異世界文明 興亡紀 ~ハーフエルフに転生したので、世界を表と裏から変革させる~ (さきばめ)
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プロローグ #0 遠い未来の物語

 

 夜空に大きく浮かぶ、長きをすごしたその惑星を仰ぎ見る。

 ゆったりとした動作で俺は視線を地上へ落とすと、原風景を見るような心地にさせられた。

 

 心の中の素直な気持ちを、吐露するかのように呟く。

 

「ああ素晴らしきかな」

 

 シンボルマークの描かれた旗を中心に、基礎となる区画を鳥瞰(ちょうかん)する。

 

「最適の立地。最優の都市計画。最高の技術者たち――」

 

 "純血"を尊び、"至高"を旨に、"調和"を図る。

 

 瞳に映る雛形となる土台は、完成風景までも頭の中で投影させるようだった。

 先駆の開拓者にしか味わえないその感覚は、いまだかつてない昂奮を覚えさせる。

 

 

(おおむ)ねまっさらな……この土地で」

 

 俺は織り交ぜの感情に、どうしようもなく心身を震わせた。

 

 伝統を重んじ、名誉を讃えよう。

 美学を推進し、商業を励起(れいき)すべし。

 合理主義に生きる、秩序ある社会を。

 

 そうやって進歩と発展を繰り返して、ここまでやってきた。

 途方もない積算と、"財団"の心血が注がれた……教義成就の一つの形。

 

 もはや数え切れないほど遂げられてきた大事業。その全てがこれから詰まっていく。

 

 

「――新たに始まるわけだ?」

「そうだ、ここからまた踏みしめていく」

 

 左隣に寄り添うように立つ者と、共に会話に興じる。

 かつて遥か彼方の理想にして、夢想と思えた――歓喜と苦難に満ち満ちた長い長い旅路。

 

 魔導と科学の融合。未知なる未来を見る――"文明回華"。

 

 それでも世界の拡がりは果てしなく。

 人の進化と文明の躍動も、また尽きることがない。

 

 

「思えば遠くへ来たもんだ」

「ほんとにね、長かったねぇ~……」

 

 我が身のことながら、随分と感傷的になることが多くなってきた。

 数多くを得て、そして数多くを失った。それでも自分はまだこうしてここに立っている。

 

 過去も、現在も、そして未来も……大きな流れであると同時に、強固に繋がっている。

 夢の続きは終わらない――いつまでも新鮮味を忘れずに、人生を歩んでいきたい。

 

 

 想起に(ひた)っていると……右耳内部のイヤホンに着信を感じ、俺は手を当てて応答する。

 

『どうした、緊急か?』

『第一種指定災害が発生しました。特級危険生物"ワーム"です』

 

 入植最初期に観測だけはされていた存在――

 全長にして5km近くに及ぶ、多体節円筒状の極限環境超生物。

 通称"星喰い"。普段は地中奥深くにて暴食し、その姿を見ることは滅多にない。

 

 しかしひとたび地上へと現れれば、巨大な山岳すら呑み込み消化する厄災。

 その巨躯が通った道は川となり、掘りながら喰い進んだ場所は湖どころか海ともなる。

 

 動いている姿は実際に見たことはないが、伝承や体験談からよく知っている。

 

 

『こっちで()ついにきたか……して、被害状況は?』

磁気線路(マグレール)の一部を寸断し進行中。進路予測では"原星生物保護区"と思われ……」

 

『なるほどな、確かにあそこは栄養たっぷりだ』

『なにぶん巨体でして、進路上の"生物工学的(バイオプラン)栽培農園(テーション)"や建造途中の"遺伝子貯蔵庫(はこぶね)"も危険です』

 

『現在の対応状況は?』

『稼働可能な装甲魔導機兵(パンツァー・ゴーレム)が四機と、サーボ機構強化兵の一個大隊を可及的速やかに派遣。

 いずれも最大火力制圧を敢行しましたが、有効なダメージを確認することができず――」

 

 

 俺は眉をひそめながら、ゆっくりと息を吐き出していく。

 

『ふゥー……それで進退窮まって俺に、か』

『しかもワームは産卵しているようで、温度索敵(サーマルサーチ)によると近く孵化しかねません』

 

 ただでさえ厄介なワームが増えるなど、あまり想像したくない光景であった。

 

『戦術核の使用許可を願います。あとは貴方の口頭承認で、最終可決されます』

『判断が早いな、結構なことだ――』

 

 

 衛星穿孔砲(サテライトレーザー)はまだ打ち上げ段階にない。

 となれば惑星中間に位置する宇宙軌道(テラフロート)要塞(フォートレス)からの、熱核兵器しか有効打になりえまい。

 

 核融合反応であるし、今の"魔導科学"であれば放射性物質もなんとかできる。

 とはいえコストに見合わないし地形も変わってしまう。

 衝撃余波による二次被害も、決して看過できるものではない。

 

『だが却下だ、かわりに俺が出撃する』

『了解しました、各方面にはお伝えしておきます』

『聞き分けがいいな』

『半分ほどはそう答えてくれることを予想していましたので』

 

『織り込み済みか。それじゃあ目標地点へ、俺の"特効兵装(エフェクター)"を送ってくれ。どれくらい掛かる?』

『準備は万端整っていますので、射出後に座標(ポイント)を送ります。ご武運を』

『ははっ用意もバッチリか、それじゃあこっちも応えねないとか』

 

 勝手知ったるオペレーターに、俺はふっと笑みを浮かべながら通信を切った。

 

「トラブル? 一緒に行く?」

「いや俺一人で充分だよ。お前だとやりすぎる(・・・・・)だろうし」

 

「そっか、それじゃ――いってらっしゃい」

「おう、いってくる」

 

 俺は転送されてきたデータ位置を確認して、既に五体へと纏った風と共に大空へと飛び出した。

 

 

 

 

 飛行しながら地上を眺めつつ暴風加速を重ねていたが、行動予測進路の途中で俺は急制動をかける。

 

「星喰いワームの幼体……もう()まれたか」

 

 眼前にはどこぞの群生相のような黒色で、覆い尽くすような巨大な影があった。

 ウネウネと形を変えながら、上空高く昇るように伸びていく。

 

 数万匹は下るまいその異様。一匹一匹は人の頭よりも大きいだろうか。

 二対の(ハネ)の生えた黒い連節状蠕虫(ぜんちゅう)の醜悪さは、ただ一言気持ちが悪い。

 

 奴らは宇宙へ飛び出し、新たな星へと無数に漂着し、成長していくに違いない。

 

「確かに既存兵器じゃ対処が難しいな――」

 

 数百年か数千年か……はたまた数万年か。恐らくはそういう周期単位での繁殖行動。

 超々硬度キチン質の外殻は、並の重火器や"魔術"では易々と通らないだろう。

 

 それが成体ワーム並か、それ以上の大きさに膨れ上がる影となっている。

 しかしながら……既に孵化して空中にいるのは、逆に好都合であった。

 

 

(地上を傷つけずに済むからな――)

  

 領域を広げる幼体群のさらに上空を陣取り、俺は肉体を循環せし胎動に集中して詠唱に入る。

 

「システム起動――連結――最大出力」

 

 肉体の目前――その中心に力場のようなものが形成され、膨大なエネルギーが集約していく。

 発動の準備が整ったところで、横に開いていた両の拳を胸元のエネルギー中心部で突き合わせた。

 

 指向性を持たせた光が、視界全てを染めていき満たしゆく。

 数瞬して収まれば……幼体ワームの群体は、もはや跡形もなくなっていた。

 原子ごと分解し滅却する"天の魔術"。塵どころか、存在そのものを消失させたに等しい。

 

 虚無と化した空間へ強烈な大気の移動が巻き起こるが、周囲に纏った風が全て受け流す。

 

 

「さて本命は――」 

 

 地平線に映り見える巨体へと、俺は風を駆って追いすがる。

 

 産卵して消耗した肉体のエネルギーを補充する為に、目的地まで突き進んでいるのだろうか。

 山岳のような威容の成体ワームは我関せずと言った様子で、その地響きを止めることはなかった。

 

 同じ魔術で大地ごと消し飛ばすこともできたが、それは正直"もったいない"。

 あの生物もまた貴重な資源であり、あれほど巨大さがあればまさに宝庫と成り得る。

 

 ()()()()()ことのあるワームが、実際にそうであったように。

 違う形で手に入れる生物資源は――新たなテクノロジーの進歩を促すに違いない。

 

「よーしよし、いいタイミングだ」

 

 強化された感覚で(とら)えた"それ"よりも少し遅れて、右耳から接近の電子音が鳴る。

 

 

 俺は飛行の勢いを止めぬまま同期を開始し、"特効兵装(エフェクター)"を空中で合体装着する。

 上半身を肩から両腕まで羽織る強化外装。六枚翼付きで生身の動きを妨げないような構造。

 自身の上半身よりも一回りほど大きいシルエットは、魔導と科学の融合した現行最高峰の専用兵装。

 

「相転移エンジン――起動」

 

 俺は魔粒子を加速してぶつけ、真空を相転移させて得たエネルギーを自身の魔力の色へと転換する。

 左手をかざしてクンッと指を振り上げると、局所的な暴嵐は上昇気流を伴う極大の渦を巻いた。

 指向性を持った超弩級竜巻は、さながら昇り竜がごとく星喰いワームの巨体を遥か上空へ巻き上げていく。

 

 そのまま大気圏をも超えて、宇宙空間へと放り出された天災級の極限環境超生物。

 俺は空壁突破の衝撃波や大気摩擦をものともせず、第二宇宙速度を超えて追従し相対した。

 肉体に纏う魔導科学の(すい)は、熱や宇宙線を遮断し、視覚や気圧差、呼吸をも含めて快適に保つ。

 

 

魔力安定器(マジカルバラスト)――同調完了」

 

 俺は右手と左手にそれぞれ具象化した、極安定させた魔力を宿し、両手を組み合わせて融合した。

 指を開いて両手をゆっくりと離していくと、掌の中に莫大な奔流を感じ入る。

 

「斬星――"太刀風"」

 

 見えない左手の鞘から抜くように、右掌中に形成されたそれは……振れば玉散る風の刃。

 内部では電離を繰り返し、不可視の刃はプラズマを纏って煌めきだす。

 

 はたしてその刃渡りは何十キロメートルにも及ぶ、超長大な(つるぎ)

 余剰エネルギーを余すことなく内包・集約させ、風の超太刀を両手で構える。

 

 宇宙空間へ己にのみ聞こえた風切り音だけを残し――

 ただの一振りで星喰いワームを斬断し、事態は終結した。

 

 

 輝く恒星と人々の住まう(ふた)つの惑星を全景に。

 俺は背中を向けて(たい)を預けるように、星の重力へと身を任せる。

 

 五感で染み入った全てのことを……胸裏に刻み込むように――

 

「お楽しみはこれから()、だ」

 

 惜しむような心地と共に手を伸ばして、続く宇宙(そら)をギュッと掴んだ。

 "未知なる未来を"――俺の想像を超越していく世界は、この煌めく星々の数だけ存在するのだろうと。

 

 これまでを既知としてきた長き半生に。

 これからも未知を求めていく長き人生に。

 

 色褪せぬ栄光と、惜しみなき喝采と、無垢なる感動のあらんことを願って――

 

 




アバンとなるプロローグを読んでくださりありがとうございます。
この回ではSF要素などが含まれていますが、本編では中近世風の異世界ファンタジーです。
用語などもほとんどが一発ネタです。

かなりの長編になると思いますが、何か感じ入るところがあったなら是非お付き合い下さい。
ブックマーク・評価・感想・レビューなども頂けるとモチベが上がり喜びます。


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第一部 少年期 #01 道行

 

 屋根付き箱形のしっかりとした馬車に揺られながら――ゆっくりと瞳を開けた。

 

 車内には()を含めて4人、簡素で手狭な馬車のようだった。

 しかし乗っている客が客ゆえか……空間内はゆったりとしたものであった。

 

 同乗者である3人の子供の(うち)一人と目が合うと、その女の子は柔和な笑みを浮かべた。

 

「あらあなた、やっと目が覚めたのね」

 

 ――そう……物心がつく程度の年の頃からだったか。

 徐々に"記憶"を思い出し、自己を意識できるようになったのは。

 最初は明晰夢(めいせきむ)かとも思ったが、様相は全く違っていた。

 

 未だ信じられない気持ちも残っているが、はたして紛れもない現実であった。

 まるで眠りに落ちる瞬間がわからないように……。

 自分がこうなってしまった認識は、ひどく曖昧なものだった。

 

 

「だいじょうぶ? 頭とかぼーっとしてない? 体のどこか痛いところとかない? 

 こうして一緒になった以上、固く結ばれた兄弟姉妹のようなものだもん。遠慮しないで言ってね」

 

「あぁ大丈夫だよ、ありがとう」

 

 そう健気に言葉にする、対面に座った少女。

 やや薄い藍色髪に、透き通るような銀色の両眼を持っていた。

 

「わたしは"ジェーン"。あなたのお名前は?」

 

 差し出されたその小さな小さな左手に、俺は握り返して応える。

 

 

「俺は"ベイリル"だ、よろしく」

 

 そう口に出した俺の、声変わりをまだしていないトーンは……高く若かった。

 なんせ俺も子供なのだから当然ではあるのだが、"中身"はそうではなかった。

 

 ――直前まで生きていたのか死んでいたのかすらわからない。

 ただいつも通りに、活力ない日々を、無為にこなしていた……ように思う。

 

 うだつの上がらない、ただ日々を繰り返すだけの人生だった。

 その日暮らし上等で、色々な娯楽に手を出してはすぐに飽きてしまう。 

 

 自分の未来が想像できなかった。現実(リアル)がなかった。

 

 そして今も――ある意味で、現実感がないのは変わらないと言えるだろう。

 

 

「はいよろしくされました」

 

 ニコニコと、少なくとも表面上は明るく振る舞っているジェーン。

 まだ子供なのに、世話慣れというか……非常にしっかりしているものだった。

 

「くそ、オレたちはどこへ連れてかれるんだよ……」

「わたしもどこに行くのかはわからない、けどみんな一緒だから大丈夫!」

 

 隣から、細く弱々しい声で少年が毒づくように絞り出していた。

 

 頭からはまだ生えて久しかろう、やや丸みを帯びた一本角があるのは"鬼人族"の証。

 混じり気のない白い癖髪(くせがみ)に黒い一束(ひとたば)のメッシュが入り、切れ長の目元と薄紅の瞳色。

 

 

「んっ……」

 

 さらに鬼の少年の対面へと目を向けると、別の少女がジェーンの(かげ)に隠れる。

 頭から小さい狐耳がお目見(めみ)えし、この中では最も年若く見えた。

 

 僅かに輝く金髪に、まだ短くもボリュームのある尻尾は全く隠れていない。

 鮮やかな炎色を(たた)える、やや垂れ目がちな二重(ふたえ)がこちらをじっと見据(みす)えている。

 

「そっちの子が"ヘリオ"、この子は"リーティア"よ」

 

 ヘリオと紹介された少年は、こちらを一瞥(いちべつ)だけしてまた下を向いてしまう。

 リーティアという名の少女は、にへらと笑ってこちらに手を振ったので思わず振り返す。

 

 

 ――"亜人種"と"獣人種"。元世界(・・・)とは一線を画す特徴の一つ。

 

 大きくは人族という括りの中で、純粋な人族、亜人種、獣人種、魚人種などで分けられる。

 鬼人族は亜人種、狐人族は獣人種に分類(カテゴライズ)される。

 

 かくいう俺も亜人種であり、エルフと人間の混血。

 黒灰銀の髪色に蒼碧入り混じった瞳の、"ハーフエルフ男児"である。

 

 よくよく見やれば僅かながら耳が尖っているものの、見た目は人間と大差はない。

 

 

 馬車の窓にうっすらと映った自分の顔を確認し、外側へと焦点を変える。

 

 木と草だらけの殆ど舗装もされてないような山道を、ガタガタと音を立てて進んでいた。

 さらに上のほうへ視線を向ければ――"巨大な星"が、木々の合間から見え隠れしている。

 

 月――ではない。それは双子のように、この星に寄り添う惑星。

 

 地球から見た月の何十倍も大きく、色も淡い緑色を(てい)している。

 それは見ているだけで言い知れぬ不安を感じるようで……。

 同時に何度見ても、とても幻想的な雰囲気に圧倒されるかのようであった。

 

 亜人種に獣人種、さらには空に浮かぶ天体――

 

 そうここは紛うことなき異世界(・・・)で、召喚や転移ではなく俺は"転生"したのだ。

 

 

(どうせなら……)

 

 そう、どうせなら――強さが欲しかった。

 現状を打破する圧倒的な力が。運命に翻弄されない確固とした力が。

 

 あらゆる我儘を押し通せる地上最強の強さ。

 男の子なら一度は憧れる、天下無双の腕力家。

 

 何も考えずとも、何を努力することもなく、それが手に入ればさぞ楽だったことだろう。

 なれば今のこのような憂き目に()うこともなかったに違いない。

 

 

(どうしてこうなった……)

 

 前方の小窓から、馬の手綱を握っている男の後姿(うしろすがた)を注視した。

 俺を買った男――こんな山道で馬車を進ませている、巻布(まきぬの)で顔を覆い隠した男。

 

 雰囲気は優男風(やさおとこふう)なのだが、それなりの肩幅と体格もある。

 男は何一つ口を開くこともなく、ただ俺を繋いだ鎖を引いて馬車へとぶち込んだ。

 その後に鎖こそ外してくれたものの、接触はそれっきりだった。

 

 脱走の機会も(うかが)っては見たが、鍵の掛かった馬車の扉である。

 とてもじゃないが子供が開けられるものではなかった。

 

 

「ねぇベイリル、あなたってエルフさん?」

「いやハーフだよ、ジェーンは人間でいいんだよな」

 

「うんそうよ。ベイリルはどこから来たの?」

「俺は"帝国"だよ、南方の亜人が多く住む街だ」

 

「へ~そうなんだ。わたしはお母さんが"連邦東部"で、お父さんが"皇国"なんだけど――」

 

 

 他愛ない話と沈黙を繰り返しながら、馬車は進み続け――その間も俺は合間に思考を巡らす。

 

 ともすれば嫌な想像ばかりが浮かんできてしまう。

 

 その手の趣味の奴に慰み者にされるのか、もっと単純に人体実験だとか。

 この異世界には魔物だって存在する。好事家(こうずか)のペットの遊び相手や、餌にされる可能性だってある。

 

 必要に迫られれば遮二無二(しゃにむに)死に物狂いで生き残ることも考えねばならない。

 遠い異世界のさらなる見知らぬ地にて、俺はまた新たな道を探さなくてはいけない。

 

 揺れ続ける車内で陰鬱な心地を胸に(いだ)きながら、その意識は再度眠りへと落ちていった――

 

 



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#02 転生

 

「ベイリルは本を見るのが好きね」

 

 元世界での自己が覚醒し始め、好奇心で本を漁っていたのを眺めながら"母"はそう言った。

 文字通り我が子に語りかける――これ以上ない穏やかな声音だった。

 

 優しく、気高く、聡明で、そして何よりも美しかったエルフの母。

 人間であった父の顔は知らない。母もまだこっちが幼児である為に一切語ることはなかった。

 

 それでも母と不自由なく暮らしているだけで、十分幸せだった。

 後々には神童(しんどう)として世を席巻(せっけん)でもして、異世界で名を挙げてやろうなどと軽く考えていた。

 

 

「ねぇ~なにしてんのー?」

 

 幼馴染の少女がいた。亜人種の特区街で、よく付いて回ってきた女の子。

 親同士も仲が良く交流が多かった。どころか四六時中一緒にいたような気がする。

 

 薄っすら青みの差した銀髪に、両親譲りのような澄んだ紫色の瞳。

 俺のやることなすことに対して、好奇心を示しマネっこをする。

 

 俺は新たに生まれた異世界を、学び知ることに夢中になっていた。

 自分の常識が異世界で通用するか、可能な範囲で調べていた。

 

 幼馴染の少女はささやかながら、それら様々なことの手伝いをしてくれていた。

 気の置けない関係とも言うべきだろうか。

 

 意識せずとも確かに存在して、生きていくのに欠かせない空気のような――

 

 とにもかくにも異世界で意識が覚醒してから数年ほどの思い出。

 それらは母と少女とのことばかりで、埋め尽くされていたと言えよう。

 

 

「ごめんなさいベイリル……本当にごめんね――」

 

 それが――最後に聞いた母の言葉だった。

 深く(かぶ)ったフードで涙を覆い隠しているようだった。

 

 震える声で絞り出されたその言の葉は、今も鮮明に思い出せる。

 

 振り返ることもなく目の前から去った瞬間の母の双眸(そうぼう)

 何か使命のようなものを強く――深く宿していたのを覚えている。

 

 そして俺の次の誕生日には、幼馴染の少女とその家族が暮らす家で迎えることとなった。

 

 

 幼馴染の少女一家の支援を受けつつ、子供には広い家での、一人暮らしも慣れた頃。

 消息を絶った母からの連絡もないまま――1年近くが経過しようとしていた。

 

 母の目的も行方も誰も知らない。

 便(たよ)りが無いのは良い便(たよ)り、などとは(つゆ)ほどにも思わなかった。

 

 だからと言って、自立して世界へと旅立つにはまだまだ子供だった。

 

 

 いまいち身の振り方を決められないまま日々を送っていた。

 そうして唐突に俺の生きていた世界は……(もろ)くも崩れ去った。

 

 対岸の火事であったなら、どれだけ良かっただろうか。

 動画などとは違う――現実の炎の赤が、視界を埋め尽くす。

 

 熱気が肺を満たし、不完全燃焼によって生じた一酸化炭素で視界も薄れてゆく。

 もしも屋内で遭遇していたなら、たちまち命が失われてたに違いない。

 

 喉が枯れんばかりの怒号と痛烈な悲鳴。

 小さな体を支えきれないほどの衝撃波と、大気を叩き付けるような爆音。

 

 地獄というものがあれば、きっとこの光景はその一つなのだろうか……。

 などと頭のどこかで、(うわ)(そら)な心地で考えていたように思う。

 

 せめて幼馴染の少女を見つけるべく、必死に探している間に――意識を失った。

 

 

 目を覚ました時――その光景は全くの別物となっていた。

 

 生きていたことに喜びを見出すべきか、それとも置かれた状況を嘆くべきか。

 俗に言う"人買い"や"奴隷商"と言った連中に、その身柄を拾われていた。

 

 転生前にも味わったことのない、鉄格子の内側で寝起きをする生活。

 

 多くの大人達が観察するように見て回っていた。

 ウィンドウの中の商品を、吟味(ぎんみ)して買うようなそれ。

 

 さながらペットショップの犬猫(・・・・・・・・・・)のような感覚に陥った。

 人を人として見ていない、そんな瞳の群れに囲まれる心地など滅多に味わえまい。

 

 せめて幼馴染の少女がどうなったかだけでも調べようとした。

 しかし当然ながら、俺を売買するような連中は取り付く(しま)もない。

 

 少なくとも俺のように捕まっていない、ということだけは察することができた。

 しかし生きているのか死んでいるのか、逃げ延びたとしても幼女が一人で生きていける(はず)も……。

 

 早々に「もはや何もかもどうでもいい」という心地に陥りそうになった。

 そんな時だった、幸か不幸か俺の買い手が見つかったのだった。

 

 

 

 

「んんっ……あ――」

 

 転生してからの断片的な記憶の夢から()める――

 

 と、そこには明かり一つない暗闇があった。

 目を見開いても上下左右、黒一色しか映ることはない。

 

「なんだ!? あーーー! だれかーーーっ!!」

 

 自分の声しか反響しない、すぐに静寂そのものな空間へと戻る。

 

 

(なんなんだ……ったく)

 

 仕方なしに俺は、ゆっくりと状況を確認し始める。

 手をぎゅっと握り、開くを繰り返す。次に地面を触りながら立ち上がった。

 

 とりあえず五体の無事を認識し、手を伸ばしながらゆっくりと手探り歩く。

 壁――4か5メートル四方(しほう)くらいだろうか、縦には内側へ向かう傾斜があって高さはわからない。

 

 頭の中で組み立ててみると、多分だが……(いびつ)な四角錐台(すいだい)のような形。

 土っぽい質感だがそれなりに硬く、厚さもわからない。素手で掘るには難しいだろう。

 

 

「水、か――」

 

 (すみ)には水場のようなものがあった、内部の温度の割にはひんやりと冷たい。

 

 手で(すく)って、匂いも嗅いでみるが特に違和感はない。

 目には見えないが……わざわざ用意されてるのだから、飲み水にはなるだろう。

 

 空腹度合からすると、多分一日はまだ経過してないように思える。

 反対側には単なる(くぼ)みがあった。そちらは排泄用なのかも知れない。

 

 

(あー……思い出せ俺――)

 

 一通り把握したところで、暗闇の前の最後の記憶を手繰(たぐ)る。

 

 確か馬車内でジェーンと話していたように思う、それでいつの間にか眠りに落ちた。

 恐らくは眠ったままの状態で、ここへと運び込まれたのだろうか。

 

 なにかしら薬でも()られたのか、あるいは"魔術"によるものかはわからない。

 俺以外の子供達はいない。一人孤独、暗闇の渦中である。

 

 ジェーンに、ヘリオとリーティアと言ったか。彼女らも同じような状況にあるのだろうか。

 

 

(このまま日干しにして殺す意味は……ないよな)

 

 あの俺を買った巻布覆面の男だろうか、それともあれはただの仲介業者なのか。

 いずれにしろ置かれている現況に対する意図を考える。

 

 わざわざ子供を買って、自分らが見えもしない空間に放置する意味はないだろう。

 

 すぐに殺すこともなく、外側からペット感覚で観察可能な状況でもない。

 水も用意してあるし、広さを考えても子供だから空気もかなり()つと思われる。

 

 つまりは光の届かぬ閉塞空間に閉じ込めること、それ自体に真意があると見る。

 

 普通の子供が暗闇に放置されれば、それは並々ならぬ恐怖に違いない。

 精神的には大人の俺だって、あまりに長引けば気が狂うかも知れない。

 

 

(恐怖の先に何を見出す……か?)

 

 例えば尋問目的で閉じ込めても、そこから得られるものは何もない。

 暗い押し入れや物置に子供を閉じ込めるといえば、(しつけ)くらいしか思い付かない。

 

 しかし俺達――少なくとも俺は悪いことをした覚えはない。

 まだ脱走を試みてもいないし、表向きは従順を(よそお)っていた。

 

 

(考えられるとすれば……自作自演(マッチポンプ)による()()み、とか)

 

 雛鳥(ひなどり)が最初に見た者を親と思うように、心身弱った子供に施しを与えて懐かせる。

 差し当たってそれくらいしか、パッと思いつかなかった。

 

 なんにせよロクなものじゃないことは確かである。

 ロクなものではないが……少なくともすぐに殺されるような心配はないということだ。

 

 少なくとも何らかの利用価値の為に子供を買って、こうした措置を(おこな)っている。

 

 

(だとするなら回りくどいやり方だな、何が目的なんだ)

 

 取り囲む暗闇のような不明瞭さに気持ち悪さを覚えつつ、俺はその場に座り込む。

 

 考える時間はたっぷりある、ゆっくりと思考を進めていけばいい――と。

 

 

 



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#03 無明

 

(暇だ!)

 

 何度も心の中で繰り返す。どうしようもなく暇である。

 寝られれば暇も空腹も忘れられるだろうが、生憎(あいにく)と睡眠欲は失せている。

 

 ――転生前の自分を振り返る。代替の効く歯車のような消耗品。

 

 大学を出たが半端なプライドで就職に失敗し、無職と長続きしないバイトと短期派遣を行き来した。

 友達とは瞬く間に疎遠となり、恋人は一度としておらず、親類縁者とも交流も(ほとん)どない。

 

 人生に張り合いがなく無気力感に溢れ、娯楽も大概飽きて新鮮味がなくなっていった。

 今にして思えば――精神的に病んでいた部分もあったのかも知れない。

 

 

(ハーフエルフ、かぁ……)

 

 ――転生後の自分の出自を振り返る。種族それ自体は恵まれている。

 

 知的生命種は全て"神族"より端を発し、魔力という要素によって枝分かれしていった。

 

 神族は事実上不老と言われ、エルフもその恩恵からか1000年近くという長命(ちょうめい)を誇る。

 ハーフの俺でも、概ね500年くらいは生きるだろうと。

 

 前世である地球で、そんな超長寿を体験する知的生命体は地上に存在しなかった。

 つまり現代知識を持つ人間としては、前人未到の境地に至ることになる。

 

 異世界においては長生きは当然それなりにいる。神族は言うに及ばず。

 かつて住んでいた帝国の亜人特区街にも、数百年生きているのは何人かいた。

 

 そしてそうした殆どが、枯れかけの老木のような精神性を有していたように見えた。

 

 

(三十路くらいで半ば無味無臭の人生になりかけていた)

 

 無明(むみょう)の暗闇は、際限なく想像の翼を広げて羽ばたかせていく。

 

 たかだか30年で諦念(ていねん)(まみ)れていたのに、500年も俺は耐えられるのだろうか――と。

 素朴だが、真に迫った疑問と言わざるを得なかった。

 

 "新鮮味"こそ感動の為に不可欠なスパイスだ。

 

 一度叙述(じょじゅつ)トリックの感動を知ってしまえば、類似作品でトリックやミスリードを疑ってしまうだろう。

 心を震わせる王道も、慣れてしまえばただのお約束や雛形(テンプレート)に成り下がってしまう。

 

 

(良くも悪くも人間とは、慣れてしまう(・・・・・・)生き物だ)

 

 生存に不可欠な食事でも、同じものばかり食べていれば飽きて嫌になってしまう。

 過酷労働環境でも適応したと思い込んで、気付かぬまま過労死してしまうこともある。

 

 "未知"――未体験こそが知的生命の根源にして、最大の存在意義とも言えるのではないのか。

 

 今は異世界への好奇心が(まさ)っているから、状況が状況でも楽な心地でいられる。

 しかしそれらが既知となってしまったら……一体全体俺はどうなってしまうのか。

 

 

 某氏曰く――"幸福なサマは皆一様(みないちよう)に同じものに見えるが、不幸なサマはそれぞれが(こと)にするものである"。

 

(なんかの引用だったか……な)

 

 改めてそれを想像してみれば……確かにそうかも知れない。

 

 美味いものを食べるとか、いい女を抱くだとか、趣味のものをコレクションするとか。

 幸福の形は大きく見れば、非常に似通(にかよ)ったものとなる。

 

 睡眠欲でも、食欲でも、性欲でも、知識欲でも、物欲でも、承認欲でも、支配欲でも――

 人生で得られる欲なんてものは……たかが知れているのかも、と。

 

 

 物事とは緩急。落差(ギャップ)があってのものだ。

 空腹だから、食事が美味しい。仕事をして疲れた後だから、酒が体にしみる。

 禁欲していたから、発散が気持ちいい。日常があるから、非日常が()える。

 

 そしてそれらの中における、多様さこそが要訣(ようけつ)でもあるのだ。

 例えば原始時代と現代とでは、食事一つとってもその種類も味の幅も桁違いとなる。

 

 時の権力者で、衆道にも通じる者が少なくないのは何故か。

 女だけでは飽きてしまうからなのでは? 背徳的なモノに惹かれてしまうのでは?

 

 性的に倒錯(とうさく)しないと、何かしらに傾倒していないと、刺激がなくなってしまうのではないか。

 

 この戦乱と、興亡と、魔術の歴史の中で、半ば停滞したような世界で500年。

 ただでさえ元世界にあったネット環境も種々雑多な娯楽も限られたような世界で――500年。

 

 

 いずれは――退屈そのものにも(・・・・・・・・)慣れてしまう(・・・・・・)かも知れない。

 

 そうなれば飽き切った人生を、なお惰性(だせい)享受(きょうじゅ)するか――あるいは自ら命を絶つ、か?

 

 

(それじゃ……前と大して変わらない)

 

 なればこそ己が目指すところはとは。俺の俺たる世界の在り様とは――

 (まぶた)の裏側に浮かんだ"片割星(かたわれぼし)"を見つめ……決意する。

 

 ――俺だけの新たな人生の指針――

 

 無いならば創るしかない、結局はそこに行き着く。

 常に好奇と新鮮を、供給し続けてくれる世界が欲しい。

 

 

(せっかく異世界転生したのだから、好きにやらないと損か)

 

 長命とはいえ、後々になって時間切れで悔いることもないよう頑張っていく。

 リアルタイムストラテジーシミュレーションを、文字通りの現実(リアル)でやってやる。

 

 タイムマシンがあったなら――過去よりも未来に行きたかった。

 どうせこの世に生まれるなら――西暦3000年くらいに生まれていればと思ったものだ。

 

 人類の行き着く先を。発展し続ける科学の行く末を。

 かつての地球でも未だ到達できてなかった領域へと――

 

 この異世界だからこそ成り立つ、"魔導と科学の融合"。

 

 新たに生み出され続ける文化と娯楽。それは俺の想像を常に超えてくれるに違いない。

 

 

(とはいえ半端な知識しかない、凡庸人(ぼんようじん)の俺にできること――)

 

 実際的にやれることとは――その基盤作りくらいなものである。

 

 自身の持つ曖昧な既存(きそん)アイデアをコッチで形にできる"天才"。

 それを実用化にこぎつけさせる為の"支援機関"。

 

 俺が提示する1を聞いて10を理解し、10を100に押し上げて現実化する体制を整える。

 そうして初めてこの大望は――この途方もない野望が成り立っていく。

 

 科学で、文化で、外交で、宗教で、そして武力で。

 

 必要とあらばあらゆる手段をもって世界を席巻(せっけん)し、制覇し、そしていずれは――

 

 

「その為に必要なのは、まず力だ」

 

 覚悟を決めたように、俺はそう口にする。

 選択肢を広げる為に最も単純で、かつ今の状況でも可能なこと。

 

 何の後ろ盾もない子供である現状を、打破する為の力――"魔術"である。

 

 ――魔術。例に漏れずファンタジー御用達(ごようたし)の術理。

 体内に滞留する"魔力"を知覚し、発露させる想像(イメージ)を確立させ、外界へ物理現象として放出する。

 

 地球と異世界において、最も大きな差異と断言していい要素。

 

 

(俺は今まで真面目にやってこなかった――)

 

 俺はまだ本気を出してない(・・・・・・・・・・)だけ――

 単なる言い(わけ)であったことも否定しないが、そういう側面も確かにあった。

 

 何よりも努力をしたくなかった、というのが本音だった。

 自分は長命なのだから……焦らずともいずれ使えるようになると、先延ばしにしていた。

 

 そんな甘い考えで……異世界をエンジョイするという程度の理由で――これまでやってきた。

 だがここは現代日本ではない。力がなければ容赦なく搾取(さくしゅ)される異世界なのだ。

 

 だから故郷は焼かれ、俺は今こうして身をやつしている。

 現実逃避してる時間はとうに過ぎ去り、切羽(せっぱ)詰まった状態であることはもはや疑いがない。

 

 

「っし、ふゥー……――」

 

 地べたでとりあえず座禅を組んで、呼吸・肉体・精神とを落ち着かせ整える。

 空間としてはお(あつら)え向きだった。外からの刺激がなく、感覚を研ぎ澄ますには――

 

 魔術による物理現象、それ自体をイメージするのではない。

 "魔術を行使している自分自身の姿"を思い(えが)いて確立すべし。

 

 一体誰が言っていただろうか――そんな言葉を改めて思い出す。

 

 術理を深化(しんか)し、真価を発揮し、自身を進化させろ。

 昔とはあらゆる点において状況が違うのだから、甘えは完全に捨てる。

 

 

(ハーフとはいえ俺はエルフ種、魔力操作には一日(いちじつ)いや半日の(ちょう)がある――)

 

 そう暗示を掛けるように、事実を心身へと沁み渡らせる。

 魔力の胎動を知覚し、流動を掴んで離さないように。

 

 さらに言えば現代知識があるし、明晰夢で鳴らした妄想力もある。

 

 魔力――曖昧だが、それも何らかの物質か作用には違いない筈なのだ。

 

 

第五元素(エーテル)とか、暗黒物質(ダークマター)やダークエネルギー的な……)

 

 それが仮に魔分子か魔原子か魔素粒子なのか。

 あるいは魔宇宙線とか超魔(ひも)理論とかなんかそういう――

 

 

 とにかく自分の頭じゃわからないものと仮定する。

 

 原子に働きかけ、分子を結合し、それを化学反応として(とら)え、実際に形へと()さしめる。

 

 今まで学んできたモノを総動員しろ。勉学や創作娯楽(フィクション)で覚えたモノをふんだんに使え。

 

 

(この世界から見れば俺が異邦人、だから俺にしか使えない俺だけの魔術をイメージしろ――)

 

 異世界に転生してより――母と暮らし、魔術を知り、幼馴染と世界を知りながら考えていた。

 

 "火"・"水"・"空"・"地"の四元論を基本とする中で、最も俺のやりたいこととは……。

 

 

 いずれ思考が止まる――無念(むねん)無想(むそう)無我(むが)無心(むしん)の境地のような。

 一切の不純物のない――全てが識域下(しきいきか)で発現するかのような……そんな心地。

 

 現代日本の単なる人間の頃では、到底無理だっただろう。

 しかし今は種族として、生物としての基本仕様(スペック)が違うからこそ可能な領域。

 

 

 ――時間と空間から切り離されて、己だけの世界を無意識に意識する。

 もはや何秒か何分か何時間か何日か何週か何季か何年か。

 どれほど経ったか全くわからなくなってしまう中で……その瞬間(とき)は訪れた。

 

 密閉空間にも(かか)わらず、風の流れ(・・・・)を肌で感じる。

 

 俺は腕をゆっくりと動かしながらそれを誘導し、掌中(しょうちゅう)で渦巻くように集め――

 

「"エアバースト"」

 

 一言そう言い放つ。四属性の内、"(くう)"の魔術。真っ直ぐ突き出した腕に風圧が乗る。

 それはまだささやかなものだったが、密閉空間で跳ね返って俺の小さな(からだ)を叩いた。

 

 

(――夢、じゃあない……現実だッ)

 

 一度魔術の発動を強く自覚すると、己の魔力の流れもより鮮明になった気がした。

 後はその基礎を据えた上で、発展させていけばいいと聞いたことがある。

 

 俺は初めて努力し、今の状況すら忘れて明確に得た力に酔いしれていた。

 

 

 

 

 



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#04 魔術

 

 一筋の光もなかった空間も、幾分(いくぶん)か目が慣れてきていた。

 無明だった筈なのに、ぼやっとではあるが輪郭を捉えるまでになっているのだ。

 

(……魔術を使えるようになってから、か?)

 

 自分の魔力を知覚し、魔力を全身に行き渡らせるのが感覚的に理解できる。

 いわゆる"魔力強化"と呼ばれる、肉体・感覚能力の向上効果が顕著になったのかも知れない。

 

 それか"赤外線視力"とかなんかそういった(たぐい)の……。

 一部の動物やら虫だのが備えているような、俺の可視域(かしいき)を広げたのだろうか。

 

 

 パチンッ――パチンッ――濃暗がりとなった空間に、指を鳴らす音が何度も反響する。

 それは魔術の発動を補助する為の、手順となる動作である。

 

 ――魔術は"想像の確立"・"魔力の転換"・"現象の放出"があれば発動する。

 

 それゆえに決まった動作や、詠唱などは必要不可欠ではない。

 しかして魔術は往々(おうおう)にして、詠唱や動作を伴うのが慣例法となっている。

 

 

(初代魔王が考案したらしい、未だに主流の心深暗示(おもいこめば)メソッド(なせばなる)――)

 

 それは幼馴染の母親から聞いた話であった。

 

 "声"は最も手軽かつ、量の調整も自在な――体内から外界へ(・・・・・・・)向けて発せられる行為。

 そこに"力強い言葉"を詠唱として乗せることで、より思い込みを強化し、声と共に放出する。

 

 身振り手振りを加えることで、魔術を放つという行為そのものを一層強固にする。

 それは一種の決まった手順(ルーティーン)のようなもので、無意識にまで刷り込ませるものである。

 

 長々と大仰な詠唱をし、魂を込めて叫び、豪快にアクションをする。

 そういったことで威力が上がったり、範囲が広がったりするのは確かな事実。

 

 偽薬(プラシーボ)効果よろしく心理に根ざした行為というものは、魔術にとってはとかく肝要(かんよう)なものなのだ。

 

 

(ああ、"素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)") 

 

 しかしこれに詠唱は()らなかった――なにせ(もと)にしたイメージがそういうものだった。

 指パッチンの動作と共に発生した、(おおむ)ね不可視の風の刃。

 

 圧縮した個体空気と真空の層を挟み込んだ気圧差による、原理的には曖昧だが破壊力は充分な魔術。

 そんなものもイメージすれば作れてしまう。魔術ってすごい。

 

 魔力という謎のエネルギー源と、全能の"魔法"ほどでなくとも、魔術の万能さを実感する次第(しだい)

 

 

 カシュッと小気味良い音がすると、密閉空間に裂け目が生じ、外の光が差し込んで来た。 

 星光ゆえか目が眩むことはなく、もう二日か三日くらいは経っているのだろうか。

 

 魔力強化したハーフエルフの、通常より頑健な肉体と鋭敏化させた五感。

 練度不足ながらも己に可能な範囲で研ぎ澄まして、隙間から覗き周囲の音を聞く。

 

(夜なのはラッキーだったな、監視もいない……か?)

 

 音の発生箇所にやってこないのを見ると、少なくとも気付かれてはいないようだ。

 死角部分にいるかも知れないので、注意を(おこた)るわけにはいかない。

 

 

 しばらく待ってから、再度パチンッと小さめの風刃を一つ、さらにもう一つ。

 最初のを含めて合計3発、三角形に切れ目を入れて、ゆっくりと土壁を押し出していく。

 

 そうして作られた子供が(かが)んで通れるくらいの穴から、俺は外へと()い出した。

 

 片割星に迎えられるようにその反射光を浴び、新鮮な呼吸を肺に取り入れる。

 見渡せば森の中、周辺に監視人などの人影も見当たらない。

 

 

(脱走の好機(チャンス)ではある、あるんだけど――)

 

 薄明かりの中で、森には似つかわしくないそれが視界に映ってしまう。

 一定の間隔を隔てたところにある……同じような形の土製構造物が3つ(・・)

 

 見ず知らずの他人ではない、(つか)()なれど馬車内で言葉を交わした子供達。

 

「っはぁ~……」

 

 俺は森の隙間から覗く天空を仰いで、大きく息を吐いた。

 

 

(見捨てる、か……)

 

 そうなれば俺は今後長い一生の中で、常に心にしこり(・・・)が残るだろう。

 安牌(あんぱい)であったとしても、開き直れるほど無慈悲にはなれそうもない。

 

(連れて行く、か……)

 

 きつい言い方をすれば十中八九、足手まといにしかならない。

 そもそも現状じゃパニック状態もいいところだろう、なだめるだけでも骨だ。

 

 

 しかし見捨てるにせよ連れて行くにせよ、こんな地理も全くわからない暗い森の中。

 食料も道具もないし、服もみすぼらしい。脱出に気付かれれば、追手も来るかも知れない。

 

 サバイバルのノウハウもない中で生き抜くには、相当()の悪い賭けになる。

 それに危険な野生動物や毒虫もいるだろう、なにより異世界には魔物だって存在する。

 

 覚えたての魔術、しかも子供で魔力も十全ではない。

 そんな状況で全てに(こう)()るかと問われれば――

 

(答えはNO(むり)だ)

 

 生存確率は(いちじる)しく低いのは明白。判断を見誤ってはいけない。

 過呼吸にはならないよう何度も深呼吸をしながら、酸素を脳に巡らせていく。

 

 

(まぁ……状況が少しは見えてきた――)

 

 買われた4人が皆、同じ状況にあるということ。

 

 顔を隠して子供を買い、閉じ込めて極限状態へ落とし込む。

 精神を打ちのめしてリセットさせた後に、刷り込みを(おこな)うと思われる。

 

(調教して性奴隷……は、ないよな)

 

 ジェーンも狐少女のリーティアも将来有望そうだが、鬼少年ヘリオも混じっている。

 もっともそういう需要(・・・・・・)もあることは、想像したくないが否定はできない。

 

 とはいえ所詮ハーフエルフでしかない俺は、そこまで顔が整っているわけではない。

 エルフ好きの好事家はいても、わざわざハーフを選ぶというのも……。

 

 

(とすると、従順で裏切らない少年兵か?)

 

 戦乱が多い異世界。子供を抗争や戦争の消耗品として扱うことは、大いに考えられる。

 地球でだって日本こそ平和だが、他国では問題になっていたことだ。

 

 他には現状思いつかなかった。どう選択するにせよ、状況が悪いことには違いない。

 

 

 思考を回していると何かが近付く音が、ハーフエルフのやや尖った耳へと届いてくる。

 

(クッソ、早く隠れないと――)

 

 土塊(つちくれ)構造物に戻ろうとすると、あっという間に何かは姿を現した。

 威嚇するような(うな)りを喉から鳴らし、ギョロリとした目を動かすのが目に映ってしまう。

 

 それは"トカゲ"であった、ただし……巨大(デカ)い。

 

 四つ足で地面に伏せているのに、目算で2メートル近くはあるように見える。

 尻尾含めた全長は、ざっくりとだが10メートルはゆうに超えるであろう。

 

 地球に当てはめるのであれば、現代に蘇った恐竜とでも言えるのだろうが……。

 角を生やし、口元から伸びる牙、長めの()(あし)に大きな爪。

 

 異世界では陸上(ドラゴン)とでも言えばいいのだろうか。

 

 スンスンと鼻を鳴らすように、その剥き出しの大きな瞳をこちらへと向ける。

 

 

「まじかぁ……」

 

 茫然自失(ぼうぜんじしつ)になりそうな意識を何とか繋ぎ止める。

 

 すぐさま俺は土塊構造物の裏に回るべく、一目散で走り出した――

 瞬間、尻尾が飛んできて土壁を破壊する。その余波だけで俺の体は吹き飛んでしまう。

 

「うっ……ガハッ、ゲホッ」

 

 少し咳き込んでから、立ち上がりつつ破壊者を注視する。

 陸上竜も俺を見失ってはいなかった。長い首を90度に傾けこちらを覗いてた。

 

 地を這うようにズルリと――蛇のような動きで、俺目掛けて走ってくる。

 

「ッがぁァあアア――"エアバースト"!!」

 

 俺は両手を思い切り、地面へと叩き込むように振った。

 加減なしで巻き起こった風は、子供一人浮かすだけの圧を与える。

 

 

 空中を漂い、引き延ばされた時間感覚の中で、地上を鳥瞰(ちょうかん)した俺は失敗に気付く。

 目標を失った陸上竜は、そのまま隣の土塊構造物(・・・・・・・)へと衝突したのだった。

 

 高木(こうぼく)の枝をクッションに、俺は何とか体を強く打たずに済んだ。

 子供の肉体であったことも功を奏したのだろう。

 

 しかし陸上竜にぶち当たられた土塊構造物のほうは……無惨に崩れていた。

 中にいれば衝撃で死ぬか、生き埋めになるか、あるいは今から見つかって食われるか。

 

 

(くっそ……俺自身が危ないのに、他人なんて――)

 

 構ってる場合か、と続く言葉を心中で握り潰す。

 魔力強化されたハーフエルフの耳には聞こえてしまった(・・・・・・・・)のだ、悲痛な叫び声が。

 

 ――まだ生きている。どうしようもない状況で、子供が泣いているのだ。

 

 追い詰められた異常な状況での、英雄願望(ヒロイック)な気分なのか。

 それともただ単に自暴自棄(じぼうじき)か、いずれにしても一人逃げる精神状態ではなくなっていた。

 

 

「あぁそうだ、俺はもう……あんな思い(・・・・・)は、二度としたくない」

 

 胸裏ではなく、はっきりと口に出して自覚する。

 俺の隣からいなくなってしまった……"幼馴染の少女"と重なってしまうのだ。

 

 あの時助けられる機会があったなら――

 そして今、目の前に同じような状況があるのなら――

 

 

 俺は指を鳴らして、風の刃を陸上竜へと叩き付ける。

 それでも強靭な鱗には傷一つ付くことはない、だが注意を向けさせることには成功した。

 

 クアァ……と大口を開け(よだれ)を垂らす魔物へと、俺は半眼で睨みつける。

 

 

「獲物を前に舌なめずり、か。トカゲがするな……(ドラゴン)フリ(・・)を」

 

 

 



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#05 新生

 

「獲物を前に舌なめずり、か。トカゲがするな……(ドラゴン)フリ(・・)を」

 

 勝機などあるかどうかすらわからない。まして命のやり取り。

 それでも()るという選択肢しかなかった。

 

 火事場のなんとやら、限界(リミッター)外しでもなんだっていい。

 

 希望を抱け、期待しろ、思い込めばいい、魔術にはそれが"力"となる筈なのだ。

 自分自身にペテンをかけて騙し切れ。極限状態からあらん限りに絞り出せ。

 

 "もうこれで終わってもいい"……わけではない。

 ただ本来の規格を度外視した(ちから)を――今だけでいい、ほんの少し。

 

 常に最高の自分をイメージしろ、最適の動きを思い(えが)き続けろ。

 

 

(真似し、なりきれ(・・・・)……絶対的強者のそれに)

 

 剣豪同士の刹那の立ち合い――

 銃士(ガンマン)の反射を超越する抜き撃ち――

 

 フィクションでも数え切れないほど見た死闘の光景を、己自身へと落とし込め。

 

 あの巨体を相手に、単なる風圧を叩き込んでも微風(そよかぜ)程度にしかならないだろう。

 だから俺の手札は実質一枚だけ、覚えたての"(ウィンド)()(ブレード)"しか持っていない。

 

 残念にも鱗には全く通らなかった。だが土塊を切断するくらいの威力はある。

 相対速度を考えれば二度目はない。つまり(たま)は、片手でそれぞれ1発ずつしかないも同然。

 

 俺は指を合わせた右手を前に、同じく左手を顔の横に持って半身(はんみ)に構える。

 

 右腕とその指を"大トカゲ"と一直線上に――

 銃の照星(しょうせい)でも合わせるかのように、視線と指点を結んで凝視する。

 

 

「"手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に"――」 

 

 まるで俺であって(・・・・・)俺ではないような(・・・・・・・・)心地に見舞われる。

 

 全開の集中。突進してくる大トカゲの瞳を、俺の双眸はしかと捉えていた。

 

 左手で撃った一撃は、大トカゲの右前足の出掛かりを潰し、僅かにバランスを崩させる。

 間髪入れず本命の右手で放たれた二撃目の風刃は、その間隙(かんげき)を逃さず右目へと吸い込まれた。

 

 大トカゲは高く一鳴きすると、俺のではない鮮血を撒き散らせる。

 突進する勢いのままに、俺の横を通り過ぎると木々を薙ぎ倒していった。

 

 振り返り身構えるも、あっという間にその姿は見えなくなっていく。

 響いてくる音も次第に遠くなっていき、()んだことを確認してから嘆息(たんそく)をついた。

 

 

「トカゲ呼ばわりは過言(かごん)だったかな、しかしまぁ……」

 

(俺も、変わったもんだ――)

 

 命を懸けてまで魔物を相手にし、助けようなどと……前世では考えられない。

 だが転生して過ごしていく内に、人格も変わってきたのだろうか。

 

 精神は肉体に引っ張られるというやつか、あるいは開き直りの賜物(たまもの)か。

 

 そんなことを思いながら、自分の状態を確認する。

 

 

 肉体は枝クッションによる擦り傷まみれ、多少の打ち身もあろうがそれだけで済んだ。

 感覚的に魔術もまだ何度か使えそうである。いずれにせよ幸運だった。

 

 空腹と疲労を押し殺しながら、俺は崩れた土塊へと歩を進める。

 そこには狐耳を生やした少女が、すすり泣きながらうずくまっていた。

 

 ゆっくりと近付いた俺は、少女リーティアを……抱き寄せるように頭を撫でてやる。

 ジェーンが少女にそうしていたように――優しく包み込んでやるように。

 

 リーティアは(せき)を切ったように泣き出し、俺はいつまででも胸を貸してやる。

 涙や鼻水その他諸々で(よご)されても、全く嫌悪感を感じることもなかった。

 

 

(もしも俺に娘がいたなら……)

 

 転生前の自分をつい思い出してしまう。

 順風満帆(じゅんぷうまんぱん)に結婚して子供に恵まれていたら、このくらいの年頃がいてもおかしくないのだ。

 

 父性(ふせい)庇護(ひご)欲を掻き立てられる。

 この子は俺が守護(まも)らねばという想いにさせられるようだった。

 

 

 

 

 ひとしきり泣いた後に、落ち着いたリーティアはこちらを覗き込む。

 

「……馬車にいたお兄ちゃん?」 

「そうだよ。まだ怖いか? どこか痛いところはあるか?」

 

「ううん、もう大丈夫」

 

 そう言いながらリーティアは俺の服の(はし)っこをぎゅっと掴んでいる。

 

 (はか)らずも――俺が刷り込み(インプリンティング)をした形になってしまったのかも知れない。

 

 

(問題はこの後どうするかだが……どうしよう)

 

 リーティアをなだめながらも、ずっと考えていたが答えは出ていない。

 大トカゲが戻って来る可能性もあるし、別の獣に襲われる可能性もある。

 

 空が多少なりと(しら)んできたとはいえ、無闇矢鱈(むやみやたら)に歩けば迷うのも自明。

 

「もう行くとこまで()くしかない、よな」

 

 

 俺はリーティアを連れて立ち上がると、さらに隣の土塊構造物の前に立つ。

 指を鳴らして"素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)"を放って、穴を作りそこから覗き込んだ。

 

「ヘリオ、だったか」

 

 鬼族の少年を見つけたものの、眠っているか、気絶してるようだった。

 俺はズルズルと穴の外まで引っ張って、その体を揺すってやる。

 

「ぐっう、あ……ぁァ……」

 

 覚醒した少年は(おび)えと恐怖ばかりが瞳に映っていた。

 暗闇というものがどれだけ人間の精神を害してしまうか……まして小さな子供である。

 

 それだけに刷り込みの効果も絶大、というものなのかも知れなかった。

 

 

「安心しろ、助けに来た」

 

 俺はヘリオの首の後ろに腕を回して、グイッと抱き寄せる。

 額を肩に当てさせ、思う存分泣かせてやった。

 

 男の子ゆえか、流石に泣き喚くようなことはなかった。

 それでも弱々しい嗚咽(おえつ)が途切れ途切れに……。

 

 どれだけの感情を渦巻かせていたのか、俺には(おもんぱか)ることはできない。

 

「ごめん、オレだらしなくて……死んだ爺っちゃんに笑われちまう」

 

「気にするな、俺だって泣いたからな」

 

 嘘も方便。それでヘリオは少しは落ち着いた様子を見せる。

 

 いよいよ夜明けが近付き、最後になってしまった残るジェーンの元へと行く。

 

 

 まずは小さく裂け目を入れて覗き込んだ。既に陽光が差し始めている。

 いきなり浴びてしまえば(くら)んでしまい、眼や脳にもよくないかも知れないと。

 

「ジェーン。おいジェーン、大丈夫か!」

 

 ヘリオ同様、あまり反応が見られなかったジェーンに俺は叫び掛ける。

 するとすぐに反応し、もぞもぞと体を動かして光のほうを見る。

 

「うぅ……ん、その声は――ベイリル?」

「あぁそうだよ、かなり正気みたいだな。目が慣れてきたら教えてくれ」

 

「目なら……うん、大丈夫だよ」

「そうか、それじゃあ穴を開けるからそこ動くなよ」

 

 

 手早く出入り口を作ると、ジェーンをみんなの輪の中へ迎え入れる。

 ともするとジェーンはポロポロと大粒の涙を零し、全員を抱き締めた。

 

「ありがと、うん……うっ……ベイリルありがとぉ……みんな良かったぁ」

 

 俺は僅かな隙間からその涙を拭ってから、頭をポンポンと撫でる。

 

「良かったよぉ……みんな怖いだろうなって、わたしも……うぅ……」

 

 強がっていても、お姉さんとして振舞っていても、一人のかよわい少女なのだ。

 

 三人とも怪我もなく、精神に異常を(きた)すこともないようでひとまず安堵する。

 

  

(さてと……希望的観測でしかないが――)

 

 ぼちぼち俺達を、こんなところに閉じ込めた奴が来てもおかしくなかった。

 子供を閉じ込めておくには、そろそろ限界点のように思える。

 

 あんな魔物が出る危険度を考えれば、夜中に迎えにも来ないだろう。

 

 

 一旦(いったん)3人を、俺が閉じ込められていた土塊構造物へ避難させる。

 ジェーンにヘリオとリーティアを見てるよう頼んで、俺は一人外へと出た。

 

「まぁ……どうにか誤魔化(ごまか)すしかないよな」

 

 リーティアが閉じ込められていた物は、実際に破壊されたものだからそれでいい。

 問題はヘリオとジェーンが(ほう)の土塊構造物であった。

 

 

 俺は弱めの素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)を、片面だけに幾重にも放る。

 さらにエアバーストで上から切り崩して、構造物をバラバラに潰した。

 

 同じことをもう一度繰り返し、二つの残骸が新たに残る。

 

「大丈夫、かねぇ……それでも他に選択肢もないが――」

 

 断面が少し人為的な鋭さがある気もするが、注意深く見ねばわかるまい。

 これで子供が4人。魔物に暗闇をぶっ壊され、一箇所で身を寄せているという状況が作れた。

 

 不自然さが多く(ぬぐ)えないが、それでも事実は含むので押し通すしかない。

 

 

 解体作業を終えた俺は三人の元へ戻り、寄り添うようにしゃがむ。

 

「いいかみんな大事なことだからよく聞いてくれ」

 

 俺がそう言うと、三人とも揃って真っ直ぐ見つめてくる。

 (みな)子供ながらもちゃんと俺の言葉を理解し、真剣に聞いてくれるようだった。

 

 これも刷り込みの効果なのだろうかと、心の中で思いつつ俺はゆっくりと説明する。

 

「これから大人(おとな)が来ると思う、何人かはわからない。ただ何を聞かれても喋らないで」

 

 人差し指を唇に当てて、シーッというポーズをする。

 

 

「どうして?」

「その大人には……囁霊(ウィスパー)()いてるんだ」

 

 リーティアの問いに俺はそう答える。

 この年頃の子供に噛み砕いて説明しても、万が一が考えられる。

 

 かつて母に聞かされた、子供を怖がらせる為の話を利用させてもらおう。

 幼馴染の少女と過ごし、語り聞かせていた時のことを思い出しながら……。

 

 

「なんだそれ?」

 

 ヘリオの疑問符に対し、俺は情感たっぷりに恐怖を演出する。

 

「囁霊は(ささや)いて人に悪いことをさせる。子供を食べてしまうこともあるらしい。

 もしも"蒼い火の玉"を見てしまえば最後、今度は一生暗闇に引きずり込まれ帰ってこれなくなる」

 

「ひっ……」

「なぁっ……」

 

「だから気付かれないようにただ顔を下に向けて、小さくうんうんと(うなず)いてるんだ。

 俺が大丈夫って言うまで、大人に()いた霊に絶対見られないよう聞かれないよう、いいね?」

 

 

 コクコクと素直に頷くリーティアとヘリオに、悪いことをしたと心を少し痛める。

 しかし怪談話でを利用させてもらうしか、年端(としは)もゆかぬ子供を騙す方法が俺にはなかった。

 

 正面から言い聞かせるよりも、根源的なものに訴えかけたほうが安全なのだ。

 

(なんかほんといたたまれんな――)

 

 心の中で罪悪感に苛まれつついると……。

 ジェーンだけが頷くこともなく、懐疑(かいぎ)的な目を向けていることに気付く。

 

 俺は無言のまま首を横に振ると、ジェーンはゆっくりと首を縦に何度か振る。

 あの暗闇でも姉魂(ねえこん)たくましく、意識を保っていた少女である。

 

 利発な子である。彼女にはある程度説明して協力してもらったほうがいいかも知れなかった。

 

 

 そうして4人で身を寄せ合って過ごしつつ時は過ぎていく。

 その時(・・・)は太陽が真上に差し掛かる頃に訪れたのだった――

 

 

 



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#06 計画

 

「――新たな候補、壊れてないとお思いですか?」

 

 騎乗したその若い男は、隣で同じく馬に乗った人物へ話し掛ける。

 顔は外套(がいとう)に付いたフードを被っていてよく見えない。

 

 ただ声は怜悧(れいり)さを()び、容赦というものを知る必要がないと主張するようであった。

 

「そうだな……その時は(いた)(かた)ないが、また見繕(みつくろ)えばいい。時間的な浪費は少なく済む」

 

 

 そう答えた眼鏡を掛けた男の年齢は、若者よりもかなり上だった。

 年相応の味のようなものをその顔に刻んで、表情には穏やかさを貼り付けている。

 

「だがな、私が自ら選んだ子たちだ。この程度のことは乗り越えてもらわねば困る」

 

「"セイマール"先生がそう仰るのであれば。にしても今回は僕の時と違い、数が少ないようですね」

 

 セイマールと呼ばれた壮年の男は、眼鏡をクイッと上げ直しつつ答える。

 

「少しやり方を変えることにしたのだ、"アーセン"よ」

「自ら選んだのもその為というわけですか」

 

 

 アーセンという名の若者は、いまいち面白くないといった声音を浮かべる。

 セイマールはそんな調子も見極めた上で、話を続けた。

 

「あの頃は私も不慣れで、加減を知らなすぎた。だから前回は優秀なお前一人しか残らなかった。

 我らが"道士"と"純剛の道"の為にも、常により良い方法を模索し続けねばならんのだ」

 

「"三代神王ディアマ様"のように、ですね」

「その通りだ。()御方(おんかた)の意志は、いつだって我らの心と共に()る」

 

 二人は話を続けながら森の中の目印を辿っていくと、ようやく目的地へと着こうとしていた。

 

 

「さて、見えてきた……な!?」

 

 すぐさま異変に気付く。"魔術具"を用いて作り上げた石牢が、4つ全て原型を留めていない。

 馬にムチを打って走らせ向かう。遅れずに付いてきたアーセンが疑問を(てい)す。

 

「あれも予定の内ですか?」

「いや違う、まさか……一帯は調査した(はず)だ。ぬうっ、これもディアマ様の御意志(ごいし)と言うのか」

 

 

「アーセンはあっちから調べよ、私はこちらから――」

 

 アーセンは一言もなく頷き、すぐに指示通りに動いて端奥(はしおく)の石牢から調べ始める。

 そして()は周囲の安全を確認してから、石牢の中を覗き込む。

 

「むっ……」

 

 子供が4人、まとまってうずくまっていた。

 汚れてはいるものの、髪色を見れば確かに自分が選んで買った(・・・・・・・・・)子供達に相違(そうい)ない。

 

 しかし――この惨状(さんじょう)でよく一人も欠けず、生きていられたものだと頭に浮かぶ。

 とはいえそれもまたお導きなのだと、強く塗り替え打ち消した。

 

 三代神王も、道士も、超えられない試練を与えることは決してない。

 

 

「君たち大丈夫かね?」

 

 これ以上なく優しい声音で、さしあたって当初の予定通りに話し掛ける。

 私はたまたま通りすがった親切な人。それ以外の何者でもないのだ。

 

 声掛けに気付いた4人の子供の内、一人が顔を上げる。

 それは最初に買った、黒灰銀の髪に蒼碧眼のハーフエルフだった。

 

「っ……あの、うぅ……」

 

 少年は上手く言葉が出てこないようであった。

 私はゆっくりと近付き、視線を合わせるようにしゃがむ。

 

 まずは威圧感を与えぬよう、子供と同じ目線に立つこと。

 私がこの子達をたまたま助けに来た者だと、しっかり認識させること。

 

 

「安心しろ、もう心配はない」

「ぁ……ありがとう」

 

 絞り出すような声だった。すると藍色髪の少女が憔悴(しょうすい)しきった顔を上げる。

 目の下には幾度も涙が流れたような(あと)が、強く残っていた。

 

 少女は深く息を吐くと、少しだけ顔を柔らかくしてうつむいたままの子供二人の肩を強く抱く。

 

 とても強い子達であるようだった。

 何があったかはわからないし、刷り込みの効果も半減だろうが。

 

 それ以上に価値あるものを、確かに得たような気がしていた。

 

 

「セイマール先生、こっちには誰もいません。ただ(・・)――」

 

 セイマールと子供達を見て、アーセンは無事だったことに気付く。

 

「すまないアーセン、君は周囲の警戒にあたっていてくれ。この子たちは私が――」

 

 私はそう言ってアーセンを遠ざける。

 半端になったとはいえ、刷り込みはあくまで私一人で(おこな)わなければならない。

 

 彼はたまたま"本部"へ戻ってきただけの元教え子である。

 積もる(はなし)をするがてら、少し手伝ってもらっているだけに過ぎない。

 

 

 子供たちが多少なりと落ち着いてきた様子を見つつ、私は改めて声を掛ける。

 

「何があったか聞かせてもらえるかい?」

「すっごくくらくて……かいぶつが……たぶんにひき、こわして……だからみんなで」

 

 たどたどしい口調だが、それでも要領を得た説明であった。

 

「なるほど、君は怪我が酷いが痛くないのかい?」

 

 ハーフエルフの少年はコクコクと頷く。

 擦過傷(さっかしょう)が体中に見られるがもはや麻痺しているのだろう。

 

 鬼人族の少年と狐人族の少女はずっと震えてるようだが、さしあたり怪我はないようである。

 人族の少女も疲労感はありありと見えるが、それだけだった。

 

 

 怪物が2匹。こういうことが無いように、生態はある程度調べていたのだが……。

 太めの木々も薙ぎ倒されていて、少なくとも中型以上の魔物なのは確か。

 

 であれば石牢を壊すのもそう難しくはなく、調査が不十分であったことを恥じ入る。

 あれだけ壊されてこの程度で済んだのは、この子達は何かを持っているのかも知れない。

 

 ()はもう少し気をつけないと……と、考える。

 しかしまずは目の前の子供達の教育が最優先であり、またずっと先のことである。

 

 

「とりあえず私達の屋敷へ来るといい。そこで身を綺麗にし、美味しい食事をとろう」

 

 私は穏やかな笑顔を浮かべながら、そう子供達へと語り掛けた。

 

 全ては大いなる成就の為に――

 

 



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#07 決意

 お誂え向きに用意された、子供用(・・・)の二段ベッドの上で俺――ベイリルは思索(しさく)(ふけ)る。

 

「今日はぐっすりと寝て、ゆっくりと考えるといい――」

 

 覆面で顔を隠して俺達を買い、素知らぬ顔で自作自演(マッチポンプ)をしたセイマールはそう言った。

 背格好からしても恐らくそうだろうし、何より状況が如実(にょじつ)(あらわ)していたと言えよう。

 

 

(セイマールと、確かアーセンと言ったか……)

 

 連中がやって来てから、馬に揺られ、"屋敷"へと辿り着いた。

 

 深い山中に構えた、どこぞの貴族か富豪の古い名残を買い取ったのだろうか。

 全体的にくたびれているような印象を受けたが、綺麗にされていて庭を含めて相当広い。

 

 

 セイマールの言った通り、汚れを洗い着替え、小さな傷も手当てされた。

 さらに温かい食事を提供され、本屋敷とは別棟のこの部屋へと通された。

 

 そして連中の教え(・・・・・)をとくとくと説明された。

 

 過去の歴史において、暗黒時代を打破し魔王候補をも殺して回ったとされる三代神王ディアマ。

 そのディアマを信奉(しんぽう)する宗教団体――"純剛の道"と、その根拠地であるこの屋敷。

 

 語る口振りと瞳には、生憎と狂気しか映らなかった。

 

 

端的(たんてき)に言えばカルト(・・・)、だろうな)

 

 セイマールは助けたという(てい)を装いつつ、さらに選択肢を提示してきた。

 

 ここに残れば教団の庇護下において、衣食住を保証することを……。

 そして断れば近くの村に送り届けるという(むね)を。

 

 一見すれば良心的にみえるようでも、その(じつ)……選択肢など一択と言っていい。

 子供が4人、見知らぬ土地に投げ出されればどうなるかなど、大概が火を見るより明らかである。

 

 自分で選ばせることが、この際は重要なのだ。マジシャンの心理トリックと同じ。

 精神支配(マインドコントロール)においても相手に意識させないまま、思惑通りに動かすよう誘導することが肝要。

 

 

(連中が俺達を買ったことは疑いない――)

 

 その分の支出は回収しなくてはならない。となればそもそも無条件で解放するわけもない。

 相手はこっちが売られていた……つまり、のっぴきならない事情ということも知っているのだ。

 

 それに選択肢を提示した時のセイマールの表情、なにか後ろ暗いものを感じた。

 十中八九村に送り届けるなど、そもそもが方便。断ればどういう扱いになるかはわからない。

 

 より直接的で強力に肉体・精神に訴えるか、もしくは薬物に()った洗脳措置が(おこな)われるかも知れない。

 あるいはもう一度どこかへ売られるか、慰みものか、自爆テロのように使われるか。

 

 

(問題は"契約魔術"の(たぐい)だが――)

 

 魔術的に契約を行使することで、相手を制約し行動を強制してしまうものがある。

 例えば奴隷を従順にさせる為の、首輪型の魔術具などもそれに類する。

 

 ただし人身売買業に捕まっていた時に知ったが、そういったものは非常に高価なようだった。

 一方通行の"強制契約"だと難度が高く、成功しても脳の思考能力が欠如するなどの弊害が生じてしまう。

 

 さらには魔術適性が高い場合、契約効果そのものにも支障が出てしまう場合もあると言う。

 

 それゆえに正常なまま(おこな)う場合は相互契約――つまりお互いの意思が重要となる。

 あくまで契約(・・)であり、どちらかに否定的な要素があればそれはデメリットとして返ってくるのだ。

 

 

(俺達を利用するのであれば……そういった可能性は低い――)

 

 そう思い込みたいが確信は持てない。結局のところ綱渡(つなわた)りのような状況は続く。

 

 理屈で考えるならば――子供を買い、暗闇に閉じ込め、刷り込みを(おこな)おうとした。

 となれば幼少期から洗脳教育を(ほどこ)して教団の兵隊にする、などが順当なところだろうが……。

 

 その場合は強制的な契約魔術は、あまり使いたくないと言うのが本音だろう。

 精神的な縛りがあっては望んだ通りに、十全に育てることはできない。

 

 そうなれば活路はある。信仰の使徒のフリ(・・)をしているだけで済むのだ。

 

 

(少なくとも俺は、だが――)

 

 問題は同じ部屋で眠る、3人の罪のない無垢な子供達。

 判断のつかない子供の精神では、教義に染まることはほぼ疑いないだろう。

 

 暗闇からの刷り込みは、結果的に俺がしてしまった部分もある。

 それでも実際的に保護し、衣食住を与えるのはセイマールとこの教団。

 

 洗脳教育が進めば、最悪敵対することになる。

 ――その後の結果は想像したくはなかった。

 

 

 僅かながらも一緒に肩を寄せ合って過ごした。一時(いっとき)はその命まで懸けた。

 子供たちを見る(たび)に、幼馴染の少女の顔が浮かぶ――共に過ごしたかけがえのなかった存在。

 

 これから過ごしていく子供達と別れるような思いは、やはり容認できる問題ではない。

 

 

(そうなると……俺がやるのはその逆しかない、な)

 

 まだ洗脳されてない状況から、"洗脳解体"というのも妙な話かも知れない。

 だがつまるところ、最初から洗脳させないよう立ち回ることはできないだろうか。

 

 カルト教の(かたよ)った価値観に対し、常に新たな価値観を提示し()り固まらせないようにする。

 信頼築いてこちら側に引き入れ、真っ当に育て上げる。

 

 そも教団に四六時中囲まれ続けていては、こっちだって単純に気が狂いかねない。

 今後共同生活を(いとな)んでいく仲間でもあるのだろうから……。

 

 リスクは低くない――3人の誰かから、露見(ろけん)することも十分ありえることだ。

 自身の行動の中に疑念を持たれる機会も、必然的に増えていってしまう。

 

 

(それでも孤独よりはいい――)

 

 元世界と同じ(てつ)を踏む()は、異世界では犯すまい。

 散々っぱら打ちのめされ、死んだ魚のような目をした生活はもう沢山だ。

 

 俺の半生――(つたな)い知識だろうと浅い経験だろうとなんでも活用し、(みの)りある人生を。

 

 心の奥深くに刻み込むように、決意を咀嚼(そしゃく)反芻(はんすう)する。

 自分に言い聞かせるように、自身に暗示を掛けるかのように。

 

 まずはここから始める(・・・・・・・)のだと――

 

 



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#08 雌伏

 

 教団の庇護下に入るという選択肢を強制され、屋敷内での生活にも慣れてきていた。

 

 驚くべきはこの"純剛の道"という、神王教ディアマ派の宗教団体。

 セイマール個人のそれによる部分も、大きいのかも知れないが……。

 

 少なくとも教育に関しては、かなりまとも(・・・)だったというのが面白いところであった。

 

 朝に起床し、調理と食事、座学に運動、祈りと就寝。規則正しい生活である。

 閉鎖的環境で意図的な情報操作。授業中に随所で差し込まれる宗教説法は確かにある。

 

 

 しかし例えば拷問や麻薬といった、不法(イリーガル)な手段を(もち)いない。

 

 懇切丁寧に物事を教え、叱ることはあっても理不尽な仕打ちはない。

 調理そのものも自分達で(おこな)い、魔力強化した五感による味覚でも不自然さはなかった。

 

 多種多様な教えの中で自然(ナチュラル)に洗脳し、信者にしようとするその手法。

 

 確かに無垢な子供に教えるには、そのほうが都合が良いのかも知れない。

 暗黒環境による恐怖で精神を一度リセットさせ、刷り込みした上で教育を(ほどこ)す。

 

 

 (はなは)だ勝手な想像ではあるが……、大半の宗教法人だとかもそうなのかも知れない。

 数多くの教義を、日常の一部(・・・・・)として受け入れさせてしまうものなのだろうと。

 

 何かしらの()(どころ)を求める心に、呼吸のように浸透させ、血液のように循環させてしまう。

 それは巧妙(こうみょう)であると同時に狡猾(こうかつ)で、悪辣(あくらつ)さも感じられる行為だなのだが……。

 

 実際に救いになることもあるだろう。人間誰しも、常に強くいられるわけではない。

 

 

 ただ部分的に……一般的な観念から見れば、少数(マイノリティ)で異質な部分があるのだ。

 

 それらの方向性によって、宗教とは性質を一変させる。

 例えば街になったり、時に政党になったり、国家そのものを手中に置いたり。

 何よりも戦争やテロリズムに繋がったりと、様々な変化をもたらす。

 

 地球でも宗教とは古今東西(ここんとうざい)、血で血を洗ってきた歴史と共にある。

 それは異世界においても、存在しえる命題とも言えるべきものであった。

 

 とはいえ群集心理とその操作において、正直見習うべきところはなきにしもあらず――

 

 

「ベイリルはずるいよなあ、エルフだからすぐに魔術使えてさ」

「ハーフだけどな、でもそれを言うなら鬼人のお前も筋肉は俺たちより多いだろう」

 

 不満を漏らしたヘリオに、俺は反論する。

 

 外での実践授業を終えた後の黄昏時。夕食前の休憩時間に4人で話していた。

 やることをちゃんとやっていれば、幸いにもセイマールは不必要な干渉をしてこなかった。

 

「ウチは狐だからなぁにぃ~?」

「んー、鼻や耳が利くんじゃないか」

 

 そう言うとリーティアは耳を動かし、三人の匂いをくんくんと嗅ぎ始める。

 

 獣人種ならエルフの魔力による強化効果の差を比しても、さらに強力だろう。

 犬に属する狐であれば、リーティアも嗅覚等に優れることは想像に難くない。

 

「えっと、わたしは……なんにもないね」

 

 一人だけ純粋な人族のジェーンが、少し目を伏せがちに言った。

 確かに種族的なアドバンテージが、人間には何も無いとも言える。

 

 

「でも歴史上の名だたる英雄は大体が人間だぞ」

 

 絶対数が多いというのもあるが、人間は単純に潜在性(ポテンシャル)が高い傾向があるようだった。

 その理由は全くもってわからないが、事実はそう示している。

 

「じゃあジェーンが有利じゃねぇか」

「ジェーン()ぇがいちばん?」

「そうなのかな? お姉ちゃんがみんなの中で一番?」

 

 満更(まんざら)でもない様子を見せるジェーンも、まだまだ子供なのが(うかが)えた。

 一人だけしっかりしていて、お姉ちゃん(かぜ)を吹かせているものの……。

 

 ジェーンもヘリオやリーティア同様、守るべき対象に違いはなかった。

 

 

「でもわたしもまだ魔術使えないしなー」

「――そうだな……俺が使えるのは、世界が何でできてるか知ってるからだ」

 

 物質への理解。それがあったからこそ俺は魔術を使えた、と個人的に思っている。

 

「世界は大きな陸地だろ?」

「確かにそれは間違いじゃないが、もっと言えば――」

 

 

 異世界は大昔の地球のように、巨大なパンゲア大陸で成り立っている。

 まずはどこから説明すべきかと……俺は大きさの違う石を地面に並べた。

 

「この世界はこれ、さらに丸い球体をしている。あの片割星(かたわれぼし)も丸いだろ、お互いで踊っているんだ」

 

 そう言って中くらいの石を二つ並べて、くるくると円を描くように入れ替えていく。

 さらに大きな石を置くと、さらにその周りを二つの石に周回させた。

 

「そしてもうすぐ沈みそうな太陽の周りを、こうやって回っている」

「どうして?」

 

「そういうものだと覚えるだけでいい、なんでかは俺もよく知らないから」

「ウチわかったー」

 

 ニコっと笑って見上げてくるリーティアの頭を、よしよしと撫でながら俺は続ける。

 

 

「これと同じことが、世界なんだ。この石も、見えないほど小さな星とさらに小さい回る星。

 それらが数え切れないほどいっぱいくっつきあって、俺たちもみんな形になってるんだよ」

 

「ぜんっぜんわからん!」

 

「俺もわからんから大丈夫だ、ただそういうもの(・・・・・・)だと思えばいいだけだ。

 実際に魔術を想像する時に、こうやって色んなことが繋がっているんだってな」

 

 実際の原理とか追究されれば俺も説明し切れない。ただ教育とはそんなものも多い。

 常識なんて知識として頭の中にあるだけで、実践して確かめられることなど少ない。

 

 

「あの空の星も、ベイリルもわたしたちも……みんなそうなの?」

「そうだよ。みんな見えないくらい、小さい星でできてるんだ」

 

「ねーねーベイリル()ぃ。じゃあその見えない小さな星にも誰か住んでるの?」

「おぉさすがリーティア、お前はすごいな~本当に」

 

「えへへ~」

 

「小さな星もさらにちっちゃい星が集まってて、そこにもっとちっちゃい粒が住んでるんだぞ。

 その粒も見えないくらい、さらに見えないくらいの小さなヒモがブルブル震えている、かもな」

 

 恒星と惑星、物質と分子、原子と電子、陽子と中性子、さらには素粒子に、超弦理論――

 

 

(あと膜だとか11次元とか言う、M(エム)理論なんてのもあったっけか)

 

 いつか見たドキュメンタリー番組を浮かべながら、俺は俄知識(にわかちしき)を日々思い出していく。

 

 なんにせよ揃って首を(かし)げる三人に、常識として教えていくのは時間が掛かるだろう。

 俺が思い出しきれてないものも含めて……教えるべきこと、語るべきことは山ほどある。

 

 夕日も沈んできたところで、遅れない内に宿舎へとみんなで戻る。

 

 

(魔力に魔術――)

 

 歩きながら俺は考える。そんなものが世界に溢れているのなら……。

 科学が進歩するという機会は、失われて当然なのかも知れない。

 

 そしてかつて全能の魔法を扱い、栄華を極めた神族を突如襲った――魔力の"暴走"や"枯渇"。

 それらが魔力というリソースの……目減(めべ)りを意味しているのであったならどうだろう。

 

 元世界におけるエネルギー問題と、同じことになりはしないだろうか。

 

 代替となるなにか(・・・・・・・・)が必要となる時代が、差し迫っているのではないのだろうか。

 

 (すなわ)ち魔術文明に変わる――科学文明であり、付随(ふずい)した各種のエネルギー産業。

 

 

 さらに思考を深めれば、元世界の現代科学――

 そこに突如魔力というエネルギーが()って湧いたとしたら……。

 

 世界は一体全体どのように変質・変遷していくのか、想像は尽きなかった。

 

 

 

 

 今日も今日とて一日が終わり、布団の中に入る。

 俺は一枚余計に失敬してきて、小さく切り揃えた布束(ぬのたば)を取り出す。

 

 そして片割星の光を頼りに、日本語(・・・)で書き(つづ)っていった。

 

 それがいつ、どこで、何が、どのように必要になるかはわからない。

 ただあらゆる分野のことを。ただひたすらに書き殴って。ただ無心で分類していくだけ。

 

 誰かに読まれても解読もできないだろう。

 仮に解読できたところで、殆どは理解できまい知識の数々。

 

 科学的なことはもちろんのこと。自分の脳内にある知識を総動員する。

 

 地球の歴史、周囲にあるありとあらゆるテクノロジー品、趣味に仕事。

 服飾や食事、雑学にボードゲーム、スポーツから芸事に曲のメロディー。

 数多く触れてきたフィクションの物語やら、百円均一で並ぶような便利商品に至るまで。

 

 思い出せる限り延々と……延々と――

 

 

(水兵リーベ僕の船、七曲がるシップスクラークか。スコッチ暴露マン、テコにドアがゲアッセブルク――と)

 

 それ以降は思い出せない、中途半端な周期表を書きながら。

 意識が眠りへと落ちるまで、今後"日課"となる行為を続ける。

 

 付け焼き刃な、上っ(つら)だけの、(つたな)いにわか知識で、この"異世界文明に革命を(おこ)す"。

 

 その為の下準備、この長い500年以上の寿命を費やす超長期計画。

 

 劇的(ドラスティック)新機軸(イノベーション)文明(シヴィライゼーション)変革(パラダイムシフト)を巻き起こす。

 

 革命(レボリューション)――そう確か、回転という意味も含まれていた。

 

 文明(・・)()し栄()(きわ)める――(あわ)せて"文明(ぶんめい)回華(かいか)"。

 

 

「あぁそうさ……世界中にジーンズを買わせ、流行(はや)りの歌を聞かせてやろうじゃあないか」

 

 



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#09 成長

 子供の成長というのは、存外凄まじいものだ――

 

(つくづく思い知らされるな……っと!)

 

 ジェーンと"手作りの将棋"を指しつつ、そう心中で()めてベイリル――()は一手進める。

 昼食後の休憩時間。本格的な子育ての日々を思うさま堪能(たんのう)し、充実した生を過ごしていた。

 

「ん、これで王手詰み(チェックメイト)ね」

「げぇっ……まじか」

 

 一念発起し決意した日から、時間を掛けて慎重かつ大胆に……地道に活動を続けてきた。

 8日一週、10週一季、5季一年、かれこれ10年近く"純剛の道"の(もと)腐心(ふしん)してきた。

 

 こちらの種々の手解きの甲斐あってか、ジェーンもヘリオもリーティアも――

 

 そして俺自身も順当に育っている、もはや"道"の庇護を必要としなくてもいいほどに……。

 

 

「これでついに俺の負け越しだっけか、ジェーンも強くなったもんだ」

「昔からの負けを取り戻すまで長かったー、これで今度からはベイリルが挑戦者側ね」

 

「ああ、精進(しょうじん)するよ」

「ヘリオとリーティアも挑戦してよぉ」

 

 そうジェーンは口唇を尖らせつつ、惜しむような視線を二人に送る。

 しかしてヘリオとリーティアは我関せずと言った様子で返す。

 

「麻雀ならいいぜ」

「ウチは"人竜"がやりたいな~」

 

 幼少期からのカルト洗脳――に対抗する為に、俺は様々な手段を講じてきた。

 "文明回華"という野望を前に、"文明を促進させる為の組織"を作った時のことを考えて……。

 

 絶対に裏切らない仲間を作っておこう、という打算があったことも否定はしない。

 

 だがそれ以上に、子育てに面白味と喜びを見出(みいだ)してしまっていたのだ。

 子供の好奇心と集中力と吸収性とはかくも恐ろしい。打てば思っていた以上に響く感覚。

 

 

(思えば……あいつ(・・・)もそうだったのかもな)

 

 幼馴染だった少女もあの頃は本当に、俺の諸々(もろもろ)に付き合わせてしまった。

 教育という意識はなかったが、知らず知らず少女も学んでいた。

 

 少しずつ俺のやってることを理解し、時に以心伝心のように察し合うこともあった。

 

 しかし今はセイマールの授業と"道"の教義が先に立ってしまう。

 その為自然に成り行きのまま、覚えさせるというわけにはいかなかった。

 

 

 教育にあたってまずすべきであると考えたのは、世界の広さを教えるということである。

 そうは言っても俺自身、異世界については伝聞と書物で知っている程度。

 

 とんと知らないことばかりなので、ひとまず己の歩んだ人生から様々なことを教えた。

 

 童話から教訓を学ばせ、歌と踊りで心身を豊かにし、芸術で創造力を高める。

 さらに少人数で可能なスポーツや、将棋なども(たしな)む。飲食バイト時代に(つちか)った調理・料理。

 トランプや花札にダーツや麻雀。人狼(・・)あらため人竜(・・)のような駆け引きゲーム他にも色々。

 

 さらには俺が知り得る範囲での、"世界の仕組み"を教え続けた。

 実体験談や記憶にある娯楽物語まで、科学世界の夢や浪漫も語り尽くしてしまうほど。

 

 

(こういうのも視点を変えれば、新たに洗脳し直してるみたいなもんか……)

 

 それを言ったら後天的教育というものは、全て当てはまってしまうかも知れない。

 とはいえカルトの教義に染まることに比べれば、幾分マシというものだろう。

 

 あくまで情操(じょうそう)教育の一環としてであり、思考を()り固まらせないように意識付けをさせる。

 物事の是非(ぜひ)を、三人が自分自身で判断できるようにしたかった。

 

 さらに言い訳をするのであれば、ただ"楽しかった"のだ。

 無垢な子供と向き合い、語って聞かせ、頭や体を動かして遊ぶということが。

 

 精神性は肉体に引っ張られるのか――開き直ればまさに、童心に返り咲いていた。

 

 裏心のない至極正直なコミュニティで、思うさま子供の身分を謳歌(おうか)してしまった。

 

 全幅(ぜんぷく)の信頼に対して無償(むしょう)の愛情をもって互いに寄り添う。

 ありとあらゆる事柄(ことがら)を、同じ目線で分かち合っていくこと。

 

 もう遥か忘却の彼方な、幼少時代の体験を改めてエンジョイした。

 ついぞ元世界の人生では(えん)のなかった、親心をも同時に味わった。

 

 

(あぁそうだ……この子らの為なら、改めて命だって惜しくない)

 

 まさに家族――我が子のようであり、同時に兄弟姉妹でもある。

 我ながら"超溺愛(ちょうできあい)"にしてしまっている。

 

 こんな感情を得られただけでも、もう(むく)われていると言ってもいいし後悔はなかった。

 

 

(……脱走を(くわだ)ててもいい頃合いかもな)

 

 俺自身を含めてみんな着実に成長している。

 一緒に行こうと言えばきっとついてきてくれるに違いない。

 

 しっかりとした計画を練るのは大前提だが、脱出して雲隠れするのは充分狙える範囲だろう。

 

 ただそれでもリスクを考えるのであれば、このまま表向き信者として解放されるまで待つ。

 その後は知らぬ存ぜぬで逃げてしまうほうが……より確実であろうと。

 

 

「じゃぁ一対一(サシ)で勝負できるものにしましょう? ヘリオ」

 

 ジェーン――肉体年齢では一つ上の最年長。

 子供の頃から備わっていた端正さが、より一層際立った形で育った。

 身内贔屓(みうちびいき)抜きにして、エルフ種にも負けず劣らずの美人だと太鼓判(たいこばん)を押せる。

 

 藍色の髪をポニーテールに()い上げ、キリっとした力強い銀色の瞳に毅然とした意思を秘めている。

 

 彼女なりの正義感と誠実さ。理知で合理からくる冷静さ。不正を好まない真っ直ぐな性根。

 不断(ふだん)の努力を欠かさない――裏打ちされた自信とリーダーシップ。

 

 運ではなく頭を使う戦略的なゲームを好み、運動もスポーツも戦闘も積極的にこなす。

 融通(ゆうずう)()かない頑固さも残り、意地っ張りな部分もあるものの……文武両道を絵に描いていた。

 

 この月日で熟成された母性、もとい"姉性"によって面倒見が非常に良い。

 おそらく他人であっても、困っている人見ればを放っておけない性質(タチ)であろう。

 

 まだまだ少女の面影(おもかげ)を残しつつも、既に出ているところは出ている引き締まったボディライン。

 芯が一本通ったよく響く美声と、()き通るような心地良い歌声。

 人族でありながら鬼人にも狐人にも、ハーフエルフにも負けない潜在能力(ポテンシャル)を発揮している。

 

 

「はっいいぜ。次は魔術実践の時間なんだし、どうせなら外でなんか()ろう」

 

 ヘリオ――見た目だけなら好青年。肉体年齢では一つ上の兄。

 無造作に揃えた短めの白髪(はくはつ)にメッシュのような黒髪束が覗いた成長途中の一本角。

 

 だが口を開けばチンピラじみたところも散見され、よくよく見知っていなければ近寄り難さもある。

 少しばかり軽薄(けいはく)(しゃ)に構えた部分もあるが、その実純朴(じゅんぼく)な面も持ち合わせていた。

 

 義理堅い一面があり、本気(マジ)の相手には本気でぶつかる。

 直情的で時に不誠実だが、きっかり筋は通す心根。

 

 地頭(じあたま)は悪くなく、意外となんでもそつなくこなす優等生的一面がある。

 

 本質的には勉強は好まない感覚派で、体を動かすほうをめっぽう好む。

 さらには闘争にも大きな(よろこ)びを見出すタイプだった。

 

 年若くとも鬼人族らしい洗練された骨格に、鍛錬を重ねた筋肉を搭載している。

 ひとたび歌い出せば、(つや)がありよく伸びるテノールボイス。

 

 鬼の誇りと気性を十二分に、己が道を歩んでいた。

 

 

「みんなで日向ぼっことか、どぉ~かな?」

 

 リーティア――年齢は同じだが、みんなにとっての快活な妹。

 

 大きな狐耳とボリュームたっぷりの、ふかふか尻尾を生やす狐人族の少女。

 美人さより可愛気を全面に押し出しているのは、幼少期から今も変わっていない。

 

 一本一本が細やかに風に流れ揺れるような、陽光に煌めく肩口まで伸びた金髪。

 鮮やかな炎色を双瞳に宿し、常に好奇心に満ち満ちている。

 

 その精神はいつだってアンテナを張って、楽しめる何かを探していた。

 

 無気力自堕落(じだらく)かと思えば、一転してアクティブに集中するムラの多さ。

 そのメリハリ――緩急・落差こそが、彼女の資質を最も引き出している要因なのかも知れない。

 

 元世界の様々な知識をよく吸収し、既に俺自身よりも理解している。

 さらにはもう既に自分の中で、独自に組み立ている(フシ)すら見受けられる。

 

 少女の感受性の高さは、半端な知識を彼女なりに噛み砕き咀嚼(そしゃく)する。

 そうやって知識群と想像を増幅させ、彼女流の"理解"にまで至らしめていた。

 

 ギャンブル性や駆け引きのあるゲームが好きで、獣人種ゆえに運動も得意である。

 

 正直なところ俺もジェーンもヘリオも、甘え上手な末妹に負けない為に。

 そんな一心(いっしん)で修練に励んでいる部分は否めなかった。

 

 身長を嵩増(かさま)ししている狐耳に目を瞑れば、女の子らしい相応で小柄な体躯(たいく)

 はきはきした聞き取りやすい声音だが、テンション次第な部分がある。

 

 歌唱よりは、絵や彫刻といったほうを好む芸術肌な一面。

 親バカかも知れないが、彼女は言うなれば"天才"の域に達し得るだろう。

 

 

「まっ何をやるにせよ、とりあえず外に行くか」

 

 順繰(じゅんぐ)りに姉兄妹へと目を移しつつその成長っぷりを再確認し終え、俺は立ち上がる。

 

 着々と隠し、演じ、装い、力をつけてきた。

 あとは用心し周到(しゅうとう)な情報収集と並行して時機を待つ。

 

 脱走か――摘発(てきはつ)か――潜伏か――壊滅か――はたまた乗っ取りか――

 俺は唇の端を上げ、心中で愉悦を浮かべる。

 

 俺達が教義の為の踏み台じゃあない、連中こそが俺達の為の踏み台なのだ。

 

 

 

 



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#10 試練

 

 4人が広場で待機してると、セイマールが槍と大剣を(たずさ)えやって来る。

 

「午後は魔物の討伐を(おこな)う」

 

 簡潔にそう言うとセイマールは槍をジェーンに、剣をヘリオへとそれぞれ渡す。

 俺とリーティアは無手が基本なので、特に何も渡されることはなかった。

 

「魔物の討伐ですか? 私たちだけで?」

 

「その通りだ。新たに生態系を調べ直していたら、お前たちを試すのに手頃(てごろ)なのがいたからな」

 

 ジェーンの問いにセイマールはそう答えた。

 それは信頼を多分に含んだような色を瞳に宿していた。

 

 

「先生よぉ、場所はどのへんなんだ?」

「近くまで引っ張ってきて眠らせてある。とはいえ時間が足りなくなるから、あとは道すがら話そう」

 

 セイマールはすぐに歩き出し、俺達も後を続く。

 敷地の外に出ることも、サバイバル訓練などであったが非常に珍しい。

 動物の狩猟くらいはあったものの、魔物退治とは初めてのことであった。 

 

「見立てが間違ってなければ問題ない筈だが、命の危険には十分留意せよ」

 

 いよいよ来るべき時は近付いているのかも知れないと――

 

 俺は心のどこかで感じ始めていたのだった。

 

 

 

 

 ウォームアップがてら走りつつ、休憩を挟みながら移動し続ける。

 到着したそこは――かつて見た(・・・・・)風景であった。

 

(懐かしいっちゃ懐かしい気もするが……)

 

 むしろ苦々しい。暗闇に閉じ込められ、命を()き出しにした場所。

 土塊構造の石牢の残骸はないが、そこで眠る"大トカゲ"とセットであれば嫌でも思い()される。

 

 セイマールが用意した魔物とは、かつて俺が撃退したあの魔物に他ならなかった。

 これも奇妙な巡り合わせの結果とでも言えようか。

 

 俺が風の刃でつけた傷痕が右目に残り、あの頃よりも二回りくらいはくらいは大きくなっている。

 

 

(まっ俺たちのほうが成長してるがな――)

 

 もっと何十何百年と掛ければあのトカゲも、巨大な陸竜(ランドドラゴン)へと育つのだろうかなどと。

 いずれにせよあの頃と、今と……。試すのにはある意味、絶好の相手には違いなかった。

 

「でっけえなァ」

「う~ん、何が有効だろう」

「みんなでやるの~?」

 

「無論全員で掛かれ、一人で倒せるほど甘い敵ではない」

 

 

 セイマールはそう言ったが、俺は正直なところ一人でも駆逐可能な範囲と見る。

 しかしいらぬ疑念を(いだ)かれないよう、底は見せないようにしなくてはならない。

 

(必要な分だけ見せるということ――それ以上は見せない)

 

 恐らくはそう遠くない日に、セイマールと敵対するだろう。

 その時にこちらの手の内が知られていては、厄介なことになりかねない。

 

「それでは起こすぞ、準備せよ」

 

 セイマールは魔術具を取り出すと、そこに魔力を込める。

 小さい杖型のそれに魔力が流れ込んだことで紋様が浮かび上がった。

 

 

「ふゥー……」

 

「我が呼び掛けに応じ(つど)え、氷晶(ひょうしょう)

 

燦然(さんぜん)と燃え(のぼ)れ、オレの炎ァ!」

 

「胸裏にて(めぐ)るは其の()――リーティア式魔術劇場、(かい)(えぇん)!」

 

「カァァァアアアアアアアアッー!!」

 

 四者四様の魔術の引き鉄(トリガー)と、眠りから目覚めさせられた陸上竜の咆哮が重なる。

 

 陸上竜は虫の居所が悪そうに、大きく息を吸い込んだ。

 口元に僅かに見えた赤色は、ヘリオが魔術で浮かべているそれと同じ。

 

 一拍置いてから陸上竜は炎を吐き出した。それは範囲を一瞬にして焼き尽くさんという勢い。

 

 

「ッらァ!」

 

 火属魔術を使うヘリオが、浮かべた火の玉を地面へと収束させ炎壁を張る。

 陸上竜の炎の息(ファイアブレス)の赤を受け止めると、それを吸収し壁をさらに厚くより高くさせた。

 

 炎壁に(さえぎ)られた正面を横目に、俺とジェーンはそれぞれ左右に分かれ大地を蹴っていた。

 

 

(あーな)!」

 

 地属魔術を(つかさど)るリーティアが、手の平を下に向けてぎゅっと掴む。

 すると陸上竜の足元が大きく陥没し、(いなな)く声と共にそこへと沈み落ちていった。

 

 陸上竜は肉体丸ごと収まってしまった場所から抜け出すべく暴れ始めようとする。

 

 

「我に(あだ)なす(あまね)く敵を囚えよ、"獄雪氷牢(ごくせつひょうろう)"!」

 

 水属魔術を扱うジェーンが、最初の詠唱で形成した氷の結晶を固めて、穴に叩き込む。

 一瞬にして何本もの小さな氷槍が、上下左右から格子状(こうしじょう)に捕えて離さない。

 

 それでも体を震わせ氷にヒビを入れながら、地面から唯一見える空へ……残る片眼を向けていた。

 

 

「悪いが一撃だ――」

 

 空属の魔術を振るう俺は、陸上竜の直上(ちょくじょう)を舞っていた。

 息吹と共に"風皮膜《かぜひまく》"を(まと)い、魔力強化した肉体で跳んだのだ。

 

 あの時はその硬き鱗に、風刃はまともに通りはしなかった。

 あの頃よりもその鱗は、きっと(さら)に強靭になっているだろう。

 

「所詮この世は弱肉強食ってやつだトカゲ(・・・)、もう過言にはならない」

 

 跳躍した勢いのままにくるりと一回転しながら、"素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)"を放った。

 

 氷で構築された(おり)もろとも胴体から両断し、僅かに歪んだ空気の軌跡(きせき)を残す。

 真っ二つにされた大トカゲは、断末摩(だんまつま)の鳴き声もなく絶命した。

 

 

「"エアバースト"――」

 

 俺は落ちる最中に風圧を背で受け止め、全身を覆った風の衣によって流れを取り込む。

 そうして自身の肉体を(たい)らな地面のほうへ運び、着地と同時に風皮膜を()いた。

 

 するとすぐに三人が集まってきて、死体を確認して口を開く。

 

「あーあー……おうコラベイリル、殺すの早すぎだろが」

「すまんな、俺のお膳立(ぜんだ)てしてもらって」

「私の氷牢、あまり意味なかったかな……」

「ウチが空けた大穴もいらなかった~」

 

 ヘリオはやれやれと、俺はほくそ笑むように、ジェーンは不満げに、リーティアは残念そうに。

 

「チッ不完全燃焼過ぎる、他に獲物はいねえのかよ」

「でもあんなの他にいるものかな?」

「えーもう十分っしょー」

「なんならみんなで探しに行くか?」

 

(そのまま逃げて姿を(くら)ますというのも……――)

 

 そんなことを考えつつ、四人(かしま)しく雑談に興じる。

 すると、セイマールが拍手をしながら近付いて来る。

 

 

「素晴らしいぞお前たち、種族単位で見れば小型とはいえ竜種を圧倒したその成長には舌を巻く。

 惜しむらくは一人一人の活躍をつぶさに見ておきたかったが、致し方あるまい」

 

「先生が本気のオレらの相手してくれてもいいんだぜ?」

「なるほど、それも悪くないが……お前たちの自信を奪っても仕方あるまい?」

 

 その言葉はどこまで本気なのか、いまいち(はか)りかねなかった。

 

 確かにセイマールは座学のみならず、戦闘指導も幼少期から(おこな)ってきた。

 こちらの(クセ)はかなり見抜かれているし、使う技も少なからず熟知されている。

 

 さらにセイマールは魔術具を使うし、今も手に持っていた。

 陸上竜を目覚めさせるのに使ったようだが、実際はどのような効果があるのかもわからない。

 

 

(それでも殺そうと思えば(・・・・・・・)、今この場で殺すことも難しくはないだろうが――)

 

 今この場で事に及んだ時に、ジェーンとヘリオとリーティアがどういう反応を示すかは未知数だった。

 そもそも俺自身、"純剛の道"さえなければ……セイマールはまともな人間の部類だと思っている。

 

 10年近く教鞭を取り、常に一定の距離感を保って、一人の人間としてしっかり接してくれた。

 そんな彼に全くの情が無いと言えば嘘になる。

 

 

「冗談はともかくとして、試練は合格だ。お前たちも我らの中に正式に迎え入れられる時が来た――」

 

(あぁ……――)

 

 俺は心の中で嘆息を一つ。珍しく外に連れ出された時点で、(なか)ば予想はしていた。

 

 セイマールの声音はいつもと変わらず、されど瞳は狂気を帯びている。

 結局相容(あいい)れられるような関係ではないことを、改めて認識させられた。

 

「明日に"洗礼"を(おこな)うとする。ちょうど"巡礼"も重なる良き日である。

 より多くの"道員(どういん)"たちに祝福してもらい、信仰をより強く堅いものとするのだ」

 

 

「洗礼とは何をするんですか?」

 

 俺が質問するより先に、ジェーンが問い掛ける。

 

「それはまだ言えぬが、誰もが通る難しいことではないから案ずることはない。

 残った時間は心身を十分に休め英気を養い、明日の夜半(やはん)に備えよ」

 

 

(洗礼……か。日にちは調整済み、と)

 

 密かに調べていた中でも、連中が日常的に使う言葉ではなかった。

 仔細(しさい)一切がわからないものの、道員(どういん)であれば例外なく(おこな)っているようである。

 

 元世界のキリスト教圏における洗礼、みたいなものなのだろうか。

 しかし異世界のカルト教では、どういうものになるのかはわからない。

 

 それが修了試験のようなもので、次の段階があるのか。

 もしくは卒業試験みたいなもので、終えれば外界へ出られるのか。

 

 

 帰路を駆けながらも、頭を止めることなく思考を進めていく。

 運命の日――危機(リスク)を恐れず、行動に移すべき時が遂にやって来る。

 

 今後も続く長き長き人生の為に、鳴かせてみせようなんとやら。

 

 



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#11 信仰

 

 カツカツと普段でよりも軽快な早足で、その男は歩を進めていた。

 

(長いようで短かった……)

 

 情緒で満たし感慨に浸るように――セイマールは心中で思い返す。

 

 前回とは比べるべくもないほど、才能のある子供達と言える。

 労を惜しまず手ずから市場を回って、選別した甲斐(かい)があったというものだった。

 

 

(以前失敗した教訓も活きている)

 

 一期生は10人も集めたが結局残ったのは僅か2人だけ、それも今なお生きているのは"アーセン"のみ。

 その時の失敗を踏まえた上で、今回は教育方法をかなり刷新(さっしん)した。

 

 最初に恐怖と刷り込みを与えることで従順に、より吸収しやすい土壌(どじょう)を作る。

 情によってなあなあ(・・・・)な関係にならぬよう距離感を大事に、自主独立の精神をもって少数精鋭。

 

 結果としてかなり個性が強い部分があるものの、最初の生徒達よりも遥かに優秀となった。

 補って余りある能力を試練で示してくれた。既に魔術士としてはかなりの領域にいる。

 

 若過ぎる年齢は懸念(けねん)点として残るものの、目的の為にはまだ子供である必要もある。

 

 

 セイマールは、彼に似合わぬ珍しいほどの笑みを浮かべている。

 そうして目的地である扉の前に立つとノックして名を告げた。

 

 中からの返事を待って部屋の中へ入ると、淫蕩な匂いに包まれる。

 

「失礼します、"道士"」

「セイマール、やけに嬉しそうだが……それが訪ねてきた理由かね?」

 

 道士と呼ばれた還暦を超えた男は椅子に座ったまま、(うつ)ろな表情の女性に(また)がられていた。

 

 セイマールが生徒たちへ向ける目。

 それを道士はセイマールへと向けているようであった。

 

 彼のすること()すことを、まるで自分のことのように共感し、肯定するような――

 

 

「お喜びください道士。(わたくし)が手塩に掛けて育てたあの子たちが、"洗礼"に相応しく成長致しました。

 つきましては明日の夜半、その直前に道士の口から我らが教義を()いていただきたく――」

 

「ほう……もう十分だと君は確信しているのだね、四人ともが"道"に入るのに適格(てきかく)だと?」

 

「もちろんです。それもこれも前回より引き続き私の教育案に賛成頂き、一任(いちにん)してくださったおかげです」

 

「なに気にすることはない、正当な働きに正当な評価を(くだ)しているだけに過ぎんよ。

 今なお我々の為に奉公(ほうこう)してくれているアーセン。彼にもまた(むく)いてやらないとの」

 

 セイマールは道士の言葉に(うやうや)しく(ひざまず)き、さらには伏して(こうべ)を垂れた。

 

 

 もうかれこれ35年近く――15歳の時分に拾われてよりの付き合い。

 ここまで生きてきて、この御方は一度として間違った判断を下されたことはなかった。

 

 道士のやることには全てに意味があり、深謀遠慮(しんぼうえんりょ)(すえ)に成り立っている。

 そして運命までも、道士の為に微笑(ほほえ)んでくださるのだ。

 

「それにしても明日か、少し性急(せいきゅう)ではないのかね? "(にえ)"の準備はできているのか?

 もしも間に合わぬようであれば、コレ(・・)を提供しても一向に構わないのだが……」

 

 そう言って道士は自分の上で奉仕し続けている女へと目を向ける。

 それは一人の人間を見るような目ではなく……。

 

 セイマールもその光景に微塵の疑問を抱くことなく、平時(へいじ)を崩さず答える。

 

 

「いえ、それには及びません道士。"調整"にあたっていた者が、ちょうどよく入れ替え時ですので。

 巡礼で他の道員(どういん)たちの多くが戻りますし、洗礼にあたってこれ以上の日は(のぞ)めないかと存じます」

 

「そうか……いや愚問(ぐもん)であったな。お前が用意もなしに許可を貰いにくる筈もなかろうに、許すがよい」

 

(わたくし)こそ御心(おこころ)(づか)いに、心底より感謝致します。未だ足りぬ我が身なればこそのお言葉であると」

 

 顔を上げてセイマールは、道士を畏敬(いけい)の念をもって見つめる。

 ああ……やはりこの方あってのものだ、我々全てが道士と教義に身命(しんめい)(なげう)ち尽くすべきなのだ。

 

「本当に優秀な子だセイマールよ。魔術具の作成にしても、教育にしてもよく貢献してくれている。

 お前が育てたあの子らは、間違いなく我らが道の大願の為に貢献してくれること疑わぬ。

 それで……近く洗礼を(おこな)うのであれば、その後すぐに別れを告げることになっても構わんのだな?」

 

 

 セイマールは"純剛の道"それ自体ではなく、道士という個人に対しての信仰がことのほか強い。

 それは道士もよくよく理解しているし、だからこそセイマールに信頼を置いていた。

 

「巣立ちの時は()けられませんゆえ、それにまた新たな子を迎え入れたいと思いますが……」

「許可しよう、資金も好きなだけ使うといい」

 

 

 セイマールの幼少教育法は、元を正せば道士がセイマールを拾い育てたことに(たん)(はっ)していた。

 

 手間や金は掛かるが、セイマールという実例を見ればそれだけの価値はある。

 ゆえにこそ惜しまないし、道員(どういん)は強固な絆と魔術によって結ばれるのだ。

 

「では"オーラム"には今日中に伝えておこう。彼奴(きゃつ)のルートを通じ、(くだん)の任務に就かせることとする」

御意(ぎょい)のままに」

 

 事を終えて部屋から出ると(にぶ)嬌声(きょうせい)が再開される。

 一方(いっぽう)でセイマールは感極まった震えを堪能していた。

 

 洗礼の準備の為に"地下"へと移動するさなか、彼は確信に近い狂信と共に心の中で呟いた。

 

 我々の大願が成就する日もそう遠くない――

 



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#12 洗礼

 

 

 深夜――片割星最も近付く日、美しく見える時間帯。しかしそこは暗い地下であった。

 教徒である道員(どういん)でも一部しか入れない、荘厳(そうごん)静謐(せいひつ)だが……どこか重苦しくもある空間。

 

 四人の子は膝をついて祭壇(さいだん)の少し手前で(かしず)き、道士とセイマールは祭壇の直近に立っている。

 

「ベイリル、ジェーン、ヘリオ、リーティア。今宵(こよい)、お前たちは我々の真の意義を知る。

 そして洗礼を終えた(あかつき)として、魔術による契約の儀式をおこない正式に"道"の中へと迎えられる」

 

 

 粛々(しゅくしゅく)とセイマールは告げ、道士は祭壇へと向かい血を一滴、そして詠唱をおこなった。

 薄暗い地下空間に魔術紋様(もんよう)の光が浮かび上がると、中央に(まつ)られているかのような石棺(せっかん)が開いていく。

 

 道士は中の物を手に取り4人へと見せる――それは剣であった。

 

「これは我らが全てを捧ぐ存在。第三代神王ディアマ様が創りし"魔法具"――永劫魔剣――だ」

 

 セイマールはその魔法具から目を離したくない衝動を抑えながらも、生徒達へと説明を続ける。

 

 

 ――三代神王ディアマ。歴史上4人存在した神王の中で、最も在位期間が短い王。

 しかして魔族が全盛期であった、最も激動の暗黒時代を(くぐ)り抜けた政戦両略(せいせんりょうりゃく)の王。

 魔力の異形化や枯渇という事態に遭いながら、分裂と戦争に際してその覇をもって制した最も気高き王。

 

「この魔剣は人族には永劫達し得ぬほどの、最高純度の"魔鋼(まこう)"によって形作られておる。

 その刃は無限に魔力を循環させ、その()は魔力を無尽蔵に増幅させ、その(つば)は膨大な魔力を安定させる。

 増幅・安定・循環。永劫に終わることなき魔力を用いて、ディアマ様は全てを捻じ伏せた。

 かつて全力で振るったその一撃によって大陸が斬断(ざんだん)され、今の"極東"が切り離されたのも不変の事実なのだ」

 

 道士は夢を語る少年のような瞳で、"魔法具"の偉大さと素晴らしさを熱弁していた。

 しかし話し終えると、そんな顔も(にじ)んでいくように曇っていく。

 

 

 そして剣を改めて子供達の前で掲げる――刃と鍔しか付いていない――その不完全な剣を。

 

「しかし見ての通りこれは不十分。増幅器たる"柄"が欠けてしまっているのである。

 それを発見し完成させるのが、まず我々"純剛の道"にとって第一義とも言うべき業」

 

 道士はセイマールに魔剣を手渡し、子供達へ目線を合わせて一人一人の瞳をじっくりと覗き込んでいく。

 

「ふむ、僅かに揺らぎは見えるが……なるほどセイマールが認める通り、十分に据わっておる。

 確かにこれならば問題なかろう。"洗礼"を(おこな)い、お前たちは我らと真に同志となるのだ」

 

 

 

 

 道士と()に続いて中庭へ出てきたジェーン、ヘリオ、ベイリル、リーティア。

 4人を十字の(えが)かれた道の先に、それぞれ分かれて並び立たせる。

 

 周囲には現在屋敷内にいる"道"の人間達が集い、十字道の中央には一人の少女が寝かされていた。

 

 

(……道員(どういん)の集まりが悪いな、強制参加ではないとはいえ――)

 

 生徒達には皆に祝福してもらいたかったが、それも致し方ない。

 実際この私が道士より身贔屓(みびいき)されている、と感じてしまう道員(どういん)がいるという話もある。

 

 つまり子供達がどうこうではなく、単にこの私への当てつけでもって集まらないというだけだ。

 

 私は4人を中央へ行くよう(うなが)し、歩き出す成長した生徒達の姿を見つめながら口を開く。

 

 

「ジェーン、ヘリオ、ベイリル、リーティア――……分けなさい(・・・・・)

 

 私は抑揚をつけることもなく、いつもの調子のままそう告げる。

 

 それぞれ足元にある大振りなナイフと、洗礼独特の雰囲気に()まれているのか。

 ジェーンもヘリオもリーティアも、動揺を隠せず(あらわ)にする中でジェーンが尋ねた。

 

「わ、分けるとは……?」

「4人で贄を分ける(・・・・・)のだ。均等になるように……丁寧にだ」

 

 

 薄っすらとだがまだ意識が残っている少女。子供達のちょうど半分くらいの年の頃。

 ()ぎの悪い刃物を用いて切断する共同作業、どの段階で命を()つかは自由。

 

 "(にえ)"の肉体だけでなく、存在そのものを四人で分割する。

 

 その血肉を永劫魔剣へ供物(くもつ)として捧げることで、精神の洗礼と相成(あいな)る。

 次に魔術具を用いて相互意思による魔術契約を(おこな)い、肉体の洗礼が完了する。

 

 精神と肉体の両方を(かい)し"道員(どういん)"として認められる為に、全員が例外なく通る歩み。

 これから共に道を()く為の……はじめの一歩である。

 

 

「いざ状況を目の前にすると……改めて滅ぶべきよな」

「……?」

 

 私は思わず呆気(あっけ)に取られ、疑問符を浮かべるしかなかった。

 

「手前勝手な都合で、自分らの利益だけの為に、何も知らぬ無知なる者を利用する……。

 そんな"吐き気をもよおす邪悪(・・・・・・・・・・)"な教団ってのはさぁ、(みずか)らの不徳をもって消え去るべきだろう」

 

 誰あろう生徒であるベイリルが……状況にそぐわない言葉を発している。

 今まで見たことも無いような雰囲気で、(おく)すこともなく整然と雄弁に――

 

 ベイリルの言葉はジェーン、ヘリオ、リーティアらに語りかけるようにも見えた。

 

「過言だとは……微塵にも思ってないよ。獅子身中の虫に気付かなかった、あんたらの()けだ」

 

 まるで"洗礼"が間違いであると、我々が消えるべきだと……そう言っているのだ。

 背信行為とも呼べるその物言いに、沸々(ふつふつ)と湧き上がる怒りと共に理性が戻っていく。

 

 優秀な我が生徒であっても、これほどの冒涜(ぼうとく)は許されざることである。

 

 

「どういうつもりだ? ベイリル」

 

因果応報(いんがおうほう)、お前たちはここで(かわ)いて()け。はァー……――」

 

 明確な敵意の言葉と共にベイリルは大きく溜息を吐いた――瞬間に異変(・・)は始まった。

 

「なっ!?」

 

 突如として周囲にいる道員(どういん)達が次々と倒れていった。

 まるで糸の切れた人形のようにぷっつりと、一瞬で崩れ落ちていく。

 

 

 立っているのはたちまち、自分と道士だけになってしまった。

 その異様な状況を作り出したと(おぼ)しき生徒を、改めて(にら)みつける。

 

 

「茶番は終わりだ。セイマールさん、今までどうも」

「ベイリル……きさまッ」

 

「正直かなり心苦しい部分はあるけどね……でも俺は"家族"の為に容赦はしない」

 

 

 私はたった今踏みしめていた場所から、瞬間的に飛び退()いて離れていた。

 

 反応できたのは――反射よりも先に恐怖(・・・・・・・・・)したからだったかも知れない。

 ベイリルの見せたその冷え切ったその双眸に、どうしようもない恐怖を感じたのだった。

 

 先ほどまで隣に立っていた道士は、他の道員(どういん)達のように地に倒れ伏す。

 距離を取った遠目にも既に事切れているように見えた。

 

 今までそこに確かに存在していた筈の世界が、足元から一斉に崩れ落ちていくような気分。

 

 

「うっぐぅ……ぉおおおおああああァア!!」

 

 我知らず手に持っていた永劫魔剣を起動(・・・・・・・)していた。

 教義の絶対象徴たる魔法具を使うなど、本来では許されざる不敬。

 

 しかし己のありったけの魔力を放出し、喰らわせる。

 永劫魔剣は不完全ながらも、魔法具としての効力を発揮し始める。

 

 増幅器のない中途半端な状態では、通常は起動することはない。

 ただ私は魔術具作成に携わり、"魔法具の調整"を心得ていたことに他ならない。

 

 不完全な状態で使ってしまえば、また最初から"調整"に時間を掛けねばならない。

 今こうして使っているだけでも……ジリジリと命が削られていく感覚がある。

 

 尋常(じんじょう)ならざる切れ味と硬度を帯びたその剣を――得体の知れない――かつて生徒だった少年を両断すべく。

 

 

「繋ぎ揺らげ――気空(きくう)鳴轟(めいごう)

 

 少年は既に臨戦態勢(りんせんたいせい)を整えていた。こちらへと差し向けられ、組まれた両手。

 それは風圧衝撃の魔術でも風刃の魔術でもない、初めて見るものだった。

 

 教師であった己が知らない……ベイリルが巧妙(こうみょう)に隠していた別の――

 詠唱の終わりと同時に思考は消失する。

 

 そうして我々の大願が成就する日は――永劫迎えられることはなくなった。

 

 



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#13 覚悟

「ここは俺に任せてくれ」

 

 大トカゲを殺した()くる洗礼の日の朝。

 俺はジェーン、ヘリオ、リーティアに強めに伝える。

 

 昨夜の内に教団を抜ける為の意思は伝え、3人とも同意してくれていた。

 問題はそのやり方をどうするかというところである。

 

 

「オレらじゃ足手まといってか? ()け者にする気か?」

「そこまでは言わんが、一人のほうがやりやすい。わかっているだろう」

 

 ヘリオの不満丸出しの言葉に、俺は譲るつもりはないという思いで答える。

 

「確かに隠密行動ならベイリル一人のほうがいいのはわかるけど、でも……」

「みんなで背負いたい気持ちは理解できるが、ここは(こら)えてくれ」

 

 負担するならまず自分から、そんな性格をしているジェーンを俺は説き伏せる。

 

「一晩くれればウチが地下に穴掘ってもいいよ? 昔ベイリル兄ぃが話してくれたみたいな――」

「"大脱走"するのは悪くない案だが、後顧(こうこ)(うれ)いを()っておきたいんだ」

 

 リーティアならば実際に一晩もあれば、苦もなくやれてしまうだろうことが凄まじい。

 いよいよとなったら頼むかも知れないものの、今はまだいい。

 

 

「追手が差し向けられないように、ってこと?」

「そういうこと、ついでに先立つ物を見繕(みつくろ)わないとな」

 

 俺達は"純剛の道"の根拠地たる、この場所を知っている人間となる。

 "道"に入ることを拒否した者が知る情報としては、連中も決して(こころよ)くは思うまい。

 

「あー……殺して奪うわけか、ベイリルはほんとえげつねェな」

「いやそこまで露骨(ろこつ)にやるつもりはないがな。恨みを買い過ぎてもそれはそれでマズい」

 

 

「そういえばセイマール先生は? どうするの?」

「――……もしも立ちはだかることがあるなら、覚悟はしておいてくれ」

 

 真剣な眼差しで三人は(うなぅ)く。どんな形であれセイマールは恩師である。

 連中と彼には目的があったとしても、結果論で言えば俺達を買って育ててくれた。

 

 もしセイマールに買われなければ、四人は出会うこともなく……。

 それぞれが何処(いずこ)かで、(むご)たらしく死んでいたかも知れなかったのだから――

 

 

 

 

 昼間の内に俺は本屋敷の方へ、潜入(スニーキング)任務(ミッション)(おこな)っていた。

 

 夜には洗礼の前に道士から話があるらしく、迂闊(うかつ)な行動はできない。

 それに今は"巡礼"が重なっているおかげで、普段屋敷にいない道員(どういん)達も多く集まっている。

 

 そういう意味でも時機は好都合であった。

 屋敷内の配置も、日々の探索を少しずつ重ねて、ある程度は把握している。

 

 外套を羽織ってフードを被れば、見られてすぐに顔がわかることはない。

 

(俺が誰なのか確認しようとする(あいだ)に、どうとでもできる――)

 

 

 とはいえ長引けばそれだけリスクも跳ね上がっていく。

 ゆえに目指すべきはまず一つ、"最も偉い人間の部屋"であった。

 

 路銀(ろぎん)となる金目のモノだけでなく、重要な書類などもある可能性が高い。

 魔力強化を聴力へと集中させ、慎重に索敵しつつ進んでいく。

 

 正確な位置はわからなかったが、豪奢(ごうしゃ)な扉を開ければそこが望んだ場所であった。

 

 

(道士が一人でいれば……ある意味そっちのほうが都合良かった、かね)

 

 部屋に()()る前に索敵した通り、部屋には誰もいなかった。

 "純剛の道"は道士のカリスマ性によって、支えられている部分も大きい。

 

 道士から力づくで情報を聞き出して、口封じをするとか――

 道士を拉致・監禁して、いざという時の交渉材料にするとか――

 道士を内部の犯行に見せかけて殺し、分裂・崩壊を誘うとか――

 

 

(まぁいい、求めすぎはよくない)

 

 俺は素早く焦らずに資料と金品を(あさ)りつつ、周辺地図を見つける。

 この場所は連邦西部の山間(やまあい)の中、かなり孤立した位置にあるようだった。

 

 悠長(ゆうちょう)に眺めているのも危ういので、(ふところ)にしまいすぐに探索を再開する。

 次に目に()まったのは、よくよく知った字で書かれた羊皮紙であった。

 

 

マメ(・・)だな、あの人も――)

 

 それは俺達を育てる為の、履行計画書のようなものだった。

 どういう方針で何を重点的に、段階的な育成を事細かに記したもの。

 

「っこれは……」

 

 思わず口に出しながら、俺は顔を歪ませる。

 そこにはこれから俺達が為すべきとされることも書いてあった――

 

 

(皇国への間諜(スパイ)か――)

 

 洗礼時にまず"純剛の道に尽くし裏切らない"という契約を結ぶ。

 さらには"情報を明かしたら死ぬ"、という追加契約も(おこな)う。

 

 その上で子供の立場を利用して、皇国へと潜入し内部から蚕食(さんしょく)していく。

 それぞれの適性に見合った場所へ送られ、一生を縛られてしまうか命を落とすか……。

 

 自分のしたいことをする為に生きると決意したのに、そんな歯車生活は二度と御免だった。

 

 

「もはや選択肢はないな」

 

 (つぶや)きながら己のすべきことを取捨選択(しゅしゃせんたく)していく

 

 仮に嘘をついて契約してしまえば、自由に身動きが取れなくなる。

 洗礼それ自体が、絶対に(のが)れるべき事項となってしまった。

 

 あとは追手が掛からないよう、何かしら工作をしたいところ――

 

 役立ちそうな資料を探し続けている内に、"道"の全容を少しずつ掴んでいく。

 そうして目を通していく内に、おぞましいカルト教団の真実の一つに辿り着いた。

 

 

(俺たちは……幸運だったということか)

 

 そこには"魔法具"と、その為の"調整"に使われた者の実験(・・)データが書かれていた。

 それもまたセイマールの字であり、彼は魔術具に関してかなりの熟達者(エキスパート)のようだった。

 

 専門用語が多くわかりにくいが、端的に言うと代替品として人体を使うということ。

 その過程で多くの苦痛が(ともな)われるようで、数多くの命を奪ってきたということ。

 

 俺たち4人もまかり間違えば、その実験体として消費されていた可能性もあったということ。

 

 

 ――それ以外にも"道"が日常の一部(・・・・・)として、自然に(おこな)ってきた惨憺(さんたん)たる行為の数々。

 

 俺の常識では、理解できる許容量を超えている。

 裏切った際に連中がどういう出方をするかも既にわからなくなってしまった。

 

 別に善人ぶって正義感を振りかざし、ヒーローを気取りたいわけでない。

 ただ一個人として、(ちから)をもつ人間として、看過(かんか)できる領域をオーバーしていた。

 

 なによりもただ単純に――

 

「俺がこれから()こうとする道には邪魔だ……――」

 

 予定は変更される。少し甘く見ていた、連中はやはり狂信者の集団。

 すべからく信者(シンジャ)、殺すべし。根絶(こんぜつ)こそが憂いを断つ最善の方法であると。

 

殺す(・・)のは、俺自身の殺意によってだ――)

 

 心を氷点下へと持っていく。それどころか絶対零度もかくやというほどに冷やす。

 

 

「覚悟完了――微塵(みじん)躊躇(ちゅうちょ)も無く、一片(いっぺん)の後悔も無く、鏖殺(おうさつ)する」

 

 

 



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#14 暗殺

 

 書類やらを元の状態に戻してから、俺は部屋を出た。

 

 この屋敷を恒常的に使っている者は、さほど多くない。

 季に一度ある巡礼時には人が増えるが、そうでなければ使われてない部屋は多くある。

 

 一時来客用にも使えなくなった物置部屋を見つけ、中を整理して空きスペースを作る。

 

 

 準備を終えてから近くの廊下の片隅に立って、俺は静かに詠唱した。

 

歪曲(わいきょく)せよ、投影せよ、世界は偽りに満ちている。空六柱改法――"虚幻空映(きょげんくうえい)"」

 

 空気を歪ませて光を屈折(くっせつ)させる。俺の姿は消え失せて、周囲の景色と同化する。

 あくまで静止している状態でしかまだ有効ではないが、今はそれでも充分だった。

 

 

 後はただただ人が通るのを待つ。そして通り掛かるところで、また別の魔術を使う。

 

「はァー……」

 

 一人の道員(どういん)が歩いてきたところで、俺は肺の中の空気を吐き出していく。

 それが"この魔術"のトリガー行為。肺を空っぽにして、呼吸を止めている間だけ発動する。

 

 道員(どういん)がその領域(エリア)に差し掛かった瞬間、崩れ落ちるように倒れる――

 瞬間に俺は音が立たぬよう、その肉体を(かか)え止めた。

 

 

 その魔術は目に見えず、音もなく、匂いもなければ、触感でも感じられない。

 

 それは空気中の約21%を占める、地上で二番目にありふれた気体。

 生命活動の(みなもと)にして……この世で最も強力な毒ガス――

 

 目視して特定範囲を狙い、肺から絞り出せば……たちまちそこは"死域"と化す。

 

 

(――答えは酸素(・・)。わかった時には、もう(おそ)……異世界ではわからんか)

 

 "酸素濃度低下"。空気中の酸素の割合を、一定値以下に分解・消散する魔術。

 真空を作り出してかつ状態を維持するよりも、遥かに容易(たやす)く露見しにくい。

 

 それは元世界の過去……派遣先の酸欠講習で学んだこと。

 

 一般的に、人は食べなくても3週間は耐えられる。水を飲まなくても3日は生きていられる。

 だが呼吸できなければ3分で意識を失い、そのまま死に至るケースも有り得る。

 

 そして酸素濃度が一定より下回れば、たった数呼吸で連鎖的に異常を来して絶命に至らしめる。

 

 原因に気付かずに助けに行けば仲良くお陀仏(だぶつ)になる、危険な労働災害の一つである。

 

 

 俺は死んだ道員(・・・・・)をすぐに倉庫へと運び込む。

 陰に隠れるように死体を置いて、初めて人間を殺した実感を確認する。

 

最初(ハナ)っから後退の道も、立ち止まる時間もない――)

 

 意志を決めたのだから、そういった感情ももはや雑念である。

 

 俺はステルス迷彩と空気暗殺と運搬を繰り返し、淡々と死体を積み上げていく。

 巡礼でやって来た道員(どういん)達は、自由裁量で動いているゆえにいなくなってもバレにくい。

 

 仮に死体が見つかっても、俺がやったという証拠もない。

 現行犯であれば、目撃者全員を殺すだけだった。

 

 

 いつの間にか夕暮れ時になっているのに気付く。そろそろ頃合いだった。

 道士とセイマールから話があるらしいから、一度戻らないといけなかった。

 

 物置部屋の扉の建て付けを壊し、簡単に開けられないようにして2階の窓から外へ出る。

 パルクールの要領で屋根の上まで登り、煙突の頂点でしゃがんで周囲を探る。

 

 地上で喋っている二人の道員(どういん)を捉え、近くに他の誰もいないことを確認した。

 

 

「ふゥー……――」

 

 息吹と共に"風皮膜"を纏うと、二人に狙いを澄まして飛び降りる(ダイブ)

 道員(どういん)と着地衝突する瞬間に、指をパチンと鳴らし心臓に風刃を叩き込み空中暗殺(エアアサシン)を決めた。

 

 "素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)(ねじり)(つばめ)"、風を凝縮し螺旋回転による貫通力に振った形態。

 三寸切り込めば人は死ぬ。必要充分な威力だけで、心臓までを穿(うが)ち絶命せしめる。

 

 そのまま二つの死体の胸部を服ごと掴んで、余計な出血をさせないまま厩舎(きゅうしゃ)まで疾走する。

 積まれた藁山(わらやま)の中に死体をぶち込んで隠し、"風被膜"を解いて装いを整えた。

 

 

(っと、マズ――)

 

 俺は気配を感じて、咄嗟(とっさ)に物陰に隠れる。 

 すると一人の男が、音のしたこちらの(ほう)へキョロキョロと見回しながら近づいて来る。

 

鳴響(めいきょう)(ことごと)く、(さえぎ)(しず)めん。空六柱振法――"(なぎ)気海(きかい)"」 

 

 俺は魔術を使って特定範囲の音の伝達を遮断(しゃだん)した。

 三人と内密な話をする時に使っていたが、暗殺にも非常に有効な魔術。

 これでいくら叫ばれようとも、問題はなくなった。

 

「……誰かいるのか?」

 

 俺が使う魔術は、異世界言語ではなく日本語による口語(こうご)詠唱である。

 その為一聞(いちぶん)したところで、異世界人には魔術を使われたことはバレていないようだった。

 

 

「あぁどうもすいません、少し落とし物をしてしまって……」

「そうか、何を失くしたんだ? 一緒に探そう」

 

「いえいえお手を(わずら)わせるほどの物では……。ところで"アーセン"殿(どの)がどこにいるか知りませんか?」

「アーセン? 聞いたことないな。道員(どういん)は結構いるから、いちいち名前を覚えてなくてな」

 

「そうですか……残念だ」

 

 アーセン、一番最初にセイマールについてきていた、自分達の先輩にあたる男。

 結構な実力者だろうから、調べて始末しておきたったが仕方ない。

 

 指をパチンッと鳴らして素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)を叩き付け、俺は用済みとなった道員(どういん)を殺す。

 飛び散った血液の染み込んだ藁もろとも、藁山に突っ込んで隠蔽して外へ出る。

 

 

 何事もなかったように歩き出しながら、俺はフードを()ぎつつ自分の(ちから)を実感する。

 

半端(っぱ)ねぇな」

 

 ――俗に呼ばれる、"現代知識チート"バンザイ。

 それは魔術や技術を習得する上で、大きく寄与(きよ)してくれた。

 

 魔術は一定の化学反応プロセスを無視して、直接的に影響を与えることができる。

 

 原子や素粒子という存在を知っているがゆえに、異世界の常識よりも広く深い発想で魔術を使える。

 普通に使うよりも消費対効果(コストパフォーマンス)に優れた物理現象として放出することができる。

 

 地球史の天才達の発想が、積み上げられた集合知が――俺と異世界との差異(さい)になる。

 根本的な思考方法が違う。模倣(パクリ)可能な絶対数が違うのだ。

 

 それは何も勉学で得た知識に(とど)まらない。

 

(娯楽として楽しんだいたモノが、俺の血肉になっていく――) 

 

 元世界の様々な媒体で得た知識やら魔法やら能力が、異世界で有利要素(アドバンテージ)として活きる。

 術技を使う時に必要な想像(イメージ)力を、外付けで多種多様(バラエティ)に富んだ補強をしてくれる。

 

 それに何よりも……単純に楽しいのだ。なんせ元世界とは規格が違う(・・・・・・・・・・)

 転生前のロクな運動もしてなかった肉体とは違う。自分が望むように体が動いてくれるのである。

 

 血は半分ながら魔力の循環に優れたエルフ種、さらに成長期にしっかりと鍛え上げた肉体。

 前世において動画で見たような、体操選手や陸上選手の動きや記録をも易々(やすやす)と超える。

 

 明晰夢で散々鳴らした超人的な動きを、魔術も併用することで体現(たいげん)できる。

 感覚器官も強化され、脳の処理能力も違うのか……意識し集中させた五感でモノをよく把握できる。

 

 訓練(トレーニング)の成果を鍛えれば鍛えた分だけ、はっきりと実感できるほどに伸びていく愉悦(ゆえつ)

 元の世界では苦痛を伴う努力だったことも、この異世界では努力の(うち)に入らない。

 

 歴史上の英雄クラスともなれば、単独で巨大な竜すらも打ち倒すというスケール。

 それが異世界の基本水準。元世界の不自由を知るからこそ、圧倒的な爽快感を得られるのだ。

 

 異世界は喜楽(エンジョイ)興奮(エキサイティング)

 

 

「結局俺も……ご多分に漏れることなく男の子(・・・)、だと――」

 

 俺は独りごちながら、自嘲(じちょう)気味に呟いた。

 

 "強さ"という一点に、憧れをどうしたって捨て切れないのだ。

 (ちから)を比べ(ちから)を示すという、原始にして本能に根ざした行為。

 

 転生して過ごしていく内に、我ながら随分と精神性も変わってきたように思う。

 異世界と、魔術と、ハーフエルフと――"闘争"とは最高の娯楽の一つ。

 

 前世では大晦日に格闘技の試合を見ながら「痛い思いまでしてなぁ……」なんて考えていたのに。

 異世界で本格的に鍛え始めてからは、戦闘狂(バトルマニア)の気持ちの一端(いったん)が共感できてしまう。

 

 漫画で見たあの能力を。アニメで見たあの技を。映画で感動したあの動きを――

 自身の肉体で模倣すること、魔術として再現できた時の充実感たるや……。

 

 夢想を現実にするという名状(めいじょう)し難い悦楽には、抗いたくないのが本音であった。

 

 

(強くなれば可能性が広がる、だが選択肢が増えれば……)

 

 ――その分だけ、間違える可能性も増えてしまうことを忘れてはいけない。

 

 いつだって今の選択こそが、最善だと信じて行動している。

 

 

 

 間違いだった、失敗だったと、結果論で語っても詮無(せんな)いことだ。

 

 それに少なくとも選べなかったことで後悔だけはしたくない、とも思っている。

 

 だから必要なのは失敗をも、最低限現状回復(リカバリー)できるだけの選択肢を用意すること。

 一つ一つの選択がどれも成功へ繋がるように、確率を上げられるよう常に備えておくこと。 

 

 

「なんにせよこの教団は潰す、家族と明日の為に――」

 



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#15 終焉

 

 ――宗教とは一つの"お芝居"のようなものかも知れない。

 

 学校や軍隊、あるいは心理学における監獄実験などに類する群集心理。

 

 逆らうことができない。今一歩を踏み出すことができない。

 人は置かれた状況に対して、破綻(はたん)させてしまうことを無意識に忌避(きひ)する。

 

 それが不条理だったとしても、その舞台を壊さないように立ち回る。

 どんなに不本意だったとしても、自分の"役割"というものを演じようとしてしまう。

 

 宗教とはまさにその典型例なのだろう。

 舞台と、脚本と、設備と、演者と――特殊な環境下に身を置いて行動する。

 

 人は支配側と被支配側に分けられ、それぞれ教主と信者という役割を演じて一つの目的へ向かう。

 

 

 吊り橋効果やストックホルム症候群が如く、極限状態において共感し情が湧いてしまうように。

 時に大勢の人物が一丸(いちがん)となって、一つのことを成し遂げる。

 

 ライブイベントの一体昂揚(グルーヴ)感よろしく、ある種……依存(いそん)性のある麻薬かのように。

 

 "人生とは演劇のようなもの"――みたいな格言はいくつも存在するだろう。

 

 人は私生活と一般社会ではそれぞれ別々の顔を持つ。

 家族への顔、友人への顔、上司や部下への顔、射止めたい異性への顔。

 時と(T)場所と(P)場合(O)(わきま)えて態度を使い分ける。

 

 自らを良く見せようとした顔は時として日常となり、いつしか本物へと昇華することもある。

 

 

(俺も板についてきたもんだ……)

 

 人が一人変わるには、充分な時を過ごしたと言える。

 

 まして全く環境の違う状況下に置かれれば、人は嫌でも慣れるものだ。

 演じることに、装うことに、騙すことに、つくづく手馴れてしまったものだと我ながら――

 

 

 

「過言だとは……微塵にも思ってないよ。獅子身中の虫に気付かなかった、あんたらの()けだ」

 

 教団を注意を引くように罵倒(ばとう)しながら、俺は空間を把握し領域を定める。

 

 地下で"永劫魔剣"なる魔法具を見せられ、"道"の真なる教義を説かれた時は無理だった。

 狭い地下において、三人の姉兄妹(かぞく)への二次被災を(かんが)みて使うことはできなかった。

 

 

「どういうつもりだ? ベイリル」

 

因果応報(いんがおうほう)、お前たちはここで(かわ)いて()け。はァー……――」

 

 俺は溜息と共に肺から息を絞り出し、"酸素濃度低下"の魔術を発動させる。

 一所(ひとところ)に集まってくれて実に好都合。残る道員(どういん)をまとめて殲滅(せんめつ)できる。

 

 ほんの数瞬の内に、周囲の人間はパタパタと倒れて死んでいく。

 本当に死んだのかと疑ってしまうほど……呆気(あっけ)なく肉体が地面に()ちていく。

 

 囲んでいる人数を考えると思いのほか範囲は広かったが、これだけ広ければ多少雑把(ざっぱ)でも問題ない。

 "殺す"と心の中で思ったなら、その時既に行動は(・・・・・・・・)終わっているべき(・・・・・・・・)なのである。

 

 

「茶番は終わりだ」

 

 大きく息を吸い込んだ後の言葉は、ひどく邪悪な声音で告げてしまっていた。

 そう、連中に対して俺は茶番を演じていただけに過ぎない。

 

 従順で優秀な生徒という与えられた役割。

 演者として舞台に立ち、披露し、連中にとって見たいものを……ただ見せていただけ。

 

 俺は決意の日から、一貫して行動しているつもりだ。

 ジェーンとヘリオとリーティアが、その毒牙にかけられぬよう立ち回ること。

 

 のうのうと衣食住と教育を享受(きょうじゅ)しつつ機会を窺っていた。そんな……茶番劇が今夜終わるだけ。

 

 

「セイマールさん、今までどうも」

「ベイリル……きさまッ」

 

 信仰さえなければ、彼は至極真っ当な人間であったことに疑いはあまりない。

 しかしてその狂信こそが、今の彼を構築しているものであることも確かである。

 

 少なくとも"先生"としての、彼の在り方は学ぶべきことが多かった。

 

「正直かなり心苦しい部分はあるけどね……」

 

 ゆえにこそ彼に対しても情がないと言えば嘘になる。

 姉兄妹らと同様に、生活を共にしてきたのだから。

 

 

「でも俺は"家族"の為に容赦はしない」

 

 セイマールの実力は、全てではないまでも把握している。

 道士は未知数なれど、数十人以上の囲んでいる道員(どういん)(ほう)を優先して殺した。

 

 無論その(あいだ)も、セイマールと道士には即応(そくおう)できるように気を張っていた。

 

 さらには奇襲暗殺の為に練り上げた、"酸素濃度低下"の魔術。

 二度や三度見せたところで、異世界人にバレることもまずありえない。

 

 

「うっぐぅ……ぉおおおおああああァア!!」

 

 しかしそれでもセイマールは叫び声と同時に、何故か反応して飛び退()いていた。

 吐息と共に"酸素濃度操作"は発動させていたが……一瞬遅かった。

 

 道士は無様に地に倒れたが、飛び退いたセイマールは間一髪(かんいっぱつ)(のが)れていた。

 それ自体は大した問題ではない。しかし永劫魔剣を発動(・・・・・・・)させていたことは想定外だった。

 

 魔法具そのものが"純剛の道"にとっての、存在意義そのものと断言していい様子だった。

 この土地に存在するだけで屋敷が聖地となって巡礼され、その調整の為に人体実験を繰り返していた。

 

 構成部品(パーツ)が欠けているとはいえ、魔法具を単一個人の身で使用するリスク。

 そもそも起動させること自体が、魔術具とは比較にならないほど困難だと聞く。

 

 

 ――本領(ほんりょう)なら大陸を切断したとされる? しかし増幅器のない不完全体。

 ――セイマールの魔力だとその威力の程度は? 想像がつかない。

 ――酸素濃度で殺せるか? 発動までの時間と、既に一度回避された事実。

 ――仮に殺せたとして? 使用者を失った魔剣がもしも暴走したらどうなる。

 

 刹那の(あいだ)にぐるぐると頭が回るが、逡巡(しゅんじゅん)している暇はない。

 セイマールは窮鼠(きゅうそ)猫を噛む決死の形相(ぎょうそう)形振(なりふ)り構ってない状態。

 

 

 されども体は勝手に動き出していた。それは過去にも覚えのあるものだった。

 まるで俺であって(・・・・・)俺ではないような(・・・・・・・・)心地。

 

 死線を前にした時の最適な動きの実現。

 転生し、覚醒して、強さを求め、決意の日より。

 地道に鍛え研ぎ澄まし、積み上げきたハーフエルフの五体。

 

 刷り込まれるほどに識域下で対応し、肉体は流れるように動き出していた。

 

 左右それぞれ親指・人差し指・中指を伸ばし、指先同士を合わせながら空間を覗き込む。

 セイマールが立つその場所を、そこだけを狙うように集中する。

 

 

「繋ぎ揺らげ――」

 

 三本の結合手がいくつも互いに――蜂の巣(ハニカム)構造に繋がり合う。

 ――さながら巨大なネットワークを形作るように、互いを掴んで離さないイメージ。

 

 空気中の8割弱を占める、地上で最も手軽でありふれた"窒素(ちっそ)"――ニトロゲン。

 本来であれば超高温・高圧を必要とするのだが、魔力と魔術には関係なかった。

 

 分子運動による爆発の圧倒的なエネルギー。

 その威力は核兵器を除けば、現代地球でも最強クラスと読んだことがある。

 

 

 俺にはニトロ化合物を合成するような知識はない。

 無煙火薬とかダイナマイトを作れるほど頭は良くない。

 だが単純な繋がりだけならイメージできる。

 

 むしろそんな曖昧さが、イメージによって放出する魔術の万能さを際立(きわだ)たせる。

 魔力による介入・変質・融合を助長(じょちょう)している部分すらあるように思えた。

 

 

「――気空(きくう)鳴轟(めいごう)

 

 "ポリ窒素爆轟"。それは現状の自身が使える中で切り札とも言える空属魔術。

 

 起動された魔法具"永劫魔剣"と、勝手知られたるセイマールを相手にして……。

 

 これが最善手であると――思考が後から追いついていた。

 

 

 



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#16 明日

 

 闇夜そのものを震わすかのような爆音と、一陣の衝撃波。

 その爆心地にいたセイマールは、それでもまだ立っていて意識を失ってはいない。

 

 彼は刀身から真っ二つに折れた(・・・・・・・・)魔法具を、その右手から落としていた。

 

 眼鏡が吹き飛んだ顔面は、目・鼻・耳・口のどこからも流血し赤々と染めていた。

 皮膚の表面は爆ぜ、両腕はだらんと垂れ下がり、今にも膝が折れそうだった。

 

「あっ……がっはっ……ぐご」

 

 声にならない声を血液と共に吐き出しながら、セイマールは恨めしそうに右手を伸ばす。

 

 俺は息吹と共に風皮膜を発動させると、一足飛びに眼の前に立った。

 既に耳には聞こえてないだろう元教師に向かい、憐憫(れんびん)と共に語りかけるように告げる。

 

 

「これは手向(たむ)けとでも」

 

 伸ばされたセイマールの右手を、俺は左手で掴むと手首を(ひね)って半回転させる。

 残った右手で右肩を()り、捻った腕の肘を(くじ)きながら下方へ引き込む。

 

 風皮膜による風速回転の巻き込みは、さながら竜巻に遭った(・・・・・・)かのように神速で背負い上げた。

 セイマールが万全だったとしても反応できないほどの、打ち上げるような勢いで投げ飛ばす。

 

 そして頭上から大地に叩きつける刹那に、地面と挟み込むように蹴りを一撃――

 

 "竜巻一本背負い・(いかずち)"。極・投・打を複合した、接近距離(クロスレンジ)の殺し技。

 

 

「っはぁ……」

 

 セイマールとの死合が終わり、"純剛の道"の殲滅が完了したところで一息をつく。

 

 魔術によって間接的に殺したのとは違う、自ら直接その手を下した殺人の実感(・・・・・)

 わざわざそうしたのは単なる感傷的(センチメンタル)な、自己満足だったのかも知れない。

 

 しかし俺なりの……セイマールに対する敬意であり、誠意でもあった。

 

 異世界では珍しくなかったとしても、元世界の人間としては……()けては通れないこの心地。

 周囲には数十人にものぼる死体群。屋敷の倉庫と厩舎の藁山にも積まれている。

 

 全て漏れなく、俺自身が実行した結果である。

 

 

「それでも大義名分があれば耐えられるもの、か」

 

 これもまた変化なのかも知れない。

 異世界で新たに生まれ、異世界人として世界に適応してきたゆえの"慣れ"。

 

 我が子であり我が姉兄妹である3人の為ならば、いくらでもこの身を血で汚すことを(いと)わない。

 カルト狂信者を潰すという大義、家族を守るという名分あらば……。

 

 僅かな心のしこりも、朝露のように消えてゆくのだった。

 

 

 ふと……芋虫が這いずるような音が聞こえ、地でのたまうように蠢く(うごめ)道士に気付く。

 

(まだ調整が必要か……)

 

 頭の片隅で冷静にそんなことを考えていた。

 "折れた魔剣"の元へと体を引きずるものの、全く届きそうもない道士を見つめる。

 

 息も()()えに、それでも意識を(かろ)うじて(たも)ちながら――教主もこうなれば(みじ)めなものだと……。

 

 同様に自分自身を(いまし)める。人の振り見て、我が振り直せ。

 自分とて一歩間違えれば、明日を迎えられない未来に陥るかも知れないのだ。

 

 

 俺はゆったりとした歩調で近付こうとすると、先に道士の周囲に立つ者達がいた。

 

(――ジェーン……ヘリオ……リーティア……)

 

 星明かりはあれど薄暗さもある中、三人の表情をまともに見ることができなかった。

 事前に話してはいたが、それでも先走り過ぎた部分は正直(いな)めない。

 

 俺ですらセイマールには感傷的になってしまっていた。

 彼を殺した俺に対して、3人は一体どういう眼を向けているのだろうかと。

 

 

「ありがとう、ベイリル。みんな大丈夫だから――」

 

 何の遠慮も躊躇もなく近づいてきた姉に、ふわっと……正面から抱き寄せられる。

 実際は親と子の開きがあるのに、弟をあやすような慈愛に満ちた安心させるような声音。

 

 温かな感触と家族の匂いに、(おり)のように溜まっていた(おそ)れも霧散していく。

 

「いぇーベイリル兄ぃ、いぇ~い」

 

 リーティアはただ俺に向かってウィンクと、白い歯を見せた笑顔で親指を立てた。 

 彼女らしい――いつもと変わらぬ、日常のような反応に癒される。

 

「ったく……ベイリルてめェ一人でやりすぎだろ、ちったぁオレらによこせよ」

 

 惨状(さんじょう)には似つかわしくない軽口をヘリオが叩く。ああそうだ……杞憂(きゆう)だった。

 わかっていたのに、改めて救われる――大きな大きな肩の荷が一つ降りた。

 

 

「ヘリオびびってたくせに~」

「ああ!? てめっリーティア!」

「あーもうこんな時にやめなさい二人とも」

 

 バタバタと……(はた)から見れば異常に見えるかも知れない。

 

 それでも現況をそのまま深刻に受け止めるにはまだまだ子供だ。

 これくらいの調子で――少なくとも今は――いいのだろう。

 

 

 俺はしゃがんで道士の状態を観察する。

 セイマールに反応された驚きで、酸素濃度が不十分だったのだろう。

 

 とはいえ死には至らずとも、重篤(じゅうとく)な後遺症は(まぬが)れ得まい。

 このまま無理に生かしておいても、面倒なことになるのは目に見えている。

 

「で……コレ(・・)殺すのか?」

「あぁ、助かる見込みもないし仕方ない」

 

 そう言った瞬間――三者三様に魔術を使おうとするのを、慌てて止める。

 

「っおいやめろ、なんか今まさにこれが"洗礼"の儀式みたいになるだろ」

 

 しばし沈黙が支配したが、ヘリオは詠唱を再開し道士を燃やしてしまった。

 続けざまにジェーンが氷の槍を突き通し、リーティアが地面を操作し体ごと埋めて終わった。

 

 

「なんとでも言えや、これは"オレらの意志"だ」

「ベイリル――あなたが背負ったものを、ほんの少しでも肩代わりできればそれでいい」

「そーそーみんな一緒で~、それでいいじゃん?」

 

 俺は安堵(あんど)の入り混じった嘆息をつく。

 そして三人のふてぶてしい態度に薄っすらと口角が上がってしまう。

 

 いつまでもあれこれ気を回す必要もない。己で考え自身で選択できる。

 

 子離れできずに過保護に行動するのはもう――やめ(どき)なのやも知れない。

 

 

「全くお前たちには(かな)わん……」

 

 死体だらけの景色に似つかわしくない感情と共に。

 明日への予感に期待を膨らませる。

 

 今後のこと――考えることは山程あったが……今はそれで良かった。

 

 



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#17 宗教

 

(この世界では主たる宗教が三つ存在する……)

 

 

 一つ、初代神王ケイルヴ自らが創始し、時に神族そのものも信仰の対象とする"神王教"。

 

 神王教は、歴代神王ごとに4つの宗派に枝分かれしていた。

 特に皇国は、政教一致(せいきょういっち)体制で初代神王を最上(さいじょう)に置いている。

 

 原初の宗教であり他宗教への弾圧も強い。

 "魔法具"の存在もあって、宗派を統合して考えれば神王教は世界最大の勢力となる。

 

 

 二つ、初代魔王より端を発する、力と魔力そのものを信仰の対象とする"魔王崇拝"。

 

 潜在的に多くの魔族が信じている宗教。

 当代魔王ないし空位であれば、時に複数の魔王候補が体現者として信仰対象となる場合もある。

 

 魔王崇拝は、即ち強さと魔術への憧憬(しょうけい)(あらわ)れでもある。

 真理を求めるような魔術士・"魔導師"らにとっては大きな意味を持つこともある。

 

 

 三つ、叡智(えいち)ある獣の王、遥か昔に神族に敗れ姿を消した大いなるドラゴンを(たてまつる)る"竜教団"。

 

 原初の戦において敵対していた所為か、神王教にとっては最も()むべき宗教となる。

 竜種は超神秘的な存在として……(ちから)の具現そのものとして信仰される。

 

 竜族は大きく数を(げん)じているが、非常に気位(きぐらい)が高い。

 実際的に交流を持つのは非常に困難なことではあるものの、生き残りは未だ強い力を持っている。

 

 

(そして種々雑多なパンテオン信仰群――)

 

 炎や水そのものを信仰したり、あるいは山や海などの自然。

 時に豊穣(ほうじょう)や戦そのものを崇拝する、土着(どちゃく)信仰などの類。

 

 元々魔法を源に神族を祖とした世界ゆえか、過去に実在した存在がそのまま(あが)められる傾向が強い。

 神話や伝承はつまるところ、歴史そのもの(・・・・・・)となる。

 

 

 俺は折れた魔法具"永劫魔剣"に刻まれた、血管のようにも見える幾何学(きかがく)紋様をなぞる。

 今回の一件――実体験から数多くの教訓として得たことを再認識する。

 

 宗教というものはこちらでも存在する回避できない難題だ。

 "文明回華"という野望を考えれば、今後考えていかなければならない必須要項(ようこう)である。

 

 

 昨夜はあの後、"贄"と呼ばれていた少女を保護し寝かしつけた。

 怯えからなかなか手が掛かったが、それでも眠る段にあっては落ち着いてくれた。

 

 その後に死体を集め、リーティアの魔術によって一斉に埋めて後片付けを終える。

 魔法具を回収して本館屋敷内の部屋を探索し、必要となりそうなものを収集。

 

 最後には自分達の部屋で(とこ)についた。

 

(物資に余裕はあるから、しばらくはここに滞在する手もあるが……)

 

 探索中に発見した物の中に、洗礼を通して"道"の中へ迎え入れられた者達のリストがあった。

 当然だが殺した数に含まれていない、この場にいなかった者が十数人ほど残っている。

 その中にはアーセンという、自分達の前の生徒にあたる名前もあった。

 

 道員(どういん)になるべく信仰と献身(けんしん)を捧げていた、リストに名がない予備員もいることだろう。

 そういった外に出ている連中がいつ帰ってくるかもわからない

 

 であるならば、どう対応するにせよ常にリスクを(かか)えていることになる。

 

 

(来るもの片っ端から殺すわけにもいかんしな)

 

 純剛の道の連中が外界とどんな取引をしていたかは、杜撰(ずさん)な帳簿くらいでしかわからない。

 行商人のようなのが来る可能性も考えられるし、そこから広まって――ということも考えられる。

 

 それに庭には無数の死体が埋まったままというのも、気分良くは……ない。

 

 山のように積んだ様々な資料を読み耽る。

 潜入した時はあまり読む暇がなかったが、いざ本腰入れて読むなら数日は潰れてしまいそうだった。

 

 かと言って持ち出して読むには、後ろ暗い内容が多すぎる。

 できればある程度この場で読んで把握した後に、焼却処分にしたほうが良さそうであった。

 

 

(皇国潜入後の詳細は……っと――)

 

 純真で夢溢れる若者を装い間諜として信頼を得て、永劫魔剣の増幅器の情報を集めていく。

 最終的には要人暗殺までさせられる予定のようであった。

 

 三代神王ディアマを最上とする"純剛の道"は、ケイルヴ信仰の総本山である皇国を敵視。

 

 永劫魔剣の完全再生がなった暁には、魔法具による物理的な国家転覆計画まで存在していた。

 

 

「まっ決断は間違いではなかったな」

 

 口に出して己の行動を肯定(こうてい)する。

 

 "道"は数多くの無辜(むこ)の人間を殺してきた。

 そして今後も活動の為に、さらに多くの民を殺していく予定だった。

 滅んで(しか)るべき存在であったことに、疑問を差し挟む余地はない。

 

 

 ――しかし、である。思考したくなくても……せねばならない。

 もし文明を発展させていくのであれば、あるいは()けられないであろう事柄群。

 

 直接的でも間接的でも、(めぐ)(めぐ)った遠因(えんいん)でも。

 何がしかの形で罪もない人々が死ぬ(・・・・・・・・・)ということは、まま起こり得ること。

 

 反面この半ば停滞した、戦乱の世界で今後際限(さいげん)なく生まれるだろう犠牲者達。

 そういったものを、対岸の火事として我関せずでいることを良しとするのか。

 

 実際にやれるかはともかくとして、(おこな)おうとしていることの責任。

 (ちから)を用いて、世界を動かすことで、起こり得る様々な悲劇。

 

 己を起点として生じたあらゆる結果を受け入れ、呑み込むこと。

 さらには活かしていくことが……果たして自分に可能なのかどうかと。

 

 

(別段正義を気取るつもりもない――)

 

 世界平和だとか大層なことを言うつもりもない。

 突き詰めれば、己の欲とずくあっての"文明回華"である。

 

 より利便性のある世界。500年の退屈を(しの)ぐ為の世界。

 魔導と科学の融合した文化と、その果てにある未知の世界。

 

 ストラテジーシミュレーションゲーム感覚で、世界を(もてあそ)ぶような心持ちなのは否定できない。

 

 異世界に転生したのだから、割り切って思うサマ楽しんでやろう。

 そんな半ば捨て石かのような勢いの――願望にして野望。

 

 

「……無意味だな」

 

 溜息を吐きながら自問(じもん)し、そして自嘲(じちょう)する。

 

 定期的にこうしてウジウジ悩んでしまうのも、変に身についてしまった悪癖だ。

 理由なんて単純明快(シンプル)でいいどころか、突き詰めればいらないんだ。

 

 強いて言うのであれば――

 

(あいつらに語った世界を見せてやりたい、さらに続く未知を共に歩んでいきたい)

 

 寿命の壁は存在する。いずれ(わか)れは来るだろう……。

 

 それまでにとにかくやれるだけ一緒に、より多くのことを――

 



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#18 魔剣

 

 広間で食事をした後に、今後のことを決める――

 前に、まずこの一番持て余しそうな物品について決めることにした。

 

「永劫魔剣をどうするか……?」

 

 ジェーンが眉を顰めつつ怪訝な顔を浮かべ、テーブルの上にある魔法具を見つめた。

 

 あの場においてセイマールの身体は、永劫魔剣のおかげで原型を留められたのだろう。

 しかしまともに受けた永劫魔剣自体は、ポリ窒素爆破に耐えきれなかった。

 

 増幅器で潤沢な魔力を宿した完全体であったなら……。

 恐らく(つゆ)ほどにもダメージなど与えられなかったように思う。

 

 しかし蓋を開けてみれば、不完全な状態でセイマール1人分の魔力で得た程度の強度。

 それでもセイマールを瀕死で留めたことを、あるいは称賛すべきものなのかも知れない。

 

 いずれにしても、今はもう刀身は無残に折れている。

 (つば)部分である安定器に至っては、粉々に吹き飛んで回収できなかった。

 

 

「折れても腐っても"魔法具"だ。刀身の魔鋼は凄い純度らしいし――」

「なるほど、オレらの武器にしようってか」

 

「まぁそれも構わんが、俺としてはだな――」

「でも刃は循環器なんでしょう? 私たちで扱えるようなものかしら」

 

「……そこなんだ、安易に扱えるとは思えない、よって――」

「ウチの出番ってワケね!」

 

 話の腰を折られ続け、ベイリルは一度目を瞑り大きく息を吐いてから続ける。

 

「――とりあえず封印しようと思ってるんだが」

 

 ヘリオとリーティアから不満の声が挙がり、ジェーンもどこか納得してない様子を見せる。

 

 安定器の代替品を見つけるか。循環器だけで利用するか。現存してるかもわからない増幅器を探すか。

 似非完成品にすることはできても、それは完全体ではない。

 

 最初は売却を考えたが、なにせこちとら情報も不十分な上に子供である。

 壊れた魔法具の真の価値もわからない。買い叩かれたり詐欺に遭う可能性は高いし、労力も伴う。

 

 それでも諸々の初期投資費用にはなるだろう。

 なんなら有望な商人との渡りをつける為の材料にすると割り切ってもいいのだが……。

 

 

(もしいずれ修復されて、遠い未来で振るわれたとしたら……?)

 

 嘘か真か……大陸の一部をぶった斬ったという逸話。

 小国家並の大きさらしい、極東の島国を作ったとされる信じ難いほどの威力。

 

 しかしこの世界の神話は、得てして事実を多分に含む。

 全能に近い力を体現する魔法具をもってするならば、決して否定もし切れない。

 

 増幅器がどこかで見つかり、安定器がない状況で、無限に増幅・循環暴走した一撃。

 なんなら大陸そのものが消し飛ぶ、なんて馬鹿げたことも有り得ないとは言えないのだ。

 

 

「そもそも循環の術式らしき紋様も折れてるしだな――」

 

「反対だ!」

「ウチもはんたーい」

「私は……保留で」

 

(くっこいつら……)

 

 自分自身で考え判断するようになったことは素直に嬉しい。が、これはこれで違う苦労があるものである。

 

 世の反抗期の子供を迎えた親達の苦労を慮りながら、ベイリルは話を続ける。

 

 

「まぁ聞けって。いずれは利用するつもりだが、少なくとも()は俺たちの手に負える代物じゃない。だから――」

 

 どう言い聞かせてやろうかと言葉を紡ぐ途中で、リーティアが魔法具をペタペタと触り始める。

 

「大丈夫! ウチならできる!」

「なにをだ!?」

 

「ん、加工……?」

 

 

 自身でできるとのたまいながら、疑問符と共に提案するリーティア。

 それでもあっさり言ってのけたのは……リーティアの楽天的な性格ゆえなのか。

 もしくは確たる自信の上での発言なのか、こういうことは珍しくないのだが未だ計れなかった。

 

 確かに教えた化学知識を圧倒的に理解しているのは事実。

 自分なりに物質の組成を考え、既に地属魔術としていくつも応用している。

 

 こと魔術に関しては天才の領域にいると、親馬鹿目線で確信しているが――

 

「いくらなんでも循環術式や魔法具の調整なんて独学じゃ無理だろう」

 

「セイマール元せんせーの部屋に魔術具関連の本あったから、ちょっと時間掛ければイケるイケる」

「いいじゃんかベイリル、末妹を信じられないのか? あ?」

 

「いえーい」

「まったくお前らは……」

 

 悪童兄妹の調子乗りっぷりに、ベイリルはジェーンに助け舟を求めるような視線を流す。

 が、これに関してはジェーンも嗜める気はないようで――

 

 

「ん……その、ね。ベイリル、私も魔鋼武具はちょっと魅力かなぁ~なんて」

 

 確かに武器はともかく、防具として運用するのであれば――家族の身を守るという上では魅力的ではある。

 

 もったいない精神で先送りにするより、不完全でも直近の危険を回避する為であるならば惜しむ必要は薄い。

 循環機能がなかったとしても、潤沢に魔力を通した高純度魔鋼の強度は凄まじいと聞く。

 

 

「あぁわかった。と、俺も折れたいところだが……ここにはあまり長居したくないんだ」

「どうして?」

 

「いつ残党が帰って来るかわからんからな、だが加工するにはここの設備がいるだろう?」

 

 魔術具関連の書物は運搬するにしても、設備を丸ごとというわけにはいかない。

 

 素人目に見ても、ここの地下施設はかなり整っている。

 永劫魔剣を信仰対象の一つとして研究し、時に聖地として崇められていただけはある。

 

 永劫魔剣という神聖な魔法具を扱う。

 その為だけに部屋全体を(あつら)えたかのような作りであり、何に使うかもわからない道具まみれ。

 

「俺としてもリーティアには思う存分やらせてやりたいが……生憎とあまり時間は掛けてられない。

 今はどこか俺たちだけにわかるところに封印して、諸々が落ち着いた後から――」

 

 

 ゾワリと……無数の蟲が這い出て来たのを見てしまったような感覚に、思考は一瞬にして掻き消された。

 全身から吹き出した汗が、次の瞬間には凍りついたかのように冷たく感じるほどの、圧倒的な悪寒。

 

「なに……これ……」

「ちィッ」

「うぅっ……」

 

 敷地内にいつの間にか入り込んでいながらも、突如として屋敷全体を覆うほどの害意を剥き出しにしてきた。

 わざわざそんなことをする理由を、必死に考えようとするがまとまらないほどの殺気。

 

 否、殺気と言っていいものなのだろうか。存在そのものの圧と言うべきか、はたまた魔力の織り成すそれか。

 

 

(見通しが甘かった)

 

 情報や先立つ物は大事とはいえ、屋敷の探索など放ってさっさと脱出すべきだった。

 

 悔やむより先にせめて3人はすぐに地下に避難させ、己だけで抗戦すればあるいは――

 と思ったところで、窓ガラスを盛大に割って入ってくる影があった。

 

 反射的に臨戦態勢に入った四人に対し、飛び込んできた勢いのままテーブルの上に立った"犬人族の女"。

 着込んだメイド服に似合わない山刀を、それぞれ左右に持ってこちらを見下ろしている。

 それはどこか値踏みするかのような……。

 

 年齢は自分達よりも少し上だろうか。

 犬耳の生えた茶髪に、射すくめるような眼は自分達とは全く違う光を(たた)えている。

 

 魔術を使う集中力すら阻害される空間で、ベイリルは血が滲みそうになるほどに歯噛みした。

 

 今この時こそが、正真正銘の分水嶺(ぶんすいれい)であったのだと――

 

 



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#19 種子

 

 テーブルの上に立つ犬人族の女は一言も発しない。

 それでも「動くな」と訴えていることだけは、頭ではなく心が理解できていた。

 

 獲物の喉笛を狙う狩猟犬のような侵入者。しかし正体も目的もわからない以上に問題なのは――

 

(重圧はコイツのじゃないっ……)

 

 眼前の女性はあくまでこちらを牽制しているだけで、敷地内を覆う意圧は彼女のものでしかなかった。

 五感を鈍らせるほどの害意で包んでいるのは、女とは違う別の――

 

 

「相変わらずせっかちだねぇ、クロアーネちゃん」

 

 新たに割られた窓から入ってきたのは、やや年を食った人族の男。

 

 転生前の自分よりは確実に上だろう。僅かにハゲ上がった金髪を七三に分けている。

 がっしりとした体格に、一癖二癖(ひとくせふたくせ)どころか十癖(じっくせ)もありそうな()りの深い顔。

 

「"オーラム"様、わざわざ割れた窓から入って来ずとも……」

「せっかく割ってくれた入り口だしねぇ……、それと平時はゲイル様でいいって言ってるだろぅ?」

 

「応対の最中ですが?」

「……? オォ~ウ、そうだった」

 

 日常のような軽口でもって"オーラム"と呼ばれた主人と思しき男が、こちらへと視線を向ける。

 ただ意識を向けられるだけで、威は一層のしかかる。

 

 魔術の発動はおろか、イメージすることも不可能なほどに――

 

 倒れることも座り込むことも許さない。全てを封殺する重圧(プレッシャー)

 そんなものを放ちながらも、今の状況はこの男にとって言葉通り"平時"であるに違いないのだ。

 

 

「んん~む、幼い子供が四人ねぇ。でも他には大した気配も感じんしなぁ……まっ素質はあるようだけどネ」

 

 七三分けの前髪を指先で整えながら、オーラムは何かを考えているようだった。

 

「まぁいいや、ん~で……だ。表に埋まってるアレら(・・・・・・・・・・)は君らがやったのかな?」

 

 わずかにでも敵意を見せれば、クロアーネとかいう女は襲ってくるだろう。

 そちらのほうはどうにかできても、オーラムのほうは抗しようがない。

 

 オーラムの質問に対して腹の底から絞り出すように、蛇どころか竜に(にら)まれた蛙のような心地でベイリルは答える。

 

 

「っ……あぁ、()だ」

 

 転生前後の人生全てで……初めて体感する、明確な"死"の予感。

 絶対的な強者による被掌握(ひしょうあく)

 

 故郷を焼いた地獄は、どこか他人事(ひとごと)のように感じられた光景だった。

 大トカゲと相対した時にも、半端な永劫魔剣を目の前にした時とも違う。

 

 ここが異世界なのだと――どれだけ自分が甘く楽観視してていたのかを痛感させられる。

 

 

「う……埋めたのは、ウチだから」

 

 3人を(かば)うように前に出ていた筈だが、いつの間にかリーティアが物怖じながらも前に出る。

 震える末妹の姿を見て、さらにジェーンとヘリオが揃って歩を進めて盾となる。

 

 ああそうだ、みんな家族の為なら命なんて惜しくないんだ。だからこそ俺がすべきなのは――

 

 

「交渉を希望します」

 

 一言、はっきりと強固な意思をもって告げていた。

 それが嘘ではないと。相応の対価があるのだと思わせる真剣な眼差しで。

 

「おんやぁ~……ははぁ、この状況でそんな口を効けるとはねぇ。いやはや有望な子供のようだ」

 

 フッと、それまで濃密だった害意が消える。

 するとリーティアは床にへたり込み、ジェーンは目の前の机につかまり、ヘリオは片膝をついた。

 

 俺はどうにか堪えてしっかり地に足をつけたまま、毅然とした態度で視線を外さずにいた。

 

 

「それじゃあ聞こっか。でもその前に自己紹介を――ワタシの名は"ゲイル・オーラム"」

 

 苗字(みょうじ)付き。この異世界でも、一廉(ひとかど)の限られた人物は(せい)を持っている。

 ゲイル・オーラムと名乗った男が、相応の地位に付いていることを示していた。

 

「"ゴルドー・ファミリア"の長をしている者だ」

 

 聞いたことはなかった。が、差し当たり教団の直接の関係者でないだけでも(おん)()だった。

 とはいえ教団となんらかの取引していた立場にいる男なのだろう。

 

 どの程度の規模の組織かはわからないが、(おさ)が自ら出て来るとは普通の取引ではないのかも知れない。

 

 受け答えは慎重にやるべきで、あらゆるものを差し出す覚悟も必要である。

 

 

「私はベイリルと申します、オーラム殿(どの)。こちらがそれぞれジェーン、ヘリオ、リーティア。

 我々は……この滅びた"純剛の道で"育てられていた、工作員とでも言えばいいのでしょうか」

 

 3人を紹介しつつ、「ここは俺に任せろ」と言葉や目配せがなくとも雰囲気でみんな察してくれる。

 

「ほうほうなるほどぉ。ここの関係者だったわけ、か。んでは皆殺しにしたのは復讐かな?」

 

「いいえ違います。彼らは"洗礼"と称して最後の洗脳を(おこな)おうとしてました。

 が、それに自分達は逆らった結果……殺される前に先手を打って殲滅したまでです」

 

 警戒されている今は一切嘘を言うつもりはない。誠実さのみが現段階で唯一示せるものだ。

 

 今この場の支配者はゲイル・オーラムという男である。

 彼のご機嫌一つで皆殺しにもされかねない、危ういバランス。

 

 

「似たような話ですねえ? クロアーネ」

「……いえ、こいつらはさぞヌクヌク育ったんでしょう、顔に書いてあります」

 

「はははっ手厳しいねぇ、ちゃんクロ」

「クロアーネです」

 

 犬人メイドのクロアーネは、オーラムが殺意を収めた後も変わらず山刀をこちらへ向けている。

 今は魔術使おうと思えば使えるだろう。だが今持ち得る全ての魔術は、少なくともオーラムには届くまい。

 

 音も無くどんな化物も殺せる武器があっても……それを実行に移す段階で、血気(けっき)()てたところを悟られ制される。

 ほんの僅かな機微(きび)も見逃さない。否、強者にとっては見て、聞いて、感じ取って当然の領域。

 

 過信だった。カルト教徒をあっさり殲滅できてしまったことを差し引いても……である。

 

 

「こちらへ何かしらの取引の為に赴いたのであれば、勝手な一存ですが(あるじ)なき今……可能な限り補填したいと思います。

 閉鎖環境で育てられましたので、お名前も組織名も初めて存じ上げましたが、差し当たり物資類はほぼ手付かずで残っています」

 

 カルト教団と交流があったろうこと。また本人の雰囲気などから類推するに、裏社会に通じる人間であろう。

 

 その手の連中に重要な資料類を渡せば、どんな利用がされるかわかったものではないが……この際は仕方ない。

 最悪今までに綴ったアイデアノートさえ()られなければいい、他者から見れば落書きにしか見えない筈だ。

 

 

「つらつらと並べ立ててキミぃ……えーっとベイリルだったか、本当に子供かぁ? 

 まっそんだけ頭回るなら、別にボクらはただ奪えば済むってこともわかるだろうに」

 

「もちろんです。ですからこれは何卒(なにとぞ)我々の処遇を取り計らって頂きたく、誠意を見せているに過ぎません」

 

 猛禽(もうきん)類のような鋭い目つきでもって、ゲイル・オーラムは唇の端を上げる。

 

「物資じゃなくキミらが殺した人材を欲していたとしたらどうするかね」

 

「先程オーラム殿(どの)も仰っていただいた、我らの素質と有望性を御身に捧げましょう。

 なにぶんまだ年若くお役に立てるには、些少の時間を頂戴(ちょうだい)することになるかも知れませんが……」

 

「ふっはっ、はははあはははっはは、聞いたかクロアーネ、本当に子供の皮を被った計算高い大人のようだよ」

 

 まさに核心を突いた言葉と共に、(せき)を切ったように笑い出すオーラム。

 一方でクロアーネは嫌悪(けんお)侮蔑(ぶべつ)の表情を向けてくる。

 

「そうですね、気取ってていけすかないです」

 

 クロアーネの心象はこの際はどうでもよかった。

 (あるじ)でもあるゲイル・オーラムにさえ認められれば、この場は切り抜けられる。

 

 

「ですが……真の交渉材料また別に存在します。可能であれば二人きりで話したいのですが」

 

 クロアーネはギロリとこちらを睨みつけ、オーラムはピタリと笑いを止める。

 ともすると、真意を確かめるようにこちらを覗き込む。

 

「そこにある"魔法具"の話かな?」

「いえ……そんなもの(・・・・・)よりさらに価値あるものです」

 

 その言葉に対してオーラムは目を僅かに見開くと、反芻するように考える。

 

 高度な交渉術なんてものは身につけていない。

 己にできることは今ある札を(さら)け出すことだけだった。

 

 

「壊れているとはいえ、価値は……わかってるよねェ?」

「わたしの知る限りで、ですが」

 

 こちらの双眸と声音、一挙手一投足を精査するオーラムの反応を待つ。

 その状況はさながら死刑執行を待つ囚人のような感覚を起こさせる。

 

「まぁねェ、元々ワタシは人員の渡りを付ける為に赴いただけだからネ」

「それはつまり、我々のことでしょうか?」

 

「そうだろうねえ、なにやら子供に国籍と移動手段を用意してくれってことだったしィ」

「儀式の後は早々に間諜として使うつもりだった、というわけですね」

 

「気の早いことだネ、人生なんて焦ってもつまらんとは思わんかね」

「……」

 

 敢えて沈黙を貫いてオーラムの次の言葉を待った。

 その問いに対して、自分は真実も嘘も言えない。

 

 

「でも……熱中できるものがあるのは――ある意味(うらや)ましいことなのかも知れんな」

「――同感です」

 

 どこか遠くを眺めるような表情を浮かべ、心の底から吐き出したようなオーラムの本音。

 そこに関しては同意せざるを得なかった。嫌でも前世の人生を振り返ってしまうのだ。

 

 だからこそ……この新たな人生では、脱却(だっきゃく)(はか)る為に動いているのだから。

 

 ゲイル・オーラム。彼は――きっと昔の俺と同じような、無感動さの一端を心のどこかに抱えている。

 組織の長でありながら、わざわざこんな僻地(へきち)へ自ら足を運んだ。

 

 こうして話に興じているのも、彼なりの暇潰しなのだ。

 

 それは(はなは)だ勝手な想像でしかない。

 しかし同類だからこそ感じ取れる嗅覚は、直感は間違っていないと信じたい。

 

 

「なればこそ……一層(いっそう)二人きりで話したいことがあります」

「調子に乗るなよクソガキ」

 

 今にもこちらの心臓目掛け、斬り付けに来そうな気勢(きせい)でクロアーネは恫喝(どうかつ)する。

 とはいえオーラムの害意の後では、そんな殺意もそよ風のようなものであったのだが……。

 

「クロアーネ、汚い言葉を遣うんじゃありませんよぉ」

「申し訳ありませんオーラム様……ですが――」

 

 ゲイル・オーラムはスッと手を上げクロアーネの言葉を制した後に口を開く。

 

「二人きりだろうと、罠を張っていようと、どうこうできないことは彼もよくわかっている。

 ワタシもそれなりに修羅場は楽しんで(・・・・)きてるからねぇ。なにより感じ入るところがある。

 これは直感というより予感に近い。それに魔法具をそんなもの(・・・・・)と断じた交渉内容にも興味がある」

 

 

「では……部屋を変えましょう。そうですね――元教主の部屋でよろしいでしょうか」

「構わんよ、あそこでいつも契約事をしていたしね。クロアーネちゃんはそっちの三人とゆっくりお茶してなさい」

 

 そう言うと、オーラムはさながら勝手知ったる我が家のように先立って歩いていき、俺も続いていく。

 

 

(もしかしたらこれが……"回華"の為の最初の種蒔(たねま)き――)

 

 文明を発展させるのに最も必要なのは……人脈だ。

 

 より質と量に()んだ人的資源を有機的に運用すること。

 下地作りとはつまるところそれに尽きる。

 

 裏社会に生きるゲイル・オーラムをこちらに取り込むこと。

 不興(ふきょう)を買えばこの身がどうなるかもわからないリスクも(はら)んでいる。

 

 しかしてこれは大きな近道となり得るかも知れないのだ。

 

 種子ごと潰されるのか――

 咲くことができず枯れて終わるのか――

 時を経て結実(けつじつ)するのか――

 

無為(むい)に終わるのはもう沢山(たくさん)だからな……やぁってやるさ)

 

 

 

 



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#20 交渉

 

 場所(ところ)移しながら、俺は自分の先を歩くゲイル・オーラムについて考えを巡らせていた。

 未だ掴みどころはないが理性的で柔軟、それでいて油断もなく機知(きち)に富んでいる性分。

 

 警戒心が解かれている今なら……もしかしたら殺せるかも知れない。

 化物のような強さであろうが、人間であることには相違ないのだから。

 

 毛ほどの殺気を立てることもなく、呼吸と変わらぬよう息を吐く。

 そうして自然と酸素濃度を減らすだけだ。それでも気取られる可能性はないとは言えない。

 

 

 しかしもはや彼を相手に……そんなことをする気にはなれそうもなかった。

 こんな子供相手でも多少なりとも(しん)を示し、交渉の場へと応じてくれたゲイル・オーラムという男。

 

 そうだ、まずは利用されるのではなく、この際は逆に利用してやるというくらいの気概(きがい)()る。

 そんな心積もりの為には、ゲイル・オーラムという一人の人間に対してどう対応すべきか。

 

 相互利益の道を模索し、"文明回華"の実現化する一助。

 

 好機を掴む為に――どう立ち回るのかを、思考の歩みを止めることはない。

 

 

「アイツはいけ好かなかったけど、部屋のセンスは嫌いじゃなかったねェ」

 

 応接も兼ねた道士の部屋に入ると、テーブルの対面にそれぞれ座る。

 

「さって~と、この際は忌憚(きたん)ない問答を楽しむとしようか」

 

 ゲイル・オーラムは机に足を組んで投げ出し、俺は神妙に言葉を選ぶ。

 

「ありがとうございます。では……まず前提から言っていいましょう。

 私が子供なのに、まるで大人のような振る舞いをする理由ですが……」

 

 回りくどい説明をするよりは、まず核心に入ることを優先する。

 出し惜しみはしないが嘘は言わないように。

 

 しかしてそのまま言ってはあまりに荒唐無稽(こうとうむけい)な話。

 どこらへんが露骨にならない着地点だろうかと考えながら……。

 

 

「表現しにくいのですが、敢えて言うなら……私は"未来予知"ができる――」

 

 ゲイル・オーラムの片眉が上がる。

 例によってこちらの抑揚や表情から真偽を判断しているようであった。

 

 

「じゃあ明日の天気でも占ってもらおうかな? 狂った宗教の(もと)で狂ってない証明として」

 

「疑われても仕方ありませんが……事実です。天気や後世の歴史などはわかりません。

 しかし私は遠い未来の世界――その技術や叡智の一端を知り得ています」

 

「未来の技術、ねぇ……」

 

 疑問符は呈すれど頭っから否定はせず、オーラムはこちらの話に聞き耳をしっかり立てている。

 

 こんな子供の阿呆臭い話であっても、一度話すと決めれば応じる誠実さをこの男は持っているのだ。

 

 俺は彼に対する一定の信用と共に、ゆっくりと話を紡いでいく――

 

「魔術とは別系統の"科学"と呼ばれるものです」

「ふんふん、続けたまえ」

 

 

「定義は色々ありますが――物事や事象に対し、その原理を解明し(・・・・・・)普遍的に扱える(・・・・・・・)ようにする学問でしょうか。

 感覚ではなく理性的に。直感ではなく論理的に。発想と体系化と積み重ねによって、"テクノロジー"を確立させ蓄積していく」

 

 広義的に捉えた科学から見れば、魔術も数ある学問の一つに過ぎないと言える。

 知識・経験を集積し、分析・応用し、発展・進化させていくもの。

 

 ただ魔術はイメージで確立されるものである。

 その為か個々人のデータとしては、広範(こうはん)かつ細緻(さいち)に渡り無秩序になっていた。

 

 

「例えば――物理学、化学、冶金、工業化、化学肥料、蒸気機関、電気、プラスチック、内燃機関、無線通信、航空機、レーダー。

 抗生物質、ロボット、コンピュータ、インターネット、原子理論、素粒子物理学、遠距離通信、遺伝子工学、量子力学、ロケット工学。

 人工知能、ナノマシン、オーグメンテーション、バイオニクス、サイバネティクス、テラフォーミング、エキゾチック物質――」

 

 俺は思いつく限りのテクノロジーを列挙し――

 自分の知識で理解できている範囲で――順繰りに骨子(こっし)部分のみを説明していった。

 

 

 説明し終えるまでゲイル・オーラムは、そっぽを向くことなく聞き続ける。

 それゆえについこっちも興が乗ると共に、手応えを感じていく。

 

「面白い……が、狂っているとしか言えんな。そんなものが交渉材料になると思っていることも、だ」

 

(くるい)(まこと)か判断つかないのは承知していますが、私は実現させるつもりです。生涯を懸けて――」

 

 偽らざる本音を宿し、魂を込めた言葉。狂信者のそれと思われてしまえばそれまでだ。

 

 しかしそれでも最後まで話を聞く男であると信じて、曇りなき眼で自信をもって告げる。

 

 

「見たくはないですか? ……"未知なる未来"を。これ以上ない刺激的な人生を――」

 

 これは言うなればプレゼンテーションなのだ、己の可能性を売り込むそれ。

 いかにして興味を()かせて、最低でも「別に害はないのだから好きにやらせても」と思わせる。

 

「魔導師らの言うところの深奥(・・)だの真理(・・)とかってぇのも――科学があれば解き明かせると?」

 

「突き詰めていくと辿り着くところは……同じなのかもとは思っています」

 

「曖昧だねェ」

「言葉もありません。ですが、実際的な魔術への応用は既に済んでいます」

 

 興味を示すようなオーラムの表情を確認したところで、俺は引き込むように話を続けていく。

 

 

「先に説明したものの一つ、"原子理論"」

「物質は微細な粒の集合体で成り立っている……だったか」

 

「その通りです。理解していれば……こういったことも可能です」

 

 俺は立ち上がって窓際へと歩いて行く、オーラムも続くように背について外を眺めている。

 窓を開けて両手の三本指先を合わせながら、遠目に移る敷地の壁をその(あいだ)から覗き込む。

 

「お手並拝見、と言ったところかね」

「……多分あのメイドさんすっ飛んで来ると思うので、その時は説明お願いします」

 

 オーラムの笑いを耳の裏側に、俺は集中しポリ窒素の分子イメージを頭の中で構築する。

 セイマール相手に使った時の感覚と規模を思い出し、適度な威力になるよう按配(あんばい)を整えながら。

 

 

「繋ぎ揺らげ――気空(きくう)鳴轟(めいごう)

 

 詠唱や動作は、イメージの確立と放出において重要なプロセスである。

 

 どれだけ中二病的な言葉の羅列でも、(はた)から見れば(おご)増長(ぞうちょう)自惚(うぬぼ)過剰(かじょう)な動作でも。

 それが魔術を放つ一助(いちじょ)と成り得るのであれば、躊躇(ためら)うことこそ不合理なものとなる。

 

 "異世界だから恥ずかしくないもん"、である。

 

 とてつもない衝撃の余波が屋敷を大きく揺らし、荒れる大気はオーラムの七三髪を掻き分ける。

 全開にしていた両開きの窓ガラスが割れ、窓枠はギシギシと軋む音を立てる。

 

 さらには爆風の直撃を受けたであろう面の、屋敷の窓が割れる音も同時に聞こえてくる。

 

 爆心地を見やれば大穴が形成され、周囲の壁は跡形もなく。

 周囲の木々は余波によって薙ぎ倒され、森深く鳥達は一斉に飛び出していた。

 

 

(やっべ……調整ミスった)

 

 我ながら心胆(しんたん)寒からしめる結果に冷や汗が流れる。

 セイマールと永劫魔剣へぶっ(ぱな)した時は、本当に絶妙に上手くいっただけだったのだ。

 

 確かにポンポン撃って試せる魔術ではないのだが、練度がちょっと足りてなさ過ぎた。

 反射的に撃ったあの時にもし失敗していたら、ここら敷地丸ごと吹き飛んでいたかも知れなかった。

 

「ほう……これは――」

 

 しかしオーラムの表情を見るに、衝撃(インパクト)を与えるには功を奏していたようだった。

 

 

「オーラム様!!」

 

 と、さほど間も置かず突入してきた犬耳メイドクロアーネによる山刀による攻撃。

 ――をオーラムは止めるどころか、いつの間にか数歩分(すうほぶん)ほど離れていた。

 

 心中で「やっぱりな」と吐き捨てつつ、俺はクロアーネの猛攻に対し両手首を何とか掴んで止める。

 彼女にとっては奇襲つもりだったろうが、こちらにとっては半ば予想していた動き。

 

 間隙を()うように、こちらの片足を引っ掛け床に勢いよく倒した。

 

 

「ん~……若いっていいネ」

「勘弁してくださいよ、静止してくださらないならこっちで無力化せざるを得ませんが」

 

 視線だけで殺しかねないクロアーネの眼光に対して、心底疲労感を訴えながら。

 状況を楽しみ、恐らくはこちらを値踏みしているのでだろうオーラムを横目に……。

 

 俺はこれもある意味オーラムの意向なのだろうと、仕方なく制圧行動へと移る。

 

 足を絡めたまま色気のない押し倒し状態で、ゆっくりと息を吐いて酸素濃度を低下させていく。

 自分には影響が出ないよう、口元だけ風皮膜をまといながら……。

 

 繊細にメイドを気絶状態にして、ようやく立ち上がった。

 

 

「今のも……かね?」

「そうです、酸素分子を――」

 

「ベイリル!」

「大丈夫か!?」

「ベイリル兄ィ!」

 

 クロアーネより少し遅れてやってきた三人に、俺は引きつった微笑で返す。

 

「こっちは大丈夫だ、問題ない。交渉途中だから外で待っててくれ」

 

 心配そうに見つめる3人に、力強く頷いてから追い出しつつ扉を閉める。

 オーラムはその間にクロアーネをソファーに寝かせると、亡き道士の席のほうへ座った。

 

「すっかり失神しているようだ」

「濃度次第で殺すことも可能ですが、望むのは敵対じゃないので――」

 

「そらそうだ、そんな気を起こしてたら先に殺してるもーん」

 

 上辺だけのやり取りをしながら俺は説明に戻る。

 生命活動に必要な空気、その要素である酸素。

 

 それらが欠乏(けつぼう)していくとどうなるか、メイドに実践して見せたことを踏まえて――

 

 

「まっ概ねわかった。厳密(げんみつ)にキミの言うところの証明になったわけではないが……。

 無下(むげ)に狂人と断ずるには、難しい材料を提示してくれたことに疑いの余地はないネ」

 

 多少の苦労はあったが好感触を得たことに、俺は達成感を得る。

 

 しかしまだまだ終わっていない。

 相手を説き伏せる楽しみに身を委ね、俺はさらなる波に乗っていく――

 

 



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#21 未知

 くるくると道士の椅子で回りながら話していたオーラムは、ピタリと止まってベイリルを見据える。

 

「それで、キミはワタシに何を求めるというのだね? 何を我々にもたらすことができると言うのかな?」

 

「自分が持つのは断片的な知識、ゆえに必要なのは"人材"です。その為には下地を作る必要がある――」

 

「人を集めて研究機関を作り、先程(のたま)った技術を発明すればいくらでも儲けられる……と」

 

「ご慧眼(けいがん)痛み入ります。第一段階はまず農業改革です。農業こそ文明の発展において最初の発明ですから」

 

 

 某氏曰く――"耕作地が開かれるところには技が生まれる。土を耕す者こそが人類文明の創始者なのだ"。

 

 その日暮らしな狩猟生活から、計画的な農業生活へ移ったこと。

 継続的な食糧自給が獲得できたからこそ、人類は余暇に別の何かをするという利を得た。

 

 それこそが文明の始まり、と言っても過言ではない。

 そうして人類は畜産を行い、漁業を営み、採鉱し、物を作った。

 文字を編み出し、(こよみ)を生み出し、学問を考えるようになった。

 

 膨大な知識を、集積・保存・伝達し、後世へ連綿と受け継いでいく。

 時の流れの中で失われたものも少なくなかろうが……それでも改良し発展させていった。

 

 

「先に説明した"化学肥料"によって、周辺の生態系に気をつけつつ、農作物の収穫量を増やします。

 さすれば民衆の生活が向上し、ひいては国力が上がっていき、より多くの労働力を得られます」

 

「そんなものは戦争で浪費されるだけではないのか?」

 

 確かにこの世界では戦争は多い。

 魔物と人との。魔族と人との。そして人と人との――

 

「それでも……です。多くの人間に、考える時間を与えるのが第一義であり第一歩となる。

 できれば多様な教育も同時に広めたいところですが障害(ハードル)が多いので……先に経済を活性化させます」

 

「下級層に(ちから)を持たせるか」

 

「国を――世界を"人体"と捉えるのであれば、経済活動とは"血液"と言えるでしょう。

 (とみ)が正常に循環してこそ、世界はより活力よく生きていける。より高く跳ぶことができる」

 

 経済とは、元世界の――資本主義社会において最も象徴的なものだ。

 世界とは経済そのもの、と言っても過言ではなかっただろう。

 

 人的資源、次に思考の為の知識、さらには回す為の金。

 あとは"必要"という動機があれば、仮に自分が介入せずとも文明は進んでいく。

 

 

「諸々を詰めていく時間が必要です。早急(さっきゅう)にそういった分野に強い人間を集めたいのですが――」

「それはワタシに金を出せ(・・・・)……と?」

 

「可能であればお願いしたいです。本来ならこの教団の財貨(ざいか)で、最初の投資をするつもりでした。

 農業と経済。両輪(あわ)せ上手く立ち回り莫大な富を得て、さらにそれを元手にどんどん輪を拡げ――」

 

 ゆったりと、それでいて確実に、声音は自信をもって。

 しかして(おご)ることなく。時に共感を。時に猜疑(さいぎ)と納得を。

 

 その展望を――子供のように希望を詰めて。

 大人のように現実的に語り、浪漫(ロマン)を明確にイメージさせる。

 

 時間を忘れるほどに、ひたすら俺は語り続けていた。

 列挙し説明したテクノロジーがどのように作用していくのか。

 

 決意の日から構想し書き殴ってきた"文明回華"の道筋。

 それらがなるべくわかってもらえるよう噛み砕きながら―― 

 

 

「――どうでしょう。細かく語れば話は尽きませんが、一端(いったん)でも納得できるなら賭けてみませんか?」

 

 しばし黙り込んで……渋い顔(・・・)を決め込んだゲイル・オーラム。

 

 対して俺が僅かに恐れの表情を見せたところで、ニヤリと笑ったゲイルは勢いよく立ち上がった。

 

「んん~……よろしい! "未知なる未来"、大いに結構!」

 

「ご理解頂き(せつ)に感謝致します、前向きに捉えても構わないのでしょうか」

 

 俺は心中で思ったことを顔に出さないように(こら)えつつ返す。

 わざわざこちらの不安を煽ってからかいよってからに……と。

 

 

「んでもねぇ、どうしよっかなあ」

「ご不安な点でも……?」

 

 ゲイル・オーラムは大仰に手を開き、ググイっと顔を近付けて言ってくる。

 

「数百年掛けていては肝心の"テクノロジィ"溢れる未来を、このワタシが見れないじゃあないか! 

 道半ばで"悔い"が残ってしまうくらいなら、いっそ初めからやらないほうがいい。そうは思わんかね」

 

(面倒臭ェ……)

 

 そんなことまで世話しきれるかと心底思いつつも、俺は可能性を呈示(ていじ)する。

 

 それはゲイル・オーラムの為ではなく、また自分の為でもない。

 大切な家族や今後知り合っていく人々に対しての、措置としてまず考えていたこと。

 

 

「確かに……長命種(ちょうめいしゅ)以外の平均寿命を考えると難しいと言わざるを得ません――」

「そうだろうとも」

 

 そもそも元世界でも不老長寿や若返りなんて、まだ明確に実現化の目途(めど)までは至っていなかった。

 

 不老の神族や長寿のエルフといった種族の、遺伝子を解析する?

 地球でなら何かわかるかも知れないが、異世界文明はまだ地べたを歩く雛鳥のようなもの。

 

 そこから羽ばたくまでには……如何(いか)ほどの年月を要するのかは全く想像もつかない。

 

 

「であれば、少し変則的ではありますが冷凍睡眠(コールドスリープ)ならどうでしょう?」

「んん~~~?」

 

「いわゆる冬眠に近い原理と言えばいいでしょうか。低体温を維持して肉体の代謝機能を下げる――

 肉体を休眠状態にすることで、寿命を一時的に止めるわけです。寝て起きれば未来の世界となる」

 

 ――低体温維持睡眠(ハイバネーション)

 超急速冷凍でもしない限り、細胞は体積が増加して破壊されてしまう。

 ゆえに低体温で保存することで、細胞分裂による老化を抑止する。

 

 あるいは超重力――ブラックホール――のようなものを創り出す。

 歪められた空間は時の流れをも歪めて、正常な空間との時間差をもたらす。

 

 さらには亜光速などで移動することが可能であれば、それもまた未来への道へ続いている。

 

 

 元世界でも到達し得ない……遥か遠い未来技術を(おが)むつもりなのだ。

 これはなにもゲイル・オーラムに限った話ではない。

 

 ハーフエルフの寿命でも足りないのではと、自分自身が思っていたこと。

 

 社会全体が、文明を発展させる為の土台作りを完了させる。

 その後で冬眠に入り、定期的に覚醒し動向を見守る。

 そういった可能性も考えておかなければならない。

 

 

「なるほど面白い……未来へ転移(・・・・・)するというわけか」

 

「解凍する時は寿命を伸ばすような、なんらかのテクノロジーを確立させた後になりますね。

 もっとも中間は抜け落ちてしまいますが……そこは途中から"ビデオ"などを使って――」

 

「びでお?」

 

「っと、すいません。"記録媒体"です。見るもの聞くものを、そのまま保存することができます。

 確か魔術具でも音を記録し、再生することができるようなのがあったと聞いたことがありますが」

 

「あー確かにそんなのもあったかもネ」

「それに未来が進んでも、中間テクノロジーは保存しておきます。順繰りに追うことも可能です」

 

「つまり冷凍手段と冷凍中の保存環境。そして冷凍状態から解凍する保証さえ整えればいいわけだ」

 

私自身がその保証(・・・・・・・・)となれるよう精進します」

 

 ゲイル・オーラムはそんなハーフエルフの少年の言葉に豪快に笑った。

 

 ひとしきり笑った後に……その右手を差し出してくる。

 

 

 それは元世界でも異世界でも変わらぬ――誠意の証、好意の証、成立の証、約束の証。

 

 

 一時は本当にどうなるかと思った。

 しかしこれは渡りに船。乗ったところに、さらに棚から牡丹餅(ぼたもち)が落ちてきたような僥倖(ぎょうこう)

 

 "文明回華"の理解者にして後ろ盾ともなる、最初の人脈(コネクション)

 俺は美事(みごと)この賭けに勝ったのだ。

 

「契約完了だ、ベイリルくん。共に未知なる未来を拝もうではないか」

 

「はい、お互いに未知あらんことを――」

 

 




第一部まで読んでいただき、ありがとうございました。

お気に入りや評価・感想などを頂けるとモチベが上がるので、気が向いたらよろしくお願いします。


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幕間 #22 自由と選択

 

 自由な民と自由な世界。連邦西部でも有数の都市国家の街並み。

 

 教団の管理から解放された三人にとって、それは完全な別世界の光景として映った。

 

 交易が盛んな都市。そんな昼間の大通りは多くの人で活気があり、酔ってしまいそうなほど。

 屋台で買った軽食を頬張(ほおば)りながら、ジェーンとヘリオとリーティアは最後の一人を待っていた。

 

「ったくまだかよ、ベイリルの野郎は」

「いろいろやることあるっぽいから、怪しいとこだぁ」

「早く四人で回りたいのにね」

 

 ヘリオは気に入らぬ様子で、リーティアはペースを崩さず、ジェーンは心底残念そうに。

 かつてない体験の中で、本来の年相応の日常というものを三人は味わう。

 

 

 歪んでいたとしても……まがりなりにも恩師であったセイマールと道員(どういん)らを殺した。

 教団は事実上の解体となり、幾ばくかの残党は残るが関知するところではない。

 

 その後に現れたゲイル・オーラムを、ベイリルは交渉によって己の大望へと引き入れた。

 昔から自分達へも常々語っていた――未来への夢へと既に歩み出しているのだった。

 

 だからこそ自分達も考えねばならない。ベイリルは「好きに生きていい」と言っていた。

 教団の財貨もゲイル・オーラムに接収されることもなく、四等分して使っていいと。

 

 たった今。自分達の前には……大いなる道が、数多く続いているのだ。

 

 

「ヘリオとリーティアはこれからどうするの?」

 

「オレは爺っちゃんがもう死んでるしなあ。しばらくはてきとうに楽しむさ」

 

 連邦東部で生まれ、唯一の肉親だった祖父に育てられていたヘリオはそう答える。

 祖父の死後に童子(おさなきこども)一人、紆余曲折を経て教団に買われた。

 今はこうして自由たが、元の住まいに今更(いまさら)執着もない。

 

 少なくとも新たな指針を見つけるまでは、こんな生活に身を委ねるのも悪くない。

 ただ素直に満喫したいと、特段(とくだん)気張ることなく考えていた。

 

 

「んー……ウチはベイリル兄ぃの手伝いかな」

 

 リーティアは本人も預かり知らぬ天涯孤独であり、他に身の振り方がなかった。

 欲があるとすれば兄弟姉妹みんな一緒に、いつまでも暮らしていければいいというだけ。

 

 しかし今この場でワガママを言おうとは思わなかった。

 己のエゴで兄弟姉妹の道を阻むようなことはしたくない。

 

 内心ではそれぞれの意志がわかりきっていたとしても、口にするような真似はしなかった。

 

 

「そう、ならしばらくはみんな一緒ね」

「でもジェーン姉ぇ、前いたっていう孤児院は?」

 

 ジェーンは物心ついて間もなく、父を魔族との戦争で失い、母も間もなく病没した。

 その後預けられた孤児院で育ったが、実際のところ多少なりと心残りがあった。

 

 院の経営が苦しく解体されそうだった時、真っ先に自分の身を売る選択をしたのだから。

 結果としてはセイマールに買われたことで、こうして無事な生活へと戻ることができた。

 

 あの後どうなったかはわからない。ただ知るのが怖いという思いも確実に存在していた。

 時間が経ち過ぎてしまっているし、かつての院仲間はもう誰もいないだろうと。

 

「ん……気にならないわけじゃないけど、とりあえずちょっだけ調べてもらう」

「そっかー、それがいいね」

 

 己の未来を選択するには皆が皆、世界を知らな過ぎた。

 

 それにどのような形であれ、ベイリルの目指す夢の先は見たいし協力したいと感じている。

 

 教団の下で暮らし成長した日々で、聞き続けた未来の世界の話を見てみたいのだ。

 

 

「ヘリオさっきっから何見てんの?」

「あ? あぁ……あれ、男がこっちを見てるみたいで――」

 

 目を向けるとややくたびれた感じがする冴えない男が、小走りで近づいて来るようであった。

 

「ちょっと失礼、娘を見掛けませんでしたか? わたしと同じ茶髪で左右二つに結んでいて――」

「いえ特に見掛けていませんね、ごめんなさい」

 

 ジェーンがそう答えると、男は不安そうな陰を顔に貼り付ける。

 そんな様子を見て、お節介焼きの面があるジェーンが事情を聞く前に、リーティアが尋ねる。

 

「はぐれたの?」

「えぇそうなんです。皆さんくらいの仲良さそうな年頃の子達なら、娘も話し掛けやすいかと思ったのですが」

 

「はぁ……一緒に探すか?」

 

 ヘリオは溜め息を吐きつつも提案する。

 どうせジェーンが言い出すだろうし、それに付き合わないわけにもいかない。

 

「いえいえ、お気遣いなく。娘のお転婆(てんば)は珍しいことではないので――でもありがとう」

 

 そう言うと申し訳なさそうな表情で、三人の間をわざわざ割って去っていく。

 

 そのまま人の間をするすると縫って、あっという間に見えなくなってしまった。

 

「こんだけ人いると、ウチも迷っちゃいそう」

「最悪、大岩でもせり出させて叫べばいいだろ」

「ダメだってば。無闇な魔術使用は警団に問われて面倒なことになるって言われたでしょ」

 

 

 しばらくベイリルを待って合流しそうになければ、このまま三人で散策を開始しようかと話す。 

 ともすると屋根の上から見知った影が、音も小さく静かに降り立った。

 

「クロアーネさん」

 

 ジェーンはその人物の名を呟いて、顔色一つ変えることない犬耳メイドの名を呼んだ。

 遺恨というほどではないが、出会い方が敵対からだった。

 和解したとはいえ、お互い少しギクシャクしている節がある。

 

「――……貴方がた、くすんだ茶髪の男に会いませんでしたか」

「あ? なんで知ってんだよ」

 

 チンピラじみたヘリオの質問返しにも、クロアーネは澄ました顔で淡々と業務をこなすように告げる。

 つい先日の応酬はどうあれ、客人としてしっかりと対応しているのは彼女なりの矜持ゆえ。

 

「都市に慣れぬ者の挙動はわかりやすく、格好の標的(マト)です」

「標的……ですか? 一体なんの――」

 

「少し体が軽くなってるのでは?」

 

 言われて気付く、ジェーンもヘリオもリーティアも――貨幣を入れていたはずの袋がないことに。

 

 

「うっそ!? まだ食べたいものいっぱいあったのにぃ!」

「ッくそ、つまりあの野郎がってことか!」

「いつの間に……?」

 

 ジェーンもヘリオも、立ち回りに関してそれなりに自信はあった。

 

 しかし山奥の教団から大都市へ出て来たおのぼりさん(・・・・・・)ゆえの油断か慢心か。

 実際に指摘されるまで気付かなかったことに、ヘリオとジェーンは歯噛みする。

 

「既に"奴"らしい噂が散見されたのでもしやと」

「何者なんです?」

 

「甚だ不愉快ですが……窃盗・偽造・侵入・詐欺・損壊・脅迫・横領・脱獄、及びそれらの幇助を数え切れないほど。

 露見されぬ罪も数知れず、世界中の国家と都市でその名が響き渡る――"素入(すいり)銅貨(どうか)"と呼ばれる半ば伝説の軽犯罪者です。

 以前にもこの都市に出没し取り逃がしています。我々組織の管理している領分すら平然と侵す……唾棄(だき)すべき(やから)です」

 

 

 それを聞いてヘリオは思わず走り出しそうになるが、先んじてクロアーネは制す。

 

「まんまと嵌められた貴方がたみたいな、顔も覚えられた間抜けに捕まえられる相手じゃありません。

 まして街に慣れぬ者が探し回っても、余計な厄介事に巻き込まれるだけです。

 こっちにお(はち)が回ってくるのは疑いないので、無駄な仕事を増やさないでいただきたい」

 

「舐めやがって、次見かけたら燃やしてやる」

「じゃあ娘を探してるってのも嘘なんだ。っかー騙されたぁ!」

「不覚ね……我ながら情けない」

 

 辛辣(しんらつ)だが的確な言葉にヘリオは怒りを覚えつつも、抑えるしかなくなってしまう。

 それはジェーンもリーティアも同じであり、反論する隙がなかった。

 

「既に金の無心をしないわけにはいかないでしょうしね――後でこの場にいないあの男(・・・)のほうに請求しておきます」

 

 

 ベイリルの名を呼ばず「あの男」と言ったクロアーネには、僅かに感情の揺れが感じられた。

 銀貨を一枚ずつ渡された三人は、苦々しい思いで受け取りつつ自分達の不甲斐(ふがい)なさを悔いる。

 

「それとあの男は、オーラム様と所用があるので来られないとのことです」

 

 連絡を告げたクロアーネは、"素入の銅貨"を追っているのか。

 それとも他に別の用事があるのかすぐにいなくなってしまった。

 

 

「結局オレらはまだまだ(・・・・)ってことかよ」

 

 増長(ぞうちょう)していたわけではない、しかし改めて認識させられる。

 今の状況もベイリルが作ったものであるということ。それに甘んじているという現状。

 

「そうね、でもこれから学んでいけばいい。最初はしょうがないわ」

 

 それは今までもこれからも変わらない。決して安くない授業料ではあった。

 しかしかけがえのないものを失ったわけではないのだから、大した問題にはならない。

 

「まーまーあんなの忘れて楽しも! ベイリル兄ぃ結局来れないのは残念だけども!」 

 

 歩む道は無数に存在する。自由を得た若人の可能性と選択は無限大とも言え――

 

 これからいくらでも世界は広がっていく――否、自分達が拡げていくものなのだと。

 

 



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#23 金色の伽藍堂

 

 虚栄(・・)――彼を端的に表すのであれば、その言葉が最も相応しいのかも知れない。

 

 連邦東部の名家の長男として生まれた――そして彼は全てを持ち得ていた。

 秀麗な眉目、恵まれた筋骨、明晰な頭脳、人族には稀な潤沢な魔力容量。

 

 

「キミぃほんとはいくつなんだい?」

「ハーフエルフだから見た目と実年齢が違うと?」

 

 物心がついて間もなく言語を完璧なまでに習得し、神童として四族魔術を自在に扱えた。

 そして彼はあらゆることに手が届いてしまうゆえに、早々に人生に飽いてしまった。

 

 しかして彼は他の天才とは少し違っていた。ただ生まれながらに全てを持ち得ていただけ。

 

 それゆえに何かを生み出すことはなく、深く興味を覚えることもなくなってしまった。

 

 

この世界に(・・・・・)生まれ落ちて(・・・・・・)より、自分の年を偽ったことはないですよ」

「嘘ではないんだろうが……なんか引っ掛かるんだよネぇ」

 

 傍目には完璧と言っていい彼にとっては、興味の対象そのもの(・・・・)が歪んでしまう。

 凡百が抱く望みなど、苦難なく手に入るのがわかってしまうから。

 

 もしも彼の精神性が、遥か高みへと向くことがあったなら……。

 歴史上の"勇者"や"英傑"達の名に連ねていたことに疑いはなく。

 

 その逆――史上最も悪逆な名の一つとして、()せていたこともあり得たであろう。

 

 

「まっいずれ話してもらう日も来るだろう」

「無理に聞き出しても構わないですが?」

 

 彼を飾り立てていたのは見せ掛けだけの栄光。

 満たしていたのはどうしようもない虚無感であった。

 

 しかして心が崩壊することもない。

 持ち得る彼は惰弱(だじゃく)な精神性を有してはいなかった。

 

 放蕩の限りを尽くしながら、ただ風の吹くまま気の向くままに生きていく日々。

 

 "竜越貴人"――"無二たる"――"折れぬ鋼の"――"大地の愛娘"――

 

 現代の"()英傑"達の生き様と功績が耳に届いても、何の感慨も湧かなかった。

 "無二たる"と実際に会って、持てる者の気持ちを聞いたところで……何の参考にもならなかった。

 

 彼は常に欲していた、欲しているということすら忘れるほどに――興味を惹かれる"なにか"を。

 

 敵対する者を弄び、人脈が拡がっていき、時には自らの足で世界を歩いて回った。

 退屈凌ぎにはいまいち物足りなかったが、他にすることもなかったというのが正直なところである。

 

 

「いいよぉ~べっつにィ、話すべき時が来ればキミは話すだろう?」

「恐縮です」

 

 空虚な生活は整った顔立ちを次第に歪ませ、前髪が僅かに後退し、気持ちまでも老い始め……。

 

 気付けば裏社会において名が通るようになり、好悪問わず群がる者達が周囲に溢れていた。

 連邦西部に本拠を構え、舞い込んでくる雑事に対して無作為に手や口を出していく。

 

 そして男――ゲイル・オーラムは巡り会った。"未来を予知するという少年"に。

 

 

「感謝をしよう、ベイリル」

「急に改まりましたね」

 

 手広くやっていた事業の一つ。

 身分なき者に仮の身分を与え、望んだ国へ送り届ける一種の斡旋業。

 依頼人はとある教団。ロクなものではなかろうが、通常は関知するようなものでもない。

 

 ただ子供に身分を与えたいという、宗教団体にはあまり似つかわしいとは思えない内容だった。

 かの宗教団体の依頼は他にも色々あったものの、そのどれもが後ろ暗いものばかりだったからだ。

 

 だからほんの少し……気が向いただけに過ぎない。いつもそうやって何かしら、気紛れで足を運ぶ。

 

 

 訪れた教団の根拠地。すぐにクロアーネが死臭に気付いて掘り返せば、死体が無数に埋まっていた。

 

 焼け焦げて判別はつきにくかったが、それは何度か話もしたことのある教団の教主。

 さらに記憶の片隅にあった……孤児や奴隷を買いたいとやって来た男の死体も見つかった。

 

 腐敗の状況から見ても死後一日と経っていない、さらには敷地内にはまだ気配が残っている。

 些少なれど面白くなってきたと気持ちを昂ぶらせ、殺戮者に会いに行くことにした。

 

 屋敷へと踏み入れれば、年端に至ったばかり程度の少年少女が四人のみ。

 一様に意志を宿した瞳をこちらに向け、その中でも一際落ち着いた少年が交渉を申し出てきた。

 

 その話し方は子供にしては大人びていると思ったが、話す内容は驚愕に眉を(ひそ)めるものであった。

 

 それは一言で斬って捨てるのであれば狂人である。

 しかし……聞く者が聞けば確かな現実(・・・・・)として脳内に映る。

 ゲイル・オーラムは聞ける者であった。全てを持ち得ていたゆえに。

 

 

「大事なことだろう? 今までワタシは感謝なんてしたことなかったからネ」

「お互い様ですよ、"ウィンウィン"ってやつです」

 

 少年の話す"夢"は順序立てた進化の形。

 語る説明の一つ一つに、言葉そのものに力が宿っているかが如く。

 

 まるで実際に体験してきた(・・・・・・・・・)かのような――遠い未来の"テクノロジー"の一端。

 

 地上を駆け、海原を渡り、大空を飛んで、誰もが好きな場所へ短時間で赴く?

 手の平に収まる小さい箱一つで、世界中の誰とでも繋がる? 

 生まれる前にも後にも人体を設計し、病気や寿命から解放される?

 巨大な鉄の人形に乗って自由に動かし、多目的な兵器とする?

 昼も夜も空に浮かぶあの片割星(かたわれぼし)へと、大挙して移り住む? 

 

 

 全てを持ち得たと思っていた、しかしそれはとんだ誤解であった。

 少なくともゲイル・オーラム自身はそう確信した。

 

 少年から話を聞いた今この時、初めてこの世界に生まれたような気がしたのだ。

 

 想像しても想像しても興味は尽きない、その行為だけで楽しいと思える。

 あらゆることが手が届く現実としてイメージできていたのに、こればかりは不可能なのだ。

 

 "未知なる未来"――少年の放った言葉は、どうしようもなく男を駆り立てた。

 

 

「連邦東部方言で"自分も勝って相手も勝つ"……ってことか。良い響きだネ、使わせてもらおう」

「単なる造語ですけどね」

 

 目的の一致、双方で協力し進んでいき、相互利益を得る。

 助け合う仲であり、共存・共生する関係であり、持ちつ持たれつの間柄。

 

「もっともウィンウィンと言っても、オーラム殿のほうが遥かに負担が大きいかと」

「ふっははっ、だがキミはワタシがいなくても(・・・・・・・・・)いずれ自身で望みを叶えるだろう。その価値は唯一無二だ」

 

 連邦西部商人を一堂に介し、説き伏せた会合を終えての帰路。

 

 詳しく話を聞けば聞くほどに、実際に事を進めていくほどに。

 実際的に現実味を帯びてくる。未来への興味が一層広がっていく。

 

 そう……もはや彼は手放してはいけない宝なのだ。己の未来を照らす代替の効かぬ道標。

 ベイリルを失うことは、自身を殺すのと同義とさえ思えるほど今は満悦している。

 

 

「否定はしません。ハーフエルフに生まれたことも本当に僥倖でした」

「まっ恩に着るのであれば急ぐことだ、コッチはただの人間だしネ。その為の労はワタシとしても惜しむ気はない」

 

 遠き未来を拝む為にいずれ眠ることになるとしても、可能であればテクノロジー発展の中間も見たい。

 

 

「可能な限り迅速にやるつもりですが、基礎が(おろそ)かだと砂上(さじょう)楼閣(ろうかく)に過ぎないので手抜きはしませんよ」

「もちろんだ、キミは思うままにやりたまえ」

 

「そりゃ願ってもない。それじゃあ言葉に甘えて相談があるんですけど――」

 

 

 ベイリルとの話は尽きず……もはやゲイル・オーラムの心は単なる伽藍堂ではなくなっていた。

 

 彼の広大な精神の広間はいずれ埋め尽くされる。

 その配置を考えているだけで虚無感は消失していたのだった。

 

 後に"財団"の三巨頭が一人に数えられる男の旅路には、"黄金"の輝きを(たた)えていた――

 

 



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#24 交差する日常

 

 連邦西部有数の都市国家も、「外国の片田舎の街並かな」程度の感想にしかならなかった。

 もっとも街道を歩く亜人や獣人、騎乗や荷を引く為の固有種を除けば……であるが。

 

 元世界のテクノロジーとその多様性が、いかに豊富であったのかは常々思うことだった。

 そしていざ異世界文明に革命を興すことを考えると、課題は山のように積まれ天頂は全く見えない。

 

 

(決意の日からずっと練ってはいたが――)

 

 あくまで机上のものでしかなかった。

 所詮は浅知恵で立てていた計画で、修正箇所は枚挙(まいきょ)(いとま)がない。

 

 ゲイル・オーラムとの出会いで、諸々着手するまでに百年近くは短縮されたろうとは思う。

 ピンチはチャンス――危機を好機へと変えてやった。

 俺は今のところ順風満帆にやってこれていると言っていい筈だ。

 

 一転した生活に疲れてしまう面もあるが、ここは一つの踏ん張りどころとして頑張るしかない。

 

 中央広場のベンチに座り、陽光の下で遥か天空と片割星を仰ぎ眺めながら思考を深めていく。

 

 

 さしあたってゲイル・オーラムがその人脈(コネクション)で集めた有力商人達。

 彼らとの会合と交渉は順当に終わった。交渉と言ってもこちらが美味い話を提示するだけ。

 

 株式、為替、融資、保険業、簿記、特許など、優秀な者達の手で少しずつ浸透していくだろう。

 俺が本格的に文明を促進させる頃には、それらをしっかり利用できる環境になっていてもらいたい。

 

 さらにファミリアの事業の一つに、大型私営賭博を加えてさらに拡大させていく。

 元世界からパクってきた各種ギャンブル、さらには独自通貨も流通させるつもりである。

 

 展望を考えつつ、リンゴっぽい果実ジュースを飲み干す。

 炭酸なんかも作りたいなと考えつつ、俺は立ち上がって木造りの容器を返しにいく。

 

 

「っと、失礼」

 

 対面から来た人間とぶつかりそうになるも、俺はさらりと躱して一言投げかける。

 しかしその若い男は一瞥(いちべつ)だけをくれると、黙ったまま足早に行ってしまった。

 

(横に三つ並んだ左泣きぼくろ――)

 

 つい先日ジェーンとヘリオとリーティアが財袋をスられたそうだったが、件の人物とは違うようだった。

 本当にただただ急いでいたのかも知れない。

 パッと見だが少し気になったのは、みすぼらしい格好であった。

 

(ああいった貧民……かどうかはわからんが、数多くの人が十全に力を発揮できる場を作る――)

 

 経済と同時に最優先で着手すべきは食料供給、ひいては化学肥料である。

 これも既にオーラムの人脈を利用して有志を(つの)っているし、研究施設や道具も確保している最中。

 

 なるべく不作な地帯を(メイン)としてデータを取りながら、畜産関係も品種改良をしていく方針。

 

 

 未知なる未来と文明回華の為には、世界中で進化を促さねばならない。

 その為には可能な限り迅速に、人的資源を確保していくのが重要なのだ。

 

 それは当然食糧問題だけに留まらない。大規模な公衆衛生や、安価な薬用石鹸なども必要だろう。

 魔術によらない適切な医療処置や、抗生物質をはじめとした医学・薬学分野も急務になる。

 

 とにもかくにも研究の為に、様々な人員と場所を用意していくのが最低限にして最優先。

 

 化学・原子理論、生物学・物理学、冶金学、機械工学なども早急(さっきゅう)に進めていきたい。

 そしてそれらの大元となる数学。数式こそ全ての基礎となる学問であり、人材を探す必要がある。

 

 あとは顕微鏡などが作ることができれば、異世界の常識外な元世界の理論の証明がしやすくなる。

 

 

(俺が理系の秀才で公式とか色々覚えていれば、手間は十足飛びくらいに省けたんだろうが……)

 

 ないものねだりをしてもしょうがなかった。ガチガチの文系で凡庸な俺には如何(いかん)ともし難い。

 こっちの世界で各分野の英才を、どこぞから引き抜いたり在野(ざいや)から見つけていく他なかった。

 

 教育と共に知識という種を根付かせる。そうすることで芽吹き花開くのを期待する。

 

 テクノロジーの中には現行文明でも比較的やりやすく、手を付けたいことは色々ある。

 しかしてんでリソースが足りないのだ。研究させる金も時間も、何より有能な人手が不足している。

 

 

(どう科学の系統樹(テクノロジーツリー)を進んでいくにしても……)

 

 とにかくデータ集積だけは徹底していかねばならないだろう。

 

 科学とは成功と失敗を繰り返した、膨大な統計の積み重ねた先にこそある筈だ。

 今現在は大した成果とならず、その内実が解明できずとも、(のち)の未来には必ず役に立つ日が来る。

 

 ともすればデータを残す媒体となる、紙も大量に必要になってくる。

 紙の効率的生産や活版印刷技術の研究・開発も早急に推し進めていくことになる。

 

 同時に印刷は一つのパラダイムシフトとなるテクノロジーであろう。

 教育の為には必要なことだが、安易に世界へ広めてしまうには慎重を期さねばなるまい。

 

 簡易的な蒸気機関や電磁気、他高次テクノロジーとなるものは時機を見計らっていかねばならない。

 

 

「おっあの子なかなか――」

 

 ふと目を向けた先には同年代の女の子が映る。短めの濃い茶髪をツインテールで結んだ少女。

 

 鳥人族だろうか……短めの羽根が肩甲骨の付近から生えているようだった。

 感情豊かに飲食し、可憐で元気いっぱいな印象がとても眩しい。

 

 俺もそろそろ若く、いい年齢になってきて、性欲を持て余す――

 ほどではないものの、肉体のほうが興味を覚えるくらいにはなってきた。

 

 思い切ってナンパでも敢行してみようかと思うものの、今もう少しは色恋にかまけていられない。

 

 

 娯楽と成り得る分野も同様である。美食、音響学に芸術全般、楽器類の製作など。

 費やすコストとリターンを考えると、当分は後回しにしなくてはならないだろう。

 

 なにせ農耕用に使えそうな各種作物や馴染みのない食材。多用途極まる天然樹脂類の探索。

 冒険者らに財貨を投入して、順次依頼していく予定までもが詰まっている。

 

 加えて大陸全土の地質データの収集。

 勢力調査や選定作業も、文明発展において切り離せない。

 土地の所有権や帰属などもなるべく精細に調べ上げ、可能であれば早めに買い上げたい。

 

 

(後々の為にも有能な立地は早めに押さえておかないとな)

 

 強文明たる理由の半分以上は立地で決まる、と言っても過言ではないと勝手に思っている。

 

 せめて採掘権だけでもなんとか入手し、石炭や石油にガス資源も含めた燃料はもとより。

 希少金属(レアメタル)等の採鉱作業や、それらの備蓄にも早めに着手したいところである。

 

 あとは……後々に"世界遺産"となるような大自然の選定。

 あるいは訪れ見た者、全ての琴線(きんせん)に触れるような――芸術性伴う巨大構造物なども作りたい。

 

 

「んん……あれは、確か帝国の――」

 

 視界内に入ってきたたそれを、脳内の記憶から手繰り寄せていく。

 自分とそう変わらぬくらいの青年と、付かず離れずの距離を保っている二人の男女。

 

 あれはまだ幼少期に亜人街で住んでいた頃……王族の行幸(ぎょうこう)のようなものかなにかだったか。

 守られている王族とその周囲を固めていた護衛――彼らが一様に身に付けていた紋章。

 

 二人の男女は軽装であっても武装している。

 そしてその剣柄に刻まれているその紋章は――帝国近衛騎士の証。

 

 世界最強の国家の中でも、選ばれしエリートだけが就けるという一つの到達点。

 

 

(――ってことはあいつが次代の帝王候補(・・・・・・・)の一人、ということか)

 

 黒髪をやや長めに残した正統派な、まさに異国の王子様と言った容姿。

 実力主義の帝国にあって一度も玉座を奪わせない王族は、才能も教育も申し分がない。

 

 人族でありながらも連綿と受け継がれた遺伝子と、強者かくあるべしという定向進化(・・・・)なのだろうか。

 頂点である帝王になれずとも、その兄弟姉妹は皆なにがしかの分野で頭角を現すとされる。

 

 何の目的で連邦西部の、一都市の街中にいるのかはわからない。

 多少露骨でもコネ目的で近付くか、少なくとも今は触らぬ王族に祟りなしとするか――

 

 しかし小気味良くアドリブが利くとは、我ながら微塵にも思っちゃいない。

 こちらから能動的に接触するのは、リスクのほうが高いような気がした。

 

 何かトラブルでも起こってそこに颯爽(さっそう)と――とでも妄想してみる。

 

 しかし特に何も起きることなく、しばらくして近衛と共に視界内から消えてしまった。

 

 そもそもお付きの騎士がいれば、俺の出番などまず無いに違いなかった。

 

 

(帝国……軍拡主義の実力至上国家、か)

 

 国家間の戦争も、いずれは考えていかなくちゃいけない重要項となる。

 文明回華を進めていけば、ほぼ確実にぶち当たると言ってよい問題。

 

 場合によっては俺の指針一つで、大勢が死んでいくという覚悟も必要だった。

 

 現段階でも製造しやすい黒色火薬を始めとして、弾薬及び機関銃。大砲とダイナマイト。

 戦車に巡洋艦、高高度爆撃機や弾道ミサイル、無線通信からネットワーク――そして核兵器に至るまで。

 

「"必要は発明の母"――」

 

 俺は元世界の格言を呟く。戦争の為に研究・開発されたテクノロジー群。

 それらが転じて文明に大きな進歩を与えるのはインターネットなど然り、割りかしよく聞く話である。

 

 しかしコントロール不能の無秩序な戦争は、大切な各種リソースの浪費にしかならない。

 

 

(機を窺いつつも迅速かつ繊細に、一気呵成(いっきかせい)万端(ばんたん)整え圧倒的優位に立たないと……か)

 

 口に出さぬまま、じんわりと展望を巡らせていく。

 戦争に直接関わるテクノロジーと、それらの氾濫(はんらん)は極力抑え控えたほうが良い。

 

 長期化して泥仕合になるようなことだけは、絶対に()けねばならない。

 

 最終的に人類社会全体における、共通の利益となるように。

 世界の全てが文明の恩恵を享受し、それらを発展させる土台にせなばならない。

 

 

 飛躍の為に必要なのは再三考える通り、人的資源であり質と量の確保。

 絶対数を増やし、より良いスパイラルが自然と作られるよう整える。

 循環させ、踏襲させ、発想させ、昇華させる。

 

 文明を急速に発展させるにおいて、荒唐無稽(こうとうむけい)と思える理論を実際に体験させる。

 俺の持つ元世界にあった現実が、"本物"であることを証明することが肝要となっていく。

 

 無明の暗闇の中で全く新たなモノを想像し、創造するのはいつだって困難(きわ)まる。

 

 しかし実績を重ねて得た信頼を重ねていくことで、俺の夢想を信じさせることができる。

 

 異世界の常識では一笑に付されるような話も、"現実の延長線上に存在する"と考えさせることが可能となる。

 そうなれば生み出す為の目標を、適時明確に定めることが可能になっていくのだ。

 

 "それ"が確実に存在しているとわかれば、徒労となる寄り道なく効率的に邁進(まいしん)することができる。

 

 

「まったく……シミュレーションゲームのようにはいかんもんだ」

 

 自嘲するようにわかりきっていたことを呟きつつ、俺は立ち上がる。

 

 立地を厳選し、都市計画を練り、スタートダッシュを決めて、ラッシュで追い込む。

 事はそう単純には動かない。ダイナミズムはなくても、それもまた楽しい。

 

 社会の歯車としてではない、まだ小さな世界でも俺自身が動かしているという実感。

 やりたいことをやって蓄積される疲労に、新鮮味というスパイスが加わり心地良さすら感じる。

 

 文字通り生まれ変わった気分でもって、多方面から導き導かれゆくあらゆる交差を受容する。

 

 それが新しき我が人生――この俺の充実した日常なのだ。

 

 



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#25 変わりゆく生活

 

「はぁ……なんで……」

 

 そう毒づくような溜息を吐きながら、メイドであるクロアーネは物思いに(ふけ)続ける。

 "あいつら"が行くのは好きにすればいい。むしろいなくなってくれれば清々するくらいだ。

 

「なんで、私まで……」

 

 ファミリアの事務所地下トレーニングルームで一人鍛錬に励む。

 

 

「ついでだったしクロアーネちゃんも手続きしといたよ。青春は一度キリだし楽しんでらっしゃいな」

 

 そんな主人であるゲイル様の言葉を、双山刀で素振りしながら身体と一緒に頭で回す。

 

 地面まで軸を一本通したコマのように、ブレない回転を順次上げていく。

 リズミカルに反響する巻藁人形の打音が、間断なく途切れなくなるまでそれは続く。

 

 自分にできることは戦闘だけ――己にとって最も得意なことで貢献をする。

 ゲイル様に護衛なんかいらない強さなのはわかっているけど、私にはこれしかないのだ。

 

 

 いつも付き従う忠犬? 常に目を見晴らせる番犬? 

 命令一つで獲物を狩る猟犬? 相手を殺すまで止まらない狂犬?

 

 なんとでも呼べばいい。犬人族であることは別段恥じていないし、どれも私らしいことだ。

 自分で考えることをしない駄犬? 結構なことだ。この身命はゲイル様に捧げると誓ったのだから。

 

 獣人種の差別激しい"王国"で生まれ、物心つく頃には既に奴隷の首輪をつけられていた。

 とある侯爵家の私設部隊として、吹けば消える命のような扱いをされ、地獄を耐え続けてきた。

 

 100人以上は存在していた獣人の奴隷が5人まで減った頃。

 私は汚れ仕事を一手に担う部隊員として働き始める。

 

 王国では亜人種をそういったことに使うことは珍しくはない。

 あらゆることをやってきた、時には同業者とも争った。

 心はとっくに昔に死んでいて、ただ仕事をこなすだけだった。でもゲイル様が救ってくれた。

 

 

 あの人にとっては気まぐれだったのだろう。

 自分を殺しに来た挙げ句に敗北し、一匹逃げ遅れた犬っころなんて。

 

 殺すのなんか容易かった筈なのに、甚振(いたぶ)ったってよかった。

 侯爵らの情報を引き出す拷問されて然るべきなのに――生かした。

 

 首に付けられた奴隷用の"魔術道具"を解き、人らしい生活を与えてくれた。

 

 

(そう……ゲイル様が行けと言われるなら、行くだけ)

 

 正直なところ――何年も共に過ごし経っていても、未だに何を考えているかはよくわからない主人である。

 暗殺を差し向けた侯爵にも寛容だったが、最終的には潰してしまった。

 しかしそれまでしばらくの間は、新たな襲撃者を楽しみに待っていたくらいだ。

 

 とにかく何事にも楽しみを見出そうとはしている節はあった。

 それでもどれも中途半端に飽きて投げ出してしまう。

 

 組織のボスになったのも自ら望んだものではない。だから長となった今も自ら外へ出て行動している。

 

 そんなご主人が最近夢中になっているものがある。あの――私を倒した――少年、ベイリルという名の輩だ。

 

 

 4週間ほど前のあの日。二人で話してから、ゲイル様は色々と精力的に立ち回り始めた。

 ゲイル様はあいつと定期的に話しては、今まで大して使ってこなかった人脈を最大限に利用している。

 

 自分よりも年下の少年。自分よりも遥かにぬるま湯で育っていたような奴が、どうしてあんなにも……。

 

 感情を持て余している、こんなことは初めての経験だった。

 いけすかない、けれど見習うべきところも確かにあるのだ。

 

 

(もしも……――)

 

 スタミナが切れたところで回転は徐々に止まり、その場に倒れ込む。

 いつもなら思考なんてしている余裕はないのに、今は何故かこうして考えてしまう。

 

 ゆっくりと鎌首をもたげる――

 

 今まで私は自分の最適で役に立とうとしか考えてこなかった。ゲイル様も自由にさせてくれていた。

 でも私は得意分野であった戦闘において敗北を喫した。護衛としては確実に失格モノの失態。

 

 ゲイル様が「せっかくだから女の子らしく」と用意してくれたメイド服をただ着ているだけだった。

 

 ただメイドの仕事をしたってゲイル様は喜びはすまい。

 しかしそうして視野を広げていたとしたら……どうなっていたのだろう。

 

 

 もしも……私があいつらと一緒に、あいつのように成長したとしたら――

 

 少しは私もゲイル様の退屈を埋めてさしあげられただろうか。

 人として生きるだけの心は持ち得たと思っている。

 思考停止していただけで、今からでも次の段階へ進むべき時なのではないか。

 

 あの少年はキッカケなのかも知れない。

 主人に付き従うだけで良しとしていた、揺れぬ水面のメイド生活に落ちてきた一滴の波紋。

 

 変化を恐れるな――

 

 

 あの男……ベイリルがやろうとしていることは、伝え聞く程度だが多岐に渡るようである。

 元カルト教の財貨を注ぎ込んで何かの施設を作り、集めた人材を投入して何かをやっている。

 

 ゲイル様は何やら自ら市場を動かすマネーゲームに勤しみ、さらに人脈を拡げて楽しんでいる。

 二人は時に農民、時に豪商、さらには連邦の都市国家長にまで話をして、幅広く活動している。

 

 私もそのどこか一端でいい、役に立てる分野が作れるんじゃないのか――

 

 

 

「どうも」

 

 掛けられた一声に反射的に立ち上がり身構える。その様子を見て――ベイリルは両手をあげた。

 

「ごめん、覗くつもりとか脅かせるつもりとかそういうのはなかった」

「……いえ、構いません」

 

 心の中で巡らせていただけだが、噂をすればなんとやら。

 訓練室である以上、誰が入ってこようと自由だ。物思いに耽り気付かなかった自分も悪い。

 

 山刀をしまい汗を拭くと、身なりを最低限整え出て行こうとする。

 

 

「ちょっと待った」

「……なんですか」

 

 振り返ったところでつい邪険に睨みつけてしまう――筋合いなどないのに。

 私を倒したことをわざわざ謝罪したような青年。ゲイル様と意気投合し行動する青年。

 自分より年下なのにやたら大人びていて、私の存在価値を貶めた青年。

 

 わかっているのだ……恨む理由などないのに。

 第一印象は最悪でも、決して悪い人間じゃないことは。

 

 

「あーっと、その……訓練姿も綺麗ですね」

死合(・・)なら買いますが」

 

 ふざけた言葉にそう応えると、ベイリルは年相応の少年らしく慌てたようにかぶりを振る。

 

「すみません、今後のこと(・・・・・)も兼ねて少し慣れておこうかな~なんて、軽率でした」

「呼び止めておいてそれですか、用がないなら失礼します」

 

「いえね……せっかく"ご学友"になるのならもう少し仲良くなりたいなって思って」

 

 (きびす)を返そうとしたところで、その言葉に揺さぶられる。

 もたげた鎌首を沈めきれないのは、心のどこかに否定し難い感情があるのに他ならない。

 

 

「私は望んでいません」

「でもオーラム殿(どの)は通わせるって言ってましたが……」

 

「私は望んでいません」

「でももう手続きは済んで制服も届いているとか」

 

「私は望んでいません」

「でも主人の意向ですし通うんですよね?」

 

「っ……そうですね」

 

 渋々応えた言葉にベイリルは少年らしからぬ笑みを浮かべた。

 こういうところだ、特にいけすかないのが。

 

 

「なら仲良くしましょう。遺恨はありますが、年頃も近いし知った仲は多い方がいいでしょう」

「必要最低限でよろしいかと」

 

「オーラム殿のお役に立ちたくはないですか?」

 

 今度は殺意を込めて睨み付ける。

 触れて欲しくない領域に土足で踏み込んで来る態度。

 

 どのクチが言う。こいつがあれこれ立ち回っていた間にひたすら鍛錬を積んでいた。

 今度こそ息の根を止め……るまではせずとも、痛い目を遭わせてやる。

 

 

「申し訳ない、と先に謝っておきますが……生憎と俺はむざむざと引く気はありませんよ。

 そうやって先延ばしにしてきた結果の、今の微妙な関係を変える為に来たんで」

 

「お望み通り、関係がより険悪(・・・・)になるわ」

 

「はぁ……そろそろ本音で語りますか、お互い慇懃無礼(いんぎんぶれい)上辺(うわべ)だけの敬語もいらない」

 

 無意識にギチギチと、クロアーネの腕が引き絞られる。

 今にも刃引きした山刀に手が伸びるというところで、構わずベイリルは話をし始める。

 

 

「俺たちがやろうとしていることは、途方もない時間と労力が要る。"学生生活"もその一環になる」

「はっ、何かを学んで役に立つって?」

 

「学ぶのも大事だが……最も重要なのは教育と人脈作り。才能を発見することにある」

「それに私を付き合わせようって? 生憎とお断りよ、クソ野郎」

 

 吐き捨てた言葉にベイリルは一瞬身震して何か呟いたかと思うと、構わず続ける。

 

「俺が以前に君を倒したのも、知識に基づいた魔術だ。それらは戦闘においても大きな利を得る」

「私にはッ――」

 

 必要ない、とは続けられなかった。

 実際に私に勝ったこいつを否定してしまえば……強さを否定すれば、自身への否定になる。

 

 

如何(いかん)ともし難い感情を持て余しているのは、それなりにわかっているつもりだ。

 なんせ俺だって何度も……そう数えきれないほど懊悩(おうのう)してきたからな」

 

「わた……しは……」

 

 知った風な口を叩き、憂いたような表情を見せる少年を罵るには至らず。

 

 こちらに全く臆すこともなく同情も侮蔑もない、ただただ純粋で真摯に向き合う少年の双眸。

 

「力を貸してくれ、クロアーネさん。俺たち全員で未知なる未来を創っていきたい」

 

 

 深く息を吸い……吐き出す。これ以上――張る意地なんてあるのだろうか。

 

 いや元からなかった。私は空っぽな汚れ仕事しかしてこなかった犬畜生だったのだから。

 

(結局私も……除け者になるのが嫌だった――)

 

 ゲイル様とベイリル、それにジェーン、ヘリオ、リーティア。

 変化の中で自分だけが置いてかれるのが嫌だった。

 

 変わり映えせず任務だけこなしていたあの頃のように。

 停止したままでいることを自覚していたからこそ……。

 

 

「私なんかが……一体なんの役に立つというの」

「打算的な物言いで悪いけど、俺が期待しているのは人心操作と――"料理"かな」

 

「料理?」

 

 人心操作はわかる、汚れ仕事でそういったことはある程度は心得ているつもりだ。

 任意に都合の良い情報を流したり、敵対相手を陥れたり、同業者を利用したり――

 

 しかし料理とはどういうことだ?

 確かに任務中は自分達で作ることは多かったが特別上手いと思ったことはない。

 

 

「過去に色々な国で様々な食材を扱っていたって聞いた。普通は食べないようなものも経験で調理したことがあるって?」

「まぁ……そういうのは慣れているけど」

 

「"俺たち"の目指す文明では、食事も大切な要素の一つだ」

「そんなことで、私が役に立てると?」

 

 ベイリルは力強く頷いて肯定する。そんな瞳には揺るぎない信頼と希望の輝きが見えたような気がした。

 

 

「調理技術は後から磨けばいいだろうが、そういう感性って凄い大事だと思うからな。

 食えるか食えないかの判断や知識も大事だし。創意工夫の幅や発想力とかも磨かれたろう。

 いつかは"俺の考えている料理"も、是非作って欲しいと本気で願ってる」

 

「……私の山刀さばきは調理の為にあるんじゃないんだけど」

「そこをなんとか」

 

 そう言って拝むように頭を下げるベイリルを眺めつつ、この辺が折り合いをつけるところかと思う。

 

 ゲイル様の為に――こいつらの為に――調理するのも……想像してみたが存外悪い心地ではなかった。

 

「わかった、私も……学園に通う。そして力になるわ」

「ありがとう、まぁそう言ってくれるまで引き下がるつもりはなかったけどな」

 

 そうやって何もかも狙い通りと言った風にほくそ笑んだ年下らしからぬベイリル。

 そんな男に対し、私も不敵な笑みで返してやる。

 

 

「但し、ベイリル。貴方が私に勝ったらね」

「えっ今から? ってか俺一回勝ってんだけど」

 

「問答無用!」

 

 そう叫んで私は訓練用山刀を抜き放つ。新たな明日への不安と期待をない交ぜにしながら――

 

 一撃一撃を丁寧に、一つ一つの想いを込めて――

 



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#26 異世界史

 

「ベイリルは本を見るのが好きね」

 

「うん、すきー」

 

 母のこれ以上ないほど穏やかな声音に癒されながら、俺は幼児のように振舞っていた。

 

「でもベイリルに読めるかな~?」

「おかあさん、読んでー」

 

 異世界に転生してより、まだ完全に記憶を取り戻したわけではない。

 それでもある程度のおっさんの精神性は有している。

 

 しかし異世界言語を話せない身としては、たどたどしく話すしかない。

 結果的にそれが、幼子(おさなご)であることを装うのに一役買っていた部分があった。

 

 

「いいわよー、これは歴史の本ね」

 

 0(ゼロ)から異世界言語を覚えねばならないのはひどく億劫(おっくう)だった。

 

(まぁ海外留学すれば、自然に現地語を覚えてくとかってたまに聞くし……)

 

 そう焦る必要もないだろう。なにせ俺はハーフエルフ、時間はいくらでもあるのだ。

 

 

「むか~しむかし……あるところに、魔力を見つけて魔法を使う人たちがいました――」

 

 魔力を(もち)い魔法に裏打ちされた武力をもって、広き大陸へ支配領域を広げていった。

 

 そして当時、大陸そのものに君臨していた"獣の王"。

 叡智に満ちた"頂竜(ちょうりゅう)"を排斥(はいせき)し、広き地上を統一した。

 

 (ふる)き王たる竜はいずこかへ消え、彼の(もと)にあった竜族も殆どが死に絶えた。

 

 新たに支配者となった彼らの長である存在は、自らを"神王(しんおう)"と名乗った。

 さらには種族全体を"神族(しんぞく)"と呼称するようになる。

 

 

「死ぬことがなくなった神族も、いつまでもそのままではいられませんでした――」

 

 長き統治が続いた……しかし永久不変の栄華などは存在しなかった。

 魔法の根源たる魔力が、原因不明の暴走(・・)を来し始めたのである。

 

 巨大な大陸のほぼ全てに、その版図(はんと)を広げ住んでいた神族。

 彼らの中から肉体を侵食した結果として、"異形化(いぎょうか)"する者達が出現する。

 

 暴走は留まる気配すらないまま、着々とその数を増やしていった。

 

 神族は異形化した者達を"魔族(まぞく)"と呼んで()み嫌った。

 そして差別と弾圧が表面化して、歯止めが効かなくなっていった。

 

 

 異形化が止まらなければ、知能なき"魔物"と成り果ててしまう。

 そうなれば既に意思なき身なれど、討伐の対象ともなる。

 

 いつ自分達が同じ目に遭うのかと、互いに疑心暗鬼に陥った。

 

 獣の王を打倒してより、当時も存命であった"初代神王ケイルヴ"。

 彼は魔族を隔離する為に、最南端の土地に魔族を追いやった。

 

 はみ出し者集団と化した魔族ら本人も、居場所を求めて(おの)ずから離反していった。

 

 

「でもおそろしいことはまだつづきます。なんと今度は魔力がなくなりはじめたのです――」

 

 魔力の暴走・異形化は散発的で収束を見ることがない。そんな状況に追い打ちを掛けるかの如く……。

 

 今度は魔力そのものを体内に留めておけなくなる、枯渇(・・)現象が目立ち始める。

 

 魔力を失っていく神族は、魔法が使えなくなっていった。

 いずれ完全に魔力のなくなった者達は、単なる"人族(ひとぞく)"として呼称されるようになる。

 

 この異世界は全て同一の、神族という種族に端を発し、枝分かれしていったのである――

 

(――だからこの異世界は、どの国家も種族も基本的に共通言語で通る)

 

 (なま)りや言語の変遷(へんせん)も多く見られるものの、一つの言語で済んでしまう。

 

 

「しかし魔力がなくなっていくとちゅうで、いろいろな人たちが生まれました――」

 

 魔力の枯渇で人族へなっていく過程で、亜人種や獣人種へと分化(ぶんか)していったのだった。

 それは異形化ともまた違う――意志による変化であり、ある種の進化であるともされる。

 

 そんな亜人種の中でも、"エルフ"は特異な存在である。

 魔力枯渇に(さいな)まれる中で能動的な技術、"魔力抱擁"によって枯渇を押し留め確立させた種族。

 

 抜本(ばっぽん)的な解決ではなかったものの、魔力の際限なき流出をほぼ半永久的に阻止。

 不老ではなくなったが、1000年近い寿命と独自の魔力操法を得るに至った。

 

 一方で魔力の暴走・異形化の最中(さなか)で、類似の技術を用いて生き延びた種族もいる。

 それらは"ヴァンパイア"と呼ばれ、エルフと(つい)を成す存在とも言えた。

 

 

「それからまた長い時間がすぎました、そうして"魔王"があらわれたのです――」

 

 圧倒的に数と力の差がある神族に、魔族と人族は一方的に隔離・管理・研究されることになった。

 

 原因究明もされないまま長い時が過ぎ去り、そんな中で魔族から力を得た者が現れる。

 その者は神王に(なら)って、自らを"魔王(まおう)"と名乗り世界をまとめあげた。

 

 そうして種族全体としても力が衰え始めた神族に対して、戦争を起こしたのである。

 

 結果としては――神族にそれなりに打撃を与えるものの、最終的に敗北を(きっ)した。

 しかしその(あいだ)に神族は、着々と数を増やした人族まで管理するほどの力はなくなってしまう。

 

 

「魔法はどんどんなくなっていきました、そのかわり魔術があたらしく使われるようになりました――」

 

 魔法とは全能の力であり、魔術とは万能の力である。

 初代魔王によって考案・実践化された魔術こそ、神族に抗し得ることが可能な方法だった。

 

 最初は魔族しか使えなかった魔術も、いずれは人族にも広まっていった。

 一度魔力が完全に枯渇した人族が、時間を掛けて数を増やした頃――

 

 微量ながらも魔力を得るようになってきたのだった。

 

 

「魔術を使えるようになったにんげんは、いろいろな国をつくっていきます――」

 

 王国を造り、皇国が独立し、帝国が分かれ、連邦が結ばれ、共和国が生まれた。

 

 人領(じんりょう)はいつの間にか圧倒的な広さとなり、魔領(まりょう)とは分かたれた。

 外海の先にある極東、内海の諸島と魚人種、そして領域を最低限に保った神領(しんりょう)

 

 戦乱は繰り返され、大小様々な興亡が起き、魔術具が普及した。

 

 

「ひとびとはあらそい、ながい時間をかけて……ようやくこの街もできたのです――」

 

 帝国には"特区"と呼ばれる、かなり広い裁量権を持つ独立自治が認められた地域がある。

 この亜人街も数ある中の一つであり、連邦で言うところの都市国家のような扱いであった。

 

 母は本をパタンッと閉じて、俺の顔を見つめる。

 

 

「ねーおかあさん、ドラゴンはどこ行ったの?」

「う~ん……お母さんが昔お世話になった人は、どこかで生きてるって言ってたかな」

 

「お世話になった人?」

「そうよ~、あの頃はその人について世界を巡ったわねぇ。大雑把な人だったからお母さんが調理しててね。

 おかげでいろんな国の料理を覚えられたわぁ。ベイリルがお母さんの美味しい手料理食べられるのもそのおかげ」

 

 母は懐かしむような表情を浮かべる。今でこそ落ち着いた母も、昔はヤンチャだったとか。

 ただ理論派ではなく感覚派なので、まともに魔術を教えてもらえないのが難儀であった。

 

「さーて夜も遅いからそろそろ寝ないとね。でないと蒼い火の囁霊(ウィスパー)がやってきちゃうわよ~」

 

 素直に促されて俺は母と共に寝所へと行き、添い寝をされる。

 こちらが眠るまで(ぬく)もりと一緒にいてくれるのが、毎夜の日課だった。

 

 

「ベイリルは将来どんな子になるのかしらねー」

「わかんない」

 

 実際俺にもどうなるかはわからない。少なくとも今は暢気(のんき)に暮らしているだけでいい。

 退屈なことは多いものの、スローライフも悪くない。いずれは母のように世界観光に出たいとも思う。

 

 異世界探訪記でも書いて、出版印税などで暮らすなんてのもいいかもな――などと思いつつ……。

 

 この頃の俺は異世界への純粋な夢を、まだ膨らませていたのだった。

 



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#27 過去の夢

「ねぇ~なにしてんのー?」

 

「いつもの実験だよ。これ(・・)受け止めてくれるかー?」

 

 木の上から幼馴染の少女を眺めながら俺はそう叫ぶと、少女は「わかったー」と頷く。

 子供の手の平には余る赤い果実(・・・・)を落とすと、青みがかった銀髪の少女はしっかりと受け止めていた。

 

「ありがとう"フラウ"」

「うん! どういたしましてベイリル」

 

 俺は実験を終えて用済みとなった赤い果実を二つに割ってから、フラウに渡してやる。

 やっぱり"リンゴ"っぽいなと、二人してシャクっと(かじ)りつつ……じゃあリンゴでいいやと。

 

 そうやって考えを巡らせていく――元世界と異世界との違いについて。

 

 

 転生して最初のハードルは言語であった。

 異世界には異世界の言語があり、日本語など当然通じない。

 

 幸いだったのは世界は方言などの枝分かれこそあったものの……。

 共通した言語によって成り立っているということだった。

 

 歴史という潮流の中で連邦東部訛り(・・・・・・)が広く伝わっているが、それでも基本骨子は変わらない。

 

 いまさら語学を学ぶ努力などしたくはないが、生きていく為には覚えざるを得なかった。

 現代知識もそれを表現する方法がなければ、絵に描いた餅程度にしかならない。

 

 とはいえ子供だから時間はたっぷり、焦る必要もなくフラウと一緒にゆっくりと学んでいった。

 

 

 しばらくして疑問が出てくる。世界の在り様とはいかなるものなのかと。

 季節に時間、物質の単位、生物の種類や分布はもとより、物理現象そのものにも意識が向く。

 

 いずれ現代知識を利用しようにも、根源が違い過ぎては不可能となる。

 そうなれば今度は思いついたことを実践するのが日常となっていった。

 

 枝を燃やしてみたり、そこに蓋をして空気の供給を絶ってみたり。

 冬季に水を凍結させたり、水に有機物を溶かして蒸発させてみたり。

 

 料理や食材について味わいながら、金属など組成も考えながらわかる範囲で調べていく。

 

 リンゴを木の上から落としたのもそうした一貫である。

 もっとも有名だったからちょっとやってみたというだけで、それでどうこうというわけではない。

 

 

「さっきのはなんだったの?」

「んー"引力"と、それに"重力"だな。あとは"斥力"……は無いんだっけ――」

 

 首を(かし)げるフラウに、俺は元世界の発音を織り交ぜながら説明をする。

 人に教えることで自分の中の曖昧な知識も、より確かなものになっていくのだ。

 

「――まとめるとだな、世界はみんな引き寄せ合ってるんだ」

 

 そう言って俺はリンゴ片手に、空いた左の手の平をすっとフラウへと向ける。

 フラウは疑問符を浮かべたまま、右手の平を合わせてくる。

 

「この間にも"引力"がある、俺とフラウの間にもある。質量――重さのあるものには全部あるらしい」

「ふーん……?」

 

 説明してわかるはずもないし、俺自身も明確な原理だってわかってない。

 ただそういうものだと習って、それが常識として刷り込まされているだけ。

 

 本やテレビで宇宙があるものと思っているが、実際に空を見上げる程度でしか見たことはない。

 目を閉じた時にそこに本当に月が存在しているかすら、重力の違いを感じられぬ以上曖昧なのだ。

 

 世界とは――常識とは、狭く……曖昧なもの。人は見たいもの見るように。

 

 異世界に転生したという事実も、未だに胡蝶(こちょう)の夢かなにかのような心地を拭いきれていない。

 

 

「きっとみんな離れたくないんだねぇ」

 

 指をぎゅっと絡めて握りつつニコリと無垢に笑う、子供ながらのロマンチックなフラウの感性。

 そんな微笑ましい言葉と行為に、俺もつられて口角が上がってしまう。

 

「そうかもな」

「あーし達も一緒だね~」

 

 慕ってくる幼馴染の少女によしよしと頭を撫でてやり、フラウも心地良さそうにする。

 孤独だった前世を想起しつつ、誰かに求められるという嬉しさに万感(ばんかん)胸に迫る思いだった。

 

 結局今ある現状に生きるしかない。事なかれ主義というほどではない。

 ただ自然の成り行きのままに、のんびりエコでスローな人生で満足するのも悪くないのかも知れない。

 

 

「そうそうフラウ、もう一個受け止めてくれるか?」

 

 俺はすっとポケットからある物を取り出し、握りしめたままフラウの前に差し出す。

 

 フラウは僅かに首を傾けながら、素直に手を開いてリンゴの時のように受け取る。

 それは小さな手に丁度収まるくらいの、翠色の入り混じった石の一欠片。

 

「なにこれー? なんかきれい」

「多分だけど緑色だから、俺の世界(・・・・)で言う"エメラルド"って宝石の原石だ」

 

「げんせき?」

「磨いたりするとキラキラ輝くようになる石だよ。それもいずれ俺が頼んでやる」

 

 その原石は少し前、実験の為に一人で川近くで見つけたものだった。

 帝国各地に枝分かれした川の上流、どこか遠くの鉱山から流れてきたのかも知れない。

 

「ありがと! じゃあベイリルだと思って大事にする!」

 

 何が「じゃあ」と繋がったのかはわからないが、そう言ってフラウは嬉しそうにする。

 

 子供の時分でこういったプレゼントはなかなかできないので、冥利(みょうり)に尽きるというものだった。

 日々の手伝いへのささやかなお礼として、今後も付き合っていく相棒として些少ばかりの感謝を込めて。

 

 

「仲よきことは美しきかな、じゃのう」

 

 唐突に掛けられた声に、ベイリルとフラウは揃って目を向ける。

 そこには深く黒い真っ直ぐな長髪を流し、灰色の瞳をした優しげな笑顔があった。

 

 背丈は小柄――と言っても、子供である二人からは年はかなり離れている肢体。

 それでも大人から見れば利発そうな黒髪の少女、くらいにしか見えないに違いない。

 

「おねぇちゃんだぁれ?」

「ふぅむ……名前はいっぱいあるのう、今はただの子供好きのお姉ちゃんでよいぞ」

 

「変なのー」

 

 フラウの問いに答えた黒髪のお姉ちゃんは、しゃがみ込んでこちらへと視線の位置を合わせた。

 その雰囲気は全てを抱擁するかのような、不思議な感覚を二人して覚えてしまう。

 

「お姉さん、ひょっとして凄腕の魔術士?」

 

 直感的にそう思い、呟くように尋ねてしまっていた。

 魔術の特訓は既に個人的に開始しているものの、その道はひどく遠く感じている。

 

 しかし半分とはいえエルフとしての特性は、既に魔力に対する鋭敏な感覚を無意識に会得していた。

 

 

「ふむ、まぁそれなりの自信はあるつもりじゃ。おんしはそんなに魔術を使いたいのかの?」

「あ……突然ごめんなさい」

 

「構わん構わん、若い時分で研鑽に励もうとは良き心がけよ」

 

 そう言ってくれる古風な口調の黒髪のお姉さんに、子供であること利用して俺は少し甘えてみる。

 母ははっきり言ってしまえば……脳筋の部類でまるで参考にならなかった。

 

 

 この亜人特区。大っぴらには差別こそされてないが、それでもハーフなどに対する排他主義は残る。

 

 師事を仰げるような練度の魔術士に出会うには難しく……子供ではなおさらであった。

 勉強の為に読み漁る本にしてもまだわからない部分が少なくないし、本そのものも数多いわけではない。

 

 

「そうさの、一概には言えんが儂の場合……現象それ自体の想像ではなく、魔術を行使する己(・・・・・・・・)を確立することじゃな」

「魔術ではなく自分――を?」

 

「これはなにも魔術に限ったことではない。ほんの少しだけ勝る自身を常に心と瞳に映すことが肝要。

 一瞬で良い、半歩で良い。昨日より今日、今日より明日。最適にして最高の自分を――追い求め、追いつくこと。

 なればいつでも全盛期であることに、疑いを持つことなかれ。さすればちっぽけな己の限界など消え失せてしまうのう」

 

 彼女の語るサマは自負と自信にして自尊心。驕りであり我儘であり……強烈な思い込みだ。

 

 そんなことができれば苦労はない。しかし実際にやってのけるという、これ以上ないほどのポジティブシンキング。

 それが現実すら超越するものを生み出す原動力と成り得る。

 

 それが魔術であり魔導であり――魔法なのだろう。

 

 

「……参考にしてみます」

「生あらば尽くせ、若人たち。儂とて負けるつもりもないがの」

 

 黒髪の少女は立ち上がり遠くを見つめた。俺とフラウの頭を同時に撫でて、別れを告げる。

 

「少し急ぐ用事があるでな、またいつか会おう――"ベイリル"」

 

 言葉と同時に世界は急速に色をなくし、音も匂いも失われていった――

 

 

 

 

「ん……う、ん――」

 

 早朝の朝のまどろみ中で、寝ぼけ眼のまま俺は直近の思い出を反芻する。

 

(懐かしい夢だったな……)

 

 単なる夢ではない。多少の齟齬(そご)はあるだろうが、改めて体験すればそれは確かな過去の記憶。

 姿形であれば明晰夢で会える……しかし無自覚で追体験する記憶の中の幼馴染は、かつて本物だったものだ。

 

 ここまで無意識の夢に没入してしまったのは、随分と久し振りだった。

 最近は"文明回華"活動の為に、(せわ)しなく立ち回って疲労が溜まっていたとはいえ。

 大概は中途で夢であることに気付いて、魔術のイメージ確立練習をやってきたというのに。

 

 とはいえ五感全てで感じた幼馴染の少女フラウとの思い出は、これ以上ないほどの感情を心の中に残していった。

 

 

(それに――)

 

 曖昧だった記憶が掘り返されて、改めて気付かされる。

 過去のあの古風な黒髪お姉さん少女の教えがあって、現在の自分が多少なりと構成されているのは間違いない。

 

 彼女が何者だったのかは全くわからない。名乗った覚えもないのに自分の名前を呼んていた気がする。 

 恐らくは……母の知り合いだろうか。もしかしたら母の居所を知る手掛かりになるかも、と。

 

 

「まぁいい」

 

 俺はベッドから出て伸びをする。今朝は"全く新しい日々"のスタートであった。

 

 一歩ずつでも、半歩だったとしても。時間を掛けてでも確実に前へと進んでいく。

 

 昨日より今日、今日より明日。異世界生活の門出(かどで)を大いに満喫しようじゃあないか。

 

 




こういった端話は、メイン進行の最中にも補完する上で挟んでいく予定です。

お気に入りや評価・感想などを頂けるとが上がるので、気が向いたらよろしくお願いします。


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第一部 登場人物・用語

適宜更新予定。

読む上で必要なことは、作中で説明しています。
この項は世界観の補完や、あのキャラ誰だっけ? というのを簡易に振り返る為のものです。
読まなくても問題ありませんので、飛ばして頂いても構いません。

※先に読むとネタバレの可能性。また砕けた文章もあるのでご注意ください。ご注意ください。


 

◆ベイリル

本作の主人公、帝国出身。黒灰銀の髪と碧眼のハーフエルフ。現代日本からの転生者。

空属魔術とその派生、地球の創作作品(フィクション)から着想を得た技を使う。

長命種なのをいいことに、現代知識を利用して異世界で『Civilization』しようとする。

なるべく冷静でいようとはするが、楽観主義的で割とテンション任せに行動しがち。

 

◆ジェーン

育ちの姉、皇国出身。薄藍色の長髪と銀目を持つ人間。水属魔術を使う、氷派生が得意。

みんなのお姉ちゃん、歌ったり踊ったりするのが好き。誠実で融通が利かない部分がある。

人当たりがよく分け隔てないが、一定の親密ラインを無遠慮に踏み越えていくのは得意ではない。

 

◆ヘリオ

肉体年齢的には育ちの兄、連邦東部出身。白髪にメッシュ、薄紅の瞳の鬼人族。火属魔術を使う。

歌うのが大好き。粗暴さが目立つが、大概のことは器用にこなす。

戦闘狂な一面も持っていて、短絡的な部分がある。

 

◆リーティア

育ちの妹、出身不明。長い金髪と鮮やかな赤色の眼な狐人族。地属魔術を使う。

天真爛漫、現代知識をほどよく吸収し応用する想像力がある。

年上はおおむね兄や姉呼びするが、ヘリオには呼び捨て。

 

◆セイマール

カルト教団の先生、魔術具の制作・に関してはかなりの熟達していた。死亡。

 

◆アーセン

カルト教団の道員、セイマールに育てられた1期生で、潜入任務などをこなす。

 

◆道士

カルト教団の教祖、下半身が元気な爺さんで信仰心は本物だった。死亡。

 

◆ゲイル・オーラム

金髪七三なおっさん、35歳くらい。連邦東部出身。完璧超人な部分があり、世に飽いていたが現代知識に触れてやる気だす。強い。

 

◆クロアーネ

茶髪の犬耳メイド。王国出身、ちょっと年上。工作員として過酷に育てられた過去を持つ。

 

◆生贄の少女

助けられた後はとりあえずゲイルのところに預けられる。

 

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■魔術

ファンタジーおなじみの超常現象を起こす能力、初代魔王が体系化した。

魔力とイメージを認識し発露させる万能の(ちから)。適性があり世界人口で2割くらいが使える。

 

イメージそれ自体は、明晰夢で意識的に事象を引き起こす感じ。

そこに魔力による超感覚を介入させて、流れを操り物理現象として発生させる。

詠唱は任意であり、気持ちを入れやすくする為で必須ではない。

 

現代知識によってイメージしやすかったり、一定のプロセスを無視などができる。

しかし同時に知識が阻害して、自由な想像を妨げる場合もあり一長一短。

使う者は魔術士と呼ばれる。

 

■魔導

さらに強固なイメージと多大な魔力消費によって、固有能力と言えるほど昇華させたもの。

その想像が強すぎる為に、魔導は基本的に一人につき一つ。普通の魔術も個人差で使いにくくなる。

使う者は魔導師と呼ばれる。

 

■魔法

魔導すら比較にならない魔力と、現実と妄想の区別がつかない想像力で世界を改変する。

全能に近い(ちから)。大昔はあったものの現在では、失伝している。

使う者は魔法使(まほうし)と呼ばれた。

 

■魔術具

魔術を道具として扱えるようにしたもの。魔術が使えない人間でも魔力を込めて使える。

魔導並の物は魔導具と呼ばれ、魔法具も存在する。永劫魔剣がそれ。

 

■魔鋼

魔力を通いやすいよう作られた鋼。製法は色々ある。

 

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●人族

世界人口の大半を占めている人間さん。弱者ゆえの社会性と数の暴力。

神族が魔力を枯渇していった結果、人族と呼ばれるようになった。

相対的に魔力が少ないというだけで、魔術も普通に使える。

 

何の特筆もないからこそ貪欲であり、想像力にも拍車をかける。

長い年月の中で、今ではむしろ単一で強い個体が増えてきている。

 

●エルフ種

魔力枯渇に見舞われた神族の中から、魔力を抱擁するように循環させることで留めた種族。

不老ではないが長い寿命と高い魔力特性、美容代謝のおかげで平均的に見目麗しい。

よって種族単位で嫉妬されがち。一方で繁殖力が低く、数も少ないのが欠点。

人族との子がハーフエルフ、神族との子がハイエルフ、魔族との子はダークエルフと呼ばれる。

 

●神族

ほぼ全ての人型種の起源となる種族。突き詰めれば魔法が使えるくらい魔力のある人間。

膨大な魔力はその肉体を不老にし、魔力によって活性された肉体も強靭。繁殖力も高い。

(ちから)が衰えていても単一では最強種族であるが、魔力枯渇という爆弾を常に抱えている。

 

●獣人種

神族から派生し、特定の進化に見舞われた獣人種。

人族以外だと、魔族に次いで獣人が多い、種類もいっぱいいる。

獣人は獣と交尾したわけではなく、単に魔力と想像力でそういう見た目と特性を得ただけ。

 

虎のように強くなりたいと思ったら、猫耳と尻尾が生えて毛深くなり筋肉増えた。

鳥のように空を飛びたいから、翼をくださいと願ってたら背中から羽毛が生えた。そんな感じ。

身体的特徴は遺伝するが、必ずしも発現するわけではない。多産ではなく、あくまで人間と一緒。

直接の両親ではなく、祖父母などの遺伝が出る場合もある。

 

●鬼人族

神族から派生した亜人種の一系統。魔力なしでも素の筋力が非常に強い。

角があるのが特徴。男は1本、女は2本。

 

●馬

動物も普通にいる、魔力のせいか地球のそれよりも能力が高い。

 

●陸上竜

でかいトカゲ、荷馬車ならぬ荷竜車として使われることもある。

 

●竜種

大昔の神話の時代に大陸全土を支配していた、地上最強だった種族。

大半は神族の魔法によって駆逐され、また竜の王たる頂竜ともども何処かへと消え去った。

しかし残されたドラゴンが存在し、魔法も失われた現在では種族単位で見ると上位種。

さらに一部残る強力な純血種は、地上最強に数えられるような個体。

 

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▲神王教

歴代で4人存在する神族の王を信仰する宗教。初代神王ケイルヴ本人が創ったもの。

他の人族などは、神族全体を信仰の対象にする場合もある。

各代の神王ごとに派閥が分かれていて、同じ神王教でも過激派同士で衝突することもある。

 

ケイルヴ派――竜の時代より誰よりも長く座についていた初代神王、規律を重んじる。

グラーフ派――世界の安定期にをふるった二代神王、創造と調和を司る。

ディアマ派――最も短命だが最も苛烈な三代神王、戦争を象徴する。

フーラー派――滅多に姿を見せない第四代の現神王、自然の成り行きを旨とする。

 

▲魔王崇拝

神王に倣って自らを魔王と名乗り、現在の魔術体系を確立させた存在と思想に対する宗教。

魔王そのものというより、魔術・魔導・魔法と魔力に対する探究・信仰も多分に含まれる。

魔術士が非魔術士を支配・管理すべきという過激な差別思想もある。

 

▲竜教団

叡智(えいち)ある獣の王。遥か昔に神族に敗れ、多く姿を消したドラゴンを(たてまつる)る宗教。

数少ない竜種は超自然的・超神秘的な存在として、(ちから)の具現そのものとして信仰される。

 

 

 



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第二部 学園編 #28 学園生

 もしも過去に戻れたなら――

 恐らく元世界・異世界問わず、誰もが夢想することだろう。

 

 過去のどの時点に戻りたいかと問うたなら、学生の頃と答える者はかなり多いだろうと。

 

 灰色の青春を送り、あの時にもっと積極的になっていたらと悔やむことは枚挙に暇がない。

 だからこそ俺は幸運だ。今度こそ充実した学生生活を送れるのだから……と思いたい。

 

 

 そこは連邦西部国土で、帝国との国境界線上に近い場所に位置していた。

 森山河に囲まれ、独自の生態系も存在し、敷地内の境界線がわからないほど広い。

 

 "学園"の正門をくぐると、さながら象徴(シンボル)のようにそびえる"石像の竜"に迎えられる。

 巨大に鎮座こそしているが、別に”竜教団”を信仰しているわけではない。

 

 単なる賑やかしの飾りである旨が明記された看板が、首からぶら下げられていた。

 

 ああなんにせよ、俺達(・・)は今――新たな人生に立って、歩きだそうとしている。

 

 

「帝都幼年学校、王立魔術学院、皇国聖徒塾、そして連邦統合学園――」

 

 帝国、王国、皇国、連邦の最高学府の名をつぶやきながら考える。

 それらは世界でも数少ない教育機関の中において、トップに数えられるもの。

 

 "目的"の為にはなるべく高度な学習環境が必要な為、自ずとどれかに絞られる。

 

 

 "帝都幼年学校"は軍の士官候補となる者を育てる学府で、帝国籍と法外な入学金も必要となる。

 結果として帝国貴族などが自然と集まり、学業内容も軍事学に傾倒(けいとう)している。

 

 "王立魔術学院"は推薦がなければ、入学すら許されない学府である。

 才能顕著(けんちょ)な者であれば王国籍も与えられるという利点もあるが、魔術のみに心血を捧げることになる。

 

 "皇国聖徒塾"は聖騎士を目指す為の学府で、皇国籍さえあれば入学可能で規模も大きい。

 聖騎士となる為に学べることは多岐に渡るものの、同時に皇国軍属となってしまう。

 

 

 "連邦統合学園"は、創立当初から自由・自主を旨として運営されていた。

 学園自体が半ば都市国家のような扱いという、特殊な形態を今なお保っている。

 

 なんとも学園に在籍している間に限り、連邦への一時国籍も取得している形となる。

 創立者がどういう権力を持っていたのかはわからないが、世界的に見ても異質であった。 

 

 またワケありの他国人にとって、学園は好悪どちらの意味でも、(てい)のいい場所であると言えた。

 生家では居場所がない者の流刑地代わりとなり、事情があって身を隠さねばならぬ者の家ともなる。

 

 

(だから幅広いコネを作りやすい――)

 

 それもまた学園を選んだ理由であった。他国籍は元々オーラムの事業の一つでなんとかなる。

 しかし帝国も王国も皇国もそれぞれの学府は障害や枷が多く、俺の考えているそれにそぐわない。

 

 さらに学業の幅も最も広範に渡り、国家・思想・種族を問わず生徒に溢れるのも好ましい校風である。

 世界最大級の敷地と生徒数を誇る学園は、主要学部が三つあり、学科は無数に存在する。

 

 一季ごとに入学手続きと卒業がある単位制度であり、金銭面でも様々な補助が受けることが可能。

 玉石混交(ぎょくせきこんこう)な側面は否めないが、生徒の絶対数によって世界四大学府へとのし上げている。

 

 

 俺は中央広場に掲示されている学園案内図を読みながら、改めて夢と期待を膨らませる。

 学園生活における最優先事項は、知識の伝播による登用と後々の為の人脈作り。

 

 とはいえ二度目の人生なのだから、そもそも楽しまないと意味がない。

 

 

「さて、ここからは別々だな」

 

 振り返ってジェーン、ヘリオ、リーティアを見つめる。これはみんなにとっても良い機会だ。

 

 カルト()の共同寮生活とは大いに違う環境。

 同年代の多くの者達と交友を深め、より高みへと成長を促してくれる。

 

 家族とは別の新たな世界、新たなコミュニティを構築して見識を広げていける。

 

「私としては少し寂しいな……」

「どうせ毎日会えんだろ、部活? だかなんだかで」

 

 いつでもどこでも常に一緒――という期間は終わりだが、部活を作ってそこで会えるようにする。

 

 有望な人材を囲い込み、さらに遠い未来の為の布石もとりあえず打っておく為に。

 三人にも大いに協力してもらって、組織という種を植え育てていくのだ。

 

「そいえば、ベイリル兄ィは結局学科どこに決めたの?」

「いや俺はまだ決めてない、じっくりと吟味するつもりだ。猶予期間(ゆうよきかん)の間にな」

 

 自由過ぎるゆえに決めかねる。

 大事なのはバランスだ、何事も按配(あんばい)によって回っていく。

 

(学生を楽しむ、基盤を整える。両方やらなくっちゃあならないのが、今の俺の悩ましいところだな)

 

 

 

 

 数日ほど先んじて調理科で励んでいたクロアーネに、ひとまずは会いに行った。

 

 "戦技部"と"魔術部"以外の有象無象の学科は、全て"専門部"として集約されている。

 それゆえに講義もかなり自由裁量が与えられていて、クロアーネは早めに入学していたのだった。

 

「んん……イケるなこれ」

 

 彼女から署名を貰ったことで、部活設立の為の5人の署名を連ねた書類は揃った。

 ついでに貰ったサンドイッチをベンチに座って頬張りながら、専門部校舎を眺める。

 

 専門部の敷地はことのほか広く、また学科棟も小さいながらも数は多かった。

 

(探すの手間取ってもう昼だもんなあ……)

 

 だからこそこの昼食にありつけたとも言えるのだが……。

 なんにせよ女の子の美味しい手料理というものは、とてもいいものだ。

 

 

「あん時はなんやかんや言ってたのに、今はふっつーに楽しんでんだもんなぁ」

 

 いつぞやの地下へ口説きに行った時を思い出しながら、俺はつい笑ってしまう。

 クロアーネを見た感じ……既に先輩と同級生と共に研鑽に努め、馴染んでいるように見えた。

 

 今までが闘争一辺倒だっただけなのか、何か打ち込めるものが出来るというのは幸せなことだ。

 俺への態度は相変わらずだったものの、それでも幾分か角が取れて丸くなったように思える。

 

 

(ごちそうさまでしたっと)

 

 心中で感謝の意を示して手を合わせる。量的に言えば物足りなさも残るが、満足感は高かった。

 

 今すぐ返却しに行っても良かったが……せっかくだから明日の昼にしよう。

 そうすればまた明日もありつけるかも知れない――という打算と共に。

 

 近い内に元世界の料理も頼んでみようかと考えつつ立ち上がる――

 そんな矢先に眼前を阻まれてしまい、俺は座った姿勢のまま見上げた。

 

 

「こんにちは」

 

 光の中で踊るような混じりっ気なしの美しい金髪。

 さながら一つの完成された彫刻のようなスタイルラインを備えている。

 その女性は両の碧眼を細めて、慈しむような笑顔を浮かべていた。

 

 既視感を覚える、俺がかつて見たことあるもの……。

 見目麗しく尖った耳を持つその種族は――母と同じ(・・・・)"純血のエルフ"だった。

 

「どうも……はじめまして」

 

 俺は子供の頃の懐かしさと共に僅かに気圧されつつも、挨拶を返す。

 

「はい、はじめまして。私は"ルテシア"と申します、お時間よろしいですか? ベイリルさん(・・・・・・)

 

 

 今朝方見た夢――古風な喋りの黒髪の少女を頭の片隅に思い出しながら……。

 

 俺の学園生活は緩やかに、そして確実に始まったのだった。

 

 




新章です。キャラが一気に増えるので、煩雑な面もあるかも知れません。
なるべくキャラ立てはおこなっていきますが、今はまだ漠然としていても問題はありません。

下地作りとして必要な部分でもありますので、どうぞお付き合いください。


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#29 園案内

「――お時間よろしいですか? ベイリルさん」

 

 まだ名乗ってないのに新入生であるこちらの名前を知っている。

 たかだか学園生活なのだが、妙な警戒心を抱いてしまう。

 

 少なくとも教師ではないことは、一目瞭然であった。肩口に付いている校章を教師は付けない。

 新入生である俺が付けているのは"白色"で縁取られている。"橙色"は何年生だったろうか。

 

 いずれにしてもエルフなので、実年頃は推察しかねた。

 

「構えなくて結構ですよ、私は"生徒会"です」

「あーなるほど、納得です」

 

 訝しんだ俺を見て察したのか、ルテシアという名のエルフは身分を明かした。

 確かに生徒会であれば、新入生のチェックするくらいは難しくないのだろう。

 ただしわざわざ個別接触を取ってきたのは()せなかった。

 

 

「それで……どのような用向きで?」

「まぁまぁそう焦らず、生徒会室でお茶でもどうですか?」

 

「そうですね、どのみち今日中には行く予定だったので丁度いいかもです」

「あら、そうでしたか。もしかして生徒会に入りたいとか」

 

「いえ、部の申請を――」

「部活ですか、新入生なのに気がお早いことですね」

 

 その発せられた抑揚(よくよう)には、僅かに感じ入るところがあった。

 しかし敢えて突っ込むことも躊躇(ためら)われ、逡巡(しゅんじゅん)している内にルテシアに(うなが)される。

 

「では参りましょうか、ご案内します」

 

 スッと差し出された手を取り、俺はベンチから立ち上がる。

 

 

 生徒会――考えたこともある選択肢だ。学園生活の王道の一つ。

 

 しかし文明回華への道には積もることは山ほどある。

 生徒会活動をしながら回し切れるとは思えないので、青春人生からは除外してしまっていた。

 

「少々お待ちくださいね」

 

 そう言うとルテシアは指笛をピュイッと一度だけ吹く。

 

 すると十数秒後には上空より飛来した巨大な影が、振動と共に目の前に着陸していた。

 鷲のような頭と翼を持った四足獣――驚きと共に俺はその魔物の名を口にする。

 

「グリフォン――」

「生徒会専用のペットですよ」

 

 事もなげにルテシアは飛び移り、ちょいちょいと手招きをする。

 俺はフッと笑って躊躇いなく跳んだ。

 確かに広大な敷地を持つ学園で執務をこなすのであれば、あって当然の移動手段である。

 

 

 グリフォンは数度羽ばたくと、二人分の重さもなんのそのと上空へあっという間に舞い上がった。

 

「せっかくですから真っ直ぐ戻るより、少し見て回りましょうか。新入初日ですしね」

 

 鳥瞰(ちょうかん)するとこの世界最大級たる学園の、敷地境界線の広さと曖昧さが浮き彫りになる。

 

 立地としてはほぼほぼ大自然――天然の要害のような中に存在している。

 山に沿い、河が流れ、森に囲まれ、近くに湖を望む巨大な学園はまさに絶景と言えた。

 

「素晴らしい景色でしょう? 鳥人族やよっぽど卓越した魔術士でないとなかなか見る機会ないですから」

「確かに、言葉もありません」

 

「続いて学園のほうもご説明しましょうか」

 

 俺の言葉にルテシアは満足気に頷くと、グリフォンの背中を何度か一定のリズムで叩く。

 するとグリフォンは大きく旋回するような軌道を取った。

 

 

「まず先程までいた専門部エリアですね。学園西にあって各学科棟が非常に多く並んでいて様々なことが学べます」

「なんか……もったいないですね」

 

「どういうことでしょう?」

「いえね、ただもっと大きく取り扱ってもいい学科もあるだろうなって」

 

「興味深い意見ですが……需要と供給がありますからね」

 

 俺はルテシアの――異世界人の標準的な価値観を聞きながら考える。

 

 教育機関があると言っても、異世界が闘争と魔術の歴史で語られる以上、これが一般的なもの。

 それでもこの学園が世界で最も教育分野が分化し、それらが一学科として認められているのだ。

 噂に聞いた話だとそういったものも創立者の意向らしい。

 

 

「山側にある無骨で飾り気のないのが、戦技部本舎とそれぞれ"冒険科"と"兵術科"ですね」

「兵術科の敷地は一際(ひときわ)広いですね」

 

「広域演習場は別にありますが、学内でも大規模な実践科目が特に多い学科ですから。

 それと魔術部に所属している生徒でも、兵術科を同時に取っている者も少なくないのです」

 

 魔術士それ自体が、戦争においてこの上ない強力な兵器である。

 兵術――戦争・軍事という要素(ファクター)が、異世界でどれほど需要があるのかが(かんが)みられるというものだった。

 

「貴方も恵まれし者でなおかつ努力を怠らなければ――わたくしと同じ英雄コースへ入れるかも知れませんね」

「英雄コースって確か……」

 

「戦技部の中でも特に成績優秀者で、担当教師に直々に選抜された者のみが入れます」

「凄いんですね」

 

「自負はありますよ」

 

 ニッコリと笑う女性は、いわゆる超エリートであるようだった。

 一万人近い生徒数を擁する学園の、最上位から両手の指で数えられるほうが早い優秀者。

 

 生徒会に所属する人物としてはこれ以上ないほど。

 眉目秀麗・文武両道の手本となるべきエルフなのである。

 

 

「もしかしてルテシア先輩って……生徒会長だったりします?」

「いいえわたくしは副生徒会長です。生徒会長はもうすぐ会えますので。それと会長は魔導コースです」

 

 この人よりもさらに上がいるのだな、と素直に受け取る。

 同時にそんなヒエラルキー最上位優等生と同じ生徒会……。

 

 入る気は今のところ毛頭ないものの、仮に一緒になれば引け目を感じてしまうかも知れない。

 

 

「件の魔導コースはあの最も高い塔です。その隣が魔術部本舎で、あっちが探求科棟や魔術修練場になりますね」

「魔導コースも選抜制なんですよね、たしか」

 

「才に恵まれし者の中にあって修学に努め、さらに"魔導師である講師"に選ばれるのが条件ですね」

「本物の魔導師がいるんですか?」

 

「いらっしゃいますよ。どんな魔導を使うのかは知らないのですが、かなり昔からいると聞いています。

 ひとたび魔導師まで登り詰めた方は、他人になど見向きもしないものですが、我が校の講師は数少ない例外ですね」

 

 

 学園東部の魔術部エリアも回ると、最後に中央本校舎の屋上へ向かってグリフォンは緩やかに滑空していく。

 

 そこは生徒会の専用スペース兼グリフォンの飼育場所なのか、小屋があるだけで他には誰もいないようであった。

 

「到着しました。ここからは生徒会室へ直通です、さぁどうぞ」

 

 ルテシアに後ろについて俺は共に歩を進めていく。

 

 妙な敵地(アウェイ)感とでも言うべきか、形容し難い緊張と共に俺は招かれていった。



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#30 生徒会 I

「遠慮せずに掛けたまえ」

 

 俺は促され素直に空いた椅子へと座る。部屋の上座で発したのは黄色校章の男だった。

 生徒会の一室……ことのほか広さがあるのは、生徒会の権力と存在の大きさゆえなのか。

 

 隣に佇むルテシアとその男のツーショットは、いかにもと言った風で……。

 

「この学園の"生徒会長"を務めているスィリクスだ」

「ベイリルです、よろしくどうぞ」

 

 誰が見ても美丈夫と断じていいほどの容貌。

 細身でやや華奢な印象を受けるが、貧弱そうには見えない。

 

 色素の薄い金髪と僅かに尖った耳、そして黄金色に輝く双瞳。

 それは彼が神族とエルフの混血――"ハイエルフ"であることを示していた。

 

 スィリクスはこちらを値踏みするように僅かに見下ろし、 俺もまた観察するように見据えた。

 

「ふむ、副会長から詳しい話は聞いているかな?」

「いいえ」

 

 素っ気なく答える。

 オーラムとの契約以降、上から目線な相手との交渉は数十を数えた。

 

 それらは文明回華の為には必要なことだった。

 とはいえ学園生活でまでそれを強要されるのはうんざりであった。

 

 

「では単刀直入に言おう、是非生徒会に入りたまえ」

「新入初日の俺なんかを勧誘する理由を聞いてもいいですか?」

 

 俺としては「だが断る(・・・・)」とでも一太刀にバッサリ斬ってやりたい衝動を抑えつつ意図を窺う。

 

「私と副会長の"種族"はわかるね」

「……大きく見れば俺も同じ、ということですか」

 

 会長はハイエルフ、副会長はエルフ、そして俺は"ハーフエルフ"。

 種族差別がないと謳う学園であろうとも、実際的なしがらみは切っても切り離せないものなのだろう。

 

「勘違いしないで欲しいのは、互助組織や派閥の囲い込みなどという話ではないことだ」

「同種同士で助け合っていこう、程度の話ではないと?」

 

「違うな、支配と被支配の構造だ」

 

 スィリクスは興の乗った演説かのような抑揚で語りだす。

 

 

「我々エルフこそが最上位種とも言える。魔力枯渇に対応し、長大な寿命を維持した我々こそがだ」

「神族が頂点ではない、と?」

 

 全盛期はとっくの昔に過ぎているとはいえ、神族は例外なく優れている。

 他種族よりも潤沢な魔力容量、それを扱う才能、寿命すら存在しない。

 

「当然だ、彼ら神族は暴走か枯渇に常に怯えねばならない立場。遅かれ早かれその時は訪れる。

 これを欠陥と言わずなんとする。難苦を克服し、何後ろ暗いところなき我々こそが最も優秀だよ」

 

「自分はハイエルフどころか、人間とのハーフですけど?」

 

 ハイエルフであれば、確かにハーフでも唯一純血のエルフすら超える血統と言える。

 エルフの魔力抱擁という技術と、神族の(あわ)せはまさに良いとこ取りである。

 

「それでも半分を継いでいることには違いない」

「血が重要だと?」

 

「その通り。この世界の者達は愚かだ、戦乱を繰り返し続け全く進歩がないと思わんか?」

「まぁ、それは同意しますね」

 

 

 あぁもしかしたら……と俺は心の奥深くで浮かび上がった答えを、否定したい衝動に駆られた。

 思想は違うが、この男が目指さんとしていることは――

 

「だから私は作り上げたい、その手始めがこの学園だ。長命種たる我々だからこそ成し遂げられる恒久的な世界。

 一人の扇動者にして先導者によって、世代に移ろわぬ、大義によって支えられ主導される唯一無二の国家――」

 

 同じ穴のムジナとでも言おうか、これが同族嫌悪とでも形容すべきものなのか。

 

 持て余した感情の吐き出し方を逡巡する。

 スィリクスの考えるそれと基本的な骨子は近い。

 ただ目指すべき方向性が違うというだけだった。

 

「必要な力は今から身に付けることができるから安心したまえ。我々生徒会と共に学んでゆこうではないか」

 

 

(はてさて……――)

 

 ゲイル・オーラムのように、共存の道はあるのだろうかとしばし考える。

 途中までは共同歩調を取るか、取り込んで変質させるか。

 あるいは利用するだけして使い捨てるかなどと、様々に。

 

 なんにせよ現段階として見た時に、この種族差別(・・・・)思考はかなり厄介なものに感じる。

 自分が学園生活の中で築き上げようとしている下地には、不快で余計な色味(いろみ)だ。

 

(生徒会と対立するってのも、それはそれで面白い展開かも知れないが……)

 

 青春には色々ある。生徒会執行部だとか、風紀委員とか図書委員だとか、クラスで一致団結だとか。

 学力テストで競ったり、スポーツに精を出したり、芸事が表彰されたり、バンドをやったり、演劇したり。

 裏番になったり、他校と揉めたり、教師と悶着があったり、恋に友情に喧嘩に、本当に多岐に渡る。

 

 権力ある生徒会と対決する構図というのも……ある種のお約束、テンプレートの一つ。

 それに万が一遠い未来に交差し敵対する可能性もある以上、芽の内に潰しておくというのも悪くはない。

 

 しかし――である。

 

 

「お断りします。まっ……どのような形であれ、誘ってくれた厚意には感謝します」

 

 実際問題として、そんな敵対する状況にならなければそれに越したことはない。

 流石に自分から喧嘩を売りにいくほど、いきり立ってもいない。

 

 表現は柔らかく一応は相手を立てて返答しておく。

 

「遠慮はしなくていいんだベイリルくん。それとも……お友達に配慮でもしているのか?」

「友達ではなく家族(・・)、ですかね」

 

「真の家族とは我々のことだとは思わないか? 人族は所詮100年にも満たぬ付き合いでしかない。

 これからより長い時を過ごすのは――種で結ばれた絆に他ならない。君もいずれわかるだろう」

 

 きな臭くなってきた雰囲気に、かなり辟易(へきえき)した心地で満ちていく。

 

 新入生の俺を調べ上げていたのだから、当然他の新入生も調べたのだろう。

 そして下衆な言葉で上塗る(・・・・・・・・・)ようなことがあれば……。

 

 眼前の男は真っ向からの敵対者と化すに違いないのだ。

 

 

「では100年後にまた誘ってください。その時にまた考えてみます」

「理解し難いね、君の家族など――」

 

会長(・・)、今はもうよろしいかと」

 

 一線を踏み越えられようとした刹那、スィリクスに言にルテシアがやんわりとした口調で挟み込む。

 

「う……んむ、そうだな副会長。無理強いはあまり良くないかも知れんな。

 だが我々の活動を見ていればすぐに入りたくなる筈だ、いつでも歓迎しよう」

 

「仰る通りです会長。ところでベイリルさんは部の申請をしたいそうです」

 

 

 俺は「へぇ……」と胸の内のみで発しつつ、自分の認識を改める必要性を感じた。

 この会長にしてこの副会長ありなのではない、この副会長にしてこの会長あり――なのだと。

 

 同時に油断のならなさに、警戒と敬意を覚える。手綱を握るその純血のエルフを。

 

 

「ほほう、部活かね。ちなみに部と生徒会は兼任していても構わん。配慮するから是非心に留めておいてくれ」

 

 しつこい勧誘を続けつつ、スィリクスは机に置いてあった呼び鈴をチリリンと一度だけ振った。

 

 すると人払いをしていた生徒会室へと、一人の女性が入ってきたのだった。

 

 

 

 



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#31 生徒会 II

 

 スィリクスに呼び鈴で呼ばれ、一人の女生徒が生徒会室へと入ってくる。

 

「"ハルミア"庶務、書類を確認してくれたまえ」

 

 しずしずとした所作で、こちらの申請届を受け取った女性。

 よくよく観察すれば、自分と同じ程度に耳が僅かに尖っているのが見受けられる。

 

 薄い紫色の髪に、下フレームの眼鏡を掛けて白衣を羽織る姿。

 落ち着いていて理知的な印象を、一層強固なものにしていながら……。

 同時にどこか扇情的な印象も拭えない。

 

 

「書類上は問題ないですね。ただ……会長の判断を仰がないと少々わかりかねます」

 

 ハルミアと呼ばれた庶務は整然と確認し終えると、会長へ申請届を渡して横に待機した。

 

「ふむ……"フリーマギエンス"? どういうものかねこれは」

 

「連邦東部の訛語を掛け合わせたもので――"自由な魔導科学"とでも言いますか。

 具体的な内容はまだ決まっていないのですが、様々な交流と学習をする予定です」

 

「判然としないな。確かにこの学園は自由を尊重し、我々生徒会の裁量も広い。

 しかしなんでもかんでも承認しているわけではないということは心に留めて欲しい」

 

「邪推でしたら申し訳ないですが、生徒会に入るのであれば認めるとかはないですよね?」

 

 先んじて釘を刺す。私心でもって却下するのであれば断固抗議すると言う意思を込めて。

 

 

「馬鹿を言うな。確かに生徒会に所属するのであれば、多少は融通を利かせなくもないがね。

 それももう少し明確にして貰わないと困る。活動場所、活動費、場合によっては顧問も必要となる。

 活動内容それ自体が他のものと似通っているのであれば、まずはそちらを勧めることになるだろう」

 

 ちらりとルテシア副会長のほうを見る。

 何も言ってこない以上は、恐らく会長の言い分は正しいのであろう。

 

 傍から聞いても確かに正論である。生徒会としてつつがなく仕事をしているに疑いはない。

 

 部費はなくてもこちらでどうにかできるが、学内で活動場所がないのは困る。

 少しずつ浸透させ人数が増えていけば、いつまでも誰かの部屋を使い続けるというわけにもいかない。

 

 

 かと言って、活動内容は今のところ(・・・・・)明確にはしておきたくないのも事実だった。

 曖昧なまま存在させる(・・・・・・・・・・)ことにも、意味を持ってくる予定なのだ。

 

 今だけ創作娯楽物を使った具体的な例を用意し、適当にでっち上げてもいい。

 しかし実際的な活動内容の差異がバレてしまった時に、突っ込まれても面倒となってしまうだろう。

 

「同好の士を(つの)って、運動や勉強、歌や踊りに興じる。というだけじゃ駄目ですか」

「いま一つ何か明確なものが欲しいところだ」

 

 取り付く島はとりあえずまだありそうではある。

 しかし現状材料ではどうあっても認めることは不可能な雰囲気に、俺は眉を(ひそ)める。

 

 形だけでも生徒会に入って一度設立させてから抜ける。

 という手もあろうが、今更前提条件などを付けられても困る。

 

 

(しくじったな……最初からいい顔をして生徒会に加入しておけばもうちょいやりようがあったか)

 

 一度邪険気味に扱ってしまった以上は、もう後の祭りだった。

 今からそれをすれば、いかにも心変わりをした信用ならぬ男として扱われる。

 

 なんとか助け舟でもないものかと思った矢先、ルテシアが諭すように口を開く。

 

「ベイリルさん、今現在我が学園での部活動は飽和状態な部分もあり、色々と確保しにくいのが実状です。

 少々言葉きつく付け加えるのであれば、まだ勝手知らぬ新入生にあれこれ世話を焼いてしまえば際限がない」

 

 悩ましいところであった。部としてではなく、ただの自由集団として活動する手もあるにはある。

 

 しかし何かしら名分がないと、施設などを借り受けたい時があっても制約があろう。

 それっぽいこじつけや言い訳を考えているところで、ルテシアは話を続ける。

 

「ですが何か一つ(・・・・)。直接的に繋がる仕事を行うのであれば、許可する理由になるかも知れません」

「生徒会からの依頼をこなせば対外的にも認めやすい、と」

 

「副会長、あまり勝手に話を進めないでくれたまえ」

「すみません会長、少し出過ぎた真似を――」

 

 

 コホンと咳払いを一つしてスィリクスは俺へと向き直り、悠然とした態度を見せる。

 

「副会長の言うことはもっともだ。そうだな……我々の仕事の一端を手伝ってもらう。

 それと同時に活動場所を確保する。んむ、それはとても良い発案だね、副会長」

 

「ありがとうございます」

 

「つまり自分の居場所は自分で作る、ということですね」

「その通り。専門部の部活棟五号に、とある連中が跋扈していてね――」

 

「えっ、スィリクス会長、それは……」

 

 庶務のハルミアが口を挟もうとするが、スィリクスの視線一つで口をつぐんでしまった。

 明確な力関係を垣間見ると共に、何やらきな臭さが漂ってくるようであった。

 

 

「誰が呼び始めたのか"カボチャ"と呼ばれる落伍者(らくごしゃ)どもが徒党を組んで勝手に占有している。

 硬い外皮の中で甘く生きてるような奴ら、という意味ならなるほど言い得て妙なのかも知れんな」

 

「生徒会でも手を焼いているわけですか」

 

「その気になれば造作もない……が、相応に規模が大きくなってしまう。

 カボチャ共は巧妙に校規の穴を突いて存在しているから、こちらもやりにくいのだ。

 教師陣も手を出しにくく、学生間の領分である以上我々の仕事であり、一掃したいところなのだがな」

 

 苦虫を噛み潰すように、スィリクスは吐き捨てた。

 元世界でも異世界でも変わらない、不良やチンピラと言った類の者達。

 

 競争社会であれば必ず優れた者と劣った者、相対的な勝者と敗者が存在するのは当然の理。

 反体制的な集団ができ上がるのも、一般的に考えれば極々自然な流れである。

 

 

「――ただ彼らの存在が、暗に役に立っているのもまた否定できない事実なのです。

 一所に集まるからこそ余計なところで波風が立たない、」

 

「ふんっ才能もなく努力を怠った奴らが、傷の舐め合い目的で安易に集まることを助長させているだけだ」

 

 ルテシアの言に、スィリクスはさらに強い言葉を重ねた。

 

 前世を思い出せば……正直なところ、耳が痛い部分も無きにしもあらず。

 

 往々にしてヒエラルキー上位にいる人間の考えた方。

 下位に追いやられてしまった者の心情など、推して量ることはない。

 

「さてどうかねベイリル新入生。連中をどうにかして、自ら活動場所を確保すれば特例とする理由になるが」

 

 

 俺は「案外食えないな」と心中で笑った。明らかに新入生にやらせるような仕事ではない。

 

 しかし俺はどんな難題であっても、設立の為には受けざるを得ない。

 諦めるならそれで良し。失敗しても、改めて生徒会入りを打診して融通を利かせる。

 

 選択肢として提示され自ら選んだ以上、生じた結果に責任は持たねばならない。

 多少なりと恩義を覚えると同時に、負い目をも俺は抱えることになろう。

 

 俺がこの部活動に思い入れがあると見抜いた上での、小賢しいとも言えるやり方だろう。

 

(さらには生徒会役員"候補"だった新入生が、危害を加えられたことを口実に何かしらアクションも起こす算段……かね)

 

 しかしそれはあくまで、俺が普通の新入生(・・・・・・)であったらという前提の話である。

 俺が失敗する(・・・・・・)に決まっているという見通しに基づいて成り立っているものだ。

 

 生徒会こそ思い知るだろう、選択肢を提示してしまった責任というものを。

 

 

「――受けましょう、その依頼」

 

「気概溢れるその精神、やはり君は惜しい人材だ。またいずれ勧誘させてもらうよ」

 

 スィリクスは「近い内にね」とでも付け足しそうな物言いで締める。

 

「ハルミア庶務、もうこっちの仕事はいい。"医学科"棟へ戻るついでに彼を案内してやってくれるかね」

 

「っはい。わかりました……では行きましょうか」

 

 ハルミアは一礼した後、続くようにして一緒に生徒会室を出る。

 わかりやすい展開に、俺は晴れ晴れとした心地を迎えていた。

 

 生徒会上等。不良上等。これもまた華の学園生活というものだろうと。

 

 



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#32 落伍者 I

「ハルミア先輩はハーフですよね?」

 

 専門部の落伍者の溜まり場へ案内される道中、ただ黙っているのも難であったので軽く話を振る。

 ただ単にお近付きになりたい、という下心もなくはなかった。

 

「えぇはい。でもその……私は"ダークエルフ"なんです」

 

 ――ダークエルフ。魔族とエルフの混血によって生まれる。

 エルフ種は同種だと子が作りにくく、繁殖能力は非常に低い種族である。

 ゆえにハーフ種は実のところ意外と多かったりもする。

 

 しかし人族とのハーフエルフに比べると、魔族とのダークエルフはかなり珍しい。

 

 その理由とは単純に生活圏と人口比である。

 人族は生活圏も同じであり数も圧倒的に多いが、魔領とはそもそも住んでいる場所が違う。

 

 生徒会長スィリクスの種族である神族とのハイエルフに至っては、さらに希少と言って良い。

 

 

「初めて見ました、ダークエルフならどこか異形化した部位があるんですか?」

「え? えぇ……その、こめかみの少し後ろに両角が……」

 

 そう言ってハルミアは横髪を掻き分けると、鬼のそれとは違う山羊のような角が見えた。

 ハーフゆえか小さく髪に隠れるようだが、ふとした時に見えてしまうだろう。

 

 ただそんなことよりも控えめなその所作と、ついでで覗いたうなじのほうに見惚(みと)れてしまった。

 

(えっろ……)

 

 

 直近のルテシアが綺麗過ぎたというのもあるが、決して美人とは言えないだろう。

 平均よりはやや上くらいだろうが、その等身大の容姿に(つや)が乗っているのだ。

 

「あの……まじまじと見られると恥ずかしいのであまり――」

「っと、すみません。まぁ目立たなくてなによりですね」

 

 少々長く注視していたことを謝りつつ、フォローを入れて話は続く。

 

「偏見はないのですか?」

「まぁそりゃ俺もハーフエルフですし、魔族のことも本人に罪なきは自明です」

 

 

 ――魔族。神族の最初の異変である"異形化"によって変異を遂げた後の姿。

 

 後々に繁殖した人族より人口はかなり少ないものの、神族よりは圧倒的に多い。

 また種族全体の傾向として、好戦的で個々の戦力も高く、魔術適性も人族より高いことが多い。

 

 最初に魔領を統一し、現代でも基礎となる魔術メソッドを創った初代魔王が没してからも戦乱を続けてきた。

 魔領内で群雄割拠が繰り返され、二代目魔王以降は短期間で代替わりをし、統一することすら困難を極めた。

 

 そんな中で第九代魔王を数えた時、魔領は完全統一を成し得た上で人領及び神領征に打って出る。

 力を大きく減じた神族は、既に二代神王グラーフに指導者の位置を移していた。

 

 失伝しつつある魔法文明の中で、二代神王は有志達と共に多くの魔法具を作ってこれに対抗した。

 

 しかし戦争を繰り返してきた魔族、その数と質は苛烈を極めた。

 弱った神族とまだ力の弱い人族で抗し得るのは難しく、世界を大いに荒らし回った。

 

 遂には二代神王を討ち果たし、大陸統一を成し遂げんところまで来ていた。

 

 

 人々は暗黒時代に震え、畏怖し、明日を惜しんだ。

 それを打開したのが、殺された二代神王の後を継いだ三代神王ディアマである。

 神族でも数少なくなった"魔法使(まほうし)"として、減じた神領軍を再編すると即座に反撃を開始する。

 

 彼は神族には珍しいほどの、戦争の天才だった。

 緻密な彼我分析と的確な戦力投入で、塗り潰された勢力図を次々と上書きしていく。

 

 そして"永劫魔剣"を筆頭とした魔法具でその身を固め、前線で大いに指揮を振るい、士気を奮わせた。

 時に天に大穴を穿ち、大地を斬断したと語られる。

 

 九代魔王のみならず、その後続くだろう魔王候補達までも軒並み鏖殺して回った。

 魔族は三度(みたび)魔領へと押し込められ、戦災という爪痕が残された。

 

 そこにはしぶとく生き残った人族が埋めていくことになる――

 

 

 そんな歴史ゆえに今なお本能のままに生きる傾向が魔族はことのほか大きい。

 現代においても、暗黒時代の際に与えた過去の恐怖は語られ、完全に拭い去れてはいない。

 

 近い歴史においても魔族は常に、人領との境界線上で戦争を繰り返してきた。

 

 現在人領で暮らす魔族も、多くはないものの存在こそする。

 しかし個人にとっては、謂れなき差別や偏見はどうしても付きまとってしまうのだ。

 

 

 ハルミアはダークエルフという出自。

 つまりはそういった心配を、俺に投げかけているのだった。

 

「皆がそうだとと嬉しいんですけどね。ただこの学園であってもダークエルフ一人だとなかなか……」

 

「ハルミア先輩が良ければですが、今日明日にでも俺の兄妹を紹介しますよ。あいつらなら大丈夫です」

 

「ふふっありがとう、優しいんですねベイリルくん。あと私に堅苦しい先輩付けはいらないですよ」

「そうですか? じゃあ、ハルミアさんで」

 

 自然に溢れたのだろうその笑顔に、俺はなかなかグラっと来るものに心をときめかせる。

 

 種族シンパシーに加えて、優しく知的さも感じる好感触の会話。

 主張し過ぎぬ美貌と、白衣の下に隠れていても判別がつく肢体。

 動作も控えめなのに、一つ一つのどこか扇情的で、下品な言い方をすればそそられる(・・・・・)

 

 色彩豊かな青春時代を送る為にも、ガンガンいこうぜ! などと考えてしまう。

 

 

「生徒会に入ったのもそういった経緯でして、誘われただけでなく処世術とでも言いますか」

「医学科、なんですよね」

 

「えぇはい。回復系であっても魔術を伸ばすのなら魔術部探求科も選択肢でしたが……。

 やはり肉体をよく理解することで、より深いイメージがしやすいと考えたものですから」

 

 この世界には難度が高く使い手は少ないものの、回復魔術も存在する。

 ゆえに医療という学問それ自体も、そこまで発展しているわけではなかった。

 

 想像を魔術として発するだけで傷が治るのだから、そこに理屈を求めようとはしないのだろう。

 学業幅の広いこの学園でも、一専門学科に過ぎないのが如実(にょじつ)に示していた。

 

(彼女と医学科を足掛かりにしてもいいかも知れないな)

 

 ゲイル・オーラムの人脈をもってしても、医療分野はなかなかコレと言ったものがなかった。

 医療分野が発達は農業と食料供給と両立させるべき、非常に重要な課題の一つである。

 

 

「ところで……"フリーマギエンス"――でしたっけ」

「興味あります?」

 

「ん、そうですね。ただ……今からでも遅くないので、行くのはやめませんか?」

 

 ハルミアの態度にますます好感度が上がる。本当に純粋な気持ちで心配してくれていることに。

 

「俗に言うカボチャ……落伍者の方々ですが、本当に危険なんですよ?」

「まぁそうですね、でも言質(げんち)は取ったし試すのも悪くはない」

 

「過信は良くないです」

「一応逃げるのも得意なんで、それに怪我したら……治してくれるのを期待しちゃ駄目ですか?」

 

「……もうっ」

 

 冗談めかして言った半分本気の言葉。ハルミアから零れた微笑と共に俺も笑みを返す。

 頭も良さそうで柔軟性もあり、回復魔術と医学に通じるダークエルフ。彼女は最高だ。

 

 

「もしも俺が今回の一件で、部活設立できたら入ってもらえませんか?」

「何度も言うようですが無理ですよ。会長や副会長でも、迂闊に手を出せない人達なんですから」

 

それでも(・・・・)です。その万に一つを達成したなら、是非フリーマギエンスに入って欲しい」

「結構押しが強いんですね、ベイリルくん。でも……そうですね、私なんかで良ければ」

 

 ハルミアは「ちょっぴり楽しそうですし」と付け加えて、笑顔を向けてくる。

 カボチャ達には悪いが、今の俺はもう何がなんでも奪い取る理由が出来てしまった。

 

「約束ですよ」

「はい、約束されました」

 

 

 ひとまずの事は全て上手く回っていくだろう、あとは落伍者達の処遇をどうするべきか。

 

「何か情報ってあります?」

「えっと現在は確認しているだけで50人超、まとめているのは"ナイアブ"という男性の方ですね」

 

 学生の域を超えないのであれば、負けることはまずないだけの自信はある。

 こっちには初見殺しの奇襲魔術があるし、ぶちのめして立ち退かせるだけならそう難しくはない。

 

(ただ可能であれば、ハルミアのように有望者は取り込んでおきたい)

 

 そうなるとただ正体不明の魔術で倒した事実よりも……。

 真正面から叩き伏せてこそ、この手の連中には効果的な筈だ。

 

 後ろ暗いところなく力を示すと同時に、相手にもメリットとなる材料を与える。

 むしろ異世界でドロップアウトしたのならば、元世界の知識をよりよく吸収してくれるかも知れない。

 

 

「そういえばナイアブという方……以前は医学科にいたって噂は聞いたことがあります」

「直接は知らないんですか?」

 

「私が医学科に入った時は既に……。確か元々は芸術科の天才と呼ばれ、その後に毒を研究していたと」

「芸術科から毒、か……」

 

 医療には毒というのも非常に重要だ。

 薬も過ぎれば毒となるし、毒も容量を誤らなければ薬へと転ずる。

 どんなものにも主作用副作用等があり、問題なのはその調整にある。

 

 そういったモノに精通し心得た者は、文明の躍進にも大きく寄与してくれるに違いない。

 

 

「私は解毒方面はまだそんなに得意ではありませんから、本当に気をつけて下さいね。

 気性が荒い方とは聞いてませんし、学生間でそこまで危険なことはないと思いますけど……」

 

「重々注意しますよ、余計な心配掛けたくないですし」

 

「あと聞いたことあるのは私と同期の、兵術科で問題を起こしたという獅人族の女性でしょうか」

「問題……?」

 

「詳しくはわかりません。生徒会資料を精細に調べれば或いはわかるかも知れませんが……。

 ただ内容によっては踏み込んだことは書かれてない場合もあるので、調べに戻りますか?」

 

「いえいえ大丈夫です、相手が誰であれやることは変わらないので」

 

 そうだ、相手にどんな事情があろうと変わらない。

 突き詰めれば"言の葉"か"武の力"の二択、ないし両方で理解し合うというだけだ。

 

 

 そうこう話している内に、目的地へと二人は辿り着く。

 専門部エリア――居住寮もそう遠くなく眺める部活棟第5号。

 

「アレですね、扉をくぐればもういつ因縁をつけられてもおかしくありません」

「それじゃ……ハルミアさんはここで気長に待っててください」

 

「そんなわけにはいきませんよ。案内人として見届ける必要も――何より怪我したら私が治さなくっちゃ」

 

「好意はとてもありがたいですが、生徒会であるハルミアさんが巻き込まれると色々アレなので」

 

 お人好しなハルミアに、俺は強めな語調で返答する。

 最大の理由は、一人のほうがやりやすいということなのだが……。

 そこまでバッサリ切り捨ててしまうようなことは言えなかった。

 

 

「ダメです、ここは譲りませんよ。私は貴方の先輩で、医学科なんですから」

 

 その瞳は純粋でいて、これ以上ないほど頑固な光を宿していた。

 かつて母が去る瞬間の双眸のそれを想起させる。

 

 強き女性――否、性差は関係ない。ただ一存在としての責任感と信念を秘めたものだ。

 

「わかりました、じゃあ俺から少し離れてついてくるくらいでお願いします」

「はい。邪魔はしないよう頑張ります」

 

 ハルミアは胸の前で両拳を握って、ふんすと鳴らすようにポーズを取った。

 

 俺は扉を前に、一心地(ひとここち)着けてからゆっくりと開いた――



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#33 落伍者 II

 専門部のカボチャ棟の扉はあっさりと開き、二人は中へと入る。

 

 一階は広間のようになっていて、吹き抜けが四階まで続いてた。

 階段を介して部屋が割り振られていて、各部室として本来は割り当てられるものなのだろう。

 

 いずれにせよ早々に十数人、わかりやすく出迎えられたように見つかってしまった。

 

 カボチャ達は口々に話したと思うと、すぐに5人ほど立ち上がってこちらへと寄ってくる。

 

 

「"白校章"の新入生さんよぉ? ここがどこかわからないってことはないよなあ?」

「無論、ちゃんと知った上でここへは赴いてるよ」

 

 人族が三人の獣人が二人、いかにも(・・・・)な風体のカボチャはわかりやすく恫喝(どうかつ)してくる。

 

「わからねえなあ、そっちのネーちゃんも……どういう了見だ」

「部室が欲しいから、代表者と話がしたい」

 

 俺はどうせ無理だとはわかっているものの、建前だけでも淡々と要件だけを告げる。

 

「ぐははっここを部室にしてえってのか、身の程知らずだねえ」

「新入生がそんな理由で"ボス"にいちいち会えると思ってんのか、ああ?」

 

 

 口々に下卑た笑いをあげながら煽り、挑発が始まる。

 前哨舌戦(ぜんしょうぜっせん)とでも言えばいいのだろうか。

 不良漫画のようなフィクションでしか見たことがない状況に、どう対応していくか少し思案する。

 

「どうすれば会える?」

「てめえなんかじゃ会えねえから帰れや、それとも力ずくで通るか? あ?」

 

 相手から提案してくれるのであれば是非もない。

 ここは素直にお言葉に甘えることにしよう。

 

 

「ふゥ~……――じゃあそれで」

 

 溜息のように息吹をして、身体の魔力循環を意識し整える。

 

 これから自分達が活動していく場所である為に、派手な魔術は使わない。

 風皮膜のトリガー行為でもあるが、敢えて魔術は使わずにここはいく。

 

「は? なんだって?」

「力ずくでボスとやらに会うことにするから、アンタらをぶっ飛ばすってこと」

 

 

「威勢がいいなあ新入生……後悔すんじゃねえぞ!」

 

 そう叫んで男は、拳を振りかぶりながら距離を詰めようとする。

 モーションも大きく、スピードも遅い、一般生徒の域を出ない程度のものだった。

 

 俺は踏み出された相手の"膝の狙撃を目的とした蹴り"を見舞った。

 思わぬバランスの破壊(・・・・・・・・・・)をされた男に、そこから派生する一撃必殺の正拳を腹に放り込む。

 

 不良その1は、鈍い呻き声をあげるとあっという間に沈黙してしまった。

 

 

「おっと、多勢に無勢で来ても構わないが……腐ってもプライドが残ってるなら一人ずつこいよ」

 

 ちょいちょいっと人差し指を二度曲げる。

 一人目が瞬く間に沈んで、狼狽えつつも反射的に攻撃しようとした残りの者達。

 

 しかし年下の新入生を相手に、先んじて釘を刺されしまえば後に引けなくなってしまった。

 

 戦闘行為それ自体で測るのであれば、まとめて叩き伏せることも楽勝であったろう。

 しかし大きすぎる力量差というものは、時に不必要な恐怖や諦観を根強く与えてしまうことになる。

 

 落伍した経緯は人それぞれでも、思う感情の中に似たものはある筈である。

 

 こんな奴相手じゃ負けても仕方ない。最初からモノが違うのだ、などと思われては少々困る。

 一対一(タイマン)で倒すことでほんの少しでも……。

 悪感情が減じられるのであれば、それに越したことはなかった。

 

 

 順番に、ゆっくりと、落伍者達へ力を見せつけるように叩き伏せていく。

 

 案外"弱い者いじめ"という、後ろ暗い楽しさを否定出来ない。

 我ながら度し難いと感じてしまうが、ともすれば逆感情についても考える。

 

 ただバグ技やチートを使ってプレイするゲームなんて、すぐ飽きてしまうことに。

 達成感あってこその人生であり、障害こそが刺激なのである。

 

 栄光が道端の自販機で、缶ジュースを買うかの如く転がっていたなら。

 度を越した強さから得られる幸福というものは、あっという間に色褪せてしまうだろう。

 

 転生し、故郷を焼かれ、奴隷寸前まで落ちた時は、何も考えず得られる強さが欲しかった。

 しかし今は違う。この長命にとって、退屈こそが最大の敵(・・・・・・・・・)となるのだ。

 

 

「あぁぁあああ! うーーっせえんだよ!」

 

 十名ほど地面と熱い抱擁をさせたところで、叫び声が棟内に響き渡り全員が静止する。

 

「なんなんだよ、あーったく完全に眠気覚めちまったじゃねえか。アタシは二度寝しにくいタチなんだよ」

 

 矢継ぎ早に続いた声は、4階部から聞こえてきたものだった。

 周りを見やればカボチャ達は、戦々恐々とした面持(おもも)ちで不動の姿勢を保っている。

 

 声の(ぬし)は階下を見やると、そのまま躊躇うことなく飛び降りた――

 かと思うと、猫のような身のこなし(・・・・・・・・・・)で床に着地して見せる。

 

「てめーらかぁ、アタシの昼寝を邪魔したのはよォ……」

「オレらじゃありません(あね)さん! こっコイツです、このガキが喧嘩を売ってきて――」

 

 そう言ってカボチャの一人が、俺のほうを指差してくる。

 一方で俺は我関せずといった様子で、飛び降りた女を観察する。

 

 手入れされてない起き抜けの癖っ毛は、激情を表すかのような赫炎(せきえん)色。

 頭には獅子耳、尻には獅子の尾。僅かに見える牙と黄色味の混じった猫科の瞳。

 

 恵体ボディと皮膚の下に備える天性のバネと筋骨が、着崩(きくず)した制服から覗いている。

 

 

「無様に負けてちゃ世話ねェだろうが。おうナイアブ(・・・・)ぅ……どういうことなんだよ」

 

 そう言って獅人族の少女は、広間の一角へと首を傾けるように視線を向ける。

 ただ一人、状況にずっと動じることなく隅のほうで座っていた男へと。

 

「べっつにぃ、"キャシー"ちゃんが相手してあげれば? なんかその子、部室が欲しいんですって」

 

 やや低めのテノールボイスにオカマ口調の男は、事もなげにそう告げて立ち上がった。

 

 線が細めなシルエットではあるが、決して虚弱そうには見えない。

 動きに無駄がないゆえか、静かでスマートな印象を強く与える。

 

 ナイアブというボスであろう名で呼ばれた男。

 彼は鋭い目元に、色素が少し抜けたような緑色の髪を整えつつ距離を詰めてくる。

 

 

「つーことはおまえ、アタシらの仲間になりてえのか?」

 

 こちらを一瞥して値踏みするかのように見つめられるが、俺はあっさり否定する。

 

「いいや、違うよ」

「じゃあなんなんだよ」

 

 威嚇するかのような勢いのキャシーと呼ばれた少女に、ナイアブは状況を推察する。

 

「そっちの女の子、確か生徒会の子でしょう。部室確保の為にけしかけてきたってとこかしら」

 

 

「ッぁア? あの鼻持ちならないクソ会長の野郎、フザけやがって」

 

 今すぐにでもぶっ殺しに走り出しそうな勢いでもって、キャシーは(すじ)を浮かべる。

 ピシャリと言い当てたナイアブは涼しい顔して、飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さない。

 

「あなた白衣を見るに医学部かしら、懐かしいわね」

「……そうです。ナイアブ先輩、生徒会庶務のハルミアと申します」

 

 ナイアブの独り言のようだったが、ハルミアは話を振られたかのように感じ一応名乗る。

 あくまで案内人で回復役の彼女は、どう動くべきか判断つきかねてる様子であった。

 

 

「いい感じに灰汁(あく)も強いし気に入った。キャシーにナイアブ先輩」

 

「はあ?」

「あら?」

 

 ほくそ笑むような表情を浮かべ、俺は二人の名を呼ぶ。

 是非フリーマギエンスに入れて共に研鑽を積み、あいつらと積ませたい。

 そう直感的に思った次第であった。

 

「おうガキぃ、なんでアタシは呼び捨てなんだ?」

「いえね……年もそこまで変わらなそうだし、これから(・・・・)俺に負ける相手(・・・・・・・)に敬語使うのもね」

 

 俺はわかりやすく挑発して見せる。

 この手の猪突(ちょとつ)タイプには最初の段階で、上下をしっかりさせたほうが都合が良い気がする。

 

 忠犬メイドクロアーネ同様、力で語り合ったほうが分かち合えるタイプの人間だと。

 

 

「言っとくがなァ、アタシは無料(タダ)でも喧嘩は買うぞ」

「御託はいらんて」

 

 俺の言葉にキャシーはゴキゴキと首を鳴らした後に、ダランっと一度脱力する。

 

「上等だゴラァ!」

 

 



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#34 落伍者 III

「上等だゴラァ!」

 

 叫ぶやいなやキャシーは、アッパーとフックの中間くらいの軌道で(スマッシュ)を放つ。

 

 耳に聞こえる風切り音、その豪腕に意識を改める。

 そこらのカボチャとは明らかにモノが違う(・・・・・)と、偉そうにしていただけはあった。

 

()けんなア!」

 

「無茶言うな」

 

 

 身を(かわ)したついでに大きく間合いを取ったところで、俺は半身(はんみ)に構える。

 

 セイマールから習ったのはあくまで基礎体術だけであり、武術を(おさ)めたわけではない。

 あくまで自分にとって、最もやりやすい無手勝(むてかつ)我流に過ぎない。

 

 強いて言うのなら――元世界で見た架空術技をミックスした"憧憬敬意(リスペクト)再現流"だろうか。

 実際問題としてイメージを(もと)にする以上、脳裏に残った見様見真似(みようみまね)という行為は理に適う。

 

 中国武術で言うところの、形意拳(けいいけん)もとい敬意拳。象形拳(しょうけいけん)もとい憧憬拳。

 (あこが)(うやま)い、その動きを模倣(もほう)する。憧敬(しょうけい)拳――とでも名付けようか。

 

 

「キャシーちゃん、あまり派手にやらないでね~」

「アイツに言え! あのガキがさっさと死ねばそれで終わる!」

 

(死ねってオイ……)

 

 キャシーは四足獣のように地に伏せるような構えを取ると、その赤髪がにわかに立ち上がってくる。

 

 ボリュームを持った癖毛が、さながら獅子の(たてがみ)のように――

 パチパチと、静電気のような音が聞こえてくる。

 

 俺はその光景を見て、瞬時に息吹と共に今度は風皮膜を全身に纏う。

 あれはそう……アレ(・・)だ。電気で肉体を加速するとかいうみたいなやつだ。

 

 

「があぁぁアア!」

 

 咆哮一閃(ほうこういっせん)四足(しそく)飛びからの電光石火の右ストレート。

 帯電した肉体と急加速を伴い、打撃と電撃を同時に叩き込むシンプルな攻撃。

 

「しゃあっ"弾滑(たますべ)り"」

 

 インパクトの瞬間に体を捻りながら、風皮膜で局所的に受け流す。

 しかし電撃だけは皮膜を貫通して僅かに喰らってしまう。

 

 思ったより速度はなかった。だがこの異世界でナチュラルに電気を使う人間は珍しい。

 電撃とは天候でしか見ないものだろうし、電気の性質も詳しく知られてはいない。

 

 

 俺はキャシーの潜在性(ポテンシャル)と将来性を考える。

 同様に出し惜しみしている場合ではないと、魔力を脳へと集中させた。

 

 半分とはいえエルフ種だからこそ早期に修得した――魔力循環による局所的な魔力強化。

 慣れれば誰でも(おこな)う基本技術であるが……。

 魔力抱擁によって枯渇を押し留めたエルフ種には、やはり一日の長があった。

 

 効率的に感覚器官をより鋭敏にし、反射を高めて次の攻撃へ備える。

 

 拳をいなされ(くう)を切った後に、キャシーは急制動を掛けてすぐさまこちらを向いていた。

 

 彼女は連続して再度突進する為に、床を削り取らん勢いで蹴って距離を詰めてくる。

 

 

刹那(アト)(ウィンド)刃脚(カッタッ)!」

 

 魔力で強化した五感をもって、完璧なタイミングで迎え打つ。

 

 左半身から右足で上円弧を描くように――突進してくるキャシーの逆袈裟(ぎゃくけさ)部を蹴り上げた。

 

 さらに打ち上がったキャシーに追従するように、勢いのまま俺はその場で跳躍する。

 続けざまに地面を蹴り込んでいたほうの左脚を、垂直方向へ放って上半身へ叩き込んだ。

 

 技名詠唱と共に風圧を伴った二段蹴りは、キャシーの体を吹き抜け天井近くまで運んでいた。

 

 

(調整は……んむ、バッチリだな)

 

 宙空に打ち上がったキャシーを見上げながら、俺は受け止める準備をする。

 最初こそ彼女が飛び降りてきた高さだが、それは万全の状態で着地すればの話であろう。

 

 暴走機関車のようでも、まだ年若い女の子だ。

 生憎と自分は徹底した性差廃絶主義者(フェミニスト)というわけではない。

 

 男女平等だと開き直って、例えば顔面を容赦なく殴りつけるような性分(性分)は持ち合わせていなかった。

 

 

 本来であれば蹴り込みと同時に、刹那の風刃で斬り刻む技。

 心身が充実し、密着状態からなら10割削るくらいの威力のものである。

 

 もっとも今の力量では、蹴りと共に強力な風刃を出せるほど研ぎ澄まされてはいない。

 

 その為にあくまで伴う衝撃風をもって、相手を吹き飛ばすに留まった。

 二段蹴りの後のさらなる追撃を重ねて完成型だが、道はまだまだ遠い。

 

 それでも白兵戦における瞬間的な切り返し技としては、己の中で最も優れたものだった。

 バッタのように飛び跳ねる相手への、対空技としても単なる牽制としても有用で浪漫を兼ね備える。

 

 

「舐めんなや、ボケがあ!」

「うへぇ……」

 

 落ちてくるのを見上げていたら、キャシーは目を見開いてこっちを睨んでいた。

 

 露骨に手加減したつもりはなかったし、何よりもカウンターの形で叩き込んだ。

 にもかかわらず、その凄まじいタフさに呆れると同時に素直に称賛が浮かぶ。

 

 やはり見立ては間違っていない、とても優秀な人材である。是非とも仲間にしたいと。

 

 

「うガァァぁァぁあアアアアア」

 

 落ちる勢いのままに、攻撃を加えようとしてくるキャシー。

 俺は風皮膜を出力を上げつつ、バックステップしてあっさり回避する。

 

 流石に空中で方向転換することまではできないのか。

 キャシーの落下地点と激突タイミングを見計らって、俺は即時反転の勢いを利用し床を駆けた。

 

 衝突する直前に、キャシーの腰部を抱え込むようにぶつかりに行く。

 その気勢を殺さぬまま正面扉へと、数瞬の内に運送して思い切り叩き付けた。

 

 木扉が砕ける音と共にキャシーを地面に転がして、俺は首をコキコキと鳴らす。

 

 

「っ痛ゥ~……」

 

 キャシーが帯びていた電流から受けたダメージを確認しつつ、次の行動に備える。

 ()せった少女はなお右拳を地に突き立て、上半身だけを持ち上げてこちらを見据えていた。

 

「ぐゥ……が……ハァ……ハァ……おい、てめえの名前は」

「ベイリルだ」

 

「あァ……くそっ覚えとく、からな」

 

 そう声も絶え絶えに呟くと、キャシーは今度こそ地に突っ伏した。

 名前を聞いてくれたということは、恐らくこっちを認めてくれたということだろうと解釈する。

 

(まっ扉は後で修繕しよう……)

 

 リーティアならもっと豪華で頑丈なものを作ってくれるだろう。

 

 壊れた出入り口をまたぎながら考えていると、ハルミアが駆け寄って来る。

 

 

「大丈夫ですか!? ベイリルくん!」

「ありがとうハルミアさん、俺は大丈夫なんで彼女のほうを()てやってくれます?」

 

 そう言ってキャシーのほうを指差し、ハルミアはハッとしたように(うなず)いて走っていく。

 

「さーてと、お次はナイアブ先輩――あなたの番かな?」

 

 



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#35 落伍者 IV

「さーてと、お次はナイアブ先輩――あなたの番かな?」

 

 俺は次なる標的を見定め告げる。なんのかんの集団の長を倒さねばなるまいと。

 

 ナイアブはどこ吹く風といった様子で近付きながら口を開く。

 

「ん~……アナタの実力はよくわかったわ。新入生とは思えぬ手並みにすごく感服。

 でもワタシはキャシーちゃんほど強くはないし、十分に満足させられないかもよ?」

 

「毒が得意なんでしたっけ? まぁボスなら他の人らの手前、示しつけないとみっともないのでは?」

 

「そうねぇ……けれど毒を使えば殺し合い(・・・・)になってしまう。生憎とワタシはまだ死にたくないの」

「それは俺は殺すより先に自分が殺される――と?」

 

 ナイアブはふっと笑い掛ける。それは自嘲をも多分に含んだもの。

 

「見立ては得意なほうだからね。節穴(ふしあな)でもなければ耄碌(もうろく)した覚えもないわ」

 

 

 つい闘争で昂ぶったテンションで挑発してしまったが……。

 

 反面ナイアブはしっかりと冷静に一線を引いてるようであった。

 肉体が子供とはいえ、我ながら大人げがなかったと少し反省してしまう。

 

「でもキャシーちゃんが痛い思いをして、ワタシだけのうのうとしているのは……美しくないわね」

 

 白兵の距離まで近付いたナイアブは、覚悟をもって相対する。

 

「いいっすね、そういうの好きですよ」

「ちなみにワタシは両刀(・・)だから、惚れさせるつもりならアナタも覚悟してね」

 

 俺はゾクリと身を震わせ、ナイアブにウィンクされる――

 と同時に、自然かつ滑らかな動きの左手刀が俺の首元へと迫っていた。

 

 あまりにも淡々と急所を狙うその動きに、俺は面食らいつつもきっちり止めて見せる。

 

 

「んじゃ、キャシーが喰らったくらいのでいいですか?」

 

「そうね……あの子ほど頑丈じゃないから、少しだけ手心を加えてくれると――」

 

 言い終わるのを聞く前に、俺は右手で掴んで止めたナイアブの左手首をグイと引いた。

 

 そのまま(たい)を崩しおじぎさせるような形で、俺は左腕を上方からナイアブの脇下へと入れた。

 体を預けるような密着状態のまま、俺は通した左手で自分の右手を掴む。

 最後に捻り上げるようにして、ナイアブの肘を()めた。

 

 ギシギシと"アームロック"で痛めつけるものの、ナイアブは呻き声も漏らさない。

 

(これ以上いけない――な)

 

 我慢強いのはいいがこのまま続けていくと、関節諸々が破壊されてしまいかねなかった。

 ナイアブ本人はそれでも構わなかったとしても、俺にとって本意ではない。

 

 

 俺は一度拘束を解きながら、無防備な(ふところ)へ低く(もぐ)り込む。

 勢いをそのまま大地に対して、砕き震わすほどの勢いでもって思い切り蹴り込んだ。

 

 同時に体を捻りながら、肩口から背中をナイアブの体の中心へと重ねるように全力でぶつける。

 

 いわゆる"鉄山靠"とも呼ばれる技。

 傍から見れば、超至近距離で(はな)たれるただの体当たり。

 

 見様見真似でしかないが、魔力で強化した肉体の瞬間速度でぶつければ十分な威力となる。

 

 ぶっ飛んだナイアブの勢いは、机やソファを巻き込み薙ぎ倒し転がって……ようやく止まった。

 

 しばらく呼吸に(あえ)いだナイアブは満足そうな笑みを浮かべ、両手を上げる。

 

「っ……げほ、はぁ……降参よ」

 

 

「こんな状態で難なんですけど、俺の作る部に入ってくれません?」

「……そうねぇ、あの子(・・・)次第かしらね」

 

「キャシーなら()れるつもりですよ、勝者の論理を振りかざしてでもね」

 

「いえ、そっちじゃないわ。もう一人いるのよ、ワタシらの中で一番強い子(・・・・・)が……ね」

 

 そう口にしたと思うと、ゆっくりと階段を降りてくる音が聞こえた。

 階上には落伍者の野次馬らが幾人も見えるが、一階の惨状へと降りてくる者はいなかった。

 

 ただ一人だけ――リズミカルなステップで、一階広間へと立ったのだった。

 

 

「やーやーどーも。あーしが一番強い子です」

 

 その少女は、薄く青みの混ざった銀髪をサイドテールに()()らめかせていた。

 マイペースに歩を進めて、遠慮なく距離を詰めてくる。

 

 小柄で華奢なイメージをその身に宿し、その少女は寝ぼけているような半眼のまま――

 

「――ッッ」

 

 言葉にならない言葉が、俺の口から漏れ出ていた。

 

 少女の真っ直ぐな瞳には……柔らかな紫色が浮かんでいた。

 それは父である人間の蒼眼と、母であるヴァンパイアの紅眼が混じった色だと俺は知っている(・・・・・)

 

 加工していないエメラルドの原石を、首からネックレスのように掛け――

 姿形は成長しても"昔と変わらぬ"無垢な表情を、俺に向けて微笑んでいた。

 

 それは俺を――今朝の夢と同じ……深く尊い郷愁へと(いざな)った。

 

 

「ベイリルひさしぶりー……って、うわぁ!?」

 

 俺は考えるより先に、少女を抱きしめていた。

 

 その懐かしい香りに包まれながら、二度と離さないとでも言わんばかりに――

 優しく、力強く。少女も同じように手を回し、お互いの存在を確認し合うように抱擁を交わした。

 

「"フラウ"……見つけるの遅れて、ほんとごめんな」

「別にいいよー、わたし(・・・)だって……お互い様だってば」

 

 あの惨劇から、一日たりとて忘れたことはなかった。

 母の居所と共に最優先で調べてもらっていたが、ついぞわからなかったのに。

 

 生きていてくれただけで……こうして再会出来たことに、ほっと胸が撫で下ろされる。

 心身を縛り付けていた、大きな鎖の一つが砕け散った心地。

 

 

「あら、アナタたち……ただならぬ知り合いだったの?」

「うん、ずーっと前の"おさななじみ"ってやつ」

 

「そっかその男の子があの……なんにせよ良かったわね、フラウちゃん」

 

 すっかり気の抜けた雰囲気に、ナイアブもそれ以上何も言う気はないようで……。

 ただ二人の様子を見て、兄であり父親でもあるような微笑みを見せるのみであった。

 

 

「おうコラ(なご)んでんじゃねえぞフラウ!」

 

 ともするとハルミアに肩を借りながら、一階広間へ戻ったキャシーが発破(はっぱ)を掛ける。

 

 気絶するくらいのダメージだったのに、もう回復するとは。

 キャシーがタフ過ぎるのか、ハルミアの治癒技術が凄いのか、あるいはその両方か――

 

「あっキャシー、大丈夫?」

「わたしのことはいいんだよ! 馴染みだかなんだか知らねぇが、舐められたまま終われねえだろ!」

 

「ほんっと元気だなぁもう、ほれほれ」

「なっやめ……」

 

 一旦離れたフラウは、痛がるキャシーの体をツンツンと指でつっついてじゃれ合う。

 

 肩を貸したままのハルミアはなんとも言えない表情で、その様子に巻き込まれていた。

 

 

 段落ついてフラウは振り返り、改めて俺の顔を真っ直ぐ見つめる。

 本当にこれは夢じゃないのだと、確かな現実であることを噛みしめる。

 

「でもそだねー、今までしたことないし。一回くらいベイリルと喧嘩しても……いっかな?」

 

「俺は全くもって気乗りしないな」

 

 真っ直ぐ見つめ返し、しばらくしてフラウはにっこり笑う。

 

 ん~む……随分と会わなかった気もするが、かつて持っていた印象とは変わるものだった。

 本質は変わらないが、一人の女の子としても魅力的に育っている。

 

 

「うん、じゃあやめよ!」

「ッオイ!」

 

「キャシーちゃんさぁ、"弱き者"に発言権はないんよ。悔しいだろうが仕方ないんだ」

「なっ!? ぬ……ぐぅ……」

 

 敗北者として痛いところを突かれたキャシーは、ぐうの()も出なくなってしまう。

 借りてきた猫のように大人しくなってしまい、それ以上けしかけようとはしなかった。

 

「溜飲下げたいなら、自ら再戦して勝てばいーのさ」

 

 フラウは「ね?」と同意を求めるように俺の左隣に並んでくる。

 ついでだからと俺は乗っかって追い打ちを掛けることにした。

 

 

「俺やフラウもだろうが強い理由は……"とある教え"があったからだ」

「とある教えってなーに?」

 

「んむ、よくぞ聞いてくれた我が幼馴染よ。それは俺の母の知り合い(・・・・・・・・)の"魔導師"が到達した真理――」

 

 以心伝心。フラウはこちらの意図を察してか、話を合わせてくれていた。

 

「"彼の者"の分野は多岐に渡る。魔術のみならず、産業や経済、学問と製造、料理に……芸術や医学にも通じている」

 

 語りながらハルミアとナイアブへと視線を移す。

 未だ少年の域を出ない、精々青年の俺が元世界知識を語っても説得力はない。

 

 

「その人の魔導は"世界視"――極限られた条件下で過去と現在と……そして未来を断片的に垣間見ることができる。

 だからあの人は、真理(・・)へと辿り着けた。けれど現在では実現にまでは至らない。だからこそ多くの人材を欲している」

 

 ゆえにこそ代理を立てる。

 "想像上の魔導師"を――叡智と権威を備えた――信頼に足る人物像を。

 

 大仰に語り、必要を(つの)る。興味は知識へと、知識はいずれ現実へと昇華する。

 

 

「その為の部活であり、それが"自由な魔導科学(フリーマギエンス)"だ」

「おぉ~」

 

 フラウがぱちぱちと鳴らすまばらな拍手を背に、俺は温情を与えるかのように付け加える。

 

「まぁこの(とう)の一角を部室として借り受けられればいいだけで、追い出す気とかはないから安心してくれ。ただ――」

 

 大きく息を吸い込み、棟全体に聞こえるよう力強く叫んだ。

 

「もし俺たちの活動を見て、興味が出たら是非入って欲しいと願ってる!」

 

 意欲さえあればいい。塵も積もればなんとやら。

 小さな力も多くすれば、人海戦術をよりよく機能させられる。

 

 初歩的なことだが、戦いとは――力とは、数である。それは戦争に限った話ではない。

 

 

「それじゃあーしが()えある最初の名誉部員?」

「いや既に俺を含めて五人いるな」

 

「えぇ~六番目ぇ? パッとしないなー」

「七番目……ですよ」

 

 そう割って入ったのはハルミアだった。

 ただ俺と交わした約束を果たす為……というだけのそれではない。

 

 自分自身の意思をもって、決意を固く秘めたその表情に俺は自然にほくそ笑んでしまう。

 

「ですね。ハルミアさんのほうが先の約束だ、だからフラウは七番目」

「う~ん……まぁ別にしょうがないかぁ」

 

「それじゃあワタシが八番目ってことね、ヨロシク」

「ありがたいです、ナイアブ先輩」

 

 そうして視線が一点へ集まる、憤懣(ふんまん)やるかたない面持ちが滲み出ているその雌獅子へと。

 

「……ちっ、わぁーったよ。甘んじて受け入れる――ただてめぇもフラウも後悔させてやっからな」

 

 

 ――これで9人。「野球チームが一つできるな」などと考えつつ、俺は万感を胸に打ち震える。

 

 闘争の興奮と、思わぬ再会と、確実な前進と。

 

 幸先が悪そうで最高だった今日というこの日に――祝福あらんことを。

 

 

 



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#36 冒険科 I

「よーっし、お前らよく聞けよー。えー今日はみなさんに、ちょっと競い合いをしてもらいます」

 

 そう唐突に口にされた教師の言葉に、その場にいた新入生達の多くがどよめく。

 一方(いっぽう)でそのことが、(あらかじ)めわかっていたかのような表情を浮かべる者も散見(さんけん)された。

 

「おっとその前に自己紹介を忘れていたな、俺は英雄コースの担当教師"ガルマーン"だ!」

 

 英雄コースと聞いてさらに喧騒(けんそう)が高まる。英雄コースとは、学園における出世街道。

 特別な教育を受け、鳴り物入りで冒険者となり、実際にその名を刻む人物も輩出(はいしゅつ)されている。

 

 

「まあやることはそう難しいことじゃないから安心しろ。学外で一週間生き延びる、それだけだ。

 物資はこっちで用意するから、各々で指定数を選んで持ち込み、大自然を思うさま堪能(たんのう)するといい」

 

 ――戦技部、冒険科。

 数多く存在する種々雑多な依頼を受け、仕事を遂行する冒険者を養成する学科である。

 下から石・岩、鉄・鋼鉄、銅・青銅、銀・白銀、金・黄金と、等級別に振り分けられていく。

 

 冒険者とは言っても、その仕事は非常に多岐(たき)に渡る。

 しかし探索や討伐など、一般人には難しいものが(メイン)となっていく。

 

 

「これは新入生の実力を測り、その結果によってクラスを振り分ける為の最初の試験だ!」

 

 未開拓の土地を踏破し、時に凶悪な魔物を駆逐する。

 そして英雄ともなる者達は、富と名声をほしいままにする。

 

 必要なものは実績というただ一点であり、どんな身分の者でも実力さえあれば認められる世界。

 

「学外には自然環境に加えて多様な動植物や、魔物にも遭遇(そうぐう)するからなー。十分に注意して励め!!」

 

 ゆえに冒険者志望は非常に多く、学園の中で最も人数を(よう)している。

 入学以前に冒険者に助けられるなど関わったことで、憧れを持ったような者も少なくない。

 

 また志望者はその練度や適性にも大きな幅があるゆえ、ふるいにかける毎季恒例の行事。

 

 

「それと先輩達が各地点にいるから安心してやってこい! ただし助けを求めたらその場で終了だ!」

 

 偉丈夫(いじょうぶ)な印象を受ける教師の男は、肉声のままに集まった全員に聞こえるよう声を張り続ける。

 

「パーティを組んだって構わん。ただ試験には達成による点数項目が複数存在する。

 それらを見つけるのも試験の内だ! その場合点数は折半(せっぱん)になっちまうから注意しろ!

 報酬計算を考えるのも冒険者には重要なことだから、今の内から身をもって覚えとくように!」

 

 教師は(なご)やかな顔を崩すことなく説明を続けていた。それは含みを持たせたようなそれであった。

 

 なおもルールを喋っている間に、複数の教師と生徒らが、荷車と共に支給品の山を並べていく。

 他にも様々なことをその教師は話し続け、新入生達は聞き逃さぬよう耳を傾ける。

 

 

「最後に重要なルールをひとーっつ! "他試験者へ過度の危害を加えるような行為"の一切を禁ずる!!

 同業者間でも多少の小競(こぜ)り合いは仕方ないけどなあ、取り返しがつかないような真似はあるまじきだ!!」

 

 説明が終わると、新入生達はめいめい支給品を吟味(ぎんみ)しに行く者や、近くの者に声を掛けるものなどが出始める。

 

 "ヘリオ"はそんな様子を眺めながら、ギザっ歯が見えるほど笑みを浮かべた。

 

 与えられたハードルを越えるというより、どうぶっ壊してやろうか……と。

 

 

 

 

 サバイバルオリエンテーションも、さほど難易度の高いというものではなかった。

 

 ただしそれは姉弟妹(・・・)らと組んだ場合か、一人で自由に立ち回るという前提あってのものだったが――

 

「ちょっとお待ちなさい! まだわたくしの話が途中です!」

「お(じょう)~、しつこいと逆効果ですよー」

 

 セイマールから教わったこと、ベイリルから教わったこと、おのれらで実践したきたこと。

 それらの経験は、この自然環境でも過不足なく役立っていた。

 

 魔物が出ても、ぺーぺーの新入生で相手にできるようなものばかり。

 幼少期からの教育によって、同年代より抜けているオレさま(・・・・)の相手ではない。

 

 

「っ……この、なんで無視するんですの!?」

「そりゃそうでしょうよ。彼は単身(ソロ)を好むようですし、ぼくらがこうもしつこくっちゃ」

 

 オレはこんなことなら安易(あんい)に助けるのではなかったと……今は心の底から後悔している。

 

 正確にはそこらでぎゃーぎゃー(わめ)き散らされていた所為で、狙っていた獲物に逃げられてしまった。

 だからほんの少しだけアドバイスをしてやったら、このザマと成り果てた。

 

 

「別にオレぁソロ専門じゃねえよ、ただ今のところ組む価値を見出だせないんでな」

 

 そう毒づいてから「しまった」と口をつぐむ。

 徹底して無視するつもりだったのに、つい返してしまった。

 

 別に点数だの、英雄コースやクラスの振り分けだのに(こだわ)りはない。

 しかしジェーンもベイリルもリーティアも、きっとそれぞれトップに立つだろう。

 

 そんな中でオレだけが……やれる実力があったのに、と――

 一人だけ平凡としているのもなんかダセェと、それだけの理由だ。

 

 

「それは理解できます、が! せめて借りは返しません、と! わたくしの気が収まらないの、です!」

 

 女は急傾斜(きゅうけいしゃ)を勢いをつけて喋りながら登りつつ、男のほうもそれに続く。

 

「だから必要ねェって何度も言ってんだろが」

 

「いいえいくら落ちぶれてもわたくしは皇国貴族。今はまだ家名まで名乗るわけには参りませんがこの"パラス"。

 我がお家を再興する為に、特進クラスひいては英雄コースを目指す者として、借りを作るわけには――」

 

 彼女――パラスのなにか強迫観念じみたものを感じながら、密林を進むペースを上げていく。

 濃いめの金髪に縦ロールの横っ髪、出ているところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる女。

 

 本気で妨害(ぼうがい)したり()くようなことはしてないとはいえ、振り切ることができない。

 

 ベラベラと喋りながらついてきてるのだから、少なくとも体力面では足手まといにはならない。

 見た目にはあまりわからないものの、しっかりと努力し鍛え上げているのだろう。

 

 

(まあついてこれる限りは……多少の面倒くらい見てやるか)

 

 ジェーンから伝染(うつ)ってしまった面倒見の良さと、切り捨てたい気持ち。

 心の天秤を揺らしつつ、ペースは緩めることなく進んでいく。

 

「お嬢はしょうがないけど、ぼくまで価値がないと見なされるのは心外だなあ」

「ちょっと! どういうことですの"カドマイア"!? あなたわたくしの従者のクセして!」

 

 くすんだ黄土色のサラサラの髪、片目をやや隠れ気味にした一見すると好青年。

 カドマイアと呼ばれたお付きの男は、主人での言葉もどこ吹く風と言ったところで。

 

 しかしてパラスの後を付かず離れず、絶妙な位置で警戒をおこなっているようだった。

 

 

(にぎ)やかなことだな」

 

 そう低い声で唸るように発したのは、ヘリオの対面に突如降って湧いた(・・・・・・)一人の男であった。

 

 灰褐色(はいかっしょく)の長髪、長身に備わる盛り上がった太く(たくま)しい筋骨。

 右眼に大きな傷痕が残る隻眼の男には、狼人族特有の耳と尻尾が生えていた。

 

 よく見れば体中には傷が散見され、服の下はさらに酷いのだろうと思わせる。

 

 

「はっ……ふぅ……、あら、先輩ですか」

「アァ? わかんのか」

 

「当然ですわ。この学園では校章の色で、学年がそれぞれわかるようになってますのよ。

 わたくし達在校一年は白、二年赤、三年橙、四年黄、五年緑、六年青、八年紫、十年黒――」

 

「よく覚えてるもンだ」

「お嬢は記憶力だけ(・・)はいいんで」

 

 カドマイアの毒舌じみた皮肉に、パラスは得意気と不満気の入り混じった表情を浮かべる。

 

「心外ですわね。ちなみに学園七不思議(・・・・・・)には、五百季自主留年(ダブリ)の"闇黒(あんこく)"校章というのがありまして」

「お嬢は(ゴシップ)も好きなんです」

 

「そこまでは聞いてねェよ」

 

 

 くだらない会話をしている合間も、在校三年にあたる先輩の狼人族の男は腕を組んだまま立っていた。

 試験官も兼ねているのだろうか――こちらの様子を観察し値踏みするように。

 

「それで……なにゆえ先輩がこんなところで姿を現すのでしょう、イヤな予感しかしませんが」

「察しがいいことだ」

 

 そう口にしてゴキリと手指を鳴らす先輩に対し、オレは無言で背中の剣を引き抜いた。

 獣臭――とでも言えばいいだろうか。無言で交わされる互いの視線で、意思の疎通は済んでしまう。

 

 

「ははぁ~そういえば試験者への危害(・・・・・・・)はダメでしたが、それ以外は言及されてませんでしたね」

「カドマイア、それってつまり――」

 

「戦ってもいい、逃げてもいい。勝てば得点、負ければ失格。どうぞご自由にってとこか」

「正解だ、新入生」

 

 オレの言葉に呼応するように、狼人族の男は不安定な足場をものともせずに跳ぶ。

 やる気を見せているこのオレよりも、まず臨戦状態に入ってないパラス達を狙ったようだった。

 

「そう()くなってェ――っの!!」

 

 剣のたった一振りにて男を(はば)み、その足を止めさせる。

 別に連中の面倒を見るとかではない。オレ自身が楽しみたいゆえに。

 

 

「ほう……思ったよりやるな新入生、名を聞いておこう」

「オレさまに勝ったら教えてやるよ」

 

「では我のほうもそうさせてもらうか」

 

 サバイバル開始から3日目にしてようやく面白くなってきたと、自然と力が(みなぎ)っていた。

 



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#37 冒険科 II

「では我のほうもそうさせてもらうか」

 

 目前の空間が歪んで見えるかのような圧の削り合い。

 己をぶつけ合う闘争の悦楽は何物にも代え難い。

 

 男の筋肉が一層厚みを帯び、ヘリオの筋肉もビキビキと内部で音を立てて引き絞られる。

 

「ちょっとヘリオさん!? あなたわたくしにまた貸しを作ったおつもりですの!?」

「いや~助かりました、あっぼくの分はお嬢のほうにツケといてください」

 

「ちょっカドマイア!」

 

 せっかくの雰囲気をもぶち壊す二人に、ヘリオは釣り上がっていた瞳がつい半眼になってしまう。

 

「名は"ヘリオ"、か……少し緩み過ぎだが、実に愉快なパーティで結構なことだ。

 まあ図らずも知ってしまったからにはこちらも名乗っておこうか、我が名は"グナーシャ"だ」

 

 

 ヘリオはゆっくりと一度だけ息を吸い、吐き出す。こんなことで心を波立たせてはいけない。

 より純度の高い闘争を楽しむ為に、常に全力のパフォーマンスを心がける。

 ベイリルが言うところの、"明鏡止水"ってやつである。

 

「今のところあいつらはツレじゃねえ」

「そうか、我を一人で倒せたならそういうことにしてやろう」

 

 

 パラスとカドマイアに、次の漫才応酬はなかった。

 言おうとするや否や激しく衝突し、発せられようとした声は遮られたからである。

 

 刃のついた剣の一撃を、グナーシャはいつの間にか両手に持った鉄製のトンファーで十字に受け止める。

 ヘリオは膂力でもってそのまま鍔迫って押し切ろうとするも、グナーシャのパワーはそれを許さなかった。

 

「ほぅ……生粋の戦士か?」

「いやぁ? ただ、今この時(・・・・)は魔術使ったらつまんねえだろ」

 

 ヘリオの笑みにグナーシャも笑みをもって返す。手加減しているのとはまた違う。

 戦闘狂らしく骨の髄まで闘争をしゃぶり尽くしてやろうという気概を、互いに理解できるからゆえ。

 

「ではまず貴様に魔術を使わせるところまでゆこうか」

 

 そう意気を発しつつ、今度はグナーシャから攻め立てていく。

 両手のトンファーと長身から繰り出される体術を組み合わせた、狼人族のスピード&パワー&リーチ。

 

 それらをヘリオは剣一本のみで受け、流し、いなしていった。

 反撃の隙はないが、一手一手に確実に、全てに対応していく。

 森という不安定な立場でなければ、たちまち押し切られてしまわんほどの破壊力を伴った連撃。

 

 

 ヘリオは心身が削られる乱打にあって、心の中で(リズム)を刻む。

 

 それは天性のものを、幼少期よりさらに磨き続けた闘法と言うべきものだった。

 皮膚感覚で感じ取りながら、リズムを取り、リズムを合わせ、リズムへと誘う。

 

 闘争を煮詰めていく者ほど大なり小なり持ち得るものを、ヘリオは既に高次元で身に付けていた。

 

 一種の共感覚かのように同調していき、予測や反射とも違う――独特の呼吸を感じ取る。

 肉体さえついていくのであれば、いずれはどんな相手であっても読み取る領域へ達するほどに。

 

 

「ッ……おらァ!」

 

 ヘリオはトンファーの連撃を誘導し、一瞬のリズムの隙間を突いて遂には攻勢へと移る。

 それまで我慢し溜めていた筋肉を爆発させるように、逆に乱斬を浴びせ掛けた。

 

 しかしグナーシャもさることながら、上がっていくリズムの斬撃もトンファーで捌いてく。

 単純な殺傷性よりも防御に重きを置いた武器と闘法、本来の性質を遺憾(いかん)なく発揮する。

 

 繰り返される剣戟は千日手(せんにちて)とはならない。

 ヘリオのスタミナのほうが先に尽きてしまうことは察せられた。

 

 基礎身体能力ではグナーシャのほうが上である。

 さらには紛うことなく本物の闘士、決して一筋縄ではいかない相手。

 

 

「悪ィな、甘く見てたわ……」

 

 ヘリオは攻撃の手を止めると、一度距離を取って呼吸を整えつつそう告げた。

 

「お互い様だ、新入生でここまで強いとはな」

 

 その言葉を聞いてヘリオは目を細める。ヒュンヒュンと素振(すぶ)ってから剣を肩に担ぎ直し――

 

「激しく! 燦然(さんぜん)と! 燃え昇れ、オレの炎ォ!」

 

 詠唱と共に、周囲の(ちゅう)に浮かんだ4つの火の玉。

 それはベイリルが"鬼火"と名付けた、己の使う唯一と言っていい魔術。

 ヘリオにとって幼少期のちょっとしたトラウマでもあり、イメージにも寄与した炎。

 

 ヘリオの意思によって自由に動かし、様々な性質へと変化させることができる火属魔術。

 

 

「んじゃ真剣(マジ)()ろうか、どんな長い詠唱でも待ってやるよ。真っ正面から捻じ伏せてやる」

 

「いや……我は魔術はいまいち性に合わなくてな、持ち味が出せず弱くなってしまう」

 

 数瞬だけ沈黙が場を支配した後に、つい間抜けな声があがってしまう

 

「は? 冗談じゃなくてか」

 

 ヘリオが落胆しかけたその瞬間、グナーシャは制するように続ける。

 

「だが安心しろ、そういう我のような者の為にこういうモノ(・・・・・・)があるのだ」

 

 

 言うや否や、ぼんやりと光り出したトンファーに浮かび上がる紋様。

 

 それは少し前に"永劫魔剣"を見せられた時と同じようなものであった。

 魔力によって起動する道具の特徴的なそれ。この世界を支える魔術文明の根源とも言うべきもの。

 

「――特注品の"魔術具"だ」

「いいねいいねェ、そうこなくっちゃあ……なアッ!」

 

 

 空気を焼く音と共にグナーシャへ襲いかかる火の玉が、左手のトンファーによって弾き飛ばされる。

 独特の破裂音から間断なく、グナーシャは右手のトンファーをその場で振り抜いた。

 

「っぐぅ……」

 

 見えない衝撃波に腹を打たれたヘリオは、思わず呻き声が漏れる。

 大したダメージはなかったものの、一瞬の足止めには充分過ぎるほど。

 

 されどもヘリオは鬼火を剣へと付与(エンチャント)し終えていた。

 そのまま間合いを詰めてきたグナーシャへと一太刀を浴びせかける。

 

 火勢の乗った一撃を、衝撃波自体を武器の(ほう)に留めたフルスウィングで打ち払う。

 同時に火の玉がグナーシャに対して、直接的な追撃に入る。

 しかしそれは後方へと跳び退きつつ、トンファーから飛んだ衝撃波によって打ち消された。

 

 

 ヘリオは「待ってました」と言わんばかりに突っ込んでいった。

 流れに身を乗せるように残る火の玉を爆燃させるように、付与炎剣への推進剤代わりに使う。

 

 速度を増した炎勢剣による片手横薙ぎを、グナーシャは十字受けするものの弾かれてしまった。

 

 ヘリオがすぐさま両手で握り、斬り下ろさんとする刹那――

 グナーシャは地についた左足の筋肉を硬直させ、足指で地面を掴んでいた。

 

 尻尾をも支えにし、さながら大地に深く根ざした大樹もかくや――

 一本の芯を通したかのような安定した肉体から、右回し足刀が放たれる。

 

 

 ゴウッと旋風が巻き起こるような音と共に、ヘリオの炎剣は半ばから真っ二つに折れる。

 それは連撃をトンファーでガードしながら、武器破壊も狙ってダメージを与えていたがゆえ。

 

 もとよりリズム闘法だけでは勝ち得なかった、生粋の戦闘巧者であるグナーシャ。

 戦闘の真っ最中であるにも拘わらず、純粋な称賛と敬意とがヘリオの中に浮かんでいた。

 

 既に斬り掛かっていた勢いは殺せない、返しの蹴りが来る――

 よりも先にヘリオはグナーシャへと、頭突きを反射的に見舞っていた。

 

 しかし矢継ぎ早に返された右足刀によって、横っ面を叩かれてぶっ飛ばされてしまう。

 

 

「あんたロック(・・・)だぜ……ほんっとたまんねえ」

 

 リーチが短くなった手元の剣を見ながら、ヘリオは今一度相手を注視する。

 体にはミシミシと鈍い痛みが襲っていたが、受け身は取ったし戦闘継続には何も問題はなかった。

 

 一方でグナーシャは既に4つ、新たに充填されていたヘリオの鬼火を眺める。

 蹴りと頭突きの相打ちから、すぐに攻勢を掛ける隙を見出だせずにいた。

 

 なにより短いながらも(つの)つきの頭突きによって、額からじんわりと流血し始めていた。

 

 

「お互いさまだ、新入生……いやヘリオ」

 

 そう口にしながら蹴り折った刀身が突き刺さって炎を広げ始めている木へと、衝撃波を数発放った。

 重ねられた衝撃波によって鎮火し、白煙だけ残したのを横目に見ることもなくトンファーを構え直す。

 

 魔術具"衝撃双棍(インパクトトンファー)"――衝撃波を生成し飛ばすというシンプルなもの。

 しかして遠心力を利用するトンファーにはお(あつら)え向きと言えた。

 

 衝撃を乗せて攻撃、衝撃を発生させ防御。

 衝撃波を飛ばして牽制、衝撃波を重ねれば充分な間接攻撃にもなる。

 

 己の戦闘スタイルを邪魔せず、より発展的な攻防を可能とする。

 大枚はたいて手に入れた、大事な相棒のような武器である。

 

 

「ああそうかい、グナーシャ……センパイ(・・・・)。だがオレさまはまだ、屈服してねェっっっぜ!」

 

 今度は鬼火は浮かべたまま突貫する。流血によってもう片方の目も見えなくなればこれ幸いと。

 

 鬼火を4つともまとめて、グナーシャへと真正面へと叩き込む――

 ように見せ掛け、僅かに手前で合体させることで、視界を覆うほどの炎壁(ファイアウォール)を出現させた。

 

 ヘリオはそこへ折れてしまった剣を投げ込み(・・・・)、続けて己の身も炎の中へと投げ込んでいく。

 

 

 グナーシャは流血を拭うことはしなかった。それが狙いの可能性も考えたからである。

 

 隻眼のグナーシャは視覚だけではなく、狼人族の嗅覚を大いに利用してモノを()ていた。

 大きな狼耳を澄まし、触覚を尖らせ、尻尾までも一種のセンサーとして使う。

 

 炎壁が出現し続けざまの折れた剣を弾く。そこでグナーシャは一瞬の選択を迫られた。

 待ちに回り後手になるか、直感で絞って最低でも相打つか。

 

 さらには隻眼の右死角からか――

 流血で視界が阻まれそうな左からか――

 あるいは炎壁がそびえる真正面からか――

 

 いずれにしても……面白い。もはや勝ち負けなど二の次の境地。

 

 

 今の己にとって闘争を楽しめる相手というのは貴重になってしまった。

 学内でまともに相手になりそうなのは、十人にも満たないだろう。

 

 さらに本気で戦うような機会ともなれば非常に限られる。

 "闘技祭"は三年に一度しか開催しないし、本気の喧嘩を吹っ掛けて回るわけにもいかない。

 

 狼らしい攻撃的な笑みを浮かべ、完璧な反射態勢に入る。

 しかしグナーシャを襲ったのは――真正面(・・・)背後上(・・・)からの両方(・・)であった。

 

 それでもグナーシャはどちらの攻撃も、トンファーでしかと防御し受け流して見せる。

 

「ぬっぐぅ……」

「ぁア!?」

 

 それはパラスでもカドマイアでもなかった。

 

 黒瞳・黒長髪を頭頂部でまとめた少女が……新たに立っていたのだった。

 

「伏兵にござる」

 

 

 



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#38 冒険科 III

 

「伏兵にござる」

 

 そう口にした少女はくるりと軽やかに宙返って距離を取り、逆手に持っていた刀を向け直す。

 

「てめェ……人サマの獲物を掠め取ろうたぁ、いい度胸してんなコラ」

 

 炎壁越しに纏わせた"炎拳"を消しながら、ヘリオは新たに鬼火を充填しつつ睨み付け凄んだ。

 黒髪の少女はそんな圧も軽々と受け流しながら、ニヤリと笑って口を開く。

 

「これも兵法――策を弄するも冒険者として当然の心得ゆえ、ご理解されたし」

「御託なんざいらねえんだよボケ」

 

 ヘリオの感情に呼応するように、浮かんでいた鬼火も揺れ動く。

 点数だの横取りよりも、純然たる闘争を邪魔されたという事実にこそ、怒りを覚えずにはいられない。

 

 

「"極東"の……それも北土(・・)の者か」

 

「然り、拙者は"スズ"と申します。はてさてグナーシャ殿はこれを規定違反と捉えますか?」

 

「そんなのダメに決まってますわ! 人としてのモラルの問題です!」

 

 静観していたパラスが割って入り、カドマイアは我関せずと言った様子だった。

 一方でヘリオは標的をスズと名乗った少女へ切り替え、今にも飛び掛かりそうな様子。

 

 そんな中でグナーシャは血流を拭いつつ、毅然とした言葉を紡ぐ。

 

「マナーで言えば褒められた行為ではない……が、冒険者としては獲物のかち合い・奪い合いなぞ珍しくない。

 際どい部分もあるが我としてはどうこう言う気はないし、まとめて掛かって来ても我は一向に構わん」

 

 

 同じように楽しんでいたであろうグナーシャの肯定する言葉。ギリッとヘリオは歯を鳴らす。

 

 確かに試験として見れば、アイツのやったことに間違いはない。

 ジェーンやベイリルも……似たようなことを言うかも知れない。

 

「ぐぬぬ……しかし男と男の勝負に水を差すなど、同じレディとして――」

 

「そういった機微や(たしな)みも理解できぬわけではないが、拙者は女である前に"シノビ"ゆえ。

 我ら一族は任務の遂行を至上とする(なら)い、よって優先順位を履き違えることはしないのでござる」

 

 パラスの言葉にヘリオは少しだけ彼女への見方を変えることにした。

 非常に面倒臭い奴ではあるが、そういうところはちゃんと理解できるヤツだったのかと。

 

 

 問答が続く中で、また新たに一人の少女が――

 上空から落下してくるような勢いでもって、羽翼(・・)を使い寸前で減速し着地してきた。

 

「あーったくっ今度はなんだ!」

 

 少女は薄い赤色の三つ編みテールを振り乱す。

 紅瞳とその表情には申し訳無さの感情がひしひしと浮かんでいた。

 

 現れた鳥人族(・・・)の少女のただならぬ様子を見て取ったグナーシャは、心配そうに名を呼んだ。

 

「"ルビディア"か……? 一体どうした」

 

「いやぁ~煙辿って目を凝らしたら、なんかグナーシャ先輩を見つけちゃったんで、つい降りちゃったんですけどぉ。

 ちょっと……ってか、かなりめちゃめちゃすんごいマズイことがあって、新入生さんたちもまとめてヘルプいい?」

 

 言うや否やグナーシャ、スズ、ルビディアに続いて――四度(よたび)、影が降りて来た。

 

 

 その巨躯は大木に勝るとも劣らずというほどの威容を備えていた。

 折れ曲がった首より上の顔面には、角やら牙やらが前衛芸術のように無造作に生えている。

 

 左側には歪な腕のようなものが三本、右と左背部には腐り崩れたような翼。

 隆々な上半身に比べて、アンバランスな二本足の先には蹄が付いていた。

 

 しわがれた喉から絞り出すような唸り声は、心胆寒(しんたんさむ)からしめるような不安を覚えさせ……。

 ビクビクと小刻みに震える動作は、言い知れぬ恐怖を感じさせた。

 

 

「この容貌の無秩序さ……"キマイラ"か」

 

 グナーシャは冷静に観察してそう漏らす。

 

 俗に"人造混成獣(キマイラ)"と呼ばれる多種融合の獣――

 魔力暴走による魔物化とはまた別種の、人為的に産み出された怪物。

 

 獣人も含んだ二種混合までの動物は、枯渇や暴走の過程における進化として珍しくはない。

 しかし三種以上は通常あり得ない。即ち介入による変化の結果として産まれるものであった。

 

 

「飛行もできるのか、それで敷地内まで来たと」

「これはマズそうでござるねぇ」

「次から次へとよォ」

「ひっ、怯みませんのことよ」

「これって学園の管理問題じゃないんですか?」

「いやー……たはは、でも討伐できれば臨時得点が大量のハズ……多分、恐らく、きっと」

 

 六者六様(ろくしゃろくよう)に臨戦態勢へと入り、キマイラはゆっくりと密林で歩を進める。

 

 

「ヘリオ殿(どの)

 

 スズに呼ばれて、咄嗟に投げてよこされたそれを受け取る。

 それは彼女の得物である、極東北土由来の刀剣であった。

 

「危ない前衛は貴殿に任せたでござる」

 

「てめェマジ後で覚えてろ」

 

 こいつに名前教えたっけかと考えつつ、恐らくはどこかで隠れていたのだろうなと勝手に思う。

 

 

 極東のシノビ――昔ベイリルが、やけに食い付いて色々調べていたような記憶がある。

 尋常ならざる鍛錬をもって、非情で過酷な任務を遂行するとかしないとか。

 

「ご安心なさって! わたくしも前衛です!」

「我に続け」

 

 先駆けとなったグナーシャに続き、刀を持ったヘリオと、剣と盾をそれぞれ持ったパラスが続いた。

 

 

 カドマイアが地属魔術による泥でキマイラの足元を不安定する。

 スズは手製のナイフを何本と投擲し、牽制しながら注意を引く。

 

 攻撃をパラスが受け止め、交差するようにグナーシャとヘリオは懐に踏み込んで一撃ずつ入れて離脱。

 

 パラスも飛び退いたところで、詠唱を終えたルビディアによる火属魔術を叩き込んだ。

 

 即席の連携にしては、これ以上ないほどタイミングが合ったと言えよう。

 しかし刻んだ傷も周辺の肉が盛り上ったかと思うと、強引に塞いで再生してしまっているようであった。

 

 

「決め手が足りんか」

「まずいですわね……次は無理そうです」

 

 パラスの盾には、たった一撃で大きく亀裂が生じていた。

 次に受ければ確実に破砕するのは明白と言えるほどに。

 

 そうでなくてもまともに受け止めた所為で、身体には見えなくてもダメージが残っているだろう。

 

 どうにか全員で遁走するという選択肢もある。いやそれが普通の思考である。

 

 あからさま不確定要素(イレギュラー)な存在であるから、生徒達が無理して討伐する必要はない。

 ガルマーンといったあの教師やら、学園側で処理する筈の問題だろう。

 

 だが到底逃げる気にはなれなかった。

 確かに戦力比で考えればこの化物のほうが上だろう。

 

 しかしこんなものは危機の内には入らないと、心と体で理解していた。

 

 

 それに……ここでこのキマイラを自由にすれば、他の生徒らに危険が及ぶやも知れない。

 

 対処されるまでに他の奴が重傷を負うか、最悪死ぬか。

 学園ではなく、近くの村落などに波及(はきゅう)する可能性だってある。

 

 お節介焼きのジェーンなら、そういう可能性がある限りきっと逃げないだろう。

 小理屈を()ねるベイリルは、"力を持った者が為すべきこと"――を常々悩んでいた。

 リーティアなら「別に助けられるなら助けてあげればいいんじゃん?」とでも言うに違いない。

 

 

("リズム"は単純……――)

 

 キマイラはグナーシャとは違う。化物の頭は単なる獣のそれと変わらない。

 動きの一つ一つが明快、なれば十二分に抗し得る。

 

「おう鳥人の女ァ、さっきの炎を俺の火によこせ」

「生意気な後輩だなあ、でも考えがあるってことだね! お望みとあらば――」

 

 既にキマイラは動き出していて、作戦を練るような暇はない。臨機・即時・即応も冒険者の常。

 

 ルビディアは詠唱を始め、グナーシャは全力で気を引きながら攻撃を一身に受ける。

 スズも仕方なしとパラスを援護するように、近距離で戦い始めた。

 カドマイアの泥魔術による足止めもキマイラは強引に進む。

 

 

「後輩くん! いくよぉー!!」

 

 ルビディアの詠唱した大炎が、ヘリオの鬼火へと注がれると一時的に膨れ上がった。

 

 ヘリオは精妙なイメージをもって膨張した鬼火を四つ、瞬時に全て剣へと収束融合付与(エンチャント)させる。

 

 他人の炎を呑み込んでおくのも――

 4つの炎を合体させ維持するのも――

 武器の強度が保つのも――

 

 持続するのはほんの一瞬でしかないだろう。だがその刹那を逃さなければいいだけ。

 

 相手のリズムと流れに逆らわず、こちらのリズムを割り込ませ、その流れを呑み込む。

 

 ヘリオは収束させると同時に跳んでいた。

 

 

 脳の血管が焼き切れるのではないかと感じられるほどの極度集中。

 炎は刀身に全て込められいて、無駄な漏れ燃焼は起こらずただ赤熱した色だけを輝かせていた。

 

 残光がキマイラの肩口へと吸い込まれたところで、叩き斬るよりも先に刃が折れてしまう。

 

 しかし途中まで斬り込んで留まり溶けた刀身から、一気に放出された大炎。

 それはキマイラの内部から、再生不可能なほどの熱量を浴びせ掛けていた。

 

 火柱が上空へと立ち昇り、炭化した匂いが鼻腔を突くと共に……。

 

 ヘリオの意識は急速に薄れていった――

 

 

 

 

「どうしてこうなった……」

 

 オレ(・・)は椅子にもたれかかりながら、意識を失ってより短い過去を思い返していた。

 

「どうしてってそりゃ正当に評価されたからだよ後輩くん」

 

 ニコニコ笑いながら、2年生ルビディアはわかりきったことを口にする。

 

 

 重大なイレギュラーとなったキマイラを討伐したことで、オレ()は大いに得点を稼いだ。

 なんでもあのキマイラはルビディアが誘導してくる前に、既にいくつかの場所で暴れていたとのこと。

 

「観念することだな、いつまでも突っ張っていたってしょうがあるまい」

 

 そう(さと)そうとしてくるのは、腕を組んで泰然自若(たいぜんじじゃく)とした3年生のグナーシャである。

 キマイラを相手にして負った筈のかなりの怪我も、関係ないといった感じで講義に出ていた。

 

 

「それにしても昨今はキマイラの目撃例が多いらしいですわね。世界各国で問題の種になりつつあると。

 なんでも"謎の結社の世界混沌化計画"だとか。"王立魔法研究所の戦争生物実験"だとか。

 "こことは別世界からやって来た被召喚生物"だとか"狂乱の魔導師の不死研究"なんて噂も――」

 

 べらべらとまくし立て始めたのは、誰あろうパラス。

 もはや慣れてきた自分になんとも言えない気分にさせられる。

 

 ただ……居心地の悪さも幾分薄らいできたことも否めない。

 認めるべきところは認める度量は必要なのだと。

 

「お嬢の都市伝説好きは、話半分でいいですよ」

 

 そう耳打ちしてきたカドマイア。

 こいつだけはいまいち読みにくいが、まあ行動そのものは一貫している。

 常に一歩引いて物事を見ている節があり、こういうのが一人いたほうが色々とバランスは良さそうだった。

 

 

「噂集めなら拙者におまかせ。ちなみにキマイラの出所は"外海の魔獣が産み出してる"説も有力にござる」

 

 闘争に横槍を入れてきたスズ。

 極東のシノビらしいが第一印象の好感度マイナスはまだ拭い切れてない。

 

 ただクロアーネにしろこういった隠密・間諜に優れた手合い。

 ベイリルが求めるような人材像であるには違いない。

 

 それとアイツがよこした極東の刀剣、あれの振りはなかなか良かった。

 

 

「おっお前らがキマイラを討伐したって奴らだな、確かにいい面構えばかりだ!!」

 

 無遠慮にガラリと教室に入ってきて開口一番。

 それはサバイバル試験の説明を(おこな)っていた、ガルマーンという名の教師であった。

 

「来年まではもう英雄コースには無理だが、お前たちには期待しておくぞ!!」

 

「ちょっと質問よろしいですの? 英雄コースの卒業後の進路なんですけど――」

 

 パラスを皮切りに飛び交いわいのわいのと賑やかになっていく。

 

 

(新たな世界を拡げる……か)

 

 喧騒の中でヘリオは緩んだ口元を浮かべつつ、今までと違う安らぎを覚えようとしていた。

 

 



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#39 魔術科 I

 そこは魔術部魔術科棟の一角にある、巨大ホールであった。

 

 希望者が多い主要科においては、まず日取りを決めて新入生を一堂に集める。

 そうして改めてその学科の説明を大々的に(おこな)うのが通例となっていた。

 

「かつて魔力を用い、望むままの法を定めたのが"魔法使(まほうし)"。導き形を成す者が、"魔導師"と呼ばれます。

 魔導師はこの学園にも一人、講師としていらっしゃいます。しかしみなさんがまず目指すべきは――」

 

 

 初日にフリーマギエンスを設立し、俺とフラウは魔術部探求科へと足を運んだ。

 キャシーは戦技部兵術科、ナイアブは専門武芸術科へとそれぞれ既に戻っていた。

 

「――"魔術士"です。魔力を操る術を知る者、魔導へ至る為の過程と見る者もいるでしょう」

 

 どの学科を選ぶかは、多少なりと迷うところではあった。

 少なくともジェーン、ヘリオ、リーティアとは被らないように――とは考えていた。

 

 専門部のどこか……とも考えてはみた。

 しかしやはり元世界にはなかった魔術への好奇心はことのほか大きい。

 

 

「そういえばフラウって何の魔術を使うんだ?」

「んー、さぁなんでしょう?」

 

 小声で発した質問に対して、クイズを返したのは再会を果たした幼馴染の少女フラウ。

 彼女の魔術は我流。それも魔術科を選ぶ一つのキッカケであった。

 

 子供ながらに世界を生き抜く為に会得し、そして洗練されていったフラウの魔術。

 

 しかし改めて魔術を学び直すということも大事であろうと、俺から幼馴染を誘った。

 元々一般教養科の単位しか取ってなく、宙ぶらりんであった為に丁度良かったとも言える。

 

 転生からずっと過ごしてきて、演技することや、前世からの人見知りも幾分慣れてきた。

 ――ものの、やはり知った顔がいるほうが居心地はいいものだ。

 

 

「――っえーですから、まずは皆さんの実力を見たいと思います」

 

「ん……?」

「おお?」

 

 教師の発現に一瞬疑問符が浮かんだものの、それもむべなるかな。

 魔術の練度差はおろか、そもそも扱えないから学びに来ている者のほうが多いだろう。

 

 効率的な教育の為に振り分けるのは、至極当然の帰結と言えた。

 

「魔術が全く使えない生徒はここに残ってください。こちらで私が説明を続けます。

 少しでも使えるという者は、あっちの入り口の教師について演習場へ向かってください」

 

 説明している教師が指をさすと、もうひとりの教師が手を挙げ叫ぶ。

 

「それじゃあ、魔術を使える新入生はこちらへ――」

 

 

 すると三割くらいの人間が動き出し、俺とフラウもその流れに乗っていく。

 魔術士は世界人口比だと二割くらいらしいのだが、若い時分でこれだけいる。

 

 やはりこの学園は自由を尊重しつつも、元々備えている基本水準が高い傾向がある。

 最低限の義務教育のない異世界において、学ぶ意欲ありし者は向上心の塊なのだ。

 

 なによりも学園は種族や国籍を問わない。それゆえに多様性に特化している。

 刺激にも事欠くことはなかろうし、学び取れることもたくさんあろう。

 

 フラウやキャシーのように、行き場を求めて辿り着いた者もいる。

 嫡子でない子供も多いと聞く。一夜限りの相手に産ませた落とし子にも丁度いい場所。

 

 俺の学園生活の目的の一つに人脈(コネ)作りがあるが、同じ考えを持つ奴もいるだろう。

 

 既に帝国、王国、皇国のいずれかに狙いを定めているのであれば、それぞれの最高学府のほうが良い。

 しかし未だ不明瞭で基盤もない状況では、学園がやはり丁度良い環境なのだった。

 

 

(てい)よくフラウの魔術も見れるな」

「いや~……度肝抜かれるよ?」

 

「ははっそいつは楽しみだ」

 

 冗談なのか本気なのかわからないリアクションに俺は笑う。

 俺とて負けるつもりはないくらいには、積み上げてきた自信はあるのだと。

 

 

 

 

(まぁ実際は……こんなもんか)

 

 というのが素直な印象であった。確かにみんな魔術を使えてはいる。

 しかし大半は単なる発火魔術だったり、風を吹かすだけだったり程度のものだった。

 

 一応は教師の一人が隆起させた3メートルくらいはありそうな、土塊が標的がわりに存在している。

 しかしあくまで命中させて精度などを見せているに過ぎず、破壊するほどの者はいない。

 

 そも魔術の修練とは、通常10年単位を要するというのが通念となっている。

 無論才能がある者であれば、1季程度でも使いこなす者がいるとはいえ――

 

 一度コツを掴んでしまえば幅が広がっていくが、確かに最初覚えるまでは大変だった。

 幼少期にほぼ独学同然でやっていた頃は、本当に魔術なんて使えるのかなんて思っていたほどだ。

 

 

(俺は追い込まれた状況でどうにか覚えることができたが……)

 

 あの無明たる暗黒の中で、魔術を会得した時を想い起こす。

 結局あれも俺の前世の記憶と、ハーフエルフという比較的恵まれた種族あってのものだ。

 

 元世界の娯楽で憧れたイメージがあったからこそ為し得た。

 魔力の循環操作に長けている血を半分受け継いでいたからこその成果。

 

 それに魔術の修練それ自体は、亜人特区に住んでいた頃からやっていたことでもある。

 フラウも俺を通じて恩恵を受けていたことに疑いはない。

 

 

「ベイリルどうする? てきとーにやる?」

 

 こちらの思っていることを察してか、フラウが聞いてくる。

 不必要に目立つ学園生活は、実のところあまりしたくないというのが本音だ。

 

 とはいえこれもまたチャンスなのかも知れない。

 落伍者(カボチャ)達を打ちのめした時と、やることはさほど変わらない。

 

 ここで思うサマに凄絶さを見せつけて、フリーマギエンスの教えを広めるのには丁度いい。

 

 新入生が魔術をあまり使えないというのも、この際は良い方向に働く。

 それは裏を返せば元世界知識を利用した理論を、馴染ませやすいとも言えるのだ。

 

 

「いや、気兼ねは必要ないだろう」

 

 せっかくだ、開き直ってしまおう。

 能ある鷹はなんとやらなどと、気取っていても仕方ない。

 

 せっかく異世界で(ちから)を持っているのならば、それを誇示しないで――ひけらかさないでなんとする。

 

 称賛を浴びてちやほやされるのも、それがたとえ虚栄心であったとしても……。

 得られた充足感はきっと気持ちの良いものなのだろうから。

 

「りょーかい、じゃあベイリルを参考にするね」

 

 

(となると何の魔術を使うかだが……今の俺が使えるのは――)

 

 空属魔術を基本として、さらにそこから"六柱"魔術として派生させ分類(カテゴライズ)している。

 とは言うものの、現在魔術として使えるのは四柱しかない。

 六柱とはあくまで今後使う妄想にして予定(・・・・・・・)である。

 

 ――風流(ウィンド・)操作(コントロール)

 風の流れそのものを直接的に扱い、単純な物理的作用を発揮させる魔術。

 

 ――空気状態(エアステイト・)改変(オルタレイション)

 空気中に含まれる分子の状態に直接変化を起こし、様々な効果を及ぼす魔術。

 

 ――大気元素(アトモスフィア・)合成(シンセサイズ)

 大気を構成している元素を分解・結合し、別の物質を生成する魔術。

 

 ――音圧波動(サウンド・ウェイブ)

 空気を介して伝わる音の振幅を増減させ、指向性を持たせる魔術。

 

 四柱の内で何が最も適しているかを考える――

 

 

 "ポリ窒素爆轟"では威力過剰な上に、今の俺にとって切り札となる魔術である。

 

("切り札は先に見せるな、見せるならさらに奥の手を持て"――と言うしな)

 

 無難に"素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)"でいくことに決める。

 

 どうせ今いる者には初見である。奇をてらう必要はない。

 魔術と戦闘技能を組み合わせた"術技"でも悪くはないが、動かぬ的が相手ではいまいち。

 かと言ってわざわざ対人を望み出るのも、なんとなく(はばか)られる。

 

 となれば派手でわかりやすく、魔術のみでアピールする方向で落ち着く。

 基本的な魔術であっても、魅せ方次第だ。

 

 土塊と言っても、魔術で固められた一種の防壁のようなものだろう。

 純粋な岩よりは脆いだろうが、それでも地面と一体化してそびえ立つ物体である。

 

 どう破壊の演出をして見せようかと考えていると、いつしか順番が回ってくる。

 

 

 手招きされて指定の位置まで移動すると、教師は質問する。

 

「名前と、使う魔術と用途を教えてください」

「ベイリルです。空属魔術で岩を攻撃します」

 

「よろしい、それでは好きなタイミングでどうぞ」

 

 教師に開始を促されたその瞬間――

 

 俺は教師の方を向いたまま、左手指を鳴らし速攻で魔術を放った。

 

 

 

 



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#40 魔術科 II

 教師の言葉より、間髪入れず放たれた無詠唱・速攻・ほぼ不可視の風刃。

 それはほんの僅かな風切り音のみを残して、あっさりと岩を真っ二つにする。

 

 その圧倒的な早業に誰もが……虚を突かれる()すら与えられなかった。

 ただ俺が指を鳴らした方向――土塊標的へと、自然と視線が向いていく。

 

 根本付近でやや斜めに裂かれ、半分になった土塊がずれて落ちていく。

 

 僅かに地面との隙間が空いたその瞬間へと、俺は詠唱を重ねた。

 

 

「エアバースト――」

 

 左手で掬い上げるように振り上げる。その動作に連動するように風圧が巻き起こった。

 寸断された土塊は、空中へと一息に押し上げられ宙で一瞬静止する。

 

 ボクシングのワンツーを繰り返すように、間断なく風刃を放ち続ける。

 的当ては得意分野である。否、得意になるよう鍛えてきた――後々に活かす(・・・・・・)為に。

 

 指パッチンの数だけ、バラバラになっていく土塊。

 最後に地面に落ち切ったそれは、もはや片手でも持てるくらいの大きさになっていた。

 

 その頃には唖然としていた生徒達も、教師陣も十人十色の反応で沸き立ち始める。

 

 

「お……おぉ……素晴らしい才能だ。どこで習ったのか?」

「あー師匠がいまして、その人に幼少期から教わっていました」

 

「なんともそれにしたって素晴らしい才能だ。君ならば一年も経たず魔導コースに選ばれるやもな」

「どうも」

 

 俺は淡白に答えて(きびす)を返して歩き出す。

 魔導コースはスィリクス会長がいるし、正直あまり絡みたくはない。

 

 続くフラウとすれ違いざまにハイタッチする。

 

「参考になったか?」

「ん、少し?」

 

 一言だけ交わして、お互い足を止めることなく歩を進める。

 俺の魔術にもさほど驚きはないようだった。

 

 そんな些細な様子からでも、彼女がどれだけの実力か些か推し量れるというものである。

 

 

 待機場所に戻るところで、誰もが俺に一歩引いた眼差しを向けている。

 それは一目を置く意味だったり、単純に妬心が含まれているようなものだったり……。

 

 しかしその中で一人だけ臆すことなく積極的に話し掛けてくる者がいた。

 

「いやーオマエすごいねぇ、お近付きになってもいいか?」

 

 その男は角刈りを少し伸ばした程度の深緑色の短髪に、浅葱(あさぎ)色の瞳を向けてきた。

 

「素直だな、でもそういう手合は大歓迎。よろしく、ベイリルだ」

「おっと先に名乗らせちまうとは失礼だったな、オレは"オックス"。見てわからんと思うが"魚人種"だ」

 

 顔は無骨な部分も残るが整ってはいるようだった。

 俺よりも僅かばかり高い背丈に、程々に鍛えた肉が体を包んでいる。

 

「へぇ……大陸にいる魚人種って珍しいな」

「くっはははっ、ハーフエルフだって珍しいじゃん」

 

 距離の詰め方が大胆なものの、オックスには嫌味がなく話しやすい印象を覚えた。

 

 物怖じせず、天然で育まれたコミュニケーション能力の高さが窺える。

 

 

「魚人種も、獣人種みたいに種類があるんだよな?」

 

 リーティアであれば獣人種の犬人族の狐人型。クロアーネならば犬人族の犬人型。

 キャシーは猫人族の獅人型など、由来となる生物がいるはずである。

 

 これらの種族は遠い過去に獣と交わった――

 などといった業が深い(・・・・)行為の果てで産まれたようなものでは決してない。

 

 魔力の暴走と枯渇の歴史の中で、適応しようとした過程で生まれたものである。

 己の魔力をコントロールできず衰えゆく神族が、今のままではマズイと変えようとした結果。

 

 変身願望ともとれる想像は、魔力を通して肉体を変質させるに至ってしまった。

 さらに暴走によって変質し続けた成れの果てが、今日(こんにち)の魔物でもある。

 

 現代知識で換言するならば、想像だけではなく遺伝子の中で眠るそれが発露した結果。

 いわゆる"隔世遺伝"のようなものなのかも知れないとも勝手に思う。

 

 

「もちろんあるぜ、オレは"クラゲ"族だ。知ってるか?」

「クラゲか、サラダに入れると結構美味いよな」

 

「食ったことあんのか、大陸人なのに珍しいな。知ってるとすら思ってなかったわ」

 

(まぁ日本のスーパーなら探せば大概――)

 

 アクアリウムショップや水族館にも……などと詮無いことを思いつつ、俺は浮かんだ疑問を尋ねる。

 

「……そういえば、よく俺の種族がわかったな」

 

 ハーフエルフは耳が僅かに長いと言っても、意識的に見ないとわからないくらいである。

 男にジロジロと見られていたのかと思うと、少しだけ警戒心も湧くというもの。

 

「そりゃ知ってるぜ、一昨日にカボチャを実力で統一した、鳴り物入りの実力派新入生ってな」

「……まじか、そんな噂になってるのか?」

 

「よくよく調べて回れば断片的にわかるくらいにはな」

「噂好きなんだな」

 

 そう返した俺に対して、オックスはニィと思わせぶりに笑う。

 

 

「違うな、噂ではなく情報を集めている。生徒会に喧嘩を売った新入生の情報をな」

まだ(・・)喧嘩を売った覚えはないんだが……」

 

 事と次第によっては、そうなりかねなかったのは否定しない。

 しかしスィリクスは約束と義理はしっかり果たしてくれた。

 

 生徒会長に相応しい資質と、尊厳と自負からくる誠実さはしっかりと備えている。

 選民思想は強く見受けられるものの、個人的印象では根っからの悪人には思えなかった。

 

 

「まっ要するにお近付きになりたいんだよ。有能な人物とは、敵ではなく味方に引き込まないとな」

「奇遇だな、俺も人脈(コネ)は大事だと思っているよ」

 

 相手の正直な言葉にこっちも素直に答えると、両手を広げてオックスはアピールする。

 

「そりゃ都合がいい、なおさら俺と友達になっておくべきだ」

「打算だけで友人を作るつもりもないんだが……一応理由を聞いてもいいか?」

 

 俺は少し呆れた様子を見せつつ尋ねてみる。

 利害のみで結ばれた関係よりは、心の底からも信頼できる友でありたいと願う。

 

 

「オレは"内海の民"――いずれ"海帝"になる男だ」

「内海の民……?」

 

「ん? 内海の民は知らないのか?」

「いや知ってはいるが、生活圏が違いすぎて知識としては疎いな」

 

 ――内海の民。陸には陸の国家が当然存在するが、海には海の国家がある。

 連邦の西部と東部の(あいだ)に挟む内海に棲んでいて、安全な海上貿易には欠かせないとか。

 さらに海帝は一族の王であり、それになると宣言する男を、俺は自身の物差しで測る。

 

「オレらはそんな隠してるつもりはないんだが……まっ交易くらいでしか接触しないもんな」

「海中に住んでたりするのか?」

 

 "海底都市"などを建造して住んでいるあれば、それはとてつもない浪漫をそそられる。

 同時に文明レベルが侮れない勢力ともなり、要注意対象(・・・・・)ともなりえる。

 

「不可能ではないが不便が多すぎて無理だなぁ。オレらもエラ呼吸できるわけじゃないし。

 普通の人族らよりは呼吸が続くって程度だからな。オレたち海の民は、海上に住んでるんだよ」

 

「ほぉ~海上都市? それはそれで――」

 

 

 ――その瞬間であった。話に夢中になりすぎて幼馴染から目を離してしまっていた。

 ただ周囲がどよめいたことで、何かが起きていると視線を向ける。

 

 遠目に捉えたフラウは、空に浮かんでいたように見えた。

 そして真下には俺が破壊したそれよりも、三倍くらいの体積の土塊が鎮座している。

 

 同じ大きさではなく、わざわざでかく魔術で作ってもらったのだろうか。

 

 跳躍していたフラウの体が、土塊へと真っ直ぐ落ちていく。

 縮尺が狂ったような感覚に陥るほどの速度で、狙い澄ましたかのように。

 

 

 一体何をどうして、どんな魔術なのかはよくわからなかった。

 ただ物理的な破砕音が響き渡ると共に、土石礫がこっちのほうまで飛んできていた。

 

「おわっ!?」

「――っ!」

 

 怯んでいるオックスを横目に、俺は両手を目の前へとかざす。

 空属魔術――"一枚風"。 巨大な風の盾壁を生徒らの前方に発生させる。

 

 飛んでくる土石礫は風の壁に触れるとたちまち勢いを失い、その場にぼろぼろと落ちていく。

 

 大怪我まではしないだろうが、危ないといえば危ないくらいの大きさの石であった。

 

 

「なんだあれ、すっげーけどあぶねえなぁ。なあ?」

 

 粉々になった土塊残骸から、フラウが汚れをはたきつつ平然と出て来る。

 皆一様に唖然としていて、俺が披露した魔術のインパクトが全て消えてしまった気がした。

 

「すまんな、俺のツレだ」

 

 こちらに手を振っているフラウに、俺も手を振り返しながら……。

 

 心中で乾いた笑いをしつつ、様々な色の青春というものを俺は全身全霊で味わっていた――

 

 

 



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#41 調理科

 

「この世の全ての食材と調理者に感謝を込めて……いただきます」

 

 俺は行儀よく手を合わせて示しながら、目の前の料理を食べ始めた。

 

 サクサクの衣に包まれた肉をタレで煮込み、卵でとじた飯を勢いよくかっこむ。

 合間に唐辛子でピリ辛にした漬け野菜をポリポリと(かじ)りながら、昔を思い出し味わう。

 

「それにしたってクロアーネさんも丸くなったもんだね」

「そう……おかわりはいらなそうね」

 

「ごめんなさい」

 

 専門部調理科の一角。俺は用意されたリクエスト品に大いに舌鼓を打っていた。

 厳密に元世界の料理とは良く似て少し非なるものだが、細かいことはいい。

 

 食欲を大いに満たす美味しさに、心身が充実してくる思いだった。

 

 

「米も最高です、"ファンラン"先輩」

「あはは、それはなにより。でも言われた通り、かなり仕入れちまったけど(ふところ)は大丈夫なのかい?」

 

「いいんです、いいんです。食は財源にもなるんで、元は取りますよ」

 

 透き通り煌めく青い瞳に、翡翠色の右横髪を三つ編みにする"ファンラン"と呼ばれた4年生。

 極東本土(・・)出身の見目流麗にして心胆豪傑と評すべき、面倒見も良い女性だ。

 

 

「――それだけの発想があるんだからさあ、君もボクらのとこ入ればいいのに」

 

「お誘いはありがたいけど、俺は俺のやることがあるからな。"レド"こそフリーマギエンスに来ないか?」

 

 そう勧誘し合うのは、"レド・プラマバ"という名の同期生の少女。

 クロアーネと共に、ファンランに面倒を焼かれている(ふし)がある1年生である。

 

 肩ほどまで伸びたマジョーラカラーのような、毛先まで僅かに色味の変わる濃い紫髪。

 何もかも飲み込んでしまいそうな、純粋で混じりっけのない強い黒色の双瞳。

 

 クロアーネよりも一回り小さい体格で、髪が短ければ一人称も相まって少年に見えるだろう。

 

 

「平行線だね、天才のボクは尋常者とは相容れない」

「天才は大歓迎なんだけどな。ファンラン先輩もどうです、気が変わったりしました?」

 

「わたしは派閥とかそういうのは興味ないからねえ、ただ役に立てることがあれば喜んで請け負うよ」

「ん~残念です」

 

「なんでも貴方の思い通りに事が運ぶと思わないことです」

「……お耳が痛い」

 

 レドとファンランに断られた傷に、クロアーネがここぞとばかりに塩を塗り込んでくる。

 出自や能力を考えれば、二人ともに非常に得難い存在であった。

 

 

 料理にも栄養にも、科学はつきものである。

 しかしまだ芽が出ておらず、見通しもない現状では交渉材料にならない。

 

 断片的な現代知識から、どうにか足掛かりにはしたいとは思っているものの……。

 どちらも思いのほか決意は固そうで、いまいち突破口を見出せないでいた。

 

 なにせ魔術科では……めぼしい人物を見出すことができなかった。

 しかし案外こういう全く無関係と思えるところに、才能は転がっている。

 

 ファンランとレド――調理の腕のみならず、それ以上に各人持っているものがあるのだ。

 

 

(まっ、なんでもかんでも一強偏重ってのは良くないのかも知れんな)

 

 そんなことを思う。寡占市場というのは、あまり健全な状態とは言えないだろう。

 競合相手がいるからこそ、切磋琢磨し業績を伸ばしていこうとするものだ。

 

 現在フリーマギエンスに所属している、"ニア・ディミウム"という先輩。

 彼女も、あくまでこの部活グループを利用しているだけ、と公言して憚らない。

 

 学んだことを活かして、いずれ対抗企業としてその名が轟くのであれば……。

 それもまた未来において、新たな発想を生み出す土壌にもなるだろう。

 

 フリーマギエンスとして取り込むこと、確かにスタートダッシュには重要なことだ。

 しかし間接的に影響されることで、伝播していくというのも大事なことである。

 

 

 俺は話しながらもペースは崩さず食事を終え、箸を置いてもう一度手を合わせる。

 

「ごちそうさまです、美味しく大満足でした。ところで――」

 

「……まだ居座る気ですか?」

 

 食器を片付けるクロアーネに、ジトリと冷たい目線を送られる。

 ――ものの、なんだかんだ構ってくれる彼女に、俺はもう微塵にも揺るがない。

 

「あぁ、本題は別にあってね。世界各国を巡ったクロアーネさんに、お国事情を聞きたくて」

 

「はぁ……――あの頃より結構経ちましたし、極東は行ったことありませんが?」

「その為のファンラン先輩」

 

 促すように俺はファンランへ視線を移すと、ファンランは少し眉を顰めながら答える。

 

 

「ん? ご先祖こそ極東本土出身だが、わたし自身は知らないぞ」

「えっまじっすか」

 

「お前さんところにいる極東北土出身のシノビだっけ? あれも多分そうだろう」

「スズのことですね。確かに彼女も一族まるごと、大陸へ来ただけと聞いたような……」

 

「極東へ向かう外海は、激しい荒天に加えて特殊な海流。さらに棲息しているという"海魔獣"。

 それら要因の所為でもう何百年も、実質上の鎖国状態にあると聞きますから、無理からぬことでしょう」

 

 しれっとわかりやすく解説してくれるクロアーネに、ファンランが付け足す。

 

「そうそう。本当に運良く往来する船があるか、長距離飛行に優れた鳥人族が行き来するくらいさね」

 

 

(ん~む……テクノロジーを発展させないと現状どうしようもない、か――)

 

 外洋航海術と、耐えるだけの造船技術が必須となってくるだろう。

 万全を期すのであれば、荒天を察知する為のレーダーや、海流を乗り越える内燃機関も欲しい。

 

 海魔獣を相手にするにも、魚雷とかミサイルなどの強軍事兵器が必要になって来るかも知れない。

 極東から文明回華を興そうと思うと、"時間切れ"になってしまうに違いない――

 

 

「じゃあかわりにボクが"魔領"のことを教えてしんぜよう」

「いや……魔領は別にいいかな、後回し(・・・)だし」

 

 レドの提案を俺はあしらいつつ茶々を入れる。

 魔領と神領は最初から文明を興す場合の勘定(かんじょう)には入れていない。

 

 現在の情勢を聞いても大して参考にならないから、今焦って頭に入れる必要はなかった。

 

「なんだとー、未来の魔王様(・・・・・・)を前にして」

 

「未来の魔王が、人領で暢気に料理なんか作ってていいのか」

 

「そりゃ"大地の愛娘"の所為で、今は魔領内部で喰い合いの最中。今はどうしたって雌伏の時期だもん。

 それに美食こそ、全ての生き物に通じる最高の娯楽でしょ。統治するだけの人生なんて真っ平御免だね」

 

 レドの考え方は、共感できる部分が少なくなかった。

 なにせ俺の目的もやり方も、範囲が広いだけで似たようなものだ。

 

 スィリクス会長といい、オックスといい、なんのかんの学園には近い考えを持つ者がいる。

 そういう者達がいるというのは、色々と張りが出るものだった。

 

 

「あぁ"()英傑"の一人の所為で、魔領の軍勢は人領への侵攻ができないもんな」

 

「一回だけ遠目に見たけど、あれは規格外だね。"魔神"すらも赤子扱いだろうな」

 

 それが歴史のいつ頃なのかはわからないが、時代ごとに英傑と呼ばれる者達が現れるようになった。

 例外なく超人をも越える力を持ち、主に人領世界において喝采・称賛されるべき功績を残した者。

 

 英雄をも超越した傑物が誰ともなく呼ばれるようになり、名を連ねるようになる。

 

「俺みたいな長命種ならともかく、"大地の愛娘"が衰える頃にはお前も老いてるんじゃないか?」

 

「何も問題なんてないね、ボクは死なない。ボクが死のうとしない限り――それが"魔導"ってもんでしょ」

 

 

 少し上から目線でいじめるような物言いだったが、レドは全く気にした風もなかった。

 テクノロジー開発が進めば、不老長寿の秘法も叶うと言って誘おうと思っていたのだが……。

 

「レドは魔導師じゃないだろ」

「最高に脂が乗った頃には魔導師さ、ボクは天才だからね」

 

 驕り極まる思い込み。しかしてそれは魔術、ひいては魔導にとって最も大きな力となる。

 もしかしたらこの少女は本当に、いずれそうした魔導に到達し得るのかも知れなかった。

 

 いつの日か……魔王率いる魔領軍として自分達とぶつかる日が、もしかしたら来るのかも――などと。

 

 

「まったくレドの増上慢(ぞうじょうまん)は甚だしいですね、まるでどこかの誰かのようです」

 

「えぇ……――俺としては、ほんのちょっと見習いたいと思っているくらいなんだが」

 

「あっははは、自信家なのは良いことさね」

 

「ふっ凡俗がどう言いどう思おうと、いずれ誰もがボクに刮目せざるを得なくなる――」

 

 

 独特な居心地だった。ビジネスライクとも違うが、緩く……悪くない。

 お互いに最低限の敬意を持ち、依存せず慕うわけでもなく、忌憚(きたん)なくモノを言い合える。

 

(新鮮……なんだよな)

 

 だから食欲だけではなく、たびたび理由をつけてはココに顔を出してしまうのだった。

 

 



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#42-1 閑話:王国

 

(魔導科学文明を促進させるには――)

 

 どこから着手していくかというのは、ぼちぼち考えていかねばならないことだった。

 だから資料のみならずクロアーネに直に聞く為に、昼食ついでにこうしてやって来た。

 

 大陸には半ば不可侵地帯となっている、大陸北西端の"神領"。

 レドの出身領で群雄割拠の大陸南部"魔領"があるが、それらはひとまず捨て置く。

 

 人口も圧倒的で支配領域も遥かに広い人領。

 異世界文明に革命を興すにあたっては、人領より始めるのは最前提の条件であった。

 

 

「――ではまず私の出身国である、"王国"からいきましょうか」

「ご教授ありがたく、よろしくお願いします」

 

 半ば溜息のように一息だけつくと、クロアーネは語り始める。

 

「王国は大陸東端に位置し、国王を最上に置いて各地の貴族が統治する、魔術至上主義の色が強い国です。

 一般市民の中も魔術士が数多く、魔術具のみならず魔導具の発展も著しいと言えるでしょう」

 

「王立魔術学院、宮廷魔導師、円卓の魔術士、他にも魔導師の互助会みたいなのもあったっけ?」

「通称"降魔の塔"ですね。私が確認した時の在籍者は七名ほどでしたか」

 

「そういえば風の噂だが……魔導コースの講師も昔そこに所属していたって聞いたことあるな」

「さっすがファンラン、うだうだ学園に居続けてるだけのことはある」

 

「やかましい」

 

 レドはファンランに髪の毛をワシワシと撫でられボサボサにされる。

 

(魔導コースの講師か、いずれ接触を持たないとな)

 

 なにがしか得られるものはある筈であろう。

 しかしなにぶん広い学園であり、少ない講義の時間以外の行方は、殆ど知れないときていた。

 

 

「話を続けますが、数多くの魔導の探求を是とする為か、魔王崇拝者も多いのも王国の特徴です」

「つまり近い将来、ボクが崇拝されるわけだね」

 

 クロアーネはレドの戯言(たわごと)を無視し、淡々と話を進めていく。

 

「ですから魔法の祖である神族や、魔術素養の高い種族には寛容で、要職を担っている者もいます。

 一方で素養の低い……特に獣人種には非常に弾圧が激しい一面があり、奴隷売買もかなり盛んでした」

 

 実際クロアーネもその例に漏れず奴隷として買い取られた。

 そうして拷問のような選別の末に、汚れ部隊として育てられていった経緯がある。

 

 通常主人に対して従順にする為の"奴隷契約魔術"は、様々な面でコストが嵩んでしまう。

 

 しかし王国ほど魔術と魔術具が発達しているのであれば……。

 そういったモノも比較的安価なものになるゆえなのか。

 

 

「また人族の手によって最初に建国された国家ですから、人領の歴史では最も古いです」

「確かに王国は結構伝統料理が多いねえ、古き良き調理ってのは奥も深い」

 

「転じて魔術文明の恩恵を最も長く、深く享受していますから、相応の軍事力も備えてます」

「魔術士の質と量が……即ち戦力に直結するわけ、と」

 

 強力な魔術士は百人力であり、魔導師ともなれば一騎当千とも聞く。

 絶対的なイメージに裏付けされた大規模魔術や、攻撃的な魔導は一人で戦術級足り得るのだ。

 

 

「肉壁を置いて魔術で攻める戦術が基本ですが、その前衛も魔術具武装していたり侮れません」

 

 さらに魔術具や魔導具の研究も盛んであることが、鬼に金棒となっている。

 それまで優勢であっても、強力な魔道具一つで戦局がひっくり返ることもありえなくない。

 

「侵攻でも脅威ではありますが、それ以上に魔術はやはり守戦。拠点防衛においてこそ真価を発揮します」

「王国は比較的肥沃な土地が多いから、糧秣にも事欠かないか」

 

「各所領を管轄する爵位ある有力貴族たちも、相応の権限を有しています。

 それぞれが国法の範囲内で一個軍隊を保有し、特に王国の公爵家はどれも規模が大きいです」

 

 

「王国は魔領から一番遠いからなー、攻め滅ぼすなら最後っかなぁ」

 

 レドはレドで、クロアーネの話を参考に算段をつけているようであった。

 俺のようにあらゆる手段を使うわけではなく、魔族らしく武力統一であろうが……。

 

 今現在友人として接しているような、レドという一個人を見るのであれば――

 彼女が仮に世界征服した暁には、それはそれで意外と面白い世界になるかも知れない、と。

 

 

「内乱とかは発生しないものなのか?」

 

「上層・中流・下等・最底辺と、区分けがはっきり常識として刷り込まれていますから。

 下が上に逆らうという状況が、そもそも発生しにくい土壌が形成されていると言えますね」

 

謀反(クーデター)も起こりにくい……か」

 

 ヒエラルキー構造が確立されていて、伝統的で安定した封建社会が構築されている。

 武力にせよ絡め手で潰していくにせよ、かなりの労力は必要そうであった。

 

 

(魔導と科学の釣り合いと、さらなる融合には最適そうではあるが――)

 

 学問に秀でた人物も、発掘しやすそうである。

 そうなれば発展はより早く、より大きな規模と成り得るのだが……。

 

 しかし如何せん、魔術偏重主義の為に科学を広める初期段階の障害(ハードル)が高そうだった。

 

 "文化勝利"なら恐らく一番の難題になるだろう――

 

 



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#42-2 閑話:皇国

「――次に"皇国"です。大陸の西端で神領と魔領に挟まれた土地に、教皇を中心とした国です」

「世界で唯一の"政教一致"社会国家にして、神王教の総本山か」

 

「魔術士の立場も強く、神王由来の"魔法具"を最も保有しているとされています――」

 

 俺も知る"永劫魔剣"も魔法具の一つであり、その性能は魔導具も比にならない。

 人の手で作れるものではなく、魔法を使えた頃の神族の手によって創られたもの。

 

 魔法は全能ではあるが、魔力というリソースが不可欠である以上制限は掛かる。

 かつては幅広かった魔法も、暴走と枯渇によって失伝状態にあるとされていた。

 

 

(もし使えるとすれば、在位中の"四代神王フーラー"と……五英傑くらいか――)

 

 それすらも定かではない。世界全体の魔力量、個人の保有量や放出力、法理の安定性。

 様々な原因や因果が研究・議論されているらしいが、未だに不明瞭なのが現実である。 

 

 魔法具とて暴走と枯渇で魔法が使えなくなる中、神族が苦肉の手段として製作したモノ。

 

 実際的に人間が扱えるかは別だが、それでも魔法それ自体よりは遥かに易い。

 例えば完全な状態の永劫魔剣であれば、単独で増幅器を持つ為に魔力量による(ふるい)もない。

 

 セイマールが(おこな)っていた魔術具研究の中には、そういった(たぐい)のものもあった。

 個人の体質や魔力に干渉して、魔法具の起動や使用に耐えうるべくする実験。

 

 増幅器がないなら行使手を増幅器代わりにすればいいのではないか。

 "贄の少女"もそういった発想の(もと)で被検体にさせられていた。

 

 

「――よって皇国の潜在的な軍事力は……正直言って計り切れません」

 

 十全に性能が発揮されなかったとしても、恐るべき道具であることに疑いはない。

 実際にセイマールが起動し得た半端な永劫魔剣でも、あの時点では脅威だった。

 

 もし武力によって世界を制するのであれば、確実な情報を得て最優先で削いでおくもの。

 逆に言えば、その(ちから)を自らのモノにできるのであれば、凄まじく心強くもなる。

 

(もっとも永劫魔剣は……現状使い物にはならんが――)

 

 それでも確保しておくに越したことはない。先人の大いなる遺産(アーティファクト)

 魔法具の存在そのものが抑止力のみならず、時として求心力にも繋がるのである。

 

 最初こそ何かしらの利用を考えたが、今現在は厳重に保管しておくに限る。

 

 

「差別も少なくなく……特に魔族とは年中戦争をしている為に、迫害や審問の憂き目すら遭う場合があります」

 

「へぇ~よしっボクが魔王になったら潰そう!」

「やめぃ」

 

 ぼふっとファンランはレドの頭を抑えられ、クロアーネはペースを変えることなく話は続けられる。

 

「潰すのは無理でしょうね。現在皇国には聖騎士にして、五英傑の一人である"折れぬ鋼の"がいますから」

 

 クロアーネの言に、ファンランが疑問を呈する。

 

「でもあれだ"折れぬ鋼の"は世界中で人助けをしてるんだろう?」

 

「仰る通りですが、皇国の危機ともなれば戻ってくるでしょう」

「じゃあやっぱり邪魔なのが死ぬまで、ボクは待つことにしよっと」

 

 

「……ほんといい性格してんなお前」

 

 俺は半ば呆れた様子を見せつつも、心中では同意していた。

 魔法具と同等か、それ以上に(ちから)を持つとさえ噂される現代の五英傑。

 

 実際にその強さを目の当たりにしたことはないが、少なくとも敵対すべき相手ではない。

 とはいえ現状を鑑みるのであれば、レドの(げん)同様あまり考える必要もなかった。

 

 文明に革命を興し、世界を統一する為の戦争を仕掛ける頃には――寿命が尽きているだろう。

 魔法具は警戒すべき対象ではあるが、少なくとも五英傑に関してそれほど心配はしていない。

 

 それに不死身でないのならば、付け入る隙はいくらでも整えられる。

 人間であれば空気でも毒でも病気でも、殺す為の方法は多分いくらでも……。

 

 魔法具同様こちらの陣営に引き入れることができれば、武力面において圧倒的な優位にもなる。

 

 

「"折れぬ鋼の"と聖騎士長を含めた八人の聖騎士は、民からの信頼も非常にあついです。

 また独自に軍団を持つことを許されています。と言っても当時保有していたのは三人だけでしたが……。

 国家に帰属する軍団も精強に統一されていて、間断なく魔領と激しい戦を展開しているので練度も高い――」

 

「そういえば"大地の愛娘"は、皇国方面を無視しているのか?」

 

「彼女はあくまで人類の為に防衛しているだけですから、領土奪回(・・・・)の名分で戦争を仕掛ける皇国側には干渉しません。

 神王教の(もと)に戦う軍団は士気も高いですが、魔領戦線で常に戦力を割かれてしまう弊害を抱えていますね」

 

 仮にも英傑として祭り上げられる人間。人格もまともだということだろうか。

 そうあれば交渉の余地はいくらでもある、いずれ本格的に接触(コンタクト)を取る日も来るかも知れない。

 

 

「それと皇国にも貴族はいますが、あくまで国家より派遣された領地経営者という立場でしかありません。

 聖騎士のほうが権力は上ですし、皇都大神官や黄昏のハイエルフ、神領より派遣されている外交官などもいます」

 

「皇国は神王教の中でも、初代神王ケイルヴ派なんだよな?」

 

「えぇ――もちろん国内には他の派閥もありますが、中核部分を含めて殆どがケイルヴ派です」

 

 俺とジェーンとヘリオとリーティアがいたカルト教団――"純剛の道"は三代神王ディアマ派であった。

 連中は国家転覆を画策していたのだから、同じ神王教でも時に水と油とも成り得てしまう。

 

「強い宗教色の為に秘密も多く、閉鎖的な面はありますが……皇国は神領と交流がある唯一の国家ですから」

 

「王国や帝国にも劣らぬ強国……か」

 

 

 俺はそう締めて展望について巡らせていく。

 

(改めて……非常に偏った国だな、立地的にも最西端――)

 

 宗教――それは地球においても、文明の誕生より現代まで続く根深い問題であった。

 人はたとえ現状に満たされていたとしても、宗派の違いによっても争うことがある。

 

 信仰とは精神性に帰属しつつも、時として逆転し支配する。

 それが純粋なものであっても。狡猾な誰かによって利用されるでも。

 

 宗教を運用する場合、ハイリスク・ハイリターンであることは常に念頭に置いておかねばならない。

 失敗に備えるのであれば、相応の武力・文化・外交手段を持ち得る必要がある。

 

 文明を興すにあたって最も注意せねばならないし、不適格な国家と言える。

 

 "宗教勝利"をするにも、皇国はダントツで不向きであろう――

 

 



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#42-3 閑話:帝国

 

 ファンランが用意したお茶と菓子で小休憩しつつ、俺達はテーブルを囲む。

 

「――さて、"帝国"の話もしますか? 貴方の出身だったと記憶していますが」

「俺が知ってるのは亜人特区だけだし、幼少期で記憶も不確かなんでよろしくです」

 

 学園卒業後には世界を、自らの足と眼で旅したいと思っている。

 母を探すのであれば、帝国は優先的に立ち寄って回りたいところだった。

 

 

「では……大陸中央北で帝王とその一族を頂点とした、人領で最も広い領土を保有する侵略国家です。

 西に皇国、東に王国、南東に共和国、南部に連邦と、囲まれながらも常時どこかと戦争をしているほどの」

 

「実力主義の軍事国家」

「その通りです。最大領土を維持しさらに拡げているのは、魔術に限らない柔軟性と実力主義が大きいでしょう」

 

「亡命するなら帝国か連邦ってのは、俺もよく聞くところだな」

「帝国は種族色豊かだから、料理の幅もなかなか面白いんだよねえ」

 

 実力主義というのは転じて、実力のなき者は排斥(はいせき)されるということでもある。

 

 しかしわかりやすい立身出世を体現する国として、帝国以上の国家がないのも事実であった。

 

 

「玉座すらも実力で簒奪(さんだつ)可能とされていますが、かの一族は実力によって未だそれを許していません。

 現在の嫡子(ちゃくし)たちの年齢を考えると、時期的に王位継承戦が水面下で起こっていてもおかしくありませんね」

 

(いつだったか、街中で見掛けたっけな……)

 

 2人の近衛騎士連れていた以上は、ほぼ間違いない。年格好からしてもドンピシャだろう。

 

「有象無象の切磋琢磨の中で――その純度を磨き上げているわけ、と」

 

「一番魔領の気質に近いね、気に入った。ボクが世界征服する時には、最後に残しておいてやろう」

 

 常に戦争を続けていられるだけの、強力なバックボーンを備えている。

 対外的な交渉材料としての武力もさることながら、その気になれば恐らくは……。

 

 

「軍の編成も独特です。種族が競合しないように振り分けられ、役割分担も確立されています。

 多少差別的な部分は否めませんが……それでも最大限、持ち味を活かせるようにされ士気も高い」

 

 適材適所を徹底している、合理主義なのも帝国の特徴である。

 

 情報、間諜、政治、謀略、交渉、兵站、戦略・戦術。

 斥候、衛生、工作、攻城、騎乗、空戦、水兵、間接、白兵、魔術。

 分野におけるスペシャリストを揃えるよう、整えられている。ゆえにこそ世界最強の軍事力を誇る。

 

「帝国貴族はあくまで国家とそれを統べる一族の為として存在し、王国の爵位持ちほどの権力はありません」

「強力な中央集権体制ってことだな」

 

 

「唯一の例外が、五英傑が一人である"無二たる"です。帝国領内において単一個人で特区を持っています。

 他の五英傑と同様、彼は帝国の軍事力には数えられません。しかし彼の領域をひとたび侵犯すれば――」

 

「容赦のない逆撃を被りかねないってことか」

 

「でしょうね。実際に会ったオーラム様の話では、彼は滅多に"迷宮都市"から出てこないとのこと。

 彼自身が創りし完結された世界で、周辺の凶悪な魔物を誘引して(かて)にしている……という話でした」

 

 

「へえ、だから英傑に数えられてるのかい?」

「いえ……それも要因ではあるのでしょうが、彼が英傑となった直接の理由は魔獣の討伐にあります」

 

「魔獣料理か……ボクもいずれ到達したい領分だね」

 

 ――魔獣。神族が魔力暴走を起こし、異形化が止まらなかった成れの果ての魔物。

 暴走が軽微であれば魔族。知能を失えば魔物。暴走が留まることなく、人智を超えた化物が魔獣とされる。

 

 その強度によっては討伐に際し、それこそ国家総軍を必要とする個体もかつては存在したと聞く。

 実際に極東との外界に棲まう海の魔獣は、あらゆる国家ですら手が出せないのである。

 

 

「魔獣の死体をそのまま迷宮に利用しているらしく……貴重な素材も豊富だとか――」

 

 すっとクロアーネから流し目を受けて、俺は薄っすらと笑顔を浮かべた。

 彼女はちゃんとこちらの知りたいことを教えてくれるのだ。

 

 出会いこそ険悪だったが、なんだかんだ言いつつもこうして交流し合えることに喜びを感じる。

 

「迷宮都市……か、浪漫溢れるな」

 

 いわゆるダンジョン、それも相当な規模のものなのだろう。

 この世界には"浮遊石"も存在するらしいし、魔力をはじめ元世界に当てはまらない物質が散見される。

 

 いつかはそういったものも攻略し、入手した物質を用いて文明を発展させたい。

 しかし五英傑の(ホーム)だとするなら、おいそれと荒らすわけにもいかない。

 

 相応の実力をもってするか、あるいは交渉力が必要となってくるだろう。

 

 

(晩年の暇を解消する為に文明回華を進めているが、当分は世界探索が最高の娯楽になるな――)

 

 せっかくの異世界転生なのだ。

 異世界探訪はじっくりと楽しみたいと思っている。

 

 どうせ凡夫な自分にやれることは、元世界の既存テクノロジーのニワカ知識を示すこと。

 全体に対する方針を決めることだけで、土台が作られるまでの時間はだだ余る。

 

 

(なんにせよ帝国は有力候補だよなぁ……)

 

 現状聞く限りで、帝国は文明を発展させるには、かなり都合良いように見受けられる。

 

 人口が多いから労働力も多い。差別も少ないから、諸々受け入れられやすい。

 領土も広いから資源収集や食糧問題も、かなりの融通が効くことだろう。

 

 仮に帝王の座に成り代われれば、そのまま引き継いで国家政策として打ち出すこともできる。

 

 文化面でも宗教面でも障害となるものは少なく、魔導と科学の融合にはお誂え向き。

 接している国家が多いことも……文明を伝播させるにおいては有利に働く。

 

 

(しかし逆を返せば――)

 

 最初から強大過ぎることはメリットだけでなく、デメリットにも成り得る。

 

 帝国内部で行動を起こしている内に、出る杭として早々に打たれかねない。

 ひとたび敵となれば柔軟に科学を吸収し、より版図を拡げていくことだろう。

 

 "制覇勝利"となれば、立ちはだかる巨人となるに十中八九違いない――

 

 



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#42-4 閑話:共和国

 

 

「――続いて"共和国"。大陸中央に位置し、一定年ごとに各地方領主と統領が選出され統治します」

「最も歴史が浅い国だったな」

 

「はい。帝国と王国、さらに連邦西部と東部を四方に構え、貿易産業が特に発達していて自由主義が強め。

 特色がないのが特色とも言え、魔術の色も薄く軍事力も比して低いので、外交で程よく立ち回っています」

 

「共和制なら教育の平均水準は高いってことだよな?」

 

 共和制や選挙が成立してるってことは、それが広く認知されているということである。

 最低限の学や情報の共有がなければ、順当に成立し得ない政治形態だろう。

 

 

「実際的にはそれほどでもないですね。確かに他国の下層と比して多少は高い傾向にあるようですが」

「あまり期待しないほうがいいのか」

 

 教育とその為の機関が充実しているのであれば、既に下地はできているということだ。

 であればそれを利用しない手はなかったが、そう甘くもなさそうである。

 

「人族による人族の為の新興国ですから、露骨な差別や弾圧はないものの人族以外は肩身が狭いです。

 ひとたび戦争が起きれば他国から裏で援助されますので、軍事力は低いですが継戦力は高いと言えるでしょう」

 

「どの国も滅んでもらっちゃ困るということか」

「ですね。だから各国援助がなかったとしても、必要以上に攻め込むようなことはないと思われます」

 

「ボクは攻め込むよ?」

「魔領から攻め込むにはちょっと遠いけどな」

 

 

(例えば世界征服とか、お題目(・・・)でもない限りは……か)

 

 レドがのたまうように、武力をもって制覇しようとすれば話は別である。

 仮に最大の軍事国である帝国が本気で世界を統一しようとするなら、暗黙の了解も崩れ去る。

 

 得てして人は、現在の状況が(・・・・・・)永遠のもの(・・・・・)と誤解してしまうものだ。

 かつて栄華を極めた神族が衰退してしまったように、永久不変のものなど存在しない。

 

 大仰に言えば、宇宙開闢以来から存在する法則ではなく、それが終焉まで続く筈もない。

 あくまでそれは人間が定めたものに過ぎず、であるのなら破るのもまた人間である。

 

 たとえ安定していても、いずれ未来の俺達が……武力か文化か宗教か科学か外交か。

 何がしかの形で席巻し、世界そのものを巻き込んで革命を興すつもりなのだから。

 

 

「それと国家の軍事力とは別に、共和国には金で雇うことができる"自由騎士団"が存在します。

 他国の退役軍人や、何らかの事情でいられなくなった者で構成された傭兵集団とでも言いますか」

 

「強力なのか?」

 

「他国の事情を知っている者で構成されていて、かつ歴戦の士が相当数在籍しているようですからね。

 統一性は劣るかも知れませんが、それだけに柔軟で容赦がなく、厄介極まりないと聞き及んでいます」

 

「汚い仕事もやるということか」

「金次第でしょうね。相当の武力集団ですから、共和国としても諸刃の剣なのは否めないでしょう」

 

 他国の軍事情報を知っている人間。さらには保有しているであろう人脈。

 毒を喰らわばなんとやら。もし接触し扱う機会があるとすれば、重々注意が必要である。

 

 

「自由騎士団それ自体が、国家内で権力を持っているということは?」

「大いにありえます」

 

 武力集団が権力を持てば、ロクなことにならないのは歴史の多くが示している

 かくいう己の野望とて例外ではない。いずれ(ちから)を持った時に変質せずいられるか。

 

 そういった意味でも常に戒めておかねばならないし、コントロールは必要だ。

 

 

「地方領主はどの程度の権力を?」

「一定期間の選出制ですから、国があくまで主体です。ですが――」

 

 少し考えるような仕草を見せてから、クロアーネは言葉を紡ぐ。

 

「現在の統領はかなり長期間……その地位についています」

「それは良い意味、ではなさそうか」

 

「汚職や腐敗は着実に進んでいるでしょうね」

「しかしその老獪さが、国を維持している側面もあるという感じか」

 

 クロアーネの表情から察した俺の言葉に、静かに頷いて返す。

 

 

「ん~む……それでも共和制自体は機能しているのか?」

 

「多少の自浄作用はあるかも知れませんが……正常とは言えないでしょう」

「とはいえ共和制の芽そのものは完全に潰されてはいない、といったところか」

 

 政治形態や社会制度なども、ゆくゆくは考えていかねばならないことだった。

 文明の発展と生活において具体的な方向性を示し、時に誘導し促進させる環境を作る。

 

 国家運営――ひいては世界を回していくのに、決して切り離せない。

 

 

「共和国は各国家間における緩衝地帯のようなものですから。生かさず殺さず……。

 各領地には隣接している強国の思惑が介入し、政治的に便利な道具として利用されている――」

 

「なるほどなー、内実は一層面倒そうだ」

 

 換言すれば、各国からの根が深いことを利用して、こちらも影響を与えやすいということでもある。

 

 交易によって三国の多様な文化が流入するので、文明発展の容量(キャパシティ)も大きいだろう。

 宗教偏重の皇国と隣接していないゆえに、宗教的に染めていく障害も少ない。

 軍事力も高くない為に、武力で制するのも他国に比べれば容易と言える。

 

 文明回華の初期立地としては、かなりの有力候補となる。

 ただし強国へとなっていく過程で、他国家への対応には繊細さを求められるだろう。

 

 共和国は"外交勝利"を活用していくのも、大きな一手と成り得よう――

 

 



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#42-5 閑話:連邦

 

「最後に、ここ"連邦"について。もっともある程度は御存知でしょうから――」

 

「あっボク実はあんまりよくわかってないから、初歩から頼める?」

 

 レドに頼まれ一応クロアーネは俺のほうを一瞥する、俺はコクリと頷きお願いした。

 俺の認知している情報も違うかも知れないし、改めて聞くことも大事だろうと。

 

「連邦は数多くの都市国家群による連合国家ですが、主に東部と西部に分かれます。

 小さき者たちが巨大な国家に対抗する為の同盟のようなもので、足並みは決して揃っていません」

 

(俺たちがいるのは連邦西部――教団も連邦内にあったが、まぁほぼ閉鎖空間だったな)

 

 

「"諸島"のある内海を挟んで東西に分けられ、同じ連邦でも毛色はかなり違っていますね。

 連邦西部は帝国と共和国と魔領、湖を挟んで皇国と接していて、戦争も少なくありません。

 連邦東部は共和国と王国に接し、外海を通じて極東とも本当に僅かですが交易しています」

 

「なーなー、東部と西部って何か違うの」

「連邦を一つの国として見た時に、東西では別国と言っていいほど文化がちがーう(・・・・・・・)んだよな?」

 

 レドの疑問に俺はうろ覚えな知識で答えつつ、確認の意味でクロアーネに振る。

 

「根本的に都市国家が主要国への対抗として連合形態を取っているので、細かくは全都市が違います。

 とはいえ大きな括りとして見れば、確かにその通りです。西と東では訛りを含めてかなり差があります」

 

「内海が大きく挟んでいて、陸路の交易がしにくいからねぇ」

 

 実家の仕事柄、交易業の一部を既に担っているファンランは実体験のように語る。

 

 

「確かに地理的要因も大きいですが、それ以上に"大魔技師と七人の高弟"の存在でしょうか」

「誰? そいつら」

 

「端的に言えば、生活用魔術具を一般にまで広めた人物……それも弟子を通じて世界中に」

「歴史に名を残す偉人達だね。わたしら全員が恩恵にあずかっているし、魔領の文化だって彼らのおかげだよ」

 

「魔術具なんて初代魔王の頃(・・・・・・)からあるじゃん」

 

 レドは突っ込んでいき、クロアーネが詳しく説明を重ねていく。

 

 ――大魔技師。連邦東部地方に生まれた、初代魔王と並ぶ歴史上最高の天才と呼ばれる。

 現在の大陸における魔術文明は、魔術具と切り離すことはできない。

 

 今の世界は彼とその弟子らによって作られたに等しい、と断言して良いほどである。

 

 

(俺がやろうとしてることの、言わば先駆者みたいなもんだな――)

 

 彼は魔術具を精製する為に、必要だった高等技術を低減させて革新をもたらした。

 今まで誰も思いつかなかったような用途と、それを実現する魔術具を開発・実現させた。

 

 弟子達は各国へと派遣され魔術具と製法を広め、一般市民にまで広く普及させていった。

 魔術具は神領を除く全てを席巻し、その素晴らしさを拡散させていったのだ。 

 

 それゆえに連邦東部の言語は、世界に広く通じることと相成った。

 東部は未だに天才を輩出した栄光と、発祥の尊厳を忘れられずにいる国民性のような部分が残っている。

 

 

(大魔技師は確かに魔術具を改良し広めた。が、それ以上に――)

 

 これは俺だけ(・・・・)が疑問に思えることだった。

 大魔技師が広めたもので最も興味深いのが、"単位規格"である。

 

 秒・分・時・日、長さ・重さなど、地球のそれ(・・・・・)とほぼ同じに思える。

 元の基準点となるものがないから、俺としても正確に計測しようがないのだが。

 

 しかし生活している上で、10進法や60進法なども常識として認知されている。

 一年は400日だし、5季で構成され一週間は8日など、星の風土そのものの違いはあるものの……。

 

 細かく見た時の基準は、元世界と変わらず存在しているのだ。

 動植物や組成にしても同様だが、これらを偶然の一致としてしまうか、それとも――

 

 

「全然知らなかったなあ。ボクも知らず知らず毒されていたとは」

「便利なのはいいことさね、何事も過ぎることがなければ、ね」

 

 かの偉人がそれを望んでいたのかはわからない。しかし予見はしていたことだろう。

 

 安価に生産が可能となった魔術具は、生活用のそれではなく戦争用にも開発されていく。

 純粋に魔物への対抗策として使われた物も、人を殺す道具として使われる。

 

 強力な魔術士以外にもより多くが戦争に参加し、規模は大きいものとなっていった。

 利便性が増して得たものは大きい、しかし失ったものもまた小さくないのである。

 

 

「共和国はアレだったが、連邦の合議制はきちんと機能しているのか?」

 

 連邦は各都市国家に委任された代表を、一堂に会して方策を決める合議制である。

 その中から他国への外交折衝役として、総議長が一人と各担当長が投票で決定される。

 

「東西のみならず都市国家ごとの気質が色濃い為に、それぞれの利害が交錯しています」

「一枚岩には程遠い、と」

 

「都市国家間の軋轢(あつれき)は表面化し、近年は戦争で矢面に立たされる都市群への支援体制など……。

 恐らくは帝国からの離間工作などもあり、盤石には程遠いことは有耶無耶にできないでしょう」

 

(共和国もそうだがネガティブな情報が多いな……)

 

 魔術文明があったとしても、いわゆる情報伝達技術が不足している時代。

 大魔技師がそれを思いつかなかったか、知っていてやらなかったのか――

 いずれにせよ遠距離通信は、非常に限られた稀有なものなのである。

 

(やはりどうしたって熟成されてない民主制などよりはアレかぁ)

 

 わかりやすく認知されている君主制のほうが、色々合致しているのかも知れない。

 

 

「特に"大地の愛娘"によって魔領側からの"人領征"がなくなってから、相当な年季が経過しています。

 その分だけ浮いた軍事支援の分配、防衛がなくなったことで力を蓄えている魔領前線都市の対応など。

 いかに他を出し抜けるかを考え、連邦から脱退するような動きなども見られているようです」

 

「競争相手が多いってのは、それだけ発展に邁進し促すものではあるんだろうが……悩ましいな」

 

「確かに密に繋がった都市国家間の各種産業や経済は、互いに大きな影響を及ぼしていますね」

 

 クロアーネは「良くも悪くもですが」と付け加えて話を締める。

 

 

 都市国家の清濁を併せ呑み、上手く結合・連鎖させるのはかなり困難。

 しかして実現できたのであれば、最高の潜在性(ポテンシャル)を発揮できることもまた事実。

 

 "科学勝利"を狙っていくなら、連邦は最高の条件を備えていると言えるだろう――

 

 

 

 

 話を終えた後に入学初日に使ったベンチに座りながら、俺は黄昏時の空を仰いだ。

 クロアーネへのお礼は改めてするとして、伝え聞いた国の情報を整理する。

 

 王国、皇国、帝国、共和国、連邦――テクノロジー進捗を、考えながら随時見極めていく。

 

 いずれ国家を打ち立てることがあった時、少なくとも寿命の問題は少ない。

 であるならば民主政治より、専制政治を()るという選択も大いに有りだろう。

 

 共和国や連邦を見るに、もっと近現代に近付かないと共和制というものは正常に存続しにくい様子。

 

 劇的(ドラスティック)な改革をするならば、やはり強力なカリスマある指導者であるべきだ。

 異世界文明に革命を興すという意味でも、共和制はあまり政治形態として向いてないだろう。

 

(まぁもっとも、俺自身が君主になるのは御免こうむるが……)

 

 

 既存の国家に勢力と文化を浸透させ、実効支配し奪い取ってしまう方法――

 どこかの都市国家や地方を治める領主と土地に取り入り、拡げてのし上がっていく方法――

 いっそ自分達でどこか最適な立地に、独立国家を作ってしまう方法――

 

 別段国家に拘泥(こうでい)する必要性はない。

 しかしどうせなら国取り合戦もしてみたい、というのは偽らざる本音であった。

 

(大規模に一元化できれば、他国家をコントロールし易いという側面は否定できないしな……) 

 

 なんにせよ大きな(マクロ)視点で語るには、小さな(ミクロ)進行状況も参照していかねばならない。

 

 黎明期となる今も、考えることは山積みで大変である。

 過渡期へと入っていけば、さらに面倒になってくるだろう。

 

 いずれは諸々が円熟に育ち、俺は指針のみであとは専門家達が固めてくれる――

 そんな風になってくれれればと、ひとりごちるのを終える。

 

 俺は立ち上がって伸びをすると、自室寮への帰路へと着いた。

 

 

 

 

 

 



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#43 心交誼 I

 

「ねーベイリルぅ~、それずっと読んでて楽しい?」

 

 そうベッドに座る俺に問い掛けてきたのは、幼馴染の少女フラウ。

 既に深夜にも差し掛かりそうなほどに、進捗報告書を読み耽っていたようだった。

 

 

「あーまぁライフワークみたいなもんだからな。気苦労も多いが面白いよ」

「ふーん……手伝えることあったら言ってねー」

 

 文明回華の為の下地作りは、わかってはいたが途方もない。

 今しばらくは勝手知ったる俺自身でないと、具体的な方針を指し示せない。

 

「エコライフを信条とする割に珍しいな」

「たまにはねー」

 

 フラウとは魔術部寮へと引っ越してから部屋も隣同士であった。

 ともなると、俺の部屋に入り浸ることが少なくない。

 

「あーしの部屋は物が多くてさー、でも迷惑なら戻るけど?」

「いや別に迷惑ではないよ……昔みたい(・・・・)で落ち着くしな」

 

 

 フラウはあの惨劇の日――両親の手によって、無事に逃げることができた。

 そして……同時に両親の死を、目の当たりにすることとなったそうだ。

 

 たった一人の少女が過酷な環境の中で生き延びたことは、容易に語り尽くせないもので……。

 親を喪い、家を焼かれ、苗字を捨て、身一つで放り出された。

 そんな彼女の中に唯一残されていたのは――"俺という存在"だったらしい。

 

 かつて送ったエメラルドの原石と共に、心の内に俺を住まわせて精神を保った。

 

 俺が幼少期に教え語った話や理論を、修羅場の渦中で実践し、死線の中で身に付けた。

 魔術を使うたびに俺を思い出し、俺が生きていると信じ、俺に再会する一念で頑張ってきた。

 

 きっと幼い少女の心を支えるには、そういう単純なものしかなかったのだろう。

 

 依存し病んでしまってもおかしくないほどの状況に違いない。

 それでも今、普通にしていられるのは生来の気質ゆえなのか。

 

 まがりなりにもジェーン、ヘリオ、リーティアという家族と共に……。

 カルト教団の庇護下とはいえ、順風満帆に過ごせた俺とは大きく異なる。

 

 

「そういえばフラウはどうしてこの学園に来たんだ?」

 

 奇跡や運命と断じて、ロマンチックにそう信じてもいい。

 確かに学ぼうと思ったなら、門戸の広いこの学園に来る確率は低くはない。

 しかし偶然の再会にしてはいささか都合が良い。

 

「ん~? 親切な人に(すす)められたんだよ」

「親切な人?」

 

「うん、わたし(・・・)はご存知ハーフヴァンパイアだからまー色々苦労もしてたわけよ」

 

 少しだけ真面目なトーンで語り出すフラウ。

 ハーフヴァンパイアという出自は、彼女を救い――そして彼女を苦しめた。

 社会的に忌避されながらも、生まれによる優れた資質によって生き延びたのだ。

 

 

 ヴァンパイアは分類するとなると、魔族という形になる。

 元々が魔領で生まれたのもそうだが、その特性も一因であった。

 

 かつて純ヴァンパイア種は、実際に魔力を糧として得る為に血を吸っていたのだ。

 暴走を(しず)め循環させる為という話だが、結果として吸血種として呼ばれるようになった。

 

 時代を経るにつれて魔力補充には非効率。血肉を(むさぼ)る抵抗感に、味も不味い。

 疾病リスクなどもあり、魔力循環抱擁の技法が安定化するにつれ廃れていった。

 

 とはいえ名称としても今も残り、人間社会で見れば多くが鼻つまみ者として扱われる。

 それはハーフであっても同様であり、犬歯と僅かに尖った耳で察せられてしまう。

 

 

 さらにエルフ種やヴァンパイア種は、種族傾向として単純に優れている。

 基本的に見目麗しく、肉体も比較的頑健で、感覚器官も器用貧乏ながら鋭い。

 

 そこまでであれば獣人種や亜人種でも並ぶ者、超える者はいくらでもいる。

 しかしそこに魔力適性が乗っかり、何よりも長命であることが明暗を分ける。

 

 人の10倍も研鑽できる時間を得られるということ。

 実際には3倍も生きれば、飽いて精神的に衰えることが多いそうだが……。

 

 それでも妬心(としん)から疎まれることは、決して少なくないのである。

 

 生徒会長のスィリクスが、エルフを上位に置く社会を作ろうとしているのも……。

 そういった反動や反発心の一面が、多分に含まれているように思える。

 

 

「でもね、やっぱり助けてくれる人もいた。その人が学園(ココ)で学ぶといいって、路銀と推薦文までくれた」

「金に……推薦文? となると学園の卒業生とかか」

 

 学園のOBやOGかなにかだろうかと思うと、フラウは何か思い出すように首を傾げる。

 

「う~ん、でもどっかで会った(・・・・・・・)気もする(・・・・)んだよね。長い黒髪になんか古臭い喋り方で――」

「灰色の瞳で小柄か?」

 

「あーそうだったかな? ってことはベイリルも知ってるのか。昔住んでた人だっけ」

「いや俺もうろ覚えなんだが……でも住民じゃない。恐らくは旅の魔術士かなにかだ」

 

 入学式の朝に見た夢で思い出した過去を振り返りつつ、俺は人物についての想像を巡らす。

 もしかしたら母の行方を知っている可能性のある人だ――

 

「そっかぁ、わたしのことも覚えててくれたのかなー。お金はくれるって言ってたけどいつか返さないと」

 

 フラウは学園に入学し、中央校舎で一般教養を学び……そこで一度燃え尽きてしまった。

 今の緩い人格とライフスタイルもその裏返しなのかも知れない。

 

 

 話を終えだらけていたフラウは――ふと何か思い出したかのように、ソファーから立ち上がった。

 

 視線を向けてみるも特に何も言わないまま、ベッドへと近付いてきくる――

 と、俺の隣へと潜り込んで共に寝転がった。

 

「……どうした?」

「話してて色々思い出したから、昔みたい(・・・・)に一緒に寝てみた」

 

 素っ気なさを装いつつ、俺は書類を枕元にしまって昔のようにフラウの頭を撫でてやる。

 

「そっかそっか」

 

 

 子供だった少女は……まだ若々しくも、とても美しくなった。

 季日は妹のような存在を、一人の女の子として見るのには充分な時間を与えた。

 

 "精神年齢"で言えば、ロリコンもいいところではあろう。

 とはいえ既に十数年もこの転生した体で付き合っていると、もはや些末な話であった。

 

 しかし実際に手を出すようなことには至らない。

 もしも純粋な人族(・・・・・)であったなら(・・・・・・)、我慢は無理からぬことであったろう。

 

 されど幸か不幸か、俺はハーフエルフである。

 繁殖能力も性欲も低いエルフの血を……半分は受け継いでいるのだ。

 

 その点に関して、純粋なエルフ種じゃなくて心底良かったと思ってしまう。

 ハーフでなければ性欲の極めて薄い、枯れかけたような存在になっていただろうと。

 

 

「ん、心が落ち着くなぁ」

「さっきからずっと落ち着いてなかったか?」

 

「んーん、ベイリルとまた会えたことは全然()せないし、ずっと心が揺れてるんだぜぃ」

 

 ()いやつめ、素直にそう感じた。だからこそ埋め合わせはしてやりたい。

 

 俺がジェーンとヘリオとリーティアに注いだ愛情の――ほんの少しずつでも今から与えてあげたい。

 

 幼少期は意識も目標も漠然としていたが、今は大いに違う。

 フラウだけじゃなく、色々な人と様々な形で 向き合っていきたい。

 

 それもまた元世界での……前世の人生において、できなかったことなのだから。

 

 

「ねぇねぇベイリル、(たか)ぶってる今って――好機ですよ?」 

「……んあ?」

 

 我ながら間抜けな声をあげて、幼馴染の少女を改めて見つめる。

 フラウはくいっと体を寄せ上げると、今にも顔が触れそうなくらいの距離で見透かしてくる。

 

「毎日毎日、考えないようにしてるのはわかってるよー」

 

 自分の心臓の鼓動が速くなっていくのを、俺は直に聞いていた。

 それと同時に、フラウの鼓動が速くなってるのも感じ取れるほどの密着状態。

 

「ちなみにあーしははじめてです。……安心した?」

「……まぁそりゃ。それに俺も――じゃなくて、すると思うか?」

 

「しないの?」

 

 フラウはそれまでのいたずらっ子な表情から、純粋無垢な瞳へと切り替わる。

 

 幼馴染同士――すっごい良いと言わざるを得ない。

 シチュエーションも雰囲気も、これ以上見込めないかも知れない。

 

 けれど何十年と(こじ)らせたそれ(・・)は、どうにも二の足を踏ませてしまう。

 せっかくの学園生活なのだから、かくあろうと軟派なことをしていても……。

 

 いざそういう状況になった時の対応は、どうにもなかなかしっくりこなかった。

 

 

「気楽に、でいいんだよ」

 

 ガツンとくる。酩酊や夢心地のような空気に、理性が失われていく。

 同じハーフという境遇にあり、幼少期を共に過ごした女の子。

   

 覚悟を決める。求められるならば応じようと。

 

「っそう……だな、俺たちにはそれくらいが丁度いいのかもな」

 

 どんな形であれ、フラウが欲するのであるのなら――

 

 

 徐々に距離が詰まっていき……遂には触れ合う。

 柔らかく、懐かしさ以外の匂いが脳髄を貫くようで……。

 

 全身でお互いを感じ合いながら、肌色の面積を広げていく。

 そうして俺はフラウの上になるように体を入れ替えた。

 

「つらかったら言えよ」

「ん、痛みは慣れてるけど……そこは素直に甘える」

 

 ゆっくりと俺は迎え入れられる。

 

 フラウは俺の体を一層強く抱きしめ、俺も気遣うように優しく抱き寄せた。

 

 



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#44 心交誼 II

 見開いて瞳を交わし、お互いの息遣いを耳に残し、湧き立つ匂いをお互いに染み込ませる。

 口唇を相手へ届かせ、質感と温度とを確かめつつ、心覚でも語り合うかのように。

 

(やばい……)

 

 語彙が正直それしか浮かばなかった。

 俺はフラウの為に生まれて、フラウは俺の為に生まれたような――

 

 心の底から体と共に繋がることが、これほどの多幸感を生み出すものだったのかと。

 動かなくても満たされ、充たされる。ポリネシアンよろしくスロー的なあれ。

 

 

「んっねぇ、わかる?」

「っふぅ……もしかして――お互いで魔力が循環しているのか?」

 

「うん、多分そうだと思う」

 

 ――魔力の循環作用。血液のように、魔力を全身に巡らせる基本技術。

 自分の中に貯留する魔力というエネルギー源を、意識し知覚する方法でもある。

 

 魔力を明確に認識することで、イメージした魔術の放出へと導く。

 また魔力を強く意識化することで、身体強化の振り幅も変化する。

 

 通常であれば漏出していない他人の内部魔力を、知覚することは不可能である。

 

 しかし俺はフラウの魔力流動の方向や速度を、肌を通して直に感じていた。

 フラウもまた俺の魔力の流動を、()れるように感じているのだ。

 

 

「これは種族的なアレでか」

「かもねぇ」

 

 ――エルフ種とヴァンパイア種。

 それぞれ魔力の枯渇ないし暴走する魔力を肉体に多く留め、巡らせることに成功した種族。

 

 "魔力抱擁"とも呼ばれる技法は、魔力の知覚・循環・操作に関して一日の長を与えた。

 純血種には劣るものの、ハーフであってもその恩恵の一部を授かっている。

 

 魔力による繋がりは肉体のみならず、精神的な繋がりもより強固にしてくれるような気がした。

 

 

「流れが速くなってる……?」

「へぇ~これもわかるんだ」

 

 それはフラウ曰く、独自に発展修得したという魔力操法。

 

 自身の肉体を魔力の加速器(・・・)として循環させ、魔術や身体がより強力なものになると言う。

 幼少期に俺が語った元世界知識の一つ、"粒子加速器"を(もと)にして着想を得たらしかった。

 

 

「話半分程度に聞いてたがなるほど、こんな感覚なのか」

「信じてなかったんかい、まったくもぅひどいな~。でもこれでコツ掴めるんじゃない?」

 

 俺も"魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)"の話を初めて聞いた時に試してみたことがある。

 というか暇があればトライしたものの、やれそうな手応えは全く得られなかった。

 

 あくまでフラウが死線の中に在ってで得たもの。

 決して一朝一夕で身につくものではない――と、半ば諦めていた。

 

 

「確かに、これは、なるほど、んむ……あまり頭がまとまらんが――いけるかもわからん」

「それじゃこれから毎晩練習(・・・・)しなきゃ、だねぇ」

 

 片八重歯を見せてにししっと笑うフラウ。俺は愛おしくその唇を自分のそれで塞ぐ。

 脳髄の細胞奥深くまで、魔力が加速し充填されるようで……。

 

 修得以前に――ただ単純に、俺はフラウに溺れるとそう感じさせるほどだった。

 名残り惜しそうに離れ、引き切れる糸を横目に、フラウは新たに瞳を投げかける。

 

 

「あとさ……知ってる?」

「なにをだ?」

 

「エルフとヴァンパイアって、できない(・・・・)らしいよ」

「あー……聞いたことあるな」

 

 類似と対極が混在する二つの種族は、何故だか成す(・・)ことができないのだとか。

 

 そう噂されるものの、そもそもエルフ種とヴァンパイア種の数は少ない上に、生活圏が違う。

 二種族間で恋仲に発展するに至るなど、実例に乏し過ぎて真偽は定かではない。

 

 

「ハーフ同士ならどうなると思う?」

「それって……」

 

「だ~からぁー、気にしなくていいってことじゃん?」

「確かに可能性は極端に低いかも知れないが……」

 

「それにもしできちゃっても、わたしは別にいいし」

 

 その時ベイリルに電流走る――背筋がゾクゾクと、俺は魂で身震いをした。

 

 

「そうだな、本音を言えば俺も同じ気持ちだ」

 

 幸いにも金銭面では困っていない、教団の財貨にゲイル・オーラムの後ろ盾がある。

 認知して養うことに危惧はない。精神年齢で語れば、孫がいることもありえるくらいだ。

 

 学園生活に支障は出るだろうが、留年制限もない単位制なのでどうとでもなるっちゃなる。

 

 

「そーそー、素直がいっちばん。そんじゃま……どーぞ」

 

 フラウはそう口にすると……足を大きく絡めホールドしてくる。

 

 俺たちは心と魔力を交わし合うように、ぎこちないながらも緩やかに続ける。

 そうして同時に達してから一息をついた。

 

 

「あのさぁ~、ハルっちも混ざったらどうなっちゃうのかな?」

「――ッ!?」

 

 俺の腕を枕にしつつ、フラウは突然何を言い出したのかと思った。

 

 ハルミアさんが混ざる……つまり三人でということか。

 確かにダークエルフの彼女であれば、相乗効果で倍率ドン! さらに倍!!

 ――大いにありえるし、男からすればなんとも魅力的な欲望ではある。

 

 

「いや……流石にそれは――」

「でもさぁベイリル、そういう目で見てるっしょ?」

 

「ぬっぐ……目ざといな」

「幼馴染の眼は欺けなーい」

 

 確かに情欲の眼差しを向けていたのは、紛うことなき事実であった。

 すこぶる丁度良い距離感の相手で、学生青春生活で是非ともお近付きになりたい、と。

 

 フラウをそういう目で見ることはあっても、態度には出さなかった。

 やはり家族のように育った一線のようなものが、心のどこかにあったのだ。

 

 ハルミアにアプローチしてたのも、そういった心理的抑圧の裏返しがあったかも知れない。

 

 

「でもいいのか?」

「……? なにが?」

 

「俺はもう……フラウ――お前以外を考えるつもりはないんだが」

「えーでも500年以上の付き合いだよ? 男の甲斐性見せなよ」

 

 そこで俺は降って湧いたように思い出す。ああそういえば異世界の社会通念(・・・・・・・・)であると。

 

 地球でだって時代や国によって異なっていたし、一夫多妻制というのは特段珍しいことではない。

 現代日本出身の俺としては抵抗感は残る……が、そこは開き直ってもいいのかも知れない。

 

 

「今は亡きお母さんも、大昔の全盛期は100人くらい囲ってたって」

「そんな一面があったのか……てかまだ子供だったお前に、そんなことも話していたのか」

 

 世話になっていた頃を思い出す。純粋なヴァンパイア種のフラウの母。

 俺の母エルフが正統派な美貌であったのに対して、あの人は妖艶なそれであった。

 

 性格は違うようでも二人はウマがあったようで、だからフラウとも家族ぐるみの付き合いだった。

 

 純血のヴァンパイア種である以上、性欲はそこまでではなかったハズだが……。

 それ以上踏み込んで考えるのはやめておくことにする。

 

 

「ってか、実はお前も知らない兄弟姉妹いっぱいいるんじゃ――」

「産んだのは私一人って聞いてたけど……どうだろうね」

 

 俺の母からはそういった話は聞いていないが、もしかしたら俺にだっていないとも限らない。

 

 特に全く話を聞いたことがない父親――異母兄弟が……なんてなきにしもあらずな話。

 

「まーでもわたしはベイリル以外の(ひと)とこういうことする気はないんで」

「そうだな、お前は俺のものだし……俺もお前のものだ。まっ見限られんよう精進するよ」

 

「うむ、励むがよい」

 

 冗談めかして交わされる、穏やかで心地の良いやり取りに二人で笑い合う。

 

 何百年経とうとも――例えば遺伝子工学やナノマシン、サイバネティクス化など。

 多様な手段でもって、限りなく不老不死にも近付いてたとしても。

 

 俺とフラウのこの関係は決して色褪せることなく、変質することもない――そう確信させる。

 

 

「それにわたしだって、他の誰にも"一番"を譲る気はないから」

「あぁ……少し(あいだ)はすっぽ抜けたが、物心ついてより最期を迎える時まで――俺の隣にいるのはお前だフラウ」

 

 そう誓約を結び立てるように、力強い言葉にてフラウを見つめる。

 

「おっまだ元気だね」

 

「情緒に欠けてすまん」

 

 お約束の後も夜は続いていき、いつしか日の光が室内を満たしているのに気付く。

 

 青春謳歌の内の1つとなる達成感を得ながら、俺達は朝のまどろみの中で眠りについた。

 

 



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#45 製造科

 

 ナイアブはとある様子を邪魔しないように(はた)から眺めつつ、素直な感想を述べる。

 

「スゴイわねぇ……」

 

 それは二人の少女と一人の少年が、ただひたすらに没頭している姿。

 

「珍しいですねえ、芸術科の()英才さん」

 

 そう話しかけてきたのは、暗い黄色の髪をうなじあたりで結った少女。

 つり目気味のきつそうな顔立ちは、凛としていて充実した気を帯びている。

 

 

「そう言うアナタも、政経科の秀才だったでしょうに……ねぇ"ニア"ちゃん?」

「あそこではもう必要分、学びましたから。落ちぶれたあなたとは違う」

 

 二人は専門部に通う同季入学生であった為に、何かと顔を合わせることがあった。

 優秀とされる者同士、出会う回数は増え……そして一時(いっとき)は男女の関係にもなった。

 

 諸々あって解消されてからは疎遠であったが、フリーマギエンスを通して再会する。

 その時は挨拶すら交わさなかったが、こうして今……隣に立って話す機会に恵まれたのだった。

 

 

「医学科はもういいのですか? なにもかも中途半端に投げ出して……反吐(へど)が出ますね」

「……あそこでは、大して学べなかったからね」

 

 慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度で吐かれる毒舌を、ナイアブは一度飲み込んでから受け流す。

 

 努力家である彼女には、さぞあの時期の己は見ていて不快なものだったに違いない。

 あの時はまだ若かった――などと達観するほど傲慢でもない。

 

 

「今度は製造科にでも入るつもりですか」

 

 ニアは一度(あらわ)にしてしまった苛立ちを、理性で押し込んでから問う。

 こんな男……とっくの昔に未練は立ち消えた。怒りを覚えるなど無駄な労力であると。

 

「違うわ……ただカノジョらに学ぶことはないかってね」

 

 改めて集中している三人を見る。門外漢でも凄いと思わせる、その一挙手一投足。

 並々ならぬ集中力と、僅かに笑みを浮かべ楽しんでいるような……そんな様子。

 

 熱狂した情動を、そのまま映し出したかのような――

 かつて芸術分野において、天才と持て(はや)された頃の自分と同じ姿があった。

 

 

 魔術具を主軸に多方面で自在な思考をもたらし真に至る、狐人族の少女リーティア。

 フリーマギエンスが保有している数々の発想を設計しておこす、帝国人の青年"ゼノ"。

 図面からその中身を実際の形に完成させてしまう、ドワーフ族の少女"ティータ"。

 

 三人はお互いを高め合うように才を伸ばし、凡人には理解できぬ領域へ既に歩を進めている。

 

 そう……彼女らは今の常識から考えれば、異物とも言える考え方を持つ。

 

 それゆえに製造科でも半ば爪弾(つまはじ)き扱いされていた。

 そんなところも……昔の自分を少し見ているようだった。

 

 

「で、ニアちゃん。アナタは何を担当しているの?」

「……収拾がつくよう、取りまとめ役です」

 

 平たく言えば雑用――とはさすがに口にはしない。

 彼女が自分と同じように、学ぼうと努力していることは理解している。

 

 フリーマギエンスで得られる知識は、"異質"としか表現し得ないものだろう。

 今までに積み重ねられてきた固定観念を……ぶち壊すような話ばかり。

 

 確かに数多くの正しさを証明したし、ワタシ自身その知識を享受するようになった。

 芸術分野においても曖昧ながら、様々なことを知り得るようになった。

 

 とはいえそれを自分の中で消化し、納得させるにはまだまだ時間が必要であった。

 

 

「そのわかった(ふう)な顔やめてくれる? わたしはあなたと違うのよ」

 

 抑えきれず昔の口調に戻りながら、ニアは忌々しさを隠すこと無く睨み付ける。

 そんな些細な感情の()れすらも、ナイアブにとっては嬉しいことだった。

 

「ディミウム家の名を世界に轟かすんでしょ」

「そうよ、誰かさんみたく立ち止まっている暇はないの」

 

 ニア・ディミウムには――才能がない(・・・・・)

 それは自他共に周知の事実であり、それゆえに秀才という評価に留まる。

 

 彼女を支えているのは不撓不屈不断(ふとうふくつふだん)の努力だった。

 驕りも怠りもない、純然たる積算をする他にやりようがない。

 

 

 だからと言って、才ある者を決して羨んだり妬んだりすることはない。

 才人から何を己の糧とすべきかと、まず第一に考える。

 

 非才の身だからこそ、当時はナイアブに惹かれた部分があったのかも知れない。

 

 そしてナイアブが落伍し身をやつした、カボチャ集団を制したという新入生の噂。

 たむろしていた部活棟に新たに立ち上げられた、フリーマギエンスに興味を持った。

 

 そこで己の道を指し示す煌めきと出会った。

 己の道を確かなモノとする、種々の理論を知り得た。

 

「道草を食べた分は……がむしゃらに走って追いつくことにするわ」

「好きにすればいい、わたしの関知するところじゃない」

 

 それ以降の会話はなかった、ただ不思議と悪い雰囲気でもないとお互いに感じていた。

 

 

 しばらくして一心地ついたのか、気付いたリーティアが声を掛けてくる。

 

「おっナイアブ兄姉(にいね)ぇじゃん! ちょっと頼みたいことがあったんだ~」

「あら、ワタシにできることかしら」

 

「芸術科の兄姉ぇのほうが最適だと思うよ、えぇーっと――コレコレ」

 

 ウチ(・・)は机の上に乱雑に置いてあった紙を取ると、ナイアブへと見せる。

 

 

「フリーマギエンスの象徴記号(シンボル)でさー、これを清書して欲しいんだぁー」

 

「中央真円の中に五角星形(ペンタグラム)、周囲に楕円が三つ、背景(バック)には二重螺旋の大樹?」

 

「基本構図はそのままで、上手く描きおこ(デザイン)してもらえないかな?」

「それは構わないけど……何か一つ一つに意味があるってことかしら」

 

「もっちろん! 魔術と円環、電子の軌道、遺伝子と系統樹を表してるんだよ」

「ん、う~ん……よくわからないわね、理解したほうが落とし込みやすいんだけど――」

 

 

 疑問符を浮かべたままのナイアブ兄姉ぇに、どう噛み砕くべきかウチは考える。

 ベイリル兄ぃがシンボルデザインを頼むのに、ウチを選んだのはそれが理解できる(・・・・・・・・)からだ。

 

 真円は――回転と循環、連続性と安定性と永久性、そしてこの星(・・・)そのもの。

 

 五芒星は――魔の術理と、知識を象徴している。

 さらに五本線がそれぞれ電磁力・重力・強い力・弱い力・魔力(だい5のちから)を意味する。

 

 三つの楕円は――"電子の軌道"、転じて科学。

 ベイリル兄ぃの知識と文化という形で寄り添う、"地球"という名の星。

 そしてこの惑星と双子のような存在として公転する、"片割星"をそれぞれ象徴している。

 

 二重螺旋は、遺伝子と上昇する進化(・・・・・・)。一本が"魔導"で、一本が"科学"を表している。

 

 二本の大いなる幹が頂点で収束・交差し、そこから枝が無数に分かれる。

 そうしてテクノロジーの系統樹(ツリー)として、魔導科学を体現していた。

 

 

 普通の人にはそのまま説明したところで、殆どわからないだろう。

 ベイリル兄ぃ本人も多分に曖昧なトコあるし、ウチも全てが完全に理解してるわけじゃない。

 

 それでも下書き案ならともかく、完成品は本職の人に頼んだほうが良いモノができるハズだ。

 

「要約するとー……"魔導と科学の融合による進化"。ココ一番大事!」

 

「ふーんむ……判然とはしてないけれど、ソコを念頭にして描いていけばいいワケなのね。

 とりあえずいくつかパターンを描くから、その中から選んで指摘してもらうのはどうかしら?」

 

「いいねーそうしよ!」

「リーティアちゃんは本当に活力があってイイわねぇ、ワタシも頑張らないとね」

 

 

 ウチは褒められることが大好きだ。ウチは褒められて伸びる子だ。

 

 ジェーン姉ぇは何しても優しく褒めてくれて、心地がすっごい良くなる。

 ベイリル兄ぃの期待に応えると、驚きと一緒に褒めてくれて楽しくなる。

 ヘリオがたま~に褒めてくれるのが、とっても新鮮で嬉しくなる。

 

 教団に買われる前のことは全然覚えてない。思い出せるのは三人と一緒に居た頃からだ。

 みんなが褒めてくれたから今のウチがいる。それ以外は全く想像できないくらい。

 

 いつまでも四人みんなでいられれば、それでいいと思ってた。

 でも学園に入学して友達ができた、友達であり仲間であり同志とも言うべき2人が。

 

 今までと違う生活も楽しい、全然違った張り合いがある。

 こうやって世界は拡がりを全身で感じながら……。

 

 いつだってどこだって、ウチは精一杯を楽しんでいくのだ。

 

 



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#46 賢才器 I

 

 某氏曰く――"科学における全ての偉大な進歩は、新しく勇敢な想像力によってもたらされてきた"、と。

 

 それは科学に限った話ではなく、万物普遍に言えることなのかも知れない。

 停滞や安定のみならず、リスクを(かえり)みず進んできた者達がいたから進化し得た。

 

 散っていった者達は、その何倍もいるに違いないのだが……。

 ここには失敗を恐れず、未来に変革をもたらすだろう3人が揃っている。

 

 そんな彼女らの為にできることは、どんな失敗もこっちでリカバリーすること。

 萎縮させることなく、のびのびと、自由に、思うサマやれる環境を作ってやることである。

 

 

「おい待て、コレおれの引いた図面と微妙に違ってないか?」

 

 帝国人である彼は、何故か停止してしまいので引き上げた"装置"を見て製作者へ問う。

 

 淡い水色の短めの髪に、暗い青の瞳。男にしては華奢で筋肉もないだろう。

 顔は僅かに吊り上がった目元くらいで、特徴がないと言えばない。

 凡夫のような男は、しかして常人には理解できない頭脳を持っていた。

 

 

「――……良かれと思った」

 

 亜人種の"ドワーフ"族である彼女は、装置と男を交互に他人事のようなトーンでそう言った。

 

 狐耳の少女よりも、さらに一回り小柄な体躯。色素の薄い桃色のツインテール。

 なんだか眠たそうな半眼のまま、微動する程度の表情を貼り付けている。

 

 ドワーフ族は魔力枯渇から派生した数ある種族の一形態である。

 (つの)のない小柄の鬼人族のようなもので、外見(そとみ)にはわからない膂力を備える。

 さらにその少女は、繊細で器用な指先も持ち得ていた。

 

「ッオイ!」

 

「まーまー、"ゼノ"もそうカッカしないでさぁ。やっちゃったもんはしょうがないじゃん?

 ……ウチもこっちのがいいかなって、"ティータ"の無断改造に乗って調整しちゃいました!」

 

 

「じゃあ二対一でゼノの負けっすねー」

「――ッッ」

 

 年長者としての意地で、ゼノは声にならない声を抑え込む。

 

 ティータもリーティアも、終始この調子だから慣れたもの――

 と、割り切るまでには大人になれない。

 

 しかし意地をぶつけ合ってこそ、"化学反応"が起こるのも理解しているのが悩ましい。

 

 

「それに"失敗は成功の母"ってベイリル兄ぃも言ってるし!」

 

 唐突に話を振られて、()は三人の世界へと入る。

 

「ん? あぁ、まぁ……俺が言ったわけじゃなくて、どこかの誰かの言葉だけどな。

 実際のとこは、失敗だけじゃなく成功も含めた膨大なデータの集積あってこそだとは思う」

 

 俺は「素人意見ですまんが」と付け加え、ゼノの溜飲を少しでも下げようとする。

 

「ハルミ(あね)ぇはどう?」

 

「えっ私ですか? そうですね、私のやってる医学分野も概ねそんな感じですよ。

 ナイアブ先輩から教わった毒物や、魔薬(まやく)類にしても実験・検証の繰り返しです」

 

 

 何か怪我などがあった時の為にと、その場に呼ばれていたハルミアも自身を当てはめつつ同意する。

 

「ほらぁ~」

 

「ほらぁじゃねえ、んなこたぁおれだって重々十二分相応ぉ~~~に承知してんだっての。

 ただおれらは……命短し生き急いで、少しでも差を埋めてかなくちゃいけない――だろ?」

 

 失敗から学ぶことあれど、その時間すら惜しい。それほど道は果てしない。

 

 場を少し沈黙が支配してから、ティータが率直な感想を漏らす。

 

「ゼノ、言うことが重い(・・)っす」

「たまの恥ずかしいセリフ解禁だぁ~」

 

 リーティアはまた始まったと言った風に、俺とハルミアは揃ってふっと目を逸らす。

 長命種である自分達は、今この場で言えることは何もないと。

 

 

「はんっ! いちいち照れ臭がっていて、名言・格言・金言が残せるかってなもんだろ。

 おれはおれの生き方に対して、"全く微塵にも恥ずべきところはない"を信条にしているんだからな」

 

「じゃあ自分は、いずれゼノの"絶対恥ずかしくない語録"を作って一発儲けるっす」

「ウチは百部くらい買ってみんなに配ろ~っと」

「それはやめろ」

 

 

(印刷・出版か――)

 

 俺は話の流れからテクノロジーの一つに思いを致す。

 情報の伝達速度は、文化・国家に多大な影響を与える為にコントロールが必要である。

 それゆえに大量印刷できるようになるのは、まだ先の予定なのだが――

 

 そう俺は構想してはいるものの、リーティア、ゼノ、ティータ。

 この三人の才能が本気を出せば、製作するのはそう難しいことではないとも思う。

 

 いくつもの数式を用いて設計をこなし、科学に対する愛すら垣間見えるゼノ。

 理論を土台にした感覚派で、繊細かつ挑戦的な創意工夫でなんでも造り上げるティータ。

 魔術と科学の両輪で、単独のみならず二人の仕事をさらに引き上げるリーティア。

 

 いるところにはいる(・・・・・・・・・)ものなのだ、こういう手合(てあい)というものは。

 雑多十色なこの学園に探しに来たからこそ、出会えた逸材と言えよう。

 

 

 とはいえ疑問も残った。リーティアは幼少期から、現代知識教育をしてきたからに他ならない。

 しかしゼノとティータは、知識を得てまだ2季と少しほどしか経っていない。 

 

 こんなにも簡単に受け入れられる下地を、いつ得たのかは疑問であった。

 ただ単にそういう気質だった、と言われればそれまでだが……直感的に腑に落ちない。

 

 常人とは違うものを持っているだろう、ハルミアやナイアブ。

 彼女らですら、ゼノとティータの吸収力の前では霞んで見えてしまう。

 

 

「なぁゼノ、ティータ……ちょっといいか?」

 

 賑やかな三人の輪に、割り込む形で呼び掛ける。

 そろそろ突っ込んだことを尋ねてみても、良い頃合かも知れないと。

 

「なんだベイリル?」

「なんすか?」

 

「率直に聞きたいんだが、二人はどうして新しい知識(・・・・・)を受け入れられたんだ?」

 

 少し言葉足らずであったが、何を言いたいのかはゼノもティータもすぐに察する。

 

「……べつに(・・・)。良いものが良いってのは、誰でもとまでは言わんがまあわかるだろ」

 

「自分はあれっすねー、同年代の仲良かった子がいたんすよ」

「仲良かった子?」

 

「この二つ結び(ツインテール)もその子の影響なんすよ」

 

 

 くりくりと人差し指で毛先を回しながら、ティータは話を続ける。

 

「当時の記憶はそんな覚えてないんすけどねー、ただすっごい行動力で色々連れ回されたっす。

 そんで何か見つけるたびに色々作らされて。新しい何かを見つける為に作らされて。

 もうそこら中を駆けずり回っては、親に叱られて――柔軟な考えはその頃に育まれたみたいな?」

 

 少しどこかで聞いたような話であった……。

 俺もフラウをちょいちょい連れ回しては、実験の手伝いをしてもらった。

 確かにそうしたフラウは魔力・魔術面において、俺の想像を超えた技法を会得している。

 

「その子は今どうしてるんだ?」

「途中で引っ越しちゃってわからないっす」

 

 いまいち判然としない、ふわふわとした話であった。

 ただ何がしかの影響を与える人物がいた、ということは一考の余地が見える。

 

 

「あぁ……なるほどわかった、ありがとう」

「なんのなんの、ベイリっさん」

 

「――これは素朴な疑問なんだが、ティータはなんで俺を"さん付け"なんだ?

 入学季は俺たちのほうが後だし、同学年で同じ年だろ、リーティアのように呼び捨てでも――」

 

「えっ、だってベイリっさんって先輩っぽくないっすか? なんていうか……立ち振る舞いが。

 武具とか工具とか色々なこと教えてくれるし。すっごい物知りで、心の広い伯父さんみたいな感じ?

 だから呼び捨てするのって、なんかこう自分的にはあまりしっくりこないんすよねぇ」

 

「――……俺の知識は、魔導師の受け売りだからな」

 

 核心についたことを言われて、やんわりと否定する。

 精神面で言えば転生しているので、実際のトコその通りでギクリとしてしまう。

 

 

「ああそういう(てい)っしたね、リーティアから聞いてるんで大丈夫っす」

 

 俺は糾弾するつもりもなかったが、反射的にリーティアをぐっと見つめた。

 

「ごめんベイリル兄ぃ。二人が結託して身辺洗って、魔導師探そうとしたからさぁ」

「いや……いいよ、遅かれ早かれ知ることだ。ただ二人とも内密で頼むよ」

 

 聞こえるか聞こえないかほどの息を吐いて、俺はリーティアの頭を撫でる。

 

「黙っているのは別に構わんが……ベイリルよ、おまえ自身が上に立とうとは思わないのか?」

 

 ゼノの言葉に、俺は一片の曇りもなくはっきりと強い声音で答える。

 

「思わない。俺が見たいのは"未知"であって、その妨げになりそうな要素は極力排除する方針だからな。

 矢面に立っていてはどうしたって危うくなる。まぁ処世術みたいなもんだと思っていてくれ」

 

 

 それは紛うことなき真実の言葉。その手の支配欲求のようなものは、さして魅力を感じない。

 そりゃある程度の中間管理職みたいな仕事はせねばなるまいが……。

 頂点に立っての義務と責任を負うのは、正直なところ面倒という印象しかない。

 

 

「"未来視の魔導"……にわかには信じにくい話だが、本当なんだな?」

「――そうだ。無意識の夢のような形で見ているから、魔導なのかは甚だ疑問だけども」

 

「まあ既にいくつも実証されてるから、そこらへん疑いはないっすね~」

 

 実際のところ、俺が地球に住んでいたという話はフラウくらいしか知らない。

 それはまだ幼少期に、大して考えもせずに話してしまったからに他ならない。

 とはいえフラウも俺の言葉だから、信じているだけのようなものだった。

 

 リーティア、ジェーン、ヘリオは、地球の知識であるということは知っている。

 しかしあくまで俺が別世界のことを夢で見たオトギ(ばなし)――という形で伝えているだけだった。

 

 異世界でこうも生きていると、本当に地球に住んでいたのかすら曖昧な心地になる。

 夢のような形というのは、あながち感覚としては間違っているものではなかった。

 

 

「他に聞きたいことはあるか?」

 

「……いや、本人の口から改めて聞きたかっただけだ。おまえは他とは違う(・・・・・)ってな。

 帝国からわざわざ、連邦くんだりまで来た甲斐があったよ。これは素直で偽りのない本心だ」

 

「またクサいっすね」

「はい短時間で二回目~」

「おまえらなあ!」

 

 賑やかな輪がまた形成される。長い時を生きていけば――その過程でいずれは別れが来る。

 それでもこういう暖かな瞬間。その切り取られた時間の一つ一つが……。

 

 かけがえのないものなのだと、俺は肩を竦めながらハルミアと一緒に微笑んでいた。

 

 



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#47 賢才器 II

 

 なんのかんの"魔術機械"の小修繕と再調整が終了し、作業を再開する前に試運転をする。

 その動作をリーティア、ゼノ、ティータはそれぞれで注視していた。

 

 俺とハルミアは3人の邪魔にならないよう、少し離れた位置で見守る。

 

「おいーっす」

 

 すると、よくよく見知った男が唐突に現れる。

 講義があれば必ず突き合わせることになる顔であった。

 

「よぉオックス、どうした?」

「おうよベイリル、面白そうなことやってんね」

 

 魔術部魔術科の同輩であり、友人でもあるオックス。

 後に海の民を統べる海帝目指すだけあって、惹き付けられるような何かを感じる。

 

 

「ふむ……フリーマギエンスに属してない者には教えられんな、だから入部しろ」

「利は受け入れ、供すれど、迎合はせず。オレはオレの道を行く、さっアイツらを紹介してくれ」

 

「いやオックスお前自分でいけよ、無遠慮なの得意だろ」

「んだよ~、友達甲斐のない奴だな。ハルミア先輩もそう思いません?」

 

 オックスは俺の隣にいたハルミアへと会話を流す。

 ハルミアは魔術科のほうにも、ちょくちょく来るので二人は顔見知り程度ではあった。

 

「友達にはいろんな形がありますから。賑やかなほうが楽しいと思いますし、入ったらいかがです?」

「先輩にそう言われちゃうと悩んじゃうなあ~」

 

 

 緩んだ顔を見せるオックスに、俺は一応釘を刺しておく。

 

「ハルミアさんはやらんぞ」

「なぬっ既にお手付きだったか」

 

「私は物じゃありませんよー、まったくベイリルくんは最近押しが強くなって困ります」

 

 ふわっと浮いてしまうような満更でもない微笑に、俺もオックスも心臓を打たれた。

 ともするとオックスにぐいっと首を取られ、小声で話し掛けられる。

 

「フラウちゃんといい羨ましいな、ベイリルよ」 

「お前だって故郷に帰れば許嫁(いいなずけ)がいるんだろ、しかも三人も(・・・)

 

 

「んっまあねえ、でも半分は家族みたいなもんだからなあ、実感ねえわ」

「時間が経てば――また違う目で見られるようにもなるさ」

 

 そう俺は知った風な口で()く。

 それが良かれ悪しかれ、時は色々なものを風化させる。

 

「経験者は語るってやつか?」

「……否定はせん」

 

「んなっマジかよテメエ!」

「そうだな、せっかくだから留年しろよ。百年くらい経てば見方も変わるさ」

 

「おれが学園七不思議の"闇黒校章"になれってか、おまえほど生きらんねえよ」

 

 男同士のフランクなやり取りを、ハルミアはどこか羨ましそうな目で見つめていた。

 しばらくして落ち着いた後に、オックスは話を戻す。

 

 

「んで、マジなとこ何してんの?」

「地盤を掘ってるんだよ」

 

「なにっまさか七不思議の中でも実用性ありそうな、開かずの学園地下迷宮(ダンジョン)を探してるのか!?」

「お前も大概、(ゴシップ)好きだよなぁ……でもハズレ」

 

 否定した俺に重ねるように、ハルミアが答えを教える。

 

「みなさんは温泉を探してるらしいですよ」

「温泉? ――って、たしか火山地帯とかじゃないとなくね?」

 

 ハルミアの言葉にオックスは疑問符をいくつも浮かべる。

 俺は昔漫画で読んだにわか知識を、少しだけ語ってやった。

 

「地下は深くなるほど温度が上がってくらしく、そこに水があるとそれが温泉になるらしい。

 実際にあるかどうかはわからんが、まぁ初の合作品の案をくれって言われたからな」

 

 単純に地面を掘り続けるだけの、極々単純な魔術機械具。

 冶金技術もまだ洗練されていないし、機構も即席で出力も足りまい。

 

 しかも掘った後は、魔術による人力で周囲を固めていく予定らしい。

 確かにリーティアであれば恐らくは造作もないのだろうが……。

 

 なんにせよこうして、成功と失敗と思考と工夫を繰り返していくものである。

 

 

(それにもし……地熱エネルギーが使えれば――)

 

 一帯の地勢は明らかではないし、もしかしたら(ワンチャン)あればいいな……程度のもの。

 

 高次テクノロジーとなってしまうが、あくまでそれは世界に対してである。

 リーティア、ゼノ、ティータにのみ限るのであれば、恩恵のほうが大きいと見る。

 

 実際的な地熱の利用の為には、魔力による介入作用も()るだろうが……。

 結局科学一つとっても、現在の文明レベルでは魔術に頼るのが適解であった。

 

 しかしそれこそが醍醐味でもある。本来通るべき過程(プロセス)を魔術によってすっ飛ばす。

 簡略化し、効率化し、安定化に漕ぎ着ける――それでこそ"魔導科学"というものだ。

 

 魔術だけではできないこと、科学だけではできないこと、両輪併せて高みへと昇る。

 原子や素粒子――あるいはそれ以上に直接的に働きかけることで、前人未到の領域へと踏み込む。

 

 手段は選ぶものの、使えるものはなんだって使う。

 あれこれ気を揉んでは、間に合わなくなるかも知れないのだから。

 

 

(今はまだ内々にだが、この三人ならば試す価値はある……)

 

 フリーマギエンス内でリーティアがいる限り、それらはコントロール可能な範囲内。

 そもそも今ある文明と、地熱・蒸気・発電などのテクノロジーでは間隔が飛びすぎている。

 

 今の文明レベルで、各種エネルギー産業を理解できることはまず不可能である。

 猿が銃を理解できるかと言われればNO(むり)であり、機構や作用と恩恵を理解できる者はいない。

 

 もしも億が一いたとしたら……こっちから引き抜き(ヘッドハンティング)掛けるところである。

 率先して広めるのはよろしくないが、多少なりと漏れる程度であれば問題はない。

 

 

「ところで内海の民は温泉に入るのか?」

「海流の流れによるな、温泉のある島が近付けば出張ってくのはいるぞ」

 

 内海の民が住むという海上都市は、文字通り海上に浮かぶ都市であるらしい。

 海面に浮かんでいるので海流によって場所を変え、都市丸ごとで漁業を(おこな)い貿易をする。

 

 海賊にも内陸国家にも怯える必要のない、完成された都市だそうな――

 

 現代地球にもない恐るべきテクノロジー。

 しかし魔術がある異世界では、存在それ自体は既に常識として認知されている。

 

 魔術具なのか魔導具なのか、あるいは魔法具であるのか。

 超大規模な儀式系魔術とか、浮遊石のような異世界物質を利用していたりするのか。

 それが一体どういう原理なのかは、一般には全くの不明である。

 

 海帝になれば知れるかも……とオックスは以前言っていた。

 

 

「諸島か、一度くらいは巡ってみたいもんだな」

 

 旅行がてら観光人生を楽しみながら、世界を(じか)に見て情報収集する。

 そうやって文明の発展を促す為の、土台作りが完成するまで待つ予定だ。

 

「暇があったら案内してやるよ」

「海上都市も案内してくれるのか?」

 

「内海の民から妻を(めと)って、オレたちの一族になるならいいよ」

「ケチな民だなあ」

 

 

 排他的というほどでもないのだろうが、完結された社会を保とうというシステムなのか。

 技術や文化の流出を防ぐという意味において、鎖国的な政策は全てが悪いわけではない。

 

「うるせー、もしオレが海帝になったら国賓として招待してやってもいい」

「ただの友人としてなら行ってやってもいい」

 

 お互いにフッと口角を上げて笑い合い、ゴツンと拳をぶつけ合う。

 

「なっ! オレと人脈(コネ)作っておいて良かっただろ? だからあっちの三人紹介しろ」

「結局そこに立ち返るんかい、まぁ構わんけどな。邪魔はしないように」

 

 

 オックスを連れて俺はリーティア達に紹介する。

 

 そうやって輪は拡がっていく――人が人を呼び、信用が信用を築いていく。

 学園生活を通じて繋がった糸は、きっと後々に役立ってくれる。

 

 フリーマギエンスと影響を受けた者達が――いずれ世界を回していくよう願って。

 

 

 



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#48 魔導師 I

 夜半に面識のない人物がいきなり訪ねてくる。普通であれば警戒を要するところであろう。

 しかし"彼女"は顔見知りではないまでも、全く知らない相手というわけでもなかった。

 

 いずれ探して会うつもりだったが、まさか向こうから来るとは思いもしなかった。

 

「えっと……夜分遅く申し訳ありませんが、はじめまして」

「あっはい、どうも」

 

 招き入れられた女性はいわゆる典型的な魔女ルック(・・・・・・・・・)とでも言おうか。

 濃紫色のとんがり帽子に長いコート、さらには木製の杖まで持ったいかにも(・・・・)と言った風体。

 

 

「"シールフ・アルグロス"です」

「ご存知ですとも、"魔導コースの講師"どの。魔術科のベイリルです」

 

 僅かに黒ずんだような銀髪に、三つ編みお下げツインを帽子から伸ばした女性。

 背丈は大きくも小さくもなく、スタイルも良くもなく悪くもなく。

 

 顔もごくごく平凡と言った感じで、ただ薄い黄色の瞳には好奇が僅かに窺えた。

 こちらの観察するような視線に気付くと、帽子を目深に被ってしまう。

 

 

「して、ご用向きのほどは?」

「その……積もる話かも」

 

 ベイリルはシールフを部屋へ上げると、クロアーネ特製のお茶請けと共にもてなす。

 

 魔導コースの講師――学園で唯一の"魔導師"。

 見たことのない学園長の次に、権威があるとすら言われている人物。

 

 

「んっ……美味しい! 結構長く生きてるつもりですが初めての味です」

 

「作ってくれた人に伝えておきます。自分の故郷の味(・・・・・・・)を再現してもらおうと思って」

 

 少し大人しめの印象を受けていたが、思ったより感情は素直に吐き出すようであった。

 

 

 魔導師は世界中でも100人もいない――本当に選ばれた人間だけが辿り着く領域とされている。

 

 魔力を貯め込む生来の容量(キャパシティ)。実際的に魔力を自在に操る卓抜した才覚(センス)

 現実へ落とし込むほど没入する想像力(イメージ)。思い込みを可能とするだけの精神力(メンタル)

 

 さらにそれらを実らせる……研鑽の原動力とする欲求を、兼ね備えていなければならない。

 

 つまり魔導師という者は、自然と一辺倒になるきらいがあり、排他的な傾向が非常に強い。

 

 王国には魔導師が寄り集まった互助組織こそある。

 しかしてそれも、各々が利己的な目的で集まっているに過ぎないと聞く。

 

 ゆえに自身の研究の為の弟子などではなく……。

 単なる善意でもって、学園で生徒へ教えるような人物は稀有と言えた。

 

 

「故郷の味……ですか、ご出身は?」

「一応帝国です、幼少期の育ちとしては連邦西部のが長いですけど」

 

 シールフは少しだけ、含みを持つような表情を見せて何度か頷く。

 魔導コースへの打診をしに来たのかとも思ったが、雰囲気は違うように感じられる。

 俺は自分の部屋で居心地の悪さを握り潰しながら、相手の反応を待つ。

 

 

「私は――魔導師です」

「……? えぇそれは知っていますが」

 

「なんの"魔導"を使うと、思います?」

 

 シールフの問い掛けに、俺は疑問符を浮かべるしかなかった。

 魔導師であることは学園でも周知の事実であった。

 

 しかし彼女がなんの魔導師であるのかを知る者はいない。

 

 なにやら無断で学園の情報を収集しているらしいスズですら掴んでいない。

 何の魔導かなどと問い掛けてくる理由も……いまいちわからない。

 

 

(一体なんの魔導、か……)

 

 まあせっかくのクイズだし、付き合わないのも無粋であろうと考える。

 

 魔導師とは当然そこに至るまでに、様々な魔術を習得している。

 魔力容量やイメージ放出の練度が違う為、ただの魔術一つとっても並の魔術士より強力である。

 

 しかし魔導とはその人物だけ(・・)が使えるくらいの唯一無二のもの。

 

 火水空地の四属とそれらの派生に()らない、純粋な渇望や願いを具象化する。

 原理や実現象に頼らず、ただ純粋に研ぎ澄まされた、魔力とイメージと放出で現実にしてしまう。

 

 それらは一般の魔術には当てはまらず、言うなれば埒外(らちがい)に存在するもの。

 魔術士が魔導を目の当たりにすれば、こんなの不可能であると肌で理解してしまうのだと。

 

 そして彼女の魔導は誰にも知られず、されども彼女は魔導師であると認知されている。

 

 

「本当は魔導師じゃない、とか?」

「ふぅ~む、なるほどなるほどーそうきましたか。でも残念、違います」

 

「えっとじゃあ……"幻覚催眠"とか"記憶操作"とか"認識改変"、とか?」

「お、おぅふ……」

 

 パッと思いつくことを言ってみると、シールフはたじろいだ様子を見せた。

 当てずっぽうで言った中に、的を得ていたのがあったのか。

 現代日本の創作(フィクション)では、よくあるモノゆえの回答であったのだが――

 

 

「せ……正解は"読心の魔導"です。相手が望むなら、記憶を封印するような措置もできます」

「なるほど、精神療法(メンタルケア)とかにとても役立ちそうですね」

 

 俺はとぼけたことを言いつつ、反射的に本心を悟られぬよう濁す。

 心を読まれてしまえばどうしようもないが、その場合でも時間稼ぎになるように。

 

 "読心"――シンプルでありがちだが……凶悪だ。

 対策も考えれば色々あるが、どこまで通用するかはわからない。

 なんにせよ学園内で露見していないことに対する得心はいくというものだ。

 

 

 とりあえず俺は頭の中で強く念じてみる。

 

(右ストレートでぶっ飛ばす――)

 

 本気でそんなことをする気はなかったが、なんらかの反応(リアクション)は得られるだろうかと顔色を見る。

 

 しかしシールフの様子は変わることなく、真っ直ぐこちらを見つめたままであった。

 こちらの怪訝な様子を見て取り、慣れた対応でシールフは返してくる。

 

「私も節操のなく記憶を読む真似はしません。基本的に合意の上です……――」

 

 逆にこちらの顔色を窺うように瞳を向けてくる、読心の魔導師シールフ。

 今のところ明確な悪意は感じず、言ってることも多分嘘ではないのだろうと思う。

 

 

「そこかしこで心を読んでたら……精神的に参っちゃうので」

 

 何故そんな魔導を修得するに至ったのだろうか……と思ってしまう。

 しかし初対面でズカズカと踏み込んでいくような真似は流石にしない。

 

 誰しも……言いたくないことの一つや二つはあるものだ。

 尋ねられることすら、嫌悪することもあるだろう――と。

 

 

「――そろそろ、本題を聞きたいのですが」

「えっとその、"フリーマギエンス"を少し調べさせてもらいました」

 

 一転して真剣な面持ちになるシールフへ、俺も覚悟を決めて(のぞ)む。

 

「学生の団体にしては……あまりに異質極まります。それに元締めには魔導師がいるとか」

「はい……魔導師"リーベ"の指示で、自分が中心となって動いています」

 

 そう表向きの事情を説明すると、本当に心は読んでいないのか――

 シールフは少し悩んだ様子を見せてから、ゆっくりと口を開く。

 

 

「私は学園長から、様々な権限を許されてます――」

「学園長って――実はシールフさんが……とかではなく?」

 

「確かに"幻想の学園長"は、学園七不思議にも数えられてます。でも実在します」

「どんな人なんですか?」

 

「あの人は身分を隠して影の黒幕(フィクサー)気取りながら、自分が正しいと思うことをして回るのが趣味なので。

 勝手に教えたら私がネチネチ言われます。世界中を駆けずっているので、その内出会えるかも知れないです」

 

 

「はぁ……"自分が正しいと思うこと"、ですか」

「一般的な観点で見れば、善人ですので。あなたが悪人でなければ大丈夫です」

 

 そもそもこんな学園を作るくらいだから、そこらへんの心配はさほどなかった。

 貧する生徒への支援も割と手厚く、国家や種族を問わない自由な学園。

 

「話を戻します。私はその学園長から治安の維持なども言付(ことづ)かっています」

 

「――査察ということですか」

 

「えぇ、あなた方が広めている知識……一聞(いちぶん)すると荒唐無稽のようでいて――」

 

 

 シールフは一拍置いてから、こちらを真っ直ぐに見据え告げる。

 

「その実、核心に迫っている」

 

 (いさ)めるような言葉とは裏腹の彼女の双眸を眺めつつ、俺は直感的に察してしまった。

 彼女は単なる警告・忠告や、(とが)めに来たわけではないのだと。

 

 フリーマギエンスの部室棟ではなく、夜半に……個人相手に訪ねて来たことも――

 現状明かす必要も特にないのに、わざわざ読心の魔導であることを明かしたことも――

 心の天秤を揺らしているのを隠しきれず、それでも(つと)めて遠回しに口にしていることも――

 

 

 現状フリーマギエンスは生徒達に対して、その知識を断片的に開示するに留めている。

 

 単純に知識の体系化が明確にされていない為に、仕方ない部分があるのも否めない。

 今は異世界にとって常識外の知識であっても、柔軟に受け入れられるような人材の収集には役立つ。

 

 しかしピースの欠けた情報からでも、価値を見出してしまう"ゼノ"のような人間もいる。

 

 きっとシールフもその(たぐい)であるのだろう。

 並々ならぬ修練を積み、一つの到達点へと登った魔導師であるがゆえに。

 

 知識の切れっ端からでも……見えてしまう(・・・・・・)のだ。

 

 

 ゲイル・オーラムの時と同様に、"俺"は万感を込めて笑い掛けることにする。

 

 ――同志へと――受容者へと――理解者へと――なり得る人へ向かって。

  

「……知りたいですか? 世界の深奥(しんおう)を――」

 

 



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#49 魔導師 II

「……知りたいですか? 世界の深奥(しんおう)を――」

 

 もはや崩れる顔を隠すこともなく、シールフはこちらを見つめて口の中を乾かしていた。

 

 魔導へと至る者は皆、偏執(へんしゅう)的な知識欲・探求欲を抑え込むことは不可能なのだろう。

 

「やはり裏に魔導師などいない……あなたこそが――」

 

「まぁそうです。なんでもは知らないですが、少なくとも世界中の誰よりも"仕組み"を知っている――と思います」

 

 俺は頭を交渉モードに切り替えながら、相手を引き込んでいく。

 自分が持ち得る知識を最大限に使う価値がある人物であると。

 

 相手は本物の魔導師――ただそれだけでも(はく)が付く。

 しかも読心の魔導。彼女の協力を得られるのであれば、尋問などにもうってつけである。

 

 

(それよりも何よりも……)

 

 俺の知識を、直接読み取ってくれる(・・・・・・・・・・)

 それを魔導師へと至った頭脳で噛み砕いてくれる。

 

 これは記憶を読まれてしまうことを差し引いても、お釣りがくることを確信させる。

 もしかしたら俺自身が忘れている記憶すらも掘り起こして、それを利用できるかも知れない。

 

 それが文明回華と、フリーマギエンスにもたらす利益は……とても想像がつかない。

 

 リーティアやゼノは現代知識を大いに理解・発展させてくれている。

 しかしそれもあくまで、俺の拙い話からというだけである。

 

 

「シールフさんの常識が何もかも崩れ去るかも知れません」

「私は……いまさら一向に構わない」

 

「今ある生活に戻れなくなるかも」

「もとより隠居同然。暇潰しに講義をしているだけ。そもそも私もこの学園の生徒(・・・・・・・・・)

 

「へぇ……――って、ええ!?」

 

 流石に驚愕を禁じ得ず、俺は間抜けな声を発してしまっていた。

 続いてローブの下に隠されてれいた、"校章"を見せられて納得してしまう。

 

 

 "その色"は――10年生の黒い校章よりもさらに深い。

 光すら呑み込むような"闇黒色(あんこくしょく)"であった。

 

「学園七不思議が一つ、"闇黒"校章――本当に実在していたとは……」

「教師ではなく特別講師(・・)。学園にはもうかれこれ百年以上――」

 

「百年!? でもシールフさんは人間じゃ――」

 

 パッと見ても、長命種にあたる種族的な特徴は見られない。単なる若作りの人間だと思っていた。

 魔力操作に長じた者の多くは、肉体的な活性も得られる為に、若々しいことが少なくない。

 

 魔導師ともなるのだから、実年齢は高いとは思っていた。

 同時に魔導師であれは肉体活性の恩恵も、ことのほか大きいに違いないと。

 

 若くてもさしあたり40や50そこそこと思っていたものの、100年以上ではいくらなんでも……。

 

 仮に"不老"ともなると、それは魔導の領域に踏み入ってしまう。

 魔導は基本的に1人につき一つとされている。

 

 強固なイメージはその分だけ、他の想像を阻害してしまうからに他ならない。

 読心の魔導師が真実であるのであれば、寿命に関わるようなレベルの魔導は使えない筈だ。

 

 

「私は神族の先祖返り(・・・・)なんで。この瞳、陽光に照らせば僅かですが金色に輝きます。

 世界でも片手で数えられるくらい珍しい事例ですから、知らなくても無理はありません」

 

(いわゆる隔世遺伝ってやつか、初めて聞いたがそんなケースもあるんだな……)

 

 獣人種や一般的な亜人種などは、そういった遺伝が受け継がれることがままある。

 人と獣人の子供では、概ね半々くらいの確率というのが共通認識として存在する。

 

 また両親が人族であっても祖父母のいずれかが獣人種だと、子が獣人種になる可能性もある。

 

 

 一方で亜人種でもエルフやヴァンパイアは、魔力抱擁の特性か……確実にハーフとして産まれる。

 

 シールフのケースだと――"神族大隔世"、とでも言うべきか。

 何十世代も離れた祖先の遺伝的形質が、その遠い子孫に突然発現する。

 

 しかも母体から誕生する際にではなく、成長過程で唐突に……。

 全ての種族が神族由来である以上、誰もがその可能性を持っているということか。

 

 

 

「その場合寿命はどうなるんでしょう?」

「さぁ? なにぶん事例が少ない……。ただ体感だと全く老いないわけではない」

 

 神族は不滅の存在――かつてはそう印象付けられていた。

 しかし時代を重ね凋落(ちょうらく)し、今は儚げな存在とすら思われている。

 

 不老とされるが、厳密には寿命はあるのかも知れない。

 しかし少なくともエルフの1000年を、ゆうに超える長命であることは間違いない。

 

 しかし彼らには常に、暴走と枯渇という爆弾を抱えているようなもの。

 エルフやヴァンパイアと違って、決して繁殖能力も低くはない。

 

 しかし神族は自ずから、種の数を増やすことを恐れ始めたそうな。

 暴走と枯渇という災厄が、数を増やしすぎたことによる反動であると……。

 まことしやかに語られ、にわかに信じられているらしいのだ。

 

 

「っと脱線しすぎた……本題に戻りますが、読心の魔導はどうやって(・・・・・)どこまで(・・・・)読み取れます?」

 

「間接的であれば学園全域くらいの表層記憶。直接接触で時間を掛ければどこまでも――」

「まっ……じすかぁ、半端ないですね。私的(プライベート)なことも?」

 

「心象風景は個々人によって違って、住み慣れた場所が多く、そこに隠されたものを見つける感じ。

 秘匿物は強引に探すことも可能だけど……拒絶される分だけ、こちらも消耗しちゃいます」

 

 シールフの説明を聞きながら俺は決断する。いや最初から決断はしている。

 もし仮にプライベートな部分に踏み込まれても、それを超えるリターンがあると。

 

 まともに交渉するまでもなく乗ってきた彼女の気質と能力は、文明回華の"起爆剤"と成り得る。

 

 

「了解しました。俺の記憶を読んでいいですよ」

「あっさり了承するんだ?」

 

「口では説明できないことが山ほどありますから、積もる話(・・・・)です」

 

 シールフは少し悩んだ様子を見せた後に頷く。

 

「わかりました、あと気分が悪くなったら言ってね」

「はい。それと――俺の記憶を読んだら、多少は協力してもらいますよ」

 

「……私に可能なことなら」

 

 元世界の知識に触れれば、協力せざるを得ないだろうとは思いつつも一応言質(げんち)は取っておく。

 

 彼女は暇潰しとして学園で講師をして暮らしていた。

 つまり人生の長きを生き飽いていた。言わば将来の俺(・・・・)であろう。

 

 そうならないように俺は文明を発展させ、未知なる未来を見ようとしている。

 

 記憶を読めば、きっと彼女は名実ともに……。

 俺の映し身であり、同調者となるのかも知れなかった。

 

 

(いや……俺とは頭の出来が違う――)

 

 所詮己は凡人の域を出ない……どころか、前世では落伍者――カボチャと変わらないかも知れない。

 知識は偏っていて付け焼き刃で底が浅い。所詮ゲーム感覚で采配をしているに過ぎない。

 

 なんなら彼女が架空(・・)の魔導師リーベなどではなく、本物(・・)の魔導師として。

 文明発展を促す――その指導者に立っても良いくらいなのだ。

 

 

「それじゃ、お願いします」

 

 俺が受け入れる態勢を作ると、シールフは手を合わせ魔力を集中させていく。

 

 魔力の胎動のようなものがこちらまで伝わってくるようだった。

 魔術が魔導とは明らかに違うものだと、改めて思い知らされるようで……。

 

 膨大でありながら、これ以上ないほど繊細緻密に洗練された魔力の流れと滞留。

 ただ観察しているだけで参考になるし、自然と感嘆が漏れ出てしまう。

 

 そうこう考えている内に、シールフは集中を終えていた。

 彼女は目線だけで「どうぞ」と、両の手の平を差し出してくる。

 

 シールフが開いた手へと、俺はゆっくりと両手を重ねた――

 フラウとの閨とはまた違う、じんわりと魔力によって干渉される感覚。

 

 

「ッッ……!?」

 

 バッとその両手はすぐさま引き剥がされた。それは俺ではなく、シールフによって(・・・・・・・・)

 

「えっ……あ、う~ん、は? んん!? その――」

 

 ぱちくりと見つめられながら、シールフは言葉が出ないようであった。

 

「まぁ、そうなるな」

 

 俺の記憶をどこまで読んだかはわからない。

 なんにせよ異世界人から見れば、俺は異邦にして不確定要素(イレギュラー)な存在。

 そんな領域外の知識に触れたら、こんな反応(リアクション)になってしまうのも当然だ。

 

 

「――言いたいことは色々ある……言葉で尋ねても仕方なくって、でもええっと……狂人(・・)じゃない?」

「読んでわからないんですか」

 

「いやわかる、わかるけど……むしろ私のほうが狂人じゃないかって、あーもう! 異世界ってなに!?」

「口で説明するより、読んだほうが理解できるかと」

 

「それであなたは本当はおじさんもいいとこで、科学? で、この世界を変革しようってのも――」

「事実です。もっとも精神は肉体に引っ張られているのか、結構変わっちゃってる自覚ありますけど」

 

「くっ……もう既にわけわからない、こんなのってあっーーーもう!!」

 

 そうヤケクソ気味に叫ぶと、シールフはもう一度両手を握り直す。

 

 

「あっうぅっう……調節しないとこっちが破裂しそう……この私がこんな無様な――」

 

 ぶつぶつ言いながら耐えようとするも、やはりもう一度引き離してシールフは脳を休め始める。

 

「ところでこれって手を繋ぐより効果的な方法とかあります? 粘膜接触(・・・・)とか」

「あーごめん、今そういう余裕ないから」

 

 よそいきの仮面はどこへやら、興奮して素の反応を見せるシールフに俺は一笑する。

 

 俺の記憶に踏み込んでいるのだから少しからかってやろう。

 そんな気分で言ってみたものの、彼女はそれどころではないようだった。

 

 

 繋がり、伝え、離し、休み、また繋がりを繰り返し、俺だけが退屈に一晩過ごしてもまだ終わらない。

 そうした結果――濁流のような記憶を整理するには、一晩どころか年単位を要する(・・・・・・・)という結論に達した。

 

「もしかしたら私は……無意識に表層部分を読んで、知らず興味を惹かれてたのかも」

 

 

 頭を冷やしながら我を取り戻したシールフは、そう言い残して夜明けに去っていった。

 

 そうして俺の学園生活に、新たな日課が加わることとなってしまったのだった。

 

 

 




学園編の前半はこれにて終了です。次からは幕間劇を挟んで中盤へと差し掛かります。

お気に入りや評価・感想などを頂けるとが上がるので、気が向いたらよろしくお願いします。


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#50 銅と金

 

 人生の転機というものは突然やってくる。

 

 昔からそつのない子供だった。共和国の交易団で生まれ、学び育った。

 一つの共同体(コミュニティ)の中では、みんなが親であり教師であり兄弟姉妹。

 国内のみならず、越境することもたびたびあった。

 

 子供の頃から付き合い長い馴染みの女性と、生涯を共にしようと誓い合った。

 祝福されながら交易団を抜けて、一所(ひとところ)に居を構えた。

 夫婦仲は円満で、愛娘が生まれてすくすくと育ち、仕事も順調で幸福な人生だった。

 

 しかしいつもの日常は、唐突に終わりを告げる――

 

 その日も仕事を終えて家へと帰った。そこには乾いた血がぶち撒けられていた。

 目に映って数分か、数十分か、数時間か……。

 愛すべき妻と娘の遺体だと気付きながら、ずっとずっと見つめ続けていた。

 

 

 世界は悲劇に溢れている。それは世界を巡ったから知っている。

 魔物であったり、戦争であったり、事故に病気に災害でも――

 

 自分にとってもそれは例外ではなかっただけだ。

 

 ただ改めて気付かされたのだ、しかしそれを受け入れても……。

 否、受け入れたからこそやるべきことがあった。

 

 今までが幸福だったことに感謝すべきか。

 幸福だったがゆえに、その喪失感はより大きな痛みとして襲うのか。

 

 

 なんにせよ家族を失った悲しみは、永劫癒えることはないだろう。

 しかしそれ以上に僕が殺したと、(いわ)れなき弾劾(だんがい)(そし)りを受けるとなれば……。

 自身の精神が耐えられなくなると……心が壊れてしまうとわかっていた。

 

 だから社会から姿を消した――

 

 

 犯人が僕を陥れようとしているのかもわからない。

 場当たり的なそれなのか、あるいは計画的なモノだったか。

 

 もはやどうでもいい。ただ妻と娘を殺した人物を探し出す。

 そしてこの手で葬ってやろう、その一念のみで第2の人生を歩み出した。

 

 人心掌握を筆頭に、必要となったあらゆる技術を修得した。

 情報を拾得する為に、ありとあらゆることに手を染めた。

 

 

 およそ8年……もう重ねることのない娘の年齢と同じくらい、費やし続けた。

 

 犯人は他愛もない――ただ悪徳と権力がある、珍しくもない人間だった。

 無様に命乞いをさせ、淡々と殺し、処理した。付随する全てを潰し、断絶させた。

 

 それで、おしまい――

 

 自身の存在は世間に露見することもなく、覚えた技術で残りの日々を生きる。

 

 持たざる者には何もしない。ただ持てる者を(たばか)る。

 盗み、偽り、侵し、騙し、壊し、脅し、横流し、捕まれば()ける。

 

 別に義賊めいた行為をすることもなく。徹頭徹尾、自分で、使う。

 

 

 そして――こういう事態(・・・・・・)は珍しい。何故なら基本的にヘマはしない。

 運悪くということは何度かあったが、しかし明確に追跡され見つかることは初めてだった。

  

「わたしに何か御用向きですか?」

「ンン~、そうっちゃそうかもネ」

 

 突如眼の前に現れたのは、七三分けの金髪を整える年上の精悍な男だった。

 

 さらに親子なのだろうか……薄い金色の髪で瞳を隠した少女。

 離れ過ぎず後ろの(ほう)に隠れるように佇んでいるのだが、何故かメイド服を着ていた。

 

(――娘と同じ年の頃くらい、か)

 

 そんな詮無いことを思いながら、七三男はポケットに手を突っ込んだまま話を続ける。

 

 

「"素入りの銅貨"って言うんだってェ?」

「……? わたしのことを言ってるのでしたら人違いでは――」

 

 警団に属するような、法の下に生きる人間ではないのは明らかであった。

 さらに付け加えれば堅気(かたぎ)ではなく、その道の人間だと雰囲気から察せられる。

 

「そういう駆け引きはいらないなァ、追い詰めてる時点でわかるだろぉ?」

 

 

 逃げ足にはそれなりに自信はあるものの、この男からは逃げられそうもない。

 そもそも逃げ道となるべき方向は、薄っすらとだが金色の糸のようなモノが見えていた。

 些少ばかりの武術の心得も、全くもって通じる気がしない。

 

「損害の補填ですか? それでしたら二倍……いえ三倍にしてお返ししましょう」

「損害? ン~……まァあるっちゃあるか。確か――なんだっけ」

 

 すると少女が男の服を後ろから引っ張り、男が屈んだところで耳打ちをする。

 

 

「おーおー"プラタ"ちゃんはスゴいネ。んー利子つけて、連邦金貨十枚ってとこにしよっか」

「……記憶力は良いと自負しています。どの件について言っているのでしょう?」

 

「街中で子供三人からスリ盗ったやーつ」

「――あぁ……あの子たちですか」

 

 都会へ出て来たばかりの、おのぼりさんのような三人組か。

 裕福そうな装いで、確かにそれぞれが連邦金貨1枚分くらいは持っていた。

 

 しかし生憎と3人分の3倍に利子分まで、すぐには持ち合わせがない。

 基本的にその日暮らしだし、掠め取ったものはすぐに換金して貯蓄もしない。

 

 

「……少しだけ時間を頂いても? もちろん監視付きで構いません」

 

「言い訳としては見え透いているが……まっ自分の立場は、表情を見るに理解しているようだ。

 キミをこうして見つけたということは、逃げてもまた探し出せるということだからねェ――」

 

 金で解決できるなら安いものである。

 裕福な人間から盗んでもいいし、模造品を本物として売り飛ばしたっていい。

 

「でもねぇ、本当に(まかな)うつもりなら、桁が一つ違う」

「連邦金貨を百、ですか? それはいくらなんでも法外では」

 

「キミを探し出す為に使った金額と、投入した人材が生み出す筈だった利益を計上するなら……。

 もっとかも知れないねェ。そこも補填してもらわないことには、ワタシとしては承服しかねる」

 

 

(つまるところ――どうあっても自由にさせる気はない、ということか……)

 

 裏の世界に生きる人間。吹っ掛けるのも当然、報復するのも当然。

 あの3人組が裏側の人間の身内だったとは珍しく見誤った。

 

 なんにせよこれは……久々に少々厄介な事態である。

 

「目的を聞きましょうか」

 

 似たようなことは、今までにもある。

 その時はあくまで自分から潜り込んでのことだったが、やることはさして変わらない。

 

 信頼を積み上げて頃合いを見て去る、その時に少し失敬するだけだ。

 

「んんっん。理解が早くて助かる、キミの才能が使えるか知りたい」

 

 

 装わずあからさまに怪訝な顔を浮かべつつ、男の次の言葉を待つ。

 最初から雇うつもりならば是非もない、(てい)よく利用させてもらおうと。

 

我々(・・)は事業の為に有能な人材を求めていてねぇ、折角だから雇おうかなーって」

「一体何をさせられるのでしょう」

 

 男はこちらの質問には答えるつもりはないのか、勝手気ままに話を進めていく。

 

「なかなか興味深い犯罪歴だ、大量だが判明しているのは軽いものばかり」

 

 

 七三分けの男は、一拍置いてからゆっくりと目線を向けてくる。

 それは引き絞るかのように、ねっとりと心臓をワシ掴みにするような。

 

「一見自棄(ヤケ)にも見えるが……まるで知られたくないナニカを隠すかのようだ」

「特に隠れ蓑にしてるつもりはないですが」

 

 そこに嘘はない。ただやることがなくなったから、今は好きに生きている。

 いや好きで生きているわけではない――ただ死んでいない(・・・・・・)というだけだ。

 

 

「はっは、でもキミは人を殺しているだろう」

「はぁ……わたしが、ですか」

 

 こちらの反応を窺いながらも、男は楽しそうに地面を足先でトントンと叩く。

 

「明確な殺意を持って殺人を犯した人間の匂いまで、嗅ぎ誤るほど耄碌(もうろく)しちゃあないない」

「それは……大層な嗅覚をお持ちのようで」

 

 一筋縄ではいかない、海千山千とも言える相手であることを再認識する。

 だが労力を掛けてこの男を騙す必要はない。その周囲を騙してしまえばそれで済む。

 

 

「いろ~んな人間と関わって、機微には(さと)いと自負してるんだが……読みきれないねえ。

 それだけでもキミには見るべきところがある。だからこうして、自ら出向くのがやめられない」

 

「仮に殺人者であるなら、そんなわたしを雇うと?」

 

「べっつにィ~そこに大した興味はない。ただ理由なき殺人をするような人間じゃなければいい」

 

「貴方のところで百金貨分を労働で稼ぎ出すまで解放しない、ということでよろしいですか」

「いいよォ~どうせその頃には、キミはココ(・・)から出ようとしなくなる」

 

「随分な自信ですね」

「キミが有能であれば自然とそうなる」

 

 こちらを見透かすような男と――こちらをじっと見つめる少女。

 大きく嘆息を吐いてから観念したように、両手を挙げて降参のポーズを取る。

 

 

「さてキミはなんと呼べばいいのかな?」

「"カプラン"です。――貴方の名をまだ伺ってないのですが」

 

「おぉっとすっかり忘れてた、ワタシはゲイル・オーラム」

「わたし……"プラタ"」

 

 

 人生の転機というものは突然やってくる。

 

 僕にとってそれは2度目の転機であり、3度目の人生の幕開けであった。



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#51 銀の新世界

 

 大昔は"陽キャラ"で、今は"陰キャラ"――

 私を端的に表すのであれば、彼の世界(・・・・)のその言葉が最も相応しいのかも知れない。

 

 王国の一般家庭の子として生まれた。夢見る少女だった、恋に恋する乙女だった。

 平々凡々と思いきや、少し変わった青春時代(・・・・・・・・・・)を過ごし、色々と傷ついた。

 

 中退して以降は王国内で、実に多種多様なことに励んだ。

 そうしてある日、神族の遺伝子が発現して老いにくい体となった。

 

 それから世界を放浪し始めて、魔力と魔導は研ぎ澄まされていく。

 疲れ果てた先で、"あの人"から話を持ち掛けられた。

 

 後の学園長は知己を寄り合って学園を創設し、「良ければそこで静かに過ごすがよい」と。

 

 

 気付けば100年以上が過ぎ去っていた。暇潰しに魔導コースの講師までやった。

 学園七不思議の内、2つほど数えられてしまうまでに居座ってしまった。

 

 しかしそれもようやく終える時がきた――やりたいことを見つけられた。

 それは寿命不明な一生を懸けても……終わるかもわからないほどの目的。

 

 卒業は今少し先となるが、既に学園と組織とを行き来することにも慣れてしまっていた。

 

 

「シールフくん、キミぃほんとはいくつなんだい?」

「その質問、ベイリルにもしたでしょ」

 

 私は同室にいるゲイル・オーラムの質問にそう返す。

 

「ほォ~ワタシも忘れてるような記憶を読んだのかな?」

 

「かもね、でも集中している時は直接的じゃなくても弊害があるって教えたハズだけど?

 あなたが(ほの)かに感じた表層既視感(デジャヴュ)が意図せずとも流れ込んできちゃうの」

 

 

 ベイリルの脳内から得た地球の知識を、ひたすらに書き出していく作業。

 それは途方もなく未だ終わりが見えないものの、それでも飽きることはなかった。

 

「――なんにせよ女性に尋ねるようなことではないけれど」

 

「ふぅ~む、それはそれはシツレイした」

 

 

 全く未知の文明、知識、体験、それらを整理し体系化する。

 それが私のやるべき仕事、為すべき重要な事柄。 

 

(この世界には積算がない――)

 

 厳密にはいくつもあるのだが、ただそれが広がっていきにくいのだ。

 魔術があるからそっちに流れてしまう。既得権益にしがみつき抑え込んでしまう。

 

 探求好きの魔導師とて門外不出が常であり、他人に享受させるなどもっての他。

 お互い合意の上で契約魔術を使えば、無闇矢鱈に情報が漏洩することもなくなる。

 

 そうして連綿と継承されるモノの裏で、時に失伝することも往々にして存在する。

 

 

(大魔技師がいかに特異な存在だったか……)

 

 7人の高弟をとり、自身の知識と技術を教え込んだ。

 世界各国にそれまでに類を見ない魔術具の用途と製法を広め、統一単位を浸透させた。

 

 人々は溢れ始めていた魔物へ対抗し、生存圏を大きく拡げていった。

 結局は彼らの死後、戦乱の中で多くの魔術具は(いびつ)な発展と衰退を遂げていく――

 

 

「ねぇオーラム、あなたはこれら(・・・)には興味がないの?」

 

 私は紙の束を掴んで端に寄せながら、ゲイルに何の気なしに聞いてみる。

 

 既に書き連ねた別世界の知識の源泉。まだ断片とはいえそれは宝の山。

 しかしゲイルは手を出すことはない、ただ己の領分をはみ出ることがない。

 

 

「折角の楽しみが、台無しになっちゃあもったいなぁい」

 

 そう言ってゲイルは自分の範囲内での仕事と、取りまとめを(おこな)う。

 ベイリルの考えた手順に従って、人脈を使い各所の成果を積み上げていく。

 

 "使いツバメ"によって各地に作った機関とやり取りをして、少なくなく自ら出向いていく。

 ひとたび荒事が発生しようものなら、たった一人で鎮圧し屈服させてしまう。

 

 対外的な交渉と資金繰りに関しては、彼がいないと成り立たない。

 彼の経験とセンスと能力は、読心でも真似できるものではなかった。

 

 

「……そうかもね」

 

 不思議な男である。彼には隠すべきことが何もないというほど。

 表層部分とはいえ、記憶を読まれても全く気にした様子がない。

 

 私がわざわざ他者を巻き込まぬよう、一人で魔導に集中していようと……。

 仕事のすり合わせの為に、こうして平然とやって来るのだ。

 

「さってっと、ボクぁそろそろ会う約束があるからごきげんよう」

 

「はいさようなら、またいずれ――」

 

 ゲイルは何一つ変わらぬ調子のまま、やることはやって部屋から出て行った。

 

 

 

 私は今しばらく作業を続けてから、魔導を解いて休憩へと入る。

 

 すると予定した時間通りに、小さき訪問者が現れた。

 

「シールフさん、こんにちは」

 

 まだ10歳にも満たないメイド服の少女が、2人分の食事を載せたワゴンを押してくる。

 

「ありがとう"プラタ"」

「はい、一緒に食べていいですか?」

 

「もちろん」

 

 既に2人分持ってきているし、恒例のことであっても律儀に確認する。

 それは幼いながらも生来の気質なのか、人に寄り添えることを知る聡い子だった。

 

 

 プラタはまだ(つたな)さが残るものの、しっかりとした作法で食事をしていく。

 

 読心の魔導を利用した精神療法(メンタルケア)をしてより、やけに懐かれるようになった。

 とはいえ悪い気がするはずもなく、孫娘を相手にするような心地。

 

 色々なことに興味を持つ少女を相手にするのは、丁度良い気分転換にもなる。

 

 

「あのシールフさん」

「なーに? プラタ」

 

「この後にカプランさんが会いたいって……」

「カプランが? なんの用だろ」

 

 直接実務を担当するカプランとは、特に予定はなかった筈だった。

 プラタは少しだけ言いにくそうにした後に口を開く。 

 

「個人的にシールフさんの(ちから)を借りたいって――」

「ふーん、まぁ構わないけど。プラタが伝えてきてくれる?」

 

「うん!」

 

 

 食事を終えてプラタは空いた食器をワゴンに戻し、押して部屋を出て行った。

 少しだけ待った後に、(くだん)の男を連れてやってくる。

 

「失礼します、シールフさん。少しだけよろしいでしょうか」

「えぇどうぞ」

 

 促すようにカプランをソファーへ座らせ、その向かいに私も座る。

 プラタは誰に言われることもなく、少し離れた椅子へ座った。

 

「プラタの心を読んで、彼女を癒したとお聞きしたもので――」

「つまりあなたもやって欲しいと?」

 

「可能であれば……」

「記憶を読まれること、構わない?」

 

「覚悟の上です」

 

 

 同意があるのなら是非もない。私は魔力を集中させて魔導を発動させる。

 互いに両手を繋いで、ゆっくりと同調させていった。

 

(おっおぉ、すっごい……)

 

 私は思わず心象風景の中で言葉にしてしまっていた。そこはまるで、記憶の宮殿だった。

 

 普通の人は住み慣れた我が家であったり、粗雑な倉庫だったりする。

 変わった人の中には、荒野や深海のような人間もいたものだが……。

 

 読心とはそういった場所に漠然と浮かんだ、残滓(ざんし)のようなものを探していく作業。

 

 しかしここまで整然なものは――未だかつて見たことがない。

 記憶を手間暇かけて探す必要がないほど、スムーズに選別ができる。

 どういう生き方をしたら、こんなにも美しく記憶を詰められるのか興味が湧いてくる。

 

 

 宮殿内を歩きながら、私はカプランの記憶と目的を読んでいく。

 彼は亡き妻と娘に、心の中だけでも会いたいようであることを理解する。

 

 本当に自分が記憶し、思い描いている姿が正しいのか……。

 わかっていても不安になってくる、そんな気持ちの奔流。

 

 私は手馴れたように、彼の心に投映させてやる。

 カプランにとって最も幸福だった頃の記憶を――

 

 

 零れ落ちる涙と、ギュッと握られる手と手。

 しばらくはそのまま浸らせてやる、彼の気が済むまでずっと……。

 

「っあぁ……ありがとう、本当にありがとうございます」

 

 しばらくしてから漏らした、感謝に満ち充ちた心と言葉。

 彼の半生と、支え続けた背骨(バックボーン)を知る。同時に信頼に値する人物ということも。

 

 ゆっくりとカプランは私の手から離れ、彼は焼き付けた(まぶた)の裏を見つめ続ける。

 

「娘は妻の影響で花が大好きでした。二人の墓に……数え切れないほどの種を植えようと思います」

 

「とてもすてきね」

 

 

 私は微笑を浮かべながら、プラタを連れて出て行くカプランを見送る。

 

 彼は復讐を終えてから、ずっと逃避して生きてきた。

 精神の折り合いをつけられていないのに、そのままやってこれてしまった。

 自覚せぬままも過ごせていたのは、彼の才覚あってのゆえか。

 

 あとはプラタが娘のような立ち位置で、彼の支えにもなってもくれるだろう。

 今の仕事にも充実感を得ているようだったし――今はまだ伝える(・・・・・・・)べきではない(・・・・・・)

 

 血溜まりの中に、映り込んでしまった違和感。

 彼はずっと立ち尽くしていた、それだけの記憶の奥底に刻まれてしまった。

 

 だから精細に、鮮明に、その残ってしまった映像記憶に間違いはないだろう。

 復讐すべき相手は――まだ他に存在しているのかも知れない、ということを。

 

 

「っふぅ……」

 

 私は一息をついて気持ちを切り替える。

 この手のことも数百年の人生においては経験済みのことだ。

 

 長く生きるコツは忘れること、それでも飽いてしまっていたが……。

 彼にもいずれ時機はやってくる。それまでは束の間の想い出を噛み締めていたほうがいい。

 今すぐに無粋にぶち壊す必要性はない。

 

 

(それにしても――)

 

 カプランの優秀さには図らずも驚かされた。

 "素入りの銅貨"――いつでも、どこでも、知らぬ間に、懐に入り込んでいる手腕。

 

 色々なところに潜り込んでいた経験から、事務・実務を完璧なほどにこなしてしまう。

 読心できる私よりも人心掌握に長け、距離感や機微を掴むのが凄まじい。

 

 按配が絶妙なのだ。人を見て何が適し、どの場所に、どの程度の差配をすれば良いのか。

 

 それら全てを計算した上で、相手を操るように、自覚させず、やってのけてしまう逸材。

 

 

 ベイリルの夢想にして野望――はっきり言って相当無茶なものだと思っていた。

 異世界の科学テクノロジーを使って、世界に変革を興すなど障害が多すぎる。

 彼にとってはあくまで超長期目標であり、その間の暇を潰せれば良いというだけなのだろうが……。

 

 しかしゲイル・オーラムとカプラン、そして私が揃うのならば現実味を帯びてくる。

 

 他にも優秀な人材は数多くいる。それらが集まり(ちから)を合わせていくのなら――

 

 

「くっふふふ――」

 

 込み上げる笑いが抑え切れなくなっていく。

 未知なる未来をこの目で見ることへの、大いなる文化への期待。

 

 神族返りのこの不詳な寿命が、唐突に尽きることがないよう願うのみであった。

 

 

 



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#52 兵術科

 

 兵術科棟の会議室は帝都軍部のそれを再現したものらしく、非常に重厚な印象を持っていた。

 30人くらいは入る程度の広さだが、現在立つのは8人の生徒と教師が1人。

 

 前軍(ぜんぐん)後軍(こうぐん)――それぞれ選ばれた代表となる"軍団長"が二人。

 軍団長の意向で指名される、"副長"・"作戦参謀"・"前衛隊長"が各2人ずつ。

 

 そして引率となる教師ガルマーンの計9名が、やや小さめのテーブルを囲む。

 

 そこに戦場となる周辺地図を広げ、(コマ)を置いて軍議を(おこな)っていた。

 

 

「今季の"遠征戦"においての戦略構想についてですが――」

 

 学園に入学してから、既に一年近くが経過した。

 今年の成績優秀者として、前軍"軍団長"に選出されたジェーンを中心に机を囲む。

 

「前軍を主攻とし、後軍は予備隊として残します」

「基本通り……か」

 

 やや高圧的な態度で口にしたのは、後軍軍団長である"スィリクス"。

 彼は魔術部であり、本来であれば戦技部兵術科主体の遠征戦では任意参戦となる。

 

 しかし前回の遠征戦の参加者であり、実力者かつ生徒会長であることから選出されていた。

 

 

「はい、奇をてらう必要性はありません。先輩方は後方より、適時戦線への投入・援護をお願いします」

 

 前軍は在学2年までの生徒達を中心に構成された軍。

 後軍は2年を越えた生徒達で編成された軍となる。

 

「現在の情報だと、この丘陵地帯に集まっているらしく、主戦場もこの辺りになると思われ――」

 

 ジェーンは地図を指し示しながら、順繰りに語っていく。

 

 

 "遠征戦"――学園における、不定期の恒例行事(・・・・・・・・)

 ゴブリンなどといった一般的に下等種に類する、魔物の集団を撃滅する小規模戦争行動。

 

 社会性を営む程度の知能があるとはいえ、魔術を扱うこともなく、使う道具の水準も低い。

 油断はならぬものの、適切に戦闘術を学んだ者であれば――十分対処可能な程度の魔物である。

 

 同程度の規模で当たるのであれば、学園の生徒が負ける恐れはまずない存在。

 

 

「ゴブリン集団を壊滅せしめた後は、残党対策に軍を分けてこちらの村に派遣します」

 

 学園に攻め入る魔物の軍勢などはまずいないが、周辺の村落は別となる。

 遠征戦の最大の意義とは――周辺住民の生活と安全を、守り寄与する一種の催し物である。

 

 

後詰(ごづ)めの要請については必要・不要を問わず、この時点で一度連絡をします。

 補給と休息を挟んだ後に、次はこちらのオーク集団を叩きにこの(ルート)を使用し――」

 

 草の根を掻き分けて殲滅するより、徒党を組まれてから軍を挙げてまとめて叩く。

 秩序と規律を保った一個軍として。また節度ある学園生として振る舞うのである。

 

 

「情報通りであればオークの規模は数十程度ですので、索敵して確認した後に誘導を――」

 

 命の危険こそ0(ゼロ)ではないものの、これはお祭りの一つには違いなかった。

 

 それゆえに兵術科所属は強制参加であり、日々修練の成果を発揮する良い機会となる。

 教師陣は必要最低限のみ随伴し、生徒の自立と対応力と精神とを鍛える。

 

 また任意参加者に対しては報奨金や特別単位、他にも種々の優遇特典が与えられるのだった。

 

 

「――以上が戦略構想です。異議・質問があればどうぞ」

 

 そう言ってジェーンは、その場の一人一人に視線を合わせていく。

 スィリクスも異論はなく黙していて、副長に指名された"ルテシア"副会長が一言添えた。

 

「その時々の若手主導の行事ですから、我々後軍のことは気にしなくて結構ですよ」

 

 後軍の作戦参謀と前衛隊長に指名された二人の在校生も、語ることは無いようであった。

 

「それでは戦術面のほうに移らせていただきます」

 

 若手が主体であっても、本当に危ないと見れば異議は申し立てられる。

 ただ単純にジェーンの構想が理に適うものだからこそ、軍議はスムーズに進んでいった。

 

 

「鳥人族の方々は索敵(さくてき)の為に独立させ、斥候拠点を都度設けていきます。

 兵術科は戦い慣れた連携の効く者同士で()り分けつつ、隊長格をそれぞれに。

 それをさらに大きな集団として統一指揮し、半包囲しつつの継続的な打撃を基本とします」

 

 兵術科だけ見ても、職業軍人として画一化された調練を長年積んでいるわけではない。

 あくまで基本を学んでいるだけであって、戦闘方法にはかなりの個性が見られる。

 

 一個軍をもって戦うことは兵術科として基本であり、それも授業・演習の内。

 しかし備えとして、小集団による遊撃・撤退も可能なようにある程度分けておく。

 

 

「兵術科所属でない方々は一定の自由裁量を与え、命令は最低限のものに限ります」

 

 冒険科や魔術部の者達、専門部からも単位や暴れたい目的で参加する者がいる。

 それらの生徒達に細かい命令は通じにくく、また混乱を招きかねない。

 

 とはいえ戦力としては貴重なものであり、無下に排斥するわけにはいかない。

 それは前線戦力としてだけでなく、後方支援の部隊において必要不可欠の存在。

 

 工兵や護衛隊はもとより、特に輜重(しちょう)隊・衛生部隊がいなければ軍はたちまち機能不全に陥る。

 

「隊長格および連絡員の相互連携だけは、しっかりと確立・徹底を旨としてください」

 

 あとは特定した敵陣に対して不意討ちを喰らわせ、一気呵成(いっきかせい)に片を付ける。

 基本的には攻め手有利の奇襲作戦、魔物が集まった所に、動き出しの前を狙って叩き潰す。

 

 

「私は後方で全体指揮。中衛を――"リン"副長」

 

「はいはい。ジェーン軍団長、了解であります」

 

 そう言って軽く敬礼を見せたのは、明るめの橙色の髪色をしたショートボブの少女。

 ワンポイントの髪飾りを着け、やや切れ長の目元だが表情には柔らかさを感じさせた。

 

 王国公爵家の放蕩三女、"リン・フォルス"。

 ジェーンと同じ年齢だが、校章は2年目を示している。

 適度に真面目で、明るく分け隔てがないその性格は、ジェーンと非常にウマが合った。

 

「中衛の冒険科他生徒らをまとめ、有機的な適所運用に当たります」

「えぇ、私との密な連携をくれぐれも忘れずにお願いします」

 

 正式な軍議という場ゆえのかしこまったやり取りに、ジェーンは少し気恥ずかしさを覚える。

 フリーマギエンスにも所属する彼女は、ジェーンとは既に親友で姉妹のような間柄であった。

 

 

「では次に前衛隊長"キャシー"は――」

「押されてる戦線を見極めながら援護しつつ自由に、だろ」

 

「そうですね……持ち味を活かす(・・・・・・・)形で、くれぐれも無茶はしないように」

「任せとけって」

 

 一度は落伍しカボチャとなったキャシーも、兵術科へ戻ってからは順当にやれていた。

 フリーマギエンスという輪と、ベイリルらに目にものを見せてやるという思い。

 

 肩肘張らずにいられる同年齢の仲間達、カボチャの溜まり場とはまた違う充実感を得ていた。

 

 

「最後に"モライヴ"、作戦参謀として意見を」

 

「あーそうだね、僕としては戦術面で言うことはないかなあ。ただ異形とはいえ人型(ひとがた)を殺す。

 その行為自体初めての生徒が少なくないから、そこらへんの心理状況は注意しないと……くらいかな」

 

 そう気怠そうな様子をさほど隠していないのは、モライヴという名の帝国人の男。

 天然パーマな黒髪を少し長めに。上背はそれなりにあるが、猫背気味に構えている。

 

 やや小太りな体型は、兵術科の鍛錬をちゃんと受けているのかと思わせた。

 

 

「確かに無視できない事柄ですね。初陣も多いから、疲労や怪我の度合いも把握しにくい。

 そういった面も多角的に配慮しながら、常に無理を強いることがないよう注意を払ってください」

 

 軍議はさらに細かく、後軍も含めて細かいすり合わせが続いていく――

 

 

 

 

「っはぁ~、疲れた。もう息苦しすぎ」

 

 軍議も無事終わり兵術科棟を出て、肩の力も抜けたところでジェーンは一息吐く。

 

「キャシーですら微妙に(わきま)えてたもんね、わたし思わず吹き出しちゃいそうになったもん」

 

 リンはもはや気兼ねする必要がないと、思う存分笑顔を浮かべながらそう言う。

 

「うっせーな、また問題起こすわけにもいかねえから仕方ねえだろ」

 

 カボチャ時代に何かと衝突した生徒会長や副会長は、正直気に食わなかった。

 それでも教師がいる前で、これから遠征戦を控えてぶつかるほど向こう見ずではない。

 

 

「というかキャシーだけじゃなく、みんな普段通りすぎでしょ。私だけかしこまってて困ったよ」

「そりゃ僕らと違って、軍団長は責任が違いますから」

 

 唇を尖らせながら不満げに漏らすジェーンに、モライヴが淡々と返す。

 するとリンが憂いたような表情で、手を胸元に当てながら神妙そうに口を開く。

 

「わたしたちはジェーン軍団長の命令で死んでくんだね……」

「殺されても死ぬ気なんてないくせに」

 

「さっすがよっくわかってるぅ」

 

 一転して肩を組んでくるリンに、ジェーンは「はいはい」と返した。

 

 

「命令系統は大事ですが……我々は学生の時分ですから、危なくなったら僕は逃げます」

「アタシもいざとなったら命令なんぞ聞かんな」

 

 モライヴとキャシーの手前勝手な言葉も、ジェーンはいつも通りと流す。

 

「まったくもう、指名したのを少しだけ後悔しそうになるよ」

 

 慣れた日常の1コマの中で、ジェーンはいつかベイリルが言っていたことを思い出していた。

 

 

("遠からず戦争は変わる"かも、と――)

 

 既存の戦略・戦術の概念は崩され、兵站や政治面においてもどんどん変容していく。

 それは兵器の開発や普及はもとより、糧秣(りょうまつ)の供給量や輸送効率の変化も多大。

 

 さらに情報交信の多様化、情報の共有や秘匿性の変質、情報そのものの価値基準。

 

 そもそも人口爆発が起こり、戦争の規模も変わってくるかも知れないとか。

 科学兵器がより広範的な軍事投入を可能にし、行き着く果ては――

 

 

(ベイリルにとっての遠からず(・・・・)というのは、どれくらいかわからないけど)

 

 ベイリルの語る未来は……昔から聞かされてきた。

 フリーマギエンスもその前身となるべき組織の一つだ。

 

 ただ実際に文明の発展速度というのは、ベイリル本人にも全く予測がついていない。

 さらに言えばベイリルの寿命からすれば、50年でも遠からずと言えてしまう。

 

(いずれにしても……私には今できることをやるしかない)

 

 そこに帰結する。リーティアと違って私が力になれることは少ない。

 

 それでも兄弟姉妹みんなで――新たな仲間達とみんなで、この世界を過ごしていきたい。



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#53 遠征戦 I

 

 行軍は驚くほど順調と言えた。既に行程の半分ほどは消化している。

 昨夜の野営でも特に問題は起こらず、3日目の朝も滞りなく進む。

 

 それもひとえに軍団長の私ではなく、モライヴとニアの功績がことのほか大きかった。

 

 ニア・ディミウム"補給統括官"が指揮する、過不足ない的確な各種行軍用品と糧秣の見通し。

 モライヴ作戦参謀の緻密な地理選定と、軍容全体を適切に管理するそつのなさ。

 

 特にニアはフリーマギエンス所属とはいえ、兵術科ではなく製造科である。

 元政経科で実家が商業家系なのを差し引いても、彼女は得難い手腕を持っていた。

 

 それもこれも彼女なりの努力の結果であり、私も大いに見習わなくてはならない。

 

 

「いよぅ、それは何を考えている顔かな? ジェーン姉さん(・・・)

「ん……ベイリル? お姉ちゃん呼びなんて珍しい」

 

 一陣の柔らかな風と共に現れた"弟"は、いつの間にか隣へとついて歩いていた。

 私は軍馬に乗って一段高いところから、ベイリルへ問い掛ける。

 

「ごめんね、上からで……後ろ乗る?」

「いやこのままでいいよ、指揮官たるもの偉そうにしてなきゃな」

 

「よーっす、ベイリル」 

 

 少し前方にいたリンが、私達に気付いて馬の速度を落としてこちらへとつく。

 

 

「おーリン。ジェーンと違ってお前は調子(ペース)崩れんな」

 

「そう見せるのが一流ってもんでしょう」

「なるほどなー、公爵家の放蕩(ほうとう)三女は肝が据わってて結構」

 

「演技だってんだろー、わたしだって乙女だよ? 人並に緊張してるんだなこれが」

「そういうお前の(とく)な性格は本気で凄いと思ってるよ。いずれ個人的に頼みたいこともある」

 

「えっそう? なになに?」

「ひみつ、まぁ多分向いてると思うから楽しみにしといてくれ」

 

 馬の上から身を乗り出して来るリンを、ベイリルは意味ありげに一笑だけして流す。

 

 

「ところでベイリルは、お姉ちゃんに顔を見せに来てくれただけ?」

「それもあるが、まぁ陣中見舞いってやつかな」

 

 そう言うとベイリルは、小さな木の実のようなものを私に投げてよこす。

 

「なにこれ?」

「リーティアが作ったお守り(・・・)らしい、なんかあったら割ってくれだと」

 

「これを割るの……?」

 

 手の中のそれをよくよく見ると、小さく綺麗な模様が散りばめられていた。

 装飾品としても使えそうなそれは、部屋で丁寧に保管しておきたいくらいだった。

 

 

「地味に()ってるから壊しにくいよな、カラクリも教えてくれなかったし」

「リーティアは顔見せにきてくれないの? ヘリオはしょうがないにしても」

 

「ヘリオはお年頃だからな。リーティアは色々調整中らしくて、集中してるから無理っぽいわ。

 落ち着いたら行くよう言っとくが、どうだろうな……まっその分戦場では活躍してくれると思うぞ」

 

「そんなことより、ベイリルみたいに会いに来てくれればいいのに……もう」

 

「仮にも指揮官が戦働きを、"そんなこと"とは……言う姉だこと」

「寂しがりやなジェーンは()いのう」

 

「まったく二人とも――」

 

 からかってくるベイリルとリンを(たしな)めようとしたその瞬間であった。

 

 

「お話し中、失礼するでござる」

 

「わっ!? もう……」

「――ッッ、お前な」

「ひっ心臓に()っる!」

 

 音もなく3人の輪の中に入ってきたニンジャに、思わず()の抜けた声を上げる。 

 

「スズちゃん?」

「はいスズちゃんでござい。火急(かきゅう)(しら)せなれば手短に――接敵(・・)でござる」

 

 

 スズは冒険科所属だが、その身軽さと俊足を活かし連絡員をやってもらっていた。

 

 手紙を足に括り付けて飛ばす"使いツバメ"は、拠点で訓練を施さないと使えない。

 通信魔術も使い手が限られ、正確な位置情報が必要で距離も短いものである。

 

 そうなるとこちらへの連絡でまで、鳥人族を消耗させるわけにはいかなかった。

 上空からの索敵の(かなめ)であり、今まさに戦場における重要情報を発見している。

 

 そも空を飛べると言っても、無制限にできるわけではない。

 鳥人族であっても自由に飛行するには熟練がいるし、思いのほか消費は激しい。

 

 

 それゆえに航空戦力というものは、非常に限られている。

 大型になるほど単独で飛行するだけでも、体力と魔力を著しく浪費する。

 

 ドラゴンやグリフォン級であれば多少の積載は見込めるものの、やはり航続距離には難がある。

 なによりもそういった希少種になると、手懐けることがそもそも難しい。

 

 それゆえに飛行種の運用とは、主に防衛において使われることが多い。

 領内であれば各所に拠点を設け、充分に休ませつつ距離を稼ぐことができる。

 

 いまある斥候拠点は、昔から使われてきたものを都度改修している程度のものでしかない。

 

 

「遭遇戦ってこと? 予定より大分(だいぶ)はやいね。ジェーン軍団長、どうする?」

 

 改まって役職名を付けて呼ぶリンに、私は頭の中で戦略図を浮かべた。 

 

 順当にいくのであれば通常、野戦などにはならない予定である。

 集まっている正確な場所を特定し、奇襲を掛けて一網打尽にするのが基本。

 

 それは不定期なものの遠征戦の常であり、圧倒的優位から戦闘を展開する。

 前回の遠征戦では、危うげな場面というのもあったらしいが……。

 

 

「うん……不測があっても先陣隊のキャシーたちが対応するはずだけど――」

 

 ベイリルは口をつぐんだまま、助言などは差し挟まないようだった。

 今の会話は軍議のそれと同質であり、何の権限もないベイリルは立場をしっかり弁えていた。

 

 本音を言えば考えを仰ぎたいところだったが、そこをなあなあにはできない。

 

 

「しかしそれがどうも様子がおかしくて、統一性がないそうでござる」

「数は?」

 

「確認できただけで三十匹ほど……」

 

「三十も? そんなにいて組織立って動いてないと?」

「倒すには散逸的なほうが楽だけど、それは腑に落ちないねえ」

 

 

 ゴブリンといってもある程度の社会性があり、だからこそ集まったところで討伐する。

 十匹も集まれば充分一つの群れになるし、自然と先導者と続く者とに分けられる生態とされる。

 

 事前情報との食い違いが、鎌首をもたげるように影を落としていく。

 

「その中にオークも混じっているというのがまた妙な話で――」

「オークが混じる……?」

 

 ゴブリンとは最初に戦う相手、早期衝突もありえないとは言い切れない。

 しかしオークはゴブリンと出会えば、お互いに生存圏を奪い合う関係である。

 

 そも生息域も違う場所であり、ゴブリンを壊滅せしめ、さらに進軍してからぶつかる敵の筈……。

 

 

左様(さよう)。無論バラバラで少数とはいえ、それでもおかしかでござる」

「仔細把握しました。リン副長、キャシー前衛長に伝え、共に迎撃にあたってください」

 

「了解。キャシー前衛長に情報を伝え、共に迎撃にあたります」

 

 私が真面目な表情でそう伝えると、先程までと打って変わってリンも真剣味を帯びてる。

 命令を復唱したリンは馬を走らせて、すぐに前線の(ほう)へと向かった。

 

 

「他に情報はありますか?」

「私見で言わせてもらえば……まるで何かから逃げている(・・・・・・・・・)ような感じでござった」

 

「なるほど、ありがとうございます。スズさんは引き続き、連絡役をお願いします」

「ういうい承知したでござる、ではまた」

 

 スズはそう言うと、行軍の隙間を()うようにあっという間に姿を消してしまった。

 

 

「俺も持ち場に戻るよジェーン、何かあったらいつでも言ってくれ」

「ありがとう、ベイリルも気をつけてね」

 

 ベイリルはフッと笑って手を上げると、スズ同様するする抜けて見えなくなってしまう。

 

(心配性って笑われるかな……)

 

 胸騒ぎというほどでもないが、一つ一つの噛み合わせが気持ち悪い。

 軍を預かっている重圧(プレッシャー)だけでなく、茫漠(ぼうばく)とした不安がつっかえるようであった。

 

 当て推量は危険なれど、それ以上に危険なのは深刻さを見誤ることである。

 

 それでも揺らぐわけにはいかない、私はみんなの命を預かる立場にあるのだから――

 

 

 



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#54 遠征戦 II

 

 ボッ――という鈍い音と共に、毛のない緑色の肌に耳殻(じかく)が生えたゴブリンの頭が宙を舞う。

 個体差はあれど、成人男性の概ね三分の二ほどにも満たぬほどしかない大きさ。

 石斧や棍棒のような原始的な武器を持っていても、さほどの脅威にはならない。

 

「チッ、歯応えがねぇなあ」

 

 電気を()びた神速の横薙ぎ一蹴。

 キャシーはゴブリンを歯牙にも掛けることなく、既に3体ほど葬っていた。

 

 他の生徒達もそれぞれの戦い方で屠っていく。

 

 

「油断はダメだよ」

 

 遠間からゴブリンを一匹倒したリンは、リンは弓に次の矢をつがえた。

 "消えない白炎"の矢は、ゆっくりと死体を燃やし尽くしながら異臭を漂わせる。

 

「臭ェぞ、リン」

「わたしじゃないよ、ゴブリンだよ」

 

 元より体臭が酷いのがゴブリンであるが、それとはまた別種の匂いがあった。

 

「お前の火属魔術の所為(せい)じゃねぇか」

四色(・・)の中で一番消耗少ないのを選ぶのは当然さ、短期決戦じゃないんだから」

 

 

 肩を(すく)めるリンに、キャシーは横目で新たな敵を捉える。

 

「あのオークはアタシの獲物な」

 

 濃い茶肌色に顔の三分の一ほどは占めそうな大きな鼻。

 猪のような牙を口より生やしたオーク種が、闊歩して近づいて来ていた。

 2メートルを超える肉体に脂肪と毛に覆われた肉体は、ゴブリンとは比較にならない強度である。

 

「わたしは闘争好きじゃないからそれは別にいいけど、やっぱりなんか……なんだろう」

「あー……半狂乱で、何かから逃げてきてるような感じってんだろ」

 

 直観でキャシーは言ってみただけだったのだが、それはリンも思うところだった。

 

「そうそう、あまりこっちと戦うって感じじゃないんだよ」

 

 

「つっても細かけぇこと考えるのは、アタシの領分じゃあ……ねえっ!」

 

 キャシーはそう叫ぶと飛び出していき、オークの真正面になるように立った。

 オークは逃げたかろうが、目前に現れた外敵を排除せねばそれ以上進めない。

 

 勢いのままにオークは、刃がボロボロの大斧を縦に振るう。

 キャシーは余裕の表情のまま右へ少しだけ(かわ)し、両手をオークの腹へ叩き込む。

 

 そこからさらに電撃を浴びせ掛けるも、オークの分厚い皮膚と脂肪にはまともに通らなかった。

 

 

「出力が、足んねっかあ――」

 

 フリーマギエンスに加入させられてから、電気について学んだ。

 話半分程度だったが、それでも性質を本能的に理解し扱う(すべ)を得ることができた。

 

 とはいえまだまだ練度不足は否めなかった。

 オークへ火力を効率的に通す為に、キャシーは腰のベルトに下げた"それ"に手を突っ込んだ。

 

 

 それは手首ほどまでを覆う金属製の"鉄爪籠手(ガントレット)"。

 ただし指先の部分が、鋭利に尖って強化されている。

 手を保護する為の防具ではない――敵を引き裂き、貫く為の武器であった。

 

()れるから好きじゃねェんだけどな」

 

 そう不満を漏らしながら、両拳を握りガチッガチッと突き合わせ音を鳴らす。

 オークの二の撃、三の撃を回避しながら、もう一度キャシーは両手を腹へ叩き込んだ。

 

 皮膚から脂肪の下まで通したガントレットから、再度電撃をお見舞いする。

 たちまちオークは小刻みに痙攣を起こしながら、内部から黒焦げにされていった。

 

 

「キャシーも臭いよ?」

「アタシじゃねえよ! それにオークはまだ食える匂いだろ!」

 

「いやぁわたしは無理かな、箱入り娘なんで」

「よく言うぜ、恵まれた自由人が――()っおー……」

 

 強い電撃を使えば自分にもフィードバックがある、それもまた制御しきれぬ副作用。

 

「自分もきついなら、普通に頭狙えばいいのに。実戦と訓練の区別はちゃんとしなきゃ」

 

 リンは弓と矢を背にしまいながら、後ろ腰のショートソードを右手で抜き放つ。

 勢いのままに逆手から順手へ持ち替えつつ、剣は紫色の炎に包まれた。

 

「はっ! そんなこといちいち言われるまでもねえ」

 

 

 いつの間にか新たに迫り来ていたオークの横振りの棍棒。

 

 それを"質量を持った紫炎"の剣でリンが受け止める。

 さらにリンの肩をキャシーが土台がわりに左手を掛けつつ、後ろ回し蹴りを放った。

 

「――さってと、あらかた片付いたか?」

「そうだね、ぶっ殺したね」

 

 頭蓋が粉砕され地に倒れたオークの横で、二人は会話を再開する。

 

 

「楽でいいよなオマエの魔術は」

 

 キャシーは籠手をベルトに戻しつつ、消える紫炎を見ながらリンへ当てつけがましく言う。

 

「フォルス家が代々改良を加えてきた、自慢の魔術ですから」

 

 リン・フォルスはショートソードを収めると、これ見よとばかりに右腕を振る。

 

 魔術紋様を肉体に刻み、特定の魔術を引き出す術法。

 優秀な魔術士を輩出し続ける、王国公爵家の秘伝。

 

「血統があってもさらに適性があるし、施術はきついんだよ。キャシーこそわたしは羨ましいよ」

 

 

「アタシの何が?」 

「その豊満な肉体美――」

 

「ッたく、からかうんじゃねぇ」

「母と姉二人を見る限り、有望なハズなんだけどなあ。実はわたし落とし子かな?」

 

「かもな」

「っおーい、肯定するとこじゃないだろー」

 

 軽口を叩きながら、2人とも状況を見渡す。

 兵術科でも精鋭を集めた前衛部隊、目立った怪我人はいないようだった。

 

 

「さてさてどうしようか、わたしは情報を伝える為だけにきたハズだったんだが」

「結局オマエも戦うのが好きなんだろ」

 

「戦うのは好きじゃないよ、わたしはいたぶるのが好きなだけ」

「余計性質(タチ)が悪ィわ」

 

 

 ――その時だった。

 空気がざわつくような感覚に襲われて、キャシーは反射的に顔を上へ向けた。

 つられて空を見上げたリンが、状況に声をあげる。

 

「はっ? えぇ!?」

「クッソがあ!」

 

 それは墜落してくる羽の生えた人間であった。

 

 キャシーは落下地点を瞬間的に見定め駆け出し、リンも僅かに遅れてそれに続く。

 思い切り跳躍し鳥人族の女を受け止めつつ、キャシーは地面を豪快に削りながら着地した。

 

「っはぁ……はァ……あ? こいつって――」

「ルビディア先輩!? 大丈夫ですか!?」

 

 キャシーとリンにとっても、フリーマギエンスの部員同士交流がある。

 見知った人がボロボロになり、下手をすれば命の危険だという事実に二人は戦慄を覚えた。

 

 

「うっ、くぅ……後輩ちゃん? あぁ……ありがとう、早く……しないと――」

 

「ルビディア先輩、何があったんですか?」

「おいリン、重傷だぞ!」

 

 珍しくキャシーが嗜める状況だったが、それでもリンは強く意思を込めて口にする。

 

「わかってるけど、尋常じゃない状況だよ。軍副長としては――」

「いいよ……まだだいじょーぶ、斥候拠点に誰かを……」

 

 声を絞り出す様子は痛々しく、すぐにでも治療を受けさせねばと思わせた。

 それでもルビディアは己の責任と使命感からか、ぎゅっとキャシーの服を掴んで続ける。

 

 

「とにかく……知らせて、すぐに引き上げさせて……わたしにもわから、な――」

 

 そこでぷっつりと意識を失った。危険な状態なのは間違いない。

 キャシーはルビディアの体をリンに預けると、首をコキコキと鳴らす。

 

「アタシが行ってくるわ、そっちは頼むぞ」

「適材適所……か。場所わかってる?」

 

「あぁ、地図は大体頭入ってる」

「そういうのは覚えいいんだよねえキャシー」

 

 

「茶化すな」

「無理・無茶・無謀だけはしないように、これは副長からの厳命である」

 

 パチパチと電気が流れる音と共に、長い癖っ毛がボリュームを持つ。

 

「わかってるよ」

 

 四つ足を地につけ、加速の体勢を取ると同時にキャシーは飛び出した。

 

 

(面白くなってきたかぁ?)

 

 大地を蹴り進みながら、不穏な予感に気分が高鳴っていく。

 上等上等。問題上等、困難上等、波乱上等。全て真正面からすり潰して(かて)にする。

 

「そうじゃなきゃアイツらには追いつけないからな――」

 

 不謹慎だと思いつつも、キャシーは浮かぶ笑みを止めることはなかった。

 

 



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#55 遠征戦 III

 

 臨時天幕にはジェーン、リン、モライヴと、兵術科の各隊長と関係者達が集まっていた。

 

「後軍に連絡が行き、追いつくまで時間がまだ掛かります。よってそれまで敵軍を食い止める必要があります」

 

 ジェーンは神妙な面持ちでそう告げる。

 地図を囲みながら事態の深刻さに皆、一様に顔色が優れない。

 

「モライヴ作戦参謀、戦地の設定はありますか?」

「そうですねぇ、とりあえずここで大丈夫かと。下手に移動するより、防衛の構築・設営をすぐに始めたほうがいい」

 

「もう一度確認しますけっどぉ、ゴブリンとオークの混成軍が少なくとも1000体近く。

 さらに"トロル"と"飛行型キマイラ"が現在判明している戦力――でいいんですね? ハルミア先輩」

 

 

 リンの問い掛けに対し、ルビディアの治療を担当し情報を直接聞いたハルミアが答える。

 

「ルビディアさんが確認した限りではその通りです。何故かまとまった軍として統制が取れている。

 一番近い村にも向かっているような様子があり、彼女自身は飛行型キマイラとの交戦で怪我を……」

 

 ジェーンは歯噛みする、完全に想定外の不確定要素(イレギュラー)である。

 

 昔から続く索敵であり直接的な采配ではない。それでも仲間が傷ついた事実。

 今から命令によってみんなに命を懸けさせる現実と、己の不甲斐(ふがい)なさ――

 

「僕としては全員で遁走(とんそう)を決め込むという選択も、一考の余地があるかとも思います。

 良くも悪くも我々は軍としての規模は小さい。今なら混乱も少なく、秩序ある撤退も可能かと」

 

 

 モライヴの提案には聞くべきところがあった。リンはさらに突っ込んでいく。

 

「でもさモライヴ、後ろから追撃される可能性は?」

 

「当然あります、敵軍の足は早い。今いる位置は、まるで補給や休息(・・・・・・・・)を必要としていない(・・・・・・・・・)ような速度です。

 後軍と合流することができても、今度は指揮系統の乱れの中で大混戦になるということも考えられます。

 また後軍と合流する前に迫られれば、壊滅すら有り得る。回避の為には足止めが()りましょう」

 

「足止め、ということは……?」

 

 半ば察しているジェーンの疑問符に、モライヴは粛々と事実を告げる。

 

「"決死"の殿(しんがり)軍ですかね。……必要とあれば僕が(ひき)いますが」

 

 

 ジェーンは目を瞑って、心を冷やすように考える。

 自分がこうも打たれ弱い人間だったとは……改めて認識させられる。

 

「ニア補給統括官、糧秣類は問題ないですか?」

「こっちは特に問題ない。ただし撤退するなら、余剰分を捨てる計算が必要になるでしょう」

 

 片隅で軍議を聞いていた補給管理を担っているニア・ディミウムは、客観的にそう告げる。

 

 

「ハルミア衛生長、衛生部隊全体から見てのご意見は?」

 

「そうですね……個人的に言わせていただけるのであれば、抗戦は()けて欲しいところです。

 どれほど怪我人が出るのかわかりませんし、死者を治すことはできません……手が足りるか未知数です」

 

「リン副長――」

「わたしは……守勢がいいと思う、それなら後詰めまでは持ち(こた)えられる――」

 

「他に意見のある者はいますか?」

 

 一般隊長らにも呼び掛けるものの、それ以上案が出てくることはなかった。

 残るは軍団長たるジェーンが、策を統合して決めるというところで場が沈黙する。

 

 

「攻めりゃいいだろ。っはぁ……ふぅ……」

「キャシー!」

 

 そう天幕の入り口に現れた者の名をリンが呼んだ。

 息せき切って疲れは見えるものの、さしたる怪我はないようであった。

 

 そんな状態を目視で見るやいなや、モライヴがキャシーへ尋ねる。

 

「キャシー、無事で何よりです。斥候拠点の皆は?」

 

「全員大丈夫でござる、ルビディア殿(どの)以外は――」

 

 質問に対して隣に涼しげにいるニンジャが、キャシーより先に答える。

 

「くっそ……なんでてめェは息切れてないんだよ、っぜェ……」

 

「そりゃもう鍛え方が違うでござる。瞬発力や加速力はともかく、地力が違うのでござるよ地力が。

 持久力(すたみな)を競うのであれば負ける要素なし。キャシー殿(どの)はとにかく動きの無駄が多すぎでござる」

 

 

「斥候部隊のみなさんの怪我は?」

 

 心配そうに聞くハルミアに、スズはニッと笑って返す。

 

「ルビディア殿(どの)以外は、概ね索敵の疲労が溜まっているくらいだけでござるから安心してくだされ。

 もっともルビディア殿(どの)も大概頑丈(たふ)でござるから、ハルミア殿(どの)の治療なれば拙者も安堵でござる」

 

「あーそれ、と……追加情報っだ。トロルは四体まで確認」

 

 もたらされた新たな敵性戦力に対し、天幕内の緊張は一層高まる。

 

「キャシー殿(どの)がこれ試しにと、喧嘩売りにいって大変でござった」

「なんなんだよあの生物は……雷が通りやがらねえし、(かって)ェしすぐ再生しやがって」

 

 キャシーは悪態をつき、スズは地図に現在判明している範囲での情報を書き込んでいく。

 まとまった敵軍の進行方向と、トロルの大まかな位置。

 

 

 ――トロル。ゴブリンやオークとは、まるで比肩しない強度の魔物。

 成人男性の二倍以上の毛一つない青白い巨躯。顔には巨大な(ひと)()と裂けた口。

 異様に膨張し盛り上がった筋肉団子の様相を呈し、単一生殖で増える個体である。

 

 生半(なまなか)な魔術では硬質化した外皮を破るのも至難であり、その下も高密度筋肉の鎧で(はば)まれる。

 特筆すべきはその耐久力と再生力にあり、温度変化や圧力にも強く、四肢を切断してもすぐに元通りだと言う。

 弱点のように見える巨大な瞳も外膜によって保護されていて、傷をつけてもたちまち再生してしまう。

 

 岩石すら飲み込む雑食性で、その胃酸は驚異的な消化能力を有し、吐き出して攻撃をしてくる。

 吐出(としゅつ)圧力によってその範囲や速度を調節するので、脅威度は極めて高い。

 

 とてもではないが一生徒が戦えるような相手ではなく、ガルマーン教諭でも持て余しかねない。

 さらにスズやヘリオたち冒険科の俊英、6人掛かりでやっと倒せたキマイラまでいるとなると……。

 

 

「――そんでぇ、グダグダなんの算段してんだか。やるこた一つっきゃないだろ」

「……攻めの一手でいけと?」

 

 ジェーンは問い質すように、毅然(きぜん)とした態度で口にする。

 

 それはキャシーの気性を考えれば当然の答えであった。

 しかして勢いのままに、軍議の場に混乱を与えられることは困ると。

 

 

「当たり前だ、オマエらは自分自身たち(フリーマギエンス)を過小評価し過ぎなんだよ。

 アタシらは強いし、補給も潤沢。主力軍は全員五体満足で、有能な回復役もいんだから」

 

 キャシーはかつて治療された時のことを思い出しながら、ハルミアを一瞥する。

 最初は乗り気じゃなかったフリーマギエンスも、今や心地の良い新たな居場所――

 

 

「目に見えた悪手じゃねえんなら、前のめりにいこうや。兵術科なら大なり小なり(いくさ)が好きだろうが、なあ?」

 

 キャシーの同意を求める声に、はっきりと答える者はいなかった。

 しかしてその意気はジワジワと昂ぶり、高鳴り、肯定するようであった。

 

 短い時間の中でもジェーンは熟考する。それぞれの策の利点と欠点を比較・検討。

 包括的な戦略・戦術、彼我の戦力差、兵站線と士気、救援と救護態勢――

 

 

 

「――軍を、四つに分けます」

「兵力の分散ですか? それは危険では……」

 

 モライヴの(げん)はもっともである。寡兵(かへい)が大軍より不利なのは当たり前のことだ。

 より多い物量差でもって、可能ならば包囲し、壊滅に追い込んでいくのが常道。

 

 だが前提が違えば話も変わる。()はよーく知っているのだ。

 今現在、自軍にいる"特記戦力"とも言うべき者達――(かなめ)となるその総戦力を。

 

 大軍に軍略はいらず――強軍に戦術は不要である。

 まして学生が初陣で捻り出す方策など、たかが知れている。

 

 持ち味とは殺すのではなく活かすもの、存分に(ちから)を発揮する場を用意すること。

 それが軍団長である私が――この状況で最大限すべきことであると。

 

 

「前提として我々の第一義――村への救援を果たします。退却すれば見捨てることになります」

 

 撤退それ自体に全くリスクがないのであれば、生徒の身柄を第一にする選択もあっただろう。

 ただ現況を鑑みるに、どの策も危険性を孕んでいて結果論として出た時にしか語れない。

 

「まだ我々は前哨戦しかしておらず、士気も保たれています。速やかに敵に打撃を与え、後軍と合流。

 軍を再編しつつ村への救援を派遣。戦闘の継続か、秩序ある撤退かは……その時の状況次第とします」

 

 

 ジェーンの力強い言葉に、異議が出ることはなかった。

 誰にも正解はわからないし、責任を負いたくないという面も否定はできない。

 

 いずれにせよ軍団長たる人間が、勝算を宿した瞳で(くだ)した決断。

 得てしてそういうものは昂揚感と、不思議な信頼感が芽生えてくるというものだった。

 

 それがたとえ錯覚や狂奔であったとしても……楽観的な勘違い大いに結構。

 僅かにでも戦意が高まり、勝率を上げられるのであれば是非もなし。

 

 

「中央と左翼と右翼に軍を三つに、さらに後方陣地で一つ――」

「トロルとまともに()り合うか?」

 

 キャシーが嬉々としているが、ジェーンは感情を出さずに答える。

 

「そうですね……まぁ倒せるでしょう。無理なら食い下がればいいだけですから。

 それと後方陣地はリン副長とモライヴ作戦参謀、二人の判断で適時お願いします」

 

「ジェーン軍団長が自ら前線へ出るつもりだと?」

「私も最高戦力(・・・・)の一人ですから。戦闘も全くしていない、万全の状態ですしね」

 

 モライヴは頭を()きながらしばし考えた後に、得心(とくしん)したように黙り込んだ。

 

 そもそも彼の役割は、次善策や反対意見を挙げ、軍団長である私の思考を深めることにある。

 既に決断の域に達しているのであれば、それ以上口を差し挟む必要はないと理解していた。

 

 

「ちょっと待って、なんでわたしが後方なのさ」

「備えは必要でしょ? 今回は割食ったと思って我慢して」

 

 友人に対する話し方で、私はリンへ頼む。

 それにリンの専用魔術は長期戦に向いていないし、実力者を置いておく必要もある。

 

「しょうがないなぁもう、命令じゃなく頼まれちゃあね」

 

「アタシは戦場に出るぞ」

 

「それはみんな知って」

「るよ」

「います」

「いるかな」

 

 リンとモライヴと私の示し合わせたようなツッコミに、キャシーは閉口する。

 腕を組みながら「はんっ」と一度だけ笑うと、それ以上言うことはないようだった。

 

「では陣容の振り分けですが――」

 

 既に頭の中で構築されていたそれを、(よど)みなく言葉にしていく。

 

 私は自分の胸の(うち)(くすぶ)っていたモノが、ゆっくりと燃えていくのを感じていた。

 

 

 



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#56 左翼戦 I

 

 敵軍が地平に蠢き出す戦地にて、(たたず)むのは――5人と1人。

 スズが持ってきた情報を元に、分割投入された前軍。

 

 ゴブリンにオーク、トロルを加えてもなお味方の過剰戦力(・・・・)のようにも思える。

 

「わざわざありがとう、クロアーネさん」

「感謝が足りませんね」

 

「……俺が必要以上に感謝する理由はないと思うんだが」

「そもそも学園に引きずり込んだのは貴方が発端でしょう」

 

 

 俺は連絡員として任を帯びたクロアーネさんから、詳細を聞いたついでに話に興じる。

 

「そこまで(さかのぼ)られるかぁ。まっ戦争後の食事への期待も込めて……ありがとうございます」

 

「はぁ、まったく……私は糧食班として同行したと言うのに。こんなことなら、レドを連れて来るべきでした」

「まっレドは面倒臭がってついてこない気もするが、せめてファンラン先輩がいてくれればな」

 

 レドは暇をしているだろうが、ファンランは現在タイミング悪く学園にいない。

 実家で用事があるとのことで、少々里帰りをしているのだった。

 

 

「二人ともクロアーネさんより強いかな?」

「さぁどうでしょうか、争う理由もありませんし」

 

 俺も直接闘ったこともないし、戦っている様子も見たことはないが……。

 

 ファンラン先輩は調理の動き一つとっても、凄絶さが見て取れるほどに洗練されている。

 レドにもいつだったか、自分で狩猟したという魔物料理を食わされたこともあった。

 

 調理科である自分達で作る――誰よりも美味い食事。

 あとは適度な運動でもしていれば、弱いわけもなかろうと。

 

 

「なんにせよ、ないものねだりしても仕方ありません」

「そらまぁそうだが……クロアーネさんは戦わないのか?」

 

「情報と伝達の重要性は、よくよく知っていると思いますが?」

「スズにしても、遊ばせておくにはもったいない武力だと思ってね」

 

「名ばかり護衛をしていた時期もありますが、私はもとより情報収集のほうが専門です」

「そういえばオーラム殿(どの)は、新たに"プラタ"をメイド服で連れ回してるらしいな」

 

 

 教団の"贄"として、殺されそうになっていたところを助けた少女。

 それ以来ファミリアの庇護下にいて、定期会議の際にはたまに会うこともある。

 

「どのみちあの(かた)には補佐などいりませんから、戯れでしょうね」

「情操教育に悪影響がなければいいんだが……」

 

「あの子はなかなか筋が良いから大丈夫でしょう」

「オーラム殿(どの)が一般的でないことは否定しないのね」

 

「事実に目を瞑っても無意味ですので」

 

 昔のクロアーネであれば確実に噛み付いていただろうな――

 などと思いつつも口には出さず、俺はやんわりとした笑みで返す。

 

 

「では敵も迫っているようですし、私もまだやるべき仕事がありますので失礼します」

「あぁ、また後で」

 

 淡々と告げたクロアーネは、(きびす)を返すと、静かな動作で走り去って行った。

 

 

 広い荒野でクロアーネの姿が完全に消えるまで、ぼんやり眺め続ける。

 ――と、いつの間にか隣にしゃがみこんでいたフラウが、上目遣いで問うてくる。

 

「……ねぇベイリルさー、ちゃんクロも狙ってる?」

「いやそんなつもりはないが。元々蛇蝎(だかつ)の如く嫌われてたしなぁ」

 

「ふーんそっか、そっかー」

 

 フラウはそう流しながら、とりあえずは納得したようだった。

 クロアーネは確かに綺麗だとは思うものの、お互いそういう関係には程遠い。

 

「なんだ? お前一人を愛せと言うなら、今からでも俺は全然構わんが」

「うんにゃ、ただいずれ正妻(・・)になるあーしとしては、仲良くなっておかないとかな~って」

 

「おう、犬も食わん話は後にしろ」

 

 

 俺達の会話にゼノが割り込み苦言を呈す。

 今の状況で暢気(のんき)にしているのが、まるで信じられないような顔だった。

 

「トロルだぞ? オーク混じりのゴブリン軍勢が数百に加えてトロル一匹相手にしろって――」

「なに、我らが軍団長の判断だ。大人しく従おう」

 

「しかも左翼はおれたちだけって、どういう采配!?」

「確かにちょっと見通し甘いっかね……最高戦力が三人もいらんわ。ティータも強いし」

 

「はぁあぁああああ!? 自信過剰すぎねえ? それにおれは普通以下なんだが!?」

 

 

 ジェーンは多人数での戦い慣れをしていない、兵術科以外の生徒を分けた。

 

 戦闘力の低い一般生徒を排して、単騎で殲滅力が高い俺達だけを左翼へと配置する。

 右翼はヘリオを筆頭に荒っぽい冒険科の連中が中心となって、同規模の手勢を相手にする。

 そして最も敵勢が厚いと見られる中央は、ジェーン自ら兵術科の生徒と共に陣頭指揮を執る。

 

 実際問題として、個人間の連携慣れをしていない兵術科生徒達。

 率直に言ってしまえば――足手まといがいると、十全に戦えないのも事実。

 

 戦術的に見るならば適解と思われるし、こっちとしても気が楽であった。

 

 

「実際のとこ、そんなやばいのかトロルは」

「当然だ、トロル一匹で街一つ壊滅することだってあるんだぞ」

 

「なるほど……そりゃゴブリンやオークとは比べ物にならんな」

 

「溶岩に飲み込まれようが動じないとか、"大空隙"の底まで落下しても傷一つないとか」

 

(眉唾な感じだなぁ――)

 

 俺はそんなことを思いながらも、何かの参考にはなるかと耳を傾ける。

 

「"紫竜"の病毒に曝されようが、内海の底に沈もうが平然と進み続けるとか」

 

 そんな危険地域で一体どこの誰が確認したんだ……とでもツッコミたくなる。

 

「フラウは知ってるか?」

「トロルが通った跡くらいしか見たことないかな、昔ならともかく今なら普通に倒せると思うよ?」

 

 俺達の様子を見てゼノは、呆れから無気力へと表情が変わっていく。

 

 

「冬眠状態こそあれ、トロルの死体は発見されたことがないとすら言われてんだぞ……。

 人族なら一生に一度会うかみたいな珍しさのはずなのに、四体とかおかしいだろうがっ――

 そもそもなんで、おれが前線に出てんだよ……。大して戦えないのに、おまえらの所為だぞ!」

 

 そうゼノは自身を戦場に引っ張ってきた元凶の2人――リーティアとティータに叫ぶ。

 

「設計者も現場に出てこそっすよーゼノ。たまには健康の為に運動しないと」

「健康どころか命が危ぶまれるんだが?」

 

 ティータは言うだけ言って、続くゼノの言葉をスルーする。

 一方でリーティアは目の前のモノに魔力を集中させていた。

 

「まぁトロルがいかに殺しにくくとも、封じ込める方法はいくらでもあるだろ」

 

 俺はそうポジティブを言葉にして、指をポキポキと鳴らす。

 

 トロル――いわゆる地球で言うところの、"クマムシ"のような極限環境生物的なものだ。

 死なないのと倒せないは別物だということを、ゼノに見せてやろうと。

 

 

「言うは(やす)いよなあ? な?」

 

「俺も異世界(こっち)で強くなりすぎた、多少は前のめりにいかないと戦う相手がいないからねェ」

 

「今あーしの魔力は人生で最っ高に充実してる。今日のあーしを倒せる者は、この地上にいないよ」

 

「実際にやってみて初めてわかることがある、何事も経験っすゼノ」

 

「ぐっぁあぁあアア!! 能天気ばっかっかよ!」

 

 

「できたぁ! はぁ~調整完了!」

 

 ゼノの慟哭を掻き消すように、リーティアが立ち上がる。

 その足元には(にぶ)く銀色に光る金属の塊があった。

 

「リーティア謹製(きんせい)、流動魔術合金。名付けて"アマルゲル"! 起動!」

 

 声に呼応するように立ち上がっていき、リーティアより少し大きめな体積の液体合金。

 水たまりの上に、のっぺりとした人型が浮かぶようなシルエット。

 

 ともするとリーティアは魔物の方向へと、その人差し指を突きつけながら叫ぶ。

 液体合金(アマルゲル)も、同じように手指を器用に作って指差していた。

 

「ギリギリおまたせ! さぁいこう!!」

 



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#57 左翼戦 II

 

 皆が準備万端で主戦場となるべき荒野に立ったところで、俺はリーティア達へと告げる。

 

「まぁリーティアが特にはりきってるところ悪いが、ここは俺がやる」

「え~……、別にいいよ」

 

 聞き分けの良いリーティアの前で、俺は軍勢を捉えつつ領域を見定める。

 

「何をする気なんだ?」

「まぁ見てろって、ゼノも大人しくな」

 

 俺は精神を集中させ、ゆっくりと肺から息を絞り出し……呼吸を止める。

 

「はァー……」

 

 酸素濃度低下によって形成された死域へと、ゴブリンやオークが気付くことなく踏み込んでいく。

 

 そして――

 

 

「……なあおい、一体何が起こるんだベイリル」

 

 ――死域へ続々なだれ込み……素通り(・・・)してこちらへと抜けて迫ってきていた。

 

「んぶっはぁ……ふぅ、あれ? おっかしいぞ」

 

 息が切れて肺に酸素を供給しつつ、俺は首を傾げる。

 魔術が発動している感覚はある。確実にその領域内の酸素は低下している筈だった。

 呼吸をする生物相手には無類にして、初見殺しの必殺魔術のつもり――だった。

 

「おぉぉおおおい! なにがおかしいんだ!? 普通にこっち来てんだけど大丈夫か?」

 

 慌てふためくゼノを背後に、俺は首を傾げてなが腕を組む。

 

(ゴブリンやオークには効かないのか……?)

 

 人間とは体の作りが違うとはいえ、人型で肺呼吸には違いない。

 ここは効率よく一網打尽にして温存でもしようと思ったが、まだまだ検証が必要なようだった。

 

 

「すまん、やっぱ各自で迎撃頼む。ふゥー……」

 

 俺は息吹による"風皮膜"を纏いながら指を鳴らし、"素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)"を放つ。

  

「あいはーい」

「そうこなくっちゃ!」

「よくわからんけど、了解っす」

 

「思わせぶりなんだったんだよ!?」

 

 フラウ、リーティア、ティータ、ゼノ。

 四者四様の返事と共に、たった5人の左翼軍は真正面からぶつかり合う。

 

 半吸血鬼の身体能力と、魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)で、無造作に敵を打ち砕くフラウ。

 変幻自在の流動液体合金アマルゲルで、試運転も兼ねて四方八方屠っていくリーティア。

 両手に持つ2振りの斧とドワーフの膂力、さらに柄元(つかもと)から伸びる鎖で射程(リーチ)を伸ばし叩き切るティータ。

 

 いちいち叫びながらリアクションしつつも、的確に敵の攻撃を(かわ)しながら剣術で戦うゼノ。

 

 敵の数は多いものの着実に減っていき、第一波はあっという間に全滅してしまった。

 

 

「弱すぎてあんまりアマルゲルくんのデータにならなかったなー」

「いやー充分スゴイっすよ、リーティアの魔術具は自分には真似できんっす」

 

 リーティアはアマルゲルを、ふよふよと動かしながら不満を漏らす。

 ティータは双斧を振って地面にめり込ませ、豪快についた血を(ぬぐ)い取っていた。

 

「ぜっ……はぁ……ぐぅ……、おまえら少しは……おれの、援護してくれよ……」

「本当に危なかったら助けたよ。というか、かすり傷一つないじゃないか」

 

 肩で息をするゼノに、俺は純粋な称賛を感じていた。

 動き自体は危なっかしくも見えたのに、その(じつ)危なげなく乗り切っている。

 

 

「あのさー、なんかこいつらおかしくない?」

 

 フラウが周囲を見渡しながら、そう口にして全員が疑問符を浮かべる。

 

「あーしは昔戦ったことあるけど、ゴブリンって連携はちゃんとしてくるんだよね。

 オークも混じった謎の軍を作る割には、まったくそんな気配なく意思疎通もしてなかった――」

 

 あれから強くなったことを差っ引いても、動きの緩慢さのほうが目立っていたと。

 珍しく不穏な表情を浮かべるフラウに、俺も眉を(ひそ)める。

 

 

 ――その瞬間だった。

 

「ゼノッ!」

 

 俺は反射的に指を鳴らし、"風刃"をゼノの後ろへと放つ。

 いつの間にか立ち上がっていた、死に損ないのゴブリンの首が一瞬で飛ぶ。

 

「うぉああ!? 心臓止まるっつの……って、ん~?」

「油断や慢心までカバーしきれないっすよーゼノ」

 

 ゼノは寸断されたゴブリンを眺め、ティータの言葉が耳を抜けていってるようだった。

 先程までの慌てぶりとは一転して、研究者のような真剣な目つき。

 

「いやおれ、トドメだけはきっちり刺していったハズなんだが――」

 

 殺したつもりで殺されるほど、無様なものはないと念入りに。

 しかしそれは確かに、己が心臓に剣を突き立てたゴブリンに違いなかった。

 

 さらによくよく観察してみると、出血が少なく……転がった首がまだ動いていた(・・・・・・・)

 

「……へっ?」

 

 ゼノの間の抜けた声につられるように――周囲の死体がいくつも動き、起き上がり始める。

 

 5人の誰もが経験したことがない怪異が、今眼前で展開されているのであった。

 

 

「下がれッ!」

 

 俺は反射的にそう叫び、4人は反応してすぐに後退する。

 

 俺は"その光景"を直接見る(・・・・)のは、前世も含めて初めての経験である。

 しかし画面越し(・・・・)にあっては何度も見たことあるし、なんなら倒して回ったこともあった。

 

「誰も噛まれてないな?」

 

 俺の確認に全員が怪訝な表情のまま頷く。ひとまずは安心――と思いたい。

 

「血液と唾液に気をつけろ、一応呼吸もしないよう遠間から頭を狙え」

 

 

「知ってるんすか、物知りおじ……兄貴」

「うむ、オトギ(ばなし)で知っている。あれは生物学的に死んでいるのに動き回る"生ける屍体(ゾンビ)"だ」

 

 酸素濃度を減らしても効果がなかったのも、呼吸それ自体をしていなかったからだ。

 ゴブリン同士で連携をしないで弱いというのも、思考能力が欠如しているのだ。

 

 集団にオークが混じっている理由も、感染して操られていることで合点がいく。

 

「ほへ~、あれが噂のゾンビかー」

「知っているのか、リーちゃん」

 

「うむ、昔ベイリル兄ぃによく脅かされた。そういうの繰り返した所為で、ヘリオはこの手のものが苦手になった」

 

 フラウとリーティアは、俺とティータのやり取りを真似して繰り返す。

 結果としてヘリオにもとばっちりがいったが、本人の耳に入らなければまぁよかろう。

 

 

(さてどうするか……)

 

 もし人間にも感染するなら、すぐにでも中央と右翼へも知らせなければならない。

 感染爆発(パンデミック)でも起これば戦線瓦解どころか全滅。

 下手すれば最悪世界が滅ぶかも知れないほどヤバイかも知れない。

 

「ティーちゃんの斧は大丈夫?」

「あっ……あ~大丈夫っぽいす、一応地面で(ぬぐ)ったんで」

 

 

 フラウはその答えを聞くと、空に向かって広げた右手の平を振り下ろす。

 その瞬間"見えない力場"によって、屍体群は圧し潰されて地面もめり込んでいく。

 

「フラウ義姉ぇすっごー」

「まじやばいフラウちゃん、桁が違うっす」

 

「っあ……まぁいいか」

「ん、なんかマズった?」

 

 漏れてしまった呟きにフラウは反応するが、俺は「いや……」と(かぶり)を振る。

 一匹生け捕ってサンプルとして、ハルミアに精査してもらおうと思っていた。

 

 俺は潰されていても手掛かりはないかと、"重力"の解かれた屍体へと近付く。

 "風皮膜"で血液が付着することもなく、空気感染も内側の空気で呼吸するので問題ない。

 

 もはや原型を留めぬほどの、血風呂(ブラッドバス)のような光景。

 にわかにこみ上げてくる嘔吐感を、必死に我慢しながら観察する。

 

 

 それが果たして、"ウィルス"や"細菌"を根源とするものか。

 それともハリガネムシのような、"寄生虫"によるものなのか。

 もしくは冬虫夏草などに類する、"真菌"などで発症するものか。

 

 あるいは単に魔術の一つとして、"屍霊術"みたいなもので操ったりしている可能性は。

 エメラルドゴキブリバチのような、"脳の作用の一部を喪失"させる類のものだろうか。

 単純にそういう、"生物種の一形態"として存在していたりするだけなのか。

 

 考えられそうな原因を頭の中で羅列しながら、目を凝らして探っていく。

 

 十数年来の記憶がスラスラ出てくるのも、ハーフエルフの肉体と魔力。

 そして"読心の魔導"シールフとの日々で、記憶の整理をし続けたことによる部分が大きい。

 

 

 ――するとドロドロの屍体群の中に、何やら蠢く影が見えた。

 それは10センチメートルほどの、細長い黒芋虫のようだった。

 

「寄生虫、だな」

 

 俺は拾い上げて綺麗な地面に置いて、その様子を眺める。

 寄生虫が原因なら、血液や空気で即時感染という危険はないだろう。

 

 最初に散逸的に遭遇し、キャシーとリンらが倒したという魔物群。

 スズの所感では"逃げているようだ"――と言っていたらしい。

 

 それはきっとその通りなのだろう、きっと"ゾンビ化"した同種を恐れて逃げ出してきたのだ。

 そいつらがゾンビ発症してないということは、感染経路は限られたものになるだろう。

 

 

 しばらくニョロニョロと動いていた芋虫が、ゆっくりと動かなくなっていく。

 外気に晒されると死ぬのか、あるいは休眠にでも入ったのか――

 

(まがりなりにも組織だった動きをしているということは……)

 

 ――目的までは定かではないものの、少なくとも大元が存在するだろう。

 

 予めプログラムを植え付けた寄生虫を媒介にし、特定行動を実行させるよう仕向けた存在。

 もしくは寄生虫を端末代わりに、簡素な命令を与えるようなことが可能な存在。

 

 ゼノがさらっと言っていた、トロルが四体もいること自体がおかしいこと。

 まして軍勢としてやってくるなどいう異常事態に加え、飛行型キマイラの存在。

 

 

 いよいよもってきな臭くなってきた事実。

 

 そして同時に言い知れぬ好奇心が、鎌首をもたげてくるのが……我ながら非常に考えモノであった。

 



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#58 左翼戦 III

 

 なんにせよ、いつまでも悠長に検証している暇はなさそうであった。

 

「おかわりきたー」

 

 その場で屈伸運動をしながら、リーティアが敵軍の第二波へ臨戦態勢へと入る。

 アマルゲルもリーティアに追従するように、合金溜まりの上で屈伸や伸脚を真似ていた。

 

「おいあれ! トロルいんじゃねーか! さすがにおれは逃げていいよな?」

「ウチは戦うから、ティータ守ったげてー」

「うーっす、一緒に離れてるっすよゼノ」

 

 

散弾銃(ショットガン)でもあればなー……)

 

 などと思いつつ、俺は寄生虫を宿したゾンビを確実に倒せる魔術を詠唱する。

 

万物合切(ばんぶつがっさい)()てつき(たま)へ。空六柱改法――"浸凍(しんとう)(さい)"!」

 

 手の平をゾンビの頭部目掛けてかざし、周囲へと膜のように液体窒素を直接生成する。

 それは本来、冷凍睡眠の為に覚えようとした魔術だった。

 しかし持続が短くすぐに砕けてしまう為に、もっぱら攻撃用になってしまった。

 

 両手の掌握と同時に凝縮凍結し、肩口あたりからゾンビを自壊させていく。

 高度な動きはしてこないが、隊伍を組んで突っ込ませる程度はできる軍団。

 

 となればやはり頭に寄生しているだろうと、寄生虫ごと凍らせ砕くやり方。

 実際に粉々となった首なし屍体は、以降全く動き出す様子はないようだった。

 

 

 こちらがちまちま削ってる横で、フラウは遠間のゾンビを豪快に圧殺していく。

 

 ――"重力協奏"と名付けた魔術、その内の一つ。

 オーケストラの指揮者(コンダクター)のように腕を振り、任意の場所に"重力場"を落とす。

 

 魔力の消費対効果(コスパ)は決して良いわけではないのだが、フラウだからこそ使える魔術だった。

 かつて小さい頃に俺が話した、引力や斥力といった重力の話――

 それらを自分の中で練り上げ、形と成してしまったもの。

 

 それは唯一無二と言っていいほどの領域まで、修羅場の中で昇華されていたものだった。

 

 

串刺し(ニードル)! 回転(スピン)! (サイコロ)!」

 

 リーティアの指示と同時にアマルゲルはゾンビの頭を貫き、コマのように回転し弾く。

 さらには立方体(キューブ)状になって押し潰したりと、多彩にぶっ殺していく。

 

 水銀をベースに、その他の金属と魔力とを混ぜ合わせた魔術合金。

 リーティアの魔力に紐付けされていて、リーティアの意思に従って動く人形(ゴーレム)

 

 液体金属が流動し組み替わることで、異なる魔術紋様をも組み換えて、別の魔術効果を発揮。

 ――するという予定の、リーティアだけのオリジナル魔術具である。

 

 教団の教師だったセイマールの遺物である、魔術具製作ノウハウを学んだ。

 魔術と科学を理解し、ゼノやティータと切磋琢磨し高め合った。

 まさに魔導科学の申し子たる、自慢の妹である。

 

 

 俺は第二波ゾンビ群の最後の一体の、胸元あたりから"風刃"で切断する。

 さらに追加で下顎を蹴りで吹き飛ばして、噛まれる心配も念入りに()った。

 

 あとは半端に死んでないゾンビ頭を持ち帰る。

 それで何かしらわかることがあれば――というところ。

 

「もっとも検体(サンプル)を持っていくのは、"アレ"の後になるか」

 

 粗方(あらかた)片付けたところで、いよいよ本命を前にする。

 

 災害級の極限環境生物トロルを正面に据え、俺は魔力の律動をより強く感じていた。

 

 

 3メートルを超える青白い巨躯に、筋肉で覆われた団子のような横幅。

 何重にも層になったような外皮に、単眼をギョロつかせている。

 トロルは顔の半分ほどまで裂けた口をあんぐりと開けていた。

 

 俺はパチンッと挨拶がわりに、全力の"素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)"を放つ。

 

「陸竜の鱗もあっさり斬断したものだが……まじで硬いな」

 

 研ぎ澄ませた風刃もトロルの皮一枚を切るに留まり、それすらも一瞬で再生していってしまう。

 

 

 続いてフラウが重力場で潰そうとする。

 しかしトロルは動きにくそうにするだけで、地面だけがめり込んでいく。

 

「うわっ……あの巨体で潰れないんだ。ねぇベイリル、あいつも近付いちゃダメなん?」

「一応念には念をだな、間接攻撃で仕留めたほうがいい」

 

 フラウも俺の"風皮膜"のような防護手段は持っている。

 しかしそれでも無闇矢鱈に接近しないに越したことはない。

 

 寄生虫の侵入経路がわからない以上、隙間を通じて入り込んでくる可能性もないとは言えない。

 

「そっかー、近付けばやりようもあるんだけど……あーしの魔術だと今はまだこれが限界かなぁ」

 

 

 トロルは超重力下でもゆっくりと顔を上げ、胃酸を圧縮して吐き出した。

 しかし超重力圏内では高圧胃酸もこちらまで届くことなく、地面だけを溶かす。

 

「リーティアはいけるか?」

「内部からなら多分。でも強力な胃酸に晒したくないから、ベイリル兄ぃに任せる」

 

 流動液体魔術金属も、金属には違いなく……酸には極力触れさせたくないようだった。

 せっかく行軍中まで延々調整していたのを、早々に使い物にならなくさせるのは忍びない。

 

 

「んじゃ俺が()ろう――」

 

 そう話している中で、トロルは鈍重にも見えるような動きながら移動していた。

 こちらへではなく周囲の潰れた肉塊の(ほう)へと――

 

「うえぇ……屍体食べてるぅ」

 

 リーティアのげんなりした言葉とは対照的に、トロルは裂けた大口のまま地を這う。

 粉砕されたゴブリンやオークのゾンビ体を、丸呑みにして(むさぼ)っていく。

 

 高重力場環境でも適応するように、機敏に動くそのおぞましき姿。

 無造作に捕食していくそのサマは、ある意味清々しさすら覚えるような食いっぷり。

 

 目につく範囲の屍体全てを、あっという間に平らげてしまう。

 するとトロルは一度だけ身震いしたかと思うと、何かを吐き出した。

 

 

 言葉にならなかった。それはトロルの頭ほど大きさの――もう一体のトロル。

 今まさに産んだのだ。被圧殺屍体群とは、また違ったグロテスクさ。

 

 この場において栄養を摂取し単為生殖をするサマなど、言葉にし難い異様。

 今回の戦場にいるトロルも、元々は一匹だったのかも知れないとも考える。

 

「アレも大昔のヴァンパイア種みたく、血肉から魔力を取り込んでたんかもね」

 

 そんなことをフラウは言いつつも、その様子を人並に気持ち悪がった表情を浮かべている。

 

 

「まぁ殺すことに違いはない。フラウ、リーティア、一応下がっていてくれ」

「あいはーい、行こっかリーちゃん」

「うん、フラウ義姉ぇ」

 

 二人は微塵の心配もなく俺に託し、ゼノとティータに合流する。

 

 トロルの大きな単眼がこちらを向くと、その瞳孔から寄生虫がニョロリと顔を出していた。

 瞳を防護する膜の裏側で、蠢く寄生虫もまた一層気色悪い。

 

 

 重力場が消失したことで、超高圧の胃酸カッターがこちらまで届くものの風一枚で躱す。

 

(過言だろうと少し思っていたが……――)

 

 噂や風説というものは、得てして尾ひれが付いて肥大化していくものだ。

 しかしゼノが語っていた情報(たが)わぬ化物やも知れないとも。

 

 溶岩や深海のような環境でも大丈夫ならば、"酸素濃度低下"は効くまい。

 半端に生成するだけの"液体窒素"も、分厚い外皮には通るまい。

 落下の衝撃にも強く、重力もモノともしない。そしてあの再生力。

 

 "ポリ窒素爆轟"なら一撃で粉砕できるだろう。

 しかしあれは燃費も悪いし、集中も必要で胃酸を回避しにくくなる。

 今少し消費も少なく、飛散させることもない術技――

 

 

「必ぃ殺――」

 

 俺は右腕を天へと掲げ、人差し指の先に小さな旋風(つむじかぜ)が渦巻く。

 旋風は一点に凝縮したまま回転数を上げ続け、局所的な竜巻を作り出す。

 

「テンペストォ!」

 

 右腕を振り下ろし、指先をトロルへ向けると同時に解放された嵐の奔流。

 それはトロルの巨体へ正面から衝突し、その重量を一息で上空高く打ち上げた。

 

「ドォリィルゥウ!」

 

 間断なく伸ばした右貫手へと竜巻が収斂(しゅうれん)しながら、螺旋の回転を帯びていく。

 形成されるエアドリルの上昇流に乗って、俺はトロルまで導かれるように突貫した。

 

「ブゥレェイクゥゥウウウ!!」

 

 躰ごと天空へと撃ち出され、トロルと嵐の道によって繋がる、竜巻誘導路の風を段階的に束ねていく。

 終域たる一極まで肥大化し続けるドリルは、加速と共にその鋭き先端からトロルの皮膚を穿ち抜いた。

 

 螺旋回転に巻き込みながら、内部からミキサーのように削り下ろし続ける。

 その強靭な肉体を掘削し、再生力を超える速度で微塵にしていった。

 

 みるみる内に跡形もなくなったトロルは、収縮させた風の中で血袋と化す。

 

 

(飛行するにはまだまだ遠いな――)

 

 俺は風と共に地面へと着地しつつ、そんなことをついつい思ってしまう。

 風に身を任せるくらいはできるが……それが限界。

 

 空属魔術を選んだ理由は数あれど、最大の動機は"自由に空を飛ぶこと"。

 鳥人族のような翼なしでは、飛行への障害(ハードル)はことのほか多い。

 

 

「さて、こっちはどうするかね」 

 

 余波で打ち上げられたが"導嵐・(テンペスト)螺旋(・ドリル)破槍(ブレイク)"に巻き込まれず、その場に落ちた子トロルを見る。

 小さく、しかし頑健であろ、それこそ"乾眠"のような状態で全く動かなかった。

 

(持って帰れば……いずれ使える、か)

 

 それはいつの話になるかはわからないが……。

 

 遺伝子解析ができるようになれば、有用な何かが得られる時代も来るだろうと。

 

 

 

 幼体トロルと行動不能にさせたゴブリンゾンビを、それぞれ拾い上げて俺は4人へと告げる。

 

「一旦本陣に戻る、あと頼めるか?」

 

「いいよ、ここは任せてベイリル」

 

「トロルいなきゃ余裕っすよ~」

 

「おれも戻りたいんだが」

 

「ゼノも付き合うんだよー」

 

 フラウ、ティータ、ゼノ、リーティアへ頷きで返し、俺は"荷物"を両手に走り出した。

 

 



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#59 左翼戦 IV

 

(戦争といっても、案外なんとかなるもんだな――)

 

 魔物――しかもゾンビ相手で勝手は違う部分も多々あっただろう。

 俺は大地を駆けながら、独りごちるように思考をきたす。

 

 前世では当然だが、現代日本において戦争になど参加したことがない。

 戦争史も一般教養や、興味本位で調べた程度ではあるが……。

 

 

 ――異世界の戦争は特異である。

 当然ではあるのだが現代地球の常識などは、通ずる部分こそあれ殆ど通用しない。

 

 車両や航空輸送はないし、巨大なパンゲア大陸ゆえに水上輸送なども場所が限られる。

 しかし魔力と魔術という存在が、身体能力を大いに強化し、時に何倍もの行軍速度を生み出す。

 

(学園一年生でも、地球の一流スポーツ選手ら並に思えるし……)

 

 魔術を使えぬ人間でも魔力による身体強化はある為、全体として迅速な行動ができる。

 亜人種や獣人種ともなれば、さらに数段上のスペックを誇ることも珍しくない。

 

 それは騎乗・輸送用の動物も例外ではなく、速度・体力・踏破力のいずれも優れる。

 

 

(とはいえ腹が減っては戦はできぬ)

 

 兵站それ自体は、元世界と大幅に変わるというものではないようだった。

 家畜として適している馬が戦場に多く、魔物が使役されることはそう多くない。

 

 飛行生物も多種存在するが、大概が人員・物資の大量運搬には適していない。

 さらに継続飛行できる種も限られ、食わす餌のほうが高くつく場合も多い。

 

 魔術で水は補給できるし、地属魔術士がいれば工作用の道具類も多くはいらない。

 マルチツールとなる魔術具などもあり、輸送量それ自体が地球戦史のそれらに比べ少なく済む。

 さらに魔力強化によって輸送速度や実働負担、道中の危険なども緩和される。

 

 とはいえ、いくらなんでも糧秣が振って湧くようなことはない。

 清潔な水は魔術調達できても、食物は狩るか運搬するか略奪する必要がある。

 

 "転移(ワープ)"や"異空間収納(よじげんポケット)"のような真似は、魔法級の領域であるからだ。

 

 つまるところ補給線を断つという戦略だけは、効果は減じれど普遍的に通じるやり方となる。

 

 

(ざっくり地図と単位から照らし合わせたに過ぎないが――)

 

 異世界のこの大地――この星は、地球よりはちょっと小さいようにも感じた。

 魔物が跋扈し戦乱も絶えぬ為か、地球史の人口とで比較してみてもかなり些少な部分がある。

 

 しかしそれらを補って余りある、異世界なりの繁栄というもの随所で散見された。

 

 例えば各国の軍事行動とは、共通して魔物の討伐も大いに含まれる。

 魔物を減らすついでに、他国の領地も奪おうというわけである。あるいはその逆も――

 

 今まさに我々学園生が(おこな)っていることと同様。

 相容れない魔物という内敵を排すことで国威を示し、国内の治安を保つのである。

 

 

 そして魔術士が強力であるがゆえに、実際的な戦争の形も多様極まる。

 

(それも当然か……)

 

 個人火力が一般集団を容易く駆逐してしまうことがままある。

 俺自身も例に漏れないし、フラウやリーティアも一騎当()級の猛者。

 

 現代では個人携行火器にも限度があるが、魔術士はナパーム弾を一人で何十発と撃てるようなもの。

 しかも魔力強化された機動力をもって、弾薬補給を必要とせず、休むだけで魔力も回復する。

 

 また対軍にまで特化した個人火力というものは、すなわち伝家の宝刀ともなる。

 抜かないことに意義があるし、抜けば互いに殲滅戦になりかねない。

 

 

 それゆえに一騎当千級の魔術士を積極的に使う時とは、相手も同じ札(ジョーカー)を持っていることが多い。

 神族が繁栄した頃の名残か……"名誉ある決闘"のような慣習も、共通認識として強く残っている。

 

 また戦場魔術士として名を挙げるほど、平時での暗殺の危険(リスク)が付いて回ってしまう。

 水準より強力な魔術士も、余力を残しつつの部隊運用で目立たないようにすることが少なくない。

 

 感覚に優れた獣人種の隠密行動や、地属魔術士の迅速な陣地構築も脅威と言える。

 防御に撹乱に回復まで、優れた魔術士の存在は戦場を一変させてしまう。

 

 空挺戦術なども存在するが、絶対数で見ればやはり非常に少ない。

 敵方に強力な魔術士がいれば、それだけで虎の子の空軍が墜とされかねない。

 

 

 航空戦力とは、伝家の宝刀を抜くだけの価値あるのだ。 

 否――鬼札(ジョーカー)を切らねば抗し得ないほどの、戦力足り得るのである。

 

 危険(リスク)利益(リターン)を天秤にかけるのであれば、基本は索敵などに回したほうが良い。

 それほどまでに用意および維持する為のコストが(かさ)んでしまうものなのだ。

 

 水軍・海軍は相応に強力なようで、さらには巨大湖を挟んで国家同士が接している。

 その為にだだっ広い大陸においても、水軍が使える地理においては重要性が非常に高い。

 

 戦術は雑多に存在し、参加する魔術士の特色で良くも悪くも大きく変化するのだ。

 

 

 王国軍などは、大規模な攻撃魔術と防御魔術を掛け合わせた集団戦術が多い。

 非魔術士の肉壁を前に配置し、定点型の魔術士の多さを利用した攻防強力なそれである。

 さらに罠型(トラップ)魔術や、魔術具を利用した伏撃戦術も得意としている。

 

 帝国軍は集団戦術はもちろん、魔術士を主軸とした小隊戦法も好んで使用する。

 他にも獣人種によるゲリラ戦法や、騎乗生物や大型魔物を利用した複合戦術も効果的に扱う。

 情報にも比較的重きを置いていて、特化させた部隊を適切に投入・運用する(すべ)を心得ていた。

 

 

(さらに突っ込んでいけば……)

 

 魔術士がいくら強かろうと、魔力が尽きればただの人。

 疲労や精神状態にも左右され、集中を掻き乱したり不意を突いて倒すことも可能だ。

 

 魔力身体強化に特化した戦士の中には、魔術士を倒し得る者も少なくない。

 

 それゆえに必ずしも定石(セオリー)通りにはいかないのが、異世界戦争の常。

 非常に(いびつ)で複雑な戦模様が、随時展開されるのである。

 

 なんにせよ魔術も使ってくることなく、敵軍の恨みも買わない魔物戦において――

 強力な駒を惜しみなく使うジェーンの判断は、理に適うものだろう。

 

 

 考えを巡らせていると、いつの間にか追従しつつある影在り。

 トップスピードではないまでも、風を纏う俺の速度にも難なくついてきていた。

 

 そんな見知った"ニンジャ"は、首を傾げながら言葉を投げかける。

 

「変な走り方でござるね」

 

「これは俺の知る"強者たちの走り方"だ、素敵だろ?」

 

 上体を一切()れさせることなくやや前傾に。

 足のシルエットが見えないほどに高速で地を蹴り続ける。

 

 それは腕を組んだり、煙管(キセル)を吸うような優雅さで……。

 極めれば急加速・急制動・急転換まで可能な、俺の知る最高の走法。

 

「そんなことより手に持ってるのはなんでござる、いよいよ狂ったでござるか」

「ちょいちょい辛辣だな、これは実験材料だ」

 

 乾眠トロルと下顎のないゴブリンの頭を掲げて見せる――

 しかしスズは女の子らしいリアクションもなく、ただ見つめるのみであった。

 

 

「――で、スズ。お前は連絡しにきたのか?」

「左様、少々問題が発生したでござる。生徒会長と一部の生徒が先走って――」

 

 お互い大地を駆けながらも息を切らすことなく、悠然と会話を続ける。

 

「やや独断専行気味で村への救援へ向かって、ガルマーン教諭もついてったでござる」

 

 クロアーネさんから聞いた話では、後軍の部隊は合流した時の戦況を見てから編成。

 その後に各戦線へ適時投入する予定だった筈……。

 

 だが後軍が当初の予定から減っていれば、ジェーンの采配にも支障も出るだろう。

 

 さらにガルマーン教師までいなくなったとなると、状況判断はどうなるものか。

 

 

「もっとも村方面も最後のトロルが向かったらしく、致し方ない部分も否めないでござるがねぇ」

「なるほど、左翼のトロルは駆逐したことだし……俺は左翼へ戻らず中央戦線へ征こう」

 

「ベイリル殿(どの)が倒したでござるか?」

「無論だ」

 

「流石でござるねぇ、拙者の見立て通りで良かったでござる」

 

 片眉を顰めつつ疑問符を浮かべる俺に、スズは「こっちの話でござる」と流す。

 

 

「中央へ行くにしても……一応判断を仰ぐがいいでござるな」

「そうだな、俺はどのみち後方陣地へ一旦向かう。スズはこの後はどうするんだ?」

 

「指示待ちでござる、多分」

「それじゃあ一つ、ヘリオに伝えて欲しいんだが――」

 

「貸し一つでござるよ」

 

 

 俺は屍体(ゾンビ)のこと。寄生虫感染への注意として、間接攻撃でなるべく倒すこと。

 トロルへの有効と思われる戦法。女王存在の示唆。そして「無理はするな」ということを言付ける。

 

「ういうい、委細承知。確実に伝えるでござるよー」

 

 そう言いながら声は遠くなっていき、スズと分かれた俺は後方陣地へと走り続けた。

 

 

 

 



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#60 後陣地

 

「ベイリル! 左翼はどうしました? ――っなんだそれ!?」

 

 後方陣地へ着くなり、モライヴが見たこともないような荒い声で聞いてくる。

 いつもの気怠げなテンションとは打って変わった、焦燥の見えるそれだった。

 

「土産と警告だ、左翼は概ね片付いたから任せてきた。リンは?」

 

 俺は早足のまま話しつつ、モライヴも訝しげな表情を貼り付けたままついてくる。

 

 

「左翼はそうか……流石ですね。リンはルテシアさんと軍の編成中です」

「ルテシア先輩はいるのか……思ったより早いな。あぁそれと、スズはヘリオのとこへ行かせた」

 

 ルテシアはてっきり、スィリクス会長についていったのかと思っていたが……。

 学園生活を振り返ると――確かにあの二人はそれぞれが持つ役割。

 その領分をきっちりと切り分けて、動いていたような気がする。

 

 

「スズを? 了解しました。だだ戦場で不可解なことが――」

「これだろ」

 

 そう言って俺は、ゴブリンゾンビの頭部をモライヴの前に見せる。

 ぐるんと目玉が動いて、それを興味半分恐れ半分といった表情でモライヴは視線を返す。

 

「本当に……生きている? 不死者にしては数が異常すぎる。それに首だけでなど――」

「確かに不死者(アンデッド)でもあるが、これは生ける屍体(ゾンビ)だ。今から少し調べるから待っててくれ」

 

 異世界には一般に、"不死者"とされる存在もいるにはいる。

 詳しい原因は不明なものの、散発的なものでサンプルケースが少ない。

 

 少なくとも今回のように、大挙して発生するようなものではなかった。

 

 

「――とりあえず中央はもうすぐ俺も参戦する。右翼もまぁヘリオならイケるだろう」

 

 そう話しながら俺とモライヴは目的地へと到着する。

 

「ハルミアさん!」

「ベイリルくん? えっなにそれは……」

 

 傷病人の対応による疲れを見せぬハルミアも、流石に顔を歪める。

 

「ちょっとこっち来てもらえます?」

 

 怪我人らがいる前で大っぴらに聞かれても困るし、ゴブリンの死体を晒すのも衛生上良くない。

 よって速やかに誰もいない離れた場所まで、3人で移動した。

 

 

「とりあえず"こっち"は置いときます」

 

 俺は"トロルの乾眠幼体"を横に置いて、ゴブリンの死体をうつ伏せに地面に置く。

 

「それで、どういうことですか? ベイリルくん」

「怪我人の中で、戦場で噛まれりした人は居ますか?」

 

「えぇ右翼戦場で二人ほど」

「特に問題は?」

 

 潜伏期間も考えられるがはたして――

 

「ない、と思いますが……」

「そうですか、まぁ多分大丈夫だとは思うんですけど、これ解剖できます?」

 

「これを……ですか? あまり気はすすまないですが必要なことなんでしょうね」

「中に黒い芋虫みたいなのがいるんで、それに気をつけてください」

 

 

 ハルミアはいまいち意図を理解しきれてないようだが、とりあえず頷いて施術へ入る。

 魔術によって指先から、淡く赤い発光刃(レーザーメス)を作り出し、脳を切り開いていく。

 うなじよりやや上の部位まで開いたところで、黒芋虫が顔を出した。

 

「大きさからしても、やっぱり精々一匹か」

 

 俺は気持ち悪さに我慢しながらも、頭は切り離して分析する。

 一匹の頭に一匹の芋虫。それ以上は特に見当たらないようだった。

 

 であれば、空気中に卵を散布するような繁殖方法じゃないだろうと。

 恐らくは直接植え付けるような接触感染だろうか。

 

 俺は創作(フィクション)の知識から、手前勝手にそう類推する。

 

 

「……今の虫に気をつければいいんですね」

「さっきのが戦場を騒がせてる、殺しても動く"ゾンビ"とやらの原因――ということですか」

 

「正解。体内に潜り込むタイプの寄生虫ってやつで、人間も操れるかはわからない。

 感染も空気や血液よりは、直接接触で卵か幼体を潜り込ませるような(タイプ)と思われる」

 

 冷静で知的な二人を相手にすると、会話もスムーズで助かるというものだった。

 とはいえ医療従事者でないモライヴは、話半分といったところ。

 

 それでもハルミアが理解していることを察すると、話の腰を折るようなことはしない。

 

 

「えっと、私はどうすればいいんでしょう」

「感染している可能性も0(ゼロ)ではないので、もし疑わしければ触診かなんかで……」

 

「もし確認できたら……今みたいに外科手術を?」

「えぇまぁ……できますか?」

 

 ハルミアの表情は、苦悶の入り交じるものだった。

 それでも医療を志す者の矜持(きょうじ)が、それらをあっさり上書きする。

 

「そうしないと助からないのであれば――わかりました、やってみせます」

 

「お願いします。それじゃあ俺は中央戦線へ出撃するんで」

「ベイリルくん、そっちのは……?」

 

 ハルミアは俺が掴んだ青白い肉団子を、指差しながら問い掛ける。

 

 

「この戦争が一段落したら説明します、それじゃ――」

「ベイリルくん!」

 

 再度呼び掛けられ、俺は半分ほど振り向きかけた体を戻す。

 ハルミアは俺の空いた手を取ると、ポケットから"何か"を取り出す。

 

 それを俺の手の平へと置くと、ギュッと両手で包むように握らせる。

 

「ご武運を――」

 

 俺は安心を十全に込めて頷いてから、力強く前に踏み出した。

 

 

 

 

「クロアーネさーん! クロアーネさんはおるかー! ちゃんクロー!」 

 

 軽い駆け足で後方陣地を抜けるまで、俺は叫び続ける。

 ともすると上空から気配を察し、肩口まで迫った山刀を滑らせて回避する。

 

「一体なんのご用向きでしょうか、急ぎでないのならもう一撃お見舞いします」

 

 そう言いながら彼女は何事もなかったように、山刀をもう一本引き抜く。

 

「すみません、急ぎです。このトロルの幼体を、どこか周囲に安全なところに隔離置いてください。

 後でオーラム殿(どの)まで届けるので、とりあえずこの戦争が終わるまでの(あいだ)だけでいいので」

 

「……わかりました。ちなみに次やったら貴方の料理は二度と作りませんのであしからず」

 

 

 クロアーネさんは山刀を収めるとトロル幼体を躊躇いもなく掴み、お互いに別方向へと走り出す。

 

(二度と料理は作らない……か)

 

 俺も彼女との距離感や扱いには慣れてきたが、向こうも慣れてきたということか。

 

 トロルって食えんのかな……などと食欲が減退するようなことを思いながら、俺は風に乗った―― 

 

 

 

 

 ゾンビ体で通常より弱いとはいえ、それでも中央戦線はなかなかに士気が高かった。

 連携もしてこないし、行動も単純だが、急所を突いても襲い掛かってくる狂気。

 

 殺しても死なないという恐慌状態が、軍隊をどれほど脆弱なものにするのか……。

 そんなことを思っていたのだが、案外杞憂だったようだ。

 

(そこれへんは魔物慣れしている異世界だからかね……)

 

 あるいはジェーンの指揮能力の高さによるものか――

 なんにせよ維持はできているし間もなく後軍も来るだろう。

 さしあたって加勢の必要はなさそうだった。

 

 走りながら一際大きな巨体を見つけて近付くと、トロルが氷漬けにされたように眠っていた。

 

 

「俺の液体窒素じゃ、こうは無理だな」

 

 呟きながらゴンッと拳を軽く入れてみるが、言葉にしにくい感触が返ってくる。

 トロルを急激な温度差という環境変化に曝し、防衛行動として乾眠状態を強制させた。

 殺すことはできなくても、倒すことならどうとでも――を地でいったのだ。

 

「流石だな、ジェーン」

 

 トロルの生態・特性をよく理解し、水属の強力な氷魔術だからこそ可能な芸当だった。

 乾眠の所為か実のところ凍結はしていない。それでも行動不能にするには至っている。

 

「ん~む……すごいなコレ」

 

 クマムシなどに代表される、乾眠状態のようなトロルをペタペタと触る。

 

 超高温・超低温・超高圧、真空や放射線にも耐えるのであろう形態。

 完璧な乾眠状態では、"ポリ窒素爆轟"をまともにぶつけても耐えられるのでは? とすら思えた。

 

 

(にしても、ジェーンとキャシーはどこだ……?)

 

 一度空中高く跳び上がって見渡すも、それらしいものは見当たらない。

 耳に入れるべき情報が少なくないのだが、どこまで行ったというのか。

 

 同時に視界に入った黒い影に注意が向く。

 それは(くだん)の"飛行型キマイラ"であった。

 

 森近くの上空を旋回しているようで、アレが存在している為に空中斥候が出せない状況にある。

 

「ああ、"素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)・飛燕"――」

 

 

 俺は胸元で(ペケ)を描いた両手を、勢いよく横一文字に広げながら指を鳴らす。

 貫通性能に振った風刃の"捻燕"、誘導性能に振った風刃の"飛燕"を派生として使い分ける。

 

 形成された2羽の風の刃は、軌道をゆっくりと曲げながら遠くのキマイラへと向かっていった。

 大気を通じた視線による有線誘導イメージ。遮蔽物のない空中で外すことはない。

 

 俺は地面に着地しつつ様子を見る。

 二枚刃の速度は僅かに変えて、時間差で当たるようにした。

 まず一撃目が命中し、敵が気付いた後にさらに二撃目が叩き込まれる。

 

 

 風刃の飛んできた方向から敵はこちらの存在に気付き、想定通り近づいて来るようだった。

 敵愾心(ヘイト)を稼ぎ、俺へと釘付けになったキマイラを撃滅する単純作業。

 

(まあアレも寄生されてんだろうから――)

 

 既に死んでいれば酸素濃度低下は効かない。多種混合の魔物の呼吸メカニズムも不明瞭。

 そもそも動き回る相手には使いにくく、魔力消費も(かさ)んできたので無駄撃ちも避けたい。

 

 俺は戦法を決めると"素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)・飛燕"をもう一度、左右それぞれ指を鳴らす。

 

「"エアバースト"」

 

 飛燕が両翼を裂いた瞬間、天頂方向から最大出力のダウンバーストをお見舞いした。

 

「墜ちろ、カトンボ」

 

 滞空手段が削がれたのに加え、上空から襲い来る風圧に叩き付けられて為す術はない。

 俺の言葉に導かれるかのように、キマイラは墜落する。

 

 

「――"刹那風刃脚(アトウィンドカッタッ)"!」

 

 左半身に構えた状態から、落ちるキマイラと交差するその瞬間。

 俺は前方向へ捻転させるように、僅かに溜めを作る。

 

 そして落下とは逆の上空へ向けたカウンターの形で、密着状態から放たれる必殺の術技。

 

 上円軌道の右蹴りと共に、二重風刃がキマイラの硬い皮膚を引き裂き、臓腑を斬り断つ。

 余勢(よせい)を駆った左脚による、天頂蹴り上げに追従した風刃刺突が肉体を貫き穿つ。

 ダウンバーストを取り込んだ"風皮膜"の流れを利用し、空中で一回転しながらさらに(かかと)を落とした。

 

 キマイラは改めて地面に衝突し、断末摩一つなく絶命する。

 

 

 切り下ろされ、穴が空き、頭の潰れて行動不能となった死体。

 地面にへばりついた肉片の上を歩きつつ、黒い芋虫を踏み潰して俺は実感する。

 

 入学初日にカボチャと打ちのめし、フリーマギエンスを設立してから一年近く。

 

 フラウと心身を重ね、コツを掴んだ魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)の修練。

 それ以前の無明の暗闇で決意した時より、積み上げ研ぎ澄ませてきた己の(ちから)

 

 それらが十全に機能し、役に立っていることが報われている。

 やれるようになったことが増えてきて、自分の可能性を大いに楽しんでいる。

 

 前世とは比べるべくもない充実した生の謳歌が、俺に活力を与え続けてくれた。

 

 

「――? んっく……」

 

 突然ふとした耳鳴りに襲われ、俺は咄嗟に鼻をつまんで耳抜きをする。

 特段調子が悪いというわけではないが……。既に前方には新たな軍団が見え始めている。

 

 しかし何故だか、虫の報せのような予感が脳を打った(・・・・・)のだった。

 

 



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#61 後軍議

 

 

「私は早急に村へと向かう!!」

 

 スズからの火急の報告を受けたスィリクス後軍軍団長は、馬上からいきり立ってそう叫んだ。

 

「ですが会長、前軍は援軍を必要としています。ジェーン軍団長も、再編した後に救援を向かわせるかと」

 

 嗜めるように副長のルテシアが言うが、スィリクスは聞く耳を持つ様子はあまりなさそうだった。

 

「副会長、我々の本分はなんだ? この遠征軍の目的は、周辺の治安維持の為の討伐である。

 そこを忘れては存在意義がないではないか! ほんの僅かの差で命が喪われるのかも知れぬのだ!」

 

 エルフ至上主義を是とするスィリクスには珍しい光景と言えた。

 これには扱いに慣れていたルテシアも、思わず怪訝な表情を浮かべてしまった。

 

 

 助け舟というほどではないが、提言を求めるような教え子の視線にガルマーン教師は答える。

 

「スィリクス、お前の言うことももっともだが、頭が二つあっては指揮系統に乱れが生じる。

 ここは既に戦端を開き、最も状況を把握しているジェーンを筆頭に据えて指示を仰ぐべきだ」

 

 そう言うものの、スィリクスは強い意志を宿した瞳で退く様子は見せなかった。

 

「これは生徒主導の戦争です。異常事態ではありますが、そこはガルマーン教師も仰る通り――

 指揮権は生徒にあって(・・・・・・・)教師にはない(・・・・・・)のです。私はジェーン軍団長と同等の指揮権を持ち得ます。

 その私が判断しているのです。それに頭も二つには成り得ません、我々は別働隊として動くのですから」

 

 

 

 今この瞬間――ガルマーンは無力感のような何かをにわかに感じていた。

 少しぬるま湯に浸かりすぎていたことは、明らかとさえ言えた。

 

 かつて最も親しき友と(たもと)を分かち、放浪の後に学園長に誘われた。

 人柄と経歴を買われ、どうせやることがないならとこの学園へと――

 

 前任者から受け継いでもう10年近くはなろうか、かつての磨き上げたモノはもはやない。

 鍛錬を怠ったことはないが、しかし研ぎ澄ますことは忘れて久しい。

 

 もちろん学べたことは数えきれないほどあったが、同時に失ったものも否定はできない。

 

 血反吐を流す鍛錬と、途切れることなき実戦の繰り返しだった日々。

 あのギラギラした日常から得ていた感覚は、思い出そうとして戻るものではない。

 

 

 情報が足りないのを鑑みても、現況における最適解を見出すことができない。

 強固な態度の生徒を説き伏せるだけの、弁舌を持っていない。

 

 軍において指揮系統とは絶対のものであり、上官が死ねと言えば死ぬものである。

 そこに疑問を差し挟む余地はなく、より多く情報を持つ上官がそう判断したのだから。

 

 仲間を守る為に、より多くを活かす為に、非情な決断と命令を差し迫られる。

 自分も上に立った時は懊悩(おうのう)し、死ぬかも知れない命令を下したこともあった。

 

 そうした命令があり犠牲になった者のおかげで、自分が生きている。

 そうした命令によって、自分の命で仲間を生かすことができる。

 

 あくまで引率であり、緊急時の指揮権の移譲などは想定されていない。

 それゆえに、正しく適した判断というものをつけられずにいる――

 

 

「別にいいと思うでござるよ?」

 

 そう事もなげに軽々と口にしたのは、情報を持ってきたスズであった。

 

「それはどういう意味でしょうか、スズ連絡員」

 

 ルテシアは行軍を続けながら、地上でついてくるスズへと問い詰めるような声音で聞く。

 

「軍を分割してもいいと言ったでござる。ジェーン殿(どの)はその程度は想定しているでござる」

「最初から後軍をアテにしてないということか? 緊急の援軍要請ではないのか!?」

 

 スズの言い分は、図らずもスィリクスの判断を肯定する言であった。

 しかしスィリクス本人も腑に落ちないのか、言葉を荒げる。

 

 

「ジェーン殿(どの)らが欲しているのは、前線で戦う人材じゃなくて退却の為の人員でござるゆえ。

 忌憚(きたん)なく言えば戦力は既に足りている(・・・・・・・)のでござる。半分もいれば副長と作戦参謀が調整するでござい」

 

「トロルもいるのなら、足りるわけがないだろう」

 

 ガルマーンはそう断定口調で言った。トロルとは一種の災害とも言える生物である。

 

 かつて帝国で何度か出現した際も、"黒騎士"団員が十数名で戦術を展開し、確実に葬るもの。

 黒騎士でも精鋭であれば単独でも倒せないことはないが、危険を考えればそうして(しか)るべき存在だ。

 

 学園の生徒達は優秀だ、しかしだからと言って討伐など見通しが甘すぎる。

 

 

「拙者も仕事柄、目が肥えているゆえ――単一で抗し得る者は、とりあえず五人ほどいるでござる。

 あっガルマーン教諭も含めれば六人でござるかね。ジェーン殿(どの)もそれをよくよく承知している。

 なればこそ今の戦術があるのでござる。数で劣れども強軍に小細工は()らないのでござるよ」

 

「馬鹿な……――」

 

 5人? トロルを知らぬ者の戯言(たわごと)――と切り捨てるには難しかった。

 入学時の冒険科振り分け試験の時に、グナーシャ、ルビディア、ヘリオ、パラス、カドマイア。

 彼らは次の英雄コースの人材として目をつけていて、たまに様子を調べたりしていた。

 

 スズは一流の諜報員であることは、自他ともに認められている。

 極東北土における忍者の系譜であり、この1年近くでその優秀さはたびたび耳にしていた。

 

「それが"フリーマギエンス"でござるよ」

 

 付け加えるように言ったそのセリフに、スィリクスの顔が歪んだ。

 努めて平静を保とうとしていても、どうしても苦い顔をせざるを得ないようだった。

 

 

自由な魔導科学(フリーマギエンス)――)

 

 最初の頃に顧問として、ガルマーンは打診されたことがあったが、さる事情により断った。

 それはフリーマギエンスに限った話ではなく、あらゆる部活動の顧問を……である。

 

 英雄コースのみで関われるからこそ、人はその恩恵を受ける為に志す。

 誰でも入れるような部活で教える立場になれば、英雄コースの優位性が失われる。

 

 しかしフリーマギエンスの名はあれから随分と、そこかしこで名を聞くようになった。

 既に学内活動における最大派閥なのではないかと思うほどに。

 

 あまり積極的に人と絡まない、あのシールフ講師ですら引き入れてしまった……。

 生徒の自主活動に参加するなど、恐らく初めてのことなんじゃないだろうかと。

 

 ひとたび事件が起これば、その裏にフリーマギエンスが関わってるとさえ噂される。

 

 

 3人の中で唯一ルテシアは、速やかに事情を飲み込み判断を下す。

 

「想定内と言うのであれば是非もありません。急を要することは事実ですし、会長は精鋭三十人を選んでください」

 

「っぬぅ……なに?」

「数が多ければ足をとられます。避難誘導と一定抗戦の為の精鋭(・・)です。私は残りの軍で後詰めに回ります」

 

「副会長は残るのか」

「もちろんです、軍団長なき後軍を率いるは副長以外にいないでしょう」

 

「……そうだな、副会長。君の言うことは正しい、そうすることにしよう」

 

 スィリクスは言葉に詰まった後に、言いたいことは飲み込んでから承服する。

 いつまでも話を長引かせては、それこそ救援に遅れてしまう。

 

 

「村へのトロルはどうするでござる?」

「ガルマーン先生、お願いできますか?」

 

「なに、俺がか?」

「他に人手がいないかと。戦場のトロルは逃げればいいですが、村へのそれは迎撃するしかありません」

 

 確かにトロルに対抗できるのは、ガルマーンしかいない。

 指揮系統はジェーンとスィリクスにあるし、その(げん)はもっともな部分がある。

 

 ガルマーン一人で生徒全員をカバーするのは不可能であり、事態は既に動き出している。