本人はどうだか――知ってるけど言わなーい」

 

 

 シールフは他の誰よりも話しやすい。

 フラウを筆頭に俺に近しい人物には、言葉のチョイスなど傾向が強く現れるものの……。

 俺より格段に頭が良く、俺の記憶の一部までも有しているシールフは別格であった。

 

 読心の魔導による知識共有をしたおかげで、説明する手間がいらないのがとにかく楽なのだ。

 前世界にいた頃の調子で話していて、知らぬ単語で中断されるということもなく会話が継続できる。

 なんなら会話すら必要としないことも可能である。

 

「今回の一件で商会にも、その手の部署を作らなきゃなあ……参謀本部とか」

「戦争と復興の所為(せい)でもう商会にはあんま余裕ないけどね。そこらへんはカプランに言いなネ~。

 とりあえず私がこの手のことに(ちから)を貸すのはこれっきり。久々だったけどやっぱり戦争は合わない」

 

「ごめんな、苦労かけて」

 

 心は読まれずとも、感情くらいは伝わっているだろう……それでも言葉として口にした。

 親しき仲にもなんとやら――俺の半身とも言える存在であろうとも、礼儀を欠いてはいけない。

 

「別にいいけどね、そこらへんは。私も私の目的があるわけだし」

 

 

(それにしても――)

 

 戦争中にも関わらず、随分と緊張感がなくなってきたものだった。

 入念な準備を重ねて、戦端を開く前から情報で相手を制し、十分な勝算と画策をもって"ラッシュ"を仕掛けた。

 

 それだけ労力を掛けたし、(フタ)を開けて見ればシップスクラーク商会の大勝利。

 疲労を含めて集中力が途切れるのも、さもありなんと言えるのだが……。

 

 さらにはオーラムも戻って来る途中という情報で、今もなおシールフも備えている。

 俺もフラウもキャシーも、バルゥもバリスといった主戦力が揃い踏んでいる。

 騎獣民族も多くが健在であり、自由騎士団もインメル領軍の損害は想定通りの少なさで済んだ。

 ついでにケイ・ボルドという予定外の鬼札(ジョーカー)も加わっている。

 

(それでもこの世に絶対はない)

 

 円卓の魔術士を撃滅した時点で、ほぼほぼ戦争の趨勢(すうせい)は決した。

 しかしどんな不確定要素(イレギュラー)が起こるとも限らず、姿勢としてはあまり褒められたものではなかった。

 武道における"それ"と同じ――相手を制した後も常に、"心を戦場に残し置く"こと。

 

("残心"――大事なことだ)

 

 そんなことを俺が思っていると、シールフが覗き込むように顔を近付けてくる。

 

 

「んでさ、私がなぜここに来たのかわかる?」

「そりゃただのヒマじ……――時間を持て余したから?」

「こーれッ! 換言(かんげん)したのにあまりオブラートに包めてない」

 

 シールフはビシッと脇腹を突いてきたその指で上空を差すと、片目をつぶって見せる。

 

「さてさて、ほぉーら……来た(・・)よ」

 

 瞬間――俺もその事態に気付いて、顔をあげて天を望む。

 するとすぐさま()()()()の編隊が、商会陣地の真上を通り過ぎて行った。

 

 飛竜は王国軍の城塞の対空範囲を目前にして、一挙に分かれて飛んでいく。

 

「あれが……噂に名高い"帝国竜騎士"か」

 

 帝国に属する"竜騎士特区"。黄竜と同じ七色竜の一柱である、"赤竜"の眷属(けんぞく)の火竜と共に在る騎士。

 帝国軍の中で疑うことなく最強の航空戦力であり、部隊としても世界で最強クラスともっぱらの風聞。

 

 

(帝国の援軍も到着した、こうして全体を通すと……丁度良い頃合か)

 

 もちろん帝国の戦力はそれだけでは当然終わらない。

 飛行している竜騎士はあくまで、斥候の役割を含めて最速で到着した過ぎない。

 その気になれば威力偵察どころか、大隊程度であれば一方的に消し飛ばすと言われる戦力であってもである。

 

「続々と来るよ。ある程度こっちの情報は伝わってるハズだけど――」

「兵は全員下げさせないとか」

 

 ソディア率いるワーム海賊は、既に撤退したと報告があるから問題はないだろう。

 

 問題は気性の激しい騎獣民族であり、厳命はしてあるものの万が一にも帝国と交戦することがないとは言えない。

 

「"俺たちの戦争"は終わりだな。早急(さっきゅう)に退却の狼煙(のろし)を上げさせよう」

 



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#166 戦争終結 II

「ディーツァ帝国――世界最強の軍事国家」

 

 統治するのは"戦帝"と呼ばれる、極大の戦争狂。

 その強さの秘密はなんと言っても、軍の多様性と柔軟さにあろう。

 

 整然と並んだ援軍は1万近いだろうか。獣人差別や奴隷などがひどい王国と違う"実力主義"。

 

 上級大将が率いる人族を中心に構成された正規軍。

 数百規模だが黒一色に染め上げられた鎧を(まと)いし黒騎士の集団。

 後方に控える魔術士部隊は、王国と違っていくつかに分隊化されているようだった。

 

 専門家(スペシャリスト)の揃った獣人部隊を率いてるのは、最前列にいる爬人族の男だろうか。

 鬼人族やドワーフ、エルフを隊長としているような複数の亜人族がグループに分かれている。

 竜騎士を筆頭とした空軍には、鳥人族が中心に構成されていた。

 さらには魔物を引き連れた魔族部隊も存在していて、本当に種々雑多と言える軍団が戦列を成さしめている。

 

 援軍の数としてはそこそこだが、相当な精鋭であることには疑いはない。

 そして近衛騎士を背後に控えさせ、それら全軍の陣頭に立って王国の城塞拠点を眺めているのが――

 

「戦帝"バルドゥル・レーヴェンタール"……本当に国の頂点(トップ)が自ら前線に来るとは」

「私も噂にはちょくちょく聞いてたけど、直接見たことはないねぇ~。でも読心で多少は知ってる」

 

 ふわふわ真横で浮かんでいるシールフは、相も変わらぬ調子を崩すことはない。

 

 "戦帝"――その()こそ帝国の象徴である、と言っても過言ではないのかも知れない。

 実際の戦場は大小様々にあるので必ず来たるわけではないが、帝王が来たのは果たして運が良いのか悪いのか……。

 

 

「にしたって――」

 

 俺はゆっくりと息を呑むように、肺へと空気を取り込む。

 

 情報の共有や交渉については三巨頭の一人、"素銅"のカプランに一任した。

 全体を最も把握しているのは彼だし、外交折衝(せっしょう)で最適格なのも彼以外にいない。

 交渉術に関してカプランの右に出る者はいない、俺の隣にいるシールフよりも上だ。

 

 シールフはあくまで読心だけであり、相手の譲歩などを都合よく引き出すには至らない。

 カプランが(つちか)った人心掌握の技術というものは、基本的に魔導にすら(まさ)るのだ。

 

 まず帝国に対して事前に商会の存在を知らせ、焦土戦術のことを伝え、騎獣民族が仲間であることも明らかにした。

 さらには自由騎士団との契約、ワーム海賊の協力があったこと、インメル領の有様(ありさま)と慈善復興および統治の現状について。

 戦況についても現段階でこちらが最低限、開示可能な情報を伝え終えて今に至る。

 

 援軍到着以前に情報は逐一(ちくいち)渡るように整えていたので、面食らうようなこともないはずだ。

 

 (おおむ)ねは予想の範疇であったが……唯一(ただひと)ツだけあまりに計算外の行動があった。

 

 

「ありえねぇ……」

 

 俺はもはやそう吐き出すしかなかった。

 領地と戦域の事情を知った戦帝が、次に取ったその行動とは……。

 

『兵糧を与えよ、その上で叩く。十全な軍を打ちのめしてこそ我が軍の本懐(ほんかい)

 

 シールフは戦帝の模倣(マネ)でもしているのか、普段と違う剥き出しの笑みでそう口にした。

 

 そうなのだ――戦帝はあろうことか、自らの軍が輸送してきた糧秣を王国城塞へと送った。

 敵に塩を送るどころではない。ただただ己が戦いたいが為のやり方だ。

 

 王国軍総大将、"岩徹"のゴダール。彼の身辺情報を勘案(かんあん)するに、降伏するだろうと考えていた。

 しかしそんな思惑は、まったく関知できない領域において否定されてしまった。

 彼らとしても王国軍としての矜持(プライド)というものがあろう。腹が(ふく)れてなお降伏という選択はないようだった。

 

 というよりは降伏しようにも戦帝はそれを許さず、「知ったことか」と攻め滅ぼしかねないような危うさすら感じ入る。

 

 厄災に見舞われたインメル領を放置することで王国軍を呼び込む餌にしたのでは? とは、元インメル領主ヘルムートの(げん)

 迷宮(ダンジョン)街のニアの店で聞いた時は内心笑い飛ばしたが、実のところあれは的を得ていたのかも知れないと思わされてしまう。

 そして恐るるべきは……そんな頂点でありながら、世界最強の軍事国家として、()()()()()()()()()()ということ。

 

 

「そのモノマネが似てるかはさておき。とりあえず消化試合を観戦させてもらおうか」

「似てると思うよ、読んだ記憶の中からそれっぽく統合しただけだけど」

 

 本来の目的は大きく違ったものの、結果的に打っておいた布石が意味を()してくるだろう。

 ()()()()()()()()()――否、盤面そのものをぶち壊す"最後の保険"というものを。

 

 

 

 

 王国軍要塞内――総大将である"岩徹"のゴダールは、違った意味で痛む頭を(かか)える。

 

 帝国軍特使の口から出た、にわかに信じられぬ"食料供給"の申し出。

 しかしそれも……無事糧秣(りょうまつ)が運び込まれるのを見れば、信じるより他なかった。

 

 飲料水に関しては魔術部隊が多く残っていた為に不自由はなかった。

 ただ食事はどうにも限界を越えた状態にあった為、申し出を受けないという選択は不可能。

 警戒は当然解かなかったものの、気を緩ませておいて奇襲を仕掛けてくる――ようなこともなく。

 

 極々平穏に配給を終えて、半日に及ぶ休息まで与えられた明くる朝。

 戦帝の名乗りをもって開戦し、帝国軍の陣容と残存王国軍の駒が並ぶ戦略地図を見つめる。

 

 はたしてこれが救われたと言えるのか、ゴダールは窓の外とを見比べながら目をつぶった。

 

 

「"戦帝"と(いくさ)をするのは久しぶりですかな?」

 

 地響き絶えぬ一室にて、そう悠長に尋ねたのは"火葬士"であった。

 

「将として率いる立場となってからは……な。まさか事ここにおいて糧秣を送って全面決戦など――」

「はっはは、わたくしからすると割と納得の行動です」

 

 この世の大抵のことは思うがままの地位にありながら、戦争という魅力にとりつかれた"戦帝"。

 

「なに、せっかくですから楽しみましょう。どのみち戦帝が満足するまで和睦や降伏は無い」

 

 そして()()()()フォルス公爵家の傍系の血に名を連ね、何不自由なかったが戦場に生きがいを求めた"火葬士"。

 だからこそ戦帝の心の在り方というものが、大いに理解できる部分が火葬士にはあるのだった。

 

「楽しむ、か……貴公もつくづく度し難い男だな」

「軍人であれば、多かれ少なかれ持ち得る気質でしょうとも。勝ち戦だけではつまらない」

 

 そう……帝国頂点の(ちから)をもってしても、常に思うようにいかないのが戦争なのだ。

 だからこそ面白い。だからこそ熱狂できる。だからこそ――人生を懸けるに(あたい)するのだと。

 

 

「さて、無駄話はこのへんにして、わたくしもそろそろ出撃しますか。まさか止めますまい?」

「存分に振るわれよ。魔術士隊は――連れていける分だけ攻勢に使っても構わない」

「ほう、この期に及んだからこそですかな。でも確かに、そうでもしないと戦帝には対抗できない」

 

 3000人からなる魔術士部隊のほとんどは残存し、これまでは交替で要塞防衛にあたらせていた。

 開幕の謎の砲撃で多少の死傷者こそ出たものの、他の部隊と比すれば損害は非常に少なく済んだ。

 高い実力と軍列の好位置、事後対処および整然とした退却があってこその成果である。

 

 その内――直近まで防衛や治療などに当たっていた者は除いたとしても……。

 余力の全てを賭して帝国軍と一戦交えても構わないと言うのだから、なんともはや豪気な判断であった。

 

「貴公の実力()信頼している。どのみち出し惜しみは、いらぬ損失を招くのみ」

「これはこれは、熱も上がるというものです」

 

 卓越した魔術士の損失とは、王国にとっても非常に大きな痛手となってしまう。

 特に"魔術騎士隊"は大隊長と精鋭が失われ、貴重な飛空魔術士で構成された空軍が全滅したのも大損害。

 専門ではないものの魔術士を多く含んだ正規兵の死傷、および装備していた魔術具の紛失・破損も小さくない。

 

 奴隷も要塞内に残るのはほんのわずかな小間使いのみで、ほとんどを放逐(ほうちく)せざるを得なかった。

 こたびの戦争がいかに苛烈(かれつ)艱難(かんなん)極まるものだったのかが察せられる。

 

 

「こちらも時を置いて援護する、それまでは頼んだぞ」

「無論です、我らが御大将。やはりあなたの下で戦うのは悪くない――いや光栄ですよ」

「……さっさと()け」

「ではまた、()()()()()()()ことを(とも)に祈りましょう」

 

 そう言い残した火葬士は退出し、ゴダールは思索にふける暇もなく、決断と共に立ち上がる。

 

 もはやこの戦争は"戦帝を満足させる"という、ただその一点にしか意味がないとさえ言えよう。

 つまりちまちま防衛して長引かせることは……彼の機嫌を損ねることになりかねない。

 

 王国からの補給はもはや期待できず、帝国軍も二度目の糧秣をよこすようなことはありえない。

 円卓の魔術士についても、事ここに至って介入してくるような期待を(いだ)くことはできない。

 あるいは既に封じ込められている、と見るほうが自然というものだった。

 

 

 

 負け戦なのは火を見るより明らかであり、多少の犠牲は覚悟の上で激突は必至。

 

 敗戦の責任についても、全て己が負う立場であるなら――最後くらい派手にやりたいものだと。

 それこそが結果的に、王国軍の武威と矜持(きょうじ)を示し、損害を最大限減らすことができる方策。

 

(火葬士にああ言った手前、度し難いのは変わらぬか――)

 

 もはや気負うことをやめ、食事も十分に()って充実した心身の"岩徹"は心底で笑う。

 

 表情には一切出さないまま要塞の中心に手を当てると、己の肉体の一部のように魔力を通していった。

 

 



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#167 戦争終結 III

 一度シールフと分かれ、商会拠点から他人事(ひとごと)のように遠間から望む、帝国軍と王国軍の激突。

 いずれ制覇勝利をするのであれば、その戦力をつぶさに観察することは非常に肝要であった。

 

 王国軍とは実際に戦っているものの、基本的にはこちらの圧倒的な優位から(カタ)にハメてやっただけ。

 その本来の実力を発揮させないように立ち回って、一気呵成(いっきかせい)に追い詰めてやったに過ぎない。

 

 特に魔術士部隊はほとんどが防備に回っていたのと、指揮も隊員も有能だったのか――

 さほど目減りしないまま戦力を維持していたのには油断ならず、同時に驚きであった。

 

 

 俺は隣で一緒に眺めている御仁へと、溜息のように告げる。

 

「やっぱ職業軍人ってヤバいですね……」

「それはそうでしょうな。既に自由騎士たるこの身ですが、四六時中軍事(それ)のみに注力していた頃もありました」

 

 こたびの自由騎士団の代表にして、団員を率いていた"フランツ・ベルクマン"はそう答える。

 彼にとっては当たり前かも知れないが、前世を含めてついぞ軍人などとは縁遠(えんどお)かった俺には考えさせられる。

 

 改めて帝国軍・王国軍双方の()()()()()()風景というものを分析する。

 十全な状態でもって戦う軍団というものは……時に一個の生命や群体、あるいは巨人などにも例えられる。

 確かな命令系統と適切な判断を、末端の兵にまで円滑に伝え、確実に遂行する理想的な形。

 

 円卓第二席"筆頭魔剣士"テオドールの門弟(もんてい)がそうだったように、洗練された集団とはそれだけ脅威となる。

 俺とてジェーン、ヘリオ、リーティア、フラウとは以心伝心である。

 ハルミア、キャシーとの連係も自信があり、併せた時の実力は計り知れない。

 限定環境下とはいえ、実際に黄竜すら打ち倒すにまで至ったのだから。

 

 それらを捻じ伏せる"個"が、一部に存在するのも異世界の事実ではあるのだが……。

 文化の形成においても数というものは(ちから)そのものなのもまた厳然たる事実。

 

 

(だからこそ人は寄り集まるし、動物だって群れを作る)

 

 根源的に社会がそう示している。小さくも、大きくも、共同体として――戦争も例外ではない。

 こうして正面決戦するようなことなど、実際の戦争期間の内ではほんのわずかだろう。

 行軍・索敵・牽制・休憩・補給がその大半を占めていて、戦闘行為にしても交替で戦うのが軍隊である。

 

(結局……個人で可能なことなんてたかが知れている)

 

 どれだけ強い人間であろうと、生物である以上は生命活動を必要とする。

 呼吸・食事・排泄・睡眠――生理的にも必須のものに限らず、不老であろうと一切休まずに活動可能な生命などいない。

 さらに行住坐臥(ぎょうじゅうざが)、気を張り続けられるわけもなく……ひとたび魔力が尽きれば、ただの人となる。

 

 

(スーパーロボット軍団でも作ることができれば別だけども)

 

 人の為の兵站(へいたん)いらず。消耗はすれど疲弊はしない。命令にも忠実で恐れを知らぬ軍団。

 生産や自己修復・修繕、管理までもロボット自身にやらせるなら、あらゆるコストを抑えられる。

 大小用途も様々に――単純防衛のみならず、学習する自律型も作れれば独自の攻撃行動も可能。

 

("魔導科学"的には、ゴーレムや機械人形(オートマタ)などでもいいが……)

 

 いずれにしても初期投資(イニシャルコスト)が莫大なモノになるのは違いない。

 テクノロジーの成熟も待たねばならないが、それでも常に頭に置いておき、考えておくべきことだ。

 戦争によって人的資源が使われること――最悪喪失すること――に比べれば安いモノなのだから。

 

 

(思えば"女王屍(じょおうばね)"のゾンビ軍団は……近いものがあったんだな)

 

 蜂や蟻といった虫のような――寄生虫による女王を頂点とした、強固な統一性。

 死体だった為に腐敗もありつつ、完璧な軍団とまではいかないものの……。

 もし生体まで思うように自由に操れるようになっていれば、高度な社会性まで獲得しうる。

 寄生虫によって敵の死体を利用すれば、新たな戦力補充までも可能であり――

 

(いやほんと真剣(まじ)冗談抜きに、世界を滅ぼしかねなかったんじゃねえのか……?)

 

 あの時点では到底無理だろうが、100年後200年後はどうなっていたかわからない危うさがあった。

 シップスクラーク商会傘下(さんか)に引き入れるには、あまりに劇薬すぎたのが本当に残念である。

 

 

(なんにせよ人と人との現状じゃ、常に十全に(ちから)を発揮できる状況などまずありえない)

 

 100%の能力を常に維持するなど不可能である以上、なるべくそれに近付けるのが戦争である。

 同時に相手の能力をこそぎ落とすのが、勝敗を左右する命題とも言ってよい。

 だからこそ商会軍は情報を制し、奇襲をもって王国軍を相手に一方的に勝利することができたのだ。

 

(現代で言うなら――原子力空母がその完成形の一つ、か)

 

 多種多様な人員が数千人、生活に輸送から戦闘行為までをこなしていく。

 独立したエネルギー供給機関を備え、人員と兵器と備蓄を丸ごと移動して戦術行動を展開する。

 そうした形態をいくつも保有することで、有機的な戦争態勢を維持することができる。

 

(いずれは建造したいもんだな)

 

 こうして思考を枝分かれさせ、将来の展望を考えているだけで楽しい。

 1人では無理なことも、皆でなら可能となる――シップスクラーク商会の大きな意義。

 

 

(そうなってくると、軍人も必要になってくるわけだが)

 

 今回の戦争は結果的に、商会とその運営と――いずれの野望における大きな契機となった。

 戦災復興と同時に、いずれ国家にもなるかもしれない都市計画も順次始めていくことになる。

 その中には直接的な武力を担う軍人も含まれよう。

 軍属であるということはベルクマンの(げん)しかり、四六時中をそれだけに捧げ続けるということ。

 

(戦うのは軍人だけに限らないが、どうしたって専門職は()るわな)

 

 戦争の為に練磨し続けた魔術を集団で運用するという脅威たるや、王国軍が見せてくれた。

 実際にテクノロジーの結実であるカノン砲も、有効な損害を与えられたのはほとんど不意撃ちのみ。

 

 魔術が使えるというだけで――魔力で肉体が強化されるだけで――

 彼我の戦力計算はおよそ複雑になるということを思い知らされた。

 

 

「いやはや、とても昨日まで飢餓地獄を見ていた軍とは思えない奮戦ですなあ……昔を思い出します」

「昔……ですか。ベルクマン殿(どの)は、自由騎士以前は帝国軍人でしたもんね」

「そうですな、いささか懐かしき顔もございました」

 

 帝国軍相手に展開している王国魔術士部隊は一歩も引く様子はなく……。

 大炎を中心として様々な(いろど)りが戦場に散っていた。

 

(魔術騎士隊もなかなか手強かった)

 

 制空権を維持していた時に、何度かその防衛魔術と多少の迎撃魔術は見せてもらった。

 ただしシールフが大隊長と精鋭部隊をあっさり潰してしまったので、あくまで補助が(メイン)なようであった。

 もしも"共鳴魔術"が適切な指揮の(もと)で、十全に発揮されていたら厄介なモノだったろう。

 

 

(まぁ"双術士"の(げん)ではオリジナルの劣化コピー版らしいものの……)

 

 フラウが聞いた話だと"双成魔術"それに比べれば、所詮は(まが)い物な親和性に過ぎないのだとか。

 それでも300人からなる人数で、完全統一された魔術というものは脅威に(あたい)する。

 

("共鳴魔術"――他人同士でも()()()()()()()もあるんだな)

 

 魔力については未だ謎が多く、魔術の深奥もまた果てしない。

 魔導や魔法の領域に至っては、もはやそのほとんどが謎ばかりである。

 

(まっ模倣(パク)れるもんは、なんでも参考にしよう)

 

 学べるところは大いに学んで、吸収していきたいところである。

 "守・破・離"の精神がそうであるように……何事も模倣から始まって、個人も分野も成長していく。

 それが知識でも文化でも、過去から連綿と受け継がれていく――人類という知的生命種の絶対的な強さなのだ。

 

 

(そういった"按配(バランス)そのもの"も研究させてかないと、だなぁ……――)

 

 例えばカノン砲を適切に運用した場合の戦術的な価値は疑う余地がない。

 当初の主たる標的(メインターゲット)である魔術士部隊には、損害こそ少なかったものの……。

 たった数基で魔術士部隊の行動を制限させただけで、凄まじいほどの成果と言える。

 

 魔術だけでなく、テクノロジーにおいてもそうした積算と分析と反映が重要なのだ。

 故障や不具合などの失敗もまた――より良い明日へと繋がる大事な資産である。

 

 科学と魔術の両輪こそが自由な魔導科学(フリーマギエンス)の教義であり、シップスクラーク商会も目指すべきところ。

 そして異世界の魔術は秘密主義性が今なお強い。まだまだ研究の余地が残されている分野である。

 

 魔導と科学を組み合わせることで生み出される恩恵もまた未知の領域が多く、長生きの楽しみは尽きない。

 

 

 そんなことを思い巡らせながら、俺はベルクマンへと興味本位で尋ねる。

 

「ベルクマン殿(どの)から見ると、帝国・王国を含めてどれが一番厄介でしょう?」

「地上を主戦場とするワシらとしては……やはり竜騎士ですかな」

「なるほど、確かに」

 

 俺は視線を移して、三次元空間を飛び回っている竜騎士を注視する。

 今現在、制空圏のほとんどを支配している"帝国竜騎士"の編隊はたった10騎に過ぎない。

 

 しかし空中機動連係しながら的確な防御魔術と回避を駆使し、王国魔術士部隊の苛烈な対空砲火を潜り抜けるその姿。

 さらには急降下爆撃のような戦術まで用いて、縦横無尽に一撃を入れていくサマたるや。

 

 俺とて王国軍の陣地に近付くまではステルスを使えても――

 離脱までを考えれば、破壊工作を実行するのは躊躇(ためら)われるほどの弾幕の厚み。

 

 だがそんな無謀にも見えるやり方を……彼らは連係によって(たく)みに成功させる。

 それができるとわかっているからこそ、部隊として実行に移せるのだろう。

 

 

「しかしこう……まだ暴れ足りぬという時に、自由に(・・・)暴れられないのがワシら騎士団の不自由(・・・)なところですなあ。

 あくまで契約を遵守(じゅんしゅ)すべき立場にありますから……逆に、契約内容に追加してくだされば喜び勇んで――」

 

「っはは……リーベ師とカプランさんの労が増えるんで勘弁してください」

 

 年老いてなお精強なベルクマンに、俺は苦笑いを浮かべて2人の名を出した。

 あの正面決戦に割り込もうとは……強さだけでなく精神性も一流揃いというところか。

 

 自由騎士団は多勢の王国ベルナール領軍を相手に、小勢ながらも盾として受け止め続けた。

 敵将であるベルナール卿は前線にいなかったようだが、それでも帝国との国境線上で戦い抜いてきた屈強な強兵揃い。

 常に最前線で戦ってきた実績を持つベルナール領兵に奮戦したのは、自由騎士団の練度あってのもの。

 

(終わってみれば……今少し、強駒としての使い(みち)があったかね)

 

 彼らの実力を測りかねていたし、商会には秘密も多いからあまり深く関わらせたくない部分も確かにあった。

 それらを差っ引いても、結果的に戦力を遊ばせてしまったことは惜しくもある。

 もっと適切に運用できていたなら、被害はさらに減らせたであろうと。

 

 

(まっそういうのも良い経験か、今後の課題として活かすことにしよう)

 

 自由騎士団の実力が知れたということも、この際は良い情報であった。

 こうして(えにし)を作れたし、今後もまた雇用する際に――そして()()()()()()()()()にも参考になる。

 

「ではベルクマン殿(どの)、俺は今少しやることがあるので……一度失礼します」

「承知しました。またいずれ()り合いましょうぞ」

 

 鞘に右手を置いた"剛壮剣"フランツ・ベルクマンの年齢にそぐわぬ、夢見る少年のような笑み。

 次はどういう形で会うのかはわからないが、俺もまた笑みで返すのだった。

 

「えぇ、またいつか――」

 

 

 



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#168 戦争終結 IV

 商会の陣地内上空をエアラインスケーティングしつつ、俺は次に"荒れ果てる黒熊"のバリスを探す。

 答えはほとんどわかりきっているが、それでも問わねばならないことがあるからだった。

 

 すなわち戦後の交渉について、帝国側と立ち会うかということ。

 

 十中八九バリスは席に座ることはなさそうで、バルゥもあくまで立場は指揮官の1人に過ぎない。

 ソディアには参加してもらいたいところだったが……彼女は彼女で立場が特殊である。

 既にあの浮島拠点へと帰ったという話であり、あとはこちらが約束を果たすだけとなっている。

 

 またベルクマンら自由騎士団は、契約主はあくまで共和国の大商人エルメル・アルトマーである。

 指揮系統としてはこちらに従ってくれてはいるものの、商会に帰属しているわけではない。

 

(個人的には親交を厚くしたかったが――)

 

 今後の為にも――別途に追加報酬を支払うことも考えていた。

 しかしながら彼らには厳格な規律(ルール)があり、普通に断られてしまった。

 契約とは事前に交わしておくものであり、不確定要素(イレギュラー)の対応があってもきちんと精査する。

 

 確かに実際的な問題として、各国から多様なワケアリ人物を受け入れる自由騎士団の性質はかなり厄介である。

 彼らにとってそうした(おきて)はことのほか強固であり、守るべき絶対の(ライン)としているようだった。

 

(だからこそ生まれる鉄の結束、か)

 

 自由騎士団の在り方が、改めてよく理解できたという話。

 

 

「ん、おぉ……?」

 

 俺は一度滞空したまま止まり、戦場の光景に感嘆の声を漏らした。

 王国軍が籠城していた城塞は崩れ(・・)、その代わりに巨大な岩塊のゴーレムが鎮座している。

 それが腕を勢いよく振るうたびに、巨岩の質量が帝国軍へと向かっていった。

 

「"あれ"が王国軍の総大将か……円卓じゃなくてもやるもんだな」

 

 ゴーレムの中心より上、"胸部あたりに埋め込まれた男"がたった1人でゴーレムを操作しているようだった。

 射出によって欠損した腕を再生するように、本体の質量と大きさは少しずつ小さくなっていく。

 

 しかして城塞だったモノを使った、まさに最終兵器と言って遜色(そんしょく)のない圧倒的な質量攻撃。

 王国の魔術士部隊もそれに連動するように展開していき、押せ押せだった帝国軍と拮抗(きっこう)し始める。

 

 さらに上空の帝国竜騎士相手には、散弾礫(ショットガン)のように細かくして撃ち放っていく。

 とはいえ竜騎士はそんな攻撃も角度をつけて防壁魔術を張り、しっかりと防ぎきるあたり本当に練度が高い。

 

 

(ただ"双術士"のゴーレムに比べれば……あんなんでも大したことないんだろうな)

 

 交戦したフラウから聞いていた話と、実際の戦場に刻まれていた惨状を思い出す――

 一体何をどうしたらあれほどまでに地形が滅茶苦茶になるのか、是非とも怪獣決戦を見たかった。

 

 凶悪超大な四属ゴーレムも、双術士にとっては魔術のレパートリーの一つに過ぎず。

 そしてフラウもまた、引力でゴーレムを作るとは……なかなか面白いことをやるようになったものだと。

 

「まぁあんなレベルの地属魔術士がゴロゴロいたんじゃ、塹壕(ざんごう)なんか意味ねぇわなあ」

 

 戦史においては代表的な戦術の1つではあったが、魔術士戦においてはさほど有効なものでもなかった。

 なにせ根本的に個人が持つ機動力と索敵能力、伴う火力が違いすぎるという部分が挙げられる。

 もちろん局所的に有用となる場面もあるが、少なくとも商会軍にとっては持ち味を殺すばかり。

 

 

(バリスから逃げおおせた"岩徹"のように、地中を直接移動できるレベルもいるしな……)

 

 王国軍は魔術戦では世界最強クラスであるし、掘った穴がそのまま墓穴になりかねない。

 テクノロジーを含めて現代知識の多くは有効なれど、地球のそれが通用しないこともままあるのだった。

 

「……質量残弾を使い切ったらいよいよ終わりかね」

 

 帝国軍は薄く半包囲するように展開して、致命的な被害は()けているようであった。

 王国軍は逆に魔術士部隊を中心として、放射状に隙なく陣を組んでいて、なかなか対照的に見える。

 

 後方に控える岩塊ゴーレムの攻撃も強力ではあるが、帝国軍にはさほどの損害を与えるには至っていない。

 それだけ戦帝率いる帝国本軍が、精鋭揃いでやって来たということだろう。

 

 

 瞬間――空間が連鎖して歪むような視界から、一拍(ワンテンポ)遅れて衝撃波が周囲一帯を駆け巡った。

 四つ重なるような轟音を伴った衝撃は、自動的に"風皮膜"によって受け流されていく。

 

「爆発魔術か、珍しいな」

 

 俺は冷静に戦場を()ながら分析する。(はな)ったのは"戦帝(・・)"その人のようだった。

 四連爆破は岩塊ゴーレムに炸裂し、質量の4割近くを削り取って原型を崩壊させる。

 

 俺が使用する"重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"より、威力は格段に小さいものの有効射程はかなり長い。

 さらに瞬時に連鎖させるように魔術を使うことで、火力もかなりカバーしているように見受けられる。

 

「戦帝……円卓並かそれ以上――帝国の武力においても頂点と噂されるのは、過言じゃないのか」

 

 絶対的強者の定向進化を()でいくような……実力主義の帝国に在りながら、一度として王の座を譲らなかった血族。

 連綿と続いてきた血は、神族も魔族も亜人も獣人も関係なく……あらゆる血を取り込み進化してきたらしい。

 

 それでも生まれる子の多くが人族であり、歴代の帝王はほとんどが"人族"である。

 また帝王とならなかった一族の多くも、相応の実力をもって何がしかの要職に()いているとか。

 

 

(つーか自らが"鬼札(ジョーカー)"って性質(タチ)悪すぎんだろ……)

 

 核の抑止力のように――無用の犠牲を()ける為。

 また国家の軍事力に直接的に結びつく強戦力の喪失を防ぐ為。

 

 "伝家の宝刀"はお互いに存在を示しても、基本的には抜かずに置いておくのが暗黙の了解。

 それを抜く時とはすなわち、やんごとなき理由……切羽詰まって抜くだけの建前(たてまえ)名分(めいぶん)()る。

 

 慣習とは得てしてそういうもので、それを無視する行為とは対外的にも非難を浴びる。

 

 しかして戦帝は例外中の例外。なにせ帝国の頂点なのだから宝刀にして王冠――()()()()()()()()()のだ。

 だからこそ逆手(さかて)に取れる。最初から宝刀を抜いても、それは相手にとっての利となるゆえに。

 また武力をもって大陸を席捲(せっけん)する彼にとって、弱者の批判など聞くにも(あたい)しないのだろう。

 

 

「普通に考えれば大バカだ……が――」

 

 それを幾度となく実行し、そして今日(こんにち)まで生き残ってきたのがアレ(・・)なのだ。

 戦帝は傾向として全面戦争を好むらしいが、同時に多様性のある戦争の妙味も知っている。

 

 また帝王という立場から、多様な種族で構成された軍を一通りまとめて持ってくるらしいのは、実際に見て納得した。

 その多様性こそがまさしく帝国そのものであると主張し、また象徴するかのように……。

 

「戦帝だけのワンマンってわけでもないのも、また恐るべきところだな」

 

 王国軍の総大将は崩壊した大岩の中に隠れたのか見当たらず、戦帝もそれ以上の追撃魔術は使っていない。

 それは単純に脅威を打ち払ったから興味を失くしたか、あるいは自らが長く楽しむ為であるのか……。

 

(均衡も(つか)()だったか)

 

 円卓の魔術士という伝家の宝刀は、俺とフラウが砕いてしまった。

 戦帝に抗しうるだけの駒はもはや王国軍にはなく、魔術士部隊の魔力もいずれ限界を迎える。

 

 ()()()()()()()()()()のか――ぼちぼち来てもらわないと、これはこれで面倒なことになりかねない。

 

 

 やきもきした気分を覚えつつ、俺は黒と白の対比が目立つ巨躯2人組を見つける。

 そうして撫でるような旋風(つむじかぜ)と共に、熊と虎の近くで浮遊したまま目線の高さを合わせた。

 

「どーも、バルゥ殿(どの)にバリス殿(どの)。くれぐれも乱入は厳禁ですんで」

「開口一番がそれか……、ベイリル」

「ヴァッハハハハハッ!! そう何度も念押しせずともわかっている」

 

「そうは言っても、騎獣民族(おふたかた)の気性を考えれば言い過ぎるということもないかと」

「オレをバリス(コイツ)と一緒にするな」

「根っこのところでは同じのクセに、よく言うわバルゥ。もっともおれとて()()()()()()のと一緒にされては困るがな」

 

 そう言って戦帝を顎でさしたバリス――正直やっていることは変わらないと思うのだが……そこは閉口する。

 

 

 戦帝の(ほう)を眺める粗野で黒い大熊――バリスは当然のように、帝国や戦帝のことも知識として持っている。

 

 蛮族だの野人(やじん)だのと呼ばれるが、実のところ騎獣民族の知的水準は思いのほか高い。

 なぜなら彼らは幼少期にまとまって統一された教養をほどこし、洗礼前に外の世界を知る機会を作っている。

 そして外の世界の情報を持ち帰って、それを次世代に活かす体制(システム)まで構築されていた。

 

 洗礼を受けぬまま民族の輪へと戻らず、人類社会に適応してしまう者も(まれ)に見受けられる。

 ヘタな街や集落の一般民衆よりも、はるかに多くモノを知っている……理性と本能が同居している民族なのだ。

 

 だからこそ今回の戦術も細部まで理解して、軍事行動もしっかりと遂行しきった。

 

「ただなあ……逃がした総大将(エモノ)はこの手で討ち取りたかったものだ」

 

 ゴキリと腕を鳴らすバリスに、バルゥは少しだけ呆れた様子の表情で告げる。

 

「狩猟勝負ではオマエが勝ったのだから溜飲を下げろ、バリス」

「フンッおまえは途中から奴隷回収に走っていたのだから、あれは()()()()だ」

 

 

 対等な関係の二人に俺はわずかな笑みを浮かべつつ、風に流すように話題を変える。

 

「勝負と言えば……戦争もじきに終わります。その後の帝国との交渉についてなんですが――」

「おれは出んぞ、代わりにバルゥが出る」

「バカな、オレは何のしがらみもない。オマエは大族長だろうがバリス」

 

 バリスはフンッと鼻を鳴らすし、俺はポーズとして肩をすくめて見せる。

 

「戦争ならばいくらでもやってやるが、話し合いなんぞ面倒だ」

「まぁそう言うと思ってました。ではこちらに任せてもらっていいですか?」

 

「構わん、もし我らが民の不利益になるようであれば狩る(・・)だけよ」

「もちろん悪いようにはしませんて。もっとも……俺も簡単に狩られるつもりもないですがね」

 

 

 俺はバリスを好戦的な視線を交わし合い、数拍置いてからバルゥがゆっくりと息を吐いた。

 

「二人でばかり楽しそうにするな、その時はオレも混ぜてもらおうか」

「バルゥ殿(どの)? も……ですか、なんか珍しいですね」

 

「円卓を倒した実力は少しばかり興味がある」

「まったくだ。勝手に大物を喰いよってからに」

「役割がそれぞれありましたから、まぁ()の時があれば譲りますよ。しかしバルゥ殿(どの)も興味があるとは――」

 

 俺はそう言いながら迷宮の逆走攻略中途で、バルゥと再会後に互いに語り合った話を思い出す。

 

「あぁ……そういえば奴隷剣闘士時代に、円卓と色々あったんでしたっけ」

「そうだな、連中の何人かにとっては(たわむ)れだったのだろうが、少しばかり因縁があった」

「それらを全部跳ね返して"今"があると」

「まあな。ついぞ本人らと()れることがなかったのがいささか残念だった」

 

 

「んっ――?」

 

 俺は大気の微妙な流れから、上方で移動する影に気付いて顔を空に向ける。

 少しだけ目を()らすと――はたしてそれはホウキに乗ったシールフ・アルグロスであった。

 その強いイメージゆえに他の魔術が使いにくくなる魔導師でも、お構いなしで他の魔術も使う"燻銀"。

 

「あれは……魔導師だったか」

「子を産ませる女以外に興味はないが、強いのか?」

 

 俺につられて見上げたバルゥとバリスも、その持ち前の視力であっさりと誰か判断していた。

 

「とりあえず白兵戦が通用する相手じゃないですよ」

「それでは(たぎ)らんな」

「つくづく選り好みが激しいヤツだな、昔からオマエはそうだ」

 

 そう言って視線を戦場へと戻すと、バリスとバルゥも同じようにまた観戦モードに入る。

 

 

(わざわざ無駄にホウキに乗って飛行とは……俺の記憶の影響だな。にしても――)

 

 そこで()()()()()()()()。さらに双瞳は自然と動き、"たった1人の男"に対して釘付けになる。

 帝国軍でも王国軍でもない、ただ双方がぶつかり合う直上、"天空から落ちてきた男"。

 

 その人物が着地したところで、帝国軍も王国軍もその攻撃の手がすぐに()んでいく。

 

 各軍勢に波紋が伝播(でんぱ)していくように、水を打ったような静けさが戦場に満ちる。

 

 

「くっは……ははっは――」

 

 じんわりと意識を回復させつつ俺は、失笑しながらバリスへと問い掛けた。

 

「はっふふっ……バリス殿(どの)、アレとは戦いますか?」

「バカな、おれが好きなのは"狩り"だと言っているだろうが」

「何度となく噂には聞けど、ついぞオレも見たことはなかったが……なるほど(たが)わぬな、"戦場(いくさば)荒らし"の――"五英傑"」 

 

 知識深きバルゥの言葉を反芻(はんすう)しながら、俺はそのまま浮き上がってシールフの元へと向かう。

 

(ようやく来た――)

 

 帝国軍によって既にシップスクラーク商会の手から離れていた戦争は、遂に真なる終結を見るのだった。

 



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#169 不折極鋼 I

 その男(・・・)は――流星が(ごと)く、空から()って現れた。

 

 その瞬間、ありとあらゆる者が……心臓の鼓動以外の、全ての動きを止めざるを得なかった。

 攻撃も、魔術も、防御も、回避も、移動も、まばたきも、呼吸も、思考すら。

 

 現出した男以外の全てが静止する――

 

 (いわ)く、絶対正義の審判者。

 曰く、聖騎士の中の聖騎士。

 曰く、真なる英雄。

 曰く、戦場(いくさば)荒らし。

 曰く、人の形をした魔法。

 曰く、無法の救世人。

 

 曰く、曰く、曰く、曰く――

 

 彼を形容する二つ名は、枚挙(まいきょ)(いとま)がない。

 彼には名前がない。誰も知らないし、本人も知らない。

 ただ彼を呼ぶのであれば、たった一つだけ……普遍(ふへん)の呼び名が存在する。

 

 ――"折れぬ鋼の"――

 

 

(いくさ)はこれまでだ――」

 

 それは決して大きい声ではなかった。しかし誰の耳にもしっかりと届かせる"芯"が存在した。

 心胆に直接叩き込むような暴力性すら感じ入る言葉は……彼を知る者も、知らぬ者にも、有象無象の区別なく。

 

 さながら世界そのものを制してしまうかのようであった。

 

 その言葉によって止まっていた時間は動き出し、その場の全員が武器をあっさりと捨て、また納める。

 たった一人の男の存在によって、戦争はいともあっさりと終結してしまった。

 

 政治的にはともかく、戦場に限っては――もはや()()()()

 盤面を破壊した男はただ静かに戦場だった(・・・)場所に立ち続けるのだった。

 

 

 

 

「――そう、あれが五英傑(・・・)の一人。"折れぬ鋼の"」

 

 上空のシールフに追いすがったところで放たれた言葉。

 彼女は"折れぬ鋼の"が来たことを誰よりも早く感知し、俺と会話を興じる為に飛行してきたのだった。

 

 固化空気で作った足場に立った俺は、"遠視"を使って改めて男をよくよく凝視する。

 

 灰じみた白髪に、痩躯にも見える長身。体中に幾重にも巻かれたベルトに"聖騎士"のサーコート。

 見た目だけであればそこまで強そうには見えない。ただし本能がわかりやすくヤバいと訴えかけていた。

 (おお)い尽くすようなそれでありながら、どこまでも研ぎ澄まされた――矛盾したかのような圧力(プレッシャー)

 

「どの国でも正規の軍人なら最初に学ぶことよ。"折れぬ鋼の"が出たら()()()()

「あれを見たら、言われずとも逆らわんと思うが。なんにせよ"無二たる"カエジウスとは違うな……」

 

 ワーム迷宮(ダンジョン)を管理していた爺さんとは、まったく方向性(ベクトル)(こと)なる。

 

アレ(・・)は言うなれば"主人公補正の(かたまり)"ってのが一番しっくり来るのかも」

 

 わざわざ地球の現代娯楽言葉で例えてきたシールフに俺は苦笑する。

 

「つまり()()()()()()()()()――ってか」

 

「彼は絶対に(くじ)けない、屈しない、諦めない……それゆえに負けない――人類にとっての奉仕者なの。

 弱者を助けるのが自身の義務と信じ、微塵(みじん)にも疑わない。だから()()()()()()()()には必ず介入する。

 それ以上の哀しみを生まない為に、そして彼は自分にとって徹頭徹尾やりたいことをやってるだけ」

 

 

 俺は肩をすくめつつ、穏やかでない表情を浮かべた。

 

「独善的なことだ。彼自身が勝手に無益と断じることも含めてな」

「かもね――それでも五英傑の中で彼だけ(・・・)は正真正銘、"英雄"と呼ぶべき人間の到達点」

「一般的見地からは好ましい人物、なのは……まぁわかるが」

 

「その気質は、正義の味方にして悪の敵。でも敵対者を殺すようなことも、決してしない。

 きっと彼は人間がどうしようもなく好きなんでしょうね。誰にも死んでほしくないのよ、きっと」

 

「"不殺"か、それも圧倒的な強者ゆえの特権とも言えるか」

「彼はあまねく悲劇を看過しない。彼が(ちから)を振るうことで治められることは、全て見過ごせない」

「世の理不尽に対するカウンターみたいな存在、と」

 

 

(風説だけでも、"折れぬ鋼の"が善性であることには……恐らく疑いがない)

 

 それがたとえ独善であろうと偽善であろうと、彼は不断の意志とその(ちから)で争いを止める。

 しかし――である。

 

「まぁつまるところだ、もしも俺たちが戦争で文明を発展させていこうとしたなら――」

「確実に立ちはだかる最大の()ね」

 

 ここ20年以上――決定的な戦争が停滞しているのは、全て"折れぬ鋼の"が原因であるとすら聞く。

 彼が過度な侵略戦争の助長を防ぎ、各国の武闘派の頭を間接的に抑え込んでいるのだと。

 それゆえに各国軍は、不必要に残虐な戦争をすることができていない。

 

(異世界文明を発展させていくにあたって、最も厄介な存在――"五英傑")

 

 "無二たる"カエジウスにしても、そう……たった1人で国家を相手にしてしまう存在。

 世界のパワーバランスから逸脱し、同時に破壊しかねない超常生命体。

 コントロール不能の極大人災。ただし当代の英傑は皆、人類に(アダ)なす存在でないことが(さいわ)いにして救い。

 しかし異世界史上にあって、不定期に出現するこうした(たぐい)の人間は――

 

(今後も最大限の警戒をしていかなきゃならないわけだ……)

 

 

「でも今回はベイリルが呼んだんでしょ?」

「まぁ呼んだというか……今ある状況が伝わるよう、商会の(ちから)を使った」

 

 それこそが"盤面をひっくり返す最終手段"――伝家の宝刀すら遥かに凌駕する人間兵器。

 

(おも)にカプランに任せて?」

「あぁ……俺はもうあの人に足を向けて寝れないです」

 

 奇特揃いの五英傑(れんちゅう)の中でも最も際立(きわだ)っているであろう、あの英雄を利用すること。

 仮に"無二たる"カエジウスに、制覇特典の残る一つを願ったところで、ここまでのことはしてくれないだろう。

 

 しかし噂に聞いた"折れぬ鋼の"であれば、その限りではないと踏んでいた。

 

 

 そもそもこの戦争に彼は来る予定がなかった。何故ならば帝国軍と王国軍にそれほど戦力差がなかった為である。

 また秩序ある王国軍は道中で収奪などはしても、虐殺行為なども(おこな)わない。

 トチ狂ってそんなことをすれば、まさしく"折れぬ鋼の"に叩き潰されるゆえに。

 

 王国軍が弱ったのは、当然のことながらシップスクラーク商会の戦争介入によってである。

 さらには徹底した情報操作・統制を強いたことで、外部にはほとんど漏れないようにしていた。

 

 だからこそ……こちらから"聖騎士庁"に、さながら根回しするかのようにあらかじめ訴えたのだ。

 "帝国軍によって王国軍に対する一方的な追撃・殲滅戦が始まる"――と。

 

 

「まっこれでようやく肩の荷が一つ下りたわけだ」

 

 "番外聖騎士"という特殊な地位を持っている"折れぬ鋼の"。

 彼は専門の部署を通じて連絡を受けて、もたらされた情報から己の判断で世界中を廻っている。

 

 王国軍を叩きのめしてもらうわけにはいかないが、援軍にきた()()()()()()()()()()ことには意義がある。

 追撃する帝国軍によってインメル領内を荒らされ、また探索されることも最小限に留められるゆえに。

 

「利用できるものはなんでも利用する、ほんと可愛くないやーつ」

「シールフに協力を頼んだのは、本当に悪いと思っているよ」

「うん、知ってる。親しき仲でも思慮の欠片もなかったら、丁重にお断りしてからぶっ飛ばしてたよ」

「っははは……なんにせよだ。五英傑を利用するだけじゃなく……()()()()()()()()()()()()()――てのもある」

 

 

 戦争行動における最も厄介な障害。国家すら手を出せない単一個人戦力。

 異世界における……ある種、最大の特異点。魔導と科学を極めようと、抗し得るのか定かではない存在。

 文明を発展させるにあたって、頭を悩ませ続けるだろうバランスブレイカー。

 

 それがはたして風評通りの実力と気性であるのか……実際に見て、感じてみたかった。

 

(まっ倒せなくても、無力化する方法なら可能だ。所詮は一人(・・)に過ぎない)

 

 そう……"折れぬ鋼の"が人類と世界すべてにとっての英雄であるならば、その身一つということが最大の弱点である。

 同時多発的に発生した戦争の全てに介入することは、彼にとっても限度がある。

 まして不殺を信条にしているならば、時間を稼ぐこともそう困難なことではない。

 

 

(悲劇がお嫌いなら……俺の故郷を襲った災禍(さいか)にだって、間に合えたはずなんだからな――)

 

 あの一件がなければ俺は売られることもなく、フラウが苦難の半生を送ることもなかった。

 もっとも結果的に見れば、あの一件はこれ以上ない契機であったし、今さら思うところなど――

 

「おいっお~い、強い気持ちが表層に出てるぞーベイリル」

「――っと、隠し事はできんな。しかしそうか……俺が"感情的"だったか」

「割とね、どっちつかずな感じだったけど」

「落ち着いたら、フラウと故郷にでも行ってみっかねぇ」

 

 自身の出自(ルーツ)を辿ることで、新たに見えてくるものがあるかも知れない。

 ここからカエジウス特区を挟んで南西の亜人特区領、かなり近くに位置している。

 

 

「まっまっ昔はともかく、最近は彼が来た時点で戦争はおしまい。でも()()()()()もいるわけで――」

 

 シールフの意味深な言葉に眉をひそめたが、すぐにその意味を察しえた。

 戦意喪失し帝国軍も王国軍も早々に撤退の準備をしている中で、()()()()()()()()姿()があった。

 

「ここからは戦争じゃなく、"個人的な闘争"。恒例行事みたいなものね」 

 

「うわぁ……"戦帝"じゃんアレ、大帝国の頂点(トップ)様が出張るか普通」

 

 俺は呆れ顔を隠そうともせず、乾いた笑いを漏らすのだった。

 

 



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#170 不折極鋼 II

 単独で大国とも渡り合う五英傑──"折れぬ鋼の"と相対するは、世界最強の軍事国家の帝王その人。

 

「まぁ戦争で最先陣を切ってる時点で、ツッコミは詮無(せんな)い気もするが……五英傑を相手にするとは」

(いくさ)好きにとっては、目の上のたんこぶだからね~。それに殺されることもないし」

 

「なるほどな──つっても王の王たる権威ってもんがあるだろうに」

「あっははははっ、五英傑は例外。あれは武威とは無関係の存在だから、負けて失う尊厳(プライド)なんてないんだよ」

 

「シールフは戦ったことはないのか?」

「ないよ、私でも相手にならないもの」

「本当か~? あの手の(やから)には精神攻撃ってすっごい有効だと思うんだが」

「地球の創作作品(フィクション)で言うなら、そういうのすら()()けるレベルの化物だよ」

半端(っぱ)ねぇな」

 

 戦帝が剣を構える様子を遠目で見ながら、俺はグッと拳を握りしめる。

 

 

「それに私の"読心の魔導"は相手の心を直接(えぐ)る。普通のダメージとは違うから、どんな恨み買われるかわかったもんじゃない」

「確かにな、思わぬ地雷を踏みかねないのは危な過ぎるか」

「そうそう、"五英傑"は規格外なの。一人は迷宮オタク、一人は地上最強の引きこもり、一人は最自由人、そしてあれ(・・)は頭おかしい」

 

 遠く眺めるようにビシッと"折れぬ鋼の"を指差したシールフは、呆れた表情を隠そうとしなかった。

 

「戦わない理由探しも大変だこと」

「好きに言うがよい、ベイリルの所為(せい)で私はまだまだ長生きしたくなったのじゃ」

 

 わきわきと両手の指を動かすシールフに、俺は嘆息するように笑う。

 

「そうだな、俺としてもずっといてもらわないと困る。フリーマギエンス連なる皆にも言えることだがな」

「うむうむ。素直なのは良いことだよ」

 

 

 戦帝が大地を破砕しながら、"折れぬ鋼の"と衝突する。

 するとシールフは俺へと流し目を送りながら、魔導を使うまでもなくその心を読んだ。

 

「試したいんでしょぉ~? せっかくだから行ってくれば」

「──バレバレか。まぁ"無二たる"偏屈爺さんとは、()れる気が起きなかったが」

 

 願いを叶えてもらう立場とは別に彼の性格と、単純に実力不足という部分もあった。

 

「およそ殺されないから安心していってきなさい。まっ"竜殺し"や"円卓殺し"程度が通じる相手じゃないけどね」

「なぁにいずれ(きた)る制覇勝利の敵となる相手。一戦(まじ)えておくのは得難(えがた)い経験ってもんだ」

 

 というよりはあの英雄を呼び込んだ理由は──この為、と言っても……決して過言ではなかった。

 

 

 

 

 "折れぬ鋼の"と戦帝の闘争圏外ギリギリで、見知った顔を見つけ地上に降りる。

 

「何してんすか、オーラム殿(どの)

「ン~? ただの野次馬サ。というかベイリルゥ、その格好こそ"()()()"()()()かネ?」

 

 俺はいつもの専用外套(ローブ)を着ていないし、顔の上半分には薄布を巻いていた。

 身元がバレそうな武器も置いてきて、ほぼ無手でこの場に(のぞ)んだ次第。

 これ以上ベイリルの名が通ってしまうのが、色々面倒だと思ったゆえの措置である。

 

「顔を広めたくないんで、パパっと着替えてきました」

「フゥ~ン……ってことは、挑むつもりか」

「男の子の本懐(ほんかい)ですから」

「まっ揉まれてくるといいヨ」

 

 戦帝の剣撃と爆発による余波の暴風の中で、俺とゲイル・オーラムは涼しげに話をする。

 

 

「──間近で見ると……改めて凄さがわかるな」

 

 最強の軍事国家を統治する王者の血族。その剛力(パワー)速度(スピード)技術(スキル)精神性(メンタル)駆け引き(タクティクス)

 どれを取っても超一級品だろう。しかし相対する男はその場から大して動くことなく、延々といなし続けていた。

 

 戦帝は左肩から指先までを(おお)う巨大な籠手に、右手には身の丈ほどの大剣を振り回す。

 大小様々な爆発を直接的なダメージソースだけでなく、しっかりフェイントとしても使っている。

 さらには爆裂による加速まで乗せるようにして、(たく)みに連鎖・連係させていた。

 

 問題はそのどれもが有効打となっておらず、まったくもって通用していない様子であった。

 ところどころ()()()()()()()()()()ようにも見えるが……それは気の所為(せい)だと思いたい。

 

 

("爆属魔術"か──)

 

 雷属魔術などと並んで、かなり珍しい部類の魔術である。

 火薬の燃焼などの"爆燃"現象と違い、"爆轟"反応とは分子構造の振動による衝撃。

 反応は似ているようでも実態はまったく別物で、その威力も桁違い。

 火薬の代わりに爆薬を銃や砲に利用しようものなら、ただの一発で破壊されてしまう。

 

 生半可(なまはんか)な各属性の魔術防壁など貫通してくるし、衝撃波も一瞬で駆け抜ける。

 防御も回避も困難極まるもので、直近で爆破されようものなら反応すら危うい。

 

(同時に扱いが非常に難しいわけだが)

 

 ちょっとしたミスで、自身もろとも巻き込んで爆散しかねない。

 だからこそ俺が使う"重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"は切り札であり、滅多に使うものではないのだ。

 それをあれほどの高速白兵戦闘の中で、爆発を織り込んでいく戦帝の強さは……おして知るべきところである。

 

 

「一見すると食い下がってるように見えて……」

「ありゃ単に"折れぬ鋼の"の(ほう)が見極めてるだけだネ、殺さない為に──」

 

 そう喋っている途中、"折れぬ鋼の"がついに動いた──と同時に決着した。

 戦帝が強いだけあって長引いたものの……終わってみればたった一発の拳。

 余計な破壊を生まず、無駄が一切感じられない完璧な一撃だった。

 

 十中八九、世界最硬クラスには頑丈だろう戦帝の鎧はあっけなく砕け散る。

 腹に突き刺さった拳によって、偉大な帝王は地に膝をついていた。

 

「ぬっぅぅううぐう、いつもいつも我が(いくさ)の邪魔をする厄介者が──」

「戦争狂の愚王よ。キサマもいい加減、()を知りわきまえろ。こちらがいつまでも手加減すると思うな」

「フハッハハッハハハ、この俺を殺せば国は荒れる。そうなればお前にとって不本意な結末となる、承知の上よ」

 

(かえ)(がえ)すも……とんでもねえ帝王だなオイ)

 

 (クチ)だけで"五英傑"の神経を逆撫でしてから、戦帝は直属の近衛騎士と共に退()がっていった。

 その後は意趣返(いしゅがえ)しと言わんばかりに、帝国軍の上級士官っぽい連中や部隊長らが、次々挑戦しては……当然やられていく。

 

 飛竜から降りてなお屈強な竜騎士も、"折れぬ鋼の"の了解を得て多勢で連係を組んだ黒騎士も。

 獣人種の速度も、鬼人族の膂力も、エルフ種の魔術も、魔族の洗練された術技も何もかもが通じない。

 

 さすがに敗北側の王国軍は、主要戦力も削られただけあってすぐに撤退の()へとついていた。

 余力を残した帝国軍にとっては、なるほど確かにお祭り(・・・)というのも(うなず)けるというもの。

 

 

「いや……ほんっと、出現しただけで戦争も終わるわけだ」

「いい見世物だヨ」

 

 じっと観察する。一つ一つの動作だけで、次元が違うと理解させられる。

 円卓などまったく相手にならず、黄竜ですら可愛く見えてくるような凝縮された圧。

 打ち倒すのに必要な打撃を、的確に(はな)って、殺さずで終わらせる。

 

(狩猟と勝利が好きなバリス殿(どの)も喧嘩を売らんわけだ。獣身変化したバルゥ殿(どの)でもまず無理……)

 

 仮に白虎と黒熊が協力して連係したところで勝ち目はあるまい。

 それが規格外の扱いをされる五英傑たる者の、圧倒的という言葉すら生ぬるい戦闘強度。

 一体どれほどの研鑽を積めば──これほどの強さがありながら、ああも繊細な真似ができるのか。

 

 挑戦者もついにはいなくなり、まさに彼が()()()()()といった様子で……。

 その場で全体を監視するように、静かに(たたず)み続けていた。

 

 

 俺は隣に立つ()()()()()()()へと、目を映しながら一つの疑問を投げかけてみる。

 それはひどく個人的だったが、素朴なれど真に迫った疑問であった。

 

「ところで……オーラム殿(どの)は戦わないんですか?」

 

 俺の割かし真面目な抑揚(トーン)の質問に対し、当の人物はおちゃらけた様子で答える。

 

「ボクちん強さ比べなんてとっくに()いてるも~ん」

 

 勝敗に頓着(とんちゃく)がないのは、ゲイル・オーラム──彼の彼たるゆえんだった。

 

 

「でもベイリルゥ、キミがどうしても見たいと言うのならやるよォ?」

「正直なところ、ちょっと見てみたいです」

 

 ゲイル・オーラムは五英傑ではない。ないのだが、五英傑に次ぐだけの強者だと個人的に思っている。

 同時に彼は──あの"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"から解放された翌日に、殺意による圧だけで死を覚悟したその日から……。

 俺にとって強さの憧憬であり目標であった。

 

(そして俺はこの人の底をまったく知らない)

 

 かつて黄竜も討伐したその本気を──引き出された全力を、是非とも見てみたい。

 

「そんじゃ()っちゃうかネ」

 

 俺は少年のような輝きを瞳に宿し、同時に内心では計算高くどうなるかを見守ることにした。

 



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#171 不折極鋼 III

「そんじゃ()っちゃうかネ」

 

 そうあっさりとオーラムが言った瞬間、"折れぬ鋼の"は立っていた場所から飛び退(すさ)っていた。

 一方で"黄金"の名を持つシップスクラーク商会三巨頭の1人は、その場から動いていない。

 

「不意討ちか?」

(かわ)されたンだから、討ててはないんじゃなあい?」

 

「おっほおぉぉおお……──」

 

 俺は感嘆の声を漏らしながら、何度も地面を蹴ってその場から退避していく。

 ポケットに手を突っ込んだままのオーラムの周囲は、キラキラと()に輝くもので覆われていた。

 

 ──"金糸(きんし)"。

 オーラムは魔術も使えるのだが、彼が直接的に武器とするのは金糸のみ。

 しかし魔力を(かよ)わせたそれは、並々ならぬ恐るべき強靭性を誇る。

 あらゆる魔術を超える速度と範囲をもって敵を(ほふ)り去る、商会最強の暴力装置。

 

 

(人が使う武器は実に様々だ──)

 

 必要に合わせて進化していった武器は機能美すら感じ入る。

 

 鈍器。誰もが自身の肉体を最初の武器とし、調達も容易な石や棒などを単純(シンプル)な武器とした。

 斧。棒に尖った石をくくりつけるだけで、武器だけでなく様々な用途に扱えた。

 槍。明確に殺傷を目的として作られた、最初の武器とも言えよう。

 弓。石などを投擲するだけでなく、より遠くから確実に狩猟する武器が様々な文化の中で産み出された。

 剣。取り回しの良さと攻防に優れ、古今東西で使う者の誇りなり、象徴とする武器にまでなった。

 

 それ以外にも枚挙(まいきょ)(いとま)がなく、一見しただけでは使い方がわからないものまである。

 そして異世界にはなかった弾薬式の銃、いずれは爆弾、装甲戦車、潜水艦や戦闘機、ミサイルから核兵器に至るまで。

 人類と文明史にとって武器・兵器と戦争は常に共に在り、なくてはならないものだった。

 

 そして異世界にしかない魔術文明。

 物理的な炎・水・空・地、氷や光や雷に重力に爆発。読心の魔導まで実に多種多様だ。

 それらは文明や生活を支えるだけでなく、()えぬ争いの為に"武器"として使い続けられている。

 

 

 "糸"。本来は武器ではない。

 武器として使うことがあっても、精々太めのワイヤーで首を締めたり切断する程度だろう。

 

 なぜ使われないか……(おも)に強度的な問題と、なにはなくとも()()()()()()()が最大の障害である。

 一度絡んでしまえばすぐに使い物にならなくなる。本数が増えるほど混線しやすく、糸の役割を(うしな)わせる。

 

 だがもしも十全に使えたとしたら……糸ほど汎用性に優れた武器があるだろうか。

 

 まず射程(リーチ)が長く、手数も多い、さらには目に映りにくい。

 魔力によって人体を引き裂くだけの強度と速度を持った線が、全方位から無数に襲いかかるのだ。

 

 されども相手を殺すだけではない、行動を制限し無力化することもできる。

 どんな形状であっても、がんじがらめに縛り、締め付け、拘束する。さらに設置罠(トラップ)にも利用できる。

 技術があれば縫合することもできて、操り人形(マリオネット)のように操作することも可能。

 

 束ねれば鎧にも盾にもなるし、刃としてだけでなく鈍器にすらなりうる。

 糸電話の要領で声を伝達したり、張り巡らせた網から受け取る微細な振動から情報収集も可能。

 

 糸を伸ばすことで摩天楼をすり抜けるように立体機動し、材質によっては伝導体としても(すぐ)れる。

 

 俺の籠手に仕込まれている"グラップリングワイヤーブレード"にも通じる。

 クロアーネの"有線誘導"魔術もオーラムの模倣であり、プラタが使う"糸術"もオーラム仕込み。

 

 

 単純単発の破壊力で言えば、筆頭魔剣士テオドールには及ぶまい。

 しかし一瞬にして広範囲の空間内を、微塵(みじん)に変え続けてしまうその超攻勢。

 そんな埋め尽くすほどの金色の幕を回避し、また防御する──"折れぬ鋼の"が異常極まるとしか言いようがない。

 

(……"既視感(デジャヴュ)"?)

 

 2人の化物の闘争の中で俺が"折れぬ鋼の"に対して感じたのは、五英傑たる彼が戦帝を相手にしていた時の"それ"と同じだった。

 

 数え切れないほど地割れのような爪痕を残し、さらに束ねられて奔流のように撃ち出される金糸群。

 そこに織り混ざるゲイル・オーラム本人の体術を含めて、あくまで"折れぬ鋼の"は()()()()()()()

 

「──って、おいおいオイオイちょっ()……!?」

 

 "様子を見ている"──ただし闘争領域が()()()()()()()しているのだった。

 

 

(早々に使うハメになるっとはッ──)

 

 空属魔術で退避するのも困難になりそうなほどに、地上は原型を留めなくなっていく中で……。

 俺はあれこれ考えるより先に"風皮膜"を()きながら、世界に身を(ゆだ)ねるように()()()()()()()()()()()

 

 円卓二席を相手に覚醒したばかりの"天眼"。

 領域内を掌握・支配するように糸の軌道と隙間を知覚し、受け入れながら距離を詰める。

 

 そして闘争の最中(さなか)にある2人の(あいだ)へと、割り込むようにその身を投じていた。

 

 

「……!?」

「──おっとォ!!」

 

 オーラムの振るう手は止められたものの、勢い余りながら暴れる(たわ)んだ金糸を"折れぬ鋼の"が全て絡め取る。

 冷や汗がブワッと噴き出すよりも先に、発汗それ自体が完全に止まってしまうほどの暴威。

 はっきり言えば自殺行為だった。ただ……自分自身が理解できていないほどに、何故だか()()()()()

 

「どういうつもりだあ、ベィ……キミ(・・)ぃ?」

 

 久々に見たオーラムの射殺すような冷ややか視線に、俺は顔布の下で薄ら笑いを浮かべて口にする。

 

「いや……()き付けといて本当に申し訳ない。ただこれ以上やられると()()()()()()()ので」

 

 "天眼"を(とお)して確信できた──"折れぬ鋼の"の勝利は揺るぐまい。

 ただし彼がオーラム相手にいわゆる見切り(・・・)をつけるまでに、一帯の土地が消し飛びかねなかった。

 インメル領の土地も大事な大事な資源である。人民が住み、文化が根ざす場所なのだ。

 そこを修復不可能レベルに破壊させてしまうことほど、(おろ)かなことはない。

 

「わかったヨ、どっちみち(たわむ)れだ」

「……こちらとしても、戦う気がないのであればそれでいい」

 

 "折れぬ鋼の"が離した大量の金糸を、オーラムは数瞬の内に回収してまたポケットに手を突っ込む。

 一体どこにどうやって隠しているのか、謎は深まるばかりであった。

 とりあえずゲイル・オーラムの強度でも、"足止めが限度"ということがわかっただけで収穫というもの。

 

 

 しかし──それだけで終わるつもりはない。 

 

「そんかわしィ……ワタシを楽しませてくれたまえ」

 

 ポンポンッと肩を叩かれた俺は、顔を隠す布の下の薄ら笑いを──不敵な笑みへと変える。

 あの金糸の暴風圏に無傷で立ち入った俺を、オーラム殿(どの)が認めてくれたような気がした。

 

「はい、野次馬を楽しんでどうぞ」

「とりあえず"黄竜"を倒したって実力くらいは見せてもらおうかネ」

 

 オーラムの代わりと言っては難だが、俺とて()()()()()()()など毛頭なかった。

 

 

 

 

 ゲイル・オーラムと"折れぬ鋼の"との闘争の所為(せい)で、無茶苦茶になった戦場から少し移動し──

 改まったところで、五英傑が1人──"折れぬ鋼の"と俺は真正面から相対する。

 

「それじゃ手合わせ、よろしいか?」

「我は何人(なんぴと)(こば)まない。発散したいならばいつでもこい」

 

発散(・・)、か……。ほんと誠実そうな人だが、はてさて)

 

 心苦しいものはあるが、"殺せるもんなら殺してみる"……というのもアリか。

 不殺を貫く為に手加減し、相手の強度を測ってから決め打ちする。

 そんな過信・余裕・油断・慢心・(おご)りと言えるモノがあるのなら──

 

(付け入る隙も、あるのかねぇ)

 

 音圧で変声までして偽装する俺の正体を見抜けるのは、商会でも数人だけだ。

 他人にはまず誰かなどわからないし、露骨な空属魔術でも使わない限り結び付けることなどできない。

 周囲には見物人もほとんどいなくなって、終戦ムードまっしぐら。

 仮にやらかしたところで、すぐにこの場から逃げれば露見するようなこともないだろう。

 

("文明回華"の邪魔となる存在は……)

 

 先んじて消しておくに限る。

 

 

「はァ~……」

 

 俺は肺の中の息を吐き出しながら、空っぽにするイメージで"酸素濃度低下"を発動させた。

 完全に空気を絞り出し、呼吸を止めている間だけ……"折れぬ鋼の"周囲は死域と化す。

 

 しかし眼前の英雄は、一瞬だけほんの少し長めのまばたきをした──それだけだった。

 

「面妖な」

 

 間違いなく発動している手応えは感じる。

 しかし返ってきたのは、()に落ちないといった(ふう)な"折れぬ鋼の"の一言のみ。

 まるで学園生時代、遠征戦で被寄生ゾンビ相手に使った時のように──全く無意味だった感触を思い出す。

 

「っは──普通は意識失うんだが……本当に人間?」

 

 俺は発動を中断させて冗談抜きの抑揚(トーン)で尋ねる。殺すつもりだったとはさすがに言えない。

 "折れぬ鋼の"は別段呼吸を止めているということもなく、平時と変わらぬ様子であった。

 

 

「よくわからんが……気合だ」

 

 個人的に好感の持てる熱血人間の清々(すがすが)しい言い切り方に──内心で大いに戸惑う。

 

 こっちのわずかな意を察して反応して先手を取るとか、テオドールのように揺らぎを感じ取って対抗するとか。

 そういう次元を超越していた。ただただ()()()()()()()

 

(血中酸素濃度の問題、か? いや……()()()()()に御託を並べ立てるだけ無駄ってもんか)

 

 "読心の魔導"による精神攻撃も跳ね返すと言ったシールフの言葉にも、いよいよもって現実味を帯びてくる。

 

(う~ん……デタラメ超人ここに極まれり)

 

 理屈抜きで通用しない無敵さ。その理不尽さには舌を巻くどころではないのであった──

 

 



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#172 不折極鋼 IV

(さて、どぉうするぅ……──)

 

 もしかしたら毒ガスの(たぐい)も、根性で耐えかねないのではないだろうか。

 致死性の病気だろうが、故・女王屍(じょおうばね)の寄生虫だろうが、効かなそうに思えてくる。

 生身で宇宙空間に追放されようと、平然と戻ってきそうな恐ろしさすら──

 

 数瞬ほど悩んだ俺は、脳内でいくつか考えていた戦術行動(シミュレーション)を全部捨てることにする。

 どのみちオーラムのあの"金糸"超攻勢でも、仕留められなかったような規格外である。

 

「小細工を(ろう)するのはやめる。次の一撃に全精力を注がせてもらおうか」

 

 ちまちまやっていては見切られて沈められるのがオチとなりかねない。

 であるならば……こちらが初手から全力で決め打ちする。

 

 "導嵐・(テンペスト)螺旋(ドリル)破槍(ブレイク)"はトロルを殺し切ったが、そもそも最初の一穿(ひとうが)ちが怪しい。

 "重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"は密閉空間でも黄竜を殺し切るには至らなかった、五英傑は仕留められまい。

 "烈迅(れつじん)鎖渾(さこん)非想剣(ひそうけん)"はまだまだ不安定なシロモノで、当たるとも限らない。

 "音空共振波"なら多少のダメージは与えられるだろうが、打ち倒すヴィジョンまでは浮かばない。

 

 

「なんでもくるがいい、全て受け止めてやろう」

 

 "折れぬ鋼の"の一言に、自分自身が矮小(わいしょう)で恥ずかしくなってくる……自己嫌悪したくなるほどの聖人君子。

 やりにくい。やりにくいもののこれは絶好の機(チャンス)なのだから、それをむざむざ投げ捨てるわけもない。

 

(この際だ……"アレ"をやるか、というかそれしか通じる気がしない)

 

 "天眼"は既に直近で使ってしまっているし、仮に当てることができても沈めるだけの術技を同時には使えない。

 必要なのは()()()()()()の魔術。一撃で、跡形もなく、存在そのものを抹消するような── 

 

「今から出すのはとっておきだ。ただ……ちょぉ~っと、そっちまで移動してもらえますか?」

 

 俺は指をさしつつ場所を示して、"折れぬ鋼の"を誘導する。

 首をわずかに(かし)げた彼は、特に疑問を(てい)することなく素直に従い移動してくれた。

 

 

 これで男の後方には……()()()()()()()()()()。そうなればもう遠慮はいらない。

 

「それじゃあ、受け止めてもらいましょうか」

 

 再三の確認を取るように俺ははっきりと告げ、"折れぬ鋼の"は無言のまま(うなず)く。

 あとは相手の絶対的強者たる態度に甘えて、いくらでも時間を掛けて練り上げるだけ。

 

 俺はガンベルトに一つだけ差しておいた"鉛の弾薬"を手に握りしめた。

 それは鉛の弾丸(・・)ではなく、薬莢そのものが鉛製の単なる(つつ)

 弾頭はなく、火薬も入っていない。中にあるのは精錬前の……ただ物質として存在する"浮遊石の極小片"。

 

 もちろんそれは銃で撃つ為に使うシロモノではなく、魔術の触媒──というより原型として使うもの。

 

 

(俺にとっての最後の切り札(リーサル・ウェポン)だ)

 

 ピンッと指で弾薬を空高く弾いて、俺は詠唱を開始する。

 

収斂(しゅうれん)せよ、天上(きら)めく超新星──我が手に小宇宙(コスモ)を燃やさんが為」

 

 胸の前方で両の手の平を包み広げるように、その空間へと俺は意識の全てを(かたむ)けた。

 黄竜がその体内からぶっ(ぱな)した"雷哮"を想起し、魔術として形にしていく。

 落ちてきた弾薬が両掌の中心部へと導かれ、音を漏らすことなく潰れて光となる。

 

 これはまだ未完成。加速し燃え上がるような、俺の中の魔力を尽くし切る。

 "重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"の火力すら凌駕(りょうが)しうる、威力だけなら最強の魔術。

 

 ()()()()()も目を(つぶ)るだけの大いなる価値が、戦争を忌避(きひ)する五英傑──"折れぬ鋼の"にはある。

 

 

 両掌中で煌めく"それ"は……かつて宇宙から飛来し、地球に大量絶滅を引き起こした原因ともされる特大災厄。

 また……人類が産み出した大いなる可能性にして、()み恐るるべき科学の成果とも言えよう。

 

 徐々に(まばゆ)い輝きを帯びて膨張していく光の球──それは圧縮・固定した"放射性崩壊の殲滅光"。

 

 大気を一点に圧縮し電離(プラズマ)化させる、"天雷霆鼓(てんらいてんこ)"のさらなる発展。

 空気密度を調整して、天から地上へ降り注ぐ太陽光もろとも凝縮。内部で励起(れいき)し続けて爆縮させる。

 それはまさに──至高にして最強にして究極の一点突破。空属でも光属でもない、言わば宇宙(そら)の魔術。

 

 ほんの一瞬でも気を抜いてしまえば、たちまち膨張・拡散して周囲一帯を消し飛ばしかねない極大火力。

 

 

「くぅぬんぐぐぐぅぅぅううぉおおおぉぉォォォ……」

 

 この魔術には──己の思考までも、あまねく全てを注ぎ込む。

 扱うのが放射線である以上、わずかな漏れは自爆にも繋がるゆえに許されない。

 

 身の内にある魔力を尽くし、己が全身全知全霊全能を懸けてコントロールする。

 他の一切(いっさい)の魔術も使えず、完全な無防備状態でもってそれだけに極度集中し続ける。

 

 肉体と精神どころか、その魂まで()き切らんとする中で……光球は完成へと近付いていく。

 

「っづぐ……ふゥ──はァ──」

 

 なんとか安定臨界で留めおきながら、俺は鼻血を滴り落ちらせつつ呼吸を再開する。

 視界が鮮紅に染まるほど充血した瞳に、ガンガンと耳鳴りが頭痛としてまで響く。

 そうして俺は……歯が割れんばかりに食い縛ってから、気合を込めて叫んだ。

 

 

「"ガンマレイィィ・ブラストォォオオ"!!」

 

 両腕を前に押し出しながら、()()()()解き放つ──

 そうすることで指向性を持たせ、収束したエネルギーとしてぶちかます。

 

 しかし震える体躯と手腕(てうで)は……その照準を狂わせ、全く別の方向へ撃ち出されようとしていた。

 すなわち()()()()()()()()()()()。構築は完璧にこなせたものの、発射台たるこの身が耐えられなかった。

 その威力は斜線上を薙ぎ払うように蒸発せしめ、爆心地にはキノコ雲すら作りかねない破壊の光。

 

 反射的にまずいと心中で思うことすら不可能な一瞬の内に──"折れぬ鋼の"だけは確かに動いていた。

 

 亜光速をもった収束放射する光熱線が、"折れぬ鋼の"肉体へ突き刺さる。

 彼は前言(ぜんげん)通りに真正面から受け止めながら、余剰エネルギーを余すことなく天頂方向へと弾き続けた。

 

 放射時間にして、ほんの数秒に過ぎなかっただろう。

 周囲には"折れぬ鋼の"を中心に、(いびつ)に大地が削られた跡が残っていた。

 

 全ての爆光をその身一つで受けきった英雄は──それでもなお立っている。

 

 まともに喰らい防いだ両腕からは流血し、余波で全身ボロボロにはなっている。

 それでも本人は堂々たる雄姿(ゆうし)を保ったまま、至って平然としているように見受けられた。

 

 頭痛と目眩(めまい)に襲われながらも、俺はなんとか絞り出すように謝罪する。

 

 

「ぜっ……ハァ……浅慮(せんりょ)で未熟で不覚の尻拭い(フォロー)……お詫びします」

「身の丈に合わぬ技は身を滅ぼし、他をも害する。その心にしっかりと留意しておけ」

 

 "折れぬ鋼の"はもう既に出血も止まった様子で、意に介した様子もなくド正論を吐く。

 

「言葉も……ない──」

 

 俺はほんの残りカス程度に残った魔力で体内の循環を整えるように、自己治癒をイメージして少しずつ回復する。

 ぐうの()も出ない。本当にヤバかった……背伸びなんてするものではなかった。

 これも成長の機会だと思って踏み込み過ぎた。

 

 対黄竜の時などもたまたま上手くいっただけで、失敗することだって十分にありえたのだから。

 常に修羅場にて成長し、進化し、覚醒し、開眼し、限界突破できるとは限らない。

 ある程度の信頼を相手に置いていたとはいえ、増上慢(ぞうじょうまん)となっていたこと猛省する。

 

 なによりも危うく俺自身が、大切な領地を汚染しかねなかった。

 多少の放射能汚染であれば、フラウに宇宙まで浮かしてらえばいいくらいに思っていた。

 しかし無軌道に放射殲滅光が放たれていたら、広範囲に渡って汚染されてどうにもならなくなっていた。

 

 そうなれば()()()()()とはならない。五英傑に当てることすらなく、ただ無為に大地を(おか)していた。

 

 

「とはいえ初めての体験だった、学べたことに感謝する」

 

 "折れぬ鋼の"のそんな心の底からの一言が、俺へと差し向けられる。

 

(……もうやだ、この五英傑)

 

 心底そう思いながらもフラフラと立ったまま俺は、覚悟を決めた面持(おもも)ちで"折れぬ鋼の"に告げる。

 

「そんじゃま──"気合の一撃"、頼みます」

「いいだろう、歯は食いしばらないほうがいい……折れるぞ」

 

 俺は乾いた笑いを残しながら、ゲイル・オーラムへと顔を向ける。

 

「自分が倒れた後の運搬、よろしくです」

「まかされたヨ」

 

 ゲイル・オーラムのウィンクを見て、俺の心中にとりあえずの()いは残らなかった。

 俺は五英傑の一人へと向き直って、残された最後の一滴を絞り出すように全身に(ちから)を込める。

 

「っしゃあ!」

 

 仮に万全の状態で"天眼"を使っていたとしても……回避できたかわからない右鋼拳(ストレート)

 己の短絡さと不明とを(なげ)きながら、俺は気合一発の掛け声と共に──その意識を途絶(とぜつ)させた。

 

 




インメル領会戦の戦争部分はこれにて終了です。

お気に入りや評価・感想などを頂けると嬉しいので、気が向いたらよろしくお願いします。


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第三部 5章「戦後処理と報奨」
#173 論功行賞 I


「論功行賞……?」

 

 "折れぬ鋼の"にぶっ飛ばされて、ハルミアの膝枕から目を覚まして(のち)

 彼女の治癒魔術のおかげで傷は残ってないものの……まだ痛む気がする左頬を抑えて本営へと戻る。

 そこで伝えられたカプランの言葉を、頭の中で何度か繰り返した。

 

「そうです、なにせ円卓二席を倒したのですから当然のことかと」

 

 考えてなかったわけではないものの……確かに、帝国領の戦争で挙げた功績。

 その戦果に対して(むく)いるということはなんら不思議なく。そうした行事もさもありなん。

 ただそうした(たぐい)は全て商会それ自体に集中させるつもりだったのだが──

 

「なお戦帝が自ら個別に呼び出して与えるそうです」

「まじすか……」

 

 戦帝が"折れぬ鋼の"を相手に戦っていた光景を思い出しつつ、俺は大きく肩を落とす。

 世界最高クラスの権力者であり、しかもあの気性……正直あまり関わりたくはない。

  

「他の戦果に関してはまだ詰めていく段階ですが、おおむねインメル領と商会の名で大丈夫かと思います。

 たださすがに円卓の魔術士を単独で撃破したと広まってしまった以上は、興味を惹かれてしまったのでしょうね」

 

「もし断ったとしたら──」

「気分を害すことでしょう、ここは出向くしかないかと」

「怪我が酷いとか、体調不良とかならどうですかね?」

「問題を先送りにするだけで、解決にはならないでしょうね」

「……ですよねー」

 

 俺は溜め息を一つ吐き出して、眼の前の現実を受け入れる。

 下手に時間稼ぎをしたら、余計に目をつけられるだけの悪手にもなりかねない。

 

 

「そういう面倒事は()けておきたかったんだが──」

 

 顔と名を売ることはいつでもできる。だが一度目立ってしまえば、それはもう不可逆だ。

 まして500年どころか、それ以上生きる予定なのだから……。

 

「"折れぬ鋼の"を相手にした時みたいに、顔隠しときゃ良かったんだよー」

 

 そう言ったのは椅子を逆向きに、股を開いて座るシールフであった。

 背もたれの上に顎を乗せて、音を立てずにゆらゆら前に後ろに椅子を動かしている。

 

「さすがに全力全開(ガチンコ)()ろうって時に、あんな目障りなモンつけてられんし」

「うっははは、まっこういうのも慣れときなって。遅かれ早かれそういう時期は来るもんさ」

 

 他人事であり面白がっているシールフを傍目(はため)に、俺はカプランに尋ねる。

 

 

「ってことはフラウもですか?」

「いえ……彼女が円卓十席を倒したことは広まっていません」

「えっ──なにゆえ俺だけ?」

「十席の本陣周辺一帯があまりの惨状(さんじょう)すぎて、目撃者が誰一人いませんでした。死体も残ってないので、生死不明扱いだそうです」

 

 確かに帰陣途中の空から見た双術士の本陣は滅茶苦茶であった。

 フラウが埋まっている可能性も考えて、しばらく周辺を生命探査したくらいだ。

 

「でも筆頭魔剣士も死体は残ってな──あぁ……魔鋼剣が残ってたな」

 

 肉体は全て灰塵(かいじん)()したが、テオドールが使っていた武器はそのまま残っていた。

 ケイ・ボルドが欲しがったものの……恩人である彼女でも、そこは遠慮してもらった。

 残された武器と弟子の遺体は丁重(ていちょう)に王国へと帰す予定であり、それが帝国の耳に引っかかったのだろう。

 

 

「そういうことです、あと商会内で広めた者も──それが廻り巡って耳に入ったのでしょう」

 

 人の噂に戸は立てられぬと言うが、それでも俺は思わず眉をひそめた。

 一体誰が言いふらしたというのかと──シールフがすぐにネタばらしをしてくれる。

 

「ちゃんと口止めしとくべきだったねー、我らが愛弟子(まなでし)とそのご学友にさ」

「……なるほど、それは失念していた」

 

 ケイとカッファの性格を考えれば、あれこれ触れ回ったのもうなずける。

 プラタ相手に、実際に見ていた内容を興奮して話しただろうことも想像に難くない。

 

(後輩からの純粋なリスペクトからの行動である以上──)

 

「邪険にはできないわな」

 

 そう口にしたのは俺ではなくシールフであった。

 

「俺の心を食い気味に読むな」

「あっはは、私とベイリルは"ペアリング"強いから。多少は流れ込んでくるのは諦めれ」

 

 現代知識を読んで理解してもらう為に、深層まで強く繋がった副作用とも言える。

 テューレの視界共有程度なら、一時的なもので済むのだが……。

 しかし俺とシールフのそれは、もはや無意識的な絆に近いものがあった。

 

 

「まぁいい。ケイちゃん……彼女がいなきゃ割と普通にマズかったしな」

 

 途中で"天眼"に覚醒できていても一瞬ぽっち。あの門弟集団を倒せるかと言えば不可能。

 相手にせず飛んで逃げようにも、テオドールの超長大ブレードに斬断されて終わっていたのは明白。

 

(さらに言えば……)

 

 暗殺していた時に、テオドールに発見されてしまったのを思い出す。

 あの場はすぐに離れたものの、その時点で多数に目撃されただろうし、追撃もされてしまった。

 

 結局は逃げおおせたものの、円卓二席の言葉と共に、王国軍内で素性の一部はバレていただろう。

 なにせ現代地球に比べれば、圧倒的に娯楽の少ない異世界。

 ネットはおろか電話や無線などなくても、(ゴシップ)や情報の伝達速度というのは存外早いものだ。

 

 捕虜などから情報を得て、アタリをつけられて調べられる可能性も十分考えられる。

 なればゴチャゴチャ突っ込まれて調べ上げられるより、こちらから開示するほうがまだマシであった。

 

 必要な情報だけを与え、真に隠したいことは徹底的に煙にまくとしよう。

 

「しょうがない。ここは一つ吹っ掛けて、報酬を吊り上げるくらいの気概でいこうかね」

 

 

 

 

 帝国大本陣──王の天幕内の玉座に座る偉丈夫を前にして、俺は(うやうや)しく(ひざまず)いて(こうべ)を垂れる。

 

「楽にせよ」

 

 そう一言あってから、俺はゆっくりと顔を上げて真っ直ぐ視線を交わす。

 "折れぬ鋼の"と戦っていた時とはまた違った、まさに王の王たるオーラとでも言おうか。

 負わされた怪我も既に完治しているようにも見受けられ、ただそこにいるだけで不思議な圧力を感じ入る。

 

「名は?」

「ベイリルと申します、レーヴェンタール陛下」

 

 "戦帝バルドゥル・レーヴェンタール"。

 特に帝王自ら名乗ることはなかったが、こちらも知らぬということはない。

 元々俺は帝国人であるし、まして世界各国のトップの名前くらいは教養として全員知っている。

 

 

「エルフ種か?」

「ハーフです、年は十七を数えます」

 

 実年齢に比して容姿の若さを保つ長命種の礼儀として、種に言及する際に年齢を言うのはセットである。

 平時であればさほどでもないが、帝王ほどの人物を前にしては礼儀を欠く行為にもなりかねない。

 

「若いな……ちょうどこの(いくさ)に参じている我が息子、"ヴァルター"と同じか」

 

 戦帝は顎に手を当てると、値踏みするようにこちらを見据える。

 周囲の者達……"折れぬ鋼の"に挑んでは(やぶ)れていった顔ぶれも散見された。

 

 しかし勲章をつけてそれなりの地位にいるだろう彼らは、一切の口を差し挟むことはないようで。

 それだけ頂点の権威というものが、よくよく(うかが)い知れるというものだった。

 

 

「聞いた話では……帝国人だそうだな。たしかに帝国(なま)りもあるようだ」

「亜人特区に住んでおりましたが、"炎と血の惨劇"に見舞われまして……」

「なるほど、あの事件か。かなり広範囲に渡って焼かれていたな」

「わたくしが住んでいたのは"アイヘル"という小さい街でした……既に存在していませんが」

「その経験が、貴様を強くしたと」

「はい、そうなります」

 

 口角を大きくあげた戦帝は、目を見開きながら言う。

 

「失った物よりも多くを得る奴は好きだ」

「……恐縮です」

「円卓を倒すだけの強さを──かの悲劇は与えてくれたわけだ」

 

 戦狂いの帝王らしい考え方であった。感傷といったものは微塵にもない。

 故郷を失ったという事実よりも、そこから得た"今"をこそ評価する。

 

「もしも戦働きに対する報酬を(たまわ)れるのであれば──」

 

 帝王の話に乗っかるように、俺は心の奥底でくすぶっていた感情を吐き出した。

 

 

「"かの事件の真相"を知りたく存じます」

 

 フラウと離れ離れになり、"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"に買われる原因となった事件。

 俺達が住んでいたアイヘルの街だけでなく、他にも複数の集落被害を出した炎と血の惨劇の日。

 

 気にならないと言えば嘘であり、母を探す手掛かりにもなるかも知れない。

 商会の情報網を使って(おり)を見て調べてもいたが、判然としない曖昧(あいまい)な事柄ばかり。

 それは本当に謎であるからなのか、あるいは帝国そのものが関与し隠蔽(いんぺい)などをしたからなのか。

 

 もし後者であるならば、戦帝からなんらかの反応(リアクション)が得られるかもと吹っ掛ける。

 

「そうだな……──」

 

 言葉を紡ごうとする戦帝の一挙手一投足、表情や心音に至るまで全神経を集中させ、俺は固唾(かたず)を呑んで見守った。

 

 

 



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#174 論功行賞 II

「そうだな……──ここは論功行賞の場である。功績には(むく)いねばならん」

 

 つぶさに戦帝の調子を観察する。しかしこれと言って不自然さは感じられない。

 この場にシールフか、カプランがいてくれればなどとも思う。

 

「まして帝国人なれば、相応の報酬を与えるべきだろう」

 

 とはいえ俺とてハーフエルフの強化感覚で、細かい動作はそうそう見逃さない。

 声色や心音ですら、ある程度は聞き分けることだってできる。

 

 しかし俺の強化感覚が示しているのは──()()()()()()()()()()()()ということだった。

 

(あるいはまったく気にも()めていない……些事(さじ)や雑事の(たぐい)に過ぎないと思っているか、だが)

 

 時期的には目の前のにいる戦帝が、既に頂点として君臨していた。

 思考を巡らせながら、俺は戦帝の次の言葉を待ち続ける。

 

 

「だがなぁ、生憎(あいにく)と……あの事件については詳細が知れぬまま既に風化してしまった」

 

 商会の調査でもわからなかった最大の理由である。事件の日から(とき)()ち過ぎているのだ。

 調べようにも既に廃墟と化した街で、収集できるものなどほとんどない。

 

 シールフとて人間の心と記憶の超専門家(エキスパート)であるが、物の心を読む(サイコメトリー)まではできない。

 

(現代地球の最先端の科学捜査でもあれば、また別なのかも知れないが──)

 

 証拠になりそうなモノは保存してあるとはいえ、今あるテクノロジーではどうしようもなかった。

 

 

「なにせ十年以上も前だ。いまさら蒸し返す者もいないし、調べたければ自分で調べよ」

「それはつまり──調査権限をいただけるということでしょうか?」

 

 帝国領の一部を"自由に行き来"して、"好き勝手に調査"できる権利であればかなり美味しい。

 もっと突っ込んだこともわかるかも知れないし、その過程で色々とやりようがある。

 

 帝国本国の調査組織などに働きかけて、そこからさらに人脈(コネ)の輪を拡げられるやもと。

 

 画策しつつ(たず)ねた俺に対して、戦帝は左手で払うような仕草を取る。

 そうして戦帝の口からついて出た言葉は、想定の斜め上の答えであった。

 

「いや、土地ごとくれてやる」

「……はい?」

 

 俺は転生してよりこれまで、未だかつてないほど()の抜けた声を発してしまっていた。

 

 

「大変申しわけありません、陛下。もう一度よろしいでしょうか?」

「三度目はないぞ。土地をやると言った」

 

 我ながらとてつもなく愚昧(ぐまい)(たわ)けた表情を(さら)してしまう。

 それまで気を張っていただけに、余計に滑稽に思えるほど。

 

「あそこらへんは確か帝国直轄領のままだ。円卓を撃破した武威は、領地持ち貴族に(あたい)する」

「っ──(つつし)んで……お受けいたします」

 

 熟考する暇もなく頭を下げる。否、()()()()()()()

 有無を言わせぬような帝王の言葉に、(うなず)かざるを得ないと思わされた。

 

(は? マジ? しかも一存……? 流石(サスガ)の一言で片付けていいものか? 帝国最頂点の権力恐るべし、だと)

 

 これで自由に調べられる──そして……調べられたとしても、全く問題ないと戦帝は思っている。

 あるいはもしかしたら本当に、戦帝や帝国本国は事件に関わってないのかも知れない。

 

 

(いやいやイヤイヤ、待てよ待て──)

 

 そこで俺のハーフエルフとしての脳みそがぐるぐると高速で回り始める。

 

 領地持ちということはそれだけ名が知れる。遅かれ早かれなものの、それだけ面倒事が増える。

 まず土地経営のノウハウなんてない。商会に任せるにしても、今はそこまで余裕があるわけではないと思われる。

 特区による税制がそのまま適用されればいいが、そうでもなけりゃ余計に領地運営など回らない。

 もとより帝国人とはいえ、領主となればそれだけ帰属は強まり、戦時には派兵などの義務も出てくる。

 俺が素人なのは明らかだし、帝国から補佐人員が派遣されるとして、厄介な人物だったらはたしてどう対応すべきか。

 

(そんなものに縛られるなんてまだ時期尚早(じきしょうそう)っ──!)

 

 バッと顔をあげて戦帝と目を合わせたものの、俺は言葉に詰まってしまう。

 

「不服か?」

 

 鷹揚(おうよう)に低く威厳を秘めた声音。それは本当にただ純粋に問うているだけのようだった。

 

「いえ……我が身には持て余す、あまりに過分な報酬でありまして──」

 

 とりあえず真っ向から断るのは諦めて、遠回しに探るように言葉を選ぶ。

 領地持ちということはすなわち、名実(ともな)う帝国貴族になるということに他ならない。

 それを無下に断ってしまっては、二心(ふたごころ)のようなものがあるのかと勘ぐられることもありえる。

 

 戦帝の機嫌を損ねないよう慎重に、商会にまで波及(はきゅう)させないよう……どうにか穏便に。

 

「故郷の悲劇を調べたいのだろう? これはオレの経験で言うことだが、貰えるモノは貰える時に貰っておけ」

 

 

「っ──く……(おっしゃ)る通りです」

 

 俺は苦悶を表情に出して訴えながら、戦帝の言葉を咀嚼(そしゃく)する。確かに機会は(のが)すべきではない。

 ただこの機会が、はたして良いものか悪いものか……必死に思考を、限界まで回すもののまとまりきらない。

 

 確かに大きなメリットもあるという事実が、判断を難しくする要因であった。

 

 亜人特区はインメル領とも近いし、今後帝国を制覇するにあたって自領はあった(ほう)が都合が良い。

 今後いつ帝国でこうやって、功績を挙げるという機会に(めぐ)まれるかもわからない。

 その時にまた都合よく戦帝がいて、俺を評価し、これほどの報酬をよこしてくれるとは限らない。

 

 故郷の調査、領地の運営、商会の方針と援助、俺自身の立ち位置、今後想定される問題の洗い出し。

 考えることが多すぎる。一旦は持ち帰り、何日も掛けて有志と協議して熟考したい重大案件である。

 

 

「王国の"筆頭魔剣士"を破った。かの国の武威を(おとし)めた勲功、さらに帝王の決定に文句を言う者などいない。

 やっかみだの多少の雑音などは、誰にでも常に付いて回る。これ以上オレに無駄な時間を遣わせてくれるな」

 

「恐縮の至りです……──何事も一度はやってみるものですか」

 

 抗言するだけの雰囲気はもはや消散していて、俺は観念するしかなかった。

 はっきりと命令されたわけではないが、これはもう帝国の頂点からの実質的な下知(げち)と同義だ。

 

(どうしても持て余す場合には返上しよう)

 

 それがほいほい戻せるのか微妙だが……戦帝の様子を見るに、時が過ぎれば興味が失せてくれるかも知れない。

 戦争が至上の帝王であるのだから、一領主の進退などいずれ忘れてくれることを願う。

 

「そうだ、自らの目的を果たせ。まったく、なぜオレが説教じみた真似を……」

「御手間を取らせて、大変申し訳ありません」

 

 俺はもう一度深々と(こうべ)を垂れて、帝国貴族となることを受け入れる……しかなかった。

 問題ない、この程度の不確定要素(イレギュラー)など──シップスクラーク商会ならば大丈夫、なハズだと。

 

 

 

「まあ良い。さて本題だ」

 

本題(・・)……? 論功行賞はこれで終わりじゃないのか。いや、まさか──)

 

 俺は顔を下に向けたまま眉をひそめ、また無様な対応を晒すことがないよう心中で気構えを作る。

 

()()()()()()()()()()()()()()ものだな」

 

(あぁ……やはりそう来るか)

 

 わかりやすい前言から瞬時に状況が読めてしまっていた俺に、予想通りの言葉が待っていた。

 戦帝と呼ばれるほどの豪傑。わざわざ王国軍(てき)に塩を送って、真正面から決戦を挑んだその気質。

 

(故郷の土地をもらって帝国貴族になるのは……予想外だったものの)

 

 円卓の魔術士を倒した俺を個人で呼びつけておいて、この展開が想定外だったとはさすがに言わない。

 

 

「ベイリルと言ったな──()り合うか、全力でな」

 

 



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#175 論功行賞 III

()り合うか、全力でな」

 

「……全力で、ですか」

 

 俺は顔を上げて戦帝の顔を見据えつつ、予想していた言葉に思考を回し続ける。

 彼我の戦力分析は先の王国との決戦風景と、"折れぬ鋼の"との一対一(タイマン)を観察してよくよくわかっている。

 勝てる可能性はほとんど無い。戦帝も俺が円卓を倒していると知っている以上、油断や慢心は見せまい。

 

(それでも付け入る隙があるとすれば──開幕速攻、か)

 

 九分九厘(くぶくりん)負けるが、勝つ可能性がほんのわずかにでもあるとすれば……やはり不意討ちまがいの確殺しかない。

 

 

(爆属魔術よりも速く、なによりも速く駆け抜けるような決め打ちをすればあるいは)

 

 ただもし仮に、万が一にも、首級(クビ)を獲れたとして、はたしてどうなるか……タダで済むわけがない。

 いくら帝国が実力主義を(うた)っていようとも、実際的な簒奪(さんだつ)は過去に前例がない。

 彼自身もカリスマがあり、武人達に多く慕われ、憧憬され、尊敬の念を(いだ)かれていることは疑いなし。

 

(初見の俺ですら、惚れ惚れするくらい参考にしたくなったからな)

 

 つまり身分を隠して、孤高を()でいく"折れぬ鋼の"を殺そうとした時とは状況(ワケ)が違う。

 俺の素性は知られているし、帝王を殺したとしたらそれは商会そのものにも波及しかねない大事態。

 

(帝国の頂点を現段階で殺すのは、まったく予想のつかない悪手……)

 

 勢い余って、などという名分あっても言い訳には決してなるまい。

 それに少なくとも戦帝の気性は非常にわかりやすく、現段階では互いの印象も悪くない。

 

 

 戦争行為を吹っ掛けまくるのは厄介ではあるが、それでも彼の行動自体は予測しやすい部類に入る。

 

 帝国が内乱状態になって、外交関係や戦争状態が滅茶苦茶になったり……。

 先の読めない人間が新たに帝王となるよりは、戦帝の(ほう)幾分(いくぶん)(ぎょ)しやすいというもの。

 

(殺さずに勝てたとしても、それはそれで面倒)

 

 ただでさえつけられている目が、どうなることやら。まぐれ勝ちすらも後々(のちのち)のことを考えると恐ろしい。

 敗北しようにも殺されるという危険はついて回るし、本当に性質(タチ)が悪いことこの上ない。

 

(問題は……上手いことお茶を濁せるかどうか)

 

 もしもあからさまな手加減がバレれば、心象を悪くすることは確実。

 綱渡りのように的確な戦術を選んで立ち回る必要がある。

 

 

「──なに、遠慮することはないぞ。その武力を存分に示すがいい」

 

 玉座から立ち上がり、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべる戦帝に俺は半眼になってしまう。

 しかしすぐに横にいた人間が一歩前へと進み出ていた。

 

「戦帝、それはしばしお()めください」

(さえぎ)るか、"シュルツ"……帝王たるこのオレを」

 

 シュルツと呼ばれた男へと、目を鋭く叩きつける戦帝。

 勲章を見るに、おそらくは"上級大将"と思しき男が帝王を制止した。

 

 つまりそれまでは黙して見ていた者達も、いくらなんでも静観するわけにはいかないということか。

 俺は内心で安堵の息を吐きつつ、上手い流れで意見に乗っかろうと様子を見る。

 

「見た目には完治していても、見えぬ怪我と疲労はいまだ(ぬぐ)えますまい」

(いくさ)とは常に万全の状態であるとは限らん。むしろ手負いこそ最も恐るべきと知れ」

 

 

(う~ん、この……戦争狂(ウォーモンガー)ほんと筋金入りだな)

 

「では彼も手負いにいたしましょう。さすれば陛下と五分の状況を作り出すことができます。

 円卓二位を倒すほどの猛者においては、そうですね。まずこのわたしが出ねばならないでしょう」

 

(──はぁ!?)

 

 心中で俺は思い切り叫ぶ、何が何やらわからない。戦帝を止めておいて、自分が闘う気なのか。

 というか俺だって五体満足というわけではない。"折れぬ鋼の"相手にぶっぱした反動が奥深く残っている。

 

「シュルツ貴様……言いよるわ、このおれから闘争相手を横取りするつもりか?

 第一に貴様もまだ"折れぬ鋼の"にやられた傷が完治していまい、それで戦おうと言うのか」

 

 すると上級大将シュルツは、澄ました顔でのたまう。

 

「手負いこそが最も恐るべきですので」

「おまっ……! オレの言葉を──」

 

「帝国軍人たるもの……軍属としての立場はともかく、心根(こころね)は陛下を最上としています。

 ここにおいて身を引くような意気は、戦帝の部下にあらず。たとえ戦帝が相手であろうとも」

 

 

 屁理屈をのたまうシュルツに、戦帝は一度(ちから)を抜いてドカッと玉座へ座り直す。

 

「ふんっ、ならば他の者らも皆そう言えるのではないか?」

「では痛み分けということで、全員でここは我慢するということでどうでしょう」

 

 ぬけぬけと言い放たれた戦帝は、争気(そうき)を霧散させるように大きく息を吐いた。

 

「まったく、それが狙いか」

「彼と闘いたいのは(いつわ)らざる本音ですよ」

 

 そう言って流すように見られた瞳に、俺は気圧されることなく見つめ返す。

 己の領分をわきまえつつも、冷静に場を治めてしまった。

 まだそう年は食っていないように見えるが、上級大将になるだけのことはあるのだろう。

 

「ふんっ、まあいい。またいずれこちらから出向くか、呼び出して闘えば済むことだしな」

「それがよろしいでしょう」

 

 

(なに一つよろしくねえよ……)

 

 俺は叫びたい衝動を抑えながら、胸裏でのみ愚痴を吐く。

 

「ところで……"ベルクマン"様は息災でしたか?」

「……? えぇ、まぁはい」

 

 シュルツという名の上級大将が突然に振ってきた話題に、俺は一瞬面食らう。

 

「ベルクマンだと? あいつはたしか死んだのではなかったか?」

「死んではいませんよ陛下、ゆえあって引退しただけです。彼らが雇った自由騎士団にいたという情報が──」

 

 ベルクマンは確かに元帝国軍人であるし、知己(ちき)か何かなのだろう。

 なんにしても闘争だのなんだのという、面倒で物騒な話題から()れてくれたのは助かった。

 

「おれとしたことが聞き(のが)していたな」

「陛下にはよくあることですね」

「黙れ、些事(さじ)など気にせん。今さら会うほどの間柄(あいだがら)でもないしな、おまえは好きにしろシュルツ」

「ではありがたく、後ほど旧交をあたためたく存じます」

 

 戦帝は背もたれに体重を預けると、ふんぞり返って一度だけ大きく息を吐く。

 

 

「──……ところで、"筆頭魔剣士"の実力はどうであった?」

 

 スッと目線が俺へと移ったところで、闘気を内に持て余した戦帝へと、俺は忌憚(きたん)ない意見を述べる。

 

「わたくしもそこまで戦歴を重ねているというわけではないですが、今まで相対してきた個人(・・)の中では圧倒的に強かったです」

「このオレよりもか?」

「陛下の実力は王国軍を相手にしたそれを遠目でしか見ていませんでしたが……二席では及ばないかと思われます」

 

 俺は戦帝の見下ろす眼光を真っ直ぐ見据えつつ、一拍(いっぱく)置いてから続ける。

 

「しかしながら条件次第では、十二分に届き得る牙であったかと存じます」

「ほう……意外とはっきりとモノを言うものだ」

「あくまで私見ですので、()しからずお願いいたします」

 

 こと闘争に関して戦帝相手に嘘やおためごかしは危うい。正直に述べることこそ誠意であると確信している。

 

 

 座ったまま上半身を前のめりに、顎に手を当てた戦帝は歪んだ笑みを浮かべてさらに問うてくる。

 

「魔剣術の使い手らしいが、いかに」

「──天を突かんばかりの超長刀身。目にも映らぬ無尽(むじん)の剣速。わずなか機微も捕えて(のが)さぬ戦闘嗅覚。

 生半(なまなか)な攻撃を通さぬ魔力力場の鎧を捨てる気概と、斬れぬ物ナシと言わんばかりに研ぎ澄まされた魔力の刃」

 

 歯を剥き出しに戦帝は瞳を見開いていく。恐らくは自分ならばどう攻略するか想像しているのだろう。

 

「実際的な攻防は一瞬、そのたった一撃で上回っただけに過ぎません。どうやったかは……──?」

「それ以上は言わんでよい、貴様と()る時の楽しみが減るからな」

 

(言うと思ったよ)

 

 俺は心の中で嘆息を吐きつつ、こういう読みやすさ自体はありがたいと改めて感じ入る。

 

 

「ふむ、殺される前に是非一度戦ってみたかったものだが……既に死した者を語ろうとも無為か。余計な未練を(つの)らせるだけだ」

 

 背もたれに体重を預けふんぞり返って戦帝は、足を組み直してから口を開く。

 

「さて、話が少し長くなってしまったな。追って使いの者をやって仔細(しさい)が伝えられるだろう。もう(はず)してよい」

「はっ! ありがとうございます、陛下。それでは失礼します」

 

 俺はようやく解放されたという安堵の心地で、最後までしっかりとした所作を保って大本陣を後にした。

 王国に帝国領土侵攻をさせる為の(エサ)に、インメル領に厄災をもたらしたか探りを入れようとも迷ったが……。

 

(今となってはもうどっちでもいい──)

 

 利用できるものは、あまねく利用するだけなのだから。

 

 



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#176 論功行賞 IV

(こうして帝国軍陣地に来れた機会なわけだし──)

 

 王国軍への追撃は"折れぬ鋼の"によって(はば)まれてしまう為、帝国軍はここに駐留するしかない。

 あくまで今以上の無駄な犠牲を出さぬ為に、"折れぬ鋼の"が存在しうる理由がある。

 

 戦略的に敗北を喫した王国軍が、帝国領内から撤退せずに戦争を続けるならば──"英雄"は関知しない。

 彼は無用の流血を嫌悪するだけであり、愚者同士の血戦をすすんで止めることはしないのだ。

 

 逆に言えば王国軍がその気ならば、"折れぬ鋼の"が介入する動機もなくなる。

 しかしながら王国軍総大将はしっかりと引き際をわきまえ、秩序ある帰途に臨んでいた。

 

 戦災復興に関しても疫病と魔薬という脅威がある以上、帝国軍も簡単には動けない。

 なによりも指揮系統を含めて()が混乱するということで、既に商会側から打診し了解を得ている。

 

 結果的に手持ち無沙汰(ぶさた)となっている帝国軍人を、ゆっくりと観察させてもらうことにする。

 

 

(にしてもさっすが、なんでもありな陣容だな……)

 

 王国軍は基本的に人族がその構成の大部分を占めていて、残りは獣人がいても奴隷ばかりであった。

 

 一方で帝国軍は、獣人や亜人種でおよそ半分近くは占められているのではないだろうか。

 世界的な種族比率で見れば人属の(ほう)が圧倒的なのだが……そこはそれ、帝王が率いる軍ゆえか。

 防衛戦でなければ獣人種や亜人種などのほうが、身体能力が高い傾向にあるので実に合理的な軍団と言える。

 

 当然ながら人族も非常に精強で、統一規格で装備も揃えられた正規軍人も存在していた。

 魔術士部隊も本場王国のそれには及ばないのだろうが、非常に優秀そうな印象を受ける。

 

 さらには魔族で構成された部隊に加えて、制空圏を支配した強力な鳥人族部隊。

 そしてなによりも、世界最強の航空戦力である竜騎士も見つけて口角を上げる。

 

(兵器部隊……は、まだ後方か? 終戦だから既に報を受けて帰ったこともありえるか)

 

 魔術砲をはじめとする兵器を用いる部隊は、結局前線にまでは見えていない。

 あるいは行軍速度向上の為に、最初から連れてきていない可能性も考えられた。

 

(専門装備を運用するという"特装騎士"を含めて……)

 

 帝国"工房"の技術力というものを見てみたかったが、そこはそれ──またおいおい知っていくことにしよう。

 

 

「ん──?」

 

 ふと視線を感じたような気がして、瞳だけを向けると──黒騎士の1人がこちらを見ているようだった。

 既に戦争は終わっているが、なにか理由があるのか今なお兜を着けているので顔は(おお)い隠されている。

 その表情はうかがい知ることはできないが……集団の中で確かに一人だけ。

 

(顔見知り……は帝国にいないよな、ガルマーン元教諭は黒騎士らしいが体格が違うし)

 

 学園の英雄コースを担当していた教師を思い出す。

 帝国へは帰ったらしいが、黒騎士に復帰したという話は聞いていない。

 俺はなんとなく合っているような気がしないでもない目線を、意識的に(はず)そうとした矢先──

 

 

「ッ……!?」

 

 思わず全身に(ちから)が入ってしまっていた。

 それ(・・)は決して嗅ぎ慣れた匂いというわけではなかったが、忘れ難い匂いでもあった。

 

「なぜ、ここ……に?」

 

 間違いないと確信する。それはインメル領内を(むしば)んでいた──魔薬(・・)の独特な香り。

 しかも暗殺の時に何度か使用した、かなり原液に近い匂いであった。

 

 自然と足音を殺しながら歩く速度をゆったり増しつつ、俺は発生源のほうに近付いていく。

 

 

 ともすると帝国軍陣地から離れた場所で、1人の男が岩の上に座っていた。

 後ろで(たば)ねた黒い長髪(ロンゲ)に整った顔立ち、まとう軽鎧は非常に質が良さそうに見える。

 その隣には女性が立っていて、その装備一式は色が違えど戦帝に随伴(ずいはん)していた者達のそれと同じ。

 

 その剣柄に刻まれた紋章は──"帝国近衛騎士"の(あかし)であった。

 

近衛(このえ)が付き従ってるなら……年の頃を見ても、あいつが戦帝の息子か? ってかなんか見覚えが──)

 

「おい、てめえ……()()()()()()()()()()()?」

「っく──ぅおッッ!?」

 

 言葉と同時に飛んできた黒い刃を、俺は反射的に()退(すさ)りながら回避する。

 突然攻撃をしかけてきた青年はクスリと笑うと、調子を変えずに話しかける。

 

「ほほぉ……やるじゃねぇかなぁ、おい? 死にたくなきゃ、とりあえず謝罪しろ」

「その位置からは動かず、速やかにお願いします」

 

 近衛の女騎士に(うなが)された俺は、()に落ちず困惑したまま、とりあえず謝罪の言葉を述べる。

 

「──……申し訳ありません」

 

 (かわ)さなければ死んでいたかもしれない凶刃──謝罪要求を含めて、わけがわからない。

 帝王の一族は皆こうなのだろうかと、邪推(じゃすい)したくなるほど傍若無人っぷりである。

 

 

「二度とオレ様の影を踏むんじゃねえ……次は殺す。ところで誰だ、てめえはよ?」

 

(めっちゃ(ガラ)悪いなこいつ……)

 

 殺しにかかった理由もついぞ不明のまま──というよりは、本当にただ気に食わなかっただけなのか。

 なんにしても普段通りといったような様子で問うてくる男。

 

 さっさと話題を切り替えるのも通常運転なのか──帝王の息子としての傲慢(ごうまん)さゆえか。

 

 頭脳に魔術に戦技から帝王学まで、ありとあらゆる才能と学ぶ環境を持つとされる血族。

 あの戦帝にして、またこの男にしてもそうだが……計り知れない部分がどうにもあるようだった。 

 

(まったく、ま~た難儀な一族に絡まれた)

 

 俺は滅多に怒るようなことはないし、実害がなければそこまで気にもしない。

 まして帝王の一族であるなら、ここで喧嘩を売り買いするのはいくらなんでも大問題になる。

 とりあえずの(ほの)かに沸き立つ溜飲は下げて、冷静に……露骨にならないよう観察する。

 

 

(わか)、おそらく彼が例の──」

「はっきり言え、"ヘレナ"」

「はい、噂の"円卓殺し"でしょう。帝国軍でなく、論功行賞の場が開かれていることからして……」

「はぁ~~~? おーおー、あれか」

 

 俺が自己紹介をするよりも先に、隣に立つ女近衛騎士ヘレナとやらが説明した。

 男はこちらの身なりに対して、足から頭まで視線を動かしてから嘲笑するように口角を上げる。

 

「オレ様の攻撃を()けたんだし、それくらいできるわなあ」

 

(やっぱり、な~んかどこかで見たような雰囲気もあるが──)

 

 当然だが混じりっけのない黒髪をはじめとして、帝王の血族たる面影を残している。

 戦帝にも似ていると言えば似ているが……ソレとは違う記憶の引っ掛かりがあった。

 

 あとでシールフに掘り起こしてもらおうかと思っていると、俺は殺意の入り混じった詰問をされる。

 

「まあどうでもいいや……なんでオレ様に近づいてきた」

「ご推察の(とお)り、さきほど戦帝に拝謁(はいえつ)(たまわ)りまして。その(おり)にご子息の話をうかがったもので──もしかしたらと」

 

「興味本位か、不敬だなてめえ」

()()()()()()()()()()()

 

「っ……申し訳ありません」

 

 俺は言葉に少し詰まってしまったが、表情には決して出さぬようこらえた。

 

 

 この異世界には異世界だけの、神族由来の共通言語がある。

 一人称もいくつも存在し、敬語もあれば慣用句やことわざのようなものも存在する。

 

 それは方言であったり、国や地方の文化・風俗の中にあったり。歴史の中で形成されていったもの。

 意味合いとしては地球のそれと似通(にかよ)ったものも……少なからず存在している。

 きっと誰しもが数ある人生の中で、同じようなことを思い、それを教訓として伝えてきたのだろう。

 

 ただし──

 

("好奇心は猫を殺す"……?)

 

 俺はその言葉を心中で繰り返す。女近衛騎士ヘレナは今確かにそう言った。

 それは四字熟語から偉人の格言まで、異世界でもなぞらえて使う俺だからこそ感じえたものだった。

 地球史原産の言葉の多くは、普段はそれぞれ異世界に対応するモノに適時(てきじ)当てはめて使っている。

 

(由来はどこの国だったか忘れたが……なんにせよ今こいつは、()()()()言った)

 

 単なる偶然かも知れない。地球ほど数は多くはないものの、猫は異世界にも存在しているし獣人種にもいる。

 ただ"好奇心"・"猫"・"殺す"という三つの文言(ワード)をそのまま構成して使ったのは、やはり猜疑心(さいぎしん)(ぬぐ)えなかった。

 少なくとも俺が知る帝国圏の共通言語において、その三つを使うことわざは無いと記憶している。

 

 

「まっ"円卓殺し"だろうが野郎になんざ興味はねえ、さっさと視界から消えろ」

「……お目汚し失礼しました、殿下」

 

 俺は相手の掌中(しょうちゅう)にて(もてあそ)ばれていた魔薬を一瞥(いちべつ)しながらも、しぶしぶ引き下がるしかなかった。

 知りたいこと、聞きたいこと、調べたいことはいくつもあったが……既にかなりの悪印象を持たれてしまっている。

 このまま食い下がって悶着を起こそうものなら、どうなるかわかったものではない。

 

 俺はまたなにかしらトラブルにぶち当たらぬよう、いったん素直に帰路へ着くことにする。

 

 

(まぁいい、(あせ)る必要はない──)

 

 実際的には色々と考えられるし、必ずしも決め付けられるものでもない。

 何かしら関わりがある、特定の謎があるということを知れただけで後はどうとでもなる。

 (やっこ)さんはこちらのことなど気にも留めてないだろうが、そちらの(ほう)がむしろ好都合。

 

(覚えたぞ、帝王の一族"ヴァルター・レーヴェンタール"と近衛の女騎士ヘレナ)

 

 



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#177 旧友再会 I

 戦後の余韻もそこそこに、俺は事後処理の為に可能な範囲で事務や判断をこなす。

 まだ戦地拠点における私室だったが、今は2人ほど客が来て好き勝手にダベっていた。

 

「いやーねぇ、ベイリルも領地持ちっかー、大変だよ?」

 

 片方は(だいだい)色した肩ほどまでのセミボブヘアーに、4つの火の家紋をローブに着けた"リン・フォルス"。

 こたびの戦争では王国と渡りをつけ、情報収集の為に色々と奔走(ほんそう)してくれた功労者である。

 

「いや正式にはまだだ──正直立ち消えでもしてくれれば、考えることが減ってくれてありがたいんだが」

 

 たとえ戦帝本人が忘れたとしても、論功行賞という正式な場での発言だ。

 記録人も控えていたし、あとは本国で亜人特区のどの部分までを与えるか決められるだろう。

 

(ガラ)にもないよな、いや……案外合ってんのか?」

 

 もう1人は勝手知り、勝手知られたる"キャシー"であった。

 単独遊軍として広域を駆けずり回って、地上の敵を殲滅して回った狩人。

 

「合ってない合ってない。あと百年くらいはいらない地位だ」

「気長だなぁ、そんなに生きたらわたしは絶対飽きちゃうよ」

「アタシも無理だな」

 

 

 俺は書類を置くと、椅子に座ったままググッと体を伸ばす。

 

「お前らみたく物事を深く考えないほうが、長生きに向いてそうだが」

「失敬な! キャシーと一緒にされるなんて心外極まりない!!」

「てめえこそ失礼すぎだろ、リンこら」

 

 長命種には珍しくもない……厭世(えんせい)的になって、俗世(ぞくせ)からの刺激に(うと)くなってくる現象。

 そうなると枯れかけの老木のように、慢性的に惰性極まる日々を過ごし続けることが多い。

 もっともスローライフという意味では、それも一つの完結された人生なのかも知れないが──

 

「兵術科の真面目コンビじゃあ、俺よりも心労で参っちゃいそうだな」

「真面目コンビか……わたしとジェーンのことだね」

()()()()が足りねえぞ、それにジェーンよかモライヴのほうがクソ真面目だったろ」

 

 リンとキャシーは少しばかり前のことを懐かしそうに思い出す。

 

「じゃあわたしとモライヴ?」

「オマエは四番目だろ」

「いやそれだけはない」

「そこだけ本気(マジ)に真面目な顔になんな!!」

 

 

(賑やかなことだ……)

 

 俺はそう一人(ひとり)ごちながら、本音ではかなり迷惑なやかましさに目をつぶる。

 

「キャシーはともかくとして、リンはいつまで暇してるんだ」

「なんでアタシはともかくなんだよ」

「俺としては別にキャシーに無理強いするつもりないが、少しくらい手伝ってくれてもいい」

「アタシで手伝えることがあるならいいけどよ……」

 

 とは言うもののキャシーはガチガチの戦闘職であり、俺やハルミアのように平時において出番は基本的にない。

 

「なんならまた治安維持に出張るか? つっても前もかなり退屈だったんだがな、問題あんま起きねえし」

「そうさなぁ……敗残から乗じる賊も発生しているかも知れんから、あとで状況聞いとくよ」

「おうよ、なんならリンも連れてく」

 

 そう唐突に言われたリンは、面持ちを変化させることなくあっさり口を開く。

 

「えっヤダよ」

「ヒマなんだろ、付き合えよ」

「暇じゃないってば、忙しいってば」

「こんなトコでアタシらとくっちゃべっててか」

 

「おいキャシー、こんなトコは失礼だ」

 

 俺は思わず突っ込むが、キャシーはピクリと獅子耳を動かしただけでスルーする。

 

 

「戦災復興とか、いざフォルス領が似たような事態に遭った時に参考になるからよ~く見てるの。

 今回の一件はわたしとしても結構学ぶところがあった。それらは今後の為に活かさないとさ」

 

「次期フォルス家の当主さまは勤勉だな」

「ったく、急にまともなこと言うからコッチは反応に困んだよ」

 

 俺はふっと笑い、キャシーは半眼でそうはっきりと言う。

 

「ふっはははは、まあまあ面倒なことは大姉(おおねえ)さまに任せて逃げてるんだけど」

「でも次期当主はリンなんだろう?」

「うん、一応ね。うちの家は"四つの炎"を使えるのが条件だからさ、わたしが一番適性あって割とすぐに使えた」

 

 フォルス家を象徴する四つの火の紋章は、代々受け継がれる魔術に由来する。

 それらを最も優雅に強く扱える者が当主として領地を治めるという、長く続く伝統らしかった。

 

「そのせいなんかな、大姉(おおねえ)さまも小姉(ちいねえ)さまも、継ぐ気なんか早々にやめて自由にやってる」

「オマエも自由じゃねえか」

「まぁねぇん、制約付きだけど自由にやらせてもらってます」

 

 わざわざ学園に(かよ)ったのも、やんごとなき理由ではなく"面白そうだったから"というリン。

 さすがに今は色々としがらみがあるようだが、それでも現当主が息災の(あいだ)は問題ないようだった。

 

 

「自由ついでに、当分ここに留まるつもりはないか?」

「なになに? わたしの(ちから)が必要?」

 

 ぐいぐい押すように目を輝かせるリンに、俺は首肯しながら今後を語る。

 

「ジェーンとまたユニットを再結成して、多彩なジャンルの歌で領内に活力を広めて欲しい」

「んーーーえ~~~まっ、ちょっとくらいならいいよ。ジェーンのほうは大丈夫なの?」

「ジェーンは他と違ってマメに定期連絡入れてくれるからな」

「わたしの家にも定期的に届いてるよ。でもジェーンはそこそこ忙しいじゃん?」

 

「商会の正式な依頼として既に呼んである。"子供たち"も一緒にな」

 

 ジェーンは学園卒業後に皇国へと(おもむ)いた。出身だった孤児院は既に無かったらしいが……彼女はへこたれることはなかった。

 心機一転したジェーンは、"結唱会"という名で、皇国内における孤児を救済する組織を作ったのだ。

 それは商会の意義と慈善事業にも合致し、また後々(のちのち)に人材となる教育にも大きく寄与する。

 

 王国軍との戦争前から、復興手段の一手(いって)として連絡は早めに取っていた。

 ようやく諸々の目処(めど)がついたようで、商会も受け容れるだけの態勢は既に整えてある。

 

 

(戦災復興や布教において、"歌"は最強レベルの手札だからな)

 

 歌とは大衆文化の(ハナ)である。芸術は数あれど、音楽ほど誰しもに……普遍的に浸透するものはない。

 様々な場面(シーン)において、演奏や歌唱は常に人々に寄り添ってきた。

 今の時代ではまだまだ芸術も音楽も、貴族の娯楽や(たしな)みといった(おもむき)が強い。

 

 それでも地方にはそれぞれ民俗音楽などは少なからずあるし、逆に考えれば"未開拓の分野"でもあるということ。

 文化的に先んじることができるし、地球音楽史の名曲群を著作権気にせず模倣(パク)ることができる。

 

 

(この世界は共通語なれど……)

 

 たとえ言葉が通じ合えなかったとしても、ただ口ずさむだけで隣の誰かと繋がることができる。

 

(それが宇宙人であろうとも──)

 

 音とリズムで心を分かち合うことができる。それこそが知的生命が持つ"文化"の(ちから)なのだ。

 

「まぁ気負いなく歌ってくれるだけでいいよ」

「ふーん、《《わたしらのライバルは?」

「"ヘリオたち"は不定期すぎて連絡つかんから、学園の時と違って一強だ」

 

 本来はダブルユニットで、インメル領を席捲(せっけん)して欲しかったところ。

 しかしヘリオ、ルビディア、グナーシャの三人は、ツアーと称してゲリラライブをしているらしい。

 連邦東部中を巡っていて、既に話題性もかなり上がってきているのだとか。

 

 

「いやー卒業からまだ一年と経ってないけど、なんか久々な気がするなあ」

「なぁリン、オマエ……相当ナマってんじゃねえの?」

「自主練は欠かしてない!」

 

「なんならキャシーもやればどうだ?」

「んあ? アタシのがそんな見てぇの、ベイリル」

「正直見たい」

 

 と、俺はすごく真っ直ぐな瞳で言ってみる。フリッフリの衣装で、アイドルをするようなライブもあった。

 キャシーの雷属魔術による視覚効果(エフェクト)があれば、ジェーンの氷器やリンの四色炎がさらに映える。

 

「うっ……目が本気すぎてちょっと怖ぇぞ」

 

 わずかばかり照れた様子を見せつつ、キャシーはふっと眼をそらすのだった。

 

「いやでも、キャシーは獣人種でジェーンとリンは人族だから統一感(バランス)を考えると──」

「アタシはやらねえっつの! 冗談だ冗談」

 

 つい本気でプロデュースを考え始めた俺はすぐさま釘を刺されてしまう。

 

 

「キャシーって素材だけは良いもんねえ、肉線美がジェーンよかスゴイ」

「だけは余計だっつの。ったく、この話題はもう付き合ってらんね……つーか腹減った」

 

 キャシーの言葉に、俺もいつの間にか空腹なことに気付く。

 クロアーネの手料理が恋しいが、彼女はゲイル・オーラムと共に今はついて回っているのだった。

 

「働いてないのに食う飯は美味いの? キャシー」

「リンも今は働いてねえだろうが」

「タダ飯は美味いっしょ」

「……まったしかに」

 

 また戻って来る気なのだろうか、別れの挨拶もなくキャシーとリンは連れ立って出て行った。

 ようやく静かになった部屋で俺は今しばらく、半端に残った書類を片付けていく。

 

 

 しばらくしてコンコンッと控えめなノックよりも前に、俺は部屋へと近付いてきた人物に気付く。

 キャシーとリンが戻ってきた足音ではなく、よくよく聞き知った、静かで整然とした歩き方。

 

「お忙しいところ、よろしいですかベイリルくん」

「ハルミアさんに向けて閉ざす扉を、俺は持ってないですよ。どうぞどうぞ」

 

 ノックの後に言われた言葉に、俺は穏やかな心地でそう返した。

 ハルミアは控えめな仕草を見せながら部屋へと入ってくる。

 

「もしかして昼からお誘い(・・・)ですか?」

「ふふっそれも悪くはないですねぇ──」

 

 そう慈愛と艶やかさの共存した笑みを浮かべ、俺はいきりたとうとするも先に要件を言われてしまう。

 

 

「ただその前に……少し気になるところを見つけまして」

「拝見」

 

 ハルミアから手渡された紙束は、"捕縛者が羅列された名簿(リスト)"であった。

 そこには名前に加えて、性別・年齢・種族・出身・立場など判明する限りの情報が書かれている。

 

「治験データ収集に協力してもらえそうな人を探してたんですけど……ココです」

 

 横に立って指を差したハルミアの芳香が鼻腔に届くも、俺はそこに書かれた名前に注視してしまう。

 

「んんっ!?」

「同名でしかも"ハイエルフ"なんて、まずありえませんよねぇ?」

 

 その名は俺もハルミアもよく知るところ、学園で生徒会長をやっていた人物であった。

 

「ですね、会いに行ってみますか──"スィリクス"先輩に」

 




モライヴ、スィリクスは学園編のキャラとなります。
誰だっけ?という場合には登場人物・用語なども利用いただければ幸いです。


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#178 旧友再会 II

(ハルミアさんと二人きりのデート……と言うには、あまりにも色気がないな)

 

 (おとず)れたそこは、戦争前から退避を完了させた中規模の村落であった。

 戦時中にあって(とら)えた者を片っ端から集めて、一元管理する為に構築した場所。

 

 身代金の期待ができる有力者にあっては、相応の家屋に軟禁する。

 そうでない者は()り分けた上で、まとめた形で監視を付けていた。

 

 商会員がスィリクスと思しき人物を連れてくるまで、俺達は並んだ椅子に座って2人きりで待つ。

 情報収集かあるいは尋問する為の部屋のようで、机を挟んだ向かいには空っぽの椅子があった。

 

名簿(リスト)に他の目ぼしい人っていました?」

「いえ……会長だけでした」

 

 捕虜に対しては脱走すれば命の保証がないことを重々説明し、協力的であれば待遇を約束する。

 また気性が荒く索敵能力も高い騎獣民族が、周辺もろとも巡回警邏(けいら)していることも伝えておく。

 そうなれば群集心理も相まって、わざわざ逃げ出そうという者などはいなかった。

 

 

「ちなみにココは伝染病は大丈夫なんですか?」

「密集地帯ですから、厳命してますよ。もっともベイリルくんは"風皮膜"があるから大丈夫ですね」

「生まれてこのかた病災なく、健康なのが自慢です」

「怪我は多いですけどねぇ……?」

「ごめんなさい、そこはハルミアさんにいっぱい迷惑かけました」

「ふふっいいんですよー、私も好きでやっていることですから」

 

 あくまで転生してからの話ではあるが、肉体資本には気を遣ってきた。

 幼少期から成長を考えて、丹念に積み上げ続けた理想的な筋骨と器官である。

 

「なんにしても日々の衛生は大事ですし、とてもご立派です。でも思い返すと……私も病気はほとんどありませんねぇ」

「エルフ種は抵抗力が高いとかあるんですかね?」

 

 

 ハーフエルフの俺と、ダークエルフのハルミア。さらにはこれから会う、ハイエルフのスィリクス。

 平均的に優れた種族の血を半分。そこに魔力の恩恵もあれば、ちょっとやそっとは大丈夫なのだろうか。

 

「……どうでしょう? なにせデータが少ないですから」

「まぁ逆に種族固有で罹患(りかん)するようなモノもあるかも知れない、か」

 

 神族が(かか)える魔力の"暴走"と"枯渇"は、ある種の病気という可能性もあろう。

 

「かもですねぇ、医療は果てしない道です」

 

 しみじみとハルミアはそう言い、俺も改めて"文明回華"の道程の長さに心の中でうんうんとうなずいた。

 転生してから17と余年、順当にいけば25倍以上の人生がまだ残っている。

 

 

「そういえば話変わりますけど、例の洗脳奴隷部隊ってどうなりました?」 

 

 俺はクロアーネを救援した時に捕えた、心の壊れた部隊員のその後を尋ねる。

 

「彼らですか……治療はちょっと現状では不可能です。薬物と契約魔術と刷り込みで手に負えません。

 長生きもあまりできないでしょう。テクノロジーが確立される前に救える可能性はおそらく──」

 

 ハルミアはそれ以上の言葉を紡ぐことはなく、歯噛みするような表情を浮かべる。

 

「薬物ってのは魔薬ですか?」

「そうです、ただ……インメル領を蝕んだモノとは違いました」

 

 俺が聞きたかったことを先回りして彼女は答えてくれる。

 王国側の関与は薄いのは変わらないようだった。

 

 

(やはり手掛かりとなると……()()()()か?)

 

 どこから入手したのかはわからないが、同種と思われる(しな)を持っていた男。

 帝王の一族"ヴァルター・レーヴェンタール"。身辺調査と同時にそこらへんも洗っていく必要があろう。

 

(ただ相手が相手だ、慎重に事は進めないとな──)

 

 俺は並列で思考を進めつつ、ハルミアは話を続ける。

 

「もっとも相互作用に関しては多少は学べるかも知れません。でもそれが治療に繋がるかと言うと……」

「見込みはない、と。殺したほうが彼らの為ですかね」

「今後も似たようなことがあるかも知れませんから、可能な限り調べて安楽死させます」

「よしなに」

 

 淡々とハルミアは口にする。無感情にも見えるそれは、はたして彼女なりの処世術なのかも知れない。

 現代地球でも医療に(たずさ)わる者は、多かれ少なかれそうした()()いをつけていただろう。

 

(シールフなら助けられるかも知れん、が──)

 

 しかしながら"読心の魔導師"たる彼女の身もまた唯一であり、そうした犠牲者を全員救おうとすればキリがない。

 それが大切な人であれば別であるが、見知らぬ他人を感傷で助ける余裕など……。

 

 

「ん……来たようだ」

 

 俺は近付いてくる足音を強化感覚を(とら)えて、ハルミアにそう告げた。

 彼女はゆっくりと(うなず)いてから、一度だけ大きく深呼吸をする。

 

「お待たせいたしました、(くだん)の人物をお連れしました」

「どうぞ」

 

 扉が開けられて入ってきたのは──布によって目隠しと口枷(くちかせ)をされた人物。

 

 脱走対策としてだろうか、地理を把握されたり余計なことを叫ばせない為の措置だろう。

 鉄製の手錠で両手も繋がれていて、移動に際してはかなり不自由を強いられるようだ。

 

 抵抗らしい抵抗もなく椅子に座らされた男は、ひどくやつれているように見える。

 わずかに下向きの短いハイエルフの耳と、色素が薄めの長い金髪。

 目隠しされているものの、背格好から見ても……もはや疑いはなくなっていた。

 

 学園の元生徒会長にして、ハイエルフのスィリクスが……何故か捕まって眼前にいる。

 俺はハルミアへと目線を移すと、彼女も言葉を発さないまま同意するように首肯(しゅこう)した。

 

 

「わざわざありがとうございました。後はこちらで──」

「はい! それではわたしは失礼します」

 

 商会員が退出し扉が閉められると、目の前のハイエルフの体がわずかに強張(こわば)った。

 何故呼び出されたのかも知らされていないのだろうか、心音にも(おび)えのようなものが見て取れる。

 

「いきなり目を開けないでください、明るさに慣れるまで」

 

 俺はそう言ってパチンッ──と指を鳴らし、極小の風刃が目隠しと口枷の結び目を切り裂く。

 

「っぐ……ぅ──」

 

 はらりと落ちる二枚の布は、風に乗って机の上まで運ばれる。

 律儀にハルミアが折りたたみ終える頃には、スィリクスは目を見開いてこちらを凝視していた。

 

「……ぇ? は!? んぁ──」

「お久しぶりです、スィリクス先輩」

「ごぶさたしています、会長」

 

 俺が先輩呼びをし、ハルミアが会長呼びをする。

 スィリクスは現状把握の為に脳内を高速回転させていたのだろうが、さらに十数秒ほど待つハメになった。

 

 

「ハルミアくんに、ベイリル……?」

 

 スィリクスは己が吐いた言葉を咀嚼(そしゃく)するように(つば)を飲み込む。

 

「ここはシップスクラーク商会の虜囚(りょしゅう)用拠点です」

「──っ……ち、ちょっと待ってくれ! もう少し、整理する」

「それじゃぁその(あいだ)に手枷も外しちゃいますねぇ」

 

「あっ、う……うむ」

 

 ハルミアはあらかじめ預かっていた鍵を使って、スィリクスの手錠を外す。

 やや錆びついたそれは、ゴトリと鈍い音を立てて布の隣に置かれた。

 

「スィリクス先輩、落ち着きましたか?」

「あぁ、まずはその……なんだ。感謝を述べさせてもらおう──本当にすまない、ありがとう助かった」

「まぁまだ釈放すると決まったわけではないんですが」

「なにっ」

 

 スィリクスは大きく顔を歪めて、驚愕の声をあげる。

 

 

「なぜ捕まったのかを聞かないことには難しいですよねぇ」

「そういうことです。敵対しているようなら相応の措置をとらねばなりません」

「まっ、待ってくれ! 本当に何もしていない!! 確かに我々は学園時代は多少なりと遺恨(いこん)はあったが……」

 

 スィリクスはそう言ったが、こちらとしては正直なところまったく遺恨とは思っていない。

 生徒会長権限で可能な嫌がらせ紛いなど、痛痒(つうよう)と言えるほどの妨害にもならなかった。

 

(結局は先輩が一人空回(からまわ)りしていたようなもんだったしな)

 

 それだけフリーマギエンスは強固で、シップスクラーク商会は強力であった。

 成長途上であっても、たかが学園の生徒がどうこうできるような組織ではない。

 

 

「闘技祭の後からどうしてたか、良ければ順を追って説明してもらえますか?」

「治療した後にすぐいなくなってしまって、私も心配したんですよ会長」

 

「……すまないハルミアくん。なんというか、あの時はいたたまれなくなってしまってな」

 

 バツが悪そうにするスィリクスは、少しだけ逡巡した様子を見せてから口を開く。

 

「ここに至るまでの話……か」

「まぁまぁ世間話だと思って。俺たちは一度本気で戦った仲じゃないすか、過去はどうあれもう友人でしょう」

「私を……友と、呼んでくれるのか」

「俺は最初こそ貴方を面倒で邪険がちには見ていましたが、心底から嫌ったことはないです」

「そう、か……人生とはわからんものだ。最後(・・)に残ったものがキミたちとの繋がりだったとは」

 

「最後?」

「よかったら聞いてやってくれ、向こう見ずな男の話だが……」

 

 観念すると同時に開き直ったような様子を見せたスィリクスは、ゆっくりと身の上を語り始めた──

 

 



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#179 旧友再会 III

「もはや恥も外聞もないな……キミたちは知っているだろう、私が目指していたものを」

「俺たちのような長命(エルフ)種を集め、支配者層として多種族を導き──」

「強固な絆と確固たる意志によって成される、半恒久的平和を実現する統一国家、ですねぇ」

 

 俺とハルミアは繋げるように答える。彼が同種族にしか話さなかった、彼だけの大望。

 それはフリーマギエンスの掲げるそれと少しばかり似ていて、しかして非なる野望。

 

「私は……学園生活を送る中で、15名ほど同志を見つけて引き入れた。くわえて連邦西部でも下地は作っていたのだ」

「組織作りを学園外も(おこな)っていた、ということですね」

「そのとおりだ」

 

(つまりは俺の立場で言うなら、シップスクラーク商会にあたる組織か)

 

 するとスィリクスは苦渋をわかりやすく顔に貼り付ける。

 

「結論から言ってしまえば……ルテシアくんに奪われた」

「……?」

「副会長が?」

 

 俺とハルミアは揃って疑問符を浮かべ、スィリクスは重々(おもおも)しく(うなず)く。

 

 

「確か……ルテシア先輩は一足先に卒業し、後の進路がわからなかった──と言ってませんでしたっけ」

 

 俺は闘技祭の前哨試合前の問答で、スィリクスが愚痴っていた時のことを思い出す。

 

「あぁ……しかしルテシアくんは、私が地道に作っていた組織をひそかに掌握していたのだ」

 

 にわかに震えだす己の両手の平を見つめるスィリクスに、俺はぼんやりと思いを致す。

 

(ルテシア先輩……う~ん、悪女かな?)

 

 あの人だけはいまいち底というものが見えなかったが、随分と大胆な真似をしたものだと。

 

「じゃぁルテシア副会長に追い出されたんですか?」

「そうだ、まったく気付かなかった。同意を得たと思っていた皆も、全員がルテシアくんについていた。

 あぁそうだ……私はたしかに道化であったのだ。最後にお礼と別れの言葉を告げられるまで、ただ間抜けに踊っていた」

 

「ルテシア先輩はなんと?」

「彼女は組織の紋章を捨てながら"贈り物をありがとう、そしてさようなら会長"──と、二言(ふたこと)だけ」

 

 

最初(ハナ)っから計算ずくの策動か、あるいは普通にスィリクス(このひと)旗頭(うえ)だとアカンと思ったか……)

 

 俺はそんなことを考えつつ、自分はそうはならずに良かったとつくづく実感する。

 目的そのものは"文明促進"と"人類皆進化"。長命に対して新鮮味を提供し続けてくれる世界だ。

 

(だからまぁ商会が意義を失わずに存続するなら、俺自身は追い出されたとしても問題はないが──)

 

 ただどうせならその渦中(かちゅう)で、一緒に楽しみたいという欲求は……もう切っても切り離せない。

 

「会長はその後どうされたんです?」

「ん? あぁ、私の大義は小揺(こゆ)るぎはしない。我が身は不老だ、たとえ百年の努力が無に()そうともまた取り戻せばいい」

 

 ハイエルフは神族と同様、寿命がないとされている。

 さらに神族にはついてまわる魔力の"暴走"や"枯渇"といった、時限爆弾からも解放されている種族。

 

「高い受講料ではあったが……これもまた良い経験だと思うことにしたよ」

 

(意外とへこたれねぇんだよな、この人)

 

 フリーマギエンスに散々突っかかっては、毎度のようにしっぺ返しを喰らっていた。

 なにか問題を起こすたびに、しぶしぶ後処理をさせられていた。

 それでも彼はいつだって……多少居丈高(いたけだか)なものの、生徒会長らしく振る舞い続けた。

 

 

「とはいえさすがに……しばらく静養することにしたがね」

「心を休める時間は大事ですねぇ。流れが滞ると身体や精神にも影響が出ますから」

 

 そんなハルミアの言葉、前世でオーバーワークして体を壊したことを思い出す。

 戦争も終わったことだし俺も早く羽を伸ばしたいが、まだまだやることは山積みであった。

 戦災復興、帝国との交渉、今後の展望、それに付随する数えきれない会議。

 

(しかも土地持ちの帝国貴族にさせられるしなぁ……)

 

 嬉しい悲鳴と言っていいのかも現状わからない。足元が()れっブレであやふやだ。

 今まで組織運営に関しては、かなり石橋を叩いて渡るように盤石に来ていただけに、悩ましい事この上ない。

 

(まぁ幸いにして、この肉体は相当無茶が効くけども──)

 

 異世界の肉体規格。それも恵まれた種族で幼少期から積み上げ、魔力強化にも優れる。

 もしも地球の人間であれば、いったい何度となく過労死していたことかわからない。

 

 

「そこで私はとある迷宮(ダンジョン)へ行くことにした」

『えっ……?』

 

 発せられた言葉に間髪入れず、俺とハルミアはやや()の抜けた声をハモらせた。

 

「かの"五英傑"の一人が管理しているという場所でな。知っているか?」

「えぇ、まぁ……それなりに──」

()の地には多様な実力ある種族がいる。気分転換して人を集めるには、ちょうど良い場所だと思ったのだ」

 

 "無二たる"カエジウス特区──確かに数多くはない、種族差別の少ない場所である。

 実際に俺達もバルゥと出会えたし、有能な人材を発掘するには……割に適しているだろう。

 

「あの街の一番大きな酒場では、情報も売買することができるのだが──」

 

(エルメル・アルトマーが永久商業権で建てた"黄竜の息吹亭"だな……)

 

「売った情報が誰かに買われれば、割合で報酬を受け取れる。それを利用して日銭を稼いでいた」

「そんなに有用な情報を得られたんですか?」

「"とある貴族"が大規模な攻略隊を組んでな、そこに参加した」

 

 

「あっ……」

 

 俺は察したような声を上げてハルミアと目を合わせると、彼女は言いにくそうに苦笑していた。

 十中八九、"元インメル領主ヘルムート"が集めた100人からなる攻略隊だと。

 

「もっとも途中で見捨てられてしまったのだが……たまたま安全な領域を見つけてな。

 死にモノ狂いでなんとか地上へと戻って、そこの詳細な情報を売ることができたのだ」

 

 そこらへんは迷宮(ダンジョン)の逆走攻略でよく知ったことだった。

 ワームの内部には、攻略に際して休む為の安全地帯が少なくなく存在する。

 

「おそらく過去の攻略者が作った場所なのだろうと、受付員に言われた」

 

 最下層前にあった人工庭園のように、カエジウス本人が作ったものもあるが……。

 それ以外の多くは攻略パーティが作って、拠点として利用しているものが各所にあった。

 

 

「攻略者はすでに攻略をやめたか、あるいは……死んだのだろうとも」

 

 ワーム迷宮における攻略情報は──売られるが売られない(・・・・・・・・・・)

 情報共有を()とする攻略者と、自分達だけで独占したい攻略者──両方が混在するからだ。

 より深い地下層に近づくほどその傾向は強くなり、誰かに先を越されまいと拠点情報は公開しない。

 

 なにせ実力ある攻略者であれば、金を稼ぐ方法など他にいくらでも存在する。

 目先の金銭よりも、カエジウスが叶えてくれる3つの願い事のほうが遥かに価値があるモノゆえに。

 さらには夢と浪漫と娯楽を求めて、攻略者はワームの中へと日々(もぐ)り続けるのだ。

 

 

「それと私が参加したその攻略隊も、全滅したという話を聞いた……私は運が良かった」

「その後も()りずに迷宮攻略を……?」

「もちろん、身一つしかない己が人を(つの)って資金を集めるには良い場所だったからな。ただ──」

 

「ただ……?」

 

 スィリクスが眉をひそめると同時に、俺もハルミアもなんとなく雰囲気を察して顔を曇らせる。

 

「本当に突然だった……いきなり"迷宮制覇者"が現れたのだ」

 

 予想通りの答えであった。つまりは"俺達"のことである。

 スィリクスとかち合うことこそ無かったが、まさか同じ時期に同じ場所にいたとは。

 

 

「しかも近くして管理者から正式に、迷宮内を一新するという(むね)が発布されてしまった。

 過去にもそうしたことが幾度かあったらしく、大々的な改装がなされてしまうという。

 そうなると私が売った情報も使い物にならないということで、報酬も打ち切られることになった」

 

(うん、俺らの所為(せい)だな)

 

 カエジウスから厳命された2年間の口止め。

 実際はそんなにも掛からずに、彼は造り変えてしまいそうな勢いのようだった。

 

「手元に残ったのは個人にはそれなりだが、組織を運営するには心もとない金銭のみ」

「まぁ先立つものはいりますからね……」

 

 商会の運営資金も、最初はゲイル・オーラムと彼の組織(ファミリア)頼みだった。

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の遺産はすぐには現金化もしにくく、金には代えがたい価値のあるモノもいくつかあった。

 

 

「さらに一新される迷宮はそれだけ難易度も上がるが、同時に好機と恩恵も非常に多いそうだ」

 

 造られたモノとはいえ事実上、手つかずの迷宮を踏みしめ、攻略していくことができる。

 それだけまた新たに情報も売ることができるし、カエジウスは趣味で宝箱を置いたりする。

 

「だから色々と話してみて、好感触だった者たちも……」

「なるほど──改築(リニューアル)される迷宮攻略に熱を上げられてしまった、ということですか」

 

 俺はやや他人事のように言い、ハルミアは黙して語らなかった。

 どう切り出していくべきか──別に悪いことは何もないのだが、なんとなくバツが悪い。

 

 

「んむ。他の実力者たちを出し抜いて稼ぐほどの力量がないのは……私自身、重々承知している。

 当初の計画が頓挫(とんざ)してしまった以上、とりあえず連邦西部に戻りがてら考えることにした」

 

「……そこでとっ捕まったわけ、と」

「うっ──む、そうなのだ。獣に乗った戦士に、(あらが)()もなく叩きのめされた」

 

(戦域で一人放浪してちゃ、そりゃ捕縛はやむなし案件だわなぁ)

 

 王国軍の散兵や残党を狩るべく、機動力のある騎獣民族が率先して領内を駆け回っていた。

 

 特に戦後に野盗化などをされても困るので、かなり徹底した巡回・警邏を実施させていた。

 そんな時期にインメル領をのんきに移動していたのは……不運も大きく重なったとも言える。

 

「まだこんなところで死ねないと思ったが、どうやら私を殺す気はないようで……そしてこのザマだ」

「委細了解しました、スィリクス先輩。とりあえずお詫びを──」

 

 俺は頭を下げようとするが、スィリクスはそれを手を前に出して制す。

 

 

「いや、それには及ばない。不可抗力なのだろう、無事釈放してくれるのならばそれで良いのだ」

「まぁそっちもそうなんですが、とりあえず別件(・・)です」

「別件……とは?」

「そもそもの原因──迷宮制覇者は俺たちです」

「……は?」

 

 スィリクスは開いた口が(ふさ)がらない様子で、しばし部屋を沈黙が支配したのだった。

 



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#180 旧友再会 IV

「いつ切り出そうか迷ったんですけどね」

「なっ──あ……が?」

 

 事態を上手く飲み込めていないスィリクスに、俺はさらに(げん)を重ねる。

 

「もう一度言います。ワーム迷宮(ダンジョン)の最下層に到達し、踏破したのは俺らなんです」

「あっ……あれほどの迷宮を!?」

「ちょっと邪道な裏技だったんですが、そうです」

 

 俺がぬけぬけと言うと、ハルミアが笑みをこぼしながら言う。

 

()()()()ですかねぇ?」

「まぁ……かなり? いや、すごく? いずれにしてもカエジウス采配(さいはい)では許されたんで、終わり良ければ全て良し」

「っ……ハルミアくんも一緒に制覇したのか?」

 

「はい、あとフラウちゃんとキャシーちゃんもです」

「あの(もと)落伍者(カボチャ)たちを含め、たった四人で──信じられんが……嘘を言う理由もない、のか」

「他にも支援者が一人。あと地上へ戻る途中に一人。俺たちだけの成果ではないです」

 

 バルゥが逆走途中で合流してくれたおかげで、疲弊しきっていたところが一気に楽になった。

 他にも迷宮内(ダンジョン)では様々な出会いや助け、あるいは危急があったものの──多くは語るまい。

 しかし今思うとあれだけの難易度で叶えられる願いが3つというのが実に(しぶ)く、そして……悪辣(あくらつ)であった。

 

 

 スィリクスは絶句した様子を見せてから、震え出すように自嘲(じちょう)し始める。

 

「私のほうがよっぽど落伍者(カボチャ)であったわけか。ふっふはっはははっはははははっ!」

 

 ひとしきり慟哭(どうこく)のようにも聞こえるような笑いをあげてから、スィリクスは一気に老け込んだ表情を見せる。

 なんだか本当に気の毒な人だなと、俺は心底思ってしまう。

 

(にしても……偶然ってのはあるもんだなぁ)

 

 一体何の因果あって、彼とこうして関わることになったのか。

 人生とはままならぬし、つくづく異世界生活は面白いと感じ入る。

 

「スィリクス先輩、これもまた一つの不可抗力でしょう……ただ溜飲が下がるというのであれば謝罪しますが──」

「いや、そんな必要はまったくない。むしろきみたちは、学園生として誇るべき偉業を成し遂げた」

「そう言って頂けると、こっちとしても多少は罪悪感のようなものが薄れます」

 

 案外すんなり飲み込んでくれたスィリクスに、俺はまた1つ見方を変える。

 なんというか不運で意固地で妙なところでプライド高くとも……。

 それ以上に彼の芯には、確固たる器があるような印象を受けた。

 

 

「あーっ……それと、失礼しました。嫌疑はもう晴れたんで、スィリクス先輩は解放させていただきます。

 捕まった時に奪われたのは──多分戻ってこないので、金銭で代償させていただいても大丈夫ですか?」

 

 欲しいモノは奪う気質を持つ騎獣の民に厳命できたのは、捕縛した身柄そのものだけである。

 それ以外の物品については自由にしていい取り決めであり、それくらいは彼らに譲歩せざるを得なかった。

 

「どうしても大切なモノがあるのなら探します。それと不当拘束──とは少し違いますが、慰謝料も上乗せします」

「この身にもはや大切なものなど無いさ。慰謝料……は貰えるものは貰っておくとしよう、感謝する」

 

 スィリクスとしても先立つものが必要なのかあっさりと受け入れたところで、ハルミアが(たず)ねる。

 

「会長はこれからどうするのですか?」

「まだ……特には決めていないな」

「組織を取り戻したり──ルテシア副会長に報復(・・)などはしないと?」

「言うのは簡単だがな、ハルミアくん。無力な我が身一つでどうしろと言うのだ」

 

「私たちは長命種です。副会長とその組織も長命揃いなのでしょう。なら時間はいくらでも掛けられます」

 

 

 あっさりと言ってのけたハルミアの言葉に、スィリクスはたじろいた様子を見せる。 

 

「んな……なかなか容赦がないな、ハルミアくん──学園時代からも思っていたが……本当に変わったな」

 

 乾いた笑みを浮かべるのとは対照的に、ハルミアはにっこりと底知れぬそれで笑いかける。

 

「私は元からこんな感じでしたよ。ただ昔は……自分に自信がなくて、前に出ようとしませんでした。

 人の顔色を(うかが)って生きてきて──変われたのはやっぱり……ベイリルくんのおかげですかねぇ」

 

 俺にスッと流し目を送ってから、ハルミアは寄り添うように体を預けてくる。

 

「あぁそうか、君たちはもう……なるほど、おめでとう」

「ありがとうございます、会長もいい人が見つかるといいですね」

「まったく、生徒会に勧誘した時の初々(ういうい)しさが懐かしいばかりだ」

「ベイリルくんなんかは……最初からふてぶてしかったですねぇ」

 

「出会った頃のハルミアさんは控えめだったなあ」

「今の私はおイヤですか?」

「まったく嫌じゃないです」

 

 流れで思わずリア充が惚気(ノロケ)けるような真似をしてしまい、俺はスィリクスを見る。

 しかし彼は特に気にした様子もなく、どこか厭世(えんせい)的にも見えるような表情を浮かべていた。

 

 

「本当に時の移りゆきは早いものだな」

「ははっスィリクス先輩も、まだまだ若い身空(みそら)で言うこっちゃないでしょう」

「たしかにエルフ種としては若輩だが、人族として見ると私は若くない」

 

 そう神妙そうに言ったスィリクスに、俺とハルミアは疑問符を浮かべる。

 

「人族として見る、と……?」

「うむ、私はすでに45歳を数える。君たちよりもずっと年上だ」

 

『えぇっ!?』

 

 またもハモるような声を2人してあげてから、俺は反射的にハルミアと目を合わせるも彼女は首を横に振った。

 生徒会庶務として付き合いがあった彼女でも、まったく知らないことのようだった。

 

 確かに学園には年齢制限などないし、シールフに至っては100年以上在学していた。

 長命種であればいくらでもサバは読める。やけに突っかかってくるあたり、スィリクスがそうだとは思わなかった。

 

「と言っても、25年近くは奴隷をやっていたのだがな」

「は……初耳です、会長」

「当然だ、ルテシアくんとて知らない。自分の口から話したのは……初めてだ」

 

(意外と波瀾万丈なんだな。ふむ、そうか……かなりの苦労人か)

 

 奴隷の身からカルト教団で過ごした俺と、似通っている部分が多少なりとある気がする。

 前世含めた俺に異世界の(こよみ)を加味して合算すると、実年齢もほぼ同じかも知れない。

 

 

(そで)振り合うもなんとやら──これもまた巡り会わせ、か)

 

 俺は1つの決心をする。親近感が湧いたというのもあったが、それは別として彼は()()()()()()()だった。

 種の区別こそすれど差別はせず、分け(へだ)てなく導いていこうとする大義と資質。

 

「スィリクス先輩、俺たちと一緒に()きませんか?」

「ん、なんだって?」

 

 俺の言葉に頭がついていけてないスィリクスと、予想していたような表情を浮かべるハルミア。

 

「貴方の才器を買いたい、と言ったんです」

「この私を……? キミら──つまり、"フリーマギエンス"と共にゆこうと言うのか」

「その通りです」

 

 俺は例によって頭を交渉モードへと切り替えながら、スィリクスを勧誘する言説を並べ立てる。

 

「長命種を頂点とした超長期王制、方策としては悪くはない。しかし頂竜や神王とて永劫の存在ではなかった。

 知的生命は良くも悪くも変質します。スィリクス先輩がそうとは言いませんが……()()()()()()()()()()()

 我々エルフ種にもいずれ致命的なナニカが、突然襲い掛かる可能性だって絶対の否定はできないんです」

 

 俺は地球と文明史をある程度は知っているし、異世界史だって創世の時代より学んだ。

 結局のところ単一個人による統治というものには、短命だろうが長命だろうが限界がある。

 

 社会とは人の集合体であり、頂点がどれだけ清廉潔白であろうと……いくらでも歪みは生じうる。

 

 

「竜族は実際に神族という外敵に──神族は自ら派生した魔族や人族という内敵に──」

 

 惑星外起源生命が、侵略してくるという可能性だって否定できない。

 いずこかへ消えたドラゴン達が、実はどこかで()眈々(たんたん)と大陸奪還を狙っているやも知れぬ。

 さらには"五英傑"のような規格外で突然変異な、悪意ある超越人に蹂躙されることもありえるのだ。

 

「しかし生命が存続する限り、受け継がれるモノは確かにあるんです」

「それは……なんだね?」

 

 スィリクスのすがるような声音に、俺は自信をもって答える。

 

「"思想"であり考え方ですよ。人々に寄り添った考えや文化は継承され、必ずどこかに種子が残る」

「それが……"自由な魔導科学(フリーマギエンス)"だと言うのか?」

 

 学園時代に反目していただけあって、スィリクスはこちらのことをよくよく承知している。

 フリーマギエンスの姿勢はもちろん、実際の活動内容も、その成果についても、その身で思い知らされていた。

 

「各代の神王教と信仰しかり、初代魔王の魔術方式(メソッド)と崇拝しかり、大魔技師の魔術具と生活しかり。

 死してなお連綿と受け継がれていくように、文化の土台であり支柱となり、文明を築き上げていくもの。

 シップスクラーク商会が参画し、推進するあらゆる事業は……それらに帰結するよう繋がっていくのです」

 

「長命の王では不足だと……キミは言うわけか、ベイリル」

 

 統治形態は時代によって適した形がある。

 君主制でも共和制でも、時代と文化にそぐわなければ馴染まない。

 それは人の生活におけるあらゆる事物に言えることで、固定してしまうのは健全とは言えない。

 

「絶対の真理とまでは言いません。ただ枝分かれするように、選ぶべき道はいくつもあった(ほう)がいい。

 後世の人々が思考を停滞させることなく、"未知なる未来"を夢見て、前へ上へと"皆で進化"していく──」

 

 

 時代が変遷(へんせん)し、国家が興亡を幾たびも繰り返しても、宗教だけは残り続けている。

 宗教は常に争乱の原因となり、時に惨劇を産み出す腐敗を生み、形すら変質してしまうこともある。

 それでも心の支柱であり原動力となってきた骨子は、歴史が証明しているのだ。

 

自由な魔導科学(フリーマギエンス)の教義はその為にあります」

 

 宗教もつまるところは中身次第だ。(あやま)ちを繰り返さぬよう学んでいけばいい。

 今はまだシップスクラーク商会も、基本的に営利で成り立っている関係に過ぎない。

 商会員の多くは金で動いているだけで、その教義や思想を理解して能動的に動いているわけではないのだ。

 

 フリーマギエンスを浸透させるのは、"文明回華"にとって最重要事項とも言える。

 巣立っていく学園生らと同様に、草の根活動を含めてより幅広く伝えていかねばならない。

 

 

「スィリクス先輩の大義も否定しません。でも目指すところが似ているのなら、途中までは同道できる。

 せっかくだから、こっちを利用するつもりで(ちから)を貸してくれませんか? "貴方が欲しい"ってやつです」

 

 俺はスッとその右手を差し出して見せる。

 

「正直なところ申し出はありがたい。弱り目に勧誘してくる可愛げの無さを(かんが)みても……な」

「くっはは……耳が痛いことです」

 

 空いた右手で半長耳を()く。

 

「随分と高く買ってくれているようだが、いったい私に何ができるというのだ」

「仕事はなんでもあります。でもスィリクス先輩にやってもらいたいのは、俺の領地運営の代行です」

「なに……?」

 

 スィリクスの驚きを上書きするように、俺は言葉を重ねていく。

 

「先の戦争でまぁ……色々と功績を挙げまして、このたび俺は帝国貴族になりました」

「本当に凄いなキミは」

「なんのなんの。ただ俺はまだ一所(ひとところ)に留まって、のんびり領主やるほど暇じゃない。だから代理人を立てたい」

 

「っ待ちたまえ! そんな経験、私にはまったく無いのだが……」

「大丈夫です、商会から補助人員を派遣します。ただ旗頭がハイエルフというのがとても良い」

「うん……? どういうことだ?」

「俺が元々住んでいた亜人特区の一部を割譲してくれることになっていますので」

 

 そう言うとスィリクスは得心した様子で、下向き加減で何度かうなずいた。

 

 

「なるほど、それは……確かに、うむ、うん──」

 

 わずかに差し込む陽光によって、ハイエルフたるスィリクスの双眸に淡い金色の輝きが見える。

 そこに宿された大いなる意志の強さを見た俺は、もう一度……ゆっくりと右手を差し出した。

 

「考える時間、()りますか? スィリクス先輩」

「いらないな。不肖の身だが、ありがたく学ばせてもらうことにしよう」

 

 ギュッと強く握り返された手に、互いに笑みを浮かべ合う。

 

「それと先輩はよい……敬語もな、ベイリル」

「じゃあスィリクス、よろしく頼む」

 

「なんというか……感無量ですねぇ、ベイリルくんも会長も」

 

 微笑ましく見つめていたハルミアの漏らした言葉に、俺とスィリクスの笑みは揃って苦笑へと変わる。

 

「……ハルミアくんもそろそろ会長呼びはやめてくれないか、お互いとっくに卒業もしているのだし」

「はい、わかりました──スィリクスさん」

 

 

 もしかしたら……もっと早くに、こうして理解し合えたのかも知れなかった。

 ただし長命種である俺達にとって、遅すぎるということもない。

 

「共に歩もう、"未知なる未来を"──」

 

 



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#181 帝国貴族 I

 

 俺とフラウは貴賓室(きひんしつ)のような部屋にある長椅子に、隣り合って座っていた。

 

「フッカフカだね~」

 

 それなりの緊張がある俺と違い、フラウは至ってマイペースを崩さず座面で体を縦に揺らした。

 何かの分厚い毛皮で作られているのだろうか、絶妙な触感と弾力性が心地よい。

 

「そら調度品も一級品なんだろうな、なんせ"総督府"だ」

 

 ──帝国、東部方面総督府。

 版図(はんと)広き帝国領内は、東・西・南・北および中央で大きく区分けされている。

 そうして各方面それぞれの総督が各領地の貴族を監督し、また訓令や支援なども()(おこな)う。

 

 帝国中央政府の直下として、集権的に軍政が管理されている形態をとっているのだった。

 

 

「ねっねっ、ベイリルぅ~」

「いやいや流石にやらん(・・・)ぞ。いつ来るかもわからんのに」

 

 長椅子がよほど気に入ったのか、俺はそういう雰囲気を見せたフラウを制する。

 あくまでこの場には先の戦争における報奨と、領地関連の手続きの為に来たのだ。

 所構わず発情するような無節操さは控えねばならない。

 

「っちぇ~そんならもう帰っていい?」

「ダーメ、だ。こうなった以上は、"貰えるモノは貰える時に貰っておく"んだよ」

 

 俺は戦帝の言葉をそっくりそのままフラウに言って聞かせる。

 もうこうなったらミカンの皮だろうと、いただいていくくらいの気概でいくつもりだった。

 

「堅苦しいのは苦手なんだけどね~、偉そうな人も受け付けないしさ」

「これから来るだろう担当官は、偉そう(・・)じゃなく実際に偉いんだけどな」

 

 4人しかいない総督の権力は帝王と帝国宰相に次ぐ。軍事の最高責任者たる、帝国元帥よりも(くらい)は高い。

 なにせ担当している国土の防衛に際しては、相当の軍事裁量権を認められているという。

 また政治権力についても帝国法に基づいた独自の執行権をもっていて、臨時法廷などを開くことも可能だとか。

 

 

「まぁたかだか領地の下賜(かし)だ。総督が自ら出てくるような案件でもなかろうが」

 

 それでも領地手続きともなれば、相応の地位ある人物がやってくるだろう。

 

「ふ~ん……まっ、あーしはベイリルに任せるね~」

「あぁそれでいいよ。交渉らしい交渉もないと思うが、取りまとめは俺がやる」

 

 特に東部と北部は管轄する土地も広大であり、それだけに影響力もことのほか強い。

 

(こうした確固たる統治体制こそ、帝国を大陸最強の国家たらしめている所以(ゆえん)なわけだが──)

 

 単純に軍事力が高いというわけではなく、それを十全に発揮する地盤が整っているということ。

 種族差別も少なく、経済的にも安定していて、信賞必罰もしっかりしている。

 

 頂点たる帝王が戦争好きということを除けば、世界で最も理想を体現している国家と言えよう。

 

(それでも全てを網羅しているというわけではないんだよな……)

 

 実際的には帝国領内でも、虫食いのような空白部分は少なくない。

 名目上は支配領域であっても、環境要因や人員不足などもあって半ば独立してるような箇所もあるにはある。

 帝国のみならずそれぞれの版図に属しているだけで、実効支配下にない小国も存在する。

 

 騎獣民族による大陸の移動も、基本的にそうした各国家が統治している隙間を(とお)っていく。

 

 

(テクノロジーが進歩しないと、そこらへんは難しいわなぁ)

 

 この異世界──この星は地続きの巨大なパンゲア大陸である。

 世界征服はおろか、統治するだけでも一苦労と言えるほど広大だから致し方ない。

 

(それでもこれほど支配できているのは、ひとえに魔術文明のおかげか)

 

 魔力強化された肉体は、地球の人間規格など比較にならない強度を誇る。

 健全な肉体を(たも)てればそれだけ精神疲弊も緩和され、1人1人が生み出す仕事量も大きくなる。

 

 だからこそシップスクラーク商会は、短期間でもこれほど(ちから)を持つに至った。

 

 魔力・魔術を含んだ肉体規格ゆえに、行動範囲・支配圏は相応に広くなるのである。

 そこに魔術や魔術具といった文化があるからこそ国家として成り立ち、戦争も可能となる。

 

 

 しかしそれでもなお人類が備える能力に比して大地は広く、人口比からして()()()()()()が多い。

 

 戦災復興の為に調査して回ったインメル領でも、それらは明らかであった。

 帝国の支配領と言っても、その内実はかなりアバウトな部分が多かったのである。

 

(だからこそ自由にやれる部分は多い)

 

 人や資金の流れを調整し、情報を掌握することで、なるべく露見(ろけん)せぬよう秘密裏に事を進める。

 それはこれから与えられる領地にしても同じことが言えるだろう。

 上手く連携をはかって、インメル領と相互に利益を供与し合うような体制を構築していきたい。

 

 

「──来たな」

「ん~……やっぱ感覚方面はどうしてもベイリルに勝てんねぇ、あーしも感度いいはずなんだけど」

「俺が鍛えているのもあるが、やっぱ種族差の得手不得手もあるからしゃーない」

 

 部屋に近付いてくる音を聞いて、俺とフラウは椅子から立ち上がり応対に備える。

 ノックもせずに扉に入ってきたのは、黒い髪に黒い瞳の細身ながらも精悍(せいかん)さを感じさせる青年であった。

 

 俺とフラウはゆっくりと頭を下げて、相手の反応を待つ。

 

「はぁ~……ふっう」

 

 男は大きくわかりやすい溜息をこちらに吐きつけ、書類を机に投げ出すように置いた。

 そのまま対面の長椅子に座ると足を組んで、男は一人で占有するように両手を背もたれに広げる。

 

「座っていいぞ」

「失礼します」

 

 最低限の礼儀は崩さぬように俺達は整然と座り、目線を合わせない男より先に名乗る。

 

「ベイリルと申します」

「フラウです」

 

 そこでようやくこちらを一瞥(いちべつ)した男は、すぐに面倒そうに顔を(そむ)ける。

 

 

「東部総督補佐"アレクシス・レーヴェンタール"だ」

「……殿下?」

 

 俺は既知ではあったが、あえて口に出して確認するように敬称を口にした。

 "レーヴェンタール"──その姓は、帝王の一族たる(あかし)

 帝王の一族は優秀であるからして、それぞれ要職に()いているのは珍しくない。

 

 最も(くらい)の高い東部総督。その補佐となれば、実質的にナンバー2のポジションくらいだろうか。

 なんにしても、俺は気負わぬよう意識を固める。

 

「そうだ、本来ならば貴様らみたいな()()()()()(やから)と話す機会などありえない」

 

(ふむ、帝国人にしては狭量なタイプか)

 

 "成り上がり"──選民思想でもあるのか、ハーフへの差別意識も含んでいるのかも知れない。

 あるいは帝王の血族以外を、単純に下に見ているということもありえる。

 

「──が、これも仕事だ。さっさと済ませよう」

 

 なんにせよ人物は予想外だったが、こうした反応は想定の範囲内で多少は慣れたところであった。

 

 

(ありがたいんだか、ありがたくないんだかな……)

 

 能力ある者は出世しやすい帝国の人間にしては、アレクシスは珍しい部類に入るだろう。

 少なくとも戦帝は、その辺をまったく気にするような人物ではなかった。

 

(まっこの際は好意的に見るとしようか)

 

 結果的に無頓着であってくれるなら、今後とも自由にやりやすくなる。

 アレクシスは書類の1つを手に取って目を通した後、重ねるように(たば)の上に置いた。

 

「あらかじめ申請されていた、そっちの女の功績についてだが──」

 

 フラウが円卓十席"双術士"を倒した戦果。死体こそ残っていないが、状況証拠は討ち取りを示している。

 必要な情報だけを帝国側へ渡し、王国への生死確認も含めて調べてもらうよう(うなが)した。

 

「数多くの精査の結果、認められた。功績は統合し男の(ほう)が領主で構わないのだな」

「はい、"誓約"はまだですが……わたし(・・・)は彼の伴侶(はんりょ)ですので」

 

 普段とは全然違う真面目な装いのフラウがそう答えるが、アレクシスは特段の反応を見せない。

 

 円卓の魔術士をそれぞれ打ち倒した功績を合わせて、俺を筆頭領主としフラウには第1位の継承権を与える。

 各々で別領地を運営するよりもこの際はまとめてしまって、諸々の管理を楽にするという方針。

 さらに代理人にスィリクスを立てて、商会でバックアップして運営していく。

 

 

 まったく興味ないといった(ふう)なアレクシスは、新たに(ふところ)から丸めた紙を取り出す。

 机の上に広げられたそれは、帝国における亜人特区と、その周辺を拡大した精細な地図のようだった。

 

 まだインクの匂いも新しい太枠の中には、細かく区域分けされたそれぞれの名が記されている。

 約束通り俺とフラウが住んでいた"インヘル"の街もある、故郷の土地が含まれていた。

 

「囲んである場所が貴様らが下賜(かし)される土地だ。陛下のはからいに、その長い寿命で死ぬまで感謝しろ」

 

 後半の言葉には強い感情が込められていた。長命種が存在するこの世界。

 それでも比して短命の人族が統治し続けるのは、生き方そのものが継承されていくからなのだろう。

 

 長く生きるほど刺激がなくなり、人格すら希薄になっていくことが多い長命種。

 死生観も大いに違っていて、長い統治に向いているようで実はあまり向いていなかったりする。

 

 

「御意に」

 

 俺は逆らうことなく言葉を呑み込み、恭順(きょうじゅん)の姿勢を示した。

 少なくとも戦帝という一個人と、帝国という国家の在り方への畏敬(いけい)の念そのものに(いつわ)りはない。

 

(しかしまぁまぁ……思っていたよりも広いな)

 

 俺は地図を眺めながら、脳内にある異世界地図と帝国版図(はんと)とを比較していく。

 同時にこれだけの範囲を統治するのに、商会のリソースをどれほど浪費することになるのかと。

 

「伯爵位だ、帝国貴族として恥じぬよう精進せよ」

「っ……伯爵──ですか」

 

 つぶやくように俺は噛みしめる。与えられた地位について心の中でも反芻(はんすう)するのだった。

 



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#182 帝国貴族 II

(伯爵──)

 

 帝国では大きく、公爵、侯爵・辺境伯、伯爵、子爵、男爵と分かれる。王国ではさらに下の騎士爵が加わる。

 必ずしも内実を(ともな)う絶対のものというわけではないが、体面的に伯爵は相当の地位ある貴族だ。

 それは土地の性質上与えられたものか、あるいは円卓の首級にそれだけの価値があったか。

 

「元々は帝国直轄領だ、実効的な運営はここ東部総督府から派遣された者が(にな)っている。引き継ぎは現地にて(おこな)え。

 "特区税制"について現状は変えないとの決定だ。もとより成り上がりの素人に、大した期待などしていないが──」

 

 地図を横に移したアレクシスは、紙束(かみたば)から新たに書類を一枚抜いて上に置いて見せる。

 

「当然ながら亜人特区としての義務は果たしてもらう」

「帝国の軍政における人材の輩出、ですね」

「そうだ、少しくらいは勉強しているようだな。その心がけを忘れるな、帝国の為に働き、働かせよ」

 

 帝国における"特区"とは、税制を優遇する施策の一つである。

 例えば竜騎士特区は帝国軍への協力を見返りに、税の減免と"神王湖"に面する世界第2位の山を占有している。

 亜人特区や獣人特区などは、軍役(ぐんえき)や文官として帝国へ供出することが定められていた。

 

 

(実力主義で台頭できる帝国だが──)

 

 実際にはそう単純明快というわけにもいかない現実もあった。

 どうしたって種族差による嫉妬や差別意識を、完全に払拭(ふっしょく)することは難しいからである。

 その為に特区というシステムで管理をしているのだ。

 

 同種族間で競い合わせ、同胞意識も高めつつ、"持ち味"を特化させていく。

 個人ではなく種族という単位で管理することで、立場を明確に切り分ける。

 その上で登用制度を確立させて、出世への道を作ることで感情をもコントロールする。

 

(それで実際に上手く機能しているのだから、形態としては完成されているのだろうな)

 

 時代や背景によって、統治機構というものはそれぞれ最適なものがある。

 異世界において共和国は政情不安であるし、東西にまたぐ連邦も一枚岩には程遠い。

 帝国や王国を見る限りでは、やはり君主制のほうが安定しているように思える。

 

(今後の為に参考にすべき部分は多い。そこらへんのノウハウも上手く盗んでいこう)

 

 特区の中で唯一、完全無税かつ見返りも縛りもまったくないのは"無二たる"カエジウス特区だけ。

 ただしこれは存在そのものが帝国にとって最大の恩恵と言えた。

 国家すら相手にできる"五英傑"を好きにはできまいが、表向き取り込むことはできる。

 五英傑それ自体の対処のみならず、外交的な有効利用についても切り離せないに違いなかった。

 

 

「"領地法"についてだが……特区は独自性が強い為に、他領よりも裁量範囲は広い。が、好き勝手はできないぞ。

 帝国法に基づくという前提は当然として、最終的な承認については総督府(こちら)で厳正に(おこな)うわけだからな」

 

「心得ました」

 

 帝国領は世界で最も広い──それゆえに自治権も相応に認められている。

 しかし自領を持ったからと言って、どのみち好き勝手するつもりはない。

 

(俺……いや商会(おれたち)がやることは順当な領地経営だ)

 

 インメル領との交易を活性化させ、シップスクラーク商会の"大支部"を(もう)ける。

 経済でも文化面でも健全に運営していき、従来通り有能な人材を帝国へと供出する。

 

(少しだけ違うのは──"自由な魔導科学(フリーマギエンス)"の教義を植え込んでおくだけだ)

 

 種子は芽吹いて成長し、(つぼみ)となりて開花し、新たな()を結んで、また種を残す。

 商会に属する人材は帝国において頭角を現し、内部で(ちから)をつけ出世し、価値観を広め継承していく。

 

(合法的かつ効率良く、染め上げていこうじゃあないか)

 

 少しずつでいい、大帝国の権勢を()ぎ落とす。

 文化でも宗教でも外交でも、それが後々(のちのち)の為に繋がる。

 今後どう転ぶかはわからないが、制覇勝利するにしても優位に働く(くさび)を打つ。

 

 

「残る詳細は担当の者に聞け。あと、この場にて決めるのは……領地の名と家名だ」

 

 アレクシスは地図をもう一度机の中央に広げると、トントンと枠内の土地を指で叩いた。

 

「国家直轄管理から複数統合した区域の割譲(かつじょう)ゆえ、内一つをさっさと選ぶがいい」

 

 俺はスッとフラウへ目配せすると、彼女は静かにうなずいた。

 別に未練があるというわけでもないのだが、それでもどれかに決めるのならば……。

 やはり焼け落ちたインヘルの街が属していた、故郷である土地の名以外にはなかった。

 

「それでは──"モーガニト"でお願いします。家名も同じで構いません」

「モーガニト領……と。あとはこの四枚に姓名として記入し、血判を押すがいい」

 

 

 俺は言われるがままに、"ベイリル・モーガニト"と4枚すべてに署名する。

 そして用意されていたナイフで親指を薄く切り、血判を丁寧に()していった。

 

 見届けたアレクシスは総督補佐として彼自身の署名を付け加えていく。

 その()1枚を丸めてから(ロウ)を用いて判を押して固め、1枚はそのまま渡してきた。

 

封蝋(ふうろう)したほうは領内の担当者に渡して処理をしてもらえ。場所は書類のいずれかに(しる)してある。

 そして一枚は総督府(こちら)で預かり、もう一枚は帝都へ送られる。残る一枚は貴様がしかと保管しておけ。

 これで名実ともにモーガニト領主だ。帝国貴族らしい振る舞いを期待する。陛下の期待を決して裏切るな」

 

「委細承知しました」

 

(──とは言うものの、スィリクスと商会に任せて放蕩(ほうとう)するわけだが)

 

 俺という個人が、どうしても必要になった場合にのみ戻ってくればいいだろう。

 幸いにも俺は高速飛行できるので、行き来するのにそこまで時間が掛かるわけではない。

 モーガニト姓もよっぽどのことが無い限り名乗るつもりもないし、立場を利用することもないだろう。

 

 

「こちらの地図はいただいてもよろしいのでしょうか?」

「あぁ……他のも全て持っていけ、引き継ぐのに必要な他の書類も含まれている。どれも帝国の機密だから慎重に取り扱うように」

「はい、ありがとうございます」

 

 俺は用意しておいたカバンに丁寧にしまいながら、つつがなく終わったことに安堵(あんど)する。

 既に聞いていた話だったが、こうした場において契約魔術による強制力などはないようだった。 

 

(あくまで個人間でしか使えないのが契約魔術なんだよな……)

 

 奴隷契約などをはじめとして、強制力が発生するのは個人同士に限られる。

 それも基本は相互契約であり、一方的な契約となると強制力の幅が狭まってしまう不可思議。

 また契約魔術自体も差異はあるが……距離と時間によって弱まる為に、定期的に更新する必要も場合によってはあるのだとか。 

 

(意識か無意識か──)

 

 魔術という曖昧な(ちから)は、その形態や性質が多様極まり、また変化していく。

 だからこそ魔力を含めた、その真理の追究には多大な労力を伴うに違いなかった。

 

 

「しかしなんだ……」

 

 アレクシスは足を組み替えながら、ようやく興味を(とも)した黒瞳を向けてくる。

 さっさとこの場から去りたいし、向こうも好意的ではないというのに。

 

 視線を動かしていきながら、アレクシスはまるでこちらを値踏みするような眼差しだった。

 

「貴様らが円卓と二席と十席をねぇ……」

 

(こいつも喧嘩を吹っかけてくるわけじゃなかろうな──)

 

 ありえないとは言い切れない。帝王の息子で才能にも事欠かないだろう。

 戦争狂(ウォーモンガー)まではいかずとも、戦闘狂(バトルマニア)としての一面を受け継いでいても驚くことはなかった。

 

 

「どうやって殺した?」

「自分も彼女も魔術戦士です、手の内を晒すような軽はずみな(げん)は控えたく存じます」

「この私を前にして、いい度胸をしているな貴様」

「それとも……殿下ご自身でお確かめになりますか?」

 

 アレクシスは目を見開くと、こちらを恫喝(どうかつ)するように睨みつけてくる。

 

「血の気が多いな。それとも愚弄(ぐろう)しているのか」

「滅相もありません。ただ論功行賞の(おり)に、陛下がその実力を確かめたいと申されまして……幸いにも立ち消えましたが」

 

 眉をひそめたアレクシスは、嘆息(たんそく)を口元で押し留めてから口を開く。

 

「っ……まあ陛下はそうであろうな。それでこの私も同じと思ったわけか?」

「ご気分を害したのであれば謝罪します」

「いや……いい、ただ二度と同じことは言うな。そうした生き方を否定はしないが、私は違うことを覚えておけ」

「失礼いたしました」

 

 戦帝を引き合いに出せば、アレクシスも引き下がらざるを得ないようであった。

 ただそれは帝王や父に対しての恐れではなく、一人の人間としての憧憬や尊敬といった念からくる濁し方に思えた。

 

「──帝国は軍事国家だ、その持て余す(ちから)を振るうことだな」

 

 

 席から立ち上がったアレクシスはそう言い残すと、一瞥(いちべつ)もくれずに扉から出て行ってしまった。

 廊下からもその足音が聞こえなくなるまで待ってから、俺は緊張の糸を解く。

 

「あーしら残されたけど、どうすんの?」

「……まぁ普通なら俺たちもさっさと去るべきだが」

 

 俺はグッとフラウの腰を掴んで引き寄せて、音が漏れないよう一方通行の"遮音風壁"を室内に張る。

 

「用事は終わったし、もう滅多に誰かが来ることもないだろ」

「な~んだ結局ヤる気(・・・)なんじゃん、ねぇ? モーガニト伯爵ぅ」

 

 フラウの胸元でキラリと輝くエメラルドの指輪と、彼女の薄紫の瞳とを見つめる。

 

「なんのかんの節目(ふしめ)だ。二人きりだが……ついでに"誓約"しとくか?」

「んっ悪くはないけど、やっぱあーしとしては()()()()がいいな~。だからがんばってね」

 

 椅子に座ったまま俺の真ん前にまたがったフラウと、熱い視線を交わし合い唇を触れ合わせる。

 

「まったく、わがままな伯爵夫人だな」

「妥協したくないかんね~」

「同感だ」

 

 俺とフラウはゆったりとしたペースで、しばらく部屋に留まるのであった。

 

 



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#183 戦後交渉 I

 "東部総督府"──帝国貴族となってから半季ほど、俺は再びその門戸をくぐる。

 

 改めて見ても総督府は相応の威容を誇る高層建築の城塞。

 都市の中にあって明らかに浮いた存在ではあるが、それだけ労働者も多く経済も回るのだった。

 

「参りますか、カプラン()

「はい、総帥(・・)

 

 俺とカプランの二人は帝国からの正式な召喚に応じ、連れ立って帝国との最終交渉に(のぞ)む。

 総督府の入り口にて書状を見せ、既に待っていた帝国役人と共に──会談の場へと案内された。

 

 

()もなく参られますので、もう少々お待ちください」

 

 そう言うと帝国役人は茶を入れると(うやうや)しく一礼して、部屋から出て行った。

 俺は用意されたお茶の香りを、仮面(・・)の隙間から一口だけすすってカチャリと戻す。

 

「ん……最高級品のようだ」

 

 ハーフエルフの強化された嗅覚と味覚で、俺は存分に味わう。

 カプランも同様に口に含んだお茶を、ゆっくりと嚥下(えんげ)してから口を開く。

 

()れた(かた)も良かったのでしょう。個人的に帝国茶葉はあまり好みではないのですが、これは美味しいですね」

 

 俺はシップスクラーク商会の総帥用のローブに、二重螺旋の系統樹の紋章を着ける。

 仮面には大きな四重円の中央に小円があり、大円の内側2本の軌道には2つずつ小球が規則的に配置されていた。

 カプランも普段はほとんど着ないのだが、正式な場であるので短めにあつらえた白茶けた色の商会用ローブをまとっている。

 

 例によって俺は音圧を操作して声を変え、シップスクラーク商会"総帥"にしてフリーマギエンス"偉大なる師(グランドマスター)"。

 リーベ・セイラーに(ふん)して、立場と言葉づかいも見合ったものに変えている。

 どこで聞き耳を立てられているのも限らないので、仮面をかぶったその瞬間から演技は継続していた。

 

 

 強化感覚で近付いてくる足音を聴いた俺は、カプランに仮面越しに顔を向けて二人で立ち上がる。

 そうして部屋の前に三人が立つまでを確認したところで……扉一枚挟んだ向こう側の声を、俺は半長耳に通した。

 

『総督、ここはわたしから入室しても?』

『ん? 構わんよ』

『当然だな。まずは下の者から入るべきだ』

 

 老婆と男2人の声。一人は以前に聞いたばかりの声であり、忘れようはずもない。

 ただしそれとは別に俺はわずかに"引っかかり"を感じたのだが、それを確認する前に扉が開けられる。

 

「……っ!?」

 

 そして俺は──"最初に入ってきた人物"に、動揺を隠しきれなかった。

 確実に表情に出てしまっていたので、仮面によって隠れていたことが、この際は大いに幸いした。

 カプランの(ほう)は気付いていない。彼の記憶力なら名前を知ってはいても、()()()()()()()()からだ。

 

 

『平静を──』

 

 俺は二人目が入ってくる前に、一礼しながらカプランだけに聞こえるような小声を魔術で飛ばした。

 それだけでちゃんと意図が伝わることを信じて、続く"長身の男"と"老婆"に頭を下げたまま待つ。

 

「お待たせしましたかのう。さっ頭を上げて座ってくだされ」

「それでは……──」

 

 会談の席についたところで俺は、ティーポットから茶を注いでいく"最初に入室してきた男"を見る。

 男は3つにすべて注ぎ終えて座ったところで、まずはこちらから先に自己紹介をした。

 

「仮面を着けたまま失礼します。シップスクラーク商会の"総帥"リーベ・セイラーと申します」

「同じく、商会の渉外官(しょうがいかん)を務めております"素銅"のカプランです」

 

 こちらが座礼するのを見届けた後に、対面の3人が順番に名乗っていく。

 

 

「あたしゃ"東部総督"フリーダ・ユーバシャールじゃ。堅苦しさはなくてよいぞ」

 

 下調べした通りの人物──東部を統括する総督、海千山千のやり手と名高いばあさん。

 人族の女性、年齢は74を数え未だに現役。実力主義の帝国で長きに渡りその地位につく人物。

 インメル領そのものも含めた会談交渉は最終的に、フリーダ総督にこそ決定権があるのだった。

 

「……帝国"東部総督補佐"、アレクシス・レーヴェンタール」

 

 帝王の血族──レーヴェンタール一族の第三子。人族の男性、22歳。

 モーガニト領の下賜(かし)の際とは違って、場を(わきま)えているのか……高圧さは感じられなかった。

 

 彼がもしも帝王の座につかない場合は、いずれは東部総督となるのかも知れない。

 そうした場合に備えて、彼の気質を改めて探っていくことにする。

 

 

 そして……最初に入室し、最後に名乗る男。

 

「帝国中央参謀本部──」

 

 顔を見紛(みまが)うはずもないし、もちろん双子などでもないだろう。

 気怠(けだる)さが染み付いた表情は()と同じ印象を与えるが、昼行灯(ひるあんどん)にも見えた雰囲気はもはやない。

 天然パーマが交じる黒髪を短くしていて、やや恰幅(かっぷく)がよく、上背はあるが猫背気味なのは以前と共通している。

 

("()()()()"……この場に出席し、交渉できるほどの地位にいるのか)

 

 学園の戦技部兵術科でジェーン、キャシー、リンらと共に学び──フリーマギエンス員でもあった。

 "遠征戦"においても作戦参謀として、後方でそつなく全体の取りまとめをこなしていた。

 主要面子よりも一季早く卒業してしまった後も、連絡がほとんどなかった為に随分と久しく感じる。

 

「"陸軍元帥・次席副官"──」

 

 ただいくら帝国が実力主義であり、フリーマギエンスの教えがあったとしても早すぎる出世劇だ。

 となると元々それなりの家柄があって、事情があって学園に(かよ)っていたのだろうと推察する。

 

 

「──"モーリッツ・レーヴェンタール"です、よろしくおねがいします」

 

()()()()()……? "レーヴェンタール"、だと!?)

 

「ほう、王家に連なる(かた)二人も(・・・)──」

 

 カプランが軽く話を振って、相手との距離を縮める雑談に花を咲かせる中で──

 俺は会話が耳に入ってはきていても、それ以上に脳内が混濁するように回転していた。

 

 彼はモライヴなことは確かだ。しかし今この場にいるということ、そして王族の名を(かた)るはずもない。

 学園で使っていたモライヴという名前が偽名であり、彼の本名はモーリッツ・レーヴェンタールなのだ。

 

 ただそれ自体は珍しいことではない。学園には各国から多種多様な立場や種族の者が(かよ)っていた。

 後ろ暗い理由によって、(なか)ば流刑地にような扱いとして送られることもあるのが学園だった。

 

 リンとて信頼できる相手にしか、フォルス家であることを明かさなかった。

 パラスも家名に関しては……彼女なりの矜持(きょうじ)があったのか、一切(いっさい)口にすることはなかった。

 もちろんオックスのように率先して名乗ることで、積極的に人脈を広げようとする者もいた。

 

 (まさか帝王の一族まで学園にいたとはな、年を考えるとヴァルターよりも上──)

 

 魔薬を持っていたヴァルター・レーヴェンタールの一件から、帝王の血族の情報は一通りあさった。

 だからアレクシスを含めて、帝国王族については頭の中に入れてあった。

 モライヴという偽名で(とお)し続けたからこそ、モーリッツからドカンと不意打ちを喰らった気分である。

 

 

(モライヴ──)

 

 馴染み深い彼の名の(ほう)を心中で呼ぶ。モライヴはリーベとは会ったことがない、つまりこの会談が初対面。

 だが総帥の名前と存在については、商会やフリーマギエンスに所属する者ならば認知されている。

 

 学園時代から絶妙なナマケものを演じながら、商会とフリーマギエンスを利用していただけなのだろうか?

 

(まぁニア先輩なんかは公言してたし、別にフリーマギエンスや商会を利用されるのも別段構わない)

 

 悪辣(あくらつ)なやり方はさすがに対処するものの、得た知識や経験を活かしてもらうのはむしろ望むべきところ。

 特許関連や世界バランスは考えねばならないが、ただテクノロジー周りにモライヴはそこまで深く関わってはいない。

 

(いや……問題は、何故この場にいるかということだ)

 

 彼が実は王族であったことは別にいい。驚かされたものの、それ自体は単なる事実の1つに過ぎない。

 憂慮(ゆうりょ)すべきなのは──彼が今なお(こころざし)を同じくする味方なのか、あるいは仮想敵(・・・)なのかということ。

 

 東部総督とその補佐が来るのは予定通りだが、参謀本部は交渉に関わりがないはずだ。

 

 

(シップスクラーク商会の名を聞いて、交渉にあたって自分から希望したとか──?)

 

 直接的に尋ねてしまうと、いらぬ誤解やほころびが生まれかねないので自重する。

 いまいちモライヴの真意を測りかねる。こんな時こそシールフの"読心の魔導"が欲しくなってくるほどに……。

 

(いや待て、そうだ。部屋の外で"先に入室したい"と言ったのはつまり……)

 

 ハーフエルフの強化聴覚ゆえに聞こえた、聞き覚えのあった声と言葉の意味。

 もしかしたら、ベイリル(おれ)だったり、他にモライヴの顔を知る商会員との接触を考慮したのか……?

 先に入室したのなら、フリーダやアレクシスに気付かれる前に合図を送れると。

 

 結果的に俺は今現在リーベを装っていて、カプランは顔を知らないので、その配慮は杞憂(きゆう)に終わった。

 

(商会にとって有利に話が進むよう働きかけにきた、ってのもありえるか)

 

 それは多分に希望的観測を含んでいたし、個人的にモライヴを信じたいという気持ちの表れ。

 もしくは話でしか聞いたことがない総帥リーベが来ると踏んで、その目で見たいと思って来たか。

 

(まぁいい……モライヴの思惑がどうあれ、やることは変わらない)

 

 

 するとタイミングよくカプランは、フリーダ総督との雑談を終えたようだった。

 

「──あっと、少しばかり話しすぎましたか、お時間は大丈夫でしょうか?」

「構わん構わん、総督なんぞ()うても有事がなきゃさほど仕事はありゃせんて」

 

 カプランが会話を打ち切ったということは、相手の気質や(サイン)を見抜き、利用していく準備が整ったということである。

 あとは俺にも関知しえない部分で、仕草や抑揚(トーン)や視線など様々な技術を(たく)みに使って相手を誘導する。

 

「それは良かった。残る話は会談を終えた(のち)ほどにでも──」

 

 同時に俺の動揺を察して、カプランは会話を引き延ばしてくれていたようにも思える。

 前段階の交渉の段階から……本当に頼もしくありがたい人材であった。

 

「ではパッパと終わらせますかのう。なぁに、これは詰めと合意にすぎませんて」

 

 既に室内はカプランとフリーダの世界とも言えた。

 実効権限を持つのは総督は彼女であり、リーベは総帥であっても基本的には神輿(みこし)である。

 事実モライヴもアレクシスも、雑談には参加せずに一歩引いた位置からうかがっているような印象。

 

 と思っていた矢先、アレクシス総督補佐の第一声が、俺の心を波立たせた。

 

「あぁ、ちょっとよろしいだろうか。そちらの総帥とやら、()()()()()()もらいましょうか?」

 

 



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#184 戦後交渉 II

「あぁ、ちょっとよろしいだろうか。そちらの総帥とやら、仮面を外してもらいましょうか?」

 

 開口するやいなやアレクシス・レーヴェンタールは慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度を見せる。

 

「アレクシスや、おんしは事情をあらかじめ聞いとるじゃろう。戦傷(いくさきず)に触れるなぞ──」

「総督、公式の場なのですから、わたしのことはしかと総督補佐とお呼びください」

「はぁ~……まったく、(つつし)みんしゃい。アレクシス総督補佐。ぬしゃあとモーリッツはあくまで後学。

 今後に備えた教育として連れて来たに過ぎんのじゃから、余計な口を差し挟むでないわ」

 

「しっ、しかし総督。私は……我ら二人は立場があれど王族です。戦場経験もあり、仮面は(はず)すのが当然でしょう」

 

 モライヴは黙して何も言うことはなかった。こちらの顔を見てみたい好奇心もあるかも知れない。

 

 あるいはもしもリーベという存在が架空であり、常に影武者を立てるものと知っていたなら……。

 

(今のアレクシスを止める言動くらい……してくれたんだろうかねぇ)

 

 身内に呆れたフリーダの表情を見つつ、俺は剣呑(けんのん)な雰囲気になる前に申し出る。

 

 

「総督殿(どの)、わたくしは構いません。公式の場にて礼儀を欠く行為なのは事実です」

 

 そう言って俺はゆっくりと両手で仮面を外し、"リーベの素顔"を見せた。

 

「っな……うっ……」

「ふむ……」

「……」

 

 アレクシスは絶句し、フリーダはやんわりと眺め、モライヴは顔を変えず見つめる。

 その顔には左上方から縦に深い(みぞ)のように斬られ、さらには火傷痕が痛々しく残っていた。

 左目は潰れ、鼻は()がれ、唇も裂けていて、輪郭も歪み、直視に()えぬ(かお)

 

「大変お見苦しく申し訳ありません。ただ空気に触れると痛みますので……ご許可をいただけるのであれば──」

「いっ……いい! わかった、もういい着けていて構わぬ!!」

 

 アレクシスは狼狽したように叫び、俺はゆっくりと仮面を着け直した。

 そう……これはもちろん自分の顔ではない。ひどく(みにく)()()()()()である。

 

「失礼しましたのう」

「いえお気になさらず」

 

 空気密度を操作して多少なりと見目を変えることくらいはできるが、それでは近距離で相手を騙せない。

 だからと言ってベイリルの顔を、そのまま晒すわけにもいかない。

 単純に顔を知られる以前に、総督補佐であるアレクシスが来ると踏んでいたからだ。

 

 そう──これは()()()()()。"(みやび)やかたる"ナイアブの手による、ある種の芸術作品であった。

 

 今はまだマスクのように着け外しが自由なわけではなく、肌に直接ほどこしてもらったもの。

 わざわざ往復飛行して会いに行き、(せわ)しない中で必要だからと依頼したものであった。

 

 生々しく痛々しい姿を正視する者などそうはいないし、ナイアブの技術も素人目にはわからない。

 そも特殊メイクという存在自体が認知されてない以上、偽物の顔だという発想に至らないのだった。

 

 

(変身は()()()()()()()()しな……)

 

 "顔を変える"というのは、魔術程度では不可能というのが定説だった。

 魔族や獣人や亜人のように、幾世代と掛けて変質していくのとはワケが違う。

 

 顔というのは人としての認識を得る為の最重要パーツ。そこを変形させるというのはリスクが伴う。

 もしも元の顔に戻れなかったら? 眼球を傷つけたり、骨が脳みそを歪めて死んでしまうのでは?

 

 "自分が自分でなくなってしまう"──今ある己を捨て、まったくの別人になるという根源的な恐怖。

 

 そういった無意識にある負のイメージが、変身魔術を阻害してしまうらしい。

 それはシールフがいつぞやの講義で語った──通信魔術は難しいということにも似ていた。

 無意識で人はリミッターを掛けてしまう、だからこそ魔術には越えられぬ(ライン)があるのだと。

 

 仮に自由自在に変身できる奴がいるとすれば、それはもはや人に(あら)ず。

 己という存在自体があやふやで、頓着がない怪物。かつ魔導に至るだけの才が()るとも。

 

(そんなようなことをシールフは教えてくれたが──)

 

 いずれにしても顔を隠すというだけでなく、相手に負い目を与えるという点でも……特殊メイクは効果的だった。

 しかも相手方から仮面の裏を直接見せろと言ってきてくれたことは、非常にありがたい。

 これで帝国において"リーベ・セイラーの戦傷(いくさきず)"は、多少なりと保証された風聞になるだろう。

 

 

「左眼が見えないばかりに右眼を酷使した所為(せい)か、幾許(いくばく)か見えにくく不都合をお掛けするやも知れません。

 また喉も焼けてしまっていて、声も少々お聞き苦しく……治癒魔術でも限度がありまして、仮面にて失礼します」

 

「いやいや、あたしゃらで良けりゃいくらでも頼ってくださいな」

「痛み入ります」

「ところで、会談の前に差し支えなけりゃ聞いてもええかえ?」

「答えられる範囲であれば……なんなりと」

 

「おんしは魔導師であると、噂に聞いたんじゃがのう」

「魔導師だとっ! 貴殿は魔導が使えるのか!?」

 

 興奮しいきり立ったアレクシスを、フリーダは背中を引っ張り座らせる。

 

「正確にはわたくしにもわかっていません。ただ夢を見る時に、好機か危機か、どちらかの未来が見えることがあるのです」

「ほう……無意識にて使える魔導、たまにおると聞きます」

「ちょうどこの戦傷(いくさきず)を負って、生死の(さかい)をさまよってから見えるようになりました。 

 ただ任意で使えるものでもないですし、あくまで未来の天秤にほんの少し指を沿えて傾ける程度のものです」

 

「それでも()()()()()()()()()組織を作り上げた。特筆に(あたい)すると思いますがのう」

 

(……探りを入れられている、か。やはり油断ならない婆さんだな)

 

「わたくしの(ちから)は微々たるものです。こちらのカプラン君や他の支えてくれる者たちのおかげです」

「恐縮です、総帥」

 

 我ながら少し白々しい気もしたが、さらに(げん)を補強するように用意してあるシナリオを口にする。

 

 

「それに……我々の大元は"大魔技師"です」

「なにっ!? 大魔技師だと!!」

 

 さきほどから過大反応(オーバーリアクション)のアレクシスがうっとうしいが……フリーダは慣れた様子であった。

 

「興味深い話ですのう」

「大魔技師と七人の高弟(こうてい)。彼らの内の一人が残したモノが我々の前身です」

 

 一般にも扱いやすい魔術具をいくつも開発し、また現在も使われる統一された度量衡(たんい)

 さらには多様な造語までも、世界各国に高弟(こうてい)を派遣したことで広めた大魔技師。

 彼が死した(のち)、直属であった高弟達はそれぞれに偉業を成し遂げた。

 

 帝国に渡った高弟は──"魔導具"を作るにまで至り、現在でも帝国の最先端技術を扱う"工房"を作った。

 連邦東部に残った高弟は──多種多様な用途の魔術具の製造・販売を担う、一大企業を組織した。

 連邦西部に渡った高弟は──"使いツバメ"のシステムを構築し、それらが(のち)の冒険者ギルドの雛形となった。

 皇国に渡った高弟は──聖騎士の権利の一部を各国へと広げて、世界全体に存在を認知させた。

 現在の共和国周辺に渡った高弟は──元々首長合議制であった連合形態を作り変え、共和制を浸透させ国家として独立させた。

 王国に渡った高弟と、魔領に渡った高弟は──ついぞ語られることなく、何を成したかは定かではない。

 

 大魔技師と七人の高弟の話を利用することで、商会の特異性へ説得力を持たせる。

 どのみち精細に(さかのぼ)って調べようもないので、押し通してしまえばそれで十分だった。

 

 

「シップスクラーク商会はあくまで慈善を主とし、その為のあらゆる技術を推進します」

「んなるほどのう、それを復興の為に役立て……戦争をすら辞さなかったと」

「総帥の予知夢による指針がなければ、ここまでの大規模行動は起こせませんでしたが──」

 

 カプランが付けくわえ、フリーダはわずかに考えた様子を見せてから柔和な表情を浮かべる。

 

「いやはや結構結構。()()()()納得もいきました」

 

 そう言うフリーダの瞳は違う色を(たた)えているようであり、彼女もまた一筋縄ではいかない。

 お互いに牽制(けんせい)し合うかのようなやりとりに、やはり調査通りの人物なのだと認識させられる。

 伊達に東部総督の地位にはおらず、歴とした経験と実力によって裏打ちされたものなのだと。

 

 

「さて……本題に移るとしますか。まず"賠償金"についてですが、中央の最終判断はこちらになりますのう」

「拝見いたします」

 

 カプランは渡された複数枚の皮紙を、サササッとかなりの速度(スピード)で読み進めていく。

 そして重要となる部分だけをいくつかピックアップし、俺は書類を順次受け取る。

 

「事前案からはほぼほぼ変わっておらぬじゃろう。そちらの働きがそれだけ素晴らしいものだったという(あかし)

 王国としても、ああも遺体や遺品がしっかりと返さるるば……帝国側の強い要求も飲まざるをえなんだ次第(しだい)

 

 肉体の損壊が酷いものも数多くいたが、残る王国軍兵士の死体は基本的に丁重に回収して見目だけでも整えた。

 王国軍が追い詰められ籠城すれば、どのみち包囲して兵糧攻めをしている(あいだ)は時間を持て余す。

 まして領地復興の中途であり、死体を戦場に放置しておくのも衛生的に問題があった。

 

 

 よって可能な限り遺品も含めて、王国側の尊厳を踏みにじらぬよう配慮して国土へと帰してやった。

 (むご)たらしく暗殺した将校や兵士達の家族については申し訳ないが、より確実な勝利には必要な犠牲だった。

 

(だいぶ変質(・・)してきてる気もするな……落ち着いたらシールフにカウンセリングでも頼むか)

 

 暗殺から(かぞ)え、戦争を経たことで、俺自身の"人間性"というものが希薄になっている。

 200年や300年先ならともかく、まだまだ若い身空(みそら)でそれはいささか危うい。

 

(肉体はともかく、精神的な"亡者"になんかなりたくないし──)

 

 そんなことを考えながらも……俺は必死に書類を読み通していくのだった。

 



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#185 戦後交渉 III

 カプランが書類の全てを精査し、そして俺は最後に渡された内容を見る。

 

「特に過不足は見当たりません。総帥──」

「……では、商会側も賠償金についてこれで正式合意といたします」

 

 書かれていた金額を見ると、試算からギリギリの(ライン)で吹っかけた(がく)が無事(とお)っていた。

 

「身代金については"そちらで直接交渉"を(おこな)うということで、本来想定される額よりは低いですがのう。

 ただなぁに東部総督のあたしゃの目から見ても……なかなか良い落としどころを見極めてらっしゃる」

 

「はい、身代金交渉にもカプラン君とは別に優秀な人材を送っていますので」

 

 戦争中に捕えた王国軍の高級将校に関して、身代金交渉はこちらで請け負う約束を取り付けた。

 王国出身で勝手を知り、"読心魔導師"でもあるシールフが担当している。

 金を限界まで(むし)り取るのは当然として、他にも弱味を握ってくると()()()()()()()()であった。

 

 

(個人的に恨みでも残る貴族が、リストに載ってたんかな……)

 

 詳細について教えてくれることはなかったが、シールフなりに思うところがあったのは確かだろう。

 また金銭以外の価値を持つ"高級資源"や"戦略資源"などと代替とする判断も、彼女ならば適格。

 当然こうした交渉は帝国には任せられないし、賠償金の分配が少なくなろうとも譲れない一線であった。

 

 また相手方が身代金を払えず、土地資源で代替できない場合には、捕虜は当然こちらで引き受けることになる。

 

 それならそれでも構わなかった。なぜならそうした(やから)は商会員として、フリーマギエンスの教義に染め上げる。

 すると将来的には王国に対してそれなりの権限と人脈を備え、こちらに有利に運ぶ交渉が可能な人材の出来上がりだ。

 

(文化的侵略と支配は──)

 

 まずは一個人に対するソレから始まるというものだった。

 

 

「さて次に──インメル領あらため、"サイジック領"の復興における本国からの支援についてかの……」

 

 今回の交渉にあたってインメル領からの"名称変更"を申請して、正式に通すことができた。

 なにせインメルの名は戦災のみならず、伝染病と魔薬が蔓延(まんえん)したことによるネガティブイメージが強い。

 それは今後の復興にあたって非常に憂慮(ゆうりょ)すべき問題となり、停滞や衰退すら招きかねない。

 

 払拭(ふっしょく)する為にはまず外面から整え、内実も違うことを示していかねばならない。

 帝国側としても領地を死んだままにしておくのは決して好ましいわけもない。

 また領主であり名を冠していたインメル家も、現在では文句をつけられる立場にない。

 

 そうした新たな名こそ"サイジック"──科学(サイエンス)魔法(マジック)を冠し、魔導科学(マギエンス)の発信地となる場所である。

 

 

「──帝国からの()()()()()。本当にこれでいいんですかのう?」」

「はいフリーダ総督、直接支援については一切いただかなくて問題ありません」

 

 既に賠償金や身代金を計算に入れた上で、商会のみで復興を完結できる見通しは立てていた。

 なによりも帝国側に介入されると、商会の機密を含めて色々と面倒なことになる。

 

「その()()()()()()()()について、帝国側の最終判断はどうなりましたか?」

「それはコッチに書いてある、無欲なんだか強欲なんだかよくわからんのう」

 

 新たに渡された皮紙には、ズラズラと項目が長ったらしく書き連ねられていた。

 そしてその多くがこちらが望んだ要求に対する、帝国側の合意内容であった。

 俺は指を添えながらゆっくりと頭を整理するように、カプランと共に承認された部分を確認していった。

 

 

(──サイジック領地の復興に際し、相当の期限を設けて"無条件の減税特区"とする)

 

 税金とは一般大衆にとって経済的に大きな負担となり、自由な交易においても足かせとなる。

 また領民の精神的にもキツいものがあり、そこを減らすのは重要なことであった。

 

 俺が下賜(かし)されたモーガニト領は元々が亜人特区であり、直轄領としても運営されていた。

 ゆえに引き継いだ後も"亜人の供与が義務"となる特区であったが、サイジック領に関しては無条件。

 

 カエジウス特区のように完全無税ではないが、期間を限定した条件なしの減税特区として無事認められた。

 

 

(──サイジック領内の安定が確立されるまで、商会の庇護下として"領地権限の一部代行"の容認)

 

 今後やっていくにあたって最も大事な部分であったが、これも問題なく承認されたようで一安心であった。

 とにもかくにも権限がないまま好き放題やっては、今度はこちらが帝国軍に潰されかねない。

 

 もっとも帝国本国としても……伝染病が蔓延(まんえん)したサイジック領を、率先して世話などしたくないのが本音。

 帝国の援軍が遅れたのも、危険地帯に戦帝が自ら出張(でば)るということで色々と本国で悶着(もんちゃく)があったかららしい。

 そこにきてカエジウス特区を迂回しての行軍な為に、精鋭ながら予想以上に時間が掛かったのだという。

 

 なんにせよ未だ伝染病が終息していない土地で、自ら泥をかぶり代行してくれるという連中がいるのなら……。

 "適材適所で一任してしまえ"──という判断も、実利を重んじる帝国らしいものだった。

 

 ましてや未だ中途の段階にあるが領地の復興、および王国軍を迎撃したという功績がある。

 さらに戦場で得た王国の遺品とは別に、魔術具などの兵器群の多くを帝国へと引き渡した。

 

 帝国の軍事力に利する行為にはなってしまうが、これで商会による武力蜂起という考えを払拭(ふっしょく)できる。

 そんな善意(・・)のシップスクラーク商会が"領地復興の為"だと強く望むのであれば、帝国としても無下に断ることなどできはしない。

 

 それに本当に必要と思われるモノはあらかじめ隠して確保してあり、今後の開発に役立てる準備も整っている。

 

 

(──王国軍から捕えた奴隷兵の処遇の一切を、商会に(ゆだ)ねること)

 

 これは賠償金の請求と分配にも含まれていた問題であり、賠償金の額が締結した時点でこちらも当然承認される。

 ただし帝国側は問題が起こった場合に、一切関知しないという(ただ)し書きを含めて……である。

 商会の方針としては、干渉されないというのはむしろ都合が良い。

 

 帝国側の考え方としては、王国で契約された奴隷など単純に扱いにくいだけということ。

 かと言って王国に返還したところで、元々使い捨ての連中であり価値は低い。

 仮にその分を賠償金を上乗せしたところで、(たか)が知れているのだった。

 

 また王国としても賠償金との兼ね合いによる合意を得た上で、正式な奴隷の売買取引という形で収まった。

 

 ただしそれはあくまで形だけであり、奴隷契約魔術そのものが失われたわけではない。

 よって合意の件を無視した契約主が、被契約奴隷を強引に取り戻そうとした場合……。

 それに付随する形で起きた問題は、王国側も関知しないという約束が取り付けられた。

 

 今後奴隷の扱いについては、自衛手段を含めて色々と考えていかねばなるまい。

 なんにしても復興の為の"労働者"の確保ができて、今後の発展は加速していくことだろう。

 

 

(──帝国および王国に対し、こたびの伝染病の対処方法と魔薬情報の共有)

 

 これは両国にとっても(えき)があることであり、商会としても情報共有は必要なことだった。

 

 また"王国に対しても"と付け加えることで、商会それ自体は中立の姿勢であることを強く(しめ)す。

 商会には叛意(はんい)などが無いことと、慈善企業体としての立場を明確にアピールしたのだ。

 

 今はまだ雌伏(しふく)すべき時であり、余計な目を付けられるわけにはいかない。

 土台を作り、足掛かりにする為には、貴重なデータであろうとも差し出す必要がある。

 同時に商会の情報網を、こうした糸口から各国に広げていくことができるという打算もあった。

 

 そして"人類皆進化"という大きな(くく)りにおいては、不必要な人的損害は決して容認できない事項でもある。

 こうした災害による情報の共有は、野望とは切り離した部分で大事なことなのである。

 

 

(さて、ここまでは協議でもさほど難航はしなかった部分で……問題は──)

 

 インメル領会戦における最大の功労者。()の者らがいなければ、そもそも戦争すら起こせなかった。

 そして実際の戦争行動においても、最高の働きを見せてくれた二大戦力。

 

 "荒れ果てる黒熊"バリスを大族長とした騎獣民族。

 "嵐の踊り子"ソディア・ナトゥールを首領とするワーム海賊。

 

 その多大なる労に対して(むく)いる為には、シップスクラーク商会だけではどうしようもない。

 帝国からの譲歩(じょうほ)を引き出す必要があり、それこそが交渉における(きも)の部分でもあった。

 

 場合によっては徹底交渉もやむなしと覚悟を決めて、俺はさらに読み込んでいくのだった。

 

 



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#186 戦後交渉 IV

(──ワーム海賊の功績の認可および罪一等の低減措置。ならびに私掠船(しりゃくせん)免状(めんじょう)の発行)

 

 商会から提示した合意条件の内、これが一番の難題であったと言えよう。

 まず根本的なところで、海賊の協力があったというところから伝える必要があった。

 ワーム海賊は援軍の到着以前に撤退していたが……帝国海軍も調査した結果、関与はしかと認められた。

 

 さらには海賊の協力なくしてこたびの防衛戦はなかったことも、重々に告げる。

 その上で私掠船の意義を訴え、何度も協議を繰り返して条件が整った。

 

 一ツ、こたびの戦争におけるワーム海賊への報酬については、商会が得た賠償金より(まかな)うこと。

 一ツ、帝国に属するあらゆる船舶に対して、いかなる場合においても危害行為および示威行動の禁止。

 一ツ、略奪した金品の一部割合、および知り得た情報を、定めに基づいて帝国へと納める明文。

 一ツ、原則として帝国側からの物資供与また支援は(おこな)わない。生じた不利益について一切関知しない。

 一ツ、サイジック領におけるシップスクラーク商会の権限管理下にある限り、二等以下の罪科訴追の停止。

 一ツ、以上の条項を守る(あいだ)は私掠船の権限を認め、帝国領海内における指定範囲の行動の自由を保証する。

 

 これらがソディア達に課せられた、大まかに周知させるべきルールとなる。

 

 さらに商会に対しても、海賊達が管理下から外れて行動した場合、その責任と賠償は商会に生ずること。

 また討伐隊の編成に際しての物的支援と、海賊について保有している情報の全公開の義務など……。

 細々(こまごま)とした数多くの条件が書き連ねられていた。

 

 それでも"私掠船免状"自体は、正式なモノとして認められたことは喜ばしい。

 帝国としても厄介なワーム海賊の被害を減らしつつ、その一部を手中に置いたという功績は外交的強みになるのだ。

 

 

(──騎獣民族の帝国籍取得に関する事項)

 

 まつろわぬ民である騎獣民族が、帝国人として加わる……その意味。

 帝国としても望むべきところであるが、騎獣民族側からの条件もいくつかあった。

 

 まず騎獣民族は二つに分かたれる。サイジック領に定住する者と、狩猟・遊牧生活に戻る者。

 定住する者には帝国籍を与え、またそれまでに犯した罪を条件なしの不問とし、以後は帝国法に従う。

 狩猟へと戻る者には関知せず。扱いとしてはこれまで同様、蛮族扱いとされた。

 

 商会としても彼らの文化を尊重し、テクノロジーを啓蒙(けいもう)こそすれ、強制するようなことはしない。

 騎獣の民の(せい)とは循環にあり、彼らが心根に備える野生を否定することも不可能だ。

 そもそも商会には彼らに強要をするだけの武力もなく、あくまで同盟として歩調を同じくしただけに過ぎない。

 

 騎獣民族は世界を駆け巡る中で、拠点にしやすい土地をいくつも知っている。

 サイジック領をそうした土地の1つにする──という方向で取りまとめた。

 

 自由に生きる民をバリスが率い、ついていけぬ者は奴隷を含めてバルゥと共に土地に根ざす。

 騎獣の民は怪我や病気が重篤(じゅうとく)な場合は、容赦なく見捨てるか、あるいは慈悲として殺すのが常。

 

 しかしそこで殺すことなく、同時に群れからはぐれざるをえない者を、サイジック領を(さと)として受け()れるのである。

 恐らくは伝染病の一件がなければ、騎獣の民達もこうも素直にはいかなかっただろう。

 

 

(……ヨシ)

 

 騎獣民族とワーム海賊──どちらにも、正式な形で(むく)いることができたことに安堵する。

 改まった確認を終えたところで、俺は顔を上げてカプランを見た。

 

「カプラン君、過不足はないだろうか」

「はい総帥、わたしも確認しました。特に瑕疵(かし)も見受けられません」

「では……総督殿(どの)、シップスクラーク商会はこれらの内容に異存はありません」

 

 俺は持っていた皮紙束(ひしたば)を渡すと、フリーダはゆっくりと口を開く。

 

「あたしゃとしても、おんしらが中央で交渉した結果のことじゃ。そこに関して特に言うことはないのう」

「ご不明な点があれば、わたしから説明いたしますが」

 

 何か含みを持たせたフリーダの物言いに、カプランが温和な様子でそう言った。

 

「一つだけよろしか?」

「なんなりと」

「このサイジック領内における復興(・・)というのは……具体的に、どの時点で完了になるんですかな?

 復興はいまだ完了していない、と……いつまでも特区減税を適用されていたのでは、本国も納得はせんでしょう。

 その実質的な判断は東部総督として、あたしゃに一任されちょる。お互いに明確にしておくべきだと、思うんですがのう」

 

 

(やっぱ鋭いなこの婆さん……)

 

 復興はサイジック領が"以前と変わらぬ状態まで回復"──と、あえて曖昧にしておいた部分であった。

 あまり詳しいことは事前協議でものらりくらりと伝えておらず、帝国側も認識上はそれで納得していた。

 

 実際に"商会が考える復興後のサイジック領"と、"帝国が考える復興後のサイジック領"には莫大な差異がある。

 そこをフリーダは、(こと)この段階にまでなっていても、抜け目なく突いてきた。

 最終交渉など形だけで、事前協議からの決め打ち合意だけだと思っていたが……あっさりとはいかないようだ。

 

 俺は仮面越しにカプランと一瞬だけ視線を交わしてから、ゆっくりと"総帥"リーベ・セイラーとしての見解を整理する。

 

 

 "復興"── カエジウス特区のワーム街にて、ヘルムート・インメルと出会ってから始まった。

 旧インメル領を(むしば)んだ、伝染病と魔薬と戦災による被害から救うこと。

 短いながらもシップスクラーク商会が積み上げてきた、あらゆる資産を投じた一大事業である。

 

(見通しはいくつかあるが……)

 

 さしあたって帝国へ伝えておくべきことを、俺はリーベ総帥らしく答える。

 

「復興の定義について、まずわたくし個人として言わせてもらうのであれば……」

「ふむ、聞きましょうかの」

「復興に明確な終わりはない──と、商会の姿勢として考えます」

「それは詭弁(きべん)ですなあ。まさか領地を一つ、ずっと占有するわけではなかろうて」

 

「無論です──こたびは(やまい)だけでなく戦災も重なりました。領民の心の全てを()(はか)ることはできません。

 伝染病も根治(こんち)・終息にはまだまだ時間が掛かるでしょう。そして何年後かに再発する、という可能性もなきにしもあらず。

 巡り廻った戦災の因果が、先の未来に芽吹くやも知れない。そうした時に民が己のみで立ち、十全に戦えることこそが肝要(かんよう)

 (こうむ)った病災と戦災が風化し、それらを言い訳にしなくなった時こそ……復興が成った(あかし)であると考えております」

 

「耳聞こえはよろしいが……」

「適時修正を加えますが、さしあたっての試算についてはこちらに用意してあります」

 

 フリーダが難色を示す中でタイミングを見計らったように、カプランが手元の資料を手渡した。

 打ち合わせ通り──リーベが理想を語り感情に訴え、カプランが実利で提示し論理を説く二段構えのやり方である。

 

「およそ領地の歳入が記載の数字を超えたあたりで、税収についても段階的に戻したいと考えております」

「ほう、段階的に?」

「減税していた分をいきなり元に戻してしまいますと、それだけ対応に追われることになりますから。

 領民の誰もが計画的というわけでもありません。再構築した経済がまた破綻しないよう取り計らいます」

 

 フリーダは商会側の資料を目を細く追い続け、やや緊張した時間が流れる。

 

 

 ともするとそれまで静観していた人物が、理路整然といった感じで口を開いた。

 

「総督、彼らの根っこは商人でしょう」

 

(──っなんだ、どういうつもりだ……?)

 

 はたして会話に差し挟んできたのは、思惑の読めない"モライヴ"であった。

 

「なっ……おい、モーリッツ! わたしたちはあくまで──」

「ええよ、アレクシス補佐。モーリッツも何か考えがあるんじゃったら言うがええ」

 

「では了承を得て発言します……。彼らとて慈善を掲げてますが、先立つものが必要かと──」

 

 モライヴはアレクシスの表情を(うかが)いつつ、言葉を一度止める。

 その空気を知ってか知らずか、フリーダは手を払うような仕草をとった。

 

「アレクシスや、睨むのはやめい。続けんさい、モーリッツ」

「はい。彼らは彼らで奉仕を前提としつつも最大利益を獲得する為、こうして交渉をしているに違いなく……。

 またこの資料についても事細かに記載されていて、それだけ我ら"帝国に対する誠意"がしかと感じられます」

 

「なるほどのう……たしかにあたしゃらとしても、この細やかさは見習うべきところかもしれんのう」

「もしも不明な部分があれば遠慮なくお聞きください。我々は()()()()()()()()(もち)いていますので」

「そんじゃちょっとええかのう、この部分なんじゃが──」

 

 カプランはフリーダの隣へ立つと、尋ねられた個所を事細かにわかりやすく説明していく。

 その(かん)に俺はモライヴへ……仮面越しの視線だけで見据えるのだった。

 



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#187 戦後交渉 V

 モーリッツ・レーヴェンタール──否、かつての学園の友であるモライヴの真意を俺は測る。

 

(これは助け舟のつもり、か……?)

 

 とりあえずは商会の味方と判断して良いのだろうか、何を考えているにせよこちらの利には違いない。

 今後モライヴに関してどう踏み込んでいくか……なかなかに難しい部分もある。

 

(この交渉の場で、俺がリーベであることがネックだな)

 

 仮にベイリルとして出席していたのなら、後で個人的に接触して問い(ただ)すこともできよう。

 総帥リーベとしてモライヴと面識がなかったことが、この際は話をややこしくしてしまった。

 

 あっちから「自分はモライヴだから、ベイリルによろしく」とでも伝言してもらわないと、リーベからは踏み込めない。

 だからと言ってこちらから正体を露見させるリスクは、正直なところ(おか)せない。

 

(今はまだ、それとなく探っていくしかないか)

 

 モライヴ本人も、自らが商会やフリーマギエンスに関わっていることは伏せてあるようだった。

 であるならば頭の回る彼の邪魔はしないように、可能な範囲における情報収集に留める。

 

(しかしそうか、ヴァルターをどこかで見たと感じたのは……モライヴだったか)

 

 論功行賞の帰りで不意討ちしてきた、傍若無人にして傲岸不遜だったヴァルター・レーヴェンタール。

 戦帝やアレクシスと違い、ヴァルターとモーリッツの年齢が近いゆえの容姿の似通(にかよ)い。

 学園生時代は昼行灯(ひるあんどん)の印象が強かったが、こうして真剣な表情だとよくよくわかる。

 

 

「ふぅむ……つまり総督のあたしゃが判断せずとも、自然と収束を見るわけじゃな」

「はいそこが仮の復興となりますが、総帥が言うところの災禍(さいか)は後々になって顕在化(けんざいか)するものがあり──

 その時の為に万全な支援体制を整えておくことまでが、我々シップスクラーク商会の責務と考えております」

 

 いくつかカプランから説明を受けたフリーダは得心した表情で、こちらが用意した紙の(たば)を整える。 

 

「あいわかった、まあまあこのような事例はさすがに初めてじゃて。しばらくは様子ば見させてもらうとしよか。

 中央の意向は既に決まっとるし、これ以上あたしゃがあまり口出すと……それはそれでまたうるさいことになる。

 それに帝国としても(ちから)のある商会っちゅーんはありがたいもんじゃ。もちろん東部総督としてものう」

 

 その言葉に俺が内心で胸をなでおろすのを見計らったかのように、フリーダは眼を細めて口角を上げた。

 

「もしも調子に乗るようなら──()()()()()だけんね」

「滅相もありません、としか言いようがないですね」

 

 俺はおくびにも出さず、しかして弱みも見せないよう取り(つくろ)ってそう言った。

 

 

 

 

 帝国東部総督府からの帰路。"遮音風壁"を掛けた馬車の中で、俺はゆっくりと本音を吐き出す。

 

「いやぁ……なんとか無事終わって良かった」

 

 今まで少なくない分水嶺(ぶんすいれい)があったが、今回もまた重要な岐路となった。

 長命種(ハーフエルフ)の俺からしても、機会だけでなく"人にも恵まれる"とは限らない。

 それは今まさに目の前に座るカプランもそうであり──数多くの人材によって商会は支えられている。

 

「えぇ、なかなか手強かったです。彼女が最初から交渉の席にいたら、非常に面倒でした」

「カプランさんにそこまで言わせますか……」

「大概のことは問題ないですが、僕も万能というわけではありませんからね」

 

 カプランの人心掌握の技術は、催眠術や精神療養や詐欺師やメンタリストのそれ。

 ただし理論的にやっているわけではなく、あくまで天然・我流のそれで相手を素早く把握し誘導する。

 プラタが師事し、俺もある程度参考にはしているものの、カプランの技術には到底及ばない。

 

 ただそうした技術も、共和国の大商人エルメル・アルトマーのように近い能力や交渉に長けた相手。

 あるいはフリーダ総督のように、年季と経験を積みながら確固たる芯を持った相手には難しいようだった。

 それでもできないとは言わないあたりが、彼の彼たる所以(ゆえん)と能力であると心底から頼もしく思う。

 

「ただこうして取り付けられれば、後はどうとでもなるでしょう」

「……心強い言葉ですよ、ほんっとに」

 

 俺はゆったりとほくそ笑むように返す。カプランがそう言うのならそうなのだ。

 もはや疑うような余地は一切なく、オーラムやシールフ同様絶対の信頼を置いている。

 

 

(今回の戦争でよ~くよく再認識させられた)

 

 "黄金"、"燻銀"、"素銅"──この3人が揃ったことが、"文明回華"にとって最高の追い風なのだ。

 ゲイル・オーラムとカプランは人族である以上、俺やシールフほどは生きられない。

 

(シールフにしても長命だが……"神族大隔世"の寿命がいつまで()つかは不明瞭)

 

 あまり心配こそしてないが、データがほとんどない以上は絶対の安心はない。

 はじまりの同志であるオーラムの"未来"に応える為にも。

 最大の理解者たるシールフの個人的な"目的"の為にも。

 惜しまず尽くしてくれるカプランの新たな"復讐"を遂げさせてやる為にも。

 

(そして俺自身の野望の為にも──迅速を(たっと)び、事を成さしめよう)

 

 恐れることはない、シップスクラーク商会とフリーマギエンスには既に(ちから)がある。

 実際にそれを証明したし、これから本格的に軌道に乗って隆盛を極めていくのだ。

 

 

「これからカプランさんはどうしますか? 長期休暇でも──」

「やることは尽きませんよ」

「俺も他人のことはあまり言えないんですが、無理して倒れられるほうが心配です」

「たしかに今回は久々に疲れましたね」

「今までの労務で、さしたる疲労を感じてなかったことの(ほう)が驚愕です」

 

 商会が設立してから、カプランはずっと働き詰めのような印象を受ける。

 本人としては休んでいたのかも知れないが、彼がやり遂げた仕事を考えると実は10人くらいいるのではと。

 

「できることとできないこと、人それぞれですよ。僕にはベイリルさんのような暗殺なんかまったくできませんし」

 

 言われて俺はほんの少し首をかしげつつ、心の中でうなる。

 

「まぁ……そんなもんですか」

「そんなものです。でもとりあえず少し静養はしようと思います。私事も多少なりと溜まっていますから。

 戦後で色々と大変ですが……僕以外にも優秀な人材は確保していますから、つつがなく回るはずです」

 

 専門職(スペシャリスト)の適材適所、組織も社会もそうやって成り立っている。

 だからこそ変に負い目を感じたりする必要も……ないのかも知れない。

 

 

「ベイリルさんはこれからどうされるのです?」

「とりあえずはモーガニト領へ行くつもりです」

「やはり帰郷ですか、伯爵ですしね」

「俺も戦争終わったらしばらく英気を養うつもりで、元々候補の一つとして考えてたんですがね……──」

 

 まさか領主として戻ることになるとは思わなかった。

 もしかしたら悠長に休暇なぞ楽しめないかも知れない。

 

「とりあえずサイジック領との接続都市として、交易面くらいは整えておきたいと思います」

「安全な往来ができる"道路"の整備事業も、なるべく早い内に始めていかねばなりませんね」

「あー……確かに、モーガニト領側からも伸ばしていく必要がありますね」

 

 モーガニト領は内陸部に位置する為、海運を使うことはできない。

 他の領地の都市に繋ぐにも、帝国本国や周辺領主と対外折衝(せっしょう)していく必要があろう。

 

 

(いっそのこと空路を開拓するって手もアリか)

 

 魔導科学における、テクノロジー研究・開発の比重を変えてしまえばいい。

 交易と経済は言わば血液の循環であり、文化面で交流していくにも必要不可欠。

 また兵站の構築においても空を利用できるメリットは計り知れない。

 多少他の部分が遅延することになろうとも、早めの建国を見据えて再調整をしたほうがよい。

 

 

「今後は帝国貴族として活動を?」

「いえ……そこは別の人を()てることになると思います、学園生時代の先輩がいまして──」

 

 不運なれどそつなく優秀なハイエルフ種のスィリクスなら、亜人種の旗頭(はたがしら)にはうってつけだ。

 彼の持ち得る価値観は、フリーマギエンスの教義でもって少しずつ染め上げていこう。

 

「適性を見極めるまではもう少し掛かりますが、安定したら改めて紹介しますよ」

「ではそれまでは何人か補佐を送っておきましょう」

「お願いします、俺自身はもう少し世界を巡っていくつもりです」

 

 想定以上に早く進行してしまったので、駆け足気味にはなってしまうだろうが……。

 文明が発展する前に今ある異世界の姿を、可能な限り堪能(たんのう)しておきたい。

 

「僕も交易団にいた頃は各国を巡りましたが──飛空魔術士ならさぞ身軽でしょうね」

「今後の方策でも有事・荒事でも俺の(ちから)が必要なら、至急(なるはや)で戻ってきますんで」

 

 

 俺がそう言うとカプランは一拍ほど置いてから、柔和な表情で口を開く。

 

「──楽しみ(・・・)ですね、いよいよ動き出す」

「カプランさんにもそう思ってもらえると、こっちとしても冥利に尽きます」

 

 オーラムやシールフと違って、カプランは無理やりに引き入れられたようなものだった。

 彼がただ仕事としてではなく……彼なりに価値を見出してくれたことは素直に嬉しい。

 

『"未知なる未来"を──』

 

 俺とカプランの言葉が重なり、互いの決意も同調した。 

 "文明回華"がいよいよもって始動する時が来たのだと──

 




第三部はこれにて終了です。

予定外の戦争を上手く立ち回ったことで整った地盤。
いよいよもって都市計画に入っていく段階となります。

お気に入り・評価・感想などを頂けるとありがたいので、よろしければお願いします。


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幕間
#188 清く正しく都市計画 I


 ──ピラミッドの頂点から地平を眺め、焼ける前のノートルダム大聖堂を見上げる。

 マチュ・ピチュを探索し、万里の長城を疾駆(はし)り、コロッセオの中心に立つ。

 富士山やエアーズ・ロック、バリンジャー・クレーターまで。

 さらにはモン・サン=ミッシェルの夜景と、浮かぶ"月"とを堪能した。

 

 それらはヴァーチャル(V)リアリティ(R)で見た地球(アース)よりも高精細で、外観だけだが郷愁に(ひた)ることができる。

 明晰夢よりもさらに鮮明であり、自分でも思い出せないような脳内にある転生前の世界を飛行して巡る旅路。

 文化・世界遺産に自然遺産、写真や映像で見たそれに補正を掛けて、空間に構築されるのだった。

 

「"モーガニト伯"のワールドメモリー・ツアーはやっぱ別格だねえ」

「シールフまで悪ノリするっかあ」

「ふはははは」

 

 最後に"地元"まで戻ってきた俺は、山の上からシールフと共に、転生前に住んでいた都市を望む。

 記憶にアクセスし心象風景を再現する、研鑽を積み上げた"読心の魔導師"にのみ許された凄絶なる魔導。

 

 

「んでだ、そろそろ心理カウンセリングの結果を教えてくれないか」

「んんー? 別になんもないよ」

「じゃあなんで思わせぶりに引っ張って、こんな地球巡りまでさせた」

「そうでも言わないと、こうやって楽しませてくれないでしょ?」

 

 あっけらかんとシールフはそうのたまい、悪気の一切ない表情を浮かべていた。

 

「戦場で相当色々やったんだが……それでもメンタルケアが()らないと?」

「だってもう自分なりに落着つけてるってわかってるでしょう?」

「むっ……ん、うむぅ。まぁそうだけど、人間性も問題ない?」

 

 人を殺すことに慣れてしまったし、犠牲の上に成り立つ決断にも迷わなくなっていった。

 それがはたして人間として正常なのか、大いに疑問が残る。

 

「日本人の価値観で語られてもねぇ──方向性(ベクトル)が違うだけで、それもまた成長だよ」

「一般に"外道"と言われてもおかしくない精神でも?」

 

 シールフはにまーっと笑いかけて、長き人生の先輩として()いてくる。

 

「いったん堕ちるとこまで堕ちてみればいいさ。だからこそ見えてくる景色もあるだろうしね」

「それはシールフの実体験か?」

「みなまで()わず。心がすり減って自暴自棄になってるなら止めるけど……ベイリルはそうじゃない」

 

 

 すんなりとは(うなず)けないものの……とりあえずは理解する。

 それもまた一種の慣れかと思うと、どうにも()も言われぬ心地にさせられてしまう。

 

「それに長命種は得てして二面性を持つことが珍しくない。もしくは無味乾燥になるか、ね」

「二面性、ね……つまり別の人生を歩む──ってことか、まぁ確かにいつまでも同じじゃいられんかもだが」

 

 あらゆる人生経験値として積み上げるのも、確かに悪くはないのかも知れない。

 結局のところ世の中は(ちから)あるものが正義とも言える。

 後々になって悔いることのないよう、今まで以上に好き勝手やってみるのも選択肢ではあろう。

 

「まっ私たちはどのみち定期的に会うわけだし? 都度、様子くらいは見といたげるから」

「……あぁ、そうだな。よろしく頼む」

 

 さしあたり飲み込んで腹の中に収める。人生50年を10回分──

 系統樹のように多様な選択を、自由に楽しめるのが長命種の特権なのだから。

 

「んでんで、ベイリルはこれからどうするね?」

 

「本格的な都市計画を始める、あっちこっち行ってくるよ」

「静養は?」

「その後だ」

 

 俺は大きな溜息も飲み込んでから、自嘲的な笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

「やっぱココは実家(ホーム)に帰ってきた感があって落ち着くなぁ……」

 

 ──現代日本──モーガニト区アイヘルの街──"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"本部──と。

 長くを過ごした場所あれど……やはりこの"学園"が一番落ち着く。

 平穏無事に学生生活を謳歌(おうか)した思い出は、どうにも安心感が段違いであった。

 

「落ち着くんならいつでも来てくださいベイリル先輩、できればわたしがいる時に!」

 

 プラタはそう言うとドンッと胸を叩き、ふんすと鼻を鳴らした。

 俺は用意してくれたお茶をすすりながら、ふとした疑問を投げかける。

 

「ケイちゃんとカッファくんは?」

「それぞれ講義中です。よければゆっくりしてって、会ったげてください」

「そうだな……特にケイちゃんには世話になったから、改めて礼を言わないと」

 

 円卓の魔術士第二席たる"筆頭魔剣士"テオドールの門弟達を殲滅し、命を救ってくれた大きな借りがある。

 報酬については俺の個人資産から補填し、彼女の実家であるボルド家へと既に支援という形で供出していた。

 

 

「でもでもケイはすっごい恐縮してましたよ?」

「そこが半端ないんだよな、彼女にとっては()()()()()()()()()()という認識が」

 

 あの状況を振り返れば──俺はほぼ間違いなく殺されていた。

 テオドールには勝てたが、門弟の集団戦術に抗しうる実力と経験が俺にはなかった。

 時に勢いは大事であるが……今後は過信せず、見誤ることがないよう努めたい──なるべく。

 

「わたしから見るとベイリル先輩だって同じようなものですよ?」

「むっ……そんなもん、か」

「はい! そもそも円卓の魔術士を倒してる時点でおかしいんですから! あと黄竜も!」

 

 俺は少しだけ首をかしげてから、うんうんと何度か(うなず)く。

 改めて言われてみれば確かにその通りだ。結局のところ本人にとっては"それが当然"と慣れてしまう。

 

 隣の芝生は青く見えるし、逆に自分の畑が他人にどう見られるかなど普段は意識しない。

 個人それぞれに基準点があり、そこを逸脱したものはそれぞれの価値観で見られてしまうもの。

 

(面倒なことだが……そういう機微も今後は気を配っていかないと、か)

 

 特に政治に関わるのであれば、それらは絶対に注意を払ってしかるべき事項である。

 度を超えた謙遜(けんそん)は相手を不快にさせるし、その逆もまた反感を買わせることにもなる。

 

 

「プラタも優秀だからな、お互いに注意していこうか」

「ですね、日々精進です。わたしもみなさんに負けないよう、とりあえず次の生徒会長を目指してがんばります!」

 

 スィリクスの次に生徒会長となったオックスも卒業し、今はフリーマギエンス部員の1人が生徒会長に座にいる。

 そのさらに次代の会長となるべく、プラタは既に草の根活動を始めているようだった。

 

(本当にバイタリティがあるなプラタは──)

 

 師匠たる"三巨頭"がバケモノじみているというのもあるが、やはりプラタ本人の不断の努力あってのものだ。

 何事も楽しんでいく心意気は、俺としても大いに見習いたいところである。

 

 

「スィリクスも今後は俺の代行としてモーガニト領を運営し、サイジック領とも密に交易していく予定だ。

 そうなれば()()()()、プラタとも自然に交流が増えていくだろう。遠慮せずにガンガン聞くといい」

 

「おお──ーなるほど、確かに巡り合わせですねぇ」

 

 "プラタ・()()()()"──彼女はゆえあって、サイジック領の次期当主としての地位を有している。

 

 元々彼女には戸籍がなかった。"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"に実験台として買われた少女は、記憶のほとんどを喪失していた。

 だからこそ()()()()()()()。商会に根深く関わりながらも、不詳の人物である立場。

 

 プラタは商会の前身である、オーラムの元組織がやっていた事業のツテで帝国国籍を取得した。

 その上でインメル領主の"落とし子"として新たに迎え、帝国本国にも正式に認められたのだった。

 

 当主であったヘルムートが失踪して宙ぶらりんの旧インメル領を、戦災復興を名目に商会が暫定的に代行および運営。

 形としてはプラタ・インメルの後ろ盾として彼女を擁立(ようりつ)し、名実共にサイジック領を掌握していく段階。

 またインメル家に(つら)なる他の血族は漏れなく廃嫡(はいちゃく)させ、他所で平穏無事に過ごせるだけの用意を整えた。

 

 

「しかし……本当に良かったのか? もっと自由にやりたいことやっても──」

 

 "三巨頭"の愛弟子で、対外交渉の多くについていき、高度な事務処理の手伝いもできるほど吸収力の高い少女。

 確かにサイジック領主として、プラタ以上の人物は望めないだろうが……。

 

「お言葉ですがベイリル先輩、わたしは自由ですよ?」

 

 その双瞳は爛々(らんらん)と煌めくようで、表情は活気に満ち満ちていた。

 

「そっか、余計なお世話だったかな」

「いえいえそんなことはないです! ベイリル先輩のそういう心遣いは素直に嬉しいですから!!

 今はみんなといろんなことを共有できることが、すっごい楽しいんです。みなさんのおかげです」

 

 本来そこまでの重責を(にな)わせるつもりなどなかったが、本人が希望するのならば是非もない。

 後天的資質かも知れないが、彼女の気性は非常に得難いものだ。

 だからこそオーラム殿(どの)もシールフもカプランさんも、彼女を弟子にしているのだろう。

 

「なによりだ、プラタ。困ったことがあれば何でも言ってくれ、相談にも乗るよ」

「はい、遠慮なく相談させていただきまーす」

 

 対外的なそれでなく、歳相応の少女らしい微笑みに俺の心も解きほぐされる思いだった。

 

 

「それじゃさっそく、"オトギ(ばなし)"を聞かせてほしいです」

「ん……あぁ、そうだな。プラタにはあまり語って聞かせてやる機会なかったもんな」

 

 オトギ(ばなし)──つまるところ、地球の知識や物語や歴史のことである。

 こことは違う、転生する前の世界だと言っても(つう)じないので、そういう(てい)(とお)しているお話だ。

 

 フラウやジェーンとヘリオとリーティアには多くを教え続けた。

 他のフリーマギエンス員にも、様々な形態や発信によって伝えてきた。

 一応この部室棟にも名残はあるのだが、そこまで深く突っ込んだモノは少ないのだった。

 

「そうなんですよー。ゲイルさんとシールフお師さまとカプラン先生について回ってたんでぇ……なかなか」

「わかった。大した話だから刮目(かつもく)し、敬聴(けいちょう)し、喝采(かっさい)するのだプラタよ」

 

「わ──ーっ!!!」

 

 ノリ良くパチパチと拍手をするプラタに、俺は遠き郷愁を想起するように語って聞かせてやるのだった。

 



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#189 清く正しく都市計画 II

 サイジック領北西の沿岸に位置する、"ルクソン市"の沖合──灰色の帆が風に揺れる甲板の上

 俺は約束した通り、ソディア・ナトゥールと会っていた。

 

「──ってなとこで以上だ。詳細は書類一式に全部ある」

 

 俺はそう言って帝国と商会それぞれの正式な文書を、ソディアの小さな手にまとめて渡す。

 

「まっ面倒なことは全部商会通じてくれればいい」

「ん、わかったし」

 

 私掠船(しりゃくせん)免状(めんじょう)についてや、商会の庇護下であること。

 帝国領海内での活動や、罪科の減免、その他もろもろの取り決めを伝え終える。

 

「また疑問があればいつでも言ってくれ。俺でわかる範囲でなら今すぐでも答えるが……」

「いや特にないし。最低限だけ知ってあとは自由にやらせてもらうだけ」

「あぁ、期待してるよ」

 

 彼女は寄せては返す波際(なみぎわ)を読むかのように、様々なモノの境界線を見極めるのも慣れているようだった。

 若いながらも優秀な頭脳(ブレーン)が付いているかのように、聡明(そうめい)で身の程も知っている。

 ソディアが海賊達の首領である限りは、俺としてもなんら心配も杞憂(きゆう)(いだ)くことはなかった。

 

 

「それと正式な海上貿易とその護衛任務。また輸送を含めた沿岸部との商取引についても、別途用意してある」

「どういうことだし」

「海賊業から足を洗いたい奴を優先的に割り当ててくれ、段取りも商会(こっち)で整えてある」

(てい)のいい斡旋業(あっせんぎょう)……ってこと?」

「そうだ、そっち方面の手続きも全て商会が受け持つから安心してくれ。いずれは海軍なんかも作る予定だ」

 

 俺がそう言うと、ソディアは(いぶか)しむような半眼を向けてくる。

 

「なーんかどんどん利用されて、嵐の日の大渦の中心に引き込まれてる感じだし」

「くっははは、だが損は絶対にさせないよ。それに……荒波に乗るのは得意だろう?」

「当然」

 

 にべもなく強くうなずいたソディアに、俺は薄く笑みを返した。

 

「そう遠くなくサイジック領の本拠点を置く予定だから、その時は本部を訪ねてくれ。たまには(おか)もいいだろう」

「……それは、うん。しばらくしてこっちが落ち着いたら行く。うちも色々知りたいし」

「俺も暇があれば"オトギ(ばなし)"を語って聞かせよう」

「なんだし? それ」

「ソディアの興味をそそるだろう物語さ」

「ふ~ん……」

 

 リアクションが薄いものの、実際に語ってやれば食いついてくるだろうことを楽しみにする。

 プラタにしてもそうだし、俺にしてもそう……好奇心というものは理性だけで抑えられるものではないのだと。

 

「ところで、たまには俺も海賊稼業を手伝ってもいいか?」

「うちらは……来る者は拒まないし」

 

 そう言いながらも、どことなく煮え切らないような顔に俺は気付く。

 

「なんか含みがある、か……?」

「違う、ただ──」

 

 ふるふると首を横に振る少女に、俺は首をかしげて次の言葉を待つ。

 

「ただ?」

「キャシーもそうだったけど、あんたらが参戦するとうちの戦術とか滅茶苦茶になるんだもん」

 

 どこか()ねたような様子を見せるソディアに、俺は一笑する。

 

「まぁこれでも"円卓殺し"ですから」

 

 

 

 

 サイジック領の南西部には定住を決めた騎獣民族や王国の奴隷達に加えて、()()なき多くの人々が(つど)っていた。

 元々あった小さな街に近くの拠点をいくつも繋げて、労働者達の働きによって急速に都市が出来上がっていく。

 "ディラート市"と暫定的に定められたこの土地は、大自然に囲まれた肥沃(ひよく)で未開拓の土地が数多く残されていた。

 

「ぬぅ……やはり全力で()りたいものだな」

「バリス殿(どの)の価値観──騎獣民族の死生観では可能でも、俺は身内相手に全力で殺す境地には至れないので」

「いい加減諦めろバリス、オマエは血の気が多すぎる」

 

「バルゥよ……おまえにだけは言われたくないぞ」

 

 ディラート市のとある一区画、さながら演習場のような広大な土地。

 そこで俺とバルゥとバリスの3人で、軽い運動代わりの闘争をしながら会話に興じる。

 

 

「それに俺が真剣(マジ)でやるなら、絶対に高高度から降りてきませんよ? 地上戦じゃ絶対に負けますし」

「つまらぬ。それでも男か、軟弱め」

「俺だって負ける闘争が好きなわけじゃないので」

 

 地味にギアを上げてくるバリスの攻勢に対し、俺はしっかりと(かわ)しながら反攻を試みる。

 バルゥも含めて互いに攻撃・回避・防御を繰り返すのは、対集団戦を慣らす良い鍛錬になった。

 

 なにせ身体能力に優れた獣人種のトップ双璧。こと陸上白兵戦においては、世界でも指折りの強さだろう。

 それはたった2人であっても、何十人もの相手を同時にしているのと変わらない。

 

(テオドールの門弟たちの、巧みな連係には勝てないまでも……)

 

 相手を殺す技術として、的確に死角を突くように追い詰め、命に届かせてくるような怖さはない。

 

 しかしそれを補って余りある狩猟本能と、ただ単純に圧倒的な速度と密度への対処。

 それらはまた別の経験として、俺の中で確かな血肉となっていくのだった。

 

 

「オレなら空中を疾駆(はし)って追いすがるがな」

「あとでやり方を教えろバルゥ。翼獣と連係するというのも、なかなか面白そうだ」

「その時は空中機動力の差を、お見せますよ」

 

 生身で当たり前のように言う2人に、俺は負けじとそう言い放った。

 

「っハァ……ところでバリス殿(どの)……いつ頃出立する予定、ですか?」

(たみ)戦傷(いくさきず)と疲弊も()える頃だ、そう遠くあるまい」

 

 俺は息をわずかに切らせつつ、無尽蔵のスタミナを感じさせるバリスは悠々と喋る。

 

「そうっ……す、か。別れには立ち会えないと思うので、っふぅ……"情報収集"はよろしくお願いします」

「まあそのくらいはしてやろう、もののついでだからな」

 

 血気盛んなバリスを筆頭に、活力溢れる騎獣民族は定住を良しとせず──また新たに遊牧生活を続ける。

 我が道をゆく彼らの文化をすぐには変えられないことはわかっているし、それはそれで利用させてもらう。

 

 なにせ大陸中を巡る騎獣民族は、各国家からも手を出しにくい武力集団。

 また彼らもそこらへんは(わきま)えているので、無暗に国家を相手に敵対するようなこともしない。

 そしてあらゆる場所を駆け抜ける途中で、様々な情報が自然と集まってくるのだ。

 多少なりと偏向性(バイアス)が掛かるものの、"活きた情報"を提供してくれるのは有益極まりないのである。

 

 

「希望者はちゃんとこっちに送れよ、バリス」

 

 中途で脱落した騎獣民族や、道中で持て余した虜囚は、殺すことなくサイジック領で引き受ける手筈(てはず)

 それもまた遊牧する騎獣の民のとても重要な仕事でもあった。

 

「ヴァァァアアアア──ーッわかっている!! 何度も同じことを繰り返すな」

「オマエは忘れそうだからな」

「きさまより覚えはいいわ」

「どうだか──」

 

 同じくまったく疲れを見せないバルゥの念押しに、俺は沈黙を貫きながら呼吸を整えていく。

 あくまでバルゥとバリスの関係だから許される言い合いであって、俺が口を差し挟むこともない。

 既に約束事として交わしたもので、それを無下に破る気性ではないのはよくよく知っている。

 

 

「バルゥ殿(どの)もここディラート市での取りまとめ、よろしくお願いしますね」

「任せておけ、商会には色々と便宜(べんぎ)をはかってもらっているからな」

 

 定住を希望する騎獣民族と、王国軍から奪い取った奴隷達の新たな場所。

 さらに疫病と魔薬と戦災によって、生き方を失った人々を広く受け容れる都市運営。

 比率としては獣人種が非常に多い為に、バルゥ以上の適任は今のところいなかった。

 

「元奴隷剣闘士風情(ふぜい)が、はぐれ者や奴隷どもをまとめられるのか見物(みもの)だな」

「見ているがいいバリス。そして案ずるなベイリル、オレはオマエの期待を裏切るつもりはない」

「俺も心配は正直まったくしていません」

 

 商会が全面的に支援するが、それ以上にバルゥ自身が意外と芸達者なのだ。

 剣闘士時代に奴隷から色々と学んでいるのか、様々なことに精通している。

 俺達に協力すると決意を新たにしてくれた彼は、ことのほか柔軟に物事を吸収していく。

 

「ちなみに今後は奴隷を"属民"と改め、そうでない者は"市民"となります」

「あぁ、商会員から聞いている。馴染ませるのは多少時間が掛かりそうだがな──」

「それと商会も近々、シップスクラーク"財団"とする予定です」

「ふむ……それは聞いていないな」

「まぁ一部しか知らないことなので。バルゥ殿(どの)は事実上の総督位にあたりますから、早めに伝えときます」

 

 

 するとバリスは(うな)るように吐息を鳴らす。

 

「名にこだわったところでしようもあるまい。奴隷は奴隷だろう」

「"名は体を表す"──という言葉が、俺の故郷にあるので。何事もまずは外面(そとづら)からですよ」

「弱者は面倒なものだな」

 

 健全な肉体に健全な精神が宿るように、見栄を張ってから(じつ)(ともな)わせていけばいい。

 その為の制度作りに関しても、ある程度の見通しは立ててある。

 

「大半を"労働者"として動員して土地の改善。あとは地勢調査と領内保全の為の"斥候"と、近く"開拓者"集団も組織する予定です」

「ふむ……近い内に選別しておこう、優秀な連中をな」

「頼りにしてます」

 

「ふゥ~……はっ! さてそれじゃぁ俺もそろそろ全力出しますか」 

「ァア……? 身内には出せないのではなかったか?」

 

 俺は"六重(むつえ)風皮膜"を解いて、感覚情報を直接的(ダイレクト)に受信しながらニィっと笑う。

 

「俺の全力は火力特化と感覚特化の二種類あるんで、後者なら殺すことはないです」

「言いよるわ」

「楽しみだ」

 

 バリスのぶん回される大腕とバルゥが放った速蹴の風切り音を耳に残しながら──

 俺は魔力循環を加速させながら集中していく。

 

「まぁまだ数瞬だけなんですけどね。"天眼"と言いまして──」

『御託は不要だ(いらん)!!」

 

 2匹の(ケダモノ)の咆哮が重なり、俺は引き伸ばされた刹那の悦楽を堪能するのだった。

 

 

 



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#190 清く正しく都市計画 III

 元インメル領の直下都市──西部方面に広く土地を広げる、現"インメル市"の元領主屋敷。

 インメル領としての名はサイジック領として置き換えられたが、その名残を色濃く継承した都市である。

 

 現在はシップスクラーク商会員が(せわ)しなく動き回り、戦災復興と領地運営の中心となっている。

 俺は客室にて待ち人を迎え入れ、"愛すべき姉"と抱擁を交わして再会を喜んだ。

 

「久しぶり? かな、"ジェーン"」

「うん……なんだかすごく久しぶりな感じがする。元気そうで良かった、ベイリル」

「お互いにな」

 

 向かい合って椅子に座り、お互いに一皮剥けた感じで微笑み合う。

 

「ヘリオやリーティアとも会いたいなあ」

「リーティアは所在が知れてるが……ヘリオはどこにいるか断片的にしかわからんな」

 

 使いツバメによる無事という不定期連絡だけを残し、ゲリラライブでほうぼう飛び回っている。

 もっとも文化的侵略という意味で最高の仕事をしてくれているので、非常にありがたいことなのだが。

 

「そうなんだ……みんなで集まりたいね」

「予定より早まった(のち)の首都たるサイジック"領都"計画が着々と進んでいる。完成の暁には記念式典を(もよお)して全員に招集を掛けるよ」

「いつくらいになりそう?」

「明確には言えんが……まっなるべく早く、一応の土台くらいは建設したいところだな」

 

 土地の候補は選定済みだが、まだまだ詳しい調査が必要である。

 機能させる為の体制(システム)作りも早急(さっきゅう)に推し進め、実現化させていきたい。

 

 街のそのものは時代と隆盛に応じて、いくらでも拡大していけるよう計画している。

 重機がなくとも魔術のある世界では、着工から完成まではかなりの短縮を見られるハズだ。

 

 

「そっかぁ……──いよいよ形になってくるんだね」 

「"文明回華"の為にみんなが頑張ってくれてる。無論、俺もな」

「そういえばベイリルも領地をもらったんだよね?」

「あぁ、モーガニト領な。はじめは不本意だったが、まぁ結果的には良かったと思っているよ」

 

 商会の全面バックアップの段取りも無事ついたし、スィリクスを領地運営の代理人として立てることができた。

 大まかに試算した結果と未来の展望を見るに、モーガニト領は優良な報奨だったと今なら言える。

 

「円卓を倒した功績なんでしょう? でもすごい危なかったとか……もう心配させないでね」

「そこまで手紙で伝えたっけか」

「リンとキャシーに先に会ったの、色々話して知ってるんだから」

「おしゃべりな奴らだなぁ」

「いやいやそこは絶対に話題になるでしょ」

 

 クスリと穏やかに笑うジェーンに、俺は肩をすくめる。

 

「まぁまぁ無鉄砲さは姉ゆずりなもんでな」

「むむっ……聞き捨てならない、とは言えないなぁ我ながら」

 

 

「俺も商会の情報では、結構な大立ち回りしたって聞いたぞ」

「うっうん……まぁ──」

 

 ジェーンは学園卒業後に皇国へと渡り、まずは元いた孤児院を訪ねた。

 既に存在していなかったが、決意を新たにした彼女の行動はとても素早かった。

 商会の下部組織として"結唱会"を創設し、一部の区画を購入して育てることにしたのである。

 

「聖騎士の"ウルバノ"さんも協力してくれて、それでちょっとだけ」

「ほう、聖騎士と? それは初耳だ。ウルバノ、確か──」

 

 俺は蓄えた記憶を手繰り寄せていく。各国の首脳や要注意人物は一通り覚えている。

 ハーフエルフの脳とシールフのおかげもあってか、前世よりも物覚えは格段に良い。

 

「純粋な人族で、年は……五十くらいだったか? 聖騎士の中でも特に信心深いが、魔族への差別意識も薄い穏健派。

 今でこそ第一線を退(しりぞ)いてはいるものの、過去には魔族相手に殺し屋まがいをやっていた逸話が残るほどの武力」

 

「さすがベイリルはよく知ってるね。もしかして会ったことあるの?」

()()()()()なら一応ある、一人だけ」

「ほんとうに? だれと?」

 

 ジェーンは目を丸くしながら尋ねてくる。

 直近の出来事であった以上に、誰彼言いふらすつもりも無い話題。

 戦う時は素性も隠していたので、治療したハルミアと三巨頭くらいしか……"俺が無様にぶっ飛ばされた"ことを知らない。

 

 

「"番外聖騎士"」

「ばんがい……? 番外、って──"五英傑"の!?」

()り合った……と言うには語弊(ごへい)があるが、とりあえず一戦(いど)んで美事にぶちのめされた」

 

 "折れぬ鋼の"にとっては、児戯に等しい行為であったろう。

 身を持って思い知らされたことは、五英傑をまともに相手にすることだけは絶対に回避すべきということ。

 

「そっ、そっか……でも、うん。"折れぬ鋼の"なら殺されることもないし、そういうとこもベイリルなら計算ずくか」

「まっ良い経験になったよ」

 

 まさか殺すつもりだったとまでは、さすがに言えなかった。

 聖騎士は横の繋がりが強いわけではないが、個々人で懇意(こんい)にしていることは十分ありえる。

 

 

「ところでジェーンはどうやって聖騎士からの協力を得たんだ?」

「私は貧窮(ひんきゅう)している孤児院を中心に回ってたんだけど……その中に虐待や売買をしている所があったの」

「奴隷でもないのにか」

 

 と、俺は返してはみるものの……実際そういったことは珍しくないだろうと、知識として知っていた。

 表向きは清廉な院長や神父・牧師などが、少年少女問わず性欲の()(ぐち)にするなどはよく聞くところ。

 

「うん。その(バック)についていたのが"教皇庁"でも地位と権力がある人で、私も手を出しあぐねていた」

 

 皇国は神王教ケイルヴ派の総本山であり、宗教による社会体制が確立されている。

 国の実効的な頂点である"教皇"と中心とした、司祭や貴族による統治形態である。

 

「なるほどな、そこで聖騎士さまが出張(でば)ってくれたわけか」

「私が孤児の保護活動していることに感銘を受けてくれていたらしく……一方的に知られてたみたい」

 

 聖騎士とは大魔技師の高弟の1人によって抜本的に見直され、世界各国に認められた存在である。

 単独で持ちえる一定の治外法権のみならず、皇国内でも最高クラスの権限を持っている。

 

 

「向こうから接触(コンタクト)してきた?」

「そうなの。たまたまだけど、悪徳司祭につながる証拠を入手してたから──」

「教皇庁に蔓延(はびこ)る腐敗を取り除く、(てい)のいい大義名分としたわけか」

「そういう言い方をしちゃうとアレだけど……でもそういう意味もあったのかも」

 

 身勝手な権力の専横(せんおう)は、間接的に自分達の立場を(おとし)めることに他ならない。

 聖騎士は皇国内でも独立した存在とも言えるが、それでも皇国に帰属する立場ゆえに。

 

「なんにせよすごく良くしてもらった。腐敗を暴いた後も色々と支援してもらったし」

「結局今は何人くらいいるんだ?」

「92人だよ」

 

 ジェーンは迷うことなく答える。そして普通に多い。

 おそらくは被養護者全員の顔と、名前と、性格まで把握しているに違いない。

 お節介焼きなのもそうだが、そういうところはそつなく覚えてしまう如才(じょさい)なさがあるのだ。

 

 

「手紙で聞いていたよりもさらに増えたな。もしかして呼び寄せてまずかったか?」

「んっ……まあ全てを(すく)えるなんて、おこがましいことは思ってないし、少なくとも目に映った範囲は助けられた。

 結唱会のみんなにもいろんなことを教えていかなくちゃいけないし、頃合としては良かったと思ってるから大丈夫」

 

 彼女の道を邪魔したわけではないことに、俺はほっと胸を撫で下ろしつつ背もたれに体重を預けた。

 姉弟(きょうだい)の中で、ジェーンだけやりたいことがいまいち見つからないようだったが……。

 少なくとも今は充実し、生きがいを見つけて楽しんでいるようでなによりだった。

 

「"結唱会"、意外と仰々(ぎょうぎょう)しい名だよな。自分の二つ名を冠してるって恥ずかしくないか、"結唱氷姫"ジェーンさん?」

「うっ……最初はちょっと気恥ずかしかったけど、もう慣れちゃった」

「なんだ、自分で付けたわけじゃないのか」

「そこまで自意識過剰じゃないよぉ、ウルバノさんの"従騎士"の一人が付けてくれたみたいで。

 いつの間にかなんかみんなの(あいだ)で浸透しちゃってて、今さら変えられる雰囲気じゃなくって……」

 

「"従騎士"──ってのは、聖騎士のお付きか」

「そうよ、ウルバノさんのところは従騎士も"見習い"もみんな彼が養護する孤児出身なの」

「ジェーンも目指すべき先達(せんだつ)ってことか」

「そうだねえ、頼りになる大先輩だね。学べることは多かったよ」

 

 

(従士、か……)

 

 何度も考えさせられる機会がある。本格的な子飼いとその重要性。

 単独ではやれないことでも、負担を分散して遂行する為の特殊部隊。

 

(心よりの相互信頼を築き上げた精鋭──)

 

 筆頭魔剣士テオドールの門弟集団しかり。クロアーネが所属していた部隊しかり。

 聖騎士ウルバノの従騎士隊に、いずれはジェーンの結唱会もそうなってくるかも知れない。

 

「頼りになるっか、ところで()()()()()()とかってことはないよな?」

「なぁにそれ、私がウルバノさんに懸想(けそう)してるってこと?」

「相手は人格者ともっぱら噂の聖騎士だし、俺が認めた男じゃないとジェーンはやれない」

「はぁ~まったくもうっ、何目線なのベイリル」

「父目線」

 

 

 ジェーンは一度だけ大きく息を吐いてから、クスリと笑みを浮かべる。

 

「ウルバノさん、妻子どころか孫もいる人よ。それに皇国は一夫一妻制だし」

「俺は皇国には住めそうにないな」

「あ、そっか。そういえばフラウだけじゃなく、ハルミアさんとも一緒になったんだっけ」

()()()()くらいは増える予定かな」

「お盛ん、なんだね」

 

 ジェーンはやや呆れた様子を見せて、俺はフッと笑った。

 こうして懐かしき家族と話していて、改めて思うところが浮かぶ。

 

(フラウ、ハルミアさん、キャシーはまだわからんが──)

 

 それぞれ妹・姉・兄に、俗に言う"属性"や気性に似通った部分が見受けられるということだった。

 家族愛が(ゆが)んだというわけでもなかろうが、本能的に求めた部分もあったのだろうかと。

 

 

「モーガニト領主なんだもの、ちょっと(かこ)うくらい問題ないんだ?」

「領主じゃなかったとしても……一人の男として甲斐性(かいしょう)くらいは見せるさ」

「これからベイリルがどれだけ偉くなっても、私はお姉ちゃんだからね」

「わかっているよ、ジェーン姉さん(・・・)

 

 話が一区切りついたところで、俺は一つだけ告げるかどうか悩んでいたことに思いを致すのだった。

 



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#191 清く正しく都市計画 IV 

 俺が一つだけ気がかり……というよりは、どう対応すべきか悩む事案。

 

("モーリッツ・レーヴェンタール"──モライヴのことを、はたして言うべきか否か)

 

 学園ではフリーマギエンスだけでなく、戦技部兵術科同士でよくよく知っていた仲間である。

 パラスやカドマイア同様、モライヴからは定期的な連絡がない音信不通状態。

 

 ひとまずはその身の無事だけでも伝えておくのが、ある種の(すじ)であろうか。

 しかしリンにも言っていないし、キャシーも知らない。であればジェーンにも伏せておくべきか。

 

(ただまぁ、モライヴにはモライヴの考えがあるんだろうし……)

 

 帝王の一族であったことにも得心がいくほど、彼はよくよく頭が回った。

 戦略・戦術の成績はジェーンよりも上で、後方軍事や兵站についても独自に造詣(ぞうけい)が深かった。

 

(総督府でも(ひそ)かに口添えしてくれたような感じもあった)

 

 少なくともモライヴの立場が王族として保証されている以上、本人の了解を得ずに情報を広めるのは好ましくない。

 それがたとえ身内であっても、なあなあではなくメリハリをつける必要がある。

 

 結論として俺は今のところモライヴについて、自分の胸の内にのみ秘めておくことを決めた。

 何事も時機がある。ここはモライヴを信じて、邪魔しないよう立ち回ることにしようと。

 

 

「さて……お互いに積もる思い出話は、また後で語り合うとして──とりあえず身の振りについて話そうか」

「わかった。でも子供たちのお世話もやらせてね? もう全員連れてきちゃってるし」

「もちろんだ、なんならこっちからの戦災孤児も頼む。そうしたのはインメル市で全員引き受ける予定だ」

 

 伝染病と魔薬によって数多くの犠牲者が出た為に、相続者のいない空家も多かった。

 インメル市は新たに領都を建設するまでの中心地であり、今後も重要な交易都市の一つになる。

 

検疫(けんえき)は済んでいるし、魔薬も優先的に根絶したから安心してくれ」

 

 サイジック領は現在、5つの都市にそれぞれ戦災者を集中させる方策を取っていた。

 領内全域を一度に終息させようとしても、あまりに効率が悪すぎると判断した為である。

 

 なによりもまずは人を集めて、産業や経済を流動させ活性化させること。

 帝国の統治を参考にしつつ、相互に密な交流を持たせ、適性を分配し、どんどん活かしていく。

 そうすることで領内はより早い復興に繋がっていくであろう。

 

「まかせて、それに子供たちにとっても(にぎ)やかであればあるほどいいしね」

 

 教育機関として設立するには色々と準備が足らないが、その前身となる私塾くらいは運営できるだろう。

 "文明回華"にとって、(のち)の世に()ばたいていく未来ある種子。教育は最優先の投資でもある。

 

 

「あぁ、ジェーンには孤児たちの育成と──この領地に歌を広めてほしい」

「そんなことも手紙に書いてあったね。歌が救済になる、って……?」

「なるさ。なんなら戦争だって止められるくらいにな」

 

 理想論ではあるが……文化で圧倒することができたなら、そうしたことも決して不可能ではない。

 音楽業界史に残るカリスマアーティストのそれは、ある種の宗教じみた熱狂を産み出し伝播させる。

 名クラシックはどれほどの時が経ようとも、今なお身近で愛され続けていた。

 

「い、言うねぇベイリル……」

「学園の時にそこらへんは実感しているだろ?」

「まあそうだけど……──」

 

 少し苦い表情を貼り付けるジェーンだったが、同時に喜悦が混じっているのも確かであった。

 

「でも私でいいの? リンも協力してくれるみたいだけど……ヘリオたちのがいいんじゃ?」

「ヘリオらはロックバンド主体だし、戦災復興では正直人を選ぶ。なんでもイケるジェーンたちのほうがいいんだ」

 

 文化圏を拡げる意味ではヘリオの(ほう)が適任だが、この場合は聞く人に寄り添うほうが良い。

 

「そっか──まぁ私の歌で元気になってくれる人がいるなら、やぶさかじゃないけど」

 

 控えめには言うものの、ジェーンは歌のジャンルを選ばず学園生を魅了してきた。

 軍歌や演歌に電波曲までそれぞれ歌ったこともあり、卒業ライブではコラボロックまでこなしきった。

 こと歌唱の多様性に限っては他の追随を許さないほど、俺の影響で幼少期から歌い続けてきたのだった。

 

 

「それとはい、どうぞ」

「なぁにこれ……?」

 

 ジェーンは俺が手渡した"小冊子"をぱらぱらとめくっていく。

 

自由な魔導科学(フリーマギエンス)の"星典(せいてん)"だ」

「えーっと、それってつまり……神王教の聖書みたいな──」

 

 俺やジェーンも"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"で学んでいた頃に、神王教ディアマ派の書を延々読み聞かされて馴染みがあった。

 

「その通り。天に煌めく星々から、目に見えない小さな星の真理まで()(つづ)る──教義を広める策だ」

 

 王国からの賠償金を元手に、紙の増産体制を整えて"活版印刷"を導入した。

 他の国家ではこうした印刷技術が確立されてない以上、確実なアドバンテージを奪うことができる。

 ゆくゆくは大量の蔵書で図書館を運営することで、より広範に研究者を集めたい。

 

「まず最初に自由な魔導科学(フリーマギエンス)の"心根"が書かれている」

「ふんふん、たしかによく知る文言があるね」

「次に神話と歴史の潮流(ちょうりゅう)()んだ、"樹幹"となるフリーマギエンスの成り立ち」

「うん……? でもこれって──」

「もちろん創作(・・)、嘘も方便だ。背景(バックボーン)は大切だからな」

 

 信じることで(すく)われる──宗教というのは得てしてそういうものだ。

 

(まれに足を(すく)われることもあろうが、な……)

 

 

 フリーマギエンスが新興宗教である以上は、多少なりと虚飾で(いろど)ることで権威を持たせなければならない。

 帝国は種族が雑多な為に、宗教的自由も比較的寛容である。広めるにあたって障害は少ない。

 

「同時に共通語の読み書き・基礎数学・魔術科学体系が、自然な形で学べるように構成してある」

 

 何をするにしても識字率を上げることは基本中の基本であり、同時に学習そのものを習慣付けさせる。

 (いわ)く──"数学は科学へと繋がる門と鍵である"し、論理的思考力を養うことができる。

 魔術と科学の両輪をほんの一端(いったん)でも理解させることで、分かれゆく"枝葉"として道を指し示す。

 

 まだまだ草案段階の域を出ないので、今後さらに適時洗練(ブラッシュアップ)させていく必要はある。

 星典(せいてん)以外にも"公会堂(こうかいどう)"をはじめとして、促成の為の準備はいくつも用意する。

 

「子供たちの教材としても使ってくれ、実際の使用感とかも反映・修正(フィードバック)していく」

「んっ、わかった。色々と教えるのに、こういうのはありがたいかも」

 

 

 するとジェーンはページの最後で手が止まり、わずかに首をかしげて問い掛ける。

 

「なんだか空白が何枚かあるけどこれは?」

「"国歌"を入れる為のスペースだ」

 

 まだまだ建国には遠い道のりだが、いずれきたる統一性という意味で必ず有用となってくるもの。

 

「へー……」

「ジェーンが作ってくれ」

「へぇぁ!?」

 

 普段は絶対出さない()の抜けた声を上げたジェーンは、気恥ずかしそうに目を伏せてから改めて俺を見つめる。

 

「荘厳な感じで、"不屈の信念"と"未来への希求"を込めてくれるといい」

 

 旋律はロシア国歌か、旧東ドイツ国歌みたいなのが良いと……個人的には思っている。

 異世界に地球の著作権はない。メロディーラインはどんな曲だろうと丸ごとコピーしてもいいのだが──

 せっかくなら最低限の基礎(ベース)にするだけで、創作したほうが愛着も湧くというものだ。

 

「けっこう欲張りだね──っじゃなくって、私が創っちゃっていいの!?」

「聖歌みたいなの、得意だろ。ここは一つ、"心国一致"するようなのを頼む」

「すっごい重圧(プレッシャー)かかるんだけど……」

「"地球(アステラ)"語も織り交ぜつつ、奮い立たせるように」

「注文がどんどん増えてく……」

 

 

 アス(Earth)テラ(Terra)語──要するに地球の言葉。

 現代日本からハーフエルフとして転生してきた俺が、異世界でも詠唱などで多用する言語体系。

 俺が夢で見るオトギ(ばなし)の世界を、地球あらためアステラとして伝えている。

 

 異世界の共通語に存在しない発音であり、またニュアンスを伝える為の言葉(ワード)

 つまるところ日本語や英語といった、ひらがなに漢字やアルファベットなども含む地球の言語そのものである。

 

 それらは一種の造語として、テクノロジーの発展に応じて当てはめていく。

 例えば"ウイルス(Virus)"という言葉1つとっても、異世界には概念すら無かった。

 そうした学術用語の(たぐい)は異世界言語で造語するよりも、そのまま流用した(ほう)が手っ取り早い。

 

 知らぬ者には未知の言葉でしかなく、既知となることで商会やフリーマギエンスを自然と知っていく言語。

 将来的に多民種族を有するこの領地において、独自の言語というのは一体感や統一感を人々に心に根ざす。

 場合によっては暗号文のようにも使うことができ、そして……()()()()()()()に存在を示すことができる。

 

「まぁまぁあくまで希望だからさ。とりあえず叩き台を作ってくれ、それから詰めてこう」

「そうね、とりあえずやってみないと始まらないもんね」

 

 

 ジェーンの返事に満足した俺は椅子から立ち上がり、ジェーンは首をかしげて疑問符を浮かべる。

 

「ん? どうしたの?」

「せっかくだ、ジェーンが連れてきた"結唱会"の子供たちと会おうかなって。手品の二つ三つ披露しよう」

 

 カプランほどではないが、俺も器用な指先にはそこそこ自信がある。

 魔術も組み合わせれば……大道芸としてもそれなりにはなるだろう。

 

「ありがとう、ベイリル。きっとみんな喜ぶよ」

「ついでに手合わせもな、氷属魔術の使い手は少ないから久々に味わっときたい」

 

 寒冷地出身者であれば散見されるくらいで、使い手がかなり限られるのが氷魔術である。

 雷や爆発魔術に比べれば多いものの、氷魔術を主体にして戦闘までこなすのは意外と珍しい。

 魔術具にしても冷凍・保冷といった機能を持つモノは非常に高価で、一般市場にはまず出回らないのだった。

 

 

「しょうがないなあ、今のベイリル相手にどこまで戦えるかわからないけど……お姉ちゃんがんばるよ?」

「試合で済む分にはガンガンいこうぜ。俺も色々あって、実力不足を痛感したところだ」

 

 いよいよもって野望が軌道に乗ってきたところであり、命を惜しんで事を成していこう。

 そして自分自身だけでなく、大切な人を守り守られるように切磋琢磨していこうと──

 

 

 



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#192 清く正しく都市計画 V

 "ブラディオ市"──サイジック領の東部に位置する、歴史がある都市。

 街(ばず)れの(いおり)のように構える、しかして大邸宅の広い一室。

 

「へぇ……なかなかいいトコロね、ベイリル」

「"ナイアブ"の希望通りに揃えた新しいアトリエだからそりゃもう」

 

 元々はインメルの心臓部とも言える交易都市であった。

 王国と共和国の両方に近く、人の流動も(さか)んで、商業と経済によって発展してきた土地。

 それだけに疫病と魔薬の被害も小さくなく、流通の一部封鎖や王国の侵攻もあって(とどこお)ってしまった。

 

 しかし晴れてサイジック領が"減税特区"になったことと、新たな領地法によって急速に活気が戻ってきている。

 今をときめく芸術分野の急先鋒たるナイアブにとっては、決して悪くない環境のはずである。

 

 

「なんだかイロイロと面倒かけて悪いわねェ」

「なんのなんの。これからやってもらう大事業に比べれば安いもんだし」

 

 薄い緑色の髪を伸ばし、背が高くスラリとした印象な魔族の男──"(みやび)やかたる"ナイアブ。

 その二つ名の由来は、さながら女性のような口調と所作と艶やかさにある。

 男と女、両方の感性を持ち得るべくそういう生き方を選んだ生粋の芸術家。

 

「まっワタシとしても、モロモロが熟してきたところだし。そろそろ"大きな仕事"もしたいと思っていたところよ」

「ナイアブの名前が歴史に残る。いやこれホント過言じゃなく」

「フッフフ……楽しみだわ」

 

 机や棚に整理されて置かれた数々の道具を、ナイアブは1つずつ触れて回っていく。

 

 

「それと改めて……ありがとう」

「んん~? どれのことかしら」

「とりあえずまずはモーガニト領のデザイン」

「あぁソレね、気に入ってくれたのなら良かったわ」

 

 土地の紋章にして家紋にもなるものを、ナイアブに依頼していた。

 特に焦っていたわけではないが、すぐに注文通りの素晴らしい出来を送ってくれたのだった。

 

「急なお願いですまなかった。俺もいきなりモーガニト領主になったもんでね」

「別に構わないわ、ワタシとしてもいい気分転換になったし。やっぱり書いたり描いたりが一番好きだから」

 

 ナイアブの芸術ジャンルは非常に広範に渡る。

 

 学園は彼が作った彫像品が並び、服飾のデザインや化粧技術も卓越している。

 演劇の脚本構想と執筆から、演者の表現・演出の指導まで手掛けたこともある。

 作詞や作曲だけでなくダンスの振り付けも、ジェーン達に指導(レクチャー)していた。

 

 それでもやはり絵画畑出身だったということもあり、ナイアブにとってはそれが1番のようだった。

 漫画やイラストのようなものまで頼むと、それを難なくこなしてしまうほど。

 

 

「それよりもワタシはあっちのが気になるわ、リーベ総帥のメ・イ・ク」

「あれもバッチリ。仮面を取って見せてやる機会もあって、表情が引きつってて爽快だったよ」

 

 フリーダとモライヴはそうでもなかったが、言いだしっぺのアレクシスの顔は写真に撮っておきたいくらいだった。

 モーガニト領の手続きの際に横柄な態度があっただけに、余計に溜飲が下がる思いだった。

 

「それならなにより。あれもなかなか良い経験になったわ」

「ナイアブは弟子は取らないのか?」

「ん~……?」

 

 何やら思わせぶりな様子で、ナイアブは手を頬に当てながら目を細める。

 俺自身が弟子もとい子飼いの部隊を作りたい欲求が日増しに(つの)っていくので、なにかしらの意見になればと。

 

「候補なら何人もいたけどねえ。なんならワタシよりもずっと長く同業で食べていた人まで」

「さすがだな、でも年長者を弟子には取らなかったか。気が引けるとか?」

「そうじゃないわ。今は……心的孤高から生まれる衝動がワタシを刺激するのよ」

「ふぅ~む、なるほど──」

 

 

(まぁ……芸術家には孤独な人間が多い印象は受けるな)

 

 もちろん主張や考えをぶつけ合うことで生まれる作品もあるだろう。

 しかし芸術とは往々にして、自分自身と向き合う時間が()るに違いない。

 

 新しい分野(ジャンル)を開拓するのにも、それはもう想像を絶する筆舌に尽くし難い産みの苦しみがあったに違いない。

 

 時代や感性が追いついてないばかりに、死後でないと評価されなかった芸術家すら存在した。

 生活できるほど売れず、出資者(パトロン)にも恵まれず、その才能を発揮する前に沈んでいった者も少なくないのだろう。

 

 だが芸術でも文学(ぶんがく)でも音楽でも、"傑作"が生まれぬまま枯れるのはどうにも惜しい。

 そうした美学の推進と支援していく為に──純粋芸術を含めて開花させ、文化的交流を(さか)んにする為に。

 

 ナイアブには"巨匠"として、そうした体制作りにも協力してもらいたいとも思っている。

 

(それこそ大魔技師と7人の高弟のように……)

 

 常に巨匠本人が主導していく必要はない。その(こころざし)を継ぐ高名な弟子が伸びていってくれればいい。

 そうやって何本にも枝分かれしていくことでテクノロジー同様、文化的飛躍を見ることだろう。

 その最初の種子として、現代芸術の知識の一端を理解するナイアブの能力が必要になってくる。

 

 

(門外漢だからこそ出せる、差し出がましい(クチ)なのかも知れんが)

 

 結果的に大成した人物からすれば、そんな親切な体制(システム)甘え(・・)だと言われるかも知れない。

 その程度は己で選んだ道において……して当然の努力であり、そも好きなことを努力ということが間違いだと。

 (つら)く苦しい現実に打ちのめされようと、持ち得る才能を表現したからこその評価であると。

 

 それでも一応は尋ねてみることにした。言うだけなら無料(タダ)というものゆえに。

 

「どうしても弟子を取る気はない? 後進がいてこそ文化も進むってもんなんだけど」

「それは商会からの依頼? 命令? あるいは()()()()()()()()?」

「"個人的なお願い"と言うと後が怖そうだが」

「失礼しちゃうわねえ」

「まぁどれでもないよ、特に縛るつもりはない。芸術家の気性は、まぁ多少は理解しているつもりだし。感性を(にぶ)らせる真似はしたくない」

 

 文化的侵略や芸術分野の開拓は早いに越したことはないが、本末転倒になっては元も子もない。

 ナイアブの手から産み出されるであろう──未来の傑作芸術が(とどこお)れば、それこそ大損失というものである。

 

 

(俺は表現者ではあっても、創作者ではなかったし……)

 

 楽器を吹いてた頃もあったし、カラオケも好きだった。

 小説に漫画にアニメにドラマに映画にゲームと楽しんでも──

 自分で曲や作品を創り出そうといった衝動に駆られたことはない。

 

 自身の内に入力(インプット)こそして溜め込んでも、具体的に外部へと出力(アウトプット)することはなかった。 

 あるいはそうした趣味を見つけられていたなら、前世でも──もっと楽しめたかも知れない。

 

(今さらながら思うのは……人生にはやはり、ゆとりがないと活力を得られず、無気力になってしまうということだな)

 

 今世では積み上げた肉体と恵まれた環境がある。健全な肉体には健全な精神が宿り、何事にも前向きでいられる。

 前世ではそういった心のゆとりもなければ、スポーツマンでもなかったので無理が利くような肉体でもなかった。

 

 

 現代社会には一度や二度の人生では味わい尽くせないほど娯楽で溢れていたのに、それらの上澄みだけで達観と諦観にあった。

 だからこそ、この長命は骨の髄までしゃぶり尽くしたいと願うのだ。

 いずれは心の底から魂の根っこまで創作者(クリエイター)であるような人間の、飽くなき情熱をも理解したいところ。

 

(今だと……魔術は近いものがある、と言えなくもないか)

 

 憧れを模倣し、理想を(いだ)き、思い(えが)いて、実現化する工程。

 あれこれ考えて、ツギハギ組み合わせて新たな魔術を構築することの面白さ。

 仲間と刺激し合い、それでも最終的には己の中で自分だけの世界を創りあげて完結させる。

 昨日できなかったことが今日はできる。そうした実利を備えた快楽は、素晴らしい充足感を与えてくれる。

 

 それもまた1つの魔術(アート)であり、この世界において人類と結びついた文化であろう。

 

 

「とりあえずほんの少しでも心の(すみ)っこに留めておいてくれると……ありがたいかな~ってくらいの話だと思ってくれていいよ」

 

 ナイアブは少しだけ考えた様子を見せると、ニヤリと笑ってこちらを見通す。

 

「なんだか一旦引いて見せる交渉術みたいねぇ?」

「確かに──っぽく聞こるかも知れんが、普通(ふっつー)に本音だ。ナイアブとは創部以来の付き合いだしな」

 

 ナイアブなら欲張って成し遂げられると俺は信じているし、既に成果はいくつも残している。

 

 

「まーまーそれはそれとして、"大事業"で人手がいたほうが楽なんじゃないか? って提案でもある」

「そうねぇ……別にワタシが直接教える必要もないし、置いとくだけでもいいわけだし。リンちゃんのお姉さんとか」

 

「あぁ……リンの奴が勝手に会う約束? しちゃったみたいで──なんというかすまなかった」

 

 リン・フォルス本人にも世話になった以上、俺からは強く言えることはなかった。

 あずかり知らぬところで勝手なことをするな。などと(とが)められるほど俺は偉いわけではない。

 それが協力を得る上で必要なことであった以上は、巡り廻って俺にも責を負わねばなるまい。

 

「まっ少しくらいなら構わないわ。別に何が何でも(こば)むってわけじゃあないしね」

「そう言ってもらえると、俺としても助かるよ──っと」

 

 俺は客人の気配を察して大扉のほうへと顔を向けると、ナイアブもつられるように視線を向ける。

 

 待ち人来たりて、計画は順次進行を見ていくのだった。

 



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#193 清く正しく都市計画 VI

 扉の外では荷車の音がしていた。既に頼んでおいた物資を過不足なく運んできてくれたに違いない。

 

「もう来たのかしら?」

「あぁ……連絡なく約束を破るような人じゃないし、それはナイアブのがよく知っているだろう」

「まっね、確かに。それにしても本当に鋭い感覚ねえ」

「そらまぁハーフエルフ種なことを差っぴいても、かなり命懸けてきたから」

 

 絶対的な速度や火力も大事だが、やはり1番に重きを置いているのは情報である。

 それは戦争という広い範囲に留まらず、個人単位においても非常に重要なことだった。

 

 相手をいかに早く捕捉し、同時にこちらの存在をひた隠し悟らせないということ。

 より遠くを、より精細に、より暗所も、その心身の状態まで見通すこと。

 残り香を嗅ぎつけ分析し、ほんのわずかな音にも澄まし聞き分ける。

 肌を撫でるあらゆる密度の差を感じ取り、呼吸と舌触りすらも参考材料の1つとする。

 

 それらは現代日本人だった前世とは、まったく比較にならない情報をハーフエルフたる俺にもたらしてくれる。

 

 

「アナタの見る世界をワタシも感じてみたいわ、ベイリル」

「それ変な意味じゃないよな」

「ダイジョーブよ、ワタシ略奪愛なんてする気はないから」

「それなら安心、なのか?」

 

 俺は首をかしげつつ、片目だけ半眼になってナイアブを見つめる。

 

「んー……でもフラウは、ハーレム()()()()()なんだっけ?」

「あいつは俺以外の男には抱かれないし、俺も男を抱く趣味はない。だから輪には入れないぞ」

「フッフ、冗談よ。それにワタシも今は──」

 

 

 ナイアブの言葉はそれ以上続かず、視線がノックを3回鳴らされた大扉へと向く。

 アトリエへ新たに入ってきたのは──暗い金髪をうなじあたりで結んだ女性であった。

 目線だけで室内を見回しながらも、俺とナイアブのところまで調子を乱さず歩いてくる。

 

「久しぶりね、"ニア"ちゃん」

「お呼び立てして申しわけない、そしてどうもですニア先輩」

「ごきげんよう。()()()()()構わないわ」

 

 ニア・ディミウム──ディミウム商会の跡取り娘にして、シップスクラーク商会員として商業部門に所属している。

 

(──な~んか、既視感(デジャヴュ)……?)

 

 ふわふわと地に足つかぬ感じに囚われた俺は、ニアとナイアブを見る。

 

 かつて学園生時代、2人は付き合っていた時期があるという噂は聞いていた。

 俺が入学する前の話であり、雰囲気からしてあまり突っ込んで聞けるようなものでもなかった。

 

 ただ少なくともフリーマギエンス設立後に、部員同士として見ていた分には険悪さは感じない。

 しかし今も空気を読むに、剣呑(けんのん)さとは違うものの……どことなく一線が引かれている印象は残る。

 

 俺はさしあたっての思考は一旦置いて、恩しかない客人に対して礼を示す。

 

 

「なんだかニア先輩には、ワーム街の時からこっち……ずっと世話になりっぱなしで本当に頭が上がりません」

 

 宿の提供に必要具の手配、迷宮(ダンジョン)ショートカットに使う魔術機械の運送と保管。

 不意の逆走攻略で長引いてしまい、余計な心配までさせてしまった。

 何よりもカエジウスの心象を悪くするリスクまで負わせたのは非常にしのびなかった。

 

「わたしにしかできないこと、なんでしょ? なら受けるしかないじゃない」

「ありがとうございます。先輩より優れた人を、俺もカプランさんも知らないんで」

 

 その後もサイジック領の復興、王国軍との戦争対応、そして戦災復興途中の現在。

 いずれも戦地より後方で、あらゆる輸送業務を任せてしまっていた。

 十全に王国軍と一戦交えられたのは、ひとえに彼女の尽力(じんりょく)あってこそのものであった。

 

 各種物資を生産しても、それを必要な場所に届けられなければ意味がない。

 それら采配をカプランが(おこな)い、実際的な動員をニアが遂行してこその成果なのである。

 

 

「そもそもわたしがこんなにまでなったのは、シップスクラーク商会(あなたたちのせい)ってことを忘れないように」

「頼んだ仕事を全部こなしきるだけの才覚あってこそです」

 

 シップスクラークが取り扱う、多様多岐に渡る物資や人員。それらを動かしていく意味と労力。

 通常の商業取引では到底不可能な──ありとあらゆる経験を彼女は積まされ続けたのだ。

 しかも求められる質と量も、そこらへんの商会規模とはワケが違うのである。

 

「才覚の一言で片付けないでもらえる?」

「失言でした、ニア先輩の努力あってこそです」

 

 彼女の矜持(きょうじ)にして自他評価──天賦の才を持たざる者。しかして飽くなき秀才であるということ。

 たゆまぬ研鑽と蓄積し続けた経験による、"微動せぬ天秤"ニア・ディミウム。

 彼女はある意味において、シップスクラーク商会の象徴とも言える人材。

 

 

(ハルミアさんもそうだが……)

 

 フリーマギエンスの教義の(もと)に、商会の(ちから)を利用し、商会と共に成長する。

 それは大多数の人材にとっての理想形であり、巨大な土台を支える基礎だ。

 

 努力しない天才ゲイル・オーラム。努力した天才シールフ・アルグロス。讐念(しゅうねん)で結実した天才カプラン。

 何でも吸収する天才リーティア。何がなくとも大成したに違いない天才ゼノ。2人の無茶を体現する天才ティータ。

 

(それに底の見えない二面性を持つ天才ナイアブも──)

 

 俺は"雅やかたる"ナイアブを一瞥(いちべつ)し、強く思いを致す。

 

 テクノロジーや文化の発展において、突出した天才は往々にしていつの世も変革を起こしてきた。

 一般人の枠から(はず)れた人間を発掘し、持ち味を活かし、伸ばす環境を構築することが重要となる。

 

 ただしそうしたあらゆる土壌の形成において、ニアやハルミアのような人材こそがお手本となるのだ。

 天才だけでは世の中は決して回らない。

 

 不世出の天才を支援する多くの秀才と、より多くの牽引(けんいん)される労働力。

 まさにこれからナイアブとニアと、サイジック領の民と奴隷もとい属民達によって……大業として果たされる。

 人同士が、テクノロジー同士が、密に繋がり影響し合うことで相乗効果を生む。

 

 

(いよいよだ、サイジック新領都の建設事業)

 

 いずれ(きた)る建国時に"首都"となるべき中心都市と、(のち)に"世界遺産"となるべき建造物のデザイン。

 ゼノや商会と共に建築工学をも学んだナイアブは、これ以上ない適格たる人物である。

 

(そしてその為の、統一規格化された商会製品)

 

 安定した品質で生産される資材の管理と輸送。そこを任せられるのは現状でニアだけだった。

 機密が高い部分でもあるし、実績と信頼という面でも彼女を超える者はいない。

 

 立地はまだ確定してはいないし、戦災復興途中でまだ余裕があるわけではない。

 それでも代替予備企画(バックアッププラン)も含めて、準備は早めに推し進めておかねばならない。

 

(最高の立地に最高の都市計画を──)

 

 斥候を使って土地を調べ上げ、領内の秩序を保全する。

 開拓者を送って、真なる意味で最初の都市を作り上げる。

 労働者で土地を改善し、食料供給で人口を増やし、都市同士を接続・結合させる。

 法と秩序と衛生を保ち、人民の幸福度を上げて、文化圏を拡げ、いずれは世界を席巻(せっけん)するのだ。

 

 

「まぁまぁ、この機会にディミウム商会も存分に業績拡大してください」

「もちろんそのつもりだけれど……」

 

 ニアはナイアブへとスッと視線を流して、改めて嘆息(たんそく)を吐いた。

 

「少々気乗りしにくいのが、我ながら不本意ね。仕事は選びたくないのに」

「アラ手厳しい」

「でも心配は無用よ、仕事である以上はちゃんとやるから」

「ワタシもニアちゃんの仕事に負けないだけの──求められる以上の成果を残すつもりよ」

「……そう、わたしは別に期待はしてないわ。好きにやればいい」

 

 俺はナイアブとニアのやり取りで、さきほどの既視感(デジャヴュ)の正体に気付く。

 

(あぁそうか、二人は……俺とクロアーネのそれと似ているんだな)

 

 独特の距離感というか……好き合ってはいないが、それでも嫌い合ってもおらず──

 ビジネスライクともまた違う、なんとも言えない違和感のような不思議な心地。

 

 そう認識して(はた)から()ると、もし2人にそうした気持ちが残っているなら……。

 

(是非ともヨリを戻してほしいな……俺とクロアーネの幸先(さいさき)的な意味でも)

 

 参考にしたいなどと思いながら、俺はちょこちょこと言い合う空気感に微笑を浮かべる。

 

 

「ところで運搬してきたモノは、とりあえず外の()いてた場所に置いたけれど……問題はなかった?」

「ぜぇんぶワタシがこれから使うやつだから、まったく問題ないわよお」

 

 眉をひそめたニアは、睨みつけるとはまた違った視線をナイアブへと送る。

 

「中身は知らないけれど……あんなに大量に何をどう使う気?」

「アラ、気になるの?」

「……いえ、別にそこまで──」

 

「あれらは縮小模型(ミニチュア)用の部材です。小さくした都市立地に、建造物や区域をパズルのように配置していきます」

 

 俺はニアが言い切る前に、アトリエいっぱいに両手を広げるような仕草を添えてニアの疑問に答えた。

 

「頭の中だけじゃなく、実物として作らないと見えてこない部分もあるでしょうから」

「……なるほど、見通しと準備は大いに重要ね」

 

「その通りです。というわけで──」

 

 俺は部屋の一画(いっかく)に積まれていた紙とペンを空属魔術で眼前へと運ぶ。

 それは都市計画の一端(いったん)──"夢と野望の走り書き"。

 

「今晩は寝かせないぜ、ナイアブ」

「いいわねぇ、いくらでも付き合ったげるわ」

「はぁ? 一体どういうことなの……?」

 

 ニアの懐疑的(かいぎてき)な瞳とは対照的に、俺の碧眼はこれ以上ない煌めきを内包していた。

 

 

 語りたいことは山ほどあった。建築予定の世界遺産や国家遺産の数々、自然物を利用した構造物。

 インフラとの兼ね合いや区画ごとの相乗効果(シナジー)、公会堂や公衆浴場(テルマエ)をはじめとした多様な施設をあれやこれや。

 

「よかったらニア先輩もご意見どうぞ。いずれは有識者の一人としてお呼びしようと思ってましたけど、最速特権です」

「ワタシたちで作る都市よ。それとも興味ないかしら?」

 

 少しだけ目を細めたニアは数拍ほど置いてから口を開く。

 

「──わたしとしてはやっぱり……導線を意識したほうがいいと思うわ」

 

 案外すぐに乗ってきたニアに、俺はほくそ笑むように展望を口にする。

 

「うんうん、流通は大事です。それで立地的に全体の形を考えていくとですね──」

「……悪くないけれど、それだと末端が滞りやすくなって──」

「ワタシとしてはココで分けたほうが、()()()()()()に映えると思うから──」

 

 尽きぬ話を咲かせながら、俺たちは大いに夢を語り合うのだった。

 



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#194 清く正しく都市計画 VII

 "タキオン市"──サイジック領南東部、湖に面した再整備が進行中の旧・大都市。

 その特徴とは自然と人工物が適度に調和し、非常に住みやすい土地であるということ。

 各都市へのアクセスも良好で、今後は国内交易における中心地の1つとして発展させていく予定であった。

 

 ここタキオン市は以前いた役人達の多くを、そのまま引き継いで運営が続けられてる。

 元々領内でも独立色が強い都市で、伝染病や魔薬への事前対応が早かったという背景がある。

 

 王国軍の侵攻においても、インメル領主の不在から独自に交渉をして条件付きの無血開城までしたほど。

 

 つまりは旧インメル領で唯一、優秀な者らの手によって守護(まも)られた都市なのである。

 

(そういった有能は人材は、まずは遠回しに取りこんでしまうに限る──)

 

 なんでもかんでも直接的に商会が介入せずとも、今しばらくは間接的に支配できればよい。

 掌握するまでいかずとも、強い影響力で手綱を持つことで十二分にコントロールできる。

 

 そして……じっくりとフリーマギエンスの教義に染めていくことで、ゆくゆくは商会員として迎えて遅くはない。

 

 

 それはテーブルを挟んで向かいにいる"素銅"のカプランも同意見であった。

 

「カプランさん、休暇は?」

「いただいてますよ、個人的に長期に休むより短期を繰り返す(ほう)が好みなので」

「俺も割とそのタイプでした」

「……でした?」

()の話です」

 

 俺はそう言って(にご)した。"昔"──そう前世の日本社会で生きていた頃の話である。

 単純に長期休暇を取るのが難しかったというのもあったのだが……。

 

 なんにしてもそんな誤魔化した態度はカプランに当然見抜かれているが、決して彼は不用意に踏み込んでこない。

 

 

読心の魔導士(シールフ)とだけ共有する、俺の(かか)える多くの秘密──)

 

 オーラムも含めて、おそらく一番早く俺の口から直接伝えるのは彼らになるだろう。

 フラウやハルミアやジェーンやヘリオやリーティアよりも……である。

 

 ゲイル・オーラムとカプランは、当然ながら家族ではない。ビジネスパートナーであり、同志である。

 だからこそ秘匿を公開すべき義務が生じるし、信頼に足る以上の仕事をしてくれている。

 

(あぁそうだな、近い内に……包み隠さず話そう)

 

 頃合としてはもう十分すぎるほど経過している。今の彼らならばきっと理解してくれるはず。

 

(俺個人としても、もはやこれ以上──)

 

 煙に巻くように騙し続けるほど、(ツラ)の皮を厚く張ってはいられなかった。

 

 

「そうですね、近い内に……オーラム殿(どの)と共に一席を(もう)け、改めて話しますよ」

 

 当然ながら俺の発言の担保人として、シールフにも同席してもらう。

 実質的な大幹部会議の様相だが、そこで語っておくべき俺の真実を暴露(カミングアウト)しようと。

 

「……興味深いですね、同時に少し恐くもあります」

「恐い、ですか?」

「僕は商会のほぼ全容を知っているんですよ、平静を装ってはいますけどね」

「まぁ、はい。確かに一般的見地で言うと、シップスクラーク商会はとてつもなく異常でしたね」

「ベイリルさんにとっては……あまり異常ではなかった、ということですか」

「これでも一応は発起人ですから」

 

 数多くの才人(さいじん)に支えられているとしても、異様極まりない思想と成長速度と内実。

 ゲイル・オーラムを筆頭に──最初からどこかズレた天才達と違って、カプランは後天的に才を伸ばした人間。

 元々一般人としての価値観を備えているゆえに、商会に得体の知れない畏怖(いふ)を感じるのは正常であり無理からぬことであろう。

 

「もっとも僕もここまで関わってしまった以上、いつでも覚悟はできていますからご安心を」

「んまぁ、そんなに大層なことはないです。大半は俺の身の上話みたいなものですんで」

「では構えないでいることにします」

「そうしちゃってください」

 

 俺とカプランは笑みを交わした。一見して上辺(うわべ)だけっぽくもあるが、実際には本音での語り合い。

 気負わずにいられるなんとも言えない距離感であり、その多くはカプラン自身の人柄と技術ゆえだろう。

 

 

「んじゃ話を変えまして……」

「今後のことですね」

「はい、復興と発展も大事です。が、俺たちが考えなくちゃいけないのは──」

 

『帝国からの"独立"』

 

 声が重な(ハモ)る。建国──はからずも間接的支配を得たサイジック領に、土台と主軸を構築していく。

 それは既に決定事項であり、モーガニト領もその(いしずえ)の1つする予定である。

 

 正式に独立までを知っているのは三巨頭のみであり、具体的な概要もまた(しか)りである。

 

「外部に対しては、ある程度の見通しは立っていますが……やはり問題は内部かと思うんです」

「僕としても特区税制の要件から完全に(はず)れる前に、可能な限り準備は万端整えておきたいところ」

 

 狭くとも国家運営となると、領地運営と似通う部分こそあれ、当然そのままとはいかない。

 帰属している帝国という、巨大な傘の下にあった庇護がなくなってしまうことを意味する。

 

 

「それでその……カプランさん、頼んでおいた人材は見つかりました?」

「"法律"に通じる人間、でしたね」

 

 帝国からの独立ともなれば、当然ながら民衆に不安や反発が必ず生じてくる。

 そこで内政的にも武力的にも、帝国だけでなく国境に隣接する王国や共和国にも示さねばならない。

 

(さしあたって騎獣民族とワーム海賊は、戦力として(かぞ)えられる)

 

 武力に関しては既に陸軍・海軍共に強大な戦力を有し、空軍力も俺という個人を含めて決して低いわけではない。

 絶対数においてはもちろん比べるべくもないが、各国の規模を考えれば大量動員は難しい。

 

 武力とはあくまで外圧に対する行使に過ぎず、現状においては本格的に侵略行動をする必要性は今のところない。

 つまるところ防衛と局地戦を前提とするならば、仮に侵攻されたとしても十分に戦えるということ。

 

 また帝国に対してはカエジウス特区という迂回せざるを得ない防波堤と、モーガニト領を利用した支援体制も構築できる。

 特にテクノロジーと情報力において数歩抜きん出ている以上、軍事力における(うれ)いはさほどなかった。

 そもそも外交的に、戦争など起こさないよう立ち回るのが第一なのだから。

 

 

 しかして内政面においては課題は数多い。復興に雇用に経済に治安その他諸々の管理を含めて──

 何事もまずは"基準"なくして、社会というものは成り立たない。

 秩序(ロウ)がなければ混沌(カオス)と化し、コントロールできなくなってしまうリスクを大いに(はら)む。

 

 シップスクラーク商会には既に多様な人材を集まっているものの、いわゆる"法律"の専門家がいなかった。

 現状は帝国法に準じてはいるものの、そのままでは介入を含めてテクノロジーの発展を阻害してしまうことになる。

 

 ゆえにこそ独立を見据えた上で様々な法整備を、しっかりと構築していかねばならないのだった。

 

(体制に対する民衆の信頼を得るには……)

 

 今、自分達が住んでいる土地と文化に満足させ、領地を運営する人間達に任せられると思わせるには──

 帝国から独立しても、自分達はちゃんとやっていけるのだと安心させる為には──

 

(三つのものがあればいい)

 

 すなわち"公正な裁判"と、同じく"公平な税制"、そして"公明な法"である。

 そして衣・食・住を満たして礼節を(たも)ち、フリーマギエンスの教義ともたらす文化と娯楽。

 それらが渾然一体(こんぜんいったい)となることで、"文明回華"へと自然に繋がっていく。

 

 

(あくまで破綻しない程度に──)

 

 何でもかんでも悪人を排斥(はいせき)するのではなく、有能な人間を厚遇していく形をとる。

 どのみち組織として、国家として大きくなるほど……どうしたって根を潰しきることはできない。

 

(それに多様雑多な人間がいてこそ新たな革新(イノベーション)も生まれるというもんだ)

 

 何事も大事なモノはその按配(バランス)。太極図におけるある種の陰と陽のように、清濁を(あわ)()む器を保持する。

 人間の自然の有り様を締め付けるよりも、自由に(あお)って促進させていくのである。

 

 



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#195 清く正しく都市計画 VIII 

「──実は法律家候補については、既に一度会ってきたところです」

「俺はもうカプランさんの手際の良さには驚きません」

 

 とは言いつつも苦笑だけは浮かべて、わかりやすく肩をすくめて見せる。

 

「ご要望だった人材、彼女の名は"アマーリ"。帝国籍、人族の女性です」

「ほっほう女性──それで、感触は?」

「良好です。今すぐにとはいきませんが、そう時間は掛からないかと」

「カプランさんがそう言うのなら、そうなんでしょうね。ちなみにどういう(かた)なんです?」

 

 ゆっくりと腰を深く座ったカプランは、一拍置いてから一言だけ紡ぐ。

 

「普通の主婦です」

「……はい?」

「15歳の息子と13歳の娘がいる二児の母です、年は41歳。夫は居住都市の警衛団で勤務しています」

「えっ……と──なんか凄い経歴があるとか?」

「いえ、本人に取り立ててこれといった実績等はありません」

「んなぁるほどぉ……」

 

 俺は一度大きく深呼吸をしてから、与えられた情報を頭の中で確認する……必要もなかった。

 ただただ言えることはカプランがまだ明かしていないだけで、"足る理由"があるということだ。

 

 

「ただし彼女の先祖を辿っていくと、帝国"法務官"を代々輩出していた優秀な家系でした」

 

 俺は言葉には出さず、ふんふんと相槌(あいづち)を打ちながらカプランの解説を待つ。

 

「曽祖父にあたる人物が、帝国でも最高位の法務官でしたが……その人物を最後に彼女の家系の法務職は途絶しています。

 調べた話では、帝国の為に人生を捧げていた仕事人間のようでして、衰えてもなお退職を(かたく)なに(こば)んだと……。

 しかし帝国側に主張が受け入れられることなく、強制辞職という形で否定された彼は激怒し、領地も名字も自ら捨てたそうです」

 

「家庭や一族の進退が懸かってるのに? 捨てたんですか?」

「──の、ようです」

「それは……後先考えないにもほどがあるような」

「一応財産は残していて、普通に暮らしていく分には不自由はないようでした」

 

 あるいは異世界にも認知症かなにか(わずら)ったか、とにかくとんでもない人物のようだった。

 

 

「隠居後はすっかり生気を失ったそうですが、曾孫娘(ひまごむすめ)──アマーリさんに語る時は活き活きしていたらしく」

「かつては超一流だった帝国法務官の教育が、幼少期から()されていたってことですか」

「それに加えて先祖伝来の"法書"が大きかったように思われます。その曽祖父も色々と書き残していたそうです」

 

「なるほど、それじゃぁ相当な知識量なんでしょうねぇ」

「また彼女はそうした本を読むだけでなく、独自に編纂(へんさん)したりするのも趣味だそうで」

「おぉう……いろんな意味でとっても素敵な趣味お持ちようで」

「若い頃に法政職を(こころざ)したこともあったそうですが、曽祖父の確執(かくしつ)が残っているようで断念したと言っていました。

 またその当時でも既に現在の夫と知り合っていて、"誓約"して家庭を支えるという選択のほうが魅力的だったのだとも」

 

「まぁ要職には長命種もいるでしょうから、遺恨(いこん)は長期間に渡って付いて回ってもおかしくないと。それと"愛に生きた"」

「そういうことですね。それと"愛に生きた"」

 

 同じく長命種(ハーフエルフ)の俺も、常々考えていかねばならぬことでもあろう。

 (いだ)かれた怨恨が根深く残り続けるということを──そして気高い想いもまた受け継いでいきたいということも。

 

 

「実務経験こそないが……帝国法に精通しつつ、法律を取りまとめることに優れた人材──」

「例によって至らぬ部分は商会で支援すればいいわけですから、彼女以上の適任者は現状いません」

「家庭があるのに引き受けてくれますか? 雇えてもやる気がないとなかなか困ったことになるんですが」

「まだまだ夢を諦める年齢ではないことを、それとなく植えつけるように説きました」

「流石です、カプランさん」

「それと子供二人の為に金銭(さきだつもの)()り用だと語っていました」

「そっちはわかりやすくて結構なことです」

 

 現役の帝国役人からの引き抜き(ヘッドハンティング)ではないし、趣味の範囲なら帝国としてもノーマークに違いない。

 一応の注意は払っておくに越したことはないが……まさしく在野(ざいや)に埋もれていた、素晴らしい資質の持ち主である。

 

「次に会う時までには口説き落とし、紹介してみせましょう」

「商会そのものにも()かれるようお願いします」

 

 金銭で通じる利害関係は簡潔で明確だ。プロフェッショナルとしての雇用関係も決して悪いものではない。

 しかしながら──せっかく関わるのであれば──商会の理念を理解し、共に(こころざし)を同じくして歩んでいける仲間でありたいと願う。

 

 

(さしあたって法律については期待が持てそうだ)

 

 他に内政面において(うれ)いがあるとすれば、もう一つほど気がかりなことがある。

 

「──経済部門はどうですか、正直なところ……なかなか厳しいのでは?」

「えぇ今は僕とオーラムさんで取りまとめてますが、今の調子(ペース)で規模が大きくなると他に手が回らなくなっていくかと」

 

 カプランは交易団時代の経験と、新たに学習を得ることで現在の商会を支えている。

 ゲイル・オーラムも興味さえあればそつなくこなす万能さがあり、マネーゲームに関しては好んでいた。

 

 しかしながら国家運営における財務となると……たとえ可能だったとしても、これ以上負担を()いるのは(はばか)られる。

 彼の才覚を遺憾(いかん)なく発揮するには、一所(ひとところ)に置いておくのはもったいない。

 また一個人に頼り、依存するばかりでなく──相互に影響し、補助し合える組織作りこそ……より盤石な体制を確立できる。

 

 

「ただそちらはご心配なく。財務に関しては、既に後進の中に一人──"エウロ"という名をご存知ないですか?」

「いえ……とんと」

「そうですか、ベイリルさんが入学して一年と経たず卒業したそうですが、学園に(かよ)っていたと──」

「あっ、んん~~~……いたような、いなかったような」

 

 俺は脳内を探ってみるも、いまいちピンとくるものはなかった。

 

「フリーマギエンスにも卒業直前に一季ほど所属していたそうです。それから商会へ就職し経験をつんできた青年がエウロ──」

「一年弱くらいですかぁ……その頃にはかなり所帯も大きくなっていたし、俺も全員の顔と名前記憶していたわけじゃないんで……すみません」

 

 どうしたって思い出深く絡んだのは、学園生の時点で頭角を現すような人物ばかりであった。

 すっかり陽キャで充実した青春生活を送れたことを思うと、二度目の人生も報われるというもの。

 

「いえいえ、本人もベイリルさんのことはさほど知った様子でもなかったようですし」

「さほど……ですか」

 

 それにしても卒業してから商会員として能力を磨き、カプランに見込まれるほどになろうとは──

 やはり人材というのはすぐに開花するものばかりではない。じっくりと芽吹いてくのも素晴らしい話である。

 

 

「ちなみにどういった(かた)なんです?」

「特に口止めされているわけではありませんが、本人の意向もあるかと思いますので……」

「そうですね、いずれ自分で足を運んで会いにいくことにします」

 

 あるいは会ってみれば思い出すということもあるかも知れない。

 

「一応は連邦西部でそれなりに名の(とお)った豪商の五男にあたり、事情があって学園に(かよ)っていたそうです」

「なるほど、そこらへんは直接訪ねてからということで──?」

「えぇ、ただ彼は……"獣人種"ということだけ言っておきます」

 

(ふ~む──ありがちだが、(うと)まれていたとかそんなところかね)

 

 俺はカプランへの言及は避けて、自分の脳内だけで想像する。

 

 少なくとも跡継ぎとしては、家庭内で事情があったのかも知れない。

 フォルス家のように、リンを含めた三姉妹がみんな仲良くというのは──なかなか難しいものがあるのが(つね)

 学園でも必要以上に目立たないようにしていた可能性も十分にありえる。

 

 

「了解しました。エウロ先輩……それにアマーリさん、他にも脇を固めていかねばならないですね」

 

 船頭は最小限に、それを補助(サポート)する形がやはり基本となる。

 

「商会の(ちから)が拡大していくに比例して、多くの隠れた人材にも目と耳と手が届きやすくなるわけですから──楽しみなことです」

「まっこと、(おっしゃる|通《とお)りです。人こそが宝ですから」

 

 国力とはすなわち人口である。より多くの人間が円滑に動ける環境を作ることで、確固たる安定性を(きず)いていく。

 

「それと……これは国政については関わらないのですが、"少し気になる人物"がいます」

「はて?」

「いくつかの専門部署を転々としている人物がなにやら確認されているようでして」

「……間諜(スパイ)、ですかね?」

「可能性としては十分考えられますが──」

 

 カプランはそこで言を止め、俺は続く言葉を察してニヤリと笑う。

 

「有能であればこっちに引き込みたい、と」

「はい、そういうことです」

 

 さながら悪巧(わるだく)みをするように、さらに俺達は今後について様々なことを話し合うのだった。

 

 

 



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#196 清く正しく都市計画 IX

 俺は飛行しながらも、空中まで地響いてくるような振動に胸中を震わせる。

 

(んーむ、半端ない)

 

 "それ"は一種の天災とされるモノの(たぐい)であり、本来は断固として回避すべき現象とも言える。

 

 眼下に見えるのは、"バカ巨大(でか)くて(いびつ)すぎるザリガニ"──と言えばいいのだろうか。

 変異進化を逆に辿っていけば、あるいは近い生物に行き当たるのかも知れない。

 

「うっひゃーぁ……」

 

 隣で同じように鳥瞰(ちょうかん)するのは、ツバメの鳥人族にして商会情報員である"テューレ"。

 彼女も初めて見るであろう光景に舌を巻きつつ、絶句しているようであった。

 

 

(──完っ全っに、特撮やハリウッド映画に出てくるような"大怪獣"だな)

 

 硬質・肥大化させた盾殻を備え付けたような、マダラ模様の前腕が4つに体を支える足が8本ずつ。

 形状は違うものの同じ材質であろう薄い青緑の甲殻で、体全体が(おお)われている。

 そして縦に割ったような二叉(ふたまた)の口腔には、ビッシリと牙が並んでいた。

 

 外骨格ではなく内側には肉質が見え、ぬらぬらとした光沢の体液が表面を濡らしている。

 それは潤滑油のような役割もありそうで、乾燥を防いで熱変化にも強そうであった。

 ヤドカリのように、甲殻を外付けで(まと)っているようにも見えるが……どうにも一体化しているようである。

 

 黄竜よりも遙かに大きい巨体は、全長100メートル近くは及ぶだろうか。

 ワームのスケールに比べるとさすがに見劣りはするものの、それでも一個生命としては規格外である。

 

 

「"魔獣メキリヴナ"──ワーム海の水底に潜む悪夢、か」

「数十年に一度ほど……迷い込んだように陸上へ()がっては、沿岸都市を壊滅させる──まさに生きた災害ですねー」

 

 "魔獣"──神族を襲った魔力の暴走による成れの果てのさらなる果て。

 かろうじて人型を(たも)っていれば"魔人"と呼ばれ、そうでなければおおよそ"魔獣"とひとくくりにされる。

 

 暴走が止まることなく異形化し続けた姿に加え、(おか)された精神性はもはやまともな思考能力を持たない。

 

 過去存在した個体によっては、"七色竜"すらも(しの)ぐとも噂される超個体。

 他には極東を挟んだ外海に巣食うとされる"海魔獣"などは、話を聞き及ぶに現存する最強の魔獣であろう。

 

 

(まぁそれを超越する"五英傑"もいるわけだが……──)

 

 実際にワームを討ち滅ぼして、ダンジョンに改装してしまった"無二たる"カエジウス。

 あるいは地上最強の生物という風聞が、もっぱら音に聞こえし"大地の愛娘"ルルーテ。

 

("折れぬ鋼の"は……やはり身一つじゃ対応できない、といったところかね)

 

 あの救世主(メサイアコン)幻想(プレックス)をこじらせた男が放置しておくには……あまりに凶悪な存在。

 彼が討伐してできていない理由を考えるのならば──

 

 一つに"折れぬ鋼の"が活動し始めた頃と、魔獣の揚陸(ようりく)時期が単純にかち合わなかったこと。

 そして能動的に探すにはワーム海は広すぎる。時間を浪費している(あいだ)に、どれだけの人が救えるということである。

 

 

「普通なら国家が保有する"伝家の宝刀"級でも、二の足を踏んでしまう化け物だが──」

「水陸両棲らしいですけどー、ああなってしまっては……えーっと、まな板の上のー?」

(コイ)だ」

「そうそれですー」

 

 俺は日本のことわざを異世界言語で付け加えた。

 

 眼下にそびえるメキリヴナは──最初こそ器官を震わせて鳴いているようであった。

 しかしそれもいつの間にやら、身動きごと完全に止まってしまっていた。

 沿岸に打ち上げられるようにして、見えにくい"金糸"によって絡め取られて鎮座させられているからである。

 

 さながら地引網漁(じびきあみりょう)のように、水中から釣り上げられて雁字搦(がんじがら)めになっているのだった。

 

 

「いんやぁ~ちょっとでも(ちから)の掛かり方がズレたら、あっさり抜けられるよん」

 

 そう言いながら浮遊して来たのは、"黄金"ゲイル・オーラムその人であった。

 シップスクラーク商会最大の暴力装置にして、最強の切り札(ジョーカー)

 

「その割には随分と余裕があるように見えますが?」

「ここらへんの位置がちょうど良いんだヨ」

 

 ゲイル・オーラムは当たり前のように、魔獣を抑え込みながら飛行している。

 ──どころか、海中にいた魔獣をここまで引き揚げて運んでくるという荒業を見せたのだ。

 

 

(飛空魔術士は……そう多くはない)

 

 なぜならば、単純に飛行出力と空中制御を両立させる難度が高いことが挙げられる。

 さらに並列処理(マルチタスク)で防御魔術を使い、飛来物などを回避する必要もある。

 鳥人族や一部の魔族であれば羽翼を使うことで補助できるが、純粋な人型はとにかく魔術的障害(ハードル)が多いのだ。

 

 また大きな街の周辺上空では、各国とも法的に強く規制している。

 街中の出入りはしっかりと管理しないと、治安の維持が困難となり無秩序になってしまうからである。

 

 例えば手配犯が我が物顔で侵入してきたり、逆に犯罪者が飛んで逃亡したりとありえるゆえに。

 許可なき飛行は最悪の場合、撃ち墜とされるという危険も(ともな)う。

 

 よって能力的にも社会的にも飛行魔術を覚え扱うのは難しく、魔術士を専門とする中でもさらに1割もいない。

 しかしてゲイル・オーラムはそんな飛行魔術すらも、極々平然とした様子でこなしてしまうのだった。

 

 

「しかしまぁ……さすがのオーラム殿(どの)でも止めておくのが精一杯ですか」

「運んでくるのに結構(けっこー)疲れたからネ。でもその為にベイリルゥ、キミがいるんだろォ?」

「まがりなりにも黄竜をぶった斬りはしましたけど……アレはイケるかなぁ?」

 

 "重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"は効果が薄そうであるし、放射殲滅光(ガンマレイ・)烈波(ブラスト)は俺自身と周辺が危険過ぎる。

 "烈迅(れつじん)鎖渾(さこん)非想剣(ひそうけん)"も不安定なのは変わらず、殺し切れず糸だけ切断して解放してしまう恐れがある。

 

「あのー質問いいですかー?」

「あぁテューレ、答えられる範囲でならなんでも答えるよ」

「なんでわざわざこんな危険を呼び込むマネしてるんですー?」

 

 テューレが発した疑問は、よくよくもっともなことであった。

 なにせ"魔獣メキリヴナ"は、たまたま襲ってきたわけではなく……こちらから仕掛けたということ。

 

 ソディアから聞き出した情報から、現在の回遊域を見繕(みつくろ)って"反響定位(エコーロケーション)"で探し出した。

 そこから追い込んでいくように誘導していき、それも難しくなるとオーラムが捕えて水底から陸まで引っ張ってきたのだ。

 

「首都が完成し、領内が形になってきてから襲撃されたら面倒だからな」

「なるほどー、ルクソン市をはじめとした沿岸都市は特にやばいですもんねー」

「対処できる天災であれば、先んじて潰しておくのが危機管理(リスクマネジメント)というものだ」

 

 有事に際して、いつでも主戦力が領内にいられるとは限らない。

 (やぶ)をつついて竜を出すような行為ではあるが、(のち)安寧(あんねい)を考えるのならば必要なことだった。

 

 

「んで、どうするねェ? ボクちんはこのまま動けんよ」

「どれくらい()ちますか」

「あまり長く見積もられても困るネ。拘束を解くにしても、ワタシの火力であれを殺すなら余裕もって一日くらいは欲しい」

 

「その(あいだ)もずーっと暴れ回られたら、損害はかなりのモノになっちゃいますねー」

「……それ以上にオーラム殿(どの)の金糸の被害の(ほう)がデカい」

「だろうネ」

 

(シールフにとって魔獣は苦手分野だし──結局は俺がやるしかない)

 

 "読心の魔導"から付随する術技は、知性ある人間には凶悪極まりないが、意思なき魔獣には効果が薄い。

 フラウの術技は黄竜の時もそうであったが、巨大生物を相手にしてはあまり向いていない。

 

("双術士"相手に張り合った質量巨人も、あのあと一度だけ見させてもらったが……まだマジモンの怪獣には通用するモノでもない)

 

 数週間単位で魔力を貯留した上で、"諧謔(かいぎゃく)・天墜"を使うのなら宇宙空間まで追放することは可能だろう。

 しかしあれはどうにも、貴重な"生物資源"となりえる天下の魔獣サマである。

 

(あの甲殻もなんか色々使えそうだもんなぁ……)

 

 むざむざと打ち捨てるような真似は、()()()()()()()()が許してくれなかった。

 

「んじゃあ、また水底まで戻して策を練り直すかね?」

 

「……いいえ、その必要はありません──今度こそ俺もイイところを、お見せしますよ」

 

 俺は不敵に笑いながら、ゲイル・オーラムへと告げるのだった。

 



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#197 清く正しく都市計画 X 

「今度こそ俺もイイところを、お見せしますよ。"折れぬ鋼の"を相手にした時は無様晒したんで」

 

 俺はそう言い切ってから、ギチギチと全身の筋肉を絞りながら"魔獣メキリヴナ"を見据える。

 

「お手並み拝見だネ」

「ぉおー! ぉぉおおおーーー!! なんかすごそうですー!」

 

 

 全身を沁み込ませるように極度集中し、俺は体内で流動する魔力を最大まで循環加速させていく。

 

「其は空にして冥、天にして烈。我その一端を享映(きょうえい)己道(きどう)を果たさん。魔道(まどう)(ことわり)、ここに()り」

 

 詠唱と共に完成させた"決戦流法(モード)・烈"。

 掛かり続ける魔力負荷によって、肉体と魔術と感覚が限界以上に研ぎ澄まされ続ける。

 

「くぅぅぅうおおおォォおおぁぁァアアあああッッ──!!」

 

 そして俺はパンッと両手を合わせ、祈るような仕草のまま……息の続く限りの雄叫びをあげた。

 

 準備が整ったところで空中から(ひるがえ)って反転し、一気に直上からメキリヴナへと急降下していく。

 

 

「空華夢想流・合戦礼法、極伝(・・)──」

 

 俺は増幅された音圧振動による多重衝撃波を、双掌をもって背部甲殻を通しつつ内部へと叩き込む。

 痛む両腕でもう一度パンッと手を叩き、空中を蹴って軌道を変えながら疾風(はやて)(ごと)く空を駆け抜けていく。

 そうしてウゾウゾと気持ち悪く(うごめ)いている魔獣メキリヴナの真下へと、一瞬の内に到達した。

 

「"(おん)(くう)ぅ……共振波(きょうしんは)"ァァアアア!!」

 

 俺は叫びながらもう一度双掌を上方へ浸透させる。

 それは逃げ場なき固有振動数による共振現象によって、肉体内部に"定在波"を巻き起こす。

 上下から重なった特定範囲を、分子結合から粉微塵に崩壊させる極術技。

 

 本来は両手で人体を挟み込むように、繊細に衝撃波を重ねるのだが、これほどの巨体であれば大味でも問題ない。

 甲殻を介して伝わった音圧振動と、内側から伝わった音圧振動とが、中枢にて幾重にも炸裂する音が聞こえる。

 

 それは撹拌(かくはん)を通り越して、さながら自壊していくかのように──魔獣メキリヴナの機能を停止させた。

 

 

「──っぷはぁ……ハァ……ふぅー」

 

 莫大(ばくだい)な音振を(まと)ったことでボロボロになった両腕は、まともに上がりそうもなかった。

 

(ま~たハルミアさんに(しか)られるな、こりゃ……)

 

 ただでさえ半自爆技を全力で2発も立て続けにぶち込んだのだから、当然の代償とも言える。

 さしあたって自己治癒魔術だけでどうにかできる状態は超えていた。

 

 しかしながらその威力は絶大。ポリ窒素(ニトロ)や非想剣やガンマレイともまた質の違う超火力技。

 

 

「ンッン~、やるねェベイリル」

「少しはオーラム殿(どの)に肩を並べられましたかね」

 

 俺は自慢げな笑みを浮かべながら、いつの間にか隣に降り立っていたゲイル・オーラムへそう言った。

 金糸で止められているおかげで、魔獣の巨体に潰されることはない。

 

()()()()()、背伸びで並べてたってトコかな」

「手厳しいなぁ……まっ解体はお願いします。()()()()()()

 

 確かな手応えはあったが、殺し切ったという感触はなく。それはオーラムにも見抜かれていた。

 リップサービスであることを自覚しつつも、まだまだ遠く及ばないことも再認識させられる。

 

 俺は生体自己制御(バイオフィードバック)で痛みを鈍化させながら、無事な両足でその場で立ち上がる。

 オーラムはそのまま甲殻を引き剥がすように、金糸を高速で手繰(たぐ)り始めた。

 

 

「……ところで、オーラム殿(どの)の若い頃──迷宮(ダンジョン)制覇した頃より俺って強いですかね?」

「どうだろうネ~。まっヤレること自体は、今のワタシよりも多いだろうからイイんじゃないか」

「まぁ"天眼"を含めて、今あるモノを伸ばしていく──確かにそれも一つの手ですが……このままだと頭打ちな予感もあるんですよね」

 

「なんだァベイリル、ぼくちんに人生相談でもするっ気ィ?」

「まぁまぁ、せっかくの機会なんでいいじゃないっすか」

「答えられるとは限らないけどネ」

「それでも全然構いません」

 

 己よりも高みにいる人間に吐き出してこそ、何かしら天啓(てんけい)を得られるかもという(あわ)い期待。

 

「……オーラム殿(どの)は"魔導"を覚えようと思ったことはないんですか?」

「必要としたことがそもそもナイからねェ」

 

 心の底から渇望し、それを強固に想像すること。それこそが魔術を超越した魔導の第一歩。

 しかしてゲイル・オーラムの半生において、それを欲するような状況がなかったのだろう。

 

 

「なんだいなんだい、魔導を覚えたいのかい?」

「一応は選択肢の一つとして、って感じですが考えています」

 

 強くなる方法論だけで言えば、いくつか考えられる。

 魔導を修得する──魔導具を使用する──科学魔術具による武装──科学兵器の応用──

 持ち得る魔術をとことん伸ばす──個人でなく連係に(ちから)を入れる──

 

「大体ィ……魔導のことなら、シールフに聞いたほうが早いでショ」

「いえいえ、別にオーラム殿(どの)から教わろうとは思っていません。ただ実例(データ)として知れればいいんです」

「まったくベイリルも言うようになったモンだ、最初は(おび)える仔犬のようだったモノを──」

「こんだけ付き合いが長くなれば、まぁ多少は……」

 

 大いなる(こころざし)で繋がる絆は、とても掛け替えのないものだと実感する。

 

 

「んっでぇ、ベイリルはワタシに話を聞くだけでいいのか」

「シールフにしてもそうですが、俺が目指すには毛色が違いすぎるんで」

「ンん~~~?」

 

 解体作業は継続しながらも、眉をひそめた半眼を向けてくるゲイル・オーラムに、俺は整然として述べる。

 

「持たざる者にとって、お二人の歩んだ道を続くことはできないんですよ」

「他人から見れば……キミも随分とイロイロ持っているように見えるがね? ベイリルゥ」

「俺の能力(ソレ)は"外付け"に過ぎません。そこらへんの詳細を語るのは──後日に譲りますが」

 

「あーカプランから聞いてるよん、()()()()()()()って」

「今のお二人なら、正面から受け止め、噛み砕いて咀嚼(そしゃく)し、(しん)に理解していただけると思うんで」

 

 俺が語った夢と野望は──既に妄想・妄言(もうげん)といった領域から飛び出している。

 地球という別世界の"現代知識"という未来の科学を、明確に信じさせられる段階にある。

 

 

「ンまっ、ワタシが知る限りでは魔導師の知り合いはいないしねぇ。過去の敵対者の中にいたとしても、わからんネ」

「なるほど……まったく参考にならないことが、実に参考になりました」

 

 ゲイル・オーラムという圧倒的強度を前にしては、いかに魔導師とて敵意を見せた時点で殺される。

 最低でも闘争を前提とした魔導師かつ、"筆頭魔剣士"テオドール並の練度があってようやく相手になるといったところだろう。

 

「ワタシも今さら魔導を修得できる気もしない。なにせ欲しいモノは既にある、これ以上望むことはないってことだヨ」

冥利(みょうり)に尽きる言葉ですね」

 

 

「いやはやー……やっぱり"円卓殺し"なだけありますねー」

 

 どこか心地良さもある会話に興じていると、テューレが舞い降りるように着地してくる。

 

「まぁな、俺もなかなかヤレるようになったもんだ」

「ベイリルさん、コレ記事にしてもー?」

「申し訳ないがNG(ダメ)だ。商会の名声として利用するからな」

「了解です、それじゃあそっち方向でやっときますー」

 

 テューレはピッと敬礼のように手を挙げて、解体の様子を記事に書いているようだった。

 俺も同じように解体されゆく魔獣メキリヴナを改めて眺める。

 

(とりあえずは嬉しい臨時収入だ)

 

 これほどの生物資源がもたらすであろう、各種発展と経済効果の恩恵は大きい。

 共振(ハウリング)による定在波の所為(せい)で多少なりと内部が破壊されてはいるだろうが、それでもなお──である。

 

 

「ところでベイリルゥ、都市計画のことだけどォ──」

「はいなんでしょう」

「首都の名前ってもう決めているのかネ?」

「決めています。ご希望があるなら、一応聞くだけ聞きますが?」

「いンやぁ~、単に気になっただけ」

 

「──ですか。俺もぼちぼち腕を治療しに戻らないといけないので、ついでに輸送部隊を手配しときます」

「あいよ~」

 

 ゲイル・オーラムは手を休めることなく、テキパキと()()めていく。

 手際(てぎわ)は良いが……それでも巨獣を適切に完全解体するには、何日かは釘付けになるだろう。

 空属魔術で空中へと飛び上がった俺は、言い残すようにオーラムのさきほどの疑問に答える。

 

「5つの主要都市に囲まれ、山を背景に海をのぞむ。森河に沿って丘陵に根付きしは──」

 

 帝国に見咎(みとが)められることのないよう、清く正しい都市計画を──美しく咲かせてみせよう。

 

「"央都(おうと)ゲアッセブルク"。ありとあらゆるテクノロジーの集積地にして、"文明回華"の発信地。"未知なる未来"を見る場所です」

 

 




幕間劇はおしまいです。

ブックマークや評価、感想をいただけると嬉しいです。
次から第四部。


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第三部 登場人物・用語

読む上で必要なことは、作中で説明しています。
この項は世界観の補完や、あのキャラ誰だっけ? というのを簡易に振り返る為のものです。
読まなくても問題ありませんので、飛ばして頂いても構わないです。
以前のモノと重複箇所があるかも知れません。

※先に読むとネタバレの可能性あり。適時更新予定。砕けた文章もあるのでご注意ください。

キャラは(おおむ)ね登場順に記載。


 

◆"空前"のベイリル

本作の主人公、帝国出身。黒灰銀の髪と碧眼のハーフエルフ。現代日本からの転生者。

飛行・機動力と隠密・火力を備えている。魔術レパートリーが多く、暗殺・白兵・砲撃いずれも概ねこなせる"修練せし才人"。

 

篭手に仕込んだグラップリングワイヤーブレードと、リボルバーによる二挺拳銃が主な武装。ただし使用頻度は低く、徒手空拳が多い。

基本的に冷静を(むね)とし熟考するようにしているが、いざとなると割かしテンション次第で前のめりに突っ込んでいく。

 

◆"見えざる(ちから)"のフラウ(・リーネ)

ベイリルの幼馴染、帝国出身。青みがかった銀髪に薄紫の瞳を持つ、ハーフヴァンパイアもといダンピール。

重力・引力・斥力を魔術として使い、一応飛行も可能。戦闘強度はベイリルと並んでべらぼうに高い。

元々は名字を持っていたが、両親が死んだ日より名乗るのはやめている。

両親を喪失したトラウマから、マイペースながらも自分の周囲の大切な人の為なら命を惜しまない。

 

◆"命の福音"のハルミア

魔領出身のダークエルフ。薄紫の髪色と小さい角が両こめかみから生える医療術士。

ベイリルに(なら)った自己生体制御(バイオフィードバック)をベイリル以上に使いこなし、こと生体とその治療に関しては非常に優秀な努力家。

魔術によって形成する執刀用の赤いレーザーメスを戦闘にも応用し、生物の呼吸や心理を読み取ったりと戦闘能力も低くはない。

慈悲深く愛情深いが医者としての側面も持っているので、峻厳(しゅんげん)現実主義(リアリスト)な部分も持ち合わせている。

 

◆"雷音"のキャシー

連邦東部の農村出身、赤い長髪の獅人族。帯電すると髪が逆立つ。

かなり珍しい雷属魔術の使い手で、雷爪・雷牙・雷獣・雷哮の四つで戦闘を展開する。

直情的で思考を放棄しがちなだけで頭が悪いというわけではなく、勘は良いし空気も読む。

フラウとは境遇が似通(にかよ)っていたのもあり、学園生時代からの付き合いでお互いに気の置けない遠慮なしな関係。

 

 

◆ヘッセン

皇国出身。カエジウス迷宮(ダンジョン)のあまりの難易度に挑戦を諦めた、数多き有象無象の冒険者の一人。

巨熊に襲われ全滅したパーティで、間一髪でベイリルに助けられて生き残った男。実力も経験もそれなり。

 

◆"微動せぬ天秤"ニア・ディミウム

共和国出身。暗い金髪の人族。ディミウム商会をNo.1にする夢を持つ秀才。

カエジウス特区のワーム街の商業権に当選し、自分の店を出してノウハウを積んでいた。

ベイリルらの依頼を受けたおかげで、カエジウスに睨まれたりと面倒な立場に晒される。

その後はインメル領会戦で、後方の兵站の一部を担っていた。本業そっちのけで輸送・管理の実地経験ばかりが積み上がっていく。

自らの家を大商家としてのし上げたいが、度重なる経験を積まされて頭角を現すと同時に、ずるずるとシップスクラーク財団に取り込まれている。

 

◆"白き流星の剣虎"バルゥ

騎獣の民出身の虎人族。大柄で洗練された筋骨を持つ、絆の戦士。

王国軍との衝突の際に、相棒獣を失いながらも奮戦して死体の山を積み上げる。

その強さを買われて王国の闘技奴隷として破竹の活躍、そこから無敗のまま解放された。その後は世界を巡る旅に出る。

ひたすらに孤高を貫いていたが、ワーム迷宮でベイリルらとパーティを共にし、絆を思い出して新たに生きる道を見出す。

 

◆ヘルムート

元インメル辺境伯。不幸が重なって領地を失いかけていたが、シップスクラーク商会に利用されると同時に救済される。

領民の為にその身を犠牲にして汚名を被り、現在は自由騎士団に所属している。

 

◆"無二たる"カエジウス

五英傑と呼ばれる一人。単一個人で帝国に特区を持ち、そこでワームの半死生体を利用したダンジョンを自作している。

踏破した者の願いを三つだけ、可能な限りで叶える。自分の価値基準を至上とし、ルールに従わない者は奴隷にして働かせる。

大昔にワームをぶっ殺したので、現在も五英傑に数えられる。人族ではあるが、数百年を生きるらしい長寿。

 

◆黄龍

"七色竜"と呼ばれる、最古創世神話の時代より生きる竜族の内の一柱であり人語を解し人語を喋ることができる。

雷を(つかさど)り、本来の気性はかなり荒い。地上でも最強クラスの強度を持っている。

狭いエリアで不意討ちをかました上で勝てただけで、本来ならば上空から圧倒的な雷撃の雨あられ。

全力は未知数。長生きすぎて昔の記憶は大半は忘却の彼方。

 

◆"風聞一過"テューレ

ツバメの鳥人族。群青色の髪を二つ結びにしたシップスクラーク商会の情報員。

空属魔術の力量も高く、風を自在に使いこなす。特に翼も併用した飛行・旋回・巡航能力が非常に高い。

料理道を歩むことにしたクロアーネの代わりとして、情報部の多くを受け継いでいる。

 

◆アッシュ

ダンジョン制覇特典の報酬で貰った死卵を、トロル細胞と4人の連係蘇生によって孵化した灰竜。

カエジウス(いわ)く、"七色竜"である黒竜と白竜の(あいだ)に産まれたのを奪ってきたらしい。

触れたモノを風化させ灰にする吐息(ブレス)を吐く。

 

 

◆"素銅"のカプラン

三巨頭の一人。共和国出身の人族。くすんだ茶髪のパッと見は冴えないおじさま。

シールフとは別口で、技術として相手の心理を読むことに長けた商会における渉外官(しょうがいかん)

他にも商会内における多種多様な実務・雑務もこなしていて、記憶力もずば抜けている。

ボードゲームも好きで、インメル領会戦を経て戦略・戦術にも興味を持つ。

 

◆"静謐(せいひつ)の狩人"クロアーネ

王国出身の茶髪の犬耳な元メイド。料理に生きる人生であり、栄養学などにも詳しい。

元情報部の統括・管理も(おこな)っていて、現在はほとんどをテューレに任せてある。

かつては汚い仕事をやる部隊に所属していて、潜入や情報収集を得意としている。

 

◆"黄金"ゲイル・オーラム

三巨頭の一人の金髪七三分けなおっさんで、金糸を自在に武器にする商会最強の暴力装置でもある"天与の越人"。

ムラッけが強く、ワガママな部分があるが、身内に対しては面倒臭がっていても割と人がいいおっさん。

元はマフィア組織の長であり、裏事情や仕事に詳しく人脈も多く持っている。

商会における表も裏も事実上の顔役であり、ゲイルと元組織があったらこそ商会は短期間で大きくなった。

 

◆プラタ・インメル

三代神王ディアマを信仰する"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の実験体だった生贄の少女。後遺症で魔術が使えない。

ゲイルとシールフとカプランら三巨頭の手によって育てられ、あらゆる環境から学びを得て現在は生徒会長目指して、ケイやカッファと学園生をやっている。

師匠が凄いので、弟子も自然と凄くなる。元々実験体として諸々リセットが掛かっていたのか、なんにでも楽しみを見出し、好奇心も強く人懐っこく、吸収率が半端ない。

本来は戸籍が存在しなかったものの、インメル領主の落とし子として姓を得たとで、正式にすげ変わっている。

 

◆エルメル・アルトマー

共和国でアルトマー商会を手掛けるやり手の大商人。

かつてゲイル・オーラム、オラーフ・ノイエンドルフ、ファウスティナ、ガスパールの支援をし、制覇特典によるカエジウス特区の永久商業権を得た。

インメル領会戦では、自由騎士団との渡りをつけて依頼料もすべて支払い、オーラムへの借りを解消した。

様々な人脈(コネ)を持っていて、情報収集なども独自の機構を持ち重要視している。

 

◆"運び屋"

死すら運び届けるという風聞の、薄布で顔を隠した女性。

エルメル・アルトマーを商会の会議場所まで往復運搬していた、何もかも素性わからぬ謎の人。

 

 

◆"荒れ果てる黒熊"バリス

騎獣民族の長たる熊人族。大柄で筋骨隆々、黒い髪と髭を生やす豪快な男。

野蛮ではあるが計算高く、狩猟と勝利が好きで、本当に無謀な戦闘であれば突貫しない。

かつてバルゥとは共に育った仲であり、今もなお時を越えた友情をお互いに持っている。

バルゥ同様、完全な"獣身変化"もできるが、騎獣できなくなるので半身半獣に留めるのを好む。

 

◆ポーラ

バリスの娘の一人で、長槍を操る猫人族。バルゥとベイリルらに最初に応対し叩き伏せられた。

努力は欠かしたことがないものの、超人級と比べるて才能の無さに劣等感を抱いている。

インメル領会戦後はバリスら大陸縦断組についていくことなく、戦災復興の為に残ることにした。

 

◆"嵐の踊り子"ソディア・ナトゥール

ワーム海賊を率いる、年若き乙女。戦略・戦術眼に秀でていて、理屈も重んじる。

祖父母の代から、母と叔父の時代より付き添ってくれている海賊達を手足に、ワーム海における海戦では無敵を誇る。

ワーム海限定だが嵐を引き起こして、海模様を計算した上で戦術に組み込むことすら可能。

現状からの脱却を望んでいて、"文明回華"の同道者として適した性格をしている。

 

◆"燻銀"シールフ・アルグロス

三巨頭の一人で王国出身、神族大隔世により先祖返りした人族。"読心の魔導"を使う独身。年齢は秘密。

記憶のエキスパートであり、そこから(つら)なる魔導に、他の魔術も割と自由に使える。

なんなら他人から読み取った魔術も使いこなす。ベイリルの記憶から、地球とその知識を共有する最大の理解者。

長年生きていて戦争は好まないが、必要とあらば我慢して戦うくらいはする。

 

◆リーベ・セイラー

フリーマギエンスの偉大なる師(グランドマスター)にして、シップスクラーク商会の総帥。

架空の人物であり、表向き存在するお飾りの神輿(みこし)。"予知の魔導師"であると、まことしやかに宣伝されている。

商会の知識と運営をよくよく知り、音圧操作で声を変えられるベイリルが振る舞うことが多い。

 

◆"剛壮剣"フランツ・ベルクマン

元帝国陸軍の中将で、自由騎士団の序列三位の老人。

インメル領会戦では相対的に寡兵(かへい)でありながら、完璧な戦争をこなして被害を抑えた。

 

◆"筆頭魔剣士"テオドール

王国は円卓の魔術士の第二席。"モンド流魔剣術"の使い手で、魔力の力場を(まと)い魔鋼剣にて戦う。

門弟が30人いたが全員をケイ・ボルドに斬殺され、本人もベイリルと交戦の末に灰と散った。

 

◆"双術士"

王国は円卓の魔術士の第十席、双子を活かして同じ色の魔力を親和させる"双成魔術"を使う。

片方が死んでからは"二重詠唱"を使った。かたや心臓を貫かれ、かたや宇宙へ追放された。

 

◆"岩徹"のゴダール

帝国インメル領侵攻遠征軍の総大将。守戦を得意とする地属魔術士。

岩鎧を(まと)い、地中移動もできる。巨岩要塞や巨岩ゴーレムという切り札も持つ。

実直な軍人然とした軍人であり、部下からの信頼も非常に厚い。インメル領会戦では生存。

 

◆"火葬士"

王国の魔術士隊隊長。王国フォルス公爵家の傍流の血であり、二つ名の通り火属を得意とする。

恵まれた人生であったが、戦争の悦楽と狂気に魅入られた歴戦の魔術士。インメル領会戦では生存。

 

◆魔術騎士隊"大隊長"

帝国インメル領侵攻遠征軍の魔術騎士隊の大隊長。

魔術騎士隊は、"双成魔術"を参考にした似て非なる"共鳴魔術"を使う部隊。

シールフと交戦し、記憶のオーバーフローによって安らかに逝った。

 

◆"王立魔法研究員"フェルナン

帝国インメル領侵攻遠征軍、実験魔術具隊を率いていた。王立魔法研究所員であり、そこそこに歪んだ性格をしている。

実地試験も大切にするタイプだったが、相手が悪かった。キャシーと交戦し、超電流を浴びて蒸発。

 

◆ベルナール卿

帝国と王国の国境をまたいでインメル領のお隣の土地。そこの領主。

インメル領会戦にも参加していたが、本編では直接にはまだ未登場。

 

 

◆"揺るぎなき灯火"リン・フォルス

王国公爵家出身の三女で人族。明るめのオレンジ色のショートボブ。

お嬢様として育てられたハズなのに、何かと自由人な気質。一族固有の四つの火属魔術を使いこなす。

聡明な大姉と、芸術肌の小姉がいる。インメル領会戦では家柄を利用して様々な渡りをつけたり、情報操作を(おこな)った。

 

◆ケイ・ボルド

連邦東部の都市国家長の娘、深い青色の髪を持つ人族で"天与の越人"。親の教育方針で田舎で幼少期を過ごした。

引っ込み思案な面もあるが感情的で、思い込みが激しい。都会も田舎も両方好き。

魔鋼剣を二刀流にて扱う。刃が届く範囲では無類の強度を誇り、テオドールの門弟部隊を一蹴した。

 

◆カッファ

連邦東部の田舎出身、人族。ケイとは幼馴染で何かあったら止める役を自称している。

後先考えない、良い意味でお馬鹿でさっぱりな性格をしている。

ケイの相手をするのはもっぱらカッファなので、相応の実力を備えている。

 

 

◆"折れぬ鋼の"

五英傑と呼ばれる1人。番外聖騎士という立場にあり、己の絶対的信条に従って悲劇に立ち向かう"規格外の頂人"。

国家や軍団だろうが構わず相手にし、一方的な戦争にも介入してくるある意味で非常に厄介で面倒な存在。

人助けを重ね続けた結果、五英傑に数えられ(たた)えられている。五英傑の中では真に英雄と呼べる善性を持つ。

 

◆"戦帝"バルドゥル・レーヴェンタール

最強の軍事力を持つ帝国の頂点、戦争狂の帝王。黒髪長髪で、大剣と大爪篭手を武器とする。

定向進化の集大成とも言える戦闘強度を持ち、非常に珍しい爆発魔術を白兵戦でも使いこなせる。

自分自身が伝家の宝刀にして王冠でもあるので、自軍にとっても敵軍にとっても恐ろしく性質(タチ)が悪い。

 

◆シュルツ

帝国軍の若き上級大将。戦帝バルドゥルの補佐を務めていた人族。

本人も帝国軍人らしい気質を持っているが、ちゃんと場をわきまえるだけの理性も備えている。

 

◆ヴァルター・レーヴェンタール

帝王の血族で第八子の四男。傲岸不遜(ごうがんふそん)な性格。近衛騎士が男女二人ついている。

 

◆ヘレナ

ヴァルターの近衛騎士。由緒ある家の出であり幼い頃から付き従っている。

 

 

◆スィリクス

学園生時代の生徒会長の神族とエルフ種のハーフであるハイエルフ。

およそ人型の種族としては最高峰であり、本人も基本的には優秀。ただなにかと不遇。

副会長であったルテシアに見捨てられ、ベイリルの口車に乗せられてモーガニト領主代行となる。

 

◆アレクシス・レーヴェンタール

帝王の血族で第三子の次男。帝国東部総督の補佐を務める。近衛騎士は未登場。

性格は居丈高で権威主義的な側面が強く、差別が少ない帝国でも差別意識が強いタイプ。

 

◆モライヴ

帝王の血族で第七子の三男、本名はモーリッツ・レーヴェンタール。近衛騎士は不明。

学園生時代では戦技部兵術科で、ジェーンとリンとキャシーと共に学んでいた。

特に戦術面において才能を発揮し、遠征戦でも手腕を振るっていた常識人枠。

他よりも早めに卒業し、以後は商会とも連絡をほとんど取っていなかった。真意は本人しか知らない。

 

◆フリーダ・ユーバシャール

帝国東部総督、人族の婆さん。老いも若きも帝国に心血を注いできた、海千山千の人。

現場から退いてそれなりに長いが、若い者には負けない。実務経験も豊富で中央からの信頼も厚い。

 

 

◆"結唱氷姫"ジェーン

はじまりの四人の一人。そこそこ珍しい氷属魔術の使い手で、歌唱が得意で大好き。

かつての境遇から皇国で孤児を囲っていった結果、"結唱会"という形となって新たな人生の目標に生きている。

 

◆ウルバノ

皇国の聖騎士、名前だけ登場。長年連れ添った妻と、子と孫にも恵まれている人格者。

あまりに過酷な環境にある孤児を救うセーフティーネットが、自身のライフワーク。

 

◆"(みやび)やかたる"ナイアブ

学園時代のフリーマギエンス創立メンバーの一人。男女両方の感性を持つ中性的な魔族の男で両刀使い(バイセクシャル)

あらゆる芸術に通じるが特に絵画方面を得意としていて、現在はサイジック領都のデザインを(おこな)う。

 

◆アマーリ

名前だけ登場、二児の母。曽祖父が帝国法務官の最高位にあったことから、幼少期から教育を受け、自らも法書の編纂(へんさん)を趣味とする。

家そのものは没落していて、愛する家族と日々を平穏幸せに暮らしているが、子供の将来を考えると先立つモノが必要。

 

◆エウロ

名前だけ登場、連邦西部の豪商の五男で経済や財務に強い。学園生であったが、当時は陰が薄くモブだった。

フリーマギエンスからシップスクラーク商会へと就職し、経験を積んだことで才能開花したところをカプランに目をつけられた。

 

 

----

 

 

◆ワーム

地上および地中のみならず空中にまで全長を伸ばせる極大災厄。超長期間を掛けて際限なく成長し続ける。

大昔に山脈を喰らい、大陸の一部を掘り進んで海のような巨大湖を作った正真正銘の化物。

ある時期に"無二たる"カエジウスに討伐されて迷宮(ダンジョン)に改築された。

アバンである第0話でも登場、実際のところは星を喰らう外来宇宙生物。

 

◆七色竜

創世神話における神族と竜族の大戦争から、現代まで生存し続けている原種ドラゴン。

赤竜、青竜、黄竜、緑竜、紫竜、白竜、黒竜の7柱が存在する。竜教団にも色で派閥が分かれていたりする。

例外なく翼によって飛行し、無尽蔵の災害をもたらすことが可能な最強種の一角(いっかく)

 

◆魔獣メキリヴナ

ワーム海の水底(みなぞこ)(ひそ)んでいた悪夢。異形のヤドカリみたいな見た目。

数十年に一度ほど揚陸しては被害をもたらす災害。後々の危険を考慮されゲイルとベイリルの手により無事討伐され、生物資源となる。

 

 

■二つ名

名は体を表す、二つ名・異名・あだ名はその人物の気質そのものをよくよく指し示すもの。

世界中で慣習として色濃く残っている文化であり、自称・他称問わず利用される。

特に根なし草のような連中にとっては、二つ名を持って初めて一人前である。

 

■姓 / 名字

何がしかを統括・運営などをするだけの立場や職責を得た者が、国家その他所属に対して名字を登録し管理される。

名付ける際におけるの規定については、どの国でもおおむね自由である。基本的にミドルネームはない。

 

貴族の立場から一平民に身をやつしても、登録を解除されなければ名乗っていても構わない国もある。

公文書類や公式の場などでは、しっかりと明記したり名乗らないと罰則が生じるケースがある。

 

■伝家の宝刀

商会内では鬼札(ジョーカー)など呼び方は様々あるが、他を圧倒して秀でた戦力を有する個人や小集団のことを呼ぶ。

その戦闘強度はまさに戦術級であり、たった一人で戦局を(くつがえ)しうるだけの武力を持っている。

そういった人材の喪失は国家の軍事力にも直接的に関わるので、お互いに抑止力として温存しておくのが戦時慣習であり暗黙の了解。

 

 

■騎獣民族

大陸中にいくつか拠点を持ちながら放浪し、獣と共に在る遊牧民族。

その気性の荒さと戦闘強度と何より機動力から、地上最強の陸軍とも噂される。

独自の文化を持っていて、その中に教育制度もあるので知的水準も実はかなり高い。

世界を駆け巡っているのでそれなりに情報通でもあり、普通は戦争に利用できるような集団ではない。

 

■ワーム海賊

ワームが大地を掘り食って作った湖、実際には海のようなワーム海で海賊業を営む者達。

浮遊石を含んだ浮島(うきしま)を拠点にしていて、海模様も荒れるので国家所属の海軍でも持て余している。

ソディア率いるナトゥール海賊団だけでなく、他にも大小様々な海賊陣営が存在する。

インメル領会戦の報酬で、帝国領海における私掠船免状を正式に頂戴した。

 

■自由騎士団

共和国に拠点を置く傭兵集団。他国のワケ有りなどが多くいるので、人脈や情報にも優れている。

そうした性質上、騎士団内には鉄の規律が存在し、それを破れば厳罰かあるいは極刑もありえる。

競争の為に序列が存在していて、試合や貢献度などで定期的に上下する。

 

■円卓の魔術士

王国が(かか)える様々な権益(けんえき)享受(きょうじゅ)する13席の魔術士達。

席次については特に関係なく、単に入れ替わった時のままであり上下関係は存在しない。

特別な貴族位でもあるので、自身が支配・統治する街を持っている者もいる。

 

各種特権の代償として軍役(ぐんえき)他多数があるが、基本的には伝家の宝刀なので出張ることは滅多にない。

インメル領会戦にて2席と10席が新たに空席となった。

 

■魔術騎士

国王と王都が(かか)える戦闘用魔術に特化した騎士集団。

統一された戦闘教練によって、同じイメージを持たせて発動する共鳴魔術が使える。

インメル領会戦にて隊長他多くの死傷者を出した。

 

■五英傑

単一個人でありながら国家すら手を出せない、天頂に位置する英雄。

人類史でも圧倒的な戦果を挙げた当代の者が、自然と呼ばれるようになる。

ベイリルが現在出会っているのは"無二たる"カエジウスと、"折れぬ鋼の"。

 

■帝王の血族

帝国は実力主義を()としており、それには王位すらも含まれる。

しかしながら初代帝王から連綿と続く一族は、1度として玉座と冠を奪わせることはなかった。

それは定向進化と配合血統(ハイブリッド)とエリート教育によって、一族が例外なく優秀ということに起因する。

また帝王とならずとも、一族の多くが帝国の要職で実力を発揮するのでより盤石になるスパイラルを生んでいる。

 

■近衛騎士

帝王の一族にそれぞれ専属に配されるのが近衛騎士。多くは幼少期から付き従う。

例外なく優秀であり、しっかりとした出自や経歴を必要とする。また職務上武力以外にも補佐をする者も数多くいる。

 

■黒騎士

帝都を中心として特別執行権を持つ、集団戦闘に()けた少数精鋭の騎士団。こちらは素行(そこう)は問うが出自は問わない。

フットワークが軽く、軍事行動のみならず災害指定生物の討伐や、犯罪者の征討なども(おこな)う。

統一された黒色は敵への威圧と、味方との連係の為であり、近衛騎士ともまた立ち位置の違う騎士。

 

■特装騎士

帝国工房が有する特殊な騎士で、帝国の様々な兵器運用を(おこな)う専門性が強い騎士集団。

 

■竜騎士

世界最強の空軍と名高い、飛竜とそれを駆る騎士によって構成された集団。

唯一人類と交流を持つ"赤竜"を頂点に、その眷属(けんぞく)である火竜と共に相棒として任務をこなす。

神王湖に面する世界第二位の山とその周辺を"赤竜特区"ないし"竜騎士特区"とし、縄張りにして住処にしている。

 

 

■双成魔術 / 共鳴魔術

円卓10席である"双術士"が使う独自の魔術、同じ環境で育った才能ある双子だから為せる術法。

同質の魔力と同イメージを魔術を掛け合わせることで、何倍にも威力と精度を引き出すことができる。

 

魔術騎士"共鳴魔術"はその劣化模倣(コピー)となり、同じように鍛錬することで統一した魔術を足し算で使うもの。

ただしバラバラに魔術を使うよりは、一定水準で運用できるので軍事行動においては有用。

 

■魔術力場

魔力それ自体を力場として直接的に(まと)う技術で、無属魔術とも呼ばれる。

範囲や密度も自在なので、極めていけば大概の攻撃は理論上防げるし、様々な装甲をぶち抜ける。

ただし魔力を純粋にエネルギーとして扱うので、比して魔力を湯水のように消費していく。

放射することも可能だが、威力を確保しにくくコスパはさらに悪い。

 

■魔鋼

魔力をよく(とお)し、また(かよ)わせることで硬度を増す特殊な金属。

(おも)に鉄が利用され、特定の比率で魔力を混ぜ込んで均一化させると出来上がる。

純度や比率の差で性能も大きく変化し、同時に成形もしなくてはならないので作成難度は高い。

 

専門の職人も数少なく存在し、元の材料費は安いが技術が貴重なので、市場に出回ると高値になる。

微量ながら魔力を貯留し、品質が高いほど多くの化学変化を拒絶するので、メンテナンスが少なく済む利点を持つ。

 

■科学魔術具

魔術を道具として扱えるようにした魔術具に、科学的理論と設計を加えて実用化した物。

潜在的にいくつか存在してはいるが、基本的にはシップスクラーク商会で製造された物を呼んでいる。

商会製のカノン砲などもこれに該当する。

 

■誓約

地球でいうところの結婚に(るい)する、愛し合う男女で交わす儀式。

関する法律や形式は国家や文化・風俗によって様々で、中には契約魔術具を使う場合もある。

 

■浮遊石

ワーム由来の物質。単極磁石(モノポール)の性質により、惑星核の磁場との相互作用で浮遊する。

その正体はワームの排泄物の一部で、宇宙に存在する未知の重元素をワームは体内で生成することができた。

超高圧・超高密・超高温で爆縮することで核分裂反応を引き起こすことに気付き、ベイリルがγ線(ガンマレイ)として使用する。

 

主にワーム内部やカエジウス特区の土地の一部や、ワーム海にも海賊達が住んでいる島に含有される形で存在している。

ワームの行動範囲が広かったゆえにそれなりの量が存在しているが、精錬難度が高く一般人は既に浮いている物を利用する程度。

 

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▲帝国における特区

大陸で最も版図(はんと)を広げるディーツァ帝国が、円滑な統治の為に()いている制度。

特区は種族差や文化など、どうしても生じてしまう生活環境や感情の(へだ)たりの為に、土地ごと切り分けて住まわせている。

それらは単に()み分けるだけでなく、税制を優遇する代わりに各種人材の供出などを同時に(おこな)う。

 

獣人特区、亜人特区、魔族特区、赤竜特区、工廠(こうしょう)特区など数多く存在し、内容もそれぞれ(こと)なる。

五英傑の1人である"カエジウス特区"だけは例外であり、無税かつ帝国から要求も一切しない。

ただ五英傑という存在がいるだけで、外交および被侵攻に際して有利に働く為である。

問題は帝国側から干渉することもできないので、事実上の空白地帯でもある。

 

新たに"サイジック領"と"モーガニト領"も特区として指定された。

 

▲帝国総督府

総督府は帝都の中央政府とは別に、東西南北に分けてそれぞれ統括する為に設けられた制度。

任ぜられた総督を中心として、強固な中央集権体制を実現しつつ地方自治も兼ねている。

帝国法に基づいた独自の裁量権を持っていて、各総督は実務上では宰相より下だが、実質的には帝王に次ぐ権力と武力を持っている。

 

 

▲サイジック領

疫病と魔薬と戦災によって疲弊した旧インメル領を、シップスクラーク商会が新たに名称変更してもらった土地。

表向きは復興に際して負のイメージを脱却する意味合いという建前だが、本来の思惑は後の独立・建国の為の土地。

央都ゲアッセブルク(予定)を中心に、インメル市、ルクソン市、タキオン市、ブラディオ市、ディラート市と役割を持った大きな都市がある。

 

▲モーガニト領

円卓の魔術士を打倒したベイリルが、同じくフラウの報酬も含めて下賜(かし)された土地。

元々住んでいた亜人特区の故郷を含む、帝国直轄であった領地からの割譲(かつじょう)となり、爵位は伯爵。

 

 



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第四部 未来を変えゆく偉人賢人 1章「故郷と再会」
#198 郷里に咲く花 I


 亜人特区割譲(かつじょう)、"モーガニト領"──帝国首都からは遠く、内陸に位置する自然豊かな我が領土。

 北の領境(りょうざかい)をまたげばカエジウス特区、さらに北東方面にはサイジック領が広がっている。

 

 かつて住んでいた"旧アイヘルの街"に立った俺は、肺いっぱいの空気と共に感情を吐き出す。

 

「っふぅ~……」

 

 故郷への凱旋と言えば聞こえはいいが、実際には帰るべき場所は既に無い。

 今となっては自領の一部ともなった地だが、迎えてくれる人も当然いない。

 

(大まかな情報は"シップスクラーク財団(・・)"で調べてもらっていたが……)

 

 炎と血の惨劇の(のち)、復興などは無いまま放置されていたということ。

 事件の詳細についても……既に調査しても無駄な状況となっていたのは、実際にこの目で見てありありとわかった。

 

(まっ荒廃しているよかマシ、か)

 

 たとえば森林浴をするなら……とても素晴らしい場所である、と言えるだろう。

 元々自然と同居し、気候も温暖で、数多くの雑多な亜人種にとって住みやすい小さな街であった。

 

 ただただ今は、人が住む場所ですらなくなっていて。自然そのものが住まう土地となっている。

 なにせ10年以上も手つかずであれば、さもありなんいったところだろう。

 

 

(手がかりがないのは残念なものの──)

 

 惨劇の爪痕(つめあと)がないのは、結果的に良かったかも知れない。

 そんなことを思いながら、俺は近くに(たたず)む幼馴染へと声を掛ける。

 

「フラウ、大丈夫か?」

「んー……だいじょぶだいじょぶ」

 

 同じ時間をこの地で過ごした彼女はそう言うも、正常な状態でないのは明らかであった。

 少なくとも強化感覚を持つ俺や、医療術士のハルミアや、勘の良いキャシーを(あざむ)けるほど顔色を隠せていない。

 

「無理はしなくていいんですよ、フラウちゃん」

「あーもう、そんなこと言われると甘えたくなっちゃうよ~」

 

 ハルミアはフラウへと体を寄せると、なだめるように頭を包み込んであげていた。

 灰竜アッシュもいつもと違う様子を察してか、フラウの腕の中で()かれながら心配した反応を見せる。

 

 

「なぁよベイリル、本当にここで合ってんのか?」

 

 キャシーはペースは崩さないものの、フラウをからかったりするようなことはなく……。

 

「地理的にはそうだ、俺の記憶ともわずかに符号する」

 

 シールフの読心の魔導によって、改めて幼少期の記憶はかなり鮮明に思い出しておいた。

 それでも原型もほとんど残っていない廃墟に、当時の立地をパズルのようにはめ込んでかろうじてと言ったところ。

 

(廃墟は妙な寂寞(せきばく)感と浪漫(ロマン)()き立てるものだが……)

 

 草木に(おお)われてはいるものの、よくよく見れば……建造物の名残はちらほら散見された。

 しかしそれが実際に住んでいた土地で、しかも惨劇を実体験して喪失に至ったという経緯がある。

 ともなれば……この心境を的確に表現するだけの(こと)()を、俺は持っていなかった。

 

 

 フラウの顔色を見ながら歩調は特に乱れなく、かつては"広場"だった場所へと辿り着いた。

 ──そしてその光景に全員が……一斉に、一様に、ただただ息を呑むしかなかった。

 

(これ、は──)

 

 地面にも木々にも多種多様な花が咲き乱れ、合間からは暖かな陽光が差し込んだ色彩と(かげ)のコントラスト。

 周囲の廃墟はちょうど良い苗床(なえどこ)となり、綺麗で、華麗で、壮麗な……自然との調和が実現している。

 人の手から離れたからこそ、人の手では創りえぬ恩寵(おんちょう)になりえたとでも言おうか。

 

(異世界とはまた違った意味での別世界だな──)

 

 例えるならば、ある種の天国(ヘヴン)楽園(エデン)のような風景にも見えてくる。

 植生豊かに実り、それらが美事に共存し、夢のような現実を(かたど)っていると言えよう。

 

「すっげーな……前からこんな感じ、なわけないよな?」

 

 そう感動と疑問を漏らしたキャシーに、俺は(うなず)きながら答える。

 

「あぁもちろん。以前の景色は見る影もないくらいだが──素晴らしい」

 

 ほんの十数年前に、炎と血によって真っ赤に染まった惨劇があった──などと一体誰が思えようか。

 あるいはその時の死者や建築物の灰によって、こうした自然を形成したのかと思うと……。

 

(なかなか皮肉が効いているとさえ言えるな)

 

 俺はちらりとフラウへ視線を移すと、彼女もその美しさには心的外傷(トラウマ)も忘れて感嘆しかないようであった。

 その薄紫色の瞳に映る花々は……フラウにとっても、違う意味で忘れられない思い出になってくれると願いたい。

 

 

「ふぅ~む……」

 

 俺はしゃがみ込んで、強化嗅覚いっぱいに思い切り芳香を吸いこんだ。

 

 瞬時に処理しきれないほどの匂い分子が、またたく()に脳髄を駆け巡る。

 しかしそれでもごちゃ混ぜになったような不快感はなく、天然のアロマテラピーのように成立している。

 ゆったりと(いざな)われるように沈着していく心地は、筆舌に尽くしがたい。

 

 俺はゆっくりと立ち上がって、幼馴染へ声を掛ける。

 

「フラウ──」

「んっ心配あんがと。なんてーか……今はすごく落ち着けてる」

 

 色とりどりの見目(みめ)。深く浸透する香り。わずかな風に揺れる音。肌を撫でる暖かな日差し。

 世界はこんなにも奇跡に溢れているのかと思わされる。

 

「踏み荒らすには惜しいし、踏み荒らされるのも面白くないな」

 

「そだね~。なんてーんだろ……聖域(サンクテュアリ)、みたいな?」

「あぁ、かつての思い出は薄れているが──それでも想うべき地だ」

 

 

 "自然遺産"と豪語するには……さすがに過言だろうか。

 しかしてこの土地は、非常に価値のある場所になったことは疑いない。

 

「決めた、ここは"国立公園"にしよう」

「なんだそりゃ……?」

 

 首をかしげて疑問符を浮かべたキャシーと、フラウやハルミアにも俺は説明する。

 

「いわゆる観光資源だ。心ない人間や魔物に滅茶苦茶にされる前に、領内事業の一つとして保全しておく」

「なるほど……この区画はそのままで、周辺の産業を活性化させるわけですねぇ」

「ズバリそれです、ハルミアさん」

 

 介入は最小限にし、この自然と共存していく。それらは観光地として、各種発展に寄与することになる。

 

 

「あと生物資源なんかも収集できるようになる」

「それは……とっても魅力的です」

 

 手つかずのジャングルは科学を産出する。

 たとえば地球でもアマゾン川を中心とした熱帯雨林には、膨大な数の生物資源と植物資源が存在している。

 テクノロジーの発展において、自然が紡ぐ遺伝子群は無限とも言える可能性を秘めているのだ。

 

 当然ながら保全を第一とする以上、生態・植生バランスを崩さないよう最大限に配慮する必要はある。

 それでも投資に対し、補って余りある恩恵を科学に資することだろう。

 

(さらにアピール(りょく)向上、いいね!)

 

 ただ自然保護をするだけでなくココを中心として、他にも焼かれた周辺一帯をまとめて観光できるようにする。

 管理体制や整備には時間掛かるだろうが、地道にやったことは(のち)の未来の(いしずえ)となる。

 たとえ中途で失敗しても、そのノウハウは今後の(かて)となってくれることだろう。

 

 (スィリクスに、早めに仔細(しさい)をまとめて伝えねば)

 

 必要ならばシップスクラーク商会あらため"財団"から援助をもらえるよう、諸々の都合や手配もつけておく。

 

 

(他の土地も、割と資源が豊富かも知れないな……早急(さっきゅう)に領内全土調べさせるべきか)

 

 モーガニト領は"亜人特区"から割譲された領地であるがゆえに、他の土地よりも帝国色は薄い。

 それは文明があまり発展していないことであるが、だからこそ得られるものがある。

 

(テクノロジーが発展しないと価値を見出せないような、戦略資源類は当然として──)

 

 現世界文明レベルの相対価値においても、貴重と判断できる資源はあったであろう。

 しかし環境破壊上等な資源の回収は、住民であった亜人の反発を招いたはず。

 

(なぜならばそうした行為は、生活環境そのものを奪うことに他ならなくなってしまう──)

 

 事件の後に亜人種が目減りし、直轄領になっていても亜人特区であることには変わりなかった。

 仮に帝国が資源の存在を認知していても、強硬策などに打って出ることは難しかったに違いない。

 

(ただし……今は亜人種特権としての存在価値というものは、かなり薄まってきている)

 

 正式にモーガニト領として登録された以上は、帝国側が手付かずだった資源の供出を求めてくる可能性もある。

 であれば早めにこっちで、秘密裏に探索および回収をしておきたいところ。

 

 

 俺はあれやこれやと、風景もそっちのけで考えを深めていく。

 

「いや……う~ん──でも、あー──」

「うっせえぞ、ベイリル」

 

 現況で財団が割けるリソースは、戦災・伝染病・魔薬のトリプルパンチを喰らっているサイジック領が最優先。

 となるとカエジウス特区の採掘権行使や、モーガニト領のあれこれは後回しにせざるを得ない。

 

(財団の人的資源は回せないが、経済的資産はある。ならばこっちはこっちで独立・並行していく、か?)

 

 賠償金のいくらかをこっちに回してもらい、拡充していく方針のほうが良いのかも知れない。

 

()せば()る、為さねば成らぬ何事も──」

 

 スィリクスには負担を掛けるだろうが……まぁいい、面倒事は全部任せることにしよう。

 "文明回華"など俺だけではできない、だからこそ人を集めたのだ。

 適材適所。俺は俺にやれることをするし、自分で不可能なことは他人に丸投げする。

 それを積み重ねることで、みんなで無理を通して道理を蹴っ飛ばす。

 

 

「なぁフラウ……"アイヘル"の街の名前、残してもいいか?」

 

 過去は消え去ったが、違う形でこうして存在している。

 だからせめてその名残くらいは──後世にも伝えていきたかった。

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 この風景が彼女を癒してくれたのだろうか、それは確かな言葉だった。

 

「よし、今後ここは"アイヘル国立公園"としていく」

 

 モーガニト領主としての最初の事業。それは今後必ず有意義なものになると信じて──

 



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#199 郷里に咲く花 II

 6つの柱が並べられた紋章が掲げられた、モーガニト領は伯爵屋敷。

 俺は分相応なのかもわからない広い部屋で、4人と共に会話に興じる。

 

「やはり帝国の姿勢(スタンス)としては、名ばかり領地を押し付けてきたってとこだな」

 

 アイヘル国立公園予定地から、さらにモーガニト領内をいくつか回った率直な感想だった。

 スィリクスから土地情報や運営状況も教えてもらい、日々ぼーっと考えて至った結論。

 

「へ~、そんなん?」

「フラウよ、お前の功績も含めての報酬なんだからな」

 

 ハーフヴァンパイアの少女は、特注の長椅子を1人で占有するように寝転がっている。

 どうせ領地を貰うのは(まぬが)れないのならばと、わざわざ2人分の戦果でもって要求した結果である。

 

「いやぁ~領主はベイリルだし」

「もっとも俺も運営はスィリクス任せなわけだが」

 

(戦帝としては……──)

 

 おそらくそこまで考えてなかったようには思う。彼にとっては本当に単なる褒美のつもりだったろう。

 ただまことしやかな情報によると、ヤリ手の宰相閣下(さいしょうかっか)とやらによって伯爵位にまで押し上げられたとか。

 

 

「まがりなりにも円卓の魔術士を倒したわけですから、そりゃもう囲い込んじゃいますよねぇ」

「ハルミアさんの言う通り、土地という(かせ)で繋いでおくほうが好都合って公算なんだろうな」

 

 ダークエルフの彼女は、折り目正しい姿勢でベッドに腰掛けている。

 

 特区税制の適用にしてもそうだが、つまるところ甘く見られているということに他ならない。

 それもそのはず──まだ(よわい)20すら数えぬ若造にできることなど、たかが知れていると思われて当然。

 また帝国という最強の軍事国からすれば、シップスクラーク財団は驚異(・・)ではあっても脅威(・・)にはなりえない。

 

(まぁまぁ、"文明回華"を目指す俺らから見れば──)

 

 結果的には代え難い恩恵がいくつかあるので、これはこれで良かったのは間違いない。

 確かに幾分か割を食ったし、今後も負担は()いられるが……既に起きてしまった状況の有効利用は絶対である。

 

 

(外部からの情報はなるべく隠匿しているから、相応に突っ込んで調べないとわからないし)

 

 調べられればこっちも気付いて、逆に調べ上げるくらいの情報網は既に張り巡らせてある。

 そこに引っかからない以上は、向こうにとって気に留めるほどの存在ではないということ。

 逆に言うと相手にされていないとも見ることもできるのだが……。

 

(そうした認識の甘さが、(こと)ここに至って将来の内患(ないかん)(まね)くことになる)

 

 俺は顔には出さずにほくそ笑みながら、不測すら好転させる財団の強い地盤に達成感を覚える。

 

 "星典"の量産とフリーマギエンスの布教も順調に進んでいる。

 シップスクラーク財団の(こころざし)とその意義も、少しずつ市井(しせい)に浸透していっている。

 各所で芽吹き、花開き、結実して、種子を撒き散らし、どんどん侵食し続けようじゃあないか。

 

 

「んっなことよりもさぁ、いつまでアタシらは持て余してんだよ?」

「クゥアッ! クゥアッ!」

 

 キャシーは柔軟するように手や足を伸ばし、灰竜アッシュの止まり木になって遊んでいる。

 

 こうして伯爵屋敷で過ごし初めて数日ほど。

 今までが(せわ)しなかった所為(せい)か、怠惰(たいだ)淫蕩(いんとう)な生活を送ってみるも思ったより馴染まない。

 トランプや麻雀他ボードゲームなども多く持ち込んだが、そもそも学園生時代に割とやり込んでいる。

 

「確かに休暇も飽きてきたし、どうすっかね……」

 

 "国立公園化事業"も、"領内資源探索"についても、とりあえずの段取りは整えた。

 内政面で俺ができるのは、直接的な実務ではなく大まかな指示出しのみ。

 テクノロジーにおける"知識の種"も、シールフと財団の秘匿事項として既に共有済みなのでお役御免。

 

 仮に俺が死んだとしても、テクノロジー特許として現代知識は伝わり、財団と"文明回華"は進んでいくだろう。

 

 

「それじゃぁ……次に行くところでも決めますか?」

 

 ハルミアの提案に、やんわりと俺達の(あいだ)で肯定する雰囲気になる。

 

「んじゃ、ソディアの船に乗るってのはどうだ? 海賊やりながら色んなトコ回れんだろ」

「帝国領海はいいとしても、王国側は難しいですよねぇ」

「それって海賊やる必要ある~? 船だけ借りれば良くない?」

「俺としては割とアリだな、海賊業も」

 

 七つの海──ではなく、あくまで内陸の湖だが……海をまたに駆ける浪漫はすごく良い。

 

「ただどうせ航海するなら、外海で"諸島"巡りしたほうが面白いかも知れん」

「あーしらが海賊やってもさぁ、一方的すぎてつまんないよ~」

「船医、どれくらい学べるんでしょうかねぇ。ただ環境が限られてしまいますから……」

「イマイチっか、じゃぁオマエらも案出せよな」

 

 ほんの少しだけむくれた様子で、キャシーは俺達に意見を求める。

 

 

「俺はそうだな……風の向くまま気の向くままもいいが、今言った諸島巡りか、あとは各国の首都巡りもいいな。

 帝都、王都、皇都──連邦西部なら"壁街"も一度くらい、東部は"大魔技師"が生まれた都市なんかも行きたいところだ」

 

("極東"も俺一人に限れば、長距離飛行でおそらく辿り着けるが……それはまぁいい)

 

「大陸中を巡るなら、騎獣民族の方々(かたがた)に合流しちゃうってのも一つの手ですよねぇ」

「あーなるほど確かに。バリス殿(どの)らなら、色々な穴場を知っているかも」

 

 国家としても手出しできない集団。移動拠点の中心にしつつ、各所へ出張しながら見識を広げるのは良い。

 

 

「フラウはどっか行きたいとこねーんか?」

「あーしはねぇ~、"神領"とか?」

「それは相当思い切った意見だな」

 

 キャシーにうながされて言ったフラウの提案に、俺はすかさず突っ込んだ。

 

「え~なんで?」

「神領への通行(アクセス)は皇国にある"黄昏の都市"からだけで、他からは近付けないって話だ」

「ほぇ~、そうなんだ」

 

「なんでなんだよ? あっこって確か地続きだろ?」

 

 もっともなキャシーの疑問に、ハルミアが先に答える。

 

「たしか()()()()()()()()()異常気象が発生しているんでしたよねぇ」

「そうです、神族の"魔法"かなんか……原因不明の自然災害で完全に隔絶されている」

 

 自分達の領域以外を拒絶しているかのように、何者も侵入することは不可能なのだとか。

 

「その唯一行ける……たそがれ? の都市からってのはダメなん~?」

「特別な権限がないと無理。皇国貴族はおろか、聖騎士でも難しいらしい」

 

 それでも神領と唯一交流を持てる皇国の外交的権威は大きく、神族も何人か在籍しているという話。

 

 

「んじゃっ逆によ──魔領に殴り込むってのはどうよ?」

「キャシーちゃん、それアリ寄りのアリです」

「ハルミアさんからすれば故郷の土地ですもんね」

「魔領なら暴れがいはあるな~」

 

 黄竜の撃破から、迷宮逆走を完了し、戦争まで経て、俺達もかなり強くなった。

 上を見ればキリがないものの、少なくとも"伝家の宝刀"たる戦力を倒せるくらいの強度を誇る。

 4人で連係するのを前提とするならば──どうにかできない生物の(ほう)が少ない。

 

「それじゃぁ魔領が第一案ってことで、他にどうするか」

「キャシーの故郷は?」

「あぁ? アタシの村はいいよ、ムカついてぶっ飛ばして回るかも知れんし」

 

「ぶっ飛ばすだけで済むのか」

「人柱にされた恨みこそあるが、殺して回りまではしねぇよ……多分(・・)。今はいろんな主義・主張や信心があるって知ってるし」

 

 

 キャシーも大人になったなあなどと思っていると、ハルミアが思いついたように口を開く。

 

「あとは竜騎士特区なんかどうでしょう? "赤竜山"を登ってアッシュちゃんに竜の社会性を学ばせるんです」

「キュゥアァ!」

 

 名前を呼ばれた灰竜は一声あげ、ハルミアの膝へと降りてくる。

 

「あそこは帝国特区でもさらに特殊だから、特別な許可が()るはずだったような……」

「そこはベイリルくんの伯爵権限でなんとかしてください」

「……はい、その時はがんばります」

 

 竜騎士特区とも呼ばれる"赤竜特区"。

 領内はともかくとして──頂竜山に立ち入る際は、色々と審査を通す必要があったと記憶している。

 ワーム山脈が消失した現在において世界最高峰の山脈であり、"赤竜"とその眷族竜が竜騎士と共存する土地。

 

(まぁたかだか四人と一匹が登頂するくらいであれば……)

 

 そこまで厳しくもないだろうと思う。灰竜という立場を利用することもできるかも知れないと。

 

「そうだ、せっかくなら──」

 

 

 俺は言葉途中にゾワリと……一瞬にして掻き消されかねない思考が襲った。同時に既視感(デジャヴュ)をも感じる。。

 

 その殺意が入り混じったような魔力が織り成したかのような圧は、黄竜と対峙した時のそれと酷似しているが──

 実際的な感覚としては、ゲイル・オーラムと初めて会った時の(ほう)が先んじて浮かび上がる。

 

「真っ昼間から物騒な……」

「これってあーしらがいるって、わかっててやってるのかな~?」

「っ……私にはちょっとキツいですかねぇ」

「くっは! おもしれェ、喧嘩なら買ってやろうぜ」

 

 四者四様の反応に、アッシュは鳴き声を発さぬまま部屋内を落ち着きなく飛び回る。

 かつては死すら予感したものと同等レベルの圧力(プレッシャー)も、今の俺は問題なく受け止められるだけの強さを得た。

 

 

「顔は……俺でもよく見えないな──」

 

 窓から外を覗いてみると、侵入者と思しき人物は隠れる様子もなく堂々と立っていた。

 "遠視"するような距離ではなく、ただフードをかぶっていて角度的に顔をよく見ることができない。

 

「でも小柄ですねぇ、女の子のようです」

 

 ハルミアは遠目で見るだけでも、確信をもった様子でそう言い切った。

 少女の後ろには、なにやら引きずった跡が門外から続いてきている。

 恐らくは隣に置いてある、"大きい麻袋"によるものであろうと推察された。

 

「まっタダモノじゃねぇよなアレ」

「普通の女の子が出せる殺気じゃないね~」

 

 侵入者の少女はこちらの反応を待っているのか、まったく動こうとする様子がない。

 

(らち)が明かないし、用事があるのだろう。(おが)みにいくとするか」

 

 そう言うと我先にキャシーとフラウが窓から飛び出し、アッシュもそれについていく。

 ハルミアは医療具を手に持ち出す中で、俺は装備一式と風皮膜を(まと)いつつ、一拍(ワンテンポ)遅れて後に続いたのだった。

 

 



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#200 郷里に咲く花 III

 全員で窓から庭へと出たところで、身構えつつ反応を(うかが)う。

 しかし少女と思しき人物は、顔を隠していたフードをとってその顔をあっさり見せた。

 

()()()()()のう」

 

 そう言い放った少女は、同時に剥き出しだった威圧を引っ込め、悠長な様子を見せる。

 

 

 背丈は150センチメートルにも満たないか。深いストレートの黒髪を流し、灰色の瞳でこちらを見つめている。

 肌に吸いつくような……素人目にも強靭そうな被服の上に、やや年季の入ったローブを羽織っていた。

 

 そして横には彼女の身長よりも大きい麻袋(あさぶくろ)が横たえられており、中身も詰まっているように見受けられる。

 

 

「誰だよテメーは。いきなり挑発しといて、なんだァその態度?」

 

 最近は落ち着いてきたと思っていた矢先に、キャシーがチンピラそのものな態度で恫喝(どうかつ)する。

 見た目こそ少女通り越して"童女"にすら見えるが、古風口調もあいまって実年齢はかなり上だと感じ入る。

 

「元気じゃのう、()()()()。少しくらいなら遊んでやろうぞ、おまえたち」

「名前はともかく、人の顔は覚えてるほうなんだけどなぁ」

 

 ポリポリと頭を()くキャシーだったが、すぐに髪の毛がやにわに静電気で立ち上り始める。

 

「どっかで会ってたら悪ィな。それはそれとして……吐いた言葉を呑み込めないっぜ!!」

 

 まさしく雷光石火──加速と制動に関しては、俺すらも凌駕(りょうが)するキャシーの刹那絶息の一撃。

 しかし次の瞬間にはキャシーの体躯が、地面へとうつ伏せに倒れていた。

 

「──は?」

「おんしの気性をよくよくあらわした、一撃じゃ。しかしまだ足りぬ」

 

 まばたきはしていない……が、まるでコマのフィルムが飛んだかのようだった。

 それに近いものを見たのは、まだ記憶に新しい──円卓二席のテオドールの門弟相手に披露した、"ケイ・ボルド"の魔鋼剣二刀流のそれ。

 過程が吹っ飛んで結果だけが残ったと錯覚するほど、一切の無駄がない完全性を持った動き。

 

 かつて闘技祭にてファンランがキャシーをいなした時よりも、遥かに高度な技術で投げ飛ばしていたのだった。

 そのまま抑えつけられ動きを封じられたキャシーは、帯電も通じぬまま大人しくさせられる。

 

 

「さて、次は誰が来るかの? ()()()()()()()()()()()

 

 順繰りに名前を呼ばれている(あいだ)も、俺は"記憶の取っ掛かり"をゆっくりと引っ張り上げていく。

 

「私は……遠慮しておきます」

「んじゃ、あーしが行かせてもらうよん」

 

 困惑を隠せないハルミアをよそに、フラウが一歩前へ出る。

 俺は黙ったまま眼を細め、()()()()()()()脳内の情報を整合していく。

 

「そ~の~……──」

 

 フラウの肉体が、音もなく伸びていくかのように飛び出す。

 俺やキャシーとも違う、ハーフヴァンパイアの脚力に重力操作を加えた急加速。

 

 そして幼馴染の少女は、童女の手前まで滑り込みながら──"土下座"をしていたのだった。

 

「せつはお世話になりまして、ありがとうございましたぁ──ーっ!!」

 

 土下座は異世界の大陸文化としては存在しないが、俺を通して得た知識である。

 平身低頭を()でいくジェスチャーであるので、少なくとも誠意は伝わっているだろう。

 

 そんな様子に特段の驚きを見せぬまま、童女は普通に返答する。

 

「フラウよ、(わし)の助力なんぞ微々たるものじゃ。そこまで感謝せんでもよいぞ」

「いえ! い~え!! あなたのおかげで学園へ(かよ)えて、ベイリルとも再会できました!!」

 

 

 俺が思い出すのと同様に、フラウも彼女の姿をちゃんと覚えていたようだった。

 さらに付け加えるならば……"15年前と姿形がまったく変わっていない"。

 

「名前も存じませんが、わたし(・・・)にできることであればなんでも恩返しします!!」

 

 普段のマイペースな調子ではなく、真面目さも大いに混じったフラウ。

 そうなのだ──あの童女はかつての故郷であるインヘルの街で、俺達にアドバイスをしてくれた人。

 

「あのぉ……フラウちゃんのお知り合いなんですか?」

「うん、この人がいなかったら……間違いなくあーしは今ここにいない」

 

 そしてフラウへ学園を(すす)めて、路銀まで用意してくれた大恩人である。

 

 

「……アタシが突っ込む前に言えよ、ったく」

「おっと、そのままじゃった。すまんすまん」

 

 キャシーは毒づきながら、童女に解放されてなおふてくされた態度を隠さない。

 

「お久しぶりです。俺たちの名前は既に御存知のようなので、よろしければお名前を教えていただいでも?」

 

 俺は畏敬の念を込めて(たず)ねる。フラウの恩人は俺の恩人でもある。

 それに彼女が過去にくれたアドバイスのおかげで、極限状態で魔術を開眼できたとも言える。

 そういう意味では俺にとっても、巡り廻って"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"に利用されずに済んだ借りのある御仁となる。

 

(わし)の名は"アイトエル"。二つ名は数あれど、一番有名なのは──"竜越貴人"」

 

「はぁあ!? それってたしか"五英傑"だろ!!」

「そんなに凄い人だったん!? ですか!?」

「キャシーちゃんが歯牙にも掛からないわけですねぇ」

 

 

 俺はあまりのカミングアウトに沈黙したまま、眼を細めて凝視する。

 "無二たる"、"折れぬ鋼の"に続いて3人目──否、一番最初に会っていた五英傑。

 

 ──"竜越貴人"は五英傑の中でも、圧倒的にその勇名が()()()()()()人物である。

 しかしながら極大厄災たるワームを討伐したとか、世界中の悲劇を止めて回るといった派手な功績はない。

 

 ただただ彼女の世話になった多くの人物が英雄や賢者となり、歴史にその名を残してきたのだ。

 それが数百年単位で続いていて、同時に彼女が設立した様々な組織が世界各地に残っている。

 

(まじかよ、そこまで大物だったとは)

 

 さる人物であろうとは思っていた。恐らくは失踪したままの母の手掛かりにもなるかも知れない人物だと。

 しかも五英傑ともなれば他にも聞きたいことは色々あったが、なんにせよ最大限の尊重と畏敬に(あたい)する。

 

 

「して、御用向きはなんでしょうアイトエル殿(どの)

 

 まさか理由なくこの場に来て、圧力(プレッシャー)(はな)ったというわけではあるまい。

 フラウの一件もある以上は、彼女の望みを優先的に叶えるのが(すじ)というものである。

 

(それにあの麻袋──)

 

 近付いたことで中身からわずかに漏れ出る匂いを、ハーフエルフの鼻腔は確かに感じ取っていた。

 それは間違いなく()()()()()()()。暗殺や戦場で幾度となく嗅いだ死の匂いである。

 たとえ頼みが厄介事であっても、ある程度までは身を()にして受け入れるだけの覚悟を決めておく。

 

「そうさの……」

 

 アイトエルは左腕を上げると、ハルミアの肩に乗っていたアッシュが飛んでいく。

 灰竜はまるで俺達へのそれと変わらないほど……警戒心なき親密さを、体全体で表現していた。

 

(わし)から何かをしてくれ、ということはないのう。ただ土産(みやげ)と……少しばかりの伝言(・・)かの」

 

 そう言うと"竜越貴人"アイトエルは麻袋へと手を突っ込み、そのまま"死体"を取り出した。

 

「……誰だよ? ソイツ」

「まだ新しい感じですねぇ、その死体」

「ベイリルは知ってる~?」

「いや──俺もわからん」

 

 キャシーもハルミアもフラウも、そして俺もまったく知らない死体の頭が、アイトエルの右手に鷲掴みにされていた。

 

 

「こやつの名は"脚本家(ドラマメイカー)"──ベイリル、フラウ……ぬしらの故郷を焼いた男じゃよ」

「……っ」

 

 フラウは思わず息詰まるように歯噛みして、俺は平静を(たも)って一切の反応(リアクション)を抑え込む。

 

「もっとも正確には実行犯ではない。しかし絵図(えず)を描いたのは紛れもなくこの男じゃった。もう死んでるがのう」

「……証拠はあるのでしょうか」

「ちょっベイリル?」

 

 俺の言葉にフラウが信じられないと言った様子で返す。恩人の言葉を疑ってかかったのだから当然であろう。

 だがそれが恩人であろうと五英傑であろうと、軽々(けいけい)に信じて動くわけにはいかない。

 

「証拠は無い。なんせ物語(シナリオ)の全てはこの頭の中で構築され、必要な人員のみに伝え実行する。時に無自覚に協力させられる一般人も含めての」

 

 アイトエルはグッと見せつけるように、死体の頭を空いた左手でコンコンッと叩く。

 

「ゆえに奴ら(・・)の中では最も厄介と言える。だからこやつだけ特別に殺しておいた、捕まえておく余裕はなかったんでの」

 

 五英傑をして捕縛できなかったというのは、いささか疑念が残るところであった。

 しかしここでさらなる猜疑心(さいぎしん)をぶつけて、彼女の機嫌を損ねかねないような()まではさすがに犯さない。

 

 

「質問ばかりで申し訳ありませんが……"奴ら"とは?」

 

「そこらへんは二人きりで話すとするかのう、()()()()じゃ」

「二人だけで、ですか?」

「そうじゃ。他の者に聞かれると、いささか面倒なことも含んでおる」

「フラウもハルミアさんもキャシーも、俺の大切な仲間です。それでもですか?」

「んむ。(わし)にとってではなく、ベイリル──おんしにとって都合が悪かろうてな」

 

(俺個人に対して……? どこまで知っているんだ──)

 

 

 いまいち意図をはかりかねる。俺にとって都合が悪いとは、どういった内容のことか。

 フラウにすら話していない秘密となると、知っているのはシールフくらいだ。

 

 俺は3人に視線を送ると、全員が了承するように以心伝心でうなずいてくれる。

 

 

「……それでは、屋敷へ案内します」

「いやいらぬ世話じゃ、"遮音風壁"を掛けるだけでよい」

「俺の使う魔術までご存知とは」

(わし)はのう……ベイリル、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 武力的にも精神的にも圧倒された心地になりながら、俺は心中でゆっくりと溜息を繰り返す。

 青天の霹靂(へきれき)のような出来事だが……いまさらこの程度で動じてなるものかと。

 

「そうそう、それと──この脚本家(ドラマメイカー)の顔は、しかと胸裏に刻み込んでおけ」

 

 アイトエルは持っていた死体の頭を、さらにグイッと高く掲げて見せつける。

 

「既に殺された者を、ですか?」

「既に死んだ者を……じゃよ」

 

 言われるままに、俺は脳裏へとその死に顔を灼き付けるように見つめるのだった。

 

 




27話の過去回想で出ていた人。


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#201 竜越貴人 I

 少し離れたところで俺は遮音の空属魔術を使い、二人きりで話すだけの状況が整った。

 俺は五英傑──童女であるが老獪(ろうかい)な"竜越貴人"アイトエルの言葉を待つ。

 

「どこから話したもんかのう」

「ではこちらから質問させて頂いても……?」

「よかろう、ただし全てに答えるわけではないことは留意することじゃ」

 

 俺は口を閉じたままアイトエルの瞳を見据え、首をゆっくりと縦に振った。

 

「アイトエル殿(どの)──」

「二人きりの時はアイトエルでも構わんぞ」

 

 いきなり出鼻を(くじ)かれた思いの俺は、彼女の望むままに呼び方を変えることにする。

 なぜだか妙な()()()()()を感じ入る。それは彼女の熟成された気質と包容力なのか。

 あるいは幼少時に会っている所為(せい)で、よくわからない"刷り込み"か慣れがあるからだろうか。

 

 

「……では恐縮で僭越(せんえつ)ながら。アイトエル、貴方は何者(・・)なのですか?」

「ふーむぅ、まっ言わんとすることはわからんでもない。"五英傑"という情報以外の、素性その他もろもろ全てか……欲張りなことよ」

「まぁはい、そういうことになります。お察しいただけてありがたいです」

 

 今までの会話の端々(はしばし)から(かんが)みるに、彼女本人の意思であるということは考えにくかった。

 

 "竜越貴人"の二つ名はあくまでラベルに過ぎず、あらゆる疑問がこの「何者か」の一言に集約している。

 

「どこからどこまで開示すべきか──とりあえず(わし)は……ぬしらが卒業した"学園の長"じゃ」

 

 俺はわずかに息を吸って吐くだけで、想定内だといった表情をアイトエルへと返した。

 入学から卒業までついぞお目にかかることのなかった、学園7不思議の1つ──"幻想の学園長"。

 誰もが噂にはしても、その存在はまったくもって不明だった謎の人物。

 

「驚かんのか?」

「えぇまぁ……シールフは明言を()けていましたが、細かい情報を統合していくと可能性はあったかなと」

 

 連邦内にて独立した自治を認められた、権威ある都市国家のような学園。

 学園史においても外部から(おびや)かされたという事態がなく、常に安定して平和な学業が(いとな)まれてきた。

 それはさながら"無二たる"カエジウスが運営する、帝国特区のワーム街および迷宮(ダンジョン)とも類似性が見られる。

 

 

(各所に多大な影響力を備え、シールフが恩人として(した)う長命な権力者──)

 

 ともなれば、世界でも可能性のある人物は非常に限られる。

 アイトエルが"竜越貴人"だと判明した時点で、彼女が学園長である可能性は十分過ぎるほどあった。

 

「シールフか、あやつはさぞ息災なのじゃろうな」

「……? シールフから俺たちの話を聞いていたんじゃ、ないんですか──」

「残念ながら違う。最後に会ったのは何十年前じゃったか、学園地下に引きこもっていたのを連れ出した時じゃ。

 その後は(わし)も少々忙しくなってな。使いツバメで"学園の講師を辞する"、という連絡があったくらいかの」

 

 やたらめったら詳しいのは、俺の記憶を読むシールフと密かに会っていたからという可能性もあったが違うようであった。

 もちろん"竜越貴人"であれば独自の情報網を持っているのだろうが、それにしたって知り過ぎている。

 

 

(今ここに"読心の魔導"があれば、思惑も一発なんだが……)

 

「シールフにも(わし)の記憶は読めんぞ」

「えっ、あ……はい」

 

 俺は思考を先回りされるように釘を刺され、なんとも言えぬ返しをしてしまう。

 

「シールフの読心が通じない相手を知っておるかの?」

「精神が喪失した魔獣や、ゴーレムなどの意思なき(かたまり)。あとは思考なき虫や、本能だけで生きる獣の(たぐい)ですか」

「正解じゃ。(わし)の"血"は少々特殊での、あの子でも覗き込むとタダでは済まんのじゃよ」

 

 ぼかされていて核心をついた答えではないが、なんとなくそれ以上突っ込むなという空気を読む。

 

「ままっ、疑問は多かろうて。(わし)がなにゆえ知っているのか、どうしてこのような世話を焼いているのか」

「口振りからすると、そこらへんはお答えいただけないようで……?」

 

 

「ただ安心せい、おんしには()()()()()()

 

 要領を得ない答えに対し、俺は深呼吸するように吐き出した。

 

「──……力尽(ちからず)くで聞く、という手もアリですか?」

「腐っても五英傑と呼ばれる(わし)から聞き出せる、というのならいくらでも試してみるがよいぞ。

 たしかに他の五英傑よりは弱いがのう。それとて黄竜や円卓を倒したくらいで勝てると思われるのは──」

 

 彼女は当然のように、俺が王国の円卓の魔術士第二席を殺したことについて知っている。

 それどころかカエジウスの口止めにより、基本的に公言していない黄竜のことまで。

 

「いささか増上慢(ぞうじょうまん)と言わざるを得ん」

「"折れぬ鋼の"と()り合っているので身をもって知っています。ですので胸を借りるつもりで……どうでしょう。

 こちらの実力を認めてもらって、もう少しばかり開示してもらう。あるいは一発に当てるにつき、一つ答えてもらうとか」

 

 せっかく友好的な"五英傑"と手合わせできる好機(チャンス)があるのなら、これを(のが)す手もあるまい。

 

「まっ答えるかはともかくとして、試すくらいは自由じゃの」

 

 "折れぬ鋼の"には惨敗だったが、(うそ)(まこと)か五英傑の中では弱いと言い(はな)った童女へと──

 

 

 俺は全身の(ちから)()いて、魔力の循環・加速に一層の意識を(かたむ)ける。

 

 "天眼"──1次元上から空間を俯瞰(ふかん)し掌握する。あらゆる因果を受け入れ、呑み込む。

 さながら枝分かれする未来を()て、行動を収束し確定させるようにあらゆる動きを予測する。

 識域下に有意識が存在する、相反にして融合。俺だけの世界が(ごと)く、あまねく全てを支配する刹那の究極技。

 

 陣地を占領するように空隙(くうげき)へと差し込んで、接近距離(クロスレンジ)から打ち放った"無拍子"の右拳。

 最適化された己自身を重ね合わせた、俺の右腕は──

 アイトエルの左手に抑えられたばかりか、彼女の右掌底を顎に喰らって宙に浮いていた。

 

 打ち上げられた俺が、天空から()ている俺と重なったところで……蒼白い明滅と共に"天眼"が途切れる。

 

 

「いやはや、やりおるのう」

 

 しばらく俺は呼吸を止め、初めての体験に心胆を震わせていた。

 俺とアイトエルは、()()()()()()()()()()()。一連の流れは実際に起きたことではなかったのだ。

 ただカウンターでぶっ飛ばされたという、結果のみを理解(わか)らせられていた。 

 

 アイトエルに通用しなかったことに、大層なカラクリは無い。

 しかして"折れぬ鋼の"のような……理屈なき理不尽というわけでも無い。

 

(ただ単純(シンプル)に上回られた……!?)

 

 俺は天眼の余韻とも言うべきか、理性と本能の両方で即時に把握していた。

 

 

(わし)()()()()()業前(ワザマエ)に達したのには、そうさな……三百年は掛かったものよ」

「っ……じ、自分天才ですから」

 

 実際には戦わずしてぐうの()も出ないほど()けて、はからずも虚勢を乗せつつ俺は口走っていた。

 

「話には聞いておったが見るのは初めて。()()()()()()()()で領域に至るとはおもしろい技術じゃ」

「"天眼"のことも一体誰に聞いたのかは置いておくとして──ただ、アイトエル。貴方のも……いわゆる無念・無想・無我・無心の境地とは違ったような」

 

 それは"天眼"だからこそ察知しえた(ぬぐ)いきれぬ違和感のようなモノだった。

 

「んむ、(わし)のはそんな大層なものではない。単に膨大な経験則からくる、"即応能力"といったところよ」

「武術における極致とはまた違う、と」

「思考を途切れさせるようなことはない、ただ単に身体と反射にまで染み付いてしまっとるだけじゃな」

 

 

(限りなく似てはいるが非なる技術(もの)……それは俺も同じか)

 

 "天眼"は、強化感覚を総動員した空間の視覚化および掌握技術。

 もたらされる結果は近いものの、系統としてはまったく別に派生している。

 

 なんにしても"天眼"はそんなところまで見通して、実際に動く前に敗北の幻像(ヴィジョン)を見せられたということか。

 完全敗北ではあるものの……それはそれで、"天眼"のハイスペックを喜ぶべき部分なのかも知れない。

 

「ベイリルおんしのは、理性と本能を同居させたもののようじゃな」

「はい、まだほんの短時間ですし肉体は無防備にもなりますけど」

 

 十全に発揮する為には風皮膜を解いて素肌を大気に(さら)す必要がある。

 だからこそ使うべき場面(シーン)は選ばなければ、己の命まで(さら)すことになってしまう。

 

 

「まあまあ、それでもよぅできとる。今後もソレはしっかり伸ばしておくことじゃな、()()()()()()からの」

 



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#202 竜越貴人 II

「──今後もソレはしっかり伸ばしておくことじゃな、必ず役に立つからの」

 

「……一応は切り札なんで、言われずとも練磨し続けますよ」

「はっはっは! いい子いい子でもしてやろうかの?」

 

「いえ、結構です。それに……俺よりも若く、俺以上の領域にいる学園の後輩もいますし」

 

 脳裏に浮かぶは、1人の少女──何を隠そう──魔鋼剣二刀流のケイ・ボルドであった。

 

 円卓第二席たる"筆頭魔剣士"テオドールの門弟集団をあっさりと蹴散らした彼女こそ、真に天才と言える部類。

 俺の場合はありとあらゆる手練手管(てれんてくだ)を駆使して、未だにほんの数秒と保たない程度のもの。

 

 しかしケイは集中した分だけ、彼女なりの領域(ゾーン)に入り続けることができる。

 その代わりに全力の彼女は一切(いっさい)の手加減ができないという、ある種の弊害(へいがい)をも備えているのだが……。

 

 

「なに、己を卑下(ひげ)することはない。結局は生き残りさえすればいいのじゃ」

 

 なにやら実感の込められた一言であり、最も古い五英傑が語るのであればさもありなん。

 

「そうですね、死にさえしなければまた好機(チャンス)が巡ってくるかも知れない」

 

 それが武術の本質でもある。君子危うきには近寄らず……もし泥にまみれようと逃げ切ることこそ一番大事。

 

(わし)なんぞ、生まれてより千年以上魔術が使えん時期があったからの。それはもう大変じゃった。

 その代わり、生き抜く為に愚直に修練し続けたのが我が身の技術じゃて。武芸万般(ぶげいばんぱん)、なんでもござれよ」

 

 

 本当にナゼなのだろうか……不思議とシールフを相手にするような話しやすさがあった。

 さきほどから地味に気になっていた疑問を、俺は童女へと率直にぶつけてみる。

 

「つかぬことを(うかが)いますが、アイトエルはおいくつなんです?」

「さてなぁ……ただこの地上で(わし)より年上は"七色"くらいかの」

 

七色(・・)──って、"七色竜"!?」

 

 黄竜も数えられる"七色竜"は、歴史においても断片的にしか語られない──竜と神族による"原初戦争"の頃から生きる存在。

 

 神族は不老ではあるが魔力の暴走と枯渇に(さいな)まれ、神王ですら4代目を数えている。

 本人の言通(げんどお)りなら、人型種の中では最長命とも言える人生の大先輩ということになる。

 

 

「ちなみに七色とは全員知り合いじゃ」

「っはは……」

 

 俺は乾いた笑いを肺から漏らしながら、アイトエルの話を信じるより他なかった。

 

 黄竜とはぶっ倒した後にもわずかに話した程度だが、大昔のことなどほとんど忘れ去っていた。

 それが普通なのであろうし、エルフ種1000年の寿命でも晩年は(いちじる)しく(おとろ)えるのが(つね)

 

「じゃが大して面白くもなく……あまり思い出したくもない過去ゆえ、詳しくは割愛させてもらうぞ」

「ご随意に」

 

(だけどこの人は……かなり覚えているっぽいな)

 

 脳の記憶容量の限界はわからないし、あるいは忘却した箇所を脳が好き勝手埋めている可能性もなくはない。

 いずれにせよ腐ることもなく、こうして活力(みなぎ)る様子は……是非とも将来に見習いたいところであった。

 

 

「さて──このまま問答を続けてもいささか無駄かのう、(わし)が答えない事柄をおんしはわからぬわけじゃし」

「まぁ、そうですね。今の段階で明かせることだけ話していただければ十分です。それ以外はまた後日ということで」

 

 むしろせっかく得た知己にして五英傑という最高の人脈(コネ)である。

 都度(つど)(おり)を見ては接触して話す機会を得て、関係を築いていったほうが具合が良い。

 

「ただアイトエル……その前に一つだけ、よろしいでしょうか」

「なんじゃ?」

 

 俺はゆっくりと覚悟を決めて、アイトエルへと質問を投げ掛ける。

 

「貴方は俺の母(・・・)を──"ヴェリリア"を、ご存知ですか?」

 

 それだけは聞いておきたかった、俺自身の出自(ルーツ)にも関すること。

 炎と血の惨劇に見舞われたあの幼き日より、幼馴染のフラウはまさしくアイトエルが紡いでくれた(えにし)によって再会できた。

 そして実母であるヴェリリアについては……その生死すらも不明なままである。

 

 あの惨劇以前に街を出ていたので、少なくともあの事件には巻き込まれてはいまいが──

 

 

「知っておる」

「っ……」

 

 あっさりとそう答えたアイトエルはそこから先は(もく)したまま、続く言葉はないようだった。

 俺は表情筋や心音に至るまで、ハーフエルフの強化感覚を総動員して情報を拾い集積する。

 しかして彼女から得られるものは……その言葉以外にはなかった。

 

「それも今は言えない、"いずれわかる"──ですか」

「いや、そこに関しては自分で突き止めることじゃな」

 

 またも()に落ちないが……主導権はアイトエルの(ほう)にあり、言及しても徒労に終わるだろう。

 

(まぁ"突き止めろ"ということは、"少なくとも生きている"と見て良いだろう)

 

 シップスクラーク財団は順調に拡充してきているし、その情報網はいずれ世界全体を包み込む。

 不慮さえなければ、長命(エルフ)種である母の寿命が尽きるまでには十分に間に合う。

 

 

「それじゃあ本題に入ってもいいかの」

「本題、というと──さきほどの脚本家(ドラマメイカー)……それと"奴ら"、ですか」

 

 脳裏に灼き付けた死体の顔を、俺は改めて思い出す。

 

「まずはそうじゃな。奴らは利害によって結ばれた共同体──()()()()()()によれば、"アンブラティ結社"と言うらしい」

「アンブラティ結社(・・)……というと"群青の薄暮団(はくぼだん)"や"メテル協会"、"トゥー・ヘリックス・クラン"のような?」

 

 俺は財団の情報部門から見聞き知った、数多くの組織の情報を脳内から発掘していく。

 

 幼少期を過ごした神王教ディアマ派のカルト教団、"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"も言うなればそうした組織とも言えよう。

 世界中にそうした結社の(たぐい)は数多く存在し、俺もある程度は記憶しているものの……"アンブラティ"という名は初めて聞く響きのものだった。

 

「トゥー・ヘリックス・クランは潰されて、もう存在していないがの」

「あっそうでしたか」

「ちなみにメテル協会は、(わし)が昔作った組織じゃな」

「まじすか……」

 

 

(秘密結社──"そういうの"も目指しべきところの一つではあるが)

 

 "フリーマギエンス"の秘匿された不透明な部分で、人々に想像力を働かせる。

 陰謀論が(ちまら)に飛び交い、やってないこともやったと思わせて好悪問わず風聞となり伝播(でんぱ)していくように。

 

「それでアンブラティ結社の脚本家(ドラマメイカー)とアダ名される奴が、自分とフラウの故郷を焼いた黒幕で……しかも殺して届けていただいた、と」

唐突(・・)と思ったじゃろう」

「えぇまぁ──」

 

 それはそうだ。影も形もなかった。煙のないところで「火事が起こっているぞ」と言われたような心地。

 

 そもそも本当にそれが俺に関係あるのかというところから、話を始めねばなるまい。

 現実問題としてそんな秘密結社が存在するのか、実際に脚本家(ドラマメイカー)が所属していたのか。

 故郷の街とその周辺をいくつか、焼き討ちしたという証拠も本来であれば必要である。

 

 

「世の中はそんなもんじゃ。軽重を問わず、多くの事態とはいつだって預かり知らぬところで動いておるもの。

 ましてや世界中に多様な組織を作ってきた(わし)にも、なんら(さと)られなんだ……非常に厄介な連中じゃしのう」

 

「五英傑である貴方でも?」

「その通り。(わし)とて掛かる火の粉は振り払うが……どれが奴らによるものだったか、とんとわからん」

 

 アイトエルは広げた右手で顔を(おお)うように、(いか)りとも(あき)れとも苦渋(くじゅう)ともとれぬ表情を浮かべる。

 

「しかし結社について、"(ささや)いてくれた者"の頼みでこうして動いておる」

「頼み、ですか。それが"とある情報筋"とやらですか……?」

「んむ、ぬしらの為にわざわざ(わし)が手ずから血で汚したのも……つまるところな、その頼みを断りきれぬ背景があってのこと」

 

(財団にも"竜越貴人"にも察知しえぬ情報をもたらし、なぜだか俺たちの利として五英傑を動かす人物……?)

 

 まったくもって心当たりがないし、むしろそのアンブラティ結社内部の人間なのではないかとも邪推(じゃすい)して(しか)るべき。

 下手をすれば罠だという可能性だって0(ゼロ)ではないし、鵜呑(うの)みにするのは危ういように思う。

 

 

「ちなみにその(かた)の名前とかって──」

「"Blue(ブルー・)Whisper(ウィスパー)"とでも今は言っておこうか」

「……ッッ!? それは──」

 

 俺は驚愕に言葉が詰まって、そして聞き返さざるを得なかった。

 なぜならばアイトエルの"発音"は、連邦東部(なま)りの脚本家(ドラマメイカー)とは違う。

 

 はたしてそれは異世界言語ではなく──地球の"英語"のそれであったのだから。

 



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#203 竜越貴人 III

("Blue(ブルー・)Whisper(ウィスパー)"……)

 

 アイトエルの口から出たその単語は、違った意味でなじみ(・・・)があるモノ。

 異世界言語ではなく、"(Blue)"と"囁く(whisper)"という"英語"の発音をそのまま言ったのだ。

 それはシップスクラーク財団で言うところの"地球(アステラ)語"と同一の響き。

 

「シールフ……とは会っていない、のですもんね」

()()()()だと思うなかれ、"地球人(チキュウジン)"」

「っっ……!? ということは、まさかその"Blue(ブルー・)Whisper(ウィスパー)"が──」

「はてさてのう」

 

 のらりくらりと回答を(かわ)すアイトエルに、俺は浮かびそうになる血管を(しず)める。

 

(クールになれ、ベイリル)

 

 これもまた1つの交渉だと思うのだ。感情的になってはいけないと。

 少しばかり迷ったが、俺は意を決して核心について問う……まずそれを問うしかなかった。

 

 

「アイトエル、貴方もその……"異世界転生者"ですか?」

 

 薄々他にもいるのではないかと思っていた。

 むしろ転生者が俺しかいない、などという確証こそ今まで存在しえない。

 

 だから異世界にとって未知の新知識や、販売している品物の一部には地球(アステラ)語をそのまま流用している。

 それは単に造語が面倒というだけなく、少なくとも英語圏を知る人間ならばすぐに気付けるように……。

 他にも一部のドイツ語やラテン語、漢字などを知っていれば、地球人の存在を示せるようにという配慮も込めていた。

 

 もしも他の転生人を引き入れることができれば、俺にはない現代知識をもたらしてくれる。

 そうなればシップスクラーク財団とフリーマギエンスは、"文明回華"をより躍進させられるのだから。

 

 

(わし)生粋(きっすい)の異世界人じゃ、というのもおかしな話。なにせ本来、異邦人はおんしのほうじゃからな」

「確かにこっちから見れば……俺の(ほう)こそ異世界人ですね」

「まあまあ、(わし)も長生きしとるからな。過去に()()()()()を、数えるほどではあるが知っておるだけよ」

 

 過去にも転生者がいたと言うアイトエルに、俺は"常々考えていた人物"を自然と口にしていた。

 

「──()()()()

「ふむ、さすがにわかるか」

 

 "大魔技師"──7人の高弟(こうてい)を迎え、魔術具革命を(おこ)し、世界を席巻(せっけん)した技術的大英雄。

 現在の連邦東部より、神領を除くあらゆる場所に魔術具による新生活を拡げた超偉大人物(ちょういだいじんぶつ)である。

 

 大魔技師が転生者だと思った最初のキッカケは、彼と高弟らが世界において統一した"度量衡(どりょうこう)"だった。

 恐らくは魔術具を作るに際して、正確な単位を求められる為に必要なことだったのだろう。

 およそ地球にあったモノと同一だと、日々の生活の中で自然な形で感じられたのが始まりだった。

 

 そして彼が作り出したとされる魔術具のいくつかに、わずかにだが"っぽい片鱗(へんりん)"を感じたのも事実。

 異世界において俺がすんなり馴染めたのは、そうした先駆者(パイオニア)による下地が既に存在したからに他ならなかったと言えよう。

 

 そして俺と違って地球における"知識人"であり、異世界の魔術文化を取り入れたとしたなら……。

 なるほど、数々の偉業も(うなず)けるというもの。

 

 

(同時に俺が成すべき野望の、あらゆる意味において先達とも言える──)

 

 (ぞく)に言う現代知識チートによって、世界と文化に革命をもたらしたということ。

 科学と魔術を融合させ、後継者たる高弟を使い、世界を染め上げてしまったという実際の歴史。

 

(大魔技師とは俺のような凡人ではなく、本物の賢者であり技術屋だった……)

 

 ただし違いもある。人族であった大魔技師と違って、俺は長命種(ハーフエルフ)であるということ。

 そして頼れる仲間達と共に創り上げた、シップスクラーク財団という組織に属していること。

 

 技術的な側面は当然として──財団はあらゆる産業と経済活動、文化に娯楽、政治・軍事から宗教に至るまで網羅(もうら)することだ。

 

 

 俺は話の流れのままさらに聞いてみる。

 

「もしかして……初代魔王なんかもそうだったり、します?」

 

 魔法が喪失されゆく中で、魔術という新たな体系を生み出し広めた天才。

 ()の者もまた、それまであった世界基準たる既成概念から逸脱した存在とも言える。

 

「言うておくが転生者など滅多におらんぞ。少なくとも今の時代はベイリル、おんししか知らんし、"その理由"も……今はなんとなくわかる。

 初代魔王──あの子(・・・)は間違いなくこの世界で生まれ、(すこ)やかに育ち、単に様々な出来事に巻き込まれただけじゃ」

 

 気になる言葉が多いが、その中でも驚くべきは初代魔王のことを……さも当然のように答えたこと。

 アイトエルが歩んできた人生の凄絶さと、歴史を作ってきた者として──これ以上ないほど物語(ものがた)る。

 初代魔王すら"あの子"呼ばわりできる間柄(あいだがら)であり、規格外の長寿で今日(こんにち)まで生きてきたのだ。

 

 

「もっとも晩年の"魔王具"造りは、巻き込まれながらも楽しんでおったがのう」

「魔()具?」

「そうじゃ。実に大変そうだったが……なに、それでも本人は楽しそうでなによりじゃった」

「魔()具でなく、"魔王具"……?」

 

 

 耳に馴染まない単語であった。聞きたい疑問はまだまだ数あれど、どうしても気になって突っ込んでしまう。

 

 財団が保有する"永劫魔剣"を筆頭に、魔法具は世界にいくつか存在する。

 魔術でおこせる現象を、魔力を注ぎ込むことで万人に道具として扱えるようにしたのが魔()具であるように──

 

 全能の魔法をそのまま道具に落とし込んだモノこそ魔法具であり、同様に魔()具も存在する。

 どれも使用に際して応じた魔力量が必要なものの、魔導具や魔法具の効力は通常の魔術の領域を遙かに超える。

 

 さらに魔術具や魔導具は使用耐久性に必ず限度があるが、魔法具にはそれが無いという。

 

 

「アレは"グラーフ"が言い出したもんでな」

「ぐらーふ? グラーフ……って、まさか"二代神王"!?」

 

 叫ぶと同時に座学で学んだだけの知識が俺の頭の中に浮かんでくる。

 

 叡智ある獣の王たる"頂竜"と竜族相手に勝利し、自らを神王と称し最も長く座についた"初代神王"ケイルヴ。

 苛烈なる武力の象徴にして、魔族相手にその智勇を内外へと示した"三代神王"ディアマ。

 現在も神王の座についていて、神領にて世界を傍観しているという"四代神王"フーラー。

 

 そして魔力の暴走と枯渇という状況で、混乱する世界の平定に努めた"二代神王"グラーフ。

 

 七色竜──初代魔王──二代神王──

 もはや神話で語られるだけの存在と知己を得ている英傑に、俺は何度と亡く眩暈《めまい》に見舞われる思いだった。

 

 そしてなによりも……他人のような気がしない、とてもフレンドリーな彼女自身もまた──

 神話の時代より生きてきた、正真正銘の伝説の人なのであることにも。

 

 

「うむ。そもそもが魔力の暴走と枯渇現象に(たん)を発し、大いに危惧したグラーフの腹案じゃった。

 そしてあやつは恐怖にあえぐ者らを利用し、完全喪失する前にその機能を宿した道具を造ることにしたのじゃ」

 

「そこで貴方が渡りをつけたと?」

「いや……奴は自分で見つけおったんじゃよ、魔法具を完成させるに足る人物を。そこで(わし)も知り会った」

「──とすると、本来は反目する魔族の王である人物に……神王が自ら頼った?」

「当時はまだ神王を継いではいなかったがの。製作にあたって基礎理論を考えていたのも奴自身じゃ」

 

 尽きぬ講釈のような神話そのものを聞いている途中で、俺の中で飽くなき疑問の一つをぶつけるのだった。

 



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#204 竜越貴人 IV

 俺は浮かんだ疑問を話の流れのままに(たず)ねる。

 

「理論が構築されてあっても、グラーフは自分で造ることはできなかったと? 魔法とは"全能の(ちから)"ではないのですか」

 

「魔法は確かに全能と言えるほど理想上の限界はないが、つまるところ使()()()()()()()()()()からのう。

 (たと)うるに"万物を斬断する刃"の形成に魔力を使えば、"全てを拒絶する防壁"を展開する魔力は足りなくなるもんじゃ。

 もし仮に同時に魔法として発動させれば、大概のモノは斬れる刃と、大抵のモノは防げる障壁程度のモノになってしまう」

 

(なるほどな……結局は魔力(リソース)を必要とする以上、真に全能とはならないのか)

 

 だからこそ魔力という根源に異常を(きた)す、暴走や枯渇をどうにかすることもできなかったのかも知れない。

 

 

(だとすると、"永劫魔剣"が完全体であったなら──?)

 

 循環・増幅・安定によって、無尽蔵に魔力を得られるのは破格の性能ということになる。

 それが実際に魔法を使うだけの容量に足るかは疑問が残るが、少なくとも本来の性能を発揮する一助にはなろう。

 

(もっとも安定器は俺がぶっ壊しちまったし……)

 

 現状では循環器たる刀身のみ、財団で丁重に安置してある状態。

 増幅器は調査してはいるものの、現状において情報は皆無である。

 代替器の開発はまったく見通しが立っておらず、実用化するのはいつになることやら。

 

 

「当然使う魔法の傾向に得手不得手もある。だからこそ魔王(あのこ)が必要じゃった」

「その(げん)からすると、初代魔王も魔法使(まほうし)だったということですよね?」

「でなければ魔法から魔術など編み出せるもんかいね」

 

「しかしながら魔王──つまり魔族の王ですよね。魔族ならば魔力の"暴走"があったということでは?」

 

 魔力暴走によって不安定となり、魔法の発動に支障をきたしてしまう。

 だからこそ神族から爪弾(つまはじ)きにされ、新たに"魔族"として自ら追いやられたのだから。

 ゆえに魔法が使えるということは、大前提として暴走や枯渇に見舞われていないと、理屈の上ではなるはず。

 

「ベイリル、おんしは自分と幼馴染の種族を忘れてはいないかの」

「俺はハーフエルフで……あぁ!! つまり初代魔王は吸血種(ヴァンパイア)だった」

 

 頭の中でピタリと欠片(ピース)がハマる音がして、大いに得心する。

 

「そういうことじゃ、元神族から暴走を経たゆえの才よの」

 

 魔力の暴走の最中に"魔力抱擁"という技術をもって、異形化ごと止めてしまった種族。

 しかも魔力の暴走は通常よりも魔力を蓄える性質があり、その上で自らの掌握下におけたのならば──

 むしろ神族の頃よりも強力な魔法を使うことだって可能であったのかも知れない。

 

 

「魔力が枯渇してしまってはさすがに魔法具も使えないが、暴走であればその限りではない。

 それに魔力が足りず完璧なものでなかったとしても、効果としては十分なモノもあるからのう」

 

 魔力量に比例して効果が増減するタイプなら、魔法具の中にも機能するモノがある。

 まさに財団が保有している"永劫魔剣"も、半端に発動させたセイマールが重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)で即死するのを(まぬが)れた。

 

「そういった思惑も含めて造られたのが十二個の魔法具──グラーフが製作者に敬意を表して魔王具と呼称したモノじゃ」

「十二個も作ったんですか」

「そうじゃ、ちなみに世界に()()()()()()()()()。ぬしらが死蔵させてある"永劫魔剣"もその一つ」

「うん……──えっ?」

 

 

 聞き(のが)したわけではないが、ちょっと脳みそがついていかなかった。

 

(わし)が知る限り魔法具は、後にも先にもあの子が造った十二個のみじゃ。それほど製作が至難なモノじゃった」

「ッッと、ちょっと待ってください。魔法具は全てが初代魔王謹製(きんせい)で?」

「そうじゃ、その場に(わし)もおった」

「十二個しかなくて?」

「魔王具もとい魔法具は、その創られた十二個だけじゃ」

「永劫魔剣もその一つ……?」

「んむ」

 

 財団の秘匿事項である"永劫魔剣"のことを何故知っているのか──もはやいまさらであった。

 そしてなによりも12個しかないのならば、不完全とはいえ……とてつもない超希少品であるということだ。

 

「アレは正式には"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"と言ってな、剣の形をしているがただ単に魔力を貯蔵するだけのモノなんじゃよ。

 安定した循環と増幅によって、製作するにあたって必要となる膨大な魔力を外付けで補強する為のモノでしかない。

 つまるところ他の魔王具を造る為の"前提"を作る魔王具として、二番目に創られたというのが経緯があるわけよの」

 

(あぁそうだ、理屈はフラウの"魔力並列循環(マジカル・ループ)"と似ている……)

 

 はからずも近い発想であった──ということだろう。

 フラウのそれは、魔力をその身に循環させ続けることで、魔力を貯留し続けるだけ。

 増幅させるような効果はないが、理論上は無限に貯留し続けることができるというもの。

 

 

「"永劫魔剣"と呼ばれるようになったのは、ディアマが実際に(ぶき)として使った所為(せい)じゃろうな」

「三代神王ディアマが作ったんじゃなかったんですね」

 

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"時代では少なくともそう教えられてきた。

 しかしそこは印象操作だったのだろうか。あるいは単純に真実の歴史を知らずに思い込んでいただけか。

 なんにせよ魔族を殺して回った神王が、実は魔王が造った魔法具で戦っていたなどと……。

 

「一番最初に作られた"虹の染色(わたしいろそめあげて)"も含めて、この二つは他の魔王具とは毛色がかなり違った特性でな。

 それぞれ魔力に特化した魔王具だったんじゃよ。魔力を己のモノとする魔王具と、無限の魔力を生む魔王具。

 その二つをもってして、ようやく他の魔王具を創り出すに足るだけの魔力量を確保することが可能となったわけじゃ」

 

 ディアマの場合はその超魔力を直接、攻撃に転化したということなのだろう。

 ケイ・ボルドや故・テオドールといった、魔力を力場(りきば)として攻防に(まと)う"無属魔術"とも言える技法。

 それで大陸を斬断したというのだから、なるほどそれはある意味で有効な使い方だったのかも知れない。

 

 

「だからこそ魔法具は、他の者には決して造れないというワケなんですね」

「逆に言えば、その二つさえ揃えられれば……大魔技師あたりなら造れたじゃろうの」

「でも……揃えられなかったと」

「ぬっはっははは、そうであったなら魔術具文明でなく、()()()()()になってたやも知れんのう」

 

 アイトエルは冗談交じりに笑い飛ばした。ただ個人的な意見として、その言葉と俺の考えとでは相違があった。

 

(大魔技師は……必要以上に文明を()し進めようとはしなかった──)

 

 それはほぼ間違いないと確信できる。大魔技師が残した文明が、素晴らしく凄まじかったのは間違いない。

 

 事実として彼が転生者であり、魔術具を改良して広められるほどの賢者であったこと。

 そんな人物が現代知識を惜しみなく使っていたなら……世界はまったく別物になっていたに違いなかった。

 

(それこそ俺の"文明回華"計画よりも、(はる)かにとんでもないことになっていたハズだ)

 

 しかしながら大魔技師は、意図的にそういった部分を抑えたと思われる部分が随所に見られる。

 それはアイトエルの(げん)によって、彼が()()()()()()()()()感じていたことだった。

 

 

(大魔技師の思惑はどうあれ──)

 

 少なくとも彼は世界を混乱に(おとし)れるような気はさらさら無かったということだ。

 

 あくまで人々の生活を豊かにすることであり、それでもやり過ぎることは決してなかった。

 戦争に転用できる技術こそあっても、直接的に人を害する魔術具は一切(いっさい)造らなかったと語られるのだから。

 

(そういう意味で俺にはストッパーがないし……)

 

 同時に自重するつもりもさらさら無いのであった。

 

 



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#205 竜越貴人 V

 ゆるりとアイトエルとの会話は続く。

 

「なんにせよ魔王具の半分くらいは所在が知れぬのう。わかりやすいのは"意思ありき天鈴(あしたてんきになぁれ)"じゃな。神領を超自然で守護(まも)っておる」

「お……おぉ、不可侵の神領にはそんなカラクリがあったとは──」

「魔法が直接使えんでも、魔力があれば使える良い見本じゃな。グラーフにとっても本望じゃろうて」

 

 わずかばかりの郷愁に(ひた)るような瞳を浮かべ、アイトエルはつまさきを地面にトントンと叩いた。

 そうして羽のような魔法刻印(エングレーブ)(ほどこ)された金属製の"靴"を、俺に対して指差して見せる。

 

「ちなみにこの"神出跳靴(あるかずはしらず)"も魔王具じゃ」

「なんと、その効果は──」

 

 俺が質問を言い切る前にアイトエルの姿が忽然(こつぜん)と立ち消えて、背後に唐突な気配を感じる。

 

「これは見知った場所へ"転移"できる。(わし)では魔力が足りんから、多少なりと制限が掛かるがの」

 

 アイトエルはそれでも「重宝しておる」と付け加え、ニカッと笑った。

 肌で()れている空気の流れが、高速移動をしたわけではなかったことを確かに知覚させた。

 

「他にも"冠"が帝国、"耳飾り"が皇国、カエジウスも持っておるの」

 

(まじか、あの"無二たる"偏屈爺さん……いや、流石(さすが)はワームをぶっ倒して改築するほどの五英傑と言ったところか)

 

 まだ迷宮制覇特典の願いがあと一つ残ってるが、いくらなんでも譲渡してはくれないだろう。

 ただ最初に無理難題として提示し、本命の願い事を叶えてもらう材料にはできるかも知れない。

 どのみち魔力量というハードルがある以上は、魔法具も持て余すだけの品物になりがちである。

 

 

「他の所在は知らん。利用したくば自分で探すがよい」

「残る十つの魔王具の効果も教えていただいても?」

「そうさのう"遍在の耳飾り(いつでもどこにでも)"などは──いや、それらも己で調べることじゃな。なんでもかんでも教えてはつまらん」

 

 これ以上の取りつくしまは無さそうであった。彼女自身は無条件の味方というわけではない。

 あくまで"Blue(ブルー・)Whisper(ウィスパー)"とやらの依頼で助力し、ついでで昔話をしてくれているだけなのだ。

 "永劫魔剣"──もとい"無限抱擁(はてしなくどめどなく)"の増幅器パーツの在り処も、知っていたとしても教えてはくれまい。

 

(あんまりしつこく(たず)ねても──)

 

 心証を悪くするだけとなって、こちらに(えき)はないと見る。

 語り尽くすには百夜でも到底足りまい──そんな歴史の生き証人。

 またいずれ会う機会も得るだろう。焦る必要のないことはまた後に残しておけばいい。

 

「さて、いささか昔話が過ぎたかのう……何歳まで生きたとて、語るに恥ずかしいこともある」

 

 一区切りがついたところで、俺から本題について話を戻すべく切り出すのだった。

 

 

「なかなか勉強になりました。積もる話はまたいずれ一席を設けてお聞きしたいところですが──」

 

 さりげなく次に会う機会を意識させつつ、俺はアイトエルの反応を待たずに言葉を続ける。

 

「ではいったん話を戻しまして、えー……アンブラティ結社は自分とフラウの故郷を焼いただけでなく、今も活動しているわけですよね」

「いまいち他人事(ひとごと)が抜けん感じだのう」

「まだ咀嚼(そしゃく)しきれてないことが多すぎるので、申し訳ないです」

 

 なんだかもう情報過多すぎて、脳がオーバーフロー起こしかけているような感覚。

 シールフに記憶を掘り起こしてもらった時ほどではないが、新たに入れる驚愕情報ばかり。

 

「まぁ良い、どのみち危機意識は明確になろう。なんせ結社は先の戦争でも一枚噛んでおったんじゃぞ」

「それは……インメル領の(いくさ)でも?」

 

 アイトエルは大きく首肯(しゅこう)して口角をあげる。

 

 俺とフラウの故郷を焼いたことも、まぁそれはそれで許せないが所詮は過去の話。

 しかし今なお干渉をしてくるというのであれば、それは看過できないし排除すべき対象となる。

 

 

「んっははは、当然ぬしらの情報網にもまったく引っかからんかったじゃろう」

 

 俺は眉をひそめて露骨に顔を歪めてしまっていた。

 戦争をコントロールする──それは文明発展と各種勝利条件にあたって、財団も常々念頭に置くべき事項。

 関知しえない部分でアンブラティ結社とやらの手が入っていたのが事実ならば、さしあたっての重大問題である。

 イニシアチブを取るどころか、逆に取られて利用されているということなのだから。

 

(わし)が知り得た限りでは、"魔薬"を流したのは結社でほぼ間違いない」

「つまり戦争の発端である厄災を引き起こしたと? であれば伝染病も結社の計画の内……?」

(やまい)についてはわからぬ。ただ王国に侵攻させる意図があったことも(ぬぐ)いきれまいな」

 

 そこらへんはアイトエルも確証が持てず、本当にただ予想として言っているだけのようだった。

 

(厄災と侵攻──はからずも両方とも財団(おれたち)が打ち砕いた……)

 

 仮に結社が本当に存在し、何らかの目的があったとして引き起こして──財団はそれを(はば)んだ形になる。

 そうなればシップスクラーク財団それ自体が、本格的にアンブラティ結社に目をつけられていても不思議はない。

 

 

結社(れんちゅう)が身を隠している以上、大っぴらに抗争することもないのだろうが──)

 

 水面下で謀略の限りを尽くし尽くされ、血で血を洗う事態になってもそれはそれで困る。

 であればむしろ表舞台に引きずり出して、(ちり)一つ残さず消滅させてやった(ほう)禍根(かこん)は残るまい。

 なんにしてもまずはアンブラティ結社という存在を証明し、捕捉するところから始める必要がある。

 

(ヴァルター・レーヴェンタール……あいつは魔薬とは無関係だったか)

 

 論功行賞の帰りに傍若無人(ぼうじゃくぶじん)だった帝王の血族──魔薬をその手に持っていた。

 

 とはいえ……あの男がまさに結社の一員であったという可能性も0(ゼロ)ではない。

 依然として調査は続けておくべきであり、より一層の警戒をもって(こと)にあたらねばなるまい。

 

 

「聞くところによると、結社は決して一枚岩ではない。しかして、それぞれの目的を複合的に達成させる特異性を持っておる。

 ゆえにこそ全容がまったくもって掴めぬし、厄介な存在なのじゃ。その数も規模も……皆目(かいもく)見当がついておらん」

 

「規模が大きくなれば、それだけ(ほころ)びも生まれやすくなる。であれば……中心人物はそう多くないでしょうね」

 

 俺は"遮音風壁"の外にある、脚本家(ドラマメイカー)の死体を一瞥(いちべつ)する。

 

「情報は聞き出せんかったが、脚本家(きゃつ)は中心人物の一人だったはずじゃ。しかも演出まで自分でやりおるらしい」

「それもこれも"Blue(ブルー・)Whisper(ウィスパー)"とやらのおかげで、討ちとれたと?」

「うむ、あやつの()()()()()も兼ねていた」

 

(アイトエルも"Blue(ブルー・)Whisper(ウィスパー)"とやらも、今は同道する味方と見ていいか……)

 

 疑えばキリがないし、何よりも現段階で五英傑と謎の情報通を無下にするリスクの(ほう)が遥かに大きい。

 

 それに……少なくとも今は(たばか)ったりする様子は見られず、純粋な老婆心こそ垣間見(かいまみ)える。

 自分自身が積み上げてきた直観めいた部分は、素直に信頼したいところだった。

 

(それに(だま)すつもりだったとして、こっちに信用されたいのなら隠し事が多すぎるしな──)

 

 俺の気性をそこまで計算した上での演技、などと疑っていたら水掛け論と変わらなくなる。

 

 

「結社にとって都合の良い物語(ストーリー)を書き、上演する人材を失ったのは結社としても痛手に違いないのう」

「つまり今後は大々的な動きはしにくくなると思われると……無論、過信は禁物ですが」

「そうじゃな、ゆめゆめ忘れるな。(わし)が手を貸すのもこれっきりじゃし」

()()()()()?」

(わし)は結社とは関わらんということじゃ」

「あくまで"Blue(ブルー・)Whisper(ウィスパー)"の頼みとしてだけ動いたと──?」

「んむ、小さくない借りがあったから今回で清算したまでのこと」

 

 つまりはアイトエル自身は、アンブラティ結社をどうこうする気はないということか。

 危害が加えられれば迎え討つのだろうが、能動的に潰すような真似は今後しないと。

 

「ダメ元でお(たず)ねしますが、貴方を財団(うち)に勧誘してはダメですか?」

 

 俺は弱味を見せるような神妙な口調でもって、そうアイトエルに告げてみるのだった。

 

 



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#206 竜越貴人 VI

 

「──貴方を財団(うち)に勧誘してはダメですか?」

 

 創世神話より生き続ける五英傑。味方となればこれ以上心強い人物はいない。

 しかし返ってきた答えは、非常にシンプルなものであった。

 

「断る。(わし)はいつだって自由に生きるでな──世界がどう転ぼうとも、それとてまた人の成り行きじゃ」

 

(なるほど、らしい(・・・)な)

 

 にべもなく断られてしまったが、特段の驚きもなかった。

 まさしく長命(ながいき)のお手本であり、それだけ生きていてなお精神が枯れることのない気質。

 こうして改まった知己(ちき)を得たのに、味方にできないのは残念だが──同時に彼女は敵にもなるまい。

 

 

("竜越貴人"アイトエル、彼女を知れたことそれ自体が大きいから良し)

 

 当然ながらシールフは知っていただろうが、これまでの態度からして関連することは口止めされていた感じ。

 しかし俺がこうしてアイトエルと改めて話したことで、財団の方針として示すことができる。

 

 なにせ世界を変革していくにあたって、"五英傑"の存在は常に留意しておくべき最重要事案。

 時として最大の障害となりかねない彼らの動向には、慎重を期して当たらねばならない。

 戦争行為においては"折れぬ鋼の"が目の上のたんこぶだし、領域を荒らせば"無二たる"も黙っていない。

 

 そして数多くの組織を設立し、各所に多大な影響力を持ち、魔王具で身軽に転移できる"竜越貴人"。

 ある意味で最も敵に回したくない彼女が中立でいてくれるのならば、それだけで十分である。

 

 彼女自身を害することがないよう注意だけしておけばいいし、多少の被害であれば直接会って弁解できるかも知れない。

 

 

「話も尽きてきたかの、"脚本家(ドラマメイカー)"の死体と結社の存在で必要な用事は終わりじゃ。()()()()()()()は自分で決めるがよい」

「このたびは本当にありがとうございました」

 

 俺は心の底からの想いを言葉に込めて、アイトエルに向かって深く一礼する。

 

「礼には及ばん」

 

 ポンッと下げた頭を童女に撫でられ、俺はなんとなく母の姿を想起した。

 もっとも彼女から見れば、世界に生きるほとんどこそ童子(わらべ)も同然なのだが。

 

 俺は意味深な言葉を胸裏に刻んで(のち)、顔を上げて最後の最後に……一つ問いかける。

 

 

「──お姉さん、ひょっとして凄腕の魔導師(・・・)?」

 

 俺は舌っ足らずで高めの抑揚(トーン)でそう言った──それはかつて……初めて会った時に発した疑問。

 あの時の教えがあったからこそ俺は生きているし、こうして強くなれたと思っている。

 

「うん……? んっ、ふむ──」

 

 一瞬虚を突かれた表情を浮かべたアイトエルは、すぐに察したように言葉を続ける

 

「まぁそれなりに自信はあるつもりじゃ。おんしはそんなに"魔導"を使いたいのかの?」

 

 まさか覚えているわけがないし、十中八九流されると思った(たわむ)れだったのだが……あの時とほぼ同じ返しをされる。

 一体全体どんな記憶容量を持っているのか、もとより常識が通じない相手だから気にするだけ無駄かも知れない。

 

「突然……すみません」

「構わん構わん、なかなかおもしろい余興じゃ。じゃから特別に教授してやろう」

 

 

 柔和な表情を浮かべたアイトエルは双瞳を閉じて、一拍置いてから真剣な面持ちで見据えてくる。

 

「なにゆえ魔導を望むか──」

「より天空(たかき)へ昇る為に」

 

「その果てに何がある──」

「さらなる宇宙(そら)へと辿り着きたい、いつまでもどこまでも」

 

「それが苦難の道であってもか──」

「苦難であっても(つら)いとは思わない、好きで選んだ新たな人生(みち)なので──」

 

 覚悟を(ただ)すような問答を終えると、アイトエルは腕を組んで満足気にうなずく。

 

「うむ! 良き面構えに(ちから)強い言葉──申し分なし」

「今のはなんなんです?」

「気分じゃ」

 

 俺はギュッと強張らせていた神経を弛緩(しかん)させ、問われ答えた言葉に(こころざし)を熱くした。

 

 

「それじゃあ講釈を垂れるとするか」

「よろしくお願いします」

 

「そうさの……魔導と魔術の境界線は知っているかの?」

「一般的に──現象それ自体を起こすのが魔術であり、物理現象によらない効果が魔導と習いました」

 

 俺は学園生時代に、魔術部魔術科で習ったことを思い出して答える。

 非常に曖昧な定義だったが……一般的な認識ではそういうものだった。

 それほどまでに魔導師は少なく、また行使手本人も秘匿するのが常である。

 実際にシールフも自分自身の魔導については、基本的に隠している。

 

「認識としては間違っていない。そしてそこを語るにはまず、魔力について教えねばなるまい」

「魔術でも魔法でも、肉体・感覚の強化から魔道具の発動まで──全ての根源、ですね」

 

 異世界における元世界(ちきゅう)との決定的な相違点。謎のエネルギー源たる魔力。

 人体──(おも)に血流と共に循環しているようであり、使ってもまた自然に回復していく。

 貯留される魔力は個人差があり、魔術として放出するのみならず肉体や感覚器官を強化せしめる。

 

 

「魔力には固有の"色"がある、これは初代魔王──あの子なりの表現の仕方じゃったが、(わし)も今はしっくりくる」

 

 シールフの講義でもそんなようなことを説明していた気がする。

 彼女がアイトエルからそのことを聞いていたのならば、その大元はさらに初代魔王だったということか。

 

「つまりは個々の色がついた魔力が血液を通じて全身の隅々に行き渡り、様々な恩恵をもたらすわけじゃな。

 よって相手の肉体内部に、直接作用させる魔術は使えない。なぜなら魔力の色同士が反発してしまうゆえ」

 

「まぁ……脳の血管を直接切断したり、空気を発生させれば小さい労力で殺せますもんね」

 

 あくまで物理的な現象を起こし、外部から破壊するのが魔術の基本。

 内部から直接爆発させたり、中毒を起こさせたりといったことは不可能である。

 

 また財団医療部門の研究でも、輸血をされた場合に魔術が使えなくなるといった症例も確認されている。

 

(逆にヴァンパイア種のような例もあるから、わからんことだらけだな)

 

 遠い過去に血液を飲むことで魔力を取り込んだことから、現在も吸血種(ヴァンパイア)と呼ばれ続けている。

 本当に取り込めていたかどうかは謎を残すところだし、経口摂取だからこそ成し得た非効率的なやり方かも知れない。

 いずれにせよ実際に試すのは、いくらなんでも(はばか)られる。

 

 

「"魔導"とは他者の色に干渉する。すなわち()()()()()ことができる領域のことを言う」

 

(ふぅ~む、その説明だと……色? 同士がぐちゃぐちゃに──)

 

「混ざってわけわからなくなる、と思っておるじゃろ?」

「あっはい」

「ゆえに自身の魔力の色が混ざらんように、より強く固定化する必要がある」

「なるほど、言わんとしてることは……ぼんやりとわかります。非常に興味深い」

 

 魔力に長じたエルフ種の血を半分継ぐばかりでなく、俺はシールフの"読心の魔導"とその魔力に誰よりも()れてきている。

 またフラウやハルミアと()()()()()()流れを感じ、魔力の操作も常日頃から意識している。

 ゆえにこそ魔力の濃淡や密度という概念も直観的に理解できた。

 

「シールフからも教わっとるじゃろうが、あやつはもっぱらの感覚派。あまり参考になるまい」

「……正直に言うとそうですね。よくあれで魔導コースの講師を任せていたと思います」

 

 シールフが魔導を使えるようになったのは今の俺よりも若く、それこそプラタやケイらの頃。

 完全に天才の部類であり、多少なりと記憶を共有しようとまったく参考にならなかった。

 

 

「それでも講師職はあやつなりに恩返しの気持ちじゃったからのう、それを無下(むげ)にはできんよ」

「他にも何かしらやれることあったんじゃないですかねぇ」

「っはははっはは!! (わし)にとって助けになることなんて無いからしょうがない」

 

 シールフほどの魔導師でも必要とするポストがないとは、それはもう贅沢な話であった。

 

(そんな彼女に清算させるほどの借りを作った"Blue(ブルー・)Whisper(ウィスパー)"──まじで何者なんだか)

 

 五英傑である彼女に貸しを作るほどの人物なのか。

 あるいは長命種で大昔に作った借りということも考えられるが……。

 

 答えてはもらえない質問ゆえに、さしあたって胸の内にしまっておくことしかできなかった。

 

 



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#207 竜越貴人 VII

 

 答えてくれない質問ではなく、俺は講義に沿った質問をぶつける。

 

「ちなみに魔導を覚えると魔術が使いにくくなる、という説は本当なんでしょうか……?」

 

 いずれ魔導師となり一芸特化になったとて、汎用性に富んだ魔術群が使えなくなれば弱体化も十分にありえる。

 そうであったなら魔導を覚えないという選択肢も考えられた。

 

「そこらへんは個人差と()()()()によるかのう。シールフなんぞは普通に使っておるじゃろ」

「えぇまぁ……彼女は記憶を共有できるから、使えるみたいなことを言ってました」

「それもまた答えじゃよ、確固たるイメージと技術があれば造作もない。過去にも魔術と魔導を両立した者は何人もいた。

 今までに修得してきた魔術なぞいらんほどに、己の魔導を高めた者もおったしのう。少なくともおんしは問題なかろうて」

 

「ふむ──問題ない、ですかね」

「ない」

 

 特に理由は語られることはなく、ただ太鼓判を押すように言い切られる。

 

 

「ちなみに魔術と魔導の両立は個人によるが、まったく違う魔導を二種類使うことは誰であってもかなわんぞ」

「つまりそれは……魔力色の固定化が関わっている、と?」

「そうじゃ、()()()()()()()()()()ことはできん。同様に、()()()()()()()のにも重要な要素じゃ」

 

「なるほど──色が弱まれば魔導にあらず、転じて近い色なら表現できても……薄まった魔術になってしまう。

 仮に強く大量の黒色に対抗するには、こっちも同質・同量の白色を用意しないと灰色にならず塗り潰されると」

 

「物分かりがよろしい」

「恐縮です」

 

 要するに対魔導師戦を想定するなら、魔導師であることが必須となる場合もありえるということ。

 魔導と言っても攻撃的なモノばかりでもなかろうし、闘争そのものにおける機微や練度差もあるだろう。

 究極的には一方的な不意討ちによって、一気呵成に片を付けるのが最適解でもある。

 

 ただ正面きって受けるような状況になった時に、無抵抗のまま敗北するのはあまりに具合が悪い。 

 

「ただ御託を並べてはおるがのう……(わし)の言葉は、無駄に長生きしてきた中で、実際にこの眼で見て、感じてきたモノだけじゃ」

「え~っと、確たる研究成果とかがあるわけではないんですね」

「うむ。そういう組織も作ったことはあったが、わからずじまいよ」

 

 つまるところアイトエル自身が理論を持っているわけではなく、経験則によるところが大きいようだった。

 ただしその人生経験が膨大な為に統計としては意味があり、実践的なデータとしては十二分に参考になる。

 

 

「魔導についてはなるほどわかりました。"魔法"のこともお聞きしてもよろしいでしょうか」

 

「よいぞ……魔法とは自身のみならず周辺にある無色の魔力ごと、己の色に完全に塗り潰して支配することじゃ。

 これは単に色を広げるのではなく、空間そのものと自身とを共有(・・)する感覚とは魔王(あのこ)(げん)

 塗り潰す為の魔力(いろ)が多いほど、理想を実現する為の(ちから)の幅が大きくなる……とかなんとか」

 

「興味深い……──やはり魔力は、そこら中に浮遊しているものなんですね」

 

 つまり大気のように移動したり、滞留したりもすることもあるのだろうかと考える。

 他にもケイやテオドールなどのように魔力を純粋に力場として使用する場合、どういうプロセスを踏むのか。

 

「まっあくまであの子なりの表現──必ずしも合っているとは限らんから、参考程度にはしておくことじゃ。

 他にも"(つぶ)"だの"(なみ)"だのと言っている(やから)も過去にはおったし、(わし)が長年生きてきた中で最もしっくりきただけに過ぎん」

 

(実際に俺やフラウは魔力を"粒子"状として捉えて、加速・循環させているし……)

 

 実際的な原理や法則については、財団の魔導部門へと投げ渡すことにしよう。

 魔導科学文明を推進していくにあたって、なんのかんの有益な情報を得ることができた。

 

 本来こういった情報は、魔導師などが個々に秘匿しては失伝しまうこともあるので、滅多に表に出ることがない。

 魔法具を創作し、魔術をも編み出した初代魔王の論説は、研究材料として無類の価値であろう。

 

 

「空間の魔力を掌握するということは、逆に()()()()()()()()ことも可能なんですかね?」

 

 そう俺が疑問を(いだ)いたのは、五英傑の1人──"折れぬ鋼の"が頭の中で浮かんだ所為(せい)だった。

 魔法を体現するほどの魔力を、もし己の身に宿せたならば、それは最強の肉体を有するに至るのでは……と。

 

「器がそれだけ巨大なら可能じゃな──"頂竜"なんぞはその典型じゃった」

 

(おぅっふ……)

 

 またしても一際(ひときわ)とんでもない名前が出てきた。神族以前に地上を支配していた最強の獣王。

 こうして気さくに話してはいるが、実際"五英傑"などという呼び名すら(かす)むのがアイトエルその人なのである。

 

「肉体は魔力によって強化されるが、同時に過多となってしまえば逆に自家中毒のようなものを起こしてしまう。

 それは魔力の"暴走"などでも明らかじゃの。肉体にまで影響して異形化し、精神まで(おか)され魔物へと至る。

 ゆえに天然で耐えられるだけの器を持つか……あるいは自分の限界点をしかと把握し、上手く按配(バランス)を調整せねばならん」

 

(俺がやるとするなら、技術的な(ほう)になるな)

 

 肉体的に脆弱(ぜいじゃく)なわけではないものの、素の身体能力が高い種族は他に多く存在する。

 そうした相対的不利を(くつがえ)すのが、エルフ種の系譜(ハーフエルフ)たる魔力操作能力。

 

 

「まずは魔法などと高望みをせず、魔導を目指すがええ」 

「無論です。可能なところから、一足飛びに昇っていきますよ」

不遜(ふそん)にして豪胆、しかしその意気じゃ」

 

 たとえ寿命が500年とあろうとも、実力不足で志半(こころざしなか)ばで死んでしまえば元も子もない。

 強くなれる内に強くなっておくべきだし、好きなだけ修行できる時間が確保できるとも限らない。

 

(そもそもアイトエルからすれば、五百年でも短命……か?)

 

 心の中で苦笑する。そもそも彼女それ自体も、一体なんの種族なのだろうか。

 

 陽光で輝く金瞳をもった不老たる"神族"の特徴はなく、特筆すべき部分のない灰色の双瞳。

 "エルフ"種のような尖り気味の耳もなければ、ヴァンパイア種のような犬歯も見えない。

 

("竜越貴人"──()()()()とも言っていたな。竜種(ドラゴン)が関わっているという可能性は考えられる)

 

 とりあえず次にまた会う機会があれば聞いてみようか。あるいはシールフが知っているかもと。

 これ以上彼女自身について掘り下げるのは、今は必要ない。 

 

 

「過去にも様々な者たちが、それぞれの方法で魔導に至ってきた──己だけの適解を見つけよ」

「ご教授ありがとうございます」

 

自分流(オリジナル)に発展させていく、っか)

 

 俺はグッと心臓の前で握り拳を作る。"天眼"を経てより、ちょうど新たな目標を欲していたところ。

 山の頂きどころか山選び以前、まずは魔力から準備・完成をさせるところから始める必要がある。

 

(それでも構わない)

 

 何年・何十年・何百年掛かろうとも、やりきってみせようじゃあないか。

 

 

「励み尽くし続けよ若人、後悔をせぬようにな。これは"手向け"じゃ」

 

 アイトエルはそう言うと、両手を前へと出す。俺は(うなが)されるように……左右それぞれで握った。

 

(シールフと初めて会った時を思い出すな……) 

 

 手の平を通して伝わってきたのは、アイトエルの冷やかな体温と──恐らくは魔導師級の魔力。

 

 

「ベイリル、おんしと(わし)()()()()()()()()()。ゆえに感じ取るのじゃ」

 

 ゆっくりと俺は視界を閉じ、全身全霊を傾けて集中させていく。

 魔力の濃淡を意識するように。粒子の1つ1つを受け入れるように。波として同調させるように。

 言語化しにくいこの体験を、決して忘れることのないように──俺だけの魔導に活かす為に。

 

 

 ──ゆっくりと、瞳を開けると……アイトエルは笑みを浮かべていた。

 同時に彼女が履いている靴が、にわかに光っていることに気付く。

 

「おんしが()()()()()()()()()した時に、また会おうベイリル」

 

 最後の最後まで意味深な言葉を残し──握っていた手は空っぽに、アイトエルの姿も気配すら──周囲一帯から完全に消失していたのだった。

 

 



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#208 新たなる道のしるべ I

 

 俺が"遮音風壁"を()いたところで、フラウがふわりと身軽に距離を詰めてくる。

 

「アイトエルさんは~?」

「もう帰ったよ、(いそが)しい身だろうしな──って」

 

 気付けば3人と1匹に混じってさらに、犬耳がフードより少しはみ出ている女性がそこにいた。

 

「"クロアーネ"、いつの間に」

「特秘連絡事項がありましたので……私が直接来ました」

「あれ? まだ情報部の仕事やっているのか」

「色々と落ち着くまで、です。それもこの仕事で終わりでしょう」

「そうか、まぁ会えて嬉しいよ」

 

 

「うん? う~ん~?」

 

 反射的に発してしまった俺の返しに、フラウが耳聡(みみざと)く食いついてくる。

 

「前に興味ないと言ってはなかったかね~? ねぇベイリルぅ~?」

「まぁ胃袋を掴まれてしまっては、(あらが)うことは難しい」

(はなは)だ心外です」

 

 素直に認めるもクロアーネの反応は否定的であり、俺は笑いかけながらさらに付け加える。

 

「それ以外にも魅力はいくらでも()げられるぞ」

「不要です」

 

 スッパリと断じたクロアーネに、俺は肩をすくめてフラウへと目配せする。

 終始こんな調子であることを察したフラウは、うんうんと納得した様子。

 ハルミアは微笑ましくこちらを見ていて、キャシーはやや呆れた表情を見せていた。

 

 

「それでクロアーネ、特秘事項ってのは?」

「……"アーセン"の所在が判明しました」

 

 クロアーネは一瞬言うべきか躊躇(ためら)った様子を見せたが、この場にいるのは全員見知った面子(めんつ)

 またその内容も財団に直接関わるような重大なものでもなかった為、普通に内容を通達する。

 

「ようやく見つかったか」

「アーセンって誰だっけ? なぁ~んか聞いた覚えはあるんだけどなー」

「個人的なやり残しだ。"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"時代の──ほとんど会ったことのない兄弟子みたいなもんか」

 

 奴隷として買われ、馬車に揺られ、刷り込み洗脳の為に石牢に閉じ込められたあの日。

 そこから解放時に教師セイマールと共にいた元教え子。俺達より前の、最初の生徒だった青年"アーセン"。

 

 以後まったく接触を持たないまま育ってしまったので、顔はそこまで覚えていなかったのだが……。

 シールフの読心の魔導による記憶走査のおかげで思い出せたので、兼ねてより調査してもらっていた案件の1つ。

 

 故郷の土地やアイトエルに続いて、昔からの(えん)が俺に追いついてくるようであった。

 

 

(なんにしても忘れた頃に"宗道団(しゅうどうだん)を潰した復讐"、なーんて……いきなり襲い掛かられでもしたら面倒だからな)

 

 他の有象無象の教徒であれば、俺達が宗道団(しゅうどうだん)をぶっ壊した犯人であることにはまず辿り着けない。

 ゲイル・オーラムが防波堤となって、そこで情報が一度途絶えるようになっている。

 また道員(どういん)名簿(リスト)にあったほとんどの構成員は、既に崩壊した宗道団(しゅうどうだん)本部へ来たところを捕縛している。

 

 しかしアーセンだけは宗道団(しゅうどうだん)本部に近付くこともなく、彼が"オルセニク"という偽名で潜入していた任務先も引き払われていた。

 

宗道団(しゅうどうだん)の異変にいち早く気付き、身を隠すだけの能力があったってことだ)

 

 アーセンの優秀さはセイマールが授業の合間に、まるで自分の自慢話のように語っていたのをよく覚えている。

 能力も高かったようであり、セイマールからもかなり信を置かれていた男である。

 

 アーセンだけは明確にベイリル(おれ)とジェーンとヘリオとリーティアの存在と……あるいは価値をも認知している。

 そうなれば宗道団(しゅうどうだん)を経由しないで、直接的に調べられるという可能性もないとは言えない。

 

 

後々(のちのち)の火種は徹底的に潰しておくに限る──が、とりあえず早急(さっきゅう)に話しておきたいことがある」

「そこに(ころ)がっている死体のことですか?」

 

 スッと一瞥(いちべつ)だけしたクロアーネは、興味は示さず視線を戻してさらに続ける。

 

あの(・・)"竜越貴人"が持ってきたそうですが」

「あぁ既に聞いてたか、ちなみにそいつは脚本家(ドラマメイカー)というらしい」

 

「つーかどーすんだよ死体(コレ)?」

 

 言いながらキャシーはつまさきで死体を持ち上げる。

 まだ目に見えた腐敗はしていないものの、匂いが鼻腔に届く限りだと時間の問題ではありそうだった。

 

 

「どうですか? ハルミアさん」

「ベイリルくんが話している(あいだ)に、軽く検死して()た限りですが……正直手掛かりとなるものはなさそうです」

「なるほど……それじゃぁ、アッシュ──」

「クルゥァ」

 

 名を呼ばれた灰竜は地面から飛び上がり、俺が教えたハンドサインを見て取ると吐息(ブレス)を死体へ浴びせかけた。

 二つ名しか知らぬ男が(ちり)一つなく風化し、跡形もなくなっていく中で……その死に顔をしかと見届けゆく。

 

 灰竜アッシュはそのまま俺の肩へと着地するとマフラーのように体をくるめ、俺は「よくやった」と頭を撫でてやった。

 

 幼竜も随分と賢くなってきたもので、しつけを通り越して普通に学習させる段階に入ってきている。

 しっかりとこちらの感情を読み取って、適切な反応(リアクション)を見せるようにすらなっていた。

 

 

「あれ? ベイリルのことだから、てっきり持ち帰って財団で調べるとか言いそうなのに?」

「とある事情があってな、証拠を残すとマズいかも知れん」

「どういうことでしょう?」

 

 俺はどこからどこまで話すか、勘案(かんあん)しながらゆっくりと慎重に言葉を紡いでいく。

 

「まず脚本家(ドラマメイカー)は個人じゃない。それぞれ違った目的の協力者がいる」

「へ~……」

 

 フラウの眼がわずかに細まる。つまるところ復讐はまだ終わってないということ。

 炎と血によって塗りたくられた故郷の真相についても、未だ不明瞭なままだ。

 

 

「アイトエル殿(どの)は"アンブラティ結社"と言っていた。存在は(よう)として知れず、多方面に悪意を伸ばしている」

「多方面ってなんだよ?」

「直近のインメル領会戦でも関わっていたらしい。財団の情報にも引っ掛かってない──よな? クロアーネ」

 

「……そうですね、アンブラティという()も聞いたことはありません」

 

 クロアーネは平静を崩さず答え、フラウは目をつぶり、キャシーは露骨に眉を歪めていた。

 ハルミアは顎に指を添えつつ、さらに迫った疑問をぶつけてくる。

 

「具体的に、どの程度まで関わっていたのでしょう?」

「魔薬の流通に関しては、ほぼ間違いないようです。さすがに伝染病までは不明だそうでしたが……。

 なんにせよ王国軍のインメル領侵攻を誘発させた遠因の一つに、アンブラティ結社が噛んでいたという話です」

 

「なるほど……んー、そうですかぁ」

 

 ハルミアはしばし考えた様子を見せ、俺は気楽な心地で口にする。

 

 

「まっそう心配することはない、シップスクラーク財団とフリーマギエンスなら大丈夫だろう」

 

 なんなら財団の"仮想敵"としては丁度良いとすら考えている。

 確かに恐れるべき相手には違いないが、新たに財団は賠償金と領地と人材とを得た。

 

 (こと)ここに至って、一撃で再起不能になることはまずありえない。

 内部から蚕食(さんしょく)されるにしても、何かしら兆候(ちょうこう)はあるはずで……。

 なによりアンブラティ結社の、()()()()が既に知れたことがかなり大きい。

 

(せん)(せん)は取れないまでも、遅れは取って甘んじることだけはないよう足元を固めていこう)

 

 より盤石で隙のない体制を確立し、情報関連に(ちから)をさらに(そそ)いでいく。

 どうせなら(くだん)の秘密結社そのものを呑み込んで、より強大化するくらいの気概でいこうじゃあないかと。

 

 



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#209 新たなる道のしるべ II

 

「さて……とりあえず俺も聞いた話を整理する時間が必要だし、落ち着いたら使いツバメを出して──」

 

 するとクロアーネが割り込むように、淡々と釘を刺すように言葉を紡ぐ。

 

「あいにくとそんな暇はありません、特秘事項についてすぐにでも動いてもらいます」

「うん? どういうことだ?」

「アーセンの動きを捕捉できたのはたまたまです。すぐにでも場所を移す可能性が非常に高い。

 こうして私が直接来たのも、裏周りを含めた案内が私にしかできないからに他なりません」

 

 クロアーネは「でなければわざわざ来ない」とでも言いたげな表情を浮かべていた。

 

「そうか、じゃあすぐにでも出発したほうがいいか」

「使いツバメは道中からでいいでしょう。テューレも大分モノになっていますし、情報部に任せておけばいい」

 

 

 専門部署があるのだから、その道の人間に一任するのがやはり具合が良い。

 優先的な情報は把握してはいるつもりだが、統括・管理するにはどうしたって人手も()り用だ。

 

「……そうだな、どのみち重大案件だからカプランさんを(とお)る。不備があれば全て整形してくれるだろう」

 

 なんでもかんでもカプランに任せっきりで本当に申し訳ない気持ちになる。

 多少なりと後進も育ってきているし、在野(ざいや)から有能な人材を引き抜いてはいるものの……。

 同時進行で財団の規模が拡張され続けているので、実際的な負担はあまり変わっていないのだった。

 

 

「英気は充分に(やしな)ったし、早速行くとするか」

 

 幾分か(なま)った気持ちを入れ替えようとしたところで、フラウが思いつきとは違う声音で口を開く。

 

「ごめん、ベイリル。あーしは残っていいかな」

「んっ? 一緒に行かないのか?」

 

 再会してからいつも一緒だったし、ずっと一緒だろうと思っていた。

 しかしここにきてフラウは、別れて行動することを提案してきたのだった。

 

「う~ん……シールフ元せんせに記憶を読んでもらおっかなって」

 

 

「それはつまり、()()()()のか……フラウ」

「そだねー、せっかくだからそのアンブラティ結社ってのもちょっち調べたいし」

 

 フラウにとって両親を(うしな)ったあの惨劇の日は、当然ながらトラウマとなっている。

 脚本家(ドラマメイカー)以外にも、アンブラティ結社に潜む巨大な悪意があるのならば……。

 それらも一網打尽に潰したくなる心情も、納得できるというものだった。

 

「仇討ち、か」

「ま~ま~そんなとこも……あるっちゃあるかな。ベイリルと違ってやっぱり忘れらんないや」

「いやいや俺も忘れたわけじゃないぞ」

「ほんとぉ~?」

「ただ他に優先すべきことがあるだけだ」

 

 それに俺の母は殺されたわけではなく、失踪しているだけで惨禍(さんか)に巻き込まれたわけではない。

 フラウの父と母には世話になったが……それはフラウに(むく)いることで、恩を返すことにしている。

 

 

「まぁ実際的に調べるのは、財団の情報部に任せておけよ」

(もち)餅屋(もちや)ってやつ?」

「そういうことだ、素人が手を出しても逆撃を喰らいかねないしな」

 

 こちらから調べて突き止めることはあっても、あちらから調べられて先手を打たれることは()けたい。

 それこそ今回アーセンを見つけ出したのと同様、常に相手より優位に立つことこそ肝要(かんよう)なのである。

 

「もしも記憶の中に手掛かりがあったとしても先走るなよ」

「それはベイリルには言われたくないかな~?」

「ぬっ……むぅ、言い返せない」

 

 俺自身、思い当たることはいくつもあったのでぐうの()も出ない。

 

「しかしまぁなんだ。正直心配だな、少しだけ待てないか?」

 

 フラウは昔も今も家族同然である、"誓約"をしていないだけでもはや俺の嫁と言って過言ではない。

 そんな幼馴染を置いてアーセンを追うというのも、いささか二の足を踏ませてしまう。

 

 

「んじゃっアタシが付き添ってやんよ」

 

 すると軽い調子でキャシーがそう口にした。フラウは瞳をぱちくりした後に、にまーっと笑う。

 

「えーいいの~? 」

「今さら遠慮がいる関係かっての。どうせアタシは他にやることないし」

「キャシーにあんま弱いトコ見せたくないんだけどな~」

「言ってろ」

 

 俺は首周りで丸まっている灰竜をつっつくと、アッシュは頭を上げて「クゥゥ……」と一声だけ鳴いた。

 

「ドラゴンセラピーだ、小動物に癒してもらえ」

 

 指でクイクイッとフラウの(ほう)を示すと、翼を広げたアッシュは肩から肩へと飛び移った。

 

 

「……ハルミアさんも、フラウの心理療法(メンタルケア)をお願いできます?」

「私は精神医療(そっち)は専門外なんですけど、フラウちゃんの為ならいいですよ」

「やった~、ハルっちも一緒だー」

「おいこらアタシと反応違うじゃねえか」

「そりゃぁねぇ~え?」

 

 フラウとキャシーの距離感に、俺はハルミアと目を交わし笑い合う。

 

「それに……私も少し結社とやら調べたいです」

「──その心は?」

「もしも結社とやらが魔薬の流通に関与しているのであれば、看過することはできかねます」

「なるほど、確かに」

 

 医療術士としてのハルミアの立場からすれば、決して許せることでないことは明白。

 

(あるいは戦災復興すらも、今後邪魔されるという可能性も考えるなら──)

 

 そういった見通しも含めた上で、態勢を整えていく必要があろう。

 

 

「それに言われてみて気付いたんです。もしもなんらかのの組織の手によって実験(・・)をしていたのなら、と──

 色々と中途半端だった効果はもとより、不明瞭な流通経路と中毒者の拡大の仕方にも不可解な点がありました。

 それこそ治験データを取るように、魔薬の効果を試していたとすれば……()に落ちる部分があるんです」

 

蔓延(まんえん)それ自体も、実のところコントロールされていたというわけですか」

 

 そうなればインメル領はまさしく実験場であった。

 同時に侵攻してきた王国軍や、援軍に来る帝国軍すら対象であった可能性もありえる。

 アンブラティ結社とやらが、実際的にどれほどの絵図を(えが)いていたのかはわからない。

 

 そういった背景を知る為にも、より突っ込んだ調査が必要なことなのは大いに理解できる。

 一つの事情を念頭に置くことで、新たに見えてくるものもきっとあるはずなのだ。

 

 

「伝染病もあるいは……大陸を移動する騎獣民族を保有者(キャリア)にした可能性という観点からも探ることができます。

 機会が機会です。今回の一件が完全終息を迎えるのはまだ先でも、早めに調べておきたい部分がいくつもありますから」

 

 ハルミアの決意は強く、そうなると同時に頑固であることもよくよく知っている。

 であればそれを邪魔する理由は特になく、(こころよ)く送り出すことにする。

 

「わかりました、色々とよろしくです。さしあたって使いツバメは本部を(とお)しつつ、相互連絡は欠かさず」

「そうですねぇ、何か緊急案件があればベイリルくんを呼び出しちゃいます」

「最速で駆けつけるんで遠慮なく」

 

 こういう時の為の機動力──というわけでもないが、己の能力はフル活用して(しか)るべきである。

 

 

「さて、となるとだ。クロアーネと二人旅になるわけね」

「はぁ……」

 

 シンプルにこれみよがしな溜息をされながらも、俺は一切気にすることなく風に流す。

 彼女としてもあくまでポーズとしての態度であって、心底から嫌がってるわけじゃないのはわかっていた。

 ただ俺とクロアーネの関係性が、そういう形として収まっているがゆえのもの。

 

「ふゥー……。それじゃフラウ、ハルミアさん、キャシー、アッシュも──また後で」

「は? ちょっ──!?」

 

 俺は"六重(むつえ)風皮膜"を(まと)うと、クロアーネを抱き寄せて天空へと勢いよく舞い上がったのだった。

 



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#210 我がゆくは領地の空 I

 

 連邦西部にある、アーセンがいるとされる街に向かう途中──

 

「バランス悪いんだよなあ」

 

 俺は風の波を掴んでサーフィンするように空を飛行しながら、背面の人物へと愚痴るように言う。

 

「貴方に抱きかかえられるくらいなら、私は地上から行きます」

 

 クロアーネは自前の有線誘導の金属糸を使って、俺と腰部を中心に最低限固定して随伴(ずいはん)飛行していた。

 

 戦争で制空権を確保していた(あいだ)に散々っぱら時間があったので、普通の飛行機動も可能にはなった。

 しかし何も考えず一番具合が良いのは、やはりこの飛行型(スタイル)に落ち着いた。

 

 空を道に見立てて(すべ)るように飛行するからこそ、咄嗟(とっさ)の事態にも対応しやすく"お姫様抱っこ"も可能となる。

 俺としては是が非でもやろうと思ったが、しかしてクロアーネに断固拒否された。

 いくら飛行練度が上がったとはいっても、空中で抵抗されては彼女を落としかねないし俺も墜落しかねないので諦めるしかない。

 

 

「地上からって……それじゃ大幅に遅れるだろう」

「その時は私の責任をもって追跡します」

 

 風に溜息を混ぜて流しながら、俺は彼女をどう攻略していこうかと考える。

 とりあえず困った時は料理の話題を振ればいいのだが、そればっかりでは食傷になる。

 

 最初の頃と違って険悪というわけではないのだが、お互い第一印象が第一印象なだけに踏み込みにくさは残る。

 

(はからずの好機(チャンス)なわけだし)

 

 フラウ、ハルミア、キャシーのパーティも一時解散し、それでいてクロアーネと共に過ごせる状況。

 これを()かさない手はない。長命種相手ならのんびりといけるが、獣人種はそうもいかないのだ。

 

 恋愛の駆け引きを楽しみたい部分もあるのだが、想定よりもさらにクロアーネのガードが固い。

 イケそうな時には躊躇(ちゅうちょ)なく突っ込んだ(ほう)がいいのも、また事実なのである。

 

 

「まぁそれならそれで、俺はクロアーネと一緒にいられる時間が増えていいし……地上から行くとするか」

「この状態のまま街へ行けば問題ありません」

「今の密着状態も悪くはないからいい……っぉおオーイッ、吊られっぱは姿勢制御が危険すぎるからやめてくれ!」

 

 ワイヤーを(ゆる)め始めて宙ぶらりんになろうとしたクロアーネに、俺は懇願(こんがん)するように叫ぶ。

 

「余計なことを言わず、黙って運べばいいんです。荷物を置いてきてしまったのも貴方の所為(せい)ですから」

「大事な調理道具一式は持っているだろう、他のモノは調達すればいいさ」

「財団の封蝋印なども入っていたのですが」

「それは俺も持ってるから大丈夫。残したのはフラウたちがちゃんと持って帰ってくれるさ」

 

 

 俺はベルトに装着されてる専用ケースから、財団とモーガニト伯爵家の印璽(いんじ)リングをそれぞれ見せる。

 

「というかベイリル貴方こそ、何か持っていくモノはなかったのですか」

「武具一式は完全装備だったからな、他には何もいらない」

 

 "竜越貴人"が最初に圧力(プレッシャー)を放って臨戦態勢に入ってたので、必要な物は揃っている。

 腹が減ったら狩猟すればいいし、多少の水なら汎属(はんぞく)魔術で生み出せる。

 天空を駆ける機動力があれば、どこかしらの村なり街なりを見つけて降りられるから野宿する必要もない。

 

「旅程をなめくさってますね」

「いやいやさすがに人里からも遠く離れた未開拓地に踏み入る時は、相応の準備はするさ」

「現状の行動範囲なら問題ないと?」

「そりゃもう"天空魔術士"ですから。強化感覚をもってすれば迷うことも滅多にないし、探索範囲も広いぞ」

「天空……? 飛空魔術士とは違うのですか」

「一般的に飛行できる魔術士はそう呼ばれるけど、俺は"天空魔術士"を名乗る。なぜならそっちのが好みだから」

「そうですか、私の知ったことではありませんが」

 

 

 軽口を言い合っている途中で、俺は背後に感じた気配に気付いて速度をわずかに落とした。

 

「クゥゥゥァアア!!」

「おいおい、アッシュ──ついてきちゃったのか」

 

 はたしてくるくると周囲を飛び回るのは、幼灰竜であった。

 

(あー……そういえば、フラウについているようアッシュ自身には言い含めてなかったか)

 

 話の中で自然と人語を解している(ふし)こそあっても、やはりまだまだ完全理解には程遠(ほどとお)いようである。

 

「しかしまぁ……人を一人分だけ余計に(かか)えているとはいえ、俺の巡航速度に追いついてくるか」

 

 

「なっ!? ちょっ、なんで私にまとわりつくのですか!」

 

 すり寄ってくる灰竜の扱いに困ったような様子で、クロアーネは珍しく狼狽(ろうばい)した声をあげる。

 

「俺たち以外で物珍しかったか、料理の匂いが染み付いてるんじゃないか」

「くっ──」

「まぁまぁ、(なつ)かれているなら良いことだろう」

「はぁー……まったく、竜は雑食でしたね」

「あまり美食家(グルメ)になられても食事代が(かさ)むから、ほどほどに頼む」

「妥協はしません」

「ですよねー」

「キュゥゥアッ!」

 

 

 クロアーネはどこからか取り出した干し肉を投げると、アッシュは空中で器用に口でキャッチする。

 完全に餌付(えづ)けされるのも時間の問題か──などと考えていると、遠く空に影が見えた。

 

「んー……? 歪曲(わいきょく)せよ、投影せよ、世界は偽りに満ちている。空六柱改法──"虚幻空映(きょげんくうえい)"」

 

 俺は指をパチンッと鳴らしてこちらを見たアッシュに、"(そば)を離れるな"のハンドサインを出しながら詠唱をする。

 クロアーネとアッシュの周囲ごと空気密度を変えて、まとめて背景(そら)と同化したまま飛行を続ける。

 

「何事ですか」

「空の彼方に踊る影アリ、だからとりあえずの警戒」

 

 いきなり攻撃を仕掛けてどこぞの飛空部隊などだったら大問題になる。

 まずは未確認飛行物体を見定める必要があった。

 

 

 相対距離はどんどん縮まっていき、数とシルエットまで把握する。

 俺はそのままクロアーネとアッシュを連れてステルスを()き、減速を掛けながら軌道を変えて迂回した。

 そうして影の進行方向を正面に捉えたところで、俺は"圧縮固化空気"の足場を2つ作る。

 

 クロアーネも鋭い眼光にその敵影(てきえい)を映したのか、いつも通り淡白な様子で口にする。

 

「……空飛ぶ魔物ですか、珍しいですね」

「明確な境界線はわからんが、とりあえずまだモーガニト領だろう。少しは領主っぽい仕事をしようか」

 

 それぞれ固化空気の足場に立ったところで、俺は左右のリボルバーをダブルでガンスピンさせながら体内の魔力循環を加速させていく。

 

「自領の治安を守る体制を作るのが領主であって、自ら出張(でば)って討伐するのは早々(そうそう)いませんが」

 

 ごもっともな意見に俺は肩をすくめつつも、開き直った表情で返す。

 

「"戦帝"に比べれば、なんだって可愛いもんさ」

 

 あれこそワンマントップの生きた見本にして、それらのさらに頂点である。

 財団という組織体系がしかと形になってきた今、現状で俺が役に立てることなどほとんどない。

 精々が誇れるのは隠密高機動の武力だけであり、発揮する機会があるのならば存分に振るわせてもらう。

 

 

「手伝いは、必要なさそうですね」

「無論。それとアッシュも待機な」

「クァウゥゥゥ」

 

 少しだけ名残惜しそうな鳴き声を残したアッシュは、大人しくクロアーネのローブの下に潜り込んでいく。

 

「んなああっ──このッちょっと!」

 

 クロアーネに悲鳴をあげさせながら、もぞもぞと動くアッシュに俺は少しばかり(うらや)ましさを覚える。

 

 

(さて殺すのはいいが……墜落させたら処理が面倒、か)

 

 そう考えを改めて自己完結してところで、俺は二挺拳銃をホルスターへとしまう。

 

「……なぁ、クロアーネ」

 

 しばらくモゾモゾとしているのをクロアーネを眺めつつ、ようやくアッシュを落ち着かせた彼女に俺は声を掛けた。

 

「っはぁ……はぁ……なんですか、領主の仕事など手伝いませんよ」

「でも料理なら?」

 

 ほくそ笑むように(たず)ねた俺を、みなまで言わずとも理解したクロアーネはバッサリ否定する。

 

「あの(しゅ)は初めて見ますから、今は(・・)無理です」

「おっ調理が無理だとは、意外な発言」

「まずい食材はない、と私も言いたいですが……実際の腕にはまだまだ未熟な部分がありますから」

「将来的にはできる、わけね」

 

 本格的に調理道を進み始めたのは学園に(かよ)い初めてからであるし、まだ5年にも満たない。

 元々の下地はあるとはいえ、クロアーネも道半(みちなか)ばであることは大いに自覚しているようだった。

 

「知らぬ素材の調理は、新鮮さをとるか熟成をとるかに始まり、適切な調理法を見つけるのにも時間が掛かります。

 魔物の料理が領分であった"レド"なら、経験と勘でやってしまうかも知れませんが……どちらにしても数が多すぎます」

 

「アーセンのとこに行かにゃならんし、暇なしか」

「そういうことです。わかったのならばさっさと討伐してください」

 

 俺はフッと嘆息を吐きつつ、迫りくる敵影に向かって感覚を(かたむ)けるのだった──

 

 

 



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#211 我がゆくは領地の空 II

 

「"六枚風"──(さい)!」

 

 俺は左手の人差し指と中指をピッと立てながら、天へと腕を振り上げる。

 ──と同時に空属魔術により圧縮された大気の盾壁が、敵影の四方上下を囲い込んで空間ごと拘束した。

 

 "一枚風"自体の物理的強度はそこまで高いわけではなく、それを立方体の形で6枚。

 本来は炎熱や氷雪など単純な現象を押し(とど)める為の魔術であるが、組み合わせることで一種の"結界"となる。

 

(パーティで黄竜を打ち倒し、単独で円卓ニ席こそ討ったが……)

 

 山の頂上(いただき)を見れば果てしなく、あるいは"五英傑"のような大気圏を超えて宇宙にまで届くような強度もいる。

 世界は広く、上には上がいるのだ……それはよくよく身にしみて思い知らされ、心より理解(わか)らされた。

 

 

(今後の方針を(さだ)めていくとして)

 

 模倣(パクリ)発想(アイデア)と工夫こそが、俺が持ち得る優位性(アドバンテージ)

 現代知識を保有し、様々な創作物語(フィクション)を脳裏に刻み、実際に異世界の魔術として使うことに憧れて(つちか)ってきた術技群。

 それら引き出しの多さと連係が最大の持ち味であり、数ある術技の内の1つでも引っ掛かけられたならそれで良く、最適解を迅速に見極めるのが肝要(かんよう)

 

(ただ現状では使いにくい術技や、未完成の術技もある。副次被害も考えると──)

 

 元々は惨劇の(のち)に奴隷に身をやつし、必要に迫られて魔術を開花させ、以後はたゆまず修練してきたことだった。

 しかし覚えてしまえばすぐに楽しみを見出し、ライフワークの1つとして確立されていた。

 異世界にしかない要素だからこそ、(ちから)()い知れるという最高の娯楽なのは否定できない。

 

 

「ッすぅ──! はァー……(ねん)!」

 

 俺は2本指を顔の前に持ってくると、ゆっくりと吐息を声に出しながら肺の空気を放出していく。

 風壁の内側へと水素の割合を増加させ、大気構成の密度を調整する。

 風封された結界内では、酸素よりも軽い水素も浮き散ることなく、俺は一気に爆燃させたのだった。

 

(かい)!」

 

 立てた2本指をそのまま結界を指差すように、ビッと振り下ろす。

 爆燃の衝撃によって球型に歪んだ"六枚風"を、今度は一気に圧縮させた。

 

「──っし、これで死体は綺麗さっぱり(ちり)と消えた、領地を汚すこともない」

「他に取り柄がないのですから、これくらい当然ですね」

「手厳しいな、まぁ割かし事実だが」

 

 クロアーネの怜悧(れいり)な一言に同意しつつ、俺は試してみた魔術を分析する。

 他にも液体窒素を用いたり、単純に酸素濃度を低下させたり、竜巻や電離(プラズマ)状態を作り出したり。

 ポリ窒素結合による密閉爆発、音振衝撃や定在波による分子崩壊など、応用自体はいくつも利かせられる。

 

 

(でも……やっぱり"魔術の域"を出ることはないんだよなぁ)

 

 こうした小手先に頼った試行錯誤も、ぼちぼち終了してもいい頃合なのかも知れない。

 新たな壁を飛び越えるか──あるいは壁そのものを破壊するには、どうしたって"魔導の領域"を意識していかねばならない。

 

(同時に俺が持つ知識がもここまで、か)

 

 地球で積算された科学の(ことわり)が役に立ち、また通じるのは魔術までが限界だろう。

 現代知識とはあくまで、一つの結果に対して違った選択・方法(アプローチ)を取ることができるというだけだ。

 原子の組成や化学変化を知ることで、普通に想像だけするのとはまた別途に、複数のイメージを持てる有利があるのみ。

 

 結果的にそれが威力向上や魔力消費を抑えられたり、(こと)なる道筋で近い現象を引き起こせる場合(ケース)もあるというだけ。

 逆に持っている知識やイメージによって、魔術の構成・発動が阻害されてしまうこともままあった。

 

 俺はそうした一長一短の中で適解を模索した上で、魔術のレパートリーとして研ぎ澄ませてきた。

 ただしそれが"魔導の領域"となると、もはや物理法則に全くよらない──どころか理論が、むしろ完全な邪魔にすらなりかねない。

 

 

(常識は一度捨てる……ただし)

 

 現代娯楽作品(フィクション)で得たビジュアルイメージや想いの強さは、魔導においても寄与してくれと信じている。

 より高みへと進化の階段を(のぼ)っていく為に、俺はギュッと右拳を握り込んで心臓を叩いて瞳を閉じる。

 

 オーラムのように飄々(ひょうひょう)と涼しい顔して──

 シールフのように明敏(めいびん)で自分の調子(ペース)に巻き込み──

 バルゥのように気高く雄々(おお)しく──

 バリスのように自由に猛々(たけだけ)しく──

 ケイのように絶対の己を(たも)って平静に──

 戦帝バルドゥル・レーヴェンタールのように計算高く傲慢(ごうまん)に──

 "無二たる"カエジウスのようにあるがままに我儘(ワガママ)に──

 "折れぬ鋼の"のように強き意志と確かな(ちから)(つらぬ)(とお)し──

 "竜越貴人"アイトエルのように鷹揚(おうよう)と超然的に──

 

 魔導と魔術の両輪を維持し、それらも組み合わせてより高次元の術技を体現する。

 

 

「──欲張りにいこう」

「……は?」

一人言(ひとりごと)だ。ところでクロアーネは魔導師を何人くらい知っているんだ?」

「直接知っているのは、シールフ様しかいませんが」

「あとは情報部として知り得ていた人物だけか」

「えぇまぁ、魔導師は珍しいですから」

「そうなると俺でも知っている有名どころしかいないか」

 

 各国に名が(とお)っているのがちらほらいるが、どれも簡単に接触できるような相手ではない。

 さらに言えば天才肌ではなく、きちんと理論立てて魔導師に至った者でないと参考にできない。

 

(魔導を修得してもそこで終わりじゃないし、練磨し続ける必要もある)

 

 今なおシールフが俺の知識によって新たに魔導の幅を広げているように……。

 個々の感覚が異なる以上は、アイトエルの言う通り自分流(オリジナル)に最適を見つていくか。

 

(むしろ俺自身がシップスクラーク財団に実データとして提供し、体系化の為の一助にすべきかね)

 

 皆が落ち着いたところで、フラウたちも巻き込み相乗効果でトライ&エラーを重ねていくのも良いだろうと。

 

 

「んん……──」

 

 俺は強化視力に加えて"遠視"の魔術を重ねて、遥か空の彼方に見えた別の影が急速に接近してくるのを(とら)える。

 

「どうしました?」

「あれは──"竜騎士"だな。時間を浪費しても(なん)だから口裏合わせよろしく」

「……仕方ないですね」

 

 クロアーネが軽い溜息を吐いたところで、火竜を駆る騎士はあっという()に眼前まで(せま)り、(ちゅう)で一回転しながら止まった。

 

「おまえたち何者だ、このような場所でいったい何をしている」

「ここは(わたくし)(おさ)める領土の上空です。()ずは貴方から名乗るのが礼儀でしょう」

 

 俺はあえて居丈高(いたけだか)に振る舞った。たかが竜騎士一人であれば、立場は明らかにこちらが上。

 変に下手(したて)に出るよりも、出鼻を(くじ)いて立場をはっきりとさせておくべきだと判断する。

 

「ここの領主、さま!? っこ……これは失礼しました!!」

「最近になって下賜(かし)されたばかりで、まだ帝国内でも伝わっていないかも知れませんが……これが(あかし)です」

 

 俺は財団員ローブの下の服に()けてある、帝国徽章(きしょう)とモーガニト領の紋章を見せた。

 

 

「こちらはディーツァ帝国、竜騎士見習い"エルンスト"と申します。ご無礼をお許しください」

 

 人族で年齢は若そうであり、同じか下くらいだろうか。

 身分をはっきりさせたことで警戒が解けたのか、精悍(せいかん)さも見え隠れする(さわ)やかな青年といった印象。

 

(わたくし)はここモーガニト領の当主、ベイリル・モーガニト伯爵。こちらは"誓約"を結ぶ予定の──」

「っ……"クロラス"です」

 

 ギロリと一瞬だけ睨みつけられるも、クロアーネはちゃんと話を合わせつつ、しっかり偽名で名乗った。

 異世界における"誓約"とは、地球で言うところの結婚とおおむね同義。

 彼女にとって不本意であると知りつつも、それが一番説明の手間がないのだから仕方ない。仕方ないのである。

 

「エルンスト殿(どの)は竜騎士見習い、とするとアレですか? "昇格試験"──」

 

 お互いに名乗ったところで、俺は推察していた問いを単刀直入にぶつけてみるのだった。



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#212 我がゆくは領地の空 III

 

「エルンスト殿(どの)は竜騎士見習い、とするとアレですか? "昇格試験"──」

 

 単独の竜騎士がこんなところまで飛行してくるなど、通常はありえない事態。

 竜騎士は基本的に編隊を組んで飛ぶ。そこに加えて見習い(・・・)ともなれば他に理由が考えられなかった。

 

「はい、まさに昇格試験の真っ最中です。よく御存知で……?」

 

 見習いから正竜騎士への昇格試験とは、帝国全土の定められた場所(チェックポイント)を全て巡って戻ってくるというもの。

 水や食事を含めて完全自給自足であり、集落などに立ち寄って補給することは許されない。

 また道中で発見した魔物の討伐も、帝国領の治安維持の為に義務付けられている。

 

 

「領主となるにあたって色々と覚えましたから。竜騎士の領空における各種特権なども」

 

 竜騎士の行動範囲は帝国領土全体に行き渡り、常に迅速さが求められている。

 

 軍事行動などの阻害とならぬよう各貴族領の境界を自由にまたぐことができ、独自の討伐権限も持っている。

 さらに一定高度以上を維持する場合に限り、特定の主要都市を除く街の上空も侵犯することが許されていた。

 

 昇格試験についても帝国法および領土管理における例外事項の1つであるので、知識として頭に入ってる。

 

「おそらく貴殿が追っていたであろう魔物は、こちらで処理させていただきました。不都合はありましたか?」

「いいえ、むしろこちらが深く陳謝すべきことです」

「ふむ、というと?」

「魔物の群体を見つけたはいいのですが、討伐に時間が掛かるばかりか……その一部を逃がしてしまったのです」

「なるほど、つまり本来はモーガニト領(こちら)に来るはずのなかった魔物だったわけですか」

 

 

「己の実力不足と不徳の(いた)すところであり──本当に申し訳ありません」

 

 心底からの謝罪のみならず、内情を吐露すると同時に緊張が途切れたのか……エルンストの表情が露骨に曇る。

 一体どれほどの行程を()てきたのかはわからないが、体力・気力が相当消耗しているように見受けられた。

 

 インメル領会戦での帝国援軍の練度を見ても、竜騎士は尋常(じんじょう)ならざる鍛錬の果てにあれほどの強さがあるのだと思わせられる。

 

(まぁあれは帝王の軍だから、さらに超がつく精鋭だったんだろうが)

 

 空中機動に(すぐ)れた天空魔術士の俺とて、単騎ならばともかく編隊にはまったく勝てる気がしないほどの強度。

 若いエルンスト(かれ)も竜騎士に昇格して修練を重ねた暁には、いずれはそれくらい強くなり出世していくかも知れない。

 

 

「お気になさらず、エルンスト殿(どの)。ここぞという時に、取り返しのつかない失敗さえしなければいいのです」

「モーガニト伯……痛み入ります」

 

 それは俺自身にも言い聞かせるような言葉であり、特に最近は見通しが甘くやらかしたことも少なからずあった。

 しかし結果論としては、良い方向に転がしている。それはこれまでに俺達が積み上げてきたモノに他ならない。

 構築してきた繋がりこそが、巡り廻って未来を築いていくのだ。

 

(この出会いもまた……いつか何かをもたらしてくれるかも知れん)

 

 あるいは帝国と戦争する時が来たれば、竜騎士となったエルンストとは敵となる可能性は高い。

 実際にその瞬間が(おとず)れなければわからないが──種は()いておくに越したことはない。

 

 

「エルンスト殿(どの)はかなりお疲れのように見えますが、大丈夫ですか?」

「旅程としては既にかなり消化できていますし、自分よりも火竜のほうがずっと疲労は激しいですから」

 

 そう言ってエルンストは火竜を愛おしそうに撫でる。

 まさに一蓮托生(いちれんたくしょう)といった様子であり、互いに命を預け合うのが竜騎士と飛竜の関係である。

 

「それにしても伯、領主が御自(おんみずか)ら討伐とは……」

「モノのついでだったので、むしろこっちのが(しょう)に合っているくらいです」

「お強いのですね。いえ、だからこそ領主になるくらいの功績を挙げたということなのでしょうか?」

「まっそんなとこです。先のインメル領会戦で少々」

「おぉ、インメル領の──大変に荒れた(いくさ)だったと聞いています」

 

 

(まぁ……(はた)から見たら確かに相当な混沌(カオス)だったろうな)

 

 シップスクラーク財団としては情報の利を取った上で戦略立てて、ほぼほぼ予定調和には終わった戦争。

 

 しかし内実は伝染病と魔薬が蔓延(まんえん)した土地に、王国軍が相当の規模をもって侵攻してきた。

 そこにもって謎の慈善組織が現れただけでなく、騎獣民族とワーム海賊と自由騎士団を引き連れて、短期間の内に王国遠征軍を叩きのめしたのだ。

 

 既に終戦ムードだったところに戦帝が自ら援軍を率いて参戦し、あまつさえ兵糧を送って激突するという暴挙。

 最終的に"折れぬ鋼の"が出てきて完全終結という、特に王国からすれば本当にわけのわからない事態であったろう。

 

「魔術戦士として局地戦を繰り返した結果です。(わたくし)としても良い経験になりました」

「実際に結果として残すことの難しさは……自分も今まさに痛感しているところで──」

 

 

 ともするとクロアーネのローブの下に隠れていた、灰竜が鳴きながら飛び出して来る。

 

「クゥアァ!!」

「っおぉ!?」

 

 エルンストはわずかに興奮を見せた火竜の手綱を握り、しっかりと落ち着ける。

 

「失礼、アッシュ──」

「キュゥゥア!」

 

 呼ばれた灰竜は俺の左肩に止まりグルリと首の後ろに回すと、顔を俺の頬にこすりつけてくる。

 

「へぇ……竜を飼っておいでとは」

「自慢の()です。ところで、灰色の竜って珍しいですか?」

 

 俺は疑問を投げかけてみたが、エルンストから返ってきたのは首をかしげる反応であった。

 

「えっさあ、どうでしょう? 確かに混じりっ()のない美しさですが、はぐれ竜であれば色は様々なので」

 

 

(ふぅ~む、まぁそんなもんか──)

 

 五英傑の"無二たる"カエジウス(いわ)く"七色竜"の内の2柱である白竜と黒竜の卵から生まれた灰竜。

 しかし実際的にそれを証明する方法がない以上、権威や象徴にするのはなかなか難しいやも知れない。

 

 逆に言えばその希少性が認知されない以上、竜教団といった連中に狙われることもないだろうとも。

 

「伯爵……ご承知のこととは思いますが、もしも竜を持て余した際には──」

「責任についてはきちんと理解しています。お気遣いはありがたくいただきます」

 

 エルンストにみなまで言われる前に、俺は明確な意志を言葉に乗せた。

 

 竜は飼育にはまったく向いていない生物である。本能的に気位(きぐらい)が高く、はぐれ竜であっても最強種のはしくれ。

 今は(おさな)くとも、成体へと近付くにつれて体長もどんどん大きくなり、(ちから)も強く魔力も多い上に飛行もする。

 (かさ)む食費や飼育空間の確保など、障害(ハードル)枚挙(まいきょ)(いとま)がない。

 それゆえに竜騎士特区でも厳格な体制が作られているらしい。

 

 もちろん貧窮(ひんきゅう)したところで売り飛ばせるようなものではなく、安楽死させようにも頭が良く、毒なども見極める。

 正面から討伐するには相当の実力が必要であるし、最悪の場合は主人らを先んじて殺して逃亡することすらある。

 

 

「差し出がましい口を失礼しました」

「いえいえ、竜騎士の立場であれば当然の(うれ)いであり、(げん)かと思います」

 

(態度もしっかりしているし、好感も持てる。さすがに引き抜き(ヘッドハンテイング)は無理だろうが──)

 

「……ベイリル」

 

 俺は名を呼ばれて、クロアーネの視線を受け止めて気付く。ついつい無駄話が長引いてきてしまっていた。

 

「──エルンスト殿(どの)、我々は急ぐ用事がありますのでこれにて失礼します」

「あっこれはこれは、お引き止めして申し訳ありませんでした。旅のご無事をお祈りいたします、モーガニト伯」

 

 エルンストは胸の前で、×(バツ)字を切るような動作をして敬礼した。

 

「そちらも昇格とご武運を──」

「なっ、ちょ……」

 

 俺はここぞとばかりにクロアーネを"お姫様抱っこ"し、圧縮固化空気の足場を蹴って飛行を再開するのだった。

 



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#213 使いツバメ

 緯度・経度によって差異はあるが、大陸中央に近い安定した気候の土地では夏季・乾季・冬季・湿季・中庸季と5つの季節を巡る。

 夏季も終わりに近づき本格的に乾季を迎える前に、天が枯れんばかりに()りしきる雨の日──

 

「──良しっと」

 

 俺は視界が(わる)き雨中にあっても、真っ直ぐ飛んでいく"使いツバメ"を確認しつつ、コキコキと首を鳴らした。

 

 異世界にも鳥を使った伝達手段は古くからあったが、さほど主流ではなく到達率もかなり低いものだった。

 それを"使いツバメ"として体系化し世界中に広めたのが──連邦西部へ渡った、"大魔技師"の高弟の内の1人である。

 訓練や繁殖はもとより、なんともはや品種改良まで(おこな)っていたのではないかと思われる伝聞も残っている。

 

 さらには世界各地に中継地点として設けられた連絡所が、形を変えて現在の"冒険者ギルド"になった。

 はたして高弟が企図(きと)したものだったのか、有志が集まってそうなったのかは(さだ)かではない。

 

 なんにしても"使いツバメ"による相互連絡を利用し、他に何かできないかと発起(ほっき)した者達がいたこと。

 彼らの根は善性にあり、人々の役に立とうという大義と意志によって既存のモノと結び付き、冒険者ギルドが作り上げられたということだった。

 

 

(シップスクラーク財団も、大いに見習うべき部分が多い組織だ)

 

 世界中に支部を持つ冒険者ギルドは、言うなれば各国内における自浄作用のようなものである。

 国家に属する組織が介入するような事態において、どうしても初動が遅れてしまう魔物や災害への即時対処。

 そういった有事に際してまずは自分達の可能な範囲でなんとかしよう。自らの生活圏と治安を維持させようという機構(システム)

 

 またギルドは資源採集や物資輸送など、商業方面においても人の流れを活発にし、経済を循環させる一助も(にな)っている。

 

 よって国家としても必要以上の干渉はすることなく、またギルド側も不必要に出しゃばることもない。

 それもこれも"使いツバメ"によって、円滑で透明性の高い連絡体制が確立されていることが大きいのである。

 

 

(魔術・魔術具文明なのはもちろんだが、一種の"使いツバメ文明"とも言っていい──)

 

 昼でも夜でも悪天候でも構わず高速で飛行し続け、体躯も小さ(コンパクト)なツバメ。

 旋回性能や感知・回避能力も高く、そう簡単には捕まえられず、また狙って撃ち墜とすことも難しい。

 

 それこそインメル領会戦の時のように、周辺一帯の制空権を完全支配でもしてないと容易(たやす)く隙間から抜けられてしまう。

 

 同時に飛躍的に成功率が高まった通信手段が、ギルド(かん)のやり取りだけなどに収まるわけもなく。

 確実に積み上げられた信頼性は、時に重要な書類の輸送にも使われ──しかも相手方にほぼほぼ届くものだった。

 

 そうなってくると各国家にとっても政治・戦争・経済と、多方面において劇的な変化をもたらした。

 

 

(地球の伝書鳩よりも遥かに速いんだろうが──)

 

 それでも電話やインターネットに慣れていた俺にとっては、それはもどかしく遅いものだった。

 次世代における新たな通信手段の開発は進めているが、財団でも今しばらく時間が掛かるだろう。

 

「まっ便利な技術というのは悪用(・・)もされると」

「なにを今さら……、当然でしょう」

 

 連邦西部のとある街の一角(いっかく)──雨音だけが響く、閑散(かんさん)とした区域へと俺とクロアーネは歩いて行く。

 

 光()るところには闇が()り──表が見えるなら裏もまた一体である。

 それはシップスクラーク財団の前身であったゲイル・オーラムのマフィア組織、ゴルドー・ファミリアにしてもそうだった。

 非合法的な取引というものは、単純に儲かるモノが多い。

 

 そうしたあらゆる違法行為の仲介需要などにも、"使いツバメ"は重宝される。

 既にシップスクラーク財団も事業の一つとして参入していて、紙の大量生産という優位性(アドバンテージ)も含めて世界規模で牛耳(ぎゅうじ)っていきたい事業である。

 

(郵便などの伝達手段周りを独占するということは……情報そのものの動向も把握できるということだからな)

 

 その気になればいずれ機密文書などに勝手にアクセスして、精巧な偽造を送り届けて間接的な支配・操作するといったことも可能となろう。

 地球史という"既知なる未来"の先人(せんじん)から(なら)うべき、ハイパー先行投資の一つである。

 

 

 そんなことを考えながら、俺はクロアーネの少し後ろをついていく。

 

「アーセンに辿り着くにも、色々と手順を踏む必要があるんだな」

「だからわざわざ私が来たんです」

 

 クロアーネは迷う様子もなく、入り組んだ路地裏をスイスイッと先導していく。

 中途で見掛ける人間と一言(ひとこと)二言(ふたこと)交わし、道中の目印なども判断材料にしているようだった。

 

(まぁ……一般人が住まう領域とは別に、はみだし者を受け入れる(うつわ)というモノも必要なんだろうな)

 

 秩序を乱す者を一所(ひとところ)に集めることで、結果的に治安を維持するということに繋がる。

 また普通にやっていては集まらない情報も収集することができるのだろう。

 

「噂には聞いていたが、実際に見るのは初めてだ──裏ギルド」

 

 他にも闇ギルドや影ギルドなど呼び方は様々だが、実体としては犯罪者の巣食う互助組織。

 実際に看板などが掲げられているわけもなく、見た目は古びた廃屋の1つでしかない。

 

「ココのは小さい規模ですが」

「それでも初めての体験はなんでも得難いものだ。ファミリアは表向きの顔もデカかったしな」

 

 

 建て付けの悪い扉を開けて中へ入る──と、外観から想像できる汚さであった。

 しかし臭気からすると不衛生さはそれほど感じられず、内装は椅子と机が1つずつあるだけ。

 悪天候も相まってか他の客はいないようで、唯一の椅子には男が1人座っているのみ。

 奥にはさらに部屋があり、そこにも何人かの気配を感じる。

 

 真っ直ぐ歩いていくクロアーネに、俺も後を続いていく。

 

「男女の二人連れとは珍しいねえ、しかも上等なローブに見たこと無い紋章。一応確認しとくが──」

 

 話しかけてきた男が窓口なのだろうか……なんにせよクロアーネに任せる。

 

「客よ」

 

 男の言葉を(さえぎ)るように、クロアーネは一枚の紙を手渡した。

 

「あーはいはい、既に渡りはつけてるわけねえ。なになに、"子供専門の広域奴隷商"か……」

「この街にいるという情報です」

「ん──ー……さて、どうだったかなあ」

「くだらない駆け引きをするつもりはありません。情報料も記載の通りに用意してあります」

 

 するとクロアーネは貨幣袋を取り出し、数えながら机に並べていく。

 

「いやいや、こっちも暇してるもんでねえ。アンタなかなかの上玉だし、そっちの男なんぞよりオレの──」

 

 

 椅子から立ってクロアーネに伸ばされた男の腕を、俺はしっかりと掴んで(はば)み……あくまでにこやかに笑いかける。

 

「それは、よくない」

「女の前だからって、あまりいい格好すんじゃねえよ? 若ぇ兄ちゃん。なんでオレが一人でココ仕切ってる……と?」

 

 少しだけ握力を強めて、俺はあくまで紳士的に忠告する。

 

「あんたがそこそこ強いのなら、彼我《ひが》の戦力差はわかるだろう」

「あーあーわかった!! チッ……たく、ちょっとした冗談も通じやしねえ」

「その冗談一つで、あんたの腕が一本なくなっていたところだ。感謝してほしいね」

「はあ……? どういう──」

 

 そう疑問を投げ掛けながら、男の視線が一箇所に集中し……ようやく気付いたようだった。

 いつの間にか片手に(なた)を掴んでいるクロアーネに、男は乾いた笑いを漏らしながら冷や汗を流す。

 

(わーる)かったよ、物騒なモンはしまってくれ」

 

 両手を肩より上に、男はドカッと椅子に座り直す。

 クロアーネが冷ややかな視線を(はず)し、鉈を収めるのを確認してから、男は貨幣を数え始めた。

 

 

「はいよ、確かに。少しくらいイロぉつけてくれてもいいのによ」

「無駄話に付き合わされた分だけ引いてもらいたいところです」

「人生にはゆとりを持てよ」

 

 裏ギルドの受付風情(ふぜい)にもっともらしいことを言われつつ、男は奥の扉へ行き──少しして戻ってくる。

 男は机に地図を広げると、"木片"を2つ並べて説明をし始める。

 

「場所はココだ。入り口の近くに石で造られた台があって、その上の溶けきったロウソクが目印だ。

 中に入ったら誰かしらいるから、そいつにこの"木札(きふだ)"を渡しな。一人一つずつだから失くすなよ」

 

「誰かしら、とは?」

「話が(とお)ってる雇われの誰かさ。木札がなきゃそこから先、案内してもらえないぜ」

 

 俺とクロアーネはそれぞれ木札をポケットにしまい、(きびす)を返す──前に男がしつこく話しかけてくる。

 

 

「なぁオイ、なんで子供の奴隷なんだ?」

詮索(せんさく)は命を(ちぢ)めます」

「はぁ……少しくらい営業させろよな。あそこの奴隷は値が張る。もっと安い他の奴隷商もいるぜ? なんなら紹介してやるよ」

 

「あいにくと俺たちの"目的は一つ"だけなんでな」

「なんだ、売られた子供でも(さが)してるとか? もしかしてアンタらの──」

 

 バギィ──と古びたテーブルが粉砕される音が部屋内に響き、男は椅子ごと真後ろに引っくり返り絶句する。

 

「私たちがこの薄汚いトコロから出るまでに、もうほんの一言でも喋ろうものなら()()()()

 

 尻餅をついた状態で男はコクコクと何度も(うなず)いた。

 

「軽口は相手を選んだほうがいい……ゆとりある人生を送りたいならな」

 

 さっさと歩いていくクロアーネから数歩遅れて、俺はそう一言だけ残すのだった。

 

 



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#214 兄弟子 I

 

俺とクロアーネは溶け落ちたロウソクが乗る石台を見つけ、目的の建屋の中へ入ると屈強そうな男が2人いた。

 

 おそらくは護衛も兼ねているのだろう。木札を渡すと、まずは武器を預けることとなった。

 元々まともに取引するつもりもないので、"酸素濃度低下"でまとめて用心棒を昏倒させる。

 

 案内されるまでもなく"反響定位(エコーロケーション)"で探ると地下空間を見つけ、床にある入口を開け中へと入った。

 俺とクロアーネはお互いに索敵をしながら、一定の速度で続く階段を降りて行く。

 

「これも地属魔術で作ってるわけだよなぁ」

「……? それはそうでしょう」

 

 魔術のない世界のことを知らないクロアーネには、当然だがわかるまい。

 地下室1つ作るのにも緻密(ちみつ)な設計(おこな)い、人員コストも相応のものになる。

 しかし卓越した地属魔術士であればリアルタイムで作りつつ、ヤバそうな部分も適時補強できる。 

 

 強化された肉体は重機いらずの膂力(りょりょく)を誇り、疲れ知らずの肉体は被災したところで大概は治癒魔術でどうにかなる。

 それこそが異世界の人材にしてマンパワーであり、地球と違ってあらゆる作業の効率化が図れるのだ。

 

 当初予定していた500箇年計画も、そうした基礎能力の違いから大幅な短縮・修正と相成った。

 

(まっ……あまりにも個人の振り幅が大きすぎて、五英傑みたいなのまでいるのが厄介極まりないわけだが)

 

 好き放題に推し進められない要因もまた、"人"によるものなのであるのが悩ましい。

 

 

 階段を()りきると、今度は"硬質化した土と石"によって固められた地下道が続いていた。

 建屋は本当に入り口に過ぎず、奥に見える扉までは50メートルくらいはあろうか。

 換気などはどうしているのだろうと思いつつ、2人で歩を進める。

 

「……段取りは?」

「俺はモーガニト領の跡取(あとと)りを見繕(みつくろ)いにきた"若い伯爵"と──その"妻"」

「わかりました。"性根の腐った伯爵"とその"従者"で」

 

 俺は肩をすくめながら笑みを浮かべ、それ以上クロアーネには踏み込まなかった。

 

「とりあえず機を見て制圧する、てきとうに話を合わせてくれ」

 

 クロアーネからはそれ以上の反応はなかったが、特に異議はないのだと解釈する。

 

 

 扉を開けると魔術具による(ほの)かな明かりに照らされた、ちょっとした広間へと出る。

 

「どなたのご紹介ですか?」

 

 掛けられた声に俺は感覚を総動員しつつ、おぼろげな記憶にある男と照合する。

 年を重ねているが、間違いない──"アーセン"その人であった。

 

「紹介は特にありません。ただ評判を聞いて、ツテから調べてこちらへと参りました」

「調べて……?」

「我が主人である伯爵さまが、従順な子をご所望でしたので」

 

 俺が先手を打って妻だと紹介するよりも早く、クロアーネが自分の立ち位置を明確に示す。

 

 

「ほう、伯爵……失礼ですがお名前を(うかが)っても?」

「モーガニト──"グルシア・モーガニト"だ。そしてこっちが──」

「従者のクロラスです」

 

 俺は適当(テキトー)な偽名を名乗り、領地の紋章を見せながら改めてアーセンをしっかりと見据えた。

 もしも面影から気付かれたり、モーガニト新領主の"本当の名"を既に知っている様子を見せれば……。

 すぐにでもリボルバーで抜き撃ちするつもりだった──が、はたしてそれは杞憂(きゆう)に終わる。

 

 アーセンはこちらを値踏みするように見るも、顔色や心音などに変化は一切感じられなかった。

 やはり顔を合わせたのが幼少期だったということもあり、声変わりもしているので一切気付いた様子はない。

 

「……これは失礼、名乗るのが遅れました。わたしは"オルセニク"と申します」

 

(もはや疑う余地は皆無と言っていいな)

 

 アーセンが名乗ったそれは、彼が本来()いていた"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の任務で使っていた名前と同一だった。

 

 

「管理者であるわたしが直接いる時に来られるとは幸運です」

「それはどういう意味か?」

「ここ以外にも管轄する場所が複数ありますので、点々としているのです」

「なるほどな、この出会いに感謝しよう」

 

 俺は帝国貴族らしく偉そうな声音で、白々(しらじら)しくのたまいながら思う。

 とりあえず情報を引き出せる内に、あらかた吐き出させるとしようかと。

 

(はく)、従順の他にも細かいご希望はおありですか?」

「実際に見て確かめたいのだが、よろしいか」

「えぇ構いませんよ、さあどうぞ」

 

 簡易灯火の魔術具を手に、アーセンは俺達をさらに奥へと案内する。

 すると最初に通ってきた三倍(はば)の通路に、左右には等間隔で扉がいくつも並んでいた。

 

 

「これは独房か?」

「はい、厳選した子らを個別に管理しています」

厳選(・・)?」

「適性のある子供を集めて、さらに一度()()()()()()()のです」

 

 歩きながら話し続け、一つの部屋の前で立ち止まる。どの扉にも小窓1つとして付いていなかった。

 

「中は……"暗闇"か」

「よくおわかりに。それとも噂で聞いていましたか?」

「あぁ──()()()()()な」

「それでは詳しい説明は必要なさそうですね」

 

 よくよくもってアーセンのやり方を理解した。これらはつまり……"俺達がやられたのと同じモノ"である。

 無明・無音の飢餓状態の中で精神を初期化(リセット)し、刷り込み(インプリンティング)を実行する前段階を築いているのだ。

 

(今は亡き"セイマール"と同じやり方──)

 

 模倣(もほう)したことは疑いなく、そして……目的は売買だけとも思えなくなってくる。

 資金源にならなかった子供が、一体どういう風に利用されるのかといった部分まで。

 

 

「ただ実際に完全な暗闇にするのは、お客さまとの契約が済んでからです」

「つまり掛札(かけふだ)があるのは商談が成立している奴隷ということか」

「現在は七人ほど売約済みですので、それ以外の子であればすぐにでも準備できます」

「……期間は?」

「個人差はありますが……おおむね一日か二日もあれば。万全な状態をご所望でしたら、三日ほどいただいております。ただ──」

「ただ?」

「いいえ、手間が掛かっているのが一人ばかし……」

 

 あからさまに言葉を(にご)すアーセン、それは交渉における常套手段と俺は判断する。

 厄介な商品をどうにか売りつけられればそれで良し、そうでなくても他の商品を印象差で良く見せられると。

 

「ほう、面白そうだ」

「それでは、こちらへ」

 

 俺はあえて興味を()かれた様子を見せながら、アーセンの思惑に乗る。

 通路のさらに一番奥の扉まで到着し、扉の鍵を開けるとゆっくりと開けられていく

 

 

「ぅ……ぁ──」

 

 もはや(うめ)き声をあげることすら困難なほど、衰弱した子供がそこにいた。

 何日もまともな食事を()っていないだろう体は、かなり痩せ細っていて体中に汚れがついている。

 

「っ──」

 

 しかし瞳にはまだ光が残っていた。わずかな明かりに照らされる中で、身をよじり壁際へと移動する。

 そのまま座り込んで、こちらを睨みつけるように歯を剥き出しにした。

 

(エルフとも違う平たくわずかな尖り耳に、片側だけの犬歯──)

 

 それはよく知る見目(みめ)だった、愛する幼馴染のフラウとほとんど同じ身体的特徴を持っている。

 

半吸血種(ダンピール)……いや、違うな。人との混血(ハーフ)じゃない)

 

 さらによくよく観察すると、左の肩甲骨あたりからコウモリのような小さい片翼と、金属質のような連節尾が(ちから)なく見える。

 控えめな異形は、同じく愛するダークエルフのハルミアの髪に隠れた身体的特徴である、両角(りょうづの)を想起させた。

 

(つまり魔族と吸血種の混血──"ダークヴァンパイア"か)

 

 



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#215 兄弟子 II

 

 俺はダークヴァンパイアの少女を観察しつつ、声に感情を乗せずに(つぶや)く。

 

非道(ヒド)いな」

「今は前段階ですので……改めて暗黒に落とし込み、何日かして(はく)が主人として教育する。将来性は十分に見込めます」

「将来性……?」

「素材は非常に良いのです。特に魔力がずば抜けて高く、こうして弱らせているのはそういう意味も含めてでして」

 

 (おび)えが大いに混じる表情には、どうしようもない苦悶と激しい動悸が見て取れる。

 恐らくは魔力の暴走に近い自家中毒のようなもので、コントロールできない何かがあるのかも知れない。

 

「必要な契約魔術具も、とあるツテから入手した非常に強力なモノがあります。強引に契約をしても経験上(・・・)、十分に使える。

 多少なりと思考力は落ちますが、従順さを求めるのであればむしろ都合が良い。よろしければ、お安く提供させていただきますよ」

 

 完全にその手の好事家(こうずか)と思われているようで、(はなは)遺憾(いかん)ながらもそれもむべなるかな。

 そういった需要相手に、子供の奴隷を供給している商売である以上は致し方ない。

 

「そうだな、しかし金銭には十分な余裕がある。ここの他にも奴隷がいると聞いたが?」

「おります、ただ実際に教育(・・)(おこな)うのはココだけです。"保管所"は他のところにもいくつかあります」

「そこから移送しているわけか」

「ご希望を伝えていただければ、多少の時間はいただきますが、なるべく条件に合った奴隷をご案内できますが」

 

 

「なるほどな……ではお前の"痛み"に案内させてもらおう」

「は? 今なんと申し──」

 

 アーセンの言葉は最後まで(つむ)がれることはなかった。

 

 俺が放った膝の狙撃を目的とした右蹴りによって、アーセンの左膝が逆方向(・・・)にあっさりと折れる。

 そのまま相手の思考よりも先んじ、反射を超越した"竜巻一本背負い・(いかずち)"で右肘を(くじ)きながら投げ飛ばす。

 トドメとなる頭蓋への蹴りは叩き込むことなく、勢いを(たも)ったまま地面へと思い切り叩き付けた。

 

「っぐ……ごふっ」

 

 アーセンは衝撃で呼吸もままならない中で、俺はさらにその左肩を踏み抜いて砕く。

 

「映画とかドラマでさ、時々思うんだよな。捕まえた人間の四肢の自由をなぜ奪わないんだろうか、ってな」

「うぅ……つぅ……なんだ? なに、が……」

「ただ縛って拘束しとくだけ──だから案の定、逃げられる。もちろんそうじゃなきゃ物語にならないってのはわかっていても──」

「なにを、言っている……」

 

 急激な状況変化とアドレナリンの分泌で、アーセンの脳はまだ痛苦に(おちい)っていないのか。

 そこには困惑の表情のみを浮かべていて、俺は構わず一人言(ひとりごと)を吐き続ける。

 

「手の指や足のホネを根こそぎ折っておけば、まず逃げられるなんてこともない。人質だって命さえ残っていれば十分に機能する。

 悪人が人質としての価値以外にいちいち配慮するか? 捕まえたクソ野郎に配慮なんて必要あるか? って、ついつい考えちゃうわけだ」

 

 

 俺は最後にアーセンの残った右足首を掴んで捻り上げ、周辺の筋繊維を根こそぎ断裂させた。

 

「っアァッっぎぃ──」

 

 こればっかりはさすがの痛んだか、声にならない叫びをあげたアーセンの首を抑えて黙らせる。

 そうなるともはや反射のみでジタバタと、芋虫のように仰向(あおむ)けのまま悶えるしかなかった。

 

「さぁて、思い出してみせろよ()()()()──俺の名を言ってみろ」

 

 フードを取って顔を見せた俺に、隣に立つクロアーネから淡々とした抑揚(トーン)で声を掛けられる。

 

「その男、どうするつもりですか」

「すまん、()()()()()。戻って目ぼしいモノを(あさ)ってきてくれるか?」

「……そうですね、そうします」

 

 俺が()()()()()()()()を、彼女はすぐに理解してくれたようだった。すなわち生かしておくつもりはない。

 クロアーネが通路から広い部屋へと向かい、ダークヴァンパイアの子供がこちらを困惑気味に見つめている。

 俺はにこやかに笑いかけ、しばらくすると痛みに耐えたアーセンが反応を示す。

 

「っはぁ……ハァ……エルフ、いや──ハーフエルフか? なぜ、く……わたしの、名前を……」

 

 抑えていた首を(ゆる)めてやると、アーセンは俺の耳を見てしっかりと判別をつけていた。

 しかしこの状況こそ受け入れ始めたようだが、俺がまだ誰かわかってないようなのでダメ押しをくれてやる。

 

 

「このやり方は()()()()()()()だろう?」

「セイマール先生の()……まさか!? ハーフエルフ……名をたしか"ベイリル"!!」

「正解だ、よく名前を覚えてくれてたもんだ。石牢での刷り込みから解放された時以来だな」

 

「あの時の子供(ガキ)っ──くっ、やはりキサマは……キサマがセイマール先生を殺したか!!」

「そうだ、道員(どういん)どもは根こそぎ駆逐したが……唯一アーセン、あんたは姿を消していた──もののようやく見つけることができた」

「やはり……あの時に──っ!!」

「あの時?」

 

 アーセンの意味深な一言に俺は眉をひそめつつ、首をかしげて疑問符を浮かべて見せる。

 

「石牢は……不自然な破壊のされ方だった。だからあの後、セイマール先生に進言したのだ!!」

「なるほどね、とはいえセイマールは取り合うことなく俺たちの存在を許した」

 

 死にかけだった奴隷のガキが、魔術を使い脱出・偽装・救出・工作・演技までしたなどと誰が思うだろうか。

 だからこそ7年もの(あいだ)、"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の(もと)で虎視眈々と(ちから)を蓄えることができたのだ。

 もしもセイマールがアーセンの忠告を真摯(しんし)に受け入れていたら……意外と危うい橋だったのかも知れない。

 

 

「残念だったな、()()()()()。もしかすると、セイマールの野郎に信頼されてなかったのかな?」

「っっ──!!」

 

 これ以上ないほどの憤怒と怨嗟の表情で、歯を食い縛りながら声にならない叫びをアーセンはあげる。

 

「おっと、生殺与奪は俺の手の中だ。そしてアーセン、お前には選択肢が用意されている」

「ふざけるな!!」

「まぁ聞け。お前の持つ情報を洗いざらい吐くか、このまま俺に殺されるかだ」

 

 引き抜き(ヘッドハンティング)好きな俺とはいえ、今はどうか知らないが元を正せば狂信者。

 しかもセイマール直下であり、今なお彼に敬意を持っている様子。それは獅子身中の虫となりかねない。

 また他の捕われの子供達のことを考えれば、悠長にシールフに読心を頼んでいる暇もない。

 

「よーく考えろよ、今置かれている状況と己の立場ってものを」

「この背教者が!!」

「そっか、狂信者だもんな。()()()()じゃ根を上げないか」

 

 四肢の自由を奪われ、痛みもまだあるだろうに面倒なことだった。

 

 

(もっとも……この人も、ある意味ではカルト教団に犠牲を払わされ続けた被害者なわけだが──)

 

 幼少期にセイマールから教え込まれたからこそ、こんな風に育ってしまったと言える。

 歯車をズラせなかったら、俺もこうなっていたかも知れない。ジェーンとヘリオとリーティアも同様だ。

 

(まぁいい、喋る気がないならば……相応の手段に訴えかけるだけに過ぎん)

 

 犠牲となった原因がどうあれ、現在進行形で邪魔な存在であるなら……容赦をする気はなかった。

 

「ここからは先は子供には見せられない──」

 

 俺はそう(つぶや)くと、"歪光迷彩"と"遮音風壁"によって作ったステルスフィールド内でアーセンと二人きりになる。

 

 インメル領会戦の暗殺時に、その手の尋問・拷問の技術がかなり(つちか)われた。

 どんな痛苦が効果的なのか。どういう言葉が相手を追い詰めるのか。どの程度で人は死ぬのか。

 

 強化感覚を総動員して被拷問者の心身の状態を見極め、的確に削り、磨り減らし、追い込んでいくだけ。

 

「信仰心がどこまで人の精神を強くするのか、その背骨ごと折れるまでを観察させてもらおう」

 

 



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#216 契約 I

 

 ──しばらくして魔術を解いた俺は、地べたで少しばかり休んでいた。

 

「顔、ひどいですよベイリル」

辛辣(しんらつ)だな……人の美醜(びしゅう)をあげつらうのは良くない──なんて、そんなに表情(かお)に出てたか?」

 

 書類と道具一式を持ってきたクロアーネに、俺は自分でも気付かない精神的疲弊を(かえり)みる。

 同じセイマールの被害者意識からだろうか、思わぬところで感傷が沸々(ふつふつ)と湧き上がったのかも知れない。

 

「まっそっちのボロ雑巾に比べれば無傷そのものですが」

「思ったよりも早く済んだから、そんなにダメージは無いはずなんだがな」

 

 生気が抜けて虚空を見つめるアーセンから、引き出せるだけの情報は引き出した。

 俺はクロアーネから資料を受け取り、順繰りに目を通していく。

 

 

「とりあえずアーセンから吐き出させた情報と齟齬(そご)もないし矛盾も大丈夫そうだ、奴隷"保管所"の場所も特定した。

 他に奴隷売買における拠点や人脈、流通経路や顧客情報、その他権限に付随する法の抜け道、汚職の情報までバッチリ載っているな」

 

 実に細かい仕事振りは、魔術具製作をしていたセイマール譲りなのだろうとも思う。

 

「それで……それらを、どうする気ですか」

「財団で丸ごと管理させる。解体するのはあまりにもったいないからな。ただこの"管理所"は不要だろうから潰させてもらう」

「それがいいでしょう。正直なところ、よくもまぁこれだけの組織を、ほぼほぼ単独で作り上げたものです」

 

 あるいはセイマールや宗道団(しゅうどうだん)が既に持っていたモノを、アーセンが引き継いで利用したのかも知れなかった。

 

「まったくだ。せこせこ資金集めて、宗道団(しゅうどうだん)を再建しようとしていたっつーんだから」

 

 人族であるアーセンの寿命からすれば、本人はどうしようもなかっただろう。

 しかし集めた資金を元手にさらに事業を拡大し、洗脳教徒を大量に作り出し、引き継がせていたとしたら……。

 

「もっともその頃には、財団は比べるべくもなく巨大化しているから問題はなかったか」

「でしょうね。質も量も規模も資産も、何もかも違いすぎますから」

 

 なんにしても連邦西部方面の奴隷の供給源として、大いに利用させてもらうことにする。

 

 

(そうさな、"アーセン・ネットワーク"──せめて名前くらいは残してやろう)

 

 兄弟子にして同じ被害者であり、拷問をした彼に(むく)いる──と言うのは、あまりに傲慢(ごうまん)ではある。

 ただ何百年かして近代化が進んでいけば、人権意識の変化によって奴隷産業は自然となくなっていくことだろう。

 せめてそれまではこの男のことを忘れることのないように。

 

「で、そっちの魔術具っぽいのはなんだ?」

「目に付いたモノをいくつか」

 

 クロアーネはそう言って地面に魔術具を並べる。その中には記憶に引っかかるものがあった。

 

「これは……セイマールが俺らを閉じ込めた時に使ったやつか」

 

 おぼろげだが覚えている。周辺の石や土を操作して造形する魔術具である。

 これでセイマールは石牢ドームを作り、(のち)にアーセンはこの地下の管理所を作り上げたのだろう。

 ただ経年劣化に加えてかなり使い倒したようで、あまり長保ちはしそうになかった。

 

 

「こっちは、契約魔術具でしょうね。腕輪型のモノはありふれていますから」

「アーセンの説明では"高度魔術具"って言ってたっけか、どういう違いがあるのかはわからんが……」

 

 そうして俺は視線を奴隷の子供へと移すと、動悸が早まっている感じが見受けられた。

 下手に接触して保護すると"刷り込み"してしまうことになるので、なんともはや二の足を踏んでしまう。

 

「あの子はどうするのですか」

「どうするかねぇ、とりあえずアッシュで様子を見るか」

「キュゥァア!!」

 

 名を呼ばれた灰竜は、クロアーネのローブの内側──背中の(ほう)からぴょこんっと顔を出す。

 心を開かせ、癒すのに動物を使う。安直かも知れないがとりあえずやってみようと。

 

「いいか、アッシュ。あの子の気を引き、上手いこと(なつ)くんだ」

「カァゥゥウウ……」

 

 複雑な言葉は通じるまいが、生物として弱っている固体を(いつく)しむ心があるのでそこに賭ける。

 少なくともアッシュは皆が楽しんでいれば、同じように楽しい反応を見せる。

 また悲しんでいれば、それを(なぐさ)めようとする行動を取る賢い幼竜である。

 

「空は飛ばず、"伏せ"だ。それでゆっくりと、あの子まで歩いていって──」

 

 

 俺が手のひらを下に向けて、前へ動かすハンドサインをしていると……周囲の空間に違和感が走る。

 それは今までにも何度か感じた、"魔力そのものの圧力"とでも言うべき現象。

 

「マズいな、こりゃ」

 

 俺は冷や汗までを流すことはなかったが、半眼になって状況を危惧せざるを得なかった。

 

 そう感じ取った状況を口にした瞬間、もはや刷り込みなど気にせず、なりふり構わず子供へと近付いて抱き起こす。

 おそらくは体内魔力が適切に循環されず過剰滞留し、実際に見たことはないが"暴走"のような状況に(おちい)っていると推察される。

 アイトエルが言っていたところの"自家中毒"のようなものを、まさに起こしていると思われた。

 

「ぃ……ぅ……」

「言葉はわかるか? わからなくても心で理解しろ」

 

 俺はゆっくりと子供の小さな手を握り、自身の魔力の循環を加速させていく。

 

(いよいよもって臨界点を越えたってのか? タイミングが良いんだか悪いんだか)

 

 人間とヴァンパイアの混血であるフラウと、魔族とエルフの混血であるハルミア。

 俺は2人と──―時に3人揃って(ねや)で交わした、魔力の"感応"現象を体全体で思い出す。

 ヴァンパイア種の血を半分、魔族の血を半分継いでいるこの子ならば素養は十分。

 

 

(だから俺から感覚を共有できるはず──)

 

 薄く開かれた黄色の強い翠眼は、今にも燃え尽きそうなロウソクを思わせる。

 後先なんぞどうでもいい、今はまず目の前の命を救うのが先決だ。

 

「魔力の流れを整えるんだ、こうやって……」

 

 意味が通じなくても、実際の魔力感応によって伝える。

 魂を(ふる)い立たせるように、直接的な暴力が(ごと)くスパルタで叩き込む。

 

(思い出せ……アイトエルとの魔力感覚も──)

 

 この子と俺の魔力の色とやらが似ているかまではわからない。それでも干渉すべくなんでも試す。

 魔力を認識し、それを強く濃いまま固定化する。逆に限りなく薄めて、波長を合わせる。

 その濃淡のいずれかがヒットすればいいとばかりに、魔力を操作(コントロール)する(すべ)をこの子に掌握させる。

 

 

「……ベイリル」

「悪いが今は手が離せない!!」

 

 俺は感情と魔力の昂ぶりから思わず怒鳴ってしまうが、クロアーネは静謐(せいひつ)さを胸に秘めたまま口を開く。

 

「そんなことは百も承知です。危ういのであれば、"コレ"を使う手もあるということです」

「なんっ──"契約魔術具"?」

「"奴隷契約"とは魔術的な繋がりを相互に持たせるということ、であれば──」

「魔力の抜き道(バイパス)みたいにもなるかもってことか」

 

 想像し得ぬ痛みに耐える命を前にして、迷っている時間はなかった。

 

「使えるか? クロアーネ」

「別の契約魔術具の見様見真似(みようみまね)になりますが、問題ないでしょう」

「この子を考えると俺は現状あまり手を離したくない、代わりにやってくれ」

 

 そも大魔技師が誰でも使えるようにと、革命的な改良をしたのが現在の魔術具である。

 さらには恐らくセイマールが作ったモノだ。彼の魔術具製作の技術と情熱は……信頼に(あたい)する。

 

 

「おい、聞こえるか」

 

 俺は強く子供へ語り掛けるように、己の魔力を最大限まで加速させていく。

 

「とりあえず"生きろ"。生きてさえいれば、死ぬのもいつだってできる」

 

 するとほんのわずかにだが握り返しているのがわかった。

 まだこの子は死ぬ準備ができていない、生きる意志を失っていないと。

 

「いいか、せめて世界を()ってから自分で選ぶんだ。知らぬままに、死ぬのだけは、もったいない」

 

 クロアーネが一対(いっつい)の腕輪のような契約魔術具に魔力を込めると、紋様が浮かぶように光りだす。

 俺と子供ににそれぞれ腕輪をカチリと装着させると、内部に突起が出ていてチクリと血液が滲む。

 そこから魔力が漏出すると共に、なんとなく繋がったという感覚を覚える。

 

「そうだ……心と魔力を解放するんだ」

 

 灰竜アッシュが寄り添うように、子の頬へすり寄り小さく鳴いていた。

 ゆっくりと息を吸い込んだ俺は、俺の中で"最も強く明確な意志"を(こと)()に乗せる。

 

「俺を信じろ──"未知なる未来"を見せてやる」

 

 

 



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#217 契約 II

 

 ──"契約魔術"の起源や原理には謎が多く、わからないけど使えるから使っているという認識が現状正しい。

 そもそも魔術と魔力からして不明なことばかりではあるものの、さらに複雑なのが契約魔術である。

 

 根本的に魔術は、"相手の体内に直接作用しない"のが大原則。それは血液と共に流れる魔力同士が干渉する為である。

 そういった効果を強引に行使する場合は、アイトエルが言うところの魔導師級の色の固定化が()ると思われる。

 

 しかし命令によって行動を縛ることができる(たぐい)のものが、契約魔術の範疇には存在する。

 

 神族が使ったとか、竜族が使ったとか──異形化が止まらぬ同族を抑制する為に、魔族らが編み出したとも一説には言われる。

 その場合の契約魔術とは……あるいは魔族同士で相互契約による、"対等"なモノだったのかも知れない。

 それが人と人との(あいだ)において、人が人を支配する隷属の為に使われるようになったとも。

 

 奴隷と契約の歴史と、またその文化自体も長い。それに(ともな)って契約魔術具は古来より存在した。

 また大魔技師による魔術具革命によって、奴隷文化はさらなる隆盛(りゅうせい)を見たのは言うまでもない。

 

 大魔技師本人はあくまで、生活において便利な魔術具しか造らなかったと伝えられている。

 よって奴隷契約の魔術具は、高弟を含む後に続いた者達がより改良を(ほどこ)していったのだろう。

 

 大魔技師(かれ)が未来をどう企図していたかはついぞ不明だが、そうした技術革新がもたらした功罪は大きく──

 

 

「──大丈夫か?」

「……っ」

 

 はっきりと意識を取り戻した子は、グッと目をつぶり反射的に腕で顔を(おお)った。

 

「落ち着くんだ」

 

 俺は試しに意思と魔力を込めると、小さな体の震えが(おさ)まっていく。

 するとゆっくりと腕を下ろして、開いた瞳をぱちくりとさせたのを見るに……契約魔術は無事に結ばれているようだった。

 

「もう安心していい」

 

 言葉が通じるかわからないが、俺はゆっくりと抱きしめて敵意がないことを伝える。

 かつてジェーンやヘリオやリーティアにそうしてやったように、ハルミアのような無償なる(いつく)しみの心をもって。

 

(とりあえず魔力の流動も安定した感じだな)

 

 俺はゆっくりと体を離すと、きょとんとしてる子に微笑みかけながら荒れ放題の髪の毛を()いてやる。

 

「クロアーネ、干し肉くれ」

「……は? 子供にそのまま与える気ですか」

「こっちの手を握ってくる強さはかなりのもんだった。鋭い片牙も生えてるし大丈夫だろう」

 

 ()の身体能力でも上位種たる吸血種(ヴァンパイア)と、魔族との混血。

 脆弱(ぜいじゃく)な人族の子供と比べるに、幼少期からでも差があるというもの。

 

 

 与えられた水と干し肉を一心不乱に(むさぼ)り食う子供を見ながら……クロアーネは腕組み(たず)ねてくる。

 

「他の子はどうするのです?」

掛札(かけふだ)がある独房は完全な暗闇だから、とりあえず通路にわずかな明かりを灯して扉を開ける」

「それで……幼灰竜(アッシュ)に連れてこさせますか?」

 

「いや……食事を用意して、自分から出て来させる」

「なるほど、私は香りの強い流動食を作れば良いわけですね」

「理解が早くて助かる、すぐにでも作れそうか?」

「物色した時に食料がありましたし、調味料に関しては一式持っていますので」

 

 俺達2人で今後を話していると、ダークヴァンパイアの子が食べ終わったかと思うと立ち上がる。

 するとトテトテと走り出し、倒れ込んでいるアーセンの前へと立った。

 

 

「……ッ! ……ッ!」

 

 すると(なか)ば廃人と化しているアーセンの頭を、か(ぼそ)い足で何度も蹴り始める。

 

「……よほど酷い目に()わされていたようですね」

「いいね、強い感情は生きる活力だ」

 

(この子は肉体も精神も強い。これも何かの(えにし)だろう)

 

 実質的に俺が育てたジェーンとヘリオとリーティアを思い出す。

 さらには三巨頭が育てたプラタを思い出す。

 

(子飼いでも作る、か──)

 

 自由な魔導科学(フリーマギエンス)を信仰し取り扱う、円卓二席テオドールの門弟集団のように洗練された特殊部隊。

 感性が鈍化しがちな長命種なりに、色々な生き方をしてみる──良い機会なのかも知れない。

 

 

「"(ちから)"が欲しいか?」

 

 スッと顔がこちらへと向くと、澄んだ双瞳が子供ながらに確かな意思を秘めていた。

 

(ちから)が欲しければ……」

 

 俺はゆっくりと歩いていき、低い目線を合わせるようにしゃがんで"リボルバー"を抜いた。

 

()()()()()

 

 俺は銃口をアーセンへと向けると、ゆっくりと撃鉄(ハンマー)をおこし、次に引鉄(トリガー)を引いた。

 小さな瞳は発砲の一瞬だけは閉じられたものの……恐れる様子はまったく見せず、その()()()()()を注視していた。

 

 アーセンの腹が撃ち抜かれ、血が(にじ)んでいく(かたわ)らで、俺はくるくるとガンスピンして白煙を飛ばす。

 

 

「さぁ、自らの手で選び取れ」

 

 それでもなお光を失わぬ瞳に、俺は銃把(グリップ)を向け、伸ばされた小さな手に握らせていく。

 しっかりと固定させた両手を、さらに俺の手で包み込んでやり……銃口をアーセンの心臓へと再度向けさせた。

 

 "コルトシングル(S)アクション(A)アーミー(A)"の砲兵(アーティラリー)モデルを参考に造ったリボルバー。

 その異名には最も有名であろう、"平和をつくるもの(ピースメーカー)"以外にも存在する。

 

 "平等にする意(イコライザー)"──大の男も、女子供も、老人も……その体格差や膂力(りょりょく)を無視する暴力。

 それは銃と技量の前に(ちから)の差は(イコール)(ひと)しいとして名付けられた。

 

 シップスクラーク財団が有する、自由な魔導科学(フリーマギエンス)のテクノロジーでは誰もが平等だ。

 全ての人間がその恩恵を享受(きょうじゅ)し、開拓者(フロンティア)精神(スピリッツ)を胸に(いだ)いていずれは平和をつくる。

 

 

「……いいんですか?」

 

 クロアーネがただ一言だけ、そう告げてきた。

 

「このまま待てば失血死だが、どうせなら有効利用しないとな。それにあくまで選び取るのはこの子自身だ。

 (けもの)は弱った獲物を使い、我が子に狩りを教えるものだろう。この子に資質があるのなら、俺はそれを尊重する」

 

 世界は未知満ちていて……そして残酷だ。

 生き抜く(ちから)(すべ)を知らねば、全てを失うこともままある。

 俺とフラウと故郷アイヘルがそうだったように、いつなんどき悲劇に見舞われるかはわからないのだ。

 

「後悔がないのであれば別に構いません」

「ははっ、ありがとうクロアーネ。この子と財団と、そして俺自身の為に(つらぬ)(とお)すよ」

 

 そうして火薬の破裂音がもう一度、地下空間に反響し……アーセンの命も残響として消えていったのだった──

 

 

 俺は兄弟子だった男の絶命を確認し、見開いた目に手をやって閉じさせたところで、新たに決意を前へと向ける。

 これでもう"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"時代における過去の(うれ)いは、一切合財(いっさいがっさい)消え去った。

 

「よくやった、偉いぞ」

 

 俺はしっかり褒めてやると……わかってかわからいでか、子供は(うなず)く。

 さすがは幼くもダークヴァンパイア種なだけあり、しっかりと自分の(ちから)引鉄(トリガー)を引けていた。

 アーセンとしてもこの子を洗脳するのに難航していた理由は、魔力量だけでなく……こうした強靭さと精神力もあったのだろう。

 

 心身も落ち着き、意思疎通もできるようになったところで、俺は問いかける。

 

「きみの名前は? おなまえ」

 

 ゆっくりはっきりとした滑舌(かつぜつ)で伝えるが、子供は首をかしげるだけで反応はない。

 

 

「こういった奴隷には、元の名があっても捨てられるものですよ」

「新しい主人が名付ける需要もあるってか……クロアーネはなんか案あるか?」

「貴方が助けたのです。今後も責任を持つのであれば、自分で名付けるべきでしょう」

「名付け親ってのも悪くないだろ、二人の子みたいで」

 

「死ねとは言いません、オーラム様の盟友ですから。息絶えろ」

「あぁ……罵倒(ばとう)が心地良い、そうやって正面から言ってくれる人は貴重だ」

「貴方のそういう部分は五百年掛けても治らないのでしょうね、ベイリル」

「是非とも見届けてくれよ、クロアーネ。延命技術もテクノロジーの範疇(はんちゅう)だ」

 

 ああ言えばこう言うやり取りが、たまらなく新鮮で楽しく……そして愛おしく感じる。

 料理の腕もさることながら、彼女のいろんな魅力が俺をよくよく刺激してくれるのだった。

 

 

「さて夫婦(めおと)漫才はこのへんにして、名前を付けてやるか」

「めお……?」

 

 地球(アステラ)語である言葉の意味を知らず、疑問符を浮かべるクロアーネはさておく。

 

「ふぅ~む……」

 

 ボロ布に汚れてはいるが、子供ながらに端正な顔立ちをしていてジェーンの幼少時を思い出す。

 灰がかった緑色の髪がボサついていて、少し吊り上がった目元から覗く黄緑色の眼には芯があった。

 

「"(ヤナギ)"──」

 

 俺の脳裏には直近で見ていた故郷アイヘルの、種々彩(しゅしゅいろど)ったあの大自然が浮かんでいた。

 その中に日本でも見たことのあった、垂れ下がるような特徴的な木とのイメージが合致する。

 

「よしっ、これからお前の名前は"ヤナギ"だ」



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#218 契約 III

「よしっ、これからお前の名前は"ヤナギ"だ」

「キュゥア!!」

 

 すると足元にいた幼灰竜もいなないて、くるくると周りを回りだす。

 アッシュと同じように即興の名ではあるが、フィーリングというものは大事だ。

 

「……何か意味のある言葉なのですか?」

「あぁ、地球(アステラ)語の植物の名だ──ヤナギ」

 

「や……あ、ぐ……」

「そうだ、ヤ・ナ・ギ」

「や・ぁ・い」

 

「ベイリル、クロアーネ、アッシュ、ヤナギ」

「べぃぅ、くあー、あし、やーぎ」

 

 俺は順番に人差し指を向けていきながら、それぞれの名前を言っていく。

 

「ベイリル、クロアーネ、アッシュ、ヤナギ」

「べいる、くろー、あっし、やぁぎ」

 

 何度も、何度も、何度も──

 まずは自分を認識し、自己を確立し、自身を肯定することから始まる。

 そして他人と向き合い、他者と交わり、相手を理解することで前へと進む。

 

 

 何度か名前を呼び続けたところで、俺はふと思い至る。

 

「ん? ところで……この子の性別はどっちだ」

「女の子ですよ」

「よくわかるな?」

「私は貴方よりも鼻が利きますから。子供であろうと汚れていようと、それくらいは」

 

 ハーフエルフの強化感覚には自信があったが、さすがに犬の獣人であり料理人であるクロアーネには(かな)わない。

 

「なるほどね、まぁ女の子の名前でも問題はないか」

 

 どのみち地球の発音だし、異世界的には少し物珍しいといった程度である。

 

「んじゃ俺はヤナギにもう少し魔力操作を教えるから──」

「……調理は私一人でしろと」

「労働力が足りないというのなら、手伝おうか?」

 

 クロアーネは幅広の腰帯(ベルト)で体にくくりつけていた調理セットを、華麗にバラリと広げる。

 

「それは愚問というものです」

 

 

 

 

 廃屋から出ると雨はすっかり明けて、陽光が雲間から差し込んでいた。

 まるで新たな門出(かどで)を祝福するかのように、覗く青空が未来を暗示しているようにも思いたくなる。

 

 俺は溶け落ちたロウソクの乗った石台へ、指をパチンッと鳴らすと"風擲斬"で破壊した。

 

 

(素晴らしい収穫だ、と言えるだろう)

 

 回収した資料・魔術具多数。救出した子供奴隷の数はヤナギを含め、のべ24名に及んだ。

 地上の護衛2人は廃屋に縛って放置。地下管理所は崩壊させて、再利用は不可能とした。

 

 とりあえず応急的に身奇麗にし、食事も()った身寄りなき子供達。

 人族はもとより、亜人種に獣人種に魔族まで多種多様。

 

 そして当然ながらこれで終わりというわけではなく──むしろここからが本番とも言えた。

 

「まずは財団に連絡して、この子らを引き受けてもらわないとな」

「戸籍も必要になりますね」

「サイジック領民にしちゃえばいいから、そこらへんは俺たちの時よりも楽な手続きだな。なんならモーガニト領民にしてもいいのか」

 

 モーガニトの屋敷は空いているし、土地もかなり余っている。

 ただ今しばらくはジェーンに頼んで、結唱会と一緒に基礎教育からしてもらう(ほう)がいいだろう。

 

 

「とりあえず残る保管所の子供らを救出しないとならんな、"アーセン・ネットワーク"も掌握しなくちゃいけない」

「人員が足りますか? 保管所は四つもあるようですが、制圧にはそれなりの戦力が必要でしょう」

「俺が直接行くから大丈夫だ」

 

 眉を(ひそ)め、眼を(ほそ)め──怪訝(けげん)な表情を浮かべるクロアーネに俺は(げん)を加える。

 

「俺一人なら最速で行ける。財団員には回収だけ依頼する、それなら戦闘要員もいらない」

「……そうですか、ではここでお別れですね」

 

 喜んでいるのか、少しは惜しまれているのか、俺は彼女の心情をはかりかねる。

 どちらとも言えない、むしろ本音を隠すような印象を受けるに……悪くないとポジティブに考えよう。

 

 

「実はそうでもないんだな、クロアーネは一番近い奴隷保管所へ向かって欲しい」

「なにをわけのわからないことを──」

「ここから一番近いのは……"断絶壁"か、丁度いいからソコで落ち合おう。場所、わかるか?」

 

「あそこは"特殊な場所"ですし、なにより財団支部だけでなく開発部門もあります」

「そうだったな、さすが元情報部。いらん世話だったかな」

「その通りです。しかしながら……」

 

 するとクロアーネは、一拍置いてから意思を示す。

 

「お断りします」

「ヤナギとアッシュも連れていってくれ。二人とも(なつ)いてるようだしな」

「お断りします」

「他の子供たちに関しては、とりあえず俺が最寄りの財団支部へ連れていくから」

「お断りします」

 

「つい最近、栽培・増産に成功した素材の新レシピ」

「っ……この貸しは大きいですよ」

 

 

 俺はほくそ笑むように口角をあげ、しばらくはお預けになるだろう舌戦に興じる。

 

「了解、俺の一生を懸けて返し続けるよ」

「やっぱりお断りします」

「色々な人に貸しを作って、その利息だけで余生を過ごすとか、すっごく(あこが)れないか?」

「……後年ボケますよ、他のエルフみたいに」

「そうならない為の"文明回華"さ」

 

 (ふところ)から取り出した最新の小冊子を、俺はクロアーネに投げ渡す。

 

「これは……?」

「フリーマギエンス"星典(せいてん)"だ」

「そんなことは知ってます。幼児と幼竜のお()りだけじゃなく、教育までしろと?」

「まぁまっ、美味いモンをたらふく食った栄養分(エネルギー)は有効に使わないとな。掛けた代金は全部払う」

「破産させてやりましょう」

 

「腐っても領地持ちだぞ。いや……もしかして土地ごと()し上げてモーガニト姓を名乗りたい?」

(ひと)っっっ(こと)もそんなことは言ってません」

「そんな面倒なことしなくても手っ取り早い方法があるのになぁ、クロアーネ・モーガニト──んっ、語呂(ゴロ)は悪いか」

「本当に減らない(クチ)ですね」

「くっはははは、まぁよろしく頼むよ」

「はぁ……まったく」

 

 

 クロアーネの大きな嘆息(たんそく)を了承と受け取って、俺はしゃがんでヤナギに伝える。

 

「ヤナギ、クロアーネについてくんだ」

「くろー」

「そう、クロだ。このお姉ちゃんと一緒にいるんだぞ。アッシュも一緒だ」

「クゥゥウァゥ」

 

 バサバサと屋内で飛ぶアッシュは、もはや諦めた表情を浮かべるクロアーネの肩に止まる。

 

「それとぐるぐる」

「ぐーるぐーる」

 

 指で体全体に円を(えが)くと、ヤナギもそれを真似して自分の前で小さな手を回す。

 

「そうだ、ぐーるぐる。魔力の循環を忘れないようにな」

「……ん、べいる、ぐるぐる」

 

 コクリと(うなず)きながら俺はポンポンッと頭を撫でてやる。

 

()いのう、ただなんというかもう子供でもないな……"孫"だこれ)

 

 変則的とはいえ既にジェーンらを相手に、子育てをしたようなもの。

 そこから学生生活を経て色々と感性は若返ったが、本来の精神年齢からすれば孫がいるような年である。

 

 

 あとは彼女を手ずから育てつつ、他にも部隊となるべき人員を選りすぐっていこう。

 

(しかしまっ、(ごう)()ってはなんとやらか……)

 

 果てしない野望もあるとはいえ、俺がセイマールと同じようなことをやることになるとは。

 時既に異世界の倫理や常識というものに染まりきっているし、人間性も大いに変わってきたから受け入れるより他はない。

 ただそれもまた変化であり、枯れるのではなく環境に適応していることを前向きに喜ばしく生きていこう。

 

「ふゥー……」

 

 俺は"六重(むつえ)風皮膜"を(まと)い、魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)で循環を高める。

 子供の重量とはいえ23人の安全な輸送、緻密(ちみつ)なコントロールを要求される芸当である。

 

「"六枚風"──(さい)!」

 

 固定化された大気の壁が地面からせり上がるように、合わせて6面で包み込む。

 全員に風を付与してゆっくりと慎重に飛ぶよりは、一箇所にまとめて輸送する(ほう)が楽という判断。

 さらに光の屈折率を操作して、大気の結界は周囲の風景と同化していく。

 ワーキャーと子供らの不可思議と楽しさの混じった声が聞こえてくるので、追加で遮音もかけた。

 

 

「それじゃクロアーネ、"断絶壁街"で」

「えぇ、不本意ですが……早めに戻ってきてもらえると助かります」

 

 クロアーネは澄ました様子でそう告げ、俺は笑みだけで返す。

 

「アッシュ、クロアーネについていけ。それとヤナギを守ってやれ」

「クゥァア!」

 

 再び勝手についてこられてもアレなので、しっかりとハンドサインと共に言葉で伝えておく。

 

「ヤナギもまた後でな」

「んっ!」

 

 ちゃんと理解しているかは疑わしいが、とりあえずは良い返事だった。

 

 そして俺自身も"歪光迷彩"を(まと)って姿をくらまし、大気の六面結界を押し出しながら空へと舞い昇った。

 




四部1章はこれにて終了。
よろしければ評価や感想を置いてってもらえると嬉しいです。


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第四部 2章「世界を分かつ壁」
#219 断絶壁街 I


 

 とんでトンで翔んで飛んで──回って、廻って、周って、巡る。

 

 最も近い街のシップスクラーク財団支部に子供達を預け、今後の各種手順について本部へ使い"ツバメ"で送った後──

 休む暇もなく、可及的速やかに、奴隷保管所を成敗・征討・制圧した。

 

 飛行禁止令がある大きな街もあったが、そこらへんは緊急と割り切って法を無視することにした。

 空から鳥瞰(ちょうかん)して探さないことには、必要以上に時間を浪費することにもなりかねない。

 どのみち自分の姿を(とら)えられる者など、まずもって存在しないという自信もあった。

 

 なにせ光を捻じ曲げ、音を遮断し、周囲の大気を操作し、温度すら断絶している。

 それでもなお俺の存在を察知しえた、亡きテオドールが異常だったのだ。

 

 

()せば()るもんだなぁ」

 

 ソニックブームの余波をも"風皮膜"に巻き込みながら、延々と圧縮空気による噴射サイクルで飛行する。

 既に5日ほどが経過していて、ようやく"断絶壁"へと向かっている最中だった。

 

 まともに寝れていないし、食事なども常在戦場の精神で迅速かつ効率的に済ませてきた。

 ハルミア謹製の魔薬(ポーション)を栄養ドリンク代わりに飲んで、一時的に能力ブーストしながら最速で(こと)()さしめた。

 

 それでもなお肉体が()っているのだから、我ながら自賛してやっても良かろう。

 異世界の肉体規格と、これまで鍛え上げた努力は無駄じゃなかったと……大いに実感し、また嬉しくもあった。

 

 迷宮逆踏破ではこうした強行軍をせざるを得ない場面もあったが、ここまでのものはなかった。

 ただ肉体こそ頑丈なものの、やはり課題は魔力の絶対量の(ほう)にこそあると……しみじみ感じ入る。

 

 

(まぁまぁ、たまには自分を褒めることも大事だ)

 

 思わぬ超過残務となったが、こうした不確定要素(イレギュラー)な刺激もまた人生の楽しみの一つである。

 俺は高高度から外套(ローブ)を利用し、緩やかな放物線を(えが)くように省エネ滑空しながら休む。

 

(管理所・保管所合わせた救出人数は現時点で──)

 

 計87人、このままいけばジェーンの結晶会92人を越えるかも知れない。

 だからどうしたという話ではないが、そこまで来るともう一つの学校である。

 戦災孤児なども加わればさらに膨れ上がることは明白で、本格的な後進作りが始まっていく。

 

「っお──? おぉ……アレがそうか」

 

 天空から地平線に見えた山脈のような景色に、俺は感嘆の声を漏らした。

 

 しかしてそれは山脈ではなく──"壁"。それも人の手によって作られた"長城"とも言える構造物。

 全長は数千キロメートルはあろう……世界にそびえ、魔領と人領を断絶(・・)する超大型の壁であった。

 

 

「──"大地の愛娘"」

 

 この凄まじき"断絶壁"を創り出したのは、地上最強とも(うた)われる"五英傑"の1人。

 たった1人で、しかもたった1晩で、壁を創って魔領軍を追い返したという逸話が残っている。

 そんな風聞通りの規格外中の超規格外存在が、どこぞの国家に属していないことは幸運(ラッキー)である。

 

(そもそも現代の五英傑は全員、悪性といった(たぐい)のものは持っていないのがありがたい)

 

 "無二たる"カエジウスは現状、迷宮と領地さえ(たも)たれていれば動くことはない。

 "折れぬ鋼の"は制覇勝利においては恐ろしく邪魔だが、逆に戦争のストッパーとして利用し、内政に専念しやすいという恩恵もある。

 "竜越貴人"アイトエルは超長命の気性ゆえか、天下の趨勢(すうせい)には大きく関わらないスタンス。

 

("大地の愛娘"はそもそも、姿を見せるということがほとんどないらしいが──)

 

 シールフ・アルグロス(いわ)く、地上最強の引きこもり。

 そもそも彼女自身が学園に引きこもっていたので、どの(クチ)がとも思うのだが……。

 

 

 どんどん近付いてくる断絶壁の威容を前に、その規格(スケール)の違いが思い知らされる。

 高さは350か400メートル近くはあろうか──俺でも破壊しようと思えば……やれないこともないだろう。

 "筆頭魔剣士"テオドールなら一刀で斬り伏せられただろうし、戦帝バルドゥル・レーヴェンタールなども爆破解体できようというもの。

 

 しかしそれが数千キロメートルと続いているのであれば、もはや黄竜だの魔獣だのといった領域すら超えている。

 "折れぬ鋼の"であっても、破壊しきるにはいかほどの年月が掛かるというものか。

 

 山脈を喰ったというワームですら、"大地の愛娘"に比べれば可愛いものなのかも知れなかった。

 

 

 

 

 風になびく──二重螺旋系統樹──シップスクラーク財団の紋章が描かれた公旗(フラッグ)

 断絶壁を見上げる距離の"壁()街"の一画(いっかく)に、財団支部がお目見えする。

 

 俺は落下軌道を調整しながら流星のように落ち()きながら、地上スレスレで減速を掛ける。

 (まと)っていた風と空気抵抗を利用し、音も風圧も拡散させることなく華麗に地に足をつけたのだった。

 

「はぁい!」

「えっ? あ、はい」

 

 俺は財団支部の入口の前で両手を広げていた人物につられ、思わず返事しながら抱き合(ハグ)って挨拶をする。

 出迎えたのはクロアーネでも、アッシュでも、ヤナギでもない──見知らぬ女性。

 

「はじめまし……て? ベイリルちゃん。わたしは"イシュト"、よろしくね」

 

 そう名乗った彼女は真っ白なストレート髪に、銀色の瞳をしていて、絵画から出てきたような幻想的かつ眉目にして秀麗であった。

 身長は女性にしてはそれなりに高く、全体的にスレンダーだが艶美な雰囲気を内包している。

 

「イシュト……さん? 失礼ですが、なぜ俺の──」

「キュゥゥアァ!!」

 

 と、言い切る前にアッシュが飛んできて……俺ではなく、イシュトの肩に止まった。

 そうして続いて小さい歩幅だが、力強い走りで俺のもとまで少女がやってくる。

 

 

「べりる、おかえり」

「──ヤナギ、ただいま」

 

 俺はヤナギの髪を()いてやり、そのままグイッと持ち上げて肩車をしてやる。

 するとヤナギも俺の頭をポンッポンッと叩いて、感情を(あらわ)にしてくるのだった。

 

「べりる、たすけた?」

「助けたぞ~、ヤナギみたいな子をいっぱい。あとで会いに行こうな」

「んっ」

 

 俺は視線をイシュトとアッシュの後方へと移し、特に(もく)したまま言ってこない彼女へと話す。

 

「ずいぶんと言葉を覚えたな、教育者としてもやってけるんじゃないか? クロアーネ」

「私は星典(せいてん)を読み聞かせて、問われたことに答えただけです」

「くろー、ありがと」

 

「……いえ」

 

 思わぬヤナギのお礼に、呼吸がわずかに乱れたのを俺はしっかりと感じ取っていた。

 なんだかんだまんざらでもない様子に、俺も笑みを隠しきれなくなる。

 

 

「まぁ色々ありがとう、助かったよ。ところで……このイシュトさん、て?」

「道中で大型の飛行魔物に襲われ、その時に助けていただいた(かた)です」

 

「これはどうも、身内の者が世話になりまして。改めて御礼を申し上げます」

 

 俺はいったんヤナギを降ろしつつ、丁重に頭を下げる──と、ヤナギも真似をしてお辞儀をしていた。

 イシュトは肩に乗るアッシュを(いと)おしそうに撫でながら口を開く。

 

「そんっな~大したことはしてないってば。わたしがいなくても、この()とクロアーネちゃんならどうにかしたでしょ」

「いえ、ヤナギの身の安全を考慮すれば、確実に──とは参りませんでした」

 

 イシュトの謙遜に対して、クロアーネは淡々と事実を述べた様子。

 

「フフーンっ、そうー? ままっ断絶壁と言っても上空から来る魔物は、どうしても抜けてくるのがいるからね。

 とりあえず恩を感じてくれているなら、また違った新しいお料理をいただいちゃおっかな。ちょうど昼時だし」

 

「その程度でよければいくらでも、ご馳走いたします」

 

 

(なんか不思議な包容力だな……アイトエルみたいだ)

 

 アッシュと共に支部へと入っていく後ろ姿。一点の曇りなきアルビノっぽさがあるが、人族としての特徴しか持ってない。

 長命種でもなく妙齢の女性でありながら、(たたず)まいだけでかなりの人生経験を感じさせた。

 

 そんなことを思っていると、ヤナギがクロアーネの元に駆け出していく。

 

「ごはん!」

「はいはい、ご飯ですよ」

 

 クロアーネのローブに抱きついたヤナギに、聞いたことないほど優しい声音で返すのを俺は垣間見(かいまみ)る。

 元々メイドだから一通りの家事はできるし、調理技術と料理への探究心は一級品。

 ヤナギを見るに教育もなかなか、そして割りに子供に(なつ)かれ好かれる性質(タチ)

 

(実はクロアーネって、割と理想の母親像なのか……?)

 

 ハルミアが慈愛溢れる母のそれであれば、クロアーネは実践的て過程的な妻としての理想なのかも知れない。

 

 

「俺も()きっ(ぱら)にしてきたぞ、クロアーネの料理の為に」

「……まともに食事も()らないほど、ちゃんと仕事をしてきたと」

「よくわかってらっしゃる」

 

 数拍置いてからクロアーネは感情を息と共に吐き出す。

 

()()()()()()()()()、貴方に食べさせる料理はない──と言えないのが、非常に(しゃく)なところです」

「その心は?」

「他の者では張り合いがない。美味しく食べてもらうのも、もちろん嬉しいですが……そればかりではと」

「なるほどね、俺はハーフエルフの強化感覚で鼻も舌も鋭敏だからな」

 

(地球の料理を実際にいくつも味わってきた記憶もあるし)

 

 

 ついでに言えば料理を出してくれた相手に物申(ものもう)すような図太さなど、他人では持ち得ない。

 一方で俺は過去に食してきた料理と比較し、何が物足りないか、どう改善すべきかを遠慮なく注文付ける。

 

 料理道を進む者として、忌憚(きたん)なく意見を言ってくれる相手はありがたいのだろう。

 

「……ベイリル、貴方は料理人はやらないのですか」

「もったいないと思うか?」

「えぇ、ほんっっっ──の少しだけ」

 

 大きく溜めてから冷然とのたまうクロアーネに、俺は変わらぬ笑みを浮かべたまま答える。

 

「まぁ俺は500年も生きるわけだし、いずれそうした時期が来るかも知れない。それまでに見果てぬ荒野を開拓しといてくれ」

 

 俺はクロアーネに並んで、ポンッと背中を押そうと思ったがサラリと(かわ)される。

 (くう)を切った俺の手から、クロアーネはさっさと支部の中へ入っていく。

 

「そうですね、貴方がもし調理の地平を踏むことがあれば……そこにもう新しい発見はないことでしょう」

「言うね。見習いたいもんだねぇ、その意気を」

 

 



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#220 断絶壁街 II

 

 "断絶壁"──約20年前に突如として地面が隆起し、今なお残り続ける()()()()()()()()()

 

 それは当時まだわずか10歳にも満たなかった"大地の愛娘"が、たった1晩で作り上げられたことが判明する。

 彼女はそのまま魔領の遠征軍を撃退し、晴れて"英傑"の1人として数えられることとなった。

 

 "大地の愛娘"はそのまま壁のどこかに(きょ)を構え、どこかにはいるがどこにも見つからないという。

 さらには"無二たる"カエジウスという()()()()()から、各国から不可侵の土地となってしまった。

 それもそのはず、もしも彼女の機嫌を損ねれば()()()()国家が消滅しかねないとすら言われている。

 

 ただしカエジウス特区と違うのは──彼女が"法治"することはなかったということ。

 土地を治めることも、人を統率することにも一切興味がなく、本当にいるのかさえ不確かな存在。

 

 結果として行き着く所を失くし、死をも恐れないような"はみだし者"が寄り集まり始め──

 各国から介入を受けず、"大地の愛娘"本人も干渉してこない、そんな自由にして無法が"壁街"の始まりであった。

 

 

「えっ──まだ助けてないのか?」

 

 支部内のテーブルでヤナギが食べ終わるのを待ちながら、俺はクロアーネから現状を確認し疑問符を浮かべる。

 イシュトはやたら(なつ)いているアッシュと共に食後の散歩に出ていて、この場には3人のみである。

 

「まだー、んっけほ……」

 

 隣でむせかけるヤナギの背中を俺はゆっくりとさすってやる。

 クロアーネにしつけられたのか、食べ方が非常に行儀よくなっていた。

 

「保管所は()()()()にあり、かなり厄介な背景が付随してきます」

「詳しく聞く──前に、囚われの子らは大丈夫なのか? 餓死とか」

「"リウ組"の管理下にありますので、しばらくは問題ないでしょう」

「あー……? つまり、あれか。アーセンはどっかの裏組織の後ろ盾を持っていたと」

 

 巡った保管所の1つには護衛が多数いて、商人との共同経営のような場所があった。

 詳しくはアーセン・ネットワークの資料を詳しく(あさ)らないとわからないが、似たようなものだろう。

 

 

「噛み砕いて言えばそんなところです。接収されたわけではないですが、アーセン本人でないと門前払いです」

力尽(ちからず)くではきついか?」

「リウ組は"壁()街"を支配している三大組織の一角(いっかく)です。(こと)はそう単純なものではありません」

 

 "断絶壁"には壁の()()にそれぞれ街が形成されていて、それぞれ"壁内街"と"壁外街"で分けられている。

 なにせ"大地の愛娘"が構築した壁は、異様なほどに堅固で拡張性が低いものの……逆に改築できれば無類の耐久性を誇る。

 

 壁の中は無軌道に迷路のような街となっていて、それらの支配権を保有しているのが……いわゆる裏でヤクザな営利組織であった。

 

「どんな感じで複雑だと?」

「"リウ組"は義に厚く、約定を破る者には特に容赦がありません。下手を打てば戦争になる」

「それは財団まるごと──ってことか」

「えぇ、今後この街で勢力圏を拡大していくのであれば……表立っての対立は好ましくありません」

「無法には無法なりの秩序があると、なるほど」

 

 

 ──"壁街"にはカエジウス特区と違って法律がない。さらに連邦法も適用外の場所。

 それゆえに自治しているのが(ちから)を持つ組織であり、だからこその自由さがある。

 

 世間から爪弾(つまはじ)きにされた多様な人種が無分別に集まり、社会に適応できない後ろ暗い過去を持つ者達が集まる。

 国家に属していれば違法となることも、ここでは縛られることなく取引や乱用ができる。

 それゆえに普通でない"技術"も集まり、また自由に実験(・・)ができるというのも"壁街"の特徴であった。

 

 なんなら各国の技術研究者も素性を隠し、法に問われぬ開発・試験・運用をしているとさえ噂される。

 

 壁外街であれば治安もある程度は保証されているのだが、一方で壁内街はその限りではない。

 ある種の"九龍城(クーロンじょう)"とでも言えば良いのか──()()()()()という矛盾した規律(ルール)が成り立っている。

 

 

「潜入が得意なクロアーネでも無理か」

「保管所の正確な位置は資料にはありませんでした。壁内部は狭く、入り組んでいますし……」

「必ず誰かしらと、かち合ってしまうというわけか」

「そういうことです。さらに奴隷を安全に移送するなど、不可能に近い」

「ふかのー」

 

 鸚鵡(おうむ)返しするように言葉を繰り返すヤナギ。そして俺は状況をよくよく把握した。

 

「だから俺を待っていたわけか」

「一人でコソコソとやるのが得意分野な男がいるのですから、私が無理をする必要はないと判断しました。 

 それに私の独断専行では過分の判断になりますが、貴方が勝手に暴走してやらかすのであれば責任問題とも無縁です」

 

「こそこそ」

「まぁ否定できんな。俺が持つ裁量権は、まがりなりにも三巨頭と同等だし」

 

 確かに我ながら個人戦力は高いし、財団職員としてではなく単独で動くのも慣れている。

 何よりも遮音ステルスで気付かれず、"反響定位(エコーロケーション)"で位置を特定し、脱出に迷うこともない。

 すぐには気付かれない殺し方もいくつか持っていて、俺が戻るのを待っていたのも(うなず)ける。

 

 

「ただベイリル、貴方は少し自覚をすべきでしょう」

「じかくー」

「……?」

 

 疑問符を浮かべる俺に対して、クロアーネはわかりやすい溜息を吐いてから説明をしてくれる。

 

「自分をオーラム様に次ぐ暴力装置程度と思っているようですが、実際には厄介事も持ち込んでくる元凶であると。

 カエジウス特区の採掘権、インメル領会戦、モーガニト領運営、そして今回の奴隷保護とネットワークとやらの掌握」

 

「ぬっ……むぅ」

「確かにそれらによって、財団が飛躍的に大きくなっているのも事実です。私欲で動いているわけじゃないのもわかります」

「まぁ俺の見通しの甘さも含めた行動が、財団に寄与しているのは素直に嬉しいことだが」

「しかしながら実働部分において、他の者に多大な負荷を与えていることをお忘れなく。振り回される立場を考えろ、と」

 

 それはクロアーネ自身の言葉も含んでいるのか、割と強めの口調であった。

 

「日頃から財団員の皆には感謝はしている。特にカプランさんには──」

「ならば今少し自重することですね……財団のリソースは有限なのですから」

「でも好機(チャンス)が転がってるのに、それを(のが)すのはコレもったいないと思うわけで」

 

 

「そこは同意見だな。人の一生(いっしょう)は短い、生き急いでかないと」

 

 ──唐突に掛けられた声に、俺とクロアーネは入り口を見る。

 そこには水色の髪を短めに整え、薄い灰地の長丈ローブを(まと)った男が立っていた。

 

「まさしく長命種のおまえと違ってな、ベイリル。久しぶりだな」

「おぉー"ゼノ"の気配(けはい)だったか、一年……は経ってないな」

 

 俺は立ち上がると、自然体な笑顔を浮かべた男と握手を()わした。

 

 学園時代には専門部製造科に所属し、数多くの設計をこなしてきた"大賢しき"ゼノ。 

 同じくリーティアとティータと共に、財団の研究部門所属として"壁街"にいることは知っていたのでさほどの驚きはなかった。

 

「気配ってなんだよ」

「俺も色々と成長したもんでな、足音と歩幅に匂いや空気の動きまでお見通しだ」

「使いツバメで多少は知っていたが……本当に円卓をぶっ殺しただけはあるんだな」

 

 セノはとりわけ数学と工学分野に強く、テクノロジー面において最も財団に恩恵を与えてくれている人物の1人。

 財団の影響がなくても、間違いなく名を残していたであろう傑人である。

 

 

「しっかしいつの間にか子持ちかよ、なぁ"モーガニト伯"」

「いやぁ……なんかもう個人的には(まご)みたいなもんだがな」

「なんなら敬語でも使ったほうがいいか?」

「使いたきゃ使ってくれて構わんぞ」

「お断りだね、ベイリル」

 

 するとヤナギが食事を頬張りながら顔を向け、飲み込んでから口を開く。

 

「ぜの。りーて? てーた?」

「リーティアとティータは、お仕事中だ」

「しごと」

 

 ぽつぽつと単語だけを言って、ヤナギはまた食事を再会する。

 ただ少なくとも人の顔と固有名詞は認識しているようで、後遺症もなく記憶力もなかなか良好そうでなによりである。

 

 

「もう三人とも、ヤナギと会ってたのか」

ベイリル(おまえ)が遅かったからな」

 

「リーティアとティータは? というか開発部門ってどこにあるんだ」

「郊外の地下工房だよ、そこで色々とやらせてもらってる」

「で、ゼノ。お前だけは会いにきてくれたと」

「あぁ、奴隷解放の件も聞いてたからな。(こと)に及ぶ前に言っておくことがあった」

 

 ゼノは椅子に座ると、俺もテーブルへと着席したところで神妙に口を開く。

 

「正直なところ強引な救出は賛同できないってな」

「……では、ゼノには他に対案があると言うのですか?」

「うぉっ、圧が強いってクロアーネさん、おれは割かし長くこっちにいるからその上での意見だ。ちゃんと交渉すべきってことだよ」

 

 もっぱらの穏健派(ビビリ)であるゼノのもっともな意見に、俺は(うなず)きながら一考してみる。

 なまじ武力に自負があるだけに、最初に挙がる選択肢が物騒なモノになりがちだった。

 

 本来は選択肢を拡充させる為の強さであるのに、かえって選択の余地を狭める思考になりがちなのは(かえり)みねばなるまい。

 

 

「まぁ確かに。アーセンから奴隷網(どれいもう)を受け継いだことにして、既得権益を保証してやればいいのか」

「甘いですね。あの手の連中は足元を見て、さらに上乗せしてくるのが(つね)です」

「だからソコが交渉だ。おれらが持つ木っ端の技術を供与できる用意はある」

 

「ゼノがそう言うなら割と説得力はあるな。財団にとっては既に価値の薄いテクノロジーでも、そいつらにとって利があれば交渉材料になる」

「いいえ、つけ上がらせるだけですね。それだけで済まず、さらなる要求をしてきます。長引いたらそれだけ子供たちが疲弊します」

「そこに関しては事情を聞くにおれも憂慮(ゆうりょ)してるが、最大利益を考えるならだな──」

 

 話をしながら、俺は頭の片隅で思う。

 

(う~ん、なんかまともなディベートっぽくていいな)

 

 正直に言ってしまえば、フラウやハルミアやキャシーとは決して成り立たない会話である。

 逆にオーラムやシールフやカプランのように、とりあえず任せときゃどうにかしてくれる領域でもない。

 

 今ある手札で最善を尽くそうという、それぞれの意見を交わす至極真っ当なやりとり。

 俺も俺だけが唱えられる主張を考えていると、支部の入り口に現れたるは白い影──

 

「話は聞かせてもらったわ!!」

 

 アッシュを連れて戻ったイシュトが、高らかに声を上げたのだった。

 



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#221 断絶壁街 III

 

「話は聞かせてもらったわ!!」

「いしと、あっし」

 

 カッカッと小気味良い足音で近づいてきて、テーブルを囲むイシュト。

 ちょうと食事を終えたヤナギの太ももに、アッシュが乗っかる。

 

「いや、え~っと……一応イシュトさんは財団員じゃないので、意見はご遠慮頂きたいかなと」

 

 俺は恐る恐るそう言いながら、イシュトの反応を待つ。

 単なる井戸端会議のようにも見えるが、内実は財団幹部級の会議に等しい。

 

「じゃあわたしも財団にはいる~」

「軽いな!!」

 

 ゼノがたまらずビシッと突っ込むが、イシュトは気にした様子もなく話を続ける。

 

「え~来るもの拒まずって聞いたよ? それに三人ともそれなりの地位にいるんじゃない?」

 

 

 チラリと俺の(ほう)を見てくるクロアーネに、俺としては形だけの面接っぽいことをしてみる。

 

「志望動機は?」

「おもしろそうだから」

「あなたは財団の為に何ができますか?」

「できることならなんでもするよー」

 

 かなり性格が掴みにくかった。ただの享楽(きょうらく)主義者ともまた違っているのは、直観が告げてきている。

 しかし悪意らしい反応も感じないし、思惑なり意図なりが読みきれない。

 

「どう? どう? 採用かな?」

「まぁ……財団はあらゆる人材を求め、それを活かす場があるのでとりあえず採用します」

「まかせてよ、フフンっ」

 

 

 ふんすと鼻を鳴らして得意気な美女の、妙なギャップは可愛らしくも思う。

 ともすると早速イシュトはすぐさま会議に加わってくるのだった。

 

「わたしの意見はねぇ~、殲滅ぅ!」

「えっ──」

「……は?」

 

 クロアーネとゼノが一瞬呆気(あっけ)に取られる中で、俺は冷静に受け止めてから返す。

 

「まぁそれも正直アリよな。連中の組織とその運営、財団でまるごと頂いてしまえばいい」

「ちょっと。ですからそれは、負担が大きいと言っているでしょう」

「おれは詳しく知らんが戦後賠償金があるんだろ? 足りない部分は人を雇えばいい、投資なくして未来はないぞ」

 

「まぁ賠償金は基本的にサイジック領の復興支援の為の金だし、あまり遣いたくはないんだけどな」

「運用だって簡単なことではないんです。軽々しく言わないでください」

「──っじゃなくって、思わず乗っちまったがおれの意見はそもそも交渉でだな」

「わたしの経験で言わせてもらうと、そういうのは後腐れなく潰すのが一番いいもんだよ?」

 

 収拾がつかなくなる気がして、俺は一度パチンッと指を鳴らして会話を止める。

 ブレインストーミングなら話は別だが、これはなるべく早急(さっきゅう)に処理しなくてはならない問題でもある。

 

 

「いったん落ち着こう、まだ慌てるような時間じゃない。何をおいても重要なのは情報だ、そこをまず整理しよう」

「せいりー」

「そうだ、順番にいこう。まず最終手段としての武力だが……増援を呼んでいる暇まではない」

 

 フラウとハルミアとキャシー、あるいはオーラムを待つ猶予(ゆうよ)はない。

 

「まず俺とリーティアの連係、クロアーネとティータはそこそこ、ゼノ……は戦力には数えんでいいよな」

「もちろん、おれははっきり言って足を引っ張るぞ」

「──で、イシュト殿(どの)はいかほど?」

 

「わたしはねぇ、"七色竜"を相手にできるくらい強いよ」

「りゅー」

「キュゥウウ」

 

 ヤナギとアッシュ以外は閉口したところで、俺は強化感覚を総動員してイシュトに(たず)ねる。

 

「嘘なし?」

「ウソなしー」

 

 心音は変化なし、体温(サーマル)も正常、抑揚(トーン)にも()れはなく、表情筋も自然で、眼もしっかりと()わっている。

 

(まじかよ、とんだ拾いモノってか出会い……?)

 

 最低でも俺やフラウやキャシー級ということになる。単独で戦えると豪語するならば、下手をすると上をいく。

 そうなるとちょっと手合わせしてみたくもあるが……状況が状況なので、自重せざるを得ない。

 

 

「……イシュトさまの実力は助けてもらった際に見ましたが、私程度では測り知れない強さを感じたのは事実です」

「でっしょお~、フッフッフ。倒すまではさすがに無理だけどねー」

 

 クロアーネが補足し、イシュトは得意げな顔でのたまう。

 

「ひとまずある程度は信じます。それじゃあ次に敵性戦力を確認だ、いつも通りクロアーネよろしく」

「私の情報は古いかと、ゼノのほうが詳しいのではないですか」

「あー、おう。それじゃあ、おれから説明する。不明な部分は付け足してくれ」

 

 立ち上がったゼノは、支部に備え付けの黒板にチョークで組織図を書いていく。

 それは一種の講義のようで、非常に手馴れたような感じであった。

 

 

「壁内街は"ソーファミリー"、"ケンスゥ会"、"リウ組"。いわゆる三大勢力のパワーバランスで成り立っている。

 最も勢力圏が広く、武闘派で厄介なのがソーファミリーだ。なんせ物事を解決するのに、ほとんどを(ちから)で解決しがちだ。

 仮にケンスゥ会かリウ組のどちらかが弱まれば、一気に勢力拡大を狙ってくる可能性があるのもこいつらになる」

 

「だからゼノは交渉で落着(らくちゃく)すべきと考えてるわけか」

「あぁそうだ、だからもしもリウ組と戦うという選択肢を()るのであれば、まずはソーファミリーを()ぐべきだろう」

 

 解説に乗じて自分の意見を主張するということもなく、ゼノはきちんと公平に続けていく。

 

「ケンスゥ会は代々血の盟約による固い絆があり、末端まで意思統一された組織でこれもまた厄介だ。

 そしてリウ組は信義をことさら大切にし、自分らの規範に(そむ)いた奴には一切容赦をしない非情さを持つ」

 

「保管所はリウ組の庇護下(ひごか)だそうだ、仮に救出策を取るなら?」

「そのアーセンって野郎は、リウ組の信義に基づいた契約関係にあったんだろう?」

「資料の上ではそうなります」

 

 クロアーネがそう答えると、ゼノはやや気落ちした表情で結論を続ける。

 

「であれば、一方的に破れば戦争は()けられない」

 

「ふぅむ、敵の実働戦力はどれくらいだ?」

「正直なところ……わからん。なんせ壁内部で情報にも限度があるし、常に流動的と言っていい」

「有象無象は相手にならんから、とりあえず強者だけでもわかればこっちとしては構わんが」

 

 とはいえテオドールの門弟集団のような例もあるので、決して油断はならない。

 あくまでピックアップした戦力を中心に、可能ならば情報をさらに集めたいところである。

 

 

「やべえのはソーファミリーの"混濁"のマトヴェイと"兇人(きょうじん)"ロスタン。とにかく色々と物騒な噂が絶えない。

 それとケンスゥ会の黒豹(クロヒョウ)兄弟に"膂賢"のモーラ。リウ組だと(ちょう)が一番強いらしいが、懐刀(ふところがたな)のウーラカも名が通ってる」

 

「ふむ──」

 

 時間を掛けるべきではない、という点ではクロアーネに同意したいところ。

 そして可能であれば交渉して穏便に、財団が侵食して丸ごと頂いてしまいたい。

 同時に面倒なものはもう全てご破算にして、まっさらにしてから始めたいという気持ちもある。

 

「まああーだこーだ言ったけどよ、決めるのはおまえだ。実行力も決定権も、ベイリルが一番上だからな」

「……そうですね、貴方が決めて、実行し、そして責任を取ればいい」

「わたしはぁ、もう財団員になったからなんでも従うよん」

 

「へヴィだぜ、ったく──だがよしッ、俺の結論は欲張り折衷(せっちゅう)案でいこうかと思う」

「それってつまり……」

 

 俺は握った拳を顔の横に、人差し指、中指、親指の順番にあげていった。

 

 

「まずは交渉する、ダメなら奪還する、露見したら潰す」

「無茶じゃね? ってか行き当たりばったりと言うんだよ、そういうのは」

「意外とそうでもないさ、交渉すると同時に相手の情報収集ができる。そして俺は道中で探知(サーチ)して、構造把握と位置特定ができる。

 決裂したら返す刀でぶっ殺すのもアリ、混乱の最中に子供たちを救出。しかる(のち)に決戦に(のぞ)み、すり潰してやる」

 

「そんなこと本当にやれんのか?」

 

 やや難色を示すゼノに、俺は強い姿勢を(あらわ)に言葉にする。

 

「まかせろ」

 

 

 今ある中で()くし(とお)す──なにもかもを万端に状況を迎えられることなど滅多にない。

 

 "結果論"で語るのは、誰にだってできる簡単なことだ。

 しかし実行もせずに「ああすれば良かった」だの「こうしていれば……」なんてのは、()()()()()()()()()土台無理な話。

 実際に選び取った未来など、無数にある分岐の一つであり──それらを個別に観測することなどできない。

 

(だからこそ俺が信じる俺を信じる)

 

 それもまた己の(ちから)になる。

 負けたという経験を踏まえて、次の勝ちに繋がることもあれば……。

 勝ったことで何か(のち)の大きなチャンスを(のが)したという可能性も無いとはいえない。

 言い出せばキリがないし、だからこそ掴み取った選択それ自体に後悔はしない。

 

 改めて考える必要もないほど、当たり前のことではあるが……人間は往々にして頭の中によぎってしまうものだから。

 

 どのみち転生したこの身は、長き夢のようなおまけであると。死生観も随分と変わったものだと。

 あらゆる選択と結果を呑み込み、常々前のめり(ポジティブ)であろうと心懸けていきたいものだと想うのだ。

 

 

「あぁわかったよ、おまえもリーティアも……本気で決めたら突っ走るのは、学園生時代から身に染みている。

 おれの仕事は出た結果をフィードバックし、次には必ず成功させることだ。交渉にもついてってやるさ」

 

 俺はわずかな笑みを浮かべて(うなず)き、クロアーネへと視線を移す。

 

「兵は神速を(たっと)ぶ。善は急げだクロアーネ、交渉の席を用意してくれるか? ついでに可能な限りの情報収集も」

「……わかりました。貴方はそれまでどうしているつもりですか、ベイリル」

「並行してやれることはやる。まずは外部から、壁内部構造を調べていくつもりだ」

 

 今の俺ならワーム迷宮(ダンジョン)の形と最下層までを調べた時よりも、さらに洗練されている。

 内外で確度(かくど)を高めれば十中八九、奴隷保管所の場所は見つけられるハズだ。

 

 

「ねぇ、わたしは? わたしは?」

「イシュトさんは支部の護衛も兼ねて、アッシュとヤナギと遊んでいてもらえますか」

「遊んでるだけでいいなんて、財団って素晴らしいね!」

 

「ただし時来(とききた)らば、その実力を遺憾(いかん)なく発揮してもらいますんで」

「ふっふ~んッ、おまかせ」

 

 ゴキリと両手を鳴らして俺は立ち上がる。やはり脚本(ドラマ)は自分で書く(メイク)に限ると。

 

 



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#222 強き者 I

 

「異世界の"万里の長城"──半端(っぱ)ねえ」

 

 人領と魔領の境界線──断絶壁の頂上にて、俺は世界に自分一人しかいない感覚に酔いしれる。

 ほぼ垂直に近い高壁は登ってくる人間もほとんどいない。マジノ(ライン)のような兵器運用も見当たらない。

 

「飛行魔物がたまに上空を越えていく程度で済むわけだなこりゃ」

 

 ただひたすらにド巨大(デカ)く強固な壁だけで、魔領の人領遠征軍はどうしようもなくなってしまう。

 "大地の愛娘"のスケールがいかに桁違いなのかを、再認識させられる異様さにして威容であった。

 

「ハズレ」

 

 俺は逐一(ちくいち)、手の平を下に反響定位(エコーロケーションを)繰り返しながら歩いていく。

 400メートル弱の壁は、地下深く埋没していたワーム迷宮(ダンジョン)よりも範囲は狭いので御しやすい。

 

「ここも……ハズレ」

 

 しかしワームの外郭の位置を探るのと違い、壁内部の構造把握はなかなかに骨が折れるというもの。

 逆走攻略という実践にして実戦で鍛え上げ、"天眼"を経た今の己であろうとも、脳内処理と容量(キャパ)には限界がある。

 だからまずは必要最小限の情報だけ──複数人にまとまった子供に集中して探索していく。

 

 何度も、何度も、壁上を歩きながらひたすらに。

 

「ハズっ、ん──」

 

 違和感を覚えた俺はうつ伏せに寝そべって耳を当てながら、もう一度だけ音振波を放つ。

 返ってくる残響を半長耳から直に聞いて、頭の中でパースを構築する。

 

 

「っぽいな。ぽいぽい……」

 

 小さく捉えたシルエットの数は21人、一所(ひとところ)に寄り集まってるのがわかる。

 

(っし、後は道筋(ルート)を把握して──)

 

 そこで俺の思考は中断され、反射的に息吹と共に魔術を発動させた。 

 

「ふゥー……」

 

 "六重(むつえ)風皮膜"を(まと)って、姿を隠し、匂い消し、音を遮断する。

 さらに魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)による循環を、体の隅々に行き渡らせた。

 

 

「弟ォ、アレゃなんだと思う?」

「とりあえず調べればわかるじゃねえの兄ィ」

 

 俺は壁下から()()()()()()()()"2人組"を視認する。

 黒い毛並みが美しい、スラリとした筋肉を備えた中背の(ヒョウ)獣人が2人──おそらくは話に聞いていた"ケンスゥ会"の猛者だろう。

 

(獣人種は感覚が鋭いから、気付かれたとしても想定の範囲内だったが……)

 

 今からこの区画壁の一帯をさらに多角的に精査し、内部構造の確度(かくど)を高める必要がある。

 ウロチョロされると邪魔であり、リウ組と交渉もしなくてはならないので、いなくなるまでのんびり待つというわけにもいかない。

 

 

(他に(のぼ)ってくるような奴の気配はない、な)

 

 とりあえずあの2人だけを増援を呼ぶ前に打ち倒せば、追加の人員はなくなるだろう。

 

「……気付いたか?」

「もちろんだ兄ィ、匂いが不自然に途切れてやがる」

 

 すると兄弟はそれぞれが静かに、斧と長槍を構えて臨戦態勢に入る。

 既に存在自体は勘付かれているようだし、俺は堂々と一層目の"歪光迷彩"を()いて姿を現すことにした。

 

『──っ!!』

 

 驚愕を表情に張り付けてはいるが、互いに言葉を交わさぬまま刃先をこちらへと向けてくる黒豹兄弟。

 俺は彼我戦力差を分析した上で、仮に獣身変化されようとも問題ないと判断した。

 

(あくまで手合わせとはいえ、バルゥ殿(どの)とバリス殿(どの)との三つ巴に比べれば──)

 

 所詮は辺境の裏組織で鳴らす程度、お山の大将の域を出ない。

 似たような裏組織でも、ゲイル・オーラムがあまりに例外な"強者"だっただけである。

 

 

「こんなところで何してんだ、長耳野郎」

「お前が雑音(・・)の原因か?」

 

 兄と呼ばれていた(ほう)が斧に炎を宿し、ギリッと鋭い牙を剥く。

 弟と呼ばれていた(ほう)はブンブンとウォーミングアップするように、長槍を振り回し威嚇してきていた。

 

「一応言っておく。争う必要はあるか? 俺がこれからすることも含め、全てに目を(つぶ)って地上へ戻ってもらえないか」

「お断りだね」

「つーかなんでいきなり現れた? どうやった?」

 

 俺は闘争および殺害へと完全にスイッチを切り替えると、軽い口調でのたまう。

 

「残念だ、それじゃぁ俺の──」

 

 俺は続く言葉を、先んじて投げた(・・・)

 

(かて)となってくれ』

 

 バッと反射的に黒豹兄弟が後ろを振り向くのが見える。しかし声がしたその方向には……誰もいない。

 

 

 すぐに視線を戻した兄弟(かれら)の前には──()()()()が立って、一様(いちよう)に薄ら笑いを浮かべていた。

 

『これなら勝てそうだな』

『10秒だ』

『気楽にいこうぜ』

『俺が出るまでもないね』

『冥府巡りの片道切符は貴様らの命で買ってもらうとするか』

 

 "撹乱擲声(デコイボイス)"──音の方向性(ベクトル)を操作して、判然としない音源を擬似的に作り出す魔術。

 非常に単純(シンプル)ではあるが、通常戦闘はもとより奇襲においてはことさら効果的なもの。

 

 さらに俺は空気密度を調整し、"虚幻空映"による無数の蜃気楼(ベイリル)にそれぞれ喋らせるように見せたのだった。

 

「はあァア……!?」

「なんっなんだこりゃッッ!!」

 

 黒豹兄弟はそれぞれ虚像に攻撃するも(くう)を切り続け、俺自身は(まぎ)れるように相対距離を悠々(ゆうゆう)詰めた。

 

 

()()()()()

 

 撹拌(かくはん)された大気によって蜃気楼はかき消えたが、既に俺は白兵の間合にて告げる。

 

「っおらァ!!」

 

 虚を突かれていようと反射的かつ的確に攻撃してきたのは、腐っても一組織の猛者であろう。

 薙ぎ払われた炎斧は、俺の肉体へと無慈悲に襲いかかる。

 

 しかし2層目の"風力衣"に炎を吸われ、3層目の"真空断絶層"に熱を断たれ、4層目の"液体窒素鎧"によって刃が凍り止まってしまった。

 

(そうそう、普通はこんなもんなんだよな)

 

 

「っぐご──!?」

 

 俺は左手で兄の(ほう)の頭を掴みながら、いたって冷静に手応えを咀嚼(そしゃく)する。

 

 "六重(むつえ)風皮膜"──その名の通り、6層の魔術を組み合わせた超複合装甲。

 密度差で光や放射線を()じ曲げ、風速を(まと)いて攻撃を流し、真空を挟んで断熱・絶縁・遮音。

 液体窒素で運動エネルギーを喪失させ、音圧振動による接触爆発反応で反射し、固化させた窒素および酸素で止めきる。

 

 さらには過程で発生したあらゆる衝撃エネルギーを、自身に転嫁して加速などに用いるという超がつく高級術技。

 回避行動をしたのに5層目の音振爆発をも無視して、一撃で斬り込んできた"筆頭魔剣士"テオドールの斬撃こそ異常だったのだ。

 

 

「お別れだ……」

 

 "空投哭(そらとうこく)"──俺は言葉と共に握った顔面から全身へと、彼自身の炎によって燃え上がる竜巻を叩き込んだ。

 さらに壁外街がある人領側ではなく、魔領側(・・・)の壁下へと半円軌道を(えが)くように投げ飛ばす。

 黒豹・兄は指向性の火炎旋嵐(ファイアストーム)によって運ばれるように、地べたまで墜落したのだった。

 

「シァッ──シァッ──!!」

 

 黒豹・弟は肺から漏れるような獣声に乗せるように、超高速の槍(さば)きで空間を蹂躙し続ける。

 尋常者(じんじょうしゃ)の目には決して映らぬであろう攻撃を、俺は風の流れに乗せて回避しつつ……一歩だけ踏み込む。

 

 そうして右手で黒豹弟の首根っこを掴むと、俺は体ごと引っこ抜くように揃っ|()()()()()()()()()()

 

「馬鹿ッかてめェ!!」

「毎度どうも、シップスクラーク運送です。お届け先は地上(・・)、お届け物は死体(・・)一つ、超特急便の追加料金は()となります」

 

 俺は大気を蹴るように爆燃させると垂直落下方向へ飛び出し、電離したプラズマを(まと)いながら超加速していく。

 

「ライッッディィィイイイイ────ーィインッ!!!」

 

 雷光がごとき流星が地面に直撃すると同時に爆発し、魔領側の地上にはクレーターが形成されたのだった。

 

 



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#223 強き者 II

 

「っふぅ~う……死体どころか肉塊すら残らんかったな」

 

 俺は握り込んだ唯一の脊髄部を放り捨て、クレーター部より無傷のまま地面へと跳躍し着地する。

 "六重(むつえ)風皮膜"のおかげで返り血も汚れ一つもない。

 しかしながら"ライディーン・プレッシャー"を使った衝撃余波によって、"風皮膜"は全て霧散していてまだまだ調整が()りそうであった。

 

(さてまずは魔領側から……)

 

 なかなかに不恰好(ぶかっこう)極まりない形にはなるが、セミのように壁に張り付いて延々と"反響定位(エコーロケーション)"するのが最も把握できるだろう。

 

 

「グゥガァァァアアアアアッ!!」

「っと──」

 

 俺は両脚と左腕が部分獣化した黒豹の炎爪を、生身のまましっかりと身躱(みかわ)す。

 

「ハァ……ふぅ……てめぇええええ」

「やるね、生きているとは思わなかったぞ」

 

 火傷を負い、右腕が潰れているが……それでもなお掛かってくる余力を残し、"部分獣化"している黒豹・兄。

 

(焦げ付いても猛者か、生かしといても後々(のちのち)面倒だからどのみち殺すけど……んっ?)

 

 さらに()()()()()()()()()()()を感じた俺は、一度距離を取りながら"無量空月"を抜き放って黒豹・兄を牽制(けんせい)する。

 

 

()()ェ~に面白そうなことやってんねェ──」

 

 新たに現れた人物は舌なめずりをするような笑みを浮かべたまま、俺ではない(ほう)を注視する。

 

「って、おっまえ随分とボロボロだが……もしかして黒豹かァ?」

「……"ロスタン"、ハイエナ野郎が」

 

(こいつがロスタン──? ソーファミリーの"兇人(きょうじん)"か)

 

 黒豹・兄の言葉で、俺はゼノが話していた男の名前を思い出しつつ観察をする。

 両腕だけが血にまみれているが、()()()()()()()()ことは"入り混じった異臭"でわかった。

 壁外の魔物か……あるいは魔族相手に、暴れていたというところだろう。

 

 身のこなしから見るに、黒豹兄弟よりは確実に強そうだった。

 

「兄か弟かどっちかはわからんが、片一方(かたっぽ)はどうしたんだよ、ああ~?」

「ロスタン……てめぇブッ殺してやる」

「かっはっはっはっは!! 死んだか? なあオイ死んだのか?」

「こンッの──」

 

 

 ロスタンの挑発に対して、殺意を乗せて飛び出した黒獣を──俺は延長させた"音圧超振動ブレード"にて斬断する。

 

「相手を間違うなよ」

 

 ここでケンスゥ会とソーファミリーが戦争にでもなろうものなら、面倒なことにもなりかねない。

 俺は黒豹を真っ二つにした"太刀風"を納刀する形で消しつつ、新たに対峙した男を観察する。

 

 スラリとした長身のシルエットに、肩くらいまでの黒長の髪を後ろで(むす)んでいた。

 (ひたい)の見える表情には自信が貼り付けられていて、濃いブラウンの瞳が爛々(らんらん)と輝いている。

 

「おっほほォ~~~やるねェ。ところであんた何者だァ?」

「俺に勝ったら教えてやるさ、"兇人(きょうじん)"ロスタン」

「オレの素性は知ってるのか。まっいい、いいさ」

 

(成り行き(じょう)、黒豹兄弟を殺した。組織間のパワーバランス考えると、こいつも殺したほうがいいな)

 

 

 そんなことを考えていると、脱力したロスタンはこちらを見つめて問いかけてくる。

 

「おまえさ、殺したい相手ってどんな奴だ?」

「はぁ……? まぁ必要(・・)があったら誰でも殺す。今まで殺したい相手なんてのは──あぁ、一人いたわ」

 

 "女王屍(じょおうばね)"が唯一絶対の殺意をもって、その命脈を断ち切った。

 他は"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の教徒を含めて、野望に()(さわ)るから殺したに過ぎない。

 

「へェ……んでェ? ソイツはどんな奴だったんだ?」

「俺の家族に手を出して殺しかけた。そいつだけは明確に私情の混じった殺意だったな」

 

 そうでなくとも女王屍は危険であったし、殺意がなくとも殺すしかなかった。

 そしてより強かった俺達の連係魔術によって──奴は跡形もなく、遺恨もなく消え去った。

 

「かっははは、なるほどね……ところで、()()()()()()()()()()()()?」

 

「その一言だけで、俺はお前を殺してもいい」

「いいねェ……おれが殺したいのは、おれを殺そうとしてくる奴さ」

 

 

 ロスタンと話していると──また"新たに空からやって来る影"を俺は察知して、わずかに視線を上にやった。

 その反射的な動きにロスタンもつられて上空へと顔を向けると、時置かずして新たに"ローブを(まと)った男"が現れる。

 

「魔物を狩るだけでは飽き足らず……あなたは一体なにをやっているのですか、ロスタン」

「オレにィ、指図すんじゃねェよ"マトヴェイ"」

 

(おいおい今度は"混濁"のマトヴェイってやつか、同じソーファミリーで……しかも飛空魔術士か)

 

 マトヴェイは浮いたままこちらを一瞥(いちべつ)だけして、ロスタンと話し始める。

 

「指図ではありません、問うているのです」

「てめェには関係ねえだろ。そもそもだ、わかりきったことを聞くなや」

「たしかに……愚かな問いでしたね。ただしあなたに聞いたことが、です」

「あぁあぁ、そうだな。てめェこそなんでこんなトコにいやがんだ」

「謎の爆音と衝撃が響いたのです、魔領側とはいえ確認するのが当たり前でしょう」

「チッ……神経質野郎がよ」

 

 

(しかしまぁ次から次へと……──呼び込む原因を作ったのは、派手にやらかした俺だけども)

 

 ロスタンとマトヴェイのやり取りを横目に、俺は2人の気性と戦力を把握する。

 するとマトヴェイの視線が真っ二つになった死体へと向き、それから俺へと視線が移された。

 

「黒豹兄弟……アナタがやったのですか? 見知らぬ御仁(ごじん)

「そうだよコイツだよ、今からオレが殺すからてめェは黙って見てやがれ!!」

 

 マトヴェイの問いに、俺より先に答えたロスタンが、言い終わりと同時に地を()うように突進してきた。

 

 俺は"六重(むつえ)風皮膜"を張り直さず──生身からの全感覚を通じて──"天眼"を発動させる。

 そうして中下段から迫るロスタンと、()()()()()マトヴェイの攻撃を同時に(かわ)した。

 

 

「人の獲物を横取るつもりならよォ……いい加減てめェも殺すぞ、マトヴェイ」

 

 ゴキリとロスタンが肩から指先までを鳴らし、空に浮くマトヴェイを威圧する。

 

「見知らぬこの男がソーファミリー(われわれ)(おとしい)れる為に、ケンスゥ会を焚き付けた可能性を考慮するならば……。

 ここは確実に殺しておくのが(すじ)というもの。(こら)えなさいロスタン、すべては父親(ファーザー)の為です」

 

「てめェがオレに親父(ファーザー)を語るんじゃねェ」

 

 わかりやすい戦闘狂(バトルマニア)気質と、慎重で冷静な保守派の対立構造。

 両者の不和(ふわ)を利用して争わせることもできそうだが、さすがに手間が掛かる。

 

 俺はゆっくりと息吹を共に"六重(むつえ)風皮膜"を(まと)いながら、両手でチョイチョイッと手招きする。

 

「ふゥー……いいからまとめて掛かってこいよロスタン、マトヴェイ。どのみちお前らを逃がす気はない」

大言(たいげん)は身を滅ぼしますよ」

 

 (かぶ)ったフードの下から冷ややかな眼光を向けてくるマトヴェイに対し、俺は不敵に笑う。

 

 

「過言じゃあないさ、二人合わせても俺の(ほう)が強い。俺が狩る側だ──」

「逝っとけェ!!」

 

 安い挑発に乗り、先んじて突っ込んできたロスタンへと……俺は最速反射の切り返し技で迎撃する。

 

「"アトウィィィンド・カッタッ"!」

 

 右足で地面を蹴り込みながら、鋭き風の刃を伴った上円軌道の右回し蹴り。

 かち上げられたロスタンに対し、さらなる追い討ちの左脚で蹴り上げ、肉体を引き裂いた。

 追加で空中回転しながら(かかと)落としを叩き込み、ロスタンは地面へと豪快に突っ込んでいく。

 

 

「ノイジィー……」

 

 間断なく空中でパンッと手を胸の前で打ち合わせた俺は、両腕をそのまま真横に大きく開くように後ろまで伸ばす。

 両の掌にはそれぞれ増幅された音が、渦巻くように振幅を繰り返し続けていた。

 

「ウェイブ!」

 

 両手を合わせるように前へと突き出しながら、発生させた音圧振動を合成して撃ち放つ。

 それは一拍(ワンテンポ)反応が遅れ、魔術を使わんとしているマトヴェイへと無慈悲に吸い込まれる。

 音空波のように内部振動はほとんど(ともな)わず威力もかなり落ちるが、外部破壊の飛び道具としてノーリスクでぶっ放せる魔術である。

 

「っっ──!!」

 

 マトヴェイは叫び声を上げているようだったが、空間に走るジギジギと(きし)むような雑音(ノイズ)によって掻き消される。

 空中から()とされたマトヴェイは、無様に地べたを這いずる(ちから)もなくなっているようだった。

 

 

 俺は着地したところで、自分の異常に気付く。

 

(って、おぉう……足ぃ(ひね)られたか、あの一瞬の交錯で)

 

 "刹那風刃脚(アトウィンドカッター)"を喰らいながらも、"六重(むつえ)風皮膜"の上から強引に()めにきたロスタン。

 "兇人(きょうじん)"という二つ名は、己の身を顧みず相手を殺すことに一念を置いているゆえのものか。

 

「間違いなく手応(てごた)え、もとい足応(あしごた)えはあった──」

 

 俺はそう口にしつつロスタンをぶっ飛ばした方向へ視線を移すと、ジャリッと立ち上がる音が聞こえる。

 

「けど、思ったよりも強いなロスタンくん」

「殺す」

 

 自分の血によって赤に染まった男、"兇人(きょうじん)"ロスタンは──首を左右に振り鳴らしながら、歩いてくるのだった。



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#224 強き者 III

「ッゥハァ~……殺す、殺す殺す殺す殺す──」

 

 呪詛のように(うめ)く男の服は確かに切り裂かれていて、鮮血にも染まっている。

 しかしロスタンは問題なく立っているし、気怠(けだる)そうに歩いてきている。

 

「密着状態からのカウンターで確定十割。もしミリ残しでも、出血のスリップダメで死ぬハズなんだがな」

「共通語で喋れや」

 

 戦闘続行に支障もなさそうなその様相は、かつて闘技祭にて相対したレド・プラマバの"存在の足し引き"を想起させる。

 俺は半眼になってよくよくロスタンの傷口を凝視すると、今度はトロルを彷彿(ほうふつ)とさせるような光景があった。

 

 

「自己治癒……いや、自己再生(・・)魔術と言ってもいいか」

 

 そこには現在進行形で、体に刻まれた裂傷が高速に(ふさ)がっていく様子が()て取れた。

 実際にはトロルほどではないにせよ、一個人が持つ回復魔術としては破格の速度である。

 

「怪我した(ハシ)から超速に──造血までしているのか」

「ここまで殺されかけたのはなァ、もう覚えてないくらい久々だ」

 

 ピョンピョンとステップまで踏み始めたロスタンは、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべる。

 

「てめェの機動力は削いだ、次はその素首(そっくび)(くじ)いてやる」

 

 ロスタンの言葉に対し、俺は目を瞑って数瞬ばかり集中を内側へと向ける。

 

 

「俺の右脚よ、痛み(・・)を……を伝えるな」

「はァ……?」

 

 ゆっくりと俺は重心を右足へと(かたむ)け、しっかりと踏みしめることを確認する。

 生体自己制御(バイオフィードバック)──脳内分泌物質──魔力循環加速──強烈な思い込み──

 俺が講じうるあらゆる手段を総動員した痛覚遮断、および自己回復魔術の(あわ)せ技。

 

「自己再生魔術の練度は驚嘆すべきだが……まぁ、お前だけの専売特許というわけでもない」

「そうかよ。まっさらな状況なら、それはそれで構わねェサ」

 

 

「根っからの武人だな、嫌いじゃない──よッ!」

「あンの野郎(やろ)ッ──」

 

 俺は喋りながら振り向きざまに、()()()()()()()()()()()()マトヴェイへとリボルバーを抜いていた。

 親指で撃鉄(ハンマー)をあげながら照準を合わせ、引鉄(トリガー)に人差し指の(ちから)が加わる──

 

 よりも早く、一手ほど速く。

 

『──!?』

 

 俺とロスタンは同時に眼前の光景に目を奪われた。

 

 あまりに唐突に、極太の"閃光の奔流(レーザー)"が空から()ってきたのである。

 

 ただただ純粋な光子を収束させた一発。

 まるでインメル領会戦にて五英傑の一人"折れぬ鋼の"にぶちかました、俺の"ガンマレイ・ブラスト"が(ごと)し。

 それは(おろ)かにも奇襲しようとしたマトヴェイを包み込み……影一つなく消失させてから、地面に大穴を残して光も消えていく──

 

 

「わたし参上!! いやぁやってんねぇ~」

 

 また新たにやって来たのは敵ではなく、白い髪を風に揺らす"イシュト"であった。

 

「イシュトさん……なぜここに?」

「お()り役が戻ったから預けて来た」

「なるほど」

 

 俺は持て余したリボルバーをスピンさせながら、ホルスターへ納めると同時に(うなず)いた。

 要するに帰ってきたクロアーネにヤナギを預け、街まで響いたであろう爆発音の好奇心に勝てなかったといったところか。

 うずうずとしている表情を隠しきれていない、実に素直な人だった。

 

 

(それにしても……)

 

 マトヴェイを一瞬で消し炭一つ残さなかったイシュトの光属魔術──"白色の破壊光線"、半端ない威力だった。

 

真剣(まじ)()()()()()()、か?)

 

 もしあれを連発できるなら……なるほど、七色竜を相手にできると豪語した実力にも納得できようというもの。

 

 俺の"歪光迷彩"の空気密度操作による光線の捻じ曲げでも、あれほどのエネルギーでは()らせない。

 同時に光熱衝撃波の威力を見るに、まともに喰らってしまえば残る"六重(むつえ)風皮膜"の装甲もぶち抜いてきかねなかった。

 

 決着がついていないロスタン相手よりも、俺は仲間である彼女との戦闘を脳内でシミュレートしてしまう。

 

 "光属魔術"──雷や爆発ほどではないものの、氷属と並んで使い手が少ない魔術。

 それでも精々が閃光を放つといった補助的な(たぐい)のモノで、攻撃に特化させた魔術士は(まれ)である。

 

(なにせ光速(・・)だからな)

 

 視認した時には回避は不可能。ゆえに前兆を察し、先読みして回避することしかできない。

 そういったことは得意分野なので、暇ができたら少しだけ手合わせしてみるのも良いかも知れない。

 

 

「ねぇね、そっちのは?」

「俺が相手するんで、大丈夫です」

「んっん~~~わかった。手出ししないよー、ほんとにしないからねー?」

「だからしなくて大丈夫ですって」

 

 イシュトに苦笑しつつ、俺はじんわりと染み込ませるように体ごとロスタンへと振り返った。

 

マトヴェイ(おなかま)は死んだぞ」

「だからなんだ? 生きてたら俺が殺してる」

「正直なところ俺としては別に闘ってもいい、逃げてもいい、降参してもいい。さぁどうするね?」

「このまま終われるとでも思ってんのかァ……あまりオレを(あなど)ってんじゃあねェ」

「オーケイ、理解(わか)らせてやろう」

 

 

 俺は半身に構えて手の平を広げ、またグッと握るのを繰り返していると……唐突にポンッと()()()()()()()()

 

()()()()

「えっ──?」

 

 開口一番、明らかに俺に向けて発せられた言葉。どうしようもなく()の抜けた声をあげてしまう。

 

 その人物はイシュトではなかった──ただ新たに"見知らぬ女性"が、俺の隣で自然に立っていた。

 黒豹兄弟に気取られ、ロスタンが現れ、マトヴェイも加わり、イシュトまで参戦し、この()に及んでさらにもう一人。

 

 あまりに突然の出来事すぎて、俺は二の句を(つむ)げぬまま息が詰まってしまう。

 ロスタンとイシュトもそれぞれ驚愕し、息を()んでいるのは同じであった。

 

 

「知らばっくれても、ダメ」

 

 俺は"生体自己制御(バイオフィードバック)"で必死に心身を平静へと向かわせつつ、ゆっくりと口を開く。

 

「その申し訳ありません、何のことを言ってるのでしょう」

「壁上で()()()()()()()()の、(きみ)でしょ」

 

 黄色が強い薄茶色の伸ばしっぱなしの長髪に、寝ぼけ半眼(まなこ)がこちらへと向けられる。

 

(まったく気付かなかった……? この俺が?)

 

 ここまで無防備に接近を許すなど、未だかつてありえない。

 改めても幻像などでもなく、確かに空気の流れも心音も含めて存在を告げてきている。

 

 ただなんというか、空気ともまた違う。本当にそこに在って当たり前のような、そんな雰囲気を感じ入る。

 

 

「っと……"反響定位(エコーロケーション)"──のことでしょうか」

「知らない。もうしない?」

「えぇっと……まぁ、ゴタゴタが片付いたらもうちょい続けたいかなと」

「なんで?」

「事情がありまして」

「なんの?」

 

 俺は言うべきか迷ったが、思考が巡るにつれて"彼女の素性"について一つの予想が浮かんできていた。

 そして同時に俺だけがこうして普通に話せているのも、()()()()()()()に他ならない。

 

 ロスタンもイシュトも本能的に、会話の邪魔をしてはいけないと感じているハズだった。

 

 

(しかし()()()()()()()()()ともまた違って、圧のようなものも一切感じないのが不思議だ)

 

 初めて会った老人は──そこにいるだけ威圧され、彼の規範(ルール)を破ればたちまち踏みにじられる畏怖が根底にあった。

 次に会った男は──ひたすら研ぎ澄まされていて、対峙するだけでその実直さと不断の意志に貫かれるようであった。

 最近会ったばかりの彼女は──気の置けない家族のようで、超然としながらも包み込まれるような感覚があった。

 

 そして今隣に立つこの人は──不気味さのようなものはない、まるで大自然とでも話しているような印象を受ける。

 言動には子供っぽさが残るものの、ただただ純粋(ピュア)で不可侵ともいえるのやもと。

 

「壁内部の子供たちを探していたんです。助ける為に、今少し調べる必要がある」

 

 俺は顔色を(うかが)いながら、彼女にだけ聞こえるように耳打ちをする。

 

「こども……数は?」

「21人がまとまっています。場所は大体──」

 

 指を差し示しそうとする俺は、彼女の言葉によって(さえぎ)られてしまう。

 

「そぅ、わかった」

 

 そんな唐突すぎる理解の一言(ひとこと)から、矢継ぎ早にじんわりとした微動が地面から伝わってくる。

 ともすると──少し離れた場所に、"巨大な四角い構造物"がたちまち盛り上がっていた。

 

 

「もぅうるさくしないでね」

「あっはい、大丈夫です。ありがとうございました」

 

 "それ"は()()()()()()()()()()()()()()()()()、ここまで移動してきたモノだった。

 もはや"反響定位《エコーロケーション》"を使うまでもなく、中には子供がいるのだろうと確信させられる。

 

(常識を求めるだけ無駄、よな)

 

 大スター演者の乱入アドリブによって、俺が書いている途中だった脚本は容易く紙切れと化した。

 もはや探索はおろか、奪還も……予定していた交渉の必要すらなくなったのだから。

 

「その……お手数お掛けしました、"ルルーテ"さん」

「うん、別に。また次しないならいい。今度やったら……どうしよ、まぁいいや」

 

 

 のんきにあくびをする彼女は、当の本人が名乗っていない、"その名"を否定せず受け入れた様子。

 そうでなくとも"断絶壁"の内部にあっさり干渉し、一部区画を十数秒でここまで届けるなんて超芸当ができる者など……。

 

 円卓の魔術士を倒した俺でも遥か及びつかないほど強い。

 "七色竜"と戦えるというイシュトよりも間違いなく強い。

 おそらくは"無二たる"よりも、"折れぬ鋼の"よりも、"竜越貴人"よりも強い。

 

(そうだ、この世界で誰よりも強き者──)

 

 五英傑が一人、"大地の愛娘"ルルーテその人であった。

 

 



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#225 強き者 IV

「ふぁ……んん」

 

 のんびりと追加のあくびを1つ、"大地の愛娘"ルルーテは地平線を見つめ始めた。

 

「どうしました? ルルーテさん」

「べつに。ちょっと魔軍がいるな、ってだけ」

「魔領側の軍団?」

 

 俺も地平線を"遠視"してみるが、影も形も見当たらない。何をどうやって捕捉できているのか、まったくもって謎であった。

 

ついで(・・・)

「……はい?」

 

 次なる俺の疑問符には反応することなく、たった1人で完結しているルルーテはトンッとつまさきで地面を叩いた。

 すると遠くから地鳴りのような響きが伝わってきて、()()()()()()()()()()()のが視界に映る。

 

 もはや絶句や呆然を通り越して、脳が理解を拒否しようとしていた。

 

(でも、あぁ……なんか既視感(デジャヴュ)

 

 理解不能とは別に、頭の中で前世で見たことのあるCG映像が流れていた。そう、あれは……()()()()()を見たことがある。

 

 "地殻津波"──めくり上げられた地深くの岩盤が天空より、質量と熱を(ともな)った運動エネルギーとして()(そそ)ぐ。

 それを局所的に発生させ、(はる)彼方(かなた)にいた魔領の軍団を殲滅してしまったのだった。

 

 

「それじゃ、しずかに」

 

 シッと人差し指を口唇に当てつつ、片手間で天変地異を引き起こした五英傑ルルーテはトプンッと沈むように消えていった。

 

(地属魔法(・・)……いや、もはやここまでくると──)

 

 "惑星"そのものを掌握しているかの(ごと)き、知覚なぞ到底できないスケール。

 軍団や国家はおろか、世界そのものすら滅ぼしかねない単一個人戦力。

 

(同時にもしも仲間にできたなら……)

 

 建築や道路に灌漑(かんがい)設備他、各種産業やインフラ整備などにも圧倒的な土地改善力になるに違いないなどと。

 

 

 しばらく地響いてくる音を背景(BGM)に、俺はようやく感情を乗せた笑みを浮かべる。

 知己(ちき)を得るどころか名乗る(すき)もなかったし、あのマイペースっぷりでは覚えてもくれまい。

 

 この断絶壁を創ったのも(うなず)ける。戦線投入された"魔人"を討伐したという風聞も納得できる。

 たった1人で魔領を相手に押し(とど)めているというのも、今まさに眼前で証明してくれた。

 

 そしてやはり"五英傑"は決して敵対してはいけない相手だということを、再々々(さいさいさい)再認識くらいさせられる。

 

「まっこれも日頃の(おこな)いが良かったということで、結果オーライ受け入れよう」

「ふんふん、そっかぁあれが"大地の愛娘"かぁ……フッフ~ン、なるほどね」

 

 イシュトは何やら意味ありげに笑っているが、正直なところ俺も笑うしかない状況である。

 

 とりあえずは残るロスタンをぶっ飛ばして、リウ組との交渉については帰ってから考えることにする。

 

 

「思わぬ中断だったが、再開しようか──五英傑の後じゃ型落ちもいいところだが、決着をつけよう。静かに(・・・)な」

 

 どのみちロスタンは典型的な白兵戦タイプ。ルルーテにまた不快な思いをさせることはないだろう。

 

「チッ……なんつーか、正直どっちらけだがなあ」

「やめたいのか?」

「いや、それでも殺す」

「そうこなっきゃな」

 

 俺は六層の"風皮膜"を(まと)ったまま、全感覚を世界へと溶かしていく。

 

「死ね」

 

 シンプルな一言からロスタンは脱力した状態から、爆発的(・・・)な脚力でもって加速する。

 一瞬で間合いを詰めながら突き出される右腕──破れた服から覗いたのは、直接肌に(きざ)まれた"魔術刻印"であった。

 にわかに光を帯びているが、俺は微塵(みじん)にも退()くことなく迎え討つ。

 

 諸説あるが、闘争とは四機の奪い合いというのが自分の中で最もしっくりくる。

 すなわち──(せん)(せん)(せん)(せん)()()(せん)

 

 敵対者が油断ないし裏をかかれていたり、隙を見せて戦闘準備が整っていない機。

 攻撃を仕掛ける上で意識が集中し、攻勢行動の為に肉体も硬直し、防御が(おろそ)かになり回避が散漫となる機。

 まさに攻撃を繰り出している瞬間の連続、防御や回避行動が不可能となる機。

 敵の攻撃を(かわ)すか(ふせ)いだその直後に、体制を立て直すまでに無防備となる機。

 

 自身の意図や狙いを隠し、敵の意識と思考を掴み、その裏や虚を突いて勝を取る。

 

 

 "兇人"ロスタンの掴んでくるような掌底が、文字通りその()()()()()()する。

 間合いを詰めた瞬発力を含め、四肢に(えが)かれていた魔術刻印の効果なのはもはや疑いなかった。

 

 それはリン・フォルスが扱う"四色炎"と同じ──魔術具ではなく己自身に刻むことで、ノータイムで発動させる珍しい魔術式。

 

 しかし俺は(たい)(ひね)りながら"六重(むつえ)風皮膜"によって受け流し、五層目の音振爆発ごと巻き込んで全身で加速した。

 そうして回転しながら(はな)たれた俺の左拳が、ロスタンの心臓めがけて突き込まれる。

 

 "颶嵐正拳(ハリケーンインパクト)"──(せん)()をとる、回避不能の一撃。

 その内実(ないじつ)は、(まと)いし風と発生した衝撃を織り込み、全運動エネルギーを余すことなく集約させた一打必倒の拳。

 

 殴られながらも掴んでこようとする、残るロスタンの左掌による追撃をしっかりと右手で払い落と(パリィング)して締め。

 ロスタンの体躯は地面を削りながら、ボロ雑巾のように投げ出されて停止する。

 

(再生魔術にあかせた捨て身、ってなとこか……)

 

 俺は闘争が終わってから冷静にロスタンを分析する。

 両腕の"魔術刻印"に仕込まれた爆破で相手を滅殺し、自分は後から治癒するのが想定していた()り方なのだろう。

 戦法としては理に(かな)ってはいるものの、いかんせん大概のことは対応できる俺の戦型(スタイル)に相性で(まさ)ることはない。

 

 

「残念だったな」

 

 心臓をぶち抜くつもりで放ったが、まだ生きているロスタンへと俺はそう投げ掛けた。

 今後何度となく掛かってこようとも、幾度となくぶちのめしてみせるという意思を明確に。

 

「っが、ごふ……くっそが──」

 

 吐血しながらもロスタンは、不発だったことで未だ無事な左腕を支えに両膝ついたまま体を起こす。

 再生し始めているが……立ち上がるまでの(ちから)はないようで、右腕は垂れ下がったままだった。

 

「ふむ、再生も限界が近いと見える。さすがに二度も致命傷たりえる攻撃を喰らえば打ち止めか」

 

 苦渋を舐めさせられたロスタンの顔が、自らの敗北を如実(にょじつ)に表現していた。

 

 

 彼は空を仰ぐように顔を上に向けると、実にあっさりとした口調で告げてくる。

 

「さっさと殺せや」

 

「なんだ、死にたがりか?」

「殺し合い……っ、だろうが」

「無様に小便を垂れ流し、神様にお祈りしながら、部屋の(スミ)でガタガタ震えて命乞いすれば助けてやるかも知れんぞ」

「そんな甘い奴なのかよ、てめェはよ」

「いや……状況的にお前は殺しておくべきだと思っている」

「だろうな、オレぁ今まで命乞いしてきた奴だろうが関係なく殺してきた。自分だけ助かるとは思っちゃねえ──」

 

 

 意気を失っていないロスタンに対し、俺はフッと吐息と共に笑って答える。

 

「そうか、でも生かしてやる例外がある──それが"人的資源"になる場合だ。お前、シップスクラーク財団にこい」

「……ぁあ?」

 

 ロスタンはその言葉に面食らった様子で、意味するところを呆然と咀嚼(そしゃく)しているようだった。

 ともするとイシュトが近付いてきて、俺とロスタンを交互に見つめてから口を開く。

 

「ふっふふ~ん、けっこう(なさ)け深いんだ?」

「いえいえ、利になるモノは欲張っていく精神なだけです」

「なるほどなるほど、なるほど~。人生では大事なことだね!」

「そうでしょうとも」

 

 ギリッと歯噛みしたロスタンは、こちらを思い切り(にら)みつけてくる。

 

「負けたオレに鞍替(くらが)えしろって、てめェは言うのか──」

「ソーファミリーと"親父(ファーザー)"ってのに、どれだけ義理立てしてるかは俺も知らんからな。考えておいてくれ」

「また敵対するとは思わねえのか……」

「そうさな、あと二回までなら改めてぶちのめして勧誘する」

 

 仏の顔もなんとやら──俺はロスタンに慈悲を()く。

 

 

「その緩々(ゆるっゆる)でふざけきった猶予(ゆうよ)(あいだ)に、てめェの身内を闇討ちするかも知れねェぞ」

「俺の守護領域を()(くぐ)ってやれるもんならやってみろ。ただし俺の眼が光ってなくても、彼女がいるけどな」

「どーもどーも、わたしも守ってるよ!」

 

 同じファミリーであった"混濁"のマトヴェイをあっさりと蒸発させたイシュトに、ロスタンも閉口するしかないようだった。

 

「ただし四度目はない、三度(みたび)の勧誘を断ったらその時は殺してやる。俺が"断絶街(ここ)"を離れるまでに返答がなくても、念の為に殺す」

 

 オレは断固たる殺意を込めて威圧してから一度視線を(はず)し、今度は軽調子で付け加える。

 

「あぁそれと一応な、逃げても殺すのであしからず。つまりロスタン──お前は財団職員となるか、死ぬかの二択だ」

「メチャクチャ言いやがって」

「そうだろうとも、標高(ひょうこう)をより(たか)く見下ろしている勝者は俺だ。財団支部は壁外街にあるから、いつでも訪ねて来るといい」

「チッ……」

 

 

「──というわけで、イシュトさんも手出し無用で。襲われたら殺しても構いませんが」

「はいはーい」

 

 俺は子供達が囚われている区画を一瞥(いちべつ)し、"酸素濃度低下"の魔術を使うべく集中する。

 

「んじゃこれ以上は企業秘密だから、少しばかり眠っててもらおうか」

「待てや、オイ」

 

 掛けられた声に、俺は吐きかけた息を中断する。

 

「……なんだ、財団(うち)くる気になったか? 物分かりが良いのは助かる」

「いや、それはまだだ。二回も機会をくれるってんならな、利用しない手はねェ」

「興味を持ってくれているようで結構。待遇でも福利厚生でも、手短になら答えるぞ」

「どうでもいい、てめェの名前だけ教えろ……こっちは負けた身ィだがよ」

 

 俺は偽名で濁そうかどうか一瞬だけ迷ったが、さしあたって姓の(ほう)だけ伏せて正直に名乗る。

 

「"空前"のベイリルだ、はァ~……」

 

 俺はロスタンの反応を待たず、一瞬の吐息と共に昏倒させてからすぐに死域を解いた。

 目覚めるまで魔領側の壁外に放置することになるが……いちいち安全な場所まで運んでやる義理まではない。

 

 

「さてっと、イシュトさんはどうします? あっち(・・・)は俺一人でも十分ですんで、支部へ戻ってもらっても──」

 

 俺はパチンッと指を鳴らすと、区画の(かど)が裂けて落ちる。

 

「んーそだねー、ちょ~っと魔領軍の様子でも見てこよっかな」

「"大地の愛娘"の所為(せい)で粉砕されていると思いますが」

「うんうん、そこを見ておきたい。遠目でもスゴかったからね~」

 

 にこやかに笑うイシュトに──どことなく(かげ)のようなものを感じながらも、俺は踏み込むのはやめにする。

 

「……そう言われると俺も見たくなりますね」

「一緒に行く?」

観光(・・)一段落(ひとだんらく)したら、ですかね。どうせあんな災害の爪痕は逃げないですし、焦ることもないので」

「そっかぁ~それじゃ、お先に見た感想は控えておくねっ」

「言葉で言い表せる惨状とも思えませんけど──」

「かもかも」

 

 

 イシュトが軽やかなステップを踏む直前──まだ余裕を残していた俺は……街中ではやりにくいことを、ここぞとばかりに頼んでみる。

 

「別れる前に一ついいですか?」

「なーに?」

「ふゥー……──白色破壊光線(レーザー)、出力抑えめで撃ってもらっても?」

「んっふっふ、いいよぉ」

 

 言うや否や、息吹と共に"六重(むつえ)風皮膜"を(まと)った俺の眼前に光が満ちるのだった。

 

 



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#226 テクノロジートリオ I

 

 ──財団支部の屋上は黄昏時にて、ゆっくりとした動作で数少ない"型"を(つら)ねていく。

 

「空華」

「くーげ」

 

 地を勢いよく蹴って加速し、急制動を掛けて止まりながら反転・反復を繰り返す。

 

「夢想流」

「むそーりぅ」

 

 見えない鞘に右手を添えて一瞬で抜き放ち、回転しながら斬り上げ、そして斬り落とす。

 

「合戦礼法」

「かせんれーほ」

 

 右拳を左の手の平で叩き、拳を真っ直ぐ空間へと打ち抜く。

 

「浪漫派、憧敬拳」

「ろま、しょーけぃ」

 

 俺の動きを追従(トレース)するように、ヤナギは言葉を繰り返しながら、まだまだ(つたな)くも体を動かす。

 見取りと模倣、英才教育は大切だ。実際にジェーン、ヘリオ、リーティアがそれを証明している。

 今後は俺の子飼いの特殊部隊として、しばらくヤナギには手ずから文武で養成していく方針。

 

 

(明日の交渉、どうすっかなぁ──)

 

 俺はヤナギに教えながら、並列作業(マルチタスク)で思考を巡らす。

 

 リウ組とは明日の昼時に交渉の席を整えたという、クロアーネの仕事は実に迅速な手筈(てはず)相成(あいな)った。

 ただし交渉すべきだった事柄が、"大地の愛娘"ルルーテの介入によって既に解消されてしまったという問題がある。

 

 つまるところ財団(こちら)の関与を疑われないまま、子供奴隷21人をしっかり保護できてしまった。

 今頃は消えた保護奴隷の捜索に、疑問符ばかりを並べ立てて捜索しているかも知れない。

 

("混濁"のマトヴェイと黒豹兄弟は死んだ。となると力の均衡(パワーバランス)が崩れる可能性はある……)

 

 損失したソーファミリーとケンスゥ会と比べて、リウ組だけ戦力が保持された状態で抗争となれば──はたしてどうなるものか。

 漁夫の利で財団が介入したい部分もあり、その為の各種リソースを引っ張ってくる手間もある。

 ロスタンの処遇だけでなく、リウ組が一部保有したままのアーセン・ネットワークの完全掌握も必要だ。

 

 

(一番実入りが大きくなるのは、組織ごと支配してしまうことだが……三つも組織があるとなぁ)

 

 末端の構成員まで含めれば、たとえ1つの組織が大勝したところで混乱は(まぬが)れない。

 同時に潰すなら、俺と同等クラスの強度を持つ戦力があと2人ほど欲しいところ。

 

(イシュトさんなら十分だが、リーティアでも事足りるものか)

 

 ロスタンとマトヴェイと黒豹兄弟の強度を考えれば、あまり矢面(やおもて)に出したくはないところだった。

 勝てるとは思うものの、末妹(リーティア)は戦闘が本職ではないので……いくらかの危険(リスク)は飲み込まねばなるまい。

 

 他の誰かを呼ぶにしても時間的に()に合わないし、皆それぞれにやることを(かか)えている。

 そうなると俺と同等レベルに強くて、特段の仕事や目的もなく、気兼ねなしに、すぐ駆けつけられる"暇人"。

 

(キャシーくらいか……まぁでも、俺が二人分働いてもやってやれないことは──)

 

 微妙に失礼なことを思いながら心の中でフッと笑い、軽いストレッチのような運動を終える。

 

 

「よーし次だ、魔力と大気(かぜ)を感じろ」

「まろく、かぜぇ……」

 

 俺はヤナギを抱っこしながら一緒に(ちゅう)へと浮かび、あらゆる流動を同調(シンクロ)させるように(いざな)う。

 奴隷契約によって繋がったバイパスと、意思の強制力をも利用して少しずつ理解させていく。

 

 まず部隊として飛空魔術士であることは必須事項。飛行できるというだけで多様性は大幅に広がる。

 他にも取り入れられるモノは許容量(キャパシティ)を越えないよう、可能な限りすべて取り入れていきたい。

 

(しかしなんだな……フラウやハルミアさんとはまた違った感じだ)

 

 それは奴隷契約として、バイパスが繋がっているからなのだろうか。

 (ねや)で得られた魔力流動とは、また別種に他人の魔力というモノを知覚できている。

 あるいはそうした感覚を養い続けた、エルフ種ゆえの(あわ)せ技があってこそのものか。

 

 そんなことを考えていると地上から、急速に近付いてくる気配を感じる。

 

 

「ベーイッリール()ぃ!!」

 

 地上から細長い"光沢のある金属"に(つか)まって、3階建ての屋上まで一息(ひといき)でやってきた狐耳の少女。

 "愛すべき我が妹"は、そのまま勢いよく俺とヤナギのもとへと抱きついてくるのだった。

 

「おう"リーティア"、久しぶりだなぁ。仕事に集中していると聞いてたから、邪魔しないでおいたのに」

 

 俺は空気をクッションにそのまま受け止めてやり、昔のように頭を撫でてやる。

 

「っへへ~、ベイリル兄ぃが戻ったと聞いたから! 一足先(なるはや)で急いできた!」

「んん、リーテ!」

 

 俺とリーティアの(あいだ)に挟まれたヤナギが、もぞもぞとやや苦しそうに動く。

 

「あっはは、ヤナギぃ~ウチの(いと)しい妹よ~」

 

 リーティアはその手の平で、ヤナギの両頬をむにむにと動かす。

 俺は2人の妹──あるいは娘と孫娘の様子を、微笑ましく見つめる。

 

 

「今までずーっと末っ娘だったからさぁ、ウチも弟や妹が欲しかったんだよねぇ」

「そうかそうか、それは良かったなリーティア。追加であと21人ほどいるぞ」

「えっ、えぇ……ま、まかせてよ!」

 

 さすがに狼狽(うろた)えた様子を見せるリーティアに、俺はさらにダメ押しする。

 

「あと他にも助けた87人ほど追加で、ジェーンのとこにも92人いるな。合わせてちょうど200人だ」

「うぅ……ちゃんとお姉ちゃんするぅ……」

「りーてーねーちゃ」

 

 俺がリーティアを頭を撫で、リーティアがヤナギを頭を撫でる。

 これもまたある種の、次世代に受け継がれていくような連鎖のように思えてくる。

 

「くっははは、がんばれよ~。少なくとも明日は一緒にいてやってくれ」

「ゼノが言ってた交渉ってやつ? んーオッケィだけど、ウチは交渉に行かなくていーの?」

「一応は財団支部を守る役が必要だからな、俺とイシュトさんの次に強いのはリーティアと"アマルゲル"だろう」

 

 そう言って俺はリーティアの体を地上からここまで運んだ、"流動魔術合金"へと視線を移す。

 金属質の水たまりに、人のシルエットがのっぺりと浮かんでいる。

 

 

「んだねぇ~。アマルゲルくんも今や、バージョン3.0にアップデート済み!!」

「見た目的にはあまり変わった様子はないが……どこらへんが改良されたんだ?」

「んっとね~、まず簡単な行動なら半自律で遂行する!」

「なにっ──それは……普通に凄くないか!?」

 

 今まではリーティアが近くにいて、追従させるような命令・操作をしていただけである。

 しかし完全ではないとはいえ、自律して動けるならそれは戦争においても十分な戦力運用が可能となる。

 

「あらかじめいくつか規定の行動(プログラム)を用意してあるんだ~。それを組み合わせてるんだよ。

 まだまだ不具合は多いけど、それはおいおいブラッシュアップしてけばいいだけだからねぇ」

 

(ほう……"プログラム"、か)

 

 俺の"六重(むつえ)風皮膜"が特に顕著(けんちょ)だが、魔術では無意識で(おこな)っている行程(プロセス)が多い。

 

 たとえば日常の何気ない動作と同じように──呼吸したり、歩いたり、物を掴んだりと──意識していないところで自動(オート)で生態行動は成り立っている。

 明確に意識せずとも車を運転操作しながら、周囲にも注意を払いつつ、暗記した歌詞を熱唱しながらも、目的地で何をするかを考えるように。

 全てを意識によってマニュアル操作したなら、人は重心移動と姿勢制御すらままならないし、食べることすら重労働になるだろう。

 

 最近は魔術におけるいわゆる"イメージ"も、そうした識域下における最適化のように思えることが少なくない。

 そこからさらに発展させて人工知能(A I)のように拡張していくというのは……なるほど、さもありなん。

 

 

「それと内部で常に流動させることで、魔力を自分で集められるんだ」

「お、ぉおっふ……」

 

 思わず言葉も出なくなる、つまり流体金属それ自体を人体における血液と見立てているわけか。

 

(はっはぁ……"魔力の貯留"、か)

 

 フラウの魔力の加速循環のループによる、許容限界以上の魔力貯蔵──

 そして魔法具"永劫魔剣"あらため、魔王具"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"の循環器たる刀身にも通じている。

 

「まぁまっ! 微々たるもんだから、逆に流動の為のエネルギーで今は(・・)余裕でマイナスなんだけどねー」

「いやそれでも半端(っぱ)ないわ、今後発展させていけばいいわけだからな」

「でしょでしょ~。もっと褒めて」

「偉い! とんでもなく偉いぞ~自慢の妹よ」

「えらー」

 

 流体である性質を利用し、魔術紋様を組み替えて異なる魔術効果を発揮しつつ、魔力をも自給自足する。

 まさに究極の魔術兵器の一つともなりうる、圧倒的な潜在性《ポテンシャル》を秘めるに過言なし。

 

 

「あとあと! キャシー(ねぇ)みたく、ほんのちょっとだけど電気も溜めておけるよ」

「マジか、ってことは磁場も……」

「発生するねぇ、でも結局ウチが魔力供給しないと今はすぐに止まっちゃうけど!」

 

 その才能に果てはなく、留まることを知らぬ。こと魔術具に関しては、既に世界でも有数なのではないだろうか我が自慢の妹は。

 

「ウチは雷属魔術は使えないけど、アマルゲルくんが使えればそれでいいかんね。魔力だけ与えればオッケィ!」

 

(うん……"自分にできないことは他に任せる"、か)

 

 リーティアと話す中で──俺だけの魔導おける新境地が開拓され、具体的なイメージが固められていく確かな心地。

 理論と具体性と感覚(フィーリング)が、かっちりと噛み合っていくのがわかる。

 

 

「そうか、電気が自由に使えれば今後の開発も色々と(はかど)るな」

「だよ!」

 

 リーティアは両手でV(ブイ)の字を作ってにこやかに笑う。

 

「いずれは量産(・・)なんかも、目星は付くか?」

 

 もしも戦争に投入できるのなら──人的資源を失う恐れもない、兵站もいらずの超戦力である。

 

「ん~~~どうだろ、仕上がりにはまだまだ遠いかな。事あるごとに色々と実装したくなっちゃうし」

「その意気は大事だから自重はしなくていいぞ、どんどんやれ」

 

「うん、そのつもりだよ! ただどうしたって個々人で調整しないといけないモンだし。お値段も(かさ)むよー」

「手間と費用か……アマルゲルほどを求めずとも、近い技術で必要充分ならいいんだが」

「じゃぁ普通に人形(ゴーレム)とか、安価にプログラムも単純にして扱いやすくしちゃう?」

 

(ふぅむ……グレードダウンあるいは"マイナーチェンジ"、か)

 

 

「それは当分無理だぞ、ベイリル」

 

 ともすると、屋上の扉から現れたゼノがそう否定したのだった。

 



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#227 テクノロジートリオ II

「よぉゼノ」

「ぜの」

「ゼ~ノ~遅いよ~」

 

 俺、ヤナギ、リーティアにそれぞれ呼ばれ、ゼノは肩で息をしながら答える。

 

リーティア(おまえ)がいきなり走り出すからだろうが!」

「だって~ベイリル()ぃに早く会いたかったんだもん」

 

 ()い妹はさておき、俺は浮いた状態から屋上へと一旦着地する。

 そしてゼノに問う前に、テクノロジートリオの最後の1人が顔をだす。

 薄い桃色の長髪を左右のツインテールでまとめ、相変わらず気怠(けだる)そうな表情を浮かべていた。

 

「うーっす、久しぶりーベイリっさん」

「あぁ"ティータ"も元気そうでなによりだ」

「てーた」

 

 腰に巻かれたウェストバッグには、様々な種類の工具が()さっているのが見える。

 俺が教えた地球(アステラ)産のそれを、数多く再現したようだった。

 

 

「で、何がダメなんだ? ゼノ」

「ことゴーレム作製について、リーティアの才覚(センス)によるところが大きいんだよ。現状では誰も真似できない。

 んな事細かな調整を……まして大量になんて、時間の浪費だ。他にやることが山ほどあるんだから、注力する暇はない」

 

「そこをそれ、なんとかするのがゼノの仕事っしょ~」

「そうっすよ、自分らは作るだけっす」

「おれにだって限度ってモンがあるっつの!」

 

 懐かしい3人のやり取りに俺は破顔一笑に付しつつ、至って真面目な抑揚(トーン)(たず)ねる。

 

 

「人手や資金は足りてるのか?」

「資金はまぁまぁ十分だ。ベイリルにゃあ融通利(ゆうずうき)かせてもらって感謝してるよ」

「気にするな、ノビノビとやってもらいたいしな」

 

「やっぱり人手不足だよね~、数はいるけど質が足りない! 学園時代から見てはいるけど、ウチに並べるのゼノとティータだけだもん」

「ふぅむ……同期でなくとも、せめて"大魔技師"における七人の高弟(こうてい)のような人材でもいれば──」

「いやリーティアを"大魔技師"に例えるのは、いくらなんでも言い過ぎだって」

 

「アマルゲルくん、ゴー(go)!!」

 

 流体金属がゼノに絡みつくと、そのまま首から下を球体のように(おお)って回転し始める。

 

「どわぁあああああああやあぁぁあああめえぇぇぇええ──!?」

 

 コマか、竜巻か、はたまた"遠心分離機"か……リーティアも加減は知っているだろうと、とりあえず捨て置く。

 

 

「ままっウチが"大魔技師"並か、それ以上かはさておいて」

 

 リーティアがパチンッと指を鳴らすと、ゼノは徐々に回転が下がっていく。

 

「たしかに大量生産となると、付きっきりになっちゃうし飽きちゃうかも?」

「やっぱいろんなモノを試してるほうが、自分らの(しょう)に合ってるっすよねー」

「っずぅ……へぁ……ふぅ、そういうことだ」

 

 解放されたゼノは両手と両膝を地につきながら顔を上げる。

 

「それで……代わりとなる人材は在野(ざいや)からもいない、と」

「ああそうだ、いかんせん既存(きそん)の体系や概念に()り固められてるのが多くてだな……」

「つまり頭が固いわけか」

「そういった手合は相手するのも(わずら)わしいし、気を(つか)うのもバカらしい」

 

 

 それらは商会発足時から、今もなお継続している問題の一つであった。

 現代知識を利用するにあたって、着手以前に儲かるだとか効率化だとかで受け入れられるかというと大違い。

 むしろ固定観念に囚われていたり、既得権益を守る為に拒絶されたりといったことは珍しくないのだ。

 

(俺はたまたまオーラム殿(どの)と出会えて、シールフによって記憶を発掘できたが──)

 

 実際的に現代知識チートなんてのを(おこな)うには、数多き障害(ハードル)を飛び越え、時にぶっ壊していかなくてはならない。

 根拠や実績を示して理解と納得をさせ、さらに資金に資源に土地に時間、思想や宗教問題すら関わってくることもある。

 

 だからこそフリーマギエンスという既存(きそん)の枠から(はず)れた新機軸の宗教思想と、シップスクラーク財団という物質的に(ちから)ある組織が必要だった。

 それでもなお不足している部分は少なくなく……理解と受容と協力、試行と実践と改良は、世界を統一しない限りは付いて回ることだろう。

 

 

「まぁあれだ……俺でできることなら何でもするぞ。嫌な思いをするようなら、いくらでも排除する」

「いいさ別に、やっかみはどうしたってついて回るってもんだ」

 

(ふぅ~む、どうしたものかね)

 

 諦観(ていかん)にも似たゼノの様子を見て、俺は一考する。

 

 テクノロジートリオの、自由な感性と新鋭的な才覚を垣間見(かいまみ)て。

 新しきを受け入れ(がた)く古きに固執(こしつ)し、あまつさえ若き才能に嫉妬でも覚えられたなら。

 あるいは通り越して手前勝手な恨み(つら)みで、雑音(ノイズ)として邪魔をすることになれば。

 

(財団と"文明回華"にとって最大級の損失だ……)

 

 そういった事態は断固として()けねばならない。

 

 

「あー……それと、"信頼性"の問題も決して小さくない。ベイリルならよ、その意味わかるだろ?」

「つまり技術を見せるに(あたい)するだけの技術も足りてないわけか」

「おれらは財団にとって最高機密の特許を、直接的に扱うわけで。その多くは知識や技術を(ともな)うものだが……。

 中には知るだけで厄介なのもある。現段階の進捗で、帝国や王国なんぞに知られたらマズいようなモノも盛り沢山な」

 

「技術と信頼の二重の意味で不足、と。なるほどな──よくよくわかった」

 

 そこで俺は1つの具体案が思い浮かび、モノは試しと提案する。 

 

「安心しろゼノ、良い解決策が見つかった」

「聞こう」

 

 

 俺は一拍置いてから、得意げな顔を浮かべて案を口に出す。

 

「保護した子供たちを登用するってのはどうだ」

「……は?」

 

 言うなれば俺が最初に学園生活を送ることによって、人材確保と人脈形成にあたった側面にも通じる。

 なるべく余計な色や雑味がついていない若い人間だからこそ、魔導科学(マギエンス)も浸透しやすいというもの。

 

高弟(こうてい)がいないなら、0(ゼロ)から育てればいいじゃない」

「ベイリル、おまえはなにをいっている」

 

「"大魔技師"とて最初から彼の叡智についてこれる者が、都合よく七人もいたわけじゃあるまい」

「まあ……そりゃ、そうだな」

「財団の知識・技術とフリーマギエンスの思想に染め上げれば、秘密も開示しても問題ない(すぐ)れた人材を確保できる」

「それで──おれらに手ずから教育しろっての!?」

「他に誰がいると」

 

 

 難色を示すゼノとは打って変わって、リーティアとティータは好感触を見せる。

 

「ウチと七人の高弟(こうてい)!」

「師匠って呼ばれるのは悪くないっすね」

 

「まっゆくゆくは以心伝心な直属の子飼いだ、先行投資だと思えば安いものじゃないか?」

「おいおいベイリル、長命種(おまえ)の感覚でモノを言うなよ。何十年掛かるんだっての」

「そこまで掛かるまいさ、なにせ──」

 

 俺はフッとほくそ笑むように、人差し指を立てる。

 

「師が一流ならば、弟子も一流になるもんだ。"プラタ"が良い例だろう」

 

 ゲイル、シールフ、カプランの直弟子にして、多才な能力を見せる財団の申し子。

 学園時代にもフリーマギエンスにて、ゼノらを含めた色々な人から様々なことを教わってきた少女である。

 

「それにアーセンが厳選していた奴隷候補、素養は優秀なはずだぞ。ヤナギもだもんなぁ~」

「ゆーしゅー」

 

 俺はヤナギを肩車してやると、頭を両手でポンポンッとはたかれる。

 

 

「師は弟子を育て、また弟子も師を育てるとも言う。親身になって教えることで再認識できること、見えてくることもある」

「それっぽいことを言うな?」

「教団時代に俺がリーティアに教えていた時も、(つたな)いながらそんなもんだったさ」

 

『いぇーい』

 

 俺とリーティアは互いに何も言わずとも、自然な流れでハイタッチする。

 

「そして今も(・・)な」

 

 付け加えた俺の言葉に、ゼノの視線が上がってヤナギへと移る。

 

「んんん……体ができあがらなくても、検算や見直しにならたしかに使えるか。それだけでも作業効率は上がるっちゃ上がる」

「いいんじゃないっすか? 即戦力は別にしても、信頼できる未来の助手はいたほうがいいっす」

「ウチも子育てしたい! 教育用のゴーレムも作る!!」

 

 

 3人とも乗り気になってきたところで、俺は話を付け加えていく。

 

「まあしばらくは見学だけさせておいて興味を持たせる。その後は一旦サイジック領で初等教育を受けさせればいいさ。

 ちょうどジェーンが連れて来た孤児たちといる。一緒に学ばせてから専門工程として指導していくとかな」

 

「たしかに意外と悪くない……のか? ただあんまりにも環境要因が一緒だと、発想の幅が狭まる可能性がある──」

「まぁそこらへんは、財団の各部門に不定期に派遣できるよう口添えしとく」

「んなら、助かる」

「おうさ。しかしなるほど……多様性、か」

 

 画一性が生む強さもあろうが、個性が集まってこそ生まれるモノもある。

 そういった按配(バランス)を考えていくことも、弟子育成においては重要である。

 

 

「ジェーン姉ぇにも会いたいなー、ウチも行っちゃおうかな?」

「久しぶりにみんなで集まりたいっすね~」

「なぁベイリル、サイジック領で研究・開発はできるのか?」

 

「無論、いずれ最新の設備を整えるさ。今はまだ復興段階だけどな」

 

 ともするとリーティアがピクリと狐耳と尻尾を張っていた。

 それは料理の香りが屋上にまで届いてきているのを、俺とほぼ同じくして嗅覚で察知したからだろう。

 

「さてっと──それじゃ話の続きは食事をしながらにでもしよう」

 

 



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#228 テクノロジートリオ III

 

 財団支部の屋上から降りた3階部の多目的フロアの扉を開けると、様々な料理がところ狭しと並べられていた。

 それもそのはず、今現在この支部には助けた子供らを含めれば50人を越える数の人間がいる。

 

(全員分作ってしまうあたりが、クロアーネらしい。彼女の彼女たる所以(ゆえん)だな)

 

 下の階からもガヤガヤと驚きや歓喜の声が、聞こえてくるのがわかる。

 一般の財団職員は2階の事務フロアで振る舞われ、ここ3階フロアは子供らがまとまって保育所のようになっていた。

 

「見て見て~ティータ、大鍋に"保温用の魔術具"がつないである!!」

「ほっほ~料理用じゃないのに熱伝導を利用してるわけっすか、大所帯になった分だけ今夜は随分と奮発(ふんぱつ)したっすね~」

「つーか簡易調理場しかないのに、こんなに大量にどうやって作ったんだ……皿まで調達されてるし」

 

 リーティアがティータへ(うなが)し、ゼノもそれに続いて魔術具の使い方を観察する。

 一方で俺は昼間に助けた、元奴隷の子供らの様子を見る。

 

 さすがに大量の子供用のイスなどはなく、子供達は全員揃って床に座り込んでいた。

 そして今まで見たこともないであろう料理を、一心不乱に食べている。

 アーセンがいた管理所と違って刷り込み段階にはなかったにせよ、助けられるまでは大した食事も与えられてなかったのだろう。

 

 クロアーネが隙なく目を配って、子供らの世話をしているのが印象的であった。

 

 

 俺は子供達で形成された(いびつ)な輪の外側から、働きづめであろう彼女へと声を掛ける。

 

「クロアーネ、休んだらどうだ。少しくらい見ていなくても大丈夫だろう」

「いえ、問題ありません」

「本当に?」

(はなは)だ不本意ではありますが、お()りにも少しばかり慣れてきたところです」

「皆で一緒に食いたいと思ってたんだが」

 

 俺はわかりやすく肩を(すく)めて見せるも、クロアーネは調子を変えずに続ける。

 

「しっかりとこの子たちに、食事と栄養を()らせるまでが私の義務です。それに私は既に食べ終えていますので」

「いつの間に……」

「味見だけでも相当な量になりますから、それと──」

 

 

「やっほ~わたしも手伝ったった」

「キュゥゥウアア!!」

 

 クロアーネの言葉に続くように、白い長髪のイシュトが積まれた料理の合間から顔を出す。

 相変わらず懐きっぱなしの灰竜アッシュと一緒に、マイペースに歩いてくる。

 

「イシュトさん、戻ってたんですね。随分とお早い」

「うん、わたしにとっては大した距離じゃないし。戻ったらなんか大変そうだったから、ちょっとだけ手を貸したよー」

「彼女の調理技術は……正直なところ私よりもかなり上です」

 

「クロアーネが素直に負けを認めるとは……食うのが楽しみだ」

 

 ジロリと俺はクロアーネに冷然とした瞳を向けられ、すると彼女はすぐに嘆息(たんそく)をして目を(つぶ)る。

 

「はぁ……つまり今まで私は技術の(つたな)い料理をイシュトさまに食べさせていた、というわけです」

「全部が全部わたしが上手ってわけじゃないよぉ~。でもフフンっ、褒められるのはうれしいかも」

「お互いに精進(しょうじん)が必要だな、クロアーネ」

 

 イシュトは強い、一発だけもらった手加減の白色破壊光線(レーザー)も凄絶であった。やはり世界は本当に広い。

 俺も強くなってはいるが本気で()り合ったとしたら、勝てるとは絶対に言い切れないほどの強度。

 

 

「それにイシュトさまは一体どこで学んだかも教えてくれません」

「まっまっ、わたしにもいろいろと人並(ヒトナミ)の歴史があるからねん」

「失礼ですがイシュトさん、お年は?」

 

「むっふっフッフフフ、ひ・み・つ!」

 

(年若く見えるんだけどなぁ……)

 

 光属魔術士としては卓抜しているので、実年齢はかなり食っていて単純に若作りなのかも知れない。

 魔導師でなくとも魔力の扱いに()けている者は、総じた傾向として抗老作用(アンチエイジング)も備えているゆえに。

 

「べぃりる! ごはん!」

「はいはいヤナギ、それじゃ食べようなー」

 

 ()かされて俺はヤナギを()きかかえてやる。

 これ以上クロアーネの負担を増やさないよう、一人分くらいはこちらで面倒を見る。

 

「お残しは許しません」

 

 クロアーネのそんな一言に、俺は改めて料理群を見渡し口角をにわかに上げる。

 

「明日の交渉に()(つか)えそうだが……頑張ろう」

 

 "(しょく)"は肉体資本の(みなもと)であり、胃袋や消化能力も当然ながら鍛えてある。

 よく食べて、よく運動し、よく寝る。幼少期から明確な目的を定めて成長したハーフエルフは、伊達(ダテ)ではないところ見せてやろう。

 

 

 

 

 俺とヤナギ、それにリーティアとゼノとティータ、さらにイシュトとアッシュで、山盛りの料理を囲んで話に興じる。

 

「ここ数日で、すっかり舌が()えちゃって困りものっす。もう他のモノが食べたくなくなるくらいに」

「だよね~学園時代よりさらに美味しくなってる、ずっと食べてたい!」

「ティータとリーティアに同意見だな。なぁベイリル、クロアーネさんじゃなくてもいいが専属の料理人を派遣とかできないか?」

 

 俺は口内で咀嚼(そしゃく)していた肉を飲み込み、一拍置いてから答える。

 

「そうさな──どのみち弟子を育てるのなら、世話人も必要になるわけだしな」

「いやいや、まだそこは確定してないぞ」

「子供を育てるのならば、栄養環境は必須要項だ。財団に余裕がない中でも稟議(りんぎ)も通しやすくなるというもの」

「……後ろ向きに検討しておく」

 

 そう言ったゼノは煽るようにガラス製のコップに注がれた水を飲んだ。フッと笑う俺はイシュトの視線に気付く。

 

 

「ベイリルちゃんってぇ、そんなに偉い立場なんだ?」

「これでも一応はシップスクラーク財団総帥の弟子なんで、人事権も多少は融通(ゆうずう)()かせられます」

 

 表向きはリーベ・セイラー総帥を頂点とし、その(した)のゲイル、シールフ、カプランに次ぐくらいの立場にはある。

 財団内における分野・部門を担当していないので直接的な権力はないが、実際的には"三巨頭"と同等の発言力は備えている。

 

「へっへぇ~、そいじゃぁ今の内にいっぱい()びを売っておこうかな? かな?」

「イシュトさんほどの(かた)なら……やぶさかではないです」

 

「おいベイリル、職権濫用(しょっけんらんよう)すな」

「じゃーウチも売る!」

「自分もココは乗っとくっすかね」

「うるー」

「キュゥゥァアッ!」

 

「まぁまぁそこらへんはおいおいということで──」

 

 ゼノ、リーティア、ティータ、ヤナギ、アッシュの反応を風に流しつつ、俺はイシュトへと目を細める。

 

 

「それで、イシュトさん……どうでした(・・・・・)?」

「んん~聞いちゃう? 言ってもいいけどぉ、やっぱり自分の眼で見たほうがいいよん」

 

「いえいえ、きっと言葉には言い表せないんだろうなって思った上で聞いてます」

 

 ニヤリとする俺に対し、イシュトも同じように笑って返してくる。

 

「わたしを甘く見ないほうがいい、この口から(つむ)がれるは、旅の吟遊詩人すら有り金すべて落とすほどの──でも、やっぱりアレを語るのはムリかなぁ」

 

「ねーねーベイリル()ぃ、なんの話?」

「あぁ、"大地の愛娘"の爪痕(つめあと)だ」

 

「……んん、爪痕ってなんだ? 子供たちを助けてくれたってのはおれも聞いて驚いたが……」

「その後にちょっとな、地平線の彼方に集まっていたらしい魔領の軍団を殲滅したんだよ」

 

「なんすかそれ怖い」

「うん、ティータ。俺も敵対していたわけじゃないのに、心底恐ろしかったよ」

「いーなーベイリル()ぃもイシュト()ぇもいーなー、ウチも会ってみたい!!」

 

 

「俺の騒音行為を迷惑がって現れたから、多分またやったら俺が殺されかねん」

「むむぅ~残念無念」

 

「他の五英傑も知っているが、ありゃさらに桁違いに感じたな」

 

 仮に五英傑同士で戦った場合に、どちらに勝敗が(かたむ)くかまではわからない。

 しかし対軍団や対国家を想定するのであれば、国土そのものを一息(ひといき)で破壊できる彼女が疑うことなく最強だと断言できる。

 

(他の誰よりも、絶対に敵に回しちゃいけない超人の領域すらも越えし超規格外……)

 

 "大地の愛娘"ルルーテに邪心や野心がなかったこと──それこそが世界にとって一番の(さいわ)いであったと言えよう。

 



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#229 テクノロジートリオ IV

 

「──他の五英傑も知っているが、ありゃさらに桁違いに感じたな」

「他の? あぁ……そういえば迷宮(ダンジョン)制覇してたんだったな」

 

 俺がそう言うと、ゼノも伝え聞いていたのをすぐに思い出したようだった。

 

「フラウとハルミアさんとキャシー。それとニア先輩と……お前たちの助力もあってだがな」

「自分らっすか?」

「そうだ、学園に保管されていた"大型穿孔錐(ボーリングマシン)"を使ってちょっとな──最深部までぶち抜いた」

 

 結局のところあの"科学魔術具(テクノロジー)"あってこその、攻略計画と言えよう。

 そもそもの前提をもたらしてくれたのが、テクノロジートリオに他ならない。

 

「あーアレ、ウチらで魔改造しまくったやつ!!」

「はいはいハイハイ、色々()ったのを覚えてるっすね」

「おれは関係ないぞ。リーティア、ティータ、おまえらが無茶苦茶やったもんだ」

 

「でもなんのかんの最終調整してたっすけどね、ゼノが」

「ぶつくさ言いながらね~、ゼノが」

「くっ……」

 

 

 シチューをすすりながら、振り回されるゼノの心労を思いつつも俺もつられるように笑みを浮かべる。

 

「まっそんなわけだ。詳しくは口止めされているから言えないが、そこから逆走して結局は全踏破ってなもんよ」

「逆走って……? 帰りの足がないってことは、もしかしてぶっ壊したんすか?」

「いやそれは大丈夫だ。ただ"無二たる"カエジウスに見つかって一時接収されただけ」

 

「おいおい……一時ってことは返却はしてもらったんだよな? いくら使ってないモンとはいえ──」

「無論だ、ゼノ。あれもテクノロジーの秘儀が詰まっているわけだし、ちゃんとまた学園に送り返したよ」

 

 ゼノは「ならいいが」と言った(ふう)に大きく(うなず)いた。

 

 

「あと実際に戦ったのが"折れぬ鋼の"だな」

「ぶっふッ──ベイリルおまっ……他にもかよ! しかも戦った!?」

 

「インメル領会戦の顛末(てんまつ)を聞いてないか?」

「んん、いや……そんなには。財団がかなり噛んでいて、王国軍と帝国軍がぶつかったってことくらいだよ」

「今後はテューレが情報発信をガンガンしていくだろうから、色々収集しとくといいぞ」

 

 吹き出して少しこぼれた水を、咳払いをしながらゼノは(ぬぐ)い取る。

 

「つい最近までちょっと()もることも多かったからな、かなり世俗に(うと)くなってただけだ」

「"生き急ぐ"って、ゼノの心情にして信条は理解できるけどな。少しは張っている糸を(ゆる)める時間も必要だろう」

長命種(ハーフエルフ)にわかるかよ」

「それが理解(わか)るんだな。それに結構無茶して何度か死にかけているし」

 

 転生前は普通の人間だったとは言えないので、(てい)よくお茶を濁す。

 

 

「"折れぬ鋼の"を相手にした時もちょっと自爆しそうで(あや)うかった。ただ会えたことそれ自体は、こちらから呼び込んだわけで想定内。

 "無二たる"に関しては攻略前にも一度会ってはいるけものの、迷宮制覇した以上は必ず会うわけだから嫌でも見知る。

 ただ"大地の愛娘"は……ほんっと、たまたまで正直(きも)が冷えた。そして"竜越貴人"は真意が読めんかったな」

 

「へっへぇ~? ベイリルちゃん、アイトエルに会ったんだ」

 

 なにやらもはや意地なのか半眼で(こら)えているゼノを尻目にしつつ、思わぬところで食いついてきたイシュトに俺は問い掛ける。

 

「"竜越貴人"を……呼び捨て、の仲ですか?」

「うんうん、わたしたちはぁ──そだねぇ、()()()()ってやつ」

「もう驚かん、おれは驚かんぞ」

 

 自分に言い聞かせるようなゼノはとりあえずさて置いておき、俺は軽く思考を回す。

 

 

(まぁまぁ、アイトエル殿(どの)の"昔"──というと幅が広すぎるんだよな)

 

 最古の五英傑にして、創世神話から生きる人物。

 彼女よりも年上は"七色竜"しかいないと豪語するほどで、それほど生きていても精神が磨耗していない。 

 

(俺にも二人きりの時は呼び捨てで良いと言っていたし……)

 

 彼女にとってはある意味、生きとし生ける者すべてが"馴染み"なのかも知れない。

 実際に俺も幼少期に会っていたという意味では、昔なじみである。

 

 また彼女が作ったとされる数多くの組織を含め、それ以外にもシールフのように世話になった人間は世界中に存在するのだろう。

 

「半端ないっすねー。普通の人間なら一生に一度、一人にお目に掛かるかってくらいだと聞くっす」

「ウチも戦争に出張ったり、迷宮攻略でもしよっかな~」

「少なくともカエジウス迷宮(ダンジョン)は、俺たちが制覇(クリア)したことで全面改修し始めているから……難易度はかなり上がっているぞ~」

 

 多分、きっと、いや間違いなく……"無二たる"カエジウスはさらに輪をかけて悪辣(あくらつ)な構成にしてくるに違いない。

 

 

「まぁさしあたって"竜越貴人"からは色々と面白い話を聞いた」

「どんなの! どんなの?」

「そうさな……──"永劫魔剣"について」

 

 俺はまだ財団入りたてのイシュトがいることで一瞬だけ言うのを躊躇(ためら)うが、どのみち大した情報でもないと口にする。

 保有しているのは循環器である刃の部分だけで、安定器の鍔と増幅器の柄がなければ、完成品が持つ真価とはかけ離れたモノでしかない。

 

 そしてその代替品を作れるのもまた、財団のテクノロジーの結晶であると信じる。

 

「アレの真なる名称は"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"と呼ばれ……実は魔法具じゃない」

「どういうことだ? あれは刀身だけとはいえ、おれも見るに偽物とは思えなかったが」

「質で言えば本物だ。ただ"魔法具"って呼び名がそもそも違うって意味さ」

 

 俺は数拍(すうぱく)ほど、もったいぶってから話を続ける。

 

 

「"竜越貴人"アイトエル(いわ)く──実際には"魔王具"」

「まおーぐぅ?」

 

「そうだ……なんとその真相たるや、初代魔王が二代神王グラーフと協力して創りあげたモノだったんだよ!!」

「な、なんだってー!? って、んな信じがたいもんだが……(かつ)がれてんじゃないのかよ、ベイリル」

「まぁ少なくとも俺は信じられる。そう思わせるだけの説得力が、言葉の節々(ふしぶし)に感じられたからな」

 

「アイトエルは無意味な嘘はつかないねー、あいつが断言したらそれは事実だよん」

「ほんとかよ……」

 

 イシュトがアイトエルの信頼性について補強してくれ、懐疑的(かいぎてき)なゼノもしぶしぶ折れた様子を見せる。

 

「ところでベイリっさん、魔王具だとなんか違うんすか?」

「いや……性能(スペック)的に特段の違いがあるわけじゃない」

「ほっほー、でも実際に創るには──魔王と神王が共同製作するくらいじゃないと無理ってことすか」

「まぁそうなるな、現状だと世界で十二個しかない超稀少品だそうだ」

 

「えーーーベイリル兄ぃ、それって他の魔法具がないっていうことぉ?」

「歴史上で同等の天才が(ひそ)かに現れて作っている、なんて可能性もないとは言えないが……限りなく0(ゼロ)に近いだろうな」

「驚愕の事実だが──それはそれで開発者としては暗い現実だな、おい」

 

 ゼノのそんな率直な言葉に、俺は思わず眉をひそめて申し訳なくなる。

 

 

「勢いで言ったものの……なんか希望を削ぐような形になってしまって、すまん三人とも」

 

「いやいやおれから言っといて難だが、そこは別に構わない。できないことをあらかじめ認知することも、研究には大事なことだ」

「ゼノの言う通りっすね。不必要な徒労がなくなれば、それだけ他に注力できるんで」

「んだね~、でもウチは諦めないけどね!! 魔法具はムリでも、"魔導科学具"には無限の可能性がある!!」

 

 ドンッと胸を叩くリーティアに、イシュトがころころと笑い出す。

 

「あっはははぁ、ゼノちゃんもティータちゃんもリーティアちゃんもスゴいんだねえ」

「そうだな──その意気だ。俺はお前たちへの信頼は揺らいだことがない、大いに期待しとく」

 

 三巨頭とはまた別に、決して代替できない財団の宝たるテクノロジートリオ。

 知識と進化の系統樹における、最も重要な役割を(にな)う若き才能である。

 

 

「当たり前だ、今はまだ"大魔技師"には遠く及ばないけどな……」

 

 ゼノは新たにコップの中身をゴキュゴキュと飲み干すと、ドンッと机に叩くように置く。

 

「いずれ必ずその名を陳腐化(・・・)させてやるってもんだ。一人じゃ無理でも、三人でなら超越()えられる──」

「ゼノぉ、(くさ)い!」

「せっかくの料理の香りと相殺……いや、台無しって言ったほうがいっすかね」

「そこまでかよ!?」

 

「でもゼノの()うとーり!!」

「たしかに両の腕が鳴るっすね」

「お、おう……そうだろ、そうだろ。意識はどこまでも高く、そうあの空に輝く星々まで──」

 

 

 学遠生時代を思い出すわいのわいのとしたやりとりに俺は生暖かく笑い、イシュトもそれに便乗する。

 

「おもしろいね~、財団(ココ)

「三人はさらに特別ですけどね、それにもうイシュトさんも一員なので」

「うん……そうだねぇ、そっかそっか」

 

 かけがえのない大いなる夢の語りは、尽きることなきを思わせるように続くのだった。

 



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#230 血文字 I

 

「やっぱついてこなきゃよかった」

「今さら言うなよ、ゼノ」

 

 交渉にあたってリウ組の構成員の1人に壁内部を案内されながら、俺とゼノとクロアーネはテンポを崩さず狭い通路を歩く。

 一方通行の"遮音風壁"を一枚張っているので、こちらの声はリウ組員には聞こえない。

 

 結果的に"大地の愛娘"ルルーテの介入によって、いまいち交渉する必要もなくなっているのは事実。

 しかし既にセッティングした交渉の場を無下(むげ)に断っても禍根(かこん)を残す。

 

 特にアーセン・ネットワークおよび、壁内街のパワーバランスを考えれば話をしておいた(ほう)が良いという判断。

 

 

「だっておま……絶対荒れんじゃん」

「最悪の場合、戦闘になることも覚悟する必要はあるでしょうね」

 

 クロアーネの淡々とした一言に、ゼノの顔色がより一層曇る。

 

「俺もクロアーネも、ああいった手合(てあい)を相手にすると割と血の気が多い(ほう)なんでな。暴れたらすまん」

 

 ヤクザもんな上に交渉が失敗しても良くなった。さらに武力で制圧することも可能な前提がある以上、譲歩する必要は一切ないだろう。

 

「とりあえずは交渉にあたって、冷静なストッパーが欲しいところだし」

「世話を焼かされるのは、うちの問題児二人(リーティアとティータ)だけにしてもらいたいもんなのによぉ」

 

 直接交渉として俺達3人が出向き、イシュトを迎撃護衛としてリーティア達と保護した子供らには支部にいてもらっている。

 

 

「せめておれだけは完全武装をだな……」

「あくまで最初は交渉の場──戦争しにきました、と喧伝(けんでん)するような格好は論外です」

「なぁに、そう案じなくても荒れた時は守ってやるさ。ゼノも、もちろんクロアーネもな」

 

 特にソーファミリーの"混濁"のマトヴェイと、ケンスゥ会の黒豹兄弟を削ってしまった。

 それらがどう影響していくのか、組織間の均衡が崩れていれば即座に抗争状態にもなりかねない。

 

「あぁ~くそっ……予定通りにいく、なんてことは人生で少ないが──はっきり言ってどう(ころ)ぶのか読みにくすぎる」

「そういうことは財団に所属している時点で、ゼノも諦めることですね」

 

 シップスクラーク財団として、いざ(こと)が起こった際にどう動くかということ。

 様々な要素を含め(かんが)みる為にも、交渉の場にて情報を収集しておくべきなのは確かであった。

 

 

「くっははは、まぁまぁ俺はお前のそういう常識人的感覚は美徳だと思っているぞ」

「うるせー、ベイリル。皮肉にしか聞こえんって」

「正直天才って皆どこか浮世離れしたのばっかだが、お前は普通で助かるよ」

「おまえだって非常識なんだからな」

 

「そうか……?」

『そうだって(ですね)

 

 俺の疑問にゼノにもクロアーネにも間髪入れずにハモられてしまうと、正直ぐうの()も出なかった。

 少なくとも"五英傑"の埒外(らちがい)さに比べれば、俺など茶目っ気で済むレベルだと思っているのだが。

 

 

「着いたぞ、粗相がないようにしろ」

「もちろんです」

 

 話しているといつの間にか到着していたようで、何の変哲も見られない扉の前で俺は"遮音風壁"を解いてそう答えた。

 組員はコンコンッと何度かノックをしている(あいだ)に、クロアーネが眉をひそめているのに気付く。

 

「どうした?」

「いえ、少し()()()()が……ただ場所が場所ですから珍しくも──」

 

 猟犬の嗅覚を持つクロアーネの言葉は途中で止まり、強化感覚を備えた俺のみならず……。

 ゼノでもわかるほどの濃密な血の匂いが、開け放たれた扉から一気に流れ込んできた。

 

「なっこれは……!? っぅおぉおッ──!」

 

 俺は驚愕に歪むリウ組員に叫ばれるよりも先に、その首を押さえ込みながら部屋の中に放り込んだ。

 今この状況で他の構成員(なかま)を呼ばれたら厄介極まりない──とかいうレベルの話ですらなくなってしまうと踏んだからだ。

 

 クロアーネも即座に状況を理解したのか、ゼノを部屋に引っ張り込んで中に入ると、そのまま扉を閉める。

 

 

 赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤──

 部屋中が無造作に(あか)く染まり、眩暈(めまい)がするほどの血の匂いがぶち撒けられている。

 

 中にいる10人ほどの構成員と思われる者達が、全員が血まみれになって死んでいるのはもはや疑いようがない。

 

「おい、どういうことだ。答えろ」

「わ……わからねぇ……組長……あぁ、そんな……ウーラカさんまで」

 

 リウ組員は死体を確認しながら現実を受け入れ、絶望の表情を浮かべる。

 

「終わりだ……オレたちは終わり……ソーファミリーの仕業か? くそっ皆殺しにされる──」

 

 俺はクロアーネにアイコンタクトをして(うなず)くと、彼女はスッと目をつぶりながら首肯(しゅこう)する。

 すると彼女は組員の(そば)に立って外に聞き耳を立てるよう警戒し始め、俺は以心伝心できたのがちょっとだけ嬉しい一方で部屋内を観察する。

 

 

「一部の血は(かわ)き始めてるが、時間としてはまだそう経ってない感じだ……」

 

 そんな俺よりも先に、ゼノの目が技術者としてのそれになっていて……恐れることなく検分をし始めていた。

 

「確かに全員死んではいるが、まだわずかに体温が残っているのが散見されるな……」

「触ってないのに体温なんかわかるのかよ」

「強化視力のちょっとした応用だ──それに匂いだけじゃなく()()()()()

「空気?」

「蒸発分だとか、あとはまぁ色々……俺の感覚的なもんだが。しかしなんだな、荒らされた様子がほとんどない。

 多少の抵抗の後は見られるが、ほとんどすぐに()られている。一体どんな方法を使ったら──ん?」

 

 

「どうした、ベイリル」

 

 俺は組長と思しきもたれかかった死体の横に"血の紋様"を見つけて、ゼノも同様に覗き込む。

 それは死に際の書き残し(ダイイングメッセージ)ではなく、殺した人物が書き残したものと見られた。

 

 ともすると記憶の中に収納していた情報が、俺の中で浮かび上がってくる。

 

「たしか国を問わず出没する……あらゆる(ちまた)で噂の殺人鬼──"血文字(ブラッドサイン)"か」

 

 その人物は老若男女……有象無象の区別なく人を殺し、解読不能な文字を残して去るという。

 犯人像は動機を含めて一切(いっさい)の不明であり、ただ風聞のみが先行する恐るべきシリアルキラー。

 

 一体何の為に──あるいは理由などないのかも知れないが、リウ組の幹部10人をほぼほぼ無抵抗で殺しているっぽいヤバさは極めつけである。

 

 

「"渇きは血によって教えられる"」

「……ゼノ?」

「"平和は殺されることにより"」

「おい、読めるのか?」

 

 そう俺が(たず)ねると、ゼノの動悸(どうき)が少しばかり早まるのを感じる。

 

「えっ──あぁ、まあその……つい」

 

 煮え切らない態度に俺はもう一度、ゼノが読んだ血文字を見つめる。

 噂では残した血文字は意味不明という話だったが、ゼノはあっさりと読んでみせたのだ。

 

(もちろん共通語じゃない……いや、これは──)

 

 よくよく見れば、また記憶の中から新たに……そして懐かしい閃きのようにピンッときてしまった。

 血の(したた)りで字そのものが崩れてはいるが……しかして見覚えのある筆記体(・・・)、"アルファベット"(つづ)り。

 

 

「"Thirst is taught by blood"」

 

 俺は自然とネイティブ(それ)っぽく音読してしまっていた。異世界の言語ではなく"地球"──英語(・・)の発音で。

 

「"Peace, by its kills told"」

「……ベイリル?」

 

 

 俺の中で一挙に疑問が、あれもこれもと湧き上がってくる。

 "血文字(ブラッドサイン)"は英語を知って、書き残している。しかしまず冷静に、真に迫ってゼノへと問い掛けた。

 

「なぁゼノ、なんでお前これ読めたんだ?」

「えっ、いやそれは……待て待て、ベイリルおまえこそ今の──」

 

 (まぎ)れもなく英語の筆記体によって綴られた血文字であり、ゼノが異世界の共通語で喋ったのはつまるところ意訳である。

 

「ゼノ、転生者だったのか」

「転生……? それってグラーフ派のいう魂の循環か?」

 

(あれ? 嘘をついていない……?)

 

 心臓の鼓動を含めてゼノは興奮状態にはあるものの、嘘をついている反応には何一つ該当しなかった。

 

(つまり英語は読めても、ゼノは地球からの転生者ではない……? んん!? どういうこと)

 

「というかベイリルは、今血文字(コレ)()()()()()()んだ? おまえこそ読めるのか?」

「あー……いや、う~ん。ちょっと待ってくれ、頭の中を整理する」

 

 ゼノは少なくとも俺が言う、"転生"の意味を理解していない。肉体の反応も真実を述べている。

 しかしながら英語で書かれた血文字を読んでいた。そして同じように読んだ俺に対し、疑問を(いだ)いている。

 

 

「ベイリル、ゼノ、誰かが近付いてきてるようです」

 

 頭を回していると、クロアーネが鋭い目つきで報告してくる。

 

「んーっと……すまん、積もる話は後でいいか? ゼノ」 

「ああ、たった今おれも少しばかり話したいと思ったところだ。ベイリル」

 

 俺は立ち上がって扉へと歩きながら、ゆっくりと息吹と共に"六重(むつえ)風皮膜"を(まと)う。

 

「ふゥ……──それじゃ二人は俺の後ろで付かず離れず頼む」

 

 そう言って扉を開けて臨戦状態に入ると、つい先日見知った顔がそこにあった。

 

「てめぇ……ベイリル」

「──ロスタンか」

 

 昨日の闘争の後遺症をわずかに引きずり、目を細めたソーファミリーの暴れ者がそこには立っていたのだった。

 

 



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#231 血文字 II

「てめェ……ベイリル」

「──ロスタンか」

 

 はたして目の前にいたのは、つい先日ぶちのめしたロスタンであった。

 

「っ……リウ組()やられてたか」

 

 俺はこれ以上ないくらい怪訝(けげん)な顔を浮かべ、無言のままロスタンに説明を求める。

 

ソーファミリー(うち)もやられてやがった、ケンスゥ会もだ。これで幹部は軒並み死んだってことだ、戦争になる」

「手当たり次第かよ」

「てめェの仕業(しわざ)……じゃないんだな」

「あぁ俺じゃない。犯人は"血文字(ブラッドサイン)"だろう」

血文字(ブラッドサイン)だあ?」

「色々と風聞のある殺人鬼だよ。他のところもやられたのを見てきたのならわかるだろう、血で文字が書かれていたはずだ」

 

 ロスタンはそれ以上の追求をしてくるようなことはなく、俺は今一度思考を回す。

 

 

 それにしたって本当に何を目的としていて、なぜこのタイミングでなのか。

 

(殺しの手際(てぎわ)にしても……)

 

 三大組織を標的にしたことにしても──血文字(ブラッドサイン)はかなりの危険人物と見る。

 こうも無差別に、無造作に、いとも簡単に殺害するなどと……。

 

()み取れる芽は、早めに()んでおくことも大事なこと──だな)

 

 "人類皆進化"を(かか)げてはいるが、それが他の成長を(さまた)げるどころか根絶やしにされる可能性があるのならば……。

 雑草は早めに根から刈り取るべきだし、害虫や害獣は駆除し、天災すらも吹き飛ばす気概で望まねばなるまい。

 

「クロアーネ、()()()()?」

「まだ近くにいるのであれば……追いつけるでしょうね」

 

(まずは会って、話してみないことには始まらないか)

 

 なによりも英語詩を書いた人物であるならば──つまり"転生者"本人か、あるいは家系に血脈を持つ人物である可能性が高い。

 俺以外の現代知識を保有している人物から得られる地球に関連した情報は、発展の為に是が非でも欲しいところ。

 

 

「よしっ、ゼノも行くぞ」

「おれも!?」

ロスタン(こいつ)と一緒にいたいか? 他のリウ組に見つかったら?」

 

 数秒ほど沈黙してから、ゼノはそそくさとついて来る意思を固めたようだった。

 

「絶対におれを守れよベイリル、絶対だぞ!!」

振り(・・)かな? まぁゼノには聞きたいことが山ほどあるからな、それに財団の宝を死なせんよ」

「……さっさと行きましょう」

 

 ロスタンの横を通り過ぎるが、一応警戒こそしていたものの手を出してくることはなかった。

 

「事態はメチャクチャに動いたが……昨日の財団入職の件は引き続き、受け付けているからな」

「チッ……」

 

 舌打ちを残すロスタンを背後に、俺とゼノはクロアーネの後ろについて走った。

 

 

 

 

 道中で絡まれると面倒そうな組織の構成員らを瞬時に打ち倒しながら、壁外街へと。

 猟犬の嗅覚を持つクロアーネは、あれほど織り混じった血の匂いすら的確に追跡(トレース)していく。

 

(俺も五感それぞれに自信はあるが、やはり本家本元の特化には敵わんな)

 

 エルフ種は良く言えば万能、悪く言えば器用貧乏の典型例である。

 ヴァンパイア種にしても(かたよ)りが違うだけで基本は一緒であり、鍛え澄ました獣人種の感覚器官には及ばない。

 

「……匂いが近いです」

 

 クロアーネの一言に、俺は魔力の加速をさらに上げて備えつつゼノに声を掛ける。

 

「ゼノって意外とついてこれるのな」

「っ……はぁ……へぇ……技術者といえ……ど、体力……勝負──だ」

 

 肩で息をしながら走り続けてきているが、それでも思考もしっかりとしているようである。

 遠征戦でもゴブリン相手にそれなりに戦っていたり、意外とやる時はやる男なのだ。

 

 

「っ──!!」

 

 裏路地の途中にてクロアーネが立ち止まったところで、俺はさらに前へと出た。

 そこにいたのは──それこそヤナギとそう変わらない年端(としは)に見える子供だった。

 ボサボサの薄い茶髪に、左目には"三つの泣きぼくろ"が印象的なただの男の子。

 

 無垢にも見える視線がこちらへと向けられ……そこから一切(いっさい)リアクションが返ってこない。

 本当にただそこにいるといった(ふう)であり、特段の圧力もなくただの身寄りなき少年にしか見えなかった。

 

「たまたま、ではなさそうだ。珍しいな、追われるなど……いつ以来だろうか」

 

 ゆっくりとした抑揚(トーン)(つむ)がれた言葉に、俺は眼光を細めるも少年の表情は変わらない。

 ただそれでもこの距離になれば俺でもわかる。複数の血の匂いがごちゃまぜになったのが、(かす)かに匂うのだ。

 

「"血文字(ブラッドサイン)"、でいいんだな」

「ワタシは名前に頓着はない、けれどそうやって呼ぶ人は多いみたいだね」

 

 

 スッと小さな両腕を広げて、無抵抗でもアピールしているのか。心身の状態も測れない……否、底が読み取れない。

 まったくもって実力が測れない相手であることに、俺はわずかばかりの(おそ)れを覚える。

 

「なぜ殺した」

「なぜか……? 好きなことに理由を求めるのか。でも答えよう、ワタシは人間が好きなんだ」

 

 その瞳には悪意が宿っているわけでもなく──ただただ、何も、なかった。

 

「好きだからこそ殺すってか、随分と陳腐(ちんぷ)な理由だな」

「聞かれたから答えたというのに、随分な物言いだ。もっと深く言えば、"死に目"が好きなのだ」

死に目(・・・)?」

「好きな人の最期の(とき)を独占したい、という欲求はおかしいだろうか」

 

 虚無というわけでもない、極々普通に世間話のように語っているだけ。

 

 

「だからって自ら手を掛ける、と」

「己のあずかり知らぬところで死なれることは、とてもとても哀しいだろう」

「だからってあれほど凄惨に血液をぶち()ける意味があるって言うのか?」

「どうということもない……肉に染み込ませる感触も──擦り折れる骨の音も──」

 

 血文字(ブラッドサイン)は顔を下に向けながら両手で顔を(おお)い、くつくつと笑うかのように言葉を続ける。

 

「漏れる血の香りと温かさも──心が(きし)み崩れていく声も──」

「──っっ!?」

 

 その瞬間、俺とクロアーネとゼノは揃って絶句し……血文字(ブラッドサイン)を凝視せざるを得なかった。

 

 

『ぜんぶ好きなんだ』

 

 なぜならば顔をあげた少年の顔は──()()()()()()()()()()

 あどけなさが残った顔はしわくちゃとなり、髪を伸ばしきって頭蓋骨ごと変質した老女の姿となっていたのだ。

 

『あーあーあーあー』

 

 さらにドロドロと歪むように顔と体格までもが、次々に年代も、性差も、種族までも様々に──

 一秒にも満たぬ時間で次々と肉体どころか、服装もろとも変化させていく。

 

 まるで調律(チューニング)するように声を出し続けながら……血文字(ブラッドサイン)は最終的に初老の男性くらいに落ち着いた。

 

「やはりこれくらいが一番喋りやすいようだ」

 

 

(細胞の超速変性……──"変身の魔導(・・)"、だと?)

 

 人間という生命は知恵があり、思考する生物(いきもの)である。

 鏡像認知はもとより、己の在り方を自覚し、哲学にも思い(ふけ)る。

 それは有意識においても無意識においても、自分そのものが存在するに足る理由となる。

 

 だからこそ"変身"というのは簡単なことではない。他者と成り代わることは、すなわち自己を失うということ。

 無意識領域によって魔術が補完されるのであれば、その逆──無意識領域によってもまた、魔術の発動は阻害されるのだ。

 

 これは現代知識によって可能となる魔術に対し、逆にイメージしにくくなる魔術も少なくない弊害に似ている。

 

 ゆえに……変身を自在に(おこな)える精神性とは、自らの人格(パーソナル)すらあやふやにできる、"人に(あら)ざる者"に他ならない。

 

 

「そうやって近しい人間に化けて、殺して回ったってわけか」

()()()()ね、そういうやり方もする」

「どうして組織の連中を殺した? しかも三つもの幹部級を全員──」

「別に……ワタシはただいろんな人間のサマを見ているだけに過ぎない」

 

(あぁそうか……)

 

「それにしても耳が早いな。いずれかのワタシが殺した組織の人間だろうか」

「いや違う」

「そうか、ならばいささか話が見えないな。どうして追ってきたのだ」

 

(こいつはどうしようもないほど……)

 

「誰でも殺すのか?」

「だれでもころすさ、その人の"死に目"に会いたいと思ったらね」

 

(劇毒だ)

 

 女王屍(じょおうばね)以来の……否、被害の規模はともかく性質としてだけならそれ以上。

 誰にとっても破滅を呼び込み、ただひたすらに他者を(むしば)むだけの存在。

 

 もはや疑いようがない。安全を考えるなら、先手を打たれる前に奇襲して殺すべきだ。

 

 

 しかし──どうしたって己の中で消化しきれない──核心に迫った、その疑問をぶつけられずにいられなかった。

 

「Thirst is taught by blood──渇きは血によって教えられる」

 

 ネイティブっぽく発音した英語(English)の後に、異世界共通語で意訳を伝える。

 

「ほう……同郷(・・)がいるとは思わなんだ」

 

 そこでようやく血文字(ブラッドサイン)の目がわずかに見開き、確かな感情を(あらわ)にしたのだった。

 



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#232 血文字 III

 

「ほう……同郷がいるとは思わなんだ」

 

 返された言葉を俺はしっかりと呑み込む──すなわち、同じ"異世界転生者"との初めての邂逅(かいこう)であることに。

 

()()()()()誰かにわかってもらう為に、伝言(メッセージ)として残していたわけじゃないのか」

「違う。詩もね、好きなんだ」

 

(アイトエルは転生者を俺しか知らないと言っていたが……やはり、同時代にもいたか)

 

 地球からやって来た"異世界転生者"──本来ならば交流を重ね、是が非でも財団に取り込むべき相手。

 

(そして真の意味で互いを理解し、分かち合える存在……のハズだったんだがな)

 

 しかして眼前の男は、決して相容(あいい)れないと確信させる。

 こんな形で同じ転生者と相対したくはなかったとさえ……さながら不意討ちを喰らったような心地。

 

 

「不必要な殺しをやめろと言っても……無駄だよな」

「キミも似た匂いを感じるのだが、他人に指図できる立場なのかな。新たに(せい)を得て、好きにやっているのだろう?」

「──確かに、本質的には変わらないだろうな」

「ではワタシはキミに責められる立場にはないわけだ」

 

「あぁ勘違いしないでくれ。別につらつらと綺麗事や御託を並べるつもりもない」

「それはつまり……そうか、よくわかった」

「察しは良いようで──」

 

 ギチリッと俺は筋肉を引き絞ってから弛緩(しかん)させ、殺意を研ぎ澄ませていく。

 

「危険分子は排除しておく主義なんでな」

「ふむ……異世界(こっち)に来てより、同郷の者の"死に目"は初めての経験だ」

 

「やってみろ」

 

 俺は(まと)っていた"風皮膜"をクロアーネとゼノに分配し、素肌を晒して両手を広げるように構える。

 双瞳を見開いて集中を持続させたまま、いつでも"天眼"を使える状態に自身を置いた。

 

 

「ただ、()()()()()()()()のが残念。できればもう少し早く会いたかったものだ」

 

 いけしゃあしゃあと抜かす"血文字(ブラッドサイン)"に、俺は魔力を加速させていく。

 

「あいにくだがお前に()る気がなくても、俺はお前を殺すぞ。万が一もないよう、(チリ)一つ残さず消滅させてやる」

 

 俺の右手の人差し指から、螺旋状に回転する風が渦巻き始める。

 トロルすら殺し切った"導嵐・(テンペスト)螺旋(ドリル)破槍(ブレイク)"の小型版──"風螺旋槍(エアドリル)"に電離気体(プラズマ)をも織り込む。

 粉微塵(こなみじん)にした血肉片の一切合財(いっさいがっさい)を、そのまま圧縮したエネルギーで蒸発させてやる。

 

「乱暴だな。あまり気はすすまないが……そちらが来るというのなら──これもまたせっかくの機会なれば、その"死に目"を味わわせてもらおうか」

「あぁ、()()()()()()を存分に堪能(たんのう)することだな」

 

 

 "天眼"──刹那の空隙(くうげき)に差し込むように間合いを縮め、一撃で穿(うが)(つらぬ)く……ハズだった。

 しかし血文字(ブラッドサイン)の体は傷つくこともなく、ただ素通り(・・・)するのみ。

 

 同時に伸ばされる血文字(ブラッドサイン)の右手には、たった一本の短剣(ナイフ)が握り込まれている。

 それは俺の心臓に最短距離で(せま)るも、天眼の最中(さなか)()る俺には当たることなく相対距離が開く。

 

「ふむ、キミはワタシを傷つけることなどできないが……どうやらワタシも、キミには()れられないようだ」

 

(幻像でも幻覚でもないッ──!?)

 

 天眼は間違いなく血文字(ブラッドサイン)の存在を見通している、その上で攻撃が当たらなかった。

 

 

「"物質透過"──"位相遷移(いそうせんい)"──あるいは"干渉拒絶"、か?」

 

 俺はパッと思いついたモノを列挙し、疑問として血文字(ブラッドサイン)へと投げ掛けた。

 

「気にしたことはない。ただ異世界(こっち)に来る前から想い続けていたことだ」

「なにをだ」

 

 俺は少しでも状況を打開すべく、情報を引き出す為にそれとなく話に乗る。

 

「人には数多くの障壁(かべ)がある。肉体的にも、心理的にも、境界線(ボーダー)を越えるにはどうすればいい。

 関係性を深めて、歩み寄ってもらうのを待つのもいいだろう。無理やりこじ開けて、中身を覗き見るのも悪くはない。

 しかしもしもだ……()()()()()ことができたならば──いったいどんな反応を見せてくれるのだろうかと」

 

 特段の答えらしい答えではなかったが、(げん)類推(るいすい)するに──"透過"だろうか。

 

 

(いずれにしても……魔術の域を超えている)

 

 "読心の魔導"と同じ──物理現象によって立つことなき、超異能の領域。

 同時に"天眼"によって知覚する魔力密度もまた、"魔導"であることを心で理解(わか)らせられていた。

 

 そしてもう一つ浮かび上がった疑問を、俺は問い(ただ)せずにはいられない。

 

「なぜ()()()()()()()()()()?」

 

 まったく"性質の異なる魔導"を、2種類持つことはできない。それは創世神話の時代より生きるアイトエルでも無理だと言っていた。

 なぜならば魔力の色の固定化にも付随することであり、魔導師でない俺でも不可能であると直観的に悟っている。

 シールフの場合は"読心の魔導"を基点にして派生させ、あくまで元の魔導に連なるものである。

 

「はて、そういったことには(うと)くてな。答える(すべ)をワタシは持ち合わせてはいない」

 

 

「はァ~……それは(・・・)"嘘"だな」

 

 俺はさも溜め息のように吐きつつ、"酸素濃度低下"の魔術を仕掛ける。

 しかし死域にあっても血文字(ブラッドサイン)は平然としていて、まったく(つう)じた様子はなかった。

 

「嘘を見抜けるとでも言うのかな、キミは」

「ある程度だがな。でも別にいいさ、なんでもかんでも正直に答えてくれるとは思っちゃいない」

「ではキミの前では、なるべく正直にいるとしようか」

 

 少なくとも意識的に発動しているタイプではないのだろうか。あるいは今もそういう状態を持続させているだけか。

 呼吸すら透過していて生きていけるのか。普通に喋っているのを見るに、悪意あるそれを選び取っているのか。

 

 

『ゼノ、"魔導具"なら二種類はありえるか?』

 

 俺は血文字(ブラッドサイン)には聞かれないよう、音の伝播を調整して耳打ちする。

 意図もしっかりとわかっているのか、ゼノも俺にだけ聞こえるような小声で答える。

 

『断言は控えるが、まず無理だ』

『ってことは何かカラクリがある、か……』

『おそらくな』

 

 外付けで自由に使える"魔術具"と違って、使用者に紐付けされる性質が"魔導具"にはあるという。

 それは魔力を通じて、魔導具と契約(・・)を結ぶような感覚にも近いと聞く。

 つまるところ魔導具は一人一つであり、魔導師に魔導具は使えない。

 

 

「さて……ワタシはキミの心臓にだって直接手に掛けることができるが、そもそも捕まえることができない」

「──俺はあんたに命中させることは容易だが、干渉することができない」

「つまりキミにワタシは殺せないし、ワタシもキミは殺せない」

「……そのようだ」

 

 "変身の魔導"まであっては、顔を覚えても意味がない。しかして野放(のばな)しにするには危険。

 何がなんでも殺しておくべきではあるのだが、あまりに不確定要素(イレギュラー)が多く未知数だった。

 

(魔力を消耗させて、魔導それ自体を使えなくする策もあるにはあるが……)

 

 魔導を二種類も使うような、既知外にいる相手の魔力量もわからない。

 敢行(かんこう)するにしても、ゼノとクロアーネがいる以上は危険を(おか)したくはなかった。

 

 

「では今は出会いにのみ感謝し、この場はお互い去ることとしよう」

 

 日常の一コマのように調子を崩さぬまま血文字(ブラッドサイン)は告げてくる。

 

「いやにあっさりだな」

「言っただろう? 今は(かわ)いていない。今回の一件は、これ以上他の(やから)に"死に目"を奪わせまいと急いでしまったが」

()()()()奪わせない……だと?」

 

「そうだ。自分は死なないと思ってる立場の人間を、少しずつ()いで……追い詰められていく死に目を眺める予定だった。

 しかしその内の一人の死体が見つかり、片割れが行方不明となっていた。もはや組織間の抗争が目に見える結果となった──」

 

(もしや……俺が殺した"黒豹兄弟"か)

 

 ともすれば巡り廻って、俺が血文字(ブラッドサイン)に殺害を急がせたということになる──これもまた因果とでも言えばいいのか。

 

「おかげで今回は必要以上に満ち足りてしまっている。この街に留まる理由も既にない、失礼させてもらうよ」

「そうか……()はお前の"死に目"を見られるようにしておく」

 

 そんな俺の言葉に対して、血文字(ブラッドサイン)は薄い笑みを貼り付けた。

 今の状況で争うべきではない、標的(マト)にされない以上は関わらないほうがいいと俺は結論付ける。

 

 

「あぁそれと……血文字(ブラッドサイン)、最後に一つだけ聞きたい。お前は"アンブラティ結社"の人間か?」

 

 思わずそう口にしてしまったが、俺は少し軽率だったかとすぐに思い直した。

 仮に結社の人間であるならバカ正直に言うわけもないし、そうでないなら不用意に情報を漏らしたことになる。

 

 しかし血文字(ブラッドサイン)から返ってきたのは、予想外の一言だった。

 

「あぁ……そういえば()()()()()()()()

「っ──結社を知っているのか」

「本人は"仲介人(メディエーター)"などと名乗っていたが、もう少し関係性を築いてから"死に目"を見ても良かったかな……」

 

 俺は眼光を(するど)詰問(きつもん)するような、底冷えの抑揚(トーン)で話しかける。

 

 

「そうか……殺した人間のことはしっかり覚えているんだな、サイコパスの割に」

「なるべくだがね。物覚えは悪くないほうだ」

「俺たちは名乗りすらしないがな」

 

「一向に構わない。人は流れのままに、思うままに、生き、死んでいく……また次に(かわ)いた時──

 別の街か、あるいは別の国か、はては()()()()か、いずれ巡り会えることを共に(いの)ろう」

 

 言いながら若い女性の姿へと変化した血文字(ブラッドサイン)は、悠々と|壁の中へと消えていったのだった。

 

 



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#233 血煙の盤面

 

 壁の中へ消えた"血文字(ブラッドサイン)"に対し、俺は感覚を総動員するも既に見失っていた。

 

(これじゃ頃合を見計らって不意を討つことも、監視し続けることもできないな……)

 

「一度飛ぶぞ」

「えっ、なに?」

「……それがいいでしょう」

 

 今さら奇襲してくることはないだろうが、一応の警戒として俺はゼノとクロアーネを強引に抱きかかえて直上へ飛んだ。

 場を天空へと移しつつ"圧縮固化空気"で作った足場の上で、"歪光迷彩"で地上からも姿を隠す。

 

 

「用心しておくに越したことはない、ここなら安全だ」

「ッ──おぉぉ……いきなりすぎてビビったわ! つーか(こわ)っ!!」

 

 白みがかった足場一つで空中に立つゼノは、ブルッと全身を震わせていた。

 一方で荒事に慣れているクロアーネは、別の意味でわずかに唇を揺らす。

 

「……それにしても、怖気(おぞけ)が走りましたね」

「うっ──そうだよ。なんなんだよあの変身にすり抜けは! 単なる快楽殺人鬼なんて域を余裕で超えてるぞ」

「壁抜けまでされちゃあ、俺の"天眼"でも追えない。本当に厄介な相手だ」

 

 "変身"と"透過"、何故だか二種類を使える魔導師でありながら……それを殺人の為に利用する社会悪。

 

「本人の匂いもまったくの別物に変わっていました。私が追ったのは……(やいば)についた血の匂いの(ほう)だったようです」

「パッと見では業物(わざもの)というわけでもなかったし、新たな殺人に及ぶ時には捨てているだろうな」

 

 そもそも魔導の性質を考えるなら、体内を直接的に害せるのだから武器を使う必要性すらないだろう。

 ただ奴にとって好みの方法で殺しているだけに過ぎないというのが、合理性もへったくれもない災いとなる。

 

 

「ただ……な、一つだけ見逃さなかった。"左眼に三つ並んだ泣きぼくろ"──変身しても残り続けていた」

 

 それは血文字(ブラッドサイン)自身も気付かぬまま残っているのだろうか、あるいは魔導の練度が未熟だからなのか。

 

(あえて残したブラフというのも……考えにくい)

 

 あそこまで自在に変身できるのなら、身体的特徴をあえて残すことで(だま)すのに利用する意味が全くない。

 他にも何かしらの特徴が残っている可能性もあるが、現段階では調べる手段はなかった。

 

「それだけ? いや……でも、何もないよりは判断材料にはなるか」

「一応それとなく財団内で注意を(うなが)しておこう。もしも血文字(ブラッドサイン)が潜伏していてもバレない程度に」

 

 情報を明確にしておくのは、財団でも幹部や管理職の人間に限定する。

 ソーファミリー、ケンスゥ会、リウ組の二の舞にならぬよう立ち回る必要がある。

 

 

「なあベイリル、おれたちの正体……本当にバレてないよな?」

「楽観的にはモノを言いたくないが、話していた雰囲気からすると多分大丈夫だろう」

「私たちが交渉の席を設ける際にも、財団の名はまだ出していませんから問題ないかと」

 

 交渉にあたって財団の紋章も外して(ふところ)にしまっておいたのが、幸いだったと言えるのかも知れない。

 いざ戦争などに(おちい)ることも十分考えられた為に、持てる手札は可能な限り隠しておいたのが功を奏した。

 

「もし仮に血文字(ブラッドサイン)が個人単位で断片的な情報を収集して財団に辿り着くならば……──」

「……なら、ば?」

 

 クロアーネの言葉をゼノはゆっくりと息を飲み込んで待つ。

 

「財団の情報網によって、"財団を調べている者がいる"と先に引っ掛かけられるでしょう」

「先手を取れるなら、逆撃の手も考えられるか」

「そう、願いたいもんだなあ……」

 

 

 "五英傑"のような絶対・無敵・最強を体現したような存在を知っている(ぶん)、そこまで悲観的には思わない。

 

(なんたってこっちにはシールフがいるしな)

 

 "読心"の魔導師である彼女の領域を侵犯してくれれば、こちらが確実に先手をとって勝利することができる。

 それに"透過の魔導"と言えど、仮に地面まで透過してしまっては歩くことができなくなる。

 生きている以上は飲食は不可欠──であれば、毒殺することだって可能性の内。

 

「まぁ血文字(ブラッドサイン)のあらゆる生体反応を見た限りだと、この街から去るような口振りは嘘じゃなく真実だった」

「むむ……ってことはだベイリル、とりあえずは街に滞在しときゃ安全ってことか?」

「だろうな。世界のどっかの街で偶然かち合って殺される可能性まで考えたらキリがないし、気に留めとく程度でいいさ」

 

 少なくとも現段階において、意図的に財団を狙ってくるような相手ではない。

 "危険等級(リスクランキング)"として格付けするなら、要対処優先度はむしろ低い部類とさえ言える。

 シップスクラーク財団と"文明回華"の道において、一個人で障害となりうるのはやはり"五英傑"かそれに準じるクラスだけである。

 

「それでも機会があれば、確実に狩っておくべきでしょう」

「無論だ。血文字(ブラッドサイン)だけに限らないが、情報は常に更新・共有していく体制は強化していく」

 

 情報こそ(ちから)──それはインメル領会戦でも証明されたことゆえに。

 

 

「……ところでベイリル、おまえが血文字(ブラッドサイン)に最後に聞いてたのってよぉ」

「ん? あぁ、"アンブラティ"結社のことか」

「そう、それ。なんでそんなことを聞いたんだ」

「"竜越貴人"と会った時に少し、な。色々と情報が固まったら、改めて話すつもりだったんだが──」

 

(つーか"仲介人(メディエーター)"だったか……を殺したって言ってたな、"脚本家(ドラマメイカー)"以外にも何人いるんだか)

 

 早々にしてせっかくの手掛かりだったのだが、血文字(ブラッドサイン)相手では聞き出すことは不可能である。

 

「オイオイオイ、()()()()が集まる結社ってことか?」

「そういうことになるんだろうな。血文字(ブラッドサイン)は単独っぽいが……そっち方面にも調査リソースをもっと()いてもらうか」

 

 アンブラティ結社に限らず、仮想敵にして併呑(へいどん)対象という意味でも──秘密結社は網羅しておくべきかも知れない。

 

 

「結社か──帝国だとその手の組織は……"水銀の星"と"偽悪者同盟"。あと"ヘイパン"ってのが割と最近だ」

「意外と詳しいんだな、ゼノ」

 

「まぁな、おれの知識幅をなめんなよ。連邦東部なら"ブレード・ブラッド・ブラザーフッド"に"霊堂騎士団"だろ」

 

 ゼノが指折り挙げていくと、クロアーネも話題に乗っかるように組織の名前を口にする。

 

「……王国では"群青の薄暮団(はくぼだん)"に、"トゥー・ヘリックス・クラン"あたりも有名ですね」

「そうそうあと皇国の"ヴロム派"がヤバいわ。"緑斧会"も近年になって活動が(さか)んになってるらしい」

 

「ちなみにトゥー・ヘリックス・クランはもう存在しないそうだ。それと連邦西部の"メテル協会"はアイトエル殿(どの)が創ったらしい」

 

 なんだか秘密結社の名前で、"山手線ゲーム"でもしている気分になる。

 

 

「"竜越貴人"か、ちょっと怖いけど……おれもほんの少し会ってみてえな」

「俺が聞いた積もる話は──色々とまとまったら、また後で話すよ。ところで──()げられた中だと、帝国のへいぱん? ってのが聞いたことない名だな……クロアーネ?」

「私が知っているのも不確定の風聞だけですね。設立してまだ()もない……それこそ財団と同程度くらいだったかと」

 

「聞くところによると裏社会の犯罪組織らしいが、おれも詳しくはわからね」

「へぇ~……っと、話が脱線しすぎたな。とりあえず差し迫った問題を片付けないとマズかった」

 

 血文字(ブラッドサイン)はさしあたっての警戒、秘密結社の(たぐい)は情報収集を継続で良いだろう。

 

「……そうですね。三組織の幹部が全滅したとなれば、壁内街は秩序もクソもない無法地帯と化すことでしょう」

「あーーーそうだよ、もう交渉とかそういう問題じゃねえし……」

「まぁまぁ。下っ端の雑魚しかいないのなら、逆に開き直って武力制圧できると思えばいいさ」

 

 図らずも血煙にまみれた盤面──強駒のことごとくが、血文字(ブラッドサイン)によって落とされた。

 ならば財団(おれたち)がこの機に乗じて横合いから殴り付け、勝負を決めてしまえばいい。

 

 

(いや、()()()()生きているのがいたな)

 

 壁外で気絶していたからだろうか、"ロスタン"だけは死に目(・・・)から(まぬが)れた。

 とはいえ既に俺が完膚(かんぷ)なきまでに敗北を味わわせたし、恐れるような相手ではない。

 

「それぞれに俺とリーティアとイシュトさんがいれば十分だろう、先手を打つ」

「じゃあおれは今度こそ留守番でいいな?」

 

 冷静かつ心底から真面目な面持ちで、ゼノは俺の目を見据えてそう言ってくる。

 

「あぁ、さすがにゼノは留守番でもいいよ。ただし……終わったら話しておきたいことがある

「……ああ、そうだな。おれも是非とも話したいと思ってた、ベイリル」

 

 ()わす視線は真っ直ぐなままだが、また違った色を帯びる。

 なぜ血文字で書かれた英文を訳すことができたのか。

 ()(ただ)す、と言ってしまうといささか物騒ではあるが……内実としては近い。

 

 

「ふゥー……──それじゃ戻るか、段取りも()りそうだしな」

「は? ちょっっォォォオ──!?」

 

 固化空気で作られた足場がフッと消え去り、俺はゼノとクロアーネの腕を掴む。

 ゼノの空へ置き去りにされていく叫び声を聞きながら、財団支部の屋上へ急降下していくのだった。

 

 



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#234 制圧と脚本

 

()()()()記念として、君たちには集まってもらったわけだが──」

 

 唯一血で(けが)されてなかったソーファミリーの幹部室にて、俺は机に足を組んで投げ出す。

 その前方には、生存しているソーファミリー・ケンスゥ会・リウ組の準幹部がそれぞれ居並んでいた。

 

「散々っぱら弱者を食い物にしてきた君たちにとって、今度は自分たちが食い物にされる順番が回ってきたと認識してもらえただろう」

 

 俺の横にはリーティアが形を変えたアマルゲルの椅子の上で、イシュトは机の上に座っている。

 どの組織も混乱の渦中にあったとはいえ……たった3人で壁内街を掃討し、入り組んだ内部を丸一日ほどで鎮圧せしめた。

 

 

「とはいえ、別に過去の罪をさかのぼって弾劾(だんがい)(つぐな)わせようだとか、路頭に迷わせるつもりなどは一切ない。

 ただ我々シップスクラーク財団と新たな秩序の(もと)で、似て非なる仕事を今後も継続してもらうだけだ」

 

 こうもあっさりと屈したのも、やはり実力者であり権力者であった各組織の(おさ)と上位幹部──

 そうした者達を先んじて"血文字(ブラッドサイン)"が、片っ端から殺してくれていたからに他ならない。

 

血文字(ブラッドサイン)が引き起こした悲劇は残念であり憎むべきものだ。しかしこれもまた機会であり、我らはそこに乗じさせてもらった。

 それぞれの(おさ)たちに忠義を尽くし、義理立てている者がいるのならばそれも構わない。引き止めはするが、無理強いはしない」

 

 元々暴力をもって仕事をしてきた連中である。

 こちらとしても残った有象無象を、(ちから)理解(わか)らせてやるのはそう難しくなかった。

 

「労働した分だけの報酬は約束する。むしろ効率化を考えれば、実入りが以前より良くなることは約束できるだろう。

 協力的で優秀な者は取り立てるので、上に立ちたい人間はこれを機に(はげ)んで欲しい。ただし裏切った時は容赦はしない」

 

 強者が軒並み死んでしまえば、アマルゲルを引き連れた地属魔術士リーティアの相手はいない。

 風や光なき場所であろうとも"円卓殺し"たる俺や、同じ領域以上の強度を誇るイシュトの敵になるものなど存在しなかった。

 

 

「さて、それでは──文句がある者は改めて異議を申し立てて欲しい。ただし()を通したいのであれば……今度は命を懸けてもらう」

 

 俺は椅子からフワッと浮き上がって机に立つと、一段高みから見下ろしながら反応を待つ。

 従えば見返りを約束し、逆らえば相応の報いを与える。わかりやすい構図に刃向かうだけの気概ある者はいなかった。

 

 唯一人(ただひとり)を除いては──

 

「異議ぃ大アリだ。汚い足を乗っけてんじゃねえ」

「来ると思ったよ、ロスタン」

 

 ややくたびれた様子の長身に、長めの黒髪を後ろで(むす)んでいる男が扉なき入り口に(たたず)んでいた。

 ソーファミリーの者は当然として、ケンスゥ会もリウ組もロスタンの前に道を()ける。

 

 一方で俺も床へと降り立ち、ゆっくりと歩いていくとメンチを切るように相対(あいたい)した。

 

 

「──聞こうか」

「オレはもう……約束を果たすべき恩人を喪失(うしな)った」

「残念だったな。だがそれは血文字(ブラッドサイン)所為(せい)であって、俺たちに原因はない」

「それはわかってる。そして──殺人野郎が組織内に入り込んでいて、その悪意に気付かなかった自分にも反吐(へど)が出る」

 

 右手を見つめるロスタンは、ゴキリと握り込んで指を鳴らす。

 

「テメェらがやろうとしてることも……もっともな話だ。三つ巴の戦争に勝てたとしても、今度は外圧に耐えられなくなって崩壊するだろうよ」

 

 幹部級が殺され、さらに抗争で弱体化したところに、空白となった権益を求める別の組織が介入してくるのは至極当然の帰結。

 シップスクラーク財団がまさにその外圧ではあるのだが、財団はあくまでそっくりそのまま頂くスタンス。

 

 既存(きそん)の邪魔な組織を皆殺しにして、新たに支配するといった手法は取らない。

 これは彼らにとって差し伸べられた手でもあるのだ。

 

 

「ならお前も財団員として協力してくれればいい」

「お断りだね。ファミリーごと支配されるのは我慢ならねえ──それは親父(ファーザー)の精神を踏みにじられることだ」

「お前個人がどう思おうと、既に三つの組織が統合される段になっているがな」

 

 ただし事実上ではなく、あくまで形式としての統合。財団を頂点に、それぞれに適した役割を与える。

 それぞれの組織が反目し、対立し、過去には血で血を洗ってきた歴史がある。

 そうした出来事を忘れ、皆で手をつないで仲良く歩いていきましょう──などと単純な話はすぐには不可能である。

 

 だからこそ財団が掌握してコントロールする必要があり、ゆえにこそ大きな利益となる。

 また組織の枠に囚われず、かつ優秀な人材には、より大きな舞台で活躍してもらう。

 

 

「というかだ、ロスタン。さっきからこれは異議なのか? それとも離反するという未練がましい意思表明か?」

「どちらも違うな。ただの提案だ──オレが支配する、オレにやらせろ」

「……それは協力、では?」

「いーやそうじゃない。(しゃく)な話だがテメェはオレより強い、今は(・・)それを認める。だが必ずこの手で取り戻す」

 

 グッと(きし)むほどに握り締めて血が流れ、すぐ再生していく拳。

 それはさながら倒れてもすぐに起き上がろうとする、ロスタン本人の確かな意思と気質が込められているようだった。

 

「人材を利用するのも領分なんだろうが。支配はオレがやる、テメェらが雇うのは組織じゃない。このオレ一人だ」

「随分と、都合の良い話だな」

「ソッチにもな、必ず見えないところで反発する奴が出てくる。そこを()められるのは勝手を知る人間だ」

「財団と組織の(あいだ)にさらにもう一枚、ロスタン(おまえ)という緩衝材を(はさ)むわけか……」

 

 

 俺は一考する様子をこれみよがしに見せてから、あくまで煽るでなく淡々とした抑揚(トーン)で問い掛ける。

 

「そうまでして重要か、面子(メンツ)が」

「そうやって命を張ってきたんだよ、コッチはな」

 

 周囲の者達も皆一様(みないちよう)に、息遣いだけでザワつくような動揺を浮かべる。

 それはロスタンへの賛同の意を示しているに他ならず、実態を伴わなくとも見栄が(まさ)るという価値観と精神性を示していた。

 

「ソーファミリーは良いとして、ケンスゥ会とリウ組が納得するか?」

させる(・・・)さ。名を奪うつもりもねえし、そういった面倒事も引っくるめて()()うっ()ってんだ」

 

 どのみち管理の為には頭を抑え付ける暴力装置が必要であり、ロスタンはそうした任にも()えうる人材である。

 

 

「悪くはない。だが監視はつけさせてもらうし、利益の為に運営や采配(さいはい)にも口を出させてもらう」

「構わねぇ、要は誰が上に立つかだ。支援者がいるのは珍しいことじゃない」

「よろしい……進捗(しんちょく)に問題なく、安定して継続している限りは契約を延長しよう。これも良い実験例(テストケース)になる」

 

 俺は右手をあげると、クイクイッと指を動かしてリーティアとイシュトに合図を送る。

 

「お手並み拝見だねぇ~」

 

 そう言いながらリーティアはアマルゲルと共に、イシュトはにこやかに手だけ振ってこの場を後にした。

 俺も二人に続くように、ロスタンの横をすれ違うように歩き出す。

 

『覚えてろ』

 

 他の者には聞こえぬ小声で、ロスタンに耳打ちされる。そう──これらは全て、()()()()()()()

 新たな旗頭(はたがしら)()え、サクラとして組織構成員の溜飲を下げさせるべく作られたシナリオ。

 

『あぁ、お楽しみはいずれな』

 

 俺もロスタンにだけ聞こえるよう音圧を操作して、部屋から去りゆく。

 あとは段取り(どお)りに、つつがなく(こと)は運ばれていくことだろう。

 

 

(落ち着くまでは俺(みずか)ら監視しておくとして──)

 

 俺とクロアーネとゼノが天空から墜ちるように財団支部へ戻ってから、すぐに緊急会議を開いた。

 血文字(ブラッドサイン)による壁内街の幹部殲滅より、組織間の情報を収集しながら財団はどう動いていくか。

 

 そうして小規模ながら議論を重ね、第一案として"兇人"ロスタンを利用することを決定した。

 各組織が惨劇を現状認識するまでの短い時間で、接触《コンタクト》をはかって計画を持ちかける。

 サクラとしての役割と、今後の立ち位置を言い含める。

 

 最初こそ(しぶ)る様子を見せたが、すぐにロスタンは了承せざるを得なかった。 

 もはやそうするしか自分達を活かす道がないことを、先の闘争で身をもって思い知らされていたのだから。 

 

 あとは必要な手順だけ踏みながら、即興(アドリブ)で流れを作って誘導していくのみ。

 最初から圧倒的な(ちから)(しめ)して下地は整えていたし、結果も順当に終結を見た。

 

 

(こうして明確な形として、財団に寄与できるのもまた……充実感があるもんだ)

 

 俺はシップスクラーク財団の発起人(ほっきにん)なれど、貢献度において"三巨頭"に並ぶ立場に見合っていないことは明白。

 現代知識はあくまで地球史にて積算された先人達の結晶であり、俺自身の(ちから)というわけではない。

 

 それらを"読心の魔導"で引き出したシールフ。財団内のありとあらゆる面倒事を引き受けるカプラン。

 最初の同志にして、金銭・暴力・人脈もろもろ多種多様な支援を実行してきたゲイル・オーラム。

 

(三巨頭の肩に並べないまでも……)

 

 せめてその背中を見失わず、追い続けるだけの存在ではありたい──

 

 

 



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#235 大賢しき I

 

 三組織の制圧後に壁内街から戻った俺は、財団支部の個室にて待っていたゼノと二人きりで相対する。

 

「ようベイリル、早かったな。もういいのか? 休まなくて」

「話してから休むよ。命を削るような闘争もなかったし、断絶壁に来る前から連戦続きだがまぁ……飛行中も休んだりしてたからな」

「はっは~、種族に恵まれた奴はいいなあ?」

「こうも無理ができるのは、これまで積み上げた結実だけどな。ゼノが知識を高めている間に、俺は肉体と魔術を鍛えていただけさ」

 

 つまるところお互いに、どこを伸ばしたかという違いに過ぎない。

 俺は天地が引っくり返ったって、ゼノの頭脳には及ばない。

 同時にゼノがどれだけ科学魔術具で武装しようとも、俺は負けるつもりなどさらさらない。

 

 人類とはそうした得手不得手を、コミュニティを作って補い合うことで進化してきたのだ。

 それぞれが専門的に従事し、少しずつでも知識と経験を継承することで、社会を成り立たせ存続させてきた。

 

 時に短所を長所に変えることもある──シップスクラーク財団もそうした集合体であるがゆえに、優劣こそあれ欠いてはならぬものなのだ。

 

 

「つっても技術者だって体力資本なところがあるから、おれもリーティアやティータが(うらや)ましいところだ」

「くっははは、まあそこらへんを補うのが魔導科学ってなもんだろう。いずれは不老にだって辿り着くさ」

 

 実際に現代地球でもテロメアにまつわるアンチエイジングは、SFではなくしっかりと未来の技術として視野に入り研究されていた。

 

「あいにくとソッチは専門分野じゃないもんでな。おれがまともでいられる(あいだ)にはたして実現するものか」

「……確かに、遺伝子分野にはまだコレと言った人物がいないからなぁ」

 

 また違った知識体系が求められ、医療分野にも裾野(すその)を広げられるテクノロジーである。

 だからこそ比して文明が未発達な異世界に人材を求めるのは、なかなかに難しいところであった。

 

 それこそ遺伝子分野に明るい転生者でもいれば話が早いのだが……そう都合よくもいかないのが現状である。

 

 

「──"女王屍(じょおうばね)"がまともじゃなかったのが悔やまれる」

「また懐かしい話を持ち出してきたな。あの屍兵(ゾンビ)には心底参ったよ、本気でビビった」

マッド(狂気)じゃなきゃ財団で最高の環境を用意して、存分に活躍させてやれたのに」

 

 キマイラという形での人体への移植・適合技術に加え、寄生虫を利用した肉体操作なぞ地球でだって(るい)を見なかった。

 また倫理観を無視できること、ブレーキがぶっ壊れているということは科学の発展において……ことさら大きな強みとなる。

 

 将来的に人類が発展を続ければ、個人の多様性や人権意識といったモノも当然ながら確立されてくる。

 

 だからこそ現代でも"クローン"技術や、"デザイナーチャイルド"など……現実的視野にあっても倫理観があるからこそ、越えてはならない一線というものが共有されていた。

 しかしながら人類が滅びることなく、宇宙へと適応・進出し、生存圏を拡大する為には──テクノロジーの進歩を遅らせることは愚行とも言えよう。

 

 

(大局的見地で種の保存を考えた時──)

 

 自らが開発した核兵器や発展していく技術による戦争で、いつ文明は灰燼(かいじん)()すかも知れない。

 あるいは地球史大量絶滅(ビッグファイブ)に代表される地球および宇宙より飛来する天変地異の前では人は無力であり、滅亡すらも十分にありえる。

 

 だからこそ寸暇(すんか)を惜しんで、宇宙の広大さと時間に比してミクロスケールな生物の倫理観など無視し、一刻でも早く人類は進化していくべきという考え方もまた一つの真理。

 

 知的生命体であるがゆえのジレンマ──自我をもつがゆえに人は、虫や動物と違って発展してきたが……自我が発達するがゆえにそれを阻害する。

 

 現状を維持するという観点で見れば、地球史でも完成された社会性をもって広く長く繁栄する(アリ)こそが頂点だ。

 そうした生物群から脱却したのが人類であり、果てしない宇宙への可能性があるのもまた人類だけなのだから……。

 

 シップスクラーク財団が魔導科学(マギエンス)を推進していく上でも、いずれ必ず天秤に掛けねばならなくなってくる問題となるだろう。

 どこまで"人間性"というものを維持できるか、どこまで喪失し、どこまで人類に求められるのか──と。

 

 

「まあおれは女王屍(じょおうばね)ってのを直接見ちゃいないけどな、ただ話を聞く限りではおまえらが滅却して正解だと思うぞ。それに無いモノねだりは(むな)しいってもんだぜ?」

「そうだな、学園でゼノ(おまえ)たちと出会えたというだけでもこれ以上ない幸運だった」

「……おう。なんかちょっとばっかし照れるがな」

 

 思い出トークを終えたところで……俺は椅子に座り直して重心を前に置いてから、ゆっくりと深呼吸を一度だけする。

 これなるは財団とフリーマギエンスの機密にも、大きく関わってくる話になりかねない。

 

「さて──ゼノ、ぼちぼち本題に入るか」

「あぁ、そうだな……ごまかしはいらないよな、()()()()

 

 真っ直ぐ()わった目線を向けてくるゼノ。

 あるいは……本当に最低最悪の未来としては、ゼノとの離反すらもありえるし──財団の機密保持の為ならば殺さなくてはいけない立場にすら俺はいる。

 

「なぁベイリル、なんでお前は"血文字(ブラッドサイン)"が残した文字を読めたんだ?」

 

 張られた"遮音風壁"の内側で、俺はゼノから単刀直入に聞かれる。

 色々と疑問は残るが──眼前にいる男の顔色に浮かぶのは真剣味だけであり、心音も声色にも嘘偽(うそいつわ)りは一切感じられない。

 だからこそ先に問われた俺も、(けむ)()くことなく腹を割って話すことにした。

 

 

「俺が何故知っているかと言えば……俺と血文字(ブラッドサイン)の故郷の言葉だからだ」

「……もしかして、地球(アステラ)語か?」

「あぁ──流石に察しが良いな。地球(アステラ)には言語体系がいくつかあって……正確にはその中の英語(English)というやつで、文字はアルファベットと言う」

 

 財団内でも利用されていて、特に英語と日本語は主筋(メイン)となっている言語である。

 

「故郷ってことは……そうか、そういうことか」

 

 (あご)に手を当てたゼノは、なにやら得心いった様子で何度も(うなず)く。

 

「おいおい勝手に自己完結するな、ゼノこそどうして地球(アステラ)語が読めた?」

「えっとだな……おれは正確には読めるんじゃない、()()()()()()()ってだけだ」

「……? 何ぞ違うのか」

「もちろん違う。なぜならおれは()()()()()()()し、文字そのものの()()()()()()()()()んだよ」

「意味はわかるが、発音できないし読めないのか……それってつまり──」

 

 

 俺の言葉の途中でゼノは(ふところ)にある、小さな手記を大事そうに取り出した。

 

「これは"大魔技師"が残した手記……その写本の一部を、さらにおれなりにまとめたものだ」

「大魔技師、だと──?」

 

 ゼノは両者を挟んだ机の上に手記を置くと、俺に向かって開いて見せる。

 

「もう少し詳しく突っ込むとだな……かつて帝国へと来て魔術具を伝え、(のち)に"帝国工房"を作った大魔技師の高弟(こうてい)がいた。

 高弟は大魔技師が(ひそ)かに残していた手記を勝手に写し取っていて、しかも自分なりに翻訳していたらしくてな。

 その高弟のさらに弟子にあたる俺の先祖が、それを受け継いで翻訳し続けていた。それが今おれが持っているコレというわけだ」

 

 大魔技師が残した現代知識のコピーを翻訳したモノが、まさしくこの手記であるとゼノは言う。

 

「なるほど……それで発音はわからないが、意味だけは知っているチグハグさがあるのか」

「だから実のところ──おれが持ってる知識ってのは、すべて大魔技師の又聞(またぎ)きみたいなモンなんだよ」

 

 俺は手記を手に取ると、そのまとめられた写本とやらをペラペラとめくっていく。

 すると英語と異世界言語の意訳、さらにアラビア数字による数式などもメモされてた。

 

 

(財団では専門用語などに地球(アステラ)語を使用しているとは言っても、アルファベットやカタカナや漢字をそのまま使っているわけではないしな……)

 

 ゼノが読めなかったのも当然であり、発音だけでなく文字としても流用することも一考の余地があるのかも知れない。

 

 いずれにしてもゼノの"知識の源泉"は大魔技師の系譜にあり、それが幼少期より根付いているに他ならなかった。

 あるいは故・セイマールの魔術具製作技術や、他にも数多く存在している技術者達の葉から枝を辿っていくと……。

 

 大魔技師という大樹に行き着くのやもと、俺は考えを致すのであった。



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#236 大賢しき II

 俺は英語がそれほど読めるわけではないので、とりあえず"大魔技師の書いた手記のコピーの一部翻訳書"を閉じる。

 

「なぁゼノ、リーティアとティータはこのことを──?」

「知らない。あいつらもおまえも……おれを天才だと思っているようだが、しょせん借り物なんだよ」

「いや普通はこれを見て応用するなんてできない、やっぱりお前は"天才"だよゼノ」

 

 少なくとも俺が方程式などを見たところで、それを工学分野などで実際的に利用するなどできはしない。

 仮に理数系で優秀な人間だったら別だが、あいにくと俺は凡人であり勉強したことも多くを忘れている。

 

 シールフに引き出してもらった記憶も、それはつまるところ難解な専門書を見ているのと同じ。

 知識としては確かに脳内に存在こそしていても、実際的に馴染まないし応用できない。流し読みのような感覚なのだ。

 

 もちろん使えそうなものはシップスクラーク財団の知的共有財産として、利用しているのも数多くある。

 しかしながら興味がないことは努力しにくいし、魔術や闘争は好きだからこそモノの上手となれたのだ。

 

 

「っと、"天才"をお前の努力を否定する"陳腐(ちんぷ)な言葉"と受け取られたら──なんだ……その、すまんな」

「別にそこらへんは気にするタチじゃねえって。天才だのなんだの、呼び名なんてのは所詮(うわ)(つら)に過ぎない」

「……ならいい。ニア先輩なんかにうっかり言うと、そこらへんはしっかり怒られるもんでな」

 

 本人の必死の積算を無視して、埒外(らちがい)にあるモノに才能だと断じて嫉妬することもまた、侮辱にあたる場合があるのだ。

 

「もちろんおれとしても子供の頃から()れてきて、色々と学んだから自負はあるぜ? 知識欲のままに生きてきた部分もあるしな。

 それでも根底にあるのは大魔技師の借り物の……さらに劣化模倣(コピー)みたいなもんだ、だから天才ってのはリーティアにこそ相応(ふさわ)しい」

 

「いやまぁリーティアも特別な知識による幼少期英才教育の賜物(たまもの)みたいな部分もあるけどな」

 

 ジェーンやヘリオが同じように育たなかった以上、リーティアにそういう資質があったというのは間違いない。

 しかし少なくともその類稀(たぐいまれ)なる発想力の下地を作ったのは、地球人類史の積算・洗練された基礎知識群に他ならない。

 

「それとそうそう、そこなんだベイリル。おまえが大魔技師と同じ"故郷"ってのはわかった。しかしそこ、()()()()がわからない」

 

 俺はゼノが言いたいことを察する。地球(アステラ)という転生以前の故郷(ふるさと)、その存在を認識できていないということに。

 

「あぁーーー……だろうな。まぁ端的(たんてき)に言うと、故郷ってのは()()()()()って意味になる」

「世界ぃ~? ハーフエルフだから、大昔に生きてたってことか? いやでもリーティアの話じゃおまえは昔、ちゃんと子供だったって……?」

「時代的な意味合いじゃない。そうだな……例えるなら──」

 

 

 疑問符を咀嚼(そしゃく)しきれないゼノに、俺は人差し指を上に向けた。

 

「空に浮かぶ"片割れ星"から来た、って言えばわかるか? あくまで(たと)えであって実際には違うけどな」

「つまり違う星から……?」

「あぁ、ゼノなら財団の知識で惑星や銀河の成り立ちも知っているだろ。それとは別に、()()()()()()()()()んだ」

「宇宙だぁあ……?」

「星が無数にあるように、宇宙が無数にあるとでも思ってくれ。俺は別の宇宙から来た、多分」

「多分かよ!」

「もしかしたら観測できなほど遠い、遠ぉ~い違う惑星から来ただけかも知れないし。宇宙がいくつあるのかも──そこらへんは俺だってまったくの未知だ」

 

 ゼノはトントンと自分の太ももを指で叩きながら、しばらく考えをまとめているようであった。

 

 

「大魔技師も同じところから……ってのは確かなんだな?」

「英語が共通しているから、まずもって間違いない。生きた時代は違う可能性が高いが、少なくとも地球(アステラ)から来ているはずだ」

「……地球(アステラ)ってのは──その、おれたちのこの世界? よりも技術と文明が進んでいるわけか」

 

「そうだ、自由な魔導科学(フリーマギエンス)ってのも実は地球(アステラ)語の発音でな。科学(サイエンス)が発達した世界だった」

「大魔技師も、ベイリルおまえも……そこを"知識の源泉"としていた──と」

「そのかわり魔法(マジック)はないけどな、もちろん魔導も……魔術も魔力すらなかった」

 

 もしかしたら広大すぎる宇宙のどこかにはあったのかも知れないが、少なくとも人智において観測されてはいない。

 あるいは魔導科学(マギエンス)とは、現代地球における境界科学(フリンジサイエンス)に相当するものなのかもしれない。

 

 

「魔力がない……? 魔術具もってことか、科学だけで成り立ってたっての?」

「ゼノならテクノロジー特許で知っているだろう。蒸気機関に内燃機関、無線通信や電気や航空機──」

「あぁ知っている。だからこそ余計に思うんだ、一体どんな世界だったんだろうかってな」

 

「特許の中には、まだ未来の技術とされるモノもあるが──ただ人間は(ひと)しく脆弱(ぜいじゃく)だったし……だからこその智恵(ちえ)を求めた」

 

 地球と異世界との最大の差異──魔力というエネルギーがないからこその、創意工夫と文明の発展。

 とは言っても、地球史における発展も産業革命の以前と以後による(へだ)たりは非常に大きい。

 

 知識を正しく継承するシステムが確立されていなければ、文明とはたやすく興亡を繰り返すものゆえに。

 

「"転生者"……って言ってたな、血文字(ブラッドサイン)に」

「あぁ、前世界での記憶──便宜上(べんぎじょう)、"魂"が宿っていると言えばいいんかね」

「それが"未来視"とやらの真相ってわけか」

「そういうこと。架空の"リーベ・セイラー"と財団の在り方は、言わば俺が持ち込んだ地球(アステラ)の知識と文化そのものだ」

 

 リーティアがゆえあって口を(すべ)らせた所為(せい)で、ゼノとティータは魔導師リーベがいないことは学園生時代から知っていた。

 さらに誤魔化す為に俺が"無意識に見る未来視の魔導"ということで押し(とお)していたが、ようやくこうして真実を打ち明ける機会を得た。

 

 

「なんつーかようやく氷解したって感じだ。ちなみに前世? ではどんな奴だったんだ──あっいや、もしかして敬語使ったほうが……?」

「くっはははッ、確かに精神年齢じゃ俺のが上だけど今まで(どお)りでいいって」

「そっか。そんじゃベイリル、遠慮なくいかしてもらうわ」

 

「まぁまぁ以前の俺は、本当にちっぽけな人間だ。当然魔力もないからな、長命種でもない。肉体的にも今のゼノより(はる)かに弱かったぞ」

「なるほど……だったら生き急ぐおれの気持ちもわかるわけか」

「わかる──と軽々(けいけい)に断言はすまいが、同じ立場で考え、察することくらいはできる」

 

 これ以上なく真摯(しんし)な双眸を、俺はゼノへと向ける。

 

 

「それとだな……この事実は俺とシールフ、そしてオーラム殿(どの)とカプランさんしか知らないことだ」

「リーティアは知らないのか……──なんでおれには話した?」

「まぁこうして話すだけの機会が(おとず)れたというのが一つ。実際に話して理解できると思ったのが一つ」

 

 俺はゆっくりと息を溜めてから、吐き出すように言葉を乗せる。

 

「そして話すに(あたい)するだけの信頼を置いているのが一つ、だ。口が堅いことを含めてな」

「……買いかぶりすぎだ」

 

 ゼノは照れ隠しをするように視線を(はず)すと、背もたれに体重を預ける。

 

 

「まあ誰かに言いふらす趣味はない。リーティアにも話してないってんなら、おれから言うこともないし」

 

 フラウ達やジェーンらにもまだ教えてないことだが、皆には話さなかったところで揺らぐような信頼でもない。

 それにシールフの"読心の魔導"のような存在もいる以上は、不必要な情報の拡散も今はまだ好ましくない。

 

 だからこそ打ち明ける相手は選ぶというもので、知識を持つゼノには真実を知る意義があったと判断した。

 

「助かるよ」

「それはおれのセリフだっての。財団に(はい)れて……おまえらと出会えて本当に良かったよ」

 

 差し出されたゼノの右手に、俺も右手をもって返す。

 

「あらためて言われると(くさ)いし、なんかむず(がゆ)いな、ゼノ」

「言ってろ、ベイリル」

 

 ()わされた握手は力強(ちからづよ)く、契約魔術を越える(きずな)を感じさせるのだった。

 



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#237 偉人 I

 

 財団支部のソファーにて、ぐっすりと眠り続けた明くる朝──

 俺は近付いてくる気配に上体をすぐに起こしつつ、その後は緩慢(かんまん)とした動作で立ち上がる。

 

「やっほぉ~!」

「クァァアア!」

「……おはようございます、イシュトさんにアッシュ」

 

 純白の長髪が陽光で煌めくイシュトは、灰竜アッシュを肩に巻き付けこちらを覗き込んでくる。

 

「あらら、その顔を見るにもしかして寝てた?」

「いえいえ、丁度良く起きたとこなんで大丈夫ですよ」

 

 俺が支部の部屋を勝手に使って寝ていただけだし、ノックを強制する(いわ)れもない。

 それに彼女の遠慮のなさは、もはや美徳とも言っていいほどにお互いの距離感を親密に縮めてくる。

 

 

「ごめんねぇ、クロアーネちゃんからココにいるって聞いたからさ」

「なるほどそれは……彼女に使われましたね」

「ふっふふ~わたしたちは目覚まし役かぁ。でもアッシュと散歩から帰ってきても、まだ寝てたとは……よっぽとお疲れ?」

 

 俺は覚醒しつつある脳内で、ここ数日間を振り返る。

 アーセンを殺してヤナギ達を救ってから、出ずっぱりで動き回っていた。

 とはいえ一分(いちぶ)(すき)くらいで積み上げ続けたハーフエルフの肉体は、無理が()くだけでなく回復だって早い。

 

「もう十二分に休めたから大丈夫ですよ。()の位置と体内時計から察するに、昼にはまだ少しありますか」

「そーだね、みんなで朝食を()ってぇ……リーティアちゃんたちは仕事場に行ったよ」

「熱心だなぁあいつらも。リーティアも暴れたばっかだろうに」

 

 熱意があるのは大変よろしく、問題は存分に(そそ)ぐだけの場所を提供できているのだろうかということ。

 

(せっかくだし助けた子供たちを連れて……)

 

 冷やかし──もとい、財団の最先端を邁進(まいしん)する現場を未来への投資の為の見学にでも行こうかと。

 

 

「ところでイシュトさんも改めて、制圧協力ありがとうございました」

「フフンッいいってことよ~」

「本当に助かりました。ああも急激に事態が動いた以上は、他所(ヨソ)から応援を呼ぶ暇もなかったんで」

 

 三組織の数だけ、危なげない強者が3人必要だった。クロアーネやティータも弱くはないが、不測に際して不安要素が残る。

 

「せっかく財団に入れてもらったんだもん。少しくらいお仕事しないと」

 

地頭(じあたま)も良いし、なんのかんの何事もそつなくこなす。どんな経緯を歩んできたんだか……謎の多い人だ)

 

 いずれにせよ優秀な人材というものは、いくらいたって構わない。"文明回華"は遠く(けわ)しい道のりである。

 過去は不明だが少なくとも現時点での彼女の持ち得る資質は善性であり、頼りがいのある強度を備えている。

 

 

「しかしまぁ……アッシュもよくよく(なつ)いてますね、イシュトさん」

「ん? そだね~。なんか合うのかもねぇ、ね~?」

「キュゥゥァアアッ!!」

 

 イシュトの言葉にアッシュは元気一杯に(いなな)いて、その頬を触れさせ合う。

 元々好奇心旺盛(おうせい)な灰竜ではあるが、気付けば俺やクロアーネやヤナギとでなく……イシュトと一緒にいることが多い。

 

「ねっねっベイリルちゃん」

「はい? あーそういえばなんか用事あったから来たんですかね」

「うんうん、ベイリルちゃんってまだしばらく滞在するんだよね?」

「そのつもりですね、ロスタンと組織周りの様子を見ておく必要もありますし」

 

 "血文字(ブラッドサイン)"についても、最低限の警戒はしておかなければならない。

 

 

「わたしは当分仕事なし?」

「そうですね、特にわずらわせる事案はしばらく無いかと。まぁよろしければですが、クロアーネに料理でも教えてやって頂ければ」

「んー? そっかぁ──うん、料理ねぇなるほどソレもおもしろいかもね」

「……?」

「な~んでも、ないっ、よ!」

 

 なんとなく思わせぶりな違和感に、俺は疑問符を浮かべながら首をかしげる。

 しかしてイシュトはどこ吹く風といった様子で部屋から出て行き、アッシュもそれに続くのであった。

 

 

 

 

「遅い寝起きですね、ベイリル」

「おはよう、クロアーネ」

 

 階下へ降りると、クロアーネが"星典"を片手に……子供達に教育をしている凛々しい姿があった。

 それとなく(うなが)したことをキッチリやってくれているあたり、実のところ面倒見が非常に良い。

 

「朝食は保存棚に入れてあります。昼は各自で」

「んん~さっすが。ありがとう、愛してるよクロアーネ」

「はいはい。食器は自分で洗うこと」

「……了解」

 

 感謝と好意をあっさりとあしらわれた俺は、いそいそと保存庫へと足を運ぶ。

 棚の扉を開けると──閉じ込められていた香りが鼻腔の奥まで刺激し、脳内が完全に目覚める。

 こちらの疲労を思いやってか、スタミナ料理な気配りが本当にグッとくるというものだった。

 

 

(なんか食べる量まで既に把握され、計算されている気がするな……)

 

 そんなことを思いながら食べ終えて、水と風による洗浄・乾燥させて(のち)

 もはや孤児院と化した部屋へと戻ると、ちょうど休憩時間なのかめいめいに子供らは遊び回っている。

 

 星典を読みつつも逐一(ちくいち)、鋭い監視と暖かい見守りとが入り混じった眼差しを向けているクロアーネ。

 そんな彼女の隣に俺は立って、"親しいと思いたい仲"にもあるべきお礼を述べる。

 

「ごちそうさま」

「……えぇ、感謝は大切です」

 

 

 パタンッと小冊子を閉じたクロアーネは、こちらへと視線を合わせてくる。  

 

「──ですから、ベイリルには感謝しています」

「うん?」

「先ほどイシュトさまに調理を教わる約束をしていただきました。口利きをしたのは貴方でしょう」

「あぁ、そのこと。まっ美味しい料理を食べる為ならばってやつよ」

「……そういうことにしておきます」

 

 フッとわずかな笑みを浮かべたクロアーネに、俺の鼓動がわずかに跳ねる。

 

(モーガニト領主屋敷じゃ、それなりに淫蕩(いんとう)な生活を送っていたというのに……)

 

 なんで今さらこんな純情少年みたいな反応をしてしまうのか、自分でも不思議なものだった。

 

 

「ところでヤナギは?」

「リーティアが連れていきました」

「なるほど。新しくできた妹分を可愛がらずにはいられないか」

 

 プラタを見るに、色々な人から教わり、また師匠に持つことは良い影響になるだろう。

 

「しかしなんだなクロアーネ、随分と教育にも板がついてきてないかね」

「……何事も、慣れと効率化です。それに──」

「それに?」

「その、なんというか……そんなに嫌いではない、と言いますか」

 

 クロアーネの心に芽生えた感情に、戸惑っている様子が声色から感じ取れた。

 

「保育が? 教師が? いやこの際は子供そのものが、か」

「そう……でしょうね。最初こそ面倒だと思いましたが、自分の中の技術を(ふる)うことができるのが存外(ぞんがい)──」

(しょう)に合っちゃったかー」

 

 

「茶化されるのは嫌いです」

 

 得物こそないものの、射殺すような眼光でもって俺を睨みつけてくるクロアーネ。

 

「いやいや、気持ちはよくわかるってなもんよ。なにせ俺も経験者だからな、それまでの自分じゃ考えられなかった」

 

 フラウとは幼少期を共に学んでいった印象だが、ジェーンとヘリオとリーティアに対しては間違いなく子育てであった。

 カルトであるイアモン宗道団(しゅうどうだん)の教義に洗脳されないよう、あの手この手で立ち回った。

 

(そうしないと新たな人生が終わるって一面もあったが……)

 

 やはり前世から通じて、それまでになかった喜びを見出していたのは間違いない。

 裏表のない素直な子供は時に、自らを映し出す鏡合わせのようでいて──

 打てば、打った分以上に響いて……そうして返ってくる反応は、予想できないことも少なくなくあった。

 

 

「普段の日々と違う新鮮さは大切だし、教えることでまた教わることもある」

「否定はしません。自分を(いつわ)ることほど、無為なことはありませんから」

「実感の込められたお言葉で。まぁ場合によっては己自身を(だま)すことの必要性も、一考の余地アリだと思うがね」

「隠し事が多い人間らしい答えです」

 

「相変わらず辛辣(しんらつ)だな。ところで"俺への想い"を(いつわ)ったりは──」

「していませんね」

 

 いつもどおりバッサリと斬られた俺は慣れたように肩をすくめる。もう少し時間は掛かるだろうが、感触は悪くない。

 俺は窓の(ほう)へ歩いていき、開けて足を掛ける。

 

「んじゃ俺は"工房"の(ほう)へ行ってくる、夕食は楽しみにしていいかな?」

「さぁどうでしょうか、イシュト様次第(しだい)ですね」

 

 俺はほのかな期待を胸の内にしまって、そのまま窓から空中へと躍り出た。

 

 

 



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#238 偉人 II

 

 壁外街のさらに郊外にある一軒の小屋──パッと見る限りでは、本当に何の変哲もない。

 精々がそれなりの大きさの山小屋にも見えないこともない、単なる木造りの家屋。

 

 しかしそこは(まぎ)れもない、シップスクラーク財団が誇るテクノロジートリオの仕事場。

 時代の最先端が詰まったオモチャ箱のような"魔導科学(マギエンス)"の結晶である。

 

(アーセンの管理所を思い出すな)

 

 家屋から地下へと通じるスロープを降りながら、俺は直近の既視感(デジャヴュ)(ひた)る。

 機密保持の意味も含めて、地上部ではなく地下に財団の工房は存在している。

 さらに搬入・搬出の為、かなり広めに導線が確保されていた。

 

 

(リーティアの地属魔術によるものか)

 

 地下空間を進む道は美しく成形されていて、照明も相まっていっそ清潔感すら感じ入る。 

 卓抜した地属魔術士というものは、たった一人でもとてつもない仕事量を誇るのだとつくづく思い知らされる。

 

(惜しむらくは……リーティアが一人しかいないってことだな)

 

 魔術具開発と土地改善を同時にはこなせないということ、稀有な二種類の才はどちらかにしか活かせない。

 

()()()()()()()()、か──)

 

 そんなことを思いながら、俺は大扉とは別に(もう)けられた通用口をくぐる。

 

 

「おぉ~……──」

 

 意図せず感嘆の声が漏れた。そこには通路の数倍以上の広い空間が、さらに壁によって区分けされた。

 ワーム迷宮の一節(フロア)分には足りまいが、それでも想起させるくらいの広さが確保されている。

 

(二十人強ってところか──)

 

 肌に触れる空気の感覚や息遣い、また温度遷移(せんい)でこの場にいる人数を俺は把握する。

 いくつかの小グループに分かれて、区画別にそれぞれが研究・開発を(おこな)っているようだった。

 インメル領会戦で使われた"カノン砲"の、試作改良のようなモノも視界の(ハシ)に見受けられる。

 

 

 俺は邪魔をしないよう気配を消しつつ、観察しながら歩いていく。

 完全隔絶されていない開放感の残る各区画には、簡易プレス機や旋盤(えんばん)などがあった。

 さらには一目にはわからない機構を組み立てていたり、何かの"機関(エンジン)"もどきのようなものまで見える。

 

(それでもこの中に、テクノロジートリオ(あいつら)に匹敵する人間はいないんだな……)

 

 彼らとて財団が在野から抜擢したり、どこかの所属から引き抜いたりと、可能な限り世界中から集められた者達。

 その頭脳や技術を見込まれた上で、さらに機密を厳守できるとして選ばれた人材であろう。

 

 しかして彼らが悪いわけではない。ただリーティア、ゼノ、ティータがあまりにも突出しているのだ。

 

 

(やはり幼少期からの教育が大きい、か)

 

 この世界の技術体系を熟知しているほど、財団が保有する特許と知識を容易くは受け入れられないのだろう。

 しかもシップスクラーク商会(・・)として発足した当初からいても、たかだか数年程度。モノになるには早すぎる。

 

(リーティアは俺の各種教育の賜物(たまもの)だとして──)

 

 ゼノは大魔技師が残した手記の、さらなるコピーに触れていたからこその才能であろう。

 

(ティータ……たしか、幼馴染に影響を受けたとか言ってたっけか)

 

 いつだったかの学園生時代の一幕を思い返す。連れ回されて色々作らされたとかなんとか。

 ツインテールにしているのも、その子とお揃いにしていた名残なのだと。

 

 なんにしても一番のそれは、3人が相互に影響し合ったからこそであり、だからこその"今"であることは疑いがない。

 学園生時代に(つちか)った切磋琢磨が、他を圧倒する知識と発想と技術をもたらしたのだと。

 

 

(おっゼノ発見)

 

 財団研究員と話している様子のゼノに聞き耳を立てる。

 案の定、小難しい話──それもアドバイスをしているようだった。

 ああしてゼノが統括しているからこそ、他の研究員や技術者達も方向性を見誤らずにいられるのだろう。

 

 俺はパチンッと一回だけ指を鳴らすとゼノはこちらに気付いて、会話を中断してこちらにやって来る。

 

「よぉベイリル、来たんだな」

「別に呼び立てたわけじゃなく挨拶のつもりだったんだが、アッチはいいのか? つーか他の部門もゼノは見てやってるんだな」

「あっちは別に構わねぇよ。それと知識は広範に収集してこそ、新たな発想に結び付くってもんだ」

「なるほど、確かに。ところでリーティアとティータは?」

 

「あいつらは奥の特別区画だよ」

「扱うモノが扱うだけにか」

 

 視線を移すと一番奥まった場所には四角錐(しかくすい)の内部建造物があった。

 

 

(小さいピラミッドみたいだな……)

 

 そんなことを思いつつ俺とゼノは扉の前へと立ち、ゼノが横にあるパネルに手を当てて魔力を通す。

 するとゼノが流した魔力に反応するように、内部から鍵が解除されるような音が聞こえた。

 

(こういう認証システムはさほど珍しい魔術具でもないが──)

 

 部分的には現代科学文明に近いことを、魔術具文明は当然のように使っていることもある。

 そうした文化的差異というのも、なかなか興味深く面白い部分であった。

 

 

 ゼノに続いて扉をくぐると、リーティアとティータがすぐにお目見えする。

 

「あっベイリル兄ぃだ~やっほー!」

「べぃりる!」

 

 すると大型作業台の下からトテトテとヤナギがタックルしてくるのを、俺はそのまま抱き上げ肩に乗せる。

 

「ゼノ戻ってきたけど、ベイリっさんも来たから休憩(きゅーけー)は継続っすね~」

「おう、飲み物取ってくるわ。ベイリルはなに飲む? おれはコーヒーにするけど」

 

 俺はそれぞれが飲んでいるモノを、部屋の香りから判断する。

 リーティアは紅茶で、ティータは緑茶、ヤナギはホットミルクといったところか。

 

「それじゃあ──なんでもいいから果実酒」

「ボケ、酒なんかあるかっつの。精製したアルコールでもいいなら飲むか?」

「くっはは、多分飲めないこともないが冗談だ。ソーダ水で」

「あいよ」

 

 ゼノは部屋の端っこにあるジューサーのような科学魔術具へと歩いていく。

 よくよく見れば日用品も多数取り揃えられていて、生活する分にはここだけで何日も籠もれそうであった。

 

 

「そういえばベイリっさん。頼まれていた弾薬、用意しといたっすよ」

「仕事が早いな」

「そりゃもう普通のと違ってただガワを成形して、中に浮遊石の小欠片(カケラ)を詰めるだけなんで」

 

 立ち上がったティータは棚の引き出しを開けると、手の平よりも大きい木製の箱をこちらへと投げ渡す。

 

「ありがとうよ」

 

 俺は言いながら、γ(ガンマ)弾薬箱をとりあえずポケットへとしまい込む。

 

「ってかそんな大量に使うんすか? 確かなんかの魔術の触媒に使うんすよね」

()()()()()()()()の練習用だ、当分は扱えきれないから……完成したら見せるよ」

「まいなぁ」

 

 "γ(ガンマ)弾薬"の用途は"放射殲滅光(ガンマレイ・)烈波(ブラスト)"以外にない。

 ただし現状では"折れぬ鋼の"相手に暴発させたように、あまりにも習熟度が足りず危険過ぎる。

 

 

「──っすか、じゃあ楽しみにしてるっす」

「あとリボルバー余ってたら、全部くれないか?」

「いいっすよー。ゼノ以外は使ってないっすから」

「すまんな、ティータ。予備(ストック)と、今少し成長したヤナギ用にも一挺(いっちょう)ほど欲しかったんだ」

 

「いやぁ浮遊石とか黄竜素材とか魔獣(メキリヴナ)素材とか。ベイリっさんは希少資源(レアモノ)持ってきてくれるんで、今後とも贔屓(ひいき)するっすよ」

「なぁに……俺ができるのはその程度だし、それを活かせる(ココ)がないと」

「ここ!」

 

 言いながら俺は左の上腕二頭筋をポンポンと叩くと、ヤナギもそれを真似してみせた。

 

 

「ねぇねぇベイリル兄ぃ、ウチら自慢の子?」

「もちろん、財団きっての超自慢だよ。惜しむらくはそれを公表できないってことだが」

「当たり前だろ、おれらの存在が世間に知れてみろ。どんだけ狙われるかわかったもんじゃねえ」

 

「危険を感じたらいつでも言えよ。しかしまっ……公然と研究発表できるのはいつになるもんかねぇ」

 

 ゼノから炭酸飲料を受け取った俺は一息に半分ほどまで飲み干しつつ、"固化空気"椅子を作ってヤナギと共に座る。

 

「これみよがしに魔術を使いやがって、椅子余ってんだからソッチ座れよ」

「日々これ鍛錬だ」

「ゼノは魔術からっきしだもんね~」

「言ってリーティアが逸脱し過ぎてる気もするっすけど、ベイリっさんも凄いっすね」

 

「まぁ俺なりに自負も持てるようになったよ、ここ最近になってだけどな」

 

 黄竜戦から迷宮逆送攻略を経てこっち、短期間で膨大な経験を積んできたと言えよう。

 

 

「いいんだよ、魔術が大して使えなくても。その為に科学魔術具があるんだ」

 

 甘い香りが一切しないコーヒーをググッと飲み干したゼノ。

 すると作業台の上にある、薄手の金属鎧のようなモノを自らに装着していった。

 

「なんだそれ」

 

「見せてやるよ、ベイリル」

「まだ微調整が済んでないっすよ、ゼノ」

「ってか天井あるのにここで実験するの? ゼッタイ危ないよ~? 怪我しても知らないよ」

 

(不穏だが大丈夫か……?)

 

 俺は怪訝(けげん)な顔を露骨に浮かべるも、ゼノは笑みを返すだけであった。

 

「まあ見てろって、最近は魔術具の扱いにも慣れてきたところだ。それに俺の計算上なら──」

 

 慎重に魔力を込めたように見えたゼノは、勢いよくピラミッドのすぼまった天頂へと吸い込まれて激突したのであった。 

 

 



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#239 偉人 III

 

 頭蓋が砕けて骨が折れてもおかしくないような激突──は、空気圧のクッションによって(まぬが)れてゼノが墜ちてくる。

 俺ソーダに浮かぶ氷をカラコロと鳴らしながら、素知らぬ顔で減速しゼノの身を着地させる。

 

「っぐ……す、すまん助かったベイリル」

「いいってことよゼノ、大したことじゃない」

 

 ゼノは四つん這いのまま、虚空を見つめるように瞳孔が揺らいでいた。

 

「お……れの計算、では……──やったな? リーティアかティータか、どっちだ。両方だな!?」

「だから微調整が済んでないって言ったじゃないっすか」

「アレは()調整とは言わないだろぉお!!?」

 

「でもさ~ゼノ、出力がないと実戦で役に立たないよ?」

「それはおいおい完成度を上げていけばいいんだよ? なんで今あんなにピーキーにする必要あった? ねぇえ?」

「ウチ危ないって言ったよ?」

「もっと言え! 具体的になんでなのか言ってくれ!! 危うく死に掛けたぞ!?」

「ベイリル兄ぃが"エアクッション"仕込んでなくても、そん時はウチがアマルゲルくんをそっと忍ばせて助けてたからだいじょーぶ」

 

 

 半眼を崩さぬゼノが着込んでいる鎧を、俺は近付いてまじまじと見つめる。

 

「ほっほぉ~なるほど、飛行ユニットか。魔術士でなくとも、航空戦力になるのは素晴らしいな」

 

 何かの合金製だろうか、見た目よりも重さを感じさせない不思議な作りだった。

 

「そだよー、浮遊石を利用しつつ王国の飛行補助魔術具を参考にした試作品」

 

 鳥人族でもなければ飛空魔術士は非常に限られ、魔術具を利用しても空属魔術に()けていないと飛行制御は難しい。

 しかし魔術士としては素人レベルのゼノでも、計算上はできるような物言いであった。

 

「浮遊石を精錬できれば、もっと安定化させることもできるんだけどねぇ~」

 

 さらにブラッシュアップしていき、一般兵でも高速飛行と姿勢制御が可能な時代が来るとすれば凄まじいモノである。

 現代のジェットパック搭載のウィングスーツでも難しいことを、科学魔術具はやってのけるのだ。

 

 

「はぁ~、ったくよぉ……」

 

 ゼノは大きく深い息を一つだけで溜飲を下げて、鎧を(はず)()いでいく。

 きっとこんな風景もいつも通りのことなのだろう。心労を察するも同時に楽しんでいる様子も見受けられる。

 

「にしても、やっぱり浮遊石は色々と可能性があるな。迷宮を攻略した甲斐(かい)があったよ」

 

「特に"黄竜由来超伝導物質(エレクタルサイト)"の加工はまだまだ難しいっすけどね。素材をそのまま活かした利用するのが精々(せいぜい)っす」

「たしかにアレは電気のテクノロジーが進まないと、どうにもできんな。アマルゲル程度の電力じゃ大した実験もできやしねえ」

「課題は多いよねぇ、キャシー姉ぇがいれば色々できそうなのに。あとフラウ義姉ぇもいてくれればな~」

 

「キャシーはわかるが……フラウもか?」

「うん、普通に会いたいのもあるけど~。無重力合金や超重圧精錬をちょっとしたかったんだよねー」

「なるほど、そういえば学園生時代にはちょくちょくやってたっけな」

 

 あの頃からそう時間は()ってはいないものの、フラウの重力魔術はさらに研ぎ澄まされている。

 リーティアの技能もまた洗練されているだろうから、より高品質なモノが産み出されるやも知れない。

 

 

(キャシーの(ほう)は暇だろうが、フラウが落ち着くまでは一緒にいてもらったほうがいいだろうな)

 

 両親が目の前で死んだトラウマを乗り越えるのは、きっと並大抵のことではないだろう。

 俺が一緒にいられない分、キャシーやハルミアが一緒にいてやる必要がある。

 

「まっ急ぎの用ってわけでもないんだろ?」

「うん、ぜんぜんオッケィ! 他にもやることはいっぱいあるかんねぇ」

「ベイリルも案を出せよ、学園の頃のように」

「おっいいっすね~、気分転換にいろいろ(ため)すのも楽しそうっす」

 

 

 そんなリーティア、ゼノ、ティータのそれぞれの溢れんばかりの熱量に俺は自然と口角が上がる。

 

「なにニヤニヤしてんだよ? ベイリル」

「いやぁ、頼もしい限りだなって思ってな。まずティータは──"大技術者"ってところか」

 

 多種多様な設計を現実のモノとしてしまう彼女は、差し支えない生粋(きっすい)の技術屋である。

 その手掛けられていく数え切れない物質文明が、新たな文化を生み出し、支える土台であり柱となっていく。

 

「なんすかそれ? "大魔技師"みたいな?」

「そうだ、"偉人"の呼称とでも言えばいいか。大技術者ティータ、で……ゼノは──"大科学者"だな」

 

 大魔技師が残した工学や数学を深く()り、それを実際的に応用するだけの才能と努力を備えている。

 俺の半端な記憶ではカバーできない"現代知識チート"でもって、テクノロジーを一気に発展させていく資質。

 

「ベイリル兄ぃ! ウチは!?」

「リーティアは──"大魔技師"?」

「えぇーーー……ウチってかぶりィ!?」

 

「リーティアは自分と同じく技術屋ではあるっすけど……」

「おれと同じく理論を知る科学屋でもあるわな……」

 

 

 ティータとゼノの言葉に、リーティアは「ぐぬぬ」とした表情を浮かべる。

 愛すべき我が末妹は、大技術者と大科学者の両方の性質を高次元で備えている。

 ただしどちらも専門である二人には及ばず、しかして魔術を含めて二人には産み出せないものを発想し創り出す。

 

「そうだな……リーティアはいずれ大魔技師を越える器だ」

「だよねー」

「それに大魔技師はあくまで魔術具製作を専門としていた。財団が目指しているのとは違う」

 

 彼ならば科学魔術具も作れたであろうが、結局残したモノは魔術具と魔術具文明に限られる。

 世界を大きく変革はしたものの、それはあくまで異世界の文化に寄り添う形であった。

 

「よってリーティアは──"大魔導科学者"。少し長いが、そうとしか言いようがないだろう」

「やったー、ウチだけだね!!」

 

 魔導と科学の申し子。幼少期から地球の知識に触れ、ティータとゼノと高め合ったがゆえの天稟(てんぴん)

 

「おいおいベイリル、言いすぎじゃねえの」

「ゼノぉ~嫉妬してるんだ?」

「リーティアは自分らとはまた違う世界を見てる感じっすからね。かなりしっくりくるっす」

 

 

 わいのわいのと賑やかにしゃべくるテクノロジートリオを眺めつつ……俺はさらに思いを(いた)し、そして()せていく。

 

 未来を()て、未知へと導いていく架空の旗頭(はたがしら)──"大預言者"リーベ・セイラー。

 奴隷の身から成り上がり返り咲いた騎獣の民、サイジック領の陸軍を率いし──"大将軍"バルゥ。

 海賊達を率いてワーム海を巡り、いずれ創設される海軍を束ねるは──"大提督"ソディア・ナトゥール。

 芸術分野全般をその領分とし、時代の最先端をその手で創造する──"大芸術家"ナイアブ。

 管理・輸送を主とした経済活動を掌握せんとするは──"大商人"ニア・ディミウム。

 ゆくゆくはあらゆる人を魅了し、文化爆弾で意識の領地をも拡張する──"大音楽家(ロック・バンド)"ヘリオ。

 

(あとは"大著述家"が欲しいところだな……)

 

 ナイアブは詩歌・文筆もイケるのだが、本人の意向を尊重して美術分野に集中させてやりたい。

 

 

(どうしても恵まれなければ──|俺自身がなる()()()()()()、か……? いや難しいな)

 

 地球で出版・上演された物語(ストーリー)模倣(パク)るという手段もあるにはある。

 それ自体は新しい物を生み出しているわけではないが、そうした作品からインスピレーションを受けた後進が続けばいい。

 

 ただし実際に俺の記憶を読んだシールフがいまいち再現できないように、また別方面に文才(・・)()る。

 

(この世界の共通語を用いて、人々を(とりこ)にするには──)

 

 想像を()き立てる並々ならぬ文章力と表現力が不可欠である。

 また論説などを書く為には、学術分野にも造詣(ぞうけい)が深くなければなるまい。

 できうることならばそうした才能を発掘し、俺は発想(アイデア)を与える立場が精々であろう。

 

 

(人材の宝庫──たまらんな、我らが財団は)

 

 戦術に明るく、歌って踊って士気を高める"大将軍"にして"大音楽家"ともなれる可能性を持つジェーン。

 貯留した魔力を用いて、限定的ながら"大魔法使"としての潜在性(ポテンシャル)を秘めるフラウ。

 美食を広めて世界中の垣根(かきね)をなくす"大料理人"なんてのも、クロアーネにはおあつらえ向きかも知れない。

 ゆくゆくは"大灰竜"として財団の戦力と同時に、象徴ともなりうる存在にアッシュを育てるなんてのも。

 

「俺も負けじと気張っていかないと、な」

「ん!」

 

 そんな俺の(ささや)く意気込みが聞こえたのは、まだ言葉を理解しきれてないヤナギだけ。

 小さくポンポンッと俺は頭を叩かれるように撫でられながら、俺は俺だけにしかできないことを考える。

 

(とりあえず目指すとするか──まずは"大魔導師"でもな)

 



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#240 俺だけの魔導

 

 真上に宇宙と、真下に天空を望む……成層圏を越えた中間圏。

 超高高度の境界線上で浮遊しながら──俺はゆっくりと夢想する。

 

「今なら……そう難しいことだとは思わない」

 

 "魔導"──異世界に存在する魔力を(リソース)とし、空想を現実化させる技法。

 任意全能の魔法より始まり、劣化した魔術として体系化され、さらに異能たる魔導へと至った異世界魔法史。

 

「新たに進化の階段を(のぼ)る時だ」

 

 ほとんど大気もないような空間だが、俺は"六重(むつえ)風皮膜"によって肉体を保護している。

 喋ればそれは声として発せられるし、無意識で制御している魔術は思考も循環も(さまた)げることはない。

 

 

「文明と発展はいつだって類稀(たぐいまれ)なる想像力と試行の末に成り立ってきたんだ……」

 

 動機を得て、想像(イメージ)し、思考することから全ては始まる。

 そうやって知識と経験を積算し、具体性を持たせることで──人は要不要を選別して進歩してきたのだ。

 

 魔力と魔法についても一つの学術分野であり、系統化していくテクノロジーの一端とも言える。

 

 

("天眼"──)

 

 "風皮膜"を張ったまま空間へと自身を()み込ませ、俺は世界へと深く深く没入(ダイブ)していく。

 

 ハーフエルフに生まれ、地球の知識と、転生前から明晰夢で鳴らした妄想具現化力。

 記憶に入り込んで頭の中身を再現するシールフの魔導。そして直近におけるアイトエルからの教授と実践。

 フラウ、ハルミア、そしてヤナギとの魔力交流──俺は恵まれた環境にある。

 

「そしてなるべく一分(いちぶ)(すき)もないように、幼少期から研鑽を積み上げてきた」

 

 もしも若返ったならどうするか、誰もが思うことの一つだろう……今度こそ"自分を磨き上げる"ということ。

 よく食べて、よく運動し、若いからこそ無理が利く様々なことに挑戦する。俺はこの世界で生き残る為にも、心がけて()してきた。

 

 努力は好きではないが、魔術は苦のない努力だった。楽しんでやってきているし、今も楽しみで仕方がない。

 だからこそ魔導の領域に至れないとは……微塵(みじん)にも考えていない。

 

 どのみちそうしたネガティブイメージは阻害(そがい)となるのもわかりきっている。

 既に魔術士としては上から数えた(ほう)が遥かに早い領域にいるのだから、もうやってやるしかない。

 

 

(それに……異能のイメージなら、現代娯楽で散々っぱら見てきているわけで)

 

 地球の創作(フィクション)によって、具体化された記憶と映像は山ほどある。

 同時にそうしたファンタジーへの憧れも、日本という現代社会に生きながら私生活で考え続けてきたことは否定できない。

 

(実際に俺が使う魔術は、模倣(パクリ)と組み合わせばかりだ)

 

 それこそが異世界の現地人にはない、俺にとって最大の優位性(アドバンテージ)だった。

 神話の時代より人類文化が歴史の中で生み出してきた、物語(ストーリー)発想(アイデア)の膨大な集積。

 大いに(あこが)れ、(うやま)い、途方もない浪漫(ロマン)(いだ)いてきた。

 

 それを異世界という現実で再現する歓喜(よろこび)と、体現できるハーフエルフの肉体。

 むしろ誰よりも俺は魔導に至れる境遇にあるとさえ言える。いつまでも(くすぶ)っているほうが不自然なくらいなのだと。

 

 

「"血文字(ブラッドサイン)"……」

 

 強めに言葉としてその名を吐き出す。

 俺と同じ"異世界転生者"──奴も地球の知識を持っていて……そして一足先に"魔導"へと至っていた。

 

長命種(ハーフエルフ)だからのんびり修得していけばいい、などと思っていたが……)

 

 奴が一体何歳なのかは知らないが……同じ転生者である血文字(ブラッドサイン)が魔導師であるのに、俺が魔導師でない理由など存在しない。

 そしてあの危険な男に対抗する為には、俺自身も魔導師になるしかないのだ。

 

「強く追い求める動機が……よもや同じ世界からやってきた敵対者に対するカウンターとはな──」

 

 自嘲気味に心中で笑ってしまう。思ってもみなかった因果にして皮肉。

 しかしこれもまた、決意を固める良い機会だったのかも知れない。

 

 魔導とはその特性上、たった1つしか持てない自分だけの固有異能(ユニークスキル)

 そして使いたい能力の案はいくらでも脳内に転がっている。

 なるべく早急(さっきゅう)に事を進めるべきではあるのだが……(あせ)って完成を見てしまえば、そこで完結してしまう。

 

 実際問題としてシールフが今なお成長の途上であるように、雛型を定めてから少しずつ拡張・造形していくのが望ましい。

 やり直しのきかない魔導の領域において、見通しを甘く固定化してしまうのはよろしくない。

 

 

 俺は徐々に内部で魔力を加速させながら、循環する流れを意識する。

 

(アイトエル……いや、初代魔王は魔力を"色"と(とら)えていたそうだが──)

 

 色というのはそもそも波長の違いを、瞳によって捉えているに過ぎない。

 空が青く見えるように、夕日が赤く見えるように、虹が鮮やかに見えるように……。

 

(魔力で強化したハーフエルフの視力は、本来の可視領域外である赤外線によって、夜でもよく見えるし……)

 

 魔力の色についても同じことが言える可能性は十分にある。

 未知の粒子とエネルギーによって成り立っていて、さらに本質的に突っ込んでいくと波の一種ともとれるのやも。

 

 いずれにしてもイメージを構築する上で、色というのは非常にわかりやすく飲み込みやすい。

 その際に重要となるのが濃淡であり密度であるということも、今の俺は直観的に理解できている。

 

 

「問題は……魔力色の"固定化"ってのが(しょう)に合わないことだ」

 

 溜息のように吐き出す。アイトエルはああ言ったものの、俺の中でいまいちしっくりとこないのだ。

 

(そも──これまでも今現在も、魔力を"粒子"として見立てて加速させてきた俺にとって……)

 

 魔力を固定化して濃く(たも)つということは、魔力を加速させることとは逆なのだ。停止し、(とど)め、煮詰めていくようなイメージになる。

 それは俺やフラウが(おこな)う魔力操法において相反するものであり、排他で捨ててしまうのは(はばか)られる。

 

(だからこそ導き出した、たった一つの冴えた回答(やりかた)……)

 

 加速・循環を(おこな)う──魔力を固定化して濃密にする──両方やらなくっちゃあならないのならば、はたしてどうするか。

 

 

「名付けて──"魔力(マジック)遠心加速分離(セントリヒュージ)"」

 

 元々粒子加速器をイメージして、魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)を運用していた。

 その発想を少しだけ転化し、改良・発展させるだけでいい。

 

 すなわち比重の違いを利用し、高速で回転させることで溶液中の物質を分離させる"遠心分離"。

 それを体内で(おこな)うことで、魔力の色──その濃淡を分離させるという理屈。

 

(濃縮分を魔導に使い、上澄み分を魔術として使う……まさに一石二鳥のやり方)

 

 俺は魔力の加速分離をも意識しながら、並行して理想の魔導を頭の中で形作っていく。

 今まで得てきた経験の数々と、知識を総動員するように整理し羅列していく。

 

 

("天眼"を得て再認識させられたのは……)

 

 典型例となる"六重(むつえ)風皮膜"(しか)り。魔術というモノはやはり、無意識領域で(おこな)行程(プロセス)が多いということ。

 つまるところ歩くとか、物を掴むとか、食べるといったように、一定まではプログラム化して自動(オート)化するくらいが望ましい。

 

 ジェーンが歌によって氷の武器を複数同時に操るように、独自のアルゴリズムでルーティーン化を(ともな)わせる。

 リーティアのアマルゲルよろしく、自分にできないこと、イメージしにくいこと、リスクのあることは任せてしまえばいい。

 

守護天使(ガーディアン)、守護霊、人工精霊、タルパ、二重幻像(ドッペルゲンガー)別人格(オルター・エゴ)──)

 

 呼び方は様々、形も色々。歴史における文化圏で多様に存在した考え方。

 

(そうだ、風は遍在する……独立し、分担し、共有し、連係する、俺自身の側面(プロファイル)

 

 何者にも負けない──たとえば"折れぬ鋼の"のような──極限にして無敵の俺を想像し……創造する。

 幽体ないし体外離脱。アストラル体による分離。外付けで自由にカスタマイズできる分身(アバター)

 

 

「"もう一人の自分(おれ)"を芽吹かせ回華(・・)させる」

 

 くるくると腰のホルスターから抜いた左のリボルバーを、自らのこめかみに当てて引鉄(トリガー)を引いた。

 左の初弾には"浮遊石の小欠片"を鉛で包んだだけのγ(ガンマ)弾薬が込められているので、撃鉄(ハンマー)だけがガチンッと鳴る。

 

 双瞳に映る"片割れ星"──世界中で今もっとも俺が近いだろう──二重(ダブ)って見える右手を伸ばす。

 

 いつの日か……あの星にまで行く機会を得られるだろうか。

 人類が(つむ)いでいく果てなき空想(おもい)を、未知なる未来を……いつまでもこの眼で見届けていきたいと──俺は願い、(ちか)い立てるのだ。

 

 

 




第2章はおしまい、次の3章で四部の最後となります。
よろしければお気に入りや評価・感想をいただけるとありがたいです。


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第四部 3章「竜の舞踏」
#241 白色の輝跡 I


 

 宇宙にまで届かんばかりの天空から落ちる最中──地上に(・・・)ピカピカと輝く星のような光が見えた。

 

 俺はその発光源である壁上へと降り立つと、知った顔を見つけて問い掛ける。

 

「……イシュトさん?」

「待ってたよ、ベイリルちゃん」

「わざわざ待っていたとは……急ぎの用、ですか?」

「う~ん、そうだね。気が変わる前(・・・・・・・)に、かな。とりあえず二人っきりで話したいと思ってね」

 

 神妙な様子ではあるが、その表情はどこか()き物がとれたように晴れやかにも思える。

 

「ごめんね、わたし……財団を抜けようと思う」

「はい……えっ?」

 

 俺は一瞬(うなず)いた後に、呆気にとられた疑問符を投げる。

 

「えっ……と、何か粗相でもしました? 信頼を裏切るような真似とか……もし改善できることであれば──」

「ちがうちがう、見切りをつけたとか愛想を尽かしたとかじゃなくってぇ……ちょっとした私用だよ」

 

 なんとか引き止めようとするものの、返ってきた答えはあっさりとしたものだった。

 

 

「よろしければ席はいつでも空けておきますよ?」

「いやぁまた戻ってくることは……多分ない、かな」

 

 イシュトが示すありとあらゆる生体反応が、本気であることを告げていた。

 

(並々ならぬ決意があるのはわかるが、これは……──)

 

 俺は彼女の真意をどことなく察する。そしてそれを踏みにじりたくもなければ、心を変えさせるだけの言葉も持ち合わせてはいない。

 それでも理性ではなく、どうしようもないほど渦巻いた感情が……俺の肺から(しぼ)り出させる。

 

「……死ぬ気(・・・)ですか?」

 

 "天眼"を使わずとも、俺は直観的にそう感じていたのだった。

 

 

「へっへぇ~、どうして?」

「……なんで、ですかね。ただ──幼い頃に俺の前からいなくなった時の、母の瞳を思い出したんです」

 

 我が母──"ヴェリリア"──何かを決意した強き双眸を最後に、俺の前からいなくなってしまった。

 その後に"炎と血の惨劇"が故郷アイヘルを襲った為、そのまま行方が知れぬままである。

 

「もっともうちの母はどこかで生きてはいる──と思われることを、アイトエル殿(どの)と会った時に聞いてはいるんですけど。

 ただイシュトさんは死へと向かう表情ともまた微妙に違うと言いますか。本当になんでしょう……自分でも言語化できない部分が告げているもので」

 

「なるほどなるほど。()の目っかぁ、それは意外と的を得ているのかも」

「……()(つか)えなければ(うかが)っても?」

「聞きたい? う~んどうしよっかなぁ。まっ言うか言わまいか悩んだからこそ、わざわざ待ってたんだけど」

 

 イシュトはトントンッとつま先で地面を叩きながら考え、そしてゆっくりと語り出す。

 

 

「とりあえず、死は覚悟しているかな」

「イシュトさんほどの人物を(おびや)かす相手がいると?」

本気のわたし(・・・・・・)を滅ぼせる奴なんてのは存在しないだろうけどね」

 

 さらっとイシュトはとんでもないことを言ったが、とりあえず口を差し挟まず耳を(かたむ)ける。

 

()ってのが、とてもイイ線いってる」

「イシュトさんにはお子さんがいらっしゃると」

 

 容姿から察するにまだ20代にも見えるが、単なる若作りだったりあるいは若気の至りということもあろうか。

 イシュトほどの魔術と魔力があれば、肉体活性による抗老化(アンチエイジング)も十分に納得できる。

 

「そうだよ、ベイリルちゃんもよく知る()

「んんっ──!? 俺が知っている……?」

 

 反射的に脳内を走査するもピンッとくるものがなかった。

 ヤナギ……は魔族とヴァンパイアのハーフだから、イシュトの子ってことはまずない。

 ここまで白く美しい髪や、顔や声などの面影を受け継いでいる者が──助けた孤児達を含めて、はたしていただろうか。

 

 

「それじゃぁヒントね。(ドラゴン)は魔法とは言わず、扱える(ちから)を"秘法"と呼ぶ」

「竜の秘法(・・)……?」

「うん、人間(ヒト)は外側の世界に対して魔力の領域を(ひろ)げるけど──竜種は自身の内側に際限なく領域を(ひろ)げるんだよ。

 強靭な竜の肉体だからこそ強引にできる、そういうやり方もある。でも結局負けちゃったから……人のやり方のが強いのかもだけど」

 

 俺はまったく脈絡のないようにも思えた話に眉をひそめ、ピンッと人差し指を立たせたイシュトを見つめた。

 

「現存する竜で秘法を使えるのは"七色竜"だけ。その秘法とは……"己が身を現象へと変える"こと」

 

 するとイシュトの右腕が(まばゆ)く輝きし"光の(たば)"へと変わった。

 闇夜に浮かんだ光子の塊は一瞬だけ辺りを(まばゆ)く照らしてからすぐに元に戻り、俺は状況把握と脳内整理に追われる。

 

「そしてもう一つ、人間(ヒト)との戦争中に極一部だけが会得した秘法……それが"人化(じんか)"──(ヒト)の姿と相成(あいな)るわけだ」

 

 そこまで言われたところで、ようやく俺の中でありとあらゆる符号が繋がった。

 純白(・・)の髪色。アイトエルの(ふる)い知り合い。光属魔術の使い手。俺も知っている子供がいる。肉体の光子化。

 

(なるほど……人族への変身する"人化の秘法")

 

 

「長く──とぉっても長きに渡って戦っている中で……(あこが)れちゃったんだろうねぇ。自分もこうなりたいってさ」

 

 昔をなつかしげ(・・・・・)に語るようなイシュトに、俺は一足飛びに答えを口にする。

 

「──アッシュ(・・・・)()の名前はアッシュ」

「はい正解(せぇいかい)

「イシュトさんが……七色竜が一柱──頂竜に次ぐ叡智を持つという、光輝を司りし"白竜"」

「ぷっく、あははははっ! 叡智だってさ~、そんな大層な知恵なんてないのに。でも噂ってのはそんなもんだよねぇ」

 

 表情にも声色にも心音にも嘘偽(うそいつわ)りはなかった。

 そもそも光子化を見せられ、それが魔導でも魔法でもなく秘法だと言うのならば信じるより他はない。

 

「わたしはアイトエルよりも長生きだけど、あいつのように知識を必要とはしなかった。だってわたし強いもの」

「なるほど、答えられなければ別に構わないんですが……アイトエルも(ドラゴン)なんてことは──」

「ないよ、あの子は正真の人間。まっ生まれた時代からすれば正確には(のち)の神族だけど、"枯渇"によって今で言う人族になっちゃったね」

 

 "竜越貴人"とアダ名される一つの出自(ルーツ)がわかった。

 俺はいい機会だとここぞとばかりに突っ込んで聞こうと思うも、"ある事"がふと頭をよぎってしまう。

 

 

「……あの、アッシュのことですけど──奪ったのは"無二たる"カエジウスです。俺たちは譲り受けただけで」

 

 真実ではあるが、どことなく言い訳がましい口調になってしまう。

 しかしイシュトは笑みを浮かべたまま、否定するように手を振った。

 

「ん? あーうんうん知ってる。死んだ卵を未練がましく持ってたのはわたし。だから盗まれた時もねぇ……もう時間が経ちすぎてたし──」

「何も、思わなかった……?」

「そうだよ、むしろ心のどこかでは感謝していたかも」

「……? もうちょっとお(たず)ねしても?」

 

 含みのある物言いに、俺は聞いておくべきだと踏み込んでしまう。

 

「長く生き過ぎてるとねぇ──忘れていくことに恐怖を覚えるんだよ」

 

 イシュトは()を細めつつ、実感の()もった脅すような抑揚(トーン)でそう告げる。

 

「ふと起きた時に産んだ卵の存在そのものが曖昧になる。胸の内には残ってるのに、愛した人の顔も思い出せなっていく……」

「──っっ」

 

 俺は身につまされるような思いで、ゴクリと息を飲んだ。実に考えさせられる言葉。

 実際に体験したわけではないが、想像するに恐ろしいことだった。

 

 不老の白竜たるイシュトに比べればハーフエルフは遥かに短命なれども、長命種である以上は心に留めておかねばならないことであると。

 

 



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#242 白色の輝跡 II

 俺は自らの寿命への付き合い方を考えながら、イシュトの言葉へと半長耳をさらに(かたむ)ける。

 

「忘れるくらいなら、盗まれちゃって気持ちが楽になったのは否定できない。だからとやかく言うこともないんだよ」

「……なるほど」

「でもねでもね、あの()が生まれた時にはなぜだかわかったんだぁ」

 

 イシュトは打って変わった様子でその瞳は光に満ちるようだった。

 

「そうなるともう会いたい衝動を止められなかった。不思議だよねぇ? もうずっとずーーーっと前のことなのに」

「母親だから、ですかね」

「だと嬉しいね! それでね、もし……悪意ある誰かの(もと)にいるなら取り戻すつもりでいたんだよ」

「それで俺たちを調べる為に財団へ入ることにした?」

「そーゆーことぉ」

 

 財団への面接とは、なんだが逆のような立場で俺は質問する。

 

「俺は合格、ですか?」

「うん! アッシュって名前もいいね。少し不思議な響きだけど、気に入ったよ」

 

 

 そこで俺は思い至ったことを、彼女へと率直に聞いてみる。

 

「あの……もしもイシュトさんが元々考えていた名前があるなら──」

「いっやぁ~もう忘れちゃったよ、それほどまでに長い(あいだ)だったもん。それに竜の名は人の姿じゃ発音できないし」

「っ……そうですか、なんにせよアッシュがやたらと(なつ)いていた理由(ワケ)がよくわかりました」

 

 母と子であるならば、波長が合わないはずはなかったのだ。

 

「当時はわたしと黒と……蘇らせる為にイロイロ試したんだけどね。生き返らせる為に魔王具だって探したよ」

「……蘇生の為の魔王具!?」

「そっそっ名前は忘れたけど、なんでもぉ……──"命を与える指環(ゆびわ)"だったかな」

「っ──んなトンデモな代物(シロモノ)まであるんですか」

「みたいだね、アイトエルも最後に創られたやつって言っててぇ……あいつもドコにあるか知らないって」

 

(魔法であり膨大な魔力をリソースとする以上、自由に使えるものではないのだろうが……)

 

 五英傑に比すれば"危険等級(リスクランキング)"は下がるものの、魔王具がバランスブレイカーであることに相違ない。

 

 

「ねぇねぇところでベイリルちゃん、どうやってアッシュ(あのこ)を蘇生させたの? 魔王具を見つけたわけでもないんでしょ」

「んぇ……えっとですね──」

 

 数瞬ほど言い(よど)んでしまうが……今さら下手に誤魔化しても意味がないだろうと俺は正直に告白する。

 

「俺を含めた四人で蘇生させたんですが、その前段階として──トロル細胞を使いました」

「トロルを? ……さいぼう?」

「あーーーえっと、細胞ってのは人体を構成する極小の要素で、蘇生させることができたのは言わば再生医療の一種で──」

 

 とりあえず単語を並べ立てて見るが、イシュトは疑問符をひたすらに浮かべ続ける。

 まともに理解するには財団の知識群にどっぷり浸かる以外にないだろうと思う。

 

 

「ベイリルちゃん、簡単に言ってくれる?」

「はい、要するにテクノロジーです。財団スゴイ、財団バンザイ」

 

 とりあえずそういうことにして誤魔化す。

 むしろそこから興味を持って考え直し、財団に留まってくれるという淡い期待を込めて。

 

「ふっふーん、わからないけどわかったよ。トロルの再生力を利用したってトコだけ!」

「そうですそうです。トロルのおかげと、アッシュの生きようとする活力によるものです」

「そっか、そうだねぇ。これからもアッシュ(あのこ)をよろしくね」

「アッシュのことを思えば、母であるイシュトさんと一緒にいることのほうが──」

 

 俺は途中まで紡いだ言葉を、イシュトが左右に振った首で制される。

 そこにこそ……イシュトが財団を抜けると言い、決意を込めた瞳を見せた理由があるのだと察しえた。

 

 

「──ベイリルちゃんって、生まれ変わりを信じる?」

 

 話に繋がりがあるのか、イシュトはそんなことを唐突に問うてくる。

 

「つまり……来世(・・)ですか?」

「それそれ」

 

 流転する魂──"輪廻転生"──異世界でも誰あろう、魔王具の発案者たる二代神王グラーフが唱えたという。

 神王教グラーフ派の教義の基礎を成している一つであり、秩序と善行をもって日々を生きることを(むね)としている。

 

「まぁ……存在しますよ、断言します。それが自分の思う通りに叶うかは別としても──」

 

 なにせ俺自身が異世界転生者であり、大魔技師や血文字(ブラッドサイン)もそうである。

 ただし同じ世界に転生するかもわからないし、俺以外の地球人の大多数がどうなっているのかもわからない。

 

(あるいは全員が前世持ちで、俺みたいなのが何かのイレギュラーで記憶を取り戻したなんて可能性もあるが……)

 

 遠い未来の研究によって明らかになり、あるいは"世界間移動"が自由に可能となる日も来るかも知れない。

 しかしながら、少なくとも現状はまったくもって不明としか言いようがない。

 

(そもそも俺が地球で死んだのかどうかすらわからんしな──)

 

 臨死の記憶は、シールフでも掘り起こせなかった。

 

 突き詰めれば人間とは単なる化学反応の集合体であり、記憶や人格は脳を形成する神経細胞(ニューロン)における電気信号のやり取りでしかない。

 それでもなお転生という形で思考しているのは何故なのか、本当に俺は転生してきたのかとすら思えるほどあやふやな心地。

 いずれにしても現状では、便宜上(べんぎじょう)"魂"と仮定義するモノだけが、ひょっこり転移したと考えるしかない。

 

 

 生まれ変わりと来世は存在するという俺の言葉に対して、イシュトは意味ありげに笑うとあっけらかんと告げてくる。

 

「ふっふーん、そっかぁ。そういえばベイリルちゃんって"転生者"だったもんね」

「……っえ!? 何故それを──」

「あっやっぱり? やっぱりぃー? カマかけてみただけ~」

「っ……く、俺としたことがなんて初歩的な」

 

「なんとな~く、態度でそんな気はしてたんだぁ。"アッシュ"って名前も、もしかしてってね?」

「ご明察、恐れ入ります」

「フフンッ、これでもアイトエルより長生きですから」

 

 

 鼻を鳴らして得意げに可愛げを見せるイシュトに、俺は一人言のように問い掛ける。

 

「つまりイシュトさんも……過去に俺のような人を見たことがある、と」

「そーゆーこと、本当に(まれ)だけどね──歴代の"英傑"の数よりもてんで少ない」

 

「……やはり希代の強度と功績から"英傑"と呼ばれ、伝承として残されるの人間と違って──"転生者"は埋もれたまま死んでいるのも多いんでしょうね」

 

 頭角を現せる環境にないまま、沈んでいくことは十分に考えられる。

 なんせ俺自身、幼少期から危難に見舞われた。今の生活があるのは本当に恵まれた部分が大きい。

 炎によって死んでいたり、奴隷として一生を囚われたり、狂信者として洗脳されていたかも知れなかった。

 

 そして知識があろうとそれを行使する(ちから)を備えなければ、机上の空論でありハリボテにしかならない。

 だからこそ早々にゲイル・オーラムと出会えたことが、"文明回華"における最大にして最良の出会いであったと(せつ)に思える。

 

 

「かもかも。まっ英傑も転生者よりは多いとは言っても……覚えている限り百人もいなかったくらいだけどね!」

 

 それでも過去100人もあんな化け物が生まれてきたと思うと、今後の"文明回華"の道が恐ろしいというものだった。

 俺自身──"伝家の宝刀"を相手になら抑止力となれるものの、"五英傑"に対しては五英傑級の対抗戦力が必要となる。

 

(迷宮制覇の願いは一つだけ残ってるが……"無二たる"がその手の頼み事を、素直に聞いてくれるとも限らんし)

 

 あくまでカエジウスの興が乗るかどうかであり、それすらも歪めて叶えられる場合もありえよう。

 

「それでも英傑は一時代に十人くらいだったかな、当時の大魔王や魔人も巻き込んで覇を争ってた時期もあったくらいだからね」

「あー……"地図なき時代"ですか」

「一方で転生者は少なくとも同時期に何人も~なんて見たことも聞いたこともないし」

 

 それはアイトエルからも話に聞いていたところであった。それゆえに──

 

(俺と"血文字(ブラッドサイン)"が同じ時代どころか同じ場所に存在し、あまつさえ出会うとは……)

 

 なにか引力めいた運命のようなナニカを感じざるを得なかった。

 

 

「ところで、その頃はアイトエル殿(どの)も既に……?」

「あいつが(かぞ)えられたのはもう少しばかり後だったかな、()()()()()()()()()()はしてなかったハズだよ」

「うっすらと本人から話に聞いた程度ですが……昔は本当に弱かったんですね」

「だよー。だからこそアイトエル(あいつ)は本当の意味で強いと思う」

 

 五英傑は"規格外"であると思考停止してしまうのは──実のところ良くない傾向だろう。

 それはつまるところ、有ること無いこと勝手な想像を(ふく)らませて、絶対に抗し得ない存在であると決め付けてしまうことだ。

 真に全能な神というわけではない。一個生命である以上は、単純強度だけでないやり方もある。

 

「ただなんにしても……"大地の愛娘"」

「ルルーテさん──凄かったですね、地上最強と言われるのもよくわかります」

 

 しかし実際にこの眼で見たモノ、体感したモノであればその限りではない。

 "断絶壁"を作り出し、ステップ一つで"地殻津波"を引き起こして魔領軍を撃滅した人物。

 

「いやぁ、あれは地上最強どころじゃないね」

 

 

 俺は眉をひそめて首を(かし)げつつ、イシュトの次なる言葉を待つ。

 

「とーぜんだけど、わたしたち"七色竜"でもまるで相手にならない」

 

("現象化の秘法"とやらをもってしても、か。……つーか黄竜も全力なら"雷化"できてたってことだよな)

 

 想像するに恐ろしい。あくまで迷宮の最奥にて挑戦者を待つ、という役割を与えられていただけに過ぎなかったのだ。

 真に全力であれば討ち倒す手段などなく、それを使役している"無二たる"カエジウスもまたいかに異常極まるかということ。

 

「だからこそ──」

 

 ともするとイシュトがどうにも読みきれない表情を浮かべて言い放った。

 

()()()()()()()んだ、"黒竜"をね」

 

 映る瞳の色は(よう)として知れず、俺は掛けられる言葉を失ってしまったのだった。

 



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#243 白色の輝跡 III

 

「だからこそ……彼女なら殺せるんだ、黒竜をね」

 

 "黒竜"──闇影を司りし、七色竜の一柱。

 

(そしてアッシュの父親であり、イシュトさんが愛した人を──殺す(・・)?)

 

「竜はねぇ、みーんな弱くなったんだ」

「……イシュトさんも?」

「もっちのろん! 原因は魔力の"枯渇"に近いのかな~? あそこまでヒドくはないんだけど」

「神族特有のものでなく、竜種(ドラゴン)も例外じゃなかったんですね」

「うん、でも唯一黒竜(アイツ)だけは違った。わがままで、独善的で、誰にも(おもね)ることのなかった黒色は──」

 

 

 イシュトは何かを思い出すように数拍ほど置いてから、言葉を続ける。

 

「弱くなることを誰よりも拒絶した。だからなのかな……逆に魔力の"暴走"に近いことが起こった」

「それで"魔竜"ともアダ名されるようになったと」

 

 黒竜は七色竜の一柱ではあるものの、歴史においては黒竜以上に魔竜と呼ばれることが多い。

 魔人や魔獣に類する唯一の魔竜。その暴威は、かつて発展の中途にあった国をいくつも滅ぼしたと聞く。

 

「なら続きも知ってるね? 魔竜を止めたのが、三代神王"ディアマ"」

「いえ、知らないですけど……」

「あっれ~? そこは語られてない? まっいいや。ディアマの魔剣が黒竜を止めた」

「と言うと、"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"──いえ彼女が使う場合は"永劫魔剣"ですかね?」

 

 ディアマが使っていた頃の名残として、俺はあえて区別して呼称する。

 

 

「そうだよぉ、"大空隙(だいくうげき)"を作ったのが彼女だからね」

「あー、えーーーっと……──なるほど。そういうことですか」

 

 アイトエルと話していた時もそうだったが、予想だにしていない歴史の真実をいくつも知る。

 

 "大空隙"──皇国から魔領にかけて存在する、世界の亀裂とも言えるほどとてつもなく巨大な地割れ。

 "ワーム海"や"断絶壁"とはまた別の意味で、大陸にその造形を(きざ)み込んだ"自然遺産"とも言える場所。

 

「"永劫魔剣"で斬ったんですね、大地を……()()()()

 

 大陸を斬断し、極東を作り出したと言われる三代神王ならさもありなん。

 むしろ大空隙は魔力放出による力場の出力が足りず、島国の()()()()()()となってしまったとさえ言えるのかも知れない。

 

 

「ベイリルちゃん、するどい!」

「これでもディアマ派を信奉する教団で、幼少期を育ったもので……」

 

 今思えば──イアモン宗道団(しゅうどうだん)はカルト教団であると同時に、秘密結社としての性質も()びていた。

 教団ごと潰して永劫魔剣を含めて様々な遺産を収奪できたことは、財団にとっては決して小さくない成果ともなった。

 

「へっへぇ~そうなんだぁ、転生してから数奇な人生を歩んでるんだね」 

「えぇまぁ、はい。……それで、黒竜を討伐するには至らなかったわけですか」

「しばらく活動停止に追い込むくらいには斬れたっぽいけど、それ以上に大地が斬れちゃったから」

「追撃は……していない?」

「無理ぃ。永劫魔剣がいくら無限の魔力とはいっても、放出した分だけまた貯留する必要があるもの」

 

 やはり任意全能の魔法を体現した魔王具といっても、その運用に関して無尽蔵というわけではなく。

 だからこそ、未だに世界がこうして(たも)たれていると言えるのかも知れない。

 

 

「直接()ろうにも、大空隙の奥底は(クロ)から漏れる"闇黒(あんこく)"によって満たされ、だ~れも近付くことができないんだ」

「黒竜が使うのは"()属魔術"……?」

 

 氷や光、あるいは雷や爆発や毒などは珍しいものの存在するが、一般に闇属魔術というカテゴリは存在しない。

 

(ブラックホールを闇と捉えるならば、フラウの重力魔術はある意味で闇属とも言えないこともないが──)

 

 ただ重力をブラックホールと結び付けようにも、異世界にそんな天体知識は存在しない。

 それに闇と分類するには、いささか()()()()が過ぎるというものだ。重力ならば地属属性とも言えるし、無属魔術とも言えるのだから。

 そんなことを考えていると、イシュトはあっさりと答えを返してくる。

 

 

「闇はねぇ──ありとあらゆる()()()()()()()()んだよ」

「魔法を、消す……?」

「そうだよ、闇黒に()れると──魔法はその効力を(いちじる)しく減衰し、喪失させる」

 

 初代魔王が唱えた"魔力の色説"を知っているからこそ、その話には大いに(うなず)かせるものがあった。

 つまり個々人の色そのものを、"黒色"は()()()()()()()()ということが直観的に理解できる。

 

 神話の時代にはいくつも存在していたであろう魔法すら塗り潰すのであれば、当然ながら魔術だって通用するはずもない。

 

「あと直接()れたとしても、その者の正気を失わせる」

「精神的にも狂わされてしまうわけですか」

 

 魔力は生命活動にも密接に関係し、血流を通じて体中を循環している。

 そんな個々人に流れる魔力を、ひとたび強制的に塗り潰されてしまえば気が狂ってしまうの十分に考えられる。

 

 

「それで黒竜(じぶん)も正気を失ってちゃ世話ないんだけどねぇ」

 

 そんなイシュトの口調は軽く、抑揚(トーン)も高かったが……その表情には確かな(うれ)いを帯びていた。

 

「最初はそうでもなかったけど、今では大空隙の(ひず)みが拡がってきてかなりの大きさになってきてる。

 皇国じゃいつか流出してしまうと危惧(きぐ)しててぇ、瘴気《しょうき》の為にいろいろと対策を講じようとしてるみたいだけど」

 

「闇黒の瘴気……五英傑である"折れぬ鋼の"でも無理なんでしょうか」

 

 あの英雄ならばそんな危険を放ってはおくまい。

 そしてあれが正気を失うようなヴィジョンは、まったくもって()きはしなかった。

 

「"鋼ちゃん"の噂は色々と聞いてるけど──仮に正気を保てたとしても、大空隙の底は……真上にのぼった太陽光すら一切通さない無明の闇で満たされてるから」

「つまり視認ができないし、探すことすら困難……」

「しかもそんなところでやったらめったらに暴れたら──」

「……"折れぬ鋼の"それ自体が、瘴気流出の原因となりえるわけですね」

 

 大空隙の容積を占めるほどの闇黒の瘴気が溢流(いつりゅう)すれば、収拾は確実につかなくなる。

 

 

「討ち倒せるかもわからないし、それでも何十日か何百日か──そういう戦いになると思う。かつての原初戦争のように滅茶苦茶な感じ」

 

 大地を破壊し汚染しながらそんなことをやられては、世界が滅茶苦茶になってしまう。

 ただし()()()()()"折れぬ鋼の"を釘付けにしておける好機(チャンス)と見ることもできる。

 

 しかしながら現状ではインメル領会戦のような局地戦はできても、シップスクラーク財団は領土を奪い取るほどの戦力を整えてはいない。

 実際に軍事的にも、外交的にも、内政的にも、維持するだけの能力を備えるには、サイジック領にはまだまだ時間が必要だ。

 "折れぬ鋼の"という極大戦力をそっちに()かせつつ、別の国や領土を攻めるような時期ではないので残念無念。

 

「"折れぬ鋼の"では難しくても……"大地の愛娘"ならば時間を掛けずに殺せると?」

 

 そこで俺は本筋へと立ち返った言葉を紡いだ。するとイシュトは「うんうん」と(うなず)いて肯定する。

 

 

「そう、ベイリルちゃんも見たでしょ?」

「まぁ言葉を失うのを通り越すヤバさでしたけど……」

 

 どの"五英傑"も、その全力など想像がつかないのだが──少なくとも"大地の愛娘"は、スケールが桁違いなのは間違いない。

 

「"頂竜"でもあれはムリ! だからあの()は地上最強どころじゃなく()()()()だよ?」

「っ……そ、そこまで言いますか」

 

 はるか昔──英傑級が数多(あまた)存在したであろう、全盛期の魔法使(まほうし)達が(たば)になって戦ったのが竜種である。

 今眼の前にいる白竜イシュトを含めたドラゴン族の頂点である存在ですら、"大地の愛娘"には届かないのだと彼女は言う。

 

(過言──じゃないっぽいな)

 

 俺がいまいち信じきれてない表情を浮かべてしまったのか、(さと)すようにイシュトは告げてくる。

 

「わたしがアイトエルよりも(すぐ)れていることがあるとすれば……あの頃の原初戦争を生き抜いた経験だよ。

 他のことを忘れてることは多々あっても、あの頃の記憶はどうしたってこの身と心に(ふっか)ぁ~く刻まれてる」

 

「想像だにつかないほど説得力のあるお言葉で」

「いろんな竜や人の強さの"底"を見てきたけど、一切見えなかったのは初めて!」

 

 ゆっくりと空へと伸ばした両手を握ったイシュトは、大きく吐き出すように決意を口にした。

 

「だから案内(・・)してやるのさ。黒竜(あのひと)を永遠に眠らせられる存在がここにいるってわかったからね──」

 

 



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#244 白色の輝跡 IV

「案内? ……っとですね、断絶壁街(ここ)に誘導するんですか? 黒竜を?」

「うん、そりゃぁもちろんねぇ。だって"大地の愛娘"がいるのはココだし」

 

(オーケィ頭は冷静に、ベイリル(おれ)

 

 スーッと深呼吸しつつ、一息で呼吸と脳内を整え終える。そんな様子にイシュトは釘を刺すように言う。

 

「止めても無駄だよ~、だからこうしてお別れを()げにきたんだから。話が長くなったけど、みんな連れて逃げてってことね!」

 

 

「──いえむしろ手伝いますよ」

「えっ? う~ん……ベイリルちゃんたちになんか利益ある? むしろ不利益しかないと思うんだけど」

 

 ここには開発拠点があり、リスクは考えねばならないものの……最も大事なのは"人"であり、そこに関しては退避させればどうとでもなる。

 

「イシュトさんにはお世話になりましたし、報酬代わりでは不足ですか?」

「わたしに報酬くれるなら、その分はアッシュに使ったげて。正直なところ誘導するだけでも、わたしもそこそこ命懸けになるかもしんないからさ」

 

 それこそがイシュトが浮かべていた決意の瞳の真実。

 アッシュと過ごすことよりも、黒竜に安らぎを与えてやることが彼女の望み。

 

 ただ不老という時の中に生きる彼女に対し、俺はどうしても先んじて(たず)ねておく必要があった。

 

 

「ところで……時を急ぐ必要はありますか?」

「ん? それはつまり──アッシュが成長するまで、ってことかな」

「それもあります。やっぱり産みだけでなく、育ての母ともなるべきです」

「そーだねぇ、もう少しっだけ突っ込んだ話をしよっか」

 

 真剣味と郷愁とが渦巻くように交じり合う表情で、イシュトは語り出す。

 

「まず最初に言っておくと、純血種に"性別は無い"んだ。完全な生命ゆえに繁殖の必要がなかったからね。

 今いる飛竜らは、わたしたちに似てるけど実際にはまったく別の種族って言っていいくらいに違うんだよ」

 

(初めて聞いたな……)

 

 眷属竜には性別があり、実際に赤竜に連なる火竜は繁殖によって増える。

 しかし太古の時代に強大な(ちから)を持っていた竜種はそうでなかったという。

 

 

「そして"人化の秘法"を得たのはね──たった七人(・・)だった」

「……それがつまり、"七色竜"」

「そう、この世界に七柱だけ残ったのさ」

 

 俺は竜が忽然(こつぜん)と消えた謎について聞こうと思ったが、すんでのところで呑み込む。

 今はイシュトの話に差し挟んで、話題を()らすべきではないと。

 

「わたしたちは人間に(あこが)れて"人化の秘法"を得た。それで……人に成れたからこそ──()()()()()んだ」

「繁殖を……ですか、その相手が黒竜だったんですね」

「それ以前に恋や愛について、わたしが知りたかったのもある。黒とはお互いに認め合っていたし、おあつらえ向きに男女に分かれたからまずは想い合うことからはじめた。

 ただそうなると不思議なもので、七柱でわたしたちだけが……身も心も愛することにのめり込むように()がれちゃってさ。それで子供も欲しくなったというわけ」

 

 灰竜アッシュが人と成った竜同士の……"実験的なもの"でなく。

 しっかりと愛し合う両親から生まれたというのは、大いに祝福すべきものであろう。

 

 

「結果は知ってのとおり、産まれたけど生まれなかった……。黒が狂いだしたのも、その所為(せい)かも」

 

 デリケートな話題に俺は口をつぐんで、イシュトの続く言葉を待つ。

 

「黒はね、あの日からずっと苦しみ続けてる。だから……救ってあげたいの」

「正気には戻せないのですか? 今はアッシュもいるわけですし」

「ムリ! そういう(いき)はとっくの昔に超えてるの。できるのは安らかに眠らせてあげることだけ」

 

 俺は頭の中で、財団や保有するテクノロジーで取れるべき方策を考えてみる。

 

 

財団(うち)には"読心の魔導師"もいますが、それでも?」

「シールフちゃんのこと?」

「ご存知でしたか」

「彼女がアイトエルと一緒にいた頃に少しだけ会ったことあるからねぇ」

 

 ひたすらに魔力を循環貯留したフラウが重力魔術で抑え込み、ゲイルの金糸でさらに縫い付け止める。

 (まと)う闇黒を総出の魔術で強引に打ち払ったところで、シールフが深層心理に働きかける。

 パッと思いついた程度の策で、もっと詰めていくのは必須だが……何かしらの策を講じてみるだけの価値はあるように思う。

 

「途中で現象化の秘法を使われて、"闇黒化"でもされたらシールフちゃんは即死だよ?」

「っ……そればっかりは、対処しようもないですね」

「第一に取り戻せる正気が残ってるかもわからないし、わたしのワガママでみんなを危険に(さら)せないよ」

 

(致し方ない、か)

 

 仮にどうにかこうにか打つ手があったとしても、黒竜という準極大災害ともなればあまりにもリスクが大きい。

 黒竜を救って得られるリターンよりも、シールフやオーラムを失うほうが遥かに痛手となる。

 

 

「でも……ありがと。救おうとしてくれるその気持ちは嬉しいよ」

「いえ、打算的なものですよ。白竜と黒竜が仲間になってくれるなら、と」

「フフンッ、じゃあそういうことにしといてあげる」

 

 イシュトはにっこりと笑ったまま、軽い調子で本音を吐露する。

 

「本当はね、たしかにもうちょっとだけ財団で謳歌しても良かったんだ……わたしたちの寿命からすれば、大した時間じゃない。

 ただ、ねぇ……大した時間じゃないってことは、逆に言うとすぐに過ぎ去っちゃうってことでもあるんだ。

 人の一生は短いし、どんな人も死んじゃう時はあっけなく死んじゃう。例外は──アイトエルだけだったね」

 

 光陰矢の如し──この地上でもっとも長く生きた7柱の一人からすれば、振り返るに……本当にあっという()に思えるのかも知れない。

 

「"大地の愛娘"が生きている(あいだ)でないと、ってことですか」

「"あれ"を殺せるのは誰にも不可能だろうけどね。それでも"この世に絶対はない"ってことは、わたし自身よくよく経験済みだもの。

 機会が目の前にあるなら、後回しにしてこれ以上苦しめたくない。わたしだけがアッシュと財団で楽しく過ごすのも心苦しいしね」

 

「察して余りあります、イシュトさん」

「ありがと、ベイリルちゃん。まっ他の誰でもなくわたしが選んだ(ひと)、誰よりもわたしが愛した(ひと)だから……さ」

 

 

()ける想いは重々理解した。たとえ己の命を()してでもという感情も──)

 

 死をもって救済することも、また……十分に理解できる。

 死ぬこともできずに苦痛を味わわされることなど、まったくもって想像したくない。

 だからこそイシュトが身命を(なげう)つ覚悟でもって、黒竜を"大地の愛娘"の前まで誘導しようという気持ちも尊重したい。

 

(ただそれを"必要な犠牲"にする必要はない)

 

 排他でないのだから片一方を捨てる意味はない、両方選べば済むことなのだ。

 

 

「イシュトさん──これでも少し前に、財団(うち)で魔獣"メキリヴナ"を討伐しています」

 

 ほとんどゲイル・オーラムの仕事ではあるが、建前上はそうなっている。

 

「んっんーつまり?」

「俺を含めて、戦力になる人間は多い。黒竜の死は(まぬが)れないとしても、手伝えることはあるかと思います」

「さっきも言ったけど、そんなことをしても財団に利益はないよ?」

「他ならぬイシュトさんを死なせずに済みます。それに直接手を(くだ)すのは"大地の愛娘"となっても、支援したという事実は財団の宣伝になる」

「ふ~ん……ベイリルちゃんもイロイロ考えてるんだねぇ、抜け目ない。……でもオススメはしないかなぁ」

「その心は?」

 

「黒竜はそこらの魔獣とは比較にもならないし、瘴気にあてられれば同士討ちになるよ」

「ぬ、むぅ……──」

(のち)に神族と名乗ったヒトらも、当時はかなーり苦しめられてたし。(クロ)はあの時代よりもヤバくなってる」

「……そんなことを聞いたら余計に、イシュトさん一人にやらせるのは(はばか)られるのですが」

 

「大丈夫だよ。わたしだって同じ竜だもん、()()()()()なんとか、ね」

 

 

(声色からすると……いまいち()が悪そうな感じだな)

 

「ちなみに、黒竜が大空隙から出てきた場合、皇国への影響はいかほどに?」

「知らない」

「っえぇ……」

「瘴気漏れも多少は仕方ないよ、どうせ遅かれ早かれだもん。それに周辺は誰もいないから、少しくらいなら大丈夫だいじょーぶ」

 

 皇国がどうなろうとも知ったことではないといった楽観視に、俺は覚悟を決めて申し出る。

 

「了解しました、それなら俺だけでも手伝いますよ」

「ベイリルちゃん、諦めないねぇ。でもそもそも魔術が効かないよ? 近付いて正気を失ったら責任持てないよ?」

「まぁまぁやり方は()()()()()ので。それに精神に作用するものとは言っても、物理的な接触しなければいいんですよね?」

 

「そうだねぇ、()れたり吸い込んだり。でも常人なら見てるだけでも危ないって聞くよ」

「であれば問題ないです。今や常人には程遠(ほどとお)く、離れたところから火力支援するのも得意分野ですんで」

 

 俺の"六重(むつえ)風皮膜"は多少の放射線すら受け流すし、呼吸も固化空気層をボンベ代わりにできる。

 単純な火力に関しても、既に世界でも有数クラスであるという自負がある。

 

 

「それに万が一の時に、"大地の愛娘"を呼べるのは俺だけですよ」

「……うん?」

 

 イシュトは首を(かたむ)け、純粋な疑問符をぶつけてくる。

 

「彼女があの時、あの場に、姿を見せたのは──俺が"とある音"を出してうるさくしたからなので」

 

 超音波によるソナーについて説明しだすと長くなるので、とりあえず割愛して俺は話す。

 

「そうだったんだ?」

「えぇ、まぁ同じことをもう一回やったら……平謝りしなくちゃいけないですけどね」

 

 さすがに二度目だからって問答無用で攻撃されて殺されることはないと信じたい。

 

「まぁまぁ任せてくださいよ、イシュトさん。何かしらの役には立つ男ですよ、俺は」

「しょうがないなぁもう、そこまで食い下がるなら協力してもらおっか。もう吐いた言葉を飲み込めないぜ、ベイリルちゃん」

 

 ニッと笑うイシュトに、俺も不敵な表情で返すのだった。

 

 



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#245 避難勧告

「──というわけで、一時的に引き払ってもらうことになった」

「どういうことだよ!!」

 

 テクノロジートリオの前で端的(たんてき)な説明を終えた俺に対し、たまらずゼノが突っ込んでくる。

 

「だから"黒竜"が襲来するから、大事をとって退避をだな──」

「いやいやいやいや待て待て、なんで黒竜が来るんだって!? おかしくね!?」

「情報源については事情を考慮して秘匿事項になっている」

「ってことは、襲って来る理由をベイリル(おまえ)は知ってるんだな?」

 

邪推(じゃすい)は勘弁してくれ、ゼノ。お前たちであっても言えないことがある、少なくとも今はな」

「っあー、もうわかったよ。さすがにおまえの所為(せい)じゃないだろうしな……だろ? そうだと言ってくれ」

「そうだ」

「ならいい、必要不要と輸送の段取りを考えないと……」

 

 ()に落ちないといった表情を浮かべたままだが、ゼノはとりあえず飲み込んでくれたようだった。

 

 

(まぁ直接的ではないにせよ──)

 

 俺も協力して誘導してくる以上は、何割かは俺の所為(せい)ってことになるのだが……そこは言わないでおく。

 ここは白竜イシュトという個人を尊重するので、洗いざらいを開示して理解を求めるわけにもいかなかった。

 

「ベイリっさん、一時的(・・・)ってことは、また戻ってこれるんすか?」

断絶壁街(ここ)には"大地の愛娘"がいるからな、間違いなく迎撃はしてくれるだろう。片付いたら問題ないはずだ」

 

 ただし黒竜とのドンパチで、街そのものが壊滅しないまでも……余波に巻き込まれる可能性もなくはない。

 そしてその時の破壊規模は──余波だろうが甚大(じんだい)なものになりかねない以上、不必要なリスクは避けるに限る。

 工房は地下シェルターのような構造ではあるものの、"大地の愛娘"にとってはそんなもの関係ない。

 

 

「ちなみに"サイジック領都"もぼちぼち建設されていく予定だ。いい機会だからそっちに拠点を移すってのもアリかもな」

「ん~~~まっ、ここらでの開発もわりとやったって感じだよねぇ」

「たしかにちょっと飽きてきたっすね」

 

「ここら一帯の組織の掌握も着々と進んでいくし、非合法な知識や技術も順次送る体制も整うハズだし」

「っあー……そうか、もうここに固執する必要性がなくなるんだな。引っ越すってのも一考の余地はあるか」

 

 スッと視線を外したゼノはなにやら一人で色々と考えているようだった。

 

 

「この場に残るのは俺とイシュトさん──と、アッシュだけだ」

 

 クロアーネは既にヤナギを含めた子供らを連れていく準備をしてもらっている。

 馬車一つくらいでは足りないし、財団支部職員と護衛も含めてかなりの大所帯になる。

 

「あぁそれと、ロスタンの奴もいたな。まぁあいつは気にしなくていいだろう」

 

 仮に死んだとしても取り返しがつかない人材ではないし、まだまだ混乱している三組織をまとめる必要もある。

 

「ねーねー、ベイリル()ぃ。ウチも残っていい?」

「ダメだ、危険過ぎるからな」

「えーーーっ、ズルイ!」

「高速機動の飛空魔術士以外おことわり」

「飛行鎧を使えば!」

 

「残念っすけどリーティア、調整間に合わないっすよー」

「ぐぬぬ……」

「やめとけやめとけ、どうせロクなもんじゃねえから。魔竜とも呼ばれる歴史上で指折りの大厄災だぞ、荒事は専門家(ベイリル)に任せときゃいいんだよ」

 

 好奇心旺盛なリーティアからすれば歯痒(はがゆ)い状況であろうが、そこは諦めてもらう他なかった。

 

 

「ところでイシュトさんって飛べたんすか?」

「飛べなきゃ子供たちの護衛任務に就いてもらうところだ、戦力としても申し分ないしな」

 

「えーじゃあアッシュは!?」

「おいおいリーティア、そりゃ灰竜だからだろ。なぁベイリル?」

「あぁ、ゼノの言う通りだ。図らずも父親とされる黒竜が来るのなら、アッシュは連れていってやりたい」

 

 父親の死を見届けさせるのも(こく)な話だが、それ以上に家族でわずかな時間を──というのがイシュトの願いでもある。

 それに黒竜を誘導する場合を考えたときに、イシュトとアッシュが揃っていたほうが……あるいは都合が良いだろうとも。

 

 

「──で、飛べるとはいえ……おまえは本当に危なくないんかよ? ベイリル」

「こちとら"円卓殺し"ぞ。まがりなりにも黄竜と魔獣を討伐し、五英傑もよくよく知っている」

「さすがっすね~。戦争用の"科学魔術具"もいくつかあるんで、使えそうなのどれでも持ってっていいっすよ」

 

「助かる、ティータ。確かに念には念を入れておかないとな」

「むぅぅぅう……しょうがない、あきらめる!」

「聞き分けの良い子は好きだぞ、リーティア」

「うん、ウチもベイリル兄ぃ大好き!」

 

 よしよしと昔のように頭を撫でてやると、にまっと笑ってリーティアは告げてくる。

 

 

「だからぁ、()()()()楽しみにしてるね」

「おっいいっすね~、黄竜の次は黒竜っすか」

「なるほど、そういう計算もあったわけか。ベイリルらしいな」

 

「おいおい、(はなは)だ心外だな。まずはアッシュが第一だ、それに"大地の愛娘"相手だと死体なんて残らない可能性が高い」

「そんなにヤバイんすか、そこまで言われると自分も見てみたくなるっすね」

「こっそり見ちゃう?」

「勘弁してくれよ……」

 

「そうさな──」

 

 俺は"地殻津波"の光景を思い出しながら、極々まっとうな感想であり異見を述べる。

 

「まぁ星の裏側にまで行くならともかく、地平線の彼方くらいからなら余裕で(おが)めると思うぞ」

 

 

 

 

 財団支部にて俺はクロアーネとヤナギとで昼食を()る。

 

「──で、"断絶壁"で助けた21人の子供らは、そのままゼノたちの見学に付けてやるってことで」

「わかりました。他の子はインメル市にて"結唱会"と合流でいいんですね」

「あぁ……ただし俺たちが最初に助けた23人は刷り込みがあるから、一度シールフのところへ頼みたい」

 

 精神リセット以前に、暗闇や飢餓(きが)そのものに必要以上の恐れを抱いている可能性がある。

 面倒を掛けるものの負荷の大きいものでもないし、まぁ(こころよ)く引き受けてくれるだろう。

 

「アルグロス様に一筆(いっぴつ)()えますか?」

「そうだな、シールフならわかってくれるとは思うがきちんと書いておこう」

 

 俺の記憶と思考パターンを熟知しているが、それでも丸投げはよろしくない。

 

 

「クロアーネは諸々(もろもろ)の手配が終わったら、そのまま皆と共に待機していてくれ」

「……いつまで私をこき使うつもりですか」

生涯(・・)、かな。なぁクロアーネ、俺がこの戦いから無事生きて帰れたら……"誓約"しよう」

「くだらないこと言ってる暇があるなら、よく味わって食べることですね。最後の()餐かも知れないのですから」

 

 すげなく断られた俺も、既に慣れきった心地の良いやりとりである。

 それでも今までと違った変化を感じ取れているから、このままペースを保っていきたい。

 

「本気であり冗談はともかくとして、ヤナギと一緒に待っていてくれるとありがたい」

「くろー、いっしょ、まつ」

 

 皿から顔をあげたヤナギに、クロアーネは子供へ向ける笑みを浮かべて(うなず)く。

 そこから打って変わった半眼で、俺へと怜悧(れいり)な視線を移してくる。

 

「それは……まぁいいでしょう。ただしベイリル貴方の為ではなく、あくまでヤナギの為ということをお忘れなく」

「無論だ、俺の為には──とりあえず料理だけでいいよ」

「……えぇちゃんと用意してありますよ、一応ですが」

 

 

 "大空隙(だいくうげき)"までは、魔力消費度外視の全速力なら一日と掛からず到着するだろうが……。

 そこから断絶壁まで誘導するとなると、どの程度掛かるものか。

 それまでにエネルギーは限界まで貯め込んでおきたいし、十分な補給も欲しいところであった。

 

「カロリー食?」

(プラス)栄養食です」

「さっすが、助かるよ」

 

 こと料理に関しては至れり尽くせりといったクロアーネに、俺は何度となくお礼を言う。

 

「イシュト様の分まで食べないように」

「いくら美味しい手料理とはいえ、そこまで食い意地張っちゃあいないさ」

「どうだか」

 

 こうした普段通りのやり取りをまたする為にも、俺は強く心に留めておく。

 

「まぁまぁ、蓄えた分を無駄にはしない。だから安心して待っていてくれよ」

 

 



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#246 七色竜 I

 

 皇国と魔領をまたぐ"大空隙(だいくうげき)"を目指し、俺は灰竜アッシュを(かたわら)らに高高度を飛行し続ける──

 魔術で音の壁を突破してソニックブームすらも巻き込んで推進力に変える音速飛行と、ローブを広げて硬化させた慣性による滑空飛行の繰り返し。

 

 エコ運転ではあるが、それでも並大抵の飛空魔術士でも追いつけない速度である。

 しかして光が(ひらめ)くたびに、難なく追いついたり追い抜いたりするのが……白竜イシュトであった。

 

「一人ならすぐ到着してたんでしょうね、"光速移動"」

「まっ──ねぇ──」

 

 俺の一人言(ひとりごと)のような(つぶや)きを、イシュトはしっかりと拾って返してきた。

 

 音速はおろか雷速ですら陳腐(ちんぷ)に思える、()を超越した超機動力。

 転移の魔王具を用いるアイトエルでようやく同等以上と言えるが、魔力消費を考えればイシュトの圧勝であろう。

 

 

(光速で動けるなら……きっと世界が止まって見えるんかな)

 

 相対的に自分だけが動けるようなものであり、刹那の時間を(ひと)()めしているかのような心地だろか。

 "時を止める"──いつまでもこのままでいたい──この時間がずっと続けばいいのに──

 それもまた一つの憧れであり、多くの人類が(いだ)いてきた夢想をあっさり体現している存在。

 

 そんなことを考えていると、俺は空腹を感じてやむなく口を開く。

 

「すみませんイシュトさん、食事休憩していいですか」

 

 するとイシュトは言葉ではなく、やや離れた位置から両腕で大きく丸を描いたジェスチャーで返してくるのだった。

 

 

 

 

 地平線に山々を望む絶景(ロケーション)で、固化空気の足場に二人と一匹で座って食事をする。

 

大言(たいげん)した手前、足を引っ張っちゃって申し訳ないです。皆への説明と準備の為にも半日もらいましたし」

「別にいいよー、もしも"大地の愛娘"が現れなかった時には協力してもらうわけだし」

 

 いっそのこと俺は"断絶壁"で万端(ばんたん)待機し、イシュトだけで向かってもらった(ほう)が良かったようにも思う。

 このまま大空隙(だいくうげき)まで向かえば、どのみち魔力も消耗しすぐには助力することもできない。

 そこらへんも見越しての早めの栄養補給ではあるが、ペース配分を考えると現地でもまた休ませてもらわねばなるまい。

 

「それにアッシュを連れてくのに、ベイリルちゃんのほうが負担少ないしね」

「クゥゥゥ?」

 

 首を(かし)げる灰竜──この幼竜は一体どこまで理解しているのだろうか。

 よく使う簡単な人語は解すだけの頭の良さはあるが、多様な概念までを認識しているかは定かではない。

 白竜イシュトが母親であるということ、そして父である黒竜の死を見届けることになるその意味を。

 

(……まぁいいか、どのみちイシュトさんを死なせなければ済む話だ)

 

 俺は調理肉を(むさぼ)り食うアッシュの頭を撫でる。

 このまま学び、成長したいつか──これから起きる出来事も含めて、真実を理解できる日がこよう。

 

 その時は母の愛情としたたかさをもって、アッシュも受け入れられるだろうと。

 

 

「アッシュは俺の責任で守ります(・・・・・・・・・)んで」

「まかせたよ」

 

 俺は最後の一口をかっこんでから、ふとした疑問をイシュトへ投げ掛ける。

 

「ところで黒竜の速度っていかほどでしょう? 逃げ切れないと……ですよね」

「さっきまでの速度維持できるならだいじょぶダイジョブ。巨体なのを考えても、普通の竜よりは速い程度だと思う」

「"現象化の秘法"を使っても?」

「"闇黒化"したらむしろ遅くなるかな。"現象化"して速くなるのは……半分もいないね」

 

 言われた俺は頭の中で七柱を並べて、単純に考えて口にする。

 

「光輝の"白"。雷霆の"黄"。豪嵐の"緑"──ですか」

「そだねぇ、割と普通に飛行するほうが速いし楽なもんだから」

 

 

(いやほんっと……"黄竜"が真剣(ガチ)じゃなくて良かった)

 

 あの大きさの"雷化"に太刀打ちできる(すべ)はないし、その状態で雷速移動でもされたら……それだけでアウトだ。

 ワーム迷宮(ダンジョン)最下層という密閉空間でなくとも、速度差が圧倒的すぎる。

 

 目の前にいる"光子化"できるイシュトも含めて、つくづく神話や伝説の中の存在であると認識させられる。

 

「でも速いからなんでも思い通りになる、ってわけじゃぁないんだよねぇ」

「……と、言いますと?」

「たとえば"青"が本気で領域を展開したら、どんな動きも()められちゃうし」

 

(う~ん……"絶対零度"かな?)

 

 氷雪を司る"青竜"──同じ七色竜の一柱であれば、あらゆる分子運動を停止させることもさもありなん。

 

 

「ん……?」

「あっ──」

 

 その時だった。俺は微妙な空気の変化を感じ取り、同時にイシュトも何かに気付いた様子を見せる。

 さながら絶対零度の逆──()によって分子運動が活発になり、大気が揺らいでいく感覚であった。

 

(っ……いやそうか、失念していた。ここらへんで見える山っつったら──)

 

 遥か遠くからでも視認できた"赤いシルエット"は、どんどん大きくなっていく。

 それに比例するように熱量もグングン上がっていき、俺はアッシュを(かか)えて"六重(むつえ)風皮膜"を(まと)い直さざるを得なかった。

 

 かの山は──"竜騎士特区"とも呼ばれる──世界第2位の標高を誇り、唯一人間(ヒト)と共存する火竜の()()

 

 

『こんなところで何をしている、"白"』

 

 俺は現れた巨影に対し、色違い(・・・)既視感(デジャヴュ)が心中で(よみがえ)る。

 

 火をそのまま閉じ込めたような赤色(せきしょく)の鱗。後ろ向きに生える二本角(にほんづの)

 上下で整然と並んだ鋭い牙。両翼を広げ、はばたく差し渡しは……いつか見た時と同じ100メートルにはなろう。

 足と前腕は"黄色"よりはやや小さく、俺の記憶の中にある"前世における原型"により近いイメージと重なった。

 

 眼前の存在こそ"赤竜特区"の(あるじ)であり、"赤竜山"の頂点に住まう──"七色竜"の一柱。

 

(炎熱を(つかさど)りし"赤竜"──"風皮膜"を張ってなきゃ死んでるぞこれ)

 

 ただ目の前にいるだけで弁当箱が融解し、固化空気の足場も消失するほどの熱。

 俺はそのままアッシュと共に空中に浮遊しながら、"光子化"もせずに平然としているイシュトの反応(リアクション)を待つ。

 

 

「そんなことよりも"赤"。まず暑いからさ、引っ込めてくれるかな?」

『……』

 

 赤竜は(もく)したまま、己自身から発せられていた輻射熱(ふくしゃねつ)を抑えていく。

 

「なになに、(たか)ぶってたの? 熱放射は無意識だったもんねぇ」

『幾筋も光跡が見えた。貴様が何度も見えるということは、何かを()しき企図(きと)をしている時だろう、白』

「失敬だなあ」

『貴様が遠く過ぎ去りし(とき)を忘れたとしても、我は覚えているぞ』

 

 すると赤竜の視線が一瞬だけこちらへと向けられ、俺は射竦(いすく)められそうになるのを(こら)える。

 黄竜と闘ったという経験があるからか、自分でも存外落ち着けているのが少し驚きでもあった。

 

 

人間(ヒト)の身の速度に合わせていたのか。それに──小さき同族もいるな』

 

 その言葉に呼応するかのようにアッシュが外套(ローブ)の下から飛び出すと、赤竜の瞳が見開かれる。

 

『"灰"色……だと』

眷属(けんぞく)じゃぁないよ」

『その程度はわかる──そうか白、貴様……そういうことか』

「名前は"アッシュ"って言うの」

『聞いてはおらん。方角からしても、白よ……黒を眠りから起こすつもりだな』

 

「ふっふん、だったらなぁに?」

『あれを目覚めさせることは(まか)りならん。彼奴(きゃつ)(まご)うことなき"厄災"であること、貴様が誰よりも知っているはずだ』

 

 赤竜の口元から煌々(こうこう)とした赤き炎熱が漏れ出でて、俺はもしも暴れだしたらどう(かわ)し、いなすかを考える。

 

 

『今すぐに考え直すのならば、見逃してやる」

「みのがすぅ……? 随分と甘くみられたものだーねぇ!」

 

 地上最強クラスたる存在そのものの(プレッシャー)がぶつかり合うのを眼の前に、さしもの俺もたじろがざるを得ない。

 

『黒き厄災はあらゆるものを(おびや)かす、それは我らの領域も例外ではない』

「遅かれ早かれ覚醒するよ、黒は」

『だからと言って、自らの手で(おか)し早める必要はない』

(そっち)にはなくても、(こっち)には必要あるんだよ。どうせ察するなら、そこまで察してもらいたいな」

 

 一度は抑えたはずの熱がまた噴き出してきているのか、実際に大気ごと空間が歪むような錯覚すら覚える。

 

白黒(キサマら)の自己満足に付き合うつもりはない。諦めぬのならば焼却する」

「まったく昔っから融通(ゆうずう)()かないんだから。ごめんねぇ、ベイリルちゃん……少しアッシュと逃げててもらえるかな」

 

「──了解です」

 

 俺はアッシュを抱きかかえたまま距離を取る。

 

 そして"炎熱"は竜の姿のまま牙を剥き出しに瞳孔を開かせ、"光輝"は自らを光へと変えながら不敵に笑ったのだった。

 

 



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#247 七色竜 II

 

 (たけ)り狂うような炎と、(はば)めるものなき光がぶつかり合う──

 俺は灰竜アッシュを抱いたまま、もう少し離れた(ほう)が良さそうだと考えた……そんな刹那であった。

 

 "一陣の豪風"が、あらゆるものを押し流すか(ごと)き勢いで周辺へと襲い掛かる。

 しかし巨体を持つ赤竜も、人の身を保った白竜も、灰竜と共に風皮膜で受け流す俺も……。

 

 とりあえずはその場で難なく押し留まる。

 

 

『─~~_/~^~─_/~'──____』

 

 それはノイズのようにも聞こえる音であった、決して人の声帯では出すことのできない発音。

 

 その発声主は……()()()()()()()()()()そこに存在していて──流線型のフォルムを持っていた。

 さながら極限まで空気抵抗をなくしたような機能美と同時に、ある種の造形美まで(あわ)せ持つようなその姿は、黄竜や赤竜とは違った(おもむき)を感じさせる。

 

 俺はあまりにトントンと進んでいく事態に、少しだけ眩暈(めまい)を覚えるような感覚に(おちい)る。

 

(いやいやどんな巡り合わせだよ……"白"とともに"黒"の元へと向かう途中で"赤"に絡まれさらに──!?)

 

 

「"緑"やい、ややこしくなるから竜言語じゃなくてヒト語で話してよ」

『ん──ヴぅ……』

 

 ともすると、世界中の大空を回遊するとされる豪嵐を(つかさど)りし"緑竜"は──

 自らを竜巻にて身を包み込んでいき、十秒ほどで青年の姿へと変貌していた。

 

 一方で俺はもう余計なことを考えるのはやめて、今ある状況に身を任せることにする。

 

 

「ん……あー、あ~~~よしっ! "人化"は久しぶりだなあ」

『邪魔をするなら貴様も燃やすぞ、緑』

「いやぁ赤はよく竜のまま、うま~いこと喋れるもんだ」

 

 赤竜の恫喝(どうかつ)を込めた殺意の圧力にも、緑竜はどこ吹く風といった様子で無視をする。

 

「普段からヒトを従えて話しているからでしょー」

「あーまだそんな酔狂(・・)なことしてたんだっけ」

 

 赤竜の感情はそのまま周囲の温度上昇へ変換されているようで、"真空断絶層"ごしにもその憤怒が伝わってくるようだった。

 

「にしてもまったく、二竜(ふたり)してなーにをやってんのさ? ただのケンカには見えないけど」

 

「赤が神経質」

『白が考えなしなのだ』

 

 

 二柱の端的な言い分を聞いた緑竜は、肩をすくめて首を横に振る。

 

「とりあえず落ち着こうよ。頭を冷やす為に、青でも連れてこようか?」

『ふざけるな──そもそも貴様はどの位置からモノを言っている、(えき)がないのならば関わるな』

 

「キミらが本気で戦えば"空気が(よど)む"だろうが、特に赤」

『黒を目覚めさせれば、もっと汚染されるぞ』

「は? んーーーあ~~~そう、いうことなの? 白?」

 

 緑竜は顔をちらりと白竜へと向けると、あっけらかんとイシュトは(うなず)く。

 

「そうだよ」

「……なんで?」

「まず灰竜(うちのこ)を見せる」

 

 イシュトが俺──の胸元で抱かれるアッシュを指差す。

 

「ほーーーへ~~~産まれたんだ、よかったね白」

「ありがとう緑。そして──黒を殺す」

『殺す……だと、黒を?』

 

 その言葉に毒気を抜かれるように、赤竜の温度が下がっていく。

 

 

「はははっ、どうやって? 認めたくなんかないけど、ボクら三柱が協力しても滅ぼすのは難しいと思うけど」

「"大地の愛娘"を使うの」

『なに……』

 

「ふ~ん、だれ?」

「"五英傑"だよ」

「なにさ五英傑って」

「えーっとね……なんて説明したらいいのかなぁ」

 

 言葉に詰まるイシュトに、少し迷ったものの俺が(げん)を付け加える。

 

「五英傑とは、地上において不世出の功績を挙げた人物に付けられる名称です。その強度は──」

「オイオイ、気安く話し掛けるなよ()()()()──(かぜ)を使うようだから、一度は許すが……ボクに対し二度と言葉を紡ぐな」

 

「っ……──」

 

 緑竜から半眼で流し目を送られるように微笑を浮かべられた俺は、それ以上の口を閉ざす。

 彼の口元こそ笑ってはいるものの、そこにはえもいわれぬ苛立(いらだ)ちと怒りが混在しているようだった。

 

 

「相変わらずだね~緑、"人化の秘法"を得てまで残ったくせにさ。気にしなくていいよ、ベイリルちゃん」

「ボクはこの空を(ひと)()めできるから残っただけさ。白赤(キミら)と違って、ボクはヒトが嫌いだ」

 

(七色竜の気性もそれぞれ、か……)

 

 今思えば"黄竜"は戦闘前から戦うかどうかまで丁寧に確認をしてきてくれたし、倒した後もフレンドリーだった。

 一方で"赤竜"は帝国と契約を結んで特区を持ち、竜騎士を従えるとはいえ彼なりの秩序を重んじているようであり……。

 "白竜"イシュトは別格の人懐っこさで親しみやすいものの──逆に"緑竜"に至っては人間嫌いときたものである。

 

 

『白よ──"大地の愛娘"ならば殺せると確信しているのか』

「殺せるよ」

「だから誰だって」

 

『途中から割り込んできたのにうるさい奴だ……"壁"を作った人間と言えば貴様にもわかろう』

「あっ、あ~~~アレかぁ!」

『ああいうのが他にもいる、貴様も知っているだろう"アイトエル"もその一人だ』

「おぉ~誰だっけ?」

『ッこの──』

 

 赤竜が急激に熱を膨れ上がらせるが、相手をするのもバカらしいと思ったのかすぐにクールダウンする。

 

「大昔に竜種(わたしたち)を殺せるだけの(ちから)を持ってたヒトたちがいたでしょ。それ!」

「へ~~~、今の時代にもそんなのいるんだ。さっすがヒトと暮らしてるだけあって詳しいね~、赤も白も」

 

 これもまた天上人──もとい天上()同士の会話であり、俺が軽々に差し挟む余地はなさそうだった。

 創世神話を平然と語る口調は、本当に積み上げた常識や感覚を崩されるような思いである

 

 

「よかったら赤も緑も手伝ってよ、それならもっとやりやすくなる」

『どの口が言うのだ』

「でもさぁ黒は無理じゃない? たま~に空から見るけど、昔よりもずっと禍々(まがまが)しくなってるよあの場所」

 

「だーかーら! "大地の愛娘"なら殺せるんだって!」

「ほんとかなぁ……?」

『──確かに。我の聞くところでも、かの英傑の非凡さは聞き及んでいる。だがな白、そう都合よく動かすなどできまい』

 

「居場所は知ってるし、呼び出す方法もある。あとは誘導するだけなの」

『どこまで誘導するつもりだ』

「まさしく、"壁"まで」

(たわ)けるか──()()()()我が領域が(とお)(みち)になりかねん』

 

 連邦西部にある"断絶壁"と、皇国から魔領にかけて()かれた"大空隙"。その二つを直線状に結んだ場合──

 "赤竜特区"は直接進路上にはないものの、わずかに南東にずれ込めば十分に侵犯される可能性があった。

 

 赤色からすれば実に正当な主張であり、同時にこちらにも理由があるゆえに断念できるものではない。

 そうなればもはや、極々単純な意地と意地のぶつかり合いになってしまう。

 

 

「そこは注意してあげるし、手伝ってくれればもっと確実」

『貴様を荼毘(だび)()すほうがより確実だ』

「だから二柱(ふたり)が戦うつもりならさぁ、ボクも相手になるよ?」

 

 俺はその光景を静観しつつ、同時に頭が痛くなってくる。

 このままでは一向に(らち)を明けられないし、だからと言って俺がこの場でどう立ち回るべきなのか。

 赤竜から譲歩を引き出そうにも、イシュトの主張がまったく通る気がしない。

 

(緑竜には睨まれたし、赤竜の心象だって良くはない)

 

 白対赤の構図であれば、俺がイシュトに加勢して勝ちを拾うという図式もあるにはあった。

 雷ならともかく、"炎の現象化"であればまだ通用しそうな術技もなくはない。

 

 しかし緑が混じっての三つ巴となると、もはや収拾がつかないのは疑いない。

 

 

「キュゥゥゥウアアア!!」

 

 そして──そんな状況を打開する為かどうかはわからないが、俺の(ふところ)から灰竜アッシュが強引に飛んだのであった。

 



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#248 七色竜 III

 

「クゥゥァアアアッ!! キュァアアアア!!」

 

 アッシュは何かを訴えるように飛び回るが、それが三柱に通じている様子はない。

 

「これアッシュ、危ないってば」

「小っちゃいなぁ」

『人語はおろか竜言語も未だ解さぬ幼竜が、出しゃばるな──』

 

 チリチリと赤竜の口腔に炎が見え、その様子に白竜が両腕を光子化させる。

 

「赤──アッシュに手を出すなら、痛い目どころじゃなくあなたを滅するよ」

『貴様ごときにやられる我ではないぞ、もろとも消し炭にしてくれる』

「なんかむしろおもしろくなってきた、そういえばボクらってまともに戦ったことなかったよね。もう覚えてないけど」

 

 一触即発な状況の中で、俺の心的スイッチが切り替わる。

 

 普通ならばこんな状況に割り込めるわけもないが、アッシュが危機に(おちい)るとなれば是非もなし。

 命を懸けるに値するだけの意志力が──俺にかつての"秘奥義"を再現させる。

 

 

「……イシュトさんが動くまでもない、おかしな動きを見せた時点で()()()()()()()()()よ」

 

 言い(はな)った俺の掌中には──巨竜の身の丈に及ぶほどの超長刀身たる──風の特大剣が握られていた。

 複合魔術をさらに強固な鎖のように、渾然一体(こんぜんいったい)に結合させた術技。

 それは形成した"太刀風"に、高速回転する"風鋸"、共振増幅する"音圧振動"、さらに内部には水素が生成してあった。

 

『ヒト……いや半分か、ハーフエルフごときが調子に乗るな』

「いえいえ悪いですが調子こかせてもらいますよ。まがりなりにも"竜殺し(ドラゴンスレイヤー)"なんで」

 

 空華夢想流・合戦礼法が秘奥義──"烈迅(れつじん)鎖渾(さこん)非想剣(ひそうけん)"。

 ひとたび振り下ろされれば赤竜の炎熱をも織り込んで吸収し、水素爆燃と共に斬断しうる威力であると。

 

『竜殺しだと? 眷属竜を殺した程度で──』

「あいにくとコレ、唯一"黄竜"を叩き斬った切り札(とっておき)です」

『……虚言を(ろう)すれば、待つのはより(むご)たらしい死だぞ』

「炎熱へと"現象化"するよりも一手……いえ、二手ほど速いですよ。はたして過言かどうか、試してみますか?」

『貴様──』

 

 虚勢……では決してない。一撃で(ほふ)りさり、必要ならば返す刀で()()()()()()せしめるゆえの"ニ手"。

 狂信とも言えるほどの確信が俺の中に在って──それも赤竜は感じ取っているようだった。

 

 

「赤、ベイリルちゃんの言ってることは本当だよ」

「っていうか、布の下に着けてるやつ──黄の匂いがするね」

 

 極度集中の為に"風皮膜"を解いた俺が装備していた、"黄竜兵装"に緑竜は気付いたようであった。

 

 それは黄竜の骨を中心に、厚めの金属節を何枚も重ねるように連接して繋いだもの。

 上半身を肩から両腕まで装着した強化外骨格のようなもので、"黄竜由来超伝導物質(エレクタルサイト)"により導電性が非常に高い。

 

 さしあたってキャシー用にと思ってアイデア出しをして、突貫ながら作ってもらったもの。

 俺としても何かの足しにはなるかと、とりあえずでいくつか持ち出して装備してきたモノの一つであった。

 

 

「ねぇ赤、わたしがさぁあ~? ただのヒトを黒竜のところに連れてくと思うかな?」

『……ヒトの強さは──我が一番よく知っている』

「ってか、黄のやつ負けたんだ! ははっ笑える!!」

 

(こと)()を紡ぐなと言われども、黄竜の名誉に懸けてあえて言います。今だからこそ、加減されていたことが理解(わか)る」

 

 俺は緑竜に向かって(おく)することなく言い切った。

 あくまでカエジウスの(めい)に従い、ワーム迷宮(ダンジョン)(あるじ)として戦っていただけに過ぎないと。

 しかしながら竜の肉体を斬断したことも(まぎ)れもない事実であり、この刃に断てぬモノ無しということもまた絶対の真実。

 "竜殺し"と大言したものの実際には殺し切れてはいない。とはいえ少なくとも一時戦闘不能に追い込めるのは実証済み。

 

「また勝手に口を利いたな、でも……竜の名誉の為とあらば許そう」

「恐縮です」

 

 俺と緑竜のやりとりにイシュトは光子化を止め、アッシュを肩に乗せて笑っているのが瞳に映った。

 

 少しくらいは信頼を得られたことに、俺の中で感情が昂揚へと導かれていく。

 気勢も充実し、何事が起ころうとも一切の躊躇(ためら)いなく対応できる心地にして境地。

 

 

『貴様が黄竜を、か──名をベイリルと言ったか』

「はい、ベイリル・モーガニトと申します。帝国領は亜人特区の一部を(おさ)めさせていただいております」

 

 同じ帝国特区を管理する者同士、何がしかの共感(シンパシー)を得られないものかと姓を含めて名乗ってみる。

 そうして赤竜から返ってきた反応は、()()()()()()からのものだった。

 

『"モーガニト"──?」

「まだ領主になったばかりなので、知らぬことと存じますが」

『いや、聞き及んでいる。他ならぬ"エルンスト"からな』

「エルンスト……って、あぁ!」

 

 それはとても近い記憶。財団が得た情報からクロアーネと共に、アーセンの元へ向かうべく。

 はからずも領内の飛空魔物討伐の(おり)に出会った──竜騎士昇格試験中だった見習いの青年。

 

 

「彼を御存知なのですね」

『竜騎士に昇格する際は、全員我が元へ訪れで正式に契約を交わす。そこに例外はない』

 

(……竜騎士の名前を、一人一人きちんと覚えているのかという意味だったんだが)

 

 赤竜にとっては当然のことであり、そもそも(おおやけ)に人と密接に関わる唯一の竜なので人間が嫌いなわけもないのだろう。

 

「ということは彼は試験を無事終えた、と──なによりです」

『貴様の領空へ、魔物の群れを逃がした者にでも……そう素直に言えるのか』

(えにし)は大切です。そうやって繋がって、俺は今ここにいるので。何よりもこうして赤竜(あなた)と共通の話題で会話に興じることができている」

 

 赤竜の言葉と態度に、俺は敵意と共に"太刀風"を納めて話し合いにシフトするどうか逡巡(しゅんじゅん)し……まだ予断を許さぬと見る。

 

「それに七色竜と対峙する状況に比べれば、飛行魔物の駆逐など……手間というのもおこがましい」

 

 

『掛けた労力とは別に、行為そのものも許すというのか……』

「放置したわけではなく、ちゃんと追撃しに来たわけですし──帝国法によって立つところでは何も問題はない」

 

 さすがにモーガニト領内に追い込んだ挙げ句に、放置するようであれば問題であるが、俺が先んじて潰しただけに過ぎない。

 たまたま居合わせることがなくても、エルンストは自らの責任をもって討伐しきっていただろう。

 

(積み重なった疲弊や、傷を負ったのが理由で昇格試験に落ちるとしても……な)

 

 そう思わせられる清廉で誠実な青年であった。

 

「つまるところ"不可抗力"というものです。そして──今、赤竜(あなた)が考えて、言わんとすることもわかります」

『貴様がモーガニトとあらば……致し方あるまい。エルンストを許したというのであれば、我が許さぬのは器が問われる』

 

 黒竜を誘導する際に、仮に赤竜特区を(とお)ったとしても、状況としては似たようなものであるということ。

 結果的に引き込んでしまったことに対して、それに対処すべく努力をするのならば……許されざる行為とはならない。

 

(眷属と竜騎士見習いの責任まで、赤竜自身が負い目ち感じるとは……実に好感が持てるところだ)

 

 

『約束事と同じだ、借りは返す』

「こちらは何一つ気にしていませんので、イシュトさんやアッシュのことを想って許していただければ」

『回りくどい男だ、よかろう』

 

 了承をはっきりと受け取った俺は、"太刀風"を霧散させて深く頭を下げる。

 

「ありがとうございます。そして度重(たびかさ)なる無礼、まことに申し訳ありませんでした」

『構わぬ、無礼な人間には慣れている』

「やっるぅ! ベイリルちゃん! これで道中も楽になるよ」

「キュゥゥウアアアッ!!」

 

 バチンとウィンクして微笑みかけてくるイシュトに、俺も自然と笑みを返す。

 なかなかに綱渡りな緊張感があったが……終わり良ければ全て良し、である。

 

 

『待て、心得違いはするなよ白。許可こそしようとも、我が協力するようなことは断じてない』

「えーーー、手伝ってくれないのぉ?」

阿呆(あほう)が、個人的感傷に付き合う道理はない。貴様らの責任をもって決して我が領域に近付けるなよ』

 

「はいは~い、じゃっ赤は納得してくれたところで……緑はどう? 手伝ってくれる?」

「ん~~~……──」

 

 緑竜は人型のままあぐらをかいて、悩みながら空中でくるくると回転し始める。

 

「人のいさかいは~、知ったこっちゃないけど~、竜のことなら~、やぶさか~、じゃないかも~」

「それじゃあ?」

「でもボクが直接関わるのはやっぱりイヤかな」

 

 ビタッと止まった緑竜は、語気は強めに意思を示す。

 

 

「だから(はこ)ぶくらいはしてあげよう」

 

 そう言うとどこからともなく(いなな)きが聞こえ、風に乗るように一頭の飛竜が現れた。

 その鱗は火竜とは違う淡緑色で、緑竜の眷属たる"風竜"であることは明白であった。

 

 実に静かなはばたきで滞空する風竜だが、赤竜がいる為にどこか(おび)えた様子が見て取れる。

 緑竜は空中を歩くように近付いて風竜をなだめてやると、風竜はまずイシュトの(ほう)へ寄っていく。

 

「助かるよ~、緑ぃ」

 

 イシュトがアッシュと共に遠慮なく乗ると、続いて俺のもとへとやって来る。

 飛竜は数こそ見れど……実際に乗ったのは初めての経験であり、わずかに浮かれた心地でその背鱗を踏みしめた。

 

(風竜、欲しいな……)

 

 だがヒト嫌いの緑竜を相手に、言うだけ機嫌を損ねかねないので口はつぐんでおく。

 なんにせよ往復飛行の為の魔力を温存し、誘導に専念できるというのは非常にありがたいことであった。

 

 

 すると赤き巨大な(ドラゴン)は、ゆっくりとその顎門(あぎと)を開いて告げてくる。

 

『ああも成り果てても……"七色竜(われら)"が一柱。欠けるのは寂しいものだが、救ってやれ』

「おまかせあれ~」

 

 軽いイシュトの言葉を合図に、感傷的な一柱を背後に置き去りにしつつ、風竜は一息に加速していくのだった。

 

 



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#249 創世竜話 I

 

「……暇だから昔話(むかしばなし)でもしよっか」

 

 風竜の背に乗って、大空隙(だいくうげき)へと向かう途中──白竜イシュトが唐突に提案してくる。

 

「ボクは今話(いまばなし)はまったくできないし、昔を懐かしむしかできないよ」

「緑は地上に干渉しなさすぎなんだよ。いったい何千年()りてきてないのさ」

「だって面倒じゃん。地を()う分には好きにしてればいい、ボクは優雅に空に()まうだけさ」

 

 そんな言葉を体現するように、緑竜は飛行しているというよりもただそこにいる感じであった。

 まさに風の化身と言った様子で、飛ぶという意識すらなく飛んでいる印象を受ける。

 

 

「ベイリルちゃん、どうする? 休みたいなら休んでても、わたしはどっちでもいいよ」

「とてもすごく興味があります」

 

 五英傑の一人たる"竜越貴人"アイトエルとの会話にしてもそうだったが、神話や伝承で断片的かつ不完全でしか知られていない時代の話。

 それを当人達の口から、当時の出来事として聞けることは、何物にも代え難い価値があろうというもの。

 

「よーし、じゃあ最初から語ろうか──」

 

 俺は心の中で正座して、全力で静聴する姿勢を取る。

 その語り口は幼少期に母ヴェリリアから、物語を読み聞かされたことを想起させた。

 

「世界にとある一頭の竜がいた。名は無く、誰よりも(ちから)を持っていたその竜は、孤高を嫌った」

「ねぇ白、それボクらが知らない話では?」

「いいの、"頂竜"本人から聞いたやつだし」

 

 

 緑竜の茶々入れに気を取り直して、イシュトは話を再開する。

 

「その一頭の竜は己の"分け身(・・・)"として12の竜を生み出した」

「それがボクらだね」

 

(七色竜が純血種とも呼ばれる所以(ゆえん)か……)

 

 頂竜から直接的に生みだされたの(ドラゴン)は、まさに原初に次ぐ存在であり、純血と称されるのもむべなるかな。

 

「誰ともなく"頂竜"と呼ばれた竜と、わたしたちの(もと)には……さらに多くの(けもの)(つど)い、長く長ぁ~く暮らした」

「平和だったねぇ、あの頃は──」

 

「そうして様々な動植物が過ごす中で、ヒト種が新たに(ちから)を持ち始めた」

「魔法を使う──(のち)に"神族"と自らを呼称する者たち、ですか」

「そうそう。竜種にも争いはあったけど、秩序をもって決せられた。でもヒトはそんなのお構いなしだった」

 

 

 俺は何気ない気持ちで眼下に映る"それ"についても聞いてみる。

 

「ちょうど今見える、"頂竜湖"もその頃にできたんですか?」

 

 ワーム海には数歩(ゆず)るものの──自然遺産と言うには、あまりにも大きすぎる巨大湖を眺望する。

 "赤竜特区"もこの湖に面していて、帝国だけでなく連邦西部・皇国・魔領とが接している場所。

 

「あーーーそうだね、アレやったのはヒト側だけど」

「そうでしたか、ではただ単に名残(なごり)として頂竜を(かん)しているだけなんですね」

「うん。頂竜は世界も好きだったから、極力だけど破壊しないようにしてたし」

「……なんというか祖先が、すみません」

 

 エルフも人族も魔族も──人型の種のほとんどが元を辿っていけば、神族から派生した種族。

 既存(きそん)の文化を破壊して侵略するという意味では、シップスクラーク財団も神族も大きな意味で同類かも知れないのだが……。

 

「あっははぁ、そんなの気に()んでもしょうがないよぉ。それにわたしたちは、そんな自由で勝手気ままなヒトに憧れたわけだし」

 

 獣の王とも呼ばれた頂竜が率いし竜族と、後に初代神王となるケイルヴが率いし魔法使(まほうし)集団の、種族存亡を懸けた総力戦。

 イシュトは笑い飛ばしたが、まさしく想像を絶するほどの様相(ようそう)(てい)したのであろうと。

 

 

「本当にイロイロとあった。アイトエルもその頃に生まれて──まっここらへんは本人の口から聞いてね」

「私的なこと、ということですか?」

「そそ、わたしから勝手に言うのは(はばか)られること」

 

 またいつか、近い未来か遠い未来かはわからないが……"竜越貴人"とは会える日は来るだろう。

 そしてその時に世間話の機会に恵まれたならば……突っ込んで聞いてみようとも思う。

 

「──えーっと、それで……ヒトが増えてくにつれて竜族(わたしたち)はどんどん追い詰められていった」

「獣ばかりか"竜を隷従(れいじゅう)させる"者や、"竜そのものに変化"して騙し討ちするのまで出てきたし、本当にクソだったねヒトは」

 

 そう心底から吐き捨てるように緑竜が言う。

 

 

「まっ、ね。対抗したり真似をしたり、お互いに疲弊していても……もはや引くことは叶わなくなっていた。だからヒトは()()()()()

「先に、選ぶ……?」

(ごう)を煮やしたヒトは、"全てを崩壊させる魔法"を準備し始めたんだよ~」

「とんでもない話ですね」

 

 しかしそんな神族を差し置いて、イシュトが史上最強と語るのが"大地の愛娘"ということに戦慄を覚える。

 

「それで迷って悩んで……竜族は新天地へと向かうことにした」

「新天地、ですか?」

「そう、ここではないどこか──こことは違う"別の世界"へ行くって」

 

 

(別の星じゃなくて、別の……つまり異世界? 地球──には来ちゃいないし)

 

 地球に存在していたら大騒ぎどころではない話である。

 まさか太古の恐竜が、実はドラゴンだったなんてこともあるまい。

 並行世界や多元宇宙よろしく、世界は無数に存在するのかも知れないとも。

 

「……なあ白、それって()()()()()()()んだっけ?」

「えっ──と……誰だったかな。改めて考えてみると、そもそも竜族にはありえない発想だし……あれぇ~?」

「別世界への道を開くなんて"秘法"もない。でもたしかに多くの竜族が、見知らぬ土地を求め旅立ち──そしてボクらは残った」

「うん、それは覚えてる。でも誰が言い出して、どうやって行ったんだっけなぁ」

 

 イシュトと緑竜は揃ってうんうんと(うな)り出すも、答えが出る気配は一向にないようだった。

 それはただ単に忘れているというわけではなく──なぜだか抜け落ちているような様子に見える。

 赤竜や黄竜ならばあるいは覚えているのだろうか。

 

 

(アイトエルが既に生まれていたそうだし、そっちに聞くのが手っ取り早いか)

 

 なんにせよ竜族(ドラゴン)が片割れ星に移住しているだとか、地底世界を創り上げて(きょ)を移しただとか。

 そういったことは無いようなのは、ある意味安心であろう。発展の中途で相争う事態は避けられる。

 

(もっとも種族としての気性傾向を見るに、あるいは共存できるかも知れんが……)

 

 赤竜と火竜と竜騎士の関係のように──とはいえ(ちから)を持つ集団というのはそれだけで脅威である。

 もしも"文明回華"を()しく思われては戦争となりかねないし、一部の人間が引き起こしたことに対して種族全体を敵として見られる可能性もある。

 

 そうした不穏な要素(ファクター)が、この地上に無いというのであればそれに越したことはない。

 

 

「イシュトさん、竜の秘法でも存在しないということは……協力した魔法使(まほうし)がいたということでしょうか」

「そうなるのかなぁ、なんで覚えてないんだろ」

 

 イシュトが首をかしげたまま、緑だけがグッと顔を(こちら)へ向けるも……俺は触らぬ竜になんとやらを通そうとする。

 

「おいおい、ヒトよ。話しかけるなって言ったのはボクだけど。そうやって露骨に()けられると、気分が悪い」

 

(理不尽な……)

 

 そう率直に思いつつも、俺は素直に謝罪する。

 

「機微を理解できず申し訳ありません」

 

「無茶苦茶だよ、緑。謝ることないからね、ベイリルちゃん」

「仕方ないから今は発言を許す、ただし舐めた口は聞くなよ」

「承知しました。なんとお呼びすればいいのでしょうか」

 

真名(まな)は教える気はないし、どうせ発音もできまい。俗世での竜名は緑だけど、今は"人化"してるから……」

 

 すると十数秒と緑竜は沈黙してから、白竜イシュトへと(たず)ねる。

 

「えーっと、俗世でのボクの人名なんだっけ」

「たしかぁ──"グリストゥム"だったよ」

「それ、そう! ……だっけ? まぁいいや、じゃあそれで」

「はい、グリストゥムさん。竜の秘法でないのならば……人の魔法ならば異空間移動も可能だったのではないかと」

 

「知らない!!」

「……はい」

 

 俺はその無体に対しても、ただただ唯々諾々(いいだくだく)と思考停止して(うなず)くのであった。

 



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#250 創世竜話 II

 緑竜グリストゥムの横柄さを気にしてもいちいち仕方なく、俺は内容のほうへと思考を致す。

 

「まっまっ、新天地へ向かったことは間違いないから。思い出せない話はおしまいにしよっか」

「だな。ボクら以外にも、百頭くらいは知恵ある竜が残ったんだっけ──」

 

「うん、けど"人化の秘法"で(まぎ)れたわたしたちと違って……全員が狩られちゃったね」

「当然さ、空を飛んでようが容赦なく追いかけて……ボクだってしばらくは地上で過ごさざるをえなかった。イヤな思い出だよ」

 

(とにもかくにも竜族は世界を追われ……残った竜も衰退した、と──)

 

 それはあるいは頂竜にとって追われたというよりは、"崩壊の魔法"とやらから世界そのものを守るという選択だったのかも知れない。

 現代地球におけるテクノロジーや、大量破壊兵器にしてもそう……身につまされる思いもあろうものだった。

 

 

「んで、ヒトの連中は自らを最も高き位置にいるとして神族を僭称(せんしょう)し、世界中に跋扈(ばっこ)しやがった」

「全盛期だったね。ある意味、わたしたちも過ごしやすかったよ」

「たしかに……ヒトの身のまま飛ぶ分には、問題なくなったっけ」

 

 種族存亡を懸けた大戦争は終結し、神族による大陸支配が幕を開けた。

 

「ここからは多分、ベイリルちゃんのほうが詳しいんじゃない? わたしたちはのんびり暮らすだけだったし」

「そうですね……栄華を極めた神族に、"暴走"と"枯渇"という現象が襲い掛かった──」

「あぁあぁいやぁ~アレはほんとうに笑った! 傲慢(ごうまん)なヒトどもがあんなにも狼狽(うろた)え、(おそ)(おのの)くサマといったらなかったね」

 

 未だに原因は不明。最初に魔力が暴走し、肉体が変質しだした者が"魔族"と呼ばれ排斥(はいせき)された。

 

(しま)いには派手に同士討ちし始めてさぁ……最っ高にいい気味だったよ」

 

 続いて体内魔力が霧散し、枯渇するという事態が発生。

 魔法はおろか肉体すら脆弱(ぜいじゃく)と成り果てた者を"人族"と呼んだ。

 

 

「それでも(ちから)が残っていた多くの神族は、魔族と人族を支配し……新たな社会体制を築いたんですよね」

「うん、そこらへんは少し覚えてる。でも"七色竜(わたしたち)"には無縁の話だったね」

「その頃にはボクも、空に()み始めてたかなあ」

 

大空(たいくう)を己が領域とし、人とは相容(あいい)れようとしない緑竜か……)

 

 今すぐというわけではないが、遠くない将来にぶつかる可能性は考えておかねばなるまい。

 

("工業化"による大気汚染や、人類が航空機という普遍的飛行手段を確立し、緑竜の領域を侵犯(しんぱん)した時──)

 

 テクノロジーと共に人類と文明が進んだその先──人嫌いの竜が選択する行動は想像に難くなかった。

 

 赤竜のように国家に属すわけではなく、黒竜のような厄災でもない。ただ単純に立ちはだかる勢力圏闘争。

 今までの気性を(かんが)みても、おそらくは"七色竜"の中で最も争う確率が高いとすら言えよう。

 

 

「その後わたしたちも、魔族や人族との衝突は何度かあった。特に黄や赤は、けっこー暴れてたね。でもやっぱり大きかったのは……ディアマを相手にした二回かな」

「三代神王──」

 

 カルト教団と"永劫魔剣"。俺にとって最も馴染み深い神王である。

 

「今まさに向かってる大空隙(だいくうげき)、黒とぶつかった結果なのは話したよね」

「ディアマの魔剣によって、黒竜もろとも斬り(えぐ)られた大峡谷(だいきょうこく)こそ、大空隙が形成された真相だったと」

 

「そう、まずそれが一つ。黒は魔領から人領にかけて大暴れして、神族も最初は静観していたんだけど──」

「進路上から考えた場合、神領まで行き着く可能性があった……?」

「そーゆーこと! 多分だけどね」

 

 大空隙の位置を考えると、ちょうど魔領から人領を経て神領までおおむね直線的に繋がる。

 神領に到達してからでは遅きに失してしまうので、破壊しても問題ない土地で迎撃したといったところか。

 

「当時あそこらへんは皇国じゃない、別の大きな国があったんだけど……黒とディアマの所為(せい)で吹き飛んだね」

「吹き、飛ぶ……。イシュトさん、それって()()()()()だったと思いますか?」

「思うよ? 黒が(とお)ればどのみち終わりだったし、途中でもいろんな国をぶっ壊してきたんだもん。ディアマは己の為すべきことを成しただけじゃない?」

 

 まさに厄災と言うに相応しい竜の強度と、それを打ち倒した戦争(いくさ)の神王たる強度である。

 

 

「それでね、次にやばかったのが──」

「"紫"だね」

 

 緑竜グリストゥムが白竜イシュトの言葉に(かぶ)せる。

 

「なになに、次は緑が語っちゃう?」

「いやヒトに語る言葉はないよ。ただあの時は……ボクとしても危ないと思ったから感慨深くてね」

「紫竜、ですか……たしか病毒の化身だとか」

 

 黒竜のように派手に暴れたわけではない。ただしひとたび姿を現せば、その土地は死に絶えたという話。

 

 

「紫の奴はね~、"現象化"が()()()()()()()()()んだ」

「えぇ……──それも、魔力の"暴走"みたいなことですか?」

 

「おいヒト、ボクらをおまえたちと一緒にするな」

 

「申し訳ありませんグリストゥムさん、あくまで仮説の一つですのでご容赦ください」

「わたしは近いものだと思ってるけどねぇ。とにかく紫は自分が作った毒に、自分で対処できなくなったみたいよ」

 

「まったく、同族ながら実に()の抜けた話だよね。まあそれだけ()()()()()という裏返しでもあるんだろうけど。

 なんせ空気まで毒化するんだ、ボクが風を使えば拡散しかねなかったし……雷や光じゃ無理だ。とんでもない大迷惑だったよ。

 赤を呼んで焼却させるとか、青を呼んで止めようにも、そんなのもうどうしようもなく不可能なくらい規模が大きくなりすぎてた」

 

「なんせ大地まで汚染してたもんねぇ。時間を掛ければ、大陸すべてが危なかったかも?」

 

 俺は絶句するしかなかった。自ら抑え切れない毒が垂れ流しになってしまったがゆえの大惨事。

 自己制御(コントロール)も効かなくなった末に、世界を滅ぼしかねないほどの危機。

 しかしながら──この星は幸いにも、まだ終焉を迎えていない。

 

 

「そこに現れたのが……三代神王ディアマの残る一回、ってやつですか?」

「うん、ベイリルちゃんはどうやったと思う?」

 

 唐突にイシュトから繰り出された問題(クイズ)に、俺は頭を(ひね)って考える。

 

「そうですねぇ……永劫魔剣の魔力を使って、別の魔法か魔王具を発動させたとか」

 

 増幅・循環・安定をもって魔力を貯蔵し、自分とは別途の魔力源(リソース)とする。

 ディアマは魔力をそのまま力場(りきば)として扱うことに()けていたようだが、補助具にするのが本来の"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"の使い方である。

 

「ふふんっ残念、違いまーす。ただし魔剣を使ったのは合ってる。場所は今で言う連邦東部だったって言えばわかるかな?」

「はて……さて、ふむ──」

 

 ディアマ──紫竜──大陸汚染する毒──連邦東部で──以前と同じ──魔剣を使用する──

 物理的に叩き斬ったところで意味はない。仮に財団として対処するなら、"隔離"するのが一番だ。

 

(可能ならば宇宙が望まし──あっ!?)

 

 

 思考を巡らしていく途中で、はたと俺は三代神王ディアマの伝説の一つに辿り着く。

 眉唾(まゆつば)なその話も正真正銘の事実だったということに。

 

「今度こそ本当に"大陸を斬断"して、()()()()()()した……?」

「正解!! それほどまでにどうしようもなかったわけだね」

「支配し、住んでいたヒトごと土地を切り離した。苦肉だったんだろうが、まったくヒトは本当に(おろ)かだね」

 

 緑竜の言葉を聞き終えてから、俺は同時に浮かび上がった疑問を投げ掛ける。

 

「ただそれだと……問題の先延ばしにしかならないのでは?」

 

 空気や大地が汚染されるのであれば、いずれ海だって汚染されるに違いない。

 そして気圧差によって大気は常に移動するのだから、東風は病毒まみれになっていてもおかしくない。

 

 

「あっ、いや──でも現在の極東は"本土"と"北土"で独自の文明を築いている、ということは汚染はその後に何がしかの方法で食い止めたわけですね」

 

 斬断したのはあくまで緊急措置であり、真に解決するのは十分な時間と対策をもって解決したのだろうと。

 

「いや? ヒトどもは()()()()()()()よ」

「えっ……」

「緑の言う(とお)り、結局なんの打開策もないまま放置されたんだよ」

「あ、はぁ……」

 

 俺は不明瞭なまま相槌(あいづち)を打つしかなかった。

 

「わたしもしばらくしてから見に行ってみたんだけど、結局真相はわからずじまいだね」

「毒は止まったんだからどうでもいいさ、バカな紫がどうなったかも興味ないね」

 

 同じ"七色竜"であっても、どこかあっさりとした白と緑を他所(ヨソ)に……俺は歴史の真相を咀嚼(そしゃく)し飲み込む。

 

 

(大空隙も極東も……どっちも七色竜が原因で作り出されたとか──)

 

 実際的に敢行した三代神王ディアマを含めて、あまりにもとんでもないスケールの神話である。

 そしてそれに対抗しうるどころか、超越しているのが……現代の五英傑たる"大地の愛娘"なのだと。

 

「次に大きな衝突は、"青"だったかな。青は今も魔領にいるんだけど、当時も魔族相手に──」

 

 白竜イシュトの語りと、時折はさまれる緑竜の言葉に対し、一心に耳を傾け続ける。

 

 この世界に残り……そして時代を生きた竜の物語を、俺は存分に味わうのだった。

 

 



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#251 大空隙 I

 

 "大空隙(だいくうげき)"──皇国から魔領に掛けて直線的に続く大峡谷。

 危険地帯として国家から指定されている場所の一つで、黒竜以外の生物は存在しないという魔の谷。

 

 上空から眺めるに……真っ暗闇で、まるで底が存在しないかのような恐怖すら感じさせる。

 

 俺とアッシュと白竜イシュトは、上から固化空気の足場からその景色を眺望する。

 一方でここまでついてきた緑竜は我関せずといった様子で、眷属(けんぞく)の風竜と共にさらに高みから見物を決め込んでいるようだった。

 

 

「自然の雄大さを感じますね」

 

 実際にはディアマによる魔剣によって人工的に作られたものであるのだが、胸に去来するのも無理からぬ。

 

「元々はこんなに大きくなかったんだけどね」

「年月でどんどん(ひろ)がっていったと」

 

 それならば半分は自然と言っても良いのだろうか。

 いずれにせよ黒竜から発せられる"闇黒"さえなければ、"自然遺産"の一つとして観光名所になっていたに違いない。

 

(あるいは地形を利用して、対魔族用の要塞でも作られたか──)

 

 それはそれで見る者を圧倒する威容を誇ったであろう。

 

「このままずーーーっと拡大し続けたら、いずれ"極西()"もできるかもね」

「イシュトさんたちならともかく……俺の寿命ではさすがに拝めないでしょうね」

 

 

 冗談を言いながら、俺は"遠視"を使って状況把握に(つと)める。

 地平線の向こうまで続く大空隙と、地上近くまで揺らめく"黒い瘴気(しょうき)"。

 

(さしずめ"()黒物質"と言ったところか、何かしら利用できないものかね)

 

 宇宙空間に既知物質の数倍も存在するとされる"暗黒物質(ダークマター)"とは、また別物だろう。

 根源的には"黒色の魔力"とでも言えば良いのか、どちらかというと"ダークエネルギー"のほうが近いのかも知れない。

 方法が見つかれば大いに研究したいモノであり、利用可能となればその価値は計り知れない。

 

 

「……というか、ここから黒竜を探すんですか?」

「んっ~?」

 

 あまりに広大。しらみ潰しに探索するには危険過ぎるし、どれだけ膨大な時間を浪費することか。

 

「俺の反響定位(エコーロケーション)によるソナー探査でも、どれだけ掛かることか」

「ふっふふふ~ん、安心なさいベイリルちゃん。わたしも探索は得意なほうだからさ」

 

 そう言うとイシュトは固化空気の足場を蹴って、フワリと飛び上がると同時に右腕を"光子化"させていた。

 

「せーの!!」

 

 彼女の掛け声と共に放たれた閃光は、拡散しながらも指向性をもって谷底へと吸い込まれていった。

 

「もうちょっと向こうかな~、でも結構近い感じ」

「っと……イシュトさん、つまり?」

「黒がいるところが一番"闇黒"が濃いの。だから光の吸収と反射具合で、大体の位置はわかるんだ」

「なるほど、納得しました」

 

 濃度分布で判断し、居場所を特定する。まさしく光輝の白竜だからこそ可能な方法であろうと。

 

 

「それじゃぁわたしは一足先に探してくるから、のんびり追いついてきていいよん」

 

 言うやいなやイシュトの姿は一瞬で視界から消え失せ、遥か彼方で光がまた何度となく(ひらめ)いたのだった。

 

 

 

 

「あの辺ですか」

「そう、あの辺。墜落したら終わりだと思ってね、あれだけ濃いと飛行魔術なんてゼッタイに使えなくなるから」

 

 不必要に近付かなければ問題ない話であり、俺はそれよりも気になる部分についても(たず)ねる。

 

「ところで()()()()は……"黒竜信仰者"ですか」

「だろうねぇ」

 

 そこには漆黒のローブを身に(まと)った100人以上の一団が、居を作って生活しているようだった。

 

 "竜教団"──主に頂竜や七色竜のような強大なドラゴンを崇拝し、その(ちから)の一端を(さず)かろうという宗教である。

 竜族全体を信仰するような宗派も存在し、魔術具文明を捨てて原初の生活をすすんで(おこな)うような奇特な連中すらいると聞く。

 

 彼らも空をいちいち見上げることもないのか、まだこちらは気取られていない。

 半長耳がキャッチするわずかな会話の節々(ふしぶし)も、かつて幼少期に過ごしたイアモン宗道団(しゅどうだん)を思い出させるような内容であった。

 

 

「誘導の為に"闇黒"が漏れ出たら死にますよね」

「しょうがないんじゃない? どうせ狂ってるからあんなことに住んでるんだろうし」

「ある意味で悲願達成、ということですか」

「うんうん、わたしも何度かあの手の連中は会ってきたけど……正直に言って、はた迷惑なものだよ」

 

(まぁ……本人らからしたら、往々(おうおう)にしてそんなもんか)

 

 仮に即物的で俗物的な観念を持っていれば、宗教団体の教祖として好き勝手に振る舞えることだろう。

 しかしながら"人化"したとは言っても、やはり竜の根っこは竜であって、人族の価値観とは違うようだった。

 

「ただ……黒の位置を、ほぼ正確に特定してた──その執念だけは買うよ。そういうとこが人間の凄いところだもん」

 

 どこか懐かしむような表情を貼り付けたイシュトは、すぐに目を細めて冷淡な口調で述べる。

 

「でも犠牲は仕方ない。言って聞くような奴らじゃないし」

「まぁ狂信者は厄介ですからね、邪魔しようものなら処理しておくことにしましょう」

 

 俺は自らの教訓から、しみじみと同意した。つい最近もアーセンを思い出せるばかり。

 どうにか生かしたとしても、後から「我らの黒竜を奪った」とか難癖つけて襲い掛かられでもしたら面倒である。

 

 備える常識も違えば、価値観も理屈も、何もかも相容れないのが教団であり狂団なのだ。

 

 

「……それで、イシュトさん。策は何かあるんですか」

「光輝をぶち込んで、怒って出てきたら、そのまま連れてく」

 

 無計画(ノープラン)とも思えるほどの単純(シンプル)さ──しかしながら、物事とは複雑にすれば良いものでもない。

 黒竜という存在が(かか)える厄介さと、白竜イシュトの実力を考えれば……それで(とお)るし、それ以外は(とお)らないのかも知れない。

 

「さしあたって俺が試してみても?」

「無駄な消費になると思うけど?」

 

 イシュトは歯に(きぬ)着せず、はっきりと言ってくるが……俺には俺で考えがあった。

 

 

「解説しましょう。三代神王ディアマが"永劫魔剣"でぶった斬れたということは、"無属魔術"──ならやれたってことです」

「普通の魔術よりは──って程度だろうけどね。あの時は単に出力がヤバかったんだと思うよ」

 

 魔力それ自体を直接的に放出・固定することによって形成する、"魔力力場(りきば)"。

 ただし恐らくは魔力そのものすらも減衰させただろうことが、ディアマでも黒竜を仕留め切れなかった理由だろう。 

 

「ですね。俺が無属魔術を使ったとしても、たかが知れた威力……」

「あと、あの時は黒も地上にいたわけで。今みたいに闇黒に包まれた谷底に、あの時の魔剣が届くとも限らないよ」

(おっしゃ)(とお)りです」

「ふんふん、じゃぁどうするね? いつでも前言を撤回して指をくわえて見ててもいいよ~?」

 

 こちらから何かを引き出すように(あお)るイシュトに、俺は意志を言葉に込めて(こた)える。

 

 

「魔術は届く前に消滅、強力な無属魔術でも減衰される。ならば魔術や魔力を……"闇黒"に直接ぶつけなければいい」

 

 無属魔術とは、言うなれば現象を(ともな)わない純粋な魔力としてのエネルギー。

 純粋な魔力なら塗り潰す闇黒という干渉を緩和しつつ、斬撃を見舞うことができた。

 ならばいっそ()()()()()()()()純粋な物理現象として(つう)じさせれば、ダメージを与えられるに違いないと。

 

「ふーん、どういうことかな?」

 

 首を(かし)げて疑問符を浮かべるイシュトに、俺は歯を剥き出すように()げる。

 

模倣(パク)らせてもらいますよ、イシュトさん」

 

 魔力を加速させながら、俺は強く形状をイメージ構築していく。

 それを発露するように両腕を上空へと掲げて、太陽を(ねじ)るように動かしていった。

 



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#252 大空隙 II

 

(われ)──天高く()す王の恩寵を忘れ、()の者の道行を阻みし者なり。

 其の大いなる(ちから)をほしいままにし──蒼穹を駆けし我が翼は、蝋であろうと()かさせまい。

 不義不忠の背信なれど、この身にて体現せし日輪は──あまねく闇影(あんえい)を打ち(はら)い、その威光をさらなる高みへと導かん」

 

 それは空気の屈折率を利用し、光の(とお)(みち)を捻じ曲げ、己の姿を隠す"歪光迷彩"の応用でもある。

 すなわち魔術によって空気を歪めて凸レンズのように形成し、集約点の幅を大きくする為に何層も段階ごとに縮小し、重ね、展開させた。

 

「名付けて、空六柱改法──」

 

 俺は挙げていた両手を、勢いよく振り下ろす。

 

「"天道崩し"」

 

 遥か天空から集積された太陽光は、一筋の太陽光線(レーザービーム)として収束する。

 それは純粋なる物理光であって、魔術が介在するのは空気で作った凸レンズのみ。

 であればそのエネルギーはほぼ100%、闇黒によって減衰されることなく(とお)るはず。

 

 

 大空隙を真っ直ぐ(つらぬ)いた光熱線。

 

 一筋(ひとすじ)の光の柱が立った時、峡谷(きょうこく)内に反響する黒竜の咆哮(ほうこう)と共に闇黒が溢れ出す。

 その黒き声を聞いた黒竜教徒達は、瘴気を浴びながらも一箇所に集まり出すのを眺めつつ──俺は冷静に手応えを確認する。

 

(ガンマレイ・ブラストよりは扱いやすいが……やはり、威力はかなり劣るな)

 

 歪光空気レンズは光線の負荷ですぐに割れて霧散してしまったが、消費対効果(コストパフォーマンス)それ自体はそこまで悪くない。

 あらかじめ準備して(はな)てる状況であれば、十分な実用に()える魔術だろう。

 

 

「なんで(つう)じたかよくわかんないけど、ベイリルちゃんヤッタねぇ!」

「いやぁ、我ながら上手くやったかと。詳しくは後で説明しま──って、あーあー……」

 

 絶望と歓喜が入り混じるような狂乱状態で、黒竜教徒らは心身で打ち震えるように()()()()()()()を始めていた。

 

「あれだけの濃度に(さら)されちゃあねぇ……そりゃムリない話だよ」

 

 "闇黒"によって精神汚染すら引き起こされるという、今まさに眼下で展開されている光景。

 おぞましいと思うよりも先んじた俺の全感覚が、警鐘(けいしょう)を鳴らし始める。

 

「ベイリルちゃん──っちょい、離れたほうがいいね」

「っ……はい」

 

 俺はアッシュを(ふところ)()いて、大気を踏み台に大きく後退して距離を取る。

 

 そうして大空隙から現れ出でたのは──黒き鱗に黒き翼を広げた、闇黒を(まと)いし"黒竜"だった。

 

 

 崖際(がけぎわ)で争っていた黒竜教徒は、たった一息にてまとめて踏み潰されていた。

 俺は安全圏を保ちつつ「まぁ、本望だろう」と(つぶや)くと、既に隣にいたイシュトから背を叩かれる。

 

「わたしも負けてらんないな!」

 

 そう口にしたイシュトの人差し指から、"小さな光球"が出現していた。

 それを見た俺は一瞬にして総毛立つ心地にさせられ、恐る恐る聞いてみる。

 

「なっ……んなんですか、それ──」

「これはわたしの光輝を()()()()()したもの。危ないよ」

 

 普通の魔術ならば消滅する、なら減衰したところで届くくらいの出力にすればいいじゃない。

 

 "放射殲滅光烈波(ガンマレイ・ブラスト)"すら凌駕しうるかも知れず、かつクリーンなエネルギーによるイシュトの極大火力。

 それを()のままに、簡単に()でやれるというところが、まさしく"七色竜"たる所以(ゆえん)であろう。

 

 眼が一発で潰れるであろう明度すらも集束させたイシュトは、いつの間にか黒竜の直上へと一瞬で移動していた。

 

 

「ひさしぶり、(くろ)──いや、"ブランケル"」

 

 イシュトの声は黒竜の地響くような(うな)りに掻き消されて、俺の半長耳まで届くことはなかった。

 優しげな笑みを浮かべたまま、イシュトは光球から"光閃"へと変えて撃ち(はな)つ。

 

 ()から()へと指先から(ほとばし)った一本の収束光線が、黒竜へと深々(ふかぶか)突き刺さる。

 さらにイシュトはその状態のまま光速機動に移り、線は無数の()のように縦横無尽に、黒鱗を四方八方から削っていく。

 

 イシュトが(えが)く光の輝跡(きせき)が一瞬で繰り返された結果、光閃それ自体が"巨大な光の球"となって見えるほどに黒竜を包み込んだのだった。

 

半端(っぱ)ねぇ……」

 

 俺がそう吐き出した数瞬の内に光は消え失せ、巨大な光の残像と共に黒竜の咆哮が大気をもう一度震わせた。

 

 

「いやぁ~やっぱ難しいね、鱗は貫けてもその先がきつい」

 

 最初からそこにいたかのように光速で隣に立って話し掛けてくるイシュトに、俺は率直に疑問をぶつける。

 

「あれほどの光輝でも効いてないんですか」

「肉体内部は最も濃縮された闇黒みたいなもんだからね。貫いた瞬間、一気に消滅させられてるっぽい」

「……つまり半分"現象化"しているようなもの、だと?」

「ベイリルちゃん、ソレなかなか言い当ててるかも」

 

 俺は闇黒を撒き散らす黒竜を見据える。直撃させたハズの"天道崩し"のダメージも見受けられないということは単純に火力不足。

 そしてイシュトの"光閃"でも無理ならば、つまるところ強力無比な魔術も効かないということを意味する。

 

 

「それに案の定、完全に正気を失っちゃってるから……わたしにも気付いてないし」

「誘導、できますか?」

「どうだろう、このままだと大陸中を暴れ回りそう。赤に怒られるかな~」

 

(怒られる程度じゃ済まない気がするが……)

 

 (いな)、そもそも竜同士で争っている場合ですらなくなる。

 

「まぁまぁ、もうちょっとイケると思ったけど以前より大分ヤバくなってるね。う~ん、どうしよ」

 

 その巨大(おおき)さは黄・赤・緑を軽く凌駕し、首から尾までの全長は400メートル近くはあろう断絶壁に匹敵するだけの威容。

 そして"魔獣メキリヴナ"も可愛く見えるほどの禍々(まがまが)しさと、白竜イリュトの攻撃も意に介さない強度。

 

(アレを打ち倒すのは不可能だな、フラウでもオーラム殿(どの)でも止めておけるような相手じゃない)

 

 魔王具を扱う三代神王ディアマですら討伐しきれなかった、"魔竜"とまで呼ばれし黒き大厄災。

 

 

「おいおい(しろ)、どうすんだよアレ」

 

 ともすると人化した緑竜グリストゥムが、呆れ顔で並び飛んでいた。

 

「どうしよっかぁ、緑」

「ボクが知るかよ!? 白は昔っから甘いんだよイロイロとさ」

 

(確かに……俺も見通しが甘かったな──)

 

 黒竜はこのまま狂気の内に暴れ回り、大陸を闇黒によって汚染させていくかも知れない。

 "折れぬ鋼の"に連絡が届いて駆け付けるまでに、皇国にどれだけ被害が及ぼされるだろうか。

 

 "無二たる"カエジウスとて願いを聞き届けてくれるかも怪しく、そもそも特区まで向かうのに時間も掛かり過ぎてしまう。

 

(いっそ"大地の愛娘"の(ほう)を、大空隙まで誘導すべきだったか……)

 

 シップスクラーク財団で対処するには、黒竜の強度はあまりにも超越している。 

 魔術を無効化され、同士討ちの危険性も(はら)んだ"闇黒"の性質上──オールスターを揃えても無理筋(むりすじ)

 規格外に対抗するには、やはり同じ規格外を連れてくる他ない。

 

 

「まったく……白も黒も本当にしょうもない。()()をすぐに呼んできなよ、白」

「えっ? どうするつもり?」

「総出で止めるしかないだろ、黒をさ。正直それで止められるかもわからないけど」

「緑って、なんだかんだでイイ奴だよね」

 

 またとんでもないことを言い出した緑竜の視線が、俺へと向けられる。

 

「そういうワケだ、おいヒト……()はどこにいる」

「っと、それは……さる事情がありまして、申し上げられません」

「はぁあ??」

「ただし黄竜を(かつ)ぎ出すのであれば、"五英傑"の一人と揉めることになるとだけ」

 

「五英傑ってのは、ボクらくらい強いんだっけか。んなっ……(ひま)はないな、黄までほんと何やってんだかさぁ」

 

 心底うんざりするような声音で、緑竜グリストゥムは溜息を吐き出した。

 

 

 正直に言ってしまえば、七色竜が一堂に会すサマは見てみたい。

 それにカエジウスに残る願いの一つを使えば、一時的に黄竜を連れてくることも可能かも知れないと。

 

 しかしそれまでに世界にどれだけの爪痕が残されるかと考えると、まずやっておくべきことがあった。

 

「まだ試してないことがあります」

「ぁあ? どういうことさ」

「なになに、ベイリルちゃん。なんか妙案あるの? イケる?」

 

「とりあえずやってみてからでも遅くはないかと──」

 

 そして俺は詠唱し、創り上げたモノを黒竜へと撃ち(はな)ったのだった。

 



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#253 大空隙 III

 

「とりあえずやってみてからでも遅くはないかと──」

 

 そう言ってから俺は、体内の魔力を加速させていく。

 魔術が無理なら科学──(いな)、"魔導科学"で対抗すべし。

 

「アッシュ、離れてろ」

「クゥゥゥアア」

 

 幼灰竜が一定距離をとったところで、俺は胸元より前方へと両腕を突き出した。

 

 

(くう)流弦(りゅうげん)(かな)(とど)まるその旋律、凄絶(せいぜつ)にして第四の(いかずち)──」

 

 俺は両の手の平を内側へと向けた掌中に、周囲の大気を圧縮・固定していく。

 極一点に凝縮され続けた空気は、気体の状態を越えて電離体(プラズマ)へと変化する。

 

「空六柱操法──"天雷霆鼓(てんらいていこ)"」

 

 純粋な"電離気球(プラズマスフィア)"は、イシュトの光球出力には遥かに及んでいないが……生成された物質そのものは魔術ではない。

 あくまで圧縮・固定にのみ魔術を介しているのであって、超高密・高熱によって正イオンと電子に分かたれた電磁場は、単なる物理現象となる。

 

("天道崩し"と同じ──闇黒の特性それ自体によって止められない、ハズ)

 

 非常に限定的な状況ではあるものの……俺が使う一部の魔術の利点は、通常の行程とは違う形で発現させることにあった。

 同時にそういった部分は、"科学魔術具"などにも共通する部分でもある。

 

 

 俺は安定まで留め置いたプラズマ球を右掌中のみで保持し、そのまま両腕を水平に伸ばした。

 そうして右腕から肩に掛けて左腕まで続く"黄竜兵装"を、一直線になるように繋げる。

 黄竜由来超伝導物質(エレクタルサイト)である内部の骨、それを一本芯が通るように左腕を黒竜へと向けた。

 

 "黄竜兵装"を使用することによって、"電離気球(プラズマスフィア)"をそのままぶつけるよりもさらに効果的に運用する。

 直線状に繋げた"黄竜兵装"の周囲に、俺はさらに絶縁保護の為の"固化空気"を(まと)わせた。

 

 つまり──プラズマそのものを、超伝導物質による加速と指向性をもって、黒竜へと叩き込むという算段。

 電子とは物質を構成する基本要素であるからして、あるいはワンチャン通じてくれればイイな……と。

 

「ベイリルちゃん、それってもしかして黄のマネ?」

「おいおい、ヒトの魔術ごときが通用するとでも──」

 

 

「まっ、未知数ですがとりあえず見ていてくださいよ──"超電子砲"!」

 

 俺は掌握するように電離気球(プラズマスフィア)を、右腕側から"黄竜兵装"へと装填した──瞬間、()ぜる。

 膨張した電気エネルギーと熱は、黄竜由来超伝導物質(エレクタルサイト)を通じてレーザーのように左腕側から射出されたのだった。

 

 爆音と衝撃と反動は"六重(むつえ)風皮膜"によって受け流され、"プチ雷哮"が黒竜の顔面へと突き刺さる。

 

「ぉお──!!」

「なっ……ヒトごときが!?」

 

 白竜イシュトと緑竜グリストゥムが、一筋(ひとすじ)の雷跡の残像と同時に──()()()()()()黒竜に驚いていた。

 一方、俺は俺で予想以上に効いたことに驚愕しつつ、怪訝(けげん)な顔を浮かべる。

 

(まぁ、通用する分には嬉しい誤算だが……?)

 

 正直なところド派手に気を引かせて誘導の足掛かりにできれば御の字で、痛痒(ダメージ)を与えられるとはさほど考えていなかった。

 しかしその真相(からくり)は、()()()()()()()()()()()()()()()、頭上を旋回するアッシュを見て気付く。

 

 

 俺は"黄竜兵装"へと視線を移すと、金属部全体が(なか)ば融解し、左腕装甲の先端部に至っては何故か消失(・・)していた。

 そこで我ながら思いがけないほど冴えた頭で、気付きを得てしまった。

 

 どうして左腕先端の金属だけが消失してしまったのか、そして黒竜にまがりなりにもダメージが(とお)ったのかと。

 

("サーマルガン"──!!)

 

 電磁()誘導による"レールガン"や、電磁()誘導による"コイルガン"に類する、電磁加速兵器(E M L)の一つ。

 ただしサーマルガンの原理は、火薬の代替として大電流によるプラズマの熱膨張を利用して弾を射出する兵器。

 

 はからずも肉体保護の為に(まと)わせた固化空気が、砲身のような役割を果たした。

 そこにもって腕と同じくらい太い"黄竜"の骨の一部を、まるごと(おお)うほどの幅と、厚みを持って連接していた金属の質量弾。

 その先端の金属部が負荷に耐えきれずに(はず)れ、膨張・炸裂するプラズマそのものと一緒に、圧倒的な速度をもってぶち込まれたからこその威力だったのだ。

 

 そんな"魔導科学兵器"として新境地が(ひら)けそうな予感に、俺は大いに男の子としての浪漫(ロマン)を胸にときめかせつつも、その辺を考えるのは後でいい。

 

(もう一発は無理だが……まぁいい、本命(・・)は次だからな)

 

 水平にしていた腕を戻そうとすると、各接合部が(ゆが)んでいるのか……なにやら矯正(きょうせい)ギプスのような状態になっている。

 俺は黒竜の咆哮を半長耳で捉えつつ──力尽(ちからず)くで"黄竜兵装"を(はず)しながら幼灰竜の名を呼んだ。

 

 

「アッシュ!」

 

 俺は差し出した()の左腕を幼灰竜の止まり木として着地させる。

 

(黒竜の意識は(つたな)くもまだ残っていると信じよう)

 

 電子砲弾による傷らしい傷は見当たらないものの、衝撃によって咆哮を上げたということは……つまりイラつくだけの感情は残っていると。

 あくまで半狂乱状態にあるというだけで、たとえば死した被寄生ゾンビのように何一つ意に介さないわけではないのだ。

 

(ダメ押しで持ってけ!)

 

 すなわち、()()()()()()()()──理屈を超越した想いこそが心を動かしうると信じて。

 

「あれがお前の父親だ、アッシュ。思いっきり呼んでやれ、思うさま伝えてやれ。()()()()()()()()()

「クゥゥァアッ!」

 

 白竜イシュトは……灰竜アッシュの誕生を感覚的に理解し、そして見つけ出した。

 それは己の分け身だからゆえか、あるいはそれ以上に母親としての愛が()せた(わざ)かも知れない。

 ならば父親は……? 愛した二人の(あいだ)にできた子ならば、同じことが言えるのではないか。

 

 

 ゆっくりと俺は右腕を上げると同時に、アッシュも大きく息を吸い込んだ。

 そして手の平を前方にかざすように振り下ろすと、幼灰竜の咆哮が俺の"音圧操作"によって一気に拡声される。

 

『キュゥゥァァァアアアアアアアアア──ッッ!!』

 

 途中までは魔術を介しても、直接的に空気中まで伝播(でんぱ)した音は"闇黒"にも減衰されることはない。

 

 一点集中──父親(こくりゅう)の顔面に音の砲弾として叩き込まれた子供(アッシュ)咆哮(こえ)

 それは悲痛さというよりは、純粋な呼び掛けのようでいて──はたして黒竜の視線をこちらへと確かに向けさせた。

 

「アッシュ、でかした!! 」

「さっすがアッシュ! 両親(わたしたち)の自慢!!」

「おっぉう、コレいけてるの……?」

 

 

 黒竜の寸胴じみた超巨体が、同じく巨翼のはばたきと共に浮き上がる。

 その黒き瞳は間違いなくこっちを注視していて、遠近感が狂うほどゆっくりに見える飛行で向かってきている。

 

「よしっ第一段階はイケそうです、イシュトさん!」

「いやぁ~アッシュもベイリルちゃんも連れてきて良かった!」

 

「とはいえ油断はできません。俺はこのまま、アッシュと一緒に呼び掛けさせ続けるんで……──」

 

 俺はスッと緑竜グリストゥムへと目線を泳がせる。

 

「ん? ボクの風竜(けんぞく)(おび)えてるからもう出させないぞ」

「っ──飛行しながら、断絶壁まで持続させるのはまずもって無理なんですが……」

 

 ただでさえ、"天道崩し"と"天雷霆鼓(てんらいていこ)"で魔力を消耗している。

 その上で飛行しながら音圧操作の並列作業(マルチタスク)では、十中八九……辿り着く前に脱落することだろう。

 

 

「っていうか白、おまえが乗せてやれよ」

「ん~? わたしが運ぶと光の速さだからムリだよ」

「いやいや、白竜に戻れよ。さすがに黒に追いつかれる速度じゃないだろ」

 

「それがわたしさ、忘れちゃって……竜への戻り方」

 

 ウインクしながらのイシュトの言葉に数瞬ほど沈黙してから、グリストゥムはそれまで見たことないほど顔を歪める。

 

「……はぁぁああああ!?」

「何千年も人族(ヒト)として居すぎたからさ~」

「おまえ……ほんっとバカなんだな」

「おかげでわたしは唯一(ゆいいつ)、"人化"したまま"現象化"も使えるし? それに"光輝"って収束させてたほうが使い勝手も良くってさ」

 

「人に毒されすぎたなあ!」

「それって正直、褒め言葉だねぇ。まぁまぁゼッタイに竜に戻れない、ってこともないんだろうけど……多分何日も掛かるよ」

 

 大きく溜息を吐いた緑竜グリストゥムは、諦観(ていかん)の入り混じった表情で口を開く。

 

 

「ちっ……しょうがない。ヒトを背に乗せはしないが──風には乗せてやる」

「ありがとうございます、それなら慣れていますのでなんとか……助かります」

 

 ともすると()()()()()()()によって、この身がアッシュと共に羽根のような軽やかさを得る。

 

流石(さっすが)、凄いな──こんな風の使い方もあるのか、またとない機会だし参考にしよう)

 

 そんなことを思いながらも、俺は黒竜との必死の鬼ごっこに()くすのだった。

 



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#254 大地の愛娘

 

 地上生物で最大なんじゃないか、と思えるほどの超巨体を誇る黒竜の飛行速度は思ったよりも速く──

 同時に緑竜が操る風は、適切なペースと相対距離を(たも)って俺とアッシュを(はこ)んでくれた。

 

 アッシュの声もさすがにカスッカスに枯れてきていて、俺も魔力が限界に近かくなる頃……。

 

(ようやく見えてきた……)

 

 それでもどうにかこうにか、誘導を続けて"断絶壁"へと到着する。

 黒竜は道中にも闇黒を()き散らし続けたが、飛行していたおかげで地上への影響はさほどでもないだろうと思いたい。

 さしあたって赤竜にも迷惑を掛けずに済んだことにも安堵する。とはいえまだ終わったわけではない。

 

 

「……本当にここまで、ありがとね。ベイリルちゃん」

「なんのなんの、大したことは──したつもりですけど、アッシュの為でもありますから」

 

 いつまでも痛苦の中で生き長らえるのは、とてつもなく耐え難いものであろう。

 それは言うなれば"終末医療"にも似ている。

 

 家族が苦しんでいて、それを救済する方法がないのならば……。

 母である白竜イシュトが、伴侶であった黒竜を解放してやる選択を、俺は尊重したい。

 まだ完全に理解できていないであろうアッシュにとっても、それは見届けねばならぬことだろう。

 

「あなたが、この仔の第二の父であってくれて……本当に良かったよ」

「俺の(ほう)こそ誇りに思います。イシュトさんたちの()の親代わりになれて」

 

 それは素直な気持ちであった。そして人と人とでも、人と竜とでも──巡り会いとは……本当に奇なるモノであると。

 

 

「あ──っと、グリストゥムさん! ここら辺で大丈夫です!」

 

 俺は高空を飛ぶ緑竜グリストゥムに、声を掛ける。

 

「まだ壁は向こうだがー?」

「いえ! あまり壁に近付きすぎても、それはそれでマズいので!」

 

 "壁街"からはかなり離れてはいるが、それでも"断絶壁"それ自体は魔領からの侵攻を(はば)む防波堤である。

 仮に激突で破壊されても"大地の愛娘"ルルーテであれば──すぐに直せるかも知れないが──余計な手間を掛けさせるのも忍びない。

 

 (せん)だって魔族軍を"地殻津波"で粉砕した距離を考えれば……十分、彼女の探索・撃滅範囲。

 であれば少し離れたところのほうが安全であろう。音波発信(ソナー)も、全力であればここからでも届く。

 

「言っておくが、ヒトの指図(さしず)を聞いたわけじゃないからな」

 

 そう緑竜らしい一言を残し、風はゆっくりと高度を下げつつ……旋回するような軌道でもって、低空飛行に移っていく。

 黒竜もそれに呼応するように、闇黒を(まと)いし巨体を地面に向かって落とすのだった。

 

 

「ふゥー……」

 

 俺は"六重(むつえ)風皮膜"を(まと)いながら音もなく着地し、肩に引っ掛けていた"黄竜兵装"をその場に置く。

 トンットンッとその場で跳躍(ステップ)を踏みつつ、黒竜が地面を削るように着地するのを眼前に(とら)える。

 

「誘導は無事完了──続いて第二段階」

 

 俺は財団員ローブの内ポケットに入っている魔薬(ポーション)を取り出した。

 ストックしておいた最後の補給を胃に流し込んだところで、両腕を上空へと(かか)げた。

 

(体力はそこそこ、気力はそれなり、魔力も……許容範囲)

 

 俺は魔力の流れを意識しつつ、例によって光速で隣に(たたず)むイシュトが(うなず)くのを確認する。

 

 そうして"大地の愛娘"を呼び出すべく、地面へと音圧振動を撃ち込む──まさにその刹那に中断し、手を半端に止めた。

 

 

「またキミ?」

「──……どうも、()()()()()()()()()? ルルーテさん」

 

 まるで最初からそこに居たかのように、目的である"五英傑"が再び立っていた。

 

「眠りが浅かったせいで起こされた、なにあれ」

「黒竜です」

 

 俺が答えると、"大地の愛娘"が言葉を返すよりも先に黒竜の咆哮が一帯に響き渡る。

 さらに間髪入れぬまま、黒竜の口腔から"闇黒色の吐息(ブレス)"が(はな)たれた。

 

(あ──喰らったら死ぬな)

 

 到達する数秒の(あいだ)に俺はそんなことを思い……。

 他方(たほう)、"大地の愛娘"ルルーテは「ふわぁ……」っと欠伸(あくび)を一つ。

 

 

 すると地響きを少しばかり、岩盤が山のようにせり上がり、黒色の一切を(とお)さず遮断した。

 偉大な大地は、砕けない。その形成に魔力を介在していても、それは創り出しているわけではない。

 物理的に存在する岩ならば、闇黒であろうとも減衰されることも消滅させられることもないのだろうが……その衝撃まで全て受けきるのはルルーテだからこそなのだろう。

 

「……もう、うるさいな」

 

 (つぶや)くように一言、ルルーテの声を俺の半長耳が拾って数秒──()()()()()した。

 

「はっはぁ~……──!?」

 

 俺はそれ以上言葉はおろか、思考すら止まってしまう。

 赤とも黄とも白とも取れるかのような輝きが黒竜を包み込み、そのまま上空まで打ち上がる極大質量の塊。

 

 それは溶岩(マグマ)……ですらない。溶けた岩ではなく、"融解した鉄"であろうと直観的に察した。

 

 

("スーパープルーム"……)

 

 俺の心中でそんな言葉と、かつて前世で見た映像記憶が脳裏に浮かんでいた。

 

 星の(きら)めき──核融合反応の行き着く果ては"鉄"である。

 すなわち惑星の"地核"と"マントル"。超高密度の鉄は()けて流動し、惑星中心にて磁界を作り出す。

 

 そんな惑星の奥深くに存在するドロドロの金属や岩石類を噴出させるという、常軌を逸するどころではない事態。

 

 かつて地球史において最大級の絶滅被害を引き起こした、超極大災害"マントルプルーム"。

 ドキュメンタリー動画で見たその光景が……局所的に眼前で繰り広げられてるのだ。

 

 

(究極の地属魔法(・・)……(いな)、大陸魔法とも言うべきか。惑星そのものを(つかさど)る"星"属魔法とも言えそうだ)

 

 あるいは自転を止めたりなんかも、あっさりとやってしまえるのでは? と思えてしまうほどに。

 今まで数多くのモノを見てきたが……この世界に染まったハズの常識が、さらに塗り替えられた心地。

 

(なるほど……これはたった一人で世界滅ぼせるわ、うん)

 

 白竜イシュトが、黒竜を殺しきれる──と確信するだけの強度が……ここにきてようやく理解できた。

 人類が創り上げたあらゆる文明を一切合財(いっさいがっさい)、一日もあれば灰燼(かいじん)へと()すことができようと。

 そしてさらに恐るべきは、これほど圧倒的な(ちから)を──片手間で、完璧(パーぺき)精緻(せいち)にコントロールしているということにある。

 

 

 だからこそ俺は、なけなしの気力を振り絞ってルルーテへと(たず)ねる。

 "文明回華"を()し進めていく上で、必ず聞いておかねばならぬ"義務"が俺にはあったからだ。

 

「ルルーテさん、あなたの目的はなんですか?」

 

 "大地の愛娘"はこちらへと首だけを(かたむ)けながら、半眼を合わせてくる。

 

「……? 寝ること」

 

 特に問い返されるようなこともなく、あっさりと……そして単純(シンプル)な答えが返ってきた。

 

「ここはわたしの安眠場所(ゆりかご)なの、だから邪魔しないで」

「……はい」

 

 俺はにべもなく(うなず)いて、それ以上の言葉をぶつけることはなかった。

 

 彼女は魔物や魔族の侵攻を防ぐ英雄であり、それゆえに"五英傑"に(かぞ)えられた。

 しかしその内実(ないじつ)は──自分の為だったということか。単に安眠妨害する連中を潰すという……ただそれだけ。

 

(なら、まぁいい)

 

 つまるところココでドンパチをやらなければ済む。刺激さえしなければ敵対されることもないのだ。

 むしろ"大地の愛娘"が老いて往生するまで、魔領側から連邦側への侵攻がないというのは、不確定要素(イレギュラー)の一つを潰せるということ。

 

 

 俺は視線だけでイシュトの様子を(うかが)った。

 アッシュをその胸に()いて、母と子で父の最期を見送る様子(サマ)……。

 

 彼女の心を()(はか)ることは、俺だけでなくきっと他の誰にも不可能であろうと──

 



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#255 黒と白

 

 "大地の愛娘"ルルーテが(はな)った局所的超極大災害、スーパーマントルプルーム──

 

 成層圏にも軽く達したであろうその大噴()は……ほんの数十分ほどで余計な被害を出さぬまま地面へと戻っていく。

 それでも周辺は()けた鉄と岩が入り混じり、余熱によって普通の生物であればおよそ近付けない領域と化す。

 

 そんな灼熱地獄の様相(ようそう)(てい)している環境下。

 爆心地で直接ぶち込まれたハズの黒竜は……今なお生存していた。

 

「はぁ……──」

 

 自らが引き起こした災害の最中(さなか)、立ったまま寝ていたように動かなかった"大地の愛娘"が……小さく溜息を吐く。

 するとイシュトがくるりとルルーテへと体ごと向き、あれほどの光景の後でもなんら物怖(ものお)じなく声を掛けた。

 

 

「ちょぉーーーっと、待ってくれるかな? ルルーテちゃん」

「なに、だれ」

「わたしとこの子は黒竜(アレ)の家族。少しだけ時間がほしいんだけど、いいかな?」

「かぞく……わかった、少しだけ」

 

 うつらうつらとその場で揺れるルルーテに、俺は戦々恐々としつつ……イシュトがニコッと笑い掛けてくる。

 

「ベイリルちゃん、アッシュにも風を分けて黒のところまで一緒に行ける?」

「……はい、問題ないです」

 

 "六重(むつえ)風皮膜"であれば、十分に熱遮断もできるし空気供給も可能である。

 

「それじゃ、先に行ってるね」

 

 そう言った白竜イシュトはアッシュを離すと、一瞬の閃きの内に黒竜の元まで移動していた。

 

 俺はゆっくりと一息を呑んでから地を蹴って、アッシュを(かか)えて熱風へと乗るのだった。

 

 

 

 

 灼熱の大気の中で──横たわる黒竜に寄り添う白竜の(そば)へと、俺と幼灰竜(アッシュ)は着地する。

 あれほどの災害でも死ねないほどの強靭さと、今なお命が果てることなき生命力。

 

 かつて愛し……現在も愛しているかも知れない相手に、ゆっくりと手を当てているイシュト。

 そんな痛々しく哀しい光景に、俺も人並に心が締め付けられる思いだった。

 

「ありがとう、ベイリルちゃん」

「いえ……アッシュにも看取(みと)らせてあげないといけませんから」

「そうだねぇ。それとなんかいっぱい借りも作っちゃったね」

「俺のことは気にしなくてもいいです」

「でもそれを()()()()()()()、だからごめんね」

 

 (しん)(せま)った声色に、俺の動悸までも早まるのが感じられる。

 その覚悟を秘めた瞳に──考えたくなくても脳裏によぎってしまう。

 

 

「……心中(しんじゅう)するつもり、ですか?」

 

 俺はそれでも(こと)()として問いかけ──イシュトの返答は笑顔だった。

 

「黒はアッシュの声に反応して、ここまでついてきた。ってことは完全に正気を失ってたわけじゃなかった」

「っ……そうですね」

「ほんっの、ほぉーーーんの少しでも、心が残っているならさ」

 

 イシュトはゆっくりと黒竜へと顔を向け、その手で()れる。

 

「一緒に眠ってあげる人がいないと可哀想だからね──ずっと一人ぼっちだったわけだし、最期くらい」

 

 

 俺は迷いつつも……唯一繋ぎ止められるであろう言葉を、苦悶の表情で投げ掛ける。

 

「アッシュの成長を──将来を見れなくてもいいんですか……っ!」

「ふふんっ、それは大丈夫! だって……ベイリルちゃんがいるもの」

 

 無意識に声を荒げていることに気付き、俺はギリッと歯を食い縛る。

 

「前にも言いましたが、アッシュには……母であるイシュトさんが必要かと」

「アッシュはさ、(わたし)と黒の分け身。言っちゃえばわたしたち自身みたいな部分もあるから」

「それでも──」

 

 言葉に詰まった俺に対し、イシュトは覗き込みながら"母の表情"を見せる。

 

「んっんんん~~~? あらら、わたしなんかの為に泣いてくれるんだぁ?」

「っえ……? あ、本当だ──」

 

 気付けば風皮膜の内側で頬を伝う水粒があった。生体自己制御(バイオフィードバック)でもコントロールできないそれに……俺自身も驚く。

 まるで俺であって俺ではないような心地すら感じられるほどに。

 

「イシュトさんとはそんなに付き合い長くないのに、不思議です」

「あっはは、言うねぇベイリルちゃん。でもねぇ……長生きの身ぃから言わせてもらうと、人と人とは必ずしも時間だけじゃないからさ。

 それだけわたしに(きずな)を感じて、想ってくれてるってことは素直に、とっても、本っ当に嬉しいよ──ほんっと……ありがとうね」

 

 

「カァァァアウゥ……」

 

 するとアッシュが俺を(なぐさ)めるように、頬へと顔をすり寄せてくる。

 これ以上イシュトを引き止めることは……その決意を(けが)すことにもなろうと、俺は拳だけを無力に握り締めた。

 

「クロアーネちゃんに、もっと料理を教えたげられなくてごめんねって伝えて」

「──今から光の速さで直接(つた)えにいくというのはどうです」

「ふふふっ状況説明まで考えると、そこまでルルーテちゃんも待ってくれないでしょ。他の皆にもよろしく、おねがい」

「……任されました。アッシュも立派に育てます」

 

「うむ! ただアイトエルには、別に連絡いらないかな。あいつとは今さらだから」

「アイトエル殿(どの)は俺も次いつ会えるのかすらわからないので……」

「そっかそっか。あとぉこれはぁ──"ささやかなお礼"だよ」

 

 イシュトはゆっくりと俺のうなじあたりを掴んだかと思うと、グッとその顔へと引き寄せられた。

 コツンッと(ひたい)(ひたい)が当たって、お互いの息吹が感じられる距離となる。

 

 

「わぉ、快適だねぇこの風」 

 

 ()れ合ったことで、自然と"風皮膜"がイシュトへと分散されていく。

 

「俺の自慢の術技の一つです。ところで、お礼? ……とは」

「うんうん、七色竜ともなるとね──(ちから)を分け与えることができる。人が"加護"とも言ってるやつだね」

 

 知識としては持っている。"竜教団"なぞは、そうした"(ちから)そのもの"を信仰している部分もあるゆえに。

 

眷属竜(けんぞくりゅう)みたいに、近い種族ならいいんだけど……ベイリルちゃんはヒト種だからね、自由には引き出せない」

 

 重ね合った(ひたい)から、にわかに光と熱を感じる。

 

「もし使えたとしても、自在にともいかない。でも()()()()()()役に立てばいいかな、ってことであげちゃう。受け取って、わたしの……"白竜の加護"を──」

「ありがたいです、が……アッシュに与えたほうが良いのでは?」

「ん~……七色竜同士で加護を与え合うことはできないんだぁ。お互いに(ちから)が強すぎて干渉し合って拮抗(きっこう)しちゃうからね。

 さっきも言ったけど、灰色(アッシュ)(わたし)(くろ)の純然たる分け身。言わば、八色(・・)目の竜、だから加護をあげたら邪魔になっちゃう」

 

「なるほど、理解しました。では……──ありがたく頂戴(ちょうだい)します」

「素直なのはよろしいことだよ」

 

 

 光が収まると、互いに(ひたい)を離したところで──最後に俺はイシュトからゆっくりと抱きしめられる。

 次にイシュトはアッシュへと、愛情を込めて最後のキスをした。

 

「それじゃお別れだねベイリルちゃん、アッシュ──元気に育つんだよ」

御然(おさ)らばです、イシュトさん」

「キュゥゥゥァアアッ!!」

 

 白竜と黒竜の()──喉を精一杯に振り絞った灰竜の声であった。

 俺は静かに手を振り続けるイシュトへと体を向けたまま、アッシュと共にゆっくりと飛行して離れていった。

 

 

 

 

「おわった?」

「……はい」

 

 隣に立っているルルーテは、薄ぼんやりとした半眼(まなこ)で告げてきて、俺はゆっくりと(うなず)く。

 

「ちなみに、どうやって二人を──」

真ん中(・・・)につれてく。大丈夫、苦しくないから」

 

 規格外な"大地の愛娘"基準だろうとは思いつつ……。

 それとは別に、ルルーテにも人としての慈悲があることもよくよくわかったのだった。

 確かに安眠が優先されるとしても……生きとし生ける者の心の機微(きび)を理解し、人類を守護している存在だということを。

 

 

 ともすると、一瞬の(ひらめ)きがあったかと思えば……なんと()()()()()()()()()()()()()()

 

「っえぇ──イシュトさん!? もしかして思い直したんですか?」

「ちがうよ? ただベイリルちゃんに言われて、ちょっと試してみたの」

 

 そう言って差し出してきた手から、俺は手の平ほどの大きさの"白い竜鱗"を受け取った。

 

「アッシュに加護はあげられないけど、"これ"ならお守りになる。白黒|二柱(ふたり)分ね」

 

 渡された"白い竜鱗"を裏返すと"黒き竜鱗"があった。白竜と黒竜の重ね合わさった鱗、白と黒の想いが込められたアッシュへの形見。

 

「それじゃルルーテちゃん、もう大丈夫だからやっちゃって」

「わかった」

 

 ルルーテが返事すると、黒竜の周囲の大地が盛り上がって包み込んでいく。

 

「今度こそ、じゃあね!」

 

 

 もう一度だけ(ひらめ)きがあると、黒竜と共に沈んでいく白竜の姿があった。

 

(最後の最期まであの(ひと)は……)

 

 アッシュを撫でながらそう心中で(つぶや)いた俺の表情には、自然と穏やかな笑みが浮かんでいたのだった──

 

 

 



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#256 思い伝わるもの

 

 黒と白の姿が消え、地表に噴出したマントルの一部もろとも(もぐ)っていき──しばらくして大地は静寂を取り戻す。

 

「おわり」

「ありがとうございました、ルルーテさん」

「……? うん」

 

 "大地の愛娘"ルルーテは、首を(かたむ)けたまま眠るように地面へと消える。

 俺がお礼を言った意味もわかってない様子だった、ハイパーウルトラマイペースな五英傑。

 

 逆らうのも(ぎょ)するのも……関わることすら不可侵(アンタッチャブル)であるべき存在。

 しかし白竜と共に黒竜を永遠の眠りへと(いざな)ってくれたことには、心よりの感謝をしておく。

 

 

「──紫に、黒と……白までいなくなるとはね」

 

 目線よりもやや上の空中にいたのは……はたして緑竜グリストゥムであった。

 

「それにしても最期に加護まで与えていくとは……(あいつ)も最後に闇黒に当てられて正気を失ったか?」

「いえ、それは──」

「おいヒト、何も喋るな。白がいない今、ボクはおまえなんかと()わす言葉はない」

 

 態度は相変わらずといった様子であり、恐らく今後とも親密に(まじ)わることはないだろうに思える。

 

「ただし、おまえらと違って竜は礼儀を知る。だから……感謝だけはしておく、ヒト」

 

 俺は真剣な面持ちを(たも)って、ゆっくりと深い会釈(えしゃく)のみで返した。

 

("七色竜"──()む場所や気質こそ、それぞれ違えども……)

 

 それでもやはり世界にたった7柱しか残らなかった真なる同族なのだろう。

 彼らには彼らなりの想いがそれぞれにあったということは、よくよくもって知るところである。

 

 ともすると、撫でるような爽風(そうふう)が周辺を包むように吹き始める。

 

「赤にはボクから伝えておく」

 

 そう最後に言い残したグリストゥムは、緑竜へと姿を変えてはばたきを一つ。

 (またた)()に高々空へ舞い上がってその姿を消すのだった。

 

 

「──さて……俺たちも戻るか、アッシュ!」

「クゥウウァアアアッ!!」

 

 マントルプルームの衝撃波によって晴れ晴れと、雲一つなくなった青空を望み、俺は新たな気持ちを胸に大地を蹴り出すのであった──

 

 

 

 

 "スーパーマントルプルーム"の余波も治まり、一時避難が解除されたところで俺は洗いざらい話すことにした。

 イシュトが白竜だったことも含めて皆に説明し、そして(こと)顛末(てんまつ)についても全てである。

 

 反応は本当にそれぞれであり、付き合いも長くなかったからか驚愕のほうが強く感じられた。

 なにせ七色竜が4柱と"大地の愛娘"まで絡んだ、通常考えられないような超事態である。

 

 改めて俺もそんな当事者の一人だったということが、夢見心地とも言ってよいほど。

 

 そうして落ち着いてから──俺は新たな開発の発想(アイデア)提供・調整を含めて、しばらく断絶壁に留まることに決めた。

 フラウとハルミアとキャシーらがこっちに来るのには今しばらく掛かるようで、それまでは執務に(はげ)む。

 

 

 俺はソファーに座り、サイジック領とモーガニト領それぞれの報告を読みながら進捗(しんちょく)を確認する。

 

(あの時は考えもしなかったが……"黒竜素材"はもったいなかったな)

 

 時間が過ぎゆくと、そんな非常に打算的かつ台無しなことを考えてしまう自分がつくづく()(がた)いとも感じる。

 しかし一方で、マントルが噴出した残骸によってちょっとした小山が残っていたのだった。

 

異世界(こっち)にも当然ながら鉱山業が存在しているわけだが)

 

 いわゆる下賤(げせん)な職業に類する為、他国でも魔術士がそういった業務に就くのは非常に稀である。

 特に王国などは魔術士は総じて高貴な立場である為に、賤業(せんぎょう)に対しては獣人奴隷が酷使されていると聞く。

 

(掘削や補強に換気はもとより、漏出した地下水の処理にも魔術は非常に有用ではあるんだが──)

 

 実際に鉱山業として成り立たせるにはそれなりの実力が必要で、それだけの実力があるならばわざわざ劣悪な鉱山業はしない。

 犯罪者奴隷などは反乱や脱走の恐れがあるので、高度契約が()されていない限りは、魔力強化も魔術もなしの生身で従事させるのが基本となる。

 

 よって星の内部奥深くから持ってこられ、地表に剥き出しにされた──言うなれば、"大地の愛娘ルルーテの置き土産"。

 それは採鉱に本来掛かる労力と費用を大幅に(はぶ)くのみならず、鉄以外にも豊富な物質が多いと思われるので、その旨味(うまみ)は計り知れない。

 

(殲滅された魔領軍もしばらくは攻めて来ないだろうし、今の内に可能な限り採掘して運び込んでおきたいところだな……)

 

 

「あっし!」

「クゥゥァア!」

 

 部屋の中ではヤナギがアッシュとじゃれ合っていた。

 そして幼灰竜の首元には、白黒の重ね竜鱗が(ひも)によって()げられている。

 

(まっ……黒竜素材を入手したところで"闇黒(あんこく)"を内包している以上は、すぐに使えるような素材でもなかったか)

 

 アッシュの首にある鱗のみが例外であり、闇黒を撒き散らすようなことはなかった。

 魔力感度の高い俺が調べてみても、本当になんの変哲もないただの硬い鱗である。

 

 それでも白竜イシュトの遺言を考えると、何かしらの(パワー)が宿っていると考えられる。

 俺がもらったであろう"白竜の加護"と同様、簡単に引き出せるようなものではないのかも知れない。

 

 

(イシュトさん……一緒に歩んでいきたかったな)

 

 白竜であることを差し引いても、ただただ親しみを覚えられる(ひと)だった。

 実利においても生きていればどれだけの利益を、シップスクラーク財団にもたらしてくれただろうか。

 

 黒竜共々(ともども)仕方がなかったと切り捨て、一切を割り切るにはいささか難しいものがある。

 こればっかりは何百年生きようとも慣れるとは思えないし、慣れたいとも思わない。

 

「死者の蘇生……"命を与える指環"──」

 

 イシュトはアッシュを蘇らせる為に、そんなトンデモ魔王具を探していたと言っていたのを思い出す。

 遺体がなければどのみち無理だろうし、魔力も常軌を逸した量が必要と思われる。

 

(それでも気に留めておくべきか、財団が保有するにせよ他の誰かが持つにせよ──)

 

 

 色々と想いを巡らせていると、コンコンッとノックが響いてこちらの返事を待たずに扉が開けられる。

 

「くろー」

「キュァァアアッ!」

 

 すると入ってきたクロアーネへと、ヤナギとアッシュが抱きつくように突撃する。

 

「はいはい」

 

 優しくヤナギを抱きとめ、肩を止まり木代わりに差し出すクロアーネに俺は声を掛ける。

 

 

「クロアーネ、何か火急の用事か?」

「いえ、特段の用事はありません。()いて言うならヤナギとアッシュに会いに来たということで」

「……? そうか」

 

 どことなくよそよそしさを感じるが、俺は特に気にせず書類へと視線を戻す。

 

「顔色も戻ったようですね、帰ってきた時はなかなかに憔悴(しょうすい)していたようですが」

「ん──まぁ、な。やっぱり知人を眼の前で喪失(うしな)うってのは、なかなか(こた)えるもんだ。

 今回は別に実力不足だったわけでもないし、イシュトさんの意思だった以上は尊重したいところなんだけど」

 

「貴方に非がないのであれば、気にすることはないでしょう」

 

 クロアーネはただ静かに俺の言葉を受け止め、どうやら励ましてくれているようだった。

 

「まったくなぁ、今でも窓の外からひょっこり現れるんじゃないかと……思っちゃうくらいだ」

「……そうですね」

 

 あるいはクロアーネは──ヤナギとアッシュに会いにきたのではなく、俺を心配して来てくれたなどと。

 

 

「ところで料理、残念だったな。誰よりも年季が入った調理技術──惜しかった」

「いえ……数日程度でしたが学べました。それがわずかであっても、決して無駄にするつもりはありません」

 

 クロアーネの言葉はとても強いもので、同時にイシュトについて彼女なりに思うところがあると感じた。

 

「そっかそっか。しかしまぁ……短期間だったが、本当に色々あったもんだ。最初はアーセンの始末をつけるだけだったのにな」

「まったくです。こんなにも付き合わされるとは思っていませんでした」

「ありがとう、クロアーネ」

「別に……結果的に学びや発見があったので気にはしていません」

 

 そう口にしたクロアーネはヤナギとアッシュを連れ、自然な様子で俺の隣へと座ってくる。

 どういった風の吹き回しかとも思いつつ、彼女もまた整理がついてないのだと察しえた。

 

 クロアーネは他の皆よりもイシュトと深く関わっていた。

 そうした人物と永遠に別れるということ、あるいは初めて味わう気持ちであり経験なのかも知れない。

 

 

「……その、こういう時にどういう態度を取っていいかわからないのですが──」

「一緒にいてくれるだけで落ち着くよ」

「そうですか、では」

 

 俺は茶化したり冗談めいたことを言わず、流れに身を任せる。

 ヤナギとアッシュもいる以上()()()()()()()にはなるまいし、ただただ落ち着いた心地。

 

「イシュトさんも財団の仲間として、"未知なる未来"を見たかったもんだ」

 

 俺は書類を置いて、ゆっくりと背もたれに体重をあずけ天井を仰ぎ見る。

 

「イシュト様は最期……どういうお気持ちだったのでしょうか」

「さてな──俺も誰かを愛することは多少なりと知ったが、それでもイシュトさんの気持ちはきっと彼女にしか理解できないと思う」

「アッシュもいるというのに……」

「子を持ったことはないからわからないが……イシュトさんがアッシュを心から愛していたことは知っている」

 

「それは……私も感じられましたが」

「その上での決断だった。俺はその意思を尊いと思うし、彼女が信じ託してくれたアッシュを今後も守っていくさ」

 

 

 クロアーネはアッシュを肩から腕へと誘導しつつ、感慨深そうに口にする。

 

「……子育て、ですか」

 

「まっ"親はなくとも子は育つ"、と俺の故郷の言葉にあったし──アッシュは種族としては最強・最長命クラスなわけで。

 だから過保護ではなく多様な環境に()れさせてやって、(ゆが)まないようにだけ気をつけてやればいいってスタンスは崩さないけどな」

 

 懸念点があるとすれば、アッシュ自身に"闇黒"の素養があるかどうかという部分だった。

 黒竜が自身の闇黒によって精神を(おか)されてしまったのなら、それは灰竜も注意しなくてはならないことである。

 

 

「──クロアーネは死なないでくれよ」

 

 なにやら心の中で煮詰めているようなクロアーネに、俺はやや軽調子で口を開く。

 

「そっくりそのままお返しします。お互いにやり残したまま死んでは……後味が悪いですから」

「そうだな……知識と技術、そして思いもまた受け継いで──次代へと伝えていかなきゃな」

 

 今までに味わったことのない感覚を胸に抱いて、俺とクロアーネはヤナギとアッシュと一緒にゆったりとした時間を過ごしゆくのだった。

 




四部はこれにて終了です。次は幕間を挟んで第五部となります。

感じ入ることがあれば評価や感想を置いてってもらえると嬉しいです。


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幕間
#257 巡り合い、紫徒 I


 

 光輝なる白竜との別離より──2週間弱ほど経過したある日のこと──俺は断絶壁街の財団支部は屋上にて、一人の男と対峙していた。

 

「一目でわかったよ、"空前"のベイリル」

 

 唐突に空から()って湧いた見知らぬ男──身長は俺よりも高く、筋骨も二回りほどは恵まれている。

 薄黄色に紫が入り混じった長髪を(かぜ)に流しながら、メガネの奥にある群青色の瞳が……俺の碧眼と交差する。

 

「……そういう貴方は?」

 

 詰問するように俺は眼を細める。

 男には爬虫類が(ごと)き、ほのかな紫色の二又尾が垂れているのが見て取れた。

 そして最も特徴的なのが……飛竜(ワイバーン)のような前腕を(ともな)う羽翼が、背中側から生えていること。

 

「我が名は"サルヴァ"、姓は"イオ"と言う」

「サルヴァ・イオ──あいにくと聞いたことがない」

 

 記憶の中を瞬時に(あさ)ってはみるものの、一切の聞き覚えがない名前だった。

 

 

「ふっははははッ! 面白いな、貴様は実に面白い」

「……まだおもしろいことを言ったつもりはない、が──」

「貴様の(たたず)まいのことを言っている。実に完成された戦士だ」

「はぁ……そりゃどうも」

「我はめったに人を褒めることはないから、ありがたく思うといい。少しくらい(すき)あらば付け入ってやろうかと思っていたのだが、心身共に油断がないようで残念」

 

 俺は目の前の人物をいまいち図りかねる。名前はわかったものの、その素性についてはまったくもって不明のまま。

 尊大ではあるが同時に自信にも満ち満ちていて、有事が起こった際に武力で制圧するにも……不確定要素が多いと判断する。

 

 

「まだ若いのに大したものよ」

「俺はハーフエルフです、貴方より年上かも知れませんよ」

転生前(・・・)の年齢を足したとしても、我に比べればまだまだ若輩(じゃくはい)というものよ」

 

 勝手知った(ふう)な口に、俺は動揺を見せぬまま頭の中でスイッチを切り替えつつ警戒度を最大限まで上げた。

 

「ほっほう、顔色一つ変えんとは……まっこと天晴れなり!」

「誰から聞いた」

 

 俺は底冷えするようなトーンでもって反射的に(たず)ねる。俺が転生者であることを理解しているのは片手の指で足りる。

 しかしその情報がサルヴァという名の男にとって既知であり、俺にとって彼が未知の塊であることは……いささか面白くない状況である。

 

 

剣呑(けんのん)だな、だがあいにくと我も財団職員だ。仲間内で争っても無意味だろう?」

「隙あらばとのたまっていた人が……いけしゃあしゃあと言うものだと思いますが」

「そこは気にするな──っと、あったあった」

 

 言いながらサルヴァは二重螺旋の系統樹が描かれた、紋章(エンブレム)をポケットから取り出した。

 それは確かにシップスクラーク財団のモノであり、わざわざ偽造する者も現段階ではそうはいまい。

 

「さてそれでは先ほどの疑問の答えだが……君の()()()()()()()知っているのは誰なのか、考えてみたまえ」

「……シールフしかいませんね」

 

 転生者であることを知っているのは何人かいるものの、実年齢まで知っているのは"燻銀"ただ一人しかいなかった。

 

 

()に落ちないのは、なぜ彼女がそこまで我に教えたか……であろう?」

「いえ。彼女は俺の半身ですし、シールフが秘密を教えるに(あたい)すると判断したのでしょう」

「ふっはッ! (いさぎよ)いな。我がどこまで知っているかも気にならないと言い切るか」

「まぁシールフは全幅の信頼を置いた内の一人ですし。サルヴァ殿(どの)には必要なことを必要な分だけ教えただけでしょう」

 

 ニィ……っと腕組み笑ったサルヴァは、満足気な声色で話を続ける。

 

「そういうことだな。彼女が我に話したのも、ひとえにまだ若かりし頃……転生者と会っていたからに他ならない」

「若い頃? 一体どなたか、お(たず)ねしても?」

「言っておくが、軽く百と五十年以上前のことだ。当時は狂人の戯言(たわごと)だと思っていたからな──名前まで聞かなんだ」

「それから150年たった今は……さしあたって転生などという話も信じられる、と?」

「極東にも過去に存在したであろう、独自の文化が継承されていたゆえな。今の我ならば理解できる」

 

 

(極東の本土(ほんど)北土(ほくど)か)

 

 直接の出身ではないが、こちらの大陸へ渡って系譜が今なお続いている"ファンラン先輩"や"スズ"のことを思い出す。

 

 紫竜による病毒汚染によって、ディアマが大陸を斬断した結果できた島国。

 南側の"本土"と北側の"北土"で分かれていて、非常に少ないながらも大陸と交易が(おこな)われている土地。

 

「あの時にもう少しばかり……転生者を名乗る男の話を、まともに聞いておくべきだったと痛感したものだ」

 

(過去の転生者か……ゼノが大魔技師の知識の一部を持っていたように、そうした遺産も探したいところだが──)

 

 あるいはこの世界に住む一般人には理解できずとも、財団とテクノロジーを知る人間には理解できる実践的な知識が残っているやも知れない。

 

 

「……ところで、サルヴァ殿(どの)はおいくつなのですか?」

「なんだ、我のことがそんなに知りたいか」

「それはまぁ……俺ばかりが一方的に知られているのは、いささか不公平かと」

「っはは!! 確かにそれは道理。よかろう、なんなりと聞くがいい。なんでも答えてやる、ちなみに年は200と20を数えるくらいだ」

 

「"竜人族"ですかね?」

 

 竜人族──人型種の中では、ハイエルフやヴァンパイアと並ぶ最高峰とも言える性能(スペック)を持つ種族。

 300年近い寿命とそれなりの魔力操作、なによりも圧倒的な身体能力を誇るのが特徴である。

 

 ただし獣人種などと同様に進化の一様態(いちようたい)であって、竜血をひいているというわけではない。

 鳥のように空を飛ぶことに憧れて翼を生やす進化を経たように、竜への信仰によって進化したとされている。

 

「いーや違う、ただの魔族だ」

 

 俺はいきなり肩透かしを喰らった気分になる。ただの魔族で200年を超える人生を語るには──

 

 

「ということは長命種とのハーフ?」

「でもないぞ」

「っ……となると──不老に類する魔導師か、あるいは神族の先祖返り……」

 

 シールフのような後天的な"神族大隔世"。非常に稀有な事例ではあるが、ありえなくもない。

 

「惜しいな、ベイリル。()いて言うのならば()()()()だ」

 

 馴れ馴れしく名前を呼んでくるサルヴァの言葉に、俺は思考をさらに回転させる。

 

(うん……? 人から神族遺伝子を発現することの、逆。それは、つまり──)

 

 俺はパチンッと指を鳴らして、狭まった回答へと辿り着く。

 

「そうか! 神族から魔力"暴走"に(おちい)って魔族になった」

 

 

「正解だ。我は神族として生まれ、薬学を(おさ)め、魔術に傾倒し、そして極東へと渡った」

「元は極東生まれというわけではなかったと。それにしてもよく渡れましたね、"海魔獣"もいるのに」

 

「危険だったが、どうしても必要だったのだよ。大陸の"錬金術"だけでなく、極東本土の"練丹術"も学んでおく必要があったからな」

 

 錬金術また練丹術──地球史においても存在した、卑金属から黄金などを作り出そうという"化学"の前身たる思想。

 その実態は時の為政者(いせいしゃ)からの求めにより、不老不死の妙薬を求め、物質の組成を探究した学問であったと言う。

 

 "黄金変成"はもとより、"万能の霊薬(エリクサー)"や、全知を(つかさど)るとも言われる"賢者の石"。

 果ては"人工生命体(ホムンクルス)"を代表とする、生命創造すらもその範疇であった。

 

 魔術の基礎である火・水・空・地も、錬金術における四大元素の考え方に(つう)じてはいるが──

 しかして錬金術は、こっちの世界でさほど学問として発達しているわけではない。

 それは単純に魔術が存在することと、宗教的な問題も含んでいる。

 

 

「そこで生涯愛した人間(ひと)と出会い、子をもうけ、一財産(ひとざいさん)と"イオ"()を築き上げ、領主として采配(さいはい)も振るった」

 

(つまりは……"化学"分野に精通した人物、ということか)

 

 興に乗り始めた語りを傾聴(けいちょう)しつつ、俺は目の前のサルヴァ・イオという人物を見極めていく。

 

「妻も亡くなり、孫たちも自立して(うれ)いがなくなってから──北土へと渡る途中で"とある人物"に師事した」

「とある人物?」

「"紫竜"だ」

「はっはぁ~……紫竜って生きてたんですか」

 

 俺はつい最近に当時を生きた者達から聞いた昔話を思い出しつつ、呆けた口調で聞き返すのであった。

 

 



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#258 巡り合い、紫徒 II

 

「──"紫竜"だ」

「いや、二度も同じこと言わなくて大丈夫ですって」

 

 なぜだか念押しするようにもう一度紫竜の名を口にしたサルヴァへと、俺はツッコミを入れる。

 

「いやだって、そこはもっと驚くところであろう!?」

「もちろん驚いていますよ」

 

 白竜イシュトや緑竜グリストゥムの口振りからしても、とっくに死んでいると思っていた。

 実際に光の速さで極東へ行ったらしいイシュトでも、紫竜は見つからなかったと語っていたのはまだ新しい記憶。

 

「それにしては反応が薄すぎる!」

「いやなんかもう、驚くことにも慣れてきてしまってきているので──それで、紫竜は今も極東に?」

 

 

「もう生きてはいない。我が看取(みと)ってやった」

「……そうでしたか」

 

 白竜と黒竜の最期を見届けた俺と、紫竜の最期を看取ったサルヴァ。

 "七色竜"の死に立ち会った者同士、ある種の共通点でありシンパシーすら感じ入る。

 

「世話になったし、晩年は世話してやった。往生だったよ」

「それは──なによりです」

 

 

 紫竜の人となり……もとい()()()()は知らないが、それでもやはり七色竜とは浅からぬ(えん)を持つ身として素直にそう思う。

 

「ちなみに"病毒による大陸汚染"はどうなったのですか」

「ん? そのようなこと、よく知っているな」

「えぇまぁ……これでも白・赤・緑・黄と知己(ちき)を得ていて、黒についても知っていますので」

「ほほう──少し前に黒竜が討伐されたと、財団内で()()()()として流れていたが……そういうことか」

 

 瞬時にこちらの言わんとしていることを見通すあたり、本物の知恵者(ちえもの)であることが(うかが)えた。

 

「お察しの通り、アレに一枚噛んでいたのが俺です」

「得心したよ。それにしても黄竜とのことは聞いていたが、さらに白・赤・緑ともとは……我よりも凄いではないか」

「恐縮です」

 

 白竜イシュトが既に死していること、今はまだ口にすることができなかった。

 特にどうということもないのだが……単純に俺自身が、未だに飲み込めてない部分があるとも言えるかも知れない。

 

 

「それで……そうそう紫竜の病毒汚染の話だがな、確かに危うかったそうだ。そこで紫竜は"自死毒"を生成することで事なきを得た」

 

 俺が怪訝(けげん)な顔を浮かべると、サルヴァは補足するように話を続ける。

 

「大地を──大気を──大海を──その病毒で(おか)すくらいなら……自らの(ちから)で死を選ぶことにしたのだよ紫はな」

「ははぁ……?」

 

 いまいち歴史の噛み合わない気持ち悪さを(ぬぐ)えず、俺は首を(かし)げざるを得なかった。

 ディアマによって極東が斬断されたのは、実に2000年近く前のことだとされている。

 

 紫竜が汚染を止める為に自殺(・・)し、そのおかげで極東文明が病毒という"死"に(おお)い尽くされることなく成立したならば……。

 サルヴァの前言からして紫竜がここ200年の近い時代まで生きていたのは、どう考えてもつじつまが合わない。

 

「疑問も無理からぬ。紫はな……竜の身を殺し、己は"人と()る"ことで、どうにか命だけは(まぬが)れたのだよ」

「──"人化の秘法"」

「ほほう、秘法のことも知っているのだな。さしあたって紫本人は偶然上手くいったのだと語っていた。そうして極東を分割した病毒の中で、隠遁(いんとん)し続けた」

「極東を分割……なるほど、それで本土と北土が」

 

 汚染自体は止まったが、残留した病毒によって島内の領土が強制的に分断されてしまったというカラクリに俺は納得する。

 

「今はかつてほど往来も難しくなくなったが、当時は汚染こそ止まったものの、領域内ではあらゆるモノが死に絶えたほどだったらしい。

 海で渡るにしても障害が多く……だからこそ北と南に分けられ、それぞれにまったく(こと)なる文化が成り立ったというわけだ」

 

 

 歴史の真実、初めて聞く話なのも当然であった。

 そもそも大昔の話であり、その真相も正しく伝わらなかったのも無理はない。

 極東本土"シーハイ"と北土"ヒタカミ"の(あいだ)には生物を(むしば)む霧がある──ということくらいしか知らなかった。

 

「紫竜は自身の病毒について研究し始めた。自らが招いた不徳を払拭(ふっしょく)すべく、慣れぬことを二千年と続けていた。

 しかしそれでも続けていた甲斐(かい)はあった。なにせ当時でも並ぶ者ナシだったこの我が、成果を見て師事しようと思ったほどだ」

 

 

 そこには(おご)りではなく確かな自信が満ち満ちているのが、言葉の節々(ふしぶし)から感じられるのだった。

 

「そして紫竜に頼み込み、その学識を唯一引き継いだのが(われ)──というわけだ」

「──それは、素晴(すんば)らしく半端ないです、サルヴァ殿(どの)

「フッハッハッハハハハ、もっと褒めたまえ。たまには(たた)えられるのも……最高だ」

「待っていた……えぇえぇ、貴方のような人材をいつでもどこでもだれでも、我が財団は待っていたんです!」

 

 俺は初見対応とは打って変わって、ご機嫌を取る──しかしながらそれは本心からの言葉でもあった。

 

 在野(ざいや)からスカウトしたり、どこか組織から引き抜きをするだけではない。

 財団の持つ知識や特許に誘引(ゆういん)された人間。その価値を理解できる人間を重用することは大きな意義を持つ。

 

「ただ……我は知識欲そのものを否定はしないが、だからと言って目的(・・)にはしない」

「と、いうと?」

「知識とはあくまで手段に過ぎず、我が見たいのは人の限界だ。それは"五英傑"のような人としての強度ではない。

 神族から派生したあらゆる種族が、数え切れぬ難題を克服し、どこまで進化していけるのか──そこにこそ最大の興味がある」

 

「──"人類皆進化"」

「そうだ、未知のテクノロジーと未来への好奇心も確かに魅力的だが……我が最も財団に()かれたのはソコだよ」

 

 

 シップスクラーク財団が掲げる"文明回華"。

 その象徴たる二重螺旋の(みき)一方(いっぽう)が"未知なる未来を見る"ことであり、もう片方こそ"人類皆進化"。

 

 グワッと口角をあげて眼を見開くサルヴァは、まさしく心情を体現しているかのようだった。

 

「我が築いた家庭の幸せな日常にも、紫竜と明け暮れた研究の日々にも引けを取らない居場所だよ、財団(ココ)はな」

「なによりの言葉です」

 

 シップスクラーク財団は、才覚や能力ある者にとって最適の環境を提供することを()とす。

 賢者や技術者からそういった言葉を得られるのは、まさしく冥利(みょうり)に尽きるというものだった。

 

「それにしたって、今までサルヴァ殿(どの)の風聞の一つも聞こえてこなかったとは……」

「入ってしばらくは各部門を転々として、実態を見極めていたからであろうな」

「なるほど転々と……──」

 

 そういえば以前にカプランがそんなような人物の噂を言っていたような気がする。

 

 

「まだまだ未熟でありながら、なぜだか知識が体系付けられていた……ばかりか、我でも未知の部分が数多く散見された」

「そこから財団の異質さを見出された、と」

「特に"原子論"──あらゆる物質は見えないほどの粒により成り立ち、引き合い、反発する。実に興味深く、得心がいくことが多かった」

 

「サルヴァ殿(どの)は様々な学術を(おさ)めているようですが、専門はなんなのでしょう?」

「薬学と練丹術、化学と錬金術、生物学……財団で言うところの遺伝子工学にも突っ込んでいるな」

「遺伝子のことまで……理解しているのですか」

 

 まだ文明が発展途上の異世界において、それこそ遺伝子などは概念で存在しているかどうかすらな学問である。

 

「病毒を研究するにあたって生体も数多く被験体にし、観察も欠かさなかったからな。だが概念を知ったのは財団員となってからよ」

「なるほど、というかそれら()()()()()……?」

 

「知識とは繋がっているモノだ。長く生きればそれだけ多方面へと手を伸ばし、造詣(ぞうけい)も深くなるというものだよ。

 我は十五の時に神領から出て以来、いつだって最善を尽くしてきた。できることは全てやってきたからこその、この頭脳だ。

 それでも()いて一番知識が深いものを挙げろ、と言うのならば……やはり"化学"が中心点になるのだろうなあ」

 

 

("大()学者"──サルヴァ・イオ!)

 

 俺の中のテンションが最高潮に近いボルテージを示す。

 

 "化学"──それは数学と並んで、万象に通じる分野である。物質そのものや物理現象はもとより、生物も化学反応の集合体。

 化学を制するということは、世界を制することに他ならない。

 未知の魔力や魔術とて大きく見れば、一分野の可能性も十分にありえるのだ。

 

 今まで財団内で足りてなかった分野に、(つい)に……(つい)にこれ以上ないほどの逸材が舞い降りてきたのだと、俺は歓喜に打ち震えるのだった。

 



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#259 大化学者 I

 

「──"大化学者"、ですね」

「……? なんだそれは」

「財団における"偉人"……変革者となりうる人材です。あとで紹介しますよ、大科学者と大技術者と大魔導科学者の候補を」

「本当に我についてこれる者がいるかな。少なくとも今まで巡った部門にはいなかった」

「いますよ。まだ若いものの、サルヴァ殿(どの)眼鏡(メガネ)に適う者たちが」

 

 おれは強く断言する。ゼノとティータとリーティアと、必ず良いスパイラルを生み出してくれると。

 

「そこまで言うのなら楽しみにしておこうか」

 

 サルヴァは肩を震わせてくつくつと笑うようだった。

 俺はそんな肩より後ろから生えていて、感情と連動するように動いている竜翼をふと注視してしまう。

 

 

「気になるか? まるで竜人族のような我が身が」

「……いえ、まじまじと見て失礼しました」

「遠慮するな、自慢の肉体だからな。むしろとくと見て、そしてなんでも聞くがいい」

 

 バッと翼膜まで広げたサルヴァは、右手でメガネを取るとピッと上へと投げ(ほう)った。

 そのままワイバーンのような右翼腕の(ほう)であっさり掴んで、さらに左翼腕へと投げて手に取る。

 次に手から落としたかと思うと、二又に分かれた尾で器用にキャッチしてくるくると回すのだった。

 

「実質的な"六ツ手"ですか、便利ですね」

「うむ。腕が二本では足らないと、常々(つねづね)思っていたものだ」

 

「よくわかります。それなら……()()()()()()()()()()、さらに便利だと思いません?」

「二人とはいらんかな、我が頭脳と肉体は唯一よ」

 

「そうですか。にしても魔力暴走による変異──お言葉から察するに、たまたまそうなった……というわけではない?」

(しか)り。多方面に秀でた我だからこそ、魔力の"暴走"をも自らを調整したのだ」

 

 メガネを掛け直したサルヴァは、実に得意気な表情でそう口にした。

 

 

「つまりサルヴァ殿(どの)は、"魔力抱擁"で暴走をその身に留めコントロールした──そう、吸血種(ヴァンパイア)のように……」

「まったく同じやり方ではないがな。それに我が求めたのは"紫竜"の姿であり、模倣(もほう)し、肉体を作り変えた。我の中で最も気高く理想的な形としてな」

 

(──"定向進化")

 

 獣人種や竜人族とて長い時間(とき)を掛けた上で少しずつ進化し、遺伝的に定着するようになったが──サルヴァは一代で成し遂げたということ。

 魔力暴走という特殊要件があったとはいえ、確かにサルヴァ・イオは存在そのものが卓抜している。

 知識を溜め込むだけでなく、それをしかと応用するだけの能力を備えているのだった。

 

(自らをキマイラ化した女王屍(じょおうばね)にしても……実際に己の肉体でやってしまうんだからトンデモない話だ)

 

 

「その時に一役(ひとやく)買ったものがある──それがこれだ」

 

 するとサルヴァはポケットから、何かモノを取り出して投げよこす。

 財団製の試験管の中には、緑色した粘度のある物体が半分ほどまで入っているのだった。

 

「シップスクラーク財団はガラス技術も素晴らしいな。実験器具にこれほど利用できるとは」

「優秀な人材を多数(かか)えていますので──ところでコレはなんなんです? なんか"スライム(Slime)"みたいですね」

 

 俺は転生前に売られていたオモチャのそれを思い出しながら、英語の発音で言った。

 この世界には粘菌や群体生物こそいても、いわゆるファンタジー相当の魔物であるスライムは存在しない。

 

「すらいむ? スライム──面白い響きだ。そう命名(・・)するとしよう」

「はぃい……?」

 

 俺は話についていけずに()の抜けた声をあげ、サルヴァは無視して語り始める。

 

 

「かつて"病毒の濃霧"の中でも平然としている生物がいた。当時の我は、その異様な固体の一部を採取することに成功した」

「えっと、つまりその生物が、サルヴァ殿(どの)の肉体変異に寄与して……?」

 

「そうだ。肉片の一部を傷口に投与することで傷が治り、さらには部分的に肥大・増殖することまで確認した」

 

(どこかで聞いたような話だ──)

 

 俺が記憶から引き出す前に、サルヴァは答えを口にする。

 

「その生物は、大陸での名を"トロル"。あんな危険生物まで保有・管理しているのには、いささか驚いたぞ」

「はいはいハイハイ」

 

 俺は試験管の中身を見ながら、記憶を掘り起こしつつ何度も首を縦に振った。

 白竜と黒竜の死卵を蘇らせ、灰竜を誕生させたのがまさに、"トロル細胞"による恩恵であったことに。

 

 

「再生医療とやらで利用したのは既に聞き及んでいる」

「アッシュのことですね」

「そのことも(あと)で聞きたいところだ」

「はい、では(のち)ほど──それで、コレが抽出・精製したモノなんですね」

 

 手の中にある試験管を軽く振りながら、俺は中身をジッと見つめる。

 

「まだまだ試作段階だが、ある程度の肉体強度があれば十分に使えるシロモノだ。ただし直接的な投与や摂取(せっしゅ)はしてはならん。

 (フタ)を開け、常温の空気中に(さら)すことで霧のように気化する。それを少量吸い込むだけで、相応の肉体活性効果を及ぼす」

 

 

「量産されているモノ、じゃないですよね……もしかして自分に(いただ)けるのですか?」

「お前の強度は聞いている、ベイリル。良い治験(ちけん)になるだろう、財団での我の最初の成果だ。"スライム"という名、もらうぞ」

「スライムの名は構いませんが……しかし自分が被験体っすか。ちなみに、もっとおあつらえ向きのがいますが?」

「ほう、誰だ?」

 

 俺は頭の中で思い浮かんだ人物をそのまま告げる。

 

「"ロスタン"という、再生魔術の使い手がいます。元々敵対していた陣営の人間で、現在も要注意・監視対象なので存分に使ってやってください」

「そいつは実験に堪えられるくらいには強いのか?」

「俺よりは劣りますが、肉体はそれなりに強いです。かつ強さを欲していますし、提案すれば自ら志願するかも知れません」

「ロスタンか、近い内に会ってみよう」

 

 俺はくるくるとペン回しの要領で試験管を回し、(ふところ)へとしまい込む。

 魔薬(ポーション)中毒というわけではないが、最近はやたらとドーピングする機会が多かった。

 同時に無理を(とお)す為に(たよ)ったその恩恵は決して忘れられるものでもないので、中毒には重々気をつけようと思う。

 

 

「話を戻そう──望んだ進化をしたおかげで、"紫竜の加護"も些少(さしょう)ながら使えるようになってな」

「ほぉ~……って、え!?」

「やはり気になるか、"人化"していた紫竜をどのように我が真似たのか。なんのことはない、紫竜が往生する最期の(きわ)に竜の姿を見せてくれたというだけよ」

 

「あっ──いえ、そうではなく"紫竜の加護"のほうに引っかかったもので」

「そっちか、この身は病毒を多少なりと生成して扱うことができる。同時に生半(なまなか)な病や毒にも耐性がある」

 

 それはそれで恐ろしく、興味深い話でもあったが……俺が最も気になったのは共通点(・・・)の部分だった。

 

「なるほど。……かくいう俺も、"白竜の加護"をもらってまして」

「ほう! どのような(ちから)だ?」

「いえ実際に使えるということは……まったくないです。サルヴァ殿(どの)のように、白竜に肉体を寄せるのも無理ですし」

 

 いつか何かの役に立つことがあれば……そんな希薄なモノでしかない。

 もし仮に"現象化"もできないのに光速に至ったところで、"風皮膜"ごと肉体が消し飛ぶのは目に見えている。

 

 

「……それもそうか。確かにこの加護(ちから)は、人の身で易々と使えるモノではないのは、我もよくよく理解していた」

「コツとかってありますか?」

「ないな、だから竜の身となるしかなかった」

 

(まっ、もとより大した期待はしてなかったものの──)

 

 こうもはっきり言われてしまうと、別に損したわけでもないのになんとなくガッカリしてしまう。

 ただしそういった分野も、いずれ研究・開拓されていくのであればワンチャンくらいの心地は持ち続けようと思う。

 

 少なくとも俺は神族よりも魔力操作に長じた、エルフ種の血を半分引いている。

 さらには独自の操法と発想・模倣をもって、魔術を会得してきたのだから。 

 

 

「まあ我は運が悪く、そして良かった。"暴走"なんぞ神領でも滅多にない事例だからな」

「……そうなんですか?」

「もっぱら"枯渇"するばかりよ。だからこそ(てい)よく利用することができた」

「興味深い話です」

 

 最近は創世神話から続く、この世界の話を聞くことに恵まれる。

 だからこそ多くの氷解しきれない疑問や、扱いきれない難題もまた多い。

 

「フッハハ、だがいずれ財団はそういった謎も解き明かすのだろう?」

「ですね──そのつもりです」

 

 情報部とは別に、そうした歴史考証部門も新たに作る必要性も出てくるやも知れない。

 ありとあらゆる未知に挑み、既知から新たな未知を生み出すのが我らシップスクラーク財団の本懐ゆえに。

 

 

「ちなみにサルヴァ殿(どの)は寿命はどうなるんです?」

 

 魔族であれば人族とそう変わらない期間しか生きられないはずであり、変異してからどれくらい経過しているのだろうと。

 

「先の寿命はわからんが、極東から大陸へと戻り巡って70年、今なお精力的というもの」

「不老とはいきませんか」

「神族とて"不老の者はいない"のだから、当然のことだ」

「……そうなんですか? なんだか最近、知っていた常識が(くつがえ)される話ばかりとはいえ、それはなかなか興味深い」

「ふっはっはっは!! 実に結構なことだ。それでも新しきを知るのは楽しかろう」

「確かに、(おっしゃ)(とお)りです」

 

 研究者といった気質は備えてなくとも、俺だって人並の知識欲というものはある。

 

「永遠を観測した者などいない。ただ人族と比した時に、常識外に長生きというだけなのだ」

「確かに言われてみるとそうですね。厳密に統計を取ったわけでもなく単なる口伝の(たぐい)、データとしての信頼性は低い」

「無論、長命種と呼ばれるだけの種族的な傾向はある。神族にしてもエルフ種にしても、生きるのが長いほど個人誤差は大きくなるというものだ」

 

 なんというか目から鱗が落ちた気分だった。

 そして固定観念に(とら)われることなく、柔軟な発想によって世界を()ていかねばならないということも──

 



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#260 大化学者 II

 

(俺も──ハーフエルフ(せい)500年と生きられるとは限らない)

 

 不慮の死亡がなかったとしても、日々の生活で無理をしているから寿命は減っているに違いない。

 そもそもハーフでもその程度は生きるという、伝聞で聞き及んでいるだけだ。

 

 とはいえさしたる不安や杞憂(きゆう)はない──さすがに数百年とあれば、延命の為のテクノロジーも発達するだろうと。

 

(さらに言えば……サルヴァ殿(どの)によって、それは飛躍的に加速されていく)

 

 自身が病毒を操り、薬学・化学・生物学に明るい人材。

 それ以上に知識ある大人の研究者であることもまた、この際は大きな恩恵をもたらしてくれると言えよう。

 

 

(そうだ、テクノロジートリオにとっても──)

 

 童心は大切であろうが、リーティアとティータには精神性によって危なっかしい面が見られる。

 ゼノがそういった部分を抑えてはいるものの、どうしたって経験の足りない部分がある。

 

 他の研究者や技術者に指摘しようにも、若き頭脳へのやっかみが()けて見えて邪魔をしてしまう。

 そういった心情や態度は、スムーズな研究・開発を(とどこお)らせているのも否定できない。

 

 サルヴァ・イオはそうした老いも若きも、(たば)ねて引っ張っていけるという人材になりうる。

 古き知識や慣習に囚われて(くすぶ)っている年を重ねた、他の部門の研究者達にも幅広くその存在を示せるのだ。

 

 率先して新たな知識を柔軟に受け入れ、応用する賢者。

 誰よりも知識豊かで、経験を積み上げ、極東で人を統率することにも慣れていて、年齢を理由に嫉妬されることもない。

 

 テクノロジー開発の旗頭(はたがしら)の一人となれる人物。

 

 

「なんにしても、我もいつまで生きられるかわからない。この知識を継承することなく腐らせるのも、もったいないと思った部分もあったわけだ」

「財団内を巡る内に、自由にやれるだけの地位を欲した。それでシールフに会ったと」

 

 俺の記憶から発掘・抽出した現代知識によるテクノロジー特許まで踏み込んだ部分は、財団における最高機密である。

 一般公開はまだされておらず、現状では財団内の各部門ごとの習熟度から見るアクセスレベルに応じたものが開放される。

 

 全情報にアクセスできるのは10人にも満たない、極々限られた人間だけである。

 さらには知ったところで理解すらできないのが多々あり、全容の把握などそれこそ俺とシールフくらいなもの。

 

(しか)り。知識の泉の底に到達した、などと思ったことは人生で一度としてないが……ここまでとは思わなんだ」

「そうですね、水底(みなぞこ)どころではない。膨張・拡張し続ける宇宙(そら)のように果てしない──」

 

 俺は右手の平を天空へと向けて、少年のような(きら)めきを宿したつもりの瞳で見つめる。

 

「こことは(こと)なる地球(せかい)が到達した"技術(テクノロジー)"と、今後もたらすであろう進化を想えば……まさに夢が踊り狂う心地だよ、転生者ベイリル」

「魔導と科学──二つの(ことわり)をもって、"人類皆進化"を促し"未知なる未来"を見る。俺も夢がさらに広がった思いです、サルヴァ殿(どの)

 

 それもまた二重螺旋の系統樹が示す(みき)(みき)であり、この惑星と空に浮かぶ片割れ星のように影響し合うのだ。

 

 

「──ところで一つ提案があるんですけど、よろしいですか?」

「言うのは自由だ、受けるかも自由だ」

「では……ロスタンへの実験もありますし、しばらくはこの地にて財団(うち)の研究者たちと歩調を合わせてもらえないでしょうか」

「ふむ──」

 

 サルヴァは顎に手を当て、俺を値踏みするかのように見据える。

 

「貴方のような知性ある大人が必要なんです、"あいつら"には」

「さきほど言っていた、科学・技術・魔導科学の者たちか」

「はい、分野は違いますが三人とも最高峰です。お互いに高められることもあるでしょう」

 

 実際にテクノロジートリオはそうした相乗効果(シナジー)によって、己の能力を伸ばしてきたのだ。

 

「特にゼノという男は数学に明るいので、あらゆる分野で必ず役に立つ知識のはずです」

「どのみち一度は会うつもりだが、実際にそこで話してみてからだな」

「長期のお(とど)まり、感謝します」

「ふっ──既にベイリルお前の中では決定事項か。だがな、お前にも協力してもらうぞ」

 

「……俺を、ですか? 正直研究で役に立てることはないかと思いますが」

「自覚をしていないだけだ。地球(いせかい)の知識を自然な形で飲み込んでいるのは、大切なことだ」

「そんなもの、ですかね」

「時に埒外(らちがい)の人間が、違った発想や転換をもたらすもの。ましてお前は異邦人、あちらとこちらと二種類の常識と知識を持っている」

「では微力ながら(ちから)になりたいと思います」

 

 

 俺としてもその点については、特に問題も異論もなかった。

 ロスタンへの抑えとしても、しばらくは駐留しておくに越したことはない。

 そもそも俺がいなくてもサイジック領都計画は着実に進むし、モーガニト領もスィリクスがつつがなく運営してくれている。

 

 フラウ達が気になるところではあるが、連絡も取れているし現状では特に動く事態ではなかった。

 むしろどこか一所(ひとところ)に落ち着いて、ヤナギやアッシュの教育をしていくのが今の最優先事項とも言える。

 

「危急あらば飛んで行きますが──それでよろしければ」

「構わん、常にいろというわけでもない。それに再生医療のことだけでなく、寄生虫とキマイラについてもお前と語って聞きたかった」

 

「"女王屍(じょおうばね)"のことですね──トロル幼体を確保したのもあの時でした」

 

 学園生時代、遠征戦の(おり)に遭遇した寄生虫とトロルを自らの肉体に結合させたキマイラのマッドサイエンティスト女。

 ()となる寄生虫を媒介に、ゴブリンやオークを単純ながらも屍兵軍団として運用していた。

 

(まかり間違えば世界を滅ぼす──のは、"()()()"()()()()()()()として)

 

 国家の一つくらいは滅ぼしたかも知れない人間災厄。

 もしも彼女が精神性が()れておらず、財団職員として迎え入れられていたなら、遺伝子工学の権威となっていたことだろうに。

 

 

「やはり話とは本人の口から聞くのに限る。シールフ程度では足りないのでな」

「読心の魔導でも……そんなものですか?」

「あれは所詮ヒトの記憶を覗いただけのモノだ。実体験に限りなく近いが、実体験では決してないのだよ」

「言いますね」

 

 俺はなぜだか自分をも(けな)されているように感じてしまう。

 それだけシールフとは記憶を共有し、深く繋がった半身(はんしん)のような存在であるのだと。

 

「確かな(へだ)たりがそこにはあるのだ。実験一つとっても、思わぬ結果が出てしまうようにな」

 

 しかし彼が言うことも十分理解できる。価値観の相違というほどでもなく、それもまた真実なのだろうと。

 

 

「便利であることは疑いない。ただ……()(おんな)もかつては探究者であったのだから、そこを思い()させてやるべきだろう」

 

 クイクイッと顎でさされて、俺は首を(かし)げる。

 

「俺が? ですか」

「他ならぬ一番の理解者以外に、誰が思い出させてやれるというのだ」

 

 ズッパシと心臓を射抜かれるような想いが俺の中に渦巻いた。

 

 シールフには"目的"がある。それは今のところ彼女だけの目標(モノ)であるが、実現には一人では無理だろう。

 しかして主導するつもりもないようで、気長にテクノロジーの進歩を待つような様子。

 

 ただし現行のテクノロジーが(みの)ったところで、シールフの願いが叶う可能性は非常に低いだろうと俺自身は感じているところだった。

 

 

(その手掛かりはイシュトさんと緑竜が語った中にあった──)

 

 だからこそ達成する為には、シールフ自身が立ち上がる必要があるとも考える。

 彼女の想いを遂げさせてやる為にも、俺はこの身をいくらでも(なげう)って構わないくらいに。

 

(それに俺にも財団にも、恩恵がないわけではない話だし……)

 

 改まったところで、シールフに伝えるべきことなのかも知れない。

 こうしてサルヴァに突きつけられ、考えさせられた以上は……心を読ませるのでもなく、()()()()()()()

 

「ふっははははっ! なかなかに悩んでいるようだな。もっともそこらへんは我の知ったことではないから、好きにするがいいさ」

「なんというか……また違ったタイプの頼れる大人で──ありがたいです、サルヴァ殿(どの)

「そうだ()めろ、(うやま)え。それで損するということはない……()()()()、な」

 

 思慮深くも豪快なサルヴァに、俺の表情には自然と笑みが浮かんでいた。

 

 

「それとだ、ベイリル。お前は化学を魔術に応用するそうだな」

「応用と言えるほど大層な自負はありませんが……まぁ化学に限らず、思いつくものはなんでも取り入れています」

「そういう部分が得難いのだよ。ではさっそくだが見せてもらおうか」

「──構いませんが、多くは戦闘用ですよ?」

 

 そんな俺の言葉に、サルヴァはゴキリと首を腕を鳴らした。

 

「専門ではないし気分転換程度だが、我も闘争は(たしな)むクチでな。"紫竜"を真似た強度を存分に味わうといいぞ、"竜殺し"」

「ふゥー……ちなみに病毒も効きませんので、あしからず」

 

 そう言って"六重(むつえ)風皮膜"を(まと)った俺と、竜翼を羽ばたかせたサルヴァは、空中戦へと躍り出るのであった。

 

 

 



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#261 霧中の真実

 

 ──この世界に俺が唯一人(ただひとり)──と思い込めるほどに孤高の時間。

 宇宙と惑星との中間圏に浮かびつつ……俺はすっかり日課と化した魔導の修練に励み、研ぎ澄ましていく。

 

 そんな星明かりだけが照らす俺だけの世界に、遠慮なく入り込んでくる人影が見える。

 はたしてそれは──青みがかった銀髪をサイドテールに結んだ幼馴染。

 薄紫色の瞳をわずかに潤ませ、片犬歯を口の端から覗かせたハーフヴァンパイアの"フラウ"であった。

 

 

 俺は重力操作でここまでやって来た愛する女を抱き止め、自然に口付けを交わすと同時に"風皮膜"を付与する。

 

「あー……おかえり?」

「ん~~~ベイリルって居場所に帰ってくる意味では、ただいま?」

「ハルミアさんとキャシーは地上か」

「うん、ハルっちには悪いけど……あーしだけ先走らせてもらった」

 

 こんな超高高度まで到達して平然とできるのは、俺を除けば重力魔術を扱うフラウくらいである。

 

 

「よく俺の位置までわかったな」

「ベイリルを探すなんてお手のモノだよ、な~んて。どうせ何かあった時の為に支部から遠く離れないのはわかってるし」

「まぁ……それもそうか」

 

 勝手知られたるフラウには、俺の思考や行動パターンなど当たり前のように筒抜けなのであった。

 

「それにしてもサイジック領からだと、さすがに遠いねぇ~」 

「おつかれ。俺もなかなか断絶壁(コッチ)を離れられないもんでな」

「いそがしいんだ?」

「まっ成り行き上な──と言っても自分で増やした仕事だし、他にも色々と両立させていかにゃならん」

 

 そうしてシップスクラーク財団に……少しでも貢献できていると思えばなんてことはない。

 未来への投資を含めて、発展に寄与できることもまた充実感を俺に与えてくれる。

 

 労働に歓喜(よろこび)を感じるなど、転生前の自分からすればまったくもって考えられないが……これもまた環境の違いと変化であった。

 

 

「今はフリーの時間だ、二人っきりで邪魔も入らないことだし……するか(・・・)?」

「いいねぇ~、こんな綺麗でロマンチックな場所でするのなんて初めてだ」

 

 世界でたった二人だけと錯覚してしまいそうな星空。

 フラウ達と分かれてから、それなりに経っていて俺としても久し振りに人肌が恋しいところだった。 

 

「でもぉ……その前に、ちょっとだけいい?」

「ん、フラウのペースでいいぞ。俺はお前の為ならなんでも受け入れてやる」

 

 神妙な表情を見せ、動悸が激しくなるフラウを……俺は(ちから)強く抱きしめて安心させてやる。

 "使いツバメ"の連絡ではほとんど(ふれ)れられてなかったが、恐らくは彼女の記憶に関することだと察する。

 

 

「ありがと。本当は言いたくない──けどベイリルなら知りたがるだろうし、知るべきだとわたしも思うから……言うね」

 

 俺は思わず固唾(かたず)を飲み込む。フラウがそこまで言う、シールフに掘り起こしてもらった過去の記憶。

 

「あの時、わたしたちの故郷が焼かれた炎と血の惨劇の日──ベイリルのお母さんが……"ヴェリリア"さんがいた」

「……っ俺の、母さんが──?」

「シールフせんせも、記憶違いの可能性はまずないって言ってた」

 

 "読心"の魔導師シールフ・アルグロスは専門家(スペシャリスト)である。

 捏造や勘違いによって凝り固まった記憶と、原記憶との違いをしっかり区別できるほどの超がつく一流。

 

 だから彼女が間違いないといえば……確かにフラウがその瞳で見て、心脳の奥深くに刻まれていた記憶。

 それがたとえ任意に見せられた幻覚によって記憶したものであっても、シールフは膨大な経験則から実際に見たものか、見せられたものかまで判別がつくらしい。

 

 

「ただ……実際にどうしてたかはわからない。もしかしたらベイリルを探しに来てたのかも知れないし」

 

 フラウはそう言うが彼女自身、薄々は感じていて口にしているのはわかりきっていた。

 そうした可能性は……限りなく低いということを。

 

「ありがとう、フラウ。つらかっただろう?」

「ん──まぁそこそこ? でも大丈夫」

 

 フラウも俺を掴む(ちから)をギュッと強くし、心臓の鼓動も落ち着いていくのが耳に届く。

 

「どっちみち向き合わなくちゃいけないことだったもん。それに……記憶の中で父と母(ふたり)に会えたし」

 

 確かに()(モノ)が取れたような表情であり、大丈夫という言葉が本音なのも間違いないようだった。

 

「あと可愛いかった頃のベイリルにも会えた」

「むっ──」

「こんなことなら、もっと早くにシールフせんせに記憶探訪を頼めば良かったなぁ~。正直かなり楽になったよ」

「そっか、まぁまぁなによりだ」

 

 人間の脳は未解明な部分が多く、また記憶も曖昧なものだ。

 無意識領域を含んだ深層にまで手を届かせるシールフの魔導が、いかに凄絶というものか。

 

 こればっかりは現代科学でも不可能な領域の一つであり、異世界の魔法体系の()せる(わざ)である。

 

 

(……にしてもあの日、あの場に母さんが居た──意味か)

 

 俺はもたらされた思わぬ情報から、冷静に想いを(いた)す。

 あるいは"竜越貴人"アイトエルが既知としながらも、言葉を濁した真相がそこにあるのかも知れないとも。

 少なくとも"アンブラティ結社"の脚本家(ドラマメイカー)がシナリオを書いていたのだから、そこに関わりをも見出せる可能性もある。

 

「それで……他にはねぇ、な~んもわからなかった! ごめんね」

(あやま)ることは何もないさ、むしろ物事は単純(シンプル)になった」

「どーゆーこと?」

「アイトエル殿(どの)の話では母さんは十中八九、まだ生きている。だから母さんを見つけさえすれば、一気に謎に(せま)れる」

 

 故郷アイヘルを襲った"炎と血の惨劇"の真実──そしてアンブラティ結社についてもあるいは……。

 

「少しでも役に立ったのなら、あーしも甲斐(かい)があるってもんだね」

 

 

(なぐさ)めはいるか?」

「ん、いる~」

 

 そう言うとフラウは俺ごと巻き込むように無重力空間を作りだし、俺は圏内に空気を供給する。

 互いに()いだ衣服を(ただよ)わせながら、俺とフラウは素肌で抱き合った。

 

「落ち着くなぁ~……」

「俺もだよ、久々だから止まれないかも知れん」

「なんでも受け入れたげるよ?」

「そうかそうか、子供でも?」

 

 

 俺はフッとした笑みと共にそうフラウへと投げ掛ける。

 

「んぁ~~~……そういえば"ヤナギ"ちゃん? まだ会ってないけど育ててるんだっけ」

「明日の朝になったら起きるだろうから紹介するよ」

「んでモーガニト伯はぁ……自分の子供も欲しくなっちゃったんだ?」

「まぁ半分は冗談だけどな、ただ……ヤナギじゃなくアッシュの(ほう)がキッカケかな」

「アッシュ……? が、どうしたん?」

 

 白竜イシュトと黒竜が残した一粒種。自身らの分け身とも言った我が子に対する愛情と願い。

 母ヴェリリアを想起させ、その最期を見届けた俺としては色々と考えさせられた出来事だった。

 

「連絡では黒竜討伐のことしか書かなかったが……色々と積もる話があるんだ」

「そっかぁ、な~んかちょっと哀しげな話っぽい?」

「まぁ、そうだ。フラウは会ってないから実感もないだろうが、明日にでもハルミアさんとキャシーを交えて話そう」

 

 灰竜の誕生に(たずさ)わった四人、託された想いはしっかりと受け継いでいく必要がある。

 

 

「おっけ~。そんで──子供作るの?」

「フラウは欲しいか?」

「デキちゃったら育てたい……と言っても、あーしら学園時代からずっとだし?」

「確かに、いつもとヤってることは変わらんな」

 

 妊娠したらそれはそれで……という気分ではいたものの、フラウが子を宿すようなことは今までなかった。

 エルフ種とヴァンパイア種──似て非なるその種族同士ではなぜだか子供ができない。

 

(しかしそれもまた……単に参考とするデータが極端に少ないだけかも知れない)

 

 長命種の寿命問題にしてもそう、サルヴァ・イオに指摘されてハッとさせられたばかりである。

 さらに言えば俺もフラウもハーフであり、厳密にそのまま形質が受け継がれるとは限らない。

 

 

「まっさっ、焦ることはないっしょ」

「あぁ……俺たちは長生きだし、仮に不妊問題があったとしてもテクノロジーがなんとかしてくれる」

 

 医療分野や遺伝子工学をはじめとして、財団が創っていく未来ならば(うれ)いはない。

 

「うんうん、どうしても今すぐにあーしを(はら)ませたいなら……がんばってね、ベイリル」

 

 フラウから吐息と一緒にふっと耳へ(ささや)かれ、俺はより一層(たぎ)らせるのだった。



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#262 雷音 I

 

 ──断絶壁の頂上で、俺とフラウとキャシーは朝食後の運動代わりに体を動かす。

 そんな光景をハルミアがアッシュと共に(はた)から見守るという構図の中。

 

 俺は白竜と黒竜にまつわる顛末(てんまつ)と、灰竜(アッシュ)のことについて話し終えたのだった。

 

「──アッシュちゃんには、そんな事情があったんですねぇ」

「カァァアアウゥゥ」

 

 ハルミアに対して返事するように、アッシュは一声いななく。

 

「イシュトさんか~、あーしも会ってみたかったなぁ。なんか波長が合う気がする」

「かもな、元々人を選ばず光速で心の距離を詰めてくるような(ひと)だったけども」

 

 フラウの軽やかな胴回し(かかと)落としを、俺は皮一枚で(かわ)しつつ、その体を掴んでキャシーの方向へと投げ飛ばす。

 

「で、結局アッシュはアタシらが育てるってことでいいんだよな?」

「そうだ、まぁ今までと変わらんな。ただ俺たちは信じて託された、ということだけ覚えていてくれればいい」

 

 キャシーは投げつけられたフラウの体へと、拳を浴びせかけるように指を服へと引っ掛け、投げ返してくる。

 

 

「で、アタシらになんか土産(みやげ)はなかったんかよ?」

「アッシュが首に()げている、形見の白黒竜鱗くらいだ」

 

 俺は迫り来るフラウの体をいなしながら、可能な限り運動エネルギーを保持させたまま回転しつつ、また投擲する。

 

「ちぇっ……つーかそんな一大事(いちだいじ)があったんならアタシらも呼べよ」

「色々と()いてたからな、大空隙(だいくうげき)との往復も二日程度だったし間に合わん」

「そんならアタシ一人なら間に合ってた」

「片道ならそうかも知れんが、"使いツバメ"が届くまでの時間で遅れる。"無線通信"でも発達してたら呼べていただろうけどな」

 

 俺とキャシーは互いにフラウを投げ合い続ける。

 

「くっそぉ~、せっかくなら"大地の愛娘"も見たかったな。そんなにスゴイってんなら」

「言っとくが好奇心で()れていい相手じゃないからな? ここでまたうるさくしようものなら真剣(まじ)で潰されかねん」

「んじゃあ……赤竜はどうよ?」

「特区へ強引に入り込んで、竜騎士全員を相手にする覚悟まであるんならいいぞ」

「そりゃムリだなぁ、今の実力じゃまだ──」

 

 

 フラウが延々と俺とキャシーの(あいだ)を行き来する応酬(おうしゅう)が続き、ついには耐えかねたフラウが叫ぶ。

 

「ちょぉっと~~~ッ!! ベイリルもキャシーも、あーしで遊ばないでよ~」

「いやぁなんか流れ的になんとなく、な」

「オマエがやたらとフワフワしてっからだろ、フラウ」

 

 俺はフラウを受け止めてそのまま地面へと着地させたところで、さりげなく口にする。

 

「あぁ土産と言えば……──」

「何だ? なにかあったんか?」

「個人的に"白竜の加護"はもらった」

「ずっるっ!!」

「一応はイシュトさんの役に立てたし、俺だけの正当な報酬だ」

 

 キャシーを煽るように俺はニヤリと笑うと、ハルミアが疑問を投げ掛けてくる。

 

「ねぇベイリルくん、それはどんな効果があるんですか?」

「いやぁそれが俺にもまだわからなくて……多分使えないと思います」

 

 人の身で白竜の(ちから)を扱うには、あるいはサルヴァのように人の身を捨てる必要があるのかも知れないが──

 それでもお守りとして俺の中に存在するのであれば、それだけでも気持ちは昂揚するというものだ。

 

 

「ね~ね~ベイリル、"加護"ってのは竜が与える(ちから)なんだっけ?」

「あぁ、ただし七色竜だけな。帝国竜騎士の駆る"火竜"を代表とする眷属竜がそうだ」

「じゃあ"黄竜の加護"ってのもあるわけか?」

「当然あるだろうな──って、おいキャシーまさか……」

 

「もらいにいこうぜ?」

 

 俺もフラウもハルミアも、なんとなくその一言が直前に察しがついたというものだった。

 

「私たちってもう一回攻略していいんですかねぇ?」

「ってか二回目の制覇報酬はくれないんだっけ?」

「あぁ。そもそも次は倒せるかも怪しい、あの時も黄竜が全力だったらまったく相手にならずに消し炭にされている」

 

 "現象化の秘法"──雷になられたら、今の俺達の強度でもまったくもって相手にならない。

 

「いいんだよ別に、黄竜から加護もらいにいくだけなんだから倒す必要ねえじゃん」

「キャシーちゃんには悪いんですけど、私はちょっと……もう一回は難しいですかねぇ」

「俺もヤナギと他の子供らの教育で忙しい」

 

 今度は正当に攻略するというのも悪くはないが、今はもう暇潰し目的で行けるような立場にはない。

 

 

「じゃぁベイリルとハルミアはいいよ。フラウ行こうぜ、今度はアタシに付き合う番だ」

「えぇ~~~そりゃあーしは暇だし、セラピーに付き合ってはもらったけどさー」

「そもそもまだ改装途中だろうし、難易度も上がっているはずだ。二人だけじゃ危ないだろ」

 

「あの時よりも強くなってるし。ジェーンやバルゥのおっさんや、なんだったらソディアも誘って行くよ」

「海賊のソディアはまぁともかくとして、ジェーンは"結唱会"があるし、バルゥ殿(どの)に至っては職責があるんだが……」

 

 バルゥには数多くの奴隷達を旗頭(はたがしら)として取りまとめ、ゆくゆくは陸軍総督としても活躍してもらいたい。

 

「あとプラタを連れてくのもいいかもな、それとほら戦争の時にベイリルを助けたって後輩の奴も」

「"ケイ・ボルド"な」

「そうそう、ソイツ」

「プラタもケイちゃんも学業があるわけだが──しかし、ふむ……迷宮再攻略か」

 

 俺はなんでもかんでも切り捨てるのではなく、一度頭の中で打算的に整理してみる。

 

 

 いざ脳内で並べてみるに、確かに面子(めんつ)としては悪くない。

 

 既逆走攻略者で、あの時よりも強度もかなり上がっているキャシーとフラウ。

 基本的には冷静であり、戦術と武力のバランスが良く、汎用性の高い氷属魔術を使えるジェーン。

 俺達と同等以上の実力者で、迷宮攻略のノウハウと、冒険者としての経験も申し分なしのバルゥ。

 障害となりうる悪辣(あくらつ)なギミックも、持ち前の頭脳で攻略できるだろうソディア。

 そして接近戦(クロスレンジ)においては無類の力量を誇るケイに、多様な状況に対応できるプラタ。

 二人についてきそうなカッファも、ケイを相手に鍛錬してきた実力と、田舎で鍛えられたらしい色々と器用な特技群にも驚かされた。

 

 

「でもキャシーちゃん、加護がもらえなかったら徒労に終わっちゃいますよ?」

「そん時ぁそん時、修行にはなるだろ」

「まったく気まぐれ獅子(ネコ)だな~~~」

「フラウに同じく、まったくもってキャシーは気まぐれだが……──」

 

「うっせ」

「だがしかし俺も少し考えてみた。確かに──願い事を差っ引いても、悪くない話かも知れん」

「ぁあ……? だろ!!」

「カエジウス特区内における"浮遊石"の採掘権は、ワーム迷宮(ダンジョン)にも適用されるわけで……なにより"黄竜素材"もいくらあっても困らない。

 難癖つけられるようであれば、制覇特典の最後一回分の願いを使っちゃって問題ないわけだし──むしろアリ寄りのアリな気がしてきた」

 

 さらに持ち帰った既存(きそん)の黄竜装備を身につけていけば、道中でも多少なりと楽になることだろう。

 

 

「ただ一つだけ問題があるな」

「なんだよ? 乗り気になったと思ったら文句か?」

「俺はともかくとして、ハルミアさんがいなきゃ治療役に欠けるだろうが。俺たちもひとえに彼女の医療術あっての攻略だったのを忘れたか?」

 

「キャシーちゃんの致命傷は17回でしたねぇ、大小問わない傷は数え切れません」

「うっぐ……」

「あ~~~たしかにハルっちいないと、何かあった時に困りそ──ってか絶対に困る」

 

 ぐぬぬ顔を浮かべるキャシーは、ちらりとハルミアの(ほう)へと視線を移す。

 

「ハルミアも来ればいいだろ」

「んーーーダメ、ですねぇ。攻略するのに何季かかるかわかりませんし」

 

 ニッコリと笑って返すハルミアに、キャシーもそれ以上抗弁するだけの理由を見出せずにいた。

 

 

「でも私がいなくても、いい方法がありますよ?」

「……ホントか!?」

 

 ガバッと瞳を輝かせるように上体を前に持っていくキャシーを眺めつつ、俺も疑問符を言葉にして投げ掛ける。

 

「ハルミアさん、妙案でも?」

「"道具"で(おぎな)えばいいんですよ」

 

「あぁそうか、"スライム魔薬(ポーション)"。その手があったか──」

 

 ハルミアの一言にピンッと閃くように、俺は指を鳴らして納得するのであった。

 



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#263 雷音 II

 

「うんうん"スライム"魔薬(ポーション)、なるほどなるほど」

 

 高度な回復魔術がなくても強力な回復薬があれば十分に事足りる。

 むしろ即効性に秀でていて、使う者も選ばない薬のほうが迷宮攻略においては有用な場面も多い。

 

「なんだよ? すらいむって」

「コレだよ、アッシュを蘇生させたトロル細胞があるだろ──を、さらに精製したものだ」

 

 そう言って俺は腰に括り付けているバッグから、サルヴァ謹製のスライム瓶を取り出した。

 これは従来の魔薬(ポーション)とは違い、少量で劇的な効果を持っている上に、なによりも保存が効くというのが迷宮攻略においてことさら重要となる。

 

 

「ベイリルくん、ソレです。というか"スライム"って名前なんですか?」

「はい、サルヴァ殿(どの)がこっちに来た時に名付けられたものです」

「誰だよ」

「あーしも知らない」

 

「私は少し前に一度お会いして知ってます、とっても凄い人物(ひと)でしたよ。医療分野もあの(かた)のおかげで、壁を超えられそうです」

 

 それもまた、ハルミアが迷宮攻略をしている暇がないと言った理由なのだろうとすぐに察せられた。

 サルヴァ・イオ──化学分野に精通する彼は、これまで積み上げた財団のテクノロジーを飛躍的に高める……さしずめ爆燃火薬のようなもの。

 

「多分だが開発拠点にいるだろうから、後で紹介するよ。ただしまだ試作段階だから、実用化までは"待ち"だな」

 

 ちょうどロスタンを実験台にしている最中であるし、安定した品質の為にも時間は不可欠である。

 

 

「つーまーりーさ、ハルっちがいなくても回復薬で代用するってこと?」

「そういうことだ。ハルミアさんも壁街(ここ)で、魔薬(ポーション)製作に協力してくれます?」

「私はそれを含めて、色々と学ぶ為に来ましたから。もちろん、ベイリルくんとアッシュちゃんに会うのもありましたけどね」

「クゥゥゥアァアア!」

 

「そうさな、フラウとキャシーも──リーティアに協力して、ここで時間潰してくれないか?」

「あ~~~リーちゃん、朝にそんなこと言ってたねぇ」

「迷宮探索用に、装備を整えておく必要もあるだろうしな。なんか良案があれば、特注で黄竜素材の装備を作ってもらえるかもだぞ」

 

「マジかよ、んならいくらでも協力するわ」

 

 キャシーもかなり強くなった分だけ、既存(きそん)の単なる鉄爪籠手だけじゃ不足しているのか、前のめりな反応を見せる。

 

 

「さて──迷宮再踏破に関して、明るい未来が見えてきたが……まだ"キャシーだけ行かせられない"理由がある」

「あ? アタシだけ? なんだよそれ」

「なぜならば……迷宮攻略をするなら四六時中、男と一緒になるってことだ」

「はァ……?」

 

 半眼になるキャシーに、俺はとくとくと説明を続ける。

 

「フラウは身持ちが固い。俺以外の男に(なび)くことはもうありえない」

「いぇ~い」

「はいはい、ごちそうさま。つーか男っつってもよ、バルゥのおっさんだろ?」

 

「バルゥ殿(どの)はいい人だ、しかもこれ以上なくいい男だ、しかも未誓約の身だ。だから俺は心配だ」

「バルゥおじがキャシーに興味示すとは思わんけどね~」

「確かに、少なくともまだキャシーちゃんにはもったいない(ひと)かも知れませんねぇ」

 

「うっせぇぞフラウ! ハルミアも! 大体それを言うならベイリルとだって今までずっと一緒だったろうが」

「そうだな、俺も日々の中でそれなりにアプローチをしてきたつもりだ──好きだぞ、キャシー」

 

 キリッと俺なりのキメ顔を作り、純粋(ピュア)真摯(しんし)な瞳をキャシーへとぶつける。

 

 

「っな──あ、ぐ……」

「なぁキャシー、お前は俺が嫌いか?」

「この……おま、こんな時に──そりゃ……嫌い、じゃねぇけどさ。でも好きってのもいまいちわっかんねェんだよ!!」

「よしっ、それなら問題ない。ぼちぼち勝負を掛けさせてもらおう」

「はあぁん?」

 

 ピンッと張り詰めたように、俺は空気を変容させる。

 

「そろそろ復讐(リベンジ)すべき時なんじゃないか、キャシー。俺が部室棟(カボチャとう)を叩いたあの日、ぶっ飛ばされた時から(かぞ)え続けた因縁を──」

「っんだよ、それって……──負けたら従えってのか?」

「まぁそうなるな、でもそれくらい単純(シンプル)なのが好きだろ?」

「ははっ、そうだけどな!」

 

 するとキャシーはその場でステップを踏みはじめた。

 猫っ毛ストレート赤髪がやにわに静電気を帯びて立ち上がっていくのを眺めつつ、俺は手を伸ばして制止する。

 

 

「いや待て、今すぐじゃない」

「んはぁ? どういうこったよ、アタシは今すぐでも構わないぜ」

 

 やる気は結構だが、俺としては可能な限りぐうの()も出ない状況を知らしめたかった。

 

「なぁキャシー、お前が俺やフラウに勝てる状況はなんだ?」

「そんなん……いつでも、どこでも。すぐにも、ここでも」

「俺たちが飛行したら?」

「そん時ぁさ……こうっ! するッ──!!」

 

 俺の疑問に対してキャシーは雷属加速によって、断絶壁から空中へと飛び出す軌道を(えが)いた。

 バヂンッという空気が破裂する音を残し、直角に空中を疾駆(はし)ったキャシーは──

 なんと俺の後方へと地面をこすって着地し……そのまま勢い余って反対方向へ落ちていく。

 

 

『あっ──』

 

 俺とキャシーの声が重なったかと思うと、すぐにキャシーの落下が止まっていた。

 キャシーの体はふわふわと無重力状態のまま、断絶壁上まで運ばれて着地させられる。

 

「なにやってんのさぁ、キャシーは向こう見ずなんだから気をつけてよ」

 

 フラウの呆れた様子に、開き直ったような様子を見せるキャシー。

 

「はぁ……くっそ、真後ろに回り込んでやろうと思ったのに──バルゥのおっさんみたく上手くいかね」

 

(間違いない、今のは……)

 

 はたしてそれはバルゥがインメル領会戦で会得した"空疾駆(そらばし)り"であった。

 水面を走るように……空気にも重さ──質量があるならば、そこを強引に足場にすればいいというトンデモ発想による空中移動法。

 

 俺も"風皮膜"の余剰分の固化空気を利用した、瞬間的な空中転換として真似させてもらっているモノである。

 

 

「なかなかに驚かされたが……まだ練度が足らんみたいだな。初速だけならバルゥ殿(どの)より速いのも原因だろうけど」

「ぬぐぐ──だからって速度を落としたらアタシの持ち味が……」

「というわけで、まともな空中機動ができないと一方的にボコられるわけだ。それもまた実力だし、地上戦に限定してもいいがそれだと手加減感もあって少しばかり納得いくまい」

「じゃぁどうするってんだよ」

「キャシーにとって最も勝率が高い戦法は"開幕速攻"、雷属魔術士の持ち味にして切り札だ」

「まっ、な」

 

「だが来るとわかっていれば俺もフラウも対処できる、そこで変則"前田光世(マエダミツヨ)"方式を採用したい」

「まぇ……はァ?」

 

 眉をひそめ首をかしげるキャシーに俺は説明する。

 

 

「とある人物が考案したやり方で……壁外町で普通の日常を過ごし、やがてごく自然に出逢(であ)い、ごく自然に決着と相成(あいな)る」

「ふーん、ふんふん」

「そこに"索敵(さくてき)"を加えることで、より実戦的にするわけだ」

「するってーとつまり、アタシがベイリルを先に見っけちゃえば……不意討ちを喰らわせたっていいってわけか?」

「そういうこと。闘争なんてのは、向かい合ってヨーイドンな状況のほうが少ないわけだしな」

 

 相手の戦力や位置といった情報を先んじて制した者が、絶対的な優位性(アドバンテージ)を確保することができる。

 それこそが闘争でも、戦争においても、狩猟にしたって基本中の基本となる。

 

 

「俺もずっと"風皮膜"を張ってたらその分消耗するし、魔力や集中力といった総合的な持久力も試される」

 

 キャシーには獣人の特化感覚と、電磁波センサーがある。

 同じように索敵に関しては俺も得意分野であり、お互いに全能を懸けた勝負ができる。

 

「まっ街中の人に危害は加えないってことで。どのみち殺す気でやるわけでもなし」

 

「……つーかよベイリル、それだと結局オマエは空から探せばいいって話になんね?」

「遮蔽物が多いと隠れられるから、あまり有効な方法じゃない。むしろこっちが捕捉されると、着地に合わせられる可能性もあるしな」

 

 空気密度を歪めたステルス状態にあっても、キャシーの感覚には引っ掛かるだろう。

 "反響定位(エコーロケーション)"は"大地の愛娘"ルルーテがいるのでやるつもりはないが、どのみち人が多すぎては個人を正確に判別することも難しい。

 

 

「次──二人が出逢った時に、俺はキャシーに勝って……そしてお前とする(・・)。覚悟しておけよ」

「上等だってぇの」

 

 ともすると俺とキャシーの(あいだ)に割り込むように、フラウが手を挙げてくる。

 

「ねぇねぇベイリルぅ、それあーしも参加していい?」

『……』

 

 俺とキャシーが揃ってフラウへと向いて沈黙する。なぜならば彼女が何を考えているか、すぐに察しがついたからである。

 

「ひとまずは俺とキャシーの勝負だから、"そんな早い者勝ちで奪うならいいよね?" みたいのは遠慮してくれ」

「ちぇぇっ~~~」

「はっ! ベイリルに勝ったら、次はフラウだから安心しとけ」

 

 

「よーーーっし、キャシーは二連勝しないと貞操を守れないわけだ。楽しみだなぁ」

「二連敗したら三人でだな、ハルミアさんが良ければ四人でも……」

「私は大丈夫ですよ」

 

「オマエら……吐いた言葉は戻せないからな」

 

 ビリビリと電気を(ほとばし)らせ、キャシーは咆哮()えるように叩きつける。

 

「よーっく見とけ!! アタシがどんだけ強くなったかをな!!」

 

 



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#264 雷音 III

 

「──というわけで、初夜です」

「っあらためて言うなぁ……」

 

 キャシーは消え入りそうな声で抗議してくる。

 そこは財団支部ではなく──壁街にある宿屋の一室。星明かりが差し込むベッドの上で、俺はキャシーと向き合っていた。

 

「な……なぁベイリル、オマエほんとにアタシとしたいのか……?」

「する」

 

 疑問に対して俺は行動を断言する。

 

「うぅ……」

「しおらしいなぁ、昼間のイキりっぷりが嘘みたいだ」

「うっせ……だって、その──」

「怖いか? でも大丈夫だ、最初はそんなもんだ」

「……ホントか?」

 

 

 流れ的について出た言葉だったが、俺は思い返して前言を即時撤回する。

 

「すまん、嘘だ。フラウもハルミアさんも、どちらかと言うと向こうから……ノリノリだった」

「ほら見ろ!」

「なぁに、完全リードするのは俺も初めてってことでココは一つ」

 

 ゆっくりと肩に両手を掛けると、ビクっと体が大げさに震えるのがわかる。

 そうでなくともハーフエルフの感覚器官が、キャシーの緊張を余すことなくキャッチしてしまうのだった。

 

 

「声は我慢しなくていい、遮音してあるからな」

 

 俺はゆっくりと顔を寄せていき、接近距離でギュッと目をつぶるキャシーと唇を交わたところで──違和感を覚える。

 

「ん、反応が薄いな……もしかしてはじめてじゃ、ない!?」

「いや……それはその……っっ」

 

 顔が真っ赤なまま、羞恥に返答を困らせたキャシーに俺は前のめりにベッドへと押し倒す。

 

「なっ──!? 一体どこの誰とだ、いつの話だ!!」

「ぁ……うっ──"フラウ"だよ」

「……うん? なんだって?」

 

 俺は空耳かと思って反射的に聞き返してしまった。

 

 

「だーかーら! けっこう前なんだが、あのバカ──し……下はベイリル(オマエ)のだから、上の"はじめて"はもらうとか下世話なこと抜かして」

「なるほど、それはさすがに……」

 

 一体全体どういうシチュエーションでそうなったのかはわからない。そこらへんはあとで詳しく聞くとして。

 

「だろぉ!? ったくあの──」

「それじゃあ上書きしておこう」

「んっむぅ!?」

 

 そう言って俺はもう一度、口唇を重ねた上でさらに舌をねじ込んだ。

 キャシーから漏れる声と、唾液を交換する音だけがしばらく響き続ける。

 

 俺はキャシーの心音・体温やあらゆる反応を余すことなく見逃さず、的確に責め立てていく。

 ハーフエルフとしての幼少期から積み上げた研鑽と──フラウで鍛え、ハルミアに鍛えられた妙技である。

 

 そうしてゆっくりと体にも段階的に()れ、キャシーの服を()がしていき、やがて彼女を導いていった。

 最初の準備を終えたところで、キャシーは潤んだ瞳を()らしながら小さい声で絞り出す。

 

 

「はぁ……はァ……くっそぉ、(こっち)でも負けたくない──」

「安心しろ、負けなんてない。お互いに勝つだけさ」

 

 俺はキャシーを安心させるように、獅子耳へと(ささや)きかける。

 

「……っ、わかった」

 

 我ながら何を言っているのか、ちょっと頭の悪い感じではあったものの……さしあたりキャシーは納得した様子。

 俺はキャシーの背に手を回すと、ゆっくりと抱き起こして見つめ合う形となる。 

 

「いよいよだ、覚悟はいいな?」

「うっ、く……おう、大丈夫だ」

「ところでキャシー、子供は欲しいか?」

「……はぁァア!?」

 

 キャシーはそれまでのしおらしさも吹き飛んで、急激に現実へと引っ張られた様子だった。

 

 

「種族的な問題で、フラウやハルミアさんの時はそういうのをあまり気にせずしているわけでだな」

「アタシは獣人種だから……アイツらよりも可能性が高いって?」

「そういうこと。二人はもしデキちゃってもいいらしいんだが」

 

 現代地球にあったような避妊具はないし、避妊魔術といった気の利いた(たぐい)のものもこっちの世界にはない。

 

「一応慣習・統計的にはそれなりに有効っぽい、塗布薬や果実も用意してあるけどどうする?」

「準備いいな!?」

 

 それでも可能性はどうしたって0(ゼロ)ではない以上、そういった意味での覚悟も必要である。

 

「もし子供(ガキ)ができたら動けなくなるし、産まれたら育てなくちゃいけない……か」

「やめとくか? それならそれで楽しむ方法はイロイロある」

「いや、ここまできたらやる。アタシだって……その、興味がないわけじゃないし──」

「わかった、一応外には出すけども後悔しないな?」

「まっそん時はそん時……だろ」

 

 実にあっけらかんとした、ある意味でキャシーらしい答えであったが……すぐに付け加える。

 

「いちお帯電はするけどな」

「さすがに最中は勘弁してくれよ……」

 

 俺は呆れたような半眼でそう訴えるしかなかったのだった。

 

 

 

 

「キャシー攻略完了──っと」

 

 天井を(あお)ぎながらそう言うと、俺の右腕を(マクラ)にしていたキャシーが起き上がる。

 

「うっせ、見てろよ……今度はベイリルをヒーヒー言わせてやる」

「ってことは勝負はまだまだ続行だな」

 

 するとキャシーは下半身のほうへと顔を寄せ、また臨戦態勢に戻した俺のそれに釘付けになる。

 

「っおぉう……、あらためて見ると──こ……コレがアタシん中に入ってたんか……」

「やり方はわかるのか?」

「知識としては……いちお。ハルミアに教わった」

 

 そう言うとキャシーはゆっくりと口に含んで、ころころと舌を使い始める。

 

 

「らしくないな、教わったってことは負けることを見越していたのか?」

「ん……んく……ぷはぁ──そうじゃねぇ。ただ以前に、ハルミアが正しい知識を身につけとけって」

「ハルミアさん──感謝します」

 

 俺は心の中で平身低頭、底の底からお礼を述べたい気分だった。

 あのキャシーが俺のをしてくれるというだけで、なにやらゾクゾクと背中に電流が走る思い。

 屈服させた感……ともまた違い、献身的に尽くしてくれる様子がたまらなく愛おしく感じる。

 

「ところでキャシー」

「っふ……なんだ?」

「魔力感覚は理解(わか)ったか?」

「っかんねぇよ。やっぱエルフやヴァンパイアじゃないとダメなんかな」

「なら何回か繰り返し重ねていけばわかるかも、な?」

「バーカ、見え()いたこと言いやがって」

 

 口ではそう言いながら軽く笑って流しつつ、キャシーは行為を再開した。

 俺はキャシーの猫っ毛を()きながら、時折その獅子耳をふにふにと触る。

 そのたびにキャシーの体が一瞬だけビクつくが、彼女は負けじと勢いをあげていく。

 

 やがて俺はキャシーの口内を満たし、本日二度目の余韻に(ひた)った。

 

 

「うっ……んぇ、まっず──さすがに飲むのはムリだわ」

「蛋白源だから栄養になるぞ」

「それでもヤだ。そういうのはフラウとハルミアに頼め」

 

 そう言ってキャシーは吐き出したものを粗布に包んで床へと放り捨てる。

 

「てもま……ベイリルを支配してる感があって悪くなかったな」

「俺もそっくりそのまま返そうかな」

「その気になれば噛み千切れるし」

「……怖いこと言うなって」

 

 体も心も(さら)け出す、ある意味で睡眠時よりも無防備な状態である。

 だからこそ得られる充足感というものは、他の何物にも代え難い。

 

 

「とりあえずはじめての夜は満足してもらえたかな」

「いちお、な」

「男冥利に尽きるよ」

「昼間に負けたことだけは(しゃく)だけど」

「闘争はまたいずれ、な。こっちの(ほう)は近い内にまた誘ってもいいか?」

「アタシの気が向いたらな」

 

 こちらと視線を合わそうとはせず、ただ恥ずかしそうにそっぽを向いている様子に俺は薄く笑みを浮かべる。

 

 

「つうかハルミアはともかく、フラウがあんだけ(さか)ってた理由はまぁ少しだけわかった」

「フラウは体もだが……心のふれあいも求めているからな」

 

 ついでに魔力加速の修練にもなるので、一石三鳥といったものである。

 ともするとキャシーはなにやらモジモジしながらも、意を決したように口を開く。

 

「あー……あのよ、そのあれだ。中だと満たされるってのは本当なんか?」

「男の俺にはわからんけど──フラウは毎回そうだな。ハルミアさんは日による。やっぱり意識的にも違うんだろうが」

「そっか……多分、ハルミアから習った周期からするとアタシも今日は大丈夫なはず──なんだけど」

「そんなことも教わってたのか、もっと早く言えよ」

「アホッ!! それでも万が一はあるって聞いてんぞ」

「そうだけどな、でも一度くらい経験しておくのもいい。何事も経験ってのは今夜よくわかっただろ」

 

 俺は歩み寄ってきてくれたことを無下にしないよう、とてもとてもそれはもう真っ直ぐな面持ちでそう告げる。

 

「ベイリル……ほんとはオマエがしたいだけじゃないのか?」

「そうとも言う」

 

 キャシーが拒否を示す前に、俺はグイッと彼女の体を引き込み布団を被りなおすのだった──

 

 




即落ち


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#265 開発者会議

 俺は明晰夢ではなく、純然とした記憶の海で過去を想起していた。

 

 故郷への帰還──"竜越貴人"との密多き対話──Blue(ブルー・)Whisper(ウィスパー)──アンブラティ結社──歴史上の偉人らの真実──

 クロアーネと灰竜アッシュ、二人と一匹の旅──竜騎士見習いエルンストとの(えにし)──兄弟子アーセンを殺したこと──

 子供達を救ってヤナギを見出し──白竜イシュトと出会い──断絶壁でのテクノロジートリオとの再会──ロスタンとの闘争──

 "大地の愛娘"ルルーテの凄絶さ──同じ転生者たる"血文字(ブラッドサイン)"との邂逅──三組織の制圧と乗っ取り──

 赤竜と緑竜の二柱と相対したこと──イシュトが語った創世の時代──黒竜の最期と、イシュトとの別れ──

 サルヴァとの巡り会わせ──フラウの記憶にあった母の断片──キャシーを()としたこと──

 

 随分と濃密な時間を過ごした。インメル領会戦もかなり凝縮されていたが、それ以上だったように思える。

 それだけに得られたものも多く、大きく、そして……掛け替えのないモノも含まれる。

 

 

 そしてまた……人との繋がりだけではない。物質的にも様々な戦利品を、これまでの半生で獲得してきたものだった。

 

 "永劫魔剣"を(あが)(たてまつ)ったイアモン宗道団(しゅうどうだん)の財産と、魔術具製作の為のセイマールの遺産に始まり──

 "スライム"の原料となる生体トロル──"エレクタルサイト"の元となる黄竜の部位──カエジウス特典で得た"浮遊石"と採掘権──

 利用価値がまだ定まっていない魔獣メキリヴナの遺骸──権力者との人脈と弱味を含んだアーセン・ネットワーク──

 未来には一山いくらになるかわからないほどレアメタルを含むだろう、大地の愛娘ルルーテの置き土産──

 

 俺だけの戦果ではない……それでも俺が関わって、財団へと貢献した(あかし)であり誇らしく感じ入る。

 

 

 ゆっくりと、穏やかな心地で両のまぶたを開く。

 

「……おはようございます。"ハルミア"さん」

「はい、おはようございますベイリルくん──と言っても、まだ()(のぼ)ってないんですけど」

 

 俺は膝枕をされる形で、こちらを覗き込んでいるハルミアの瞳を見つめ返した。

 

「四人でするのも良かったですけど、やっぱりこうした二人の時間も大切ですねぇ……」

「いや~さすがの俺もアレは大変でした」

「私はあれでも抑え目にしてたんですよ?」

「……精力増強魔薬(ポーション)の開発もお願いしときます」

「はい、任されました」

 

 トロル由来物質(スライム)の応用幅を鑑みれば、様々な効用への発展が期待されるというものだった。

 いずれは"ナノテクノロジー"まで視野に、魔導科学の果てには万能の霊薬(エリクシル)の完成さえ見られるかも知れない。

 

「会議は朝一からですけど……まだ時間もあるんで──」

「ふふっ、もう一戦ですか? いいですよ」

 

 (こころよ)く受け入れてれたハルミアの包容力に、俺はより(たぎ)(ほとばし)る熱情を遠慮なくぶつけるのだった。

 

 

 

 

 朝となり、財団支部にて多種多様な主要面子が顔を揃えていた。

 

 ──半妖精種(おれ)半吸血種(フラウ)半魔妖精種(ハルミア)獅人族(キャシー)犬人族(クロアーネ)

 狐人族(リーティア)人族(ゼノ)ドワーフ族(ティータ)定向変異魔族(サルヴァ)半魔吸血種(ヤナギ)灰竜(アッシュ)

 

「──さっそくだが財団本部とも協議した結果、もうしばらくは断絶壁を中心にテクノロジーの研究・開発を進めていくことになった」

「なぁよベイリル、サイジック領じゃまだ無理なのか?」

 

 世界の人口比で言えば圧倒的だが、今この場では唯一の人族たるゼノが、律儀に手を挙げて俺へと問うてくる。

 

「既にサイジック新領都の予定地に、"仮工房"を建設する手筈(てはず)は整えてはいる。ただ移送準備など考えても時間は必要だ」

「わかった。なんか進捗(しんちょく)があったら教えてくれ、こっちも準備があるからな」

「あぁ、まっ三組織の統合も順調だしロスタンも財団色に染まってきた。(とどこお)りなくいけば、出立までは一季も掛からんのじゃないか」

 

 断絶壁も悪くはないのだが、やはり先々の見通しまで考えるとサイジック領が望ましい。

 この場所ではどうしたって情報の隠匿などにも限りがあり、本部との連絡にも時間が掛かる。また大々的な運用試験などもやりにくい。

 

 

「ってぇことはベイリルは暇だな?」

「まぁ……ヤナギを育てるくらいかな」

 

 ほくそ笑むようなゼノに、俺は片眉だけをひそめて思惑を言葉にするのを待つ。

 

「ならおれたちを手伝う時間は十分にあるわけだ」

「なにっ……直接手伝うとなると俺はモノの役にも立たんと思うが」

 

「いやいや高温・高圧環境を作れるって聞いたぞ」

「あ~~~……そういうこと」

 

 空気を圧縮してプラズマ状態を作り出す、あるいは太陽光や宇宙線を凝縮して放射性崩壊を作り出す。

 そういった粒子干渉における状態を調整すれば、確かに高温・高圧の環境を作れないこともない。

 

 

「でも十秒と()たないぞ?」

「そこはそれ、限界を超えて気張ってもらおうか」

「っまじか──でもまぁ、俺でも役に立てるならやぶさかでもない」

 

 どのみち魔術の精度を上げる意味でも、圧縮を保持する修練は必要だったし丁度いいのかも知れない。

 

「他にも音波とか使えるんだし。正直なところおまえは、テクノロジーにおける自分自身の利用価値をわかってない」

「……オーケィ、了解。確かに工業用(・・・)にしか使えなそうな開発途中の魔術もある、どんどんこき使ってくれ──ただし音波は断絶壁以外でな。"大地の愛娘"の起こしたらマズいから」

「わかってるよ。そっちはサイジック領に移ってからでいいさ。それと発想(アイデア)出しも頼むぜ」

 

 するとゼノはトントンッと人差し指で頭を叩いて見せる。

 つまりは地球における現代知識を提供しろということだろう。

 

(まったく……創作(フィクション)の中でしか存在しなかった非現実的なモノも、大いに要求してやるか。それもまた新たな発想の一助になるかも知れん)

 

 "黄竜兵装"で黒竜相手にサーマルガンをぶちかまして以来、色々と思うところがある。

 専用(ワンオフ)の魔導科学兵器は、浪漫(ロマン)のかたまりであるからして──

 

 

「フラウちゃんには各種重力環境の提供をお願いするっす」

「いいよぉ~、ティーちゃん。バッチシまかせて~」

「"浮遊石"の精錬過程で色々と試したかったんで、ほんと助かるっす」

 

 無重力だからこそ可能な比重を無視した合金、あるいは超重圧環境による特殊成形。

 学園時代から少なからずやっていたが、今のフラウならばさらに強力で洗練されている。

 

「キャシー義姉()ぇには電磁気のイロイロおねがいしていっかな?」

「あぁいいぜ、どうせ迷宮が一新(リニューアル)されるまでは暇だしな。ただ磁気? ってのはあんまわっかんねぇぞ」

「ウチも手伝うから大丈夫! これでやっと"エレクタルサイト"の調整が進められる~」

 

 科学だけでは実現できない、あるいは難しい環境も魔術であれば小さな労力でも構築できる。

 これこそが異世界におけるテクノロジー発展の、魔導科学という大いなる利点(メリット)

 

 

「フッハハハハ!! 若き才能は実に愉快だな。これは我も腕が鳴るというものだ」

「サルヴァ殿(どの)はどうしますか?」

 

 化学分野における急先鋒。薬学や錬金術にも通じたその知識と積算は、現在の財団のテクノロジーすら一部凌駕(りょうが)しうる(ふし)もある。

 

「さしあたっては"スライム"を実用段階までもっていこうか」

「ロスタンはどんな調子ですかね?」

「なかなか気骨ある若者だった。こちらが限界を見極めているというのに、無理にでも摂取しようとするのはいささか考えモノな問題児だがな」

 

 あからさま人体実験めいたことになっているようだが──本人の意向ならば何も言うまい。

 

「ハルミアさんもそっち方面への助力でいいですかね?」

「そのつもりですよ。他にも何人か、各部門で必要な研究員も呼ぶつもりです」

「となると……受け入れ態勢も整えて、新たな研究環境も構築する必要があって──クロアーネ?」

 

 

「えぇ、どうせ頼んでくるだろうと思っていました」

 

 クロアーネは()ました表情のまま、淡々とそう口にする。

 

「お見通しか」

「特に機密に関わる仕事ですから。現状、私しかできる者がいないでしょうし」

「ありがとう、助かるよ。料理に関してもみんな楽しみだろうから」

「責任をもって(うけたまわ)りました」

 

 他にも俺の手が空いていない時には、ヤナギとアッシュも任せることになるだろう。

 もはやそこらへんは言わずともやってくれるという信頼があった。

 

 

 基本方針を固めて意思統一も成ったところで、ゼノがやや恐縮した様子でサルヴァへと尋ねる。

 

「あのーところでサルヴァさん、このあと少しばかり時間もらえます……?」

「いくらでもいいぞ、我こそキミたちから大いに学ばせてもらっている。今後は我からも、ちょくちょく顔を出させてもらうつもりだ」

「いや~それはありがたいっすねー、自分らも新たな刺激が欲しかったとこっす」

「ウチも教わる! 教える!」

 

 新参な身であり、年も相当離れている。それでもサルヴァは既にかなり馴染んでいる様子だった。

 やはり知識人は知識人同士、シンパシーのようなものでもあるのか。あるいはサルヴァの人柄も含めてか。

 

 

(テクノロジー万歳(バンザイ)

 

 未来を担う偉人達を眺めながら、俺は今後の発展を願い祈るように、心中で三唱するのであった。




第四部はこれにて了。
よろしければお気に入り、高評価や感想をいただけるとありがたいです。


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第四部 登場人物・用語

読む上で必要なことは、作中で説明しています。
この項は世界観の補完や、あのキャラ誰だっけ? というのを簡易に振り返る為のものです。
読まなくても問題ありませんので、飛ばして頂いても構わないです。
以前のモノと重複箇所があるかも知れません。

※先に読むとネタバレの可能性あり。適時更新予定。砕けた文章もあるのでご注意ください。

キャラは(おおむ)ね登場順に記載。


◆"空前"のベイリル・モーガニト

本作の主人公で転生者、現在は帝国モーガニト領の伯爵位を持つ。

直接的な人脈とはなりえないものの、五英傑や七色竜の多くと直接的な面識が持つ稀有な人生を歩んでいる。

他の才能豊かな財団員たちへの潜在的な劣等心などもあって、財団の利益を含めて自らを鉄火場へと身を投じがち。

 

◆"竜越貴人"アイトエル

創世神話より生きる最古の五英傑で、幼少期にベイリルとフラウに面識がある。学園の創設者にして学園長。

元は一般人レベルだったが、長命なのを利用してひたすら研ぎ澄ませてきた"果て無き凡人"。

数千年単位で積み上げた本人の実力もさることながら、それ以上に数多くの設立組織や教えを受けた英雄・賢者らの功績によって五英傑の一人に(かぞ)えられている。

思わせぶりなことをいくつも言い残し、魔王具を駆って消え、その行方は知れない。

 

Blue(ブルー)Whisper(ウィスパー)

アイトエルが語った謎の情報通の仮称。その響きは地球の英語であり、存在は(よう)として不明。

 

脚本家(ドラマメイカー)

殺したアイトエルが言うには、ベイリルとフラウの故郷を焼いた絵図を(えが)いていた。"アンブラティ結社"の人物らしい。

己の頭の中だけで構築されたシナリオでもって喜劇から悲劇まであらゆる演出をするという。死体は塵と消えた。

 

◆大魔技師

魔術具の製作において革命をもたらし、現在の魔術具文明を創り上げた男。アイトエル(いわ)く、"転生者"。

現在も日常にて使われる多くの度量衡を統一し、7人の弟子を通じて世界へと魔術具と付随する文化を広めた。

"連邦東部(なま)り"と呼ばれる様々な新語・造語も浸透している。

 

◆初代魔王

元神族で暴走によって魔族となったが、途中で魔力抱擁を用いてヴァンパイアとなった魔法使(まほうし)の女性。

グラーフからの依頼を受けて12の魔王具を創る。それらは後の歴史に魔法具として存在するようになる。

 

◆二代神王グラーフ

秩序と土を象徴する神王、となる以前に暴走と枯渇に苛まれる状況に危機感を抱き、魔法具を作る為に初代魔王を(たず)ねた。

製作者に敬意を表して魔王具と名付け、引き連れた10人の神族と、グラーフ本人および初代魔王の魔法をそれぞれ再現させることに寄与した。

 

◆三代神王ディアマ

戦争(いくさ)と火を象徴する女性神王。魔王具"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"を、魔法具"永劫魔剣"として知らしめた希代の武力。

その一太刀は黒竜ごと"大空隙"という裂け目を大地に刻み、紫竜の病毒汚染を防ぐべく、大陸を斬断して極東へと切り分けた。

 

 

◆"静謐の狩人"クロアーネ

ゲイル・オーラムの元従者で、現在は料理道に邁進(まいしん)する犬人族の女性。

情報部はテューレに引き継いだが、合間に支援(サポート)(おこな)いつつ、自らも裏の事情に詳しい。

 

◆アッシュ

白竜と黒竜の()となる幼灰竜。カエジウスが奪った死卵を報酬としてもらい、蘇らせることに成功した。

利口で多少の人語を解すものの、まだまだ成長途中で未熟な部分が多い。両親の形見である白黒竜鱗を首に()げる。

 

◆エルンスト

竜騎士昇格試験中に、ベイリルと出会った見習いの青年。現在は試験を終えて無事、正式な竜騎士となった模様。

 

◆アーセン

イアモン宗道団(しゅうどうだん)にて、師・セイマールから最初に直々に育てられた──言わばベイリルらの兄弟子にあたる狂信者。

同カルト教団の殲滅時にはオルセニクという偽名で任務に()いており、その後も行方を(くら)ましてセイマールに(なら)った奴隷事業を運営していた。

財団の情報網に引っかかったことでベイリルに襲撃され死亡。事業は奪われ、"アーセン・ネットワーク"としてその名のみが残った。

 

◆ヤナギ

魔族と吸血種のハーフで、まだ年端もゆかぬダークヴァンパイアの幼女。

アーセンの奴隷事業の被害者の一人であり、ベイリルに保護されそのまま"子飼い計画"の為に育てられている。

 

 

◆白竜イシュト

光輝を司りし、親しみやすい白竜。"人化の秘法"で人間になりすぎていたので竜への戻り方を忘れている。

ノリが全体的に軽く、光速で移動し、光束レーザーによって敵を屠り去る圧倒的な機動武力を持つ。

アッシュが産まれたことを察知して会いにきたが、最終的にかつて愛した黒竜と共に眠る道を選んだ。

 

◆"大賢(おおさか)しき"ゼノ

学園生時代からの古株で、テクノロジートリオの一人。人族の男。割かし主人公気質で常識人枠。

大魔技師が残した手記のコピーの一部から現代知識を得て、数学や工学面において才能を発揮する。

シールフ、ゲイル、カプランの三巨頭に続いて、ベイリルが転生のことを話した4人目の人物。

 

◆"(たえ)なる"リーティア

はじまりの四人にして、テクノロジートリオの一人。狐耳の金髪、ベイリルたちの妹枠。

ベイリルによる幼少期からの現代知識教育によって、類稀(たぐいまれ)な発想と才覚で主に魔術具開発に()けている。

流動魔術合金"アマルゲル"を従え、本人の地属魔術も相当な領域に達している。

 

◆"施巧者(せこうしゃ)"ティータ

学園生時代からの古株で、テクノロジートリオの一人。ドワーフ族の女。

リーティアの発想と、ゼノの理論設計を、実際に形にする製作担当。ただし自身も自由に改造を加えがち。

魔術具よりも科学における物質文明品を造るのに()けている。

 

 

◆黒豹兄弟

ケンスゥ会の武闘派幹部、それぞれ斧と槍を使う魔術戦士だったが、ベイリルには通じず死亡。

 

◆"兇人(きょうじん)"ロスタン

ソーファミリーの幹部。再生の魔術を使い、自らを捨てがまる戦法を得意とする。

ベイリルに完全敗北を喫した後に、"血文字(ブラッドサイン)"によって幹部を軒並み殺された三組織を統合。

裏社会に通じる財団職員として不本意ながらも活動中&スライムの実験台コースへ。

 

◆"混濁"のマトヴェイ

ソーファミリーの筆頭幹部にして飛空魔術士。イシュトの白色破壊光線によって完全蒸発し死亡。

 

◆"大地の愛娘"ルルーテ

五英傑の一人であり、地上最強とも噂される存在。人族、女性。至上目的は"安眠"なウルトラマイペース。

敵対すべしと決めた相手には、地殻津波やマントルプルームなど地球災害規模の戦力で適度に撃滅。

完全に超越した思考を持つわけではなく、同族を守る情くらいは備えている。結果として魔族の侵攻や魔人・魔獣討伐の功績から、五英傑に数えられる。

 

 

血文字(ブラッドサイン)

主人公ベイリルと同じ、同時代の異世界転生者。前世・出身・年齢・性別・名前その他一切不明。三つの泣きボクロが特徴。

"死に目"に会いたいという理由で殺人を繰り返し、死者の血を使って英語の詩を(つづ)って残していくシリアルキラー。

本来は固有で一つしか使えない魔導を二種類、"変身"と"透過"を同時に使える模様。

 

仲介人(メディエーター)

通称名だけ登場。アンブラティ結社の人間で、"血文字(ブラッドサイン)"(いわ)く殺したらしい。

 

◆サルヴァ・イオ

神領で生まれた元神族で、魔力の"暴走"に見舞われたが自らを定向進化させて紫竜に形態を寄せた魔族。

結果として"紫竜の加護"もある程度だが使えるようになった。

様々な学問を修めているが特に化学分野に強い、文武に長じた財団の賢者。インテリマッチョ。

 

 

◆黒竜

"闇黒"を司りし、魔竜。いくつもの国家を滅ぼし、大地を汚染した厄災。かつては白竜を愛し、二柱(ふたり)の分け身である灰竜をもうけた。

しかし灰竜が死卵だったこと、闇黒をその身に宿すこともあって正気を失っていった。ディアマに大空隙(だいくうげき)を作らせた原因。

その際に大きな傷を負い、再生したあとは自らの闇黒によって苦しみ続けた。最期には"大地の愛娘"の手によって白竜と共に安らかな死を迎えた。

 

◆赤竜

"炎熱"を司りし、人と密に関わる竜。正式には赤竜特区だが、竜騎士特区とも呼ばれる帝国特区を管理し、体面上は帝国に属している。

赤竜の立場や想い、それらにまつわるエピソードは後々に語られるので割愛。

 

◆緑竜グリストゥム

"豪嵐"を司りし、人との関係を絶った竜。数頭の眷属だけを引き連れ、延々と大空を飛び続ける。基本的にヒト嫌い。

 

◆黄竜

"雷霆"を司りしワーム迷宮のラスボス。"無二たる"カエジウスとの契約に縛られ、不本意ながら最下層の(ぬし)をやっている。

ベイリルらと決戦した時は、本気ではあってもまったくの全力ではなかった。無理やりやらされてるだけなので。

 

◆紫竜

"病毒"を司る最()の竜。止まらなくなった毒で大陸を汚染しかけ、ディアマに大陸斬断を決断させた原因。

極東にて"人化"の秘法を応用し、人と竜を切り離したことでなんとか生存。自らの病毒研究に明け暮れ、晩年にはサルヴァに看取られて逝去。

 

◆青竜

"氷雪"を司りし、魔領に棲まう竜。詳細は今のところ不明、絶対零度も使えるっぽいような話。

 

◆頂竜

叡智ある獣の王、頂点の竜。自らの"分け身"として12の竜を生み出し、竜と獣を率いてヒト種と戦争した。

最終的な敗北を見越し、新天地を目指して異空間を渡ったらしいが、その後どうなったかは不明。

 

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★シップスクラーク財団

名実ともに商会から財団を名乗る。紋章は二重螺旋の系統樹。総帥はリーベ・セイラー。

現代知識を元にありとあらゆるテクノロジー特許を研究開発・保有している、慈善を掲げた企業団体。

"未知なる未来"を求め、"人類皆進化"を促す。"文明回華"の為に新たにサイジック領に根を深く張り、その幹と枝を際限なく伸ばす都市計画が進行中。

 

★フリーマギエンス

魔導と科学を信奉する無色の宗教。紋章は五角星形(ペンタグラム)(かこ)った真円を(まわ)る3つの楕円。魔導師リーベを偉大なる師(グランドマスター)とする。

星典(せいてん)を基に、ありとあらゆる文化を許容し促進していくという教義。秘密結社のような側面もある。

 

▲サイジック領

現在首都を開拓中。北にワーム海、東に王国ベルナール領と共和国領、南に帝国キルステン領、左にカエジウス特区が存在する。

領内は領都予定地とは別に、インメル市、ディラート市、ルクソン市、ブラディオ市、タキオン市がある。

街の名前は便宜的に付けてるだけなので、別に忘れてもらっても問題ないです。

 

▲モーガニト領 インヘル国立公園

6つの柱を紋章とするベイリルが所有する伯爵領、およびフラウと幼少期に住んでいたかつての故郷の小さな街。

"炎と血の惨劇"以降、手付かずのまま自然に恵まれたので、管理&観光資源とすることにした。

 

▲断絶壁 / 壁街

"大地の愛娘"が一晩で作ったとされる、人領と魔領を分かつ世界の壁。そこに勝手に街を作り始めたのが通称"壁街"。

壁内部の内街と、壁外部の外街に分かれている。街は実質的な無法地帯であり、内街に縄張りを持つヤクザな集団が秩序を保っている。

性質上、法に()れるような知識や技術が流れてくる場所の一つであるので、シップスクラーク財団も開発拠点の一つをここに置いていた。

 

▲赤竜山

赤竜が治めている帝国特区であり、世界第二位の標高を誇る活火山。この山を含めた周辺が赤竜特区ないし竜騎士特区と呼ばれる。

 

▲大空隙

治癒することなき世界の傷痕。魔領から皇国に掛けて刻まれた超巨大な峡谷で、闇黒に満たされ黒竜が住んでいた。

かつて三代神王ディアマが魔法具"永劫魔剣"にて、黒竜ごと大地を叩き斬ったのが原因。

 

▲極東

同じくディアマが東端において紫竜の汚染を食い止めるべく永劫魔剣を振るい、今度は完全に斬断してしまった結果、大陸の一部が独立してしまった島国。

さらに紫竜から漏れ出た汚染によって分断されてしまい、和風な北土と中華風な本土でそれぞれ統治されているらしい。

現在では毒も薄れてきたのか地上間の交流も多少は可能となっている模様。

 

なお大陸とを挟む海には、海魔獣がいるので大陸との貿易は非常に限られている。

渡ってこれるのは飛行可能な者か、命知らずかつ豪運の航海者のみ。

 

----

 

■大魔技師の高弟(こうてい)

地球からの転生者である大魔技師が、その知識と技術の一部を継承し、世界に魔術具を広めたとされる七人の直弟子。

大魔技師の名で(かす)んでいる部分もあるが、その多くがそれぞれ偉業を残したりしている。

使いツバメ業を(おこ)したり、帝国工房を立ち上げたり、聖騎士の各種権利を各国に認可させたり、あるいは共和国の建国にも関わっていたりする。

 

■聖騎士

皇国に所属する独立色の非常に強い騎士位。大魔技師の弟子の一人が、その権限を世界各国に認めさせた。

聖騎士は人々の規範で在り続ける限り、各国の法でも自由にすることはできない"一人治外法権"。また独自に軍団を持つ聖騎士もいる。

 

聖騎士の人数は特に決められてないものの、その厳しい条件ゆえに一時代に10人もいれば豊作。

世界四大学府の一つである"皇国聖徒塾"は、聖騎士を目指す者にとって養成校というよりは苛烈な修練場なのだとか。

 

■結社 / 秘密結社

大層な印象・名称なれど、一定の(こころざし)をもって人が集まればそれはすなわち結社となり、フリーマギエンスもそういう側面がある。

主人公らが属したイアモン宗道団(しゅうどうだん)もその一種とも言え、特に秘匿性が高いと秘密結社と呼ばれる。

 

アンブラティ、トゥー・ヘリックス・クラン、ブレード・ブラッド・ブラザーフッド、メテル協会。

水銀の星、霊堂騎士団、偽悪者同盟、群青の薄暮団(はくぼだん)黒幇(へいぱん)、ヴロム派、緑斧会。

等々、色々と作中の名称ではいくつか存在するものの、物語(ストーリー)に実際に関わってくるのは一部です。

 

■飛竜

いわゆる"はぐれ竜"として、独自に進化・繁殖をしてきた竜種。

七色竜に(ちから)を分け与えられた場合は眷属(けんぞく)竜として強化される。

それぞれ赤は火竜、青は氷竜、黄は雷竜、緑は風竜、紫は毒竜、白は光竜、黒は闇竜となる。

現状で眷属竜の存在が判明しているのは、火と風のみ。

 

■七色竜

元々は頂竜から生み出された12色の分け身であり、原初にして純血の竜種。

"加護"として(ちから)を分け与えることができ、分け与えられた竜は眷属となってその(ちから)を振るう。

加護を与えるほど本体における直接の(ちから)は分散するものの、元が桁違いの強度な上に総体として見た時には相乗効果も相まって上昇している。

 

■秘法

純血とも言える竜族が使えるそれは、魔法ではなく秘法と呼ばれる。

自らの肉体をそれぞれ炎熱・冷気・嵐・雷・毒・光・闇黒そのものに変化させる"現象化"。

竜から人の身へと変える"人化"。また眷族(けんぞく)を作る為に与えし加護は一種の"契約"の秘法とも言える。

 

■竜騎士 / 見習い

赤竜の眷属である火竜を駆る気高き騎士集団。帝国に属しているが、それ以上に(みずか)らの矜持(きょうじ)がある。

見習いから正式な竜騎士へと昇格するには、世界中を巡る厳しい試験を踏破せねばならない。

竜騎士となってからも終わりではなく、厳しい連係訓練と実戦も求められる。

 

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●魔王具 / 魔法具

後の二代神王グラーフの依頼によって、グラーフと初代魔王自身と他10人の神族の魔法を、誰でも使える道具として閉じ込めた魔法具。

しかし実際の使用には大量の魔力を消費するので、十全に使えるようなことはまずない。

例外が永劫魔剣あらため"無限抱擁《はてしなくとめどなく》"であり、単独で魔力を増幅・循環・安定させる機構を持つ。

 

製作者に敬意を表して、グラーフが"魔王具"と呼んだ。なお各魔王具そのものの命名は初代魔王のセンス。

魔王具以外の魔法具が存在するかは不明。なお各国は外交材料として、本当は保有してない魔法具の存在すらいくつもチラつかせてたりしている。

 

●浮遊石

柔らかい軽石のような物質で、未精錬の状態でも単極磁石(モノポール)の性質により惑星核の磁場との相互作用で浮遊する。

低密度の状態では研磨剤・建築材・濾過(ろか)液・絶縁材・栽培基質などにも用いられる。

完全精錬はまだ成功しておらず、そのままの利用は不安定な部分もあって、さらなる発展が見込まれている。

 

●エレクタルサイト

黄竜由来の超伝導物質の総称。ベイリルらが迷宮より持ち帰った黄竜の部位であり、非常に貴重な生物資源。

多くが常温で超伝導する性質を持っていて、それらは高熱状態にあっても損失することがないという特徴を持つ。

他にも電子を取り込んで充電・蓄電する部位や、安定させる整流器のような性質など、効果は様々である。

 

ただし各種テクノロジーが未熟な現在ではほぼほぼ未加工で品質も低く、使い(みち)は限られている。

 

●スライム

トロル由来の細胞を特定の環境下で培養し、各種物質と適切に合成させた物質。

生物膜(バイオフィルム)の一種である細胞外ポリマーで、栄養を与えたり、細胞離脱を防ぐ触媒となる。

食料源としても吸収できるほか、血液のように魔力をよく(とお)す性質も備えていて、適切な利用によって生体への適合性も飛躍的に上昇する。

 

その源はトロルが体内で生成するもので、遺伝子組み換えを誘発する進化の引鉄(トリガー)素材ともなりうる。

抽出されたスライムは密閉下では粘度の高い液体で、常温で大気に触れると気化するので、濃度を調節して摂取することが可能。

 

 



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第五部 皇国に蒔く文化の種 1章「黄昏」
#266 求め


『──貴様を皇都内における"異教流布"および"騒乱"、また"不法侵入"。さらに"私闘"と"魔術乱用"の罪により、禁錮(きんこ)1000年の刑に処す』

 

 

 ベイリル(おれ)は魔鋼製の手枷と魔術具の首輪を()められた状態で、その判決内容に閉じた瞳をわずかに開いた。

 薄暗さの残る裁きの場にて、ほとんど一方的なそれを抗弁することなく……甘んじて受け入れる。

 

『ハーフエルフであれば二度と出ることは適うまい。神王教と皇国法を軽んじた罪を(あがな)うがいい』

 

 もはや(くつがえら)らないその結果。ヒト種の人生10回分以上に及ぶ刑期を突きつけられた俺は──

 

『速やかに"大監獄"へと移送せよ──警吏(けいり)、連れてゆけ』

 

 ──はたして俺は……達観とも諦観とも取れぬ表情を浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 白竜イシュトと黒竜の最期を見届け、サルヴァと出会い、キャシーを()としてから──

 乾季は過ぎ去り、冬季、湿季、中庸季と巡って、今は夏季の初旬。

 俺は"ヤナギと23人の子"らを教育しながら、テクノロジートリオとサルヴァ・イオの研究・開発に協力し続けた。

 

 途中からサイジック領・北西沿岸のルクソン市に仮工房を構え、以降はそちらで魔導科学の発展に(いそ)しむ。

 おかげで色々と学べたことも多く、テクノロジーの発展に寄与できたことも素直に嬉しかった。

 

 技術系統樹(テクノロジーツリー)も色々と形に成ってきたし、他にも後に世界を牛耳る為の布石となるものは色々とある。

 

 

 年もいつの間にか18歳を(かぞ)え……今はサイジック領・南のタキオン市にある財団支部にて、俺は"三巨頭"と会っていた。

 しかして部屋の中では、最高幹部会議といった様相を(てい)していたわけではなく──

 

 ジャラジャラと軽石作りの136個もの物体が、卓の上で混ぜられ並べられていく中で俺は口を開く。

 

「振り込まないとかズルいよなぁ、シールフは」

「この距離だと流れ込んでくるんだから仕方ないも~ん」

「嘘つけ、完璧にコントロールできるくせに」

 

 指でつまめるほどの大きさに四角く統一されたその軽石には……。

 それぞれに模様が刻み込まれており、同一のものが4つずつ存在している。

 

 

「そう言うベイリルさんは、なにやら無作為の作為的な動きをしていたようですが?」

「いえいえ、カプランさん。"燕返し"くらいはしたかったですが、天眼(むいしき)で積み込みなんて……滅相もない」

「んなっ……無意識!? それはわたし対策かぁ! 猪口才(ちょこざいな)!!」

 

 それらは1から9まで(えが)かれた三種の牌と、字牌を含めて特定の役を作るゲーム──"麻雀"。

 ゲイル・オーラムから順番に、それぞれ牌山より手元へと(くば)り並べていく。

 

「ただ手が巧妙かつ速かったので、僕では捕まえられないのが残念です」

「それは……カプランさんも手元が忙しかったからでは?」

「はてさて、どうでしょうか」

 

 お互いにニヤリと笑みを浮かべ合い、シールフが苦虫を噛み潰したように口を開く。

 

「むむむっ……二人して私に読ませないよう対策しよってからにぃっ!」

「そりゃ対抗しないとシールフの独壇場になるだろうが。それでも有利なくらいで──」

 

 

 会話に興じているとそこでシールフがバッと、ゲイル・オーラムの(ほう)へ顔を勢いよく向ける。

 

「っとォ、おやおやコイツぁ──三人とも悪いネ……和了(あが)ってら」

 

 俺達が3人とも準備が完了していた最中……マイペースに牌を並び替えていたゲイル・オーラムが、(はし)からパタパタと倒し終えて一言そう告げた。

 

「"天和(てんほう)"──っ!!」

「しかも"国士無双"!? 親のダブル役満一撃で全員吹っ飛びっすか……つーかどんな確率」

「いやはやこれは……さすがに(かな)いませんね」

 

 読心(ひとよみ)のシールフ、早業(イカサマ)ベイリル(おれ)、手技師カプランをごぼう抜きにしたゲイル・オーラム。

 シールフが何も言わない上に俺もカプランさんも気付かなかった以上、何のトリックもないただただ純粋な超がいくつかわからないほどの豪運なのだろう。

 しかしそれも、彼であれば……さもありなんといった得心もどこかにあった。

 

「しゃーなし。まずはオーラム殿(どの)の勝ちということで、改めて仕切り直し──といきたいところですが……ひとまず客人ですね」

 

 

 コンコンッとノックされた扉から招き入れると、群青色の髪を二つ結びにした燕少女がいた。

 

「わぁーおぉー! みなさんお揃いでー」

「テューレ、なんか火急の用事かな?」

 

 情報部長として統括するだけでなく第一線で動き回る彼女は、もはや財団にとっての生命線の一つとなりつつあった。

 突き詰めれば世界とは情報によって成り立っていて、それらを制することは……すなわち世界を制するということ。

 

 例うるに、ラプラスの悪魔よろしく素粒子にまで至るありとあらゆる動きをあまねく知ることができたなら──宇宙の創生から終焉まで見通すことができる。

 そこまでスケールの大きい話でなくとも、物事を知ることはテクノロジーにおいても基本である。

 

「えぇ、はい……実はですねー、皇国からなんですけどぉ~。ベイリルさんの名指し宛てで封蝋(ふうろう)している手紙が届きまして」

「どこから?」

「それがですねー、わからなかったんです」

 

 そう言いながら差し出してきた手紙を、俺は受け取って観察した。

 印は俺の記憶の中にも合致せず。"三巨頭"に見せてみるも……首を振るか、(かし)げるか、肩を(すく)められるかだった。

 

 

「一応調べてみたところ、それっぽいのはあったんです。皇国にある"アーティナ"家って言うんですけどー、ただし軽く調べた限り断絶していまして」

「ふむ、俺()てなら見てみたほうが早いか」

 

 パキッと封を破った俺は、中身へと目を通す。

 

「あー……うん、なるほどね」

 

 俺は雀卓の上に手紙を広げ、金・銀・銅の指示を仰ぐように相談する。

 

「学園生時代の友人が助けを求めています。厳密に彼女(・・)は財団員でもないし、フリーマギエンスも信奉していたわけではないんですが──」

「フーン、そんじゃ無視してもいいんじゃないかね?」

「あーあの子ね」

「……僕からは特に言うことはなさそうな事案ですね」

 

 オーラムは興味なさげに、シールフは手紙ではなく俺が思い浮かべた記憶を読んで、カプランだけが手紙に視線を移し、それぞれ一言。

 俺は手紙をテューレへと手渡し、彼女も書かれた内容を読み始める。

 

「えーっと、綺麗な字ですねーはてなに。ふむふむふぅ~む──」

「まぁ個人的には放っておくのも寝覚めが悪い。もしかしたらこれも、皇国への足掛かりにできるかも知れませんし」

 

 

 前半部は学園生時代の知己(ちき)を頼る(むね)を含めた形式ばった文章。

 後半には……現在の取り巻く状況と、助けてほしい切実な訴えが書き(つづ)られていたのだった。

 

「それに()(ほう)(れっき)としたフリーマギエンス員で、一足早く卒業しましたがその際に財団にも正式に所属していますので助けないわけにも……」

 

「財団員とて一個人の進退にいちいち関わる必要はないと思うけどネ。まっ何かヤリたいってんなら、ワタシは別に止めないよォ~」

「結果としてオーラム殿(どの)の手を(わずら)わせることになっても、ですか?」

「そン時は内容によるかナ」

 

 にへらっと笑うゲイル・オーラムに俺は苦笑をもって返すと、シールフが半眼で覗き込んでくる。

 

 

「ま~たベイリルは自分から厄介事に突っ込んでくつもりぃ?」

「無論、詳しい話を聞いてからだがな。ただ旧友をあっさり見捨てられるほど、俺はまだ非情にもなりきれん」

「たまにはわたしもついてっちゃおうかな?」

「……嘘、だな」

「バレた? 面倒事はゴメンだよー」

 

 口笛を吹き出すシールフに、俺はフッと息を吹いて(はら)うような仕草を取って見せる。

 するとカプランがわずかに重心を前に身を乗り出して、丁寧に忠告をしてくれる。

 

「皇国ですと実際問題として、かなりの面倒事に巻き込まれる可能性も否めませんから……ベイリルさん、ご慎重に」

「確かに、肝に命じておきます。まぁ財団としても焦る段階にないし、無理をするつもりは毛頭ありません」

「承知しているのであれば……何か相談事があればいつでもどうぞ」

「ありがとうございます、カプランさん。その時は遠慮なく頼らせていただきます」

 

 俺は軽く(うなず)くように会釈(えしゃく)をしつつ、手紙を丸めて手の中で燃やして灰にする。

 

 

「それでそのー……"パラス"さんって一体どんな(かた)なんです?」

「ヘリオの(ほう)がよく知っているが……テューレはどちらにも会ったことないもんな」

「わたしが知ってるのは、情報部でわかることくらいですかねー」

 

 学園は戦技部冒険科にてヘリオ、グナーシャ、スズ、ルビディア、そして従者のカドマイア共々パーティを組んでいた。

 パラスとカドマイアの二人は一季早く卒業していったが、それでも4年弱も組んできた仲間である。

 

 パラスは最後までフリーマギエンスに入ることはなかったが、実質的にはほとんど部員みたいなものであった。

 特にカドマイアはロックバンドもやっていて、俺もプロデューサー気取ってマネージメントをしていたので浅からぬ交流がある。

 

 ヘリオ達のような絆まではなくとも、助けを求められれば手を貸すだけの友人には違いない。 

 

 

「パラスは既にインメル市に向かってきているようだから、暇なら一緒に行くか?」

「オトモさせていただきまーす」

 

 俺と同等以上の機動力とフットワークの軽さを持つテューレを伴い、俺は久々の有事(イベント)の予感に胸の高鳴りを覚えるのだった──

 

 



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#267 薄暮の難題 I

 もうすぐ日も暮れ始めようという頃。俺はインメル市にある、元インメル領主屋敷の廊下を進み行く。

 

「──それで……いい加減教えてくれないかな、ベイリル。私は一体どこに連れてかれてるのかな?」

「もうすぐだよ、"ジェーン"姉さん」

 

 隣に並び立って歩いているのは、青い髪をポニーテールに()い上げ、銀色の瞳を持つ姉であった。

 ちょうどインメル市で"結唱会"と他の子らを教えていたこともあり、相談役として付き添ってもらうことにしたのである。

 

「もう……ベイリルが私を(あね)呼びする時って、だいたいロクなことじゃないんだぁ」

「いやいや、それはまっこと心外だ。ちょっと皇国にいた時の、お知恵と経験を拝借したいだけさ」

「そうなの? それなら役に立てるといいんだけど」

 

 俺とジェーンは待ち合わせていた応接室の前に立ち、ノックをしてから扉を開く。

 部屋には先んじて待っていたテューレと、かつて伸ばしていた金髪を肩くらいまで短くしたパラスがいた。

 

 

 俺はピッと右手を上げて、柔和な調子で早々に挨拶する。

 

「やっ、パラス久しぶり」

「お久し振りです、このたびはわたくしの為にご足労いただき──」

「堅苦しいのはいいよ、知らない仲じゃない。調子狂うし」

「……まったく、ヘリオさんほどではないにせよ。あなたも相変わらずですわね、ベイリルさん」

 

 学園の同季生である以上は、俺としても敬語も遠慮も一切ない。

 交渉における公私のメリハリは必要なものの、少なくとも今この場では不要だと判断した。

 

 

「ジェーンさんもお久し振りですわ」

「こちらこそお久し振りです、パラスさん。それとテューレさんもこんにちは」

「はーい、どうもですー」

 

 お互いに挨拶が済んだところで、俺はパラスの対面に座る。

 その両サイドにジェーンとテューレが座り、雀卓ではないが四人でテーブルを囲う形となった。

 

「手紙では仔細を隠されていて要領を得なかったが、助けて欲しいってのは……カドマイアに関することでいいんだよな?」

「もしも漏洩などをしたら困りますので、名は伏せておきましたが……読み取っていただけましたか」

「そりゃまぁ……改まったこの場にいないことを考えても、な」

 

 パラスの従者として、学園内でもよくよく付き従っていた青年がいない。

 彼女一人では他に頼れるものがなく、助けを求めてきたことは想像に難くなかった。

 

 

「ちなみに個人的友人として多少の融通は()かせられるが、事と次第によってはパラスにも財団員になってもらう必要があるが?」

「構いませんわ。もはやわたくしのチンケなプライドにこだわっている状況ではありませんから」

「……よっぽど切羽詰まっているとみえる」

「カドマイアが"神族殺し"の(かど)で捕まったのです、当然ですわ」

 

 あっさりと言われたその言葉に、俺とジェーンとテューレは揃って顔をしかめる。

 

「ご存知の通り、皇国において神族という存在は代え難きもの。当然ながら極刑に値する罪です」

「そいつはまた……実際にカドマイアが()ったのか?」

「そうであれば助けを()うような真似はいたしませんわ。起こした責任と向き合うのは、貴族として最低限の責務の一つです」

 

 かつて学園生だった頃の世間知らずのお嬢様といった(ふう)な表情は、今の彼女には微塵(みじん)にもなかった。

 

 

冤罪(えんざい)だからこそ、財団を頼ったと。とりあえず身柄を救出して亡命してもらうだけいいのか、それとも潔白であると世間に晴らす必要があるものか?」

「可能であれば晴らしてもらいたいですが……難しいのであれば命を助けてもらえるだけで構いません」

「従者といえど友人であり家族──あるいは、カドマイアに対して色恋の感情もあるか?」

 

 俺の言葉にパラスは一瞬だけキョトンとしてから、ゆっくりと落ち着いた表情で真実を口にする。

 

「わたくしとカドマイアは"異母姉弟"ですので。そういった浮わついたような関係性はありませんわ」

『えっ──』

 

 学園生時代を知る俺とジェーンだけが、揃って驚愕の声を漏らす。

 

「わたくしとしたことが失念していましたわ。助けを求めるのですから、まずはすべてをお話しすることが礼儀と誠意ですわね」

「……あぁ、頼む」

 

 俺は多少動揺を隠せないながらも、冷静を努めてお願いする。

 妥協点(だきょうてん)を見出し、折衷案(せっちゅうあん)を打ち出す為にも、まずは情報を場に並べなくてはならない。

 

 

「わたくしの生まれた家は、皇国貴族の"アーティナ"家。格はそうでもないんですが、"黄昏(たそがれ)姫巫女(ひめみこ)"を輩出(はいしゅつ)する家柄でしたの」

「黄昏の姫巫女──神領と唯一のパイプを持つ、皇国北端にある"黄昏の都市"の首長だったよな?」

 

 そう言って俺は、三人の内の誰であっても補足してくれないかと疑問符を付けて話の続きを振る。

 

「権威だけなら、教皇と同位とも見られるくらい偉い人ね。今は"フラーナ"さんって(かた)が重責を(にな)っていたかな」

「さすがにジェーンでも会ったことはないか」

「巡礼者ならお姿を見るくらいはできるけど……私はないよ」

 

「外界からのアクセスを完全遮断(シャットアウト)してる神領から、人領へ往来する際は必ず(とお)るようになっている都市ですねー。

 交易なんかもすべて黄昏の都市内だけで済まされていて、神領との交渉事は漏れなく"黄昏の姫巫女"を介さないと成り立たないそうですー」

 

 テューレの説明を聞き、俺はカルト教団にいた頃に習った記憶を徐々に思い出していく。

 セイマールの教育と教団の洗礼を終えた暁には、俺達はディアマ派の急先鋒として皇国に潜入する予定だった。

 それだけに皇国に関する知識は、他の国のことよりも重点的に教え込まれていた。

 

 

「一般的な皇国人にとって、神族も崇拝対象なので当然ですわね。それゆえに"黄昏の姫巫女"本人も信仰の対象となるのですわ」

「へぇ~……」

 

 ──と、俺はパラスで姫巫女姿を想像をしてみるも、いまいちピンときてないことを見抜かれる。

 

「えぇえぇ、わたくしには向いてませんでしたわ。ですからカドマイアが候補だったんですの」

姫巫女(・・・)なのに男でもなれるのか?」

「なれますわ。たしかに当代のフラーナさまも含めて、歴代でも女性が多いですが……男の(かた)も過去に何人かいらっしゃいます。

 あくまで一番最初の姫巫女さまへの、敬意による名称が受け継がれているだけのもの。性別よりも重要視されるのは、能力なのですわ」

 

「能力……ねぇ、具体的に何かあるのか?」

「あらゆるものが審査されます。顔の美醜(びしゅう)・頭脳・肉体・健康・声・社交性・立ち居振る舞い・そして──魔力に関してはあまり恵まれませんでしたので、最終的な候補はカドマイアになりましたわ」

 

「カドマイアが従者を装って、血縁であることを隠していたのはつまり……」

「念には念を──ということです。それに学園生でいる(あいだ)は、せめて自由に生きてもらいたいと……わたくしから提案しました」

「つまり可能性は低くとも、狙われる立場にあったわけか」

「おかげさまで、学園では平穏無事に充実した生活を送ることができましたわ」

 

 フリーマギエンスの活動が生徒全員の学園生活に、多大な影響を及ぼした事は言うまでもなく。

 カドマイアはリードギターとして、ヘリオらとロックバンドを()ってエンジョイしていた一面もある。

 

 

「あのーパラスさん、ちょーっといいです?」

「なんでしょうか、テューレさんでしたわね」

「アーティナ家って断絶したと聞いてたんですけどー?」

「えぇ、57年ほど前に没落しましたが……一族総出で尽力(じんりょく)し続けました。そしてこのたび、お(いえ)復興を認められたんですのよ」

「なるほどー、情報を更新しておきますー」

 

「……更新する必要ないかも知れんがな」

「ちょっ──ベイリル」

 

 反射的に発した、場を和ますにはあまりに無体な言葉をジェーンに突っ込まれてしまう。

 

「いえいえー、今回のことでまた没落したとしても、一度復興してすぐ没落したという過程も大事ですからー」

 

 冷静にそう言い切ったテューレはピッピッと、小気味よくメモ帳に書き記していく。

 

「っ──ま、まぁ事実ですし? 助けてもらう立場ですので、甘んじて受け入れますわ。ただしジェーンさんだけが気を遣ってくれたことだけは忘れません」

「いえ、私はそんな……」

「くっはは、ポロっと出ちゃってすまんスマン。あるいは容疑も晴らせるかも知れんから、話の続きを頼む」

 

 

「えぇ、それでは。"黄昏の姫巫女"の任期はおよそ20年ほど。代々輩出するのは合計で5つの家のいずれかからでして、特別な爵位を与えられた貴族なんですの」

「名実共に家名を名乗れるようになった……矢先に候補が捕まった、と。他の対抗(ライバル)貴族に(おとしい)れられたとか?」

「可能性が一番高いのは、そうなりますわね。わたくしたちも他家を警戒して、連邦の学園まで(かよ)っていたくらいですので」

 

 候補者潰しと考えれば、動機には十分だろう。

 最初の没落にしても……同じ理由で追い落とされたのだとしたらなおさらである。

 

「復興したばかりで既に廃絶の危機……しかも今回ばかりは、もう二度と貴族には戻れぬほどの罪となりますわ」

 

 ゆっくりと目を瞑り、今度は自分自身で噛み締めるように吐き出したパラス。

 カドマイアと共に幼少期から育てられてきただろう、その無念を俺は(おもんぱか)ることはできなかった。

 



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#268 薄暮の難題 II

 

「──先に確認しておきたいことがいくつかあるんだが」

「なんなりと」

 

「最優先はカドマイアの救出でいいのか?」

「はい。一族総員の同意と見ていただいて構いません。どのみちカドマイアが捕まったままでは、罪はそのままということですから終わりです」

「可能であれば冤罪(えんざい)の証明して嫌疑を晴らす。さらには真実を解明し、(おとしい)れた犯人を見つけ出して弾劾(だんがい)する」

「この手で制裁を加えたいところですわ。しかし既に一族郎党、屋敷にまとまって拘束されているので自由に動くことができません。

 わたくしだけがほぼ独断で先んじたのです。具体的なことを知っているのは父母のみで、こうして助けを求めに来た次第ですわ」

 

「であれば、パラスの立場は逃亡者というわけだな」

「そうなります」

「財団以外に頼るアテはあるのか?」

「……ありませんわ。アーティナ家が復興する為に()()にしてくださった方々(かたがた)も、このような事態とあっては──」

 

 それ以上の言葉は続かなかった。言わずもがな、他の誰にもどうしようもないからこそ、(ワラ)をも(つか)む思いでやって来たのだろう。

 しかして(あなど)るなかれ、財団は(ワラ)(あら)ず。世界に根付く二重螺旋の大樹である。

 

 

「カドマイアが捕まってから何日経っている?」

「12日ですわ、ここへ来るまでに8日を要しています」

「パラスが出立した時点から事態が動いている可能性も十分ありえるか」

「……はい」

「助けるにあたって、一族の立場を犠牲にしても構わないな?」

「カドマイアが姫巫女候補ですので、わたくしが次期当主です。皆、覚悟の上」

 

 眼光は()わってはいるものの、俺の強化感覚はパラスの"揺らぎ"を感じ取る。

 パラスとしてもそこらへんはあまり想像したくないことだろう。

 しかし現実問題として、しっかりと突き合せねばならない部分であった。

 

 

「カドマイアの命と、一族の命が天秤に掛かった場合はどうする?」

 

 俺は冷然とした口調ではっきりと告げ、パラスもこちらに呼応するように答える。

 

「カドマイアを優先していただいて結構ですわ」

「一族よりも大事か」

「いいえ、ただ我が家は漏れなくしぶといんですのよ。一報だけ入れさせていただければ後は勝手にどうにかしますわ」

「……なるほど、なんとなく納得がいく。さしあたって本件は慈善事業ではなく、これは一貴族に対する投資になる。当然だがその見返りは貰わないといけない──」

「わたくしたちにできることであればなんなりと」

「アーティナ家が離散せずに復興した暁には、シップスクラーク財団に全面的に資することを誓ってもらう。ただまぁ理不尽な要求はするつもりはない」

「しかと(うけたまわ)りましたわ」

 

「仮に復興できずとも、助けられた者は財団に協力すること」

「当然ですわね」

「本来なら一筆書いてもらいたいところだが……今はまだ法的拘束力を持たないし、後々になって遡及(そきゅう)することもできない」

「決して裏切りませんので、ご安心くださいまし」

「その言葉をもって、ひとまずは信頼の(あかし)としよう」

 

 

("イオマ皇国"──政教一致体制を敷く、世界最大の宗教国家)

 

 初代神王であるケイルヴ派がその多くを占めていて、教皇を頂点に枢機卿(すうききょう)や大司教なども政務に関わる。

 教会や修道会も各所に存在していて、人々の生活に深く関わって文化を作っている。

 

 これを機会に何かしらの(ほころ)びを見つけ、可能ならば(くさび)を打っておきたいところである。

 

「──ところで、神族殺しの罪で本来なら極刑って話だが……今はどういう状況にカドマイアはいるんだ」

「詳しく調べたいところですが、アーティナ一族は自由が許されませんので」

「それもそうか、つまり何一つ不明だと」

「ただおかしな話が一つ、カドマイアの身柄は移送されて収監されてしまったということだけですわ」

「本来なら即打ち首にされてもおかしくないのに?」

 

「えぇ。大々的に公開処刑されて晒し者にした後に、神族へ引き渡してもおかしくないですのに」

「結構ズバズバと……躊躇(ためら)いなく言うのな」

「そういうところはヤワじゃありませんでしてよ」

 

(パラスからの情報だけじゃ足りんな、もっと集めないことには判断のつけようがない、か……)  

 

 あるいは本当に神族は殺されたのだろうか? というところから調査する必要があるのかも知れない。

 

 

「ねぇベイリル、ちょっといい?」

「何か気になることがあればドンドン言ってくれていいよ、ジェーン」

「話の腰を折ってごめんね。パラスさん、さっき収監(・・)って言ったよね?」

「そうですわ」

 

 あっさりとパラスに返答され、ジェーンは眉をひそめる。

 

「……どういうことだ?」

「皇国で"監獄"って言ったら一つしかないの、ベイリルは知らない?」

「んっ──」

 

 俺が脳内知識から引っ張り出すよりも先に、テューレが答えを示す。

 

「あっ"大要塞"ですかー」

 

 

「まじかよ……」

 

 俺はその言葉に心中で頭を(かか)える。

 

 現代地球に比べれば文明も発展途上であるこの世界には、一般的な"刑務所"は存在しない。

 法治国家ではあっても犯罪者に対しての人権意識は(いちじる)しく低く、多くは極刑ないし四肢などの切断。

 

 地位や金があれば賠償などで済まされ、持たざる者は契約魔術によって犯罪者奴隷としても使われる。

 裁判もあるにはあるが、もはや宗教的儀式の一つか、あるいは上位階級にのみ許された特権のようなものである。

 

(刑務所が成り立たない最たる理由は……──)

 

 魔力と魔術によって一個人が備える能力規格が、地球とは比較にならないことが挙げられる。

 魔術士でなくとも魔力強化された凶悪犯は、鉄格子などいとも簡単に捻じ曲げる。

 剣虎バルゥや黒熊バリスくらいともなれば、まさしく不可拘束(アンチェイン)と言えるだけの強度である。

 

 魔力に反応して、たとえば首を絞めるような魔術具も存在するが……犯罪者の為に用意する費用(コスト)もバカにならない。

 不必要に囚人を管理しておくだけの利点(メリット)もない以上、現代地球のような刑務所は()()()()成り立たない。

 

 

「大要塞……対魔領の最前線にある城砦都市がどうかしまして?」

「皇国人のわりに知らないのか」

「一族復興の為に必要な知識ばかりを詰め込んで生きてきましたので。知ってることしか知りませんわ」

 

 俺は言いながらスッと目線をテューレへと移すと、彼女は捕捉するように情報を並べていく。

 

「城伯が管理し、将軍が常に複数人駐留し、新兵の多くがまずはそこで経験を積むほど軍が流動的な要塞ですねー。

 常在軍人はみな精鋭揃いでしてー、また聖騎士も定期的に巡回しますから、魔領軍も大要塞そのものを()とせたことはありません」

 

 そう──わざわざ大規模な刑務所は作らない。あるとしても留置する為の場所が精々である。

 

 都市であれば外壁や見張り塔の地下に空間を作り、天井にのみ人が通れる穴を開けておく。

 飲食物はすべて投げ込み、出入りさせる時にだけ地上部からハシゴを掛ける程度のもの。

 

 

「そんな大要塞のもう一つの顔、それが地下の"大監獄"ですー」

 

 しかして例外も存在する──この世界でも唯一と言っていい刑務所が存在するのが皇国であった。

 詳しいことは様々な風説が飛び交っていて判然としないものの、少なくとも何千という数の囚人が収監されているとかなんとか。

 実際の内部構造なども一切の不明であり、監獄とは名ばかりで処刑されているという噂も強い。

 

「初耳、ではないですわね……でもあくまでウワサでなくって?」

「監獄があること、それ自体は本当の話よ。私も聖騎士本人から直接聞いたことがあるもから」

「っ……聖騎士とお知り合いとは──やりますわね、ジェーンさん」

 

「なぁジェーン、それって"ウルバノ"さん?」

「そうだよ。言っておくけどあの人を利用しようとか考えるのはダメだからね、ベイリル」

 

 聖騎士ウルバノ──ジェーンが皇国の孤児達を救い、結唱会として発足する際に色々と(ちから)を貸してくれた人物である。

 

 

「失敬な……とは言えないな」

「でしょ?」

「まぁジェーンの恩人に迷惑を掛けるわけにはいかんか」

 

 俺は理詰めで考えた結果、ウルバノを利用することは無しであると判断する。

 大監獄のことについても、カドマイアのことについても──もし解決するとなれば皇国法を破る可能性は高い。

 その時に方々(ほうぼう)(たず)ねて回っていたことを知られるのは、後々になって面倒事の火種になりかねない。

 

「とりあえず断片的な情報しかなくて、判断をつけようがない。早急(さっきゅう)により深く突っ込んだ情報収集に取り掛かろう」

「では方法や人員の割り振りは自分に任せてもらってもー?」

「無論だ。テューレの自由に資金や人材を使ってくれ」

「了解ですー」

 

「わたくしからは改めてお礼を述べさせていただきます──ほんとうにありがとう」

「実行するか否かは収集した結果次第だけどな。というわけで、"スズ(・・)"──()()()()()()()

 

 俺がその名を呼ぶと、窓の外から"極東北土の隠密衣装"を着た少女が部屋へと飛び込んできて、音も無く着地する。

 

「うい~、ひさしぶりでござるね。パラス殿(どの)

 

 



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#269 薄暮の難題 III

 

「ひさしぶりでござるね。パラス殿(どの)

 

 学園は戦技部冒険科にて、同パーティを4年弱組んでいたパラスは、思わぬ来訪に驚きと嬉しさを入り混じった表情を見せる。

 

「スズさん!? いつの間にいらしてたんですの!」

「どもどもー」

「こんにちは、スズさん」

 

「おひさしゅうジェーン殿(どの)。テューレ殿(どの)……は、五日振りくらいでござるが」

「自分たちは情報部でよく会いますからねー」

 

 スズ──極東北土の和風な忍者ルックをその身に(まと)う、代々続く"忍び"の一族。

 学園卒業後しばらくは生家のほうで過ごし、情報部の本格稼動後は優秀な諜報員として働いてもらっていた。

 

 

「しかし完全に気配は絶っていたはずなのに、よくわかったでござるねベイリル殿(どの)。拙者、少し自信をなくしたでござる」

「確かにスズのは凄い技術だよ。心音を最小限に、呼吸音も止め、俺とジェーンが来る前から潜伏していたからか空気(エア)の流れも微動だにしなかった」

「今まで誰にも気取(けど)られたことがないのが自慢だったでござるに……」

「それと"調香"による自然な意識()らしも実に美事なもんだった。ただ総合感度に関しては、俺も世界で有数と自負するまでに至っているからな」

 

 特に"天眼"に覚醒して以降は、平時の強化感覚すらより鋭敏になったような気がする。

 

「残念無念──」

「というかなんで身内相手に隠れてたんだよ?」

「遠目にパラス殿(どの)が来たのを見つけてしまったゆえ、せっかくだから驚かせようと思ったでござる」

「それは……その、なんだ。水差して悪かったな」

「構わぬでござるよ。パラス殿(どの)の驚く顔は見れたからそれで良しでござる」

 

 

 かつての仲間にパラスも幾分か緊張の()けた様子で、自然な笑みを浮かべる。

 

「相変わらずイイ性格してますわね、スズさんは」

「パラス殿(どの)も根っこの部分は変わってないようでござるが?」

「それは良い意味ですの? 悪い意味ですの?」

「良い意味でござるよ。誠実なのは昔と変わらず、今はさらに融通が利くようになったと会話の端々(はしばし)から見受けられたでござる」

「でしたら……いいんですけれど」

 

 大概はからかい役に回るスズに素直に褒められ、拍子抜けしたような表情をパラスは見せる。

 

「……ジェーンは誠実だけど頑固なままだからな、パラスだけの美徳だよ」

「失敬だよ、ベイリル。ただまぁ……私も否定はできないんだけど」

「自分もこういう仕事をやってると、なかなか難しいところですねー」

 

 俺は転生前の人生を少しだけ思い出す。我ながら本当に色々と経験して、人格も変貌したものだと。

 

 

「──さて、なんにせよスズがすぐに動ける状態なのは(さいわ)いだ」

「スズさん……そんなに有能なんですの?」

「もちろん超がつく優秀さでござるよ」

 

「優秀なのは確かだが、それ以上に特務慣れしているし、タイミングが良かった」

 

 首を(かし)げて疑問符を浮かべるパラスに、俺は説明をしてやる。

 

「──"文化的侵略"をする時に、注意をしなくっちゃあいけないことがある」

「……??? いったい何の話ですの?」

「まぁとりあえず聞け。注意すべきは"相手の文化を否定してはいけない"、ということだ」

 

 当然だが強引に塗り潰すやり方もある……が、それはまだやるべき時ではなかった。

 風土が自由な"共和国"や"連邦"ならまだしも、"王国"・"帝国"・"皇国"といった大国で安易(あんい)に文化を踏みにじったなら……。

 それらは危険因子と見なされ排除される可能性すらある──

 

「はい、それで……?」

「ヘリオたちの"ロックバンド"──革新的な歌唱は人民の新たな娯楽となり、文化と心に刻まれる」

「つまり拙者はヘリオ殿(どの)らより先行して、その土地で"ライブ"を開催しても問題ないか調べていたのでござるよ」

 

「えーっと、申し訳ありません。いまいち話がどう繋がってるのか、まだわかっておりません」

「極端な例を挙げると……皇都でケイルヴを(おとし)めるような歌を唄えば、皇国法に触れることになり即座に捕縛(ほばく)されるだろ?」

「当たり前ですわ」

「でもそれが仮に田舎だったら? 騒乱行為に問われようと、思いっきり熱唱し終えてから十分に逃走できるわけだ」

 

 

 派手な逃走劇を含めてロックバンドは風聞となって、人々の(あいだ)で惜しまれ語り継がれていく。

 世界中でそうした点と点を繋げることで、より効率的により広く伝播(でんぱ)させていくわけである。

 

「拙者の仕事はいわゆる"隙間"──ライブに適した時と場所を見つけることにあるのでござる」

「ははぁ……なるほど、ですわ」

「ヘリオ殿(どの)らは連邦西部から共和国を()て東部へ、それから王国を通って帝国北部まで来ているでござる」

 

 ロックバンドは大陸を逆時計周りに巡業してきている。

 ただし勝手気ままにゲリラライブも(おこな)うので、連絡がつかないこともしばしば。

 それでも安心して任せていられるのは、スズと財団員による支援(サポート)要員が固めているからに他ならない。

 

「つまり次は皇国にもライブをしに来るわけで、その為の事前調査も進めている……よな?」

進捗(しんちょく)はそこそこにござるね。皇国は一番厄介な国でござるから、そこそこ慎重にやっている最中でござる」

 

 

 連邦や共和国では都市国家ごとに法や文化が(こと)なるので、その都市だけを大まかに調べれば済む。

 王国は貴族領ごとに権限も武力もまちまちではあるが、人族優位なので傾向としてはまとまっている。

 帝国は種々族雑多で中央集権的ではあるものの、気風そのものは自由なことが多く、特定文化だけに注意しておけばよい。

 

 しかし皇国は強い宗教的文化が国政に関わっていて、王国や帝国と同じく基本は貴族領で統治されていても、深く国教で結びついている。

 特に各地に存在する"教区"と、それを管理する司教などの権限も強いので、他国よりも数段上の配慮が必要なのであった。

 

「スズさんは……はからずもヘリオさんたちの為に動いていたから皇国内に詳しい、というわけですのね」

「左様でござい。むしろもうちょっと時間があれば、今少し"根"を張り巡らせられたんでござるがね」

「そういう意味じゃ……タイミングは良くはなかったのか」

 

「まっまっ、何事も上手く進むとは限らんでござる。あとはカドマイア殿(どの)が助かるという結果で語れば良いでござろう」

 

 まだ事件に干渉することすら正式決定してはいないものの、少なくともスズの中では確定事項のようだった。

 

「……そうだな。迅速に(こと)を運ぶ為にも、さしあたっての段取りを決めようか」

 

 俺は少しだけ頭の中で考えてから、口に出していく。

 

 

「まずテューレは情報統括と、特に"大要塞"と付随する"大監獄"のことも突っ込んで調べてくれ」

「はいー」

「スズは現場員として、より精細な情報収集」

「ういー」

 

「パラスは──皇国内にいたらまずいか?」

「手配されていてもおかしくありませんわ」

「身を切る覚悟はあるわけだよな」

「もちろんです」

「ならとりあえずはテューレと一緒に、情報を取りまとめていてくれ。手が必要になったら召集する」

「わかりましたわ、いつでも呼んでくださいまし」

 

 一方的に頼った立場をわきまえ、パラスは感情を飲み込んで大人しく従う。

 

 

 背もたれに体重を預けながら俺はさらに色々な方策を考えつつ、姉へと視線を移す。

 

「俺はジェーンと皇都へ飛ぶことにする」

「えっ──私が!? というかベイリル皇国に行くの?」

「あぁ、行く。なに、ほんの数週間だから頼むよ。ちょいとジェーンの(ちから)が必要だからさ」

「それは別に構わないけど……私も多少過ごしていたくらいで、そんなに詳しくないよ?」

「"とある人脈(コネ)"から知己(ちき)を得た知り合いが、皇都にいるもんでな。その付き添いと相談役だ」

 

「私で役に立てるかな」

「どのみち物事を考える時は、一人よりも二人がいいもんだ。話す相手がいることで、自分の中でも整理ができるからな」

「うん……そうだね、たしかに。結唱会の子たちに教えると、より深く理解できることがある──」

 

 ただ入力(インプット)しただけの知識はそのままでは"他人"でしかない。

 そこから自ら応用したり、誰かに出力(アウトプット)することで"身内"になっていくものなのだ。

 

 

「情報は財団支部を(つう)じて逐次(ちくじ)、密な連携を取っていく」

「ベイリル殿(どの)が直接動くなんて、よっぽど暇してるんでござるか?」

 

「そういうわけでもないが……まぁ()()()()()()調()()()()()()こともあるだろうからな」

 

 俺はそう思わせぶりに口にしながら──ポキポキと指を鳴らして、心を揺り動かすのであった。

 

 



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#270 皇都

 

「皇都"大聖堂"か──いずれはアレを遥かに凌駕(りょうが)する"フリーマギエンス大聖堂"でも建築したいもんだな」

 

 俺は皇都内でも、"教皇庁"に次ぐ高さと威容を誇る建造物を見上げていた。

 本来であればのんびり観光がてら、一般公開されている内部も見て回りたいところである。

 しかし可及的速(かきゅうてきすみ)やかに遂行せねばならない事案がある為、それはまたいずれのお楽しみにするしかない。

 

 

「まだ顔色が(すぐ)れないな、ジェーン」

「うぅ……そりゃそうでしょ、あんな"喋ることもできない移動"なんて」

 

 俺の隣で肩を落としてついてくる姉は、首を少し傾けて気怠(けだる)さを隠そうとはしなかった。

 それは俺への当て付けの意味もあり、多大なる抗議を含んでいる。

 

「"大陸弾道飛行"だからな、俺としても制御に集中する上に人一人(かか)えて会話するほどの余裕はない」

 

 俺達二人は"飛行ユニット"を利用して、大気圏付近まで加速上昇。

 そのまま慣性飛行と微修正を繰り返した落下により、最速で皇国へと到達していた。

 

 飛行制限がある皇都周辺より少し離れた地面へと、流れ星がごとく()ちて着地。

 空気を歪めてステルス迷彩を(ほどこ)し、皇都の壁を越えて悠々入り込んだのだった。

 

 

「それにしたって……飛行酔いなんてだらしないぞ、ジェーン」

「もうっ、あんなのは飛行って言わないの!」

 

 飛行ユニットはそのままシップスクラーク財団の皇都支部に預かってもらい、身軽になったところで皇国貨幣をいくらか都合してもらった。

 追加で必要な情報を調べてもらった俺達は、脇目を多少なりと振りつつも目的地へと歩を進める。

 

「それにあんな規格外の飛行なんて、ベイリルにしかできないでしょ。慣れろっていうほうがおかしいってば」

「いやいや、このまま"TEK装備"が発展していけば、いずれは俺だけじゃなく誰もが使えるようになるんだぞ」

「……テック装備?」

地球(アステラ)語で、"Technology(テクノロジー) Enchant(エンチャント) Knight(ナイト)"の頭文字から──魔導科学による、武具・兵器全般を()す」

 

 フリーマギエンスを(むね)とするシップスクラーク財団にのみ許された、時代の最先端をいく魔導科学を駆る騎士。

 科学と魔術が相互補完し合い、さらには相乗効果で新境地を切り(ひら)く──次世代の多機能兵装である。

 

 

「まだ試作品ばかりだがな。あの"推進飛行機構(スラスターユニット)"の試験稼動データも大切な仕事の一つだ」

「自分から実験台になるなんて、ベイリルは偉いね」

 

「当然さ。ちなみに原理としては……内部に格納された"浮遊極鉄(アダマント)"の磁界が、惑星の磁場と反発することで物体を浮揚(ふよう)させるのを利用している。

 平時は同じく内部にある魔獣メキリヴナの部位である"水流蠕動筋(スポンジ)"に貯留(たくわえ)えた大量の水分によって、重量の釣り合いを取って浮き上がるのを阻止。

 その水を"黄竜由来素材(エレクタルサイト)"に充填された電気で分解し、発生した水素を爆燃させることで噴射加速の為の推進剤にする。

 水分の軽量化と浮遊・上昇に(ともな)い、高高度で重力のくびきから解き放たれたところで慣性飛行に移行、ここからは個人魔術で弾道修正しながら目的地へ。

 最後に浮遊極鉄(アダマント)本体を急速過熱することで、浮揚能力を一時的に減衰させ降下。そうして現行最高峰とも言える超高速移動を実現させたわけだ」

 

(まっ……それでもイシュトさんの光速移動には一生及ぶまいが)

 

 俺はそんなことを思いながら、目を細めて薄っすらと笑うジェーンにズバっと刺される。

 

「すっごい早口だね、ベイリル」

「……好きなことには饒舌(じょうぜつ)になるものさ。ほとんどゼノが説明してくれた内容の受け売りだが」

「いつかはみんなが使えるようになる、かぁ──」

 

 

「正直なところでは、相当先にはなるだろうがな。課題は山積みだ──」

 

 現状では俺の"六重(むつえ)風皮膜"があってこそ成立しているに過ぎない。

 高高度における呼吸の為の空気供給や体温調節。細かい飛来物防護に、爆燃推進や大気摩擦の回避にしてもそう……。

 軌道修正は風によって補完しなくてはならず、降下における減速と着地時のクッションにも空属魔術を使っている。

 

 さらには位置測定するGPSや弾道計算する補助コンピュータなども当然ない為、自ら目的地を見極めるだけの"遠視"能力も必須。

 無事に到着した後も、時間経過で浮遊し始めるユニットをただちに保管しなくてはならない。

 

(天空魔術士たる俺にとっては便利なんだがな)

 

 人間大の大きさを持つ貴重な飛行ユニットも、ステルスで隠して運搬することができる。

 そしてなにより魔力消費も抑えられてエコ。さらには環境にとってもエコである。

 

(俺のように単独で使いこなせるとすれば……フラウくらいか)

 

 それでも呼吸に関しては不安が残ってしまうので、結局は俺くらいしか安全に検証運用はできない。

 

 

「──未来に()うご期待ってなところでココは一つ」

 

 財団のテクノロジーは躍進し続け、そこに不可能はないと信じる。

 

「私もよくわからないまま色々と協力させられたなぁ……」

「氷属魔術はそこそこ珍しいしな。まぁまぁ可愛い妹(リーティア)の頼みだから断れまい」

「そうだね、ついつい甘やかしちゃう──」

 

 話すジェーンの調子もかなり戻ってきたようで、語気も穏やかに顔色も良くなっている。

 

 

 そうして会話しながら揃って歩いている内に──俺とジェーンは、大きな豪邸の門前へと立っていた。

 

「えっ……ここが目的地、なの?」

「そうだ。緊張はしなくていいよ」

 

 すると向かって右側の門横にいた衛兵が、俺たちの元へと走ってくる。

 

「ここは私有地である。いかなる者で、いかなる用事か」

「"グルシア・ベルトラン"だ。お前たちの主人に名前を伝えてくれればわかる」

「……!? 承知しました」

 

 (いぶか)しげな視線を送りつつも敬語に切り替えた衛兵は、反対側のもう一人の衛兵に合図して邸内へと入っていく。

 残された衛兵は少しだけ近付いたところで、付かず離れず俺達を監視し始めた。

 

 

「なぁにその名前?」

「連邦西部の山深くに屋敷を持つ、貿易商さ」

 

 もちろん偽物(ニセモノ)ながら、確かな経歴を積んである存在──実体としてはシップスクラーク財団の下部組織として存在する万問屋(よろずどいや)

 帝国は伯爵位たる"ベイリル・モーガニト"の名では何かあった時に面倒なので、余所(ヨソ)行きで使う為の立場である。

 

「連邦西部の屋敷……? って、それもしかして"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の?」

「さすが、よくわかったな。特に再利用はしていないが、書類上はそういうことにしてある」

「色々と動く立場だと、しがらみが多くて大変そうだねグルシアさん」

 

「楽しんでやってることさ。ちなみに御年148歳のハーフエルフってことになっている」

「随分とサバを読んでるんだ?」

「ただ年を食っているだけでも、多くの相手は目上として接するものだからな」

 

 見目も若く(たも)っていられる長命種だからこそ可能な、お手軽利点の一つである。

 種族差別などは生まれ持ったものなので仕方ないものの、幸いにもエルフは世界的に見てそこまで排斥(はいせき)されてはいない。

 

 基本的に──どの国でも圧倒的多数を占める人族よりは、日陰で過ごさねばならない程度である。

 

 

「ところで私はどういう立場でいればいいのかな」

「そのままでいいよ、俺がツテを辿って連れてきただけ」

「でもこれだけの邸宅に住んでるってことは、かなり偉い人なんでしょ?」

「まぁそれなりにはな──ただ()()()()()()()()。今回直接会うことでそれはより強固になる」

 

 これは言うなれば"サプライズ"でもある。邸宅の主人たる男の驚愕する顔が目に浮かぶようだった。

 

「ベイリル……悪い顔してる」

「そりゃあもう、強い立場にあるがゆえの愉悦さ。奪った"小児奴(アーセン・)隷供給網《ネットワーク》"から見出した都合の良いコマだからな」

 

 ジェーンはその言葉を聞いて眉をひそめる。

 彼女が皇国へ渡って孤児を救う活動をしていた以上、それは当然の反応であった。

 

 姉は聖騎士ウルバノと協力し、皇国の腐敗の一部を明らかにして糾弾(きゅうだん)した。

 孤児と奴隷ではまた身分が違うものの、弱きを助けて悪徳を(くじ)くジェーンには耳聞こえの悪い話。

 

 

「気にするな、と言っても難しいだろうが……清濁併(せいだくあわ)()むのが財団の方針だからな?」

「別にぶち壊すようなマネはするつもりはないから大丈夫だよ」

「ならいいが……それに"これから会う奴"は橋渡し役の一人に過ぎず──最初に少しばかり痛手を与えてやって、今は俺の命令で皇国方面を管理している。

 奴も今は"新しい趣味"ができたこともあって、かなり没頭しているようだ。財団が産み出す文化に骨抜きにされて、もう従順ったらない」

 

 話をしていると、名前を伝えた衛兵と使用人と思しき男が足早に向かってくるのが見える。

 

「そういえば誰なのか全然聞いてなかったけど……」

 

「あぁ、皇国は"権勢投資会"の幹部──"カラフ"という名の男だ」

 



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#271 権勢投資会 I

「これはこれは、ようこそいらっしゃいましたベルトランさま」

 

 豪奢な応接室で待っていたのは……俺にとって会うのが四度目ほどとなる、頭皮が寂しく中年太りな男であった。

 体型を隠すような大きな布を幾重に巻いたような服に、下卑た表情はもう隠せぬほどに、顔に張り付いて取れそうもない。

 

「先んじて御一報いただければ、お連れさまの分も含めて正餐(せいさん)を用意してお待ちしていましたところを」

「急ぎだったものでな」

「今まで何度かお誘いこそしていましたが、実際に我が邸宅までご足労いただくなど初めてのことですねえ。それほど急を要する事案だと」

 

 ねっとりした笑みをカラフは浮かべ、一方で俺は居丈高(いたけだか)な様子で対応する。

 

「そうだ、お前のあらゆる人脈を使って調べてもらいたいことがある」

「内容次第ですが……見返りとして、また色々とわたくしにもご都合していただけるので?」

「欲しがりめ」

「それはもちろん、ここぞとばかりに融通をしていただかないと……これでも大変なのですよ。"権勢投資会"でのわたくしの立場もありますから」

 

 

 利害関係によって繋がる間柄──それゆえに一定の信用もあるというものだった。

 

「この部屋だけでも既に"物品"に溢れているようだが?」

 

 俺の言葉に気付いたジェーンがよくよく見渡す。室内の調度品など、財団製品と思しきモノが随所に並べ立てられていた。

 

「そうやって他の方々(かたがた)にも話が広がっていくのです、美味しい交渉もね」

「それは……なるほどな。まぁ安心しろ、お前にもきちんと利益は持ってきてある」

「ベルトランさまはそのへん、しっかりと(むく)いてくださるからありがたいことです。ところで……そろそろ、そちらのお嬢さんを紹介してはいただけないのですか?」

「あぁ、もっともだが名乗るのは……もう少し後にさせてもらおう」

「はぁ……」

 

 特段の打ち合わせもなかったので、カラフと共にジェーンもなにやら困惑した様子を見せている。

 それでも俺を信じて任せてくれているのか、不安といった感情はないようであった。

 

 

「──さておいてだ、カラフ。お前にひとまず聞きたいことがある」

「なんなりと」

「少し前に発生した"神族殺し"の一件について、詳しい者を知っているか?」

「はっはぁ~……それは手間が無いことですなあ、ベルトランさま。まさにわたくしが直接的に調査している案件です」

「ほう──」

 

 こればっかりは渡りに船と俺は口角をあげる。

 

「いやはや、あの事件には参りました。"権勢投資会《われわれ》"としても、いくばくかの出費を覚悟せねばなりませんから」

「投資会がか?」

「調査・追及しようにも、教皇庁には余分な金が無いと主張いたしますもので……」

 

 "権勢投資会"は皇国内における、表裏問わず数多くの既得権益を牛耳っている立場の集団である。

 しかしそれもケイルヴ教に連なる教皇庁や、各司教が管理する教区など前提がないと、その権威を振りかざすことは難しい。

 つまるところは()()()()()()()の関係であり、それを一方的に無下にするような真似はできないのである。

 

 

「他にも数人ほど関わっていますが、わたくしが主導していますので……なんでもお答えできますよ」

「事件のあらましを最初から頼む」

「はぁ……すべて、でございますか?」

「無論、不正確な情報では判断できないからな。こちらの情報源の話とすり合わさせてもらう」

 

 俺はそう言ったものの、実際のところ大したことを知っているわけではなかった。

 犯人として囚われた者の身内から、断片的に聞いた話でしかないものの……立場を強く見せる交渉の基本はしっかりと守る。

 

 

 カラフはやや緊張した面持ちを見せ、ジェーンも聞き逃すまいと耳を(かたむ)ける。

 

「承知しました。まず事件は13日前、安息日の前日ですねえ……"黄昏の街"の歓待屋敷にて起こりました」

 

 "黄昏の街"──神領と接する皇国最北端にある、黄昏の姫巫女が住み統治する場所。

 神族と唯一の交易が許されている超法規的特区とも言える街であり、言うなれば帝国におけるカエジウス特区とも少しだけ似ている街。

 

行幸(ぎょうこう)における最初の街でもありましたが……初日にしてハイロード家の(かた)が殺されました」

「"ハイロード"、だと?」

「おや、渦中(かちゅう)の人物の名前はご存知ありませんでしたか? いえそれもむべなるかな。実はかの"初代神王"の血筋の名です」

 

 それは転生人である俺だけが捉えられたちょっとした違和感であった。

 

("High(ハイ) Load(ロード)"──)

 

 まさしく発音が地球の英語のそれっぽく聞こえたのだった。

 頂竜を追い出し、まさしく世界を統べる王に相応しい姓であるが……とはいえ、異世界とて発音と意味が被ることもなくはない。

 

 とりあえず今の段階で突っ込んでいても仕方ないので、頭の片隅だけに留めておく。

 

 

「──"ケイルヴ・ハイロード"か、その子孫が今なお受け継がれている、と……」

「司教以上ならば知り得る情報です。もちろんわたくしのような人間もね」

 

 そう言ってカラフは人差し指を口元へ持っていき、「シッ」と他言無用とジェスチャーを取る。

 

「であれば、その罪は途方もなく重いな……犯人も」

「言うまでもありませんねえ。ただし不可解なことが」

「聞こうか」

「護衛者であった神族二人を含めて、三人全員の死体がなかったのですよ。あったのはそれぞれの部屋に血痕のみでした」

「部屋は分かれていたのか?」

「はい、神族の(かた)は護衛も例外なく、個々人が尊重されますので。ただしハイロードさまの脇を固めるように隣接されておりました」

「出血は致死量だったのか?」

「それが微妙な量でして、生死も今のところは不明と言う他なく……」

 

 俺は数拍ほど置いてから、眼光を鋭くカラフへと問う。

 

 

「──"血で(つづ)られた紋様のようなモノ"はあったか?」

「……はい? そういった報告はまったくありませんでしたね」

「なら、いい」

 

 誰にも気付かれることなく、護衛である強者を含めた標的を殺せるほどの要件を満たせる人物。

 

 真っ先に浮かんだのは──同じ転生者でもある"血文字(ブラッドサイン)"。奴が犯人なのではないかとも思ったが……それは違うようであった。

 そもそも奴ならば死体を消すことが可能であったとしても、そんなことをわざわざする理由もない。

 

(あの野郎は完全犯罪をしたいわけではなく、"死に目"に会って、あまつさえこれみよがしに現場に残す奴だからな)

 

 

「なんにしても、現在は神領側からの沙汰(さた)を待っている次第です」

「死体が消えているから犯人は処刑されず、"大監獄"へ移送されたということか?」

「そちらはご存知なのですね。まあさしあたりそういうことになりますかねえ……さらに言えば、知ってか知らずか──ハイロード家を殺すなど異例ですから」

 

「"カドマイア・アーティナ"が犯人なのは確定なのか?」

「直近で目撃されていたという状況証拠と、かつて黄昏の姫巫女の輩出する家柄を追い落とされた為に、神族を恨んでいるという動機から最も有力な人物です」

 

「アーティナ家を復興したのは……計画的に神族を殺すか、捕まえる為だったと?」

「理由はそういうことになっています、いささか不可解なものの」

「だが神族を殺したり、あまつさえ(とら)えるような(ちから)があったのか?」

 

 俺は感情を抑えつつ、淡々とした物言いで詰問するように口にする。

 

 

「ベルトランさまもよくよく調べているようです……しかしながら、実際には犯人など誰でもいいのですよ」

「それはつまり──神族への(てい)のいい生贄(みつぎもの)、というわけか」

「神領側から犯人も見つけられない無能の烙印(らくいん)を押されるのはよろしくないですから」

 

 双眸を冷ややかに、俺は今少し突っ込んで問い掛ける。

 

「カラフ、お前が犯人を捕まえたのか? 移送は?」

「捕まえたのは黄昏の姫巫女についている"護衛騎士"たちで、そこから移送をしたのはなんともはや……"聖騎士長"自らです」

「そこまで体面が必要だったのか」

「本来は皇都の守護者のハズなのですがねえ、教皇庁が慌てて指示を出したと見られていて──」

 

 もしもカラフが移送を担当していたのならばと思ったが、そこまでは上手くいかないようであった。

 

「わたくしはそうした雑な調査や、各種手続きの尻拭いというわけです」

 

 

「なるほどな──いささか俺も調べたいのだが、都合をつけてもらえるか?」

「ベルトランさまが……ですか?」

 

「できれば現場に行って直接捜査がしたい」

「何かお考えがあるようで──わたくしにもお聞かせ願えますか?」

「あいにくと俺が自ら出向く理由は差し控えさせてもらう……が、報酬は約束しよう。真犯人を捕まえたなら、無条件でお前の手柄にしてやる」

 

「……おぉ!? そうですか、そうですか。ではわたくしも深くは踏み込まないことにいたしましょう」

 

 己の立場を(わきま)え、相手との距離感にしても熟知しているカラフ。

 権勢投資会の一員として、ただ単に商人としてだけでなく、権威を持つ人間としての(したた)かさがそこにはあった。

 



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#272 権勢投資会 II

 

「形としては、わたくしの命令で派遣された調査員となりますが……よろしいですか?」

 

 カラフはこちらの顔色を(うかが)う様子を見せる。

 

「構わん、(うわ)(つら)の主従関係など気にしない。そこに(じつ)があればいい」

「いやーっはっはっは!! ベルトランさまはそういうところも話が早くて助かります。上辺(うわべ)を気にする者も多いもので」

 

 一転して笑い声をあげたカラフは、上機嫌に……そしてしみじみとそう語った。

 

 

「捜査するにあたって注意すべきことはあるか?」

「"権勢投資会(われわれ)"に委任された権限は大きいですので、通常の範囲内であれば問題ありません。しかしながら──」

「しかし、なんだ?」

「期限は不明です。調べたところ最後の"神族殺し"など百数十年前の話ですが、その時も実際に起きた場合の処断は神族に(ゆだ)ねられておりました。

 今はまだ神領側から正式な回答がないこともあって、それが不可解さだけでなく不気味さに加え、圧力まで掛けられているようで……」

 

「気が気じゃない、と」

「はい、神族から正式に調査隊が派遣されたら悠長に調べることは不可能となります。その時ばかりは、ただちにお引き上げを」

「わかった……──この一件は教皇庁と皇国全体をも巻き込んだ大事態にも発展しかねないか」

「でしょうねえ。だからこそ、せめて損を少なくする為に色々と骨を折っているわけです」

 

 シップスクラーク財団としても、皇国が無茶苦茶になるのは()けたいところである。

 

 

「もう一つ聞きたいことがあるのだが……囚人に会うことはできるか?」

「それはさすがにムリですね。"上層"囚人であっても面会は不可能ですし、まして大罪人であれば"下層"は確定です」

「犯人にも事情を聴取するのが(すじ)だと思うんだがな」

「収監された経緯からしてもカドマイア・アーティナ本人は、何も知らないと思われますが」

 

 まさか助ける為に会いに行くとは言えるわけもなく、とりあえず突っ込まれる前に話題を移す。

 

「ところで上層と下層とは?」

「大監獄は要塞の地下にあって、そこが二層構造になってるのです。一般の罪人はまとめて上層に、重要な罪人は下層で個別に管理されるとか」

 

 少なくとも脱獄計画を立てて、それを伝えるということは困難(きわ)まりそうであった。

 

 

「大要塞には入れるのか?」

「皇国軍属になり、配属されない限りはこれもムリかと。出入りの業者ですら中にはほとんど入れませんからね」

「しかし要塞都市と言われるくらいだ、民間人がいなくては成り立つまい?」

「中にいる民間人は軍人の家族か、要塞内で生まれた者ばかりです。身分が保証された者でも、正当な理由がなければ入れません」

 

「権勢投資会でも、手が及ばない領域なのか?」

「そういうわけではありませんが、かなり面倒な場所であるということ……お察しいただきたく」

「よくわかった」

 

 俺はゆっくりとソファーに深く座り、思考を潜行(ダイブ)させる。

 大要塞──聞きしに(まさ)る堅牢さ。それゆえに付け入る隙と、方法についてを脳内で巡らしていく。

 

 

「──まったく、最近になってどんどんキナ臭くて困ります。ほんの一週間前にも、この皇都で少し衝突がありましてね」

 

 ベイリルもといグルシア・ベルトランが沈黙していたことに、なにやら不安を感じたのか……。

 あるいは単に場を繋ぐ為か──カラフはふと思いついたように、話題を口にしだす。

 

「衝突?」

(ぞく)と聖騎士二人がぶつかったんですよ」

「ほう……」

「っ──!?」

 

 それまで静聴していたジェーンがあからさまな反応を見せたのに対し、カラフは興味深そうに問い掛ける。

 

「どうしました? お嬢さん」

「い、いえ……」

「気にするな、続けてくれ」

 

 俺がそう言うと、カラフは気にした素振りはおくびにも出さずに話を続ける。

 

 

「さようですか。幸いにもわたくしは"黄昏の街"で調査をしていましたので、被害に()うようなことはありませんでしたがねえ。

 ただ皇都(こっち)に帰ってきたら帰ってきたで、いくつかの対応が回されてきまして……つい昨日まで休む暇も取れないくらいでした」

 

「聖騎士が二人掛かりとは……そんなにヤバい奴だったのか?」

仔細(しさい)については伏せられていますが、聖騎士長が犯人の移送の為に皇都を()けるということで、代わりの聖騎士が皇都まで呼び寄せられていたのです。

 手透(てす)きと言うにはいささか失礼でしょうが、皇都からそう離れぬ所にいた"至誠の聖騎士ウルバノ"さまと、"悠遠の聖騎士ファウスティナ"さまのお二方(ふたかた)をね」

 

 ジェーンと俺は──ウルバノとファウスティナ、それぞれの聖騎士の名に違った反応を見せる。

 前者はもちろんジェーン本人が世話になった人物であり、俺にとって後者の名は"ちょっとした(えにし)"によって聞き及んでいた。

 

 

「皇国でも特一級の指名手配犯……たまたま見つけられたのもそうですが、その場に聖騎士が二人揃っていたことは、聖騎士長一人よりも僥倖(ぎょうこう)でした」

「その手配犯も……運がなかったな」

「もちろんそうなのですが──街の被害こそ些少(さしょう)で済んだものの、聖騎士二人が傷を負ったのが想定外でした」

「怪我をしたんですか!? っあ──ごめんなさい」

 

 ソファーから乗り出すように立ったジェーンは、俺に手を引かれていることに気付き冷静になって非礼を詫びる。

 

「もしかして、お知り合いですかな? お気になさらず、そしてさしあたりご安心を。今はもう命に別状はないとのこと」

今は(・・)……ですか?」

「直後は少しばかり危うかったようですね。ただなにせここは皇都ですから、強力な治癒術士が多数いましたのでご無事です。

 現在ウルバノさまはご自身の生家もある"アガリサの街"へ戻っていて、今の皇都にはお戻りになった聖騎士長がおりますれば──」

 

 

 仮にも"伝家の宝刀"クラスである聖騎士を同時に二人相手にして、命を(おびや)かすなど……いかほどの強者なのか。

 尽きぬ興味が俺自身に聞かないという選択肢を許さなかった。

 

「何者だったんだ、その手配犯」

「それがわたくしにも皆目(かいもく)わからないのです。おそらくは聖騎士級だけが知るような、名を口にするのも(はばか)られる(たぐい)の指名手配のようでしてねえ」

「残念だ。もしも生きていたらお目に掛かりたかったものだが──」

「まだ生きておりますが?」

 

 カラフのあっけらかんとした言葉に、ベイリルは思わず感情を(あらわ)に眉をひそめた。

 

「なにっ──殺されてなかったのか」

「戦闘自体は痛み分けというところだったようで……ただウルバノさまよりも、先に全快されたファウスティナさまの手によって大監獄へ移送されました。

 まあ特一級指名手配犯ともなれば、十分にありうる措置と言えましょう。なにせ罪状如何(いかん)によっては、表沙汰にできないこともありますから」

 

 

(そこまでの危険人物を、処刑せぬまま収監させる意味──か)

 

 処刑するだけならいつでもできる、ということだろうか。

 もしかしたら尋問だけでなく、拷問や人体実験のようなことが平然と(おこな)われていてもおかしくない。

 世界で唯一成り立っている大規模刑務所というよりは、実験施設としての側面を持っている可能性も考えられる。

 

(ただそれにしたって……どういうカラクリだ?)

 

 聖騎士二人を相手に引き分けるような相手であろうとも、収容しておけるような場所とは謎ばかり。

 仮に四肢を切断などして肉体を機能不全に追い込んでしまえば、今度は囚人の管理だけでなく介護にも追われることになろう。

 その為の"下層"とやらの個別管理なのだろうか。

 

(監獄とは名ばかりの処刑場なんてことも考えられるか)

 

 なんにしても神族に引き渡されることを考えれば……少なくともまだカドマイアは無事だと信じたい。

 

 

「──さて、(おおむ)ねの話はわかった。とりあえずカラフ、お前が持つ事件に関する情報はおおよそまとめて書類にしておいてもらえるか」

「承知しました、ベルトランさま」

「それと大監獄についても、可能な限り調べてもらいたい」

「……何を考えているかは存じませんし、知りたくもありません。お調べはいたしますがそのかわり──」

 

「何か起こっても、お前と権勢投資会は一切関知はしていない──それと……見合うだけの報酬か」

「助かります」

 

 俺はほくそ笑むように立ち上がって、カラフへと告げる。

 

「報酬なら、既に最高のモノを用意したぞ。ジェーン(かのじょ)の"歌"だ」

『……えっ?』

 

 そしてカラフとジェーンの呆気にとられた声が重なったのだった。



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#273 権勢投資会 III

「──ジェーン(かのじょ)の歌だ」

『……えっ?』

 

 カラフとジェーンの呆気にとられた声が重なる。

 

「この子の名はジェーンだ──カラフ、お前ならその意味するところわかるよな?」

「ほっ、ほほ……本物ですか?」

「当然だ」

 

「あの……お嬢さん、もう一度お声をお聞かせいだたいでも」

「あっはい、あらためて……はじめまして、私はジェーンと申します」

 

 ゆっくりと……非常にゆっくりとした動作でうんうんと、虚空を見つめるように(うなず)いたカラフの口が震えながら開いていく。

 

「おっ、おぉ……ぉぉぉぉおおおおおおおおおっっ!!!?? 声も姿までお美しいぃいいいいい」

 

 限界化していきり立ち、天井へ雄たけびをあげたカラフは大急ぎで部屋から出て行ってしまった。

 

 

 俺とジェーンが二人して取り残された中で、姉は耳打ちするように疑問符をぶつけてくる。

 

「えっと……あの……どういうことなの、ベイリル?」

「カラフは裏の世界では連綿と続いてきた有名な"競売請負人(オークショニア)"でな。時と場所を選んで、世界中で様々な希少品──人間をも()りに掛ける元締めだ」

 

 ありとあらゆる需要(ニーズ)(こた)えるプロフェッショナルであり、()()()()()()()()()()()ことすら生業(なりわい)とする。

 

「あの人がそんな仕事を……それで?」

「何を隠そうカラフ自身もご多分に漏れず収集家(コレクター)であり、あらゆることに対して健啖家(けんたんか)な人生を満喫している」

 

 アーセン・ネットワークから関わりを持てた人脈(コネ)の中では、もっとも大きな(えにし)と言えよう。

 "権勢投資会"内部においては中流会員なものの、カラフの影響力それ自体は非常に強いものだった。

 

 

「しかしそんな世界中の一品(いっぴん)を知る奴にとっても、未知に(あふ)れたシップスクラーク財団はさらに垂涎(すいぜん)モノの(かたまり)だ」

「慣れてると忘れがちになるけど……財団って本当にスゴいんだね」

「俺はそんなありとあらゆる"文化"を、奴に仲介・提供している立場にある。金を出すだけではどうしようもないことも教え込んであり、俺のご機嫌次第なわけだ」

「いいように使われてるんだ、あの人……」

 

「ナイアブが描いた絵画の飾られた部屋で、市場には一般流通していない音盤(レコード)をすり切れるほど聞きながら、一般流通していない食材で作られた料理と酒を楽しむような男だ。

 多分この部屋以外にも邸宅のどこかに、大切に……それはもう大切に色々と保管してあることだろう。闘技祭で売っていた限定品なんか、それはもう恐ろしい額で買い取ってくれるぞ」

 

 (ムチ)(アメ)。アーセン・ネットワークから辿り着いたカラフには、最初に立場を理解(わか)らさせた。

 逆らえば死をも含んだ制裁すらありえること。しかして協力するならば、こちらからも"他所で味わえない利益"を提供できるということ。

 

 ただ単に財団に囲ってしまうと、カラフが財団のノウハウを学んで金を稼ぐことのみに終始し、旨味もそこで終わってしまう。

 よって俺がカラフに対して仲介するのは、財団が保有する通常では入手できない品々(しなじな)である。

 

 "未知なる未来"へ紡ぎ出すテクノロジーと、織り成す文化こそがカラフの便利な立場をそのままに間接的に支配しうる手段となったのだった。

 

 

 そうしてシップスクラーク財団が築き上げた沼にドップリと引きずり込まれたら、もはや後戻りなどできはしない。

 財団の恩寵(おんちょう)なしに無味無臭な人生に戻るなど、カラフという男の欲望を抑え込むには既に不可能なのである。

 

「カラフにとっても本望だ、ウィンウィンの関係だよ。そして奴が(たしな)むのは美食に娯楽に芸術と──"アイドル"と"ロックバンド"もある」

「うん、もう大体わかったよ……」

 

 ジェーンは半眼で察してから軽く溜息を吐き、にこやかな笑顔に転じて威圧してくる。

 

「私をわざわざ皇国に連れてきたのって、この為だったんだ?」

「すまん、言ったら来ないかと思って……」

 

「はぁ……まったく、もう──しょうがないからいいよ。それにそんな熱心なファンなら、少しくらいサービスしてあげなくちゃいけないし」

「一流のアイドルに育ってくれて、元プロデューサーの俺としても非常に感無量だ」

「まったく、後方腕組みプロデューサーさんは調子いいんだから」

 

 

 ともするとドタバタとした足音の後に勢いよく扉を開け(はな)たれ、カラフは肩で息をしながら戻ってきたのだった。

 

「あ……あの!! ジェーンどの!!」

 

 その小脇(こわき)(かか)えられたるは音盤(レコード)を入れた上質な桐箱(きりばこ)と……左手には樹脂ペンが握られていた。

 さらに右手をゴシゴシと上質なタオルにこすりつけるサマを見た俺は、釘を刺すようにカラフへと告げる。

 

「握手券は安くないぞ、それにお前の()しは"リン"の(ほう)じゃなかったか?」

「何を仰います! ベルトランさま!! 二人で一つなのです!!!」

「えっと、あの……ありがとうございます」

 

 

「いえいえ、ファンであれば当然の解釈です。最高の仕事をしたなら、握手とリンどののサインもお願いできますか!?」

 

 そこには(にご)りも(くも)りもない、一人の純粋な熱狂者(ファン)の姿があった。

 

「ジェーン、どうする?」

「えっと、まぁ……はい。最高の仕事なら私たちも、お(こた)えます」

「ならば、ならばこちらも最高の情報をお約束します。それと最高の音響環境と、料理も最高のものを用意させます。生歌もその時まで──」

 

「良い意気だ、カラフ。ならば俺も新しいレシピを提供しようか、寝かせてある酒も調達しておこう」

「ほ、本当ですか!?」

「二言はない。それと記念品として、その場で生歌の音盤(レコード)も作るよう手配しておこう」

 

「ありがたき!! このカラフ……この上ない成果をお約束します!!」

 

 テンション爆上がりで我を見失いそうなカラフに、俺はカドマイアが実は学園時代にロックバンドのリードギターであったということは伏せたままにしておこうと心に決めるのであった。

 

 

 

 

 捜査の為に必要な印と情報をまとめた書類を受け取って確認した俺は、大邸宅から外に出たところで隣に立つ姉に問い掛ける。

 

「俺は支部に戻って情報部宛てに"使いツバメ"を送ったら、すぐに()つつもりだが……ジェーンはどうする?」

 

 黄昏の街には財団支部がないので、試作TEK装備の"推進飛行機構(スラスターユニット)"を用いた弾道飛行は利用できない。

 あくまで財団の名の(もと)に、機密を保持し信頼できる保管場所があってこそ成り立つ移動手段である。

 

 とはいえ皇都から黄昏の街は国家間の距離ほど遠くはないし、魔力消費は少なくここまで来れた。

 自力特急飛行の(ほう)こそ慣れたものであるし、今はまだ闘争(ドンパチ)もないだろうから、魔力消耗しても問題はないだろうという算段。

 

 

「私はウルバノさんの容態が気になるから、"アガリサ"の街に行こうと思う」

 

 情報によれば"至誠の聖騎士"ウルバノは皇都で治療された後、自らが管轄する教会と孤児院のある街に戻っていた。

 "悠遠の聖騎士"ファウスティナは大監獄へ(ぞく)を移送し、そのまま大要塞に詰めているとのことだった。

 

「そう言うと思ったから聞いた。道中は……さすがに心配ないかな」

「うん、飛行禁止区域でもお構いなしにステルスで飛ぶベイリルよりは大丈夫だと思うよ?」

「誰にも迷惑掛けてないし、露見しなきゃ犯罪じゃないってもんだ」

「法は法でしょ……」

 

 やや呆れ顔のジェーンへ、俺はわずかに笑いかけながら考える。

 神族殺しにしても、露見しなければ罪として問うことは非常に難しい。

 

(あぁそうだ──血痕を残さなければ……護衛もろとも失踪したと見ることもできるわけだし)

 

 致死量とは断言できないほどの血痕のみを残し、三人もの身柄か死体を(さら)った。

 昏倒させるだけでは駄目だったのか、わざわざ出血させる必要性はあったのだろうか。

 

 そんな妙な()()()()()にこそ……何かしらの意図か、あるいはカラクリが隠されているのかも知れない。

 

 

「まぁまぁ少し時間掛かるかも知れんが、あとで合流するよ」

「ベイリルはどこへ行くつもりなの?」

「まずは"黄昏の都市"で捜査をする。それから"大要塞"も見ておこうと思う」

「大要塞にまで入り込むつもりなの!?」

 

「興味が湧いたもんでな。なぁに不法(イリーガル)なやり方なら、ナンボでも潜入(スニーキング)できる得意分野ってなもんだ」

 

 



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#274 現場検証

 "黄昏の都市"──黄昏の姫巫女を首長とし、神領との接続都市にあたる街だが……栄えている様子はなかった。

 清貧で素朴な……田舎を思わせるような街並であり、とても神領との交易点とは思えないほど。

 

 ただしそんな街中にも一際(ひときわ)大きく、意匠も(こと)なる建築物がいくつか存在していた。

 それらはどれも神族を迎え入れる為のものであり、その内の一つが俺の目的地でもあった。

 

 俺は専用ではなく一般財団員ローブを身に(まと)い、フードを目深に(くだん)の歓待屋敷まで向かう。

 

 街中にポツンポツンと点在するだけにわかりやすく、門前に立つ歩哨(ほしょう)へとカラフからの派遣であることを伝えて書状を渡した。

 すると特に問い詰められるようなこともなく、あっさり(とお)されたことに俺はやや拍子抜けする。

 カラフが持つ権威がそれだけ大きいということを、むざむざと見せ付けられたような心地だった。

 

(まっ、無駄な面倒はないに越したことはないが)

 

 心中で(つぶや)いた俺は歩みと共に超音波を放ちつつ、"反響定位(エコーロケーション)"によって周辺と地中を探る。

 そのままペースを崩さずに、最も重要なハイロード家が宿泊していた部屋へと足を踏み入れたのだった。

 

 

「少なくとも神族の調査が入るまでは、事件現場を保存するという考えはあるみたいだな……」

 

 ゆっくりと見渡す──乾いた血の匂いと血痕が残っていて、それ以外に荒らされた形跡はない。

 俺はカラフがまとめた報告書を読み進め、部屋内をじっくりと歩きながら探索していく。

 

 盗まれた物はなく、被害者らが持ってきていたた物品は基本的にそのまま残されていた。

 実際には皇国側も知らない神族の私物があったかも知れないので、絶対ではないものの……。

 

「床に乾いた血痕が一人分……、確かに致死量かは微妙なラインだ」

 

 神族とは魔族やエルフや獣人種も含めた、あらゆる人型の祖先である。

 しかしながら異形化したり、耳が尖っていたり、牙や尻尾が生えているわけではなく、基本的な体の作りは人族と変わらない。

 

 ただ"陽光に照らされると輝く髪"と、同じく"(きら)めく金色の瞳"が神族であることの(あかし)となる。

 

 

「──っし、やるか」

 

 俺は手元の資料を机の上に置くと、自身の魔力を"遠心循環"させていく。

 素肌を晒して全感覚をひたすらに集中させていくのも、昔は数秒と保たなかったが今やかなり馴染んできたものだ。

 

 "天眼"──俺が使う基本スペックの真骨頂にして奥義。

 

 魔力強化したハーフエルフの持ちえるすべての感覚から、無意識に取得した情報を、イメージとして脳内に映し出す。

 それはある種の無意識の有意識化。識域下における意思という、相反する要素の同居。

 

 平面ではなく三次元という高みから世界を俯瞰(ふかん)するように、場に存在するあらゆるものを知覚し掌握する最高級技。

 

(それぞれの感覚器官は獣人の専門家(スペシャリスト)には劣るが、全てに秀でている万能家(ゼネラリスト)なのは俺だけだ……)

 

 視覚──通常の可視領域を超えた赤外線や紫外線をある程度まで(とら)え、暗所も遠所も広く見通すことができる。

 嗅覚──犬や熊には及ばないものの、数多くの匂い分子を速やかに判別し、ほんのわずかな異臭も感じ取る閾値(いきち)を有する。

 聴覚──五感の中でも特に鋭く、可聴域の広さは言うに及ばず、気圧の変化や音波の揺らぎをも察知しうる。

 味覚──空気の味を感じ取るほど研ぎ澄まし、他の感覚で得た情報を補強する為に役立てている。

 触覚──大気の流れから周辺の動きを掴むことができ、温度や湿度なども含めて敏感に感じ取ることができる。

 魔覚(まかく)──第六感(シックスセンス)のようなそれを、便宜的にそう名付ける。魔力というエネルギーを皮膚感覚のように理解できるのは、操作に優れたエルフの血を引くがゆえだろう。

 

(全感覚を統合したがゆえの──俺だけの世界)

 

 そんな刹那の思考を最後に、俺は"天眼"状態へと没入(ダイブ)する。

 

 

 ()えてくる──()えてくる──()えてくる──俺の(すべ)てが理解する。

 現代地球の人間規格であればオーバーフローするだろう情報量も、異世界ハーフエルフの脳は処理できる。

 

 まずはこれまでに部屋に入ってきたであろう調査人達の情報を遮断しつつ、さらに過去へと(さかのぼ)るように知覚を深めていく。

 

 俺の中だけに"映し出された血痕"──それは床だけでなく、()()()()()及んでいた。

 同時に"犯人と思しき人間"が残した足跡と、その動きまでも幻像(ヴィジョン)として浮かび上がってくる。

 

 

 "天眼"が限界に近付きて()けるまでの(あいだ)に、俺は概ねのことを理解してから困惑する。

 

(なん、だ……これは──?)

 

 犯人は2()()()()。おそらくは"殺害した者"と……"処理した者"──ただし一緒に来たわけではない。

 殺人者は一直線に向かい、一撃で殺して立ち去ったと見られる。

 そしてその後に来た人物が……血液を含めた痕跡を()()()()()()消した(のち)に、死体を()()()()()ようであった。

 

「被害者はまずもって即死、だな」

 

 俺は視線を上に移しつつ、脳内にある残像と現況とを重ね合わせる。

 天井に映し出された消された血痕──十中八九、首を一瞬で斬り落としたゆえに噴き出したものだろう。 

 超速で肉体再生した様子もないことから、死んでいることはほぼほぼ疑いない。

 

(少なくともハイロード家の神族を見つけ出して、真実を証言してもらうことは不可能になったか……)

 

 しかしそれよりも気になるのは、殺した後に現れた謎の人物。

 

 

「おそらく見かけの上でなら……血痕は綺麗さっぱり消せたはずだが──」

 

 どうやったのかはわからないが、見た目だけなら天井には染み一つなく消え失せている。

 匂いに関しても、"天眼"を発動していない俺には嗅ぎ取れないくらいには……少なくとも消臭してある。

 

("殺人者"と"偽装者"は協力関係にある……)

 

 そこに関しては特に疑問を持つ余地はない。バラバラに来たとしても、タイミングが噛み合い過ぎている。

 

(だがあえて床に血痕を残した意味は──なぜだ?)

 

 失踪や誘拐ではなく、生死不明の状況が欲しかったのだろうか。

 護衛者の部屋も同じような現場であるのなら……いずれにしてもとんでもない技能の持ち主である。

 

 不意を討ったにせよ、周囲に悟られることなく潜入し、一瞬で殺害するだけの技能を持った殺人者。

 そして侵入に加えてご丁寧に血痕を消し去り、死体まで誰に気付かれることなく持ち去った偽装者。

 

 

「──とりあえず他の現場も確かめてからにするか」

 

 

 

 

 都合4度も連続的に発動させた"天眼"──俺は精神的な疲労の中で、"固化空気椅子"に座りながら声に出して書類を読み進める。

 そうでもしないと頭の中に入ってこないほど、言語化しにくい困憊(こんぱい)をしていた。

 

「──そして、えーっと……屋敷の内部には使用人らが。周囲にも衛兵らが詰めていた」

 

 護衛者らの現場も一様に同じであった。あえて違いを言うなら首を落としたか、心臓を貫いたか程度の違い。

 いずれにしても即死。そして不必要に飛び散った血痕は(ぬぐ)い去られ、死体を運んだ痕も丁寧に消されていた。

 

 部屋の外の廊下でも"天眼"で観察してみたものの、当然血痕は見当たらず……それ以上に往来が激しすぎて足取りは掴めそうになかった。

 

「"科学捜査"でもできれば、他にも判明することでもあるんかねぇ──」

 

 なんだか字もぼやけ、蛇のようにのたくってるように見えてきて、俺は目を(つぶ)って心身を落ち着ける。

 どのみちデータベースなどと照合できなければ、科学捜査した結果も大した役にも立たないかも知れない。

 

(それに異世界で遺伝子検査ができたとして……)

 

 その上で犯人は別にいると主張したところで、手法が認められていないのだからなんの証拠にもならない。

 

 

「──カガクが、なんですか?」

 

 俺は突如として背後から掛けられた声に、立ち上がりながら振り向く。

 するとそこには金色のサークレットを額につけた女性が、窓の外からわずかに首をかしげて微笑んでいるのだった。

 

 



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#275 黄昏の姫巫女 I

 俺はとりあえず窓を開けてやり、見知らぬ女性を廊下へと招き入れる。

 

「お手間を取らせまして、ありがとうございます」

 

 ここは四階建ての最上層なのだが、わざわざ魔術で飛んできたのだろうかと心中でボーっと考える。

 

(屋外とはいえ、俺がここまで不用意に接近を許すとは……相当削られてんな。敵地だったら死活問題だ)

 

 "天眼"を長く(たも)つ鍛錬こそ(おこた)らなかったが、ここまで連続使用することなどなかった。

 今後はインターバルを考えながら、精度を含めた上で検証していくことにしようと……。

 

 

(わたくし)の名前はグルシア。権勢投資会はカラフの(めい)によって派遣された調査官です」

「えぇはい、申し遅れました。わたしは黄昏の姫巫女──"フラーナ"です、調査おつかれさまです」

 

 金色のサークレットに、上品な絹製の服。美しく丁寧な立ち居振る舞いからして、予想通りであった。

 まだ俺はぼんやりとした脳ミソのまま、膝をついて(うやうや)しく(こうべ)()れる。

 

「あらあらまあまあ、(あたま)をお上げください。公式の場ではないのですから、気負う必要はありませんので」

「ありがとうございます」

「なんなら言葉遣いも砕けていいですよ?」

「そうですか、では些少(さしょう)ながら失礼して──」

 

 俺は立ち上がってから目の前の女性を改めて観察する。

 肩ほどまで伸びた色味の濃い鳶色(とびいろ)の髪に、黄金色のくりくりとした瞳が俺の眼と合う。

 

 

「ところでカガク捜査ってなんですか?」

「っとですね、はい。シップスクラーク財団で研究されている学術体系でして、物事を理論的に筋立てて再現性を見つけていき──」

「……? ……?」

 

 こてんこてんと、首を左右に傾けながら疑問符を浮かべる"黄昏の姫巫女"フラーナ。

 どこか愛らしさもあるが、さしあたっての理解は得られそうもなかった。

 

「少し変わったやり方、ということです」

「そうなんですかぁ、博識でいらっしゃるんですね?」

「えぇまぁ……」

「グルシアさん? なにやら顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

 

 

 そう改めて言われたことで、俺は意識がふわふわとしていることを自覚させられる。

 確たる地位にいるフラーナと出会えた僥倖(ぎょうこう)──色々と聞きたいことがあるのだが、考えがまとまらない。

 

「どこか部屋で休みますか?」 

「いえ、そこまでは及びません──」

 

 俺はふらつきはじめた足をしっかりと、床に倒れる前にその場に座り込む。

 そしてはたと気付く、なにやらフラーナを(まと)(あわ)いオレンジ色の(もや)のようなものに。

 

黄昏(タソガレ)……」

「はい、なんでしょうか?」

「あぁ……いえ、すみません。貴方を呼んだわけではなく、なんだか夕暮れの色が見えたもので──」

「えっ──」

 

「やはり疲れているのかも知れません。他に何か失礼な物言いをしていたら──」

「グルシアさんあなた……見えるのですか? ()()()()()が」

「"フラーナ殿(どの)の色"、ですか……この黄昏色(・・・)が──?」

 

 俺は要領を得ないまま会話を続ける、自分でも何を言っているのかはあまり定かではない。

 しかしフラーナ(かのじょ)からすると、何か話の中にピンとくるものがあるようだった。

 

 

「グルシアさんと(おっしゃ)いましたね、自分の手をごらんになってください。何色に見えますか?」

 

 言われるがままに俺は両手を広げて手の平を見つめる──と、腕を(おお)うように(もや)が見えるのだった。

 

「……薄い碧色(みどりいろ)?」

「そのとおりです。そしてあなたの内側にはとても"濃い蒼色(あおいろ)"が見えます。二つも色がある(かた)なんてはじめてです、不思議ですね」

 

「あぁそれはきっと、遠心分離の所為(せい)か……も──」

 

 俺は無意識に"理解した答え"を口にしながら、有意識は沈むように途切れるのだった。

 

 

 

 

「目が覚めたようですね、お体に差し障りはないですか?」

 

 ゆっくりと瞳を開けた俺は、瞬時に状況把握に(つと)める──混乱するかとも思ったが、存外に意識も記憶もはっきりとしていた。

 気怠(けだる)さも既に解消されていて、窓の外を見るにちょうど夕暮れ──黄昏の時間。寝ていたのは数時間といったところ。

 

 

「……大丈夫、です。ありがとうございます、フラーナ殿(どの)。そして先刻は大変失礼をいたしました」

 

 ベッドの上から状態を起こし、俺は"黄昏の姫巫女"──皇国で教皇と同格ともされる彼女を見つめる。

 意識が不明瞭だったとはいえ、身分差からすればとてつもなく失礼な態度を取っていた。

 

 もっとも──五英傑から七色竜まで、今まで会って来た超のつく大物に比べれば……たかだか国家元首と同程度ではあるのだが。

 

「いぃえぇ、いいんですよ。倒れてしまうほど根詰(こんつ)めてまで、調査をしてくれるなんてありがたいことです」

 

 椅子に座ってずっと()ていてくれたのだろうか。ただし恐縮するよりも疑問の(ほう)が先行する。

 あの時に見えていた(もや)が……今は、もう、見えて、いなかったのだった。

 

 

「起き抜けてごめんなさいですけど、聞きたいこと聞いていいですか?」

「──多分同じことを俺も聞きたいと思っていました」

 

 俺の識域領域ではあの時に既に理解していたし、一度意識を失ってもそれをしっかりと理解していた。

 

「グルシアさんは"魔力の色"が見えるのですか?」

「フラーナ殿(どの)には"魔力の色"が見えているのですね」

 

 言葉が重なり、無意識の内に既知となっていた答えを口に出して反芻(はんすう)する。

 

「やはり、あの時に見たあれは……魔力の色だった──のか」

 

 "天眼"にはまだ上の領域があったというのか。一種の"共感覚"とも言うべき現象。

 酷使したことで(なか)ばトランス状態のように……朦朧(もうろう)としていたからこそ発現した新境地。

 

 

「もしかしてグルシアさん、さきほど初めて見たのですか?」

「はい、今は何も見えていません。コツを掴むには今少し時間が掛かりそうです」

「普通は()()()()()()()()()()()()()()()んですけど」

「……それでもフラーナ殿(どの)は、今も見えているのですか?」

 

 俺が(まと)っていたエメラルドグリーンの魔力色だけでなく、内側に"濃い蒼色"が見えると確かに言った。

 それは十中八九、"魔力(マジック)遠心加速分離(セントリヒュージ)"で俺の中で分かたれた魔力であろう。

 

「グルシアさんの今の色は"空色"ですね。三色も一人で持ってるなんて信じられませんが、見間違いでもありません」

「ふむぅ……フラーナ殿(どの)、よろしければそのまま少し見ていてもらっても?」

 

 コクンと(こころよ)くうなずいたフラーナの視線を浴びながら、俺は魔力を遠心加速させていく。

 

「わっ! わっ! なんだか(よど)んできました! どうやってるんですか!?」

「企業秘密です」

「むむぅ~じゃぁわたしも、なんでも答えますから教えてください!」

 

 

 やたら軽い"黄昏の姫巫女"に苦笑しつつ、俺は肩の力を抜いて苦笑する。

 実際に姫巫女に選出されるまでは英才教育こそされ、市井(しせい)で過ごしていたからこその感性だろうか。

 

「なんでも……そんな簡単に言ってよろしいのですか? すっごい秘密をお(たず)ねするかも知れませんが」

「別にいいんですよ、どのみちわたしは遠からず御役御免(おやくごめん)となるでしょうから」

「──それは……今回の(せき)を問われると?」

「この街で神族──それも高名な(かた)に過ごしていただく重責がありながら、お守りできなかったわけですから」

 

 黄昏の都市の首長は"黄昏の姫巫女"であり、そこで起こった事件には管理の甘さが糾弾(きゅうだん)されて(しか)るべきであろう。

 

「とはいえ、わたしももう33歳です。15の時に姫巫女になり、あと1年とちょっとほどの任期が早まったと思えば……」

 

(意外と年食ってるが……10代と言われても信じてしまうな)

 

 フラーナが単純に童顔なのもあるが、それ以上に魔力による肉体活性の影響が大きいのだろう。

 黄昏色の魔力が()えた時に感じたのは、魔導師に準ずるほどの魔力密度であった。

 

「任期は20年ほどなのですか」

「はい、今回の一件で次代の姫巫女も予定をかなり繰り上げて選ばれるでしょう──もっとも、一番の有力候補は既に……」

 

「最有力候補──それが捕まったカドマイア・アーティナだったわけですか」

 

 言葉を濁しつつそれ以上紡がないフラーナに、俺は眼光を細めながら(たず)ねたのだった。

 

 



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#276 黄昏の姫巫女 II

 

「最有力候補──それが捕まったカドマイア・アーティナだったわけですか」

 

 俺の言及にフラーナは目を伏せながら、同情と憐憫(れんびん)がブレンドされた表情でゆっくりと(うなず)いた。

 少なくとも彼女はカドマイアが犯人ではない、と思っていることは明白であった。

 

「彼には悪いことをしました。わたしも証拠不十分だし、動機もないと抗弁はしたのですが……」

 

 カドマイアが捕まった理由は、カラフから受け取った書類に詳細が書き記されてあった。

 

 要約するに、まず事件当時のアリバイがなく一人でいたということ。

 また神族に怨恨があって犯行に及んだという、根も葉もない動機が取って付けられていたということ。

 そして殺害と死体遺棄に際して、地属魔術士であるカドマイアが最も適していたことが挙げられる。

 

生贄の羊(スケープゴート)としちゃ、一番条件が整っていたにせよ──)

 

 カドマイアがメインとして使うのは泥を操作する魔術で、相手の足場を崩して引きずり込むという地味にえげつない戦法。

 それが死体を消したという理由として、犯人扱いするにはおあつらえ向きだったのは運も悪かった。

 

 

(まったく"大地の愛娘"じゃあるまいし……掘り返せないほど地底深く引き込めるわけないだろうが)

 

 実際に周辺を"反響定位(エコーロケーション)"した時の結果も示している。地下百数十メートルまで、人間の死体は存在しない。

 "天眼"で調査した見立て通り、死体を持ち去った人物がいるということだ。

 さらに屋敷内に抜け道といった(たぐい)も存在せず、それなりの人数が詰めていた使用人らは全員の身元に関してはカラフが照会済みである。

 

 そうなると殺害者共々(ともども)通常の方法で入り込んだということになるのだが……。

 

(まさか血文字(ブラッドサイン)の"透過の魔導"や、アイトエルの()く"転移魔王具"みたいなのがホイホイあるとは思いたくないな)

 

 可能性は0(ゼロ)とは断定できないが……それでも非常に低く、他の方法を考えたほうが早い。

 

(俺とて衛兵がいくら配置されていようが、陽動して一瞬だけ気を逸らせれば……ステルスを使うまでもなく楽勝だろうし)

 

 いずれにしても、護衛を含めた三人の神族をそれぞれ一瞬で殺したことを考えて、"伝家の宝刀"(クラス)の実力は()して知るべきであろう。

 

 

「フラーナ殿(どの)のお察しの通り、真犯人は別にいますよ」

「グルシアさん! 何かわかったのですか!?」

「犯人は二人、殺害した人物と死体を処理した人物がいます」

「殺害……死体……」

 

 犯人が別にいるということは(なか)ば確信していたのだろう──フラーナはこちらの言葉を繰り返して事実を受け入れる。

 

「残念ですがさて護衛の神族の方共々(かたともども)、全員死んでいます」

「そう……ですか、ではすぐに下手人の捜索を──」

「いえ、正直それは難しいでしょう。相手はその道の熟達者なのは間違いなく、時間も()ち過ぎていますから」

 

 それこそとっくに皇国の外に逃げているだろうし、虱潰(しらみつぶ)しで大陸中を巡って探すような真似は不可能だ。

 

 

「それになによりも、証拠が俺だけがわかる超感覚によるものなので」

「もしかして……それが魔力の色を見極めたものですか?」

「まぁそうです。"天眼"と言って、ハーフエルフの魔力操作による超強化感覚と言ったところでしょうか」

「……あれっ? それって重要な秘密だったりしました?」

「一応は身近な人間しから知らない秘密です。まぁ知られたところでどうということもないですが」

「それじゃぁわたしもあなたの身近な人間ですね。わたしにもなんでも聞いてもらってもいいですよ?」

 

 にこっと笑う"黄昏の姫巫女"フラーナに、俺もつられて笑みがこぼれる。

 

「では僭越(せんえつ)ながら、フラーナ殿(どの)は常に魔力が見えているんですよね?」

「ですよ。それが"黄昏の姫巫女"の役割(・・)ですから」

 

 眉をひそめる俺に対し、フラーナは穏やかな表情のまま説明をし始める。

 

「この眼は"初代神王ケイルヴの瞳"なのです」

「ほほぉ……」

「そんなに驚かないんですね、冗談に聞こえました?」

「いえいえ虚言(ウソ)真実(ホント)かは先程も言った超感覚でおおよそ見抜けるので、言葉そのものを疑ってはいませんよ」

 

 カプランやエルメル・アルトマーといったプロフェッショナル相手でなければ、表情筋・体温・声色・心音・その他の微細な身体反応から察せられる。

 

 

「ただ俺はケイルヴ教徒ではないですし、これでもそれなりに波瀾万丈な人生を歩んでいるんで」

 

 "五英傑"や"七色竜"と会って来たのは伊達(だて)ではない。

 歴史の生き証人たるアイトエルやイシュトの口から語られた創世神話からすれば──

 驚きはすれどオーバーリアクションまではしない。単純に疲れているという一面もあるにはあるが……。

 

(そもそも本物だという確証がないからな)

 

 初代神王の遺体ともなれば、確かに現存していても特に不思議はないだろう。

 しかして実際にそのような貴重な存在を、人間に移植したかというと疑問符が残る。

 黄昏の姫巫女にそう信じさせているだけで、実際には似て非なる偽物(パチモン)という可能性のほうがこの際は高い。

 

 それでも魔力の色をその瞳に(とら)えるという特性はもとより、実際の移植技術については興味深くもあった。

 

 

「気になるお話です、グルシアさんの人生」

「そこらへんは(いとま)ができたら、おいおい語りましょうか──それで、初代神王の瞳は魔力の色を見通すことができるわけですか」

「はいそうです。そして"黄昏の姫巫女"の最大のお役目が……黄昏色の魔力の持ち主を探すことにありますから」

 

 俺は「ふむ……」と右手を顎に添えて考える仕草を取る。

 

「フラーナ殿(どの)の黄昏色では不足なのですか?」

「わたしの色は近くとも違うのです。これは瞳を受け入れる条件であるのと、自らの色と比較する為の色なんです」

 

 そもそも魔力の色で何が変わるという話でもある。色によって使える魔術に得手不得手でも現れるのだろうか。

 特定の魔力色を求める、その意味や必要性がよくわからない。神領にそうした知識があるのなら、是非知りたいところだった。

 

「候補者も実のところ、色が最も近い者を当代の姫巫女が選出します。輩出する家柄が決まっているのも、長年掛けて厳選されたのです──」

 

(魔力色は遺伝する……まっ、さもありなんな話だな)

 

 円卓の魔術士第10席の"双術士"──彼女らは魔力を互いに受け渡すことができた。

 それは双子だから()せたことなのだろうし、遺伝的要因が絡むのも理解できる。

 

 

「この街には"巡礼"で皇国中から様々な人間が(おとず)れますから、その中から近い色の者をお呼び立てして見比べます」

「見つかったらどうなるのです?」

「神領にお(まね)きして、神族の方々(かたがた)が最終的な判断を(くだ)すようです」

 

 未だにお役目が続いているということは、該当者がいないのか。それとも複数人必要なのだろうか。

 

「神領に行った者は?」

「わたしの代では8人ほど……」

「少ないですね、およそ二年に一人くらいですか──」

「わたしは歴代の中でもかなり色を見る(ちから)が秀でているらしいので……」

「なるほど、より黄昏色に近い人間を選んでいるというわけですか。ちなみに神領(むこう)へ行った方々(かたがた)は?」

「"神門官"さまのお話では、神領にて(すこ)やかに暮らしていると」

 

 

(話に聞いているだけ、か──要するに帰ってきてない。人領(こちら)に帰ってくる気がなくなるほどの場所……とは思えんな)

 

 俺は元神族であり、当然神領で過ごした時期のあるサルヴァ・イオから、ある程度の内部事情は聞き及んでいた。

 なにぶんサルヴァ本人が出奔(しゅっぽん)したのが200年以上前なので、様変(サマが)わりはしているのだろうが……。

 

 俺は淡々と現実を突きつけるように、真に迫った問いを黄昏の姫巫女フラーナへ投げ掛ける。

 

「本当に、幸せに暮らせているとお思いですか?」

 

 それは彼女自身と、その生き様を(おとし)めるとも言えるものだったが──それでもあえて。

 次にフラーナから最初に返ってきたのは、言葉ではなく柔和で(さと)ったような表情なのであった。

 

 

 



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#277 黄昏の姫巫女 III

「本当に、幸せに暮らせているとお思いですか?」

「疑ってはいけませんよ」

 

 穏やかではあるが真っ直ぐな黄金色の双眸(そうぼう)と、俺の碧眼とが交差する。

 

 宗教の是非について問うつもりはない。

 歴史を(かえり)みればその功罪は実に多岐に渡り、単純な二元論では語ることは不可能だ。

 地球史における文明の発展においても宗教問題は長くついて回り続けているが……、それも大きくは文化・風俗の一態様に過ぎないのである。

 

 しかしながら停滞あるいは衰退といった時代は、事実として確かに存在したし──それはこの世界でも例外ではない。

 神王教にせよ魔王崇拝にせよ竜教団にせよその他多様な宗派にせよ。

 

 数ある思想・文化・慣例を乗り越えて、魔術具による利便性を浸透させた"大魔技師"の苦労がいかほどだったのかは……想像するしかなかった。

 

 

「それにわたしもお役目を終えれば、神領へと迎えられる身です」

「しかし"初代神王の瞳"は、次代の姫巫女に継承されるんですよね? そうなれば──」

 

 新たに瞳を与えられるのだろうか……? 視覚再建魔術というのも大いにそそられるが、彼女の瞳をそのまま保存しているとでも言うのか。

 あるいは死した誰かの瞳を使うのか、それとも生ある者から奪うか……それがしっかりと適合するものなのだろうか。

 

「もし光が戻らなかったとしても、目に見えるものだけがすべてではないです。そうした苦難の中で生きる、数少なくない方々《かたがた》も巡礼し、わたしもお話をさせていただきました」

 

 "信仰"──黄昏の姫巫女は、その存在自体が信仰の対象となるほどに(あが)(たてまつ)られる。

 神族を相手に一番最初に接見し、この上なく歓待し、その恩寵(おんちょう)を最も多く(さず)かるとされるのだ。

 ゆえに彼女は皇国法でも裁くことは事実上不可能な存在であり、その進退を左右できるのは神族だけであると。

 

 使命と責任感、そして栄光を……常に(かたわ)らに置いて生きてきたのだから、彼女の考え方も無理からぬこと。

 

 しかし──である。

 

「半々といったところですか」

「なにをでしょう……?」

「先ほど申し上げましたが──俺は虚言(ウソ)真実(ホント)かおおよそ見抜くことができる、と」

「そういえば……そう、でしたね。わたしのこともお見通しですか」

 

 薄く自嘲的な笑みを浮かべて、フラーナは顔色をにわかに隠すようにうつむく。

 

「看病してもらった借りもあることですし、俺の前では本音で構わないですよ。誰かに言いふらすようなこともしませんし、(えき)もない。

 虚飾はいりません。ありのままの貴方がその胸の内を吐き出すことで、ほんの少しでも楽になるのなら……こちらも決して悪い気はしない」

 

「調べるだけでなく、お口も達者なようですねえ」

 

 そう言うとかつて最初に瞳を受け継いだ少女だった頃らしい笑みを、フラーナは浮かべるのだった。

 

 

「不安がまったくないと言えば……たしかにウソになるかもしれません」

「そうでしょう、それは何恥じることのない普通(・・)のことです」

 

 俺は(なだ)めるようにフラーナへと語り掛ける。

 

(生粋のケイルヴ教徒ではある──が、立場が特殊だからこそ……その信仰心には"余地"が残っているな)

 

 普通の信徒と違って彼女は多くを知るが、同時に真に隠したいことは知らされていないという特別な存在。

 なにより彼女自身も信仰の対象であり、黄昏の姫巫女となる前は教育こそあれ一般的な人生を送っていたということ。

 

 イアモン宗道団(しゅうどうだん)で長年接してきたような、本物の狂信者達とは明らかに違っていた。

 

 

「黄昏の姫巫女であるわたしが"普通"だと、グルシアさんは言い切りますか」

「世界を巡ってきた俺からすれば、少し偉いだけの女性です。だからこそ惜しい」

「……言いますね?」

「世界は広く、未知に()()ちている。貴方の想像が及ばないほどに」

「"未知"ですか。たしかにわたしは姫巫女となってより、この街からは出てはいませんが……」

 

「なる以前は?」

放蕩(ほうとう)していた従兄(にい)さんと違って、生家にて姫巫女となるべく……あらゆることを(おさ)める日々でした」

「では皇国からは出たこともないと」

「そうなります。ですが定期的に帰ってきてくれた従兄(にい)さんからのお土産(みやげ)話や、巡礼者の方々からお聞きすることは数多くありましたが……」

 

「自らの足で巡ってみたいと思いませんでしたか?」

「それは……夢みたいなお話ですけど、立場がそれを許しません」

 

「なら俺が"魔力色"を自在に()られるようになったら、お役目を少しばかり代わりましょうかね」

「ふふっ、見られるようになってもさすがにそれはムリですよ」

 

 俺の冗談めかした物言いに、自然とこぼれでるフラーナの心からの笑顔。

 常に姫巫女の立場として、信徒達へと見せる表情とは明らかに違うであろう()のままの姿。

 

 

「黄昏の姫巫女は当代唯一の存在であり、他に代わりなど用意することなどできません」

「なら俺が次代の姫巫女になってしまったらどうです?」

 

 人族であるフラーナが生涯を終えるまで瞳はそのままにできる。そして俺は途中でバックレてしまえば済む。

 

「お気持ちは嬉しいですけれど……」

「ふむ。やはり家柄がなってないと駄目か──それともハーフエルフだから無理ですかね」

 

 皇国は王国と同程度か、その次に差別が激しい国家であり、種族優位性(カースト)が法によって定められている。

 

「えぇ一応は。人族が代々(にな)ってきていますし」

 

 最上位はもちろん"神族"であり、絶対の存在。

 次に神族の血を引く種族──すなわち神族の寵愛(ちょうあい)を受けて(まじ)わり、新たに生を受けた半神族の子は生まれながらに祝福される。

 

「一応は半分は人族なんですが……せめてハイエルフだったら違いましたかね」

「神族が判断することですけれど、適性の問題もあるのだと思います。人族は"枯渇"によって生まれた種族ですから」

 

 そして神族が魔力の枯渇現象に見舞われて分化し、同じ姿を持つ"人族"が人口を含めてヒエラルキー中層から上位の多くを占める。

 次いで普通のエルフやドワーフといった"亜人"種がいて、"獣人"種がそれに続く形となる。

 

 現存する神族と神王を崇拝する結果として、自らの姿にも重きを置くという宗教形態。

 

 

(枯渇……そして暴走)

 

 魔力の暴走によって異形化した"魔族"は、皇国において最底辺の位置となる。

 血を引いているのが明らかなだけでも、皇国内では様々なトラブルを呼び込んでしまうほどに。

 

 それは神族の姿からも遠いだけでなく、過去に神族と大いに争った歴史があるということ。

 さらに全盛期の心ない魔族が大陸を席捲(せっけん)した"暗黒時代"と、今なお魔領前線で戦い続けている遺恨(いこん)が根深いのである。

 

(魔術を生み出したのが初代魔王という真実も、皇国では"神族が使いやすい形で人族に与えた"と伝えられている──)

 

 国宝とされているであろう"魔法具"も、実はグラーフが魔王に協力を依頼して作られたモノだと知ったら……。

 真なる歴史を知る数少ないであろう人間としては、大いに皮肉めいた心地にさせられる。

 

 

(ん……?)

 

 ふと近付いてくる気配に、俺の半長耳がピクリと動く。

 聴覚へと意識を(かたむ)けると……扉を順繰りに()ける音が聞こえてきた。

 

「どうかしましたか? ベイリルさん」

「いえ……誰かが(はし)から順番に、部屋の中を探しているみたいです」

 

 そう言って俺は扉の(ほう)へと目を向けると、フラーナもつられて同じ方向を見つめる。

 さしあたって後ろ暗いこともないので、逃げ隠れする必要もなくドッシリと構える。

 

「あぁ! それはもしかしたら──」

 

 フラーナは何か思い当たったのかその場で立ち上がったところで──ノックなしに開かれたドアから、騎士装束に身を包んだ男が現れる。

 

「っと……おう、いたいた。すぐに護衛を振り切るんじゃねぇよ、フラーナ──って?」

 

 続いて目が合った男と俺は、互いに同じ疑問符を浮かべるのであった。

 

 

 



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#278 黄昏の姫巫女 IV

「っと……おう、いたいた。すぐに護衛を振り切るんじゃねぇよ、フラーナ──って?」

 

 部屋へと入ってきたのは騎士装束に身を包んだ男。

 鎧の上に着たサーコートには、姫巫女の護衛の(あかし)たる紋章を着けている。

 

()()()()、これは人助けですから勘違いはなさらず。彼の看病をしていたのです」

「あぁそう、だったか……」

 

 守るべき黄昏の姫巫女相手に、随分な無礼な態度とも思ったが……なるほど家族であればそれも不思議はない。

 

「フラーナ殿(どの)従兄(あに)、ですか」

「はい、わたしの従兄妹(いとこ)の兄です。さきほども少し話に()れていた、放蕩の従兄(あに)でして……。今はわたしの護衛騎士の一人である"ヘッセン"です」

 

『……』

 

 俺と護衛騎士ヘッセンは揃って見つめ合い、互いに記憶の中からその顔を引っ張り出していた。

 そしてほぼ同時に思い出して声が重なる。

 

 

「もしかして……()()()()、さん?」

「あぁ、あの時の──」

「えっ!? 二人はお知り合いですか??」

 

 はたしてそれは、カエジウス特区のワーム迷宮(ダンジョン)へ向かう途中で──巨熊から命を救ってやった冒険者であった。

 軽く話して食事を共にし合った程度なので、名前までは正直忘れていたが……"ヘッセン"、今度は忘れまい。

 

「ああ、おれの命の恩人だ」

「それはまあまあ!! 従兄(にい)さんを救っていただきありがとうございます」

「いやまぁ、成り行きでしたので」

 

 仲間を殺され、本人もズタボロで死に掛けていたが──まさか黄昏の姫巫女の兄だったとは。

 ということは彼自身もかつては姫巫女候補だったということである。

 

 

「でも、ベイリル……さん? グルシア……さん? お名前が二つあるのですか?」

「あーーー、すみません。色々と事情が込み入っていて、グルシアもベイリルも俺の名前なんです」

「どちらでお呼びすれば?」

「そうですね、では──ベイリルのほうが親しみやすいので、そちらでお願いします」

「わかりました、ベイリルさん。助けられた時の話も兄さんから聞いていましたが……まさかこのような(えん)もあるのですねえ」

「まったくです」

 

 本当に青天の霹靂な再会であり、人同士というのは一体どこで繋がっているのかわからないというものだった。

 

 するとその場に(ひざまず)いて、深々と頭を下げて礼を示すヘッセン。

 

「あの時は本当にお世話になりました」

「えぇ、お世話してやりました。ということで以後は普通で構わないよ、あの時のように」

「んじゃま。お言葉に甘えて」

 

 そう言って立ち上がったヘッセンは、近くにある椅子に座る。

 

「しっかし──冒険者稼業からは足を洗い、縁故(えんこ)とはいえ今や姫巫女の護衛騎士とは出生したもんだ」

「まあ仲間も死んだんで頃合だったんでね。他にやることもなかったし、実家に戻った(おり)に家族に尽くすと決めたんだ」

「言っちゃ難だが……護衛騎士が務まるのか?」

「手厳しいなあ。さすがにあんたらに比べちゃアレだが……おれも血反吐にまみれて修練を積み重ねたんだぜ」

 

 確かにあの頃の印象とはかなり違っていて、最初顔を見た時もすぐには気付けなかった。

 

 

「そうそう、あれからワーム迷宮(ダンジョン)はどこまで行けた?」

制覇(・・)

 

 そう一言告げると、ヘッセンはポカンと口を開け──そしてしばらく思考停止に(おちい)ったようだった。

 

「ぷっ、くっ──くあっはっはははははは!! さすがだなあ、おい!!」

「詳しくは言えないが、一応ね。カエジウスの手によって内部構造も一新されているから、もう一度挑戦するのもいいのでは?」

「あの時よりは多少なりと通じるとは思うがね……ただ今は、護衛騎士をやっているもんで」

 

 ヘッセンの表情には郷愁と哀悼が込められていた。それは失った仲間に対するものであろうことはすぐ察せられる。

 

「ところで今は何をしに"黄昏の都市(こんなばしょ)"までやって来たんだ? あんたらはたしかケイルヴ教徒じゃなく──」

「"フリーマギエンス"」

「それそれ、ってこたぁ巡礼で来たわけじゃないよな。歓待屋敷にいるってことは──」

「依頼があってね、今回の神族殺しの事件を調査しに来たんだ」

「へぇ~……手広くやってるんだな、それもシップスクラーク商会ってやつか?」

「今は名実(とも)に財団と呼称しているんでそっちで覚えてくれ」

「はいよ、財団ね。よくわからんけど了解了解」

 

 

 それまでニコニコと俺たち二人の会話を眺めていたフラーナが、気付いたように従兄へと口を開く。

 

「そうそう、そうなのです従兄(にい)さん。ベイリルさんが(おっしゃ)るには、犯人は別に二人いるそうなんです」

「なに? それは……」

「俺の調査結果です。ただし物証はないですし、犯人も不明で場所も(さだ)かじゃない」

 

「っ……そうか」

 

 どこか落胆したような表情をヘッセンは見せつつ、俺は思わんとするところを推察する。

 

「なあベイリルさんよ、ちょっと二人だけで話したいことがあるんだが……いいか?」

「それは構わないが……」

 

 ちらりとフラーナへと視線を移すと、彼女はコクリと素直に(うなず)いて立ち上がる。

 

「ではわたしはいったん席を外しますね」

「すまねえな、フラーナ」

「い~えいえ、お二人とも積もる話があるのでしょう?」

「ちっとだけな、隣の部屋で待っていてくれ」

 

 

 そうして一時的にフラーナは退席し、俺はヘッセンと部屋で二人きりとなる。

 

「神妙な話か?」

「なんだか悪ぃな……あいつにはまだ聞かせるわけにいかないんでな」

「言うだけなら無料(タダ)、聞くだけなら手間のみ。時は金なり、なれど聞かせてもらおう」

 

 俺は営業トークよろしく、軽調子でそう言った。その言葉にヘッセンもいくらか緊張が解けた様子で口を開く。

 

フラーナ(あいつ)を皇国から連れ出してほしい」

「ふむ……」

 

 俺は特段の驚いた素振りも見せず、冷静にその言葉を受け止める。

 

「今回の一件はおれを含めて、神族から管理責任を問われるだろう。それは黄昏の姫巫女という立場でも例外じゃあない、神族相手に通じる権威じゃないからな」

「すぐに次代の姫巫女が選出されるか?」

「ああ……そうだろうな、不足でも強引に決めるだろう。だけどフラーナはずっと皇国と神王教の為に尽くしてきたんだ、その結果がコレじゃあんまりだ」

 

 ギュッと握り締めるヘッセンの拳には、感情がこれ以上ないほど込められているのが読み取れる。

 

 

(黄昏の姫巫女という象徴を失墜させることは、後々(のちのち)の皇国攻略の足がかりにできる──かね)

 

 その身柄を(さら)ったことで発生するリスクは決して低くはないが……同時に得られるリターンもそれなりにあるだろうか。

 それに魔力を見ることができる能力も、財団が手掛ける研究においてもきっと役に立ってくれるだろう。

 

「財団ってのは幅広くやってるんだろう? 人を一人運んでくれるだけでいい、簡単なことだろ?」

「まぁ運ぶだけなら──」

 

(露見しなきゃいいだけだしな……)

 

 バレなければ問題ない、失踪という扱いだけでも十分に通用する。

 

 

「フラーナを救ってやりたい。アイツだけなんだ……落ちこぼれだったおれにも、変わらず接してくれてたのはな」

「姫巫女の身柄攫いなんて、(くわだ)てるだけでも反逆罪でしょうに。それを打ち明けてくれたことは、俺に対する信頼の(あかし)と受け取っておく」

「そりゃ、あの時おれは一度死んだようなもんだ。だから一命(いちめい)を預けるくらいの覚悟はあるつもりだ」

 

 真っ直ぐ据わった瞳に虚偽はなく、ただただ信念だけが宿っていた。こうして再会した(えにし)……大事にするのも悪くはない。

 

「では回りくどい建前はなしにして──財団(こちら)で受け入れるのはフラーナ殿(どの)とヘッセンさんだけでいいのかな?」

「ん、あぁ……やっぱりおれも受け入れてくれるのか」

「ついでだし。シップスクラーク財団はあらゆる人材に活躍の場がある。あと誰かしら世話役がついていたほうが都合が良い」

 

「わかった、おれとフラーナだけでいい。他の連中は……増えれば増えるほど危険だろう?」

「もちろん。とりあえずの障害は色々と考えられるが──」

 

 "初代神王ケイルヴの瞳"を宿し続けられるのか、その際に発生する弊害はどうなのか。

 具体的な方法は──実際の猶予は──他の護衛騎士の処遇──彼女ら一族の進退は──

 

 

「さしあたって一番の問題があるな」

「それは、なんだ?」

「フラーナ殿(どの)本人にその気があるかどうか」

 

 本人の意思を捻じ曲げるのは(はばか)られるし、連れ出したところで皇国に戻られては元も子もない。

 その後の彼女がどうなるかはわかったものでもないし、財団が関与したことが露見してもマズい。

 

 フラーナの世界を広げてやりたい──それは俺も素直に思うところだが、まさか軟禁するわけにも……。

 

「おれが説得するさ」

「結構なことだが……そう簡単に説き伏せられるとは思えない」

 

 狂信とまではいかないものの、信心深いことは事実。

 

「──だから俺からも一助(いちじょ)しよう」

 

 そう言って俺は(ふところ)からフリーマギエンス"星典"を取り出し、ヘッセンへと投げ渡したのだった。




#98【道中一会 II】に出てきたモブ。


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#279 黄昏の姫巫女 V

 

 ヘッセンは俺から投げ渡された一冊の小さな本を見つめる。

 

「これは……フリー、マギエンス──」

「おぉ、読めるなら話が早い」

「うん? あぁそりゃな。そういう教育受けてたし、冒険者時代も依頼周りは全部おれだったよ」

「なるほどな、ちなみにそれはフリーマギエンスの教義が書かれた本だ」

「あんたらんとこの、神王教でいうところの神聖書ってわけね」

 

 俺は首を縦に首肯(しゅこう)しながら説明を続ける。

 

「基本的に神王教の教義と明確に相反することはないが、一応取捨選択してフラーナ殿(どの)に教えてやるのが第一」

 

 あくまでフリーマギエンスは思想的にどの宗教とも競合することなく、第二の信仰として成り立つ構造にしてある。

 しかしながらそれでも宗教問題はデリケートな部分があり、世界に対する認識が(ゆが)むことは間違いないので、慎重に事を進めなければならない。

 

 そういった意味でヘッセンは神王教を理解しつつ、冒険者時代の観念を持っているので適任であった。

 

「なるほど……な、んか色々書いてあるな」

「世界の広さと新しい常識が、言葉だけでも少しは理解(わか)るはず。それともう一つ、直接渡したいものがあるから隣の部屋に行くとしますか」

 

 

 パラパラをめくっているヘッセンの返事を待たず、俺はベッドから立ち上がると……一瞬だけ眩暈(めまい)に襲われた。

 その場で倒れそうになるのと踏みとどまって、大きく深呼吸する。

 

「あっオイ、大丈夫か?」

「っ──ふゥ、問題ない問題ない」

 

 言いながら俺はベルトバッグから小瓶を取り出すと、様々な色と大きさの飴玉のような"スライムカプセル"の内、赤色の粒を一つだけつまむ。

 それを口元まで持っていったところで、プチッと潰して気化した赤スライムを適量、一息に吸い込んだ。

 

「なんだあ……?」

「財団謹製の回復魔薬(ポーション)。口から摂取してもいいんだが……なんとも言えない気持ち悪い味なもんでね」

 

 首を(かし)げているヘッセンを隣に、俺は一気に体が楽になっていくのを感じる。

 半分は回復、半分はドーピングみたいなものだが……多少の無理をしたツケは後々、落ち着いた時に支払えばいい。

 

「それじゃフラーナ殿(どの)のとこに行きますか」

 

 

 廊下へ出たところで開けられていた窓から、俺は気圧の変化に気づく。

 

「ん……雨が降《ふ》ってくるか、風も強くなりそうだな」

「なっ──それは、本当か!?」

 

 突然に狼狽(うろた)えた様子を見せるヘッセンに、俺は眉をひそめつつも答える。

 

「元冒険者なら多少はわかるだろう?」

 

 道なき道を踏破するにあたって、そうした察知技能は非常に重要なモノの一つである。

 

「いや、おれにはまったく……」

「だから三流だったんじゃ──」

「くっ、それは否定しないが……」

 

 特にこの世界では、地球とは比較にならない規模および頻度の天災が、交易や往来を(はば)むこともある。

 

 強力な魔術士であれば人為的に起こすことも可能であり、大規模な魔術戦の後は特に不安定にもなる。

 また一時的に災害に見舞われたことで、縄張りから追われてきた野獣や魔物の大挙も決して珍しいことではない。

 

 伝え聞く過去の歴史では、そうした要因の重なりで国家が崩壊したこともあったくらいであり、当然個人レベルでも避難や対応は死活問題となりうる。

 農民なども天候の変化には敏感であり、ケイやカッファもかなりのものだが……俺はハーフエルフの強化感覚によってさらに数段鋭い。

 

 

「でなくって、"黄昏の都市(ここ)"で雨が()るのは普通と違う意味を持つんだよ!」

「うん?」

「威光を(しめ)す意味か知らんが、この街はいつだって晴れてるんだ。それが悪くなるってのはつまり、()()()()()()()()ってことなんだ」

「なにゆえ?」

「詳しくはわからん。ただそういう慣例だし、今までに例外はなかった」

 

(──いや、あぁそうか。十中八九、魔王具"意志ありき天鈴(あしたてんきになぁれ)"の効果だな……)

 

 俺はアイトエルが語っていた魔王具の一つを思い出しながら、脳内で考えを(いた)す。

 

 それは想像でしかないが……神族が安全を確保して移動をする為に、あえて領域を伸ばしているのだろうか。

 同時に平時は特定領域の天候を操作している副作用で、直近領にあたる黄昏の都市の天候が安定して晴れ続きなのかとも。

 

 

「つまり神族の調査隊が入るってわけか──」

「ああ……もしかしたら処断も……くそっ、このままじゃあと数日とないじゃねえか」

 

 顔を歪めるヘッセンに対して、俺はさほど悩むこともなくあっけらかんと言ってのける。

 

「まぁそう悲観的にならんでも大丈夫だ、俺に任せておいてくれ」

「あ? あぁ……?」

 

 ヘッセンはあからさまに(いぶか)しんだ様子を見せるが、特段の追求はなかった。深入りするだけ危ういという判断だろう。

 知らなければ装う必要もなく、精神も安寧(あんねい)でいられるものだと。

 

 

 

 

 隣の部屋をノックして入ると、フラーナが椅子に座ってパタパタとさせていた足を地に着け立ち上がる。

 

「あらあら意外と早かったんですね、男同士のお話。体の(ほう)はもう大丈夫なのですか? ベイリルさん」

「はい、ご心配お掛けしました。ところで俺もやることが多く……すぐにでもお(いとま)させていただくので、看病のお礼の贈り物をしたいと思いまして」

「そんな! 結構ですよ、大したことはしていませんから」

「まっまっ、そう言わずに」

 

 俺はやや強引に彼女の手を取ると、既に握り込んでいた"やや細長い手の平大の物体"を手渡した。

 

「一体全体なんでしょう、これは? ……魔術具ですか?」

「耳に当てて、魔力を流してみてください。流す魔力の量で、音量が変わります」

 

 言われるがままにフラーナは耳元へと持っていくと、そこから音楽が流れ出す。

 それは俺だけが個人的に特注した採算度外視の科学魔術具──専用の"携帯音楽(ミュージック)再生機《プレーヤー》"である。

 

「わあ……──」

「おぉ……──」

 

 部屋内に響くサウンドに、フラーナもヘッセンも感嘆の声を漏らした。

 中には10曲にも満たない程度ではあるが、ヘリオらやジェーン達の曲が生で録音されている。

 

 皇国にも聖歌といった曲はあるがあくまで画一的なもの。ロックやメタルにポップからバラード他は完全な異文化。

 大した娯楽を(たしな)んできていないだろうフラーナにとって、それはカルチャーショックを与えるものに違いない。

 

 

「また日を改めて、そう遠くない内に(うかが)います。ちなみにそれは貴重品なので、くれぐれも大切にお願いしますね」

「あのっ! ベイリルさん!?」

 

 俺は彼女の返事を待たぬまま窓を開けて飛び出した。

 

 フラーナの人の良さに付け込んで、有無を言わせない。

 それが教義や戒律に(そむ)くものであったとしても……少なくとも俺がもう一度ここへ来るまでは、大事に保管してくれる算段をもって。

 そして……どこかにしまい込もうとも、(おり)を見てはついつい聴いてしまうだろうということも──

 

仕上げ(・・・)はもう少し先になるが……それまで"黄昏の姫巫女(かのじょ)"の立場が(たも)たれていることを祈ろう)

 

 その為に今打てる手は打っておくべきなのだと、俺は(きも)()わらせるのであった。

 

 

 



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#280 神族 I

 

 黄昏の都市からさらに北へと俺は飛び続け──"神領"へと近付くにつれ──嵐のような激しさが次第に増してくる。

 

 世界で最も高い神領の山脈──その奥深くへ、好奇心と不安感とを強く……他にいくつもの()()ぜの感情を胸に。

 "六重(むつえ)風皮膜"を(まと)った俺は、暴風雨そのものと同化するかのように、荒天の空を疾駆()け抜ける。

 

 地面はある程度は(なら)されているようだが、それでもなお(けわ)しき山道を眼下に高度を上げていく。

 

 

 やがて一団……どころか、悠然と歩く一人の男を見つけ──俺は嵐に身を任せるように、そのまま一度(とお)り過ぎた。

 ある程度まで進んでから反転し、ゆっくりと遠目からその人物の様子を観察する。

 

(周辺に他の影も無し、と。たった一人で来るなんてよっぽどの実力者なのか……?)

 

 あるいは単なる連絡員なのだろうか……暴風雨の中でも男の周囲は()いでいるように静かで、目に見えない結界でも張っているかのようだった。

 陽光には照らされずとも金髪であることは確かであり、神領から来ていることを踏まえても神族なのは間違いない。

 

(不意討ちかまそうと思ったが、はてさて)

 

 俺は少しだけ逡巡(しゅんじゅん)してから、心を決めて男の前へと降り立つことにした。

 

 

「どーも、はじめまして」

「……」

 

 嵐の治まる領域内に踏み入った俺に対し、その神族は無表情のまま一瞥(いちべつ)だけくれて淡々と口を開く。

 

()ね」

「まぁまぁそう言わずに。少しくらい──」

「迷い込んだわけではないことはわかる。()ね」

 

(聞く耳持たず、か。だがこれは──)

 

 話し途中でバッサリと叩き斬られつつ、俺は眼前の男に対して一つの確信を得る。

 明らかな不審者であるのに警戒心も悪感情もなく、ただただ興味がないといったその様子。

 

("長寿病"だな……)

 

 その(やまい)は単純なもので、長生きしすぎて感覚や精神性が鈍化(どんか)していることに対しての通称名である。

 多くはエルフも代表とする長命な亜人種に見られ、幼少期に住んでいた頃にも何人か見たことがあった。

 

 娯楽や刺激の少なさから来る、()(おとろ)えた反応の薄さや記憶能力の低下といった症状は……認知症にも似ている。

 

 だからこそ創世神話から生きながらも、確固たる自我を有しているアイトエルは異様なほど稀有であり……。

 同時に俺自身がそうならないよう常日頃心がけていることで、そうならない為の"文明回華"なのだった。

 

 

(らち)を明けるのに最も有効な手段は……)

 

 交渉や誘導尋問は通じまい。暴力や拷問に訴えたところで、はたして鈍化した精神に効くだろうか。

 確実なのは身柄を(さら)って、"読心"の魔導師シールフの元まで運べば情報を得ることができる。

 

(あるいは──)

 

 もはや一言(ひとこと)すらなく、こちらの存在を無視して歩き出す神族の男。

 一方(いっぽう)で俺はその場に(たたず)んだまま、羽織る外套(ローブ)の裏で……ベルトバッグに収めた小瓶から"赤"のスライムカプセルを取り出していた。

 

 続いて俺は手の中で潰して気化させた赤スライムを、周辺の空気へと馴染ませ滞留させる。

 そしてすれ違いざまに男の肺へと取り込まれるように、微風を調節して相手の呼吸に合わせるように混ぜ込んだ。

 

 

「っ……!! ん、ゴホッ──」

 

 神族の男はわずかに咳き込みながら数歩ほど歩いたところで足が止まり、俺は半眼でその後ろ姿を眺める。

 

(向精神薬がわりだ、長寿病にもはたして効くか──ついでに人体治験にも付き合ってもらおう)

 

 やがてゆっくりと振り返った男は、(いぶか)しげな表情を浮かべていた。

 

「どうしましたか、こちらに興味を持っていただけました?」

 

 俺はすっとぼけながら感覚を鋭敏に集中させ──男から発信される、ありとあらゆる情報を読み取っていく。

 

「いやはや。すげなく無視された時は、どうしようかとも思いましたが……」

 

 男の動悸は激しくなり、体温もわずかばかり上昇し、呼吸も不規則に乱れ始め、指先が落ち着きなく動き、表情も強張(こわば)る。

 実用化された"スライムカプセル"の即効性は高く、摂取した際に肉体が順応するまでに出る初期症状が、いくつも垣間見(かいまみ)えたのだった。

 

「──(ヒト)(ぞく)……迷い込んだわけではない。わざわざ……何が目的だ」

 

 肉体活性・精神昂揚の効果が如実(にょじつ)に表層化し、無感情から一転して渦巻く心地(ここち)(おだ)やかならず、持て余してるように見受けられる。

 

 

「よくぞ聞いてくれました。自分は現役(げんえき)の神族の(かた)と一度、お話をしたいと思った次第(しだい)で」

「……現役?」

「暴走によって魔族と()った、元神族と知人なものでしてね」

 

 相手がその気になったところで、俺はさらに撒き餌となる情報を与えていく。

 

「神領についても、ある程度のことは聞き及んでいます。もっとも200年近く前の頃の話ですが」

「名は?」

「自分はグルシアと申します」

「キサマの名じゃない、かつて神族だった男の名だ」

「サルヴァ──サルヴァ・アルレグリカ。知った()でしょうか?」

 

 それは財団の誇る"大化学者"サルヴァ・イオが、極東に渡ってイオ()の名を貰い受ける以前──

 神領から飛び出したその瞬間に、捨て去った(せい)だと聞いていた。

 

 

「覚えはない」

「そう、ですか」

 

 俺はあるいは知り合いであれば……と、(ほの)かな期待が(つゆ)と消えたことに少し気を落としつつ、さらに言葉を重ねる。

 

「しかし覚え(・・)ということは、少なくとも200年以上は生きていらっしゃるようで……」

「さて、な。もは……や──何年生きていたかなど覚えちゃいない」

 

 そう言ったところで、男は何度か大きく深呼吸をし始める。

 

「ご気分が(すぐ)れないようですが、大丈夫ですか? えっと……──なんとお呼びすれば」

「ッッ……"オルロク・イルラガリッサ"」

 

「オルロク殿(どの)、よろしければ──」

 

 ドサクサ(まぎ)れに名前を聞き出せた俺は、介抱(かいほう)すべく近付こうとしたところで(せい)される。

 

「それ以上近付くな! もういい、落ち着いてきた。人族……グルシアと言ったな」

「えぇ、グルシアで合っています」

 

 俺は諸手(もろて)()げて無抵抗の意を示しつつ、オルロクの次なる言葉を待つ。

 

 

「キサマの真意はなんだ」

「えぇ、それでは……お聞きしたいのは今の神領の状況です、オルロク殿(どの)

 

 オルロクの細まる眼光を受け流しながら、俺は淡々と説明を続ける。

 

「人領にてそう遠くない内に大規模な騒乱が起こるでしょう」

「キサマが起こすのか」

「いいえ。帝国の勢いが目覚(めざ)ましく予断を許さぬばかりか、戦争の裏で暗躍するような連中もいましてね」

 

 俺は財団(じぶんら)のことは棚上げして、いけしゃあしゃあと(のたま)いつつ……オルロクの状態に合わせて言葉を紡いでいく。

 

「自分はとある商会に属する人間で、戦争で一儲けをしたい。しかしながら神族の方々(かたがた)に介入されるとなると、先々(さきざき)が読めなくなるのですよ」

 

 

人族(ヒト)の争いなど、神族(われわれ)の知ったことではない」

「そうでしょうとも。神族の方々(かたがた)から見れば……人族も魔族もみな下等と言える種族」

 

 俺はサルヴァから聞いた神領の生活を思い出しながら、そう自嘲と皮肉の両方を込めて口にした。

 

 神領──世界で最も標高のある山脈にて、魔王具"意思ありき天鈴(あしたてんきになぁれ)"による天災で守護された不可侵の土地。

 遠い過去に魔法によって整えられた肥沃(ひよく)な土地を、"自律型ゴーレム"が労働して必要なものを生産し続ける。

 

 それはある種、究極の共産主義。

 神族は一切(いっさい)働かなくとも、全員が(ひと)しく、ありとあらゆる恩恵を享受(きょうじゅ)する。

 

 そしてサルヴァ(いわ)く──地上より隔絶された楽園(・・)にして……(とき)の停滞した天獄(・・)であるのだと。

 



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#281 神族 II

「そうでしょうとも。神族の方々(かたがた)から見れば……人族も魔族もみな下等と言える種族」

 

 俺の皮肉めいた口調に対し、オルロクは露骨に嫌厭(けんえん)した表情を浮かべる。

 

「はっきりと言うがいい」

「では、許可を得て発言させていただきます。完結した世界で生きながら、なにゆえに神族は地上へと干渉なさるのか?」

「口が過ぎるな」

 

 (たしな)められようとも、俺は過言であることを承知で続ける。

 

「外交官として皇都に派遣されている"代弁者"。(ふもと)の"黄昏の姫巫女"と交易。"ハイロード"家の行幸(ぎょうこう)と……オルロク殿(どの)ご自身も」

「それ以上半端な見識で語るな、人族(ヒト)

 

 

 その見下しっぷりに、俺は緑竜とのやり取りを思い出しながら愛想笑いを浮かべる。

 

「はっはっは、まぁこちらとしてもある程度は聞き及んでいますから。復権(ケイルヴ)派、維持(グラーフ)派、変革(ディアマ)派、自然(フーラー)派──」

 

 人差し指から順に一本ずつ立てていった俺は、最後にグッと握り締めて潰す仕草を取る。

 

 神族には神族だけの──神王教の信仰とはまったく(こと)なる──"歴代神王に付随した派閥"があることを、サルヴァから聞き及んでいた。

 

 初代神王ケイルヴが築き上げた栄華を惜しんで、過去の歴史に(すが)るように、神族(みずから)を押し上げようとする復権(ケイルヴ)派。

 秩序を(たっと)んだ二代神王グラーフの思想を継承し、現状で不足がないのだから不要を求めることなく、現在を(たも)つことを第一として注力する維持(グラーフ)派。

 かつて最も苛烈に大陸を席捲(せっけん)した三代神王ディアマに(なら)い、旧態にこだわらずより新たな形に適応し、積極的に世界を支配すべきだという変革(ディアマ)派。

 四代神王自身を後ろ盾に、流れに逆らうことなく、成り行きのままに生きるべきだとする自然(フーラー)派。

 

 

「チッ……元神族を知っているという話も本当か、キサマ」

 

 もはや感情を抑えることができなくなってきたオルロクに対し、俺は(おく)することなく揺さぶって、言葉を引き出すべく誘導する。

 

「オルロク殿(どの)、貴方は一体どの派閥に属していらっしゃいますか? いえ……わざわざ人領に派遣されて来るあたり、急進派である復権(ケイルヴ)派か変革(ディアマ)派でしょうが」

 

 聞き及んでいる限りでは……維持(グラーフ)派と自然(フーラー)派は神領でのみ生活し、地上に対しては不干渉を(つらぬ)いているのだとか。

 

「さしあたって変革(ディアマ)派だったら()()()()()()んですがね。なにせ"決闘"には自信があるもので」

 

 争いや裁判においてすら、一対一の勝敗は当人同士──他の何者にも(おか)さざる神聖な結果だとして──独特の秩序を(たも)ったのが三代神王、()のディアマである。

 それは神王教ディアマ派に受け継がれているものとまったく同じであり、神領においてもポピュラーなやり方として通じるはずだった。

 

「でも、違うでしょう。ケイルヴ・ハイロードの血族と護衛の惨殺の調査、および黄昏の姫巫女の処遇と皇国への対応──その調査の為に参ったのでしょうから」

「よく回る口だ。人族相手に明確な殺意を(いだ)くなど、今までの記憶にはない……」

 

 いよいよもってオルロクの敵愾心(てきがいしん)(あらわ)になるが、五英傑や七色竜と対峙してきたことに比べれば……なんてことはない。

 

 

「だが……ふっ、クハッ! ハッハハハハハッハッハッハッハハハハハアハハハ!!」

 

 オルロクが突如として、(ちから)の限り笑い始めた情緒不安定さに……俺は一抹(いちまつ)の不安を感じ取る。

 

「だが、だがな。キサマの言っていることはあまりにも的外れだ。"ハイロード"だと? あんなものは(まが)い物に過ぎず、姫巫女などという単なる飾りに神族(われわれ)が関わると?」

 

 向こうから黄昏の姫巫女(ほんめい)に切り込んできたばかりか、さらっと曝露(ばくろ)してきた事実。

 

「あぁぁあああまったく、あんなものは何一つとして、栄光には繋がらないというのに……」

 

 愚痴るように吐き出すオルロクを、俺は下手に茶々を差し挟むことなく静観する。

 

「それでも徒労をいつまでも……いつまでも、()しんで、忌々(いまいま)しい──」

 

 

ハイ(・・)になりすぎたのか……? 赤スライムの許容量にはまだまだ余裕があるはずだが)

 

 ブツブツと虚空を眺めるように呟き続けるオルロクに、さしもの俺も眉をひそめる。

 

「皇国──そうだ、人族の国を利用するならばもっと、もっと上手く扱うべきなんだ……」

 

 このままでは具体的な実入りが無いと判断し、俺は今一歩踏み込むことを決意する。

 

「ちょっと、よろしいですかね?」

「うるさい!! 少し黙っていろ! 今、考え事をしてるんだ!」

 

 聞く耳持たずといった様子に、俺は腰を低く……大らかな態度で敵意がないことを示す。

 

「そういう時は、誰かにはっきりと言葉にして話すと、頭の中が整理されますよ」

「なに……? いや、しかし──」

「それに俺は部外者です。秘密は守りますし、たとえ漏れたとしても誰が信じるというのです?」

「あっ──はあ? あぁ……そう、そうだな。たしかに、たしかにそれも悪くない案かも知れない」

 

 

(オイオイ、大丈夫かよ。これじゃ真実か嘘かも判別つかんぞ……)

 

 信憑性が格段に薄れてしまうが……とはいえ、もはや後戻りできる状況でもなかった。

 俺はオルロクの正気がさらに失われる前に、早々に核心へ踏み込む。

 

「ハイロード()の者、というのは偽物なんですか?」

「そうだ、かの血脈などとうの昔に喪失(うしな)われている。それをわかっていながら、ふ……古い考えに固執して──」

 

 オルロクがまたトリップしそうになるのを、俺は矢継ぎ早に──問い(ただ)すように──阻止していく。

 

「では黄昏の姫巫女に移植したとされる初代神王の瞳も、本物ではないのですね?」

「当然だろう、あれは我々の技術の結晶だが──そも神王ケイルヴが"黄昏色"だったということもい、いま……今となっては疑わしい」

「なるほど。つまり黄昏の姫巫女とは──神王ケイルヴ・ハイロードを再現する為の実験台だと」

 

 初代神王の肉体を()した(いちぶ)を移植し、時間を掛けて馴染ませた上で、神領にて最終的なデータを取る。

 それまでに被検体自身に魔力が黄昏色の素体を探させると同時に、一族まるごとで素体候補も育てさせていたといったところか。

 

 

「……そうだ、無駄なのだ。枯渇した人族などでいくら実験したところで、今までのすべてが徒労なのだ!!」

「自分はそうは思いませんよ、技術とは"枝葉(しよう)"です。確かにその(えだ)には()らなかったとしても、その途中から伸びた枝に()を結ぶこともある」

「……? そう、なのか……?」

「あるいは、捨てた技術が次なる技術の土台となることもある。()れ落ちた枝葉(えだっぱ)が、新たに樹木を成長させる栄養となることもあります」

 

 それは科学的思考における前提の一つである。

 発明が別の発明の下地になること、得たデータを違う分野に転用できることはままあることだ。

 

「それで。"黄昏の姫巫女"はこれからどうなるのです?」

「か、回収だ。その前に……次代の者を選ばねば──」

「重労働のようですが一人で(おこな)うのですか?」

「無論だ、他の者は地上になど……行きたがるのは、物好きだけだ」

「オルロク殿(どの)はその、物好き(・・・)だと?」

 

「そんなわけがあるか!! 持ち回り、なのだ。なぜ、このような、面倒な……重なった──」

 

 するとオルロクは、両手で頭を(かか)えるように髪を掻きむしり始める。

 

 

「しかし、あぁしかし……そんな無為だ。無意味だ。我々がすべきはもっと現実的であるべきだ。今こそ魔法を……新たな魔法を──」

「魔法……?」

「黄昏の姫巫女などどうでもいい。時を(さかのぼ)り、神王ケイルヴ本人を連れてくればいいのだ!! いや、だが魔力が……絶対的に魔力が足りない」

 

 錯綜(さくそう)するオルロクの話題に対し、俺は呆れた半眼をもはや隠す必要性すら感じなくなっていった。

 



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#282 神族 III

 

(時を(さかのぼ)るとは、またトチ狂った話になってきたな──しかも全然、現実的(・・・)でもないし)

 

 魔法は全能の法なのだろうが、それにしたって限界というものがあるのは"竜越貴人"アイトエルや"七色竜"から聞いていて明らかだった。

 確かに天災を操ったり、空間から空間を跳躍したり、あるいは世界を崩壊させたり──命を与えることさえもできるという。

 

(しかしタイムトラベルは無理だろうな。未来には行けるだろうが、過去となると……因果の逆転だ)

 

 生命を与える──イシュトさんは死卵となっていたアッシュを蘇らせようとしていたらしいが、実際のところはどうなのだろうか。

 眉唾(まゆつば)な部分が大きいが……化学的に考えれば、死者の蘇生はまだ可能だと言える。

 

 人体はどこまで言っても化学反応の集合体であり、記憶と人格は脳内に張り巡らされたネットワークにおける電気信号によってやり取りされているに過ぎない。

 真に"神の領域"と言って差し支えないことではあるものの──仮にまったく同じ配列を創り出せたなら……それは死ぬ前の人間とまったく同じであるということになる。

 しかして同一空間座標における時間遡行ともなると、夢想の領域へと踏み込んでしまう。

 

 

「魔力を集める。人族から、魔族から、魔物からも……集めるには、やはり世界を支配する必要がある。そう、そうなると……一番近いのは変革(ディアマ)派になるのか?」

「ところで、もう一つよろしいですか?」

「まずは神族(われわれ)が同体とならねば。神王フーラー動くか……? (いな)、絶対に動くまい。まて、フーラー……? あれは、今──」

「オルロク殿(どの)

「だまれ!! さっきっから何なんだ! 軽々しくクチを聞くな!!」

 

 片腕で虚空を振り払いながら、オルロクは半狂乱となって叫ぶ。

 

(本格的にヤバそうだな、仕方ない──)

 

 俺はベルトバッグの小瓶から新たなスライムカプセルを取り出そうとしたところで、興奮状態から一転してオルロクは疑問符を浮かべる。

 

 

「そもそもキサマは……一体、誰だ?」

「グルシアですって」

「グルシアぁ? 派閥は、派閥はどこだ!」

「思想は秩序(グラーフ)寄りで気性は武闘(ディアマ)派、白竜を(した)いし自由な魔導科学(フリーマギエンス)信奉者のハーフエルフです」

「ああ? あぁ、ハーフエルフ……なぜ神族でもない半人がこんなところにいるのだ──」

 

「つべこべ、言わずにこれをどうぞ」

 

 右往左往する話題はさて置いて、俺は手の中に持った"白スライムカプセル"をオルロクの目の前へ持っていく。

 無理やりにでも口内に含ませてもよかったのだが、とりあえず穏便に差し出してみせる。

 

「どうぞ、幾分か落ち着いて楽になりますよ」

「断る!」

「それは残念だなぁ、とっても美味しいのに」

 

 もはや俺は子供をあやすようにスライムカプセルを指でピンッと弾いて空中に(ほう)ると、パクリと自分の口でキャッチしてからコロコロと舌で(ころ)がす。

 そんな様子を見つめるオルロクに、白スライムカプセルをもう一粒だけ取り出してやった。

 

 

「ほら、もう一個あるのでどうぞ」

「ふっ……かははッ!! (いや)しいやつ……め」

 

 俺が怪訝(けげん)に眉をひそめたところで、オルロクは勢いよく俺の顔面めがけて拳を突き出す──

 

「独り占めなど! 許されざる(おこな)い!!」

 

 ──と見せかけてベルトバッグへと伸ばされたオルロクの腕を、俺はガシッとあっさり(つか)んで止める。

 

「甘い、それはもうスイーツのよう──おっ……!?」

 

 掴んでいた腕を強引な膂力(りょりょく)でもって、こちらが身をよじるよりも速く、オルロクは小瓶を握りこんでいた。

 ハーフエルフの身なれど積み上げた身体能力と魔力強化には自信があっただけに、いささかショックを隠しきれない。

 

 とはいえ(ちから)加減ができずに勢いが余ったのか、(かす)め取るより先にベルトバッグ内で小瓶の割れる音がバリンッと響いたところで、俺はくるりと回転して距離を取る。

 

 

「あーったく、やってくれたなぁ……って──」

「もらったぞ!!」

 

 叫んだオルロクは"黒スライムカプセル"を指先でつまみ取っていて、俺が止める()もなく口内へと放り込む。

 

「"黒"はそのまま飲み込んでも無意味ですよ」

「アッハハ、ハハハッハハハハハハアアア!!」

「聞いちゃいねぇし……」

 

 俺は心底からの疲労感を溜息と一緒に吐き出しつつ、バッグの中に散乱したスライムカプセルを布で包んでいく。

 さしあたって"紫"以外の色であれば、多少の副作用はあっても直接の害になることはない。とりあえずこれで満足してくれたのなら、もうそれで良かった。

 

 

「ふぅーーーう、まっこれはこれで貴重な治験データにはなったか。"赤"は長寿病に対しては……──」

 

 ゾワリ(・・・)と総毛立つような感覚に襲われ、俺は"風皮膜"ごしに全感覚を集中させて"天眼"を発動させる。

 

「ギヒッ……ケヒヒ、カハッッハッハハヘヘヘヘエアアアアハハハッッ!!」

 

 ぐじゅぐじゅと細胞が変質するように、オルロクの肉体が無軌道に形が崩れていく。

 それは"変身の魔導"ではない。魔導のそれとはまったく違った魔力圧。

 

 そしてそれはわずかにだか、既視感(デジャヴュ)を覚えさせるものだった。

 

「まさか、魔力の──"暴走"!?」

 

 それは黒竜のそれに似ているようで違うもの。

 しかしてそれ以外に考えられない、直観めいたものが俺に告げていた。

 

 反射的に天候遮断の結界内からも飛び退()いた俺は、暴風雨の中に身を置きながら驚愕と並列して冷静に分析する。

 

 

(黒は通常の直接摂取では何の効力もないし、俺もロスタンもサルヴァ殿(どの)も……他にも多くがスライムカプセルを試している──)

 

 副作用があったとしてもこのような事例はありえないし、それほど危険なものならば実用化以前にストップが掛かる。

 黒スライムカプセルが問題だったのだろうか。赤スライムカプセルにも過剰な反応を示していたし、何が原因となってるかわかりかねる。

 

(いや待てよ……サルヴァ殿(どの)は変異魔族になる以前、トロル細胞を利用することで自ら定向進化を(うなが)した──あるいはそれなのか?)

 

 あくまで仮説の一つとして、種族的にあらゆる人型の祖先となる神族にのみ(・・・・・)起こりえる副作用とでも言うのか。

 しかしながら科学者でもない俺がいくら考えたところで……ましてや比較実験とデータ集積もなしに答えが出ようはずがない。

 

 

 その(あいだ)もオルロクは変異し続け、魔族すらも通り越し、もはや人型もそこそこの魔物へと成り果てていた。

 

『ルルルォオアアアアアア──ッッ!!』

 

 変異オルロクは暴風圏の音すらも貫通してくるほどの咆哮をあげる。

 

遁走(にげ)る選択肢は……無いわな」

 

 放置して離脱するのは難しくないが、このまま"黄昏の都市"にでも襲来でもされたら大問題である。

 俺が戦うとを心に決めたその瞬間──変異オルロクの、速く、鋭く、重い、まともに喰らえば命も危うい異形の腕が、俺へと伸びてきていた。

 

 

「真気──」

 

 思考するよりも(はや)く、腰元から居合い抜かれた"無量空月"。

 

「発勝」

 

 刹那に振り抜いた"太刀風"──存在しない鞘へと納刀した瞬間──オルロクの肉体が三つに分割されていた。

 腕ごと心臓部を含んだ胴体を一刀斬断されたオルロクの死体は、そのまま地面へと倒れ伏す。

 

 同時に生体反応が魔術契約か何かの条件だったのだろうか、オルロクの周囲を取り巻いていた結界が消え失せて、亡骸(なきがら)もろとも一気に暴風雨に(さら)される。

 

「手加減できなかったな、残念だが……」

 

 俺は(あわ)れみながら、その最期を見つめる。

 財団(われら)が往く覇道に、とかく犠牲は付き物ではあるが──発端は俺が赤スライムを吸わせたことだっただけに、なんとなくバツが悪い。

 

 

(とはいえ"黄昏の姫巫女"のことを考えれば、どうやらロクな派閥じゃないっぽいし……別に気に()むこともないか)

 

 どのみちフラーナへの追求を回避する為に、最悪の場合に殺害するのは予定通りであり、少しばかりイレギュラーに見舞われたに過ぎない。

 

 ただし、その名だけは個人的に覚えておこうと思う……オルロクという名の神族がいたということを。

 また──結果として稀有な実験データを提供してくれたこと。そしてこの後(・・・)も"魔導科学(マギエンス)"の大いなる(かて)となってくれることにも感謝する。

 

「無駄にはすまいて。未来の(いしずえ)の一つとして、シップスクラーク財団の歴史に刻もう」

 

 俺は魔術によって"液体窒素"を作り出し、周囲の風雨もろとも急速冷凍によって状態を保全した上で、ローブで丁寧に上半身をくるんだ。

 この遺体はスライムカプセル使用者の特異被検体として、また神族と、"魔力暴走"における学術研究の為に使わせてもらう。

 

 残る下半身と腕はさすがに運搬にも困るし、放置しておくわけにもいかないので、山道から大きくはずれた場所に埋めて供養することにする。

 

 

「──埋葬、ヨシッと……。これで俺も晴れて"神族殺し"が追加か」

 

 発見され掘り起こされぬよう、深く深く埋め立て終えたところで俺は一人ごちてから、一息に嵐の領域を飛び越える。

 

(神族──黄昏──ハイロード──神王──)

 

 不明瞭な部分も多いものの、さしあたってオルロクが死んだことで時間はかなり稼げたことだろう。

 今後の作戦展開において、憂慮すべき事態が一つ消したことは予定通りともいえる。

 

 まだ体に残る倦怠感(けんたいかん)を自覚しつつ、俺は持久・効率強化鍛錬と割り切って、思考を回しながら飛び続ける。

 

 遺体を預けたらすぐ、次なる目的地は"大要塞"。

 皇国最北端の"黄昏の都市"とは真逆に、最南端で魔領と接している城塞都市への期待を俺は増幅させるのだった。

 

 




第五部1章はここまで、次は2章です。

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第五部 2章「企画進行」
#283 大要塞


 

 ──緑竜の風に乗せてもらって以来、飛行する際には常にその風の使い方を参考に修練を積んできた。

 

 大陸内弾道飛行用の"推進飛行機構(スラスターユニット)"を使わずとも、より自然で高効率な飛行術が俺の中で育ってきている。

 白竜イシュトの光速移動には及ぶべくもないが、それでも単純な移動能力だけならば世界でも有数であろう。

 

 俺は大空の海をサーフィンしながら、思考の海に潜行(ダイブ)し続ける

 最終的な判断は各種情報が集まってからではあるが──薄っすらと考えて続けていたことが輪郭を帯びてくる。

 

(俺が皇国で()せること……()すべきこと──)

 

 やりたいこと、やれることの指針は定まった。あとはそれを磐石(ばんじゃく)に実行するだけの計画(プラン)である。

 

 

 大空隙(だいくうげき)よりも東、頂竜湖よりも西の中間付近。

 片割れ星が浮かぶ夜明け前の暁闇──いつしか"大要塞"を地平線に(とら)え、俺は速度を落としながら周辺を探っていく。

 

 強化されたハーフエルフの視力は、星明かりも相まって十分すぎるほどよく見える。

 

「皇都の威容よりは幾分かスケールダウンこそすれ──」

 

 やはり要塞としては破格の規模を誇っているように見える。

 城伯と駐屯軍とその家族とが暮らし、臨時の軍団をも引き入れて養えるだけの備蓄がある城塞都市。

 

 "断絶壁"とは比べるべくもないが、それでも壁は厚く高く──

 "大空隙"とは比べるべくもないが、それでも(ほり)は広く深く──

 

(確かに全方位に隙がない作りをしているが……)

 

 魔領の軍勢を相手にして、一度として陥落したことがない──と言えるほどだろうか。

 壁上には兵士こそ常駐している様子だが、特段の兵器類は見当たらず……対空防備も非常に薄い。

 

 

(なんだったら王国軍の即席要塞のが堅牢な気がする)

 

 インメル領会戦での総大将"岩徹"のゴダールと地属魔術士達が作り上げ、最終的に超巨岩ゴーレムとなった戦争城塞。

 魔術士部隊の対空迎撃は苛烈の一言であり、騎獣民族で構成された地上軍でさえ、チクチクと嫌がらせをする程度に留まったほどである。

 

 当初の戦術通り、補給を()って()えさせるという方法を取ったが……まともに攻め立てたなら、どれほどの犠牲が出たかわからない。

 

(戦帝が率いる帝国精鋭軍でも一気に突き崩せなかったし……)

 

 俺は光景を鮮明に思い出しながら、固化空気の足場の上から鳥瞰(ちょうかん)し比較する。

 

 

「まっ……正直、ガバガバ防備な(ほう)がこちらにとって都合が良いが」

 

 俺は空中から思いっきり斜め上方向へ跳躍し、放物線を(えが)くようにして落下していく。

 "六重(むつえ)風皮膜"の一層目に展開している空気密度を調整した"歪光迷彩(わいこうステルス)"に夜闇が加われば、一般警備兵には視認できない。

 

「っ──ぅぉお?!」

 

 そして……俺は落下途中で違和感に気付き、急ブレーキを掛けながら()()()()()()

 わずかに"丸みを帯びた傾斜"は、はたして地面ではなく──

 

「結界……だと?」

 

 見覚えはあった。それは"闘技祭"の闘技場を囲っていたそれと同じ、無属魔術による物理的な障壁。

 

 俺はパチンッと指を鳴らして、反響定位(エコーロケーション)で形を確認する。

 すると半球円状に要塞を取り囲むように展開されているのがわかった。下手をすると地中にも範囲が及んでいるかも知れない。

 

 

「これは予想外」

 

 魔力を純粋な形としてバリアに使う──それは基本的にあらゆる物理現象を(はば)めるものの、消費対効果(コストパフォーマンス)が非常に悪い。

 

 代々闘技祭で使われていたモノは、恐らくは学園長アイトエルがどこかから調達してきたのだろう専用魔術具によるものだった。

 アレは四つの魔術具を任意に設置して四角い結界を作り出すもので、天井部は吹き抜けだった。

 

(だがこの結界は穴もないし、強度も相当だ……)

 

 ガンッガンッと結界を殴ってみたが、俺でも破壊するには大技を使わねば恐らくは不可能であろう。

 

(なるほど、不落なわけだ)

 

 壁に兵器類が無いのも当然だった、なにせ必要性がないのだから。

 むしろ結界があるので、内側から攻撃しようものなら跳ね返って自爆するだけである。

 

 しかしながら疑問も残る──闘技祭では、観客全員分の魔力を使って一時的に展開していただけだ。

 大要塞を(おお)うほどの規模と強度で、四六時中展開するというのはかなり無理があるように思える。

 

(となると、城塞都市に住んでいる兵士や家族から魔力を徴収しているわけか)

 

 かつ日時を決めて展開しているのだろうか。でないと皇国軍も自由に内外を行き来することができまい。

 それに相当な軍事機密にしたって、大要塞・大監獄に加えて大結界のように一般にもう少し知られていても良さそうなものだが……。

 

 

「いや……──そうか、そういうことか!!」

 

 俺は考えている途中で(ひらめ)いて、疑問が氷解したことに思わず声をあげていた。

 

(大要塞の地下に大監獄を併設していた、その意味──)

 

 結界の保持に兵士の魔力を利用していては、いざ出撃といった場合に消耗してしまっていたり、不在時には結界の十全な保持できない。なればどうする?

 一般民の魔力で、これほど堅固な結界がはたして構築できるのだろうか。

 結界の存在を広く大々的に喧伝していない理由まで掘り下げた時に見えてくる答え。

 

 つまり"大監獄に存在する囚人の魔力を利用する"ことで、大要塞の絶対的防備が(たも)たれているのだと思い至ったのだった。

 

 

(そうだ、それなら辻褄(つじつま)も合う)

 

 わざわざ犯罪者を極刑に処さず、手間を掛けて管理しておく意味……それは情報を聞き出す為だけではないのだ。

 つまるところ結界を作り出すための燃料源であり、大監獄なくして大要塞はその防衛能力を持続し得ないと見た。

 

(結界はそのまま囚人を閉じ込めておく(オリ)にもなる──魔力を利用されてちゃ、脱獄する為の(ちから)も発揮できやしない)

 

 厄介な囚人の魔力を強制的に奪ってしまうという、管理面においても()があるのだ。

 たった一石でどれほどの鳥を落とそうというのか……実によくできたシステムが構築されている。

 

 同時にコレを創った人物──あるいは集団──は恐ろしいほどの才能にして実力者だということの証左でもあった。

 

 

「実に面白い」

 

 もしもカドマイアを助ける段になれば、この結界をどうにかするというのは必須事項。

 そして要塞内部へ潜入するにしても……まさしく、今、試されている──と言っても過言ではなかった。

 

 

 

 

 男一人が通れるくらいに結界を破壊して、俺は城塞都市の空を落ちながらどんどん離れゆく結界を見つめる。

 

(やはり強力な魔術を使わないと突破は不可能。それに自動修復速度というか、再形成速度も速い……やはり一筋縄じゃぁいかんな)

 

 音もなく家屋の上に着地して、俺は夜明けに染まりつつある街並を見渡す。

 ひとまずは内部へと潜入できたものの、新たにまだ方針を定められないでいた。

 

(皇国兵士を装うべきか、それともステルスのままいくか──)

 

 前者であれば誰かしらから衣服を拝借する必要があり、後者ならば常に魔力を消費し続けることになる。

 一般人を装うにはあまりにも怪しいし、重要な区画に入ることも難しい。

 

("反響定位(エコーロケーション)"によるソナー探査で構造を調べる必要もある)

 

 となるとやはり、魔力消費はなるべく控えておくに越したことはない。

 滞在日数もどれくらいに及ぶかもわからないし、飛行した分だけ休む必要もあった。

 

 

(まっ武具倉庫にでも行けば、予備の装備くらいたっぷりあるだろう)

 

 俺は屋根から屋根へと跳び移りながら、中央の城砦を目指す。

 

(できるだけ情報も収集したいところだが……無理は禁物だな)

 

 俺は自分自身に言い聞かせるように、心中で反芻(はんすう)した。

 ついついテンション任せに行動してしまうのは悪癖(あくへき)でもあり、事態を好転させることもあったが常にそうなるとは限らない。

 

 

(最優先目標──大監獄の詳細)

 

 そこを()(ちが)えては元も子もない。あくまでカドマイアを救出できるかどうかの前提条件である。

 神族殺しの生贄として収監されている以上は大丈夫だとは思うが、最低でも生存を確認し、可能であれば接触(コンタクト)をはかりたい。

 

(次点──大要塞の構造把握)

 

 正面きって相手するわけでは決してないが、最悪の場合は振り切っての遁走(とんそう)をかまさなくてはいけない。

 その際の配置や道順(ルート)を頭に入れておいてこそ、より安全で確実に成功させる確率を上げていく。

 特に結界の構築や展開状況について調べておくことは、直接的な成功の可否にも繋がってくるだろう。

 

(それと──軍団の陣容調査)

 

 どれだけの質と量を確保しているのか。実際的に動かせる、動ける人数はどの程度なのか。

 場合によっては、なにかしらの"外圧手段"を用いる可能性・必要性も出てくる。

 外交交渉としてだけでなく、軍陣や警備状況を削ったり混乱させるために講じられることは少なくない。

 

 また単純に一個軍団として、どのような調練を(おこな)っているかも興味があるし参考にもなろう。

 

 

「これも一つの観光と思って、気楽にいくとしますかね──」

 

 

 



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#284 大監獄

 

 潜入(スニーキング)任務(・ミッション)は得意分野である。否、結果的にそうなったと言うべきか。

 

 単純に俺が使う空属魔術のレパートリーが多彩で、いざという時の武力も備えているということ。

 ハーフエルフの強化感覚が(すぐ)れていて、感知や心理読みにも()けているということ。

 幼少期からカルト教団で自分を(よそお)い演じ、また異邦人としての立場を他者に隠してきたということ。

 実際に交渉事やいくつかの戦場や修羅場やで、数少なくない経験を積んできたということ。

 

 隠密機動火力としては、世界でも上から数えた(ほう)が早いという自負もある。

 だからこそ大要塞で3日も過ごせば、大概の情報は集まっているというものだった。

 

 

(これが帝国陣地とかだったら、楽にはいかなかっただろうな)

 

 皇国や王国の弱点──それは獣人種の圧倒的な少なさにある。

 俺の足跡やステルスを看破したり、反響定位(エコーロケーション)に気付けるほどの感覚器官を持った者がいないということ。

 もちろんこれが戦場であれば別だが、日常でまで気を張り続けているような人物はまずもっていない。

 

(──獣人種にしても、少なくとも要職には()いていない)

 

 ヒエラルキー下層に位置する獣人が、証拠もなしに自らの感覚だけを信じて、生殺与奪をほしいままにする主人に訴え出るのは難しい。

 

 もしそれで徒労を働かせてしまえば反抗心アリとすら見なされる可能性もあり、半端な功名心は(アダ)となりかねない。

 皇国内におけるそうした人種差による獣人らの地位の低さこそが、この際は俺にとっての最大の追い風となる。

 

 人の間隙(かんげき)()って侵入し、重要な書類を含めて閲覧させてもらった。

 心理状態をはかりつつ距離を詰めて談話に興じるだけでなく、壁越しに立てた聞き耳で会話も盗んだ。

 

 大要塞は基本的に皇国軍属しか立ち入れないなど、徹底した人員整理によってその内部が構成されている。

 一般に暮らして商売などをしているのも、家族やこの城塞都市で生まれた人間ばかりであるのも聞いていた通りであった。

 

 それゆえに一度入ってしまえば警戒心はかなり薄いようで、割かし不自由なく動き回ることができたのが幸いした。

 

 

「さて……」

 

 そうして俺は今までにない緊張感をもって、一つの大きな"塔"の前に立っていた。

 生活区からかなり離れた位置にあり、要塞を囲む壁の内側に存在しながら……違った異彩を放つその建造物。

 

「"大監獄"の地上管理塔──」

 

 監獄それ自体は地下にあるのだが、当然その管理の為の人員が詰めておく場所が必要である。

 収集した情報によると管理員および刑務官は専任であり、あいにくと誰かと入れ替わるにはリスクが高い。

 

 しかし中に入る分であれば、一定以上の地位ある者の許可があれば良いことがわかった。

 そして今、既に俺の手の中には"城伯"直下に(つか)える管理役員のサインが(しる)された"偽造書類"があった。

 

 

 立哨(りっしょう)している警備兵に会釈(えしゃく)をして鉄扉をまたぐと、さらに鉄格子と壁の組み合わさった部屋へと踏み入る。

 部屋全体を瞬時に視界に収めた俺は、迷う様子を見せずに受付と思しきところまですぐに歩いていった。

 

「お願いします」

 

 一言添えて窓口から丸めた羊皮紙の書類を差し込み、俺は静かに周囲の音を聞く。

 

「……"囚人の資料"ですか」

「はい、早急(さっきゅう)()り用とのことで」

「案内はいりますか?」

「いいえ、大丈夫です」

 

 案内役がいては自由に探索できないので、丁重にお断りする。

 次に受付の兵士から出された、塔内身分証代わりの木札(きふだ)(カギ)を受け取った。

 

「では──日落ちの鐘が鳴るまでにお戻りください。持ち出す場合もここで受け付けます」

「承知しました」

 

 

 偽造書類がバレなかったことに、ひそかにほくそ笑みながら悠々と俺は歩を進めた。

 

 筆跡とサインを真似るのは意外と難しい。文字という情報と手癖が、どうしても脳内で意識的に処理しにくいからである。

 しかし書かれたサインを180度回転させて、サインそのものを逆転させた状態で見てみると……さてどうでしょう。

 

 それはもはや文字ではなく"図柄"になり、齟齬(そご)が起こらず単純に模写(もしゃ)感覚としてコピーできるというもの。

 

(カプランさんから習った手口……ちょいちょい役に立つなぁ)

 

 かつては"素入りの銅貨"として、詐欺やら偽造やらあらゆる軽犯罪に手を染めたという、業界では伝説の犯罪者の一人。

 その手練手管(てれんてくだ)は何も、相手の心を(たく)みに読み取って自在に操ることだけではない。

 

 カプランの技術(スキル)の多くは彼自身の豊富な知識と経験による、造詣(ぞうけい)の深さからくるものではあるものの……。

 日々のなにがしかに役立ちそうな単純(シンプル)な小技なら、俺でも十分に使えるものは色々とあった。

 

 

 俺は足で地面にステップを踏むように歩きながら、音波を(はな)って反響定位(エコーロケーション)によるソナー探査を(おこな)う。

 精度は落ちるものの、さすがに床に這いつくばって耳を当てるわけにもいかない。

 

("大監獄"にはおよそ四つの階層がある──)

 

 今いる"地上部"には兵員が寝泊まりし、囚人から収集した情報なども保管されている。

 

 次に真下にあるのが"予備階"、俺が最初に向かおうと考えている場所である。

 そこは監獄とワンクッション置いて管理する為の場所であり、収監前の魔力枯渇や尋問・拷問などもここで(おこな)われるらしい。

 

 予備階へと続く三つほどある道筋(ルート)の一つを吟味し、俺は人のいない場所を選んで侵入する。

 そして実際に予備階に行く前の階段途中で、"領域"に入るのが皮膚感覚で理解した。

 

 

(っし、"天眼"──と)

 

 共感覚でわずかばかり()える……俺自身から漏出した"空色の魔力"が、一定の流れで床の(ほう)へと向かっているのが理解できた。

 特定領域に存在する生物から魔力を奪い、それを転化して結界を形成する──この城塞都市の(かく)にして最大のギミック。

 

 大要塞内部で情報を収集していたから、俺が予想していたことの裏取りは既に取っていた。

 それでも実際に体感してみないことには、事象に対してどう策を打てるのかを勘案(かんあん)することはできない。

 

 俺はその場に留まりながらソナー探査を再開し、自分のやれる限りのことを試しながら……脳内で情報を整理していく。

 

 

("予備階"の下──最も広く、大監獄の大部分を占めている"一般囚人獄")

 

 そこはひたすらに巨大な落とし穴のような空間に囚人が詰め込まれていて、最低限の設備と仕切りがいくつかあるだけ。

 

 食事などの物資や囚人、あるいは死体を含めた搬出入は、原則として天井部の開閉扉だけで(おこな)われる。

 つまりは現代の刑務所のように厳密な管理がされているわけではなく、一つのスラムのようであり蠱毒のようでもあるのだった。

 

 

(そして"特別囚人獄"──コレだな)

 

 最下層にあるいくつもの独居房(どっきょぼう)めいた空間を、俺は雑把(ざっぱ)ながらも捕捉する。

 予備階から別途で地下へと長く続く階段の先……そこは重罪犯や政治思想犯、あるいは魔力なしでも強靭すぎる肉体を持つ者が収監されるのだとか。

 

(カドマイアがいるのも十中八九あそこだろうな)

 

 詳しくは資料室の中身を(あさ)って確認するとして──俺はある種の違和感を感じ取った。

 

 

「んっ──!?」

 

 俺は周囲の人の気配と動きを改めて確認してから、床へと耳を()わせ、両手から音波を放出する。

 そしてより高精度のソナー探査によって、浮かび上がったもう一つの事実を見つけてしまうのだった。

 最下層であるはずの"特別囚人獄"よりも、()()()()。およそ5メートル四方に及ぶ"立方体の隔絶空間"が存在していることに──

 

「なんだ? 道がないぞ」

 

 そして頭の中で欠片(ピース)が合わさるように、大要塞そのものの三次元全体図から俺だけが気付く。

 

(しかも結界の中心……?)

 

 まず間違いはない──球状に大要塞全体を形成している結界は、その空間を中心部として構築されていた。

 もっと突っ込んで調べようとも思ったが、新たに近づいてくる気配と会話の端々(はしばし)から断念せざるを得なかった。

 

 

「んっんー、聖騎士かよ」

 

 聞き耳から察せられたのは、やって来たのが"女性の聖騎士"であるということ。

 しかも向かう先は予備階のようであり、聖騎士ほどの強者を相手にソナー探査は気付かれるリスクが劇的に跳ね上がるのは明白。

 

(──この場で争うわけにはいかないな。まぁいい、とりあえずここでひとまず中断だ)

 

 あるいはシールフが何かを知っているかもしれないので、あとで連絡を取るとしようか。

 学園に引き籠もっていたここ100年については(うと)いものの、それ以前については知識人でもある。

 

 そうして俺は残りを地道に調べる為に、音を立てず足早に資料室へと向かうのだった。

 

 



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#285 侵入者

 

「聖騎士さま、日落ちの鐘が鳴りました」

 

 付いていた刑務兵の一人が、こちらへと恐る恐る告げてくる。

 わたし(・・・)は最後に男を冷徹に一瞥(いちべつ)する、男は終始薄ら笑いを浮かべるばかりであった。

 

「っはァ……──わかった、戻しておいてくれ」

 

 男はどれだけ痛めつけようとも顔色一つ変えず、知った(ふう)な軽口を叩くのみ。

 

 腕の一本でも叩き斬ってやりたいところだが、なぜだか教皇庁から"必要以上に傷をつけるな"との通達。

 ()に落ちないままに……精々が(なぐ)って痛めつけ、罵倒する程度しかできなかった。

 

 

「今日も時間切れのようだ」

 

 引っ立てられて監房へ戻っていく吸血種(ヴァンパイア)の男──"特一級指名手配犯"であり、素性はおろか名前や年齢も不詳。

 その罪状は過去にとある教区で暴れに暴れて、当時の大司教を含めて数百人を殺したという超危険人物──余罪も多数。

 

(クソッ──)

 

 わたしは周りに醜態を見せるようなことはなく、心中でのみ悪態を吐き捨てた。

 ウルバノ殿(どの)と共にあの男を皇都で捕えて、ここまで運んだものの……命を懸けた戦闘の最中(さなか)ですらヤツは終始遊んでいるようであった。

 

 捕まえはしたが、捕まえたということ以上の進展がないのだ。

 聖騎士二人掛かりでも一歩間違えばやられていたところで、現在も魔力を奪われているはずなのに恐ろしいほどの耐久力。

 

(いつまでも……かかずらってはいられない)

 

 皇都にいた理由を聞き出そうと思って尋問を続けているが、実りがない以上は徒労である。

 あるいはこうやって拘束していることで、未然に惨劇を防ぐことができたのだと……前向きに考えるより他はない。

 

 

「ふぅ……」

 

 地上階へと戻ると、魔力を吸い取られていた感覚が元へと戻る。

 

(何度味わっても慣れないな)

 

 "結界"を維持する魔力転換は監獄の底ほど強力になる。

 予備階では効果が比して小さく、たとえ丸一日いたところで聖騎士たる自分の魔力が底をつくまではいかない──

 しかしながら感覚としてはやはり気持ち悪いとしか言いようがなく、多少なりと目減りすることも受け入れるより他はない。

 

 

「……うん?」

 

 わたしが扉を開けると、丁度出入り門扉から出て行く"兵士"が見えた。

 資料のようなものをいくつか小脇に(かか)えて、こちらに気付いた様子はなく足早に外へと出て行く。

 

 なんとなく、ただなんとなく──少しだけ()()()()()。同時にそういった直感は、往々にしてハズレはないことを経験で知っている。

 ほんのわずかな所作であった。無意識にまで刷り込まれたのであろう隙の無い微細な動きが、わたしの闘争嗅覚とも言うべき部分を刺激したのだ。

 

一兵卒(いっぺいそつ)、それも事務(かた)が……?)

 

 これがたとえば同じ聖騎士であったなら、隙のない体捌(たいさば)きも当然である。それだけの戦闘強度を持つがゆえに。

 だからこそチグハグさが際立つ。どう照らし合わせても一兵卒の動きではないと、疑念はより固まっていく。

 

「ファウスティナさま?」

「あぁ──」

 

 わたしは受付の兵士へとスッと手だけ挙げて制し、外への門扉を開け放つ。

 一体何者かを(たず)ねるよりも、自分で確認した(ほう)が早く確実だと踏んだ。

 

 

「っっ──!?」

 

 疑念の兵士は……忽然(こつぜん)と消えていた──地上にいないなら──わたしは反射的に空を(にら)む。

 するとこの瞳は確かに(とら)える。それは先ほどの兵士の姿ではなかったが……"歪みの不自然さ"を見紛(みまが)うはずもない。

 

「空翼展開」

 

 命令に呼応して、瞬間的に全身鎧の背から翼が展開してわたしを大地から浮かせた。

 追いつく(あいだ)に弓に矢をつがえると、バチバチと雷を(まと)いて、(やじり)を目の前の歪みへと向ける。

 

 

「止まれ」

「──よくわかりましたね、さすがは聖騎士ですか」

 

 見えない衣を取るように、その姿を現した兵士の顔──黒灰銀の髪の毛を風に流し、碧眼を真っ直ぐこちらへ向けてくる。

 

「貴様……賊か?」

「見逃してはもらえませんか」

 

 わたしは無言でつがえていた矢を放つ。(いかずち)がごとき、肩口を狙ったその一閃。

 しかし男はまるで来ることがわかっていたかのように、体を軽く(ひね)って(かわ)して見せる。

 

(……やはり強い)

 

 大司教殺しの"特一級指名手配犯"に続いてまたも謎の猛者が、しかも大要塞にまで入り込んでいるとは……あるいはヤツの仲間という可能性すらも視野に入れておく。

 

 

「聞く耳持たず、ですか。ファウスティナさん」

「賊が、呼ぶな。馴れ馴れしくわたしの名を」

 

 わたしは続いて三本の同時に矢をつがえ、今度は狙いをつけないまま、すぐに射てるように備える。

 

「それは失礼。しかし、この場にいたのが貴方で良かった」

「なに……? どういう意味だ」

「交渉ができるということです。その弓と鎧一式──"カエジウス特典"でもらったもの、ですよね」

 

 わたしは驚愕で目を見開いた。そのことを知るのは両手で数えられる程度の人間であるがゆえに。

 

 

「何者だ、貴様」

「俺は……オーラム殿(どの)の盟友です」

「オーラム、ゲイル・オーラム──」

 

 (なつ)かしき名であった。まだ若かりし頃、(とも)迷宮(ダンジョン)内で死線を潜り抜けた戦友。

 いけすかない面も多かったが……当時のわたしにとって一番(とし)の近かった彼は、"オラーフ・ノイエンドルフ"と共に(あこが)れの一人であり浅からぬ因縁もある。

 

「盟友だと?」

「だからファウスティナさん、俺は貴方のことを知っている」

「ゲイル、の……それならばわたしを知る理由としては納得できるが──」

「そしてかくいう俺も、迷宮制覇者でして」

 

 五英傑の一人、"無二たる"カエジウスが叶えてくれる三つの願い。

 ワーム迷宮を攻略し、最下層の黄竜を倒して得たわたしの願いは──聖騎士に相応(ふさわ)しい装備であった。

 

 飛行から水中呼吸まで、あらゆる環境に適応する全身鎧。

 つがえた矢に雷を付与し、敵を撃ち(はら)う弓。

 

 この二つがあったからこそ、若くして聖騎士として大成できた部分は否定できない。

 

 

「ちなみにそれってカエジウスが手ずから作ったモノなんですかね、なかなか興味深い」

「……」

「超生物のワームを流用した鎧でしょうか、それと黄竜の部位を使った弓。まぁまっ、迷宮全改築するのに比べれば造作もないんでしょうねぇ」

 

 ベラベラと一人で語り出す青年──彼が本当に迷宮を制覇したとすれば、それは決して(あなど)れない。

 

(さっきまで風景と同化していたのも……)

 

 ()の実力は言うに及ばず。わたしのワーム鎧よりも、さらに強化された武具を特典で譲り受けている可能性が高い。

 だがそれは退()く理由には決してなりはしない──!!

 

 

「ゲイルの友だろうと、それが(あだ)なす者なれば容赦はしない。再度問う──貴様は何者で、その目的はなんだ」

「どちらも言えない、ですかね。でも見逃してはもらえませんか?」

戯言(たわごと)を……」

「アルトマー殿(どの)は借りを返してくれましたよ? 利子付きで」

「っなにを──」

 

 またも古き名を口にする。"エルメル・アルトマー"、わたし達が迷宮を攻略するにあたって支援をしてくれた商人。

 

「つまりオーラム殿(どの)が、貴方や"ガスパール"さんに(ゆず)った願い事の分を、俺に返してもらえませんかね」

「なぜ貴様などに」

「まぁオーラム殿(どの)なら、俺が言えば了承してくれそうなので。それくらいの仲です」

「むっ……」

 

 それは、確かに。とてもすごくあっけらかんと言う姿が想像できた。

 同時にこの青年が決して虚言ばかりを(ろう)していることではないことも、よくよく理解(わか)らされる。

 

 

「まっ、俺としては力尽(ちからず)くで逃げても構わないんですけどね。ただ……まだ貴方も病み上がりのようですから」

「知った(ふう)な……」

「オーラム殿(どの)の戦友を相手に、あまり手荒なことはしたくないので──」

「口を叩くなァ!!」

 

 わたしは構えた三本の雷矢を瞬時に撃ち放つ。ご丁寧に狙いをつけると対応されてしまうが、瞬間的なそれならば……。

 三つの雷光はそれぞれ別々の筋を辿って、青年の肉体を(つらぬ)く──しかしそこに手応えはなかった。

 

(残像──!?)

 

 ()()()()()()のように映し出されている男の虚像は、本物だと錯覚してしまったほどに鮮明すぎた。

 

『残念です』

 

 その声は上方からしたものの……わたしは自身の闘争本能に(ゆだ)ねながら、体ごと背後へと振り向けていた。

 そして今度こそ実像が存在し、襲い掛かる(こぶし)(かわ)しながら、わたしは腰の剣を抜き放つ──

 

 

「っがぁ……はァ──」

 

 しかし抜いたはずの刀身は鞘から出ることなく、わたしの肉体は衝撃によって墜落していた。

 

 賊の拳は確実に回避したはずで、そこに見誤りはない。しかしそれでもなお当たったのだ。

 まるで()()()()()()()ような──()()()()()()()に当たったような、そんな錯覚に(おちい)る。

 

「くっ……まんまと」

 

 わたしは虚空を見上げながら歯噛みし、左手で持っている弓を一層強く握り締める。

 賊であった青年の姿は既に掻き消えていて、こちらへ追撃することもなく逃げ去ったようだった。

 

 地面に衝突したダメージは、ワーム鎧がほとんど吸収してくれていたが……ジンジンと心臓付近に残る痛みと熱さは(ぬぐ)いきれない。

 "特一級指名手配犯"の吸血種を相手に己の(ちから)不足を感じ、今もまた己の(いた)らなさに煮えくり返り()き立つ感情だった。

 

 聖騎士とは強くあるだけが存在理由ではない──しかして強くなければ、その手から(こぼ)れ落としてしまうモノが増えるのは必定。

 

 

「……また、(イチ)から鍛え直すべきか」

 

 かつての戦友の名を聞いたことで去来するわたしの中の想い。

 それはどうしようもないほどに()()ぜの衝動を掻き立てるのであった──

 



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#286 結唱氷姫

 

(私は皇国で生まれ……)

 

 両親は知らない。孤児院で過ごしていたのが最初の記憶だ。

 いつから"お姉ちゃん"をしていたかも(さだ)かではない。

 孤児院には年上もいたが、私が色々と面倒を見ていたことが多かった。

 

(貧しい暮らしだった)

 

 でもそれは皇国では珍しいことではない。それどころか、世界中でも起こっていることだ。

 戦争・魔物・災害によって親を(うしな)う子もいれば、貧困によって親から捨てられる子もいる。自分のように親すら知らないのも珍しくない。

 

 そして……その世界しか知らなければ、置かれた状況が他者よりも貧窮(ひんきゅう)しているということも自覚することはなく、不幸を感じることもなかった。

 

 

(でも孤児院が存続するかは別……)

 

 満足を知らなければ不満はない。しかしそれとは別に、母体となる孤児院そのものが立ち行かなくなってしまった。

 そこからの選択肢は(ごく)わずかで──院長は、誰かを犠牲にする道をとった。

 

(私は……自分から志願した)

 

 それが"お姉ちゃん"の役割だと思ったから。いずれ他の子も時間の問題だったとしても、真っ先に売られるべきは自分だと。

 そうして私は奴隷としてセイマール先生──イアモン宗道団(しゅうどうだん)に買われ、新たな(せい)を過ごすことになった。

 

 そこで掛け替えのない家族に出会った。

 生意気だけど思いやりのある弟、ヘリオに。

 やんちゃだけど聡明な妹、リーティアに。

 そして私達の運命を変えた、まるで父のような弟──今も隣を歩いているベイリルに。

 

 

「仮にも聖騎士の邸宅なのに、慎ましやかだな」

 

 私は小さな庭園を案内していると、ベイリルが素直にそう口にする。

 確かに数日前に見たカラフの豪邸に比べれば、今ある地位の割に控えめと言っていい。

 

「ウルバノさんは聖騎士として最低限の体面だけで、他は孤児救済の為に私財を投じてるからね」

清貧(せいひん)()とし、報われぬ子たちに尽くす。ジェーンとも波長が合うわけだな」

「うん、そうかも」

 

 既に開放されている扉を二人でくぐる。すると入れ替わりに子供達が外へと飛び出していった。

 

「"至誠の聖騎士"の名に恥じぬ、か」

 

 

 ウルバノさんとの出会いは、私が学園卒業後に皇国へと戻り……元あった孤児院がなくなっていたことから始まった。

 私は元あった境遇も相まって、かつてのみんなを探すと同時に孤児を救済することにした。

 

 フリーマギエンスとシップスクラーク財団は、多種多様な人材を求めている。

 しかしそれが常に在野に転がっているとは限らないし、あるいは既にどこかに所属して才能を発揮している。

 

 いつだって優秀な人材を見込めるわけではないのならば……? 財団にとって有能な者を自らで育ててしまえばいい。

 

(教育の重要性は、私が身に染みてよくわかってる)

 

 モノを知らなければ、選択肢を(つか)むことはおろか、そもそも用意すらされず、状況を判断することだってできやしない。

 私は売られたことで外を知り、ベイリルに教わったことで世界を()ることができた。

 

 シップスクラーク財団にとっては営利ではあるが、同時に慈善でもある。つまりは誰しもに、選択肢を用意してあげることに他ならない。

 

 

(そして私は現実と直面した……)

 

 新たな指針に沿って我が道を進んでいく中で、どうしたって存在する腐敗が私の()(はば)んだ。

 しかしそんな程度で(こころざし)を断念するほど、(あきら)めが悪かったことなどない。

 

 私は入手した情報や人脈といったシップスクラーク財団の(ちから)を存分に使う中で──ウルバノさんの(ほう)から接触されたのだった。

 

 事態を常々憂慮(つねづねゆうりょ)している聖騎士とて、皇国に属する以上は立場がある。

 

 確たる証拠もなければ権力者を弾劾(だんがい)することはできない。

 そんな気を揉んでいた状況で()って()いたのが……私と財団だったのだ。

 

 財団が持つ情報力と組織力、さらに聖騎士の権限によって、ほんの一部だったとしても腐敗を浄化することに成功したのは大きな意義である。

 そうして私は至誠の聖騎士との知己(ちき)を得て、今でもこうして交流するだけの繋がりがあるのだった。

 

 

「ウルバノさん、ジェーンです」

 

 私は部屋の前に立ってノックをすると、「どうぞ」と穏やかな返事の後に中へと入る。

 

「ジェーンくん、おかえりなさい」

「ただいま、ウルバノさん──紹介します、弟のベイリルです」

「お初にお目に掛かります、ウルバノ殿(どの)。ベイリル・モーガニトと申します」

 

「えぇ、ベイリルくん。あなたの話はジェーンくんから兼々(かねがね)うかがっていますよ。その年齢で伯爵位だとも」

 

 事務と応接を兼ねた部屋にて、メガネを掛けたまま柔和な笑みを浮かべる、(しわ)も目立ち始めたウルバノは私達をソファーへと(うなが)す。

 

「名ばかり領主です。それに……帝国人ですから、もし皇国と戦争にでもなったら一応は敵対する立場になりますし」

「それでも今はわたしの客人です。どうか(やす)んじて、もてなしを受けてもらいたい」

「はい──では遠慮なく」

 

 

 ベイリルの快諾に大きく(うなず)いたウルバノは立ち上がると、手ずからお茶を入れる。

 しかしその動きは……見る者が見れば、明らかに不自然さの残るぎこちなさがあった。

 

「失礼ですが……具合、よろしくないんですか?」

「えぇ、少しばかり面倒な相手をしてしまいましてね」

「噂で聞いた程度ですが、大層な罪人を相手にしたと──」

 

 ベイリルはやや前傾姿勢で、ウルバノへとそれとなく問う。

 

「同じ聖騎士であるファウスティナくんと二人掛かりで、この有様(ありさま)です。わたしもそろそろ、後進(こうしん)に道を明け渡す時期なのやも知れませんね」

「そんなっ!! ウルバノさんは聖騎士を(こころざ)す皆のお手本です。一線を退(しりぞ)くにはまだ早い、かと……」

 

「そうは言ってもね、ジェーンくん。感覚と肉体のズレは本当に如何(いかん)ともし(がた)いのだよ……昔のようにはいかないさ」

 

 かつては攻め込んできた魔族相手に、殺戮の限りを尽くして回ったという逸話を持つウルバノ。

 そんな彼も今は人格者として丸くなっただけでなく、寄る年波に(かな)わなくなってくる段階に入っているようだった。

 

 

(わたくし)はよろしいかと思います。聖騎士であるばかりが(むく)いることではない」

「ベイリル……?」

「まぁまぁジェーン、余生ってのは大事だよ。むしろ堅苦しい立場がないからこそ……できること、見えてくるものもある」

 

 ベイリルの物言いに、フッと笑う様子をウルバノが見せる。

 

「ははは、ジェーンくんから聞いていた(とお)りだ」

「はてさて何をでしょう?」

「気分を害したならすまないね。彼女よりも年下のはずなのに、随分と達観した意見だと思った次第(しだい)だ」

「……様々な苦楽を過ごしてきましたので。人並(ヒトナミ)に、ですが」

 

 ベイリルがどこか懐かしむように目をわずかに細め、口角を少しだけあげる──それは今までに何度も見たことのある表情だった。

 なにかしらの言及を(かわ)すような時に浮かべるそれ……曖昧(あいまい)に煙に巻く際に浮かべる顔である。

 

 

「それとジェーンにも色々と苦労をさせられましたから」

「ちょっ……」

 

「ほほぅ、それは是非とも聞きたいですね。ジェーンくんの口からだけでは、知れないことも多いでしょうから」

「えっ──」

 

 思わぬ流れに狼狽(うろた)えつつも、ベイリルは雑談を止めることなく、時間は過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 その日は邸宅に宿泊することなく、ウルバノに見送られてベイリルと共に街中をゆく。

 すると弟は神妙な口調でもって、いきなり真に迫った疑問を私にぶつけてくるのだった。

 

「なぁジェーン、もしウルバノ殿(どの)と敵対することになったらどうする」

「そんな可能性があるの?」

「無いとはいえない。今すぐでなくとも、いつかはどの国家とも衝突するしな」

 

 シップスクラーク財団とフリーマギエンス、その目的は"文明回華"。

 "未知なる未来"を見る為にありとあらゆる手段を選択する。

 "人類皆進化"を(おこな)うにあたって、戦争すらも(いと)わず、場合によってはあらゆる手段を推進していくこともあろう。

 

「その時は……もちろん戦うよ、私は財団員だもん」

 

 迷いらしい迷いはなかった。それはもう幼少期から刷り込まれたと言っても過言ではないほど、己の中で自然なものだった。

 私だってベイリルが語ったオトギ(ばなし)──"未知なる未来"──を見たい欲求は強い。

 

 

「……もしかしてべイリル、だから(あん)にウルバノさんに引退をすすめた?」

「まぁジェーンの今後に(わずら)わせたくないと思ったのは確かだ」

「そっかぁ……わざわざ心遣いありがとう、ベイリル」

 

 私は一般的な観点からすれば、いわゆる"善性"だ。

 見知らぬ他人でも困っているなら手を差し伸べ、悪が目の前で暴虐を働けばそれを(くじ)くし、正しく平和な秩序を重んじる傾向がある。

 

「いや、俺の(ほう)こそ改まって礼を言うべきことだ。色々と巻き込んでは振り回してるからな、ありがとう」

「あはは、そういう殊勝(しゅしょう)なベイリルは希少(レア)だねー」

 

 しかしそういった面は、私の一部分でしかないのだ。

 それを捨て去るのは確かに難しいが、ただそれ以上に優先すべき順位が核として存在する。

 

「でもね、少ぉしだけ思い違いがあるかな」

「うん……?」

「今も昔も私の一番の原動力はね、ベイリル。ヘリオとリーティアと、みんなの味方であり、みんなを支えることだから──」

 

 そこだけはどれだけ世界が変わろうとも、私の中で変わることはないのだと断言できるのだった。

 

 



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#287 深層談話

 

「──で、どうよ?」

 

 俺は記憶の海の中にワイヤーフレーム状に構築された"大監獄"にて、隣に浮かぶ"読心の魔導師"と話しかける。

 

「どうって、なにが?」

 

 すっとぼけた様子でのんきに首を(かし)げているシールフ・アルグロスに、俺は一拍置いてからわざわざ言葉にする。

 

「いやいやだから、俺の記憶を読んだんだからわかっているだろ。"今回の企画"のこと」

「あーそっちね」

「まだ草案段階だが、俺なりに色々考えた案だ」

「うん、いいんじゃない? 多分なんとかなると思うよ」

「雑だなあ……」

「だってぇ私はそういうの専門じゃないし、だいたい"文明回華"そのものがはじめてことで、あれやこれやの正解なんてわからんてば」

 

 シールフの(げん)もごもっともではある。

 ただし俺の頭の中で(えが)かれている絵図は、単なるカドマイア脱獄計画だけに留まらない。

 

 あくまでアーティナ家はキッカケに過ぎず、もっと壮大な企画の内となる以上は判断を(あお)ぎたいところであった。

 

 

「それに私の意見って言ってもさ、ベイリルは後押しが欲しいだけでしょ?」

「あぁまぁ、それもあったが……ただなんか俺にも気付かない、致命的な見落としとかがあればと」

「ベイリルって割と周到(しゅうとう)なとこあるし、肝心(かなめ)()()()()()()()()()()なんとかなるんじゃない?」

 

 気軽に言ってくれるが、インメル領会戦以来の大規模作戦になる。

 サイジック領都建設もあるので直接的な戦力は導入しないが、構築した情報網はフルに使うほどの規模。

 

「ベイリルが集めた情報とあなたの企画、十分実行圏内だし()()()()()と思う……不確定要素(イレギュラー)は怖いけど」

「……そうだな。囚人に聖騎士、"機器トラブル"も考えられる」

 

 他のあれこれもきちんと狙い通りに動いてくれないと、本来達成すべき目標を土壇場になって大幅に縮小しなくてはならなくなる。

 もちろん最大の目的はカドマイア救出にあるのだが……"黄昏の姫巫女"まわりも含めて、やるからにはこれ以上ない成果を挙げたいところ。

 

 

「ちなみにわたしは戦う気はないからねぇ~」

「わかっているよ。助言は求めても、助力を求めはしないさ」

 

(オーラム殿(どの)は捕まらないし、カプランさんも多忙だ──俺たちだけで遂行せねば)

 

 いつまでも"おんぶにだっこ"では、より多角的・多面的に展開する段になってまともに動けないなんてことになりかねない。

 これは俺にとってもいい機会であり、他の仲間たちにとっても"文明回華"の大いなる一歩となるだろう。

 

「しっかしベイリルは、自分の()を切るのが好きだよねえ」

「そりゃあ今回のことは俺主導で、しかも俺が最適格なわけで。それに体を張ることが、今の俺の最大の持ち味ってなもんだ」

 

 いい加減に刺激(・・)が欲しかった、というのも少なからずな本音だった。

 子供らの育成やら研究開発の協力だのをしているのも、決して悪いわけではない。

 

 しかし迷宮(ダンジョン)逆走やインメル領会戦、白竜イシュトと共に黒竜を相手に"大地の愛娘"も呼び込んだ一件からも大分()ち……。

 そろそろ(たくわ)えた自身の腕試しをし、存分に暴れたいという気持ちも強かった。

 

「まっ心配しなさんな、たとえ失敗しても財団は小揺(こゆ)るぎもしないから」

「おう、やぁってやるぜ」

「そうだそうだ好きにやっちゃえ、ベイリル(あなた)が設立させた財団だしね」

「俺とオーラム殿(どの)で創ったとはいえ、そういう傲慢(ごうまん)さは流石(さすが)(はばか)られるっての……もう俺たちだけのモノじゃない」

 

 既に何万人もの者達が財団に関わっている。枝葉まで含めれば何十万という規模にまでなっている。

 

 

「そんでだ、もう一つ聞きたいことがある」

「アレ、かな」

 

 するとシールフは脳内構築されている大監獄の三次元見取り図の、地上層・予備階層・一般囚人獄・特別囚人獄のさらに下へと続く……5番目の"最下層"を指差した。

 

「俺なりに情報は可能な限り収集したが、あの"謎の空間"だけはついぞ不明のままだ」

 

 大監獄の一部ではあるが、完全に隔絶されたスペース。

 それでいて大要塞を(おお)う結界の中心点ともいえるような場所にある。

 

「長生きなシールフなら知っているだろうと思ってな、学園に引きこもる前だし」

「いやいやわたしも知らないよ。当時は"使いツバメ"もなかったし、他国の情報なんて早々わからんて」

「ぬぅ……」

「でもいくつかの記憶を組み合わせて見えてくることはあったよ」

「なんだよ、もったいつけて」

 

「あくまで不確定な伝聞レベルってことに留意すべし」

「オーケィ、それでも全然構わんから頼む」

 

 

 俺とシールフは宙に浮いたまま下降していき、拡大された(くだん)の隔絶部屋を目の前にする。

 

「んっとねぇ~え、大監獄ができるよりずっと前にかつて皇国に魔人が現れたそうな──」

「ふむふむ、それで?」

「魔人はそれはもう恐ろしいほどに強く、時の"英傑"を含めて当時の誰にも討伐することができなかった」

 

 魔獣メキリヴナと同質──魔人とは魔力暴走の成れの果てに、人型を保ったまま精神を蝕まれたさらなる果て。

 人の領域を超越した歴代の英傑と同じく、歴史の中で生まれては消えていく怪物である。

 

「でもねぇ、殺す事はできなくても封印することはできたんだ」

「なるほど……つまりこの隔絶空間は、その魔人を閉じ込めた時にできたモノってことか」

「そーゆーこと。なんかこう、とにかく上手いこと罠に()めて無力化することには成功したっぽい」

「であれば──さすがに死んでいるよな」

「そりゃね。物理的に殺すことはできなくても、餓死に追い込めば終わりだし」

 

 

(そんなら魔人の遺骸が残っている可能性が高い、か……資源として有効利用したいがはてさて)

 

「残ってるとしても骨くらいじゃない?」

 

 記憶の共有・再現空間において、俺の筒抜けな心中に対してシールフが答える。

 

「んでね~この結界を、今の大監獄と大要塞の形にする際に……"大魔技師の高弟"が関わっているっぽい」

「実に納得できる話だ、ココとアッチにも魔術具っぽい反響があった」

 

 俺は順繰りに指を差すと、当然ながら俺の記憶を読んでいるシールフも承知の上な(うなず)きを見せた。

 

「うんうん。多分だけど、元々あった封印結界を拡張する形をとったんだろうね」

「……? それってつまり、魔力を奪い形成する結界を新たに作ったとかじゃないのか」

「むしろ元の結界を利用する構成にしないと魔人を抑え込めなかったんじゃない? その封印した英傑ってのが、"グイド"という名の"魔術方陣"の使い手だったし」

 

 事実だとすればとんでもない話である。

 今のドデカい大要塞をすっぽりと(おお)えるほどのポテンシャルを持つ結界──

 それが元々は魔人一人に対して構築されたモノだったとすれば……魔人も半端ないし、英傑グイドも規格外である。

 

 

「魔術方陣か……」

 

 たとえば物体に(きざ)むことで、多様な効果を発揮する"魔術具"として製作したり。

 リン・フォルスやロスタンが体に(きざ)んだ術印を用いて、ノータイムで魔術を発動させたり。

 

 そういった魔術式や魔術刻印などとも呼ばれるモノと、源流は同じ──魔術そのものを文字や紋様といった形で扱う技術。

 リーティアも流動魔術合金(アマルゲル)の形を変えつつ、内部の魔術紋様をも組み替えることで(こと)なる効果を発動させようと研究(なか)ばである。

 

「私が直接見たわけじゃないけど、映像記憶あるから見せたげる」

 

 そう言うやいなや、シールフは誰かの目を(とお)して見られたであろう……鮮烈な英傑の姿を幻影として映し出した。 

 

 

「っべぇよ……まじヤバい」

「ん~~~こりゃわたしでも真似できない」

 

 その男グイドは、歩くたびに地面に魔術方陣を(えが)き出し、魔物の群れを相手に大立ち回りをしていた。

 幾何学的な模様が上書きされるように幾重にも張り巡らされ、その内側に存在するものは例外なく滅却されていくサマ。

 

置き罠(トラップ)としても恐ろしいほどの精度と威力、やっぱ"英傑"って相手にするもんじゃねぇな」

「そりゃそうよ。歴代の英傑もそりゃピンキリだけど、それでも呼ばれるには呼ばれるだけの理由があるもの。こいつは関わっちゃマズいタイプのだね」

 

 グイドはさらに己の肉体にも方陣を描き加え、それを戦闘中に描き変えながら身体能力を多様にブーストさせている。

 

「あーっと──ここまでか」

 

 魔物を殲滅し尽くした魔術方陣の英傑グイドは、次なる戦場へと向かう様子だった。

 この光景を見ていた者に、それを追えるほどの実力はなかったようで……残るはただ鏖殺(おうさつ)の地平が広がるのみ。

 

 

英傑(かれ)の映像はこれしかないね。なんにせよあのレベルの魔術方陣は"失伝魔術(ロスト・マジック)"って言っていいよ」

 

 そんな化け物でも殺しきれなかったという魔人との決戦も、是非とも見てみたいくらいだったが……ない記憶を再生することはシールフとて当然不可能である。

 

あの男(グイド)だけの一世一代の魔術ってことか、惜しいな。構造解析でもできないもんか」

「解析の可否はともかくとして、その為にはまず大要塞を奪い取らないとね~え?」

 

「……そりゃさすがに無理だ、今はまだな」

 

 そう言って俺はシールフと共に肩をすくめて笑ってみせるのだった。

 



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#288 企画会議

 

「さて、これより企画会議を始める──」

 

 集められた情報のすり合わせと事実の裏取りを終えたところで、改まって俺はゆっくりと開口する。

 

 部屋には俺とジェーン、情報部のテューレとスズ、そして部屋を提供しているカラフとが揃っていた。

 パラスも本来は交えたいところであるが、皇国内では手配中なので入国を控えてもらっている。

 

「──その前に、カラフ」

 

 俺はテーブルの端にいる男へと告げると、権勢投資会のカラフは腰を低く一礼する。

 

「なんでございましょう」

「お前の立場はあくまで支援者であって、本来は部外者となる。だがここに出席させた意味を理解してもらいたい」

「他言無用、でございますね。ご安心ください」

 

 本人としてはそんなつもりはないのだろうが、どこか下卑(げび)た加減の残る笑みを浮かべるカラフに対し、俺は首を横に振った。

 

 

「足りないな。これ以上"深入り"する覚悟を聞いている」

「ほほぉ……それは、つまり、ついに──」

 

「お前が今回の一件で、俺や財団のことを改めて調査した件については、こっちとしても既に調べがついている」

「シップスクラーク財団を突っ込んで調べる者は、よほどのことがない限り財団(こちら)の情報網にも引っ掛かるようになっていますからー」

 

 俺とテューレの言葉にカラフはあくまで自然体を装ったが、強化聴覚は動悸がわずかにブレるのを聞き逃すことはなかった。

 

「俺の本当の名も知ったか?」

「いえ──調べるには、いささか時間が足りず……わかってはおりません。ただ財団でもかなりの地位にいる(かた)だろうということだけ」

「俺個人の情報はかなり隠してもらっているからな。ちなみに俺の名はグルシア・ベルトランあらため"ベイリル"だ」

「承知いたしました、ベイリルさま」

 

「まっ俺たちを調べたことについては、別に(とが)めるつもりはない」

「そう、ですか……いやはや、参りました。かなり慎重にやったつもりだったのですがねえ」

 

 するとカラフは観念した様子で大きく息を吐くと、自らの緊張を解きほぐす。

 

 

(みつ)に関わる以上、相手のことを知るのは当然の権利であり……義務とも言える。むしろそこを(おこた)るようであれば、そいつは便利な(コマ)の域から脱せられない」

「個人的には使われるだけのままでも良かったのですがねえ、いささか欲が出てしまいました」

 

「お前のそういった貪欲(どんよく)さは、財団にとっても有益と判断した。だから問おうカラフ、お前は皇国や"権勢投資会"を裏切ることができるか? と──」

 

 俺は加えて「言っておくが(ウソ)は通じないぞ」と釘を刺してから、カラフの反応を待った。

 

「既に皇国法はいくつも犯しておりますし、信仰も薄い身です。"会"での立場を捨てるのは惜しいですが……財団に取り立ててもらえるということであれば、是非もありません」

 

 

 するとカラフはグッと拳を握ると、椅子から立ち上がる。

 

「むしろこちらからどう打診しようかと、毎夜考えていたくらいです!! 調べるほどに好奇心が収まらない──"未知なる未来"……素晴らしい!!」

「よし、了承と受け取った。ただいきり立つのはいいが、権勢投資会にはそのままいてもらう。そちらのほうが色々と都合が良いからな」

「あっはい、これは失礼いたしました」

 

 カラフはペコペコとお辞儀をしながら座り直し、俺は厳格な立場から一転して気を抜く。

 

「なぁに、立場が危うくなった場合も財団で保障するから安心しろ。だから存分に働いて、存分に謳歌してくれ」

「おっほほ、ありがたいお言葉です。わたくしの忠誠を、シップスクラーク財団と歌姫(ジェーン)さまにもお(ささ)げします」

 

「えっ──う、はい。よろしくおねがいします」

 

 厄介オタクかのようなカラフの唐突な言葉(ムーヴ)に、ジェーンは一瞬ドン引きするもとりあえずは(うなず)いた。

 カラフは今後とも役に立ってくれることだろう。財団とフリーマギエンスがもたらす文化そのものに魅了されているクチであるからして。

 

 

「さて部外者がこの場にいなくなったところで、本題へと移ろうか──」

 

 俺は用意していた紙束を、一部ずつ(かぜ)に乗せてそれぞれの手元まで配布した。

 

忌憚(きたん)ない意見は(つの)るつもりだが、今回は俺が主導するので基本骨子を変える気はあんまりない」

 

 俺は言いながら各人が読み進めるのを気長に待ち続け、しばらくしてそれぞれが本音を口にしていく。

 

「っ……ちょ、ベイリルこれ──ほんとのほんとに?」

「ベイリル殿(どの)ぉ、正気でござるか?」

「いや~これまた、すっごい盛りだくさんですねー」

 

 ジェーンは顔をしかめながら、俺と"ツアーのしおり"とを交互に何度も見つめる。

 素早く目を(とお)し終えたスズは、しばし目を瞑ってから半眼となって、狂人を眺めるそれを遠慮なく俺へと向けてくる。

 テューレはマイペースに最初からもう一度ぱらぱらと読み進めながら、彼女なりに脳内でまとめあげているようだった。

 

「こ……これは!? すっ、素晴らしすぎる──こんなまさに夢物語!! これほど最高の仕事に関われるなんて!!」

 

 一方でカラフは他3人と違ってテンションを爆上げに、感無量といった様子を隠そうとしなかった。

 

 

「既に財団の研究開発部門にも全面協力を(あお)いで、各種準備と輸送および段取りも進めてもらっている」

「随分と迅速な動きですねー」

「当然さテューレ、これは"文化"にとって大きな一歩となる事業だ」

 

 それにカドマイアや黄昏の姫巫女の件を考えれば、ちんたらしている余裕もない。

 

「あのねベイリル、正直に言っていい? 私こんなの困るんだけど……今までとはワケが違うよ」

 

 するとジェーンがやや恐縮した様子で、おことわりの意を示してくる。

 

「安心しろ、"リン"もとっくに呼んである」

「あぁぁああああ゛ーーー!! これベイリル本気の()だ、"絶対やってやる"のパターンのヤツだあ!!」

「せっかく兄弟姉妹(おれたち)が揃うんだから、そっちを喜ぼう」

 

 もはや抗弁しても無駄だと悟ったのか、ジェーンは頭を(かか)えるとブツブツと呟き始める。

 しかしそれは文句を言っているわけではなく、既に内容(・・)をどうするのか彼女なりに組み立てているのだった。

 

 

「でだ。スズはすぐにでも()って、もろっもろの準備をしてほしい。パラスにも必要なことがあればガンガン手伝わせちまえ」

「やれやれでござるなぁ……責任もなかなかに重大だし、なにより拙者の気風に合わんでござる」

「お前たちだって揃う(・・)んだ、懐かしいだろう?」

「ソレ、ちゃんとカドマイアを無事に助け出すのが前提でござるよ? ベイリル殿(どの)

 

 スズの半信半疑な言葉に、ジェーンも気付いたように乗っかってくる。

 

「うっ……そうだよ、ベイリルが監獄に入るなんて危なすぎない?」

「問題ない」

 

 大監獄の潜入し、予備階で探査していた際に魔力について色々と試していたことがあった。

 それは嬉しい誤算であったし、その"結果"がなければ脱獄計画はまったく違うものになっていただろう。

 

「お姉ちゃんは心配です」

「任せとけってジェーン、細工は流々仕掛けをご(ろう)じろってな」

 

 結界のために魔力を奪われる性質上、()のままでもどうにかできるのは俺を含めて適格者はそう多くはない。

 さらに脱獄のことまで視野にいれた場合に、実際的に遂行可能なのは俺だけだと自負したいところだ。

 

 

「最大の問題は、俺がちゃんと()()()()()()()()()かということだ──カラフ?」

「ええはい……そうですね、そこはわたくしがどうにかできると」

「ヨシッ、それが聞きたかった。一応は統計として収監されるだろう罪を(おか)すが、裏から手を回してもらえればより確実だ」

 

「ただあのベイリルさま、一つよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「わたくしの持てる(ちから)の限りを尽くしますので……このコレ、"特等席"を希望しても?」

「あ~~~はいはい、ジェーンどうだ? 別に構わないか?」

「えっ? わたしは別に問題ないけど……」

 

 ジェーンはざっくりとした絵図の(えが)かれたページを見ながら答える。

 

「だ、そうだ。とはいえ、くれぐれも気持ちが昂ぶりすぎて邪魔はするなよ。雑音(ノイズ)も流れてしまうんだからな」

「このような神事(しんじ)(けが)唾棄(だき)すべき(おこな)い──やらかした時点でわたくしは自ら身投げ(・・・)します」

「神事て……まぁいい、()(さわ)りがないならな」

 

 俺はカラフから本気でやりかねない情熱が感じられて若干だが引く。

 

 

「ちなみにサイジック領における、"新たな土地利用"と"兵器運用"の実験も兼ねている。テューレも一緒に乗っていてくれ、号外の用意もついでに」

「はいー了解しましたー。腕が鳴りますねー」

「それと俺が囚人となっている(あいだ)の指揮権もテューレに(ゆず)る」

 

「わたしですかー? 立場から考えるとジェーンさんのほうが適任かと思いますが」

「ジェーンは本番中に動けないし、身内に対して判断が(にぶ)る可能性もあるからな」

「むっ……」

 

 ──っとした表情を浮かべるジェーンだったが、それが事実だとすぐに受け入れてそのまま納得する。

 

 

「さて諸君、疑問や異論があれば受け付けよう」

 

「わたくしはもう胸がいっぱいなので言うことはありません!!」

「気持ち悪いぞカラフ。なんにせよ今後とも財団の為に(はげ)んでくれ」

 

「わたしも大任をしっかりと果たせるかが不安なくらいで、今は特にありませんねー。不都合があればまたその時にー」

「おう、頼んだテューレ。気負わなくてもいい、何かあっても()り掛かってくるのは俺だし、責任も請け負う」

 

「拙者はいい女でござるゆえ、ここは黙って殿方を立てて従うでござる」

「スズ、一応突っ込むが……口に出したら台無しだ。まぁよろしく頼んだ」

 

「私も精一杯がんばるから、ベイリルもほんっっっとうに気をつけてね?」

「もちろんだ、ジェーンも良い機会だから楽しんでくれ」

 

 俺は同意を得られたところで立ち上がる。我らが覇道に(さち)があらんことを願って──

 



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#289 配布

 

 皇都──"イオマ皇国"領土のおよそ中心に存在する首都であり、神王教ケイルヴ派の総本山にして教皇庁のお膝元。

 

 原則として首都防衛の(かなめ)の聖騎士長が常在していて、他にも教皇庁直下の軍団も控えている。

 皇都は巡礼における出発点にして終着点であり、"黄昏の都市"よりも巡礼者数は多くなる。

 

(流動が激しいからこそ、おあつらえ向きだ)

 

 

 俺は山のように積まれた木箱から、手の平サイズの小箱をいくつも並べては道行く人々へと渡す、渡す、渡す。

 その正体は"オルゴール"。頭の上にバランスよく(たも)った俺は、大道芸のように鳴らしながら接客していくのだった。

 

『さぁ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、聞いてらっしゃい! 是非とも土産(みやげ)に、お代はいらずに持ってけどうぞ!!』

 

 俺は音圧を強く街中に響かせて集客しては、実際にどうやって使うか──ゼンマイを巻き実践して聞かせる。

 そうして親しみやすく手渡していったり、勝手に持っていってもらうの繰り返し。

 

「──おっとぉそこの人! 貴方さっき持ってったよね? 一人でいくつも貰うのはナシだよ!」

 

 俺は時間を置いて現れ、新たに持ち出そうとしていた男へと目耳聡(めみみざと)く注意する。

 男は慌てた様子で持っていたのを戻すと、そそくさと足早に去っていった。

 

(あるいは売り飛ばす人間もいるだろうが……)

 

 それならそれで構わない。元々布教用としてコツコツと製造していたモノを、今回初めて大々的に利用するだけ。

 人から人へ、その手を渡っていくという最も重要な部分に変わりはない。

 

 

(そうして"来たる日"までに、人々は何度も何度も聞くだろう)

 

 人から人へと……この珍しいゼンマイ式のオルゴールから奏でられる旋律が、皇国中を循環する血液のように流れていく。

 しかしそのままでは単なる娯楽品として終わってしまい、わざわざ安くない費用(コスト)()いてまですることではない。

 

 そこはそれ、オルゴールにはさらなる機巧(カラクリ)があり──何度もネジを巻くことで二重底の蓋が外れるようになっている。

 すると布教専用として特別編纂(へんさん)されたフリーマギエンス"小星典(しょうせいてん)"が、中から出てくるという仕組みなのだった。

 

 それは通常の"フリーマギエンス星典(せいてん)"と違って、より興味が()かれるよう誘導し、未知を刺激するよう(かたよ)って構成された内容。

 紙の増産体制の確立と活版印刷おかげで、神王教における教義を説いた"神聖書"とは、品質のみならず生産数も桁違いに配布することが可能となった。

 

 世界的に識字率は低いものの、皇国は宗教が発達しているおかげで読み書きは他の国よりも高い水準にある。

 さらに星典(せいてん)は元々教科書としての機能をもたせてあるので、浸透は遅々(ちち)としても確実に進んでいくだろう。

 

 

(知りたくなる、知ろうとする……それが一番大事)

 

 このオルゴールと小星典(しょうせいてん)は言うなればキッカケ(・・・・)である。

 本命はその未来(さき)にこそあり、無償配布しているのはまだ布石を置いている段階。

 

(文化圏拡張が主目的ではない、まずは文化を知ってもらうことから始める必要がある──)

 

 同時にオルゴールそれ自体の機械的技術もまた、知識ある職人の手によって分解され構造を知られるだろう。

 それも狙いの一つであり、技術的向上のみならず技術者がフリーマギエンスを知って、シップスクラーク財団の門戸(もんこ)を叩くことにも繋がっていく。

 

 

 オルゴールはどんどん()けていき、遂には見本で響かせていた頭の上の一個が丁度よく、何度目かのメロディーを止めた。

 

『はぁい、ありがとう!! 貰った人は是非ともいろんな人たちと聞いてってね!!』

 

 俺は首を曲げて落ちてきたオルゴールをキャッチすると、パタンと閉じてポケットへとしまう。

 続けて看板や木箱の撤収作業をしていると、唐突に声を掛けられた。

 

「あのぉ……なんか噂になってたんだけど、もう売り切れぇ?」

 

 すると"番傘"を片手に、黒い翼を背から生やした鳥人族の女の子──童顔だが、俺と同じくらいの年齢だろうか。

 濃い茶髪のツインテールを揺らし、くりくりとした両瞳を端正な顔立ちと共に向けてきていた。

 

「あぁっと申し訳ない、残る一個もあるんだけど見本品でね」

 

 最後の一個はシップスクラーク財団支部に置いて、定期演奏させておく用である。それほどまでに惜しみなく大放出してしまった。

 

 

「今しばらく入荷の予定はないけど、またいつか配布する予定だからさ」

「そっか、残念だなぁ」

 

 意気消沈する女の子──普段ならばいちいち気に留めることでもないが、なぜだか俺は無下(むげ)にすることもできず(たず)ねてしまう。

 いつかどこかで見たことがあるような、そんな直感的な既視が俺の脳髄を走った気がしたからであった。

 

「俺はグルシアって言うんだけど、君の名は?」

「ん、"スミレ"だけどなに?」

「スミレちゃん──もしかして名前からすると君って"極東"の出身……?」

 

 どこか極東風の名残(なごり)ある出で立ちと番傘、さらに名前から類推(るいすい)して……俺はさらに彼女(スミレ)へと突っ込んでいく。

 

 鳥人族であれば海魔獣がいる海ではなく、空を渡って極東から大陸へ来ることも十分考えられた。

 もしも苦労してはるばる皇国へやって来たというのなら、そのまま帰してしまうのは忍びないと思った次第(しだい)

 

「ちがうよ。でもお父さんが元々極東人だから名付けられたんだと思う。わたしは生まれも育ちも連邦人」

「連邦か、ならいつかは明言できないけど……いずれ君の手にも渡ると思うよ」

 

 彼女も神王教徒として巡礼の途中なのだろうか。

 なんにしても皇国は手始めに過ぎず、次は必ずしもオルゴールとも限らないが、何かしらの文化的侵略は大陸全土が対象である。

 

 

「どれくらい待てばいい?」

「明言はできないかな……ただどうしても聞きたいなら、シップスクラーク財団の支部があるからさ。そこで存分に聞いてもらっても──」

「シップスクラーク財団……?」

「あぁ、まだそんなに名は知れてないかもだけど──」

 

 俺が言葉を続けるよりも早く、スミレは首を横に振って考える素振りを見せた。

 

「ううん、わたしソレ聞いたことある──」

「おっ、財団(うち)も割と有名になってきたのかな?」

 

 思ったよりも(ちまた)に浸透しているのであれば、コツコツと積み上げてきた甲斐(かい)もあるというものだった。

 

 

「そう……そうだよ、シップスクラーク財団──"悪の秘密結社"!!」

 

 叫んだスミレ(かのじょ)の手にいつの間にか握られていた刃が、俺の首元へと添えられていたのだった。

 

 

 

 



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#290 黒翼の少女 I

 

「そう……そうだよ、シップスクラーク財団──"悪の秘密結社"!!」

「えっ──」

 

 俺は眉をひそめつつ()の抜けた声をあげてしまい、彼女はたった一呼吸で番傘から()()()()()俺の首元へと刃を添えていた。

 

(ッオイオイオイオイ、仕込み番傘……!?)

 

 

「あなた、シップスクラーク財団の人間だったの!?」

「まぁそうだが」

 

 俺は喉元まで切先(きっさき)を突き付けられながらも、至って平然とした様子で答える。

 

「こんな状況でも(あせ)らず、(わる)びれもしないとは筋金入りの(アク)!! 成敗!!」

「っお……と──」

 

 刀身を返しながら振られた斬撃を、俺は皮一枚のまま(かわ)した。

 わざわざ手首を返してまで峰打(みねう)ちしてきたということは、殺す気まではないということか。

 

「こちとら慈善事業や各種技術開発を手掛ける、健全な営利団体を悪の組織呼ばわりとは、これいかに?」

「あいにくと、わたしは知ってるから!」

 

 スッと構えた女は、フェイントもなしに真っ直ぐ突貫してくる。

 

 

「帝国の東で、王国と戦争をおこし──!!」

「それは旧インメルの土地と民を守る為の、積極的防衛!」

 

 ()れがまったくない一刀斬り落としを、俺は(たい)をズラすだけで(かわ)す。

 

「その時に(たみ)の食糧を奪って──!!」

緻密(ちみつ)な計算の上で、しっかり避難させてからの焦土戦術! どのみち王国軍に略奪されるくらいならな」

 

 俺は周囲の状況を見ながら誘導するように回避し続け、同時に抗弁する。

 

「さらに蛮族を手懐(てなず)け──!!」

「騎獣民族も安住の地を必要としていたから、居場所を提供しただけだ!」

 

 追従するように迫る刀身は俺の動きを(とら)え続けるのだが、それでも俺の肉体へと到達することはない。

 

「海賊と癒着し──!!」

「協力と言ってくれ。しかも今は正式に帝国の預かりになっている!」

 

 素養もあるし鍛錬もしている……器用でもあるのだが、彼女の動きは洗練された武術家のそれではなく全体的に(つたな)い印象を受ける。

 

「治療と称して人体実験をし──!!」

(ほう)っておけば多くが死ぬ以上は、迅速な対応が必要だった!」

 

 技術の練磨不足は持ち前の身体能力(フィジカル)で補完しているといったところ。

 

「奴隷を集めて働かせ──!!」

「どの国でもやっていることだし、むしろ行き場を失った人々の受け皿となって教育し、正当な報酬も与えていて待遇は良いほうだ!」

 

 それは未だ原石のような輝きが内包されているようにも感じ入るのだった。

 

「武器や兵器を売買し──!!」

「それは別に違法じゃない!」

 

 いい加減に俺は刀身をガシッと握力のみで掴んで止めた。

 

 

「おまえぇ……さては幹部級!! だってやたらと詳しい!!」

「それはこっちの台詞だっての。よくもまぁ……色々と調べ上げているもんだ」

 

「わたしの使命は世に蔓延(はびこ)りし悪を討つこと! その為の世直しの旅! だから情報収集は欠かさないんだ!!」

「いやいやガバガバじゃねえか! せめてよく知る内部の人間がこうして眼の前に現れたんだ、もっと耳を傾けるべきじゃないか? 正確な言い分ってやつをさ」

 

 俺は半眼で訴えるも、少女はまったくもって聞く耳を持ちそうになかった。

 

「悪党の言うことなど信じられるか!!」

「ったく、思い込みが過ぎるぞ! 確かに悪いこともまったくやってないと言えば嘘にはなるが……」

「そうだろうとも! (いさぎよ)ぉ~く罪を認めて楽に──って、むぅぅぅううう!! もうっいつまで(つか)んでるの!!」

 

 スミレは持った刀に何度も(ちから)を入れるも、まったく微動だにせず文句を言う。

 俺は仕方なく掴んだ手から離して、やれやれと肩を大仰に(すく)めて見せた。

 

「融通の()かない(やっ)ちゃな、必要悪というのも知れ。毒をもって毒を制する場面が、少なからず世の中にはあるということを──」

「そんな悪党の常套句なんて聞かない!」

 

 するとスミレは刀身を一度、番傘の鞘へと納めたところで……ジリッと地面を(こす)り、腰を落として居合いの構えを取る。

 

 

「おまえ強いし、やっぱり幹部級に間違いない」

「いやいや、だからそもそもだな──」

 

「もうわたし、本気(・・)でいくから」

 

 俺はゾクリと──今までにも何度か味わった悪寒(おかん)にも似た圧力(プレッシャー)に、肉体と精神とが完全な臨戦態勢へと自然に移行する。

 

『"加速"──』

 

 そして彼女が(つぶや)いた声が届くよりも速く、スミレの姿は視界から掻き消えたのだった。

 

 一方で俺はスムーズに"天眼"を発動させ、スミレの軌跡を掌握していた。

 視界には映らない速度であっても全感覚を総動員した今の俺ならば、感じることが可能だし反応もできる。

 

(まさか魔導師(・・・)、とはな──)

 

 俺は背後に回ったスミレへと振り返りながら、彼女の研ぎ澄まされた"濃い魔力"の律動を理解していた。

 "黄昏の姫巫女"フラーナとの一件以来、"天眼"の共感覚による魔力色の知覚も含めて、意識することでより鋭敏になったと自覚している。

 

 抜き打たれた刃は──俺の右手の甲によって方向を丁寧に変えられ、(くう)のみを斬る。

 まさか反応されるとは思わなかったのだろう。スミレは刹那の合間に驚愕に目を見開いて、強引に切り返しながら(つぶや)く。

 

 

『"必中"──』

 

 俺は返す刀も悠々と()けた──それを"天眼"が見紛(みまが)うことも、(たが)えるわけもなかった。

 しかし俺は押し出されるように退(しりぞ)かされていたと同時に……左腕が赤く染まり、血しぶきが広場に舞っていた。

 

 あるいは大道芸の延長線上と……見世物感覚でまばらに観戦していた、周囲の人々から悲鳴がいくつもあがる。

 

 スミレは周囲の民衆への危害を配慮してか、無理に追撃をしてくることはなく、警戒を含んだ瞳でこちらを見据えていた。

 

 

「ふゥー……──」

 

 俺は息吹と共に"六重(むつえ)風皮膜"を(まと)うと同時に、脳内物質と自己治癒魔術で腕の出血を止める。

 

(ありえない……こともありえるのが、"魔導"という名の異能だな──)

 

 俺が冷静に事態の把握に努め、そしてあっさりと受け入れられたのは──彼女が魔導師級の魔力を持っていると知覚しているからであった。

 反射的に()退(すさ)ったのは日頃の(たゆ)まぬ修練の賜物(たまもの)であり、そうでなければ相当の深手を()っていたに違いない。

 

 ただし本来であれば"天眼"を発動している俺に、あの程度の斬撃が当たるわけがない。

 つまりそれを成さしめたのは……ひとえにスミレ(かのじょ)が使った"魔導"に他ならない。

 

 

(対魔導師戦とは、常に予測と裏切りの繰り返しを思えば……)

 

 魔導そのものに(じか)()れることも含めて、これもまた良い経験値となってくれるだろうと俺は開き直る。

 

スミレ(かのじょ)必中(・・)と言った、その前は口唇(くちびる)を読むに加速(・・)か……自分にバフや特効を付与する魔導か)

 

 俺は魔力を"遠心分離加速"させつつ、観察した結果から並列思考で相手の魔導を解析していく。

 

 少なくとも"必中"は、無敵に近い俺の"天眼"すら上回って命中させてきた。もはや物理的な知覚を越えた攻撃。

 "加速"も実際に地に足つけて、大気を()いて移動してきたから反応できたものの……。

 

 アイトエルの空間転移や白竜イシュトの光速を、にわかに思い出させるほどの神速に舌を巻く心地にさせられるのだった。

 

 

 



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#291 黒翼の少女 II

 

 見世物じゃないとわかって周囲の人間がおおよそいなくなったところで、スミレが目を細めて問うてくる。

 

「あなたって幹部級どころか、もしかして親玉?」

「……さてな。さしあたって俺の話をしっかりと聞く気はないか?」

 

「ヤダ! そうやって丸め込む気でしょ」

「やれやれだ……あまり気はすすまないが容赦ができるような実力でもなさそうだし、遠慮なくいくぞ」

 

 聞く耳持たないのならば仕方ないとばかりに、言い終わりと同時に俺は右手の指を鳴らしていた──

 その一瞬の動作(ゆびパッチン)から増幅して(はな)たれた"音速"は、さながらリボルバーの抜き撃ち(ファスト・ドロウ)を思わせる。

 

 ──"スナップスタナー"。

 指向性を持たせた大音量は彼女の三半規管へと直撃し、平衡感覚を喪失させ眩暈(めまい)に追い込む。

 さらに意識の波長の山にぶち当てることで、神経すらも一時的に麻痺させる術技であったが……しかして彼女は、すり抜けた(・・・・・)

 

 

『──"閃き"』

 

 そう後から言い終えたスミレ自身は動いていない、つまり回避したわけではない。

 音の波濤(はとう)は確かにスミレの肉体を捉えていたのだが、素通(すどお)りしたのを理解する。

 

 今度はあまり思い出したくない部類の記憶……"血文字(ブラッドサイン)"を想起させるような透過効果。

 

 スミレが再度構えたところで、俺もやや(たい)を左半身(はんみ)に両腕を広げて掌中の空気を掴んでは(はな)す。

 

 

(当たらないハズの斬撃を当てられるなら、当たるハズの音に当てられないことも可能ってワケね……)

 

 ならば攻略法は非常に限られる、そして俺は迷いなくそれを選択・実行する。

 

『"加速"──』

 

 スミレの肉体が消失して見える神速移動。

 

『"必中"──』

 

 あらゆる障害を無視して迫る絶対命中。

 反射を超越した突進からの、スミレ渾身の刺突は……はたして俺のあえて受けた"六重(むつえ)風皮膜"によって肉体まで届かず止められていた。

 

必中(あた)ったな、だが残念。先刻(さっき)とは状況が違う(・・・・・)

『"貫通"──』

 

 瞬間、押し(とど)められた状態から"風皮膜"の層をまとめてぶち抜いてきた刃を、俺は(すべ)るように(かわ)しながら左拳で裏拳を(はな)つ。

 スミレは反射的に逆手(さかて)に持った番傘ごと左腕で防御(ガード)するも、体重の軽い彼女はぶち折れた番傘ごと吹っ飛んでから着地した。

 

 

「まっ増上慢《ぞうじょうまん》になるだけの"魔導"だし、強度も大いに認める。ただなぁ、強者相手の経験値が圧倒的に不足しているようだ」

「──"不壊"、ってぅぇぇぁあああーーーッッ!? 傘が! わたしの傘がぁあああ!!」

 

 俺は上から目線で(あお)ったものの、彼女は無残に折れた番傘のショックで叫び声を上げ、それどころではないようだった。

 

「間違えた! わたしじゃなく傘に付与するべきだった!! あぁぁああもうぉぉぉお! 幼なじみに初めて作ってもらった傘、ずっと大切にしてきたのにぃ!!」

「やはり一度に付与できるのは一つだけか。そして違う効果を同時に付与することもできないよう──」

「あなた! 許さないから!!」

「……」

 

 スミレ(あいて)の反応から(さぐ)ろうとする意図を含め、俺は分析した魔導のご高説を垂れるも華麗にスルーされて閉口する。

 

 

「もぉおおおーーー、おとなしく成敗されて!!」

「へヴィってもんだぜ……」

 

 俺はスミレを視界におさめて警戒したまま、"屋根の上から落ちてくる気配"にその場からスライドするように回避した。

 

「っえ……あ!?」

 

 踏み(とど)まったスミレを他所(ヨソ)に、地面を打ち鳴らして着地したその乱入者を一瞥(いちべつ)して、俺は驚愕に半眼となってしまう。

 

(──って、うぉ……本物(まじもん)。警団員とかじゃなく、そっちがいきなり出てくるんかい)

 

 出現した男は2メートル近い長尺の巨躯。広い肩幅から下を全身(おお)う鎧に、背中からはマントがたなびいている。

 被ったヘルムの合間から見えるは、顎ヒゲを生やす老齢のそれながらも生気が(みなぎ)るのは……男が歩んできた人生がそうさせるのか。

 

「貴様らか、往来にて私闘を(おこな)っている愚か者どもは──」

 

 皇都に住む者で、兜の下の彼の顔を知らない人間はいないだろう。

 そして知らぬ者でも、一般的な知識があれば着けている徽章(きしょう)で判断がつく。

 まったくの無知な民であっても、その重圧(プレッシャー)を前にすれば問答無用で黙らされるに違いない。

 

「こうも短期間で立て続け(・・・・・・・・)に皇都で騒動が起きるとは……どうやら指名手配犯といった(たぐい)ではなさそうだが、いずれにせよ看過(かんか)できぬわ」

 

 

(全ての聖騎士を()べる立場にある──"聖騎士長"自らがお出ましとは)

 

 早々に取り締まってもらう為に、あえての"スナップスタナー"で大音響をかました狙いもあったが、まさかのまさかでとんだ大物が出てきものだった。

 

(それに囲む気配は、"従騎士"ってやつか……?)

 

 俺は避難誘導と同時に、周辺に展開していく武装兵の位置を把握する。

 

 

「おとなしく捕まるのならば良し、抵抗すれば容赦はせんぞ」

「あの! 聖騎士長さま!! 」

 

 ともするとスミレが聖騎士長へと訴えかける。

 

手助けは無用(・・・・・・)です! わたしだけで十分です!!」

「……は?」

 

 聖騎士長は当然として、俺としてもスミレの予想外の対応に気が抜けてしまいそうになるのを(こら)える。

 

「"私闘"・"騒乱"に加え、街中での"魔術使用"容疑。さらには抜き身の刃を手にした賊が、何を(たわ)けたことを抜かしおるか」

「へっ? あぁ!! いえいえいえいえ、わたしは違うんですって!!」

 

()(のが)れがしたいのならば、まずは魔鋼枷(まこうかせ)を両手に頂戴(ちょうだい)するがいい」

 

 聖騎士長は後ろ腰から手枷を取り出し、慌てたスミレは納刀しようとするもすぐに気付く。

 

「──ってぇ、傘が折れてるから(はい)らない!?」

 

(なんでこの状況下で"即興コント"を見せられてんだ、俺は……)

 

 怒涛の展開に見舞われ、辟易(へきえき)するまではいかないが、流石になんともいえない気分にさせられる。

 

 

「うぅぅぅうう! ──"飛翔"!!」

「っ──逃げるかァ!!」

「ダメです!! わたしはまだ使命があって、前科者になるわけにはいかないんです!!」

 

 どうあれ私闘に及んだことは事実であり、捕まってしまえば言い訳が立たないと判断したのか……スミレは黒翼を広げて空へと舞い上がる。

 

「皇都における"魔術使用"!! および"領空侵犯"ッ!!」

「っっぁぁあぁぁぁああああーーー!! ごめんなさいぃぃぃいい!!」

 

 

「ったく、はァ~……」

 

 聖騎士長が空へと追撃を掛けようとした刹那、俺は息を吐きながら"酸素濃度低下"の魔術を使った。

 昏倒はしないまでも聖騎士長はその場に膝をついてしまい、なんとか朦朧(もうろう)とする意識を繋ぎ止める。

 

「ぬっ、う……なん──」

 

 そして追撃の手が届かないことに不用意にも思わず振り返ったスミレに、俺は取り出していた"オルゴール"を投げて渡す。

 

「えっ──?」

土産(みやげ)だ』

 

 しっかりキャッチしたスミレに対し、俺は笑みを浮かべて"声"を届けた。

 気付いた彼女はぐぬぬと白い歯を噛みしめると……今度こそ脇目も振らず、空の彼方へと消えたのだった。

 

 

「ッッ──もう一人は……逃がすな!!」

 

 薄い意識の中でも聖騎士長は周囲に向かって叫び、包囲が一斉に縮められていくのがわかるが……関係ない。

 

今は(・・)無理な相談ですね」

 

 そう言い残した俺は、"六重(むつえ)風皮膜"の一層目──"歪光迷彩(わいこうステルス)"を発動させて即座に掻き消えるのだった。

 

 



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#292 投獄

 

 聖騎士長から逃げおおせてから、既に4日ほどが経過し──俺は準備(・・)を万端整えて、しばらくは見納めになるだろう皇都の街並を歩く。

 半長耳を澄ませばオルゴールの音色をいくつか(とら)え、俺は自らの成果に満足を覚える。

 

("小星典"もぼちぼち見つかり始めている──)

 

 オルゴールの二重底から出てくるばかりではなく、密かに"小星典"単品でも、街中に捨て置いて回っていた。

 明らかにオルゴールの数よりも多いのだが……実際の体験談がいくつも出てくるので、それらはあくまでオルゴール由来のモノになる。

 

(しばらくすれば、取り締まられていくだろうが……)

 

 神王教の"神聖書"に書かれている教義に、表立って(そむ)くような内容を盛り込んではいない。

 しかしながら熱心な神王教徒が読めば、フリーマギエンスの教義が(あん)に反していることは察することができる。

 

 そうなれば"小星典"は教会などの手によって回収されるのは目に見えていて、あるいはオルゴールごと接収されることも考えられた。

 

 

(もっともそれも織り込み済み──と)

 

 抑圧されればされるほど……人は背徳感を覚え、解放したくなるというものである。

 そして教会が回収してしまうほどのモノが、一体どういうものなのか知りたくなるのが人情。

 

 つまるところ"話題性"──炎上商法とも毛色が違うものの、いずれにしても人から人へと波紋のように拡がっていく。

 ゆえにむしろ取り締まられることは前提であり、教会側とてその全てを回収することなどは現実的に不可能。

 

 さらに回収された分についても、ある程度はカラフを通じて取引し、そのまま奴が主催のオークションや販路に流されるよう手配してある。

 

(そうしてフラストレーションが溜まったところで、爆発させる)

 

 他人の目から隠れて聞く音色は……その心の奥深くにまで刻まれることだろう。

 一緒に聞く者がいたなら、人には言えない絆で結ばれることだろう。

 富める者も、貧しき者も、年齢も種族の垣根(かきね)も関係なく、音楽は人を魅了するパワーがある。

 

「さてっと──やるか」

 

 皇都大聖堂を前にして自ら確認するように口にした俺は……その入口ではなく、壁面(・・)をパルクールの要領でするすると登っていく。

 そうして(いただ)きへと辿り着いた俺は、"竜を模した仮面"を着け──音圧操作によって大声を響かせた。

 

 

『傾聴せよ!! これより物語(モノがた)るは……竜と、神と、魔と、人に(つら)なる……世界の真実たる歴史──ッ!!」

 

 道行く人は足を止め、いくつもの顔がこちらへと向いたところで俺はさらに続けていく。

 

『原初の(とき)、竜が世を支配していた──否、それは違う! 竜は獣と共に半恒久的な平和を築き上げていたのだ!」

 

 神王教で語られる神話──竜種が大陸を支配し、その抑圧から(のが)れるべく後の神王ケイルヴが立ち上がった。

 

 

『魔法を得た人族は増長し、竜を相手に戦争を仕掛け、大陸の一部を破壊し、遂には"崩壊"の魔法を産み出した!』

 

 俺が語って聞かせるのは神王教にとって都合の良い作られた歴史ではなく、実際に歴史を(つく)ってきたアイトエルや白竜イシュトから聞いた神話。

 

『そして自然を愛していた頂竜は、争うよりも自らが退(しりぞ)く道を選び、新天地へと姿を消して、(のち)に自ら神を僭称(せんしょう)するヒトが世界を支配した!』

 

 地上からは神王教徒の怒号が聞こえるものの、俺の大演説を止めることはできない。

 また大聖堂に向かってモノを投げつけるような不届き者も、さすがにいないようだった。

 

 

『だがしかし神王ケイルヴを責めるつもりは無い! それは生存競争であり、停滞した時間(とき)を進めた行為とも言えよう!』

 

 竜教徒を装ってひたすらに竜を賛美するのも、"本来の目的"からすれば間違いではないが……それでは芸がない。俺の人生の大目的は()(あら)ず。

 

『私はただ知ってほしいのだ! ケイルヴは自らの欲望に従った単なるヒトであったし、神族も魔力に恵まれた(ただ)のヒトであると!』

 

 たとえ疑念が大いに残る話で、一笑(いっしょう)()されようとも……人々に考えさせ、議論の種を植え付けることこそが肝要(だいじ)なのだと。

 

 

『そしてそれは魔族も同じである! 魔族も、神族も、人族も、亜人も、獣人も、魔力によって分けられているだけで、同じヒトなのだ!』

 

 集まっている民衆に動揺が走るのが、なんとなく空気でわかる。

 今もなお脅威となっている魔族を、突き詰めれば同種と見ること──その意味。

 

『二代神王グラーフは初代魔王と協力し、魔法具を作り出した! 三代神王ディアマはその魔法具を用いて竜を打ち倒し、さらに魔族の支配からも人々を救った!』

 

 それはケイルヴ派のみならず、グラーフ派やディアマ派にとってもあまりに荒唐無稽(こうとうむけい)に聞こえる話だろう。

 しかし真実である以上、俺は変に脚色をすることもなく語り続ける。

 

『争うことを否定はしない! しかし時には手を取り合うことも忘れないでほしい。競い合うことでヒトは前へと進んできたのだから!』

 

 

 ザリッ──と屋根に降り立った影へと俺は振り返る。そこにいたのは……4日前にも見た"聖騎士長"の姿であった。

 

「許されざる蛮行なり。竜教徒がこの大聖堂を足蹴(あしげ)にし、(たみ)をかどわかすなど……」

 

 俺はそれも想定内として、脚本通りに大仰(おおぎょう)な仕草で振る舞う。

 

『我を殺して貴様らが()り所とするこの場所を血で(けが)し、この我が身を竜の住まう新天地へ送ってくれるか!!』

 

 その言葉で聖騎士長の瞳が見開かれたことに、俺は的確に急所を突いたのだと……仮面の内側と内心の両方とでほくそ笑んだ。

 

 

 これで安易に俺を殺してしまえばすなわち殉教者(じゅんきょうしゃ)となってしまい、教義に(さが)げた精神は他の狂信を助長する。

 さらには俺の主張と発言を見過ごせないという立場を明確にしてしまうことで、これまでの発言に対して無用な説得力を生む結果となってしまう。

 

 ゆえに目立つ異教徒は処刑するのではなく、大監獄へと送るのが慣例となっているのだ。罪状はあくまで騒乱罪といったもののみ。

 実際に竜教団員をはじめとして、他にも数少なくない宗教犯罪人が収監されていることが、潜入時に目を(とお)した資料からわかっていたこと。

 

(国家と宗教が強く結びつき、大規模な収監場所も存在する皇国ならでは……──()()らない手はない)

 

 聖騎士長の眼光が鋭くなり、彼は後ろ腰から魔鋼枷(まこうかせ)を取り出す。

 

 

「──貴様の望み通りになどするものか、(おろ)かな狂信者の向かう先は決まっている……地の底(・・・)だ」

 

 瞬間、大気が動き──俺は反射的に空気(エア)の流れを()る。

 なんなら戦闘狂(バトルマニア)気質を大いに(うるお)したいところではあったが、そこは我慢するしかない。

 

 今は不必要な怪我を()うことのないよう無抵抗のまま取り押さえられ、後ろ手に魔鋼枷(まこうかせ)が嵌められる音を聞くだけなのであった──

 

 

 

 

 連行されてきたそこは裁判所というわけではない──単なる公務を(おこな)っているであろう、そこそこの広さの一室であった。

 目の前にいるのは裁判官に近い立場ではあろうが、弁護士や検察や陪審員といった(たぐい)の存在は当然いない。

 

『被告グルシア──』

 

 ただ事務的に罪状を確認し、そして犯罪者へと刑を(くだ)す手続きのみの場。

 

『貴様を皇都内における"異教流布"および"騒乱"、また大聖堂への"不法侵入"。さらに先だっての"私闘"と"魔術乱用"の罪により、禁錮(きんこ)1000年の刑に処す』

 

 ベイリル(おれ)魔鋼枷(まこうかせ)と魔術具の首輪を()められた状態で、その判決内容に閉じた瞳をわずかに開いた。

 捕まってから仮面を()ぎ取られた俺は、聖騎士長に顔をあらためられ、スミレと争っていた余罪も無事(・・)追加された。

 

(1000年か、まぁ国家が国家として(てい)(たも)つわけもないがな……)

 

 恒久的な平和もなければ、永劫不変の国家も存在し得ない。

 もしもそれを成さしめんとするならば、遥か遠く"未知なる未来"を見る──"文明回華"の果て無き()(すえ)、すなわちシップスクラーク財団であろうと。

 

 

『ハーフエルフであれば二度と出ることは適うまい。神王教と皇国法を軽んじた罪を(あがな)うがいい』

 

 もはや(くつがえら)らないその結果。ヒト種の人生10回分以上に及ぶ刑期を突きつけられた俺は──

 

『速やかに大監獄へと移送せよ──警吏(けいり)、連れてゆけ』

 

(──計画通り)

 

 はたして俺は……(うわ)(つら)に貼り付けた表情の裏で、ひどく邪悪な笑みを浮かべているのだった。

 

 




次から3章となります。

なにかこう引っ掛かるものがあればお気に入り、高評価や感想をいただけるとありがたいです。


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第五部 3章「プリズンブレイク」
#293 獄中デビュー


 

「──新しい囚人が()()()()()時ってのは、恒例だが盛り上がるもんだ」

 

「この監獄での秩序は自然と同じ──弱きは食われ、強きが生き残る。つまり新入りってのは、よっぽどのことがない限りは搾取(さくしゅ)の対象さ」

 

「あぁ……あんたが治癒魔術によらない医療技術だとか、貴重な一芸を持っているとかなら別だけどな」

 

「でもあいにくとあんたの持っている技術ってのは、どうやら監獄(ココ)では何の役にも立たなかったらしいな」

 

「底辺に落とされた中で、さらに底辺ってのはキッツイよな? オレっちだってこの"口先"のおかげで少しだけマシってくらいなもんだ」

 

「だけどよ──あの"半長耳"の旦那は違ってた」

 

「なぁに、あんたもすぐにでも理解(わか)ると思うぜ。だからここは一つ、一緒に夢を見ようや? あんたの技術ってのが()()()()でなら役に立つんだと──」

 

 

 

 

 再び(おとず)れた大監獄──ただし今度は"囚人"として、である。

 

 収監までのプロセスは単純。まずは事前に魔鋼製の拘束具を着けられたまま、"予備階"の留置場へと移される。

 

 魔力を(とお)さなければ……強靭な鉄を、()のまま破るのは非常に難しい。

 魔力を(とお)したならば……硬度を増す魔鋼製の(かせ)を、魔術なしで破壊するのもまた至難。

 魔術で破壊しようとするならば……これもまた単なる鉄を砕くのとは比較にならない高火力を必要とする。

 

 そんな高威力の魔術を、全身に装着した自分自身にぶち当てるとなると──精緻極(せいちきわ)まるコントロールがなければ死んでしまう。

 だからこそ高品質の魔鋼製の(かせ)は貴重ながらも、実に合理的な拘束装置となりうる。

 

 そうして収監予定の囚人は、予備階にて一度魔力を奪い尽くされるまで待つことになる。

 執拗に、念入りに、4日も(つい)やして魔力が空っぽとなるまで俺は拘束され続けた。

 

 その後に簡素な囚人服に着替えさせられ、後ろ手の手錠(てじょう)足枷(あしかせ)へと付け替えられる。

 

 

 予備階から地下百数十メートル以上の深さを持つ大穴──"一般囚人獄"には、大きめの搬出入口から昇降装置を使用する。

 俺は刑務兵士を二人ほど(ともな)うような形で、下へ下へと(おろ)ろされていった。

 

(ワーム迷宮(ダンジョン)を思い出すな──)

 

 巨大な円筒形だがわずかに上方向へ(すぼ)んでいて、直径は数百メートルに及び、深さは200メートル近くはあろうか。

 

(魔術や魔力強化なしでも(のぼ)れないことはないが……)

 

 登りきれても待ち受けるのは大勢の皇国兵士。魔力が枯渇した状態で立ち回れる相手ではない。

 

(試してみたい気持ちもなくはないが、予定通りにいかないとな)

 

 

 下を覗くと中央は小山のような高台になっていて、周辺は広場のようになっていた。

 壁には恐らく囚人が乱雑に()けたのだろう穴倉(あなぐら)がいくつも見える。

 

「覚悟は決まったか?」

 

 刑務官の一人がニヤニヤとした様子でこちらへと告げてくる。

 

「えぇまぁ……(かせ)は全部(はず)されるんでしたっけ」

「当然だ。手足ごと切断されて、囚人らのオモチャにされては困るからな」

「確かに、切り落とされるのは俺も流石にちょっと困りますねぇ」

 

 俺は刑務官の言葉に納得しつつ地面から数十メートル、中央にある高台の付近にて止まった状態でその五体が自由の身となる。

 そして昇降装置の(すみ)に置いてあった"寝具(しんぐ)"と、"皮袋に入った壷"を手渡されたのだった。

 

「しっかりと(かか)えておけ、()()()()()()だろうがな」

「……もしかして、ここから?」

「落とす。だから寝袋を下敷きに、上手く受け身を取ることだな。運が良ければ骨折くらいで済む」

 

 俺は高台までの距離を目測してから、寝袋を放り投げる。

 

「お手間は取らせませんよ」

「なっ──おい!!」

 

 突き落とそうとしていた刑務官よりも先んじて、俺はその身を昇降装置から投げ出す。

 そうして軽やかに寝袋に着地したところで、刑務官の小さな舌打ちだけが聞こえてきたが……俺は気にせずさらに下方を見つめる。

 

 そこには囚人グループが、さっそく下卑(げび)た表情で待ち構えていた。

 

 

(はてさてコチラは身ィ一つ……でもそれは連中も基本的に同じ)

 

 俺は高台から降りることなく、寝袋の上に座り込んでそのまま待つことにする。

 昇降装置が上がり切り、天井部の搬出入口が閉まる──と、囚人達が5人ほど(せき)を切ったように登ってくるのだった。

 

「おうガキィ……って、長耳か?」

「"半長耳(ハーフエルフ)"だよ、そういうあんたらはただの人族か」

「ハーフエルフか──なんにせよ生意気な態度だな。自分の立場ぁわかってんのか?」

 

(くっははは、学園生時代を思い出すな)

 

 俺はチンピラめいたその態度に思わず心中で笑ってしまう。こいつらは言わば落伍者(カボチャ)である。それも腐ったカボチャ。

 

 

「立場か……まぁこれから状況把握には(つと)めるつもりだが──」

「あ~あ、せめて亜人連中のトコだったらまだマシだったろうによォ……おれらの順番だからな、テメエは奴隷確定だぞ」

 

「ふむ……順番なんて決めているんだ?」

「当たり前だろうが。新入りごときで無駄に争ってもしょうがねえんだからよ」

「なるほど、なるほど──」

 

 俺はゆっくりと立ち上がりながら、指をポキポキと鳴らす。

 

「意外と秩序が成り立っているんだな、これなら(ラク)そうだ」

「あんだって?」

 

 ──瞬間、人族の男の一人が(ちゅう)を舞っていた。そうして高台から地面まで一直線に落ちて(うめ)き声を一つ。

 

「なっ──テメエ!!」

 

 筋肉は鍛えているのだろうが、所詮は魔力のない人族。一部の例外を除けば、総じて脆弱(ぜいじゃく)そのもの。

 さらには新入りを回収しにきた使いっ走りを相手に、遅れを取ることなどありえなかった。

 

 

「さて──っと」

 

 即座に残る4人ほどをぶちのめしてその場に打ち捨てた俺は、寝袋を肩に悠々(ゆうゆう)と高台を降りていく。

 

「おう、兄ちゃん……随分と威勢がいいようだなァ?」

「待て犬ッコロ、コイツは我らが預かる」

 

 次に声を掛けてきたのは犬人族の男で、それに突っかかったのが鬼人族の男。

 

("順番待ち"とやらは高台の上までの話か……)

 

 やはり派閥を作る場合、種族ごとに固まるのがよくよくわかる。

 そういう意味で俺が真っ当についていくとするならば、同じ亜人主としての同属意識が期待できそうな鬼人族になるのだが……。

 

 

「イキがンなよ鬼野郎、少しばかり()れそうな奴を取り込みたい気持ちはわかるがな」

「巣に戻って大人しくしてろ犬。これ以上キサマが喋っていいのは、遠吠えだけだ」

 

 先ほどの集団と違って単独で来ているあたり、かなりの実力者なのがうかがえる。

 

「ほざいたな、もう吐いた言葉は飲み込めねえぞ」

「遠吠えだけだと言っただろう、所詮はケダモノが」

 

 一触即発な空気の中で──俺はゆっくりと(あいだ)に割って入った。

 

「まぁまぁ、俺の為に争わないで。ここはどうだろうか、勝った者が総取りするというのは」

「はあ?」

「こっちはそのつもりだ、新入りは黙ってればいい」

 

 俺の言葉の意味を噛み砕ききれていない二人に対し、俺はさらにわかりやすく、争気(そうき)(みなぎ)らせて告げる。

 

「負けたら軍門に(くだ)れっ()ってんだよ、この俺のな」

 

 

 犬人族の男も鬼人族の男も、瞬間的な俺の()に対して反射的に攻撃してきたのは及第点と言ったところだが、同時に迂闊(うかつ)とも言える。

 それぞれ繰り出される瞬発(スピード)の拳と、膂力(パワー)の拳。俺の実力を試すにはおあつらえ向きの相手。

 

(──"天眼")

 

 魔力強化がない分、不完全ではあるものの……それでも基本は変わらない。全感覚を傾けて場を掌握する。

 

 まずは左方から迫る犬人族の右ナックルを、左手でパシッとパリィングして()らす。

 続いて右方から振りかぶって殴りかかる鬼人族のパンチを、右手で真っ直ぐ受け止めて衝撃を分散させた。

 

(速度にも(ちから)にも、俺の()は十分通用するようだな)

 

『はっ──?』

 

 犬人族と鬼人族の驚愕の声が重なったところで、俺はそれぞれ無防備な水月(みぞおち)と、(あご)に一撃ずつ入れてやった。

 悶絶して膝をつく犬人族と、脳震盪で尻餅をつく鬼人族よりも、俺は頭の位置を高くする。

 

 

「俺の(した)につく(けん)、考えておいてくれよ」

 

 そう言い残した俺は悠々と背を向けて歩き出す。

 さすがに猛者(もさ)と思しき二人を瞬殺しただけあって、それ以上絡まれることもなく遠巻きに様子を見られる。

 

("天眼"も疲労少なく、むしろ丁度いい按配(あんばい)で通用する。あとの問題は──時間か)

 

 ある程度は余裕を持たせているが、予備階で4日も過ごすハメになるとは思っていなかった。

 多少は織り込んでいたものの……猶予(ゆうよ)はそれほどあるわけではない。

 

(こと)可及的速(かきゅうてきすみ)やかに──」

 

 時限と外との連係を決して(たが)えることなく、準備を万端整えて計画を実行に移すのだ。

 

 

 



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#294 煽動屋 I

 

 魔力のない地下世界──そこへ落とされた囚人は、地上とは物理法則(せかい)が違うのではと思えるほどの変化を感じるだろう。

 動いていたはずの体はてんで動かず、脳は(にぶ)くなり、乖離(かいり)の果ては錯覚まで起こす。

 たやすく怪我をし治りも遅く、ひどく閉ざされた五感で味わう地下世界はさらに狭くなるような心地に違いない。

 

(だが他の者にとっての向かい風が、俺にとっては追い風になる)

 

 地球から異世界へと転生してきた俺にとっては、それは元々の日常であった。

 またワーム迷宮(ダンジョン)の階層の一つでは魔力を奪われ、ほぼ似たようなシチュエーションを体験したこともある。

 

 

(とはいえ魔力ありきで18年も過ごしていれば……多少なりと肉体と感覚の齟齬(そご)(いな)めないな)

 

 生体自己制御(バイオフィードバック)やエルフ種由来の魔力操法による優位性はあるものの……やはり完璧とはいかない。

 

 鍛え上げた筋密度と代謝は普通の人間よりはずっと強靭であり、ハーフエルフ種としては少なくとも別格の肉体だ。

 しかしそれでも生来の筋力を持つ鬼人やドワーフや一部獣人種、またエルフの近似種であるヴァンパイアや一部魔族に劣ることは間違いない。

 

(俺だけの研ぎ澄ました感覚と、積み重ねた技術と経験でカバーする──)

 

 右手をグッパッと握っては開くを繰り返す。魔力による身体強化の振り幅が大きいだけ、慣れるまでは今少しばかり時間が()る。

 とはいえ今一度、魔力というものに向き合うには……これ以上ない環境と言えるのかも知れない。

 

 

「よーよー、(あん)ちゃん。孤高を気取るつもりかい」

 

 すると俺の隣でいきなり声を掛けてきたのは坊主頭の男──腰を低く見せた様子だが、声色はそうでもなかった。

 

「別にそんなつもりはないが、お前は誰だ?」

「よくぞ聞いてくれた! アンタぁ……"素入りの銅貨"って知ってるかい?」

「……あぁ──伝説的軽犯罪者だな」

「そっそっ、あれはオレっちのこと」

 

 抜け抜けとのたまう男を前に、俺は至って冷静に見つめ続ける。

 "素入りの銅貨"は市井(しせい)ではその実像が判然としていない。

 獄内であれば確かに名乗ることで(ハク)を付けるには悪くないだろう。

 

 しかし当のご本人──"カプラン"のことを知っている俺には通じる名前ではなかった。

 

「なるほどなるほど、嘘吐(ウソつ)きの舌は引っこ抜かなきゃな──」

「おっほーーー! なにそのやったら怖い文化。ちゅーかなんで嘘だって?」

「俺のよく知る盟友だからだ」

「ほんとうかい? そいつぁ悪手だったなあ」

 

 特に悪びれた様子もなく頭をポリポリと掻く男に、俺は毒気を抜かれる気分になる。

 

 

「いや~~~ねぇ、オレっちも普段は新入りに声なんざ滅多に掛けやしないんだけど。しかも派手で劇的な登場をした新人なんて、荷が勝ちすぎるってもんだ」

「じゃぁ何故わざわざ俺に声を掛けた?」

「そりゃあもう……人を見る目だけはあるかんね、オリャぁさ。あんたは他と違う、明確に意志を秘めた瞳をしてるって」

 

()()()()見透(みす)かされるほど耄碌(もうろく)した覚えはないんだが……)

 

 あるいは本当に慧眼(けいがん)をこの男は備えているのだろうか。それとも単なる当てこすりのセールストークか。

 

「で、お前は何者なんだ」

歯牙(しが)ある(・・)"(あお)り屋"ストールさまよ」

(あお)り……屋、自分で名乗るのか」

「もちろんさぁ! 人は乗せてナンボ、乗せられてナンボ。あんたにも乗ってもらいたいね、オレっちの口車によ。えーっと……」

「──グルシアだ、年は148を数えるハーフエルフ」

 

 俺はとりあえず大幅に上方向のサバを読む。

 

「なァるほど、結構いってんのねグルシアの旦那。んよろしくゥ!」

 

 

 差し出された右手に、俺は微笑を浮かべて握り返す。握手を通じた体温や手汗、瞳や表情筋や声色からもそれが真実だと判断する。

 

(こいつが"煽動屋"か──)

 

 潜入した時に目ぼしい囚人の情報は頭に入れていた。そして物珍しかったので覚えがあった。

 

 なんでも(ちまた)において、主義・主張や思想を代弁し、一般大衆を引き付ける謎の活動家。

 ただし本人には特に傾倒したものはなく、その時々でまったく違う形の騒乱を引き起こしてきたのだとか。

 ケイルヴ教に反する煽動(それ)(おこな)ってきた為に、ついには捕まって投獄された経緯と記憶している。

 

「オリャぁこの口先で、色んな集団と渡りをつけてる。でもグルシアの旦那ぁ……あんたは、どこかに属したいって感じじゃあねえと見た」

「本当に見る目はあるようだな、気に入った」

「へへっ、そいつぁどうも。美味い話があったら噛ませてもらうかも? 他にも欲しいものがあったら、多少は都合つけられるぜ」

 

「そうか、それじゃ早速だが役に立ってもらおう。現在の獄内の状況が知りたい」

「ほっほぉ~お求めはソッチかい、まっいいさ。新入りだし、見返りなしで少しだけ教えてやっぜ」

 

 

 無法の法──それは"断絶壁"内を取り仕切っていた三組織と同じであり、監獄内も例に漏れず共通した部分が多い。

 新入りを順番待ちしていたのもまさしくであり、知的生命が寄り集まれば相当の社会(コミュニティ)が形成されるのは常である。

 

(資料からじゃ内部のことはわからんからな……)

 

 管理側も一般囚人獄に関しては、最低限の干渉だけでノータッチが基本。

 昇降装置を用いて食事を配給し、排泄物を定期的に回収、また死体が置いてあればそれを片付ける程度である。

 

 内部のことは内部で処理させる。存在するだけで結界の(かて)となるのだから、一定数を生かしてさえおけば問題ないのだった。

 

 

「細かく見ればキリないんだがな、大きく見ると(おおむ)ね6つの勢力があるんだぜ」

「なるほど、最大勢力は?」

「そりゃなんと言っても中央の高台を基準にした時に、北側を縄張りにしている"獣人"群団だな」

「身体能力の差、か」

「もちろんそれもあるけど、獣人は数も多いかんね。徒党を組む習性もあるし、地上とは(ちから)関係が逆転してんのがぁコレ、なかなかおもろいトコ!」

 

 皇国でのヒエラルキー最下層は魔族ではあるが、その次にくるのが獣人種である。

 王国に至っては他を圧倒して弾圧されていて、魔力なき原始世界ならではの種族優勢なのだと言えよう。

 

 

「次が東側を占有している"人族"陣営。単純に数が一番多いし、獣人種にも負けない強度を持つ奴もちらほらいやがる」

「ストールは人族なのだろう、なんで属していない?」

「連中に限らねえけど、み~んな色々と諦めちゃっててよ。ぬるま湯はオレにゃぁ()えられんね。綱渡(つなわた)りしてる(ほう)がマシってなもんさ」

 

 "煽動屋(あおりや)"ストール──どうやら彼なりの矜持(きょうじ)めいたものはあるようで……。

 あるいは過去に彼が煽動した事件も、何かしらの信念に基づいて(おこな)ってきたのかもと俺は心の片隅で考えるのだった。

 



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#295 煽動屋 II

 

 俺は"煽動屋(あおりや)"ストールが単なるお調子者な小物ではないと観察しつつ……彼は(よど)みなく話を続ける。

 

「あとは南東の"亜人"派閥だな、(ちから)のある鬼人族やドワーフ族が中心になっていて結束力が固いってもんよ」

「獣人種、人族、亜人種の三つ巴か」

「いーや、四つ巴だ。南西の"魔族"一党が数こそ(おと)るが、なんせ暴れん坊(ぞろ)いだもんで」

「魔族か、(ちから)こそが正義なわけだな」

「オレみたいな()()にゃぁ世知辛(せちがら)いがね」

 

 肩をすくめて見せるストール。脆弱(ぜいじゃく)な一般人でありながらも、口先一つで渡り歩く情報通を探す手間が省けたのはありがたい。

 

「そんでだ、西に集まっているのが"竜教団"と"爬人"族だ~ね。教義の違いは、監獄(ココ)にぶち込む格好の材料だから数はそこまで少ないってわけじゃねえが」

 

(異教の流布──俺も大いに利用させてもらったな)

 

 大監獄にぶち込まれるにあたって(てい)のよい罪状こそ、竜教徒として神王教を()しザマに(ののし)ることだった。

 実際的には"七色竜"本人らから聞いた真実の歴史なれど、過去に異教徒が数少なくなく大監獄に収監されている経緯を知った上での法破りである。

 

「そして中央高台付近でいいように使われてるのが、オレたち"はぐれ"──どこにも属せない底辺集団よ。てんでまとまっちゃあいないが、数はそれなりさ」

「一応は派閥扱いなのか?」

「数だけはそこそこだもんで、他の陣営も完全な無視はできないって程度さ。結局は上に立つ者がいないとどうしようもないぜ」

「なるほどな」

 

 

(さて、どうする──)

 

 第一目標はカドマイアを連れての脱獄であり、実行するだけならば俺一人でも十分である。

 

(やはり欲張っていくか、何事も)

 

 潜入調査していて、皇国から異端とされた知恵者や技術者。あるいは目の前の"煽動屋"ストールのような、特殊な技能を持つ人間。

 彼に限らず大監獄とは人材が埋没している宝庫であり、それが事前調査でわかっていたからこそ、それらを前提とした計画も組んではいる。

 

 これもまた好機(チャンス)であることに相違なく、むざむざと打ち捨てるのは(はばか)られる。

 

「──やるか」

「あ? 今なんて言ったんだい?」

「いや何事も、前のめりにいかないとなってことだ」

「はぁ……よくわかんねえけど、良い姿勢だと思うぜ。折れたヤツはみんな底の底にいるかんね」

 

 指針を結論付けた俺は、次に実際的な展開についてを思案する。

 浮動人員を率いられるほど、俺自身はリーダーシップが取れるわけでもないとなれば……──あるいはこの"煽動屋"を利用できるだろうか。

 

 

「ところでグルシアの旦那は、何をして大監獄(ココ)に入れられたんだい?」

「なんだ(さぐ)りか?」

「まっ、それもある。なんならどこかに売り込んでやってもいいぜ」

「親切の裏にある見返り要求を聞こうか」

 

 声色を変えないまま淡々と、俺はストールへと尋ねる。

 

「最初に言ったろ? あんたは眼の色が違う、ほとんどはここに入る時点で絶望しているもんさ。でもたま~にいるんだよね、死んでないし腐る気のない野郎ってのが」

ストール(おまえ)はそういうのに、あらかじめ(こな)を掛けておくと」

「こんな場所(とこ)でも恩義ってのは大事なもんでね──な~んて言っても、今まで同じような奴らはみんな潰れるか潰されるかだったから期待してないけど」

「なら()()()()()()を目撃することになるな」

「ははは! まあまあ威勢のいい新入りのことを知りたいってぇのは、いっぱいいるからさ。そんくらいは許してくれよな」

 

 ストールのような人間にも一笑(いっしょう)()されるのも無理からぬことだった。

 

 

「ところでストール、一つ頼みたいことができた」

「聞くだけ聞くぜ」

「"はぐれ"連中をまとめることはできるのか?」

「何をしたいのかは知らんがグルシアの旦那ぁ……それはムリな相談だね」

「なんだ、"煽動屋"と言っても名ばかりか」

「オレっちを煽っても意味ないぜ。なぜダメかってーと、はぐれをまとめあげた瞬間どこかに潰されるのがオチってもんだからさ」

 

 ストールは右手を払うように振りながらそう言い、小さく溜息も付けるのだった。

 

「つまり武力が一番の問題なわけか」

「そゆこと。いつだって獄中(ココ)はキツキツでピリピリしてんだ、余計な集団が生まれたらこぞって解体させられる」

 

(新勢力を打ち立てるのは得策ではない……と)

 

 有象無象ならばいくらでも争って勝手に死ねばいいというものだが、小競り合いで人的資源が目減りしてしまうことは()けたい。

 サルヴァ・イオのように文武の草鞋(ワラジ)を両立させる人物は稀有であり、手に職を極めている人間ほど肉体的に弱いのは常である。

 まして魔力なきこの地下世界では強者であっても死にやすいのだ。

 

 

「──まっ例外もあるがね」

「例外?」

「数は二十人ちょっとで大したことはないが、他とは相容(あいい)れない"ヴロム派"って連中がいて──」

結社(・・)か」

 

 俺は脳内に数ある記憶の中から、その名の一つを探し当てた。

 ヴロム派──神王教グラーフ派の過激派集団で、禁欲と肉体欠損にまで及ぶ戒律を持っている危険思想団体である。

 

(閲覧した時の資料の中には見当たらなかったが……まぁ全ては網羅していたわけじゃないし、抜けは仕方ないな)

 

 

「何がヤバいって、そこの教祖さまが収監された途端、同じ連中がこぞって入ってきやがったのさ」

 

 俺が幼少期を過ごした、三代神王ディアマ派のカルト教団──イアモン宗道団(しゅうどうだん)を思い出す。

 

「あいつらは獄中(ココ)でも特に薄汚れていて(クセ)ぇし、命を捨てるのも構やしねえし……本当に厄介な奴らだよ。新しい信奉者までポツポツ出始めてる始末で、さすがにあっこまでいくと(あお)りようがない」

「手出しをするだけ損だからこそ、他勢力からも見逃されているというわけか」

 

「あぁ……って、旦那あんた実はわざわざ収監されにきた"ヴロム派"ってこたぁないよね?」

「安心しろ、狂信的な理由で投獄されたわけじゃあない」

「ほっはは、いやぁオレっちとしたことが話の流れとはいえちょいと迂闊(うかつ)だったかもな。この見る眼が曇ったとは思っちゃあいないものの──」

 

 ストールは安堵(あんど)した様子で、肩の力を抜いていた。一方で俺はこれまでの情報を並列整理しつつ、展望を組み立てていく。

 

 

「まっ、とりあえずはこんなもんかな」

「それだけの口先と情報通でありながら、"はぐれ"とはもったいないことだ」

「たしかに特定の陣営に入れば(えき)があるのは否定しないぜ? でもしがらみも増えるかんね。狙われることだってあるし、オレっちには今の立ち位置が(しょう)に合ってる」

 

「そうか、ありがとうよ。ついでに個人的に教えて欲しい人物がいるんだが──」

「おっとぉ、これ以上はさすがにあんたの様子を見てからかなぁ。あまり安売りもしたくないんでね」

 

 ビッと手の平を向けて、ストールは俺の問いを制す。

 

「そうだな、力尽(ちからず)くで聞いてもいいが……ストール、お前とは良い関係を築きたいからやめておこう」

「おーーー(こわ)っ」

 

「それにすぐにでも、ストール(おまえ)から俺にすり寄ってくることになるだろうさ」

「言うねぇ、言うねぇ! そうやって意気込んだ奴も……今まで数多く見てきたけどな?」

「過言じゃないさ、俺に限ってはな」

「そいつぁ楽しみだね」

 

 スッと立ち上がったストールは、土産(みやげ)代わりに最後の一言だけ残していく。

 

「あぁそうそう、おまけでもう一つ良いことを教えとくぜ」

「ぜひ聞こう」

「こんな場所にも"絶対の法"があるってなもんだ」

「絶対の法……?」

「"決闘"さ──旦那《あんさん》ほどの腕っぷしがあるなら、悪くねえんじゃねえかな。そんじゃま!」

 

 背を向けて去るストールに、俺は言い残された絶対の法(ルール)反芻(はんすう)するのだった。

 



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#296 魔族一党 I

 

 地下孔はそれなりに広いとは言っても、やはり人口密度で見ればかなり高い。

 また目撃者も多く刺激も少ない監獄内では、小一時間もすれば新入り(おれ)の噂は(またた)()に風聞となるものだった。

 

 ただ今のところストール以外には俺に対して接触してくる者もおらず、獄内を眺めるに……ストール本人が話題の中心となっている模様が聞こえてくる。

 

(名折れ、じゃなさそうだ)

 

 まさしく囚人達を(あお)っていて、"煽動屋"に相応(ふさわ)しい振る舞いとも言えよう。

 

 

「それにしても"決闘"──か」

 

 俺は獄中でも通用するらしい、そのたった一つの絶対法規を口にした。

 それは幼少期のカルト教団でもよくよく学んだ事柄の一つ。

 

 炎と武を(つかさど)る"三代神王ディアマ"──彼女を信奉する神王教ディアマ派には、他にない特徴的な裁判方法がある。

 

(……"決闘裁判")

 

 "真に正しき者は勝利へと導かれる"──揉め事があれば闘争にて決着をつけるという、実に乱暴なやり方。

 それが武力の象徴たるディアマらしさ(・・・)と言えばらしさであり、現在でも連綿と継承されている教義の一つ。

 

 地球史においても特定の時代・文化圏では存在していたもので、人間の考えることはいつでもどこあっても変わらない部分が少なくないのだろう。

 

 

(普通は国家法が優先されるし、細かい取り決めや守るべき作法もそれぞれあるわけだが)

 

 少なくとも大監獄(ここ)では関係ない。魔力なしでシンプルに戦って、勝った者が正義を体現することになる。

 

「──なら、最初に制するべきは一択か」

 

 俺はゆらりと立ち上がって、大きく伸びをしてから全身をゴキゴキと鳴らす。

 のんびりしている時間はなく、"その時"が来るまでにやっておくべきことは、しっかりと終わらせておかねばならない。

 

 向かう先は南西──最も凶暴とされる"魔族一党"──へと、俺は足取りを軽く歩き出すのだった。

 

 

 

 

「そこまでだ、止まれ長耳(エルフ)……いや半長耳(ハーフ)か」

「これはまた随分と根付いちゃっているようだな。魔族は皇国じゃあ()み嫌われて排斥(はいせき)されるから、監獄はむしろ過ごしやすい部類なのか?」

 

 俺が言い(はな)った挑発に対して、数人の魔族が立ち上がって不用意に近付いてくる。

 異形化した肉体──瞳や角や尻尾など──それぞれが違う身体的特徴を持っていて、奥にはさらに2メートルを軽く越える巨漢までいた。

 

「いきなり暴れたんだってなあ、新入り。そんで調子に乗ってココへ来るとはいい度胸だ」

「そいつはどうも。ところで話が通じるついでに、あんたらの中で一番強い奴と"決闘"したいんだが」

「おいおい寝言か? 誰に聞いたかは知らんが、昼夜感覚は大事にしとけよ」

 

「あいにくと"予備階"でたっぷりと休息したから体調は万全だ。魔族なら、一番強い奴がこの集団を仕切っているんだろう? 俺が成り代わろう」

「威勢は買うが……いきなりボスとやれるわきゃねえだろうが」

 

「ふゥ……──」

 

 俺はゆったりと息吹をした。魔術が使えないので"風皮膜"を(まと)えはしないが、一連のルーティンとして集中状態へと突入する。

 

 

「そうか、それじゃあ()()()()決闘してもらおうかな。負けたら俺の軍門に(くだ)れ、それで全員まとめて俺の傘下(さんか)だ」

「ナニをバカなこと──っお!? ガぁ……」

 

 俺の有無を言わさぬ足払いから、肘の打ち下ろしで地面へと叩き付けたことで闘争の火蓋が切られる。

 

「多勢に無勢で一向に構わん。対集団戦で遅れを取るつもりは……()()()()からな」

 

 無法の獄中において、さらなる無法に振る舞う俺へと、血気を(みなぎ)らせて飛び掛かってくる魔族らを的確に迎撃していく。

 

 膝を狙撃(スナイプ)して右拳(ストレート)を顔面に叩き込み、背後から掴もうとしてきた腕を取って一本背負う。

 別の(ふところ)へと差し込んで鉄山靠(てつざんこう)をお見舞いし、離れて様子を見ていた相手の間合いの外から鋭く蹴り上げる。

 

 "天眼"の全開領域には程遠(ほどとお)いが、五感で周囲を(とら)えて空気(エア)()る。

 因果を受け入れ、呑み込む──あらゆる流れを掌握し、支配(コントロール)()に置いた白兵戦。

 未来を予知するかのように先読みし、最適の俺へと現実の俺を重ね合わせ続ける。

 

 むしろ魔力がないゆえに魔術が飛んでくるのを警戒する必要がなく、飛び道具も精々が投石という限られた状況では、いささか(ヌル)いと言っていいくらいであった。

 

 

「ぬぅぅぅがぁああああっっ!!」

「無駄、無駄ァ──」

 

 巨漢の両手振りかぶりチョップを(かわ)しながら、逆に土台として跳躍しつつ、リズミカルに空中から何度も頭蓋を蹴り抜く。

 相手にも魔力を使えないというハンデがある以上、生半(なまなか)な強度で俺を止められる者など存在しない。

 

 あまりの一方的な展開に、残った魔族連中が二の足を踏んだところで関係ない。

 それならそれで俺の(ほう)から突っ込んで、虚を突く形で(らく)に制圧していく。

 

 そしてあらかた片付いたところで、ついには魔族連中が根城にしている穴倉の中にまで踏み入り、同じように理由を付けて荒らし回っていくのだった。

 

 

「はァ~……──さすがに無尽蔵の体力ってわけにはいかんが、やはり()()()()()には闘争に限る」

 

 一心地(ひとここち)ついた俺は、歩を緩めながら最奥へと到達していた。

 

「えっ、いや、なに、コレ、どういうこと!?」

「あんたがボスだな」

「そうだけど、おまえはなんなんだよ!!」

 

 俺の背後には"()死屍累々"の魔族が(ころ)がっていて、魔族派閥のボスもまったくもって困惑しかないようだった。

 

(かた)(ぱし)から"決闘"してきた」

「頭おかしいのか!?」

「問答は()らん、魔族なら強い者に従え」

 

 俺はやや左半身に両手を広げるような形で構え、闘気を隠すことなく(あらわ)に……傲慢(ごうまん)に笑った。

 するとやはり血気盛んな魔族にして剛の者たるボスも、俺につられるように口角を上げた。

 

 

「魔族が誰でも、そう単純だと思うなよ」

「そりゃもちろん知っているさ」

 

 学園でも魔族は少なくなく在籍していたので、種族的な偏見を持ってはいない。

 ただ魔力の暴走から成った種族の所為(せい)か、情緒不安定になりがちな部分が全体の傾向としてあるというだけ。

 

 ナイアブのように感受性豊かに芸術分野で抜きん出る者もいれば、レドのように確固たる自我で次期魔王を自称する者もいる。

 

「まったくとんでもねえ奴だ──やり方も狂ってるし、実行してきたなんてもっと狂ってて信じらんねえ」

「御託はいいから、さっさと来い。名前くらいは聞いてやる」

「……"ジン"だ、こっちが名乗ったんだからおまえの名前も教えろよ」

「意外と丁寧な奴だな。俺は本日付けで囚人の仲間入りしたグルシアだ。そしてあんたには忘れられない名になるだろう、ジン」

「新入りかよ。あまりに調子に乗りすぎだ……が、ここまでやらかした以上は認めるしかねえな」

 

 壁際(かべぎわ)で追い詰められている状況で、ジンという名の男の左腕が肥大化していく。

 

「へぇ……魔力もなしに"部分変異"させられるのか」

「あぁあぁ、()()()()()に"体を(いじく)られた"もんでなァ!!」

 

 自身の体躯並に巨大化した青白い巨大左腕が、俺の眼前へと(せま)り来る──

 

 

(体を(いじ)られた……?)

 

 俺は攻撃を(かわ)しながら、猛烈な既視感(デジャヴュ)に襲われた──この巨大な左腕には()()()()()

 かつて寄生虫とトロルを自らを被検体に合成した、あのキマイラ女──"女王屍(じょおうばね)"のことが脳裏にはっきりと……。

 

「ぶっ……ごほぁっ」

 

 考え事をしつつも、俺は空中で軽やかに捻転(ねんてん)しながらジンの顔面にあびせ蹴りをぶち込んでいた。

 

「なぁジン、あんたその腕はどこで改造された?」

「ッうぐ……おまえ、問答や御託はいらねえつっといて──」

「話すだけの価値があるなら別だ」

 

 トロル左腕(さわん)を持つキマイラ男──鼻血を流すジンに、俺はスッパリと言い切った。

 

「知るかよ、気付いたらこんなナリで放り出されてた。そんで上手く扱えず、魔族が皇国の街中で暴れちまってこのザマだ」

「そいつはご愁傷様だ」

「まともに動かせるまでに3年も掛かって、ようやくココでも上に立てたってのに……おまえの所為(せい)で無茶苦茶だよ」

 

 男の言葉に違和感を覚えた俺は、瞳を鋭く聞き返す。

 

「……今、三年と言ったか?」

「は? あぁ、そうだが──」

(たし)かか? 本当に間違いないのか」

「いくら日の光もない監獄にいたってな、おまえみたいな新入りが定期的に来るし、今がいつかくらい間違うわけないっつの」

 

 

(時系列が……合わない)

 

 "女王屍(じょおうばね)"は死んだ──この手で跡形もなく殺したのは間違いない。

 時期的に逆算すれば5年近く経っている……であれば、よりにもよってこいつにトロルをキマイラ合成したのは一体誰だというのか。

 

(まさか研究を受け継いだ奴がいるってのか──?)

 

 女王屍(じょおうばね)は死んだ。が、その研究成果を接収する為に、学園の遠征戦の後から行動範囲を調べ、研究実験施設(ラボ)を探索してもらってはいた。

 しかしついぞ見つかってはいない。恐らくはそれを誰かが見つけて、しかも実際にキマイラとして造り出すだけの人物がいるということだ。

 

危険(・・)、だな」

「あぁ? なんっだ──」

 

 ジンの声は途中で掻き消え、肥大化したトロル左腕も収縮していく。

 考え事をしながら識域の空隙(くうげき)に差し込んで接近した俺の"無拍子"の一撃によって、彼の思考は寸断されてしまったがゆえに。

 

「俺の野望にとってさ」

 

 もう聞こえていないジンに向かって、俺は一人言としてそう(つぶや)いたのだった。

 

 



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#297 魔族一党 II

 

 ──俺は乗っ取った魔族一党の穴倉で、ぼちぼちと考えるのをヤメにする。

 

(うん、後回しだな)

 

 "女王屍"が保有していた遺伝子工学テクノロジーと、その継承者の存在──

 あるいは別途に研究・開発したまったく別の誰か──

 

 どちらにしても今この場で考えても、詮無(せんな)いし無駄な時間の浪費であると結論付ける。

 

 

「ようグルシアの旦那、いや……ボス? 大将? (かしら)? (ぬし)? (おさ)? なんて呼べば具合がいっかね?」

 

 俺は掘り削られた土椅子に座ったまま、"煽動屋(あおりや)"ストールを出迎える形になる。

 

「好きに呼んで構わんさ、ストール──()()()()()()()()ようにな」

「へへっそうかい、そいじゃオレっちは旦那のままいかせてもらうぜ」

 

 ストールは周囲に倒れている魔族を見回した後、地べたに座り込んで向かい合う。

 

「それにしても、こんな穴倉の奥まで直通できるなんて恐れいったよ旦那。スゴイ……なぁんて言葉すら生ぬるいかね、ぶっ飛び過ぎだぁね」

「有ること無いこと吹き込むのは終わったのか、ストール?」

「失敬な、この有様(アリサマ)に比べたらオレの吹聴(ふいちょう)なんてかわいいもんだったよ」

 

 にへらを笑うストールに対し、俺はトントンッとつま先で地面を二度叩いてから(たず)ねる。

 

「絶好の機会だろうに、案外攻めてこないんだな? 多種族派閥の連中は」

「そりゃもうオレっちが軽く不安を(あお)り回っといたかんな。そうでなくても、こんな異常事態にすぐ攻め込んでくるほど、他の陣営も浅はかじゃぁねえのさ」

「なるほどなストール、とりあえず()()()()()()()()も決まったと見える」

 

「まったくだぜ? "決闘"をすすめたのはオレっちだけども、まさか初日いきなりとは思わなかっ──」

 

 

「っ……ぉお──?」

 

 ストールと話していると、すぐ近くで昏倒していたキマイラ男──"ジン"が目を覚まして(うめ)き声を上げる。

 

「最後にぶちのめした割に、復活が一番早いな」

 

 恐らくは左腕に移植されているトロル細胞が影響しているのかも知れない。

 "女王屍"の耐久力は言うに及ばず、サルヴァの人体実験に志願した"兇人"ロスタンの再生能力も飛躍的な向上を見せていた。

 

「あぁッくそ……どうやってぶっ倒されたのかも覚えてねえとは」

「ジン、俺に従うか? 理解するまで、もう何度か決闘()っても構わんが」

「……いや、結構だ。敗北の味を何度も噛み締めさせられるほど、(みじ)めなことはないもんで」

 

 立ち上がったジンは壁にもたれかかるようにしてズズズッ立ち上がり、倒れている仲間達を静かに見つめる。

 

「なぁ……負けた以上従うのは構わないんだが、一つだけ教えてもらっていいか?」

「答えられることなら」

「なんでそんなに強い?」

 

 

 素朴で率直な疑問を(てい)され、ストールも「あっオレも知りたい」と言った(ふう)な視線を向けてきていた。

 俺はそんな問い掛けに一拍ほど置いてから答える。

 

「理由は、ない。強い奴は強いってのが真理だと、最近は思っている」

「はぁ……い?」

 

 天賦の才能がある、(たゆ)まぬ努力を重ねる、死線を踏み越え経験(ばかず)を踏む、砕けぬ意志がある──いくらでも理由は並べ立てられる。

 俺は直近まで地上にいたから、魔力強化ありきで鍛えられた筋力が衰えずにいた、というのもこの際は一因とも言えよう。

 

 

 しかし"五英傑"や"七色竜"のことを思えばこそ、そういった要素(ファクター)瑣末(さまつ)なものなのだと感じてしまうのだった。

 絶対の強者とは生まれながらにしてそういう存在を宿命付けられていて、そこに理屈など存在しないのだと。

 

「ただまぁ()いて言えば、俺の目的は縄張り争いなんて陳腐なモノじゃないってことだ」

「それじゃあ、なんだってんだよ?」

「今は言えない──が、協力はしてもらう」

 

 有無を言わさぬ威圧をもって、ジンは両手を挙げて観念したジェスチャーを取った。

 

「わかったよ、今後おれたちの大将はあんただ。ここまでされちゃあ、おれらん中でも異論を(はさ)む奴もいないだろう」

 

 

「必要以上の手間を(はぶ)いてくれて助かる。ジンはこのまま、他の連中を起きた(ハシ)から()めておいてくれ」

「それは任せてくれ。ところでそっちのヒト野郎は……?」

「どーもジンさん、"煽動屋(あおりや)"をやっているストールです。顔を突き合わせるのは初めてっすね」

 

 ストールは軽い調子で挨拶をし、ジンはやや冷ややかな視線を(そそ)ぎ続ける。

 

「おまえが何度か魔族一党(うち)の……いや、(もと)魔族一党(うち)に何度もいろんな話を持ちかけてきたっていう」

「そうですそうです。以後お見知りおきを」

 

「ストールは俺の()()になる男だ、人族でも丁重な待遇を用意してもらう」

「……了解」

「さっきからジンは物分かりが大分いいな」

「これでも魔領で軍人やってたんだ、上下関係ってのはよくよく知ってる。御大将がそう命じるなら、文句などないさ」

 

「遠からず、他の種族も増える。その調子で頼むぞ」

「ほんっと言動も行動もトンデモねえわ。でもしょうがない、付き合わさせてもらうよ」

 

 

 ニィッと俺は笑って返してから、ストールへと突っ込んだことを(たず)ねる。

 

「早速だがストール、他の集団は暴力以外で従うか?」

「他の一派は暴力だけでなく色々と交渉の余地があると思いまっせ、好戦的な魔族一党と違って」

 

「一言多いな、おまえ」

「へへっ性分なもんで、慣れてくださいよジンさん」

「まったく……減らず口屋が」

 

 

「魔族は強者に矜持(きょうじ)をもって敬意を払い、治癒能力も高い傾向にあるからいいんだが……正直なところあまり怪我人を増やしたくはない」

「本気なら武力だけで制圧できるって聞こえますね、旦那ぁ」

「おいおい、そりゃできるだろ。御大将は魔族一党(おれたち)を小細工なしでぶちのめしてんだぞ」

 

 ストールの懐疑的(かいぎてき)な言葉に、ジンが実体験を踏まえた上で物申した。

 

「いやぁそうは言っても数が違いますし、相性ってもんがあるのが闘争でしょ。ねぇグルシアの旦那?」

「ストールお前……もっともらしいことを言うな? 本当は実力を隠して、弱き者を装っているんじゃないだろうな」

「滅相もない、オレっちは筋金入りの弱者ですぜ。魔力があろうが魔術も大して使えない……だからこそ、この眼と耳と口が達者なんっすよ」

 

 それはすなわち"煽動屋"の相手を()る能力が、いかに洗練されているかの証左と言えよう。

 

 

「頼りにしておく。ストールの言う(とお)り、確かに俺の戦型(スタイル)大味(おおあじ)な魔族には噛み合った」

 

 どんな攻撃も当たらなければどうということはない。フィジカル任せの強度は、俺にとって格好の餌食となる。

 耐久力(タフネス)だけは(くつがえ)しにくい要素(ファクター)であるが、人型であれば狙い打つべき"急所"はいくらでもあった。

 

「速度に特化した獣人種や、技術を練磨し続けた亜人種、戦術・連係に()けた人族を相手にしようとも別に()にするわけでもないがな──

 ただやはり数が多くなると色々と手間が増えて面倒だし、それだけ不確定要素(イレギュラー)も増える。可能なら交渉で済ませたい、その為の魔族一党だ」

 

「あーーーつまり対外戦力を見せることで、対等な交渉の場を持たせようってわけと。簡単にはいかんでしょうが」

「一番楽で手っ取り早いのは、集団を率いる者と"決闘"して奪うことなんだがな」

 

「そいつはさすがに難しっかなぁ。あくまで集団をまとめあげているだけで、たった一人の一存(いちぞん)で進退すべてを賭けるような奴には下もついていかんので」

「仮に"決闘"で勝ったとしても……新たに統率者が立てられる、か」

「そんなとこかと──そもそも簡単に面通(めんどお)す機会なんてありえない話なんで、ねぇジンさん?」

 

「……そりゃノコノコと出向いてくる奴はそうはいないが」

 

 ジンの言葉にうんうんと(うなず)いた俺が腰を上げると、ストールが座ったままこちらを見上げる。

 

 

「……? 旦那ぁ、どこか行く気ですかい?」

「自分の眼でも見ないことには始まらないからな、少しばかり散歩(・・)してくる」

「散歩、ねえ……」

 

 俺はジンから冷ややかな視線を向けられるが、気にせず歩きだす。

 さすがに()り減らしたので、喧嘩を売られれば迎撃こそすれ……自分から吹っかけるつもりはなかった。

 

「なんなら案内がてら、ついていきましょか?」

「いや結構だ。ストールは風聞を流して獄内をやんわりと(あお)っておいてくれ」

「はいよぉ! まっかせときな」

 

 勢いよく立ち上がったストールを背に、俺は足早にペースを上げる。

 

 

(まっ色々と気になるところだが──)

 

 早々(はやばや)と接触してみたいと思わせたのは……一つだけあった。収監される前から、少しだけ気になっていた連中。

 

(はたして(みの)りがあるかね、"竜教団")

 

 



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#298 竜教団

 

 騒然とする囚人達と錯綜(さくそう)する噂に(まぎ)れるように──俺は自身の備える空気を最大限に希釈(きしゃく)する。

 

(南西・魔族一党──)

 

 俺は鬱蒼(うっそう)とした群衆の波をすり抜けながら、高台を中心に時計周りで順繰り廻っていく。

 囚人らの会話に耳をそばだてながら情報を集め、視線を流して軽く見定めながら歩き続ける。

 

(西・竜教団──)

 

 さしあたって最初の目的にすぐ到着し、俺は躊躇(ちゅうちょ)なく縄張りへと足を踏み入れる。

 すると俺よりも一回りほど大きい、肌に鱗が見える爬人族の男が()()(ふさ)いだのだった。

 

 

(なんじ)、信ずるものはあるか」

 

 やや聞き取りにくい声でそう問うてきた男に、俺はあっさりとした口調で答える。

 

「そりゃぁもう……"白"、かな」

 

 決して嘘ではない、ある意味では心から信奉していると言って過言ではなかった。

 

 最初に出会ったのは"黄"であり、死闘を超えた末のやり取りは印象深い。

 俺が扱う空属魔術を考えれば、風の使い方を参考にさせてもらった"緑"を()してもいいだろう。

 出会いこそ不穏だったが、終わってみれば"赤"もなかなか話せたし、合理的な考え方や気質が最も似ていると感じられた。

 そして単純(シンプル)にして圧倒的な強度を誇り、魔竜とも呼ばれた"黒"にも(そそ)られるものはあった。

 

(だけど俺にとって……)

 

 短い時間だったけれど──やはり白竜イシュトへの想いが、どうしたって強いと言わざるを得なかった。

 

 

「そうか……では、他の色の者をどう思うか」

「はて? 意図がわかりかねます」

「我々は色で分かれど、執着することを良しとしない。(ひと)しく竜を(あが)(たてまつ)る者たちであると」

 

(ふむ……獄内で内輪揉(うちわも)めを回避する為の規律(ルール)かな)

 

 竜教団は教義や思想の基本骨子は同じなれど、色ごとにそれぞれのスタンスは(こと)なっている。

 当然ながら七色だけでなく頂竜や、竜という種族それ自体を信仰する教徒も存在する。

 

 しかし獄中においてそういった内部争いをしていては、外圧によって喰い荒らされかねない。

 ゆえにこそ竜そのものを信奉する点で一致させ、団結するというのは自然な流れなのだろう。

 

 

「他の色の信仰を否定はしません。なんなら"紫"と"青"以外は好むところですし、その二色もあまり知らないというだけで──」

「ならばよろしい。我々は(なんじ)(こころよ)く迎え入れよう。同じ頂竜から産まれし色同士、争うなど(おろ)かなことだ」

 

(へぇ、"分化"のことも知っているのか……まぁ赤竜から伝わっているという可能性もあるか)

 

 七色竜──正確には元々12色いたそうだが、神族との戦争で(げん)じてしまっていた。

 いずれも頂竜の分け身という形で誕生し、"人化の秘法"によって現代まで残っている兄弟姉妹のような、不思議な存在であり関係性。 

 

(それも既に四色(・・)竜なわけだが)

 

 紫竜はサルヴァによって看取られ、白竜と黒竜は"大地の愛娘"ルルーテの手によって安らかに眠った。

 あるいは灰竜アッシュが、今の5色にしてかつての8色にして、過去の13色目となりうる存在かも知れないが。

 

 

「お気持ちはありがたいですが、俺は竜教団に加わりに来たわけではないです」

「……ならば何用か」

「竜の加護についてお聞きしたいと思いまして」

 

 爬人族のギョロリとした瞳がこちらへと向く。

 

「よろしければ最も詳しい(かた)お話できれば……教祖様とかですかね?」

「貴公は信仰こそあれ、竜教団についてはあまり詳しくないようだな」

「えぇまぁ、そうです。白竜への信奉(それ)は個人的なものなので」

 

 俺が唯一(ただひと)ツ──宗教として信仰し、同時に推進していくのは"自由な魔導科学(フリーマギエンス)"だけである。

 

 

「竜教団にはいわゆる教祖はいない、竜こそが頂点なのだ。我らの立場は皆同じ──」

「あ~~~聞いた事はあります。でもまとめ役はいますよね?」

「"導き手"は存在する」

「ではその導き手の(かた)に、詳しい話をお聞きしたい」

「ワタシがそうだ」

 

 数拍置いてから、俺はパチンッと指を鳴らした。

 

「なんと! なぜ自らが門番のような真似を?」

「見極めるのもワタシの役目だからだ」

「それは手間が(はぶ)けて助かりますね、俺の名はグルシアと言います」

「"ライマー"だ」

 

 俺が一礼をすると、ライマーと名乗った爬人族の導き手は──右手で胸元に×(バツ)の字を切って一礼を返す。

 

 

「もしかしてライマー殿(どの)の信仰は"赤"色ですか?」

「その通りだ、よくわかったな」

「そりゃぁもう……今のは帝国"竜騎士"が(おこな)う礼式ですから」

 

 竜騎士見習いだったエルンストもやっていた──"竜と人の交差"を意味する礼式。

 落ち着き払ったライマーの(たたず)まいも、朴訥(ぼくとつ)軍人然(ぐんじんぜん)としているのにも納得がいった。

 

「しかし竜騎士の身柄であれば、帝国から正式に身代金が出るのでは?」

「貴公……軍事(そちら)はなかなかに詳しいようだな」

「一応は、帝国の出なので」

「ワタシは秘匿任務中に火竜を(うしな)い捕まった身だ。大監獄(ここ)へ入ってしまえば、身柄交渉など通じん」

「……そうでしたか」

 

 それ以上軽々(けいけい)に踏み込んで(たず)ねるのは、大いに躊躇(ためら)われるところであった。

 竜騎士にとっての火竜は、騎獣民族の"絆の戦士"における相棒獣ほどでなくとも……強い結び付きがあると聞いている。

 

 

「話が()れた。──して、聞きたいのは"加護"のことだったな」

「えぇはい。過去に加護を得た人間が、どのように(ちから)を扱ったかを聞ければと……」

 

「伝承によれば"青い髪の魔王"や、"雷鳴の勇者"がそうらしい」

「なるほど……それは実に興味深いですね」

「あと赤竜さまも過去に一度だけ、ヒトに与えたことがあるというのが竜騎士の(あいだ)でも語られる。その真偽を問える者はいないが」

「ふむふむ、その加護の(ちから)って()()姿()()()()扱えたんですかね?」

 

 俺の真剣味を帯びた質問に、ライマーは要領を得ない様子でわずかに首をかしげる。

 サルヴァ・イオは定向進化によって自らを竜に近付けることで、紫竜の加護に付随した(ちから)を扱えるようになった。

 

 だがもしも人の姿のままでも使えるというのであれば、俺にも可能性(ワンチャン)があるということだ。

 

 

「たとえば飛竜は赤竜の加護をもって"火竜"と相成(あいな)りて──熱への耐性を獲得し、炎の吐息(ブレス)を吐けるようになるじゃないですか」

「……貴公ほどの知見がありながら、竜教徒ではないというのが信じられぬ」

 

「まぁ少しだけ物知りなだけです。それでですね、同じ竜であれば加護の恩恵を容易に受けられるが……種が違うと扱うのは難しいとも聞いたのです」

「さしあたって雷鳴の勇者は竜人族と伝え聞いているが、"青い髪の魔王"は人の姿であったとされる」

「おぉ!! それはそれは良いことを聞きました」

 

 英傑にしても魔王にしても昔話で知っている程度で、突っ込んで調べたことはない。

 これを機に、今少し情報を集めるべき価値も出てくるというものだった。

 

(もう一度、赤竜と会うことがあれば(たず)ねてみるか。加護を与えたらしい人物のことを……)

 

 俺は竜騎士のような立場はないので、気兼ねなく質問することができる。

 ただし……そもそも謁見(えっけん)を許してくれたならばの話であるが。

 

 

「では俺からも一つ、竜についてとある秘密の情報をお教えしましょう」

「聞くだけ、聞こう」

「実は混じりっけなしの灰竜が目撃されているそうです。風の噂によれば、白竜と黒竜の()であると」

「なに……?」

「もしも真実ならば、七色から"八色竜"となるでしょう。既に地上では灰竜教徒も、ちらほら確認されているとか」

 

 そうして俺は真偽を()()ぜに、新たな信仰の"種"を植え付けておく。

 それが実際に芽吹くかはともかくとして、あるいは未来で役に立つこともあろうかと。

 

 

「それではまた、後々に話をしに来るかも知れませんが……ひとまずは失礼させていただきます」

「んっ、ああ……」

 

 眉をひそめて考えている様子のライマーに、俺はおまけで問い掛ける。

 

「っと、そうそう最後にもう一つだけ聞いておきたい」

「──なにか」

「もしも帝国へ帰れたなら、また竜騎士に戻りたいですか?」

 

「さてどうだろうな……この身が許され必要とされるならば、といったところか」

 

 俺はフッと笑って背を向けつつ、()(ぎわ)に一言だけ残していく。

 

「なぁに、赤竜なら小言一つで許してくれるんじゃないですか」

 

 なんのかんのヒト思いで身内思いな、かの竜の気質を考えれば……さもあらん。

 そうして俺は(いぶか)しんだライマーが(げん)を返すよりも早く、彼の目の前から消え失せるのだった。

 

 



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#299 群雄割拠

 

(北・獣人群団──東・人族陣営──南・亜人派閥──中央・はぐれ集団──)

 

 俺は半長耳を澄ましながら、獄内を一周したところで元いた場所へと戻る。

 "寝袋"と"壷の入った皮袋"はちゃんと置いたままであった……が、寝袋の(ほう)は明らかに汚れてしまっていた。

 

(……交換されたか、まぁいい)

 

 新品の寝袋を放置していったのは俺であるし、盗まれたとしても承知の上であった。

 どのみち魔族一党を傘下に入れた以上はいくらでも徴収できるので、俺は壷の入った皮袋だけを気にせず拾い上げる。

 

「んんっ──」

 

 俺は改めて高台を見つめ、そのまま目線を上に天井の"搬出入口"まで目を()らす。

 

 

 基本的に搬出入口が開くのは、日にたった一度だけ──食料供給と、排泄物の回収である。

 

 (かね)が鳴らされると囚人達は排泄した壷と、また寝袋に詰めた()()()()があればそれぞれ置きに行く。

 その()、高台から全員がしっかりと離れたところで初めて昇降装置が降りてくる。

 

 排泄壷と洗浄済みの壷の交換および死体も回収されたところで、次は連絡事項が刑務兵から発せられる。

 そこまでを終えてから、ようやく食料の供給が始まるのだと収監される前に説明された。

 

 多くは焼いただけの魔物の肉を地面へと落としていくだけらしく、集団に属していないならば余り物にしかありつけない。

 水分は獄内各所に作られた水場があり、()みだした自然の濾過水(ろかすい)が貯留される仕組み。

 

 

(はっきり言って、環境は悪いことは悪いが……)

 

 管理側からすれば、ほとんどを放置しているような状況。あくまで結界維持の為に最低限生かしておく程度のもの。 

 当然そうなれば病気などが蔓延(まんえん)する危険もあり、あらゆる予防や抑止として獄内に"秩序"が存在するのも自然な成り行きなのも(うなず)ける。

 それでも世界にはもっと悲惨な環境はいくらでもある。秩序があり、魔物などにも襲われる心配もないのはマシな部類だろうとも。

 

(例外的に搬出入口が開くのは──囚人の行き来のみか)

 

 新たに収監される受刑者を地下へと落とす時、そして刑期を終えた受刑者が地上へ戻る時である。

 いずれにせよ搬出入口が開く際には人員が投入されている。脱獄でも(こころ)みようものなら、魔術による一方的な洗礼が待つことになる。

 

 

「よぉうグルシアの旦那ぁ」

 

 色々と思索を巡らせようと思った矢先に、"煽動屋(あおりや)"ストールが俺の姿を見つけて近付いてくる。

 

「仕事はずいぶんと早く終わったようだな、ストール」

「そらもう、バッチシよ! な~んて言いたいけど、大方(おおかた)はもう色々と広まり始めててなぁ。甲斐(かい)はなかったぜ」

「──の、ようだな。俺も聞き耳を立てていたから、ある程度は知っている」

「さっすが抜け目のないこって。とりあえず方向性は少し修正しといたけど、既に事態が大きく動き出したことは知られてる感じだね。明日にはかなりの詳細が知られてると思うぜ」

 

「抗争……いや、戦争になるか?」

「さぁてさてさて、それはどうだかねぇ……? 案外すぐには起こらないんじゃないかと、オレっちは見てる」

「俺の得体が知れない上に、戦力的にも頂点に立ったからか?」

「いやぁ、言っちゃ難だけどさ。総戦力的にはどうしたって上がいるぜ?」

 

 ドカッとあぐらをかいて座るストールに付き合うように、俺も腰を()えて話を聞くことにする。

 

 

「獣人か?」

「そうさねぇ、確かに獣人は勢力としちゃ最も幅を()かせてやがる。しかもなんと、お(かしら)はあの"騎獣民族"出身って話だし」

「へぇ……」

 

 俺は気になる文言があったものの、とりあえずは本題から()れぬよう聞き流す。

 

「でも違うんだよなー」

 

「獣人でないなら人族か、数も一番多いんだろう?」

「うん、まー人族も強いことは強いよ? 特に首領が"自由騎士団"の奴らに代わってからは、やたら集団戦術に()けてるしね」

 

 俺はもう一度ほど聞き流しつつ、消去法で残った派閥を()げる。

 

「ということは"亜人派閥"か」

「だねぇ、少なくともここの古株の見解はほぼ一致してると言っていい。()()()()()となれば亜人連中だってね」

「ふむ、それでなぜ獄内を統一しない?」

「そりゃあもう亜人派閥の"長老"が穏健派だからさ。種族差と偏見は埋められないって知ってるらしい。そんで……べらぼうに強い」

 

 俺は手を顎に添えつつ考える、それは個人的に是非とも戦ってみたくもある……と。

 

 

「旦那は"モンド流・魔剣術"って知ってるかい?」

「──あぁ、少しばかり(ゆかり)はある」

 

 他ならぬ王国は円卓の魔術士第二席、"筆頭魔剣士"テオドールが使っていた流派だった。

 彼に師事していた以上は、門弟集団もほぼほぼ同じ流派であったろう。俺の命が(きわ)まった苦い思い出である。

 

「ほーん、その長老ってのが"モンド"本人(・・)なのさ」

「本人? それは……なるほど、亜人。長命種なわけか」

 

 魔力そのものを力場(りきば)として、剣や肉体に(まと)うことで攻防に利用する技術であり、大きくは無属魔術とも呼ばれる一種である。

 "永劫魔剣"を扱った三代神王ディアマの戦型(スタイル)でもあり、モンド流魔剣術はそうしたいくつもある流派の内の一つで、その開祖というわけらしい。

 

 

「あぁ会ったことはないけど、旦那と同じエルフ種っぽいね」

「で、長老の年齢(トシ)は?」

「わからんね。でもこの大監獄で最高齢ってもっぱらの噂だ」

 

 魔剣術は魔力が奪われるこの監獄内では直接の役に立つまいが、それでも積み上げた剣術の技量によって支えられているのだろう。

 創世神話より生きる五英傑こと"竜越貴人"アイトエルこそ、武芸万般を豪語する最強の実例であり、腐ることなく鍛錬し続けた技術とは脅威そのもの。

 

「とにかく亜人派閥は長老の決定が絶対、ってくらい(した)われてるらしい。まっ滅多に口を出してくることもないらしいが」

「つまり長老を懐柔(かいじゅう)してしまえば、どうにかなるか?」

「断言はできんけどね、多分できると思んますよ」

 

 

「よし、ついでに聞いておきたいんだが……モンド流の剣術を他の亜人にも教えているか?」

「獄内でも名だたる連中はほとんど習ってるらしいぜ」

 

「……そうか、亜人派閥が強い理由がよくわかったよ」

 

 大元であるモンド本人が教える、魔剣術の系譜ともなればそれはもう警戒して(しか)るべき相手である。

 インメル領会戦(あのとき)から対集団戦に関しても鍛錬と経験を重ねたし、また魔力がない状況ではかなり勝手も違ってくるだろうが……。

 

(まっこれはこれで──)

 

 俺は不確定要素(イレギュラー)に内心、不穏さを覚えるものの……同時に愉悦を抑えきれない。

 異世界へ転生して来て、俺も大いに変わってしまったのだ──戦争狂(ウォーモンガー)の戦帝ほどではないにせよ、俺も立派な戦闘狂(バトルマニア)であることに。

 

 

「そしたら旦那ぁ、いつ攻める? どこから攻める? どうやって攻める?」

「自分では戦わないからって、調子がいい奴だな」

「つってもオリャぁだって、旦那たちが負ければ(ワリ)ぃ食うんだぜぃ?」

「お前だけなら、追い詰められたとしても口先でどうにでも(のが)れられそうだが」

「違ぇねェ」

「そこは否定せんのかい」

「っっはははは! 世の中は利用し利用されるもんさ。ってことで、他になんか聞きたいことはあるかい?」

 

 俺は露骨に(あき)れた表情を見せるも、平然と笑うストールの気質──これもある種の美徳なのかも知れない。

 

 

「聞きたいというか、調べて欲しい人物はいる」

 

 俺はそう言うと地面に名前を書いて羅列させていった。

 

「おぉ……? ほうほう──」

 

 それは(のち)に財団における人的資源として、潜入時に調べた資料からピックアップしておいた者達。

 

 頭脳や技術を持ちながらも、異端あるいは単純に不幸が重なって収監されてしまった……そんな人物群。

 獄内統一後には改めて交渉して、脱獄の際には優先的に救うだけの価値ある囚人達である。

 

 

「もしも接触できるなら、近く交渉の席を設けることも伝えておいてくれ。小心者でも心の準備ができるようにな」

「あいよっ了解! ところでいくつかは知った名があるけんど、なんだってまたこんな"はぐれ"連中を?」

 

「お前と同じだよストール。今言えるのは、いずれ俺の役に立ってくれるだろうってことだけだ」

 



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#300 獣人群団 I

 

 明くる朝──俺は魔族一党が居を構える穴倉の最奥にて、集まった魔族達の前で筆頭のジンに最後の確認を取る。

 

「不服な者、逆らう者は?」

「もういない、全員が御大将に従う。昨日負わされた怪我も……まっほとんどの奴が問題ないくらいにはなってる」

 

 基本的に手加減をしていたのもあったが、加えて魔族は総じて治癒能力が高いのも一役買っていた。

 

「よろしい。命令を復唱してくれ」

「御大将の合図があるまでは何があっても待機。ただし気を散らすことなく、その時が(きた)れば"獣人群団"のみを蹂躙せよ」

 

「殺しは──」

「極力控える、勝負が決した相手への追撃はナシ」

「他勢力が乗じて攻めてきた場合は──」

「撤退と修復をはかり、徹底抗戦の構えで防衛に努める」

「俺がもう一度合図したら──」

「ただちに戦闘を停止する」

 

 

 初日で魔族一党を傘下に置き、二日目にして獣人群団を相手取る。

 あまり悠長にもしてられないので、機会として問題がないのならば何事も迅速に進めていく。

 

「今一度、末端にまで言い含めておいてくれ。命令には決して(そむ)くなとな」

「無論さ、命令系統の重要性は軍人として最初に身をもって教えられることだ。手綱(たづな)はしっかりと握っておこう」

 

 俺はジンの言葉に大きく強く(うなず)いてから立ち上がり、十数人の面子の前で傲岸不遜(ごうがんふそん)に笑みを浮かべる。

 

「なに、今回の闘争が流れたとしても……どっちみち暴れる機会は必ず与える。だから充実させておけ」

 

 

 

 

 俺は穴倉の外で待っていたストールと合流し、獄北の獣人群団の縄張りへと連れ立って歩いていく。

 

「つつがないか?」

「多少は苦労しましたけどまっそこはオレっちも、いくつか作っておいた貸しを使った次第で。なんにせよ獣人群団とは渡りをつけときやした」

「遠からずお前の働きには(むく)いるつもりだよ」

「期待しときますよ、一応。ところで旦那ぁ、なんで獣人群団が先なんですかい?」

「不服か?」

「異を唱えるわけじゃありませんがね……ただ獣人種は、人族や亜人種よりも交渉しにくいもんで」

 

「いざ抗争となった場合に、乱入を防ぐ意味でも近い(ほう)から攻めるのが基本だが、それ以上に──」

 

 勢力圏を考えれば、西側から北の獣人か、南央のはぐれかのどちらかを経由していくのがセオリーである。

 しかしそれは武力をもって制覇していく場合であり、人族と内応して挟撃するなり、はぐれ集団を取り込むといったやり方もある。

 

 まず交渉を第一とするのならば、獣人種を最初に選んだ意図を図りかねているのだろう。

 

 

「魔族は強き者に憧れといった理性で従うのに対し、獣人は逆らうべきではないといった本能で従う傾向がある」

「あーーー……」

恭順(きょうじゅん)の姿勢だけ(しめ)して、腹では一物(イチモツ)抱えるような人族と違ってわかりやすい」

「それ、オレっちにも言ってます?

「さてな」

「勘弁してくださいって」

 

「──なんにしてもこっちの戦力が拡充し、強大化すれば……人族は戦わずして降伏する公算が増える」

「追い詰められて亜人と組む可能性もありますけどねぇ」

 

「もっともだ。だから急激な勢力変化に対応されるまでに、最速で(かた)を付けていくのさ。強さという一点で結束するこちらの(ほう)がより頑健だ。

 それと勢力図が完全に二分(にぶん)された全面戦争になったらなったで、後顧(こうこ)(うれ)いを考えることなく持ち味を全力で活かせるというものさ」

 

 

 ストールとそうこう話している内に、俺達は縄張りまで到着すると……立っていた獣人達に威嚇されるように睨まれる。

 

「よーよー、約束は聞いてますよね?」

 

 ストールが(おく)した様子をおくびにも出さずにそう言うと、露骨に顔を歪めた獣人らはクイッと顎で「ついてこい」と示す。

 

(バルゥ殿(どの)と一緒に、騎獣民族を引き入れた時を思い出すなぁ……)

 

 俺は獣の群れの中を進みながら、種々雑多な獣人らを眺めつつ"荒れ果てる黒熊"バリスと会った時のことが脳内に巡る。

 

 種族差別問題はあるが、やはり異世界は個の(ちから)が強い。

 だから地球史ともまた、成り立ちや文化も大いに違っている部分がある。

 

 人族の次に多い獣人種は皇国や王国ではそのヒエラルキー下層でも、帝国では種族的に強い立ち位置を持っている。

 

(そしてそれは監獄(ココ)でも同じ──っと)

 

 

「お(かしら)、連れてきやした」

「ご苦労さん」

 

 俺とストールはさながら引っ立てられてきたかのように、獣人種の(かしら)である犬人族の男の前に立つ。

 頭一つ分ほど俺よりも背が高く痩躯にも見えるが、獄中にいながら引き締まった筋肉に加え、濃い黒の犬耳と尻尾を生やしている。

 

「テメェがウワサの新入りか」

「どの程度耳に入ってるかは知らんが、俺の名前はグルシア。あんたは"バラン"さん、でいいんだよな?」

 

 俺は名乗ると同時に、聞き及んでいた頭目の名を呼ぶ。

 

「そうだ、ウチのモンが世話になったんだって?」

「あぁはいはい、俺が収監されてすぐの時のアレね」

 

 鬼人族とまとめてぶっ飛ばし、生身でも通じるか存分に試させてもらった。

 

「しかも下につけと言ったあげく、今はご大層なことにオレに話があるとか」

「その通り、獣人群団()俺の下について欲しい」

 

 

 俺のそんな一言を契機に周囲から(うな)るような音が鳴り始める。バランの命令があれば、一斉に飛びかかってくる想像も難くない。

 ストールの動悸が跳ね上がるのが半長耳に聞こえるが、それでも取り乱さず俺を信じて平静を装っているようであった。

 

「この場でそんなふざけたことを言える度胸は買ってやるぜ?」

「そりゃぁね、増長もするというものさ。なにせ既に魔族一党を全員"決闘"でぶちのめし、傘下(さんか)に置いているもんでね」

「嘘を吐くにしても、もうちょい選ぶもんじゃねえか?」

「真実ってのは時として信じがたいモノもある。ただ"警告"はしとくぞ、俺の合図があればすぐにでも魔族と獣人の全面戦争になる」

 

 バランの目が細まると同時に、唸りが幾許(いくばく)かナリを潜め……ザワザワとした喧騒が入り混じる。

 

「もっとも俺としてはだ、穏便に済ます為にこの場の会合へと(のぞ)んだわけで。なんだったら"決闘"で全員を打ち負かしても良かったっちゃ良かった。

 俺も人生の中で獣人種とは関わる機会も多く、単純に好きだからさ。今も犬人族の女性を一人、なんとか口説(くど)()とそうと頑張っている最中だ」

 

「聞いてねえよ。どのみち獄中(ココ)にいちゃ、もう二度と会えんだろ」

()()()()()()さ」

「あ?」

 

 俺の不可解な一言に疑問符を(てい)したバランを無視し、俺は話を続ける。

 

 

「帝国はいいよな、あれこそ好例だ。獣人も魔族も亜人も人族も……一つの国として成り立っている」

「それがどうしたってんだ、オレたちには関係ねえ」

「種族がなんだ? 俺は人とエルフの子だがな。結局元を正せば皆が皆、神族から進化していっただけで同じ種族だ」

 

 俺はこの場にいる全員に訴えかけるように言い切った。

 魔力の"暴走"や"枯渇"といった歴史の中で、生き抜いていく為に遺伝的形質(こせい)を求め、取得したに過ぎない。

 

「だから俺たちも分かり合える。実際に"騎獣民族"とだって手を取り合えたんだ」

「……今、なんだって?」

「俺は地上で領主をやっていてな、まつろわぬ民である騎獣民族も同志として迎え入れたんだよ」

 

 聞く者が聞けば語弊(ごへい)が生まれる言い回しであるが、嘘を言っているわけではない。

 

 

「騎獣民族が……だって?」

「何年収監されているか知らんがバランさん、あんたも騎獣の民の出身だと聞いたぞ。なら"荒れ果てる黒熊"バリスを知ってないか?」

 

「っおいテメェ──ちょっと穴倉(ソッチ)(つら)ぁ貸せ!」

「ん? まぁそれは一向に構わんが……」

 

「てめえらはそのまま待ってろ! 先走んじゃあねえぞ!!」

 

 そうして俺は大した警戒もなく、穴倉の奥へと入っていくのだった。



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#301 獣人群団 II

 

 (うなが)された俺はストールを置いてバランと共に、獣人種が居を構える穴倉で二人きりとなる。

 

「とりあえずバリス殿(どの)を知っているみたいだな」

「その、名を、二度と、出すんじゃねえ──」

 

 バランが決死の形相をもって接近距離で恫喝(どうかつ)してくるが、俺は言葉とは裏腹にバランの心身の状態を分析する。

 表情には余裕がなく、脂汗が(にじ)み、動悸は激しく、過呼吸ぎみで、声まで上ずっていては、もはや言い逃れの余地はない。

 

「バリス殿(どの)のことだ、容易に察しはつくというもの」

「は、はあ!? てめえは何を言ってやがる」

 

「一体何年監獄(ココ)で囚人やってるのかはわからないが、昔に()()()()()()()()()クチのようだ」

 

 そのものズバリ図星を突かれたバランは、もはや隠そうともせず苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

 

「あー、あー、ぁぇぃぅぇぉぁぉアー……──」

 

 俺は喉を調律(チューニング)するように声を出してから、腹の底から低い笑い声を残響させる。

 

『ヴァッハッハハハアッ!!』

「っお──!?」

「ふむ、我ながら意外と似ていたな。はてさて、随分とビビってしまわれたようで」

「な……てめ」

 

 露骨にビクついてしまっては、もはや言い逃れもできぬと観念したのか……バランは尻尾までシュンとしてしまう。

 

「うっく、てめえ本当にあの野郎を知ってるのかよ……」

「世は巡り会わせ──色々な(えにし)をコツコツと(つむ)いできた結果ってものさ」

「クソがよ……」

「本当は共通の友人の話題で花を咲かせようと思っていたんだがなるほど、バリス殿(どの)ならそれもむべなるかな」

 

 

 粗暴にして野卑なあの性格で、"対等の友"になれる人間など一人くらいしかいなくても不思議はなかった。

 

「あの野郎は……同世代だったんだよ」

「おぉ、つまり同期! ってことは"白き流星の剣虎"バルゥ殿(どの)も知っているな?」

「バルゥのことも知ってるのか!? ってことはアイツ……そうか生きてたんだな──そんな二つ名まであるとは」

 

「……ひょっとすると、洗礼後の王国との遭遇戦でバルゥ殿(どの)の犠牲のおかげで生き残ったクチだったり?」

 

 バルゥが相棒獣を失って王国に捕まり、奴隷剣闘士として売られるキッカケとなった戦い。

 "絆の戦士"となったばかりで、圧倒的な不利であるにも関わらず王国軍相手に大打撃を与え、自らを犠牲に仲間を逃がしたという戦い。

 

「そうだ、アイツがいなかったらオレはあの時に死んでいた。そしてその後、民族へ戻ることもなく皇国でやらかして……かれこれ20年だ」

「相当な古参だったんだな、あんた」

 

 バルゥやバリスに劣等感を(いだ)いていただろうことも想像がつくし、実際的な強度も比較になるまい。

 それでも騎獣民族の出として、数多くの獣人を統率するに至るまで──並々ならぬ苦労があったようにも思う。

 

 

「まぁいい、どちらにしろ手間が(はぶ)けたことに変わりはない。これもまた(えん)ってもんだ」

「省けた、だあ?」

「共通の知人を持ち、バラン(あんた)の汚点を知り、バルゥ殿(どの)に助けてもらった恩義を間接的に俺に返すこともできる」

「舐めたクチを叩きやがって」

 

 グルルと喉奥を(うな)らせるバランに、俺はキッパリと告げる。

 

「大人しく傘下(さんか)につけ、でなきゃ戦争になる。魔族一党と()り合って仮に勝てたとしても、勢力図がどう書き換わるかな?」

「……他のとこに食われる」

 

 ゆっくりと小さく吐き出したバランのその言葉を肯定するように、俺はさらに案を出す。

 

 

「俺としては"決闘"をオススメする。バリス殿(どの)らを懐柔する時にも象族長を相手したし、こちとら魔族全員を相手した身だ。何人ほどぶっ飛ばせば(しめ)しがつく?」

「信じらんねぇ……テメェは一体何が目的なんだ、地下の王様でも気取りたいってのか?」

「情報漏洩を防ぐ為に、詳しくは獄内統一してから話す。今は黙って勝ち馬に乗れ、魔族と獣人が俺の下で同盟を組めば最大勢力だ」

 

「他に選択肢は無いんかよ」

「断じて無い。素直に協力するなら、若かりしバリス殿(どの)にイジめられていただろう件についても流布しないでおいてやる。面子(メンツ)に関わるだろう?」

「チッ……てめェもバリス(アイツ)とは違った意味でクソ野郎っぷりだな」

「くっははは、それで目的を達成できれば褒め言葉ってもんだよ」

 

 俺はバッと大きく両手を広げて、何もかもを包み込むような様子を見せる。

 

 

「たしかにバリスの野郎に苦手意識があるのは否定しねえよ。けどなぁテメェはサルマネが上手くたってバリス(あいつ)本人じゃあねえ」

「なら戦い方も似せようか、模倣(コピー)には慣れてるもんでね」

「やめろッ!」

「いやどちらかと言うとバルゥ殿(どの)戦型(スタイル)のが似せやすいな。ワーム迷宮(ダンジョン)では短くなく肩を並べたし」

「このお調子者がァ、オレにだって立場ってもんがあんだ。はいそうですか退()くわけにゃいかねえんだよ」

 

 空気がわずかに緊張する──それは他ならぬバランが気を張り詰めたからに他ならず、俺は軽く受け流す。

 

「随分と乗り気になってくれたな、それじゃどうせ()るなら派手にいこう。誰の目から見てもわかりやすいように、な」

「いーや、それには及ばねえ」

 

 すると穴倉の奥から、羽翼が(むし)り取られたように切断されて痛々しい鳥人族の男が出てくる。

 

「生身とはいえ感覚は鋭敏だと自負していたんだが……気配を完全に殺しきっていてわからなかった、やるなお前」

「……」

「オレの腹心だ。20年もいるとな、そういうのも自然とできるってもんだ」

 

 バランは穴倉の入口を塞ぐように立ち位置を変え、俺は二人に挟まれる形になる。

 

 

「二人掛かりか、まぁ俺は一向に構わんけど……ちょっとは(こす)いとか思わんのか」

「手段は選ばねえ、しばらく口が利けない程度に痛めつける。死んだら──それまでよぉッ!!」

 

 正面のバランの左ハイキックと、背後からの鳥人の左(かぎ)突き。完璧なタイミングで繰り出された連係攻撃(コンビネーション)を俺は()()()()()

 

「悪くない。散々っぱら魔族連中を相手にして肉体の(ほう)は馴染んだが、ズレた感覚の(ほう)合わせ(アジャスト)るのに丁度いい」

 

 そこからは武闘(バトル)というよりは舞踏(ダンス)──俺は感覚のままに、あえて紙一重に(かわ)し続けていく。

 

(映画やドラマの囚人モノで危機(ピンチ)(おちい)りそうになった時──)

 

 もしも物理的に(ちから)があったらどうなるかと考えてしまう。稀にそういう主人公もいるものだが、今の俺はまさにその状況に合致している。

 "不可拘束(アンチェイン)"──縛られぬことなき最自由の身で(ちから)を振るう(よろこ)び、他者を蹂躙する歪んだ愉悦感をを俺は思うさま堪能(たんのう)する。

 

 

 

 何度となく回避するにつれて、バランと鳥人族の表情はみるみる内に苦渋と焦燥に満ちていく。

 やがてバランは肩で大きく息をし、鳥人族が先に膝をついたところで……俺は呼吸を整える必要すらなく、悠々とその場でステップしながらリズムを取る。

 

持久力(スタミナ)不足だ、まっこんな監獄(ばしょ)じゃ仕方ないがな。こちとらつい先日まで現役ぞ」

 

 こんな穴倉の奥で魔力強化もなしに、無呼吸で動き続けるのは単純(シンプル)(こた)えるのだ。

 

「ッ……すみません(かしら)

「いい、そのまま休んでろ。あとはオレがやる」

 

「あいにくと(こっち)はもう仕上がった──最後っ屁を見せてもらおうか」

 

 

 ギリッと噛み締めたバランは地面を削りながら(すく)い上げ、土粒を巻き上げながら鋭き双爪手刀を放つ。

 ──と同時に、休んでいろと言われたはずの鳥人族も、捨て身の突進で迫り来るのだった。

 

「示し合わせて油断を誘ったのは結構だが……お生憎様」

 

 俺はバランの手刀を避けながら(ふところ)に差し込み、竜巻もかくやという無拍子の一本背負いをかます。

 そして回転するバランの体を利用して、背後からの鳥人族を迎撃しながらまとめて地面に叩き付けたのだった。

 

「──ッッ」

 

 バランの肉体がクリティカルヒットした鳥人族は完全沈黙し、立ち上がった俺はバランの喉仏を(カカト)で踏み付ける。

 

「従え」

 

 有無を言わさぬ殺意でもって(しつけ)られたバランは、顔色を一気に青くして吠えることなくコクコクと(うなず)くのであった。

 

 



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#302 人族陣営

 

 無事バランは敗北を認め、それからもトントン拍子に──とは、もちろんいかなかった。

 

 下っ端にとっては今いる(かしら)の上に、さらなる大将が新たに立つというだけの話なのだが──しかして。

 (かしら)の地位を虎視眈々(こしたんたん)と狙っていたような血気盛んな連中や、相応(ふさわ)しくないと不服申し立てをする連中……。

 そういった手合いは数多く、"決闘"で手ずから地面に抱擁させるのを見せ付けて理解(わか)らせていくより他はなかった。

 

 新たに名乗り出る者がいなくなり、群団内の意思統一が完了した頃には二日目も過ぎ去ってしまう。

 

 

(獣人種も、魔族に負けず劣らず──良く言えば素直であり、悪く言えば欲望に忠実と言うべきか)

 

 一度上下関係をキッチリさせ、締めるべきところを間違えなければ、割かしあっさりと付いて来てくれるのは過去の経験と変わらなかった。

 

 魔族と獣人、今まで反目し合っていた種族勢力同士が昨日までの因縁を忘れ、今日から足並みを仲良く揃えるというわけにはいかなかったが……。

 さしあたっての糾合(きゅうごう)は成さしめ、俺という旗頭(はたがしら)(もと)で何とか争うことなく落ち着いている。

 

 そうして俺は一人、次はどう詰めていくかを考える。

 

 

(次は……"人族陣営"だな、首領は"自由騎士団"出身って話だが──序列第三位との(えにし)……威を借るにしても、あまり効果的じゃぁないか)

 

 インメル領会戦において──共和国の大商人"エルメル・アルトマー"が契約し連れてきた自由騎士団と、統率していた"フランツ・ベルクマン"。

 元帝国軍人であり、自由騎士団内における第三位の序列を持つ地位ある人物との知己(ちき)

 

 しかしながらあくまで契約関係の域を出ず、少しばかり試合もしたが……その程度の間柄でしかない。

 まして(ちから)及ばぬ監獄において、知り合いだからどうこうというのは現実味がない。

 

(交渉の札(カード)としては期待できない、となれば──)

 

 

「……囲むか。ストール! ジン!」

 

 俺は魔族一党の穴倉の中で、寝転がった状態から起き上がりつつ二人の名を叫ぶ。

 

「あいよ、旦那」

「なんだい、御大将」

 

 少し離れたところで座っていた煽動屋(あおりや)と魔族一党の元ボスが、揃って俺の前にやって来る。

 一日目にして魔族を(くだ)し、二日目にして獣人を傘下に抱きこんだ。

 そして三日目を迎えた今日にでも、獄中における趨勢(すうせい)を決定付けようじゃあないか。

 

「状況は変わらずだな?」

「──っすねぇ。風聞もかなり混乱していて、ただ人族陣営と亜人派閥が組んでいる様子もないようで」

 

 

 ストールの言葉に俺は(うなず)いてから、確かな意思で命令を下す。

 

「わかった、これより人族陣営を喰いにいく」

「昨日の今日で、本当に急ぎなんすね」

「情報を制し、相手よりも常に一歩……いや百歩先んじるのが何事も基本だ」

 

 つまりは他国よりも早く高度なテクノロジーに到達・実現させ、最先端の文化を啓蒙(けいもう)することが絶対勝利の(カギ)

 

「それじゃ御大将、自分らは具体的にどうすりゃいい?」

「魔族と獣人種を含めて戦力で劣るということはありえない。であれば数では劣っても──包囲して威圧しろ」

「了解……戦闘はあるか?」

「無論、示威(じい)を含めた交渉で済ませるつもりだが……十分にありえる」

 

 

 圧倒的な武力でもって脅迫を掛ける。強者とはそれだけ優位に立っているのだから、これを利用しない手はない。

 

「ただしこの際は……人族陣営より亜人派閥がどう動くかの(ほう)が問題だ」

「ってことはだ──魔族(じぶんら)が展開するのは、東の亜人派閥側が具合がイイってことだな?」

「さすが元軍人、話が早くて助かる。いざとなった場合の防波堤となるよう猛者で固めておいてくれ。最悪の場合は挟撃になるから、屈強なのを頼む」

「まかせてくれ」

 

「旦那ぁ、オレっちはどうすりゃ?」

「"はぐれ"の連中を(あお)っといてくれ。獄内状況の把握と、亜人派閥が動きにくいよう散らせておいてもらえばなお良し」

「そんならお安い御用だね、戦闘になったら危ないトコなんて正直行きたくなかったんで」

「お前の口先も欲しいところではあるがな、ストール」

 

「嬉しいお言葉ですがねぇ、まっ荒事に関しちゃお任せしますよっと──」

 

 

 

 

 新たにバランと段取りを整え、獣人種を引き連れた俺は狭い獄内を大名行列のように練り歩き──

 到着した人族陣営を半包囲させる形でもって、大きく息を吸い込んだ。

 

『こちらは獣魔連合の大将グルシアだ!! 我々は徹底した戦争も辞さない覚悟でもって、そちらの陣営を包囲するに至っている!!

 しかしながらそちらの首領が速やかに出てくるならば、この俺が(みずか)ら交渉に応じる所存である!! しかと検討されたし!!』

 

 戦々恐々としている陣営へと、俺は肺活量を最大に叫び掛ける。

 

『なお血気に(はや)る連中を抑えておくにも限度がある!! 多少の時間は与えるつもりだが、激発すればその時点で決裂を意味することを留意して欲しい!!』

 

 

 しばしの猶予(ゆうよ)を与え、人族陣営の首領が出てくるまで待つ──するとほどなくして3人の男が現れた。

 その後方には何十人もの強面(コワモテ)で歴戦の男達が、控えるように続いているのだった。

 

「なかなかに粒を揃えてきたのは、宣戦布告かな? んじゃっ()るかい」

「勘違いしないでもらいたい、後ろの連中は(コト)が起こった時にすぐに対応する為のもの。まずは話し合いをしてくれるのだろう?」

 

 真ん中の30代ほどに見える短髪の男が数歩前へと出て、俺の視線を真っ直ぐに受け止める。

 

「お前が首領──名を"マティアス"。元自由騎士団だとか……もしかして"廃騎士(・・・)"か?」

「自由騎士団をよくよくご存知か」

「ゆえあって雇ったことがあってね。で、お前は廃騎士なのか?」

 

 

 "廃騎士"──自由騎士団が誓いし"鉄の掟"を破って、除名に加えて自刃を命じられた者。

 自由騎士団は各国から人の集まる独自の騎士団であり、その中にはかつて他国で重責を担っていた人間や犯罪者すらもいる。

 

 そうした機密情報を持つ人間の扱い。有象無象の団員を厳格に律すること。また戦争を請け負うにあたって略奪その他、犯罪行為の抑止など。

 様々に絡み合う事情を、絶対遵守のルールによって秩序を保つのである。それがあってこそ自由騎士団は傭兵業として成り立っているのだった。

 

「いや断じて廃騎士ではない、我らが誇りに懸けて誓える」

 

 

 "鉄の掟"は強い結束を生み、そして一人一人の胸裏に矜持(きょうじ)(いだ)かせる。

 そしてそれを破る者を、他ならぬ彼ら自身が許さない。ゆえに極刑──しかし最低限の誇りまで捨て去り、逃亡する廃騎士も存在する。

 逃げた廃騎士には必ず追っ手が掛けられ、その首を()ねられるのである。

 

われら(・・・)……?」

「人族陣営の決定権は我ら3人の同意をもって()されるのだ──代表は最も序列の高い、15位であるわたしが担わせてもらっているが」

 

「元序列27位、セヴェリ」

「同じく78位、トルスティ」

 

 そう名乗り出たのは、マティアスの両隣にいた男達。

 

「ふむ、てっきり一人ばかしと思っていたが……自由騎士が三人でもって首領なわけか」

 

 共和国に自由騎士団の本拠があることを考えると、ワンマントップではなく合議制というのも納得できるというものだった。

 

 

「たとえわたしが闇討ちをされたとしても、残り二人がいれば回る。本来であれば……あなた相手にも隠しておきたいことだった」

「なるほど。流石(さすが)に追い詰められた状況で一人で決定するわけもいかず、さらには俺に悪印象をも持たれないように、といったところか」

 

「そんなところだ……それに自由騎士の身から落ちれども、(まこと)の心まで失った覚えはないのでな。これほどの勢力でありながら、交渉を望んだ相手には誠意を尽くす」

「ふむ、建設的な話ができそうでなにより。魔族も獣人も根っこでは闘争好きだからな、俺も他人(ヒト)のことはとやかく言えんのだが……」

 

 戦闘狂(バトルマニア)としての一面もまた、異世界にて新たに獲得した(カルマ)であり、それを否定する気はさらさらない。

 

「あなたの目的をお聞きしたい。もしも監獄を統一するというのならば、我々としても協力はやぶさかではないのだ」

「ほう……?」

「魔力がなければ……人族が最も脆弱(ぜいじゃく)なのは言うまでもない。ソコを徒党を組むことで、なんとか弱者とならないようにしている」

「つまり立場が公平であるなら──ってことか」

(しか)り。あなたが統一を達成したところで、人族が奴隷のように使われるようであれば……戦争(いくさ)もやむなしと考える」

 

 マティアスのやや斜め後ろに立つセヴェリとトルスティ。さらに後方に控える人族の面々は皆一様(みないちよう)に強い意思を持った瞳を向けてきている。

 

 

「そちらの主張は理解した。では俺からも伝えよう──魔族や獣人の下ではなく、この俺唯一人(ただひとり)の傘下につけ」

「それはつまり……公平と見て良いということか?」

「まぁそうだ、俺は種族差別はしない。俺自身が人間とエルフのハーフだし、種族関係なく能力があればその限りではない」

「では……"能力なき弱者は見捨てる"ということか?」

 

「俺が()()()()()()()()()に絶対的な弱者なんていない。個人差はあっても誰もが恩恵を享受(きょうじゅ)する」

 

「いささか話が見えないのだが……」

「その一端(いったん)は獄内の統一を成し遂げた(あかつき)に教えよう。今は魔族のボスも、獣人の(かしら)も知らないことだ」

 

 数秒ほど目を瞑ったマティアスは、ゆっくりと口を開いて受け入れると共に二人の名を呼ぶ。

 

「わかった……セヴェリ、トルスティ」

「仕方ないでしょうねえ。どのみち戦力差を考えれば、抵抗しても全滅するのみです」

「異存はありません」

 

「──三人の合議をもってここに決した。我ら"人族陣営"は、グルシアの下について獣人と魔族とも協力体制を敷く! もし彼が約束を(ないがし)ろにしたならば、我らが陣頭に立ってこれに(あらが)うと誓う!!」

「……あぁ、よろしく頼む。揉め事や不都合があったらいつでも言ってくれ」

 

 

『旦那ァーーーっ!! あっ、旦那ぁーーーッ!!』

 

 交渉が無事終了した直後、タイミングを見計らったかのように俺を呼ぶ聞き覚えのある声が響く。

 すると収監直後にぶちのめした、見覚えある鬼人族を連れて……ストールが割って入ってくるのだった。

 

「何か火急の用事か、ストール」

「えぇ、そりゃもう……わざわざこんな危なそうな場所に来るくらいには──」

 

 話す途中で鬼人族の男が、周囲を一瞥(いちべつ)だけして端的に発する。

 

「……新入り、"長老"がお呼びだ」

 



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#303 亜人派閥 I

 

 人族陣営についてはストールに一任し、俺は道中でジンとバランにも一声掛けて戦闘解除させてから──亜人派閥の領域を歩く。

 

(多種多様な亜人が、(いびつ)ながらもまとまって暮らしている……)

 

 鬼人族の男についていきながら周囲を見渡す──それは過去に焼け落ちた、故郷の街アイヘルを想起させる光景。

 しばらくして穴倉の前で男は止まると、俺へと視線を合わせて告げてくる。

 

「長老は二人っきりで話したいそうだ」

「案内、ど~も」

 

 歯をギリッと何か言い返したいような様子を抑える彼を無視して、俺は躊躇(ためら)いなく穴倉の奥へと足を踏み入れる。

 バランが一人忍ばせていたように、一応感覚を鋭く探ってはみたものの……言葉(どお)り中で待ち伏せされているようなこともなく、(くだん)の人物とあっさり対面した。

 

 

「お初にお目にかかります、モンド殿(どの)

 

 あぐらをかいて座る俺と同じ"半長耳(ハーフエルフ)"の老人(・・)が、片目だけを見開いて言葉を紡ぐ。

 

「ん──おぉ、こりゃご足労すまなかったなぁ」

 

 灰色の長髪は()した状態で地面まで届き、(しわ)年輪(ねんりん)のように顔に刻まれ、声もややしわがれている。

 見目を若く(たも)てるエルフ種でありながら、老齢の見た目ということは……おそらくは400歳は越えているだろうか。

 

「ワタシの名前は知っているようだが……先刻の響いてきた大声を聞いた限りだと、グルシアくんでよかったかね?」

「はい、改めまして──グルシアと申します」

「ほんに派手にやったものだなあ」

 

 スッと両の瞳まで見開いたモンドは、その眼光がわずかに緩まる。

 

「ふむ……ハーフエルフか、珍しく、奇遇よの」

「えぇお互いに」

「そして、若いな」

「お察しの通り、モンド殿(どの)の二十分の一に満たぬであろう──まだまだ若輩者です」

「なるほどまだまだ人生楽しかろうに、このような地底の獄に来るとは何をしでかした?」

 

「大したことではありませんよ、人道に(そむ)いた悪逆だとか……そういったことは微塵にもない。ただ真実を語ったに過ぎない」

「真実とな?」

「まっ神王教の立場としては、どうにも気に喰わない"創世の物語"とでも言いましょうか」

 

 

 俺は(ふく)みを大いにブレンドした笑みを浮かべ、フレンドリーに声の抑揚(トーン)を一つ上げる。

 

「もっとも……ここに来るのは()()()()だったので──この"新たな人生"は今なお謳歌している最中ですよ」

 

 そんな言葉にモンドはこちらを値踏みするように見据え、そして俺もまた彼という人物そのものを敬意をもって(はか)る。

 同じハーフエルフ種の大先輩にあたる男相手に、どうしたって畏敬のような念は(ぬぐ)いきれない。

 

「魔族や獣人も既にきみの傘下(さんか)だそうだが、それも狙い(・・)か」

「はい、つい先ほど人族陣営も加わることを承諾させました。残る大きな集団は──

亜人派閥(ワタシら)だけかい」

 

 ここまで大きくなってしまえば"はぐれ"はどうとでもなる。つまりここが最終局面と言って差し支えはないだろう。

 

「元気の余る新入りの話しが出てから、わずか三日──いやはや大したものだ」

「恐縮です」

「それに我々も取り込みたいと?」

「亜人派閥の皆さんはモンド殿(どの)を長老と(した)(うやま)っているようなので、貴方を()()せられれば手間がないと考えています」

 

 

 しばしの(あいだ)、場を沈黙が支配する──

 その(たたず)まいは、底の見えぬ強者であることが疑いがない。しかしながらさすがに"五英傑"のような圧力までは感じない。

 

("果て無き凡人"──の(たぐい)かな)

 

 それは俺が個人的に、好き勝手にカテゴライズしている分類であった。

 歴史上には英雄・英傑は数知れず存在するが、その強度は実に多彩。

 "伝家の宝刀"級として──各国の切り札となる"単一個人戦力"として高めるまでに、そのいずれもが才能の一言で片付けられるものではない。

 

 たとえば通常はどこかで頭打ちになるところを、長命かつ練磨を(おこた)らないことで強引に昇りつめる"果て無き凡人"。

 目の前のモンドがそうであろうし、五英傑のアイトエルも創世神話より生き続けたがゆえの到達点であろう。

 

 そして手前味噌ながら俺自身や、フラウやキャシーあるいはバルゥやバリス、ないし円卓の魔術士や戦帝といった者達は、"修練せし才人"と呼べる。

 種族や才能に恵まれ、同時に自らを鍛え上げた結果として、戦術級の一騎当千にまでは()ることができる。

 

 

(だが──普通(・・)は到達してもそこまでなんだ……)

 

 しかしてそこをさらに踏み越えるものがいる者こそ、"天与の越人"。

 見ている世界が(こと)なると思わせるほど歴然とした性能差。有象無象の才能を足蹴(あしげ)にする超天賦(ちょうてんぷ)──ゲイル・オーラムやケイ・ボルドが該当する。

 

 努力する必要すらなく、それでいて伝家の宝刀を打ち砕けるほどの強度の二人が味方であったことは……実に幸運だったと言える。

 

(そして、頂点の存在──)

 

 人類はおろか生物の枠すらも超えた"規格外たる頂人"。存在そのものが世界のバグとまで断言できるくらいで、完全なイレギュラーにしてバランスブレイカー。

 すなわち"折れぬ鋼の"や、"大地の愛娘"ルルーテである。単独で国家を相手にし、さらには容易く滅ぼせるだけの強度を備えた究極存在。

 こうした存在は歴史の中でも極稀(ごくまれ)に生まれていて、いずれも世界を征服したり滅ぼすような気性を備えていないことは世界にとっての(さいわ)いであろう。

 

 とはいえ彼らみたいなのがいるというだけで、戦争を拡大しての強引な制覇勝利の芽は潰されてしまう。

 "文明回華"を推し進める側としては目の上のたんこぶなのは否めないが……同時に帝国や魔領による、戦火拡大に対する防波堤としては助かっている部分もある。

 いずれにしてもこちらの都合の良いように扱える相手ではないので、現状と折り合いをつけていくしかない。

 

 

 ──俺がじっくりと思考しながら観察していると、モンドがゆっくりと口を開く。

 

(くわ)わるのを(こば)む、と言ったらどうするかね」

「さしあたって理由をお聞きしても?」

「荒事を好まないだけよ」

「くっはは、モンド流魔剣術の開祖ともあろう御方(おかた)が……随分なことを(おっしゃ)いますね」

 

 俺は煽るようにそうのたまい反応を(うかが)うも、こちらを見透(みす)かすようにモンドは口角を上げる。

 

「それを知っていてなお、"決闘"を(ほっ)するか若いの」

「勝てる見込みがなければ喧嘩は売らないですよ。なにせモンド流の魔剣士とは死合の末に勝利してますので」

「ほう……」

「テオドールという名を御存知ですか?」

 

 王国は円卓の魔術士第二席"筆頭魔剣士"──実際にはその門弟集団には負け確も同然だったのだが、多勢に無勢であるのでノーカウントとする。

 

 

「知らんなぁ、ワタシが監獄(ここ)に入ってもうかれこれ150年以上が()っている。囚人になって以降のことについてはとんと──」

「そうですか、同門がやられていても特に思うところはないと……?」

尋常(じんじょう)な勝負であれば、特に言うことはないわなあ」

 

 あっけらかんとモンドはそう口にしてから、ゆらりと流れるような動作で立ち上がる。

 

「しかし"立ち会い"が望みとは……久しぶりに、若さ(・・)を思い出させてもらうとするか」

「──(こころよ)き返事、感謝いたします」

 

 俺は深く一礼をもって示す。魔剣術はおろか剣すらない魔剣士がいかほどのものか、たとえ無刀であろうとも武の達人には変わりない。

 

 ──するとモンドは(すみ)にいくつか積まれている寝袋まで歩いていくと、突如として中から一本の"剣"を取り出したのだった。

 



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#304 亜人派閥 II

「えっ……? っと、剣があるんすか?」

 

 獄中であるにも関わらず、長老モンドが当たり前のように持ち出してきた刃に俺はいささか間の抜けた声をあげてしまう。

 

「長年、いるんでなぁ。日に一度だけ落とされる魔物の肉だが、たまに未処理のまま落とされることもある。その骨を使って延々と強靭な牙を研磨し続けた結果よ」

 

 次にモンドは積まれていた寝袋を掴んで振り回し、次々にバラバラと刀剣を散乱させていった。

 ぶちまけられた材質・大小・形状が様々な"骨刀"やら"牙剣"やらが、地面へと並べ立てられていく。

 

「さっ好きなのを選ぶが良い」

「まじかよ……」

 

 ざっと数えても100本以上はあるのが明らかであった。

 

「すべてワタシの手製だ、数少ない娯楽ゆえなぁ」

 

 俺は剣を一本拾って軽く振ってみる──と、空気を引き()く音と感触が実によく伝わってくるのだった

 

(もっぱら俺は魔術で(つく)った"風太刀"しか使わんが……これは素人目にも凄いってわかる)

 

 

「中には死んだ人間の骨もあるがな。ただしこれらの武器を抗争には使わせん、あくまで修練や試合の為のモノだ」

「なるほど──この獄中で、囚人らのことごとくが"武器を持っていない理由"がわかりました」

 

 刑務官の目を盗んで樹脂スプーンや歯ブラシを削ったナイフを隠し持ち、何度も腹に突き立てるのは映画やドラマでもよく見た光景。

 そうした日用品はこの大監獄にはないものの、石器すらも使っていなかったのには理由があったのだ。

 

 種族の特性として角や爪や牙があるから、わざわざ使っていなかったというわけでもない。

 モンド個人の戦力と、手解(てほど)きを受けたモンド流魔剣術の使い手達……そんな彼らがこれほどの数の剣を保有している事実。

 

 なんでもありの抗争になってしまえば、亜人派閥が圧倒的な勝利が火を見るよりも明らかゆえの不文律なのだろう。

 

 

「ではコレとコレ、お借りします」

 

 俺はいくつか握ってフィーリングの合った剣を一本ずつ、右手と左手の内にそれぞれ小気味よく振るう。

 お互いに剣を持って戦えるのであれば、それはそれで勉強させてもらうとしよう。

 

「ほぉ、二刀流かぁ。なかなか(どう)()っているようだ」

「えぇまぁ……モンド殿(どの)は、その手の一本ですか」

「無論よ」

 

 一言──牙剣を構えたモンドの圧力が一気に吹き出した。

 冷や汗が流れ落ち、全身が総毛立つが……同時に良い緊張感が俺を包んでいる。

 

(こと)ここに至り、それでも笑えるとは……(すじ)が良いぞ若いの」

「これでも(いく)つもの死線を超えてきた身なんで──」

 

 

 さらに()()()()、モンドの持つ領域そのものが引き上げられたのを、俺は心身から理解した。

 "無想"──魔剣術を使う魔剣士にとっ、て魔力なしという状況下ではあるが……かつて見たケイ・ボルドと似た感覚を覚える。

 

(だが俺も負けるつもりはない。手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に)

 

「空華夢想流・合戦礼法──弐天逸流(にてんいちりゅう)推参(おしてまいる)

「──モンド流・魔剣術にて(つかまつ)る」

 

 周りのほんのわずかな雑音(ノイズ)まで消え失せて、素肌は大気と同調し、視点は一次元高みへと──

 魔力がないので"天眼"には及ばない……しかして魔力がないからこそ、ヒリつくように感じ取れるものがある。

 

("空視・空眼"──)

 

 識域下の意識の中で、互いの領域が重なり、実際には動かないまま膨大で緻密(ちみつ)なやり取りが展開する。

 

 斬り──(かわ)し──()ぎ──受け──突き──流し──打ち──斬る──

 双方が可能な動きのパターンから、お互いに予知をするかのように繰り返され、幻影(ヴィジョン)を詰めていく。

 

 

(詰まされる──)

 

 無拍子すらも通じない。俺が勝ちへと至る道筋がそうしても()えなかった。

 

 ならば……どうする。どうしたって詰められてしまうのならば、(のが)れの詰めろ。

 さらなる限界(さき)未来(さき)を読み続けた(すえ)を掴み取るだけだ。

 

("未知なる未来"を……既知(・・)へと変える──ッッ!!)

 

 最適な俺自身の幻影へと、肉体を融合させるように俺は動いた。

 

 俺の領域に割り込み、斬り裂いてくるモンドの一刀──よりも早く、左手の剣を投げ込んでいた。

 剣はモンドには直接届くことはなく、手前の地面(・・)へと突き刺さる。

 

 同時に刹那にも満たない(きざ)まれ続けた時の中で、精神と肉体──思考と反射が融合を果たし、俺は接近距離(クロスレンジ)まで踏み込んでいた。

 なにも剣術ばかりにこだわる必要はない、俺の持ち味は連係と汎用性に富んだ総合戦型なのだから。

 

 奪わんと欲すればまずは与え、弱まんと欲すればまずは強め、縮めんと欲すればまずは伸ばす。

 そして開かんと欲するのであれば、まずは蓋をすべし──それは全身全霊で躍動させた(ちから)の"溜め"と"解放"。

 

 

「"(ねじ)れ雪月花"」 

 

 全身の溜めから解放された居合による斬り払いは……回避され──

 回転と共に地擦(じず)りながら斬り落とした刀身は……受け流され──

 さらなる遠心力を乗せた斬り上げすら……(はじ)かれ──剣は俺の手元から天井(・・)へと突き刺さる。

 

 しかし魔術なしの……あくまで(かた)だけの"(ねじ)れ雪月花"が通用しないのは想定内であった。

 

 無手となった俺は、あらかじめ投げ突き立てておいた剣を左逆手(さかて)に握ると、そのままアッパーカットのように繰り出した。

 だがそれすらも柄頭(つかがしら)によって打ち止められ、拳を痛めながら勢い余った斬撃も絡め取られる。

 

「素晴らしかったぞ、若いの……いやグルシアくん。まだ続けるか?」

 

 俺の骨刀がモンドの牙剣に完全に抑え込まれた状態で、ギラリと歯を見せて俺は言い放つ。

 

 

「打てる戦術()もう無いですかね──」

「含みが、あるようだ」

 

『くぅゥぉォおおオオオオオオ──』

 

 音圧操作がなくとも鍛え上げた肺活量から発せられる音振が、閉所空間で炸裂する。

 空気を震わす不意打ちの大音量は、穴倉内で反響し、増幅され、モンドほどの強者であっても……ほんのわずかにだが平衡感覚を奪うに至る。

 

 その間隙(かんげき)に乗じた俺は、骨刀を持っていた左手を離し、モンドの右手首を握り込んで抑えた。

 

「しかしまだ、ペテン(・・・)が残っている」

 

 そして狙いはさらなる未来(うえ)──天井部へと突き刺さっていた、もう一本の骨剣が抜けて落ちてきたのを──俺は右手で掴み取っていた。

 

 

()ィッ──」

 

 完璧な奇襲の骨剣を振り下ろすも……モンドは押さえられた手元を(たく)みに、きっちりと受け太刀をしたのには俺も絶句せざるを得なかった。

 

「っ──!?」

「やりおる」

「それはこっちの台詞(セリフ)です……が、御免(ごめん)!!」

 

 しかしながら、もはやここまでくれば関係なかった。俺は骨剣を両手でしっかりと握り込むと、(ねじ)り込むように鍔迫(つばぜま)る。

 技術でどうこうする(すき)を与えず、()の筋力任せに押し込んで、そのまま地面へと縫い付けたのだった。

 そうしてモンドの首元まで強引に刀身をもっていき、俺は彼の新たな言葉を待つ。

 

 

「むぅ、美事だ。あっこからこのように負けるとは、老いたくないものよ」

 

 俺はしかと聞き届けてからモンドを抑え込んでいた骨剣を(はず)し、残心を(たも)ったまま一歩、また一歩と距離をあけた。

 

「ふぅ……()はお互いに魔力アリでやりましょう」

 

 モンドが牙剣を杖代わりに立ち上がったところで、俺は親しげにそう口にする。

 

「ワタシも是非とも全力で手合わせたいところだが……それは叶わぬ願いよなぁ」

「いえいえ、その未来は……もうすぐですよ」

 

 不可解な言葉に眉をひそめたモンドに対して、俺はニヤリとほくそ笑んで言い切ったのだった。

 

 



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#305 ヴロム派

 

 3日──収監してからたった3日の内に、事実上の統一を成し得た俺は……"時機"を待っていた。

 

 これまでの(ぬぐ)いきれない確執(かくしつ)による、混乱や小競(こぜ)り合いを治めさせること。

 また日和見(ひよりみ)を決め込んでいる"はぐれ集団"を(あお)って引き込んでいくこと。

 何よりも俺が地上潜入時に目を付けていた人材の勧誘など、実際的にやることはまだまだ残っていた。

 

 だからこそ獄内の統一を迅速に遂行したわけで、余裕はあるだけあって損するということはない。

 

「っはァ~……ふゥー……──」

 

 俺はいくつもの面接を魔族一党の穴倉内で終えてから、ゆっくりと息をついて冷えた水で喉を潤す。

 さらに何の魔物かわかりゃしない味気もない肉を咀嚼(そしゃく)しながら、クロアーネの料理を恋しく思っていた。

 

 

 最後の硬い肉を胃まで流し込んだところで──ジンが俺のパーソナルスペースへと入ってくる。

 

「御大将」

「なんだ、火急の用事か?」

「それは大将自身で判断してくれ、直接話がしたいって奴が来ている──"ヴロム派"の長《おさ》だ」

 

(ヴロム派──か)

 

 神王教のグラーフ派の中でも、過激派として知られる結社の一つ。

 

「会おう」

「決断早いな!? ただ長《おさ》が一人ってわけじゃなく、信徒もついてるんだがどうする?」

「何人でも構わんさ、俺をどうこうできる奴なんざいない」

「それもそうだ、じゃあ護衛も……いらないか?」

「出入り口は一応固めておいてくれ、焦って出てくるようであれば捕まえとけ」

「了解」

 

 

 ジンが出て行ってから少しして、二人の信者が(かつ)いだ薄板に乗せられ、運ばれてくる"ダルマ"の姿があった。

 ヴロム派教徒は(ひざまず)くようにして板を地面へと置くと、そのまま姿勢を(たも)ち続ける。

 

 そして積載されていた人物は、器用に上体を起こしたところで口を開く。

 

『はじめまして』

「……あぁ、どーも」

 

 その男の声は潰されたかのように()れていて聞き取りにくく……そして両の手足が存在していなかった。

 四肢は根元付近から切断されていて、強引に縫ったような痕が残るのみ。

 

(食後だと直視に()えんな……)

 

 さらに両の眼は横一文字に斬られたかのように潰され、耳と鼻も削ぎ落とされ、全身には火傷痕が痛々しい。

 

『きみの考えていることはわかる。いや……わたしの姿を見ては誰もが思うことだがね』

「そりゃまぁ、そうだろうな」

 

『左耳は潰してあるので聞き取れないことがあったらすまない。本来は舌も抜き取りたいのだが……()()()()()は導かねばならないものでね』

 

 欠損することが教義の内とはいえ、教祖ともなるとここまでするのかと──"狂信"の行き着く果てを、無理やり見せられた気分になる。

 

 

「そりゃ結構なことだ。で、ヴロム派(あんたら)も俺の傘下(さんか)につきたいのか?」

『そのようなつもりはない──ただ純粋に対話をすべきだと"啓示(けいじ)"があったのだよ』

 

「啓示……? 俺と会って話したことを、何かしらの風評とかに利用しようとしても無駄だぞ。興味本位で会いはしたが……正直もう一切合財(いっさいがっさい)、関わりたくないとすら思い始めている」

『ははは……なるほど、きみは過去にわたしたちのような教義思想によって、心にしこりを(かか)えているようだ』

 

禍根(かこん)はもう完全に断ち切ったがな。一人でケツの穴も()けない糞詰(ふんづ)まり野郎に、俺がこれ以上付き合う価値はあるのか?」

 

 俺は恫喝(どうかつ)するように侮蔑(ぶべつ)し、露骨にあげつらうも……(おさ)調子(ペース)を崩さないまま語り出す。

 

 

『わたしが最初に喪失したのは右手だった──それが最初の"洗礼"』

「身の上話なんざ聞いてないんだが」

 

『その時……不思議と()()()()のがわかったのだ、そして()えてくるものがあった』

「狂人の戯言(たわごと)に付き合わせるつもりなら打ち切るぞ」

 

『嘘かあるいは幻覚だと、きみも思っていることだろう……しかし違うのだよ』

「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前の中ではな」

 

 この男自身は嘘を吐いている生体反応は一切見られない。しかしそれこそがまさしく確信犯にして狂信というものだから厄介極まりないのだ。

 

 

『たとえば、グルシアという名前がウソなことだとか』

監獄(ココ)じゃ名前なんざ(いつわ)っているのも少なくない、お粗末な詐欺師のやり口だ」

 

 いわゆる"コールド・リーディング"の一種であり、誰にとっても当たり(さわ)りなく当てはまりそうなことを言う。

 間違っていれば論点をズラしたり、自分でもまだ気付いていないなどと(うそぶ)いたり。

 

(カプランさんも経験で会得しているからな、俺も技術をいくらか教わった)

 

 占いなども突き詰めれば同じであり、人は印象的なことを強く記憶してしまうのを利用することもテクニックの一つである。

 

 

『──そうか。ただ別にきみを信じさせて、我らが信徒として迎え入れようとなどとは思っていない』

「もういいから要件のみを言え、それ以外のことを話したらそこで終わりだ」

 

『言っただろう、啓示があったのだ。わたしはきみに伝え話すことがある』

「具体的に言え」

 

『二代神王グラーフが()()()()──"十二の魔法具"、その在り処』

 

 俺は盲目の相手であろうともポーカーフェイスを(たも)ちつつ、動悸も息遣いも汗の一つも動揺を見せずに平静に返す。

 

「なんのこっちゃ」

『もっともわたしにも()えるのは一部だがね……』

 

 神王教であれば決して信じぬ……魔王崇拝者ですら、にわかには信じられない"真実"の神話を知る──目の前の男。

 

 

『"剣"については語る必要を持たない──そうだろう?』

 

下調べ済み(ホットリーディング)……? いや、ありえない──ッ)

 

 俺がベイリルだと知る者が監獄内にいたとしても、"永劫魔剣"こと魔王具"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"については秘匿事項である。

 しかしながら財団が"永劫魔剣"保有している前提事実を知ってか知らずか、この男は語る必要はないと言い切った。

 

『"耳飾り"と"靴"と"鎧"は既に利用され、大陸中を移動し──"腰帯"と"首輪"は同じ場所に──』

 

 靴とはすなわち"神出跳靴(あるかずはしらず)"のことで、"竜越貴人"アイトエルが使っているので内容が合致している。

 

 シールフと同じ"読心"などに関連した魔導師であっても、魔力がない監獄(ココ)では使用することなどできない。

 であれば……この男は、なにゆえに真に迫った情報を持っていると言うのか。

 

("ヴロム派"──あるいは調べる必要があるのかも知れないな)

 

 単なる詐欺師にとどまらない、何か超常的な能力を身につけているとでも言うのだろうか。

 

 

『"冠"は帝都に──"天鈴"は最も高き山の上で──"腕輪"は湖の底に──』

 

 とくとくと語り続ける男の言葉を、俺は(はば)むことができずにいる。まるで心臓を鷲掴みにされているような心地だった。

 

『"布"は誰の手にも届かぬ場所にあり──"眼"は宿りし継がれ──そして"指環"は……──』

 

 そこでヴロム派の(おさ)の言葉が止まり、俺は問い返さざるを得なかった。

 

指環(ゆびわ)は……なんだ」

『わたしにもまだ()えないのだ……(いま)だすべての"洗礼"を終えぬ身である以上、仕方ないのだろう』

「それで──わけのわからんことをつらつらと並べ立てて、俺に何をさせたい?」

 

『だから、()()()()()()。食事も自分で食べられぬわたしにできることは、"話す"ことだけだ。それをどう受け止めるのかはきみの自由』

「俺はお前を一方的に殺すことだって自由なわけだが、言葉を選ばないな」

 

『それもよいだろう。ここで死してもわたしは輪廻を巡るというだけ。それもまた啓示に導かれた結果によるもの──』

 

(まったく狂人ってのは……)

 

 脅しが脅しにならない。二代神王グラーフは"輪廻転生"を唱え、その教義はグラーフ派の()り所の一つとなっている。

 それは現世において秩序を重んじて徳を積むという善性の他に、死をも恐れる必要がないという厄介な性質を狂信させる。

 

 

『あるいはきみの進む道行(みちゆき)が、我々の教義と重なる部分があるのやも知れない』

「……はぁ?」

『こうして話してわたしは理解した、啓示を与えられたことについても。そしてそれはいずれきみにもわかるはずだ』

 

 まともに聞くべきではないと理性ではわかっていても、本能的な部分で耳を傾けてしまった。

 考えるだけ無駄だと理解していても、どうしたって頭の中で考えてしまうのだった。

 

『話は、以上だ』

「待て。勝手に終わらせやがって……お前の名は?」

 

『名も"洗礼"の対象だよ、今のわたしはヴロム派の長──それ以外の何者でもない』

 

 薄板の上に寝転がると、それまで微動だにしなかった二人の教徒によって持ち上げられる。

 

『おそらくだが……()()()()()()()()()きみと(まじ)わることは二度とないのだろう。だが祈らせてもらう、きみの進む道行(みちゆき)にグラーフの祝福あらんことを──』

 

 俺は最後まで意味不明なことを口走った男が去っていくのを、ただ見つめるだけに(とど)める他ないのだった。

 



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#306 牢名主 I

 

 獄中の王──などと気取るには、あまりにも狭量であり安っぽくもあり、気恥ずかしさが残る。

 

(牢名主……うん、それくらいでいい)

 

 自らの(ちから)をもって勝ち取った、獄内に秩序をもたらした──しかしそれもあと数日の栄華である。

 

 

 最も広い獣人群団の穴倉内にて、牢名主である俺を中心として獄内の主要な人物達が一堂に会していた。

 

 魔族一党のボスであるジン。獣人群団の(かしら)であるバラン。人族陣営の頭領であるマティアス、セヴェリ、トルスティ。亜人派閥の長老であるモンド。

 他にも各派閥の幹部級も居並んでいて、およそ7日前──俺が収監されてくるまでは、誰もが想像しなかった光景である。

 

 それまで相争(あいあらそ)っていた者たちが──獄内が統一され──協力関係にあるなどと本人達ですら未だ半信半疑。

 俺はそんな空気を感じ取りつつも立ち上がり、全員の視線が集中したところで口を開く。

 

「さて、余計な挨拶は抜きにして……結論から言ってしまおう。俺が監獄へ来て、獄内統一なんて真似をした理由を──」

 

 急激な変革で囚人達の多くが翻弄(ほんろう)されたが、ほどほどに落ち着いてきたところで俺も真実を明かす。

 

 

「まっ薄々でも察しているだろうとは思うが、明言は()けてきた。余計な混乱を来たす恐れがあったからな」

「なぁなぁはやく結論を言ってくれよ、グルシアの旦那ぁ」

 

 ストールに差し挟まれた俺は、ニヤリと口角をあげてパチンッと指を鳴らして宣言する。

 

「──"脱獄"する」

 

 その言葉を心静かに受け入れる者、驚愕に顔を歪める者、色めき立つ者と様々であった。

 

「まず最初に脱獄すべき動機を言っておこう。刑期を終えても待っているのは……対魔領軍への尖兵(せんぺい)だ」

 

 これは俺が潜入して得た、確かな情報の一つである。

 大監獄の詳細が(よう)として知られてない理由──それは受刑者がことごとくが死んでいるからに他ならなかった。

 懲役が済んだ囚人は、対魔領戦線に投入。逃亡すれば死罪の状況で、その命を使い捨てにされてしまう。

 

 

「ちょっと待ってくれ」

「なんだ? マティアス、手短にな」

 

 端的に述べた真実に、人族陣営の首領の一人である男が即座に反論してくる。

 

「そんなことが(まか)(とお)ってしまえば……少なくとも自由騎士団の仲間や、家族だって黙っちゃいないが?」

「対外的には獄中で死んだことにすればいいだけの話さ」

 

 淡々と発した俺の説明に、マティアスは二の足を踏むかのように口をつぐむ。

 

「囚人には一縷(いちる)の希望を与えて暴動を抑止する。実に悪辣(あくらつ)だ──でも効率的」

 

 大監獄それ自体が情報漏洩からも守るべき要所である以上、皇国のやり方が理に適っている部分は否めない。

 

 またカドマイアのような罪状であれば神族へと引き渡されるだろうが、どのみち拷問の末に死を迎えることになる。

 つまり俺を含めて大監獄へと収監された時点で"詰み"なのだ。魔力がなければ脱出することも、結界を破壊することも不可能。

 

 

「なぁっ……汚ェ、汚すぎんぞ!!」

「そうだなバラン、その気持ちはよくわかる。だが言ったろ、脱獄するんだよ」

 

 一方で獣人群団の(かしら)は、憤懣(ふんまん)やるかたないといった様子を隠そうともしない。

 

「ッッどうやって!?」

「仮に外から脱獄させようものなら、"大要塞"そのものを完全な制圧下に置くくらいの気概がいるだろう」

 

「そんなんムリに決まってる!」

 

 対魔領軍を相手に200年以上もの(あいだ)、不落を誇っている大要塞を攻略しようなど土台不可能な話だ。

 仮に"大地の愛娘"ルルーテでも無条件の味方にできれば余裕だが、それは大要塞はおろか皇国を潰すよりも至難の(ワザ)である。

 

「ごもっとも。それにもしも()とされそうになっても、その時は囚人なんて一斉に処刑されるに違いない」

 

 占領された大要塞と大結界を利用されるわけにはいかないし、様々な情報を持つ囚人らを生かしておくことは後々になって面倒にもなる。

 搬出入口から魔術を(はな)てば一方的に鏖殺(おうさつ)できるし、水責めにすれば穴倉にも()もってやり過ごすこともできない。

 

「クソッ、オレたちの命はゴミ同然かよ」

 

 

 意気消沈をするバランを他所(ヨソ)に、一人だけ壁際で寄りかかっているジンが腕を組んだまま問うてくる。

 

「それを知っていてなお、御大将は大監獄へやって来て、ココにいる全員を打ちのめした……なにか方法を用意してのことなんだろう?」

「よくわかっているな、ジン。脱獄に必要な要素は色々あるが──(おも)に大事なモノは三つ。構造を把握すること、あらゆる流れと動きを知ること、協力者を得ること」

 

 俺が指折り講釈を垂れたところで、魔族一党のボスであるトロルの左腕を持つ男は笑みを浮かべた。

 

「つまりそこで……協力者、ここにいる者たちの(ちから)が必要というわけか」

「いや、そういうわけでもない」

「──ぅん!?」

 

 ガクッと体勢を崩しかけたジンは、片眉をひそめてあんぐり口を開ける。

 

「ぶっちゃけると、俺一人で盤面を丸ごと引っくり返す(ほう)が早い」

 

 

「じゃあ自分らはなんの為にぶっ飛ばされ、集められ……?」

 

 疑問符を浮かべるジンへと、俺の代わりに回答するように"煽動屋(あおりや)"が口を開く。

 

「そりゃもう、グルシアの旦那には本命がいるんしょ? 脱獄させたい誰かが……──オレゃぁたちはタダのついで(・・・)ってトコかと」

「正解だ、ストール。俺が本当に助けたいのは特別囚人獄にいる、とはいえお前たちみたいな人材が(ちから)を発揮できる場も用意できる」

 

 俺の一言にそれまで特段の反応も見せなかった亜人派閥の長老が、胡坐(あぐら)をかいたまま高らかに笑い出す。

 

「カッカッカッカッ!! これはまた随分と大掛かりな"(やと)()れ"よなあ!」

「えぇえぇそうですとも。モンド殿(どの)のような有能な人材はいくら居ても困りませんので」

「そうかいそうかい。しかしだ、どうやる?」

「数日中に俺は()()()()()()()んで──そうしたらもう、やりたい放題に」

 

「ほう……魔力を──どのように? その恩恵はワタシも預かれるのかな?」

「あらかじめ仕込んでおいた俺だけなので、モンド殿(どの)を含め他の誰にも無理です。方法も企業秘密なんで、申し訳ない」

 

 

 そう言ったところで当然の疑問を(いだ)いて、口にしようとしたジンを、俺はスッと手をあげて制する。

 

「俺一人の魔術でどうにかなるのかと思うだろうが、どうにかなる。これは過言じゃない」

 

 特に状況や戦争というものを理解しているジンと、マティアスら自由騎士団面子は難色顔を示すも、俺は無用な議論であると斬って捨てる。

 

「いざ脱獄の段になって面倒事になっても困るから、今の内にはっきり言っておこう。俺にとってはあくまで不確定要素を少なくする為にここを統一したに過ぎない。

 無駄に魔力を消耗したくもないし、無用な殺戮だって好まないが……邪魔立て(さわ)るなら屍山血河に沈めるってことは、心しといてくれ。くれぐれも、な」

 

 つまるところ連帯責任。一人が不穏なことをしたなら、まとめて潰すこともありえることを周知させる。

 安全でいたいのならば、何もするな。何もさせるな。お互いを監視し合えと(あん)に脅迫した形。

 

 

「正直なところ、ここに来る前はどうしようもない性根の腐った犯罪者もいるだろう? そういうのは助けたいとは思わないし関知しないか、自分で()()()()()()

 

 それぞれが黙りこくる中で、短い付き合いながらもよくよく俺の気性を知ったるジンが忌憚(きたん)なく抗議する。

 

「随分とあんまりな話じゃないか? なぁ御大将──」

 

 ジンの心理状態を把握し、その意図までも俺は読む。ジン本人にはなんら思うところはないということ。

 彼はただ他の者への溜飲を下げさせる為に、あえて俺に食って掛かってきているのだと……()む、なかなかデキる男である。

 

「俺は少なくとも誠意をもって、必要な真実を包み隠さず話したつもりだ。ただ信じるも信じないも自由。脱獄に便乗してもいいし、囚人生活にしがみついたって一向に構わん。

 覚えていて欲しいのは、俺は"忠告"をしたということだ。邪魔をすれば容赦なく殺すということと……どうせ"座して待てば死ぬ"だけ──だから未来は自らの手で掴み取れ、とな」

 

 自分達の置かれた状況というものを、今一度再認識させられて穴倉内が静まり返る。

 

「"勝手に助かる"為に、御大将は活路を(ひら)いてくれるのか?」

「まぁ結果的には巻き込む形だから、少しくらいは手伝ってやるさ──」

 

 そう軽い調子で言った俺は、具体案を彼らの前に丁寧に差し出してやるのだった。

 

 

 



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#307 牢名主 II

 

「──さてここまで聞いて監獄に残りたい酔狂な奴は、もう出て行ってくれても構わんが……」

 

 俺は目線だけを動かして穴倉内を見渡すが、さしあたってこの場から去ろうとする者はいなかった。

 

「みんな聞くだけ損はないってよ、御大将」

 

 ジンの言葉に俺は「うむ」と(うなず)いて、ざっくりと脱獄計画の説明を始める。

 

 

「まず地上組と地下組に分ける。地下組は俺の救出対象と、厳選した人材を連れて行くつもりだ」

「旦那ぁ、全員が地下からは無理なんですかい?」

「俺は実力派な地属魔術士じゃないからな、穴はぶち抜けるが長々と保持することは不可能だ。空気供給も必要だし、人数が多く我先(われさき)にとなっては困る」

 

 様相としては"蜘蛛の糸"にも似ることになる。

 人が増えればそれだけリスクも増大するし、太陽を拝んでからも全員をシップスクラーク財団側で保護・退避させることはできない。

 

 

「よって地上組は真上の"搬出入口"から予備階を経て、地上部から脱出してもらう」

「無茶を言ってくれるな御大将、だいたい先刻(さっき)言ったよな? 攻略はムリだって。大要塞の内から外へ出るのもほとんど同義だと思うが?」

「なぁジン……大要塞が不落たる理由はなんだ?」

 

「動員されている兵の数、練度、防備体制──」

「そうだな、派遣される聖騎士も含めて相当な戦力を(かか)えているな」

「一見すると孤立してるようだが、しっかりと導線が確保されていて、有事に支援を受けやすい立地と何年も戦えるだけの備蓄──」

「確かに補給もしやすく、他の軍とも連携をとって作戦展開できるのも大きすぎる魅力だ」

 

「そしてあらゆる魔術や侵入を(はば)む結界──」

「さすが魔領出身の軍人だけあって、ジンは知っているか。大要塞にあって他の防衛拠点にない最大の特徴は"結界"にある。地下だけでなく地上部にまで掛けて、隙間なく球状に張り巡らされているやつがな」

「だから地下だろうと地上だろうと、脱獄なんて不可能じゃないのか」

 

普通(・・)なら不可能だ、だが俺と俺の仲間たちは()()()()()()。大要塞を一時的な機能不全に追い込む段取りは、当然つけてある」

 

 俺はあえて突っかかってくるジンと"軍議"を重ねるように、全員へと説明していく。

 

 

「まず予備階にいる連中は俺が無力化する。そして縄や鎖があれば搬出入口から(たら)らすが、一応は幾重にも寝袋を強固に繋げて"渡し"にできるよう準備しておけ」

 

 搬出入口までは百数十メートルとあり、何人もが一斉にぶら下がっても切れないようにする必要がある。

 

「自力で登れない奴は昇降装置を使わせて、とにかく人海戦術で押し切れ。結界が消失する予定だから、防壁まで一直線で逃げろ」

「結界が消失だって……?」

「仮に囚人が全員、地上まで出られたなら結界は消失する。なぜなら俺たちの魔力を使って結界を維持しているからだ」

 

 俺があっさりと曝露(ばくろ)した結界のカラクリに、多くの者が驚いたり眉をひそめたり……あるいは得心する者もいた。

 

 

「一定数が外に出た時点で弱まるのは間違いない、そうなれば結界の破壊もそう難しいことじゃない」

「それでもし大要塞から結界外へ出られたとしてだ、御大将。そこからはどうする?」

「外に最低限の支援物資を投下する予定だ」

「そりゃありがたいが……周辺には何もないし、魔領とも接している場所だ。軍が出されて追撃されることだって──」

「大規模な追っ手を出せる余裕なんかないさ。なにせ魔領軍が攻めてくる」

 

 ジンは大きく目を見開いてから、じんわりと細める。

 

「……()き付ける準備も万端、ということか。抜け目がないな」

「"陽動"は大切だ。地上組もその一端(いったん)(にな)っているし、それすらもさらに大きな流れの一部に過ぎない」

 

 脱獄だけが目的ではない。もっと重要な大義が掲げられた以上は、打てる手はすべて利用するものである。

 

「それと俺が収集できた範囲の情報から、お前たちの親族・知人・友人など──可能な限り脱獄の(むね)を連絡してある。だからこの中にも助けに来てくれている人がいるかもな」

 

 つまり日和(ひよ)って脱獄しなければ……わざわざ危険を冒して助けにきてくれるような間柄(あいだがら)の人物が、逆に危うい状況に置かれるということ。

 そうやって心理的に追い詰めることで退路を失くし、脱獄への意欲どころか、もはや脱獄するしかないという袋小路に俺は囚人達を追い込む。

 

 

「とりあえず先陣を切るのは獣人部隊が適格だろう。魔力がなくとも身体能力も高いし、潜伏や索敵にも(すぐ)れている」

「はあ? オレたちが捨て石かよ!?」

「どのみち失敗すればその時点で、首謀者らを含めて多くが殺されるぞバラン。成功率は最大限に上げてこそだ。それに武器を最優先で持てるから、生存率は高い」

「なっ……それって"長老"が貯め込んでるってやつか?」

 

 穴倉内の全員の視線が、一斉に亜人派閥の長老モンドへと集まる。

 

「モンド殿(どの)、いいですよね?」

「そうさなぁ、どのみち死蔵しているだけのものだから構わんよ」

 

 事後承諾になってしまったが、(こと)ここに及んで断るとも思っていなかった。

 

 

「であれば、ワタシも先駆けとしてこの剣技を存分に振るわせてもらうとしようか」

「……そうですか、モンド殿(どの)には地下組特権を与えようと思っていたんですが」

「亜人派閥を統率するにも上に立つ者が必要であろうよ」

「わかりました、自由意志は尊重します」

 

 俺はそう話を閉じると、モンドも納得した様子で(うなず)いた。

 

「ってかちょっと待ってくれ、オレはもう獣人部隊を率いて地上部隊は決定してるわけか?」

「そうだな、獣人たちにも(かしら)は必要だ」

 

 俺はモンドの言葉に便乗する形で、なだめるようにバランへとそう告げた。

 元々彼を財団に引き抜くつもりはなかったので、最初から地上組であるものの……はっきり言ってしまえば(カド)が立つので穏便に濁す。

 

 

(騎獣民族との人脈(コネ)はもう不要だし、バルゥ殿(どの)やバリス殿(どの)に比べれば弱すぎるからな──)

 

 はっきり言ってしまえば、助けたところで大した役にも立ちそうにない。

 他に優先すべき人材はいくらでもいるし、彼自身には獣人群団を率いてもらう役割がある。

 

「では我々も地上組として戦わせてもらおう」

 

 マティアスはセヴェリとトルスティと(うなず)き合ったかと思うと、そう主張してくるのだった。

 

「そうか……まぁ引き止めはしない。無理やり連れていくのも面倒事の種だからな」

 

 

「ストールはもちろん、俺についてくるよな?」

「旦那の(そば)が一番安全ってなもんで、当然でやしょう? 旦那が地下へ行くってんなら地下に、地上を行くなら地上にお(とも)しますよって」

 

 "煽動屋(あおりや)"ストール──獄内でも非常に役に立ってくれたこの男は、誰よりも得難(えがたい)資質を持っている。

 彼の話術はシップスクラーク財団においても有用で、フリーマギエンスにおける、ありとあらゆる布教にも有効活用できよう。

 "文明回華"という大志において、波紋を広げる為に投じる一石となりうるだけの能力と潜在性(ポテンシャル)を秘めていると言える。

 

「ジンはどうする?」

「……御大将の判断に従う。地上で陽動しろと言うのなら、オレはその命令を実行しよう」

 

 命令系統を遵守(じゅんしゅ)する、実に元軍人らしい答えであった。

 

「そうか、ならば俺の近くで俺の役に立て」

「了解した」

 

 トロルの左腕を移植された元魔族一党のボス──"女王屍(じょおうばね)"の研究成果が存在するのならば、辿って行くのに必要な付加価値を持っている。

 さらには俺に対して異議や質問をぶつけ、(とき)に賛同することで、ココにいる全員を誘導していく有能さを見せてくれた。

 

 

(本来であればストールがその役目(あおり)をする手筈(てはず)だったんだがな……)

 

 (はか)らずも魔族一党を率いる実力者であったジンが、ストールよりも先に乗っかってきたことでより円滑(スムーズ)に場を納得させられたと言って良い。

 打ち合わせもなしに、こちらの意図や思惑を察して動ける人材……手元に置いておく以外に選択肢はないというもの。

 

「さて──噛み砕いて飲み込む時間も必要だろうから、ひとまず解散としよう。保存食糧も放出し、英気を養っておけ」

 

 俺はそれらがもはや決定事項のものとして振る舞い、異論を挟ませない態度を崩さず命令するのだった。

 

 



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#308 監獄の中心

「──キタ。きたぞ、来た」

 

 バッと寝ていた状態から飛び起きた俺はゆっくりと両腕を広げて、久し振りの感覚に打ち震える。

 

「旦那ぁ、どうしやした?」

「魔力が戻ってきた。すぐに通達してくれストール、脱獄の(とき)は近いとな」

 

 俺は魔力が奪われていく前に、すぐに"魔力(マジック)|遠心加速分離(セントリヒュージ)"で漏出を防いで自身の内に押し留める。

 

 それは潜入時に予備階で調べていた時や、収監前の魔力簒奪(さんだつ)期間でも実験済みで計算ずくでのこと。

 俺だけのこの魔力操法が通用するからこそ、今回の脱獄計画は十分な勝算でもって形を()したのである。

 

(まぁ失敗しても代替予備計画(バックアッププラン)があるし、さほどの(うれ)いはない)

 

 つまりはワーム迷宮(ダンジョン)のショートカット攻略の(キモ)であった"大型穿孔錐(ボーリングマシン)"の改良最新型を使用する策。

 地属魔術士のリーティアと重力魔術士のフラウがいれば、地下を掘り進んで結界を破壊する力業(ちからざわ)も難しくはない。

 

 ただし二人とも今回の行程を踏むにあたって役割がそれぞれあるので、俺が脱獄失敗して連絡が途絶した場合に限る。

 

 

「遂にきやしたか、オレっちもちょいとばっかし緊張してきましたよっと」

「お前は俺の見込んだ男だし、役に立ってくれた分は(むく)いるから案ずるな」

 

 一度0(ゼロ)まで奪われてしまった魔力から、さらに継続的に奪われ続ける状況で、新たに捻出(ねんしゅつ)することは不可能である。

 そんな状況で俺が魔力を取り戻したのには……"とあるカラクリ"があった。

 

(よーしよしよしヨシヨシ──)

 

 それこそシップスクラーク財団の最先端"魔導科学(マギエンス)"。

 

 

 ──"スライム"と呼ばれる物質が、サルヴァという一人の賢者によって開発された。

 極限環境生物トロルに由来した物質であり、さらなる研究と実験を重ね経て、様々な応用を実現させるに至る。

 最初こそ液状だったそれは……丸い球状の"スライムカプセル"として──固形化させたまま保存し──持ち歩くことができるようになったのだ。

 

 スライムにはそれぞれ"色"によって効果が分けられていて、"黒色"は気化させて使用することで周囲の魔力を肺から血中の流れへと強制的に溶け込ませるモノ。

 しかし常に魔力が奪われ枯渇したような状態である監獄内では、効果が見込めない上に持ち込むことも難しい。

 

 そこでサルヴァに個別依頼して特別に、元の"自分の魔力"を()()()()混合・精製し、液状のまま皮膜を形成させることで、約10日前後を目安に胃腸の中で溶解するように調節したのだった。

 

 そして今──体内に仕込んでおいた"黒スライムカプセル"が溶け出し、封入されていた魔力が俺自身にどんどん急速充填されていっている。

 スライム抽出の為に生成・提供させられ続けるトロルと、ロスタンをはじめとする人体治験に協力し続けた者達に感謝しよう……俺自身も含めて。

 

 あとは"魔力(マジック)遠心加速分離(セントリヒュージ)"でもって漏出魔力を最小限に、体内に貯留し続けることができる。

 

 

「さて……それじゃ早速──」

 

 俺は"天眼"の状態に身を置きながら、改めて把握・確認の為に全方位に対して"反響定位(エコーロケーション)"を試みる。

 そうして()えた欠片(ピース)が、下調べで構築した俺の脳内三次元パースに埋まっていき……ようやく完璧に組み上げられたのだった。

 

「俺がもう一度ココに戻ったら"大脱走"作戦、実行だ」

 

 

 

 

 ──俺は右手の人差し指からスパイラルに渦巻く"風螺旋槍(エア・ドリル)"でもって、地中をガリガリと掘り抜いていく。

 目指すは大要塞の空白部分、大監獄の最下層にして大結界の中心──かつて英傑が"魔人"を封じたと思われる空間。

 

(魔人か──見たことはないが、でも人間大の死体だと利用部位は限られそうだ)

 

 巨大な魔獣メキリヴナのように生体素材として利用するには少なく、あるいは何一つの実入りがないことも想定しておく。

 

 

 穿孔(せんこう)が途中で止まったところで、結界を含んだ強固な壁に(はば)まれたのだと俺は実感を得る。

 魔鋼板作りによって(おお)われた約5メートル四方の立方体の壁、結果ごとぶち抜くには本気で掛からねばならない。

 

「我が一太刀は気に先んじて(そら)疾駆(はし)り、無想の内にて意を引鉄(ひきがね)とす。天圏に捉えればすべからく冥府へ断ち送るべし──」

 

 俺の掌中に形成されるは"音圧超振動"を(まと)った"風鋸"仕様の"太刀風"。

 生成した水素を内包させ、通常の"風太刀"の半分ほどの長さを構えた俺は……スッと切先(きっさき)を壁へと定めた。

 

「空華夢想流・合戦礼法が秘奥義──"烈迅(れつじん)鎖渾(さこん)非想(ひそう)(けん)"」

 

 突き刺さり──爆燃する。次に俺は掘り抜いてきた穴が衝撃によって埋没するよりも一瞬早く、ぶち抜いた穴へと飛び込んだ。

 

 

「──っと、おぉ……()()?」

 

 内側へと着地すると──"人骨と寄り添う死体"、それ以外には何もない殺風景な部屋であった。

 一応は身構えてはいたものの、さすがに数百年と密閉されていては生きているモノは当然いない。

 

 俺は"六重(むつえ)風皮膜"で空気供給しつつ歩を進めて、"物体"の前で立ち止まると……その死体は妙齢の女性(・・)であった。

 

「凄いな……まだ生きているかのような美しさだ──」

 

 いつかどこかの映像で見た、異様なほどの保存の良いミイラを思い出したが……それ以上のモノ。

 薄赤い長髪と、ナイアブが渾身で創り上げた彫刻に、生命をそのまま吹き込んだかのような顔立ち。

 

 しかしながら謎も残る。死体と人骨、どちらが魔人なのか……そもそも()()()()()あるのか。

 

 

「ありがとう」

「ッッ──!?」

 

 唐突に見開かれた白みを帯びた瞳がこちらを向き、発せられた言葉に俺は反射的に飛び退()いていた。

 

「あら、驚かせてごめんなさいね。人と話すのなんて久し振りで……」

 

(生きてい……る? いや、心音は聞こえない──!?)

 

 ゆっくりと立ち上がるその姿には体温も感じられないし、息遣(いきづか)いもない。

 女王屍(じょおうばね)が率いていた、屍体(ゾンビ)軍団が脳裏をよぎる。

 

(わたくし)の名前は、エイル──"エイル・ゴウン"。貴方(あなた)のお名前を聞かせていただけるかしら?」

 

 喋る時にのみ呼吸をする様子……それは生命活動の為ではなく、声を発する為だけのもの。

 俺は依然として困惑しながらも、話しかけてくる以上は理性ある人間なのだと判断する。

 

 

「っ……と、ご丁寧にどうも。自分はベイリルと申します」

 

 思わず本名で名乗ってしまったが、そんなことをいちいち気にする余裕はなかった。

 

「はじめましてベイリルさん。こんな場所では、せっかくのお客様をもてなせないのが本当に残念なことです」

「い、いえ……そのですね、ゴウン殿(どの)は──」

「エイル、でいいですよ。仰々しい言い回しも必要ありませんから」

 

 ニッコリと他意のない笑み──に見えるが、心音も体温も測れないし声色でも(うそ)(まこと)かなど判断できない。

 

「了解しました、エイル……さん」

「はい、なんでしょうベイリルさん」

「細かく挙げればキリがないんですけど、エイルさんは何者なんでしょう?」

 

 とりあえずは距離は維持したまま、そう問い掛けるしかなかった。

 

 

「そうですねぇ、(わたくし)のことを語る前に一つだけよろしいでしょうか」

「えぇはい、なんなりと」

「今は何年ですか?」

「フーラー歴1818年です」

 

 異世界歴は当代神王によって呼び方が変わる。それぞれケイルヴ歴・グラーフ歴・ディアマ歴、そして現在はフーラー歴である。

 歴はそのまま在位年数を現し、フーラーに代替わりしてからおよそ1800年も経過し、同時に文明もさほどの進歩をしていないことになる。

 

「ははぁ~~~……なるほど、ありがとうございます。(わたくし)がここに閉じ込められて、もうそんなに経っているとは」

「ということは、やはりエイルさんが……英傑に閉じ込められたという魔人?」

 

 死んでいるのに生きている──それはいつまでも驚いているほどのことではない。

 それこそ寄生虫による屍人(ゾンビ)を相手にしたし、最後の魔王具である指環(ゆびわ)は死者の蘇生──命を与えられるとも聞く。

 

「いいえ、魔人と言いますと……この子(・・・)(ほう)です」

 

 そう言うとエイルはしゃがみ込んで、床にある人間の頭蓋骨を柔らかい仕草で手に取るのだった。

 



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#309 魔神 I

 

「いいえ、魔人と言いますと……この子の(ほう)です」

 

 床に置いてあった頭蓋骨を手に取るエイル・ゴウンに、俺は疑問をぶつける。

 

「ではエイルさんは……? 魔人の眷属(けんぞく)とか、ですか?」

 

 七色竜が眷属を持つように、主人と奴隷間における魔術契約のように、魔人にもあるいは似たような技法があるのだろうかと。

 

(わたくし)は──そうですね、色々と呼ばれてきましたが……なぞらえるに"魔()"というのが一番なのかも知れません」

「魔神……?」

 

 

 魔人や魔獣はいくつもの伝承にあるが、"魔神"というのは聞いたことがなかった。

 神族から暴走して魔となれば、それはすなわち単なる魔族でしかない。

 であれば魔神というものはひどく物騒(ぶっそう)な二つ名であると言えよう。

 

(わたくし)は神族と魔族の混血なのです。どこから語れば良いでしょうかね──」

混血(ハーフ)……」

 

 魔神とまで呼ばれ、時の英傑に封じられるまでの経緯(いきさつ)に……俺は相槌(あいづち)をしながら半長耳を傾ける。

 

 神族は魔力の"暴走"や"枯渇"を恐れたがゆえに、他の種と(まじ)わることを禁忌としている。

 

 もちろんそういった事情など無視をする神族も特定少数いる。

 実際に"サルヴァ・イオ"が(こと)なる価値観を(いだ)いた結果、神領から出奔して極東で人族と家庭を築いた一人である。

 またハイエルフたる"スィリクス"は神族とエルフの混血であり、エルフ種それ自体の繁殖のしにくさも相まって非常に稀有なハーフとなる。

 

 

(わたくし)は皇国で生まれ……"神器(じんぎ)"と称されるほど魔力量に恵まれていました」

 

 魔力は血流と共に貯留される。単純に体格に勝る者が有利とは限らず、個人差が非常に大きい。また鍛え、適応させることで容量も増やすことも可能。

 

 エルフやヴァンパイアなどは種族的に生来(せいらい)恵まれた傾向にあるが、極稀(ごくまれ)に単一個人として突然変異のような魔力を操るものがいる。

 そうした者を人々はかつて魔法を振るった(かみ)(うつわ)──"神器(じんぎ)"と呼び称され、信仰の対象となるケースもあるのだった。

 

(俺が幼少期を過ごした"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"も研究していたシロモノだな)

 

 三代神王ディアマが使った魔法具"永劫魔剣"を復活させる為、使用者そのものをパーツにするという発想のもとに人体実験を繰り返していた教団。

 "循環器"たる刀身と、"安定器"たる(つば)は保有していたので、発見されていない()の部分たる"増幅器"としての役割を使用者である人体に求めたのだ。

 

 無限に増幅させることはできずとも、貯留し続けた大魔力さえあればディアマの神威の一部を体現できると本気で信じた。

 そうして産み出されたのが何を隠そう(にえ)の少女"プラタ"であり、彼女は不完全ながらも"神器"としての素養を持っている。

 

 それゆえに彼女は普通の魔術が使えないばかりか、人工的に付加された人族の身に必要以上に貯留する魔力は、時に毒となり身を焼かれるようなこともあったのだった。

 

 

(わたくし)は神器であると同時に幼い頃から膨大な魔力に(さいな)まれ、魔力の扱い方を学ぶ過程で"魔法"についても探求し始めました」

「魔法の探求、ですか」

「そうやって日々を過ごしていく内に、神族の血を引いていたこともあって(わたくし)は厚遇され……一時(いっとき)は"司教"の地位まで(いただ)けたのです」

 

 司教とは神王教における複数の教会をまとめた司教区の代表者であり、その上には四人しかいない大司教と、さらに枢機卿(すうききょう)と教皇くらいしか存在しない。

 半分は神族の血とはいえ、もう半分は魔族の血が流れていながらも、そこまでの地位になれたということは彼女自身の能力の高さゆえだろう。

 

「司教となってしばらくして、(わたくし)は一人の殿方と出会い、そして息子を産みました──」

「息子さん……」

「えぇ……それが、"この子"なのです」

 

 

 そう言って頭蓋骨を撫でたエイルに、俺はあくまで平静さを装って(たず)ねる。

 

「その息子さんが……魔人になってしまったと?」

 

 残されていた魔人の骨──それこそが息子の骨であると、エイルは首を縦に肯定した。

 

(わたくし)の息子は──(わたくし)()まわしい魔力を受け取ってしまったのです」

()()()()とはつまり、あれですか。魔力の色が酷似した者同士で起こるという──」

 

 双子であった円卓十席の"双術士"がそうだったように、魔力の波長が同一であれば通常不可能なはずの魔力の相互供給が可能となる。

 

「ベイリルさんは、よくお勉強をしていらっしゃいますね。それとも今の時代では、ご存知で当たり前な論説(ろんせつ)なのでしょうか?」

「いえそんなことはありません、ただ俺は色々と"知る機会"に恵まれているもので」

 

 遺伝的に近い息子が、母と同色の魔力を持ってしまうのは十二分にありえる確率である。

 そして……赤子へと与えられた膨大な魔力によって引き起こされること、それはすなわち──

 

「それで息子さんは……"暴走"に(おちい)って魔人となった」

「はい、その通りです。(わたくし)は日に日に苦痛の増していく息子の為に、研究をさらに進めましたが……すべて徒労に終わりました」

 

 

「察して余りあります、エイルさん」

 

 それは本心からの言葉であり、色々と思わされる部分も大いにあった。

 

「ありがとう、ベイリルさん。そしてひた隠しにしていた息子が露見し、教皇庁から正式に魔人を殺すよう(わたくし)へと命じられました」

「それ、は……」

(わたくし)も司教という立場にありましたからね。自らの手で処理をするならば不問にすることを約束されました──しかしそれ自体が罠だったのです」

「……罠?」

 

 エイルの顔に静かな怒気が満ち、ゆっくりと息子の頭蓋骨を床へと並べる。

 

(わたくし)を呼び寄せている(あいだ)に、討伐作戦が実行されていました。承諾するはずがないと読まれていたのです。そして戻った(わたくし)に残されたのは息子の亡骸(なきがら)だけ──」

 

 息子の遺骨の隣で、生前の息子の姿を思い出すように眺める母エイルの姿は……数百年前の出来事であろうが、まったく無関係の俺にも激情を覚えさせるものがあった。

 

「"死に目"すらも奪われた憎悪と魔力が……()()()()()()()()()()()()()という(わたくし)の切なる渇望を叶えさせた」

「まさか……死者の、"蘇生"──?」

「蘇生と言うには語弊(ごへい)がありますね。それはもはや"魔法"の領域です、(わたくし)(うつわ)こそあっても魔法使(まほうし)にまでは……なれなかった」

 

 

(なるほど、輪郭が見えてきた──彼女から()()()()()()()()()()()、その理由についても)

 

「不完全な(わたくし)の"魔導"は蘇生させることこそ叶わずとも、動かすくらいはできました。しかしそれでも良かった、また息子と暮らせるというだけで……」

 

 そこに人格や意思がなければ、それはお人形遊びでしかない。しかしながら息子を無惨に殺された母親の心情を思えば……。

 

「でも皇国は、エイルさんと息子さんが静かに暮らすことすら許さなかった──だからエイルさんは息子さんを(かば)い……戦ったんですね」

 

 俺は淡々と、それまでの情報から類推(るいすい)した過去における未来を口にする。

 

「その(とお)りです、二度も息子を奪われるわけにはいかなかった……。息子は生前と変わらぬ強度であり、(わたくし)も同じくらいの使い手でしたから」

 

 それこそが彼女が"魔神"と呼ばれた由縁(ゆえん)

 魔人は一人ではなかった。母と息子、二人で一つの正当(・・)なる厄災であったのだ。

 

 



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#310 魔神 II

 

「被害甚大(じんだい)で殺しきれぬと見た皇国側は、聖騎士でもあった英傑"グイド"に討伐を要請しました」

「あーーー……グイド」

「ご存知ですか、やはり後の時代でも有名なのですね」

「まぁ一応そうですね。今は失伝している"魔術方陣"の行使手で、ここを作った人間」

 

 俺はシールフに見せられた記憶の情景を想起しつつ口にする。

 

「今は喪失しているのですか?」

「少なくとも(おおやけ)の体系としては失われているはずです」

 

「たしかに当時でも非常に珍しく、また適性も問われる分野でしたが」

 

 魔術具や魔鋼、あるいは魔術刻印や魔術方陣といった──文字や紋様を利用する魔術は、魔力を固着させるという特殊な技術工程を必要とする。

 俺もリーティアに習って魔術具製作を基礎から修得しようとしていた時期もあったが、結局は断念せざるを得なかった。

 

 

「英傑ってのはいつの時代も、そう呼ばれるだけの理外の強度を持っていたわけと」

「もっともグイドに関しては、"理の内"にあったと思います。正直なところ、戦っていて見惚れるほどの美しい魔術方陣でした」

 

 魔法探究者ならではのモノの見方。記憶映像ではその圧倒的なヤバさのほうが先行していたが、言われてみて改めて思い返すと……美しいというのもさもありなん。

 ゼノが言うところの数学的な──緻密(ちみつ)に組まれた規則性が織りなす、秩序ある完成された形。

 

「あの"陣"は感覚まかせだけでは決してできるものではなく、彼なりの確固たる理論があってこその魔術だったのだと今なら(・・・)わかります──本当に素晴らしかった」

「……恨んではいない?」

「えぇ、彼はあくまで人類の奉仕者としての己の信念を(まっと)うしただけです。あの時点での(わたくし)たちは……間違いなく人類の敵と言えましたから」

「発端である教皇庁だけでなく、()()()()だったと?」

 

「少なくとも皇国を滅ぼしてやるくらいの気持ちにはなってましたよ。実際にそこまでやるかはともかくとして、ね」

 

 息子を奪われ、その息子と(とも)に復讐者となった"魔神"。

 俺とて故郷の村を滅ぼされた身ではあるが、彼女の思いを(おもんぱか)ることはできない。

 

「ただ、あの頃の身を焼くほどの激情も……これほど時間が()って風化してしまったことが──恐ろしくもありますね」

 

 長命種として長き時間(とき)を生きる上で、実に考えさせられる言葉であった。

 

 

「──しかしまぁ、そのグイドと()()ったエイルさんも相当なもんですよね」

(わたくし)息子(このこ)と二人掛かりでしたし」

「いやぁそれでも半端ないですよ、"グイド(あれ)"を相手にするのは」

「ふふっベイリルさん、まるで実際に見たことがあるような言い方ですね。その耳を見るにエルフ種のようですが……もしかしてわたしより長生きなのですか?」

「いえいえ、まだ18年しか生きていない若僧です。それで……英傑グイドであっても、エイルさんと息子さんを封印するしかなかったんですね」

 

「基本的には(わたくし)たちが劣勢でしたが、長引くほどに地形が変わっていきました。いずれ村や街にも被害が及ぶと考えたグイドは、万全の用意をもって(わたくし)たちをココへと誘導し、封じたのです」

 

 エイルは壁へと指を這わせつつ、グッと手の平を押し付ける。

 

「三次元多重構成、凄絶の一言たる魔術方陣ですが……それでもただ結界を重ねただけならば、二人で破壊できる()もありました」

 

 

「だから、()()()()()ように構築したんですね」

「ベイリルさんはまだお若いのに、この結界についても詳しいようですね。でも少しだけ違います、魔力を単純に奪うことはできません」

「……それは"魔法"でもない限り、ですか」

「はい。魔力は根源に関わるモノですし、ベイリルさんも言うところの魔力の"色"が関わってきますから。この魔術方陣の構成は、魔力を結界の発動に転換するように組んであるのです」

 

("闘技祭"で使われていた結界と原理は近いモノ、か……)

 

 学園時代の闘技祭では、観客の魔力を利用して四隅に置いた結界魔術具を発動させるという方式を取っていた。

 あれはフリーマギエンスで作ったものではなく、代々学園に伝わっていた魔術具であり、恐らくは学園長である"竜越貴人"アイトエルの私物であろうと推察される。

 

(直接魔力を奪うことが不可能でも、結果的に同じことにしてしまえばいい。その発想が……この大結界というわけだな)

 

 副次効果として発生する結界をそのまま(オリ)にしてしまうことで、二重の対応策とする実に高効率なやり方。

 

 

「しかも(わたくし)は息子と二人分、二倍の速度で魔力を喪失していくわけですから──ほどなくして息子を(たも)つだけの魔導も使えなくなりました」

 

 その言葉を聞きながら、俺は一つの問いを投げ掛ける。

 

「──それでも……今度こそ"死に目"には会えた……?」

「そうなのです! 皮肉にも魔力がなくなったことで暴走していた精神が戻って、(わたくし)に"ありがとう"って……それに──」

 

 感情を(あらわ)に訴えかけるようなエイルは、ギュッと胸元で拳を握り締める。

 

「肉体が崩壊していく最期、"自分の分まで生きてほしい"……とも」

「少しは(むく)われた、と言えますか」

 

「──あるいは、もう遠い昔の(わたくし)の妄想、勘違いかも知れませんが……」

「いえ、案外それは本当のことだと思いますよ。世の中は既存(きそん)の理論だけで回るものじゃない。時として奇跡のようなことも起こり得る」

 

「そう……願いたいものですね。(わたくし)がこうして自らの"魔導"をもって、死してなお自分を生き長らえているのが証明だと思いたい……」

 

 母としての切なる感情に、俺はもはや恐れることなく彼女へと近付いていく。

 深い、とても深い愛情と、憎悪と、絶望と、哀しみを背負い──息子を蘇らせ、自分が死してなお想いを受け継いで、数百年と生き続ける"母親"へと。

 

 

「ただ一つ。それもまた奇跡などではなく、まだ()()()()()()()()()()()()()なのかも知れません──」

 

 俺は彼女の気持ちを可能な限り察しながらも、頭の中で交渉モードに切り替え(スイッチ)し、そう言葉を(つむ)ぐ。

 

「……どういうことでしょう?」

「解き明かされていないだけで、再現性のある現象かも知れないということです──だから、俺たちと一緒に()きませんか?」

 

 魔力と魔法の研究者であり、自らを蘇生させるほどの魔導師──(ノド)から手が出るほど欲しい人材である。

 

「俺が所属するシップスクラーク財団という組織では、世界のありとあらゆることを研究・開発しています」

(わたくし)にもそこで、(とも)にと……?」

「はい! エイルさんがよろしければ、その(ちから)を是非ともお貸しください」

 

 

 エイルは人差し指を眉間へともっていくと、思考しながら口にする。

 

「つまりベイリルさんが言うには、(わたくし)が立ち会えた息子との別離も、あるいは何がしかの理論に基づいて、その意思を取り戻すことができた……と」

「魔力も、魔法も、魔術も、魔導も──まだまだ謎が多いですから」

「そうであれば……あの日のことも、(わたくし)の勘違いでないという証明にもなると?」

「……えぇまぁ。ただ財団(うち)には"読心"の魔導師がいますので、彼女ならエイルさんの記憶でよろしければ、思い出の中の息子さんと会うこともできますよ」

 

「なんとっ! 会うというのは一体どのような?」

「夢の中を(ただよ)い歩くように、心象風景に映し出す感じです。もっとも見せてもらえる記憶の内容は、その人に知られることになってしまいますが……」

「それくらいは瑣末(さまつ)なことですね」

「ですよね。そこらへんの価値観はなんとなく合うと思っていました」

 

 俺は話の流れと勢いのままにスッと右手を差し出すと、エイルのひんやりとした手で握り返されたのだった。

 

 



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#311 魔神 III

 

 交わした握手──それは異世界においても古来より受け継がれてきた親愛の証明(あかし)

 

「なにとぞよろしくどうぞです、エイルさん」

「こちらこそ、ベイリルさん。せめて(わたくし)がココに幽閉されていた期間くらいは、身を()にして貢献することを約束いたしましょう」

「ははっ、そこまで気負って頂かなくても結構ですよ。しばらくはゆっくり休んでいただいて、それに息子さんの遺骨も埋葬しなくてはいけないでしょうし」

 

 俺はそう言うと羽織っていた巨大布を()いで、魔鋼床の上に敷く。

 元々は魔人の遺骸を資源として利用するつもりで用意していたモノだったが、それ以上に価値のある出会いとなった。

 

「そうですね、とりあえずは持っていくとしましょうか……後のことはおいおい考えるとします」

 

 エイルは遺骨を丁寧に重ねて包んだところで、床へと指を()わしながら……次いで手の平でグッと押し込む。

 

 

「ところでベイリルさん、よく(オリ)を壊すことができましたね」

「まぁ俺も本気でいかないと無理なくらい強固でしたが、これでも魔術戦に関しては自信がありますんで」

 

「それはすごい。この(オリ)はそれ自体が巨大な魔術具のようになっていまして、内からも外からも……あら? 変ですね」

 

 エイルは何かに気付いた様子で首をかしげる。

 

「なにかおかしなことでも?」

「結界の構成が変わっています……」

「触っているだけでわかるんですか?」

(わたくし)は元々魔法探究者ですし、それに魔術方陣を解析する時間はたっぷりとありましたから」

 

 かつて英傑が使い、現在では失伝している高度魔術方陣まで知識の内とは……つくづくもってとんでもない掘り出し物である。

 

 

「元々は三重だったのですが……今は一層だけのようです。経年で劣化したのか、あるいはベイリルさんが壊した所為(せい)でしょうかね」

「いえそれは……俺が伝え聞くところによると、とある人物が改築(・・)した所為(せい)かと思われます」

「はて……?」

 

「ご存知ないかと思いますが、この(オリ)の上には地下監獄があり、地上には巨大な要塞が建築されています」

「なんとまぁ、それはそれは……(わたくし)のあずかり知らぬところでそんなことに」

「その要塞を包んでいる結界がありまして、元々あった恐らくその三重? ……の結界の一部を拡張させたのではないかと」

 

 反響定位(エコロケーション)から得た全体図から類推すると、大要塞を(おお)う一枚、監獄を包む一枚、そしてこの空白の中心点を囲む一枚と三層構造になっている。

 結界を拡張していると(おぼ)しき大魔技師の高弟が設置した魔術具の位置も、複数個ほど把握しているのでほぼ間違いはないだろう。

 

 

「この(オリ)にもちょうど、中央天井の外壁部分に一つ取り付けられていまして──あの、もしかしてこれ先に破壊してたらどうなってましたかね」

「そうですね、結界の構成が変化して……この(オリ)は"元の三重構造"に戻っていたかも知れません」

「俺もさすがに魔鋼壁に加えて三重結界だったら、ぶち破るのは無理でしたね」

「それどころか縮小する結界によって、押し潰されていた可能性もあります」

 

 実にあっさりと発せられたエイルの一言に、俺は色々な可能性を考えて軽挙妄動をしないでおいて良かったと肝を冷やすしかなかった。

 最終手段としては考えてはいたものの、まさか救出すべき人物と大要塞まるごと大量虐殺心中など想像したくもない。

 

「しかしまぁまぁ、英傑グイドの魔術方陣をかってに改造ですか……時代は変わっていくものです」

「そうした発展に喜びを覚えられると、財団(うち)は最高の居場所になると思います」

「なるほど、であれば(わたくし)も楽しみですね」

 

 そうニッコリとようやく本来の彼女らしい笑みを浮かべてくれたことに、俺も冥利に尽きるというものだった。

 

 

「さしあたって今の(わたくし)では、自分を(かろ)うじて動かすのが精一杯なので……ベイリルさん」

「おまかせあれ。結界は自動修復されちゃっているみたいですが、もう何回かはぶち破れます」

 

「いえ、大層な魔術は必要ありませんよ。最初にベイリルさんが魔鋼壁の一部を破壊したことで、魔術方陣の構成を崩してくれましたから」

「……不勉強ですみません、もう少し詳しく」

 

「英傑グイドが構築したこの結界は、ほぼほぼ完全なモノでした。特に内部にいる魔力を利用するという部分と、箱に(フタ)をすることで(オリ)としての完成を見た。

 拡張させたというのも実に凄いことなのですが、分散させてしまったことで安定性を欠いているのです。生じた(ほころ)びをさらにいくつか削ってやれば、少ない労力で済みます」

 

「ほほぉ~、なるほど。結果的には脆弱性(ぜいじゃくせい)を生んでしまったと……なんにせよ、魔力消費が少なく済むなら大いに助かりますね」

 

 うんと(うなず)いたエイルは、俺が入ってきた魔鋼壁の穴から辿っていくように部屋内を歩いていく。

 

 

(ふむ……あれもこれもと惜しんで本末転倒になったら困るから、大結界の二次利用などは考えていなかったが──)

 

 もしかして魔術方陣の知識を持つエイルがいるのならば、大魔技師の高弟が作った結界拡張魔術具も破壊せずに済むのだろうか。

 

「エイルさん、つかぬことを(うかが)ってもよろしいでしょうか」

「はい、(わたくし)で答えられることであればなんなりと」

「結界を拡張させた(くだん)の魔術具も、可能ならば回収したいのですがどうにかなったりしますかね?」

 

 エイルはパチパチと二度ほどまばたきをしてから、真剣に考えた上で答えてくれる。

 

「一応直接見てみないと断言はできかねますが……少なくとも回収するのはあまりオススメしません」

「う~ん、そうですか」

「先ほども言いましたが、結界が消えるでなく収縮する恐れがありますから」

「残念です」

 

 

 しかし俺が意気消沈したところを見計らうように、エイルは救いの(げん)を差し伸べる。

 

「でも実際に観察したなら、解析くらいはできるかも知れません。ベイリルさんが考えるであろう用途としては、それで事足りるのでは?」

「っおぉ!? 足ります足ります! なんせ財団(うち)には優秀な技術者が多数いますので、再現させることも不可能じゃない」

「それに(わたくし)も個人的にすごく気になります。どういった技術を使って、この魔術方陣を改変するに至ったのか……」

「エイルさんよりも後の時代に出た知識や技術ですからね、それも歴史上で指折りです」

 

 ()()()()歴史上最高の称号を(ゆず)る、"大魔技師"と呼ばれた転生者の技術を継承した愛弟子の(さく)

 

「外に出れば当分、そうした興味は尽きず困ることはないのでしょうねぇ」

「"未知なる未来"を見る──既知となった叡智は、また新たな未知を生み出す」

 

 俺は今までに何度も味わってきた交渉における手応えを、愉悦として笑みに浮かべ両腕を広げた。

 

「まさしくシップスクラーク財団と自由な魔導科学(フリーマギエンス)の本分というものです」

 

 

 



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#312 次期魔王

 

「──っと」

 

 俺は掘り抜いた穴から、特別囚人獄の空き独房へと一人で()い出る。

 新たな同志となったエイル・ゴウンは一度解析の為に、結界拡張用魔術具の設置場所でいったん別れた。

 

「飯も空気もいらない不死(しなず)肉体(からだ)、か」

 

 しかも本人談によれば五感も調節できるそうで、かなり理想的な不老不死を体現していると言っていい。

 物理的に破壊されても再生できるらしく、どこまでやれば滅せられるのかはエイル自身にもわからないのだとか。

 

 

『看守、なーし』

 

 俺は鉄扉をゆっくりと開けながら外の様子を(うかが)いつつ、小声で指差呼称(しさこしょう)して確認した。

 特別囚人獄だけは人数が少ないので、一人につき一部屋の独房、定期的な巡回と食事の提供。現代の一般刑務所のような管理体制にある。

 

 ここへ潜入することは、直接的に刑務兵らとかち合う可能性も考慮しなくてはならないのだった。

 

(精度の高い"反響定位(エコーロケーション)"は神経使うからな──)

 

 さらには感覚器官の鋭い強者には気取られる可能性も高いので、「気の所為(せい)かな?」の域を出ない程度に留めておくべきである。

 

 

 俺はカドマイアを探すべく、まず真向かいの独房の密閉された小窓を開くと──中には少女が一人。

 

「は……?」

「お? もうご飯の時間?」

 

 少女と目が合った瞬間……俺は思わず目を疑い、白昼夢でも見たのかと意識を再確認する。

 一方で彼女は混じりっけのない黒色の瞳を細めつつ、こちらを(いぶか)しむような表情を浮かべた。

 

 濃い紫色は毛先までほのかに変わっていくマジョーラカラーの色味を持ち、髪は腰ほどまで伸ばされていて雰囲気は変わっている。

 しかし……見紛(みまが)うというほどでも、見違えたというほどでもない。体格に関しては相変わらず華奢(きゃしゃ)にも見える。

 

 お互いに気付くのは俺が少し早かったものの、口に出すのは彼女の(ほう)が早かった。

 

「っ──ベイリルぅ?」

「おま……何やってんだよ、"レド"」

 

 

 自称次期魔王"レド・プラマバ"──学園の専門部調理科でクロアーネやファンランと、料理を卒業する日まで学んでいた友人がそこにいた。

 魔領出身の魔族だからか、特に魔物料理に造詣(ぞうけい)が深く……俺も何度となく味見・毒見をさせられた。

 

 そして何よりも"闘技祭"の準決勝において俺と闘い、まがりなりにも勝っているほどの強度を持つ。

 しかし魔力を奪われ枯渇し、両手には鎖付きの魔鋼枷(まこうかせ)()められていればどうしようもないようであった。

 

「なにをやってるってベイリルこそ! さては捕まったマヌケ!!」

「アホ、相変わらずだなお前は……俺は(ぼう)の外にいるだろうが」

「えぇ~……じゃぁなんでさ?」

 

 俺は錠前をコンコンと内部の音を聞いてから風を(とお)し、そのまま空気を固化させてあっさりと単純な構造の(カギ)を解錠する。

 現代地球にあるような複雑な鍵や、特定の魔力と紐付けされたような特殊な錠前魔術具でなければ問題なく。

 

 これもまたカプランから習った技術を自分なりにアレンジしたもので、破壊するよりは魔力消費も少なく済む。

 

 (かんぬき)(はず)しつつ独房へと足を踏み入れた俺は、半眼で懐かしき友人を見つめた。

 

 

「助けに来た」

「まじ? ちょー助かる!」

「ただしレド、お前じゃないけどな。カドマイアを脱獄させに来ただけだ」

「誰?」

「一応学園生時代には何度か顔を合わせていたが……まぁいい。さしあたって俺は、レド(おまえ)が捕まっていたことすら知らんかった」

 

 潜入時にある程度の情報は閲覧したが、その中にレドのことはなかった。

 もっとも厳密に網羅・管理されていたわけでもないし、秘匿されている部分も多かったので致し方ない。

 

「でもさぁ……優しいヤサシーやさしぃ~~~ベイリルのことだから、もちろんボクのことも助けてくれるんだよね?」

「まぁ財団員でなくとも友達──いや、悪友だからな。基本的に助けない理由はないが、ただし! なんで捕まったのかくらい聞かせろ」

「別になんでもいいっしょ~?」

「お前がたとえば無辜(むこ)の民を虐殺した鬼畜だったりしたら困る。ちなみに(ウソ)は通じないぞ」

 

 レドは素直でわかりやすいので、そこまで神経を使わずとも生体反応から探ることは容易であった。

 

 

「うっ……話せば長いんだよぉ。でも魔族であろうと外道と言われるようなことはしてない!」

「真実──のようだな。でもせっかくだ、学園卒業後から手短かに聞かせてくれ」

「んーーー、まず親父の(もと)へ帰って、プラマバ家を乗っ取った」

「おいおい……親不孝者か」

「いやいや親父はボクが立派に容赦なく育ったって、泣いて喜んでたよ」

「文化がちがーう、な」

 

 魔族という気性の荒い傾向のある種族であればさもありなん。

 

「んでぇ、プラマバ領軍を率いたボクはそこらへんを統一した」

「そこらへんて……」

「具体的に言うと三ツの領主をぶっ飛ばして、二ツの領主に靴を舐めさせた」

「合計で七領地か、やるじゃないか」

「だしょ? とりあえず東方魔王を名乗るならあと九ツくらい潰せば優位に立てられて良かったんだけど……」

 

 レドの顔が露骨に曇り始める。

 

「最東端の領主を潰しにいくトコで、挟撃する作戦だったんだけど──裏回っていたボクらの部隊が全滅した」

「なんでまた」

「それがさっぱりわからないんだ。()()()()()()()()()()()()()()と思ったら、そのまま天地が()ってきて──辺り一面がグチャグチャだった」

「うん……?」

 

 どこかで聞いた……否、遠目ながら()()()()ような話である。

 

 

「ボクだけは咄嗟(とっさ)に耐久と再生に全振りしたから即死は(まぬが)れたけど、それでも二季ほど生死の(さかい)彷徨(さまよ)ったもん。作戦はとーぜん失敗……」

 

 思い出すだけでも意気消沈しているレドに、俺は事実確認の為にとある問いを投げ掛ける。

 

「なぁレドよ、もしかして"断絶壁"の近くだったか?」

「そりゃ最東端だからね、だからナニさ……? っもしかしてなにか知ってるの!?」

 

「あーうん、それはな。五英傑が一人、"大地の愛娘"の所為(せい)だ」

 

 同時に俺がソナー探査の音によって、彼女の睡眠を妨害してしまったことが原因でもあるのだが……そこは黙っておく。

 

「"大地の愛娘"──まじかー、うわぁ……だって壁なんて見えない距離だったのに?」

「彼女には距離なんか関係ない、断絶壁を創るくらいなんだからな」

 

 恐らくは……この星に住む限りは、(あまね)く全てが彼女の手の内とすら思える。

 

「マジっかぁ、しくじったなあ。はぁ~……噂には聞いてたんだけど」

「まぁ五英傑とかち合うのは運が悪かったと思って切り替えろ、むしろ一命を取り留めたことを誇りに思え」

 

 あの"地殻津波"を喰らっても生き延びられたレドもまた傑物であるということは間違いないのだ。

 

 

「──で、その後はどうしたんだ?」

「あー……うん、(うち)の勢力もかなり()がれちゃってさ。イロイロあって"西方の"に頼らざるを得なかった。そこで領主であるこのボクが自ら出向いたわけよ。

 頑張って交渉したら、領界線の皇国軍を撃退してくれれば余裕ができるってんで、ボクはそこの領主の軍と連携しつつ潰して回ってたんだけど……」

 

 ぶるっとその時を体で思い出したのか、レドの体が大きく震えた。

 

「そしたらどこからともなく白髪にコートのオッサンが()って来て、なんかベルトを体中に巻いてた変な奴でさ。全員が動けなくなったよ」

 

(あっ……)

 

 どうしたって察してしまう。なにせ俺自身が相対して、心身に刻み込まれた記憶は未だに()せることはない。

 

「嘘みたいな話でしょ? でもホントなのさ。降伏勧告をしてきたから、ぼくが殿(しんがり)(つと)めて全員を逃がしたさ」

「殊勝なことをしたもんだ」

「だってボクが一番強いし、西方のに恩を売れると思ったからね。で、そのオッサンってばボクの"究極の打撃"でも、微動だにしなかったんだよ?」

「闘技祭決勝でフラウに不発で終わったってやつか」

「そう! ふつうに喰らって、でもフッツ~に立ってやんの!! おかしくない!?」

「そりゃぁ、そうだろうな。なんせそいつは十中八九、五英傑が一人"折れぬ鋼の"だ」

 

 灰のような白髪の痩躯、拘束具のような何重ものベルトの上に聖騎士のサーコートを(まと)い、レドですら歯牙に掛けられないと言えば一人しかいまい。

 

 

「は? あれが……? ってか、また五英傑──!?」

「つくづく運が悪かったとしか言えんな、それでとっ捕まったわけか」

「はぁ~~~……ボクもう運悪いってレベルじゃなくない?」

 

 事情を把握した俺が手枷を(はず)してやると、しばらく呆然とした様子からレドは勢いよく立ち上がる。

 

「でも、よしっ切り替えてこ!」

復讐(リベンジ)するとか言い出すかと思ったが、諦めが良くなったな」

()()()()にかかずらっている暇なんかない! 寿命で死ぬまで待てばいいだけさ。それに監獄(こんなトコ)でも時間をどれだけ浪費したことか──」

「学園でも浪費したろ?」

「あれは無駄な浪費じゃない、有意義な浪費だから」

 

 それにしてもなんともまぁ数奇な運命とも言える巡り合わせなのだろうか。

 

「ところでさぁ、ベイリル」

「なんだ?」

「恥ずかしいから囚われてたこと、クロアーネには言わないでおいてくれる?」

 

 片目をつぶりながら拝み倒すように言うレドに、俺はあっさりと言ってやる。

 

「多分無理だと思うぞ、外で待っているからな」

 

 



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#313 泥の王子

 

 自分の短かった半生を振り返る時間は……監獄(ここ)に来ていくらでもあった。

 罪を犯したわけでもない、人道に(そむ)いたわけでもない──それでも人生とはあっさり転落するものだと。

 

(学園生の頃は……本当に楽しかった──)

 

 幾度となく想っただろうか。あの頃だけが……かけがえのない思い出と言えるかも知れない。

 

 黄昏の姫巫女を輩出するアーティナ家として生まれたが、既に廃絶していた。

 しかし一族はそれを良しとはせず、総出でお家の復興の為にあらゆる手を尽くした。

 

 

(疑問を持つことなど、なかった)

 

 パラスと共にそう育てられてきた。それが使命であると信じていた。しかしどこか他人事でもあった。

 復興途中で候補者である自分達が見つかると狙われる可能性もあるので、皇国から連邦西部の学園くんだりまでわざわざ入学した。

 

(ただの……本当に単なる足掛けに過ぎないと思っていた)

 

 ほんの少しでも自由に生きられる時間をと──親心もあったのだと思う。

 それでも最大の目的は、黄昏の姫巫女となるべく教育されてきた知識と技を"実践"すること。

 

 他者に好かれ、迎合し、人心を操作し、場を掌握する資質を……実地で鍛え上げるということ。

 

 様々な交友を(ひろ)げたし、そうした過程で多くの女性とも関係を持った。

 元の顔の良さやもあってか"泥の王子"などと呼ばれ、演じるということにも慣れていった。

 

 

 しかし必死に塗り固められた嘘がなかった関係性も……あの時は確かに存在した。

 

(ヘリオ、グナーシャさん、ルビディアさん、スズ──)

 

 ぶっきらぼうながらも、仲間思いで面倒見のいい鬼人。

 一見すると近寄りがたいが、熱い思いと柔軟な考え方を持った狼人。

 いつだって前向きで、誰に対しても分け隔てなく親しみやすい鳥人。

 どこか掴ませない部分も数少なくないが、常に細部に気を遣っているシノビ。

 

 最初はのらりくらりと利用してやろうと考えていたのに、いつの間にかペースに乗せられてしまっていた。

 パラスを含めてキマイラを全員で討伐した時には、それまで感じたことのなかった昂揚感を得た。

 

 ギターとボーカルのヘリオが主導となって"バンド"を組んで、音楽と出会い、演奏に励んだ。

 リードギターのカドマイア(じぶん)、ベースのルビディア、ドラムのグナーシャ、広報のスズ。

 ベイリルがプロデュースし、いつの間にかパラスは持ち前の事務能力でテキパキと段取りをつけだした。

 ジェーンとリンのユニットともコラボ公演をすることもあった。

 

 時に作詞し、作曲し、練習した成果を"ライブ(LIVE)"にぶつけ、数え切れない生徒達を熱狂の坩堝(るつぼ)に叩き込んでやった。

 

(あの感動は……ぼくたちにしかわからない)

 

 大陸に名だたるどんな王様や、金持ちや、その他権力者達──それこそ"黄昏の姫巫女"だろうと、神族であろうと、"英傑"であろうとも、味わうことはできない。

 

 "表現者(アーティスト)"だけに許された世界。

 自分達だけが享受(きょうじゅ)することのできる、最高の景色がそこにはあった。

 

 

(フリーマギエンスという枠組みが──そこに集まった皆が、ぼくを根底から打ち砕いてくれた)

 

 違う生き方もあるのだと……価値観はそれぞれ尊重されるべきであると……。

 それでもパラスは最後の一線を越えることはなかったし、結局は自分自身も一族を裏切ることはできなかった。

 

 こんなことならば……いっそ黄昏の姫巫女という使命も、一族なんてのも放り出して生きることだってできたのかも知れない。

 広げてくれた世界に飛び込む勇気がなかったと、もう一度やり直せるならと考えずにはいられなかった。

 

「ふっ……くく、ははっはははは──」

 

 自嘲的な笑みもこれで何度目にもなるか。哀しみも悔しさも切なさも、()()ぜに。

 

 

「──センチメンタルな気分じゃなさそうだな」

「……?」

 

 顔を上げると、鉄扉につけられていた小窓から碧眼が覗いてた──そして声にも覚えがある。

 

「五体は無事なようでなによりだ、カドマイア」

「ベィ……リル?」

 

 理解が追いつかなかった。かつての友、フリーマギエンスを創部した男でありヘリオの義弟にもあたる。

 そして自分達のプロデューサーとして色々と指導や意見、調整を(おこな)っていた男。

 

 ベイリルはあっさりと鉄扉を開けて入ってくると、ジッとこちらを見つめて口を開く。

 

「放心状態か? ここを脱獄()たら"一仕事(ひとしごと)"があるんだが……精神疾患があるようなら迅速にシールフにでも()てもらおうか」

「い……いや、面食らっているだけです。それに幻覚を見ているわけでもないようだ」

 

 大きく一度だけ深呼吸して心身を覚醒させている(あいだ)に、ベイリルはいとも簡単に(かせ)(はず)してしまっていた。

 

 

「まさか……わざわざ助けにきたのですか?」

「そういうことになる」

「それは……その、なんと言えばいいか……」

「まっカドマイア(おまえ)はしばし音信不通だったが、財団員である以上は助けるだけの理由がある」

 

 ぼくは立ち上がったところで、差し出されたベイリルの手を握って親交を思い出す。

 

「それと異母姉にも感謝をしておくといい──」

「なるほどパラスが教えたんですね……だと知っているなら、事情もすべてご存知ですか」

「いや事情に関しては、恐らくお前たちよりも深く知っている。"黄昏の姫巫女"とも直接会って、財団に引き込む布石まで打ってきたからな」

「黄昏の姫巫女さまを……?」

 

 わけがわからなかった。学園時代からもう理解不能なことに溢れていたが、久方振りでも意味不明な事態が展開しているらしい。

 

 

「なんだ、今さら驚くようなことか? 学園生時代から商会に関わっていたのに」

「……そうでした。ベイリルきみが助けに来たのも含めて、いちいち考えてたらキリがない」

 

 しばらく遠ざかっていたからか、こうした破天荒な出来事にもまた慣れていくことだろうと思う。

 

「カドマイアは黄昏の姫巫女に未練はあるか?」

「いえ、元から思うところなど無いも同然でしたよ。おおよそは義務感で生きてきた人生です」

「そうか、ならいい。権威を示す上ではそれなりの役割もあろうが……あれは無為(・・)だ」

「ベイリルは何かご存知のようで……」

 

「まぁな、お前を神領へ連行する予定だった神族から事情を少しばかり聞きだした」

「聞き出した……? いえ、あまり深く知らないほうが良さそうですか」

「そうだな、好奇心だけで聞くには……いささか重大事になる。俺としても一旦持ち帰って精査・協議・判断する必要があるから、今の段階で話せることはない」

「了解しました。ぼくとしては助けてもらうだけで十分すぎる──あるいは今後の身の振り方についても、決まっていたり?」

 

 (おそ)(おそ)る……というほどでもないが、仮に命を懸けろと言われたところで応じるに足るだけの借りである。

 

 

「無論だ。こうして助けたことも含めて、今後は商会あらためシップスクラーク財団の為に粉骨砕身尽くしてもらう」

「なんなりと」

 

 言うやいなやベイリルはニィと笑う。

 

「よし、腕は()び付いてないか?」

「一体なんの……?」

 

 疑問符を投げ掛けるとベイリルは左手を顔の横に、右手をお腹あたりに──空気(エア)のピックで空気(エア)(げん)を鳴らす動作をとった。

 

「まさかギター、ですか?」

「これから忙しくなるぞ。それで、どうなんだ?」

「取り戻すには時間が掛かると思いますが、一日たりとて忘れたことはありませんよ」

 

 するとベイリルは満足げに大きく(うなず)く。

 

 学園を少し早く卒業してからもずっと忘れられなかった。だから闘技祭は家族に無理を言って学園へと戻ってライブをしたほどだ。

 それからもいつだって音楽(ロック)は心に熱く、ずっと頭の中でリフレインし続けていたのだ。

 

 

「当然だがヘリオもグナーシャ先輩もルビディア先輩も一緒だ。各種支援(サポート)としてスズやパラスもな」

「はははっ、にわかには信じられない。また(とも)に組めることができるなんて──」

 

「しばらくは(いじ)られ役として、(こす)られるのも覚悟しなくっちゃあな?」

「どんな関わりでもぼくには嬉しいことですよ」

 

 掛け替えのない仲間達と生きるという機会──もう二度と手放すことはない。

 

「さて、そんなとこで話は以上だ。すぐにでも脱獄したい気持ちだろうが……他にもまだやることが残っているから、もうしばらくここで待っていてくれな」

 

 独房から出て行くベイリルを他所(ヨソ)に、すぐさま過去を振り返りながらエア・リハーサルに励むのだった。

 

 



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#314 意図せぬ糸口

 

 俺はレドとカドマイアをひとまず牢獄で待機してもらって、順繰りに巡っていった。

 多くは閉ざされた空間で長時間と居た所為(せい)か精神に異常をきたしており、人材としても使えそうにない者ばかり。

 

 成果の少なさにやや気落ちしながらも、俺は人の気配がする最後の(オリ)の小窓を開けた。

 

(なんだぁ……?)

 

 そこには両手足に魔鋼枷(まこうかせ)をガチガチに()められたまま、鎖が壁にまで念入りに繋がれた男が簡易ベッドに座っていた。

 ただでさえ魔力が奪われる独房で、さらにここまで厳重に拘束されているとは……一体何をやらかしたというのか。

 

 

 すると灰褐色の髪をオールバックにまとめた男は、(つぶ)っていた瞳を開くと"赤き眼光"を鋭く、"犬歯の生えた口"で言葉を紡ぐ。

 

「ようやくきたか、()()()()()は決まったのか?」

 

 俺は不意に殴り付けられた心地になり、思考が止まりそうになりつつも……かつてないほどの速さで脳を加速させ魔力が巡らせる。

 

「んん……? "知った気配"かと思ったが──()()()()()()()()()()()か」

 

 俺は平静さを(たも)ちつつ、ダメ元で囚われた男の話に乗っかってみるより他はなかった。

 

「誰と間違えたのかはわからないが、自分が"アンブラティ"の(つか)いであることは確かだ」

「そうか、案外遅かったな。(わたし)が見ていない顔は少ないが……よもや"模倣犯(コピーキャット)"か?」

 

大当たり(ビンゴ)──ッ!!)

 

 俺は心中で歓喜に打ち震える。まさかこんなところでアンブラティ結社の糸口と出会えるとは……僥倖(ぎょうこう)としか言いようがない。

 さしあたって知らない名前が出てきたが、さすがにそれに乗っかるのはボロが出ると感じて俺は否定する。

 

 

「いや──自分は"脚本家(ドラマメイカー)"の後任だ」

 

 俺は唯二(ただふた)ツ知っている名の片一方(かたいっぽう)を出して、相手の反応を見る。

 

「後任? ついに死んだか。奴が他人などに座を明け渡すわけがない」

「……新入りである自分はそこまで聞いてはいない」

 

 話しながら3つもの(かんぬき)(はず)しつつ、俺は独房の扉を開けて中へと入る。

 

「後任──ということは、今回の計画を仕組んだのは貴様ということか」

「確かに絵図を(えが)いたのは自分だが……どこか含みがあるような物言いのようだ」

「当然だ。脚本家(ドラマメイカー)とは何度か組んで仕事したことがあるが、奴なら自らの手をなんら汚すことなくもっと上手くやる。わざわざ囚人服まで着て、潜入などしてくることなど無くな」

 

 俺は感情を(たか)ぶらせず、心静かに男の言葉に耳を傾けながら……ゆっくりと扉を閉め、近付きながら観察も並行する。

 赤き瞳に生える二本の牙──将軍(ジェネラル)の種族が"純吸血種(ヴァンパイア)"なのは明白であった。

 

「だが脚本家(ドラマメイカー)などよりも、貴様のやり方のほうがずっと私好(わたしごの)みだ。楽しみは全身で味わわないといかん」

 

 

 俺は(ひざまず)くようにしゃがんで、男の足枷から解いていく。

 ここまで厳重な拘束を()くことにはいささか不安も残るが……いかにヴァンパイアとて、少なくとも魔力が枯渇した状態で魔術を使える俺をどうこうすることもできまい。

 

「──自分は貴方のことは知らされていない、なんと呼べばいい?」

「なんだ、"仲介人(メディエーター)"から聞いていないのか。"将軍(ジェネラル)"と呼べ」

「了解した、将軍(ジェネラル)。ところで貴方が何をして(とら)われていたのかも聞いていないのだが……」

「ならばどうして貴様はここまで来た? 絵図を(えが)いたのではなかったのか」

「自分が(えが)いたのはあくまで脱出のやり方だ。囚われている人物を助けよ、と……特徴だけを知らされていた」

 

「そういうことか"仲介人(メディエーター)"め、こんなことの為に(わたし)を利用するとは」

 

 煮え切らずに舌打ちする将軍(ジェネラル)に、俺は依然として頭を回しながら(たず)ねる。

 

 

()(つか)えなければ教えてもらいたい」

 

 足枷に続いて手枷も解かれた将軍(ジェネラル)は立ち上がると、ゴキゴキと全身の骨を慣らすように鳴らす。

 俺よりも一回り大きい体躯、鍛え研ぎ澄まされた肉体は、監獄内にいても衰えた様子は見えない。

 

(とら)われた理由か──なんのことはない。(わたし)は皇国に一仕事(ひとしごと)をしにきていて、そのついでだった」

「……仕事?」

「そうだ、先の神族殺し。()()()()()()()の調達と、ついでに皇国と神領に不和の種を()く──思っていたほど手応えがなく、実につまらなかった」

 

(っまさか──!?)

 

 アンブラティ結社──将軍(ジェネラル)。この男が黄昏の都市でハイロード家の者と、護衛であった神族を殺した真犯人だと……たった今、本人が自白した。

 その事件の冤罪(えんざい)によってカドマイアが捕まり、"黄昏の姫巫女"の立場も危ぶまれ、そして俺がこうして大監獄へとやって来た元凶にして奇なる因果。

 

 

「後始末は"掃除屋《スイーパー》"に任せ……追加で大監獄へ収監されるようにと頼まれた。まさか貴様の実力を測る試し(・・)に付き合わされたとはな」

「こちらとしても、不可解な依頼の意味が氷解した気分だ」

 

「お互いに、か──まったく一興すらもないとはな。聖騎士とも久方振りに衝突したものだが、()と比べて質が落ちたものだ」

 

(オイオイオイ、しかも皇都でウルバノとファウスティナを、同時に相手にした指名手配犯でもあるのかよ……)

 

 聖騎士の強度は言うまでもない。俺や円卓の魔術士もそうであるように、"伝家の宝刀"と言えるだけの単一個人戦力である。

 それを二人同時に相手にして、以前よりも質が落ちたと言うほどの余裕……将軍(ジェネラル)は一体どれほどの強者だというのか。

 

(そんな奴が殺し屋として所属している"アンブラティ"結社──)

 

 しかもその動機が皇国と神領の関係性に亀裂を入れるなどと、改めて放置しておくには危険すぎる組織である。

 将軍(ジェネラル)の処遇についても、情報をなるべく聞き出しつつ泳がすのか殺すのか……早い段階で決めておかねばなるまい。

 

 

「ところで、貴様の呼び名はなんだ?」

「……"調整人(バランサー)"だ」

 

 じんわりと値踏みするように見据えられ、俺は少し迷った末に名乗る。

 アンブラティ結社では本名ではなく、いわゆる二つ名ともまた毛色の違った通称名を、"大魔技師"と高弟が広めたとされる連邦東部(なま)りで呼んでいるようであった。

 

調整人(バランサー)、か。その名からすると、他にも多様な仕事をやれるのだろうな」

「えぇまぁ──貴方も将軍《ジェネラル》と言うからには、殺しだけではないのでしょう?」

「いや(わたし)の場合は、亡き国の王にして将軍でもあったというだけだ」

 

(帝王にして猛将か、"戦帝"を思い出すが……あの戦争狂にヴァンパイア種の寿命があったらと思うと想像したくはないな)

 

 眼前の男が聖騎士二人を相手にしたという事実が、如実(にょじつ)に物語っているのではあるのだが……。

 

「結局のところ、守る者など無い(ほう)(わたし)は強かった。そこに気付けただけでも、国を一つ潰した価値はあったものよ」

 

 色々と突っ込んで素性(すじょう)を聞きたい気持ちもあったが、アンブラティ結社の人間同士がどれほどの距離感を維持しているかも測りかねる。

 今はまだ微塵(みじん)程度でも疑われるのを()ける為に、こちらから踏み込んでいくような真似は控えることにした。

 

 

「──して調整人(バランサー)、この後はどうする」

「自分が魔術によって地下道を掘って一気に地上へ向かう計画だが、その前に色々と所用が残ってい──」

「所用、だと?」

「今後の為の(コマ)を確保しておくのと、陽動と攪乱(かくらん)のために囚人らを解放する」

(コマ)か……なるほど、貴様は正しく脚本家(ドラマメイカー)の後任のようだな」

 

 ニィっと口角を上げつつ目を見開いた将軍(ジェネラル)は、解放された肉体でドカッと簡易ベッドに座り込む。

 

「既にこの特別囚人獄でも三人ほど引き入れている。看守兵に見つかると計画に支障を(きた)す恐れがあるので他の者と同様、ここでしばしの待機を願おう」

「どれくらいだ?」

「一般囚人獄への仕込みと根回しは既に終えている。あとは少しのキッカケで、(こと)はつつがなく済む」

 

「結構。お手並みを拝見させてもらおうか、"調整人(バランサー)"」

「……ご自由に」

 

 結社の人間──情報を引き出し、利用するだけ利用したなら──その後はボロ雑巾のように絞り、引き裂いてやろう。

 

 



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#315 獄中散歩

 

(暇だなぁ……)

 

 レドは何度も心の中で繰り返しつつ、どうしようもない手持ち無沙汰感を持て余す。

 

「もうかな~り待ったし。これ以上はムリ!」

 

 ベイリルには「準備が整うまで大人しく待っていろ」と言われたが、こうして肉体が自由だとすなわち精神も自由ということである。

 

「巡回兵なーし」

 

 レドはキョロキョロと周辺をきちんと確認してから、ちょっと散策するくらいの心地で独房の外へと出る。

 すぐに向かいの(おり)の錠前と(かんぬき)が外されており、中へと入ってみると……床に穴が空いていた。

 

「なぁにこれ、もしかして脱出口──」

 

 そう呟くやいなや、ヌッと手が伸びてきたかと思うと青白い肌の女性が顔を出す。

 

「わぁ!?」

「あら……驚かせてしまってごめんなさい」

 

 穴からスルリと這い出た女性は、次に同じくらいの大きさの包みを穴から引っ張り出したのだった。

 

 

(わたくし)はエイル・ゴウンと申します。貴方のお名前は?」

「あっうん、ボクはレド。レド・プラマバだよ──もしかしてエイルってベイリルの協力者?」

「協力者……と言ってよろしいものか。多少なりとお手伝いはしますが、(わたくし)も脱獄させてもらう身です」

「そうだったんだ、ナニしてぶち込まれてたん?」

(わたくし)ですか? 皇国の意向と判断に納得できず、少しばかり反抗しました」

「へぇ~、ボクは"五英傑"ってのの一人にやられたらしくてさぁ……」

 

 まだ短い人生の内に一人に殺されかけ、もう一人に打ちのめされて捕まるなど……本当にままならない。大きな損失(ロス)である。

 

「はっきり言って遭遇可能性を考えたらまずもって低いからさ。油断してたわけじゃないけど、色々と後回しにしてたのがこうも裏目に出るとはね」

 

 五英傑は基本的には人領側の問題であって、魔領に対しては積極的に関わってくることはない。

 だからこそ念入りに情報を収集し、注意を(うなが)すなんてことも特にしようとしなかった。

 

「英傑ですか……()()()()なんですね」

「そうだよ、ボクも名前や素性までよく調べてないんだけど……とにかくすんげー強かった!」

 

 同じ(てつ)だけは踏むまいとレドは心に固く誓う。少なくとも現状において対抗する手段がない以上、まともに相手にだけはしないように。

 

 

「いつの時代も変わらないのですね」

「……? うん。とにかくベイリルには感謝だね、どうやってこっから逃げるか正直浮かんでなかったもん、大きな借りになっちゃった。こんなことなら何か貸しとくんだったさ」

「ベイリルさんとはよく知った仲なのですか?」

「あぁ、学園生時代に色々とね。ちなみにベイリルよりボクのほうが強い」

「……喧嘩友達?」

「ん~~~悪友ってとこかな?」

 

 2人揃ってクロアーネに小言をチクチク刺されていた頃をレドは思い出す。

 

「そうだ! 学園といえば──監獄(ここ)にもう一人いるんだった」

「事情は存じませんが、旧友は大事にした(ほう)がよろしいでしょう」

 

 何気ないエイルの一言だったが……どこか実感の込められたそれにレドは首をかしげるも、すぐに気にしないことにする。

 

「知り合い程度だけどね、でもまぁまぁせっかくだから会いに行ってくる。その後でまた話そうね、エイル」

「えぇ(わたくし)はここでお待ちしていますよ、くれぐれも刑務兵にはお気をつけて」

「わかってるってば」

 

 なにやら(いつく)しむような瞳を向けてくるエイルを気にすることなく、レドは独房から出るのだった。

 

 

 

 

「あーあー、キミねカドマイア。ライブの人だ、思い出した」

「そういうあなたは……レドさん? 調理科の──」

 

 突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)に対してさほど驚いた様子もなく、カドマイアはレドへと応対する。

 

「そうだよ。いやは~~~お互いに捕まるなんて奇遇だね!」

「……確かに、奇妙な巡り合わせだ」

「ベイリルはキミを助けに来たんだってね? だからアリガト。おかげでボクもついでで助けてもらえたよ」

「えっーと……それはなにより?」

 

 カドマイアとしても知り合いという程度なのでいささか反応に困ったが、レドはズケズケと踏み込んでくる。

 

「ところでなんで捕まったん?」

「神族殺しの罪を着せら──」

「わぉ! スゴいね、意外とやるじゃん」

「言っておきますが無実です。無理やり嫌疑(けんぎ)をかけられて、形式だけの裁判の上で投獄されたに過ぎない」

「っふーん……で、実際のとこは?」

「本当に冤罪(えんざい)です、そうでなければ脱獄させる価値などこの身にはない」

「ちぇっ、つまんない答え」

 

 レドは唇を尖らせ、カドマイアは半眼な呆れ顔の後に、そのあまりの軽さにあてられてフッとわずかに笑った。

 

 

「そういえばベイリルって引き抜き(スカウト)大好きだったよね、他にも助けられたのいるのかな?」

「特には聞いていな──」

「よしっ、じゃあ探しにいこう! いや、いっそのことボクも戦力の拡充を(はか)るか」

「余計なことはやめたほうが──」

「なぁになになに、ベイリルなら十人や二十人くらい助けるのが増えたって気にしないって!」

 

 三度(みたび)言葉を(さえぎ)られ、さすがにカドマイアも溜息を吐く。

 

「はぁ~……、囚人らしく大人しくしているのをオススメします」

「や~だよ。なんならカドマイア(きみ)も一緒に行く? 元学園生同士のよしみってやーつ」

「遠慮しときます、まだまだ思い出すことが山ほどあるので」

「思い出すって?」

「音楽を──ですよ」

 

 気の充実したカドマイアの瞳を向けられたレドは、ニヤリと笑って納得する。

 

「そっか、ならしょうがない。キミらのバンドはボクも好きだったから」

「それは……どうも」

「ほんじゃま、邪魔したね!」

 

 話したいことだけ話して房からいなくなったレドを忘れ、カドマイアは脳内ライブリハーサルを再開し没頭するのであった。

 

 

 

 

 独房の外に出てレドが気付いたのは、先刻までは感じられなかった匂い(・・)のようなものだった。

 特別囚人獄の最奥へと導かれるように歩を進めていくと、既に鉄扉が解放されていることに気付く。

 

「オジさんだれさ?」

 

 小窓で確認することもなく遠慮なしに入ったレドは、勝手知ったる牢名主か何かのように振る舞う。

 

「礼儀知らずな小娘よ、さしあたって同じ身の上の囚人のようだが。貴様こそ誰だ」

「ボクはレド・プラマバ。で、オジさんは?」

(わたし)は名など当の昔に捨てた身だ」

「なんだよそれぇ! オッサンこそ礼儀知らずじゃん、まずはボクが名乗ったんだからそっちも名乗るのが(スジ)ってもんでしょ」

 

 将軍(ジェネラル)はレドに抗言することなく、しかして関わりを無下に断つようなこともしない。

 

 

「まったくウルサイ小娘だ、捨てた名でいいなら──グリゴリ・ザジリゾフだ」

「グリゴリ……ザジリゾフぅ? それってぇ、むか~し"西方魔王"だった奴じゃん」

「ほう、かなり前の話だが、歴史を知っているか」

「もちろんさ、なにせボクは"大魔王"になるんだからね」

 

 フフンと鼻を鳴らすレドに対し、冷め切った様子で将軍(ジェネラル)は口にする。

 

「つまらん景色だ」

「ふーん、そんなこと言うってことは……なんか長命種(ヴァンパイア)っぽいし本気(マジ)に本人? それならオッサンじゃなくてジジイじゃん」

「礼節を学べ、小娘」

 

「魔族にとって"強いことが何よりの礼節"でしょ? 頂点(テッペン)()れなかった老木に説教される(いわ)れなんてないね!」

「四方魔王の一角にすら至れていない者が、身の程知らずも(わきま)えよ」

 

 ジロリと将軍(ジェネラル)はレドを()めつけるが、レドは腕を組んで仁王立ちする。

 

「へっへーん、元魔王だろうが捕まった上に魔力ない奴に(すご)まられたってぜぇ~んぜん恐くないもんね!」

他人(ヒト)のことを言えるクチか」

「ボクにはジイさんと違って将来性があるもん。ベイリルが助けてくれなくったって、なんかこう……どうにかしてた!」

 

 

()()()()……? 奴の名か──ベイリル」

 

 何かを確認するように繰り返す将軍(ジェネラル)に対し、レドは首をかしげつつ話を続ける。

 

「そうだよ? あーあーアイツ、用心深いから名乗らなかったんだな。まったくベイリルらしいや」

「まるで奴を昔から知っているような口振りだな」

「そうだけど、なんか文句ある?」

 

「ふむ……不用心、と言っていいものか」

「はぁ? ベイリルは用心深いっつってんじゃん。昔っからいちいちさぁ細かいんだよね、ほんっとバカみたい」

 

 噛み付くレドを気にした様子もなく、将軍(ジェネラル)は少しだけ思考を巡らせてから考えるのをやめた。

 

甘い(・・)な、少しばかり認識を改める必要がある」

「なにがさ?」

「こっちの話だ」

「だったら口に出さないで、心の中だけで言っててくれない? ねぇ構ってちゃんなの?」

「ここは(わたし)が収監された(オリ)よ、独言を吐くのも自由だ」

 

「あっそ、そんならさぁ──」

 

 

 言いかけたレドの言葉が止まった瞬間、ゴゴォッと削岩された音が響いて風が吹き込んでくる。

 

「うわっ、もう戻ってきた。ジイさんに構ったせいで勧誘する暇なくなったじゃん」

 

 言うや否や独房から飛び出していくレドに嘆息(たんそく)を吐きつつ、将軍(ジェネラル)はベイリルの名を頭で何度か繰り返すのであった。

 

 



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#316 脱獄

 

 ──ベイリルは特別囚人獄から階段を駆け上がり、予備階にいる兵員を全員"酸素濃度低下"でもって音もなく昏倒させていく。

 その内の一人から被服をかっぱらって兵員に(ふん)したところで、一般囚人獄と通じる搬出入口を開いて鎖や縄を投げ込んだ。

 

「改めて()るに……」

 

 昇降装置のレバーを下げて、動き出す機構を見つめながらベイリルは呟く。

 

 動滑車と巻き上げ・巻き下げ用の魔術具が組み合わさり、ニュートラルの位置からレバーを上下切り替えて昇降する。

 結界を構築する魔力の一部が流れるようになっている回路スイッチ機構は、さすが大魔技師の高弟が関わっていたのだろうと思わせる。

 

 

「っぉお!? って──アンタ(あんは)かよ」

「おう、バラン。しっかりと自ら先陣を切ってきたな」

 

 ベイリルは真っ先に登ってきた獣人群団の(かしら)──その口に骨剣を(くわ)えた"バラン"を出迎える。

 

「こっちで予備階は一掃しておいた、それ以降は自分で切り(ひら)け」

「わかってらぁ」

 

 バランが一声(ひとこえ)、咆哮すると──他の獣人達が武器を(くわ)えたまま、鎖や縄伝いに予備階まで続々と登ってくる。

 

 

 そしてその中に一人だけ紛れ込むハーフエルフの老人の姿があった。飛び出すように跳躍し着地した亜人派閥の"長老"へと、ベイリルは声を掛ける。

 

「モンド殿(どの)、やる気は十分そうで──本当に地上組でいいんですか?」

「自分でもいささか驚いているのだが……これがなかなかに(たぎ)るものがある」

「ならばもうお引き止めはしません。ご武運を」

「そちらもな」

 

 半長耳同士で別れの視線を()わしてから、ベイリルは搬出入口から飛び降りる。

 

 

 "風皮膜"を(まと)いて難なく着地したところで、人族陣営の首領達──マティアス、セヴェリ、トルスティらと顔を合わせた。

 

「正直なところ半身半疑だったが……本当に実行するとは」

「当然だろうマティアス、お前らも陽動としての役割がある。使われるだけで終わるかは、お前たち次第だ」

「そう言い切ってくるのなら礼は言わないぞ」

 

 最後まで一定の距離と警戒心を(たも)ったままのマティアスに、フッと笑いながらベイリルは伝言を頼む。

 

「もしも自由騎士団に戻るのならベルクマン殿(どの)によろしくな。俺の名前ではなく"風太刀(かぜたち)使い"だと伝えてくれれば通じる──」

 

 

 言い残しながら一足飛びに、高台から魔族一党の穴倉前まで移動したベイリルは……そこで待っていた二人の男へと告げる。

 

「待たせたな」

「少しばかりな、御大将」

「あっしは全然待ってないですぜ、旦那ぁ」

 

 魔族一党のボスであるジンと、"煽動屋(あおりや)"ストール。そして他にも財団員として雇うべく、ベイリル自身が自ら面接して見出した地下組の人材達。

 

「ここから特別囚人獄へと繋げて、そこからさらに地上まで掘り抜く。少し大きめに穴を()けるからしっかりとついてこい」

 

 そう口にしたベイリルは地下に渦巻いた風と共に、調整した"導嵐・(テンペスト)螺旋(ドリル)破槍(ブレイク)を"大監獄へと見舞うのだった。

 

 

 

 

 今度はド派手に特別囚人獄をぶち抜いたところで、「待ってました」とばかりにレドが手を振って近付いてくるのが見えてベイリル(おれ)は思わず半眼になる。

 

「ベイリルさー、遅かったけど早いよ」

「どういうこっちゃ、つーかレド……房から出るなっつったのに」

「だいじょーぶ、ちゃんと注意してたからさ」

 

(方向からしてまさか将軍(ジェネラル)と会ってたのか……?)

 

 余計なことを喋られでもしたら色々とマズい、久し振りとはいえレドの気性を甘く見ていた。

 しかしながら前もって口止めをしていたら、それはそれで気になって突っつきに行っただろうし──こんなことなら足手まといだったとしても一緒に連れて行くべきだったと。

 

「レド、吸血種(ヴァンパイア)の男と会ったか?」

 

 俺は"遮音風壁"を張りながら、やんわりと()(ただ)す。

 

 

「あぁあのジイさん? めっちゃ失礼だわ、ボクはあんなつまらん魔王にはならないね!」

「はぁ……? 魔王だって?」

「聞いてないんだ? グリゴリ・ザジリゾフってぇ元西方魔王だったんだってさ。自分も大魔王にはなってないクセに、つまらない景色とか抜かしやがってあんにゃろ」

 

(これは……思わぬ僥倖(ぎょうこう)なの、か?)

 

 コードネームで交わすだけのアンブラティ結社員の、まさか本名を知ることができるとは……無関係で無遠慮なレドだからこそ聞き出せた情報だと言えよう。

 

(しかしまぁ元魔王ときたか……そりゃ聖騎士を二人相手取れるくらい、べらぼうに強いわけだわ)

 

 過去に自分が王であり将軍でもあった国を亡ぼしたそうだが、つまり西方魔領ごと(・・)ということか。

 それが今はアンブラティ結社で殺し屋として存在しているとは、つくづくもって──

 

 

「ところでさぁベイリル、ボクはやっぱ地上から行くことにするよ」

「やめとけ」

「でも地上からも行けるって()ったじゃん!」

「そりゃそうだが危険だ。お前は財団員でもフリーマギエンス員でもないが、学園生としてのよしみもある。それにもし何かったらクロアーネに会わせる顔がない」

 

 俺がそう言うと、レドは腕を組んでプイッと駄々をこねるようにそっぽを向く。

 

「お断り! 借りはもう十分、これ以上世話にはならないよ」

「冷静に考えろ。いくらお前でも魔力なしじゃ凡人も同然だろ」

「見くびられたもんだけど、ボクは死なない」

「言うは(やす)(おこな)うは(かた)し、だ」

 

「そうでもないんだなコレが。ボクには"存在の足し引き"があるから、ちょっとでも魔力が戻るなら、あとは他のナニカを引いて魔力として足せばいいのさ」

 

 レド・プラマバだけの真骨頂。己の能力を数値として捉えることで、それらを自由に割り振るというトンデモ異能。

 たとえば一時的に膂力(りょりょく)や反応速度を犠牲にする代わりに、耐久力と再生力を向上させるといったもの。

 

 本人(いわ)0(ゼロ)にしてしまうと取り返しがつかなくなり、元々0(ゼロ)のものは項目がないので足せないとかなんとか。

 また素養(パラメータ)の中には不可逆で、一度足したり引いたりしてしまうと元に戻せない数値もあるらしいのだが……。

 

 それでも奇襲では気配を限りなく薄くして他に振るといったいいトコ取りもできるので、魔術の領域を超越した破格の異能である。

 実際に俺自身も闘技祭の準決勝にて、レドが使うその凄まじさを味わっている。

 

 

「クロアーネと再会して、毒舌・小言を言われたくないんだろ」

「っく……そんな、ことは、ない、よ?」

「安心しろ、クロアーネも昔より丸くなったから」

「ほんとぉ?」

「本当だ。それとまだ魔王を目指すつもりなら、細かいことを言ってんなよ」

「なんだとー!?」

 

「これも(くさ)(えん)だ、損失分を(まかな)う為に財団に支援を頼むくらいしてみろ。先々(さきざき)を見据えて投資して、利子を含めてスパッと返せるくらい登り詰められないのか? ん?」

 

 俺は容赦なくレドを(あお)ると、彼女は「ぐぬぬ」と表情に浮かべてから素直に納得する。

 

「こんっの……、()うじゃん。たしかにボクとしたことがせせこましかった。利子なんか端金(はしたがね)ってくらい、でっかく返してやっかんな!!」

「ふっ、その意気だよ」

 

 ポンッとレドの肩を叩いて、俺は"遮音風壁"を解きつつ──ゾロゾロと穴から出てくるストールとジン他、合流してくる地下組を迎える。

 

「くっそぉ~、見とけよ。絶対にひれ伏させてやるから」

「調子出てきたな、天下のレド・プラマバはそうでなくっちゃ」

 

 

 学園生時代を懐かしむように口にした俺に、ジンが近付いてきたかと思うと率直に(たず)ねてくる。

 

「御大将、今……()()()()と言ったか?」

「言ったぞ、ジンには知った名か?」

 

 元魔族軍人であればと思ったが、次にジンから飛び出したのはもっと近しい事実であった。

 

「知っているどころか……自分は元々、プラマバ領主の兵だった」

「なぬっ」

「へーそうなんだ。じゃあボクと一緒に()なよ、今の領主はボクだからさ」

 

 あっけらかんと言うレドに。「こんな少女が……?」といった懐疑的(かいぎてき)な色を瞳に浮かべたジン。

 しかしながら確証を得られずとも、上下関係を重んじているゆえにそれを口に出して言うことはなかった。

 

 

「非常にありがたいお言葉ですが、現在の自分の立場は──」

「元々ボクん()のモノだから文句ないよね? ね?」

 

 ジンの言葉など聞いてないかのように、レドはベイリルへと半眼を向ける。

 

「待て待てレド、俺が引き抜いたんだから財団(うち)の資産だ」

「えーーー、じゃっその分まで借りとくことにするよ。いずれまとめて返すからさ」

「まったく……まぁいい、平行線になりかねんからジン本人の意向を尊重するとしよう。お前はどうしたい?」

 

「──御大将には悪いが、もし許可を得て古巣に戻れるというなら……そちらを選びたい」

「やった! 最良の選択をしたぞキミ──えっと……」

「ジンだ」

「よろしくジン!」

 

「仕方ないな、これもまた巡り合わせか」

 

 合縁奇縁(あいえんきえん)──人と関われば関わるほどに、それはよくよく思い知らされているものだった。

 学園でも、ワーム迷宮(ダンジョン)でも、インメル領会戦でも、断絶壁でも……さながら引力が働いているかのように、人と人とは繋がり合っているのだと。

 

 

「旦那ぁ、全員揃っているのを確認しやしたぜ。勝手に地下穴を使ってくるのもいないっぽいっす」

「よし──」

 

 ストールの言葉に俺は強く(うなず)きつつ、反対側からこちらへ歩いてくるエイル・ゴウンと、最奥の独房から出てくる将軍(ジェネラル)をそれぞれ視認する。

 人差し指を立てた俺の右腕には、風が凝縮するように渦巻き始める。

 

「脱獄決行だ、俺のドリルで天を突く」

 




第3章、了。
よろしければ高評価や感想などもらえるとありがたいです。
次からの4章が第五部の最終章となります。


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第五部 4章「文化爆弾」
#317 将軍 I


 

 "(エア)螺旋(ドリル)破槍《ブレイク》"で勢いよく地上まで掘り抜いた俺は、華麗に着地して周辺状況を確認する。

 

「ほぼドンピシャぁ──っと」

 

 狙い通り大要塞の西側へと出ることができた。南方向に展開している魔領軍については、要塞側も把握しているところだろう。

 

 俺は地面をトンッと爪先(つまさき)で叩いて"反響定位(エコーロケーション)"で探ってから、余った右腕の旋風(つむじかぜ)で"それら"を掘り起こした。

 あらかじめ埋めて隠しておいた"装備一式と財団員ローブ"を俺は身に(まと)う。やはり囚人服や要塞兵の服よりも、しっくり落ち着くというものだった。

 

 

("ライブ組"もどこかで待機をしている予定だから──)

 

 俺は短い付き合いだった大要塞を見据える。

 

「景気付けだ」

 

 俺は結合手を意識した両手それぞれの三本指を組み合わせ、上澄みの魔力を極度集中する。

 そしてパチンッと指を鳴らすと、"素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)爆燕(はぜつばめ)"が壁まで飛んでいった。

 

 重合(ポリ)窒素(ニトロ)を封入した"風擲刃"は、弱まっているであろう結界に炸裂すると同時に、轟音を響かせて城壁ごと粉微塵に破壊する。

 余波で周辺も崩れて深かった堀の一部も埋まり、決して(ゆる)やかではないものの頑張れば踏破できる程度の傾斜となっていた。

 

 ド派手な花火は地上組への脱出路となり、同時にライブ組への合図にもなるのだった。

 

 

 俺は爆発による振動で脱出口が崩落してやしないかと穴を覗くと、勢いよく将軍(ジェネラル)が飛び出してくる。

 

「──っと、お早いことで」

「途中から傾斜(けいしゃ)が相当ある。(わたし)の次に小娘(・・)が続いた所為(せい)で後続はもっと遅れるぞ」

 

(おぉう……なまじ自分基準で、今一(いまひと)つ細やかな配慮が足りてなかったな)

 

 魔力なしでは華奢(きゃしゃ)な女の子に過ぎないレドだけでなく、監獄で見出した連中はストールを含めて()の身体能力が普通レベルの者達が多い。

 もう少し考えを至らせるべきだったと、己を(かえり)みつつ……これはこれで、改めて対面で話す良い機会だと、俺は将軍(ジェネラル)と対峙する。

 

 アンブラティ結社について、どう切り込んでいこうかとわずかな思案をしていると、将軍(ジェネラル)から先んじて問われる。

 

 

「小娘とは旧知の仲だそうだな、調整人(バランサー)──いや、()()()()

「……レドのことですか、こちらとしてもまったくもって思わぬ再会でしたよ。将軍(ジェネラル)──いえ、グリゴリ・ザジリゾフ」

「お喋りな小娘だ──アレを助ける価値はあったのか?」

「あれで魔力が戻れば、かなり使える(コマ)なので」

 

 グッと一拍(いっぱく)ほど置いてから、将軍(ジェネラル)は真紅の瞳を向けてくる。

 

「本当にそれだけか?」

「──と、言うと?」

「自らの手を汚す貴様のやり方には賛同できるが、甘さが残っている。足を(すく)われる奴とは仕事をしたくないものだ」

「小娘に名前を知られている貴方が、それを言いますか」

(わたし)の名は既に亡きモノ、捨てたモノだ。知られたところで遠い昔の伝聞で残る程度のもの、たが貴様の場合は違うだろう」

 

 俺はベイリルという名を偽名だと言い訳しようとも思ったが、将軍(ジェネラル)の声色からわずかな違和感を覚えて一瞬躊躇(ちゅうちょ)する。

 

 

「脚本家《ドラマメイカー》の後任であるならば、不要な過去は消し去っておくべきだ」

「……それも結社の為、か」

 

 そう俺が口にした瞬間、将軍(ジェネラル)(まと)う空気がほんのわずかに変化した。

 

「──調整人(バランサー)、貴様の目的はなんだ?」

 

(いきなりなんだ、もしかして言葉選びを間違えたか……?)

 

 何が引っかかったのかはいまいちわからなかったが、いきなり不穏な気配になったことに俺は平静を保つ。

 

 

「それはどういう意味か」

「問い返すな、端的(たんてき)に答えよ」

 

(カマ掛けられてるのか……? なんて答えれば正解だ!?)

 

 少しだけ考える素振りを見せてから、俺は毅然(きぜん)とした態度で返答する。

 

「目的そのものは、己に関わることになるので言う義理はない。ただ……大きくは利害の一致によって仕事をしているだけだ」

 

 この場で将軍(ジェネラル)を納得させるだけの最適解を瞬時に導くことなど不可能、よって曖昧に濁すより他なかった。

 

 

(こと)ここに及んでなお一切の動揺を見せないのは瞠目(どうもく)(あたい)する。しかしやはり貴様は詰めも甘い」

将軍(ジェネラル)、貴方はどういう立場でモノを言っているのだ?」

「煙に撒こうとしても無駄だ。脚本家(ドラマメイカー)の名をどうやって知り、あまつさえ後任だとのたまった度胸は買うがな」

(げん)に自分はここにいて、貴方を脱獄させる為に動いた。それは証明といえるのではないか」

 

 まだ(かく)たる証拠があるわけではないと、俺は自信を前面に押し出して答えるが……将軍(ジェネラル)はニヤリと笑う。

 

「ふっ、そうだな……ならば仲介人(メディエーター)はどんな姿をしていたか答えてみるがよい」

仲介人(メディエーター)は直接姿を見せることはなかった、ただ声からすれば男だったろう」

 

 もはや即断でそれっぽく答えるしかなかった。これ以上迷ったり言葉遊びをすれば猜疑心(さいぎしん)を通り越してしまうと。

 

 

「なるほどな、やはり貴様は結社の人間ではないらしい。なにゆえ(たばか)ったのかはわからんがな」

 

(クッソ、(たく)(はず)したのか!? それともまだカマ掛けが続いている……?)

 

 ぐるぐると高速で巡る脳が、思考のドツボに嵌まり込む。もはや正常な判断というものが皆目(かいもく)見当がつかない。

 

「もう()かすのは不要だ、貴様は何者で"真の目的"は一体なんなのか言うがいい」

「……そう、か。あぁそうだな──」

 

 

 そうして俺はもう考えることを放棄する。

 まずは穏便に情報を引き出し、その後に整合性を取ろうと思ったが……最初から強硬策(・・・)に訴えたって問題はないのだ。

 

「──アンブラティ結社について洗いざらい吐くアンタの(ほう)だ、将軍(ジェネラル)。己の置かれた立場、理解できるだろう?」

「暴力に頼るか」

「俺としては不本意ながら、拷問も得意になってしまったもんでな。生半(なまなか)な覚悟や信念なんざ吹き飛ぶぞ」

 

「痛みなど、とうの昔に枯れ果てているがな」

「痛覚なんざなくても、呼吸や欲求まで全てを御しきれるわけじゃあない。アンタほどの強度なら手足や臓器といった重大な欠損──人生そのものが奪われる恐怖なんて毛ほども味わったことも無いだろう」

 

 この場すぐには無理なものの、財団が保有する薬物や毒物など多様な化学物質による尋問方法だってある。

 さらに治療・再生技術を用いれば生かさず殺さずの、想像すらしたくもないことだって数多く可能となる。

 そもそも"読心"の魔導師たるシールフがいるので、両の手足を千切(チギ)り捨てて、ダルマのまま持ち帰るという手段だって講じられる。

 

 

「そもそもだ、将軍(ジェネラル)。アンタのような男が、アンブラティ結社に忠誠や義理立てる必要があるのか疑問だ」

(わたし)にとってはたしかに、結社それ自体は大した問題ではないがな」

「なら(たが)いに手間なく、無事で済む方法を選択するのが利口(りこう)だと思うが? 破壊衝動を発散したいだけなら、働き口(・・・)を用意することもできる──」

 

 争いごとなく情報を引き出せるのであればそちらの(ほう)が良い。間諜(スパイ)として利用できるならば言うことなしである。

 しかして将軍(ジェネラル)傲岸不遜(ごうがんふそん)な態度を崩さないまま、今の状況を理解した上ではっきりと口にする。

 

「だが指図される(いわ)れもない。(わたし)は常に自由であり、立場を強制されることなどありえん」

 

 それは将軍(ジェネラル)自信の生き様にして信念。それを(けが)されるくらいならば死を選ぶとばかりに、意志が込められた言葉であった。

 

「仕方ない、ならば洗いざらい吐かせて殺すだけだ。将軍(ジェネラル)アンタがどれだけ強かろうと、魔力がなければ歯牙にも掛からん」

 

「いーや()()()()、貴様の詰めの甘さを実践しよう」

 

 刹那──地上への接近を察知していて、魔力が体中を巡っている俺よりも速く──魔力無き将軍(ジェネラル)の手が先に脱出口へと伸びていた。

 そのまま勢いよく"少女の首根っこ"を持って引っ張り上げると、将軍(ジェネラル)は"レド・プラマバ"を人質(ひとじち)に取って、俺の前へと(さら)したのだった。

 

 



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#318 将軍 II

 将軍(ジェネラル)はレドの小さな体を盾代わりに、俺を牽制(けんせい)しつつ相対距離を取る。

 

「っ──おいコラぁ!! たしかに少ぉ~しばっかし(のぼ)るの苦戦したけど、だからって引っ張り上げてもらう必要なんてなかったんだが!?」

 

 宙ぶらりんのまま叫び、ジタバタと暴れ出したレドを無視して……将軍(ジェネラル)は俺へと宣告してくる。

 

吸血種(ヴァンパイア)素力(すぢから)をもってすれば、小娘の()(クビ)一つくらい貴様の魔術よりも早く(くび)り落とすことができる。甘い貴様は旧友を殺すことはできまい」

「……まったく」

「は? どーゆーこと?」

 

 疑問符が止まらないレドに状況説明などしてられず、俺は将軍(ジェネラル)へと問い(せま)る。

 

「ここでお前を見逃したとして……レドを殺さないという保障はどこにある」

「小娘に恨みはない、(わたし)が安全圏へと(だっ)したら解放するのが道理であろう」

 

 

 俺は右のリボルバーを早抜き撃ち(クイックドロウ)すべく自然体を取るが……一方で人質(ひとじち)となってしまったレドは実に暢気(のんき)な様子で告げる。

 

「ちょっとちょっと、どういうことかさっぱりわからんないんだけど。ナニ揉めてんのさ?」

「大人しくしていれば小娘、貴様に危害は加えない」

「はあああ!? つーかジジイってばさぁ……わけわからんけどボクを人質ぃだって? それは無謀ってもんだよ」

 

 そう言った次の瞬間、レドが(まと)う空気が一変する。

 それはまだほんの少しでしかなかったが、濃密に凝縮された魔力圧。

 何を()()()()()のかは本人のみぞ知るが、引いた分を魔力へと足して(・・・)急速に増えていくのがわかる。

 

「ちょっとでも魔力が戻りさえすれば、ボクはどうとでもなるのさ。ボクが逆にジジイを人質に取ってやんよ」

 

(誰に対してだよ……)

 

 俺は心中で突っ込みつつ"天眼"から得られた共感覚によって、レドの"存在の足し引き"が魔術に(あら)ず、濃い魔力によって発動させた"魔導"であることも知覚できた。

 どのみち魔術で可能な領域を超越していた時点で予想がついていたことだが、今ならば確信をもって言えることだった。

 

 

「面白いな小娘、予定変更だ。()()()()としよう」

「えっ──なっ!?」

 

 将軍(ジェネラル)の日常生活のような一言(ひとこと)から次の行動は、レドにとっても俺にとっても予想だにしないことであった。

 紅い瞳を見開いたかと思うと、その上下に生えた犬歯をレドの首筋へと突き立て──"吸血"し始めたのだった。

 

「っぐ……ぅぁ」

 

 それはものの数秒の出来事であり、"天眼"で()ていた俺はもたらされた過程と結果をあまねく理解する。

 "存在の足し引き"によって理外に魔力を補充したレドから、血液を通じて魔力をも()()()()()ということを。

 

 

「フハッハハハッッハハーーーッハハハハハアァッ!!」

 

 将軍(ジェネラル)哄笑(こうしょう)が響き渡るのと呼応するかのように、周囲の空間が丸ごと変質していくような錯覚に(おちい)る。

 もはや人質など不要になったとばかりに、俺へと向かって投げ捨てられたレドの肉体を、しっかりとその腕で受け止めた。

 

(よし……(かろ)うじてだが、まだ生きている──)

 

 レドの呼吸はひどく薄いものの、それでも死には(ひん)していない。将軍(ジェネラル)に殺すつもりまではなかったのか、あるいはレド本人の生存力か。

 

 しかしこのままでは命の危険も考えられるので、俺はすぐにウエストバッグに入った瓶から"()スライムカプセル"を取り出すと、潰して液状にする。

 それを首筋の吸血痕に塗布(とふ)してから、余った分を空気(エア)に包んで口に含ませ、レドの胃腸まで流し込んでやった。

 

 その(かん)も目の前のヴァンパイア──アンブラティ結社の将軍(ジェネラル)にして、かつて西方魔王であったグリゴリ・ザジリゾフは、さらに魔力を(ふく)れ上がらせていく。

 

「これで魔力の優位差はなくなったぞ、いや(わたし)のほうが上かァ?」

 

 

 俺は将軍(ジェネラル)にまとわりつくような()色の魔力を知覚する。

 それは実際に闇黒の瘴気(しょうき)を発生させているわけではないが……かつて黒竜と対峙した時のことを想起させるもの。

 またスライムカプセルの過剰摂取により、魔物と成り果てた神族の男──オルロク・イルラガリッサの時とも酷似していた。

 

(吸血による魔力簒奪(さんだつ)──そうか、そういうことだったのか……)

 

 魔力という多くの謎が残る未知の物質あるいは現象の一端(いったん)と、吸血種(ヴァンパイア)と呼ばれた由縁(ゆえん)にして背景を俺は()る。

 

(他人の魔力はそのままじゃ扱えない。だから自らをわざと(・・・)"暴走"状態に置くことで、自家中毒による黒い魔力で塗り潰した──)

 

 発想としては、俺が魔力を充填した"黒スライムカプセル"と近いもの。

 俺の場合は自分の血液と魔力だからこそ適合させられたが、将軍(ジェネラル)(おこな)ったそれは他人の血と魔力でも可能ということだ。

 

 魔力色の違いは己の魔力を暴走させ、"黒色の魔力"として置き換えることで強引に染め上げる。

 純吸血種(ヴァンパイア)のみが可能な窮極の魔力操法。

 それまでの落ち着き払っていた態度と打って変わって、精神汚染によるものか──口調すら変化しているのも納得できる。

 

 

「あれは──(いにしえ)にあったとされる禁術法ですね」

 

 いつの間にか穴から出てきて隣に立つエイル・ゴウンが、至って冷静な口調で告げる。

 

「えぇ……つい先刻(さっき)、俺も理解したところです。あれがかつて吸血(・・)種と呼ばれた──真の姿」

「加勢したいところですが、今の魔力のない(わたくし)にはどうしようもないのが……あな口惜しや、です」

 

「──ここだけの話ですけど、実は魔力を回復する手段はあるんです」

「本当ですか? であれば(わたくし)も少しくらい体を動かせればと思います」

「ただ試作段階な上に、肉体と精神に負担を掛けることになりますが──」

「あの、お言葉ですけれど……(わたくし)はとうの昔に死した身ですが?」

 

「……そうでした、臨床データが取れないのが残念です」

 

 極々普通に動いて会話をするエイルの姿に、俺は既に死んでいるということを失念してしまっていた。

 

 

(不滅とまではいかずとも不死か……なら少しくらい甘えてもいいか)

 

 血生臭い闘争になど巻き込むまいとも思っていたが、本人がやる気であるのならばと俺は決断する。

 レドの体を()きかかえたまま俺は、瓶の中にある通常の(・・・)"黒スライムカプセル"を片手で取り出し、潰して周囲に()()いた。

 

「これがそうなのですか……?」

「はい、思いっきり吸ってもらえますか」

 

 エイルは周囲に薄っすらと(ただよ)う黒い霧を少し見つめたかと思うと、躊躇いなく吸い込む。

 本来の黒色スライムカプセルの用途──気化させて周囲の魔力ごと、肺から血流へと強制的に溶け込ませる。

 

 

 俺は遠心分離させた魔力が、新たな流入によって攪拌(かくはん)されないよう呼吸を止め、エイルは何度も深呼吸を繰り返す。

 さすがに"神器"と(うた)われるだけあり、吸収した分をそのまま高効率で魔力を充填しているようだった。

 

 将軍(ジェネラル)とエイルによって周囲一帯の──"無色の濃度"とでも言おうか──魔力が急速に減じていくような知覚の中で……。

 俺は魔力の遠心加速を高めながら、"黄スライムカプセル"を咀嚼(そしゃく)し、"赤スライムカプセル"を液状で胃へと流し込んだ。

 

 黄色は無類の吸収性を持つ即効栄養食であり、収監されていて不足していた栄養素とカロリーを補う。

 赤色は一時的に肉体や感覚器官を活性化させ、身体能力や神経系を上昇(ブースト)させるドーピング効果を持ち、気化ではなく液状摂取ならばさらに効果が高い。

 

 今まで眠っていた心身が一気に覚醒していくような状態を掌握しつつ……──

 

 突如として黒霧が()()()()()()()()()()

 同時にそれはさながら、魔力という見えないエネルギーが完全に枯渇したと錯覚してしまうほどであった。

 

 

「──っっっぁぁあああアアアアア"ア"ア"ア"ッッ!!」

 

 俺の腕の中で、少女が咆哮()える。

 鬱屈した感情を思いっきり発散させながら、魔力を解放するかのような()叫びであった。

 

 



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#319 決戦 I

 

「──っっっぁぁあああアアアアアアアアッッ!!」

 

 俺の腕の中で、少女が咆哮()えた。先ほどまで死に(ひん)していた顔色は大いに(みなぎ)り、充実した生気を見せている。

 

「ふっっっざけッッッンなぁァァアアアあああああああああっ!! こんっのぉクソジジイ!!」

 

 自らの両足で立ったレド・プラマバはビシィッと人差し指を向け、将軍(ジェネラル)はヴァンパイアらしく牙を見せて笑う。

 

「クカカカカ! 小娘ェ、死にかけが随分と元気になったものだ」

「こんにゃろがぁ……もう許さないかんな!! 冥府でボクに詫び続けろ!!」

 

 俺は今にも飛び出そうとするレドの両肩をガッシリ掴んで止める。

 

(はや)るな(はや)るな」

「は・な・せ!! ベイリル!」

「つい今さっきまで死にそうだったのを助けてやったんだ、少しくらい言うことを聞け」

「うっ……くぅぅううう、わかった」

 

 いかに黒色を吸ってハイ(High)になっているレドと言えど、直近のことまでは忘れてはいないようで……反応に(きゅう)した様子を(あらわ)にする。

 

 

 俺はレドよりも一歩ほど前に進み出て、将軍(ジェネラル)と相対する。

 もはや口先の交渉など意味を()さないし、(ちから)をもって意思を貫かねばならぬと互いに理解している。

 

将軍(ジェネラル)──闘争(たたか)う前に、一つだけ聞いておきたいことがある」

「答えるとも限らんが、あまり冷や水を差してくれるなよ」

「アンタは……"脚本家(ドラマメイカー)"と組んだこともあると言っていたな。ならば"炎と血の惨劇"と呼ばれた、帝国の亜人特区の街が焼かれた事件に関わったか?」

 

 こうなってしまっては将軍(ジェネラル)を拷問することはできないし、生け捕りにする余裕なんてあるわけもない。

 だからこそ唯一(ただひと)ツだけでいい。黒色の精神汚染で不安定になっている今ならば、答えてくれると……。

 

 俺とフラウにとっての過去──故郷アイヘルのことを知っているのか、あるいは関わっているのかを聞いておきたかった。

 

 

「──あぁアレか、大規模な作戦だったから覚えているぞ。しかし一方的すぎて、ヒドくつまらない虐殺だった」

 

 実際の感触を思い出すかのように語られる、将軍(ジェネラル)本人によってあっさりと認められた事実──

 すなわち眼前の男こそ、脚本家(ドラマメイカー)のシナリオに基づいて炎と血で塗りたくった張本人の一人。

 俺の中で渦巻いていた魔力は、さらに加速度を増し、全身で脈打つように、轟然たる胎動(たいどう)を刻む。

 

「そしてそうかベイリル、貴様の目的にも得心したぞ。"復讐者"として結社を探し、装っていたわけか」

「……まぁ、そういうことでいいよ」

「ようやく一興(いっきょう)(わたし)を狙ってきた復讐者を返り討ちにするなど、百数十年振りかァ……」

 

 (ひた)るように思い出している将軍(ジェネラル)に対し、俺は遠く()()()()を見つめ──指向性を持たせて音圧を最大に叫ぶ。

 

 

『フッラァーーーーーウ!!』

 

 呼んだその名は、幼馴染であり愛する女──戦う理由と、戦えるだけの実力──将軍(ジェネラル)と戦争するに(あたい)する一人。

 

 10秒とせずに音もなく、倍増重力落下からの反重力で軽やかに地面に降り立つは……青みがかった銀髪に紫の瞳を持つ半人半吸血種(ダンピール)

 

「どったの、ベイリル。ってレドっちじゃん、やっほ~」

「おーっす、フラウ」

「うん、おひさー……なんでいるの?」

「なんだっていいさ、このジジイをぶっ飛ばしたら闘技祭決勝のリベンジね!」

「……えぇ?」

 

「旧交を温めるのも、細かい話も後だフラウ。そこの男が俺たちの(かたき)の一人だ」

 

 俺は状況を把握できていないフラウに端的に伝えると、幼馴染は少しだけ驚いてからスッと余計な雑念を捨て去って魔力を加速させていく。

 

 俺達と抜群の連係ができる"伝家の宝刀"級の実力を持ったキャシーも、本来ならば呼びたいところであったが……。

 彼女はワーム海賊ソディア・ナトゥールと共に私掠船(しりゃくせん)で航海に出ていた為に、今回の作戦には参加していないのが残念だった。

 

 

「また新たな小娘が現れたと思ったら……よもや復讐者が二人も揃うとはな」

「はてさて、これで四対一だが──卑怯とは、言うまいね」

 

「好きにするがいい。数に頼るも、不意を突くも、逃げおおせて(ちから)を蓄えようとも、最後に立っていればすなわち勝者」

 

 泰然(たいぜん)とした姿勢を崩さない将軍(ジェネラル)をよそに、俺はフラウにだけ聞こえる"耳打ち(ウィスパー)"を投げる。

 

『フラウ、奴は以前に話した"黒竜"に類似した魔力を持っている。魔術が効かない可能性を考慮して闘ってくれ』

 

 魔術を減衰させる──それは攻防両面においてであり、たとえフラウの重力魔術であろうと例外ではない。

 

 パチンッとウィンクをするのをフラウの了承と受け取り、俺も闘争のスイッチを完全に切り替える。

 エイルは精神を集中させているようで、レドは無手のままグッと腰を深く落とし、重心を後方の足へと置く。

 

 そして将軍(ジェネラル)は両腕を大きく広げ、どこからでも掛かってこいと言った(ふう)であった。

 

 

「ボクに合わせろ! フラウ!」

「しょうがないにゃあ~……いいよレドっち!」

 

 将軍(ジェネラル)に対し──レドは真正面から、フラウは背後から──挟み込む形で、それぞれ二人は振りかぶる。

 

「"極大魔王パンチ"!」

「──"反発勁(はんはっけい)"」

 

 レドのそれは、足の指先から拳まで……素養(パラメータ)を完璧に割り振ることで、加速と(ちから)の伝達を完全な流れとして昇華させた"究極の打撃"。

 フラウのそれは、発生させた斥力場(せきりょくば)を直接的に相手の内部へと浸透させる形で叩き込む掌底。

 

 即席連係でありながら──かつて闘技祭の決勝で闘った者同士──美事なまでに重ね合わせたレドとフラウの攻撃。

 しかして将軍(ジェネラル)はレドの一撃を右手で受け止めていて、フラウの一撃は背中で受け切っていた。

 

 

(あわ)せも加味したなら、聖騎士どもよりはやれそうだ。だが今の(わたし)には物足りないな──」

 

「まずはそのふざけた減らず口が()れるまでぶっ飛ばす!」

「……まじ、で? 魔術効かないんだ~」

 

 右拳を掴まれた状態から大振りの蹴りを見舞おうとしたレドは思い切り投げ飛ばされ、フラウは深追いせずに空中へと浮き上がって距離を取る。

 俺は一連の流れを"天眼"によって冷静に観察・分析し、(なか)ば予想していた結論を明確なものとしていた。

 

(まったくもって厄介極まりないな、"黒色の魔力"──)

 

 フラウの一撃は減衰し威力を()ぎ落とされていて、レドの一撃は軽く受け止められてしまうほどの力量差。

 それはやはり"黒竜"と同質のもので、魔術と魔力に付随した現象や効力をも強引に塗り潰すモノ。同時にもたらされる肉体強化は人智を超えている。

 

 これでは俺が使える魔術のほとんどがまずもって通用しないことも明白であった。

 

 

「貸しだよ、レドっち~」

「余計なお世話!」

 

 フラウは"行進曲(マーチ)"による斥力場で形成された巨大な見えざる左手で、投げ飛ばされたレドを受け止めていた。

 

 続けざまにフラウが右手を(すく)い上げるように振るうと──斥力場が呼応するように──大地が(えぐ)り取られる。

 それはさながらスプーンでゼリーを(すく)うかのようであり、将軍(ジェネラル)が立っていた地面と周囲を丸ごとを持ち上げたのだった。

 

「直接(さわ)んなきゃイケるよね~」

 

 さらにフラウは重力を天頂方向へと解放させると、メリメリと引き()がされるように周辺の地表がめくれ上がっていく。

 

 

「──面白い、このような魔術は見たことがない」

 

 言いながら振り上げた足を落とした将軍(ジェネラル)によって、浮遊する岩塊は一撃であっさりと足場ごと砕ける。

 反重力が直接作用させられない将軍(ジェネラル)は一人そのまま落ちていくが、その瞬間を(のが)さず、浮き上がる岩場から飛び出すレドの影。

 

「今度こそ一発(いっぱぁつ)!!」

 

 落ちゆく将軍(ジェネラル)の着地点を狙ったレドは防御する()を与えることなく、今度こそ顔面へと一撃を見舞った。

 

「レドっち、離れて!!」

「ボクごとやっていい!!」

 

 その言葉を受け取ったフラウは躊躇(ためら)いなく、振り上げていた両手の平を勢いよく地面へと向ける。

 と──天空から()()()()()()()()のであった。

 

 

 



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#320 決戦 II

 

 フラウの"諧謔(かいぎゃく)・地墜"が炸裂する。

 

 それは反重力によって浮揚(ふよう)させた物体を反転──倍増させた重力でもって落とし、質量と運動エネルギーで粉砕する魔術。

 スケールはまったく比較にならないものの、かつて"大地の愛娘"ルルーテの地殻津波を喰らったレドとしては少しばかり皮肉めいた状況であろう。

 

 盛大に弾け、飛び散る、大小様々な岩礫(がんれき)と轟音。

 俺は"一枚風"による盾壁で、自分より後方にいるエイルと、穴から這い出てきた囚人ら全員に被害が及ばぬよう防ぐ。

 ここまで環境変化が激しいと、俺の"天眼"とて精度が(いちじる)しく低下してしまうが……それでもレドは耐え、そして将軍(ジェネラル)もまだ生きていると確信しえた。

 

 

「あの……ベイリルさん、今の時代はこれくらいが当たり前なのでしょうか?」

「いえいえ、俺たちが強いだけです」

 

 俺もフラウも……そしてしばらく会っていなかったレドも、間違いなく"伝家の宝刀"級と言えるだけの強度はある。

 ただし上には上がいるというだけだ。俺達もまだまだ発展途上なのは大いに自覚しているところである。

 

「エイルさんもそろそろイケそうですかね」

「はい、吸った魔力も大分馴染んできました。全開には足りていませんが……それでも戦えそうです」

 

 スッと構えたエイルは"息子の骨"を二本、それぞれ左右の手で持っていた。

 そうして輪舞曲(ロンド)を踊るかのように円運動を繰り返し、両の手の魔人骨で大地に紋様を(えが)いていく。

 

「合わせます、エイルさんの自由にやってください」

「それ──では──ここ──まで──(おび)き──寄せる──のを──お願い──します──」

了解(ヤー)

 

 回転しながらのエイルの要請に、俺は大きく(うなず)いて右手をピッと上げた。

 

 

『選手交替だ──』

 

 俺は音圧操作で二人に呼びかけると、フラウの左手引力によってレドが空中へと引っ張り上げられるのが見える。

 

 四人で(ちから)を合わせようにも圧倒的に練度が足りない。下手な連係、休むに似たり──どころか足を引っ張り合っては目も当てられない。

 ひとまずは矢継ぎ早に、将軍(ジェネラル)(すき)を与えないことこそ肝要(かんよう)だった。

 

 

「Laas Yah Nir──」

 

 跳躍し空中へと踊り出た俺は、発声による"反響定位(エコーロケーション)"で将軍(ジェネラル)の位置を捕捉し、空気圧によるグラップリングワイヤーブレードを両籠手から(はな)つ。

 (ほそ)くとも強靱な合金製のワイヤーが将軍(ジェネラル)へと巻き付いた感触を得た瞬間、吐く息と同時に全力で釣り上げた。

 

「今度は貴様か、ベイリル」

 

 投げられながら平然としている将軍(ジェネラル)は、ワイヤーで直線状に結ばれながら()(えが)くように空中を半回転する。

 そうして俺はワイヤー長を巻き取りながら調節しつつ、エイルがちょうど完成させた魔術方陣のド真ん中へと叩き込んだ。

 

 

(わたくし)を閉じ込め続けたそれには及びませんが──自らの魔力に縛られるがよろしいかと」

 

 すると将軍(ジェネラル)自身の魔力によって発動した帯状(おびじょう)結界が、地面の紋様からその肉体へと幾重にも拘束していく。

 

「ほう……これは、なかなか──」

 

 感嘆を漏らしつつも、今にも力尽(ちからず)くでぶち破らんとする将軍(ジェネラル)の周囲で、エイルはリアルタイムに方陣を書き足していく。

 並列する形で、俺も両腕を太陽へと伸ばし……(ねじ)るように天の空気を(ゆが)め、巨大な凸レンズを幾層も形成・展開させた。

 

「空六柱改法──"天道崩し"」

 

 それはかつて光輝を(つかさど)る白竜の模倣(もほう)にして、闇黒を(つかさど)る黒竜にも通用した魔術。

 魔力と魔術を直接的に介さない、極太の"白色破壊光線(レーザー)"が天上より降り注ぐ瞬間──地面の魔術方陣からも特大の"炎柱"が、昇り竜が(ごと)()き上がる。

 

 大要塞の駐留軍や魔領軍の目を引きかねないド派手さだが、周辺の空気密度も歪めてあるので気兼ねはいらない。

 

 

(酸欠……で、倒せりゃ苦労はないんだがな)

 

 ゆらりと──将軍(ジェネラル)は光炎が荒れ狂う領域から踏み出るのを見れば、(あわ)(はかな)い期待であった。

 

 多少なりとダメージは見られるものの……ここまでまともにぶち込んでも、何一つ決定打には至っていない。

 魔力や魔術を減衰させながら、己の肉体を超強化する。意図的な"黒の魔力"による暴走状態がいかに凶悪かを思い知らされる。

 

「ゃっぱさ、(シャク)だけど全員でやるっきゃないっしょ」

「それしかないかな~」

 

 レドとフラウが将軍(ジェネラル)の背面方向へ着地し、俺とエイルを含めて四方を固める形となる。

 

 

(いな)──いい加減、(わたし)の手番だ」

 

 二の句が紡がれるよりも先。まず最初に将軍(ジェネラル)の右裏拳を水月(みぞおち)に喰らったレドが、両膝をついて(こうべ)を垂れる。

 続けざまにフラウが左回し蹴りを喰らい、鎧のように(まと)っていた斥力場の障壁(ガード)ごと吹き飛んで倒れた。

 次に振り下ろされた左手刀がエイルを袈裟懸(けさが)けに叩き落とし、その体は地面へと()い止められてしまう。

 

 唯一"天眼"で()ていた俺だけが将軍(ジェネラル)の神速を把握できたし、死閃とも言える右拳を(かわ)すことができたのだった。

 

「──ッ!!」

 

 俺は下手に距離を()けすぎず、相対したまま表情は動かさずにギリッと歯噛みする。

 レドもフラウもエイルも、ただの一撃で戦闘不能まで追い込まれてしまっていた。

 

(攻勢に転じられた瞬間、この有様(ありさま)かよ……いや余裕を見せている間に倒しきれなかった俺たちの落ち度か)

 

 将軍(ジェネラル)は首をグルリとほぐしつつ、より高き標高より見下ろすように口を開く。

 

「さて、この技法(ワザ)は大味ゆえにすぐ終わってしまうものだったのだが……貴様らはなかなか楽しませてくれた。とはいえ結果は変わらない」

「──もう勝者気取りか、将軍(ジェネラル)

「クッカカカカッ! ならば足掻(あが)きを見せてみろ! それとも貴様の復讐心とは、この程度のものだったのか?」

心得違(こころえちが)いをさせているようだが……俺には復讐心よりも優先すべきものがある」

 

 

 グッと眉をひそめる将軍(ジェネラル)に、俺は即応できる態勢のまま会話を続ける。

 

「俺たちが歩む道の障害(じゃま)なんだ、将軍(ジェネラル)。あんたとアンブラティ結社が──だからお前から皆を守るし、その為にお前を殺さなくっちゃあならない」

「たった今、()している者らを守れてはいないようだが?」

「ここであんたを打ち倒せば、元通りに取り返しはつく」

「ならばその身にて証明するがいい、調整人(バランサー)……いやベイリル。結社の名を(かた)りし──」

 

 言葉を()わしていたその時だった。将軍(ジェネラル)の背後で、うずくまっていたレドがゆらりと起き上がる。

 

「ボクを無礼(なめ)るな……こんなところで、オマエぇ……なんかに──」

「まだ立ち上がるか」

 

 将軍(ジェネラル)は振り返ってレドを見下ろす。悠々と見せる背中には不意討ちできる隙はない。

 

「あきらめるわけにはいかないッッんだァアっっ!!」

 

 レドは渾身の頭突きを見舞うも……将軍(ジェネラル)も同じように返した頭突きによって(ひたい)から血を流し、今一度沈んでしまう。

 

「しぶとかったが、小娘……強弁の割に今度こそ(しま)いか」

 

 (きびす)を返してこちらを見据える将軍(ジェネラル)。彼は眉間部からわずかに(したた)り落ちる流血を舌で舐め取った。

 

 

(あぁ、そうだな……レドの言う通りだ。(あきら)めるのなんて()()()()()──今ここで勝利(かち)を得る)

 

 敗北とは、生き延びられる時にのみ許される。しかし将軍(ジェネラル)の慈悲に(すが)ろうなどは無駄なこと。

 "文明回華"の過程において、こうした負けられない闘争というのは、時として()けられない。

 

 それは今までにも何度かあったし、これからも勝ち続けなければ……大願にして野望を成就させることはできないのだ。

 

将軍(ジェネラル)、確かにあんたは強い。俺が知る中でも十指(じゅっし)に入るくらいに」

「十、だと? ……随分と多いな」

「あいにくと巡り合わせには好悪問(こうおと)わず、事欠(ことか)かない星の(もと)に生まれたようでね」

 

「それでも貴様は生き延びている、と言いたいわけか?」

「いや……ただあんたは()()()()()の強さってことがよくよくわかった。だから──」

 

 知識と実践の両輪にて、黒色の魔力という将軍(ジェネラル)の強度とカラクリについて把握することができている。

 

 

「フラウ!」

 

 ぐったりとしながらも俺の声に反応したフラウは、"見えざる(ちから)"を振り絞ってレドとエイルを引き寄せた。

 もしもそれを妨害するようであれば、俺も身を切る必要があったが……特に将軍(ジェネラル)は動かない。

 

「ベイリル~……──()()()()()

(まか)せろ」

 

「四人掛かりで不可能だったものを、貴様一人でまだ何ができると言うのか?」

「ごもっともだがな──」

 

 将軍(ジェネラル)の言葉に対して、俺は不敵に笑みを浮かべて見せる。

 根拠なき自信だろうと、魔の(ちから)と、術と、導き(・・)にとっても重要なことは、今までに何度となく体感してきた。

 

「今までは俺にとっての()()()()に過ぎない──ここからが俺の……俺だけの、"空前"絶後の全力舞台(ショータイム)だ」

 

 



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#321 空前の魔導

 

「──貴様一人でまだ何ができると言うのか?」

「ごもっともだがな、俺にとっての()()()()に過ぎない」

 

 これ以上の増援を呼ぶことはできなかった。

 他の皆はイベントの為に準備を進めている真っ最中であり、それらの盾となるのが武力担当の俺にとって何よりの役目である。

 

 それに正直なところ将軍(ジェネラル)の前では、魔術士はことごとく戦力として成り立つまい。

 シップスクラーク財団内でトップクラスのフラウですら、まともな痛痒(ダメージ)を与えられてない以上、ジェーンでもヘリオでも通用しない。

 リーティアも含めて四人連係で戦ったところで結果は見えている。

 

 かと言って総力戦で消耗を狙うには、あまりに被害甚大(じんだい)な上に未知数となる敵。

 しかしそれほどの圧倒的強者を眼前に、俺は一人で相対する。

 

 

「──ここからが俺の……俺だけの、"空前"絶後の全力舞台(ショータイム)だ」

 

 絶対の窮地が人を成長させる。

 

 フラウほどの魔術でさえ塗り潰されたし、英傑グイドを模倣したのであろうエイルの魔術方陣すらも効果は無力に近かった。

 魔術で打つ手はない状況。だが上澄みの魔術が通じないのならば、濃縮した"魔導"を通じさせればいい。

 

(魔導師級たる固有の魔力色は……黒色あっても易々(やすやす)と塗りつぶせない)

 

 それは"天眼"によって、新たに魔力色をも共感覚で()ることができるようになったからこそ確認できた事実。

 

 レドが何度も肉薄して戦えたのは、"存在の足し引き"によって操作された素養効果(パラメータ)によるゴリ押しだけが理由でなく。

 死にながら生きているエイルの魔導と魔力そのものを断ち切って滅することは、将軍(ジェネラル)にさえできない。

 

 魔導を発現させるだけの濃密な魔力こそが、黒色の魔力にも対抗できている理屈。

 

 

(強者ゆえの(おご)りを俺は否定しない……)

 

 常に勝者の立場として証明し続ける限り、それは(まぎ)れもない正解である。

 そして将軍(ジェネラル)は何百年と実践してきたのも、今さら疑いはない。

 

 "吸血"と意図的な"暴走"を技法として確立させているのだから、たとえ魔力枯れた囚人であろうと……結社からの助けがなかろうと……。

 その気になれば被尋問時にでも、いつでもどこでもいくらでも隙を突けたに違いない。単独で大監獄からの脱出など、容易であったに違いなかったのだ。

 

 しかし安易にそうしなかったのは──単に任務を帯びていたからというだけでなく、将軍(ジェネラル)将軍(ジェネラル)たらしめている絶対の自信であったがゆえ。

 (がい)して圧倒的優位から俺達の一人一人を確実に殺し、頭数を減らすことをしなかったのは、傲慢(ごうまん)さの表れであると同時に……彼の強さの根源でもあるのだと。

 

「大言で終わってくれるなよ、小僧」

「過言じゃあないさ」

 

 復讐心、闘争心、敵愾心、嫉妬心、恐怖心、克己心、功名心、自尊心。

 あらゆる心を(かて)として、俺は半分ほどまでは既によじ登っていた──何度となく夢想し、思い(えが)いてきた──"新たな領域"へと立つ。

 

 

顕現(けんげん)せよ、我が守護天(しゅごてん)──果てなき空想(おもい)に誓いを込めて」

 

 俺は詠唱と共に左腰から抜いたリボルバーを回転させながら、こめかみへと押し当てたところでガチンッと引鉄(ひきがね)を引いた。

 左の初弾にはγ(ガンマ)弾薬が装填されているので、弾丸として発射されることはない。

 

 しかしてその行為そのものが俺自身に対しての()()()()となる、神聖不可侵な魔導儀式。

 

 

           ──ベイリル(おれ)の"右手"が前へと伸ばされる──

 ──鈍色(にびいろ)した鋼の右腕が──なぞるように、俺の"右手"と重なって──大気を引き裂く──

       ──(あお)き魔力に包まれて──鋭く(きら)めく、星光がひとつ──

 

『喝采するがいい。進化の階段を疾駆し、(のぼ)るこの俺を』

 

         ──それ(・・)は動く──ベイリル(おれ)識域(しきいき)の境界線上で──

        ──何を()すべきなのか──何を()せるのか──最適の未来を掴み取る──

 

『今この時を(きざ)み込み、我らが覇道の歴史たれ』

 

        ──右手を将軍(ジェネラル)へと向ける──己が手とも言うべき、その灰鋼の手を──

 

「なんだ……その()()()()は──? ククッそれが貴様の足掻(あが)きか!!」

 

 ドス黒い魔力を濃密に(おお)った将軍(ジェネラル)自身が、一気に膨張するように巨大な衝撃波となって俺を襲う。

 もはや数も質量も関係ない。一息(ひといき)よりも速く──人も、物も、現象すらも──万物一切の区別なく圧潰させる一撃に相違(そうい)なし。

 

『遅い。()に比べれば』

 

 しかし、生きている。ベイリル(おれ)はまだ──死んでいない。傷一つなく立っている。

 

 

「……この技法(ワザ)を防いだだと──面白い! 貴様はこの数百年で──」

(わめ)くな。もはや"未知なる未来"は、既知(・・)となった』

 

 遠心加速分離によって完全濃縮された純然たる蒼色の魔力は……黒色の魔力にも塗り潰されることなく。

 

 裏表であり鏡合わせとも言える、俺自身の仮面(ペルソナ)として。

 限界を超越し、どこまでも階段を昇り続ける進化の力(アルター)として。

 明確なる意志の形となった権能が、俺のそば(Stand)に立つ( by me)

 

 それは俺の1.3倍強ほどの巨躯をもって、己と重ね合わさるように、"左手"で──あまねく脅威から──俺を守護していた。

 

 

『なるほど、確かに。尋常者(じんじょうしゃ)では貴様に抗し得まい』

 

 任意に魔力を暴走させ、極大化させた将軍(ジェネラル)の黒き魔力は魔術そのものを減衰させる。

 同時に膨大な魔力によって超強化された肉体は、一時的でも超人を越えし領域へと到達しているのだ。

 

 彼の"本気"の前では──魔術士は封殺され、魔導師であっても思考するより速く死を迎えること()けられない。

 

 そして黒き魔力に侵蝕(おか)された肉体は、物理的にも精神的にも、ありとあらゆる干渉を拒絶する。

 ゆえに、将軍(ジェネラル)を滅ぼす手段を……尋常者(ヒト)は、持ち得ない。

 

 

『しかしどうやら、"背後のコイツ"は尋常(ヒト)じゃないんでな』

 

 灰白き鋼鉄の鎧を身に(まと)いし()()()()()()()──その"第三の眼"が、右手と連動するかのように()ている。

 

 俺はガンベルトから引き抜いたγ(ガンマ)弾薬をピンッと指で(はじ)くと、"右手"掌中へと納まった。

 眼前の男に対して、渦巻く俺の強靭な意志力は、今度こそ完全なる絶技を……この刹那にて実現させる。

 

「くっフハッ──カッハハハハハッハハハハァッ!! これが、終焉(おわり)か!!」

『残念だったな』

 

 光が満ちる──"右手"を前にした将軍(ジェネラル)は笑い──"右手"を握り込んだ俺は、(おれ)自身へと命令を下す。

 

 

『我が現身"ユークレイス"、俺はお前に(めい)じよう……冥王の巨腕(かいな)よ──()(たお)せ』

 

 ──昇華し、(チリ)一つ残さず消滅させる。

 

 魔力を直接介在した攻撃が効かないのならば……間接的に攻勢現象を発生させるしかない。

 "天道崩し"では出力が足りずに仕留めるには到底足りなかった、ならば火力を上げればいい。

 どこまでも──打ち倒せるほどまで──どこまでも。

 

 すなわち太陽光や宇宙線を含んだ凝縮と、極密度爆縮による核分裂反応を伴った"放射性崩壊の殲滅光"。

 されどγ線(ガンマレイ)は距離によって減衰し、(はな)たれた余波の光は甚大(じんだい)な破壊を一帯にもたらす。

 

 ならば、それならば……一点収束させて(じか)に当てればいい。極大の威力を維持し続けるのと同時に、他に被害を与えぬように。

 

 空前たる俺だけの魔導──"幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)"の光って(うな)る右手。

 俺は世界そのものを置き去りにするかのような感覚に、その身を(ゆだ)ねる──

 

 そうして全身全知全能全霊全力を込めた、至大至高の一閃は……将軍(ジェネラル)の現在から未来までを永劫(えいごう)、打ち砕いたのだった。

 




Right hand from behind


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#322 幕引き 

 

 死域にあって思い出せた最も(ふる)い記憶は──初めて殺した時の感触だった。

 しかしそれがどんな相手で、どういう理由であったかは……既に風化してしまっている。

 

 人生の多くを戦乱と共に生きた。好むと好まざるとに関わらず、戦わなければ生き残れなかった。

 とはいえ魔領においては特段珍しいことではない。

 ただ……吸血種(ヴァンパイア)として生まれたことは、命を懸けていく上で有利であったと言えよう。

 

 闘争の果てに魔王と呼ばれるまでに至り、四つに(へだ)てられた魔領の西側を支配した。

 

 落ち着いた日々などは(つか)()であり、戦争はより巨大なものとなって繰り返される。

 他者を蹂躙(じゅうりん)し続ける内に、いつの間にかそれが歓喜へと変わっていた。

 さらに(ゆが)みきっていくことを自覚したが、受け入れることにそう時間は掛からなかった。

 

 しがらみの中で生きていくことよりも……立場に縛られて不自由を()いられるくらいならば……捨てたほうがずっと具合が良かった。

 

 

「んナ~ニを(ほう)けているのだぁ、"将軍(ジェネラル)"」

「別に(ほう)けてなどいない。貴様の細かすぎる指示にうんざりしていただけだ、"脚本家(ドラマメイカー)"」

 

 馬車に揺られながら、隣に座る()うるさい男にうんざりしつつ将軍(ジェネラル)は会話を(つら)ねる。

 

演者(えんじゃ)に指導をするのも、我輩(わがはい)の仕事の内なのでね。なんせ久方ぶりの大舞台で、相当数が出演予定。失敗すれば"アンブラティ結社"の沽券(こけん)に関わること、お忘れか?」

 

新参(・・)の貴様がどう思おうが、結社に失うモノなどありはしない」

「ぷっはっはははは! 結社と(まじ)わって二十年弱、確かにアナタから見れば我輩(わがはい)とて未だに新参かも知れんなあ」

 

 アンブラティ"創始者"の思惑はどうあれ、現在における結社の実状は単なる互助組織の域を出ることはない。

 誰かが己の利益の為に目的を提起し、各々もそのどこかしらに利益を見出し協力するか、あるいは雇い雇われることもあるというだけ。

 結社がどうなろうが関係ないし、結社の為に尽くすことなどもありえない。ただ、利用するだけ。

 

 

「アナタと同じくらいの古参と言えば……──"予報士(オラクル)"か。アナタは今回、なんと言われた?」

「貴様には関係ない」

 

 辟易(へきえき)した表情を露骨に見せるも、脚本家(ドラマメイカー)一顧(いっこ)だにせずに踏み込んでくる。

 

「ならばこちらから言おう! なんと──"既に何をしても結果は変わらず、好きにやって構わない"とのことだった。まったく(あい)も変わらず具体性に欠け、要領を得ないお告げだ。

 もっとも……お墨付きをもらったということでもあるから、大手振ってやらせてもらうとしよう。それで将軍(ジェネラル)、今回アナタはなんと言われた?」

 

 ここで口をつぐめばしつこく、さらにうるさくなるだろうと将軍(ジェネラル)は答える。

 

 

(わたし)には……"終焉(おわり)邂逅(かいこう)する"、などと抜かしていたな」

終焉(おわり)ぃ? それは何の終焉だ? 亜人たちのことを言っているのか?」

「知ったことではない。もし……この(わたし)に終焉をもたらすものがいるとすれば、なかなか興味深い話なのだがな」

 

 終焉を(むか)えるのではなく邂逅するという言い回しである以上、何かしらの含みがあることは明白。

 しかし"予報士(オラクル)"の言葉は話半分に聞いておく程度で十分なのは、これまでの経験から学んでいる。

 

「アナタの人生に幕を下ろせる(やから)なんぞいるのかね? あぁそうだ……7年ほど前に"(カベ)"を創った奴ならばイケるか?」

「全知全能を懸けることが闘争なれば──()くしてみないことにはわからん」

「寝込みを襲ったり、毒を盛ったとしてもかな?」

「当然だ。軍団を率いるのも強さであり、たとえ肉親や誓約した相手の命を握られようとも──」

 

 少しばかり過ぎてしまった言葉に、耳聡(みみざと)脚本家(ドラマメイカー)は食いついてくる。

 

「まるで実際に愛する者を喪失(うしな)ったかのような物言いだ」

「遠い昔の話よ……もはや顔すらも思い出せん」

「おっと、これはこれは。長命種なんてのは、まっこと生きづらいことだ。その点、短命な人族(われら)は無能を(のぞ)いて忘却などしない」

 

 

 脚本家(ドラマメイカー)(くち)が減らぬし、たやすく踏み込んでもくる。しかし越えてはならぬ一線だけはどうにも守る男であった。

 仮にこれ以上境界線を無視してくるようであれば、首を()じ切ってやっても良かったのだが……実に狡猾(こうかつ)(わきま)えた気質を備えている。

 

「もっともそんな無能を含めて、我輩(わがはい)は生きとし生ける者、全てを愛しているのだがね!」

「これから街をいくつも焼き滅ぼす男の台詞(せりふ)とは思えんな」

「長命なキミにはわからんかも知れんが……死もまた美学なのだよ、将軍(ジェネラル)

(わたし)からすれば、短命が生き死にを語ること自体が滑稽(こっけい)に映る」

 

「ふっはっ、人生とは(とき)の長さだけではない。いかに自らを演出し、どれだけの人々の記憶に残し影響を与えるかが、とてもとても大事なのだよ。

 無能な連中とて、このわたしが演出してやれば……その使い道のなかった命を燃やし、流星がごとく輝かせるというものだ。その美しさもわからいでか」

 

「理解に苦しむ限りだ」

 

 

「んまったく……我輩(わがはい)の舞台をいくつも()て、演じている割にこれだ──()()()()()()()()といい……主演役がこんな有様(アリサマ)ではなあ」

 

 そう愚痴りながら脚本家(ドラマメイカー)は、馬車の隅でうずくまっている女エルフへと目をやる。

 

「主演だと……その半死半生の部外者がか? 単なる(コマ)ではなく」

「今回は悲劇にも焦点を当てるからな。自らが生まれた場所に災厄をもたらし、(なげ)き悲しむ。しかしこうも"(うつ)ろな状態"のままでは困りものよ」

「……"亡霊(ファントム)"の仕業か」

「なに? なるほど興味深い、さすが古参だけあってよく知ってるな将軍(ジェネラル)

 

 女エルフは明らかに正気を失った様子であり、将軍(ジェネラル)はかつて同じようなものを何度か見たことがあった。

 

「コイツに街の一部を隠匿しているらしい結界を()かせれば手間も省けると、仲介人(メディエーター)によこされたのだがなあ」

 

 将軍(ジェネラル)はゆっくりと女エルフに近付き、その両瞳を覗き込むと……間違いないと確信する。

 

 

「元は"交換人(トレーダー)"が(かか)えていた問題客の一人なのだと言っていた」

「……なにやら口を動かしているが」

「あぁ最初はブツブツと(つぶや)いていた……"フェナス"、それと"ベイリル"だったか──おそらく名前だろう。親か伴侶か兄弟姉妹か子供かまでは知らんがねえ」

「エルフならば孫や曾孫(ひまご)かそれ以上もありえる」

「はははったしかに。なんにしても今やもう、(のど)も精神も()れ果ててしまっている」

 

「主演が喋れぬとは脚本家(ドラマメイカー)、貴様の脚本も徒労に終わるか」

「甘く見るな。それならそれで、どうとでも演出できるというもの」

 

「それは見物(みもの)だ、ほんの少しだけ貴様の生き方に興味が湧いたぞ──」

 

 

 

 

 さらに目まぐるしく刹那に遡行(そこう)した記憶の走馬灯から、将軍(ジェネラル)は死を眼前に迎えた現実へと引き戻される。

 

(ベイリル──()()()()()ぞ。復讐者……そういうことだったか。あの時、(わたし)は、()()()()()していた)

 

 予報士《オラクル》の言っていた意味が氷解する。

 あの舞台で街を焼き滅ぼしたこと、それ自体が──今"この時"へと繋がったのだと。

 

「くっフハッ──カッハハハハハッハハハハァッ!! これが、終焉(おわり)か!!」

 

 映る世界が"光輝"に満たされる。歓喜が止まらない。

 随分と生きてきてしまった──だから頃合と言っても良かったのかも知れない。

 

 幕引きとしては不満が少なからず残るものの、闘争の末に討ち取られるのであれば是非もない。

 

 戦乱を生きた。西方魔王として辣腕(らつわん)と暴威を振るった。

 全てを捨てて、結社を利用し、なおも殺し続け──長き旅路の果てに──ようやく将軍(ジェネラル)グリゴリ・ザジリゾフは終焉へと辿り着けたのだった。

 

 



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#323 一難去って

 

 魔導"幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)"──オトギ(ばなし)から進化させた、俺自身にして俺だけの冥王が姿を消す。

 

 それは言うなれば外付けプログラミングが可能な自動制御(オートパイロット)の──顕現(けんげん)した(ちから)そのものの形。

 自分が実行するには危ういことも、イメージが困難なことも……別のモノにやらせるのならばその限りではない。

 幽体離脱(アストラル体)による役割分担。有意識と無意識の視覚化にして、"天眼"の擬人化。自身と(つい)をなす、空に浮かぶ"片割れ星"と同じとも言っていい。

 

 俺にとっての"守護霊(ゲニウス)"にして"機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)"のような存在であり、万難を排して理不尽を押し(とお)(ちから)である。

 

 

「……まじか」

 

 将軍(ジェネラル)は打ち倒された。俺が間違いなくあの化物を打ち倒した。

 しかしその余韻すらなく、俺は自らの碧眼に映り込んでいる事実を再確認せざるを得なかった──

 

 腰ほどまで伸びた灰色の長髪をなびかせ、引き絞られたような筋骨を備えた肢体。

 両の瞳を"薄布で目隠しをした女性"が、その左手に……首から下のない将軍(ジェネラル)の頭を持って(たたず)んでいるのだ。

 

 直前まで"天眼"で場を掌握していたからこそ既知ではあったが、それでも驚愕を隠すことを忘れてしまうほど。

 

 

「──"運び屋"」

 

 俺はその名を自らに浸透させるかのように(つぶや)いた。俺は彼女を知っている。

 

 インメル領会戦にあたっての軍議の最中、ゲイル・オーラムが連れてきた共和国の大商人エルメル・アルトマーの護衛役だった人物。

 その女性を記憶の中から発掘するのはそう難しくもなかった……なんとなく、そうなんとなく個人的に印象的だったから。

 

 そして現在──運び屋(かのじょ)が割り込んで、死にゆく将軍(ジェネラル)の首を奪ったという単純(シンプル)なのか複雑なのかよくわからない状況。

 俺の魔導と濃縮魔力は……将軍(ジェネラル)の凶撃から身を守り、一転攻勢でぶっぱなした"ガンマレイフィンガー"一発で底まで尽きている状態。

 

 もはや(あらが)うこと叶わぬのならばと、俺は諸手(もろて)を上げて降参のポーズを示しつつ舌先三寸で切り抜けるしかなかった。

 

 

「敵意はありません"運び屋"さん、何故ここにいるのか聞いてもよろしいですか?」

「……」

 

 運び屋は(もく)して語らず、ただジッとこちらへ顔を向けていた。

 

 契約を結べればどんな品物であろうと運び、失敗したことがないというもっぱらの噂。

 調べてもらった情報の中には──時に小国に雇われて、戦争の為の軍団輸送周りを一手に引き受けて成功させたり。

 村落を一つ丸ごと、周辺に気付かせずに他国へ運んで亡命・引越しさせたという逸話もある。

 

 また単なる輸送業だけでなく、時に交渉事にも重宝される。

 彼女のやり方は"往復"すること、たったそれだけで確実(・・)に取引を成立させる。

 つまりは契約に従って指定された物品を相互に送り届ける。片一方が反故(ほご)にしたならば、"死"も取引内容に加わるという明快な話。

 

 彼女にはそれほどの武力があるという証左であり、彼女を利用する者は例外なくそれが事実なのだと知っている。

 

 

(まさか将軍(ジェネラル)が蒸発する刹那に割り込んで首を奪い取るなんて……)

 

 風聞に(たが)わぬ実力。残りわずかな上澄み魔力だけで戦える相手では決してなかった。

 しかしながら今のところ、こちらをどうこうしようと言った空気は一切感じられない。

 

 本当にただただこちらを観察しているかと思うと──その(つや)やかな口唇が動く。

 

「……仕事」

 

 運び屋の声は()(とお)るようでいて、どこか本能的に落ち着く音色(ねいろ)であった。

 なぜだか直観的に彼女は大丈夫なのだという安心感に従い、俺はもう少し突っ込んだことを聞いてみる。

 

 

「……アンブラティ結社に雇われた?」

「言えない」

「その首級(クビ)をどうするつもりかは……?」

「知らない」

 

 なにやら機械(AI)でも相手にしているような問答。無感情と言うほどではないが、欠落しているのは明らか。

 俺はこのまま請け負ったことに関して、いくら(たず)ねようとも(みの)りはないと判断する。

 

 たださしあたって多少の意思疎通はできそうなので、切り口を変えて純粋な会話を試みる。

 

「わかりました──ところで俺のことは覚えていたりします? 以前に少しだけ顔を合わせたと思うんですが……」

 

 こちらの問いに対して運び屋から返ってきたのは、フルフルと首を横に否定する仕草。

 

「覚えてない」

「あっはい、そうですか」

「けど──懐かしい」

「……んん?」

 

 俺が首を(かし)げると、彼女も同じように首を(かし)げて互いに疑問符を浮かべ合う。

 さしあたって記憶としては覚えてないが、なんとなく会った感触は覚えてもらえている──と言ったところだろうか。

 

 

「運び屋さん、俺にも貴方を雇うことはできますか?」

手透(てす)き、なら──でも、いまは無理」

「ご多忙ですか」

「そう。あと一見(いちげん)も、だめ」

一見(いちげん)さんはお断り、と。でもこれで俺と貴方は今度こそ顔見知りですよね?」

「……たしか、に?」

 

 誰かの紹介が()るなら大きな借りを作る覚悟で、彼女を雇っていたエルメル・アルトマーを経由したっていい。

 実務面のみならず、アンブラティ結社へと繋がる情報も含め……ここで(えにし)(むす)んでおくに越したことはない。 

 

 

(アンブラティ結社が彼女の顧客の中にいるのなら……そこから繋がる情報なら、この際もうなんだっていい)

 

 仮想敵だなんだと甘い見通しではなく、アンブラティ結社はもはや放置しておくワケにはいかないだけの存在であると、認識を改めるより他はない。

 

(結社を白日(はくじつ)(もと)(さら)す糸口となりえた将軍(ジェネラル)はもう首だけじゃぁな)

 

 思わぬ反抗に遭った以上は、全力でもって殺さざるを得なかった。

 それどころか歯車が噛み合わなければ、こちらが間違いなく死んでいたほどの強度であった。

 

 無事に窮地は脱したものの……せっかく(つか)んだはずの結社への手掛かりも喪失した──かと思われた。

 

 

(()って()いたと思って(のが)した(すえ)に新たに現れたこの好機(チャンス)(のが)す手はない)

 

 (こと)ここに至って、新たな足掛かりとなるかも知れない運び屋との邂逅。

 

 あるいは彼女を(つう)じて、アンブラティ結社と直接的な交渉も可能となるかもと淡い期待を(いだ)く。

 いずれにせよどんな些細なモノであっても利用しなければ、こうも世界の裏側で暗躍する存在に辿り着くことはできないだろうと。

 

(並行して将軍(ジェネラル)足跡(そくせき)についても洗い出していかなきゃな──)

 

 財団が拡げている情報網を利用すれば、あるいは新たに判明してくることもあるかも知れない。

 優秀な人材を獲得することで、テクノロジーが発展していくことで、今まで霧の中だった事実を晴らすことだって可能となる。

 

 俺はウェストバッグから取り出したメモに、樹脂ペンで財団のことを(つづ)る。

 

「お暇ができたら、ご連絡を──ちなみにこのことは他の誰にも秘密でお願いします」

 

 少しでも印象付けようと、破ったメモ用紙を()って紙ヒコーキにしてから運び屋へと飛ばして渡す。

 彼女は受け取ったところで小さくコクリと(うなず)くと、運び屋はバネ仕掛けのカラクリのように跳躍し、あっという間に地平線の彼方へと消えていくのを俺は見送った。

 

 

「っはァー、ふゥ~とりあえず乗り切れ──た、あ……」

 

 (きびす)を返そうとしたところで、俺は肉体と精神とが弛緩(しかん)してフラついてしまい片膝をその場についてしまう。

 

(ここまで揺り返しが激しいとは──)

 

 収監から魔力枯渇状態での獄中制圧、"黒スライムカプセル"を使った魔力の急速充填から脱獄劇。

 "赤スライムカプセル"の液状摂取ドーピングによる心身の能力向上(ブースト)効果による反動。

 なによりも魔導を全力全開で発現させての将軍(ジェネラル)との死闘こそ、負荷が過大であったと言える。

 

(それでも十分過ぎるほどの効果だ……研究開発してくれたサルヴァ殿(どの)らには感謝だな)

 

 俺は"白スライムカプセル"を取り出し、頬張ってグミキャンディのように舐める。

 その効果は黒色や赤色の効果を弱めて体内環境を調整するもので、副作用と反動もいくらか楽になっていく。

 

「落着だ」

 

 まだ皇国領内から脱出はまったく完了していないが、巨大な山を越えたことで俺は一心地(ひとここち)つくだけの余裕を持つのだった──

 



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#324 再結成

 

「さっすがだねぃ、ベイリル」

 

 横へと顔を向けると──ふわふわと両手にレドとエイルを浮遊させながら、愛する幼馴染のフラウが立っていた。

 

「フラウも早く追いついてこいよ」

「なんだかんだずっとあーしのが強かった気がするんだけどな~、ついに抜かされちゃったかぁ」

「天空魔術士あらため天空魔導師、ここに在りってなもんよ」

「キャシーと一緒にあーしもさらなる高みにでも(のぼ)っかーーーっ、また迷宮(ダンジョン)に潜って帰ってきたら肩を並べるだけになっとくよ~」

「おうとも、俺も暇ができそうだったら行くかな」

 

 スライムカプセルの実用化の為に延期となっていた、カエジウス特区ワーム迷宮(ダンジョン)再攻略計画。

 発起人であるキャシーが"黄竜の加護"を目当てに、それ以外にも迷宮内は様々な資源が存在していてもう一度挑むだけの価値はある。

 

 しかし時機を待っている(あいだ)に、()()()()()()が出たという話で迷宮はまたも再改装される事態になってしまった。

 攻略メンバーのスケジュールを調整して集める都合もあって、未だに先延ばしになっているのが現状であった。

 

 

「ところでフラウ、お前の怪我は大丈夫か?」

「うん、結構キツイけどね~。まっもう少しくらいは頑張れる。レドとこっちの女の人も生きてるよ」

 

 レドは散々っぱらしぶとく、エイルも既に死んでいる身──とりあえずは問題なさそうであった。

 

「良し。さしあたって詳しい話は後にして──っと、(っつ)ぅう~」

 

 もはや生体自己制御(バイオフィードバック)すらもままならず、頭にガンガンと残響する痛みに俺は顔を歪めながらしみじみと呟く。

 

「あぁ……ハルミアさんがいればな──」

「ハルっちは"身重(みおも)"だからしょうがないねぇ。はやく産まれてこないかな~? もうっめっちゃ可愛がるのにぃ」

 

 

 ともすると無重力で浮揚(ふよう)した状態のレドが、空中でジタバタと暴れ始める。

 

「んっ──な、ぬぅぁぁあああ! 降ろせフラウ!!」

「あっもう起きた」

 

 ドテッと雑に地面へと打ち捨てられたレドは、這いずるように立ち上がる。

 

「っゼェ……はぁーーー、あれ? アイツは!? クソジジイ!!」

「俺が倒した」

「……は? マ? ジ?」

「奴は俺たちを見逃すような性分じゃない、こうして無事に生きているのが証拠だ」

「ッッァァァアアアアア、クソッ! ボクが倒したかったのにィ、してやられた!!」

 

「なんでそんな元気なん、レドっち」

「確かに。"存在の足し引き"が魔導(・・)にしても、あまりにしぶとすぎる」

 

 俺は「まるでゴキブリ並の生命力」とまでは言葉を続けなかったが……。

 ここまで生命力と活力に溢れているのは、一体全体何を犠牲として引いて足しているのかいささか心配にもなる。

 

 

『えっ、レドっち(ボク)って魔導師な()?』

 

 フラウとレドの言葉がハモり、揃って俺の(ほう)へと顔を向けて問うてくる。

 

「あぁ、それは間違いない。そもそも既存の魔術に(とら)われてない異能時点で、学園時代から薄々そうじゃないかと思っていたがな」

「まじ? ボクって天才じゃん。フラウはどうなのよ?」

「あーしはまだ使えないけど……」

 

「やーいフラウ~ザコめー!」

「あのさぁ~……そうなるとレドっちってば、学園生の時から魔導師だったのに闘技祭であーしに負けたことになるんだけど?」

「なァ──! それはそれじゃん!?」

「さっきのヴァンパイアにもぶっ倒されまくってたし、ベイリルよりも弱いわけだ」

「うっさい! 相手にならなかったのはフラウもじゃんか!」

「あーしは別にレドっちみたく魔領統一を目指してるわけじゃないし、大魔王を目指す人間がこんな体たらくでいいのかな~?」

 

 

 フラウとレドの絶えぬ会話は微笑ましかったが、ひとまず放置する。

 俺は指を鳴らしてパチンッと増幅させた音で上空に合図を送ってから、離れた位置で待機していた囚人らの元へと風に乗って近付いた。

 

「おつかれっす、旦那。いやぁなんかもう怒涛すぎて、小さい小さいオレっちの肝っ玉は冷えっぱなしでしたよ」

大事(だいじ)はないな? ストール、他の連中も」

 

 "煽動屋(あおりや)"ストールは「問題ない」と(うなず)き、ジンが俺の前に立って軍隊式の礼をする。

 

「一人の戦士として、改めて敬意を表させてもらうぜ御大将」

「そうかジン、ありがたく受け取ろう」

 

 レドに預けるのが惜しくなる男だったが、それでもジンが希望する以上は致し方なかった。

 

 

「ぼくはさほどの心配はしてませんでしたよ。あなたは学園の頃から意志を貫徹しているのを知ってますから」

「あぁ次はカドマイア、お前が仕事をする番だ」

「あいにくと仕事だとは考えていませんよ、生きる道そのものだと思っているので」

「くっはは、確かに──ヘリオもグナーシャ先輩もルビディア先輩も……同じ思いなんだろうな」

 

 俺はそう言って上空を指差すと、炎を(まと)った鳥が急降下してくる。

 火の粉と舞い散らせながら降りた紅翼の内側には、薄い赤髪を三つ編みテールにした鳥人族の女性が立っていた。

 

「おっ、元気そうじゃんカドマイア。なによりなにより」

「ルビディアさん……このたびはご心配をお掛けしました」

「いやーったっはっはっは。わたしらがカドマイアのことを知った時には、もう脱獄計画が進んでたから心配なんてナイナイ」

「っ……そうでしたか」

「どちらかと言うと、腕が(なま)ってないかのほうが遥かに心配だよ? あんたと違ってわたしらは"ワールドツアー"やってきてるし」

「学園時代は皆さんを引き立てる為に、ぼくが実力を抑えていたということ。お教えしましょう」

 

 

 ルビディアへと言い放ったカドマイアに呼応するかのように、上空からさらに影が2つ落ちてくる。

 

「言いやがんなァ! カドマイアぁああ!!」

 

 地面スレスレで足元を爆燃させ、くるりと一回転して着地するは俺の義兄にあたる鬼人族。

 そして地面に豪快に激突して轟音の中で立ち上がったのは、灰色髪の狼人族。

 

「ぬぅ……衝撃を殺しきれなんだ」

「ライブ前に怪我は勘弁してくださいよ、グナーシャ先輩」

 

 "衝撃双棍(インパクトトンファー)"を使って多少は着地を軽減したようであったが、本人としてはもう少し上手くやれるつもりのようであった。

 

「グナーシャはそんなに(ヤワ)じゃねえから大丈夫だよ。ったく、心配性だなベイリルはよ」

ヘリオ(おまえ)たちを相手にする時は、それが俺の役回りだからな」

 

 パシッと俺とヘリオはハイタッチをして、バトンを渡す。俺の仕事は終わり、これからは彼らがメインを張る。

 

 

「へいへい──っと。よォカドマイア、辛気臭い言葉はいらねェぞ放蕩(ほうとう)息子」

「我としては多くは語るまい。よくぞ無事に戻ったとだけ、言わせてもらおう」

 

「ではぼくからも一言だけ、また迎え入れてくれて感謝します」

 

 カドマイアは左右それぞれで作った拳をヘリオとグナーシャに突き合わせる。

 

「おォう、そうだな。とりあえず大口叩いたんだ、ついてこれなかったらぶっ飛ばすぞ」

「遅れを取るつもりはありま……ないよ」

「うむ、やはり四人揃ってこそよ」

「っしゃあ! 再結成だね!」

 

 ヘリオ、ルビディア、グナーシャ、カドマイアはお互いに肩を組んで自然と円陣を作った。

 

「つーかスズめ……焚き付けておいて自分は()りてきやがらねェじゃんか」

「あっははは! スズがわたしらを振り回すのはいつものこといつものこと!」

「パラスも()にいるぞ、カドマイア。事情は既に我らも聞き及んでいる」

 

「……上? って、そういえば三人とも一体どこからやってきたんです?」

 

「信じらんねえだろうが、行けばわかるし見ればわかるさ。今までで最っ高の会場だぜ」

 

 その言葉の直後にヘリオは周囲に炎を発生させ、ルビディアも翼に炎を(まと)う。

 急激に発生した上昇気流に乗るようにヘリオは爆燃させた脚で跳び上がり、グナーシャとカドマイアはルビディアに引っ張り上げられて飛んでいくのだった。

 

 



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#325 語らい

 

 上空を仰ぎ見ながらカドマイアとヘリオ達を見送った俺は、新たに降りて来る影に気付く。

 

「……クロアーネ?」

「──ベイリル!」

 

 急激に接近してくる中でクロアーネは俺の名を叫び、彼女を受け止めるべくその場から移動しつつ体勢を作るが──落ちてきたのは"箱"であった。

 

「……」

 

 俺は落ちてきた"弁当箱"を風流のクッションに乗せつつ、無言でキャッチする。

 そして当のクロアーネ自身は、有線誘導ワイヤーを(たく)みに使って勢いを殺しつつ着地したのだった。

 

 

「支援物資の準備も整っていますが、どうしますか」

 

 久方振りの再会で抱擁(ハグ)し合う──ようなことは当然なく、淡々と業務連絡だけを済まされる。

 

「……あぁ。それなら早めに輸送するか」

 

 俺は中身がズッシリ詰まった重箱をクロアーネへと返し、大要塞の(ほう)を見れば──いくつかの群体がこちらへ向かってくるのが見える。

 次にクロアーネと共にレドとフラウの(ほう)へと視線を向けると、あちらもすぐに気付いたようでレドの瞳が見開かれる。

 

「げぇえ!? クロアーネ!!」

「レド……随分と無茶をしたようですね」

 

 クロアーネの怜悧(れいり)な視線を浴びせかけられたレドが思わずたじろぐ中で、俺は隣の幼馴染へと声を掛ける。

 

「フラウ、問題ないならそこの女性──エイルさんと脱獄囚(あいつ)らを移送して……ついでに支援物資を地上まで届けてもらえるか」

「オッケィ~、それじゃまたねーレドっち」

 

 

「ちょ──待ってフラウッ!!」

 

 レドはその場から浮遊したフラウに掴まろうとするも、するりと(かわ)されて地べたへとまた足をつける。

 フラウはエイルを(かか)えながら反重力で脱獄囚らをまとめて持ち上げると、そのまま上空へと運んでいくのだった。

 

「あっオイ!! キマイラ男はボクんとこのなの!!」

 

 取り残されたレドは連れていかれるジンを指差しながら、気付いた俺もグラップリングワイヤーブレードを飛ばす。

 俺はフラウにハンドサインを出しながら、ジンの体だけを引っ張って釣り上げた。

 

 勢い余ったその肉体は、やや離れたところで着地する。

 

 

「まったく──なぜレド(あなた)がこんなところにいるのかは知りませんが、おおよその察しはつきます」

「っく……」

「しかし私の知ったことではないですから。貴方は自由に生きるのが(しょう)に合っているのでしょう」

 

 レドは渡された言葉と重箱に、拍子抜けした様子で首をかしげつつ……流れのままに弁当箱を開ける。

 

「わぉ!? ボクの好きな物ばっかじゃん、さすが!!」

「レド……貴方に嫌いなモノなんてないでしょう。そもそも貴方がいるのを先刻まで知らなかったのに、前もって好物を作って詰められるわけもありません」

 

 耳を素通りするレドは、その場でバクバクと一心不乱に(むさぼ)り始める。

 

「まったく行儀(マナー)が悪いのは相変わらず、せめて座って食べなさい」

「なんかクロアーネが昔よりずっとやさしい!」

 

「子育てして丸くなってるからな」

 

 地べたに座ったレドは、またすぐ立ち上がらんという勢いでグッと顔だけを見上げる。

 

「はぁ? 子育てぇ? ……ってまさかベイリルとの!?」

 

 

「おかわりはいらないと見えますね、レド」

「えっ──あ、違うんだ? ごめんごめん、よっくわかんないけど」

 

「いずれはそうなりたいがな」

「はいはい。……ベイリル貴方もお腹を()かせているでしょう?」

 

 俺はクロアーネの懐から渡された包みを開くと、中には艶やかな白米・黒海苔(のり)・黄沢庵(たくあん)のシンプルな三色が瞳に映る。

 

「おぉ……おにぎりとは、流石(さっすが)わかっているな──これは()みる」

 

 栄養自体は"黄スライムカプセル"で足りているだろうが少なくなく浪費もしているし、食欲ばかりは満たされることはない。

 さらに追加で渡された水筒には、緑茶がしっかりと冷やされていたのだった。

 

 

「そちらの御仁は申し訳ありませんが……支援物資をお待ちください」

 

 クロアーネはジンに対して、持ち前のホスピタリティが至らなかったことに一言告げる。

 

「あ、あぁ……自分は──」

「レド、そんだけあるんだから少しは分けてやれ」

「イヤだ! これはクロアーネがボクの為に作ってくれたモノだもん!!」

「ったくお前は……俺が見出した人材を、本人の意向とはいえ結果的に奪っておいてからに。仕方ないから一個やるよ、ジン」

 

「……? あぁ、すまない御大将」

 

 魔領には一部地域を除いて米はほとんど見られない所為(せい)か、ジンは投げ渡されたおにぎりを恐る恐る口へと含む。

 

「──うっ、美味い」

「ありがとうございます」

 

 一口かじられたおにぎりを驚愕の瞳で見つめるジンに、クロアーネは料理人冥利に尽きるといった様子。

 単純(シンプル)な料理だろうと食べる相手の状態を考え、食材の選別から炊き方一つ。

 温度変化にまで繊細に、つぶさに気を(つか)ってこその料理である。

 

「それになんだ、中にこれ……酸《す》っぱいのに塩味と甘みがある」

「梅干しだな、魔族の割になかなか良い舌を持っているようだ」

 

 

「んぐっく──ほんっと、魔領は食べ物に関してみんな大味で無頓着なの多くて困るわー。ボクが大魔王になったら美食を推進してくよ」

 

 あっという間に重箱三つ分の料理を食べ終え腹をぽんぽんっと叩くレドに、クロアーネは嘆息を交えながら口を開く。

 

「ちゃんと味わったか疑問ですね、レド」

「愚問ってやつだよクロアーネ、ごちそうさま。ボクは昔っからこんなもんだったし……それに今はまさに、()()()()だからさ」

 

 俺も最後の一口を胃まで流し込み、レドも立ち上がったところで──"飛行魔物を駆る魔族"が空より降り立った。

 

 

「──魔族にエルフに獣人……? 何者だ、おまえらぁ」

 

 中型の魔物から一人が降り立ち、その背に残った二人は周囲に警戒を払っている。

 財団(うち)が大要塞および皇国軍への陽動として呼び込んでおいた、魔領軍の飛空強行偵察部隊といったところか。

 

 ジンは無言のまま身構えるが、先んじて飛来するのを察知していた俺とレドは涼しげであった。

 クロアーネは結果がわかりきっているのか、綺麗に(たい)らげられた弁当箱を片付ける。

 

「ボクはレド・プラマバ、西方はプラマバ家の現当主だ。どこの領軍かは知らないけど、()(わきま)えろ」

「プラマバぁ? それって確か落ち目の──」

 

 言葉途中で男が途切れる。その腹にはレドの拳が叩き込まれていた。

 

「なッ……ぅが……」

 

 そして残る二人と魔物が動く前に、上空から支援物資が落ちてきて下敷きとなってしまっていた。

 

 

 その一番上から座っていたフラウが地面へと飛び降りる。

 

「は~~~きっついねぇ」

「ありがとよフラウ。ただ(つら)いなら無理しないで早く休め、軽傷じゃないんだから」

「うん、そうするー。けどレドっちがどうすんのかなってさ、飛べないだろうから運ぶよ?」

 

「ボク? どこに連れてかれるか知らんけど、いらん世話だよ。このまま魔領に戻るつもりだし」

(せわ)しないですね」

 

 クロアーネの言葉に感情は乗せられてなかったが、その内実はレドと今少し旧交を温めたいというのが感じられた。

 

 

「そっか、んじゃあーしは戻るね~。レドもまたいつかまた()ろう」

「フラウ!」

「な~にさ」

「うちの"軍将"やらない?」

「ぷっあはは! スカウトなんて闘技祭以来だったけぇ~?」

 

「一緒に戦ってて感触さ、悪くなかったっしょ? いやむしろバッチリだった。ボクとあんなに合わせられるの他にいないしさ、ベイリルなんか捨てちゃえよ」

「おいレド」

 

 俺は思わず突っ込むが、どのみち答えはわかりきっているのであくまでノリでしかない。

 

「たぁ~しかに、レドっちとの連係は案外悪くないどころか、長年連れ添った相棒みたいにハマった」

「だろぉ? そんなら──」

「でも今は無理かな。まだまだやりたいこと、やれることがいっぱいあるし」

「むぅぅぅうう……」

「そんな顔するなってばレドっち、暇ができたら顔を出したげるよ。それでそん時に(ちから)が必要だったら、少しくらいなら貸してあげるからさ~」

「言ったな! 約束だからな!」

「はいはい、バイバイまたね~」

 

 トンッとステップ一つで、フラウは空へと吸い込まれるように浮いて戻っていく。

 

 

「かっはーーーっ、ま~た振られちゃったけどまっいいや。(ちから)を貸してもらえるって一言を引き出せたんだし、あれだゴネ得ってやつだね」

「もっとも具体的な時と場所を指定していないから、10年後20年後でも可能ということ……でもあるがな。長命種(おれたち)にとってはまぁ誤差だ」

「性悪クソ野郎ベイリル!」

 

「冗談だって。レドも財団からの援助についても考えておけよ」

「うん、"投資"ってやつだね」

「そうだ。レド・プラマバが保有するあらゆる価値を参照し、適切な支援をしてやる」

 

 見返りはいくらでもある。通常であれば拡張しにくい魔領の資源類を利用することができるのが第一。

 また軍事行動においてもルートが開拓できれば、相手の想定外から一撃を喰らわせることも可能となる。

 

 さらにプラマバ家の軍事力が在りし日の(ちから)を取り戻し、さらなる強大化が実現すれば……単純に示威行動をしてもらうだけでも優位に立ちやすくなる。

 他にも魔領にしかない技術や人材の発掘、人領ではやりにくい大規模な実地実験や、極秘の研究施設建造といった土地利用などなど。

 

 

「わかった、もうこうなったら存分に財団を利用してやるから!」

「良い意気だ」

 

「その為にもまずは……──ボクが価値ある大人物だと(しめ)さないとね」

 

 自信満々に口にしたレドは、遠く大要塞の(ほう)から近付いてくる群体を注視するのであった。

 

 



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#326 新生

 

 大要塞とそこから流れてくる脱獄囚を見つめながら、レドは付き従う男へと視線を移す。

 

「──うっし、ジン! ボクの兵を集めてこい!!」

「自分がボスをやっていた魔族一党であればすぐに従うはずです、我が主君(あるじ)

 

 説明不足のレドの命令にも、すぐに察して進言するジン。

 補佐役としてはやはり得難い人材であり、ジン本人の意向含めレドに派遣してしまったことは何度となく惜しいと思ってしまう。

 

「おーーー意外とやる男じゃん、でも敬語はいらないよ」

「了解した」

 

 ジンも将軍(ジェネラル)との闘争を()ていたこともあって、レドの強度にも畏敬(いけい)の念を抱いている様子であった。

 

「ちなみにボクはここでもう少し休んでる」

 

 支援物資の山の上にふんぞり返るようにレドは座り込み、ジンは自らの足でもって駆け出していった。

 時間的猶予を考えれば魔力はほとんど回復していないはずだが、身体能力は獄中の時のそれよりも躍動感に満ちている。

 

(あるいは……トロルの左腕が移植されている影響か──)

 

 トロルから抽出・精製した"スライムカプセル"が、実に多種多様な適合性を持つように。

 その再生能力を含めて肉体的・魔力的な恩恵が、ジン本人にもたらしているのかも知れなかった。

 

 

「なぁなぁベイリル、いちお確認するけど地上組だっけ? そいつら使わない人間ならボクがもらってもいいっしょ?」

「無論、構わんが……どうしようもない犯罪者も中にはいるぞ」

「ベイリルにはボクがそんなの気にする気性(タチ)に見える? 改心しなかったらぶっ殺すだけだよ」

 

(……魔族らしい考え方だな)

 

 いずれは法と秩序によって成り立たせるサイジック領およびシップスクラーク財団には、決してできないやり方でもある。

 本来であれば許容したい部分もあるのだが、実際的なリスクとを天秤にかけた時に、潜在的な不穏分子は可能な限り排除しておくに越したことはない。

 

 

「──クロアーネはどうする、先に戻るか?」

「……そうですね、確かにここに居ても致し方ありませんし」

 

 フラウの反重力で一緒に戻れば良かったろうに、この場に残ったのはレドのことが気に掛かったからだろう。

 学園生時代であれば……きっとあっさりと別れていたかも知れない。彼女もヤナギや他の子供らの世話をすることで、色々と変わっていった。

 

 元々なんだかんだ言いながらも世話をする性分が、明確な母性へと──他者との繋がりを大事にするようになっていったのだろう。

 

「それじゃぁ俺の所用が済むまで、今少しだけ待っていてくれるか」

「私一人では手段がないので……甘んじましょう」

 

 俺と一緒に風に乗らないことには戻ることができないので、クロアーネは目を瞑った澄まし顔で受け入れる。

 

 

「あっ! だったらさぁクロアーネ、また何か作ってくんない? まだまだ食べ足りなくてさ!」

 

 ドスドスと自分のモノでもない支援物資の山を叩いて、レドは主張する。

 

「ジンの派遣を除けば──財団からの最初の支援になるな、レド?」

「ベイリルさぁ、(こま)かすぎ!」

「ほとんどが保存食ですが、それで良ければ──」

 

 クロアーネは個別に分けられていた支援物資の袋から一つを選んで開けると、テキパキとその場で準備をしていく。

 

「……うん? なんで物資の中に鍋とフライパンがあるんだ」

「──()()()()()()()()()()()ベイリル(あなた)が言い出しそうなことなどわかっていますので」

「言ったの俺じゃないけどな」

 

 俺はフッと笑いつつ、左手で燻製肉を刻みながら右手で"瓶詰め"の(ふう)を切るクロアーネを見つめる。

 

 

「なーんか、ボクも久し振りに調理したくなってきたな」 

「殊勝な心掛けですレド。食べるばかりでなく、貴方は作ることの楽しみを知っているのですから」

「んだね。またしばらく会えなくなるだろうし、ボクも一緒にやる!」

 

 当初の直近戦力収集という目的なんかどうでもいった(ふう)に、欲望のままにマイペースに生きるのもまたレド・プラマバらしさの真骨頂とも言えよう。

 

(まっ料理を使った懐柔策(かいじゅうさく)ってのも、案外功を奏するかもな)

 

 まるで姉妹のように並んで調理し始めるクロアーネとレドを、俺は微笑ましく眺めている──と、しばらくして近付いてくる気配へと振り返った。

 

 

「──これが支援物資……本当に用意されているとは」

 

 そこには要塞内から奪ってきたのだろう軍馬にまたがる、数十人からの人族集団があった。

 将軍(ジェネラル)と戦闘が大地に深く刻まれているが……気にしている余裕もないようである。

 

「あぁマティアス、無事脱獄できたようだな。他の二人はどうした?」

「セヴェリは……中途で死んだ。トルスティは別働隊として分かれていて、その分の物資も持って行きたいのだが」

「わかった、だが情報と引き換えだ。他の連中はどうなった? 特にモンド殿(どの)

 

 それこそが俺がこの戦場に残り続ける最大の理由であった。彼の意向で地上組となったが、是非に財団に引き込みたい人材。

 

「長老か……彼がいなければもっと多くが死んでいた。たった一人で城伯の直属部隊とも()り合い、血路を(ひら)いてくれた」

 

 マティアスは目配せしてから馬を降り、整然と積み込みを始めながら語る。

 

「魔力も回復してないのに、流石(さすが)だな──まさか死んでないよな?」

「いや、先に脱出したから我らにはわからない。あと獣人頭(じゅうじんがしら)も、殿(しんがり)として(とも)に残っていた」

 

 

(バランが……意外だな。バリス殿(どの)が天敵なだけで、責任感ある男なのか)

 

 あるいは若かりしバルゥに助けられた時の、彼の生き様をなぞったか──

 いずれにしても気になるのはモンドの行方だが、あまり執着していてもこの場もいずれ戦火の範囲内になる。

 

「ところで──囚人(われわれ)を助けに来た外の人間はいるのか?」

「ん……?」

「集会の時に言っていただろう。脱獄について可能な範囲で連絡したから、あるいは救助の為に()(さん)じる者がいると」

「あぁはいはい、()()()()()

 

「うわっ下衆(ゲス)野郎だ! よくわかんないけど糞下衆(クソゲス)野郎がここにいる!!」

「うるさいぞ、レド。嘘も方便、情報漏洩(ろうえい)の可能性があるんだから流布しないのは当たり前だ。自由騎士ならそのへんは講釈垂れるまでもないだろう?」

 

「……そうだな、そもそも不確かな情報でこんな場所まで来れるわけがない」

 

(まっ──あるいはベルクマン殿(どの)なら来ていたかも知れんがな)

 

 シップスクラーク財団と関わりがあり、俺のことも個人的に知っている。

 インメル領会戦での財団の周到さも実際に体験しているので、今回の作戦・企画も成功させると踏んで一個中隊ほど率いてくるくらいは想像できた。

 

 ただ自由騎士団が収監されていることは事前情報収集の段階では不明であったので、こればっかりはどうしようもない。

 

 

「っつーか調理早いなッ」

 

 鼻腔をくすぐったかと思えば、既に調理トレイの上に"携帯食"がずらりと並んでいるのに気付く。

 

補助(サポート)要員がいますので」

「う~~~ん、まっボクはあれから衰えてはいないけど成長してもいないなぁ。んっぐ──むぐ、がっく……うん、クロアーネとここまで差が開いてるとは」

「レド、食べながら喋らない作らない」

 

 炒めた燻製肉と低音殺菌された瓶詰め野菜漬けを干しパンに挟み、熱せられたフライパン底で焼き潰した"ホットサンド"を俺も手に取った。

 栄養の足りない脱獄囚向けに調理された濃いめの味付けは、保存食ばかりで作られたにも関わらず胃を満足感でいっぱいにしてくれる。

 

 

(うま)い。お前らも一個ずつ持ってけ。食いながらでいいから、戦域をさっさと抜けた(ほう)がいい」

「あ、あぁ……──」

 

 いまいち底抜けた雰囲気についてけないといった様子で、人族集団はホットサンドを取っては馬にまたがっていく。

 

「色々と世話になった」

「気にするな、行きがけの駄賃ってやつだ。それに無事共和国まで辿り着けるとも限らんしな。ベルクマン殿(どの)にも一筆(いっぴつ)書いておく」

「自由騎士としてこの借りは忘れない──」

 

 マティアスは後方から迫る気配に気付いたのか、集団を整然と指揮して走り去っていった。

 

 

「今度は……さすがに多いですね」

 

 クロアーネは調理を続けながら、100人はいそうな魔族一党を眺める。

 その先頭を走るジンは、これも大要塞から奪ってきたのだろう陸竜を駆っていた。

 

「待たせたな、我が主君(あるじ)

「うむ! ぜぇ~んぜん待ってないよ、ご苦労さん。……で、こいつらは納得済み?」

「獄中での生活に比べれば、どこへでも──"衣・食・戦"があれば十分な連中なんで」

「よしっ!! おまえらは新生プラマバ軍の尖兵だ、ボクについてこい!!」

 

 調理途中で再び支援物資の山の上へと立ったレドに、魔族一党は怪訝(けげん)な表情をめいめいに浮かべる。

 それもそのはず……いかに魔族一党のボスであったジンの言葉だけでは、レドが本当に(つか)えるべき相手なのか見極められるわけがない。

 

 

「──大将、頼む」

 

 (すが)るように俺を呼ぶジンに、しょうがないので素直にレドへの助け舟を出すことにする。

 

「あぁ……この一見(いっけん)して小娘は、俺より少し弱いくらいには強い。従っておけば間違いない」

「だ~れが少しだけ弱いってぇ? ボク勝ってるし」

 

「だから昔の話だ、俺は将軍(ジェネラル)を直接この手で打ち倒したわけで」

「あのクソジジイのことなら、ボクらの協力あってのものじゃん!」

「それはまぁそうだが……決定打は俺だ、だから現時点では俺のが上だろ」

「なんだァ? ベイリル、さては……()るか!」

 

「やめろやめろ。さほどの余裕はないし、レド(おまえ)だって無尽蔵に見えて何かを引き続けてんだろうが」

「うっ……そうだけど」

「今この場で見せなくても道中いくらでも強さを示す機会はあるだろうよ、目的を見誤るなっての」

「冗談が通じないなあ」

「本気だったろうが、俺に嘘は通じんぞ」

 

「まっいいよ~もう。フラウ共々(ともども)また会った時を楽しみにしておくからさ。そんじゃぁオマエら!! とりあえず黙ってついてこい! あと物資(コレ)も持てるだけ持ってくこと!」

 

 ガッと十人分ほどの支援物資を手に、バッと飛び降りたレドは陸竜へと雑に積み込む。

 

 

「クロアーネ、もう一個!」

「はいはい、いってらっしゃい」

「あっ……むぐ、ひっへふふ(いってくる)!」

 

 クロアーネが投げたホットサンドを、ガブリと口だけでキャッチして走り出すレド。

 そしてそれに続くジンに遅れまいと、魔族一党の面々もそれぞれ物資を取ってついていく。

 

(達者でなレド、次に会う時が俺も楽しみだ。なんせ退屈しないからな)

 

 嵐のように過ぎ去った自称次期魔王を見送りながら、俺はグッと体を伸ばしてから笑うのだった。

 



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#327 悠遠の聖騎士

 

 ひとまずの用を終えた俺は残る支援物資を放置し、俺はクロアーネを抱きかかえる形で空を飛ぶ──

 すると幾筋《いくすじ》にも空を疾駆(はし)る"遠雷"が徐々に近付いてくるが見えるのだった。

 

「──こりゃあノンビリしすぎたか。そもそも大要塞には()()()()()()()()()ハズだったんだが……」

「敵ですか?」

「少なくとも味方じゃない、とりあえず交渉次第か」

 

 急速に近付いてくる影に、俺は固化空気の足場を作ってクロアーネと少し距離を取る。

 

 あっという間に距離を詰めて滞空する女性は、こちらを射抜くように睨んでいた。

 

 

見た顔(・・・)だな、"賊"め」

また(・・)会いましたね、"ファウスティナ"さん」

 

 "悠遠の聖騎士"ファウスティナ──大要塞に潜入し、脱出する際に一悶着(ひともんちゃく)あった相手である。

 ワーム迷宮(ダンジョン)の制覇特典で身に付けている翼の生えた"ワーム全身鎧"と"黄竜由来の弓"に、業物(ワザモノ)であろう腰元の直剣。

 

「やはり、そういうことか。貴様が手引きしたのだな、今回の一件を──」

「滅相もない」

 

 残り少ない上澄み魔力だけで相手にするには、いささか未知数が上回る相手である。

 会話によって切り抜けられるならばと、俺は頭の中で脚本(ドラマ)を構築していく。

 

 

「大監獄へ侵入していた男が、この場に都合よく居合わせたとでも言うのか!!」

「そこは偶然ではありません──」

「ならば!」

 

 ギリッと矢をつがえて雷を(まと)わせるファウスティナに、俺は冷静に相手を見据える。

 

「俺は()()()()()()()()()()()という話を聞いたからこそ、個人的に調べていたに過ぎない」

「……なに?」

 

 食いついてきたファウスティナに、俺は含み笑いをたっぷりに告げる。

 

「──"アンブラティ結社"」

「……? アンブラティ結社、だと?」

 

「こたびの囚人解放計画の糸を引いていた集団です。そしてその直接的な実行にあたっていたのが……純吸血種(ヴァンパイア)──」

 

 あぁそうだ、結果的に結社(れんちゅう)には散々な煮え湯を飲まされる形になった。

 だからこそ……こちらも"意趣返(いしゅがえ)し"をしてやろうじゃあないか。

 

 徹底した暗躍ばかりで表舞台に出てこないなら、引きずり出してやる。お前らの罪はお前らで(あがな)えとばかりに。

 

 

「ファウスティナさん、貴方と至誠の聖騎士ウルバノ殿(どの)をまとめて相手にした将軍(ヤツ)のことですよ」

「なっ──!?」

「奴は()()()()()()()──心当たりがあるのではないのですか?」

 

 絶句を顔に貼り付けるファウスティナに、考える暇を与えずに俺は畳み掛けていく。

 これもまた一つの"情報戦"。相手より常に先んじた情報を得た者こそが、一方的な優位性(アドバンテージ)を有することができる。

 

()の者の名はグリゴリ・ザジリゾフ──かつて西方魔王としても名を()せていたほどの傑物。そして結社内では将軍(ジェネラル)と呼ばれた古株の殺し屋です。

 奴には個人的に故郷を焼き滅ぼされた恨みがあるもので──だからこそ将軍(ジェネラル)とアンブラティ結社を追っていたし、その過程で大要塞にも潜入させてもらいました」

 

 苦虫を噛み潰したような表情を見るに、ファウスティナにはもはや他の考えを致すだけの余裕はなさそうであった。

 我ながら即興のシナリオにしては筋を一本通《いっぽんとお》してあるし、人は与えられた情報から見たいものを見るものである。

 

 だからこそ俺は嘘の中に真実を重ねることにする。

 本来であれば"嘘のような真実"なのだが、"真実のような嘘"の後だからこそ効果的に信じさせることができる。

 

 

「そして最も重要なことです。将軍(ジェネラル)は先だっての"神族殺しの犯人"でもあります」

「……ッ!!」

「アンブラティ結社が何を考えているかはわかりませんが、神族と皇国の(あいだ)不和(ふわ)を起こしたかったようです」

「ありえない! さっきから謎めいた組織の話にしても──」

 

 既に弓を下ろしたファウスティナは情報のオーバーフローを起こしているのか……。

 思考停止気味でやや短気を起こしかけているのは不都合でありつつも、不安定さに付け込むには好都合とも言える。

 

「聖騎士ほどの立場であれば、深く調べられると思います。皇国に根を張ったアンブラティ結社と……(つう)じる人間との、不可解な背後関係が必ず見えてくる」

 

 そこでファウスティナはハッとした表情を見せる。

 

「──どうやら既にお心当たりがあるようで」

「貴様はいったい何者なんだ……?」

「言ったでしょう、復讐者ですよ。将軍(ジェネラル)に関しては既に終焉(おわ)りましたが……」

「それはどういう──」

 

 

「あのヴァンパイアをこの手で殺したということ以外に何があると?」

「貴様が……? ありえ──」

 

 ない、とはファウスティナも続けられなかった。なぜならば彼女自身が痛打を喰らって一度取り逃がしているがゆえに。

 

「っ……わかった、その話には(うなず)ける部分がある。だがもっと詳しい話を聞きたい。だから……参考人としてわたしと共に来てもらいたい」

「それはできかねます」

「なぜだ? 決して悪いようにはしない。やましいことがなければ問題ないだろう」

 

(──やましいことがあるからだよ)

 

 とはもちろん口に出さない。俺は竜教徒グルシアとして皇都で暴れた上で、聖騎士長らにも顔を見られている。

 彼女は気付いてないが俺は(まぎ)れもない脱獄者であり、そうなると今しがた語った脚本の信頼性も損なわれてしまう。

 

 

「なにぶん仇敵(かたき)を討つという私心によって、大要塞に不法侵入した身ですから」

「その程度のことは、わたしが聖騎士としての権限で罪を問わないと約束する。そのアンブラティ結社とやらのことも、わかるかも知れないのだぞ」

「いいえ、それにも及びませんね。こっちはこっちで属している組織があるので──船頭(せんどう)が多くなってもロクなことはない」

「むっ……しかしわたしにも立場というものがあってだな。貴殿の言葉が信用に足るものであると、証明する必要が──」

 

 色々と納得してくれたと思った矢先に、今度は面倒な方向へと話が流れていく。変なところでクソ真面目な部分が顔を出しているようだった。

 

 

「そも皇国内部がどこまで蚕食(さんしょく)されているかわかったものではないですし」

「それ、は……ならばせめて、わたしが絶対にアンブラティ結社とは無関係と言える人物だけを集めよう」

 

 しかもファウスティナにはかなり頑固な様子があからさまに見えて、俺としてもどういなすか迷うところであった。

 

「その保障はありえないですよ。奴らは本当にどこにでも(ひそ)んでいるし、なんなら成り代わることだってできる」

 

 "血文字(ブラッドサイン)"本人によれば断ったらしいが、仮に奴がアンブラティ結社員であれば──殺し、変身し、装うのは容易なことだ。

 実際に断絶壁でも三組織それぞれに入り込んでいたというのだから……そういった能力者が他にいないとも限らない。

 

 

「しかし貴殿がいないことには、不法侵入についても罪を減じることはできないのだ。だから……どちらにしても来てもらわねばならない」

「有無を言わさないつもり、ですか」

「こちらも歩み寄っているんだ、貴殿もそこを理解してもらいたい」

 

「はァ~……──結局こうなるわけね」

「かっ──は……」

 

 溜息を吐きながら、俺は"酸素濃度低下"を仕掛ける。しかし彼女を殺すわけにもいかないので、あくまで昏倒に留めるべく。

 

「申し訳ないけどこれにて──」

「く、貴様ぁ!」

 

 一瞬だけ呼吸にあえいだかと思うと、何事もなかったようにすぐに黄竜弓に雷矢をつがえるファウスティナ。

 

(おぉ……!? もしかして"ワーム鎧"の特性か)

 

 初見殺しの魔術であったが、"折れぬ鋼の"のように何がなんだか気合で耐えたとか、"筆頭魔剣士"テオドールのように気配を察して防いだとかでもない。

 ただワーム鎧の形状がわずかに変わり──それだけで済んでしまった。飛行能力といい、色々と謎なメカニズムが隠されているようである。

 

 俺は"六重(むつえ)風皮膜"の内の五層をクロアーネに分配しつつ、自らは残る一層のみで"天眼"を発動させていた── 

 

 

 直後に(はな)たれた雷矢が、俺の眼前まで迫ったところで、軌道を変えて地面まで落ちていく。

 

「なっんで……!?」

 

 それはまるで矢が自ら避けていったかのように。

 

「驚いてもらえたようでなにより、まっ絶縁と電位差を利用して誘導しただけです。よろしければご教授しましょうか、我らが魔導科学(マギエンス)の一端を──」

 

(……もっとも出力が高すぎると、どうしようもないが)

 

 キャシーの本気の雷撃だとどうしようもないし、逆に今のキャシーであれば黄竜の雷撃すらも天然で受け流すことができるだろう。

 ファウスティナの黄竜弓の全力がどの程度かはわからないので、さしあたり余裕ぶって通用しないと思わせられれば良い。

 

(にしたって、相手は"伝家の宝刀"級──)

 

 経験はいささか浅いようだし付け入る隙は多いが、しかして"無二たる"カエジウス手製? の武具を二つも装備しているのは決して(あなど)れない。

 魔力や魔術による力押しばかりが能というわけではないものの……。

 

 

「まったく面倒なことになった、オーラム殿(どの)がいてくれればなあ」

「……オーラム様なら、来ていますが?」

 

『えっ──』

 

 何気なく漏らしたことに対してクロアーネが返した一言に、俺とファウスティナの声が美事なまでにハモる。

 次の瞬間には黄金色(こがねいろ)した輝きが、空間にキラキラと舞っていたのだった。

 

「ひ・さ・し・ぶ・り、だ、ネぇ……ファウスティナ」

 

 そしてそこにはシップスクラーク財団が有する最大の暴力装置(ジョーカー)──"黄金"ゲイル・オーラムが空に浮くように立っていたのだった。

 

 



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#328 黄金と悠遠

 

 どこかくたびれたような装いに、七三に分けられやや禿げ上がった金髪。

 両の手をポケットに突っ込んだまま、コキコキと首を鳴らして現れ出でたるは──俺にとって最初の同志"黄金"ゲイル・オーラム。

 

「オーラム殿(どの)……来れないって言ってましたよね?」

「なんか思ったより面白そうなことをやるみたいだったからネ、別件は早めに切り上げてこの波に乗りにきたよん」

「しかもこのタイミング──狙ってました?」

「いんやぁ~、まっそこはボクちんの日頃の(おこな)いってやつかな」

 

 無限とも錯覚するほどの量と長さの"金糸"を自在かつ華麗に操り、飛行魔術も平然とこなす傑人。

 "五英傑"には及ばないまでも将軍(ジェネラル)と同様、世界でも準頂点級と言える絶対強者。

 

 

「というか来てたんなら、上から見ていたってことですよね? 加勢してほしかったんですけど」

「呼べば行ったけど?」

「……そっすね、来ていたのを知らなかった俺の落ち度ですよ」

 

「はっははーハハハハ、まぁそう言うねぃ。結果的にはキミらの仇敵(カタキ)だったそうじゃあないか。いかにワタシとて邪魔をするなんて無粋なマネはできんヨ」

御心遣(おこころづか)いどーも、オーラム殿(どの)。結果オーライですが……もし似たようなことがあれば遠慮しなくていいんで、ガンガン助力お願いします」

「ふーん、そう? じゃっさっそく選手交替かナ」

 

 ポンッと肩を叩かれた俺は……ファウスティナと相対する様子を眺めながら、頭の片隅でつい妄想をする──仮に今の俺がゲイル・オーラムと戦ったら、と。

 将軍(ジェネラル)にはなんとか勝てたが、はたして万全の状態から"黄金"に勝てるのだろうかと。

 

詮無(せんな)い話だな)

 

 男の子として転生し強くあり続けてきたし、(ちから)比べも大好きだ。それでも彼と命のやり取りをすることまではありえない。

 

(逆に考えれば……俺がそれだけ成長できたってことだ)

 

 かつては俺だけが一方的に殺す気で掛かって、それでも手加減され軽くあしらわれるほどの厳然たる力量差が存在していた。

 しかし今の俺であれば、ほんのわずかでも歯牙を掛けられるくらいの可能性を見出せるだけの強度があるということ。

 

 

「行こう、クロアーネ」

「えぇ、そうですね。オーラム様、御食事の希望はありますか?」

「ないよォ~、おまかせ」

 

 もはやここに俺の演じる役割はないと、クロアーネの手を取ったところで……古き主従は日常のようなやり取りを交わす。

 

 そうして次の瞬間には俺達はさらに高く飛んだ──聖騎士を相手にしても、遠巻く彼にとっては日常と変わらない。

 そのことは俺も、クロアーネも、ゲイル・オーラム自身も……そして敵であるファウスティナも知るところであった。

 

 

 

 

 ベイリルとクロアーネを見送りつつ、ゲイル・オーラムはかつての仲間を見つめる。

 

「追ってもいいんだよォ?」

「そんなことを許すわけがないくせに、白々(しらじら)しい」

 

 空間にきらめく金糸──それはワーム迷宮を共に攻略した頃を、イヤでも思い出させる。

 昔を懐かしむような状況ではないものの……それでもファウスティナは一言ぽっちでも返したかった。

 

「老いたな……ゲイル、かつての貴様とは見る影もない」

「せっかくの再会だってのに言うねェ、ファウスティナ。キミはその鎧のおかげか、見目だけは若いようだけどネ」

 

 容姿はかなり変わってしまっても、その飄々(ひょうひょう)とした感じは……昔となんら変わっていなかった。

 だからこそファウスティナにとっては、どうしようもなく腹立たしくなろうというもの。

 

 

「ゲイル、貴様……どの立場にいる? どこまで関わっている」

「んっん~~~? ボクちんはな~んも関わってないよ、絵図を描いたのはぜぇ~んぶア・イ・ツ。ワタシはた~だ単に楽しそうだなって、自分もちょっと舞台に上がった程度の観客だしィ?」

「……貴様の盟友だと言っていたが──」

「そうだよ」

 

 実にあっさりとあっけらかんと事実であることを認めるゲイルに、ファウスティナは視線を細める。

 

「死線を共に(くぐ)り抜けた仲間──ファウスティナ(キミ)と、オラーフと、ガスパールと組んでいた時も悪くなかったけどねェ。アルトマーは単なる支援者だから別として」

 

 "悠遠の聖騎士"、"帝国の盾"、"深焉(ふかみ)の魔導師"、"共和国の大商人"──

 それぞれがあの時とは比べ物にならないほどに()()せたというものだった。

 

 

「たしかに……全員が所属も目的も違うというのに、よくも組めたものだと今でも思うが──」

「オラーフは帝国領の内部査察、ガスパールは魔の探求、アルトマーは投資」

「そしてゲイル(きさま)は単なる暇つぶし」

「うんうん、純粋に制覇しようとしていたのはキミだけだったねェ……」

 

 最年長だった軍人は──歴戦を積み上げた確かな実力で、自然と皆をまとめあげ牽引(けんいん)し、報酬すらも譲った。

 道を苦悩していた魔術士は──深淵を求むべく渋々ながら合流、いつしか悩むことをやめて協力し、魔導の知識を望んだ。

 若く成長途中にあった青年は──ただ思うがままに(ちから)を振るい、恐れを知らずに突き進み、何も欲することはなかった。

 憧れだけでやって来た最年少の少女は──周囲に支えられながら、その才覚を実戦の中で磨き上げ、聖騎士に相応しい武具を求めた。

 既に勢いを増していた商人は──いち早く有望な人間に目を付け、時に渡りをつけて立ち回り、永久商業権を願った。

 

 彼らの攻略譚(こうりゃくたん)はしばしば語り草となるものの、しかして内実は本人達しか知ることはない物語。

 

 

「あっそうそうそれとファウスティナ、キミとの二人旅も嫌いじゃなかったヨ」

「くっ……あの頃のことを蒸し返すな」

 

 それはファウスティナにとって掛け替えのない時間ではあったのだが、若気の至りで済ませておきたいことでもあった。

 

「でもキミとは()()()()()()()()()()からネ──今となっちゃ悪いコトしたと……」

「まったく思っていないのだろう!」

「うん」

「っ……はっきりと──だが、別に構わん。あの時はわたしも熱に浮かされていたようなものだ」

 

「まったく人は変わっていくものだねェ。ワタシもあの青年(・・)……でもないんだが、ベイリル(アイツ)と出会ってようやく見つけられたといったところかな。この6年ほどは退屈しなかったヨ」

「遅咲きだな」

「かもネぇ、そしてこれからも退屈とは無縁の人生が待っている──ファウスティナも聖騎士なんて辞めて……いやそのままでいいから財団(うち)にも来ないかね?」

 

 

「……は?」

 

 ゲイルの一言に、ほんの数秒ほど呆気(あっけ)に取られてからファウスティナは眼光を鋭くする。

 

「ふざけているのか貴様」

「人材は、いくらあっても、困らない──今日の仇敵は、明日の同志サ」

「本気で言っているのか……?」

 

 ファウスティナは変わらない冗談だと思っていたが、ゲイルの双眸は至って真剣な色を宿していた。

 

「"未知なる未来"を求め、"人類皆進化"を求む我らシップスクラーク財団は、あまねく人々と文明の発展を(うなが)す、そうだよ?」

「シップスクラーク、財団……? たしか皇都で"使いツバメ"業をやっている──」

「そんだけじゃなぁ~いよ、他にも手広くやっている。製造・運輸・卸売(おろしうり)・直販から、仲介・代理・斡旋業(あっせんぎょう)に、多様な事業の請負(うけおい)などなどね」

 

 懐疑的(かいぎてき)な視線を向けるファウスティナに、ゲイルは肩をすくめてやれやれといった様子を見せる。

 

「おっとォ、もちろん皇国法には何一つ触れてない。どれも正式な手続きを経て認可を得ているし、色々(イロン)なお得意様もいるくらいサ」

「……戦争業(・・・)もか?」

「他国のことなのに、よく知ってるねェ」

「"折れぬ鋼の"殿(どの)が参じて終結を見た(いくさ)だ、今思い出したところだが」

 

 番外とはいえ、同じ聖騎士──まして"五英傑"たる人間の動向と実績を、知らぬ存ぜぬわけがなかった。

 

 

「インメル領会戦も慈善事業の一環(いっかん)サ」

「嘘ではないようだが、(いつわ)りなき真実でもないようだなゲイル」

「ハハッまったく、元身内はやりにくいねェ。ワタシは正直者だから、誰かさんたちみたいに(たばか)るのは不得意なもんでね」

 

 ゆっくりと……ファウスティナは一度だけ深く息を吸い込んでから、決意と覚悟とを言葉に乗せる。

 

「やはり捨て置けない、もう昔のわたしとは……その立場と責任の重みが違うんだ」

「それじゃぁどうするのかネ?」

「言うまでもない、()すべきことを()す」

 

 

「じゃっ──しょうがないね」

 

 二人が交錯(こうさく)したのは一瞬であり──そしてその一瞬で決着がついてしまっていた。

 初手から全力で飛び出したと思ったファウスティナは、立ったまま停止する。

 

「くっ……ゲイルッ!!」

 

 ファウスティナが動かせるのは首から上くらいであり、ワーム鎧の変形すらも完全に封じられてしまっていた。

 

「"魔獣"すらも縫い止めたモノだ、そこそこ本気でやったから()けるまで丸一日くらいは掛かるかな? なぁに、他の者は近寄れないようにしておくからサ」

 

 悠々と空中に張られた金糸の上を歩いて、ファウスティナの眼前まで立ったゲイルはポンッと肩を叩いてほのかな笑みを浮かべる。

 

「んーまっボクちんとしてはぁ……変わってない部分もあって少し懐かしかったよ、ファウスティナ」

 

 ファウスティナは無様な抗言はせずに突きつけられた実力差を噛み締めながら、次にゲイルが顔を向けた先──大空(そら)──をつられて見つめる。

 

「とくと拝むといいヨ、シップスクラーク財団の集大成の一つをね。そしていくらでも考え直してくれてもいい」

 

 ゲイルがクイッと指を動かすと、遠目に見える金糸が動いて大気を攪拌(かくはん)する。

 すると空に大きなシルエット──"浮遊する島"──がファウスティナの両の瞳に映り込み、しばらくするとまた消えてしまうのだった。

 

 



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#329 スカイ・ラグーン

 

「くっはッハハハハハハハ! 見ろ! 人がゴミのようだ!!」

 

 厳密にシチュエーションこそ違うものの……俺は高みから大要塞と展開する駐留軍、さらに動き出している魔領軍他を眼下に眺望して叫んだ。

 すると狐耳と尾をピクピクと可愛げに動かしながら、金髪の少女が()んだ瞳を向けてくる。

 

「あっ! それお約束(・・・)だ!」

「おうとも、ツッコミありがとう"リーティア"」

 

 フラウは消耗と怪我で休んでおり、今この場には俺の隣に末妹リーティアが立っていた。

 

「でもベイリル()ぃ、コレに兵器は積んでないよ?」

「わかっているさ。そもそも一戦を(まじ)えるつもりもないし、ただ人生には一度は口にしてみたい台詞(セリフ)ってのはことのほか多いもんだ」

 

 はっきり言ってしまえば、俺にとって大空からの景色というものは非常に見慣れている。

 それでも地球ではまずもって実現不可能な浪漫(ロマン)にの上に立っている以上は、心が踊るというものだった。

 

 

「で、どうよベイリル。感想は?」

 

 白衣を着る水色の髪をした青年、数学と工学分野の第一人者である"ゼノ"は得意気にニヤリと笑ってみせる。

 

「あぁ最高だよゼノ、素晴らしい仕事ぶりだ。それに"ティータ"も大変だったろう?」

「そっすねー、でも今までにないやり甲斐(がい)があったっす」

 

 桃色髪をツインテールにしたドワーフ族の彼女は、自信げにトンッと自分の胸元を軽く叩く。

 

「これが俺たちのとっての"浮遊大陸"──その取っ掛かりとなる"飛空島(スカイ・ラグーン)"第一号なわけだ」

 

 今現在、俺達はまさしく"空に浮かぶ大地"の上に立ち、遥か下には地上があるという構図。

 "空飛ぶ小さな島"──技術的ハードルの高さと多さをいくつも克服し、飛行船をすっ飛ばして実現した魔導科学(マギエンス)(すい)の一つである。

 

 

()()()()ねぇ、眉唾(まゆつば)なモンだが……本当にそんなもんあるのか?」

「まぁ俺もまだ直接見たことはないがな。でも不可侵海域があるのは確からしい」

 

 大陸の北の海──北洋──にはゆっくりと回遊する竜巻と暴風雨によって(とざ)された領域が存在し、その直上には巨影が映るという。

 

 (いわ)く──神領を捨てた"真なる神々"が()する聖域。

 曰く──消えた"頂竜"が()まいし竜種(ドラゴン)達の楽園。

 曰く──過去人知れず、真理に到達せし文明が残した理想郷。

 曰く──暗黒時代における、神領あるいは魔領陣営いずれかの最終兵器。

 曰く──大陸に見えるがその実は、あまりにも巨大過ぎる魔獣の影。

 曰く──地図なき時代に英傑と大魔王がぶつかった結果、現代まで残り続ける余波災害。

 曰く──実は今もなお生存している"大魔技師"が、新たな高弟(こうてい)達と隠居する浮遊工房。

 曰く──誰も見ず、誰も聞かず、誰も知らぬ英傑が住まう魔法の地。

 

 曰く、曰く、曰く、曰く──

 

 その真相について言及した伝承・風説・物語は、枚挙(まいきょ)(いとま)がないほど多種多様である。

 

「あるいは……どこにも属さない浮遊国家なんてのも、本当にあるかも知れないぞ」

 

 世界には数多くの浪漫(ロマン)が溢れていて、生きる上での退屈はまだまだ尽きることはない。

 そしてシップスクラーク財団もまた、そういったモノを解明すると同時に、創り出していく側でもあるのだと。

 

 

「理論的には考えにくいがな。(まれ)に数十メートルくらいの浮かぶ岩塊なら、鳥人族が拠点にしていることもあるとはいえ──」

「そういうのは浮遊極鉄(アダマント)じゃなくって精錬前の浮遊石っすからね、大陸って言われるほどの大きさを浮かせられるかと言うと……」

「んーーー、何か別に助長させてる物質でもあるんかなぁ? それとも磁場に対して反発か遠心力か、その他うま~いこと拮抗してる要因があったり?」

 

「まあ局所的に乱れてる可能性は大いに考えられるか。なんせ()()むことない暴風圏なんて通常は──」

「いやでもっすよゼノ、乱れているならまず先に──となるわけっすから、まず考えるべきは──」

「えーーー、ティータの言い方だと──も影響してこないとおかしくない? だからさぁ──」

 

 俺の中で咀嚼(そしゃく)しきれない言葉が飛び交い始め、小難しい話に置いてけぼりになったところで俺はテクノロジートリオを制す。

 

「三人とも、妙案がある」

 

「あ?」

「お?」

「ん?」

 

「それがなんであれ未知ならば、調査して既知にするのが手っ取り早い。ゆくゆくは"空中機動(ギガフロートフォ)要塞(-トレス)"を建造してな」

 

「ベイリルよぉ、んな簡単に言うなっての。この飛空島(スカイ・ラグーン)だって苦労したんだぜ? ベイリル(おまえ)が今回の企画でいきなり使いたいって言うから急ぎ、予定の大幅繰り上げよ」

「特にティータが大変だったよねぇ~。推進用の外燃プロペラ周りに、熱排出を利用した循環機構と~……なにより浮遊極鉄(アダマント)の最終調整」

「いやいやリーティアも苦労してたじゃないっすか。ベイリっさんの迷彩(ステルス)再現と、大型拡声魔術具(スピーカー)だってジェーンさんらの為に最高のバランスを~って」

 

 

 今現在こうして立っている全長にして100メートル超ほどある飛空島(スカイ・ラグーン)には、ライブイベントの為の機材を含め、様々な機能を備えている。

 居住区と機構部と自然部に分かれて起伏を形成していて、緻密(ちみつ)なバランスを考えて設計され、構築されているのだった。

 

 核となる浮遊極鉄(アダマント)で骨組みを作り、周囲を成形しつつ強度と軽量化の両立までもが図られている。

 

 蒸気タービンを利用してプロペラを回し、余剰熱を利用して周囲の大気にも干渉する。

 本来は高高度での大気調整の為の機能であったが、それだけでなく空気密度を変化させて光を屈折させることで、周囲との同化効果をもたらすことに成功した。

 俺が使う"歪光迷彩(わいこうステルス)"の精度には程遠いものの、浮遊する空の保護色として(まぎ)れて消える程度には問題なかった。

 

 地上部と地下部を合わせれば数百人単位での収容が可能であり、適時補給を前提に、不自由なく長期滞在が可能な配慮が行き届いている。

 そして専用の屋内ライブ会場は照明から音響までしっかりと環境が整えられていて、それを飛空島(スカイ・ラグーン)の外──すなわち地上までも届けられる仕様になっていた。

 

 実験的な部分も多くデータ収集も兼ねているが、テクノロジー系統樹の(えだ)()った大いなる果実なのである。

 

 

「──三人とも、俺の無茶を聞いて……叶えてくれて、改めて本当にありがとう」

 

 俺は深々と頭を下げて感謝を示す。もちろん言葉だけでなく、もっと具体的な形で報いたいとも思っていた。

 

「そして期待しているよ、今後ともな」

 

「まっかせといてよ! ベイリル()ぃ!」

「おまえの夢はおれたち──財団(みんな)の夢でもあるんだ、いちいち気を(つか)わなくっていいぞベイリル」

「最近は楽しくて楽しくてしょうがないっすからね~」

 

 浮遊し、移動する島を人工的な実現にまで至った"魔導科学(マギエンス)"──

 サイジック領都の完成も近いし、シップスクラーク財団もさらに大きくなっていく。

 未知は既知となり、新たな未知を見出していく。そうやって世界は回していくし、回っていくものだと。

 

 

「──ほんっと、自分が子供の頃だった頃を思い出すくらいに」

 

 続いたティータの言葉に、俺は学生時代の一幕でわずかに話したことを思い出しつつ(たず)ねる。

 

「そういえば……ティータは子供の頃に、()()()()()()で"モノ作り"するようになったんだっけか?」

「そっすよ。自分も()っちゃい頃からまぁまぁ……変人の(たぐい)だったっすけど、輪をかけて変だった子がいて──」

 

 ティータの言葉に先んじて補足するように、ゼノが腕組み笑って差し挟む。

 

「変人同士つるんで、大人の手を焼かせていたわけだ」

「うっさいすよ、ゼノ」

「えぇ……おまっ昔から自分で言ってるくせに」

「自分以外の人間に言われるとなんとなくむかつくじゃないすか」

「理不尽だ」

 

(俺もフラウを連れて、色々とやったもんだな──)

 

 異世界という未知の新天地へと転生して、どう生きるか、どう違うか、どう活かせるかを模索するために幼馴染を連れ回した記憶が蘇る。

 

 

 嘆息(たんそく)を吐き出すゼノの横で、リーティアが自分の髪を両サイドから持ち上げてぐるんぐるんと豪快に回し始める。

 

「大人が知らないようなことも、いろんなことを教えてもらったっす」

「ティータがツインテールにしてるのも、幼馴染の影響なんだよねぇ」 

「うん。昔からお揃いにしてて……もう離れてだいぶ()つっすけど、繋がりを断ちたくない思いがあって──」

 

 するとティータも自分の桃色ツインテールの毛先をくるくるといじる。

 

「今もどこかで元気にしてるかなあ……──"スミレ"ちゃん」

 

 ふと吐き出されたその名前に、俺は一瞬()の抜けた表情を見せるのだった。

 



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#330 幼馴染

 

「今もどこかで元気にしてるかなあ……──"スミレ"ちゃん」

 

 ティータから発せられた一言に、俺は表情だけでなく肺からも抜けた声が漏れる。

 

「へっ──!?」

「……? どしたっすか、ベイリっさん」

「今、名前……なんて?」

 

 幼少期より鍛えたハーフエルフの半長耳が、よもや聞き逃すわけもなかったのだが……俺の脳内が確認する問いにティータは答える。

 

「スミレちゃんっす。年もおんなじくらいで」

「茶色の髪の……?」

「ツインテールで」

 

「黒翼の鳥人族で……?」

「はい、お父さんが極東から渡ってきたカラスの獣人で──」

 

「ティータが"仕込み番傘(ばんがさ)"を作ってあげた……?」

「そうそう! って、ベイリっさんにそこまで話しましたっけ?」」

 

 

(さすがに同名のよく似た別人ってことはなくなったな……)

 

 首を(かし)げるティータに、俺は一度だけ深呼吸してからゆったりと言葉を紡ぐ。

 

「──いや、話してもらったことはない。そしてリーティアやゼノから聞いたわけでもない」

「……? それじゃあ? もしかして会ったことあるんすか!?」

「あぁ、会ったことがある──」

 

 それもつい最近。収監される少し前。皇都で。

 

「実は皇都でオルゴールを配っていた時に、少しだけ話した」

「はあ? おいベイリルそれって直近じゃんかよ!」

 

 ゼノのツッコミに俺は黙って(うなず)く。完全なニアミスである。こ

 の話をもう少し早く聞いていたならば、あるいは今ここに一緒に立っていたかも知れないと。

 

 

「そっかぁスミレちゃん、会いたいなあ。とりあえず今も元気にしてるようで良かったっす」

「それと言いにくいんだが、彼女と……闘った」

「ベイリル兄ぃ、まさか……」

 

 リーティアが目を細めたところで言わんとするところを察し、先んじて俺は弁明する。

 

「いやいや、そこはさすがに大丈夫だ! 怪我だってさせてない。絡まれたから少し相手にして、聖騎士長の横槍が入ってそのまま彼女は逃げたから──」

「絡まれって、なんでまたそんなことになったんすか?」

「あぁ……なにやらシップスクラーク財団を悪の組織かなんかだと勘違いしていてな。完っ全に誤解から生まれた(いさか)いだ」

「ぷっあっはははは! いやぁ~スミレちゃんらしい(・・・)。思い込みが強くて猪突(ちょとつ)なところは変わってないっぽいっすねぇ」

 

 確かに不明瞭な風聞ばかりを繋ぎ合わせれば、シップスクラーク財団は世間の裏側で暗躍するヤバい組織か何かに見えるかも知れない。

 

(まっ実際に不法行為も上等! で、やっている部分は()きにしも(あら)ず……)

 

 綺麗事や理想論ばかりでは世の中を動かすことができないのはわかりきっている。

 清濁併呑(せいだくへいどん)。表も裏も、酸いも甘いも、陰と陽と、慈善と必要悪と、平和と戦争を──

 悪名もまた方向性(ベクトル)の異なった名声には違いなく、あらゆることを(かて)にするのがシップスクラーク財団の信条であるがゆえn。

 

 

「ついでにだが──"世直しの旅"とか、わけわからん使命を()びてやっているみたいだった」

「世直しっすかぁ……昔っから正義感が強くて、自分らをからかってこようものなら年上の集団相手でも食って掛かってたんでちょっと納得っす」

「改めて財団でも勧誘対象として指名手配しておくつもりだが、俺が個人的にまた会うことがあればティータの名前を出しても構わないか?」

「もちろんっすよ、スミレちゃんにまた会える為なら、自分も協力を惜しまないっす」

 

 もっともオルゴールという布石を打ってあるので、いずれ向こうから興味を持って近付いてきてくれるだろうとは思っている。

 

「……とりあえずスミレ(かのじょ)に俺がティータの(とも)だと証明する為に、何かこう……"二人だけの思い出"とかあるか?」

「なるほど、自分らしか知らない秘密とか──それじゃあ、スミレちゃんの()()()()()は"ベロニカ"っす」

「んん? 本当の名前……?」

「スミレという名はお父さんに付けてもらったもので、()()()()()()()真名(まな)を持ってるんだって」

 

 ティータ自身は何気なく発した思いでなのかも知れないが、俺は思わずゼノと顔を見合わせてしまう。

 

 

「あとはそっすねえ……スミレちゃんが洗濯(オケ)をいきなり赤く塗り始めて、水をなみなみ(そそ)いだと思ったら頭の上にのせて──」

「ちょっと待て、ティータ」

 

「なんすか、ゼノ。まだ続きがあるんすけど」

「スミレって子は知ってたが……ベロニカってのそれ、初耳だぞ?」

「そりゃ二人だけの秘密っすし? 今言っちゃってるっすけど」

 

 当然ティータにはわからない、リーティアもピンッとこないだろう。それは事情(・・)を知っている俺とゼノだけが引っ掛かる話。

 

(生まれる前からだと……?)

 

「ベイリル兄ぃ、どうしたの? なんか真剣な顔しちゃって」

 

 こちらを覗き込んで来るリーティアの頭をポンポンと撫でながら、俺はさらに思考を回す。

 

 

 すなわち()()()()()()()()なのか(いな)か──

 

(可能性は……低くない)

 

 もちろん大魔技師が残した記録、そのコピーを手にしたゼノのように、過去の転生者の連なる何かが継承されているだけということもありえる。

 しかしティータがリーティアとゼノに肩を並べるだけの技術者となりえたのは、幼少期に異世界の知識という影響を受けていたからと思えば得心もいく。

 論理的な思考力と柔軟な発想力が(やしな)われ、学園時代に(きそ)い協力し(つちか)ったことで、テクノロジートリオとして大成するに至ったのだと。

 

(スミレ……本当の名をベロニカ、か──)

 

 俺や"血文字(ブラッドサイン)"と同じ、地球からの転生者であったなら……雇用優先度は()ね上がる。

 アジア圏の名前ではないが欧州かどこかの女性名だ。

 

 半端な俺が持ち得る現代知識とはまた別の地球の知識は、シップスクラーク財団とフリーマギエンスをさらなる躍進へと繋がるに違いない。

 

(さしあたって指名手配レベルは最大だな)

 

 たとえ転生者でなかったとしても、ティータの幼馴染であり、何らかの知識保有者であり、俺と()()えるほどの強度持ち。

 そして血文字(ブラッドサイン)と違って人格破綻者というわけではなく、少しばかり思い込みが激しいだけで根は善人。

 

 引き入れる以外の選択肢はなく、どこかに所属していようとも是が非でも引き抜かねばなるまい。

 

 

「なるほどな──それで、ティータ。水をたっぷりにした赤い洗濯(オケ)を頭の上に乗せてどうしたんだ?」

「おっ続きが気になるっすか?」

 

「ちょっと待ったベイリル」

 

 ティータが喋り出すよりも先にゼノは手を広げて制すると、俺の元まで近付いてきて耳打ちしてくる。

 

「おいおい、詳しく聞かなくていいのか? "転生者"の可能性があるのに」

「構わないさ。どのみち勧誘すればわかることだし、現状では交渉材料が増える程度のものさ」

「あー……それもそう、なのか? いやそうか、ティータにもっと昔話させてりゃ、自然と確信を得られるかも知れんという算段か」

「それもある」

 

 ティータとリーティアは俺達の秘密の会話に要領を得ないまま、抗議するように口を開く。

 

「ゼノもベイリっさんも、なんなんっすか? ちょっと気持ち悪いっすよ」

「なんかぁ~、男二人でわかった感じになっててズルい!」

 

『気にす()な』

 

 そうして俺とゼノは声を合わせて、煙に巻くのだった。

 

 



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#331 音楽

 "現代知識チート"──と俗に言われるが、実際的に様々なものが当てはまる。

 

 具体的な機構を知っていれば、日々の生活の中で即座に活かせるものもあるだろう。

 義務教育で学んだ数学でも大きな武器となるし、(やしな)われた論理的な思考力は誰もが備えている特性というわけではない。

 また疑問を(てい)し、仮説を立て、実験と検証を重ね、データを収集し、理論を構築・修正し、再現性を見出していく──現代では当たり前の科学的思考と手法は発展において重要となる。

 

 経済においても複式簿記で明確化し、為替や株式を導入したり、あるいはマルチ商法といった現代においてイリーガルなやり方も一儲けするのに役立つ。

 歴史として学んだ地球史の中にも、数多くの成功や失敗といった教訓が多く存在し、当たり前のように備えている知識が大いなる武器となり鎧ともなる。

 

 病原菌やウイルス、他にも細胞やホルモンや人体の免疫機能を知っているからこそ、アプローチを変えて対応していくことができる。

 そして世界とは化学反応によって成り立っていることを理解し、原子論を詰めていけば……ありとあらゆる可能性が見えてくる。

 

 電気がどれだけ有効に活用され、現代文明のありとあらゆる基盤を作るほどの不可欠なモノとなりえたのか。

 採掘された石炭・石油やレアメタル類など、知らなければ単純な用途にしか使えない資源が、後世にどれほどの価値を持つのか。

 

 文明の発展によってもたらされる社会や思想の変化すらも……"地球で実際に起きた過去が、異世界における未来の可能性の一つ"として知ることができている。

 そして技術的なものだけでなく、もう一つの柱となるもの──それこそが"文化"である。

 

 

『オレたちの歌を聴けェ──ッ!!』

 

 専用に建築された屋内ライブ会場にテノールボイス響き渡る。

 ギターボーカルのヘリオ、ベースのルビディア、ドラムのグナーシャ、リードギターのカドマイア──

 四人のロックバンドライブの演奏と歌声は、ライブ会場の魔術具を通して飛空島(スカイ・ラグーン)から地上にまで広く発信されるようになっていた。

 

 これこそが今回最大の作戦となる"文化爆弾"──飛空島(スカイ・ラグーン)を使った空中からの皇国領土縦断(じゅうだん)ツアーライブである。

 オルゴールという形で鳴っていたメロディーが、今度は歌声として皇国中を席捲(せっけん)していく。

 同時に頒布(はんぷ)したフリーマギエンス小星典と、シップスクラーク財団の情報操作によって、皇国人達にカルチャーショックを与える。

 

 人々は既知のようでいて、新たな娯楽(みち)と遭遇することだろう。

 吟遊詩人の弾き語りや、荘厳な聖歌とは全然違った、新機軸をゆく音楽の形。

 

 

 "歌唱"──それもまた現代知識チートの一つであり、"音響学"も一つのテクノロジー体系である。

 

 芸術、演劇、文筆など……人々は余暇(よか)を使って創作し、それらを鑑賞して楽しんできた。

 音楽は歴史こそ古いが、実際に体系化されるまでには長い年月が掛かった。

 

 さらには歴史が紡がれていく過程で、様々なジャンルとして派生し、隆盛を極めていった。

 

 俺の持つ現代知識は、それを()って湧かせることができる。

 長く愛され続けるクラシックから、大ヒットした往年の名曲、最新だった流行曲に至るまで。

 数限りない天才作曲家らが苦心して創り上げたメロディーラインを、そのまま模倣(パク)って成果にしてしまうことができる。

 

 音楽の可能性は測り知れない。たった一曲のクリスマスソングが、戦場を止めて意思を統一させることだってあるのだ。

 一方で敵性音楽として厳しく規制されることもあり、その影響力が決して無視できないことの証左ともなる。

 

 時間と国境を越えて愛される音楽は、種族差も長命も関係なく……それは異世界だろうと同じこと。

 聴く耳と脳さえあれば等しく突き刺さり、感情を揺さぶるパワーが音楽にはある。

 

 文化とは、知的生命体だけが持つ大いなる(ちから)なのである。

 

 

 100人程度が入る屋内客席には、大監獄より解放し新たに財団へ引き込んだ元囚人達が、飲料と軽食をそれぞれ片手に座らされている。

 まずはシップスクラーク財団がどういう組織であるのかを、ファーストインパクトとして植えつける。

 

(やはり音楽は長い人生には必要不可欠だ──)

 

 俺は観覧席で最も音響効果が高まる場所に一人で陣取りつつ、現代日本に住んでいた頃に聞いていた(それ)に似た演奏と歌声に酔いしれる……。

 久し振りに全身で感じる音楽は、疲弊した肉体に確かな活力を与え、魂が震えるような昂揚感をもたらしてくれる。

 

(リハーサルの時よりも、(アチ)ィな)

 

 収監前に何度か聴いた時とは、やはりテンションがまったく違っていた。

 動きのキレとノリっぷりも違う、それはカドマイアが加わったからという部分もきっと大きいのだろうと思う。

 

 このまま皇国中を渡る予定なので、少しくらいは(ちから)をセーブすべきだとも思うが……。

 

 

(ギターか、俺もやってみようかな)

 

 転生前の自分を振り返れば──俺の領分は吹奏楽(トランペット)であり、ロックバンドよりはオーケストラやジャズの方面である。

 しかし金管楽器は構造が複雑なモノが多く繊細で、まだ再現には至っていない。

 

(シップスクラーク商会(・・)時代の技術力でも、ギターやドラムはなんとかなったが……)

 

 底抜けた円筒形の箱に、動物の皮膜を貼り付けた打楽器。

 共鳴させる為の箱に、動物の毛や金属の糸を()ばして取り付ける弦楽器。

 あとはそれらを雛型として、より適した素材、より適した形、より適した調律をしていけば完成するのでそこまで難しいものではなかった。

 

 

表現者(アーティスト)にしか味わえない快感──)

 

 それは本人の資質と表現によって立つものであり、どれだけ金を積もうとも味わえない文化娯楽の一つ。

 

 ロックバンドはステージ上にいるまま、続いてアイドルユニット──ジェーンとリンが現れる。

 ヘリオ達はそのまま残って演奏し、さきほどまでのアップテンポとは打って変わってゆったりとした旋律と歌声が響く。

 

 

 俺が音楽に没入し(ひた)っていると、しばらくして近付いてくる気配へと顔を向ける。

 

「──お隣、よろしいですか?」

「どうぞどうぞ、"エイル"さん」

 

 俺は新たに財団員となったばかりの彼女を、隣の空いている席へと迎える。

 

「お元気そうでなによりですね」

「まぁ荒事は慣れているので。エイルさんこそ、お体の(ほう)は大丈夫なんですか?」

「えぇ、肉体が消滅したり魔力が枯渇さえしなければいくらでも──ただ、(いさ)んだ割に足を引っ張る形になってしまいましたが……」

 

 条件付きとはいえ不滅と言えるエイル・ゴウンは、回復も早く後遺症も特にないようであった。

 

 

「いえいえ断じてそんなことは。エイルさんたちがいたからこそ、俺は将軍(ジェネラル)を観察し見極められ、進化の階段を(のぼ)る一歩を踏み出せたんです」

「そのようですね、"魔導師"になられたこと──死した身で魔力によって生きる(わたくし)にはとてもよくわかります」

「わかっちゃいますかー」

「それでも……よく、殺し切れましたと言えるでしょう。あのような怪物を──」

 

 今思い返しても、我ながら本当によく打ち倒せたと思うが……死線を()(くぐ)り、限界を超越した時はいつだってそうだった。

 将軍(ジェネラル)が十全でなかったことを差し引いても、自画自賛して良いところであろう。

 

「俺の持てる(すべ)ての集大成です。懸けた空想(おもい)の強さが違いますよ」

「本当に驚かされることばかりです」

「まだまだこれからですよ。シップスクラーク財団のこれまでと、これからを……存分に堪能(たんのう)してください」

 

 "文明回華"と"人類皆進化"。魔導科学(マギエンス)の二重螺旋を(えが)く系統樹は──どこまでも深く根を張り、その枝葉を宇宙にまで届かせ実をつける。

 

 

「えぇ、この歌も……とても素晴らしいものですね、(わたくし)が生きていた頃には無かったものです……"あちらの(かた)"も、随分と熱狂してらっしゃる」

 

 そこには泣きながら必死に、色とりどりの携帯式光灯(サイリウム)を振る一人の男──"カラフ"の姿があったが、俺は見なかったことにする。

 

「あれは気にしないでください。なんにせよ今の時代でもまだ財団(われわれ)だけの文化です。いずれ世界中に広めていきますけどね」

 

 まさしく今この時、今この場所が、文化を浸透させる手始めゆえに。

 世界をあらゆる感動と惜しみなき興奮の坩堝(るつぼ)に叩き込んで、世界を変革させていく。

 

(そして今──この感動を最も伝えたい、伝えるべきは……)

 

 俺は宙ぶらりんの立場で待たせてしまっていた約束の人物、"黄昏の姫巫女"フラーナをその脳裏に思い浮かべたのだった。

 

 



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#332 黄昏の姫巫女 VI

 

 変わらない日常──それがはたして良い兆候なのか、あるいはその逆かはわからない。

 ハイロード家の一族が亡くなった件について、教皇庁はあくまで神族側に(ゆだ)ねるという立場を崩さず、しかして神族からも音沙汰がない状況。

 

 わざわざこちらから催促(さいそく)するわけにもいかず、わたしは今日も一日"黄昏の姫巫女"としての仕事を終えて、自室の椅子に深々と座る。

 

(いいえ、以前の日常とは……少しだけ違いますね)

 

 机の上に並ぶ"小さな箱"と"大きな箱"を、それぞれコツンッコツンッと指先で叩く。

 細長く片手に納まる小さいほうは──ベイリルという名の調査員から、強引に渡されたモノ。

 両手で持てるくらいの大きなほうは──巡礼者の一人から、是非にと(ゆず)り受けたもの。

 

 大きな箱についたゼンマイというものを巻くと、どういう仕掛けなのかはまったく不明だが……単音主旋律で構成された音楽が流れてくる。

 巡礼者達の(あいだ)でもたびたび話題に挙がっているもので、なんともはや高値での取引もされているのだとか。

 

 

 オルゴールと呼ばれるその箱が止まったところで、次にわたしは小さな箱へと魔力を流す──と、先ほど速度は違うが"同じ旋律"が流れてくる。

 さらにこちらは幾重に重なった演奏と、何よりも歌が流れてくるのだ。

 

「~♪」

 

 もう何度となく聞いた曲。幾度となく口ずさんでしまう歌。

 この小さな魔術具をくれた彼が、一体何を考えているのか……皆目(かいもく)見当がつかない。

 けれども何を()そうとしているのかは、"星典"によってぼんやりとわかっている。

 

 "フリーマギエンス"──不思議なもので、神王教をはじめとするどの宗教の教義とも相反することがない。

 伝統を大切にして、名誉には報い、文化芸術を推進し、経済を振興する。

 科学と呼ばれる学術体系と魔術を融合させて、人類を高みへと連れていくという思想は……少なくとも耳聞こえは良く、とても立派なものに思える。

 

 

(わたしの……やりたいこと──)

 

 黄昏の姫巫女となる前は、決して信心深いわけではなかった。

 幼少期より姫巫女となる教育こそ受けていたが、他の兄弟姉妹と比べて気は多く不真面目だった。

 だからこそ従兄のヘッセンとは昔から意気投合することも多かったし、自分以上に自由気ままな彼が(うらや)ましくもなったものだ。

 

 そして他の家を含めた数多くの候補の中から、心血を注いで努力をしてきたであろう者達を差し置いて……わたしが選ばれた。

 黄昏の姫巫女となれたのは能力ではなく、ひとえに黄昏色の魔力に近似(きんじ)していたからに他ならないことを(のち)に知ることとなった。

 

 それでも選ばれたことは、とても栄誉なことだと素直に思えた。

 

(立場が変わって、わたし自身も姫巫女たらんと振る舞うようになっていった)

 

 でもそれは……本当にわたしがしたかったことなのだろうか。数多くの巡礼者の話を聞くたびに、少なくなく夢想したものだった。

 違う、人生を、求め、(あゆ)めていたなら──例えば従兄(ヘッセン)のように、冒険者などやれていたらどうだったであろうかと。

 

 

 オルゴールにはない残る曲も聴き終えたところで、コンコンッと控えめなノックが耳へ届いた。

 

「どうぞ、(カギ)は開いています」

 

 わたしはスッと小型の魔術具をしまいながら相手が部屋へ入ってくるのを待つ……も、まったく反応がなかった。

 

「……? 開いてますよー」

 

 立ち上がってわたしは扉を開けると──ふわりと柔らかな風が吹いて──しかして、扉の前にも廊下を見ても……誰もいなかった。

 

「はて?」

 

 勘違いだったのかとゆっくりと扉を閉めたところで唐突にオルゴールが鳴り始め、驚きで体がビクリと揺れる。

 

「わっ……えっ……あれ──!?」

 

 閉じていたはずのオルゴール箱は開けられていて……同時に"窓際に立つ影"に気付く。

 

 

「ベイリルさん!?」

「どうも、少し振りですフラーナ殿(どの)

 

 そこには灰銀髪のハーフエルフが碧眼をこちらへ真っ直ぐ会釈をし、わたしも一礼にて返す。

 

「驚かせて申し訳ない、ちょっとした茶目っ気が抑えきれず」

「いいええ、少々驚きましたが大丈夫です。なにかお飲み物でも──」

 

「それには及びません。ところで(せん)だってお渡しした魔術具の返却を、よろしいですか?」

「あぁはい、とても素敵なものをお借りして……本当にありがとうございました」

 

 わたしは名残惜しい気持ちを押し殺しつつ魔術具を手渡した──と同時に、ベイリルの手によってスルリと新たに渡されたものがあった。

 それはたった今ベイリルへと返したものと同じ形で、黄昏色に塗られた魔術具であった。

 

 

「……あれ?」

「それはフラーナ殿(どの)の専用です」

「えぇ!? でもそれは──」

「こっちは俺にとってのお気に入り曲が入っているので、そっちのにはフラーナ殿(どの)が好きに歌を入れることができますので」

「そういうことではなくてですね! このような貴重な品を受け取るわけには……」

 

「技術は()りますが、さほど貴重なものでもないのでお気になさらず。それに黄昏の姫巫女にとっての、最後の(・・・)被献上品ですよ」

「はい?? それは一体どういう意味──」

 

 わたしの言葉がそこで止まる。なぜならばオルゴールでも魔術具でもなく──歌が外から(・・・)聴こえてきたからであった。

 

「これって……?」

 

 ベイリルが窓を開けると、何度となく聞いた演奏と歌声がより鮮明になる。

 わたしは思わず窓まで近付いて、歌唱が流れてくる方向を探っても……そこには黄昏時の空しかなかった。

 

 

「お迎えの時間です、フラーナ殿(どの)

「……説明を、お願いできますかベイリルさん」

 

 わたしは真っ直ぐに、彼の双眸を見つめる。

 

「"黄昏の姫巫女"という(オリ)から脱する時です。新たな人生と、"未知なる未来"が、貴方を待っている──」

 

 ドクンと心臓が大きく跳ねた。はたして、今わたしは、どんな表情(かお)を、浮かべているのだろう。

 

「そう遠くない内に弾劾(だんがい)され、黄昏の姫巫女という立場を喪失し、身柄もどうなるかわからない。であれば選択肢は他にない」

「殉教もまた、わたしに課せられた使命……なれば」

 

 自分でもどうしてここまで必死に搾り出すような言葉になってしまったのか、わかっていても認めたくなかった。

 

 

「なるほど。でもその魔術具に歌を入れて聴けるようにするには、俺たちと()くしかありませんよ?」

「うぅ……そ、それは──でも! 私欲に(まみ)れて自らと、立場と、民を(おとし)めることはわたしにはできかねます」

()、ですね。いえ正確には揺れていると言った感じ……」

「っっ──」

 

 そうだった、ベイリル(かれ)にどうしたって見透(みす)かされてしまうのだった。

 

「もっとも返事はどうあれ、このまま貴方の身柄は(さら)わせてもらいますがね」

 

 彼がそう言うと扉がガチャリと開き、振り向くと荷物を持った従兄(ヘッセン)が立っていた。

 

従兄(にい)さん! ベイリルさんが!!」

「知ってるよ、ここまで案内したのもおれだからな」

「では従兄さんは、ぜんぶ知っていたのですか?」

「そうだ、むしろおれのほうから頼んだ」

「そんな……いくら従兄さんでも、これは限度を越えています」

「構わんさ。責めは負うし、おれを一生恨んでくれても構わない。だがそれとは別にだ、いい加減あきらめて素直になれフラーナ」

 

 

 短くない付き合いの従兄──当然のように知られている。わたしが(かか)えている葛藤というものを。

 

「まっ今すぐにフラーナ(おまえ)を説得する必要もねえし、できるとも思っちゃいねえ」

「あっ……ちょっと!」

 

 わたしは従兄に肩まで(かつ)ぎ上げられてしまい、非力な身で抵抗を試みるも無駄であった。

 

「従兄さん! 降ろしてください!!」

「お断りだね。どうしてもイヤなら、魔術を使っておれを倒せばいいじゃねえか」

「身内相手にそんなこと──」

 

「ライブはまだ始まったばかり……特等席で楽しんでもらう為にも、急ぎましょうか」

 

 パチンッとベイリル(かれ)が指を鳴らしたところで、柔らかな風がわたしたち二人の身を包み込んでいく。

 

「ベイリルさん!!」

「まぁまぁ、とりあえずお話は歓待の後にゆっくりと聞きますから」

 

 窓から飛び出したベイリルに続くように、わたしと従兄の体も空へ空へと昇っていく──

 

 そして同時にわたしの感情もどこまでも空に近く上がっていくのだった。



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#333 フィナーレ

 

 南端の大要塞より北上しながら、皇国領内の都市や村落で空中ゲリラライブを繰り返した。

 ド派手に"号外新聞(ビラ)"を空中からバラ()くことで、音楽の内容とフリーマギエンスの思想と娯楽を植え付ける。

 

 元囚人たちは補給ついでに途中でカラフと共に降ろし、財団支部を通じてそれぞれが各分野への人材として手配した。

 

 空と同化しながら、突発的に(おこな)われる人畜無害な音楽を止める手段と理由を、皇国は持ち得ることなく。

 そうして到着したるは最北端──"黄昏の都市"において、今回の皇国ツアーのラストライブとなった。

 

 最後なだけあって、ヘリオらもジェーンらも温存していたモノを全て出し切って、その特等席にはフラーナとヘッセンがいた。

 熱唱・熱奏・熱演とパッションと音響の限りを尽くした、この世界で唯一の時間。

 

 

 全てが終わった時──誰もがその余韻に(ひた)りながら、会場にはしばしの静寂がおとずれる。

 

「はーい、拡声魔術具(マイク)切ったので自由に喋っても大丈夫ですよー」

 

 テューレが観客席上部の機械室から出てきてそう言うと、舞台上の全員の気がドッと抜けていく。

 

「ッはァ~……やっぱ観客の(じか)の反応が見たいぜ──って、おいこらベイリル。後方腕組みプロデューサー気取りでうんうんと(うなず)いてんのやめろ」

「くっはっはっは、お前たちは俺が育てた」

 

 呆れたような半眼で言うヘリオに、舞台袖にいたベイリルはねぎらうように空属魔術で"涼風"を送る。

 

「私とヘリオの音楽は正直なところ、育てられたってのはちょっと(いな)めないけど……ベイリルってば弟なのに」

 

 さらにジェーンが氷属魔術を使って極小の氷粒を混ぜたことで、舞台上にいる全員の火照(ほて)った体が(ほど)よく心地よく冷やされていく。

 

「ひゃ~~~~~冷たくって気持ちイイ!!」

「うむ、こうなるとそう……一杯くらいやりたいところだな」

 

 ルビディアは叫びながらベースを置いて大きく体と羽根を伸ばし、グナーシャは座ったままグイとジョッキを煽るような仕草を取る。

 

 

「そう言うだろうと思って、ちゃんと用意してあるでござるよ」

 

 ニヤリと笑ったスズは、素早い動きでグラスやジョッキをそれぞれに渡していく。

 

「ささっクロアーネ殿(どの)

「……まぁ、たまにはこういう場で飲み、食べるというのも悪くはないでしょう。些少(さしょう)ながら奮発(ふんぱつ)させていただきました」

 

 クロアーネが運んできた大きめのワゴンいっぱいには料理が並び、下の台には何本ものボトルとグラスがあった。

 

「まだまだあるから遠慮しないでね~」

 

 さらに後ろに続く形でリーティアが、台車型にしたアマルゲルに追加の料理を載せて運んでくる。

 

「ちなみにわたくしも手伝わせていただきましたわ。アーティナ家(わがや)に代々伝わるレシピをご賞味くださいな」

 

 パラスが得意気にふんっと鼻を鳴らし、両手には大皿を持ってやってくる。

 

 

「いやー、やっぱり自分は調理よりも機械(いじ)ってるほうが(しょう)に合ってるっすねー」

「化学と数字だけで語るには、まったく奥が深いんだよな料理ってのは」

「あっははは! なんか宴会っていうか、もはや同窓会だねぇ~」

 

 ティータとゼノも加わったところでリンが笑い、ベイリルはクイクイッと観客席へ向かって手をこまねいた。

 フラーナとヘッセンはお互いにしどろもどろといった様子だったが、その体がフワリと浮き上がる。

 

「じゃっ行こっか~」

 

 二人の後方席にいたフラウの重力魔術により浮遊し、まとめてそのまま強制的に宴会舞台上へと連れてこられてしまう。

 

 

「どうぞフラーナさま、こちらへ」

「あなたは──カドマイアさん」

 

 カドマイアは紳士的な所作でフラーナの手を引いて、全員と楽器とを見渡せる位置へと歩いていく。

 

「はい、"黄昏の姫巫女"候補としてその(おり)は──」

「えぇ、一度お顔を拝見していますから覚えています。捕まったと聞いていたのに、こうして歌っていられて驚きました」

「頼れる仲間たちのおかげで、今こうしていられてます」

 

 カドマイアがそう言葉を吐くと、グイッとヘリオに引っ張られた。

 

「まっやっぱ四人のほうが納まりがいいやな」

「うむ……厚みがやはり違う」

「種族的な意味でも、人族が一人いてくれたほうがいいよねえ。やっぱり鬼に鳥に狼だけだと差別的な場所もあるからさ」

 

 さらにグナーシャとルビディアにも囲まれ、カドマイアは揉みくちゃにされてまた戻される。

 

「っふぅ……ご興味がおありのようですので後で、お教えましょうか? ギターでも歌でも」

「えぇ!? いえしかしそれは……」

 

 体ごと引くようにのけぞったフラーナに、ヘリオは首を鳴らしながら面倒そうに告げる。

 

「遠慮すんなよ。あんたがどんだけ偉かったか知らんが、ここに居るってことはもう財団員なんだろうが」

 

 

「ちょっ! ヘリオ!! "黄昏の姫巫女"さまは皇国ではそれはもう、権威だけなら教皇猊下(げいか)と並ぶほどで──」

 

 あまりに無遠慮な言葉に対して、(たしな)めるような口調のジェーンをヘリオは制す。

 

「立場なんざ知ったことかって、歌の前じゃなあ……王様だろうが奴隷だろうが、年齢も性別も種族もなんもかんも全員が平等なんだ。誰もが楽しめる権利があるんだからよ」

 

「何を隠そうわたし、王国はフォルス公爵家の三女で次期当主!」

「俺は帝国モーガニト伯爵領主」

「ご存知、皇国は黄昏の姫巫女を輩出するアーティナ家ですわ!」

「実は拙者の家は、連邦議会お抱え諜報の傍流(ぼうりゅう)だったり」

 

 リン、ベイリル、パラス、スズと続いたところで──フラーナは苦笑いを浮かべる、まったくとんでもない組織があったものだと。

 

「観念しろ、フラーナ。もうおまえもココじゃ単なる一人の人間、やりたいようにやるんだ」

 

 従兄ヘッセンに最後の背中を押されたフラーナはゆっくりと目を(つぶ)り、心の中で二の足踏んでいた一歩を進める。

 

「フラーナです、なにとぞよろしくお願いいたします」

 

 

 屈託のない笑顔に添えられたフラーナに皆がドッと湧き上がったところで、ベイリルはゼノに肘で小突かれる

 

「話もまとまったところで、さっさと音頭をとれよベイリル」

「ん? 俺がか?」

「今回主導したのはおまえだろうに。そうでなくとも、ここにいる全員がおまえを発端として学園時代からついてきてるんだ」

 

「……それもそうだな」

 

 ベイリルはパチンッと大きめに指を鳴らしたところで、全員の視線を一身に受ける。

 望むと望まざるとにかかわらず、人は与えられた環境によって自身を決定付けていく。

 

「改めてご拝聴願います。食事が冷める前に手短に──各々方、グラスを手にどうぞ」

 

 面倒事は才ある人間に任せ、己は裏方であろうとしたベイリルも……いつの間にか若衆の旗頭(はたがしら)たる存在となっていた。

 現代知識をもってフリーマギエンスとシップスクラーク財団を牽引(けんいん)してきたのだから、当然の成り行きでもある。

 

「今回の企画は万事(ばんじ)、大成功を収めた! それもこれも皆々の献身のおかげであり、今までも……そしてこれからも何度となく感謝していきたい!」

 

 充実した心身を(たも)ち、研鑽と経験と積み、到底負い切れぬと思っていた重責にも()えられるに至る。

 もはや裏方などではなく、"文明回華"を(いろど)る数多くの主役の一人としての自覚と自信が成功を呼び込んだと言って良い。

 

 

「それでは……シップスクラーク財団のさらなる発展と、フリーマギエンスの大いなる躍進を祈って──乾杯!!」

『かんぱ~い!!』

 

 声とグラスの重なった音がライブ会場に残響する。文化的侵略の手始めを成さしめた、勝利の為の第一歩。

 

 今までにない充足感と余韻を──これからも何度となく味わっていきたいと素直にそう思うのだった。



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第五部 登場人物・用語

読む上で必要なことは、作中で説明しています。

この項は世界観の補完や、あのキャラ誰だっけ? というのを簡易に振り返る為のものです。

読まなくても問題ありませんので、飛ばして頂いても構わないです。

以前のモノと重複箇所があるかも知れません。

 

※先に読むとネタバレの可能性あり。適時更新予定。砕けた文章もあるのでご注意ください。

 

キャラは(おおむ)ね登場順に記載。

 

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◆"空前"のベイリル・モーガニト

本作の主人公、黒灰銀の髪と碧眼を持つハーフエルフの天空魔術士。偽名は"グルシア・ベルトラン"。

基本的には自身を財団における隠密機動戦力程度にしか考えてないが、地味にワーム由来の浮遊石、黄竜由来のエレクタルサイト、トロル由来のスライムなど多くの資源に関わっている。

新たに魔導師として成長し、一段上の領域へと進化の階段をのぼった。

 

◆"結晶氷姫"ジェーン

幼少期からベイリルらと過ごしてきたお姉ちゃん。氷属魔術士で、結唱会という名の孤児集団の育成にも携わっている。

リンと組んでいるユニット名は"フォースファイン"、クール担当。歌のレパートリーは誰よりも多く、ジャンルも問わず歌って踊って人々を魅了する。

 

◆"風聞一過"テューレ

シップスクラーク財団の情報部長を務めているが、本人は最前線で取材するのを好む。

また新聞として記事やコラムを書くことも好きで、その反応をひそかに街で聞くのも大好き。

 

◆"調香戦忍"スズ

学園出身。戦技部冒険科で、ヘリオらとパーティを組んでいた黒髪を頭頂部でまとめた女、人族。

極東から大陸に渡った忍びの家系で、シップスクラーク財団の情報部に所属している。

諜報活動の任の中でロックバンドの開催地調査を並行し、滞りなくライブができる状況を整えている。

 

◆パラス・アーティナ

学園出身。戦技部冒険科で、ヘリオらとパーティを組んでいた濃い金髪でややクセっ毛の女、人族。

黄昏の姫巫女を代々輩出に生まれ、カドマイアは異母弟にあたる。

フリーマギエンス員とならず一線を引いていたが、"文化爆弾"作戦以後は正式に財団員にもなり、ロックバンドのプロデューサー兼マネージャー兼応援団長として活動予定。

 

◆カドマイア・アーティナ

学園出身。戦技部冒険科で、ヘリオらとパーティを組んでいたくすんだ黄土色の髪の男、人族。

黄昏の姫巫女を代々輩出に生まれ、パラスは異母姉にあたる。姫巫女の第一候補だったが、もろもろあって大監獄に投獄される。

脱獄以後は元々やっていたリードギターとして、ロックバンド活動に励むことを決める。

 

 

◆カラフ

権勢投資会に所属していて、皇国とその周辺各国で様々な物品を取り扱う闇のオークショニア。

アーセン・ネットワークからベイリルに辿られ、諸々あって協力者となる。

財団がもたらす文化と娯楽に魅了され、こたびの"文化爆弾"作戦において正式に財団員となり、二足の草鞋(わらじ)で忠誠を誓う。

 

◆"黄昏の姫巫女"フラーナ

元姫巫女。人族の女性で魔力の色を見通す、"初代神王の瞳"を宿しているらしい。

姫巫女それ自体も多くの人間から信仰され、権威だけであれば教皇と同等とされている。

神族との直接的なパイプであり、姫巫女の処遇も神族によって決定される。

 

本人は音楽にすっかりはまり込んでしまって、自らもそうした道に進みたいと考え始めている。

 

◆ヘッセン

姫巫女の従兄にあたる男。元々は放蕩して冒険者をやっていたがド三流だった。

パーティ面子を殺され自身も危うかったが、ベイリルらに救われて恩義を感じている。

護衛騎士となるまで己を鍛え上げ、従妹であるフラーナを救う為なら全てをかなぐり捨てられるような漢。

 

◆オルロク・イルラガリッサ

神領から審問の為にやって来た神族の男。

スライムカプセルを通してトロル細胞を取り込んだことで、魔力の"暴走"および変異が促されて魔物と化し、そのままベイリルに討伐された。

 

 

◆"至誠の聖騎士"ウルバノ

教会の司教も務める古株の聖騎士で、還暦を迎えるくらいの人族の男性。

孤児院を運営する人格者で、司祭としての立場もあるが、過去には魔族相手に殺戮の限りを繰り返して様々な二つ名を持っていたらしい。

かつてジェーンに協力して、教皇庁の腐敗の一部を暴いた。

 

◆"悠遠の聖騎士"ファウスティナ

様々な想いを抱える実力派の女聖騎士、人族。過去にゲイル・オーラムらと共に、カエジウスのワーム迷宮(ダンジョン)を踏破した経歴を持つ。

その際の制覇特典で、聖騎士に相応しい黄竜素材の弓と、ワーム素材の自動可変式全身鎧を貰い受けた。

ゲイルとは以降もちょっと二人旅をしてイロイロあった。

 

◆聖騎士長

ウルバノより若干だけ年季のある聖騎士で、聖騎士全員の統率役にして皇都の守護者。

厳格で民からの尊敬を集めるが、教皇庁とも根が深く、政治との板挟まれる立場にあって色々と悩みも少なくない。

 

◆スミレ

黒き翼を持ち、"概念の魔導"を使う鳥人族の女性。自分なりの正義感をもって信念を貫こうとする。

特定の概念を付与することで、物理法則や特性を無視して効果を与えることができる。いわゆる精神コマンド。

経験不足ながらベイリルと交戦できるほどの強度であり、またいずれ道が交わる時が来るでしょう。

 

 

◆"煽動屋"ストール

煽動屋(あおりや)を自称する坊主頭の人族。達者な口先で人々をその気にさせ、渡りをつけたり情報収集も得意としている。

脱獄時にはベイリルと共に地下組として脱出。それまでの功績と今後を期待され、シップスクラーク財団で働くことになった。

 

◆ジン

トロル細胞と腕を移植された元魔領西方のプラマバ軍の軍人にして、魔族一党のボスを担っていた男。

脱獄時にはベイリルと共に地下組として脱出。プラマバ家の(もと)へ戻り、現当主であるレドと共に脱獄した魔族一党を率いて魔領へと向かった。

 

◆ライマー

竜教団の"導き手"の地位にあった元帝国竜騎士である爬人族の男。

脱獄時の所在は不明であり、その後の行方も不明。

 

◆バラン

騎獣民族出身でバルゥやバリスとも同期であったが逃げ出し、紆余曲折を経て獣人群団を率いていた犬人族の男。

脱獄時には地上組として脱出、モンドと共に殿(しんがり)を務め、その後の行方は不明。

 

◆マティアス

自由騎士団出身、元序列15位の人族男性。人族陣営をセヴェリとトルスティを含めた三人の合議でもってまとめあげていた代表者。

脱獄時は地上組として脱出、支援物資を受け取った後の行方は不明。

 

◆セヴェリ

自由騎士団出身、元序列27位の人族男性。人族陣営をマティアスとトルスティを含めた三人の合議でもってまとめあげていた。

脱獄時は地上組として脱出するが、仲間を庇って死亡した。

 

◆トルスティ

自由騎士団出身、元序列73位の人族男性。人族陣営をマティアスとセヴェリを含めた三人の合議でもってまとめあげていた。

脱獄時は地上組として脱出、その後の行方は不明。

 

◆モンド

モンド流魔剣術の開祖であり、御年400歳を越えるハーフエルフの老人。

脱獄時は地上組として脱出、殿(しんがり)を務めて大暴れしたらしく、その後の行方は不明。

 

◆"ヴロム派"の(おさ)

両目・鼻・片耳・四肢・男根など各部位を欠損させ、さらに全身火傷によって触覚まで喪失させた教祖。

本来知りえるはずのないことを知っていた謎の人物。脱獄時の所在も、その後の行方も生死も不明。

 

 

◆レド・プラマバ

学園出身。専門部調理科でクロアーネやファンランらと共に学んだ、紫のマジョーラカラーの髪が特徴的な魔族の女。

自称次期魔王を(うた)い、主に魔物料理に造詣(ぞうけい)が深い悪食(あくじき)。かなりの恐れ知らず。

"存在の足し引き"という魔導を使い、学園時代ではベイリルに勝利した実力者。

 

◆"魔神"エイル・ゴウン

"大監獄"の誰も知らぬ最下層に囚われていた、陽光に輝く橙色の長髪を持つハイヴァンパイアの女性。

かつては皇国で司教も務めていた魔法探究者であり、"傀儡の魔導"を使って死んだ自分を生かしている。

"神器"と呼ばれる稀有な超魔力容量の持ち主だが、魔人級の強さの自分を維持するのに大半を使用している。

 

◆英傑グイド

数百年前に英傑として数えられていた男。現在ではほぼ失伝している"魔術方陣"の強力な使い手にして(ふる)き聖騎士。

"三次元多重魔術方陣"など桁違いの使い手であり、その多様性もピカイチであった。

 

 

◆"将軍《ジェネラル》"グリゴリ・ザジリゾフ

アンブラティ結社の殺し屋。純粋な吸血種(ヴァンパイア)で、遠い昔には西方魔王として名を()せたが、自らの国をも結果的に(ほろ)ぼした。

ベイリルらの故郷アイヘルを、脚本家(ドラマメイカー)と組んで焼き滅ぼし、黄昏の都市で神族を殺した真犯人。

 

自らを黒い魔力の暴走状態に置くことで、強制的に自分の色に塗り潰し、吸血と周囲から魔力を急速充填するという荒業を使った。

ただしこれは非常に強力かつ凶悪ではあるものの、将軍(ジェネラル)本来の戦型(スタイル)とは程遠く、あくまで奥の手の一つに過ぎなかった。

 

◆掃除屋《スイーパー》

通称名だけ登場。アンブラティ結社に所属していて、将軍(ジェネラル)が殺した神族の死体の後始末をした模様。

 

◆脚本家《ドラマメイカー》

主に将軍(ジェネラル)の走馬灯で登場。本編ではアイトエルの手によって殺され、死体はベイリル達への手土産となった。

結社におけるシナリオ担当であり、様々な段取り・計画を立案してきた人物であった。

 

◆模倣犯《コピーキャット》

通称名だけ登場。アンブラティ結社所属。

 

◆運び屋

契約を結べればどんな品物であろうと運び、失敗したことがないという口数の少ない女性。

調査した情報の中には村落を一つ丸ごと、周辺に気付かせずに他国へ運んで引越しさせたという逸話もある。

 

また彼女を介して相互輸送することで確実な担保とすることができるので、厄介な取引においても絶対の成功をもたらすと重宝されている。

 

 

◆"黄金"ゲイル・オーラム

シップスクラーク財団の鬼札(ジョーカー)。"未知なる未来"を()る最初の同志にして、ベイリルにとって最も身近な強さの憧憬。

無数の金糸を自在に操る筋力と精密性、速度を超越した圧倒的な手数のみならず、超人的な対応力と強度を持つ。

裏社会にも通じていて、表裏問わず顔役となることもしばしば。

 

◆"大賢(おおさか)しき"ゼノ

テクノロジートリオの工学・数学担当で、理知的でさわやかな水色髪の人族青年。ベイリルが転生者であることを知る数少ない人物。

秘匿領域へのアクセスレベルも高く、テクノロジーの根幹を担う一人。

様々な立場の人間に振り回される苦労人ではあるが、本人はそんな環境も気に入っている。

 

◆"(たえ)なる"リーティア

テクノロジートリオで主に魔術具を扱うが、冶金をはじめとして、魔導科学の両輪を高度にこなす申し子。天真爛漫な狐人族。

魔術の才能も非常に高く、地属魔術士でありながらキャシーの雷属魔術やフラウの重力魔術をマネしたりする。

 

◆"施巧者"ティータ

テクノロジートリオの技術屋で、実際のモノ作りが得意なピンク色の髪を二つ結びにしたドワーフ族。

実践派だが知識量も非常に豊富で多岐にわたる。スミレと幼馴染で、その影響を強く受け幼少期から様々なことを吸収していた。

 

◆"揺るぎなき灯火"リン・フォルス

歌って踊るアイドルユニット"フォースファイン"のキュート担当。王国三大公爵家の三女にして次期最有力当主候補。

代々継承される"魔術刻印"によって四色の炎を操り、ライブでも派手に魅せる為に使用する。

自分が可愛いことを自覚し、それを惜しみなく利用できる(したた)かなアイドルとしての性根を持っている。

 

◆ヘリオ・"ザ・ロック"

ロックバンド"スィプロトーン"のギター&ボーカル担当、白髪に赤いメッシュの入った鬼人族の青年。

ベイリルの影響下でジェーンとリーティアと育ち、多彩な才能と選択肢があって選んだのは音楽。

生来の声量と声質、リズム感と音感をいかんなく発揮し、自ら作詞・作曲を手がけることもある。

 

◆"撃狼"グナーシャ

ロックバンド"スィプロトーン"のドラム担当、灰色の狼人族。

学園時代にパーティを組んだ流れでヘリオから影響を受けていつの間にかバンドメンバーとなっていた。

最初はそう乗り気でもなかったが、その奥深さに感動してからは、修練と表現の楽しみを見出す。

 

◆"紅炎の翼"ルビディア

ロックバンド"スィプロトーン"のベース&ボーカル担当、薄い赤髪を三つ網テールにした鳥人族の女性。

グナーシャと同じくヘリオから影響を受けて、割とノリノリでバンド結成した。

ヘリオに張り合えるだけの声量があり、日々ついていく為にトレーニングを重ねている。

 

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■聖騎士

皇国に所属する独立色の非常に強い騎士位。由緒正しい歴史を持つが、それをさらに大魔技師の弟子の一人がその権限を世界各国に認めさせた。

聖騎士は人々の規範で在り続ける限り、各国の法でも自由にすることはできないとされ、また独自に軍団を持つ聖騎士もいる。

 

聖騎士になる者の多くは、世界四大学府の一つである"皇国聖徒塾"にて、"見習い"として数多くのこと学ぶ。

そうして定期的に顔を出すいずれかの聖騎士本人に見込まれることで、"従騎士"として直属の補佐あるいは部隊を形成する。

それまでの功績と聖騎士の推薦をもって"準聖騎士"として独立し、世界を巡って勲功をさらに積み上げ続ける。

各国でその風評が聞かれるようになる頃に、教皇庁と現行半数以上の聖騎士の認可をもって晴れて聖騎士と相成る。

 

この伝統だけは神聖不可侵のモノとして、(けが)されたことは過去一度として無いという。

五英傑の一人である"折れぬ鋼の"も番外聖騎士としての立場があり、世界中の悲劇を知るために専門の機関を持っている。

 

■廃騎士

共和国に拠点を置く自由騎士団において、"鉄の掟"に(そむ)いて除名かつ自刃を命じられながらも脱走した騎士。

各国から様々な事情や背景を持つ者が集まる性質上、厳格な統率をする為の絶対のルールであり、これを破るは騎士団の矜持を踏みにじる行為となる。

たとえば雇われた戦争行動における略奪や仲間殺し、情報漏洩といった信用を失墜される重大な違反行為などが該当する。

 

■ヴロム派

神王教グラーフ派の過激な思想を持つ団体であり、秘密結社としての側面を持つ宗教集団。

"洗礼"は肉体部位の損失を伴う形であり、より多くを喪失した者がより高位の存在となる教義がある。

喪失とはより真理へと近付く行為そのものであり、最終的には現世を断ち切って輪廻転生すると信じられている。

だからこそ今世に生きることそれ自体に執着がなく、死をも恐れぬ兵としてテロリズムを()でいっていた。

 

■魔王

魔族の王。知性なき魔物を無条件で従わせることはできず、あくまで魔領という土地を支配する王。

数多く分布する領主らの、さらなる旗頭(はたがしら)として率いる存在であり、地勢と気候の問題でおおむね東西南北にそれぞれ4人の魔王が君臨するのが基本。

強者を尊ぶのが種族傾向としてあるので、基本的には個人武力がべらぼうに強い。四方全てを統一した暁には大魔王と呼ばれる。

 

間断なく群雄割拠のような状態の魔領を統一するのは困難な道であり、大魔王は歴代でも数えるほどしか存在しない。

行き場をなくした武力にして暴力は、勢力拡大の為に人領を削り取っていくのが歴史の常でもあった。

 

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▲大要塞

皇国最南端、魔領と最接近した土地にある城塞都市。囚人の魔力を利用して、魔術方陣による無属魔術結界を防衛の(かなめ)としている。

現在は囚人の大量脱獄および内乱によって結界が消失。さらに魔領軍の襲撃も相まって戦力も多大な損失を(こうむ)ったが、それでも通常の要塞機能は存続している。

 

▲大監獄

皇国大要塞の地下に存在する、世界で唯一の大規模管理刑務所。

過去にエイル・ゴウンと魔人を閉じ込める為に、英傑グイドが三次元多重構造魔術方陣を展開したのが最初のキッカケ。

内部の人物から魔力を奪って結界の維持に使う術式であり、その後に大魔技師の高弟の一人が魔術具を用いて多層結界構造に改造した。

 

予備階・一般囚人獄・特別囚人獄の三層と、エイルがいた秘匿囚人獄の合計四層で構成されていた。

 

飛空島(スカイ・ラグーン)

浮遊極鉄(アダマント)を核として人が居住できるほどの土地形成して浮遊させた上で、推進力を持たせたシップスクラーク財団の秘儀(テクノロジー)

外燃機関によるプロペラによって移動するライブ会場を兼ねた特別仕様。排出熱を利用して空気密度を調製するステルス機構も備えている。

 

まだまだ不具合も多くテクノロジートリオといった技術者が駐留し、重力魔術士であるフラウも補助することでスムーズな飛行を可能としている。

 

▲浮遊島

極稀にそこらへんに浮いている浮島。

浮遊石と岩盤のバランスが運良く釣り合った場合に、高度を維持して浮かんでいる。

ただし自然の循環(サイクル)からも浮いているので水補給や農耕もできず、鳥人族や飛行魔物が住処(すみか)として利用するばかりである。

 

▲浮遊大陸

浮遊島のさらにスケールでっかい版。ただしその存在を生きて確認し帰ってきたものはいないとされ、神話のような扱いを受けている。

 

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浮遊極鉄(アダマント)(ワーム由来)

浮遊石の状態では柔らかい軽石のような物質だが、無重力と電気によって精錬・合金化することで作り出すことが可能となった物質。

合金化に成功すると白い金属のような光沢を持ち、世界でも指折りの頑健な強度・硬度を備えるが、地上では浮き上がるので武器や防具としては使いにくい。

 

浮遊石を構成する重元素は超高圧・超高温で爆縮することで核分裂反応を引き起こすので、ベイリルがγ(ガンマ)弾薬として利用している。

 

水流蠕動筋(スポンジ)(魔獣メキリヴナ由来)

体積の何十倍もの水分を貯留できる特殊素材で、ほとんど加工しないままに使っている部位。

魔獣メキリヴナが水中移動する際に使用される筋肉の一つであり、高密度圧縮していると見られる。

 

●スライムカプセル(トロル由来)

飴玉のような球状成形して保存されたスライムで、それぞれ固体・液体・気体として適時使用する

赤の"活性"、青の"治癒"、黄の"栄養"、緑の"仙薬"、紫の"病毒"、白の"中和"、黒の"魔力"と七色の効用を持つ。

 

●黒色スライムカプセル

気化させることで周囲の魔力を吸着させ、呼吸を通じて肺に取り込むことで魔力を急速充填させることができる魔薬(ポーション)の一種。

ベイリルが脱獄の為に胃腸で時限吸収するように調節していた"黒スライム"は特別製で、液状膜を用いて自らの血液ごと魔力を封入保存していた。

 

身体能力・魔力操法に(すぐ)生体自己制御(バイオフィードバック)にも通じるベイリル、神器を備え既に死した身のエイル、"存在の足し引き"の魔導を使えるレド。

いずれも平然と使用していたものの、本来は暴走に近い自家中毒やその後の擬似枯渇、精神汚染や急激な体調変化による昏倒など、使用に際しての危険(リスク)がかなり多い。

 

 

★魔術方陣

英傑グイドをはじめとして過去に使い手が何人も存在していたが、修得難度がべらぼうに高く現在は失伝してしまったとされる魔術の一つ。

自らの魔力を図柄や文字情報として固着させて()(しる)し、物質等との"簡易契約"状態に置くことで様々な効果をもたらすというシロモノ。

 

なお後世に名を残す"大魔技師"が魔術具製法の一部として組み込んでいたので、広い形ではその一端(いったん)が受け継がれている。

またエイルが完全とは言わぬまでも再現に成功していて、今後は財団の魔術部門において研究されていく予定。

 

魔力(マジック)遠心加速分離(セントリヒュージ)

粒子加速器のイメージに、さらに遠心分離機のイメージを加えて完成させたベイリルだけの魔力操法。

遠心加速させながら比重の違う魔力を"濃縮分"および"上澄(うわず)み"に分離させることで、魔術と魔導の両方を効率的に使うことができる。

また副次効果として魔力の漏出を抑えることができ、惰性(だせい)で回しておくことで一度分離させてしまえばその後の労力は少なく済む。

 

ただし遠心加速で魔力を固液分離するまでには時間を要し、後から"黒スライムカプセル"など急速な魔力充填などをするとまた(にご)ってしまう。

エルフ種のような生来、魔力操法に長けた種族でないと真似することはできない。

 

★魔導"死人傀儡(しびとくぐつ)"

エイル・ゴウンが「息子を蘇らせたい」という狂おしいほどの渇望の果てに会得したものだが、死者の蘇生にまでは至らず傀儡(かいらい)として操るに留まる。

操作する死人とは意思の疎通もできないし、蘇生させたいと願うほどの相手にしか魔導効果を及ぼすこともできない不完全なシロモノ。

現在では魔人級たる自分自身を蘇らせているので、他に魔力(リソース)()けるだけの余裕もない。

 

★魔導"存在の足し引き"

レド・プラマバが実は学園生時代から使っていた魔導であり、自分の能力を数値として見立てることで割り振りし直すというシロモノ。

筋力(STR)を引いて速度(AGI)に足したり、視力を犠牲に聴力を過敏にする、といった芸当も可能。

戦況に応じてほぼ一瞬で切り替えられるので非常に強力ではあるが、選択や調整を(あやま)るとワンミスで乙ることにもなりかねない。

 

まだまだ発展途上の魔導であり、いずれは(Luck)すらも捻じ曲げようとレド本人は思っている。

ただし寿命などは前借りすることになるので、パラメータとして足し引きできるものの不可逆な数値もいくつか存在する。

また一度0(ゼロ)にまで減らしてしまったものは元に戻らず、最初から0(ゼロ)のものは項目がないので足すことも無理らしい。

 

★魔導"幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)"

ベイリルがいくつもの魔導案から選択し到達した、灰銀色の鎧を身に(まと)いし(ちから)の具現化。名を"ユークレイス"。

"魔力(マジック)|遠心加速分離(セントリヒュージ)"で分離させた蒼色の濃縮魔力が前提となる。

潜在能力の完全解放、無意識領域の視覚化、俯瞰(ふかん)する"天眼"のビジュアルイメージ。

 

言わばもう一人の自分自身であり、自分でイメージしにくく不可能なことも他のモノにやらせるのならその限りではない、という役割分担理論からもくる発想。

通常なら自爆するγ線(ガンマレイ)もユークレイスならば問題なく使うことができるし、極度集中している(あいだ)をオートパイロットにすることもできる。

破壊力A、スピードA、射程距離C、持続力C、精密動作性B、成長性A。

 

 

★黒の魔力

魔力を色として(とら)えた場合に、特定の能力を持っている者には黒く()えるので便宜的にそう呼ばれる。

黒竜が備えていた魔力でもあり、あらゆる魔力色を塗り潰すという特異性を持っているが、同時に精神性も侵されるリスクも孕む。

魔力を強引に自分の色にするだけでなく、向けられた魔術そのものも塗り潰して減衰させるという副次効果も持っている。

 

通常は個々人の魔力の色の違いによって特性が変わることはないが、黒色だけは唯一の例外とも言える。

 

★魔力濃度

生物がもつ魔力の色相とは別に、魔力そのものに濃淡や圧密があるという概念。

魔力が濃い(・・)ことが魔導へと到達する前提条件の一つであり、それは周囲に対して本能的な圧力(プレッシャー)として感じられることもある。

特に"魔導"同士のぶつかり合いでは、この濃度によって相手に干渉したり防いだりと、実践的な意味合いが出てきたりする。

 

 



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幕間
#334 サイジック領 I


 

 ──"浮遊城宮イル・グル=リーベ"──

 

 ベイリル・モーガニト、18歳。冬季。

 本日のベイリル(おれ)の予定は、いつもどおり魔力(マジック)|遠心加速分離(セントリヒュージ)によって始動した。

 それは備えであり鍛錬。より安定した魔導と魔術の為に、時間の掛かる魔力の固液分離を済ませ、その後は惰性(だせい)で回しておく。

 

「っし……今日も一日、がんばるぞっと」

 

 鏡と向き合って身だしなみも整え終えたところで、俺は専用にあてがわれたモーガニト伯爵・執務室の窓から眼下(・・)睥睨(へいげい)する。

 そこには山と、川と、ワーム海と、巨大な系統樹のように枝分かれする区画と、大樹と、建物と──なにより、そこに住む人々が見えた。

 

 

「あれ~、もう起きてたん? ってかなんのための万端準備ぃ?」

 

 ともすると隣の個室から起き出して来た半人半吸血種(ダンピール)のフラウが、正装の俺を見つめる。

 

「今日はシップスクラーク財団総帥"リーベ・セイラー"としての打ち合わせと、帝国東部総督を迎える予定だ。正式な会合そのものは明日の朝だがな」

「あ~~~そういえば言ってたねぇ、ココでやんの?」

「いやこの宮殿は確かに政務全般も取り仕切られるようになってはいるが、原則として内政も外交も地上の"複合政庁"でだよ」

 

 そう言いながら俺が廊下側の扉へと視線を移すと、フラウもつられて見たところで……ダークエルフのハルミアが入ってくる。

 

「おはよう、ハルミアさん」

「おは~ハルっち」

「ベイリルくん、フラウちゃん、二人ともおはようございます。朝食もらってきましたよ」

 

 お腹も少し目立ってきたハルミアは、台車から応接用のテーブルへと並べていく。

 もちろん俺との子であり、現在30週目くらいにはなろうか。

 地球ではついぞ無縁だった俺が、こうして我が子を迎えるまでに(いた)るとは……実に感慨深いものであった。

 

 

「ありがと~、ハルっちは休んでればいいのにぃ」

昨晩(・・)もですけど、少しくらいは動いているほうが良いんですよ」

 

 生体自己制御(バイオフィードバック)に長じた彼女は、自身と子とを完璧な健康管理下に置きつつ(ねや)でも変わらず尽くしてくれる。

 フラウはハルミアのお腹に顔を寄せて耳を当てると、穏やかな表情でさすり始めた。

 

「早く産まれてきてほしい~。男の子かー、女の子かー」

「俺のエコーで、もう(おおむ)ねわかってるぞ。名前も候補がいくつか──」

「いぃいぃ~言わなくて! まったくベイリルは無粋だなぁ」

 

「ふふっ、私も楽しみです。フラウちゃんも早く欲しいんじゃないですか?」

「まっ、ね~。ただやっぱりダークエルフのハルっちと違って、あーしはハーフヴァンパイアだからねぇ」

「俺は諦めたつもりはないぞ」

 

「わかってるってば~、あーしもやる気満々だし。ただ……今はキャシーたちとまた迷宮に潜るのが(ひか)えてるし、少なくともその後かなぁ」

 

 カエジウス特区ワーム迷宮(ダンジョン)再攻略計画は、諸般の事情で延期を重ねていた。

 

 ハルミアのような卓抜した医療魔術に囚われない、普遍的な回復薬としての"スライムカプセル"開発を待ったのが一つ。

 迷宮攻略と制覇に()えうるだけのメンバーの人選と、各人の都合をつけるのに一つ。

 そしてスライムカプセル実用化の目処(めど)が立っていた頃に、"別の人間によって迷宮制覇されてしまった"──のがもう一つの理由である。

 

 スライムカプセルの開発期間が終えたところで迷宮の改装期間に突入してしまった為に、スケジュール調整も一から見直すハメになってしまったのだ。

 そうして都合をつけていって……ようやく今度こそ、まとまったのである。

 

 

「そういえばいつ出立するんだ?」

「式典が終わったら~~~、割と早めに船で向かう予定だよ」

 

 攻略メンバーの一人でもあるワーム海賊"ソディア・ナトゥール"の私掠船(しりゃくせん)を使えば、陸路を直接渡っていくよりは格段に早く、物資も多く運ぶことができる。

 "裏技"を使わない限りはどうしても迷宮攻略は長丁場となるので、自分達で調達できる限りはそれに越したことはない。

 

「そうか、まぁ俺も暇ができたら追いつくわ。だから(あせ)って攻略しなくてもいいぞ」

「一人で迷宮攻略なんて大丈夫~?」

「今の俺なら中層までは余裕だろうさ。それにフラウたちが先んじるなら露払いもある程度は済んでいるだろうし、最悪の場合は自力でドリルだな」

 

 最下層まで直接──はさすがに魔力が()つまいが、ショートカットにしても脱出にしても有用な魔術である。

 

「でもベイリルくん、それだとまたカエジウスさんに怒られるんじゃないですか?」

「はっはっは、まっそん時はそん時でしょう。どうせ俺はもう一度は制覇特典をもらえないし、あくまで目当ては資源ですから多少のお目こぼしに期待です」

 

 

 ワーム迷宮(ダンジョン)は、"浮遊石"をはじめとして多彩な鉱物・植物。またどこから連れてきてるのやら生物資源の宝庫である。

 

 そして一般攻略者の素材売買のほとんどを一手に引き受けているのが……カエジウス特区街で"永久商業権"を取得して運営されている黄竜の息吹亭。

 最も大きく唯一の老舗(しにせ)である取引所を運営する"エルメル・アルトマー"が、いかに先々まで見通して、手練手管(てれんてくだ)に秀でていたことか。

 

 彼が持つ販路(はんろ)は広範かつ緻密(ちみつ)さに富んでいて、ダンジョン産の多様な素材を売買するルートが確立されているのだ。

 アルトマーはそれ以外にも多くの事業を手掛けて利益をあげており、父子二代だけで世界に名だたるアルトマー商会まで押し上げただけの商才は底が見えない。

 財団としても過去討伐された魔獣素材などを含めて、多方面で取引を(おこな)ってはいるが……少なくなく共和国の大商人アルトマーの巨影が映る。

 

 ゆえに今はまだ商業面において正面切って争うべき相手ではなく、攻略者達から強引に、より高値で買い取るような真似もしたくない。

 また最下層に近い深階層の資源類は早々に売られるものでもないので、迷宮素材が欲しければ自力確保するのが最も望ましい形に落ち着くのである。

 

 

「あ~~~んむっ、ぐっ──」

 

 俺はバスケットに積まれたパンを取ると、皿の具材をサクサク挟み、高速でモリモリ咀嚼(そしゃく)し、胃腸までガンガン流し込んでいく。

 

「そんなにがっついて食べて、ベイリルくんは何をそんなに急いでるんですか?」

リーベ(ぃーへ)影武者と(はえむしゃほ)して、東部総督(ほーぶそうとふ)会う(あふ)──予定なんです」

「あらあら、そうだったんですか。大事な会合であればしょうがないですね」

 

 食べながら滑舌が追いついてなくとも、ハルミアはきっちりと俺の言葉を理解しているようだった。

 

「ねぇ、ベイリルはいつまでリーベの影武者やってんの~?」

「もうしばらくだな。さすがに突っ込まれても対応できるように、重要人物と会う時だけは俺が出張(でば)らないとダメだ」

 

 

 シップスクラーク財団総帥にして、フリーマギエンスの偉大なる師(グランドマスター)──"リーベ・セイラー"。

 "未来予知"の魔導師にして、地球(アステラ)の現代知識と産み出されたテクノロジーの総群そのもの。

 

 永劫(とわ)を生き続ける旗頭(はたがしら)

 牽引者(カリスマ)にして憎まれ(ヘイト)役。防波堤にして……時に生贄の羊(スケープゴート)ともなる人材。

 体面上の頂点(トップ)に位置しながらも、実在しない為に暗殺などを恐れる必要がない架空の存在。

 

「時期が時機ですから、みんなで一丸となって頑張っていかなきゃですねぇ」

 

「えぇ、我らがサイジック領の黎明(よあけ)(とき)──積み上げ続けた一つの結実が果たされる、記念すべき日」

 

 言いながら俺は自らの気を引き締める。

 

 (いわ)く──"人間の救済の為には3つのことが必要である。何を信じるべきか、何を欲するべきか、そして何をすべきかを知ることだ"。

 すなわち"自由な魔導科学(フリーマギエンス)"を信じ、"未知なる未来"を欲し、各人が持ち味を活かして"進化"すること。

 

 今さらご破算になどなりはすまいが……それでも、より優位にスタートが切れるかどうかは懸かっているのだった。

 



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#335 サイジック領 II

 

「ん、でもさ~サイジック領爆誕! って言っても今までと大してやることは変わんないんでしょ?」

「まっ基本的には、な。ただし……もたらされる結果が、今後変化していくのは間違いない」

 

 人口が増えるにつれて、テクノロジーが洗練されるにつれて、加速度的に文明は発達する。

 そしてその影響は世界全体へと波及し、変革される文明同士の相乗効果によって、さらなる変容を遂げていくことになる。

 

「今の世界はおおむね、"中世"と言える時代だ。まあこれは()()()()()()場合の言い回しになるが……」

 

 実際の地球史で中世と一口に言っても時代は幅広く、また地域性によってまったく異なるのだが……あくまで包括的な科学テクノロジーを基準にした場合に区分する。

 魔術と魔術具文明こそあれ、部分的に近代的な発達が見られるものの──それでも全体として見れば中世と見てよいのだと。

 

 

「これからはフリーマギエンスによって、世界は"ルネサンス"期へと移行する。浮遊ライブで"文化爆弾"をかました皇国なんかは特にな」

 

 それはシップスクラーク財団が産み出し続けてきた文化でもある。

 美術や音楽といった文化面を浸透させ、新たに科学的な思考・思想──あるいは夢想。

 理論に基づいたアプローチが増えて、人々が一歩違う段階へ進んだのがルネサンス時代なのだ。

 

「だがこっちは"産業時代"を先んじる」

「産業時代、たしか……機械化された工業社会でしたっけ」

 

 地球史において複合的な要因が重なり、奇跡的に噛み合って最も変革した時代。

 

 中華やイスラム世界でも条件こそ整っていたらしいが、先んじたのはイギリスという一島国(いちしまぐに)

 その工業力は瞬く間に世界を席巻(せっけん)し、植民地化を繰り返して史上最大の版図(はんと)を築き上げた。

 被支配国が世界中にあって、その常に必ずどこかで昼日中(ひるひなか)に労働していたことから、"沈まぬ太陽"とまで言われるに至るほどに。

 

 テクノロジー差によって生ずる時代を先行した文明力によって、他を圧倒した実際の歴史に(なら)うことがひとまずの勝ち筋である。

 魔術があり、一個戦力になりえる超人がいる世界ではそう単純にはいかないものの──

 

「そう……サイジック領というたかが一地方が、世界人類を進化の渦へと巻き込んでいく。開幕から"黄金時代"でリードする」

「いよいよ、というわけですねぇ」

「なんか実感が湧かないな~」

 

 

 俺はテクノロジーの発展に最も邪魔なモノは何かと自問する……──それはすなわち"個人"であろう。

 人は共同体(コミュニティ)として社会を形成して、より多くが寄り集まることで発展してきた。

 

 しかし現代地球においては、個人主義と自由思想が蔓延(まんえん)している。

 増長した人権意識によって価値観を肥大化させ、雁字搦(がんじがら)めの秩序によって進化を阻害する。

 

 それは人々が豊かになったことの(あかし)ではあるのだが……科学の発展においてはそれらが敵ともいえ、合理よりも感情が優先されてしまう。

 例えばクローン技術やデザイナーズチャイルドといった遺伝子工学には、倫理面から見ても特に影響が大きい。

 

 

(そういった意味では……この異世界、この時代はとても都合が良い──)

 

 魔術があれば、より進んだ技術が必要な環境──無重力や超高圧──でも簡単に作り出すことができる。

 インフラなども構築・再整備しやすく、科学との併せ技こそ真骨頂。

 また魔力強化された肉体によって、重機がなくとも大きな労働力を確保することが可能である。

 

 竜素材や魔獣の死骸利用、あるいは"大地の愛娘"ルルーテの置き土産のような……現代地球と科学を超えた成果を得ることもできるのだ。

 

(何よりも……バレなきゃやりたい放題で、露見したところで大した問題にもならないのがいい)

 

 "倫理観を無視した実験開発"ができる時代であることが、異世界(こちら)でも非常に大きい利点である。

 人道に(もと)る──地球史でも幾度となく繰り返されてきた──非道な実験を気兼ねなく(おこな)うことができる。

 

 犯罪者に人権なく、奴隷は酷使されて当たり前。魔物を駆逐する為に手段は問わず。戦乱と弱肉強食が、誰しもの共通認識。

 

(すなわち、献身(けんしん)()いて、犠牲を容認することが許される)

 

 それはある種のマッドサイエンティスト的な考え方ではあるものの、進歩における促進剤であることを否定できないのもまた事実。

 

 

「な~んだかさ、あらためて壮大な話だね~」

「ついてけないか?」

「いやぁあーしは別に……どこまでだってついて行くつもりだけどー、ただなんというかさぁ──」

 

 食事の手を止めたフラウは、首を左右にゆっくりと振って言葉を選んでいると……ハルミアが笑みをこぼす。

 

「ふふっ、気持ちはわかりますよフラウちゃん。ベイリルくんと、キャシーちゃんと……それとこのお(なか)の子と、いずれ迎えるみんなの子も含めて──慎ましく暮らすのも悪くないですよね」

「うん……まぁ言いにくいけど、そーゆーこと」

「大それたことをやるよりも、日々を穏やかに過ごしたいってことか」

 

 それはつまるところ俺と数多くの人間の野望を否定しているようで、フラウとしてはバツが悪そうであった。

 

 

「フラウ……今の幸せが、失われるかも知れないことが怖いか」

「──そうなのかも。いやぁ()()()()してる身としてはね~」

 

 軽い調子で口にしたフラウであったが……どうしたって両親を喪失し、故郷を焼かれたトラウマがまだ根深く残っているのだろう。

 変化と革命は、安定と平穏とは反するものである。彼女が不安がるのも無理はなかった。

 

「だったら俺たちで守護(まも)っていけばいいさ、その為にも強くなったんだからな。過去の分まで、あらゆる幸せを欲張って未来を謳歌してやろう」

(やまい)は気から。前向きなのは大切なことです」

 

 フラウは頬をぷくりと膨らませてから、フーッと息を吐き出していく。

 

「ん、わかった。まっ、あーしも現実になってくオトギ(ばなし)は楽しみだしね」

 

 話が一段落したところで(はら)もちょうど満たし終えた俺は、水を含んで口内を風でミキシングして歯磨きをする。

 

 

「さてと、それじゃ早めに──」

 

 言葉途中で俺はハルミアへと視線を移すも、すぐに察したフラウが口を開く。

 

「ハルっちはあーしが責任を持って地上まで運ぶから大丈夫だよ~」

「皆の未来の為に頑張ってきてください、ベイリルくん」

 

 俺は二人を愛おしく感じながら、大きく(うなず)く。

 

「それじゃいってきます」

いってらっしゃい(いってら~)

 

 見送られる俺は窓から勢いよく、空へと飛び出した──

 

 

 

 

 そのまま風に乗って地上へと()ちながら思考を巡らす。 

 

(いま)(なか)ばでも本当に素晴らしい街並だ──とはいえ永久不変の国家は存在しない……」

 

 まだ独立もしてないし、帝国に属する一領地に過ぎない。

 しかし明確に開拓した土地に形作られた、果てなる理想の土台部分。

 

 今この時、ここ"領都ゲアッセブルク"が、今後の世界展望における中心にしてスタートライン。

 

 

(過去にも文明国家は数え切れないほど存在した……しかし、その多くが一過性だ)

 

 文化やテクノロジー面において言うまでもなく、地球史でも同様のことが何度となく繰り返されてきた。

 古くはメソポタミア、インダス、エジプト、黄河の四大文明。紀元前後の大ローマや大中華と、付随した知識と技術についても。

 

 かつて栄華を誇った国家や都市群の文化も、それが正しく継承されるだけのシステムがなかったがゆえに……毎回多くを喪失してきた。

 世界的に文明が継続するようになった現代においてすら……伝統芸能の後継者がいなかったり、ありとあらゆるモノが需要を失ったことで淘汰(とうた)されていく。

 

 

(それは……この世界でも同じ)

 

 竜種から神族、次いで魔族と人族、亜人や獣人──多種族が、多様な文明を築き、そして滅亡してきた。

 あるいは国家運営を失敗し、あるいは野心家が戦争で引き際を見誤り、あるいは大災害によって、あるいは……"一個体"の強度によって。

 黒竜や魔獣に物理的に滅ぼされたり、大魔王と手の者達によって文化物を破壊されたり、単純に魔物との生存圏闘争に敗北することもある。

 

 現在は神領・魔領・人領と分割され、大きく見れば帝国・皇国・王国・西連邦・東連邦・共和国・極東と分かたれている。

 しかしそれもまた歴史の潮流の中にある泡沫(うたかた)に過ぎない。いずれ(きた)る遠い未来の終焉を、回避できることはできない。

 

 

(だが……財団(おれたち)は違う。目指そうじゃあないか、どこまでも未来の果てってやつを)

 

 目標は無限に高く──決して夢想の話ではない。

 データバンクと教育を拡充することで、知識・技術・人間を継承し続ける。

 

 星に限界がきたなら別の星へ、星系がダメなら別の銀河へ、宇宙がいずれ収縮するとしたら……新天地(べつせかい)を目指せばいい。

 それが生存圏を(ひろ)げるということ。より多くの人類と、より豊かで多様性に富んだ文化と、より高度に洗練したテクノロジーを。

 

 どこかで滅びたとしてもどこかで生き延びる。それはリスクマネジメントでもあり、文明を存続させていく為の処世術。

 

「シップスクラーク財団と自由な魔導科学(フリーマギエンス)なら、それができる」

 

 "文明回華"──"人類皆進化"と"未知なる未来"を求めて、大いなる意志を言葉に込めて俺は紡ぐのだった。

 



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#336 テクノロジーツリー I

 

 ──サイジック領都・"大地下開拓都市(ジオ・フロント)"──

 

 そこは地下に張り巡らされた上下水設備よりも、さらに地下深く……実験的な意味合いをいくつも備えた空間、(けん)輸送網であった。

 

 計算された採光設備によって、太陽の恵みの一部を受けることが可能となった一画(いっかく)にて。

 嫌気性消化ガスや地熱も利用できる、特殊な環境下における研究の為に建築された専門施設内で……会話に興じる二人の男がいた。

 

 

「──……"転生"のこと、知ってたんすか」

 

 一人は普段は掛けないメガネ越しに、鉛筆でサッサッと図面を引いていた人族の青年。

 財団の"大技術者"──"大賢しき"ゼノはやや短めの水色の髪を揺らしながら、手を止めて顔を上げる。

 

「ふむ、その様子だとゼノ──お前もシップスクラーク財団にいる転生者についても既知か」

 

 答えたもう一人は紫のメッシュが入った薄黄色の長髪に、同じくメガネを掛けていて、(たくま)しい筋骨によって着ている白衣のラインが盛り上がっていた。

 背中側には紫色の"二又尾"と、飛竜(ワイバーン)のような"前腕を(ともな)う羽翼"、そして人族の"両腕"の、合計"6つの手"を駆使して実験を(おこな)っている。

 見た目は竜人族なのだが、実際には神族から定向進化を経て"紫竜"の姿を模した魔族の男──"大化学者"である"無窮の紫徒"サルヴァ・イオ。

 

 

「えぇまあ……一応、本人の口から聞いてるんで」

「なるほど、ゼノお前は──ベイリルに随分と信頼されているのだな」

「サルヴァさんは違うんすか?」

「あぁ、我は過去に転生者を知っていたから少しな。しかしそうか、お互いに知っていることを知らされてなかったとは……いや秘匿情報であれば、それも当然か」

 

ベイリル(あいつ)が持っている情報は、はっきし言って異常ですからね。不用意な拡散を防ぐ意味では、それが正解なんでしょう」

「ハッハッハッ! (たぁし)かに」

 

「なんかサルヴァさんの言葉の節々(ふしぶし)から、()()()()とはたまに思ってはいたんすけど……」

「ほほう、我の(ほう)はまったく気付かなかったぞ。どうやらゼノ(おまえ)は隠すのが上手いようだな」

「……"帝都幼年学校"にいた頃は、少なくなく面倒な目に()ってたもんで」

 

 ゼノは特に懐かしむようなこともなく口にし、サルヴァも触れられたくないことを察してかあっさりと流す。

 

 

「今後はもっと突っ込んだ話もできようものか、なあゼノ?」

「……そっすね、まあ今みたいにリーティアやティータがいない時に限られますが」

「ほう、あの二人は知らないのだな」

「まず間違いなく。あいつらは隠し事ができる器用さは持ってないですから──っと、サルヴァさん。この部分はどうします?」

 

 話し途中でゼノは図面の一部を指差し、サルヴァは作業の手を止めないまま、その場でグッと背伸びして長身から覗き込む。

 

「区画が余ったのか? それなら栽培農園(プランテーション)がもう一つ欲しいところだ」

「わかりました。そうするっと……──」

 

 ゼノは技術研究者であると同時に工学・数学に長じているので、特に機密レベルの高い建築物について、その設計を一手に引き受けているのだった。

 

 

「ところでゼノよ、お前はベイリルとは長い付き合いなのだったな」

「おれは学園生時代からなんで、そこまででもないっすよ。リーティアがそれこそ童子(ガキ)の頃からです」

「我から見れば、財団員などほとんどが子供よ。10年20年くらいは誤差の範疇というものだ」

「まっそりゃそうですね」

 

 サルヴァ・イオは200年を軽く越えて生きる傑物にして、神領から極東より大陸を巡った賢者である。

 

「聞きたいのは、シップスクラーク財団──いやその頃はまだ商会だったか。どういうテクノロジー変遷を辿ってきたのかということだ」

 

「あぁはい、それなら……たしかにおれは商会設立初期からいるんで、おおよその技術系統樹(ツリー)の歴史は知ってますね」

「そうだ、ベイリルによってもたらされた異世界の知識が、どう繋がっていったのか……実に興味深いところなものでな」

 

 ゼノは一度その目をつぶってから、入学当時を思い出す。

 世界的に最も有名な四大学府の一つである帝都幼年学校を自主退学し、学園へと一人──可能性を求めてやって来た頃。

 

 "大魔技師"の手記のコピーから得た知識を……理解してくれたリーティア、実現してくれたティータ。

 そして己自身を活かす場を与えてくれたフリーマギエンスと、シップスクラーク商会のこと。

 

 

「ベイリル……いえ、商会がまず着手したのは"農業"改革でしたね。各種農法と効率的な農耕機械、土地に適した作物選定に品種改良、それらを(おこな)う為の交渉と……そして"肥料"」

 

 "農耕"──文明のあらゆる基盤となる一次産業。農耕なくして文明の発展なし。

 狩猟だけでなく定期的な食糧生産と貯蔵を可能にしたことで、人は余った時間を利用して別のことを考え実行するだけの余裕が生まれた。

 多くの文明は川に沿って"灌漑(かんがい)"設備を整え、淡水の供給だけでなく"(こよみ)"を効果的に利用し、品種改良を含めて農業を発展させていった。

 

「作物の生長に必要な、窒素・リン酸・カリウムの三要素。化学的に作り出すのは困難なので、さしあたってベイリルは魔術を頼ったようで。

 おれは分野違いなんで詳細は知らないですけど、相当苦労したみたいですね。それでも惜しみなく財貨と人材を投入して、形にしていった──」

 

 "肥料"──作物の成長によって消費された土壌を活性化させ、土地を新たに移動することなく安定した収穫を可能とした。

 人々は化学という概念がなかった時代から"畜産"動物の排泄物などを利用し、日々の生活の中で自然に(おこな)ってきた歴史がある。

 

 時には川の氾濫を計算した上で農耕地を開拓し、肥沃(ひよく)で豊かな都市を築いてきた。

 こと食料供給を向上させ人口を増加させるにおいて、古代から現代に至るまで、様々な形でもって連綿と続いていくテクノロジーである。

 

 

甲斐(かい)はあったというわけだな」

「みたいですね。ベイリルは最初期から商人や冒険者らに依頼して、世界各地に手を伸ばしていたらしいです」

 

 多様な環境で適応した作物やその種子の買い取り、料理の為の香辛料や材料探し、ついでに材木・樹脂、鉱物類まで調査させていた。

 

「化学肥料についても、サルヴァさんが関わっているんでしたっけ?」

「うむ、魔術を一切使わず、空気から窒素を作る方法のことだな。"空気からパンを作る魔法(・・)"だとベイリルは言っていたが……具体的なやり方はわからないらしく現在模索中だ」

 

 アンモニアを合成し、硝酸へと変え、さらに多用途に扱うことで化学産業をそのものを大きく発展させた。

 そうして化学肥料の工業的生産を可能としたことで、世界人口は爆発的に増えることになったのだった。

 収穫されたものは食物・飼料のみならず薬の原料であったり、衣服や住居、あるいは工業用品の素材や娯楽用途すら目的とする。

 

 

「ほぼ同時期に並行したのが、医療──いえその前に衛生でしたね」

 

 "公衆衛生"──実践的な医療と知識は積み重ねが必要だが、疫学(えきがく)などにも基づく衛生観念を流布・徹底させること。

 清潔に(まさ)るインフラはない。新鮮な空気、清涼な水、安全な食糧。身の回りの洗浄、生活排水の処理も含めて。

 

「感染と病気に類する知識、ベイリルのいた地球(アステラ)では当たり前のモノだそうで」

「細菌やウイルス、化学物質や毒など、いずれも我の分野だな」

 

 人間(ひと)が十全に生きていく為には、なによりもまず健康が前提条件であるがゆえに優先されたものであった。

 体こそが最大の資本。数を増やして維持していくことこそが、人類文明における基本にして最も重要なことなのである。

 



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#337 テクノロジーツリー II

 

「衛生を保つ為に安価な石鹸を製造・販売したり、蒸留エタノールを併用することで、商会の息がかかった地区の疾病(しっぺい)率は著しく下がりました」

「不浄や(けが)れといった概念──ないし呪いとすら思われていたものに、科学的な因果を求めたわけだな。そしてその証明の為に──」

 

 サルヴァは言葉途中で止めたところで、ゼノが(うなず)きながら続ける。

 

 

「はい、証明する上で……"光学"分野へとリソースを当てた」

「顕微鏡──知ってみればなるほど、あれほど単純な作りでありながら……まさしく世界を広げるモノだった。財団入りして得た収穫の中でも、極上と言える」

「まったくですね。そうして微小(ミクロ)な世界だけでなく、望遠鏡──遠大(マクロ)スケールにも目を向けることも可能となった」

 

 "光学"──光と視覚を科学すること。

 ガラスと屈折を掌握することで、視野を広げるというところにその本質がある。

 微生物や細胞を注視し、航海をより安全なものに、宇宙にまでその瞳を届かせる。電球は夜の闇を照らし、地上に星空を(とも)すことができる。

 また三角柱に構成して分光器を作れば、プリズムを利用して取り巻く元素の一部を判断・測定することも可能となる。

 

「それと今、おれたちが掛けている高品質なメガネもそうですね。この高品質なガラス製品のおかげで、おれたちの開発も大いに(はかど)ってますし」

「うむ。ガラスは状態を観察しやすく、数限りない化学変化を拒絶し、研究には必須の科学用品──それに物質の状態を安定させるということは、保存食などにも繋がる」

 

「えぇえぇまったくもって。……ちなみに特に反射率が高く、全身を映せる"鏡"が高く売れたそうで、投資額を遥かに上回る儲けが出たんだとか」

 

 産業においても日常においても中心基盤の一つであり、再利用(リサイクル)でも損失することなく、(もと)は溶かした砂に過ぎない物質。

 高品質ガラスの生産こそ、シップスクラーク商会の大きな財源となり、付随するテクノロジーを飛躍的に押し上げた立役者であると言えよう。

 

 

「商会が順調に拡大していく中で裾野(すその)も広がり……おれたちもその恩恵を誰よりも受け、色々と自由にやらせてもらいました」

「ゼノは"数学"と"工学"か」

「おれの得意分野はそうですね」

 

 "数学"──秩序と構造と関係の科学。

 物理における基礎であり、世界を取り巻くあらゆるものが数字によって表すことができる。

 論理的思考能力を(やしな)い、因果を明らかにす。あまねく問いに答えを求め、指し示す。そこに芸術性を感じ、求める者もいよう。

 数学を(きわ)めるということは、すなわち世界を(きわ)めていくことに他ならない。

 

 "工学"──数学を用いることで物質・構造・機器・体系の設計をすることを可能とする。

 単純な歯車一つから、複雑な工業機械に至るまで……日常生活に寄り添い、物質文明の根幹を成さしめる学術分野。

 

 

「リーティアが"冶金(やきん)"技術と、魔術具作製に秀でていて──」

 

 "冶金"──より純粋な金属として精錬し、(こと)なる金属を混ぜ合わせて合金化させることで特性を変質させる。

 元素の潜在能力(ポテンシャル)を引き出し、新たな可能性を見出す為のテクノロジー。

 浮遊石を無重力環境と電気を利用して"浮遊極鉄(アダマント)"に変えたのもその一つであり、冶金なくしてこれもまた文明の発達はない。

 

 

「ティータの"鉄鋼"・鍛造技術も合わせた魔鉄鋼に関しては、既に世界でも有数だと思いますよ。身内贔屓(びいき)でなくね」

 

 "鉄鋼"──惑星にありふれた鉄と炭素を合成することで非常に硬質かつ柔軟に富み、耐久性・耐腐食性に優れた金属を作り出すことができる。

 鉄文明をさらに一歩躍進させるテクノロジーであり、鋼鉄の技術があってこそ工業機械が長く正しく機能する。

 また魔力を固着させることで、魔力を通すと硬度を増す"魔鋼"となり、魔術具の素材ともなる。

 

 

「学園でおれたちは高め合い、学んでこれた──思えばベイリルはそうやって学園を利用して"教育"をしていたんでしょう」

自由な魔導科学(フリーマギエンス)か……思想を植え付け、成長と進化を求む」

「感性が若い人間を利用して、種子(タネ)()いて芽吹かせていった。ベイリル(あいつ)一人じゃできないことを、より多くで()さんが(ため)に」

 

 "教育"──知識とは(ちから)なり。

 人間が動物と一線を画す要素であり、社会を形成し文化を生んできたのも、ひとえに知識を継承していったからに他ならない。

 有史以来、人類は様々な形で教え、学んできた。しかしそれは多くが生存に直結した知識に留まり、また時に興亡と共に喪失されていった。

 文明を成熟させ、人々に多様な意識を持たせ、正確に伝えていく為には……拡充し安定した教育体制の確立が必要となる。

 

 

「結構なことだ、"人類皆進化"という大望において──誰もが知的水準を上げていかねばならない」

「おかげで色々な人材が発掘されましたよ、元々そういうのが集まりがちな気風の学園でしたけど」

「お前自身も含めてか?」

「否定はしません」

「ハハッハハハハッハ!! だが足りんな、若者はもっともっと傲慢(ごうまん)でないといかん」

「っすか。まぁまぁおれの考えについてこれる、おれにも考え付かないことを思いつける──リーティアやティータと出会えたことは本当に幸運でしたよ」

 

 ベイリルは学園を通じて多くの才能(タレント)を見出し、多彩な人脈(コネクション)を繋ぎ、多様な土台を作り出した。

 

「まったくもって遠大な計画ですよ。そして卒業までおよそ四年の間にシップスクラーク商会も様々な事業に着手し、安価な紙の量産体制を確立させた」

「データを収集・保存し、比較検証する為にも不可欠だな」

「樹脂製のインクペンや、この鉛筆といった筆記具も一部商品化。飲食物や娯楽玩具、美術品や賭博など、商会の財源は実に多岐に渡るようになりました」

 

 ベイリルから習ったペン回しを、ゼノは手元でくるくると鉛筆を使って回して見せる。

 

「経済は門外漢ですが、株式・為替・事業融資・保険業。複式簿記で歳入歳出を明確化し、計算を用いて先々(さきざき)の計画を立てる。それに特許(パテント)業も少しずつ浸透させていった──」

 

 ゼノは思い(ふけ)るように鉛筆を置いたところで椅子に腰掛ける。

 

 

「次なる転機は……火薬ですかね」

「魔力や魔術を使わずとも、誰もが普遍的に(ちから)を持つことができる物質。その手の化学も我の分野でもあるな」

 

 "火薬"──地球(アステラ)戦史を最も変革したとされる発明。それに伴って作り上げられた銃・砲をはじめとする武器・兵器群。

 身体能力にも魔術にも左右されることなく、画一化された威力であるということがメリットでありデメリットとなるのだが……。

 とはいえ弱者においても一定の(ちから)をもたらすという点において、その意味と結果は重々承知しておかねばならない。

 

「それと爆薬と、雷汞(らいこう)ひいては雷管の開発はティータが受け持ちました。秘匿レベルも高く、精緻(せいち)な技術を要求されますからね」

「弾薬か……弾丸と推進剤を一体化させる──発想こそ単純ではあるが、その気付き(・・・)を得るには、やはり非凡さが必要なのだろうな」

 

 何十年何百年と掛けて、時には実戦にて積み重ねられ、(ひらめ)くに至った技術を先取り(・・・)するということ──その意味。

 

 

「そうした兵器の威力を遺憾(いかん)なく発揮したのが、インメル領会戦──」

「王国軍との戦争(いくさ)(こと)顛末(てんまつ)は聞き及んでいる」

「おれも参加したわけじゃないんで、聞きかじりですけど……兵器に見合った戦術と組み合わせて大打撃を与え、さらなる戦果を経て勝利しました」

 

 あの戦争こそ、シップスクラーク商会における分水嶺(ぶんすいれい)であったことは疑いない。

 それまで蓄えた知識と技術と財産とを全力で投資したし、もしも敗北していれば大きく傾いていたほどだった。

 

 それだけに勝利した見返り(リターン)は大きく、多額の賠償金や実践データ。なによりも都市基盤となるサイジック領を手に入れることができた。

 自由にやれる土地、それも肥沃で開拓しがいのある立地。秘匿しなければならないテクノロジーを、ふんだんに扱うことが可能になったのだった。

 

 



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#338 テクノロジーツリー III

 

「そして賠償金を使って本格導入されたのが──"活版印刷"」

 

 "活版印刷"──機械化された印刷技術によって教育水準は向上し、知識の継承が正確に(おこな)われるようになった。

 情報と知識と交流と……人々はより平等な立場となり、より広く、より深く、世の中と繋がることが可能となった。

 

「これもまた極大突破(ブレイクスルー)と言えるテクノロジー。それゆえに技術そのものは難しくなくとも、扱いには慎重を期していて、小規模での運用でしかなかった……。

 しかし新たにシップスクラーク財団(・・)と名乗るだけの規模と元手と、それまでの積み重ねでもって──広く量産体制を整え、圧倒的優位を取るに至った」

 

「教育し、知識を継承する。その為に必要な書物の生産。さらには星典とやらで、フリーマギエンスの思想を広める……もはや侵略行為も同然よな」

「まぁ……上等じゃないっすか?」

「ウハハッ、言いよるわ。だがそれこそが、人類(われら)の進歩の為には必要なことか」

 

 武力的による制覇だけが侵略ではない。文化的に浸透させ、宗教的に意思統一していくこともまた、人々を変質させる要素。

 

 

「それと戦中および戦後には、開発していた"抗生物質"や医療・麻酔技術そのものを存分に使うことができたそうです」

「おぉ、アレな! ワクチンにしても、我としても見習うべき点が多かった」

 

 "抗生物質"──(カビ)を元にしたペニシリンに代表される、細菌を不活性化させ増殖を抑制する薬。

 魔術でも治療することができない多くの感染症を防ぎ、人類の生存率を大きく引き上げる……その発見方法を含めて奇跡の特効薬である。

 

「──しかしいつの世も、どこの土地でも、戦争とはな」

「でもサルヴァさん、言っても命を含めて……ただただ浪費するだけじゃあ、あまりにもあんまりだ」

 

 ゼノのそんな言葉に、サルヴァはふんっと鼻を鳴らした様子を見せる。

 

「それに(あらそ)いが技術開発を支えてきた部分は(いな)めません。大魔技師は戦争用の魔術具を直接は作りませんでしたが……後世に作られた武器(それ)らは日常にも少なくなく再転用された。

 ベイリルがいた地球(アステラ)の歴史ってのにおいても、戦争の為に糸目をつけず湯水のように使われた資金・人材・時間、そしてそれらを実験・検証する機会でもって大いに進歩したと──」

 

 

「しかし財団(われら)は争うまでもなく、苦難と腐心の末に発明された知識を享受(きょうじゅ)しているというわけか」

「ベイリル本人は……(つたな)地球(アステラ)知識のみが頼りの"結果(ゴール)"に向かって、ひたすら試行錯誤を繰り返してくれた財団員たちのおかげだと、常々(つねづね)言ってますがね」

 

 安価で最適なガラスや、紙の開発および量産体制だとか。

 火薬や爆薬の配合と加工の研究であったり。

 実験用の薬品や抗生物質の発見・培養・実験にしても。

 

 他にも数多くの成果が、一般財団職員や雇われた者達の労働力によって実現されたこと。

 

「確かにそれはそれで、ゆめゆめ忘れてはならないことだ。()()()()だ、最初から"到達点"が知れているということが、どれほどの金と時間と労力の節減となっていることか」

 

 答えがあるかどうかすらわからない、闇黒の中で進み続けることの困難さ。

 あるいは理論立てすらされてない中で、()って湧いたような幸運の巡り合わせ。

 人海戦術によるトライ&エラーを繰り返して、ようやく形となっていったテクノロジーを……"未来予知"するかのように、未知を既知のものとして実現化するということ。

 

「それはつまるところ地球(アステラ)が積み上げた歴史そのものを(かす)め取っていること──……(いち)研究者の立場として言わせてもらえれば、いささか不満も残るところよ」

 

「おれとしても同意する部分はなきにしもあらずです。()()()()です、個人的には贅沢な葛藤だとも思っていますよ」

「ほっほう、それはなにゆえか」

 

 そこでサルヴァは初めて作業の手を止めて、真っ直ぐゼノの瞳を見据える。

 

 

「おれは……サルヴァさんと違って純粋な人族なんで。より見果てぬ未来を見る為ならば、足踏みをしている暇はないってことっす。死ぬまで生き急がなくちゃならない」

「ぷっクあッっはっはははははハハハハハッ!! なるほどなるほど、それもまた一つの道理よな」

 

 肩をすくめた様子のゼノに対し、サルヴァは豪快にひとしきり笑ってからまた作業を再開する。

 

「しかしそうだな……地球(アステラ)のテクノロジーにさっさと追いついてから、新たに未知を開拓していっても決して遅くはない話か」

「ですからサルヴァさんが早急(さっきゅう)に不老長寿の秘薬でも創ってもらえれば助かります」

 

「ふっ──ならば我が"化学"と"生物学"の領分か、薬学知識も含めて(こた)えるとしよう」

 

 "化学"──物質の構造・反応・構成・変化を探求する科学。

 数学が世界を解き明かす学問であれば、化学とは世界そのものである。

 小さきから大きくまで、粒子の分解と結合に伴うあらゆる反応によって成り立つのは、生物とて例外ではない。

 

 "生物学"──生きとし生ける生命の根源まで探究する科学。

 人体は当然として竜種(ドラゴン)からバクテリア、虫や植物に至るまで。

 細胞変性・遺伝子操作・クローン技術もその範疇であり、生態の品種改良とも言える行為は人道倫理にも踏み込む分野である。

 

 

「しかしその為にはまだ見ぬ"精密機器"類も必要となろう、さっさと作ってもらえれば助かるぞ? 特に話に聞いた電子顕微鏡……いかに視力を魔力強化しても、さすがに無理であったからなっはっッハッハッ!」

「努力しますよ、"工業化"の目処(めど)も立ってきてるんで」

 

 "工業化"──農耕と生産に割かれていた労働力を、機械化による複雑な製造・大量生産を確立させることで別の分野へと()くことを可能とした。

 自給自足の社会から、消費による経済社会として大きく変遷し、膨大な資本と余剰の人的資源は工業化をさらに加速させ、急速なテクノロジーの進歩を遂げるに至る。

 そうして地球(アステラ)における人類の生存・文化圏は地上を包み、宇宙にまでその手を伸ばし始めたのだ。

 

「それと並行して様々な部品の規格統一化も、シップスクラーク財団が新たな世界基準になります」

 

 "共通規格"──材質や形状を統一した構成部品によって互換性を持たせることで、品質の安定と向上へと繋げ、生産や修繕などをより効率的に(おこな)えるようになる。

 部材だったり度量衡だったり交流電気の周波数だったり……規格が違うことでどれだけ余計な時間と労力を強いられるのか。

 早くにスタンダードを定めておくことで、スムーズに産業は発展していく。

 

 

「実に楽しみなことだ、"蒸気機関"にもまったく驚かされたよ」

 

 "蒸気機関"──水蒸気の圧力を用いるだけの単純(シンプル)な機構は、地球(アステラ)史における工業化の柱であり、それまでの歴史に類を見ない交通・産業の発展を(うなが)した。

 エネルギーのロスも多く、環境への影響も多大。しかしながら多くの物質を燃料にできる利点を持ち、原子力を利用するにまで至っても蒸気を用いて発電させているのだ。

 

「まだまだ途上ですがね。インメル領会戦を経て、商会は財団となり──蓄えていた資源類にも、用途が見出され始めた……だからこそ腕が鳴るってもんっす」

「うむ。既に我々は世界に影響を与え、変革していける立場にある。ゆえにこそ、注意も払わねばならんな」

 

「たしかに知識や技術の伝播(でんぱ)の具合はもとより、流出なんかについても──」

 

 "読心の魔導師"シールフ・アルグロスがいる以上、最初から研究者として紛れ込んでくる間諜(スパイ)の可能性を潰せるのは楽である。

 しかし意図しないところで悪気(わるぎ)がなく漏れたり、あるいは心変わりによって裏切るということは無きにしも(あら)ず。

 

 

「……いえ、たとえ他国に漏れようが先んじるのは俺たちですけどね」

「かっははッ! 道理よ」

「それに本当に流出したらマズいテクノロジーは、どのみち理解できる者はいないでしょう。おれやリーティアやティータでないと、とてもじゃないが理論立てることすら──」

 

「ウっチらがぁ~っなんだってぇ~? ゼーノー」

 

 ゼノの言葉途中で(さえぎ)ったのは、遠くから声を上げた狐耳の少女であった。

 



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#339 テクノロジーツリー IV

 

「ねぇなになに、ウチらがいない時にウワサばなしぃ~?」

「話の流れだよ」

「ほんとぉ~?」

 

 "液体魔術合金アマルゲル"をサーフボードの形に地面を滑ってきた"リーティア"は、ゼノとサルヴァを交互に見つめる。

 

「耳がいいな、リーティアよ」

「そっりゃねぇ、ベイリル()ぃの強化聴覚ほどじゃないけどぉ……獣人の耳は伊達(ダテ)じゃない。イオ()ぃはもう耳遠いの?」

 

 リーティアは遠慮なしに年寄り扱いするが、魔力の"暴走"を利用して定向進化を経たサルヴァ・イオは笑い飛ばす。

 

「ハッハハッ! いかに年老いようとも、紫竜を模した()が肉体──そういった(おとろ)えとは無縁よ」

「じゃっ単にウチの耳が良すぎるんだぁ」

 

 ピクピクッと耳を動かすリーティアを、サルヴァは孫娘へと向けるような視線で頭を撫でる。

 

「人族は肩身が狭いぜ、ったく……」

「自分もいつまでも衰えないでいたいもんっすねー。で、何の話をしてたんすか?」

 

 言いながら自らの体躯よりも巨大な木箱を軽々と(かつ)いできたドワーフ族の"ティータ"は、地響きをそこそこに箱をその場に置く。

 

 

「おれらにしか理解できない領域のテクノロジーがあるって話さ」

「自分らにだけ、っすか?」

「あぁたとえば……"雷"は誰でも知っているが、それを"電気"として活用することとかな」

 

 "電気"──電子の科学。電磁力はエネルギーと情報伝達に、新たな革命をもたらした。

 世界をさながら巨大な脳神経のように、物質と人を繋げた技術(テクノロジー)

 電気分解など極々単純な利用においても、様々な物質を化学的に分離・抽出・合成することができる。

 

 地球(アステラ)の先進文明は、もはや電気なくして生活は成り立たず。

 仮に電気を喪失したならば、文明が一気に退化するほどまでに偏重している。

 それほどまでの価値とポテンシャルを秘めた現象を掌握した時──はじめて現代地球(アステラ)文明を超越し、未来への一歩を踏み出したのだと言えるのかも知れない。

 

「電気はウチもまだまだだけどねぇ~、というか奥が深すぎる」

「モーターとかなら活用しやすいんっすけど、ただ継続的な供給がないと……」

「そうそう、損耗(ロス)も大きいし。()()()()()()()じゃ、どうしようもないしねぇ」

 

 

 何気なく発せられたその一言に、サルヴァはわずかに眉を動かす。

 

「待て、お前は地属魔術士ではなかったかリーティアよ」

「そだよー、でもキャシー義姉(ねぇ)のを見ててぇ……自分なりに"地電流"を引き出して、少しだけ扱えるようになったんだぁ」

「ほっほぉ~芸達者よな」

「でしょでしょ~。でも帯電とかはさすがにムリだねぇ、痺れちゃってどうしようもなくなるもん」

 

 リーティアは指をクイクイッと動かしながら、箱の中のモノを遠隔で引き寄せていく。

 

「今のもあれか、電磁力とやらか」

「いんやぁ、これはフラウ義姉(ねぇ)直伝の重力魔術の引力でだよ」

 

「そうなのか? 分野違いだから我には差があまりわからないが」

「磁性のないモノまで引っ張ってるっすからね。リーティアはほんと魔術に関しては天才っす」

 

「そんなぁ褒めないでよティータ~照れちゃうってば。でも()()()()()()()らしいよ? まだよくわかんないけど」

 

 ニコニコと笑いながら並べ立てるリーティアであったが、どうしたってコントロールが悪いのか体を大きく粗雑に動かしてキャッチする。

 

「むぅぅ、やっぱりどっちも付け焼刃なのは否めない!! 自分だけで無重力電気精錬できればな~って思ったけど、ほんっと難しすぎ」

 

 地電流と重力──どちらも地属魔術としての側面があるとはいえ、出力は言うに及ばず。

 キャシーやフラウのように精緻(せいち)に扱うだけでなく、肉体にまで作用させて操るといった繊細な芸当は到底不可能なのであった。

 

 

「ってかよぉ、作業机をグチャグチャにすんなってのリーティア。サルヴァさんの邪魔になんだろ、そもそもココでやる必要性あるのか!?」

「まったく小言が多いよ~ゼノ、二人より四人のほうがいいでしょ?」

「サイジック領が本格稼動するにあたって、軍事力の強化は必須だってベイリっさんから言われたっすからね。"TEK装備"の調整をば」

 

 リーティアがパチンッと指を鳴らすと、表面積を(ふく)れさせた"アマルゲル"が机の上を横断すると、物品が一斉に回収される。

 そしてそのまま新たにテーブルとなった流動金属の上に、綺麗に整頓されるように並べられていたのだった。

 

「ゼノよ、気持ちはありがたく受け取るが……我には気を(つか)わずとも良い良い」

「そうですか? ならいいんですが」

「うむ、賑やかなのも嫌いではないからな。それにしても無重力か……長期間の培養などを可能とするには、いささか遠い夢か」

 

「魔術で状態を(たも)つには、フラウちゃんといえどちょっと長すぎっすよね。地上で再現するには技術的にも……やっぱ宇宙行くしかないっすね」

「さすがに軌道計算なんて、おれにだってまだ無理だし……なによりデータも足りん。研究環境を打ち上げるにしても"弾道学"が必要だ」

「だったらさぁ~あー浮遊極鉄(アダマント)を増量した浮遊島(スカイ・ラグーン)に、縄でもつけて浮かしてったら?」

 

 リーティアのそんな一言に、その場の四人が揃ってシュールな光景を思い浮かべる。

 

「"軌道エレベーター"構想としちゃありえなくもないのか……」

「そんな強度の物質なんて作れないっすよ」

「強度確保ならエイルママの魔術方陣もどうにか応用できないかな~、魔導科学(マギエンス)こそウチらの真骨頂なわけだし」

 

「だっはっはっは!! まったく旺盛(おうせい)な若者たちだ、フリーマギエンスも(すえ)恐ろしい子らを育てたものよ!!」

「いぇーい!」

「それほどでも、あるっすね」

 

 

 サルヴァと、リーティアと、ティータが意気投合する中で……ゼノだけはある種の、危惧(きぐ)のようなものを覚えていた。

 自分達の成長とサルヴァの加入はもとより、シップスクラーク財団の規模が肥大化してきた上で、今後のテクノロジーが進歩していくこと──()()()()

 

 シップスクラーク財団──ベイリル──がもたらす特許(パテント)たる地球(アステラ)知識は、技術を()()()()に進化させる。

 

 本来、技術における進歩とは……今そこにあるモノを組み合わせ、地道に積み上げ、ようやく開花させていく行為である。

 金と、資材と、労力と、時間と、何よりも情熱を注いで成功へと導いていく。

 まったくの徒労に終わることもあれば、思わぬ果実が成ることもあろう。しかしそれらはいずれにしても、()()()()()()()()()に留まるのが普通なのだ。

 

 地球(アステラ)知識はそうした本来のプロセスとは明らかに一線を画す。あらかじめ正解を示した上で、そこから何が必要かを選定していく過程を踏んでいく。

 抗生物質(ペニシリン)という物質の存在を教え、作り出すには(カビ)を培養する必要があり、その為に必要なガラス技術を──と言った(ふう)に。

 

 そこに情熱はなく、労力も最小限、十分な見通しの上で大量投入される資金と資源によって、本来必要だったはずの時間を掛けず現実化させてしまうということ。

 

 地球(アステラ)史において長い時の流れの中で熟成された積算、あるいは偶発的・奇跡的に見出された発明。

 "ひらめき"や"天啓"とも言える知識群を……無軌道ではないものの、事実上無制限に()って()かせる行為に等しい。

 

 

 それはつまり"技術と技術の間隔が無くなる"ということ──新たな技術開発までに蓄積されるモノが、すっぽり抜け落ちてしまうことを意味する。

 

 1の技術を知ったところで、2から10までの知識には繋がらない。財団が保有する特許(パテント)とはそういうものなのだ。

 先々(さきざき)まで用意された多くのテクノロジーの内容と前提を知っているからこそ、はじめて1を理解することが可能となる。

 

 それも技術系統樹(テクノロジーツリー)には違いないのだが、正道からは外れた異質さを持ち、言い知れぬ(いびつ)さをも備えている。

 その部分を踏まえておかないと、ただ地球(アステラ)の科学を模倣・再現し追従するだけになってしまいかねない。

 いずれはドン詰まりが待ち受け、想像力の限界に直面し、地球(アステラ)にはなかった新たな発見を見出す余地も潰されてしまうかも知れない。

 

 

 もっとも大魔技師とて同じようなことをやっていたことを、ゼノは残された記述のコピーから知っている。

 ただし()の転生者は自制し、またコントロールをしていた。

 高弟らは必ずしもそうではなかったのだが……少なくとも大魔技師が存命だった(あいだ)は、魔術具文明の秩序は(たも)たれていたと言える。

 

 財団の特許制度が秩序機構の一部を兼ねてこそいるものの──"人類皆進化"という点において、財団以外の研究開発を阻害・停滞させるという恐れもある。

 

 なぜならば無尽蔵に存在する特許という壁にぶち当たることに萎縮(いしゅく)し、情熱を削ぐことにもなりかねない。

 かと言ってシップスクラーク財団に入れば、それは財団という組織の型に()められてしまうことにもなる。

 そも研究開発は根源的にしがらみとの戦いも含んでいるとはいえ、真に自由な環境を求めるのならば……。

 

 ゆえにこそゼノは思い、想う──願わくば夜空に浮かぶ星々のように、誰もが無数の煌めきを(はな)ち、互いに観測し照らし合うような未来をと。

 

 



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#340 領都ゲアッセブルク I

 

 ──領都ゲアッセブルク・モニュメント前──

 

『うっわぁあああーーー!!』

 

 サイジック領の新首都となるゲアッセブルクの門を通らば、最初に目に映るのは二重螺旋の形に成長する大樹。

 さらに見上げていけば、三つの電子が衛星のように回る星のモデルが、浮遊極鉄(アダマント)によって浮かべられていた。

 

 揃って声をあげた一組の男女は、モニュメントより先に広がる街並みを見つめ……さらなる興奮のままに叫ぶ。

 

「見て! ねぇ見て"カッファ"!」

「一緒に見てるって"ケイ"! 」

 

 年相応の成長が見られるケイ・ボルドは、かつて腰元に差している二振りの魔鋼剣にて、王国は円卓の魔術士第二席の子飼い部隊を一掃したほどの剣士。

 もう一人のやや精悍(せいかん)さを帯びてきた青年カッファは、常に彼女の(かたわ)らで共に鍛錬し育ってきた幼馴染である。

 

 

「やっほー!」

 

 すると掛けられた声の方向──見上げた大樹の上の原子モデル──から颯爽(さっそう)()りたる影があった。

 

「ふっふっふ」

 

 白金の糸で(たく)みにブレーキを掛けて着地した"プラタ"は、学園の同季生であり最も親しい友人二人へと得意気に鼻を鳴らした。

 プラタ・インメル──旧インメル領──現サイジック領における名目上の当主であり、かつてカルト教団で心神喪失状態の(にえ)とされていたとは思えないほど快活さを見せる。

 

「待ってたよ二人とも、それじゃさっそく行こうかぁ」

「楽しみ!」

「しゃあっ!」

 

 仲良し三人組は連れ立って、ゲアッセブルクの(みき)であるメインストリートを歩き出す。

 山に根を張り、一本の大きな川を軸にして支流をいくつも人工形成し、地上へと枝葉を伸ばす形で広がる街並。

 

「まずここが"樹幹通り"で、いろんな場所へとアクセスできるし、迷ってもここに出れば大丈夫だよ。それで北の山に向かって、およそ西側が"マギア区"で東側が"スキエンティア区"ね」

 

「ねぇプラタ、それってどういう意味?」

「ベイリル先輩(いわ)く、地球(アステラ)語で"魔法"と"科学"。でも名前そのものに意味はなくって、単に東と西とじゃ味気ないから付けられてるだけね」

 

 あくまで魔導と科学の融合こそが主軸であり、どちらか一方にのみ偏重・傾倒するようなことはない。

 

 

「おれたちも卒業したら住みてぇな~、でも跡を継がなくちゃいけないからなー」

「わたしもボルド領を捨てるわけにはいかない……」

「あはは! でも二人はサイジック領国民として戸籍登録してあるから、いつでも来てくれていいよ」

 

「まじ!?」

「いつの間に?」

「もちろん領主特権──というわけでもなく。それなりに経歴あるシップスクラーク財団員は、大体みんな領"国民"としての権利付与されてるよ」

 

「はぇー」

「……? 国民の権利がない人もいるの?」

「いるよ。サイジック領国は国民・市民・属民という形で分けられてて、元インメル領民はほとんどが領内都市のいずれかに住む"市民"として登録されてる」

「属民ってぇのは?」

「"奴隷"のこと。他国よりは幾分(いくぶん)人道的だし、"公衆衛生規則"で清潔は義務付けられてるけど……それでも待遇は厳しいよ」

 

 プラタはケイとカッファに説明するものの、話半分と言った様子であった。

 

 

「それって、分ける意味があるってことなの?」

「とーぜんあるよ。砕いて言うと……選民思想を植え付けて、みんなに上昇志向を持たせる」

「そうすっとどうなるんだ?」

 

 首をかしげている二人に対し、プラタはジェスチャーを交えながら答える。

 

央都(おうと)となるここゲアッセブルクは他の都市とも違って、テクノロジーの集積地として特別だから……そこに住む人も特別であるという心持ちになる。そうすると自然と秩序が形作られる。

 "国民"は(した)の規範であろうとするし、"市民"は国民を目指す為に試行錯誤や努力をし、"属民"は大変だけど(さだ)められた兵役や労役をこなせば国民になれるから、頑張ろうって思えるんだ」

 

 プラタは完全に理解こそしていないものの、ベイリルやカプランらから聞いた話をそのまま二人へと説明する。

 

「はっは~ん、なるほど。師範代は弟子たちの前じゃ、イイ格好(かっこ)してないとってことだな」

「それはちょっと違うくない?」

 

「あはは~、まっまっね。差はあれどでも、どの民でも"一つだけ共通するもの"もある──その一つが……アレ!」

 

 プラタは周辺より大きな建物を、スッと指差して案内する。

 

「"フリーマギエンス公会堂"!」

「プラタプラタ、こうかいどう……ってなぁに?」

「サイジック領公認の宗教、我らがフリーマギエンス員が利用できる施設! (もよお)しのための会議場や娯楽があったり、基礎教育はもとより各分野にまつわる書物も収蔵!

 自由な魔導科学(フリーマギエンス)の教義では人類皆共同体だからね──まぁ一応階層分けはされてるけど、"大温泉浴場(テルマエ)"以外で唯一"属民"も利用できる施設だよ」

 

「入ってみたいぜ!」

「わたしも!」

「いいよ! って言いたいけど。それは後あと~、先に用事を済ませちゃわな──」

 

 

 言葉途中で止まったプラタの視線の先を、ケイとカッファはジッと追う。

 そこにはフリーマギエンス公会堂から出てきた、一人の陰気な男の姿があった。

 

「ッ──"エウロ"せんぱ~い!!」

 

 大きな声をあげて手を振るプラタに、一瞬ビクついた様子を見せた男はすぐに気付いてほっと胸を撫で下ろしたような表情を見せる。

 そうして周囲をキョロキョロと見回してから、ゆっくりと近付いて来るのだった。

 

「こんにちは!」

「や……やぁ、プラタ。相変わらず元気だね」

 

 男は帽子を深く被っていてパッと見は黒髪の人族に見えるが、外套(ローブ)からはわずかに尻尾が見える。

 

 

「二人とも紹介するね、この人はエウロ先輩。学園の卒業生で、今はサイジック領の"財務尚書(ざいむしょうしょ)"──若くして経済全般を統括してるんだよ」

「後輩のカッファです、よろしくどうぞ!」

「同じくケイ・ボルドです。以後お見知りおきを──」

 

「あぁ、きみがボルド領の……」

「……? わたしの家のこと、ご存知なんですか?」

「シップスクラーク財団にとって、初期の大きな投資先の一つだから……一応」

「そうですか! もし財政のことに困ったら、ぜひぜひ相談に乗ってもらっても大丈夫ですか?」

 

 グイッと前のめりに距離を詰めてきたケイに、エウロはたじろぎながらも答える。

 

「えっ!? うっ……うん、ぼくなんかで(ちから)になれれば……時間が()いていれば、だけど」

「ありがとうございます!」

 

 

 ケイが勢いよくお辞儀と共にお礼を言った瞬間、キンコンカンコンと(かね)()が街中に響き渡った。

 

「お? なんだこれ」

「これは……"大時計台"にある正午を告げるチャイムだよ」

「へぇ~~~そんなものもあるんですか」

 

 するとプラタがくるりとその場を回って、見栄を切るように付け加える。

 

「し・か・も! 魔術具じゃなく完全機械化された時計で、サイジック領の標準時!」

「よくわっかんねえけどすっげぇんだな!?」

「スゴイよ~、言葉じゃ説明できないくらいにね。ところでエウロ先輩、先輩も一緒にお昼どうですか?」

 

「ううん、ぼくは遠慮しておくよ。この後の最終打ち合わせ用の資料見直しもしなくちゃいけないから……その、プラタもこのあと頑張ってね」

「了解です! 立場的には半分お飾りですけど気張ってきます!」

 

 

 エウロといったん別れたプラタ達は、歩きながら店を巡っては昼食を買い食いして回っていく。

 

 農耕のみならず……生きることに根付いた"食文化"についてもまた、シップスクラーク財団は(ちから)を注いでいる部分である。

 より高品質で安定した素材の大量生産および製造環境や、適切な輸送と流通、実際に調理するレシピまで含めて──

 

(うま)っ……美味(うめ)っ……!!」

「ちょっとカッファ、もうちょっと落ち着いて食べなよ。お里が知れるってやつだよ」

「だってよぉケイ、こんなの全身全霊で味わわなくちゃ失礼ってもんじゃ──っと」

 

 カッファはケイの(ほう)へ顔を向けたまま、脇道から現れた人とぶつからないように避ける。

 

「失礼、お姉さ……お兄さん?」

「あっ!」

「あら」

「……?」

 

 一瞬女性かと見紛(みまが)ったその人物の顔を見て、言いかえたカッファ。思い当たって声をあげたケイ。

 カッファ観察するように目を細めた緑髪の男。そのすぐ後ろから疑問符を浮かべた金髪の女性。

 

 

「わーい一個おまけしてもらっちゃ──って、"ナイアブ"先輩に"ニア"先輩!」

 

 そしてすぐに追いついたプラタが、一堂に会している新たな先輩二人の名前を呼んだのだった。



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#341 領都ゲアッセブルクII

「"ナイアブ"先輩に"ニア"先輩! 昨日振りです!」

 

「プラタちゃんもいたのね。それにしてもケイちゃんとカッファくんは久しぶりねぇ」

「どもです!」

「いつ以来でしょうかぁ」

 

 カッファはピシッと姿勢を正し、ケイは懐かむ表情を浮かべ、ナイアブはすぐに気を回すように一歩下がって隣にいたニアの背をポンッと叩く。

 

「そうそう、紹介するわね。こっちが──」

「知っているわ、ボルド家のケイと幼馴染のカッファ」

「あら? 知ってたの?」

「インメル領会戦の祝勝会で一度、ね」

 

 戦争中においては前線へ助っ人参戦したケイらと、後方で補給を担当していたニアがかち合うことはなかったものの……。

 しかしながら戦後のささやかな祝勝会の席において、わずかばかりの交流があったのだった。

 

 

「あ! あー……?」

「ん……ぅ~ん」

 

 どうにか思い出そうと頭をひねるカッファとケイであったが、いまいちピンときていない。

 

「別に覚えてなくても無理ないし構わないわ、あの時は結構な人数がいたし」

「でもあなたのほうは覚えていたのねェ、ニアちゃん?」

「華々しい戦果をあげて目立っていたし……それに取引や客商売において、人の顔と名前を覚えるのは基本だから」

「そうねェ……ワタシも職業柄、少なくとも人の特徴は忘れないわね」

 

 フフッと笑うナイアブに、恐縮した様子のケイとカッファは揃って頭を下げる。

 

「えっと、おれ……物覚え悪いほうでごめんなさい!」

「わたしも──でももう忘れません、ニア先輩!」

 

「えぇ、ディミウム商会として手広く商売をやっているから機会があればご贔屓(ひいき)に。一応は先輩として、少しくらいは都合をつけさせてもらうから」

「それってとっても助かります! ボルド領もこれから入り用なことも増えてくると思いますので」

 

 話が一段落したところで、プラタ全員の(あいだ)を横切って前に出る。

 

「それじゃまとまったところでみんなで食い歩きましょうか! なんだか闘技祭の前日祭を思い出しますね」

 

 

 

 

 プラタとケイとカッファ、さらにナイアブとニアを連れ立った一団は樹幹通りを歩いていく。

 

「ワタシたちは食べると言っても少しだけよ。この後が控えてるからね」

「あれっ、もしかして何か予定ありました?」

「予約しているお店があってね、それまでにお腹いっぱいになっちゃもったいないわ」

 

 ナイアブはプラタの白金糸に大量に下げられたフード類を見ながら、やんわりと言う。

 

「あっ──もしかして"記念"ですか? わたしたちとんだお邪魔を……?」

 

「気にしなくていいわプラタ。ナイアブ(かれ)が勝手に言っているだけで、個人的には不要だと思っているから」

「あらぁニアちゃん、記念日は大切よ。少しでもマンネリを緩和して、新しい刺激を求めなくっちゃ」

「今さらそんなことを気に掛けるような間柄でもないし」

 

 

 澄ました顔でそう口にするニアであったが、カプランから人心掌握術を習っているプラタから見ると……嬉しさが滲み出ているのが見て取れた。

 

「あのぉ~つかぬことをお伺いしてもいいですか?」

「なんでも聞いて、ケイちゃん」

「はい……ナイアブ先輩とニア先輩って……その、お付き合いしているんですか?」

 

「ンンー?、付き合ってるって言うかぁ」

「……"誓約"済みよ、一応ね」

 

 思わせぶりに引っ張ろうとしたナイアブに被せるように、ニアが淡々と事実を述べた。

 

「わぁ! そうだったんですか!」

「記念ってそーゆーこと?」

「そ・う・い・う・こ・と。ちょうど一季記念だから、評判のお店で特別な注文をね」

 

 多様性に富んだ食文化はここ領都でも重要となる観光資源であり、専門の店もまだ少ないながらも営業している。

 

 

「誓約式はささやかでしたけど、すっごい素敵でしたよね!」

「わざわざ"マギエンス神殿"を使わせてもらったから、ささやかとは言えなかったわ」

「でもわたしもいつか素敵な人と出会えたら、お手本にしたかったです」

「……そう。その時は手配の一切(いっさい)を取り仕切らせてもらおうかしら」

「ワタシもデザインを請け負ってあげるわ」

 

「ぜひ!」

 

 プラタは人懐っこくニアへの距離を詰めつつ、ソーダ水を煽るように飲んでから口を開く。

 

「学園じゃコッチを行ったり来たり、会長職のほうも忙しかったのもあって(えん)が恵まれないなー」

「なぁなぁプラタ、おれは?」

 

 何の気なしの発言に対し、カッファがズズイっと前に出る。

 

「カッファはともだちー」

「だよねー、ケイは?」

 

「えっ……カッファはカッファでしょ?」

「だよなー、おれもケイはケイだわ」

 

 

 そんな応酬を展開する三人を微笑ましく見つめながら、ナイアブは語る。

 

「これでもねぇ、学園生時代には色々とあったのよォ。でも今はなんて言うか……特に劇的なこともなく、納まるところに納まったという感じ──元鞘(もとさや)ってやつね」

「学園生時代のあなたとだったら、こうなってはいないけど」

「あら手厳しい。でもそうでしょうね、あのまま落伍者(カボチャ)だったら今のワタシもない。まっアレはアレで貴重な経験だったけど」

 

 表現の為の色を求め、毒物などにも手を出したが思うようにいかず、情熱も失われ、中途で何もかも投げ出してしまった。

 それでも学園にはしがみつき、フラウやキャシーのような者達の受け皿となり、その間もニアは努力し続け──そしてベイリルと出会った。

 

 創部されたフリーマギエンス員として、知識に触れ、数多くの人と出会い……大いに刺激を受け、また情熱を取り戻すことができたのだった。

 

「なぁなぁ、先輩たちが在学してた頃の学園ってどう? だったんですか?」

「あ、わたしもそれ気になります」

「そうねぇ、ワタシたちがまだ入学したてだった時は──」

 

 

 ナイアブとニアの思い出話を咲かせながら、しばらくして5人は樹幹通りから一つの枝道へと入っていくと……プラタは目的地がどこかを察して声をあげる。

 

「あーっわかりました、"龍水の(いおり)"だ! ワーム海じゃなくって"外海"の新鮮な(・・・)海産物が食べれる料理店、あそこ美味しいですよね! 地下の全面ガラス張りの巨大水槽に囲まれて食べるの楽しいんですよ」

 

「あら、正解。冷凍や冷蔵じゃなく、さっきまで泳いでたのを(さば)いてくれるのがウリのお店。さすがプラタちゃんは街のことはよくわかっているわねェ、ワタシのつ・ぎ・に」

 

 "外海"は大陸最東端──極東とを挟む海域のことで、保存を考えると王国や連邦東部の港町でないとなかなかお目に掛かれない食材である。

 

 さしあたって行く場所を知ったニアは、やや不満そうな表情を隠さずにつぶやく。

 

「……わたしが関わっていない輸送経路(ルート)で仕入れている店、ね」

「もうっ、そう言わないの。既知よりも"未知を楽しむ"のが、ワタシたちの本分でしょうよ」

「産地が知れているほうが安心できるから」

「細かい産地は知らなくても、"経営者"のことは知ってるし信頼できるでしょうよ。()()()()()()()なんだから」

 

 ナイアブがそう口にしたところで、"極東本土"の意匠が凝らされ、ややこぢんまりとした店へと到着する。

 

 

「そっおぉーーーなのよ、もう! あははははっ!」

 

 ──と、店先に設けられた休憩処のようなスペースにて、談笑に(ふけ)る者達の姿があったのだった。

 

 



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#342 領都ゲアッセブルク III

 

「ふむ、それで──その水をなみなみと注いだ赤い洗濯(オケ)を頭に乗せた男とやらの(ほう)はどうしたんかね」

「えぇえぇはいはい実はそこからがさらに面白い話で、なんとですねぇ……」

 

 "龍水の庵"の敷地に設置された休憩スポットには、年齢が顔に出始めた女性と、帽子を目深にかぶった老婆が話していた。

 その少し離れた脇には黒髪を流す若い男が立っていて、大きな声で話している女性が、話し途中で一行に気付く。

 

「あら? あらアララっおーいちょっとぉ、ここよココ~!」

 

 特に約束をしていたわけでもなく、たまたま遭遇したにすぎなかったが……女性はまるで最初からそのつもりだったように手を振る。

 そうしてプラタが軽やかにステップを踏むように数歩先んじ、距離を詰めてピタッと止まる。

 

 

「"アマーリ"さん、どーもですー!」

「昨日も今日も、きっと明日もプラタは元気が良いわねぇ。うちの子たちやエウロくんにも見習わせたいわぁ」

 

 座ったまま喋るのはセミロングの茶髪に、やや丸みのある体型(シルエット)を帯びた……サイジック領"司法尚書(しほうしょうしょ)"アマーリ。

 彼女はサイジック領の運営と、シップスクラーク財団とフリーマギエンスにまつわる、多種多様で独自な新領法の制定に関わる人材であった。

 帝国法に精通し、サイジック領内における法を取り仕切る"法務官"も兼任している。

 

「アマーリさんは誰とお話してたんで──って、"フリーダ"おばあちゃん!?」

「おう、プラタや。久し振りよの」

 

 

 はたして老婆の(ほう)は、帝国東部総督たる"フリーダ・ユーバシャール"その人であった。

 

 実務の上では帝国宰相よりも位は下になるものの、東部方面の軍事をも(つかさど)る為、実効権力は帝王に次ぐとされる四総督の一人。

 その中でも特に領域が広い東部と北部の総督は、発言一つで他国に大きな影響を与える存在でもある。

 

「ふんふんなるほど……アマーリさんって、フリーダおばあちゃんと仲良かったんだ?」

「そうなのよぉ、最初は領地法のすり合わせの為に会ったのだけど……聞けばうちの(ひい)お爺ちゃんと昔イロイロとあったらしくってねぇ。それから仲良くさせてもらってるのよ」

「あたしゃもゆったりと本音を話せる相手が欲しかったから、彼女は丁度良かったんね」

 

「そっかぁ、じゃあ今度は女三人でどこか行きたいね!」

「あらっいいわねぇ」

「悪くないのう」

 

 ニコニコと笑顔を絶やさないアマーリに、フリーダもまんざらでもない様子を見せる。

 

 

「ところでお婆ちゃん、来るのは明日の朝って聞いてたけど……もしかして早めの査察とか?」

「ははっそんなところよ、この()で見んことには始まらんからのう。一応軽く顔を隠しとったんじゃが、アマーリには目ざとく見つかってしまってな」

「言ってくれてれば、わたしも案内したのにぃ」

 

「それでは抜き打ちにならん。プラタはあれからちゃんと励んでおるかいね」

「うん!」

 

 プラタはそんな帝国における大人物(だいじんぶつ)にも、人懐(ひとなつ)っこく──まるで祖母と(まご)であるかのように接する。

 体面上は旧インメル領主が認知していなかった庶子という設定(・・)で──新サイジック領の当主として、上に立っているプラタ・インメル。

 

 ゆえに東部総督フリーダとは政務上、席を交えることが何度もあり、その際に領地運営に関しても様々な助言(アドバイス)や教えを受けていたのだった。

 

「総督補佐もお久し振りです」

 

 脇に控えていた男に対して、プラタはフリーダ相手とは違ってしっかりとした所作でもって一礼する。

 やや細身に見えるが引き締まった長身に、帝王の血族たる特徴の一つである混じり気のない黒髪。

 しかし東部総督補佐"アレクシス・レーヴェンタール"は一瞥(いちべつ)し、聞こえるか聞こえないかほどにフンッと鼻を鳴らすだけであった。

 

 

「これ、アレクシスや」 

「公の席でなく私的な用の場にて、落とし子相手に尽くす礼などありません」

 

 フリーダが(たしな)めてくることを予期していたアレクシスは、みなまで言われる前に抗弁するかのように述べた。

 

「まったく、いつまでも融通の利かぬ男よのう」

「ですから私などを連れてくる必要はなかったのです」

「護衛がわりじゃよ」

「護衛などいらないでしょうに」

 

「そりゃ口実よ、おんしも上に立つ者として今少し世間を知るべきじゃて」

「陛下を見るにその必要性を感じえません」

「ふむ……それは道理よの」

 

 市井(しせい)のことなど気にせず戦争を繰り返しながらも──統治ができている戦帝を引き合いに出されては、フリーダとて前言をあっさりと(ひるがえ)さざるをえなかった。

 

「とにかく私のことなど構われず、総督は自由になされよ」

 

 

「そうさせてもらおう。で、そちらさんらはプラタの学友かい」

「あっちのケイ・ボルドとカッファはそうだよ。こちらのナイアブさんとニアさんは卒業した先輩なの」

 

 紹介された名前の一つにわずかに眉を動かしたフリーダは、その人物を見つめる。

 

「ほう……ナイアブと言うんは聞きし名よ──評判の芸術家だったのう」

「東部総督さまのお耳に入っているとは光栄です」

 

 ナイアブは(みやび)やかさを内包した所作と共に、プラタよりも完璧な一礼をしてみせる。

 

「ふむ、どこに行けばおんしの作品が見られる? なんでもこの街には"美術館"もあると聞いたが」

「美術館であればココからそう遠くはありませんが、ワタシの作品は収蔵されておりません」

「そうなんかい、あたしゃが知る限り美術家っちゅーもんは偏屈なのも多い……おんしも何かしら信条でもあるんかいの?」

 

「ワタシは、人の持ち得るありとあらゆる欲求を享受(きょうじゅ)しますから、特に強いこだわりと言ったものは持ち合わせていません」

「ではなにゆえか? まさか(おと)に聞こえるおんしが創る作品よりも、美術館にはさらに素晴らしい作品で溢れているというわけかい?」

 

 

 詰問(きつもん)でもしているかのようなやや強い口調に対し、ナイアブは何一つ(おくおく)することなく──威風堂々といった様子で答える。

 

「いいえ、違います。端的(たんてき)に申し上げますと──このゲアッセブルク(・・・・・・・)そのものが私の作品(・・・・・・・・・)だからです」

 

 その一言に数秒ほど呆気にとられたフリーダは、フッと笑って得心する。

 

「なるほどのう……ほんに驚かされることばかりじゃて。一日ぽっちじゃ到底見きれんわい」

 

 ゆっくりと立ち上がったフリーダは、ぐるりと首を回して()りをほぐす。

 

「食休みは十分、そろそろ行こうかいね。若い者らの邪魔をしてもいかん、あたしゃらがいるだけでどうしたって気は休まらんじゃろう」

「あらぁ、あたしはまだまだ若いですよぉ?」

「抜かせぃアマーリ、あと数年も経てばおんしもお婆ちゃんじゃ」

「いやですわもう、孫の顔は早く見たいですけどねぇ──」

 

「プラタや、また明日にな。わかっちょると思うがそん時は(わきま)えるよう」

「はい!」

 

 快活を全面に返事をしたプラタに満足気に(うなず)いたフリーダは、アマーリと共に歩いて行く。

 

 

 アレクシスも少し離れてそれに続き……そして去り際の男の視線が一人の少女──ケイ・ボルド──へと向けられた。

 ほんの刹那の内にのみ目と目が合ったケイは……アレクシスが視線を(はず)し、その姿が消えるまで、追う瞳を()らすことができなかった。

 

「……? どうしたよケイ?」

「う~ん──なんでもない、多分」

「はあ? な~に言ってんだ」

「あの人……うん、なんとなくね」

「惚れた?」

「そういうんじゃなくて──まぁいいや」

 

 カッファは首をかしげたまま、ケイは一抹(いちまつ)の思いを飲み込み──二人は店の入口で手を振っているプラタの元へと合流するのだった。

 



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#343 ゲアッセブルク港

 

 ──領港・"アルセナーレ・ディ・ゲアッセブルク"──

 

 そこはワーム海上交易の中心地としての賑わいがあり、またサイジック領を支える水運の(かなめ)でもある。

 さらに分業と"大量生産"に重きを置いた造船所を主として、武器・兵器庫を併設し、海防における軍事拠点としても機能する。

 またその他の開発施設も備えていて、港だけでも独立した大きな街と思えるほどの活気と威容を誇るのであった。

 

 そんな利便性を追求されて建造されている港の一画には巨大なガレオン船が停泊し、せっせと荷積みが(おこな)われていた。

 そのすぐ近くには灰色の帆をたたんだ船があり、男一人と女二人──のんびりと会話する姿があった。

 

 

「──つーかさぁ、おっさんが抜けたあとって代わりいんの?」

 

 そう問うたのは、長く赤い猫っ毛を甲板上に広げて青空を(あお)ぐ"雷音"キャシー。

 

「問題ない、優秀な補佐がいる。なんなら全部を任せても良いくらいにな」

 

 答えるは研ぎ澄まされた筋骨に艶のある白髪、尻尾のみで体を支えて座る"白き流星の剣虎"バルゥ。

 

「へーーーそんな奴いたんだ」

「名を"ポーラ"、オマエも一度会っている──」

「聞き覚えねーや」

「バリスの娘の一人である猫人族だ」

 

 言われてキャシーは頭の中に浮かべた獣人族から思い当たったのを見つける。

 

「あ~~~わかった、最初にアタシらを囲んで絡んできたアイツか。バルゥのおっさんがぶちのめしたヤツ、ってか外征組じゃなくて領民側(こっち)に残ってたんか」

「彼女にも色々と思うところがあったようでな……だが結果的に助かっている。彼女は闘争(いくさ)よりも内務の才に恵まれているようだ」

 

 

 上体を起こしてふんぞり返った体勢のキャシーは、ニヤリとバルゥへと笑い掛ける。

 

「なるほどね、おっさんの(ほう)はどうなん?」

「悪くはない……が、そればかりでは肉体(からだ)はともかく感覚がどうにも(なま)ってしまうからな。今回の誘いはオレにとって渡りに船というやつだ」

 

「ハハッ、だよなー。おっさんに内勤なんて似合わねーもん」

「まったく、歯に衣着せぬ失礼なヤツだ。オレとてそこそこ楽しんでやっているのだが……」

(ガラ)にもねー。その点、"ソディア"は満喫してんだろ?」

 

 キャシーは少し離れたところで、潮風を一身に受けている海色の瞳をした少女へと声を掛ける。

 

 

「うちに話を振らなくていーし」

 

 エメラルドブルーの髪をなびかせる"嵐の踊り子"ソディア・ナトゥールは、半眼で遠慮のないキャシーを見つめた。

 

「いいじゃんか、これでも感謝してんだぜ? 二つ返事で受けてくれて、ほんとあんがとな」

「っ……別に、その──うちも誘ってくれて嬉しかったし」

 

 思わぬ返答にキャシーとバルゥは顔を見合わせると、ハモらせて言葉にする。

 

『素直だな』

「うっさいし!」

 

 ぷいっと腕を組んでソッポを向くソディアに対し、なだめるようにキャシーは口を開く。

 

「はははっでも意外だったよ、正直なところ無理やりにでも連れてこうと思ってたかんな」

「ま~たとんでもないこと言い出しやがったし、キャシー(こいつ)

「だってソディア(おまえ)なら、海から離れたくないとか言い出しそうじゃん?」

 

 

 ソディアはキャシーの一言に、これみよがしに溜息を吐く。

 

「はぁ~……どんな偏見だし。そもそも! うちが財団員になったのは未知に()かれたからで、これでも私掠船(しりゃくせん)業だけじゃなく幅広くいろいろやってるんだから」

「そうなん?」

「むしろここ最近は(おか)と海とで半々くらいだし」

「じゃっもう遠慮しないわ」

「最初からまったくしてた様子ないけど!?」

 

 思わず突っ込まずにはいられなかったソディアに、バルゥはいたって慣れた様子で(たず)ねる。

 

「ふむ、ソディアも長期的に抜けることになるが……問題ないのか?」

「うちにも有能な副長がいるから大丈夫。今も迷宮攻略(ダンジョンアタック)の為の物資積み込みを一手にやってくれてるのがそうだし」

 

 

「ほーん、じゃあオマエ()()()()なわけか」

「言葉選び!! ──でも実際のとこ事実でもある。昔っから律儀に仕えてくれてるみんなは、うちよりも優れた水兵ばかりだし」

 

 ソディア率いるナトゥール海賊団は、苛烈だった祖父母の代から続く(キズナ)によって結ばれている。

 しかして構成している海賊達も、単なる義理人情だけで従っているというわけではない。

 

 天賦(てんぷ)の才とも言えるソディアの海読みと、ワーム海に限定ながらも天候操作魔術。

 まるで老練極まる戦略視と戦術眼、その卓越した用兵術に全幅の信頼を置いているゆえ。

 海戦において無敗を誇るソディアの灰零番艦と七色の直衛艦隊は、かつて築き上げた海賊団の勇名をさらに高めるに至ったのだった。

 

 

「まっ安心しろって、迷宮攻略にはソディアの小賢しさがアタシらには必要だかんな、おまえはいる子(・・・)だよ」

「うっさい、別に不安がってもないし」

「頭脳労働担当がいないと、あるいは詰みかねん。オレも迷宮では幾度となく足止めされて、無駄な徒労を()いられたことか」

 

「……ちゃんと守護(まも)ってよね、うちは海じゃなきゃそこまでじゃないし」

「あーアタシはそういうのムリ。攻め一辺倒でそういう戦型(スタイル)じゃねえし」

「オレも守る闘争は不得手だ」

 

「ちょっとッ──!!」

 

「まぁよ、フラウの(そば)にいりゃあ大丈夫だって。それと()()()()()()の後ろでもな──」

 

 

 キャシーはパチッと小さく弾ける音と共に立ち上がり、その視線の先にはプラタとケイとカッファが仲良く歩いてきていた。

 

「もしかしてあれが残りの攻略メンバー……? 若っ!」

「いやいやソディア(おまえの)が最年少じゃね? まっとにかく、あの向かって右側のケイの近くにいても安全だ」

 

 キャシーはベイリルの(げん)に触発されて、わざわざ学園まで一度出向いてケイ・ボルドに闘争をかましたことがあった。

 ゆえにその無双二刀の()えを、骨身に染みて理解(わか)らされて、迷宮攻略に相応しいと納得するに至ったのだった。

 

「インメル領会戦の時にも見た娘か……確認する前からよく気付いたな、キャシー」

「ん? あぁ、電磁波レーダーってのでね。索敵(さくてき)ならおっさんにも負ける気しないぜ」

 

 キャシーは不敵に笑って、プラタらを誘導するように両手を大きく振る。

 

「本当ならジェーンもいりゃぁ良かったんだけど、結唱会や音楽もあるっつーんで……残念だわ」

 

 加えてベイリルもハルミアもいないものの、特段の(うれ)いはキャシーにはなかった。

 

 

「どーもー! キャシー先輩! バルゥ総督! ソディア首領! "セイラー灯台"にも登ってたんでぇ……お待たせしちゃいましたか?」

「ようプラタ、()が落ちてなきゃいつでも問題ないさ。ケイとカッファも学園ぶりだな」

 

「はい! お久しぶりですキャシー先輩、このたびは迷宮攻略にお誘いくださってありがとうございます!」

「うっす! おれも精一杯がんばります! めっちゃ楽しみ!」

 

 以前とは比べ物にならないほど強度を上げたキャシーとフラウ。そこに同等以上の強度を誇るバルゥとケイ・ボルド。

 ギミック担当のソディアと、小器用なプラタとカッファ。さらに潤沢な物資と、回復・活性用のスライムカプセル。

 何よりも黄竜由来超伝導物質(エレクタルサイト)を使った"TEK装備"もあるので、十分すぎるほどの勝算で迷宮に挑むことができる。

 

 本来の予定よりはだいぶ延び延びになってしまったものの、そのおかげで万全な準備をもって臨むことができるようになった。

 

 

「──バルゥだ、オレがどんな人間かは……おいおい語っていこう。時間はたっぷりあるからな」

「……ソディア、ソディア・ナトゥール。いちお海賊。ケイって人、わたしをよろしく守ってね」

「え? あっはい、よくわからないですけど、よろしく頼まれましたケイ・ボルドです。お見知りおきを」

「カッファっす! みなさんよりは数段劣るんで、雑用でもなんでも!」

「はーい! プラタ! わたしもなんでもやるよ~、クロアーネさん直伝の料理とかも!」

 

 一通り自己紹介を終えたところで、キャシーは船から飛び降りる。

 

「じゃっまっ顔見せくらいにしか考えてなかったけど、なんかやりたいこととかあっか?」

「無論、実力を見ること」

 

 続いて着地したバルゥが、キョトンとするケイを身長差から興味深そうに見下ろす形になっていた。

 

 

「なるほど、お手合わせですね」

「アタシも混ぜろよ」

 

 スッスッと二本の魔鋼剣を腰元から抜いたケイはくるくると刃を回し、横にいるキャシーの髪の毛が電気によって逆立っていく。

 

「それは別に構わんが、本気でやれば港がなくなる……軽くだ、あくまで軽く」

「わかってるって」

「軽くですね、了解です」

 

 バルゥ、ケイ、キャシーの勝手に盛り上がる三人を他所に、船に残ったままのソディアは海に向かって溜息を投げる。

 

「はぁ……闘争狂ってすーぐこれだし」

 

 口にした(こと)()が潮風にまぎれるよりも先に、ソディアの華奢な体は衝撃による余波によって吹き飛ばされるのであった。

 

 



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#344 燻銀と魔神

 

 ──"アレキサンドライト図書館"・禁書庫──

 

 絢爛豪華な叡智の集積所たる、領都唯一にして最大のアレキサンドライト図書館……その裏にある秘密の姿。

 

 ゲアッセブルク領都において最も深き場所にあり、魔導科学の粋を凝らした場所。

 特定の手順を知らねば、見つけることのできない隠し扉。強固な材質と厚みの壁によって隔絶された区画。

 いくつかの段階的な生体・魔力認証が待ち構えており、無理に通らば多重魔術結界によって焼かれてしまう。

 

 厳重に隠され守られた禁書庫には、一般には閲覧を許可すべきではない、希少価値の高い本。また魔術具として作られた、特異な性質を持った書物。

 まだ公開されてない未来の特許(パテント)。非常に高度で秘匿すべき情報群。あるいは決して表には出せない財団の記録などが収蔵されている。

 

 財団員でもこの場所の存在を知る者は十数人であり、それは同時に禁書庫に立ち入ることが許されている人数である。

 さらに自由に出入りが許されているのはわずかに5人のみで、他の者はいずれかの者と同伴することでしか入ることができない。

 

 

 そんな数少ないフリーアクセス権を持ち、シップスクラーク財団内で実際的な最上級幹部(トップスリー)である"読心"の魔導師。

 "燻銀"ことシールフ・アルグロスは、くすんだ銀色の髪を揺らしながら"神族大隔世(せんぞがえり)"した黄金色の瞳を見開く。

 

「あれっ、"エイル"……? 誰と来てたの?」

「いいえ(わたくし)は、シールフ(あなた)としか来ていませんよ」

 

 室内にてそうあっさりと返答したのは、薄赤い長髪をくりくりと指で巻きながら本を読み(ふけ)っていた"魔神"エイル・ゴウンであった。

 皇国大監獄の忘れ去られた領域にて眠っていた元皇国の司教位にして、"神器"と呼ばれる魔力容量に優れた、神族と魔族のハーフ。

 

 

「それってもしかして、帰らないままずぅ~っとココに居たってこと? もう十日振りくらいなんだけど……」

 

 禁書庫には緊急時のシェルターといった役割はなく、ただ知識の保存という点においてのみ環境が構築されている。

 太陽光は遮断され魔術具でわずかに照らされるのみ、空気も最低限の換気のみで湿気を抑制し、飲食物の持ち込みも当然禁止されている。

 

「もうそんなに()ちましたか、いささか没頭しすぎていたようです。もっとも(わたくし)は寝食の必要のない体ですので」

 

 自らの死体を傀儡として操る魔導師にして、現在は失伝してしまっている魔術方陣の行使手。

 魔力さえあれば半永久的に動かし続けられる、不滅ではないが不老不死を体現した存在。

 

 

「にしたって、時間感覚まで消え失せすぎでしょ」

「大監獄で過ごした時間を思えば……。しかし心配させてもいけないですから、伝言は残しておくべきでしたね」

「いやまぁもうそれには及ばない、たった今もう私が知ったから。ドコにもいなかったらココだってね」

 

 シールフは禁書庫の(すみ)(もう)けられた小さい机──エイルの対面へと座って足を組む。

 

「……? シールフは何か資料を探しに来たのではないのですか?」

「うん、そうだけどね。別に()いてるわけじゃないし、エイルが何読んでるのかな~? ってさ」

 

 そう言ってシールフは()()()()()()()()が開いている蔵書のタイトルを、薄暗がりの中で目を細めて読み取る。

 

「ふんふん……魔法学体系、"ガスパール"著」

「魔法だけでなく、現代の魔術と魔導についても非常によく研究されている──なかなか興味深い本です」

「ガスパール、ね。あれじゃん、あれじゃん、ゲイルと組んでた人」

「そうなのですか? 組んでいたとは?」

 

 

「ゲイル・オーラムがまだ若い頃に、ワーム迷宮(ダンジョン)を制覇した時があったんよ」

「ははぁ~」

「"帝国の盾"オラーフ・ノイエンドルフを筆頭に、当時はまだ一介の魔術士だった現"深焉(ふかみ)の魔導師"ガスパール、(のち)の"悠遠の聖騎士"ファウスティナと組んで、共和国の"大商人"エルメル・アルトマーが支援したの」

 

「初めて聞く名前ばかりです」

「あははっ、そりゃずっと大監獄に囚われてたんじゃねぇ~え?」

 

 エイル・ゴウンは、シールフ・アルグロスにとって──出会って短いものの、数百年を生きる年齢の近い対等(・・)な友人となっていた。

 

 ベイリルが大監獄から解放し、是非とも(ちから)を貸してくれと打診をされたエイル。

 彼女の最大の望みは、ひとえに息子ともう一度……記憶の中だけでも会うことだった。

 

 しかしシールフは──"竜越貴人"アイトエルに続いて二人目の──自らの読心が通じない相手と出会ったのだった。

 

 

(さかのぼ)って覚えるのも大変です。その点、シールフは記憶の専門家で羨ましいです」

「そんなイイことばかりでもないけど……昔は本当に苦労したんだから」

 

 魔導と魔導、濃い魔力同士は互いに干渉し合う。

 

 神族大隔世し、年季の入ったシールフの魔導をもってしても……神器と呼ばれ、同じ年季の入ったエイルの魔力を塗り変えることはできなかった。

 仮にスライムカプセルなどで一時的にドーピングを施したとしても、自らの遺体を傀儡化させているエイルの魔導に干渉できたとして。

 それはすなわちエイルの魔導が解けて、彼女が死体と変わってしまうということに他ならない。

 

 結果としてシールフは思考を読むことができず、彼女の記憶世界にて思い出を発掘・再生させることも無理だったのだった。

 しかしだからこそシールフ・アルグロスにとっては、唯一エイル・ゴウンは知ろうする必要があり、駆け引きでもって語り合える間柄となりえた。

 

 

「忘れられない、と言うのもまた難儀なものですね」

「いやぁ忘れようと思えば消せないこともないけど……自分自身を形作ってるのが記憶な以上、それって死ぬことと同義だし?」

 

 一方でエイル・ゴウンとしては……記憶の中でしか過ぎなくとも、息子との思い出に浸ることができなかったのは非常に残念なところであった。

 とはいえ他に頼れるアテもなく、救い出してくれた恩義には(むく)いるべきであり、なによりもシップスクラーク財団に"可能性"を見出すことができた。

 

 この新たな場所でなら、さらなる進化の階段を昇ることができる。シールフのような者と一緒ならば、お互いを高め合うことができると。

 

(わたくし)にとって"死"はとても身近なものでしたが」

「……なに、過去形?」

「今はとても前向きでいられてます。死んでいても、"生"を実感することができている」

 

 エイルはパタッと本を閉じると、呼吸する必要がなくともゆっくりと息を吸い──そして吐き出した。

 

 

「かつて探究者だった頃の自分を思い出す……世界を()ることが、とても、楽しい」

「私にはそこまでの情熱(パッション)はもう無いかなぁ」

「"シールフ(あなた)だけの目的"の為でも、ですか?」

 

 心が読めない。それゆえに虚を突かれるなど、一体いつ振りになろうかという心地で……シールフは目を見開いてから細める。

 

ベイリル(あいつ)め、喋りおったか」

「シールフは"異界渡航"をしたいそうですね? 彼はその理由までは教えてくれませんでしたが」

「あーーー……うん、ちょっとね。"気になる物語"があるというかなんというか」

 

 シールフがベイリルに協力し、財団で働く理由──同時にテクノロジーの進歩でも実現可能かどうかは未知数であり、半ば諦めている部分もある夢想。

 

 それこそが"現代地球(アステラ)へと(おもむ)く"こと。

 そして……転生者ベイリルの記憶に埋蔵されていた、"大量の娯楽物の展開と最終回が気になるのでこの眼で見たい"ということだった。

 

 

「そもそも別の世界がある、というのが(わたくし)には(にわ)かに信じられませんが……」

ある(・・)よ、それは間違いない。かつて頂竜たちも新天地を目指して、この世界から飛び立ったっていう話だしね」

 

 地球(アステラ)へ行って、またこちらへ帰って来られるのが、シールフが望む大前提。

 その実現の為に必要な魔導科学──能力と、知識と、技術と、資産と、労力と──考えるだけで途方に暮れる。

 

(わたくし)で良ければ、お手伝いしますよ」

「ありがとエイル──そっかぁ、うん。私も昔は……うんうん、少しだけ気合入れっかあ!!」

 

 読心の魔導師は数瞬で己の記憶と想いを整理し、久しく忘れていた感情を揺らしてギュッと拳を握り締めた。

 果報は寝て待つのではない……財団員の誰もが未来(まえ)へと歩んでいるのだから、自分だけが足踏みをしてはいられないと──

 

 



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#345 会合

 

 

 ──複合政庁・賓客用応接間──

 

 "サイジック領主"プラタ・インメル、"内務尚書"カプラン、"シップスクラーク財団総帥"リーベ・セイラー。

 "帝国東部総督"フリーダ・ユーバシャール。"東部総督補佐"アレクシス・レーヴェンタール。"総督付き書記官"の計6人がその場に座る。

 

 資料の山に目を(とお)し終えたフリーダは、テーブルの上にある紅茶を一啜(ひとすす)りした。

 

 

「あたしゃも東部総督をやってそれなりに()ち、今までにも所領まわりでは骨を折ってきたもんじゃが……ここまで整然としたのは初めてよ」

「はいフリーダ総督、優秀な方々(かたがた)に支えられています」

 

 公式の場ということもあって、プラタは礼儀をもって発言をする。

 

「今のところ文句のつけようがない……が、それでも()えて提言するならばあまりに清廉で洗練されすぎているということじゃな」

「──と、申されますと?」

 

 カプランは不穏な口調に対しても柔和な姿勢を崩さない。

 

「実際に見て回った上でも、(はな)の帝都にも勝る絢爛(けんらん)さが随所に見られた」

「ありがとうございます。それも特区指定をいただき、復興するにあたって多くの権利を頂いたからに他なりません」

 

 戦傷(いくさきず)を隠す仮面を(かぶ)り、魔導師リーベ・セイラーに(ふん)したベイリル(おれ)は、差し障りない言葉を選んで言った。

 

「はっきりと口にしてしまえば、薄気味悪く、薄ら寒く……脅威(・・)と言ってもよかろ。ここまで周到なのは今までにない。おそらくは叩いて出る(ほこり)もないじゃろう、今のところはの」

 

 フリーダはその発言がこの場でどういう意味を持つのか、彼女は承知した上で言い切った。

 

「東部総督としてのあたしゃの裁量はとかく大きい。しかしのう……中央からこちらに便宜(べんぎ)(はか)るようにと、根回しがされておった」

 

 

 情報は(ちから)にして武器であり、人脈(コネクション)を産み出す為の道具でもある。

 冒険者ギルドが保有する権利が国家をまたいで広範に渡るのは、"使いツバメ"という伝達手段を広めたからに他ならない。

 

 ゆえにシップスクラーク財団は数多く手掛ける事業の一つとして──使いツバメ業──そのパイの一部を奪い取った。

 いつ、どこで、だれが、どこの、だれに、いつまでに、情報をやり取りするのか……その流れを把握するということ。

 時に機密情報すらやり取りする郵便業を掌握するということは、あらゆる国や組織の首根っこを掴む行為に等しい。

 

 各地の物資の流通を知り、(ちまた)での目撃情報や、確度の低い風聞に至るまで、ありとあらゆる情報を統合し扱うということ。

 その気になれば情報伝達を遮断したり、あるいは捏造してコントロールすることで──もたらされる結果。

 

 

 安価な紙の大量生産という優位性を利用したことで、シップスクラーク財団は既に各国にも認知されつつある企業にまで育っている。

 そして情報を惜しみなく使って形成された人脈は、各国に小さくない影響を与えるにまで至っていたのだった。

 

「やはり"異質"の一言に尽きようて。本来であれば突っ込んで調べたいところじゃが……あいにくと()()()()()

 

 サイジック領とシップスクラーク財団が異質であることを理解し、危惧を(いだ)いた上で、はっきりと正面から警告をしてきたフリーダは──どうしたって油断ならない。

 

(しかし……全容がまったく見えていないのも事実)

 

 それも致し方ないことだった。いかに海千山千の知識者であろうと、未知の技術や知識に関して気付けと言うのは、(こく)というもの。

 財団内でも深く(たずさ)わる者以外には、大魔技師が残した魔術具文明を、他よりも上手く運用しているようにしか見えまい。

 

 

「いずれにしても帝国の(えき)になることは確実。そも特区制度とはこうした自由な統治を、本国が利用することであるからして」

 

 その気になれば併呑(へいどん)してしまえばいい、そんな軍事国家らしい腹積(はらづ)もりなのだろう。

 たしかにサイジック領は帝国本国に対して叛意(はんい)ありと受け取られない為に、保有する軍事力は低い──と見せかけるよう巧妙に仕向けてある。

 

(無論、帝国と正面切って戦えるわけじゃあがないが──)

 

 それでも見掛けよりは遥かに強固な軍事力を備え、局所戦と絡め手を使えば十分に打撃を与えて交渉を引き出せる程度には整えてある。

 

 

「じゃから警告はしても、あたしゃも強硬して反対する理由もない。腹に一物抱(いちもつかか)えた人間と仲良くするんも慣れたもんじゃて」

「一つよろしいでしょうか、フリーダ総督──」

 

 すると真剣な面持ちのカプランに、フリーダは流し目を送るような動きで睨むように細める。

 

「なんじゃいね」

「技術供与契約についても、書面に記載された内容に同意されるという形でご納得いただけたのでしょうか」

「"特許"、とかいうものじゃな。権利を守ることで、技術開発を活性化させる──まっやってみればええんじゃないかのう」

「結果として、帝国の利益よりも優先する場合があったとしてもですか?」

「ほおう……?」

 

 それははっきりと説明していない部分であり、逃げ道として有耶無耶(うやむや)にしていた部分であった。

 カプランが今この場であえて踏み込んだということは、つまるところフリーダの態度に対し、はっきりさせておくべきだと判断したのだろう。

 

 

「我々シップスクラーク財団はサイジック領に投資し、新たに本拠を置き、領内運営の一部も帝国の()(もと)で委託されております。しかし財団そのものは帝国に所属しているわけではございません」

「続けよ」

「我々の本質は"慈善"と"営利"の両面にあり、必要とあらば……たとえばまた疫病などに(おか)された地域があれば、我々は他国であっても支援を惜しまないということです」

「……まっそれくらいならええじゃろ。ただし情報は帝国にも渡す義務を負うがの」

「いいえ、そこに認識の相違があるのです。必ずしも我々がすべてを放出するとは限らないということをご留意いただきたい」

 

 顎に手を当てたフリーダの瞳の色が、興味深そうなそれへと変わる。

 

「まだ言い分がありよるか、最後まで聞こう」

「はい、そうして得た情報や──知識と技術についても、無制限に開放してしまえば秩序なき騒乱を生むということです。身の(たけ)に合わぬ過ぎた技術は身を滅ぼし、発展と進化の停滞を(まね)くことになります」

 

 知識とは積み重ねられた巨人である。

 個人とはその肩の上で、より広く、より遠く、より多くを見通してるだけに過ぎず、決して本人が大きくなったわけではないということ。

 己の()を知らなければ……無闇に高さを求めれば──容易(たやす)く踏み外し、墜落することもありえるがゆえに。

 

 

「そうならない為の特許であり、知的財産の保護制度なのです。そして特許によって、知識の交換や技術開発はより一層の活性化を見るようになっていくことでしょう。

 我々も自らを守る為に、またより良い事業の為に、帝国との利益供与と共同歩調を取る為にもそういった諸権利の保障──言質(げんち)として記録していただきたく存じます」

 

「それはつまり……秘匿した知識および技術の、独占を主張しゆうわけか」

「少し語弊(ごへい)があります。正しい知識と確かな技術がなければ、安易にお渡しすることはできかねるということです──」

 

 トントンッとフリーダは指で机を叩く。

 

「つまり?」

「相応の報酬でもって財団(こちら)から知識ある技術者を派遣させていただくか、あるいは帝国より技術者を派遣していただければこちらでお教えすることができます」

 

(なるほど、そういうことか……抜け目ないな)

 

 カプランがしれっと提案した内容に、オレは思わず心中で(うなず)いてしまっていた。

 

 こちらから大手振って帝国内部に技術者を派遣できるなら、それは単純に諜報要員を絡め手として配置できるということ。

 逆に向こうから派遣してくるのであれば、魔導科学(マギエンス)思想で染め上げて帝国に返還することで、潜在的内通者となりえる。

 

 

「ぬしゃあらはまっこと見上げた商売人よの。あいわかった、よかろ。今ここで手を引かれるほうが、帝国にとっちゃぁ不利益ゆえ」

「ではお認めいただくということで──」

「おうおう、二言はない。もしも度が過ぎるようなことがあれば……(こわ)すは(つく)るより(やす)し──のう? 言うてやれアレクシス」

 

 よっぽど釘を刺されていたのか、以前とは違って変に出しゃばることはなく、静かにしていた総督補佐アレクシスは一言(うなず)く。

 

「帝国に対して害意が見えるのならば叩き潰す、肝に命じておくことだ」

 

 淡々と、事実として述べられた帝王の血族の言葉。

 それこそが亜人や獣人をひとまとめに、人族が頂点として(おさ)める帝国の気質そのものと言わんばかりに。

 

 

(あいにくとシップスクラーク財団は、帝国が今まで併呑(へいどん)してきた連中とは一線を画すってこと、足をすくわれてから思い知ることになるさ)

 

 俺はアレクシスの威を涼しげに受け流しながら、心中でほくそ笑むのだった。



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#346 静謐の狩人 I

 

 ()は専用の調理場で料理を作る。

 

 "親愛なるクロアーネへ、明朝に多目的大技場(コロッセオ)にてオーラム殿(どの)に決闘を申し込んだので立会いをお願いしたい。ベイリルより"

 

(まったく……)

 

 手紙にはそれだけが書かれており、断る余地は与えられていないように思えた。

 サイジック領の式典も落ち着いたかと思えば(つか)()

 

「魔導師になったところで、ゲイル様に(いど)もうなどと……いささか調子に乗りすぎです」

「なぁに、くろー?」

「なんでもないですよ、ヤナギ。それが終わったら次はこっちを切ってください」

「わかった」

 

 素直なヤナギは並べられた野菜を、小さな包丁で切っていく。

 既に言葉も流暢(りゅうちょう)に喋り始め、メキメキと成長している実に教育のしがいのある優秀な子であった。

 

 

(オーラム様の分はともかく──)

 

 ベイリルの好きな料理も、好みの味付けも、既に熟知してしまっているのが何とも言えない気分にさせられる。

 だからせめてヤナギが切った多少なりと不揃いの具材で調理してやろうと、そんな他愛もないことをしたくなる。

 

(別にお弁当を頼まれたわけではないけれど……)

 

 ゲイル・オーラムがいて、さらにベイリルも揃うのならば用意しないわけにはいかなかった。

 揃ってテーブルについてくれたなら手間はないのだが、決闘をする手前そういうわけにもいかないだろう。

 

 よって早めに起き出して来たヤナギと一緒に、手慰(てなぐさ)みも同然に腕を振るう。

 

「私は私の仕事をするだけ、ですね」

「くろー、仕事、大事」

 

 ヤナギへと微笑みかけながら、私はいつも通り調理に没頭するのだった。

 

 

 

 

 ──サイジック領都郊外・"多目的大技場(コロッセオ)"──

 

 "ゲアッセブルク凱旋門"をくぐった先。まだ建築されたばかりで大々的に使われたことのない、その場所には──既に二人の男が入場していた。

 

「おはよう、クロアーネ。来てくれて嬉しいよ、今朝も綺麗だ」

 

「おはようございます、オーラム様」

「ふあ……あー、おはようクロアーネ」

 

 私は軽薄な灰銀髪のハーフエルフを無視して、主人へと挨拶する。しかしベイリルはそれも慣れたものだと、いつも通り何事もなく話を続ける。

 

「っていうか、ヤナギも連れてきたんだな」

「後学の為になるでしょう」

「勉強ぉー」

 

 隣に立つヤナギは、グッと小さな握り拳を天へと振り上げる。

 

 

「それと弁当も用意してくれてきたようで」

「一応は。……それで、なぜまたこのような決闘など──」

 

 するとぼんやりと空へと眺めていたゲイル・オーラムが、ポケットに手を突っ込んだままスッとベイリルの(ほう)を顔を向ける。

 

「それはボクちんも聞きたいねえェ。たま~の試合じゃなくって、改まった形での"決闘"なんて……もしかして初めてじゃないかァい?」

 

 私はその言葉に思わず眉をひそめる。オーラム様ですらベイリルの真意をまだ聞かされていないということに。

 

「くっははは、まぁ節目(ふしめ)ってやつです。クロアーネとオーラム殿(どの)と出会ってから、短くも長い道のり──ここまで大きな形になった」

「そうだねェ……かれこれ、もう七年くらいになるか。精神はともかく、肉体的には(おさな)かった夢想家も随分と大きくなったものだネ」

 

 

「恐縮です。それでですね、腕試しはもちろんですが──古来より一人の女性を複数の男が奪い合うのは、()()()()()慣例でしょう」

「……は?」

「んなぁるほど」

 

 私は呆れた声を発してからゆっくりと大きく溜息を吐く。

 

「帰ってもよろしいでしょうか」

「せっかくだから見て行きなよォ、クロアーネ。アレは覚悟を決めた男の()だ、無下に扱うことはないサ」

 

 主人にそう言われてしまっては私としてもこの場に留まるしかなく、確かにベイリルは真剣味を帯びた表情を浮かべている。

 

「まったく……もうすぐ一児の父にもなろうという男が、無謀なマネをするものです」

「心配ありがとう、クロアーネ。ってか、そこらへんしっかり把握してんのな?」

「私がハルミアの万全な栄養および献立(こんだて)管理しているのですから当然です」

「愚問だった」

 

 軽いやり取りもそこそこに、ゲイル・オーラムが絡みつくような本気の殺意をベイリルに叩き付けるも……彼はどこ吹く風といった様子で飄々(ひょうひょう)(かわ)す。

 かつてイアモン宗道団(しゅうどうだん)の本拠屋敷で、射竦(いすく)められ(おのの)いていた少年の姿はもはや無かった。

 いけ好かないのは相変わらずな部分も残るが、既に立派な一人の男として大成しているのだ。

 

 私は弁当を片手にヤナギを抱きかかえて観客席の(ほう)へと跳躍すると、ベイリルは声量いっぱいに叫ぶ。

 

「オーラム殿(どの)! 貴方の娘さんを俺にください!!」

「ワタシより弱い者に娘を守ることなどできはしない! 欲しければ越えてゆけ!! 奪い取れ!!」

 

 オーラム様は私のことを娘などと思ったことは一度もないはずだが……ノリノリの掛け合いをしつつ闘争が始まる──

 

 

「顕現せよ、我が守護天(しゅごてん)──果てなき空想(おもい)に誓いを込めて」

 

 ベイリルの詠唱と空撃(からう)ちされたトリガーが戦闘開始の合図。

 同時にポケットから両の手を抜いたゲイル・オーラムは、両腕を高速で()って金糸を展開する。

 

 そして直後には(にぶ)い鋼色の鎧を(まと)いし──幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)"ユークレイス"が、ベイリルの背後へと寄り添うように立っていた。

 

「ほっほーーー……そいつがキミの魔導か。あの時は上からチラっとだったけどようやくまともに見せてくれたネぇ、ベイリルぅ。てっきり出し惜しみするものかと思ってたヨ」

『誰であっても(きょう)だけで安易には見せませんが、本気の闘争となれば別ですから。これはオーラム殿(どの)の強さへの敬意でもあります』

 

 そんなベイリルの言葉に対して獰猛な(ケモノ)のような笑みを浮かべたゲイルは、腕を一振り──金糸群が空間を()く。

 既に逃げ場は消失し、決して()けられない。全方位を埋め尽くす金色の輝きが、ベイリルと影霊とをまとめて包み込んだ。

 

 

 ──しかし、生きている。ベイリルはまだ打ち倒されることなく。傷一つなく立っていた。

 

『空華夢想流・合戦礼法──(あは)せ四刀』

 

 ベイリル自身が両手に二刀、背後の影霊が両手に二刀──合わせて四本の"太刀風"が金糸を斬断していたのだった。

 

「やるねェ……」

『"音圧振動"は標準搭載。さらに水素・液体窒素・電離気体(プラズマ)・光熱をそれぞれ内包した"爆燃剣"、"雪風太刀"、"雷斬"、"輝光刃"でのお届けです』

 

 長大な刀身(リーチ)を振り回して見栄を切るように構えたベイリルに、ゲイルはくつくつと笑う。

 

「んなぁ~らぁ~……(たば)ねたらどうなるかぁなあ!!」

 

 一瞬にして収束された金糸群が奔流(ほんりゅう)となって叩き付けられるも、ベイリルは自ら安全地帯を()(ひら)いて(かわ)す──

 だけでは終わらない。まるで詰め将棋のように最適な位置へと己を移動させ、最適の攻撃を最適の好機(タイミング)で繰り出す。

 

 それは(あらかじ)め段取りが決められていた流れと錯覚するほど、意識できないカウンターとして差し込んでいたのだった。

 

 

 しかしゲイルもさることながら、いつの間にか多重に編み込まれた金糸盾によって四撃を同時に全て防御(ガード)しきっていた。

 

『無拍子も難なく防ぎ切る、と……本当(ほんっと)にもう、今までオーラム殿(どの)と敵対してきた連中には同情しますよって』

「ほとんどの奴らは、こうして会話に(きょう)じられるほど強かったわけもないけどネ」

 

 輝く雷光によって張り巡らされた金糸が(きら)めき、炎と雪が風によって舞い散る闘技場は、なにやら幻想的な雰囲気すら感じさせた。

 

「さってっと、お次はナニを魅せてくれるのかな」

 

 四刀を防がれたベイリルは手元より掻き消しながら、ステップを踏みつつ距離を取ってから両腕を大きく広げた。

 

『──これ(・・)は扱いが至難と言っていい魔術でした。なにせ知識としては知っていても、理屈でもイメージでも馴染みがなかったもので』

 

 ベイリルはゆっくりとした動作で、手の平を空間へと向けるように両手を突き出す。

 

『ある種においてγ線(ガンマレイ)以上にコントロールができなかった……でも今は違う。俺ができないのなら──背後のユークレイス(コイツ)にやらせればいい」

 

 発せられたその言葉こそ、ベイリルが使う魔導の真骨頂。

 ただ自分を二人にして手数を増やすのみならず、己には不可能な役割を分担した上で強制することにある。

 

 

()揺蕩(たゆた)い、流転する水底にて燃ゆる相体也(そうたいなり)。空六柱改法──"空水之焔"」

 

「なッ──んと、こいつはァ……?」

 

 次の瞬間、眼前に広がったのは──展開していた金糸がみるみる内に腐食(・・)してく光景(サマ)なのであった。

 



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#347 静謐の狩人 II

 

 魔力を込めた金糸結界が腐食していく様子に、さしものゲイル・オーラムも驚愕を禁じえなかった。

 

「なッ──んと、こいつはァ……?」

 

 それはベイリルが生成し操作する(H2O)を、ユークレイスが"超臨界"状態で維持する並列魔術。

 超臨界水とは、臨界点を越えた温度と圧力を維持させることで液体と気体の両方の性質を持つ、自然には通常ありえない状態である。

 超臨界状態にある水はとてつもなく強力な酸化力を生じさせ、有機物はおろか化学変化に滅法強い(Au)すらも腐食させる。

 

「こりゃあなかなか……参ったねェ」

 

 あくまで工業用として開発したもので通常の戦闘では扱いにくい魔術であり、何よりも魔力消費が格段に激しい。

 この魔術を使うくらいならば、ただ単純に敵を粉砕する(ほう)がよっぽど効率的である。

 

 しかしベイリルの持ち得る術技が通用しない、ゲイル・オーラムの金糸相手だからこそ……この魔術は限定的ながら"特攻"の意味合いを持つ。

 

()()()()()()じゃあないか、"(きん)"が」

『多少の出費は致し方なし!』

 

 ゲイルが金糸を繋ぎ直す前に、あるいは繋いだ(はし)から腐食させる。そうなれば残るのはゲイル・オーラムという五体のみ。

 

 

『ようやく立てましたよ、オーラム殿(どの)……貴方の眼前に』

 

 ベイリルの魔導──"幻星影霊(ユークレイス)"は魔力切れなのか既に消失し、向かい合うは二人きりの男達。

 

「まっボクちんは金糸なんか無くっても、充分(じゅーぶん)ツヨいんだけどネ」

「今さら純粋な白兵戦で遅れを取ると思いますか? この、俺が──」

 

 そうしてベイリルとゲイルの拳が交差し、それぞれの顔面を(とら)える。

 素手喧嘩(ステゴロ)──(おとこ)(おとこ)の、熱き男比べ(なぐりあい)が始まったのだった。

 

 

 

 

 ──()はヤナギを連れて大の字に倒れているベイリルを見下ろす。

 

「無様ですね」

「あーーークッソぉ……ワンチャンあると思ったんだけどな──つーか"天眼"あってなんで普通に殴り合いで負けたかね、俺」

 

 終わってみれば決着はおよそ五分と経っておらず。

 初手から魔導を出し、全力で向かったベイリルだったが……ゲイル・オーラムの強度を前に敗北に終わった。

 

「"幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)"の練度は足りていないし、持続力もまだまだ──」

「ベイリル、おしかった!」

 

 ぽんっぽんっとヤナギに肩を叩かれたベイリルは、グッと勢いよく上体を起こす。

 

 

「オーラム殿(どの)、また来年……いや半年後にもう一戦どうっすか?」

「ハハッハ、茶番はもういいよォ。ダシに使われるのも、これっきりだ。勝ち負けなんて建て前よりも、こういう時は(おも)いを優先すべきなのをベイリル(キミ)はわかってるクセにねェ」

 

「……ですね。お手数お掛けしました」

 

「楽しかったから構わんヨ。クロアーネもいつの頃からか、"ゲイル様"って名前の(ほう)じゃぁ全然呼ばなくなったしネ」

「そ、それは……公私の区別をしっかりとつける為で──」

 

 思わず私は言葉に詰まりながら、見え透いた言い訳をしてしまう。

 他意があったわけではない、ただ言われてみれば確かに……どこか一線を引くようになっていた。

 

 それは男女の距離感とも言うべきか、学園生活を送る上で──ベイリルと関わり続けて意識するようになったこと。

 

「別にいいんだけどサ、ただ"素直が一番"ってことだけは言っておこっか。あとはお若い二人でごゆっくり、ヤナギぃ~一緒に帰ろうかァ?」

「ゲイル、わかった。……パパ、ママ、がんばって!」

 

「おう、頑張るぞ~。ありがとなヤナギ」

「私は母ではありません」

 

 

 ゲイル・オーラムとヤナギが去り、しばしの(あいだ)お互いに沈黙するが……決して居心地の悪い静寂ではなかった。

 

「……まずは腹ごしらえでもしたらどうですか」

「そうだな、そうさせてもらうよ」

 

 私は有線誘導ワイヤーで弁当を引っ張り上げて、ベイリルへと手渡す。

 

「いただきます」

 

 正直なところ(ガラ)でもないくせに、毎度のように行儀よく手を合わせて一礼する。

 一心不乱に味わう姿──本当に美味しそうに食べるものだと、毎度ながら感心させられるものだった。

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

「おそまつさま」

 

 私が弁当箱を片付けようとすると、その手が握られ──わかっていても思わず体がほんの少し強張(こわば)ってしまう。

 

「さっそくだけど大事な話、いいか?」

「……ご自由に」

 

 動揺を(さと)られないよう()ましてそう口にするものの、強化感覚を持っているベイリルには筒抜けなのだろう。

 彼は手を離さないままゆっくりと深呼吸をし、その碧眼を……真っ直ぐ私へとぶつけてくる。

 

 

「好きだ、クロアーネ。俺と"誓約"して伴侶になって欲しい。俺の為に毎朝、味噌汁を作ってくれ」

「イヤです」

「ぬ……うぐ、だが簡単には諦めない。別にクロアーネは、他に好きな人がいるわけじゃないんだろう?」

「そうですね」

「何か改善すべき点があったら精一杯努力する、だから──」

 

「ベイリル、貴方のことは嫌いじゃない……けれど好きでもない。それに私は貴方にとっての()()()()()になるつもりもない」

 

 フラウ、ハルミア、キャシー。既に三人の女性に囲まれているのだから、私なんか居ても場違いのようなものである。

 

「確かに一人の女を愛せと言われたら、正直に言ってもう無理だ。でもクロアーネが最後の一人なのも、俺の確かな気持ちだ」

「別に、私は……私だけを愛せなどと、図々しいことを言っているわけではありません。ただ──」

 

 

(ただ……?)

 

 口についてでた言い訳のその先、一体なんなのだろうと私は自問する。

 

 言語化できない気持ちが渦巻いている。男を愛するという感覚がいまいちわからないのだ。

 かつて獣人奴隷だった身分から救ってくれたゲイル・オーラムについては、心底から敬愛しているが……それだけ。

 

 一方でベイリルのことを考える時間は増えたのも間違いない。

 少しだけ忌々(いまいま)しくもあるが、新しい料理を作ればベイリルが食べたらどんな感想をくれるだろうかと考えている自分がいる。

 かつては蛇蝎(だかつ)(ごと)く嫌っていたというのに……軽薄だけど一貫している部分もあるこの男となら──

 

 今では結ばれたとして、決して悪くない"家庭"を築けるのかもと思える自分の変化がわかる……。

 

(あぁ、そっか……そうなんだ──)

 

 そこでようやく私は自覚する。私は男への愛情よりも……子への愛情の(ほう)が強いこと、家族に飢えているのだと。

 男としてよくよく意識するよりも、ヤナギを育て保護した孤児らを教育して──そちらの(ほう)により大きな喜びを見出してしまっているのだ。

 

 

「ただ、なんなんだ? クロアーネ」

「──ただ、そうですね。貴方のことは好きじゃありません」

「それは今後も、未来永劫もか? 愛は(はぐく)んでいく形もあるんだが──」

 

 ならばどうしようか。私の人生を大きく変えたこの男に対して、私はどうしてくれようか。

 

「でも、ベイリル(あなた)との子供なら()んでもいい」

「……? はぃい!?」

 

 素っ頓狂な声をあげるベイリル(かれ)を見て、してやった感から私は笑みがこぼれる。

 自然と口に出てしまった言葉だったものの……冗談だと誤魔化す気も、否定するつもりもなかった。

 

「っ──どういうこと!?」

「ヤナギたちを育てて、ハルミアを見ていて……私も子供が欲しくなっただけです。なにかいけませんか? 不服があるなら結構です」

 

 ベイリルに主導権は渡さない。追われる立場にあるのなら、それを利用するのもまた狩り(・・)である。

 

 

「いや……すごい、それすっごいきたわ。俺もクロアーネに産んで欲しい。俺を選んでくれて光栄だ」

「まったく……」

 

 それ以上の言葉は紡がず──ベイリルは握った私の手を引っ張って体を寄せると──唇を重ね合わせる。

 

「……子作りには不必要な行為では?」

「いや人生には必要なことだ、人並の幸せってやつさ」

「別に欲してませんが」

排他(はいた)じゃないんだ、何事も欲張っていくのがフリーマギエンス流──」

 

 そう言いながらもう一度、顔を寄せ合おうとしてくるベイリルの口へと、私は人差し指を当てて止める。

 

 

「一つだけ。私は獣人で、貴方は長命種(ハーフエルフ)。私が死んだ後も、私たちの子孫を守ると……約束してください」

「言われるまでもないさ、俺にまつわる全てに懸けて皆を守ると誓う」

 

 はっきりとした意思と共に見つめ合い、私とベイリルはもう一度唇を()わすのだった。

 

 



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第六部 権謀うずまく帝国動乱 1章「帝国と竜」
#348 要請


 

 帝国本国から正式に技術特区という形式をもってサイジック領は本格始動し、それ(ともな)って多くの領法を制定した。

 記念式典も盛大に終えてから、フラウとキャシーらカエジウス特区ワーム迷宮(ダンジョン)へ向かう船を見送って(のち)

 

 ──伝統に基づいた新たな教義を重んじ、多様な名誉を讃えて気高い精神を根付かせ──

 ──美学を推進し芸術文化・娯楽を花開かせ、商業を振興し経済を活性化させる──

 ──合理主義に生きる魔導科学をもって、自由で秩序ある社会を敷く──

 

 そうして各分野の人材達が飛躍している頃──俺はヤナギを筆頭に後に専用部隊とするべく、子飼い24人の教育に励んでいた。

 

 ゆくゆくは、王国円卓の魔術士第二席こと"筆頭魔剣士"テオドールが率いていた門弟部隊のように……。

 かねてよりの俺への直掩(ちょくえん)、あるいは手が回らない部分の支援、ないし極秘裏の任務を遂行できる集団──その先行投資として。

 アーセンが売買していた奴隷候補達の中から有望な才を選び、自ら名付けた子らは、時にジェーンの"結唱会"と共同歩調をとって育ってきていた。

 

 そんな、矢先であった。

 

 

「……なるほどね」

 

 俺は"使いツバメ"によって届けられた、モーガニト領の封蝋がしてある手紙に応じ、自分の領地へと戻ってきていた。

 大監獄から戻ってより、コツコツと日々のことに()()()()を感じていた最中(さなか)というのに、一切(いっさい)を中断するだけの事態。

 

「して、どうする? ベイリル」

 

 領主屋敷の部屋にて、目の前に座る運営代行を頼んでいたハイエルフのスィリクスは神妙な面持ちで俺の答えを待つ。

 

「まっ従うしかないでしょう」

 

 俺の手の中には、帝国から正式に印璽(いんじ)が施された羊皮紙の書類があった。

 モーガニト領を(ほう)ぜられた伯爵位としては、応じるより他に選択肢はない──すなわち、"(きた)る戦争への参陣要請"である。

 

 

「可能性としてはまったく考えてなかったわけでもなかったものの……」

 

 シップスクラーク財団の情報網は各国の物流にまで及んでいて、"使いツバメ"と郵便事業を含め、おおよその時流は把握できるようになっている。

 しかしそうした一報がまったくなかったということは……こたびは帝国の頂点である"戦帝"が急に言い出したことなのかも知れない。

 

「そうなのか? ベイリルきみは"皇国領への侵攻"を先読んでいたというのか?」

「いやまぁ、帝国はどこの国にも喧嘩を売る可能性はあるわけで──ただその中でも、皇国が一番可能性が高いかなって程度で」

 

 スィリクスへやんわりとそう言いながら、俺は頭の中で状況を整理する。

 

(あぁそうだ、戦争を仕掛けるのはわかる……)

 

 そもそもの発端はシップスクラーク財団、というか俺が主導した"文化爆弾"作戦によって皇国全体を浮き足立たせてしまったことだろう。

 

 皇国ではルネサンスの機運が高まり、様々な思想や文化がにわかに増えてきているのだと聞いている。

 かつて宗教によって一枚岩だった国家が隙を見せているのだから、攻め込んでいくのは道理の内。

 

 

「戦争行為それ自体は悪くないんだけどなぁ……」

「ベイリル……きみは戦争を賛美するのか?」

「まぁ文明の発展には必要不可欠なんで、()()()()なければね」

 

 戦争とはより大きな生存競争であり、政治的・外交的手段の一つである。

 少なくない革新的なテクノロジーが戦争によって産まれたし、時に興亡があってこそ人類は新たな文化を生み出してきた。

 

 さらには戦争で疲弊させることで、文化的侵略は一層効果的となる。不安定な環境に置かれた者は、目先に拠り所を求めるものだ。

 文化爆弾を炸裂させた皇国に対する戦争は"文明回華"にとっては追い風となる、歓迎すべき事態のはずであった──

 

 

「しかし身を切るのは我々なのだぞ?」

「そこなんですよねぇ、なぜ皇国から遠すぎるモーガニト領に直接の参陣要請なんて……」

 

 モーガニト領は、帝国領内において王国と接する最東端のサイジック領の南西にあたる位置である。

 対王国戦線や、連邦を相手に一戦を交えるから軍団を供出しろというのならば理解できる。

 

 あるいは戦争行為に際して物資などの支援であれば、至極真っ当な要請なのではあるが……戦争参加に関していまいち()に落ちない。

 

「……サイジック領に協力は求められないのかね?」

「今はまだモーガニト領とサイジック領の関係性(ライン)をあまり大っぴらに繋げたくないんで、俺たちだけでどうにかしたいとこです」

 

 一個軍を率いるような器じゃないし、いかに現代知識で戦史における戦略・戦術を再現しようにも、魔術のある世界では前提が違いすぎて成立しにくい。

 そもそも領内防衛で手一杯であり、遠征軍として成立させるだけの軍事力がモーガニト領には存在しない。

 

 

「むうう……そうか」

「は~てさて」

 

 俺とスィリクスはお互いに頭を(ひね)る。当然ながら無い袖は振れないので、違う形で代価を支払うという帰結も範疇。

 

(だがそんなことは帝国本国側もわかっているはずだよな──)

 

 考えられるだけの"真意"をいくつか脳内で羅列してみるものの、そもそも戦帝が頂点ということを考慮に入れた時……単純な回答へとすぐに辿り着くのだった。

 

「あっ……」

「どうした? 何か思いついたのか!?」

俺か(・・)

 

 やや自意識過剰な部分も含んでいるが……そう結論づけ、疑問符を浮かべたままのスィリクスへと説明してやる。

 

「要は戦力にさえなりゃいいんです。自惚(うぬぼ)れながら、俺は貴重な航空戦力──しかも円卓殺しの"伝家の宝刀"級だ」

「つまりあれか、実質ベイリル(きみ)個人の呼び出しだと……?」

「体面上、遠回しに要請しているんでしょうね。戦帝が俺個人を呼び出したのかと思います」

「っ……なるほど」

 

 戦帝ならばありえる。

 ただその意を受け取った誰かが、モーガニト領主への形式を(のっと)ったのだろう。

 

 

「──もっとも仮に戦帝が容認していたとしても、帝国本国からの正式な要請である以上は俺一人だけで出向くわけにもいかない……よなぁ」

「それはそうだ! そんなことをすればモーガニト領主としての立場が問われるに違いない」

 

 戦果によって証明するのは前提としても、阿呆顔(アホづら)下げてノコノコ一人で出向けば、常識と品性と手腕と何もかもを地に()とす。

 ゆえにこの身一つ以外にも、モーガニト領主としての体面を(たも)つだけの最低限の手土産となるものが必要だった。

 

「その、なんだ。よければ……わたしも参戦しようか?」

「いえ正直なところ、足手まといになるので結構です」

「くうっ、歯に(きぬ)を着せぬな」

「まぁまぁお気持ちだけは受け取っておきます、ただ何事も適材適所。俺にはスィリクスのような運営はとてもできないし、そこは本当に感謝もしているよ」

 

 そうだ、とても感謝している。モーガニト領という持て余した土地を、ここまでつつがなく発展させてきたのは彼の実力に他ならない。

 

 

「あぁベイリル、わたしこそ──」

「ところで信頼できる後方支援兵として500……いや200くらいでも最低限の面子(めんつ)は立ちそうなんで、用意可能ですかね?」

「あっ、ぬぅ……200か、後方要員あれば問題なく用意できるだろうな──」

 

「じゃっそれで。数の少なさは支援物資で補う方向で、帝国本国へ段取り付けといてください。以降は俺がどうにか交渉して取りなすんで」

「前線要員はいいのか?」

「領民を死地に向かわせて浪費するのは流石(さすが)に……まっ、他にアテ(・・)も思い付いたんで問題ないでしょう」

 

 椅子から跳ねるように立ち上がった俺は、ググッと肉体(からだ)を伸ばしてから、ゴキゴキと全身を鳴らす。

 

「アテ、だと? いやそうかベイリル、きみの信頼する──」

「いえ俺の仲間はみんなそれぞれ用事があるんで、パーティを組むつもりはないです」

 

 ワーム迷宮(ダンジョン)再攻略、テクノロジー開発、後進の育成、ライブツアーなどなど。

 戦力となりうる者達は、それぞれの道を邁進(まいしん)してもらう。

 

「別に内々で済ます必要はない、なんせモーガニト領は内政面で順調なのは帝国本国も周知のこと。ならば()()()()()んです、俺についてこられるだけの戦闘員をね」

 

 



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#349 傭兵雇用 I

 

 今後のことについてサイジック領へ"使いツバメ"を送った俺は、モーガニト領に数日ほど滞在してスィリクスと共に戦争への対応について煮詰めていった。

 おおよその段取りを定めてから俺はサイジック領に戻り──今度はカプランやプラタらと、サイジック領との連携についても協議する。

 

 基本的にモーガニト領は独立した土地であり、サイジック領とはあくまで交易関係というスタンスは崩さない。

 ただしシップスクラーク財団という一企業組織は商売相手であるからして、そこは気兼ねなく利用させてもらうことにした。

 

 

 ──サイジック領・"(あか)の城塞"、建設用資材置き場──

 

 そこは領都ゲアッセブルクより離れた防衛拠点の予定地の一つであり、赤い砂岩が規定の場所にそれぞれ積み上げられていた。

 その一画には散逸した合計で30人ほどの集団があり、その少し手前にいる男のもとへと俺は空から着地した。

 

「毎度どうも、旦那」

 

 腰を低く口を開いたのは、坊主頭の男──大監獄での俺の右腕から、新たにシップスクラーク財団の情報部に在籍する"煽動屋(あおりや)"ストールであった。

 

「俺のほうが若いのを知っても、相変わらず"旦那"呼びか」

「へへっまーね、旦那呼びに慣れちまったし……正直なところ実年齢を聞いた今でも、年上な気ぃもするもんで」

 

 

(鋭いな──)

 

 転生前の年齢を含めればストールよりは年上であるので、この男の慧眼(けいがん)はやはり(あなど)れない部分があった。

 また急遽(きゅうきょ)振った仕事に関しても、こうして早々に片付けてくれた手腕は信頼に値する。

 

「そうか、まぁいい。仕事の(ほう)はどうだ?」

「一応集めさせてもらいましたよ、旦那の御眼鏡(おめがね)(かな)いそうなのを……──ただ最終判断はお任せしますよぃ」

 

「いやそうじゃなく、財団の仕事は性に合ってるかということだ」

「そっちですかい、まあまあ脱獄の恩を返すのを差っ引いてもなかなかにやり甲斐(がい)はあんますねえ"フリーマギエンス"」

「馴染めているようならなによりだ」

「ただおれっちとしちゃあ、もっともぉーっと劣勢な主義・主張であれば言うことはなかったというか」

 

 

「くっ……ははは、そいつは残念だったな」

 

 俺はストールと歩きながら肩をすくめて笑う。"煽動屋(あおりや)"ストールとは、()()()()()なのだった。

 ただ人を口車に乗せるのが好きなのだ、それが大きなうねり(・・・)となり、押し流すことに快感を覚えるような人間性。

 

 "煽動屋(あおりや)"と呼ばれるようになり、皇国で囚人となるまで……ありとあらゆる思想を、オモシロおかしく盛り上げた。

 時に争いごとや揉め事にも首を突っ込んでは、それをひっくり返すことまで生業(なりわい)としていた。

 

 そんなストールという男は、現在シップスクラーク財団情報部に(せき)を置き、今までにない新風(かぜ)を起こしてくれる人材となった。

 民衆を煽り、情報を操作するということは基本中の基本。媒体を通じてではなく、直接的に人々を煽動することのできる専門家(スペシャリスト)

 

「今んとこ居心地はいいんで、やれるとこまでやらせてもらいますよっと」

「結構、よろしく頼んだ」

 

 

「んじゃ、そろそろ仕事させてもらいますかね。ご希望だった傭兵ですが──まず一番右手前にいるパーティから……」

 

 ストールが視線を向けた先に俺も追従させると、男4人女2人のパーティがいた。俺は"天眼"を使ってざっくりと戦力を把握する。

 

「竜を討伐し、東方魔王の配下である四天王の一人を撃退した、"勇者の再来"と呼ばれている連中で──」

『そこの再来パーティさん! ご足労、大変申し訳ないがお帰りください!!』

 

 俺は音圧操作でそう伝えると、6人組はしばし懐疑的な目線でをひっそり話したかと思うと、すぐに落着してその場から離れていく。

 

「いいんですかい?」

「竜と言っても眷族竜どまりなのは間違いないし、魔王四天王とかいうのもどんなもんか知らんがまぁ多勢に無勢でようやくってくらいの実力だろうな」

 

 欲しいのは個人レベルで"伝家の宝刀"級と言えるだけの強度を持つ実力者である。

 

 

「んじゃあ次ですが、右奥にいる2人組は王国の闇ギルドで"二針"の名を()せている殺し屋で──」

有名(・・)な殺し屋、超がつく一流なのかはたまたド三流なのか……まぁ後者ではなさそうか」

 

「とりあえず汚れ仕事は任せられんじゃないっすか?」

「自分でやれるからなぁ、信頼性もちょっと低そうだし」

 

 暗殺技能に関しては、そももそも俺より優れていなければ雇い入れる必要性は酷く薄い。

 

『"二針"さんお帰りください、別の雇用先でのご健勝をお祈りします』

 

 そんな俺の言葉を受け取った瞬間、殺し屋二人組は目を細めてわかりやすく気配を押し殺した。

 瞬間──俺は"歪光迷彩(ステルス)"で姿を消して、数瞬の内に二人の(あいだ)へと割り込み──それぞれの肩を組んでやる。

 

 刹那の内に全身が(すく)んだ二人の様子を感じながら、俺は耳元で恫喝(どうかつ)する。

 

「面倒事はやめといてもらおう。こちとら戦争で円卓の魔術士を殺した報奨として、戦帝から直々に伯爵領をいただいた身だ。

 わざわざここまで足を運んでもらう為の費用まで先に払ってやってるんだから……素直に、余計なことはせず、大人しく、帰ってくれな」

 

 もはや完全に(ちぢ)みあがった様子の二人は逃げるようにその場を後にし、俺はストールの眼前へと移動する。

 

 

「まっ旦那の自由なんで、別に構やしませんがね。ただそんならそれでこっちもやる気が出てくるってもんです」

「そうこなきゃな、"煽動屋(あおりや)"」

 

「100年の歳月をかけてついに完成したという伝説の魔術具を自ら手にして闘うドワーフ族の──」

「いまいち」

 

「かつて勇猛な戦士として軍史に名だたる戦場という戦場を駆け抜け、今は魔術士として猛威を振るうエルフ種の──」

「う~ん、惜しい」

 

「連邦西部ではさる鬼人一家の元頭領で、引退してからは道楽で傭兵をやっててかつての子分らも動員できる──」

「却下だな」

 

「元は準聖騎士として世界を巡り、次の聖騎士最有力候補だったものの信仰心を疑われて──」

「実力不足」

 

「冒険者界隈における顧客満足度なんと第一位の──」

「論外」

 

 ストールが血気盛んに次々と紹介しては、俺が丁重にお断りするのを繰り返すのだった。

 

 

「はぁ、旦那ぁ……ちっとばかし要求が高すぎやしません?」

「短期間で集めたのは評価できるが、水準に達してない部分を妥協するくらいなら一人の(ほう)が気楽なもんでな」

「このままいくと、もうこれで店仕舞いなんですが……」

 

 そうして残っていた最後の一人──赤砂岩に腰掛けて静かに酒を飲んでいる、無精髭を生やした老年も間近という男。

 

「名前くらい聞いたことありますかね? "放浪の古傭兵"ガライアム。その手に得物をひとたび持てば、守れぬものなしと評判で──」

 

 ガライアムという名の男の足元には、2メートルはあろうかという"大盾"が二枚(・・)地面へと横たえられている。

 

「しかし彼の真価は"攻め"にこそ有り! (あわ)せた壁を(たく)みに操り、敵集団を粉砕したらそのまま陣地として制圧し続ける!!」

 

 酒の匂いが香る陶製の水筒を大きくあおって飲み干して、その視線だけが俺へと向いた。

 

「各国で雇われては常に安定した戦果を挙げ続け、実に五十と余年!! 彼を雇って配置すれば少なくとも敗北はないと風聞名高(なだか)い──」

「……」

「……」

 

 俺とガライアムは沈黙したまま互いに見据え続ける。ストールの煽りはもはや俺の半長耳を素通りし、興味は眼前の男へと一心に向いていた。

 

 

試し(・・)か、若いの」

「くっはっはっは、察しているようなら遠慮なく」

 

 予備動作もなしに蹴りを放つも、ガライアムは音もなく長方形状の大盾を構えたかと思うとあっさりと防ぐ。

 さらに俺は一瞬の内に裏回り、外部破壊の音圧振動を(まと)った裏拳を見舞うも……もう一方の盾壁によってガードされ、雑音(ノイズ)も地面へと受け流されてしまった。

 

「っし、採用!!」

「……了解した」

 

 朴訥(ぼくとつ)に一言、ガライアムは無礼な対応にも冷静なまま承諾する。

 

「うおぉ……まあ一人でも雇われるのがいってよかったってもんで、おりゃあの沽券(こけん)に関わるとこでしたよまったく」

 

 

 一つ落着した次の瞬間、俺は近付いてくる気配へと顔を向け、ストールはあっさり釣られ、ガライアムもゆっくりと視線を移す。

 

 

「──っとぉ! 間に合ったぜぃイェイ」

「ほんとかぁ? いや終わりかけってとこか」

 

 最も高く積まれた赤砂岩の上に、キラリ(きら)めく(ふた)つの人影がそれぞれに発した言葉。

 俺は新たな人物そのものよりも、二人組が"身に着けていたモノ"が気になったのだった。

 



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#350 傭兵雇用 II

 

「あんたがた! 間に合いましたかい。ちっとばっかし乗り気じゃなかったようでしたけど」

 

 赤砂岩の山の上から一足飛びに、遅刻してきた男女が揃って着地する。

 

「ぃよッ、やっほーい! いや、アニキがうっさくてさー、遅れちった」

「……まあよ、拝むくらいは無料(タダ)だしな? 雇い主がどんなもんかと──」

 

 そう言って値踏みするように下から上へと俺を見つめてくる二人を、俺もまた注視する。

 

「雇われる気ぃあるんなら、二人ともまずは自己紹介してくださいよ。それともおれっちから紹介しましょか?」

「おーーー? ぉ~~~、どうすっかな」

「ん~~~あたし的にとりあえず身だしなみは合格!」

 

 

「紹介されずとも知っているよストール、"明けの双星"オズマとイーリス兄妹だな──」

「あれれ~どっかで会ったっけ~、ハーフエルフのおにいさん? 年上? 年下?」

「一応年下かな」

「顔を覚えるのは得意だ、あんたは知らん。さてはおれたちを陰ながら応援してる、謎の支援希望者か?」

 

 赤黒い髪をオールバックにツンツン尖らせ、右眼だけが虹色に輝くオッドアイの男。

 同じく赤黒い髪を肩ほどまでに(ふた)つ結び、左眼だけが虹色に輝くオッドアイの女。

 

「まぁ直接の雇用主ではないが、話をよくよく聞いて知ってるよ。その身に付けている"TEK装備"についてもな」

 

 オズマの(ほう)は弓なりに(アーチ)(えが)いた剣を背中に、イーリスは両刃の剣を両腰にそれぞれ一本ずつ差していた。

 

「へぇ? コレを知ってるってこたぁ、つまりあんた財団関係者ってわけかい」

「ふっふっふ、そういうことか。財団であたしらの風聞を聞く内に、直接の援助を希望したくなったと──」

 

 あくまでペースを崩さない二卵性の双子を無視して、俺ははっきりと告げる。

 

「先に言っておくと、俺は財団……いやシップスクラーク商会創設者の一人だ」

『……うん?』

 

 二人して同時・同方向に首をかしげてるのを見て、俺はフッと笑みを浮かべる。

 

 

「シップスクラーク財団以前、商会最初期からあやふやな情報で数多くの"資源"発見に尽力(じんりょく)してくれた銀級冒険者──」

 

 技術や医療に必要な化学資源や生物資源類。また特定の金属鉱石類、

 あるいはゴムの木やその他樹脂類。

 さらには香料・調味料やカカオといった多様な食材類。

 

 有能な人材も潤沢な資金も確かな技術力も無かった頃でも、先行投資として各方面に依頼していた資源収集。

 未だ明確な用途を見出せていなかった曖昧な現代知識によって、()()()()()で探索させていた中で──多くの素材を発見し続ける二人組がいた。

 

「発見・捕獲・運搬いずれも困難な"トロル"を、新たに何匹か確保してくれたのも知っている。他にも強力凶悪狂暴な魔物素材をいくつも納品してもらっているのもな」

 

「創設者ってマジか、そんな昔から知ってる……ってこたぁ財団でも大幹部とか?」

「まぁ一応な、半分は俺の依頼で動いていてもらっていたと言えるかも知れん」

「ほんとに!? おかげさまであたしたち、もう金級だぜぃ。と言っても途中から財団の"専属"だし、等級なんかどうでもよくなったけど」

 

 

「ベイリル・モーガニトだ、改めてよろしく」

 

 俺はスッと両手を差し出し、オズマとイーリスはそれぞれ右手と左手で握手を返してくる。

 

「財団に深く関わっているから熟知しているだろうが、一応俺ののことは口外厳禁(オフレコ)で頼むぞ」

「わかってら」

「きみって優良物件?」

 

 イーリスの言葉を笑い流しつつ、俺は残された男へと口を開く。

 

「ガライアム殿(どの)も、契約の中に秘密保持が含まれていますので──」

「……興味がない」

「そうですか、ならいいです」

 

 放浪の傭兵家業を長年続けているのならば、余計なことは言わず・詮索せずは刷り込まれているに違いない。

 

 

「んーーーちょっと待ってくれる? あたしらってきみに雇われることになったの?」

「いや俺としてはそのつもりはない。長年の貢献と信頼、強度も申し分なさそうだが……財団の業務を優先してくれ」

 

 どうやら賑やかしで来たような様子だったので、無理に引き止めるつもりもなかったが……オズマはニッカリと笑って目を細める。

 

「イヤ、興味本位だったが……おれたちはあんたに雇われると今決めたぜ」

「……アニキ?」

「気持ちはありがたいが財団にとって有益な人材を、俺の所用の為にわざわざ()かせたくはないな」

 

 "明けの双星"の二人はシップスクラーク財団でもトップクラスの達成率と信頼度の高い冒険者であり、俺の一存(いちぞん)で自由にしたくはなかった。

 

 

「モーガニトさんよ、おれたちはもう財団に十分稼がせてもらった」

「ねぇアニキ、まだまだ物足りないなくない?」

 

「イーリスも聞け。いわゆる"投資"ってのを財団から学んだからな──おれたちもそろそろ雇われ冒険者稼業から脱却しても良い頃だって思わないか?」

「そうだね、つまりここでベイリルさんと仲良くなって、金銭だけじゃなくイロイロとお世話してもらおうって算段だ?」

「確かに俺ならサイジック領の一等地なんかも都合できるし、今後のテクノロジー開発に必要な資金提供を(つの)って配当を保証することもできる」

 

「おぉ……すげぇ、ソレソレ! そういうのが魅力なんだよ!」

「ただし! その場合は正式に財団員として加入してもらうことになるかな。俺の記憶が確かなら……二人は専属と言っても永年契約でもないはずだ」

 

「別にいいぜ、財団員になったら報酬関係がややこしくなるっぽかったから敬遠してただけで」

「こうやって恩を売って見通しが立てられるなら、いくらでも財団員になっちゃうねぃ。フリーマギエンスにはどっぷり染まっちゃってるし、あっ……"ライブ"のチケットとかももしかして取れたりできる?」

 

「バックステージパスも余裕かな」

「うっひょー、あたしがんばっちゃうよん」

「んじゃこの依頼……いや、契約成立ってことでいいよな? よろしく頼むぜ、モーガニトさん」

 

 ガライアム、オズマ、イーリス──こうして三人が新たに戦力として加わる。

 

「まぁ本人らがそこまで希望するところなら……俺としても頼らせてもらおうか」



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#351 傭兵雇用 III

 

「──これで三人っすか、とりあえずおれっちの面目は保たれましたかね旦那?」

「内二人は財団の身内みたいなもんだが……まぁ正直なところ、見つかれば儲けモノくらいの気持ちだったから十分だ」

 

 その気になれば俺一人でもいい、どのみち落ちるのはモーガニト伯爵としての面子と能力だけ。

 領地運営そのものは上手くいっている以上、没収されるようなことはまずもってありえない。

 

「ところであたしらって帝国軍に加わるの?」

「一応はそういうことになる、対皇国戦線における……俺の直属となる少数精鋭部隊」

「モーガニトさん、おれたちのことはよく知ってるみたいだが……あんたはどれくらいやれるんだ?」

 

「ワーム迷宮(ダンジョン)の制覇に、パーティで七色竜の一柱を倒し、"円卓の魔術士"第二席を斬り、五英傑は"折れぬ鋼の"に()()()()()、魔獣メキリヴナの討伐補助と、白竜の加護を得て、かつて西方魔王だった男を殺した──」

 

 あらためて、我ながら惚れ惚れする武勇伝と言えよう。一部分だけ事実ではあるが大いに語弊(ごへい)(まね)く部分があるものの……。

 

 

「本当かよ? 信じられねえぜ」

「正直、嘘っぽい!」

「まぁ今すぐ試し(・・)ても構わんが、おいおい理解(わか)ることだ──それよりも、()()()()()()()()()ぉ~~~!」

 

 俺は赤砂岩の裏にいる人物へと声を掛け、オズマとイーリスとガライアムはそれぞれ平然としながらも空気が引き締まるのを感じ取る。

 

「おやまあ、気配は完璧に()っていたと思ってたんだけどねぇ……」

 

 あっさりと姿を見せたのは──翡翠色の髪を片側だけ細い三つ編みにし、透き通るような海色の瞳を浮かべた女性であった。

 龍の意匠が彫られた偃月刀(えんげつとう)を背負い、"極東本土"の衣服を着る──その覚えある姿と声に、俺は数瞬ほど呆気に取られてしまう。

 

「おっネェちゃん、めっちゃいい女だな。もしかしておれを追って来たとか?」

「あいにくだけどわたしが会いに来たのは、そっちの男さね」

 

 

 学園に"食の鉄人"と呼ばれた()人族がいた。

 クロアーネとレド・プラマバの姉貴分として、専門部調理科でその腕を振るっていた女性。

 闘技祭においてはキャシーに勝利するもフラウに敗北し、三位決定戦においては俺と素手喧嘩(ステゴロ)にてほぼ互角に渡り合った相手。

 

「お久し振りです、"ファンラン"先輩」

「あぁベイリル、しばらくぶりだね」

 

 互いに握手ではなく、自然と拳をゴッと突き合わせた。

 

「なんでも傭兵を雇っているんだって?」

「えぇ、その通りです。なるほどストール──こんな隠し玉を用意していたとはな、いいサプライズだ」

「いやいや違いまっせ、旦那の知り合いだったら真っ先に紹介してまさあ」

 

 

 俺がストールからファンランへと視線を戻すと、ファンランは柔和な笑みを浮かべて説明する。

 

「"仕入れ"の為に領都に来てたら、なにやら話が聞こえてきたもんでね……。ちょっとだけ覗かせてもらったのさ」

「そういうことでしたか、というか……仕入れ?」

「あらら、わたしが領都で店を出してるって知らなかったかい? "外海"の新鮮な海産物をここまで輸送してるんだよ」

「……まじすか。領都にいる時はもっぱらクロアーネの手料理ばっかで、外で食わないんで知りませんでした」

 

「一応クロアーネ(あのこ)には伝えといたんだけどねぇ」

「だから情報部からも特に連絡が来なかったわけか……」

 

 クロアーネは料理稼業のかたわら、より高品質あるいは希少・未知な素材を得る為に情報部とは密に関わったままであった。

 ゆえに俺はクロアーネを通じて公然と既知なものとして、扱われていても不思議ではないのだった。

 

 

「海産料理──そういえば以前プラタからオススメされたような記憶があります」

「だったら是非とも味わっておくれよ。わたしが調理しているわけじゃなく、弟子たちが切り盛りしてるんだけど……人さまに出せる水準にはあるからさ」

「でも仕入れはファンラン先輩が直接……?」

「輸送用の拠点はうちでもいくつか持ってるけど、サイジック領まではちょっと遠いからね。わたしの水属魔術で()()()()()()()のさ」

「それは豪気な話ですね」

 

 かつて闘技祭で拝んだ巨大水龍そのものが、ちょっとした移動水族館となっているのを想像する。

 

「嬉しい再会です」

「わたしもだよ、それとついでにここは一つ恩を売ろうかと思って足を運んだのさ」

「えっ……まさか、先輩が傭兵として雇われる気で?」

「そのつもりさ。風聞を聞くに闘技祭(あのころ)よりは水を()けられちまったかも知れないけど、足手まといになるつもりはさらさら無いさね」

 

 

「ちなみに目的を聞いてもいいですか? お金に困っているわけではないですよね」

「まずサイジック領と、せっかくならモーガニト領にもうちの輸送拠点をいくつか置かせてもらいたい。より広く誰もが海の(さち)を楽しめるようにね」

 

 内陸の人間にとって海産物とはそこまで縁遠いものではなく、いつの時代も食文化の一つとして味わわれてきた。

 しかしながら魔術があって肉体規格が違う異世界にとっても輸送は安価なものではなく、それなりに高級な食材として扱われている。

 

「それとシップスクラーク財団が営んでいる"養殖業"にも参入させてもらいたい。うちの事業も拡大して、余裕ができてきたからね」

「まぁ採算や利益が見込めるのであれば、わざわざ傭兵として恩を売っていただかなくても……。ファンラン先輩には学園時代に世話になってるんで」

 

 シップスクラーク財団はあくまで内陸に存在する巨大湖たるワーム海が範疇であり、大陸の外海に関しては基本的に事業範囲外である。

 そこにパイプを繋げられるのであれば、こちらとしても願ったり叶ったりであった。

 

 

「あははっ、そいつはありがたい言葉だけどねえ──本命は次なのさ」

「聞きましょう」

「わたしには夢ができたのさ。"大陸と極東の間に安全な航路を(きず)きたい"──っていうね」

 

 俺は思わず「ヒューッ!」と小さく口笛を鳴らして、ファンランの壮大な夢に感嘆を禁じえなかった。

 

「その為に財団の(ちから)が欲しいわけですか、俺に渡りをつけ……財団の共同事業として提案しているわけと」

「そんなとこさね。"ワーム海の水底に潜む悪夢"や、"大空隙(だいくうげき)より目覚めし魔竜"を討伐したって聞いてるよ」

 

 魔獣メキリヴナと、七色竜の一柱たる黒竜。どちらもシップスクラーク財団の功績として、大いに宣伝したことである。

 もっとも後者は"大地の愛娘"のおかげであり、俺個人が協力しただけで財団はまったく関わってないのだが……。

 

「つまり……異名は数あれど、"大いなる海の意志"とまで言われる海魔獣(・・・)を討滅しろ、と──そう(おっしゃ)る?」

「できないのかい?」

「──まぁ、遠い未来にはどうにかはするつもりの案件の一つでしたが」

 

 

 "海魔獣"──ワームや魔竜と並び称されるほど、魔人・魔獣類では別格とされている怪物の中の怪物。

 ワームのように討伐されることなく、黒竜のように長らくを眠っていたわけではなく、大昔から今なお活動し続ける超弩級天災。

 

 体長は計測不能なほどに巨大で、その全容は誰も知らず、海域を通る船はことごとく沈められてきた歴史だけがある。

 本当に極稀(ごくまれ)にすり抜けられた幸運な者達や、長距離を休まず飛行できるような種族あるいは強者だけが渡ることができる。

 

 歴史上の国家・軍隊、あるいは名だたる英雄・英傑らでもどうしようもできなかった存在こそ海魔獣であり──

 それこそ空母や戦艦や潜水艦その他を含んだ大艦隊でもって、なんなら核兵器でも持ち出すに値する魔獣であると認識していた。

 

(まぁ"大地の愛娘"ルルーテなら殺せるだろうが……その場合は大陸の半分くらいは軽く沈みそうだな」

 

 そもそも海まで引っ張ってくる手段もなく、およそ現実的な方法がないのが海魔獣なのであった。

 



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#352 傭兵雇用 IV

 

 "海魔獣"を倒す方法は現状において存在しない、と断言しても良い。

 黒竜級というだけでもどうしようもないと言うのに、その棲家(ホーム)が大海とあってはさらに縛りが掛かる。

 

「まっわたしは龍人族(しって)の通り、ベイリルほどでなくとも長生きさね。なにも今すぐにでもってわけじゃあない」

「了解しました。でも約束はしましょう、いずれ大陸・極東間の航路を海魔獣から解放すると──その時は共同歩調を取ることも」

 

 それがいつになるかはわからない。そもそも極東と貿易をするだけならば、今は飛行島(スカイ・ラグーン)もある。

 しかしながら安定した大量輸送を考えれば海運はやはり得難いものであり、サイジック領とシップスクラーク財団とフリーマギエンスが拡大していけば、いずれは必ず衝突する。

 

 

「ありがとう、その言葉だけで十分さ。わたしが協力するにはね」

「そうなるとまぁ、どのみち財団(こっち)でもやる気だったわけでして……わざわざ恩なんて売る必要もなく。別に無理して雇われなくてもいいですよ?」

「まったく、昔から頭が堅いんだからねえベイリル」

「そうですかね……一応柔軟を心がけてはいるんですが」

 

 俺は頭をポリポリと掻きながら心当たりを探そうとする前に、ファンランは続ける。

 

「クロアーネやレドと、よく話したもんだよ。本人は打算的なつもりでも、実際は善意の行動も多いってね」

「そういう時はきっと……俺自身が楽しみたかったからだと思いますよ」

「ならいいじゃないか。世の中は損得だけで動くもんじゃない、わたしの料理を何度となく品評をしてくれていた後輩に(ちから)を貸したいと思った──それは不純な動機かい?」

「いえ、ありがたいことです」

 

 そうだ──数多くの人間と関わってきて──確かに損益を考えねばならないことも多かったが、同時に掛け替えの無い絆があることも知っている。

 

 

「それに腕の立つ料理人を、このまま(のが)すってのかい? 戦争がどれくらい続くかわからないけど、味気ない料理で満足できるもんかねえ」

「くっははは、そんなことを言われてしまうと……確かに、これ以上魅力的な提案はないですね。たとえ実力で(おと)っていたとしても最高の価値がある」

「自分以外の誰かに言われるほど劣るつもりもないけどね、試し(・・)てみようかい?」

 

 スッとわずかに重心を後ろへと持っていくファンランに、俺はニィ……と笑う。

 

「じゃっ少しだけ」

 

 魔術を使う気は、俺にもファンランにもなかった──なぜならば──双方とも闘技祭でのやり取りが、どうしたって忘れられていないのが理解できたゆえ。

 あの時はジリ貧が見えた俺があえて晒した隙に対し、ファンランが(はな)った崩拳(ぽんけん)へ、カウンターの()め打ちが()まったが……。

 

 

("天眼"──)

 

 刹那を無限に切り刻み続けんばかりの時間(とき)の中で、五体が備える全感覚・全神経を極度集中させる。

 共感覚によって魔力をも明確に色として知覚し、新たな領域へと立った俺の"天眼"は未来を()る。

 

 踏み込みからの中段直突き──あの最後(ラスト)の再現──しかしその攻防は以前とは比較にならない。

 さながら"詰め将棋"。お互いに、この一瞬で……先々における可能・不可能の展開が理解できる。

 

 あの時のように飛びついて顎に膝を入れ、(ひね)りながら地面へと倒し極められる未来はない。

 どう(かわ)し、あるいはどう防ぎ、どう相手に有功な打・投・極が決められるのか──たった一撃の合間に、目まぐるしく再構成を繰り返し……。

 

 遂にはファンランの拳が俺の水月へ、俺の掌底はファンランの顎先へと、皮一枚に迫ったところでお互いに寸止め静止した。

 打ち抜かずとも既に結果はわかりきっていたがゆえに。

 

 

「磨き、かけてますねぇファンラン先輩」

「それでも相打ちってのは少しばかし不満が残るさね」

「いえいえ十分達人の域ですよ。まったくレドといいファンラン先輩といい──学園の人間は強者が多いことです」

 

 俺が一足飛びに強くなったかと思えば……上までには立たれずとも、いつの間にか隣に並ばれている。

 フラウは当然として、キャシーの伸び幅も目覚ましく、ジェーンとヘリオとリーティアも状況によっては近い戦果を挙げられるだろう。

 しかしながらレドとファンランは調理科であるにも関わらずの強度。ケイ・ボルドに至っては白兵領域においてステージが違うし、まったくもって天賦の才能とは如何(いかん)ともし難い。

 

「わたしは財団員でもフリーマギエンス員でもないけど、調理科に(かよ)っていたベイリル(あんた)に影響は受けたクチだからねえ」

「……俺は自らのライバルを育ててしまったわけですか」

「味方なんだからいいじゃないか。まっよろしく頼むよ」

「そっすね、んじゃ戦闘も料理も甘えさせてもらいましょうか」

 

 バシッと強めの握手を交わし、俺は静観していた傭兵──オズマ、イーリス、ガライアム──らへと振り返りながら尋ねる。

 

 

「ちなみに今のやり取り、()()()()()()()?」

「あっ? おれらを見くびるなよ──……"11"通り、だろ?」

「アニキぃ……恥ずかしいからもうあたしの兄を名乗らないでもらえる?」

「なにっ!? いやっ、てかおれはそもそも白兵専門じゃねえし? 近付かれる前に潰すしよ」

「見誤りからの遠吠えもほどほどにしてよねぇ。正解は"15"通り、でしょ?」

 

 オズマはにわかに顔を赤らめながらややふてくされた様子を見せ、イーリスの得意気に対してファンランが正直に告げる。

 

「正確には"14"だったんだけどねえ」

「おいこらイーリス! てめえこそ見えてねえ上に、ちょっと()ってんじゃねえか!!」

「い……"1"くらいは誤差だよ! いやむしろあたしには見えないのが見えてた!」

 

(まぁ俺が()ていたのは"17"通りまでだが──実際の動きそのものが追いつかなかったな)

 

 わいのわいのと兄妹が言い合う(かたわ)ら、俺はそんなことを思いながら黙して語らない無骨な武人へと投げ掛ける。

 

 

「ガライアム殿(どの)はどうでした?」

「何通りだろうと関係ない」

「ははっなるほど」

 

 二双の大盾ならば……なるほど、むべなるかな。たとえ千通りの(すじ)が見えよう見えまいと、全て防ぎきる気概なのだろう。

 

「けっ気取ったオヤジだぜ」

「あたしは嫌いじゃないよ」

 

「豪快な御仁だこと……ところで自己紹介がまだだったね。わたしはファンラン、よろしく頼むよ」

「"明けの双星"、兄のオズマ。あんたとは是非ともイロイロお近付きになりたいね」

「同じく"明けの双星"、妹のイーリス。アニキには気をつけてね、節操ないからさ」

「……ガライアム」

「あっストールと言いまさぁ、財団の情報部に所属してますんで今後ともお願いします」

 

(上々だな──)

 

 短期間でこれ以上は望めまい。まだ一応は猶予期間こそあれ、少数精鋭で行くのであればこのへんが丁度良い。

 

 

「それじゃ改めて、ベイリル・モーガニトだ。帝国はモーガニト伯爵として、対皇国戦線に対し参陣する──異存はないか?」

「詳しい契約書はあとで交わしてくれんだよな?」

「もちろんだ」

 

「はいはーい! いつ頃からー? それまで領都で遊んでていい?」

「そう遠くないとは思うが……()に一度、財団本部で確認してくれれば自由にしてもらっていて構わない」

 

「……こたびの(いくさ)の達成目標は?」

「どうでしょう、戦帝の意向が大きいでしょうから……ある程度の領地を削って満足したら切り上げるかと思われます」

 

 

 あまり長々と戦って戦火が拡大したなら、"折れぬ鋼の"が出張ってくるのは確実に目に見えている。

 となれば一気呵成(いっきかせい)に削り取り、さっさと統治を安定させて手を出させないようにするしかない。

 

 今の時代はそうした散発的で、短期間の局地戦がどうしたって多くなる。それほどまでに"五英傑"の番外聖騎士様は、嫌味なほど厄介な存在なのであった。

 

「わたしも一ついいかい?」

「なんでしょう、"ファンラン先輩"」

「"それ"だよ。いつまでも先輩ってのも……むず(がゆ)いってもんさね」

「そうですか……じゃっ、ファンランさんで」

「わたしは今まで通り呼び捨てるけど、それでいいかい?」

「構わないですよ、敬語も崩すつもりはありません。慣れた相手には慣れた話し方が一番、それもまた親愛の形です。公的の場に居合わせた時だけ、モーガニト伯と呼んでくれれば結構です」

 

 特段の(うれ)いはない。シップスクラーク財団の進退をも懸けた、インメル領会戦の時とは違う。

 今回は帝国という巨大な背骨(バックボーン)ありきで、モーガニト伯爵という立場で戦うだけ。

 さらにはこうして面子にも十分恵まれた。

 

(物見遊山とは言わないが、気楽にいくとしますかね)

 



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#353 帝都 I

 ──ディーツァ帝国、帝都──

 

 現行世界において最も領土広く支配し、栄華と隆盛を極めるであろう首都の様相は……想像していたものとは違っていた。

 川の支流に寄り添うような豊かな穀倉地帯に、ぽっかりと切り抜いたように広がる大都市を歩きながら俺は物思いに(ふけ)る。

 

(一言で斬って捨てるのであれば……乱雑(・・)

 

 帝国は、代々人族が治めてはいるものの、まぎれもない多種族国家である。

 実力があれば出世することもできて、区別はあっても差別の少ない治安を確立している。

 皇都の数倍もの面積を誇る都市は、多種族がごった煮となるゆえに……いくつもに区画分けがされていた。

 

 

(まずは帝王の一族が住まう城──)

 

 単純な城としては今まで見た中で最も巨大で、要塞にも見える城。その威容は断絶壁とはまた方向性(ベクトル)が違っていて、人類の積算が感じられる。

 そんな城塞を中心として、中枢貴族らが住まう区画を挟み、軍人とその家族らの居住区がドーナツ状に囲うようにして成り立っている。

 さらにそこから種族区がバラバラに配置されていて、その隙間にはいくつもの──共同区と商業区が合わさったような──後付け拡張された区域で埋められていた。

 

 また、王城・貴族区・軍人区・一般区画の間には防壁がそれぞれ高くそびえており、簡単には行き来できそうもない。

 

(種族ごとに習性や文化・風俗が違う所為(せい)で、こんな有様なわけか)

 

 さながら大都市そのものが九龍城(クーロンじょう)と思わせるほどで、衛生状態も決して良いとは言えず、統一性も感じられない。

 緻密(ちみつ)な設計・計算されたサイジック領はもとより、皇都の整然とした美しさや清潔さとも比較にならない。

 

 

(だがしかし……活気に満ち満ちている)

 

 特筆すべき点はまさにそこに尽きた。

 街中をただ歩いているだけでも、実に様々な顔色が覗き、それらが街並としても反映されている。

 秩序と混沌が程よく入り混じった中庸──サイジック領とはまた異なる、これも一つの理想的な国家の姿があるように思えた。

 

(どうにかインフラ事業で介入できねえかな──)

 

 足下より走査(スキャン)の為に発した反響定位(エコーロケーション)から分析するに、下水なども最低限といった様子でそれもガタがきてるように思える。

 しかしただでさえ強国たる帝国を利するのもまた、将来への見通しをつぶさに考えていかねばならないだろう。

 

 

「なあモーガニトさんよ」

 

 そんなことを考えてると、隣でぼんやりと空を仰ぎながら歩いていた"明けの双星"の兄が口を開く。

 

「なんだ、オズマ」

 

 ファンランとイーリスが先に二人で散策に出てしまい、ガライアムは宿で静かに待つとのことで、結果この組み合わせとなった。

 

娼館(しょうかん)いかねえ? あんたの(おご)りで」

「謁見までの時間はまだあるが……遠慮しておくよ」

「わぁかったって、自分の分は自分で払えばいいんだろ?」

 

「いや一人で楽しんでくればいいさ、わざわざ連れ立って行く必要もあるまい」

「伯爵の御威光があるとないとじゃ、アタリ(・・・)を引く確率が違うんだって」

 

 食い下がってくるオズマを相手に、俺はやれやれと肩をすくめる。

 

「なるほどな、じゃあ店まではついて口利きしようか」

「は? なに、あんたは楽しまないの? もしかして"遊び"はしないタイプか? それとも枯れてる? まさか男色ってこたないよな?」

 

 

「そういう目で見るのは女だけだし、当然だが現役だよ。ただ四人もいるから間に合っている」

「四人? ほっほっ、やるねえ! さすが伯爵。でも()()()()()()()()()()だろ? 今は他所(よそ)にいるわけだし」

「まぁ特段の操を立ててるわけじゃないし、商売女を抱いたからって烈火のごとく怒ることもないだろうが……個人的に後ろめたさは残るんでな」

「お(かた)いこって……でも発散しねえとイラつかねえ?」

 

「性欲なら生体自己制御(バイオフィードバック)で抑制しつつ、禁欲した分は適時闘争心に変えているから問題ない」

「ばいお……は?」

「教えて欲しいんなら、少しくらいは伝授しようか?」

 

「……よくわからんけど、この熱情を無理に抑えるなんて、おれはゴメンこうむるね」

 

 

 

 

 主街路(メインストリート)から(はず)れて何区かまたぎ、裏路地深くへオズマが先導し到着する。

 

「あった、ココよこ~こ。奴隷娼館は安いけどいまいちだからな、やっぱ玄人の店に限る」

「まったく迷わなかったな」

「前に帝都に来た時に、一度だけ使ったからな。物覚えは良いから、多少街並が変わってようとなんとなくでわかるさ」

 

(やるな……ハーフエルフ(おれ)の鍛え澄ました強化感覚とはまた質が違う)

 

 これがいくつもの資源を発見した"明けの双星"たる実力ということだろう。

 地形を覚え、忘れない。安全と危険を嗅ぎ分けた上で、どちらも自由に選べるだけの強度。

 

「パッと見、高そうな店だが……金は足りるのか?」

「手持ちは問題ない。資産で言うなら一日貸しきって豪遊したって、問題ないぜ。まっイーリスにぶん殴られるから絶対そんなことやらんけど」

 

 そうオズマが口にしたその瞬間であった。

 

 

「──随分なこと言うじゃねえかソコの。でもたった一人を全霊で愛するってのもいいもんだぜ?」

 

 唐突に、口を割り込ませたのは……娼館から出てきた"黒髪の男"と、付き従うようにその後方に控える"女騎士"がいたのだった。

 

(っオイオイオイオイ──)

 

 俺はその二人の姿に驚愕の顔を(あらわ)にし、オズマは変わらぬ調子で軽口を叩く。

 

「はっはは、今まさに一戦終えて(・・・・・)出てきたニィちゃんがそれを言うんかい? それともそっちのお持ち帰りの──ぁあっ?」

 

 言葉途中でオズマの肩をグッと強めに掴んだ俺は、眼だけで「静かにしろ」と訴えかける。

 とりあえず下手に喧嘩を売るような言動は差し控えるべきだと、オズマはすぐに察したようだが……真意までは伝わっていない。

 

「勘違いすんじゃあねェよ、オレ様の部下が運営している店だから少し顔を出しただけだ」

「……へー、そうかい。そんじゃおれが気前良く、金を落とさせてもらうかね」

 

「ああ、なんならオレ様の名前を出してもいいぞ。どうやら"そっちの男"は、オレ様のことをちゃんと知ってるみたいだからな」

 

 

 そう言って黒髪の男から向けられた視線に応じるように、俺はその場に(ひざまず)いて一礼する。

 

「お久し振りでございます、殿下(・・)

「アアン? てめえ、オレ様と会ったことがあったのか?」

(わか)、モーガニト伯です。インメル領会戦の折に一度──」

 

 "ヴァルター・レーヴェンタール"に対し、俺の正体をあっさりと口にしたのは近衛騎士"ヘレナ"であった。

 

「おおーーー、アレか。オレ様の一撃を(かわ)しやがった"円卓殺し"か。ってかそっちの野郎は、オレ様を前にしていい度胸だな」

 

 

 粛々(しゅくしゅく)と俺が(こうべ)()れるのに対し、オズマは突っ立ったまま腕を組んでいる。

 波風を立てて欲しくはないのだが、こういった事態についても契約書に記載しておくのだったと今さら後悔する。

 

「殿下っつっても、おれは帝国人じゃなく単なる雇われなもんで。街中に繰り出してくる王族さまに、わざわざ礼を示すような性分じゃあねえ」

「度胸があるのか単なるバカなのか、不敬だがまあ許してやる。大事な()のようだしな」

「あぁあぁそうさ……おれは王族に下げる頭はねえ。けどここの店の経営者になら下げる頭はある!! ありがたく使わせてもらうんで、お偉い名前を教えてください!!」

 

 それまでの態度から(ひるがえ)って平身低頭を()でいったオズマに、クツクツと笑い出す。

 

「ぶっハハハハッ!! 面白ェヤツだ。オレ様の名はヴァルターだ、まっ精々楽しんでけや」

 

 

 そう名乗り残したところで、ヴァルターとヘレナは跳躍して屋根へと飛び移ったかと思えば……すぐに移動して気配が完全に掻き消えた。

 

「──まったく(きも)が冷えたぞオズマ。公的の場じゃなくても、もうちょっと考えて行動してくれよ」

「んあ? モーガニトさんさ、こちとらガキの頃から冒険者やってんだ。初対面の相手だろうと距離感ってのは大体わかるもんさ」

 

「経験からくる(したた)かさだったってか、まったく得難(えがた)い人材だよ」

「そう思うなら出来高報酬をもっと上げてくれて構わないぜ? 金はいくらあっても困らねえんでな」

 

「前向きに検討しておくよ、とりあえず伯爵位ぽっちの口利きなんぞ不要になったわけだから俺は失礼するぞ」

「あいよ、もしかしたら何度か通うことになるかもなあ」

 

「支障が出ないようほどほどにな」

 

 にへらと笑うオズマに、俺は(きびす)を返すのだった。

 

 



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#354 帝都 II

 

「帝都に無いモノは無い──敬虔(けいけん)な信仰心以外には」

 

「な・に・それ?」

「そんなことが言われるくらいに、多種族国家の首都たるこの帝都は何でも揃っているってことさね。実際に身に染みたよ」

 

 言いながらイーリスと連れ立って歩くファンランは、見渡す限りの帝都のすみずみまで気を割いていく。

 サイジック領都の絢爛(けんらん)さとは違う、連綿と積み上げられた帝国の歴史が詰まった妙味を堪能していた。

 

「だいぶ露店を巡ったけどまだまだ足りないねえ、制覇するとなったら何日掛かるかねえ」

「ランちゃんってぜぇ~んぶ巡れるくらいお金あるの? ちなみにあたしはある」

「わたしもあるよ。漁業・海運・陸上輸送・卸問屋・料理店経営と、代々(だいだい)幅広くやってきてるからねえ」

「へぇ~代々(だいだい)ってことは、いいトコの家なんだ?」

「一応ね。元々ファン家は極東本土で財を成した家系で、それから事情あって大陸へと渡ったのさ。だからわたしは生まれも育ちも連邦東部だけどね」

「家の為に尽くしてるんだ?」

「まっ……全部が全部ってわけじゃあないけどねえ。今回の一件はわたしの意向も大きいわけだし」

「でも息苦しそ~、もっと自由に生きればいいのに」

 

 遠慮を知らない(なつ)っこさにファンランは、気性こそ別モノだが後輩であったレド・プラマバを想起させた。

 

 

「極東本土は名と姓を分けて呼ばないのが慣習だけでなく、一族という単位をとても大切にするからね。自由・不自由以前に、自分の一部みたいなもんさね」

「ふーんふんふん、あたしらにはあまりない考え方だねえ」

「……イーリスはどこの出なんだい?」

「おっおっ、聞きたい? あたしとアニキの話」

「これから背中を預け合う仲間だからね。相手に興味を持ち、疑問を解消してこその信頼だろう?」

 

 そんなファンランの言葉に、イーリスはニマッと笑う。

 

「あたしより若いのに、な~んかスッゴイしっかりしてるねえランちゃん」

「環境がそうさせたのかもねえ」

 

 ファンランとイーリスは露店でそれぞれ飲食物を買い、立ったまま食べつつ会話を再会する。

 

 

「あたしらは連邦西部の、とある都市国家の──さるお(えら)さまに(つか)える奴隷の子として生まれたんよ。

 旦那さまの友人が孕ましたもんらしいけど、地位的にバレちゃマズいってんで……しかも双子じゃん? 奴隷の給料じゃ養えないしさ」

 

 イーリスとオズマは、望まれぬ子として生まれ落ちた。しかし奴隷もまた一大産業であるがゆえに珍しいことではない。

 

「とりあえずそん時はね、捨てられるようなこともなかった。多分孕ました本人が、些少なりと金を払ってたんかも。それが唯一の幸運」

 

 名称は違えど奴隷は各国に存在し、労働者階級としての文化が根付いている。

 契約魔術によらずとも慣習と文化と社会と秩序といった環境要因が、人権の薄弱な奴隷を奴隷たらしめる。

 

「当然だけど放ったらかしで育ってきて、それでまあアニキがコレ暴れん坊でさ。何かにつけて騒動を引き起こしてたわけよ」

「イーリスの子供の頃はどうだったんだい?」

「あたし? ──は別に、特に疑問に思うようなこともなく大人しかったよ。で、手が付けられないアニキだけさ、どこか他所に売られることになったわけ」

 

 

 奴隷売買は珍しくなく、専門の業者も少なくない。

 生命もまた財産の範疇であり、世界はそうやって回ってきたのである。

 

「たださぁ? 母親がさ──そうなっても日常と変わらずあっさり受け入れてくれちゃって……あたしはそん時にさ、自分たちは見捨てられる程度の存在なんだって気付いたね」

「それで……その後はどうしたんだい?」

「アニキに"一緒に来い"って言われてあたしはついてって逃げた。でも世間も知らないガキ二人で生きてくなんて到底ムリなわけで……最初の頃は、そりゃもうヒドかったもんよ」

 

 世界は決して優しくない──こうして華やかに見える首都も、あくまで広大な世界の一部分に過ぎない。

 多くは厳しい自然環境に加え、魔物も跋扈(ばっこ)する未開拓の地であり、人間社会においてもそれぞれに違った秩序──あるいは混沌がある。

 

 

「生きてく為にね、イロイロとやってきたよ。でもその内、二人で気付いたんだ──このままじゃ死ぬまであたしらは下民のままだって」

 

 多くが生まれ、多くが死ぬ。それが世界のサイクルであり、それゆえに文明は興亡を繰り返し続ける。

 

「そこからはもう、何が何でも成り上がってやるの一心で……あの手この手で冒険者として登録して依頼をこなし続けてきたわけよ。

 もろもろ世話になった人もいたけど、仕事途中であっさりと逝っちゃってさ。だからこそあたしらは死ねないって一層奮起したね」

 

「なるほど、兄妹ってのはいいもんだね。わたしはあいにくと一人っ子だから、少しばっかし(うらや)ましいよ」

「そうなんだ? おっきい家って兄弟姉妹いっぱいいるもんじゃないの?」

 

「一族として見れば傍流がいくつかあるけど、本家であるわたしは、わたし自身が"継承者"として最初に生まれたからね。直接の血の繋がりは不要なのさ」

継承(けーしょー)? ってなにさ」

「先祖代々から続く龍血さ、まあそこらへんはおいおい話していくとしようか。話の腰を折ってすまなかったね、それで……シップスクラーク財団とも出会ったわけかい」

 

 

「ん、そうなんよ! しかもその頃はまだ商会で、資源収集の内容もひどく要領を得ない感じでさぁ……それでいて出来高(できだか)だよ? まあよくわかんない地勢調査だけでも割と稼げたけど。

 最初は他の依頼と並行してこなしてたんだけどさぁ──あたしらってその手の才能(センス)があったらしく一番の稼ぎ頭で、あれよあれよと言う()に専属契約で動くようになってたねぇ」

 

「ははっ、良き出会いには感謝しなきゃねえ」

「まったく! 財団と深く関わってから、見えてた世界も変わっていったね! フリーマギエンスの思想と知識も大いに学んで利用させてもらったさ」

「わたしも……学園生だった頃が懐かしいね」

「そしたらその内に装備もくれてさ、まぁまぁ試作運用も契約の内なんだけど。でもでも、すっごい具合が良くって!」

 

 そう言ってその場でくるりと回ったイーリスの外套(ローブ)の内側から、"TEK装備"がチラリとファンランの目に映る。

 財団でも機密分野であるTEK装備の試用も任されるほどに、"明けの双星"兄妹への実績と信頼のあつい証左であった。

 

 

「その身一つで(あかし)を立てる、それに比べてわたしは恵まれていたことかねえ」

「うん、ちょっと待って? あたしらは今の生き方に誇りがあるから、同情される(いわ)れはないんよ」

「それはすまなかったね」

「なんなら波乱のない人生で面白い? って逆に同情しちゃうくらいさ」

「言うねぇ、まったく──」

 

 楽天的なイーリスの言葉に、ファンランは肩をすくめて笑う。

 

「今回も新たな足がかり! コツコツ貯めた資産を適切に運用して、体が動かなくなってきたら(ぜい)()くして悠々自適に過ごすんだい」

「……いい人生設計だね、良かったらうちにも投資してくれたりなんかしないかい?」

「んんー? んっん~? それはアレ。ちゃんとした場を設けて、きっちりと計画に目を通して、しっかり相談してからね」

「先々の見通しが付けられる取引相手は好きだよ、こっちもやり甲斐(がい)がでてくるってもんさ」

 

 イーリスとファンランの会話は尽きず、お互いに親睦を深めながら、帝都を探訪していくのであった──

 

 



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#355 黒騎士

 

 オズマと別れた俺は一人、裏路地を進みながら帝都の実状をつぶさに観察していく。

 軍事力でもって制覇勝利するには最も不向きな国であるがゆえに、何が付け入りやすいかを探る意味合いもあった。

 

(──前方暗がりの(かど)(かん)あり、ってな)

 

 気配を押し殺して待つ小さな吐息が……ハーフエルフの強化感覚に引っかかる。

 俺は特に歩幅も速度も変えないまま、悠々と進み続け──飛び出してきた小さな人影との衝突を華麗に(かわ)したのだった。

 

「あっ──(つう)っ」

 

 ぶつかるはずだった小さな男の子は勢い余って地べたへとすっ転び──すぐに立ち上がろうとする前に──しゃがみこんだ俺と目が合う。

 

 

「大丈夫か、少年? いやぁ、危なかったね」

「えっ……う……ごめんなさい、ぼく急いでて──」

 

 目が泳ぐほどに動揺し、(おび)えた様子を見せる少年に対し、俺は見透かした笑みを浮かべる。

 

「身なりはそれなりに整っているが、路地裏をキョロキョロしながら慣れていない様子──迷い込んだ旅行者は()()()()()だもんな。狙われた俺が迂闊(うかつ)だ」

「あ……」

 

 ドンピシャリ言い射抜かれてしまった少年の呼吸が一瞬止まる。

 ほんのちょっと前に視線を感じた瞬間があったのだが、恐らくはこの少年だったのだろう。

 

(だが、()()()()()──)

 

 そう考えた瞬間、新たに少女が走ってくるのが見える。

 

 

「あのっお兄さん! ケガはないですか!?」

「……あぁ、俺は問題ないよ」

「それならよかったです!」

 

「ね……ねぇちゃ……」

「ほら起きて!」

 

 駆け寄ってきた少女は、不安と安堵の両方が瞳に映る少年の言葉を中断させて、勢いよく助け起こす。

 

「ごめんなさいお兄さん、この子ってばうちの弟なんですけど……ヤンチャが過ぎて──」

「いや、いいよ。()()()()()()から」

「えっ……その──」

 

 俺が詰問(きつもん)するように姉らしい少女を見据えると、彼女もこういった状況にはあまり慣れていないのか新たに言葉を紡げないでいた。

 

(まぁ……貧困はどの国・都市でもあるものだな)

 

 それこそ神領のような──魔術で動くゴーレムによって衣食住をまかなわれ、生きるだけなら労働する必要がないシステムが構築されているならともかく。

 どこにだって貧富(ひんぷ)と格差は存在し、大半が日々を生きる為に精一杯なのが世の中である。

 

 

「ごめんなさい、ほんとうにごめんなさい……わたしたちをゆるしてください、どうか」

 

 少女の口から出たのは必死の懇願(こんがん)であり、俺の強化感覚はあらゆる生体反応から滲み出る本音を、痛々しいまでに受け取ってしまう。

 

「いや、いいんだ」

「えっ」

「わ……」

 

 俺は姉弟をグッと引き寄せて抱きしめてやる。

 ヤナギを筆頭に他の保護孤児らも育てていた俺にとって、その光景は見るに()えないものであった。

 

「弟くん、お姉ちゃんは好きかい」

「……うん」

「お姉ちゃんは、弟くんを大切に想ってるんだね」

「……はい」

 

 ゆっくりと呼吸と鼓動が落ち着いてくのを感じながら、俺は体を引き離して二人をそれぞれ見つめる。

 髪と瞳の色からして血の繋がった姉と弟──まだまだ幼くも、しかして掛け替えのない絆。

 

 

「今日、君たちは俺と出会った。これは(えにし)であり……幸運だ。今まで耐えてきたことへの見返りだと思っていい」

 

 見知らぬハーフエルフの男が言い出したことに、話半分な表情を浮かべている二人に対し、俺は"小さな紙"を取り出す。

 それはシップスクラーク財団の紋章(ロゴ)(えが)かれた"名刺"であり、さらに樹脂ペンでサインを書き加える。

 

「それじゃぁ、今から言う場所を知っているかな──」

 

 俺は姉弟に言い聞かせるように、小規模ながらも運営している"シップスクラーク財団・帝都支部"の場所を伝えた。

 

「わかります、その場所」

「よしっ、それならそこへ行きなさい。これと同じ紋章を着けたローブを羽織る人に紙を渡せば、君たち二人が新たな生活が送れるようにしてくれる」

 

 まだ半信半疑といった様子だったが、集合まで時間もあまり無い。

 割にしっかりしているようだし、わざわざ同伴せずとも大丈夫だろうと思う。

 

 

「お兄さん……?」

「もしも同じような子供たちがいたら誘ってあげてな、決して悪いようにはしない」

「……ありがとうございます、でもなんで──」

「未来とは、(きら)めくものでなくっちゃならないからさ」

 

 そう力強(ちからづよ)く言った瞬間、ガチャガチャと鎧が擦れる音が、後方から複数聞こえてきた。

 

「ちょっとそこの(かた)、よろしいですか」

 

 立ち止まった黒いフルフェイスの内側からくぐもった声でそう言われ、立ち上がった俺は半身(はんみ)だけを向けて新たな人物らを観察する。

 現れた三人は皆一様(みないちよう)に漆黒の鎧・兜を身に着け、さらには帯剣もしていた。

 

 

(……"黒騎士")

 

 帝国に所属する騎士位の一つであり、帝都を中心として特別な執行権をもって行動する集団戦闘に()けた騎士団。

 軍事行動に参加することもあるが、多くは魔物の討伐や犯罪者の取り締まりであり、処刑(・・)もその仕事の範疇。

 

 統一された黒の装いは威圧のみならず味方との連携をスムーズにし、顔を見せないことから特定個人への恨み辛みを気にする必要がない。

 また自らの心すらも(おお)い隠すことで、どんな残酷な執行すらも躊躇(ちゅうちょ)しないというのが特徴。

 騎士位でありながらも汚れ仕事を淡々とこなすその威容(サマ)は、罪を犯していない一般人からも畏怖(いふ)される存在である。

 

 ゆえに……黒騎士らを前にした姉弟の心情は、この世の終わりと言っても過言ではなかった。

 

 

「職務ご苦労さまです、それで……なんの御用向きでしょうか」

「先日このあたりで窃盗行為があったと届出がされていて、調べている最中です」

 

(この子らを現行犯で抑えようとでもしていたのか──まっ俺には関係ない)

 

 警団ではなく、わざわざ黒騎士が出張ってきたということは……相応の地位にいる者からの要請なのだろうか。

 いずれにせよ被害に()った者には気の毒ではあるが、基本的に財団の利益が優先される。

 

「あるいは……たった今、あなたも──」

「窃盗をされたと? 別にそんなことはありません。この二人には帝都を案内してもらっていたんですよ」

 

 いけしゃあしゃあと口にした俺は、取り出した銅貨を数枚握らせ、ポンッと小さい背中を押すように姉弟を送り出す。

 

「二人ともありがとう、ここまでで十分だからもう行きなさい」

 

 コクリと(うなず)いた姉は、弟の手を引いて走り出す──のを追おうとした黒騎士の一人を、俺は手を伸ばして制した。

 

 

「待った」

 

「……なんのつもりだ、これは職務。邪魔をすれば執行妨害にあたるぞ」

「彼女らはまだ子供です。そんな威圧感たっぷりで捕まって尋問されては、()()()()()()()()までやったと言ってしまいそうだ。それは忍びない」

 

 するとリーダー格と思しき最初に言葉を発した黒騎士が、矛先をこちらへと向ける。

 

(かば)()てするというのか」

「そういうわけではないが、あの子らには世話になったからね──なにぶん参集されたはいいが、帝都へ来るのは初めてで」

「……参集?」

 

 俺はかぶっていたフードを取りながら暗がりに顔をさらし、大仰な仕草でもって黒騎士へと一礼する。

 

「申し送れましたが自分はモーガニト領主、ベイリル・モーガニト伯爵です。これ以上因縁を吹っ掛けるというのであれば、正式な手順に(のっと)って願います」

「なっ──」

 

 声だけでなく鎧の内側からでも驚愕の反応が漏れているのが、手に取るように理解できる。

 たまにはこうして伯爵位の威光を使うのも……なるほど、確かに悪くない気分だった。

 

「これが(あかし)です。さっさっ、どうぞいくらでもご検分を」

 

 俺はベルトに付けたウエストバッグから、モーガニト領主の印璽(いんじ)指輪(リング)と、戦争参陣に関する書類一式と、王城への通行手形を見せる。

 

「──ベイリル……モーガニト、伯爵……」

 

(……? なんか動悸がちょっと激しいな、声色も心なしか──)

 

 ベイリル・モーガニトの名と爵位を咀嚼(そしゃく)反芻(はんすう)するようにつぶやいた黒騎士に、俺は(いぶか)しげな視線を送る。

 しかし相手の表情はヘルムの下でわからない。

 

 

「確かに。大変失礼しました、我々の無礼と態度をお詫びいたします」

 

 書類一式を丁重に返却された後、黒騎士三人は揃って軍式の敬礼をした。

 執行権を持つ黒騎士と言えど所詮は騎士位に過ぎないので、領地持ちの伯爵位を相手にしての立場はわきまえねばならない。

 

「理解していただけたのならば結構です。もしも何らかの不都合があれば、(しか)るべき形で応じます」

「はい、では我々はこれにて──」

 

 あっさりと(きびす)を返して戻ろうとする黒騎士──そのリーダー格の男が一人、こちらへともう一度向き直る。

 

「モーガニト伯、一つだけよろしいですか……あなたは今、幸せですか?」

「はぁ? まぁとても充実していますが」

 

 その質問の意図はさっぱりわからなかったが、俺は反射的にそう答えていた。

 苦労も多いものの……退屈はしていない。異世界ライフを存分に謳歌しているのは、決して過言ではなかった。

 

 

 肝心(かんじん)の謎質問をしてきた黒騎士はその答えに満足したのかはわからないが、一礼をして返すとすぐに路地の角を曲がって行ってしまったのだった。

 

「なんなんだか……まぁいい」

 

 無用な時間を浪費したものの、これもまた帝都における一つの情報として俺は心に留めておくのであった。

 



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#356 鋼鉄の玉座

 

 ──帝都・王城、玉座の()──

 

 そこは現世界における中心(・・)とも言えるやも知れない、そこは最も領土広き帝国の王が座る場所であるがゆえに。

 王妃の為の並んだ椅子はなく、催し物が開けるほどの広間の奥に唯一(ただひと)ツ存在している鋼鉄の玉座。

 

 そしてそこに座るのが帝国の頂点──帝国史上最も戦争を愛し、愛されたがゆえに付けられた二つ名──"戦帝"バルドゥル・レーヴェンタール。

 鋼鉄の玉座とは、今まさに戦鎧を着込んだ帝王が座っても耐えうる為に作られたモノであった。

 

 周囲にはいつか見た帝国上級大将である"シュルツ"に、他の軍人達、文官や書記官らが複数人。

 さらには帝王の血族と思しき子らが、ヴァルターを含めて三人──知った顔であるモーリッツもといモライヴと、東部総督補佐であるアレクシスの姿はなかった。

 

 

 しかし戦争を前にしたこの"決起会"において、俺の目を最も強く()いたのは──別の二人であった。

 

(帝国軍事の最高位、"三元帥"の一人……"帝国の盾"オラーフ・ノイエンドルフ)

 

 かつて若かりし頃の"黄金"ゲイル・オーラム、"悠遠の聖騎士"ファウスティナ、"深焉(ふかみ)の魔導師"ガスパール。

 さらに共和国の"大商人"エルメル・アルトマーより支援を受けて、ワーム迷宮を制覇した際のパーティのリーダーその人である。

 

 その頃より帝国軍人にして、制覇特典も仲間に(ゆず)ったという生粋の武人にして人格者だと聞いている。 

 もしも機会があれば話したい気持ちもあるが、余計なことを口走ってしまう恐れもあるので難しいところだった。

 

 

(……そして()()()()の"帝国宰相(さいしょう)"ヴァナディス)

 

 帝国建国当初から宰相を務め続けていると言われている、帝国で二番目に偉いとも言える女性。

 

 誓約はしておらず、家も名字も持たず名前のみ。およそ財産らしいものを何一つ保有していないとも噂され、帝都から出ることも滅多にないのだとか。

 一説では"国家そのものと契約した奴隷"とすら(ささや)かれていて、長命種たるエルフにはなかなか皮肉が効いている。

 

(それで何百年と宰相の座に居座り続ける、否──だからこそ王が変わり続けても、宰相で在り続けられる)

 

 無欲ゆえの絶対的地位。何よりも積まれ続けた執務能力と、長命種ゆえの広い人脈(かお)

 レーヴェンタール一族がその玉座を明け渡したことは一度として無いものの、たとえ簒奪(さんだつ)されたとしても彼女がいるからこそ帝国は問題なく存続するとも言われる。

 

 

 観察している間にも、何十人もの帝国貴族らが戦帝へと拝謁(はいえつ)し、この場にいる全員の前でこたびの戦への意気込みや貢献を示していく。

 

 戦装束こそ正装。というのが戦帝の考え方であり、いちいち着替えを用意する必要がないのは楽であった。

 ただし参集された貴族の多くが多様な装備を身につけているのに対し、俺は必要最低限の軽装で済ませてある。

 

 貴族らは少なくなく戦帝と言葉を交わし、続々と消化されていく中で……俺は各貴族の情報を、後でシールフに引き出してもらえるよう記憶しながら──ついに順番が回ってくる。

 

 

「──次、亜人特区割譲モーガニト領、ベイリル・モーガニト伯。後方要員200、支援物資が準二等、また本人の参陣となります」

 

 そして俺は……"あの時"とは違って、さほど緊張もなく帝王の前で(ひざまず)いていた。

 

「陛下──」

「"円卓殺し"か、あれからつつがなく領地を治めているか?」

「はい、(わたくし)自身というよりは……優秀な代理の手によってですが」

「有能な者を重用し、上手く扱うのも(うつわ)よ。たしか貴様の目的は、例の"炎と血の惨劇"を調べることだったか──あれからわかったことはあるか?」

 

 俺は将軍(ジェネラル)のことは伏せて、知らぬ存ぜぬを突き通す。

 

「……いえ、皆目(かいもく)。もし何かあれば東部総督を通じて中央にも報告をさせていただきます」

「そうか、何かしらの火種になればと思ったがまあ焦ることもあるまい──ところで、貴様とはまだ戦っていなかったな」

 

(はい、きた)

 

 俺は想定通りの事態にあらかじめ用意していた答えを述べようとする──前に戦帝の言葉が続く。

 

 

「だがさすがに戦争前だ、オレとてそこまで節操が無いわけではない。貴様とは、この戦争が終わったらだな」

 

「お手柔らかに願います。まずは陛下の麾下(きか)として共に戦えること、光栄です」

「……その割には供出が少ないようだが、まともな領地軍を組織してはいないのか」

 

「領内の治安・防衛の為の戦力で手一杯でして、申し訳ありません。それに(わたくし)は軍を率いる将才があるわけでもなく──」

 

「領主となって日が浅かろうが、今ここが忠誠心を試される場ということは理解できているだろう?」

「もちろんです。ですのでこうして──モーガニト領における"最大の戦力"に関しては、過不足なく提供する所存」

 

 最大戦力──すなわち()

 

 

「なかなか言うな?」

「"円卓殺し"が伊達ではないこと、貴重な航空戦力たるを披露いたします。それとは別に、傭兵二人と金級冒険者を二人ほど雇い入れておりますれば」

 

「少数精鋭か……一定の権利を与えて遊撃とするか、オレの直属として動かすのも面白そうだ。いささか悩むところだな」

「陛下の御随意(ごずいい)に──ただし希望をお聞き届けくださるのであれば、遊撃とさせていただければより多大な戦果をお約束できましょう」

 

「このオレを除く"伝家の宝刀"は、抜く機を見誤ればつまらぬ結果と成り果てる──好き勝手にやらせれば……それだけ不確定要素が増えるのを理解しているか」

 

 戦帝バルドゥルは「それはそれで面白いのだがな」と付け加えてから、数秒ほど考えた様子を見せる。

 

 

「航空戦力と言ったな?」

「……? はい」

「速度はどうだ」

「"爆発"よりは遅いですが、"音"よりは速く」

「ふっ……伝家の宝刀は何本あっても困るモノではない、しかし持て余したところで無駄でもある。そうした敵との駆け引きは戦争の妙味であると同時に、実にもどかしい部分だ」

 

 帝王が何を言いたいのか図りかねていると、すぐに本題へとシフトする。

 

「こうして他の者らもいる手前、いくら貴様が実力者であると言っても簡単に"遊撃"などという権利を与えるわけにはいかぬが──しかしだ、先んじて成果を差し出せばその限りではない」

「成果、とは──」

 

「"竜騎士"ら軍供出が遅滞している。神速を(むね)とする彼奴(きゃつ)らが、どうにも出し渋っているのが()せん」

「それは……赤竜"の意向、ということでしょうか」

「まさしくそういった背景を含めて(さぐ)ってこい。可能であれば交渉して引っ張り出してこいと言っている」

「……そのような重責を(わたくし)などが(にな)ってよろしいのですか?」

 

 俺としては安請け合いをしない為にも、大勢の重臣や貴族らがいる今この場にて確認を取る。

 

 

「既に何人か向かわせているがどうにも門前払いを喰らっているらしく、取り付くシマもないそうだ。貴様は竜騎士と相対したとして、遅れを取るか? "円卓殺し"よ」

「……いえ。赤竜相手はどうしようもありませんが、そうでなければ──」

「ならば良し。場合によっては多少(・・)の強硬策も辞さぬということを示さねばならん」

 

 仮に赤竜と竜騎士らが(こば)み続けるのであれば、帝国の矛先が向かう──ということを(あん)に言っているのだった。

 

「貴様の運用はその結果次第で決めるとする。何一つ持ち帰れなければ、戦果を得る機会すら失われることも留意しておけ。……オラーフ!」

「はッ、ここに」

 

 俺に釘を差すように言った戦帝は、(そば)に控えた帝国元帥を呼び、オラーフ・ノイエンドルフは粛々(しゅくしゅく)と玉座の横に立つ。

 

「こいつにも各種書状を持たせておけ、オレの名も使ってな。最後通牒の一歩手前くらいで……構わんよな? ヴァナディス」

「三度目の使者となりますから、よろしいかと」

 

 エルフの帝国宰相はその場から動かず、目を瞑ったままそう答えたところで戦帝は大きく(うなず)いた。

 

「長くなったな、下がっていいぞ。今後貴様に期待できるかどうか、楽しみにしている」

(つつし)んで務めさせていただきます」

 

 俺はその場から下がりつつ、入れ替わりの貴族へ会釈しながら思いを致す。

 

 

(……とんでもない役回りを押し付けられたが──まぁいい、当たって砕けろだ)

 

 失敗したところでどうもしない、気負うことなき責務というのは実に楽なものであると。

 

 



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#357 帝国の盾

 

 謁見(えっけん)および決起会はとどこおりなく終了し、俺は城内を兵士に案内される形で歩いていた。

 外からは堅牢な城塞のように見えた王城も、中を見れば普通の王宮とそこまで変わりはない。

 

 ただ帝国らしい雑多な装飾と機能性が随所に垣間見え──俺は王城全体を反響定位(エコーロケーション)したい衝動を抑えながら──案内役に続く。

 そうして到達したのは元帥の為の執務室。案内人がノックし、扉が開けられたところで俺一人だけが中へと招かれる。

 

「ご足労すまないね、帝国元帥オラーフ・ノイエンドルフだ」

「はッ! モーガニト領伯爵、ベイリル・モーガニトと申します」

 

 俺は軍人ではないものの帝国式の敬礼をし、対して同じように返したオラーフは応接用の椅子へと座る。

 

「そちらに掛けたまえ」

「失礼します、閣下」

 

 俺が対面に座るとすぐにお付きの従者がお茶を注いでくれ、俺はオラーフがティーカップを手に取るのに追従して一口だけ(すす)って戻す。

 

 

「──モーガニト伯、ハーフエルフでも若いそうだが」

「はい、ヴァルター殿下と同じ年齢です」

「戦争前から大任を与えられたようだが……それだけ陛下が期待していることの裏返しと思うといい」

「恐縮です──しかしこうなれば全身全霊をもって遂行したいと存じます」

 

 オラーフ・ノイエンドルフ、こうしてわずかに話すだけでもどこか包み込まれるような感覚があった。

 それは生来のそれと、経験によって熟成された人格によるものなのだろうか……不思議なカリスマ性である。

 

「よろしい。書状は既に用意してあるから、目を通してもらいたい」

 

 俺は従者から書類を受け取ると、実にシンプルな中身が書かれていた。

 

 皇国との戦争に備えて今すぐに参集すること。

 また遅滞するに足る相当の理由を説明すべく、"竜騎士団長"もしくは"竜の巫女"が速やかに王城へと出頭せよとの(むね)

 期日までに守られない場合、盟約の不履行として相応の処分を課すという内容。

 

 

「モーガニト伯、盟約の内容は知っているだろうか?」

「大まかには──帝国領の通称"赤竜山"と周辺一帯の土地を特区税制で治めるのと引き換えに、戦力として竜騎士を供出すること──ですよね」

「そう……帝国建国当初から存在する、最も古き盟約の一つだ。しかし事ここに至って、突如として揺らいでいる」

「今までこういったことは?」

「帝国の歴史上において初めてのことだと、"宰相"は(おっしゃ)っていた……」

 

(帝国建国当初からいたとされるエルフ──ヴァナディス宰相閣下がそう言うのであれば……まぁそうなんだろうな)

 

 俺は会話を途切れさせないまま、並列して思考する。

 

 

「理由なく一方的に盟約破棄しようなどとは考えにくい。よって、せめてその理由くらいは聞いてきてもらいたいのだ」

「帝国としても竜騎士という空戦特化兵力を失うわけにはいきませんものね」

 

(そもそもなぜ、赤竜は……気に喰わないことがあったとして、帝国側へ要求をしてこないのかってことだな)

 

 何かしら理由があるのであれば、正式に訴えるべきところだろう。

 あるいは理由が存在しない気まぐれ……というのは考えにくく、何か厄介事が起きているとすれば頭が痛くなる。

 

「あぁ、竜騎士たちの中には歴戦の馴染みも少なくない。()の者らと争うことだけはどうしても()けたいのだ」

 

 その言葉と態度になんら(いつわ)りない──(たみ)(へい)らを第一として考える、帝国軍人の(ほま)れにして規範と称される姿がここにあった。

 

 

「了解しました。(わたくし)も竜騎士と相争(あいあらそ)うようなことがないよう、重々注意してあたりたいと思います」

「すまない……いやありがとうモーガニト伯」

 

 深々と頭を下げたオラーフに、なるほど彼の分け隔てない気質あってこそゲイル・オーラムやファウスティナが従ったのだと感じられるのだった。

 

「お任せください、ただ……一つよろしいですか?」

「疑問があればいくらでも答えよう」

 

 そう(こころよ)く言ってくれたオラーフに、俺はわずかに笑みを浮かべながら好奇心と悪戯心をブレンドして問い掛ける。

 

「赤竜は()()()()()()どうですか?」

「むっ──?」

 

 一瞬だけ怪訝(けげん)な顔を浮かべたオラーフは、さらに言葉を続けようとする俺に向かって大きな手の平を広げて向けてくる。

 

「いや、待ってほしい。自分で導き出すから、何も言わないでもらえるだろうか」

「……はい、いくらでもお待ちします」

 

 なぜ黄竜と名指しして、赤竜と比較する質問をオラーフに投げ掛けたのか……彼はその意図を探る。

 

「インメル領会戦──円卓の魔術士第二席、王国"筆頭魔剣士"テオドールを討伐した戦功……自由騎士団もいて、確か──」

 

 オラーフは記憶の中から順繰り辿っていき、彼なりの答えへと到達する。 

 

 

「わかったぞ、インメル領会戦にて一枚噛んでいたというアルトマーから聞いたわけだな」

「えーっと……三割ほど正解、くらいでしょうか」

「なに? なんという中途半端な──他には……いや、アルトマーが"永久商業権"を使って建てた店か」

 

「それも間違いではありませんが、なぜ最下層の(ぬし)を知っているかと言えば……(わたくし)も閣下と同じく、ワーム迷宮(ダンジョン)制覇者だからです」

「ほう! なんと!!」

 

 オラーフは得心いった様子で、パァッと顔を明るくする。

 

「わたしの頃とは違って、今は若き芽がよくよく育っているのだな。(はく)にしてもヴァルター殿下にしても──若さと強さは大切にするといい」

「……ヴァルター殿下?」

 

 唐突に挙げられたその名前に、今度は俺がオラーフへと答えを求める。

 

「さすがに知らぬか、ヴァルター殿下もワーム迷宮の制覇者なのだ」

 

 

(まさか、直近の制覇者ってヴァルター・レーヴェンタールだったのか!?)

 

 キャシーが言い出したワーム迷宮の再攻略──しかし回復担当のハルミアが潜れないこともあって、スライムカプセルの開発まで待つことになった。

 しばらくしてスライムカプセルが実用に()えうるようになった丁度その頃、改装された新たなワーム迷宮に制覇者が出て、またも改装期間に突入することになる。

 

 結果として再攻略作戦は延期に延期を重ねて、ようやく今になってダンジョンアタックが可能となったのだった。

 

(財団の情報部で調べても、制覇者については判然としなかったが……ヴァルターだったのか、まったく(あなど)れないな)

 

 カエジウス特区とワーム街と迷宮それ自体が特異な場所であるので、調査しても不明だったのは致し方ない。

 事実──わざわざ店内に制覇者として名前を並べでもしない限り──喧伝(けんでん)していない制覇者(おれたち)の名前も広まっているわけではない。

 

 

「そうでしたか、殿下の叶えられた願いはご存知でしょうか?」

「そこまでは聞いていない。ただ今回の戦争を後押ししたのは、ヴァルター殿下が"折れぬ鋼の"を抑える算段があるからだという話だ」

「まさか……カエジウスに"折れぬ鋼の"をどこかに釘付けするように願った──?」

「あの"無二たる"カエジウスが、そこまで都合よく願い事を聞いてくれるとは思わないが……何かの策があったことは確かなのであろう」

 

 いかに迷宮制覇者とて、"折れぬ鋼の"に直接あたるのは領域が違いすぎる。しかしカエジウスが出張るのであればその限りではない。

 まさか直接的に衝突することはないだろうが……何がしかに絡んでいるという可能性は非常に高いと言えよう。

 

 

「なるほど──あっちなみにですが、アルトマー殿(どの)だけでなくオーラム殿(どの)とファウスティナ殿(どの)も知っています」

「なにっそうか! そうか……息災でやっているか」

「オーラム殿(どの)は、はい。ただ聖騎士ファウスティナ殿(どの)は……どうでしょうかね、あるいは皇国と戦う以上は──」

 

 それ以上の言葉を俺が紡ぐ前に、オラーフは鷹揚に(うなず)いた。

 

「かつての仲間ではあるが、彼女もわたしもそれぞれ国も違えば信念も(こと)とする。気にすることはない」

「──で、あれば」

 

 俺はおくびにも表情や態度には表さなかったものの、声色に出てしまっていたことで逆にオラーフから(おもんぱか)られてしまう。

 かつて信頼し背中を預けるまでの仲間であった人間と争うということが、一体どういう気持ちになるのか……俺には実感がない。

 

 

「ははは、ゲイルのことも知っているのなら少しだけ昔話でもしようか。未来ある若者への教訓話なども交えてな」

「是非とも。興味深いです」

 

 そうして俺は"帝国の盾"オラーフ・ノイエンドルフとしばしの歓談を楽しむのだった。

 

 



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#358 血族 I

 

「──おっと、実に有意義だったが……随分と時間を取らせてしまったな」

 

 二時間ほど"帝国の盾"オラーフ・ノイエンドルフ元帥と世間話を終えた俺は、やんわりと言葉を返す。

 

「閣下、お気になさらず。こちらこそ貴重なお時間を頂き、ありがとうございました」

「ああしかし今出発すればすぐにも日が暮れる。遅滞見込み分は陛下からわたしの名で口添えておこう」

「ありがとうございます。しかし(わたくし)にとって、この程度の時間は遅れにはなりません。夜闇でも空を疾駆(かけ)(すべ)を持ち合わせていますので」

「ほう……そうか、そうか。その若き才覚を今後も伸ばしてくれたまえ」

 

(いい人だ……)

 

 動機こそ純粋に話したかったことに起因するが、同時に帝国元帥の現在の"人となり"を知っておくという目的があったことも否定はしない。

 もしいつかの未来に帝国と衝突する際、まだ彼が現役であったならば価値のある情報となりうると……。

 しかしながら歓談はごくごく普通に楽しいもので、過去の話も実に有意義なものだった。

 

 

「くれぐれも無理することなく、その身を第一にしたまえ」

「はい肝に銘じます、それでは失礼します」

 

 俺は書類一式を手に、心からの誠意をもって帝国式の敬礼をするのだった。

 

 

 

 

 王城の廊下へと出たところで、俺は次にどうするかを考える。

 

(迷ったフリして見学でもすっかね……)

 

 王城内における許可なき魔術使用は罪に問われる以上、飛行して出て行くような真似はできない。

 かと言ってただ真っ直ぐに出口へ向かうというのも──こうして恵まれた機会を無為とするのは、いささかもったいない。

 

 そんなことを思いながら俺はしばらく散策がてら堂々と歩きつつ……そして間の抜けた声を発する。

 

「……あれっ?」

 

 見覚えがないのは当然なのだが、随分と奥まった場所まで来たようで──いつの間にか自分のおおよその位置すら喪失していた。

 

(普通に迷った。普段から"反響定位(エコロケ)"に頼りすぎている弊害(へいがい)か)

 

 いつでもどこでもマップ(MAP)をひらいて位置や目標どころか、次の道筋(ガイド)まで確認できる最新ゲームに慣れきって……一切ヒントなしのレトロゲームをやればこんな気分になるだろうか。

 

 

「まぁいい、素直に迷ったと誰かに聞くか」

 

 俺は一度、自らを"天眼"の状態に置いて周辺状況を把握する──と、いくつかの声が半長耳へと届いてくる。

 

荒波(あらなみ)立てずに穏便に済みそうな人は……──んんっ?)

 

 それ(・・)は聞き知った声であった。ある時は学園生活において、ある時はインメル領会戦後の交渉の場において。

 

「"モライヴ"──」

 

 自分の記憶を確認するように、小さく(つぶや)いた俺の足が自然と向く。

 学園では戦技部兵術科に所属していたフリーマギエンス員であり、東部総督との交渉においては帝王の一族たる"モーリッツ・レーヴェンタール"として。

 

 

『──そうか、でも"テレーゼ"……くれぐれも気は抜かないように』

『はいお兄さま、わかっています。いつもありがとう』

『いいんだ、また何か良さそうなモノを見つけたら持ってくるよ』

 

 扉を挟んで部屋の中から聞こえてくる声……、途中から聞こえた範囲で俺は関係性を測る。

 

(随分と優しい声音だ……兄妹(きょうだい)、か)

 

 オズマとイーリス、"明けの双星"兄妹。あるいは異母兄妹であったカドマイアとパラス。ヘッセンとフラーナも、従兄妹(いとこ)ではあるが(きずな)が強い。

 生まれた子らが揃って健康に生き抜き、また関係性も良好であることは掛け替えのないことだ。

 兄弟だけでなく子孫(こまご)や祖父母も含め──それは時代を通して最小単位にして何よりも強固な、一族というコミュニティであろう。

 

 

(血縁──)

 

 俺は幼少期より父を知らず、母の行方は知れない。

 

 しかし血こそ繋がってはいないが、ジェーン(あね)ヘリオ(あに)リーティア(いもうと)に恵まれている。

 フラウ、ハルミア、キャシー、クロアーネという愛する女性。アッシュにヤナギと他の孤児たち、それにハルミアのお腹の子にももうすぐ会えよう。

 オーラムは理解者であり、シールフは俺の半身のようなもの、ゼノは親友であり、悪友を含め友人も少なくなく、数限りない(えにし)が……今の俺の周囲に溢れている。

 

(そうだ、これからいくらでも──)

 

 モーガニト()、まずは俺から始めよう。前世ではできなかったあらゆることを、この世界で謳歌するべく。

 

 

 

 ガチャリ──と扉が開き、そして閉められたところで、俺は静かに声を掛けた。

 

「お久し振りです、モーリッツ殿下」

「……!?」

 

 モライヴは警戒心を強く(あらわ)に、顔を歪めて発声源(おれ)を見る。

 出待ちされていたのだから当然の反応だが、すぐにその(けん)は取れていく。

 

「いや、モライヴと呼べばいいか。どちらがいい?」

 

 俺は「シッ」と人差し指を唇に当てながら、モライヴへと問う。

 

「ベイリル……? いや、そうか。今日は戦前決起集会、披露目と検分があったんだねモーガニト伯」

 

 さすがに俺がモーガニト領主であることは知られているようだった。であれば、"使いツバメ"で連絡の一つでもくれれば良かったのにと思う。

 

 

「そういうこと、さてドコから話したもんかね。えーっと……」

「とりあえず他に誰もいないからモライヴで構わないよ。まずなんで盗み聞きをしていたか、聞いてもいいかな?」

 

 モライヴはどこか観念した表情を浮かべていて、俺は正直に答える。

 

「陛下から竜騎士特区への特使を言い渡され、ノイエンドルフ元帥から書類を受け取った後に話し込んで、帰ろうとしたら迷った、ところで知った声が聞こえてきた」

「大きな声で喋ってたつもりはないけど……」

「そこはそれ、ハーフエルフの強化感覚だから。闘技祭の頃とはもう比較にならんぜ?」

「あぁ……知っているよ、"円卓殺し"のベイリル。最初に聞いた時は耳を疑ったよ、シップスクラーク商会……いや財団が関わってたのも含めてね」

 

 

「そうだモライヴ、感謝がまだだった。サイジック領の交渉の時に助け舟を出してくれたこと、感謝している」

「あぁそんなこともあったね。一応は僕もフリーマギエンス員だったし……というかまるでその場にいたかのような物言いだ」

「そりゃぁもう、あの場にいたからな」

「……なんだって? まさか総督府に忍び込んで隠れていたのか!?」

 

 正気を疑うといった様子で目を見開くモライヴに、俺はニヤリと笑みを浮かべてすぐに答え合わせをする。

 

「いやいや財団総帥のリーベ・セイラーに(ふん)していたのが俺だったんだよ。痛々しい戦傷に覆われた別人の顔は、ナイアブ先輩の渾身の特殊メイク」

「そん、な……いやだから僕が"モーリッツ・レーヴェンタール"だと知っていたわけか」

「一応財団情報部でも裏取りをさせてもらったがな。モライヴはカプランさんと直接の面識がなかったし、思わず遠まわしに問い詰めたいところだったよ」

「騙していたわけではないけれど、立場が立場……学園では身分を隠す必要があった」

 

「まぁそこは当然だろう。王国三大公爵の一つであるフォルス家のくせにあけっぴろげなリンや、"内海の民"の次期有力継承者を公言するオックスのほうがおかしい」

 

 そういった自由が広く容認されるのも、"竜越貴人"アイトエルが創設した学園ならではという部分もあるのだが──

 

 

「ところでモライヴはなんで昼間はいなかったんだ?」

「僕はこたびの戦争には参加しないから」

「そうなのか……だけどモライヴは確か元帥の次席副官だったか?」

「あぁ、そうだけど()()()()()()があって特別に戦争行動は辞退させてもらった。ベイリルは"帝位の継承"については知っているかい?」

 

 それまでの空気とは打って変わって、モライヴは神妙な面持ちで口にするのだった。

 

 

 

 



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#359 血族 II

 

「ベイリルは"帝位の継承"については知っているかい?」

「"継承戦"──すなわち王位継承権を持つレーヴェンタール一族が、次代の帝王を決める戦いだよな?」

 

 帝王は種族を問わず、王位の簒奪(さんだつ)すら認められてはいるが……実際にそれを()しえた者はいない。

 では実際的に玉座につく者の選出は、定められた規則に従って進められる。

 

「だがバルドゥル陛下はまだまだ現役だろう?」

「……もちろん。しかし常に戦場に在る我が父は、崩御(ほうぎょ)と隣り合わせと言える」

 

 俺はモライヴの言葉には同意しかねる部分があった。戦帝の強さは十二分に観察させてもらった。

 あれを殺し切るのは容易なことではないし、実際の歴戦によって証明し続けている。

 

 

「長女である"エルネスタ"と長男の"ランプレヒト"はいつ継承戦が始まっても問題ないよう、着々と準備を進めている……」

 

 そう名前を口にしたモライヴの全身に(ちから)が入るのを、俺は見逃さない。

 

「つまりモライヴもこの機会に地盤を固めておきたいわけか」

「あぁ……継承戦は己の全能を賭して、政戦両略をもって事を決する。そして冠を(いただ)く者にとって邪魔であれば、身内であろうと命を落とすことも珍しくはない」

 

 一族の多くは帝王にはならずとも要職に就く、しかして例外もある。継承戦における謀殺は、一切の罪として問われることはないのだ。

 また終結後に遺恨を残すことは禁じられていて、明確な叛意が明らかとなった場合は公然の処刑が許される。

 

「なるほどな、モライヴは……帝王になりたいのか?」

「別になりたくはない。けれど、必要とあらば辞さないつもりさ」

妹の為(・・・)か?」

「なぜそれを……?」

「すまん、少しだけ聞こえてきた。随分と親身になってあげていたようだったから」

 

 モライヴは目を閉じて数秒ほど沈黙してから、ゆっくりと口を開く。

 

「……妹のテレーゼだけが、僕にとっての家族だ」

 

 確かな声から、強い意志を感じ取れる。恐らくは命を賭しても構わないとすら思っているような……そんな気高く、自棄をも含んだような精神性。

 

 

財団(こっち)としても帝王がフリーマギエンス員なら楽なことはないな、いくらでも支援させてもらうぞ」

 

 大陸最大の軍事強国を味方につけたならば、趨勢(すうせい)を大きく傾けることができる。

 

「ありがたい、だが……財団は領地復興で大変なんじゃないのか?」

「ん? あぁーーー表向きはそうなっちゃいるが、インメル領会戦以前よりも遥かに大きく飛躍しているから問題ない」

「そうだったのか。僕は学園で間接的に商会時代しか知らないからな……"文明回華"──順調なんだね」

「"人類皆進化"との二重螺旋の大樹、自由な魔導科学(フリーマギエンス)がモライヴお前に手を貸そう」

 

「ありがとう、でも今はまだ……必要ない。迷惑を掛けるわけにはいかないから」

「……迷惑?」

 

 やや不穏な雰囲気を感じ取るも、俺は聞きだすべく疑問符を浮かべる。

 

「サイジックも、そしてモーガニトも……帝国の預かりだからね──申し訳ないけどこれ以上は言えない」

「了解。学園時代は"深算詭謀(しんさんきぼう)"と呼ばれたお前なら、見通しも引き際もわきまえているだろうから余計なことは言わないでおこう」

「懐かしくも仰々しい二つ名だ」

「くっはは、まぁ助けが()ると判断したなら、いつでも連絡してくれよ」

 

「あぁ……うん、そうだね──」

 

 話し途中で、俺はバッと暗い廊下の奥を見据える。それとほぼ同時にモライヴも暗闇を睨みつけていた。

 直近まで感じられなかったその気配はゆったりと近付いてきて、闇影からその姿が小さな明かりに照らされる。

 

 

「あァ~あァ~~~? こんなとこで何してんだ、モーリッツと……名前忘れた、"円卓殺し"」

 

 闇影から出てきたのは……朝方には娼館にて、そして昼間には玉座の()にて顔を合わせた男であった。

 さらに後ろから付き従う男──頭一つ抜けて高い長身の近衛騎士──が控えている。

 

「あらためまして"ヴァルター殿下"、ベイリル・モーガニトと申します」

「別に覚える気ィはねェよ。で……てめえらはなんだ、コソコソと密談でもしてたのか?」

 

 いささか面倒な場面を見られたが、俺は(つと)めて平静さを前面に保つ。

 

(わたくし)がノイエンドルフ元帥の部屋から出てから、いささか迷っていたところで、ご親切にもモーリッツ殿下が──」

 

 

 するとモライヴは俺の言葉を(さえぎ)って、感情を隠すつもりもなく言い切った。

 

「どこで何してようがヴァルター、おまえには関係ない」

 

「おーおーいつも連れてたあの"元黒騎士あがりの近衛"もいねえってのに、いい度胸してやがる。それとも部外者がいる前なら、オレ様が何もしねェとでも思ってンのか?」

「手を出すほどバカじゃないだろう。それとは別にくだらない舌戦をしたいのならば──いいさ、応じよう。場所を変えようか」

「はァ……? あァーーーはいはい、そういうことか」

 

 視線をわずかに移したヴァルターはすぐに何かを察したのか、口角をあげてから目を細めた。

 俺は気配を薄めるように、王族同士のいざこざに遭遇して恐縮した(てい)で様子を(うかが)い続ける。

 

 

「そういえば何度も足を運んでるって聞いてたっけなァ。はっはッ、テレーゼのヤツも哀れだな……頼りない身内一人ぽっちだけが味方とは」

「この場で、それ以上の口を開くな」

「クックック……まあ仕方ねェよな、早く生まれたヤツのほうが有利なんだから。もっとも! あのクソどもに目にモノ見せる為にも、てめえにはまだ利用価値がある」

 

「ヴァルターおまえ──いや、()()()()()()だったな」

「ワケ知り顔で一緒くたにすんじゃねェ、オレ様はてめえらと違って独力で乗り越えた。なんなら感謝してるくらいだね、あの時のランプレヒトの()(づら)は何度思い出しても笑えるぜ」

 

 俺にはどうにも把握しきれない会話が展開され、こういう時にはシールフの"読心の魔導"がいかに便利なのだろうかと思う。

 

(まっ会話の端々(はしばし)から類推(るいすい)するに……)

 

 モーリッツ、ヴァルター、テレーゼ、いずれも血族内での争い──恐らくは早くに生まれた兄弟姉妹からの謀略か何か──で、不利益を(こうむ)ったということ。

 そしてモライヴはその際に、妹テレーゼを気に掛けるようになったということ。いずれきたる継承戦に備えて複雑な人間関係があるのだろうということだった。

 

 

精々(せーぜー)、足ィすくわれないようにしとけ。それと、"弱味(よわみ)"を切り捨てる覚悟も決めとくこったな」

「捨てて得られるものは……その程度の価値でしかない」

「言うじゃねェか、だが真理(いいとこ)突いてもいやがる。オレ様が帝王になった時は、てめえを有効に使ってやるよモーリッツ」

「願い下げだ」

 

 話に一段落がついたところで、ヴァルターは俺の(ほう)へと視線を向けてくる。

 

「"円卓殺し"よォ、いつまでもボーッと突っ立ってねえで、てめえはさっさと竜騎士どもを連れてこい」

「っ──はい」

「おい"ハンス"、出口まで案内してやれ」

 

 すぐ(そば)に控えていた、ハンスと呼ばれた長身の近衛騎士が口を開く。

 

「しかし(わか)お一人では──」

「オレ様を(おびや)かせるようなヤツぁ、今の帝都にいねェのはわかってんだろうが。二度言わせんな」

「承知」

 

 モライヴともまだ話したかったし、ヴァルターとの会話も気になるところ。しかしここで目を付けられても困るので、食い下がるわけにもいかない。

 俺は名残り惜しさに後ろ髪を引かれつつも、近衛騎士ハンスに(うなが)されるようにその後をついて王城から出て行くしかないのであった。

 

 



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#360 竜騎士特区

 

 ──"赤竜特区"──

 

 あるいは竜騎士特区とも呼ばれるその土地は、"頂竜湖"を望む山脈とその周辺一帯の領地を指す。

 

「"赤竜山"……あの時とは(おもむき)が違うな」

 

 白竜イシュトと共に黒竜を討伐しに"大空隙"へと向かっていた時、空から眺めた世界第二位の山脈。

 しかし今は大地に足つけて、雲に隠れて頂上の見えぬその高さを見つめる。

 

(書状はあるが──)

 

 竜騎士達の領域を前にして、俺は最後まで悩んでいた方策を決断する。

 やはり帝国からの特使として立ち入るよりも、あくまでここは赤竜の知己として訪れたということにした(ほう)が良かろうと。

 

 

 軽やかなステップを踏んで、風に乗るように俺は山を登っていく。

 そうしてしばらくすると、溶けて冷えたような造形の岩壁──通称"竜門"へとさしかかった。

 

 百メートルはあろうかという門の上には火竜が翼を休めていて、その真下には二人の竜騎士が立っていた。

 

(──こりゃ手間が(はぶ)けたか)

 

 そこには知ったる顔があった。かつて竜騎士昇格試験中に、モーガニト領内で出会った青年の姿。

 

 

「……? もしや、モーガニト伯!」

 

 俺に気付いた青年が駆け寄ってくると同時に、上にいた火竜も降りてくる。

 

「久し振り、"エルンスト"殿(どの)。あと竜騎士昇格おめでとうございます」

「これはこれは、ありがとうございます。その節はご迷惑をお掛けしました」

「なんのなんの。あの時の(えにし)あってこそ俺も助かりましたから」

「……はい?」

「いやこっちの話です」

 

 疑問符を浮かべるエルンストであったが、俺はややこしく長くなりそうなので、みなまで答えない。

 赤竜と衝突した際の妥協点を見出すにあたって役に立った(えにし)は、エルンストが思っている以上に重要なものとなった。

 

 

「……それにしてもせっかく竜騎士に昇格したのに、門番とはいささか張り合いに欠けるのではないですか?」

「持ち回りですから。普段は見習いの仕事なのですが、今は(・・)正竜騎士も一人付くようになっていまして」

 

(ふむ、やはり帝国からの要請で揉めている所為(せい)っぽいか)

 

 意図は悟られぬよう、これ以上は深く突っ込まない。

 今はまだ厳戒態勢というほどでもないが、だからと言って軽々(けいけい)に無策で突っ込むのは(はばか」)られる様子。

 

 

「ところで再会は喜ばしいですが、モーガニト伯はこのたびはどのようなご用件で? まさか自分に会いに来てくださったというわけではありますまい?」

「えぇそうですね、こうして会えたら一言おめでとうを伝えたかったのも確かですが……こたびは赤竜にお会いしたくて参上しました」

「赤竜さまに……?」

「赤竜殿(どの)とは以前に少し話した仲でして」

 

「そうでしたか、さすがですね……普段であれば(さと)までお(とお)しし、確認を取るところなのですが……なにぶん今は立て込んでいまして、一切をお断りしている次第で──」

 

 エルンストが(よど)んだ様子で言葉を選んでいたその瞬間、天空より"地響きのような音"が駆け抜ける。

 

 

(……なんだぁ?)

 

「あっ──」

 

 その大気を伝った震動に、エルンストすぐに気付いて前言を(ひるがえ)す。

 

「モーガニト伯、どうやらお(とお)ししても大丈夫そうです」

「──まさか今のって……咆哮?」

「はい、赤竜さまの声です」

 

(まじか、俺が来たって察知されているのか……一体どうやって──)

 

 考えながら俺はエルンストの背後にいる火竜と目が合った。

 

(そうか、眷属竜の眼を借りているわけか)

 

 かつて頂竜が七色竜を()()とし、七色竜が加護を与え野生の竜を眷属とする、一種の契約魔術のような……秘法。

 五感をシンクロさせたり、テレパシーで通じるくらいはできても不思議ではない。

 

 

「それではこちらの通行証をお持ちください」

 

 エルンストから小さく硬質な──恐らく幼竜から抜けた──牙の飾り物を手渡され、俺はアッシュも連れてくれば良かったなと考えつつウエストバッグへとしまう。

 

「それでは火竜の背にどうぞ、門向こうまでお送りします」

「……ん? わざわざ?」

「赤竜さまのお知り合いということで、お話しますが……実はこの竜門は開かないのです」

「ふむ、滅多に使わないから固着しているとか?」

 

「いえコレ、門に見えるよう装飾しているだけなんですよ」

「えぇ……──いや、そうか。竜騎士にとっては無用の長物というわけと」

「見習いにとっては自力で登っては降りるイイ訓練場所ですよ、自分もお世話になった場所です」

 

(なるほど、確かに。必要な物資も、竜であれば十分に積載できるしな)

 

 竜を駆る精鋭の騎士にとって、外界とは完全に隔絶しているほうが都合が良いのも納得だった。

 

 

「そういえばモーガニト伯は飛空術士でしたね。竜に乗ると体調を崩す人もいるそうですが……どうしますか?」

「せっかくの機会ですから乗せてもらいます。なんなら曲芸飛行の一つでも体感させてください、(ヤワ)な鍛え方はしてないんでね」

 

 

 

 

 "竜の里"──竜と共に生きる者たちが、高地に作り上げた秘境とも言える街。

 

(──と言っても、まぁ普通だな……たまに竜が目に入る以外は)

 

 規模を見るに1000を超える人々が、分相応で文化的な生活を(いとな)んでいる様子であった。

 外の文明と関係を()っているわけではないので当然ではあるが、都会とも田舎とも言えない絶妙な空気感がある。

 

 またここまでに山道を大分進んできて……薄い大気に適応しているだけあって、誰もが頑健かつ精強そうであった。

 

(でも気温はむしろ暖かいくらいだ)

 

 それは赤竜や火竜のおかげなのか、あるいは火山性の発生熱を上手く利用しているのかは知れない。

 

 とりあえず俺は普通の客人と思われているのか、特に()(モノ)扱いされるようなこともなく。

 のんびりと観光気分を味わいながら、さらに上へ上へと登っていく。

 

 かつて地球史に存在したマチュピチュ──写真や動画あるいはVRでしか見たことがなかったが──健在だった頃の想像上の街並みを眺める心地にさせられるのだった。

 

 

 

 

 家屋も完全に途切れたところ、俺は上昇気流でも(まと)うかのようにギアを上げ、地面を踏み込んで風に乗っていく。

 火竜に乗っての送迎も提案されたが、やはり自分の(ちから)で登ってこそ堪能(たんのう)できるというものだった。

 

 眷属竜の生息・育成区画はまったく別の場所にあり、部外者の俺には秘匿されている為、俺はひたすら道なりに進んでいく。

 

 高く──高く──雲の上よりも高く──どこまでも高く──天に届かんばかりに高く──

 

 かろうじて(みち)っぽい名残に沿って──時に景色を楽しみながら──ひたすらに登頂し続ける。

 

 

 やがて微妙な熱量の違いを感じ取ると、巨大な竜がその顎門(あぎと)を開けたような穴へと突き当たった。

 

「──でも、まるで神殿のようでもあるかな」

 

 素直な感想が口をついて出る。さながら竜を(まつ)った祭壇のような荘厳な雰囲気が同時にあったのだった。

 周囲には竜騎士や火竜のみならず、生物の気配が何一つ感じない。

 

「ふゥ~……──まっ、向こうから呼び込んでくれているんだ、俺は大手を振って行くとしよう」

 

 そう言葉として吐き出しつつも、内心俺は火口にでも身を投げるような心地でもって一歩を踏み出すのであった。

 



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#361 赤竜 I

 

 "赤竜"──かつて獣の王であった"頂竜"より12に分けられた、炎熱を(つかさど)りし原初の(ドラゴン)

 後に神族と呼ばれる人間達と、創世の時代より戦争を繰り広げ、最終的に秘法によって自らを"人化"させることで、この世界に残った"七色竜"の一柱。

 

 燃ゆる炎をそのまま凝縮させたような赤色(せきしょく)の竜鱗。頭から後ろ向きに伸びる二本の竜角。

 大きく、鋭く、整然と並んだ竜牙。折りたたまれた竜翼は、呼吸に合わせてわずかに開いては閉じるを繰り返す。

 巨体を支える後ろ足と、あらゆる物質を焼き()けそうな竜爪を備えた前腕。

 

 

「お久し振りです、赤竜殿(どの)

『……来たか』

 

 天を仰げば青空が見える、冷えて固まった溶岩の上。しかし足元から伝わる震動と温度から察するに、灼熱のマグマが下で流動しているのが感じられた。

 黄よりも、緑よりも、黒よりも、最も竜らしい姿の(ドラゴン)は、人でなく竜の姿のままで器用に共通語を喋る。

 

「いつかの黒竜の一件では、色々なことを飲み込んで胸にしまってくださり、本当にありがとうございました」

『結果として黒の被害もなかった。それに慈悲を与えてやれたのだろう』

 

「はい、本来であればイシュトさんには生きていてもらいたかったですが……彼女の望みでしたので」

 

 今、思い出すだけでもどこか落ち着かなくなる。短い(あいだ)であったが、俺に残してくれたモノは決して小さくなかった。

 

 

『貴様をここまで(まね)いたのは他でもない。かの顛末(てんまつ)をその口から直接詳しく聞きたかったからだ』

「それは、もちろん構いませんが……ただ緑竜殿(どの)が語ったことと、重複(ちょうふく)するかもしれませんよ」

(アイツ)(われ)に、まともに語れたと思うのか」

 

「……」

 

 俺は思わず沈黙によってそれを肯定せざるを得なかった。

 飄々(ひょうひょう)となにかとテキトーな様子であった緑竜から聞かされても、要領が得なかっただろうことは想像に難くない。

 

「了解しました、それでは僭越(せんえつ)ながら語らせていただきます」

 

 

 

 

 俺は情感を込めながら、大地の愛娘、黒の救済と白の願い、灰色と託された想いまで事細かに語った。

 赤竜は最後まで口を挟まずに静かに耳を傾け、何を考えているかは定かではないが……それでも彼なりに思うところがあったのだろう。

 

「──以上です。イシュトさんは今も灰竜(アッシュ)と……(わたし)とも一緒にいてくれているような心地です」

『確かに、貴様の中に白の残滓(ざんし)が見える。最期に"加護"を与えるとは、随分と気に入られていたようだ』

 

「……実感は無いのですけれどね。ただ"青い髪の魔王"は人の姿のまま(ちから)を振るったと聞きますし、もしも自分も使いこなせたらとは思っています」

『古い話だ』

 

「それと赤竜殿(どの)にも、かつて加護を与えた人間がいると聞きましたが……?」

『そのようなことも、あった──"燃ゆる足跡"と呼ばれた、懐かしき名よ』

 

 竜の顔色はほぼほぼ読みようがないものの、それでも声色からどことなく郷愁に(ひた)っているのがわかる。

 

 

「よろしければ白竜の加護の扱い方について、ご教授を願えないでしょうか」

『我が領域に足を運んだのは、それが理由か──だがあいにくと加護の使い方など知らぬ』

 

「加護を与える立場からはわからない、というわけですか」

『そうだ。まして人族のことなどわかるわけがない』

「であれば、加護を扱えていた人の話でも良いのですが……」

 

『少なくとも(われ)が与えた被加護者は、数日で己のモノとしていた。貴様に適性が無いか、相性が悪いのだろう』

「……それは残念です」

 

 言いながら俺はガックリと肩を落とす。だがそれだけなら諦める理由にもならない。

 才能が無ければ研鑽で補えばいい。残る寿命を懸けて、ほんの少しでも使えるようになればと。

 

 

『加護……よもや貴様──"グルシア"か?』

 

 そう唐突に思い出したかのように赤竜は教えていないはずの、俺のもう一つの名を呼んだ。

 

「その偽名をご存知ということは──ライマー……さん、ですね」

 

 大監獄で少しだけ会話を交わした、"竜教団の導き手"。

 爬人族の元竜騎士ライマーもドサクサで脱獄し、無事ここまで辿り着けたということだろう。

 

『やはりそうか、貴様だったのか。白色を(した)い、竜の加護のことを尋ね、灰竜の存在をほのめかした──碧眼の男というのは』

「紛れも無く(わたし)です」

『監獄を破壊し、囚人らを脱獄させたと──エルンストの時といい、あずかり知らぬところで借りを作らせるのが貴様の性分か』

 

「お言葉ですが、たまたまです。それに自分はライマーさんを能動的に助けようとはせず、脱獄劇に乗じて彼が彼自身の意思で勝手に助かったに過ぎません」

『それでも貴様が原因なのであろう』

「それはそうですが……(わたし)(わたし)の目的を果たしただけですので──」

 

 

 言葉途中で止めた俺は、あるいは……また律儀に恩義などを感じてくれているのならばと、それを利用する方向へとシフトする。

 

「とはいえ、断固としてお礼を(こば)むような性分でもありません。ライマー殿(どの)は今どこにいらっしゃいますか?」

 

『ヤツは長らく実戦を離れていた、よって再修業の課程にあって会うことはできぬ。あと一年か二年か、それ以上も考えられる』

「長いですね……でもなるほど確かに、あの監獄では魔術はおろか魔力すらも使えず、食事も満足にとれず衰える一方でしたから仕方がない」

 

 魔力ありきのこの世界で、生身で過ごし続けたブランクを取り戻すのは並々ならぬことだろう。

 まして精鋭の竜騎士としてまた任務に堪《た》えられるようになるのに、相当の努力を要するのは当然である。

 

『ゆえに我が裁量によって、可能な限り貴様の望みを聞こう。借りを作ったままでは気分が悪い』

「……二言はないですか?」

 

 俺は渡りに舟とばかりに恐る恐る言質(げんち)を取ろうとするが、素直には(うなず)いてはくれなかった。

 

 

『何か腹積(はらづ)もりが見えるな』

「ご推察の通りです、実はここに来たのは加護のこと以外にももう一つありまして──」

 

 とりあえず現在の空気は悪くない、だからこそさっさと本題へと入ることにした。

 

「実はこれ──を、お?」

 

 俺が懐から書状を取り出したその瞬間──グツグツと足元が赤熱して煮え立つように、大気が踊り狂うように温度が上昇していく。

 "六重(むつえ)風皮膜"を(まと)っていなければ、とてもではないが平然とはしていられないほどに。

 

『貴様……帝国の走狗と成り果てたか』

「お待ちを! お怒りの所在は存じませんが……(わたし)も仕事で特使をやっているだけです。一応はモーガニト領主として特区を預かる身であること、ご留意いただきたい」

 

 頭を下げて誠心誠意の言葉を述べると、赤竜はしばし黙った後にゆっくりと温度を下げていく。

 

「申し訳ありません。打算がなかったとは言いませんが……せめて竜騎士を供出しない事情だけでもお聞かせ願えないでしょうか」

『……』

 

「戦帝は最後通牒の一歩手前だと言っていました。あるいはこのまま無下にされると、特区(ここ)の存在自体が危ぶまれるかと」

『……』

 

「無論、"現象化の秘法"があれば赤竜殿(どの)が負けることはないと思いますが……竜騎士や火竜、何よりも里に住む人々はそうはいきません」

『……』

 

 俺は御託を並べ立てつつ、どれかが引っ掛かってくれればと祈る。

 

 

「恨み(つら)みは……長く続きやすいものです、それこそ本来の理由がなんだったのか忘れても争い続けることもある。民を犠牲にするのが本意とは思えません」

『随分と言葉が踊ることだ、モーガニト』

「恐縮です」

 

『貴様は借りを、()()()()()に使っても構わないと言うのか?』

「そもそも大した貸しだとは思っていませんので、聞き届けていただければ儲けモノという程度です」

 

 正直なところ、モーガニト領主としての立場と、与えられた特使任務の可否については大した問題ではない。

 ただ今ここで帝国と、赤竜・竜騎士一派が離反して争うとなれば……結果如何(いかん)によって、今後の展望が予測しにくくなることに尽きた。

 

 俺は目線を逸らすことなく赤竜と相対し続けると、ゆっくりと紅の顎門(あぎと)が動く。

 

 

『──帝国は、忘れているのだ』

 

 そう紡ぎ出した赤竜の言葉には、どうしようもないほどの哀愁が込められているのだった。

 

 



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#362 赤竜 II

 

『──帝国は、忘れているのだ』

「忘れている……?」

 

(われ)らが()わした"盟約"とは対等(・・)であった。しかしヤツらはそれを忘れている──それだけ時間が経ったということでもあるが』

「帝国側に非がある、と」

 

 語り出した赤竜に対し、俺は水を差さない程度に相槌(あいづち)を打っていく。

 

 

『そもそもの発端は、まさしくライマーであった』

 

 俺はつい先刻まで話題にあがっていた人物の名に眉をひそめる。

 

『モーガニト、貴様はライマーが捕まっていた理由は聞いているか』

「えぇはい……確か皇国への秘匿任務の最中に、駆っていた火竜を失い捕まった──」

 

『そうだ、竜騎士は帝国が自由に使っていいものではない。まして知らされぬ特務などもっての他だ』

「あくまで契約関係、互いの合意があってこその軍事運用というわけですね」

 

『かつての盟約を(ないがし)ろにするのであれば、こちらも応じる(いわ)れは無い。まして木っ端をよこし、軍を供出しろなどと』

「なるほど……だから今までの特使は、漏れなく門前払いを喰らっていたわけですか」

 

『貴様も本来であればそうであったことを忘れるな』

「やはり(えにし)は大事であり、恩は売っておくものですね」

 

 雰囲気を感じ取りながら、俺はギリギリのラインを攻めてそう言った。

 

 

「では盟約の細かい内容についてはともかく、さしあたって赤竜殿(どの)の主張は理解しました。同時に帝国へ訴えるべきは、"立場ある者をよこし会談を設ける"ということで……?」

『ライマーがあたった特務、当時の誰が命じたのか──指揮系統が曖昧なまま判然としない。責任と(とが)を無視する限り、(われ)らは一切の協力を拒絶する』

「了解しました、その(むね)もしっかりと調査するよう伝えます」

 

『──"ヴァナディス"、今も健在なのだろうな』

「"帝国宰相"ですか? 戦前の決起会でもお見掛けしましたが……」

『ヤツをよこさせろ』

「……はい、わかりました。名指しであることも、しかと聞き届けてもらいます」

 

 帝国宰相を引っ張り出せとはとんでもない要求ではあるが、赤竜ともなればそれ以上の存在なのも確かである。

 

 

 一つ、会話が終着したところで──赤竜は気まぐれるように吐き出す。

 

『ヴァナディスは……かつて同志であった』

「……はい? 同志、ですか?」

『ヤツが忘れているとは思いたくないものだ』

 

「それは盟約についてでしょうか、詳しくお尋ねしても……?」

 

 赤竜がどこか話したがってるのを察して、俺はそう続ける。

 

『聞きたいか』

「昔話……いえ歴史は好きです。イシュトさんや緑竜(グリストゥム)殿(どの)にも、創世時代について聞いてます」

 

『よかろう、少し長くなるぞ』

「手ぶらで帰ることも無くなりましたので、時間はいくらでも」

 

 

 そうして赤竜の口から語られるは、帝国建国時の話であった。

 

『一人が平等な世界を夢見た、一人が呼応して独立を求め──そしてもう一人が大いなる(ちから)を求めた』

「もしやその内の一人が、帝国宰相……?」

 

『ヴァナディス、そうだ。ヤツが最初に誰もが笑って暮らせる国を目指した。そして人族の男がそれに賛同した」

「人族……であれば、初代帝王」

 

 俺は学んだ帝国史と照らし合わせながら、当時生きていた本人の(げん)に耳を傾ける。

 

『そうだ、そして最後に実現の為の(ちから)を欲した獣人──(のち)に"燃ゆる足跡"と呼ばれた』

「あっ……赤竜の加護を与えられたのがその人だったわけですか──」

 

 思わぬ話の展開に、俺のテンションが熱を上げていく。

 あるいは赤竜は被加護者について、俺が知りたがっていたからこそ……こうして昔話をしてくれているのかも知れない。

 

 

『炎熱を前にして倒れながらも、一人立ち上がったあやつに(われ)は問うた。そこに"竜の居場所はあるのか"と。ヤツは力強(ちからづよ)く言い放った、"もちろんある"と』

 

(尋常ならざる胆力だな……だからこそ赤竜に認められるだけの器だったわけか)

 

 "燃ゆる足跡"──赤の加護を受けし英雄譚。

 

()()いていたわけではないが、ヒトの美しさと可能性を垣間見(かいま)(われ)はそれに懸けることにした』

(とうと)い考え方だと思います」

『そして加護を与えられただけでは満足せず、ヤツはあろうことか(われ)自身にも参加するよう持ち掛けた。自らの居場所は自らで勝ち取ってこそ、最高の価値があるなどと抜かした』

「……その言葉に、かつて神族との戦争(いくさ)をしていた頃を思い出させられ奮起したと?」

 

『黙れ、我が心の(うち)を好き勝手に推し測ることは許さん』

「失礼しました」

 

 七色竜は"人化"して新たな社会に適応したとは言っても、竜種そのものは敗北者である。

 生きる土地を追われた無念。それが長い年月を掛けてはたして風化していたのかどうかは、赤竜本人にしかわからない。

 

 

『四人、そう……たった四人から始めた──』

 

 赤竜はとうとうと物語にして歴史を語るのだった。

 

 

 

 

『──そうして遂に帝国の独立は()った。レーヴェンタールが王となり、ヴァナディスが支え、(われ)は領地を……そして"燃ゆる足跡(ヤツ)"は世界を巡った』

「"燃ゆる足跡"は、築き上げた新たな国の行く末を見ずに旅立ったのですか?」

 

『違うな。ヤツは仲間に(たく)すとともに、今度は世界中に溢れる(しいた)げられた種族へと目を向け、多くを救い、国へ集めることにしたのだ。そも"燃ゆる足跡"と呼ばれるようになったのもその後だ』

「だから(わたし)の知る限り、帝国史には彼の名前が無かったわけですね」

 

 カリスマ性に(ひい)で、上に立つことに慣れていたレーヴェンタールが初代帝王となった。

 一方で実務能力に(すぐ)れたヴァナディスが直近補佐である、(のち)の宰相として末永く見守り続けた。

 加護による炎熱を自在に操った彼が残した功績と、通ってきた道こそが……"燃ゆる足跡"となった。

 

「それで赤竜殿(どの)は……当時はまだ連邦もなく、不安定だった魔領の境界付近に居を構えて、(にら)みを()かせたわけですか」

『……モノのついでだ。まがりなりにも(われ)も協力して作り上げた国を、苦労も知らぬ身勝手な連中に蹂躙されるなど我慢ならん』

 

 

(っははは──)

 

 俺は声には出さず心の中で笑いながら、赤竜は本当に人が大好きなのだと実感させられた。

 大義と理想を現実のものとした多種族国家たる帝国は、長き歴史の中にあっても……その本質だけは失うことなく継承し続けたのだ。

 

「とても実りある歴史をありがとうございました」

 

 改まって俺は頭を下げてお礼を述べる。長命の語り手だからこそ聞ける、歴史の一面はとてつもなく有意義なものだった。

 

『これで一端(いったん)を知っただろう、今の帝国は盟約を(ないがし)ろにしているということも。平等にして対等、どの種にあっても公正であることが大原則であったということを』

「はい──信義に(もと)る行為は、きちんと弾劾(だんがい)されるべきでしょうね」

 

 赤竜の言葉に大いに同意する。ライマーが不透明な任務によって不当に拘束された事実は、追及せねばなるまい。

 それも俺が大監獄を解放したから露見したことであり、あるいは氷山の一角に過ぎないのかも知れないのだから……。

 

 

『大体、当代の帝王はあまりにも戦争が多すぎる』

「まぁ……"戦帝"とアダ名されるくらいですから」

 

 戦争を手段でなくそれ自体を目的としている帝王、バルドゥル・レーヴェンタール。

 はたして"折れぬ鋼の"というストッパーがいなかったらと考えると……人領の一体どこまでが帝国領になっていたか定かではない。

 

『ヴァナディスがアレの専横を許しているというのが()せん』

 

 かつての建国の同志であり、初代から通して帝国のNo.2に居続ける大人物(だいじんぶつ)

 エルフの長命をいかんなく国家運営に捧げる、その精神性というのは──個人的にも興味が尽きない。

 

 

「もしよろしければ、直接帝都まで(たず)ねてみてはどうでしょう?」

 

 それは単なる思い付きでの冗談交じりな言葉であったが、受け取った赤竜の熱が上昇するのを俺は間近で感じ取るのだった。

 

 



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#363 赤竜 III

 

「もしよろしければ、直接帝都まで(たず)ねてみてはどうでしょう?」

 

 俺が軽い気持ちで口走ったその提案に、赤竜は感情を込めた声に出す。

 

『この(われ)みずから帝都へ(おもむ)けと、言うか』

 

「えっ──と、あぁ……はい。"人化の秘法"もあるわけですし、帝国宰相と直接会って話すのが一番効果的かと存じます」

『この(われ)に、この()に及んで歩み寄れと、貴様は言うか』

「……もし仮に帝国が(ゆが)んできているのであれば、それを正すのは決して悪いことではないかと」

『あまつさえ我が身を(わずら)わせると、言うか』

 

「対話は大事ですよ。それが知的生命の証明であり、複雑に織り成す社会性の真髄です」

(われ)を同列に語るとはな』

 

 

 熱と威圧感が増し、一方で俺は肝が冷える心地で静かに言葉を選ぶ。

 

逆手(さかて)に取るようで恐縮ですが、帝国建国の理念がそうであったように……。(わたし)はイシュトさんをはじめとして、多くの種族や"五英傑"とも関わってきました。

 こう言っては侮辱にあたるのかも知れませんが、人も竜も言葉を()わせるという点においては同じです。だからこそ種を越えて、理解し合えると信じています」

 

『よくよく口の回る……』

「だからこそ創世の時代において、竜種を排斥しようとした神族らは(おろ)かだとも思っています」

 

 あくまで、理想論に過ぎない。実際にはそう甘くもないし、簡単にはいかないのも重々承知している。

 特に宗教歓や伝統・文化がもたらす(へだ)たりというのは、言語だけで説き伏せられるほど単純なものではない。

 

(だからこそ、塗り潰してやるんだ)

 

 フリーマギエンスの思想、シップスクラーク財団がもたらす技術と文化はそこに集約される。

 

 

「中立の立場を取りたい(わたし)にとって、合理的に人事を()くすにあたって……最も穏便な手段だと考えた次第です」

(われ)が帝都を焼き尽くす、という考えには至らないか』

「完璧とは言わずとも、帝国が多種族国家として──現世界において最も理想的な環境である限りは、それを自らの手で滅ぼすことはありえないかと」

 

 口にこそ出さないが、そうでなくとも赤竜が人間が好きなのは明白。

 無為に命を奪うような気質ではないことも、ここまでのやり取りで理解している。

 

「──それに"帝国宰相"ヴァナディス殿(どの)が見過ごしているというのも、例えば"長寿病"が進行している影響なども考えられます」

『長寿病だと』

「長命を生きる者にとって肉体や精神が鈍化し、刺激に対して反応が薄く──」

 

『阿呆が、そんなことは知っている。"白"も少なくなく忘れ、"緑"に至っては大半のことを置き去りにしていた始末なのだからな』

 

 興味が無い事は忘れていくし、思い出すのが難しくなるのは()()()()誰しもに当てはまる。

 

 

「だからこそ赤竜殿(どの)はとても稀有かと。"竜越貴人"アイトエルに、負けず劣らずと言ったところですか」

『アイトエル……ヤツのことも知っているのか、モーガニト」

「少しだけ会って話をしました。もっとも彼女はこっちのことを色々と知っていたようなのですが──」

 

 あれから一度も再会していないし、探そうにも空間転移の魔王具を相手にしては追いすがることも不可能に近い。

 

『まあいい、アイトエルは気にするだけ無駄なヤツだ──それで、ヴァナディスが長寿病か』

「進行度も、発症の仕方も様々ですから。あるいは赤竜殿(どの)と会うことで、症状がいくらか緩和されるやも知れません」

『最後に会ったのは──60年ほど前になるか』

 

「まぁまぁ創世より生きる赤竜殿(どの)らともなると、100年ほど会わなくても時間感覚としては大したことないかも知れません。でもエルフでも60年は長いですよ。

 もちろん必ずしも長寿病とは限りませんし、単に考え方が変質したという可能性もあります。いずれにしても、顔を突き合わせて話してみることが確実かと」

 

 

『……──よかろう』

 

 赤竜はしばらく黙って考えたかと思うと、横たえていた巨体をゆっくりと持ち上げる。

 

『今後のことも含めて(われ)自ら向かうとする』

「進言を聞き入れていただき感謝します」

 

 赤竜はこちらを一瞥(いちべつ)だけすると、一瞬にして全身が炎に包まれた。

 そして竜の形をした炎だけが収束して"人型"を()し──"赤い髪をした褐色肌の女性"が立っていたのだった。

 

 

「──えっ?」

 

 俺はあまりの状況に()の抜けた声をあげて困惑だけしていた。

 なにせ()()()()()()()()()()()()()、"新たに出現した赤髪の女性"はマイペースに全身をほぐしている。

 

「あ──あ──ふむ、"人化"も久し振りだ」

 

 やや低めでハスキーな、(まぎ)れも無い女声。やや高めの身長に、出るとこは出てている体型(スタイル)

 切れ長の真紅の瞳に、艶やかな口唇(くちびる)、竜の里でも見かけた民族衣装を身に(まと)い、控えめに言ってもそそる(・・・)姿をしていた。

 

 

「見惚れるな、モーガニト。(われ)は人間の色恋や情交に興味はないのだからな」

「っっ……と、いえそのそういうつもりじゃ──でなくって、ひとまず。赤竜殿(どの)なんですよね? 女性だったんですか!?」

 

「人化している時の名は"フラッド"と呼ぶがいい」

「了解しました、フラッドさん。……それで??」

「ああ貴様は白と黒を知っているがゆえに思い違いをしているようだが、そもそも七色竜(われら)に性差はなく、(われ)は性に(かたよ)った人格もない」

「な……なるほど、とりあえず無理やりにでも()み込みます」

 

「他の七色竜(れんちゅう)は知らぬが、少なくとも(われ)は男にも女にもなれる。国を(おこ)した当時は、女性(こっち)だったというだけだ」

「はい、……はい。もう狼狽(うろた)えません、が──」

 

 俺は諸手(もろて)をあげて降参のポーズを取るように見上げると、竜の姿のままの赤竜の(ほう)と目がガッツリ合う。

 

 

『そういえば貴様は緑が"人化"する瞬間を見ているのだったな』

 

 赤竜の顎門(あぎと)からの声は、先刻まで聞いていたままであり……一体全体どういうわけなのか、混乱だけが頭の中を渦巻く。

 

「モーガニトよ、白や緑から"分化"を聞いているか?」

 

 今度は女性のフラッドの(ほう)に問われるように答えを示され、俺の脳は数瞬で導き出す。

 

「そうか……頂竜が12の竜を生んだように、赤竜殿(どの)も自らを"分化"させつつ"人化"も同時に(おこな)った……?」

『理解が』

「早い」

 

 赤竜とフラッド、二人は同調(シンクロ)するように言葉を繋げる。

 

『白と黒が二柱をもって灰色の仔として"分化"させたが、頂竜がやっていた以上は単独でもできぬなどという(いわ)れはない』

「もっとも……(われ)は白のように、"人化"した状態での"現象化"までは使えぬがな」

 

 

(産み出した端末に己をコピーした自律AIを乗っけて、リアルタイム相互通信もできるみたいな……すげーな"竜の秘法")

 

 研究者というわけでもないのに、何事も科学的に考えてしまうのは悪癖でもあった。

 たとえ理屈があったとしても、現時点で解明できない。しかも専門家でない俺には到底わからない。

 であれば単なる空論に過ぎないばかりか雑音(ノイズ)でしかなくなる。

 

 しかしそれでも──魔術・魔導・魔法とは(こと)なる系統のものであったとしても──浪漫と可能性を感じざるを得ないというものだった。

 

 

「差し出がましいですが、そのような技術をお持ちなら……黒竜討伐も手伝ってくだされば──」

『阿呆が。分身(わけみ)の死とは直接(ちから)の喪失へと繋がる。我が領域を()けるわけにはいかぬゆえ、わざわざ一時的に"分化"しているということを覚えておけ』

「はい、肝に銘じておきます」

 

 俺が素直に(うなず)くと、赤竜はその場に横たわって目を閉じ──フラッドはその場に浮遊する。

 

 

「時間を浪費しても無駄なことだ、さっさと行くぞ。火竜より遅いことはあるまいな?」

 

 フラッドからの挑戦状とも取れるその物言いに、俺は不敵に笑って口にする。

 

「もし飛行で競争をしたいのであればどうぞ、敗北を覚悟していただきますよ」

 

 



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#364 赤色の足跡

 

(──どーしてこうなった)

 

 俺は惨状(・・)を目の当たりにしながら、光陰矢のごとく回想しながら現状を再認識する。

 周囲には荒くれ崩れのチンピラと、さらには騒ぎを治めるべく駆けつけてきた警団までもが複数名──その場に倒れ伏している。

 

 それらの中央に立っている者こそ、褐色肌に赤い髪を燃やしている"人化"した状態の赤竜ことフラッド。

 

 帝都までは何の問題もなかった。帝都付近は飛行禁止区域となるので、途中から徒歩で向かうことになった。

 赤竜の姿は妖艶な美女だ、その内に眠る本性を知らなければ……飛んで炎熱()()るなんとやらも、致し方なく思える。

 

 要するに絡まれて一悶着あり、取り締まる為に出張ってきた自治組織までも巻き込んだ形。

 

(あぁ……流れに身を任せず、素直に火竜を借りるのがスマートで楽だったんだ──)

 

 そうすれば飛行禁止令も無視できた。防空隊には引き止められるだろうが、火竜に乗っていれば竜騎士特区から来たのは明らかだ。

 もちろん厄介者に絡まれるようなことなく、平穏無事に王城の手前までは行けたのだ。

 

 

「これ以上、手間を掛けさせるな」

 

 悠然と赤竜フラッドは歩き出し、俺は倒れている全員の安否を、強化感覚によって状態を拾って判断する。

 

(うん、さすがに殺すようなこともするわけもないな)

 

 誰一人として赤竜フラッドに触れることはなく、ただ近付いたその熱のみで茹で上げられてしまった。

 

 しかし少しでも離れていれば特に温度変化はないようであり、周囲の人々は平然と野次馬感覚で集まっている。

 とりあえず多くがその光景を見ていただろう、近付いたと思ったら勝手に倒れたということを。

 

「いやむしろこのまま、向こうから出て来させるのも一興か」

「勘弁してくださいよフラッドさん」

 

 言いながら俺は、遠巻きに視線を感じた"明けの双星"兄妹へと、ハンドサインで「ややこしくなるから来るな」とアピールする。

 

 

「まあいい、どのみちヴァナディスはここまで出ては来ないだろうからな」

「ならさっさと王城まで行きましょうでないと──って」

 

 言葉途中で囲むように集結しだしたのは、なんともはや黒騎士の連中であった。

 

「──()()()()()か、モーガニト伯」

「その声は……先日の黒騎士か。いや俺は何もしていないし、こいつらが勝手に倒れただけなのは、この場にいる皆さんに聞いてもらえればわかる」

 

 俺はブワッと両手を広げて大衆に意識を向けさせると、まばらにうんうんと(うなず)いたり同意する反応があった。

 

「言い分はわかりましたが、どちらにしてもここまでの騒ぎになってはお連れの方共々(かたともども)ご同行願います。……悪いようにはしませんので」

 

 聞く耳があるようでない黒騎士。俺がどう抗弁するか少し悩んでいる(あいだ)に、フラッドが先に口を開く。

 

退()け」

「そういうわけにはいきません」

「ならば同じ(てつ)を踏むがいい」

 

 

 無視して歩くフラッドを拘束しようとし、一瞬にして熱が上がった黒騎士は──はたして反射的に飛び退(すさ)っていた。

 

「抵抗! 三型!」

 

 黒騎士が叫ぶと他の囲んでいた黒騎士が5人ほど、距離を詰めて瞬時にフォーメーションが組まれる。

 練度が高いのは流れるような動きからも明らかであるが、しかしそれだけでどうにかなるような領域の存在ではない。

 

「敵意を向けるのならば、容赦はしない」

 

 フラッドは軽やかにステップを踏むと、足元から派手に炎が吹き上あがる。

 それを戦闘開始の合図に、黒騎士達はフラッドの死角を狙った連係アタックを見せる。

 しかし踊る炎に撫でられただけで、黒騎士らはいずれも自らの勢いをもって派手に地面へと激突していったのだった。

 

 

「盟約を(ないがし)ろにする、その意味──この調子で王城まで()()()()ながら向かうのも悪くないやも知れぬな」

「ぐっ……」

 

 炎は美しく散り、フラッドが踏んだ地面には熱によって刻まれた足跡が残る。

 そしてリーダー格であった残る黒騎士は一人、(かろ)うじて意識は失わず……剣を地面に突きたて膝をついたまま無力さを噛み締めているようであった

 

「フラッドさん、精一杯の弁護はしますが結果がどうなっても関知できませんよ」

「好きにしろ。そもそもモーガニトよ、貴様はついてくる必要もないだろう」

「さすがにここまできて投げ出すのはちょっと……──」

 

 刹那、群集の中から濃密に膨れ上がる気配に俺は視線を向ける。

 

 

「なんか面白ェことやってんな? "円卓殺し"ィ──」

「……ヴァルター殿下」

 

 俺は再三顔を合わせるヴァルターに略式の礼をする。他方でフラッドはわずかに目を細めて観察しているようだった。

 

「──うっぐぅ!?」

 

 そして今にも倒れそうだった黒騎士は、隣に立った"ヴァルター・レーヴェンタール"に軽く小突かれると(ちから)なく地面へと倒れ、必死に立ち上がろうとする。

 

「ここはオレ様が預かる。オイ、黒いの、全員この場を撤収させろ。警団の連中にも話を通しとけ」

 

 ヴァルターは黒騎士の返答を待たず、そのままフラッドの領域ギリギリまで近付いてニヤリと笑みを浮かべる。

 

「黒騎士ってぇのは相変わらず愚直なことだ。まっそういうのも嫌いじゃねェが、力量差を無視して命令遵守なバカはオレ様の部下としちゃ()らんな」

「小僧、レーヴェンタールか」

「あぁ……ヴァルターだ。で、あんたは何者よ?」

 

 

 赤竜への(おそ)れは潜在的に理解しつつも、ヴァルターはあくまで調子は崩さない。

 民草の前で無様を晒すわけにもいかないだろうが……それにしても、相当な肝が据わっていた。

 

「似ても似つかぬと思ったが……少しくらいは面影もあるか」

「あん?」

 

 ヴァルターは無謀にもフラッドへと手を出すことは無さそうであったが、さすがに王族と争うことあっては面倒なので俺は割って入る。

 

「殿下、彼女のことについてですが今は──」

「あーもういい。やけに早いご帰還のようだが、円卓殺し(てめえ)の特務を思い出したからな。それに……踊る炎熱、"燃えた足跡"、気配(・・)も含めればオレ様にぁ自明だ」

 

 ヴァルターは七色竜が"人化の秘法"を使えることは知らないのだろうが、それでもすぐに察しえたようであった。

 

(いやそうか……黄竜とも相対しているわけだしな──)

 

 オラーフ・ノイエンドルフから聞いた、俺と同じワーム迷宮(ダンジョン)制覇者。

 その実力は当然ながら"伝家の宝刀"級だろう。連綿と継がれる帝王レーヴェンタール一族の血統に裏打ちされた、頭脳と肉体を持ち得る者。

 

 

「小僧、いやヴァルター。貴様は(われ)が誰かわかるというのか」

「あぁあぁわかったぜ、でもあいにくと国王陛下はもう()っている。交渉? がしたいんなら──」

「必要ない、ヴァナディスの元へ案内せよ」

 

 傲岸不遜な赤竜フラッドに対して、ヴァルターは肩をすくめて見せてから俺の(ほう)へと向く。

 

 

「"円卓殺し"──てめえはかなり使える奴のようだ。とりあえず随分と足が速いようだから、陛下に会って、直接、その口で、伝えとけ」

「……了解しました」

 

「──モーガニトよ、ひとまずはこれで清算とする」

「はい、フラッドさん。またいつか、お(うかが)いすることあればよろしくお願いします」

 

 流れとしてはここで俺は御役御免(おやくごめん)。あとはヴァルターが引き継いでくれるだろう。

 

 ヴァナディス宰相と知己を得る機会を失ったのは残念だが、同時に面倒事の一切を引き受けてくれたのはありがたくもある面も否めない。

 未だにヴァルター本人に関しては測りかねる部分が多いので、ここは下手に刺激することなく受け入れる。

 

「それと会談の詳細は追ってすぐに使いツバメを出すともな。何か不都合があったらオレ様の名を出しとけ。あーーー中継予定地の場所はわかってんよな?」

「ここ帝都より、西南西の"ガルファルファの大森林"へただちに向かいます」

 

 

 俺は一礼して(きびす)を返すと、事情を説明すべく遠め目から眺めているオズマとイーリスへと合図を送るのだった。

 

 

 



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第六部 第2章「開戦と邂逅」
#365 戦争指針


 

 ──帝都・西、"大森林"中継要塞──

 

 皇国に悟られない位置に即席建造された中継基地には、物資や人員の手配と輸送が迅速に(おこな)われていた。

 

 インメル領会戦における王国軍がそうであったように、いざ戦争となれば大規模な基地を作り出せるのが魔術である。

 魔力強化された肉体を基準にする為、戦線も恐ろしいほど拡大し、空戦と地上戦、戦列と散兵、白兵と砲撃、いずれもが複雑に絡み合う。

 

 戦略の幅も、戦術の多彩さも、戦法の鋭さも膨大であり、普遍的に通用する戦い方というものはとかく少ない。

 "相互通信"を除く、ありとあらゆる速度(・・)が地球規格の比ではないのである。

 

 それでいて安定した最速の伝達手段が"使いツバメ"である為、戦争はとにかく(いびつ)になりやすい。

 後出しで戦況は刻一刻と変容し、何よりも単一個人で当千の兵を打ち倒す──戦術級たる"伝家の宝刀"が控えている。

 

 つまり上に立って指揮をする者の負担は尋常ではなく、それは戦争を楽しみ続ける帝王バルドゥル・レーヴェンタールであっても例外ではない。

 むしろそうした苦労あってこそ、勝利の味も格別のものとなるのだろう。

 

 

 中継基地へ飛んで竜騎士の一件について報告した俺に対し、戦帝は「ご苦労だった、約束どおり自由に動いていいがやりすぎるな」と二言(ふたこと)

 それだけで"空前(おれ)"、"食の鉄人(ファンラン)"、"明けの双星(オズマとイーリス)"、"放浪の古傭兵(ガライアム)"は遊撃隊としての役目を帯びる。

 

 話が存外あっさり終わったのも、戦帝がそれだけ多忙を極めているということに他ならない。

 

 俺は中継基地の外に借り受けた天幕内にて"遮音風壁"を張って、自ら雇い入れた者達と軍議をはじめる。

 

「さて……苦労の甲斐(かい)もあって我々は、遊撃としての自由を得たわけだが──だからと言って好き放題やっていいわけじゃあない」

「んなことより、モーガニトさんよ。いい加減あの"赤髪の褐色美女"が誰なのか……いやなんなら紹介してくれね?」

「いや~~~実にアニキ好みだったよねぇ」

 

「だから言えんって。それと親しみやすいのは構わんが、雇用主(おれ)がちゃんとしている時は、気を張ってくれ」

「アニキちゃんとしろ!」

「おまっ──……と、乗るな乗るな。申し訳なかったなモーガニトさん、つい欲望がだだ漏れたもんで。大人しく聞くよ」

 

 

 真剣な視線が集まったところで、俺は話を再開する。

 

「まず一つ、掛け値なしに俺は"伝家の宝刀"級。そしてオズマもイーリスもファンランさんもガライアム殿(どの)も、十二分に戦況を変える強度がある」

「だからこそわたしらは、自由気ままに動いちゃいけないってわけだね?」

「はいファンランさん、でも俺は貴重な空戦要員でもあるわけで、出撃して適度に戦果はあげるつもりです」

 

 いざ"伝家の宝刀"を抜くという状況に引っ張り出される段にあっても、過不足なく戦える程度には余力を残す。

 

「はいはーい、あたしは"TEK装備"で割りに空もやれるよ! アニキと違ってね」

「うるせーあんなの使って狙撃ができるかってんだよ」

 

「イーリスはあの(・・)飛行ユニットを使いこなせるのか。試作段階だから出力調整が大分(だいぶ)ぶっ飛んでないか?」

「慣れだよ、慣ぁ~れ」

「嬉しい誤算ではあるが……まぁそれは保険として覚えておこう。二人にはやってもらいたいことがある」

 

 

 俺はバッグから戦場予定地周辺の地図を広げて、全員がそれを覗き込む。

 

「これは財団の貴重な情報に基づいて作られた地図だから、うっかり口を滑らせないように」

 

 情報の秘匿を前おいてから、俺はピンを()していく。

 

「戦域は広い、だからこそできることがある。皇国での"資源探索"だ」

「なんだそりゃ……? つまりおれたちがするのって()()()()()()ってわけか?」

「そうだ、資源を見つけ、見極め、運搬して欲しい。橋頭堡(きょうとうほ)となりうる独自拠点の位置も、財団に選定してもらっている」

 

 シップスクラーク財団を背後(バック)に持つということは、何も物質的な支援を受けることに限らない。

 財団が蓄積し保有する情報網を使って、集合知をもって戦争をコントロール、ないし隙間を見出し利用することこそ最大の価値を持つ。

 

 さらには戦時特需を利用して儲けようとする皇国の"権勢投資会"から、カラフを通じて内部情報もいくらか得ることもできる。

 そして俺自身の強度と、少数精鋭で揃えたからこそ与えられた遊撃という特権。それをふんだんに使わせてもらう。

 

「つまり資源収集という大目的を果たしつつ、戦略的に皇国軍は攻めあぐねるが示威(じい)行動として、効果的な場所を陣取って適度に戦争する」

 

 

「……そこを、守ればいいのか?」

「そうです。空は俺が担当するので、ガライアム殿(どの)には地上からの守護をお願いしたい」

 

 コクリと静かに(うなず)くガライアムに、俺も同じように首を縦に振って返す。

 

「それで、わたしはどうすればいいんだい? わたしも水龍を使って空戦もできないことないけど、あまり保たないからやっぱり地上かい?」

「ファンランさんは水の確保と、資源類の中から食材の選定。それと仕留めた獲物の下処理もしてもらいたい」

「うん……? なんかわたしも毛色が違うね」

 

「そりゃもう周辺にいる野生の獣や魔物、あるいは"双星兄妹"が()ってきた生物資源の余剰可食部とか。戦争における糧秣問題は常について回るので、保存食としての調理をば──」

「なるほどねえ、まぁわたしは食べる以外を目的とした殺傷は好きじゃないから願ったりなことさね」

 

「ちなみに楽じゃないですよ、なにせ食糧は多ければ多いほどいい」

「そんな大食漢がこの中にいるのかい?」

「ははっ、えぇえぇいますとも──"帝国本軍"や"皇国軍兵士"というね、前線への輸送のみならず捕虜の分を含めてです」

 

 

「敵を……生け捕るのが前提か?」

 

 淡々とガライアムが投げ掛けてきた疑問に、俺は理由を付けて答える。

 

「無論、余裕があればで構いません。捕まえておけば身代金で報酬上乗せ、漏れた分も財団で買い取るから問題なし」

「ちょっと待った! 捕えておくには明らかに人員不足だろう?」

 

 ごもっともなオズマの質問にも、俺は手の平を向けてなだめる。

 

「安心しろ、そこらへんも考えてある──というかもう手配済みだ。詳しくは実際に場所を決めて、作る時に説明する」

 

 とりあえずこの場は濁した俺の構想……それは"プチ大監獄"であった。

 かねてより魔術方陣の行使手にして、死した自らを傀儡とする魔導師"エイル・ゴウン"と、"(たえ)なる"リーティアの合作品(がっさくひん)

 収容された人物の魔力を、そのまま結界として転化する。監獄として機能させるに、おあつらえ向きな魔術具の製作。

 

 元々はサイジック領で予定する収容施設の為にも必要とされた機能であり、地下にドデカイ穴を掘って設置しようというものである。

 あとは精神を抑制する(たぐい)の薬を水に混ぜておけば、まずもって反抗や脱獄の心配はなくなる。

 

 

「世話役の為の支援要員は、元々モーガニト領から供出していた人員から少し回してもらう。というわけで四人にはそれぞれの本分を果たしてもらえばいい」

「まっ報酬がもらえんなら文句はねえぜ」

「なにか面白いことあればいいなぁ」

「あいよ、まかせな」

「……了解した」

 

 持ち味を活かす、人材の能力を最大限引き出すこともまた大切なことである。

 無為な徒労に終わってしまっては、損失にして冒涜(ぼうとく)であるがゆえに。

 

(そして好機には乗じてナンボだ)

 

 重要なのは見逃さないこと。アンテナを張り巡らして、掴んで離さないことなのだ。

 

 

 



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#366 参陣

 

 シップスクラーク財団が保有してる魔術具は、実に多用途に揃ってきている。

 筆頭開発のリーティアをはじめとして、数多くの人材が積み上げてきた成果。

 

 とはいえ市場に出すには生産性や費用(コスト)の問題、あるいは能力の安定性に難ありだったりと、お蔵入りされている物品も数少なくない。

 かつてワーム迷宮(ダンジョン)をショートカット攻略に使用した"大型穿孔錐(ボーリングマシン)"もその一つであった。

 

 そんな(ワケ)アリな品々を割かし自由に利用できるのもまた、俺の強みであったりもする。

 

 

 主戦場より北東にて、深い森の中に──絶妙に隠され、微妙に目立つ──岩で形作られた高さ十数メートルの"斜塔"。

 

 見る者には練度の足りてない地属魔術士が作ったような、出来損ないを思わせることだろう。

 しかしそれは皇国軍に対する適度なアピールの為のあえての造形でもあり、その地下空間には地上建ての何十倍という規模の資材保管庫とプチ監獄とが備わっていた。

 

 全部がぜんぶ突貫工事ながら、持ち運べる範囲であらゆるツールと魔術を総動員して作り上げたモノ。

 現代の建築基準法からすればメチャクチャだろうが、魔術具によって最低限の補強をしてあり、戦争中だけ保たせるには十分な作り。

 

 仮に地上部が潰れたところで、集めた面子の強度からすれば大怪我するようなこともない。

 

(はてさて、どこまでいける──?)

 

 夜半、俺は斜塔の頂上(てっぺん)に腰掛けつつ……開戦直後の昼間のことと、これから先の戦争の行方とさらなる展望に思いを致すのだった。

 

 

 

 

「──……()()()()、ですか」

 

 前線基地の天幕にて、俺は改めて"戦帝"バルドゥル・レーヴェンタールに呼び出されていた。

 彼は武具を(とも)の者に磨かせている横で、高級そうなワインを煽るように飲みながら盤上を眺めつつ、同時に俺との会話を並行する。

 

「そうだ、モーガニト。オマエの労力むなしく、竜は盟約とやらが(こと)のほか大切なようだ」

「はい、(わたくし)も赤竜殿(どの)と話している中で強く感じました。長命ゆえの考え方もあるのでしょうが……」

 

「だろうな。もっともオレとて帝国を統べる者として、そうした価値観を否定はしないし、連中の言い分も理解できる」

「穏便に済むのであれば──(わたし)も気掛っていたモノが解消されます」

 

「伯爵風情(ふぜい)が生意気な……いや、まだ若いからこそ感情的というものか。なんにしても結果的に竜騎士が来なくとも、オマエの功績は変わらないから安心するがいい」

 

 召使いにワインをつがせ、コツコツと盤上の(コマ)を動かしていく。

 どうやら竜騎士はその運用に透明性を得るまでは、戦争に参陣しないということが正式に決定されたようだった。

 赤竜と宰相ヴァナディスとの(あいだ)でどのようなやり取りがあったかはわからないが、帝国本国側もそれを受け入れた様子である。

 

 

「だが最初だけ、オマエの(ちから)を借りたいと思ってな」

「本来竜騎士が(にな)うはずだった空戦部隊の穴を、埋めろと仰るわけですか」

「そういうことだ。不服があれば、一応聞いてやる」

 

 想定していないわけではなかった。

 連係巧みな竜騎士編隊の代替までできるとは思っていないが、何らかの形でお(はち)が回ってくるのではないかと。

 領地を下賜(かし)された貴族の義務であり、いくら遊撃の自由を与えられようと指揮系統のトップには従わねばならない。

 

「いえ、特には……()いて言わせていただきますと、まともに空戦できるのは(わたくし)だけですので、他の者は自由でも構わないでしょうか」

 

 拠点の構築こそほぼ終わってはいるものの、だからって傭兵らを余計な任務に引っ張り出す必要性もない。

 

「与えられた負担を他者に分配するか、オマエ一人で背負うかは好きにしろ。結果さえ出すのであれば文句はない」

 

 空戦(これ)は俺の領分であり、帝国軍として戦うのもまた役割である。

 ゆえに他の面子(メンバー)にはそれぞれの役割を(まっと)うしてもらう。

 

 

「無論、竜騎士どもは最初から来ない前提での準備を進めていたのだがな。本来であればオマエは、敵が"宝刀"を複数抜いた場合にのみ招集くらいだったであろうな」

「なにか不確定要素があったのでしょうか」

「"神獣"が確認された」

「……神獣」

 

 俺は(つぶや)くようにその名を繰り返して、記憶の中から引っ張り出す。

 

「知らぬか、モーガニト」

「いえ風聞(・・)くらいは……神族から貸し与えられたという聖なる獣──空飛ぶ"巨鯨(クジラ)"」

 

 実際には元神族であるサルヴァ・イオから聞き及んでいて、俺は一般に知られていない詳細についても既知であったが……あくまで噂を知っている程度に留めておく。

 

 神領を守護せし大巨人、"神人ヘクタカイン"──

 土地に眠って魔力の恵みをもたらしているという被隷属の竜、"神竜ラガ"──

 

(そして……過去に移動手段として用いられたという"神獣モーヴィック"──)

 

 天然の飛空生物要塞とでも言えばいいのだろうか、普段は皇国内を回遊していてその大空を守護しているのだという神獣。

 神族のほとんどが神領に引きこもっている現在では無用の長物の為、皇国に貸し与えていると思われる。

 

(地球史においてもクジラは肉に骨歯に脂に至るまで、その体は余すことなく高級資源の宝庫だった)

 

 もしも仕留めて丸ごと持ち帰れたら、財団にとって凄まじい利益となりうるだろうが、帝国軍の手前さすがに不可能なのが惜しい。

 

 

「そうか、知っているのならば話が早い」 

「見たことはありませんが」

 

「オレですら三度ほどくらいしか、かち合ったことはない。それも直接見たのは一度きりだ」

「戦場に出てくるのはよほど珍しいと?」

「皇国の連中も、神領から借り受けている以上は無茶な運用はしにくいのだろうがな。ただひとたび現れると……あの神獣は()()()()のだ」

 

(クジラなのに卵……? いや外見が似ているだけで、生物種としては別モノに決まっているか)

 

 魔獣メキリヴナも巨大なヤドカリのようでいて……その体内構造と、もたらされる資源は未知に溢れていたように。

 

 

「卵からは小さな鯨が産まれ、これがまた数が多くなかなかに厄介。空戦部隊の機動力が大きく削がれる要因となってしまうわけだ」

「陛下ご自身が"伝家の宝刀"である以上、向こうも即座に抜いてきたというわけですか」

「フンッ、オレとてこれほどの規模の軍勢であれば、自ら前線に出るのは詰めの段階となるがな。大軍には大軍なりの用兵と妙味を楽しまねばならん」

 

 戦闘狂(バトルマニア)ではなく、戦争狂(ウォーモンガー)というのがよくわかる──らしい(・・・)言葉であった。

 

「では皇国は初手から……なりふり構っていないというわけですか」

「別に珍しいことでもない。特に皇国側は今回、奇襲される形となるわけだからな。時間を稼ぐ為に大駒(おおゴマ)を並べて迎え討つも、ままあること」

 

 

 すると戦帝バルドゥルは一つの(コマ)を、(おお)い隠すように掌中へ握り込んだ。

 

一番銛(さきがけ)の名誉が欲しくば、気張れよモーガニト」

(つつし)んで(うけたまわ)りました。巨鯨に痛撃を与えつつ生み出す小鯨の群れを露払いをし、他の部隊が円滑に動けるよう──」

 

 話し途中で、バギッと破損した音が天幕内に木霊(こだま)する。

 

「なんなら粉砕して構わん、そうだろう"円卓殺し"よ」

 

 俺へと視線を向けた戦帝の手の平から、砂混じりの(コマ)の欠片がサラサラと地面へ落とされていく。

 

「……さすがに"巨鯨殺し"の異名は皇国より恨まれそうなので、可能だったとしても遠慮したいところです」

「ハッハッハッハ! まあ巨鯨(アレ)を殺し切れるのは世界でもそうはいない」

 

 

(そう言われてしまうと試したくなるのは……()(がた)(さが)ってもんだな)

 

 俺も異世界(こっち)に来て強くなった。世界でも少なくとも100指くらいには入れるだろう。

 相性と状況次第では上位の大物も十分に喰えるに違いない。

 

「五日……いや四日ほど引き付けておけば見込みとしては十分。以降は連絡なしで遊撃に戻ってよい」

「御意に」

「存分に励め、下がっていいぞ」

 

 俺はその場から一歩だけ下がってから帝国軍式の敬礼をし、帝王の天幕より去るのだった。

 



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#367 神獣 I

 

 前線基地より西の空──固化空気に()して瞑想していた俺は、気圧の変化を感じ取ったところで"遠視"を試みる。

 今いる高度よりもさらに上空には、白地に薄い黄色を塗りたくったような……確かに鯨に見える巨体が瞳の中に収まったのだった。

 

(黒竜よりは小さいか……それでも大怪獣だな)

 

 いずれも遠目からの目測になるものの、しかしながら黒竜はあくまで翼や尾を含めての大きさであった。

 巨鯨は比して小さくとも、さしあたって頭から胴体部まで肉厚な為に、単純な質量体としては黒竜を上回るように思える。

 

 そんなものが悠々と空を飛んでいるのだから、異世界の圧倒的スケール感というのはやはり何度となく感動を覚える。

 

 

 俺が立ち上がると、帝国空戦部隊長である鳥人族の男が隣までやって来る。

 

「モーガニト伯、お気付きになりましたか?」

「そういう隊長も……眼が良いようで」

 

 揃って同じ方向を見つめ、神獣と呼ばれるだけの神々しさを感じ入る。

 魔獣メキリヴナのような生理的に気色悪い生物様相もなければ、ワームのような災厄の形とも程遠く、黒竜のような禍々(まがまが)しさもない。

 

 ただそこに()りし聖なる獣。そしてその周囲にはチラチラと光を反射する物体も捉える。

 

「あの"群体"──」 

「はい、あれが"小鯨"です。一匹一匹でもそこそこにしぶといのですが、群れとなって襲い掛かってきたり、広範囲に分布したりと恐ろしく厄介な存在です」

 

 何をもって誘導されているのかはわからないが、統率された動きでもって既に展開している。

 

 

「まさかとは思いますが、小鯨って成長します?」

「いえ、卵から生まれますが子供というわけではないのでご安心を。ただし単独で何も喰わずとも一週間以上は生きるので、こまめに潰していかないとどんどん膨れ上がっていきます」

「なるほど……そいつは面倒だ」

 

 厄介ではなく、俺はあえて面倒と表現する。

 

「ちなみに死骸はどうなりますか?」

「消えますね、それがせめてもの救いでしょうか。食えるものでもないようで、あちこちが死体まみれになることはありません」

 

(むしろ残念だな──)

 

 それはつまるところ小鯨を持って帰って、研究材料や資材にすることはできないということだ。

 どういう原理なのかはまったくもって不明ではあるが、構成要素がそもそも物質的なものではないのか。

 

 

「有効な攻撃方法は?」

「"凍結"です・動きを鈍らせながら墜落させ、地上部隊に踏み潰してもらうのが一番楽でしょうか。生半可な炎だと、炎上しながら襲ってきます」

「……火竜の吐息(ブレス)であれば?」

「燃え尽きます。だから竜騎士の方々(かたがた)が参陣していないのは非常に痛手となっていまして……」

 

(だから俺が穴埋めとして余計に、強引に、召集されたわけか──)

 

 神獣への対処によって、戦局は大きく変わってくる。

 仮に俺が役立たずと判断されれば、さらにいくつもの強駒(きょうゴマ)が戦線投入されるに違いない。

 

 

「ふゥー……──凍結と火力ね、了解」

 

 俺は"六重(むつえ)風皮膜"を(まと)いて肉体と精神を臨戦態勢へと切り替える。

 そして遠き眼前へと集中し、遠心分離させた上澄みの魔力を魔術として発露させていく。

 

 ギュゥッと溜めてからパチンッパチンッと、右手と左手でそれぞれ打ち鳴らす。

 "素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)"・枝燕(えだつばめ──|放《はな)たれた風刃が二羽、四羽、八羽と……左右(あわ)せて十六羽の飛燕へと増殖する。

 それは肉眼では見えない空気の糸で有線誘導されるが(ごと)く枝分かれしていき、次々に小鯨と交差していった。

 

「おお……!? こりゃスゴい」

 

 

 右手で(はな)った飛燕は、生成した水素で燃える赤い"焔燕(ほむらつばめ)"。

 左手で(はな)った飛燕は、液体窒素を封入した白き"雪燕(ゆきつばめ)"。

 

 爆燃炎上と瞬間凍結によって、触れた小鯨はボロボロの消し炭となり、あるいは白く砕け散っていくのだった。

 

(とりあえず有効なようだが、数が多すぎるな)

 

 消費対効果(コスパ)は悪くないが、飛燕に付与した効果は瞬く間に消え失せてしまっていた。

 とりあえず軽く100体以上は無力化できたものの、無尽蔵とも思えるほどに周囲を飛び回る小鯨の群れには誤差の範囲だろう。

 

 

「もっとド派手に、景気良くいくっか──討ち漏らしに関しては任せてもいいだろうか?」

「もちろんです、モーガニト伯。存分に拝見させていただきます」

 

 俺は首を回してコキコキと全身を鳴らし、ゆっくりと移動しているように見える巨鯨の方向と到達地点を予測する。

 そして両手の親指・人差し指・中指をそれぞれ三本ずつを触れ合わせ、結合するイメージを形作っていく。

 

 ──その途中であった。わずかばかり届いてきた神獣の(うな)るような声の後に、部隊長を含める空戦部隊が揃って両耳を必死に抑える。

 部隊長は必死に叫んでいるようではあるが、"謎の音"に潰されてしまっているようで俺まで聞こえてこない。

 

 

(んん……広域の"超音波"か。俺には"六重(むつえ)風皮膜"があるから効かないが、案外クジラっぽい攻撃もしてくるんだな)

 

 ビリビリと大気が(ふる)え、苦悶の中にある部隊がこのままでは墜落してしまうのは時間の問題と見える。

 恐らく人族にはさほどの効果も無いのだろうが、聴力に優れた獣人族には恐ろしいほど効果的なのであろう。

 

「神獣さん、音波攻撃は専売特許じゃないんだぜ。ぁぁあああああァァァアアアア──」

 

 俺は魔術によって()()()()()()()を極大化させ、調律(チューニング)しながら丁度逆位相(・・・)となる形で広域超音波と衝突させた。

 すると(なぎ)のように周囲一帯が静止して、超音波は完全に掻き消える。

 

「……!? ……???」

 

 突如として静止したような状況に、鳥人部隊長は狼狽(ろうばい)したようにキョロキョロと首を動かす。

 

「モーガニト伯……? 一体何を??」

「っはーはーあ~あ~、ゴホン。説明すると長いんで割愛」

 

 

 俺は少しばかり痛めた喉を自己回復させつつ、両掌中の空間に周辺の大気を圧縮させていった。

 

(大気を掻き乱されたな……不安定な中じゃ"ポリ窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"はしばらくは使えない。なら──)

 

「お返しだ、"音"ってもんはこう使うもんだ」

 

 俺はパンッと手の平を打ち合わせて圧縮空気を爆発させ、両の掌を引き伸ばすように共振を繰り返し、指向性を持たせて撃ち出す。

 

 "音空槍"──魔獣メキリヴナに使った"音空共振波"を、スケールダウンさせつつ間接攻撃として昇華させた魔術。

 目には見えない共振(ハウリング)を伴う音速の槍は、爆発的な衝撃力を肉体の奥深くまで貫通し浸透する。

 

 分子レベルで粉微塵に自壊させるまでには至らないものの……それに近いだけの、圧倒的な破壊を対象にもたらす。

 

 

 そうして命中した神獣はまるで踊るように何度か巨体をくねらせていた。

 はたして痛覚が有るのか無いのか、のたうっているのか否か。

 

(さて……一番銛は達成したものの、この後はどうするか)

 

 さすがに神獣と呼ばれるだけあって、やはり魔獣メキリヴナとは生命体としての格が違う。

 あの巨体を殺し切るには……今の俺では困難であると分析する。

 仮に殺せたとしても皇国の憎悪を一身に受けることになるし、墜落でもしたら地上にどんな被害が及ぶかわからない。

 

「何事も試してみるもの、か──なぁ隊長さん、小さい(ほう)の処理を一時的に頼んでいいか?」

「あぁ……さっきの"神獣(クジラ)の歌"さえなけりゃやれないことはないが」

 

「それじゃあ頼んだ。俺はデカブツの(ほう)をどうにかしてみよう」

 

 そう言って俺は固化空気の足場を踏み込んで破壊しながら、爆発的な"暴風加速"でもって飛ぶ。

 

 (まと)った風にさらなる風を織り込みながら、音速を超え──()()()()()()()()()──俺は突っ込んだのだった。

 

 



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#368 神獣 II

 

「無事、侵入──っと」

 

 俺は魔術によって小さい光球を作り出して、潜り込んだ体内を照らす。

 

外見(そとみ)は神聖な獣でも……さすがに内部は気持ち悪いな)

 

 極彩色の筋繊維っぽいものが躍動し、組織液が足元でぬめぬめと流れる。

 "六重(むつえ)風皮膜"がなければ悪臭に感覚や粘膜がやられ、呼吸するのも一苦労だろう。

 

 

「まっ今頃はキャシーやフラウたちも迷宮攻略(ダンジョンアタック)している頃だろうし、そこはかとなくシンパシー」

 

 ワーム迷宮内の多くは、"無二たる"カエジウスの手によって大幅改造されたものであったが……ワームの胎内そのままのような階層もあった。

 

「慣ーれーたーモ~ノ~」

 

 その場でドンッと足を踏み抜いて音波を放ち、"反響定位(エコーロケーション)"で神獣の体内構造をざっくりと把握する。

 

(なんだァ……?)

 

 跳ね返ってきた音響から()るに、明らかに普通の生物とは(こと)なっていた。

 自分はてっきり食道らへんにいるのかと思っていたが……どうやら胃腸に値する部分も存在しないっぽい。

 

 ワームのように体内全てが消化器官のような──というわけでもなく、一体どうやってこれほどの巨体を動かしているのだろうか。

 

 

(かすみ)ならぬ魔力だけ食って生きられたりすんのかね……とりあえず何か変な反響をした、やたら広い空間を目指してみるか)

 

 俺は赤外線視力も駆使しながら、頼りない光だけで内部を進む。

 時折、外の援護になるよう"音空波"を叩き込んでダメージを与えながら──頭の中でマップとルートを構築していく。

 

 神獣の行動を阻害できるだけの適度な破壊と、同時に生体資源となりうる素材の探索。

 

「ん──ぬんッ!」

 

 俺は収縮し閉じている肉をこじ開けて強引に通り抜けると、広い空間へと踊り出た。

 

「ここで音を反響・増幅させて、さっきの超音波を(はな)ったんかな」

 

 そこは巨大な一個の肺臓のようで、普通に発声しているだけでも音が非常によく響く。

 まるで葦畑(あしばたけ)を思わせるほどに、ビッシリと腰元近くの高さまで繊毛(せんもう)がそこら中に生えていて……。

 ──そして、俺はすぐに違和感に気付く。

 

 

(……魔力が"枯渇"してるか)

 

 それは大監獄でも味わっていたからこそ、すぐに理解できたことだった。周囲にあるはずの魔力がまったく存在していない。

 ひとたび体内貯留魔力を使い切ってしまえば、自力で脱出することは不可能になるだろう。

 

「ふ~むふむふむ、これは──」

 

 俺はブチッと引き抜いた一本の繊毛を観察する。

 折り曲げてみたり、匂いを嗅いでみたり、引っ張ってみるとなかなかに強度もある。

 何よりも魔力を通してみると、良質の魔鋼を思わせるほど魔力導通性が良い。

 

「使えるな」

 

 ニィと笑って収穫物を喜ぶ。具体的にどうこうというわけではないが、シップスクラーク財団の魔導科学があれば何かしらの用途を見出せるだろうと。

 

(毛……いやクジラだからヒゲとでもしておこうか、神獣(ひげ)

 

 俺はブチブチとそこら中から引き抜きまくり、(かた)で抱えられるくらいの一束(ひとたば)を作る。

 

「しかも(かっる)いな……こんだけ束ねても羽根みたいだ」

 

 どうやって持ち帰るべきかも考えながら、俺はせっせと髭束(ヒゲたば)の量産作業に従事する。

 日にちを掛けて何度も往復するか、それとも体内から大穴を穿(うが)って投下して回収するか。

 

 

 ──ともすると、何百回目かの引き抜きから……爪先(つまさき)にコツンと当たるものがあった。

 

(んん……?)

 

 俺は"それ"を拾い上げると……とても見覚えのある"オルゴール"であった。

 シップスクラーク財団が生産する、底に"小星典"が入るギミック付きのオルゴール。

 実際にゼンマイを巻いて(フタ)を開けてみると、聞き慣れたメロディーが──さながらコンサートホールで演奏されているかのように──響き渡る。

 

「なんでここにある……?」

 

 何かを感じ取った俺は大きく息を吸い、呼吸を止めてから"風皮膜"を一度解除する。

 そして"天眼"状態へと入り、周囲の環境を掌握した。

 

 枯渇した魔力空間内において、新たに会得した"魔力色覚"が……ひときわ濃い"紫色"の人型(・・)を共感覚として(とら)える。

 同時にわずかばかりだが体温があり、呼吸も小さく死んでないことがわかる。

 

 

「ふゥー……──まじか」

 

 俺は再び"六重(むつえ)風皮膜"を(まと)いながら、一足飛びに近付く。

 そこにはどこぞの見知らぬ他人──ではなく、茶色い髪を二つ結びにした黒翼の鳥人族の女が、ヒゲ畑に(うず)もれて眼を閉じていた。

 

「なんっつー偶然だよ」

 

 俺は彼女を知っている。なんなら喧嘩を売られて、一戦(まじ)えた仲であった。

 そしてティータの幼馴染であり……同時に──俺や"血文字(ブラッドサイン)"と同じ──"異世界転生者"の可能性を持つ人間。

 

「"スミレ"! おい、起きろ!!」

 

 こんな環境下にあっても衰弱してはいないようで、本当にただ静かに()るといった様子であった。

 何度か体を揺さぶってみるが、うんともすんとも言わない。このまま連れて帰ってもいいが、俺は一つだけ試してみる。

 

「……"ベロニカ"、今すぐ眼を開けるんだ」

 

 

 それはティータから聞いていた、幼少期に彼女が前世の真名(まな)として名乗っていたらしい名前を呼ぶ。

 

「あ……うっ──? わたし……んん?」

 

 ゆっくりと見開かれた瞳はキョロキョロと、数秒ほどして俺を見つめてくる。

 

「あなた、どこかで……え~~~っと──ああ!! あの時の賊!! たしかグルシア!!」

「いや、俺の名前はベイリル。ベイリル・モーガニトと言う」

「えっ? そうなの? でもその顔……暗いからわかりにくくて、人違いだったかも。ごめんなさい」

 

 なんとはなしに流れを誤魔化せたものの、彼女に対しては誠実にいくべきだと判断する。

 

「いや見間違いではないよ、俺の名前がグルシアじゃなくてベイリルってだけだ」

「へぇ~そうな……、ん?」

「皇都でちょっと戦ってオルゴールを渡したグルシアってのは偽名ってこと」

 

 

 バッと素早くその場に立ち上がったスミレは、キッと俺を睨んで腰元へと手を伸ばし──何度も(くう)を切る。

 

「……!? 傘! わたしの番傘がない!! せっかく高いお金払って修理したのに!!」

「オルゴールはあったけどな、ちゃんと持っていてくれたようで安心したよ。おかげで君を見つけられた」

 

 俺は無防備にスミレへと近付くと、その手にオルゴールを握らせる。

 

「ちょっ……気安い!!」

「まぁそう言うなってスミレちゃん、俺と君の仲だろう?」

「そんなの、ないから!!」

 

 スミレはキッと睨みつけて、魔力圧が研ぎ澄まされていくのを感じる。

 

「それがあると思うんだよな。番傘ならまたティータに作ってもらえばいい、()()()()()()

 

 

 そう俺が踏み込むと、スミレは呆気に取られた顔を晒す。

 

「なん……で──? そういえば……さっきも起こされた時に聞こえた……わたしの……」

「一つ、シップスクラーク財団は決して悪い秘密結社ではありません」

 

 俺は指折り見えるように数える。

 

「二つ、君の幼馴染のティータは財団員で、俺は友人として君の真名とやらを聞いた」

 

 スミレが俺の発した言葉を理解しきる前に、最後まで畳み掛ける。

 

「そして三つ、君は()()()()()()()()?」

 

 数秒、数十秒、数分と──時間は過ぎていく。俺は静かに周辺の空気を集めて、彼女が冷静に状況把握できるよう(つと)めるのだった。

 

 

 



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#369 転生者 I

「そして三つ、君はもしかして転生者?」

 

 俺はスミレがゆったりと呼吸できるよう、周辺の大気を調整しつつ……彼女が落ち着くまで待つ。

 

「──財団は悪くない……?」

「ああ、そうだ」

「うん、わたしも……あれから調べた。たし……かに、良いことのほうがずっと多かったけど。ティータちゃんも……そこにいるの?」

「いるよ。初期からの所属してくれていて、財団のために色々なモノを作ってくれている」

「……元気にしてる?」

「もちろん、会いたいならすぐにでも会えるさ」

 

 俺はスミレ(かのじょ)(さと)すように会話を重ねていく。

 

 

「それと……てん、せい……わたしの──名前……」

「ベロニカ、地球(Earth)からきた? 英語(English)はわかるかな?」

「うん、英語わかる……わたしはロシア人(Russian)だけど」

「ロシア! なるほど、ちなみに俺は日本人(Japanese)

「あなたも……転生したの?」

 

「そう、だから俺と君だけの仲なんだ」

 

 無垢な瞳が俺の碧眼と交差する。ようやく()()()()()()()()()を得られたことは、素直に嬉しく思う。

 

「わたしだけじゃなかったんだ……。ねぇグルシ……ベイリル? あなたの前の名前って?」

「前世の名前は捨てたから、ベイリルでいい。ただまぁ、積もる話はここを脱出してからにしよう」

 

 

「──……そうだった! わたしなんでまだここに!? 今っていつ!?」

 

 ハッと我に返ったようなスミレは、あらためて周囲を見回す。

 

「湿季は第八週の二日だ」

「うそ……もうすぐ凡庸季!?」

「いつからいたんだ」

「えっと……多分丸々一季くらいは……」

「なんでまた」

「それがあんまり覚えてなくって……、最後の記憶は──浮遊石の上に寝てたと思う」

 

(運悪く、神獣の進行上にいたってとこか)

 

「もう息苦しくてわけわからなくって、でもなんか生物っぽくて……あと魔力かなりなくなってて、排泄されるのを覚悟で"拒絶"したの。あっ、拒絶っていうのはね──」

「"魔導"だろう、概念を付与するやつ。拒絶と言うからには、呼吸や水分といったあらゆる変化を停滞させてたってとこか」

 

 冷凍睡眠(コールドスリープ)低体温維持睡眠(ハイバネーション)よろしく、最低限の状態で眠るように生きていたといったところだろう。

 魔導一つで簡単にやってのけてしまうのは、レドの"存在の足し引き"に負けず劣らずのトンデモ性能と言える。

 

 

「なんで知ってるのォ!?」

「いや皇都で戦った時に身をもって思い知らされたし、あんだけ何度も使えばおおよそ察しがつくってもんだ」

「むむむ……」

「ちなみにここは神獣と呼ばれる、神領より皇国が借り受けている神聖な獣の体内だ。排泄機能はなんか無いっぽいから、俺が助けなきゃ何百か何千か……あるいは何万年後に目覚めていたかもな」

 

 しれっと俺は脅すように恩を強調し、スミレの血の気がサーッと引いていく。

 

「うぅ……ありがと」

「どういたしまして、ただ必要以上に恐縮する必要もない。地球という同じ故郷を持つ者同士、ましてティータの幼馴染を無下にはできん」

 

 俺は柔和な笑みを浮かべつつ、ベルトバッグの小瓶の中から黄スライムカプセルを取り出して、スミレへと投げ渡す。

 

 

「なにこれ?」

「シップスクラーク財団が開発した"スライムカプセル"という経口摂取薬だ」

「えぇ……スライムぅ?」

「……まぁ、転生者ならそういう反応になるわな。でも治験を重ねて実用化されている安全なものだ」

 

 心中で「神族以外は」と俺は付け足す。もっともみなまで言う必要はなく、彼女が鳥人族なのは見た目からも明らかだった。

 

「ちなみにその黄色は完全栄養カロリー食。腹はさほど膨れた気はしないがエネルギー補給は無類だ、ハチミツ風味」

「へぇ~……それじゃ、いただきます」

 

 スミレは両手を合わせて一礼する。ロシアでも日本のような文化があるのかは知らないが、非常に行儀が良く感じるのだった。

 

 

「すっごく(あん)ぁ~~~い、っていうかグミだこれ! ほんっとおいしい!!」

「そいつは何より。まぁこの手のお菓子なんて、こっちの世界にはさほど流通してないものだからな」

「あのー余ってたらもう一個……とか?」

「欲しがりだな。ただそれ一つで、巨漢戦士一人の三日分に相当するカロリーだぞ」

「うっ……じゃあやめとく」

「他にも色々なお菓子は財団で作っているから、ティータに会いに行くついでに食べればいいさ」

 

 俺はスミレを是が非でも財団に引き込めるよう、遠まわしに利点(メリット)を提示する。

 

「そっか! シップスクラーク財団ってもしかしてあなたが作ったんだ?」

「ん、まぁそうだ」

「美味しいものを食べる為に!」

「食欲だけじゃあないが……未知で過酷な世界でも欲得ずくで生きやすく、ってのはあながち間違いではない」

 

 

 実際に地球料理の再現のみならず、異世界ならではの食材と調理によって開拓される美食もある。

 そして何よりもハーフエルフとして味覚も優れるので、食の楽しみが非常に大きいウェイトを占めるのは否定できない。

 

「良かったら、スミレも財団員にならないか?」

「えっ? んん~~~……助けてもらった恩はあるし、ティータちゃんと働くのも悪くないけど──」

「まだ俺達が悪の組織だと?」

「そうじゃなくって、わたしにはわたしのやりたいこと──生きる道があって……」

 

「具体的には?」

「この世の悪を断罪すること」

 

(だから皇都ではやたらと突っかかられたわけか)

 

「わたしが異世界(こっち)に転生して来た意味……使命だと確信してる。なんでわざわざ、わたしだけが……あっいや今は、ベイリル(あなた)もいるけど」

「とても長生きの大先輩から聞くに、過去にも転生者は何人もいたみたいだが──同時代に複数現れるのは非常に(まれ)らしい」

 

「へぇ~、そうなんだ。だったらなおさらだよ、乱れた世界をわたしだけでも正す。その為に(ちから)があるんだから」

 

 

(……危ういな)

 

 俺は素直にそう思った。スミレの思い込みの強い感情、それはひとたび方向性を間違えれば──彼女の信念とは逆の結果をもたらしかねない。

 

「立派な(こころざし)だとは思う、人の為に、身を()にして、己を捧げるってのは簡単なことじゃない」

「ありがと。でもなんか含みがあるっぽ?」

「いいや、大いに結構だと思う。ただし一人でやるには限界がある、だから俺は組織ひいては企業を作ったんだ」 

 

「もしかして世界平和を目指しているの?」

「それも少し違う。結果的に世界が安定するというだけで、シップスクラーク財団とフリーマギエンスが目指すのは()()()()()()()()()だ」

「うえ?」

「すなわち宇宙、魔導と科学の果て──人類(みな)が上を目指して"進化"し、生存圏を広げて繁栄し、新しいものを次々と生む螺旋(スパイラル)

「大それてる!!」

 

「まぁこれはオルゴール付属の"小星典"にも書かれてないし、財団内でも宇宙を認知できる人間しか理解できないからな」

 

 真っ直ぐスミレの瞳を見据え、真摯(しんし)な表情で勧誘をかける。

 

 

「だからこそ……君には財団と協力して、共に歩んでほしいと思っている」

「でも聞いてる限り、わたしが目指すのとはちょっと違ってて……」

 

「誤解しないで聞いてもらいたいんだが」

「……?」

 

「財団は悪人を排斥(はいせき)するというわけじゃない。コミュニティや社会が大きくなるほど必ず一定数が存在し、手段の一つとしてそれを容認する場合もある。

 君主論(マキャベリズム)の基本たる、特定多数の幸福の為に不特定少数を見捨てることも必要とあれば辞さないし、慈善事業もやっているがそれ以上に開発と発展に多くの労働力を割いている」

 

「うん、そんなの聞いちゃうとやっぱりわたしには──」

 

 俺はスミレが断る前に、その口を封じるように言葉を被せる。

 

「そういう時に財団の大きな手から(こぼ)れ出てしまった分を、スミレ(きみ)(すく)い、(すく)い上げてくれたらなと思っている」

「えっ……?」

 

 そう──人類世界の救世主──五英傑は"折れぬ鋼の"のように、財団内における救世主(メシア)としての資質が彼女にはあるのだと。

 

 



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#370 転生者 II

 

「──スミレ(きみ)(すく)い、(すく)い上げてくれたらなと思っている」

「えっ……?」

 

 俺の言葉にスミレはわずかに目を見開いて、少しばかり思考を回しているようだった。

 

「法治にも限界はどうしたってある。弾劾(だんがい)できない悪を裁き、本来救えないはずの人たちを……君が助けてあげられればいい」

「──わたしが?」

 

「外部の第三者機関というわけではないが、君が財団のストッパーとなってほしい。俺は俺自身が暴走しない意味を含めて、周囲を有能な人材によって固め、支えてもらっているように」

「その内の一人になれって?」

「こうして転生者であるベイリル(おれ)スミレ(きみ)が出会ったのも、一つの"運命"だとは思わないか? 二つの世界の価値観を持っているからこそできることがある、お互いに」

 

 運命という実に都合の良いワードを織り込む。夢見る女の子の多くはその言葉が好きだろうという安易な考え。

 実際にこうして再会できた偶然にして奇跡に対し、何かしら理由を付けるならば運命と言ってしまうのがロマンティックでもある。

 

 

「ん、う~~~むむむ……」

「それにシップスクラーク財団には、世界中に根を張らんとする情報部もある。単独(ソロ)で動くよりも助けられる数は確実に増えるぞ、お試しでもいいからどうだろう?」

 

 腕組み首をひねって悩むスミレに、俺は最後のダメ押しをする。

 

「それともう一つ、スミレ……いやベロニカさんとして聞く。元の地球に戻りたいとは思わないか?」

「はぇ!? もしかして帰れるの!?」

「過度な期待をさせて申し訳ないが、今はまだ具体的な見通しは立ってない。けれど俺の仲間の一人が、そっち方面の研究を本腰入れて開始している」

「そう、なんだぁ……」

 

「実際に転生者として俺達の記憶と人格はこっちに来ているし、過去に竜種はこの世界からどこか別の新天地(せかい)へと渡ったそうな」

「じゃっ、方法はあるんだ?」

「故郷に家族を残しているなら……姿形が変わっていても、もう一度会って話したいと思うなら──」

 

「わかった、わかったってば! じゃあとりあえずお試しね!! ティータちゃんとも話して、あなたのこともこの眼でしっかりと確かめさせてもらうから!」

「是非そうしてくれ、財団のことも内側からじゃないと見えてこないこともある」

 

 俺は心の中でほくそ笑む、一度入ってしまえば……決して抜けようなどとは思うまいと。

 それは決して悪い意味はなく、純粋に彼女にとっても良い環境であることには違いないのだ。

 

 

「──それじゃ話もまとまったところで、魔力はどれくらい残ってる?」

「……ん、もうほとんどないかも」

「そっか、ならしばし待っていてもらえるか?」

「もしかして、あなたも出られなかったり?」

「いや余裕で脱出できるけど、その前に資源を集めておきたいんだ。この葦畑(あしばたけ)のような(ヒゲ)をな」

 

 そう言って俺は足下に置いていた毛束(けたば)を、スミレの首元へマフラーのように巻いてやる。

 

「わっ!? いきなりなに!!」

「軽くて強靱、肌触りも良く保温性も良好。素材としては少なく見積もっても準一級品だ」

「あっ、ははぁ~そんなの考えもしなかったよ」

「まぁ例えばの話だがこの生体繊維を培養して大量生産し、衣服を作って一般市場に流通できれば……温度変化による体調悪化を防げるし、災害や魔物から身を守りやすくなる」

「そうやって救われる人がいる、って?」

 

 

 俺は自信をもって首肯(しゅこう)する。

 

「あぁ、人々に根ざした産業ってのは生活水準と幸福度を上げる。服飾もそうだし食事と栄養もそうだ、医療や科学のみならず、文筆や詩歌といった芸術文化もな」

 

 チョイチョイと俺がスミレが左手に持っているオルゴールを指差すと、彼女はネジを回して箱を開ける。

 俺にとっては言わずもがな、きっと彼女も何度も聞いたであろうメロディーが空間内に反響する。

 

「ようこそ、シップスクラーク財団へ。一緒に"未知なる未来"を夢見て、共に()を進めていこうじゃあないか」

 

「まだお試しだってば!!」

 

 

 

 

 せっせこせっせこ──切断するのではなく、地道に"神獣髭(くじらヒゲ)"を根元から抜いて回って収集していく。

 途中からスミレも「長期睡眠で体が(なま)ってるから少し動かしたい」と参加したが、魔力がほとんど残ってないようなので()のまま苦闘していた。

 

 作業効率があまり上がらないばかりか呼吸用空気移動も手間なので、俺は彼女に抜いた毛を(たば)にして(むす)ぶのを頼んで──小一時間ほどが過ぎただろうか。

 

 

「かなりスッキリしたな」

「うん。失くしたと思ってた番傘も、けっこう痛んじゃってるけど見つかって良かったー」

 

 スミレは番傘から刀身を抜くと、暗い中でもわずかな光でキラリと直刃(すぐは)が浮かぶ。

 

「ところでこんなに大量にどうやって持ち運ぶの?」

「……」

 

 

 俺とスミレは揃って見上げる。(つら)なるように繋いだ結果、真空圧縮しても一山(ひとやま)で十メートルにはなろうかという毛束(けたば)が鎮座していた。

 

「まぁとりあえず外にさえ出せればいいから、大穴でも()けるわ」

「殺しちゃうの?」

「いやそもそもが巨大過ぎる上に、生体としての構造も特異だから……恐らくはちょっと(クギ)が貫通したとかその程度だと思う。

「いたいイタイ! それは痛いよ!」

 

 片目を瞑りながら、想像上の痛み(ペイン)に悶えるスミレに、俺は何の気なしに提案する。

 

「ところで暴れられても面倒だから、スミレの魔導でどうにか活動を止められたりできないか?」

「ふんふん、つまり麻酔みたいな? でもわたしってばもう魔力ないんだって」

「そうは言っても"濃い紫色"の魔力がまだ見えるぞ。意識できていないだけで、絞り出せそうだ」

「へっ? そうなの? ていうか魔力って見えるもんなんだ?」

「俺は眼がいいから──特別だ」

 

「そうなんだ、にしても絞り出すっかぁ……じゃあやってみる」

 

 

 俺の言葉をあっさり()に受けて飲み込んだスミレは、番傘の仕込み刀の柄を両逆手に掴むと刃先を下へと向ける。

 するとすぐに魔導の発現たる圧力が膨れ上がったのだった。

 

(良くも悪くも素直(・・)なんだよな。この実直で恐れを知らない思い込みが、彼女をここまで強くしたわけか)

 

 一度に発動させられるのは一つながらも、多種多様な概念を瞬時に付与する魔導。

 俺の魔導だって負けちゃいないとは思うが、だからと言って小理屈(こりくつ)()ねがちな俺には天地が引っくり返っても真似できない魔導である。

 

「──"停止"」

 

 一言(ひとこと)、刃が肉へと沈み込む。それと同時に俺は"反響定位(エコーロケーション)"で神獣の活動停止を確認する。

 

「やった! できた!!」

「でかした」

 

 俺は指先に竜巻を(まと)いて"風螺旋槍(エアドリル)"を形成し、その場から真上へと跳躍する。

 勢いのままに比較的肉薄な、天井部の箇所を掘削していき──外の空気と通じた瞬間、風を一気に取り込んで竜巻を巨大化させて一気に穴を拡張したのだった。

 

「ひゃあああああああッッ!!」

「よしっ、一気に行くぞ」

 

 上昇気流によって巻き上げられたスミレを、俺は右手で()き寄せるように(かか)える。

 同じように風流に乗った神獣髭(くじらヒゲ)の山に繋がる糸を掴み、竜巻に身を任せるようにして外へと出る。

 

 

『ぷっはァ~……──』

 

 新鮮な空気を二人で肺いっぱいに取り込みつつ──神獣髭(くじらヒゲ)の山をそのまま天高く舞い上がらせながら──俺は戦況を確認する。

 さしあたって帝国空軍は問題なく持ちこたえてくれていたようで、一方俺の(ほう)はのんびり資源収集に勤しんでいたのが少しばかり申し訳なくなる。 

 

「スミレ、魔力なしの翼だけで飛べるか?」

「ムリかも、滑空くらいならできるけど」

「じゃあこのまま拠点まで──」

 

 すると高速で接近してくる影があり、衝突より少し手前で急制動を掛けたのは……鳥人族の部隊長であった。

 

 

「モーガニト伯、無事だったんだな! って……?」

「あぁこの子は内部で見つけた被救護者だ、少しばかり離脱させてもらうぞ?」

「了解した、なぜだか神獣の動きも(にぶ)くなったようだし問題ない。しかしまあまあ内部とは、よく生きてたもんだ」

 

 俺はスミレが余計なことを口走る前に、"風皮膜"を分配しつつ大気を掴んで飛ぶ。

 

「しばらくしたら再出撃するからそれまで頼んだ。ちなみに脱出の為に()けた穴に入ったら、生きて戻れる保障はできん!」

 

 警告を残しつつ、上空高く舞い上がった神獣髭(くじらヒゲ)を回収しながら俺達は拠点へと向かうのだった。

 

 



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#371 選択

 

 

 ドクンッと心臓が跳ねる。

 

「──おっ? とと」

 

 俺は斜塔の頂上(てっぺん)で、いつの間にかうたた寝をしていたようだった。体内時計と星の位置を見るに、わずかばかりの時間。

 ただ(ちゅう)に浮いて──まるで()()()()()()()()()()()()()──長い夢を見ていたような感覚に(おちい)る。

 

「思ったより疲弊したのかね……やはり無理はしないで正解か」

 

 

 スミレを救護して神獣の体内から脱出し、大量の神獣髭(くじらヒゲ)を風で運搬しつつ拠点まで戻ってから──

 すぐにでも再出撃したものの、あまり"神獣"と皇国の空戦部隊を追い詰めて撤退させてしまうと、継続的な資源回収が不可能になると判断した。

 

(神獣を討伐して持ち帰れない以上、隠れてちまちま奪っていこう)

 

 死んでいなければ生物資源はまた再生する。今回の戦争が終わった後のことも考えれば……神獣は回遊する資源採集地となってくれることだろう。

 

(それに戦争はまだ始まったばかりだ──)

 

 見えない疲労が溜まっていくことはインメル領会戦でも実感した。

 何が起こるかわからない以上、必要以上にパフォーマンスを落とさないように立ち回ることも肝要(だいじ)である。

 

 

「すごいよね、夜空に浮かぶ片割れ星。月なんかより全然大っきくて、綺麗だけどちょっと不安にもなっちゃう」

 

 トンッと軽やかに、隣に立ったのは……昼間に助けてやったばかりのスミレであった。

 今はツインテールではなく、シャワー上がりの下ろした茶色い長髪を夜風に流している。

 

「あぁ、昔は空を見るたびに……違う世界に来たんだなと自覚させられたもんだ」

 

 お互いに転生者だからこそ成立する、共通した物の見方と想い。

 この世界の人にとっては──生まれた時から浮かんでいる──当たり前の光景であるからして、そうした感想は決して(いだ)かない。

 

 

「休息は十分か?」

「うん! もう大丈夫。ところでねぇベイリル、あなたってこっちに来る前はなにしてた人?」

「ん、あぁ~……実のところ俺は自分に関する直接的なことはさほど思い出せてないんだ、知識や人格は確かにあるんだけどな」

「そうなんだ?」

「一応、記憶に関しては超がつく専門家(スペシャリスト)の魔導師がいるから客観的に知ってはいる。ただそれが自分だったという実感があまりないもんでな」

 

 そもそも異世界からの転生という事態が、超常現象の極致である。

 記憶の継承がどういうメカニズムで(おこな)われているのかも謎であり、転生時に何かしらの不具合があってもなんら不思議はない。

 

故郷(ちきゅう)に帰りたくないの?」

「独身で家族とも疎遠だったし愛着も薄い、正直なところ地球にはさほどの未練がない。だから俺はこの世界に生きる"ベイリル"として、これから数百年と過ごしていくと決めている」

 

 それが俺が他ならぬ自分の意思で決意し、選択した道。

 義姉兄妹(きょうだい)と、同志と、友と、仲間と、愛する者と、その子供らと──人類のすべてと。

 地球を越えるテクノロジーでもって進化し、未知なる未来を追い求める。

 

 

「そっか、わたしもスミレとして生きてるけど……帰りたい気持ちはやっぱりあるなぁ。あなたから帰れるかもって聞いたら……余計に」

「ちなみにスミレは、転生前は何歳(いくつ)だったんだ?」

「んん~? 18歳!! ベイリルは?」

「若いな、俺は……」

「あっ人には聞いておいて自分は言いたくなくない? ってことはおじさんだ! それともおじいちゃん?」

 

 俺はスミレの問いに対し、今さらこんなことを自分でも気にしていたのかと肩をわずかに落とす。

 

「まぁ……おっさんだよ。ただ知りたかったのはスミレが俺より若いかってことじゃなくて、同じくらいの転生時期なのか──ズレ(・・)を知りたくてな」

「ズレ?」

「たとえば君が産業革命以前の生まれだとか、逆に"2112年"とか遠い未来生まれだったら、世界間を繋げた時に問題が出るだろう」

「あっそれ知ってる! 秘密道具! ジャパニメーション!」

「知っていたか。ってことはほぼ同じ頃と……意外とサブカル詳しいのな」

「アメコミ映画なんかも大好きー。でも昔は文学もよく読んでたよ。お父さんの蔵書がいっぱいあって読み漁ってたんだ。あとバレエと演劇なんかもやってて──」

 

 

 突っ込んで聞かずとも身の上を話してくれるスミレ。少しは打ち解けてくれたことに嬉しさを覚える。

 

「──でね、わたしとしては夢もやりたいこともいっぱいあったんだけど……」

「……(なか)ばで命を落とした、と」

「うん、ハッキリ覚えてる。その日は──」

(つら)いようなら無理に言わなくてもいいよ」

 

 スミレの表情が曇り、動悸が早くなっていくのを即座に感じて俺は割り込んだ。

 俺自身がそこらへんの記憶も曖昧で欠落していた為に、一方的に聞くのも(はばか)られるという心情もあった。

 

「ありがと、優しいんだ?」

「極々当たり前の配慮だ。……それで、今のスミレとしても18歳?」

「こっちに転生してきたからの(こよみ)でってこと?」

「あぁ、そうだ」

「なら18歳、ティータと一緒でもうすぐ19歳。合わせると……わたしもおばちゃんだぁ」

 

「俺も同じ年齢だから、転生した時期もほぼ同一か。細かい誤差はあるにしても、互いに時代を共有した形で世界を見つけられそうだな」

「なるほど、それもSFだ! わたしがあなたより100年後に死んでたとかだったら、時間がおかしくなっちゃうもんね」

 

 

「とはいえ楽観視はできんがな」

 

 例えば浦島太郎のように──こっちの世界での1日が、地球での1年だとか世界の時間軸そのものがズレている可能性は考えられる。

 あくまで俺とスミレが近い時代というだけで、それが世界と世界の(あいだ)で通じる前提とは限らないのだ。

 時間と空間は密接に関係しているとはいえ、仮に世界間移動を成さしめようとするにはやはり障害(ハードル)は多く、高く、(けわ)しいだろう。

 

「まっ、そうした難題を超越してやるのが自由な魔導科学(フリーマギエンス)ってもんだ」

「本当にイロイロやってるんだね。どこからそんな意欲が湧いてきたの? 元々そういう畑の人だったとか?」

「日本人だった頃は一般人だよ……ただまぁ、異世界(コッチ)に来てからの幼少期は苦労したもんでな。ハーフエルフの長命ってのも相まって、俺なりに未来を見たくなったんだ」

「ふーん、へぇ~……そっか、そういえばハーフエルフなんだ。はじめて見た」

 

 スミレは改めて俺の半長耳を見つめる。エルフ種もそこそこ珍しいが、ハーフはさらに珍しい部類である。

 

 

スミレ(きみ)こそ、こっちでの目的は一体なんなんだ? "この世の悪を断罪"だったか、なんでまた……皇都では世直しの旅がどうとか言ってたよな?」

「そうだよ、せっかく来たこの世界を隅々まで見て回りながら、この世にはびこる悪を倒すの」

(こころざ)した理由でもあるのか」

「大いなる(ちから)には大いなる責任が伴う、って言ってた!」

「それフィクションじゃねえか! まぁ普遍的に通じる言葉でもあるけど──」

 

 正義のヒーローに純粋に憧れる感性は、()()()()()()()俺の中では終わっていた。

 

「でもそういうあなたが作ったシップスクラーク財団だって、いろんな慈善事業をしてるんでしょ?」

「俺は自由にやった結果だ。()いて言うなら"ゲーム感覚"ってのが一番近い」

「テレビゲーム?」

「あぁ、文明を創りあげるシミュレーションゲームってなとこか。人類全体を高みへと進化させ押し上げる為に、未知に()()ちた未来を見るという欲望のままに」

 

 

 俺の言葉をスミレなりに噛み砕いているのか、しばらくしてからゆっくりと口を開く。

 

「フリーマギエンス──オルゴールと付属してたあの小さい"星典"も、あなたの知識で作ったの?」

「俺はあくまで発想を与えただけで、実際に形にしたのは(つど)ってくれた優秀な技術者たちに他ならない──ティータもその一人だ」

 

「ティーちゃんか、早く会いたいなぁ」

「そうだな、スミレは落ち着いたらすぐにでも()ってくれてもいいぞ」

「ほんと?」

「いくら借りがあろうと、戦争に参加する気はないんだろ?」

「ないよ。むしろ帝国が悪なら、皇国について戦ってもいいくらい」

 

「国家間戦争だ、単純な善悪では分けられないさ」

 

 戦争という手段を目的そのものとしている戦帝とて、勝利している方《ほう》が多い為、やはり自国にとってみれば英雄に違いない。

 

 

「まっ神獣の体内では強引に迫ったものの、今後の身の振り方は自由にしてくれていい。せっかく出会えた転生者同士──惜しいけど意思は尊重する」

「うん、とりあえずティーちゃんと話してから決めることにするよ」

「もしまた旅に出るとしても、何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれていいから」

「ありがと、やっぱなんだかんだイイ人なんだねベイリルって」

 

 俺は否定も肯定もせず、フッと笑って肩をすくめるのであった。

 

 



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#372 呼び出し

 

 スミレが斜塔(きょてん)より()ってから二日目を数え──

 あれから何度か資源採集の為に神獣の体内に再侵入を試みようとしたが……いずれも徒労に終わってしまった。

 

 周囲の小鯨が増えたばかりでなく皇国の空戦部隊も順次増援され、神獣を中心に陣まで張られてしまっている。

 

(……こりゃ確かに、俺が引っ張り出されるわけだ)

 

 定期的に減らしてはいるものの、どうにも決定打は与えられずに膠着(こうちゃく)状態にある。

 手前味噌ながら、俺がいなければとっくに帝国側は制空権を奪われていたに違いなく、竜騎士という戦力がいかに大きく頼られていたかがわかる。

 

(まっ戦略・戦術的には、時間が稼げればそれで十分なんだろうが)

 

 一方で地上軍の進軍の(ほう)は順当にいっているようで、こうして釘付けにしている分だけ全体の戦局は優位へと傾いている。

 なんにしても皇国側に目を付けられないよう適度に、こちらはこちらの仕事をするだけである。

 

 

「──あのぉ、モーガニト伯で間違いはありませんでしょうか?」

 

 俺が戦況を見ながら休んでいるところに現れたのは、伝令の格好をした鳥人族であった。

 

「確かに俺がモーガニトだが、名指しとは何用だ?」

「……はい、ヴァルター・レーヴェンタール殿下からの伝言で──」

「ヴァルター、なるほど聞こう」

「えっと……一言一句そのままお伝えしろと厳命されましたので失礼します」

 

 どうせロクなものじゃないんだろうなと思いつつ、俺は怪訝(けげん)に眉をひそめる。

 

 

「"いつまでも空にいないで、さっさと降りてこい。使えそうなテメエに戦功の機会を与えてやるから感謝してオレ様のところまで来い"──とのことです」

「……殿下からお呼びとはな」

「あの、なにとぞ──」

「あぁわかっている、ちゃんと行くから安心してくれ。無礼な物言いに関しても命じられたなら仕方ない」

 

 ホッと胸を撫で下ろした様子の伝令係に、俺は改めて伝言を命じたヴァルターの気性を振り返る。

 

(命令系統から言えば、戦帝から直々に頼まれているコッチのが優先されるべきだが──)

 

 陛下を理由にしたところで断れば面倒になりそうだし、遊撃としてある程度の自己判断が許されるだけの裁量も与えられている。

 現在の空戦状況を(かんが)みるに、とりあえず一時離脱して話だけでも聞いて損はないだろうと判断する。

 

 

「それで? 殿下は今どこに陣を張っているんだ」

「はッ! ここより南方の丘陵です」

「そう遠くないな。君はこの戦域を統括している部隊長──あそこにいるから、君自身の口から伝えてくれ」

 

 俺はピッと人差し指を一点に向けてから、言葉を続ける。

 

「あくまでヴァルター殿下の命令によって、俺が呼び出されたとしっかりな」

「承知しました」

 

 伝令係が翼をはばたかせると同時に、俺は固化空気の足場を解除して、聞き耳を立てつつ落下しながら風を(まと)うのだった。

 

 

 

 

 帝国のそれではなく、ヴァルター個人の紋章が(えが)かれた御旗(みはた)を掲げるテントを俺は前にする。

 

(わたし)はベイリル・モーガニト伯。ヴァルター・レーヴェンタール殿下の招聘(しょうへい)により参上しました」

「どうぞ」

 

 入口よりも少し離れた位置で立哨(りっしょう)している護衛兵士は、すぐに俺を天幕内へと通す。

 

 

(一人か……)

 

 女近衛騎士のヘレナも、男近衛騎士のハンスのどちらもいない。ただ一人、足を組んで椅子にふんぞり返っている男とすぐに目が合う。

 

「あぁ思ったより早かったなァ"円卓殺し"。まってきとーに座れ」

「はい、それでは失礼します」

 

 俺は一礼して後、近すぎない位置の椅子を一つ選んで静かに腰掛けた。

 

「で、調子はどうだ?」

「……対神獣の戦況は今のところ五分(ごぶ)といったところです。もう少し猶予(ゆうよ)をいただければ──」

「そっちはどうでもいい。てめえ自身がどうなんだって聞いてる」

「やや疲れはありますが、今のところ戦闘継続に支障はありません」

 

 

 俺はヴァルターの意図を図りかねるが、それは彼の口からすぐに明らかになる。

 

「"円卓殺し"、てめえには"聖騎士殺し"にもなってもらおうか」

 

(聖騎士狩りか──)

 

 まだまだ戦争も序盤だというのに伝家の宝刀の抜き合いとは、穏やかではなかった。

 

「どうした、喜べよ? わざわざ指名してやったんだからよ」

「……どの聖騎士が来ているのか教えてもらえますか」

「なんだ、意外と細かいヤツだな」

 

「傾向と対策です。(わたし)とは相性の悪い聖騎士もいますので」

「ヤレそうな相手なら喜んで戦うってか?」

「まだまだ先は長いですから、勝てたとしても戦線を離脱するようなのは()けたいところです」

 

 

 実際のところ俺が不得手とするだけの聖騎士は、完全に人類規格外に位置する"五英傑"──番外聖騎士たる"折れぬ鋼の"だけである。

 しかし単純な戦力は別として、個人的に戦いたくない相手がいる。

 

(財団からの情報によれば"悠遠の聖騎士"ファウスティナは現在、皇国にいないから問題ない)

 

 あとはグルシアとしての顔と名前を知っているのは"聖騎士長"だが、基本的に皇都防衛の(かなめ)であるので前線には出てこないだろう。

 ジェーンのこともある"至誠の聖騎士"ウルバノとは争いたくはないが、将軍(ジェネラル)との交戦による後遺症もあるので前線に出てくる可能性は低い。

 

「"万丈"の聖騎士さまだそうだ、しかもご丁寧に小部隊を率いて来てるとさ」

「聖騎士"オピテル"ですか……であれば小部隊というのは、迅速な展開から考えて子飼い(・・・)ですね」

 

 俺は記憶の中から情報を引き出しつつ、交戦相手としては問題ないことを確認する。

 

「オイオイなんだ、詳しいじゃねェか」

「それはもう聖騎士は例外なく有名ですから。自分より強い可能性のある人間はなるべく調査するようにしています」

「ほっほォ~おまえより強い、ねえ。そいつぁオレ様も入ってるわけか?」

 

 ジロリと目を細めるヴァルターに、俺は口をついて藪蛇(ヤブヘビ)を刺激してしまったことに迂闊(うかつ)さを覚える。

 

 

「帝国人同士で争うことはないと思いますが」

「答えになってねェ、オレ様のことを調べてるのか調べてねェのかどっちだ」

「それはまぁ……インメル領会戦の折に、出会い頭に攻撃されましたので。多少なりと調べさせていただきました」

「そんなことも、あったか?」

 

「はい、(わたし)が殿下の影を踏んだことに苛立(イラだ)ちを見せまして」

「あーーー……そうだったっけか、まあいい。で、仮にオレ様と()()ったなら、てめえは勝てるか? あ?」

 

 心中で一度だけ深呼吸した俺は、忌憚(きたん)ない言葉を織り交ぜて口にする。

 

「十回やったとして、一回は確実に勝てます」

「はあ? 殊勝なのか謙遜してんだか知らねえが、その一勝とやらの謎の自信はどこからきてんだ」

 

 俺は薄く笑みを浮かべて、ヴァルターの心理状況を観察しながら続きを紡ぐ。

 

「はい、その一回は初見(・・)に限ります。最初の一戦で確実に殺して、二度目以降を無くします」

 

 

「クッハ! カッハッハハハハ!! なるほどねえ、てめえはいったん(タネ)が割れちまうと弱いってわけか」

 

 失笑するヴァルターに、俺は軽い緊張状態を解きほぐす。

 ようやく気性の激しい眼前の男との、空気・()の取り方・適切な距離感というものを把握できてきた。

 

「なら聖騎士の野郎も、その一回で息の根を止めてこい」

「……」

「なんだ、不服のありそうな沈黙だな?」

「相手が聖騎士ともなると討った際の影響も過大と見られ、ひいては陛下の戦略構想にも支障が出るかと──」

 

御託(ごたく)を並べやがるが勘違いすんじゃねえ、最初っからてめえに拒否権は無い。それに一領主風情(ふぜい)が、戦争を知った気で心配することでもねえ」

「失礼しました」

「そもそもてめえは"既に抜かれた宝刀"だ、その刃先(はさき)ををオレ様がズラしてやるだけのこと」

 

 

(ヴァルター……まったく考え無しってわけでもない、むしろ粗暴で野蛮に見せているような(フシ)があるな)

 

 強化感覚から得た情報と、今までの経験と、俺自身の直観から分析しつつ、話を一歩前へと進める。

 

「万丈の聖騎士の現在位置はどこでしょうか」

 

「フンッやる気になったか、二度は言わないからよく聞いとけ──」

 

 ヴァルター・レーヴェンタール、調べても未だに判然としないこの男を知るべく……俺は覚悟を固めるのだった。



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#373 万丈の聖騎士 I

 

 帝国は多種族国家である。人も獣人も亜人も魔族も、()(へだ)てこそあっても、公平を(むね)として成り立っている。

 それは産業・経済・文化・宗教のみならず、当然軍事方面でも他国とは違った特色を持つ。

 

(地球と違って、異世界(こっち)では魔術士と魔力強化された戦士、練度の差こそあれほとんどの人間が当たり前のように使う)

 

 密集して陣形を作ってより強固に戦うこともあれば、役割を切り分けて攻勢を掛けたり防衛したりもする。

 それを集団のみならず個人レベルで(おこな)うことができる。

 

 

(帝国の戦い方は、より地球の近代に似て散兵戦術が多い)

 

 広い戦域において局所的な優勢をいくつも作り出し、戦術的勝利をもぎ取り、それを戦略的に積み上げていくスタイル。

 それは種族まるごとの機動力や火力や空戦能力といった、複数の専門性をさらに特化させた諸兵科連合による総合力の高さこそが強みとなる為だ。

 

 多種族国家だからこそ()せる技であり、人族のみの部隊も少なくないので統一性された強固さを誇る(コマ)も持つ。

 

(例えば……王国のように奴隷や獣人種を壁にして使い捨てるような戦術は取らないし、皇国のように宗教的結束力による一枚岩を作ることも不可能)

 

 思想も文化も散逸している。しかし多種族が共に生きる帝国という、社会の為に意志を統一して戦うナショナリズムが根付いている。

 常に戦争して外敵を作ることで団結し、また他国では特定種族が虐げられているということも士気を上げる要因となっている。

 

 補って余りある戦果をもたらしてきたからこそ、帝国は世界最強の軍事国家として名を()せている。

 同時に帝国は異世界史上においては他に類を見ないほど、洗練された戦争行動によって領地を拡大し続けてきた。

 

 

 ()も傾いて薄暗くなりつつある遥か天空より、俺は"遠視"を使って小山の上にいる集団を捕捉する。

 "万丈"の聖騎士オピテルと、揃いの軽鎧を着込んだ彼直属の騎士団員が14人ほど。

 

(聖騎士──"伝家の宝刀"級の保有は軍事力に直結するわけで……本来であればこんなポンポン抜くもんじゃないんだよなあ)

 

 たった一人で戦術を蹂躙し、後出しで戦局をひっくり返し、軍団の士気を左右する武威の象徴。

 戦場において脅威であるのは当然として、もしも個人的に行動されれば予測不能のゲリラ戦力。

 

 窮地に対する保険としても温存しておきたいのが人情であり……だからこそ通常であれば抜かない。

 

(まぁ仮に抜いたとしても実際に殺せるケースは思いのほか少ないわけだが──)

 

 命に危機が迫ればのっぴきならない状況でない限り逃げるし、遁走(とんそう)手段も魔術によって様々だ。

 何が何でも追い討ちしなきゃいけないケースもまた少なく、窮鼠(きゅうそ)の逆撃を喰らえば目も当てられない。

 さらには回復魔術があるので、さしあたって即死せず間に合えば大概はなんとかなってしまう。

 

 またそれだけの強度があってなお、国家戦争に命を捧げるだけの忠誠心を持ち合わせるとなれば(まれ)である。

 体制側としても無理をして死なれるほうが損失となるので、敵前逃亡しようとまずもって許される立場なのだ。

 

 

(でも逃亡しないのが……聖騎士の聖騎士たる所以(ゆえん)

 

 聖騎士は全員が信心深いとは限らないが、少なくとも人格者ではあり、利己的な判断でさっさと退()くということは無いと考えた(ほう)がいい。

 彼らはいつだって弱者に寄り添い、人を救うことに喜びを見出すようなタイプの人間。

 

(不用意に殺したくもなければ、恨みなんて絶対に買いたくはないもんだ)

 

 ()るか()られるか……円卓の魔術士第二席"筆頭魔剣士"テオドールの時とは違う。

 

(できれば穏便に済ませたいが──しっかしヴァルターは一体どこから情報を仕入れたんだ……?)

 

 開戦したばかりで、こうも迅速にやって来た聖騎士の位置を正確に把握していた驚異的な情報網。

 単純に帝国軍のそれとは思えない、引っかかりのようなものが俺の中にあった。

 

 

「まぁいい、せっかくの優位性(アドバンテージ)は有効に使わせてもらおう」

 

 俺ははっきりと意志として口にした。一方的に相手を捕捉し、上空を陣取っているこの状況を利用しない手はない。

 体力・気力・魔力のいずれも充実させ、遠心加速分離(セントリヒュージ)も完璧な状態。万が一にも遅れをとる要素は微塵(みじん)もない。

 

「"素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)"──」

 

 俺は丁寧に(・・・)指を14回、打ち鳴らしながら地面へと落下していく。

 着地位置を調整しながら、歪光迷彩(ステルス)で身を隠し──聖騎士オピテルの真後ろ(・・・)に音もなく立ったのだった。

 

 

「静かに聞いてください、下手な動きを見せればこちらも相応の態度で迎えます」

「──ッ誰だ」

「こちらの名前は差し控えさせてもらいますが、帝国軍は宝刀の一振りです。万丈の聖騎士オピテル殿(どの)

「帝国軍、しかも宝刀……?」

「その気になればこうして対話せず、問答無用で不意討ちもできたことをご留意いただきたい」

 

 俺の言葉にオピテルは数秒ほど沈黙し、状況を飲み込んでから口を開く。

 

「なにが目当てなのだ」

「貴方と、貴方の直属の部下たち全員の無条件撤退」

「抜いた刃を納めろと言うか」

「まだ抜いてはいないでしょう、そのまま帰って欲しいとお願いしています。俺としても聖騎士を害するなんて不名誉はあまり(こうむ)りたくないもので」

「随分と臆病風に吹かれているよう見受けられるな」

「なればこそ、その臆病者がここまで近付いてこれた意味を噛み砕いていただきたいものです」

 

 何かしら情報を引き出したいが為の挑発を見透かした上で、俺は笑う。

 

 

「ならばそちらもよく噛み締めて覚えておけ。いかな罠が張り巡らせようと、強欲な侵略者たちに屈する理由などないと」

「まったく聖騎士ってのはどいつもこいつも頭が(かた)──」

 

 言葉途中に俺は接近してくる気配へと視線を向ける。すると部隊の一人が(いぶか)しんだ様子で歩いてきてるのだった。 

 

「合図送った素振りはない……ということは自力で気付いたか。なかなかよくできたお弟子さんをお持ちで」

「こちらに退(しりぞ)く気は毛頭ないぞ」

 

「そうですか、だったら──」

 

 距離を詰めてきた部隊員が、腰に差した剣をわずかに抜いたのを強く戻すと……大きな鞘鳴りによって他の全員へと合図を出した。

 

その気(・・・)にさせるまで──"墜燕"」

 

 俺と聖騎士オピテルはお互いに180度、半回転しながら相対すると同時に拳と拳で打ち弾いて距離を取った。

 

 

「なにッ──!?」

 

 そして次の瞬間、驚愕に染まるオピテルの顔を見つめながら……俺は周囲で起こった出来事を強化感覚を通して把握する。

 警戒態勢に入っていたオピテル直下の14人の騎士たちは、突如として空から()ってきた風擲斬(ウィンド・ブレード)に強襲されていたのだった。

 

「──さしあたって直撃で重傷者が8人、反応できたものの戦闘不能が3人、軽傷で自己回復魔術が1人、そして2人が完全回避か……」

 

 俺はステルス状態から姿を現し、周囲を見ないままにオピテルへと告げると、彼の肉体と精神とが(たか)ぶっていくのを感じる。

 

「オピテルさま!」

「二人とも、すまないが手を貸してくれ」

 

 無傷で済ました騎士二人が加わり、俺の周囲を三角形に囲む。

 自分だけで闘ったり、部下に任せるようなこともせず、油断なく協力してこちらを仕留めに掛かってくる様子。

 

 

()る気ですか? 激発する前に断っておきますが、これも交渉の一環ですので」

「世迷言を……すでに刃は抜かれたのだ」

「いやいや、8人は重傷だと言ったでしょう。つまり即死は(まぬが)れたのですから、大人しく撤退して回復させれば間に合うってことです」

 

 自分の信念を曲げて退くことはなくても、大事な部下の為ならば身を引いてくれるだろうという想定だった。

 

「なんならこちらから回復用の魔薬(ポーション)を提供してもいい。すぐにでもご決断を」

 

「賊ごときが、聖騎士の直属たる我らをなめるなよ! みな軟弱な鍛え方はしていない、キサマを殺してからでも間に合わせる!」

「……許さんぞ、悪敵討つべし」

 

 お付きの騎士の一人は感情を(あらわ)に、もう一人は感情を沈めて、そしてこの者らの長である聖騎士オピテルは強い意志を瞳に宿す。

 

 

「半端な覚悟をもって出撃した者は、誰一人としていない」

 

 オピテルは瞬時に連結させて組み上げた大槍を、ギチリと手の内を締めて構える。

 

「──まったく、一応は歩み寄って提案はしましたからね。以後の人死にの責任は、俺の関知するところじゃあないので()しからず」



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#374 万丈の聖騎士 II

 

「──俺の関知するところじゃあないので()しからず」

 

 言い切ったすぐにも、斜め後方からそれぞれ迫る二つの刃。

 決して練度が低いわけではないのだが、今の俺に対して向けるにしてはあまりにも心許(こころもと)が無さ過ぎた。

 

 俺はトンッと軽やかにその場でバク宙しながら(かわ)し、空中で右のリボルバーを抜いていた。

 腰溜めのまま引鉄(トリガー)を引きっぱなしにし、撃鉄(ハンマー)を右親指、左親指、左人差し指、左薬指でコックし四連射する。

 

 4発の発泡音がたった1発にしか聞こえないほどの早業(はやわざ)で、俺は二人の鎧の隙間を通したのだった。

 

 

「ォォォォォオオオオッッ!!」

 

 銃弾を撃ち込まれた部下が地面へと倒れこむよりも先に、まだ空中にいる俺へと突き込まれてくる大槍。

 飾り気のないその一撃は、"万丈"の聖騎士オピテルの気性をよくよく表すものだった。

 

 しかし"六重(むつえ)風皮膜"を(つらぬ)くには至らず。

 運動エネルギーを巻き込んでいなしながら俺は左手で()を掴み、回転の風勢のままに右肘で叩き折った。

 

「ッとォ──」

 

 俺の左手から竜巻を伴うように投擲された、螺旋を描いて高速回転する折れた槍の穂先(ほさき)がオピテルの肩口へと突き刺さる。

 その衝撃によって、投擲の直後に背後へと回り込んでいた俺への反応が遅れてしまう。

 

 

「憤《フン》ッ──()ッ!」

 

 "震脚"と同時にオピテルの足下を蹴り砕きながら、俺は返す膝でオピテルを真上方向へと蹴り抜いた。

 

 続けざまに俺は(くう)疾駆(はし)り、往復するように一撃・二撃・三撃・四撃と、オピテルの肉体を高速で打ち上げていく。

 そして竜巻を(まと)ったまま背後から羽交い絞めにして拘束し、回転しながら地面へと急降下したのだった。

 

 "斬星飯綱落とし"──激突の刹那に俺は一人離脱し、脳天から大地へと叩きつけられたオピテルは、流血しながらも(ちから)を振り絞って起き上がる。

 

 

「グッ……はぁ……っハァ……」

 

 オピテルの手札を出し切らせてから打ち砕きたい──そんな気持ちもなくはなかったが、これもまた闘争の妙味である。

 相手が全力を出すよりも先に畳み掛けて圧倒することもまた、勝利の愉悦。

 

「まだ()るかい?」

「……笑止」

「残念」

 

 俺は言葉と同時にパチンッと指を鳴らし、"素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)電燕(ぷらづばめ)"をオピテルへとぶつけた。

 圧縮し電離させたプラズマによる大電流によって、数秒ほど体を震わせてから聖騎士は倒れる。

 

「勝手に決着をつけさせてもらったよ」

 

 死んではいない。聖騎士オピテルのダメージ許容量を、ある程度は把握した上での戦闘不能に留めた。

 あとは後々になって恨みを買われないよう、重傷の連中に"青スライムカプセル"を適量塗布していくかと思った──その時だった。

 

 

(……? 生体反応が──ない!?)

 

 闘争直後で鋭敏にもなっているハーフエルフの強化感覚が、よもや見誤っていることなどない。

 重傷だったとはいえまだ死ぬには早すぎる。しかしオピテル以外、ただの一人も息吹を感じられなかったのだった。

 

 直近の完全回避した騎士二人だけでなく、軽傷で生き延びてひそかに回復魔術を使って自己治癒していたはずの者まで何故だか息絶えている。

 

「よく、やったな"円卓殺し"。トドメ(・・・)もてめえの評価にしといてやるよ」

 

 夜闇に浮かぶ影からヌッと現れたのは……はたしてヴァルター・レーヴェンタールであった。

 

「なっ!? 待っ──」

 

 俺が反応して(かば)うよりも一手(いって)早く、ヴァルターの()()()()()()()が無情にもオピテルの心臓を貫いた。

 そうしてこの場には俺とヴァルター、生きているのはたった2人だけになる。

 

 

「……ヴァルター殿下、貴方が他の全員も殺したのですか」

「だったら、なんだ? 文句があるなら言ってみろ、"()()()()()"」

「では遠慮なく。殺すのはいつでも可能です、生かしておいてこそ多様な利用価値が生まれたというものです」

 

 あくまで平静を保ちながら、俺は理路整然とヴァルターに言葉を返す。

 

「ハッハハッ! てめえがわざわざ掛けた労力を踏みにじられたのが不服ってか? だがな、()()()()()んだよ」

「……」

 

 俺は怪訝(けげん)な表情を浮かべて、無言の抗議をぶつける。

 

「てめえの知ったことじゃあねえが……一言だけ言っておくなら、だ。"聖騎士が死ぬことに意味がある"んだ」

「で、あれば。殿下の戦略構想の一助に、(わたし)は使われたということですか」

「そういうこった」

 

 

 俺は脳内加速させて考えを巡らしつつ、心中でゆっくりと深呼吸しながら、散乱する情報の整理にも努める。

 

(わたし)にやらせた意味はありましたか? 殿下の魔術……いえ、"影の魔導()"ですかね──お一人でも殺せたのではないですか」

「あん? なぜオレ様の魔導──それも"魔導具"だと?」

「影に質量を持たせて操るというのが、一般的な魔術の範疇を超越していること。それと魔導師であれば、特有の魔力圧を感じられるのですが……殿下にはそれがない」

 

 俺はさらに"天眼"の共感覚によって魔力の色が()えるのだが、濃い魔力色は見えない。

 

「はっ! なかなか詳しいようだな、当たりだよ。たしかにオレ様のは魔導具だし、てめえの(ちから)を借りる必要も正直なかった」

 

(魔導具使い、相対するのは初めてだな──)

 

 それほど珍しいシロモノであり、さらに魔導具には適性が必要らしいので行使手も少ない。

 製法も非常に難易度が高く、製造した時点での作り手と条件が揃ってなければ修復もほぼほぼ不可能ときている。

 

 

(俺が感知できない影に潜伏し、変幻自在な影の刃を操る……)

 

 ワーム迷宮(ダンジョン)を攻略したのも納得いく強度のヴァルターから、俺は視線を外さない。

 

「──だがてめえが()()()()使()()()ヤツなのかが知りたかった」

「殿下は(わたし)をお試しになったわけ、と」

「"円卓殺し"の功績、赤竜本人を連れてきた手腕、そして"聖騎士殺し"。(あわ)せてよくやった、てめえはオレ様から評価(・・)を得たわけだ──それ以上に欲しいものはあるってえのか?」

「聖騎士を殺したのは殿下ですが」

「細かいことはいいんだよ。オレ様が殺したからってなんの手柄にもならない、既に死んでるんだからてめえの戦功にしとけ」

「……わかりました」

 

 俺はもはや抗弁するだけ無駄だと、受け入れるしかなかった。いらぬ汚名ではあるがここまできたら仕方がない。

 

 

「──ところでよお~、"おまえの出身"ってどこだ?」

「亜人特区、現モーガニト領です。そこの領主にさせていただき、ベイリル・モーガニトを名乗らせていただいています」

「それは知ってんだよ、()()()()(ほう)を聞いてんだ」

 

 俺は緩やかに、己の動悸が早まっていくのを感じて抑え込む。

 直近でスミレと似たようなやり取りをしたこと、その既視感(デジャヴュ)を覚えていたからこそだった。

 

「……もう一つ、とは? 育ちであれば一応は西連邦ですが──」

「そこで死んでる二人──まあトドメ刺したのはオレ様だがよ……戦闘不能にするのに"()"、使ったろ。恐ろしく早かったが発砲音が4つ、連射式は()()()()()()()()()

 

 

 俺は内心で「やはりか……」と思わざるを得なかった。

 

 インメル領会戦の論功行賞の後に、初めて会った時に(いだ)いた疑問。

 それから財団に調査こそ進めさせていたが、帝王の血族という立場もあって大して調べ上げることができなかった。

 

 さらにはゼノのように、過去にこちらで生きた人間の知識の一部を受け継いでいるだけ、という可能性も決して低くは無かった。

 しかしながらいくつかの断片的な情報が、(あん)(しめ)していたし……事ここに至れば確信となる。

 

(あぁそうだ、ヴァルターも……俺やスミレと同じ年齢(とし)──)

 

 現地民が探りを入れてきているわけでもない。

 眼前で核心を問うてきているヴァルター、彼自身が間違いなく"転生者"なのだと。

 

 



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#375 転生者 III

 

「ヴァルター殿下、やはり貴方も"転生者"だったんですね」

「はンッ! やはり(・・・)ってのはどういう意味だ?」

 

 拍子抜けするほどに実にあっさりとした相互曝露。俺はひとまずヴァルターからの疑問を解消する。

 

「初めてお会いした時、近衛騎士のヘレナ殿(どの)から"好奇心は猫を殺す"と(たしな)められました」

「あーーー、あ?」

「地球のことわざ──あるいはヘレナ殿(どの)が転生者ということも考えましたが、貴方から影響を受けていただけだったんですね」

 

 俺にとっての、ジェーンやヘリオやリーティアやフラウのように。

 

「なんだつまり、てめえは最初(ハナ)っから疑いを持っていたわけか。オレ様はハンスからてめえのことを聞くまで、他に転生者がいるなんて思ってなかったがな」

 

(俺以外の転生者を知らない……?)

 

 スミレのことを言うべきか俺はわずかに逡巡(しゅんじゅん)するが、少なくとも今はまだ安易な情報開示はしないことにする。

 "血文字(ブラッドサイン)"についても、別に今この場ですぐに教える必要もないだろう。

 

 

「ちなみにさっきの問いの突っ込んだ答えだが、俺は日本人(Japanese)。ヴァルターはどこの生まれなんだ?」

中国(China)だ。それと同じ転生者だからって打ち解けた気になってんじゃあねェ。前世はともかく今の立場は違うんだから(わきま)えろ」

「……失礼しました、殿下」

 

 試しにフレンドリーに行こうと思ったが、どうやら同郷であってもそれは気に喰わないらしかった。

 

(俺が日本から亜人特区、スミレがロシアから東連邦、ヴァルターが中華から帝国中央、"血文字(ブラッドサイン)"はわからんが──)

 

 異世界転生にあたって、死んだ時期と生まれた時期(じかん)は一致しているようだが土地(くうかん)は関係ないと見える。

 それでも参照し比較できるデータが少なすぎるので、あくまで傾向として判断するしかないのだが。

 

 

「帝王の血族に生まれるとは……二度目の人生はなかなか楽しいんじゃないですか?」

「知った風なクチを叩くなよ。てめえだってエルフだろうが」

「正確にはハーフエルフですが──まぁ種族的には恵まれたと思っています、育ちは少しばかり悲惨なものでしたが」

「別にてめえの身の上話に興味は無えよ」

「ではヴァルター殿下の身の上話を聞かせてはもらえませんか?」

 

 俺はヴァルターと距離を詰めるべく、どうにか談話できないものかと切り口を探る。

 

「お断りだ。楽しいモンでも他人に話すモンでもねえ」

 

 シッシッと手で振り払うような仕草を見せてから、その手を上へと向けて俺へと突き出してくる。

 

 

「おう、それよりも使っていた銃をよこせや」

 

 ヴァルターからの命令に対し、俺は"コルトSAA"をモデルにした銃を抜きながら華麗に回転させ、柄を向けて差し出す。

 向こうから興味を持ってきてくれるのは、話のキッカケとしては丁度良い。

 

「リボルバーか、よくできてやがる──」

 

 しかしそんな思惑とは裏腹。

 受け取ったヴァルターは、数秒ほど眺めたかと思うと……いきなり()()()()()()()()()()()()()

 

「オイオイ、逃げねえのか?」

(かわ)してもいいですが、ただの銃弾一発でやられるほど(やわ)じゃないですし」

「つまらねえ反応だ」

 

 

 ヴァルターはスッと銃口を遠間の木へと向け、引き鉄(トリガー)を引くも……弾丸は発射されない。

 

「クソッなんだよ、てめえ不良品を渡したから涼しい顔してやがったのか」

「シングルアクションなので、撃鉄(ハンマー)を上げてからでないと撃てませんよ」

「チッ……なるほど、そういう構造なのか」

 

 今度はガチッと撃鉄(ハンマー)がコックされ、銃口から飛び出た弾丸は見事に木の幹に命中した。

 

 

「ったく、"工房"の野郎どもは使えねえ──オイ、コレを作ったのは誰だ?」

「友人です」

「はぐらかすじゃねえよ。てめえがインメル領会戦に参戦してたのも、ナントカ財団ってのと関わりがあるからだろうが」

「シップスクラーク財団と言います。それと友人というのも事実です」

 

 鼻を鳴らすように息を吐いたヴァルターは、リボルバーをあっさりと投げ返してくる。

 

「"円卓殺し"──いやベイリル、てめえオレ様の下につけ」

「は?」

 

 話の流れをぶった切るような唐突な命令に、俺は()の抜けた声をあげる。

 すると次の瞬間には、ヴァルターの腕から伸びてきた影の刃が、俺の首筋へと添えられた。

 

 

「いやァ……その前に、てめえの異世界(こっち)での"目的"を聞いておかねえとな」

「穏やかじゃないですね」

「財団とやらを使って武器やら兵器を作り、世界征服でもする気か?」

「んんっ、そうですね──何と説明すればいいものかと」

「さっさと答えろや、返答次第じゃ飛ぶぞ(・・・)

 

(わたし)……いえ、俺の目的は──"文明回華"」

「あぁん……?」

 

 慎重に言葉を選ぶべきとも思ったが、俺はヴァルターを相手にどうにも嘘を()いたり誤魔化(ごまか)す気にはなれなかった。

 

「魔導と科学の融合──人類と文明とが共に進化・発展し、果てしなき"未知なる未来"を見る旅路(たびじ)

 

 それはヴァルターも転生者であること、俺と似た部分があるということを直観的に理解していたからに他ならない。

 

 

「要領を得ねえ、具体的に何をする気だ?」

「ありとあらゆる手練手管(てれんてくだ)を駆使して世界を席捲(せっけん)し、一段ずつ高みへと導いていくこと」

「つまり世界征服も範疇ってェわけか?」

「まぁ武力制覇も手段の一つなのは否定し──」

 

 スッと音もなく鋭い影刃が、首元を通り過ぎた。

 しかしそれは俺が(たい)をズラして皮一枚で(かわ)したからに他ならず。

 間違いなくヴァルターは殺意を持って振り切ったし、同時に回避されたことも織り込み済みのような様子であった。

 

「ならオレ様の敵だな」

「ふゥー……ヴァルター殿下、貴方は世界の帝王がお望みだと?」

「男に生まれたら頂点を目指すモンだろうが」

「否定はしない。だがこの場で命を懸けてまで相争う必要性も感じない、競い合えばいいと思いますが」

 

 

 ヴァルターの肉体をズズズッと黒い影が(おお)っていく。

 もはや交渉の余地は感じられないほどに、帝王の血族らしい混じりっ気なしの殺意が膨れ上がる。

 

「転生者なんてのは一人いれば充分だ。オレ様に従うか、慎ましやかに生きるんだったら見逃してやっても良かったが……余計なことをされちゃたまんねえ」

「帝国王族と伯爵の身分差こそあれ、この場には他に誰もいない。そっちがその気なら、こっちも本気でやらせてもらうが?」

 

 目撃者がいないのならば、どうとでも理由を付けられる。

 今の状況なら万丈の聖騎士と相討ちになったとでも言っても良い。

 

 せっかく出会えた数少ない転生者、"血文字(ブラッドサイン)"のようなどうしようもない人格破綻者でもないのに殺したくはないが……相容(あいい)れないのであれば致し方ない。

 黙って殺されてやるほどお人好(ひとよ)しではないし、帝国貴族である以上、王族相手に逃げておしまいというわけにもいかない。

 

「"円卓殺し"……てめえを本番(・・)前の仮想敵として認めてやる、精々(せいぜい)オレ様の為にあがいて死ね」

「誰の仮想だ? 戦帝だったら光栄なことだとも思うが」

「これから殺すヤツに教える意味は無ェ──"影装"」

「──其は空にして冥、天にして烈。我その一端を享映(きょうえい)己道(きどう)を果たさん。魔道(まどう)(ことわり)、ここに()り」

 

 ヴァルターは顔面も含めた全身に漆黒を(まと)い、俺は"決戦流法(モード)・烈を"発動させる。

 

 

(あなど)りはしねェぜベイリル、出し惜しみもな。光栄に思いやがれ──"影絵・竜"」

 

 するとヴァルターの背後に、体長にして20メートルほどはあるかという黒き竜が現出したのだった。

 

 



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#376 影 I

 

 影によって形作られたドラゴンは、音無き咆哮をあげる。

 夜闇に溶け込むその色は"黒竜"のようであり、しかして姿形には()()()()()があった。

 

「"黄竜"か、本物よりはかなり小さいが……細かいところまでよく再現されてる」

「──あァ? なんで知ってやがる」

「かくいう俺もワーム迷宮(ダンジョン)制覇者なもんでね」

「……んだと、てめェもか。しかも時期的にオレ様よりも先になるってことか」

「そういうことだな。もしかしてその"影の魔導具"もカエジウスから貰ったものかな」

「コレは違ェよ……14年使い倒した魔導具だ!!」

 

 けしかけられた"影黄竜"の突進を、俺は"六重(むつえ)風皮膜"と体捌(たいさば)きによって受け流しながら全力で蹴って跳躍する。

 その感触はまさしく黄竜の竜鱗と肉とを想起させ、続けざまに怒涛(どとう)のように迫るヴァルターから伸びた無数の影刃を、俺は腰元から抜いた"無量空月"によって漏れなく切り払った。

 

 

「ッンの──野郎が!」

「──我が一太刀は気に先んじて(そら)疾駆(はし)り、無想の内にて意を引鉄(ひきがね)とす。天圏に捉えればすべからく冥府へ断ち送るべし」

 

 俺は空中で影翼を展開したヴァルターを無視し、極度集中しながら詠唱を完了させていた。

 

「空華夢想流・合戦礼法──秘奥義、"烈迅(れつじん)鎖渾(さこん)非想(ひそう)(けん)"」

 

 それは過去に黄竜を斬断した、俺にとっていくつかある切り札の術技。

 微細な風刃による鋸斬(ノコギリ)機構と、音圧超振動に加え、地礫を巻き込みながら加速させた神速の斬り上げ。

 

 研ぎ澄ませた刀身は、かつてと同じく影黄竜(ドラゴン)を真っ二つにしたのだった。

 

 

「ヴァルター、俺とあんたは共通点が多い。竜殺し(ドラゴンスレイヤー)同士、仲良くしてもいいんじゃないか?」

「余裕こいて気取りやがって……影ってことを忘れてるようだな」

 

 二つに分かれた影は粘体のようにくっつくと、またすぐ元の竜の姿へと戻る。

 攻撃力と速度と耐久力を備えながらも、死の概念なく再生する影人形(シャドウゴーレム)と言うべき魔導。

 

「なかなか厄介だ、でも拒否回答を含めて想定済み。だから"異物"を混ぜ込んでおいた」

 

 地礫に紛れて仕込んでおいた"γ(ガンマ)弾薬"。重元素である浮遊石の小欠片は、既に励起・爆縮状態にあった。

 影黄竜の内部から炸裂した"放射性崩壊の殲滅光"は、質量体の影を丸ごと原型を留めず爆散させた。

 

 

「なに……を……何をしやがったてめァ!!」

 

 俺はこれ見よがしにニヤリと笑みを浮かべて、シッと人差し指を口唇へと当てる。

 

「企業秘密。その"影絵"とやらが魔力をどれだけ消耗するかわからんが……なんなら根競べでもしようか?」

 

 影竜の消費対効果(コストパフォーマンス)次第では、先に俺の(ほう)が魔力切れを起こす可能性は高いとさえ言えた。

 しかしながら底を見せずに、余裕を見せ付けるのもまた駆け引きであり……舌戦も立派な闘争である。

 

 

 俺はこれみよがしに赤スライムカプセルを取り出すと、プシュッと潰して鼻から一気に吸い込む。

 

「一応ブーストして万全を取らせてもらうよ」

「このクズ野郎が……クスリを使うのか、オレ様の大っ嫌いなもんだ」

「んっ前世で苦い過去でもあるのかな? まぁ生物が化学反応の集合体である以上、何だって薬にも毒にもなる。大事なのは主作用・副作用のバランスだよ」

「御託を並べやがって」

 

 影を(まと)っていて生体反応はわからないが……ヴァルターが思考の沼に()まり込んでいるのは察しうる。

 

(ヴァルターは強い、(まぎ)れもなく"伝家の宝刀"級──だがやはり相性と戦闘経験の差はでかい)

 

 俺は何度となく格上の強者と戦ってきたし、常に優位を取れるよう数多くの引き出し(レパートリー)で備えてきた。

 一方でヴァルターが血統と、立場と、魔導具に頼ってきて……自分より遥かに強い相手との、本気の死線をさほど潜ってきていないのは想像に難くない。

 

 

「さて……随分とド派手に照らしてしまったからな。帝国軍がくるか、皇国軍がくるか、魔物も寄ってくるかな?」

「うるせえ。てめえはもう念入りっっっな、すり潰しコース確定だぞコラ──"影法師"」

 

 するとヴァルターは(まと)っていた"影装"とやらを解くと、自身のシルエットと瓜二つの影が横に立っていた。

 

「竜から人にスケールダウンしだたけに見えるが……」

「これで幕引きだ」

「とりあえずその台詞はやめといたほうがいい、大抵は()()()()()()じゃないからな」

 

 地を蹴ったヴァルターに、鏡像(ミラー)のように追従する影法師。

 同時に影の触腕がそれぞれ五本ずつ生えて襲い掛かってくる。

 原理は魔導である以上考えるだけ無駄だが、いかに影と言っても質量体である以上は全てを物理的に迎撃できる。

 

 直接触れることなく全てをいなしきった俺は、ヴァルターと先ほどまで立っていた位置と入れ替わるようにしてまた相対する。

 

 

「チィッ、半端に強いだけじゃなく転生者ってェのがやりにくくって敵わねえ」

「俺の強度が半端? ならその半端にいいようにされているのは──」

「黙りやがれ! ったく……星明かりしかねえってのに、こっちに影を踏ませないように動きやがって」

「そりゃまぁ"影の魔導"とくれば多方面から警戒して(しか)るべきなわけで、いわゆる"影縫い"とか"影切り"とか」

 

 転生者同士であればこそ発想も似通ってくるというもの、であれば対応する立ち回りがある。

 

「だがな、それでも夜闇はオレ様の味方をした……地面に擬態させていた影には気付かなかったようだな」

「なにっ──」

 

 ヴァルターが言ったと時既に、俺の身は囚われていた。

 意識は明確、しっかりと五感も残っていて、呼吸も喋ることも支障がないというのに……()()()()()()()()()()という奇妙な感覚だけが脳内で処理される。

 

(ヴァルターから伸びている直接的な影じゃなく、遠隔配置していたものでも支配できるのか。感覚は張り巡らせていたが、思わぬ落とし穴だな……)

 

 それでも昼間だったのであれば、違和感には気付けたかも知れない。

 すると温度を感じられぬヌメリとした俺自身の影が、足下から絡み付いてくるのがわかる。

 

 

「さーーってっと、痛みは残ってるからきついぜ? 改めてオレ様に忠誠を誓うっつーんなら、そうだな──片腕と引き換えに許してやってもいい」

「事ここに至っても機会(チャンス)をくれるのか……意外と寛容(かんよう)なんだな」

「口の減らない野郎だな。状況わかってんのか、あ?」

「動けなくても魔術は使えそうなものなんで」

「アホが、そんな素振りを見せれば即・全・殺(そくぜんごろし)だ」

 

(確かに……一切動けないと、意外と使えない魔術が多いもんだな)

 

 魔術発動の補強の為に、詠唱だったり特定の動作を起点にするのが魔術の基本であるからして。

 "酸素濃度低下"なども先ほどの攻防で大気が不安定で使えず、強者であるヴァルターを有無を言わさず一撃で仕留めるだけの魔術は難しい。

 

 

「オラ、さっさと決めろ。止血くらいはしてやる、右か? 左か?」

「その後に契約魔術を結ばされるわけか」

「当たり前だ、口先だけで信用するわけねえだろうが。てめえはもう奴隷か死かのどっちかだ、あと10秒で決めろ」

 

「10秒もいらない、一択だ」

「よし。まっそりゃあそうだろうな、とりあえず利き腕は許してやる。いいか、おかしな真似をしたら──」

 

 ヴァルターの言葉途中で、俺は被せるように断言する。

 

「心得違いってもんだ、俺は"第三の選択肢"を選ばせてもらう」

 

 



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#377 影 II

 

「──俺は"第三の選択肢"を選ばせてもらう」

「なにを……この期に及んで悪あがぎぶごっ!!」

 

 "灰鋼の左腕"で顔面を殴打されたヴァルターは影法師もろともぶっ飛び──

 "灰鋼の右手"の中で圧縮・電離したプラズマが、空気を絶縁破壊しながら強烈な光を(はな)った。

 

 

「さすがに少しばかり(きも)を冷やしたが、まっ結果オーラィ」

 

 恒常顕現でなく刹那顕現であれば詠唱も必要ない──俺だけの魔導、"幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)"によって状況はあっさりと覆された。

 アーク光によって一瞬の内に影が消散したことで呪縛から(のが)れた俺は、二度と同じ手は喰わぬよう、今度は大地に至るまでつぶさに"天眼"で把握する。

 

(これで打開できなかったら、ヴァルターの命を絶つしかなかったが……とりあえず目論見通り)

 

 実のところ"幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)"による、一瞬の爆縮掌握で発生させたγ線(ガンマレイ)で"影黄竜"を消し飛ばした時と同じ──

 影が一時的に完全消失するほどの光を発生させれば、支配下にあっても消滅(リセット)という形で無事対抗することができた。

 

 

「ぐぅっ……一体何をどうやった!!」

「いやいや手の内は明かさないっての」

 

 不意打ちをぶち込まれてダラダラと鼻血を流しながらも、すぐに立ち上がって反撃態勢を整えているのは流石であった。

 視力・聴力にも問題ないようで、鉄すらも軽く粉砕する拳であっても、連綿たる血と魔力で強化された()の肉体を容易に破壊することはできない。

 

「クッソがァ……さっさと殺しとくんだった」

「いやぁ──それはどうだろうか、言っちゃ難だがこっちの切り札(ジョーカー)はまだあるぞ」

「うるっせえ! それはオレ様も同じだ!!」

 

 ヴァルターは鼻をすすってからベッと地面へと血を吐き捨てる。

 

「血気が微塵(みじん)にも収まらないのは……戦帝の血筋かね」

「あの野郎の名を口にすんじゃねえ、反吐(ヘド)が出やがる」

 

 

「そりゃぁ転生した俺たちとっては、いまいち馴染みが薄いかも知れんが……一応は父親だろうに」

「オレ様はこれっぽっちも育てられた覚えは無えんだよ。ただでさえ王族・貴族なんてェのは乳母や教育係に任すもんだが……帝王(アイツ)は戦争ばかりで顔を見ることすらしやがらねえ」

 

 殺し合いをしている最中であっても、こうして軽口を叩き合うかのように会話に興じるのはどこか不思議な感覚であった。

 

「それでも……こうやって戦うことで歓喜を覚えるっつーんだから、"血"ってのは切っても切れやしやがらねえ」

「闘争に関しては俺もそんなもんだ、(ちから)を振るうってのは純粋に快楽だよ」

 

 こっちの世界でも男の子として生まれたからには、やはり地上最強は夢見るというものだ。

 ただし──五英傑──"折れぬ鋼の"にぶっ飛ばされて、"大地の愛娘"ルルーテを間近で見た後では……それも閉口せざるを得ないのだが。

 

「だからヴァルター、娯楽もそこそこに……ここらへんでお開きにしても良くないか?」

「馴れ合いはゴメンだ、死ねつったら死ね」

 

 殴られたダメージもそれなりに回復したのか、影法師は消えて、新たに収束した影を右腕のみに(まと)うヴァルター。

 その影はこの世の何物よりも漆黒かと思わせるほど濃く、深く、底の見えない黒であった。

 

 

「そうかい、なら死んでもまた(・・)転生できることを祈るといい」

 

 俺は右のリボルバーをくるくるとガンスピンさせながら、銃口をヴァルターへと向けて撃鉄(ハンマー)を上げた。

 

「ンだあ……? そんなもんオレ様相手には豆鉄砲ってことくらいわかってんだろうに舐めてんのか」

「試してみれば、わかる」

 

 当然ヴァルターは知る(よし)もない、右のリボルバーの最後の一発には──γ(ガンマ)弾薬が装填されているということを。

 

 

「横槍いれさせてもらうよ」

 

 その時だった──暗い闇から突如として現れたように──(あいだ)に割って入るような形で、一人の女性が立っていた。

 

「──ッ!?」

「ああン……?」

 

 その女は肩ほどまで伸びた薄茶色の髪に、浅黄(あさぎ)色した細い瞳を俺とヴァルターへと向けている。

 特に美しいだとか醜いだとかいうことはなく、男にも見えないことはない中性的な顔立ち。わずかに高い声色と体温の高さで女だと判別がつく。

 肢体(ライン)の見えないローブ姿に、()いて特徴的なのは片耳にのみ耳飾り(イヤリング)をしていることだが……背格好も体型(スタイル)もいたって普通。

 本当に()()()()()()()()な──そんな印象だけが強く残る。

 

「てめェ……()()()()──しゃしゃり出てくんじゃねえ」

「随分と昂奮しているようだが……キミに()()()()()()()()()()のは、こんなことをさせる為ではない」

 

 さしあたってヴァルターとは知己の間柄のようで、さらには情報源らしい女を、俺は眼光を鋭く見つめる。

 

「まだ()()()()()()()()()でも、落ちてもらってはいささか困るのだよ」

「指図は受けねえ」

「では今後の情報について与えることはできないな。今のキミにとってそれは不都合極まりないのではないかな?」

 

 少なくとも女はヴァルターの無条件の味方というわけではないようで、何かしらの協力・契約関係が見て取れる。

 それに彼女に見覚えはないのだが、どうやら俺のことも既知のようであった。

 

 

「クソ(アマ)が……」

 

 悪態を吐いてからヴァルターはこちらを睨み、俺は諸手(もろて)をあげて戦闘継続の意思がないことをアピールする。

 するとヴァルターは少し考えてから(まと)っていた影を掻き消すと、俺もまた撃鉄を戻して銃をホルスターへとしまう。

 そうして張りつめていた雰囲気も、幾分か弛緩(しかん)していった。

 

「まあいい、今すぐに殺す必要は()え──いつか邪魔になったその時に、てめえが作り上げたものを丸ごと(いただ)いてやる」

「……殿下のご自由に」

 

 俺は改めて身分差を(わきま)えつつ当たり(さわ)りなく答え、とりあえずの問題が解消されたことに心中で安堵の息を吐いた。

 いかに帝位継承候補者であっても戦功ある伯爵位を理由なく処すことはできないし、逆に俺もまたヴァルターを害することは後々になって不利益の(ほう)が多い。

 

 それを互いに理解しているがゆえに、(ほこ)を納められたし、遺恨(いこん)も残さない。

 

 一方的にやられた俺は、本来ならば怒りの一つでも覚えていいところなのだが……同じ転生者同士であるからか、不思議とそうした感情は湧いてくることもなく。

 何よりも人格破綻者である"血文字(ブラッドサイン)"とは違って、共通点の多いヴァルターは俺と同じ穴のムジナだということが大きいのかも知れなかった。

 

 

「仲良きことは美しき(かな)

「黙りやがれ、大体てめえ唐突に現れて闘争を止めにきただァ? そんなもん素直に信じるわきゃねえだろうが」

「ああそうだね、もちろん止めたのはついでさ──わたしはキミに用事があって来たんだ」

 

 女ははっきりと俺の(ほう)へと向いて、そう言った。

 

「あいにくと貴方がどなたか(ぞん)じてないが……俺のことを知っているのか」

「もちろんさ、ベイリル・モーガニト伯。円卓の魔術士、第二位を殺したヒト──商会、キマイラ、黄、魔獣、壁、黒、聖騎士長、監獄、将軍(ジェネラル)、黄昏」

「ッッ──!?」

 

「あァ? 何をブツブツ言ってやがる」

 

 ヴァルターがこの場にいるからなのだろう、具体的な部分は(にご)しつつ──しかも俺にだけ聞こえるよう小さく呟いた──(あん)に示した俺にまつわる情報群。

 一般には知られようもないことまで、つぶさに把握されていることに俺は警戒レベルを最大限まで引き上げる。

 

 

(まさか直近の大監獄や将軍(ジェネラル)のことまで……?)

 

「つーかオイ待ててめえコラ、"円卓殺し"にも肩入れしやがる気か?」

「わたしは見込みがあれば誰にだって肩入れをする。それを止めることは、誰にもできない、キミにも、戦帝にも──たとえ五英傑でも」

 

「……チッ、勝手にしやがれ。次会った時はてめェら覚えとけや」

 

 それ以上ヴァルターは女に対して口を閉ざし、影に(まぎ)れるようにこの場から姿を消した。

 

「ではモーガニト伯、落ち着いたところだし……わたしも今は(・・)失礼させてもらう。遠くない内に"仮宿(かりやど)"に寄らせてもらうから、詳しい話はその時に──」

 

 女は名乗りもせず立ち去り、俺も長居するわけにもいかず……すぐに飛んで離れるのだった。

 

 



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第六部 第3章「根 -ルート-」
#378 影の王子


 

(クソっが……思い出したくもないことを、思い出させられたじゃねえか)

 

 前世でのことなど忘れるほどにこの世界で生きていたというのに、あの男──ベイリル・モーガニトによって急激に引き戻された気分であった。

 

 ここへ転生してくる以前は、比較的裕福な家庭で産まれた。

 しかし先天的な病気を(かか)えていて、ある程度の年を経るまで病院と往復する毎日であり、時に長期入院も()いられた。

 それでも何とか努力し続け、人並の生活を送れるだけの大人にはなれた。

 

 しかし手ひどく裏切られ、利用され、どんどんと転落していった。

 ひどくつまらない人生だった。幼い頃から大して良いことがなかった、最期は世を恨んで()()()()自ら命を()ったようなものだった。

 

 そして──異世界の大陸最大たる軍事国家の王族として──新たな(せい)を受けていた。

 

 

(まさかオレ様の他にもいるなんてな)

 

 "転生者"──歴史上には何人かそれっぽいのがいたようだが……極々稀(ごくごくまれ)な出現であって、ダダ被りするなどとは思ってもみなかった。

 自分だけが特別だと思っていたのに、同じ恩恵を受けた者がいるかと思うと……どうにも(しゃく)にさわるというもの。

 

()ッ……」

 

 夜闇にわずかに揺らぐ、影から影へ飛び移るように移動し続ける。

 殴られた顔面は(きし)むように、頭はズグズグと(にぶ)く痛む。

 動悸が治まらない心臓へと右手を()わす……皮膚よりもやや隆起した出っ張りが、硬くも柔らかくもない不思議な弾力を返してくる。

 

 "魔導具・影血"──心臓に打ち込んで契約するタイプの魔導具であり、誰が作ったものなのか出自不明の逸品。

 心臓から血液を通して()を同化・固定化することで、質量を持たせて自由自在に操るという異能としか呼べない(ちから)

 

 世に数ある魔導具の中でも、適合しなければそのまま心臓を貫かれて即死に繋がるというキワモノ。

 ゆえに誰も扱えることなく、使おうとすら気すらなく、長年の(あいだ)──王城の"禁具庫"にしまわれていたものだった。

 

 

(オレ様は勝つ、勝ち続けるんだ──あの日から、ずっと……)

 

 転生者だったことを利用し、幼少期から調子に乗って神童として持て(はや)された。

 だから……()()()()()()()。長姉"エルネスタ"と、長兄"ランプレヒト"の策謀。

 いずれきたる王位継承のことを考えれば、子供の内に始末しておくのは実に合理的だ。

 

 生意気で知恵の回る子供は、好奇心から禁具庫に入り込み……たまたま見つけた影の魔導具を、自らの心臓に刺したが適合せず、(あわ)れ死んでしまった。

 単純でありがち、それゆえに自然な筋書きであった。しかし幼くも緻密(ちみつ)に練り上げた長姉と長兄の策謀は、はたしてたった一つの誤算によって狂わされる。

 

 "影血"の適合者が生まれた日──眠らされた状態で心臓を打ち貫いた影の(くびき)は、癒着するように融合し、己に影の魔導を与えるに至った。

 

 

(あん時のあいつらの表情(かお)ったら無かったぜ。おかげで普通の魔術はほとんど使えねえが……補って余りあるってもんだ)

 

 それから──暴力に屈することが決してないよう──魔導具操者(そうしゃ)として練り上げ続けた。

 "影血"もそれに(こた)えてくれるかのように、己の想像力に付随する形で多彩に強化されていった。

 

 同時にあの出来事を契機に出しゃばらないことを学び──大人しく(ちから)()め、(たくわ)え、温存してきた。

 ()を殺してきたわけではなく……ただ、本心を悟らせない。

 享楽的(きょうらくてき)で刹那的な愚物として映ってくれるよう立ち回ってきた。

 

 

「オレ様はもう二度と利用されたりはしねえ、いつだってオレ様が利用する(がわ)に立つ」

 

 はっきりと声に出して意志を込める。

 二度目の人生だからこそ……次がまたあるとは限らないからこそ、今度こそ(いだ)いた野望は成就させる。

 

(まっベイリル(あのやろう)は後回しだ。それに結局(ろう)したものの……大目的(・・・)のほうは果たされたしな)

 

 すなわち聖騎士の処理。この(コマ)がいるかいないかで、今後の動向が大きく変わってくる。

 万丈の聖騎士が死んだことで、帝国側が引っ掻き回される可能性は大いに減り、皇国側はまた一手追い詰められたことになる。

 

(ヤツが転生者じゃなきゃ、イロイロと使い(みち)があったってのに……)

 

 あまり認めたくはないが──率直に強かった。

 血族たる己に負けないくらい、エルフという恵まれた種族で相応の練磨を重ねたということなのだ。

 

 

 苦虫を噛み潰すように忌々(いまいま)しく思っていたその時、見知ったる人間が現れて足を止める。

 

(わか)──」

「戻ったか、"ヘレナ"」

 

 近衛騎士の手から小さな"影の欠片"を回収すると、ヘレナは目を細めて心配そうに聞いてくる。

 

「大丈夫ですか? お怪我をされているようですが……」

()()()()()()小競(こぜ)り合いだ、大したことはねえ」

 

 鼻血は既に止まっているし、顔面も痛むものの支障はない。

 血族が持つ頑健な肉体に生まれたこと──これだけは手放(てばな)しで喜べる数少ない素養であった。

 

「それよりもオマエが戻ったということは、準備が整ったわけだな?」

「はい、残りはハンスがつつがなく進めます……もう()もなくです」

 

 するとヘレナはわずかに息を深めに吸って、静かにゆっくりと吐き出していく。

 

「緊張しているのか?」

「……それはもう、我々全員の進退(これから)が掛かっているわけですから」

「失敗したら全員で逃げりゃいい。もっともそんなことはありえんがな」

「はい、ありえません」

 

 自信に満ちた力強(ちからづよ)い言葉だったが、それは同時に自身に言い聞かせているようでもあった。

 

 

「ところで……──アイツ(・・・)の保護は完璧か?」

「"ラヌア家のご息女"に関しては万全を期してあります、ご安心ください」

「そうか、ならいい。こんなクソくだらねえ争いに巻き込みたかねえし、誰かしらクズ野郎に利用されたくもねえからな」

 

「周囲からは形だけの"許婚(いいなずけ)"としか映っていないので、特に問題はないかと思いますが……」

「それでも"備えあれば(うれ)いなし"、つってな。オレ様でも今回はさすがに気を抜けねえし、ここぞって時に(にぶ)るわけにはいかねえんだよ」

 

 今まで(あざむ)き、耐え忍んで積み上げてきたものの総決算──国を踏み台にして駆け上がる大舞台。

 

 

「ビルギット・ラヌアさまは、幸せ者ですね。(わか)にこれほど想われる女性は、他にいらっしゃいません」

「……言っとくが、おまえの気持ちを嬉しく思わないわけじゃあねえ。ただ──」

 

「言っておきますが、(わか)。わたしが(わか)懸想(けそう)していたのは遠い昔の話です。今はなんとも思っていませんし、あの頃もほとんど憧れに近いものでした」

「ッッ──なら(まぎ)らわしい言い方すんじゃねえ!」

「失礼しました」

 

 お互いに立場をわきまえつつも、気の置けない関係として確かな絆を感じている。

 幼少期から近衛として付き従うヘレナとハンスは、兄妹も同然の間柄である。

 

 

「ケッ……おまえは誰かイイ奴ぁいないのかよ」

「今回の戦争(いくさ)が片付いたら探したいと思っています。その時はお暇を少しいただけるでしょうか」

「落ち着いたら、な。それまでは黙ってついてこい、必要とあらば命を賭す覚悟でな」

「御意のままに」

 

 まだ"本当の戦争"は始まっていない。

 しかして恐れることもない、そのような杞憂(きゆう)を吹き飛ばせるほどに心身には(みなぎ)る血潮が流れているのであった。

 

 



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#379 誘い

 

 "斜塔"内の一室にて、俺は(せん)だって割って入って来た謎の女を迎えていた。

 対面に座る女は、用意されたお茶を一口含む。

 

「人払いは済んでいる」

 

 俺は淡々とそう告げ、お茶が彼女の喉を通りきったのを見計らってから奇襲を仕掛けるように口にした。

 

「それで──"アンブラティ結社"の人間が俺に何の用だ」

「へぇ……」

 

 女はカップをテーブルに置くと、わずかに瞳を見開いて驚いた様子を見せる。

 

「なんともまぁ、我々のことを知っているばかりでなく。わたしが構成員であることまで見抜いているとは」

「状況証拠を統合したのと、半分はカマ掛けさ」

 

 相手の正体については的中したものの……まさか結社の(ほう)から先に接触(コンタクト)されるとは、大いに不意討ちを喰らった気分は否めない。

 

 

「ならば話は早い。が、どうやって我々のこと知ったのかまず聞いてもいいかな?」

「……最初はインメル領会戦で、作為的な形跡が見られたことから始まった。それと……既に知られているようだから言うが、将軍(ジェネラル)からも少し聞いた」

 

 "竜越貴人"アイトエルから聞いたことは当然()せた。

 また"脚本家《ドラマメイカー》"の死についても沈黙を保つ。

 

「彼からは具体的にどんなことを?」

「それは──その前に……どう(たず)ねたもんかな」

「あぁ、キミが"将軍(ジェネラル)"を殺したことは知っている。彼は結社に属する一人だったが、別にそれを(とが)めるつもりはない」

 

「なら俺も問い返させてもらうが……どうやって俺の情報を調べた? なぜ大監獄や将軍(ジェネラル)を殺したことまで知っている」

「断片的な情報を繋ぎ合わせ、長年の知識と経験から推定し、それを前提に裏付けを取るだけさ。それと魔領に"お喋りな友達"がいたので、こちらも助かった」

 

 

(魔領……"レド"か、喋ったのは。まったく……)

 

 自由奔放な彼女ならば、聞かれれば素直に答えたとしても不思議はなかった。

 そんな気性を知りながらも口止めを忘れた俺に非があり、悪気なく喋ったであろうレドを責めることはできない。

 

(いやむしろ──僥倖(ぎょうこう)なのか)

 

 ()って()いたキッカケ、渡りに舟。

 今まで掴めなかった糸口、を向こうから尻尾を差し出してくれたのだ。

 

「とすると、あんたが"仲介人(メディエーター)"か」

「我が呼び名まで……将軍(ジェネラル)が喋ったのかな」

 

「あぁ、神族殺しのことや"掃除人《スイーパー》"ってのがいることも聞いた。最初は"模倣犯(コピーキャット)"とやらに間違えられた」

「はははっ彼はあれで寡黙に見えて、かなりお喋りだったからな。しかし部外者に必要以上に話したならば、本来それは殺す相手となるのだが──キミは生きている」

 

 

「運が良かった、それと実力だ」

「ふふっ、実力よりもまず運が先に立つか。そういうキミだからこそ、結社に(さそ)いにきたんだ」

「誘う、それが本題か」

 

 俺はあえて不満気を表情に出し、相手との交渉を試みる。

 

「不服かな?」

「アンブラティ結社に、今のところいい思い出が無いものでね」

「勘違いしないでもらいたいのだが、結社(われわれ)には社会悪といった信条はない」

「しかしインメル領会戦を画策したのは事実なんだろう?」

 

「結果的にそうするのが都合が良かった、というだけだ。我々はあくまで相互扶助(ふじょ)組織に過ぎない」

「……?」

「誰か一人がやりたいことを提起し、そこに乗じて一人一人が利益を見出す──突き詰めればそれだけなのさ」

「戦争もその一つ、ということか」

「結果的にそれが最も効率が良いのであればそうなる。主導する者次第だ」

 

「ヴァルターも結社員なのか?」

「彼の矜持(きょうじ)と立場は、結社と共にすることを許しはしないよ」

「そうか……」

 

 俺はしばし考える様子を見せてから、律儀に言葉を待っている仲介人(メディエーター)へ口を開く。

 

 

「──仮に俺が結社に入ったならば、議題を提起してもいいわけか」

「議題を提起、というのはいささか違う。全てわたしを介して伝達は(おこな)われるからね」

「……別に集まるわけではないのか」

「もちろんそれぞれの仕事の中で結社員同士がかち合うこともあるが、まったく会わずお互いに名前だけしか知らないのも珍しくはない」

 

 それはつまるところ、まとめて一網打尽にすることはできないということである。

 

(一体何者なんだ、仲介人(こいつ)は……)

 

 たった一人で全員に渡りをつけるなどという無茶を、これまでやってきたような口振り。

 

「単独で達成困難とあれば、支援を受けることもできる。"幇助家(インキュベーター)"が価値を見出せば投資をしてくれよう。"交換人《トレーダー》"に頼めば大概のモノを調達してくれるハズだ」

 

 知らぬ名前が飛び出してきて、俺は情報整理に追われつつ……仲介人(メディエーター)はさらに続ける。

 

「あとは"脚本家(ドラマメイカー)"が計画立案を代行してくれたのだが、今は連絡がつかない状態だ」

 

(……アイトエルが殺し、俺が死体を灰にしたからな。流石にそこまでは知られてはいないか)

 

 相当な情報通ではあるのだが、なんでも知っているわけではないようだった。

 

 

「そうそう、それと──個人的な借り(・・)を作ることで頼んだり、あるいは作った貸し(・・)を返してもらうことで協力を得ることもできる」

「……あんたの仲介も、貸しになるわけか」

「いやそこは気にしないでくれていい。わたしは好きでやっているだけだ」

「そうか、さしあたって将軍(ジェネラル)は貸し借りによって動いていたわけだな」

「彼は貸しを作るばかりで、自らそれを使うことがほとんどないまま死んでしまったがね。だから適度に使うことをオススメする」

 

 内部事情がかなりわかってきたが、俺は一つ気になることを彼女へとぶつける。

 

「ところで、結社には(おさ)がいない組織なのか? それともまさかお前が──」

「いやわたしは違うよ、創始者にして首魁はいる。とはいえ滅多に表に出てくることがなくなった……わたしも随分と会ってないくらいでね。でも()()()()()()()()()()()()()()

 

 気になる物言いを俺は胸にしまいつつ、さらに突っ込んでいく。

 

 

「その首魁に借りを作ることは?」

「頼むのは構わないが、断られるだろうね」

 

(……いきなりボスを()るのは無理か、いやそもそも聞く限り結社の中心は──)

 

 この仲介人(メディエーター)を軸に回る車輪とも言える。

 しかして先に彼女を殺してしまっては、他の結社員に辿り着く方法がなくなってしまうジレンマ。

 

「そんなことを聞くということは、前向きに考えてくれていると受け取っていいのかな?」

「今少し、悩んでいる」

 

(そもそもだ、仲介人(かのじょ)が殺せる存在なのかというのも疑問が残る──)

 

 記憶を辿ると……同じように勧誘されたらしい"血文字(ブラッドサイン)"は、仲介人(メディエーター)を殺したと確かにこの耳で聞いた。

 あの快楽殺人鬼(サイコパス)が、よもや殺しを見誤るとも思えない。

 彼女自身の言葉の端々(はしばし)からも、何かカラクリがあるのはまず間違いない。

 

 

(虎穴に入らずんば……か)

 

 ワーム迷宮を制覇しなければ幼灰竜を得ることは叶わなかったように──

 インメル領会戦に多くを投資して、サイジック領を得たように──リターンを得るにはリスクが必要だ。

 

 今さらアンブラティ結社と相容(あいい)れられるとは思ってない。

 しかし現段階の情報でも底が見えず、敵対するにはあまりにも不確定要素が多すぎる。

 

「あくまで俺が個人としてのみ、結社に参加するのは許されるか?」

「それはキミが属する財団は、別モノとして考えるということかな?」

「あぁ、他を巻き込んで波及させたくはない」

「構わないよ。他の結社員の中にも大きな組織を有する者がいるが、本来持っている立場や職責とは関係のないところで──あくまで趣味や仕事としてやっている」

 

 

(これも、巡り合わせだな)

 

 アンブラティ結社の懐深(ふところふか)くに潜り込んで、獅子身中の虫となる──根を張って逆にその養分を吸い尽くすやり口。

 内部から情報を集め、蚕食(さんしょく)し、崩壊させる──俺自身を(にえ)とする一手。

 

「それに元々キミを誘ったのは将軍(ジェネラル)の代わりとしてだ。期待しているのはその武力さ」

「武力ね──わかった、入らせてもらおう」

 

 俺は決断し、選択する。

 

「そうっこなきゃ。それじゃあキミの通称名はどうしようか、希望がなければわたしのほうで名付けよう」

「……"調整人(バランサー)"とか」

「調整? わたしと被りがちな名だ。それにキミの役割からするとあまりそぐわないな。他の者にもわかりやすいのをオススメする」

 

「なら単純に"殺し屋(アサシン)"でいいさ、そこまでこだわることじゃあない。これも誰かと被っていそうだが」

「いや、いないよ。もちろん仕事として殺しを請け負う者もいるが……専門とする者はいない」

 

 

 仲介人(メディエーター)は、ゆったりとした動作で両腕を広げる。

 

「ようこそ"殺し屋(アサシン)"──我らがアンブラティ結社へ」

 

 



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#380 束の間

 

 ヴァルターと争い、アンブラティ結社に入ってから──14日が過ぎ去った。

 "仲介人(メディエーター)"からは「時が来たらまた連絡する」とだけ告げられてから、今のところ接触はない。

 スミレはティータに会いにサイジック領へ。ファンラン、オズマ、イーリス、ガライアムはそれぞれ仕事をしっかりとこなしてくれている。

 

 あれからも何度か神獣を抑えて制空権を奪い取り、戦線の推移によって航空戦力として御役御免(おやくごめん)になると……"遊撃"というのも実に持て余すところだった。

 

 

「どうしたのさベイリル、苦い顔して……なにか料理に不満でもあったかい?」

「いえ、ファンランさん。料理は完璧──とは言いませんが、十分な出来映(できば)えで美味しいです」

「おやおや、完璧でない理由を聞いておこうかね」

 

 同じテーブルにつくファンランの前に料理はなく、俺だけが食事する形で彼女が感想を聞いてくる。

 

「恐らく熱の(とお)し方の問題ですかね──微妙なムラができてしまって、味の分布が散漫(さんまん)になっている感じ」

 

 俺は率直な意見を口にする。これもまた学生時代から何度となくやってきたことで、慣れたものだった。

 鍛え研ぎ澄ませたハーフエルフの強化感覚がもたらす繊細な舌は、この世の美食を堪能できるたけの性能(スペック)を持つ。

 

 

「なるほどねえ、相変わらずだ。クロアーネがあんたに惚れた理由がよくわかるってもんさねベイリル」

「俺の魅力はそれだけじゃぁないですよ?」

「あはは! まっ得難い資質をいくつも持ってるのは間違いない、わたしの趣味ではないけれどね。ただ料理人の助手としてはこれ以上ない逸材さ」

「いつか調理そのものを(こころざ)す日あらば、師事させてもらいます」

「楽しみにしてるよ」

 

 ファンランは鼻で笑うように(うなず)いた。

 彼女は極東由来の"龍人族"であり、代々女系が受け継ぐとされる長命種である。

 100年後か200年後かそれ以上、自ら美食を求める時が来たならば──数多の料理人達の頂点に君臨していてもなんら不思議はない。

 

 

「しかしまあ熱伝導率の違いか──魚介ならともかく、畑違いな魔物料理の目利きはレドの領分だからね」

「専門じゃなくてもこれだけ仕上げてるんですから、流石(さすが)ってもんですよ」

「ははっ、何よりベイリル……あんたの舌が羨ましいってもんさね」

 

「俺のは視覚・嗅覚・聴覚・触覚、全てをひっくるめた総合性能(トータルスペック)ですんで。舌だけならファンランさんに劣りますし、嗅覚だけならクロアーネに負けますよ」

 

 個々の能力は負けたとして統合することで補完し、相乗効果で見通し把握する。

 その究極が"天眼"であり、俺の最高級技の一つであるが──発動させずとも、今まさに部屋に入ろうとしてくる兄妹を察知する。

 

 

「帰ったぞー」

「ぞー。あっいい香り」

 

 "明けの双星"オズマとイーリスが、体をほぐすようにして"斜塔"一階フロアへと入ってくる。

 

「収穫物、いつもんトコにまとめて置いといたぜ」

「ぜぃー。ねぇねぇファンラン、あたしらの分も作ってもらえる?」

 

「構わないよ、すぐにでも下処理が必要なのもあるだろうしね。残りの分析と感想はしっかり後で聞くよ、ベイリル」

「了解です、しっかり味わわさせてもらいます」

 

 席から立ったファンランは軽い足取りで、兄妹と入れ替わるように外へと出て行く。

 ドカドカと粗雑にテーブルについたオズマとイーリスは、揃って料理を注視してから俺の(ほう)を見る。

 

 

「わかったよ、少しだけなら分けてやる」

 

 俺は空いた左手の人差し指でくるりと円を(えが)いて風をおこし、皿の上の付け合せを一つずつ浮かせて二人の口へと運んだ。

 

「んぐっあは、美味しい。ねぇアニキ、あたしらが超金持ちになってデッカイ屋敷を構えたらさ……ファンランの弟子を一人専属で雇おうよ」

「おお! それイイな。ちったぁ見劣りするかもだが、旨いモンが毎日食えるぜ」

「食は人生を豊かにしてくれる──食べられる質と量と回数が一生の内で限られる以上は……一食一食を大切にしたいもんだな」

 

 異世界の食糧事情は単にまだ開拓が不十分なだけで、決して地球のそれに劣るものではない。

 こっちでは未だ見つかってない食材もあるが、こっちにしかない食材もまた存在し、財団でも裾野(すその)を広げていっている最中なのである。

 

「ごもっともだが、モーガニトさんよ。長命種がよく言うってもんだぜ」

「だぜだぜー。そういう意味じゃ、あたしらは子供の頃にだ~いぶムダをしたねぇ。いやでもだからこそ貪欲さも持ち合わせてるって言えるけどさ」

 

 俺は二人の言葉に肩をすくめながら、料理に舌鼓(したつづみ)を打っていく。

 

 

「──ところで収穫はどうだった?」

「いつも通りって感じだ。ただ周辺はあらかた探索終わってきてるから、もうちょい足を伸ばさないとってとこか」

「そうなると輸送するのも大変になってくるんだよねー」

 

「なるほどな、主戦域も予想よりもかなり早く拡大しているようで……この分だとせっかく建てた斜塔(ココ)も早めに引き払うことを考えなくちゃいけない」

 

 単純に帝国軍の侵略速度が苛烈なのもあるが、俺が空戦部隊と共に神獣を抑えて制空権を保持し続けたというのも決して小さくはないだろう。

 何よりも"万丈の聖騎士"が死んだことが、この際は皇国軍にとって最も大きな影を落としたと見られる。

 

 本来どこかの戦線に充当されるはずだった大戦力の喪失と、皇国にとって象徴的な聖騎士と武威の失墜は、士気に多大な影響を与えたに違いない。

 

 

(このペースだと、深入り(・・・)しすぎる気もするんだよな……)

 

 多方面から収集した情報による帝国の戦略絵図から考えると、本来想定していた侵略領土からさらに切り込んでいくことになる。

 もちろん帝国軍部はそういった先々(さきざき)まで見通していることも十分考えられるが……皇国側も切羽詰まれば本腰を入れることもありえる。

 

 そうなれば国家総力戦とまではいかないまでも、互いに相当の(ちから)()くした削り合いになる可能性も低くはない。

 戦争とは完璧に予見できるものでは決してなく、不確定要素(イレギュラー)のほうが遥かに多いのが常。

 

 

「じゃあさ、探索するにしてもあまり遠くまで行かないほうがいいってことかな?」

「そうだな……俺もまたいつ指名が掛かるかもわからない。迅速な連携対応はしやすいよう、調子は上げすぎないよう頼む」

 

 あるいは直接的な武力を借りる必要が出てくるケースもあるかも知れない。

 

「まぁあくまでも遊撃だし、あんまりの事態なら──」

 

 俺は言葉途中で止めて、「ピィ」と半長耳に(とら)えた鳥の鳴き声に目を瞑る。

 

「どうしたの?」

「あぁ、"使いツバメ"が来たようだ。噂をすれば影、ご指名じゃなきゃいいが……ちょっと席(はず)す」

 

 そう言って俺は立ち上がり、外へと出るのだった。

 

 

 

 

 鳴き声が聞こえたほうへ歩いていくと、ガライアムの大盾の上で羽を休めていた"使いツバメ"を見つける。

 

「ガライアム殿(どの)は、割に動物には好かれるほうだったり?」

「……特にそういったことはない」

 

 その素っ気無さが平常運転なガライアムに俺は肩をすくめつつ、"使いツバメ"の足にくくりつけられた手紙を取ると中身を読む。

 

「はぁ……」

「召喚か」

「えぇまた(・・)"戦帝"から直々(じきじき)にです」

 

 方向・距離・匂い、あるいは地磁気も含めて高速で辿り着く使いツバメの精度と信頼性は非常に高い。

 ましてこの一帯の制空権を奪う為に出撃した身としては、連絡が届かなかったなどという言い訳もまずもって通らない。

 

(場所に参集しろという(むね)だけ)

 

 内容まで書かれていないが、いまだ戦争中にあって呼び出すということは十中八九、新たな任務が与えられることだろう。

 戦帝に気に入られるのも一長一短なのだが、かと言って無下に断ることもできないので事実上の一択となる。

 

 

「ガライアム殿(どの)、代わりに暴れたかったりしますか?」

「いや……たまにはこういうのも新鮮だ、飯も美味い」

 

 俺はなぜ"放浪の古傭兵"と呼ばれる彼が、奇抜な戦型(スタイル)で傭兵家業なぞをずっと続けているのか気になるものの……。

 今はまだ距離感を考えて、不必要に踏み込んでいくのはやめておくことにした。

 

「了解です、それじゃあ引き続き防備の(ほう)をよろしくお願いします」

 

 そう言って俺は、ファンランから弁当の一つでも作ってもらうべく厨房へと足を向けるのだった。

 

 



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#381 依頼

 

 帝国軍に占領された街を歩く──しかして陰鬱な雰囲気はなく、むしろ帝都と似た雑多な活気があった。

 

(これが帝国軍のやり方……そして強さだな)

 

 占領地であっても必要以上の略奪はせず、多種族国家らしく尊重し、"共存"することが軍全体に根付いている。

 それこそが領土を拡大し続けても破綻しない大きな理由の一つであり、気性の荒い連中であっても軍規と最低限の秩序はしっかりと守るのだった。

 

(やはり他の国家とはモノが違う。総督府を置きつつの中央集権体制にしても、大陸最大の強国であるのが如実(にょじつ)にあらわれている)

 

 周辺には空中哨戒兵以外の飛行禁止令があるので、俺はマイペースに歩きながら帝国の在り方そのものを分析する。

 

 

「やあ」

「……ッ!」

 

 ──突如としてゆらりと並ぶ影があった。それは少し前に会ったばかりの人物。

 

「"仲介人(メディエーター)"、こんなところにいるとはな」

「わたしは()()()()()()()よ。久しぶりというほどでもないかな、"殺し屋(アサシン)"」

 

 歩む速度はそのままに、自然を装いながら揃って会話を続ける。

 

「接触してきたということは……」

「そうさ、日はまだ浅いけどさっそく依頼がある。"生命研究所(ラボラトリ)"からだ」

生命研究所(ラボラトリ)?」

(かね)でもいいが、貸しでも構わないそうだ」

 

 初めて聞く名であり、同時に気になる名称でもあった。

 

「内容による。その前に生命研究所(ラボラトリ)は何者だ」

「わたしから教えられることは、通称名──それと何ができるか、だけだよ。たとえばキミなら"暗殺者(アサシン)"の名と荒事担当だということ、それ以外の素性は教えない」

 

 

(……他に情報は漏れない。しかし仲介人(こいつ)は全員を詳しく知っているわけだよな)

 

 拷問・自白剤・シールフの読心の魔導──あるいはそれらの複合。

 聞きだすやり方はあるものの……はたしてそれが通じるかは未知数。

 バックアップの存在や、あるいは契約魔術などで何かをトリガーに自死をもたらすようなことも考えられる。

 

(単に一切(いっさい)を度外視してこいつを殺したとして──)

 

 現在、仲介人(メディエーター)という軸を中心として、アンブラティ結社という車輪が回っているのは確かだ。

 しかし首魁の存在は謎のままで、まさか連絡役が途絶えたからって瓦解するような、あまりに(もろ)い組織なわけもあるまい。

 

(となると現状は泳がせつつ信頼を積み上げ、他の結社員とも繋がりを作ってから潰す──あるいは結社そのものを吸収する、か)

 

 短絡的な行動に走って、せっかくの機会を失することだけは避けたい。

 居心地そのものは決して良いとは思えないものの、ここは我慢するしかなかった。

 

 

「──なら生命研究所(ラボラトリ)は何ができる? 俺は金に困ってはいないし、借りを返してもらうなら可能なことを聞いておかないと判断しようがない」

「たとえばキミが体の一部を喪失したときに、代替を用意してくれる」

「……? つまり腕が切断されたなら腕を、足が壊死したなら足を……ということか?」

 

「そうだね、頭以外なら。死んでも直後までなら"どうにかがんばる"と、本人は豪語しているよ」

 

(……真剣(マジ)に言っているのか、そんなテクノロジーを持つ人間が所属しているのか)

 

 実際にはたしてそれが個人なのか、あるいは集団の可能性も考えられるが……いずれにしても世界は広い。

 自らをキマイラ融合させた"女王屍(じょおうばね)"や、紫竜の定向進化を成し遂げた大化学者"サルヴァ・イオ"のように。

 

 人知れぬところで研究を続けているような逸材が、まだまだ世には眠っているのだろう。

 

 

「借りっぱなしで返さないとどうなる?」

「貸している者たちから不満が(つの)る。結社として相互扶助の精神を忘れ、不適格となれば()けてもらう。そうなればわたしが情報を秘匿する義務は負わない。そこからは自由に想像してくれたまえ」

「なるほどな……ちなみに個人の意思で結社をやめることはできるのか?」

「貸し借りが清算されている状態であれば構わない。ただ情報秘匿に関してはわたしを信用してもらうしかなく、他にキミのことを知った結社員がいればどう動くかまではわたしも干渉する気はない」

 

 アンブラティ結社としての輪郭がかなり見えてくる話だった。

 同時に実態がほとんど見えずに、調査しても見つからないその理由についても。

 

「まさか"殺し屋(アサシン)"、入って早々(そうそう)気が変わって脱退したくなったのかな?」

「いや話の流れで気になっただけだ。逆の立場、"生命研究所(ラボラトリ)"とやらに貸しを作ったまま勝手に逃げられても困るからな」

「よろしい。他に解消しておきたい疑問はあるかな?」

 

 

 問われたなら返すまでと言わんばかりに、俺は淡々と口にする。

 

「それなら他の面子の名と、できることについても聞いておきたい。全員分(・・・)

「全員を? 随分とせっかちだね」

「あらかじめ聞いておけば、何かを発起する際に最初から込みで計画を立てることができる」

 

「合理的な考えだ。しかしキミはまだ新参者である以上、そういうわけにもいかないかな」

「それは……あんたの判断か?」

「その通り、まずは実績を作ること。生命研究所(ラボラトリ)がその手始めさ」

 

 特別警戒されている、といった雰囲気はなく――ただ単純に通過儀礼といった様子であった。

 

 

「了解した、それが流儀であれば従おう。……別に今はまだ(あせ)ってやりたいこともない」

 

 俺は怪しまれてないことを確認してから、ここは食い下がることなくあっさりと納得する。

 実害が出るようであれば対処せざるを得ないが、現時点ではまだ(けん)の段階にある。

 

「では記念すべき最初の依頼、初仕事だ」

「ちょっと待て、内容を聞いてからだ。借りがない状態で、依頼を断るのは別に構わないのだろう?」

「もちろん。ちなみに依頼内容だが、生命研究所(ラボラトリ)神器(じんぎ)の遺体が欲しいそうだ」

 

「神器……」

「知ってるかい?」

「人の領域を超えし──極大魔力を貯留する器、だろう」

 

 神族と魔族のハーフであった"魔神"、あらため財団の魔法部門の研究家エイル・ゴウン。

 彼女は自らの魔導によって死したその身を動かしている(まぎ)れもない神器。

 またそうした神器を人工的に作り出すべく、人体改造された不完全体が"プラタ"である。

 

 

「まさか……"大地の愛娘"じゃないだろうな、あんなの誰であっても殺しようがないぞ」

「ふふふっ、あいにくと彼女は"神器"ではない。そんなものすら超越した存在だ。神器と呼ばれる者は別にいる──教皇庁の隠し(ゴマ)としてね」

 

 教皇庁──皇国最大宗派の初代神王ケイルヴを信奉する、国内の宗教組織および施設を統括している総本山。

 

「そいつの具体的な情報は? 手引きや協力はあるのか?」

「ははっ、なにせ隠し駒だからね、情報はほとんどない。それにあくまでキミ個人への依頼だから、手引きもない」

「随分と難題に聞こえるが」

「ただ()()()()()()()そうだ。それと神器が途中で暴走しても困るから、生きているのが望ましいが死体でも構わないと最初から条件を付けている」

 

「なるほど──だが皇国にいると言っても、見てわかる通り戦争中だ。そこまで自由に動けるってわけじゃあないが」

「急務ではないから安心してほしい。ただ()()()()()()、ぜひとも遂行して欲しいものだね」

「……わかった。実際にやれるかはともかくとして気に留めておく」

 

 他にも色々と聞きたいこともあったが、戦帝がいるであろう周囲が陣立てされた屋敷が近付いてきたので、いつまでも並び歩きながら喋り続けるのはいかにも怪しい。

 それは仲介人(メディエーター)も察したところのようで、歩幅を(せば)めながらあっさりと別れる。

 

 

「それじゃ"殺し屋(アサシン)"、また会おう」

「最後に一つだけ。何か頼みたいことがあって、仲介人(おまえ)に連絡を取りたいと思ったらどうすればいいんだ?」

「あーそういえばまだ説明してなかったね、失礼失礼忘れていたよ」

 

 すると仲介人(メディエーター)はゴソゴソと(ふところ)から、小さい革袋を取り出した。

 

「専用の芳香薬だ。手紙は付けず……ただどこからでもいいから"使いツバメ"を飛ばしてくれればいい。そうすればわたしから会いに行く」

 

 その言葉を最後に仲介人(メディエーター)は離れ、俺は彼女の残り香を強化嗅覚で追いつつ……受け取った革袋をウェストバッグへとしまうのだった。

 



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#382 三騎士 I

 

 戦帝が一時的に陣を張っている屋敷に(おもむ)いて手紙を見せると、屋敷の裏庭に案内される。

 だだっ(ぴら)けた裏庭は、正確には裏庭ではない。

 

 建造物の名残りがわずかに見え、ご丁寧(ていねい)に元々存在していた区画を更地(さらち)にしてスペースを作ってあるのだった。

 

(わざわざ"修練場"を作るとは……)

 

 そこには魔術なしの、純粋な剣戟(けんげき)が展開されていた。

 一人はもちろん"戦帝"であり、相対しているもう一人は騎士装束に身を包んだ隻腕の狐人族の男。

 

 

 どちらもフル装備のようであり、かたや戦帝は左肩まで(おお)う爪付き大籠手に、右には大剣を軽々と振り回す。

 一方で狐人族の男は勝るとも劣らぬ長さの片刃剛剣を、隻腕のままで居合い抜く。

 

(器用だな、あれが……かの有名な"刃鳴り"か)

 

 俺は記憶の中から特徴を照合する。

 その尻尾は毛が抜け切っていて──くたびれつつも、しなやかに──しっかりと鞘を持ち支えている。

 さらに地形を利用しながら、(たく)みに斬撃をの方向を変え、受け流していた。

 

 

「──オマエはダレだ」

 

 観戦している中で流暢(りゅうちょう)でない言葉で話し掛けてきたのは、同じ騎士装束の──帝王直属の近衛騎士たる紋章を着けた──女性だった。

 

「モーガニト領主、ベイリル・モーガニト伯爵。召喚に応じ推参しました」

「フーン、オマエがか」

 

 どうやら話は(とお)っているようで……俺はギザっ()の女性を観察する。

 

(魚人種──サメ族かな)

 

 共通語がたどたどしいのは声帯にやや違いがあるからだろうか。

 かと言ってエラで水中呼吸ができるだとかそういう特徴が水棲種にあるわけではない。

 

 あくまで神族という祖先のヒト種から、魔力の暴走や枯渇から(たん)を発した進化の一態様に過ぎない。

 獣人種が感覚器官に優れたり、鳥人族が魔力強化や魔術で楽に飛行することができたりと、魚人種は地上よりも水場のほうが生きやすいという程度である。

 

 実際に学苑時代の友人である"オックス"はクラゲ族だったが、言葉自体は普通に話していたし、育ちも大いに影響しているのだろう。

 

 

「ツヨいって聞いてるゾ」

「まぁ一応は」

 

 いつの間にか彼女の両手にあった独特な逆手(さかて)二刀流は、さながらサメのヒレを思わせる。

 "見せの右薙ぎ"から、後ろ足を踏み込んでの"返しの左薙ぎ"──尋常者(じんじょうしゃ)の眼には映らない超高速の交差斬撃だったが、俺には当たらない。

 

「ムッ、血デてない。ほんとーにヤルなオマエ」

 

 あくまで試しただけで、さすがに本気ではなく。

 皮一枚に血一筋の刃を完全に(かわ)した俺に、彼女は興味の色を一層強くした。

 

「どうも、"風水剣"殿(どの)

 

 俺は軽い会釈(えしゃく)をしながら、帝王直属の"三騎士"について脳内からさらに引っ張り出す。

 

 帝国の頂点自ら華々(はなばな)しい戦果を挙げ続け、強烈な輝きを(はな)つ"一等星"──しかしてその光には付き従う3つの影あり。

 帝王直属の近衛騎士。帝王の命令以外を聞く必要がなく。帝王が誰よりもその信を置く。帝国内で最も忠誠(あつ)(つわもの)

 

 

「何をしちゅうんじゃ、風水の」

 

 ドゴォンッと地面に足裏をめり込ませて、"鉄球"を背負った新たな人物が現れる。

 

「あぁ"熔鉄"……コイツやれるゾ」

「戦帝がわざわざ呼び出しゆう、そりゃあそうじゃろう」

 

 "熔鉄"の二つ名を呼ばれたドワーフ族の男。身長は"風水剣"よりも低く、150cmも満たないだろうか。

 筋肉の塊によって成長阻害されたような見た目だが、それがドワーフ族ともなれば珍しくもない。

 

(……ドワーフは年齢(トシ)はわかりにくいな)

 

 大髭を生やして老けて見えるものの、白髪まではいってないので案外若い可能性もあるが……喋り方は古臭い(なま)りがある。

 何にせよ、後ろに引っさげた"鉄球"が彼の得物(ぶき)であることだけは間違いない。

 

 

「おう"空前"の、ワイにもちっとばっかし実力(つよさ)を見せてはくれんもんか」

「……少しで良いのであれば」

 

 もはや恒例の行事として割り切る。帝国は軍事国家であるからして、強さこそが何よりも相手を見る重要なバロメータとなるのだ。

 それにここで一端(いったん)でも実力に()れておくことは、将来の為になるだろうという打算も大いに含む。

 

「風水のを()けたんなら、ワイはお前様(まぁさぁ)の攻撃を受けるに留めんとしよか」

 

 赤熱した鉄球が溶けて、熱を(たも)ったまま新たに形が成形される──巨大な槍・剣・斧と変形していき、最終的に盾へと姿を変えた。

 "熔鉄"の二つ名を如実(にょじつ)に体現する、生身で攻撃するにはあまりに危うい、高熱を伴う粘り気のある質量の鉄塊。

 

「本気で来りゃあッ!! 見せてみィ!!」

「真気──発勝」

 

 俺は液体窒素を封入し、音圧振動を(まと)わせた"雪風太刀"を作り出して、刹那の内に──踏み込み、振り抜き、斬り払う。

 急速に冷やされた熔鉄の一部は、固まりながら分子構造を崩壊させて斬断された。

 

 

「こいっつぁ、たまげた。風聞(ふうぶん)(たが)わぬ男じゃあ」

「お、スゴい」

 

 冷えた鉄はすぐにまた熱を持って溶けたかと思うと、元の鉄球に再成形されるあたり、"熔鉄"もまた一筋縄ではいかない実力である。

 

「まったくオレの許可なくつまみ食いをするな、二人とも」

「"空前"……居合いを使うのか、おもしろい」

 

 いつの間にか"戦帝"バルドゥル・レーヴェンタールと"刃鳴り"、そして既にいた"風水剣"と"熔鉄"に俺は囲まれる形になる。

 

「待たせたか? モーガニトよ」

「いいえ陛下、三騎士たる"風水剣"と"熔鉄"の御二方が相手をしてくださったので暇を持て余すことはありませんでした」

 

 俺はその場に(ひざまず)こうとするが、戦帝に止められる。

 

「ここにはコイツらしかいないから別によい。ところで……なにゆえキサマが呼ばれたか察しはついているか?」

皆目見当(かいもくけんとう)がついておりません」

「そうだろうな。遊撃任のキサマを二度も振り回すのは、オレとしても前言を(ひるがえ)すようで気分が悪い。だが聖騎士を()ったとなると話は別だ」

 

 

 それは詰問(きつもん)されているというよりは、確認してきているといった様子であった。

 

「……ヴァルター殿下からお聞きになりましたか」

「あぁ、別に責めてはいない。遊撃を許したのは他ならぬオレだし、功名心も実に結構」

 

(実際はヴァルターの所為(せい)だと言いたいが……ここは下手に口を滑らすと面倒なことになりそうだな)

 

 結果として聖騎士が死んだのは事実であるし、俺は変に否定することなく、とりあえず話の流れに身を任せる。

 

「おかげで戦況は大きく変わった、詳しい話は割愛(かつあい)するが……厄介なことに皇国は"神器(・・)"()()()()()()

 

 

(──!? そういうことか……仲介人(メディエーター)っ!!)

 

 (こと)ここに及んで──ついさっき神器の遺体回収を依頼された──あまりにも都合の良すぎるタイミングで察しうる。

 つまり仲介人(メディエーター)はこうなることを知っていた上で依頼を持ってきたのだ。

 アンブラティ結社に新たに属する"殺し屋(アサシン)"として使えるか、この俺に対する試験(ためし)のつもりなのだろうと。

 

 さらには当て推量なものの、教皇庁に根回しして神器(ジョーカー)を切るように根回ししたのも、あるいは奴なのではないかと勘繰りたくなる。

 神器という虎の子を引っ張り出すよう、結社が仕向けた可能性すらありえる情報力であろうかと。

 

 

「キサマの一手によって生じた事態だ。さらに功績を重ねる機会だぞ? 喜ぶがいい」

(わたし)がこれ以上、他の者の武功を横取るわけには──」

「くだらん帝国においてそんな遠慮は捨てろ、これは命令だ」

「王陛下にそう命じられるのであれば……(つつし)んで従います」

 

「それでよい、神器とはそれほどの油断ならぬ相手なのだと知れ。オレの直下にて、オレの指示だけを聞き、オレの為に戦え」

「かしこまりました……では(はばか)りながら、(わたし)が戦帝の四騎士目(・・・・)に──」

 

 その瞬間、俺は言葉途中に詰まるしかなかった……。

 なぜならば、一瞬にして"風水剣"の刃が首元に、"熔鉄"の赤熱鉄刃が背後から脳天スレスレに、"刃鳴り"の剛剣が心臓付近で止められていたのだった。

 

「フッハハハハ! 冗談にしても、それはおこがまし過ぎたなモーガニト。おい三騎士(オマエたち)、大人げないぞ……若僧の無礼を許し、()ろしてやれ」

 

 あっさりと()げられた刃を見届けてから、俺は誠心誠意深く謝罪する。

 

「申し訳ありませんでした三騎士さま、軽口をお詫びします」

「おうさぁ!」

「気にシナい」

 

 "熔鉄"はそう言って俺の腰をバシっと叩き、"風水剣"はにっこりとギザっ歯を見せて笑い、"刃鳴り"は静かに(うなず)いた。

 

 

「それにしても、刃を突きつけられながらまったく動じないとはな」

「いえ……さすがに微動だにできぬほど(きも)が冷えました」

 

 その言葉の半分は真実、もう半分は嘘ではないもののお世辞も多少なりと含まれている。

 

「フッ、オレがわざわざキサマを呼びつけてまで加勢させた意義──そして期待を裏切ってくれるなよモーガニト」

 

 

 



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#383 三騎士 II

 

 (はし)る、(はし)る、疾駆(はし)る──

 大地を踏みつけ、全身を躍動させ、道なき道を踏破し、最短・最速で敵地を進み続ける。

 行軍には困難な場所であろうとも、一定以上の強度を持つ者にとっては障害が障害とはなりえない。

 

 恐ろしいほどのスピードで敵国領土の奥へ、さらに奥へと躊躇無く侵入していく。

 一人一人が一騎当千級で固められた、世界有数の精鋭だからこそ可能な、迅雷がごとき進軍。

 

 "使いツバメ"をも凌駕(りょうが)し、相手が準備を固める前に一撃を入れて粉砕する。

 絶対的強者によってのみ許された究極のゴリ押しゲリラ戦術。

 

 

「……我々に難なくついてきているか、"空前"」

「空だけでなく、地上でも速いですから」

 

 俺は最後方(さいこうほう)の位置で並んできた"刃鳴り"からの言葉に、余裕を見せながら答える。

 

「──円卓二席、"筆頭魔剣士"テオドールに勝ったそうだな」

「はい、その時の功績で陛下より伯爵にしていただきました」

 

「奴とは二度ほど(まみ)えたことがある──どちらも勝負がつかなかった。三度目こそはと思っていたが……先を越されたな」

「まぁ自分が死んでいてもおかしくありませんでした。いやそれ以前にテオドールの門弟(もんてい)たちに殺されるとこだったんですが……色々と助けられ、どうにか一対一で勝ち切れました」

 

 紙一重の闘争であった。特に研ぎ澄まされた魔鋼剣の斬れ味だけで言えば、俺の戦歴の中でも未だにトップクラスである。

 

 

「つかぬことを(うかが)いしますが"刃鳴り"殿(どの)──よもや、テオドールにその腕を……?」

 

 隻腕にされた意趣返しという意味であれば……恨まれる覚えこそないものの、俺は因縁を(かす)め取ったということになる。

 

「わたしが遅れを取ったと? あいにくと違う。これは戦帝を(かば)った時の名誉の負傷──まだ互いに若かった頃の話だ」

「……戦帝とは、長い付き合いなのですか?」

「師が同じであった。一応わたしは兄弟子にあたる」

「二人とも意匠こそ違えど、長大剣を豪快に振るうのはそういう理由があったんですね」

 

 戦帝のそれは肉厚で幅広、自身の扱う爆発魔術にも耐えうるだけの大剣。

 刃鳴りのそれは肉厚だが幅はさほどでもなく、しかして今少し長めの居合いには不向きなはずの直刃(すぐは)

 

 

「腕を喪失してより馴染ませるにはいささか時間を掛けたが、今の我が剣は他のそれに劣るものではない」

「承知しています。遠目ではありましたが、陛下との立ち会いは拝見させていただきましたので」

 

 片腕が無くなろうと、尻尾でカバーできるのは獣人種の強みであろう。

 ただし鍛錬と実戦を重ね続けているゆえか……狐人族らしいフサフサの尻尾ではなく、全て抜け落ちた第三の腕のようだった。

 そんな尾を(たく)みに使っての隻腕剣術、彼だけの戦型(スタイル)というものが確立されている。

 

「そうか、いずれ一つ手合わせを願えるか? この戦争が終わった(のち)にでも」

「試合であれば喜んで」

 

 血気滾(けっきたぎ)(あま)る戦帝の兄弟子というのが信じられないほど、礼儀正しく(わきま)えている人のようであった。

 

 

「──しかしなるほど。ということは三騎士は最初、"刃鳴り"殿(どの)お一人だったわけですね」

「あぁ、もっとも戦帝は若い頃からあの気性だった。正直なところ近衛騎士としての役割は体面だけに過ぎず、我々がこうして三人揃うことは珍しい」

 

(確かに……インメル領会戦では見掛けなかったな)

 

 あの時は帝国本国からの神速を(たっと)んだ援軍であり、それぞれが何かしらの任務があってすぐには召集つかなかったのだろう。

 そして今回の皇国侵略は三騎士全員を揃えるほどに、戦帝は本腰を入れて攻略に掛かっているということでもある。

 

「戦帝が若くして帝冠を(いただ)いた(おり)に、わたしが"熔鉄"を推挙し、近衛騎士はようやく二人となった」

 

 帝王の血族は基本的に生まれた時から近衛騎士が付き、護衛としてだけではなく(そば)で実務を補佐する者も少なくない。

 人数はまちまちではあるようだが、側近級ともなると精々が多くて5人程度であり、それだけ生え抜きが求められ揃えられる。

 

 

「その後も何人か近衛騎士となる者はいたが……皆、死んでいった」

「戦死ですか?」

「戦場を巡る帝王だからな、ついていける者は多くない──そして最後に拾った(・・・)のが"風水剣"」

 

 俺はチラリと一番先頭を行く、サメ族の女性へと視線が向く。

 

「元は戦災孤児で、幼くして高い戦闘力を発揮し連邦に使われていたのだが……戦帝に挑んで、すぐに意気投合した」

「挑んで──意気投合?」

「不可解か?」

「いえ……わかります」

 

 中間がすっぽ抜けてはいるものの……戦いと血と熱狂を好む人種というのは、得てしてそういうものだと納得できる。

 俺自身、強くなっていくにつれて──時に(しのぎ)を削り、あるいは危機(ピンチ)を乗り越え成長し、相手を圧倒・蹂躙する。

 そうした悦楽に酔いしれる部分が日的できないように。戦ったことで芽生える情、あるいは単にウマが合うということはままあろう。

 

 

「理解できるか、ならば聞け"空前"。たとえ三騎士でなくとも、戦帝の(もと)で戦うということの意味──無様(ぶざま)に振る舞うことなかれ」

「正直に申し上げますと……自分は帝国人ですが育ちの多くは連邦で、陛下にも恩義こそあれ忠義心と言うにはいささか薄いです」

 

 まだ続く言葉があることを"刃鳴り"はしっかりと察して、俺の口を(さえぎ)ることなく静かに聞く。

 

「それは帝国に対しても同じであり──故郷であり領地であるモーガニト領には身命を(なげう)つことができても、帝国という大きさにはいまいち実感も湧きません」

 

 いかに中央集権体制を取っていようとも、法や政治があろうとも、一般人は国家を意識することはない。

 また伯爵位であってもモーガニト領は"特区"税制にあり、領地管理に関してもスィリクスに丸投げしている俺に愛国心はない。

 

 

「ですが一人の魔術戦士として、"戦帝"という一個存在に対する尊敬は禁じえない。帝国という多種族国家としての在り方は、まさに一つの理想だと断言できます……その為になら戦える」

 

 それは(まぎ)れもない本音であった。単に形式的なモーガニト領主として装うばかりではない。

 わざわざ骨を折って身を削るのは、少なからず帝国への畏敬の念があるからに他ならない。

 

(もしも俺がヴァルターの立場、帝国の王族として転生していたなら……)

 

 享楽的(きょうらくてき)怠惰(たいだ)淫蕩(いんとう)な生活三昧だった可能性もあるものの──

 きっと国家を愛し()まし、民草を愛し導き、外圧に屈することなき繁栄をもたらすべく、新たに生きていたかも知れない。

 

「そうか"空前"……それならばわたしも一時(いっとき)背中を預けることとしよう」

「恐縮です」

 

 俺も背を預けます、とまではさすがに返せなかった。それを言ってしまえば明確に嘘となってしまう。

 ただ少なくともそうした裏切りをしたくないと、そう思わせるほどの人格であることは間違いなかった。

 

 

「なんならぁ、暑くなってやせんかいなぁ?」

 

 そう真ん中の位置で大声で言い(はな)ったのは、一人巨大な鉄球を持ちながらも速度を落とさない"熔鉄"であった。

 

(俺は"風皮膜"で快適だが……)

 

 ドワーフ族は一見してガサツそうに見えるが、温度変化には敏感な傾向がある。

 まして三騎士ほどの強度を持つ者が言うのであれば単に運動量によって体熱が上がっているだけでなく、環境的な変化の(きざ)しを繊細に感じているのだろう。

 

「速度を落とせ」

 

 (つぶや)くような戦帝の声に応じ、全員が足を緩めて止まる。

 

「まだ随分と離れているはずだが、神器の領域に入ってきたということか。少しばかり休んだら()くぞ」

 

 そう言って戦帝は猛禽類がごとき眼光で、笑みを浮かべるのだった。

 



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#384 砂の檻

 

 進むに連れて悪くなる視界──それはまさしく"神器"と呼ばれるほどの魔力によって広域展開された"熱砂"の魔術なのは疑いなかった。

 

「まったく不快感が強いな」

「視界のみならず鼻も利かないのは非常に厄介と言わざるを得ません」

 

 荒野を見下ろす丘で、"戦帝"と"刃鳴り"が二人で話しているのを俺は聞き耳立てる。

 

「これでは軍を進ませることができん上に、おそらくさらに範囲を拡大してくるだろう。そうなれば戦術構想も大幅に変えざるを得なくなる」

「では……仕留めますか」

「ふんっ、面白味のない正面決戦となるが──それが妥当か」

 

(たった五人で正面決戦か……すげえガバガバな戦力計算だ)

 

 俺はそんなことを考えるものの、実際的な戦力としては十分過ぎる一個軍であることに疑いはない。

 あまりにも大雑把ではあるのだが、戦帝はそうやってこれまで常勝し続けてきたのかと思うととんでもない話なのだった。

 

 

「モーガニト──いや"空前"、どうだやれるか?」

 

 三騎士にはいちいち問いただすまでもないのか、戦帝は俺にだけ確認を取ってくる。

 

「体力・魔力的な意味合いであれば問題ありません。この"熱砂塵"を打開せよ──ということであれば、以後の戦力としては数えないでいただければと」

「ほう……消耗はすれど、この暑苦しい砂をどうにかできると豪語するか」

「えぇまぁ──」

「歯切れが悪い」

「可能です、陛下」

 

 俺としたことが萎縮(いしゅく)というほどではないものの、ついつい謙遜(けんそん)が先行してしまっていた。

 実力を隠しておくことも重要ではあるものの、今は戦帝にとって気に入られるような言動・行動(ムーヴ)を心掛けるべきであると。

 

「聞いたか三騎士(オマエ)たち、"空前(コイツ)"はできるそうだぞ?」

「陛下、さすがに煽らないでいただきたいです」

「ハッハハハハハ!!」

 

 三騎士も適材適所なのだと理解しているだろうが、いささか複雑に感情が混じり合っているのが感じ取れる。

 

 

「さて……キサマの実力も直接見てみたいものだが、ここはオレがやる。先陣(さきがけ)戦争(いくさ)(ほま)れだ」

 

 戦帝は籠手を着けていない右手の平を広げて前に出す。

 

(──ッ、これが帝王の魔力か)

 

 俺は"天眼"による魔色覚でもって、その律動する魔力の量と色と濃さを認識する。

 戦帝は魔導師ではない……が、ただ研ぎ澄まされた純然たる魔力は、今までに感じたことのない圧が内包されているかのようだった。

 

「"空前"、よく見ておけ。あれこそが帝国の頂点、戦帝(・・)その人だ」

 

 隣に立った"刃鳴り"の言葉に、俺が(うなず)いた瞬間──"戦帝"バルドゥル・レーヴェンタールは右手を掌握する。

 

「"鎖爆(さばく)"」

 

 遠く空間が炸裂した。一度ではなく、二度、三度──何十回と連続して爆発し続ける。

 まるで爆発同士が連結するかのように、熱砂を吹き飛ばし、その爆風と轟音がこちらにも襲い掛かってくる。

 

 しかし三騎士は当然慣れたもので"風水剣"は水球に身を包み、"熔鉄"の前には鉄の壁が、"刃鳴り"は爆風を一刀両断し、そして俺は"六重(むつえ)風皮膜"で受け流す。

 

 

(相変わらず凄いな……戦帝の使う"爆属"魔術)

 

 雷属魔術と並んで、修得も難しいばかりでなく扱いも非常に難しい魔術。

 インメル領会戦では遠目ばかりでなく、"折れぬ鋼の"が乱入してきてからは近くでも観察させてもらったその魔術の繊細かつ大胆な扱い方。

 

(俺も威力だけなら"重合窒素爆轟(ポリニトロボム)"で上回れるものの……あくまで単発だ)

 

 戦帝のように瞬間的に連続・連係させることなど、それをさらに白兵戦を展開しながらも自爆せずに使えるのは……恐らく戦帝が世界で唯一であろう。

 "五英傑"や"七色竜"の強度を知っている身であっても、やはり自身と比較すれば感嘆を禁じえないというものだった。

 

 

 熱砂は一気に晴れ渡り、閉ざされていた道は切り(ひら)かれ、荒野にそびえるのは古びた様相の城塞であった。

 

「フンッまた(おお)われるまえに、()くぞ──」

 

 鼻を鳴らして戦帝は大地を蹴り、三騎士と俺もその後背より続いて駆け抜ける。

 

 しかし想定していたよりも早くまたも砂塵が立ち込めはじめ、しかして今度は"凝縮された塊"となっていた。

 膨大な砂で構成された巨大な上半身──嘆いているような顔と、振り上げられた砂の巨腕──が襲いかかる。

 

(おぉう、"砂の大巨人"ってか。なんか映画で似たようなの見たな……)

 

 俺はノンキにそんなことを考えつつも、同時に分析をしていた。

 質量はそれなりで速度も十分、散っていた時よりも高熱を(まと)う熱砂のゴーレム。

 

 微細でまとわりつく砂の粒子をまともに喰らえば、呼吸もままならず外と内から焼かれることは必至。

 

 

「オレばかりに働かせるなよ、おまえたち」

 

 そう"戦帝"が一言──

 

 すると間断なく、剛剣を尻尾で持って構えた"刃鳴り"が、急制動を掛けながら一刀を振り抜き……リィィーンという独特の音が響く。

 続いて"熔鉄"が鉄球と共にグルングルンと回りながら遠心力を掛け、赤熱し溶解したそれをハンマー投げのように射出した。

 タイミングを合わせるように、下段から大きく"風水剣"が斬り上げると、超高速の水流が熱砂へと撃ち込まれる。

 

 熱砂の巨人は真っ二つにされ、それぞれ右と左の半身に鉄と水が衝突し、その形を霧散させる。

 

(ヒューッ! 豪快。とはいえ俺も負けてらんないか)

 

 俺はトンッと軽やかに空中を一段跳躍し、掌中で圧縮した空気を破裂させる。

 空属魔術を使う俺は奇をてらう必要はなく、ただ強力な風圧を起こすだけで残留した砂塵は吹き飛ぶのだった。

 

 

「──ッと」

 

 その瞬間であった。一本の(はな)たれた投げ槍を、俺はあっさりと掴んで止める。

 そして槍は俺だけでなく他の4人にもそれぞれ投げ込まれていて、同時に各人に対処されていた。

 

「おっこいしょォオ!! ダッハッハハハァ! 本当に(・・・)帝王が出てきてるとはなア!!」

 

 (あらわ)()でたのは一人の騎士。しかして神器たる魔力は(つゆ)ほどにも感じない。

 背中に無数の槍を放射状に背負っているのを見るに、投擲してきた人物ということは明らかだった。

 

「なんでもあんたァ、"決闘"を(いど)めば応じてくれるんだって?」

「無礼な(やから)だ、まずは名乗れ」

 

 戦帝はこういった手合いには慣れているのか、やれやれと言った様子で……三騎士も特に反応を示さない。

 

「教皇庁直下の異端審問官にして、お(かか)え"首斬り役人"──パスカリスだ」

 

 

 パスカリスとやらが言い終えた刹那、爆発の音と共にその肉体が鎧ごと叩き斬られる。

 

「覚えるに(あたい)せんな。オレのことは知っているようだったから、こちらの名乗りは(はぶ)かせてもらったぞ」

「もう聞こえてないですよ陛下、死んでますし……不意討ちでやられるとは無念でしょうに」

 

 俺は思わず、そう帝国の頂点に突っ込んでしまっていた。

 

「先に槍投げ(しかけ)てきたのはコイツだ。そも奇襲に応せずしてこの帝王(オレ)()り合いたいなど、片腹痛し」

 

 爆速を乗せた斬撃。

 それを初見・不意討ちで反応できる人間が、一体世界にどれほどいようというものか。

 しかしながらそうした価値基準を超えるだけの強度がなければ、相手にならないのもまた事実であろう。

 

 

「それに……どうやらまだ(ひか)えているようだからな」

 

 戦帝が移した視線の先には、新たな敵影が確認できるのであった。

 

「"教皇庁特選隊"、上位命令に基づき異教徒へ執行を開始する──」

 

 



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#385 神器

 

「"教皇庁特選隊"、上位命令に基づき異教徒へ執行を開始する」

 

 ──斬る──

 

敬虔(けいけん)なる"聖堂騎士団"、総員抜刀せよ!」

 

 ──斬る、斬る──

 

「"秘蹟の志士審衆"、参上! 邪悪な帝王よ、覚悟!!」

 

 ──斬る、斬る、斬る──

 

「我らはそれぞれケイルヴ、グラーフ、ディアマ、フーラーの歴代神王の加護を受けし"四使徒"なり」

 

 ──斬る、斬る、斬る、斬る──

 

「教皇庁の暗部、"聖黒衣"。もはや(のが)れられぬこと叶わぬと知れ」

 

 ──斬り伏せる──

 

 俺の出る幕など無いとばかりに戦帝と三騎士の連係は凄まじく、決して弱卒でない敵を粉砕していく。

 

 

「まったく、有象無象をいくら当ててこようが大した消耗にもならぬわ」

「じゃが(やっこ)さんの準備は整ったと見ゆうぜ」

 

 "熔鉄"が口にした直後、悠々と砂塵に乗って降り立ったのは……白髪に法衣を(まと)った一人の青年であった。

 

「あーもーあーもー、ちっとくらい減らしとけよなぁ、役立たずどもがさぁ!!」

 

 先頭に立つ戦帝は、やや落胆した表情を見せる。

 

「どうやら"神器"か……自らノコノコと姿を見せるか、ガキが」

「我が名はイオセフ。神器とを知りながらその態度、()が高いぞ平民」

「おめでたいヤツだ、威光が通じると思っているのか」

 

 イオセフと名乗った神器が発する態度に戦帝本人はどこ吹く風といった感じだったが、控える三騎士はビキビキと殺気立っているのが素肌を通じて伝わる。

 

 

「我が姿を見せた意味がわからないか、もう終わってるからに他ならない」

 

 ズズンッと全員の足元が砂へと変貌し、あっという間に膝上までが沈む。

 さらに周囲一帯に熱砂が高速で渦巻き始めたのだった。

 

「まったく、わずらわせてさ……とっとと死ね」

 

(こりゃ、ダメだな……)

 

 俺は既に腰まできている流砂に包まれながら、浮かんだ言葉を心中でつぶやく。

 

「闘争を何一つわかっていない、阿呆(アホウ)が」

「なぁにぃ? なんか言っ──げぎゅっ」

 

 

 次の瞬間には戦帝も三騎士も俺も流砂の縛りから脱し、戦帝に至っては勢いのままに足裏で神器イオセフの顔面へと蹴りをぶち込んでいた。

 

(まったく相手にならない)

 

 それだけで流れ渦巻いていた熱砂は動きを止め、難なく停止した砂の上に全員が着地する。

 

(いくら器が大きかろうと──どれだけ便利な道具や、強力な兵器があっても──それを扱うのはどこまでいっても人間(ひと)だ)

 

 本気であれば一撃で神器イオセフの首から上は粉々だったに違いないのだが、戦帝が足加減(・・・)をしていたのかイオセフはまだ生きていた。

 

 もしもイッパシの戦士であれば生きている限り敵を呑み込もうとしただろうし、なんなら死なばもろとも殺しにくるというもの。

 しかし根本的に彼我に戦力分析が甘く、この程度で拘束できていたと思い込んで姿を晒す凡愚には土台無理な話であった。

 

 

「あ……うぁ……おまぇ、おまえぇ……」

 

 神器イオセフはあっさりと集中を乱され、魔術そのものが不安定となって熱砂から脱出するまでもなく解放された。

 魔術士における基本、集中力の維持ということに修練が練られていないのだ。

 

「神器だろうと、戦場においてキサマはかよわき女子供老人と変わらん──消え失せろ」

「ヒィっ……」

 

 ジロリと睨みつけられ神器イオセフはこれ以上ないほどに(おび)え、戦意まであっさり喪失しているようだった。

 戦帝の言葉のままに、殺す価値すらないからこそ……奇しくもイオセフは一命を取り留めたと言える。

 

「オマエ弱イ、大人しく帰ル」

「たとえ初陣だったとして、このアリサマじゃぁもう使えそうにないわなあ」

「慈悲には従っておけ」

 

 動悸は激しく、体液を撒き散らしながら、おぼつく足で、のたうつように這って逃げる神器イオセフ。

 

(結社の依頼……まぁ身柄を確保するのは後でもいいか、それよりも──)

 

 三騎士もそれぞれ剣を納め、一方で俺だけが()()()()()()()()()

 

 

("帝国"……戦帝、やはり強すぎる。真正面からの制覇勝利は骨が折れるどころじゃないな)

 

 知識としては客観的に理解していたつもりだった。

 しかし実態として認識するのはまた違った意味合いを持つ。

 戦争に舵を切った時の爆発力、総体としての国家が闘争に方向性(ベクトル)を集中させるそのヤバさ。

 

 世界最強の軍事国家たる所以(ゆえん)──特に戦帝自らが陣頭に立って采配を振るうとどうなるかを見せ付けられた。

 

(そうなるとやはり絡め手が──)

 

 

 俺は思考途中で新たな気配に前方を見つめ、心を静かに沈めていく。

 

「ほう、"聖騎士"か。次から次へと来たものだが、遅い到着だ」

 

 近付いてきたのは丸眼鏡を掛けた老齢の男。

 ()()()()()()()と違って、聖騎士たる武装と隠さぬ闘気が滲み出ていた。

 

「まさか……こうも早く、このような形で、あなたと再会することになるとは思ってもみませんでしたよ──()()()()()()

「……"ウルバノ"殿(どの)

 

 男の名を俺は呼ぶ──ジェーンが世話になった人物──"至誠の聖騎士"ウルバノその人であった。

 

「なんだモーガニト、知り合いか?」

「えぇ少しばかり」

「ならば言ってやれ、趨勢(すうせい)が決してから単独で出てくるなど愚かなことだとな」

 

「それでも退けない時がある、というものです。帝国の王よ」

 

 あくまで自然に、冷静に、老齢の身ながらメガネの奥にある眼光は鋭く──ウルバノの覚悟と感情を俺は感じ取るのだった。

 

 

「陛下、ここは(わたし)が──」

「なんだ、やれるのか?」

 

 俺は戦帝を制するように前へと進み出て、ウルバノと対峙する。

 

「自分がやらないといけません」

「ならば、手並を拝見させてもらおうか」

 

 戦帝は俺の忠誠心を試そうなどとは露ほども思ってないようで、ただどちらにしても俺が闘わねばなるまい。

 

 

(すまんな、ジェーン……)

 

 俺は心中で義姉へと謝罪し、魔力の遠心加速を高めていく。

 

 先刻までに斬り捨てられてきた大仰な者達と同様に、皇国から直接的に召集されたのだろうことは明白だった。

 

 つまり神器イオセフだけでなく、(なか)ば隠居していたはずの至誠の聖騎士まで引っ張りだしてしまったこと。

 その事実は、迂闊(うかつ)にもヴァルターに利用された俺に責任があると言っていい。

 手前勝手な感傷なのは重々承知。それでも戦帝や三騎士のいずれかの手に掛かるサマは見たくはなかった。

 

 

「気に病むことも遠慮することもありませんよ、ベイリルくん。お互いに立場がある、ジェーンくん(あのこ)ならそれをわかってくれるでしょう」

「それでも、こういう形になってしまったことは残念に思います」

 

 十字の形をそのまま伸ばしたような、やや短めでわずかな反りのある剣を(ふた)つ──その手の内に構えるウルバノ。

 いかに将軍(ジェネラル)に勝っている俺であっても、手加減できるような相手でもない。

 

 何よりもウルバノは命を懸けて闘争に(のぞ)んでいるということ──その強い意志と矜持(きょうじ)を──(ないがし)ろに、踏みにじることなどできはしない。

 

 

「ウルバノ殿(どの)──」

「えぇ……いきますよ」

 

 律儀にそう言ったウルバノは、地を這うように大地を蹴って一瞬で間合いを詰めてくる。

 同時に右手と左手にそれぞれ握った直剣が──竜の顎門を閉じるかのように──上からと下から襲い来かった。

 

 速く、鋭い。しかしどこか精彩を欠いているように感じたのは……やはり将軍(ジェネラル)と交戦した時の後遺症が残っているからであろうか。

 

 "天眼"でもって俺は斬り上げを(かわ)しながら、斬り下ろしを左手で(はじ)き、残る右腕には既に"音圧振動"を(まと)っていた。

 そして正しく、礼儀と敬愛をもって、本気の"音空波"をその心臓へと吸い込ませた。

 

 

「ッッ──ごふっ……すまないね、老体に付き合わせてしまって」

 

 血反吐を一つ。消え行く命の最中(さなか)にウルバノはそう絞り出す。

 

(ウルバノ殿(どの)、もしも貴方が五体満足であったなら……)

 

 そして全盛期であったなら──詮無(せんな)いことではあるが、そう考えてしまうのは致し方ないことだった。

 

「これでようやく……散り花を、咲かせられる。皆早くに死んでいってしまった──最期、まで……」

 

 その言葉に俺はウルバノの本心を垣間見(かいまみ)る。

 今でこそ温和であるが、かつては魔領軍を相手に血で血を洗うほどに暴れたという逸話を持つ聖騎士。

 

 孤児の保護と育成の為に余生を過ごしながらも……心のどこかでは戦場を求めていたのだろう。

 先に逝ってしまった仲間のもとへと──取り残されてしまった自分に対し、どこか負い目でもあったかのように。

 

 

「安らかに──」

 

 既に遺体となったその身を、俺は丁重に地面の上に横たえる。すると見下ろす形で戦帝が俺の隣に立つ。

 

「美事だ、モーガニトよ。これで二人も聖騎士を殺したわけだ」

「……別段、誇るつもりもありませんが」

「危なげなく勝ったことが重要なのだ、傷を負わず圧倒したその事実がな。キサマは既に高みにいる、伝家の宝刀よりもさらに上よ」

「──()()()()()領域ということですか」

「そこまでは言わんがな。とりあえず()()()()()()が増えたということだ」

 

 俺はゆらりと立ち上がり、戦帝の黒い瞳を真っ直ぐ受け止める。

 帝王にとってあくまで試合のつもりで言っているのだろうが、俺からすれば……あるいはそれは死闘を意味することになるかも知れないこと──

 

 

「──ん?」

 

 気を張りっぱなしの俺はいち早く気配に気付いて後方へと視線を移すと、戦帝も三騎士もつられて同じ方角へと向いた。

 そして高速で近付いてきた人物の正体を真っ先に察したのは、よく知っている戦帝であった。

 

「……シュルツ?」

「火急!」

 

 息せき切って帝王の前に(ひざまず)いたのは、はたして帝国軍の上級大将のシュルツであった。

 

「わざわざ追いついてくるとはな、一体何があった」

「はッ! それが……帝都が──帝都が()ちました」

 

 あまりにも突拍子のないその言葉に、誰もが思考を止めざるを得ないのだった。

 



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#386 謀反

 

「──帝都が()ちました」

 

 青天の霹靂、怒涛の展開。

 上級大将の身でありながら、わざわざ先行していた自分達に追いついてきて報告をしたシュルツ。

 その予想だにしない言葉にしばらく沈黙があってから、戦帝は淡々と口を開く。

 

「皇国軍か?」

「いいえ、違います。謀反(むほん)です」

 

「謀反だと……? どこの誰がだ」

「情報が錯綜(さくそう)してはいますが……"モーリッツ"殿下が一気に制圧したとのこと」

 

「ほう……」

 

(──モライヴが!? どういうことだ)

 

 俺は慣れ親しんでいた学苑生時代の名を心中で叫び、現在を取り巻いている状況の把握に努める。

 

 

「クックック、なるほど()に乗じたわけか……しかも動きが速すぎる。自らを(おお)い隠して、周到に計画を練っていたに違いない」

「陛下、展開を楽しむのは予想こそしていましたが、状況が状況です」

 

「フッこれが面白がらずにいられるか。帝国史でも血族内における王位簒奪(さんだつ)であれば何度かあった。それをこのオレ相手にして起こすとは……モーリッツめ、なかなか見誤っていた」

 

 息子の成長を喜ぶ父親のそれ、しかして譲る気は毛頭ないといった様子。

 

(たみ)たちはどうしている?」

「詳しくは不明ですが、受け入れられなければ帝都を占拠することはできますまい」

宰相(さいしょう)と総督たちは?」

 

「現時点で総督府は不明です。宰相閣下も行方知れずとのことで、逃げ延びたか囚われたか……あるいは──」

協力(・・)したか──そこらへんもわからんか」

 

 シュルツが濁した言葉の先──帝国宰相が裏切って内応したと──最も立場の高い戦帝だけが、それ口にするのを許される。

 

 

「盤面が複雑になったな、オレは皇国と帝国の両面を相手にせねばならぬわけか……はてさてオレについてくるのは、どれほどいるか」

「今まで陛下が率いてきた者たちの多くは従うかと存じます」

「それではつまらんな、オレの軍は精強すぎる。ここまでひた隠しにできていたということは、モーリッツの軍はさほどのものでないのは明らか。頭が複数ある内は、貴族どもも含めて動きはどうしたって(にぶ)くなる。

 それに少なくとも長姉(エルネスタ)長兄(ランプレヒト)、あいつらがむざむざと帝王の地位をモーリッツに明け渡すとも思えんし、あるいは組む可能性もある。未だ砂上の城、(から)の玉座、すり抜ける王冠に過ぎんな」

 

「いずれにしても内乱は()けられません。この折は皇国への侵攻は一度中止し、国内の平定に(ちから)(そそ)ぐべきかと」

「シュルツよ、オレの近くで長く戦っているなら理解しているはず、そんなの()()()()()()だろうが」

「ですのでそこを──」

 

 

(家臣も大変だな……)

 

 ──と、俺は完全に他人事(ヒトゴト)目線で戦帝バルドゥル・レーヴェンタールと上級大将シュルツの会話を聞く。

 

(まずは情報と現状の把握が最優先事項……身の振り方次第では、少なくなく喪失しかねない)

 

 大陸最大版図(はんと)を持つ軍事国家の内乱となれば、モーガニト伯爵としての立場も直接関わってくる。

 さらに財団としても支援対象を見極めねばならないし、状況の転び方によっては帝国そのものを潰すという選択肢さえ出てくる。

 

(しかしモライヴ、そんな大それたことを考え実行するとは……個人的には味方してやりたいが、はたして)

 

 ひとまずのクーデターは成功したようだが、先刻から言われている通りそのまま帝国を治められるとは限らない。

 もちろん抜け目ないモライヴはちゃんと計算しての行動なのだろうが、ありとあらゆる要素を把握・掌握することなど全知存在でもない限り不可能である。

 

 

(シップスクラーク財団と"文明回華"──あるいはモライヴを切り捨てることも考えなきゃいけないな)

 

 モライヴもフリーマギエンス員ではあるが、たった一人の為に築け上げたものを無為にするわけにはいかない。

 とにもかくにも情報を可能な限り集めて精査して、迅速かつ的確に判断しなくては──

 

 そこで()()()()()()()()

 寸断された思考は回らないまま、同じくして強烈な既視感(デジャヴュ)が俺を襲う。

 

 

 突如として砂上を巻き上げるような形で、"天空から落ちてきた男"──忘れようったって忘れられるわけがない。

 その拳は今でも思い出せば顔面がうずくような錯覚すら覚えるほど、鮮烈で強烈で苛烈な一撃だった。

 

 その男を形容する名は枚挙(まいきょ)(いとま)がなく、また本名については誰も知らない。

 しかし普遍(ふへん)にして不変(ふへん)の呼び名は存在する。

 

 ──"折れぬ鋼の"──

 

 灰じみた白髪と、痩躯にも見える長い手足と高身長。

 全身には拘束具かのように幾重にも巻かれたベルトと、"聖騎士"のサーコート。

 "五英傑"の一人は「またか」と言わんばかりに、こちらを見据えている。

 

 

「クックカッハッハハハハハハッ! そうか、そういうことか。モーリッツの奴め、やるではないか」

 

 最初に(われ)を取り戻し、"折れぬ鋼の"を相手にしても調子を崩さない戦帝の言葉に……俺もハッと気付かされる。

 

(なるほど……そうか、俺もやった()だ)

 

 インメル領会戦の時は帝国軍に対するカウンターとして、他ならぬ俺自身が"折れぬ鋼の"へ情報を回して呼び込んだ。

 それをモライヴは謀反(クーデター)に際して、()()()()()()()()対応策として利用したのだと確信する。

 

「まんまとしてやられた。どのような手を使ったかはわからんが……手一杯だったはずのキサマを呼び戻すとはな、"折れぬ鋼の"」

「戦争狂の愚王よ──因縁はここで終わり(・・・)にしよう」

 

 

 "折れぬ鋼の"の言葉に、戦帝の瞳がガッと見開かれる。

 

「ほほう、キサマ……今回ばかりはオレが素直に退いたとしてももはや許さぬと言うか」

「そうだ……度重なる戦乱に次ぐ戦乱──もはや看過するつもりはない。殺しはしないが、連行させてもらう」

「連行? 皇国にか、それではどのみち斬首されるのではないか」

「我が勇名においてそれはさせないと約束しよう。だが残りの人生は慎ましく過ごしてもらうことになる」

 

 すると三騎士が戦帝の盾となるように前へと出る中で、俺はむしろよく今の今まで見逃されてきたものだと思ったものだった。

 

(──これ以上、戦帝に義理立てする利点(メリット)は薄いか……?)

 

 "折れぬ鋼の"が有言したならば、それは確実に実行されるということに他ならず。

 俺が三騎士と一緒になって抵抗したところで、戦力差は明白かつ無駄である。

 

 戦帝は早々に内乱レースから脱落し、俺は別の方策で動いていかなければ──

 

 

「どうした、モーガニト。()()()()()()()な」

 

 こちらには顔を向けぬまま、見透かしたように戦帝に釘を刺されてドキリとする。

 

「えぇまぁ……"折れぬ鋼の"に関しては(わたし)もよくよく知っている身でして、乗るなら勝ち馬でなくてはなりません」

 

 俺は下手に誤魔化さず……合理をもって冷静に判断する人間であることをアピールする。

 

「モーガニトの名と領地は陛下の直轄ではなく、あくまで帝国に帰属するのでありますれば……立場としては中立を取るのが最善と心得ます」

 

「もしくはこのオレを殺すのもアリだぞ? 考えていないとは言わせない。新帝王が誰になるかはわからんが、良い手土産になるだろう」

「……まぁ取り立てていただいた恩義を忘れるほど、恥知らずでもありませんので」

 

 三騎士とシュルツの反応に気を遣いながら、俺は慎重に言葉を選んでいく。

 

 

「オレとしては軟禁されるくらいであれば、(いさぎよ)く散ったほうがマシというものだ」

「かの"大監獄"ですら破られました。生きていれば好機はいくらでも、新たに生まれるというものですよ」

 

 俺はまさしく自身が脱獄の主犯であることを差し置いて、いけしゃあしゃあとのたまう。

 

「もっともらしいことを言うではないか。だが大人しく囚われるなぞ(しょう)に合わんのも事実──」

「戦帝、ここは一度お退きいただき……再起を図るがよろしいでしょう」

 

 そう戦帝を(うなが)すのは、剛剣をいつでも抜刀できるよう構えた"刃鳴り"なのであった。

 



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#387 番外聖騎士 I

 

「"戦帝"、ここは一度お退きいただき……再起を図るがよろしいでしょう」

「なんだ"刃鳴り"よ……捨て石にでもなるつもりか?」

「そのようなつもりは毛頭ありませんが、必要とあらば我々が辞さないのはご承知おきでしょう」

 

 その言葉に"熔鉄"も、"風水剣"もそれぞれ一層の覚悟を決めた雰囲気が感じ取られた。

 

 

「個人的に大人しく捕まるのをオススメしますが……まっどのみち結果が同じであれば、抵抗するのも悪くはないと思います。どうせ殺されることはないわけですし」

「そこのおまえ、どこかで会ったことがあったか?」

 

 不意に俺へとロックオンする"折れぬ鋼の"に対し、俺は飄々(ひょうひょう)と対応する。

 

「いえ俺は貴方と()()()()()()()()()()ですよ。でも"折れぬ鋼の"の名と気性は有名ですから」

 

 インメル領会戦の時は顔を隠していたし、"折れぬ鋼の"自身に確信がないのであれば俺は肯定することもしない。

 

「……そうか。他の者たちは去るのならば追わぬ、()せよ」

 

 ザリッザリッとゆっくりと歩を詰めてくる"五英傑"──

 

 

「オレは捕われるくらいならば闘争し、散りたい。モーガニトは大人しく捕まって脱出の機会を模索すべき。三騎士らは逃げろと言う──シュルツ、オマエだけが意見を出してないな?」

「陛下の御意のままに」

「つまらん答えだ。だがオレの意思を尊重したい気持ちはわかった」

 

 戦帝は数瞬ほど天を(あお)いでから、ゴキリと首を鳴らす。

 

「考えてみれば……闘ったことは何度かあれど、逃げたことはなかったな──任せたぞ」

 

 言うや否や"折れぬ鋼の"が爆裂し、戦帝はその恵まれた肉体を余すことなく全力で逃亡へと傾ける。

 同時にシュルツが先導するように動き出していて、三騎士は動かずに徹底抗戦の構えを取っていた。

 

 

「"空前"、散々のたまった割に我々に付き合う気か?」

「危うくなったら遁走(とんそう)決め込みますよ、逃げ足には自信あるので。ただ……今は"自分試し"がしたい気分とでも言いますか」

 

 その言葉に"刃鳴り"はフッと笑みをこぼす。

 

「がっはっは!! あっちこっち意見が飛ぶやつじゃのう、先刻までの(げん)は許す!!」

「ちなみに三騎士(おさんかた)の連係を邪魔する気はありません、お先にどうぞ」

 

 "熔鉄"は豪快に笑いながら、溶かした鉄を集めて成形し始める。

 

「"空前"、オマエ悪イ奴ジャナイ」

「……どうも」

 

 "風水剣"の(まと)った水が刃の形に延長されて、爆塵の中から無傷で現れた"折れぬ鋼の"に突き刺さる。

 同時に"刃鳴り"と"熔鉄"が波状攻撃を繰り出していた。

 

 

 ──"折れぬ鋼の"のやり方は、相手の力量をつぶさに把握してから、完璧な一撃で必倒に留めるというスタイルである。

 

(だからこそ時間稼ぎは大いに有効で、付け入る隙になッ……るぅ?)

 

 そう打算的に考えていた。

 しかして三騎士はあっという間に、それぞれ拳で打ち抜かれ沈んでいたのだった。

 

「えっとあの……倒すのは予定調和にしても、見極め早すぎじゃないですか?」

「この者らとは以前にも戦ったことがある。わかったならば、そこをどけ。今は悠長にしているつもりはない」

 

 三騎士もおそらく以前に闘ったときよりも成長しているに違いない。

 しかし目的をもって本気になった"折れぬ鋼"のからすれば、それは誤差(・・)レベルなのだった。

 

 

(見過ごしたとしても文句を言われる筋合いはなく、責められることも特に無いだろうとは思う……が)

 

 現在を取り巻く状況に対して情報が足りない以上は、戦帝が逃げ切るか捕まるかで──どう未来が転ぶかも不明である。

 この場における選択肢は、結果論でしか語れない。そもそも逃げ切れるとも思えないというところが本音なのだが。

 

「なるほど、わかりました」

 

 ならば欲望に従おう。別に戦帝を逃がそうというわけじゃない。

 三騎士の意識が無くなった今──()()()()()()()()ということに他ならない。

 

 

「顕現せよ、我が守護天(しゅごてん)──果てなき空想(おもい)に誓いを込めて」

 

 魔力(マジック)遠心加速分離(セントリヒュージ)を最大に、くるくると左のリボルバーを回しながら自らのこめかみを撃つのがトリガー。

 濃い蒼色の魔力が──"天眼"の具象化が──もう一人の俺が──空前の魔導が──"幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)"がその形を織り()す。

 

 (にぶ)い灰銀色した鋼鉄の鎧を(まと)いし魔導分身体"ユークレイス"が、俺の背後(そば)に立つ。

 

「むっ……?」

 

 インメル領会戦の時と同じ、躊躇なく殺す気でいく。

 どうせ死なないことは承知している。新たに得たこの権能(ちから)で、どこまでイケるのか試したい。

 

 

『そぉらららラララララララッ──』

 

 "音空(ソニック)颶風千烈拳(ハリケーンラッシュ)"──音圧振動の拳を刹那の空隙(くうげき)に、目に映らぬほどの速度で(たば)ねて一つの巨大なパンチとする。

 外部から破壊しながら内部へ浸透させて分子崩壊を引き起こす、一発一撃が必殺と言える威力の拳撃。

 それを幾重にも重ねて、物質を粉微塵にする魔導技。

 

『ラァアアッ!!』

 

 数瞬の内に叩き込まれた一打必殺千撃の拳。

 しかし"折れぬ鋼の"の身は──吹っ飛ぶどころか倒れもしない。

 

「……防御を固めたのは久しぶりだ」

『ははっ──』

 

 俺は乾いた笑いしか肺から絞り出せそうになかった。

 濃縮魔力の消耗によって、"幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)"も掻き消える。

 

 "天眼"によって確かにダメージは()える、()えるのだが……それも急速に回復していっているようで、(なかば)ば予見していたことでもショックは隠しきれない。

 恐らくは防御(ガード)させただけでも快挙とは言えるのだろうが、しかしそれだけで終わりなのだ。

 俺の渾身で会心な魔導においてすら。

 

 

「すみません、参りました」

 

 俺はスッパリ諦めると、諸手(もろて)をあげて降参の姿勢(ポーズ)を示す。

 

「これほどの(ちから)を持ちながら、あの愚王の為に使うか」

「いえ、これは畏敬の表れですよ。"五英傑"という頂点にいる中で……貴方だけが遠慮することなく、かつ受け止めてくれるという信頼あってのものです」

 

 もはや現状打てる手は残されてはおらず、今の立ち位置がある程度わかっただけで充分な成果であった。

 

「その手の(やから)も多くて困る」

「貴方は難儀な性格だと思いますよ。でも実際にそれができるだけの圧倒的な(ちから)が有しながら、信念を貫いている。それは他の誰にも真似できない高潔なこと──」

 

 俺は純粋な称賛を述べている途中で、"折れぬ鋼の"の先に見えた"刃鳴り"の姿に口を閉ざす。

 

 

「そう、だ……難儀で、(おご)った性質だ。()()()()()()()()、それが周知されている弱味(よわみ)。だからこそ足を(すく)われることになる」

 

 "折れぬ鋼の"はゆっくりと振り返り、まだ打ち倒されたダメージの抜けていない"刃鳴り"と──

 気絶したまま刃を首に当てられた"神器"イオセフの姿が映っていた。

 

「流砂に紛れて気付かなかったか? "折れぬ鋼の"。この者は神器──今しばしこの場に留まるというのであれば、殺さないまま捨て置こう」

「無駄だ」

 

 まばたきするよりも速く──"折れぬ鋼の"が間合いを詰めると、"刃鳴り"の刃を握り込んでいた。

 得物を掴まれてしまっては、当然ながら純粋な膂力(パワー)で敵うものなど恐らくはこの世にいまい。

 

()()()()()な、鋼の。(こと)(すで)に済んでいる」

 

 その言葉とほぼ時を同じくして、"折れぬ鋼の"も俺も気付いてしまった。

 神器イオセフは気絶しているのではなく、背中からの出血によって失神しているということに。

 

 "刃鳴り"は先んじて、抜け目なく、やるべきことを確実に遂行していたのだった。

 

 



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#388 番外聖騎士 II

 

 急速に命が喪失(うしな)われていく青年の体を、"折れぬ鋼の"は静かに(かか)えて俺へと視線を向けてくる。

 

「回復魔術は使えるか?」

「いいえ、俺が使えるのは自己治癒魔術のみです」

 

 嘘は吐いてない。強力な回復効果を持つスライムカプセルは携帯しているが、ここは"刃鳴り"がどうするかを見届ける。

 そもそもあの神器イオセフは"エイル・ゴウン"と違って、自らの持て余した(ちから)の使い方も心得ておらず、精神性もまだまだ未熟な危険要因(リスク)でしかない。

 個人的には率先して排除したいとすら思うところである。

 

(結社の依頼も死体で問題ない、ここは下手に救助するような真似(マネ)はしない──)

 

 

「皮肉だな……誰よりも人を救いたくて、誰よりも(ちから)を持つというのに、回復魔術を使うことができないのだから」

 

 "折れぬ鋼の"は魔術の一切を使わない……否、使えない。

 その圧倒的な身体能力(フィジカル)のみで生ける伝説となっているのである。

 

 "天眼"による魔力色の知覚を得た今の俺ならば、それも理解できる。

 "折れぬ鋼の"は()()()()()()()()されている──恐らくは世界で唯一の人間なのだと。

 

(魔力色が見えない――()いて色で言うなら……完全なる無色(・・)、一切が漏出することなく肉体でのみ完結し続け循環作用している状態)

 

 普通の人間は魔力が少なからず漏出する。

 一方で"折れぬ鋼の"はまったく魔力が外に出ないし、出すこともできない──ゆえに魔術も使えない。

 だからこそ"五英傑"たる頂人的(ちょうじんてき)な身体能力を有するに至っているのだと。

 

 

(俺も魔力(マジック)遠心加速分離(セントリヒュージ)である程度の漏出を防ぐことはできるが、あくまで一時的に貯留させるだけだ)

 

 濃淡分離させた魔力を血液と共に全身に行き渡らせて肉体強化したならば、その分だけ漏れて消費し消えてしまう。

 

 一方(いっぽう)で──"折れぬ鋼の"の場合は日々吸収される魔力が、延々と蓄積されて()()()()()()()のだと考えっれる。

 それこそ神器をも遥かに超えた膨大な魔力を貯留し続け、しかも魔力の暴走も起こらないという史上でも稀有であろう超極大の器。

 

(もっとも仮説が合っていたとして、どうこうできる相手じゃあないのは変わらん……)

 

 寿命が尽き果てるまで無限に成長し続ける最高純度の人間、それが"折れぬ鋼の"であるならば。

 

 

「──取りこぼしてきた命、今までいったいどれくらいある? 救世の英雄が聞いて呆れるというものだ」

 

 "刃鳴り"の挑発的な言葉にも動じることなく、もはや空っぽの神器をその腕の中で──"折れぬ鋼の"は至って平常心で口を開く。

 

「自らが英雄であると思ったことは一度もない。相争(あいあらそ)うような愚者を救うこともしない。そのような境地はとうの昔に過ぎ去っている。

 所詮(しょせん)この身はたった一つ。信念こそあれ大義はなく。ただ己が(ちから)の振るう先を見誤ることなく……好きに、自由に、やらせてもらうだけだ」

 

(う~ん、この根っから聖人)

 

 神器イオセフの遺体を横たえながら、やや饒舌的(じょうぜつてき)な語り口の"折れぬ鋼の"。

 やらない善よりやる偽善。前世においては個人的に好むものではなかったが、一貫して突き抜けた精神性ともなればやはり美徳と言わざるを得ない。

 

 そして純粋に尊敬できると同時に、たった一人の動向で戦争やひいては国家が左右されるという非常に面倒な存在であることを再認識させられる。

 

 

「差し(つか)えなければ、"折れぬ鋼の"──貴方が()()()()()理由はなんですか」

 

 俺はふとそう問うていた。

 身命を賭して弱きの為に尽くすその心根。

 国家を滅ぼせる(ちから)を持ちながらも、たった一人の為にも心を砕く……不器用な生き方。

 

「理由だと……?」

 

 "刃鳴り"は俺が時間稼ぎの為に質問しているのだろうと思っているのか、特に口を差し挟んではこなかった。

 

(まっ"折れぬ鋼の"は勇名にして有名だ──その生い立ちについて調べは済んでいるが)

 

 

 "折れぬ鋼の"──彼は物心つく前より、帝国から亡命した皇国人の子として、最初こそ迫害を受ける"弱者の立場"にいた。

 片親で唯一の肉親だった父は、何がしかの不運が重なって異教徒として吊るし上げられ、死に追いやられたそうな。

 

 残された子供は一人、貧民の立場から後退することなく……一歩、また一歩と、着実に踏みしめ登り詰めていく。

 あらゆる障害や難題が立ち塞がった。と、まことしやかに言われていて、しかして彼は一度として折れることなく突き進んでいった。

 

 自らの名すら覚えていない男──遂には番外ながらも聖騎士としての立場を得て、もはや誰しもに知られ、認められる存在となる。

 それまでの功績も目覚ましく、そこからの功績も目覚ましい。

 人類の守護者にして奉仕者。弱きを助けて悪を(くじ)く、その強さと姿はまさしく英雄の中の英雄。

 

 

(──知られているのはあくまで風聞、実際の人格形成の過程で何があったのか)

 

 ぜひとも本人の口から聞いてみたかった。

 

「救い、(すく)い上げることができる命がある。それ以外に理由が必要か?」

 

 単純(シンプル)で明快な回答だった。

 そういうことが聞きたかったわけではないのだが、有無を言わさぬ謎の説得力(ハンマー)でぶん殴られたように感じ入る。

 いっそ馬鹿げているとさえ言える理由なき理由──否、だからこそ彼は誰よりも強固な意志でもって(こと)()し、()せるのだろうと。

 

「なるほど、しかし逆境が人を強くする。そうした経験がより困難な壁にぶち当たったり、敵意を向けられた時に役立ち、打破することができる(ちから)となることは否めないのではないですか?」

 

 俺は一つの意見として反論する。

 目先の犠牲を容認できず手を差し伸べたことで、より大きな災禍に見舞われた時に自ら耐えて生き抜く能力を(やしな)えなくなる。

 環境変化と自然淘汰こそが、生物の進化と適者生存を(うなが)してきたという事実は決して否定できない。

 

 ただしこれはある種の、答えのない命題の一つと言える。

 もし仮に統計的に算出できたとして、結果論からその時々(ときどき)でどちらが正解だったかを見極めることはできよう。

 しかしそれを先んじて見通すのであればまさしく全能神の所業であって、たとえ"五英傑"であろうとも未来を予知し、最適の行動を選択することはできないのだ。

 

「……言いたいことはわかる。だが誰しも危機に(ひん)した時──なにものよりも切望し、強く願うこと──それは……"たすけてほしい"、だ。それを無視することはできない」

 

 

「はァ~……──」

「ッッ──」

 

 突如として意識の途絶した"刃鳴り"が砂地の上へと突っ伏して昏倒する。

 何を隠そう俺が"酸素濃度低下"の魔術を使ったからに他ならない。

 

「……? おまえがやったのか、一体どういうつもりだ」

「"折れぬ鋼の"、貴方が知る必要はありません。その誰よりも(とうと)い生き様を、脇目も振らずに貫いて欲しい──素直にそう思っただけですよ」

 

 野望にとって邪魔な存在なのは疑いないが──同時に英雄の足を引っ張りたくない、というのもまた俺の心根に確かに存在する想いであった。

 

(インメル領会戦では利用させてもらったわけだし、借りはささやかでも返すさ)

 

 何よりも"折れぬ鋼の"を戦帝へのカウンターとして用意したのがモライヴの策であれば、帝王には囚われてもらわねばなるまい。

 

 

 まだ懐疑的な瞳を向けてくる"折れぬ鋼の"に対し、俺はもっともらしい理由も付けてやる。

 

「さっ行ってください、問答もたいぶ長引いたでしょう。ただし代わりと言っては難ですが、三騎士(かれら)は一応帝国人として連れ帰らしてもらいます。

 皇国に捕まって処刑でもされれば後味が悪いですし、貴方がいなくなった後で目を覚まして暴れたり、憂さ晴らしに大量虐殺なんてやり始めたら困るでしょうから」

 

「……いいだろう、おまえの名前はなんと言ったか」

「覚えてもらわなくて結構です、次はどういう形で会うかはわかりませんからね」

「偏屈なやつだ」

 

(貴方には負けますよ)

 

 と俺は口には出さず心の中で呟きながら、"折れぬ鋼の"を見送ったのだった。

 

 



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#389 三度目

 

 あっという間に"折れぬ鋼の"が走って消え失せた後、俺は気絶している三騎士をそれぞれ(かつ)いで回る。

 義理はないが短いながらも付き合った人情がそうさせるし、"折れぬ鋼の"に言ったことを反故(ほご)にするのもバツが悪い。

 

 さらには神器イオセフの遺体を液体窒素で急速冷凍させてから布でくるんで、俺は最後に聖騎士の遺体へと近付いてゆっくりと見つめた。

 

(ウルバノ殿(どの)……)

 

 これもまた巡り廻った因果であって、今までと同様に俺自身が受け入れて進むしかない。

 

 善悪が明快ならば、悩むことなどないのかも知れない。

 しかし戦争はそう簡単には割り切れるものではなく。

 大きく国家という総体で見れば帝国は悪という見方もできるが、それを一兵卒に波及するとなると物議は(まぬが)れない。

 

 

(本人にとってはある種の本望で、本懐だったとしても……殺さない選択肢──そもそも戦場に引っ張りだすことのない未来もあったんだろうな)

 

 子供らに囲まれて心穏やかに往生することもまた、ウルバノにとっては紛れも無い幸福だったはずだ。

 それはわずかながらも実際に会って、話して、ジェーンからいくつも聞いていた話の中からでも容易に確信できる。

 

 人は常にあらゆる場面で選択し続けるし、時に相反する感情に折り合いをつけ、排他の結末に懊悩(おうのう)する。

 だから結果論で語るのは詮無(せんな)いことだったとしても、そうした葛藤を俺自身が否定する気持ちはなかった。

 

(遺体は……置いておくしかないか)

 

 まさか持ち帰る、というわけにもいかない。

 丁重に埋葬してやりたい気持ちがあるが、それは身勝手な感傷にも思える。

 このまま撤退すれば皇国側が遺体を回収するだろうし、適切な形で埋葬されることだろうと。

 

 

 ストッ……と、軽やかに砂地を踏む音に俺は振り返ると──まったく気配を感じさせずに立つ──女性の姿があった。

 俺はその見覚えに対し、今度は(・・・)特に驚くことなく冷静に対応する。

 

「──"運び屋"さん」

「……また、会った」

 

 スレンダーな肉体に薄布で口より上を隠し、腰ほどまでに伸ばした灰色の髪をわずかに風に揺らす彼女。

 かつてはエルメル・アルトマーの護衛の際に顔を合わせ、将軍(ジェネラル)との死闘に割り込んでその首を回収されたのは記憶に新しい。

 

「覚えていてくれましたか」

「うん。暇、なくて連絡とれない」

「いいえ、お気になさらず。運び屋さん、貴方がこの場に現れたということは……()()()()()()()ですか」

 

 三度(みたび)会った彼女へ向けて、俺は足下にある冷凍した神器イオセフの遺体を指差した。

 仲介人(メディエーター)が神器イオセフの所在について(はか)った上で、俺を試したことはタイミングが良すぎることから明白──

 であれば神器イオセフの回収役として、運び屋がこのタイミングでやって来たことも不思議ではない。

 

 

「つめたい。これが死体?」

「そうです、保存の為に凍結させました。やはり貴方はアンブラティ結社の人間だったわけですね」

「私が……そうなの?」

「えっ違うんですか? 仲介人(メディエーター)に言われて、将軍(ジェネラル)の時のように回収しに来たのでは?」

「昔からよく雇われてる、という意味ならそう」

 

(自覚がないのか、結社としてもビジネス関係に留めているのか──いずれまた仲介人(メディエーター)に聞いてみるか)

 

「まぁ俺もアンブラティ結社の一員になったので、今後ともよろしくお近付き(・・・・)をば」

「なんてなまえ?」

「"殺し屋(アサシン)"です」

「……殺すのが得意なの?」

「不得手とは言いませんが、どちらかというと単純に武力担当としての仕事が──」

 

 

 刹那、俺の(ふところ)深く踏み込んできた運び屋と、お互いの吐息の音がはっきりと聞こえるほどにスレスレに近付く。

 身長は俺よりも10cmほど低く170cmほどはあるだろうか、ふわりとどこか懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。

 

「ッ──なんなんでしょう?」

()()()()()

「いやいや、さっきのはそういう意味で言ったのではなくてですね──」

「わかってる。ただなんとなく……きみの顔を近くで見たくなった」

 

 薄布越しだがわずかに合った碧眼、顔はそれなりに整っていて十二分に美人な容姿と言えよう。

 不意を打たれて接近距離で相対したのにもかかわらず、しかして特に動悸が高鳴るようなことはなかった。

 

(むしろどこか落ち着く──なんだ、この女性(ひと)

 

 これが"運び屋"が持つ特性なのだろうかと、俺は頭の片隅で考えていた。

 誰にとっても必要以上に意識させず、迅速かつ確実に運搬を完遂させる能力とでも言えようか。

 

 またその武力においても、俺と同等かあるいはそれ以上の実力者という可能性もありえる。

 

 

「……ねぇ?」

「なんでしょう」

「私と最初に会ったとき、いつ?」

 

 俺は"運び屋"と見つめ合ったまま、少しだけ考えて答える。

 

「インメル領会戦の前、エルメル・アルトマー殿(どの)の護衛役として来ていた折に。顔を合わせた程度ですが」

「……そう、ならいい」

「──??」

 

 彼女はなにやら()に落ちないといった様子が見て取れ、口数が少なくどこか掴みにくいながらも貴重な感情が垣間見れる。

 

 

 会話に興じていると、遠方から爆音が響き、すぐにも爆風を伴う衝撃波が襲い掛かった。

 俺は"一枚風"で三騎士らと、ウルバノと神器イオセフの遺体を保護しつつ目を細める。

 

(もう戦帝は追いつかれたのか、"折れぬ鋼の"……本当に言葉もなくなるな)

 

 そこそこに時間は稼いだはずだが、戦帝の身体能力をもってしても逃げ切ることはできないのか。

 もしくは(トラップ)として爆発仕掛けを残しておいて、それに"折れぬ鋼の"が引っ掛かったのか。

 

(……いや戦帝のことだ、迎え撃った可能性もあるか)

 

 気性を考えるのであれば()()()()()も戦術の一環として、誘い込んだ上で雌雄を決することも十二分に考えられた。

 ただいずれにしても"折れぬ鋼の"が中途で断念することは考えにくく、衝突すれば敗北は必至。

 

 

「ところで運び屋さんは、お強いんですよね?」

「さぁ? でも負けたこと、ない」

 

 純粋。なんというか余計な雑味が一切ない、透明度が高すぎて存在するかもあやふやな直刃(すぐは)のようで。

 

「なぜこのお仕事を?」

「昔からずっと、覚えてない」

 

 端的。(こと)()は必要最小限に、くだらない思惑も駆け引きも斬って捨てるような(いさぎよ)さ。

 

「もしよろしければ、シップスクラーク財団という就職先を斡旋(あっせん)できるのですが」

「不満は別にない」

 

 一貫。迷いが見られず、交渉するにも骨が折れそうである。是非とも財団に引き抜きたいところではあるが……今はまだそう焦ることもない。

 

「──ですか。気が向いたらいつでも歓迎しますので、覚えていていただければ幸いです」

「覚えとく」

 

 

 幾度目かわからぬ爆発が治まったところで、"運び屋"は──片足で軽く小突くように──遺体をふわりと浮かせてキャッチする。

 

「じゃ、また」

「次はいつ会えますか?」

「アンブラティの依頼は、なるべく優先」

「なるほど、それなら遠くない内にお願いすることがあるかもです」

「んっ」

 

 運び屋はステップを一つ二つ三つ──と、どこか後ろ髪を残すような様子で速度を上げていく。

 いつだったかのように地平線の彼方に消えるまで、俺は目を離せないのであった。

 



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第六部 第4章「落日」
#390 新たな王


 

「まったく(せわ)しないねえ」

「すみません、(こと)早急(さっきゅう)に運ばねばならないので──」

 

 俺はテキパキと要不要を選別して片付けているファンランへ、申し訳なさを含んだ声音で答える。

 

 

 あれから三騎士を帝国陣地へ送り届け、俺は休むことなく拠点である"斜塔"へと戻ってきた。

 まずは確度の高い情報を集めねばどう動くか判断しようもないので、遊撃の立場を利用して一度この場を撤退することに決めた。

 

 "放浪の古傭兵"ガライアムには、シップスクラーク財団が完全に引き払うまで守護(まも)ってもらう。

 オズマとイーリス"明けの双星"兄妹は出払っていて……戻り次第、現況と今後の身の振り方を伝える手筈(てはず)となっている。

 

 

(情勢がどう動くにせよ、混迷を極めることだけは間違いないな)

 

 帝都における軍政の掌握状況、血族たちの反抗、各総督府の出方、一般市民の反応、皇国と周辺各国の動向──いったいどのような終結を見るのか。

 なにをおいても重要なのは情報網とその速度であり、迅速かつ確実な優位性(アドバンテージ)を得ていかねばならない。

 

 あるいはこれを契機として、サイジック領を前倒しに"独立"させることすらも視野に入れる必要も出てくる。

 

「というわけでファンランさん、後のこと任せちゃってもいいですか?」

「仕方ない、わたしももう財団員だからね。(ちから)の限り働かせてもらうよ」

「ありがとうございます!」

 

 俺はかつて学苑での先輩後輩といった感覚で、お礼を述べて頭を下げる。

 

 

「必要なことは全て正式な書面として残しておくんで、それに沿()って動いてもらって……後の判断は財団本部に従ってください」

「はいよ、ベイリルはどうするんだい?」

「俺は俺にしかできないことをします」

「つまりなんだい……?」

 

 首をかしげるファンランに、俺はわずかに口角をあげつつ告げる。

 

「俺の持ち味を活かす──帝都での潜入調査です」

 

 

 

 

(ふぅん……多少は張り詰めているが、まぁまぁ平常運転だな)

 

 強化聴覚で噂話なども拾いあげながら、俺は帝都を観察しつつ歩いていく。

 帝国人は基本的に神経が図太いのか、現王が行方不明となり新たな臨時の王が立ったとしてもさほど変わらない様子が見て取れた。

 

(だがそんなもんか、一般人なんてのは)

 

 国政が乱れていない限りは、王様なんて誰でもいいのだ。

 それがたとえ帝都に住む者であったとしても、雲の上の人間の話であり直接的に関わることはほとんどない。

 

 ましてクーデターから既に8日も経過していては、皆は日常の中に戻りつつあっても不思議はない。

 

 

(さらに言えばモライヴが上手くやった、に尽きるんだろうな──)

 

 モライヴの気性であれば、国民に混乱が起きないように段取りをした上で決め打ちしたという可能性も十分に考えられた。

 聞き耳を立て続けてはいるが、市井(しせい)にほとんど情報が流れていないようで、きちんと統制されていることがうかがえる。

 

 

 キィ──っと音を鳴らしながら、俺は木造りの扉を開けて帝都にある財団支部へと入る。

 

「おっおっ? ベイリルさん待ってましたよー」

「うん……速いな!?」

 

 そこには既に見知った顔──群青色の髪色を双つ結びにしした鳥人族の女性──シップスクラーク財団、情報部の部長である"風聞一過"テューレの姿があった。

 単純な巡航速度だけなら俺にも勝るとも劣らない空属魔術の使い手にして、かつてエルメル・アルトマーの元から引き抜いた逸材。

 

「それはもちろん。大スクープは自分の眼で見て、耳で聞いて、口で話して、収集してかないと始まりませんからー」

「情報部を統括する人間がこうも()()()()()()とは」

「自分は最前線を疾駆(はし)る記者でもありますのでー、内務は内務でちゃんと人材で固めてありますのであしからずー」

「そこらへんは心配してないよ。……それで、俺が来るのもわかっていた?」

「それはもー、こんな状況でベイリルさんが動かないわけはないかと」

 

 お見通しなことに俺は肩をすくめつつ、近場にあった椅子へと座る。

 

 

「話まで早くて助かるよほんと……でだ、大まかな流れをかいつまんで教えてもらえるか? テューレが見聞きした情報でいいから」

「はいー、では最初からいきますねー。まず最初は発布(はっぷ)から始まりました。対皇国戦線にて"戦帝"が倒れたことと、臨時の新王を立てるという内容でした」

 

「……つまりその時点で、中枢は掌握されていたわけか。念入りな下準備をもって(おこな)われたんだろうな」

「そうなりますねー、正直どこまでが計算の内だったのかわからないほどですー」

 

 俺は一般財団員が運んできてくれたお茶を口にしつつ、一息ついたところでテューレは話を続ける。

 

「次に実行されたのが……"公開処刑"でした」

「公開処刑!? オイオイ穏やかじゃないな、一体誰が?」

「エルネスタ第一王女と、ランプレヒト第一王子ですー」

「となると政治闘争か……」

 

 モーリッツもとい学苑時代を知るモライヴにしては随分と過激な気もするが、同じ王位継承権を持ち、影響力の強い人間を排除するのは当然の流れである。

 先んじて()らなければ逆に取って喰われるということも往々(おうおう)にしてありえる以上、必要な決断だったと言えよう。

 

「罪状は?」

「前帝王バルドゥル・レーヴェンタール陛下を共謀して(おとし)れた罪だそうですー」

「なるほど──罪を転嫁(てんか)しつつ、大義名分を得た上で政敵を(ほうむ)ったわけか」

 

 そうした合理・効率的なやり方は、モライヴらしいと言えばらしいという感じがした。

 かつて学苑の戦技部は兵術科で、幅広い戦略・戦術を得意としていた男であればさもありなん。

 

 

「一度会って話すのもアリか、"モーリッツ"と」

「……? なぜ"第四王子"の名が出るんですー?」

 

 突如として発生したテューレとの会話の齟齬(そご)に、俺は眉をひそめる。

 

「いやだから、新帝王──」

「今の帝王は元第五王子ヴァルターですよー?」

 

「はぁ……!?」

 

 数瞬ほど理解が追いつかなかった、クーデターを起こしたというモーリッツではなく皇国戦線にいたはずのヴァルターが帝王という奇怪な状況。

 

「っっ──ちょっと待て、それは間違いないのか?」

「はいー、確かです。ベイリルさんはどうしてモーリッツ殿下だと思ってたんですか?」

「あぁまぁそりゃ俺が聞いたのは……モーリッツが帝都で謀反を起こしたからって(しら)せで──」

 

 俺は自身が得ていた情報から、順当に考えて()()()()()()()()()だけ。

 クーデターを起こした結果、"戦帝"が玉座から追われる形で新帝王が名乗りをあげたのだと。

 

 

(いや待て……そうだ、そもそも戦争の発端はなんだった──?)

 

 帝国元帥、"帝国の盾"ことオラーフ・ノイエンドルフが言っていたことを俺はにわかに思い出す。

 ヴァルターが"折れぬ鋼の"を抑える算段があったからこそ、大規模な皇国侵攻戦が急進的に進められたことを。

 

(そうだ、戦争の発端の時点からヴァルターの策略の内であり、それに乗じてモライヴも政権争いに打って出た形──になるのか?)

 

 そして短期間の内に、最終的に玉座へとついたのが……ヴァルターということになる。

 

十重二十重(とえはたえ)かそれ以上の、複雑に絡まる策謀が張り巡らされていたわけか」

 

 俺は心中ではなくはっきりと口にして、その事実を飲み込む。

 あの(・・)ヴァルター・レーヴェンタール。同じ転生者にして因縁浅からぬ男、ヴァルターが新たな帝王になったという事実。

 

 

「それでモーリッツはどうなった?」

「えっと、第四王子の進退については不明ですねー」

 

(少なくとも処刑はされていない、だが謀殺されている可能性は十分ある)

 

 むしろ殺さない理由がない。どうにか逃げおおせてくれていればいいのだが──

 

「やはり中枢……王城に潜入して情報収集する必要性があるか」

「いきますかー」

「なんだテューレ、一緒に行くつもりか?」

「ダメですー? これでもそこそこ場数踏んでますし、逃げ足には自信ありますよー?」

 

「まぁ信頼していないわけじゃないが、ちょっと事情が事情なもんでな。ここは俺一人に任せてもらえるだろうか」

「残念ですー」

 

 聞き分けの良いテューレはあっさりと引き下がる。

 相手がヴァルターとなれば、今や財団でもトップクラスに貴重な人材を危険に晒すわけにはいかない。

 

 

「──っとその前にベイリルさんー」

「んっ?」

 

 俺があれやこれやと情報を脳内で整理している中で、テューレが手紙を持って差し出してくるのだった。

 



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#391 手紙

 

「はいどうぞー」

 

 テューレから手紙を受け取った俺は、とりあえず裏表を見るが特に誰宛てなのかも差出人も書いてなかった。

 

「なんだこれ、誰からだ?」

「さぁー? でも三日前にちょうど自分が受け取りましたー」

「直接ここに届けにきたのか」

「顔を隠してて、ただ声から察すると年のいった男性でしたー。それでベイリルさんを名指しで渡してほしいって……」

「ということは俺が財団所属で、かつ帝都にいることを知っている奴ということか──」

 

 素性知れぬ男──あるいはただの配達人でしかない可能性もある。

 

「いずれにせよ読んでみないことには始まらんか」

「ですねー」

 

 得体が知れないからと切って捨てるほどのものでもないし、興味がないわけでもない。

 

 

「ふむ……"ベイリル・モーガニト伯爵"──どうやら俺が地方領主であることも知っているようだな」

「財団とベイリルさんを直接むすびつけるのは、それなりに情報力を持っている人ですねー」

 

 俺は流すようにつらつらと目を通しながら、かいつまんでテューレにも伝える。

 

「え~……"直接会って話して伝えたい気持ちもあるが、まずは(ふみ)にて"──」

「礼儀知らずなヒトではないみたいですねー」

 

「"さっそく手短に本題へと移らせてもらうと、貴殿への捕縛命令が出ている"──だあ!? どういうことだ、聞いているかテューレ」

「いえー少なくとも市民まで知るような指名手配ではないはずですー」

「"各方面にはすでに通達がなされている、これを読んだならば速やかに帝都より離れてほしい"──」

「どうやら親切な人? なんですかねー」

 

(モライヴが自らを死んだことにして身を隠し、さらに俺へと警告をよこしている……のが妥当な線か)

 

 味方ではあるようだが自らを隠す必要がある人物となれば、権力闘争に敗北したモーリッツくらいしか思い浮かばなかった。

 しかし続けて(つづ)られている文章が、さらに疑念を掻き立てる。

 

 

「"もし帝都より脱出するのに手助けが必要とあらば"──」

「あらばー?」

「"毎夜、待っている"──と、ご丁寧に酒場の場所が(しる)されているな。"夜陰に紛れて見つからないように"──とも」

「なるほどなるほど、待ち伏せってありえますかねー?」

「それはさすがに考えにくくはあるがな、裏の裏をかいている可能性もあるが……」

 

 そもそも俺への捕縛命令とやらも、はたして本当に真実なのかどうか現状では判断できない。

 ハッタリをかまして俺に接触(コンタクト)をはかることが目的ということも考えられる。

 

「ベイリルさん、行きたい感じですねー?」

「気になるのは確かだ」

 

 ただもしもモライヴであったなら、いつまでも帝都に留まって危険(リスク)を高めることは考えにくい。

 

(あるいは帝都から離れられない理由がある、とか……)

 

 しかし俺の直感は──本能的な部分はモライヴではないと(なか)ば感じ始めていた。

 同時に(おとしい)れようという魂胆や、罠の匂いもかぐわない。

 

 

「今夜にでも顔を出すとしようか」

「くれぐれも気をつけてくださいー」

「無論だ、それじゃ続きを聞こうか──公開処刑の後からのことを。俺が追われてるとすればここじゃ目立つから、奥の部屋でな」

「了解ですー、あっベイリルさんのほうのことも聞かせてくださいねー。戦場で何があったのか興味深いです」

 

 

 

 

 テューレと情報交換し、今後の方針を相談していれば……たちまち夜も()けていた。

 俺は夜風に馴染ませるように己の身を最大限まで希釈しながら、星空の下の帝都を歩いて行く。

 

 夜型と思しき獣人がちらほら見えるが、特に気にせず気にされず──尾行には注意を払って俺は(くだん)の酒場へと到着した。

 こぢんまりというほどではなく、そこそこの広さに落ち着いた雰囲気を備える店だった。

 

 俺はフードを目深(まぶか)(かぶ)ったまま、まばらいる客を観察しつつカウンターへと向かう。

 

「種類は問わない、強めのと弱めのをそれぞれ一杯ずつ」

 

 俺は帝国大銅貨を二枚取り出して置くと、酒場の主人(マスター)は静かに陶器造りのコップへと酒を注いだ。

 二杯分の酒を受け取った俺は、真っ直ぐ隅の席にいる男のもとへと立った。

 

 

「相席、失礼──」

 

 相手の返事を待たずに俺は対面に座り、酒の注がれた器を置く。

 

「強めの酒と弱めの酒、どちらがいいですか? あぁ両方飲んでもらっても構いませんが」

「なぜ……」

「俺が店に入ってきた時の反応、貴方だけわずかにだが強く警戒心を(あらわ)にしていた。これでも観察眼には自信があるもので」

 

 話ながら俺は眼前の人物を見つめる。

 あいにくと見覚え(・・・)はなく初対面、誰かの使いなのだろうか。

 白髪の混じった黒めの短髪に、どこかで見たような気もするが、どこにでもいそうな普通の顔つきをした人族の男。

 

 しかし体格はガッシリとしていて、職業柄なのか鍛えられているのがわかる。

 

 

「……そうか、いずれにせよ求めに応じていただき感謝する。ここに来たのは……私の助けを必要としたからであろうか」

「いや単にあんな手紙をよこした人物が、どんな意図だったのか知る為だ」

「申し訳ないが、私が誰なのか理由も明かすことはできない──……複雑な事情があることを察していただきたい」

 

 男のことを見据えながら、俺は頭の中で引っかかった部分に対して手を伸ばした。

 

「いや……どこかで()()()()があるな」

 

 俺はそう遠くない記憶の(はし)から、帝都裏路地で小さき姉弟を探索していた"黒騎士の男"を引っ張り出す。

 

「あの時のリーダー格だった黒騎士か」

「ッッ……わかるのか──」

「黒一色の鎧で姿が知られてないと安心していたようだが、兜ごしだったとはいえ声色も変えるべきだったな」

 

 動揺を隠せない男は自らが口をつけていた酒を飲み干してから、ゆっくりと息を吐く。

 

 

「その程度の素性は知られても……構わない。それよりもあなたに出頭命令が出ている、その上で拒否するようであれば捕縛せよとのこと」

「穏やかじゃないな、命令の出所(でどころ)を聞いてもいいかな?」

「それは私にもわからない、黒騎士(われわれ)を直轄する軍部より上ということだけ──」

 

 男は度数の低いほうの酒を取ったので、俺は強めの酒を喉へと一口で通す。

 

「なるほど、調べる必要があるな」

 

 ヴァルターが新たな帝王としてその座にいるのならば十中八九、命令を下したのもヴァルターの可能性が高いものの……一応は裏取りをする必要はある。

 

「やはり……逃げないのだな」

「やはりぃ? なぜ俺が逃げないと?」

「あなたのことは調べさせてもらった……財団との関わりや、どうやってモーガニト領主になったのかまで。並々ならぬ経歴と強度、そして勇敢さも」

「素直に褒めているのか、あるいはおべっかか」

「純粋な気持ちだ」

 

 

 俺は大きく溜息を吐いてから酒を一気にあおり、男を眼光鋭く見据える。

 

「まぁいい、どうでもいいことだ。それよりもあんたの目的はなんだ? なぜ俺をつぶさに調べ、味方をしている」

「今はまだ……差し控えさせてもらいたい」

「あれもこれも秘密か」

「申し訳ないが、先ほどもいった通り──その、事情が……複雑なのだ」

 

 俺はそれ以上突っ込んで聞くのはやめにすることにする。無理やり聞き出そうにも口は堅いようだった。

 判然としなくても味方でいてくれる内は、それを利用することを考えるべきだと。

 

 

「もし叶うのならば、少しだけ……昔話を聞いてくれるだろうか」

「は? あんたの身の上話を?」

「そうだ」

「少しくらいなら別に構わんが」

 

「ありがとう。私は平民の出ではあったが、肉体には恵まれ軍人となった。帝国は立身が広く認められていたから、苦労こそあれ出世は難しくなかった」

 

 素性を明かせない割に、自ら情報を受け渡してくれるのであれば俺はそれを拒否せず受け入れる。

 

「順調に戦功を積んだ私は"特装騎士"となり、さらに精力的に働いた。そしてある任務の途中で女性と出会い、娘と息子をそれぞれ(さず)かった」

「へぇ──」

 

(本当に単なる身の上話じゃねぇか……)

 

 俺はそのうち何かしら情報っぽいものが出ないか、適当に相槌(あいづち)を打つ。

 特装騎士は帝国"工房"で開発された武具を扱う専門の騎士で、財団における"テクノロジー(T)エンチャント(E)ナイト(K)"に相当する。

 しかし既に財団とは圧倒的な技術差がある部門のことなど、今さら聞いてどうなるというものでもない。

 

 

「しかしどうにも馴染めず、最後には別れてしまった。定職に()いていた私が娘を引き取り、その後に息子が生まれた」

「息子さんとは会ったことないんですか」

「いや生まれてすぐに少しだけ、この手で抱いたよ──そしてある時、娘が誘拐された」

 

(急に話が飛んだなオイ)

 

「私は娘を探す為に職権を濫用することになっても、方々(ほうぼう)手を尽くした。そして結局は見つからないまま、私は罪を弾劾(だんがい)され黒騎士となった」

「……まぁ黒騎士はその性質上、恨みを買うし過酷な任務も多い。犯罪者などで多くが構成され、命令違反は即極刑──」

 

 ゆえにこの男は自らの命を懸けてまで、俺に通告してきているということだ。

 その一点においても彼にはそれなりの信を置けるだろう。

 

 

「後悔ばかりの人生だ。その中でも最大の(あやま)ちは……娘を(さら)われたこと。それ以前に彼女の手を一度、離してしまったことが発端かも知れない。今はもう──違う形(・・・)でしか寄り添えない……」

「まぁ人生なんてそんなもんでしょう。ああしておけば良かった、こうしておけば良かったなんて結果論。その時とは違う選択によって、もっと悲惨なことにもなりえたかも知れない」

「そう、か……随分と達観しているようだな。よければ君のことも、聞かせてはもらえないだろうか」

 

 俺は一瞬怪訝(けげん)な顔を浮かべるも、所詮は見知ったばかりの他人。

 単なる世間話の延長線上として、酒がなくなるまでは付き合うことにする。

 

「まぁ……個人的に話せる部分だけでよければ」

「それで構わない」

 

 男の言葉ははっきりとしていて、どこか強く感じさせるものがあるのだった。

 



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#392 玉座

 

(酔いにくいのは……この肉体(からだ)の欠点だな──)

 

 俺は夜明け前の帝都を、ほろ酔いの状態で歩きながらそんなことを考える。

 鍛え澄ましたハーフエルフの肉体と感覚は、並の酒量では酩酊状態とはなってくれない。

 生体自己制御(バイオフィードバック)で多少なりと意図的に酔いを回すことはできても、場末の酒場にあるようなアルコールだとどうにも良い気分とは言えなかった。

 

(結局名前もわからなかったが……)

 

 先ほどまで共に飲んでいた黒騎士を思い出す──本当に最後のほうは、ただただ対面飲み会のように話していただけだった。

 情報を引き出すべくそれなりに酒をすすめてはみたが、さほど強くはないのか要領を得られないまま酔い潰してしまった。

 

 もったいないので残った分を仕方なく飲み干し、そのまま酒場を一人出てくる始末。

 

(まぁいい、俺は俺の()すべきことを()す)

 

 指名手配されているのは重々承知――しかしやることは変わらない。

 警告はあくまで警告として受け取るが、それで行動指針が大きく左右されるわけじゃない。

 

 

(撤退の(むね)は"使いツバメ"で本陣に伝えている。しかしそもそも"戦帝"がいなくなり帝王(トップ)がすげ変わったことで、命令系統その他も変化していてもおかしくない)

 

 つまるところいきちがい(・・・・・)ということも十分に考えられる。

 遊撃という立場を利用した撤退行動が敵前逃亡ととられた結果、一時的に発布されているということも。

 

(出頭命令……それに捕縛(・・)、少なくとも俺をすぐに殺す気はないってことだ)

 

 俺は"六重(むつえ)風皮膜"を(まと)って歪光(ステルス)と遮音を兼ねつつ、軍人居住区とを(へだ)てる壁を跳び越えて着地する。

 

 

(そもそもヴァルターなら、黒騎士といった有象無象で俺を捕縛できるなんて思うわけがない)

 

 実際に戦って実力をお互いに知っている。

 黒騎士は帝国に数ある騎士団の中でも、集団戦闘に()けてはいるものの……今さらどうこうされる俺ではない。

 さらには財団と俺が関わり深いことも知っているわけで、呼び出すのであれば財団支部に直接連絡がいっているはずだ。

 

(ヴァルターでないとすると……帝国宰相、軍部のお偉いさん、文官の重鎮、意図がわからない以上はキリないな)

 

 軍人区をすり抜けて貴族区へと入る。

 暁闇の中で俺を捕捉できる者はおらず、そのまま悠々と王城を目の前へと(とら)えた。

 

 俺が王城内で迷わず行ける場所は限られているが──なんとなく導かれるように──俺は決起集会をおこなった玉座の間へと足を踏み入れる。

 

 

 するとそこには先客が一人。

 周囲には気配が感じられず、傍目には無防備に見えるものの……俺は()()()()()()()()で声を掛ける。

 

「座り心地はどうだ?」

 

 鋼鉄の玉座にわざわざ座ったまま眼を閉じていた男──ヴァルター・レーヴェンタール。

 新たに帝王の座についた男は、気怠(けだる)そうにその黒瞳を開いた。

 

「ァア~~~てめェか"円卓殺し"、眠りの邪魔ァしやがって。ったく、座り心地も寝心地も最悪だよ」

「じゃぁなんでそんなところで寝てるんだ」

「実感ってのは大事だろうが。まあ戦帝(クソヤロウ)が作った玉座だから、いずれ別のモノにするがな……──つーかなんでてめェがいんだよ」

 

 相変わらず互いの印象は良くはないものの、邪険に扱われているような雰囲気でもなかった。

 

 

「さてな、俺に出された出頭命令とやらに従ったんだが……誰が出したかわかるか? 抵抗するようなら捕縛命令まで出ているらしいんだが」

「あ? あぁーーーそういえばヘレナかハンスか、いや違うな……誰に言ったっけか」

「んん……? もしかしてお前が出した命令だったのかヴァルター」

 

 俺はアテが外れたことに眉をひそめつつ、寝ぼけ眼の男に確認を取る。

 

「やること多すぎていちいちよォ……かかずらってらんねぇンだわ。誰かにテキトーに言ったのが巡り廻って伝わったんだろうよ」

 

 ゆっくりと玉座から立ち上がったヴァルターは、影を付き従わせながら体を伸ばす。

 

「つーかオイコラ、新帝王を前にしてんだから(ひざまず)いて(うやま)えや。てめえは帝国貴族だろうがボケ」

「いやぁ別れ際がキワだったし、他に人がいないなら同じ出自を持つ者同士、やっぱりフランクに仲良くやれないかと思ってはいるんだがな」

「あの時とは立場が大きく違う。オレ様のご機嫌次第で、テメェの首がすげ変わることがわかってんのかよ?」

 

 明確な恫喝を交えて威圧するヴァルターだったが、俺は肩をすくめて笑う。

 

 

「あぁわかっているよ、お前がそこまで馬鹿じゃないってことがな。はっきり言って見くびっていたし、その所為(せい)で大きく見誤った」

「アァン?」

「正直どこまでが計画の内で……どこから手の平の上で転がされていたのかわからない。利用されたことが憎らしく腹立たしいが……同時に素直に称賛したい気持ちも否定できない」

「いちいち回りくどい言い方しやがって」

 

 ヴァルターは毒気を抜かれたようにドカッと玉座へ座り直し、「はぁ~」と小さく溜息を吐く。

 

「具体的な計画実行は、ワーム迷宮の攻略から始まったんだろうと予想するが……皇国に対して戦端を開く大前提──"折れぬ鋼の"をどうやって一時的に誘導した?」

 

「あぁあぁ、そうだよ。テメェの想像通り"制覇特典"を使った。魔術契約した群体型の魔物を散発的に配置させた上で、情報を流したのさ。どうせ多少の時間稼ぎさえできりゃ充分だったからな」

 

 "折れぬ鋼の"完全に釘付けにする必要はなく、適度に時間を費やさせるのがヴァルターの(えが)いた絵図だったのだ。

 

「さらに俺に聖騎士を殺させる……まぁ殺したのはヴァルターお前だが、いずれにしても皇国のさらなる戦力を引っ張り出したことで、戦帝という宝刀が自ら動く事態を作り出した。

 そうして皇国領土の奥深くで"折れぬ鋼の"が戻ってきたことで、戦帝は追い詰められ無力化することに成功。まぁ俺もその場に居合わせたわけだが……まったくやられたよ」

 

 実に都合よく使われた。

 立場による強制力があるにしても、迂闊(うかつ)だったと言わざるを得ない。

 

「あのクソ野郎、どんな顔してやがった?」

「いやまぁ、いつも通り楽しそうにしていたが」

「はっそうかよ。まあ今となっちゃもうどうでもいいさ」

 

 ヴァルターは足を組んで玉座にふんぞり返って、あくびを一つ。

 

 

「あの場で俺が聞いたのは、モーリッツ殿下の謀反という話だった。でも今、目の前で王座にいるのはヴァルター(おまえ)だ。そこらへんも計算し利用したわけか?」

「モーリッツか、まっ手こずりはしたがな……だが勝ったのはオレ様だ。弱点を晒してる軟弱野郎に負ける道理は()ェぜ」

 

「弱点──妹であるテレーゼ王女殿下か……二人は生きているのか?」

「なんだ、気になるか」

「まぁあの夜に会った感じ、お前よりは好感触だったしな」

「うるせえな……ナメくさりやがって、やっぱりテメェは今すぐにでも殺してやりたいところだぜ」

「できやしないがな。さしあたってエルネスタ王女とアルブレヒト王子は公開処刑されたと聞いた、私怨か?」

 

 俺はモーリッツ──モライヴと友人であることが悟られぬよう、話題を揺らすように探っていく。

 

「私怨もなくはないが、単純に生かしておくと面倒だからな。あいつらがそれぞれ継承戦の為に整えていた(ちから)が行動を起こすより先に、強引にでも頭を潰しちまえばそれで(しま)いだ」

「他の血族はどうする気だ?」

「別に(ちから)のない奴はどうもしねえさ。だからテレーゼに関してはモーリッツの願い通り、生かしてやった」

「ということはモーリッツ王子は──」

死んだよ(・・・・)。中枢を速攻で掌握できたのも半分はアイツの緻密(ちみつ)な計画に乗っかり利用したおかげだからな、丁重にオレ様が自らの手で殺してやった」

 

 

(モライヴ……こんな形でもう二度と会えないとは──残念だ)

 

 彼自身がシップスクラーク財団の助力を求めなかった結果であり、純粋な継承闘争によって勝敗を決したのだからヴァルターを恨む(いわ)れもない。

 ただただ惜しく、旧友の一人が亡くなったことに哀悼の意を示す心地であった。

 同じ兵術科で学んだジェーン、キャシー、リンらに伝えるのも心苦しい。

 

「あーーーそうそう、テメェが赤竜を連れて来たおかげもあったっけなあ。アレで帝都における警備の流動性を細かく知ることができた、感謝してやるぜ」

「……なんだ、見返りでももらえるのか?」

「いや、それはまだ(・・)だ」

「まだ? あるいはそれが俺を出頭させようとした理由に繋がるわけか」

 

「まあそういうこった。テメェにはある人間を殺してもらう」

「決定事項のように言うが──聞くだけ一応聞いておこう、受けるかどうかは別として」

 

 ヴァルターは苦々しく顔を歪めると、歯噛みするように口にする。

 

「帝国の頂点には立ちはしたが、まだ終わっちゃぁいねェ……あの野郎──"アレクシス"がいる限りはな」

 

 



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#393 最強の血族 I

「あの野郎──"アレクシス"がいる限りはな」

 

 俺は馴染みのある名前を聞いて、その顔を脳裏に思い出しつつ疑問符を浮かべる。

 

「第三王子? 東部総督府補佐が今さら……」

 

 モーガニト領が下賜(かし)される際に初めて顔を合わせた。

 それからも何度か、財団総帥リーベ・セイラーの影武者として話す機会があった。

 はっきり言えば、王の器としては小さく不適格に思えてならない。

 

「憎たらしいがな、あいつが戦帝の……いや、帝王の一族の血脈を最も色濃く受け継いでやがんだ」

「よくわからんが……政戦両略の才能ってことか?」

「違ぇよ、奴は政治も戦略もはっきり言ってお粗末だ。交渉もヘタクソだしな」

 

「まぁ……それは確かに、ということは──」

「もっと単純(シンプル)()()()()ってことだ。武力だけなら戦帝も相手にならねェ。アレクシス(あいつ)には政治も戦略もいらねえんだよ」

 

「嘘だろ……? それとも俺を(かつ)いでいるのか? 今まで何度か話しているが、そんな雰囲気は微塵(みじん)にもなかったぞ」

「だとすればテメェの眼は節穴だな。そりゃ五英傑には劣るかも知れねえが、たった一人でアイツは帝国を()とせても不思議じゃねェんだ」

 

 

 まさしくヴァルターの言葉に嘘は感じられないが、しかして強化感覚でも察し得ないほどの実力をアレクシスが隠していたというのがどうにも信じられない。

 

「さすがに大言(たいげん)が過ぎるんじゃないか」

「……そうかもな。だが東部総督府の戦力も合わさればあながち間違いでもねえ」

「東部総督──あのフリーダ・ユーバシャール殿(どの)が、帝国に内乱を招くような真似をすると?」

 

 老練で理に(さと)いあの海千山千の婆さんが、考えなしに(ちから)を貸すとはどうしても考えにくかった。

 

「テメェがどこまで知ってるのかは知ったこっちゃねえがよ──あのババアはな、好機(チャンス)と見れば動くぞ」

「まぁ……俺も会合で何度か話したくらいだが、帝国の不利益なることをするとは思えん」

「表向きはな? だがババアは老い先が短い、わかるか? 無敵(・・)なんだよ。最期にド派手な花火をあげようってタイプだ、ありゃあな」

 

 ヴァルターが熱弁するも、俺はどこか冷めた心地で自分が感じた印象との乖離に眉をひそめる。

 

 

「なんなら自分が宰相の座について、帝国をより良くなんてぇ腹ン中で考えててもおかしくねえぜ」

「であれば、実際に東部総督府が動いたら信じることにするよ」

 

 そう、アレクシスが本当に強かったと仮定するのであれば──ありえないとも言い切れない。

 俺の強化感覚とて絶対ではなく、見誤ることも決して少なくなかった。

 

「そういえば帝国宰相ヴァナディス殿(どの)はどうしているんだ?」

「あんなカビの生えたエルフはオレ様の治世にはいらん、だから更迭(こうてつ)した」

「建国の偉人をよくもまぁ……」

 

 かつて赤竜、初代レーヴェンタール、"燃ゆる足跡"と共に帝国を創り上げた生ける伝説を、カビの生えた呼ばわりとは傲岸不遜も過ぎるというものだった。

 

「表舞台から退(しりぞ)かせはしたが、膨大な事務・雑務で帝国の為に働いてもらってる──本望だろ」

「新宰相は?」

「いらねえよ、そもそも体制をまったくの別モノに一新するんだからな。古きは排す、やるなら徹底的にだ」

 

 

(まぁ間違ってはいないんだよな、そもそも正解というのも後世の歴史家の判断に委ねられようものだが……)

 

 抜本的(ばっぽんてき)な改革をするのであれば、旧態依然とした体制・やり方を半端に残すのは悪手となりかねない。

 国家を富ますにはしっかりとした土台・基盤が必要であり、柱もガタガタでは支えることもできやしない。

 

(俺はほぼ0(ゼロ)からシップスクラーク商会を作り、フリーマギエンスを広めた。出発地点が(こと)なるというだけで、本質的にはそう変わらない)

 

 つまりは異世界文明に新しい風を巻き起こす。

 現代地球の知識があるヴァルターが、国家の頂点に立つことはつまりそういうことだ。

 

 

「その為にもアレクシスの野郎は邪魔なんだ、アイツの考え方は特に古臭いからな」

 

 権威主義的であり、帝国にいながらも差別的──確かにアレクシスは、古き悪しき考え方ではあろう。

 元々の帝国が建国された立脚点からしても、歪んでしまった上での価値観とも言える。

 

「だからテメェがぶっ殺してこいや、それくらいしか役に立たねえんだから」

「そりゃ俺にだって見せていない底はあるが……さしあたって俺と実際に闘ったお前が比較した上で、勝てるレベルだと判断していると見ていいわけか?」

「知るか」

「オイオイ」

「言っとくがテメェなんざ捨て石なんだよ、つっても()()()()()()()だろうが」

「俺がダメージを与えた上で用済み処分、残った美味しいところを()(さら)うわけか」

 

 まったく隠すことなくのたまうヴァルター、しかしそんなものは当然断るに決まっているわけで……。

 

「そんかわし、成功したなら認めてやるよ。"サイジック領の独立"をよ」

「……は?」

「こっちだってある程度は調べてんだ、知らばっくれんじゃねェ。いや大体だな、テメェのやりたいことの先を考えれば、見通しとして確実に持ってることだろうがよ」

「──そうだな、否定はしない。ただ口だけの約束じゃないだろうな」

「当然だ、所定の手続きは踏む。口にするのもイラつくがよ……それだけの価値がアレクシスの首級(クビ)にはあんだよ。端っこの土地一つ安いくらいだ」

 

 

(そこまで強いのか……"戦帝"より強い、つまり"伝家の宝刀"級を越える──オーラム殿(どの)将軍(ジェネラル)クラスと見るべきか)

 

「つっても新体制の発足と同時に独立ってぇのは、新帝王の沽券(こけん)に関わる。だからしばらくはカエジウス特区と同じ扱いにはさせてもらうぞ」

「あくまで帝国に帰属はするものの独立自治領として、時機を見て──だな……悪くない。そこまで言うのならば本気度もうかがえる」

「ただ不干渉ってことはテメエの身は自分で守れよ、王国から侵攻されようが関知しねえからな」

「それには及ばないさ」

 

 国家総力戦ならともかく土地に侵攻してくる程度の局所戦において、サイジック領は既に十分すぎる軍事力とテクノロジーを保有している。

 ゲイル・オーラムをはじめとした単一個人戦力も充実しているし、それ以上に技術・商業・資源・文化といった交渉材料も山ほどあるのだから。

 

 

「とりあえず皇国侵攻していた軍はオレ様の"影武者"が臨時で率いてるから、ここ帝都で合流する。テメェはサイジック領から軍を出せ、それで東部軍を挟撃にできらあ」

「カエジウス特区に、軍団を通してもいい確約を得られるならこちらとしても一考の余地はあるが……」

「チッ──そりゃムリだな。だが遠回りでも軍をチラつかせるだけで効果あんだろ」

「まぁ示威行動するだけでも相当な制限は掛けられるだろうが──」

 

 実際には浮遊島(スカイラグーン)を利用した空域展開や軍団・物資輸送。

 あるいは一つだけ温存していた制覇特典を使う、という最終手段もあるものの──

 そんなことをバカ正直に言うわけもなく。恩というものは最適なタイミングで最高の形で売りつけて(しか)るべきものであった。

 

「ただそもそも俺の一存でどうこうできる話じゃないし、モーガニト領にしても軍事力は最低限しか保有していないしな」

「あのなあ、テメェに拒否権があると思ってんのか? こっちはテメェの領地を没収したって構やしねえんだぜ」

「そんなことをして他の領主・貴族に示しがつかんのじゃないか」

「一人くらいなら問題ねえよ。新体制への移行で、種族特区の在り方を変えたって名目にだってできる」

 

 

「やりたい放題だな、さすが帝王」

「なんなら科学捜査も無いからいくらでもでっち上げられる。例えば今テメェがオレ様に襲い掛かっただとか、誰かてきとーな高官の一人を殺したとかなあ?」

 

 口ではそう言いながらもお互いに理解している、そんなことをしても不利益のほうが目立つということを。

 

「──とにかくこっちは譲歩して見返りまで約束してんだ、くだらない駆け引きは面倒臭ェからもうやめろ」

「駆け引きというより、話を聞く限りこれは俺の命に直接関わってくることだ。慎重になって当然だろう」

「選択肢なんざ無いんだよ。アレクシスが帝王になったらそれこそ何をしでかすかわかったもんじゃねェんだから」

「それは……まぁ、確かに」

 

 性格も思考もかなり偏重していて、はっきり言って読みやすくも読みにくい。

 

 

 ──足音が聞こえる。

 それは明らかに急いでいて、俺は心をわずかに身構えるも……ヴァルターはそれが誰なのか察している様子であった。

 玉座の間へと現れたのは一人の女性、ヴァルターの近衛騎士であった。

 

(わか)!」

「もう若と呼ぶんじゃねえよ、ヘレナ」

「ベイリル・モーガニトッッ……伯!? なぜ今、どうやってここに!?」

 

「ヘレナ、ベイリル(そいつ)は気にしなくていい。急ぎの用なんだろうが、先に話せ」

「はッ、はい! そ、それが──」

 

 ヘレナの言葉が詰まったのは、コツ──コツ──と音を立てて、また新たに歩く音が響いてきたからであった。

 それは悠然と、隠す気はなく、一定のリズムで近付いてきて……開け放たれていた扉をくぐり姿を現す。

 

「似合わないな、その玉座」

 

 長めの黒髪に黒瞳、紛れもな先ほどまで議題にしていた(くだん)のレーヴェンタール──アレクシスがそこにいるのだった。



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#394 最強の血族 II

「──似合わないな、その玉座」

 

 不意の訪問。

 アレクシス・レーヴェンタールはまるで実家──もっとも実際に生まれ育った場所ではあるが──のように、泰然と現れる。

 

 長女と長兄が処刑され、モーリッツも早まった継承戦に敗れて死んでしまった。

 今この状況で現れるということは、すなわち戦争となってもおかしくないにもかかわらず……アレクシスは単身で玉座まで乗り込んできたようだった。

 

「あぁあぁ奇遇だなァ、オレ様も同じことを思っていた。だから近々、そうだなぁ……戴冠式(たいかんしき)の前には新しくするつもりだよ」

「新しくすべきは玉座だけではないだろう」

 

「お言葉ですが、アレクシス殿下。ヴァルター陛下は先のモーリッツ殿下による謀反を速やかに(しず)め──」

「近衛騎士風情(ふぜい)が、(わきま)えよ」

「ッッ──」

 

 一睨(ひとにら)み。言葉と視線だけで、主君を守護するはずの近衛騎士を黙らせる。

 

 

(なるほど、これはあながち……)

 

 別に圧力を剥き出しにしたわけではなく。

 強いと知った上で認識を改むれば──ただただ内に秘められ、凝縮され、隠されていた実力の一端を垣間見れようというもの。

 するとアレクシスはヘレナに向けた目線を、俺の(ほう)へと流してくる。

 

()()()()()か」

「その説はどうも、アレクシス殿下」

「近衛騎士ともども下がれ、ここはこれより血族の場だ」

 

「勝手に決めんじゃねえよ相変わらずのボケ野郎が、ここは今後もずっとオレ様の場だ」

 

 玉座から一足飛びに跳躍したヴァルターは、中央付近で着地してズンズンと距離を詰めてくる。

 

 

「アレクシス、降伏しにきたってんなら聞いてやらんこともないぜ? なぁオイ」

「宣戦布告だ。私は火事場に乗じて帝位を(かす)め取る、どこぞの野蛮なクズとは違うからな」

「なるほどねえ、ってことは東部総督府はやはりそっち側についたってわけか」

 

 あてつけがましく、皮肉を大いに込めたアレクシスであったが……存外にもヴァルターは冷静であった。

 

「仮にモーリッツであったなら……あるいは私も帝位を譲ったかも知れないが、ヴァルター貴様が上に立つのは許せん。私を(した)い、ついてきてくれる者たちの為にも、気は進まないが戦わせてもらう」

「言うねえ言うねえ、いちいち自分に言い訳を立てるなんてご立派なもんだ。都合いいように祭り上げられてることにも気付かないボンクラとはなァ?」

 

 互いに退()くことなく舌戦を繰り広げる二人に、蚊帳の外の俺は静かにこの場から帰ろうとするも──

 

「おいコラ、しれっと逃げようとしてんじゃねェよ。また(・・)帝王を見捨てるつもりか」

「また……? 成り上がり貴様、よもや──共謀して陛下を陥れたのか、だからココにいるのか」

 

「誤解が過ぎる。自分は戦帝を見捨てるどころか"折れぬ鋼の"を足止めにしましたし、三騎士の方々(かたがた)の身柄も丁重に陣へと運んだというのに」

「そうそう、オレ様の計画通りにな。モーガニトが聖騎士を倒したことで戦帝を深入りさせ、そこで"折れぬ鋼の"に戦帝を倒させたってわけだ」

 

 

 ヴァルターの弁舌に対し、俺は手の平をまっすぐ向けて制す。

 

「ちょっと待て待て、無理やり俺を巻き込もうとするのやめてもらえないか?」

「うっせえ、事実だろうが」

「そりゃそうだけど語弊が生まれる」

 

「──事実ではあるのか、それに随分と貴様らずいぶんと親しげのようだ」

 

『親しくはない』

 

 俺とヴァルターの声がハモり、アレクシスは眉をひそめる。

 そしてその瞳は完全に懐疑的となり、もはや何を言っても信じてもらえそうになかった。

 一応俺はアレクシスの側に付く選択肢について考えを巡らしてはみるものの……成り上がり呼ばわりするこの男の統治下では良い未来は見えそうにない。

 

 

「ふゥー……──まったく、さっきの契約は有効ってことでいいんだよな?」

「テメェもオレ様も、()()()()()()。こうなったら後々(あとあと)になっちまうが、オレ様の魂に懸けて約束は守る」

 

 影を(まと)うヴァルターに、風を(まと)う俺。

 静かに剣に手を掛けるヘレナと、ただ自然体のアレクシス。

 

「ここで闘う気か? しょせんは血に飢えた野獣(ケダモノ)めが」

「ったりめぇだろ、ここでテメェを殺せばそれだけ余計な損耗はなくなる。国力を弱らせずに済むならそれに越したことはねェ」

「浅はかで、愚かな答えだ」

「それは最後に立ってた奴が決めるんだよ」

 

 その言葉を合図とするかのようにヘレナの抜刀と、ヴァルターの影剣と、ついでに俺の風太刀も交差する。

 

「闘争など実にくだらない、このような野蛮なことに熱を上げるなんてバカのすることだ。貴様や戦帝(ちちうえ)のような、な」

 

 背後からの白刃は左銅で止まり、脳天への影刃は頭頂で止まり、横合いからの風刃は右腕で止まっていた。

 その感触には覚えがあり、同時に俺は"天眼"を()らすと──全身の"無属魔術"によって(はば)まれているのが理解(わか)る。

 

「強いことで手に入れられたものに、どれほどの価値があるというのか」

 

 

 "無属魔術"──便宜的にそう呼ばれてはいるものの、実際に魔術としてカテゴライズするのには研究者の間で物議が絶えない。

 あくまで魔力を物理現象として発露するのが魔術であって、無属魔術はそのプロセスを介さず魔力そのものをエネルギーの力場として利用する為である。

 

(強制的に減衰させ塗り潰す"黒色の魔力"と違って、同等以上の火力があれば問題なく打ち倒せるものの……)

 

 理論的には放出エネルギーが足りてさえいれば、あらゆる物理攻撃を防ぐことができるし、逆にあらゆる物理防御を貫くことができる。

 王国"筆頭魔剣士"テオドールや、ケイ・ボルドの魔鋼剣がそうだったように、極限まで集中させた刃は()てぬモノなしと言えるほど。

 

(三代神王ディアマに至っては、魔法具"永劫魔剣"を使って大陸の一部を斬断までした……だが──)

 

 魔力をそのまま扱うゆえに消費対効果(コストパフォーマンス)が非常に悪く、実戦レベルで扱うのには並々ならぬ器が不可欠である。

 

 

(ちから)ある人間が、気取ってんじゃねェぜ!!」

「やられっぱなしなほど、この私はお人よしではないぞ愚弟が」

 

 変化した影刃が届くよりも速く、(はな)たれた魔力力場がヴァルターとヘレナを吹き飛ばす。

 本来であれば目には映らぬその無属魔術も、"天眼"によって魔力色覚を有する俺だけは退()きながら回避する。

 

「どうだ(はぶ)いてやったぞ、玉座を壊す手間をな」

 

 衝撃エネルギーによってぶっ飛ばされたヴァルターは、鋼鉄の玉座へと激突して大きくひしゃげさせながら何とか立ち上がっていた。

 

「ッづぐ……そいつぁ、余計な……お世話ってェもんだ──」

 

 一方でヘレナは壁へと豪快にめり込んで、そのまま意識を途絶させているようだった。

 

 

「……そのまま動くな、モーガニト。貴様も血気に溢れているようだが、これはどこまでいっても血族同士(われら)のいざこざに過ぎない」

「んなこと言われましても──ちょっと圧倒的が過ぎやしません?」

 

「それが()というものだ、生まれながらのな」

「そういったものを埋めてきたのもまた、俺の人生ってもんです」

「身の程知らずが。ならば主君とともに死ね、家臣らしくな」

「断じて主君などとは(あお)いでないし、家臣のつもりも毛頭ありませんが──」

 

 単なる同郷の(よしみ)──しかしそれは異世界において、他では絶対に見出せない関係性を有するに至る。

 

(えにし)ってのは、実に多種多様で……色彩豊かな形があるもんでしてね」

 

 喋りながらパンッと手を打ち鳴らした俺は、音圧振動を増幅させた"音空波"を(はな)つ。

 はたして内部にまで浸透して肉体を破壊する音の打撃も、そもそも魔力力場によって止められ不発に終わる。

 

 

(効かないか、さすがの出力だな。となれば"無属魔術の弱点"──)

 

「"持久戦"は意味ねェぞぉ! 円卓殺しィ!」

 

 壊れた玉座から遠隔でアレクシスを丸ごと球体状の影で(おお)ったヴァルターに、俺は素直に疑問符をぶつける。

 

「どういうことだ!」

「ヤツの魔力欠(がすけつ)を期待すんなってことだ。こっちが先にバテて終わるぞ!」

「まじかよ……」

「大マジだ。その気なら三日三晩だろうと戦い続けるだろうよ、だからこそ一人でも帝国を──」

 

 アレクシスを締め上げていた影が、魔力力場の拡散放出によって一瞬にして散り晴らされてしまう。

 

「無駄な足掻きをするな」

「クソッたれが、円卓殺しテメェちっと時間稼いどけや!」

 

 もはや玉座と呼べるかも怪しいシロモノにヴァルターはドカッと座り、集中し始める。

 

「それじゃ()りましょうか、アレクシス殿下」

 

 一方で俺は平然としているアレクシスへと、首をコキコキ鳴らしながら半身(はんみ)を開いて自然な構えを取って戦闘態勢へ移行するのだった。

 



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#395 最強の血族 III

 

(シィ)ッ──」

 

 風によって加速された神速の連撃。しかしいずれもがアレクシスの魔力鎧によって阻まれる。

 一方でアレクシスの魔力放出を伴う打撃も、"天眼"で()えている俺に当たることはない。

 

(動き──は──素人──のそれ──なのに──)

 

 回避しながら思考も並列して回し続ける。

 生まれ持った肉体(フィジカル)と、類稀(たぐいまれ)な天性の戦闘勘(バトルセンス)で、しっかりとこっちの攻撃の一つを選んで的確に反撃してくるアレクシス。

 自称「戦いを好まない」からこそ、この程度で済んでいるのであって──もし彼が"戦帝"の気性の一端でも受け継いでいたならば……継承戦は闘わずして決まっていたかも知れないと感じさせる。

 

(無属魔術による最強の矛と無敵の盾か、しかも超出力だからこそ誰を相手にしても有利を取れる)

 

 とはいえ最強の矛も当たらなければどうということはなく、無敵の盾とてそれはあくまで常識的な範囲での火力に対してだけである。

 

(ヴァルターには見られるが仕方ない。王城内部だ、人が集まってくる前に俺の"鬼札(ジョーカー)"を切っ──)

 

「ちょこまかと」

 

 腰元のベルトからγ(ガンマ)弾薬を手の内に取ったその瞬間。

 俺は反射的に両腕で防御体勢(ガード)を上げていて、そこにアレクシスの蹴りが炸裂していた。

 

 

 ──ギアを上げてきた──意識が──アレクシス──まずい──まだ底を見せ──だいぶ飛ぶなぁ──ダメージ確認──ヴァルターは──俺はどこまで──

 

 思考が目まぐるしく回り続け、俺は玉座の間から外へ。尖塔に衝突しても勢いは衰えず、その一部を粉砕しながらも(そら)を舞い続け、軍人区の地面へと墜落した。

 

「ぐっ……くは──はぁ……ハァ……」

 

 思い切り息を吐きながら……俺は久し振りにまともに喰らった打撃に対して、己自身を必死に繋ぎ留める。

 

("六重(むつえ)風皮膜"が、ただの一撃で()がされたッ)

 

 必要以上にぶっ飛ばされたのは、風皮膜の防護性能が正しく機能した反動も含めてであり、そのおかげでなんとか被ダメージは抑えられた。

 俺は"青色スライムカプセル"を取り出し、すぐに呼吸と共に体へと浸透させる。

 

(こっちの動きに適応されたか、そりゃそうだ……あれだけのセンスの塊、闘争の最中(さなか)に学習しないほうがおかしい)

 

 むしろまだまだ途上の怪物。

 本人が闘争を好まないことに加えて、彼とまともに戦闘行為を繰り広げられる相応の相手がいなかったからこそ、素人じみたままだっただけなのだ。

 逆に言えば、長引くほど相手を成長させてしまうことになる。

 

 

「ッはァ~……あれで魔力切れをおこさないとかヤバすぎる。"天眼"で()た感じ、恐らくは──魔力回復が異常に早いのか? そうとしか考えられん」

 

 個人差はあるし器の大きさはあるものの、使った魔力というものは通常すぐには補充されるものではない。

 平時でも自然漏出するものだし、魔力が外部から体内へと吸収され、血液を通じて全身に巡るまでには早くても半日か……人によっては三日以上も要する。

 

(周囲の魔力をすぐさま自分のものとしてすぐに消費できる、特異体質の極致ってところか。"折れぬ鋼の"ほどでないにせよ、別ベクトルでやばい)

 

 単純に魔力容量が大きい神器とは違って、恐ろしいほど回転率の良い循環装置のようなものなのだ。

 周囲の魔力だけでなく、自分が放出した魔力エネルギーすらもそのまま高効率で吸収することで初めて可能とされる無尽蔵の魔力力場。

 

 

「スーッ……ふゥー……──」

 

 俺は両膝をついた状態で呼吸を整えながら、生体自己制御(バイオフィードバック)で痛覚を緩和して自己治癒魔術も重ねる。

 そして俺が回復するよりも早く、周囲に住む者達が出てくるよりも早く、絶望的な気配が近付いてきた。

 

()()()()()()()()()()、モーガニト。次は貴様が後を追う番だ」

「ははっ……」

 

 乾いた笑いが漏れる。

 淡々と突きつけられた現実に対して、俺は夢想へと逃げる準備をする。

 上澄みの魔力ではなく、底に濃縮した蒼色の魔力へと俺は意識を集中させていた。

 

「そのまま動かずにいるか、()して(こうべ)を垂れろ。一撃で楽にしてやる」

「今さら命乞いとかってアリですかね」

「往生際が悪い。貴様はヴァルターに(くみ)したのだから、いさぎよく散れ」

 

 

 魔力力場を(まと)った手刀が(せま)り、死中に活を見出そうとしたその刹那──唐突に()()()()()()()()()

 

「──っ!?」

「なっ……!?」

 

 はたしてアレクシスの手刀は俺の心臓を貫くでなく──突如として現れ、俺のことをその身を(てい)して(かば)った男の体の(ほう)を貫いていたのだった。

 

「ッッ──ごふっ……今度は(・・・)、間に合った」

 

 見覚えがある、なぜならば直近まで酒を()()わしていたのだから。

 俺のことを命を賭して助けてくれた"名も知らぬ黒騎士の男"は、己を腹を貫くアレクシスの腕を掴みながら血反吐を吐いた。

 

「ベイリル、逃げ……」

「──る必要はない」

 

 俺は発動直前だった"幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)"ユークレイスを顕現させ、瞬時に大気を掌握。

 超高圧縮・超高熱電離させてプラズマを生成しながら拳を振るう。

 不意を突かれたアレクシスの顔面へと──その目を光で(くら)ましながら──魔力力場の鎧ごと強引に殴りつけたのだった。

 

 

 しかし瞬間放出された魔力力場の防護によって、"幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)"の打撃自体はアレクシスまで届かない。

 とはいえ目的は達していた。アレクシスの意識は前方──すなわち対面にいる俺とユークレイスへと集中していた。

 

 それで十二分に役割は果たせた。

 アレクシスの反射が俺の(ほう)へと向いてくれれば……それ以外の部分が自然と(おろそ)かになる。

 

「でかした」

 

 まるでアレクシスの足下にあった影から現れ出たかのように──いつの間にかその背後に立っていたヴァルターが笑う。

 手の平から突き出た漆黒の闇刃。それは朝日の中でもぽっかりと乖離し浮いたように、輪郭が見えぬほど黒い刃であった。

 

 既にその切っ先のみがアレクシスの背中へとわずかに染み込んでいたが、すぐに魔力放出によってヴァルターは吹き飛ばされる。

 

 

「がっ……あ──ヴァルターきさま、なぜ生きて……何をした!?」

「はンッ! テメェへの対策をしてねえわけねえだろうがボケが。"極影矛"──オレ様の魔力と血と影を限界まで凝縮させた、とっておきの穂先だ」

 

 アレクシスは立ったまま苦悶の表情を浮かべて膝をつき、ドサリと地面へと倒れ伏す。

 もはやその顔には死相がはっきりと、命脈が尽き果てるのは逃れられないのが明らかであった。

 

「それでもなあアレクシス、テメェのその魔力鎧をやっとこ貫通できた程度だ……とはいえ充分だ。オレ様とは多分血液型が違うだろうし(しま)いだよ、侵蝕する影の毒と拒絶反応でとっとと死に晒せ」

 

 数秒とせぬ内に、アレクシスは辞世の句を残すこともできぬまま事切れる。

 帝国の頂点である戦帝よりも強き帝国最強の男、しかしてその最期は呆気ないものだった。

 

 

「あーーークッソ、魔力も()ぇし貧血だ」

「ヴァルター、お前は殺されたとアレクシスから聞いていたが?」

「んなこと信じてねえから、あの瞬間オレ様に合わせてきたんだろうがよ」

「まぁな、さしずめアレクシスは"影武者"を殺した気になったわけか」

 

 ヴァルターはふらつきかけてその場に座り込む。

 

「あぁそうだ、オレ様の能力を知ったヤツはほぼほぼ殺してきてるからこそ通じた芸当だがな。例外はテメェだけだよベイリル。そもそもオレ様が技を見せる前から看破しやがって、やりにくいったらありゃしねぇ」

 

「この後、俺をどうする?」

「どうもしねェよ、今手を出したらイヤな予感もするしな」

「いい勘をしている」

「チッ……いけすかねぇ。とにかく約束は約束だ、隙を作ってくれたのは事実だしな──サイジック領はくれてやる。正直こうもトントン拍子で殺せるとは思わなかったぜ、嬉しい誤算だ」

 

 

 ヴァルターが一息ついている横で、俺は──既に遺体となった──黒騎士の体を整えてやる。

 

「──で、そいつは誰よ? なにやらテメェを(かば)ったみたいだが」

「俺も黒騎士ってことしかわからん知人だ」

「なんだそりゃ……オイ、身分か何かわかるものはないか調べろ。なんだったら勲章でもやろう」

 

 俺は命令に従ったわけではなく、ただ純粋な興味に従って体をまさぐると……一枚の"血に濡れた手紙"が出てきたのだった。

 

 



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#396 血塗れの手紙

 

「なんだそりゃ手紙か? それだけか?」

「あぁ、目ぼしいものはこれだけ──そして、俺宛てか」

 

 手紙は一部が血に滲んでいたものの、確かに"ベイリル・モーガニト"と書かれている。

 

「──っと、おちおちこの場にもいらンねえな。それにヘレナも……まあアレで大概頑丈なヤツだ、死んじゃいねェだろうが手当てがいるだろうしよ」

 

 気怠(けだる)そうに立ち上がったヴァルターは、朝日に顔を向けると目を細める。

 

「ようやくオレ様の時代、記念すべき夜明けだぜ」

「おめでとさん。約束はきっちり果たしてもらうぞ」

 

「おう。それじゃあ"王族殺し(・・・・)"、この場は任せたぞ」

「いやいや聖騎士にしてもアレクシスにしても、トドメ刺したのはお前だろうがヴァルター」

「うるせえ、と言いたいところだがさすがにアレクシスを殺した功績はやれんわな。すぐに"ヘイパン"──こっちの手の者をよこすから、他になんか絡まれたらオレ様の名ぁ使っていいからてきとーにいなしとけ」

 

 ヴァルターは俺の返事を待たず、アレクシスの遺体までもその場に放置して行ってしまった。

 俺はとりあえずアレクシス自身が着けていたマントを顔までかぶせて、一見して誰かわからないようにしておく。

 

 

(落ち着いてからとも思ったが……時間もあるし、読んでみるか)

 

 血塗れの便箋(びんせん)の封を切り、俺は中から手書きのそれへと目を通す。

 

 ──ベイリル・モーガニト伯。もしこの手紙が貴方の手に渡っているのであれば、私が一歩を踏み出したか、あるいは私の身に何かがあった時だろう。

 

(死んだ上に俺宛てなので、遠慮なく読ませてもらいますよっと)

 

 ──我が生涯における最大の後悔と恥を、この手紙に記すこと。そしてモーガニト伯、貴方に伝えるワガママをどうか許してほしい。

 ──こういったものは書き慣れていないので、気分を害することがあってもどうか最後まで読んでもらいたい。

 

(随分な前置きだが……)

 

 ──まず最初に私の名は"リアム"と言う。そして結果を先に言えばベイリル、君の父親(・・)にあたる。

 

「うん……ん、はぁあああ!?」

 

 寝起きに後頭部を突然ぶん殴られたような衝撃暴露(カミングアウト)に、俺は声をあげて遺体を見つめた。

 

 

(この人が……異世界(こっち)の俺の親父?)

 

 あまりに実感が無さ過ぎる。

 もちろん幼少期から面識もないし育てられた覚えもなく、ましてや異世界転生の父となると余計に。

 

 ──君を見たのはインメル領会戦の後だった。本陣を歩くその姿を見た時、本能的なものなのかわからないが、何故だか気になって調べさせてもらった。

 ──若き英雄の活躍とその功績と報奨について。ベイリルの名と、モーガニト領の名、二つを繋ぎ合わせて確信へと至った。

 

(インメル領会戦後の論功行賞の時……か? そんな前からか)

 

 ──並々ならぬ人生を()いてしまったこと、心から申し訳ないと思っている。

 ──いくらでも責めてもらって構わないが、ただ決して私の本意でなかったことだけはわかってほしい。

 

(母ヴェリリアとの片親生活……まぁ父がいなくともなんの不都合もなかったが)

 

 母が失踪してからもフラウとその両親に世話してもらったし、一抹(いちまつ)の寂しさくらいで問題はなかった。

 重要なのはその後、"脚本家(ドラマメイカー)"と将軍(ジェネラル)といったアンブラティ結社員によって、故郷を焼かれてから人生が転換したと言える。

 

 

 ──我が子の活躍を誇らしく思った。帝都でまた会った時、父であることを名乗り出したい気持ちもあったが……充実していると言った君の人生を邪魔することはしたくなかった。

 

(スリグループの姉弟を保護したあの時点で、俺が息子であることは知られていたわけか)

 

 そしてご丁寧に俺に出頭命令が出ていることを忠告したのも、その後に酒を酌み交わしたことも……父としての気持ちと責任感があったからこそなのだろう。

 

(挙句、俺を(かば)ってあっさり死んでしまうとは……な)

 

 正直なところアレクシスに対しては、"魔導"による逆撃態勢でタイミングを図っていた段階だったので、あるいは父リアムは無駄死にとなった可能性もあるにはある。

 しかし彼が命を賭してその身を(てい)してくれたことで、結果的に俺の命が助かる可能性が100%になったということは事実。

 

(酔い潰したと思ったが……思ったよりもアルコールの残り香はないな)

 

 息子と飲みつつも正体を明かせぬバツの悪さで、酔ったフリも多少は入っていたのだろう。

 そして軍人区の家か宿舎に戻る途中で、アレクシスが俺を殺そうとするその瞬間に居合わせてしまった。

 

「親父、か……まったく、せっかくなら孫の顔(・・・)を見てから往生すればよかったのにな──」

 

 ふとそんな言葉が漏れ出ていた。

 心情的には他人とそう変わらないものの、人族の父とエルフの母──血は(つら)なっているのは確かなのだ。

 

 

 ──なぜ未練がましく、恥を忍んでこの手紙を記したかというと■■■■となった■■■、■■■■■の以降の世話を頼みたい。

 

(血が(にじ)んでしまって読めないな……世話?)

 

 ──家の■■は別紙に記す。世話役の侍従が■■■■聞けば詳しくわかるはずだ。もし私が死んでいた場合の遺産は、全て君に(ゆず)りたい。

 

(地方貴族の俺にとっちゃ端金(はしたがね)にしかならんだろうが……まぁ個人資産としてありがたく頂戴するか)

 

 ──ただ最後にもう一つだけ頼みがある。遺産の一部を使って探してほしい人物がいる。()である"フェナス"のことだ。

 

「……はぁ?」

 

 再び俺は両の碧眼を見開いて、呆気にとられる。

 手紙には確かに"姉"と書いてあり、それはつまり俺の姉さんってことで。

 

(俺に……姉貴? 母さんからも聞いてないぞ)

 

 ──もしも可能であれば娘、君の姉フェナスを見つけて遺産についても共同所有し、姉弟ともに仲良く過ごすことを願いたいばかりである。

 ──私も合間を縫って探し続けてはいたが、未だに見つかっていない。あるいは君の元にすでに居てくれればと思いたいのだが。

 

 

(財団員の中にもいないな……ハーフエルフ自体も珍しい)

 

 長命種の財団員は例外なくチェックが入っている。

 なぜならば、寿命の問題は財団運営における一つの問題点にもなりうるからである。

 ハーフエルフも実際に何人か在籍しているが、いずれも姉には該当しない。

 

(血の繋がった姉探しか……とんだ目標ができたな)

 

 死んでいたらどうしようもないが、それが判明するまでは母ヴェリリア共々(ともども)探さないわけにもいかない。

 年頃こそ判別つきにくいが、半長耳(ハーフエルフ)という条件がある。

 生きてさえいれば寿命も長いので、いつの日か見つけるというのであればそう難しくないはずだ。

 

 

 ──最後にもう一度、本当にすまなかった。そして生きていてくれて、立派に成長してくれてありがとうベイリル。

 ──私よりもずっと長い君の人生に祝福あらんことを、いつまでも祈っている。

 

 手紙はそこで終わり、もう一枚にはどうやら家の場所が書かれているようだった。

 

「……あぁ、誇ってくれていいぞ親父──俺は"空前"絶後、仲間と共に前人未踏の偉業を成す男、の予定だからな」

 

 まだダメージが残り、痛む体に鞭を打って俺は立ち上がる。いつまでも休んではいられない。

 皇国とは一時停戦し、帝国の内乱もすぐに終結することだろう。そしてサイジック領の事実上の独立を勝ち取った。

 

「始まるぞ、世界を舞台にした大立ち回りがな」

 

 



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#397 家族 I

 

 4日後──帝都はいまだ混乱の渦中にあっても、ある程度の収拾と見通しが立った俺は──父らしい男リアムの(のこ)した手紙に従って一軒の家屋へと訪れていた。

 庭には一本の大きな木があり、それよりも一回りほど低いこぢんまりとした二階建ての家。

 

(……人の気配があるな)

 

 同居人だろうか、俺は一度扉の前で止まって少しだけ逡巡してから玄関ベルを鳴らすと、チリリィーンと涼やかな音が響く。

 するとすぐにパタパタと足音がして、門戸が開かれて住人が姿をあらわす。

 

「あら……? ご用向きはなんでしょう」

 

 出てきたのは──頭に二本角を生やした鬼人族の──老婆で、俺は頭を下げて挨拶する。

 

 

「こんにちは、ここはリアムさんが所有している家で間違いないでしょうか」

「えぇはい、しかしあいにくと家主は──」

「存じています。このたびは訃報をお伝えしに参りました」

 

 埋葬にあたって身辺を調査した結果──本人は黒騎士の業務があったゆえに帝都の軍人寮に住んでいたが、どうやら定期的にこの別邸へと帰ってはきていたようだった。

 遺体については秘密保持の意味合いもあって帝都にて既に埋葬され、"使いツバメ"も一般個人宅には送れないので、ついでにと俺が通達する許可をもらった。

 

「そうですか、今日がその日となりましたか」

「正確には四日前のことです、私のことを(かば)って彼は亡くなりました」

「あなたを……? であればその命、大事にお使いください」

「はい、私は──いえ、俺の名前はベイリル、ベイリル・モーガニトと申します」

 

 すると鬼人族の老婆はすぐに何かに気付いた様子で、俺の姿をまじまじと見つめる。

 

 

「ベイリル──そう、あなたでしたか。顔をもっとよく見せていただける?」

 

 俺は少しだけ腰を落とすと、老婆は顔をじんわりと触れてくる。

 

「この耳とそれに瞳の色も……顔立ちもたしかに、随分と立派になったねえ。リアムはあなただからこそ守って死んだのね」

 

 どうやらある程度の事情は聞き及んでいたようで、随分と信頼を置かれている人物のようであった。

 

「馴れ慣れしくしてしまってごめんなさいね、今は伯爵さまなのですよね」

「いえ……立場のことはお気になさらず。貴方はどうやら俺のことを知っているようですが、お名前をよろしいでしょうか」

 

「あぁごめんなさい、わたしは"ベルタ"。縁あってここの家人を務めているわ」

「よろしくお願いします。父からの手紙に世話を頼むと書かれていましたので、今後は俺が貴方の生活の保障を──」

 

 言葉途中で気付いたベルタは、手の平を俺へと向けてさえぎる。

 

「リアムからどのように伝え聞いたかはわかりませんが、心得違いをしています。わたしはあくまで家人であって、世話すべき人物は……」

 

 そう言ってベルタは2階の窓へと視線を向ける。

 気配は一つだと思っていたのだが、よくよく集中してみると確かにもう一人の音を感じる。

 

「いえ、この場で言うより直接会ってもらったほうがよいでしょう。

「はぁ……」

 

 

 俺は要領を得ないまま2階まで案内されると、一つの部屋の前に立った。

 

「さあ、ノックは……いりません」

「では失礼して──」

 

 隣に立つベルタよりも先行して扉を開けると──()()()()()()が鼻腔をくすぐると同時に、庭に生えた新緑の大樹が窓から目に映った。

 そして同じように大樹を見つめていて顔が定かでないのが、ベッドの中で上半身のみをあげた女性。

 

 サラサラと美しかったはず(・・)の金髪はどこか精彩を欠いていて、かつての頃と違ってかなり痩せ細っている。

 ゆっくりと近付いた俺は……立ったままその頬へと手を当て、その体温を実感しながら──こちらへとゆっくり顔が向く。

 

 俺と同じ碧色の瞳、そして俺と違うしっかりと長い耳。印象こそかなり変わってしまったものの……それでも見紛うはずがなかった。

 

母さん(・・・)……」

 

 俺が幼かった頃に家を出てよりずっと──"炎と血の惨劇"以後、シップスクラーク商会を立ち上げてからずっと探索してもらっていた。

 エルフの人生からすれば短くとも、ようやくこうして見つかったのはやはり感慨深いものがあった。

 

 

 しかし母ヴェリリアは俺を見てもまったく反応を示さず、虚空を見つめているような表情のままであった。

 

「母さんは病気なのか?」

「はい、助け出したアイトエルさまの話では心の病であると──」

「五英傑が?」

「当時は四英傑でしたねぇ。そうとは思わせない、とても気さくな方です」

 

("竜越貴人"アイトエル……あるいは母の所在を知っているかと思っていたが、やはり一枚噛んでいたか)

 

 

「ベイリル、あなたに会えばあるいはとも思いましたが……」

「昔の面影がないくらい俺も成長してますし、そう都合よくはいかないでしょう」

 

 息子と再会したから我を取り戻す、ような奇跡はあいにくと恵まれない。

 俺はそばにあった椅子に座ると、母の両手を握ってとりあえず肉体は衰弱しつつも健康体であることを確認する。

 

(心神喪失状態、スライムカプセルを使うか……? いや副作用がおきた時に俺一人では対処できないな)

 

 さしあたっては財団のテクノロジーで治療することにする。

 そこらへんの治癒術士ではどうにかできなくとも、さらなる専門家(スペシャリスト)揃いの財団であれば母を治せる可能性は十分にある。

 

 

「ベルタさん、とりあえずこの家は引き払おうと思う。十分な給金は用意するから、良ければ今後も母さんの世話役としてついてきてほしい」

「もちろん、ヴェリリアとリアムとはわたしが治癒術士として一線を張っていた頃に知り合ってからの長い付き合い。給金がなかろうと、たとえ息子であるベイリルあなたが拒もうとついていくわ」

「ははっありがたい言葉です」

 

「そもそもあなたをとりあげたのは……わたしなんですからね」

「えっ!? 俺の産婆さん……?」

「そうなのよお。あの時は一子(・・)の時と違ってものすごい難産で、母子ともに危険で二人の死を覚悟したわ」

 

(俺、死んで転生してまたすぐ死ぬ(きわ)にあったのか……)

 

「ただ"アイトエル"さまが、脂汗(あぶらあせ)(にじ)んだヴェリリアの(ひたい)に手を置くと、途端に安静になりましてねえ──」

 

(あの人は俺の出生時にまで立ち会って、しかも結果的に俺の命を救ってくれていたのか……?)

 

 何をどうしたのかは定かではないが、少なくとも母の容態を安定させ、俺を無事に産めるよう整えてくれた。

 またいつか再会した暁には、サイジック領に招いて精一杯の歓待をしようと思う。

 

 

「それと先ほどの話だけれど、ここを離れるのは……おすすめしませんね」

「……? なぜです」

「ヴェリリアが発作(ほっさ)をおこすからです」

 

 俺は眉をひそめてから、母へともう一度視線を移す。

 

「最初は本当にひどいありさまでした。今こうして落ち着いていられるのは、庭にある樹のおかげです」

「あの樹が?」

「はい。アイトエルさまが言うには、ヴェリリアの故郷にあった里の樹木なのだとか」

「母さんの故郷……どこかのエルフの里ですかね」

 

「そもそも今のヴェリリアをリアムのもとに連れて来たのがアイトエルさまらしく、それからわたしが呼ばれ……難儀していたところでアイトエルさまが大木ごと運んできて、そこに家を建てたという経緯で──」

 

(なんつー大味な……)

 

 モーガニト領屋敷で会った時、アイトエル(かのじょ)は確かに母のことを知っているようではあったが……思っていたよりも深く関わっていたようだった。

 

 

「ならあの樹はそのまま植樹するとしようか。となると色々と段取りが必要そうだな」

「樹木ごと引越しを……?」

「まぁ今の俺ならそれくらい手配するのはわけないもんで」

「本当に頼もしくなっちゃって。あの赤ん坊がこんなにも大きくなるんですから、わたしも年をとったものねえ」

 

 しみじみと言うベルタに、俺はドンッと胸を張って答える。

 

「まっあるいはもう世話自体が必要なくなるかも知れませんが」

「……?」

 

財団(うち)の連中は世界最先端をゆく集団ですから、母さんもきっと治せます」

 



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#398 家族 II

 

「ふ~ん、これがベイリルのお母さんなんだ」

 

 そうヴェリリアを観察しながら口にしたのは、やや黒ずんだ銀髪に、神族大隔世によって陽光に輝く薄金色の瞳の女性。

 シップスクラーク財団の大幹部たる"三巨頭"の一人。読心の魔導師にして俺の一番の理解者である"燻銀"シールフ・アルグロスであった。

 

「あぁ、説明した通りご覧の有様……心神喪失状態なもんでな。サイジック領まで連れていってもいいが、この場で治せるなら無用なコストを費やさずに済むからな」

 

 大樹ごと引越しを考えてはいたのだが、いざサイジック領に戻った時にちょうどシールフと出くわした。

 これ幸いとばかりに大陸間弾道直行便で、シールフを連れて来た次第であった。

 

「最近は私も暇じゃないのに、近々大規模実験も予定しているのにさ」

「知っているよ、例の"異空渡航"を目指してエイルさんやサルヴァ殿(どの)とも煮詰めているんだろ」

 

「うん。まっまっサイジック領の独立を、取り付けてきたご褒美として時間を割いてやろーじゃーないかね」

「おうよ。ゴタゴタが片付いたら俺も協力しようか。異世界間を行き来できるのであれば、それに越したことはない」

 

 一方通行であれば地球に戻る気はさらさらないものの、自由な往復便の切符を手に入れられるのであれば別である。

 中途半端なにわか知識も、確かな情報として──あるいは実物品そのものを持ち込むことも可能となるのかも知れないのだから。

 

 

 トスッとベッドの横にある椅子に座ったシールフの魔力濃度変化を、俺は鋭敏に感じ取る。

 

「とりあえず表層では何も伝わってこないから考えてないねぇ、そこそこ深く潜らないとダメそうかな。一応もう一度だけ確認するけど……本当に構わないんだね?」

「いちいち母さんのプライバシーを優先している状況じゃあない。唯一……いや、唯二つ(・・・)の家族である俺が同意する」

「はいよ」

 

 シールフは両手で母ヴェリリアの両手を握ると、目をつぶって集中する。

 

「──ッッ!! ぶはっ……ハァ……はぁ……」

「……!?」

 

 するとすぐにシールフは両手を離して、大きく深呼吸しながら一瞬にして脂汗を滲ませていた。

 その表情は驚愕に染まって歪み──彼女自身が信じられないといった様子で──以前として変化のないヴェリリアを見つめる。

 

「どういうこと……?」

「っおいシールフ、大丈夫か?」

「あっ、うん。私はとりあえずセーフ──でも……んん!? ってかなんで?」

 

 

 呼吸を整えたシールフは、自らの記憶を一瞬で走査するようにぐるぐると頭を回しているようだった。

 

「何がどうしたんだよ?」

「ベイリルは私が読めない相手、知ってるよね」

「精神が磨耗しきった魔物や、ゴーレムといった意思なき物質(かたまり)。思考なき虫といった(たぐい)だろう?」

「そう、知的生命ならば私に読めない相手はいない。動物であろうと感情なら基本的に……」

 

「例外がエイルさん、ってのは聞いたぞ」

「うん──でも別に本気を出せば読めないわけじゃない。ただそれをしたらエイル自身を操る魔導の繋がりが絶たれて、死ぬ可能性があるからやらないだけ」

「既に死んではいるんだけどな、ややこしいが」

 

 "読心"の魔導と"死人傀儡"の魔導。

 お互いに魔力として干渉させる以上は食い合いになる。

 そしてそれが自らの死体を自らの魔導で動かしているエイル・ゴウンにとっては致命的となりうる。

 同時に決意しない限りはエイル自身の強力な魔力量と濃度も相まって、シールフにとって心が読めない相手となってくれているのだった。

 

 

「とにかく、真に例外(・・・・)と言えるのは──たった一人だけだった……」

「初耳だぞ?」

「言ってないからね、その唯一ってのがアイトエル──」

 

 またも出た五英傑の名に、俺は(いぶか)しげな視線を送る。

 

「アイトエルの記憶は読めない? なぜ……いや、ちょっと待て。薄っすらとだが本人もそんなこと言ってたような気がする」

「あぁそう? 本人から聞いてたんだ。なら言うけどアイトエルは本人曰く、頂竜の血が流れてるとかで──」

「頂竜!?」

 

 七色竜──正確にはもともと十二柱のドラゴンを生み出した原初にして頂点の竜。

 後に神族と呼ばれる人族と相争った、獣の王。

 

 白竜イシュト(いわ)く、"大地の愛娘"のほうが強いらしいものの……それでも歴史上最強の一角として相違ない存在の血が流れてるとはとんでもない話。

 

「まさかアイトエル自身が"人化の秘法"、あるいは"分化の秘法"で産まれた頂竜本人なんてことは……──いやそれだと、イシュトさんら対応が不自然か」

「うんうん、娘とかってわけでもないよ。ってかそこらへんは聞いてない? ……まぁいっか、アイトエルは血を与えられた当時のヒト種なんだよ」

 

「血を与えられた……? つまり眷属(けんぞく)みたいな?」

「とも違うらしいよー、でも加護っぽいものはあるらしい。原初戦争でヒトが竜に変身(・・)して度々(たびたび)スパイして荒らした意趣返しに、竜側もヒト種を利用しようとしたんだとか」

「よくわからんが単なる輸血? 血を混ぜて支配しようとしたってことか」

 

 

「いっぱい試して適合したのはアイトエルだけらしい、そんでアイトエルは──いやこれ以上は本人の口から聞いてね」

 

 シールフはシッと口元に人差し指を当てる。

 

「とにかくアイトエルの体には、今なお衰えぬ魔力が溶け込んだ最強の竜血が流れてるわけ。その所為(せい)で私の魔導も拒絶されちゃう──底見えぬ(くら)い混沌から喰われるイメージだよ?」

「ははっそりゃビビるわけだ」

「言っとくけどねぇ、まだ若かった頃はそれで私も精神やられて死に掛けたんよ? トラウマってやつ、笑いごっちゃないんだから」

 

 そこまで話したところで、俺は疑問を(てい)する。

 

「んで、アイトエル以外にヴェリリア(かあさん)も心も読めないってのはどう繋がる?」

「だから頂竜の血」

 

「はァ? 俺の母さんが、なんで──」

「さぁ? 考えられるとすれば、アイトエルから輸血でもしてもらったんじゃないの」

「……まぁそれが一番可能性が高いのか」

 

 新天地へ向かったという頂竜が未だに地上のどこかにいるとは思えないし、血を分け与えられたのがアイトエルだけと言うのならそうなのだろう。

 

 

「ん? でもベイリルのは普通に読めるな……? 本当に親子なんだよねえ?」

「そりゃまぁ確か受精卵ってのは単独で血液をつくるって話だからな。血が繋がってると言っても厳密に血を分けてるわけじゃなく、あくまで遺伝的な部分でのことだ」

 

 両親と子で血液型が異なる場合があるのもその為であり、二卵性双生児も血液型が違ったりする。

 だから俺と母ヴェリリアの血が別物だったとしても、実の親子関係であることには別に疑いはない。

 

「なるほどなるほど、そういえばそんな知識も読んだっけ」

 

 独立した個である以上、アイトエルの血が俺に直接的に混ざり込む可能性は……胎児の場合にあるくらいなのか詳しくはわからない。

 さしあたって母さんが魔術を苦手としていたのは、あるいはアイトエルからの輸血が原因だったのかもと心の隅っこで考える。

 

 輸血をすると魔術の発動が不安定になることは、既に財団の医療統計データ的でも認知されている。

 俺の共感覚による魔力色覚と合わせて仮説を立てるんなら、魔力を最も貯留しやすい血液同士が混ざることで、魔力色も濁り(よど)んでしまうのが原因であろう。

 

 ヴァルター自身の血を混ぜたという"極影槍"とやらが、人体にも魔力においてもいかに甚大な劇毒だったことか。

 

 

「話を戻すが、シールフでも母さんの心にはアクセスできない──つまり治療もできない……って結論でいいんだよな」

「あーーーうん、そういうことになるねえ。まっ私がどうこうしなくっても財団ならなんとかしてくれるっしょ」

 

「そうだな、本来の段取りを踏むだけだ。俺も母さんも長命種、今すぐが無理だったとしてもいつかは必ず元に戻せる──テクノロジーの進歩でな」

 

 改めて長い寿命というもののありがたさが身に染みる。

 財団の為に尽くしてくれている人々を思えば足踏みをしているわけにもいかないのだが、あくまで個人的なことであればのんびりしたって構わない。

 

 そして100年後、200年後、300年後の未来世界がどう移り変わってゆくのか──これ以上ない楽しみな贅沢というものだった。

 

 



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#399 転換点

 

 ヴァルターは元々の用意も周到だったのか、わずか三週の内に内外を落ち着かせて戴冠の儀を正式に執り行えるまでに至っていた。

 改革による反発は少なからずあっても、戦帝の不在と大義の確保は()されているし、軍部の掌握とアレクシスの打倒もこの際は大きかった。

 

(良くも悪くも、世界が大きく変わる──)

 

 中枢および東部総督府が恭順を示した以上、地方貴族が束になったところでどうこうするのは難しく。

 新帝王ヴァルター・レーヴェンタールの治世を、とりあえず静観しようという機運が高まっている。

 他の国家も戦争行為に明け暮れていた戦帝バルドゥルから新たな王に代替わるということで、既に外交的にも様々な動きを見せているようであった。

 

 

「感想くらい言ったらどうだ? オレ様に相応(ふさわ)しい玉座だろう。アレクシスにぶっ壊された壁もしっかり修復させた」

 

 こたびの功労者の一人として、俺は戴冠式へと参列する為に玉座の間へとやってきていて……ヴァルターと二人、対面しているという状況。

 

「"漆黒の玉座"──まぁ影使いとしてはおあつあえ向きかもな。で、なんで俺が個人で呼び出されたわけ?」

「本音で語れる人間が少ねェってのもあるが……今後について、一対一(サシ)で話しておきたいと思ってな」

 

 俺は特に(ひざまず)くようなこともなく、まるで旧交を温め合うかのように普通に話す。

 

「サイジック領と財団、実質上のトップはベイリル(てめぇ)って認識でいいんだろう?」

「どちらも発起人ではあるが……既に俺の手を離れているようなもんだ。もちろん財団への協力は惜しまないがな」

 

 財団総帥リーベ・セイラーの代理を務めることはあっても、あくまで意思決定や実務は他の財団員らに任せてある。

 

 

「地球の知識、どこまで再現してやがる」

「なるほど、それが狙いか。……本来は機密事項なんだが、同郷のよしみで明かそう。単独で再現できているものは少なく、ほとんどは魔術との組み合わせだ」

魔導科学(マギエンス)ってやつか」

「あぁ、そうだ。合金や鉄鋼に必要な超高温の確保だとか、水処理に必要な環境再現だとかな」

 

 魔術の需要および雇用を生み出すのもまた、社会には必要なことでもあった。

 

「俺は転生前は一般人だ。浅く広い聞きかじりの知識はあっても、専門家には程遠いもんで」

「チッ……使えない野郎だ」

「だから地球の知識人がいれば(はかど)るんだがな、お前はどうなんだヴァルター」

「──……オレ様も大したもんでもねェよ。テメェの持ってる銃一つとっても、よくもまあまあ複製したもんだと感心する」

 

「そう素直に褒められると気持ち悪いな」

「言ってろボケ、いずれにしてもテメェはオレ様の敵だ──けどな……"呉越同舟"って知ってるか?」

 

 ヴァルターは地球の中国語発音で言ったが、目の前の空間に影を使って器用に漢字で書いてくれたので俺はすぐにわかる。

 

「あぁ日本人だからな、中国由来のコトワザや慣用句は割と知ってるよ。反目し合う者同士が、一時の目的の為に同道することを提案したいわけと」

「まあそうだ。時に足並みを揃えるのも悪いことばかりじゃあねえ」

「俺個人としては──ヴァルターお前の寿命が尽きてから動き出しても構わんのだがな」

「何サマだ、短い栄華を楽しませてくれるってか? ふざけンじゃねえよ。それにあいにくと(・・・・)()()()()()()()

 

 

 気になる文言に俺は眉をひそめ、ヴァルターは興が乗っているのか構わず話し出す。

 

「それとベイリル、テメェ魔法具は知ってるか?」

「……? そりゃまぁ、お前が使ってる"影の魔導具"の魔法版だな」

 

 魔法具──元々は魔王具と呼ばれていて、初代魔王と二代神王グラーフらの手によって創られた世界に12個しか存在しない超のつく希少品(レアモノ)

 

「そんな初歩的なことを聞いてるんじゃねえよ、つーかテメェ実はしれっと持ってたりするんじゃねえのか」

「……いや?」

 

 実際には幼少期に買われたカルト教団が崇め奉っていた、三代神王ディアマが振るったとされる魔法具"永劫魔剣"。

 元の名を魔王具"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"の真っ二つに折れた循環器パーツのみとはいえ、財団で保有していることをわざわざ口にしたりはしない。

 

 

「そもそもあっても持て余すと思うがな。あれは常軌を逸した魔力がないと使えないと聞くぞ、それこそ"神器"クラスでもないと」

 

 "無限抱擁(はてしなくとめどなく)"だけはそれ自体が魔力を増幅・循環・安定させる機構を持つので例外のようだが、基本的に魔法を使うには膨大な魔力を必要とする。

 初代魔王はさらに"虹の染色《わたしいろそめあげて》"という、自らの魔力色に変換する魔王具も併用することで追加の魔王具を創ったらしいのだが。

 

「それにどちらにしてもお前は使えないだろう、影の魔導具と既に契約状態にあるんだし」

「はァ? そういうもんなのか!?」

 

 ヴァルターが初めて聞くようなリアクションを見せたことで、俺の中でも疑問符が浮かぶ。

 

「んっ──? いや改めて考えると……どうなんだろう、普通に問題ないのかも」

 

 

 魔導具は一人につき一つしか使うことはできず、魔導も個人固有のものでまったく違う異能を二つと持つことはできない。

 されど魔法は魔力出力が問題であるだけで、アイトエルの語り口からしても複数使うことは可能なのだろうか。

 さらに魔法具に関しても、不完全ながら発動するのはかつてカルト教団にてセイマールが振るった永劫魔剣で確認済み。

 

(そうか、変な固定観念があったが……()()()()()()()()()()のか)

 

 成り立ちからして魔法が最初に生まれ、次に魔法から魔術を見出し、魔術から魔導へと至ったという歴史がある。

 魔法がほぼほぼ失伝していて、魔法具も12個しか存在しない以上──魔導ないし魔法と、魔法具の両方使えるという状況そのものが稀有である。

 

 さしあたって魔力量という前提をクリアし、かつ至れるだけの才能と努力があれば、魔術・魔導・魔法を一人で扱うことも可能なのだろうか。

 

 

「ッンだよ、テメェてきとーな知識を振りかざしてるだけかコラ」

「あぁ失敬失敬、断定はできないが恐らくは問題ないはずだ──で、そんなことを突然聞くということはだ。ヴァルターお前は魔法具を知っているわけか」

 

「だったらどうする?」

「帝国にあるのは……確か"冠"だったか」

「──!? ベイリル、テメェどこでそれを知りやがった」

 

 ヴァルターの声が急速に冷えていくも、俺はわざとらしく肩をすくめる。

 

「俺には俺の情報源ってもんがある、それを易々(やすやす)と教えるわけがないだろう」

 

 アイトエルから聞き、大監獄で出会った"ヴロム派"の長が勝手に喋り、そしてヴァルターの反応を見ても間違いはないようだった。

 

「とはいえ、だ。"冠"の効果を教えてくれるのなら、情報筋の一つを明かしてやってもいいぞ」

「ボケが、教えるわけねえだろ。それにテメェには()()()()()、そもそも帝王の血を引く者のみが継承できるものだからどのみち無駄だ」

「そうかい」

 

(魔王具の成り立ちからして、そんな条件はありえないと思うが──)

 

 レーヴェンタールの血族の伝承としてそう知らされているだけで、本物の魔王具であれば前提条件として特定の血を必要とする必要性は無いはずである。

 あるいは破損などしてしまっていたのを修繕・改造して条件を付けたか。

 もしくは相当の技術者が、似た効果を備えた偽物(パチモン)を作った可能性も考えられなくはない。

 

(思い込みはやめておこう。魔の道において信じることは重要なことだが、科学的な思考は疑問を(てい)すことから始まる)

 

 

「話を戻すがよ、仲良しこよしで協力するのは真っ平ゴメンだ。つっても最後の最後に雌雄を決してオレ様が総取りする日が来るまでは、争わなくてもいいと思ってる」

ヴァルター(おまえ)が勝つこと前提かよ。まぁいい、それなら……相互不可侵を結ぶあたりが落としどころか?」

 

「そこまでは無理だな、いくら無条件特区つっても帝国とその属領である事実は変えられねえ。独立までしばらく最低限の外交的な利は(むさぼ)らせてもらうぜ」

「そう言わず正統な対価を支払ってくれるのであれば、こちらもあくまで契約に(のっと)った取引はさせてもらうぞ。特許(パテント)の用意がこちらには──」

 

 言葉が止まると同時に、俺とヴァルターは──パチッパチッ手を叩く音の方向へと顔を向ける。

 そこには"仲介人(メディエーター)"が、いつの間にか(たたず)んで拍手をこちらへと送っていたのだった。

 

 



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#399 転換点

 

 ヴァルターは元々の用意も周到だったのか、わずか三週の内に内外を落ち着かせて戴冠の儀を正式に執り行えるまでに至っていた。

 改革による反発は少なからずあっても、戦帝の不在と大義の確保は()されているし、軍部の掌握とアレクシスの打倒もこの際は大きかった。

 

(良くも悪くも、世界が大きく変わる──)

 

 中枢および東部総督府が恭順を示した以上、地方貴族が束になったところでどうこうするのは難しく。

 新帝王ヴァルター・レーヴェンタールの治世を、とりあえず静観しようという機運が高まっている。

 他の国家も戦争行為に明け暮れていた戦帝バルドゥルから新たな王に代替わるということで、既に外交的にも様々な動きを見せているようであった。

 

 

「感想くらい言ったらどうだ? オレ様に相応(ふさわ)しい玉座だろう。アレクシスにぶっ壊された壁もしっかり修復させた」

 

 こたびの功労者の一人として、俺は戴冠式へと参列する為に玉座の間へとやってきていて……ヴァルターと二人、対面しているという状況。

 

「"漆黒の玉座"──まぁ影使いとしてはおあつあえ向きかもな。で、なんで俺が個人で呼び出されたわけ?」

「本音で語れる人間が少ねェってのもあるが……今後について、一対一(サシ)で話しておきたいと思ってな」

 

 俺は特に(ひざまず)くようなこともなく、まるで旧交を温め合うかのように普通に話す。

 

「サイジック領と財団、実質上のトップはベイリル(てめぇ)って認識でいいんだろう?」

「どちらも発起人ではあるが……既に俺の手を離れているようなもんだ。もちろん財団への協力は惜しまないがな」

 

 財団総帥リーベ・セイラーの代理を務めることはあっても、あくまで意思決定や実務は他の財団員らに任せてある。

 

 

「地球の知識、どこまで再現してやがる」

「なるほど、それが狙いか。……本来は機密事項なんだが、同郷のよしみで明かそう。単独で再現できているものは少なく、ほとんどは魔術との組み合わせだ」

魔導科学(マギエンス)ってやつか」

「あぁ、そうだ。合金や鉄鋼に必要な超高温の確保だとか、水処理に必要な環境再現だとかな」

 

 魔術の需要および雇用を生み出すのもまた、社会には必要なことでもあった。

 

「俺は転生前は一般人だ。浅く広い聞きかじりの知識はあっても、専門家には程遠いもんで」

「チッ……使えない野郎だ」

「だから地球の知識人がいれば(はかど)るんだがな、お前はどうなんだヴァルター」

「──……オレ様も大したもんでもねェよ。テメェの持ってる銃一つとっても、よくもまあまあ複製したもんだと感心する」

 

「そう素直に褒められると気持ち悪いな」

「言ってろボケ、いずれにしてもテメェはオレ様の敵だ──けどな……"呉越同舟"って知ってるか?」

 

 ヴァルターは地球の中国語発音で言ったが、目の前の空間に影を使って器用に漢字で書いてくれたので俺はすぐにわかる。

 

「あぁ日本人だからな、中国由来のコトワザや慣用句は割と知ってるよ。反目し合う者同士が、一時の目的の為に同道することを提案したいわけと」

「まあそうだ。時に足並みを揃えるのも悪いことばかりじゃあねえ」

「俺個人としては──ヴァルターお前の寿命が尽きてから動き出しても構わんのだがな」

「何サマだ、短い栄華を楽しませてくれるってか? ふざけンじゃねえよ。それにあいにくと(・・・・)()()()()()()()

 

 

 気になる文言に俺は眉をひそめ、ヴァルターは興が乗っているのか構わず話し出す。

 

「それとベイリル、テメェ魔法具は知ってるか?」

「……? そりゃまぁ、お前が使ってる"影の魔導具"の魔法版だな」

 

 魔法具──元々は魔王具と呼ばれていて、初代魔王と二代神王グラーフらの手によって創られた世界に12個しか存在しない超のつく希少品(レアモノ)

 

「そんな初歩的なことを聞いてるんじゃねえよ、つーかテメェ実はしれっと持ってたりするんじゃねえのか」

「……いや?」

 

 実際には幼少期に買われたカルト教団が崇め奉っていた、三代神王ディアマが振るったとされる魔法具"永劫魔剣"。

 元の名を魔王具"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"の真っ二つに折れた循環器パーツのみとはいえ、財団で保有していることをわざわざ口にしたりはしない。

 

 

「そもそもあっても持て余すと思うがな。あれは常軌を逸した魔力がないと使えないと聞くぞ、それこそ"神器"クラスでもないと」

 

 "無限抱擁(はてしなくとめどなく)"だけはそれ自体が魔力を増幅・循環・安定させる機構を持つので例外のようだが、基本的に魔法を使うには膨大な魔力を必要とする。

 初代魔王はさらに"虹の染色《わたしいろそめあげて》"という、自らの魔力色に変換する魔王具も併用することで追加の魔王具を創ったらしいのだが。

 

「それにどちらにしてもお前は使えないだろう、影の魔導具と既に契約状態にあるんだし」

「はァ? そういうもんなのか!?」

 

 ヴァルターが初めて聞くようなリアクションを見せたことで、俺の中でも疑問符が浮かぶ。

 

「んっ──? いや改めて考えると……どうなんだろう、普通に問題ないのかも」

 

 

 魔導具は一人につき一つしか使うことはできず、魔導も個人固有のものでまったく違う異能を二つと持つことはできない。

 されど魔法は魔力出力が問題であるだけで、アイトエルの語り口からしても複数使うことは可能なのだろうか。

 さらに魔法具に関しても、不完全ながら発動するのはかつてカルト教団にてセイマールが振るった永劫魔剣で確認済み。

 

(そうか、変な固定観念があったが……()()()()()()()()()()のか)

 

 成り立ちからして魔法が最初に生まれ、次に魔法から魔術を見出し、魔術から魔導へと至ったという歴史がある。

 魔法がほぼほぼ失伝していて、魔法具も12個しか存在しない以上──魔導ないし魔法と、魔法具の両方使えるという状況そのものが稀有である。

 

 さしあたって魔力量という前提をクリアし、かつ至れるだけの才能と努力があれば、魔術・魔導・魔法を一人で扱うことも可能なのだろうか。

 

 

「ッンだよ、テメェてきとーな知識を振りかざしてるだけかコラ」

「あぁ失敬失敬、断定はできないが恐らくは問題ないはずだ──で、そんなことを突然聞くということはだ。ヴァルターお前は魔法具を知っているわけか」

 

「だったらどうする?」

「帝国にあるのは……確か"冠"だったか」

「──!? ベイリル、テメェどこでそれを知りやがった」

 

 ヴァルターの声が急速に冷えていくも、俺はわざとらしく肩をすくめる。

 

「俺には俺の情報源ってもんがある、それを易々(やすやす)と教えるわけがないだろう」

 

 アイトエルから聞き、大監獄で出会った"ヴロム派"の長が勝手に喋り、そしてヴァルターの反応を見ても間違いはないようだった。

 

「とはいえ、だ。"冠"の効果を教えてくれるのなら、情報筋の一つを明かしてやってもいいぞ」

「ボケが、教えるわけねえだろ。それにテメェには()()()()()、そもそも帝王の血を引く者のみが継承できるものだからどのみち無駄だ」

「そうかい」

 

(魔王具の成り立ちからして、そんな条件はありえないと思うが──)

 

 レーヴェンタールの血族の伝承としてそう知らされているだけで、本物の魔王具であれば前提条件として特定の血を必要とする必要性は無いはずである。

 あるいは破損などしてしまっていたのを修繕・改造して条件を付けたか。

 もしくは相当の技術者が、似た効果を備えた偽物(パチモン)を作った可能性も考えられなくはない。

 

(思い込みはやめておこう。魔の道において信じることは重要なことだが、科学的な思考は疑問を(てい)すことから始まる)

 

 

「話を戻すがよ、仲良しこよしで協力するのは真っ平ゴメンだ。つっても最後の最後に雌雄を決してオレ様が総取りする日が来るまでは、争わなくてもいいと思ってる」

ヴァルター(おまえ)が勝つこと前提かよ。まぁいい、それなら……相互不可侵を結ぶあたりが落としどころか?」

 

「そこまでは無理だな、いくら無条件特区つっても帝国とその属領である事実は変えられねえ。独立までしばらく最低限の外交的な利は(むさぼ)らせてもらうぜ」

「そう言わず正統な対価を支払ってくれるのであれば、こちらもあくまで契約に(のっと)った取引はさせてもらうぞ。特許(パテント)の用意がこちらには──」

 

 言葉が止まると同時に、俺とヴァルターは──パチッパチッ手を叩く音の方向へと顔を向ける。

 そこには"仲介人(メディエーター)"が、いつの間にか(たたず)んで拍手をこちらへと送っていたのだった。

 

 



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#400 終焉

 言葉途中で、パチッパチッ──と、ゆったりとした調子で拍手をする女が一人。

 

「おいコラ、勝手に入ってきてんじゃねェよ」

「はははっまぁまぁそう言わずに」

 

 それは誰あろう、俺もヴァルターも知るアンブラティ結社の"仲介人(メディエーター)"であった。

 

「ったく、毎回ことごとく警備をすり抜けてきやがって」

「わたしはどこにでもいて、どこにもいない──ようなものだからね」

「取り込み中ってほどじゃァねぇが、用事はなんだ? 今さら勝手によこしやがった情報の対価がほしくなったのか?」

「いーや違うよ、少々予定外のことが起きているようでね。よくない、そう……とてもよくないこと──その確認をしにきた」

 

 ヴァルターがどこまで知っているのかわからないので、俺は同じ結社員として下手に口を開かず黙して聞く。

 

「確認だァあ?」

凶兆(・・)さ、"予報士(オラクル)"という者がいてね──未来への暗雲が()えたという」

 

「んなくだらねぇことで水を差しにきてんじゃあねェよ。占い師なんて信用ならねえ、オレ様は自分自身で切り(ひら)くって決めてんだ」

「素晴らしい意気だ。けどね、諫言(かんげん)は聞いておいて損はないと思うよ」

 

 

 そう言って仲介人(メディエーター)は担いでいた布の袋を、ヴァルターへと渡す。

 

「それとこれは手土産だ、さっ遠慮せず開けてみてほしい」

 

 言われるがままにヴァルターは中身を見て、その心臓が大きく高鳴るのを俺の半長耳が捉える。

 

「なかなか似合う装飾品がなくてね……でもどうだろう? 素朴なリボンだけど、"()()()()()者の頭部(くび)"によく似合ってると思うのだが」

 

 意味が、わからない。状況が、理解できない。意図が、わからない。

 あまりにも唐突な仲介人(メディエーター)の常軌を逸した暴挙、そして無言のまま激昂して影を伸ばすヴァルター。

 

 

 しかして影は届かず──玉座の間に一陣の風が吹いて──()()()()()()()()()穿()()()()()()

 

「ありがとう、"運び屋(キャリアー)"。相変わらず無駄のない美事な仕事っぷりだ、わたしも隙を作ってやった甲斐があるというものだ」

 

 四度目、しかしこのような形で会いたくなかった相手であった。

 灰色の長髪に薄布で目隠しをした"運び屋"は、ヴァルターの心臓までめり込ませた爪先(つまさき)を引き抜く。

 

 支えを失ったヴァルターの体は倒れ、命を(うしな)ったその瞳からは急速に光が消えていった。

 

「ふふっ、この頭にあの冠(・・・)は不釣り合いというもの。あれは誰の手にも渡ってはいけない、秩序を乱すものだからね」

 

 誰かはわからないリボンを着けた女の生首を隣に並べて、仲介人(メディエーター)はどこか愛おしそうにしてから俺の(ほう)へと向く。

 

 

「さて、"殺し屋(アサシン)"──次はキミの番だ」

「俺の番? 何か関係があるのか、甘んじて受けるかはともかく……一体何がしたい」

 

 生者と死者を同時に冒涜(ぼうとく)するような行為に対し、俺はほのかな怒りを覚えつつ仲介人(メディエーター)の真意を探ろうとする。

 

「言っただろう、凶兆だと。それはキミにも関わっていることだから仕方ない」

「それでその予報士(オラクル)とやらの言うことを鵜呑みにして、この凶行に走ったというのか」

 

「新入りのキミとは比べ物にならないほどの古株の言葉だよ。そしてその稀有な能力によって、いくつもの難題や危機を回避してきた確かな実績がある。

 殺し屋(アサシン)、キミのことは結社員としてわたし自ら認めたばかりなのだが……(うれ)いは元から断っておくのも組織運営の為には必要なことだ。

 何事も優先順位というものがあるし、非常に残念でならないよ。わたし個人としてはとてもとても、気がすすまないのだがね──あぁ、もうやってくれていいよ"運び屋(キャリアー)"」

 

 

 瞬間──"運び屋"が動き、俺は魔導"幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)"を刹那顕現させる。

 空間ごと断裂させるがごとき神速と威力を伴う蹴りを、"灰鋼の現身(ユークレイス)"は(ふせ)いで守護(まも)る。

 

「なッ──!?」

 

 次に俺は、俺自身の心臓がドクンッと跳ねる音を聞く。

 衝撃によって"運び屋"の髪が乱れて──あらわれた"半長耳"を確かに見逃さなかった。

 俺と近い髪色。俺と似た碧眼。俺と近いように思える年頃。そして……俺と同じ半長耳。

 いくつものパズルの小片(ピース)が頭の中で組みあがっていく。

 

 決定的な隙を晒してしまったと同時に、俺は背中に熱さを感じるとそこには一本のナイフが突き立てられていた。

 

 

「っ……ぐっ──」

 

 そしてそれを掴んでいるのは──正面に立っているのとは別に、()()()()()"仲介人(メディエーター)"で見紛うこともなかった。

 まったく同じ顔をした女が、背後にいつの間にか出現していたのだった。

 

「すばらしい切れ味だろう? これはその昔、"大魔技師"が使っていたものでね……彼の工作物はまずこの一本の刃から始まった」

 

 "六重(むつえ)風皮膜"があっさりと貫かれたことを無視して、俺は──まず背後の仲介人(メディエーター)(くび)り殺すべく──左腕を伸ばした瞬間、"運び屋"の剛脚が閃く。

 ユークレイスの隙間を縫ったその一撃で、俺は()()()()()()()()()()()()と共に……急激な眩暈(めまい)でその場に倒れ込む。

 

(俺の体にも効くレベルの毒か……マズい、スライムカプセルを──)

 

 腰元の瓶から取り出そうにも既に体が鈍く感じ、細かい動きも難しくなっていた。

 

「あらゆる素材を切削・加工する機能美だけでなく、意匠(かざりけ)もなかなかのモノだろう。おっと、まだ聞こえているかな?」

 

 

 魔導は既に消失し、俺は二人の仲介人(メディエーター)に見下ろされる形で、朦朧(もうろう)とする意識をなんとか繋ぎとめる。

 

「さすがは薬師(ドラッグストア)特製の猛毒、効果覿面(てきめん)のようだ。あぁそうそう、"殺し屋(きみ)運び屋(かのじょ)を結び付ける"までは実は意外と時間が掛かったのだよ。

 だからこそ、キミのことも面倒を見てあげようと思ったのだが……本当に惜しく思う。ところで筋書きはどうしようか? こういう時にやはり脚本家(ドラマメイカー)の不在が響くねぇ」

 

 毒にはある程度まで耐性をつけていたし、そうでなくとも鍛えたハーフエルフの肉体は頑健なつもりだったが……そうした領域を越えている。

 

「次の帝王は……そうだな、テレーゼ──彼女がいいだろう。悲劇の王女、傀儡(かいらい)にもしやすいというもの」

 

 さらには背中の刺し傷と、左腕の切断も相まって、もはやまともに集中することもできない。

 

殺し屋(アサシン)──いやベイリル、キミはヴァルターくんと相争ったことにしても良かったのだが……生命研究所(ラボラトリ)が是非とも"借り"を返したいとのことだから、君の肉体はこのまま彼女(・・)に預けるとしよう。

 運び屋(キャリアー)結社(われわれ)が作り上げたと言っても遜色ない最高傑作。同じ血を引くキミははたしてどうなるかな? また会える時を楽しみにしていよう、無事でいればの話だがね」

 

(あぁしくじったッ、すまん……みん、な──)

 

 そうして俺の意識は、深淵(どんぞこ)にまで落ちて、完全に途切れるのだった──

 




400話にしてひとまずの区切り、第六部はこれにて次からは新展開に。
今後どうなっていくか、是非とも最後までお付き合いください。


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第六部 登場人物・用語

読む上で必要なことは、作中で説明しています。

この項は世界観の補完や、あのキャラ誰だっけ? というのを簡易に振り返る為のものです。

読まなくても問題ありませんので、飛ばして頂いても構わないです。

以前のモノと重複箇所があるかも知れません。

 

※先に読むとネタバレの可能性あり。適時更新予定。砕けた文章もあるのでご注意ください。

 

キャラは(おおむ)ね登場順に記載。

 

----

 

◆"空前"のベイリル・モーガニト

本作の主人公、黒灰銀の髪と碧眼を持つハーフエルフの天空魔導戦士。

身体能力と強化感覚と魔術と魔導を駆使する、今や世界でも有数の航空戦力。

その実力をいかんなく発揮し、立ち回ってきたが……。

 

◆スィリクス

学苑の元自治会長にして、神族とエルフの間に生まれた非常に珍しいハイエルフ。

現在はベイリルの代行としてモーガニト領の運営を担い、その手腕をいかんなく振るっている。

 

◆"煽動屋(あおりや)"ストール

大監獄にて囚われていたが、その能力をベイリルに買われて共に脱獄した人族で坊主頭の男。

様々なネタをおもしろおかしく誇張したり、不安を煽って蜂起させたりと大衆を動かすことを生業として財団員となった。

 

◆"放浪の古傭兵"ガライアム

(ふた)つの大盾で戦場を渡り歩く、朴訥(ぼくとつ)として仕事人然とした老齢の人族男性。

守勢を得意としているが、決して攻撃能力も低いわけではない。

 

◆"明けの双星"オズマ

双子の兄にあたる人族の男。割に軽い性格だが、やるべきことはきっちりこなす真面目さと計算高さを持つ。

財団以前、シップスクラーク商会初期からベイリルの曖昧な現代知識による各種資源を、他のどの雇われよりも収集してきた。

弓による狙撃を得意とし、危険生物の(たぐい)も問題なく狩猟しつつ、財団からも試作品の運用なども任されている。

 

◆"明けの双星"イーリス

双子の妹にあたる人族の女。楽観的で明るい気性だが、非常に鋭い洞察力と感性を備える。

兄と共にシップスクラーク財団に雇われてきたが、ようやく財団員として正式に採用され、ベイリルとの人脈(コネ)を手に入れた。

双剣と併せた双刃剣による白兵戦を得意とし、さらに各種TEK装備も使いこなすセンスを持つ。

 

◆"食の鉄人"ファンラン

元学苑生で調理科に所属していた龍人族の女性。極東本土から渡ってきた一族で、海産と運輸およびその調理を生業としている。

かつてベイリル相手に白兵戦で肉薄するだけの強度を持ち、水属魔術についても折り紙つきの実力を誇る。

海魔獣によって阻まれる極東との安定交易を実現させたい夢の為に、ベイリルの元へと参上した。

 

 

◆ヴァルター・レーヴェンタール

帝国レーヴェンタール一族の第八子、黒髪黒瞳の四男。ベイリルと同じ地球出身の異世界転生者。

粗雑でぶっきらぼうだが情に厚い一面もありつつ、それを知性と論理で切り捨てるだけの非情さもあわせもつ。

"影血"と呼ばれる影を自在に操る魔導具を用いて、暴力と謀略を使いこなして王位継承戦に勝利したはずだったが……。

 

◆近衛騎士ヘレナ

ヴァルターに仕える近衛騎士の女、人族。幼少期からヴァルターの影響もあって柔軟な思考と確かな実力を持っている。

主に表側での活動が多く、豊富な知識による補助や、対外折衝なども多く受け持つ。

 

◆近衛騎士ハンス

ヴァルターに仕える近衛騎士の男、人族。ヴァルターよりも頭一つほど長身で多芸。

主に裏側での活動が多く、暗躍したり情報収集したり、組織運営やヴァルターの代行をすることもある。

 

 

◆"戦帝"バルドゥル・レーヴェンタール

帝国史上、最も戦争を愛し戦争に愛されたと言われる戦争狂。戦場で産声をあげてより、戦争行為そのものを目的として領土を拡張し続けた。

本人の実力もべらぼうに高く、数限りない戦場において爆属魔術を使いこなして戦果を挙げ続けた。

皇国侵攻戦においては"神器"すらも圧倒したが、直後に現れた"折れぬ鋼の"と交戦、その後の行方は不明。

 

◆"帝国の盾"オラーフ・ノイエンドルフ

帝国軍部の長、三元帥の一人。帝国領土中央の防衛の(かなめ)であり、他人を敬い尊重する気質を備えた人族の男性。

かつてゲイル・オーラム、ファウスティナ、ガスパールらと共に、エルメル・アルトマーの援助を受けてワーム迷宮を攻略、黄竜を撃破した。

制覇特典は他の者へと譲り、その後は純粋に戦歴を重ねて帝国元帥にまでなった英雄。

 

◆帝国宰相ヴァナディス

かつて帝国を創り上げた四人の内の、エルフの女性。建国当時から今まで私利私欲を捨て、ただただ国家運営の為に身を粉にしてきた。

それゆえに人脈と影響力と政務能力は過大の一言であり、誰が帝王になろうと宰相さえ健在ならば帝国は成り立つとまでされている。

新体制に移行するヴァルターによって表舞台からは更迭(こうてつ)されたが、その能力は事務や交渉において重宝される予定だった。

 

◆上級大将シュルツ

若くして上級大将位を任ぜられた人族の男性。特に戦帝に付いて回ることが多く、その気性に大いに影響されている。

本人は満足しているが、周囲からは戦帝に振り回されお守りをさせられている苦労人といった印象が根強い。

"折れぬ鋼の"によって戦帝ともども捕縛された。

 

 

◆"深算詭謀(しんさんきぼう)"モライヴ / モーリッツ・レーヴェンタール

帝国レーヴェンタール一族の第七子、黒髪黒瞳の三男。元学苑生で戦技部兵術科に所属していた、戦略家として広い目を持っていた俊才。

卒業後は財団との関わりを絶って王位継承戦の為の準備を着々と進め、戦帝不在時にクーデターを起こしたものの、ヴァルターとかち合って最終的に敗北。

肉親の中で唯一大切に想っている妹テレーゼを残し、志半ばのまま死亡した。

 

◆テレーゼ・レーヴェンタール

帝国レーヴェンタール一族の第九子、黒髪黒瞳の四女。

頑健な帝王の血族の中では珍しく、軽度だが先天的な病気を抱えている。

 

◆竜騎士エルンスト

かつて昇格試験中にベイリルと出会い、現在では晴れて正竜騎士となった青年。

厳戒態勢の中、竜騎士特区の門番を持ち回りで従事している。

 

◆赤竜フラッド

"炎熱"を司りし、気高く、厳しくも優しき原初の七色竜の一柱。帝国を創り上げた四人の内の一人。

"分化の秘法"で本体を残しながら、"人化の秘法"で男女両方の姿を取ることができる。かつて"燃ゆる足跡"に赤竜の加護を与えた。

分身人間体でも圧倒的な炎熱を操り、おおよその相手は歯牙にもかかることはない。

 

◆元竜騎士ライマー

大監獄にて他の者たちと共に脱走した、竜教団の導き手にして元竜騎士。

 

◆"燃ゆる足跡"

帝国を創り上げた四人の内の一人で獣人。実質的な発起人で、種族差別の無い平等な世界を目指して、炎を自在に使いこなして戦った。

建国後は世界中を巡って辛い境遇にある者達を救っては帝国へと誘い、それが繰り返されるうちに本人の名前よりも異名が浸透していった。

 

◆初代レーヴェンタール

帝国を創り上げた四人の内の一人で初代帝王。確かな知識と強さ、そして実行力とカリスマ性によって多くの者達をまとめあげた。

最終的には帝王として玉座に座り、宰相ヴァナディスと共に帝国の礎を築き上げた。

 

 

◆スミレ / ベロニカ

茶髪にツインテールの黒い翼をもった鳥人族の女。ベイリルらと同じ異世界転生者。ティータと幼馴染という(えにし)で繋がった。

"概念の魔導"を付与することで、時に物理法則すら捻じ曲げる。猪突で向こう見ずな面が目立つものの、確かな正義感をもった善人。

懐疑的ながらもシップスクラーク財団と関わっていく。

 

◆"万丈の聖騎士"オピテル

長槍を用いた白兵戦を得意とする聖騎士の男。帝国の侵攻に際して、戦線へ投入された伝家の宝刀。

少数精鋭の子飼い部隊でゲリラ戦術を展開し、帝国軍に打撃を与えるはずだったが、結社から情報を得たヴァルターの差し金でベイリルと交戦。

敗北し、最期はヴァルターにトドメを刺されて死亡した。

 

◆"仲介人(メディエーター)"

アンブラティ結社の構成員。各結社員の顔と素性を知り、その橋渡しをおこなう中心人物にして情報通。

 

◆"生命研究所(ラボラトリ)"

名前だけ登場。

 

 

◆"風水剣"

魚人種サメ族のギザッ歯が特徴的な帝王直属の"三騎士"の一人、声帯の関係でちょっと言葉が流暢でなくたどたどしい女性。

左右それぞれの刃による高速斬撃と、水属魔術を組み合わせた戦闘が得意。

 

◆"熔鉄"

亜人種ドワーフ族の男で帝王直属の"三騎士"の一人、いかにもといった豪快そうで細かいことを気にしない性質。

巨大な鉄球を瞬時に溶かして再形成し、多様な武器や盾に変化させるというかなりぶっ飛んだ戦闘を展開する。

 

◆"刃鳴り"

獣人種狐人族の男性で帝王直属の"三騎士"の一人、最も古株の近衛騎士にして戦帝の兄弟子にあたる。

隻腕ながら尻尾を支えとした抜刀術を得意とし、歴戦と鍛錬に裏打ちされた確かな実力を誇る。

 

◆"首斬り役人"パスカリス

かませ1号。無数の槍を百発百中で投擲・命中させる実力者だったが、相手が悪すぎた。

 

◆教皇庁特選隊

かませ2号。教皇庁直属の生え抜きで構成されていたが、相手が悪すぎた。

 

◆聖堂騎士団

かませ3号。厳しい修練と折れぬ信仰心を持っていたが、相手が悪すぎた。

 

◆秘蹟の志士審衆

かませ4号。一風変わった魔術を使う選ばれし集団だったが、相手が悪すぎた。

 

◆四使徒

かませ5号。歴代神王の加護と称した模倣術技を使えるのだが、相手が悪すぎた。

 

◆聖黒衣

かませ6号。皇国の暗部にして恐るべき暗殺者だったが、相手が悪すぎた。

 

◆"神器"イオセフ

かませ7号。魔力と器は申し分はないものの練度と経験が不足しすぎたのと、相手が悪すぎた。

 

◆"至誠の聖騎士"ウルバノ

教会の司教位も兼任する、聖騎士長の次に古株の眼鏡をかけた老齢の聖騎士。

学苑卒業後のジェーンが皇国にてお世話になった恩人であり、ベイリルともわずかばかり面識があった。

しかし己の中でくすぶっていた修羅と、かつて共に戦った仲間との想い、愛国心と立場、その他多くのものを天秤にかけ戦場へと赴いた。

将軍(ジェネラル)と交戦した際の後遺症が残りながらも、ベイリルと立ち会い敗北。しかしその死に顔は安らかなものであった。

 

◆"運び屋(キャリアー)"フェナス

アンブラティ結社に使われる身にして、反攻したベイリルの左腕を切断したハーフエルフ。

他ならぬベイリルの実姉であり、しかし判明してすぐにベイリルは意識を喪失し再会は果たすことなく終わった。

 

 

◆番外聖騎士"折れぬ鋼の"

五英傑と呼ばれる1人。番外聖騎士という立場にあり、己の絶対的信条に従って悲劇に立ち向かう"規格外たる頂人"。

魔人や魔獣、国家や軍団だろうが構わず相手にし、一方的な戦争にも介入してくるある意味で非常に厄介で面倒な存在。

人助けを重ね続けた結果、五英傑に数えられ(たた)えられている。五英傑の中では真に英雄と呼べる善性を持つ。

 

◆アレクシス・レーヴェンタール

帝国レーヴェンタール一族の第三子、黒髪黒瞳の次男。東部総督補佐としてベイリルとも面識が何度かあった。

"天与の越人"に分類される強度を持ち、魔力循環効率に秀でた超サイクルで無尽蔵とも思えるほどの魔力力場の放出を得意とする帝国最強の男。

高圧的で選民思想があるが、本人は闘争それ自体を嫌っていた。ベイリルとヴァルター両名と交戦し、圧倒しつつも敗死した。

 

◆エルネスタ・レーヴェンタール

帝国レーヴェンタール一族の第一子、黒髪黒瞳の長女。ほぼ名前だけの登場。

その美貌と甘い囁きで相手を篭絡するだけでなく、純粋に政治屋としての才能があった。

帝国でクーデターが起こった際に、ヴァルターによって罪をなすりつけられ処刑される。

 

◆アルブレヒト・レーヴェンタール

帝国レーヴェンタール一族の第二子、黒髪黒瞳の長男。ほぼ名前だけの登場。

軍人として優れた資質を持っていて、特に戦術家として能力が高かった。

帝国でクーデターが起こった際に、ヴァルターによって罪をなすりつけられ処刑される。

 

 

◆黒騎士リアム

ベイリルの実の父親。元は特装騎士だったが、とある事件の(とが)で黒騎士として従事する人族の男。

アレクシスと交戦していたベイリルと遭遇し、反射的に命を懸けて死亡した。

 

◆ヴェリリア

ベイリル幼少期より行方知れずとなっていた実の母親。元は名を馳せたエルフの傭兵であり、戦いの場で出会いを経てリアムと添い遂げた。

現在は心神喪失の状態にあり、現行テクノロジーも読心の魔導も通じず、最低限の世話だけで生きている状態。

 

◆ベルタ

元従軍治癒術士で、ヴェリリアやリアムと知り合い仲良くなった。ヴェリリアが身籠ってからは身辺の世話をし、第一子もとりあげ乳母としても寄り添った。

ベイリルのお産にも立ち会っていて、フラウのこともとりあげている。その後は紆余曲折を経て、心神喪失状態のヴェリリアを世話していた。

 

◆シールフ・アルグロス

シップスクラーク財団の最高幹部の一人、"燻銀"。読心の魔導師。

およそ知的生命の心は何でも読めるが、頂竜の血が混ざったアイトエルとヴェリリアのことは読めない。

 

 

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▲神獣モーヴィック

かつて神族が移動手段として用いたとされる、巨大なクジラ型の生物。

通常の生体器官を有しておらず、肉体構造も非常に奇異だが資源としての潜在性(ポテンシャル)は高い。

 

▲黒騎士

帝都を中心として特別執行権を持つ、集団戦闘に()けた騎士団。

元犯罪者やワケアリも少なくなく構成され、素行(そこう)は問うが出自は問わない。

フットワークが軽く、帝都の警備や軍事行動のみならず災害指定生物の討伐や、犯罪者の征討なども(おこな)う。

統一された黒色は敵への威圧と、味方との連係の為。そして恨みを買われても問題ないよう──躊躇なしに冷酷になれるよう──顔を知られない為のフルフェイス。

 

■赤竜山

赤竜と竜たちが住む土地であり、火山と周辺の土地一帯が最初にして最古の特区。

竜騎士やその家族、関係者が住む竜の里も存在する。

 



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第七部 因果に応えし宿命の交差 第1章「後悔と再起」
#401 目覚め I


 

 ──夜空に大きく浮かぶ、長きをすごしたその惑星を仰ぎ見る。

 

 ゆったりとした動作で俺は視線を地上へ落とすと、茫漠(ぼうばく)とした大地のみがただただ広がっていた。

 本当に……長かった。かつて思い描いていたモノとはまったく違う形であったが、それでもこの土地に立っていることは感慨深いのは否めない。

 

 俺は()()()()()の大気を肺いっぱいに満たしてから、ゆっくりと感情を吐き出しつつ目の前の少女と相対する。

 

「"アイトエル"──」

「かつて(わし)はおんしに言ったのう。()()()()()()()()()した時、また会おう──とな」

 

 片割れ星の大地──世界の果てがごとき場所に立つは、ベイリル(おれ)と"竜越貴人"アイトエルのみ。

 入植する為ではなく、ただただ個人的な事情によって俺はこの惑星へと至ったのだった。

 

 

「しかしその顔を見るに……いや状況を(かんが)みても、()()()()()()()ようじゃな」

「今、俺は……どんな顔をしていますか、教えて、ください」

 

 絞り出すように口にした俺に対し、アイトエルは真剣な表情で見据えてくる。

 

「ふむ、まあ傍目(はため)で見るにだいぶ参っとるな。長き(とき)は精神を(むしば)むものじゃが、()()()()()()()()()()かの?」

「そうですね……甘く見ていたわけではなかった──けど、色々なことが少しずつ尾を引いて……」

 

 ギリッと血が滲まんばかりに歯噛みする。決して風化することがない記憶が、今の俺を形作る全てと言っても過言ではない。

 

 

「かつて貴方は……俺にとって未知のことを多く知っていた。今さらですがその全てを(たず)ねたい、アイトエル貴方の知る全てをです。"Blue(ブルー・)Whisper(ウィスパー)"とは何者なのかも含めて」

 

 俺の本気の圧を受け流すようにアイトエルはフッと笑い、その場に座り込んであぐらをかく。

 クイックイッと顎で(うなが)されて、数秒ほど目を細めてから俺もその場に腰を据えた。

 

「よかろう。じゃが、まずは聞かせてもらおうか、ベイリル──ここまでのおんしの歴史(ものがたり)をの」

 

 

 

 

 ゆっくりと──重いまぶたを開くと、最初に映ったのは真っ白い天井であった。

 

「ぅ……ぁ──」

 

 声がまともに出ない。それに体もほとんど動かない、動かせない。

 それでも時間を掛けて俺はゆっくりと上体をあげたところでようやく意識する。

 

 窓からの潮風と波音、水平線までを望み、青空との境界が曖昧なその景色──を味わっていると、ガラリと引き戸が開いて一人の女性が入ってくる。

 

「えっ──!?」

「ンッゴホ……やぁ、どうも」

 

 灰がかった緑の長髪の女性、その黄緑色の瞳が俺の碧眼と交差する。

 俺は(ちから)が抜けて一度ベッドへと体を預けると同時に、驚愕の表情を浮かべていた女はすぐに気付いたように──どこか隠れるように部屋を出て叫ぶ。

 

「先生! "サルヴァ"先生!!」

 

(サルヴァ……)

 

 混濁する頭を俺は整理する。財団きっての大化学者、"無窮の紫徒"サルヴァ・イオ。

 紫竜の加護を受け、自らを定向進化した元神族。文武両道で化学のみならず医学・薬学にも精通している彼が俺の治療を担当してくれていたのならば安心もできる。

 

 

(──クソッ仲介人(メディエーター)め、復讐は果たす)

 

 クリアになってきた意識で俺は心中で毒づく。

 もてあそんでくれた礼はたっぷりとしなくてはならないし、二人存在していたカラクリについても調べなければならない。しかしその前に──

 

「ねえ……さん……」

 

 なんとか出るようになった声で、俺は口にする。その脳裏にいるのは──"運び屋"の姿。

 

(間違い、ないんだろうな)

 

 仲介人(メディエーター)も俺と彼女の関係性について語っていた。それに半長耳や他の特徴からしても、きっと間違いではない。

 彼女こそが生き別れていた俺の家族、亡き父が直近に書き残して、探すように言われていた俺の姉貴──"フェナス"その人だったのだ。

 

 

「おお! ベイリル!! 目覚めたか」

 

 遠慮なく開けられた扉からは、白衣を筋骨で盛り上げメガネを掛けた男が近付いてくる。

 

「あぁ……サルヴァ殿(どの)、お手数お掛けしました」

「それは別にいい、無理に動くなベイリル。少し()させてもらうぞ」

 

 そう言ってサルヴァは──瞳孔を覗き、呼吸を聞き、体を触診し──(とお)一遍等(いっぺんとう)の診察をし終えてから、ドンッと隆起する筋肉を張る。

 

「大丈夫そうだな。しかし本調子までは今しばらく掛かるだろうから、リハビリまでは無理に動かさないことだ。それと左腕のことだが──」

「左腕……?」

 

 そう言って俺は視線を動かすと、有るはずのものが無く、無いはずのものが()()()()()()()()()

 あまりに自然すぎて気付かなかったが……そうだった──"運び屋"に、他ならぬ姉に左腕を切断されてしまったのだった。

 

 

「これって義手?」

「そうだ、動かせるか?」

 

 言われて俺は意識せぬまま、人工的な左手の関節が動く。

 

「凄いな、財団のテクノロジー。俺も網羅しているわけじゃないが、ここまで違和感ない義手が作れたなんて……いや魔導科学(マギエンス)だからこそ、ここまでスムーズなのか」

「……とりあえず、問題はなさそうだな」

 

「えぇ、大丈夫そうです。生身じゃないのは残念ですが、これも高い授業料と思って受け入れます」

 

 切り札が一つ増えたとでも思えばいい。精神エネルギーで放つ銃を仕込んで、ロケットパンチを奥の手にするのも悪くはない。

 

「……そうか。とりあえずしばらくは専属の看護を付けるぞ、ベイリルは変わらず無茶をしそうだからな」

「ははっ、俺は医者の言うことはちゃんと聞くほうですよ?」

 

「そうでなくともしばらくは身の回りの世話役がいるだろう」

 

 パチンッとサルヴァが指を鳴らすと、先ほど目覚めて最初に出会った女性が入ってくる。

 

 

「君、看護師だったのか」

「いえ……自分は──」

 

 どこか緊張してよそよそしくはあるが、こちらへの嫌悪感はなくむしろ安堵しているような感じであった。

 

「彼女は看護師じゃあないよ、そうだな……まあ今はいい。一通りの心得はあるから、彼女にまかせておけ」

「了解です、病床人は大人しく従いますよ」

 

 サルヴァはいったん病室から出て行くと、俺は女性と二人きりになる。すると女はベッド横の丸イスに座ると、ギュッと俺の右手を握ってきた。

 どこか力強(ちからづよ)く、もう離さないとばかりにしっかりと……。

 

「えっと──どうも改めまして、ベイリルです。しばらく身の回りのことお願いします」

「はぃ……はい、何もかも自分におまかせください」

 

 握られた俺の右手はそのまま女性の頬へと添えられ、手の平を通して彼女の体温が伝わってきた。

 

 俺はふと導かれるように、姉のことを思い出しながら女性の耳を確認すると……わずかに尖った平たい耳をしているのがわかる。

 もしも姉の"半長耳"をもっと早く確認できていればあの時に……いやもっと早い段階で、違う立ち回りが──

 

(いや、三度会った時に俺は姉がいることを知らなかったから無理な話か)

 

 

「んっ……」

「っと失礼、申し訳ない。別に他意はないのでその──」

 

 俺はやや焦って弁明するも女性は耳が触られるのを特に拒む様子を見せず、むしろ受け入れるように視線を交わす。

 

「いえ、大丈夫です。ただ、その……頭を撫でてもらってもよろしいでしょうか」

「えぇ? まぁ構いませんが──」

 

 ゆっくりと俺は言われるがままに頭を撫で、彼女はそれをどこか噛み締めているようにも感じた。

 

 

「ありがとうございます、もう……大丈夫です、大変失礼しました」

「いえいえこんなことで良ければ? ところでお名前を聞いても……?」

 

「自分、は……"ナーギ"です」

「どうもナーギさん、改めてベイリルです。これからよろしくお願いします」

 

 ナーギは健やかな笑顔を浮かべるも、どことなく寂しさを感じたのは……はたして俺の気のせいか否か。

 

「ところで俺はどれくらい眠ってい──」

 

「おっ!! ホントに起きてら」

 

 唐突に現れた人物に、俺は一瞬だけ目を細めるも……すぐに再会した(とも)の名を呼ぶ。

 

「おぉ!? 随分と久し振りだな"オックス"」

 

 深緑色の髪を後ろで結い上げた男は、かつては学苑の魔術科で共に机を並べて学び、自治会長をも務めた気の置けない友人であった。

 



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#402 目覚め II

 

「──随分と久し振りだな"オックス"」

 

 病室へ新たにやって来たその人物は、学苑に通っていた頃に同じ魔術科の同季生として友情を育み、自治会長も務め上げていた男。

 

「そうだなベイリル、こうして話すのは……だいぶ久し振りになる」

 

 コツンッと俺とオックスは握り拳を当て、旧交を温める。

 

「学生の頃から変わったのは髪型くらいか? すぐにわかったぞ、なんならむしろ若返ってるようにさえ思える」

「はははっそりゃどうも。そう言うベイリルもさっすがハーフエルフだけあって、大人にはなったが老け込んではいないようだ」

「まだまだ若いさ。ところで、わざわざ見舞いに"内海"くんだりから来たわけじゃないんだろう?」

 

「まっ用があったのはサルヴァさんにであって、おまえはついでだよ」

「言ってくれるね、それでも懐かしい顔は嬉しいってもんだ」

 

 そこで俺はふと疑問符が浮かび、率直にオックスへと訊ねる。

 

 

「っつーかサルヴァ殿(どの)をよく知ってたな?」 

「ああ、まあな(・・・)。ベイリルおまえは知らないだろうが、オレも割りと財団と関わるようになったもんでな」

「そうだったのか。一体いつの間に──まぁ俺も最近は多忙だったから……色々と報告が溜まってそうだ」

 

「デスクワークするには丁度いいんじゃないか、しばらくは立つのも難しいんじゃねえの?」

「いやさすがにそこまで()せってないと思うが。左腕の義手はともかく、右腕や足はそこまで衰えた感じはしない」

 

 喉の調子も問題なく上がってきたし、経過していても精々が10日といったところだろうか。

 

「──それならそれでイイことかもな」

「ただ腹がめちゃくちゃ()いてるわ。できれば病院食じゃなく、クロアーネの愛妻料理を食いたい気分だ」

 

 

 冗談と本気を半分ずつ笑いながら俺が言ったところで、オックスはやや真剣な表情で問うてくる。

 

「……ところでベイリル、オマエさんどこまで覚えてるんだ?」

「んあ~~~そうだな、やられたところまでは──」

 

 仲介人(メディエーター)が現れ、姉である運び屋(キャリアー)がヴァルターを殺し、俺は背中を刺されて左腕を喪失した。

 

(それから……どうなった?)

 

 トドメは刺されることなく、俺の身柄は生命研究所(ラボラトリ)に預けるとかなんとか聞こえたような……。

 

「それ以降の記憶はまったくないか」

「だなぁ……」

 

 オックスは部屋の隅に控えていたナーギへと顔を向けると──彼女は口をつぐんで首を横に振る。

 

「なんだなんだ、記憶に関しては多少混濁して抜け落ちてようが問題ないさ。シールフに頼めばそれで済む」

 

 圧倒的な強みの一つ。シールフ・アルグロスの"読心"の魔導をもってすれば、奥深く眠っていた記憶も掘り起こしてもらえる。

 本格的にアンブラティ結社と敵対する立場になった以上、容赦はしないし、打てる手はすべて張り巡らしておかねばなるまい。

 

 

「つーか誰が俺を助けてくれたんだ?」

「……フラウさん、です」

 

 するとナーギが小さくつぶやくように答える。

 

「フラウが? もうワーム迷宮から戻ってたか」

 

 であればキャシー、それにバルゥ、さらにはケイ・ボルドも戻ってきていることになる。

 運び屋は脅威だし仲介人(メディエーター)のカラクリも不明、どれだけ結社が戦力を温存しているかもわからがないが……。

 

将軍(ジェネラル)の後釜に殺し屋(アサシン)として俺を引き入れた以上、そこまで潤沢ということもあるまい)

 

 探し出すことさえできれば、戦力的に叩いて砕くことは十分できるように範囲に思える。

 そも仲介人(メディエーター)さえ殺し切れたなら、それだけでアンブラティ結社は機能不全に陥る可能性が高い。

 

「落とし前はつけないといけないからな」

 

 

「見て……らんないな」

「オックスさん!」

 

 どこか覚悟を決めたような表情のオックスと、(すが)るように止める様子のナーギに俺は眉をひそめる。

 

「なんだよ、神妙な顔をして──」

 

 言葉途中に俺は気配を感じて窓の外を見ると、その窓枠に掛けられた手に気付いてギョッとする。

 

「んむ? 取り込み中だったか?」

 

 一陣の健やかな風が流れたかと思うと、そこには"ハイエルフ"が空中に立っているのだった。

 

「ベイリル! 快復したようで何より!」

「"スィリクス"? なぜここに?」

「それはもちろん、君が目覚めたと連絡を受けてな。いてもたってもいられなくなった」

「随分と来るの早いな……ってか、サイジック領(こっち)に来てたのか」

 

 オックスより前の自治会長、ゆえあってモーガニト領の代理を任せているスィリクスがこっちに来ている理由。

 

「モーガニト領はどうなった……?」

 

 戦帝は捕まり、ヴァルターも死んだ。あるいはヴァルター殺しの濡れ衣を着せられかねず、領地剥奪もありえる。

 そうでなくとも内乱が最勃発した可能性、激化すれば各領地へ波及してどうなるかわかったものではない。

 

「む? あぁ土地に関しては心配はしなくていい、健在だよ」

「それは良かった。詳しくはあとで話すけど、皇国侵攻戦のはずが結構なゴタゴタがあったんでね」

 

 

「ああ、だろうな(・・・・)。しかし、そうか──まだなのか。とりあえず失礼するよ」

 

 何かを察したようなスィリクスは窓をまたいで入室するやいなや、真っ直ぐ俺を見据えてくる。

 

「ベイリル、親愛なるキミの友として話しておかねばならないことがある」

「っと、そんな改まって……なんか構えちゃうな」

 

「スィリクスさん……いずれは話さなければならないことでも、まずはサルヴァ先生の判断を仰ぐべきです」

「ぬっ──」

「ずっと付き添ってきた彼女の意見は、尊重されるべきだと思うぜ。オレも止められたし」

 

 なにやらわかったように話す三人に対して、さすがにオレも言及せざるを得なくなる。

 

「さっきからなんなんだ。いまいち頭が回ってなくても、さすがに不自然が過ぎる。なにか重大事か……誰かの訃報(ふほう)でも、あるのか──?」

 

 覚悟を決めなければならない。俺が倒れているその間に、何か重大なことが起こったということを。

 

 

(われ)の見立てでもベイリルの意識はしっかりしている、明かしても問題はないだろう」

「サルヴァ殿(どの)……」

 

 ともするとタイミングよく再びやってきたサルヴァが──俺の反射を試すように──投げてよこしてきた小さな紙袋をキャッチする。

 

「内服薬だ、今後なんらかの異状が出た時に飲むといい。そしてもう一人、目覚めを心待ちにしていた者が来ているぞ」

 

 千客万来と喜んでいいのかどうか、カラカラと車輪が回る音が響き、車椅子に乗った老婆から入口で会釈される。

 

「おはようございます」

「あぁ、おはよう……ございます」

 

(見覚えは──ないな)

 

 

「おまえの口から話すか? この場では最も相応(ふさわ)しいだろう」

「……はい、わたしの口からでよければ」

(われ)らはいったん場を(はず)そうか?」

「いいえ、この場にいてもらったほうがよいかと」

 

 サルヴァの言葉こそ遠慮ないものの、その心遣いには老婆に対する明白な"敬意"が感じ取れる。

 そしてそれはこの場にいるナーギ、オックス、スィリクスの全員が例外なく一歩引く様子で、車椅子の老婆こそ最も立場が上なのだと理解させられた。

 

「ご婦人、なにやらみんなしてよそよそしくしている秘密を……貴方が教えてくれるのですか?」

「はい。ただその前にもう一人、いえ──もう一柱(・・)を呼んでくれますか?」

 

 老婆はナーギへと目配せすると、ピュイッと口笛と一つ鳴らす。そして老婆は車椅子からゆっくりと立ち上がった。

 

 

「老体には(こた)えますが、"糸"を使えばなんとか……少しだけ立って歩くことができます。ベイリル先輩(・・)

 

(せん、ぱい……? 俺のことをそう呼ぶのは──)

 

 周囲にはキラキラと"白金の糸"が(きら)めき、自力でベッドまで歩いてきた老婆はゆっくりと俺を抱きしめてくる。

 同時に骨まで響くような(うな)り声が聞こえると、窓の外には"巨大な瞳"がこちらを覗き込んでいた。

 

(ドラゴン)……? 灰色(・・)の──まさか"アッシュ"か?」

 

 いかに回転が(にぶ)くとも、俺は頭の片隅で……無意識の部分で理解し始めていた。

 するとナーギは、金属のような光沢をもった連節尾を隠すことなく見せる。

 

「ナーギ、なぎ……本当の名は"ヤナギ"──それにお前……"プラタ"、なのか」

 

「そうです、ベイリル先輩。その、先輩は……およそ100年近く眠っていたことになります」

 

 突然立っていた地面が抜けるような感覚を味わいながら、俺はその言葉を何度も……何度も──反芻(はんすう)するしかないのであった。

 

 



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#403 空白

 

「まさか"アッシュ"か? ナーギ、なぎ……本当の名は"ヤナギ"──それにお前……"プラタ"、なのか」

「そうです、ベイリル先輩。その、先輩は……およそ100年近く眠っていたことになります」

 

 俺は自分の中に存在するあらゆるものが揺らぐ心地で、成長(・・)した幼灰竜(アッシュ)義娘(ヤナギ)、年老いた後輩(プラタ)から目を瞑る。

 

(そうか──あぁ、これが現実なのか)

 

 明晰夢との区別くらいは容易につく。まぎれもない、これが俺の生きる()に他ならないことを自覚する。

 

 

「ちょっと待て、オックス……? なんでお前は若いままなんだ」

 

 サルヴァは神族から定向進化した魔族であるゆえ寿命は既存の枠に囚われないし、スィリクスは長命種(ハイエルフ)だから昔と変わらないのはわかる。

 しかし一介の魚人種であるオックスが、学生の頃と変わりない姿なのはどうにも()せない。

 

「あぁ、ベイリルはオレの種族知ってるだろ?」

「たしかクラゲ族、だよな」

「そうだ。オレの一族の中でも特に血の濃い者は、しち面倒臭い準備と長ったらしい儀式の上で若返る(・・・)ことができるんだ。確率は決して高くはないがな……幸いにも成功した」

 

 ほんのわずかにでも(すが)りたかった一縷(いちる)の望みも、あっけなく潰された俺はもはや受け入れるしかなくなった。

 100年もの空白。あの日、仲介人(メディエーター)にやられてから……恐ろしいほどの時間を浪費してしまったのだということに。

 

 

「すまない、みんな……少しだけでいい、一人にしてくれないか」

 

 誰も一言も発することなく病室を去り、アッシュも言葉が伝わっているのか姿を消した。

 そして俺は──魔力を体内で遠心加速循環させつつ、"風皮膜"を(まと)って窓から外へと飛び出した。

 

 

 

 

「ここは……そうか、そりゃ完成(・・)しているよな」

 

 空へと昇ったことで全景を眺望し理解する。()()()()()()()()()

 海上でわずかに浮かぶそれこそ──空中機動(ギガフロートフォ)要塞(ートレス)"レムリア"。

 構想段階でしかなかったそれも、俺の知らない年月を重ねて実現していたのだ。文明がどれほど進んでいるのか、想像がつかないほどに。

 

「この分だと"アトランティス"や、もしかしたら"ムー"まで完成していたりしてな。ははっ浦島太郎の気持ちも、少しはわかるってもんか……」

 

 俺は自嘲的に笑いながら、飛行する小さな大陸の最も高い尖塔の頂点(てっぺん)まで飛んで座り込む。

 

 

(100年──定命(じょうみょう)の者は、ほぼほぼ亡くなっている……よな)

 

 プラタは100歳を越えているのだろうが、それ以上を生きられるのは長命種のみである。

 つまり俺が知る人間、俺を知る人間の多くが既にこの世にいないということになる。

 

 俺は青空にも大きく浮かんでいる片割れ星を見つめる。

 

(どこで失敗した──)

 

 ヴァルターと組んで仲介人(メディエーター)に目をつけられたことか。

 アンブラティ結社に誘われ、のこのこ潜入したつもりだったのがそもそもの間違いだったのか。

 前提として皇国侵攻を固辞して、参戦しなければこうはならなかったか。

 俺自身に、もっと(ちから)があればあの場で負けることもなかったとも言える。

 

 

(くそ……クソックソックソッ! くそったれが!!)

 

 備えていたつもりでも、不意を喰らう。それが突然の出来事に思えても、実際には複合的な要因によって"その(とき)"だったというだけなのだ。

 人が見通せる範囲などたかが知れている。素粒子の動きの全てを観測して、過去から未来までを予知するなど不可能であるがゆえに。

 

 今こうして生きていたのは幸いだったとしても、過ぎ去った日々はいまさら取り戻すことはできない。後悔してもしきれない。

 

 

「辛気臭いなぁ……まったく」

 

 いつの間にか、隣に立っている人物がいた。背は高く凛としていて、グラマラスで妖艶とした雰囲気を兼ね備える女性。

 

「……誰だ?」

「いくら久し振りだからってボクの顔を見忘れた?」

 

 俺の記憶にその姿はない……しかし、かすかにだが面影は確かに残っている。マジョーラカラーの紫髪とその声、さらには魔力の色までは忘れようもない。

 

「まさか、レドか? 寿命を延ばしたのか」

「ピンポ~ン、正解。まっ昔よか色々と育ってるからわからないか、魔王として威厳を持たせる為にちょびっと足してる(・・・・)かんね」

 

 ひどく成長している、しかしそれは紛れも無い"レド・プラマバ"に他ならなかった。

 

 

「ベイリルさー、ちょっと立ってくれる?」

「ん? あぁ、なんだいきなり」

「歯ぁ食い縛れ」

 

 俺がゆっくりと立ち上がったその瞬間、レドの容赦の無い拳が俺を襲った。

 生きろという本能が、無意識に俺の両腕をあげてガードさせ、さらには空中へと飛び退いていた。

 

「おいおい、防御すんのはナシじゃんか」

「おまっ──義手が一撃でぶっ壊れたじゃねぇか。こんなん病み上がりに、しかも顔面狙いとか死んでるわ!!」

 

 レドは尖塔の上に、俺は二の撃を警戒しつつ空中に浮遊する。

 

「うん、死ねよ。ウジ虫野郎」

「ここに来たってことは俺の状況も知ってるんだろ。目覚めて現実を突きつけられたばかりなんだ、少しくらい感傷に浸ることくらい許してくれてもいいだろうが」

 

 レドは「はぁ~……」と嘆息を吐きつつ、肩をすくめて呆れ顔を見せる。

 

「いやぁ? ボクからすれば許せないね」

「そもそも情報の整理すら追っついてないんだこちとら」

「ボクの知ったことか。なんで許せないか教えてやろうか?」

「素直に教えてくれるのならな」

 

 

 トンッと空中へ踊り出したレドは、俺に額を突き合わせるようにガン付けてから口を開く。

 

「フラウには、世話になったからだよ」

「──……フラウ、そうだフラウ! あいつは半人半吸血種(ダンピール)だ、それに俺を救い出したって聞いた……ぞ──」

 

 そこで俺の言葉が止まる。

 なぜならばレドの表情が言葉よりも重く物語っていたに他ならなかったからであった。

 

「フラウのおかげでボクも魔王になれた、全魔領の統一もそう遠くない……そしたら大魔王だ。だってのに、フラウはもういない」

「そんな──嘘、だろ……」

 

 フラウが、いない? ハルミアさんは? キャシーとクロアーネは──

 

 

「あんな最高の女が生涯を懸けて愛し求めた男がさ。(おお)っっっ昔だけどボクよりもちょびっとだけ強かった男がさ。いつまでもドンヨリしてるとか、死んだほうがマシじゃね?」

 

「まったく、それで発破かけてるつもりかよ。だが……ありがとうよレド。おかげで完全に目が覚めた、俺は聞かなきゃならん──全ての顛末(てんまつ)を」

「ふ~ん……──」

 

 レドは首をかしげながら一拍置いて、即座に蹴りを(はな)ってきたのを俺は紙一重で回避する。

 

 

「ッッ──っておい! 完全に目が覚めたっつったろ!」

「一人で勝手に終わらすな、そんなの知ったこっちゃないね! いいから溜まりに溜まったボクのストレス発散に付き合え、もうベイリルよりもずっと強いから手加減くらいはしてやる」

「病み上がりだからって、100年のブランクがあるからって、あまり俺を無礼(なめ)てくれるなよ。しかも空中戦とくればなおさらだ」

 

 俺はレドに破壊されて喪失した左腕を埋めるように、幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)"ユークレイス"の灰鋼の左腕で補完する。

 

「へぇ~、それが昔あの将軍(クソジジイ)をぶっ倒したやつ?」

「あぁそうだよ、一部だけだがな。完全顕現がご所望なら、遠心分離にあと十数分(じゅうすうふん)くらいは必要になるが──」

「何言ってるかわからんし、待つのもめんどくさい」

 

「レドお前は……見た目は変わっても、中身は本当に変わらんな──だけど、それが今はありがたい……のか」

 

 後半の言葉はレドに聞こえないように呟きつつ、ようやく俺は……素直な笑みを浮かべられるのだった。

 

 



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#404 歴史 I

 

()っつ……──」

 

 目を開けると満点の星空の下に俺は寝転んでおり、既にレドはいなくなっていた。

 

(本当に容赦なくやりやがって……)

 

 しかしながら心地良い痛みでもあった。どこかで贖罪のような罰を欲していたとも言えるし、どうしようもない怒りと哀しみを発散できた気もする。

 もちろん一時的に晴れているだけで、これから知るべきこと、為すべきこと、成さねばならぬことはきっと山のようにあるだろう。

 

 それら全てを背負えば、また気落ちするのは容易に想像がつく。

 しかしこの瞬間があってこそ──耐え抜き、不断なき実行をし続ける為の一助になってくれるに違いないと。

 

 

「二度目の目覚めはどうかね、ベイリル」

「……サルヴァ殿(どの)

 

 シップスクラーク団の"大化学者"、紫竜の加護を受けしサルヴァ・イオが翼を折りたたみながら着地する。

 

「レドに頼まれてな、一応()ておいたが問題はなかったよ。義手に関してはまた新しいのを着けてもらうといい」

「重ね重ね、ありがとうございます」

 

 俺は座ったまま深く頭を下げる。

 

「うむ。では聞きたいことを、教えよう」

「──俺が知る人物で生きているのは……誰ですか」

 

 俺は直接死んだ人物を聞くのに堪えられる気がせず、わかっていながらも遠まわしに聞くことを選んでしまった。

 

(われ)が知るベイリルの交友関係の範囲で言えば──さきほど会った者たちは覚えているな」

「はい……オックスにスィリクス、それに……ヤナギとプラタとアッシュ。それとレドも」

「あとはそうだな──エイル・ゴウンと、ロスタンくらいか」

 

「……えっ? それ──だけですか?」

 

 

 何人もの長命種であった名前が挙げられなかったことに、愕然(がくぜん)とするより他はなかった。

 

「長き刻を生きる者にとって、別れとは決して避けられないことだ。いずれは慣れる、哀しいことだがな。ただ……ベイリル、おまえの場合は結果的に一度に重なりすぎたな」

「──ッッ」

 

 声にならない声をあげるしかなかった。

 

「だがこれは朗報、と言えるのかな。"敵"はまだ存在する」

 

 ドクンッドクンッと俺の心臓が血流を全身へ張り巡らしていく。

 サルヴァはわかっていて言ったのだ、わかりやすい目標があれば人は生きられるということを。

 

「怒りと悲しみは全て秘めるがいい。感情の制御は得意なのだろう?」

「……えぇ、はい。聞かせてください」

 

 手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に。

 爆発的な感情をすべて一点に凝縮し──その刃を、その弾丸を──然るべき相手へと叩き付ける為に。

 

 

(われ)が語れるものだけだがな」

「もちろん、その前に敵の名をいいでしょうか」

 

「アンブラティ結社の残党、そして……"血文字(ブラッドサイン)"」

 

 俺の瞳が見開かれる。結社については予想通りであった、そう簡単に滅びるような組織ではないだろうと。

 しかしながら同じ異世界転生者であった──"血文字(ブラッドサイン)"の名が出てくるとは。

 

「どちらもよく知っているのだろう、だからこそベイリル。おまえの役目に他ならない」

 

("血文字(ブラッドサイン)"……今も生きているのか)

 

 "透過"と"変身"という二つの異能を持つ、元が男か女かも、人族ですらもわからぬ転生者。

 長命なのは体細胞レベルで変身しているのか、それとも元の種族が長命だからなのかはわからない。

 

 

「まずはベイリル(きみ)の失踪後、特に話題にもならなかったのを覚えている」

「えっ?」

「自分の能力と行動を振り返ってみるがいい、少しくらい姿を見せなくなったところで心配する者はいなかった」

「な……なるほど」

 

 確かに俺の強度と性格からして、少しくらい身を隠してなにか悪巧みをしているのだろうと思われても仕方なかった。

 

「帝国では女帝が誕生し一時ながら安定、サイジック領に特に影響はなかった──」

 

(テレーゼ、だったか。仲介人(メディエーター)の傀儡として使われたか)

 

「が、それから少ししてシールフが事故によっていなくなった」

「シールフが? 事故……?」

「"異空渡航"のな、やる気を出すのはよかったが……あくまで結果論から言うのだが、実験・検証が不十分な段階で(はや)った──と言えるのかも知れん」

「そのまま戻らずじまいですか」

「うむ、さすがに"三巨頭"の一人がいなくなったのは問題となった。さらにベイリルおまえも雲隠れしたままだったし、迷宮攻略組も帰ってきたところで捜索隊が結成された」

 

 

「フラウを筆頭に、ですか」

「そうだ、迷宮攻略組のほとんどがそのままベイリルおよびシールフ捜索隊の中心となった、"明けの双星"兄妹も加わっていたな」

「オズマとイーリスも、か」

 

「情報収集ももちろん並行したが、空振(からぶ)り続き……ただその過程でアンブラティ結社の存在が浮かび上がった」

「俺がいなくなった原因に、結社が関わっていると突き止めたと?」

「まあそういうことになるのだろうな、そこでカプランが自ら本格的な調査を開始し……その過程で息を引き取った」

「そんな……──」

 

「カプランがいなくなったのは財団にとって最大の痛手だったと言えよう。しかしヤツもただでは死なず、結社についてかなり深くまで迫った。それを引き継いだのが──ゼノだ」

「ゼノが?」

「そうだ、あいつはカプランの残した情報を実に巧みに利用し、自ら結社員──"設計士(デザイナー)"として潜り込むことに成功したのだ」

 

 

(俺と似たようなことを……武力もなく、後ろ盾にも頼れない状況だろうに)

 

「外からだけではな、カプランですら限界があった。だからこそゼノは内から探り、結社の詳細はより明らかになっていった。しかしな……その頃には世界が混乱の渦の中にあった」

「どういうことです?」

 

「"戦帝(・・)"だ」

「戦帝──!? しかしあの人は"折れぬ鋼の"と衝突して、皇国に囚われているはずでは」

「脱獄したのだよ、お付きの近衛が手引きしたという話だ)

 

(……焚き付けたの、俺だったような)

 

 捕まっても後から奪還すればいい、ようなことを三騎士に語った気がする。

 

「問題は戦帝が帝国へ戻ることなく、単なる傭兵として──否、もはや戦争(いくさ)の賊だな。世界中に火種を撒いては、それを炎上させる災厄と化した」

「まじで何やってんだあの人……」

「帝国からもそれに追従するバカが溢れ返り、新たな国が建てられてもおかしくはなかったのだが……あくまで戦帝は戦争にのみ生きた」

 

 らしい(・・・)と言えばらしいのだが、傍迷惑にもほどがある。

 

 

「大戦乱の時代だ。波及した戦争行為と人為戦災は……五英傑でも到底、対処しきれないほどに膨れ上がった」

 

(おそらくだが戦帝なりの意趣返しも含まれてそうだな──それもまた"折れぬ鋼の"に対抗する一つの()だ)

 

「さすがに財団も揺らいだ。貴様もシールフもカプランもいない上に、慈善を(うた)っている以上は支援を惜しむのも難しかった」

「旧インメルのように利益は追求できなかったと?」

「カプラン亡き後でも、プラタをはじめとして後進の教育は進められていた。しかしやはりカプランの資質とは、それだけ得難いものだったということだ」

「確かに……あの実務能力には幾度となく助けられました」

 

「そしてその頃だ、"血文字(ブラッドサイン)"の最初の犠牲者が、領都ゲアッセブルクで出たのがな」

「……ッ!!」

「特筆すべき点のない、一人の属民の死だった。しかしヤツはその名のとおり血文字(ブラッドサイン)を残していく。財団内でも"危険等級(リスクランキング)"が引き上げられた」

 

(ここで出てくるのか──)

 

 

「心して聞け、ベイリル。"血文字(ブラッドサイン)"の犠牲者には……おまえの家族(・・)が含まれる」



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#405 歴史 II

「──"血文字(ブラッドサイン)"の犠牲者には……おまえの家族(・・)が含まれる」

 

 ギチギチと心臓が締め付けられる心地が(ぬぐ)えない。

 

「俺の家族を……"血文字(ブラッドサイン)"が──」

「ヤツの動機は今なおわかっていない。だがサイジック領内における、のべ73人の犠牲者の中に"ハルミア"、そして()()()()()も含まれる」

 

 あの時、あのクソ野郎を逃がしてしまったばっかりに引き起こされた因果に血が滲んでいく。

 

「ハルミアさん──それに、顔も見てない俺の……子」

 

 守れなかった、誓いを立てたはずなのに──俺はどこぞに捕まり、眠っていて何もできなかった。

 沸々と燃え(たぎ)るマグマのような憤怒を、俺は前言のとおり表には出すことなく自身の心の(うち)に封じ込める。

 

 それをぶつけるべき相手は、いまだ敵として存在しているのだから。

 

 

「──……続けるぞ。シールフはいない、心を読んで探すこともできない中で財団の多くの人材が失われ、犠牲者はもっと増えていてもおかしくなかった。それをジェーンが止めた、もっとも彼女も一度は殺されたのだがな」

「ジェーンが……どういうことです?」

「彼女は"血文字(ブラッドサイン)"の手によって死の(ふち)にあって、その血を覚醒させた。ベイリルおまえならば知っているだろう? 初代神王ケイルヴ・ハイロードと呼ばれたその血だ」

「それは知っていますが……いまいち要領を得ません」

 

「"神族大隔世"と言えば理解できるだろう。ジェーンはシールフと同じく、神族の血を人の身のままで発現させたばかりでなく、さらには初代神王に連なるものだったのだ」

「ハイロードの血──って、まさか黄昏(・・)!?」

「左様。代々の"黄昏の姫巫女"に探させていたらしい、黄昏色の魔力を持つ者こそ彼女だった。ジェーン・ハイロードとでも言うべきかな」

 

(ジェーンの先祖が……かの初代神王ケイルヴ・ハイロード──)

 

 

「彼女のおかげで血文字(ブラッドサイン)自身も、一度は死に瀕するほどの大きな深手を負った。しかし仕留めきるまでには至らなかった。

 とはいえ以降の安全は担保された。なぜならばハイロード、初代神王ケイルヴ──彼はその瞳で魔力を見ることができたという。その形質は彼女にも現れていたのだ」

 

「魔力……そうか、魔力色覚なら血文字(ブラッドサイン)を判別することができるのか!」

「だからこそベイリル、もはやおまえにしか頼れない。血文字(ブラッドサイン)を探し出せるのは、唯一おまえだけだ」

 

「ジェーンはもう……?」

「あぁ、シールフのように長命とはいかなかったようでな。だがしかし美事な往生(おうじょう)であった」

 

 シールフの場合は魔導師としての肉体活性あっての、長命であったのかも知れない。

 

「保護し育てた子供たちも成長し、実に多くの人間に囲まれ惜しまれ、笑顔で迎えた最期だったよ」

「そっか……ジェーン──幸せな人生、少しは救われる心地だ」

 

 あるいは"至誠"の聖騎士ウルバノも、そうした死に際を得られたのかも知れない。

 

「うむ。ベイリル(おまえ)と関わったことで、確かに報われた者もいるということだけは忘れてはならん」

 

 そう言うとサルヴァはポケットから一枚の"赤い紙"を取り出すと俺に手渡してくる。

 

 

「なんですかコレ、手紙……じゃないですよね」

色見本(・・・)だ。ジェーンが()た"血文字(ブラッドサイン)"の魔力の色を、ナイアブが再現したものよ」

 

 ドス黒い乾いた血の色──"血文字(ブラッドサイン)"らしいと言えばらしい、不吉を(はら)んだような色だった。

 

「近い色の者を見つけたら、三つの泣きボクロと首元から顎にかけて"消えない凍傷"を確認しろ」

「消えない凍傷(・・)……もしやジェーンが?」

「その通り、変身しようが決して戻らぬ──理を越えた(ちから)を持ち得たジェーン(かのじょ)は、紛うことなきサイジック法国の守護者であったよ」

 

「了解しました。俺が俺だけの責任をもって決着をつけます。必ず"血文字(ブラッドサイン)"を見つけ──この手で殺す」

 

 たとえ"透過"の異能があろうと関係ない、どのような手段を用いてでも葬る。

 

 

「ちなみにナイアブはニアとの一子をもうけ、晩年まで芸術に打ち込み続け、今では世界で最も有名な一人となっている」

「おぉッ──!!」

「ヘリオ、ルビディア、グナーシャ、カドマイアらも引退するその日まで世界を興奮の坩堝(るつぼ)へ叩き込んだ超のつく有名人よ」

「ヘリオ……そっか、そうか!」

「リーティアとティータは(われ)と一緒に、テクノロジーに生ききり──財団を躍進させ続けた。そうそうスミレ、転生者の彼女もよく働いてくれたよ」

 

(リーティア、いつまでも変わらず……お前らしく生きたことを願う。ティータ、スミレもなによりだ)

 

「そしてゲイル・オーラムは老いて亡くなる日まで財団と共に在った。付き従い補佐したクロアーネも、料理人として多様に裾野(すその)を広げた第一人者よ」

 

(オーラム殿(どの)……感謝します──クロアーネ、俺がいなくてもたくましくて安心したよ)

 

 

「他の者らもほとんどが変わらぬまま財団に生き、そして天寿を(まっと)うしていったよ。例外の一人は……ファンランか」

「ファンラン? ──は寿命を考えれば生きているはずですが……」

 

 極東の龍人と呼ばれる種の血を発露させている彼女は、寿命も長命種ばりに長いはずだった。

 

「残念だがな。第四次"海魔獣"討伐遠征作戦の折に、帰らぬ身となってしまった。主導する者がいなくなったことで、海魔獣は現在も大陸と極東との間を回遊していることだろう」

「そう、ですか──」

 

 夢への一歩は踏み出せても、それは叶うことのないままファンランは没してしまった。

 そして俺は約束をしたのに具体的な手助けをしてやれなかった、それはとても歯痒いことだった。

 

 

「キャシーはどう生きたのか、聞いてもいいですか? 俺の捜索隊として、その後──」

「それを語るには、そうだな……歴史の続きも語っていこう」

「……はい、お願いします」

「戦帝はおよそ20年超の長きに渡って世界中の国や組織を戦乱に巻き込んだ。その死後も戦災復興の為に、半世紀以上の時間が割かれてしまった。文明も停滞どころか、後退した部分も否めん。

 "折れぬ鋼の"も寿命には勝てず、"大地の愛娘"はいつの間にか音沙汰がなくなっていた。幸いにも魔領からの大規模侵攻がなかったのは、ベイリル(おまえ)がレドを見出(みいだ)し懐柔していたおかげと言えよう」

 

 つまり人類にとって友好的なレドが魔領の北側を統治し、人領への不可侵を徹底してくれたからなのだろう。

 

「もっとも後の物語においては違う見方(・・・・)がされるのだが──そこはまだいい」

「……?」

 

「とにかく財団の歩みと世界の歴史にどう関わったかについては、"アレキサンドライト図書館"の禁書庫にある財団記録を、自身で閲覧するのが良かろう。

 王国王弟の大虐殺、大陸東部大震災、共和国の崩壊と独立解放戦争、皇国で起きた竜教徒の乱、緑竜災害、北洋大瀑布、封印されし魔人の復活、赤竜山の噴火、西部連邦を襲った流行り病、数限りない」

 

 気になる文言が多すぎるが、とりあえず一つ一つを詳しく語って聞かせる気はサルヴァにはないようだった。

 

 

「ことさら問題だったのは、戦帝の死後──大陸中が世情不安となったことだ。各国はおろか各領地や組織が様々な思惑に駆られ、しがらみに囚われ、時に激発した」

「"暗黒時代"──」

「まあそう言えなくもなかったかも知れんな。もっともかつて大魔王が人領を席捲した時代に比べれば……所詮は人と人とのそれなのだろうが」

 

 人類にとって真の暗黒時代とは、大魔王率いる魔領軍による人領支配である。

 その影響による反動は、後々に魔族への差別、国によっては人権の無視という形で色濃く残っていた。

 

「なんにせよここから語るのは、半世紀の(のち)。"()英傑"目に数えられる者の物語だ」

「四英傑目……ということは、"折れぬ鋼の"と"大地の愛娘"ルルーテの名がいなくなってからということですか」

 

「あと"偏価交換の隣人"ラッド・エマナティオも死んでからだな」

「確か王国の……──それで、一体誰が?」

 

「それが物語にして歴史。そしてその者は()()()()()()()()()()だということだ、ベイリルよ」



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#406 歴史 III

「──おまえもよく知る人物だということだ、ベイリルよ」

 

「新たな四英傑が俺の知っている人──もしやオーラム殿(どの)? いや年代を考えると……ケイちゃんもありえる、か?」

「ありえなくもないが、な。他に挙がるべき人物の名が挙がらないあたり、おまえは微妙に(にぶ)いところがあるな」

 

 目を細めて呆れとも嘲笑ともとれるサルヴァの表情に、俺はムッ……と眉をひそめる。

 

最も身近(・・・・)だった者を忘れてやるな」

「俺にとって最も身近、って──まさかフラウ!?」

 

「そうだフラウ(かのじょ)はな……ベイリル(おまえ)を捜索する(かたわ)ら、世界中を巡って数多くの紛争や問題を解決したのだよ」

「フラウが英傑と呼ばれるまでに?」

 

 にわかには信じにくい部分もあるが、それは身内目線だからこそなのだろう。

 フラウの潜在能力(ポテンシャル)を考えれば十分にありあえる。俺という依存相手がいなくなったからこそ、皮肉にも発揮できたのだとも。

 

 

「かの英傑の隣には常に"雷音"が轟き」

「……!? キャシーか」

「やがて"灰の竜"を駆って世界を繋ぎ」

「アッシュ」

「またその周囲には"二十四の花"が咲き誇っていた」

「うん……?」

 

「覚えはないかベイリル。まだ記憶が混濁しているか?」

「いえ──そうか、"烈風連"。身寄りなく、俺がクロアーネと共に保護し、自ら選抜し、英才教育の途中だった24人の子供達」

 

 ヤナギを筆頭として、俺が子飼いの部隊にする予定で育てていた孤児。

 いずれも俺が花の名前を付けてあげた、"二十四番(にじゅうしばん)花信風《かしんふう》"。

 三人一組(スリーマンセル)で8つの専門性を持たせる構想だった、世界で最高の特殊部隊にするはずだった"烈風連"が、俺のいないところで実現されていたとは。

 

 

「まずは比較的規模の大きい捜索隊として一年半近く。それ以降はフラウとキャシーの二人を中心に、ベイリル(おまえ)を……生涯を懸けて探し続けた。

 時にバリスら騎獣民族と共に地上を、飛空島(スカイ・ラグーン)を利用して空から、ファンランの海運を利用して、よもや宇宙にいるのでは? とまで言われたよ」

 

「結局のところ、俺はどこにいたんです?」

「そう()くな。フラウ達は探索の中でもシップスクラーク財団の本分は忘れることなく、トラブルバスターとして大小様々なことを解決していった」

「社会貢献と公共への奉仕、営利のみならず慈善団体としての側面──」

「うむ、だがフラウの英傑への第一歩を踏み出しと言える大きな事件は、西連邦の対魔領戦線にある」

「"断絶壁"ですか」

 

 西部連邦における魔領との境界線は思い出深い。

 

「今なお治めている財団(われら)の影響力強い土地であったが、その当時──人領へと大量の魔物および魔族が大挙して押し寄せてくる事件があった」

「"大地の愛娘"ルルーテはもう……?」

「いなくなったのも見越していたのだろうな。魔領にて土地を追いやられ行き場をなくした結果、人領へと攻め込んでくるという事態になった」

「それって……レドが魔領統一の為に暴れまわった所為(せい)ですか」

「まあそれも一因だ。とはいえ不可抗力に過ぎぬから、責められる(いわ)れはないがな」

 

 レドはただ純粋に、順当に、逆らう魔族を蹴散らしていっただけ。

 その過程で敗残した者らが、唯一の逃げ場である人領へ来るのは当然の帰結と言える。

 

 

「となるとつまり魔領軍を撃退し、人領への侵攻を防いだ。それがフラウを英傑にまで押し上げる最初の功績だったと」

「さらには最も勢いのあるプラマバ家当主との知己を得て、人領への不可侵条約を取り付けた……というところまでが伝説よ」

「なるほど。大衆受けする筋書きですね」

 

 実際には最初からレドとは通じていたし、なんなら支援もしていた。

 しかし(はた)から見れば類稀(たぐいまれ)な智慧と勇気の英雄譚となる。

 

「付け加えるならば、度重なる戦乱と戦災の疲弊の中で──人々が救世主を欲していたことも一役買ったと言えよう」

「財団もフラウを広告塔に、プロパガンダとして利用した……?」

「ふっはははッ! 率先して風説を流布したと言われれば、間違いではないな」

 

 商魂というかなんというか、俺がいなくとも財団はしぶとく狡猾に成長し続けくれたことは素直に嬉しくもあった。

 

 

「フラウはその十数年後、魔領の軍将としても活躍するのだが……詳しい話は今は置いておこう──多くの出会いと別れがあった、100年とはそういう時間だ」

 

 しみじみと、何百年も生きてきたサルヴァはそう口にする。実際に彼も愛する者と出会い、子をもうけ、それらを看取ってきた過去がある。

 

「カプランとゼノの功労とシップスクラーク財団の情報網。アンブラティ結社を徐々に白日の(もと)へ、根を切るように追い詰めていったのが20年ほど前のことか」

「結社を追い詰められたんですか!?」

 

「無論だ。いかにアンブラティと言えど、組織基盤が巨大な財団とは違いすぎる。確かに判然としない(ちから)ある脅威ではあったが、月日は我々に味方したわけだな」

「……そうか、半世紀以上も経てば面子も変わっておかしくない」

「フラウたちはゼノが潜入調査した当時よりも()()()()()()していて、労せず中枢にまで迫らんとした──しかしそこで立ちはだかったのが、"冥王(プルートー)"と呼ばれた結社の最終戦力だった」

「"冥王(プルートー)"? そんな隠し玉が……いや新たに結社入りした可能性もあるのか──」

 

「……そうだな、これを見ろ」

 

 すると俺はサルヴァからスッと差し出された"手鏡"を、首をかしげながら受け取る。

 

 

 特に何の変哲もない鏡で、100年経ってやや()けたハーフエルフの顔がそこにあった。

 

「見えたか?」

「はぁ……何がです」

「だから、"冥王(プルートー)"だ。おまえのことだよ」

「はいぃィい──!?」

「"生命研究所(ラボラトリ)"によってその肉体を魔改造され、寄生虫(・・・)によって操られたベイリル(おまえ)自身が我らの敵となったのだ」

「俺? 俺が"冥王"!? 記憶にまったくないんですがッ!?」

「それはもう、単なる操り人形と化していたからな。思考能力が欠如していたからこそ、フラウも苦戦こそすれ最終的には生け捕りにできたと言えよう」

 

 

 生死不明のまま失踪したばかりか、あまつさえ財団と敵対までしていた体たらくに俺は自己嫌悪が一層激しくなる。

 

「おかげで中枢を未だ叩けず、壊滅まで追い込めていない。ゆえに()めるのはベイリル、おまえの仕事だ」

「──……はい。因果は責任をもって、片を付けます」

 

 屈辱を(そそ)ぐ、それで汚名を晴らしきれるわけではないが……俺自身がやらねばならない。

 

「おまえの身柄はそのまま財団で預かり、すぐに治療を開始した。特に寄生虫を除去し、根治させるのが時間が掛かった要因だったな」

寄生虫(・・・)──それにしても20年近く、ですか」

 

 俺は気になる文言をつぶやきつつ、月日の長さを噛み締める。

 

「それと左腕にはナニやら触腕のような名状しがたいモノが移植されていたぞ」

「えぇ……」

 

 

 俺は思わず破壊されたままの義手と、欠損した左腕へと視線を移す。

 

「世界でも有数な強度をもったハーフエルフの肉体、実に様々に弄り回されていたよ。それを財団(われわれ)の叡智によって20年かけて修復した」

「ありがとうございました。その叡智筆頭たるサルヴァ殿(どの)

「ふっ……個人的にもなかなか興味深かったがな。なんならそのまま起こすという案もあったが──」

「あまり想像したくないですね」

「うむ、異形の肉体──シールフもいないのに、それは精神面に影響大と見てな。回復に努めた次第よ。もっともそのまま起こすにしても10年は()っただろうなあ」

 

「……まぁ10年差も20年差も誤差ですか」

(われ)がおまえを助けることにのみ注力していればあるいは5年、いや3年くらいには短縮できたやも知れんがな。しかし一個人の為に利益を損ねるのは、財団の為にはなるまい」

「仰る通りです。ましてや下手を打ったのは俺自身に他ならない」

 

 サルヴァという得難い頭脳と実行力は、より大局的な奉仕にこそ消費されるべきであるのだから。

 

 



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#407 歴史 IV

 

「──さて、無事ベイリル(おまえ)を保護することはできたわけだがな。それから三季くらいしてフラウは倒れた」

「……ッッ」

 

 いよいよもって踏み込まれた話題に、俺は無意識にこわばり身構える。

 

「キャシーは既に寿命によって他界し、フラウもお前を見守るように静養こそしていたのだがな……なにぶん無理をしすぎていた」

「無理、というと?」

「彼女は循環によって魔力を限界以上に(たくわ)える技法を開発していただろう?」

「えぇ、はい。"魔力並列循環(マジカル・ループ)"のことですね」

 

「あれには臨界点のようなものがあったようでな、一見して無尽蔵ではあっても器を越えた際に少しずつ自家中毒(・・・・)を引き起こしていたのだ」

「魔力の……"暴走"」

 

 最も思い出されるのはやはり将軍(ジェネラル)であり、能動的に黒色の魔力を取り込むという荒業であった。

 あれは将軍(ジェネラル)の資質と才能、そして純吸血種という特性を併せることでようやく可能な術法に違いなかった。

 

 また今まさに目の前にいるサルヴァも、神族から暴走を経て定向進化を成し遂げた人物であるが、それは彼の薬学知識と入念な事前準備あってのものである。

 

 

半人半吸血種(ダンピール)だからこそ実現できた技法だが、同時に純血種でないからこそデメリットまでを消すことができなかったのか──)

 

フラウ(かのじょ)も必要性があってこそ、覚悟を決めて臨んだことだったようだ。たとえ(むしば)まれることを知っていたとしても同じことをしただろう、とな」

「あいつが決めたことなら、俺からは言えることはないです。それに……もう言うこともできない」

 

「……そうだな、フラウは死んだ。安らかであったことが、せめてもの(なぐさ)めになるだろう」

 

 わかっている。今こうして渦巻く感情も、全て復讐に捧げるべきなのだと。

 そしてやり遂げた暁には、新たな気持ちで"文明回華"に尽くし、再出発すべきなのだということも。

 

 しかしどうしたって100年越しに突きつけられた現実は、俺の精神を均衡を確実に崩していく。

 

 

「……遺言は預かってないですか? 魔術具に録音とか──」

「聞きたいか、声を」

「そりゃぁ……もちろんです。フラウだけじゃない、キャシーにも、クロアーネだって、ハルミアさんと……俺の娘の声も──」

 

「──ベイリルよ。今すぐアレキサンドライト図書館・禁書庫へと行くがいい」

「はい……? 今すぐですか?」

 

 いずれ財団や世界の歴史を調べる為に行くつもりであったが、今この場でいきなり言い出されて俺は疑問符を浮かべる。

 

 

「現在あの場所へ自由に立ち入れるのは五人、当然だがおまえのアクセス権限は残っている」

「今は、誰になっているんです」

 

 かつてはベイリル(おれ)と、ゲイル・オーラムと、シールフと、カプランと、ゼノのみが出入りを許可される形であった。

 

(われ)と、プラタに、エイル・ゴウン、そしてヤナギだ」

「なるほど、妥当な人選ですね」

「ちなみに存在を知っているのは、オックス、スィリクス、ロスタンといった古株連中だ」

 

「スィリクスはわかりますが……オックスに、ロスタンまで?」

「ロスタンはあれで昔とは違う、会えば驚くことだろう」

「"断絶壁"で俺がこの手でぶちのめした血の気の多いチンピラが、ねぇ……」

 

 未だに俺を殺す気でいるのだろうかと、フッと笑みがこぼれる。

 

「それにオックスは三巨頭がいなくなってから、対外折衝の多くをこなしてくれているのだよ」

「そうでしたか、随分と助けられていたのか。スィリクスもあの性格だ、いつだって全力をもって尽力してくれたのでしょうね」

 

 多くに支えられたからこそ、今もなおシップスクラーク財団が健在であり、俺は目覚めることができたのだということを忘れてはならない。

 

 

「この100年を()れ、ベイリル。まずはそこから始まる、知らねば始まらん。()、おまえに必要なものがそこにある」

 

 

 

 

 空中機動(ギガフロートフォ)要塞(ートレス)"レムリアは、サイジック領都──現在では"サイジック法国"の央都(おうと)ゲアッセブルク近くに停泊する形を取っていた。

 俺は巨大な空中都市から身を投げると、風を掴んで滑空し、アレキサンドライト図書館まで一直線に向かう。

 

(随分と拡大・発展しているな……)

 

 俺が最後に見たのは完成したばかりの領都の光景までで、それ以降の時代の変遷が見て取れる。

 とはいえランドマークとなる主要な建造物はしっかりと残っているので、鳥瞰すればまずもって迷うこともなかった。

 

 図書館の奥、昔と変わらぬ隠し扉(ギミック)からさらなる中心へ。

 螺旋階段で地下へと向かい、多重魔術方陣が施された認証を突破して深淵へと踏み入れる。

 

 

 そこは以前よりも拡張され所蔵数も格段に増えているが、明かりは相変わらず最低限で紙媒体を保存する為の環境が整えられてあった。

 

「んっ──おぉ!?」

 

 俺は扉を閉めてすぐ横に、音もなく存在していた"それ"に驚く。

 

『禁書庫へようこそ。本日は閲覧ですか、収蔵ですか』

「あ……ゴーレム?」

 

 人型ではあるのだが、丸みを帯びたフォルムで人間としての輪郭はあるものの、明確な顔があるわけではなかった。

 

『案内はいりますか?』

 

(ってか、この声──リーティアか!)

 

 俺の知っている声よりもハスキーにはなっているが、もう一度聞いてよもや間違うようなこともなかった。 

 

 

「リーティアさん後期作の一つですよ」

「……? エイル、さん」

 

 一冊の本を片手に現れたのは、薄赤い髪色した神族と魔族のハーフにして、神器と呼ばれる魔力容量の持ち主であった。

 

()()()()()()()()()、ベイリルさん」

「あ……あぁはい、エイルさん──おはようございます。その、なんか平常運転って感じですね」

「それはもう、(わたくし)は"その道"の先輩(・・)になるでしょうから」

 

 エイル・ゴウンは息子を喪失し、時代を越えて大監獄に幽閉されていた。

 今の俺が()った境遇と近いと言えば近い。

 

「確かに、当たり前ですが姿も変わってなくて少しだけ安心します」

 

 自らが死人となっても、"傀儡の魔導"によって自らを操る。不滅ではないものの、特殊な不老不死の形を体現した存在。

 

 

「まず最初に謝罪しなければなりません」

「はい? 何のことでしょう」

「シールフのこと──(わたくし)も実験の場に居合わせて、みすみす彼女を行方不明に……足取りを追うこともできず」

「いえそれはシールフ自身が望んでやっていたことですし、安全マージンを取らなかったのも……自己責任、の範疇でしょう」

 

 シールフは俺の記憶の多くを共有した、言うなれば半身。そう切って捨てるにはなかなかに心が痛んだ。

 

「あるいは俺こそ、そもそもが捕まることなく"異空渡航"実験の場に立ち会えていたならと後悔するばかりです」

 

 特別な知識もあるわけでもないし、実際に止められたかどうかは定かではない。

しかしそれでも……何かしらできたかも知れないと。

 

 

「それとその──償いというわけではありません。ただ(わたくし)がそうしたい、そうすべきだと考えたからこその決断だということを先に断っておきます」

「……? 要領を得ませんが、何についてのお話ですか」

 

 エイルは薄っすらとほのかな笑みを浮かべ、(きびす)を返して歩き出す。

 俺は首をかしげながらもそれについていくしかなかった。

 

「ご存知の通り、ここは外的変化に関係なく、堅牢な内部は常に一定の状態に保たれている」

「まぁ紙媒体はどのような時代でも確かなもので、可能な限り劣化させない環境作りは建設当初から徹底しましたからねぇ」

「はいそうです、とてもとても"保存"に適した環境なんです」

「100年経過しても、目的を果たしているようでなにより──」

 

 

「それはなにも書物だけにとどまらないわけです」

「あぁ種子貯蔵庫(シードバンク)なんかも兼ねていますね」

 

 大規模天災が起きた時の為に、多様な種子類の貯蔵庫にもなっている。

 エイルは沈黙したまま、俺と静かに歩き続け、立ち止まったところで俺は彼女の視線の先にあるモノを覗いた。

 

(ひつぎ)──?」

 

 

 それは(おごそ)かだが(こま)やかな意匠が施された、金属作りの棺桶のようであった。

 

「まさかエイルさんの寝床ですか? ここで暮らしてるとか」

「眠っているのは(わたくし)ではありません」

 

 エイルは郷愁に浸るかのように、棺へと手を置いた。

 

「──リーティアは非常に物覚えがよく、(わたくし)とはまた違ったアプローチで魔術方陣を独自に改良し、魔導科学による高度な生命維持付きの"極低温睡眠(コールドスリープ)装置"を製作しました」

「冷凍睡眠……完成していたのか」

 

「量産の予定もありましたが、正直なところ需要はさほどありませんでしたね。皆さんそれぞれ、今の生活がありましたので」

「……それは、確かにそうなのかもですね」

「コストも安くはないですし、現在の医療では治せない病気を患ったような人間といった条件も含めて、生産数は非常に少なかったです。魔術を介さない冷蔵・冷凍技術のほうはとても便利に使われましたが」

 

 

 触れた手から棺へと魔力が供給されたことで、紋様が薄っすらを光り輝いて禁書庫内を照らす。

 

「この一基もオーラムさんが使わないまま余ってしまっていたもので、それを利用させていただきました」

「利用──? ということは、誰かが使って……」

「はい、より完璧な最高の状態を保つ為に使用しています。だから"彼女"の墓所へ向かったとしても、その下には誰もいません」

 

 開いた棺の隙間からプシューッと冷気が流れ出し、その中に眠る者を見て俺は目を見開いた。

 

「なぜならここ(・・)にいますから」

 

 棺の中で眠っていたのは、紛れもない俺の幼馴染──"フラウ"の姿なのであった。

 

 



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#408 今際の再会

 

「フラウ──」

 

 確かに幼馴染が眠っている、ただしそれは永遠(・・)に続く(ねむ)りなのは強化感覚からの情報で明白であった。

 冷凍睡眠させているのではなく、ただ遺体を保存していたというだけ。

 

「このことは自由に出入りできる(わたくし)たちしか知らないこと。フラウさんの死の(きわ)に許可をいただきました」

「……いつか目覚めた俺が、心の踏ん切りを付けられるように──ということですか」

 

 遺体を保管して眺めるような趣味はないが、だからといって死者への冒涜とまでは思わず──ありがたくはあろう。

 こうして一目だけでも見ることが叶ったことで、間違いなく俺の心中で篝火のようにゆっくりと燃え立つ感情がある。

 

 

「そういうことですね。(わたくし)もここで魔力を最大限貯留し、条件と準備は既に整っています──ではいきますよ」

「何をです?」

 

 俺はトントン拍子で進んでいく話に疑問符を差し挟む。

 

「ベイリルさんは、(わたくし)の"魔導"をお忘れですか?」

「えっ……いやでも、"死人傀儡"はエイルさん自身を保つのでやっとのはず」

 

 エイル本人の息子のような、蘇生させたいと強く渇望するほどの相手でないとならないはずだった。

 

「100年、長命種(われわれ)にとっても短くない年月です。こんな死体(からだ)でも技術面は成長するんですよ。それにベイリル(あなた)には救い出してもらったし、フラウ(かのじょ)には少しばかり世話になりましたからね」

 

 

「……フラウと、会える?」

「はい、せめてもの恩返しと思っていただければ」

 

「フラウと、話せる?」

「他の(かた)では難しいところですが、彼女は誰よりも魔力循環に適した器ですので」

 

「フラウに、触れられる?」

「半日……いえ一日くらいは保たせてみせましょう。その(かん)(わたくし)も最低限の生命活動になりますので、気兼ねしなくて大丈夫ですよ」

 

「言葉もありません」

「お気になさらず。ただし(わたくし)自身や、近い魔力を持っていた息子と違って──フラウさんの肉体(うつわ)に魔導を作用させられるのは最初で最後です」

 

 魔力色の混成、あるいは塗り潰し。

 エイルの魔導も万能というわけではなく、あくまで前提条件が整った場合に限られる。

 

「それでも……願ってもない、そして心からの感謝を──ありがとうございます」

 

 俺はエイルを見つめながらゆっくりと(うなず)くと、かつて"魔神"と呼ばれた神器はニッコリと微笑み、魔力が急速に渦巻いていく。

 そしてフラウの心臓へと手をゆっくり当て、数十秒ほどしてから棺にもたれるように座り込んで眠り始めるのだった。

 

 

「ッ──うっ、ゴホッ」

 

 久し振りの呼吸でむせたのだろう、幼馴染の咳き込む音に導かれるように俺は棺の中を覗き込む。

 

「フラウ、起きろ」

「あ……んん」

 

 ゆっくりと瞳を開ける幼馴染と俺の双眸が合う。

 

「ベイリル、おはよ~。なんかすっごく長い夢を見ていた気がする──」

「あぁ……あぁ、そうだな」

 

 俺はフラウをゆっくりと抱き起こし、その体を寄せて抱擁をする。

 

「どったのさー、ん──あ~~~あれ?」

 

 フラウも抱き返してくるが、すぐに俺が右腕のみ(・・・・)で抱き寄せているのに気付いたようだった

 

「うん……そっか、そっかぁ。これってリーちゃんが作ってたやつだ。生き返らしてくれる約束、守ってくれたんだエイルさん」

「ごめん、ごめんな──フラウ、俺がしくじったばっかりにお前に負担を……寂しい想いをさせた」

「ベイリル、まったくもうほんとだよー。でも許す、わたしも自分の意思で選んだ道だからさ~」

 

 グッと俺はフラウに引かれ、ひんやりとした小さな棺に二人並んで寝転ぶ。

 

 

「それにそこまで寂しくなかったよ、キャシーもずっとそばにいてくれたし。ヤナギや烈風連のみんなも一緒にいてくれた」

「キャシーが……そうか」

「それとさ、わたしこそ謝らなくっちゃ。ハルっちを守れなかった、"クラウミア"のことも」

「ハルミアさん……それに、俺の娘──」

 

「うん、すっごくかわいかった。クラウミアはわたしも溺愛しちゃってさー、昔もらった緑柱石の指輪(エメラルドリング)もやたら気に入られちゃってあげちゃったよ~」

「あんなもので良ければまたいくらでもプレゼントする」

「いやいや、わたしを支えてくれた思い出の品をあんなもの呼ばわりは心外だよぉ」

「すまんすまん。贈れるものならいくらでもって意味で──」

 

 フラウの「わかってるよ」と言わんばかりの瞳を見つめ、俺は途中で言葉を止めた。

 

 

「本当にほしいものは……結局(さず)かれなかったけどねぇ」

「……俺達の、子供か」

「うん。ハルっちとクラウミアを見てて、わたしもすっごくほしくなったんだ。って言ってももう遅いし、あの頃もけっこー頑張ったから難しかったろうけどさ」

 

 あるいは今の財団には不妊治療などもあるのかも知れないが、既に死したフラウの身ではどうしようもない。

 

「そんな反動もあってクラウミアのことはすっごく可愛がろうと思ってた……けど──」

「わかっている、報いは必ず受けさせる」

「うん……おねがい。ところでわたしってどれくらい生き返ってられるか聞いた?」

「一日は保たせてくれると言っていた」

「そっか、エイルさんそんなに頑張ってくれるんだ。話したいこといっぱいあったんだぁ」

 

 フラウの笑顔に悲愴感はなく、いつも通りといった様子に俺もつられて笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 ゆったりとした、しかしてとても短い、愛する幼馴染との最期の時間が過ぎていく。

 英傑の一人となった本人の口から語られる、歴史の一端と顛末。出会いと別れ。そして想いが語られた。

 

「そっかぁ……レドっちはまだ頑張ってるんだねぇ」

「あぁ、統一もそう遠くないみたいなことを言っていたな」

「一応は軍将として肩を並べて戦った身としては立ち会いたいね~、まっ無理だけど」

 

「代わりに俺が見届けるさフラウ、お前が関わった全ての足跡を」

「うん、おねがい~。あとさ、最期まで一緒に生きてあげられなくてゴメンねぇ」

「なんか改まったな」

 

「ん、いろいろ(にぶ)ってきた感じだから……そろそろかなーって」

「そうか、もうそんなに経ったか」

 

 禁書庫は外界とは隔絶された環境なので、どれくらい経ったのかは精々が腹の()き具合でしか測ることはできない。

 

 

「一生を(とも)にしたかったけど、ちょっと先走(さきばし)って駆け抜けすぎちゃった」

「いいんだ、元々は俺のせい──」

 

 俺はフラウから口付けを交わされる形で言葉を(さえぎ)られる。

 

「ベイリル、わたしは幸せだったよ。小さい頃からたくさんのものをもらったし、学苑で奇跡的な再会を果たして一緒に過ごせた。未練はあるけど悔いはない」

「俺こそフラウからは数え切れないものをもらったよ、だからお互いさまだ」

 

 コツンッと額と額を突き合わせ、俺達は笑い合う。

 

「ねぇねぇ、"来世"って信じる?」

「信じるよ──今だから言うが……俺は違う世界から転生してここにいる、だからどういう形であれ"来世"はある」

「へぇ~」

「聞いてきた割に反応(リアクション)が薄いな、冗談か方便だと思ってるか?」

 

「実は"異世界転生者"ってのは結構前に知ってました~」

「なにっ」

「わたしも財団で偉くなったかんね。色々と見聞きする機会があったんよ、ベイリルが昔っからな~んか隠してた理由も納得した」

 

 

「……幻滅したか?」

「別に? でもちょっと見くびられてたかな~って、昔のわたしがその程度の事実を受け止められないと思った?」

「そういうわけじゃぁないが……まぁ情報漏洩的な意味も含めて、本質を理解できる人間や、事情を知ってしまった人間に限っていたわけで」

「あははっ、そういうとこはベイリルらし……い、けど──」

 

 フラウの抑揚が落ち、瞳もまどろんだように落ちていく。

 

「んあーーー限界、っぽいねぇ。すっごい……眠たいや。最期にさ、思いっきし抱きしめてくれる?」

「もちろんだ」

 

 ギュッと、棺の中で俺とフラウはこれ以上ないくらい互いを感じ合う。

 

「来世でもさ……わたしのこと、きっと探してね」

「お前もな。そうすれば時間は半分で済む」

 

「うん、そうする。それじゃ……また(・・)、ね──」

「あぁ……またな(・・・)

 

 (ちから)が抜けていくフラウの体を、俺はいつまでも抱きしめ続けるのだった──

 

 



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#409 鋭気

 

 ──棺から出た俺は、フラウの遺体を整えて寝かせてからエイルの肩を揺する。

 

「エイルさん、まさか死んでないですよね? エイルさん!」

「……っ、ん──終わりましたか」

 

 エイルはゆっくりと目を開けると、こちらの表情を確認して状況を把握する。

 

「はい、本当にありがとうございました。失われた時間は大きかったですが、掛け替えのない時間の一端を過ごせました」

「良き御最期(ごさいご)を迎えられたなら幸いです」

 

 立ち上がったエイルは、寝そべるフラウの顔をまるで自分の子のそれに向けるような慈しみでもって眺める。

 

「ご遺体はどうされますか?」

「……このままずっと保存しておくわけにもいかないですから──皆の日取りが合った時に改めて葬儀でも」

「そうですね、それがよろしいでしょう」

 

 俺はゆっくりと名残り惜しみながら棺を閉め、エイルが手をかざすと冷凍装置としての機能が作動し始める。

 

 

「歴史や情報資料はどうしますか?」

「それもまたいずれ……今はとりあえず酒を飲んで腹を満たしたいですかね──明日また歩き出す為に」

 

 気力を十分に蓄える。肉体を満たし、精神を充実させ、大望を果たす。

 これまで皆が歩んできた足跡を、無駄にしない為に。

 

 

 

 

 アレキサンドライト図書館から出ると──星明かりと街灯とが照らす夜中になっていた。

 そして図書館前には3人・8列、合計で24人の顔ぶれがずらりと整列していたことに、俺は数瞬ほど呆ける。

 

「ヤナギ……」

 

 俺は(はし)から一歩前へ進み出た──見知った顔の一人──その者の名を呼ぶ。

 100年の間に立派に成長した、俺が名付けた地球(アステラ)の響きを持つその名前を。

 

「もしかしてずっと待っていたのか?」

「はい! 我ら"烈風連"、現刻をもってベイリル様の麾下(きか)へと入ります。この身を如何様(いかよう)にでもお使いください!」

 

 ヤナギが敬礼してから一拍後に、残る23人からも揃って敬礼される。

 

 

「そうか、フラウの下で働いてたんだったな──とりあえず顔合わせは明日以降にしよう。いつから待機していたのかはわからんが……みんな休んでくれ」

「はッ! 解散!」

 

 "烈風連"の長なのであろうヤナギが叫ぶと、全員が一瞬でその場から姿を消す。実によく訓練された部隊のようだった。

 そしてただ一人だけ残ったヤナギの状態と感情を、強化感覚によって()(はか)った俺は、両腕を広げる。

 

「──ヤナギ、おいで」

「お父さ……あっ──」

 

 どこかまだ躊躇を見せるヤナギに対し、俺は穏やかに笑みを浮かべる。

 

「いいんだ、ヤナギ。君のほうがもう実質的に年上なんだろうけど、お父さんと呼んでくれても……いやもっとエレガントにパパでもいいぞ」

「いえ、私が勝手に呼んでいただけで……でも本当は私なんかよりもまず呼ぶべき人が──」

「──俺の子、クラウミアか……気にしなくていいヤナギ、血は繋がってなくとも君は俺の娘だ」

 

「その言葉だけで十分です、ベイリルさん」

 

 ゆったりとした歩調で近付いてきたヤナギを俺は抱きとめた瞬間、展開された魔術に気付く。

 

 

(んっ……? これは俺の"歪光迷彩"、それに"遮音風壁"まで──)

 

 俺とヤナギを中心に、光が屈折させられ、音の伝達が遮断されていた。

 

「こんな姿を他の皆に見られたら、示しがつかないので」

「そんなもんか」

「はい、そんなもの……です」

 

 ヤナギは俺の胸元に顔をうずめたままで、その頭を昔のように撫でてやる。

 

「ありがとう、看病してくれてたんだよな?」

「大したことはしていません、サルヴァ先生の指示に従っていただけで」

 

 

「お前もフラウと会いたかったんじゃないのか?」

「私は長く一緒にいましたし、ずっと前にしっかりとお別れをしています。ベイリルさんとフラウさんの時間を邪魔するなんてことはできません」

「そんなことはフラウも思わなかったろうが……まぁ、心遣いには感謝するよ。ありがとう」

 

「いえ、そんな……」

「ヤナギ、君の話もゆっくりと聞きたい。この100年の空白を埋める手伝いをしてもらえるか?」

「もちろんです。現在ある情報の収集と整理、財団の辿った道筋と歴史についても微力ながら──」

「あぁそれだけじゃなく、親と子としての時間もな」

 

 ヤナギは俺から離れるように振り返り、背を向けたまま顔を上に向けた。

 かつて奴隷契約として繋がれた魔力バイパスは劣化して喪失しているようだったが、俺の強化感覚はヤナギが感情を持て余していることを包み隠さず教えてくれる。

 

 

「……言葉もないです、お父さん。でもそれは全てが終わった後からでも遅くありません、ベイリルさん」

 

 言葉終わりに周囲に展開されていた魔術が解除され、ヤナギはピュイッと夜空に向けて指笛を吹く。

 すると闇から滲み出るように、灰色の竜が音もなくわずかな風圧のみを残して地面へと降りてきたのだった。

 

「よぉ、アッシュ。本当に大きくなったなぁ」

 

 俺が手を伸ばすとアッシュは首を伸ばして鼻先をツンツンと当て、クルルルと喉を鳴らす。

 ヤナギが軽やかに飛び乗るのを見て、俺も地面を蹴ってアッシュの背に着地する。

 

「参りましょう」

 

 静かなはばたきと共に、俺は空の星と大地の星との間で、新たな風を感じるのだった──

 

 

 

 

 空中機動(ギガフロートフォ)要塞(ートレス)"レムリア"・第七監視塔。

 浮遊する大地と、首都ゲアッセブルクの街並みと、海と空の境界線を望む素晴らしいロケーションにて、俺は"次期大魔王"と再会する。

 

「聞いたぞ、抜け駆けしたって?」

「すまないな、独り占めして」

「いいさ、別に。フラウの幸せが第一だし」

 

 フラウはヤナギから説明を受けていたのか、フラウと俺の逢瀬のことを知っているようだった。

 

「とりあえず遺体はそのまま保存しといて。いずれボクの寿命を足して(よみがえ)らすからさ」

「オイオイ、無茶苦茶言うなぁ。お前の"|存在の足し引き"はレド自身が限定だろう?」

 

 

「バーカ、自分で自分の限界を決める愚者は容易(たやす)く諦め、何事も成し得ないんだぞ」

「言ってくれるな? だが──まぁ、そうだな……レドお前が言うと、いずれ魔法の領域にも到達しそうな気がしてくるよまったく」

 

 言いながら俺は椅子に座り、眼前にある大量の料理を眺める。

 

「ところで、これ食っていいんだよな?」

「いいよ。ベイリルの為にボクが手ずから用意してやったんだから感謝してね」

「あぁ感謝するよ、ありがとう。それじゃぁ、いただきます」

 

 手を合わせ一礼し、まずは保温されていた味噌汁を一口すする。

 

 

「んっ!?」

 

 より一層湧いてくる食欲と、()きっ(ぱら)に全身が歓ぶ感覚だけでなく、俺は頭と心で気付く。

 

(俺はこの味を……知っている──)

 

「クロアーネが律儀に残していたレシピさ。正直面倒だったけど……まっ頼まれちゃったモノは仕方ない。まったくの同じ味とまではいかないだろうけど、ボクなりに再現したつもり」

 

 表情に出ていたのか、レドはすぐに種明かしをしてくる。

 

「なるほどな、それでか。ただまぁ確かに知った味なんだが……足りてないものがある」

「なにさ、腕とか言ったらぶっ飛ばす」

「愛情」

「はぁ~……アホなこと言ってら。 そりゃ愛情(そんなもん)あるわけないね。物好きなクロアーネやフラウとかと違うし」

 

「そうかい」

 

 俺は一口一口を噛み締めながら、胃の中を満たしていく。

 

 

「ベイリルはこれからどうすんのさ?」

「空白の100年に追いついてから……復讐だ」

「ふ~ん、それが終わったら?」

「残った問題、新たな障害に適時対処しながら、のんびり"未知なる未来"の展望を見守るさ。お前こそ大魔王になったらどうするつもりだ?」

「そうなったら大陸統一っしょ」

 

 あっけらかんとのたまうレドだったが、特に俺は驚きもせずに受け入れる。

 

「人類とテクノロジーを無礼(なめ)てくれるなよ」

「ふっはっは! 誰もが震えて眠る(・・・・・)日もそう遠くないさ」

 

 かつて魔領からの侵攻によって人領が支配された"暗黒時代"には、誰もが恐れたという。

 

「その心は?」

「明日への期待に打ち震える(・・・)毎日!」

 

 しかしレドがそういうタイプではないのは当然わかっている。

 

 

「随分とイイ大魔王様だな」

「そうだろうとも、そうだろうとも」

 

 俺は料理に舌鼓(したつづみ)を打ちながら、あるいはそんな未来の一つも悪くないのかもと思うのだった。



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#410 血跡

 

 しっかりと食事を摂り、どっぷりと眠りについて起きてから──俺はヤナギに連れられ、空中機動(ギガフロートフォ)要塞(ートレス)"レムリア"内を歩く。

 散策するだけでも何日掛かるかわからない、巨大で入り組んだ構造を進み、俺は一つの部屋の扉をくぐる。

 

 そこは元々単なる大広間であったようだが、現在は様相をまったく(こと)としているようだった。

 

 床には巨大な世界地図が(えが)かれていて、おびただしい数の記事が無数のピンによって刺し止められ、さらに赤い紐が複雑に結ばれ交差している。

 それらは天井近くから俯瞰(ふかん)することで相関性が浮かび上がり、また壁一面には事件の詳細が時系列に沿って個別に貼り付けられていた。

 

「こいつは──」

「100年分です。"血文字(ブラッドサイン)"が起こしたとされる最初の事件まで(さかのぼ)って、可能な限り網羅しています」

 

 俺はヤナギに案内される形で、"血文字(ブラッドサイン)"対策室の内部を歩く。

 

 

「なるほど……奴はその手で"死に目"を見た相手の血で詩を書き残す。だからこそ血文字(ブラッドサイン)の事件であることは明白で、転じて情報も収集しやすいわけだ」

「詩の内容と翻訳はスミレさんがやってくださいました。死後も既存(きそん)のデータと照合して、部分的な単語は(やく)してあります」

 

 歩く中で俺は、奴と最初に遭遇した"断絶壁"の事件のまとめが目に映り、当時のことを振り返る。

 

 "死に目"を見たい──ただそれだけの理由で、大量殺戮をして回った特大の異常者にして、俺と同じ異世界転生者。

 俺が壁外でボコボコにしたことで難を逃れた"ロスタン"を除き、三つの勢力組織の幹部らを一日の内に血の海に沈めてしまった。

 

 老若男女どんな人間にも"変身"し、時に相手と関係を築いた上で殺す、歪みきった人格。

 殺した相手の血で、こちらの世界では馴染みのない英語の詩を(つづ)ることで、"血文字(ブラッドサイン)"という名が広まった。

 シリアルキラーは殺した相手からいわゆる戦利品(トロフィー)などを収集すると聞くが、奴にとってはこの無数に散らばる犯行の痕跡そのものがそうと言えるような印象を抱く。

 

 

(対話はもちろん不可能、今さらする気もない)

 

 多少なりと会話を重ね……同じ地球人とは思えず、そして決して相容(あいい)れることはできないと思わされた。

 "透過"することによってあらゆるものをすり抜け、時と場所を選ばず侵入し、また掻き消えるように逃げおおせる殺人鬼。

 

(……俺が昏睡する少し前にも事件を起こしているのか、しかも帝国領内とは)

 

 読みながら歩を進めるうちに、俺は一つの記事──愛したハルミアと、愛するはずだった娘クラウミアの──を見つける。

 

「あっ……──」

「変に気を遣わなくていいよ、ヤナギ」

 

 俺が眠っていた間に起きたその事件を、冷静に読んでいく。

 沸々と湧き上がるあらゆることは己が内に納め、後は爆発させる時を待つのみである。

 

 

「ヤナギが俺を早々(はやばや)とここに連れて来たってことは、何か意図があってのことなんだな?」

「……はい。結論から言いますと、財団(われわれ)は既にかなり絞り込んでいる状況にあります」

 

「なるほど。さすがに100年も犯行を重ね、それを追っていれば──傾向分布も掴めているわけと」

「そういうことになります」

「どうやら空白を埋めるよりも先にやる必要があるようだな」

 

 トンッと俺は空気を掴んで浮かぶと、ヤナギもそれに追従する。

 

 

「現在判明している最新の事件から、次の犯行可能性の高い区域に人員を配置し、即時連絡できる態勢を整えてあります」

「それはつまり……次の事件発生後、迅速に俺が動けるように──ということか」

「新たな犠牲者には申し訳ないことですが……それが最も確実な方法です。それと……」

 

「俺が血文字(ブラッドサイン)の野郎を殺せるかどうかに懸かっている、か?」

 

「かつて遭遇した際には決着がつかなかったと(うかが)っています」

「そうだな、確かにあの時は決め手に欠けた。だが魔導師となった今の俺なら、十分な勝算をもってあたることができる」

 

 問題があるとすればこの100年の間で、血文字(ブラッドサイン)がどれだけ積み重ねたかということ。

 しかしこればっかりは実際に相対(あいたい)してみないことにはわからないし、暗殺するのであればその限りではない。

 

 

「さて──」

 

 俺はゆっくりと全体を眺めながら、血文字(ブラッドサイン)の流れ──その血の跡を辿っていく。

 

「……烈風連は手透(てす)きか?」

「はい、命令次第でいつでも動けるよう控えているつもりです」

 

「ならあそこだ、あの街に配置しておいてくれ。あくまで俺の直観だがな」

 

 俺はピッと指差すと、ヤナギは丁寧に解説を始める。

 

 

「彩豊の都"マール・カルティア"──旧共和国でも有数の交易拠点だった街です。"独立解放戦争"時においてもほとんど被害なく切り抜け、都市国家の一つとして繁栄し続けています。

 現在は主にアルトマー商会、バロッサ財閥、ディミウム株式会社、自由協商組合。四つがそれぞれ持つ流通路を活かし、非常に活発な競争が(おこな)われています」

 

「アルトマーは相変わらずとして、"ディミウム"株式会社?」

「はい、ニア・ディミウムさんとナイアブさん。それから息子の"ネクター"も尽力した有数の企業で、現在もシップスクラーク財団とも懇意(こんい)にさせて頂いています」

「そうか、ニア先輩……夢を果たしたんだな──」

 

 落ち目だった家を再興する。

 学生時代からそう言って、シップスクラーク商会も利用する為だと公言して(はばか)らなかった。

 成り行きのままにシップスクラーク財団における物流の多くを任され、時に忙殺されながらも仕事はきちんとやり遂げてきた努力の秀才。

 

 

「それにナイアブ先輩との子供(むすこ)か……」

「現在は死去しています。素晴らしい才覚をお持ちで、同時に破天荒な人物でもありました」

「そいつは会ってみたかったもんだ」

 

 言いながら俺は現在の世界地図と、100年前の世界地図とを重ね合わせる。

 

 戦帝によってあちこちで引き起こされた"戦争を目的とした戦争行動"によって、大国のほとんどが領土を縮小し空白地帯が増えている。

 それに伴って不安定になった各国では様々な激動が起こり、また災害によって地形すらも変化している箇所もある。

 

 一方で時流に乗って独立した"サイジック法国"は、南のキルステン領とモーガニト領の一部を併合し、東の王国領土の一部も掠め取って拡大していた。

 

(あい)も変わってないのは……"カエジウス特区"くらいなもんだな)

 

 "折れぬ鋼の"が没し、"大地の愛娘"の名が五英傑からはずされてなお、気ままにワーム迷宮を運営する奇特な爺さん。

 

(全てが終わって、いつ落ち着くかもわからんが……また潜るのを一つの趣味にしてもイイかも知れんなぁ)

 

 

 俺はヤナギと共に着地し、ゴキリと右手を鳴らす。

 こうも早く復讐の一つを果たせる巡り合わせに、心胆が打ち震えるようであった。

 

「では"烈風連"はご指示の通り、マール・カルティアに配置しておきます。ベイリルさんはひとまず、急ぎ"技術開発局"の(ほう)へ──」

「技術開発局……?」

「新しい義手の選択、および調整を(おこな)ってください」

「確かに、片腕のハンデを背負って決着をつけたい相手ではないな」

 

 今度こそ逃がすことがないよう万全に、確実に殺し切れるよう十全に、戦闘準備は整えておくべきだろう。

 

 

 するとガチャリと扉が開け放たれ、地に車椅子をつけずホバー移動する老婆が現れる。

 

「……"プラタ"」

「ベイリル先輩、あらためまして」

 

 一礼するプラタを見て、俺は(とき)の流れというものを再認識させられる。

 

「プラタさん、こちらは既に段取りを決定しました。ベイリルさんを技術開発局まで案内するのを頼んでよろしいでしょうか」

「はいはい、構いませんよ」

「……よろしく頼む」

 

「もちろんです、ベイリル先輩」

 



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#411 継ぐ者

 

 "血文字(ブラッドサイン)"対策室を出た俺は、プラタと連れ立って技術開発局まで先導される。

 

「その、なんだ……病室では皆を追い出してしまってすまなかったな」

「いえいえ考える時間が必要なのは当然ですよ、ベイリル先輩。ところであえて昔みたいな話し方にしていますが、問題ないですか?」

 

「あぁ、もちろんさ──プラタはインメル領からサイジック領主、財団の仕事も……ずっと頑張ってきてくれたんだな」

 

 かつてはカルト教団の(にえ)として実験台にされ生気を喪失していた少女は、今やシップスクラーク財団を誰よりも支え上げた柱となっている。

 

 

「長生きした分だけ多くの出会いと別れを経験しました」

「今や俺よりもずっと人生経験を積んでいるんだもんな」

「あははっ、悲しいことも少なくなったですけど、それ以上の楽しく嬉しいことにたくさん恵まれました。それもこれもベイリル先輩たちが(わたし)を救ってくれたおかげです」

 

「それでも……色々な重責を押し付けた形になって、すまなかった」

 

 俺が失踪し、シールフも行方知れず、カプランもいなくなり……並々ならぬ苦労があったことは想像するしかない。

 

「好きでやっていたことですよ? ベイリル先輩、ゲイルさん、シールフお師さま、カプラン先生──他にも数え切れない財団の皆さんが築き上げた宝です」

「ありがとうプラタ。そのおかげで俺は目覚められたし、100年後の世界でこうも早く立ち直ることができた」

 

 

「なんのなんのです。それでですね……わたしがこうして早くにこの身を運んだのも、今後についてベイリルさんと話すべきだと思ったからです」

「今後?」

「わたしも人族としてはとても長生きできましたが、先はそう長くないですから」

 

 にこやかに笑みを浮かべるプラタにはかつての面影がわずかに映し出される。

 

「話しきれないほどの思い出話はまた後日に譲り、今の内に引き継ぎについてご相談できればなと思いました」

「そうか、後進は育てていないのか?」

「現在の有力候補は三人ほどいます、ヤナギもその一人です」

「ヤナギもか……」

 

「ですがわたしはそうした部分の判断も含めて、一度ベイリル先輩にお返ししたいと考えています」

 

 いったん立ち止まって、俺はグッと見つめてくるプラタに真っ直ぐ視線を返す。

 

 

「今後どうしていくかの指針を、長くブランクある俺なんかに委ねていいものかね」

「たとえ一度その身が離れていたとしても、財団を創ったのは他ならぬベイリル先輩ですから。ゲイルさん亡き今、たった一人の創設者です」

 

(あぁ……そうだ、創設当時の人間はもう──誰も残っちゃいないんだな)

 

 ゲイル・オーラムと彼が属していた組織を前身として、ぶっ潰した教団の遺産も元手として"文明回華"の一歩を踏み出した。

 ジェーン、ヘリオ、リーティア、クロアーネ。最初の同志と、愛すべき兄弟姉妹と、愛した女性はもういない。

 

 シップスクラーク商会として本格始動した学苑時代の仲間達もほとんどいない現実……改めて重くのしかかるようだった。

 

 

(あぁ、だけど……皆で築き上げたものはまだ喪失(うしな)っちゃぁいない)

 

 シップスクラーク財団と"自由な魔導科学(フリーマギエンス)"、母体と思想はより大きく輝き(きら)めいている。

 

「……あぁ、わかった。ならば一度預かろう、この宝」

 

 人の上に立つことは(がら)ではないと思っているし、表向きにはリーベ・セイラーという架空の旗頭(はたがしら)も存在する。

 なんにしても現在まで粉骨砕身働いてきたプラタがそれを望むのであれば、俺は固辞することもない。

 

 

「ただ血文字(ブラッドサイン)とアンブラティ結社──復讐が一段落するまでは長生きしてくれよ」

「もちろんです。すべてを見届けて(うれ)いがなくなるまで、とてもとても死んでられませんよ。なんならお手伝いしましょうか」

「プラタが? 心遣いはありがたいが──」

「眠っていたベイリルさんは知らないでしょうけど、これでもわたしは財団有数の戦力にまでなったんですよ」

「おぉ!? まじか」

 

 俺は素直に驚き、プラタは自慢げな笑みを浮かべる。

 

「ゲイルさん仕込みの白金糸術と、シールフお師さまとエイルさんから教わった魔力操法。そして"永劫魔剣"の欠けた増幅器の人造代替品として、教団時代にいじくり回された肉体がありましたので」

「なるほど、そうか……魔術は使えなくとも魔力を貯留する器としては準一級品だったな」

「たった一人で1000の絡繰人形(オートマタ)の軍団を繊細緻密に操り、それはもうバッタバッタと──ッゴホ……」

 

 興が乗ってきたところでプラタは(せき)をし、俺は彼女の手を取って握る。

 掛け替えのない繋がり、もう二度と掴んで離すことのないよう。

 

「受け取った想いは継いでいく。だから安心して待っていてくれ、プラタ」

「……えぇ、戦勝の報を楽しみにお待ちしています。ベイリル先輩」

 

 

 

 

 プラタとは案内された技術開発局の前でいったん別れ、俺は自動扉を開いて中へと入る。

 

 そこはまさしく近未来的なラボで、製作の為に必要な様々な工具・機械類が据え付けられていた。

 さらに奥には兵器類のみならず、一見してよくわからなガジェットツールも並べられていて、童心をワクワクさせる夢と浪漫のオモチャ箱のようであった。

 

「おはようございます、そしてお久しぶりですベイリルどの」

「いや、本気(マジ)で誰だお前……」

 

 黒髪壮年の男が一人、見覚えはなくもなく、薄っすらとだが面影も残している。

 しかして事前に存在を知らされていなければ、まさか知人だとは思うまい。

 

「ははっ……お耳が痛いです、あれは若気の至りでした。あの頃はわたしも色々と事情があって(すさ)んでいましたので」

 

 俺の知っているロスタンは"断絶壁"での印象がほとんどである。

 短気で喧嘩っ(ぱや)く。利己的で傲慢(ごうまん)。向こう見ずで浅慮。(そら)の深さも知らない井の中の(かわず)

 

 しかし目の前の男はどうだ──相応の落ち着きと柔和な笑顔、短くない年月とはいえ……にわかには信じがたい。

 

 

「しかも技術開発局とは──」

「70年ほどかけて支部長どまり……ゼノどの、リーティアどの、ティータどの御三方(おさんかた)には程遠いです」

「……お前が目覚めの場にいたら俺はもっとあっさり、100年も寝ていたことをすんなり飲み込めたかもな」

「余計に混乱するだけかと。それにわたしはベイリルどのに恩義こそあれ、あなたからすれば所詮は一介の暴れん坊に過ぎませんでした。目覚めの場に居るなどはおこがましいことです」

 

「なんつー殊勝なことを……だがまぁ、確かに。それにしても100年の月日を重ねているにしては随分と若々しいしな、トロル細胞のおかげか?」

「はい、適合したおかげです。もっとも見た目の老化は抑えられても、寿命としてはそう残ってはいないというのがサルヴァどのの見立てです」

「そうなのか、あとどれくらいだ」

()ってあと数十年でしょう。もっと早くからテクノロジートリオの方々(かたがた)に師事し、この頑健な肉体も活かして実践的に学べていればと後悔するばかりです」

 

 今こうして言葉を交わすほどに、余計に飲み込みにくくなってくる。あの(・・)"兇人(きょうじん)"ロスタンがここまで変わるのかと。

 

 

一端(いっぱし)ながら"レーヴェンタールの血"を継ぐ者として、肉体的には恵まれましたが頭脳の(ほう)はさほどでもなかったようで……」

 

「……は? 今なんて言った?」

「えぇ実は後期実験の過程で判明したことでして──時期的に考えると、かのバルドゥル・レーヴェンタールとどこぞの母との子だったと」

「お前が戦帝の落とし子!? いや……でもそうか、珍しいわけじゃあないが黒髪黒瞳は確かに一致している──遺伝子工学もだいぶ進んだのか」

 

 かつて腕に彫られた"爆発"の魔術刻印でもって、強引に再生しながらの自爆戦法を使っていたのもある種の共通項とも言えよう。

 

「トロル細胞が適合したのも、頑健で強靱な肉体あってこそ。それで寿命が()びたおかげで学べる時間を補えたのですから、それ以上は求めすぎというものです」

「なるほど、そりゃあまぁ世界中で戦争遠征をしてきたわけで、認知されていない子供が多数存在しても不思議はないよなぁ」

 

 とはいえ、ロスタンの変貌っぷりに比べれば、実はレーヴェンタールの血に連なっていたなどという事実は瑣末(さまつ)なことのように思えてしまうのだった。

 

 

 

 



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#412 TEK装備

 

「──さて、他愛ない話はこのへんで。お急ぎなのでしょう?」

「あぁ、そうだな。準備は早いに越したことはないし、ロスタンお前に何があったかは……全てが終結した後に、酒でも飲んで語り明かそうか」

 

「楽しみにしています」

 

 そう言うとロスタンは壁際の作業台の一つに向かうと、そこに掛けられていた布を勢いよく引き剥がす。

 

「では早速ですが義手の取り付けに参りましょう」

「選べたりはしないのか?」

「必要性を感じません。なぜならこれはリーティアさんがあなたの為に(のこ)した、後期傑作品の一つだからです」

「リーティアが……?」

 

「本来であれば目覚めの時に取り付けていた練習用の義手などで()らすほうが良いのですが……」

「そんな悠長な暇は、惜しいな」

「そうだろうと思いまして、ぶっつけ本番でいきましょう」

 

 

 俺は作業台の横にある椅子に座って、喪失した左腕を差し出すように置くと、すぐにロスタンは手慣れた手つきで作業に取り掛かる。

 

「リーティアさんのゴーレム技術の(すい)と、新規格の"魔方刻印"を利用した接続。契約魔術を応用した魔力バイパスを使用することで、スムーズで繊細な動作を可能としています。

 なお拒否反応が起こらないよう、化学的な生体施術は既に済んでおります。加えて人口皮革で覆うことで見た目もかなり自然となりますので、日常生活では意識する機会も少ないかと」

 

 まるで商品説明でもするかのようにつらつらと、ロスタンは饒舌(じょうぜつ)な語り口で述べていく。

 

「本当に……リーティアは偉業を成し遂げたんだな」

「財団史上唯一の"大魔導科学者"です。晩年はわたしも御世話になりました」

 

 ガチリと不自然な感覚の接続の(のち)、自然な感覚が指先にまで伝わる。

 

「お、おぉ……(すご)っ」

 

 強化感覚によって研ぎ澄まされた生身とは比べるべくもないが、それでもしっかりと触覚まで感じる。

 レドにぶっ壊された義手と違って、本来の腕にはない内蔵された兵装までも認識できるのは妙な感覚だった。

 

「こちらが仕様書になります」

「手書きか──」

 

 

 俺は渡された──リーティアなりの手紙のような──義手の説明書を読み進める。

 基本的な仕様や搭載装備だけでなく、動かす為のコツまで事細かにイラスト付きで可愛らしく。

 

(なるほどな、完璧(パーフェクト)だリーティア。俺の求めるもの、浪漫を理解して積んでくれている)

 

 幼少期から物覚えがよく、俺の語る御伽噺(フィクション)に共感し、近い価値観を共有するに至った。

 だからこそ……リーティアは俺の為だけの、こうして素晴らしい義手を製作し、残しておいてくれたのだ。

 

「どうでしょう? これから細かい調整をおこなっていきますが、さしあたって──」

「あぁ、調整するまでもなくアジャストされている。職人芸なんて言葉じゃ言い表せんな、さすが俺の愛する妹だ」

 

 俺はその場で腕を振り、指をスナップさせる。単純な出力であれば、右手を上回る握力も出せるだろう。

 魔術使用に関しても問題なさそうであり、義手だからこそできることできないことさえ把握すれば、むしろ戦術の幅も広がりそうであった。

 

 

「では他の武装についてですが、以前の装備一式は用意してあります。いかがしますか」

 

 ロスタンが作業台の上に置いたアルミケースを開くと、中には籠手、短剣、ガンベルト、そしてリボルバーが二挺(にちょう)──納められていた。

 グラップリングワイヤーブレードが仕込まれた籠手でも、短剣でもなく、まずはリボルバーを両手にくるくると回して感触を確かめる。

 

「現在は自動拳銃(オートマチック)もありますし、散弾銃(ショットガン)携行機関銃(マシンガン)も用意できますが?」

「そそられなくもないが、抜き撃ち(クイックドロウ)はコレが最速だ。機構も単純で強度も確保できるし、何より好きな銃を使わなきゃな」

 

 一通りのガンプレイを左義手と合わせて同時に(おこな)ってから、俺は一度ケースへと戻す。

 

 

「わかりました。義手にも籠手と同じワイヤーが仕込まれていますので、以前と変わらない戦い方ができるかと思います」

 

 ロスタンの言葉に(うなず)いてから、俺は右手にワイヤー籠手を装着し、ガンベルトを腰に巻き、リボルバーを収納して、後ろ腰に短剣を差した。

 

「──あと準備しておくとすればスライムカプセルか」

「それでしたら、"TEK装備"の(ほう)に仕込まれてあります」

「俺のTEK装備……"特効兵装(エフェクター)"だったな、結局調整不足でまともに使う機会がなかった」

 

 T(Technology)E(Enchant)K(Knight)装備──魔導科学(マギエンス)(つら)なる騎士の為に、最先端技術の(すい)を凝らした装備。

 技術的に大っぴらにするわけにもいかず、"明けの双星"オズマとイーリス兄妹のような、局地的な活動をする人物にのみ試験運用をしてもらっていた。

 俺用のモノもあったが、ついぞ実戦投入する機会を失したままであった。

 

 

「ベイリルさんは専用(ワンオフ)の"HiTEK装備"に強化され、しっかりと保管されていますよ」

HiTEK(ハイテック)?」

「ハイテクノロジーエンチャントナイト装備──テクノロジートリオの手によって通常のTEK装備よりもさらに高次元、最先端技術を個々人への転用・調整が施された唯一品(ユニーク)です」

「そんなものが……」

 

 ロスタンは新たに12の紙束(かみたば)を取り出すとズラリと作業台に積み上げ、俺は手に取っていく。

 

「個々の実力と信用度も加味され、採算度外視のHiTEK装備構想が推し進められ……いくつかはその完成を見ました」

 

 真・特効兵装(チェンジエフェクター)魔流導合金(ネオ・アマルゲル)超重機神(デア・グラビ・マキナ)竜闘士黄衣(ドラゴンクロス)氷精(フェアリーズ)唱熱花火(ファイアワークス)絡繰兵団(レギオン)複製永劫魔刃(ブレイド・レプリカ)──

 どうやら完成・一部運用されていたのは8装備までのようで、残る4つの紙束は凍結の赤印が押されている。

 

「凄いな……というか超機密書類だろうに、随分とぞんざいに渡してくるんだな」

「えぇまあ本来であれば禁書庫に収蔵されているものでしょうが……内容を理解できる者は限られ、まして扱える者となれば──ですから」

 

 俺はパラパラとめくって見るが、確かに数式まみれでちんぷんかんぷんであった。

 

 

 そうしている間にロスタンは奥の巨大金庫を開けていて、俺は俺だけのHiTEK装備──"真・特効兵装(チェンジエフェクター)"と対面する。

 

「さっ、どうぞ。これは直近まで央都(おうと)大地下開拓都市(ジオ・フロント)にある"焔炉《ほむろ》"──テクノロジートリオの方々が、無限大の夢を見せてくれた特別工房に安置されていたので状態は当時のままです」

 

(さすがにテンションが上がるわ)

 

 上半身を肩から両腕まで羽織るような形の強化外装。

 浮遊極鉄(アダマント)と電磁力アタッチメントで吸着・反発・追従し、六枚の翼を広げたような展開機構。

 スライムカプセルあらため"応急活性魔薬(スライム・スティム)"を適時注入できるばかりでなく、換装式の特殊武装も備わっていて……状況・戦術に応じた選択も可能となっている。

 

「たまらんな」

 

 (きた)血戦(・・)に向けて、これ以上なく頼もしい相棒になりえそうだった。

 

 

「ではHiTEK装備の調整の前に、義手のほうを実戦運用しておきましょうか」

「あぁ……正直100年のブランクはきつかった、可能な限り最適化しておかないとな」

 

 レドを相手にボコボコにされたのを思い出しながら、俺はグッパッと左義手を握っては開くを繰り返す。

 

「100年と言っても起き抜けで馴染んでいないだけかと。今の貴方は100年前よりも確実に強い、はからずも"生命研究所(ラボラトリ)"による肉体魔改造の結果です」

「そう、なのか……──」

「既に聞き及んでいると思いますが、財団の敵として立ちはだかった"冥王(あなた)"はそれはもう脅威であったと」

「複雑だな」

 

 まったく記憶にはないのだが──結社の手先として改造人間となった俺は、英傑の一人とまでなったフラウをして苦戦するものであったらしい。

 己の手で積み上げたものではないのが残念だが、それもまた"(ちから)"である以上は有効に使ってやるべきだろう。

 

「それでは僭越(せんえつ)ながら、わたしがお相手しましょう」

「ロスタン、お前……やれるのか?」

 

「えぇ──かつて貴方を殺すと誓った男の、ささやかな慰めにも付き合ってもらえれば幸いです」

 



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第七部 2章「血と空」
#413 彩豊の街 I


 

 "彩豊の都"マール・カルティア──有数の都市国家の一つであり、度重なる戦乱や、共和国の崩壊時にも(たく)みに立ち回った、小さくも活気に満ちた交易の街。

 四つの大手企業がそれぞれに管区のような縄張りを持っているものの、自由に競い、時には協力し、公共の利益と発展に尽くしている。

 

 遅々としながらも100年間に及んだ"文明回華"の時流(なみ)にも乗り、実に様々な文化や科学を積極的に取り入れられた街並みが見て取れた。

 

「これもまた……見たかった未来、ってなもんだな」

 

 俺はシップスクラーク財団支部の3階応接室から──ブランデー入りの紅茶を片手に──待ち人が(きた)るまで、のんびりと人々の日常を眺める。

 

 

(思ったより疲れない……生命研究所(ラボラトリ)とやらに肉体を魔改造(・・・)されていたってのを、こんな形でも実感するとはな)

 

 一時の休息を楽しみつつも、俺は"天眼"による共感覚でもって、"血文字(ブラッドサイン)"の魔力色を探索するのを並行していた。

 100年前であったなら精々(せいぜい)が数分程度で限界きて、インターバルを挟む必要があったのだが……既に小一時間ほど経過していても特段の疲労を感じない。

 疲れないコツみたいなものが身に染み込んでるような心地。

 

「この(ちから)が……あの時にもあったなら──」

 

 詮無(せんな)いことだとはわかっていても、後悔はいつまでも(ぬぐ)えなかった。

 同時に、だからこそもう失敗したくないという気持ちも強く……強く、己の内を渦巻く。

 

 

 もうしばらくして俺はグイッとカップの中身を飲み干してから、窓際からソファーへと座り──コンコンッとノックが二回鳴らされた。

 

「どうぞ」

「失礼いたします」

 

 入ってきたのは……"少女"と言っても差し支えない、華奢な印象を感じさせた。

 月桂樹で作ったような"真っ白い冠"を頭に(かぶ)っていて、パッと見では可憐さが先行する。

 

「ごきげんよう。お初にお目に掛かります、わたくしは"イェレナ"──と申しますわ」

 

 イェレナと名乗った彼女は、しかして事細かな所作が《馴染んでいる》。

 礼節をわきまえ堂に入った様子で、若くともこの街を牛耳る四大組織の内のトップの一人なのだと。

 

 

「へぇ、イェレナさんは随分と若いな──っと悪いようには取らないでほしい、(あなど)っているわけではない。俺もどうにも年をとったものでな」

 

 言いながら俺は半長耳をちょんちょんと触って、ハーフエルフであることをアピールする。

 

「もちろんです。若さの大切さ、わたくしも身に染みてしっています」

「ははっ"ディミウム株式会社"も安泰か」

「いいえ、違いますわベイリルさま」

「違う……? とはいかに」

 

 座ったままの俺よりも少しだけ上の目線から、ニッコリとイェレナは笑みを浮かべる。

 

「本日ベイリルさまとの会談を予定していたディミウムの者には、少しばかり控えてもらいました」

「なるほど、それで……イェレナちゃん(・・・)は誰の(つか)いなのかな」

 

 

「……"血文字(ブラッドサイン)"」

 

 ドクンッと感情と共に抑え付けていた俺の心臓が跳ねる。

 しかし目の前の彼女は新緑の魔力色をしていて、少なくとも本人(・・)ではないことは明らかであった。

 

「──を、探していると小耳に挟んだもので。大変失礼なこととは思いましたが、こうして接触させていただきました」

 

 剣呑(けんのん)になると予見していたのか、イェレナはすぐにそう付け加えるように続けて対面のソファーへと座る。

 

「"冥王(プルートー)"……いえ"空前"とお呼びしたほうがよろしいですか? それとも"殺し屋(アサシン)"とか」

「俺についても詳しいようだが、まずは素性を明かしてもらえないか。今は()かされてやるような気分じゃあない」

 

 この俺が結社に操られていた時に暴れたという"冥王(プルートー)"の二つ名にはそもそも馴染みがないが、知れ渡っていてもおかしくない。

 "空前"の名も帝国ではそれなりに通っていただろうが、"殺し屋(アサシン)"の名を知る者は極僅(ごくわず)かに限られる。

 

 

「……申し訳ありません、少しばかり前置きが過ぎましたわ。わたくしはあなたを直接は知りませんが、御祖父様(おじいさま)が知り合いでした」

「ジイさん?」

「"幇助家(インキュベーター)"をご存知ですか?」

「そいつ、は──」

 

 100年も眠っていた寝起きでも、"仲介人(メディエーター)"が口にした言葉は思い出せる。

 イェレナは俺の表情から察したことを見て取ったのか、そのまま喋り続ける。

 

 

「アンブラティ結社における()()調()()()。と言っても、利益が見込める場合のいわゆる"投資"になりますが……数多くの騒乱を幇助(ほうじょ)してきたのがわたくしの家系なのです」

 

 そう言い切った瞬間、イェレナの表情が曇る。

 

「いえ、してきた──ではなく、している(・・・・)──というのが正しい表現になりますわね。"エルメル・アルトマー"とその父である初代"ルパート・アルトマー"の頃から……今もなお」

「エルメル・アルトマーか、なるほどな」

 

 懐かしい名だった。かつてゲイル・オーラムが、後の"帝国の盾"オラーフ・ノイエンドルフ元帥、"悠遠の聖騎士"ファウスティナ、"深焉(ふかみ)"の魔導師ガスパールらと共に──

 五英傑の一人カエジウスが作ったワーム迷宮を踏破し、最下層の黄竜を打ち倒した際には物質的な支援を(おこな)い、制覇特典で永久商業権を得た人物。

 

 そしてインメル領会戦において、"オーラムに借りを返す"という名目で財団に支援をしたのも他ならぬ"共和国の大商人"エルメル・アルトマーであった。

 

「ということは君は、イェレナ・アルトマー。現在のアルトマー商会の会長にして、結社の"幇助家(インキュベーター)"というわけか」

 

 俺は眼前に座る彼女(イェレナ)を値踏みするように観察する。

 アルトマー商会が父子二代で成り上がれたのには、アンブラティ結社という後ろ盾があった事実。

 インメル領会戦においても、エルメル・アルトマーが裏で転がしながらほくそ笑んでいたのかと思うと……いささか血管も浮きそうなものだった。

 

 

「いえ……たしかにわたくしは幇助家(インキュベーター)ではありますが、アルトマー商会の長の座は退(しりぞ)いております。もっとも影響力は過ぎてなお(だい)ですが」

「は? いや待て、エルメル・アルトマーを祖父と言ってたな──?」

「左様です。わたくしもそれなりに"長生き"していますので、お噂はかねがね(うかが)っております」

「そういうことだったか。だが人族、だよな……?」

 

 長命種たる身体的特徴は見当たらない。神族の隔世遺伝らしい特徴もない。

 

「この"白冠"のおかげで、わたくしは不老ですの」

「"魔導具"か、アルトマー商会なら手に入れるくらい造作も──」

「いいえこれは"魔法具"ですわ」

「……なにっ!?」

 

 微塵にも隠すつもりがないカミングアウトに、俺としてもさすがに驚愕を禁じえない。

 

 

「誰かに話すのは……はじめてになりますわね」

「──それだけ俺に、無償の信頼を置いてくれているということか」

「無償というわけではありません。なにせこの白冠を手に入れられたのはベイリルさま、あなたのおかげでもありますから」

 

 頭の中に一切ないことを言われ、俺は疑問符を浮かべる。

 

「俺のおかげ……? 記憶にはないが"冥王(プルートー)"時代に何かをやらかしたわけか」

「違いますわ。これは【帝国】に代々伝わっていた秘蔵の魔法具なのです。つまり……アレクシス殿下とヴァルター新陛下が崩御された日ですわ」

「あの、日──あの時か」

 

 俺は喉が渇くような感覚を覚える。未だ後悔の絶えぬ、人生最大の失敗をした日。

 

「申し訳ありません。話には聞いていましたのに、いささか無神経でした」

「気にするな。それでドサクサに紛れて、秘宝を盗んだというわけか」

「はい……仲介人(メディエーター)の指示で動いていたエルメル(おじいさま)は、あろうことかアルトマー家の総力をあげて隠匿しきったのです」

「随分と思い切ったことをしたもんだな」

 

 裏切れば制裁が待っていることは、この身で実際に味わっていることだった。

 

 

「それはまさに──これが着用者を不死身(・・・)にする魔法具"深き鉄の(われしぬこと)白冠(なかりけり)"だったからです」

「不老不死、だと? そいつは凄いな、確かに魔法でないと不可能な領域だ」

「お試しになられますか?」

「いや別に、ここまでの話だけでも信じていないわけじゃない」

 

「それならばありがたいです。わたくしは魔力が多いほうではありませんから、不老を維持する場合……死ねるのは精々一回くらいでして」

「試すってそっちの意味の(ほう)か、ここで死んで見せるつもりだったのか」

 

 するとイェレナはにっこりと笑う。

 

白冠(これ)をどなたかに渡してしまうと……わたくしの先天的な病気(やまい)がぶり返しますので。あるいは急激に進行する恐れもあります」

「病気、だったのか──だからエルメル・アルトマーは、自らの手で決断した」

「すべてはわたくしの為でした。おかげでこうして生き続けることができています」

「今の医療でも治せないのか?」

 

「どうでしょう、調べてもらったことがありませんから。どのみち役目(・・)を終えた時、わたくしは自らこの白冠を外すつもりですので」

 

 そう言い切ったイェレナ・アルトマーの瞳には、強い決意と覚悟が浮かんでいたのだった。

 

 



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#414 彩豊の街 II

「──どのみち役目(・・)を終えた時、わたくしは自らこの白冠を外すつもりですので」

 

「役目……()()()()()()()ってわけか」

「はい。全てを終えた(のち)白冠(これ)の所有権については、ベイリルさまにお譲りいたします」

「俺に? まぁ魔法具を譲ってくれるというのなら遠慮なく、ありがたく貰ってはおくが──」

 

 もし不死(・・)となれば様々な無茶や無謀が利くようになる。

 何より不老(・・)となれば"未知なる未来"を見るにおいて最高にありがたい。

 

(まぁデザインは正直なところ好みではないが……)

 

 俺は自分が着けたビジュアルを想像しながらどうでもいいことを考えていた。

 ──と、イェレナはソファーの上で改めて座り直し、背筋をピンと伸ばして真っ直ぐ俺を見据えてくる。

 

 

「わたくしは本来、生きていてはいけない人間なんです。祖父エルメル・アルトマーは数多くの記録を、結社には悟られぬよう残していました。受け継いだわたくしも表と裏の顔を使い分け……」

幇助家(インキュベーター)として、時に罪なき人を犠牲にしてきたか」

「その通りです。結社という存在と、長きに渡る因縁を清算することこそ……わたくしが生き恥晒してでも、永らえている理由ですわ」

 

 イェレナはギリッと歯噛みしてから、明確な意志をその口から紡ぐ。

 

「わたくし一人ではどうにもならない。ずっとこのような機会を待ち続けていました。終焉(おわり)にしたいこと……ベイリルさまならご理解いただけると、誠に勝手ながら思っています」

「なるほど……確かに俺と君は、境遇も近い──(まぎ)れもない同志と言えるな。もちろん協力は惜しむつもりはない」

 

「ありがとうございます。しかしその前に片付けなくてはいけないことがあります」

 

 ギュッと握られたイェレナの拳は、感情の行き場を言葉へと変える。

 

 

「"血文字(ブラッドサイン)"を殺すこと」

「……そうだったな。(きみ)は、俺が"血文字(ブラッドサイン)"を探してこの街にやってきたことを即座に察知し、こうして接触してきた──とんだ情報網を持っているようだ」

 

間者(かんじゃ)──と、この場合に言うかは(はなは)だ疑問ですが……情報提供者がいますので」

「たとえそうでも、今回の一件を知っているのは極限られた人間だけだったんだがな」

 

「祖父の時代、すなわち100年近くも前からシップスクラーク財団情報部で働いている人間ですから」

「当時のエルメル・アルトマーの仕込み、か」

「財団の情報部だけでなく、多様な分野でも代々奉仕してきた一族。とっくに我々の手を離れ、財団でも(しん)ある立場にいる者ですわ」

 

 本来であれば情報に深く(たずさ)わる人材は、"読心"の魔導師シールフによってふるい(・・・)にかけられる。

 しかしシールフが"異空渡航"実験で行方不明になってしまった為に、精査することができなくなったがゆえの穴につけ込まれたのかも知れない。

 

 

「ただかつて我々アルトマー一族が大きな恩を売った間柄にありますので……いくつかの特定事項に関して、迅速な情報提供をしてもらう次第なんです」

 

 不安の色を顔に貼り付けるイェレナに、俺は肩をすくめて答える。

 

「あぁまぁ、別に(とが)めるつもりはない。むしろ感心するくらいだ」

「……ふふっ」

「なにか可笑(おか)しなことを言ったか」

「いいえ、なんというかその──祖父からのお話や集めた情報から、(わたし)なりに想像していた通りの御方でしたので」

「事が終わったら、エルメル・アルトマーの残した記録とやらを個人的にも見せてもらいたい気分になったぞ」

 

 俺は半眼で口にしつつ、イェレナは弛緩(しかん)した雰囲気の中でニコリと微笑んでから空気を切り替える。

 

 

「それでは本題に移らせていただきますわ」

「"血文字(ブラッドサイン)"の情報か? もしかして……既にアタリを付けているとか?」

(わたし)が提供できるのは()の者が有する能力について、血文字(ブラッドサイン)がかつて結社員を殺して回った時に得られた情報です」

「結社員を、殺して回っただと?」

 

「そうですわ。およそ30年前、幇助家(インキュベーター)として()の者の危険性の周知と情報共有がなされました」

 

 "冥王(プルートー)"こと他ならぬ洗脳された俺が、対財団戦力として引っ張り出されたのが20年前であり、そのさらに10年近く前に結社は襲撃を受けていたことになる。

 

(図らずも……アンブラティ結社は、血文字(ブラッドサイン)とシップスクラーク財団──二つの外敵要因によって立て続けに大きく削られたわけか)

 

血文字(ブラッドサイン)が持つ魔導と魔法具(・・・)によって個別に何人もの結社員が殺され、相当の被害をこうむったそうです」

 

 その単語を半長耳で捉えた瞬間、俺は怪訝(けげん)な表情を浮かべると同時にどこか()に落ちる心地があった。

 

「魔導、と──"魔法具"?」

 

 

「"透過の魔導"と魔法具"変成の鎧(あたらしいわたし)"ですわ」

 

(そうか……なるほどな、"変身"の異能の(ほう)は魔法だったわけだ)

 

 イェレナからもたらされた答え合わせによって、俺の中で一つの疑問が氷解する。

 透過と変身、どちらも魔術の域を超えた異能であるが、一人の人間が二つの魔導を持ちえることは不可能。

 しかし魔導と魔法であればその限りではない。

 

「まず透過についてですが──」

「ちょっと待った。それは血文字(ブラッドサイン)と相対しながらも生き残った人物からの情報か?」

 

 血文字(ブラッドサイン)の性質上──執着的な意味でも、能力的な意味でも──本気で狙った獲物は早々取り逃がすことはあるまい。

 もしも殺された(すえ)の曖昧な不確定情報であれば、正直なところ()らぬ雑音(ノイズ)となりかねない。

 

「今はすでに亡き者とされていますが、かつて"仲介人《メディエーター》"が当時何度も殺される中で得た情報だそうですわ」

「仲介人《メディエーター》が亡き者にされただって!?」

「はい、他ならぬ血文字(ブラッドサイン)によって最終的に殺されたそうです。詳しいことはわたくしの耳にも入っていません」

 

 イェレナの言葉が耳を素通りしながら、俺は無力感を一つ味わっていた。

 

 

(死んだ……? この俺をハメた、あの女がもう死んでいる──)

 

 100年も経過しているのだから、むしろ可能性としてはそちらのほうが圧倒的に高いと言える。

 しかしながら30年前までは少なくとも生きていたようだし、長命であれば今の今まで生き延びていてもらって──この手で(くび)り殺してやりたかった。

 最大の仇とも言える相手が消えたという事実に、俺は少しばかり打ちのめされた心地になる。

 

血文字(ブラッドサイン)が殺しきったのか」

「少なくともそう伝わって以降、仲介人《メディエーター》が姿を一切見せなくなったのは事実です」

 

 つまりは仇敵(かたき)仇討ち(かたき)という、ある意味で単純な図式になった。

 血文字(ブラッドサイン)を殺せば、すなわち仲介人《メディエーター》を殺したと同義なのだと強引にすり変えて精神の安寧を保つことにしよう。

 

「仲介人《メディエーター》がいないということは……今はどうやって結社は運営されているんだ、連絡手段は?」

「長距離なら"電信回線"、短距離であれば"魔線通信"で」

 

「えっ……あぁ、そうか──」

 

 俺自身が発端(ほったん)となってもたらした、テクノロジーによる世界変革の波。

 魔導科学(マギエンス)によって、結社は新たな形として存続しているというのは……いささか皮肉めいたものがあるというものだった。

 

 

「いや、結社の話は後にしよう。さっさと血文字(ヤツ)を見つけて、決着(ケリ)をつける」

 

 スッと立ち上がった俺に対し、イェレナは少しばかり困惑の色を見せる。

 

(はや)る気持ちはお察ししますが、その前に情報を──」

「いや、不要だ。第一に30年も経過していれば情報も古く、第二に俺は仲介人(メディエーター)を信用していない」

 

 やや主義からは外れるものの、元々イェレナと情報の存在自体が()って()いたものである。

 現在まで能力をどれほど研ぎ澄ましているのかはわからないし、どのみち最大臨戦態勢であたるのには変わらない。

 

「第三に俺自身が血文字(ブラッドサイン)と交戦したことがある。そして奴がやれそうなことは俺も想像(イメージ)もついている」

 

 同郷であるがゆえに発想も近くなる。

 "断絶壁"での一件以降、折を見てはシミュレーションも幾度となく重ねてきた。

 唯一不可解だったのが異能を二つ使いこなしていたこと──それも今は片方が魔王具であることがわかったので、もはや恐れるべきことはない。

 

 

「闘って、生き残ったことがおありだったとは……」

「痛み分けだがな。俺は血文字(ブラッドサイン)を殺しきれないし、奴も俺の命には届かなかった」

「今なら……勝てますか?」

 

 イェレナ・アルトマーの言葉に、俺は不敵な笑みを浮かべる。

 

(チリ)一つ残さず消滅させてやるさ」

 



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#415 血溜まり

 

 ──年端もいかぬ頃のことを覚えている人間は、一体どれだけいるのだろう。

 

 ──物心がついた時期の記憶を鮮明に思い出せる人間は、そう多くはないだろう。

 

 ──もし仮に己が生まれた時があるとするなら、それは母から産まれた時ではなかったと断言できる。

 ()()()()()()こそ、ワタシは血溜まりの中からこの世へと現れたと言えるのかも知れない。

 

 

 "血の海"。

 それは母の赤色だった。ワタシはまだその時、ただ子供らしく泣き叫んでいるだけだった。

 しかし瞳は閉じることなく、その色がワタシの視線を通じて血管と神経の隅々まで行き渡ったような……そんな感覚を今でも思い出せる。

 

 なんのことはなかった。母は珍しくもない、たまたま運悪く抗争に巻き込まれ、銃弾を浴び、ワタシを(かば)って、倒れ伏した。

 残された父によってワタシは育てられた──そしてある時、父はワタシの衝動(・・)に気付き、そのコントロールを教えてくれた。

 

 

 15歳の誕生日──ワタシは母の"死に目"からようやく、父の"死に目(それ)"を自らの手で(・・・・・)見る機会を得ることができた。

 

 赤ん坊であった時は母からの無償の愛を感じ、無条件の愛で(こた)えていたに違いない。そんな近しい人の、暖かい血の中で──

 厳格であった父からの、子を守る愛に対し……ワタシも精一杯の誠意を返した。そんな近しい人の、冷たくなっていく血の中で──

 

 "死に目"とは他のナニモノでもない、"最期の独占"。

 それに立ち会えないなど……ましてや他人になんて渡すなど考えたくもない。

 好きなことは、なんでも知りたくなるだろう。好きなものであれば、トコトンしゃぶり尽くしたくなるだろう。

 

 あるいはもっと他に楽しいこと、好きなことを見つけられるかと思い、およそ1人の人間が人生で味わえる娯楽・悦楽は試し尽くした。

 多彩な趣味を(たしな)んだ。世界中を巡って娯楽を味わった。

 時に薬の(たぐい)も使ったが、ワタシを真に満足させるには至らなかった。巡り会った妻を愛し、我が子を育ててもそれは変わらなかった。

 

 

 ──歩んだ人生の(かたわ)ら、いつだってワタシの渇きを癒してくれたのは"死に目"と……ささやかな"詩"のみだけだった。

 親しくなった者の死。大して親しくない者の死。見ず知らずの他人の死ですらも、ワタシの飢えは満たされた。

 普段の生活では詩を読んで心を平穏に(たも)った。

 

 男でも女でも、人種も関係なく、大人も子供も老人も、権力者であろうと社会的弱者であろうと。

 想像しうる……ありとあらゆる方法でもって"死に目"を見てきた。

 

 血が流れ、死んでいく──最も()かれ、()がれる瞬間だ。

 それが一番だと自覚してからは、不必要に苦しめて"死に目"を見ることは極端に減った。

 

 

 60と余年、"死に目"に()い、愛、相尽(あいつ)くした。

 捕まることはなく、ついぞ疑いすらも掛けられることなく、やりきった。 

 最後は3人目の妻と、巣立った5人の子供と、孫を含めた家族全員──だが(つい)に自分自身の"死に目"だけ……確かに見たはずの記憶だけがすり抜けていた。

 

 

 そう認識できたのは──"第二の人生"に恵まれがゆえ。

 

 これまでワタシが"死に目"を見たこともなかった生物がひしめく世界。

 信心深かったことは一度としてなかった。そんなワタシでも転生(・・)できたのは……一体なぜなのだろうか考えた時もあった。

 

 神がいたとしたら気まぐれなのか、あるいはひどく底意地が悪いのか。

 運が良かったのか、それとも他が悪かったのか。

 ワタシが知らないというだけで、誰もが機会に恵まれたのだろうか。

 

 なんにせよ肉体が変わっても"ワタシがワタシでしかなかったこと"が、これ以上ない僥倖(ぎょうこう)であったと言えよう。

 今度こそ……いずれ(きた)る自らの"死に目"も含めて、堪能し尽くさなくてはならない。

 

 

 徐々に記憶が蘇ってきた頃──異世界(こちら)の新しい母が、ワタシを産んだ時には既に死んでいたことがわかった。

 今度は自らの手で"死に目"を見たかったのだが……非常に残念なことであった。

 父も既にいなかった、行きずりの相手だったがゆえにわからなかった。

 

 いわゆるスラム街と呼ばれる環境の中で、孤児だったワタシは互助組織の一員として幼少期を過ごした。

 より年長の者がより年少の者を庇護し、皆でできることをやっていくサイクルの中で、過酷な世界を生き抜こうとする小さな意志の群れは……実にたくましく、美しかった。

 

 ワタシには知識と経験があった。

 さらには魔術というこの世界の(ちから)にも恵まれた。

 最初の頃は敵対者の血によって、渇きを癒した。誰にも知られることなく、狂おしいほどの飢えを何度も満たした。

 

 

 魔導と呼ばれる領域へ至る頃、スラム街での立場は逆転していた。

 弱者は強者へと、強者が弱者へと。一つの都市国家史の終焉、あるいは転換。

 

 怒りによって煽動された者たちは、領主屋敷へとなだれ込んだ。

 そして──屋敷から、()()()()()()、出てくることは、無かった。誰しもが平等に"死に目"に()った。

 

 血溜まりの中の充足感。

 やはりワタシはどこにいようともワタシでしかなかった。

 

 ふと骨董品と思しき古い革でできたような軽鎧が、血に濡れていないことに気付く。

 それこそが新たな"死に目"を見る為の出会いであった。

 

 

 "変成の鎧"──その身に着けることで、想像しうるありとあらゆる生体へと変身することができる魔法具。

 己にとっての真価にはすぐに気付いた。これを使えば、()()()()()()()()()相手の"死に目"にだって立ち会うことができる。

 さらにはそのまま成り変わることで、周囲の人間関係を維持したまま、親しき者に殺される人間の"死に目"をも簡単に見ることが可能だと。

 

 使用には相当の魔力を要し、最初こそ指先をほんの少しだけ変質させられるくらいであった。

 だが自在に変身できるということは、器も変えられるということに他ならない。

 

 すぐに中身はそのままに、外見のみを変化させる(すべ)を覚えた。

 魔力容量に優れた器に変身し、外皮(ガワ)だけを服のように着替えるようになった。

 ただ……なぜだか3つの泣きぼくろだけは残ってしまった。本来転生した肉体には存在しない、前世であった頃の身体的特徴。

 

 

 ──寿命とは無縁となり、ほどなくして元の素顔を思い出せなくなっても問題なかった。

 ──時に獣に変身し、人を狩った。人の姿でなくとも理性を(たも)つのにはすぐに慣れた。

 ──神器と呼ばれる者の肉体を得たことで、より膨大な魔力を貯留できるようになり、変身の幅が広がった。

 ──他者の記憶を"透過"するに至ったことで、より自然に、より親密に、人の心の(うち)へと入り込むことができるようになった。

 ──多種多様な(こと)なる生物の特質を自在に混ぜ合わせ、存在しない融合魔獣を創り出すことも難しくなくなった。

 

 

 異世界(こちら)で可能となったあらゆる状況、数多(あまた)の方法を試したが……結局のところ、たった一本の刃さえあれば十分だった。

 暖かく流れ出る血の赤色、ゆったりと喪失し冷たくなっていく──今際(いまわ)に表面化する感情と言葉の"死に目"に(まさ)るものはない。

 

 そして殺した相手の血液によって詩を(つづ)り残す。

 己にとってある種の神聖な儀式だとかそういったものではなく、ただ気が向いてやったことが習慣化したに過ぎない。

 

 終わりなき血の詩。

 人類が滅亡するその日まで……ワタシは持ちうる(ちから)でもってこの快楽を享受(きょうじゅ)し続けるだろう。

 

 さておき今回はどうしてくれようか。アルトマー商会、バロッサ財閥、ディミウム株式会社、自由協商組合。

 4つの大きな商業組織によってバランスが成り立っているこの街で──殺すべき人間、殺したい人間を探す。

 

 

 いつだったか、3つの組織を同時に殺し尽くした時のことを、ふと……思い出していた。

 

こっちを見ろ(Look at me)

 

 そして……すれ違ったその瞬間に投げかけられた言葉。

 その()()()()()()に、ワタシは自然と振り向いてしまっていたのだった。

 



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#416 血戦 I

 

こっちを見ろ(Look at me)

 

 それは反射でしかなかった。他者の口から聞くのは実に100年以上振りではあったが、母国語はいつだって詩という形で己の中にあった。

 だからこそ不意を突かれた言葉に、ワタシは無意識の内に反応してしまっていた。

 

 次の瞬間──否、反応したまさにその刹那。

 突如発生した風圧によって、自身の肉体が(そら)高く(ちゅう)を舞っていることを自覚する。

 "透過"は使わず、風に身を任せるように、大人しく彩豊の都の遥か外側にまで運ばれた血文字(ワタシ)は──"追従するように着地した男"と相対する。

 

 その双眸には意志が込められていて、明確な目的あって実行したであろうことが見て取れた。

 

 

「今度こそお前の"死に目"に立ち会いにきたぞ、"血文字(ブラッドサイン)"──」

「はて、どこで会ったかな。ワタシが見逃した人間など数えるくらいなはずだが」

 

 覚えは、ない。

 見たような記憶があると言えば有るが、ないと言えば無い。少なくともその程度の人物。

 しかしワタシのことを知り、かつ(ひそ)んでいたワタシを捕捉し、さらにはこんな場所まで運んだ手腕がタダモノではないことは確かであった。

 

「いやそうか、英語(English)を……喋っていたな。同郷(・・)──あの時の君か」

「思い出してくれなくても結構だったんだがな、まぁいい」

 

 そうだ、あれは確か"断絶壁"だった。

 あの時のワタシでは彼の命を捉えられず、3つの組織の幹部全員の大量殺人をした直後で満たされていたがゆえに……互いに(・・・)見逃した。

 

 

「これは復讐だ。そしてお前の存在そのものも障害だ、だから殺す」

「今は、渇いている(・・・・・)ぞ。あの時のように見逃すことはない」

「こっちも逃がすつもりはないさ、乾いて死んでゆけ」

 

 予想外、嬉しいサプライズだった。

 ワタシは一振りのナイフを取り出しながら、()()()()()()()する。

 

「……"ベイリル"、と言うのか。せっかくだ、キミにはお気に入りの血詩をプレゼントして──」

 

 言葉の途中で、脳が揺れた。

 視界は()れて、耳鳴りがズキズキと響くようだった。

 それははたしていつ以来だっただろうか。まだ魔導を覚える以前……この世界に転生して、記憶を思い出し、くだらない大人(おとな)に殴られた時だったか。

 

 

「俺は名乗った覚えはないはずだが……まっ、とりあえず効いてくれたようで安心したよ」

 

 油断はしていない。既に肉体は透過の魔導でもって、ベイリル(あいて)の攻撃など透り抜けるはずであった。

 しかし気付けば右のストレートを、顔面に貰い受けて地面へと大きく倒れこんでいた。

 

「噛み締めろ。一撃一撃、丁寧に殺し尽くす」

「な……に、だろうね、これは──」

 

 起き上がりながらベイリルへと問い掛けて、相手の頭の中を"透過"させる。

 魔力──魔導──色──濃度──視る──溜める──塗り潰す──雑多な単語群の中から、答えを導き出す。

 

 

「そうか……魔力の色、そんなものがあるのか。どおりでワタシを見つけられたわけだ」

「……」

「キミは魔力の色とやらを見ることができる。そして自らの魔導による濃い色でもって、ワタシの魔導の薄い部分の色を塗り潰し、その上で刹那の二の撃を加えた」

「なるほど、どうやらお前は記憶が読める……──頭の中まで"透過"できるってところか」

 

 ワタシは呼吸を整えながら、久方振りのまともな痛みを堪能する。

 

「だが普通に喰らったことも(かんが)みるに、"俺の知る専門家(スペシャリスト)"には程遠(ほどとお)いようだな」

キミの魔導(ユークレイス)……守護天使か。ああ、実に厄介なことだ──」

 

 ベイリルの姿が掻き消えたかと思えば、ミシミシと右腿が悲鳴を上げていた。

 

 恐らくは蹴られたのだとは思うが、単純な身体性能と白兵能力の差があまりにも開き過ぎていて認識できないのだ。

 彼がワタシに対してダメージを通せるのは魔術ではなく自らの肉体だけのようで、かつ魔力色を濃く溜めるインターヴァルがあるようだが、それらを差し引いても……いささか具合が良くない。

 

 

「ッ……しかも意識せずとも攻撃に移行できるとは、見事なものだ。あまりにも……そう、相性って言うのかな? が、悪い」

「あの時、お前を取り(のが)さざるを得なかった時から対策はずっと考えていた。その為に会得した魔導と魔力色覚ってわけでもないがな、今なら殺せる」

「はっ……はは、何度も何度も殺すと……まるで自分に言い聞かせているようじゃあないか、不安を覆い隠さんとするように」

言霊(ことだま)──って、英語圏じゃ知らないか。言葉は(ちから)だ、未来を確定させる。地面の下にだって逃がさない、殺し切る」

 

 水月(みぞおち)へと飛んできた拳を受け、ワタシは膝と両手を地面につけて無様に血反吐を吐く。

 

「赤い、血だ──ワタシの」

 

 己の血液。しかしこれで詩を書くにはまだ早い。

 

「お前が死んだ後には何も残さない。肉の一片も、骨の一欠も、血の一滴さえな」

 

 ベイリルは至って冷静な思考で深追いはせず、わずかな時間で魔力を濃く溜め、こちらの濃淡を判断。

 その上で初動を無意識の中に隠し、確実に打ち抜いてくる。

 

 我慢勝負になってしまうが、いずれ限界がきて透過の魔導そのものが維持できなくなる可能性もないとは言えない。

 そうなれば後は好き放題に解体されるだけとなる。

 

 

「ああ……キミは実に完成された戦士だ」

 

 今少し、彼と親しくなる為に。その血で、詩を書く準備をする為に。次のステップへと進もう。

 

「だからワタシも……キミとなろう(・・・・・)

「ッ──!?」

 

 "変成の鎧"──多大な魔力を必要とするが、己の肉体を如何様(いかよう)にでも改変することができる魔法具。

 同郷、ハーフエルフの男。まさしく鏡合わせのように、ワタシはベイリルの姿でもってベイリルと対峙する。

 

 

 瞬く間に抜き放たれた"風太刀"の居合いを、ワタシも同じように居合い抜きで防ぐ。

 

「……負った傷も、変身すれば全快か」

「ああ素晴らしい肉体と反射だ、ベイリルきみの血肉は考えずとも動いてくれた……よくぞここまで練り上げたと素直に称賛できる」

 

「俺に()ったからって俺に勝てると考えているのなら、浅はかとしか言いようがないな」

「ワタシはただただキミと親密になる為──より良き"死に目"を見る為の下拵(したごしら)えのようなものさ」

 

「まっダメージリセットも想定内だ、魔力切れまで()り潰し続ける──」

「存分に味わわせてもらおう」

 

 激突──雷が(ほとばし)る竜巻の中でまったく同じ両雄がぶつかっても、その肉体の操作(コントロール)、強靱な精神力、保有する知識と経験、無意識の活用においてベイリル本人が優位に立つ。

 さらに肉体が同じとて魔導は別物である。先ほどと同じように間隙(かんげき)()って差し込まれる魔力色の攻撃によって、ジワジワとダメージを蓄積し(にぶ)くなっていく。

 

 しかしそんなことはどうでもよかった。

 ベイリル(かれ)と同じ姿になることで、さらには透過することで、内に秘めたる激情の一端を垣間見(かいまみ)ることができる。

 

 より、相手へと、近付くことが、できる。

 

 そうして暴風が消え失せると──互いに同じ見た目ではあるが片一方は無傷、片一方は傷だらけという様相を(てい)していた。

 

 

「所詮は猿真似(サルマネ)ってところか」

「っハァ……たしかに、ここまで()が悪いとは。素晴らしい肉体だが、操作が思ったより難しい。魔力の色とやらも、まったく見えない」

「簡単に知覚できるほど、安っぽい技術じゃあない」

 

 鍛え澄ましたハーフエルフの肉体は、今までにない世界に対する見方(みかた)を教えてくれた。魔力の流動のようなものまでは直観的に感じ取れる。

 しかしわかるのは精々がその程度であり、魔力の色──ましてや濃淡まで理解できるとは……同じ肉体・感覚のはずでもここまで差異を感じたのは初めての体験であった。

 

 

「さて……そろそろ次の変身でもする頃合か、次は誰になるつもりだ? ありきたりに俺の大切な人にでもなって、手を止めさせる作戦でも取るか?」

「そんなものが通用しないことは、ベイリル(キミ)になったことで理解できている」

 

 強く、気高く、美しい。

 かつて殺し損ねた同郷(ちきゅう)の転生者が、ここまで極め付けな獲物として帰ってきてくれるとは思ってなかった。

 

「より一層の興味が湧いた、だからキミに贈ろう。もっと知る為に、見せてくれ──」

 

 ワタシはそう口にし、癒着しているかのように我が身と一体になっている魔法具"変成の鎧"が(うごめ)くのを感じるのだった。

 

 



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#417 血戦 II

 

 "血文字(ブラッドサイン)"の肉体が猛烈な勢いで変異していくように、形を変える。

 

 神器と呼ばれる魔力を膨大に溜め込む肉体組成を再現し、こまめに消費しながらも100年近く常人を遥かに越えた魔力を貯留し続けた。

 無尽蔵とも思えるほどに保有する魔力。血文字(ブラッドサイン)にとってベイリルはそれを大量消費する相手に足ると──

 

 

「"真・特効兵装(チェンジエフェクター)"ァァアアアッッ!! 展開(スイッチオン)ッ!!」

 

 一方でベイリルはパチンッと指を鳴らしながら咆哮すると、背中に収納されていたHiTEK装備から六枚の翼が拡張された。

 背より肩から腕までを(おお)う形のフレームに、特殊繊維のマントが風にはためく。

 

 その間も血文字(ブラッドサイン)は恐るべき速度で肉体を肥大化させながら、人としての姿を喪失していく。

 

 指パッチンは合図も同時に兼ねていて、呼び出されたヤナギがベイリルの隣に立つ頃には──完全に変態を終えていた。

 

 十六ツの大足、全身に散らばった四十八の複眼。

 光沢のある頑丈な外骨格と、柔軟かつ強靱な内骨格によって支えられた"巨大蜘蛛"の姿。

 口元からは数十メートルはある触肢が二本、ウネウネと動いている。

 

 

「"魔蟲ウツルカ"……」

「知っているのか、ヤナギ」

「生きて動いているのを見るのは初めてです。魔領でフラウさん達と見た時は、遥か昔に死骸と成り果てていたモノでしたが……それよりもずっと巨大(おお)きい──」

 

 全長にして100メートルは軽く越えている。

 黒竜や神獣モーヴィックに比べれば小柄にも見えるが、巨大化した虫として考えると醜悪としか言えなかった。

 

「なるほど、オリジナルよりも巨大(デカ)いわけか。血文字(ヤツ)が扱い慣れているのもあるんだろうが……"変成の鎧"ってのはつくづくとんでもないシロモノだな」

「死骸においてすら辺り一帯が汚染していました。ですので恐らくは──」

 

 

 ヤナギの言葉からベイリルは視線を移すと、魔蟲の足元の大地が腐敗するように侵蝕されているのが見える。

 

彩豊の都(マール・カルティア)への影響は当然として、俺達としても長引かせるのは得策じゃなさそうだな」

「短期総力決戦、了解です。各員参集せよ!」

 

 (うなず)いたヤナギは左手で指笛を吹きながら、"魔線通信"を用いて命令を下す。

 すると上空からはアッシュが、周囲には23人の魔術戦士達がすぐさま集結したのだった。

 

 

『回華せよ、(とき)(しら)せる風雲を──天と冥府の名の(もと)に、我らは煌めく"烈風連"』

 

 ヤナギを含めた24人──かつて幼少の頃より救出され、選抜・鍛錬を積んだ二十四番(にじゅうしばん)花信風《かしんふう》の名を受け継ぎし特殊部隊。

 ベイリル直下、子飼いの武力集団"烈風連"が合唱するように名乗りを上げる。

 

『振るいし暴威は敵を選ばず、邪魔立て(さわ)らば屍山血河の(みち)となる』

 

 どこにでも潜入する為に無手を基本。ベイリルの各種魔術(レパートリー)の一部を使いこなし、あらゆる戦場・工作・間諜(スパイ)活動に堪えうる為に総合能力を備える。

 全員が飛行魔術の使用を基準(デフォルト)とし、歌による共振(ハウリング)魔術を実現。加えてテクノロジー兵器の実験運用も(おこな)う。

 

 三人一組(スリーマンセル)で七色+一色ごとにさらなる専門性──

 偵察・狙撃、工作・暗殺、白兵突撃、擲弾火力、魔術火砲、衛生支援、万能予備、戦術・統合指揮──を持たせた集団。

 魔獣討伐においてすら、烈風連にとっては通常任務の範疇である。

 

 

「万端か。さ~て、怪獣(バケモノ)退治とシャレ込もうか」

 

 ゴキリと首を鳴らしてから全身をほぐすように、眼前にそびえる異形にベイリルは歯牙を剥き出しにする。

 

「魔導は見えない、さすがにここまでの大変身をしつつ"透過"ができるほど器用ではなさそうだな」

 

 ベイリルは"天眼"でもって冷静に敵を分析する。

 血文字(ブラッドサイン)は常に一方的な殺戮を繰り返してきたがゆえの練度不足。

 殺すことは慣れきっていても、殺し合いには慣れていない。

 

「では──対竜戦術・"振揺(しんよう)"用意!」

 

 烈風連の面々は叫びに応じ、一瞬にして散っていく。残ったヤナギはアッシュに飛び乗ると、灰竜は大きく翼を打って飛び立った。

 

「"応急活性魔薬(スライム・スティム)"・赤黒混合──()くぞ」

 

 ベイリルは自らの魔力を血液ごとストックしておいた黒スライムと、肉体活性の赤スライムを"真・特効兵装(チェンジエフェクター)"を(とお)して体内へと注入した。

 続いて浮遊極鉄(アダマント)を利用した磁界によって飛行性能を引き上げる"推進制御補助機構(スラスター・サーボ)"を用い、重力のくびきから自らを解き放つ。

 

 

 縦横無尽に空間を蹂躙するベイリルの左腕兵装からは、"極電磁砲(レールガン)"が魔蟲(クモ)へと降り注ぐ。

 魔術で空気を超圧縮して作り出したプラズマ球を"真・特効兵装(チェンジエフェクター)に充填し、大電力を利用した砲塔から、エレクタルサイトを含んだ二枚の"(レール)"を通じて弾体を飛ばす兵器。

 加速し射出されるプラズマ化した弾体は、さながらビームのような残像と共に何度も突き刺さり、さらに右腕のサブ兵装からは余剰エネルギー分を利用したサーマルガトリングガンの弾驟雨(あめあられ)

 

 同時にアッシュの物質を風化させる吐息(ブレス)によって、魔蟲(クモ)の巨体が徐々に削ぎ落とされる。

 灰竜はヤナギと同調(シンクロ)するかのように、吐き出される糸状の汚染物質を(かわ)しながら一方的に薙ぎ払っていく。

 

「──効くことは効いている、が……決め手に欠けるか」

 

 魔蟲は変身を繰り返し続けることで擬似的な超速再生を強引に(おこな)うという、とてつもなく凶悪で厄介な特性。

 そのたびに腐敗した汚染物質が撒き散らされ、大地が蝕まれていく。

 

 

「ベイリルさん! 配置完了しましたッ!」

「よしっ、歌え(・・)!!」

 

 烈風連23人の合唱が響くと同時に、ベイリルとアッシュは効果範囲圏外まで退避する。

 歌によって共鳴させた大魔術──音の共振(ハウリング)が定在波となって、魔蟲(クモ)の外皮から内部まで、その分子結合を砕いて自壊させていく。

 

「くっはは、これで変身再生速度とトントンってとこだな──ヤナギ! (あわ)せろ!!」

「はい!!」

 

 ベイリルは自らの掌中に雷撃(プラズマ)を内包した風の剣を作り出し、それを鋸のように回転させ、音圧による振動を付加させる。

 空華夢想流・征戦礼法──秘奥義、"烈迅(れつじん)鎖渾(さこん)非想(ひそう)(けん)"を長く、さらに長大に伸ばしていった。

 

 

「"複製永劫魔刃(ブレイド・レプリカ)"、起動」

 

 ヤナギは一本の剥き出しの刃を構えると、魔族と吸血種のハーフ──ダークヴァンパイア種として、神器に準じる超魔力を注ぎ込む。

 複製永劫魔刃(ブレイド・レプリカ)は、真っ二つにされた魔王具"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"の循環器たる刃を改修する形で、新たに二振(ふたふ)りに打ち直されたHiTEK装備。

 

 より刀身が長かった一振(ひとふ)りは財団で保管され、短めの一振(ひとふ)りをヤナギが所持していた。

 複製(レプリカ)と言っても元は本物の一部であり、かつて三代神王ディアマが大陸を斬断した"永劫魔剣"を再現しうる、単純にして明快な機能しか持たない決戦兵器。

 

 

「我が一太刀は気に先んじて(そら)疾駆(はし)り、無想の内にて意を引鉄(ひきがね)とす。天圏に捉えればすべからく冥府へ断ち送るべし」

「──流出──固定──形成、完了」

 

 天を突かんばかりに巨大な二振りの剣が、同時に交差する。

 

斬艦太刀風(ざんっかぁんたちかぜ)ェ──!!」

(せん)ッ!」

 

 二人の一撃で四つに切り分けられた魔蟲(クモ)、しかして交差は一度で終わらない。

 

 腐敗し汚染されつつある大地ごとを微塵に切り裂かれていき、灰竜アッシュの吐息(ブレス)によって浄化されるように風化していく。

 血文字(ブラッドサイン)の魔力が底をつかんばかりに、何度も、何度も、何度でも。

 

 

 いつしか斬撃は止まり、歌も()む――残ったのは灰砂となった地面と……その上に(たたず)む一人の男。

 魔力色から"透過"の魔導を使っていると判断したベイリルは、ハンドサインで他の皆に待つよう合図を送りつつ血文字(ブラッドサイン)と対峙する。

 

「まさかあれだけの変身をして、何もさせてもらえぬまま追い込まれるとは……どうしたものか」

 

 無言のままに魔導幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)の魔力を込めた一撃とベイリルの拳との二重撃が、血文字(ブラッドサイン)の顔面を打ち抜く。

 血文字(ブラッドサイン)はたたらを踏んで倒れるのを(こば)みつつ、鼻血を(ぬぐ)いながらニタリとらしからぬ笑みを浮かべた。

 

「──ああ、そうだな……ならば今度はキミのトラウマ(・・・・)にでも姿を変えるとしようか」

 



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#418 血戦 III

 

「──ああ、そうだな……今度はキミのトラウマ(・・・・)にでも姿を変えるとしようか」

「トラウマ? あいにくと多すぎるがな」

 

 そうして血文字(ブラッドサイン)が姿を変えたのは、かつてベイリル(おれ)が二度(いど)んで、二度敗北した男。

 長身痩躯、拘束具のようなベルトを体中に巻きつけ、聖騎士のサーコートを身に(まと)う人物。

 

 ──絶対正義の審判者──聖騎士の中の聖騎士──真なる英雄──戦場(いくさば)荒らし──人の形をした魔法──無法の救世人──

 

 しかし普遍的に通じる名があるとすれば……五英傑が一人、"折れぬ鋼の"の姿に他ならなかった。

 

(黄竜でも黒竜でもなく、"将軍(ジェネラル)"でも"運び屋(ねえさん)"でなく"無二たる"カエジウスでもなく、"折れぬ鋼"か……まぁそりゃそうなるか)

 

 とはいえ"大地の愛娘"ルルーテでなかっただけ良しとする。

 アレはトラウマというより、もはや畏敬の念を抱くレベルであり、再現できるような領域にいる存在ではない。

 

 

「ふむ、この姿は──かの音に聞こえし英傑か。ワタシは見たことがないが……不思議な器だ」

 

(魔力色がまったく見えなくなった……?)

 

 魔法具"変成の鎧"──その再現率と恐ろしさをよくよく理解する。

 俺に変身された時の"血文字(ブラッドサイン)"は確かに俺自身であったし、魔蟲ウツルカの汚染物質もまた再現されていた。

 

("折れぬ鋼の"の、一切(いっさい)()()()()()()()()()という特異体質すらもコピーしたか)

 

 俺は指を鳴らして単なる"風擲斬(ウィンドエッジ)"を放った。

 風の刃は血文字(ブラッドサイン)の体を透り抜けることなく命中する。

 

 されど無傷──"透過"しようがしまいがダメージを与えられないという結果は同じでも、それで事実がはっきりした。

 

 

「――どうやら()()()使()()()()ようだな」

「ふむ、そのようだ。なぜだかはわからないが……しかし余りあるというもの」

 

 魔力を外に出せない。"折れぬ鋼の"の、魔力を溜め込み続けられるがゆえの圧倒的な肉体。

 だがその代償は、魔術や魔導を一切を使えないことに他ならない。

 

「……試さずにはいられない昂揚感、こんな感情はいつ以来だろうか」

 

『ヤナギ、"烈風連"ともども捨て石になってもらえるか。一分ほど時間を稼いでほしい』

 

 血気に(はや)血文字(ブラッドサイン)を見ながら、俺は音圧を調整して義娘だけに聞こえるよう伝えると、彼女は即断即決の行動へと移る。

 

「対人戦術・渦波(うずなみ)ッ!!」

 

 一糸乱れぬ連係をもって烈風連は音速で血文字(ブラッドサイン)の周囲を旋回し、砂塵を巻き上げながら波状攻撃を開始した。

 俺はその間に魔力(マジック)遠心加速分離(セントリヒュージ)で体内魔力の再調整と純化をしつつ、戦況を観察・分析する。

 

 

「凄絶、の一言に尽きよう。いつか英傑のような人間の"死に目"もこの手で見たいものだ……」

 

 砂塵が吹き飛ばされ、死人こそいないが烈風連の半分以上がダウンしていた。

 仮に強さの一端を再現するだけだったとしても、やはり"折れぬ鋼の"は規格外の頂人であり、まともに戦える相手ではない。

 

「"ヤマブキ"、それに"ユスラ"、合わせて──"複製永劫魔刃(ブレイド・レプリカ)"、純刃」

 

 介抱している烈風連とは別に、まだ立っている烈風連の二人とタイミングを図ってヤナギは突貫する。

 握り締められた刃こそ、ヤナギの膨大な魔力を一点に凝縮した紛うことなき魔剣。

 単純な切れ味だけで言えば、今までのあらゆる攻撃をも上回る──万物を切り裂き、(つらぬ)穿(うが)つ斬撃。

 

 しかしあっさりと渾身の一撃は血文字(ブラッドサイン)の右手で防がれ、そのままヤナギは左拳のカウンターをもらう形で殴打されて空中を舞う。

 

 

「この肉体(からだ)でも血くらいは……出るのだな」

 

 血文字(ブラッドサイン)は貫通した手の平から(したた)る血を舐めながら、ヤナギを感心するように見つめる。

 

「あまりワタシの趣味にそぐわぬ()だ」

 

 血文字(ブラッドサイン)は"複製永劫魔刃(ブレイド・レプリカ)"を投げ捨てながら、与えられた傷も既に(ふさ)がりかけていた。

 フィジカルのままにぶん殴る、ただそれだけで必倒となりうる。本当に"折れぬ鋼の"を相手にしている気分にさせられるほど……。

 

 しかし不殺の信条を(とお)した"折れぬ鋼の"と違い、血文字(ブラッドサイン)にはブレーキが存在しない。

 

 まだ誰も命を落とさずに済んでいるのは、ひとえに烈風連の練度に加えて、血文字(ブラッドサイン)が肉体のコントロールに未だ慣れていないからに過ぎず……。

 かつて五英傑に名を(つら)ねた人間の能力を、このまま殺戮に使われることを思えば……必ずこの場において仕留めなければならない

 

 

「ありがとうヤナギ、充分だ。烈風連も……()()()()()()──アッシュ! 皆を回収しろ!!」

 

 俺は強く、はっきりと、自信を内包した言葉(ことだま)を紡いだ。

 同時に急降下してきた灰竜が烈風連を全員離脱させる。

 

見物(けんぶつ)はもういいのかね? ベイリル」

「次に俺の名を呼ぶ時が、お前の終焉(さいご)だ」

「ははっはははは、随分とお互いに愛着も湧いてきたようだ。頃合(・・)だろう」

 

 トンッと俺がステップを踏むと同時に、強烈な上昇気流が発生して血文字(ブラッドサイン)の肉体が持ち上がる。

 

「飛べ」

「むっ――」

 

 風はそのまま竜巻と化し――ダメージを目的とするのではなく、ただただ打ち上げる為だけの旋風。

 "折れぬ鋼の"は魔術が使えない、つまり空中における機動力の優位性は確実に俺が奪うことができる。

 

 

「これは……なるほど、この肉体のままでは如何(いかん)ともし(がた)いな」

 

 "変成の鎧"は肉体内部に取り込まれ作用しているのか、"折れぬ鋼の"の特異体質であっても使うことは可能なようだった。

 上空へと勢いよく吹き飛びながら、血文字(ブラッドサイン)は新たに翼を生やして機動制御を試みようとするのが見て取れる。

 

「浅はかだ。それは"()()()()()"()()()()()()()だろう」

 

 瞬間――追従するように上昇していた俺は、両手のグラップリングワイヤーブレードを射出した。

 それは血文字(ブラッドサイン)の生やした翼を貫き、さらに肉体へと巻き付いて拘束するに至る。

 

「っぐ──なにを、する気だ……?」

 

 血文字(ブラッドサイン)は、先んじてワイヤーブレードに塗布していた"スライムスティム・紫"の病毒効果に悶える。

 変身による組成改変によって病毒への耐性を付けている(すき)に、俺は"推進制御補助機構(スラスター・サーボ)"を全開に飛ぶ。

 

「ユニヴァアアアアアアアスッ!!」

 

 バチバチと電撃を(まと)いながら加速。

 そのまま第二宇宙速度へ到達し――大気圏を超えて宇宙(・・)まで血文字(ブラッドサイン)を運送した。

 

 

 ――かつてないほど巨大に眺める片割れ星と母星との狭間――

 

「この美しい宇宙(そら)から退場してもらおうか」

「ヵ……ッ、ァ――」

 

 "六重(むつえ)風被膜"で空気が一定に(たも)たれている俺と違って、適応が間に合わずに血文字(ブラッドサイン)は毒のみならず呼吸にも(あえ)ぐ。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 しかし"変成の鎧"があれば究極生物を超越して、いつかまた星へと戻ってくる可能性も視野にいれなければならない。

 

 

「たとえ"折れぬ鋼の"の肉体を持ち得ようと……限度はある」

 

 真空の宇宙空間でそう口にしながら、俺は"真・特効兵装(チェンジエフェクター)"の六枚羽を円筒状に配置・回転させながら、左手の生体義手部分を(はず)した。

 

収斂(しゅうれん)せよ、天上(きら)めく超新星──我が手に小宇宙(コスモ)を燃やさんが為」

 

 喪失した左肘から延びた物質的な銃身(・・)

 それは"真・特効兵装(チェンジエフェクター)"の外装と連結していて、内部では重元素である浮遊石の欠片(かけら)と、()(そそ)ぐ宇宙線とが固定・圧縮されていく。

 極限まで圧縮され、臨界に達した原子は核分裂反応による放射性崩壊を起こし、発生した"殲滅光(エネルギー)"は電磁場と魔力力場によって安定した方向へと射出される。

 

 

「……ベィ――リ、ル――」

「これがお前の"死に目"だ。"放射殲滅光烈波(ガンマレイ・ブラスト)"」

 

 左手の機械義手銃口から(はな)たれた莫大なエネルギーは、六枚羽の回転砲身によって指向性を伴う熱光線として血文字(ブラッドサイン)の存在を撃ち貫いたのだった。

 

 



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#419 遙かなる宇宙

 

「ァ……ベィ――リ、ル――」

 

 呼吸と発声への適応が間に合わず、それ以上の言葉が続かない。

 

 光が、満ちる──どうにかしようにも、どうにもならない。

 五感は()けたまま状況はわからず、全身が蒸発と再生を繰り返し、それでも言葉にならない苦痛と思考が巡り続ける。

 

 即死するはずの攻撃でも、"折れぬ鋼の"の肉体は死ぬことを許さない。

 生存本能に反応した"変成の鎧"が、使用者を死なせることを許さない。

 

(だが、それでいい……まだ魔力は残っている)

 

 痛苦にも適応し始め、結果的に取り込んだ毒も既にほとんどが消し飛んでくれた。

 今少し、耐えさえすればいい。死ななければ、またいずれ復活できる。

 

(足りない……)

 

 まだまだ足りない。

 衝動は収まるどころか、欲望は枯れるどころか(つの)るばかりだ。

 何季・何年掛かろうと星に戻れば済む──エルフ種であれば彼も長生きするだろう、次に会った時こそ最高の"死に目"に(まみ)えよう。

 人類最後の"死に目"に立ち会うまで生き続けなければ。それこそが我が人生──

 

 

(っ……ぅ、なんだ──)

 

 熱さが再度ぶり返し始める。そればかりか再生が、間に合わなくなってきているようだった。

 頭が回る内に()けた両眼に代わって、なんとか触手の先に新しい瞳を作って伸ばす。

 

「──ッッ……ィ──」

 

 直視したことで、すぐに(つぶ)れてしまった瞳に声にならない声が漏れる。

 しかしその直前にしかと視界には捉えていた。そしてワタシはあれを知っている、()()()()()()()()()()()()()()

 

 その内部では核融合が繰り返され、光と熱を地表へと届け続ける無償の奉仕者。

 自然のサイクルにおいて最も重要なエネルギーと言える、星の循環の外からもたらされる大いなる恩恵。

 

太陽(・・)ッ──)

 

 その巨大な重力圏からは、既に脱出できること(あた)わず。

 

 

(ガァ……アアアアアアアッ!!)

 

 しかし、まだ一手だけ。ギリギリにはなるが、方法があった。

 迷っている時間はなく瞬時に魔力を惜しみなく注ぎ、変身によって肉体を局所極大化させながら……()()()()()

 

 脳と脊髄と心臓と目玉を1つずつ──呼吸を必要とせず、代謝を極小化させた、最低限の生命維持機能のみを残した肉体。

 噴射の勢いで押し出されたそれは、もはや人の形をしておらず……薄皮一枚の下で"変成の鎧"を挟み込んだ単なる肉塊。

 

 トロルの乾眠状態を思わせる、耐える為だけのギリギリの状態。

 

(っあ──?)

 

 引力の檻から脱するその刹那──たった一個の瞳が、その姿をしかと捉えていた。

 

 

 ベイリル──もはや宿敵とも言ってよいだろう、同郷の彼は残った右手に銃を構えていた。

 親指によって撃鉄(ハンマー)がコックされ、人差し指によって引鉄(トリガー)が引かれ、再び光に包まれる。

 

 どこまでも、油断も容赦もなく、確実な二の撃。

 心底から怒らせてはいけない男を、激情に走らせてしまったことに……今さら気付く。

 

(イ、ヤだ……このワタシが、こんな──)

 

 事ここに至って発露した血文字(ブラッドサイン)の剥き出しの感情は、後悔する余地すら与えられず、その肉塊ごと思考もろとも呑み込まれる。

 

 二つの世界で──"死に目"を独占する為、殺しの限りを尽くした男。

 しかし(つい)ぞ彼は、自らの"死に目"を味わえることなく……この世から完全に消滅したのだった。

 

 

 

 

(──似合いの終焉(けつまつ)だ)

 

 俺は(さえぎ)るものなき宇宙空間で、確かに血文字(ブラッドサイン)の消滅を"遠視"して確認した。

 

 同時に魔王具"変成の鎧"もまた、この瞬間に世界から喪失した。

 かつて"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"こと永劫魔剣をも破壊した俺は、さぞ(バチ)当たりと言えるかも知れない。

 

 またHiTEK装備"真・特効兵装《チェンジエフェクター》"は焼損し、(ゆが)み溶けたリボルバー拳銃と共に軌道上のスペースデブリと化した。

 左腕の義手もボロボロの塵となってしまっている。

 注ぎ込まれた技術力の(すい)を考えれば……リーティア亡き今、同じ水準以上のモノはあるいは俺が生きている内は望めないかも知れない。

 

 大小二発のγ線(ガンマレイ)の影響は、軽減したとはいえ俺自身の肉体(さいぼう)にも刻まれた。

 

(だが……それでも、構わない)

 

 血文字(ブラッドサイン)を殺し切る為に出し渋るようなことはできなかったし、目的は果たすことができた。

 死力を尽くしたからこその勝利であり、人類にとっての(うれ)いを1つ、永久に排除することができたのだ。

 

 復讐はここに完遂された。

 

 

(ハルミアさん……それにクラウミア──)

 

 俺は愛した女性と……この目で見て、この腕で抱いてやることができなかった娘の名を心中で呼ぶ。

 

 未だにもうどこにもいないということの実感が湧かない。キャシーもクロアーネも、俺が眠っている間に逝ってしまったがゆえに。

 フラウとてあの(つか)()の蜜月がなければ……あまりにも、あまりにも長い空白だった。

 

(まずは墓参りに行こう)

 

 自らの心と向き合い、また折り合いをつける為に必要な儀式。

 "血文字(ブラッドサイン)"を放置しておくわけにはいかず、早急(さっきゅう)な作戦となった為に随分と駆け足で来てしまった。

 "幇助家(インキュベーター)"イェレナ・アルトマーのおかげで、アンブラティ結社にも大きく迫ることができるが……今少し休息も必要だ。

 

 

「あとは無事に帰還できるかだが……」

 

 俺は"六重(むつえ)風皮膜"の内側で呼吸しながら言葉として吐き出しつつ、右手を伸ばす。

 ガンマレイ・ブラストとその反動を相殺する為に、色々と消耗が激しく疲弊もひどい。

 

("片割れ星"……踏み立つのはまた次の機会に、だな)

 

 いつかあの双子の惑星に降り立つ時が来ると信じている。しかし今はまだ時期尚早。

 とにもかくにも今は残り少ない魔力で、地上まで戻ることを優先しなければならない。

 

「あぁそうだ……俺はまだ、見届けなくっちゃぁならない。人類文明の行く先を──」

 

 固い決意でもって口にする。可能ならばその(すえ)まで生き抜いて、宇宙の果てを越えた先を見てみたいのだ。

 

 

 俺はフラウの重力魔術で慣らした無重力での動きを思い出しつつ、わずかな空気を推進力へと変えて母星の重力圏へと到達する。

 

(はてさて、一体全体どこに落ちるやら……)

 

 ある程度は制御したいところではあるが、そこまでの余裕があるとも思えない。

 いずれにしても"彩豊の都"マール・カルティア近くまで戻れることは、まずもって不可能に近い。

 

 広い海のど真ん中や、特定災害地域。あるいは敵性種の生息地や、魔獣の住処だったり。

 "大空隙"の底といった、人間が耐えられない環境に降下することだけは()けなければならない。

 

 大気摩擦をすり抜けるように流し──遠くなっていく片割れ星を見つめながら──空気を取り込んで充填をしつつ、魔力が底をつく前に落下を調整していく。

 飛行するほどの余裕はなく、滑空しようにも着ていたコートも光熱の余波で半分以上が(ちり)となっていて、姿勢制御はままならない。

 

 それでもやれるだけのことはやってやる。

 パンゲア大陸の形を頭の中で思い浮かべながら、おおよその位置を把握する。

 そしてある程度まできたところでゆっくりと風のブレーキを掛けて、無事着地しようという算段を立てていた──その時であった。

 

 

(んっ──あぁ……?)

 

 空気が変質していくのを、"六重(むつえ)風皮膜"越しの肌で感じ取る。

 既に熱圏から中間圏、成層圏も抜けて対流圏へと入って、高々度飛行をする際の高度には差し掛かっている。

 

「なん、だ……これ」

 

 心なしか降下速度が落ちている感覚。それはある意味では助かるのだがあまりに不明瞭。

 こういう場合は得てしてロクな結果にならないことを、俺は直観的に察する。

 

「気温が急激に下がっている、ような──っぉオア!?」

 

 構成されている"六重(むつえ)風皮膜"の内、歪光迷彩と風羽織が()げて空力制御(コントロール)を失う。

 

(マズっ──)

 

 通常ではありえない自体に、俺は混乱を禁じえなかった。ただ寒いだけではこうはならない。

 魔術を封じ込められるのとも違う。これはそう……まるで──()()()()()()()()()()()()()()()していっているかのような。

 

「こ、の……土地、は──」

 

 極限の酷寒の中で薄れゆく意識で俺は自らの記憶と照合しながら、"噂でのみ聞いていた場所"を頭から引っ張り出したところで──途絶し、墜落するのだった。

 



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#420 零の聖堂

 

「ッ──あぁ……」

 

 ひんやりとした冷たさを感じながら俺は瞳を開ける。

 

「とりあえず生きているか」

 

 俺は直近のこと──墜落した時のことを思い出しながら、とりあえずはまた100年とは言わずとも数年眠っていた……なんてことはなさそうだった。

 夜空から照らされる星光と空腹具合、最低限の保温機能は残っているボロ(ぎぬ)に、未だ(ぬぐ)いきれぬ疲労感でおおよその推測が立つ。

 

(長くても半日くらいか、それにしても……)

 

 周囲を見渡せば、そこは──氷上(・・)の平原であった。

 しかしすぐに気付く、わずかに()()()()()()()()ということに。

 満点の星空も歪んで見えている。遠くに見える"白い森"も、ハーフエルフの強化視力をもってして実像がはっきりとしていない。

 

 同時に俺は──まるでその場で浮いているかのように──地面と距離が空いているのだが……、確かに"座っている感触"が存在する。

 

「そうだ、この場所は恐らく……──」

 

 俺は意識が途絶する直前の記憶を蘇らせながら、指をパチンッと一つ鳴らして状況の把握に努める。

 増幅された音によって"反響定位(エコーロケーション)"を(おこな)って確信する……──ここが室内(・・)であり、想像していた場所に相違ないと。

 

 

「目が覚めたようだな」

 

 いつの間にかそこにいて、声を掛けられて振り向くと……そこには短めの薄青髪した少女が立っていた。

 

 たとえば()れただけで(もろ)く壊れてしまうんじゃないかと思えるほど、氷の彫刻にそのまま命を吹き込んだかのような……この世のものとは思えない美しさ。

 あるいはその者は人でない(・・・・)からか、現実味のない幻想的な少女に俺は床へと立って頭を下げる。

 

「助けていただいて感謝します」

「別に、ただの気まぐれだ。治療したわけでもないし、食べさせるモノもない」

「それでも外に放置されていれば、死んでいたでしょう。だから……ありがとうございます」

 

 少女はスッと視線を動かして俺を一瞥(いちべつ)し、瞳が合ったところでまたすぐ興味が無いとばかりに目を()らす。

 

 

「一つだけ問おう、おまえは不埒(ふらち)なことを考えてここへ侵入したのか?」

「いえ成り行きといいますか……空よりもさらに上で、少しばかり死闘を演じまして──」

「……あの光(・・・)か」

「地上からでも見えていましたか。まぁそんなわけで魔力もほとんどなく、落ちるままにやむを得ず"貴方の領域"へと降下するに至った次第です」

 

 俺の態度に少女はわずかばかり眼を細めて、咎めるでなく口を開く。

 

「どうやらわたしが何者か、理解しているようだな」

「もちろんです。ここは"零の聖堂"、ですよね?」

「そう呼ぶ者もいるらしいな、わたしは特に名を付けた覚えはないのだが」

 

 大空隙よりもさらに南、魔領の最西端に位置するそこは──大陸でも数少なくなく存在する、絶対不可侵の土地の一つ。

 

「そうでしたか。何にせよこれほどまでに透明度の高い氷で造形された、素晴らしい建築芸術。惚れ惚れします」

 

 普通の氷属魔術ではまずもって創り出すことのできない美しさと完成度。

 しかし彼女にとっては……きっと造作もないだろう。

 

(わたくし)の名前はベイリル・モーガニトと申します、"青竜"殿(どの)

 

 

 この場所こそ、七色竜が一柱──"氷雪"を(つかさど)りし青竜の()まう領域。

 

「おまえは竜が人と成れることを、"白"を見て知っていたわけか」

「"白の加護"があること、やはりわかりますか」

 

 かつて白竜イシュトが伴侶とした黒竜と最期を共にした際、灰竜アッシュと共に託された──大切でかけがえのない繋がりである。

 

「だからここまで運び込んだ」

「なるほど、それで結果的に命を救われたと──やはり(えにし)は宝ですね。ちなみに七柱の内、紫竜以外とは面識あります」

「数奇な人生を辿っているようだな」

「えぇ、良くも悪くも……」

 

 俺は自らの天命を思い馳せながら、しみじみと肺から白い吐息を漏らす。

 

 

「よろしければ"青竜"殿(どの)の、人化している時の名前を教えていただければ幸いです」

「──"ブリース"だ。好きに呼ぶがよい」

「どうもです、ブリース殿(どの)

 

 竜の真名はどのみち発音できないと思われるので尋ねることなく、親しみやすく俺は人界での名を呼ぶ。

 

 青竜はどうやら領域に引き籠って無関心なだけで、話せばわかるタイプのようであった。

 とはいえこうして話を興じることができているのも"白竜の加護"があるからこそなので、態度や言葉は慎重に選んでいきたい。

 

「遠慮がないのだな」

「短いながらもイシュトさんと過ごしましたので」

 

 人懐っこく、光の速さで距離を縮めてきた白竜。

 人間が好きで、愛を知り、最後まで味方であり続けてくれた(ひと)

 

 

「白か、久しく顔を見ていないな」

「っ──え?」

 

「昔は不定期ながら会いにきてくれていたものだったのだが」

「……そう、ですか。世俗から離れてるがゆえにご存知ないのですね」

 

 不穏の色を隠せない俺の言葉に、青竜ブリースの顔がわずかばかり歪む。

 

「イシュトさんは、黒竜殿(どの)と一緒にその生涯を終えました」

 

 青竜は静かに目をつぶると、ゆっくりと冷たい息を吐き出した。

 

「協力を仰いだ緑竜グリストゥム殿(どの)と共に、その最期を看取(みと)りました」

「……そうだったか」

「その時に、この"白竜の加護"と──白と黒の仔である灰竜アッシュを託されたのです」

 

「灰竜──そうか、白は望みを果たせたのだな」

「いったん土地に戻ったら、そう遠くない内に灰竜(アッシュ)と一緒にまた顔を出させていただきます」

「……あぁ、一度くらいは会ってみるのも悪くはないか」

 

 光速であっちこっち移動していたであろう白竜イシュトは、大陸の端っこにいる青竜ブリースにもフットワークを軽く会いにきていたのは想像に難くない。

 青にとって白が大切な存在だったのだろうことは、その声と表情から十分すぎるほどに(うかが)えた。

 

 

「あるいはブリース殿(どの)から会いに来ていただくという形でも」

「あいにくとその気はない」

「残念です……よろしければ、人嫌い? の理由をお尋ねしても大丈夫でしょうか」

 

 少しだけ逡巡(しゅんじゅん)してから、俺は意を決して質問する。

 顔色と空気を読みつつ、声色と距離感──体温は冷たすぎて判断がつかないものの──鼓動も含めて測る。

 

「わたしは白や赤のような奇特さは持ち合わせていない。争うばかりの人間(ヒト)種は見るに()えない」

 

 原初の七色竜がヒト種と言えば、当然ながらエルフといった亜人種や獣人種、神族や魔族も当然含まれる。

 

ですね(・・・)、かつては頂竜のもとで恒久的な平和を築いていた竜種(ドラゴン)からすれば……一方的に戦争を引き起こし、あまつさえこの世界から追放したヒトはあまにも野蛮」

 

「昔話にも詳しいようだが、心得違いをするな。残ったわたしたち以外の者は、嫌気が差して新天地を求めて旅立ったに過ぎない」

「そうでした、失礼しました。自らの世界すらも魔法によって崩壊させかねなかった我らの祖先──さらには何千年と経った今もなお、同族でも相争い続ける人類はさぞ愚かに見えることと思います」

 

 ()(がた)い、そんなことは前世でも今世でもわかりきっている。

 

ですが(・・・)、興亡を繰り返し……時に大きく衰退しても──遅々として進歩してきたのもまた人類なんです」

 

 



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#421 青竜

 

「ですが、興亡を繰り返し……時に大きく衰退しても──遅々として進歩してきたのもまた人類なんです」

「わたしの知ったことではないな」

 

 俺は少しばかり感情的(ムキ)になって抗弁する形となったが、青竜ブリースはただただ冷ややかな反応を返すだけであった。

 

「余計なお世話なことは、重々承知の上で申し上げます。なぜなら……それこそが(わたくし)の──()の生きる道であり、信条だからです」

 

 "文明回華"と"人類皆進化"。

 二つの螺旋を(えが)く大いなる道のりにおいて、人類種以外も決して例外ではない。

 あらゆる知的生命がその恩恵を受けるべきであり、ましてや(えにし)を新たに繋いだ彼女(ブリース)を……人類と文化に無関心のまま終わらせたくはなかった。

 

 

「これほど美麗で神秘的な氷の聖堂を創り上げているのです。芸術を否定することはできないかと」

 

 もしも取り込めればブリースにとっても他の芸術家達にとっても、良い刺激あるいは化学反応を起こして素晴らしい方向に働くのだと信じている。

 

「それに……かつてはヒトに関心があったのではないですか?」

「随分と知ったような(クチ)を叩くものだな」

「"青い髪の魔王"──」

「……」

 

 俺は青竜ブリースの僅かな変化も見逃さないよう集中しながら話を続ける。

 

「竜種以外に加護を与えるのは並々ならぬことと聞き及んでいます。風聞に聞いたくらいですが、少なくとも"青竜の加護"を与えるに足る存在だったのでは……?」

「たしかに過去、わたしにもそういった時期はあった」

 

 

 歩幅を小さく距離を詰めて来たブリースは、俺のことを仰ぎ見るように──見透かすかのように瞳を覗き込んでくる。

 

「だが裏切られた。(ちから)無き者が(ちから)を持った時、(ちから)に酔い、(ちから)に溺れるのだと」

「……青い髪の魔王は持て余して増長、暴走したということですか」

 

 青い髪の魔王に関しては文献もほとんど残っていないような時代であり、その頃の実体は判然としていない。

 

「弱き者たちの境遇を知っていたはずなのに、いざ強者となると同族を(しいた)げる立場となった。この落胆が……おまえに理解できるか」

「申し訳ありません、今までのは軽率な(げん)でした」

「しかもわたしはそのことに気付けなかった。あるいはもっと早くに知れていれば……違う道があったのかも知れない。わたし自ら手を(くだ)すその瞬間(とき)には──もはや手遅れと言えるほどに()れきっていた」

 

 青竜ブリースは──無力感を握り潰すように──小さな拳を作った。気に入って加護を与えた人間を、己が手で処断する。

 その心痛は如何(いか)ばかりだったのか……おもんぱかることはできても、その内実は本人にしかわからない。

 

 

「それでも()えて(てい)させてもらえるならば──」

「言うがいい、ここまできて今さら引っ込めることもあるまい」

「赤竜の加護を得た"燃ゆる足跡"はそうはならかった。()の者は一つの理想とも言える多種族国家を建国し、その後も世界中を巡って差別と戦ったと聞いています」

「ふっ……わたしが赤と違って上手くやれなかったということか」

 

 自嘲的な笑みを浮かべるブリースに、俺は首を横に振る。

 

「赤竜自身が寄り添って事を()せた影響はあるにしても、大きくは違います。人は、弱いんです──だからこそあらゆる環境要因によって思考と行動を左右されます」

「つまり周囲が悪かったと言うのか?」

(わたくし)の故郷では画一的な教育機関があり、数多くの子供に同じ学習させていても……その在り様は一人一人まったく(こと)なったものになっていました」

 

 学校という小さな社会。

 そこで子供は様々なことを学び、家庭やその他の環境に対応して人格(パーソナル)を獲得していく。

 

「巨万の富を得たことで変質する者、権力を得たことで腐敗していく者。あるいは日々の積み重ねで精神を磨耗し、壊してしまうこともあります。人は移ろいやすく、短い(せい)の中で精一杯に足掻(あが)きます。

 繊細で影響を受けやすい、だからこそ生まれるのです。良きようにも悪しきようにも、個性が存在しぶつかり合うからこそ、それらが混ざり合って新しいものが──それこそが進化の一形態」

 

 

「その結果として、争いが起きることも肯定するつもりか」

「否定はしません。積算された歴史から、偉大な先人から学びながらも……人は(あやま)ちを繰り返す──だけどまた立ち上がり、前を向いて歩いていくのが人間(われわれ)なんです」

 

 人間は神にはなれず、獣にもなりきれない。

 善にも悪にも傾倒し、様々な思想に染まりながら、境界線の上を歩き続ける生物。

 

「だから……昔とは違う()を見て欲しいのです、ぜひ我々が創り上げた文化を知ってください。そして未来(・・)に想いを()せ、新たに目を向けてもらうことを(せつ)に願いたい」

 

 青竜はヒト種そのものに一線を引くようになっただけで、心底から嫌いになっているわけではないと……ここまでのやり取りで察せられた。

 白や赤と同じように昔は人間に期待していたこともあったのだから、新たに関係を再構築することは不可能ではないはずだ。

 

 

「口がよく回るものだ。いや、ヒトとはこんなものであったか……あまりに久しい」

「こんなものです。イシュトさんが信じた俺を信じてもらえませんか」

「ずるい言い回しだ」

「それはもう、ヒトですから(・・・・・・)

 

 小賢しく立ち回り、手練手管を尽くす。

 悪印象を(いだ)かれてないのであれば、予兆を感じられない限りガンガンいく。

 

「まぁせっかくなので、次来る時には色々と土産(みやげ)を持ってきます。それで(そそ)られるようであれば是非ご一考を」

「好きにするがいい」

 

 俺は(うやうや)しく頭を下げて、お互いの立場を改めて明確に示した。

 

 

「ところで話は変わりますが……──」

 

 視線だけでチラッと、遠慮しつつも懇願(こんがん)するように俺はお(うかが)いを立てる。

 

「なんだ」

「"竜の加護"の扱い方、もしご存知であれば一手御指南のほどを願えないでしょうか。赤竜殿(どの)にも(たず)ねたのですが、どうにもわからないようで」

「……だろうな、わたしたちは加護を与える側だ。与えられた者の(ちから)の使い方など知る(よし)もない」

 

 適性や相性と切って捨てるにはあまりにもあんまりである。得られる情報があれば、貪欲(どんよく)に吸収していきたいところだった。

 

「ただ──」

「ただ……?」

「"青い髪の魔王"──わたしの意を裏切り踏み(にじ)ったヒトの眷属も同じようなことを聞いてきたのを思い出した」

 

 ブリースの表情も声色も変わらなかったものの、その言葉からはヒシヒシと恨み辛みが込められていた。

 

 

「差し(つか)えなければ……」

「大したことを教えてはいない。(ちから)を持つことと、扱うことは違うのだと言ったに過ぎない」

 

「持つことと、扱うこと」

 

 改めてその言葉を反芻(はんすう)し、思考を回転させる。

 つまるところ俺は……例えるならまだ銃を手渡されただけの状態でしかないということを今一度、意識する。

 

 ──ローディングゲートを開けて弾薬を装填し、狙いを定め、撃鉄(ハンマー)をコックして、引鉄(トリガー)を引く。

 ──(ゆず)られた暴れ馬に(くら)を取り付け、振り落とされずに乗りこなし、手綱を握って制御し、走らせたいルートに導く。

 ──ダウンロードしたソフトをインストールして、プログラムを起動し、環境に合わせて最適化して使用する。

 

「ヒトの使う魔術(それ)と一緒に考えるな。既に加護はおまえの中にあるのだからな、それを歪めているのはおまえ自身かも知れないぞ」

「なるほど──」

 

 魔術とは魔力というエネルギーから想像(イメージ)を巡らせ、現象を創造(クリエイト)する作業。

 魔導はそれをより強固にしたもので、本質的には同一。

 しかし竜の"加護"とはそういうものではない。竜の使う"秘法"はそういうものではないのだ。

 

 

既に俺の中にある(・・・・・・・・)、か)

 

 まだまだ浮いたような感覚だったが、言わんとすることはなんとなく理解できる。

 完成したモノがもう宿っている、新たに創り出す必要はないということに。

 

 要するにスタート地点を根本的に間違ていた。加護とは同じ魔力を源にするとしても、それ自体は魔術と似て非なる"(ちから)そのもの"なのだと。

 

「もっとも先刻も言ったが、詳しいことはわたしにはわからない。与えられた側の感覚は知ったことではないからな」

「いえ、ありがとうございます。なんとなく知りたいことは(つか)めました。とりあえず頑張ってみます」

 

「……そうか、なによりだ。白の遺志を無下にしないよう励むといい──おまえは扱い方を間違ってくれるなよ」

 

 そんな青竜ブリースの自然と浮かんだわずかな笑みと激励を、体に染み込ませるように俺は笑い返したのだった。

 



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#422 生命研究所 I

 

 血文字(ブラッドサイン)が消滅してから、1年余りが経った──

 昏睡していた空白に比べればたった1/100だが、皮肉にも濃密な時間を過ごした。

 

 

「──あとはベイリルさんにおまかせします。困ったことがあったらいつでも手伝いますから」

 

 プラタは引退し、正式にシップスクラーク財団総帥の座を引き継いだ俺は、知識を詰め込みながら100年進んだテクノロジーと世界を堪能した。

 

「──海中基導(メガフロートフォ)要塞(ートレス)"アトランティス"の技術をさぁ、もっと簡単でいいから内海にも使いたいんだよ」

「──なぁところでベイリル、もしかして我々は……アイヘルから数えて最も古い付き合いになるのか?」

 

 オックスと協力し、スィリクスと連携しながらサイジック法国と財団をさらに大きく、フリーマギエンスを広めるべく精力的に活動した。

 

 

「──"白の加護"を使えないのは、肉体を魔改造された影響もあるのやも知れんな」

「──ベイリルさんの魔導体はもっと融通が利くと思います。そうたとえば……"何か別の(ちから)"を付与するような」

 

 サルヴァから竜の加護の具体的な秘法(ちから)の使い方について教わったり、エイルと魔術や魔導のことを煮詰めたり。

 

「──ベイリルさぁ、いらん世話だっての。……でも食材だけはもらっておこう」

「──やはり真・特効兵装(チェンジエフェクター)の復元は、開発・仕様書類が残っていても技術的に不可能ですね。先達の凄さを本当に再認識させられますよ」

「──頼まれていた氷像はできている。……なに? それでは約束が違う。いや、だからといってわたしが人界に出向くつもりは……(ナマ)は別格だと? 本当に小賢しく口が回るやつだ」

 

 レドの大魔王への道に少しばかり支援したり、ロスタンの研究・開発にアイデアを出したり、青竜フラッドとの交流を深めたり。

 

「──自分の料理はクロアーネさん直伝ですから。そうです……母、家庭の味というやつです」

「──クァァアア、ァアアウウゥ」

 

 俺のそばにはいつもヤナギとアッシュ、さらに"烈風連"があった。

 

 

「──幇助家(わたくし)はその役割柄(やくわりがら)、貸しを多く作っていますので。かなりの結社員を個人的に招集することができますわ」

 

 並行して幇助家(インキュベーター)イェレナ・アルトマーと画策し、外と内からアンブラティ結社を削っていった。

 当時の結社員の多くは寿命で既に()く、また"魔線通信"や"電信回線"の大元は財団が持つ技術である為、盗聴など大いに利用させてもらった。

 必要であれば殺し、場合によっては(とら)え、取り返しがつくようであれば脱退させ、有能であれば抱き込んだ。

 

「──わたしの名前は"模倣犯(コピーキャット)"、得意なことは擬態(・・)だ。己についてはあまり覚えてない……だが、役割を与えてくれるならそれを(まっと)うしよう」

 

 そうしてアンブラティ結社を潰すべく、有力な協力者も得ることができた。

 

 そう、1年余り──収集した情報を統合し、さらに深く調べあげ、"生命研究所(ラボラトリ)"の()()()()()()のルートを割り出し、次の補給位置と時間を把握したのだった。

 

 

 

 

「──"魔獣"の封縛措置《ふうじこめ》、成功しました。灰竜(アッシュ)も上空からいつでも吐息(ブレス)砲撃可能です」

 

 巨大なモグラをベースに、(つの)だの牙だの翼だの(ひれ)だの複眼だの手足だの──無造作に混ぜられた化物が、地上で干上がるように静止させられていた。

 学苑陸亀"ブゲンザンコウ"のように魔獣という巨大な生体を利用し、内部に作り上げられた移動拠点こそが、行方知れなかった"生命研究所(ラボラトリ)"の本拠点。

 

「おつかれ、それじゃ最期を拝みにいくとするか」

「自分を除く"烈風連"の面々はこのまま釘付けを継続しつつ、即応できるよう待機させておきます」

 

 シップスクラーク財団における、現有最大戦力である俺とヤナギはたった2人で魔獣内部へと入っていく。

 

 

「……ワーム迷宮(ダンジョン)を思い出すが、もっと陰鬱で醜悪だな」

 

 踏み入れて進んでいくと、魔術具による光量が確保されている為、その気持ち悪さがよくよく目に映る。

 カエジウスが自ら挑戦者の為にあつらえたワーム迷宮(ダンジョン)が、いかに配慮が行き届いていたかがわかるというもの。

 

「骨の破片があちこちに刺さりっぱなし……失敗した被検体を消化させて、魔獣の栄養にでもしているのでしょうか」

「ありえそうだな。まったくロクなもんじゃあない」

 

 俺はドンッと強めに震脚をすると同時に音波を発し、"反響定位(エコーロケーション)"で内部構造と人員配置を即座に把握する。

 

「見るに()えん、最速で突っ切るぞヤナギ」

「はい、ベイリルさん」

 

 俺とヤナギは揃ってパチンッと指を鳴らして"風擲斬(ウィンドエッジ)"を(はな)ち、十字に交差して切り開いた肉壁を通り抜ける。

 

 するとそこには薬品類が並べられた棚や、大布が掛けられた複数のベッド。

 照明や各種道具類(ツール)が置かれた台に、ガラスでできた培養槽に入った魔物など──いかにもといった研究室らしい大部屋へとたどり着く。

 そして椅子に座った1人の女"が、こちらを観察するように見つめてきていた。

 

 

「まさか研究所ごと止められるとは思っても見なかったけどお、なあ~るほどキミの仕業だったなら納得だあ。ひさしぶりだねえ"冥王(プルートー)"、ワタシの傑作の一人」

 

 生来なのかボサッとした黒髪が肩ほどまで伸び、広めの目元に鳶色の三白眼。

 

「まああああ、上手くいったのはかなり運の要素が強かったけどお……でもでもお、ハーフエルフって素体としてはやっぱり良いよねえ。成功すれば長保ちしてくれるしい、ちょっとくらい寿命が縮んでも問題なくてさあ」

 

 100年以上前だし、格好も違ってはいる。

 

「ってえ、あーーーー!? せっかくの特別な左腕が置き換わっちゃってるう。それは……義手? やっぱりさあ機械よりも生身のほうがイイよお、また同じのつけてほしい? もしかしてそれが目的で来たあ?」

 

 "トロルの腕"は移植されていないし、"蟲のような連接尾"が生えているわけでもない。

 

「キミはもともと素体としての完成度が高くてさあ、けっこう無茶をやったんだけど──そうだ、せっかくなら新しいのを試してみるのはどうかな? かなあ?」

 

 しかしその顔と声には見覚え(・・・)があった。

 

「ねえねえ、どーしたのお? ずーっと黙りこくっちゃってさあ。あーーー意思決定能力と言語能力喪失してたんだっけえ、じゃあ操ってるのはそっちのお嬢さあん?」

 

 

「いいえ、違います。……ベイリルさん?」

 

 生命研究所(ラボラトリ)と思しき女の言葉を否定したヤナギは、俺のことを心配そうに声を掛ける。

 一方で俺はずっと以前の既視感(デジャヴュ)から、女の抑揚と語り口を通じて完全に思い出し……その名前を呼んだ。

 

「──女王屍(じょおうばね)

 

 その姿と声は間違いなく。

 若かりし学苑時代──遠征戦において戦い、この手で葬った──自らをキマイラと化した、寄生屍体(ゾンビ)軍団の女王に他ならぬのだった。

 

 



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#423 生命研究所 II

 

「──"女王屍(じょおうばね)"、お前自身が"生命研究所(ラボラトリ)"だったんだな」

 

 俺はかつて、ジェーンとヘリオとリーティアと共に殺した相手の名を呼ぶ。

 

「……?? だれえ? ソレ、だれのことお? ワタシは生命研究所(ラボラトリ)だけど、そのじょおうばねって」

「本人ということはありえない、塵一つ残さず消滅させてやったからな。だから双子……いや、複製体か」

 

 謎に包まれていた"生命研究所(ラボラトリ)"という人物──断片的な情報から構築した遺伝子工学的研究内容から、あるいは継承者(・・・)の存在を疑っていた。

 かつて"女王屍(じょおうばね)"とその場で俺が命名した、キマイラ女の研究を──"大魔技師"における高弟のように──誰か同僚や部下が引き継いだか、あるいは別系統で発展させたものなのかと。

 

「ううん? お? ああ! そういうことかあ、思い出したあ。そういえば"冥王(プルートー)"って学苑の関係者だっけえ? "仲介人(メディエーター)"が引き渡してくれた時に言ってた気がするう」

 

 生命研究所(ラボラトリ)はうんうんと大きく首を縦にうなずく。

 

「そういうことかあ、あの頃キミがワタシを殺したってえわけだねえ?」

「いくら複製体とはいえ、自分を実験台にするとはな」

「いやあ? 学苑に出向いたのは本体だよ」

「──!? 真剣(まじ)か……複製体《クローン》がいたのに、本体(オリジナル)自身にキマイラ移植していたのかよ」

 

 つくづくもって狂っていた女であり、同時にクローンも同じ危険性を(はら)んでいるということでもある。

 

 

「それでえ本体が行方不明になったあとは、()()()()()が引き継いだけどお」

 

 生命研究所(ラボラトリ)がパンッパンッと手を叩くと、生体床が蠢いて同じ姿をした生命研究所(ラボラトリ)が新たに2人、産まれるように現れたのだった。

 

「お客さんだよお、なんとあの"冥王(プルートー)"。しかも元のワタシを殺してたんだってえ~」

『へええええ~~~、ってえずっと聞いてたけどお』

 

 並び立った2人の生命研究所(ラボラトリ)同時(サラウンド)に声を重ねる。

 

『ねえねえ、冥王(プルートー)。元の本体(ワタシ)はどうだったあ? 無理やり女王蟲を混ぜたところにトロルの再生能力を利用しすることで、なんとか自我を保ててたけどお』

 

 3重雑音(ノイズ)のような生命研究所(ラボラトリ)を冷ややかに睨みつつ、俺は答える。

 

「元のお前となんら変わらない狂人だよ、どの時点からは知らんがお前は人間をやめすぎた」

『わああーーーお、穏やかじゃないねえ冥王(プルートー)。ていうかあ、聞いてよおお。キマイラってやっぱり生物として(いびつ)でさあ、おんなじ複製同士をいっぱい混ぜて"人造神器"を作ってもお……知能を保てないんだあ』

 

「興味浅くない話だが……お前は財団(うち)に勧誘もしないし、今この場で殺す──同じように塵一つ残らず消滅させる」

 

 

『それはこれは宣戦布告かあ?』

「積んだ罪業は(あがな)えず、何より危険過ぎる。ついでに俺の感情の()(ぐち)になってもらう」

 

『でもそっかよかったあ、キミは敵なんだねえ。研究所(まじゅう)が止まったから犯人捜ししてさあ……実験体に擬態(なりき)っててえ。結局吐かなかったけど、()を拷問した意味もあったねえ』

 

 生命研究所(ラボラトリ)の内1人が生体床に腕を突っ込むと、中からズタボロの"模倣犯(コピーキャット)"を取り出したのだった。

 

(……まだ息は残ってるな)

 

 その立場と擬態能力を活かした潜入をしてもらい、その情報から辿り着いたのだが……どうやら見つかって手酷くやられたものの、生きているようでひとまずは安心する。

 

 

『ううう~ん、どうしようかなあ。ワタシの最高の手持ちは"魔獣使い(ビーストマスター)"から奪ったこの研究所(まじゅう)でえ~、そうそう魔獣と言えば色々混ぜすぎて死んじゃったんだけどお……実はあ寄生蟲を利用して動かしてるんだあ』

 

 聞いてもいないことを唐突にベラベラと喋り出すのは、女王屍のクローンだけあってよく似ていた。

 

『素体を産み、醸成させる"苗床"としても最高だしい。もっと早くに手に入れられてればなあ~~~。それでなんの話だっけえ……あああーなんか魔獣も全然動いてくれないから、傑作である"冥王(キミ)"に抗するには戦力が足りないかなあ~~~ってえ』

 

「寄生させた屍体の数に(たの)んでも、無駄だぞ。俺単独でもまとめて蹴散らして終わりだ」

 

 さらに俺と同等の強度を誇るヤナギに、外にもアッシュと烈風連という戦力を用意してある。万が一にも漏らしはしない。

 

 

『うんうん、作ったワタシがそれくらい一番知ってるよお──……そういえばさあ、冥王(キミ)がどうして成功(・・)したか知ってるう?』

「……なに?」

 

 戯言(たわごと)など切って捨てるつもりだったが、自分のこととなると半長耳を傾けざるを得なかった。

 研究内容であれば回収すればいいが、その目的や意図となると死人になっては口無しである。

 

『あはははああ、実はあキミと()()()()()()をひくハーフエルフをさあ……むか~し(いじ)ったことがあるんだよお。だから適合しやすいのを把握できてたんだよねええええ』

「──ッッ!?」

 

 俺は息を飲んだ。その言葉の意味することとは、つまり──

 

『ずうっっっと前に不具合があってえ、調整しっぱなしだったの忘れてたあ。傑作同士(・・・・)ならさあ、どっちが勝つと思うかなああああああああああああ???』

 

 今度は生体天井から1人、ボトリと落とされ……灰銀髪に碧眼を開いた女性は、幽鬼のように立つ。

 

 

『同じ髪に同じ瞳の色おおおお、ハーフエルフで血も似てるとなれば……もうこれは決まりだよねえええ? ねえねえ姉? 妹? どっちい? あっ双子とかあ?』

「貴様……いや──」

 

 俺は瞬時に沸騰した憤怒を凝縮させ、心は熱くしたまま頭は冷静に考える。

 "運び屋(キャリアー)"フェナス──他ならぬ肉親(あね)を、むしろ1年ちょっとでこうして再会できたことを喜ぶべきだろうと。

 

「姉さん!!」

 

 スゥ──っと大きく空気を吸い込んだ俺は、一息に拡声はしない単なる(なま)の大声をぶつけるのだった。



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#424 運び屋

 

「──姉さん!! フェナス姉さん!! 俺は弟のベイリルだ!!」

 

 感情のままに大声で訴えかけるも、姉フェナスは一切の反応を示さない。

 

『うっひゃはああああ、すっっっごおおい響くうううう!! でもムダああああ、元から副作用で感情に(とぼ)しかったけどお……もう完全に喪失してるからあ。"寄生蟲持ち"のワタシたちの言葉しか聞けないよお』

「それなら治療すれば済むことだ。事実、俺が助かったようにな」

 

『やってみればあ? "運び屋(キャリアー)"、その男の命を冥府に運べえええ』

「ヤナギ、"生命研究所(ラボラトリ)"どもその他は任せた」

「了解です、くれぐれも……その──」

 

 心配そうに言葉に詰まるヤナギに、俺はポンッと頭を撫でてやる。

 お互いに力強(ちからづよ)くうなずいたところで、揃って飛び出した。

 

 

 瞬間加速による音速突破の衝撃波を、収束させながら突進し──魔獣の奥深くまで運送──姉と2人きりとなる。

 

「姉さんの目ぇ、()まさしてやる。父さんは死んだが、母さんはまだ生きているからな」

「……」

 

 100年振り、5度目の邂逅──4回目に姉だと気付けた時には彼女に左腕を切断され、仲介人(メディエーター)の凶刃によって俺は打ち倒された。

 

「あぁ腕のことは気にしなくていい、義手も色々と便利だからな」

「……」

「答えられなくても、喋れなくても、考えられなくても。ただ聞いてくれてれば……まずはそこからだ」

 

 

 血縁たる姉弟が相打つ。

 

 運び屋(キャリアー)フェナスの戦型は、単純(シンプル)、明快の一言に尽きた。

 

 より速く運ぶ。より多く運ぶ。

 その為に突き詰められた、純然たるスピード&パワー。

 (しな)やかで強い肉体に、研ぎ澄まされた魔力強化を乗っけただけ。

 勘の目に優れ、崩れないバランス感覚と、効率的な重心移動。

 

 自我が希薄な為に、自然(ナチュラル)に"意のない攻撃"を繰り出す。

 常に最短最速で最強の一撃を、どんな体勢からでも打ち出せる近距離砲台。

 さらには生命研究所(ラボラトリ)による肉体改造の影響か──まるで骨がない軟体生物かのような軌道の読みにくい──全身凶器といった挙動。

 

 

(──だが、"天眼"とは、噛み合う)

 

 俺は間断なく打ち込まれる、鞭のようで刃のような打撃の全てを適確にいなし、(さば)いていく。

 

 膂力も速度も、確かに"伝家の宝刀"級を凌駕するのは間違いない。

 しかしそこに積み上げられた技術はなく、ただただ肉体スペックにあかせた暴力を振るうだけ──ならば確定予測も容易。

 まともに喰らえば、また(・・)四肢や首の一つは()ねられてもおかしくはないが……当たらなければどうということはない。

 

(問題は、反撃が、できないほどの、超攻勢──)

 

 意識と無意識の狭間で揺られ、融合するかのように宙に浮かせた状態のまま──俺は思考も並列させる。

 

 攻撃の切れ間がなく、スタミナが尽きる気配もない。

 魔術を使う暇もなければ、受け流しながらの投げや関節技にも繋げられないほどの苛烈さ。

 

(他の、始末は、ヤナギと烈風連、に任せて、根負け、勝負、に持ち込むか──)

 

 皮肉にも生命研究所(ラボラトリ)による肉体魔改造のおかげで俺自身、"天眼"を維持できる時間も飛躍的に伸びた。

 姉を確保するのであれば、バテるのを待つのが|安牌《あんぱい。

 仮に俺が集中切らすのが先だったとしても……守勢に徹して時間を稼ぎ続ける頃には、援護による多勢を期待できるのでこれも安全策。

 

 

 バギッ──と、そう考えていた最中に左義手の一部が破損する。

 さらに右手小指の先からわずかに出血し、支障をきたさない程度に被弾が増えてきたのだった。

 

(ギアが、上がった? いや、俺に対し、最適化、していっている──)

 

 "天眼"で俯瞰(ふかん)しているからこそ、すぐに理解する。

 その特性上、最初からマックスで完璧な対応できる俺と違って……姉フェナスはまだ中途であるということ。

 単純な白兵戦を続ければ、ほどなく()が悪くなって均衡が崩れ、確実に上回られる未来が()えてしまった。

 

(犠牲、上等──)

 

 俺は即座に義手左腕を捨てる決断を下す。

 優勢を獲得すべく、危険(リスク)を承知で(くさび)を打ち込む必要があると。

 生身ではないからこそ躊躇(ちゅうちょ)なく、破壊されるのを覚悟した上で反転攻勢(カウンター)を仕掛けた。

 

 

()()ァ!」

 

 義手は無惨にも粉々になるのと同時に、渾身の"右崩拳"が姉フェナスの水月(みぞおち)へと吸い込まれていた。

 

()(セイ)! (フン)ッ破《ハ》!」

 

 そのまま軌道を上方に変えた"裏拳"で顎を打ち抜いて脳震盪を狙い、さらに震脚で一歩踏み込みながら左半身で"鉄山靠(てつざんこう)"を叩き付ける。

 

(シィ)ッ──知恵捨(チェスト)ォ!!」

 

 衝撃で吹き飛んだ姉フェナスの体躯に追従しながら、ダメ押しの右打ち下ろし方向の"あびせ蹴り"を見舞った。

 

 

王手詰み(チェックメイト)

 

 姉フェナスが立て直すよりも一手速く。

 生じたわずかな時間を利用し、俺は魔導"幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)"ユークレイスの左腕のみ(・・・・)を、喪失した己の左腕に補完するように顕現させていた。

 冥王の巨腕(かいな)は、倒れた姉フェナスの肉体をそのまま抑え込んで決して離さない。

 

「すまないが大人しくしていてくれ、姉さん」

「……ッ、ぁ──ぁぁあああァァァァアアアアアアッッ!!」

 

 ようやく感情的に──半狂乱ぎみに咆哮する姉の様相に俺は(つら)(にが)い顔を浮かべつつ、それでも心を鬼にして緩めることはない。

 

「必ず助けるから、今はおやすみ──」

 

 

「ァァア……ゥァア──」

 

 その次の瞬間だった。

 姉フェナスの皮膚が変色しながら(いびつ)(うごめ)き、体内から腫瘍のように増殖し盛り上がっていく。

 

「あははあ! これはすごい……すごいねえ!!」

「貴様──ッッ」

 

 そこにはヤナギが逃がしてしまったのか、あるいは先刻の3体とはさらに別の個体なのか──いつの間にか生命研究所(ラボラトリ)が近くに立っていた。

 

「姉さんに何をした!!」

「ワタシたちはあ、ただ調整してただけだけどお? それよりほらほらあ、愛する姉がどうにかなっちゃうよお?」

 

 俺は注意を払いながらも、視線を姉フェナスに戻すと──既にもはや人の形すらも失っていたのだった。

 



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#425 葬送

 

 肉親(あね)であった姿は保っておらず、もはや面影すらない。

 刻一刻と肥大化していく肉の塊は、もはや魔導体の腕でも抑えておけないほどに質量が増えていく。

 

「あっちゃあ~~~……なるほどそっかあ、暴走して変異はまだしも、他のを取り込むまでいっちゃうかあ。兵士としては無節操で使い物になりそうにないなあ」

 

 生命研究所(ラボラトリ)は観察しながら、マイペースに分析する。

 

「すっごいけど、ただあ……このままだとまずいなあ。別に()()()()()()()()()()から構わないけどお……せっかくの研究成果と施設は惜しい」

「世界中、だと……?」

「んん? うん、そうだよお。でも複製するにはあ、移設・合体させたここの苗床が必要だからどうしよお……女王型の寄生蟲を使うとなるとお──」

 

 おしゃべりな生命研究所(ラボラトリ)は言葉途中で背後から、"魔力の刃"によって刺し貫かれていた。

 

 

「ベイリルさん! っっ──これは!?」

 

 HiTEK装備"複製永劫魔刃《ブレイド・レプリカ》"によって、力場の剣を伸ばしていたヤナギがこちらへと駆け寄ってくる。

 その左脇には模倣犯(コピーキャット)(かか)えられていて、気を失ったままのようだった。

 

「……あぁ、姉さんだ。もう助けようがない」

 

 いくらなんでも現状の財団が保有するテクノロジーではどうしようもないし、魔獣をこのまま解き放つわけにもいかない。

 

「せっかく再会できたのに……」

「あぁ、でも皆を危険に(さら)すことはできない」

「そんな! 自分たちは──」

 

 俺の気持ちを()んで抗弁しようとするヤナギに対し、静かに首を横に振った。

 

「いいんだ。肉親の情こそあっても、実際に過ごした記憶と情があるわけじゃあない。ヤナギ、お前のほうがよっぽど大切な存在だ──もちろん"烈風連"もな」

 

 どうにか無力化できたとしても、融合魔獣の治療を未来に託す──にはあまりにもリスクが大きすぎる。

 ヤナギも俺の言葉を飲み込んでくれたようで、それ以上の口は開かない。

 

 

「それよりも生命研究所(ラボラトリ)は?」

「……はい、先ほどの奴で九体目で──」

「そうか──どうやら今死んだ生命研究所(やつ)の話からすると、生命研究所(じぶん)複製体(クローン)を大量に作っているらしい」

 

「だよお? ワタシをいくら殺したって、違うワタシが──」

 

 俺は新たに生えてきた10体目の生命研究所(ラボラトリ)の肉体を、一瞬の内に右手で"無量空月(ヴォイドブレイド)"を形成して居合いを抜き打って縦半分に斬断した。

 

「悠長にしている時間はもうない、脱出するぞヤナギ」

「……了解しました」

 

 振り下ろした"太刀風"を俺はそのまま斬り上げ、魔獣の体内から外への出口を作る。

 模倣犯(コピーキャット)(かつ)いだヤナギと共に飛び上がりながら──姉フェナスの最期の姿を──歯噛みしながら目に焼き付けたのだった。

 

 

 

 

「総員──! 第二狙撃距離を保って封縛措置を維持!」

 

 "魔線通信"によるヤナギの命令に、近距離に展開していた"烈風連"の面々が魔獣から大きく間合いを()ける。

 

(移動研究施設である魔獣(キマイラ)ごと滅する──)

 

 これ以上生命研究所(クローン)培養(コピー)されないよう、完全に消し去らなければならない。

 やり方はいくつか考えられたが、俺は最も確実な方法を選ぶことにした。

 

『アッシュ──!!』

 

 音を増幅させて灰竜の名を声叫(シャウト)する。

 

 

 上空で旋回していたアッシュは呼応するように1度だけ咆哮すると、大きく息を吸い込んでから俺へと向けて吐息(ブレス)(はな)った。

 

 炎熱でも、氷雪でも、雷霆でも、豪嵐でも、病毒でも、光輝でも闇黒でもない。

 触れた物質を原子の結合から分解せしめるが(ごと)き、"七色竜"の八柱目(・・・)たる風化の吐息(ブレス)

 

「灰は灰に、塵は塵に……」

 

 この世に存在すべきでない化物は、世界から退場してもらう。

 

 俺は拡散するブレスを直接()れることなく──伸ばした魔導の左腕で受け止めるように──上方空間で球状に凝縮させていく。

 やっていることは空気あるいはプラズマや、γ線(ガンマレイ)その他の宇宙線・太陽光を凝縮しているのと、そう変わらない応用。

 

「最小の粒子まで、消えて果てろ」

 

 

 飛行しながら、俺は地上を睥睨(へいげい)する。

 ヤナギと烈風連は既に退避を完了しつつ、魔獣の動きを同時に抑え込んでくれていた。

 

(さようなら、フェナス姉さん……)

 

 何人もの生命研究所(ラボラトリ)まで巻き込まれながら、肉がいくつも山のように(ふく)れた醜悪極(しゅうあくきわ)まりないキマイラ魔獣。

 

 俺は──黒く凝縮しながらも淡く発光している──"風化"の灰ブレス球を、指向性を定めて()(はな)った。

 

 灰色球は中心部で炸裂すると、そのまま拡張するように飲み込んで領域内の全てを滅却して収束──大きなクレーターをだけ残した。

 肉親(あね)の命を()った実感がないほどに、あっさりと……しかし確実に消滅してしまったのだった。

 

 

生命研究所(ラボラトリ)……落とし前は必ずつけさせる──草の根どころか地中深くから深海に宇宙だろうと漏れなく全員を探し出し、殺し尽くす)

 

 思いを新たにした俺はクレーター脇に着地し、ヤナギへと告げる。

 

「これから今以上に忙しくなるぞ」

「はい、生命研究所(ラボラトリ)は財団の……世界の敵です」

 

 アッシュも降り立ち、"烈風連"も参集して整列する。

 

「将来的なことも(かんが)みれば危険等級(リスクランキング)としても最大、(すみ)やかに探索の計画と殲滅の段取りを立てようかと思います」

「よろしく頼む」

 

 

 ──すると横たわっていた模倣犯(コピーキャット)がうめき、ゆっくりと目を開く。

 

「……大丈夫か、模倣犯(コピーキャット)

「──?? あ、あぁ……終わったのか」

「ひとまずは、な」

「申し訳ない、手間を掛けさせてしまった」

「もはや消滅したが、生命研究所(ラボラトリ)の移動研究施設の場所を突き止めた時点で仕事は果たしているさ。それに情報は漏らさなかったんだろう、大したもんだ」

 

 傷だらけの模倣犯(コピーキャット)は上体を起こしながら、意気なき瞳を浮かべる。

 

 

「それは……失うものがないからだ。わたしにはきみたちのような"個"というものがない。装い、演じている間は──何も考えない、自分のことも他人事に過ぎない」

「だが他人になりきれるということは、その人の心も映し出しているということだ。感情を理解する感情がなければ無理な芸当だよ」

「そういうもの、か──」

 

 散発的にではあるが1年近く付き合ってきた男の、本音の部分がはじめて見える。

 

「かつて俺の同志に、あらゆる人間の記憶を読んだ人がいた。それが原因でか、己の人格というものすら曖昧になった時期もあったそうだが……」

「……どうなった?」

「無気力だったらしいが──ある人から、"頼られ頼る"ことを改めて教えてもらったらしい」

 

 そうしてシールフは虚無から立ち直って、新たに世界と関わって生きる道を模索していった。

 相互扶助。一人でも生きていけるとしても、繋がりから生まれる文化が人類を豊かにするものである。

 

「まぁこれも(えにし)だ、新たな人生(ポスト)を用意してやる。人から頼られ、人に頼らざるをえない役柄ってのをな」

 

 



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第七部 第3章「魔法」
#426 結社の最後 I


 

 ──誰からも忘れ去られた、数千年以上前に建てられし霊廟の奥。

 

 そこには同じように誰からも忘れられたはずの一人の男が、沈黙し、粛々(しゅくしゅく)と、祈りを捧げるかのように瞑想をしていた。

 白髪交じりの男の右手の中指にはリングが()められ、どこかくたびれた様子で浮世離れしているようにも見て取れる。

 

「待っていたよ」

 

 男は目を瞑ったまま、背後から音も無く近付いてきた人物へと声を掛けた。

 

「逃げ隠れしていた奴がよく言う、だがもう王手詰み(チェックメイト)だ──"亡霊(ファントム)"。アンブラティ結社は今日ここで終わる」

 

 亡霊(ファントム)は振り返って、待ち人へと真っ直ぐ瞳を交わす。

 

「私は命を惜しまない。だがその前に少しだけ話をしないか? "殺し屋(アサシン)"、いや"冥王(プルートー)"と呼ぶべきか」

 

 

 かつて結社に"殺し屋(アサシン)"として潜入し、敗北し囚われ"冥王(プルートー)"として人体の改造・洗脳をされたベイリル。

 彼はアンブラティ結社の創始者にして首魁である亡霊(ファントム)を前にして、少しだけ考えてからその場に固化空気椅子を作って座る。

 

「いいだろう、お前で最後(・・・・・)だからな。時間はたっぷりある」

 

 たとえ時間稼ぎの魂胆があったとしても、問題ないと見越した上でベイリルは会話に興じることを決める。

 

「ありがとう。私が最後ということは……あの(・・)"生命研究所(ラボラトリ)"さえも殺し切ったか」

「奴には苦労させられたよ。あらゆる流通や人の流れを監視して、百年の間に増やし過ぎた複製体(クローン)や寄生キマイラ屍体(ゾンビ)どもの総滅に時間を取られすぎた」

 

 放置すればあわや世界滅亡(アポカリプス)の危機ですらあったが、なんとかそれは防ぐことができた。

 しかしながらその過程で少なくない犠牲が出たことも──忘れることはできない。

 

 

「驚くまい。"将軍(ジェネラル)"に始まり、我らが手を焼いた"血文字《ブラッドサイン》"。"実姉にあたる"運び屋(キャリアー)"でさえ……その手で殺したキミだ。こうなるのも時間の問題だった」

「お前が姉さんのことを口にするな」

 

 ベイリルは表情を変えることなく、淡々とした口調と声色でもって亡霊(ファントム)を見据えた。

 

「失礼、私が直接的に関わったわけではないが……遠因になったことは確かだ。他意はなかった、そのあたりも含めて聞いてほしいのだ」

「……いいだろう。言葉選びには気を付けろ」

 

 座ったままのベイリルはグッと腰を落とすように前かがみになり、状況に対応できるよう視線は外さない。

 

 

「"幇助家《インキュベーター》"が裏切ったあの落日──いや冥王(プルートー)、キミの復讐はもっと以前からになるか」

「そうだな、俺がまだ子供(ガキ)の頃に故郷を燃やされてから数えれば──もう二百年(・・・)を軽く越える、随分と(つい)やされた」

 

 転生して野望の為に奔走した20年。昏睡し洗脳されて過ごした記憶なき100年。

 "血文字(ブラッドサイン)"を殺してから、文明の行く先々に介入しながら結社と生命研究所(ラボラトリ)()り潰して回った百数十年の日々。

 

生命研究所(ラボラトリ)には引っ掻き回されたが、亡霊(おまえ)を見つけるのにも一手間かけさせられた」

「遠い昔に(いだ)いた私の大いなる(こころざし)、かつての熱は()めても……半《なか》ばに(つい)えることは忍びなかった。あるいはもしもキミたちがいつか衰退することがあれば、もう一度だけ奮起しようと身を隠していた次第」

 

 亡霊《ファントム》は空虚な笑みを浮かべつつ、腕を広げて顔を上方へと向ける。

 

 

「随分と長い目で見ているようだな……亡霊(おまえ)は、どれだけ(つい)やした?」

「結社《アンブラティ》を創ったのは──ごく最近(・・・・)と言える。私が生まれた時を思えば、十分の一にも満たぬ実に短い時間であった」

「なんだと?」

 

 少なくとも300年をゆうに越える間、世界中で争いの種を撒いてきたアンブラティ結社。

 であれば亡霊(ファントム)の年齢は、最低でも3000歳を超えることになるというのか。

 

「語ろう──そして是非、最後まで耳を傾けてほしい。因縁深きキミがたった一人でいい、誰も知らぬ私の生涯を覚えていてくれるだけで満足だ」

 

 ベイリルはわずかに考えてから、小さく(うなず)いた。

 亡霊(ファントム)を満たすことになるのはいけ好かないものの、好奇心のほうが(まさ)ってしまう。

 

 

「まず最初に明かしておこう。この肉体(からだ)は私のモノではない」

「本体が別にいるってことか?」

「そうとも言える、私が生まれたのは……"二代神王グラーフ"が代替わりする少し前の時代だった」

「──っ!? そんなにか」

 

 グラーフの時代ともなると4000年ほど前にまで(さかのぼ)る。

 

「いや生まれたというのは、いささか語弊(ごへい)があったな。私は──その頃につくられた(・・・・・)のだ、他ならぬグラーフと……そして魔王の手によってな」

「グラーフと初代魔王か……なるほど、お前の正体は──()()()()()()()"魔王具"そのものか」

「さすがだ、キミは昔の知識もよくよく(たくわ)えているのだな」

 

 ベイリルは亡霊(ファントム)の右手中指へと視線を移し、答え合わせをするように話を続ける。

 

「俺の既知の範囲内で所在不明で、かつそんな効果がある魔王具は唯一(ただひと)ツ。死者すらも蘇生させるという"指環(ゆびわ)"だな」

「"命脈の指環(どうりをけっとばす)"と、初代魔王(はは)は名付けた。正確には──生物・無生物問わず物質に生命を与えるシロモノだ」

 

 ベイリルは絶句する。かつて白竜イシュトが、我が()である灰竜アッシュの卵を(よみがえ)らせる為に探していた魔王具。

 それは噂に聞いていたよりも──もちろんソレ相応の膨大な魔力量を必要するのだろうが──さらにぶっ飛んだ性能を持っているようだった。

 

 

「この肉体(からだ)もいつかどこかで死んで転がっていた男のモノ──これまでに何度も、何度も、何度も……乗り換えてきた」

「秘密を教えなければ……俺はお前の肉体のみを徹底的に破壊し、指環は捨て置かれ……生き延びる芽もあったんじゃないのか。あるいは俺の体を乗っ取るとかな」

 

「それは、ない。今さら言いにくいことだが、信じてほしい……私は()()()()()()()()のだよ。他ならぬキミにな」



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#427 結社の最後 II

 

「──私は()()()()()()()()のだよ。他ならぬキミにな」

 

 ベイリルは眉をひそめつつ、強化感覚で心理状態を把握しようとするものの、遺体を乗っ取った指環という特異性の所為(せい)亡霊(ファントム)を読むことはできない。

 

「昔話を続けよう。私が作られた当初、まだ自我の獲得には至っていなかった。だから産まれ出でたのは……実のところ400年ほど前とも言えるな」

「当時の誰かが指環を使って、指環自身に生命を与えたってことか」

「その通り、誰あろう──後に"大魔技師"と呼ばれる男にな」

「なっ……」

 

 世界に安価な魔術具文明を広め、文明を一変させた希代の転生者。

 さらに7人の高弟達は国家や強大な組織といった枠組みをつくり、大魔技師から端を発して人類は大きく底上げされた歴史がある。

 

 

「大魔技師は自意識を持った私をどうこうすることはなかった──私もまたできなかった。なにせまだ単なる指環、動くことも喋ることもできない。それゆえ彼の話をただただ一方的に聞くばかり」

「……大魔技師が魔術具文明を興したのは、どんな目的があったんだ?」

「さてな? それは大魔技師が死してなお知り得ることはなかった。そして私は遺産の一つとして扱われ、高弟の一人の手に渡った。だが私が魔王具──もとい魔法具であることは誰も知らず、装飾箱の片隅で私は大魔技師との思い出を一人楽しんだ」

 

 亡霊(ファントム)はスッと右手の指環を差し出すように前へと出す。

 

「転機が(おとず)れた。一人の女の子が私を見つけ出し、その手に指環を()めた」

「それが最初の乗っ取りってわけか」

「あいにくと違う。そもそも私にはまだそのような発想もなかった。ただ"神器"と呼ばれるほど魔力に恵まれた彼女と同調するように……意思を疎通できるばかりか、私自身の魔法をも扱えるようにまで至ったのだ」

 

「生物・無生物を問わず命を与える──」

「そこまではまだ無理だった、が……人々を癒し、死んだばかりの者であれば蘇生するくらいは充分だった。彼女は"神域の聖女"と呼ばれ──人々は求め、崇拝した」

「……」

「そしていつしか、()()()()()()。たった一人の手に余ることをわからないはずもないのに……なぜ自分たちを見捨てるのかと(いきどお)り、時に(ののし)ったのだ。私は神域の聖女の指にあって人類の愚かさを知り、その将来に危惧を覚えた」

 

「それが動機(キッカケ)か」

 

「最期まで人々の為に尽くしながら死んでいった聖女(かのじょ)の遺体を、その時に初めて動かした。そして私は人類を正しく導くべく、組織を創る為に同志を集めることにしたのだ」

 

 

 アンブラティ結社──その立脚点(なりたち)が、結社の創始者にして魔王具"命脈の指環(どうりをけっとばす)"によって語られる。

 

「導く、とは具体的に?」

「与えられるだけでは、人間が惰弱(だじゃく)となるのを見てきた。そして平和とは毒薬のようなものだ、停滞し……時に緩やかな衰退をも(まね)く。必要なのは競争だった」

「その為に国家を不安定にさせ、土地を疫病や魔薬によって無秩序に(おか)し、戦争すらも辞さなかったわけか」

 

人間(ヒト)の本質であることは否定できないだろう。他者によって踏みつけられても、また立ち上がるのを繰り返して進歩していく」

「言わんとすることは理解できるが、まさかお前が人類の未来を(うれ)いた上での行動だったとはな」

 

 ベイリルが結社に入る頃だと、単なる相互扶助組織であると聞いていた。

 しかし方法はどうあれ、人類の行く末を考えての(こころざし)(いだ)いていたとは、いささか驚愕を禁じ得ない。

 

 

「──最初の同志、いや仲間となるべき者には既にアタリをつけていた。聖女への貢物(みつぎもの)の中から、私と同じ(・・・・)"魔法具"を見つけていたからな」

「それ、は……」

「"遍在の耳飾り(いつでもどこにでも)"と言った。その魔法とは遍在、すなわち自らの"分身体"を魔力の限り無尽蔵に創りだすこと。私は()()()()()()()、生み出した」

耳飾り(イヤリング)──」

 

 ベイリルは遠い記憶の中を走査するように、わずかに残った糸を手繰り寄せていく。

 

「だから……キミも"神域の聖女"の姿だけ(・・・)は、既に見ているはずだ」

「──"仲介人(メディエーター)"か。あいつは同時にかつてのお前自身だったのか」

 

 アンブラティ結社にあって、特徴的な耳飾りを着けた女性が浮かび上がる。

 ある種において結社の中枢そのものとも言えた、各結社員を繋ぐ役割を持った──この手で討つことが叶わなかったかつての(かたき)

 

 

「遍在した分身体は、私の人格と聖女の姿を持っていた──が、私の魔法までは持ってはいない。ゆえに私たちは役割を分担することにした」

「生命を与えるお前と、分身を作り出すお前か」

 

 "命脈の指環"とはまた別種で、破格の性能とも言える"遍在の耳飾り"。

 魔法とはつくづくぶっ飛んだものなのだと、ベイリルは再認識させられる。

 たった一人で情報収集と共有を(おこな)いつつ、結社員同士に渡りをつけられたのはまさしく魔法というカラクリあってのものだったのだと。

 

「数少なくない者達を引き入れた……最初は100人以上いたな。"予報士(オラクル)"や、キミもよく知った"将軍(ジェネラル)"。あとは"生命研究所(ラボラトリ)"や"模倣犯(コピーキャット)"も古株に入るか」

模倣犯(コピーキャット)もか」

「……あぁそういえば彼は今シップスクラーク財団の総帥にして、フリーマギエンスの偉大なる師(グランドマスター)──"リーベ・セイラー"を演じ……いや擬態(・・)しているのだったか」

「既に立派な財団員であり、同志(なかま)だ」

 

 長年、過不足なく仕事をしてくれている。

 俺自身動き回ることも多かった影武者という面倒な部分を任せられるのはありがたかった。

 

 

「それは……良かった」

「良かっただと?」

「彼は、私が()()()()()()()()()と言っていい唯一の存在だからな」

「そう──だったのか……しかも、唯一?」

 

「彼はとある集落で(まつ)られていた神族の遺体。もちろん蘇生させるには遅すぎて……ただ純粋に命を吹き込んでみたのだ。神域の聖女の魔力をもってしても自我の獲得は難しかった。だから彼はニセモノではなくホンモノを求め、他者を真似るようになった」

「なるほど、本人も忘れて謎が多い出自について得心がいったよ──」

「最初から未完成。それに私のように劣化すると思っていたが、神族の肉体はやはり別格のようだ。いずれにしても無為に命を与えたのはあれが最初で最後……しかしキミが作り上げた文化によって、彼は自分の人生を歩んでいる。早々に捨て置いたのはどうやら私の認識不足だったようだ」

 

 大切なのはどういう影響を受けるかということ。

 亡霊(ファントム)自身が自我を獲得したように、模倣犯(コピーキャット)もまた環境が必要だったのだと。

 



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#428 結社の最後 III

「──それで、亡霊(おまえ)自身は表舞台には出ずに裏で操ったわけか」

 

「あぁ……いざ活動を始めると、実体があることで不都合な部分が多かった。私は生命の魔法が使えたが、同時に分身体ではなく──あくまで聖女(ヒト)の遺体を間借りした私は生身のままだから、肉体を入れ替える必要があった」

「分身体を乗っ取ろうとはしなかったのか?」

「私は生命を与えることはできるが、意識ある者の乗っ取ることは実のところ難しいのだ。だからと言って、分身体であろうと聖女(かのじょ)と同じ顔を持つ体を殺して単なる器にすることなどできなかった」

「元は単なる道具の割に、随分と感情的なことだ」

 

 生命を与える為の魔力の器と引き換えにしてでも、肉体を取り替えていくほうを選ぶとは。

 

 

「──よって私は固有の肉体(じったい)を持たない亡霊(ファントム)として、仲介人《メディエーター》が名付けたアンブラティ結社という組織の実態なき首魁となった」

 

 骨格(システム)は組織の設立当初から出来上がっていた。

 そして実際に気取られることなく、世界を裏側から翻弄し続けたアンブラティ結社の内実。

 

「本当に必要な人材のみを残し、徐々に間引(まび)いていった。しかし年月に伴って結社の内部も入れ替わりつつ、伴うように変質(・・)していった」

「当初の目的など忘れ、各人が自己の利益を優先するようになっていった……か?」

「そう……決定的なのは、他ならぬ仲介人(メディエーター)がそうなってしまったことだった」

「皮肉だな」

 

 自らの分身体によって目的を()じ曲げられたことに、ベイリルは容赦なく亡霊(ファントム)へ切り返す。

 

「言葉もない。仲介人(メディエーター)(ちから)は肥大化し続け、ただ人間を(もてあそ)び、必死に足掻(あが)くサマを眺めることを喜悦(よろこび)とするようになった」

「手綱を握っておけなくなり、さらには実態を(おお)い隠す為に組織の(おさ)を形骸化して排していたことが(アダ)になったと」

「ああ、肉体を定期的に入れ替える必要があった私にはとっくに止める(ちから)は無かった。逆に考えるなら、無力だったからこそ排除されずに生かされたと言えよう」

「元は同じ人格でも、時の流れは残酷なことだ」

「まさしく私は、仲介人の亡霊でしかなくなってしまった──」

 

 哀れとしか言いようがないが、己の(ごう)と見積もりの甘さが招いた結果である。

 

 

「しかし一聞(いちぶん)する限りじゃ、仲介人(メディエーター)は半ば不滅とも思えるような話だが……俺が目覚めた時には既に死んでいたわけだ」

「ああ、私が"血文字(ブラッドサイン)"を手引きして殺させた(・・・・・・・・・)からだ」

「血文字《ブラッドサイン》を、お前が手引きした……だと?」

 

 ベイリルの頭の中に存在しない情報に目を細める。

 

「そうだ……予報士(オラクル)も含め、いささか結社員が殺されすぎたが──それでも仲介人(メディエーター)を殺せたことは大きな成果だ」

「随分と、あっさりと切り捨てたんだな」

 

 淡々と唾棄するかのようにそう吐き捨てるが、亡霊(ファントム)はただ静かに受け入れ話を続ける。

 

「聞けば納得してくれることだろう。そう……いつからか仲介人(メディエーター)は、耳飾りを片方ずつに分けて不完全な分身体をより多く作り出すほうが効率が良いことに気付き、司令塔を二つにして行動していたのだ」

オリジナルが二人(・・・・・・・・)、ということか」

「不完全の分身体は深い思考をすることができないゴーレムのようなものだが、情報を収集する使い捨て人形としては丁度良かった」

「それが……仲介人(メディエーター)の情報ネットワークの正体──」

 

 

 それから亡霊(ファントム)は、少しだけ間を置いてから言葉を紡ぐ。

 

「そう……彼女は己の完全な分身を三人(・・・・・・・・・・)以上作りたくなかった(・・・・・・・・・・)

「どういうことだ?」

「私が彼女を遍在させた後、彼女自身でもう一人完全な分身体を作り出した。そこで気付いたのだ、自分がもう一人いることの危険性というものに」

「──そうか、お前よりも人格が歪んだ仲介人(メディエーター)本人だからこそ……自分自身を熟知していた」

「耳飾りの数を考えても二人が限度だった。自分が増えれば増えるほど、より人格は変質し──耳飾りが奪われ、取って代わられる危険すらも考えたのだろう」

 

 遍在する完全分身体による裏切りと下克上。

 正確には魔王具"遍在の耳飾り(いつでもどこにでも)"を保有している者こそが、真のオリジナルと言える状況。

 耳飾りを片方ずつに分けて着けていたのも、効率面だけでなく──お互いへの信頼であり、抑止力であり、最小にして最大限の代替保険(バックアップ)であったのだ。

 

 

「なんにしても、相互利益を求めたアンブラティ結社は暴走に近いこともするようになった。とはいえそれもまた人類間競争を起こさせる点において、大きく逸脱するわけではない」

「だからお前は亡霊らしく静観でも決め込んでいたわけか」

「彼女を殺す決心をしたのは、財団(キミたち)が推進していた文明の利器(テクノロジー)を見たからだ」

「……"電信回線"と"魔線通信"か」

 

 仲介人(メディエーター)の遍在分身によって回っていた(いびつ)な組織運営も、通信技術の発達によって代替できるに至った。

 

 

「今度は同じ(てつ)を踏まない為に、労力は惜しまなかった。だが──」

「残念だったな」

「ああ他ならぬ冥王(プルートー)、キミと幇助家(インキュベーター)の裏切りによって再び人材はさらに失われ……今の状況がある」

亡霊(おまえ)創始(はじ)めたアンブラティ結社は、お前で終焉(おわ)る。労力は無駄になったわけだ」

 

「それが……そうでもないのだ」

「この期に及んで切り抜けられるとでも、まだ思っているのか」

 

 ベイリルは事実のみを述べる。

 それは決して間違いではなかったが、亡霊(ファントム)が意図したところではなかった。

 

「いや逃げるつもりなどない。ただ決して残念ではないという意味だ、この結末(・・・・)は──決して悪くない」

 



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#429 結社の最後 IV

「この結末は──決して悪くない」

 

 亡霊(ファントム)真意(ウラ)を読もうとし、ベイリルは肺から吐き出そうとしていた言葉を止める。

 

冥王(プルートー)、いやベイリル……キミなら理解できるはずだ。私は今、あるいは生まれてハジメテの感情に打ち震えていると言っていい」

「もったいぶるな」

「私が(いだ)いた(こころざし)と、キミが歩んできた道は同じなのだと気付いたということだ」

 

「……人類を、導く──"文明回華"と"人類皆進化"」

 

 シップスクラーク財団を象徴する二重螺旋の系統樹、根から伸びた二本の幹に託されたスローガンにして願い。

 遺伝子構造と上昇し続ける進化。さらには魔導と科学をそれぞれ表し、頂点で収束・交差しそこから無数に枝分かれたテクノロジー系統樹(ツリー)と果実を意味する。

 

「気付くのが遅すぎた、いや今にして思えば私は認めたくなかったのだろう。私は自分自身の手で大義を()し得たかった……」

 

 亡霊(ファントム)はグッと拳を握りしめ、じんわりと指環(じぶん)を見つめ続ける。

 

「それこそが私の存在意義だったからだ。人ではなく、しかして命を得た私自身が……自我が選んだことだったゆえ──」

 

 

 心静かに受け入れるように(うなず)いた亡霊(ファントム)は、目を見開いてベイリルを見る。

 

「キミは同じ転生者でありながら……"大魔技師"とはまったく違ったやり方で世界に変革を起こした」

「大魔技師、か。亡霊(ファントム)、お前の人格は──」

「あぁ、大いに影響を受けている」

 

 大魔技師の人となりについては、七人の高弟からにわかに伝聞が残っている程度であった。

 もっとも魔術具の思想からしても悪人ということはありえず、彼はただ人々を豊かにする為に生きたことは容易に想像できるというもの。

 

「時代が違うし、恐れ多いかも知れんが……一度くらいは会って話してみたかったもんだ」

「なんのことはない。彼もまた思い悩む一人の人間だった」

 

「──まぁ大魔技師(かれ)が築きあげた(いしずえ)の上に、俺も甘えさせてもらったのは確かだ」

 

 度量衡を統一するだけでも大変だが、それは既に魔術具制作を通じて大魔技師が広めてくれていたおかげだった。

 さらにはクリエイターの地位が向上し、後世により多くの技術者を生み出す土壌を作ったとも言えよう。

 

 

「そういえば……俺が転生者なのは知られているんだな」

「もちろんだ。人類を急激に促進させる、時に危険な知識群──それをシップスクラーク財団という組織と、自由な魔導科学(フリーマギエンス)という思想でもって(かじ)を取った」

 

 経済を活性化させ、魔導科学を推進し、人々を救い、増やす。

 産業を発展させ、芸術文化を振興し、人類の価値観を変化させる。

 戦争を手段として用い、より多くの利益を享受させ、人同士を繋いだ。

 

「キミが結社(われわれ)に囚われていた時に、戦帝によって世界に混沌の種が()かれた時も……財団は秩序を守り、その立場を崩さず(たも)っていた」

 

 亡霊(ファントム)にはそれが……狂おしいほどに羨ましかった。

 心からの理解者を得て、創設者がいなくなったとしても初志を貫徹すべく運営される、シップスクラーク財団の在り方というものに。

 変質することなく人々の内側へと浸透し、新しき知恵と合理的思考を植え付け、実利と救済を与えたフリーマギエンスの在り様というものに。

 

 

「俺自身、誇りに思っているよ。多くの(えにし)によって支えられ、俺にはもったいないくらいに成長してくれた自慢の組織だ」

「叶うならばキミに見つからないまま、行く末を見届けたかったという気持ちもなくはない。しかし満足だ、ベイリル(キミ)にならば私は諦められる」

 

「たとえば……見苦しく命乞いをし、()足掻(あが)いて財団に協力しよう、などとは思わないのか」

「それをするには、()()()()()()。今にして思えば意地となって、取り返しのつかないこともし過ぎた」

「……そうだな」

「キミが許したとしても私は私を許すことができないし、今さら"心"に折り合いをつけることもできない」

 

()、か──亡霊(ファントム)。お前はどうしようもなく人間が好きなだけだったんだな」

 

 ベイリルはわすかばかり口角をあげてフッと笑った。

 奥底で煮立たせるように渦巻いていた感情はいくつもあったのだが、そういった(たぐい)とはまた別の感情によって。

 

 

「あぁ……あるいは、もし(・・)仲介人(メディエーター)が死んだあの時に、キミの(えが)いた未来と同道できたなら……」

詮無(せんな)いことだな」

「まったくもって。だがそうして踏み出すことができていたなら、未来は違うものとなっていたのかと……思わない日はないのだ」

 

 ありえなかった未来(IF)を語り、想いを()せる。

 非生産的な行為ではあるものの──()はどうしたって考えてしまうもので、時に()はそうして己を見つめ直す。

 

 しかし往々(おうおう)にしてそれは、(あわ)く"(はかな)い"願い……まさしく"人の夢"なのだと。

 

 

「さて……語りたいことは充分に話せた。長話に付き合ってくれて感謝する、ベイリル」

「──こちらも、思ったより実りがあった」

「話を語り継ぐ必要はない。ただキミだけが知っていてくれればいい」

 

 立ち上がったベイリルは、自分でも思っている以上に穏やかな心地で、殺す為の心身を整えていた。

 

「指環を破壊すればいいんだな?」

「貴重な魔法具をこの世から滅するのは躊躇(ためら)うかね? だが殺すにはそうするしかない」

「不本意ながら魔王具を壊すのは慣れたものだ。破格の性能は惜しいと、後ろ髪を引かれるのを否定しないがな」

 

 亡霊(ファントム)はゆっくりと命脈の指環(じぶんじしん)()められた右手を、ベイリルへと差し出す。

 

「"未知なる未来"を、祈っている」

「……あぁ、さらばだ亡霊(ファントム)。そしてアンブラティ結社──」

 

 パチンッと指が鳴らされ、一陣の風が霊廟の中に吹く。

 そうして最後に作られた魔王具"命脈の指環"は切断され、空気の塊は収束し粉微塵に砕かれ消えたのだった。

 

 

 

 

 宿主が消失した遺体がその場に倒れ伏し、ベイリル(おれ)は噛み締めるように実感というものを味わっていた。

 

「終わったな……」

 

 人類は自ら歩き出し、もはや文明に対して介入する必要はないように思う。

 唯一アンブラティ結社だけが、こびりつくように残されていた因縁であったが、俺自身の役目はもう無いと言って良い。

 

(あとは神領と魔領くらいか、いずれは人領に対してアクションを……──あるいは人族側から喧嘩を売ることも考えられるか)

 

 争いによって一時的に後退しても、元は同じ種族から派生して進化した知的生命体同士。

 いつかは垣根そのものも取り払われていくと信じたい。

 

「見届けよう。共に歩みながら、いなくなった皆の分まで――その行く先――"未知なる未来"を」

 



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#430 片割れ星

401話 冒頭から


 

 ――アンブラティ結社が消滅して、さらに150年以上の(のち)

 人類は(いま)だ空に浮かんだ双子の星へと到達することはなく……しかしてそこには2人の人間が立っていた。

 

 

「──……と言ったところがおおよその話です。俺もいつまで生きられるかわからない。だから今なお、心のどこかで引っかかっていたアイトエル(あなた)を探し、こうして会いにきた次第です」

 

 1人は最古の"英傑"にして世界史の生き証人。

 黒い長髪に小柄な体躯は、初めて会った時から変わらない"竜越貴人"アイトエル。

 

「なるほどのう。ベイリル(おんし)歴史(ものがたり)に自分自身、納得いっておらぬゆえか」

 

 もう1人は重ねた分だけの年輪が刻まれ、それも馴染んできたハーフエルフ。

 "冥王(プルートー)"にして"空前"のベイリル。

 

 

「未来を予知なんてできない、そもそも未知を既知としていくことを楽しみにしていました。でも、これは……」

 

 ベイリル(おれ)は歯噛みしつつ、(りき)む肉体と感情を抑えるように平静を(たも)つ。

 

「世界は"魔力災禍"──またしても(・・・・・)深刻な"暴走"と"枯渇"に見舞われ、付随して発生した(ゆが)みによって秩序は緩やかに崩壊していった。実に残念なことじゃな」

 

 アイトエルにとっては長い歴史の中の一幕に過ぎないのか、実にあっさりとした物言いだった。

 

 異世界特有の災害とも言える現象。

 暴走によって魔物が変異し、枯渇によって強度を失い、一部の魔術具も機能不全に陥ったことで文明が大きく後退した。

 かつて世界を支配した神族をも衰退させた災害は、築きあげた人類文明でも──ついぞ克服することはできず、必死に(あらが)うことしかできなかった。

 

 

「財団には魔力研究の専門部署もありました。けれど、後手に回ってしまった」

「……暴走と枯渇の因果を研究していたわけかい」

「有力な仮説はありました、それも俺の魔力色を()ることができる共感覚を加味しての持論ですが」

「聞かせい」

 

 魔力と名付けられたエネルギーは、基本的には無色(・・)の状態で(ただよ)って、物質に貯留するように軽い結合をしている。

 それを呼吸や食事など、肉体へと吸収することで各個人の"魔力色"へと傾向が変化し、平時でも肉体から漏出し、魔術を使用する際には一気に放出される。

 

 一度付いた魔力色は半減期のようにまた無色へと戻っていくのだが……その速度を上回り閾値を越えた時に、暴走と枯渇の危険性が生まれる。 

 

 放出される色付き魔力は、本来なら空間に存在する無色の魔力によって希釈されるはずであった。

 しかし無色の総和を上回ってしまうことで、逆に無色の空間魔力を染めるように侵食する。

 そして無色だった魔力色に色が付いてしまい、その色付きの空間魔力を取り込んでしまうと、体内で色が混ざり合い、濃く黒く(・・)"暴走"へと至る。

 

 逆に空間に漂う色の付いた魔力を受け付けられず、()()()()()()()()()生物は自然と"枯渇"していく。

 

 

「──あくまで類推からなる仮説の一つですが、自分の中では最もしっくりくる理由です」

「なるほどのう。かつて神族は()()()使()()()()()。今じゃと……やはり魔術具かの?」

 

「はい、魔導科学(マギエンス)を含めてインフラから日常生活まで、魔力というリソースに頼りすぎたのが原因でしょう。あとは単純に人口が増えすぎた」

 

 石炭・石油・原子力・太陽光・地熱、他科学から端を発するエネルギー群も利用はしていた。

 しかし魔力という無尽蔵に思えた安価なエネルギーがずっと身近にあったがゆえに、そちらにばかり走りがちだった。

 加えて化学肥料と抗生物質による人口増加と、人類全体の教育が進み、より多くの人間が魔力や魔術を日常のものとしたことも起因したのだと思われる。

 

「そして……一度手に入れた(ちから)を喪失する時──人は一様(いちよう)に恐れ、(おのの)き、群集と心理が悪い方向へと流れてしまった」

 

 大昔の神族のように魔力暴走によって人族から魔族へと変じ、果ては魔物と化す者も散発した。

 過去とは比べ物にならないほど肥大化した人口の中で発生した"魔力災禍"は、魔獣や魔人に準じる怪物(モンスター)を皮肉にもより多く産み出す土壌となった。

 

 魔獣や魔人が文化圏の内に突如として出現することは──単純に被害が大きくなるばかりでなく、人々は疑心暗鬼となり、確証なく他者を攻撃するようになる。

 隣人を信用できない。それらは高度に発展した文明をも、易々(やすやす)と崩壊させるに足りたのだった。

 

 

暗黒時代(・・・・)──哀悼(かな)しきかな、空虚(むな)しきかな。予見するには困難とはいえ、結果としてはかつて栄華を誇った神族と同じ道を辿ってしまった」

 

 辛辣(しんらつ)だが事実であるアイトエルの言葉が俺に突き刺さる。

 

「たらればの話じゃが──もし(・・)過去に戻れたなら、どうやって悲劇を防ぐ?」

「そう、ですね。結果論から見れば案は色々と考えられます……たとえばこの"片割れ星(ココ)"へ早くに入植できていればきっと──」

 

 

 その瞬間、地鳴りのような震動を感知して、俺は自然と地面へと眼を向けた。

 

「地震……?」

「むっようやく来よったか。まったく、随分と待たせよってからに……しかしある意味でタイミングが丁度良いかのう。ベイリル、手伝え」

「自分で手伝えることであれば良いのですが」

 

 すると間もなく一般人であれば立ってるのも難しくなるほど、地響きは強くなっていく。

 

(わし)一人だと、かなり時間が掛かってしまうからのう。ベイリル(おんし)のほうが向いていよう」

「一体なんっ……はァあ!?」

 

 言葉途中で地面から盛り上がってきたのは、数百年前にも見たことのある異様にして威容。なんならその()()()()()()()こともあった。

 あの時と決定的に(こと)なる点はそれが半死骸ではなく、()()()()()()()()ということ。

 

 あれなるは英傑の一人である"無二たる"カエジウスが討伐し、ダンジョンとして改装した魔獣。

 

 

片割れ星(コッチ)にもおるんでの」

「"ワーム"──なぜここに!?」

 

 "翼なき異形の竜"とも言われる、長さ100メートル近い円筒形の体節が何十と連結された超巨体。際限なく成長を続ける暴食の王。

 地上から天空までその全長を伸ばし、山脈を喰らい、大地を掘り食って、海のような湖さえ作り出した大怪獣。

 

「"星喰い"、とも呼ばれるのう。宇宙(そと)から来て、星そのものを食糧(かて)とする化物だとか」

「……そ、それは色々と得心はいきますが──まさかアイトエルはワーム(あれ)を討伐する為に片割れ星(ここ)にいたんですか……?」

 

「第一目的はそうじゃな。まっのんびり未踏の風景を堪能してもいたが」

 

 ズルズルと地面を削りながら、途方もないほどの巨体が動くサマは圧巻の一言であった。

 今までに相対してきたどんな魔獣よりも巨大(デカ)い。

 

「ワームは暴食(しょくじ)と休眠を繰り返しながら成長し、一定の周期で体内で産卵して幼体を排出する。ワームの幼体は宇宙へと飛び立ち、その一部は大陸にまで及ぶじゃろう」

「今がその産卵期というわけですか、それを討伐しようとは──"竜越貴人"アイトエル……やはり貴方は生粋の英傑なんですね」

 

 俺はそう口にしながら──人知れず世界を守りし英傑に負けてはいられないと──魔力を遠心加速させていく。

 片割れ星(ここ)に来るまでに魔力を消耗したものの、これ以上ないほど無色の魔力が充実した環境がこの星には整っている。

 

 

「なに、やれることをやってるだけよ。とはいえワーム(あれ)を相手にするとなると、(わし)も久方ぶりにちと本気を出さねばなるまいなあ」

 

 コキコキと首を鳴らしながら、アイトエルの瞳の色が充血して一層の真紅に染まる。

 そして彼女の周囲の魔力圧が、瞬時に研ぎ澄まされた一本の刃のように感じられた。

 

「それは……まさか、"竜の加護"?」

「ほう、ベイリルにはコレがわかるか。おんしも"白の加護"を得ている身ゆえかの」

 

 体温と心拍数が上昇して血流が速くなり、筋肉がギチギチと(きし)むように引き絞られる音が半長耳まで聞こえる。

 

「もっとも(わし)のは厳密には加護ではない。ただ"頂竜の(ちから)一端(いったん)"を受け継いでいるにすぎん」

 

 



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#431 英傑 I

 

 獣の王──七色竜を含んだ12柱の竜を産み出した、頂点の竜王の一部を受け継いだと豪語したアイトエル。

 

「まーでも面倒だから"頂竜の加護"ということでもいいぞ。ではベイリル、先に()ってるでな。ゆるりと高めるがよい」

 

 そう言うやいなやアイトエルは俺の返事よりも先に、魔法具"神出跳靴(あるかずはしらず)"で瞬間転移していた。

 

 アイトエルの肉体が消えては現れるたびに、ワームの巨体が空へ空へと打ち上がっていくのが遠目に見える。

 やっていることは極々単純。連続で転移を繰り返し、ひたすら蹴り上げ続けているのだった。

 

 まるで(アリ)(ゾウ)をぶっ飛ばしているかのような光景──"折れぬ鋼の"もかくやという姿に、俺は笑みがこぼれる。

 頂竜がどんなドラゴンであったのかは想像するしかないが……七色竜よりも当然強く、魔法を使う神族を相手にしていたのだから、()して(はか)ることができるというものだ。

 

 

(というか、なんだろう……わざわざお膳立て(・・・・)をしてくれている感じか?)

 

 俺が一撃で仕留められるように、ワームを引きずり出そうとしているような……。

 さして関わりがないのにもかかわらず、どうにもアイトエルは昔から俺のことをよく知っている(フシ)がある。

 

(もしかしたら……俺以上に俺のことを知っているような──)

 

 そんな予感さえあった。だからこそ俺は、アイトエルに会いたいと思った。

 大陸各地に散った彼女の作った組織に接触(コンタクト)を取り、この"片割れ星"にいることを突き止めた。

 いかに双子星と言えど、決して楽ではない星間渡航をしてまで会いにきたのだ。

 

 

(なんにせよ期待には(こた)えよう)

 

 彼女は俺を戦力として見なしてくれている。今の俺の強度であればワームすらも討伐できるのだと。

 極度集中を維持しながら、胸元近くで左右それぞれの拳を構える。

 

 その魔術は転生前に見た遠い記憶にして、灰竜(アッシュ)が使う吐息(ブレス)の模倣。

 

"天"(システム)起動──連結──最大出力」

 

 右拳と左拳と、その空間(あいだ)に力場を生成。膨大なエネルギーを収束させていく。

 

 

「──"竜血槍"ぉ!!」

 

 ワームが地中からその容積を少なくなく露出させたところでアイトエルは叫び、彼女の手の平から漏れ出た血がそのまま凝固・形成される。

 血液は長大な巨槍へと変貌を遂げると、ワームを無慈悲に斜め方向から串刺しにした。

 

「そぉれ、一本釣りィッ!!」

 

 アイトエルは刺した槍をそのまま振り抜くと、蹴り上げられていた勢いも相まって一気にワームの巨体が空中へと躍り出る。

 

「さっあとは任せたぞ、ベイリル」

 

 忽然(こつぜん)と掻き消えたかと思えば次の瞬間にはアイトエルは隣に立っていて、ポンッと背中を叩いてきたのに対し俺はうなずく。

 まるで(はか)ったかのようなタイミング。血の槍が彼女の体内に戻っていくのを横目に、俺は胸元のエネルギー塊へと両の拳を突き合わせる形で解放した。

 

 共鳴するように(まばゆい)く膨張する光輝がワームもろとも視界を満たし、数瞬の内に()み込んでいく。

 

 

 ──光が収まると、(あと)には直径にして数キロメートルのクレーターが残され、真空となった空間になだれ込むように強風が吹き荒れる。

 

 "冥王波"──有象無象の区別なく、効果範囲内の存在を原子レベルで分解し滅却する。

 文明を無へと帰する、(くう)超越()えし"天の魔術"。

 その加減不可能の超威力にワームは(ちり)一つ残さず、存在そのものが完全に消滅するに至った。

 

「絶好調ではないかベイリル、(わし)ではこうも簡単にはいかぬ」

「適材適所です。俺もアイトエル(あなた)のような真似(マネ)はできません」

 

「てっきり素材を欲しがって、穏やかな魔術を使うと思っていたぞ」

「運搬する方法がありませんし。それに体内に幼体とやらがいるとなれば万が一の被害を確実に0(ゼロ)にするほうが最優先です」

 

 暴風も()いできたところで、アイトエルの充血していた瞳も元に戻り、俺も一息つく。

 

「もはやおんしも英傑の一人に数えられて遜色(そんしょく)がない実力のようじゃな」

「恐縮です。もっとも高み(ここ)まで到達するのに400年近く掛けましたが」

「ぬっはっはハハハハッ!! (わし)なんぞ今の強度までで7000年よ、それに比べれば才に恵まれておる」

 

 神話の時代より生きる伝説に、俺は苦笑を浮かべるしかなかった。

 

 

「――さて、落ち着いたところで話を再開しようか。ベイリルおんしが会ったことのある英傑は誰じゃ?」

「えっ? はぁ……」

 

 ガラリと話題転換され、俺はアイトエルの意図するところが読めず……首を(かし)げたままとりあえず指折り数えていく。

 

「まず最初に会ったのが、"無二たる"カエジウス」

 

 帝国はカエジウス特区にて、自らが討伐したワームを迷宮(ダンジョン)として改造し、制覇した者の願いを3つまで叶えることを道楽としていた爺さん。

 実際の強さを直接()の当たりにしたことはないものの、あの"黄竜"を使役して最下層に配置している(まが)うことなき英傑。

 

「次に"折れぬ鋼の"」

 

 インメル領会戦において戦帝が率いる帝国本軍の反攻を抑制する為に、方々(ほうぼう)に手を回して呼び寄せた真に英雄と呼べる英傑。

 二度ほど相対する機会があったが、どちらも相手にならなかったと言っていいほど、"規格外の頂人"たる強度を体感させられた。

 

「続いて"竜越貴人"アイトエル、貴方です」

 

 この世界で生まれた故郷、"モーガニト領"にて出会ったのが彼女であり、結社の一人である"脚本家(ドラマメイカー)"の死体を引き換えに無償で情報を持ってきてくれた。

 また軽く手合わせをして(ちから)の差を理解(わか)らせられ、今はこうして(わら)にも(すが)る思いで星をまたいで会いにきたのだ。

 

「未だに思い出しても心胆が寒くなるのが"大地の愛娘"ルルーテ」

 

 人領と魔領を分かつ"断絶壁"をあっさりと作り出し、地上最強どころか頂竜を含めて史上最強とまで白竜イシュトに言わせた英傑。

 (いど)む気も失せるほどの強度であり、白と黒を安らかに眠らせてくれたある種の恩人。また彼女がぶっぱなした副産物のレアメタル類も有効活用させてもらった。

 

 

「"五英傑"だった頃か、あと一人(・・・・)とは会ったことないか」

「"偏価交換の隣人"ラッド・エマナティオ、ですか。彼は王国圏でしたから活動範囲とかち合いませんでしたし、俺が目覚めた時には既にいませんでした」

 

 あいにくと(えにし)に恵まれることはなかったが、本来はそれが普通である。

 同時期に5人中4人と出会えたことが異常としか言えない。

 

「そして……フラウ。俺の愛した幼馴染──俺が眠っている(あいだ)に、英傑を名乗るまでになった」

 

 幼馴染にして生涯の相棒(パートナー)となるはずだったが、囚われた俺と離別し、救助するのを含めて長命を燃やし尽くした。

 最期の(とき)だけでも(とも)に過ごせたのはエイル・ゴウンの魔導のおかげであり、おかげで俺は心の整理をいくばくか落着することができたのだ。

 

 

「あとは昏睡から目覚めてからの新顔ばかり……堕ちた英傑、"刃禍"のヴィクトル・イーズデイル。"恵む真徒"リオスタ、それと──」

 

 俺は以降に出会った英傑についてもさらに列挙していく。

 

「──直接会ったのはそんなとこですかね」

 

 英傑と言ってもその性格は実に様々であり、強度にしてもピンキリであった。

 ただいずれもが一廉(ひとかど)の人物であることには相違なかった。

 



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#432 英傑 II

「──直接会ったのはそんなとこですかね」

 

「なるほどのう、今となっては(わし)とカエジウスで"二英傑"のみか」

「そうですね……もし叶うなら、今の状況を打破できる新たな英傑が生まれてくれればとも思いますが──」

 

 個人でどうにかなる話ではない。暴走と枯渇という魔力災禍に対する一つの回答は、"時間"である。

 かつて神族の時代から暴走によって魔族と人族が生まれたように、仮説が正しいとすれば無色の魔力が充実するまで魔物に(あらが)いながら過ごすばかり。

 

 英傑に相応しいだけの人物が新たに生まれても、精々(せいぜい)が治安を維持する程度に留まるだろう。

 

 

「ベイリルよ、おんし自身が英傑になろうとは思わんのか」

「俺、ですか? (ガラ)じゃないですし、感性を若くあろうとは心掛けていますが……既に老兵(ロートル)と言ってもいい。何より現状をどうにかすることができない」

 

 アイトエルは腕を組んで首を(ひね)りながらその場にドカッと座り込み、俺も視線を合わせるように地べたに腰を下ろす。

 

「ふむふむ、では少し昔話をしてやろう。"最初に英傑と呼ばれた者"の話をな」

「最初の英傑……つまりアイトエル(あなた)の、ってわけですか」

 

 言うまでもなく眼前の人物(アイトエル)だろうと思った。

 他人語りをする(てい)で、彼女自身の体験談を語るのかと思いきや……アイトエルは静かに首を振る。

 

「あいにくと(わし)の話ではない」

「貴方よりも前に、英傑と呼ばれた人物がいたんですか?」

彼奴(きゃつ)は竜族と神族の原初戦争を終結させた人物じゃ」

「なんと──」

 

 神話時代を生きた者の口から、とんでもない事実がサラリと出てくるのに慣れることはないのだろうなとつくづく思う。

 

 

「名を"アスタート"と言った──そして()()()()()()でもあった」

「最初、の転生者──? そんな時代から……」

 

 ありえない話ではない。7000年も前とはいえ、時間軸が必ずしも並行しているとは限らない。

 

「あの男が来るまでは、ヒト種もまた頂竜が築いた平和と秩序の(もと)で暮らしていた。そこに新たな思想をもたらし、魔法を開発したのが他ならぬアスタートだったのじゃ」

「おぉう……魔法を創ったのか」

 

 ともすれば天才の(たぐい)に違いあるまい。

 さらには結果的に人類を大陸の支配者として隆盛させた、正真正銘"最初の革命者"。

 

「頂竜は七色竜──当時は十二色と傘下の竜や獣を率いて戦った。しかしヒト(しゅ)は竜族にはない、実に悪辣(あくらつ)な発想でもって対抗した」

「耳が痛いです」

「たとえば"この靴"のように自由に転移して強襲したり、距離や障害を無視して竜の住処(すみか)や精神までも見通す魔法。あるいは変身して竜族に潜り込む、分身して戦力を増やす、竜を強制的に使役する」

 

 どこかで聞いたことのある効果に、俺は頭の中で羅列させ思い出していた。

 

「天候を操ったり、あらゆる干渉を拒絶・反射させ、不死身にあかせた特攻劇。挙句の果てには戦死した竜を蘇生させ、利用することもあった」

 

(のち)に魔王具となる魔法、か──)

 

 アイトエルが身に着けている"神出跳靴(あるかずはしらず)"。血文字(ブラッドサイン)と一体化していた"変成の鎧"。

 仲介人《メディエーター》が着けていたという"遍在の耳飾り(いつでもどこにでも)"。神領を守護させていた意志ありき天鈴(あしたてんきになぁれ)

 亡霊(ファントム)自身であった"命脈の指環(どうりをけっとばす)"。いずれもぶっ飛んだ効果であり、それらが魔法として無秩序に使われたのが原初戦争。

 

 

「もっとも過程はどうあれ生存を懸けた戦争じゃ、悪辣じゃったが卑怯とは言うまい。学習した竜族も同じようなことを仕返したわけだしのう」

「同じこと?」

「竜族は捕まえたヒトの一部を捕虜として生かしておった。その中には、かよわき乙女だった(わし)もいた」

「かよわい……」

「そこに引っ掛かるでない。でじゃ、頂竜は捕虜に自らの"血"を分け与え、ヒト種への間諜(スパイ)であり暗殺者を作ろうとしたわけよ」

 

「意趣返しとしては当然ですね」

「何百人と輸血されたが、生き残ったのは(わし)一人」

 

 ずっと昔にシールフから少しだけ聞いていた話だった。

 

「それがアイトエル(あなた)の"竜越貴人"たる所以(ゆえん)

 

 加護を受けたわけではないが、直接的に竜血──それも頂竜という獣の王の血を取り込み、受け継いだ者。

 

 

「簡単に言ってくれるなや。最初は拒絶反応と副作用が酷く、まともに魔力運用もできんかった。完全に慣らすまでに何千年掛けたことか」

「失礼しました、ただ──適合したことを呪ったりはしてないですよね……?」

 

 今のアイトエルを見る限りでは、補って余りあるほどエンジョイしているように感じる。

 

「そうさな……最初は本当に(つら)かったが、今となっては感謝しておる。こうして力強(ちからづよ)く全身を巡りし我が一部じゃ」

「なによりです」

「ちなみにシールフが(わし)の記憶を読めなんだは頂竜の血ゆえよの」

「なるほど、魔力は血に溶け込みやすい──シールフの"読心の魔導"をもってしても、その頂竜の魔力色に干渉することはできなかったわけですか」

 

 魔導に対する天然の防御壁。

 あるいは心が読めないからこそシールフは、エイルと同様にアイトエルを対等以上の存在として置いたのだろうとも思う。

 

 

「なんにせよ、当時の(わし)はひどく脆弱(ぜいじゃく)だった。それでも間諜(スパイ)としての使い道は無いわけではなかったから、いつ判明して責め殺されるとも知れぬ中で周囲の顔色を(うかが)い続けた」

「生きた心地はしなかったでしょうね……」

 

 ただの一般人が、それこそ精神まで見通すという魔法使(まほうし)などに(おび)えながら常に警戒を払い、それ以外にも注意して情報収集など想像したくない。

 

「うむ、そんな死地にあって(わし)の正体に気付いて(ひそ)かに接触してきたのが──"アスタート"だったわけじゃ」

「そこで名前が出てくるのですか」

「竜族はヒトから学んで(おとしい)れることを覚え、また色付き竜たちは変身や現象化の"秘法"を編み出して対抗した。ヒト種陣営も正直なところ攻めあぐねておったのじゃ」

「つまりアイトエル(あなた)の立場を(つう)じて一手(いって)、策を講じようとしたわけと」

 

 スパイを送り込んでくるなら、その存在を逆手に取ってこそである。

 

 

「ヒト種は万物を消失させうる魔法によって、竜族もろとも多くの生物を一掃する計画すら立てていた。しかしアスタートにとって、そこまでは望むべきことではなかった」

「人間の()()()()()()()()ですね」

 

 身につまされる。

 強大な(ちから)を持った時に、人はどこまでも残酷になれることは歴史が物語っている。

 

「ゆえにアスタートは(わし)伝達者(メッセンジャー)として使った。ヒト種は世界を巻き込んで自爆する気であり、より多くが生き延びるには新天地を目指すしかないとな」

 

 俺の中で、いつか白竜イシュトと緑竜グリストゥムが語ってくれた、神話の時代と話が繋がったのを感じる。

 "人化"の秘法によって世界に残った七色竜と一部の竜族の他、それら以外の頂竜を含んだ竜族が別天地を求めて別れたという物語。

 

「その為に転生者であったアスタート、あやつにはあやつだけの魔法があることを竜族へと示したのじゃ──それこそ"異空渡航(いかいわたり)"」

 

 アイトエルの口から発せられた魔法名に俺は驚愕し、思わず座ったまま身を前へと乗り出すのだった。

 



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#433 英傑 III

 

異空渡航(いかいわたり)──まさか、異世界へ転移する魔法!?」

 

左様(さよう)、アスタートは元の地球へ帰る夢を捨てきれなかったんじゃろうな。そして……同時に計算高く、自分が試すよりも先に強靭な竜族を利用して実験台にすることにしたわけじゃ」

「ヒト種から見れば敵性種族の追放。竜族側からすれば、己が種族を裏切った新天地への導き手──」

 

 両面にとって戦争を終結させたまさしく"英傑"。

 

 

「最初こそ英傑として祭り上げられたアスタートじゃが……しかし、"初代神王"として世界を統治しようとする"ケイルヴ"にとっては目障(めざわ)りにもなった」

「……旗頭(はたがしら)となるべく人間が複数いると、本人にその気がなくても派閥や勢力争いに発展するのは(つね)ということですか」

 

「実に(むな)しいことよ。後に名乗る高き王(ハイロード)の名を提案したのもアスタートだったんじゃがのう」

「そうか、ケイルヴ・ハイロード。英語の響き(High Lord)はそのままの意味だったのか」

「うむ。とはいえ転生者であるアスタートはそういった機微にも敏感だったようでな」

「明確に睨まれて厄介者として排除される前に、行動に出た……──地球(こきょう)へ帰還したわけですか」

 

 歴史的にはケイルヴが初代神王である以上、アスタートは何らかの形で退(しりぞ)いたと思われる。

 であれば彼の取るべき選択肢は……話の流れからして、ほぼほぼ一つに絞られる。

 

「実際には帰還できなかったがの」

「えっ死んだ、んですか……? それとも失敗して次元の狭間で未来永劫さまよい続けるみたいな──」

 

 あまり……というか、後者に関しては絶対に考えたくない想像であった。

 

 

「ベイリルは"アカシックレコード"という言葉を知っているか」

「えぇはい……過去から未来まで、ありとあらゆる情報の記録。"集合無意識"とか"阿頼耶識"とか似たような概念もいくつかありますね」

 

「アスタート本人は"魔空(アカシッククラウド)"と呼んだ。(いわ)く、情報とはそれ自体がエネルギーとして存在している」

 

(単なる情報がエネルギーを持つ……? 確かなんかの実験で──"マクスウェルの悪魔"だったか、熱力学第二法則の否定だとかなんとか)

 

「宇宙全体が魔力の源となる粒子によって、脳のシナプスのように繋がっている総体じゃと言っておった。要するに、()()()()()()であるとな」

 

 世界それ自体を、情報として(とら)えるのはとても興味深い話であった。

 

 

「そもそもの発端じゃが、アスタートは地球へ戻ろうにも"基点"となるものを知らなかったゆえ、今のままでは故郷と繋ぐことが難しいと──竜族を送り出した時に感覚的に理解したようじゃ」

 

 もし地球が今いる宇宙と同一ではなく、まったく違う次元にあるのなら──時間と空間と座標のようなものを特定する必要がある。

 

「知らなかったが、あやつには知識を得る為の理論があった」

「……それが、魔空(アカシッククラウド)

「そうじゃ、アスタートは隠遁し没頭するようになった。ついには魔空(アカシッククラウド)の存在と、魔法を利用した到達の仕方を突き止めることに成功した。そこで……アスタート(あやつ)の目的はすげ変わってしまった」

 

「ありがちな考えだと……もしかして地球への帰還ではなく、魔空(アカシッククラウド)掌握(しはい)しようとした──?」

「あぁ、まっこと大バカなことよ。あやつは真に"神の座"を求め……そして、自らの魔法で渡ってしまった」

 

 魔法の開発から仮説立て、理論の証明と実践。はたして彼が正常であったのか異常であったのかはわからない。

 最初の転生者であったとされる彼は、分野は違うものの大魔技師と並ぶか……まさしくそれ以上の天才だったのだろう。

 

 

「結果、あやつは……"情報生命体"となった。伸ばした手は魔空(アカシッククラウド)へと到達したが、直後に分解され──そのもの(・・・・)となったのじゃ」

「より高次の存在へ、ということでしょうか」

 

 いわゆるSF的にはシフトアップとも言われる、ある種においては"進化"とも呼ぶべきもの。

 フィクションに慣れ親しんでいるので感覚的には理解できるものの、現実的に定義する為の頭脳を俺は持ち合わせてはいない。

 

「意図したものとは違ったが、たしかに"真に全知の神"に近い存在にはなったであろうな。じゃが世界に干渉できるわけではない。全能どころか無能と言えるかも知れぬな」

 

 つまりは魔空(アカシッククラウド)と同化してしまったということ。

 莫大な情報量に耐え切れなかったのか、単にそういう性質の超情報空間なのか。

 

 

「ちなみに(わし)は、アスタートが消える場に立ち会っていた」

「……そうでしたか」

 

 するとアイトエルは、少しばかり俺のことを(・・・・・)意味ありげな色を(たた)えて見つめる。

 

「ついでにあやつが分解されゆく最中(さなか)、反射的に残った手を取ろうとして……間接的に魔空(アカシッククラウド)にわずかに触れる機会を得たのじゃ」

「つまりそれが……貴方のどこか未来を読んだかたのような知識のカラクリだったわけですね」

「いや、違う」

「うん……んっ、えぇ!?」

 

 あっさりと一刀両断に返された俺は、やや間抜けな表情を晒す。

 

「たしかに(わし)はあの時の出来事をキッカケにして数千年の(のち)、"魔空(アカシッククラウド)接続(アクセス)する為の魔導"を会得したがのう。それとこれとは別の話じゃ」

 

 さらりととんでもないことを言ってのけるアイトエルに、俺は平静を保つ暇すらなくなる。

 

 

魔空(アカシッククラウド)へのアクセス!?」

「なんのことはない。何年分も貯め込んだ魔力を使って、ほんの少しだけ引き出せる程度よ。頂竜の血と鍛えた身体(にく)があっても、不用意に引き出せば耐えられぬ。基本的に長年で摩耗する自分自身の記憶を更新しておるに過ぎん」

 

 軽いことのように言うが、限界があるにせよ全知の書庫に自由に入って、知識を引き出せるということに変わりはない。

 

「あるいは──アスタートが本当に消滅してしまったのかを、確かめたかったのかも知れんな。最初に魔導を発動させた時に、悲しくも真実はあっさりと理解できたがの」

「言葉もないです」

 

 アイトエルは特に悲観的な様子も見せることなかったが、スクッと立ち上がって遠く空の彼方を見つめた。

 

「なんにせよ、アスタートが英傑であったことは不変の真実。そしてその伝統は……今もなお続いている、少なくとも(わし)が生きておる限りはの」

 

 俺もアイトエルに続くように腰を上げ、彼女の壮絶な人生の一端を知れたことにただただ恐縮する思いだった。

 

 

「はてさて。いささか思い出話が長くなったが──そろそろ核心へと迫ろうか、ベイリルよ。おんし自身のことをよく知った、(わし)の知識の源泉──すなわち情報提供者(・・・・・)の存在」

 

 なんとはなく心臓がにわかに高鳴りはじめ、喉が渇く感じがして俺は唾を飲み込んだ。

 

「ずっと以前にも話したか、(ささや)く者──"Blue(ブルー・)Whisper(ウィスパー)"。若かりし(わし)を救ってくれた人であり、(わし)しか知らぬ英傑のことを──」

 

 



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#434 Blick Winkel

 

(ささや)く者、"Blue(ブルー・) Whisper(ウィスパー)"──)

 

 いつだったか、モーガニト領ではじめてアイトエルと会って話した時に、断片的に語られた話。

 脚本家(ドラマメイカー)を殺し、俺に接触を図ってきたアイトエルは、Blue(ブルー・)Whisper(ウィスパー)に頼まれたからだと言っていた。

 

 地球の英語の(つづ)りと発音であり、何らかの形で転生者が関わっているに違いない情報源。

 

 

「もっとも詳しく説明するつもりはない。おんしには()()()()()()()()はずじゃからな」

「……?」

 

B(ブルー)W(ウィスパー)とは仮称に過ぎん、本当の呼び名は"B(ブリック)W(ヴィンケル)"──」

 

 早まった動悸がドクンッと大きく跳ねて、そのまま心臓が停止したような心地だった。

 俺は……その言葉──Blick(ブリック・)Winkel(ヴィンケル)──を知識として知っている。

 

「ブリック・ヴィンケル……その意味は、"第三視点"」

「うむ、当然知っていよう。なにせ()()()()()()()()のじゃからな」

 

 ドイツ語で"別の視点"を意味するBlickWinkel──しかし俺の知るそれは、"四次元の視点"を意味する。

 

 

 0(ゼロ)次元とは"点"、すなわち座標である。

 仮にその点自身に人格があったとして、自分自身を見ることはできない。

 

 そこで座標をもう1つ追加するとどうだろう、点と点を繋ぐことで"線"ができる。

 すると"一次元"の線からは、己の上に連続している点という存在を確認できる。

 

 次に線を認識するなら? 線を連続させた"面"にすればいい、つまりは"二次元"の世界である。

 さらに平面を自由に観測する為には面を連続させ、"三次元"の視点である"立体"となれば可能となる。

 それこそが今いる空間(せかい)である。

 

 絵や本を鑑賞する自分──であれば簡単に想像がつくだろう。

 そして本の中の登場人物は、自分が本の世界の住人であることを自覚することはない。

 しかし三次元(げんじつ)にいる人間が読むという形で観測すれば、二次元である本の世界の住民が実は平面であることは当たり前の事実として見ることができる。

 

 一方で二次元(へいめん)世界の人間は、三次元(りったい)世界へと脱出して見下ろさない限り、自身を含めた全体像を把握することはできない。

 

 

 では仮に(・・・・)、三次元──現実の人間と世界を、俯瞰(ふかん)するように観測するには何が必要になるだろう。

 

 点が連続したものが線の一次元。

 線が連続したものが平面の二次元。

 平面が連続したものが空間(りったい)の三次元。 

 

 そして長さ(せん)(めん)高さ(りったい)を持った空間を、新たに"時間軸"によって連続させる──

 それが"四次元"の視点という考え方の基本となる。

 

 

(人は一つの瞳だと空間把握能力を損なってしまう──)

 

 実際に片目を閉じて日常生活をしてみればわかりやすい。

 厳密には色味や明るさなどの要素が関係してくるものの、片目だけだと距離感がわかりにくくなって、物がスムーズに取れなかったり体をぶつけてしまったりするだろう。

 人は2つの目玉でモノを見るからこそ、三次元(りったい)をより正確に認識できるようになるのだ。

 

 ならば3つの眼──すなわち"三つ目の視点"があったなら?

 人は立体を超えた四次元へと(いた)れることになるのではないだろうか。

 

 それは単に物理的に目玉を増やせばいい話では当然なく、()()()()()()()()()()()する別の視点ということ。

 超常的な瞳の存在──その"第三視点"という概念こそがBlick(ブリック・)Winkel(ヴィンケル)である。

 

 

「英傑となれ、ベイリル。(わし)にとっての……世界にとっての──何よりもおんし自身にとっての第三視点(ブリック・ヴィンケル)に」

「まさか、俺が……?」

 

 アイトエルの言っていることを頭では理解しているのだが、思考が追いつかない。

 時間移動的矛盾(タイムパラドックス)だとか並列多元世界(パラレルワールド)といった懸念材料はひとまず置くとして。

 

(つまり俺が──俺こそが"第三視点(ブリック・ヴィンケル)"? 情報提供者Blue(ブルー・)Whisper(ウィスパー)、その本人だったってのか)

 

 だから情報提供されたアイトエルは、俺のことを俺以上に知っていた。

 当然だ"未来の自分"から、過去の自分のことを教えていたのだから。

 俺は第三視点として過去のアイトエルと会い、今の時代の俺の為に未来の知識を受け渡していたということ。

 

 

 それが真実であるのなら、俺の考えた通りであるのなら……世界を、皆を、俺自身を──

 

やり直し(・・・・)て、救えるのか──?」

 

 

「理解できてきたか? 先刻、少しだけ語ったが……ある魔法使(まほうし)は物理的障害を無視して見通す瞳を体現した。アスタートは魔空(アカシッククラウド)へ到達し情報生命体として高次存在となった」

「つまり魔法なら──」

 

 第三視点を開眼し、四次元存在へと()ることも……魔法であるならば可能。

 

「そうじゃ、振り返る必要はない。おんしはおんしだけの世界(みち)をただ()くのだ、ベイリル」

 

 第三視点を手に入れるということは、三次元(せかい)に対して知覚を獲得するということ。

 時の流れという連続した世界を自由に俯瞰(ふかん)し把握できるということは、()()()()()()()()()()()()ことを意味する。

 

("時間遡行"──過去へ戻って、歴史を修正することができる。それが第三(Blick)視点(Winkel)の精髄)

 

 

「もっとも実際にやるなら、何万年か何十万年かわからぬが桁違いの魔力を貯め込む必要があろうな」

「えっ──」

「同一時間軸を一方通行ではなく行き来(・・・)したいなら、何百万年分かは貯め込まなくちゃかのう?」

「あの……」

「さらに言えば肉体を持っていくこともできぬじゃろう」

「いやちょっとッ!」

 

 躊躇(ちゅうちょ)も容赦もなく現実を叩きつけてくるアイトエルに、俺は手の平を突き出して「待った」をかける。

 今から何万年と溜めるなんて気が遠すぎるし、そもそも貯留する器が存在しない。

 

 暴走と枯渇で世界の魔力源も怪しく、さらに肉体なしの精神だけで時間を旅するというのか。

 

 

「ぬっはっっはははは、なぁに安心せい。その為に(わし)がおる」

「それは……つまり協力してくれる、と?」

「無論。ベイリルが過去の(わし)貸し(・・)を作ってもらわねば、とっくに野垂れ死んで今の(わし)は存在しておらんし」

 

 とにかく方法はわからないが、少なくともアイトエルには算段があるようだった。

 それもそうだろう、第三視点(おれ)が本当に存在していたのなら──

 

第三視点(ベイリル)はこういう時の為に、"保険"として(わし)に知恵を(さず)けておいてくれたんでな」

 

(──ッ、それはすなわち失敗も視野に入れていたということ。つまり今この未来も織り込み済みでの話か)

 

 

「さしあたって仮に魔力を100万年かけて貯め込んだとして、その魔力で戻れるのは同等の100万年分くらいかも知れん」

 

 いかに第三視点と言えど、魔法を発動・維持するのには魔力(リソース)の限界がある。

 魔法は全能に近くとも、決して全能ではなく。エネルギーによってその出力の限界が決められてしまう。

 

「……それだと起点とした時間に戻るだけですね。あるいはそれをさらに何千何万回とループを繰り返して、少しずつ戻るとか、あるいはコツを掴んでいくというのはさすがに……」

 

 心が()つとは、とてもじゃないが思えない。

 この400年弱だけでもかなり参っているというのに、万年単位を何度も繰り返すなどそれはもう人間の精神状態ではない。

 

 

「じゃから短期間で集める必要があろうな」

 

 第三視点の魔法が可能だとして、それには必要な前提条件を揃える必要がある。

 莫大な魔力を貯留する器。絶対的な(リソース)となる魔力(エネルギー)そのもの。貯留した魔力を、魔法として利用し扱う方法。

 

「俺にはそもそも貯留する器がありません……」

 

 魔力容量に恵まれている(ほう)ではあるものの、俺は神器のような魔力量を保有することはできない。

 半人半吸血種(ダンピール)だからこそ修得しえたフラウの"魔力並列循環(マジカル・ループ)"も使えない。

 

 

「おんし自身に器はなくとも、()()()()()()()は知っておろう」

 

 アイトエルはそう言いながらコツコツと爪先で地面を叩いたのを見て、俺はすぐにピンッとくるのだった。

 




この物語を書き始めた時から考えてやりたかったネタの一つ、実に長い旅路でした。


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#435 必須要件

 

 アイトエルは()いている魔王具"神出跳靴(あるかずはしらず)"の爪先で、コンコンッと地面を叩く。

 

「そうか、"永劫魔剣"ッ! いやでも魔王具としての"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"はパーツが……」

 

 俺が昔"重合窒素(ポリニトロ・)爆轟(ボム)"で真っ二つにしてしまった"循環器(やいば)"は、二振(ふたふ)りの"複製永劫魔刃(ブレイド・レプリカ)"として改修されて存在する。

 内一本はヤナギが使っていたが、残りの一本は財団の保管庫で眠っているから利用できる。

 

 また同じく完全破壊してしまった"安定器(つば)"についても、リーティアが代替となる魔導科学具をしっかり完成させているのでこれも問題ない。

 

「"増幅器(つか)"が足らんのだったな。じゃからそれを取りにいく」

「場所を知っているんですか?」

 

 わかっているからこそアイトエルは言っているのだから、明らかに愚問だった。

 しかし財団が何百年と掛けてなお、"らしい情報"が一切入ってこなかった増幅器の場所を知っていることに俺は反射的に口にしてしまっていた。

 

 

「無論第三視点(おんし)から聞いているからな。ただその前に、カエジウスのところに寄るとしよう」

「"無二たる"に……?」

 

 今やたった2人の英傑のもう片方に会おうとは、文脈からするにカエジウスが持っているわけでもなさそうで俺は疑問符を浮かべる。

 

「魔力が潤沢な片割れ星(ここ)と違い、今の魔力災禍に見舞われた地で、(わし)ら二人で討伐するにはきついからのう──"海魔獣(・・・)オルアテク"はな」

「海魔獣……っ!? まさか、アレの体内にあると?」

「アレだけ巨大(デカ)くなり続けたのも単に海洋生物なのが理由だけでなく、増幅器があってこそじゃろうのう」

 

 魔力が増幅され続けた結果、強化された肉体の代謝と長年の栄養摂取によって肥大化したというのは想像に難くない。

 

「まあまあ一口に増幅器と言うても、魔力の総量を増やすといった(たぐい)のモノなわけではない。単により魔力を取り込みやすいよう、()えず(よど)みない流れを作る為のものじゃ」

「循環器という底のない器に、安定器で一定の流れを整えてこそ、というわけですね」

「設計思想としてはそんなところじゃの」

 

 循環器なくば溜められず垂れ流し、安定器なくば器が壊れ、増幅器なくば貯留がドン()まる。

 十全に扱うにはパーツが余さず必要ということ。

 

 

「なるほど、海魔獣から回収さえできれば――というか、"無二たる"カエジウスに討伐を手伝わせるのですか?」

「んむ。ついでにカエジウス本人からも、奪って(・・・)やらねばならんものがある。それで二つ目の条件はクリアじゃな」

「奪う……二つ目の条件とはなんでしょう」

「あやつが持っている魔王具"虹の染色(わたしいろそめあげて)"を使う」

 

 やはりというかなんというか、カエジウスは魔王具くらい当たり前のように保有しているようだった。

 

「えっと確かそれって……魔力を己のモノとする魔王具、でしたっけ。名前からしても自分の魔力色に転換するといったところでしょうか」

 

 かつてアイトエルから聞いた話と、自らの仮説を織り交ぜて(たず)ねる。

 

「自らの魔力を黒い暴走状態に置くことで、強引に魔力を吸収するやり方もあるが、虹の染色(わたしいろそめあげて)があれば解決じゃ」

 

 かつて相対した結社の将軍(ジェネラル)が使っていた技法。

 しかしあれは純吸血(ヴァンパイア)種だからこそ可能な芸当で、これも俺が模倣できるものではない。

 

 

「そういえば……迷宮踏破の願いがまだ残ってました。波風立てずに穏便に借り受けましょう。覚えてくれていれば、ですが」

カエジウス(あやつ)にそんなに気を遣うこともないが、まあよかろう」

 

 同じ英傑ではあるものの、やはり数千年のアイトエルと数百年のカエジウスとでは年季が違うのかも知れない。

 

「まっそんなものがなくても、()()()()()()()()()じゃろうがの」

「借りを返す? あぁ、アイトエル(あなた)ならカエジウスとも色々――」

 

「いんやもともと第三視点(おんし)がカエジウスに貸し付けたものじゃ」

「……!? それって"第三視点"となった俺が、過去あのカエジウスに借りだと思われるほどのことをしたってことですか? どんだけ介入してんすか、俺」

「なぁに、()()()()()()こと、楽しみにしておくがいい」

 

 

(俺自身が歴史の生き証人になるわけか――まぁ確かにそれは最高の体験かもだが)

 

 数千年と過ぎ行く間に、俺の心が摩耗・風化してしまわないかだけが心配である。

 

「――では。魔力を自分のモノへと転換し、それを循環貯留する器の目途(めど)も立った」

「となると後は……魔力そのものですか」

 

「"虹の染色(わたしいろそめあげて)"があれば、魔力災禍があろうと普通に魔力を吸収することができる──が、それでは万年掛かることには変わりない」

「無色の魔力が満ちる片割れ星(このち)でやるのと変わりませんからね……となると、魔力溜まり(スポット)のようなところを探す必要がありますか」

 

 普通に大気中から自然吸収していては間に合わない。

 であれば方法としては、世界各地に存在する魔力が停滞しやすい土地を巡るのが一番だろう。

 

 

「探す必要はあるまい。おんしは既に知っている……どころか、直接行ったことがあるじゃろう」

「俺が直接? えっ……と──」

黒と白(・・・)

 

 俺が己の人生録を回想しようとすると、すぐにアイトエルがヒントを出してきて思い当たる。

 

「そうか、"大空隙"。確かにあそこなら……」

 

 三代神王ディアマが永劫魔剣で大陸を斬断し損ねたという名残。

 そこで眠った"黒竜"から、恐らくは3000年近く漏出し続けた闇黒の瘴気。

 

「立ち入ればたちまち狂ってしまう黒色の魔力。それは周囲の魔力すらも常に吸い続け、底には(おり)のように溜まっていよう」

「魔王具"虹の染色(わたしいろそめあげて)"を使い"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"に貯留し、"第三視点の魔法"を発動させる――それで、過去からやり直せる」

 

 確かな計画(ヴィジョン)として現実味を帯びる。

 カエジウスとの交渉や、海魔獣の討伐も決して楽ではないはずだが……アイトエルが付いてくれていると思うと心強い。

 

 

「──それともう一つあった」

「……まだあります?」

「魔法を発動させるにはベイリル、循環させている全魔力を一度おんし自身が受け取る必要がある。あっさり許容量を越えて死ぬるぞ」

「ということは……?」

「ベイリルよ、随分とボケとりゃあせんか? 先刻から察しが悪すぎる」

「長寿病になったつもりはありませんが……空白があってもかれこれ400年はやはり長いですって──」

 

 改めて実感する。そして7000年と生きて、こうも活気に満ちているアイトエルを見習わなくちゃいけないとも。

 

 

「それもそうか。とは言っても既にこれも解決済みのことじゃからなあ。財団に保管してあるんじゃろ? 魔王具がもう一つ」

「あぁ……そうか、"深き鉄の(われしぬこと)白冠(なかりけり)"を使うわけですか」

 

 "幇助家(インキュベーター)"イェレナ・アルトマーの死後に譲り受けた、元々は帝国に保管されていたという"不老不死"の魔王具。

 一度だけ頭に(かぶ)ってはみたものの、あっという間に多くの魔力が吸われて戦闘力が落ちてしまうので、結局使わずじまいのまま収蔵保管(おくらいり)となった。

 しかし別途魔力が担保されている状態であれば、気兼ねなく使うことができるだろう。

 

「つまりは死にながら(・・・・・)やれぃ。かつてのおんし自身(いわ)く、再生を繰り返すのは相当な苦痛じゃったそうだから、ゆめゆめ──」

「その程度、もはや躊躇(ためら)う理由にはなりませんよ」

 

 俺はアイトエルの心配を、己の自信でもって打ち消した。

 

 

問題(かべ)になるとすれば……俺が魔法へと至れるかどうかに尽きるか)

 

 いや、できない理由などあるものか。

 魔術を覚え、魔導も修得した。事実として第三視点となった俺の導きによって、今この状況がある。

 俺にはその潜在性(ポテンシャル)があり、魔法使(まほうし)となった実績をアイトエルが証明してくれている。

 

(そうだ、"下地"もあるんだ。時間は掛けていられない)

 

 "天眼"――ハーフエルフとして鍛え澄ました全ての強化感覚から、無意識に取得した情報をイメージ視覚化する。

 さながら枝分かれする未来を()て、行動を収束し確定させるかのような……識域下に有意識が存在する、相反にして融合。

 

 地上を平面という二次元と捉えた時に、(プラス)1次元高みに置くもの。

 地に足つけながらも三次元から、意識的に自身と周囲とを俯瞰(ふかん)する技法。

 

 そこからさらにもう1次元の高み――四次元の視点へと昇華させ、時間軸を含んだ世界を俯瞰するだけの応用だ。

 

 

「覚悟はとっくに決まっておるようじゃのう?」

「はい、俺は進化の階段を昇って魔法使(まほうし)となる──」

 

 にんまりと笑うアイトエルに、俺は意志を込めた双眸で力強(ちからづよ)く返す。

 

「そして世界を救い、知られざる英傑となってみせます」

 



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#436 無二たる I

 

 カエジウス特区――帝国領は縮小し、統制力を失い、今や文化圏からはずれて特区としての機能はほとんど果たされていない。

 名目上は帝国に帰属していても浮いた土地であり、(なか)ば独立した都市国家のような状態にあった。

 

 それでもなおどこからも侵略されていないのは、ひとえに英傑である"無二たる"カエジウス本人の威光が健在なことに他ならない。

 

「最初に訪れた時が、本当に遠い昔だ」

 

 ワーム迷宮を起点とした街はかつての頃よりも何倍にも拡張されているが、基本的な見た目はそこまで変わってはいない。

 ただただ魔力災禍によって世界全体の人口が減り、荒れてはいないものの活気が失われている。

 

 迷宮攻略などに(うつつ)を抜かせる冒険者は少なく、さらに言えば粒も揃えられないのが今の世の中である。

 

 

「なにやら避難所みたいだのう」

「言われてみると……確かにカエジウスという英傑の傘の(もと)、治安の(たも)たれた街──行き場をなくした民が流れ着いても不思議じゃないですね」

 

 一見するとゴーストタウンのようにも見えるが、家屋の数と広さに対して人の気配がかなり多いように感じる。

 そして俺とアイトエルの様子を(うかが)う視線もまた、複数向けられていた。

 

「まぁよかろ、用事をとっとと済ませ──っと?」

 

 アイトエルが歩幅を広く早くしようとした瞬間、奥に見える噴水周りに探し人を見つける。

 

 

「おんしが自宅と迷宮以外に外に出ているなど珍しいではないか、カエジウスや」

 

 そこにいたのは老齢で髭をたくわえた男性──いつか見た"無二たる"カエジウスの姿とほぼほぼ一緒の姿であった。

 カエジウスは交渉していたと思しき交易商人を下がらせると、こちらとの相対距離を詰めてきて5メートルほどのところで止まる。

 

「誰かと思えば……"竜越貴人"、また(・・)厄介事を持ってきたか」

「相変わらずじゃのう、またと言っても何百年前の話じゃろうが。まっ……厄介事に違いは無いんじゃがの」

 

 あからさまに顔を歪めながら、カエジウスは俺のほうへと視線を移してくる。

 

「そっちは……見覚えがあるな」

「お久しぶりです、カエジウス殿(どの)。かつて迷宮を踏破したベイリルと申します」

「姑息な裏技を使った若僧か」

「もう若くはありませんが……はい。今さらな話で恐縮ですが──残った一つの願いを叶えてもらいに参った所存でして」

 

 

 俺は敬意を払って一礼し、カエジウスが特に悪感情を(いだ)いてないことを確認する。

 

「何百年越しか、まったく随分とのんびりした願いだ」

「まだ叶いますでしょうか」

「約束は約束だ、聞くだけ聞いてやらんこともない」

 

 カエジウスが腕を組んで耳を傾けてきたところで、俺の言葉をアイトエルの言葉で塗り替えられる。

 

"虹の染色"を(海魔獣を倒す)お貸しください(のを手伝えぃ)

 

 

「ふざけているのか」

 

 カエジウスは冷ややかに眼光鋭く睨みつけてくるのを、俺は我関せずとばかりにアイトエルへ流す。

 

「いたって本気じゃ。おーーーそうじゃ、戦力が足りぬだろうから"黄"も連れてくるがよい」

「調子に乗るな、"竜越貴人"。仮に願いを聞くとしても、残った特典の一つまでだ」

「ほっほー、そんな邪険に扱ってよいのか?」

「何が言いたい」

 

 バシィッと俺はアイトエルに背中を叩かれ、一歩前に進み出てしまう。

 

ベイリル(こやつ)あの(・・)"第三視点"じゃぞ。カエジウス(おんし)にはたとえ100の願いを叶えてなお、お釣りを渡す義務があろう」

「なっ──!? いや……虚言だろう、そこまでしてワガママを押し通したいつもりか。恥知らずな」

 

「断じて嘘ではない。それに願いを叶えるというより、一時(いっとき)預けていたものを返してもらうだけとも言えよう」

 

 

 背筋が凍るような英傑と英傑の応酬。

 傍若無人としか見えないアイトエルの口振りに、カエジウスは真剣な瞳でこちらを見据えてくる。

 

「ベイリル、キサマがか……」

「まぁそうらしいです。今の俺にはまだ未知の出来事ですが、俺が"第三視点"として戻ることで未来を変えるつもりです」

 

 しばし無言の時間が流れ、俺はその間ずっと値踏みされ続ける。

 

「ふんっ、ならば見届けさせてもらおう。もしも虚偽であったなら、(しか)るべき(すじ)というものを通してもらうぞ」

「あー構わん構わん、真実じゃからな。それと黄も連れてくるのだぞ」

 

「念を押す必要などない。海魔獣を相手にするなどと面倒なこと、たった三人でやっていられるか」

 

 

 言いながらカエジウスは腰へと手を伸ばすと、外した"腰帯(ベルト)"を投げてよこした。

 

「おぉ、これが……」

「魔法具"虹の染色(わたしいろそめあげて)"──使うのなら慣れておくがいい」

 

 魔王具の中でも最初に創られたというベルトは、3メートルを超えるくらい長く、複雑な紋様と装飾に(いろど)られていた。

 

「四人ではまだ少し心許(こころもと)ないかのう。加減なしで殺すだけなら造作もなかろうが……」

 

 片割れ星のワームのように消し飛ばすだけなら、"虹の染色(わたしいろそめあげて)"で安定した魔力供給を実現した"冥王波"でも可能であろう。

 しかし海魔獣の体内に小さな増幅器がある以上、破壊してしまってはご破算になってしまうのであまり無茶苦茶な攻め方はできない。

 

 

()でも引っ張ってくるとするか。あやつの氷雪は海上決戦するにおあつらえ向きと言えるでな」

 

 またしれっとぶっ飛んだことを思い立ち、それを実行できるのが"竜越貴人"アイトエル。

 

「さてさてカエジウスや、(わし)が青を連れてくるのと、おんしが黄を連れてくるの……どっちが早いか競争しようか」

「バカも休み休み──」

「勝負じゃッ!!」

 

 特に承諾はしていないカエジウスを無視して、アイトエルは"神出跳靴(あるかずはしらず)"で既に転移して消えてしまっていた。

 

「まったく……相変わらずなやつめが」

「競争、するんですか?」

「結果は見えている。"竜越貴人"は行きは早かろうが、帰りは青竜が飛行してくるのが最速。魔領の最西端からここまで一日以上は確実に掛かる」

 

 

「でもまともに迷宮を攻略したらそれ以上掛かる──ということは、やはり各層へ到る短縮移動手段があるということですか」

 

 かつての俺が裏技でショートカットしたように、ワーム迷宮を改装するのだからそれくらいは備えているのだろう。

 

「言うまでもなかろうが。それは"竜越貴人"とて知っているはずなんだがな」

「……まぁ、ああいう人ですから。自分も年を重ねましたが──ああいう天真爛漫さが長命を生きる上で大事なのも、今はしみじみ(せつ)にわかる気がします」

 

 常に新鮮な心であること、世界に対して刺激と好奇心を忘れない。それが"長寿病"予防で最も大切なことだろう。

 カエジウスもワーム迷宮(ダンジョン)というクリエイティブな趣味を持っているからこそ、人生に飽きずにいられてるに違いはない。

 

 

「……キサマも来るか、最下層へ。少しばかりキサマと話をしてもよいと思っている」

 

 少し恐ろしくもあるが、あるいはカエジウスの本音の部分が見えるかも知れないと俺は決意を固める。

 

「お付き合いさせていただきます」

 



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#437 無二たる II

 

 地上部に露出したワーム迷宮(ダンジョン)に融合するように横付け建築された、"無二たる"邸宅まで──

 俺はカエジウスと並んで歩きながら、会話に興じる。

 

「遠い昔──年端(としは)もゆかぬ若かりし頃……誰よりも(ちから)なき子供だった」

 

(唐突な自分(かいそう)語り……ッ!?)

 

「満足に動くことすら困難なこの身が歯がゆかった。周囲からは哀れみだけがあり、日に日に精神は摩耗し、いつからか渇望し続けていた」

「……健康は何物にも代えがたいものですね」

 

 しかし興味深くもあり、機嫌を損ねたくもないので、俺は適度に相槌(あいづち)を打ちながらそのまま大人しく聞くことにする。

 

「あれが欲しい、これが欲しい、それが欲しい、なにもかも欲しい──そうして一つの境地、"魔導"へと辿り着いた……」

「何の魔導かお聞きしても?」

「"奪う"こと」

 

 

 スッと左手が俺の肩に乗せられると、それだけで俺の(ちから)は抜けて両膝をついてしまった。

 

「っお――」

 

 "簒奪(さんだつ)の魔導"と呼べばいいか、あまりにもスムーズな発動でまったく反応できなかった。

 

「欲しいものは奪った。(ちから)も、魔力も、寿命ですらな」

「カエジウス殿(どの)が人族でありながら長命だったのは、そういうカラクリがあったわけですか……」

 

 魔導を解かれたことですぐに立ち上がった俺は、カエジウスに追従しつつ"天眼"で魔力色を見る。

 ()()()()()()――生来の色なのだろう。

 おそらくは"虹の染色(わたしいろそめあげて)"がなくとも、他者の魔力を奪ってある程度は自分のモノにできたに違いない。

 

(魔力色が濁るから限界はあっただろうが、逆に言えば"虹の染色(わたしいろそめあげて)"があれば無尽蔵に奪えるってことか)

 

 凶悪の一言に尽きよう。さらにはそんな魔王具を、あっさり俺に引き渡してくれたことが驚きであった。

 もはや無くても問題ないのか。迷宮踏破の願いを叶えるべく貸与してくれたのか。"第三視点(おれ)"への借りがよほど大きいのか――

 

 

「長き眠りから目覚めたワームであっても、奪う対象であることに変わりはなかった。しかしいささか甘く見ていたことは否めず、追い詰められる状況になった」

 

 そこでカエジウスは立ち止まると、ジッと俺の(ほう)へと視線を投げかけられしばしお見合いをしてしまう。

 

「――あっ、もしかしてそこで第三視点が出てくる……?」

「正確には第三視点によって導かれたとのたまう"竜越貴人"に、だがな」

「アイトエルを仲介役に……」

「だから直接知るわけではない。しかし他ならぬ"竜越貴人"がそう言う以上、キサマが第三視点とやらなのだろう」

 

 カエジウスは歩みを再開し、俺は後ろではなく再び隣側を歩き出す。

 

 

「"虹の染色(わたしいろそめあげて)"は、その時に借り受けた」

「それで返してくれた、わけですか」

 

 今の俺にはまったく身に覚えのない魔王具の返却。しかしそうした過去の積み重ねによって、今この瞬間(とき)がある。

 

「ワームから奪った膨大な魔力で、さらに意思と水分を奪い尽くしてやった」

「そうして残ったのがアレ(・・)というわけですね」

 

 完全に死んだわけではなく生体ダンジョンとして機能するワームが、遠目にも巨大にそびえている。

 

 

「あれは……人生の結晶だ。ワーム(あれ)を打ち倒し――人々に大いに(たた)えられ、英傑の一人に名を(つら)ねた。それは今までにない充足感を与えてくれた、ようやく認められたような気がした。

 奪うだけでは得られぬものがあると知った。弱き身だったころを思い出し、今後は(ほどこ)しを与える側へと回ろうと考えた。かつての己のように……理不尽に(あらが)うだけの不屈の意志を持つ者にな」

 

「それがワーム迷宮(ダンジョン)と、制覇特典だったと」

 

 "無二たる"カエジウス、一人の英傑の成り立ち。

 

 

「これが思いのほか楽しく、のめり込んだ。いつしか街が作られ、後からやってきた帝国を叩きのめし特区と勝手に定めてきて、収集した財宝の中で"コレ"を見つけた」

 

 言いながらカエジウスは、首元のチョーカーのようなものを触る。

 

「魔法具"主なる呼声(わがいにこたえて)"――」

 

(オシャレで着けてるんじゃなかったのか……)

 

 ファンキーな爺さん、というわけではなく。カエジウスが所有していた二つ目の魔王具。

 

「コレは魔力で上回る相手に対し、強制的な契約状態に置くことができる」

「ということは……対象から魔力を奪えるカエジウス殿(どの)にとって――」

「あぁ、色々と(はかど)るようになった」

 

 カエジウスは単なる便利用品のように言っているが、実際はそんなレベルの組み合わせではない。

 相手の魔力を簒奪(さんだつ)する魔導師であれば、魔力を持つあらゆる生物に対して確実に優位を取って操れるということに他ならない。

 

 

("黄竜"ですら最下層のラスボスとして使役できているのは、二つの魔王具とカエジウスの魔導の相性(くみあわせ)があまりにも抜群すぎたからってことだ)

 

 街中の犯罪奴隷も、邸宅の庭やワーム迷宮(ダンジョン)蔓延(はびこ)っている魔物や獣も、すべてカエジウスの契約下にある。

 あまりにもチートすぎるコンボ。純然たる強度を誇った英傑達とは、また違った鬼札(ジョーカー)と言える強さを持っている。

 

「コレも欲するか?」

「滅相もないです。第三視点を開眼する予定の自分には不要です」

 

 邸宅前に近付いてきたところで、カエジウスと共に俺は跳躍して外壁を飛び越え、広いテラスへと二人で着地する。

 その中は――以前にも見たことのある――カエジウスの玉座がある、だだっ広い部屋であった。

 

 

「まさか……というか、やっぱり転移(・・)の魔術方陣?」

 

 スタスタとカエジウスが歩いた先の足元で、ボヤーッと光って浮かび上がる紋様。

 

「いつだったか"銀髪の女エルフ"が交渉を持ち掛けてきて、その知識の一部を奪ったことがあった。契約の魔法と併用することで、ようやく実用に至ったものだ」

「迷宮改装には有用この上ないですね」

 

 (うなず)くカエジウスと向かい合うように俺は魔術方陣の上に立つ。

 

 迷宮最下層で黄竜を倒した時、帰還用の何かがあると思っていたがやはり存在していた。

 後々になって理論的に可能性は低いかとも思い直したのだが、実のところカエジウスは進んだ技術を持ち得ていたのだ。

 

(契約魔術との併用か、ほんと魔の道ってのは単純なようで奥が深い……)

 

 少しすると次第に光が増していき、じきに目を開けていられなくなるのだった。

 



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#438 黄竜

 

 光がおさまってから瞳を開けると、そこはいつか見た最下層手前の"人口庭園"であった。

 カエジウスの手で施された自然公園じみた階層(エリア)は、ワームの内部とはとても思えない調和と完成度。

 

「つかぬ事をお伺いしますが、これってもしかして地上まで直通で帰還できたりしました?」

「特定の階層にある魔術具を見つけ、手に入れることができればな」

「……なるほど」

 

 外側からショートカットでズルをした俺達には、どのみち関係のない話のようだった。

 帰りの探索も急ぎで不足していたがゆえに、迷宮内にある魔術方陣の存在にすら気付けなかった。

 

(まぁあれはあれで、良い思い出であり経験だった)

 

 色々と鍛えられたことには違いない。あの経験があったからこそ形作られたモノが確かにあったのだから──

 

 俺とカエジウスは最下層へと続く出入口まで歩いていき、以前では見なかった重厚な装飾石扉を開く。

 

 

 そこでは巨体を横たえた黄竜の周囲に、パリパリと放電によって破裂する音が聞こえる。

 すぐに薄っすらと(まなこ)を開けた黄竜は、竜の姿のまま器用に人語を喋る。

 

『……久しいな、ベイリルだったか』

「おぉ、お久し振りです。まさか覚えていただけていたとは」

 

 一瞥(いちべつ)しただけで俺の名前までも思い出してくれていたようだった。

 

最下層(ここ)まで到達する者は少なく、我を打ち倒した数少ないヒトだ。それに"我の肉体(からだ)"を持っているようだな』

「あぁ左手(こっち)は義手でして、有効に使わせてもらっています」

 

 加工されたエレクタルサイトはもはやなくてはならない超電導物質の一つであり、その一部は培養までしていたくらいである。

 

 

『それに──"白の加護"か、アイツの息吹を感じる』

「積もる話はたっぷりしたいところではありますが……」 

 

『ああ、珍しく顔を出した男がいるようだが──』

「つとめご苦労」

『何用だ』

「外へ出してやろうと思ってな」

 

 使役した者と隷従させられた者。言葉にどこか(トゲ)のようなものを感じ、剣呑(けんのん)な雰囲気──

 

『ついにお役御免、か?』

「そういうわけではない」

『また雑用でもさせる気か』

「……まあ結果的にはそういうことになる」

 

 ──かとも思われたが、俺の空気読み能力からすると案外そうでもないようだった。

 

 

「"竜越貴人"たってのご希望だ」

「またやつか……」

「あぁ、またヤツだ……」

 

(今まで何しでかしてきたんですか、アイトエル――)

 

 奔放な自由人、しかしそれもまた彼女の味であり愛嬌であるので甘んじて受け入れよう。

 

「とにかくさっさと(ヒト)()るがいい黄竜、そのままでは転送できん」

『"人化"か――』

 

 どこか悩んでいるというよりは……詰まった様子の黄竜に対し、俺は恐る恐る問い掛ける。

 

 

「もしかして"人化の秘法"のやり方を忘れたりしました……?」

『唐突に失敬なことを言うな、ベイリル。竜について知識はあるようだが、なにゆえそのように思った』

白竜(イシュト)さんがそうでした、あまりにも長く人の姿のままで竜への戻り方を忘れたと……であれば竜のままでいすぎたら、なんて」

 

『我をあのような粗忽者(そこつもの)と一緒にするな。それにしても竜から人に成れなくなるどころか、人から竜に戻れないとは……(なげ)かわしい』

 

 バチバチと破裂音が激しくなり、一際(ひときわ)大きな雷光と大気を引き裂く音の(のち)――

 長身(タッパ)に肩幅のある、ガタイに恵まれた無精ヒゲ(づら)の壮年男が立っていた。

 

「んんっ――あ~……ゴホン」

 

 黄竜は咳払(せきばら)い一つ、人差し指を立てるとバチバチと電撃を発する。

 

「竜と比すると(いささ)か制限されるのだが、まあいい」

 

「その姿ではなんとお呼びすればいいですか?」

「"イェーリッツ"と名乗っている」

 

 雷霆を司りし黄竜イェーリッツ。

 海魔獣を相手にするにあたって、これ以上ない助力の一柱を得たのだった。

 

 

 

 

 地上へ戻って丸一日半ほど、カエジウスは黄竜の仮代替とする迷宮の主を用意すべく最下層へと行ったり来たりを繰り返す。

 一方で俺は黄竜イェーリッツとこれまでのことと、これからのことについて、様々な話をした。

 

 白と黒のこと、灰竜のこと、緑と共にしたこと、紫の顛末、赤との関わり、青との交流、アイトエルとの出会い。

 歴史の流れと行く先、俺の半生とこれから()すべきこと。また黄竜イェーリッツ自身の話も少し。

 

 黄竜(かれ)は白竜イシュトや赤竜フラッドに次ぐと言っていいくらいヒトに友好的で、とても話しやすかった。

 

 "無二たる"カエジウスと契約状態にあることが、実に惜しいと思わざるを得ないほどに。

 

 

「──役者はちゃんと揃っているようじゃの」

 

 "竜越貴人"アイトエルが転移(れい)によって音もなく、この場に出現していた。

 しかし俺もカエジウスも黄竜イェーリッツも、わかりきっていて驚くことはなかった。

 

「出たな、懐かしい顔」

「んむ。久しいな黄よ」

「我がこの姿の時はイェーリッツと呼ぶがいい」

「そうじゃったそうじゃった、それが作法だったのう。というか(ブリース)め、さっさと降りてこんか」

 

 アイトエルがそう言うのとほぼ並行して、上空から人影が()ってきて──激突スレスレで凍らせた空気をパキリッと割って青竜ブリースが着地する。

 最初に出会った100年以上前と、最後に見た数十年前と変わらぬ薄青の髪を持つ少女の姿。

 

「わたしを騎乗動物(アシ)代わりに使った挙句、我先にと()んでいった者が言うな」

「ぬっはっははははッ! 何事も一番乗りのほうが気持ちよかろう」

 

 髪色も持っている雰囲気も違うが、ほぼ同じ背丈のアイトエルと並んでいるのを見ると……血縁の遠い姉妹のように見えなくもない。

 

 

「どうもお久し振りです、ブリース殿(どの)

「……あぁベイリル、わたしの感覚で言えばさほどでもないのだがな」

 

 勝手知ったる俺と青竜ブリースの仲に、アイトエルが怪訝(けげん)な表情を浮かべる。

 

「んっ、ベイリルはブリースとも知り合いだったのか」

 

「知り合いどころか、関わった時間だけで言えば七色竜の方々(かたがた)の誰よりも長いです」

「"異文化交流"、というやつだ。ベイリルが人類文明のあれこれを持ってきて、わたしは創った氷像などを交換していた」

「恐ろしいまでの透明度を誇る芸術的な造形の"溶けない氷像"は、とても評判でした」

 

 厳密には絶対溶けないわけではないが、適切な保管をすれば常温でも100年以上は軽く()つと判定されたほどのシロモノ。

 

「定期的にかれこれ、半世紀以上の交易です。魔力災禍以降は色々と難しくなり、しばし休止という形を取っていましたが――思わぬ再会の仕方になりました」

 

 

「あぁまったく、アイトエル(このおんな)には昔から振り回されっぱなしだ。なぁ? イェーリッツ」

「……そうだな、ブリース。我らをこうも簡単に扱うのは――頂竜以外には無かった」

「ククッ、一応血は混じっておるからのう。それを(かさ)に着た覚えは一度としてないが、昔馴染みとして刺激(・・)を提供してやっているのじゃ」

 

「ヒトそれをありがた迷惑と言うのではないのか」

「よくそんな格言を知っておるな、イェーリッツよ」

一時(いっとき)、おまえと(イシュト)と組んでいた時が一番面倒だった。わたしが静かに暮らしていてもズケズケと」

 

 空間転移と光速移動、圧倒的な世界最速を体現する自由奔放な人竜コンビ。

 

 

「あぁ……」

「あぁ――とはなんじゃベイリル、あぁ……とは!?」

 

「いやぁその、想像がつくなぁ――と」

 

 言いながら俺は腹の底からの笑うのだった。



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#439 海魔獣

 

 "海魔獣オルアテク"――主に大陸と極東とを挟む外海を縄張りとするが、(まれ)に他の海域でも出没することがある大怪獣。

 

 海魔獣と言えばまずもってこの一体のみを指す言葉であり、他の海に棲息する魔獣はオルアテクに喰われたか、比較して名乗るのもおこがましいレベルゆえ。

 "星喰い"とも呼ばれる極大災害ワームであっても、海中でなら海魔獣(オルアテク)に捕食されるだろうとはアイトエルの(げん)である。

 

 3キロメートルを越える巨大な島が浮かんでいるように見えて、その硬質融合した片側外観の下にはイカともタコとも知れぬ異様にして威容。

 100本は超えているであろう触手からは、さらに枝分かれしたような無数の触手がビッシリ伸びる気持ち悪さ。

 その内の7本は()れるだけで超弩級大型戦艦でも一撃で破壊されるであろう、体長よりも一際(ひときわ)長い空にまで届く触腕。

 

 全長にすれば7キロメートル近い極大怪獣はこちらの存在に気付いているのか、にわかに発光して威嚇行動のような真似(マネ)までしている。

 

 

「――まったく、見つけるだけでも一苦労だ」

 

 空に浮かぶは5人の影。二英傑に七色竜の二柱を含んだ、まず間違いなく世界最強のパーティ。

 あるいはこちらの保有戦力までも推量した上での発光威嚇行動ならば――海魔獣は非常に頭が良いことになる。

 しかしその上でなお、その気であれば時間を掛けて大陸だって支配できるだろう面子(メンツ)で負けることなど毛頭ありえない。

 

「そう言うでないカエジウス。ベイリルの"反響定位(エコーロケーション)"おかげで、二日ぽっちで捕捉できたのだから良しとせい」

 

 ただの島のように浮かび、さらに海底近く潜めるばかりか、保護色(ステルス)機能を備えた体表の所為(せい)で、音波で判別できなければ見つけるのは至難を極めたであろう。

 いつの間にか忍び寄り、海上輸送や貿易のことごとくを破壊せしめるのが海魔獣オルアテク恐ろしさの1つである。

 

 だがいくら性能(スペック)()ろうとも、圧倒的な戦力差は(くつがえ)ることはなく、凄まじい安心感に満ち満ちている。

 

 

「いくら"虹の染色《わたしいろそめあげて》"があってもちょっと魔力消耗しすぎたんで、後はよろしくお願いします御四方(およんかた)

 

「充分すぎる仕事だ、なんなら見つけるまでが勝負と言えた」

「イェーリッツ、くれぐれもやりすぎてくれるな。おんしは人の身であっても火力が高すぎる。良いか、じっくりコトコトじゃ」

「承知している」

 

 帯電し始める金髪の男、その姿は遠きキャシーの記憶を想起させる。

 

「すべて凍らせてしまえば早いのに」

「増幅器もろとも壊れるからナシじゃと言っておろう、ブリース」

 

 のんびり話していると、ついに痺れを切らしたのか海魔獣の長大な触腕が空高く伸び、うねうねと気を引いた直後に恐るべき速度で振り下ろされる。

 

 

「っふ――」

 

 一息(ひといき)の内にアイトエルの血で作られし剣閃が走ると、無数の斬線が刻まれ次の瞬間には細切れにされていた。

 

「黄と青のことを言えるのか"竜越貴人"、キサマも加減を考えろ」

「なめるでない、カエジウス。仮にモノ(・・)が刃先が()れたとして、瞬間に()らすくらい造作もないわ」

 

 さらっと言いのける超絶技巧、武芸万般(ぶげいばんぱん)を自称する英傑の実力は決して伊達(だて)ではない。

 

「それに増幅器が存在するのは、まずもって触腕(ゲソ)ではなく本体の(ほう)じゃ」

 

 

「なら他の部位は遠慮なく──」

 

 青竜ブリースは両腕を大きく広げ、手の平を上に向けてゆっくりを上げていく。

 すると海面より下に沈み隠れていた海魔獣の巨体も浮くように上昇すると同時に、そこを中心として海が急速に凍結していく。

 

(ブリース殿(どの)が戦う姿は初めて見たが……(すご)っ)

 

 計測も想像もつかない海魔獣のパワーなんぞお構いなし。

 その動きを封じ込める為に常時()()()()()()()ぶっ飛んだ出力。

 

「どれほど大きく禍々(まがまが)しくても、所詮はただの(ケモノ)――」

 

 神話の時代より生き、魔法使を相手にしていた七色竜にとって……理を超越した攻撃手段を持たぬ魔獣の(たぐい)など、ただ大きいだけの標的(マト)なのだろう。

 吐き散らかされる毒墨(どくすみ)やウォーターカッターじみた水圧も、射出直後から凍り付いていき届かないまま破砕させられてゆく。

 

 

「我も出撃()るか」

 

 黄竜イェーリッツはそう言うと、無造作に落下していく。

 自切され独立して襲い掛かかってくる触腕が、腕を振るうまでもなく(はな)たれた雷撃によって一撃で消し炭へと変えられる。

 

 イェーリッツは海魔獣の上に着地すると、不動のまま仁王立ちし、足裏から電撃を浴びせかける。

 

(電熱を利用して内部から煮る……エグいなぁ)

 

 増幅器が破壊されない程度に加減され、海魔獣はゆっくりと地獄のような苦しみ中で死んでいくしかない。

 

 

「ほれっカエジウス(おんし)もさっさと参戦してこい」

「今さら出張る必要もなさそうだが」

(わし)とベイリルとで体内(なか)に入る。海魔獣はどうやら考える脳みそがあるようじゃから、思考を奪って(・・・)おけぃ」

 

 大きく1つだけ溜息を吐いたカエジウスは、渋々といった様子でゆったりと高度を下げながら濃密な魔力を集中させていく。

 

 

「えっと、俺とアイトエルで海魔獣(アレ)体内(なか)に……?¥

「そうじゃ。正確な増幅器の位置を(はか)るのに、"反響定位(エコーロケーション)"が()る」

「すみません、俺は先刻も言ったように魔力が──」

 

 するとギュッとアイトエルに右手を握られ、魔力が流れ込んでくる感覚に見舞われる。

 

「これは……魔力譲渡──!?」

 

 魔力色が近似値にある者同士でのみ可能な、過去には"双術士"といった一卵性双生児が使用した特殊技術。

 限定された前提条件であるばかりか修練も要し、通常覚える必要性がまったくないので、技術そのものも(なか)ば失伝しているようなシロモノ。

 

 

(わし)の魔導で"魔空(アカシッククラウド)"から引っ張り出しておいた技術じゃ。"虹の染色(わたしいろそめあげて)"もあるから問題なく受け取れよう」

「お、おぉ……少し違和感はありますが──イケそうです」

「感覚に慣れておくことじゃ。もっとも(わし)の魔力色と、ベイリル(おんし)遠心加速(まわ)した後の蒼色は似ているゆえ」

「──確かに、そうみたいですね」

 

 受け渡される手と手を"天眼"で()れば、あまり意識はしてなかったものの……なるほど、とても近しい色合いをしている。

 

「じゃから仮に魔王具なしでも、少し体調を崩すくらいで済んだであろう」

「なんとなく──声の抑揚(トーン)から含みを感じましたが、理由があるのですか?」

 

 アイトエルは「ふふっ」と笑うと、俺の手を引いて海魔獣へと急降下する。

 

 

「増幅器を探しながら語ってくれようぞ、また昔話をな。見つけてしまったらもうノンビリ話す機会も限られるでのう」

 

(魔力を確保できても、俺がすぐに魔法を使えるかは課題だが……)

 

 それでもアイトエルは確信に近いものがあるようだった。俺がすぐに魔法へと到達することを。

 

「"第三視点"として旅立つ前に──ベイリル、まずはおんしの生まれについてじゃな」



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#440 出生

 

 竜血の刃で斬り()った外皮から、アイトエルと俺は"海魔獣オルアテク"の体内へと侵入する。

 中は電熱によって湿度と温度がかなり高く、匂いもひどいので"六重(むつえ)風皮膜"がなければ耐え(がた)かっただろう。

 

 俺はアイトエルと手を繋いだまま魔力を供給してもらい、"風被膜"を二人で共有する。

 

「……なんか気恥ずかしいですね」

(わし)から見ればベイリル(おんし)も含めた人類皆、愛すべき幼き子供のようなものよ」

 

(まぁ他に誰が見ているわけでもないし構わないが……)

 

 "反響定位《エコーロケーション》"を繰り返しながら、探索と同時に一歩一歩を踏みしめていく。

 

 

「しかし同時におんしは特別(・・)人間(ひと)にあたる」

「愛すべき幼子のようなだけでなく、特別ですか」

「左様。第三視点と言っても完璧なものでなく、また魔力も無尽蔵ではない。ゆえにおんしは基本的に(わし)(とお)して、世界へ干渉することになる」

「アイトエルを通して……だけ?」

 

 過去の出来事ではあるが、俺にとってはこれから訪れる未来。

 

「そうじゃ、もしくはベイリル(じぶん)自身じゃな。どうやら魔力の色が近くないと、"視点を重ねる"ことができないらしい」

「魔力色が近い――魔力の譲渡が可能なくらいの……」

 

 改めての疑問。なぜ俺とアイトエルの魔力色が近いのか?

 偶然という可能性ももちろんあるのだが、恐らくは何がしかの因果があるような感じがする。

 

 

「さしあたって(わし)とおんしに血縁関係──遠い子孫だとか、そういったことはない」

「しかし口振りから察するに理由は……ある?」

 

 アイトエルはコクリと(うなず)きながら足元を切り抜き、二人でさらに体内の奥へと入っていく。

 

(わし)は昔、"ヴェリリア"と旅をしていたことがあった」

「母さん──」

 

 親父である人族のリアムと純粋なエルフの母から、姉フェナスとベイリル(おれ)はハーフエルフとして産まれた。

 

「ある時、ヴェリリアは急激に体調を崩したことがあった。皮膚はいくつもヒビ割れ、血涙や鼻血のみならず喀血(かっけつ)もひどく、尋常じゃない熱を発した」

「病気……いや毒ですか?」

 

 俺は自分で言いながら途中で気付く。その程度のことをわざわざ語るわけがないと。

 

 

「ある種においては"毒"と言っても良いのかも知れん。行き過ぎた"情報"という名のな」

「情報……?」

(わし)には過去、経験があったからすぐにそれがピンッときたのじゃ。かつて魔導を覚えたばかりの頃、魔空(アカシッククラウド)に不用意に近付きすぎたせいで、肉体が情報量の負荷に耐えられなくなった」

 

(情報量の負荷……? でもヴェリリア(かあさん)は──)

 

「まっその時はなんとかギリギリ戻れて一命を取り留めることはできたがの、それでも治癒するまでには相当掛かったもんじゃ」

 

 

 魔導はおろか魔術ですら不得手な母親であった。

 加えてアイトエルがわざわざ語る関連性を推察するのなら……。

 

「そして後から判明したことじゃが、その頃ヴェリリアのやつは身籠(みごも)っておった」

「そうか、つまり情報負荷とは……俺という人格のこと、ですね」

「で、あろうな。何らかの形でおんしの前世(じょうほう)がヴェリリアの胎内に流入した結果じゃろう」

 

 異世界転生──赤子に地球人の情報が流れ込んで定着する。さらに受け皿となった母体には急激な負荷が掛かる。

 

(そういえば……ヴァルターもスミレも──)

 

 血文字(ブラッドサイン)については不明だが、同じ転生者であるヴァルターとスミレは生まれた時に母親を亡くしていたと記憶している。

 ヴァルターは母がいなくとも王族としての環境の中で生き、スミレは父親に育てられていたと聞いている。

 

 

「事態は緊急性を要した。情報流入負荷それ自体は治まっても、(わし)の回復魔術では間に合わない。じゃから苦肉の策として──血を分け与えることにした」

アイトエル(あなた)の血を……」

 

 頂竜の血を混ぜられ、唯一生き残った"竜越貴人"。恐らくは地上で最も精気と活力に溢れた血液。

 

「おんしもよく知っての通り、ヴェリリアは死なずに済んだ。もっとも輸血の副作用によって、魔術を使えなくなったがの」

「血液は魔力における最高率の媒体ですからね──」

 

(わし)も頂竜の血の所為(せい)で難儀したものよ。(のち)に魔力"枯渇"に見舞われたおかげで、何百年と掛けて血と魔力が完全に混ざり合ってようやく安定するようになったわけじゃ」

「それは……皮肉な話ですね」

「ふっは! 神族(かみ)からは外れ、人族(ひと)相成(あいな)ったが――竜血のおかげでこうして長生きできておる。魔法が使えんかった時期が長かったおかげで、鍛え上げることもできたしの」

 

 アイトエルは今となっては感謝している、とでも言いたげな……郷愁に(ひた)るような表情を浮かべた。

 

 

「……すると母が魔術がからっきしだったのも、やはり魔力色が半端に混ざっていたからなんですね」

「うんにゃ、元から不得手じゃった。じゃから本人も気にはしとらんかった」

「えっ……あ、はい」

「まあまあほとんど使えなかったものが、まったく使えなくなった程度のものよ。血が三種も混ざれば仕方あるまい、ついでに気性がちと(あら)くなったかも知れんな」

 

 どうやら生来の脳筋エルフだったようで、黒騎士だった父リアムも魔術主体ではなさそうだったし、俺は魔術の才に恵まれてつくづく良かったと思う。

 

 

「そして……ベイリル、竜血は胎内(なか)にいたおんしにも少なからず影響を与えてしまった」

「血そのものは俺に混ざらなくても、魔力色自体は影響を与えた──」

 

「さすがに察しはついておるか。(わし)とおんしの魔力の色が近いのは、輸血した時に引っ張られたかも知れんということよ」

 

(受精卵は……それ自体(たんどく)で血液を作るから、俺にはアイトエルの血は入っていない)

 

 生物学的に言うのであれば、父母の血が繋がっているというわけではない。遺伝的特性と情報が連なっているだけである。

 もしも俺にもアイトエルの血が混じっていたら、肉体(フィジカル)には恵まれても魔術士として大成できなかったかと思うと空恐(そらおそろ)ろしい。

 

「まっ、しょせんは可能性の話じゃ。理由はなんであれ、(わし)とおんしの魔力的な繋がりは非常に強く、さらに(わし)には情報量に耐えうる器もある──"適性者"ということよ」

「魔力色と器あってこその、第三視点(おれ)をその身に()ろす為の適性──」

 

 

 第三視点はあくまで時間軸を含んだ四次元的な俯瞰(ふかん)ができるだけで、実際に干渉する為には三次元(せかい)に生きる肉体(よりしろ)を必要とする。

 過去の自分自身に再び入り込むのであれば問題ないと思われるが、他人に俺の記憶(じょうほう)を定着させるにはアイトエル以上の人材は存在しない。

 

「なぁに細かいことは考えず、過去のアイトエル(わし)を利用すればええ。それで(わし)ベイリル(おんし)という協力者を得て苦境を救われた、ウィンウィン(W i n - W i n)というやつよ」

「なるほど、では遠慮なくそうさせてもらいます」

 

 言いながら俺は()いている左義手からグラップリングワイヤーブレードを射出し、魔獣の肉を貫いていく。

 次いでワイヤーをガイド代わりに、螺旋回転を伴った風を左掌から(はな)って目標地点まで削ぎとるように穴を開けた。

 

 

「これで揃ったのう、(わか)れの時も近い」

 

 俺は引っ掛けたワイヤーを回収してキャッチした、"無限抱擁(はてしなくどめどなく)"──永劫魔剣の(つか)部を握り締める。

 

「……はい、必ず成し遂げてみせます」

 



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#441 第三視点

 

 ──"大空隙"の底。

 増幅・循環・安定を再現した"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"と、"虹の染色(わたしいろそめあげて)"。

 "深き鉄の(われしぬこと)白冠(なかりけり)"による死なずの肉体で、痛苦を耐えながら飲まず食わずの魔力回収作業。

 

 宇宙にあるという暗黒エネルギーや暗黒物質(ダークマター)というのも、実はこの"黒い魔力"であり……。

 あるいはどこかの誰かが魔法を使って、宇宙を創世した名残なのではないか──などと根も葉もない妄想をしながら。

 

 身辺整理を含めておよそ四週間ほどを要し、心身共にギリギリの状態で俺は座禅を組んでいた。

 

 

(きわ)(キワ)……だがそれでいい、これがいい。今の状態が第三視点(まほう)へと到達(いた)るベストだ)

 

 直観的にそう確信している。

 誰もいない、何も見えず音もなき、世界に唯一人(ただひとり)と思えるほどの孤高。

 瘴気がなくなっても光届かぬ深淵の闇黒──かつて最初に魔術を覚えた時を思い出しながら──俺は(やいば)と自らとの魔力とを合一させていく。

 

 

(でも、足りない……)

 

 魔力量とその転換に申し分はない。

 しかしそれを魔力(マジック)遠心加速分離(セントリヒュージ)しきれない。

 俺の空色の魔力を、濃縮させた蒼色に、残った上澄みのエメラルドグリーンへと変化させ尽くさなくちゃならない。

 

 そうして上澄み分を魔法発動のトリガーに使い、濃縮分を第三視点の状態で扱える魔力分にする必要がある。

 

第三視点(まほう)想像と創造(イメージ)は既に固まっている。間違いなく成功のヴィジョンがあるが……あと一つ、何かが足りない)

 

 既に会得していた"天眼"をさらに拡大し発展させるだけ、それはさほど難しいことではない。

 一番の懸念点である成功の可否(・・・・・)についても、未来であり過去の俺が体現している以上は疑う余地は皆無。

 

 しかし今の俺はまだ到達し得ない。

 

 

渇望(ねがい)だって申し分ない。俺が見たかったのはこんな未来じゃなく違う未来だ、過去を変えて……また皆に()える──)

 

 アイトエルを助け、後々のベイリル・モーガニト自身を救う。

 最大の失敗にして分岐点である"あの時"の俺自身へと戻って、今一度やり直し……知識と経験を踏まえて──多くの大切な人達と人類の未来を守護(まも)る。

 

 歴史上で見舞われた災害の多くに先回りした対処をもって文明を押し上げ、新たな未知なる未来を見る。

 

(一体何が足りてない──ッッ!!)

 

 心中の叫びが俺自身に木霊(こだま)した時、ふと……"闇黒"の中に一筋(ひとすじ)の"光"が見えた気がした。

 実際にそれは己の(うち)──(まぶた)の裏で(またた)いて消えたのを幻視しただけ。

 

(……? そう、か……ここは大空隙──黒竜の()した場所、"イシュト"さん──)

 

 とても懐かしく、暖かな光。

 まるで「使っちゃいなよ」と言われたような心地だった。

 俺の中で確かに息づいている、光輝(・・)(つかさど)りし"白竜の加護"。

 

 

(使わせてもらいます──輝ける"光"、その速さ)

 

 誰かが想像した──木の棒に石を括り付けて斧の形にすれば。獣を狩る為に、長い棒に鋭いモノを取り付けよう。弓にすればより遠くへ。どういう罠なら効率的か。

 誰かが空想した──自分たちで作物を作れたなら。余暇を利用して何をしたいか、何ができるのか。多く収穫する為にどう掛け合わせて、何の道具が必要で、どういうやり方が良さそうか。

 誰かが夢想した──思想を、芸術を、理論を。応用と飛躍を。失敗から、成功から。気になった他人と。愛する家族と。他ならぬ自分自身。そして未来を。

 

 世界とは想像によって形作られ、知らぬこともまた想像によって補完される。

 何事も願い、想い、(かたど)ることから人類文明は始まり、発展してきたのだと。

 

(高度に想像(イメージ)すること、できることこそが知的生命(にんげん)の強みなんだ)

 

 (ケダモノ)や虫には不可能なこと。基本にして(いしずえ)

 そこを(ないがし)ろにして進化(・・)はありえなかったのだから。

 

 

 さらに何時間か、あるいは何日かが()っただろうか──死と再生を繰り返し続けた。

 

 そうして今ここに、"白き加護"によって極限まで遠心加速され分離した魔力は、間違いなく()っていた。

 

 光速に己自身の速さを加えるイメージ。

 タキオン粒子よろしく、光速を超えることによる因果律の逆転(・・・・・・)

 不可逆を可逆にする魔法への確信を得る。

 

 俺は、過去へ、行く。

 

「ありがとう、イシュトさん」

 

 ゆらりとその場に立ち上がる。

 今までまったくと言っていいほど使えなかった置き土産。

 

 まるでこの時の為に、"白き加護"があったのかと思うほど……この身に馴染んでいたのだった。

 

 

 

 

「見送りにきてやったぞ」

 

 大空隙の底から地上へと戻ると──いつから待ち続けていたのか──"竜越貴人"アイトエルが座っていた。

 

「既に整っているようじゃな、ベイリル」

「一人で旅立つつもりでしたが……ありがとうございます、アイトエル」

 

「一応、保存食も持ってきてあるが食うか?」

「いえ……今の空腹と疲弊、集中力が丁度良い案配です」

「そうか」

 

 少しばかり沈黙が支配し、俺はかねてよりの疑問を口にする。

 

 

こっちの世界(・・・・・・)は……どうなりますか」

 

 俺が過去へと戻って未来を改変した場合、今いる世界は本来存在しない時間軸になる。

 そもそもとして、改変が成功した場合はタイムパラドックスの問題も生じてくる。

 

 いずれにしても分岐した世界として残るのか、世界そのものが修正されるのか、あるいは消えるという可能性も無いとは言えない。

 

「どうにでもなるし、どうとでもなろう。こっちはこっちで楽しくやるから気にすることもない」

「しかし俺は今いる世界を捨てる……残っている人類を切り捨てることに──」

 

 

何様のつもり(・・・・・・)じゃ、ベイリル」

 

 俺は言葉途中でアイトエルに制される。

 

「確かに。魔力災禍によって大きく人類と文明は後退した、しかし絶滅したわけではない。人間(ヒト)のしぶとさは(わし)が一番よ~く知っておる」

 

 立ち上がったアイトエルは、俺の胸倉を掴むとグッと引っ張って顔を寄せさせられる。

 

「増長してはおらんかの? おんしは改革者ではあっても所詮は一人間(いちにんげん)に過ぎん。真に神ではなく……背負(しょ)い込む義務もないんじゃよ」

「……ッッ」

「悲観する必要などこれっぽっちもない。救うというのはあくまでベイリル(おんし)の目線と価値観からであって、人々は勝手に、(たくま)しく、生きていく。哀れむなどと実に余計なお世話というものよ」

 

 あるいはそれは俺に対する単なる発破であり後押しであったのかも知れないが、ガツンッと殴られる思いだった。

 

 

「人類はいずれ、(わし)らがワームを討伐した"片割れ星"にも到達するじゃろう。おんしが成功させた未来では生まれなかったであろう者達が、違う形で幸福をつくる」

「そう、ですか……いや、そうですね──」

 

 ただこういう未来の形があったというだけ。

 それを俺が勝手に不幸だと、相応しくない未来などと決めつけるのは、なんと傲慢(ごうまん)なことだろう。

 魔力災禍に遭って学んだ人類は、いつか片割れ星へと入植し、未知なる未来を創る。

 

 

「ゆえにベイリル、おんしはおんしの信じる道、進みたい(こころざし)の為に好きにやれぃ。それは(ちから)を得た者の特権であり選択肢に他ならぬのじゃからな」

 

「……はははっ」

「くくくっ、可笑(おか)しいかの?」

「はい。本当に最後の最後までお世話になりっぱなしで……ありがとうございました」

 

「うむ、良き顔じゃ。未来(かこ)を変える者はそうでなくてはな」

 

 ゴツンッとそのまま(ひたい)を突き合わされ、次にバシッと背中を叩かれる。

 よろめきそうになるが何とか(こら)えて……俺は改めてこの大地を踏みしめながら、魔力を巡らせていく。

 

 

「いってこいっ!!」

「──はい、いってきます!!」

 

 (ひたい)の熱さを"新たな瞳"へと変え──俺は三次元(せかい)を後にし、四次元へと旅立つのだった。



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第七部 登場人物・用語

読む上で必要なことは、作中で説明しています。

この項は世界観の補完や、あのキャラ誰だっけ? というのを簡易に振り返る為のものです。

読まなくても問題ありませんので、飛ばして頂いても構わないです。

以前のモノと重複箇所があるかも知れません。

 

※先に読むとネタバレの可能性あり。適時更新予定。砕けた文章もあるのでご注意ください。

 

キャラは(おおむ)ね登場順に記載。

 

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◆ベイリル・モーガニト

本作の主人公、黒灰銀の髪と碧眼を持つハーフエルフの天空魔導士。

鍛え上げた身体能力と研ぎ澄ませた強化感覚と、魔術・魔導を使い分ける。

100年近い昏睡を経て多くを失い、さらに数百年と掛けて歴史を歩んだ。

そして後悔と渇望の果てに魔法"第三視点"へと至り、新たな未来を紡ぐ為に一歩を踏み出した。

 

◆ヤナギ

魔族と吸血種のハーフであるダークヴァンパイア。ベイリルが昏睡していた100年の間に、少女は大人へと成長していた。

ベイリルと契約魔術を結んでいた元孤児は、"烈風連"を率いて各地で多大なる功績を挙げ続け、父であり主人の目覚めを待っていた。

その後もアッシュと共に誰よりも長くベイリルと共に生き続けた。

 

◆灰竜アッシュ

立派に成長し、ヤナギと共に多くの戦場の空を駆けた、白と黒の子供。

赤竜のように竜のまま人語は話せないが、解すことはできている。"人化の秘法"は使えない。

 

◆サルヴァ

"紫竜の加護"を得た元神族の定向進化魔族の男性。

100年後でも科学研究者、医療従事者、相談役など様々な顔で財団に務めている。

 

◆オックス

学苑は魔術部魔術学科時代の旧友でのクラゲ族の男。

内海の民の"海帝"であり、現在は財団内で要職に就いている。

 

◆スィリクス

学苑の元自治会長にして、神族とエルフの間に生まれたハイエルフ。

ベイリルが昏睡している間も立派にモーガニト領を治めつつ、財団の為に身を粉にして働いていた。

結果的に、最も古き友となった。

 

◆プラタ・インメル

サイジック領の当主であった人族の少女は、老齢となっても財団の中心で組織を支え続けた。

多くの人間と関わり、そしてその多くを看取ってきた。

 

◆レド・プラマバ

新たに"美食魔王"の二つ名を轟かせる、魔導"存在の足し引き"でもって自らの寿命を延ばした魔族の女。

いささか華奢にも見えた小柄な体躯も、魔王らしく豊満かつ妖艶にしてみせ、誰に対しても遠慮なく本音をぶつける。

その忌憚のなさによってベイリルは少なくなく救われた。

 

◆エイル・ゴウン

かつて魔神と呼ばれた神器にして、大監獄に封印されていた"傀儡"の魔導師。100年後も健在で、財団に貢献し様々なと実績を残した。

彼女の機転によってフラウは一時的に蘇生することができ、昏睡から目覚めたベイリルへの多大な恩返しをした。

 

◆フラウ

ベイリルの幼馴染にして、英傑として名を挙げた重力魔導師の半人半吸血種(ダンピール)

ベイリルが消息不明となって以降、探索の為に世界中を巡って様々なトラブルを解決していく内に、実力と名声を得た。

魔力を常に体内の隅々まで循環させ続けることで貯蓄量を超幅に増やす魔力並列循環(マジカル・ループ)を使い過ぎて、早くに寿命を迎えることとなってしまった。

最期はエイルの魔導によってわずかな時間だけ蘇り、再会を果たしたベイリルの胸の中で死去した。

 

 

◆ロスタン

帝国王族レーヴェンタールの落とし子らしい黒髪の男。

かつては"断絶壁"でチンピラ幹部をやっていた暴れん坊だったが、財団の研究職にまで就くようになった。

 

◆クラウミア

目覚める前に血文字(ブラッドサイン)によって殺されてしまい、その顔を見ることもできなかったベイリルとハルミアの娘。

 

◆イェレナ・アルトマー

共和国の大商人エルメル・アルトマーの孫娘にして、代々継がれたアンブラティ結社の"幇助家(インキュベーター)"。

魔法具"深き鉄の(われしぬこと)白冠(なかりけり)"によって不老不死に近い肉体を得て、本来の寿命を越えて生き延びていた。

財団の壊滅に手を貸し、最期は魔法具をベイリルへと預けた。

 

血文字(ブラッドサイン)

地球よりの転生者にして殺人鬼。ハルミアと娘クラウミアを含めた多くの仇でもあった。

魔法具"変成の鎧(あたらしいわたし)"であらゆる生物に変身し、"透過"の魔導であらゆる場所をすり抜ける凶人。

最期はベイリルの手によって、太陽へと叩き込まれ完全消滅した。

 

◆"烈風連"ヤマブキ、ユスラ

ヤナギが首領を務める、ベイリル直下の子飼い部隊"烈風連"の一員。

 

◆青竜ブリース

魔領に住まう、氷雪を司りし七色竜の一柱。かつて一人の魔族に加護を与えて、裏切られてからは隠居生活に入っている。

氷の彫像などを作る芸術肌であり、ベイリルと出会ってからはちょくちょく人間社会とも関わっていた。

他の竜と同じく圧倒的な出力でもって、当たり前のように絶対零度すらも扱う。

 

 

◆"生命研究所(ラボラトリ)"

かつて"女王屍(じょおうばね)"と読んだ寄生体キマイラの、クローン体。

魔獣の苗床を利用して世界中にクローンを作り、研究の行きつく果てに世界を終末に導かねないほど危険な存在となった。

最終的に何百年と掛かってベイリルらにしらみ潰しに殲滅された。

 

◆"運び屋(キャリアー)"フェナス

結社員にしてベイリルの実姉。生命研究所(ラボラトリ)の初期実験体でもあり、暴走の果てにベイリルの手によって眠りについた。

 

◆"亡霊(ファントム)"

アンブラティ結社の創始者にして首魁。生物・無生物を問わず命を与える魔王具"命脈の指環(どうりをけっとばす)"そのものが、自らに命を与えられた存在。

大魔技師の手によって命を得て、神域の聖女の遺体を乗っ取ることで肉体を得た。以降も定期的に器を入れ替える必要がある。

最期には人類の競争と発展の望みをベイリルに託し、魔王具もろとも破壊されて死亡した。

 

◆"仲介人(メディエーター)"

亡霊(ファントム)が乗っ取った神域の聖女の肉体を、魔王具"遍在の耳飾り(いつでもどこにでも)"によって遍在(コピー)した存在。

仲介人(メディエーター)は自らの遍在(コピー)同体を作り出し、耳飾りの片一方を渡してバックアップとし、さらに劣化遍在を使って己自身を使った情報網を構築していた。

情報に触れすぎて変質し、元である亡霊(ファントム)とは違う思想を持つようになり、アンブラティ結社を実効支配して利用し始め、最期は亡霊(ファントム)に手引きされた血文字(ブラッドサイン)に殺された。

 

◆大魔技師

転生者にして芸術家の偉人。

ベイリルが"文明回華"をするにあたって、度量衡をはじめとした地盤を固め、先んじて革命を起こした先人。

 

◆"神域の聖女"

魔法具"命脈の指環(どうりをけっとばす)"と同調し、回復や蘇生といった奇跡を成した、準神器級の魔力を持つ女性。

 

 

◆"竜越貴人"アイトエル

魔空(アカシッククラウド)にアクセスする魔導を習得した英傑。神話の時代に獣の王である"頂竜"の血を分け与えられ、唯一生き残った適合体。

自身の魔力を最大限に通す竜血を固めて武具にし、年季を経てなお躍動する肉体は世界有数の強度を誇る。

第三視点によってベイリルの導き手となって、世界を見守った。

 

◆"無二たる"カエジウス

ワームを討伐し英傑となり、何百年とワーム迷宮(ダンジョン)を改築・運営し続けている"簒奪(さんだつ)"の魔導師。

魔法具"虹の染色(わたしいろそめあげて)"と"切なる呼声(よんだらとびでて)"を保有していた。

 

◆"黄竜"イェーリッツ

ワーム迷宮(ダンジョン)の最下層にてラスボスの役割を与えられた、雷霆を司りし七色竜の一柱。

実のところカエジウスとの仲はそれほど悪くもなく、ダンジョンの主も板について気に入り始めていた。

 

◆"Blue(ブルー・) Whisper(ウィスパー) / Blick(ブリック・) Winkel(ヴィンケル)

第三視点と呼ばれる四次元存在にして、ベイリルが様々な障害をクリアして発現させた"魔法"であり本人。

縦・横・高さの三次元(くうかん)よりさらに上──時間軸を移動することで、連続した空間を観測することができる。

結果として時間遡行ができるが、アイトエルという被憑依体がいないと干渉することはできない。

 

 

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■魔蟲ウツルカ

腐敗と汚染を撒き散らす、十六ツ足の醜悪な巨大蜘蛛。本物は魔領にて既に討伐されており、死体が周辺を汚染していた。

血文字(ブラッドサイン)が魔王具"変成の鎧(あたらしいわたし)"を使用して変身した。

 

■ワーム

"翼なき竜"と言われた極大災害の一つ、惑星から惑星を渡って星を喰う寄生獣。

休眠と暴食を繰り返し際限なく巨大化し続け、産まれた幼体は宇宙へと放出される。

母星のワームはカエジウスの手によって葬られてダンジョンに。片割れ星のワームはアイトエルとベイリルによって跡形も無く滅却された。

 

■海魔獣オルアテク

大陸と極東とを挟む海域に棲息する、イカのような巨大タコ。

他の海域にも出没し、海にも魔物・魔獣は数いれど"海魔獣"と言ったら真っ先に頭に浮かべられるのはコイツだけ。

さながら無人島のように構築された外皮で擬態もおこない、深海から急浮上して無数の触手が生えた101本の足+7本の巨大触腕で差別なく沈めて食す。

 

大きさは2kmを越え、巨大化し続ける原因は、魔王具"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"の増幅器を飲み込んだ為であった。

相手の行動を看破し対応する頭脳、さらに他生物の動きを真似たり、透明にもなれるステルス能力、毒墨に発光器官まで備えている。

 

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◆烈風連

ベイリルが選別し鍛え上げた24人の孤児からなる、子飼いの武力集団。ヤナギが筆頭の首領。

二十四番(にじゅうしばん)花信風《かしんふう》の名をそれぞれ与えられ、3人一組、8色の専門部隊。

無手を基本信条として、どこにでも潜入可能な総合力を持ち、TEK装備の試験・運用などもおこなう。

 

■TEK装備

T(Technology)E(Enchant)K(Knight)装備。魔導科学(マギエンス)(つら)なる騎士の為に、最先端技術の(すい)を凝らした装備。

技術的にも秘匿性が高いもので、極一部の選ばれた人間だけが使用できる。"烈風連"もTEK装備に身を固めている。

 

■HiTEK装備

ハイテクノロジーエンチャントナイト装備。TEK装備をリーティア、ゼノ、ティータが魔改造を(ほどこ)したもの。

個々人の特性に合わせた専用(ワンオフ)装備であり、12の設計、8の製作が成されたピーキーな逸品。

ベイリル用の真・特効兵装(チェンジエフェクター)、ヤナギが使う複製永劫魔刃(ブレイド・レプリカ)などが該当する。

 

●応急活性魔薬《スライムスティム》

スライムカプセルをさらに進化させ、血中へと注入する形を取ったもの。

赤の"活性"、青の"治癒"、黄の"栄養"、緑の"仙薬"、紫の"病毒"、白の"中和"、黒の"魔力"と七色の効用を持つ。

 

 

★魔導"存在の足し引き"

自分の能力をパラメータとして見立てることで、自由に足したり引いたりするレド・プラマバの魔導。

それは寿命も例外ではなく、レドは不老を実現させていた。

 

★"死者傀儡"の魔導

エイル・ゴウンが使う、死者を自在に操れる魔導。

本来は死した息子ともう一度会いたいという渇望からきたもので、肉親のみという限定的なものだった。

しかし長年の研鑽で、死者であれば他人であっても操ることが可能となった。

 

★魔方刻印

魔術刻印と魔術方陣、さらに数学的な論理式をリーティア流に組み合わせ、アレンジ強化したものに調整を重ねた新規格。

これまでのものとは比較にならないほど強力ではあるが、現在のところリーティアしか使いこなせていない。

 

★異世界転生

地球から何らかの情報体エネルギーという形で流出・漂流したものが、生命の肉体へと流入・定着してしまう現象。

その法則性は判然とせず、また転生として成立する為には胎児という形を取る必要があり、精神のみの転移者は確認されていない。

宿った際に母体にも負担が掛かる為、出産時ないし妊娠中にも情報流入負荷により死亡する危険性が非常に高い為に転生者は珍しい。

 

★魔法"第三視点(ブリック・ヴィンケル)"

2つの眼で捉える三次元(りったい)の世界から、3つの眼によって四次元の世界へと到達する魔法。

四次元は時間軸を移動することで三次元(せかい)を俯瞰することができ、時空移動と肉体を借り受けての歴史改変を可能とする。

 

未知なる"未来を()たい"という渇望。"白竜の加護"による光輝と自身の速度を加えて、光速を超えることで因果を逆転させて過去へと赴く。

発動の為にはいくつもの要素(ファクター)、そして介入の為に憑依する器が必要だったが、ベイリルは全ての条件を満たすことができた。

 

★黒色の魔力

魔力を色として(とら)えた場合に、特定の能力を持っている者には黒く()えるので便宜的にそう呼ばれる。

黒竜が備えていた魔力でもあり、枯渇という魔力災禍があってなお"大空隙"の底にて(おり)のように濃縮・残留していた。

それをベイリルは各種魔王具を用いて、不死身となって苦痛のサイクルを繰り返し、魔法を発動させるための魔力を変換・貯留した。

 



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第八部 ~時を駆ける異世界譚~ 第1章「神話と興亡」
#442 魔空


 

 不可思議な空間だった──しかし事前に聞いていたからこそ、そこがどこなのか理解できる。

 

("魔空(アカシッククラウド)"──)

 

 情報の海、というよりは宇宙そのもののような……しかしそれを確認しようとは思わない。

 どう表現しようとも、まともに(とら)えてしまえば、負荷に耐え切れず分解されてしまうに違いないと直感的に知っていた(・・・・・)

 ゆえに意識と無意識の(あいだ)素通り(・・・)する。

 

 

「やぁ」

 

 しかし不意に声を掛けられたことで、俺はマズいと思いつつも反応してしまう。

 直接相手を見ているわけではないにもかかわらず、何故だか対面しているという曖昧な感覚の中で──

 

「……"アスタート"」

 

 既知の名を口にする。

 声に出したわけではなく、心の中で呟いたのとも違う……それでも言葉として喋る。

 

「はじめまして、キミの名は──ベイリルだね」

「はい、貴方は魔空(ここ)で生きているの……ですか?」

「生きてもいないし死んでもいない。ただキミがボクを認識している(あいだ)だけ、こうして生じる程度の存在さ」

 

 認識が実体化する、あるいは現象そのもの。

 彼はもしかしたら全知とも言える存在か、はたまた道半(みちなか)ばの探究者か、もしくは砂の一粒か。

 

 

「気をつけて──他を認識しようとすれば、たちまち情報に()まれるからね」

「……まぁ、意識と無意識の扱いは慣れてるんで大丈夫です」

「それはすごい。こんなに有望な後輩が、後の世に生まれるとはなぁ……」

 

「俺一人の(ちから)じゃぁありません。数え切れないほどの人の支えと助けあってこそです」

「ああ、知っている(・・・・・)

「"そういう存在"だから、ですか」

「──少し、違う。そうあってほしい、そうあるべきといったキミの想像・願望のようなものも影響している。基本骨子はアスタートの情報だけど、構成要素にはキミも入っている」

 

 俺が認識する、アイトエルから聞かされた俺にとっての英傑アスタートも含まれているということか。

 恐らくは最初の転生者にして、魔法を生み出し、アカシッククラウドへと触れ、情報生命と化した存在。

 

 

「キミにとって既知のことは知っている。そしてキミの知りたいことを、情報として引き出すことができる。そんな"端末"というのが最も適切かな」

「随分と都合が()──」

「ただし、一つだけ(・・・・)だ。それ以上を引っ張るのはリスクになる」

「リスク……」

 

「引き出すということは、すなわち波紋を起こすということ。一つ目の波紋に二つ目の波紋がぶつかったらどうなると思う?」

「波と波がぶつかって――」

「超情報空間でそれを引き起こすということは最悪の場合、共振をも生んでしまうことを留意してくれ」

「だから、引き出せるのは一つだけ」

「そう一つだけなら問題ない、たった一つだけ教えるランプの魔神とでも思ってくれ」

 

 

(一つだけ、全知の書庫から取り出すことが可能)

 

 そもそもアカシッククラウドへこんな形で到達するとは思ってもみなかった。

 肉体がない、精神体のみの"第三視点"という形をとっているからこその噛み合い。

 そして思わぬ嬉しい、()って湧いた贈り物。

 

(俺は、何が……知りたい)

 

 文明に役立つ未知のテクノロジー? 真っ先に浮かんだ望み。

 魔法の深淵? さらなる高みへ、より多くの者と行けるかも。

 地球と行き来する方法? 向こうの知識を好きなだけ持ってこれる。

 

 他にも列挙すればキリがないだろう。そして──俺は自らの心に従い、問い掛ける。

 

 

「俺がこの身を(あと)にした、世界はどうなりましたか?」

 

 それを知る機会があって、しかして聞かなかったとしたら……今後何をするにおいてもしこり(・・・)になると思った。

 アイトエルには俺だけの道を()けと言われたが、だからこそ俺はせめて知る必要があると考えた。

 

「大丈夫、消えたりはしていない──存続している。たとえキミが改変しようとも、それは変わらない」

 

 アスタートは端的(たんてき)に望んだこと、知りたかったことだけを教えてくれる。

 

「俺にとって都合の良い答えをしているわけでは……」

「──ない(・・)、ということがキミにも理解できるはずだ」

 

 言っていることが真実であることは、一つの情報として深く刻まれたような感覚を覚える。

 

 

「世界は無数にあるわけではない、ただ無限に存在することはできるというだけ」

「……」

「これもまた流れの一つ、強いて言うならば伸びる大樹の枝のようなもの。つまりは……──」

「つまりは……?」

 

世界は広い(・・・・・)、それくらいでいい。一人の人間の小さな脳でわかるほど、ちっぽけなものじゃあない」

 

 よくわからないけど、わかった気がしないでもない。

 

 世界は広く雄大で、人智などを他所(よそ)に時間は進みゆくもの。

 宇宙という空間的・時間的スケールは本当に途方もなく、それが複数の世界という形でさらに存在しているのだから。

 

 

「さっベイリル、長居は無用だ。魔空(ここ)は通過点に過ぎず、キミにはキミの成すべきことがあるはずだ」

「わかっています、その……お達者で」

 

 ノイズのように()れて、薄くなって消えていくアスタートは──最後に一言だけ告げる。

 

「アイトエルを……よろしく頼むよ」

 

 俺は(うなず)きながら第三の眼へと感覚を集中させるのだった。

 

 

 

 

 ──俺は、世界を俯瞰(ふかん)する。

 

(どこに、出られれば、都合が、良い、のか)

 

 遠心加速分離させ、濃縮した蒼い魔力は大量であっても限界がある。

 "第三視点"としての俺が介入する必要性がある部分を、的確に選ばなければならない。

 歴史という大河を逆流(ポロロッカ)するのを、俺は改めて想定していた計画(かんがえ)を巡らしていく。

 

 

(俺が"第三視点"として憑依できるのは、アイトエルと俺自身だけ──)

 

 厳密には偶然にも(たまたま)近い魔力色の者がいれば、その者を利用することもできる。

 しかし第三視点の状態では共感覚である魔力色を確認できず、新たに探索している暇はないし、俺という情報に耐えられる器まで持っているような都合の良いことは無きに等しい。

 

(幸いにもアイトエルは神話の時代から生き続けている。つまり歴史の潮流の中に抜け(・・)はない)

 

 アイトエルが生まれる以前とは竜と獣の時代であり、そこまで(さかのぼ)って過去改変する意味はない。

 

(そして彼女の若かりし頃に俺が救ったらしい──助力が必要ということは、少なくともその時代に降り立つ必要がある)

 

 四次元(じかん)だけでなく三次元(くうかん)的にもアイトエルを探す必要がある。

 (のぼ)る、(のぼ)る、(のぼ)る、(さかのぼ)る──その内に、いきなり引き寄せられる感覚が俺を襲う。

 

(なんっ──)

 

 "第三視点"の俺に干渉してくる流れに(あらが)おうとするも、()(すべ)なく覚悟を決めるくらいしかできなかった。

 

 



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#443 竜の被造子

 

「アスタート──ッッ!!」

 

 今まさに眼前で消えていく男に向かって、()(ちから)の限りに叫んだ。

 伸ばした手は届くことなく……人と竜の戦争を終わらせた英傑アスタートは、粉々に砕け散るように滅してしまった。

 

 (ひら)いていたはずのゲートもその時点で掻き消えてしまい、私は受けた衝撃によってその場に倒れ込む。

 

「うぅ……あっ、が──」

 

 頭が割れるように痛い。全身の血液が沸騰しているかのように熱く、(あえ)ぐ声も枯れていくほどに苦しい。

 のたうち回りたくても動けないほどに、内側から無数の針が飛び出していくかのように……。

 

 

「っ──はぁ……はぁ……」

 

 しかしそれが急激に楽になっていく。

 

『大丈夫か、アイトエル』

「……えっ?」

『"魔空(アカシッククラウド)"からの情報流入だ、俺の魔力で少しばかり整えた』

「あな、た……だれ、どこにいるの?」

 

 アスタートの声ではない。

 目を開けてもそこには自分一人しかいなかった。

 

 

『"第三視点《ベイリル》"と呼んでくれ。話すことは山ほどあるが、すぐには理解できないだろう……とりあえず体の(ほう)は大丈夫か?』

「あ……うん、よくわからないけどあなたが私を助けてくれた?」

『結果的にはそういう形になる。正確には俺自身も流出した形になるのかな、咄嗟(とっさ)に君に定着させる為に魔力の同調(シンクロ)を──』

「えっと……そ、そう──あの、感謝します、ありがとう」

 

 何を言っているのかさっぱりだったが、私はとりあえずお礼を述べる。

 しかし決して警戒を解かない。ヒトが竜や獣に対してやってきた仕打ちを私は知っている。

 

「よければ姿を見せてもらえたりとか?」

『それは多分無理だ、そういう魔法だから』

「……」

『もし君が俺に直接会える時があるとすれば──そうだな、数千年後になる』

「……はァいィ!?」

 

 

 嘘を吐くにしてももうちょっと言い方があるだろうと思うが、男の声は気にした様子もなく続ける。

 

『俺は遠い未来でアイトエル、君に助けられた。そして今度は俺が助ける為に、君のもとにやってきたというわけだ』

「なにそれ」

(にわとり)……はまだ家畜化されてないか。言うなれば"竜が先か、卵が先か"──まぁこの際は君と俺のどちらが先に助けていたとしても構わない。ただ俺はアイトエル、君にとっての無条件の味方だと思ってくれれば』

「んっ──」

 

『……っていうか普通に共通語が通じるんだな。神族は初期から高度な言語を持っていた、と。いや魔法を使えるなら当然っちゃ当然なのか──』

 

 何を言っているかはわかるが、何を言いたいのかさっぱりなことを、男の声はさらにブツブツと独言(ひとりごと)のように繰り返す。

 ただこの"囁き(こえ)"は、少なくともアスタートが言っていたアカシッククラウドのことを知っている。

 

 用心深くかつての仲間から()けるようにしていたアスタートのことだ。

 それを知るのは信頼できる人間か、あるいは事情を知っている人間に限られる……はず。

 

 

「ねぇベイリル、だっけ」

『っと……あぁ、なんだ? 疑問があればなんでも聞いてくれ』

「アスタートは……どうなったの?」

 

『あぁ……やっぱり今この瞬間は、アスタートが消えた時だったんだな」

「消え、た──やっぱり、見間違えじゃなかったんだ」

『彼は肉体を保ったままアカシッククラウドに()れたことで、おそらくは"情報生命体"となった」

「……???」

 

 

『えーっとそうだな、とにかくこの世にはいない。ただ死んだというわけではなくて、違う形でアカシッククラウドに存在していると言えばいいか』

「そう……」

 

 結局──アスタートは私のことなんて最後まで眼中にはなかったのだ。

 笑顔で私に近付き、私を(とお)して竜を利用しただけ。その後の私にちょくちょく会っていたのもきっと──

 

『ただ、伝言は預かっている。"君のことをよろしく"ってね、そんな言葉がなくても俺は君の助言者だが……」

「──ッ!?」

 

 私のことをよろしく? 一体どの口が言うのか、なんて身勝手な。

 死んでなくてゲートの先にいるのなら、文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。

 

 

『さて──いざ(ささや)いてみたものの、これからどうすればいいのか漠然(ばくぜん)としすぎてるな。とりあえず何か困ってることがないか? あれば言ってほしい』

魔空(アカシッククラウド)への行き方」

『それは()は難しい。さっき実際に体験したように、頭と体をを強くしないと耐えられない。でもいずれできるようになるさ」

「じゃあ……強くなりたい」

『よしきた』

「もう誰にも利用されたくない。私は私として生きたい」

 

 竜やヒトの顔色をビクビクと(うかが)いながら生きていくなんてもうイヤだった。

 

 

『人に教えるのは久々だな──まずは基本として、何事においても意識と無意識を自覚するところからかな」

「……よくわかんない」

『んあ~まぁまだ若いし理論的なことは後にして、体の使い方から始めようか』

「うん」

 

『そうか……そうだ、良ければアイトエル。君の肉体を借りてもいいかな』

「あなたに体を、貸す?」

『あぁ、君の血液──血管に流れる魔力を利用して……いや能書きを垂れても仕方ないんだった。えっと……俺が君の体を動かして、実際に感覚を掴んでもらうってこと』

 

「……乗っ取り?」

 

 私は見えない声に対して、虚空に疑わしい目線を向ける。

 

 

『君の心を奪ったりはできないから安心してくれ。あくまで同意の上で少し使わせてもらうだけだから』

「う~ん……」

『それに俺は君の体を借りると同時に、多分だけど君は俺の視点を借りられる──』

「ベイリルの視点? って?」

『少しだけ未来を()られる。それでしばらくは格上だって相手にできるだろうな』

「……」

 

 信用して良いのか悪いのかわからない。でも……なんとなく、本当になんとなくでしかないのだが大丈夫な気がした。

 

 

『それと今後、話す時は声に出さずに心の中でいいよ。他の人から見たら変な人だからな』

(──これでいい?)

『そうそう、オーケィだ。俺の声はどのみち普通の人には聞こえない、心に直接語りかけてるようなもんだから』

(もしかして……私が心の中で思ったことも全部聞こえてるの?》 

 

『それは無理かな。アイトエルも俺の心で思ってることは聞こえていない、だろう?』

(うん、バーカ)

 

『まぁしばらくは悩んでもらってくれても構わないよ』

 

 どうやら本当に心の声までは聞こえてはいないようだった。

 

『俺としては、君が決断してくれる時間まで跳べばいいだけだからね』

(……いいよもう。私の体でよければ貸したげる)

 

 結局は新たに利用されるばかりの人生からは抜け出せない。でもそれだったら、こっちだって利用してやるんだ。

 

 

『ありがとうアイトエル、それじゃ──』

「んんっ……」

 

 不思議な──はじめての感覚だった。

 たしかに自分の体だけど、自分の意思とは関係なく動いている。

 グッパグッパと左右の手を握っては開くを繰り返し、トントンッとその場でステップを踏む。

 

「あ、あーラララ~~~、んぐっ!?」

『ごめんごめん、とりあえず声も出そうと思えば出せるみたいだな』

「勝手なことしなっ──」

 

 その瞬間、私の体はグイッと引かれるように近くの岩場へと走っていく。

 まるで自分の肉体とは思えない速さで──私よりも私を動かすのが上手いなんて、すごく複雑な気分にさせられる。

 

『しっ、声を出すな。誰か来る』

(ほんと……?)

 

 私が心の中で疑問を口にしたらすぐに、空から二つの影が降りて来る。

 

 

「っ……あっれ~? ここらへんだと思ったんだけどなぁ」

「気の所為(せい)だったんじゃないのか?」

 

「いやーでも前にも一度感じたのと同じ気がしてさ……遅い"黒"に歩調合わせたから、きっと間に合わなかったんだ」

「アホ、その名で呼ぶなと決めただろうが」

「そうだったそうだった、ついクセで──」

 

 それは白を基調とした綺麗な女の人と、髪から服装まで全て真っ黒な男の人だった。

 

 

(ほんとにきた……ねぇ、ベイリル)

『……』

(ベイリルってば、どうしたの?)

 

 心の中で語り掛けているのに、一向に反応がなう。私の声が上手く届いていないのかと不安になる。

 

『"イシュト"、さん──』

 

 ベイリルがようやく声に出してくれたと思ったら次の瞬間、私の体は勢いよく岩陰から飛び出しながら()()()()()()

 

「イシュトさん!!」

「へっ……?」

 

 そして私の体は白くて綺麗な女の人のほうへと、思いっきり抱きついたのだった。



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#444 白と黒

 

 ベイリルに操縦を預けていた私の体は、不用意に見知らぬ白い女の人へと抱擁を交わす。

 

「イシュトさん!! まさかこんなところで──」

「おーーー、よしよし。なんかよくわからないけど」

 

 私はベイリルがイシュトと呼んだ女の人に、頭を撫でられる。

 

「なんだこの小娘。いつの間に知り合ったんだ」

「いや知らないけど、戦災孤児かなんかなんじゃない?」

「だったらなぜイシュト、ヒト(おまえ)の名を知っているのだ」

「たしかに?」

 

 

『あっ、マズ──』

(なにっ!? いったいなんなの!?)

『いや未来で出会った、もう二度と会えないと思った大切な繋がりで──我を忘れて(はや)っちまった、とりあえず言い訳するからココは任せてくれ』

 

 言葉を濁すように言うベイリルに、私はわけわからないまま文字通りそのまま身を任せる。

 

「いきなりごめんなさい!」

 

 私の体はイシュトから離れ、思い切り頭を下げる。

 

「いーよ、いーよ。わたしで良ければいつでも甘えてくれて」

『昔から相変わらずな人だったんだなぁ』

 

 どうやらベイリルには並々ならぬ感情があるようで、それはわずかにだが私にも流れ込んでくるような心地だった。

 

 

「まったく、無用心が過ぎるぞ──おい小娘、なぜ名前を知っている」

「もしかしてブランケルさん、ですか?」

「ッッ……おれの名前まで、だと」

 

 ブランケルが私の首根っこを掴もうとするのを、イシュトが手首を掴んで止める。

 

「まーまー、ブランケル。そんな敵愾心むきだしにしてもしょうがないってば、まだ子供だよ?」

「しかし我らの名を知っているなど──」

 

 イシュトとブランケルが言い合いになるのを先んじて制するように、(ベイリル)はピシッと一礼する。

 

「失礼しました、お初にお目にかかります。白竜イシュトさん、黒竜ブランケルさん」

 

(竜!? どうして!? なんで!? もういなくなったはずじゃ──》

『新天地へ向かうのを拒否し、竜から人と()ってまでこの世界に残った七柱の内の二竜(ふたり)だ』

 

 ベイリルは一体どこまで知っているのだろう。なんにしてもここまできてしまったら、信じて任せるしかなかった。

 

 

「なるほど……我らの名前を知るということは、我らが竜であることも知っているのも当然か」

「私はアイトエルと申します」

 

 目を細めて威圧してくる黒竜(ブランケル)とは対照的に、ニコニコと白竜(イシュト)は微笑みかけてくる。

 

「ふっふふ~ん、ブランケルブランケル。わたしこの子の正体わかっちゃった」

「なに?」

「匂い嗅いでみて?」

「むっ──……わからん」

 

「えぇ~~~? 適応力低いよー、まったくもう」

「おまえが順応するの早すぎるんだ」

 

 フッといつの間にか消えたイシュトは、私の背後から両肩へとポンッと両手を乗せていた。

 

「この子から、頂竜の匂いがするんだよ」

「なんだと!? ということはコイツはまさか──」

 

 

「はい、お察しの通りです。私は、血を分け与えられ……唯一生き残った者です」

「あの無謀な実験に、成功者がいたとは。いや隠さなければ意味をなさなくなる存在か」

「ってことはー、アイトエルちゃんがヒト種側に通じてたんだ?」

 

『──で、いいんだよな?』

(うん、私が……ヒトを裏切ってた)

 

 頂竜の血を輸血し、人でありながら竜に味方し、ヒト種の動向を逐一知らせていた存在。

 竜たちがどこかヨソへ消えた後は、そのままアスタートのもとで竜たちの秘密を話し、見返りに保護してもらっていた事情がある。

 

 

「そういうことになります」

「我らの名も、どこからか聞きつけていたわけか。しかもヒトである姿まで」

御姿(おすがた)は存じ上げませんでしたが……こちらへお残りになられた色は知っていますので、雰囲気(たたずまい)からおおよそのアタリをつけました」

 

「あっははーどうしてもわたしたちって、それぞれの特徴がみんな残っちゃってるからねぇ」

「既にいったん姿が落ち着いてしまった。今さら変えるのは骨が折れるな……」

「この顔になってまだ短いけど愛着あるし、個性が出てるほうがいいさー」

 

 とりあえずは乗り切れたことに私はホッと安心し、ベイリルも似たような感情であることが理解できる。

 

 

 するとベイリルは私の口から、思いもしなかったことを尋ねる。

 

「イシュトさん、ブランケルさん。もしよろしければ、私を一緒に連れてってはくれませんか」

 

(ちょっと待ってよ!?)

『今はまだ誰かに守られているほうがいい。この二竜(ふたり)なら大丈夫だし、彼女らより心強い味方はいない』

 

 頂竜から生まれたという12の色竜のことなら、もちろん私も知っている。

 直接の面識はなかったが、竜の姿の時を遠目から見ていたことは何度かあったし、その光景と強さは深く頭に刻まれている。

 

 

「いいよー」

「おいおい待て待てイシュト。小娘、アイトエルと言ったな──おまえを連れていっておれたちに何の利点がある」

「私は七色(みなさま)の存在を知っていますので、目を離されるとむしろ不安ではないでしょうか」

 

「はんっ、今さらヒトどもに恐れると思うのか」

「"人化"してる状態だと、けっこー危ないと思うけどねー。ブランケルまだ闇黒そんなに使えてないでしょ」

「すぐに慣れる」

「わたしだってそこまで光輝を使えないしだしー。かよわいこの子は目に届くところに置いておいたほうがいいよ、かわいいし」

 

 ブランケルはジロリと私を見据えて、淡々と恫喝(どうかつ)するように口を開く。

 

「ヒトどもに秘密を知られることを考えれば、今ここで小娘を殺すのが最も手間がないと思うがな」

「そしたらわたしたちは、ヒト種(あいつら)となんも変わらなくなるねー」

「ぐっ……」

「そのまんま(がえ)しはしても、わたしたちから先にやっちゃダメだよ。それにね……この子は竜側(わたしたち)の犠牲者でもあるんだから」

 

 

 ブランケルは腕を組んで、ゆっくりとわずかに黒味の混じった息を吐いていく。

 

「ねっ? ほんとはブランケルもわかってるんじゃん」

「……ああ、そうだな」

「わたしのことを想って用心してくれてるのはわかるし嬉しいんだけどさぁ~、だから好き」

 

「まったく心にも無いことを。おまえはヒトの恋愛とやらに毒されすぎだ」

「いいじゃん、いいじゃん、最高じゃん? せっかく人化したんだから、まずは身近なところで楽しんでかないと。というわけでよろしくね、アイトエル」

 

「はっ──え? っと、はい。よろしく……」

 

 いきなりベイリルから肉体の主導権を返された私は、言葉に詰まりつつも答えると……イシュトが後ろからフワリと抱きしめてくれる。

 

 

「やったぜー。ところでブランケル、アイトエルってどういう立場になるのかな?」

「なにがだ」

「わたしたちは頂竜の子供みたいなものだけど、アイトエルって血を分け与えられたわけで」

「別におれたちと大して変わらないのじゃないか」

「血を分けたって意味では、存在的にはむしろ頂竜の片割れとも言えないかな?」

 

「いや、あの……」

「アイトエルが困っているだろうが、イシュト。立場などどうでもいい、既におれたちはヒトとなった、単なる仲間でいいだろう」

「よしっそんじゃぁ、わたしたちは対等だ!!」

 

 イシュトに後ろから抱きかかえられると、私はそのまま()(すべ)なく一緒にくるくると回る。

 

 

『アイトエル、まずいことになりそうだ』

(……!? 今度はなに!!)

 

 次の瞬間、わたしの頭の中に映像のようなものが流れ込んでくる。

 それがいわゆるベイリルの視点を借りるという感覚、未来を()たのだということを即座に理解できた。

 

「あのッ、二人ともすぐにここを離れて──!!」

「なんだ」

「ん、どしたの?」

 

 突然に切羽詰まった様子の私の表情から察して、イシュトとブランケルは真剣な面持ちとなる。

 しかし時既に遅く……新たに低空を飛んできた男が、相対するように着地する。

 

 

「どうやら聞いていた話と、少し違うな──」

 

 そこには薄い水色の長髪を後ろに結い、ローブをまとった男──ヒト種の王、"ケイルヴ"がそこにいたのだった。

 



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#445 初代神王

 

「アスタートは、少女が一人だけ……と言っていたのだが」

 

 今現在、この世界でもっとも高き位置にいる男──ヒト種を率いて竜族に戦争を吹っ掛けた男が口を開く。

 

(まさかの初代神王となるケイルヴと鉢合わせるとはな、神話の時代ってのは半端ないわ)

 

 ケイルヴ・ハイロード。

 黄昏色らしい魔力は第三視点の状態では見ることができない。

 またジェーンの直系の先祖という話もあって、その瞳は魔力色を見られるそうだが……。

 

 なんにせよ第三視点としての時間遡行(たびじ)──これくらいでいちいち驚愕していては、存在しないこの身が()たないかも知れない。

 

 

「見ない顔だな」

「やっほー」

「……」

 

 イシュトは相手が知らないのをいいことに、竜とヒトとの遺恨(いこん)どころか、まるで何事もなかったかのように声を掛ける。

 一方でブランケルは表情には出していないものの、怒りと憎悪が滲み出ているようだった。

 

『アイトエル、もう一度体を借りるぞ。それとヒト族陣営でどういう振る舞いをしていたか読み取るから、俺に伝わるように思い出してくれ』

(うぅ……わかった、おねがい)

 

 ケイルヴはアイトエル(おれ)(ほう)へ、その疑わしき視線を向けてくる。

 同時に俺は想起されたアイトエルの記憶情報から、どう話を組み立てていくか考えを巡らす。

 

 

「そっちの貴様がアスタートが言っていた少女で間違いないな……? どこかで見たような気がするが、誰だったかな」

 

 状況から察するに、アスタートは自分が消えた後のこと……1人ぼっちになったアイトエルの処遇をケイルヴに任せていたと思われた。

 アイトエルの記憶からすると、その扱いはぞんざいなものの──俺が魔空(アカシッククラウド)でアイトエルのことを頼まれたことを思っても……。

 

「私はアスタート様のお付きをしておりましたアイトエルと申します」

「……それなら、どこかで見たことがあったかも知れんな」

「ケイルヴ様がどのようなご用向きで、私をお探しになられたのか主人からは伺っておりませんが……」

 

 アスタートはアイトエルを憎からず思っていたことがわかった。

 そしてアカシッククラウドへ出発する前にも気を回し、あのケイルヴに頼むほどの大切な存在であったことは疑いがない。

 

 

「そうだろうな、アスタートはそういう奴だ。そしてどうやら既に世話もいらないと見える……が、そっちの白いのと黒いの。名前と所属を言うがいい」

「ケイルヴ様、この御二人(おふたり)は私の個人的な知り合いで──」

「黙れ、(さえぎ)るな。我が聞いているのだ、すぐに答えよ」

 

 居丈高で高圧的、それも不思議はない。

 いずれ神族を名乗り、その初代神王となる男なのだから。

 

「でも──」

 

 どうにか抗弁しようとするも、殺意がみなぎる眼光でアイトエル(おれ)の体が射竦(いすく)められて呼吸が止まる。

 いかに頂竜の血があれど、まだまだ脆弱(ぜいじゃく)なアイトエルの肉体にはきついものがあった。

 

 

「もういい、下がっていろアイトエル」

 

 すると黒竜ブランケルが、アイトエル(おれ)とケイルヴの間に(かば)うように立つ。

 

「そうだねぇ、もう仲間だもん。守ると決めたからね。そのかわり困ったことがあれば、いつかわたしたちも助けてもらうからさ。頼り頼られ~」

 

(っ……!!)

『ほらな? こういう竜達(ひとたち)なんだよ、アイトエル」

 

 イシュトさんは言うに及ばず、白竜(イシュト)が愛した黒竜(ブランケル)にしても。

 

 

「答えない上に、何のマネか。……貴様ら、何者だ? 何様のつもりだ」

「ヒトではなく──(ドラゴン)様だと言ったら?」

「いやっ、ちょ……ブランケルさん!?」

 

 隠す気もない黒竜に、さすがに俺はリアクションを取らざるを得なかった。

 

「竜、だと? 何を言っている」

「ケイルヴ──ヒト種の首魁。ならばおれのことも、少しくらいは覚えがあるはずだ」

 

 ズズズッと両手に闇黒を(まと)わせて威嚇する。

 

「バカな……ありえない」

「目の前の現実を認識できないほど、おまえたちは劣等だったのか?」

 

 ケイルヴはギリッと歯噛みすると、直後に真顔になって口角を上げる。

 

 

「……どうやら、本当に本物か──アスタートのヤツめ、この我をまんまと(おとし)れたというわけか」

「誰のことを言っているのかは知らんが、おれたちは争うつもりはない」

 

 言いながらブランケルは一度(まと)った両手の闇黒をあえて消して見せ、敵意がないことを示す。

 

「なに? 貴様ふざけているのか、黒竜ッ!! 小賢しくも人間(われら)の姿を真似(まね)ておいて──ッ」

 

 ケイルヴの周囲を包み込むような膨大な魔力の高まりを感じ、パキパキと空気が音を立て始めるが……ブランケルは至って平然としたまま答える。

 

「因縁も恨みもある。だが"おれたち"は、その一切(いっさい)忘れる(・・・)と決めたからこそこちらに残ったのだ」

「そーそー。"わたしたち"はあなたたちの治世にも文句は言わないし、ちょっかいも出さずにヒッソリと生きてくつもり。お互いに干渉しない、それでいーじゃん?」

 

 

「そうか白いほうは……白竜か。揃いも揃ってふざけたことを」

「もう一度言うけど本気だよ? ヒトは竜に勝った、そっちも恨みはあるだろうけどさ。これ以上争っても良いことなんか一つもないよ」

 

 (さと)すような白黒の言葉であったが、ケイルヴの魔力は研ぎ澄まされていくだけで収める様子を見せない。

 

(歴史としてはどうなるんだこれ……俺はどう立ち回るべきなんだ)

 

 逆説的に考えれば俺がどのように行動したとしても、その結果が後の歴史として成り立って未来の俺が存在しているはずなのだが……。

 だからといって軽率な行動をすべきでもない。

 どこかで過去を改変する以上は、必ず何らかの形で結果が現れるのだから。

 

 

人間(我ら)の姿でどこかに潜伏し続ける。そのような暴挙を許すと思うのか、(ケモノ)が」

「あっははは! あんまりわからずやだとさぁ……ケイルヴくん、つぶす(・・・)よ?」

 

(いや、イシュトさん(こわ)っ……!?)

 

 一瞬にして空気が凍るような威圧感。あのイシュトさんが怒るなんて初めて見た。

 そりゃ付き合いとしては短いのだが、まったく想像がつかなかっただけにギャップが凄い。

 

「降り掛かる火の粉であれば、払わねばならん」

「そういうこと」

 

 しかしいかに七色竜の二柱掛かりとはいえ、おそらくは当代最強クラスの魔法使(まほうし)であろうケイルヴと戦ったら辺りはどうなってしまうのか。

 

(それにまだ(ちから)の使い方に、慣れてないって言ってなかったか──)

 

 人の姿のまま"現象化の秘法"を含めた全力を使いこなせていたのは、俺が会った頃のイシュトさんだけだ。

 それ以外の六柱は、基本的に竜の状態と比較して使える(ちから)が限られているし、今のイシュトさんがどこまで使いこなせるかはわからない。

 

 

 互いに牽制し合うように、沈黙したまま事態が膠着(こうちゃく)する。

 

(どうするの……? ねぇどうするの!?)

『落ち着け、俺も考えてる──』

 

 最悪の場合は、やり直し(・・・・)ができる。しかし消耗を考えればなるべくしたくはない。

 

(俺だって、遊んできたわけじゃない)

 

 100年の昏睡を差し引いても、実に300年以上……()()()()()()()()()()()研鑽を積んできている。

 数え切れないほどの生物の肉体から発せられるありとあらゆる情報を、心理と感情すらも"天眼"で読み取ってきた。

 

 そうだからこそ、いつだってつぶさに観察してきたからこそ理解(わか)ることがある──

 

 

「ふゥ……──」

 

 アイトエル(おれ)は導き出した一手を信じて、息吹を(おこな)う。

 俺自身の肉体であったなら、それで"風皮膜"を(まと)っているところだが……アイトエルの肉体はただ弛緩(しかん)するだけだった。

 



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#446 術理

「ふゥ……──」

 

 アイトエル(おれ)は覚悟を決めて息吹で自らを整えると、ジリッと三人の緊張が一挙に引き上げられる。

 双方ともに勝てるとも限らないし、勝てたとしても無傷では済まないと考えているに違いない。

 

「ダメだよー、アイトエル。ちょっとした合図みたいになっちゃうから」

「はい、すみません。でも──」

 

 刹那、俺は動く。直前のやり取りから、既に手の内。

 

 一歩。

 地を蹴った左足から流れるように、右足が大地を踏み込むよりも速く。

 意識の空隙(くうげき)()うように、大気の流れすらも掌握し、音もなく、気配もなく、移動は完了する。

 

 刹那の内に縮まった間合い──ケイルヴの鎖骨を殴り砕くような勢いで、襟元を掴んでいた。

 

 

「ぐっふゥぉアっ!!」

 

 アイトエルの小さな体躯から繰り出される──相手の反射を利用し、重心を崩しての──"隅落とし(くうきなげ)"によって、ケイルヴは思い切り地面へと叩き付けられる。

 衝撃によって肺が空っぽになったケイルヴの喉元へと、アイトエル(おれ)は膝を置いて軽く押さえ込んだ。

 

「うっそぉ!?」

「なんっだ──!?」

 

 イシュトとブランケルも思考がまったく追いついていないようだった。

 それもむべなるかな。まるでコマ落ちしたかのように、時間が吹っ飛んだように感じたはずだ。

 

 その場にいる臨界点に達しそうだった全員の意識を誘導し、自身は無意識の中の意識という矛盾し融合させた状態で、"無拍子"で繋げた一撃。

 

「魔法はもちろん、下手な動きを見せればこのまま喉を潰します」

 

 元の肉体であるハーフエルフの強化感覚には到底及ばない、"天眼"には遥かに届かない。

 されど積み上げた技術は、確かに俺の(うち)に残っている。

 

 

(なにこれっ、すごい!)

『せっかくだから今の感覚も覚えておいてくれよ。切羽詰まった状況での成功ってのは、なかなか恵まれるものじゃない』

(うん、うん……わかった)

 

 俺はアイトエルへの講義の意味を含めて、講釈を垂れることにする。

 

「情動、気合、信念、見識、尊厳、明媚さ、斬新さ、そして何よりも……技術が足りません」

「なァ……は、がっ──」

大味(・・)なんです。弱い私から見れば(すき)だらけなんです。潤沢な器でもって肉体を魔力強化し、魔法を行使する。生まれながらの強者の(かた)には、わからないかも知れません」

 

 膝の下で(うめ)くケイルヴ相手に、交渉を有利に進める為に相手への優位性を示していく。

 高まった魔力もナリを潜め、突然のダメージでもって集中する余裕を与えない。どんな魔法も発動させなければ効果はない。

 

 

「弱いからこそ磨くのです、一矢報(いっしむく)いる為の見えざる刃を……それが"武術"というものです」

 

 武術もまた"文化"の一つ、テクノロジーと同じく弛《たゆ》まぬ積算の成果である。

 極々単純な理合、当たり前と思える武術的思想(かんがえかた)一つとっても、曖昧だった昔から長きに渡って継承・洗練・熟成され──

 あるいはその道の革新者たる人間が辿り着いた境地、曖昧漠然としていた概念を明確にしたものであったりする。

 

 技一つ、動き一つ一つが──"未知"となり、初見殺しとなりうる。

 そうした技術的なことを、原初神話の時代に求めるというのは(こく)というものだった。

 

 

「かよわい少女と思って油断しましたよね? 眼中から、意識の外から消えてましたよね?」

 

 いずれ(きた)る未来──今の神族(ヒト)は魔力災禍によって、かつての強度など色褪(いろあ)せる。

 魔法を満足に使うどころか、暴走・変異し魔族と呼ばれるようになり、枯渇によって人族として弱体化してしまう。

 

 それは確かに一つの視点で見れば衰退でありが、進化と退化はあくまで表裏一体、単なる一態様の変化に過ぎない。

 

 

「私が息を吐いて存在を示しても、また(はず)そうとしてしまった」

 

 竜種を追い出した神話(いま)の時代から見れば、人類(ヒト)は多くを捨てていくことになる。

 しかして代わりに、多くのものを得てきたのもまた……確かな事実。

 それこそが、大いなる創意工夫──弱き者が必死に生き残る為に学び、受け継いできた知恵の木の実であり、叡智という名の巨人に他ならない。

 

 進化とは"歩みを止めない"ことに精髄があり、数千年という継承と積算によって支えられてきた"術理"。

 

 

「白竜と黒竜に対峙していたのですから……戦力分析を見誤るのも無理からぬこと。でもそれこそが罠です」

 

 戦略・戦術・戦法。詭道(きどう)や奇襲もまた兵法の内。

 

「まともに()()えば私は手も足も出ない。だから強き方々(かたがた)よりも必死に学びました、その結果はこうしてご理解いただけたかと思います」

 

 幾度となく死線を潜り抜けながら高度な駆け引きに慣れ親しんだ者と、パワープレイで押し通してきた者との埋めがたき差。

 

「人も竜も、学習することこそが知的生命(わたしたち)の強さです。その中には相手のことを学び、知ることも含まれます。無責任にわかりあえとは言いません、でも妥協し譲歩することは可能なはずです」

 

 ケイルヴは抑えつけられたまま、歯噛みしつつ1度だけ(うなず)く。

 どうやらこちらが意図するところは察してもらえたようであった。

 

 

「よろしいでしょうか? イシュトさん、ブランケルさん。ここは"()()()()見逃す"、ということで」

「ふふふっ、言うね~アイトエル、つよいね~アイトエル。わたしは異存なし!」

「おれも構わん。そのまま潰してしまえ、という気持ちもなくはないがな……しかしそれでは同じことを繰り返すだけだ。そう、()()()()()()

 

 アイトエル(おれ)は喉元から膝を抜いて、スッと立ち上がって無礼を詫びる。

 

「重ね重ね失礼しました、ケイルヴ様。ですがお忘れなきようお願いします。これは温情でも慈悲でもなく、同じ学ぶことができる者同士の"交渉"であったと」

「ッ──ごふっ、ああ……承知している」

 

 (せき)をしつつケイルヴはあくまで毅然(きぜん)とした態度は崩さず、パッパッと服についた土埃(つちぼこり)を手で払う。

 

 

「アスタート様の伝言をお聞き届けくださったこと、改めて私から感謝いたします。しかしかつての主人は、既に別の地(・・・)へと旅立たれました」

「……!? そう、か──」

 

「残された私はこちらのお二人と(とも)に、ここではないどこかへ行こうと思います。人々の未来と無事を(せつ)にお祈りしております」

「それは本心か? ヒトが、竜と?」

「本心です」

 

 そう言ってケイルヴとアイトエル(おれ)は真っ直ぐ、曇りなき視線(まなこ)を交わす。

 あらゆる人型種の祖先である神族(かれら)は、秩序と責任をもって繁栄をしていくことになる。

 

「フンッ」

 

 不満はまだあるようだが、ケイルヴは特段の反応(リアクション)を起こすことなく、しかして警戒心は解かないまま(きびす)を返す。

 

 

「イシュトさん、ブランケルさん、私たちも行きましょう」

「よーっし」

「ああ」

 

 ケイルヴにも矜持(プライド)があると信じたいが、早急(さっきゅう)に離脱するに越したことはないのですぐにその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 アイトエル(わたし)の体が躍動する。

 かなりの速度で走っているというのに、まるで疲れ知らずのように。

 

(なんか、すごいね? 私の体じゃないみたい)

『人間は修練をしないと無駄な動きだらけだからな。極限まで最適化した時に、いつかさっきのような芸当もできるようになるさ』

(そっか……うん、そうか)

 

 

「ねーアイトエル」

 

 先導するイシュトが後ろ向きに駆けながら、こちらを覗いてくる。

 

「正直アイトエルってばさぁ、ナニモノなんー?」

「……知りたいですか?」

「乗らなくていいぞ。イシュトのは何も考えていない、興味本位を答える必要などない」

 

 ブランケルの言葉に、イシュトは口唇を(とが)らせる。

 

「失敬だなー」

「はははっ」

 

 

 暢気(のんき)な様子の二人に私は信頼を置くと同時に、第三視点(ベイリル)と心中で会話する。

 

(ベイリルのこと、言っていいの?)

『理解してもらうにも時間掛かるだろうし、段階を踏んで判断していく感じでいいと思う』

(わかった)

『まっ(あせ)ることもない。アイトエルが安心・安全だと思うまで、もうしばらくこの貸し借りの関係は継続するつもりだ』

 

(いつかは……いなくなるの?)

『あぁだが、二度と会えなくなるわけじゃない。また時の流れの中で何度か交差する、その時はまた色々と頼むことになると思う』

(うん、じゃっそれまではよろしく──)

 

 

「──実は秘密はあるんです。ただ話が少し複雑なので、イシュトさんとブランケルさんと親交を深めながらおいおい語る日もくると思います」

 

 ベイリルがアイトエル(わたし)の口を使って、二人の竜へと伝える。

 

「ん? そっかぁ! 楽しみにしておこー」

「……話したくなったら話せ、いつでも聞く耳は持ってやる」

 

 私を助けてくれた謎の協力者"第三視点(ベイリル)"、とても親しみやすい"白竜(イシュト)"、どこかぶっきらぼうな"黒竜(ブランケル)"。

 

 アスタートを喪失した直後に繋がった不思議な(えにし)──たとえ闇が待ち受けようと、それ以上の光があると信じて、私は新たな人生を歩み出すのだった。

 

 



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#447 魔王具 I

 

 ──俺は次元が一つ上の世界から傍観する。

 ()のままの世界を、ありのままに受け入れ……咀嚼(そしゃく)し呑み込み、己に刻むように入力する。

 

 "感情"とは……世界に対して何かを提供し、吐き出し、出力する為の発火点のようなもの。

 

 この遥か遠き過去の時代に、俺の肉体は存在しない。

 俺は手足を持たず、声帯を持たず、肺を持たず、発熱もしない、代謝の為の器官を一切持ち得ない。

 つまり俺は単独において、世界へと介入する手段がない。

 

 ゆえに四次元の視点において発火点(かんじょう)は何の意味も持たないし、あったとしてもそれはどこにも引火しない。

 今の俺にできるのは、ただ、見るだけ……。しかも"見る"という行為すら、現実の感覚とはかけ離れている。

 

 さながら"視覚"は、感情や思考に先立って遥か彼方の前方にあり、完全に孤立し乖離しているような心地。

 時間の流れは漫然と見るというよりも、たった一つの刹那に凝縮し、目の前で炸裂していく花火が(ごと)く。

 

 俺は時代の大河、"文明史"の潮流を一瞬の内に目撃していく。

 そしてその一瞬の中で──時の止まった世界に(たたず)み、俺は何もかもを見る。

 

 

 

 

(最後にその声を聞いたのはいつだったかいね)

『200年ほど前の魔力"枯渇"で人族が生まれた時、その時以前となると400年前の魔力"暴走"で魔族が誕生した時だ』

 

 アイトエルにとって、俺とは実に200年振りの再会。

 

(んあ~~~そういえばなんかデータを集めて分析したい()って、色々と走り回されたような──)

『その(せつ)は助かったよ。あの頃よりもさらにアイトエルはスレちまったな』

(言うてくれるじゃん)

『まぁ時間感覚が曖昧とはいえ、俺からするとアイトエルがまだかよわい少女だった3000年前の頃も……最近と言える』

 

 俺にとってはほんの数秒前か、数分前か、数時間か、数日か──精々がその程度の気分である。

 

(私にとってはもう遠すぎる記憶よなあ、ほとんど覚えていないわ)

『忘れられないように顔を出してく必要があるかな──今回はさしあたって……』

 

 俺はアイトエルの瞳を通した、今の興味深い時代、世界を見る。

 

 

「──アイトエル、ぼーっとしてどうしたの」

「ん? あっはっは!! いやなに、私にとって最も旧い知己──いや恩人が来ていてな」

「……誰もいないけど」

「いやはや見えはしない、ただしっかりここ(・・)にはおるのよ。私に(ささや)く妖精さんがな」

 

 そう言ってアイトエルは自分の頭をトントンッと指で叩く。

 

「もしかして疲れてる……?」

「失敬な。もっとも私の幻覚とか別人格とか言われても否定はできん。まっ気にしなくてええて」

 

 

 アイトエルと話しているのは、腰ほどまで届く銀髪に、暗闇の中で浮かぶような紅瞳を持った小柄な女性であった。

 耳は下向きに尖っていて、口からは2本の鋭い犬歯が覗くのは純吸血種(ヴァンパイア)たる証だが……さらに黒い皮膜のような翼まで生えている。

 

(魔力災禍──"暴走"の最中にあって、自らの体内魔力を操作した種族。昔のヴァンパイアは翼まであったんだな)

 

 それも恐らくは始祖たる存在である彼女だからこそであろう。

 魔力を際限なく吸収し暴走する状態にあって、自らの魔力操法(コントロール)でもって抱擁し自らのものとした種族。

 

 

「お待たせした」

 

 すると新たにやってきたのは、赤銅色の巻き髪に切れ長の金眼。スラリと手足の伸びた、背の高い男。

 その顔には上向きに尖った耳と……背中には"()き通るような薄羽"が生えていてたのだった。

 

(おぉう……二代目(・・・)って神族じゃなく、エルフだったのかよ。しかもヴァンパイアと違って、妖精みたいな羽だ)

 

 柔らかい笑みを貼り付けた男の背後には、空虚(うつろ)な瞳を宿した10人ほどが付き従っている。

 

 

「さぁ始めようか"魔王(・・)"」

「……わたしをその名で呼ばないでって言ったよね? "神王候補(・・・・)"」

 

「おっと、これはこれは失礼した。では敬愛をもって呼ばせていただこう、"ウィスマーヤ"」

「はじめからそうしてくれる? "グラーフ"」

 

 初代魔王ウィスマーヤと、後の二代神王グラーフ。

 それまでの世界史にはありえない、神族陣営と魔族陣営の頂点とも言える人物同士の邂逅。

 

 

剣呑(けんのん)はやめーや。こうして私が渡りをつけたのだから、少しくらいはお互いに譲歩し合ってほしいものよ。我々は学び知り、相手を思うことができる知的生命同士なのだから」

 

 アイトエルが仲介役として──魔王具が生み出される場に、俺は立ち会っている。

 

「特にグラーフ、数に(たの)んで変な気を起こすでないぞ」

「おやおや名指しとは心外ですな、重々承知しておりますとも」

今の私(・・・)なら、叛意(はんい)あってその人形たちを総動員させても、全員を叩き伏せるのは難しくないからのう」

 

『……もしかして俺のことをアテにしてるのか?』

(もちろん。ベイリルがいれば第三視点(みらいよち)が借りられるし)

『いい根性してるよ、本当に』

 

 第三視点(おれ)がアイトエルの肉体を借りるのと同様、その間だけはアイトエルも第三視点そのものを借りることができる。

 短期的な未来予知を用いることで、これまでも数々の修羅場を潜り抜けてきたのだった。

 

 

 

「あいにくと恐れる必要はまったくありませんよ。(わたくし)は何よりも創造と調和による"秩序"を重んじます。それにこの者達はいずれも長寿病を発症し、既に死体となった古き英雄たちですから」

「へーグラーフ、それどうやって動かしてるの? 魔法じゃないし、魔術とも思えない」

「気になりますか? いやぁ実はですね、(わたくし)"魔法"は使えませんがウィスマーヤ(あなた)が編み出した"魔術"を参考に、さらに"魔導"というものを発展させまして」

 

「魔導……? 導く、か。なるほどそういうやり方もアリなんだ、スゴいじゃん」

「素直に褒めていただけているようで、望外の至りです。これは"屍体操作の魔導"と呼称してまして――」

「なかなか外道だね。でも率直に言って興味深い、理論的には――」

 

 同じ魔の道を探究する者同士なのか、ひとたび談義し始めると専門用語が飛び交い、止まる気配を見せなくなっていった。

 

「仲が良いのう、心配と警戒が完全に杞憂(きゆう)だったじゃん」

 

 アイトエルは呆れたように肩を落とし、俺は歴史的会話を観覧しながら一つのことに思いを致す。

 

(屍体操作──ほぼ"傀儡の魔導"か、エイルさんって()しくも魔導を開発した二代神王と同じレベルの魔導師ってことか)

 

 さすがは神族と魔族のハーフにして"魔神"と呼ばれ、大魔力を保有する神器を備え、失伝した魔術方陣を独学で復活させた偉人である。

 

 

「──おっと、思わず盛り上がってしまいましたが……こういった話はまた後日に致しましょう。(わたくし)の魔導でも、魔法使10人を動かし続けるのは限界がありますから」

「……そうだね。さっさと終わらせよう。でもつまんない魔法だったらお断りだよ」

 

「ふむ、(きょう)が乗らないのは駄目ですか」

「うん。それと刻む為の道具は12個用意したけど、グラーフ(あなた)が魔法使えないんなら余っちゃうな」

「いやはやこれは期待を裏切ってしまって申し訳ない」

 

 グラーフの言葉にウィスマーヤは少しだけ考えた様子を見せてから、特に気にした様子もなく続ける。

 

「まっ収まりが悪いけど、11個でもいっか。それじゃ長く付き合わせても悪いし、アイトエルからいく?」

「オイ待て、言っておくが私も使えないぞ」

「えっそうなの?」

「魔術すら使えん!」

 

「これはこれは……意外ですな」

「うわ……すっごいムダした。なんだよもう二人して」

 

 

 今度は露骨に半眼になって、やる気を削がれたような表情を見せた。

 

『──なぁアイトエル、俺の"第三視点(まほう)"を魔法具にできたりしないかな?』

(無理じゃない? それに下手なことしてベイリルが消滅でもしたら目も当てられぬ)

『……確かに、やめておこう』

 

 "第三視点"はその概念から存在に至るまで、かなり特異な性質である。

 万が一にも悪用されれば──たとえ純粋な気持ちから利用されたとしても、世界が改変されまくった結果がどうなるかもわからない。

 思いつきの()(ごと)はほどほどに、俺は記憶の中にある12の魔王具の効果を思い出していく。

 

 

「ではウィスマーヤどの御自身の魔法を、魔法具にしてみてはいかがですかな?」

「わたしの魔法を……? その発想はなかった」

 

 初代魔王(ウィスマーヤ)はポンッと手の平を拳でポンッと叩いた。

 魔法は自分が使うもので、作れるのも自分だけなのだから、その必要性を一切感じなかったのも当然である。

 

「わたし自身は魔術に集中しつつ、魔法は外付け……アリかも。はじめてのことだし、死体のなんかより自分の魔法(それ)のほうが調整しやすい」

 

 自分の頭の中で構築しているのか、ウィスマーヤはブツブツと呟きながら思考に没頭するのだった。

 



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#448 魔王具 II

 

 初代魔王ウィスマーヤが自分の魔法を魔法具とすることを頭の中で組み立てている中──アイトエルが口を開く。

 

「ところでグラーフよ、そっちの10人はどのような魔法を使うのだ?」

アイトエル(あなた)なら顔を見れば、誰か大体わかるのでは?」

「大昔は顔色を(うかが)って生きていたとはいえ、いちいち覚えちゃおらんわ」

「年の功あってもさすがに難しいですか」

「うっさいわ」

 

 ゆる~い会話をしながら、グラーフは一人ずつ操作死体を前に出していく。

 

 

「まずは"自己遍在"の法。己を増やすことで、犠牲を(いと)わず暴れたそうですな」

「あ~~~破壊工作をしまくってた奴か、竜側も手を焼いておった」

 

("仲介人(メディエーター)"──次こそは俺の手で殺してやる)

 

 

「次に"不動転移"の法。あらゆる場所に飛べたとか」

「あっちこっち盗みに入ってた奴じゃな、捕虜の脱走の手引きもしていたようじゃった」

 

(俺の中じゃアイトエルを象徴するものだな)

 

 

「続いて"万里神眼"の法。全てを見通すことができたらしく」

「間諜であった私にとって、最も恐るべき魔法だったのう」

 

(知らない魔王具だ……"折れぬ鋼の"が持っていれば、救われる人がもっといたかもな)

 

 

「"荒天災禍"の法。無制限に操られた天候はさぞ壮観だったでしょうな」

「"現象化"の秘法の模倣元の魔法か、結果としてヒト側は相手に利する発想を与えたことになったな」

 

(神領を閉ざしていた魔王具。あれの所為(せい)で神領はほぼほぼ隔絶した土地となっていた)

 

 

「"勇壮不死"の法。伝え聞くところによると、誰よりも果敢に戦ったそうで」

「一度捕まっておったな、もっとも転移使いによってすぐに解放されてしまったが」

 

(イェレナが譲り受け、俺も使ったやつだな。帝国に保管されていたらしいが……)

 

 

「"力勢反転"の法。戦場において生涯無傷だったそうですが真偽は?」

「直接見たことはないが……なんでもかんでも反射して、涼しげだったらしいのう」

 

(これも知らないな、反転──反射か。見つけられれば何か応用できんもんか)

 

 

「"千変万化"の法。彼は双子で同じ魔法を使ったとされていて、片一方は意思なき巨人となって神領を守護しております」

不埒(ふらち)にも竜にも変身して陣営に混乱を引き起こしたが、"人化"の秘法の参考にもなってしまったな」

 

("血文字(ブラッドサイン)"──次も俺の手で確実に葬ってやる)

 

 

「"心意支配"の法。使役し隷従させる魔法ですな、同じ神族同士でも近寄りがたかったそうな」

「最も悪辣(あくらつ)だった魔法よ。変身と違って、(まぎ)れもない同胞を殺すことなど竜にとっては耐え難きことじゃった」

 

("無二たる"カエジウスが保有する、簒奪の魔導と相性抜群(グンバツ)な魔王具。あまり愉快な効果ではないが、はてさて……)

 

 

「"消滅天秤"の法。対象(・・)と同等の対価(・・)をまとめて消してしまう魔法ですが、ついぞ使われることはなかったと聞いています」

「なるほど……それが頂竜らに新天地へ向かうことを決意させた、崩壊(・・)の魔法とやらの正体か」

 

(つまりエネルギーの発生しない対消滅(・・・)みたいなもんか……ぶっ飛んだ魔法だな。対価の価値基準とやらは一体どう判断されるのやら)

 

 

「"生命譲渡"の法。(わたくし)の魔導は、この魔法に(なら)い編み出したものです」

「その魔法使い本人が、こうして操られているのは皮肉なものよのう」

 

("亡霊(ファントム)"──次は殺すか、利用か、協力か……まぁいい、その段になってから考えよう)

 

 

「――んでんで、わたしの魔法"魔色相環"と合わせて11個。結局収まりが悪いままだ、まっいっか」

 

 思考を巡らせながらもしっかり聞いていたらしいウィスマーヤの様子を見て、俺は疑問符を浮かべる。

 

『っ──あれ?』

(ベイリル、どうかしたか?)

『いやぁ……魔王本人が思い付かないのなら、俺から言うしかないのか』

(よくわからんが、伝えたいことがあるならいくらでも言ってやるぞよ)

 

 タイムパラドックスは今さらであるし、バタフライエフェクトもこの際は気にする必要もないだろう。

 

「ウィスマーヤ、ちょっといいかえ」

「なになに?」

「残り一個余っているなら、新たに創ってみるというのはどうだろ?」

「……ほほう? アイトエルくわしく」

 

 俺はアイトエルの言葉を通じて、未来の知識を過去へと伝達する。

 

 

「たとえば──おんしの魔力の"循環抱擁"を、魔法具として落とし込んでみるとか」

「あぁーーーおぉーーーなるほど、イイネ! 創作意欲をくすぐられる。ってかアイトエル、よくわたしの魔力操法のこと知ってるね?」

「んん? あ~~~ちょっと考えてみればわかることよ。ウィスマーヤ(おんし)が暴走した魔力を自らの体内で留め、循環・貯留していることくらい」

 

「アイトエル、意外と頭良かったんだ」

「失敬じゃ」

「魔力の循環はともかく、抱擁(・・)か……改めて言葉にするとピッタリな表現で気に入った」

 

(わたくし)も抱擁というのはしっくりきますな。循環というのはよくわかりませんが」

 

 枯渇から端を発したエルフ種たるグラーフの感覚は、ハーフエルフの俺にはよくわかった。

 暴走から端を発したヴァンパイア種であるからこそ、フラウも"魔力並列循環(マジカル・ループ)"という類似した秘儀を使えることができたのだ。

 

 

「発案者として言わせてもらうが、せっかくなら()の形なんかどうかの?」

「剣……?」

「ほら耳飾りや指環だの、装飾品ばかりじゃ面白みがなかろう」

「いや、うん……なるほど。たしかに循環と抱擁を再現するには、単品だけじゃ無理だし――そうだなぁ、三つくらい必要かも。そうなると剣ってのは案外丁度いい」

 

(初代魔王ウィスマーヤ、まじもんの傑人だな)

 

 断片的な情報から、循環器・増幅器・安定器の3つの要素をすぐに察し得ている。

 大魔技師やリーティアと比べて、誰が歴史上最高かまでは俺にはわからないが──魔術を開発したことといい、類稀(たぐいまれ)なる天賦の才は疑いない。

 

「どうやら長引きそうですな、こうなったらとことんお付き合いしましょう。新たなる創造と展望、これほど胸がはずむことは……そうありませんから」

 

 

 

 

 まず最初に"虹の染色(わたしいろそめあげて)"が創り出され、次に"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"が苦心の末にできあがった。

 続いて優先された"遍在の耳飾り(いつでもどこにでも)"が完成し、初代魔王(ウィスマーヤ)が自らの分身を生み出してから製作進行は加速する。

 

 "神出跳靴(あるかずはしらず)"──"真理の瞳(すべておみとおしだ)"──"意志ありき天鈴(あしたてんきになぁれ)"──"深き鉄の(われしぬこと)白冠(なかりけり)"──

 "反転布(こっちにこないで)"──"変成の鎧(あたらしいわたし)"──"切なる呼声(よんだらとびでて)"──"分かち合う心中(あなたとともにさりぬ)"──

 

 次々と魔法具は形を成し、最後に"命脈の指環(どうりをけっとばす)"によって12の魔法具製作は終結を見た。

 

 

「美事よウィスマーヤ、実に天晴れ」

「壮観ですな」

「ありがと、二人とも。いろいろと手伝ってくれて助かった」

 

 役目を終えた魔法使(まほうし)達の死体は順次埋葬され、この場には苦楽を分かち合った3人と、傍観する1視点のみとなっていた。

 

『いやぁ俺も感無量だな。やはり創造性(クリエイティビティ)ってのは何物にも代えられない』

(私も久方振りに熱を上げた気がするってものよ)

 

 

「それじゃ、どう分けようか?」

(わたくし)が見るに、ウィスマーヤ(あなた)が八つ、(わたくし)が三つ、アイトエルどのが一つ最初にお選びいただく――あたりが公平かと」

「うん、そんなもんだね。私は残り物でいいから、好きなの持ってって」

 

「なんだ、渡りをつけただけの私にもくれるんか」

「もちろんだよ」

「愚問ですな」

 

「なんせ素材集めや、クッソまずい料理の分もあるし」

「一言余計じゃい」

「さっアイトエルどの、お好きなモノを」

 

「ふ~むそれじゃあ……──」

 

神出跳靴(あるかずはしらず)だな』

(うむ、私もそれが一番便利そうだと思った。白竜(イシュト)の光速移動にも対抗できる)

 

 アイトエルは裸足になりながら跳躍し、机の上に並んだ靴へと着地して履く。

 そしてその場から動かず、元の位置へと転移して戻る。

 

 

「決まったようですな。それでは(わたくし)無限抱擁(はてしなくとめどなく)真理の瞳(すべておみとおしだ)、あと意志ありき天鈴(あしたてんきになぁれ)をいただきましょう」

「へぇ~意外だね、グラーフ。"消滅天秤"なんて物騒な魔法使いの死体を連れて来た割に、分かち合う心中(あなたとともにさりぬ)はいらないんだ?」

(わたくし)にとって最大の目的は、喪失(うしな)われゆく魔法の保存です。暴走や枯渇に備える意味もありますが……ただ忍びないと思ったのが第一義ですよ」

 

 グラーフはそれぞれ、剣と片眼鏡(モノクル)と呼び鈴を手に取る。

 

「そうそう、敬意を込めてこれらは"魔王具"──と呼ばせていただきます」

()()ずかしいんだけど?」

「まあまあ、(わたくし)個人的なものですのでご了承を」

 

「まったく……それじゃ残りはわたしが預かって──」

 

 残り物を眺めながら、ウィスマーヤの言葉が止まる。

 

 

「どうかしましたか?」

「うん。わたし自分で"魔色相環"の魔法が使えるのに、虹の染色(わたしいろそめあげて)とかどう考えてもいらないなって」

「おんしが使わんでも、他の誰かが使えるだろう?」

 

 ウィスマーヤは少しだけ逡巡(しゅんじゅん)すると、一本の腰帯(ベルト)をアイトエルへ投げ渡した。

 

「あげる」

「ふむ、私の取り分は一個だけじゃなかったか?」

「個人的な譲渡だし、昔何度かお世話になったお礼とでも思って。それになんとなく……()()()()()くらい、渡したほうがなぜだかスッキリする気がするから」

 

(言われているぞ、ベイリル)

『……光栄なことだ。俺は未来の知識を前提にちょっとヒントをあげただけなのに』

 

「よろしいのではないですか、アイトエルどの。貰えるものは貰っておいて損はありますまい」

「ふっ……それじゃ遠慮なく頂いておこうか」

 

 

 ──初代魔王と後の二大神王、そして魔王具の誕生。

 歴史的瞬間に立ち会った俺は次なる潮目を目指し、自己(そんざい)を再び一次元上へと持っていくのだった。

 



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#449 華麗にして苛烈 I

 

 ──絶えぬ戦乱を、俺は空から睥睨(へいげい)し続ける。

 

 新たに二代神王となったグラーフによる秩序ある統治と管理。

 魔術が世界中に広がり、第九代魔王による魔領内の統一に伴う大魔王の呼称。

 

 神族と魔族の大戦争。魔王具の散逸。

 

 混沌の時代──星を餌とする"ワーム"の出現と、大暴れによる地形の改変。

 さすがに見かねて撃退するに至った、アイトエルと白・黄・青の3柱の竜。

 

 そして人族にとっての"暗黒時代"。

 ただひたすらに蹂躙され、身を潜め(かろ)うじて生き続けるだけの時間が続く。

 

 

 (のち)、グラーフから王位を継承した三大神王ディアマの誕生。

 彼女はすぐに頭角を現して神族軍を再編し、自ら率い、大陸中を行動圏としていた魔族に対して大攻勢に打って出た。

 

 現実主義者(リアリスト)で魔法はおろか魔術すらも満足に使えない神王。

 しかし彼女には絶大な魔力と……魔法具が存在した。

 

 魔王具無限抱擁(はてしなくとめどなく)を新たに、魔法具"永劫魔剣"と名を改め──(ちから)のままに振るった。

 魔王具真理の瞳(すべておみとおしだ)を、元の魔法名である"万里神眼"と称し──"自らの魔法"としてあらゆるものを見通した。

 

 

 彼女は天性の戦略家にして華麗極まる戦術家であった。

 そこに見通す(ちから)と、軍団を一撃で斬り断つ(ちから)が加われば──いかな劣勢とて(くつがえ)しえた。

 

 遠大な戦略構想。常に更新され続ける情報。戦術的勝利を積み重ねて、戦略的大勝利をもぎ取っていくディアマ。

 

 解放した土地に対しても適切な人員を割り当て、わかりやすい中央集権体制を確立させていく。

 また助けられた人々から多くの支持を得たことで、より円滑な統治を実現していった。

 

 最初の5年で魔王を討ち果たし、さらに10年掛けて魔族を南の旧魔領まで押し戻した。

 次に20年ほど統治の為に尽くし、(つか)()の安寧を満足(よし)としなかった三代神王ディアマは大規模な侵攻戦を開始する。

 続く30年で魔領に散っていた、(ちから)ある魔王候補までも鏖殺(おうさつ)して回った。

 

 ディアマの苛烈さは言うに及ばず……それまで抑圧され、虐げられ続けた人々の熱狂が合致したからこその結果であった。

 

 

 それからさらに年月は過ぎ――【聖王国】と呼ばれた国家の滅びに、俺は降り立っていた。

 

「フンッ……まったく好き勝手暴れてくれる」

 

 濃い真紅の髪に陽光に輝く金色の瞳を持ち、白と金を基調とした鎧を身に(まと)う見目麗しい女性は……その顔に似合わぬ言葉を吐き出す。

 その右手には一振りの剣を剥き出しに持ち、左目には片眼鏡(モノクル)を付け、左腕にはチリチリと炎が揺蕩(たゆた)っていた。

 

「はてさてどうしたもんかのう」

「ほう……かつては我が(かたわら)らにあって、魔王を相手にその神算神謀(しんさんしんぼう)を振るった()"参謀長"の知識の源泉(いずみ)もどうやら枯れたと見える」

 

 高き塔の頂上(てっぺん)に立つ三大神王ディアマの隣で、胡坐(あぐら)をかいているのは他ならぬアイトエル。

 二人は【聖王国】の首都よりもさらに先──地平線の彼方に見える、"黒い塊"を共に見つめていた。

 

 

「大層な買いかぶりというものよ。あんなものは単に相手の心理を読んでいたに過ぎん」

「だが他の何者にも、アイトエル貴公の真似はできまい。魔領征──あの掃討戦でもいてくれたらと、幾度となく思ったことか」

「後任がおったじゃろ、エルフなのに"珍しい銀髪"の」

「……使えないわけではないが、どうしても比べてしまうとな」

 

「そうかい。じゃが(わし)やりすぎ(・・・・)はしないと先に言うておいた、ゆえに(たもと)を分かったのは理解しておろう」

「無論。今こうして肩を並べてくれているだけでありがたく、そしてどうにも郷愁に駆られるというものだ」

 

 ディアマはフッと笑みを浮かべつつ、ふと視線を上へと移した。

 すると星が(またた)いたかと思いきや──ディアマとアイトエルの(あいだ)に挟まるように──1人の女性が着地する。

 

「やっほ~、っと」

 

 白い長髪に白い肌に白い瞳、服までも白を基調とし統一された白竜(イシュト)は、高高度偵察を終えて戻ってきたのだった。

 

「おかえり、イシュト。どうじゃった?」

「このままだと直撃かな。チョッカイもかけてみたけど、"黒竜"は止まる様子も進行方向を変える雰囲気もなし」

 

「どうやら"()の魔導師"も形無しのようだな」

「……そだね。無力な自分がとってもかなしいよ」

 

 

 ディアマはイシュトが七色竜の一柱であることを知らぬまま、単なる魔導師として扱っていた。

 魔竜とも呼ばれた暴走黒竜を前にして、イシュトとアイトエルが三代神王に協力していた事実は……驚きと納得の絶妙なブレンド具合である。

 

「チッいい加減どうにかしないと、"神都(しんと)"と同時に、我が権威をも(おとし)められることになる」

「天災の魔法具でも止まらないだろうし、神人や神獣もちょっとした足止めくらいにしかならないだろうねぇ」

 

 ディアマは舌打ちをしながら方策を考え、イシュトはお手上げといった様子だった。

 そんな中でアイトエルが右の拳をポンッと左手の平に当てる。

 

「──あっ、天啓(・・)がきたかも知れん」

「は? ……そういえば昔もそんなようなことがあったな──」

「へぇ~、なになにアイトエルどんなん?」

 

 

 うんうんと(うな)るアイトエルに、憑依したばかりの第三視点(おれ)は呆れ顔を作るイメージで存在しない口を開く。

 

『天啓って俺のことかよ? おひさしアイトエル』

(もちのろん! おひさかたベイリル。はよ昔みたいに未来の結果を教えてくりゃれ)

 

『時間遡行をしている身としちゃ、あまりそういうのはしたくないんだよなぁ』

(なぁに、ベイリル自身の手で未来を確定させるものと思えばええ)

『いやだからそれは以前にも説明したが、タイムパラドックスやバタフライエフェクトなんかも──』

(知ってる知ってる)

 

 

『というか、アイトエル。"魔空(アカシッククラウド)"へアクセスする魔導を会得したんだから、そこから知識を引き出せばいいだろう』

(あれは"記憶維持"の為くらいにしか使うつもりはない。それに"アカシッククラウド"から引き出すのであれば、もたらされる結果はおんしから聞くのとなんちゃ変わらん)

『……まぁ、それはそうだが』

 

 アイトエルは魔力の"枯渇"に()ったことで、血に混ざった頂竜の魔力色も一時的に薄まり、結果として魔術を使えるようになった。

 そして消失したアスタートの面影を追って、長い時間を掛けて魔導を修得するにまで至ったのだった。

 

『……イシュトさん』

(イシュトがなんぞ、どうかしたか? おんしには久しぶりの再会ではあるか)

『いや──なんでもない。未来のことだからな』

(未来……左様(さよ)か、であれば時間も無いしさっさと答えを教えるがよい)

 

 

 俺はアイトエルの肉体を借りて、仕方なく発声する。

 

「閃いた、古来より大きな獣を狩るのに最も効率的なモノ」

「なんだそれは……具体的に言え」

「落とし穴」

 

 10秒ほど沈黙が場を支配し、ディアマが辟易(へきえき)した様子で口を開く。

 

「どうやら新たに湧き出したかと思った(ちしき)は、とんだ幻想だったようだな」

「黒竜は巨大だし、作ってる時間もないねぇ」

「時間など一瞬──いや一撃(・・)で十分」

 

 そう言ってアイトエル(おれ)は、ディアマの持つ"永劫魔剣"を指差した。

 

「なにをバカな……単なる力押(ちからお)しではないかッ!!」

「物事は単純なほど良い。それに造作もないはず、大陸を叩き斬って隔離するくらいの気概で大地を()()けばいい」

 

 

 再びこの場が静寂し、風の音だけが聞こえる。

 

「えっとさ、アイトエル。それってつまり黒竜にぶちかましながら、穴の底に追い落とすってこと?」

「そう、その後はもちろん二人で追撃を掛ける。そうして一時的な"行動不能"に追い込んでしまえばいい」

行動不能(・・・・)、か……うん、いいね。アイトエルの案に乗った!」

 

「ふむ……我は後先を考えない一撃にのみ、全身全霊を懸ければいいのか──確かにそれなら、やってやれないこともない。どうやら討ち果たすことばかりに、囚われてしまっていたようだ」

 

 ディアマの持つ"永劫魔剣"の刀身が、魔力循環によって(きら)めきだすのだった。

 

 

 



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#450 華麗にして苛烈 II

 

「"神衛隊"!!」

 

 三代神王ディアマが叫ぶと、周囲の尖塔に16人の影が立つ。

 彼らはいずれも、ディアマ直伝の剣技を修得している生え抜き達。

 半分は神族だったが……残りの半分は亜人や獣人、人族も一人だけ混じっていた。

 

「これより我は竜征に討って出る。しかしあいにくと首都(ここ)は危険領域だ。ゆえに避難準備を終えている住民たちを速やかに誘導せよ」

 

 後光に照らされるように命令する姿は、これ以上無いほど凛としていて覇気に満ちている。

 聞くだけで人心を鼓舞するよく通る声と抑揚、美しい立ち姿はまさしくカリスマという言葉をそのまま人型にしたような印象を受けた。

 

 

「ディアマ様、ご助力は?」

()らぬ。麾下(きか)を総動員し、退避を完了させよ。多少の犠牲や損害は仕方ないとはいえ、なるべく我が手にかけたくはないからな」

「了解しました。ただちに命令(おおせ)の通りにいたします」

 

 隊長格と思しき神族の男が一礼をすると、神衛隊の面々は瞬時に散開していった。

 

「さすがのディアマも、ここへ到達前には無理かいね」

「我も甘く見られたものだ。そんな短時間で出し切れるような全力ではない」

「あははっ、それなら威力に関しては期待できるね神王さま」

 

 魔力量が多いほど循環・増幅・安定させる為に時間が掛かるのは必定。

 ゆくゆくは実際に大陸の一部を斬断するほどのディアマの一撃なればこそ、その魔力量は計り知れなかった。

 

 

『さっどうする? アイトエルが魔術を使えるようになったおかげで、俺も加勢できるぞ』

(魔力、足りるかの?)

『魔王具"虹の染色(わたしいろそめあげて)"を使えば、黒竜の瘴気──闇黒の魔力も色を変化させて補充できる。アイトエルの頑強な器なら余裕だろう』

(ほぉ……なるほど、そういえば魔王具(そんなもの)もあったの)

『忘れてたんかい』

 

(初めて会った頃とは違うのじゃぞ。(わし)の魔力が切れて使わざるを得ないほど追い詰められるなんてこと、あると思うかいね。使う機会なんぞナイナイ)

『ある程度は見守ってきたから知ってるよ。昔の可愛げや初々しさが完全になくなって……もう俺のよく知るアイトエルだ』

(それは喜んでいいのか、それとも怒ったほうがええんか?)

『くっははは、正直なところ落ち着くよ。とにかく火力砲台なら任せてくれ、魔力を減衰させる黒色もなんのそのだ』

 

(ではお言葉に甘えようかの。いやお手並み拝見といったところか)

『あぁ、だから……その前に準備(・・)と"必要なもの"を()りにいこうか」

 

 

 

 

 聖王国の首都が黒く染まるのを、大きめの"浮遊岩"の上に立った3人が見下ろしていた。

 文明がまるごと破壊され、瘴気によって汚染されていく。

 逃げた民たちがが残っても治める土地がなければ、事実上は1つの国家の崩壊に等しい。

 

「魔獣は数えるのも面倒なほど討伐してきたが……元が竜というだけでこれほどのものになるとは──初代の苦労も知れるというものか」

「……魔法が当たり前だったらしい(・・・)からね」

「なぁにディアマ、私見ではおんしも負けてはおらんよ」

 

 アイトエルは過去を思い出し、イシュトは昔を知らないフリをし、唯一当時を知らないディアマは握りしめた永劫魔剣を見つめた。

 

「それはこれから証明してみせる」

 

 魔剣を両手で大上段に構えたディアマの戦型(スタイル)は──無属魔術と剣技の合わせ技。

 消費隊効果(コストパフォーマンス)は悪いものの……単純な魔力放出は攻防一体にして、出力次第であらゆる魔術をも切り裂き、また防ぐことができる。

 

 後の歴史にもいくつかの流派が伝わっていて、ベイリル(おれ)の戦歴においても(いささ)か馴染み深いものだった。

 

 

「その意気よ。では(わし)は先に()く、機を上手く合わせぃ」

 

 言いながらアイトエルと第三視点(おれ)は、魔王具の効果によって"地下空間"へと一瞬で転移を終えていた。

 

「さてと、そいじゃ体を預けるぞい」

『あぁ、まかせてくれ』

 

 黒竜が来る前に予め準備しておいた地面下。アイトエルの三本指同士を合わせ、俺はイメージを固める。

 それは──いつか見た──"大地の愛娘"ルルーテの模倣とも言えよう。

 

(あのトンデモ規模には到底及ぶまいが……減衰される魔術ではなく、純粋な質量と運動エネルギーを与えるやり方だ)

 

 魔力は前もって闇黒から蒼色へと染め上げて充填済み。

 地下は可能な限り直上方向へ衝撃が行くようにくり抜いてあり、十分過ぎる威力をもって"重合窒素(ポリニトロ・)爆轟(ボム)"をぶっ(ぱな)すことができる。

 

「繋ぎ揺らげ──気空(きくう)鳴轟(めいごう)

 

 俺は魔術を使う刹那を逃さず、魔王具を発動させて地下空間からアイトエルの肉体は脱する。

 

 

「バッチシのようだな」

 

 アイトエル(おれ)は採取してきた浮遊岩の上に再び立ち、跳び上がっているディアマの姿を捉えていた。

 "片割れ星"にまで届くのではないかと思わせる、魔力を全開放した無属魔術の超々極大刀身。

 

「ォォォォオオオオオオオオッッ!!」

 

 そこには飾りっけ(・・・・)である炎が(まと)われていて……。

 それは言うなれば華麗にして苛烈なるディアマの、絢爛(けんらん)で輝かしい戦場(いくさば)の姿。

 

 戦意を昂揚させる赫色(あかいろ)は──地球の北欧神話において、世界を滅ぼした終末の一振りレーヴァテインもかくやと思わせる一撃でもって振り下ろされる。

 同時に地下大爆発によって、地面がめくり上がるほどの質量・運動エネルギーが衝撃となり、闇黒瘴気を飛散させつつ黒竜の体ごと地盤が天へと昇っていく。

 

 永劫魔剣の極大刀身と黒竜の巨体が、相対速度を維持しながら交差する。

 ディアマはそこからさらに鍔迫(つばぜま)るかのように力押(ちからお)していった。

 

 

収斂(しゅうれん)せよ、天上(きら)めく超新星──我が手に小宇宙(コスモ)を燃やさんが為」

 

 足場から跳躍しつつ、アイトエル(おれ)は浮遊岩に含まれる重元素ごと極度圧縮していく。

 その間にディアマの永劫魔剣によって大地は斬り断たれていき、大爆発の大穴を含めて黒竜の巨大がさらに地下深くへと沈んでいく。

 

 地表に降り注ぐ太陽光や宇宙線もろとも集約し、核分裂反応による放射性崩壊の殲滅光を固定し終えた時──

 空高く光速移動していたイシュトも、既に"光球"の一点凝縮を終えていた。

 

 

「今はおやすみ、黒竜(クロ)

「またいずれ、ブランケル殿(どの)

 

 イシュトと俺はそれぞれ"光輝"と"放射殲滅光烈波(ガンマレイ・ブラスト)"を感情的(・・・)に解き放つ。

 世界そのものを白く染め上げるが(ごと)き、二本の光柱が谷底の黒竜へと直撃した。

 

 

 咆哮が轟き、やがて沈黙する。

 魔力が空っぽになった三人の傑物は、瓦礫に囲まれながら新たに形成された峡谷──"大空隙"の崖際に座り込んでいた。

 

「上手くいかないものだ、不必要に長くなりすぎてしまった。剣をしっかりと魔竜の等身大に凝縮できていたなら、真っ二つにできたはずなのに。己の練度不足を恥じるより他はない」

「真面目すぎるし、求めすぎじゃ。これが最適解(・・・)というものよ」

「うん……そうだね、いつか目覚める時にまたなんとかすればいい」

 

 ディアマは歯噛みし、未来知ったるアイトエルは満足し、白竜(イシュト)は感傷に(ひた)る。

 

 

「しかしなんだ……二人とも示し合わせたように、凄まじい魔術を使っていたな」

「ふっふっふ」

「……それほどでもー」

 

「しかもアイトエルは最初のも──それほどの(ちから)がありながら……参謀などやらず前線に立っていれば、我らはもっと楽に勝てたというものを」

「なぁに、使うにも条件というものがあるんじゃよ」

「天啓とやらか?」

「それに、ヒト相手に使うようなモノでもない」

 

(まったく、ぶっ飛んだ魔術よ。一体どういう状況で使うのやら)

『転生者ゆえの魔術ってとこだ。それにアレで打ち倒せない人間もいるし』

(未来は恐ろしかじゃのう)

『単に火力だけなら魔術を使わずとも、いずれ科学がアレ以上に到達する。だから物理法則を超越してくる魔法のが、俺は恐ろしいよ』

 

 第三視点(われながら)、時間遡行して未来を変えることすらできる魔法のヤバさに戦慄を覚える。

 

 

「ふーーー……それじゃ、わたしはそろそろ行くね」

「イシュト、よいのか(・・・・)?」

「あははっ心配してくれなくても大丈夫だよ、アイトエル。とっくの前から気持ちの整理は、つけてるつもりだからさ」

 

 イシュトはやはり無理しているようにも見えて、感情が抑えきれなくなった俺はアイトエルの体を借りて彼女を抱きしめた。

 

「いつか……いつか必ず会えます、だから──」

「ん~なになに、慰めてるつもり? 大げさだなぁ、でもありがと」

 

 逆に背中をポンポンッとなだめるように叩かれ、俺はアイトエルから意識を浮かせる。

 

(今のはバタフライなんちゃらにならんのか?)

『……変わらないさ、イシュトさんは諦めない』

(ふ~む、詳しくは聞かないでおこう。知りすぎるとつまらんからな)

 

 

「どのような因縁があったかはわからないが……ご助力、感謝する。イシュトどの」

「こっちこそありがと。アイトエルの(ゆかり)ってだけで信用してくれて」

 

 イシュトは笑いながら"大空隙"の崖際に立つと、そのまま後ろ向きに倒れ落ちながら手を振った。

 

「はっ……?」

「オイッ──」

 

 さしものディアマとアイトエルも驚愕の表情を浮かべる中で、第三視点(おれは)はイシュトの後を追う。

 彼女は(つら)そうに黒竜の闇黒を一息だけ吸い込み、次の瞬間には光子化して天高く跳躍してしまったのだった。

 

 わずかばかりでも黒竜(ブランケル)の闇黒をその身に取り込み、その魔力を用いた白竜(イシュト)を見届けた俺も──次の時代へと跳ぶのだった。

 

 



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#451 無二の英傑

 

 ──歴史の大河の流れに逆らわずに泳ぎながら、俺は"紫竜"と三代神王ディアマを()た。

 対黒竜との経験を経ていたからか……ディアマの"永劫魔剣"によって、紫竜を隔離すべく大陸はきっかり斬断される。

 

 そうして大陸から切り離された土地は新たに極東として、またその地に降り立った転生者達によって違う文化を歩んでいくことになる。

 

 またその際の負荷によって永劫魔剣は破損し、本来の3つのパーツへと分かたれた。

 内一つである増幅器(つか)は海へと落ち海魔獣オルアテクの体内に。

 残りの二つもディアマの手から離れ、行方が不明となった。

 

 

 さらに時間を進め、俺はディアマの退位を見届ける。

 その頃には既に神族は疲弊し、大きく衰退し、その数を減じていた。

 

 一方で人族は膨大に数を増やし、ディアマによって押し込まれた魔族も再び隆盛を極めつつあった。

 

 後年に生まれた身でありながら、魔法が使えるという稀有な資質を持っていたことで四代神王となったフーラー。

 彼は人族と魔族の管理をやめ、"神都"が存在する最北端の山脈新たに【神領】と定め、残った同族を連れて引き籠もった。

 

 

 それから数百年、神族の手による秩序がなくなった地上の時代を見届けていく。

 

 "青い髪の魔王"、"雷鳴の勇者"、"大いなる情愛の伝道者"、"無踏の練金士"、"護剣聖"、"闇より出でて歩む者"、"底無き欲の巡礼"、"狂策謀士"──

 騎獣民族の祖たる"獣神"といった数多くの抜きん出た者達が存在し、人民や情勢に影響を与えた。

 

 そんな中で、魔領全域を統一した"大魔王"が現れてから……大陸の歴史が最も大きく変遷する。

 "地図なき時代"と呼ばれる、人族にとって第二の暗黒時代──あるいは魔族にとっても、それは同じであったと言えよう。

 

 

 人族の中から"英傑"と呼ばれる(ちから)を持った10人の頂人達と、それに準ずる英雄や勇者、また国軍。

 対するは大魔王を筆頭とし、凶悪な幹部連を(よう)する統一魔領軍。

 またどちらにも属さない魔人や魔獣をも巻き込み、大陸全土を舞台にした大戦乱が各地で勃発・継続した。

 

 地形は常に変化し続け、あらゆる社会が滅んでは糾合し、新たな共同体が作られ、また血で血を洗う骨肉の争いに身を投じていく。

 遅々(ちち)としながらも築き上げられた文明が……一度完全に破壊されたと思えるほどの戦火にして戦禍。

 

 さらには散逸していた魔法具が各所で使われ、あるいは奪い合い、陣営を問わず利用された。

 

 【神領】は魔王具"意志ありき天鈴(あしたてんきになぁれ)"によって不可侵の土地として、唯一その安寧(あんねい)(たも)った。

 また海魔獣が棲息していた外海を挟み、紫竜の毒によって土地の一部が侵蝕されていた【極東】も、影響は少なく済んだ。

 

 

 数多くの魔人や魔獣が討伐され、大魔王や魔族幹部連は打ち倒され、十英傑らもまた死亡ないし戦線離脱を余儀なくされた。

 使われた魔法具は所在が不明となり、人族も魔族も戦乱に疲弊した頃……新たな脅威が現れる。

 

 それまでの魔獣とは比較にならない、それまで休眠していた正真の怪物──極大災害"ワーム"の目覚めである。

 

 地図を作っても無意味なほどの大戦乱にあって、ワームもまた単独で地形を……星を喰らった。

 山脈があった場所は"巨大な穴"となり、地中の通り(みち)から大量の水が流れ込んで"ワーム湖"となった。

 

 皮肉にも人族と魔族はそうなってようやく──互いの首に突き出していた(ほこ)()め──刃を(おさ)めるでなく、協力してワームへと向けざるをえなくなった。

 

 しかし(ちから)ある者達が軒並みいなくなった中で、ワームに対抗するのは至難を(きわ)めた。

 

 

 そんな新たな節目の時代で、俺はワームを遠く眺めるアイトエルへと合流する。

 

『よっアイトエル、倒せると思うか?』

(んむ、ベイリル──今度は倒してしまって構わんのか? 以前に白・黄・青と共に迎撃した折には、おんしが撃退で留めるよういきなり憑依してきたんじゃったか)

 

 二台神王グラーフの(ちから)が衰えはじめ、三代神王ディアマが即位するより前の時代にワームが出現した際。

 アイトエルは白竜(イシュト)黄竜(イェーリッツ)青竜(ブリース)に協力させ、ワーム討伐に当たったことがあった。

 それを(はた)から眺めていた俺は、慌てて止めに入った経緯がある。

 

 

『あの時点でワームが倒されてたら未来が変わりすぎて困るところだったから』

(んむ。で、倒せるかどうかじゃが……(わし)単独では難しいが、おんしの魔術なら仕留められるのかの?)

『実はやってやれないこともない。大きさは違うが……遠い未来では、俺とアイトエルで協力して滅ぼしている』

 

 魔術を減衰される黒竜には(とお)らないであろう原子レベルで滅却する"天の魔術"が、ワーム相手にならば(つう)じるのは実証済み。

 

(なんともはや……未来でか。ではまた肉体(からだ)を貸すか?)

『いや、あれは討伐しない』

(なんじゃと? ではどうするつもりよ、あの惨状を(わし)に黙って見届けろと言うんかい)

 

『大丈夫──な、はずなんだ。俺の知る未来が変わっていなければ、あれを止める次代の"英傑"が現れる』

 

(おんしもちょこちょこ介入しているからのう。変わらないように努めた結果、色々と変わっとるんじゃないか)

『それは……否定できないのがキツいが』

 

 

「どれ、魔力に余裕があるわけではないが……使ってみっかい」

 

 アイトエルは心中ではなく口に出しながら、片眼鏡(モノクル)を左目へと掛ける。

 

『"心理の瞳(すべておみとおしだ)"か、ディアマから譲り受けていたのか』

(おんしも知らんことがあるんじゃな)

『全てを観測しているほどの余裕はないからな』

 

 後々に魔力が足りなくなったでは困るので、たとえば極東方面の観測などは控えているし、大陸でも歴史的な要所だけである。

 

「なるほどのう、さて──」

 

 魔力が込められたレンズを越しに、アイトエルの視点を借りた俺もワームの周囲とその体内をも見通す。

 

 

いた(BINGO)

(姿を見ないのは……既に中で戦っていたというわけか、しかも孤軍とはやりおる)

『あぁ、ただ衰弱してるみたいだな……ここで俺は"貸しを作る"ってわけか、得心がいった』

(よくわからんが、未来が想定通りであるならば良き)

 

 アイトエルは俺ごと空間転移を発動させ、一瞬にして"英傑となる前の男"のもとまで跳んだ。

 

「──んなぁっ!?」

 

 突如として現れた童女に対し、男は驚愕の顔を浮かべる。

 

 

「たった一人で気張っておるようじゃのう、しかしぼちぼち限界か?」

「だ……誰だ、アンタ」

「我が名はアイトエル、通りすがりのお節介屋サンじゃ」

暢気(のんき)な、ここがどこか理解して言っているようには思えん」

 

 アイトエルは「はっはっは」と笑いながら、懐中(ふところ)より保存食を取り出し、無理やり男の口へと詰め込んだ。

 

「むぐっ……が」

「意気や良し。ほれ、とっとと噛め。とある魔獣の燻製肉じゃ、精がつくぞ」

「うっ、マズ──素材は良さそうなのに、もうちょっと味付けってもんが……」

「文句を言うでない。見ていられん疲弊っぷりなんじゃから、ひとまず体力を多少なりと戻せぃ」

 

 アイトエルはさらに水の入った筒を渡すと、男は渋々といった様子で受け取る。

 状況が状況なだけにそれ以上の文句は言わず、あまり咀嚼(そしゃく)しないまま胃に流し込んでいった。

 

 

(ベイリル、話したいのならば肉体(からだ)を貸すか?)

『……いや、ここはアイトエルの言葉でいい。内容は伝える──』

 

「さて、()()()()()や」

「なにっ!? オレの名をなぜ……」

 

(わし)はおんしのことなんぞ知らん。じゃが(ささや)いてくるんじゃよ、"第三視点"さんがな」

「はぁああ?」

 

「妖精とでも思え。そやつの頼みでわざわざ、こんなワームの中にまでおんしを助けにきたんじゃからな、感謝せぃよ」

「オレにはあんたが狂人か否か判断はつかない。だが空腹から助けてもらった事実だけは、素直に感謝する」

「なぁにが素直にじゃ、まったく──」

 

 

 アイトエルは第三視点(おれ)が囁くままに、預けておいた魔法具"虹の染色(わたしいろそめあげて)"をカエジウスへと手渡した。

 

「なんだ……これは──」

「第三視点の所有する魔法具よ」

「魔法具!? これが……?」

 

 カエジウスはまじまじと、その腰帯(ベルト)を見つめる。

 

「魔力には、肉眼では見えない()があってな。その魔法具は違う色の魔力を、おんしの魔力色に合わせられるシロモノじゃ。感覚は自分で掴め」

「オレにそんな貴重なモノをくれるってのか」

「さしあたって譲渡しても構わんらしいが……"貸与"という形にしておく、"いつか返してもらう日"が来るらしいぞ」

 

 半身半疑のままカエジウスはベルトを巻き、魔法具を発動させる。

 

 

「さっこれでおんしの魔導(・・)で、このワームを討ち果たせるじゃろ?」

「オレの……魔導のことまで、知っているのか。誰にも話したことなく、誰に知られるわけもない。見せた相手は例外なく命を奪ってきたというのに」

 

 カエジウスはそう言ってアイトエルの肩を掴むも、飄々(ひょうひょう)とした態度は崩さないままあっけらかんと言う。

 

「なんせ"第三視点"さんの言うことじゃ。(わし)も何千年とそれに助けられてきた」

「オイオイ、あんた何歳(いくつ)なんだよ」

「無礼者、女性に年齢(とし)を聞くでない」

 

「……チッ、まあいい。」

 

「決して()を忘れるでないぞ。それと返す日まで死なず、生き続けよ。今のところそれくらいじゃ、不足があれば手伝うが?」

魔法具(コレ)を世話してくれただけで十分だ。あとは……一人でできそうだ」

 

 ニッとアイトエルは笑って、カエジウスの背中をパンッと叩く。

 

 

「そうそう第三視点"から最後の一言──"迷宮(ダンジョン)"を楽しみにしているとのことじゃ」

「ぁあ……?」

「ではの」

 

 俺の言葉を伝え切ったアイトエルは再び転移にて外へと脱出し、カエジウスの眼前から消え失せる。

 

 ──しばし(のち)、ワームはその動きを完全に停止し……カエジウスは単独討伐の功績によって"英傑"と(たた)えられるのであった。

 



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#452 燃ゆる足跡 I

 

 ベイリル(おれ)が転生する300年以上前──大陸の東側に、【エフランサ王国】の原型が樹立する。

 それから50年以上が過ぎて大陸西端、聖王国の跡地に【イオマ皇国】が建国されるに至った。

 

 王国誕生から100年以上の(のち)──

 4人の手によって【ディーツァ帝国】が新たに独立し、形となっていくまでを第三視点(おれ)は立ち会っていた。

 

 

「やはり早急(さっきゅう)に対外的な体制を整えなくちゃならないわね」

 

 流麗な金髪に端正な顔立ち、そして長耳を特徴とするエルフ。

 後に帝国宰相となる"闊歩(かっぽ)する大森林"ヴァナディスが、拠点の一室でそう言った。

 

「そうですね……今でも既に大所帯なのに、ぼくたちの風聞を聞いて逃亡してきた人たちの合流も減る気配が一向にありません」

 

 初代帝王として子々孫々にその血脈と帝位を継承させ続ける、後のレーヴェンタール一族の祖。

 ローブを羽織り、気弱そうにも見える印象の黒髪の青年"ローレンツ"は、ヴァナディスの言葉に同意する。

 

「難儀なことだ」

 

 そう呟いたのは褐色肌の女性──俺自身も覚えのある人物……もとい竜物、誰あろう赤竜フラッドが"人化の秘法"を使った姿であった。

 

「よくわかんないけど、みんなを救うために求められるなら……それがおいらたちにできることなら、やろう!!」

 

 そして最後の一人、屈託ない意思を口にする赤髪に鹿角を生やした獣人こそ"燃ゆる足跡"アルヴァイン。

 赤竜に認められ、その加護を受けし建国の英雄にして、世界の英傑となる男。

 

 

「皇国は獣人や亜人差別が激しい以上、西へはもう行けないし……わたしたちも多様な種族とその価値観の違いで、小競り合いがいつ大きくなるとも限らない」

「どの種族を受け入れられるだけの"枠組み"が必要──ということですね?」

「うん、そういうこと。わたしたちは王国から自由になった……次に必要なのはわたしたちだけの規律と秩序」

「ヴァナディスさんには見通しがあるわけですか」

 

「地図なき時代に廃墟となった拠点(ここ)、実のところ立地としてはとても優れていて、このまま住みやすくしていって都市国家として体裁を整えるつもり」

「それって、おいらたちで国を作るってコト?」

「街じゃなくて国までいっちゃいますか……、ぼくたちにできますかね?」

 

「何年、何十年……何百年掛かってもいい。少なくともわたしはやり遂げるつもり」

「はははっ長命種(エルフ)のヴァナディスがそう言ってくれるなら、おいらたちも安心だね!」

「ぼくも可能な限りお手伝いします」

 

「……我も見守るくらいはしてやろう、竜にとって快適な住処を作る約束も守ってもらわねばならんしな」

 

 

 たった4人から始まった亡命・独立・建国。

 後世において、大陸の版図(はんと)を最も多く塗り潰した人類軍事国家の立脚点を眺め続ける。

 

「それじゃアルヴァインさんがぼくらの王様ですね」

「いやいや、おいらはそんなガラじゃないってば。それに世界中を巡って、同じ境遇の人たちを助けにいくつもりだし」

「えっ、そうなるとヴァナディスさんですか。でも長命種だからこそ、適任なんですかね」

 

 ローレンツは首を横に振ったアルヴァインから、エルフへと視線を移す。

 

「わたしはやることが山ほどできるだろうから、王様をやっている余裕はないわね」

「ちょっ──と待ってください。まさかフラッドさんは……やるわけないですよね」

 

「当然だ」

 

 赤竜にもバッサリ斬られつつ、3人の視線が集中するローレンツは目をぱちくりとさせてから自分自身を指差した。

 

 

「ぼく!?」

「他にいないだろう」

「へへっ、ローレンツならおいらはイイと思うよ」

「わたしがちゃんと支えるから安心して」

 

 あわてふためきながら、ローレンツは抗弁する。

 

「でもでも、ぼくは人族ですよ!? それが上に立つって、王国のことを思い出しちゃうしその──せめてアルヴァインさんがやってくださいよぉ……」

「ローレンツはおいらほどじゃないけど、みんなから人望あるから大丈夫だって」

「そんなぁ……無体すぎる」

 

「王は主導したわたしたちの中から出さねばならないし、それに同じく純粋なヒトが上に立つからこそ王国との違い──調和を明確にできるわ」

「えぇ……うぅ、わかりましたよ。ぼくだって生半可な気持ちでやってきたわけじゃないですから──精一杯がんばらせてもらいます」

 

 しぶしぶ受け入れたローレンツに、バシィッとアルヴァインが背を叩いて励ました。

 

 

 すると赤竜フラッドが、ふと思い出したかのような口調で追い打ちをかける。

 

「ヒト族の慣習に(のっと)るならば――伴侶と世継ぎ、それと新たな名だな」

「気がはやすぎる!!」

「できれば獣人か亜人がいいわね。王は人族でもいいけど、王妃まで人族だと不和が生じかねないし」

「そういえばローレンツ、王都脱出の時に手当てしてくれたあの兎人族の子と良い仲だっけ」

 

「なんで知ってるんですか!?」

「みんなの間でけっこう噂になってるし、あと鬼人族の子のことも聞いたよ」

「既に二人も手を出してるなんて、意外とやることやってるんじゃないローレンツ。皆に楽しい話題を提供してけっこうけっこう」

 

「うぐぐぐ……」

「王国だと正妻は一人だったけど、多種族のわたしたちには関係ないもんねえ」

「強い獣人の部族長なんかは、一晩で十人くらい相手にする人もいるし、ローレンツの体が保つかどうかだね」

 

「あぁもう! 他人事だと思って!!」

「己の心に嘘をつくことほど、愚かなことはないぞ」

 

 その性格に加えて最年少であることも相まってか、ローレンツは3人から微笑ましくイジられる。

 

 

「はぁ~まったくもう。……ただ世継ぎはどうなんでしょう、世襲ってマズくないですか?」

「ん、難しいところね。ただなぜ世襲かというと、それが統治において楽で(すぐ)れているからに他ならないわけで」

「おいらたち獣人だとまばらかなあ。誰か(ちから)ある者に決めちゃったほうが楽な場合もあるし」

「魔族なんかは特にその傾向が強いわね」

 

 権力に領地や税収のみならず、継承されるからこそ義務と責任も根付くというもの。統治とは一長一短で何が最も適すかによる。

 

「まあまあ次代の王位継承については今後煮詰めていくとして、さしあたってローレンツ。王様となるなら、外交的露出の為にも仰々しい姓は必要ね」

「姓ですかぁ……」

「──"エンタール"、獣達の王という意味の(いにしえ)の言葉だ」

 

 会話の合間に鋭く差し挟んできたフラッドに、ローレンツは少しだけ沈黙してから顔を歪める。

 

 

「……ちょっと待ってください? フラッドさんの言う大昔の王様って──」

「無論、ヒトらが"頂竜"と呼ぶ存在だ」

「恐れ多すぎます!!」

「地上生命ぜんぶの王様かぁ、こりゃおいらたちも平伏しないと」

「アルヴァインさん! 乗らないで!!」

 

 さすがにこればっかりは意地でも承諾しなさそうなのを見て取ってか、肩をすくめたヴァナディスが微笑みながら口を開く。

 

「それじゃあ――かつて"レーヴ"と呼ばれたこの土地にあやかって、レーヴェンタールでどう?」

「えぇ……結局エンタールの名は入れるんですかぁ?」

「ローレンツ・レーヴェンタール。いいじゃん」

「そこらへんが落としどころだろう。エンタールをそのまま名乗ったら、我も良い気はせん」

 

「フラッドさん自分から言い出しておいてソレ!?」

 

 赤竜がこうも馴染んでいるのを見ると、なんともはや感慨深い気分にもさせられるものだった。

 

 

「それじゃ方針を皆とも共有していくとして──」

「会議中、失礼しますッ!! 王国軍がきました!!」

 

 息せき切って扉を開けて入ってきた鳥人族の女は、肩を上下に揺らしながら報告を口にする。

 

「ありがとう、数はどれくらい?」

「えっと……いっぱい、です」

「わかった、他の皆には安心してそのまま過ごすよう伝えてくれる?」

「は、はいっ! わかりました!!」

 

 鳥人族の女性が出て行くと、ローレンツはググッと体を伸ばしながら大きく溜息を吐く。

 

 

「そんなにぼくたちが憎いんですかねぇ」

「……大量の逃亡者が出ては示しがつかないのと、今まで虐げていた者が自ら解放されるのが単に気に入らないのだろう」

「ホントくっだらない、おいらたちは静かに暮らせればいいってのに。それに脱出時にあんだけやられて、学ばなかったんかな」

 

 チリチリッと燃ゆる足跡(アルヴァイン)赤竜(フラッド)が、揃って温度を上げる。

 

「では御三方。武力には武力をもって──もはや安易な暴力なんて通じないことを証明するとしようか」

「だね。与えられるだけのものに、真の価値は見い出せない。本当の居場所はおいらたちで作らないと」

 

 立ち上がったヴァナディスに続きアルヴァインも腰を上げ、ローレンツとフラッドを含めてわずかに4人の最大戦力が出撃したのだった。

 



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#453 燃ゆる足跡 II

 

 

「父なる天空(そら)、母なる大地──我が御手(みて)()せし恩寵(めぐみ)があらんことを」

 

 荒野だったはずの土地に、木々が生い茂っていく。

 それは"闊歩する大森林"の二つ名を持つ、ヴァナディスの手によるものだった。

 

 

(植物も動物ほどではないが魔力が宿る、つまりその魔力色を塗り潰すには魔術ではなく魔導(・・)がいる)

 

 植物も生きている。

 その生長を急激に促進させるというのは、ある種において生命を操る行為であり、勝手な解釈ではあるが準魔法の領域とも言えよう。

 並々ならぬ渇望、技量と才能、そして魔力量が必要な領域。その希少度は爆属魔術や、雷属魔術も比較にならないほど。

 

(ざっとではあるが、創生神話の時代より歴史を()てきた俺でも……"木属魔導"は──)

 

 眼前で木々を創りだしているヴァナディスが1人。

 それよりも以前、"青い髪の魔王"の配下に魔領の奇怪植物を専門に操る男がいた。

 最後に俺が生まれた時代よりも後に英傑となりし、"恵む信徒"リオスタ。自然を愛し、自然に愛され、自然に殉じた女性。

 

 わずかに3人しか存在を確認していない。

 

 

 無造作に形作られていく森の一部が、自然発火によって燃え出し、灰となっていくと共に白黒いり混じった煙が立ち昇っていく。

 

「愚かなヒトの子ら、身をもって学びを知るがいい」

 

 ただそこにいるだけで膨大な熱量を保有する赤竜フラッドの、絶対支配領域とも言えるエリア。

 

(七色竜の強度はもはや考えるまでもないな……)

 

 魔獣を歯牙に掛けず、かつては神族の魔法にすら抗しえた地上最強の存在。

 黄竜の雷霆。白竜の光輝。黒竜の闇黒。緑竜の豪嵐。青竜の氷雪。紫竜の病毒。

 

 そして大きく肺に空気を溜めた赤竜フラッドの口から、"炎熱"の吐息(ブレス)が放たれる。

 純然にして圧倒的な火力をもってすれば、あるいは王国軍が一撃で薙ぎ払われて全滅させることも容易かったに違いない。

 

 しかしさすがに加減しているようで、軍の手前の大地を横一閃に──巨大な火柱が上がった。

 否、もはやそれは大炎の壁とも言うべき赤色で、溶解した大地はマグマとなって王国軍はそれ以上前へと進めなくなってしまう。

 

 

 続いて王国軍の頭上の空間で爆発が起き、大気の急激な振動に伴う音と衝撃波とが地上へと降り注ぐ。

 それは直接的な被害を与えるほどではなかったものの、軍団を恐れ(おのの)かせるには十分すぎた。

 

(爆属魔術は、初代レーヴェンタールであるローレンツから連綿と受け継がれてったんだな……)

 

 印を結ぶような動作と詠唱で、暴発しないようしっかりとコントロールしているような印象を受ける。

 それが継承されていく中で、闘争の動きの中で発動が完結するよう洗練されていったのだろう。

 

「犠牲はなるべく出したくない、これで撤退してくれればいいですが」

 

(……この初代から、"戦帝"バルドゥルみたいなのを輩出するまでになるのか)

 

 扱いの難しい爆属魔術の冴えが美事なものだが、気性は控えめで肉体強度は一般人に毛が生えた程度だろう。

 

 それがアレクシスにヴァルター、モーリッツもといモライヴ。

 さらに落とし子であるとカミングアウトしたロスタン他が生まれるとは……。

 遺伝的多様性、さらに配合血統(サラブレッド)な定向進化による面白さと言えよう。

 

(まぁ好色英雄な面があるのは、この頃からっぽいけど……)

 

 

 そんなことを思っていると大炎壁をすり抜ける形で、"半人半獣"が現れる。

 炎を(まと)った男は咆哮してから、ゆっくりと歩くたびに"燃ゆる足跡"が大地に刻まれていく。

 

「おいらたちは……あんたらがした仕打ちを忘れない」

 

 アルヴァインはゆっくりと演説するような口調でもって、王国軍へと語り掛ける。

 

「本当は同じことを仕返して、なんならそれ以上の痛みを味わわせたい──けど(ゆる)す」

 

 すると一人の馬に乗った前線指揮官と思しき人物が声を上げた。

 

「は……反乱奴隷どもが何をのたまうか──!!」

「忘れたいんだよ、()()()()()って言ってんだ……だからもう放っておいてほしい。それでもあんたらが許せないと言うんなら、おいらたちも赦すのをやめる」

 

 それは主張であり願い。

 無駄な争いをしたくないというアルヴァインの悲痛な想いが込められているようだった。

 

「おまえたちはいつだって奴隷や下級民を盾としてきたのに、それが今ここにはいない。おいらたちが連れてったのもあるけど、強行軍だったんだろう? つまり焼け死ぬのは自分自身ってことだ」

 

 

 そう警告であり恫喝(どうかつ)をすると同時に、半獣だったアルヴァインは一息に巨大な雄鹿へと変貌する。

 

(理性を喪失しない完全獣化──まっそれくらいは当然のように身につけているか)

 

 獣人族の奥義とも言っていい"獣身変化"、肉体変異を伴った先祖帰り。

 半端なものが使えばそのまま獣と成り果ててしまうもので、俺が生きた時代で知る限り完璧な形で使えたのは騎獣民族のバルゥとバリスだけだった。

 

「ひっ……あ──」

 

 "赤竜の加護"である炎熱を足すことで──さながら大いなる炎の化身のような幻想的な"炎鹿"として──神威とも言うべき圧力を示す。

 さらに振り上げた前足が大地を踏み鳴らすと同時に大咆哮、大炎がその周囲に膨れ上がったのだった。

 

 ともすれば前線指揮官を含めて多くが落馬し、恐慌状態に陥ったまま逃散していくしかなかった。

 

 さらに逃げた馬をフラッドが威圧し大人しくさせ、ヴァナディスが拠点へと誘導していく手際(てぎわ)まで見せられてあっさりと終結してしまった。

 

 

(いずれ改めて討伐軍が再編されるにしても……少なくとも今は相対してなお、戦わずして勝利した。これが"燃ゆる足跡"か)

 

 その頃には、彼らはさらに数を増やして地盤をより強固にしていることだろう。

 

(恨むべきは個人ではなく、社会体制そのもの──変えることが難しいから、新たに国家を作り上げていく。凄い、な……)

 

 罪を憎んで人を憎まず。

 どれほど(しいた)げられていようと憎悪を飲み込み、未来だけを見て前へと進む。

 あの赤竜すらも説き伏せ、加護を得た上に直接協力まで結び付けた人格は伊達ではない。

 

 第三視点(おれ)はその高潔な道行(みちゆき)――偉大な英傑の燃え盛る足跡を見続けるのだった。

 

 



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第八部 第2章「渦巻く真実」
#454 大魔技師


 

 新たに建国された【帝国】と、【王国】と【皇国】の強力な三国が支配圏を伸ばしていく中で――

 

 文化圏外の領土で発生した都市国家群が繋がって【連邦】が作り上げられた。

 しかしこれは(ほど)なく紆余曲折を経て、【エイマルク東連邦】と【アールシアン西連邦】に分かたれる。

 

 そこで俺は新たにタイミングを見計らって、"ある一人"の人物と接触する為にアイトエルの肉体を借り受けた──

 

 

 東連邦の大自然の中に建てられた、一軒の小さくない山小屋。

 そこに住んでいる白髪の老人は、自らのアトリエの中で大量の絵画に囲まれながら、キャンバスに向かって筆をとっている途中であった。

 

「こんにちは」

「……おーおー訪問者とは珍しい、しかしここは道に迷ったとて簡単に辿り着く場所ではない。一体どのようなご用件で?」

「──貴方が残した偉業。その足跡を本人の口からお聞きしたく参上しました、"大魔技師"殿(どの)

 

 既に年老いて、亡くなるのもそう遠くない──未来にほとんど影響することのない(とき)を俺は選んだ。

 

「……わたしが誰なのかわかった上で、わたしにわざわざ会いにきて、わたしのことを知りたい、と仰るのか」

「"後世の歴史"において大魔技師(あなた)は、その功績に対して非常に謎の多い人物ですので」

 

 魔術具文明という、一大文化を創りだした偉人。

 7人の高弟(でし)を各国に派遣し、その製法と必要な言語や度量衡なども広めた。

 他にも服飾や食文化といった一部にもそれらしいのが残っている。

 

 言うなれば"文明回華"を志す俺の先達(だいせんぱい)にして、また地盤を踏み固めておいてくれた人物である。

 また個人的(のち)のアンブラティ結社の首魁、亡霊(ファントム)となる魔王具"命脈の指環(どうりをけっとばす)"そのものに命を与えた存在でもあった。

 

 

「妙な言い回しをなさるようだが……どなたか(たず)ねしてもよろしいか」

(わたくし)はベイリル、貴方と同じ転生者(・・・)です」

 

 俺はアイトエルの声で自己紹介をすると、しばしの静寂がアトリエ内を包み込み……ゆっくりと大魔技師は口を開く。

 

「そうか……"転生"、墓場まで持っていくつもりだった秘密をベイリル(あなた)は同じ立場から察し得たと」

「よろしければ是非お聞かせください。貴方が紡いできた人生(れきし)を──同郷の者として記憶しておきます」

「同郷、会うのは初めてだ。しかし、そうか……であれば──わたし以外に、わたしの生きた二つの人生(みち)を聞いてもらうのも、悪くはない」

 

 大魔技師は手に持っていた顔の前にジッと見つめる。

 

 

「わたしは元々、フランスで生まれた女流画家だった」

「女性……──」

 

 眼前の人物は老婆ではなく、どう見ても男である。

 自身は言うに及ばず、ヴァルターもスミレも性別は前世と共通だった。

 しかし転生と言うのであれば当然性別が変わる可能性もある。想定の範囲内ではあるが実際に想像がつきにくい。

 

「今はもう男の肉体、男性の価値観のほうに慣れてしまっているが……なんにしても男女両方の人生を歩めたことは、わたしにとって有意義なことと言えた」

「芸術家として、ですか」

 

 俺はナイアブのことを思い出す。

 彼もまた己の芸術の為に、世の()いも甘いも知り尽くす為に、男女両方の魅力を内にも外にも見出した。

 

 

「……もっとも、芸術家としての大成は元世界(あっち)でも異世界(こっち)でも望めなかったが」

 

 スッと持っていた筆を置くと、大魔技師は達観と諦観の入り混じった溜息を一つ吐いた。

 

「由緒ある家に生まれ、幼き時分に魅了された絵画に没頭し、己の手で身を立てる為に家を出た──しかし現実を思い知らされ、何一つ叶わず生家へと戻り、海を越えたイギリスの家へ(とつ)がされるのも、もはや拒否できなかった。

 以降は本気で筆を取ることもきぬまま、流行り病によって世に別れを告げ、今度は男として新たな世界、新たな生を受けていた。わたしは心底から喜んだ、神によって与えられた機会なのだと……今度こそ芸術家として名を成さしめんとした──」

 

 ゆっくりと目を瞑る大魔技師に、俺はただただ耳を傾ける。

 

「そう、思っていたものの実際に待っていたのは、少なくともわたしが生まれた場所は……飢餓や病気に戦乱がまみれ、日々の生活すらも(おびや)かされる皮肉だった」

異世界(こっち)では魔物の存在だけを切り取っても、一筋縄ではいきませんから……致し方ないことです」

 

 そこに加えて人同士の争いもあり、"地図なき時代"によって完膚無きまでに破壊もされている。

 文化でもテクノロジーでも思想でも、成熟させるというのは……噛み合わせもあって簡単なことではない。

 

 

「でもわたしは諦められなかった……今度こそ自らの生きた証を残したかった」

「それが──魔術具ということですか」

「魔術は絵を描くことに似ている──自らの内側にあるキャンバスへと、魔力という絵の具を使って自由に想像し、己の心象風景を映し出すかのように創造し発露する。

 しかしそのままでは自己完結し、すぐに忘れ去られてしまう……だから私はそれを物質的な形として残すため、なけなしの技術と前世で得ていた知識と発想を用いた。

 魔術方陣といった失われつつあった技術を筆頭に、多様なエッセンスを取り入れ、噛み砕き、咀嚼(・・)し、煮詰め、練り上げ、再構成。ついには製法そのものを創り上げた」

 

 魔術刻印は文字であり紋様でもある。

 象形文字のように字そのものに絵の意が込められて、それを時に幾何学的に表現したりもする。

 

 大魔技師の技術とは、個々人が小規模派閥などバラバラだった製作方法に対し、一定の方向性(ベクトル)法則(ルール)による理論を設けるものだった。

 

(そうだ……例えば最初に印象派として名を()せた画家が、後続の画家達に大いなる影響を与え、どういう風に描いていくかそのプロセスを確立させたような)

 

 

「わたしの新たな形での作品(・・)は愛された。わたしにはもったいない弟子たちもできた」

「七人の高弟(こうてい)──」

「皆、わたしよりもよっぽど才能に満ちていて嫉妬したものだ」

「大魔技師殿(どの)をして、ですか」

「無論。わたしの功績の多くは、弟子たちあってこそ成さしめた」

 

 世界中に魔術具を広め、その後もそれぞれ(こと)なる偉業を成さしめた7人の男女。

 魔術具文明はもちろんのこと──さらに高弟の手によって、異世界文明は大きく引き上げられたと言ってよい。

 

 とはいえ大魔技師の謙遜も多分に含まれているのに違いなく、しかしてまた違った才能を各人が持ち得ていたのだろう。

 隣の芝生が青く見えるように――人は自分に無く、他人が持っているものを……とかく(うらや)んでしまうものである。

 

 

「大魔技師殿(どの)と違い、(わたくし)に至ってはほとんど頼りっぱなしでした。人材を集めることや環境作り、あるいは武力といった自分にできることは頑張ってきたつもりですがね」

 

 適材適所。持ち味を活かす。

 社会とは細かく見れば、全てが数え切れない専門職によって成り立っているがゆえに。

 

「おかげで大魔技師殿(どの)、貴方を越える"大魔導科学者"も(かか)えられましたよ」

 

「それは興味深い──わたしばかりが身の上を話すのではなく、ベイリル(きみ)の話も詳しく聞かせてはもらえないか」

(わたくし)のですが……先に断っておきますが──」

「つまらん話かな?」

「いえ、最高に面白い話ですよ」

 

 俺がニィ……と笑うと、大魔技師もつられて笑みを浮かべた。

 

「ただ割愛しても長くなる上に、(にわ)かには信じ(がた)い話に溢れているということです」

「信じよう、それがたとえ嘘だったとしても……なんらかのインスピレーションが得られればと思う」

「であれば語りましょう」

 

 

 

 

 ──かいつまみつつも、俺は日が暮れるまで語り尽くした。

 それは同時に肉体を借り受けているアイトエルにも、改めて詳しく語ったということに他ならない。

 

 

 やがて二人でワインを空けて、星明りが差し込む夜のアトリエで転生者同士──余韻に浸っていた。

 

「実に有意義な時間だった、いやあなたのほうがよっぽど年上なのでしたな」

「今さらお気になさらず。こちらこそ……あるいは誰かに聞いてもらいたかったのかも知れません」

 

 改めて自らの()って立つべき、()となる部分というものを自覚できた心地であった。

 

「大切な繋がりです。せっかくですから、わたしの生涯最期の作品を受け取ってもらいたい。同郷であるあなたに……心より贈りたい」

「光栄です、大魔技師殿(どの)。文化芸術の振興は(わたくし)の望むところでもありますから。なんならこの場にあるすべての作品を寄贈していただいても──」

「はははっ……拙作もありますから、それはさすがにご勘弁を」

 

 大魔技師は残りのワインをグッと飲み干すと、満足気な表情を浮かべる。

 

未来(あなた)の時代まで、この場所で完璧な保存状態にしておきます。ただできれば……大魔技師(わたし)のネームバリューは最初、使わないでいてくれるとありがたい」

「了解しました。ひとまずは色眼鏡なしの正当な評価がされるよう(はか)らいます」

 

 

 アイトエルの肉体が頑健すぎてまったく酔えないものの、俺もワインを(から)にした。

 

「楽しい時間でした、ベイリルさん。わたしの中で唯一残っていた孤独も埋まりました、ありがとう」

「こちらこそ。(つつし)んで大魔技師(あなた)とお高弟(でし)さんたちが築いた地盤の上に、文化を華開(はなひら)かせていただきます」

 

 

 



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#455 ある魔導師の半生 I

 

 ──シールフ(わたし)は【王国】の中流貴族アルグロス家にて、その(せい)を受けた。

 祖父母も両親も規律と自由の均衡が取れていて、代々続く教育を受けた私もその例に漏れず両方を重んじた。

 

 私が12歳の誕生日を迎えると、本格的な魔術教育を(おこな)う為に専属の講師が就くことになった。

 

「先生、どうですか? できてますか?」

「これは……すごい、シールフくん。キミにはとても才能がある」

 

 "彼"は懇切丁寧に教えてくれた。

 そして私はどうやら魔術の才能に恵まれていたらしく、彼の指導と期待に応え続けた。

 

 一季が過ぎた頃、短かった彼の特別家庭講師も終わりを告げる……。

 

「ありがとう、私の最初の生徒」

 

 彼は残る2季を自己研鑽に(つと)め、来年から"王立魔術学院"にて教鞭を取るとのこと。

 私の講師をしていたのは、指導を練習する一環もあったのだと話してくれた。

 

 彼は──図らずも私が優秀だったからこそ──自信をつけ、学院教師に(のぞ)むことができるようになったのだった。

 

 当時の私にとって彼は恩師であり、外の世界を教えてくれる憧れ(・・)そのものだった。

 大衆娯楽にも夢中になっていた私には、同じように彼の立場、その存在に対して盲目になった。

 

 

「国家と王家への忠を果たす為。我がアルグロス家の為。そして私自身の飛躍の為──どうしても行かせてください」

 

 だから……家族へと頼み込んだ、「王立魔術学院に(かよ)わせて欲しい」と。

 

 小さな領地から離れること、王都に行くことで余計な摩擦が生じてしまうことに両親はあまり良い顔をしなかった。

 しかし私は自らの優秀さ──魔術の素養と頭脳でもって、さらには規律と自由を逆手に取って最終的には納得させた。

 

 条件として出された課題も難なくこなし、また一つ年を重ねた時季に王立魔術学院へと入学を果たした。

 

 

「は……はははっ、さすがだ。さすがボクの最初の教え子」

「はい、先生。今後ともよろしくお願いしますね」

 

 彼は既に教鞭を振るっていて、また彼の下で学べることがこの上なく嬉しかった。

 貴族の子弟といった立場を気にすることのない友達もいっぱいできたし、学生時代を思うさま楽しんだ。

 

「先生、私はもう"誓約"できる年齢(とし)になりました。いつまでも子供じゃないんです」

「シールフくん……いや、シールフ──」

 

 育まれ、燃え上がった恋心は……ついには彼と私を結びつけた。

 教師と生徒という秘密の逢瀬。他の誰にも知られぬよう、私たちは背徳の蜜の味を堪能した。

 

 

 ──あるいは。

 そこで終わっていたならば……私は彼とそのまま誓約を果たしたか、情熱が冷めてまた別の誰かと違う人生を歩んでいたかも知れない。

 

 しかし私は──思ってしまった。求めてしまった。(こいねが)ってしまった。

 "彼の()()()()()()()()()"と。

 

 ――才能があった。ありすぎた。

 私には王立魔術学院の歴史においても指折りの、類稀(たぐいまれ)なる魔術の才覚と魔力の器が。

 そして狂おしいほどに渇望し……手を伸ばしてしまったのだ、踏み込んでしまったのだった。

 

 その"魔導(りょういき)"に──

 

 

 "読心"。

 まだその頃はただ相手の心を見透かす程度のものだった、しかしそれで充分すぎた──()()()()()()()

 

「結局は天才なんだもんね」

「楽で良さそう」

「今の内に仲良くなっとかなくちゃ」

「大した家の出でもないくせに」

 

 友達の本音、先生たちが普段から思っていること、多くの人々の考えていること、そして……"彼の心の内側"を覗いてしまった。

 

「彼女の成長は……その練度はもうボクにもわからない、教えられることなんてとっくになくなってる」

「はたしてボクたちは釣り合っているのか」

「愛してないわけじゃない、しかし教師と生徒という関係が判断を曇らせているのでは」

「もっと良家の子弟は他にもいる」

 

 

 憧れは、幻想だった。

 数え切れないほどの人生を垣間見(かいまみ)た今となっては……彼は決して悪い人ではなかった。

 しかし、そう……普通の、一般的な俗人と変わらないことは確かであった。

 

 自らそう望んだはずだったのに。

 その温度差──(あらわ)になった真意に対して、当時の私はあまりにも無防備に過ぎたのだ。

 恋焦がれる少女は、恋に恋をしていただけだったということに気付かされた。

 

 そして私は……純粋でいられなくなった。

 人の心を読まずにはいられない、誰よりも薄汚く滑稽な人間へと成り果てた。

 

 だから私は学院を去った。家にも帰らなかった──家族の本音を聞きたくなかったから。

 

 

 世界を放浪した。

 ふらっとどこかに立ち寄っては、荒事を解決して報酬をもらう。

 

「なあシールフさん、もしあんたが良ければしばらく固定で組んでみないか?」

「いいえ、遠慮しとく」

 

 人とは深く関わらず、最低限の接触だけならば傷つくこともない。

 

 10年近く大陸を巡って……相応の知識や経験を経て、()()()()()()()()()頃。

 

 私の肉体に異変が生じた。

 より一層の肉体と魔力に満ち、瞳が陽光に照らされわずかに輝くようになったのだった。

 ずっと(のち)にそれは"神族の隔世遺伝"が発現したものなのだと知ることになる。

 

 

 旅することにも飽きていた私は──この10年で洗練された"読心の魔導"を用いて、故国で一花咲かせることにした。

 

 アルグロスの名を隠し、神族のような特徴を活かし、知識と経験と魔導を惜しむことなく、一人の貴族へと取り入った。

 政争と戦争を繰り返す。時には心を読んだ弱味につけ込み、謀略も(いと)わぬ出世劇。

 

「き……キサマは!! この傾国の売女めが!!」

「本音をそのまま口に出す人は嫌いじゃないけど、さようなら」

 

 現行の宮廷魔導師(・・・)──その実はニセモノの単なる魔術士《・・・》を追い落とし、その座を成り代わって【王国】の(うみ)を多く排斥した。

 超然的な存在となると、ほとんどは嫉妬心すら(いだ)かれなくなり、多くが率直な称賛、また一部も懐疑的な思い程度に留まった。

 

 しかしそれまでだ。

 宮廷魔術士などという地位にもすぐに飽きる。

 結局は"読心の魔導"──ある種の呪いに掛かった私にとって、好意も憎悪も……あらゆる思いが。

 人間という存在そのものに価値を見出せなくなってきていた。

 

 さしあたって私を産んでくれた一族と、その忠を尽くす国家への義理は果たした──かつて私を焦がれさせた"彼"の死も見届け、私は王国を去った。

 

 

 "己の人生"というものに迷っていた私は……次に"他者の人生"を歩むことにした。

 ひどく傲慢(ごうまん)な言い回しになるが──人間の価値というものを改めて知りたかった、結局は諦めたくなかったのだ。

 

 "流浪(ながし)の占い師"としての仮面をかぶった私は、さらに強力になった魔導でもって人の心の奥深くまで入り込み、その人生を追体験した。

 その行き掛けの駄賃として、その人物が抱える不安や悩みといった負の部分を直接的(・・・)に取り除いてやった。

 

 何百、何千人と、万を数える頃にはもはや……ほぼほぼ人生において"代わり映えしない"ことに食傷となった。

 ありとあらゆる種類の感情、長命種すらも含んだ幾多の人生経験を経て、私は人間はおろか世界の価値すらも見失っていた。

 

 喪失していく命の記憶すらも読んだ私にとって、人生に飽いたところで自死する気にもならなかった。

 

 世界は広く──【魔領】深くや【神領】といった──まだ自分が踏み入れてない場所も、いくつか存在している。

 しかし行ったところで、多少の心の揺れがあったとしても……結局はこんなもの(・・・・・)だと落胆する自分がいるだけだ。

 

 今までがどれもそうだった。

 なぜそこだけが例外でいられると思うのか、思えるのか。

 

 そう……怖いのだ。もしも全てを知り尽くしてしまった、その果てが。

 

 そんな時だった──私が、"あの人"と出会ったのは。

 



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#456 ある魔導師の半生 II

 

 そんな時だった──私が、"竜越貴人"アイトエルと出会ったのは。

 

「たかが数百年しか生きてない小娘が、生意気じゃ」

「……言っとくけど単純な年齢では負けても、重ねた人生の数で私に勝てるわけない」

 

「はン、口は達者でも所詮は"自分自身で選択したわけでもない他人の人生"ではないか」

 

 彼女は……魔導師となってより、()()()()()()()()()()人間だった。

 正確には読もうとすると、その狂暴極まる"頂竜"の血によって魔導の干渉が阻まれてしまうのだった。

 

(わし)より長生きなのは……そうさな、"七色竜"くらいしかおらんよ」

 

 なぜそのような血を引いているのかと理由を問うと、彼女はぬけぬけと私にそう言った。

 創生神話の時代から"生きる化石"だと──そう口にしたら思い切りぶん殴られた。

 

 

 数多読んできた中で"殴られた記憶"は珍しくないし、なんなら拷問の記憶すらも体験した。

 しかし思えば生身のままぶっ飛ばされたのは……直接的な外からの痛みを覚えるのすら、初めてなんじゃないだろうか。

 

 若くして魔導師となり、それ以降──私を(とら)えられるものなどいなかった、その真意(こころ)すらも。

 相手の考えていること、狙いがわかる。機先を制することができるし、穏便に済ませることもできる。

 

「シールフよ、仮におんしが(わし)の心が読めたとしても()けられんよ。それが"武術"というものじゃ」

 

 何を言っているかはまったくもって意味不明だったが、私は笑っていた。

 

「あはっ、あははははッははははははは!!」

 

 嬉しかった。新鮮だった。思い出せた。

 相手の心がわからないということが。

 こんなにも不安で──やきもきすることが、こんなにも楽しいことだったなんて。

 

「ふむ、こりゃぁ強く殴りすぎたか?」

 

 言葉は解せずとも獣の心すらも理解できる私にとって、アイトエル(かのじょ)は気を許せる唯一無二の存在となった。

 

 

 ──私は"英傑"と旅をした。

 彼女は単にその強度によってのみではなく、その精神性に()って立つ"英傑"であった。

 行く先々で困っている人々を助け、時には組織を作って世話をし、関わった者達がさらに輪を広げていく。

 

「"情けは人の為ならず"」

「なにそれ」

「人と人とが繋がり、受け渡され、巡り廻った慈しみと愛はまたいつか己自身にも還ってくるということじゃ」

 

 とある誰か(・・・・・)から教わったらしく、アイトエルはいたく気に入ってよく口にしていた。

 

 アイトエルが創った波紋はもはや大陸中を包み込むと言っていいほどであり、伊達に長生きをしていないことを思い知らされた。

 

 

「どうじゃ? シールフ、おんしもそろそろ一枚噛んでみるか」

 

 数十年と過ぎて、アイトエルはいきなりそんなことを言ってきた。

 彼女は私も知らないところで、魔王具で転移しまくっているので行動の半分くらいは把握しきれていない。

 

「何をさせる気?」

「"学苑"じゃ」

 

 そう言って彼女は──巨大な陸亀のような──魔獣"ブゲンザンコウ"の元へと私を連れてきた。

 

「"契約"は済んでおる。(わし)には無理じゃが、おんしなら心を(かよ)わせて操れよう」

「魔獣!? しかも魔術契約!? いくらなんでも無茶苦茶すぎる……いったいどうやって」

「そういう"魔法具"があるんじゃよ。少しばかり勝手に拝借(・・・・・)させてもらった」

 

 次に着手したのが、甲羅の上に学苑と取り巻く自然を作ることだった。

 アイトエルは人脈を総動員し、岩・石を撒き、土を固め、山を作り、植物に根を張らせ、湖と水門を用意し、生態系を呼び込み、学舎を建築し始める。

 

 

「魔獣の上に学校って……まるで意味がわからない」

(わし)もちょいとばっかし、マネ(・・)をしたくなったと言えばよいかの」

「誰の……?」

(わし)と同じ英傑──もっとも彼奴(きゃつ)が作ったのは迷宮じゃが」

 

 他の皆がそれぞれの仕事をしている間に、私は魔獣の記憶を読む。

 契約魔術が効いているのか、心は安定していて普通の動物よりも物分かりがよかった。

 さしあたって一定の道を巡回させることで、自然もぐるぐると回して新しくしていくのだと言う。

 

 わざわざ動かす必要性に疑問を感じたものの、そうすることで"未来の資源"が作られていくらしい。

 

 

単位(・・)制?」

「そうじゃ、季節ごとに講義という形をとって積み上げていく」

「なにか利点があるの?」

「自由じゃろ」

 

 なんとなく……ただ漠然とではあるのだが、アイトエルの考え方はどこか()()()()()()()のようだった。

 それはいくつもの人生を見てきた私だからこそ覚えた違和感であり、彼女自身の思いつきで能動的に動いているというよりは……。

 

 "誰かの為"に、頼まれ、乗っかって、この学苑を建設しているといった印象が(ぬぐ)えなかった。

 

「シールフや、せっかくなら講師もやってみんかえ」

「この私が?」

「そう、おんしがじゃ。今まで読んできた"借り物の人生"経験でも、学苑という箱庭でなら活かせるじゃろ。これを機会に"自分自身の人生"にしてしまえば良い。学苑長は(わし)として、代理として頑張るがよい」

「代理ぃ?」

(わし)がいられる時間は少ない。だからほとんどのことはおんしにまかせる」

「まるで学苑の方針のように自由(・・)だこと」

 

 私が皮肉ると、アイトエルはまるでその言葉を待ってましたかと言わんばかりに口角をあげた。

 

 

「なぁにきっと、"素敵で運命的な出会い"が待っておるよ」

「なにそれ」

「予言──いや、未来視(・・・)じゃな」

「またてきとうなことを言って──」

 

「なっはっはっは! まっ(わし)は他にもやることが山ほどあるからのう。せっかくなら生徒としても楽しんでもよかろうて」

「今さら生徒はさすがに……」

お互い(・・・)若い見た目というのは、利用しても(バチ)は当たらんさ。新たな人生と考えれば、それもまた一興──」

 

 私は言われたことを頭の中で考えてみる。

 また学生として暮らすこと、講師としての生活。

 いつかの教師(だれか)としての人生──確かに自分自身でやってみることで、新たな発見があるのだろうか。

 

(ただ……うん、そうね)

 

 初恋の"彼"のマネゴトをしてみるのは悪くないかも知れない。

 アイトエルのように後進を育て、巣立つのを見届けるのはやりがいがあるように思える。

 

 

「どうしてもと言うのであれば、代理ではなく学苑長も譲ってやっても良いが」

「──いえ何かあった時に英傑(あなた)の名前を使えるほうが便利だし」

「うむ。どうやら、やる気になったかようじゃの」

「そうね……また世界が変わってくまで、いったん旅を休憩するのも悪くない」

「うむ、学苑(ここ)を新たな居場所にするがええ。(わし)も帰ってくる家としよう」

 

 そう言って魔獣(カメ)の頭の上から、形作られる自然をアイトエルは満足げに眺めた。

 

「ねぇ、しばらく会わなくなる前に一つだけ聞かせてくれる?」

「答えられるものならば」

「貴方でも"頭の上がらない人"っていたの?」

 

(わし)とて昔はそりゃもう脆弱窮(ぜいじゃくきわ)まりなかったからのう。白竜と黒竜などは、若かりし日は世話になったもんよ」

「その話は前に聞いたことある」

「さよか。ただあの二柱(ふたり)だとやはり戦友(とも)であり、出自的な意味でも兄妹姉妹(きょうだいしまい)という(ほう)がしっくりくるもんじゃて」

 

 

 そう言ってしばし沈黙して何かを考えている仕草を見せてから、アイトエルはさらに言葉を続ける。

 

「頭の上がらないというよりは、他の誰にも代え(がた)き恩人であれば二人(・・)、おる。一人は既にこの世にない、と言うのは少し語弊はあるかの」

 

 アイトエルは穏やかで懐かしげな表情を浮かべ、私はわずかに首を(かたむ)ける。

 

「もう一人は──いずれシールフ、おんしも会えよう」

「へぇ……また生きてるんだ、びっくり」

「いや()()()()()()()()()と言ったほうが正しい」

「はぁあ?」

 

 記憶を読むことができないアイトエルの……弱味の一つくらい握ってやろうかと聞いた質問だったのだが、返ってきたのは不可解でしかない答えだった。

 

「またそうやって煙に撒くんだ」

「ふっふっふ、心を読ませて(わし)が嘘を吐いてないことくらいは確かめさせたいが……──いずれ理解(わか)る日も来るじゃろう、そん時を楽しみにしとくことよ」

「はいはい」

 

 ひらひらと私は左手を振りながら──その言葉を真に理解する時がくることも知らず──こうしたやり取りがしばらくお預けになるだろうことに、一抹の寂しさを覚えるのだった。

 



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#457 母の肖像

 

「どっ──せぇい!!」

「ちょっとちょっとぉ、前に出すぎぃ!」

 

 一人のエルフが魔物の群れを駆逐していく。

 身の丈を超えるどころではなく、自らの姿もすっぽり隠して盾とできるくらいの肉厚で幅広の特大剣を振るう。

 重装甲の鎧まで含めた総重量はもはや、尋常の人間が扱える領域ではない。

 

 しかし魔術が不得手で身体強化に魔力を極振りした純妖精(エルフ)種である彼女にとって、それらは有効な武具であった。

 

 

「頼みにしてるからねーーーッ!!」

「まったく、調子がいいことで。しょうがないなぁ」

 

 一方でペアを組んでいる純吸血(ヴァンパイア)種である女性が、巧みで強力な魔術でもって撃滅と支援を的確にこなす。

 二人の息の合った連係プレイは、長命種冒険者コンビとしての名声を()せていった。

 

 

 

 

「先にあなたから名乗ってよ」

「……"リアム"だ、きみの名も聞かせてくれないか」

「わたしは──"ヴェリリア"」

 

 エルフの女性は戦場で一人の男と出会い、恋をした。

 ある凶悪な魔物を討伐する為に派遣されてきた"特装騎士"の小隊と、獲物がかち合ってしまったのだった。

 

 既に女一人となった冒険者稼業。

 いささか過信して危ないところを助けられてしまった形になったが……素直には喜べない。

 

 

「まったく人族(ヒト)ってのはよく群れるものね」

「それが我ら特装騎士としての任務で戦術だからな。協力して困難を解決するのも、このような"小道具"を使うのも……きみのようなエルフと違って弱い人族(われら)のなけなしの知恵というものだ」

 

 自分よりもずっと弱い男。

 しかしこれをキッカケに言葉を交わす内に、興味が不思議と好意へ変わっていった。

 

 相方であったヴァンパイアが人族を愛して先に引退した時は……色々と思うことがあったが、まさか自分まで寿命の違う人間に恋をするとは思わなかったと。

 

 

 

 

 一時の熱情に身を任せたものの、やはり人とエルフとでは価値観の相違というものが少なくなかった。

 我が子は愛しているし、リアムのことが嫌いなわけではない──しかし長く続くものではないと直感してしまった。

 

 いずれ冷め切るか、あるいは喧嘩別れをするくらいならばと、ヴェリリアは一度距離を置くことにした。

 

「──ごめんなさい、リアム。これもいい機会だと思うから……」

「あぁ……わかった」

「ちょうど親友(フルオラ)が面倒なことに直面してるみたいだし、わたしは一度そっちへ行くことにする」

「"長い付き合い"、か」

「そうね……あなたよりもずっと一緒にいた人。彼女が困ってると言うなら、わたしはそれが【極東】や【魔領】の災禍地だったとしても駆けつけるつもりだから」

 

 ある種の言い訳にも聞こえるが、同時に言っていることは真実に違いない。

 

「"フェナス"のことは、しばらく任せるわ」

「いいのか?」

「エルフの寿命は長い。フェナスはハーフエルフだし、あなたが死んでからでもいくらでも一緒に過ごせる」

「ははっ、少し()けるな。あらためて長く同じ時間を過ごせる友と──愛娘に対しても、羨ましく思うよ」

 

 ヴェリリアの冗談めいた言葉にリアムは苦笑しながら率直に返した。

 

 

「それに特装騎士のほうが安定した職だし、侍従(ベルタ)さんもいてくれる。冒険者稼業のわたしよりよっぽどいい」

「じゃあ遠慮なく。存分に子の成長を見守らせてもらおう」

「うん、おねがいね」

 

 女の子を出産し、母となったエルフは……一時、父と娘へ別れを告げる。

 両親とはいえ1組の男女、その距離感や機微に関して"まだ生まれていない息子"がとやかく言えることではなく──

 

 ベイリル(おれ)の実姉にあたるフェナス──(のち)の"運び屋(キャリアー)"は父と幼少期を過ごすことになり、母は帝都から離れることとなった。

 

「──愛しているわ、フェナス。定期的に顔は出すから、健やかに育つのよ」

 

 

◇ 

 

 

 親友である吸血種(ヴァンパイア)のフルオラ・リーネは、その種族性も相まっていささか政治的なしがらみの渦中にあった。

 それらを解決する為にヴェリリアは手段を選ばず、ダメもとでアイトエルを頼った。

 

 世界中で慈善を展開しているアイトエルが作った組織の一つが、かつて母の一助になったことがあり……そこから知己を得ていたのだった。

 長生きをすればそれだけ交友が広まり、長命種同士の世間というものは狭くなりがちだと言えよう。

 

 一部始終を俯瞰(ふかん)していた第三視点(おれ)を通じ、事情を先んじて知ったアイトエルは快諾する。

 

 道中を(とも)に旅した。

 何千年と経ても悪食で頓着がないアイトエルに代わって、母の手料理を懐かしく存分に味わった。

 

 

 ──そんなある日、予兆なくヴェリリアが倒れた。

 体温は著しく上昇し、動悸激しく、血涙・鼻血・吐血に加え、その肌はヒビのように割れ始める。

 

 俺は過去(みらい)において、アイトエルから聞いた話をすぐに思い出していた。

 

『……俺だ』

(どういうことじゃ?)

『母さんは既に子を身籠(みごも)っている。そして今まさに転生者(おれ)という情報の流入負荷に(さら)されている』

(なるほどのう、確かに"魔空(アカシッククラウド)"から引き出す時と症状が似ておる。じゃが(わし)と違って耐えられる肉体(からだ)が無さそうじゃな)

『他人事みたく言うなよ、ここで俺が生まれなければ全てがご破算だ』

(それは大昔の(わし)が困ってしまうな。して、できることは?)

 

 話の早いアイトエルに、俺は端的に答えを告げる。

 

『──血だ。頂竜の混じったその血を、母に輸血してやってくれ』

(ほっほー、それは……うむ。やり方としては実に理に適う上に、なんという因果か)

 

 

 するとアイトエルは躊躇せず拳を握ると自らの血を(にじ)ませ、横臥(おうが)させたヴェリリアのヒビ割れた首筋に垂らしていく。

 

『これで結果的にアイトエルの魔力色が、胎児の俺に影響を与え──第三視点と共鳴する近似色(・・・)の土台を作った』

(そーゆーカラクリかい、時の流れとはおもしろいものよ)

 

 時空のパラドックス──()が先か()が先か、俺とアイトエルのどちらが先か。

 実際には(のち)にニワトリと呼称される(しゅ)が内包され、変異進化した卵が先(・・・)らしいものの……。

 

 その起点(・・)はどこにあったのかなどは……正直考えるだけ無駄であり、ある種の()とも言える。

 

 俺はすぐに些末な思考実験(あそび)は脳の(すみ)へと追いやって、今眼の前にある母の様子を観察し続ける。

 

 

『ヒビ割れと出血はとりあえず落ち着いてきたが……』

 

 ヴェリリアは苦痛に喘ぐばかりで、小康状態どころかより酷くなっているようにも思えてくる。

 

(まぁこれは血との適応問題じゃな。(わし)もやられた時はしばらくとんでもない苦痛じゃった)

 

 他人の血を混ぜる行為。

 血液型が違えばおよそ死んでしまうし、同じだったとしても感染症リスクを含めて油断はならない。

 さらには既に竜と人の二種の血が、エルフの血と三種混合になるわけであり……普通であれば狂気の沙汰である。

 

 あくまで生き残れることが、確定した未来として既知だからこそ可能な輸血。

 

「まっ血流操作は慣れたものよ。(わし)の血が混ざったのなら、多少は干渉できるじゃろ」

 

 そう言葉にしながらアイトエルは右手で血を供給しながら、左手をヴェリリアの心臓へと手を当てる。

 小一時間ほど経過したところで、母の状態もようやく落ち着いていったのだった。

 

 

 

 

「アイトエル様、この御恩は一生を懸けて──」

「うんにゃ、気にするな。これも必要なことじゃて」

「はぁ……」

 

 峠を過ぎ、ある程度回復するまでには数週間を要した。

 苦痛も完全に消え去ったわけではないが、ヴェリリアは新たに宿った二人目の我が子のことを喜んでいた。

 

「身重になる前にさっさと解決してしまうがよかろ」

「……はいッ!」

 

 アイトエルとヴェリリアは、複雑に絡んだ事情を解きほぐしつつ……貴族同士の血生臭いやりとりから無事、親友とその伴侶である男を救いあげたのだった。

 

 

 それからしばらくの(あいだ)ほとぼりを()ます為に、フルオラの夫の人脈(ツテ)を利用し、帝国亜人特区にある【アイヘル】という名の集落で暮らすこととなる。

 ベイリル(おれ)とフラウをそれぞれ身籠り、無茶も通しにくくなっていたヴェリリアとフルオラは、並行してその身を休めることにしたのだった。

 

 



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#458 はじまり

 

 帝国の亜人特区──【アイヘル】の集落にて、母ヴェリリアは破水する。

 さらにまるで共鳴し、引き合うかのようにフルオラ・リーネも産気づいた。

 

 先んじて特区入りしていて、姉フェナスをとりあげたこともある元治癒術士で鬼人族の侍従"ベルタ"によって、まずベイリル(おれ)が誕生する。

 アイトエルを通じて自分の産まれる姿を眺めるというのは……なんとも言えない気分だった。

 

 出産直後で意識を失くした母は、赤ん坊(おれ)を抱き上げることもなく立ち会っていたアイトエルによって介抱される。

 産婆ベルタは続いて幼馴染となる"フラウ"を、フルオラの胎内から無事とりあげた。

 

 フラウとはこの世界で産まれた日まで一緒の幼馴染だったのだと、今さらながらに知ったのだった。

 

 

 

 

 数日後、父リアムと姉フェナスが特区アイヘルの家までやってきていた。

 出産直後の母ヴェリリアと息子ベイリル(おれ)を含めた家族4人──さらにフルオラとその夫とフラウ、ベルタ、アイトエルと第三視点(おれ)を交えた賑やかな日々が続いた。

 

「ほ~らフェナス、この子があなたの弟ベイリルよ~」

「……ん」

 

 フェナスの小さな人差し指を握る、さらに小さなベイリルの手。

 

「もうあなたはお姉ちゃんだからねぇ。ベイリルといつまでも姉弟仲良く、長生きして協力してくのよ~」

 

 まだ物心もついてない……前世の記憶も思い出していない時期、まぎれもない幸福の記録であった。

 

 

 およそ2週間ほどが経過し、ヴェリリアとフルオラ両名の体調が落ち着いたところで、父・姉・侍従は帝都へと戻ることになる。

 今しばらく隠居している必要があり、ベイリルはフラウと共にアイヘルに残ることとなった。

 

 時を同じくして第三視点(おれ)も時間軸を移動する為に、アイトエルとまた一時の別れを告げた──

 ベイリル(おれ)自身への贈り物(プレゼント)として、一冊の本を土産として置いていった。

 

 

 

 

 数年後の一部始終を、第三視点(おれ)は観測していた。

 

 無法者の手によって、"小さい姉フェナスが誘拐されてしまった"こと。

 雑多とはいえそれなりに治安の整っている帝都において行方不明事件が頻発し、父と侍従の保護をすり抜けて姉が被害に()ったのにはワケがあった。

 

 大元まで辿っていけば"アンブラティ結社"をバックボーンに持つ、専門業者の手によるものだったからだ。

 

 すぐに父は特装騎士として、帝都内の洗い出しを(おこな)おうとしたものの……我が子を攫われた父親の謁見行為は、上司だけでなく同僚からも冷静だとは見られなかった。

 結果として連続行方不明事件に関わることを禁じられた父は、ベイリル(おれ)が生まれた時に知り合った英傑──最も(ちから)のある"竜越貴人"アイトエルを頼る。

 

 リアムは独自の人脈を用いて調査を開始し、アイトエルは"使いツバメ"よりも早く魔王具を用いて【アイヘル】の集落にいるヴェリリアのもとへと転移した。

 

 

 

 

『──それで"この時"に、アイトエルとはじめて会ったわけだな』

(子供のベイリル(おんし)からすればそうか)

 

 目の前には小さい半人半妖精種(ベイリル)半人半吸血種(フラウ)鬼人族(ラディーア)、3人の子供達がいた。

 

「魔術も全然覚えられんし、寿命は長いしなぁ」

「ふむ、魔術を使いたいか」

 

 視点を借りた俺は、アイトエルと子供(おれ)のやり取りを眺める。

 

「えっと……あぁどうも、聞こえてた?」

「バッチリのう。しかし腐り始めるには、おんしはまだまだ若すぎじゃろうて。さっ、ほら──」

 

 アイトエルの差し出した手を、ベイリル(おれ)が握り返す。

 その感触を共有しながら、第三視点(おれ)は自らの記憶を薄っすらと思い出していく。

 

 

「あっ! お姉さん、だれだれ~? やっほ~~~」

「ふぅむ……名前はいっぱいあるのう、今はただの子供好きのお姉ちゃんでよいぞ」

「変なのーーー」

「強そう。強い?」

 

 フラウは昔から可愛らしく。

 そしてもう一人の幼馴染ラディーア──彼女は、過去ついぞ見つからないままだった。

 眠り、改造・洗脳されていた100年の空白(あいだ)に寿命を迎えてしまっていたのだろう。

 

 そんなことを考え、想起しているとアイトエルの講釈もいつの間にか終わっていた。

 

 

「──なぁに、人間(ヒト)は誰しも──"(きた)るべき(とき)"に(いた)るというものよ。だからそれまで(せい)ある限り()くせ、若人たち」

 

 アイトエルがベイリルとフラウとラディーアの頭を順繰り撫でていく。

 

「では少し急ぐ用事があるでな、またいつか会おう──ベイリル」

 

 

 

 

「ヴェリリア、気を落としすぎるなや」

「そんな……でも──ッッ!!」

「おんしは備えなければならん、詳しい事情は使いツバメが届くはずじゃからな」

 

 アイトエルはフェナスが誘拐されたことを、先立ってヴェリリアに告げる。

 いかに離れて暮らしているとはいえ、フェナスも大事な我が子である以上、武闘派の母が動かないわけがない。

 

 

『……そしてほどなくして、母はまだまだ童子だった俺をリーネ()──フルオラさんに預け、家を出た』

(未来としては、これで問題ないわけじゃな?)

 

 母がいなくなった事情がようやく判明した。

 最も信頼できる親友にもう一人の我が子(ベイリル)を託し、自ら娘を助けに集落(アイヘル)から出立したということ。

 

『そうだな──ここからはまた第三視点として動く』

(せわ)しないことじゃて)

 

 

 その後の動向、顛末を見届ける必要がある。

 

(わし)は動かなくていいんじゃな?)

『あぁ、それこそ未来が変わっちゃうからな』

 

 姉を救い出し、アンブラティ結社を潰し、惨劇を回避して家族仲良くハッピーエンド。

 そんな時空の円環をここで閉じてしまう未来は、選ぶことはできないのだった。

 

 

 

 

 アンブラティ結社首魁の"亡霊(ファントム)"の姿はなく。

 既に実質的な中心となった"仲介人(メディエーター)"によってその資質を選別される子供達。

 

 いずれ"運び屋(キャリアー)"となる姉フェナスは選ばれた一人であり、"生命研究所《ラボラトリ》"によって何かを注入されるところまでを()る。

 

生命研究所(ラボラトリ)──覚えたぞ(・・・・)

 

 この時代に拠点としている場所、その物流の流れまで俺は把握し記憶しておく。

 以前の時間軸において一度この手で殺した彼女(・・)は、俺にとって……結社の中で最も因縁深き相手とも言えた。

 

 

 血と炎の惨劇を"脚本家(ドラマメイカー)"に依頼し、俺がカルト教団に行くことになった原因。

 学苑時代の"()()()"()()()()()()、100年の空白において俺を"冥王(プルートー)"として好き勝手改造した人物。

 さらに100年以上の(のち)、ようやくその所在を見つけ出して決着(ケリ)をつけた──300年にも届こうかという長い因縁だった。

 

 そして……同時に俺がこうして"第三視点"として完全な発現をできているのが、あの肉体改造があってこそと思うと皮肉なものだった。

 

 

 

 

 時間軸はさほど進めないまま、あちこち世界を移動した第三視点(おれ)は、今一度両親の動向を俯瞰(ふかん)する。

 

 長年の熟練冒険者である母ヴェリリアと、帝国特装騎士の立場にある父リアム。

 二人はそれぞれで己の持つルートを使って、それがたとえ非合法(イリーガル)な行為であっても躊躇(ためら)わなかった。

 定期的に使いツバメで連絡を取り合いながら探索を続け、徐々にアンブラティ結社の影が見えてくる。

 

 しかしその影を踏むということは、同じように結社側にも悟られるということを意味していた。

 まして魔法具"遍在の耳飾り(いつでもどこにでも)"で自らの数(バックアップ)を増やし、その情報力において並ぶ者のない仲介人(メディエーター)を相手にするということ──

 

 

 特装騎士であったリアムはその立場を追われ、恨みを買いやすく元犯罪者で多く構成される"黒騎士"へと身をやつし、そこで途絶えてしまった。

 ヴェリリアは踏んだ影の主までどうにか斬り掛かろうと、さらに深入りしてその身を囚われてしまう。

 

 そして、ここから"ベイリル(おれ)の物語"が動き出す──

 



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#459 炎と血の惨劇 I

 

 ──四次元の精神体でしかない"第三視点(おれ)"は、喉が乾くような錯覚を覚える。

 

 その光景は何度も見たはずだった。

 実際に一度体感したことで、記憶を精査する為にシールフの読心によって心象風景を何度も振り返った。

 

 赫炎に燃ゆる故郷、無造作に撒かれた肉片。

 黒煙と、血が蒸発したような匂い。

 森が消失していく音、途切れていく怒号と悲鳴。

 肌を撫でる熱気。入り混じった味。

 

『災害や疫病、魔物や魔獣……数え切れない戦争と戦災、酸鼻窮(さんびきわ)まる虐殺──人の愚かしさの歴史も含めて、この"第三の眼"で()てきたはずなんだがな』

(やはり己が身の上で起きたことだと、心持ちが違うか)

『あぁ──しかも座して眺めてなきゃいけないってのは、なかなかに(こた)える』

 

 故郷アイヘルを襲った"炎と血の惨劇"、事前に止めることもできた。しかしそれはしない。

 ここも一つの分岐点ではあろうが、この時点から修正された違う世界線(れきし)は俺の望むところではないからだ。

 

 

『ただヴェリリア(かあさん)はここで助ける必要があるはずだ』

(なにやら曖昧な話じゃのう)

『アイトエルに助けられたってのは聞いてるからまぁ……時期的にも十中八九間違いないと思う』

(んじゃれば、ぼちぼち()こうか)

 

 第三視点(おれ)は存在しない首を縦に振りながら、意識を(くう)へと飛ばす。

 地獄のような故郷(アイヘル)の状況をアイトエルと共に把握し、魔王具によって瞬時に空間転移する。

 

 

「んん~? キミはだれだぁ?」

 

 かつて童子だった俺を足蹴にしてくれた仮面の男は、ゆっくりと歩いて間合いを詰めるこちらに気付く。

 その隣には両膝をついてうなだれる母ヴェリリアの姿があった。

 

「子供……いや、違うかね。我輩(わがはい)の舞台に土足で上がるのは感心しなッ──」

 

 仮面の男の言葉は、ピンッと指で(はじ)かれた小石によって(さえぎ)られた。

 一直線に飛んだ指弾は仮面の額部に命中し、走った亀裂から瞬く間に真っ二つに割れる。

 

「むぉ──!?」

 

『"脚本家(ドラマメイカー)"だ、間違いない。最初に見た時は死体だった時の顔、そして結社を追ってよくよく焼き付けた顔だ』

「おんしが脚本家(ドラマメイカー)じゃな」

 

 反射的に顔面を抑えて隠そうとした脚本家(ドラマメイカー)であったが、素性がバレているのを知ると深く息を吐いた。

 

 

我輩(わがはい)も有名になったものだ……演者としては極力出ないようにはしているのだが、どうにも衝動が抑えられん」

 

 大仰に両腕を広げた脚本家(ドラマメイカー)は、ニタリと悪意の込められた笑みを浮かべる。

 

「無事に幕引きを迎えたいところだったが……なに、即興劇も歓迎しようではないか」

「おんしの安っぽい舞台で踊る趣味はないかのう」

「ははっははははははッアハハハハハハハハ!! 興味深い意見だ、なかなかの悲劇だと思うのだがね──なるほど、狙いは彼女のほうか」

 

 脚本家(ドラマメイカー)は腰から短剣を抜くと、素早くヴェリリアの首筋へと当てる。

 

「……何のマネじゃ?」

「トボけても無駄だ、観察眼なくして脚本と演出はできないのだよ。わずかに視線が向いたのを見逃すような我輩(わがはい)ではない。声色もさほど隠せていないし、キミは演者としてはまだまだだな」

「よく見ておるのう、少しばかり認識を改める必要があるようじゃ」

 

「──んだがッ!! そんな三流役者であっても、演出が良ければ十分に盛り上がるというもの!! さあ立ちたまえヴェリリアくん、"彼女がキミの子供を(さら)った敵"だよ」

「あ……ぁ──」

 

 瞳の焦点は合わないまま表情を歪ませ、ヴェリリアが明確な敵意を向けてくる。

 

「ほう、ヴェリリアや──(わし)に牙を()きよるか」

「ふーむ、それっぽい反応をしていたから当てずっぽうではあったが……やはり子供を奪われた母、で正解のようだ」

 

 クツクツと脚本家(ドラマメイカー)は笑い、ヴェリリアは分厚く幅広い──人間一人(ひとひとり)が完全に隠れるほどの鉄塊──盾代わりにもなる特大剣を手に引きずる。

 

 

『アイトエル、母さんは洗脳されている』

(わかっとる。ただ荒療治も必要じゃろ)

 

「キミたちがどれほどの仲かは知るまいが、ハハハッ相争うサマを見せてもらおう」

「あ、ぁ……あぁぁあああァァァアアアアアアア!!」

 

 半狂乱の様相を(てい)しながらも、肉体に染み付いたヴェリリアの太刀筋はしっかりとしたものだった。

 最短距離を真っ直ぐに、地面を削りながら剣勢をつけて斬り上げられる。

 

「さあさあ! さらなる悲劇を、彼女に与え──……は?」

 

 脚本家(ドラマメイカー)は眼前の光景に呆気に取られ、間抜けな声をあげる。

 

「言ったじゃろう、おんしの舞台には付き合わんと。争いになどなるわけがない」

 

 アイトエルの右手には特大剣が握られ、左手には気を失ったヴェリリアの首が掴まれていた。

 

 

「なに、が起きた? まさか我輩(わがはい)が見逃した……だと?」

「ご大層な観察眼とやらも、(とら)えられなければ無意味よのう」

 

 "無刀取り"──武芸万般を自称する経験(キャリア)数千年の超武術家たるアイトエル。

 彼女にとって、素人の目に映らないまま白刃を奪い取り、瞬間的に痛撃(あてみ)を入れて気絶させるなど……意識せずとも可能な領域にある。

 ヴェリリアとて長き冒険者としての経験と修練あれど、アイトエルとの差は歴然であった。

 

「なっ、くッ──三流役者が実に小癪(こしゃく)な……まさか脚本家(わがはい)の演出を超えてくるなど」

 

 脚本家(ドラマメイカー)の顔にようやく焦燥の色が浮かぶ。

 

「だーかーら、演じたつもりはないと言っておろうが」

「いや待て、映らない演技になんの意味がある……? 時間が飛んだような演出としては──それを一つの流れの中に組み込むのであれば……」

「筋金入りのド阿呆(アホウ)が、いい加減にせんかい」

 

 ブオンッと特大剣を放り投げ、脚本家(ドラマメイカー)の足元へと突き刺す。

 

 

「おぉ──!? っと……待て待て待ちたまえ、少し話をしようじゃないか」

 

 こちらを制止するように脚本家(ドラマメイカー)は片腕を伸ばして手のひらを広げる。

 

「どうだろうか、報酬ははずもう。その力量と演技──は今後の成長を見込みつつ、我輩(わがはい)と共に活かしていく気はないかね?」

「上から目線が過ぎるのう」

「そこは仕事の上下関係、区別はつけるべきだと思うのだが?」

「はぁ~……もう付き合ってられんわ」

 

 マイペースな引き抜き(ヘッドハンティング)にアイトエルだけでなく、さしものベイリル(おれ)も辟易してくる。

 

「どうしてもダメか?」

「断る」

「残念だ……では、()()()()()()()()()()

 

「む──」

 

 

 脚本家(ドラマメイカー)の視線の先、ゆっくりと体を横に向けるようにアイトエルは振り返る。

 

(わたし)はしたいようにする」

「それでいい、我輩(わがはい)の舞台慣れしたキミにとやかく言うつもりはない」

 

 "死の気配"とも言うべき濃密な圧力を前にするも、アイトエルは涼しい顔を崩さない。

 他方(たほう)、灰褐色の髪を後方に撫で付けた男の瞳は紅く、犬歯の生えた口をゆっくりと開く。

 

「歯ごたえがありそうだ、小娘」

「おんしのほうが間違いなくずっと年下じゃぞ、小僧」

「……そうか、いやどのみち些末なこと。久方振りに闘争らしい闘争になりそうだ」

 

「立ち姿だけでも随分と腕が立つようじゃが、これが役者が違うというやつかの」

 

 あるいは今現在この地上世界において、最も命を奪ってきているであろう吸血種(ヴァンパイア)の男。

 かつて西方魔王として名を()せ、戦場で殺戮の限りを繰り返し、多くの国を攻め滅ぼし、母国さえも亡ぼしたアンブラティ結社の殺し屋。

 

 今この場にある惨劇の地にて、何十あるいは何百と殺してきてなお、血の一滴にも染まっていない仇敵(かたき)

 

 

("将軍(ジェネラル)"──)

 

 俺はかつて皇国の"大要塞"で相対した名を、心の中で思い出していた。



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#460 炎と血の惨劇 II

 

 俺はかつてこの手で殺した仇敵(かたき)の名を、心中から言葉にする。

 

『"将軍(ジェネラル)"──グリゴリ・ザジリゾフ、ここで会ったが、何百……いや何千年目か』

(知り合いか? ずいぶんと強い執着をそこはかとなく感じるようじゃが)

『あぁ、未来で俺が打ち倒すべき相手だ』

 

(……それなら、喧嘩は買わんほうが良さそうかい)

『少し挨拶するくらいならいいだろう、母さんを(かか)えて逃げられる相手でもない』

 

 魔王具"神出跳靴(あるかずはしらず)"の空間転移の範囲はあくまで装着者本人に留まり、他人ごと空間跳躍することは重大なリスクに繋がる。

 万全でも自分か相手か……どこかしらが置き去りにされて欠損する可能性が低くなく、それが重要な器官であれば当然即死に至る。

 

 

「エルフが目的か──その足手まといをとっとと置くがいい」

「それは有情なことじゃて。しかしのう……はいそうですかと(うなず)くわけにもいかん」

 

 アイトエルはもう一方へ視線を移したところで、脚本家(ドラマメイカー)は肩をすくめて答える。

 

「使い終わった演者だ、我輩(わがはい)の興味も既に失せている。筆頭演者が来たことで、我輩(わがはい)の安全も担保された」

「フンッ、そこの道化が余計なことをすれば(わたし)がこの手で(くび)り殺すから安心しろ」

「失敬なり!」

 

「まっこと組織として歪極(イビツきわ)まりないのう、"アンブラティ結社"とやらは」

 

 やれやれと言った様子でアイトエルが吐いた息に、脚本家(ドラマメイカー)将軍(ジェネラル)の感情が揃って揺らめく。

 

「女……何者だ」

「名乗るほどの者──ではあるが、教えるつもりはない。将軍(ジェネラル)グリゴリ・ザジリゾフや」

(わたし)の捨てた名まで知っている──だと? ……間抜けが口を滑らせた、というわけではないということか」

 

「失礼な、いくらなんでも見損ないすぎだ。安易に口に出すわけがないし、脚本家(わがはい)の通り名も知っていた」

「かっかっか! 知りたければ力尽(ちからず)くで聞いてみるがええ」

 

 アイトエルはヴェリリアの体をその場に横たえて、ゴキリと首と手指を鳴らす。

 

 

「それも一興か」

「むむむっ、是非とも観覧したいところだが……巻き込まれても困る。撤収準備も完了している頃だし、我輩(わがはい)は以後の指示の為にも退場させてもらおう」

 

 脚本家(ドラマメイカー)は足早にこの場を後にし、将軍(ジェネラル)は静かに(たたず)む。

 

将軍(ジェネラル)の戦型は"黒色の魔力"だ。あらゆる魔術を減衰させ、極致とも言える暴威によって強引に叩き潰す魔術師の天敵だ』

(単なる力技(ちからわざ)でどうにかなる(わし)ではないがな)

 

 アイトエルが待ちの姿勢を見せると、将軍(ジェネラル)はゆっくりと歩を進めつつ──踏み込んだかと思えば一瞬で間合いを0(ゼロ)に持ってくる。

 長年鍛え研ぎ澄まされ吸血鬼(ヴァンパイア)のフィジカルに、特大の魔力強化と、積み上げた実戦勘(けいけん)と技術とを乗せた一撃。

 

 尋常者であれば思考する間もなくこれで終わる。

 しかし相手がさらに遥か上の技術を有するアイトエルであれば迫る右拳をいなし、反転逆撃を叩き込むことも造作もない。

 

(あま)ッ──」

 

 造作もない……はずであったのだが、はたしてアイトエルの顔面に裏拳が入れられ、小さな体躯は宙を舞っていた。

 

 

「ぬぅ……ぐっ、(わし)がまともに喰らうなど何百年振りか」

()れてようやくわかることもある、か──信じられん密度だ」

 

『まじかよ……アイトエル、一撃もらうなんて』

 

 その軌道も衝撃も完璧に()らしたのは、第三視点(おれ)からも確認できている。

 何千年という研鑽の果てに、およそ武術の到達点にいるアイトエルがよもや失敗(ミス)ることもない。

 

 ただ──そう……まるで運動エネルギーが()()()()()()()ような、避けたはずのものが当たったような錯覚を覚える一撃。

 

(ッ……おー(いた)たた。のうベイリル、本当に彼奴は黒色の魔力なんか? 圧力のようなもんも感じんし、違うような気がするぞ)

『すまん、俺もそう感じた。今の状態だと魔力色は()えないが……違うかも知れん」

(なんじゃいそりゃ)

『俺の記憶も古いからアテにならん部分もあるが……あぁそうだ、あの時は魔力がない状況だったから──もしかしたら今が魔力の充実した本来の(・・・)将軍《ジェネラル》ってことなのか』

 

 

「壊しがいが……あるッ!」

 

 ブワっと相対距離が詰まると同時に、将軍(ジェネラル)の左フックが迫る。

 それを皮一枚のところで近距離転移して回避したところで、アイトエルの空中蹴りが将軍(ジェネラル)の延髄へと突き刺さった。

 

「調子に乗りよってからに……あんまり無礼(なめ)るなよ、小僧」

 

 アイトエルの全力の左足刀が急所へ命中し、その体がグラついた次の瞬間──将軍(ジェネラル)の首が180度回転し、その牙が肌へと喰い込む。

 紅々とした瞳が「捕まえた」と言っているようで、そのまま強引に引っ張られながら、アイトエルの無防備な胴体に右掌底が叩き込まれた。

 

「っっ──がはァ!!」

 

 単純な衝撃力だけで言えば、アイトエルの長き生涯で最大とも言えるほどのもの。

 体躯は吹き飛ぶことなく空中に固定され、そのダメージが余すことなく全身に駆け巡り、血反吐が漏れる。

 

 将軍(ジェネラル)はそのまま膝をつき、アイトエルの体は地面へと落ちた。

 

 

『大丈夫か!?』

(むぅ……油断していたわけじゃないんだがのう)

 

 アイトエルの強靱な肉体と巧みな血流操作をして、甚大と言わざるを得ないダメージに……俺は改めて将軍(ジェネラル)の強度に戦慄する。

 だが肉体を共有しているがゆえに、わかったこともあった。

 

『本来なら逃げるはずの衝撃までもが体内に留まった。まるで俺が使う"音空響振波"のような……まさか将軍(ジェネラル)はエネルギーの流れや方向性のようなものを操作でき──』

(いや、そんな小難しいもんではない。もっと単純なもんじゃ)

『看破できたのか?』

(二度も喰らえば充分すぎる。強度は比較にならんが、過去に似たようなのがおったよ)

 

 

「かつて魔人を仕留めた技なのだがな……それにしても不味い血だ」

 

 ペッと吐き捨てつつ口元を(ぬぐ)いながら将軍(ジェネラル)はゆっくりと立ち上がり、アイトエルは俺にも解説するように口を開く。

 

「"念動力"、しかしとんでもない領域よの。自ら全身に掛けて動かすなど……まかり間違えば一瞬で潰れるだろうに」

「慣れれば大したことはない」

 

念動力(サイコキネシス)……そういうことか』

 

 物体を内側から動かすのは、厳密にはテレキネシスだっただろうか。

 どちらにしても魔力強化された吸血鬼の肉体に、魔術を重ね掛けして出力を上げ、さらに攻撃にまで転化しているとくれば……これほどの強度も(うなず)けた。

 普通ならば簡単に肉体が悲鳴を上げ、ぶっ壊れてしまうところのはずだが──将軍(ジェネラル)はそれを己のモノとするまでに昇華させているのだろう。

 

「貴様はどうやって(わたし)の背後へ移動した?」

「ん~? (わし)は空間を転移しただけじゃ」

「名前と違ってあっさり教えるとは……虚言(うそ)か、真実(まこと)か──それほどの魔術、いや魔導か魔法か。どうあれ相手取って不足なし」

 

 

(無意識の内にまで肉体を動かせるとなると、ちと(わし)の"()"とは相性が悪い。よって後は任せたぞベイリル)

『は? あぁまぁ……"黒の魔力"ナシで魔術が通じるなら、いくつかやりようはあるが──了解」

 

 肉体の主導権を渡された俺は肉体の状態を確認しつつ、パチンッと指を鳴らして立ち上がったのだった。

 

 



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#461 炎と血の惨劇 III

 

 完全な形でないものの、過去にして未来の再現──ベイリル(おれ)は再び将軍(ジェネラル)と相対する。

 

 アイトエルの肉体で魔術は使えても、魔導は使えない。

 しかし将軍(あいて)もまた"黒色の魔力"を使っていない状況。

 

「うっ……ぶぐ──ガッ、ゴホッ! ふゥー……」

「どうやら打ち込んだ楔は大きいと見える。引き換えた割に代償をより多く支払ったのは──明白だな」

 

 念動力による後出し出力で千変万化な動きで肉体を操作してくる以上、第三視点による未来視もあまり効果的ではない。

 それだけ細かく読む未来が増えてしまうことは、単純に不必要な消耗に繋がってしまう。

 

 肉弾白兵戦はどうあっても回避すべきであり、純粋な魔術戦で俺のレパートリーをどこまで通じさせるかである。

 

 

「単に(ノド)(とお)りを良くしただけさ」

「つまり名乗る気になったということか?」

「ほざいてろ」

 

 そう返したところで、将軍(ジェネラル)の体が三度(みたび)膨張する。

 しかしその進撃は、空中に配置した何百枚にも分割配置された"風壁"によって絡め取られていた。

 

「なに──ッ!?」

 

 薄い紙や衣であっても、重ね続ければ水はいずれ沁みこまなくなり、銃弾をも防ぎ切る。

 分厚い大気の壁に突っ込んだ摩擦熱に加え、さらには傾斜をつけて相手を浮かしてしまうことでその勢いを完全に殺していた。

 念動力によって推進力を新たに得られる前に、数瞬の内に反転攻勢へと移る。

 

「素晴らしき"風擲斬(ウィンドエッジ)響燕(ひびきつばめ)"」

 

 パチンッ──と何度も両手で指を鳴らして、音圧振動を内包した風の刃を叩き付ける。

 

「音というものは、ただそれだけで負荷(ストレス)だ。さらに増幅された雑音(ノイズ)と振動は、確実に肉体を(むしば)む──と言っても聞こえまいが」

「ごぉぉォォォァァァアアアアアアアアッッ!!」

 

 念動力を外部に放出し、俺の(はな)った魔術をまとめて吹き飛ばした将軍(ジェネラル)は地に足をつける。

 それ自体が内外の防護壁も兼ねてるのか、こちらの想定よりもダメージは無さそうであった。

 

 

「幾度となく戦ってきたが……味わったことのない攻撃だ、おもしろい」

『戦闘狂が、覚悟ッ!』

 

 その言葉に反応し、将軍(ジェネラル)はバッと反射的に背後を振り向いていた。

 "撹乱擲声(デコイボイス)"によって本来立っている位置とは別の場所から発せられた声。

 さらにピッチを低くして男声かと聞き紛うので、あたかも伏兵が現れたように感じたのは無理もなかった。

 

「──ッ!?」

 

 さらに将軍(ジェネラル)の目の前には、鏡合わせかのように将軍(ジェネラル)が立っていた。

 それは空属魔術"虚幻空映"で光を屈折させて作り上げた蜃気楼のような虚像であり、声に重ねて虚を突くと同時に意識を散漫にさせる。

 百戦錬磨の将軍(ジェネラル)にとって、その時間はコンマ秒ほどであっても、こちらとてその刹那を見逃すような素人でもない。

 

 

「真気──発勝」

 

 形成した"無量空月(ヴォイドブレイド)"を、居合いの構えから一瞬にして抜き打つ。

 音圧超振動する風太刀ではあるが、それだけで将軍(ジェネラル)を斬り伏せるには至らない。

 

『アイトエル、(あわ)せだ──」

(ほう……はじめての共同作業、というやつじゃな)

 

 柄の部分を握り潰すように拳を握り──手の平に食い込み、突き立てられた爪から──血が流れ、"風太刀"を赤く染めていく。

 それはすぐに凝固し、この世で最もアイトエル自身の魔力を通す血刃(やいば)()す。

 

 

「──小賢(こざか)しいわ!!」

 

 将軍(ジェネラル)は己の虚像ごと巻き込みながら、念動力による衝撃波をこちらへと(はな)った。

 不可視の力場が直撃し、立っていた地面が爆砕する。

 

『残像だ』

 

 "撹乱擲声(デコイボイス)"と共に、将軍(ジェネラル)の後方──大上段から"血太刀"を振り下ろす。

 虚像をその場に残しつつ囮とし、空間転移によって背後に跳んでの一刀斬断。

 

 チェーンソーの要領で血風を高速回転させ、さらに音圧超振動を重ねた(あは)せ術技。

 いかに念動力の鎧を(まと)っていようとも、この刃に断てぬモノなし。

 

「ッ!!」

 

 虚実を織り交ぜてなお反応し、自らの念動力によって強引に肉体を稼動させる将軍(ジェネラル)

 その振り向きざまに、さらに返しの一太刀をその身に刻んでから空間転移で退避する。

 

 

「……浅いな、わざとか貴様」

「はてさて」

 

 被弾覚悟で踏み込んで、完全に振り抜いていれば……あるいは致命たらしめたやも知れない。

 しかし同時にその被弾が、こちらの命にまで届くという可能性もまた否定しきれなかった。

 

 どのみち未来を変えられない以上は、本気で殺すつもりもなく無用なリスクを負う必要もない。

 最悪の場合は時を遡ればいいものの、後味は悪いし余計な消耗はしないに限る。

 

(ベイリルよ、たかだか十数年の研鑽でよくアレを倒せたもんだのう)

『まっ愛称を含めて、色々と複合的な要素が重なって、なんとか打ち砕けたってところだ』

(わし)よりもよっぽど才能に恵まれておる)

『……あぁ、両親には感謝しているよ』

 

 地べたで失神している母の位置を、視線を向けないまま肌感覚で把握する。

 ぼちぼち潮時だと。

 

 

「しかし──不思議だ。先ほどまでとは……()()()()()()()()()()()()()()

「長生きすればいろんな戦い方ができるというもの──」

 

 まったくもって勘のよいクソジジイだと思いつつ、俺はそう言い繕う。

 

「あるいは"終焉(おわり)"というわけか」

「まぁ……遊びはここまで、なのは確かかな」

 

 俺は"血太刀"を掌中から消しつつ──アイトエルに持ち歩いておくよう言っておいた小さな"浮遊石の欠片"を、ポケットの中で握り込んだ。

 

予報(よげん)もなかなかバカにできんものだ。100年の渇きを癒し、向こう100年の充足(うるおい)となってくれることを願おう」

「いやあと13年~くらいかな、我慢してくれれば」

「……なに? それはどういう──」

 

 俺は手の中で浮遊石を圧縮し、構成する重元素を固定・爆縮させる。

 臨界点を迎えると同時に、将軍(ジェネラル)懐深(ふところふか)くに空間跳躍を終えていた。

 

「残念だったな」

 

 核分裂反応を伴う放射性崩壊の殲滅光が(はな)たれ、膨大な光熱でもって将軍(ジェネラル)の肉体は地上から天空へと撃ち上げられたのだった。

 

 

 ──その間に母ヴェリリアの体を(かか)えて、遁走(にげ)を完了させるべく、炎と血の渦中を駆け抜けていく。

 必要な分は見せた。これ以上の死闘を繰り広げるのはお互いの為にならない。

 

『アイトエル、肉体(からだ)返すぞ』

(ふむ、またいずれ……か?)

『そうだな、そう遠くない内に。さしあたって色々と動向を把握しておく必要があるし、ここからは綿密緻密(めんみつちみつ)にやってかないといけないだろう』

 

 この炎と血の惨劇が幼少の俺にとっての大きな分岐点。

 俺自身が歴史の潮流に乗って、多くの人間と文化に影響を与え、その足跡を残していく過程となる。

 

(あいわかった。ヴェリリアはどうすればいい?)

『帝都にいる父リアムのところへ頼む。詳しい説明は省いて、窮地から助け出したことだけ伝えてくれ』

(まったく……(わし)をアゴで使えるのはおんしだけじゃ。もっとも、大昔の恩を思えばこそ、二つ返事で快諾できるというものよ)

『ありがとう、俺の方ほうこそ本当に感謝しているよアイトエル』

 

 そう何度となく伝えた言葉を改めて口にしてから、俺は意識を一次元高みへと浮かせるのだった。



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#462 種を撒く

 

 "第三視点"──時間と空間の制約がなくとも、魔力量による限界は存在する。

 大空隙に貯留された莫大な魔力であっても、7000年もの時を越えてくれば底も見えてくる。

 

 フラウの今後。ラディーアの先行き。スィリクスの顛末。

 アンブラティ結社の活動。姉フェナスの行方(ゆくえ)

 (のち)に同志となる皆の動向。その他、将来的に必要となるであろう情報群。

 そしてベイリル(おれ)自身の半生。

 

 魔法を使っていられる時間を無駄にすることなく、残りの魔力を考えて効果的に立ち回っていく──

 

 

 

 

 フラウは両親を目の前で喪失したことで、重力魔術を発現させると同時に暴走状態となった。

 自らは重力の(くびき)から解き放たれ、浮遊しながら漂流し──領域に入った物質は容赦なく浮かんだり圧し潰される。

 

 大自然の中で魔力が切れ、少女は素のままに生き残ることを課せられる。

 突然に喪失し、放り出された世界の中で……幼馴染は――

 

 

 ドクンッと、突如として無いはずの心臓が跳ねたような錯覚に襲われると同時に、俺は自分自身の存在が希薄になる"境界線"を覚えた。

 ここから先の時間軸へ進めば、消失してしまうという確信めいたナニカが芽生えていた。

 

(なん、だ……こりゃ)

 

 第三視点(おれ)は直感的にベイリル(おれ)自身の元へと向かう……懐かしくも思えるイアモン宗道団(しゅうどうだん)の拠点。

 その一室で寝込んでいる幼きベイリルは、一応の処置はされているようだが衰弱が激しく──今まさに息を引き取ろうとする直前であった。

 

(こんな過去(みらい)は知らない、というかありえない……どこで間違えた?)

 

 ジェーンとヘリオとリーティアは、外庭でセイマールの下で鍛錬に励んでいて……このまま誰にも看取られずに、孤独に死を迎える最中(さなか)

 過去の俺が死ぬからこそ、未来にして過去である俺自身も消える寸前にあることは理解できた。

 

 

 そのまま映像を巻き戻すかのように、第三視点(おれ)は時間軸を(さかのぼ)っていく。 

 

 治療──運搬──保護──その前には、陸上竜(トカゲ)がセイマールとアーセンによって倒されるという状況があった。

 さらに逆流すると、俺が陸上竜によって突進され重傷を負っている様子を垣間見た。

 

(分岐点はココか)

 

 魔術を覚えたての初陣。

 陸上竜(トカゲ)の眼を狙った一撃を(はず)してしまい、そのまま()かれてしまっていた。

 

(あの時は……きっちり命中させたはずだ)

 

 昔のことで記憶は曖昧だが、そうでなきゃ生きているはずがない。

 

(つまり逆説的に考えれば──)

 

 

 きっとあの瞬間も、俺に第三視点(おれ)が助力をしていたのだろうと確信した。

 であればやることは唯一(ただひと)ツ、歴史をなぞること、繰り返すこと。つまりは"俺自身に憑依する"。

 

 導くように伸ばした腕を微調整し──魔術の形成をより完璧なモノに近付けつつ──撃ち放つ。

 先に左から飛んだ"風擲斬"が陸上竜(トカゲ)の前足を引っ掛け、右から飛んだ本命の一撃によって片眼から鮮血が舞った。

 

(これで良し)

 

 素通りするように木々を薙ぎ倒しながら逃走する陸上竜(トカゲ)──改めて動き出した歴史を再観測し、問題が解消されたことを確認するのだった。

 

 

 

 

 それから再び幼きフラウのもとへと戻った俺は、その動向を見守る。

 

 サバイバルの中で魔術の制御を独学で会得しながら、人類社会でも孤独のまま少女は世を渡っていかねばならなかった。

 半人半吸血種(ダンピール)として時に(つら)い目に遭いながらも、幼馴染はたくましく生きていった。

 

 次に少しだけ時間を戻りながら、俺はラディーアが奴隷商を通じて王国で落ち着くまで。

 スィリクスは苦難を経ながらも、早めに学苑へと辿り着くのをそれぞれ見届ける。

 

 

 

 

 それから将軍(ジェネラル)脚本家(ドラマメイカー)から、仲介人(メディエーター)を経由してフェナス(ねえさん)を追う。

 

(こちとら百年以上も追ってきたんだ、拠点だって知り尽くしてる)

 

 加えて第三視点を利用すれば、おおよそのことは把握できる。

 

 

 仲介人(メディエーター)によってその才能を見出された姉は生命研究所(ラボラトリ)へと預けられ、肉体に強化因子のようなものを植え付けられていた。

 次に玉座(スローン)と呼ばれる男の下で教育と刷り込み、その後は交換人(トレーダー)を通じて、とあるサーカス団にて働き始めた。

 

(形は違えど、カルト宗教で洗脳されそうになった俺と似たような道を進んでしまったのはある種の因果と言えようか……)

 

 そこでフェナスはさらに強度を高めながら運搬のノウハウなども学び、運び屋(キャリアー)としての資質を獲得していったのだった。

 

 またアンブラティ結社員やその構成を知っていく過程で……。

 カプランの妻と娘を殺すに追いやった"真の仇敵(かたき)"とも言える存在をも知ることになる──

 

 

 

 

 定期的にアイトエルの肉体を借り受けるのは今までと変わらないが、今までと比べると自然と頻度は増える。

 今日も今日とて、重要な──あるいは最も大切な──ことを片付けるべく、俺はフラウとの対面を果たしていた。

 

「そんな警戒するでない」

「……そう言って近付いてきたの、何人もいた」

 

 俺があげたエメラルドの原石を紐で首から下げている、幼馴染のフラウは次の句を紡がないまま……。

 ロクな目に遭ってきてないのはもはや言うまでも無いとばかりに、拒絶の意思が眼の色に浮かぶ。

 

 ()り切れてしまうのも時間の問題と思えるほどに、顔から疲労の色が見て取れた。

 

「お節介を焼くのは性分のようなもんでなあ、いやもはや人生そのものと言って良いかも知れん」

 

 フラウの向けられた両手から、重力波が放たれるよりも先に転移して背後へと跳んでいた。

 目前で消えたことに困惑する少女の首元に、巻いた獣皮紙がトンットンッと当てられる。

 

 

「危害を加えるつもりなら造作もない。話くらいは聞くがええ」

 

 パラッと獣皮紙の中身を見せるように渡し、次いで金銀銅貨の詰まった袋をフラウの頭の上に乗せた。

 

「うっ……これって」

「学びの(その)に入る為の推薦文と巡回地図よ。おんしと似たような子もいる環境じゃ、新たな出会いと成長をそこで得るがいい」

「それにこんな、お金まで──」

「別に返さなくてよいが、その代わりに約束じゃ。必ず学苑(そこ)へ向かえ。子供は未来の宝ゆえの」

 

 そう言い残してアイトエルは空間跳躍し、その場から掻き消える。

 残されたフラウは困惑しつつも、その書面をしばらく眺めるのを遠くから観察する。

 

 

(フラウが学苑へ入学するキッカケとなった推薦文──アイトエルの背後(うら)には"第三視点(おれ)"がいたってのが真相なワケ、と)

 

 つまり俺がこれから()すべきこと……それは"スカウト業務"である。

 

 俺の愛しき人であるハルミアとキャシー。

 テクノロジー分野において欠かせないゼノとティータ。芸術と経済に寄与したナイアブとニア・ディミウム。

 

 帝国王族たるモーリッツもといモライヴ。王国三大公爵家の息女リン・フォルス。

 後にスターバンドとして輝かしい成功を収めるグナーシャ、ルビディア、カドマイア、パラスとスズについても。

 レド・プラマバやファンラン、オックスも――すべて"第三視点(おれじしん)"が学苑へと集めていた。

 

 

 フラウはその手始めであり、他にも学苑に集まった多くの同志へと入学の為のアプローチを掛けておくことが布石であり前提となる。

 

 アイトエルの権勢を利用した単位制の学苑。巡回する生体を利用して、収集される資源類。

 そこに集結した後の文明と未来を築き上げる俊英達。

 

 いろいろと都合が良かったのも……なんのことはない。

 俺自身が土壌を耕し、種を撒いていたのだったと──

 

 



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#463 復讐 I

 

 第三視点(おれ)ベイリル(おれ)の半生へ介入し続ける──

 

 イアモン宗道団(しゅうどうだん)の本部へ直接赴くよう、ゲイル・オーラムの興味を惹くような内容の使いツバメを出した。

 不安定な"重合窒素(ポリニトロ・)爆轟(ボム)"が暴発する運命を捻じ曲げ、完璧な調整でセイマールへと直撃させた。

 

 遠征戦においてそれとなく虫の報せのように震わせ、ジェーンの危機に間に合うよう回した。

 旅人を装って、インメル卿ヘルムートに領地を救う為にカエジウスに会うべきだとワーム迷宮(ダンジョン)へ誘導し、俺自身と引き合わせた。

 インメル領会戦で、ケイとカッファを戦場まで救援するよう正確な位置まで伝えた。

 

 他にも(かげ)日向(ひなた)に介入しつつシップスクラーク財団を支え築きあげていった。

 

 

「──そいで、あん時の復讐を果たすわけかい」

『あぁ、それで"脚本家(ドラマメイカー)"の死体をこの時代のベイリル(おれ)の前に引き出す』

 

 今日も今日とて肉体を借り受けるのに、俺はアイトエルへと説明する。

 

「意外と早かったのう」

『いやぁあれから十年以上経ってるんだが……時空を跳び飛びな第三視点(おれ)はともかく、アイトエルにとっちゃそこそこの年数だろう」

「ぬっはっは、たかが十年ぽっち。短い短い」

 

 7000年も生きるアイトエルにとっては、10年程度は70歳にとっての1年程度ということだろうか。

 俺もハーフエルフとして400歳近く。眠っていた期間を差し引いて正味300年ほど生きたし、時間遡行もしているが……まだまだそんな実感には程遠い。

 

 

「そういえば将軍(ジェネラル)とやらはもっと後かえ?」

『そっちは俺自身でいずれ片を付ける……色々と落ち着いてきたし、アイトエルの手を大きく(わずら)わせるのもあるいは最後かも知れん』

「ふむ……それはそれで寂しいもんじゃな」

『ははっそう言ってくれると、俺としても名残惜しい想いだ』

 

 合間合間とはいえ7000年もの時間を──互いに救い、救われ。時に苦楽を共に、生き過ごし。付き合って来た仲である。

 愛するフラウ、ハルミア、キャシー、クロアーネとも違う。

 俺の前世からの記憶を読んだ、心からの理解者たるシールフとも異なる。

 

 "かけがえのない絆"というものが俺達にはあった。

 

 

「──何度言わせるのだ、我輩(わがはい)は喜劇が書きたいのだよッッ!!」

「だからってなんで押しかけてくる必要がある!?」

「王宮劇こそ喜劇の坩堝(るつぼ)、彩り溢れる高慢な者たちが落ちる姿にこそ、観客はその顔をほころばせるというもの」

「そういうことを聞いてるんじゃない。明確な理由を言え、理由を」

「つまり演者に最も相応しき者を選別しなければならないということだ。その点"玉座(スローン)"、きみが育てた者達こそ舞台にうってつけというもの」

 

「バカが、一人の完成品を作り上げるのにどれほどの労力を注いでいると思っている。私のこれは一種の芸術だ」

「芸術、良いことだ。それは我輩(わがはい)の舞台も同じこと――」

 

 二人の男が山奥にある大きな屋敷の門前で会話を繰り広げているのを――陰に隠れたアイトエルは聞き耳を立てつつ、心中で話す。

 

 

(どうやら口論をしているのう。なんなんじゃ、あやつら)

『結社と言っても、突き詰めれば今は単なる互助会だからな』

(――脚本家(ドラマメイカー)と、もう一人は?)

玉座(スローン)と呼ばれている結社員だ。自ら教育を施し、新たな王に仕立て上げるらしい』

 

 魔領出身の魔族。元々自身が影武者をした経験もある、魔領貴族の教育係としてその腕を振るっていた男。

 それがいつしか、トップの首をすげ替え、新たに成り代わる人材を育てるにまで至った。

 

 実際には王に限らず、依頼に応じた様々な組織や共同体の頂点となりうる人物へと変貌させ、都合の良いようにいくつもの集団を操っている。

 誘拐された姉フェナスも一時(いっとき)玉座(スローン)へと預けられ教育を受けていたのを第三視点で確認している。

 

 

「……ったく、こんな男に借りを作るのではなかった」

「聞こえているぞ、玉座(スローン)

「それは良い、聞く耳くらいは残っていたか脚本家(ドラマメイカー)

「御託も口も減らない魔族だ」

「どっちが……――ああ、とにかく! この一件で借りは完済ということにさせてもらおうか。ほらっ、署名をよこせ」

 

 脚本家(ドラマメイカー)は己の通名を書いた獣皮紙を渡すと、玉座(スローン)は自身の署名を書き加える。

 

仲介人(メディエーター)に"使いツバメ"を出すの、別に忘れてもらっても構わんぞ」

「仲介もなしに直接やって来る大バカと、(えん)を切れる機会を捨てるわけがない」

「いやあっははは、急ぎだったものでな。それに選別する為に演者候補を全員を連れてくるとも思わんし」

「当たり前だ」

 

 

 玉座(スローン)は吐き捨てるように言いながら門を開けると、脚本家(ドラマメイカー)と共に庭先にあるツバメ小屋から手紙を括り付けて飛ばした。

 

 

『可哀想だが、ツバメは殺そう』

(あいよ)

 

 次の瞬間にはアイトエルは空中高く跳躍転移し、使いツバメを抑えてまた地上へと戻る。

 

『このタイミングで仲介人(メディエーター)に知られるわけにはいかないからな。あの二人はこの場で会うことなく……一人は死に、一人は行方不明となってもらう』

(なるほどのう)

 

 ツバメの首を折って安楽死させ、埋めようとしたところでアイトエルが鼻を鳴らす。

 

(にしても、なんじゃこの匂いは)

『結社員ごとに芳香にも微妙な違いがあり、それが経由して届くようになっている。遍在する仲介人(メディエーター)はおおよその居場所や動向を把握しているから、会いに行くという単純な方法なんだ』

("遍在の耳飾り(いつでもどこにでも)"か、随分と有効活用しておるんじゃな)

 

 俺はアイトエルの肉体を借りた状態で、使いツバメの死骸を土へと還す。

 

 

『では、()くか。くれぐれも逃がさないようにしないと』

(仮に討ち漏らしたところで、(わし)第三視点(おんし)から逃げ切るなど不可能じゃろうて)

 

 時間と空間を超越して観測し、一瞬にして跳躍転移する――我らながらトンデモ存在である。

 

『まぁそこはほら、第三視点用の魔力温存も含めて手間は少ないほうがいいもんで』

「ふっ、まかせておけぃ」

 

 アイトエルは心ではなく言葉を口から出すと脚本家(ドラマメイカー)玉座(スローン)、二人の(あいだ)に割って入るように跳ぶ。

 

「うぉ……?」

「ッッ──!?」

 

 やや地上から浮いた状態から、左右それぞれの手で二人の肩を掴むと──膝から(ちから)が抜けるように──そのまま地面へと崩し落としたのだった。

 

 

「はてさて、煮て食おうか焼いて食おうか」

「何者だ……いつの間に」

「むむっ、見覚えがあるぞ!! あれはそう……我輩(わがはい)が手掛けた"赤き炎と血に彩られた浅くも深くもない亜人の森の悲劇"に興奮して舞台に上がってきた客!?」

 

「不愉快じゃ」

「うっぐぁぉぉ──」

 

 俺の言葉を代弁するようにアイトエルは脚本家(ドラマメイカー)に向かってそう一言、カカトで喉元をやや軽く踏んづけた。

 

「参集──ッ!!」

 

 

 するとその隙に玉座(スローン)が叫び──小屋の中から7人の男女が即座に駆けつける。

 

「ほう、教え子かい」

「この童女を殺せ!!」

 

 玉座(スローン)の命令に従い、教え子らはジリジリと包囲を敷く。

 

「ふむ……いきなり突っ込んではこんか、なかなかよく訓練されておる──じゃが、それでも余興とするには全然足りぬな」

 

 言いながらアイトエルは抱擁するかのように両腕を広げるのだった。

 



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#464 復讐 II

 

 真っ先に剣を片手に突っ込んできた男に対し、軸をズラしながら撫でるようにいなしながら服を掴むと、浮かし崩して地面へと叩き付ける。

 

『おっ──空気投げか』

(くっふっふ、かつておんしが初代神王に使った技じゃ)

『ひそかに練習してたのか』

(鮮烈すぎて忘れられんかったもんでな)

 

 心の中で俺とのんびり語りながらも、アイトエルは続けざまに襲い来る敵の顎を掌底で打ち抜いていた。

 さらに流れを切らないまま後方で魔術を使おうと女へと一足飛びに間合いを詰め、繊細な力加減と緻密な狙いによる"首トン手刀"で昏倒させる。

 

 

『……殺さないんだな』

(所詮は余人、おんしとて本意ではなかろうベイリル)

『そらまぁな』

 

 たとえば戦争において命令に従い殺しに来る兵士、たとえ本人に罪がなくとも殺すことに容赦はしないものだ。

 殺すのならば殺される覚悟をもって然るべき。俺自身も数え切れないほど、この手を血で染めてきた。

 

 しかし圧倒的な力量差なら──生殺与奪を握れるのであれば、油断も慢心も我儘も許される。

 彼らは言うなれば幼少期の俺がいた立場と同じ──洗脳教育されているだけの被害者に過ぎないのだから。

 

『ただ……生かすのはいいとして、情報の一切を知られるわけにはいかないな』

(そうじゃな。ではシールフに丸投げするとしよう)

『あぁ、洗脳解体と記憶操作――同時に確実にやるにはそれしかない』

 

 シップスクラーク財団の仕事でも忙しいだろうが、ここは彼女に泣いてもらうことにしよう。

 

 

 そうこう話している内に、その場に立っているのはアイトエルのみとなっていた。

 

「くっそ……恨みも買いまくってるクソ脚本家(ドラマメイカー)め、余計な奴を招きくさりやがって」

 

 悪態をつきながら玉座(スローン)はなんとか片膝だけを立てた状態で、手に握った石っころを脚本家(ドラマメイカー)へと投げつけた。

 しかし──コントロールも定まらない──ささやかな仕返しは、虚しくも地面を転がるのみだった。

 

二三(にさん)、聞いておきたい」

「なんじゃ?」

 

「もしも生かしてくれるなら、必ず役に立ってみせる」

「それはムリな相談じゃな」

「そう、か……であればせめて理由を(たず)ねたい。脚本家(ドラマメイカー)目当てなのだろうが、"できそこない"たちを殺してないところを見ると目撃者を消すというわけではなさそうだが──」

「アンブラティ結社を潰すというだけじゃ」

「なるほど、ならば拒絶は不可能か」

 

 諦念を吐き出す玉座(スローン)に対し、アイトエルは気になった文言を問い返す。

 

 

「……ところで、できそこないとはどういう意味よ?」

「聞きたいか。わたしが手塩に掛けるのは常に一人、他の者はみな成り損ないの失敗作(・・・)ということだ。新たに完成品を仕立て上げる為の補助に()てているに過ぎない」

 

 玉座(スローン)は答えると、ゆっくりと口角を上げる。

 

「さて、結局君が何者なのか存じ上げないが……時間稼ぎ(・・・・)をありがとう」

 

 刹那──アイトエルと玉座(スローン)とを結ぶ空間に爆発が起きる。

 一瞬早く飛び退(すさ)ったところに、新たに現れた一人の男が大剣を振り下ろしてきていた。

 

「隠し玉かい」

 

 続いて半身だけズラして(かわ)したところで──刀身付近で爆発が起こると、その衝撃で強引に軌道を捻じ曲げた斬撃が迫る。

 しかし流れる髪の毛にすら触れることなく、アイトエルは回避しきったのだった。

 

 

「ッッ!?」

「惜しいがやるのう、誰ぞ」

 

 二撃目までは避けられると思っていなかったのか、驚愕に顔を歪める黒髪の男──俺はその見覚えを思わず口にする。

 

『──戦帝、か』

「ほう、帝国の長バルドゥル・レーヴェンタールかい」

 

 俺の洞察をアイトエルがそのまま言葉にすると、玉座(スローン)はゆっくりと立ち上がる。

 爆発魔術を使うばかりか、大剣に乗せるようにして連係させるとなると唯一人(ただひとり)しか浮かばなかった。

 

「まだ顔にまで手を入れてないのだが……察しが良いな。わたしの生涯の中でも指折りの傑作になる予定だ」

 

 王をすげ替えて帝国を乗っ取るつもりなのか、あるいは他に利用法があるのか──

 どちらにしても世界で最も優秀な血統のコピーを作っているのだから、大それたことをするつもりなのだろう。

 

 ニセ戦帝は黙して語らず大剣を体格で隠すように構え、並び立つ玉座(スローン)の圧力が増す。

 

「なんじゃ、おんし。育てるだけじゃなく()れるんか」

「魔術や戦闘技術も仕込む以上は、な。不意を喰らってしまったのは……恥ずべきところだが」

 

 

 眺めながらふと思い立った俺はアイトエルに提案する。

 

『体を預けてくれるか?』

(それは別に構わんが……何か思うところでも?)

予行練習(・・・・)をしときたいと思って──な!!』

 

 肉体の主導権をもらうのとほぼ同時に──"無量空月(ヴォイドブレイド)"で爆発する空間を切り裂きながら──左足を一歩前に踏み出した居合い抜きを完了する。

 

「あっ──」

 

 爆発の音振・空振を"太刀風"の刀身に吸収しながら抜き放たれたそれは、ニセ戦帝を一刀のもとに斬り伏せてしまっていた。

 

 

(……練習になったんか?)

『いや、まぁ……ちょっとは?』

 

 さしあたって死んではいないあたり、そこそこには頑健だったのだろう。

 しかし本物を知っている身としては何もかも足らないと言わざるを得なかった。

 

『まっそりゃそうだ』

 

 雑多な帝国で、多様な種族と多くの子を成し、実力で王に成ることを認めながらも常に頂点に君臨し続けてきた者の血族。

 人の上に立つことを義務付けられたかのような定向進化。

 

『連綿と受け継いで洗練と淘汰を繰り返してきた血の研鑽を、たかが一代で真似をしようなんてな……土台無理な話か』

 

 そこからさらに王位継承によって厳選される──時に突然変異したかのような怪物が生まれるのも納得できる。

 

 

 俺は肉体をアイトエルへと返しながら、今後の帝国のことを改めて考えていると──玉座(スローン)は覚悟を決めた表情を見せていた。

 

「強い、な──将軍(ジェネラル)運び屋(キャリアー)が、脚本家(ドラマメイカー)の代わりにこの場にいてくれればと思うばかり」

「……晩節を汚すことなく、いさぎよ~く散るのをおすすめしよう」

「そう、だな──かつてわたし……いや結局は何者にも成れなかった男の、せめてもの意地を見せてやろう」

 

「その意気や良し。なれば(わし)全力(・・)で相手をしてやろう。ここ十数年(さいきん)で開発した術技で、特に使う機会もなかったんじゃが──」

 

 アイトエルの魔力が濃密になるのを、俺はその内側から感じ取る。

 それはつまり……彼女が"魔導"を使うことを意味していた。

 



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#465 長き同道の終わり

 

魔空(アカシッククラウド)と呼ばれる世界がある。そこは過去から未来、この世のありとあらゆる全ての事柄が記録された空間であると、7000年くらい前に聞いた」

「は? 7000年? 何を言って……」

 

 唐突な解説に呆気に取られる玉座(スローン)だったが、アイトエルは無視して話を続ける。

 

(わし)の魔導はそこに接続(アクセス)すること、本来はただそれだけのものなんじゃが──ちょっとした応用を利かすわけよ」

 

 アイトエルの魔力は血液と共に右腕へと集められ、体表面からわずかに漏出して血の紅に染まっていく。

 

「随分と長く生き続け、"誰かさん"のおかげもあって知識も得た。到底知らぬことじゃろうが情報というものは流出し、時にそれらは人体に流れ込んで負荷を掛けることがあるとな。ちなみに実体験含む」

 

 アイトエルはその場で右手を前方に、虚空へと指先を伸ばす。

 すると人差し指のほんの爪先から、情報の瀑布がアイトエルの腕に絡みついていく。

 

 

「ここらが限界か──見えぬじゃろうが、今(わし)の腕には(くだん)の情報そのものが(まと)ってある」

 

 本来なら見えるものではない。アイトエル自身にも見えてはいないだろう。

 ()えるものではないはずだが……第三視点という高次存在たる俺には、その常軌を逸した質量の塊のようなモノを共感覚で理解できていた。

 

 "情報"そのものにもエネルギーがあるという話は、前世で目にしたことがある。

 例えば文字情報からでもエネルギーを取り出せるという理論であり、アカシッククラウドが過去から未来まであらゆる情報が記録されている空間であるならば……。

 

「まんまじゃが魔空の腕(アカシック・アーム)と名付けた、これに()れればどうなるか」

 

『世界から存在そのものが分解され、消失する──」

(ベイリル、正解)

 

 本能的に悟っていた。

 それは原子レベルで滅却し、素粒子にまでバラバラにするというものですらない。

 物理的なものではなく、概念そのものがこの世から完全に喪失するということを意味することを。

 

 

『──なんか第三視点(おれ)すらも殺しきれね?』

(どうかのう……消し去るさせるというよりは、ある意味アカシッククラウドに送る(・・)ようなもんじゃし)

 

 アイトエルは右腕を掲げると、情報の奔流がさながら翼のように広がる錯覚を覚える。

 

「世界のほんっっっの一端に溺れながら、完全消滅するがよい」

 

 振るわれる右手が玉座(スローン)を包み込み──まるで最初からいなかったかと思えてしまうほど──有機物も無機物も一切合切が消えて失せたのだった。

 

 

「ふむ……存外上手くいったものよ。もっとも全身は負荷でボロボロ、特に右腕はしばらく使い物になりそうにもないが」

『無茶しすぎだ』

「なに、脚本家(ドラマメイカー)を殺すくらいの余力は残っておるから安心せい」

『そういうこっちゃないことくらい──』

「わかっとるわかっとる。ベイリルおんしがいるから、少しだけ背伸びしたくなっただけよ。反動もきついことが身に()みたしのう」

 

 笑いながらアイトエルは、あらためて倒れ伏している本来の標的の前に立った。 

 

「なんと──」

『んん……?」

「し、死んでおる……」

『えっまじか』

 

「どうやら爆発の余波に巻き込まれたようじゃな、脇腹(ここ)に破片が刺さって失血しておる。随分と脆弱者(よわきもん)よ」

 

 あっさりと、実に簡単に脚本家(ドラマメイカー)は死んでしまっていた。

 

 

「不服か? やり直す(・・・・)か?」

『……いや、いいさ。たとえば拷問して苦しめたところで、大して溜飲が下がるとも思わない。直接聞きたいこともなくはなかったが──所詮は感傷に過ぎなかったし』

 

 血と炎の惨劇の理由についても、結社の動向を追ったことで理由は判明している。

 "生命研究所(ラボラトリ)"が亜人の被検体を欲しがったのが発端であり、そこに母ヴェリリアという亜人特区に通じる(コマ)があった。

 さらにはアンブラティ結社内の様々な利益が交錯し、大規模襲撃にまで発展したというのが真相。

 

(おんしが良いのであれば構わんがの──しかし難じゃな、喋るのもいささかきついのう)

『……やり直そうか?』

 

 

 笑いながら俺は語りかけると、アイトエルも心中でつられて笑う。

 

(ぬっはははは! このダメージは勉強代じゃ。勝手にやったことだし、わざわざ過去に戻って止める必要もない)

『まっ正直なところ、もう空間軸にしても時間軸にしてもあまり好き放題に行き来するほどの余裕はないんだけどな』

「それは知らなんだ。(わし)の手を(わずら)わせるも最後、というのも……つまりそういうことかい」

 

『あぁ、未来の"大空隙"で充填した第三視点(まほう)用の魔力も底が見えてきた──』

 

 一応は保険用となる分くらいは確保をしているものの……心の安寧の為にも使うことはないと願いたい。

 

 

『だからやり直せはしないが、ただもう一回肉体を借り受けて痛苦を肩代わりくらいはできるぞ』

(じゃから気遣いは()らんと言うに)

 

『わかっているよ。まぁ死体を腐らないよう凍らせておくのと……この場の後始末をシールフと財団に任せる為に一筆、使いツバメで送る必要があるからな』

「なるほど、凍らせる魔術ばかりはどうしようもないな」

『あぁそれと、仲介人(メディエーター)への連絡用の芳香薬も後々(のちのち)の為に確保しておかないと』

「では代わろうかの──」

 

 こうして俺の復讐の一つを遂げたのだった。

 

 

 

 

 亜人特区割譲(かつじょう)、"モーガニト領"──6つの柱が並べられた紋章が掲げられた伯爵屋敷にて。

 第三視点(おれ)ベイリル(おれ)と、アイトエルを介して間接的に会話していた。

 

「こやつの名は"脚本家(ドラマメイカー)"──ベイリル、フラウ……ぬしらの故郷を焼いた男じゃよ」

 

 麻袋に入れて運んだ死体を、ベイリル、フラウ、ハルミア、キャシーの前で見せる。

 過去の俺がはじめて幼少期に出会った後、アイトエルと再会しその素性を知った日。

 

「──そこらへんは二人きりで話すとするかのう、積もる話(・・・・)じゃ」

「二人だけで、ですか?」

 

 

 あの時の記憶もおぼろげではあるのだが、なんにしても俺が俺自身に対して助言をしていたと思うと……改めて時の流れとは面白いものなのだと思う。

 

「──……それでは、屋敷へ案内します」

「いやいらぬ世話じゃ、"遮音風壁"を掛けるだけでよい」

「俺の使う魔術までご存知とは」

 

(わし)はのう……ベイリル、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうそう、それと──この脚本家(ドラマメイカー)の顔は、しかと胸裏(きょうり)に刻み込んでおけ」

 

 

 

 

「"Blue(ブルー・)Whisper(ウィスパー)"とでも今は言っておこうか」

「……ッッ!? それは──」

 

 もし第三視点(Blick Winkel)と名乗ってしまえば、俺だったらすぐに察してしまうだろう。

 ゆえにBとWの頭文字はそのまま、ドイツ語から英語に。遠心分離させた()い魔力と、(ささや)くことから仮名としてつけた──のだろう。

 

「──アイトエル、貴方もその……"異世界転生者"ですか?」

(わし)生粋(きっすい)の異世界人じゃ、というのもおかしな話。なにせ本来、異邦人はおんしのほうじゃからな」

 

 必要な情報のみを渡し、あとはアイトエル自身の雑談にまかせる。

 アイトエルが語った多くの物語──その多くを第三視点(おれじしん)も体験してきたのだから感慨深い。

 

 

『それじゃ、アイトエル。しばしの別れだ』

(ん? そうか……魔力も残り少なければこそ、こっちのベイリルに()いていくわけかい)

『そのつもりだ。まぁ何かイレギュラーがあれば、頼むかも知れんが……今まで本当にありがとう』

 

(なんのなんの、こちらこそありがとうじゃ。7000年前、はじめて会った時からの恩を少しは返せたかの?)

『逆に返し切れないほどもらったよ。いつか世界を制覇したら……お釣りで世界の半分をくれてやるってもんだ』

(別にいらんなぁ……)

『くっははは、まぁいずれにしても俺から会いに行く。その時には──全てを理解していると誓う』

 

 俺が第三視点となる前……既に辿ってしまった未来になった時に、どうすべきかはアイトエルに伝えてある。

 しかしそうはならないという確信とも言える不断の意志が、俺の中で渦巻いていた。

 

(んむ! 楽しみにしておるぞ。そしてベイリル、おんしが想像する以上の"未知なる未来"というのを見せてもらうでな)

 

 

「──励み尽くし続けよ若人、後悔をせぬようにな。これは"手向け"じゃ」

 

 アイトエルはそう言うと、両手を前へと出す。今のベイリルが(うなが)されるように……左右それぞれで握った。

 

『それじゃ、またな』

(んむ、またの)

 

 手の平を通して伝えるように、第三視点(おれ)ベイリル(おれ)へと渡る。

 

「ベイリル、おんしと(わし)の魔力の色は似ている。ゆえに感じ取るのじゃ」

 

 俺が転生したことによる情報流入負荷を救う為に、アイトエルの血を輸血した際に起きた魔力の近似色。

 道を同じくし、共に過ごした7000年の旅路の終焉(おわり)

 

「おんしが取り巻く全てを理解した時に、また会おうベイリル」

 

 それは第三視点(おれ)へ向けた言葉ではなく、ベイリル(おれ)へと向けられた言葉。

 その(とき)は数百年後ではなく、ほんの数年後にしてみせる。

 

 アイトエルは手を握ったまま転移し消え──空っぽになった両手を眺めながら──これから全てを取りこぼさず、掴みとっていくことを決意させるのだった。

 

 



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#466 白竜

 

 "断絶壁"にて。

 白竜イシュトが己の正体をベイリル(おれ)へと明かし、"大空隙(だいくうげき)"へ向かう前夜──

 第三視点(おれ)ベイリル(おれ)自身が寝静まったのを見計らって、その肉体を借り受ける……もとい自分として歩いていた。

 

 そしてある部屋の前に立ってコンコンッとノックをし、中にいる人物へ招き入れられる。

 白い髪にスラっとした肢体、幼き灰竜を抱きながら窓際に座る1人の女性はやわらかい笑みを浮かべる。

 

「やっほ~、ベイリルちゃん。どうしたの、眠れない?」

「……それはイシュトさん、貴方にも言えることでは」

「そうかもね」

 

 俺は彼女の対面へと座ると、ギシッと椅子を軽く鳴らす。

 

 

「なんか改まった感じ? だね」

「そうですね──今の俺は……ただイシュトさんに会いたかっただけの俺です」

「……?? よっくわかんないけど、甘えたいならいいよ?」

 

 イシュトは首を(かし)げながら、アッシュに向けるそれと同じ声音で言った。

 

「ははっ、それも魅力的な提案ですが……少しだけ想い出話に華を咲かせたいと思いまして」

「想い出話……」

 

 断絶壁に到着するより少し前に会ったくらいの若造に、突然そんなことを言われてもピンッとくるはずもないだろう。

 だから俺は静かに、星明かりの中で真っ直ぐに見つめる。

 

 

「その節はお世話になったんです、イシュトさん──そして"ブランケル"さんも」

「んっん~……わたし、(クロ)の人間名って言ったっけ。それに、お世話?」

「7000年近く前になりますか、初代神王ケイルヴがアイトエルとお二人の前に現れたことがあったはずです」

 

「そりゃまた随分と昔のこと──そんなに覚えてるわけじゃないけど、あれは割と印象的だったから薄っすらと……って???」

「俺もあの場にいたんです。アイトエルの心の中で、ついでにあの時初代を投げ飛ばしたのも実は……体を借りてやったことでして」

 

 笑みを浮かべたまま疑問符がまったく取れる気配のないイシュトに、どうやって理解してもらおうかと悩みながら話を続ける。

 

「その後もアイトエルに付き添う形でお二人としばらく過ごしました。あとはそうですね……印象的なのは、三代神王ディアマのときでしょうか。大空隙を作り出し、ブランケルさんを封じたあの日」

「ふむふむふーーーむ、その時もいたって?」

「岩盤を噴出させ、光の柱を落としたのは俺の魔術でした」

 

 イシュトはしばらく思い出すように考えながら、自身の中で結論を導き出しているようだった。

 

 

「つまりベイリルちゃんは超々ちょぉーーー長生きな……えっと、ヒトの言う霊魂的な?」

「正確には魔法によって過去に戻って、歴史を追体験した俺です。だから今こうして話している第三視点(おれ)は、今の時代を生きるベイリル(おれ)とは厳密には違う人格です」

「魔法!! そっかなんとな~くわかったよ、だから(・・・)かぁ」

「だから……?」

「なんだかはじめて会った気がしないと思ってたんだぁ、わたしの直感は正しかったんだと納得なっとくナットクだよ。つまり目の前のベイリルちゃんは、未来のベイリルちゃんってことだ」

 

 うんうんとイシュトはうなずきながら、とてもスッキリした表情を浮かべた。

 しかしすぐに俺が浮かない顔をしているのに気付いて、真剣な眼差しを向けてくる。

 

「いや~~~うん、そっかそうだよね。未来のベイリルちゃんなら……わたしが何を考え、そして"これから何をした"のかも、もうわかっちゃってるんだね」

「……はい」

「だからこうして会いにきたってコトかな?」

「そうです──俺にとってイシュトさんとブランケルさんも恩人だから」

 

 "第三視点"の魔法へ到達できたのは、他ならぬ"白竜の加護"があったからだ。

 光速による遠心分離、そこに己の加速を加えて光速を超越し、因果を逆転させたことで──四次元の時間軸移動、"時間遡行"が成り立った。

 そして大空隙に貯留された黒の魔力を使うことで、発動の為に必要な莫大な魔力を充填できた。

 

 

 イシュトは灰竜(アッシュ)をゆっくりとベッドへ移すと、座っていた俺をゆっくりと抱きしめてくれる。

 

「なんとなく、わかる。これはたしかに白竜(わたし)加護(おんちょう)だ」

白竜(あなた)の加護のおかげで、今の俺が存在できています」

「そっかそっか。アッシュと(クロ)と……そして他ならぬベイリル(きみ)にあげたわたしの愛情(あい)なんだねえ」

 

 ギュッと俺も抱擁をし返す。血はおろか種族すら違う彼女に、母親のようなそれを感じ入る心地。

 

「──未来の知識を持つ俺は、過去(みらい)を変えることができます」

「うんうん」

「自分の手が届く範囲ですが──少なくともイシュトさんに生きてほしいと……懇願して、あるいは力尽(ちからず)くでとか」

力尽(ちからず)くぅ? あっはは、それはどーだろ~?」

 

 光輝を司る七色竜の一柱。その実力も(じか)で知っている。

 勝てることはできまい──が、今一度だけアイトエルの肉体を借り受けるのであれば、止めることはできるかも知れない。

 

 

「でも、しません。貴方の決意を踏みにじることはできない」

「ん、ありがと。わたしの遺志(・・)を尊重してくれて」

「ただ一つだけ伝えさせてください」

「なになに、なにかな?」

 

 ゆっくりと体を離した俺は、ベッドの上で眠る幼竜へと目を向ける。

 

「アッシュは元気に、それはもう立派に成長しましたよ」

「そっかぁ──でもさ、それってズルくない? そんなこと言われたら残りたくなっちゃうじゃん」

「……それが狙いでもあります」

 

 そう俺が口角を上げたところで、イシュトも釣られるようにして笑った。

 

「あはははっ、まったく人間(ヒト)はいつまで経ってもしたたか(・・・・)なんだから」

 

 イシュトは「そんなところも好きなんだけどねぇ」と付け加えつつ、しばらく目をつぶってから開けた視線を俺へと戻す。

 

 

「──ところでアッシュは、秘法を使えた?」

「いえ……? そういえば使えませんでしたね」

「なら伝えてあげて。己の中にもう一人、核たる己を持ちなさいと──それが秘法に通ずる道」

「……"分化"させた自分を同居させる、みたいな感じですか」

「うん、そんな感じでいいかも。さっすがよく知ってんねぇ」

 

 頂竜が12柱を産み出し、赤竜が使いこなした"分化"。

 七色竜の全員がが使える"現象化"と"人化"。

 眷属として(ちから)を与える加護は、ある種において"契約"とも言えるだろうか。

 

 

「まぁまっ、わたしはもう(もと)の姿には戻れなくなっちゃってるんだけどね」

「すごく綺麗でした」

「へっ? ベイリルちゃんってわたしの竜姿を見たことあるの?」

「3000年くらい前──はじめてワームが出現して山脈を丸ごと喰い尽くし、そのまま大穴を空け、(のち)のワーム湖を作った頃です」

「あ~~~黄と青と一緒にやった時かぁ、そんなこともあったねぇ。そっか、あの時が白竜に戻った最後かぁ……」

 

 郷愁に目をつぶったイシュトに、俺自身も懐かしむように彼女の顔を見つめる。

 

「ねぇねぇ、もう少しだけ話してける?」

「もちろん。いくらでも気の済むまでお付き合いますよ」

 

 数千年という(とき)の中では──ほんのわずかな、刹那のような時間──その大切な一瞬を、俺は噛み締めながら会話に興じるのだった。

 

 



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