異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ (さきばめ)
しおりを挟む

プロローグ
#0 遠い未来の物語


このプロローグはいわゆる雰囲気を知っていただく為のアバンタイトルとなります。
SF要素などが含まれていますが用語などもほとんどが一発ネタで、本編は中・近世風の異世界ファンタジーです。


 

 夜空に大きく浮かぶ、長きをすごしたその惑星を仰ぎ見る。

 ゆったりとした動作で俺は視線を地上へ落とすと、原風景を見るような心地にさせられた。

 俺はこの星の大気の肺いっぱいに満たしてから、ゆっくりと感情を吐き出していく。

 

「ああ素晴らしきかな」

 

 シンボルマークの描かれた旗を中心に、基礎となる区画を鳥瞰(ちょうかん)する。

 

「最適の立地。最優の都市計画。最高の技術者たち――」

 

 "純血"を(たっと)び、"至高"を(むね)に、"調和"を(はか)る。

 

 瞳に映る雛形となる土台は、完成風景までも頭の中で投影させるようだった。

 先駆の開拓者にしか味わえないその感覚は、いまだかつてない昂奮を覚えさせる。

 

 

(おおむ)ねまっさらな……この土地で」

 

 俺は織り交ぜの感情に、どうしようもなく心身を震わせた。

 

 伝統を重んじ、名誉を讃えよう。

 美学を推進し、商業を振興すべし。

 合理主義に生きる、秩序ある社会を。

 

 そうやって進歩と発展を繰り返して、ここまでやってきた。

 途方もない積算と、"財団"の心血が注がれた……教義成就の一つの形。

 

 もはや数え切れないほど遂げられてきた大事業。その全てがこれから詰まっていく。

 

 

「――新たに始まるわけだ?」

「そうだ、ここからまた踏みしめていく」

 

 左隣に寄り添うように立つ者と、噛みしめるように会話に興じる。

 かつて遥か彼方の理想にして、夢想と思えた――歓喜と苦難に満ち満ちた長い長い旅路。

 

 魔導と科学の融合。未知なる未来を見る――"文明回華"。

 

 それでも世界の拡がりは果てしなく。

 人の進化と文明の躍動も、また尽きることがない。

 

 

「思えば遠くへ来たもんだ」

「ほんとにね、長かったねぇ~……」

 

 我が身のことながら、随分と感傷的になることが多くなってきた。

 数多くを得て、そして数多くを失った。それでも自分はまだこうしてここに立っている。

 

 過去も、現在も、そして未来も……大きな流れであると同時に、強固に繋がっている。

 夢の続きは終わらない――いつまでも新鮮味を忘れずに、人生を歩んでいきたい。

 

 

 想起に(ひた)っていると……右耳内部のイヤホンに着信を感じ、俺は手を当てて応答する。

 

『どうした、緊急か?』

『第一種指定災害が発生しました。特級危険生物"ワーム"です』

 

 入植最初期に観測だけはされていた存在――

 全長にして5km近くに及ぶ、多体節円筒状の極限環境超生物。

 通称"星喰い"。普段は地中奥深くにて暴食し、その姿を見ることは滅多にない。

 

 しかしひとたび地上へと現れれば、巨大な山岳すら呑み込み消化する厄災。

 その巨躯が通った道は川となり、掘りながら喰い進んだ場所は湖どころか海ともなる。

 

 動いている姿は実際に見たことはないが、伝承や体験談からよく知っている。

 

 

『こっちで()ついにきたか……して、被害状況は?』

磁気線路(マグレール)の一部を寸断し進行中。進路予測では"原星生物保護区"と思われ……」

 

『なるほどな、確かにあそこは栄養たっぷりだ』

『なにぶん巨体でして、進路上の"生物工学的(バイオプラン)栽培農園(テーション)"や建造途中の"遺伝子貯蔵庫(はこぶね)"も危険です』

 

『現在の対応状況は?』

『稼働可能な装甲魔導機兵(パンツァー・ゴーレム)が四機と、サーボ機構強化兵の一個大隊を可及的速やかに派遣。

 いずれも最大火力制圧を敢行しましたが、有効なダメージを確認することができず――」

 

 

 俺は眉をひそめながら、ゆっくりと息を吐き出していく。

 

『ふゥー……それで進退窮まって俺に、か』

『しかもワームは産卵しているようで、温度索敵(サーマルサーチ)によると近く孵化しかねません』

 

 ただでさえ厄介なワームが増えるなど、あまり想像したくない光景であった。

 

『戦術核の使用許可を願います。あとは貴方の口頭承認で、最終可決されます』

『判断が早いな、結構なことだ――』

 

 

 衛星穿孔砲(サテライトレーザー)はまだ打ち上げ段階にない。

 となれば惑星中間に位置する宇宙軌道(テラフロート)要塞(フォートレス)からの、熱核兵器しか有効打になりえまい。

 

 核融合反応であるし、今の"魔導科学"であれば放射性物質もなんとかできる。

 とはいえコストに見合わないし地形も変わってしまう。

 衝撃余波による二次被害も、決して看過できるものではない。

 

『だが却下だ、かわりに俺が出撃する』

『了解しました、各方面にはお伝えしておきます』

『聞き分けがいいな』

『半分ほどはそう答えてくれることを予想していましたので』

 

『織り込み済みか。それじゃあ目標地点へ、俺の"特効兵装(エフェクター)"を送ってくれ。どれくらい掛かる?』

『準備は万端整っていますので、射出後に座標(ポイント)を送ります。ご武運を』

『くっはは、用意もバッチリか。それじゃあこっちも応えねないとだな』

 

 勝手知ったるオペレーターに、俺はふっと笑みを浮かべながら通信を切った。

 

「トラブル? 一緒に行く?」

「いや俺一人で充分だよ。お前だと()()()()()だろうし」

 

「そっか、それじゃ――いってらっしゃい」

「あぁいってくる」

 

 俺は転送されてきたデータ位置を確認して、既に五体へと纏った風と共に大空へと飛び出した。

 

 

 

 

 飛行しながら地上を眺めつつ加速を重ねていたが、行動予測進路の途中で俺は急制動をかける。

 

「星喰いワームの幼体……もう()まれたか」

 

 眼前にはどこぞの群生相のような黒色で、覆い尽くすような巨大な影があった。

 ウネウネと形を変えながら、上空高く昇るように伸びていく。

 

 数万匹は下るまいその異様。一匹一匹は人の頭よりも大きいだろうか。

 二対の(ハネ)の生えた黒い連節状蠕虫(ぜんちゅう)の醜悪さたるや……。

 もはや数え切れないほどの人生経験を積んできた俺でも、思わず眉をひそめてしまっていた。

 

 奴らは宇宙へ飛び出し、新たな星へと無数に漂着し、成長していくに違いない。

 

「確かに既存兵器じゃ対処が難しいな――」

 

 数百年か数千年か……はたまた数万年か。恐らくはそういう周期単位での繁殖行動。

 超々硬度キチン質の外殻は、並の重火器や"魔術"では易々と通らないだろう。

 

 それが成体ワーム並か、それ以上の大きさに膨れ上がる影となっている。

 しかしながら……既に孵化して空中にいるのは、逆に好都合であった。

 

 

(地上を傷つけずに済むからな――)

  

 領域を広げる幼体群のさらに上空を陣取り、俺は肉体を循環せし胎動に集中して詠唱に入る。

 

「システム起動――連結――最大出力」

 

 肉体の目前――その中心に力場のようなものが形成され、膨大なエネルギーが集約していく。

 発動の準備が整ったところで、横に開いていた両の拳を胸元のエネルギー中心部で突き合わせた。

 

 指向性を持たせた光が、視界全てを染めていき満たしゆく。

 数瞬して収まれば……幼体ワームの群体は、もはや跡形もなくなっていた。

 原子ごと分解し滅却する"天の魔術"。塵どころか、存在そのものを消失させたに等しい。

 

 虚無と化した空間へ強烈な大気の移動が巻き起こるが、周囲に纏った風が全て受け流す。

 

 

「さて本命は――」 

 

 地平線に映り見える巨体へと、俺は風を駆って追いすがる。

 

 産卵して消耗した肉体のエネルギーを補充する為に、目的地まで突き進んでいるのだろうか。

 山岳のような威容の成体ワームは我関せずと言った様子で、その地響きを止めることはなかった。

 

 同じ魔術で大地ごと消し飛ばすこともできたが、それは正直"もったいない"。

 あの生物もまた貴重な資源であり、あれほど巨大さがあればまさに宝庫と成り得る。

 

 ()()()()()ことのあるワームが、実際にそうであったように。

 違う形で手に入れる生物資源は――新たなテクノロジーの進歩を促すに違いない。

 

「よーしよし、いいタイミングだ」

 

 強化された感覚で(とら)えた"それ"よりも少し遅れて、右耳から接近の電子音が鳴る。

 

 

 俺は飛行の勢いを止めぬまま同期を開始し、"特効兵装(エフェクター)"を空中で合体装着する。

 上半身を肩から両腕まで羽織る強化外装。六枚翼付きで生身の動きを妨げないような構造。

 自身の上半身よりも一回りほど大きいシルエットは、魔導と科学の融合した現行最高峰の専用兵装。

 

「相転移エンジン――起動」

 

 俺は魔粒子を加速してぶつけ、真空を相転移させて得たエネルギーを自身の魔力の色へと転換する。

 左手をかざしてクンッと指を振り上げると、局所的な暴嵐は上昇気流を伴う極大の渦を巻いた。

 指向性を持った超弩級竜巻は、さながら昇り竜がごとく星喰いワームの巨体を遥か上空へ巻き上げていく。

 

 そのまま大気圏をも超えて、宇宙空間へと放り出された天災級の極限環境超生物。

 俺は空壁突破の衝撃波や大気摩擦をものともせず、第二宇宙速度を超えて追従し相対した。

 肉体に纏う魔導科学の(すい)は、熱や宇宙線を遮断し、視覚や気圧差、呼吸をも含めて快適に保つ。

 

 

魔力安定器(マジカルバラスト)――同調完了」

 

 俺は右手と左手にそれぞれ具象化した、極安定させた魔力を宿し、両手を組み合わせて融合した。

 指を開いて両手をゆっくりと離していくと、掌の中に莫大な奔流を感じ入る。

 

「斬星――"太刀風"」

 

 見えない左手の鞘から抜くように、右掌中に形成されたそれは……振れば玉散る風の刃。

 内部では電離を繰り返し、不可視の刃はプラズマを纏って煌めきだす。

 

 はたしてその刃渡りは何十キロメートルにも及ぶ、超長大な(つるぎ)

 余剰エネルギーを余すことなく内包・集約させ、風の超太刀を両手で構える。

 

 宇宙空間へ己にのみ聞こえた風切り音だけを残し――

 ただの一振りで星喰いワームを斬断し、事態は終結した。

 

 

 輝く恒星と人々の住まう(ふた)つの惑星を全景に。

 俺は背中を向けて(たい)を預けるように、星の重力へと身を任せる。

 

 五感で染み入った全てのことを……胸裏に刻み込むように――

 

「お楽しみはこれから()、だ」

 

 惜しむような心地と共に手を伸ばして、続く宇宙(そら)をギュッと掴んだ。

 "未知なる未来を"――俺の想像を超越していく世界は、この煌めく星々の数だけ存在するのだろうと。

 

 これまでを既知としてきた長き半生に。

 これからも未知を求めていく長き人生に。

 

 色()せぬ栄光と、惜しみなき喝采(かっさい)と、無垢なる感動のあらんことを願って――

 

 

【挿絵表示】

 

 




第0話を読んでくださりありがとうございます。
かなりの長編になると思いますが、何か感じ入るところがあったなら是非お付き合い下さい。
お気に入り・評価・感想・レビューなども頂けるとモチベが上がり喜びます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一部 少年期 ~現世を生き抜く将来設計~ 1章「不屈の一念、天をも通す」
#01 道行


 屋根付き箱形のしっかりとした馬車に揺られながら――ゆっくりと瞳を開けた。

 車内には()を含めて4人、簡素で手狭な馬車のようだった。

 ほぼ密閉されているが、窓代わりのわずかな隙間から時間が夜であることを察する。

 

 なんにしても乗っている客が客ゆえか……空間内に窮屈さはなく、ゆったりとしたものであった。

 同乗者である3人の子供の(うち)一人と目が合うと、その女の子は柔和な笑みを浮かべた。

 

「あらあなた、やっと目が覚めたのね」

 

 ――そう……物心がつく程度の年の頃からだったか。

 徐々に"記憶"を思い出し、自己を意識できるようになったのは。

 最初は明晰夢(めいせきむ)かとも思ったが、様相は全く違っていた。

 

 未だ信じられない気持ちも残っているが、はたして紛れもない現実であった。

 

 まるで眠りに落ちる瞬間がわからないように……。

 自分がこうなってしまった認識は、ひどく曖昧(あいまい)なものだった。

 

 

「だいじょうぶ? 頭とかぼーっとしてない? 体のどこか痛いところとかない? 

 こうして一緒になった以上、固く結ばれた兄弟姉妹のようなものだもん。遠慮しないで言ってね」

 

 そう健気に言葉にする、真正面に座る可憐な少女。

 やや薄い藍色髪に、透き通るような銀色の両眼を持っていた。

 

「あぁ大丈夫だよ、ありがとう」

「わたしは"ジェーン"っていうの。あなたのお名前は?」

 

 差し出されたその小さな小さな左手に、俺は握り返して応える。

 

「俺は"ベイリル"だ、よろしく」

 

 そう口に出した俺の、声変わりをまだしていないトーンは……高く若かった。

 なんせ俺も子供なのだから当然ではあるのだが、"中身"はそうではなかった。

 

 ――直前まで生きていたのか死んでいたのかすらわからない。

 ただいつも通りに、活力ない日々を、無為にこなしていた……ように思う。

 うだつの上がらない、ただ日々を繰り返すだけの人生だった。

 その日暮らし上等で、色々な娯楽に手を出してはすぐに飽きてしまう。 

 

 自分の未来が想像できなかった。現実(リアル)がなかった。

 そして今も――ある意味で、現実感がないのは変わらないと言えるだろう。

 

 とはいえ()()()()()というものに、まだ幼いながらにそれなりに順応し生きてきたところで……。

 こんな状況に追い込まれることになろうとは――()ほどにも思っていなかった。

 

 

「はいよろしくされました」

 

 ニコニコと、少なくとも表面上は明るく振る舞っているジェーン。

 まだ子供なのに、世話慣れというか……非常にしっかりしているものだった。

 気丈さを装っているのは生来の気質か、育ちによるものか。

 

「くそ、オレたちはどこへ連れてかれるんだよ……」

「わたしもどこに行くのかはわからない、けどみんな一緒だから大丈夫!」

 

 隣から、細く弱々しい声で少年が毒づくように絞り出していた。

 

 額よりもやや上に、まだ丸みを帯びた一本角があるのは"鬼人族"の証。

 混じり気のない白い癖髪(くせがみ)に黒い一束(ひとたば)のメッシュが入り、切れ長の目元と薄紅の瞳色。

 

 

「んっ……」

 

 さらに鬼の少年の向かいへと目を向けると、別の少女がジェーンの(かげ)に隠れる。

 頭から小さい狐耳がお目見(めみ)えし、この中では最も年若く見えた。

 

 わずかに輝く金髪に、まだ短くもボリュームのある尻尾は全く隠れていない。

 鮮やかな炎色を(たた)える、やや垂れ目がちな二重(ふたえ)がこちらをじっと見据(みす)えている。

 

「そっちの子が"ヘリオ"、この子は"リーティア"よ」

 

 ヘリオと紹介された少年は、こちらを一瞥(いちべつ)だけしてまた下を向いてしまう。

 リーティアという名の少女は、にへらと笑ってこちらに手を振ったので思わず振り返す。

 

 

 ――"亜人種"と"獣人種"。()()()とは一線を画す特徴の一つ。

 

 大きくは人族という(くく)りの中で、純粋な人族、亜人種、獣人種、魚人種などで分けられる。

 鬼人族は亜人種、狐人族は獣人種に分類(カテゴライズ)される。

 

 俺は何気なく自分の"半長耳"を触って、純粋な人族と違うことを確かめた。

 かくいう俺も亜人種であり、エルフ種と人間の血を半分ずつ受け継いでいた。

 黒灰銀の髪色に蒼碧入り混じった瞳の、"ハーフエルフ男児"である。

 

 鬼や狐と違って、見た目は人間と大差はない。

 耳もよくよく見やればわかるくらいで、髪で(おお)って隠すこともできる。

 

 

 ほんのわずかな隙間から見えるのは、日も落ちた薄暗がりの自然。

 木と草だらけの殆ど舗装もされてないような山道を、ガタガタと音を立てて進んでいるようだった。

 さらに上のほうへ視線を向ければ――"巨大な星"が、木々の合間から見え隠れしている。

 

 月――ではない。それは双子のように、この星に寄り添う惑星。

 

 地球から見た月の何十倍も大きく、色も淡い緑色を(てい)している。

 それは見ているだけで言い知れぬ不安を感じるようで……。

 同時に何度見ても、とても幻想的な雰囲気に圧倒されるかのようであった。

 

 亜人種に獣人種、さらには空に浮かぶ天体――現代でもなければ、日本どころか地球ですらない。

 そうここは(まが)うことなき異世界(・・・)で、召喚や転移ではなく俺は"転生"したのだ。

 

 

(どうせなら……)

 

 そう、どうせなら――強さが欲しかった。

 現状を打破する圧倒的な(ちから)が。運命に翻弄されない確固とした(ちから)が。

 あらゆるワガママを押し通せる地上最強の強さ。男の子なら一度はあこがれる、天下無双の腕力家。

 

 何も考えずとも、何を努力することもなく、それが手に入ればさぞ楽だったことだろう。

 なれば今のこのような憂き目に()うこともなかったに違いない。

 

 しかし転生こそしたものの、特にそういった能力だの加護だのといったものは与えられてはいなかった。

 そもそも"神"などのありがちな上位の超常存在と会った記憶も、声を聞いた覚えも一切ない。

 一つの利点があるとすれば、長命種たるエルフの血を半分だけ継いでいるということ。

 

 順風満帆・平和平穏に暮らせたなら、数百年と余裕ある寿命で人生を楽しむことができたかも知れない。

 しかし今となっては"明日の命も保証されぬ身"でしかなかった。

 

 

(どうしてこうなった……)

 

 前方の格子状(こうしじょう)の隙間から、馬の手綱を握っている男の後姿(うしろすがた)を注視した。

 俺を買った男――こんな山道で馬車を進ませている、巻布(まきぬの)で顔を覆い隠した男。

 

 雰囲気は優男風(やさおとこふう)なのだが、それなりの肩幅と体格もある。

 男は何一つ口を開くこともなく、ただ俺を繋いだ鎖を引いて馬車へとぶち込んだ。

 その後に鎖こそ外してくれたものの、接触はそれっきりだった。

 

 脱走の機会も(うかが)っては見たが、鍵の掛かった馬車の扉である。

 とてもじゃないが子供が開けられるものではなかった。

 せめて"魔術"を覚えていれば……使えていれば――あるいは状況に変化をもたらせられたかも知れないのに。

 せっかく異世界に転生したのにもかかわらず、長命にあぐらをかいていたツケがこうして回ってくるなど。

 

 

「ねぇベイリル、あなたってエルフさん?」

「いや半分(ハーフ)だよ、ジェーンは人族でいいんだよな」

「うんそうよ。ベイリルはどこから来たの?」

「俺は"帝国"南東、亜人がまとまって住んでいた小さな街だ」

 

「へ~そうなんだ。わたしはお母さんが"連邦東部"で、お父さんが"皇国"なんだけど――」

 

 他愛ない話と沈黙を繰り返しながら、馬車は進み続け――その(あいだ)も俺は合間に思考を巡らす。

 ともすれば嫌な想像ばかりが浮かんできてしまう。

 

 ()()()()()()の奴に(なぐさ)み者にされるのか、もっと単純に人体実験だとか。

 この異世界には魔物だって存在する。好事家(こうずか)のペットの遊び相手や、餌にされる可能性だってある。

 

 必要に迫られれば遮二無二(しゃにむに)死に物狂いで生き残ることも考えねばならない。

 遠い異世界のさらなる見知らぬ地にて、俺はまた新たな道を探さなくてはいけない。

 

 揺れ続ける車内でゆっくりと意識が落ちていくと共に……。

 俺は生まれ変わってよりこれまでの、短い半生の夢に沈んでいくのだった――



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#02 転生 I

 

 俺は夢の中で過去を追体験するように想起していく――

 

「ベイリルはその本がすっかりお気に入りね」

 

 文字通り我が子(・・・)に語りかける、これ以上ない穏やかな声音だった。

 

「なんかおもしろいからー」

「そっかぁ……ベイリルの将来が楽しみだなぁ、おかあさん――今日もお外に行くの?」

 

 ()()()()()()()の言葉に、俺は顔を大きく振ってうなずく。

 

「うん、"フラウ"と一緒に遊んでくる」

「いつもどおり気をつけるのよー」

「はーい、いってきます」

 

 俺は小さな体で扉を開け、短い歩幅で外へと出て陽光を浴びる。

 振り返れば手を振ってくれているエルフの母に、俺は空いた手で大きく振り返す。

 

 ()()()()()も落ち着き、子供を演じることの気恥ずかしさにも慣れた頃――

 日々平穏無事な生活を俺は送っていた。父はいないが、母は優しく綺麗だし、家もそれなりに裕福だ。

 木々に囲まれた木造建築の一軒家に、貴重な本も一冊とはいえ個人で所有しているほど。

 

「――の割に、母さんは本は読まないんだよな」

 

 俺は()()()()そうつぶやいて、目線を少し落として両手で抱える本を見つめる。

 常識的にはこうして外に持ち出すことも考えられないし、子供に管理なども任せない。

 それでも母はまったく気にした様子もなく、俺の好きにさせてくれていた。

 

(放任主義……と言えば聞こえはいいけど)

 

 とはいえ育児放棄(ネグレクト)されているというわけでもない。必要なことはしっかり教えてくれる。

 ただエルフという1000年近い寿命を持つ種族ゆえか、自然のままにのびのびと育てる気風があった。

 

 

(過干渉されて中身(・・)がバレてしまうよりは、な)

 

 そう心中で本音を漏らしながら、俺は少し離れた"お隣さんの家"へと向かう。

 当然ながら「自分は別の世界から転生してきた」などと暴露(ばくろ)できるわけもない。

 この異世界について詳しく知ったわけではないものの、それでも"転生"が一般的でないことくらいはわかる。

 

 突っ込んで聞きたいことは色々とあるものの、あまり子供らしからぬ言動や行動は控えざるをえない。

 もう少しばかり不自然に思われない、分別がつくような年齢になったら(たず)ねようとも思う。

 

(だから今しばらくは大人しくしておく)

 

 少なくとも現状に不自由はないし不満もない。退屈さは多少あるものの、新鮮さが失われたわけでもない。

 まだこの小さい街中ですら全てを把握できたわけでもないし、もっと世界を知ってからでも遅くはなかった。

 

 

「あっ"ベイリル"ーおはよ~」

 

(愛らしい幼馴染(おさななじみ)もいるしな……)

 

 異世界での"俺の名前"を呼んだのは、門の近くで立って手を振っている女の子だった。

 青みがかった短めの銀髪に、紫色の瞳をたたえた"ハーフヴァンパイア"の女の子。

 

「おはよう、フラウ」

 

 トテトテと近付いてきた幼女――"フラウ・リーネ"は、いつものように手を前へと差し出す。

 俺はそこに自分が持っていた本を渡すと、にこーっと笑って片手で軽々と持った。

 互いに幼いながらも筋力の差が出ているのは、少女の種族的特性であった。

 それゆえに重かったり持ちにくい荷物は、自然とフラウが持つようになったのだ。

 

「今日もべんきょーしてあそぼ~」

「あぁ行こうか」

 

 俺は()()()()()でそう答えて、フラウと一緒にリーネ家の玄関へと手を振った。

 仲(むつ)まじく立っている少女の両親も揃って手を振り返し、俺とフラウは手を繋いで歩き出す。

 人族の父親とヴァンパイア種の母親に、愛情もって育てられているフラウはとても素直だった。

 

 俺と母も定期的にリーネ家と親交を深め、お呼びお呼ばれする仲である。

 親同士の会話にほんのりと耳を傾けていた感じでは、母達同士が昔戦友だったらしい。

 ヴァンパイア種も長命なので、きっと一晩では語り尽くせぬ逸話があるのはなんとなく理解した。

 

「どこにいくのぉ?」

「昨夜は少し雨が降ってたから、川はやめておくか」

「んーとじゃ、もりのひろば?」

「そうしようか」

 

 ここは亜人種が集まって暮らす為に治安は良く、子供だけで出歩いても特に問題はない。

 自然と人と文化とか共存し、調和が保たれたとても過ごしやすい場所。

 居住人数はそう多くはないものの……村落よりは広く、機能も整ったのどかで小さな街である。

 

 

「ついた~」

 

 俺とフラウは森林公園のような広場へと到着し、大きな木の幹でできたイスに二人並んで座った。

 そして受け取った本を膝いっぱいに広げると、フラウは体寄せて覗き込んでくる。

 

「べんきょーからぁ?」

「そうだ、遊びは勉強のあとのお楽しみにしよう」

「ん~、うん!」

 

 母が所有する唯一の本が――おあつえら向きに"歴史書"なのは非常にありがたいことだった。

 異世界史とはすなわち"神話"も兼ねている為に、異世界そのものを理解するのにも大いに役立つ。

 そしてなにより参考書などがないので、言語を覚えるのにこれ以上の教本はないとさえ言える。

 

 現代日本に生きていた時は、英語もまともに喋れなかったのに異世界言語を覚えるのはなかなか苦痛である。

 それでも覚えねば生きていけぬ以上は、我慢してやっていくしかない。

 なんにせよ時間はたっぷりとある。かわいい幼馴染の少女と学べるなら、それも悪くはなかった。

 

 

「ね~ね~、"まほー"のべんきょーはしないの?」

「"魔法"は無理かなぁ」

「なんでぇ?」

「魔法は大昔(・・)のやつだから、俺たちが使えるとすれば魔術だ」

「じゃあ"まじつ"!」

 

 魔法は大昔に存在した……今となっては秘法も同然の(ことわり)であり、現在はほぼ失伝しているらしい。

 異世界で使われるのは、あくまでマイナーチェンジどころか完全な劣化した術法である。

 

 舌っ足らずなフラウの言葉に、俺はわかりやすく悩んだジェスチャーを見せて困った顔を見せる。

 

「魔術なぁ……使いたいけど、そんなに(あせ)らなくてもいいかなあ?」

「そーなん?」

「簡単に使えるものじゃないからな、フラウのお母さんは俺たちに才能あるって言ってくれたけど――」

 

 異世界の魔術を実際に使う為には、ある程度の適性がいるらしかった。

 幸いにも俺やフラウは種族的にも優れているらしく、そこらへんは心配ないようで……。

 せっかく異世界に来たのに、超常現象を使えないということはなさそうで安心した。

 

「もうちょっとだけ俺たちが大きくなってからな。まずは言葉をもっと覚えよう」

「わかった~」

 

 俺は柔らかい笑みを浮かべて、聞き分けの良いフラウの頭を撫でてやる。

 

 転生して魔術の存在を知ってからすぐに、母には怪しまれない範囲で調べて色々と試してみた。

 だがやはり独学では限度があり、覚えるには本腰を入れる必要があった。

 異世界でもいくつか存在する教育機関で習えるというから、足並み揃えて覚えていってからでも遅くはない。

 

(言語以外にも覚えることや、調べたいことは山ほどあるし……)

 

 半分でも長命種、マイペースで歩いていけばいいのだから――

 

 

 

 

 時間はゆっくりとだが、しかし確実に過ぎていった。

 エルフ種と言っても、肉体の成長は他の種族とさほど変わらない。

 半分の俺も一定の年齢までは普通に育ち、そこから急激にゆっくりになっていくようだった。

 

「ねぇ~なにしてんのー?」

 

 それはフラウも同じようで、少女は(あい)も変わらず俺によく付いて回ってきてくれる。

 お互いに共通言葉をかなり覚えてからは、日々の生活もまた変わってきていた。

 

「いつもの実験だよ。これ(・・)受け止めてくれるかー?」

 

 俺は新たに生まれたこの異世界そのものを、学び知ることにシフトしていった。

 自分の常識や、地球の法則が……はたして異世界で通用するのか――可能な範囲で調べていた。

 

 そしてフラウは俺のやることなすことに対して、なにかと好奇心を示しマネっこをするようになった。

 俺もそんな幼馴染と共に、ささやかながら様々なことを手伝ってもらっていた。

 

 肉体年齢は同じでも、可愛い妹のようで(いと)しい娘も同然であった。

 気の置けない友であり、将来はもしかしたら彼女と一緒になるかも知れないとも薄っすらと思っていた。

 意識せずとも確かに存在して、生きていくのに欠かせない空気のような存在。

 

 そんな少しだけ変化した異世界生活を味わっていてまた時を経ていく。

 

 

◇ 

 

 

「ごめんなさい、ベイリル……本当にごめんね――」

 

 それが――最後に聞いた母の言葉だった。

 深く(かぶ)ったフードで涙を覆い隠しているのが明らかで……。

 震える声で絞り出されたその言の葉は、今でも鮮明に思い出せる。

 

 振り返ることもなく目の前から去った瞬間の母の双眸(そうぼう)

 何か使命のようなものを強く――深く宿していたのを覚えている。

 

 そして俺は次の誕生日には、フラウと共に彼女の両親とリーネ()で迎えることとなった。

 

 リーネ一家(いっか)の支援を受けつつ――子供には広すぎる家での、一人暮らしも慣れた頃。

 消息を絶った母からの連絡もないまま、実に一年近くが経過しようとしていた。

 

 母の目的も行方も誰も知らない。便(たよ)りが無いのは良い便(たよ)り、などとは(つゆ)ほどにも思わなかった。

 

 だからと言って、自立して世界へと旅立つにはまだまだ子供だった。

 いまいち身の振り方を決められないまま日々を送りながら、ついに転機を迎える。

 

 

 

 

 唐突だった、あまりにも突然だった、完全な不意打ちであると言えた。

 母の欠けた俺の生きている世界は……(もろ)くも、粉々と言えるほどに崩れ去った。

 

 対岸の火事であったなら、どれだけ良かっただろうか。

 動画などとは違う――現実の炎の赤が、視界を埋め尽くす。

 

 熱気が肺を満たし、不完全燃焼によって生じた一酸化炭素で視界も薄れてゆく。

 もしも屋内で遭遇していたなら、たちまち命が失われてたに違いない。

 

 喉が枯れんばかりの怒号と痛烈な悲鳴。

 小さな体を支えきれないほどの衝撃波と、大気を叩き付けるような爆音。

 

 地獄というものがあれば、きっとこの光景はその一つなのだろうか……。

 などと頭のどこかで、(うわ)(そら)な心地で考えていたように思う。

 

 せめて幼馴染の少女フラウを見つけるべく、必死に探している(あいだ)に――意識を失ったのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#03 転生 II

 

「っ……()ぇ――」

 

 最初に覚えたのは(きし)むような体の痛み、次に感じたのは鉄の味であった。

 (かす)む視界の焦点が合ってくると、淡いロウソクの光と鉄格子(てつごうし)が見えた。

 悪臭もあったのだろうが……すでに鼻がバカになっていたのか、何も思うところはない。

 耳を澄ませずとも聞こえてくるのは、うめき声や叫び。あるいは怨嗟(えんさ)懇願(こんがん)の言葉ばかりであった。

 

「あぁ……クソっ」

 

 そう毒づくことしか今の俺にはできなかった。如何(いかん)ともし(がた)いほどの無力さが全身を打つ。

 小さい箱型の(オリ)がいくつも並べ立てられていて、その中の一つに俺はいるのだ。

 

 あの地獄から生きていたことに喜びを見出すべきか、それとも置かれた状況を(なげ)くべきか。

 俗に言う"人買い"や"奴隷商"と言った連中に、その身柄を拾われていたのは明らかだった。

 

 

 転生前の人生にも岐路(きろ)はいくつもあったが、今回のは桁違いに格別であった。

 もはや身寄りもないハーフエルフが、奴隷などに身をやつしたのであれば選択肢は一つ。

 

(知らぬ誰かに買われるか、買い手がつかず殺されるか、あるいは労働者送りにでもされるか……)

 

 粗末な飯に最低限の排泄。同じ風景ばかりを眺め、昼夜もわからず同じような人間の声をBGMに寝起きする日々。

 せめて幼馴染のフラウがどうなったか、もしかして同じような目に()ってないかと尋ねてもみた……。

 しかしながら、奴隷を売買するような連中は取り付く(しま)もない。

 

 ただ反応を見る限りでは、少なくとも奴隷としては拾われてはいないようだった。

 であれば、あの地獄のような炎で焼かれた故郷の街で生きている可能性は……。

 仮に運よく死を(まぬが)れていたとしても、それから生きていける確率は――

 

 もはや俺はそれ以上の思考を止めるしかなかった。

 

 

 ときおり大人が現れては、観察するように見て回っていった。

 ウィンドウの中の商品を、吟味(ぎんみ)して買うようなそれ。

 さながら()()()()()()()()()()のような感覚に(おちい)った。

 

 人を人として見ていない、そんな瞳に(さら)される心地など滅多に味わえまい。

 屈辱ではあったが……それ以上に生き抜くことに必死にならざるを得なかった。

 なるべく人の良さそうな人間を見ては――時に()びへつらう態度を見せた。

 

 だがハーフエルフの男というのは、実のところ需要がないようだった。

 純エルフ種の見目麗(みめうるわ)しさには(はる)かに及ばないし、亜人の労働力としても期待できない。

 なにせ(ちから)仕事であれば鬼人やドワーフなどがいるし、獣人種のような使い勝手もない。

 

 さらに血が半分ともなれば余計に使いにくい、なにせ特化した部分がないのだ。

 それでいて長命ゆえの扱いにくさまで残る。精々が男娼(だんしょう)として使えるくらいだろうか。

 

 だが奴隷を買いに来る連中を観察するに、そういった客層にはあまり縁がないようだった。

 日を負うごとに汚れは酷くなっていき、買い手も真っ先に敬遠していくようになる。

 

 

(鉱山労働かなんかにでも送られ、労災死亡コース一直線かな――)

 

 もはや「何もかもどうでもいい」という心地に(おちい)っていた。

 長命種だからってナメていたと言えば……はたしてそうなのかも知れない。

 

 不老であっても不死ではない――そんな一つの命題のようであった。

 いくら寿命が長かろうと、死ぬ時は死ぬのだ。日本でだって事故や災害で簡単に命を失う。

 ましてここは異世界。不幸というものは、突如として襲い掛かってくる……平穏に甘えていたのだ。

 

(もし……も……魔術の練習をしていて――)

 

 ほんの少しでも使えていたら――この状況も打破できていただろうか。

 朦朧とした意識の中で、幽体離脱でもしているような感覚を覚える。

 

(このまま死ぬのも……悪くはない、か)

 

 幸いにも肉体も精神も麻痺してきているのか苦痛はない。どうせ俺は転生した身だ。

 前世界で一度は死んでいたのだろうから、ほんのちょっと夢を見られただけでも――

 

 

 そうして脳裏に浮かんだのは……愛すべき母とフラウの笑顔だった。

 暖かかったリーネ一家の団欒(だんらん)だった。結局使うことのなかった魔術への憧れだった。

 

 執着と諦念(ていねん)の狭間で揺られながら、俺は人の気配を感じてふと顔を上げる。

 目の前には布を巻いた素性知れぬ怪しげな男が、なにやら()()()()()()()()こちらへ向けていた。

 

「ふむ……コレをもらおう」

「へぇ、まいどどうも。一応確認しときますが、後になっても文句は受け付けませんぜ」

「二言はない。ただし身ギレイにして、水と食事もしっかり取らせておいてくれ」

 

(俺を……買おうと、して――るのか?)

 

 うすぼんやりとした意識で、買い手らしき男を見ても何もわからなかった。

 思考が回らないまま……ただただ茫然自失(ぼうぜんじしつ)といった目を向ける。

 

「旦那、こんなんでいいのなら他にもオススメが――」

「こいつ一人で構わん、昼にもう一度来るからそれまでに頼むぞ」

 

 巻布の男はわずかに威圧の込められた言葉を残し、その場を立って去ってしまった。

 それが救いとなるのか、それとも新たな苦難となるのか――俺の頭はもう限界を迎えていたのだった。

 

 

 

 

「んんっ……あ――」

 

 転生してからの歩んできた、断片的な記憶の夢から()める――

 と、そこには明かり一つない暗闇があった。

 目を見開いても上下左右、黒一色しか映ることはない。

 

「なんだ……あーーー! だれかーーーっ!!」

 

 そこでは自分の声しか反響することなく、すぐに静寂そのものな空間へと戻る。

 

(なんなんだ……ったく)

 

 仕方なしに俺は、ゆっくりと状況を確認し始める。

 手をぎゅっと握り、開くを繰り返す。次に地面を触りながら立ち上がった。

 とりあえず(オリ)の中で衰弱していた時とは、比べ物にならないほど体も動くし頭も回る。

 

 五体の無事を認識したところで、手を伸ばしながらゆっくりと手探り歩いていく。

 

 壁――4か5メートル四方(しほう)くらいだろうか、縦には内側へ向かう傾斜があって高さはわからない。

 頭の中で組み立ててみると、多分だが……(いびつ)な四角錐台(すいだい)のような形。

 土っぽい質感だがそれなりに硬く、厚さもわからない。素手で掘るには難しいだろう。

 

 

「水、か――」

 

 (すみ)っこには水場のようなものがあった、内部の温度の割にはひんやりと冷たい。

 手で(すく)って、匂いも嗅いでみるが特に違和感はなかった。

 目で見て(にご)りなどは確認できないが……わざわざ用意されてるのだから、飲み水にはなるだろう。

 

 空腹度合からすると、多分一日はまだ経過してないように思える。

 反対側には単なる(くぼ)みがあった。そちらは排泄用なのかも知れない。

 

(あー……思い出せ俺――)

 

 一通り把握したところで、暗闇の前の最後の記憶を手繰(たぐ)る。

 

 確か馬車内でジェーンと話していたように思う、それでいつの間にか眠りに落ちた。

 恐らくは眠ったままの状態で、ここへと運び込まれたのだろうか。

 

 なにかしら薬でも()られたのか、あるいは"魔術"によるものかはわからない。

 俺以外の子供達はいない。一人孤独、暗闇の渦中である。

 

 ジェーンに、ヘリオとリーティアと言ったか。彼女らも同じような状況にあるのだろうか。

 

 

(このまま日干しにして殺す意味は……ないよな)

 

 あの俺を買った巻布覆面の男だろうか、それともあれはただの仲介業者なのか。

 いずれにしろ置かれている現況に対する、相手方の意図を考える。

 わざわざ子供を買って、明かり一つない硬い土壁の空間に放置する意味するところとは……。

 

 すぐに殺すこともなく、外側からペット感覚で観察可能な状況でもない。

 水も用意してあるし、広さを考えても子供だから空気もかなり()つと思われる。

 

(ん~む……つまり、光の届かぬ閉塞空間に閉じ込めること――それ自体に真意がある、のか?)

 

 普通の子供が暗闇に放置されれば、それは並々ならぬ恐怖に違いない。

 精神的には大人の俺だって、あまりに長引けば気が狂ってくるだろう

 

 

(となると恐怖の先に何を見出す……か)

 

 例えば尋問目的で閉じ込めても、子供相手に得られるものは何もない。

 なれば暗い押し入れや物置に子供を閉じ込めるといえば、(しつけ)くらいしか思い付かない。

 しかし俺達――少なくとも俺は悪いことをした覚えはない。

 まだ脱走を試みてもいないし、はかりかねて表向きは従順を(よそお)っていた。

 

 となると自作自演(マッチポンプ)による()()みが考えられる。

 雛鳥(ひなどり)が最初に見た者を親と思うように、心身弱った子供に(ほどこ)しを与えて(なつか)かせる。

 

(ただ……ここは異世界だ。他に考えられるとすれば――)

 

 たとえば恐怖心などの"負の感情"をエサにするような魔物がいたとしても不思議はない。

 あるいはこうやって()()()()させているという、嫌な想像が浮かんで身震いする。

 

(ッッ――考えたくないな、あとは……魔力を吸い取る、とか?)

 

 この土で作られた構造物それ自体が、中にいる人間から何かを搾取する為の装置ということも考えられる。

 

 いずれにしてもロクなものではないが……少なくとも、すぐに殺されるような心配はないということでもある。

 何らかの利用価値の為に子供を買って、こうした措置を(おこな)っているのだと信じたい。

 

(俺は叩き売りだったろうが、ジェーンたちも同じ状況なら――)

 

 使い(みち)のないハーフエルフの俺よりは、三人の値段はずっと高そうだ。

 (オリ)の中で暮らすにあたって、色々と得た知識もあり……奴隷とて安い買い物というわけではない。

 

「使い捨てにするようなマネはそうそう起こらない、と信じたい」

 

 俺は自分に言い聞かせるように、はっきりと言葉に出した。

 ついぞ意図はわからないが、なんにしても回りくどいやり方なのは間違いない。

 

 取り囲む暗闇のような不明瞭さに気持ち悪さを覚えつつ、俺はその場に座り込む。

 

(まぁいい、まだ考える時間はあるはずだ)

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#04 魔術 I

 

(暇だな……)

 

 何度も心の中で繰り返す。どうしようもなく暇である。

 寝られれば暇も空腹も忘れられるだろうが、生憎(あいにく)と睡眠欲は失せている。

 

 ――転生前の自分を振り返る。代替の効く歯車のような消耗品。

 

 大学を出たが半端なプライドとサボり(ぐせ)で就職に失敗し、無職と長続きしないバイトと短期派遣を行き来した。

 友達とは瞬く間に疎遠となり、恋人は一度としておらず、親類縁者とも交流もほとんどなくなった。

 人生に張り合いがなく無気力感に溢れ、娯楽にも飽き始めて新鮮味がなくなっていった。

 今にして思えば――精神的に病んでいた部分もあったのかも知れない。

 

(ハーフエルフ、かぁ……)

 

 ――転生後の自分の出自を振り返る。種族それ自体は恵まれている。

 

 知的生命種は全て"神族"より端を発し、魔力という要素によって枝分かれしていった。

 神族は事実上不老と言われ、エルフもその恩恵からか1000年近くという長命(ちょうめい)を誇る。

 

「俺みたいな半端モノでも、おおむね500年くらいは生きられる――)

 

 前世である地球で、そんな超長寿を体験する知的生命体は地上に存在しなかった。

 つまり現代知識を持つ人間としては、前人未到の境地に至ることになるだろう。

 

 異世界においては長生きは当然それなりにいる。神族は言うに及ばず。

 かつて住んでいた帝国の"亜人特区"街にも、数百年生きているのは何人かいた。

 

 そしてそうした殆どが、枯れかけの老木のような精神性を有していたように見えた。

 

 

(三十路くらいで半ば無味無臭の人生になりかけていた)

 

 無明(むみょう)の暗闇は、際限(さいげん)なく想像の翼を広げて羽ばたかせていく。

 

 500年もの時の流れに、俺は耐えられるのだろうか――と。素朴だが、真に迫った疑問と言わざるを得なかった。

 

 "新鮮味"こそ感動の為に不可欠なスパイスだ。

 

 一度叙述(じょじゅつ)トリックの感動を知ってしまえば、類似作品でトリックやミスリードを疑ってしまうだろう。

 心を震わせる王道も、慣れてしまえばただのお約束や雛形(テンプレート)に成り下がってしまう。

 

(良くも悪くも人間は、()()()()()()生き物だしなぁ)

 

 生存に不可欠な食事でも、同じものばかり食べていれば飽きて嫌になってしまう。

 過酷労働環境でも適応したと思い込んで、気付かぬまま過労死してしまうこともある。

 

 "未知"――未体験こそが知的生命の根源にして、最大の存在意義とも言えるのではないのか。

 

 今は異世界への好奇心が(まさ)っているから、状況が状況でも楽な心地でいられる。

 しかしそれらが既知となってしまったら……一体全体、俺という"個"はどうなってしまうのか。

 

 

 某氏曰く――"幸福なサマは皆一様(みないちよう)に同じものに見えるが、不幸なサマはそれぞれが(こと)にするものである"。

 

(なんかの引用だったけかな)

 

 改めてそれを想像してみれば……確かにそうかも知れない。

 

 美味いものを食べるとか、いい女を抱くだとか、趣味のものを収集して(えつ)(ひた)るとか。

 幸福の形は大きく見れば、非常に似通(にかよ)ったものとなる。

 

 睡眠欲でも、食欲でも、性欲でも、知識欲でも、物欲でも、承認欲でも、支配欲でも――

 人生で得られる欲なんてものは……たかが知れているのかも、と。

 

 物事とは"緩急(かんきゅう)"。落差(ギャップ)があってのものだ。

 空腹だから、食事が美味しい。仕事をして疲れた後だから、酒が体にしみる。

 禁欲していたから、発散が気持ちいい。仕事という日常があるから、旅行という非日常が()える。

 

 そしてそれらの中における、多様さこそが要訣(ようけつ)でもあるのだ。

 例えば原始時代と現代とでは、食事一つとってもその種類も味の幅も桁違いとなる。

 

 時の権力者で、衆道にも通じる者が少なくないのは何故か。

 女だけでは飽きてしまうからなのでは? 背徳的なモノに()かれてしまうのでは?

 性的に倒錯(とうさく)しないと、何かしらに傾倒していないと、刺激がなくなってしまうのではないか。

 

 この戦乱と、興亡と、魔術の歴史の中で、半ば停滞したような世界で500年。

 ただでさえ元世界にあったネット環境も、種々雑多な娯楽も限られたような世界で――500年。

 

 

 いずれは――退()()()()()()()()()()()()()()かも知れない。

 

 そうなれば飽き切った人生を、なお惰性(だせい)享受(きょうじゅ)するか――あるいは自ら命を絶つ、か?

 

(それじゃ……前と大して変わらない)

 

 なればこそ己が目指すところとは。俺の俺たる世界の在り様とは――

 (まぶた)の裏側に浮かんだ"片割星(かたわれぼし)"を見つめ……決意する。

 

 ――俺だけの新たな人生の指針――

 

 無いならば創るしかない、結局はそこに行き着く。

 常に好奇と新鮮を、供給し続けてくれる世界が欲しい。

 

 未だに胸裏に焼き付いた故郷の地獄の光景が――

 奴隷として(オリ)の裏で心身薄弱した記憶が――

 二度に渡った"死"への予感が、心の底から"生"そのものの欲求にして原動力となっていく心地。

 

 

(せっかく異世界転生したのだから好きにやらないと損、だな)

 

 長命とはいえ、後々になって時間切れで悔いることもないよう頑張っていく。

 リアルタイムストラテジーシミュレーションを、文字通りの現実(リアル)でやってやる。

 

(もしも目の前にタイムマシンがあったなら――)

 

 きっと誰もが考えたことがあるだろう。そんな時に俺は……過去よりも未来(・・)に行きたかった。

 どうせこの世に生まれるなら――西暦3000年くらいに生まれていればと思ったものだ。

 

 人類の行き着く先を。発展し続ける科学の行く末を。

 かつての地球でも未だ到達できてなかった領域へと――

 

 この異世界だからこそ成り立つ、"魔導と科学の融合"。

 

 新たに生み出され続ける文化と娯楽。それは俺の想像を常に超えてくれるに違いない。

 

 

(とはいえ半端な知識しかない、凡庸人(ぼんようじん)の俺にできること――)

 

 実際的にやれることとは――その基盤作りくらいなものである。

 

 自身の持つ曖昧な既存(きそん)アイデアをコッチで形にできる"天才"。

 それを実用化にこぎつけさせる為の"支援機関"。

 

 俺が提示する1を聞いて10を理解し、10を100に押し上げて現実化する体制を整える。

 そうして初めてこの大望は――この途方もない野望が成り立っていく。

 

 魔術で、科学で、文化で、宗教で、外交で、そして武力で。

 必要とあらばあらゆる手段をもって世界を席巻(せっけん)し、制覇し、そしていずれは――

 

 

「その為に必要なのは、まず(ちから)だ」

 

 覚悟を決めたように、俺はそう口にする。後悔は(オリ)の中でもう済ませてある。

 選択肢を広げる為に最も単純で、かつ今の状況でも可能なこと。

 

 何の後ろ盾もない子供である現状を打破する為の、大いなる(ちから)――"魔術"である。

 

 ――魔術。例に漏れずファンタジー御用達(ごようたし)の術理。

 体内に滞留する"魔力"を知覚し、発露させる想像(イメージ)を確立させ、外界へ物理現象として放出する。

 

 地球と異世界において、最も大きな差異と断言していい要素。

 

(俺は今まで真面目にやってこなかった――)

 

 異世界の言語修得や実験を言い訳に、サボっていた側面が確かにあった。

 それだけでも労力を使っているのに、それ以上の努力をしたくなかったというのが本音だった。

 俺は()()()()()()()()()()だけ――そんなありがちな気持ちもあったかも知れない。

 

 自分は長命なのだから焦る必要はないのだと、言いワケをして先延ばしにしていた。

 そんな甘っちょろい考えで……異世界をスローライフでエンジョイしようくらい気持ちでこれまでやってきた。

 

 だがここは現代日本ではない。(ちから)なくば容赦なく搾取(さくしゅ)される異世界なのは身をもって痛感した。

 

 故郷が焼かれのは、俺一人の(ちから)ではどうしようもなかっただろう。

 ただもしかしたら……幼馴染の少女フラウ一人くらいは、見つけて助けられたかも知れない。

 

 て現実逃避してる時間はとうに過ぎ去った。

 そして今なお切羽(せっぱ)詰まった状態であることも疑いがない。

 

 

「っし、ふゥー……――」

 

 地べたでとりあえず座禅を組んで、呼吸・肉体・精神とを落ち着かせ整える。

 空間としてはお(あつら)え向きだった。外からの刺激がなく、感覚を研ぎ澄ますには――

 

 魔術による物理現象、それ自体をイメージするのではない。

 "魔術を行使している自分自身の姿"を思い(えが)いて確立すべし。

 

 一体誰が言っていただろうか――そんな言葉を改めて思い出す。

 

 術理を深化(しんか)し、真価を引き出し、自身を進化させろ。

 昔とはあらゆる点において状況が違うのだから、今この時をもって精神性も転生するのだ。

 

 

(ハーフとはいえ俺はエルフ種。魔力操作には一日(いちじつ)、いや半日の(ちょう)がある――)

 

 そう暗示を掛けるように、事実を心身へと()み渡らせる。

 魔力の胎動を知覚し、流動を掴んで離さないように。

 さらに言えば現代知識があるし、明晰夢で鳴らした妄想力もある。

 

 魔力――曖昧だが、それも何らかの物質か作用には違いない筈なのだ。

 

第五元素(エーテル)とか、暗黒物質(ダークマター)やダークエネルギー的な……)

 

 それが仮に魔分子か魔原子か魔素粒子なのか。

 あるいは魔宇宙線とか超魔(ひも)理論とかなんかそういう――

 とにかく自分の頭じゃわからないものと仮定する。

 

 原子に働きかけ、分子を結合し、それを化学反応として(とら)え、実際に形へと()さしめる。

 今まで学んできたモノを総動員しろ。勉学や創作娯楽(フィクション)で覚えたモノをふんだんに使え。

 

 

(この世界から見れば俺は異邦人。だからこそ俺にしか使えない、俺だけの魔術をイメージしろ――)

 

 異世界に転生してより――母と暮らし、魔術を知り、フラウと世界を知りながら考えていた。

 "火"・"水"・"空"・"地"の四元論を基本とする中で、俺の最もやりたいこととは……。

 

 いずれ思考が止まる――無念(むねん)無想(むそう)無我(むが)無心(むしん)の境地のような。

 一切の不純物のない――全てが識域下(しきいきか)で発現するかのような……そんな心地。

 

 現代日本の単なる人間の頃では、到底無理だっただろう。

 しかし今は()()()()()。生物としての基本仕様(スペック)が違うからこそ可能な領域。

 

 ――時間と空間から切り離されて、己の(うち)――自身の世界を()()()()()()する。

 もはや何秒か、何分か、何時間か、何日か、何週か、何季か、何年か。

 やがて地上世界そのものから浮き上がってしまうような感覚すら覚えてくるようであった。

 

 どれほど経ったか全くわからなくなってしまう中で……その瞬間(とき)はおとずれた。

 

 密閉空間にも(かか)わらず、"()()()()"を肌で感じる。

 俺は腕をゆっくりと動かしながら"それ"を誘導し、掌中(しょうちゅう)で渦巻くように集め――

 

「"エアバースト"」

 

 一言そう言い放つ。異世界の魔術でポピュラーな四属性の内、"(くう)"の魔術。

 真っ直ぐ突き出した腕に風圧が乗る。それはまだまだささやかなものだった……。

 それでも密閉空間で跳ね返った風は、俺の小さな(からだ)を確かに叩いていた。

 

(――夢、じゃあない……現実だッ)

 

 一度魔術の発動を強く自覚すると、己の魔力の流れもより鮮明になった気がした。

 後はその基礎を据えた上で、発展させていけばいいとフラウの母から聞いたことがある。

 

 俺は状況すら頭からすっぽ抜けたように、明確に得た新たな(ちから)に酔いしれガッツポーズを取っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#05 魔術 II

 

 一筋の光もなかった空間も、幾分(いくぶん)か目が慣れてきていた。

 無明だったハズなのに、ぼやっとではあるが輪郭を(とら)えるまでになっているのだ。

 

(……魔術を使えるようになったから、か?)

 

 自分の魔力を知覚し、魔力を全身に行き渡らせるのが感覚的に理解できる。

 いわゆる"魔力強化"と呼ばれる、肉体・感覚能力の向上効果が顕著(けんちょ)になったのかも知れない。

 

 それか"赤外線視力"とかなんかそういった(たぐい)の……。

 一部の動物やら虫だのが備えているような、俺の可視域(かしいき)を拡張したのだろうか。

 

 パチンッ――パチンッ――濃暗がりとなった空間に、指を鳴らす音が何度も反響する。

 それは魔術の発動を補助する為の、手順となる動作である。

 

 ――魔術は"想像の確立"・"魔力の転換"・"現象の放出"の、三つの要素を満たすことで発動する。

 

 それゆえに決まった動作や、詠唱などは必要不可欠ではなかった。

 しかして魔術は往々(おうおう)にして、詠唱や動作をともなうのが慣例法となっている。

 

(初代魔王が考案したらしい、心深暗示(おもいこめば)メソッド(なせばなる)――)

 

 それもフラウのヴァンパイア種の母から聞いた話であった。

 "声"は最も手軽かつ、量の調整も自在な――()()()()()()()向けて発せられる行為。

 そこに"力強い言葉"を詠唱として乗せることで、より思い込みを強化し、声と共に放出する。

 

 身振り手振りを加えることで、魔術を放つという行為そのものを一層強固にする。

 それは一種の決まった手順(ルーティーン)のようなもので、無意識にまで刷り込ませるもの。

 

 長々と大仰な詠唱をし、魂を込めて叫び、豪快にアクションをする。

 そういったことで威力が上がったり、範囲が広がったりするのは確かな事実。

 

 偽薬(プラシーボ)効果よろしく心理に根ざした行為というものは、魔術にとってはとかく肝要(かんよう)なものなのだ。

 

 

(ああ、"素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)") 

 

 さしあたり詠唱は()らなかった――なにせ(もと)にしたイメージがそういうものだった。

 指パッチンの動作と共に発生した、おおむね不可視の風の刃。

 

 圧縮した個体空気と真空の層を挟み込んだ気圧差による、原理的には曖昧だが破壊力は充分な魔術。

 魔力という謎のエネルギー源と、全能の"魔法"ほどでなくとも、魔術の万能さを実感する次第(しだい)

 

 カシュッと小気味良い音がすると、密閉空間に裂け目が生じ――外の光が差し込んで来た。 

 星光ゆえか目が(くら)むことはなく、もう二日か三日くらいは経っているのだろうか。

 

 些少(さしょう)なれど魔力強化されたハーフエルフの、通常より頑健な肉体と鋭敏化した五感。

 練度不足は承知だが、それでも己に可能な範囲で研ぎ澄まし、隙間から覗いて周囲の音を聞く。

 

(夜なのは幸運(ラッキー)だったな、監視もいない……か?)

 

 音の発生箇所にやってこないのを見ると、少なくとも気付かれてはいないようだ。

 死角部分にいるかも知れないので、注意を(おこた)るわけにはいかない。

 

 

 しばらく待ってから、再度パチンッと小さめの風刃を一つ、さらにもう一つ。

 最初のを含めて合計3発、三角形に切れ目を入れて、ゆっくりと土壁を押し出していく。

 

 そうして作られた子供が(かが)んで通れるくらいの穴から、俺は外へと()い出した。

 

 片割星に迎えられるようにその反射光を浴び、新鮮な呼吸を肺に取り入れる。

 見渡せば森の中、周辺に監視人などの人影も見当たらない。

 

(脱走の好機(チャンス)ではある、あるんだけど――)

 

 薄明かりの中で、森には似つかわしくない"それ"が視界に映ってしまう。

 一定の間隔を隔てたところにある……同じような形の"土製構造物"が三つ(・・)

 

 見ず知らずの他人ではない、(つか)()なれど馬車内で言葉を交わした子供達。

 

「っはぁ~……」

 

 俺は森の隙間から覗く天空を(あお)いで、大きく息を吐いた。

 

(見捨てる、か……)

 

 そうなれば俺は今後長い一生の中で、常に心にしこり(・・・)が残るだろう。

 安牌(あんぱい)であったとしても、開き直れるほど無慈悲にはなれそうもない。

 

(連れて行く、か……)

 

 きつい言い方をすれば十中八九、足手まといにしかならない。

 そもそも現状じゃパニック状態もいいところだろう、なだめるだけでも骨だ。

 

 

 しかし見捨てるにせよ連れて行くにせよ、こんな地理も全くわからない暗い森の中。

 俺一人だったとしても食料も道具もないし、服もみすぼらしい。

 サバイバルのノウハウもない中で生き抜くには、相当()の悪い賭けになる。

 

 危険な野生動物や毒虫もいるだろう、なにより異世界には魔物だって存在する。

 脱出に気付かれれば、追手が来る可能性だって十分すぎるほどある。

 

 魔術が使えるとは言っても覚えたて、しかも子供で魔力も十全ではない。

 そんな状況で全てに(こう)()るかと問われれば――

 

(答えはNO(むり)だ)

 

 生存確率は(いちじる)しく低いのは明白。判断を見誤ってはいけない。

 過呼吸にはならないよう何度も深呼吸をしながら、酸素を脳に巡らせていく。

 

 

(まぁ……状況が少しは見えてきた――)

 

 俺を含めて買われた四人がみんな同じ状況にあるだろうということ。

 土製の構造物には"魔術具などにある紋様"はなく、本当にただ固めただけの土塊(つちくれ)であるということ。

 

 となれば顔を隠して子供を買い、閉じ込めて極限状態へ落とし込む。

 精神を打ちのめしてリセットさせた後に、刷り込みを(おこな)うのが一番可能性が高いだろうか。

 

(調教しての性奴隷はない、と思いたいが)

 

 ジェーンも狐少女のリーティアも将来有望そうだが、俺や鬼少年ヘリオも混じっている。

 もっとも()()()()()()もあることは、想像したくないが否定はできない。

 ただエルフ種でもなく、ハーフだから美形というわけでもない俺が混じってるのが()せない。

 

(そういえば確か巻布の男は、なんか俺に道具を向けていたな……)

 

 記憶の片隅に追いやられていたような記憶を、(あさ)って思い出す。

 "魔術具"かなにかだろうか、そうなると見た目ではなく他に選んだ要素があったということだ。

 

(何らかの適性を見ていた、となると従順で裏切らない少年兵とか?)

 

 戦乱が多い異世界。子供を抗争や戦争の消耗品として扱うことは、大いに考えられる。

 地球でだって日本こそ平和だったが、他国では問題になっていたことだ。

 

 正解はわからないし状況も決して良くはない。どう選択するにせよ時間も限りがある。

 

 

 思考を回していると何かが近付く音が、ハーフエルフのやや尖った耳へと届いてくる。

 

(チッ、早く隠れないと――)

 

 心中で舌打ちして土塊(つちくれ)構造物に戻ろうとすると、すぐに"ソレ"は姿を現した。

 威嚇するような(うな)りを喉から鳴らし、ギョロリとした目を動かすのが目に映ってしまう。

 

 それは"トカゲ"であった、ただし……巨大(デカ)い。

 

 四つ足で地面に伏せているのに、目算で地上から2メートル近くはあるように見える。

 尻尾含めた全長は、10メートルはゆうに超えているであろう。

 

 地球に当てはめるのであれば、現代に蘇った恐竜とでも言えるのだろうが……。

 角を生やし、口元から伸びる牙、長めの()(あし)に大きな爪。

 異世界では陸上の"(ドラゴン)"に(るい)するものかも知れない。

 

 スンスンと鼻を鳴らすように、その剥き出しの大きな瞳をこちらへと向ける。

 

 

「まじっかぁ……」

 

 眼前に突きつけられた現実に、いまさら戸惑うようなことはない。

 異世界の非情さと人生の無常さはは、つい最近の(あいだ)に山盛りで経験してきた。

 

 すぐさま俺は土塊構造物の裏に回るべく、一目散で走り出した――

 瞬間、尻尾が飛んできて土壁を破壊する。その余波だけで俺の体は吹き飛んでしまう。

 

「うっく……ガハッ、ゲホッ」

 

 少し咳き込んでから、立ち上がりつつ破壊者を注視する。

 陸上竜も俺を見失ってはいなかった。長い首を90度に傾けこちらを覗いてた。

 

 地を這うようにズルリと――蛇のような動きで、俺目掛けて走ってくる。

 

「ッがぁァあアア――"エアバースト"!!」

 

 俺は両手を思い切り、地面へと叩き込むように振った。

 加減なしで巻き起こった風は、子供一人浮かすだけの圧を与える。

 

 空中を(ただよ)い、引き延ばされた時間感覚の中で、地上を鳥瞰(ちょうかん)した俺は失敗に気付く。

 目標を失った陸上竜は、そのまま()()()()()()()へと衝突したのだった。

 

 高木(こうぼく)の枝をクッションに、俺は何とか体を強く打たずに済んだ。

 子供の肉体であったことも功を奏したのだろう。

 

 しかし陸上竜にぶち当たられた土塊構造物のほうは……無惨に崩れていた。

 中にいれば衝撃で死ぬか、生き埋めになるか、あるいは今から見つかって食われるか。

 

 

(くっそ……俺自身が危ないのに、他人なんて――)

 

 構ってる場合か、と続く言葉を心中で握り潰す。

 魔力強化されたハーフエルフの耳には()()()()()()()()のだ、悲痛な叫び声が。

 

 ――まだ生きている。どうしようもない状況で、子供が泣いているのだ。

 

 追い詰められた異常な状況での、英雄願望(ヒロイック)な気分なのか。

 それともただ単に自暴自棄(じぼうじき)か、いずれにしても一人逃げる精神状態ではなくなっていた。

 

「あぁそうだ、俺はもう……()()()()()は、二度としたくない」

 

 胸裏ではなく、はっきりと口に出して自覚する。

 俺の隣からいなくなってしまった……幼馴染の少女"フラウ"と重なってしまったのだ。

 

 あの時助けられる機会があったなら――

 そして今、目の前に同じような状況があるのなら――

 

 

 俺は指を鳴らして、風の刃を陸上竜へと叩き付ける。

 それでも強靭な鱗には傷一つ付くことはない、だが注意を向けさせることには成功した。

 

 クアァ……と大口を開け(よだれ)を垂らす魔物へと、俺は半眼で睨みつける。

 

「獲物を前に舌なめずり、か。トカゲがするな……(ドラゴン)フリ(・・)を」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#06 魔術 III

 

「獲物を前に舌なめずり、か。トカゲがするな……(ドラゴン)フリ(・・)を」

 

 勝機などあるかどうかすらわからない。まして命のやり取り。

 それでも()るという選択肢しかなかった。

 

 火事場のなんとやら、限界外(リミッターはず)しでもなんだっていい。

 

 希望を抱け、期待しろ、思い込めばいい、魔術にはそれが"(ちから)"となる筈なのだ。

 自分自身にペテンをかけて騙し切れ。極限状態からあらん限りに絞り出せ。

 

 "もうこれで終わってもいい"……わけではない。

 ただ本来の規格を度外視した(ちから)を――今だけでいい、ほんの少し。

 

 常に最高の自分をイメージしろ、最適の動きを思い(えが)き続けろ。

 

模倣(マネ)し、()()()()……絶対的強者のそれに)

 

 剣豪同士の刹那の立ち合い――

 銃士(ガンマン)の反射を超越する抜き撃ち――

 フィクションでも数え切れないほど見た死闘の光景を、己自身へと落とし込め。

 

 

 あの巨体を相手に、単なる風圧を叩き込んでも微風(そよかぜ)程度にしかならないだろう。

 だから俺の手札は実質一枚だけ、覚えたての"(ウィンド)()(ブレード)"しか持っていない。

 

 不意に当てたそれも鱗には全く通らなかった。だが土塊を切断するくらいの威力はある。

 相対速度を考えれば二度目はない。つまり(たま)は、片手でそれぞれ1発ずつしかないも同然。

 

 俺は指を合わせた右手を前に、同じく左手を顔の横に持って半身(はんみ)に構える。

 

 右腕とその指を"大トカゲ"と一直線上に――

 銃の照星(しょうせい)でも合わせるかのように、視線と指点を結んで凝視する。

 

「"手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に"――」 

 

 まるで()()()()()()()()()()()()()心地に見舞われる。

 全開の集中。突進してくる大トカゲの瞳を、俺の双眸はしかと捉えていた。

 

 パチンッ――左手で撃った一撃は、大トカゲの右前足の出掛かりを潰し、僅かにバランスを崩させる。

 間髪入れず本命の右手で放たれた二撃目の風刃は、その間隙(かんげき)を逃さず右目へと吸い込まれた。

 

 大トカゲは高く一鳴きすると、俺のではない鮮血を撒き散らせる。

 突進する勢いのままに、俺の横を通り過ぎると木々を薙ぎ倒していった。

 

 振り返り身構えるも、あっという間にその姿は見えなくなっていく。

 響いてくる音も次第に遠くなっていき、()んだことを確認してから嘆息(たんそく)をついた。

 

 

「トカゲ呼ばわりは過言(かごん)だったかな、しかしまぁ……」

 

(俺も、変わったもんだ――)

 

 命を懸けてまで魔物を相手にし、助けようなどと……前世では考えられない。

 だが転生して過ごしていく内に、人格も変わってきたのだろう。

 精神は肉体に引っ張られるというやつか、あるいは開き直りの賜物(たまもの)か。

 

 そんなことを思いながら、自分の状態を確認する。

 

 肉体は枝クッションによる()り傷まみれ、多少の打ち身もあろうがそれだけで済んだ。

 感覚的に魔術もまだ何度か使えそうである。いずれにせよ幸運だった。

 

 空腹と疲労を押し殺しながら、俺は崩れた土塊へと歩を進める。

 そこには狐耳を生やした少女が、すすり泣きながらうずくまっていた。

 

 ゆっくりと近付いた俺は、少女リーティアを……抱き寄せるように頭を撫でてやる。

 ジェーンがそうしていたように、俺がフラウにやっていたように――優しく包み込んでやる。

 

 リーティアは(せき)を切ったように泣き出し、俺はいつまででも胸を貸してやる。

 涙や鼻水その他諸々で(よご)されても、全く嫌悪感を感じることもなかった。

 

(もしも俺に娘がいたなら……)

 

 転生前の自分をつい思い出してしまう。フラウにしてもそうだった。

 順風満帆(じゅんぷうまんぱん)に結婚して子供に恵まれていたら、このくらいの年頃がいてもおかしくないのだ。

 

 父性(ふせい)庇護(ひご)欲を掻き立てられる。

 この子は俺が守護(まも)らねばという想いにさせられるようだった。

 

 

 

 

 ひとしきり泣いた後に、落ち着いたリーティアはこちらを覗き込む。

 

「……馬車にいたお兄ちゃん?」 

「そうだよ。まだ怖いか? どこか痛いところはあるか?」

「ううん、もう大丈夫」

 

 そう言いながらリーティアは俺の服の(はし)っこをぎゅっと掴んでいる。

 (はか)らずも――俺が刷り込み(インプリンティング)をした形になってしまったのかも知れない。

 

(問題はこの後どうするかだが……どうしよう)

 

 リーティアをなだめながらずっと考えていたが、答えは出ていない。

 大トカゲが戻って来る可能性もあるし、別の獣に襲われる可能性もある。

 

 空が多少なりと(しら)んできたとはいえ、無闇矢鱈(むやみやたら)に歩けば迷うのも自明の理。

 

「もう行くとこまで()くしかない、よな」

 

 俺はリーティアを連れて立ち上がると、さらに隣の土塊構造物の前に立つ。

 指を鳴らして"素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)"を放って、穴を作りそこから覗き込んだ。

 

「ヘリオ、だったか」

 

 鬼族の少年を見つけたものの、眠っているか、気絶してるようだった。

 俺はズルズルと穴の外まで引っ張って、その体を揺すってやる。

 

「ぐっう、あ……ぁァ……」

 

 覚醒した少年は(おび)えと恐怖ばかりが瞳に映っていた。

 暗闇というものがどれだけ人間の精神を害してしまうか……まして小さな子供である。

 

 

「安心しろ、助けに来た」

 

 俺はヘリオの首の後ろに腕を回して、グイッと抱き寄せる。

 額を肩に当てさせ、思う存分泣かせてやった。

 

 男の子ゆえか、流石に泣き喚くようなことはなかった。

 それでも弱々しい嗚咽(おえつ)が途切れ途切れに……。

 どれだけの感情を渦巻かせていたのか、俺には(おもんぱか)ることはできない。

 

「ごめん、オレだらしなくて……死んだ爺っちゃんに笑われちまう」

「気にするな、俺だって泣いたからな」

 

 嘘も方便。それでヘリオは少しは落ち着いた様子を見せる。

 いよいよ夜明けが近付き、最後になってしまった残るジェーンの元へと行く。

 

 

 まずは小さく裂け目を入れて覗き込んだ。既に陽光が差し始めている。

 いきなり浴びてしまえば(くら)んでしまい、眼や脳にもよくないかも知れないと。

 

「ジェーン。おいジェーン、大丈夫か!」

 

 ヘリオ同様、あまり反応が見られなかったジェーンに俺は叫びかける。

 するとすぐにピクリと反応し、もぞもぞと体を動かして光のほうを見る。

 

「うぅ……ん、その声は――ベイリル?」

「あぁそうだよ、かなり正気みたいだな。目が慣れてきたら教えてくれ」

「目なら……うん、大丈夫だよ」

「そうか、それじゃあ穴を開けるからそこ動くなよ」

 

 手早く出入り口を作ると、ジェーンを三人の輪の中へ迎え入れる。

 ともするとジェーンはポロポロと大粒の涙を零し、全員を抱き締めた。

 

「ありがと、うん……うっ……ベイリルありがとぉ……みんな良かったぁ」

 

 俺は彼女の瞳からこぼれ落ちる涙を拭ってやる。

 

「良かったよぉ……みんな怖いだろうなって、わたしも……うぅ……」

 

 強がっていても、お姉さんとして振舞っていても、一人のかよわい少女なのだ。

 三人とも怪我もなく、精神に異常を(きた)すこともないようでひとまず安堵する。

 

  

(さてと……希望的観測でしかないが――)

 

 ぼちぼち俺達をこんなところに閉じ込めた奴が来てもおかしくなかった。

 なにせ子供を閉じ込めておくには、いいかげん限界点のように思える。

 

 あんな魔物が出る危険度を考えれば、夜中に迎えにも来ないだろう。

 

 一旦(いったん)三人を、俺が閉じ込められていた土塊構造物へ避難させる。

 お姉さんのジェーンに、ヘリオとリーティアの二人を見てるよう頼んでから俺は一人外へと出た。

 

「まぁ……どうにか誤魔化(ごまか)すしかないよな」

 

 リーティアが閉じ込められていたのは、実際に破壊されたものだからそれでいい。

 問題はヘリオとジェーンが(ほう)の土塊構造物であった。

 

 

 俺は弱めの素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)を、片面だけに幾重にも放る。

 さらにエアバーストで上から切り崩して、構造物をバラバラに潰した。

 

 同じことをもう一度繰り返し、二つの残骸が新たに残る。

 

「大丈夫、かねぇ……それでも他に選択肢もないが――」

 

 断面が少し人為的な鋭さがある気もするが、注意深く見ねばわかるまい。

 これで子供が4人。魔物に暗闇をぶっ壊され、一箇所で身を寄せているという状況が作れた。

 不自然さが多く(ぬぐ)えないが、それでも事実は含むので押し通すしかない。

 

 解体作業を終えた俺は三人の元へ戻り、寄り添うようにしゃがむ。

 

「いいかみんな大事なことだからよく聞いてくれ」

 

 俺がそう言うと、三人とも揃って真っ直ぐ見つめてくる。

 (みな)子供ながらもちゃんと俺の言葉を理解し、真剣に聞いてくれるようだった。

 

 これも刷り込みの効果なのだろうかと、心の中で思いつつ俺はゆっくりと説明する。

 

「これから大人(おとな)が来ると思う、何人かはわからない。ただ何を聞かれても喋らないで」

 

 人差し指を唇に当てて、シーッというポーズをする。

 

 

「どうして?」

「その大人には、あー……囁霊(ウィスパー)()いてるんだ」

 

 リーティアの問いに俺はそう答える。

 この年頃の子供に噛み砕いて説明しても、万が一が考えられる。

 

 かつて母に聞かされた、子供を怖がらせる為の話を利用させてもらおう。

 幼馴染の少女フラウと過ごし、語り聞かせていた時のことを思い出しながら……。

 

「なんだそれ?」

 

 ヘリオの疑問符に対し、俺は情感たっぷりに恐怖を演出する。

 

「囁霊は(ささや)いて人の心を操ってしまうんだ。その心を食べてしまうこともあるらしい。

 もしも"蒼い火の玉"を見てしまえば最後、今度は一生暗闇に引きずり込まれ帰ってこれなくなる」

 

「ひっ……」

「なぁっ……」

 

「だから気付かれないようにただ顔を下に向けて、小さくうんうんと(うなず)いてるんだ。

 俺が大丈夫って言うまで、大人に()いた霊に絶対見られないよう聞かれないよう、いいね?」

 

 

 コクコクと素直に頷くリーティアとヘリオに、悪いことをしたと心を少し痛める。

 しかし怪談話でを利用させてもらうしか、年端(としは)もゆかぬ子供を騙す方法が俺にはなかった。

 寝かしつけることも難しいし、万全を期すなら気絶させたほうがいいが……それはそれで危険である。

 

 正面から言い聞かせるよりも、根源的なものに訴えかけたほうが安全だろうと。

 

(なんかほんといたたまれんな――)

 

 心の中で罪悪感に(さいな)まれつついると……。

 ジェーンだけがうなずくこともなく、懐疑(かいぎ)的な目を向けていることに気付く。

 

 俺は無言のまま首を横に振ると、ジェーンはゆっくりと首を縦に何度か振る。

 あの暗闇でも姉魂(ねえこん)たくましく、意識を保っていた少女である。

 

 利発な子であった。彼女にはある程度説明して協力してもらったほうがいいかも知れなかい。

 

 そうして4人で身を寄せ合って過ごしつつ時は過ぎていく。

 その時(・・・)は太陽が真上に差し掛かる頃に訪れたのだった――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#07 計画 I

 

「――新たな候補、壊れてないとお思いですか?」

 

 騎乗したその若い男は、隣で同じく馬に乗った人物へ話し掛ける。

 顔は外套(がいとう)に付いたフードを被っていてよく見えない。

 

 ただ声は怜悧(れいり)さを()び、容赦というものを知る必要がないと主張するようであった。

 

「……その時は(いた)(かた)ないが、また見繕(みつくろ)えばいい。時間的な浪費は少なく済む」

 

 そう答えた眼鏡を掛けた男の年齢は、若者よりもかなり上だった。

 年相応の味のようなものをその顔に刻んで、表情には穏やかさを貼り付けている。

 

「だがな、私が自ら選んだ子たちだ。この程度のことは乗り越えてもらわねば困る」

 

 

 わざわざ専用の特別な"魔術具"を使って適性を見極めた子供達。

 

「"セイマール"先生がそう仰るのであれば。にしても今回は僕の時と違い、数が少ないようですね」

 

 セイマールと呼ばれた壮年の男は、眼鏡をクイッと上げ直しつつ答える。

 

「少しやり方を変えることにしたのだ、"アーセン"よ」

「自ら選んだのもその為というわけですか」

 

 アーセンという名の若者は、いまいち面白くないといった声音を浮かべる。

 セイマールはそんな調子も見極めた上で、話を続けた。

 

「あの頃は私も不慣れで、加減を知らなすぎた。だから前回は、優秀なお前一人しか残らなかった。

 常に新しきを。我らが"道士"とその教義の為にも、常により良い方法を模索し続けねばならんのだ」

 

「"三代神王ディアマ様"のように、ですね」

「その通りだ。()御方(おんかた)の意志は、いつだって我らの心と共に()る」

 

 二人は話を続けながら森の中の目印を辿っていくと、ようやく目的地へと着こうとしていた。

 

 

「さて、見えてきた……な!?」

 

 すぐさま異変に気付く。地属魔術具を用いて作り上げた石牢が、4つ全て原型を留めていない。

 馬にムチを打って走らせ向かう。遅れずに付いてきたアーセンが疑問を(てい)す。

 

「あれも予定の内ですか?」

「いや違う、まさか……一帯は調査した(はず)だ。ぬうっ、これもディアマ様の御意志(ごいし)と言うのか」

 

「アーセンはあっちから調べよ、私はこちらから――」

 

 アーセンは一言もなくうなずkじ、すぐに指示通りに動いて端奥(はしおく)の石牢から調べ始める。

 そしてセイマールは周囲の安全を確認してから、石牢の中を覗き込んだ。

 

「むっ……」

 

 子供が4人――まとまってうずくまっていて死んではいないようであった。

 汚れてはいるものの、髪色を見れば確かに()()()()()()()()()子供達に相違(そうい)ない。

 

 しかし――この惨状(さんじょう)でよく一人も欠けず、生きていられたものだと頭に浮かぶ。

 とはいえそれもまたお導きなのだと、セイマールは強く塗り替え打ち消した。

 三代神王も、道士も、超えられない試練を与えるようなことは決してしない。

 

 

「君たち大丈夫かね?」

 

 セイマールはこれ以上なく優しい声音で、さしあたって当初の予定通りに話し掛ける。

 あくまで己は()()()()()()()()()()親切な人。それ以外の何者でもないのだ。

 

 声掛けに気付いた4人の子供の内、一人が顔を上げる。

 それは最初に買った、黒灰銀の髪に蒼碧眼のハーフエルフの少年だった。

 

「っ……あの、うぅ……」

 

 少年は上手く言葉が出てこないようであった。

 ゆっくりと近付いたセイマールは、視線を合わせるようにしゃがみこむ。

 まずは威圧感を与えぬよう、子供と同じ目線に立つこと。しっかり認識させること。

 

「安心しろ、もう心配はない」

「ぁ……ありがとう」

 

 絞り出すような声だった。すると藍色髪の少女が憔悴(しょうすい)しきった顔を上げる。

 目の下には幾度も涙が流れたような(あと)が、強く残っていた。

 

 少女は深く息を吐くと、少しだけ顔を柔らかくしてうつむいたままの子供二人の肩を強く抱く。

 

 とても強い子達であるようだった。

 何があったかはわからないし、"初期化"と"刷り込み"の効果も半減だろうが。

 それ以上に価値あるものを、確かに得たような気がしていた。

 

 

「セイマール先生、こっちには誰もいません。ただ(・・)――」

 

 セイマールと子供達を見て、アーセンは無事だったことに気付く。

 

「すまないアーセン、君は周囲の警戒にあたっていてくれ。この子たちは私が――」

 

 私はそう言ってアーセンを遠ざける。

 半端になったとはいえ、刷り込みはあくまでも一人で(おこな)わなければならない。

 

 彼はたまたま"本部"へ戻ってきただけの元教え子である。

 積もる(はなし)をするがてら、少し手伝ってもらっているだけに過ぎない。

 

 

 子供たちが多少なりと落ち着いてきた様子を見つつ、セイマールは改めて声を掛ける。

 

「何があったか聞かせてもらえるかい?」

「すっごくくらくて……かいぶつが……たぶんにひき(・・・)、こわして……だからみんなで」

 

 たどたどしい口調だが、それでも要領を得た説明であった。

 奴隷商の話でも、かなり頭が回りよく喋るとのことだったが……本当にしっかりとしている。

 

「なるほど、君はケガがひどいが痛くないのかい?」

 

 ハーフエルフの少年はコクコクと頷く。擦過傷(さっかしょう)が体中に見られるがもはや麻痺しているのだろう。

 鬼人族の少年と狐人族の少女はずっと震えてるようだが、さしあたり怪我はないようである。

 人族の少女も疲労感はありありと見えるが、それだけだった。

 

 怪物が2匹――雌雄(つがい)だろうか。こういうことが無いように、生態はある程度調べていたのだが……。

 太めの木々も薙ぎ倒されていて、少なくとも中型以上の魔物なのは確か。

 

 であれば石牢を壊すのもそう難しくはなく、調査が不十分であったことを恥じ入る。

 あれだけ壊されてこの程度で済んだのは、この子達はやはり何かを持っているのかも知れない。

 

 ()はもう少し気をつけないと……と、考える。

 しかしまずは目の前の子供達の教育が最優先であり、またずっと先のことである。

 

「とりあえず私たちの屋敷へ来るといい。そこで身を綺麗にし、美味しい食事をとろう」

 

 セイマールは穏やかな笑顔を浮かべながら、そう子供達へと語り掛けた。

 全ては大いなる成就の為に――

 

 

 

 

 おあつらえ向きに用意された、子供用(・・・)の二段ベッドの上で俺――ベイリルは思索(しさく)(ふけ)る。

 

「今日はぐっすりと寝て、ゆっくりと考えるといい――」

 

 覆面で顔を隠して俺達を買い、素知らぬ顔で自作自演(マッチポンプ)をしたセイマールはそう言った。

 背格好からしても恐らくそうだろうし、何より状況が如実(にょじつ)(あらわ)していたと言えよう。

 

(セイマールと、確かアーセンと言ったか……)

 

 連中がやって来てから馬に揺られて、"屋敷"へと辿り着いた。

 

 深い山中に構えた、どこぞの貴族だか富豪が所有していた古い名残を買い取ったのだろうか。

 全体的にくたびれているような印象を受けたが、外も内も綺麗にされていて庭を含めて相当な広さがあった。

 

 

 セイマールの言った通り、汚れを洗い着替え、小さな傷も手当てされた。

 さらに温かい食事を提供され、本屋敷とは別棟のこの部屋へと通された。

 

 そして()()()()()をとくとくと説明された。

 

 過去の歴史において、暗黒時代を打破し魔王候補をも殺して回ったとされる"三代神王ディアマ"。

 そのディアマを信奉(しんぽう)する宗教団体――通称"道"と、その根拠地であるこの屋敷。

 

 なんにしても語る口振りと瞳は、生憎(あいにく)と俺には狂気しか映らなかった。

 

端的(たんてき)に言えばカルト(・・・)、だろうな)

 

 セイマールは助けたという(てい)を装いつつ、さらに選択肢を提示してきた。

 

 ここに残れば教団の庇護下(ひごか)において、衣・食・住を保証することを……。

 そして断れば近くの村に送り届けるという(むね)を。

 

 一見すれば良心的に見えるようでも、その(じつ)……選択肢など一択と言っていい。

 子供が4人、見知らぬ土地に投げ出されればどうなるかなど、火を見るより明らかである。

 

 自分で選ばせることが、この際は重要なのだ。マジシャンの心理トリックと同じ。

 精神支配(マインドコントロール)においても相手に意識させないまま、思惑通りに動かすよう誘導するもの。

 

 

(連中が俺達を買ったことは疑いない――)

 

 その分の支出は回収しなくてはならない。となればそもそも無条件で解放するわけもない。

 相手はこっちが奴隷として売られていた――のっぴきならない境遇であることを知っているのだから。

 

 それに選択肢を提示した時のセイマールの表情……なにか後ろ暗いものを感じた。

 村に送り届けるなど、そもそもが方便。断ればどういう扱いになるかはわからない。

 

 より直接的で強力に肉体・精神に訴えるか、薬物に()った洗脳措置なども考えられる。

 あるいはもう一度どこかへ売られるか、(なぐさ)みものか、自爆テロにでも使われてしまうか。

 

 

(問題は"契約魔術"の(たぐい)だが――)

 

 魔術的に契約を行使することで、相手を制約し行動を強制してしまうものがある。

 たとえば奴隷を従順にさせる為の、リング型の魔術具などもそれに類する。

 

 ただし人身売買業に捕まっていた時に知ったが、そういったものは非常に高価なようだった。

 一方通行の"強制契約"だと難度が高く、成功しても脳の思考能力が欠如するなどの弊害(へいがい)が生じてしまう。

 さらには魔術適性が高い場合、契約効果そのものにも支障が出てしまう場合もあると言う。

 

 それゆえに正常なまま(おこな)う場合は相互契約――つまりお互いの意思が重要となる。

 あくまで契約(・・)であり、どちらかに否定的な要素があればそれはデメリットとして返ってくるのだ。

 

(俺達を利用するのであれば……そういった可能性は低い――)

 

 そう思い込みたいが確信は持てない。結局のところ綱渡(つなわた)りのような状況は続く。

 

 理屈で考えるならば――子供を買い、暗闇に閉じ込め、刷り込みを(おこな)おうとした。

 となれば幼少期から洗脳教育を(ほどこ)して教団の兵隊にする、などが順当なところだろうが……。

 

 その場合は強制的な契約魔術は、あまり使いたくないと言うのが本音だろう。

 精神的な縛りがあっては望んだ通りに、十全に育てきることが難しくなる。

 

 それならば……活路はある。信仰の使徒のフリ(・・)をしているだけで済むのだ。

 

 

(少なくとも俺は、だが――)

 

 問題は同じ部屋で眠る、3人の罪のない無垢な子供達。

 判断のつかない子供の精神では、教義に染まることはほぼ疑いないだろう。

 

 暗闇からの刷り込みは、結果的に俺がしてしまった部分もある。

 それでも実際的に保護し、衣食住を与えるのはセイマールとこのカルト教団だ。

 

 洗脳教育が進んでいったなら、長命の俺には遠くない将来で最悪敵対することになる。

 ――その末の結果は、ほんの少しであっても想像したくはなかった。

 

 わずかながらも一緒に肩を寄せ合って過ごした。一時(いっとき)はその命まで懸けた。

 子供達を見る(たび)に、フラウの顔が浮かぶ――共に過ごしたかけがえのなかった存在。

 

 これから過ごしていく子供達と別れるような思いは、やはり容認できる問題ではない。

 

 

(そうなると……俺がやるのはその逆しかないわな)

 

 まだ洗脳されていない状況から、"洗脳解体"というのも妙な話かも知れない。

 だがつまるところ、最初から洗脳させないよう立ち回ることはできないだろうか。

 

 カルト教の(かたよ)った価値観に対し、常に新たな価値観を提示し()り固まらせないようにする。

 信頼を(きず)きあげてこちら側に引き入れ、真っ当に俺が育て上げる。

 

 そも教団に四六時中囲まれ続けていては、こっちだって単純に気が狂いかねない。

 今後共同生活を(いとな)んでいく仲間でもあるのだろうから……。

 

 リスクは低くない。3人の誰かから、露見(ろけん)することも十分ありえることだ。

 自身の行動の中に疑念を持たれる機会も、必然的に増えていってしまう。

 

 

(それでも孤独よりはいい――)

 

 元世界と同じ(てつ)を踏む()は、異世界では犯すまい。

 散々っぱら打ちのめされ、死んだ魚のような目をした生活はもう沢山だ。

 

 俺の半生――(つたな)い知識だろうと、浅い経験だろうと、なんでも活用して(みの)りある人生を。

 

 心の奥深くに刻み込むように、決意を咀嚼(そしゃく)反芻(はんすう)する。

 自分に言い聞かせるように、自身に暗示を掛けるかのように。

 

 まずは()()()()()()()のだと――

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#08 計画 II

 教団の庇護下に入るという選択肢を強制され、屋敷内での生活にも慣れてきていた。

 

 驚くべきはこの"純剛の道"という、神王教ディアマ派の宗教団体。

 セイマール個人のそれによる部分も、大きいのかも知れないが……。

 

 少なくとも教育に関しては、かなりまとも(・・・)だったというのが面白いところであった。

 

 朝に起床し、調理と食事、座学に運動、祈りと就寝。規則正しい生活である。

 閉鎖的環境で意図的な情報操作。授業中に随所で差し込まれる宗教説法は確かにある。

 

 

 しかし例えば拷問や麻薬といった、不法(イリーガル)な手段を(もち)いない。

 

 懇切丁寧に物事を教え、叱ることはあっても理不尽な仕打ちはない。

 調理そのものも自分達で(おこな)い、魔力強化した五感による味覚でも不自然さはなかった。

 

 多種多様な教えの中で自然(ナチュラル)に洗脳し、信者にしようとするその手法。

 

 確かに無垢な子供に教えるには、そのほうが都合が良いのかも知れない。

 暗黒環境による恐怖で精神を一度リセットさせ、刷り込みした上で教育を(ほどこ)す。

 

 

 (はなは)だ勝手な想像ではあるが……、大半の宗教法人だとかもそうなのかも知れない。

 数多くの教義を、日常の一部(・・・・・)として受け入れさせてしまうものなのだろうと。

 

 何かしらの()(どころ)を求める心に、呼吸のように浸透させ、血液のように循環させてしまう。

 それは巧妙(こうみょう)であると同時に狡猾(こうかつ)で、悪辣(あくらつ)さも感じられる行為だなのだが……。

 

 実際に救いになることもあるだろう。人間誰しも、常に強くいられるわけではない。

 

 

 ただ部分的に……一般的な観念から見れば、少数(マイノリティ)で異質な部分があるのだ。

 

 それらの方向性によって、宗教とは性質を一変させる。

 例えば街になったり、時に政党になったり、国家そのものを手中に置いたり。

 何よりも戦争やテロリズムに繋がったりと、様々な変化をもたらす。

 

 地球でも宗教とは古今東西(ここんとうざい)、血で血を洗ってきた歴史と共にある。

 それは異世界においても、存在しえる命題とも言えるべきものであった。

 

 とはいえ群集心理とその操作において、正直見習うべきところはなきにしもあらず――

 

 

「ベイリルはずるいよなあ、エルフだからすぐに魔術使えてさ」

「ハーフだけどな、でもそれを言うなら鬼人のお前も筋肉は俺たちより多いだろう」

 

 不満を漏らしたヘリオに、俺は反論する。

 

 外での実践授業を終えた後の黄昏時。夕食前の休憩時間に4人で話していた。

 やることをちゃんとやっていれば、幸いにもセイマールは不必要な干渉をしてこなかった。

 

「ウチは狐だからなぁにぃ~?」

「んー、鼻や耳が利くんじゃないか」

 

 そう言うとリーティアは耳を動かし、三人の匂いをくんくんと嗅ぎ始める。

 

 獣人種ならエルフの魔力による強化効果の差を比しても、さらに強力だろう。

 犬に属する狐であれば、リーティアも嗅覚等に優れることは想像に難くない。

 

「えっと、わたしは……なんにもないね」

 

 一人だけ純粋な人族のジェーンが、少し目を伏せがちに言った。

 確かに種族的なアドバンテージが、人間には何も無いとも言える。

 

 

「でも歴史上の名だたる英雄は大体が人間だぞ」

 

 絶対数が多いというのもあるが、人間は単純に潜在性(ポテンシャル)が高い傾向があるようだった。

 その理由は全くもってわからないが、事実はそう示している。

 

「じゃあジェーンが有利じゃねぇか」

「ジェーン()ぇがいちばん?」

「そうなのかな? お姉ちゃんがみんなの中で一番?」

 

 満更(まんざら)でもない様子を見せるジェーンも、まだまだ子供なのが(うかが)えた。

 一人だけしっかりしていて、お姉ちゃん(かぜ)を吹かせているものの……。

 

 ジェーンもヘリオやリーティア同様、守るべき対象に違いはなかった。

 

 

「でもわたしもまだ魔術使えないしなー」

「――そうだな……俺が使えるのは、世界が何でできてるか知ってるからだ」

 

 物質への理解。それがあったからこそ俺は魔術を使えた、と個人的に思っている。

 

「世界は大きな陸地だろ?」

「確かにそれは間違いじゃないが、もっと言えば――」

 

 

 異世界は大昔の地球のように、巨大なパンゲア大陸で成り立っている。

 まずはどこから説明すべきかと……俺は大きさの違う石を地面に並べた。

 

「この世界はこれ、さらに丸い球体をしている。あの片割星(かたわれぼし)も丸いだろ、お互いで踊っているんだ」

 

 そう言って中くらいの石を二つ並べて、くるくると円を描くように入れ替えていく。

 さらに大きな石を置くと、さらにその周りを二つの石に周回させた。

 

「そしてもうすぐ沈みそうな太陽の周りを、こうやって回っている」

「どうして?」

 

「そういうものだと覚えるだけでいい、なんでかは俺もよく知らないから」

「ウチわかったー」

 

 ニコっと笑って見上げてくるリーティアの頭を、よしよしと撫でながら俺は続ける。

 

 

「これと同じことが、世界なんだ。この石も、見えないほど小さな星とさらに小さい回る星。

 それらが数え切れないほどいっぱいくっつきあって、俺たちもみんな形になってるんだよ」

 

「ぜんっぜんわからん!」

 

「俺もわからんから大丈夫だ、ただそういうもの(・・・・・・)だと思えばいいだけだ。

 実際に魔術を想像する時に、こうやって色んなことが繋がっているんだってな」

 

 実際の原理とか追究されれば俺も説明し切れない。ただ教育とはそんなものも多い。

 常識なんて知識として頭の中にあるだけで、実践して確かめられることなど少ない。

 

 

「あの空の星も、ベイリルもわたしたちも……みんなそうなの?」

「そうだよ。みんな見えないくらい、小さい星でできてるんだ」

 

「ねーねーベイリル()ぃ。じゃあその見えない小さな星にも誰か住んでるの?」

「おぉさすがリーティア、お前はすごいな~本当に」

 

「えへへ~」

 

「小さな星もさらにちっちゃい星が集まってて、そこにもっとちっちゃい粒が住んでるんだぞ。

 その粒も見えないくらい、さらに見えないくらいの小さなヒモがブルブル震えている、かもな」

 

 恒星と惑星、物質と分子、原子と電子、陽子と中性子、さらには素粒子に、超弦理論――

 

 

(あと膜だとか11次元とか言う、M(エム)理論なんてのもあったっけか)

 

 いつか見たドキュメンタリー番組を浮かべながら、俺は俄知識(にわかちしき)を日々思い出していく。

 

 なんにせよ揃って首を(かし)げる三人に、常識として教えていくのは時間が掛かるだろう。

 俺が思い出しきれてないものも含めて……教えるべきこと、語るべきことは山ほどある。

 

 夕日も沈んできたところで、遅れない内に宿舎へとみんなで戻る。

 

 

(魔力に魔術――)

 

 歩きながら俺は考える。そんなものが世界に溢れているのなら……。

 科学が進歩するという機会は、失われて当然なのかも知れない。

 

 そしてかつて全能の魔法を扱い、栄華を極めた神族を突如襲った――魔力の"暴走"や"枯渇"。

 それらが魔力というリソースの……目減(めべ)りを意味しているのであったならどうだろう。

 

 元世界におけるエネルギー問題と、同じことになりはしないだろうか。

 

 代替となるなにか(・・・・・・・・)が必要となる時代が、差し迫っているのではないのだろうか。

 

 (すなわ)ち魔術文明に変わる――科学文明であり、付随(ふずい)した各種のエネルギー産業。

 

 

 さらに思考を深めれば、元世界の現代科学――

 そこに突如魔力というエネルギーが()って湧いたとしたら……。

 

 世界は一体全体どのように変質・変遷していくのか、想像は尽きなかった。

 

 

 

 

 今日も今日とて一日が終わり、布団の中に入る。

 俺は一枚余計に失敬してきて、小さく切り揃えた布束(ぬのたば)を取り出す。

 

 そして片割星の光を頼りに、日本語(・・・)で書き(つづ)っていった。

 

 それがいつ、どこで、何が、どのように必要になるかはわからない。

 ただあらゆる分野のことを。ただひたすらに書き殴って。ただ無心で分類していくだけ。

 

 誰かに読まれても解読もできないだろう。

 仮に解読できたところで、殆どは理解できまい知識の数々。

 

 科学的なことはもちろんのこと。自分の脳内にある知識を総動員する。

 

 地球の歴史、周囲にあるありとあらゆるテクノロジー品、趣味に仕事。

 服飾や食事、雑学にボードゲーム、スポーツから芸事に曲のメロディー。

 数多く触れてきたフィクションの物語やら、百円均一で並ぶような便利商品に至るまで。

 

 思い出せる限り延々と……延々と――

 

 

(水兵リーベ僕の船、七曲がるシップスクラークか。スコッチ暴露マン、テコにドアがゲアッセブルク――と)

 

 それ以降は思い出せない、中途半端な周期表を書きながら。

 意識が眠りへと落ちるまで、今後"日課"となる行為を続ける。

 

 付け焼き刃な、上っ(つら)だけの、(つたな)いにわか知識で、この"異世界文明に革命を(おこ)す"。

 

 その為の下準備、この長い500年以上の寿命を費やす超長期計画。

 

 劇的(ドラスティック)新機軸(イノベーション)文明(シヴィライゼーション)変革(パラダイムシフト)を巻き起こす。

 

 革命(レボリューション)――そう確か、回転という意味も含まれていた。

 

 文明(・・)()し栄()(きわ)める――(あわ)せて"文明(ぶんめい)回華(かいか)"。

 

 

「あぁそうさ……世界中にジーンズを買わせ、流行(はや)りの歌を聞かせてやろうじゃあないか」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一部 2章「備い待たば、日和あり」
#09 成長 I


 子供の成長というのは、存外凄まじいものだ――

 

(つくづく思い知らされるな……っと!)

 

 ジェーンと"手作りの将棋"を指しつつ、そう心中で()めてベイリル――()は一手進める。

 昼食後の休憩時間。本格的な子育ての日々を思うさま堪能(たんのう)し、充実した生を過ごしていた。

 

「ん、これで王手詰み(チェックメイト)ね」

「げぇっ……まじか」

 

 一念発起し決意した日から、時間を掛けて慎重かつ大胆に……地道に活動を続けてきた。

 8日一週、10週一季、5季一年、かれこれ7年近く教団の(もと)腐心(ふしん)してきた。

 

 こちらの種々の手解きの甲斐あってか、ジェーンもヘリオもリーティアも――

 そして俺自身も順当に育っている、もはや教団の保護など必要としなくてもいいほどに……。

 

 

「これでついに俺の負け越しか、ジェーンも強くなったもんだ」

「昔からの負けを取り戻すまで長かったー、これで今度からはベイリルが挑戦者側ね」

「ああ、精進(しょうじん)するよ」

「ヘリオとリーティアも挑戦してよぉ」

 

 そうジェーンは口唇を尖らせつつ、惜しむような視線を二人に送る。

 しかしてヘリオとリーティアは我関せずと言った様子で返す。

 

「麻雀ならいいぜ」

「ウチは"人竜"がやりたいな~」

 

 幼少期からのカルト洗脳――に対抗する為に、俺は様々な手段を講じてきた。

 "文明回華"という野望を前に、"文明を促進させる為の組織"を作った時のことを考えて……。

 絶対に裏切らない仲間を作っておこう、という打算があったことも否定はしない。

 

 だがそれ以上に、子育てに面白味と喜びを見出(みいだ)してしまっていたのだ。

 子供の好奇心と集中力と吸収性とはかくも恐ろしい。打てば思っていた以上に響く感覚。

 

(思えば……フラウと一緒にいた時からそうだった)

 

 幼馴染だった少女もあの頃は本当に、俺の諸々(もろもろ)に付き合わせてしまった。

 教育という意識はなかったが、知らず知らず幼馴染も学んでいた。

 少しずつ俺のやってることを理解し、時に以心伝心のように察し合うこともあった。

 

 しかしここでは街で過ごすのと違って、セイマールの授業と教団の教義とが先に立ってしまう。

 自然に成り行きのまま、3人に覚えさせるというわけにはいかなかった。

 

 

 教育にあたってまずすべきであると考えたのは、世界の広さを教えるということである。

 そうは言っても俺自身、異世界については伝聞と歴史書で知っている程度。

 

 とんと知らないことばかりなので、ひとまず己の歩んだ人生から様々なことを教えた。

 

 童話から教訓を学ばせ、歌と踊りで心身を豊かにし、芸術で創造力を高める。

 さらに少人数で可能なスポーツや、将棋なども(たしな)む。飲食バイト時代に(つちか)った調理・料理。

 トランプや花札にダーツや麻雀。人狼(・・)あらため人竜(・・)のような駆け引きゲーム他にも色々。

 

 さらには俺が知り得る範囲での、"世界の仕組み"を教え続けた。

 実体験談や記憶にある娯楽物語まで、科学世界の夢や浪漫も語り尽くしてしまうほど。

 

 

(こういうのも視点を変えれば、新たに洗脳し直してるみたいなもんかねぇ……)

 

 それを言ったら後天的教育というものは、全て当てはまってしまうかも知れない。

 

 たとえば地球でも迫害の歴史と共にあったユダヤ人などは、非常に優秀な民族だ。

 人口比で言えば圧倒的に少ないにも関わらず、ノーベル賞輩出者は異様なほどに多い。

 

 そして何よりも――世界に名立たるトップ企業の多くが、ユダヤ系によって占められている。

 かのロスチャイルド一族なども含めると、その経済力はまさに世界を支配していると言っても過言ではなかった。

 そうした民族性は、血統や遺伝的要因よりも……やはりユダヤ教徒としての実践的な教えに基づくものが多いと思われる。

 

(人格形成も、突き詰めると教育を含んだ環境要因だもんなぁ……)

 

 なんにしても都合の良く操る為のカルトの教義に染まることに比べれば、幾分マシというものだろう。

 あくまで情操(じょうそう)教育の一環としてであり、思考を凝り固まらせないように意識付けをさせる。

 

 物事の是非(ぜひ)を、三人が自分自身で判断できるようにしたかった。

 

 さらに言い訳をするのであれば、ただ"楽しかった"のだ。

 無垢な子供と向き合い、語って聞かせ、頭や体を動かして遊ぶということが。

 精神性は肉体に引っ張られるという話も……あながち嘘ではないように思える。

 開き直ればまさに、童心に返り咲いていた。

 

 裏心のない至極正直なコミュニティで、思うさま子供の身分を謳歌(おうか)してしまった。

 

 全幅(ぜんぷく)の信頼に対して無償の愛情をもって互いに寄り添う。

 ありとあらゆる事柄(ことがら)を、同じ目線で分かち合っていくこと。

 

 もう遥か忘却の彼方な、幼少時代の体験を改めてエンジョイした。

 ついぞ元世界の人生では(えん)のなかった、親心をも同時に味わった。

 

 

(あぁそうだ……この子らの為なら、命だって惜しくない)

 

 まさに家族――我が子のようであり、同時に兄弟姉妹でもある。

 我ながら"超溺愛(ちょうできあい)"にしてしまっている。

 

 こんな感情を得られただけでも、もう(むく)われていると言ってもいいし後悔はなかった。

 

(……脱走を(くわだ)ててもいい頃合いかもな)

 

 俺自身を含めてみんな着実に成長している。

 一緒に行こうと言えばきっとついてきてくれるに違いない。

 しっかりとした計画を練るのは大前提だが、脱出して雲隠れするのは充分狙える範囲だろう。

 その後4人で生活をしていくにしても、十分なほどの(ちから)を得ている。

 

 ただそれでもリスクを考えるのであれば、このまま表向き信者として解放されるまで待っても良い。

 そうして市井(しせい)に配置でもされてから、知らぬ存ぜぬで逃げてしまうほうが……より確実であろう。

 

 

「じゃぁ一対一(サシ)で勝負できるものにしましょう? ヘリオ」

 

 ジェーン――肉体年齢では一つ上の最年長。

 子供の頃から備わっていた端正さが、より一層際立った形で育った。

 身内贔屓(みうちびいき)抜きにして、エルフ種にも負けず劣らずの美人だと太鼓判(たいこばん)を押せる。

 

 藍色の髪をポニーテールに()い上げ、キリっとした力強い銀色の瞳に毅然(きぜん)とした意思を秘めている。

 

 彼女なりの正義感と誠実さ。理知で合理からくる冷静さ。不正を好まない真っ直ぐな性根。

 不断(ふだん)の努力を欠かさない――裏打ちされた自信とリーダーシップ。

 

 運ではなく頭を使う戦略的なゲームを好み、運動もスポーツも戦闘も積極的にこなす。

 融通(ゆうずう)()かない頑固さも残り、意地っ張りな部分もあるものの……文武両道を絵に(えが)いていた。

 

 この何年と熟成された母性、もとい"姉性"によって面倒見が非常に良い。

 おそらく他人であっても、困っている人見れば放っておけない性質(タチ)であろう。

 

 まだまだ少女の面影(おもかげ)を残しつつも、既に出ているところは出ている引き締まったボディライン。

 芯が一本通ったよく響く美声と、()き通るような心地良い歌声。

 人族でありながら鬼人にも狐人にも、ハーフエルフにも負けない潜在能力(ポテンシャル)を発揮している。

 

 

「はっいいぜ。次は魔術実践の時間なんだし、どうせなら外でなんか()ろう」

 

 ヘリオ――見た目だけなら好青年。肉体年齢では一つ上の兄。

 無造作に揃えた短めの白髪(はくはつ)にメッシュのような黒髪束が覗いた成長途中の一本角。

 

 だが口を開けばチンピラじみたところも散見され、よくよく見知っていなければ近寄りにくさもある。

 少しばかり軽薄で(しゃ)に構えた部分もあるが、その実純朴(じゅんぼく)な面も持ち合わせていた。

 

 義理堅い一面があり、真剣(マジ)の相手には本気でぶつかる。

 直情的で時に不誠実だが、きっかり筋は通す心根。

 地頭(じあたま)は悪くなく、意外となんでもそつなくこなす優等生的な一面があった。

 

 本質的には勉強は好まない感覚派で、体を動かすほうをめっぽう好む。

 さらには闘争にも大きな(よろこ)びを見出すタイプだった。

 

 年若くとも鬼人族らしい洗練された骨格に、鍛錬を重ねた筋肉を搭載している。

 ひとたび歌い出せば、(つや)がありよく伸びるテノールボイス。

 

 鬼の誇りと気性を十二分に、己が道を歩んでいた。

 

 

「みんなで日向ぼっことか、どぉ~かな?」

 

 リーティア――肉体年齢は多分同じだが、みんなにとっての快活な妹。

 大きな狐耳とボリュームたっぷりの、ふかふか尻尾を生やす狐人族の少女。

 美人さよりかわいげを全面に押し出しているのは、幼少期から今も変わっていない。

 

 一本一本が細やかに風に流れ揺れるような肩口まで伸びた金髪。

 鮮やかな炎色を双瞳に宿し、常に好奇心に満ち満ちている。

 

 その精神はいつだってアンテナを張って、楽しめる何かを探していた。

 無気力・自堕落かと思えば、一転してアクティブに集中するムラの多さ。

 そのメリハリこそが、彼女の資質を最も引き出している要因なのかも知れない。

 

 元世界の様々な知識をよく吸収し、既に俺自身よりも理解している。

 さらにはもう既に自分の中で、独自に組み立ている(フシ)すら見受けられる。

 

 少女の感受性の高さは、半端な知識を彼女なりに噛み砕き咀嚼(そしゃく)する。

 そうやって知識群と想像を増幅させ、彼女流の"理解"にまで至らしめていた。

 

 ギャンブル性や駆け引きのあるゲームが好きで、獣人種ゆえに運動も得意である。

 

 正直なところ俺もジェーンもヘリオも、甘え上手な末妹に負けない為に。

 そんな一心(いっしん)で修練に励んでいる部分は否めなかった。

 

 身長を嵩増(かさま)ししている狐耳に目をつぶれば、女の子らしい相応で小柄な体躯(たいく)

 はきはきした聞き取りやすい声音だが、テンション次第な部分がある。

 

 歌唱よりは、絵や彫刻といったほうを好む芸術肌な一面。

 親バカかも知れないが、彼女は言うなれば"天才"の域に達し得るだろう。

 

 

「まっ何をやるにせよ、とりあえず外に行くか」

 

 順繰(じゅんぐ)りに姉兄妹へと目を移しつつその成長っぷりを再確認し終え、俺は立ち上がる。

 

 着々と隠し、演じ、装い、(ちから)をつけてきた。

 あとは用心し周到(しゅうとう)な情報収集と並行して時機を待つ。

 

 脱走か――摘発(てきはつ)か――潜伏か――壊滅か――はたまた乗っ取りか――

 俺は唇の端を上げ、心中で愉悦を浮かべる。

 

 俺達が教義の為の踏み台じゃあない、連中こそが俺達の為の踏み台なのだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#10 成長 II

 

 4人が広場で待機してると、セイマールが槍と長剣を(たずさ)えやって来る。

 

「午後は魔物の討伐を(おこな)う」

 

 簡潔にそう言うとセイマールは槍をジェーンに、剣をヘリオへとそれぞれ渡す。

 俺とリーティアは無手が基本なので、特に何も渡されることはなかった。

 

「魔物の討伐ですか? 私たちだけで?」

「その通りだ。新たに生態系を調べ直していたら、お前たちを試すのに手頃(てごろ)なのがいたからな」

 

 ジェーンの問いにセイマールはそう答えた。

 それは信頼を多分に含んだような色を瞳に宿していた。

 

「先生よぉ、場所はどのへんなんだ?」

「近くまで引っ張ってきて眠らせてある。とはいえ時間が足りなくなるから、あとは道すがら話そう」

 

 セイマールはすぐに歩き出し、俺達も後を続く。

 敷地の外に出ることも、サバイバル訓練などであったが非常に珍しい。

 動物の狩猟くらいはあったものの、魔物退治とは初めてのことであった。 

 

「見立てが間違ってなければ問題ないはずだが、命の危険には十分留意せよ」

 

 いよいよ来るべき時は近付いているのかも知れないと――

 

 俺は心のどこかで感じ始めていたのだった。

 

 

 

 

 ウォームアップがてら走りつつ、休憩を挟みながら移動し続ける。

 到着したそこは――()()()()()風景であった。

 

(懐かしいっちゃ懐かしい気もするが……)

 

 むしろ苦々(にがにが)しい。暗闇に閉じ込められ、命を()き出しにした場所。

 土塊構造の石牢の残骸はとっくにないが、そこで眠る"大トカゲ"とセットであれば嫌でも思い()される。

 

 セイマールが用意した魔物とは、かつて俺が撃退したあの魔物に他ならなかった。

 これも奇妙な巡り合わせの結果とでも言えようか。

 

 俺が風の刃でつけた傷痕が右目に残り、あの頃よりも二回りくらいはくらいは大きくなっている。

 

(まっ俺たちのほうが成長してるがな――)

 

 もっと何十何百年と掛ければあのトカゲも、巨大な陸竜(ランドドラゴン)へと育つのだろうかなどと。

 いずれにせよあの頃と、そして今と……。試すのにはある意味、絶好の相手には違いなかった。

 

「でっけえなァ」

「う~ん、何が有効だろう」

「ねっねっ、みんなでやるの~?」

 

「無論全員で掛かれ、一人で倒せるほど甘い敵ではない」

 

 

 セイマールはそう言ったが、俺は正直なところ一人でも駆逐可能な範囲と見る。

 しかしいらぬ疑念を(いだ)かれないよう、底は見せないようにしなくてはならない。

 

(必要な分だけ見せるということ――それ以上は見せない)

 

 恐らくはそう遠くない日に、セイマールと敵対するだろう。

 その時にこちらの手の内が知られていては、厄介なことになりかねない。

 

「それでは起こすぞ、準備せよ」

 

 セイマールは魔術具を取り出すと、そこに魔力を込める。

 小さい杖型のそれに魔力が流れ込んだことで紋様が浮かび上がった。

 

 

「ふゥー……」

 

「我が呼び掛けに応じ(つど)え、氷晶(ひょうしょう)

 

燦然(さんぜん)と燃え(のぼ)れ、オレの炎ァ!」

 

「胸裏にて(めぐ)るは其の()――リーティア式魔術劇場、(かい)(えぇん)!」

 

『カァァァアアアアアアアアッー!!』

 

 四者四様の魔術の引き鉄(トリガー)と、眠りから目覚めさせられた陸上竜の咆哮が重なる。

 

 陸上竜は虫の居所が悪そうに、大きく息を吸い込んだ。

 口元に僅かに見えた赤色は、ヘリオが魔術で浮かべているそれと同じ。

 

 一拍置いてから陸上竜は炎を吐き出した。それは範囲を一瞬にして焼き尽くさんという勢い。

 

「ッらァ!」

 

 火属魔術を使うヘリオが、浮かべた火の玉を地面へと収束させ炎壁を張る。

 陸上竜の炎の息(ファイアブレス)の赤を受け止めると、それを吸収し壁をさらに厚くより高くさせた。

 

 炎壁に(さえぎ)られた正面を横目に、俺とジェーンはそれぞれ左右に分かれ大地を蹴っていた。

 

 

(あーな)!」

 

 地属魔術を(つかさど)るリーティアが、手の平を下に向けてぎゅっと掴む。

 すると陸上竜の足元が大きく陥没し、(いなな)く声と共にそこへと沈み落ちていった。

 

 陸上竜は肉体丸ごと収まってしまった場所から抜け出すべく暴れ始めようとする。

 

「我に(あだ)なす(あまね)く敵を(とら)えよ、"獄雪氷牢(ごくせつひょうろう)"!」

 

 水属魔術を扱うジェーンが、最初の詠唱で形成した氷の結晶を固めて、穴に叩き込む。

 一瞬にして何本もの小さな氷槍が、上下左右から格子状(こうしじょう)に捕えて離さない。

 

 それでも体を震わせ氷にヒビを入れながら、地面から唯一見える空へ……残る片眼を向けていた。

 

 

「悪いが一撃だ――」

 

 空属の魔術を振るう俺は、陸上竜の直上(ちょくじょう)を舞っていた。

 息吹と共に"風皮膜(かぜひまく)"を(まと)い、魔力強化した肉体で跳んだのだ。

 

 あの時はその硬き鱗に、風刃はまともに通りはしなかった。

 あの頃よりもその鱗は、きっと(さら)に強靭になっているだろう。

 陸上竜の口元にはまたも同じ赤色が見えたが、こちらに及ぶことはない。

 

「遅いぞ()()()()、もう過言じゃあない」

 

 跳躍した勢いのままにくるりと一回転しながら、"素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)"を放った。

 

 氷で構築された(おり)もろとも胴体から両断し、わずかに歪んだ空気の軌跡(きせき)を残す。

 真っ二つにされた陸上竜は、断末摩(だんまつま)の鳴き声もなく絶命した。

 

 

「"エアバースト"――」

 

 俺は落ちる最中に風圧を背で受け止め、全身を覆った風の衣によって流れを取り込む。

 そうして自身の肉体を(たい)らな地面のほうへ運び、着地と同時に"風皮膜"を()いた。

 

 するとすぐに三人が集まってきて、死体を確認してから口を開く。

 

「あーあー……おうコラベイリル、殺すの早すぎだろが」

「すまんな、俺のお膳立(ぜんだ)てしてもらって」

「私の氷牢、あまり意味なかったかな……」

「ウチが空けた大穴もいらなかった~」

 

 ヘリオはやれやれと、俺はほくそ笑むように、ジェーンは不満げに、リーティアは残念そうに。

 

「チッ不完全燃焼過ぎる、他に獲物はいねえのかよ」

「でもあんなの他にいるものかな?」

「えーもう十分っしょー」

「なんならみんなで探しに行くか?」

 

(久々の遠出だ、このまま逃げて姿をくらましてしまうというのも……――)

 

 

 そんなことを考えつつ、四人かしましく雑談に興じる。

 すると、セイマールが拍手をしながら近付いて来た。

 

「素晴らしいぞお前たち、種族単位で見れば小型とはいえ竜種を圧倒したその成長には舌を巻く。

 惜しむらくは一人一人の活躍をつぶさに見ておきたかったが、致し方あるまい」

 

「先生が本気のオレらの相手してくれてもいいんだぜ?」

「なるほど、それも悪くないが……お前たちの自信を奪っても仕方あるまい?」

 

 その言葉はどこまで本気なのか、いまいち(はか)りかねなかった。

 

 確かにセイマールは座学のみならず、戦闘指導も幼少期から(おこな)ってきた。

 こちらの(クセ)はかなり見抜かれているし、使う技も少なからず熟知されている。

 

 さらにセイマールは魔術具を使うし、今も手に持っていた。

 彼は魔術具の作製と使用に関してかなりのモノのようで、教団の長たる"道士"に次ぐ権力がある。

 陸上竜を目覚めさせるのに使ったようだが、実際はどのような効果があるのかもわからない。

 セイマールの手の内が多すぎて、いまいち読みようがないというのが一つ。

 

(それでも今この場で()()()()()()()、そう難しくはないだろうが――)

 

 今この場で事に及んだ時に、ジェーンとヘリオとリーティアがどういう反応を示すかは未知数だった。

 そもそも俺自身、教団さえなければ……セイマールはまともな人間の部類だと思っている。

 

 10年近く教鞭を取り、常に一定の距離感を保って、一人の人間としてしっかり接してくれた。

 そんな彼に全くの情が無いと言えば嘘になる。それに彼が持っている技術が惜しくもある。

 

 

「冗談はともかくとして、試練は合格だ。お前たちも我らの中に正式に迎え入れられる時が来た――」

 

(あぁ……――)

 

 俺は心の中で嘆息を一つ。珍しく外に連れ出された時点で、(なか)ば予想はしていた。

 

 セイマールの声音はいつもと変わらず、されど瞳は狂気を帯びていた。

 結局相容(あいい)れられるような関係ではないことを、改めて認識させられてしまう。

 

「明日に"洗礼"を(おこな)うとする。ちょうどよく"巡礼"も重なる良き日である。

 より多くの"道員(どういん)"たちに祝福してもらい、信仰をより強く堅いものとするのだ」

 

「洗礼とは何をするんですか?」

 

 俺が質問するより先に、ジェーンが問い掛ける。

 

「それはまだ言えぬが、誰もが通る道。難しいことではないから案ずることはない。

 残った時間は心身を十分に休めて英気を(やしな)い、明日の夜半(やはん)に備えよ」

 

 

(洗礼……か。日にちは調整済み、と)

 

 密かに調べていた中でも、連中が日常的に使う言葉ではなかった。

 仔細(しさい)一切がわからないものの、道員(どういん)であれば例外なく(おこな)っているようである。

 

 元世界のキリスト教圏における洗礼、みたいなものなのだろうか。

 しかし異世界のカルト教では、どういうものになるのかはわからない。

 

 それが修了試験のようなもので、次の段階があるのか。

 もしくは卒業試験みたいなもので、終えれば外界へ出られるのか。

 

 帰路を駆けながらも、頭を止めることなく思考を進めていく。

 運命の日――危機(リスク)を恐れず、行動に移すべき時が遂にやって来る。

 

 今後も続いていく長き長き人生の為に、鳴かせてみせようなんとやら。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#11 信仰 I

 ある男が――連邦東部にて"一本の魔剣"を拾ったところから、教団の歴史は始まった。

 その者はもとより三代神王ディアマを信奉していて、苦難の末に"不完全な刃"を手に入れたのだ。

 彼と刃の下にはすぐに数多くのディアマ信者が集い教団が作られ、その規模はどんどん大きくなっていった。

 

 まずは不完全を"完全"へと戻すべく、教団は信者を増やしながら情報収集に奔走した。

 ついには特定した竜の巣へと突貫し、多くの教徒と資産という犠牲を支払った。

 その甲斐(かい)あって、魔剣はその一部を得て完全へと近付いた。

 

 あと一つ手に入れられれば完全体となり、世界すら動かせるようになる。

 だが――その最後の一つが、情報にもまったく引っ掛かることなく時は過ぎていった。

 

 

 そうして(ごう)を煮やした教団内の一部派閥が、"魔剣"を盗み出そうとする事件が発生する。

 血で血を洗う抗争の末に魔剣を奪取することに成功して、新たな教義を作り新教団が設立された。

 

 彼らはまず地下へと潜って目立たないように動き、残った教徒を念入りに殺して回った。

 殲滅が完了した後は"魔剣"を必要以上に(さら)すようなことなく、限られた中で活動を開始する。

 

 過激派教徒の旗頭(はたがしら)だった男は、現状のままでは決して完全にはならぬと考えていた。

 前教団の全盛期の規模と人数ですら、一切の情報が入ってこなかった最後の一部――

 それはもはや人智の及ぶ領域にはない。このままでは永劫(・・)に完成を見ないと悟っていたのだ。

 

 だからこそ新教団は切り口を変えることにした。

 別に()()()()()()()()()()()のだ。無いのならば……()()()()()()()()()

 むしろそれこそがよりディアマへと近付く為の試練であり、"道"であるとしたのだ。

 

 

 新たに"道士"として頂点になった男は、機知に富んでいて()をわきまえていた。

 従来とはまったく別形態の組織構成へと作り変えて、量よりも質を重視した。

 より強固な信仰と契約によって結ばれた、裏切りを許さぬ新体制を確立させた。

 

 何十年何百年掛かろうとも構わなかった。教義さえ受け継がれていくなら――己が滅びることはない。

 初代"道士"は死んだ。"道"は(なか)ばであったが、彼には一欠片の後悔もなかった。

 

 そして……何世代と"道士"が代替わりした今もなお、教義と魔剣は絶対のモノとして存在している――

 

 

 

 

 カツカツと普段よりも軽快な早足で、その男は歩を進めていた。

 

(長いようで短かった……)

 

 情緒で満たし感慨に(ひた)るように――セイマールは心中で思い返す。

 

 前回とは比べるべくもないほど、才能のある子供達と言える。

 労を惜しまず手ずから奴隷市場を回って、素材にこだわり選別した甲斐(かい)があったというものだった。

 

(以前失敗した教訓も()きている)

 

 一期生は10人も集めたが結局残ったのはわずか2人だけ、それも今なお生きているのは"アーセン"のみ。

 その時の失敗を踏まえた上で、今回は教育方法をかなり刷新(さっしん)した。

 

 最初に恐怖と刷り込みを与えることで、従順で吸収しやすい土壌(どじょう)を作る。

 これは魔術具製作にも通じる理念であり、それを参考にしたものだった。

 

 情によって()()()()な関係にならぬよう距離感を大事に、自主独立の精神をもって少数精鋭。

 結果としてかなり個性が強い部分があるものの、最初の生徒達よりも遥かに優秀となった。

 補って余りある能力を試練で示してくれた。子供達はすでに魔術士としてはかなりの領域にいる。

 

 若過ぎる年齢は懸念(けねん)点として残るものの、目的の為にはまだ子供である必要もある。

 

 

 セイマールは、彼に似合わぬ珍しいほどの笑みを浮かべていた。

 そうして目的地である扉の前に立つとノックして名を告げた。

 

 中からの返事を待って部屋の中へ入ると、淫蕩な匂いに包まれる。

 

「失礼します、"道士"」

「セイマール、やけに嬉しそうだが……それが訪ねてきた理由かね?」

 

 道士と呼ばれた還暦を超えた男は椅子に座ったまま、(うつ)ろな表情の女性に(また)がられていた。

 

 セイマールが生徒たちへ向ける目を――道士はセイマールへと向けているようであった。

 彼のすること()すことを、まるで自分のことのように共感し、肯定するような――

 

「お喜びください道士。わたくしが手塩に掛けて育てたあの子たちが、"洗礼"に相応しく成長いたしました。

 つきましては明日夜に、道士の口から我らが教義を()いていただき、"魔剣"のお披露目をしていただきたく――」

 

「ほう……もう十分だと君は確信しているのだね、四人ともが"道"に入るのに適格(てきかく)だと?」

「もちろんです。それもこれも前回より引き続き私の教育案に賛成頂き、一任(いちにん)してくださったおかげです」

 

「なに気にすることはない、正当な働きに正当な評価を(くだ)しているだけに過ぎんよ。

 今なお我々の為に奉公(ほうこう)してくれているアーセン。彼にもまた(むく)いてやらないとの」

 

 セイマールは道士の言葉に(うやうや)しく(ひざまず)き、さらには伏して(こうべ)を垂れた。

 

 

 もうかれこれ35年近く――15歳の時分に拾われてよりの付き合い。

 ここまで生きてきて、この御方は一度として間違った判断を下されたことはなかった。

 

 道士のやることには全てに意味があり、深謀遠慮(しんぼうえんりょ)(すえ)に成り立っている。

 そして運命までも、教団と道士の為に微笑(ほほえ)んでくださるのだ。

 

「それにしても明日か、少し性急(せいきゅう)ではないのかね? "(にえ)"の準備はできているのか?

 もしも間に合わぬようであれば、コレ(・・)を提供しても一向に構わないのだが……」

 

 そう言って道士は自分の上で奉仕し続けている女へと目を向ける。

 それは一人の人間を見るような目ではなく……。

 セイマールもその光景に微塵の疑問を抱くことなく、平時(へいじ)を崩さず答える。

 

「いえ、それには及びません道士。"調整"にあたっていた者が、ちょうどよく入れ替え時ですので。

 巡礼で他の道員(どういん)たちの多くが戻りますし、洗礼にあたってこれ以上の日は(のぞ)めないかと存じます」

 

「そうか……いや愚問(ぐもん)であったな。お前が用意もなしに許可を貰いにくる筈もなかろうに、許すがよい」

「わたくしこそ御心(おこころ)(づか)いに、心底より感謝いたします。未だ足りぬ我が身なればこそのお言葉であると」

 

 顔を上げてセイマールは、道士を畏敬(いけい)の念をもって見つめる。

 ああ……やはりこの方あってのものだ、我々全てが道士と教義に身命(しんめい)(なげう)ち尽くすべきなのだ。

 

「本当に優秀な子だセイマールよ。魔術具の作成にしても、教育にしてもよく貢献してくれている。

 お前が育てたあの子らは、間違いなく我らが道の大願の為に貢献してくれること疑わぬ。

 それで……近く洗礼を(おこな)うのであれば、その後すぐに別れを告げることになっても構わんのだな?」

 

 

 セイマールは教団と教義それ自体ではなく、道士という個人に対しての信仰がことのほか強い。

 それは道士もよくよく理解しているし、だからこそセイマールに信頼を置いていた。

 

「巣立ちの時は()けられませんゆえ。それにまた新たな子を迎え入れたいと思いますが……」

「許可しよう、資金も好きなだけ使うといい」

 

 セイマールの幼少教育法は、元を正せば道士がセイマールを拾い育てたことに(たん)(はっ)していた。

 

 手間や金は掛かるが、セイマールという実例を見ればそれだけの価値はある。

 量よりも質をこそ至上とするのが、新教団設立から()とされてきたものだ。

 ゆえにこそ惜しまないし、道員(どういん)は強固な絆と魔術によって結ばれるのだ。

 

「では"オーラム"には今日中に伝えておこう。彼奴(きゃつ)のルートを通じ、(くだん)の任務に就かせることとする」

御意(ぎょい)のままに」

 

 事を終えて部屋から出ると(にぶ)嬌声(きょうせい)が再開される。

 一方(いっぽう)でセイマールは感極まった震えを堪能していた。

 

 洗礼の準備の為に"地下"へと移動するさなか、彼は確信に近い狂信と共に心の中で呟いた。

 

 我々の大願が成就する日もそう遠くない――

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#12 信仰 II

 深夜――片割星最も近付く日であろう、最も美しく見える時間帯。しかしそこは暗い地下であった。

 教徒である道員(どういん)でも一部しか入れない、荘厳(そうごん)静謐(せいひつ)だが……どこか重苦しくもある空間。

 

 四人の子は膝をついて祭壇(さいだん)の少し手前で(かしず)き、道士とセイマールは祭壇の直近に立っている。

 

「ベイリル、ジェーン、ヘリオ、リーティア。今宵(こよい)、お前たちは我々の真の意義を知る。

 そして洗礼を終えた(あかつき)として、魔術による契約の儀式をおこない正式に"道"の中へと迎えられる」

 

 粛々(しゅくしゅく)とセイマールは告げ、道士は祭壇へと向かい血を一滴……そして詠唱をおこなった。

 薄暗い地下空間に魔術紋様(もんよう)の光が浮かび上がると、中央に(まつ)られているかのような石棺(せっかん)が開いていく。

 

 道士は中の物を手に取り4人へと見せる――それは"剣"であった。

 

「これは我らが全てを捧ぐ存在。第三代神王ディアマ様が創りし"魔法具"――永劫魔剣――だ」

 

 セイマールはその魔法具から目を離したくない衝動を抑えながらも、子供達へと説明を続ける。

 

 

 ――三代神王ディアマ。歴史上4人存在した神王の中で、最も在位期間が短い王。

 しかして魔族が全盛期であった、最も激動の暗黒時代を(くぐ)り抜けた政戦両略(せいせんりょうりゃく)の王。

 魔力の暴走・異形化や枯渇という事態に遭いながら、分裂と戦争に際してその覇をもって制した最も気高き王。

 

「この魔剣は人族には永劫達し得ぬほどの、最高純度の"魔鋼(まこう)"によって形作られておる。

 その刃は無限に魔力を循環させ、その()は魔力を無尽蔵に増幅させ、その(つば)は膨大な魔力を安定させる。

 増幅・安定・循環。永劫に終わることなき魔力を用いて、ディアマ様は全てを()じ伏せた。

 かつて全力で振るったその一撃によって大陸が斬断(ざんだん)され、今の"極東"が切り離されたのも不変の事実なのだ」

 

 道士は夢を語る少年のような瞳で、"魔法具"の偉大さと素晴らしさを熱弁していた。

 しかし話し終えると、そんな顔も(にじ)んでいくように曇っていく。

 

 そして剣を改めて子供達の前で掲げる――刃と鍔しか付いていない――その不完全な剣を。

 

「しかし見ての通りこれは不十分。増幅器たる"柄"が欠けてしまっているのだ。

 それを完成させるのが、我らが"道"にとって第一義とも言うべき使命である」

 

 道士はセイマールに魔剣を手渡し、子供達へ目線を合わせて一人一人の瞳をじっくりと覗き込んでいく。

 

「ふむ、わずかに揺らぎは見えるが……なるほどセイマールが認める通り、十分に()わっておる。

 確かにこれならば問題なかろう。"洗礼"を(おこな)い、お前たちは我らと真に同志となるのだ」

 

 

 

 

 道士と()に続いて中庭へ出てきたジェーン、ヘリオ、ベイリル、リーティア。

 4人を十字の(えが)かれた道の先に、それぞれ分かれて並び立たせる。

 

 周囲には現在屋敷内にいる"道"の人間達が集い、十字道の中央には一人の少女が寝かされていた。

 

(……道員(どういん)の集まりが悪いな、強制参加ではないとはいえ――)

 

 生徒達においては皆に祝福してもらいたかったが、それも致し方ない。

 実際この私が道士より身贔屓(みびいき)されている、と感じてしまう道員(どういん)がいるという話もある。

 

 つまり子供達がどうこうではなく、単にこの私への当てつけでもって集まらないというだけだ。

 

 私は4人を中央へ行くよう(うなが)し、歩き出す成長した生徒達の姿を見つめながら口を開く。

 

「ジェーン、ヘリオ、ベイリル、リーティア――……()()()()()

 

 私は抑揚をつけることもなく、いつもの調子のままそう告げる。

 

 

 それぞれ足元にある大振りなナイフと、洗礼独特の雰囲気に()まれているのか。

 ジェーンもヘリオもベイリルもリーティアも、動揺を隠せず(あらわ)にする中でジェーンが口を開く。

 

「わ、分けるとは……?」

「4人で()()()()()のだ。均等になるように……丁寧にだ」

 

 薄っすらとだがまだ意識が残っている少女。子供達のちょうど半分くらいの年の頃。

 ()ぎの悪い刃物を用いて切断する共同作業、どの段階で命を()つかは自由。

 

 "(にえ)"の肉体だけでなく、存在そのものを四人で分割する。

 

 その血肉を永劫魔剣へ供物(くもつ)として捧げることで、精神の洗礼と相成(あいな)る。

 次に魔術具を用いて相互意思による魔術契約を(おこな)い、肉体の洗礼が完了する。

 

 精神と肉体の両方を(かい)し"道員(どういん)"として認められる為に、全員が例外なく通る歩み。

 これから共に道を()く為の……はじめの一歩である。

 

 

「いざ状況を目の前にすると……改めて滅ぶべきよな」

「……?」

 

 私は思わず呆気(あっけ)に取られ、疑問符を浮かべるしかなかった。

 

「手前勝手な都合で、自分らの利益だけの為に、何も知らぬ無知なる者を利用する……。

 そんな"()()()()()()()()()()"な教団ってのはさぁ、(みずか)らの不徳をもって消え去るべきだろう」

 

 誰あろう生徒であるベイリルが……状況にそぐわない言葉を発している。

 今まで見たことも無いような雰囲気で、(おく)すこともなく整然と雄弁に――

 

 そしてベイリルの言葉は、なによりもジェーン、ヘリオ、リーティアらに語りかけるようにも見えた。

 

「過言だとは……微塵にも思ってないよ。獅子身中の虫に気付かなかった、あんたらの()けだ」

 

 まるで"洗礼"が間違いであると、我々が消えるべきだと……そう言っているのだ。

 背信行為とも呼べるその物言いに、沸々(ふつふつ)と湧き上がる怒りと共に理性が戻っていく。

 

 優秀な我が生徒であっても、これほどの冒涜(ぼうとく)は許されざることである。

 

 

「どういうつもりだ? ベイリル」

因果応報(いんがおうほう)、お前たちはここで(かわ)いて()け。はァー……――」

 

 明確な敵意の言葉と共にベイリルは大きく溜息を吐いた――瞬間に異変(・・)は始まった。

 

「なっ!?」

 

 突如として周囲にいる道員(どういん)達が次々と倒れていった。

 まるで糸の切れた人形のようにぷっつりと、一瞬で崩れ落ちていく。

 

 

 立っているのはたちまち、自分と道士だけになってしまった。

 その異様な状況を作り出したと(おぼ)しき生徒を、改めて(にら)みつける。

 

「茶番は終わりだ。セイマールさん、今までどうも」

「ベイリル……きさまッ」

 

「正直かなり心苦しい部分はあるけどね……でも俺は"家族"の為に容赦はしない」

 

 私はたった今踏みしめていた場所から、瞬間的に飛び退()いて離れていた。

 

 反応できたのは――()()()()()()()()()したからだったかも知れない。

 ベイリルの見せたその冷え切ったその双眸(そうぼう)に、どうしようもない畏怖(いふ)を感じたのだった。

 

 先ほどまで隣に立っていた道士は、他の道員(どういん)達と同じように地に倒れ伏す。

 距離を取った遠目にも既に事切れているように見えた。

 

 今までそこに確かに存在していた筈の世界が、足元から一斉に崩れ落ちていくような気分。

 

 

「うっぐぅ……ぉおおおおああああァア!!」

 

 我知らず手に持っていた()()()()()()()していた。

 教義の絶対象徴たる魔法具を使うなど、本来では許されざる不敬。

 

 しかし己のありったけの魔力を放出し、喰らわせる。

 永劫魔剣は不完全ながらも、魔法具としての効力を発揮し始める。

 

 増幅器のない中途半端な状態では、通常は起動することはない。

 ただ私は魔術具製作の専門家であり、"魔法具の調整"を心得ていたことに他ならない。

 

 不完全な状態で使ってしまえば、また最初から"調整"に時間を掛けねばならない。

 今こうして使っているだけでも……ジリジリと命が削られていく感覚がある。

 それでも、今、ここで、確実に――ベイリルを殺さねばならないという使命感に満たされる。

 

 尋常(じんじょう)ならざる切れ味と硬度を帯びたその剣を――得体の知れない――かつて生徒だった少年を両断すべく。

 

 

「繋ぎ揺らげ――気空(きくう)鳴轟(めいごう)

 

 少年は既に臨戦態勢(りんせんたいせい)を整えていた。こちらへと差し向けられ、組まれた両手。

 それは風圧衝撃の魔術でも風刃の魔術でもない、私が初めて見るものだった。

 

 教師であった己が知らない……ベイリルが巧妙(こうみょう)に隠していた別の――

 もはや子供でも生徒でもない、一人の敵である男の詠唱の終わりと同時に思考は消失する。

 

 そうして我々の大願が成就する日は――永劫迎えられることはなくなったのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#13 覚悟 I

 

 大トカゲを殺した日、夜中の就寝前――4人だけの時間。

 俺はどこか雰囲気を察しているジェーン、ヘリオ、リーティアに決意を伝える。

 

教団(ここ)を抜けようと思う。決断するなら明日の朝までに――」

 

 言葉を(さえぎ)るように、ジェーンの左人差し指が俺の口元へと当てられる。

 

「いまさら、でしょ?」

「まったくだ。聞くまでもねえだろ」

「ねー」

 

 俺はフッと笑いながら、目をつぶって噛みしめる。

 

「そうだな、愚問だった。信じてはいたが……やはり重要なことだから一応、な」

「それでベイリルには何か計画があるの?」

「一晩あるからウチが地下に穴掘ってもいいよ? 昔ベイリル兄ぃが話してくれたみたいな――」

「まぁ"大脱走"するのは悪くない案だが……」

 

 リーティアならば実際に一晩もあれば、苦もなくやれてしまうだろうことが凄まじい。

 

 

「とりあえずまだ(・・)いい」

「そっかー」

「んじゃどうすりゃいいっつーんだよ? ベイリル」

 

「俺たちはほとんど、この箱庭の世界しか知らない。だからまずは情報を集める必要がある」

「集める? ということは……まさか本館にでも忍び込むとか?」

「あぁジェーン、そのつもりだ。金銭や宝飾品(さきだつもの)も必要だから、色々と見繕(みつくろ)って窃盗(しっけい)してくる」

「危なくない? 結構人が集まってきてるみたいだし」

「俺一人でやるから、何も問題はない」

 

「ああ? オレらじゃ足手まといってかァ? ()け者にする気かよ」

「そこまでは言わんが、単独(ソロ)のがやりやすいからな」

 

 ヘリオの不満丸出しの言葉に、俺は譲るつもりはないという意思で答える。

 

「……チッ、知ってるよ。たしかにオレらは隠れるの得意じゃねェし」

「ウチは不得意じゃないけどー?」

「オマエの地属魔術じゃ屋内は不向きだろが」

「なくてもやれるも~ん」

 

 ヘリオとリーティアのいつもの言い争いがエスカレートする前に、ジェーンが末妹の頭を撫でて場を制す。

 

「まぁまぁ二人とも。ベイリル――」

 

 名前を呼ばれながらスッと目配せされた俺は、ゆっくりとうなずいて説明する。

 狐人族であるリーティアの感覚器官は頼りになるが、彼女の魔力を浪費させるわけにはいかない。

 

「いざとなった時に、地中潜行脱出も考えられるからな。だから温存しといてくれ」

「わかったー」

「聞き分けよろしい。ありがとうな、リーティア」

 

 素直にうなずく末妹の頭を、ジェーンと一緒に俺も撫でてやった。

 

 

「ベイリル一人がやるのはわかったけど……私たちは備えていればいいの?」

「準備だけは万全に。場合によっては……後顧(こうこ)(うれ)いを()つことになる」

「どうゆうこった?」

 

「この教団を潰す(・・)

 

 俺が言い放ったその言葉に、ニヤリと笑みを浮かべたのはヘリオであった。

 リーティアは特に表情が変わらず、ジェーンは不安そうにやや眉をひそめる。

 

「それは……追手が差し向けられないように、ってこと?」

「厄介事の種は処理しておくに限るからな」

 

 逃げた俺達は教団の根拠地たる、この場所を知っている人間となる。

 "道"に入ることを拒否した者が知る情報としては、連中も決して(こころよ)くは思うまい。

 ならばいっそのこと本拠地もろとも崩壊させるという選択肢も十分に存在する。

 

「あー……殺して奪うわけか、ベイリルはほんとえげつねェな」

「いやそこまで露骨(ろこつ)にやるつもりはないがな。恨みを買い過ぎてもそれはそれでマズい」

 

「セイマール先生は? どうするの?」

「もしも立ちはだかることがあるなら、覚悟はしておいてくれ」

 

 真剣な眼差しで三人はうなずく。どんな形であれセイマールは恩師である。

 教団と彼自身の目的があったとしても、結果論で言えば俺達を買って育ててくれた人間だ。

 

 もしセイマールに買われなければ、四人は出会うこともなく……。

 それぞれが何処(いずこ)かで、(むご)たらしく死んでいたかも知れなかったのだから――

 

 

 

 

 夜中から朝方にかけて俺は本屋敷の方へ、潜入(スニーキング)任務(ミッション)(おこな)っていた。

 今は"巡礼"が重なっているおかげで、普段屋敷にいない道員(どういん)達も多く集まっている。

 そういう意味でも時機は好都合であった。

 屋敷内の配置も長い時間を掛けて少しずつ探索を重ねてきて、ある程度は把握している。

 

 外套(ローブ)を羽織ってフードをかぶってしまえば、見られてすぐに顔がわかることはない。

 

(俺が誰なのか確認しようとする(あいだ)に、どうとでもできる――)

 

 とはいえ長引けばそれだけリスクも跳ね上がっていく。

 ゆえに目指すべきはまず一つ、"最も偉い人間の部屋"であった。

 

 路銀(ろぎん)となる金目のモノだけでなく、重要な書類などもある可能性が高い。

 魔力強化を聴力へと集中させ、慎重に索敵しつつ進んでいく。

 

 正確な位置はわからなかったが、豪奢(ごうしゃ)な扉を開ければそこがわかりやすく望んだ場所であった。

 

 

(道士が一人でいれば……ある意味そっちの(ほう)が都合良かった、かね)

 

 部屋に立ち入る前に索敵した通り、部屋には誰もいなかった。

 教団は道士のカリスマ性によって、支えられている部分も決して小さくなかった。

 

 道士から力づくで情報を聞き出して、口封じをするとか――

 道士を拉致・監禁して、いざという時の交渉材料にするとか――

 道士を内部の犯行に見せかけて殺し、分裂・崩壊を誘うとか――

 

 寝室はまた別にあるので、そこに忍び込むこともできなくはないが……無用なリスクは()けておく。

 

(まぁいい、求めすぎはよくない)

 

 俺は素早く焦らずに資料と金品を(あさ)りつつ、周辺地図を見つける。

 この場所は連邦西部の山間(やまあい)の中、かなり孤立した位置にあるようだった。

 

 悠長(ゆうちょう)に眺めているのも危ういので、(ふところ)にしまいすぐに探索を再開する。

 次に目に()まったのは、よくよく知った字で書かれた羊皮紙であった。

 

 

マメ(・・)だな、あの人も――)

 

 それは俺達を育てる為の、履行計画書のようなものだった。

 どういう方針で何を重点的に、段階的な育成を事細かに記したもの。

 

「っこれは……」

 

 思わず口に出しながら、俺は顔を歪ませる。

 そこにはこれから俺達が()すべきとされることも書いてあった――

 

(皇国への間諜(スパイ)か――)

 

 洗礼時にまず"教団に尽くし裏切らない"という契約を結ぶ。

 さらには"情報を明かしたら死ぬ"、という追加契約も(おこな)う。

 

("契約魔術"か……まぁそりゃそうだわな)

 

 だからこそ今まで、かなり自由奔放に育てられてきたというわけだ。

 子供の頃から奴隷のように契約してしまえば、思考が強制されてしまう。

 どのみち洗脳教育をして、さらに遅かれ早かれ契約するがゆえの計算された教育方針。

 

(だが結果的にこちらにとっては都合が良かった)

 

 まず俺が転生者であり、子供の精神性を持っていなかったということ。

 初期化(リセット)刷り込み(インプリンティング)にしても、俺が三人に(おこな)った形になった。

 そして教団の洗脳教育も、洗脳解体と同時に俺が情操教育を(ほどこ)したのだから、連中にとって全て想定外。

 

 

(子供の立場を利用して、皇国を内部から蚕食(さんしょく)していくわけか――)

 

 となれば契約魔術は、おそらく洗礼と同時に(おこな)われる可能性は非常に高かった。

 そうなれば教団の手足として、それぞれ適性に見合った場所へ送られて一生を縛られてしまう。

 

「もはや選択肢は一つっきゃない、な」

 

 つぶやきながら己のすべきことを取捨選択していく。

 一度交わしてしまった契約魔術を解くのは、生半(なまなか)なことではない。

 洗礼それ自体が、絶対に(のが)れるべき事項となってしまった。

 あとは追手が掛からないよう、何かしら工作をしてから逃げたいところ――

 

 役立ちそうな資料を探し続けている内に、"道"の全容を少しずつ掴んでいく。

 そうして目を通していく内に、おぞましいカルト教団の真実の一つに辿り着いた。

 

 

(俺たちは……幸運だったということか)

 

 そこには"魔法具"と、その為の"調整"に使われた者の実験(・・)データが書かれていた。

 それもまたセイマールの字であり、彼は魔術具に関してかなりの熟達者(エキスパート)のようだった。

 

 専門用語が多くわからない部分も多いが、端的(たんてき)に言うと……代替品として人体(・・)を使うということ。

 その過程で多くの苦痛が(ともな)われるようで、数多くの無辜(むこ)の命を奪ってきたということ。

 

 俺達4人もまかり間違えば、その実験体として消費されていた可能性もあったということ。

 あるいは洗礼を拒否した場合……今からでも被検体にさせられるかも知れない。

 

 ――それ以外にも教団が、その教義の中で実行してきた惨憺(さんたん)たる行為の数々。

 

 俺の中にあった常識では、理解できる許容量をとっくに超えている。

 そして裏切った際に、連中がどういう出方をするかも既にわからなくなってしまった。

 

 

 別に善人ぶって正義感を振りかざし、ヒーローを気取りたいわけでない。

 ただ一個人として、(ちから)をもつ人間として、看過(かんか)できる領域をオーバーしていた。

 

 なによりもただ単純に――

 

「俺がこれから()こうとする道には邪魔だ」

 

 予定は変更される。少し甘く見ていた。結局のところ、連中はどこまでいっても狂信者の集団。

 すべからく信者(シンジャ)、殺すべし。根絶(こんぜつ)こそが憂いを断つ、最善の方法であると。

 

殺す(・・)のは、俺自身の殺意によってだ――)

 

 心を氷点下へと持っていく。それどころか絶対零度もかくやというほどに冷やす。

 そうして俺は、まるで自分自身に宣誓するように言葉を口にする。

 

「覚悟完了――微塵(みじん)躊躇(ちゅうちょ)も無く、一片(いっぺん)の後悔も無く、鏖殺(おうさつ)する」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#14 覚悟 II

 

 持ち出した物品は一度全て元の状態に戻してから、俺は注意深く部屋を出た。

 既に朝日が差し込み始めていて、起き出して来る者も出てくる時間――

 

 この屋敷を恒常的に使っている者は、さほど多くない。

 季に一度ある巡礼時には人が増えるが、そうでなければ使われてない部屋は多くある。

 

 一時来客用にも使わない物置部屋を見つけて、中に死角となるスペースを作る。

 準備を終えてから近くの廊下の片隅に立って、俺は静かに詠唱した。

 

歪曲(わいきょく)せよ、投影せよ、世界は偽りに満ちている。空六柱改法――"虚幻空映(きょげんくうえい)"」

 

 空気を歪ませて光を屈折(くっせつ)させる。俺の姿は消え失せて、周囲の景色と同化した。

 あくまで静止している状態でしかまだ有効ではないが、今はそれでも十分な効果である。

 

 

 後はただただ人が通り掛かるまで待ち続けた。

 

「はァー……」

 

 俺は一人の道員(どういん)が歩いてきた気配を感じると、肺の中の空気を吐き出していく。

 それが"魔術"のトリガー行為。肺を空っぽにして、呼吸を止めている間だけ発動する。

 

 すると道員(どういん)は、その領域(エリア)に差し掛かった瞬間に崩れ落ちるように倒れた――

 瞬間に俺は音が立たぬよう、その肉体を(かか)え止める。

 

 この魔術は目に見えず、音もなく、匂いもなければ、素肌でも感じられない。

 

 それは空気中の約21%を占める、地上で二番目にありふれた気体。

 生命活動の(みなもと)にして……この世で最も強力な毒ガス、と言えるかも知れない。

 目視して特定範囲を狙い、肺から絞り出せば――たちまちそこは"死域"と化す。

 

(――答えは酸素(・・)。わかった時には、もう(おそ)……異世界ではわからんか)

 

 "酸素濃度低下"。空気中の酸素の割合を、一定値以下に分解・消散する空属魔術。

 真空を作り出してかつ状態を維持するよりも、遥かに容易(たやす)く露見しにくい。

 

 それは元世界の過去……派遣先の酸欠講習で学んだこと。

 

 一般的に、人は食べなくても3週間は耐えられる。水を飲まなくても3日は生きていられる。

 だが呼吸できなければ3分ほどで意識を失い、そのまま死に至るケースもありえる。

 

 そして酸素濃度が一定より下回れば、たった(ひと)呼吸で意識は途絶する。

 さらには連鎖的な内臓と脳の機能停止によって絶命に至らしめる。

 

 原因に気付かずに助けに行けば仲良くお陀仏(だぶつ)になる、危険な労働災害の一つである。

 

 

 俺は()()()()()をすぐに倉庫へと運び込む。

 物陰に隠れるように死体を置いて布を掛けてから、初めて人間を殺した実感を確認する。

 

(ここから始める。まずは最初の踏み台、ご苦労さん――と)

 

 野生動物には何度か使ったものの、人間に対して使ったのは初めてだった。

 ひとまずはしっかりと通じたようで――安堵(あんど)するような心地が強かった。

 あとはこれを機に、魔術を練り上げていく実験台(・・・)とさせてもらう。

 

(魔力配分も注意しないとな……)

 

 巡礼でやって来た道員(どういん)達は、自由裁量で動いているゆえにいなくなってもバレにくい。

 仮に死体が見つかっても、死因も謎であるし俺がやったという証拠もない。

 それで洗礼が先延ばしになったり、内部分裂でもすれば――それはそれで儲けものである。

 

 あくまで計画的にステルス迷彩と空気暗殺と死体運搬とを繰り返し、淡々と隠し積み上げていった。

 

 

 

 

(ぼちぼち切り上げ時、だな――)

 

 太陽が上空を迎えてより、俺は魔力の回復まで計算に入れて頃合いと判断する。

 

 2階部にあたる物置部屋の窓から地上を観察すると、とりあえず人影は見当たらない。

 物置部屋の扉の建て付けを破壊して簡単には開けられないようにし、窓から外へと踊り出た。

 パルクールの要領で屋根の上まで登り、煙突の頂点でしゃがんでもう一度広い感覚で周囲を探る。

 

 地上で喋っている二人の道員(どういん)の位置を把握し、近くに他の誰もいないことも確認する。

 

 

「ふゥー……」

 

 息吹と共に"風皮膜"を纏うと、二人に狙いを澄まして飛び降りる(ダイブ)

 道員(どういん)と着地衝突する瞬間に、指をパチンと鳴らし心臓に風刃を叩き込み空中暗殺(エアアサシン)を決めた。

 

 "素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)(ねじり)(つばめ)"、風を凝縮し螺旋回転による貫通力に振った形態。

 三寸切り込めば人は死ぬ。必要充分な威力だけで、心臓までを穿(うが)ち絶命せしめる。

 

 そのまま二つの死体の胸部を服ごと掴んで、余計な出血をさせないまま厩舎(きゅうしゃ)まで疾走する。

 積まれた藁山(わらやま)の中に死体をぶち込んで隠し、"風被膜"を解いて装いを整えた。

 

(っと、マズ――)

 

 俺は気配を感じて、咄嗟(とっさ)に物陰に隠れる。 

 すると一人の男が、音のしたこちらの(ほう)へキョロキョロと見回しながら近づいて来ていた。

 

鳴響(めいきょう)(ことごと)く、(さえぎ)(しず)めん。空六柱振法――"(なぎ)気海(きかい)"」 

 

 俺は魔術を使って特定範囲の音の伝達を遮断(しゃだん)した。

 三人と内密な話をする時に使っていたが、暗殺にも非常に有効な空属魔術。

 これでいくら叫ばれようとも、問題はなくなった。

 

「……誰かいるのか?」

 

 俺が使う魔術は、基本的に異世界言語ではなく()()()()()()口語(こうご)詠唱である。

 その為一聞(いちぶん)したところで、異世界人には魔術を使われたことはバレにくい。

 

 

「あぁどうもすいません、少し落とし物をしてしまって……」

「そうか、何を失くしたんだ? 一緒に探そう」

 

「いえいえお手を(わずら)わせるほどの物では……。ところで"アーセン"殿(どの)がどこにいるか知りませんか?」

「アーセン? 聞いたことないな。道員(どういん)は結構いるから、いちいち名前を覚えてなくてな」

 

「そうですか……残念だ」

 

 アーセン。一番最初にセイマールについてきていた、自分達の先輩にあたる男。

 結構な実力者だろうから、調べて始末しておきたったが仕方ない。

 

 指をパチンッと鳴らして素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)を叩き付け、俺は用済みとなった道員(どういん)を殺す。

 飛び散った血液の染み込んだ藁もろとも、藁山に突っ込んで隠蔽して外へ出る。

 

 

 何事もなかったように歩き出しながら、俺はフードを()ぎつつ自分の(ちから)を再認識する。

 

半端(っぱ)ねぇな」

 

 ――俗に言う、"現代知識チート"バンザイ。

 それは魔術や技術を習得する上で、大きく寄与(きよ)してくれた。

 

 魔術は一定の化学反応プロセスを無視して、直接的に影響を与えることができる。

 

 分子や原子という存在を知っているがゆえに、異世界の常識よりも広く深い発想で魔術を使える。

 普通に使うよりも消費対効果(コストパフォーマンス)に優れた物理現象として放出することができる。

 もっともリーティアなどを見ていると、元々持っている知識や観念が邪魔をしている部分もあるのだが……。

 

 なんにせよ地球史のにおける発想が、積み上げられた集合知が――俺と異世界との差異(さい)になる。

 根本的な思考方法が違う。模倣(パクリ)可能な絶対数が違うのは大きすぎる強みであった。

 ――そしてそれは……なにも勉学で得た知識だけに(とど)まらない。

 

(娯楽として楽しんだいたモノが、俺の血肉になっていく――) 

 

 元世界の様々な媒体で得た知識やら魔法やら能力が、異世界で有利要素(アドバンテージ)として活きる。

 "術技"を使う時に必要な想像(イメージ)力を、外付けで多種多様(バラエティ)に富んだ補強をしてくれる。

 

「それに()()()()()()()()()()からな」

 

 転生前のロクな運動もしてなかった中年の肉体とは違う。

 自分が望むように体が動いてくれることが、ただただ単純に楽しい。

 

 血は半分ながら魔力の循環に優れたエルフ種、さらに成長期にしっかりと鍛え上げた肉体。

 前世において動画で見たような、体操選手や陸上選手の動きや記録をも易々(やすやす)と超える性能(スペック)

 

 明晰夢で散々鳴らした超人的な動きを、魔術も併用することで体現(たいげん)できる。

 感覚器官も強化され、脳の処理能力も違うのか……意識し集中させた五感で、モノをよく把握できる。

 

 訓練(トレーニング)の成果を鍛えれば鍛えた分だけ、はっきりと実感できるほどに伸びていく愉悦(ゆえつ)

 元の世界では苦痛を伴う努力だったことも、この異世界では努力の(うち)に入らない。

 

 歴史上の英雄クラスともなれば、単独で巨大な竜すらも打ち倒すらしいスケール。

 それが異世界の基本水準。元世界の不自由を知るからこそ、圧倒的な爽快感を得られるのだ。

 

 異世界は喜楽(エンジョイ)興奮(エキサイティング)

 

 

「結局のところ俺も……ご多分に漏れることなく男の子(・・・)、だと――」

 

 別館へと帆を進めながら、自嘲(じちょう)気味にひとりごちる。

 "強さ"という一点に、憧れをどうしたって捨て切れないのだ。

 (ちから)を比べ、(ちから)を示すという、原始にして本能に根ざした行為。

 

 転生して過ごしていく内に、我ながら随分と精神性も変わってきたように思う。

 異世界と、魔術と、ハーフエルフと――"闘争"とは最高の娯楽の一つ。

 

 前世では大晦日に格闘技の試合を見ながら「痛い思いまでしてなぁ……」なんて考えていたのに。

 異世界で本格的に鍛え始めてからは、戦闘狂(バトルマニア)の気持ちの一端(いったん)が共感できてしまう。

 

 漫画で見たあの能力を。アニメで見たあの技を。映画で感動したあの動きを――

 自身の肉体で模倣すること。魔術として再現できた時の充実感たるや……。

 

 夢想を現実にするという名状(めいじょう)し難い悦楽には、抗いたくないのが本音であった。

 

 

(強くなれば可能性が広がる、だが選択肢が増えれば……)

 

 ――その分だけ、間違える可能性も増えてしまうことを忘れてはいけない。

 

 いつだって今の選択こそが、最善だと信じて行動している。

 間違いだった、失敗だったと、結果論で語っても詮無(せんな)いことだ。

 

 それに少なくとも、選べなかったことによる後悔だけはしたくない、とも思っている。

 

 だから必要なのは失敗をも、最低限現状回復(リカバリー)できるだけの選択肢を用意すること。

 一つ一つの選択がどれも成功へ繋がるように、確率を上げられるよう常に備えておくこと。 

 

「まずはこのふざけた教団をぶち壊す。家族と明日の為に――」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#15 明日 I

 

 ――宗教とは一つの"お芝居"のようなものかも知れない。

 

 学校や軍隊、企業にしてもそうであり、また心理学における監獄実験などに類する群集心理。

 逆らうことができない。今一歩を踏み出すことができない。

 人は置かれた状況に対して、破綻(はたん)させてしまうことを無意識に忌避(きひ)する。

 そうして人類社会というものが成り立っていても、小さく見れば(ひずみ)が存在するもの。

 

 時にそれが不本意なことだったとしても、人はその舞台を壊さないように立ち回る。

 どれほど不条理なことだったとしても、自分の"役割"というものを演じようとしてしまう。

 

 宗教とはまさにその典型例なのだろう。

 舞台と、脚本と、設備と、演者と――特殊な環境下に身を置いて行動する。

 

 人は支配側と被支配側に分けられ、それぞれ教主と信者という役割を演じて一つの目的へ向かう。

 

 吊り橋効果やストックホルム症候群が(ごと)く、極限状態において共感し情が湧いてしまうように。

 時に大勢の人物が一丸(いちがん)となって、一つのことを成し遂げる。

 ライブイベントの一体昂揚(グルーヴ)感よろしく、ある種……依存(いそん)性のある麻薬かのように。

 

 

 "人生とは演劇のようなもの"――みたいな格言はいくつも存在する。

 

 人は私生活と一般社会ではそれぞれ別々の顔を持つ。

 家族への顔、友人への顔、愛する異性への顔、上司や部下への顔、見知らぬ他人への顔。

 時と(T)場所と(P)場合(O)(わきま)えて、誰もが仮面を使い分けていく。

 

 自らを良く見せようとした顔は時として日常となり、いつしか本物へと昇華することもある。

 

(俺も板についてきたもんだ……)

 

 人が一人変わるには、充分な時を過ごしたと言える。

 

 まして全く環境の違う状況下に置かれれば、人は嫌でも慣れるものだ。

 演じることに、装うことに、騙すことに……つくづく手馴れてしまったものだと我ながら――

 

 

(それでいい、それでこそ新しい人生だ)

 

 片割れ星が煌めく夜半――屋敷の中庭で、異常な状況に置かれていてなお……俺は冷静だった。

 目の前にはセイマールと道士がいて、周囲には道員(どういん)達が集まり囲んでいる。

 

 "洗礼"の真っ最中、敷地内の教徒が一斉に立ち並び……()()()()にできる好機。

 

 俺は足元で意識のない(にえ)の少女を一瞥(いちべつ)してから、視線を戻して嘆息(たんそく)を吐く。

 

「いざ状況を目の前にすると……改めて滅ぶべきよな」

 

 はっきりと口にしてやる。それを聞いたセイマールの顔は初めて見るものだった。

 彼にとって俺達は優秀な生徒であり、従順な生徒だった。だから頭が追いついていないのだろう。

 

「手前勝手な都合で、自分らの利益だけの為に、何も知らぬ無知なる者を利用する……。

 そんな"()()()()()()()()()()"な教団ってのはさぁ、(みずか)らの不徳をもって消え去るべきだろう」

 

 状況は整っている。あとは話をしながら、ゆっくりと魔術のイメージを固めていく。

 

「過言だとは……微塵にも思ってないよ。獅子身中の虫に気付かなかった、あんたらの()けだ」

 

 教団を注意を引くように罵倒(ばとう)しながら、俺は空間を把握し領域を定める。

 

 地下で"永劫魔剣"なる魔法具を見せられ、"道"の真なる教義を()かれた時……。

 狭い地下において姉兄妹(かぞく)への二次被災を(かんが)みると使用することはできなかった。

 ただ今の状況が結果的に、殲滅できる状況になったから良しとする。

 

 

「どういうつもりだ? ベイリル」

 

因果応報(いんがおうほう)、お前たちはここで(かわ)いて()け。はァー……――」

 

 俺は溜息と共に肺から息を絞り出し、"酸素濃度低下"の魔術を発動させる。

 ほんの数瞬の内に、周囲の人間はパタパタと倒れて死んでいく。

 本当に死んだのかと疑ってしまうほど……呆気(あっけ)なく肉体が地面に()ちていった。

 

 囲んでいる人数を考えると思いのほか範囲は広かったが、これだけ広ければ多少雑把(ざっぱ)でも問題ない。

 "殺す"と心の中で思ったなら、()()()()()()()()()()()()()()()()なのである。

 

 

「茶番は終わりだ」

 

 大きく息を吸い込んだ後の言葉は、ひどく邪悪な声音で告げてしまっていた。

 そう、連中に対して俺は茶番を演じていただけに過ぎない。

 後に工作員となるべく育てられた、従順で優秀な生徒という与えられた役割。

 演者として舞台に立ち、披露し、連中にとって見たいものを……ただ見せていただけ。

 

 俺は決意の日から、一貫して行動しているつもりだ。

 ジェーンとヘリオとリーティアが、その毒牙にかけられぬよう立ち回ること。

 

 のうのうと衣食住と教育を享受(きょうじゅ)しつつ機会を窺っていた。そんな……茶番劇が今夜終わるだけ。

 

「セイマールさん、今までどうも」

「ベイリル……きさまッ」

 

 信仰さえなければ、彼は至極真っ当な人間であったことに疑いはなかった。

 しかしてその狂信こそが、今の彼を構築しているものであることも確かである。

 

(少なくとも――)

 

 "先生"としての、彼の在り方は学ぶべきことが多かったのは事実。

 

「正直かなり心苦しい部分はあるけどね……」

 

 ゆえにこそ彼に対しても情がないと言えば嘘になる。

 まがりなりにも教師と生徒という形で、生活の多くを共有してきたのだから。

 

「でも俺は"家族"の為に容赦はしない」

 

 セイマールの実力は、全てではないまでも把握している。

 道士は未知数なれど、数十人以上の囲んでいる道員(どういん)(ほう)を優先して殺した。

 

 無論その(あいだ)も、セイマールと道士には即応(そくおう)できるように気を張っていた。

 

 さらには道員(どういん)を相手に最終調整までした、奇襲暗殺の"酸素濃度低下"の空属魔術。

 二度や三度見せたところで、異世界人にバレることもまずありえない。

 

 

「うっぐぅ……ぉおおおおああああァア!!」

 

 しかしそれでもセイマールは叫び声と同時に、何故か反応して飛び退()いていた。

 吐息と共に"酸素濃度操作"は発動させていたが……一瞬遅かった。

 

 道士は無様に地に倒れたが、飛び退いたセイマールは間一髪(のが)れている。

 それ自体は大した問題ではない。しかし()()()()()()()させていたことは想定外だった。

 

 魔法具そのものが教団にとっての、存在意義そのものと断言していい様子だった。

 この土地に存在するだけで屋敷が聖地となって巡礼され、その調整の為に人体実験を繰り返していた。

 

 構成部品(パーツ)が欠けているとはいえ、魔法具を単一個人の身で使用するリスク。

 そもそも起動させること自体が、魔術具とは比較にならないほど困難だと聞く。

 

 

 ――本領(ほんりょう)なら大陸を切断したとされる? しかし増幅器のない不完全体。

 ――セイマールの魔力だとその威力の程度は? 想像がつかない。

 ――酸素濃度で殺せるか? 発動までの時間と、既に一度回避された事実。大気も不安定。

 ――仮に殺せたとして? 使用者を失った魔剣がもしも暴走したらどうなる。

 

 刹那の(あいだ)にぐるぐると頭が回るが、逡巡(しゅんじゅん)している暇はない。

 セイマールは窮鼠(きゅうそ)猫を噛む決死の形相(ぎょうそう)、なりふり構っていられない状態。

 

 

 されども体は勝手に動き出していた。それは過去にも覚えのあるものだった。

 まるで()()()()()()()()()()()()()心地。

 

 死線を前にした時の最適な動きの実現。

 転生し、覚醒して、強さを求めた決意の日より。

 地道に鍛え研ぎ澄まし、積み上げきたハーフエルフの五体。

 

 刷り込まれるほどに識域下で対応し、肉体は流れるように動き出していた。

 

 左右それぞれ親指・人差し指・中指を伸ばし、指先同士を合わせながら空間を覗き込む。

 セイマールが立つその場所を、そこだけを狙うように集中する。

 

「繋ぎ揺らげ――」

 

 三本の結合手がいくつも互いに――蜂の巣(ハニカム)構造に繋がり合う。

 ――さながら巨大なネットワークを形作るように、互いを掴んで離さないイメージ。

 

 空気中の8割弱を占める、地上で最も手軽でありふれた"窒素(ちっそ)"――ニトロゲン。

 本来であれば超高温・超高圧を必要とするのだが、魔術ならばプロセスを無視できる。

 

 それは分子運動による爆発の圧倒的なエネルギー。

 その威力たるや、核兵器を除けば現代地球でも最強クラスと読んだことがある。

 

 俺には"ニトロ化合物"を合成するような知識はない。

 無煙火薬とかダイナマイトを作れるほど頭は良くない。

 だが単純な繋がりだけならイメージできる。

 

 むしろそんな曖昧さが、イメージによって放出する魔術の万能さを際立(きわだ)たせる。

 魔力による介入・変質・融合を助長(じょちょう)している部分すらあるように思えた。

 そして実際に俺の知識を半端に得たジェーンやヘリオやリーティアが体現していたことだった。

 

「――気空(きくう)鳴轟(めいごう)

 

 "重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"。それは現状の自身が使える中で切り札とも言える空属魔術。

 起動された魔法具"永劫魔剣"と、勝手知られたるセイマールを相手にして……。

 

 これが最善手であると――思考が後から追いついていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#16 明日 II

 

 闇夜そのものを震わすかのような爆音と、一陣の衝撃波。

 俺はそれを纏っていた風皮膜で受け流しながら、周囲に舞う砂塵を風圧で吹き飛ばす。

 

 爆心地にいたセイマールは――それでもまだ立っていて、意識を朦朧(もうろう)としつつも失ってはいない。

 そして彼は……刀身から()()()()()()()()魔法具を、その右手から落としている。

 

 眼鏡が吹き飛んだ顔面は、目・鼻・耳・口のどこからも流血し赤々と染まっていた。

 皮膚の表面は爆ぜ、両腕はだらんと垂れ下がり、今にも膝が折れそうだった。

 

(さすがに練度不足だったか……)

 

 セイマールが原型を留めていたことに、俺は驚嘆を禁じえなかった。

 大気が安定してない状況での使用だったのが、かなり影響していただろうが……。

 "永劫魔剣"の放出によって、爆破の衝撃が緩和されてしまったのかも知れない。

 

 

 いずれにしても反撃はありえないと判断したところで、俺はジェーンとヘリオとリーティアへ振り返る。

 めくれ上がった"岩盤"が倒れていて、その上にリーティアが飛び乗って四ツ足でしゃがんでいた。

 ジェーンは"贄の少女"を守るようにうずくまり、さらに二人の前にヘリオが立っている。

 

(衝撃波だけでも相当だからな、とりあえず無事で良かった)

 

 

「あっ……がっはっ……ぐご」

 

 声にならない声を血液と共に吐き出すのが半長耳に聞こえ、俺はもう一度セイマールを見据える。

 彼は虚空を掴むように……恨めしそうに右手を伸ばしていた。

 

 俺は纏う風皮膜の流れを加速させて、一足飛(いっそくと)びにセイマールの眼前へと立った。

 既に耳には聞こえてないだろう元教師に向かい、憐憫(れんびん)と共に語りかけるように告げる。

 

「これは手向(たむ)けとでも」

 

 伸ばされたセイマールの右手を、俺は左手で掴むと手首を(ひね)って半回転させる。

 残った右手で右肩を()り、捻った腕の肘を(くじ)きながら下方へと引き込む。

 風皮膜による風速回転の巻き込みは、さながら()()()()()()かのように神速で背負い上げた。

 セイマールが万全だったとしても反応できないほどの、打ち上げるような勢いで投げ飛ばす。

 

 そして頭上から大地に叩きつける刹那に、地面と挟み込むように蹴りを一撃――

 

 "竜巻一本背負い・(いかずち)"。極・投・打を複合した、接近距離(クロスレンジ)の殺し技。

 

 

「っはぁ……」

 

 セイマールが死んで――教団の殲滅が完了したところで一息をつく。

 魔術によって見知らぬ他人である道員(どういん)の命を奪ったのとはワケが違う。

 少なからず情が湧いた恩師を、自ら直接その手を下した殺人の実感。

 

 わざわざ直接殺したのは、単なる感傷的(センチメンタル)な……自己満足だったのかも知れない。

 しかし俺なりのセイマールに対する敬意であり、同時に誠意でもあった。

 

 異世界では珍しくなかったとしても、現代日本出身の人間としては……()けては通れないこの心地。

 周囲には数十人にものぼる死体群。屋敷の物置部屋と厩舎の藁山にも積まれている。

 

 全て漏れなく、俺自身が実行した結果である。

 

「それでも大義名分があれば耐えられるもの、か」

 

 これもまた変化なのかも知れない。

 異世界で新たに生まれ、異世界人として世界に適応してきたゆえの"慣れ"。

 

 我が子であり我が姉兄妹である3人の為ならば、いくらでもこの身を血で汚すことを(いと)わない。

 カルト狂信者を潰すという大義、家族を守るという名分あらば……。

 

 わずかな心のしこりも、朝露のように消えてゆくのだった。

 

 

 ふと……芋虫が這いずるような音が聞こえ、地でのたまうように蠢く(うごめ)道士に気付く。

 

(空気比率の調整が不十分だったか……)

 

 俺は頭の片隅で冷淡にそんなことを考えていた。

 ただ"折れた魔剣"の元へと体を引きずるものの、全く届きそうもない道士を見つめる。

 地に伏していたとはいえ、爆風でそこまで吹き飛ばされなかったのも含めてなかなかしぶとい。

 

 息も()()えに、それでも意識を(かろ)うじて保ちながら――

 教団の頂点(トップ)であった道士も、こうなれば(みじ)めなものだと……。

 

 同様に自分自身を(いまし)める。人の振り見て、我が振り直せ。

 自分とて一歩間違えれば、明日を迎えられない未来に陥るかも知れないのだ。

 

 

 俺はゆったりとした歩調で近付こうとすると、先に道士の周囲に立つ者達がいた。

 

(――ジェーン……ヘリオ……リーティア……)

 

 星明かりはあれど薄暗さもある中、3人の表情をまともに見ることができなかった。

 事前に了解を得ていたが、それでも先走り過ぎた部分は正直(いな)めない。

 俺ですらセイマールを殺したことに、感傷的になってしまっていた。

 彼を殺した俺に対して、3人は一体どういう眼を向けているのだろうかと。

 

「ありがとう、ベイリル。みんな大丈夫だから――」

 

 何の遠慮も躊躇(ためら)いもなく近づいてきた姉に、ふわっと……正面から抱き寄せられる。

 実際は親と子の開きがあるのに、弟をあやすような慈愛に満ちた安心させるような声音。

 温かな感触と家族の匂いに、(おり)のように溜まっていた(おそ)れも霧散していく。

 

「いぇーベイリル兄ぃ、いぇ~い」

 

 リーティアはただ俺に向かってウィンクと、白い歯を見せた笑顔で親指を立てた。 

 彼女らしい――いつもと変わらぬ、日常のような反応に癒される。

 

「ったく……ベイリルてめェ一人でやりすぎだろ、ちったぁオレらによこせよ」

 

 惨状(さんじょう)には似つかわしくない軽口をヘリオが叩く。ああそうだ……杞憂(きゆう)だった。

 わかっていたのに、改めて救われる――大きな大きな肩の荷が一つ降りた。

 

「ヘリオびびってたくせに~」

「ああ!? てめっリーティア!」

「あーもうこんな時にやめなさい二人とも」

 

 バタバタと……(はた)から見れば異常に見えるかも知れない。

 

 それでも現況をそのまま深刻に受け止めるにはまだまだ子供だ。

 これくらいの調子で――少なくとも今は――いいのだろう。

 

 

 俺はしゃがんで道士の状態を観察する。

 セイマールに反応された驚きで、酸素濃度が不十分だったのだろう。

 

 とはいえ死には至らずとも、重篤(じゅうとく)な後遺症は(まぬが)れ得まい。

 このまま無理に生かしておいても、面倒なことになるのは目に見えている。

 

「んで……コレ(・・)殺すのか?」

「あぁ、助かる見込みもないし仕方ないだろう」

 

 そう言った瞬間――三者三様に魔術を使おうとするのを、俺はあわてて止める。

 

「っおいやめろ、なんか今まさにこれが"洗礼"の儀式みたいになるだろ」

 

 しばし沈黙が支配したが、ヘリオは詠唱を再開し道士を燃やしてしまった。

 続けざまにジェーンが氷の槍を突き通し、リーティアが地面を操作し体ごと埋めて終わった。

 

「別にいいんじゃね? これがオレらにとっての洗礼式ってやつでよ」

「ベイリル……あなたが背負ったものを、ほんの少しでも肩代わりできればそれでいい」

「そーそーみんな一緒で~、それでいいじゃん?」

 

 俺は安堵(あんど)の入り混じった溜息を吐いた。

 そして三人のふてぶてしい態度に、薄っすらと口角が上がってしまう。

 

 いつまでもあれこれ気を回す必要もない。己で考え自身で選択できる。

 子離れできずに過保護に行動するのはもう――やめ(どき)なのやも知れない。

 

 

「つーかよォ、あのとんでもない爆発なんだよ!? アレ(・・)あんなに威力あるなんて聞いてねーぞ!!」

「すっごかったよねぇ! 耳がまだジンジンしてるよー」

「構えた時点で察したけど……それでも突然すぎて危なかったよ、ベイリルもう――」

「くっははは、すまんすまん。俺も咄嗟(とっさ)のことで、なかなか焦ったもんでな」

 

 実際問題として永劫魔剣の出力に対抗するなら、"重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"しかなかったものの――

 落ち着いてから思い返すと、練度不足で危険な魔術だったのだが……()()()()あの時は成功する確信があった。

 

「ちなみに屋敷にぶちかまして、まとめて消し飛ばす展開もありえた」

「えぇ……」

「ぷっはっハハッ! そっちのが派手でオレ好みだわ」

「じゃっ今からやるー?」

 

 冗談じみたやり取りのまま、俺は"贄の少女"へと目を向ける。

 

「いやその子(・・・)みたいな境遇の子らがまだいるかも知れないから、それはナシ」

「えっ? なら早く助けてあげないと!!」

「そのつもりだ。ただ……まだ残る道員(どういん)がいるかも知れないから十分注意して探索をしていく。

 とりあえずジェーンとリーティアは、俺たちの部屋に少女を運んで防備を整えておいてくれ」

 

「はっ! じゃあオレとベイリルで討って出るんだな」

「えーーーお留守番(るすばぁん)?」

「ねぇベイリル、四人で行動したほうが良いと思うんだけど――」

 

「少女を放っておくわけにもいかんし、屋敷の外から道員(どういん)が新たにやって来る可能性がある。

 だから防衛・迎撃態勢は整えておかなきゃならん。それに索敵を終えた後も他にやることは山積みだ」

 

 冷静な俺とジェーンが、テンション任せのヘリオとリーティアの手綱を握る。

 索敵と戦闘でそれぞれ分担した二人一組にもなるし、とりあえずの心配はない。

 

「あと家探しして、必要な物資の選別と運搬、死体も処理する必要がある」

「ん……たしかに。でもくれぐれも気をつけてね二人とも」

「まったく心配性なんだ、ジェーンはよ。オマエらこそ気をつけろよ」

「んじゃ暇を見て、ここらへんの死体はウチが魔術で埋めとくねー」

 

「頼んだぞ、何かあったら助けを呼んで合流を優先な」

 

 

 ヘリオと共に本館屋敷へ走り出しながら、俺は新たな予感に期待を(ふく)らませる。

 

(とりあえずまだ魔力は保つが……無茶はしないように――)

 

 "明日"はもう目の前にある。だけど油断はならず、確実に事を()さしめる。

 

 今後の展望も含めて、やることだけでなく考えることも山ほどあったが……。

 まずは4人で明日を無事迎える為に、一歩一歩確実に踏みしめていこう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#17 新生

 

(この世界では主たる宗教が三つ存在する……)

 

 一つ、初代神王ケイルヴ自らが創始し、時に神族そのものも信仰の対象とする"神王教"。

 

 神王教は、歴代神王ごとに4つの宗派に枝分かれしている。

 特に"皇国"は政教一致(せいきょういっち)体制で、初代神王を最上(さいじょう)に置いていた。

 原初の宗教であり他宗教への弾圧も強く排他的な傾向がある。

 "魔法具"の存在もあって、宗派を統合して考えれば神王教は世界最大の勢力となる。

 

 二つ、初代魔王より端を発する、力と魔力そのものを信仰の対象とする"魔王崇拝"。

 

 潜在的に多くの魔族が信仰していて、人族にも多い宗教。

 当代魔王ないし空位であれば、時に複数の魔王候補が体現者として信仰対象となる場合もある。

 魔王崇拝はすなわち、魔術と強さそのものへの憧憬(しょうけい)(あらわ)れでもある。

 真理を求めるような魔術士・魔導師らにとっては、時に大きな意味を持つこともある。

 

 三つ、叡智(えいち)ある獣の王、遥か昔に神族に敗れ姿を消した大いなるドラゴンを(たてまつる)る"竜教団"。

 

 原初の(いくさ)において敵対していた所為(せい)か、神王教にとっては最も()むべき宗教となる。

 竜種は超神秘的な存在として……(ちから)の具現そのものとして信仰される。

 竜族は大きく数を(げん)じているが、非常に気位(きぐらい)が高いらしい。

 実際的に交流を持つのは非常に困難なことではあるものの、生き残りは未だ強い力を持っている。

 

(そして種々雑多なパンテオン信仰群――)

 

 炎や水そのものを信仰したり、あるいは山や海などの自然。

 時に豊穣(ほうじょう)や戦そのものを崇拝する、土着(どちゃく)信仰などの(たぐい)や邪教などもある。

 

 元々魔法を源に神族を祖とした世界ゆえか、過去に実在した存在がそのまま(あが)められるようだった。

 神話や伝承はつまるところ、()()()()()()となる。

 

 

 俺は幼少期に幼馴染と学んだ歴史書と、母に語り聞かされた神話を思い出しながら魔法具に手を伸ばした。

 折れた魔法具"永劫魔剣"に刻まれた、血管のようにも見える幾何学(きかがく)紋様をなぞっていく。

 今回の一件――実体験から数多くの教訓として得たことを再認識する。

 

 宗教というものはこちらでも存在する、決して回避できない難題だ。

 "文明回華"という野望を考えれば、今後考えていかなければならない必須要項(ようこう)である。

 

「ただまぁ……今さらだが、別に俺たち四人で幸せに暮らすのも悪くないんだよな」

 

 そう小さく口に出してみて、別に最初の決意に固執(こしつ)する必要性がないことも自覚する。

 フラウや母も捜したいし、俺の寿命を考えればジェーンとヘリオとリーティアと日常を生きるのも良い。

 順当に生きられるなら、仮に100年費やしたところでまだ400年近くがまだ残っていることになる。

 

 大いなる野望に長命を捧げるのも良いが、人間50年――違う人生を太く短く10回くらい楽しむのもアリではないだろうか。

 

 

「今なんて言ったー? ベイリル兄ぃ」

「あぁ……リーティアは本当によくできた子だって言った」

「ほんとー? ありがと」

 

 一夜明けて末妹と一緒にいるのは、"永劫魔剣"が保管されていた場所とは別の地下施設であった。

 そこには様々な書物や紙束に加えて、多様な魔術具と製作する為の素材や道具が雑多に並んでいる。

 紙束の多くにはセイマールの文字が殴り書きされていて、素人目にも相当打ち込んでいたことがわかった。

 

「貴重な遺産だ……まるっと頂きたいところだが――」

「ちょっと数多すぎるねぇ、なんだったら一度地下ごと埋めて隠しちゃう?」

 

 教団の本気度がうかがえる、信者達の心血を注いだであろう設備と成果。

 

「なるほど、それはなかなか妙案だ」

 

 屋敷内にある貴重な物は一旦全部地下にしまい込んで、屋敷ごと潰すのが良い。

 輸送の準備を万端整えてから、改めて回収しに来たほうが建設的というものである。

 

「でしょー」

 

 会話をしながらもリーティアはせせこましく動き回り、興味深そうにあれこれ(あさ)っていく。

 ときおり用途不明の魔術具を発動させようとしたりと、危なっかしい面もあるものの……。

 それにしたって本人としては、ちゃんと理解してやっているような(ふし)が見受けられた。

 

 蔵書や紙束をササッと流し読みしながら仕分けしていく末妹の様子を眺めつつ俺は聞いてみる。

 

「内容わかるのか? リーティア」

「なんとなーくだけどねぇ。セイマールせんせに、ちょいちょい聞いてたから」

 

 教育と魔術具製作の二足のわらじを()いていたセイマール。

 彼はたしかに卓抜した人間であったが、それゆえに俺達の真意を最後まで見抜けなかった。

 もしも魔術具の開発や魔法具の研究に時間を取られることがなかったら……。

 教育一本に時間を使っていたなら、俺達の不自然さにも気付けていた可能性は高い。

 

(しかしまぁ……ちゃんと学んだわけでもないのに、()()()()()でわかるリーティアも大概だな)

 

 教団とセイマールの残したものは特筆すべき点だが、それ以上にリーティアは傑物だろう。

 妹バカな考えだったが、俺はそう信じている。

 

「そろそろ戻ろうかリーティア、昼飯を食ってから皆で話し合おう」

「んっウチが当番じゃないよね?」

「今朝はジェーンだったから、昼はヘリオだ」

「わかったーもうちょいしたら行くから、先戻ってていいよ」

「遅れないようにな……ヘリオが文句言うから」

「知ってる知ってる」

 

 俺は永劫魔剣の()()()()を専用と思われる箱にしまって、先んじて戻ることにした。

 

 

 

 

「あっベイリル。リーティアはどうしたの?」

「もう少し漁ってから来るってさ」

 

 地下から1階へ戻ったところでジェーンをかち合い、俺達は一緒になって歩き出す。

 

「そっかそっか、あの子集中して忘れないといいけど」

「……確かに。そん時は弁当にして持っていってやるか」

 

 俺はジェーンが来た方向から察して、彼女が世話している件について尋ねる。

 

「あの少女はどうしてる?」

「今は落ち着いて眠ってるよ、昨夜は大変だったねえ」

 

 あのあと"贄の少女"は意識を取り戻すと、(おび)えというよりは心身共にパニック状態にあった。

 どんな実験をさせられていたかはわからないが……4人それぞれで手を尽くした。

 なかなか手間が掛かったが、それでも眠る段にあっては落ち着いてくれたのだった。

 

(後遺症などが残ってなけりゃいいんだがな……)

 

 応急処置などは学んだものの医療分野は専門ではないし、魔術にしても自己治癒用しか使えない。

 4人の中で一番得意とするのはジェーンだったが、それでも医者には程遠かった。

 さしあたって屋敷の外に出た後で、しっかりと診てもらわないといけないだろう。

 

 

「ねぇベイリル、これからどうするの?」

「ん……昼飯の後に話し合おうと思っていたが、そうだな――」

 

 結論から言うと、道員(どういん)は俺が暗殺したのと、洗礼時に皆殺した連中で全員であった。

 そして……被検体と思われる子供達は、あの"贄の少女"一人しかいなかった。

 ただ地下牢には複数人がいた形跡はあり、あるいは先に使い潰されてしまったのかも知れない。

 なんにせよたった一人であっても救えたことは、俺達4人にとっても意義があることだった。

 

「物資に余裕はあるから、しばらくはここに滞在する手もあるが……」

 

 外からの襲撃も今のところはなく、死体は漏れなく処理し、探索もおおむね終えた。

 

 特に家探しして発見した物の中に、洗礼を通して"道"の中へ迎え入れられた者達のリストがあった。

 当然だが殺した数に含まれていない、この場にいなかった者が十数人ほど残っている。

 その中には"アーセン"という、自分達の前の生徒にあたる名前もあった。

 他にも道員(どういん)になるべく信仰と献身(けんしん)を捧げていた、リストにない予備員もいることだろう。

 

 

「外からの襲撃が心配?」

「まぁそうだ」

 

 "巡礼"は昨日最終日のようで元々閉鎖的な教団である。早々ヤバいことは今からないとは思うものの……。

 あくまで希望的観測に過ぎないし、落ち着くまでは警戒して(しか)るべきだった。

 

「来るもの片っ端から殺すわけにもいかんしな」

「さすがにそれは……物騒だね」

 

 教団が外界とどんな取引をしていたかは、杜撰(ずさん)な帳簿くらいでしかわからない。

 行商人のようなのが来る可能性も考えられるし、そこから広まって――ということも考えられる。

 それに庭に無数の死体が埋まったままというのも、気分良くは……ない。

 

 読むべき資料は山のように積まれるし、いざ本腰入れて読むなら数日は潰れてしまう。

 持ち出して読むには後ろ暗い内容が多すぎる部分もあり、なんなら焼却処分すべきモノもあろう。

 

 

「そこらへんも含めて会議だ、腹を満たしてからな」

「うん……本当によかった、みんないっしょで」

 

 実感の込められたジェーンの言葉に、俺も噛みしめる思いだった。

 

「あぁ決断は間違いじゃあなかった」

 

 同意を求めるような強い言葉で、己の行動を肯定(こうてい)する。

 教団は数多くの無辜(むこ)の人間を殺してきた。

 そして今後も活動の為に、さらに多くの民を殺していく予定だった。

 滅ぶのもまた摂理とも言える存在であったことに、疑問を差し挟む余地はない。

 

 

(ただ……な――)

 

 しかして心情的に思考したくなかったとしても……せねばならない。

 もし文明を発展させていくのであれば、あるいは()けられないであろう事柄群。

 

 直接的でも間接的でも、(めぐ)(めぐ)った遠因(えんいん)でも。

 何がしかの形で()()()()()()()()()ということは、まま起こり得ること。

 

 反面この半ば停滞した戦乱の世界で、今後際限(さいげん)なく生まれるだろう犠牲者達。

 そういった人達を、対岸の火事として我関せずでいることを良しとするのか。

 

 実際にやれるかはともかくとして、(おこな)おうとしていることの責任。

 (ちから)を用いて、世界を動かすことで、起こり得る様々な悲劇。

 

 己を起点として生じたあらゆる結果を受け入れ、呑み込むこと。

 さらには活かしていくことが……果たして自分に可能なのかどうかと。

 

 

(別段正義を気取るつもりもないが)

 

 世界平和だとか大層なことを言うつもりもない。突き詰めれば、己の欲得ずくあっての"文明回華"。

 より利便性のある世界。500年の退屈を(しの)ぐ為の世界。

 魔導と科学の融合した文化と、その果てにある未知の世界を見たいだけ。

 

 ストラテジーシミュレーションゲーム感覚で、世界を(もてあそ)ぶような心持ちなのは否定できない。

 異世界に転生したのだから、割り切って思うサマ楽しんでやろう。

 そんな捨て石かのような勢いの――願望にして野望。

 

「……無意味だな」

「ん? なんて?」

「すまん、ひとりごとだ」

「ふふっ変なベイリル」

 

 笑うジェーンに俺は自嘲(じちょう)的な笑みを返しつつ、我が身を省みる。

 定期的にこうしてウジウジ悩んでしまうのも、変に身についてしまった悪癖だ。

 理由なんて単純明快(シンプル)でいいどころか、突き詰めればいらないんだ。

 強いて言うのであれば――

 

(三人に語った世界を見せてやりたい、さらに続く未知を共に歩んでいきたい)

 

 寿命の壁は存在する。いずれ(わか)れは来るだろう……。

 それまでにとにかくやれるだけ一緒に、より多くのことを――

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#18 魔剣

 

 無闇に広く思えるような晩餐室で食事をした後に、俺達は今後のことを話し合う――

 しかし俺が開口するよりも先に、ヘリオがテーブルに置かれているモノについて聞いてきた。

 

「なぁおいベイリル、ずっとそこにあるソレなんなんだよ?」

「あぁこれは――"永劫魔剣"だ」

 

 俺は無造作に置いておくわけにもいかずに持ち歩いていたそれを、箱から丁寧に取り出して見せる。

 

「おー、あー、んー……地下で見せられたアレか」

「セイマール先生が最期に使ってたやつ、ね」

 

 ジェーンは少しだけ眉をひそめつつ、テーブルの上にある魔法具を見つめた。

 ヘリオはぼけーっとした表情で、リーティアは地下で既に知っているので特に反応(リアクション)はない。

 

「なんでわざわざ持って歩いてんだよ?」

「そりゃヘリオお前、実際には教団なんかじゃなく国家が管理するような神話級の武器だぞ」

「マジかよ!?」

「ヘリオ、道士が説明してたでしょ……」

「覚えてねェや」

 

 やや呆れ顔のジェーンに、首をかしげたままヘリオはそう答えた。

 

「と言ってもあくまで本物(・・)なら、だけどな」

「ニセモンなのか?」

「多分ホンモノだよー、魔鋼の純度がなんかすっごいもん」

 

 リーティアがそう言い放ち、ヘリオとジェーンがまじまじと凝視して刀身に触れる。

 

 

 もっともこの中で誰よりも魔術具に詳しい末妹が言うまでもなく、俺も独自の目線で本物だとは思っていた。

 なにせまともにぶち当てたわけではないとはいえ、"重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"でセイマールが原型を留めたのだ。

 増幅器のない不完全な状態かつ、セイマール1人分の魔力を注いだ強度で殺し切れなかった。

 

 しかしその代償は破壊――今はもう刀身は無残に折れて、二つに分割されている。

 そして……(つば)部分である安定器に至っては、粉々に吹き飛んで回収できなかった。

 

「なるほど、つまりオレらの武器にしようってことで大事にしてるわけだな」

 

「まぁそれも構わんが、俺としてはだな――」

「でも刃は循環器なんでしょう? 私たちで扱えるようなものなの?」

 

「……そこなんだ、安易に扱えるとは思えない、よって――」

「ウチの出番ってワケだぁ!」

 

 話の腰を折られ続け、俺は一度目をつぶり大きく息を吐いてから続ける。

 

「――とりあえず封印しようと思ってるんだが」

「はああ?」

「えぇーーー」

「ん、ん~……」

 

 ヘリオとリーティアから不満の声が挙がり、ジェーンもどこか納得してない様子を見せる。

 安定器の代替品を見つけるか。循環器だけで利用するか。現存してるかもわからない増幅器を探すか作るか。

 似非(エセ)完成品にすることはできても、それは完全体ではない。

 

 最初は売却を考えたが、なにせこちとら情報も不十分な上に子供である。

 壊れた魔法具の真の価値もわからない。買い叩かれたり詐欺に()う可能性は高いし、労力も伴う。

 

(もっともそれはそれで諸々の初期投資費用にはなるが……)

 

 なんなら有望な商人との渡りをつける為の材料にすると割り切ってもいいものの――

 

 

(ただもしいずれ修復されて、遠い未来で振るわれたとしたら……?)

 

 嘘か真か……大陸の一部をぶった斬ったという逸話。

 小国家並の大きさらしい、極東の島国を作ったとされる信じ難いほどの威力。

 しかしこの世界の神話は、得てして事実を多分に含む。

 全能に近い力を体現する魔法具をもってするならば、決して否定もし切れない。

 

 増幅器がどこかで見つかり、安定器がない状況で、無限に増幅・循環暴走した一撃。

 なんなら大陸そのものが消し飛ぶ、なんて馬鹿げたことも有り得ないとは言えないのだ。

 

「そもそも循環の術式らしき紋様も折れてるしだな――」

「オレは反対だ!」

「ウチもはんたーい」

「私は……保留で」

 

(くっこいつら……)

 

 自分自身で考え判断するようになったことは素直に嬉しい。が、これはこれで違う苦労があるものである。

 世の反抗期の子供を迎えた親達の苦労に思いをいたしながら、俺は話を続ける。

 

 

「まぁ聞けって。いずれは利用するつもりだが、少なくとも()は俺たちの手に負える代物じゃない。だから――」

 

 どう言い聞かせてやろうかと言葉を紡ぐ途中で、リーティアが魔法具をペタペタと触り始める。

 

「大丈夫! ウチならできる!」

「なにをだ!?」

「ん、加工……?」

 

 自身でできるとのたまいながら、疑問符と共に提案するリーティア。

 それでもあっさり言ってのけたのは……リーティアの楽天的な性格ゆえなのか。

 もしくは確たる自信の上での発言なのか、こういうことは珍しくないのだが未だ計れなかった。

 

 確かに教えた知識を圧倒的に理解しているのは事実。

 自分なりに物質の組成を考え、既に地属魔術としていくつも応用している。

 また実際にセイマールと教団の遺産を、彼女なりに理解しているようでもあった。

 

「いくらなんでも循環術式や魔法具の調整なんて独学じゃ無理だろう」

「セイマールせんせの私室の(ほう)にも色々と本あったから、時間掛ければイケるイケる」

「いいじゃんかベイリル、妹を信じられないのか? あ?」

 

「いえーい」

「まったくお前らは……」

 

 悪童兄妹の調子乗りっぷりに、俺はジェーンに助け舟を求めるような視線を流す。

 が、これに関してはジェーンも(たしな)める気はないようで――

 

「ん……その、ね。ベイリル、私も魔鋼武具はちょっと魅力かなぁ~なんて」

 

 確かに武器はともかく、防具として運用するのであれば――家族の身を守るという上では魅力的ではある。

 もったいない精神で先送りにするより、不完全でも直近の危険を回避する為であるならば、惜しむ必要は薄い。

 循環機能がなかったとしても、潤沢に魔力を通した高純度魔鋼の強度は凄まじいと聞く。

 

 

「あぁわかった。と、俺も折れたいところだが……あいにくと掛ける時間がない」

「なんでだよ?」

「修繕にせよ加工にせよここの設備がいるだろう、だがいつ教団の残党が帰って来るかわからん」

 

 ここの地下施設は正直なところ相当整っているように見受けられる。

 永劫魔剣を信仰対象の一つとして研究し、時に聖地として崇められていただけはあった。

 まさしく永劫魔剣の為だけに部屋全体をしつらえたかのような構造。

 

 魔術具関連の書物もそれなりにあり、素材や道具もかなりの数にのぼる。

 魔法具を調整する為の魔術具もあるようだし、使い方を覚えるには時間を要するだろう。

 かと言って運搬するには大量すぎて、まして固定されて動かせないようなモノもあった。

 

「どこまで教団が市井に食い込み通じてるかはわからんが……ここに巡礼へ来た教徒が戻らなかったら――」

「怪しまれたり、何か不審に思われたりする可能性もあるわけ、か」

「俺としてもリーティアがやれると言うなら、思う存分やらせたいがな」

 

「まっウチは別にいつでもいいよ」

「はっ……しゃーねェな。んでこれからどうすんだ?」

 

「とりあえず馬は残ってるからそれに積める分だけ、金になりそうモノを載せていく。

 今は扱いにくい重要そうなモノはとりあえず地下に隠して、屋敷を爆破して引き払っ――」

 

 

 ゾワリと……無数の蟲が這い出て来たのを見てしまったような感覚に、思考は一瞬にして掻き消された。

 全身から吹き出した汗が、次の瞬間には凍りついたかのように冷たく感じるほどの圧倒的な悪寒。

 

「な、に……これ……」

「ちィッ」

「うぅっ……」

 

 これは敷地外からではない、恐らくは敷地内にいつの間にか入り込んでいる。

 そうして突如として屋敷全体を覆うほどの害意を剥き出しにしてきた。

 わざわざそんなことをする理由を、必死に考えようとするがまとまらないほどの殺気。

 

 否、殺気と言っていいものなのだろうか。存在そのものの圧と言うべきか、はたまた魔力の織り成すそれか。

 

 

(見通しが甘かったってのか)

 

 情報や先立つ物は大事とはいえ、屋敷の探索など放ってさっさと脱出すべきだった。

 

 悔やむより先にせめて3人はすぐに地下に避難させ、己だけで抗戦すればあるいは――

 と思ったところで、窓ガラスを盛大に割って入ってくる影があった。

 

 反射的に臨戦態勢に入った俺達に対し、飛び込んできた勢いのままテーブルの上に立った"犬人族の女"。

 着込んだメイド服に似合わない山刀を、それぞれ左右に持ってこちらを見下ろしている。

 それはどこか、まるでこちらを値踏みするかのような……。

 

 年齢は自分達よりも少し上だろうか。

 犬耳の生えた茶髪に、射すくめるような眼は自分達とは全く違う光を(たた)えている。

 

 魔術を使う集中力すら阻害される空間で、俺は血が滲みそうになるほどに歯噛みした。

 

 今この時こそが、正真正銘の分水嶺(ぶんすいれい)であったのだと――

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#19 交渉 I

 

 テーブルの上に立つ犬人族の女は一言も発しない。

 それでも「動くな」と訴えていることだけは、頭ではなく心が理解できていた。

 

 獲物の喉笛を狙う狩猟犬のような侵入者。しかし正体も目的もわからない以上に問題なのは――

 

(重圧はコイツのじゃないっ……)

 

 眼前の女はあくまでこちらを牽制しているだけで、敷地内を覆う意圧は彼女のものでしかなかった。

 五感を鈍らせるほどの害意で包んでいるのは、女とは違う別の――

 

「相変わらずせっかちだねぇ、クロアーネちゃん」

 

 新たに割られた窓からのんびりと入ってきたのは、やや年を食った人族の男。

 わずかにハゲ上がった金髪を七三に分けて、ポケットに手を突っ込んでいる。

 がっしりとした体格に、一癖二癖(ひとくせふたくせ)どころか十癖(じっくせ)もありそうな()りの深い顔。

 

「"オーラム"様、わざわざ割れた窓から入って来ずとも……」

「せっかくの入り口だしねぇ……、それと平時はゲイル様でいいって言ってるだろぅ?」

「応対の最中ですが?」

「……? オォ~ウ、そうだった」

 

 日常のような軽口でもって"オーラム"と呼ばれた主人と思しき男が、こちらへと視線を向ける。

 ただ意識を向けられるだけで、威は一層のしかかる。

 魔術の発動はおろか、イメージすることも不可能なほどに――

 

 倒れることも座り込むことも許さない。全てを封殺する重圧(プレッシャー)

 そんなものを放ちながらも、今の状況はこの男にとって言葉通り"平時"であるに違いないのだ。

 

 

「んん~む、幼い子供が四人ねぇ。でも他には大した気配も感じんしなぁ……まっ素質はあるようだけどネ」

 

 七三分けの前髪を指先で整えながら、オーラムは何かを考えているようだった。

 

「まぁいいや、ん~で……だ。()()()()()()()()()()は君らがやったのかな?」

 

 わずかにでも敵意を見せれば、クロアーネとかいう女は襲ってくるだろう。

 そちらのほうはどうにかできても、オーラムのほうは抗しようがない。

 

 オーラムの質問に対して腹の底から絞り出すように、蛇どころか竜に(にら)まれた蛙のような心地で俺は答える。

 

 

「っ……あぁ、俺だ。俺が連中を全員殺した」

 

 転生前後の人生全てで……初めて体感する、明確な"死"の予感。

 絶対的な強者による命の被掌握(ひしょうあく)

 

 故郷を焼いた地獄は、どこか他人事(ひとごと)のように感じられた光景だった。

 奴隷として(オリ)の中にいた時は、絶望こそすれ生かされるのが前提だった。

 大トカゲと相対した時にも、半端な永劫魔剣を目の前にした時とも違う。

 

 ここが異世界なのだと――どれだけ自分が楽観視してていたのかを痛感させられる。

 教団内のぬるま湯に慣れきってしまっていたことに後悔しても時既に遅い。

 

「う……埋めたのは、ウチだから」

 

 3人を(かば)うように前に出ていたはずだが、いつの間にかリーティアが物怖じながらも前に出る。

 震える末妹の姿を見て、さらにジェーンとヘリオが揃って歩を進めて盾となる。

 

 ああそうだ、みんな家族の為なら命なんて惜しくないんだ。だからこそ俺がすべきなのは――

 

「交渉を希望します」

 

 一言、はっきりと強固な意思をもって告げていた。

 それが嘘ではないと。相応の対価があるのだと思わせる真剣な眼差しで。

 

「おんやぁ~……ははぁ、この状況でそんな口を効けるとはねぇ。いやはや有望な子供のようだ」

 

 フッと、それまで濃密だった害意が消える。

 するとリーティアは床にへたり込み、ジェーンは目の前の机につかまり、ヘリオは片膝をついた。

 

 俺はどうにか堪えてしっかり地に足をつけたまま、毅然とした態度で視線を外さずにいた。

 

 

「悪くない、それじゃあ聞こっか。でもその前に自己紹介を――ワタシの名は"ゲイル・オーラム"」

 

 苗字(みょうじ)付き。この異世界でも、一廉(ひとかど)の限られた人物は(せい)を持っている。

 ゲイル・オーラムと名乗った男本人か、あるいはその先祖が相応の地位に付いていたことを示していた。

 

「"ゴルドー・ファミリア"の長をしている者だ」

 

 聞いたことはなかった。が、差し当たり教団の直接の関係者でないだけでも(おん)()だった。

 とはいえ教団となんらかの取引していた立場にいる男なのだろう。

 どの程度の規模の組織かはわからないが、(おさ)が自ら出て来るとは普通の取引ではないのかも知れない。

 

 受け答えは慎重にやるべきで、あらゆるものを差し出す覚悟も必要である。

 

「私はベイリルと申します、オーラム殿(どの)。こちらがそれぞれジェーン、ヘリオ、リーティア。

 我々は……この滅びた教団で育てられていた、工作員とでも言えばいいのでしょうか」

 

 3人を紹介しつつ、「ここは俺に任せろ」と言葉や目配せがなくとも雰囲気でみんな察してくれる。

 

「ほうほうなるほどぉ。ここの関係者だったわけだネ。んでは皆殺しにしたのは復讐かな?」

 

「いいえ違います。彼らは"洗礼"と称して最後の洗脳と教育を(おこな)おうとしてました。

 が、それに自分達は逆らった結果……殺される前に先手を打って殲滅したまでです」

 

 警戒されている今は一切嘘を言うつもりはない。誠実さのみが現段階で唯一示せるものだ。

 

 今この場の支配者はゲイル・オーラムという男である。

 彼のご機嫌一つで皆殺しにもされかねない、危ういバランス。

 

 

「ちょぉおっとだけ似たような話だねぇ? クロアーネ」

「……いえ、こいつらはさぞヌクヌク育ったんでしょう、顔に書いてあります」

「はははっ手厳しいねぇ、ちゃんクロ」

「クロアーネです」

 

 犬人メイドのクロアーネは、オーラムが殺意を収めた後も変わらず山刀をこちらへ向けている。

 今は魔術使おうと思えば使えるだろう。だが今持ち得る全ての魔術は、少なくともオーラムには届くまい。

 

 音も無くどんな化物も殺せる武器があっても……それを実行に移す段階で、血気(けっき)()てたところを悟られ制される。

 ほんの僅かな機微(きび)も見逃さない。否、強者にとっては見て、聞いて、感じ取って当然の領域。

 

 過信だった。カルト教徒をあっさり殲滅できてしまったことを差し引いても……である。

 

「こちらへ何かしらの取引の為に(おもむ)いたのであれば、勝手な一存ですが(あるじ)なき今……可能な限り補填したいと思います。

 閉鎖環境で育てられましたので、お名前も組織名も今初めて存じ上げましたが、差し当たり物資類はほぼ手付かずで残っています」

 

 カルト教団と交流があったろうこと。また本人の雰囲気などから類推するに、裏社会に通じる人間であろう。

 

 その手の連中に重要な資料類を渡せば、どんな利用がされるかわかったものではないが……この際は仕方ない。

 最悪今までに綴ったアイデア(ノート)さえ()られなければいい、他者から見れば落書きにしか見えない。

 

 

「つらつらと並べ立ててキミぃ……えーっとベイリルだったか、本当に子供かぁ? 

 まっそんだけ頭回るなら、別にボクらはただ奪えば済むってこともわかるだろうに」

 

「もちろんです。ですからこれは何卒(なにとぞ)我々の処遇を取り計らって頂きたく、誠意を見せているに過ぎません」

 

 猛禽(もうきん)類のような鋭い目つきでもって、ゲイル・オーラムは唇の端を上げる。

 

「物資じゃなくキミらが殺した人材を欲していたとしたらどうするね」

 

「先程オーラム殿(どの)もおっしゃっていただいた、我らの素質と有望性を御身に捧げましょう。

 なにぶんまだ年若くお役に立てるには、些少の時間を頂戴(ちょうだい)することになるかも知れませんが……」

 

「ふっはっ、はははあはははっはは、聞いたかクロアーネ、本当に子供の皮を被った計算高い大人のようだよ」

 

 まさに核心を突いた言葉と共に、(せき)を切ったように笑い出すオーラム。

 一方でクロアーネは嫌悪(けんお)侮蔑(ぶべつ)の表情を向けてくる。

 

「そうですね、気取っていていけすかないです」

 

 クロアーネの心象はこの際はどうでもよかった。

 (あるじ)でもあるゲイル・オーラムにさえ認められれば、この場は切り抜けられる。

 

 

「ですが……真の交渉材料また別に存在します。可能であれば二人きりで話したいのですが」

 

 クロアーネは一層ギロリとこちらを睨みつけ、オーラムはピタリと笑いを止める。

 ともすると、真意を確かめるようにこちらを覗き込む。

 

「そこにある連中が信仰していた"魔法具"の話、かなあ?」

「いえ……()()()()()よりさらに価値あるものです」

 

 その言葉に対してオーラムは目をわずかに見開くと、反芻(はんすう)するように考える。

 高度な交渉術なんてものは身につけていない。

 己にできることは今ある札を(さら)け出すことだけだった。

 

「壊れているようだが、価値は……わかってるよねェ?」

「わたしの知る限りで、ですが」

 

 こちらの双眸と声音、一挙手一投足を精査するオーラムの反応を待つ。

 その状況はさながら死刑執行を待つ囚人のような感覚を思い起こさせる。

 

「まぁねェ、元々ワタシは人員の渡りを付ける為にやって来ただけだからねェ」

「それはつまり、我々のことでしょうか?」

「そうだろうネ、なにやら子供に国籍と移動手段を用意してくれってことだったしィ」

「儀式の後は早々に間諜として使うつもりだったのは、こちらの資料でも確認しています」

 

「気の早いことだ、人生なんて焦ってもつまらんとは思わんかね」

「……」

 

 敢えて沈黙を貫いてオーラムの次の言葉を待った。その問いに対して、自分は真実も嘘も言えない。

 

 

「でも……熱中できるものがあるのは――ある意味(うらや)ましいことなのかも知れんな」

「――同感です」

 

 どこか遠くを眺めるような表情を浮かべ、心の底から吐き出したようなオーラムの本音。

 そこに関しては同意せざるを得なかった。嫌でも前世の人生を振り返ってしまうのだ。

 

 だからこそ……この新たな人生では、脱却(だっきゃく)(はか)る為に動いているのだから。

 

 ゲイル・オーラム。彼は――きっと昔の俺と同じような、無感動さの一端を心のどこかに抱えている。

 組織の長でありながら、わざわざこんな僻地(へきち)へ自ら足を運んだ。

 こうして話に興じているのも、彼なりの暇潰しなのだ。

 

 それは(はなは)だ勝手な想像でしかない。

 しかし同類だからこそ感じ取れる嗅覚は……直感は間違っていないと信じたい。

 

 

「なればこそ、一層(いっそう)二人きりで話したいことがあります」

「調子に乗るなよクソガキ」

 

 今にもこちらの心臓目掛け、斬り付けに来そうな気勢(きせい)でクロアーネは俺に恫喝(どうかつ)する。

 とはいえオーラムの害意の後では、そんな殺意もそよ風のようなものであったのだが……。

 

「クロアーネ、汚い言葉を遣うんじゃありませんよぉ」

「申し訳ありませんオーラム様……ですが――」

 

 ゲイル・オーラムはスッと手を上げ、クロアーネの言葉を制した後に口を開く。

 

「二人きりだろうと、罠を張っていようと、どうこうできないことは彼もよくわかっている。

 ワタシもそれなりに修羅場は()()()()きてるからねぇ。なにより感じ入るところがある。

 これは直感というより予感に近い。それに魔法具を()()()()()と断じた交渉内容にも実に興味がある」

 

「では……部屋を変えましょう。そうですね――元教主の部屋でよろしいでしょうか」

「構わんよ、あそこでいつも契約事をしていたしね。クロアーネちゃんはそっちの三人とゆっくりお茶してなさい」

 

 そう言うと、オーラムはさながら勝手知ったる我が家のように先立って歩いていき、俺も続いていく。

 

 

(もしかしたらこれが……"回華"の為の最初の種蒔(たねま)き――)

 

 文明を発展させるのに最も必要なのは……人脈だ。

 より質と量に()んだ人的資源を有機的に運用すること。

 下地作りとはつまるところそれに尽きる。

 

 裏社会に生きるゲイル・オーラムをこちらに取り込むこと。

 不興(ふきょう)を買えばこの身がどうなるかもわからないリスクも多く(はら)んでいる。

 

 しかしてこれは大きな近道となり得るかも知れないのだ。

 

 種子ごと潰されるのか――

 咲くことができず枯れて終わるのか――

 時を経て結実(けつじつ)するのか――

 

無為(むい)に終わるのはもう沢山(たくさん)だからな……やぁってやるさ)

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#20 交渉 II

 

 場所(ところ)移しながら、俺は自分の先を歩くゲイル・オーラムについて考えを巡らせていた。

 未だ掴みどころはないが理性的で柔軟、それでいて油断もなく機知(きち)に富んでいる性分。

 

 警戒心が解かれている今なら……もしかしたら殺せるかも知れない。

 化物のような強さであろうが、人間であることには相違ないのだから。

 

 毛ほどの殺気を立てることもなく、呼吸と変わらぬよう息を吐く。

 そうして自然と酸素濃度を減らすだけだ。それでも気取られる可能性はないとは言えない。

 

 しかしもはや彼を相手に……そんなことをする気にはなれそうもなかった。

 こんな子供相手でも多少なりとも(しん)を示し、交渉の場へと応じてくれたゲイル・オーラムという男。

 

 そうだ、まずは利用されるのではなく、この際は逆に利用してやるというくらいの気概(きがい)()る。

 そんな心積もりの為には、ゲイル・オーラムという一人の人間に対してどう対応すべきか。

 

 相互利益の道を模索し、"文明回華"の実現化する一助。

 好機を掴む為に――どう立ち回るのかを、思考の歩みを止めることはない。

 

 

「アイツはいけ好かなかったけど、部屋のセンスは嫌いじゃなかったねェ」

 

 応接も兼ねた道士の部屋に入ると、テーブルを挟んだ向かいにそれぞれ座る。

 

「さって~と、この際は忌憚(きたん)ない問答を楽しむとしようか」

 

 ゲイル・オーラムは机に足を組んで投げ出し、俺は神妙に言葉を選ぶ。

 

「ありがとうございます。では……まず前提から言っていいましょう。

 私が子供なのに、まるで大人のような振る舞いをする理由ですが……」

 

 回りくどい説明をするよりは、まず核心に入ることを優先する。

 出し惜しみはしないが嘘は言わないように。

 

 しかしてそのまま言ってはあまりに荒唐無稽(こうとうむけい)な話。

 どこらへんが露骨にならない着地点だろうかと考えながら……。

 

「表現しにくいのですが、あえて言うなら……私は"未来予知"ができる――」

 

 ゲイル・オーラムの片眉が上がる。

 例によってこちらの抑揚や表情から真偽を判断しているようであった。

 

 

「じゃあ明日の天気でも占ってもらおうかな? 狂った宗教の(もと)で狂ってない証明として」

 

「疑われても仕方ありませんが……事実です。天気や後世の歴史などはわかりません。

 しかし私は遠い未来の世界――その技術や叡智の一端を知り得ています」

 

「未来の技術、ねぇ……」

 

 疑問符は(てい)すれど頭っから否定はせず、オーラムはこちらの話に聞き耳をしっかり立てている。

 こんな子供の阿呆臭い話であっても、一度話すと決めれば応じる誠実さをこの男は持っているのだ。

 

 俺は彼に対する一定の信用と共に、ゆっくりと話を紡いでいく――

 

「魔術とは別系統の"科学"と呼ばれるものです」

「ふんふん、続けたまえ」

 

「定義は色々ありますが――物事や事象に対し、その()()()()()()()()()()()()()ようにする学問でしょうか。

 感覚ではなく理性的に。直感ではなく論理的に。発想と体系化と積み重ねによって、"テクノロジー"を確立させ蓄積していく」

 

「てくのろじー?」

「それらを総称した言葉です」

 

 広義的に捉えた科学から見れば、魔術も数ある学問の一つに過ぎないと言える。

 知識・経験を集積し、分析・応用し、発展・進化させていくもの。

 ただ魔術は基本的にはイメージで確立されるものである。

 その為か個々人のデータとしては、広範(こうはん)かつ細緻(さいち)に渡り無秩序になっていた。

 

 

「例えば――物理学、化学、冶金、工業化、化学肥料、蒸気機関、電気、プラスチック、内燃機関、無線通信、航空機、レーダー。

 抗生物質、ロボット、コンピュータ、インターネット、原子理論、素粒子物理学、遠距離通信、遺伝子工学、量子力学、ロケット工学。

 人工知能、ナノマシン、オーグメンテーション、バイオニクス、サイバネティクス、テラフォーミング、エキゾチック物質――」

 

 俺は思い出し思いつく限りのテクノロジーをとりあえず列挙した。

 そして自分の知識で理解できている範囲で――順繰りに骨子(こっし)部分のみを説明していく。

 

「えーっとまずは物理学についてですが――」

 

 説明し終えるまでゲイル・オーラムは、そっぽを向くことなく聞き続ける。

 それゆえについこっちも興が乗ると共に、手応えを感じていく。

 

 

「――とまぁ、ここらへんはあまりにも未来のモノで判然としていませんが……」

 

 一通りを説明し終えた俺は、緊張した心地のままゲイル・オーラムの反応を待った。

 

「面白い……が、狂っているとしか言えんな。そんなものが交渉材料になると思っていることも、だ」

(くるい)(まこと)か判断つかないのは承知していますが、私は実現させるつもりです。生涯を懸けて――」

 

 偽らざる本音を宿し、魂を込めた言葉。狂信者のそれと思われてしまえばそれまでだ。

 

「生涯ィ?」

「自分は長命種(ハーフエルフ)ですから」

 

 俺は半長耳を強調するように髪をかきあげる。

 そして最後まで話を聞いてくれた男に対して、曇りなき眼で自信をもって告げる。

 

「見たくはないですか? ……"未知なる未来"を。これ以上ない刺激的な人生を――」

 

 これは言うなればプレゼンテーションなのだ、己の可能性を売り込むそれ。

 いかにして興味を()かせて、最低でも「別に害はないのだから好きにやらせても」と思わせる。

 

「"魔導師"らの言うところの深奥(・・)だの真理(・・)とかってぇのも――科学があれば解き明かせるって?」

「突き詰めていくと辿り着くところは……同じなのかもとは思っています」

「曖昧だねェ」

「言葉もありません。ですが、実際的な魔術への応用は既に済んでいます」

 

 興味を示すようなオーラムの表情を確認したところで、俺は引き込むように話を続けていく。

 

 

「先に説明したものの一つ、"原子理論"」

「物質は微細な粒の集合体で成り立っている……だったか」

「その通りです。理解していれば……こういったことも可能です」

 

 よく一回の説明でしっかり覚えてんな……などと思いつつ、俺は立ち上がる。

 そうして窓際へと歩いて行くと、オーラムも続くように背について外を眺めている。

 窓を開けて両手の三本指先を合わせながら、遠目に移る敷地の壁をその(あいだ)から覗き込む。

 

「お手並拝見、と言ったところかね」

「……多分あのメイドさんすっ飛んで来ると思うので、その時は説明お願いします」

 

 オーラムの笑いを耳の裏側に、俺は集中しポリ窒素の分子イメージを頭の中で構築する。

 セイマール相手に使った時の感覚と規模を思い出し、適度な威力になるよう按配(あんばい)を整えながら。

 あの時と違ってゆっくりとじっくりと、有効射程ギリギリを見据えて――

 

「繋ぎ揺らげ――気空(きくう)鳴轟(めいごう)

 

 詠唱や動作は、イメージの確立と放出において重要なプロセスである。

 どれだけ中二病的な言葉の羅列でも、(はた)から見れば(おご)増長(ぞうちょう)自惚(うぬぼ)過剰(かじょう)な動作でも。

 それが魔術を放つ一助(いちじょ)と成り得るのであれば、躊躇(ためら)うことこそ不合理なものとなる。

 

 つまるところ"異世界だから恥ずかしくないもん"、である。

 

 とてつもない衝撃の余波が屋敷を大きく揺らし、荒れる大気はオーラムの七三髪を掻き分ける。

 全開にしていた両開きの窓ガラスが割れ、窓枠はギシギシと軋む音を立てる。

 

 さらには爆風の直撃を受けたであろう面の、屋敷の窓が割れる音も同時に聞こえてくる。

 

 爆心地を見やれば大穴が形成され、周囲の壁は跡形もなく。

 周囲の木々は余波によって薙ぎ倒され、森深く鳥達は一斉に飛び出していた。

 

 

(やっべ……調整ミスった)

 

 我ながら心胆(しんたん)寒からしめる結果に冷や汗が流れる。

 セイマールと永劫魔剣へぶっ(ぱな)した時は、本当に絶妙に上手くいっただけだったのだ。

 

 確かにポンポン撃って試せる魔術ではないのだが、本当に練度がちょっと足りてなさ過ぎた。

 反射的に撃ったあの時にもし失敗していたら、全滅して誰一人残らなかった。

 

「ほう……これは――」

 

 しかしオーラムの表情を見るに、衝撃(インパクト)を与えるには功を奏していたようだった。

 

「オーラム様!!」

 

 と、さほど間も置かず突入してきた、犬耳メイドクロアーネによる山刀による攻撃。

 ――をオーラムは止めるどころか、いつの間にか数歩分(すうほぶん)ほど離れていた。

 

 俺は心中で「やっぱりな」と吐き捨てつつ、クロアーネの猛攻に対し両手首を掴んで止める。

 彼女にとっては奇襲つもりだったろうが、こちらにとっては半ば予想していた動き。

 

 間隙(かんげき)()うように、こちらの片足を引っ掛けて彼女を床に勢いよく倒した。

 

 

「ん~……若いっていいネ」

「勘弁してくださいよ、止めてくださらないならこっちで無力化せざるを得ませんが」

 

 視線だけで殺しかねないクロアーネの眼光に対して、心底疲労感を訴えながら。

 状況を楽しみ、恐らくはこちらを値踏みしているのでだろうオーラムを横目に……。

 俺はこれもある意味オーラムの意向なのだろうと、仕方なく制圧行動へと移る。

 

 足を絡めたまま色気のない押し倒し状態で、ゆっくりと息を吐いて酸素濃度を低下させていく。

 自分には影響が出ないよう、口元だけ風皮膜をまといながら……。

 道員(どういん)相手に実験していた成果もあって、繊細にメイドを昏倒に留めて立ち上がる。

 

「今のも……かね?」

「そうです、酸素分子ってのを――」

 

「ベイリル!」

「大丈夫かベイリル!?」

「ベイリル兄ィ!」

 

 クロアーネより少し遅れてやってきた三人に、俺は引きつった微笑で返す。

 

「こっちは大丈夫だ、問題ない。交渉途中だから外で待っててくれ」

 

 心配そうに見つめる3人に、力強く頷いてから追い出しつつ扉を閉める。

 

 

 オーラムはその間にクロアーネをソファーに寝かせると、亡き道士の席のほうへ座った。

 

「すっかり失神しているようだ」

「濃度次第で殺すことも可能ですが、望むのは敵対じゃないので――」

「そらそうだ、そんな気を起こしてたら先にキミを殺してるもーん」

 

 上辺だけのやり取りをしながら俺は説明に戻る。生命活動に必要な空気、その要素である酸素。

 それらが欠乏(けつぼう)していくとどうなるか、メイドに実践して見せたことを踏まえて――

 

 

「まっおおむねねわかった。厳密(げんみつ)にキミの言うところの証明になったわけではないが。

 無下(むげ)に狂人と断ずるには、難しい材料を提示してくれたことは確かだねェ……」

 

 多少の苦労はあったが好感触を得たことに、俺は達成感を得る。

 

 しかしまだまだ終わっていない。

 相手を説き伏せる楽しみに身を委ね、俺はさらなる波に乗っていく――

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#21 未知

 

 くるくると道士の椅子で回りながら話していたオーラムは、ピタリと止まって俺を見据えてくる。

 

「それで、キミはワタシに何を求めるというのだね? 何を我々にもたらすことができると言うのかな?」

「自分が持つのは断片的な知識、ゆえに必要なのは"人材"です。その為には下地を作る必要がある――」

 

「つまり人を集めて研究機関を作り、先刻のたまった技術を発明して儲ける……と」

「ご慧眼(けいがん)痛み入ります。第一段階はまず農業改革です。農業こそ文明の発展において最初の発明ですから」

 

 某氏(いわ)く――"耕作地が開かれるところには技が生まれる。土を耕す者こそが人類文明の創始者なのだ"。

 

 その日暮らしな狩猟生活から、計画的な農業生活へ移ったこと。

 継続的な食糧自給が獲得できたからこそ、人類は余暇に別の何かをするという利を得た。

 

 それこそが文明の始まり、と言っても過言ではない。

 そうして人類は畜産を(おこな)い、漁業を営み、採鉱し、物を作った。

 文字を編み出し、(こよみ)を生み出し、学問を考えるようになった。

 

 膨大な知識を、集積・保存・伝達し、後世へ連綿と受け継いでいく。

 時の流れの中で失われたものも少なくなかろうが……それでも改良し発展させていった。

 

 

「先に説明した"化学肥料"によって、周辺の生態系に気を付けつつ、農作物の収穫量を増やします。

 さすれば民衆の生活が向上し、ひいては国力が上がっていき、より多くの労働力を得られます」

 

「そんなものは戦争で浪費されるだけではないのかネ?」

 

 確かにこの世界では戦争は多い。魔物と人との。魔族と人との。そして人と人との――

 

「それでも……です。多くの人間に、考える時間を与えるのが第一義であり第一歩となる。

 できれば多様な教育も同時に広めたいところですが、障害(ハードル)が多いので……先に経済を活性化させます」

 

「下級層に(ちから)を持たせるか」

「国を――世界を"人体"と捉えるのであれば、経済活動とは"血液"と言えるでしょう。

 (とみ)が正常に循環してこそ、世界はより活力よく生きていける。より高く跳ぶことができる」

 

 経済とは、元世界の――資本主義社会において最も象徴的なものだ。

 世界とは経済そのもの、と言っても過言ではなかっただろう。

 

 人的資源、次に思考の為の知識、さらには回す為の金。

 あとは"必要"という動機があれば、仮に自分が介入せずとも文明は進んでいく。

 

 

諸々(もろもろ)を詰めていく時間が必要です。早急(さっきゅう)にそういった分野に強い人間を集めたいのですが――」

「それはワタシに()()()()……と?」

 

「可能であればお願いしたいです。本来ならこの教団の財貨(ざいか)で、最初の投資をするつもりでした。

 農業と経済。両輪(あわ)せ上手く立ち回り莫大な富を得て、さらにそれを元手にどんどん輪を拡げ――」

 

 ゆったりと、それでいて確実に、声音は自信をもって。

 しかして(おご)ることなく。時に共感を。時に猜疑(さいぎ)と納得を。

 その展望を――子供のように希望を詰めて。大人のように現実的に語り、浪漫(ロマン)を明確にイメージさせる。

 

 時間を忘れるほどに、ひたすら俺は語り続けていた。

 列挙し説明したテクノロジーがどのように作用していくのか。

 

 決意の日から構想し書き殴ってきた、"文明回華"の道筋。

 それらがなるべくわかってもらえるよう噛み砕きながら―― 

 

 

「――どうでしょう。細かく語れば話は尽きませんが、一端(いったん)でも納得できるなら賭けてみませんか?」

 

 しばし黙り込んで……渋い顔(・・・)を決め込んだゲイル・オーラム。

 対して俺がわずかに恐れの表情を見せたところで、ニヤリと笑ったゲイルは勢いよく立ち上がった。

 

「んん~……よろしい! "未知なる未来"、大いに結構!」

 

「ご理解頂き(せつ)に感謝致します、前向きに捉えても構わないのでしょうか」

 

 俺は心中で思ったことを顔に出さないように(こら)えつつ返す。

 わざわざこちらの不安を煽ってからかいよってからに……と。

 

「んでもねぇ、どうしよっかなあ」

「ご不安な点でも……?」

 

 ゲイル・オーラムは大仰に手を開き、ググイっと顔を近付けて言ってくる。

 

「数百年掛けていては肝心の"テクノロジー"溢れる未来を、このワタシが見れないじゃあないか! 

 道半ばで"悔い"が残ってしまうくらいなら、いっそ初めからやらないほうがいい。そうは思わんかね」

 

(面倒臭ェ……)

 

 そんなことまで世話しきれるかと心底思いつつも、俺は可能性を呈示(ていじ)する。

 

 それはゲイル・オーラムの為ではなく、また自分の為でもない。

 大切な家族や今後知り合っていく人々に対しての、措置としてまず考えていたこと。

 

 

「確かに……長命種以外の平均寿命を考えると難しいと言わざるを得ません――」

「そうだろうとも」

 

 そもそも元世界でも不老長寿や若返りなんて、まだ明確に実現化の目途(めど)までは至っていなかった。

 不老の神族や長寿のエルフといった種族の、遺伝子を解析する?

 地球でなら何かわかるかも知れないが、異世界文明はまだ地べたを歩く雛鳥のようなもの。

 

 そこから羽ばたくまでには……如何(いか)ほどの年月を要するのかは全く想像もつかない。

 

「であれば、少し変則的ではありますが冷凍睡眠(コールドスリープ)ならどうでしょう?」

「んん~~~?」

 

「いわゆる冬眠に近い原理と言えばいいでしょうか。低体温を維持して肉体の代謝機能を下げる――

 肉体を休眠状態にすることで、寿命を一時的に止めるわけです。寝て起きれば未来の世界となる」

 

 ――厳密には低体温維持睡眠(ハイバネーション)

 超急速冷凍でもしない限り、細胞は体積が増加して破壊されてしまう。

 ゆえに低体温で保存することで、細胞分裂による老化を抑止する。

 

 あるいは超重力――ブラックホール――のようなものを創り出す。

 歪められた空間は時の流れをも歪めて、正常な空間との時間差をもたらす。

 

 さらには亜光速などで移動することが可能であれば、それもまた未来への道へ続いている。

 

 元世界でも到達し得ない……遥か遠い未来技術を(おが)むつもりなのだ。

 これはなにもゲイル・オーラムに限った話ではない。

 

 ハーフエルフの寿命でも足りないのではと、自分自身が思っていたこと。

 

 社会全体が、文明を発展させる為の土台作りを完了させる。

 その後で冬眠に入り、定期的に覚醒し動向を見守る。

 そういった可能性も考えておかなければならない。

 

 

「なるほど面白い……()()()()()するというわけか」

 

「解凍する時は寿命を伸ばすような、なんらかのテクノロジーを確立させた後になりますね。

 もっとも中間は抜け落ちてしまいますが……そこは途中から"ビデオ"などを使って――」

 

「びでお?」

「すみません。"記録媒体"と言えばいいでしょうか。見るもの聞くものを、そのまま保存することができます。

 確か魔術具でも音を記録・再生することができるモノがあったと聞いたことがありますが……?」

 

「あー確かにそんなのもあったかもネ」

「それに未来が進んでも、中間テクノロジーは保存しておきます。順繰りに追うことも可能です」

「つまり冷凍手段と冷凍中の保存環境。そして冷凍状態から解凍する保証さえ整えればいいわけだ」

 

()()()()()()()()()()となれるよう精進します」

 

 ゲイル・オーラムはそんなハーフエルフの少年の言葉に豪快に笑った。

 ひとしきり笑った後に……その右手を差し出してくる。

 

 それは元世界でも異世界でも変わらぬ――誠意の証、好意の証、成立の証、約束の証。

 

 一時は本当にどうなるかと思った。しかしこれは渡りに船。

 乗ったところに、さらに棚から牡丹餅(ぼたもち)が落ちてきたような僥倖(ぎょうこう)

 

 "文明回華"の理解者にして後ろ盾ともなる、最初の人脈(コネクション)。俺は美事(みごと)この賭けに勝ったのだ。

 

「契約完了だ、ベイリルくん。共に未知なる未来を拝もうではないか」

 

「はい、お互いに未知あらんことを――」

 

 




第一部まで読んでいただき、ありがとうございました。

お気に入りや評価・感想などを頂けるとモチベが上がるので、気が向いたらよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間
#22 自由と選択


 

 自由な民と自由な世界。連邦西部でも有数の都市国家の街並み。

 それはカルト教団の管理から解放された三人にとって、完全な別世界の光景として映った。

 

 連邦西部において、かなり交易が盛んな都市。

 そんな昼間の大通りは多くの人で活気があり、酔ってしまいそうなほど。

 屋台で買った軽食を頬張(ほおば)りながら、ジェーンとヘリオとリーティアは最後の一人を待っていた。

 

「ったくまだかよ、ベイリルの野郎は」

「ベイリル兄ぃはいろいろやることあるっぽいから、怪しいとこだぁ」

「早く四人で回りたいのにね」

 

 ヘリオは気に入らぬ様子で、リーティアはペースを崩さず、ジェーンは心底残念そうに。

 かつてない体験の中で、本来の年相応の日常というものを三人は味わう。

 

 歪んでいたとしても……まがりなりにも恩師であったセイマールと道員(どういん)らを殺した。

 教団は事実上の解体となり、幾ばくかの残党は残るが関知するところではない。

 

 その後に現れたゲイル・オーラムを、ベイリルは交渉によって己の大望へと引き入れた。

 昔から自分達へも常々語っていた――未来への夢へと既に歩み出しているのだった。

 

 だからこそ自分達も考えねばならない。ベイリルは「好きに生きていい」と言っていた。

 教団の財貨もゲイル・オーラムに接収されることもなく、四等分して使っていいと。

 

 たった今。自分達の前には……大いなる道が、数多く続いているのだ。

 

 

「ヘリオとリーティアはこれからどうするの?」

「オレは爺っちゃんがもう死んでるしなあ。しばらくはてきとうに楽しむさ」

 

 連邦東部で生まれ、唯一の肉親だった祖父に育てられていたヘリオはそう答える。

 祖父の死後に童子(おさなきこども)一人、紆余曲折を経て教団に買われた。

 今はこうして自由だが、元の住まいには今さら大した執着もない。

 

 少なくとも新たな指針を見つけるまでは、こんな生活に身を委ねるのも悪くない。

 ただ素直に満喫したいと、特段(とくだん)気張ることなく考えていた。

 

「んー……ウチはベイリル兄ぃの手伝いかな」

 

 リーティアは本人もまったく覚えなき天涯孤独であり、他に身の振り方がなかった。

 欲があるとすれば兄弟姉妹みんな一緒に、いつまでも暮らしていければいいというだけ。

 

 しかし今この場でワガママを言おうとは思わなかった。

 己のエゴで兄弟姉妹の道を阻むようなことはしたくない。

 

 内心ではそれぞれの意志がわかりきっていたとしても、口にするような真似はしなかった。

 

 

「そう、ならしばらくはみんな一緒ね」

「んー? でもジェーン姉ぇ、前いたっていう孤児院は?」

 

 ジェーンは物心ついて間もなく――父を魔族との戦争で失い、母も()もなく病没した。

 その後預けられた孤児院で育ったが、実際のところ多少なりと心残りがあった。

 

 院の経営が苦しく解体されそうだった時、真っ先に自分の身を売る選択をしたのだから。

 結果としてはセイマールに買われたことでカルト教団を潰し、こうして無事な生活へと戻ることができた。

 

 あの後に孤児院がどうなったかはわからない。

 ただ……"知るのが怖い"という思いも、彼女の中に確実に存在していた。

 時間が経ち過ぎてしまっているし、かつての院仲間はもう誰もいないだろうと。

 

「ん……気にならないわけじゃないけど、とりあえずちょっだけ調べてもらう」

「そっかー、それがいいね」

 

 己の未来を選択するには皆が皆、世界を知らな過ぎた。

 それにどのような形であれ、ベイリルの目指す夢の先は見たいし協力したいと感じている。

 

 教団の下で暮らし成長した日々で、聞き続けた未来の世界の話を見てみたいのだ。

 

 

「ヘリオさっきっから何見てんの?」

「あ? あぁ……あれ、男がこっちを見てるみたいで――」

 

 目を向けるとややくたびれた感じがする冴えない男が、小走りで近づいて来るようであった。

 

「ちょっと失礼、娘を見掛けませんでしたか? わたしと同じ茶髪で左右二つに結んでいて――」

「いえ特に見掛けていませんね、ごめんなさい」

 

 ジェーンがそう答えると、男は不安そうな(かげ)を顔に貼り付ける。

 そんな様子を見てお節介焼きの面があるジェーンが事情を聞く前に、リーティアが尋ねる。

 

「はぐれたの?」

「えぇそうなんです。皆さんくらいの仲良さそうな年頃の子達なら、娘も話し掛けやすいかと思ったのですが」

 

「はぁ……一緒に探すか?」

 

 ヘリオは溜め息を吐きつつも提案する。ヘリオ自身面倒見はかなり良いほうである。

 どうせジェーンが言い出すだろうし、それに付き合わないわけにもいかない。

 

「いえいえ、お気遣いなく。娘のお転婆(てんば)は珍しいことではないので――でもありがとう」

 

 そう言うと男は申し訳なさそうな表情で、三人の(あいだ)をわざわざ割って去っていった。

 そのまま人混みをスルスルと縫って、あっという()に見えなくなってしまう。

 

「こんだけ人いると、ウチも迷っちゃいそう」

「最悪、大岩でもせり出させて叫べばいいだろ」

「ダメだってば。無闇な魔術使用は警団に問われて面倒なことになるって言われたでしょ」

 

 

 しばらくベイリルを待って合流しそうになければ、このまま三人で散策を開始しようかと話す。 

 ともすると屋根の上から見知った影が、音も小さく静かに降り立った。

 

「クロアーネさん」

 

 ジェーンはつぶやくように、顔色一つ変えることないその犬耳メイドの名を呼んだ。

 遺恨というほどではないが、出会い方が敵対からだった。

 和解したとはいえ、お互い少しギクシャクしている節がある。

 

「――……貴方がた、くすんだ茶髪の男に会いませんでしたか」

「はあ? なんでてめェがそのこと知ってんだよ」

 

 チンピラじみたヘリオの質問返しにも、クロアーネは澄ました顔で淡々と業務をこなすように告げる。

 つい先日の応酬はどうあれ、客人としてしっかりと対応しているのは彼女なりの矜持(きょうじ)ゆえ。

 

「都市に慣れぬ者の挙動はわかりやすく、格好の標的(マト)です」

「標的……ですか? 一体なんの――」

 

「少し体が軽くなってるのでは?」

 

 言われて気付く、ジェーンもヘリオもリーティアも――貨幣を入れていたはずの袋がないことに。

 

 

「うっそ!? まだ食べたいものいっぱいあったのにぃ!」

「ッくそ――つまり"あの野郎"がってことか!」

「いつの間に……?」

 

 ジェーンもヘリオも、立ち回りに関してそれなりに自信はあった。

 しかし山奥の教団から大都市へ出て来た"おのぼりさん"ゆえの油断かはたまた慢心か。

 実際に指摘されるまで気付かなかったことに、ヘリオとジェーンは歯噛みする。

 

「既に"奴"らしい噂が散見されたのでもしやと」

「何者なんです?」

 

(はなは)だ不愉快ですが……窃盗・偽造・侵入・詐欺・損壊・脅迫・横領・脱獄、及びそれらの幇助(ほうじょ)を数え切れないほど。

 露見されぬ罪も数知れず、世界中の国家と都市でその名が響き渡る――"素入(すいり)銅貨(どうか)"と呼ばれる半ば伝説の軽犯罪者です。

 以前にもこの都市に出没し取り逃がしています。我々組織の管理している領分すら平然と侵す……唾棄(だき)すべき(やから)です」

 

 

 それを聞いてヘリオは思わず走り出しそうになるが、先んじてクロアーネは制す。

 

「まんまとハメられた貴方がたみたいな、顔も覚えられた間抜けに捕まえられる相手じゃありません。

 まして街に慣れぬ者が探し回っても、余計な厄介事に巻き込まれるだけです。

 こっちにお(はち)が回ってくるのは疑いないので、無駄な仕事を増やさないでください」

 

「舐めやがって、次見かけたら燃やしてやる」

「じゃあ娘を探してるってのも嘘なんだ。っかー騙されたぁ!」

「不覚ね……我ながら情けない」

 

 辛辣(しんらつ)だが的確な言葉にヘリオは怒りを覚えつつも、抑えるしかなくなってしまう。

 それはジェーンもリーティアも同じであり、反論する隙がなかった。

 

「既に金の無心をしないわけにはいかないでしょうしね――後でこの場にいないあの男(・・・)のほうに請求しておきます」

 

 

 ベイリルの名を呼ばず「あの男」と言ったクロアーネには、微妙に感情の揺れが感じられた。

 連邦銀貨を一枚ずつ渡された三人は、苦々しい思いで受け取りつつ自分達の不甲斐(ふがい)なさを悔いる。

 

「それと"あの男"は、オーラム様と所用があるので来られないとのことです」

 

 ベイリルが合流できぬという連絡を告げたクロアーネは、"素入の銅貨"を追っているのか。

 それとも他に別の用事があるのかすぐにいなくなってしまった。

 

「結局オレらは()()()()ってことかよ」

 

 増長(ぞうちょう)していたわけではない、しかし改めて認識させられる。

 今の状況もベイリルが作ったものであるということ。それに甘んじているという現状。

 

「そうね、でもこれから学んでいけばいい。最初はしょうがないわ」

 

 それは今までもこれからも変わらない。決して安くない授業料ではあった。

 しかしかけがえのないものを失ったわけではないのだから、大した問題にはならない。

 

「まーまーあんなの忘れて楽しも! ベイリル兄ぃ結局来れないのは残念だけども!」 

 

 歩む道は無数に存在する。自由を得た若人の可能性と選択は無限大とも言え――

 

 これからいくらでも世界は広がっていく――否、自分達が拡げていくものなのだと。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#23 金色の伽藍堂

 

 虚栄(・・)――彼を端的に表すのであれば、その言葉が最も相応しいのかも知れない。

 

 連邦東部の名家の長男として生まれた――そして彼、"ゲイル・オーラム"は全てを持ち得ていた。

 秀麗な眉目、恵まれた筋骨、明晰な頭脳、人族には稀な潤沢な魔力容量。

 

「キミぃほんとはいくつなんだい?」

「ハーフエルフだから見た目と実年齢が違うと?」

 

 ゲイル・オーラムは、隣にいるベイリルに質問を投げかける。

 

 ゲイル・オーラムは物心がついて()もなく言語を完璧なまでに習得し、神童として四族魔術を自在に扱えた。

 そして彼はあらゆることに手が届いてしまうゆえに、早々に人生に飽いてしまった。

 しかして彼は他の天才とは少し違っていた。ただ生まれながらに全てを持ち得ていただけ。

 

 それゆえに何かを生み出すことはなく、深く興味を覚えることもなくなってしまったのだ。

 

()()()()()()()()()()()より、自分の年を偽ったことはないですよ」

「んっん~……嘘ではないんだろうが、なんか引っ掛かるんだよネぇ」

 

 傍目(はため)には完璧と言っていい彼にとっては、興味の対象()()()()が歪んでしまう。

 凡百が(いだ)く望みなど、苦難なく手に入るのがわかってしまうから。

 もしも彼の精神性が、遥か高みへと向くことがあったなら……。

 歴史上の"勇者"やら"英傑"達の名に連ねていたことに疑いはなく。

 

 その逆――史上最も悪逆な名の一つとして、()せていたことも十二分にあり得ただろう。

 

 

「まっいずれ話してもらう日も来るだろ」

「……無理に聞き出しても構わないですが?」

 

 ゲイル・オーラムという男を飾り立てていたのは――見せ掛けだけの栄光。

 満たしていたのは……どうしようもないほどの虚無感であった。

 しかして心が崩壊することもない。何故なら全てを持ち得る彼は惰弱(だじゃく)な精神性を有してもいなかった。

 

 放蕩の限りを尽くしながら、ただ風の吹くまま気の向くままに生きていく日々。

 "竜越貴人"――"無二たる"――"折れぬ鋼の"――"大地の愛娘"――

 

 現代の"()英傑"達の生き様と功績が耳に届いても、何の感慨も湧かなかった。

 "無二たる"と実際に会って、持てる者の気持ちを聞いたところで……何の参考にもならなかった。

 

 彼は常に欲していた、欲しているということすら忘れるほどに――興味を惹かれる"なにか"を。

 

 敵対する者を(もてあそ)び、人脈が拡がっていき、時には自らの足で世界を歩いて回った。

 退屈凌ぎにはいまいち物足りなかったが、他にすることもなかったというのが正直なところである。

 

「いいよぉ~べっつにィ、それはそれでつまらないも~ん。話したくないなら、つまりそういうことなんだろうベイリルゥ」

「恐縮です。時来たらば話しますよ」

 

 空虚な生活は整った顔立ちを次第に歪ませ、前髪も次第に後退し、気持ちまでも老い始め……。

 

 気付けば裏社会において名が通るようになり、好悪問わず群がる者達が周囲に溢れていた。

 連邦西部に本拠を構え、舞い込んでくる雑事に対して無作為に手や口を出していく。

 

 そして男――ゲイル・オーラムは巡り会った。"未来を予知するという少年"に。

 

 

「感謝をしよう、ベイリル」

「いきなりなんですか……急に改まりましたね」

 

 手広くやっていた事業の一つ。身分なき者に仮の身分を与え、望んだ国へ送り届ける一種の斡旋業(あっせんぎょう)

 依頼人は過去にも何度か渡りをつけてやった神王教の教団。

 ロクなものではなかろうが、通常は関知するようなものでもない。

 

 ただ子供に身分を与えたいという、宗教団体にはあまり似つかわしいとは思えない内容だった。

 かの宗教団体の依頼は他にも色々あったものの、そのどれもが後ろ暗いものばかり。

 

 だからほんの少し……気が向いただけに過ぎない。いつもそうやって何かしら、気紛れで足を運ぶ。

 

「ボクは気まぐれだからネ」

「それはもう散々思い知らされましたが」

 

 訪れた教団の根拠地。すぐにクロアーネが死臭に気付いて掘り返せば、死体が無数に埋まっていた。

 多くは焼け焦げて判別はつきにくかったが、それは何度か話もしたことのある教団の教主。

 さらに記憶の片隅にあった……孤児や奴隷を買いたいとやって来た男の死体も見つかった。

 

 腐敗の状況から見ても死後一日と経っていない。さらには敷地内にはまだ気配が残っている。

 些少なれど面白くなってきたと気持ちを昂ぶらせ、殺戮者に会いに行くことにした。

 

 屋敷へと踏み入れれば、年端に至ったばかり程度の少年少女が四人のみ。

 一様に意志を宿した瞳をこちらに向け、その中でも一際落ち着いた少年が交渉を申し出てきた。

 

 その話し方は子供にしては大人びていると思ったが、話す内容は驚愕に眉をひそめるものであった。

 

 それは一言で斬って捨てるのであれば――疑うことなく狂人の(たぐい)

 しかし……()()()()()()()"確かな現実"として脳内に映るモノだった。

 ゲイル・オーラムは少年を見抜き、また聞ける者であった。全てを持ち得ていたゆえに。

 

 

「それに一般的には大事なことだろう? 今までワタシは感謝なんてしたことなかったしねェ」

「お互い様ですよ、"ウィンウィン"ってやつです」

 

 少年の話す"夢"は順序立てた進化の形。

 語る説明の一つ一つに、言葉そのものに力が宿っているかが(ごと)く。

 

 まるで()()()()()()()()()かのような――遠い未来の"テクノロジー"の一端。

 

 地上を駆け、海原を渡り、大空を飛んで、誰もが好きな場所へ短時間で赴く?

 手の平に収まる小さい箱一つで、世界中の誰とでも繋がる? 

 生まれる前にも後にも人体を設計し、病気や寿命から解放される?

 巨大な鉄の人形に乗って自由に動かし、多目的な兵器とする?

 昼も夜も空に浮かぶあの片割星(かたわれぼし)へと、大挙して移り住む? 

 

 己は全てを持ち得たと思っていた、しかしそれはとんだ誤解であった。

 少なくともゲイル・オーラム自身はそう確信した。

 

 少年から話を聞いた今この時、初めてこの世界に生まれたような気がしたのだ。

 

 想像しても想像しても興味は尽きない、その行為だけで楽しいと思える。

 あらゆることが手が届く現実としてイメージできていたのに、こればかりは不可能なのだ。

 

 "未知なる未来"――少年の放った言葉は、どうしようもなく男を……ゲイル・オーラムを駆り立てた。

 

 

「連邦東部方言で"自分も勝って相手も勝つ"……ってことか。良い響きだネ、使わせてもらおう」

「単なる俺なりの造語ですけどね、東部なまりっぽいだけです」

 

 目的の一致、双方で協力し進んでいき、相互利益を得る。

 助け合う仲であり、共存・共生する関係であり、持ちつ持たれつの間柄。

 

「もっともウィンウィンと言っても、オーラム殿(どの)のほうがずずずっと負担が大きいかと」

「ふっははっは、だがキミは()()()()()()()()()いずれ自身で望みを叶えるだろう」

「まぁ……そうですね。時間は相当掛けることになりますが」

「つまりベイリルゥ、キミの価値は真に唯一(ただひと)ツだ」

 

 連邦西部商人を一堂に介し、説き伏せた会合を終えての帰路。

 詳しく話を聞けば聞くほどに――実際に事を進めていくほどに――

 実際的に現実味を帯びてくる。未来への興味が一層広がっていく。

 

 そう……もはや彼は手放してはいけない宝なのだ。己の未来を照らす代替の効かぬ道標。

 ベイリルを失うことは、自身を殺すのと同義とさえ思えるほど今は満悦している。

 

 

「否定はしません。ハーフエルフに生まれたことも本当に僥倖(ぎょうこう)でした」

「まっ恩に着るのであれば急ぐことだ、コッチはただの人間だしネ。その為の労はワタシとしても惜しむ気はない」

 

 遠き未来を拝む為にいずれ眠ることになるとしても、可能であればテクノロジー発展の中間も見たい。

  

迅速(なるはや)でやっていくつもりですが、基礎が(おろそ)かだと砂上(さじょう)楼閣(ろうかく)に過ぎないので手抜きはしませんよ」

「もちろんだ、キミは思うままにやりたまえ」

 

「それは願ってもない。それじゃあ言葉に甘えて相談があるんですけど――」

 

 ベイリルとの話は尽きず……もはやゲイル・オーラムの心は単なる伽藍堂(がらんどう)ではなくなっていた。

 

 彼の広大な精神の空間はいずれ――ありとあらゆる事柄で埋め尽くされる。

 その配置を考えているだけで、ゲイル・オーラムの虚無感は消え失せた。

 

 後に"財団"の三巨頭が一人に数えられる男の旅路には、"黄金"の輝きを(たた)えているようであった――

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#24 交差する日常

 

 俺は街中で一人……中央広場のベンチに座りながら、ボーッと往く人並を眺める。

 

 連邦西部有数の都市国家も、「外国の片田舎の街並かな」程度の感想にしかならなかった。

 もっとも街道を歩く亜人や獣人、騎乗や荷を引く為の固有種を除けば……であるが。

 

 元世界のテクノロジーとその多様性が、いかに豊富であったのかは常々思うことだった。

 そしていざ異世界文明に革命を(おこ)すことを考えると、課題は山のように積まれ天頂は全く見えない。

 

(決意の日からずっと練ってはいたが――)

 

 それらはあくまで机上のものでしかなかった。

 所詮は凡庸人の浅知恵で立てていた計画で、修正箇所は枚挙(まいきょ)(いとま)がない。

 

 ゲイル・オーラムとの出会いで、諸々着手するまでに百年近くは短縮されたろうとは思う。

 ピンチはチャンス――危機を好機へと変えてやった。

 俺は今のところ順風満帆にやってこれていると言っていいはずだ。

 

 一転した生活に疲れてしまう面もあるが、ここは一つの踏ん張りどころとして頑張るしかない。

 

 

(もっと人材が欲しいな……)

 

 暖かい日差しの下で、遥か天空と片割星を仰ぎ眺めながら思考を深めていく。

 

 さしあたってゲイル・オーラムがその人脈(コネクション)で集めた有力商人達。

 彼らとの会合と交渉は順当に終わった。交渉と言ってもこちらが美味い話を提示するだけ。

 

 株式、為替、融資、保険業、簿記、特許など、優秀な者達の手で遅々としても確実に浸透していくだろう。

 ただしあくまで実験的なもので、それらを本格運用するのはもう少し後になる。

 世界文明を促進させる頃には、しっかりと利用できる環境に成熟させておく必要もあるのだった。

 

 さらにファミリアの事業の一つに、大型私営賭博を加えてさらに拡大させていく。

 元世界からパクってきた各種ギャンブル、さらには独自通貨も流通させるつもりである。

 

 俺は多様な展望を考えつつ、果実ジュースを飲み干す。

 炭酸なんかも作りたいなと頭の片隅で、ベンチから立ち上がって木造りの容器を返しにいった。

 

 

「っと、失礼」

 

 対面から来た人間とぶつかりそうになるも、俺はさらりと(かわ)して一言投げかける。

 しかしその若い男は一瞥(いちべつ)だけをくれると、黙ったまま足早に行ってしまった。

 

(横に三つ並んだ左泣きぼくろ――)

 

 つい先日ジェーンとヘリオとリーティアが財袋をスられたそうだったが、(くだん)の人物とは違うようだった。

 本当にただただ急いでいたのかも知れない。パッと見だが少し気になったのは、みすぼらしい格好であった。

 

(ああいった貧民……かどうかはわからんが、数多くの人が十全に力を発揮できる場を作る――)

 

 経済と同時に最優先で着手すべきは食料供給、ひいては化学肥料である。

 これも既にオーラムの人脈を利用して有志を(つの)っているし、研究施設や道具も確保している最中。

 なるべく不作な地帯を(メイン)としてデータを取りながら、畜産関係も品種改良をしていく方針。

 

 未知なる未来と文明回華の為には、世界中で進化をうながさねばならない。

 その為には可能な限り迅速に、人的資源を確保していくのが重要なのだ。

 

 それは当然食糧問題だけに留まらない。大規模な公衆衛生や、安価な薬用石鹸なども必要だろう。

 魔術によらない適切な医療処置や、抗生物質をはじめとした医学・薬学分野も急務になる。

 

 とにもかくにも研究の為に、様々な人員と場所を用意していくのが最低限にして最優先。

 

 化学・原子理論、生物学・物理学、冶金学、機械工学なども早急(さっきゅう)に進めていきたい。

 そしてそれらの大元となる数学。数式こそ全ての基礎となる学問であり、人材を探す必要がある。

 

 あとは顕微鏡などが作ることができれば、異世界の常識外な元世界の理論の証明がしやすくなる。

 

 

(俺が理系の秀才で公式とか色々覚えていれば、手間は十足飛びくらいに省けたんだろうが……)

 

 某氏曰(ぼうしいわ)く――"数学は科学へと繋がる門と鍵である"。

 数学こそが実践面最強の現代知識チートと言ってもいい。

 

(ないものねだりをしてもしょうがないな……)

 

 ガチガチの文系で、学生時代に勉強したことの多くを忘れている俺には如何(いかん)ともし難い。

 こっちの世界で各分野の英才を、どこぞから引き抜いたり在野(ざいや)から見つけていく他なかった。

 

 教育と共に知識という種を根付かせる。そうすることで芽吹き花開くのを期待する。

 

 テクノロジーの中には現行文明でも比較的やりやすく、手を付けたいことは色々ある。

 しかしてんでリソースが足りないのだ。研究させる金も時間も、何より有能な人手が不足している。

 

 

(どう科学の系統樹(テクノロジーツリー)を進んでいくにしても……)

 

 とにもかくにもデータ集積だけは徹底していかねばならないだろう。

 

 科学とは成功と失敗を繰り返した、膨大な統計の積み重ねた先にこそあるはずだ。

 今現在は大した成果とならず、その内実が解明できずとも、(のち)の未来には必ず役に立つ日が来る。

 

 ともすればデータを残す媒体となる、紙も大量に必要になってくる。

 紙の効率的生産や活版印刷技術の研究・開発も早急に推し進めていくことになる。

 

 同時に印刷は一つのパラダイムシフトとなるテクノロジーであろう。

 教育の為には必要なことだが、安易に世界へ広めてしまうには慎重を期さねばなるまい。

 

 簡易的な蒸気機関や電磁気、他高次テクノロジーとなるものは時機を見計らっていかねばならない。

 

 

「おっあの子なかなか――」

 

 ふと目を向けた先には同年代の女の子が映る。短めの濃い茶髪をツインテールで結んだ少女。

 

 鳥人族だろうか……短めの羽根が肩甲骨の付近から生えているようだった。

 感情豊かに飲食し、可憐で元気いっぱいな印象がとても眩しい。

 

 俺もそろそろ若く、いい年齢になってきて、性欲を持て余す――

 ほどではないものの、肉体のほうが興味を覚えるくらいにはなってきた。

 

 思い切ってナンパでも敢行してみようかと思うものの、今もう少しは色恋にかまけていられない。

 

(う~ん……娯楽・文化面もなぁ)

 

 娯楽と成り得る分野も同様である。美食、音響学に芸術全般、楽器類の製作など。

 費やすコストとリターンを考えると、当分は後回しにしなくてはならないだろう。

 

 なにせ農耕用に使えそうな各種作物や馴染みのない食材。多用途極まる天然樹脂類の探索。

 冒険者らに財貨を投入して、順次依頼していく予定までもが詰まっている。

 

 加えて大陸全土の地質データの収集。勢力調査や選定作業も、文明発展において切り離せない。

 土地の所有権や帰属などもなるべく精細に調べ上げ、可能であれば早めに買い上げたい。

 

(後々の為にも有能な立地は早めに押さえておかないとな)

 

 強文明たる理由の半分以上は立地で決まる、と言っても過言ではないと勝手に思っている。

 

 せめて採掘権だけでもなんとか入手し、石炭や石油にガス資源も含めた燃料はもとより。

 希少金属(レアメタル)等の採鉱作業や、それらの備蓄にも早めに着手したいところである。

 

 あとは……後々に"世界遺産"となるような大自然の選定。

 あるいは訪れ見た者、全ての琴線(きんせん)に触れるような――芸術性伴う巨大構造物なども作りたい。

 

 

「んん……あれは、確か帝国の――」

 

 視界内に入ってきたそれを、俺は脳内の記憶から手繰り寄せていく。

 自分とそう変わらぬくらいの青年と、付かず離れずの距離を保っている二人の男女。

 

 あれはまだ幼少期に亜人街で住んでいた頃……王族の行幸(ぎょうこう)のようなものかなにかだったか。

 守られている王族とその周囲を固めていた護衛――彼らが一様に身に付けていた紋章。

 

 二人の男女は軽装であっても武装している。

 そしてその剣柄に刻まれているその紋章は――"帝国近衛騎士"の証。

 

 世界最強の国家の中でも、選ばれしエリートだけが就けるという一つの到達点。

 

(――ってことはあいつが()()()()()()()の一人、ということか)

 

 黒髪をやや長めに残した正統派な、まさに異国の王子様と言った容姿。

 実力主義の帝国にあって一度も玉座を奪わせない王族は、才能も教育も申し分がない。

 

 人族でありながらも連綿と受け継がれた遺伝子と、強者かくあるべしという()()()()なのだろうか。

 頂点である帝王になれずとも、その兄弟姉妹は皆なにがしかの分野で頭角を現すとされる。

 

 何の目的で連邦西部の、一都市の街中にいるのかはわからない。

 多少露骨でもコネ目的で近付くか、少なくとも今は触らぬ王族に祟りなしとするか――

 

 しかし小気味良くアドリブが利くとは、我ながら微塵にも思っちゃいない。

 こちらから能動的に接触するのは、リスクのほうが高いような気がした。

 何かトラブルでも起こってそこに颯爽(さっそう)と助けに入って――とでも妄想してみる。

 

 しかし特に何も起きることなく、しばらくして近衛と共に視界内から消えてしまった。

 そもそもお付きの騎士がいれば、俺の出番などまず無いに違いなかった。

 

 

(帝国……軍拡主義の実力至上国家、か)

 

 国家間の戦争も、いずれは考えていかなくちゃいけない重要項となる。

 "文明回華"を進めていけば、ほぼ確実にぶち当たると言ってよい問題。

 

 場合によっては俺の指針一つで、大勢が死んでいくという覚悟も必要だった。

 

 現段階でも製造しやすい黒色火薬を始めとして、弾薬及び機関銃。大砲とダイナマイト。

 戦車に巡洋艦、高高度爆撃機や弾道ミサイル、無線通信からネットワーク――そして核兵器に至るまで。

 

「"必要は発明の母"――」

 

 俺は元世界の格言を日本語でつぶやく。戦争の為に研究・開発されたテクノロジー群。

 それらが転じて文明に大きな進歩を与えるのはインターネットなど(しか)り、割りかしよく聞く話である。

 

 しかしコントロール不能の無秩序な戦争は、大切な各種リソースの浪費にしかならない。

 

(機を窺いつつも迅速かつ繊細に、一気呵成(いっきかせい)万端(ばんたん)整え圧倒的優位に立たないと……か)

 

 口に出さぬまま、じんわりと展望を巡らせていく。

 戦争に直接関わるテクノロジーと、それらの氾濫(はんらん)は極力抑え控えたほうが良い。

 長期化して泥仕合になるようなことだけは、絶対に()けねばならない。

 

 最終的に人類社会全体における、共通の利益となるように。

 世界の全てが文明の恩恵を享受し、それらを発展させる土台にせねばならないのだから。

 

 

(結局は地道にやってくしかないよな)

 

 飛躍の為に必要なのは再三考える通り、人的資源であり質と量の確保。

 絶対数を増やし、より良いスパイラルが自然と作られるよう整える。

 循環させ――踏襲させ――発想させ――昇華させる――

 

 文明を急速に発展させるにおいて、荒唐無稽(こうとうむけい)と思える理論を実際に体験させる。

 俺の持つ元世界にあった現実が、"本物"であることを証明することが肝要となっていく。

 無明の暗闇の中で全く新たなモノを想像し、創造するのはいつだって困難(きわ)まる。

 

 しかし実績を重ねて得た信頼を重ねていくことで、俺の夢想を信じさせることができる。

 

 異世界の常識では一笑に付されるような話も、"現実の延長線上に存在する"と考えさせることが可能となる。

 そうなれば生み出す為の目標を、適時明確に定めることが可能になっていくのだ。

 

 "それ"が確実に存在しているとわかれば、徒労となる寄り道なく効率的に邁進(まいしん)することができる。

 

 

「まったく……シミュレーションゲームのようにはいかんもんだ」

 

 自嘲するようにわかりきっていたことを吐いてから俺は立ち上がる。

 立地を厳選し、都市計画を練り、スタートダッシュを決めて、ラッシュで追い込む。

 事はそう単純には動かない。ダイナミズムはなくても、それもまた楽しい。

 

 社会の歯車としてではない、まだ小さな世界でも俺自身が動かしているという実感。

 やりたいことをやって蓄積される疲労に、新鮮味というスパイスが加わり心地良さすら感じる。

 

 文字通り生まれ変わった気分でもって、多方面から導き導かれゆくあらゆる交差を受容する。

 

 それが新しき我が人生――この俺の充実した日常なのだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#25 変わりゆく生活

 

「はぁ……なんで……」

 

 そう毒づくような溜息を吐きながら、メイドであるクロアーネは物思いに(ふけ)続ける。

 "あいつら"が行くのは好きにすればいい。むしろいなくなってくれれば清々するくらいだ。

 

「なんで、私まで……」

 

 ファミリアの事務所地下トレーニングルームで一人鍛錬に励む。

 

「ついでだったしクロアーネちゃんも手続きしといたよ。青春は一度キリだし楽しんでらっしゃいな」

 

 そんな主人であるゲイル・オーラムの言葉を、双山刀で素振りしながら身体と一緒に頭で回す。

 地面まで軸を一本通したコマのように、ブレない回転を順次上げていく。

 リズミカルに反響する巻藁人形の打音が、間断なく途切れなくなるまでそれは続く。

 

 自分にできることは潜入や戦闘といったことだけ――己にとって最も得意なことで貢献をする。

 ゲイルに護衛なんかいらない強さなのはわかっているし、どこかに間諜を命じられることもない。

 それでも自分にはこれしかなかった――いつかの為に己を鍛え続けることだけ。

 

 

 いつも付き従う忠犬? 常に目を見晴らせる番犬? 

 命令一つで獲物を狩る猟犬? 相手を殺すまで止まらない狂犬?

 

 なんとでも呼べばいい。犬人族であることは別段恥じていないし、どれも私らしいことだ。

 自分で考えることをしない駄犬? 結構なことだ。この身命はゲイル様に捧げると誓ったのだから。

 

 獣人種の差別激しい"王国"で生まれ、物心つく頃には既に奴隷の首輪をつけられていた。

 とある侯爵家の私設部隊として、吹けば消える命のような扱いをされ、地獄を耐え続けてきた。

 100人以上は存在していた獣人の奴隷が5人まで減った頃。

 私は汚れ仕事を一手に(にな)う部隊員として働き始める。

 

 王国では亜人種をそういったことに使うことは珍しくはない。

 あらゆることをやってきた、時には同業者とも争った。

 心はとっくに昔に死んでいて、ただ仕事をこなすだけだった。でもゲイル様が救ってくれた。

 

 

 あの人にとっては気まぐれだったのだろう。

 自分を殺しに来た挙げ句に敗北し、一匹逃げ遅れた犬っころなんて。

 

 殺すのなんか容易かった筈なのに、甚振(いたぶ)ったってよかった。

 侯爵らの情報を引き出す拷問されて然るべきなのに――生かした。

 

 首に付けられた奴隷用の"魔術道具"を解き、人らしい生活を与えてくれた。

 

(そう……ゲイル様が行けと言われるなら、行くだけ)

 

 正直なところ――何年も共に過ごし経っていても、未だに何を考えているかはよくわからない主人である。

 暗殺を差し向けた侯爵にも寛容だったが、最終的には潰してしまった。

 しかしそれまでしばらくの間は、新たな襲撃者を楽しみに待っていたくらいだ。

 

 とにかく何事にも楽しみを見出そうとはしている節はあった。

 それでもどれも中途半端に飽きて投げ出してしまう。

 

 組織のボスになったのも自ら望んだものではない。だから長となった今も自ら外へ出て行動している。

 そんなご主人が最近夢中になっているものがある。あの――私を倒した――少年、ベイリルという名の(やから)だ。

 

 

 4週間ほど前のあの日。二人で話してから、ゲイル様は色々と精力的に立ち回り始めた。

 ゲイル様はあいつと定期的に話しては、今まで大して使ってこなかった人脈を最大限に利用している。

 

 自分よりも年下の少年。自分よりも遥かにぬるま湯で育っていたような奴が、どうしてあんなにも……。

 

 感情を持て余している、こんなことは初めての経験だった。

 いけすかない、けれど見習うべきところも確かにあるのだ。

 

(もしも……――)

 

 スタミナが切れたところで回転は徐々に止まり、その場に倒れ込む。

 いつもなら思考なんてしている余裕はないのに、今は何故かこうして考えてしまう。

 

 ゆっくりと鎌首をもたげる――

 今まで私は自分の最適で役に立とうとしか考えてこなかった。ゲイル様も自由にさせてくれていた。

 でも私は得意分野であった戦闘において敗北を喫した。護衛としては確実に失格モノの失態。

 

 ゲイル様が「せっかくだから女の子らしく」と用意してくれたメイド服をただ着ているだけだった。

 

 ただメイドの仕事をしたってゲイル様は喜びはすまい。

 しかしそうして視野を広げていたとしたら……どうなっていたのだろう。

 

 もしも……私があいつらと一緒に、あいつのように成長したとしたら――

 

 少しは私もゲイル様の退屈を……埋めてさしあげられただろうか。

 人として生きるだけの心は持ち得たと思っている。

 思考停止していただけで、今からでも次の段階へ進むべき時なのではないか。

 

 あの少年はキッカケなのかも知れない。

 主人に付き従うだけで良しとしていた、揺れぬ水面のメイド生活に落ちてきた一滴の波紋。

 

(変化を恐れるべきでは――)

 

 あの男……ベイリルがやろうとしていることは、伝え聞く程度だが多岐に渡るようである。

 元カルト教の財貨を注ぎ込んでいくつか施設を作り、集めた人材を投入して何かをやっている。

 

 ゲイル様は何やら自ら市場を動かす経済活動に(いそ)しみ、さらに人脈を拡げて楽しんでいる。

 二人は時に農民、時に豪商、さらには連邦の都市国家長にまで話をして、幅広く活動している。

 

 私もそのどこか一端でいい、役に立てる分野が作れるんじゃないのか――

 

 

 

「どうも」

 

 掛けられた一声に反射的に立ち上がり身構える。その様子を見て――ベイリルは両手をあげた。

 

「ごめん、覗くつもりとか脅かせるつもりとかそういうのはなかった」

「……いえ、構いません」

 

 心の中で巡らせていただけだが、噂をすればなんとやら。

 訓練室である以上、誰が入ってこようと自由だ。物思いに(ふけ)り気付かなかった自分も悪い。

 

 山刀をしまい汗を拭くと、身なりを最低限整え出て行こうとする。

 

「ちょっと待った」

「……なんですか」

 

 振り返ったところでつい邪険に睨みつけてしまう――筋合いなどないのに。

 私を倒したことをわざわざ謝罪したような少年。ゲイル様と意気投合し行動する少年。

 自分より年下なのにやたら大人びていて、私の存在価値を貶めた少年。

 

 わかっているのだ……恨む理由などないのに。

 第一印象は最悪でも、決して悪い人間じゃないことは。

 

「あーっと、その……訓練姿も綺麗ですね」

死合(・・)なら買いますが」

 

 ふざけた言葉にそう応えると、ベイリルは年相応の少年らしく慌てたようにかぶりを振る。

 

「すみません、()()()()()も兼ねて少し慣れておこうかな~なんて、軽率でした」

「呼び止めておいてそれですか、用がないなら失礼します」

 

「いえね……せっかく"ご学友"になるのならもう少し仲良くなりたいなって思って」

 

 (きびす)を返そうとしたところで、その言葉に揺さぶられる。

 もたげた鎌首を沈めきれないのは、心のどこかに否定し難い感情があるのに他ならない。

 

 

「私は望んでいません」

「でもオーラム殿(どの)は通わせるって言ってましたが……」

「私は望んでいません」

「でももう手続きは済んで制服も届いているとか」

「私は望んでいません」

「でも主人の意向ですし、通うんですよね? 学園に」

 

「っ……そうですね」

 

 渋々応えた言葉にベイリルは少年らしからぬ笑みを浮かべた。

 こういうところだ、特にいけすかないのが。

 

「なら仲良くしましょう。遺恨はありますが、年頃も近いし知った仲は多い方がいいでしょう」

「必要最低限でよろしいかと」

 

「オーラム殿のお役に立ちたくはないですか?」

 

 今度は殺意を込めて睨み付ける。

 触れて欲しくない領域に土足で踏み込んで来る態度。

 

 どのクチが言う。こいつがあれこれ立ち回っていた間にひたすら鍛錬を積んでいた。

 今度こそ息の根を止める……まではせずとも、痛い目を遭わせてやる。

 

 

「申し訳ない、と先に謝っておきますが……生憎(あいにく)と俺はむざむざと引く気はありませんよ。

 そうやって先延ばしにしてきた結果の、今の微妙なクロアーネさんとの関係を変える為に来たんで」

 

「お望み通り、関係が()()()()になるわ」

 

 

「はぁ……そろそろ本音で語りますか、お互い慇懃無礼(いんぎんぶれい)上辺(うわべ)だけの敬語もいらない」

 

 無意識にギチギチと、クロアーネの腕が引き絞られる。

 今にも刃引きした山刀に手が伸びるというところで、構わずベイリルは話をし始める。

 

「俺たちがやろうとしていることは、途方もない時間と労力が要る。"学生生活"もその一環になる」

「はっ、何かを学んで役に立つって?」

「学ぶのも大事だが……重要なのは教育と人脈作りと実験。才能を発見することにある」

「それに私を付き合わせようって? 生憎(あいにく)とお断りよ、クソ野郎」

 

 吐き捨てた言葉にベイリルは一瞬身震して何か呟いたかと思うと、構わず続ける。

 

「俺が以前に君を倒したのも、知識に基づいた魔術だ。それらは戦闘においても大きな利を得る」

「私にはッ――」

 

 必要ない、とは続けられなかった。

 実際に私に勝ったこいつを否定してしまえば……強さを否定すれば、自身への否定になる。

 

如何(いかん)ともし難い感情を持て余しているのは、それなりにわかっているつもりだ。

 なんせ俺だって何度も……そう、数えきれないほど懊悩(おうのう)してきたからな」

 

 

 

「わた……しは……」

 

 知った風な口を叩き、憂いたような表情を見せる少年を罵るには至らず。

 こちらに全く臆すこともなく同情も侮蔑もない、ただただ純粋で真摯に向き合う少年の双眸。

 

「力を貸してくれ、クロアーネさん。俺たち全員で未知なる未来を創っていきたい」

 

 深く息を吸い……吐き出す。これ以上――張る意地なんてあるのだろうか。

 いや元からなかった。私は空っぽな汚れ仕事しかしてこなかった犬畜生だったのだから。

 

(結局私も……除け者になるのが嫌だった――)

 

 ゲイル様とベイリル、それにジェーン、ヘリオ、リーティア。

 変化の中で自分だけが置いてかれるのが嫌だった。

 

 変わり映えせず任務だけこなしていたあの頃のように。

 停止したままでいることを自覚していたからこそ……。

 

 

「私なんかが……一体なんの役に立つというの」

「打算的な物言いで悪いけど、俺が期待しているのは人心操作と――"料理"かな」

 

「……料理?」

 

 人心操作はわかる、汚れ仕事でそういったことはある程度は心得ているつもりだ。

 任意に都合の良い情報を流したり、敵対相手を陥れたり、同業者を利用したり――

 しかし料理とはどういうことだ?

 確かに任務中は自分達で作ることは多かったが特別上手いと思ったことはない。

 

「過去に色々な国で様々な食材を扱っていたって聞いた。普通は食べないようなものも経験で調理したことがあるって?」

「まぁ……そういうのは慣れているけど」

「"俺たち"の目指す文明では、食事も大切な要素の一つだ」

「そんなことで、私が役に立てると?」

 

 ベイリルは力強くうなずいて肯定する。そんな瞳には揺るぎない信頼と希望の輝きが見えたような気がした。

 

「調理技術は後から磨けばいいだろうが、そういう感性って凄い大事だと思うからな。

 食えるか食えないかの判断や知識も大事だし。創意工夫の幅や発想力とかも磨かれたろう。

 いつかは"俺の考えている料理"なんかも、是非作って欲しいと本気で願ってる」

 

「……私の山刀さばきは調理の為にあるんじゃないんだけど」

「そこをなんとか」

 

 そう言って拝むように頭を下げるベイリルを眺めつつ、この辺が折り合いをつけるところかと思う。

 ゲイル様の為に――こいつらの為に――調理するのも……想像してみたが存外悪い心地ではなかった。

 

「わかった、私も……学園に通う」

「ありがとう、まぁそう言ってくれるまで引き下がるつもりはなかったけどな」

 

 そうやって何もかも狙い通りと言った風にほくそ笑んだ年下らしからぬベイリル。

 そんな男に対し、私も不敵な笑みで返してやる。

 

 

「ただし、ベイリル。貴方が私に勝ったら」

「えっ今から? ってか俺一回勝ってんだけど」

 

「問答無用!」

 

 そう叫んで私は訓練用山刀を抜き放つ。新たな明日への不安と期待をない交ぜにしながら――

 

 一撃一撃を丁寧に、一つ一つの想いを込めて――

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#26 異世界史

 

「ベイリルはこの本を見るのが好きね」

「うんー」

 

 母のこれ以上ないほど穏やかな声音に癒されながら、俺は幼児のように振舞っていた。

 

「でもベイリルに読めるかな~?」

「ははー、ははー」

 

 異世界に転生してより、まだ完全に記憶を取り戻したわけではない。

 それでもある程度のおっさんの精神性は有している。

 しかし異世界言語を話せない身としては、たどたどしく話すしかない。

 結果的にそれが、幼子(おさなご)であることを装うのに一役買っていた部分があった。

 

「はいは~い、ちゃんと読んであげるわよ~」

 

 0(ゼロ)から異世界言語を覚えねばならないのはひどく億劫(おっくう)だった。

 とはいえ海外留学すれば、自然に現地語は覚えてくって話はよく聞く。

 

 

「むか~しむかし……あるところに、魔力を見つけて魔法を使う人たちがいました――」

 

 魔力を(もち)い魔法に裏打ちされた武力をもって、広き大陸へ支配領域を広げていった。

 そして当時、大陸そのものに君臨していた"獣の王"。

 叡智に満ちた"頂竜(ちょうりゅう)"を排斥(はいせき)し、広き地上を統一した。

 

 (ふる)き王たる竜はいずこかへ消え、かの(もと)にあった竜族も殆どが死に絶えた。

 新たに支配者となった彼らの長である存在は、自らを"神王(しんおう)"と名乗った。

 さらには種族全体を"神族(しんぞく)"と呼称するようになる。

 

 

「死ぬことがなくなった神族も、いつまでもそのままではいられませんでした――」

 

 長き統治が続いた……しかし永久不変の栄華などは存在しなかった。

 魔法の根源たる魔力が、原因不明の暴走(・・)を来し始めたのである。

 

 巨大な大陸のほぼ全てに、その版図(はんと)を広げ住んでいた神族。

 彼らの中から肉体を侵食した結果として、"異形化(いぎょうか)"する者達が出現する。

 暴走は留まる気配すらないまま、着々とその数を増やしていった。

 

 神族は異形化した者達を"魔族(まぞく)"と呼んで()み嫌った。

 そして差別と弾圧が表面化して、歯止めが効かなくなっていった。

 

 異形化が止まらなければ、知能なき"魔物"と成り果ててしまう。

 そうなれば既に意思なき身なれど、討伐の対象ともなる。

 いつ自分達が同じ目に遭うのかと、互いに疑心暗鬼に陥った。

 

 獣の王を打倒してより、当時も存命であった"初代神王ケイルヴ"。

 彼は魔族を隔離する為に、最南端の土地に魔族を追いやった。

 はみ出し者集団と化した魔族ら本人も、居場所を求めて(おの)ずから離反していった。

 

 

「でもおそろしいことはまだつづきます。なんと今度は魔力がなくなりはじめたのです――」

 

 魔力の暴走・異形化は散発的で収束を見ることがない。そんな状況に追い打ちを掛けるかのように……。

 今度は魔力そのものを体内に留めておけなくなる、枯渇(・・)現象が目立ち始める。

 魔力を失っていく神族は、魔法が使えなくなっていった。

 いずれ完全に魔力のなくなった者達は、単なる"人族(ひとぞく)"として呼称されるようになる。

 

 この異世界は全て同一の、神族という種族に端を発し、枝分かれしていったのである――

 それゆえにこの世界は、どの国家も種族も基本的に共通言語で通る。

 (なま)りや言語の変遷(へんせん)も多く見られるものの、一つの言語で済んでしまうのである。

 

 

「しかし魔力がなくなっていくとちゅうで、いろいろな人たちが生まれました――」

 

 魔力の枯渇で人族へなっていく過程で、亜人種や獣人種へと分化(ぶんか)していった。

 それは異形化ともまた違う――魔力と意志による変化と思われ、ある種の進化であるともされる。

 そんな亜人種の中でも、"エルフ"は特異な存在である。

 魔力枯渇に(さいな)まれる中で能動的な技術、"魔力抱擁"によって枯渇を押し留め確立させた種族。

 

 抜本(ばっぽん)的な解決ではなかったものの、魔力の際限なき流出をほぼ半永久的に阻止。

 不老ではなくなったが、1000年近い寿命と独自の魔力操法を得るに至った。

 一方で魔力の暴走・異形化の最中(さなか)で、類似の技術を用いて生き延びた種族もいる。

 それらは"ヴァンパイア"と呼ばれ、エルフと(つい)を成す存在とも言えた。

 

 

「それからまた長い時間がすぎました。そして"魔王"があらわれたのです――」

 

 圧倒的に数と力の差がある神族に、魔族と人族は一方的に隔離・管理・研究されることになった。

 

 原因究明もされないまま長い時が過ぎ去り、そんな中で魔族から力を得た者が現れる。

 その者は神王に(なら)って、自らを"魔王(まおう)"と名乗り世界をまとめあげた。

 ついには種族全体としても力が衰え始めた神族に対して、戦争を起こしたのである。

 

 結果としては――神族にそれなりに打撃を与えるものの、最終的に敗北を(きっ)した。

 しかしその(あいだ)に神族は、着々と数を増やした人族まで管理するほどの力はなくなってしまう。

 

 

「魔法はどんどんなくなっていきました、そのかわり魔術があたらしく使われるようになりました――」

 

 魔法とは全能の(ちから)であり、魔術とは万能の(ちから)と言われる。

 初代魔王によって考案・実践化された魔術こそ、神族に抗し得ることが可能な方法だった。

 

 最初は魔族しか使えなかった魔術も、いずれは人族にも広まっていった。

 一度魔力が完全に枯渇した人族が、時間を掛けて数を増やした頃――

 微量ながらも魔力を得るようになってきたのだった。

 

 

「魔術を使えるようになったにんげんは、いろいろな国をつくっていきます――」

 

 王国を造り、皇国が独立し、帝国が分かれ、連邦が結ばれ、共和国が生まれた。

 

 人領(じんりょう)はいつの間にか圧倒的な広さとなり、魔領(まりょう)とは分かたれた。

 外海の先にある極東、内海の諸島と魚人種、そして領域を最低限に保った神領(しんりょう)

 

 戦乱は繰り返され、大小様々な興亡が起き、魔術具が普及した。

 

 

「ひとびとはあらそい、ながい時間をかけて……ようやくこの街もできたのです――」

 

 帝国には"特区"と呼ばれる、かなり広い裁量権を持つ独立自治が認められた減税地域がある。

 この亜人街も数ある中の一つであり、連邦で言うところの都市国家のような扱いであった。

 

 母は本をパタンッと閉じて、俺の顔を見つめる。

 

 

「ははー、"どらごん"はー?」

「う~ん……お母さんが昔お世話になった人は、どこかで生きてるって言ってたかな」

「おせわー?」

「そうよ~、あの頃はその人について世界を巡ったわねぇ。大雑把な人だったからお母さんが調理しててね。

 おかげでいろんな国の料理を覚えられたわぁ。ベイリルがお母さんの美味しい手料理食べられるのもそのおかげ」

 

 母は懐かしむような表情を浮かべる。今でこそ落ち着いた母も、昔はヤンチャだったとか。

 ただ理論派ではなく感覚派なので、まともに魔術を教えてもらえなさそうなのが難儀であった。

 

「さーて夜も遅いからそろそろ寝ないとね。でないと蒼い鬼火の囁霊(ウィスパー)がやってきちゃうわよ~」

 

 素直に促されて俺は母と共に寝所へと行き、添い寝をされる。

 こちらが眠るまで(ぬく)もりと一緒にいてくれるのが、毎夜の日課だった。

 

 

「ベイリルは将来どんな子になるのかしらねー」

「わかんなーい」

 

 実際俺にもどうなるかはわからない。少なくとも今は暢気(のんき)に暮らしているだけでいい。

 退屈なことは多いものの、スローライフも悪くない。いずれは母のように世界観光に出たいとも思う。

 

 地球の歌を丸コピーして流行らせ、左うちわで生活でもするか――などと思いつつ……。

 

 この頃の俺は異世界への純粋な夢を、まだ膨らませていたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#27 過去の夢

 

「ねぇ~なにしてんのー?」

 

「いつもの実験だよ。これ(・・)受け止めてくれるかー?」

 

 木の上から幼馴染のフラウを眺めながら俺はそう叫ぶと、少女は「わかったー」とうなずく。

 子供の手の平には余る()()()()を落とすと、青みがかった銀髪の少女はしっかりと受け止めていた。

 

「ありがとう"フラウ"」

「うん! どういたしましてベイリル」

「それじゃ、もうそれ半分こで分けようか」

「わかった~」

 

 実験を終えて用済みとなった赤い果実を、フラウが素手で真っ二つに割って、半分を俺に渡してくる。

 やっぱり"リンゴ"っぽいなと、二人してシャクっと(かじ)りつつ……じゃあリンゴでいいやと。

 

 

 そうやって考えを巡らせていく――元世界と異世界との違いについて。

 

 転生して最初にして最大の障害(ハードル)はやはり言語であった。

 母が何を言っているのかを知るところから、俺の異世界生活は始まったのだ。

 歴史という大河の流れの中で広く伝わった()()()()()()()を始めとして、地方によって差異はもちろん存在する。

 

 いまさら語学を学ぶ努力などしたくはないが……生きていく為には覚えざるを得なかった。

 共通言語を一種類だけ覚えれば済むのだから、文句を言うのは贅沢というものだ。

 理屈ではそうわかってはいても、感情としてはやはり陰鬱な心地にもなる。

 ただ現代知識利用するにも、それを表現する方法がなければ――絵に描いたモチ程度にしかならない。

 

 なんにせよ他にすることもなかったし、まずは語学習得に注力し続けた。

 労が少なく済んだ気がするのは――ハーフエルフ幼児の脳だったからだろうか。

 

 異世界の肉体規格や成長率がどれほどのものかは、実際的には定かではない。

 ただ気付けば……自分でも驚くほどの集中をしていて、時間が過ぎ去ることは何度かあった。

 

 

「おいし~ねー」

「あぁ美味しいな」

 

 "ハーフヴァンパイア"らしい生えたての片犬歯で、フラウは幸せそうに食べ続ける。

 

(のどかだな……)

 

 そんなことを思いながら、俺は世界の広さへと視界を映す。

 言語にも慣れてくると、次は世界に対して疑問が出てきた。その在り様とはいかなるものなのかと。

 季節に時間、物質の単位、生物の種類や分布はもとより、物理現象そのものにも意識が向く。

 

 いずれ現代知識を利用して一山くらい当てようと思っても……根源が違い過ぎては不可能となる。

 衰退したとはいえ魔法があった世界、未だに魔術という理が存在する世界。

 そうなれば今度は思いついたことを実践するのが日常となっていった。

 

 枝を燃やしてみたり、そこに(フタ)をして空気の供給を絶ってみたり。

 冬季に水を凍結させたり、水に有機物を溶かして蒸発させてみたり。

 料理や食材についても味わいながら。金属など組成も考えながら、わかる範囲で調べていく。

 

 リンゴを木の上から落としたのも、そうした一貫である。

 もっとも有名だったからちょっとやってみたというだけで、それでどうこうというわけではない。

 

 

「ね~ね~ベイリル、さっきのはなんだったの?」

「んー"引力"と、それに"重力"だな。あとは"斥力"……は無いんだっけ――」

 

 首を(かし)げるフラウに、俺は元世界の発音を織り交ぜながら説明をする。

 人に教えることで自分の中のおぼろげな知識も、より確かなものになっていくものだ。

 

「――つまり世界はみんな引き寄せ合ってるんだ」

 

 そう言って俺はリンゴ片手に、空いた左の手の平をすっとフラウへと向ける。

 フラウは疑問符を浮かべたまま、右手の平を合わせてくる。

 

「この(あいだ)にも"引力"がある、俺とフラウの(あいだ)にもある。質量――重さのあるものには全部あるらしい」

「ふーん……?」

 

 説明してわかるはずもないし、俺自身も明確な原理だってわかってない。

 ただそういうものだと習って、それが常識として刷り込まされているだけ。

 本やテレビで宇宙があるものと思っているが、実際に空を見上げる程度でしか見たことはない。

 

 目を閉じた時にそこに本当に月が存在しているかすら、重力の違いを感じられぬ以上は曖昧なのだ。

 

(世界とは曖昧さだ――量子力学的になんたらかんたら、うん確か多分……そんなような)

 

 世界とは――常識とは、狭く……人は見たいもの見るように。

 異世界に転生したという事実も、未だに胡蝶(こちょう)の夢かなにかのような心地を(ぬぐ)いきれていない。

 

 

「きっとみんな離れたくないんだねぇ」

 

 指をぎゅっと絡めて握りつつニコリと無垢に笑う、子供ながらのロマンチックなフラウの感性。

 そんな微笑ましい言葉と行為に、俺もつられて口角が上がってしまう。

 

「そうかもな」

「あーし達も一緒だね~」

 

 (した)ってくる幼馴染の少女によしよしと頭を撫でてやり、フラウも心地良さそうにする。

 孤独だった前世を想起しつつ、誰かに求められるという嬉しさに万感(ばんかん)胸に迫る思いだった。

 

 結局今ある現状に生きるしかない。事なかれ主義というほどではない。

 ただ自然の成り行きのままに、のんびりエコでスローなライフで満足するのも悪くないのかも知れない。

 

「そうそうフラウ、もう一個受け止めてくれるか?」

 

 俺はすっとポケットからある物を取り出し、握りしめたままフラウの前に差し出す。

 

 フラウは僅かに首を(かたむ)けながら、素直に手を開いてリンゴの時のように受け取る。

 それは小さな手に丁度収まるくらいの、翠色の入り混じった石の一欠片。

 

「なにこれー? なんかきれい」

「多分だけど緑色だから、()()()()で言う"エメラルド"って宝石の原石だ」

「げんせき~?」

「磨いたりするとキラキラ輝くようになる石だよ。それもいずれ俺が頼んでやる」

 

 その原石は少し前、実験の為に一人で川近くで見つけたものだった。

 帝国各地に枝分かれした川の上流、どこか遠くの鉱山から流れてきたのかも知れない。

 

「ありがと! じゃあベイリルだと思って大事にする!」

 

 何が「じゃあ」と繋がったのかはわからないが、そう言ってフラウは嬉しそうにする。

 

 子供ではこういったプレゼントはなかなかできないので、冥利(みょうり)に尽きるというものだった。

 日々の手伝いへのささやかなお礼として、今後も付き合っていく相棒として些少ばかりの感謝を込めて。

 

 

「仲よきことは美しきかな、じゃのう」

 

 唐突に掛けられた声に、ベイリルとフラウは揃って目を向ける。

 そこには深く黒い真っ直ぐな長髪を流し、灰色の瞳をした優しげな笑顔があった。

 

 背丈は小柄――と言っても、子供である俺達から年はかなり離れている肢体。

 それでも大人から見れば利発そうな黒髪の少女、くらいにしか見えないに違いない。

 

「おねぇちゃんだぁれ?」

「ふぅむ……名前はいっぱいあるのう、今はただの子供好きのお姉ちゃんでよいぞ」

 

「変なのー」

 

 フラウの問いに答えた黒髪のお姉ちゃんは、片膝ついてこちらへと視線の位置を合わせた。

 その雰囲気は全てを抱擁するかのような、不思議な感覚を二人して覚えてしまう。

 

「お姉さん、ひょっとして凄腕の魔術士?」

 

 直感的にそう思い、呟くように尋ねてしまっていた。

 魔術の特訓は既に個人的に開始しているものの、その道はひどく遠く感じている。

 最近ではめっきりサボり気味になってしまい、なんか実践的なことが聞ければな――と。

 

 

「ふむ、まぁそれなりの自信はあるつもりじゃ。おんしはそんなに魔術を使いたいのかの?」

「あ……突然ごめんなさい」

 

「構わん構わん、若い時分で研鑽に励もうとは良き心がけよ」

 

 そう言ってくれる古風な口調っぽい黒髪のお姉さんに、子供であること利用して俺は少し甘えてみる。

 母ははっきり言ってしまえば……脳筋(・・)の部類でまるで参考にならなかった。

 

 この亜人特区。大っぴらには差別こそされてないが、それでもハーフなどに対する排他主義は残る。

 

 師事を仰げるような練度の魔術士に出会うには難しく……子供ではなおさらであった。

 勉強の為の教本は貴重であり、そういうのは専門の学府などでも遅くないと諦めていた。

 

 

「そうさの、一概には言えんが儂の場合……現象それ自体の想像ではなく、()()()()使()()()()を確立することじゃな」

「魔術ではなく自分――を?」

 

「これはなにも魔術に限ったことではない。ほんの少しだけ勝る自身を常に心と瞳に映すことが肝要。

 一瞬で良い、半歩で良い。昨日より今日、今日より明日。最適にして最高の自分を――追い求め、追いつくこと。

 なればいつでも全盛期であることに、疑いを持つことなかれ。さすればちっぽけな己の限界など消え失せてしまうのう」

 

 彼女の語るサマは自負と自信にして自尊心。驕りであり我儘であり……強烈な思い込みだ。

 そんなことができれば苦労はない。しかし実際にやってのけるという、これ以上ないほどのポジティブシンキング。

 

 それが現実すら超越するものを生み出す原動力と成り得る。

 それが魔術であり魔導であり――魔法なのだろうか。

 

「……参考にしてみます」

「生あらば尽くせ、若人たち。儂とて負けるつもりもないがの」

 

 黒髪の少女は立ち上がり遠くを見つめた。俺とフラウの頭を同時に撫でて、別れを告げる。

 

「少し急ぐ用事があるでな、またいつか会おう――()()()()

 

 言葉と同時に世界は急速に色をなくし、音も匂いも失われていった――

 

 

 

 

「ん……う、ん――」

 

 早朝の朝のまどろみ中で、寝ぼけ眼のまま俺は直近の思い出を反芻する。

 

(懐かしい夢だったな……)

 

 単なる夢ではない。多少の齟齬(そご)はあるだろうが、改めて体験すればそれは確かな過去の記憶。

 姿形であれば明晰夢で会える……しかし無自覚で追体験する記憶の中の幼馴染は、かつて本物だったものだ。

 

 ここまで無意識の夢に没入してしまったのは、随分と久し振りだった。

 最近は"文明回華"活動の為に、(せわ)しなく立ち回って疲労が溜まっていたとはいえ。

 大概は中途で夢であることに気付いて、魔術のイメージ確立練習をやってきたというのに。

 

 とはいえ五感全てで感じた幼馴染の少女フラウとの思い出は、これ以上ないほどの感情を心の中に残していった。

 

(それに――)

 

 曖昧だった記憶が掘り返されて、改めて気付かされる。

 過去のあの古風な黒髪お姉さん少女の教えがあって、現在の自分が多少なりと構成されているのは間違いない。

 

 彼女が何者だったのかは全くわからない。名乗った覚えもないのに自分の名前を呼んていた気がする。 

 恐らくは……母の知り合いだろうか。もしかしたら母の居所を知る手掛かりになるかも、と。

 

 

「まぁいい」

 

 俺はベッドから出て伸びをする。今朝は"全く新しい日々"のスタートであった。

 一歩ずつでも、半歩だったとしても。時間を掛けてでも確実に前へと進んでいく。

 

 昨日より今日、今日より明日。異世界生活の門出(かどで)を大いに満喫しようじゃあないか。

 

 




こういった端話は、メイン進行の最中にも補完する上で挟んでいく予定です。

お気に入りや評価・感想などを頂けるとが上がるので、気が向いたらよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一部 登場人物・用語

適宜更新予定。

読む上で必要なことは、作中で説明しています。
この項は世界観の補完や、あのキャラ誰だっけ? というのを簡易に振り返る為のものです。
読まなくても問題ありませんので、飛ばして頂いても構いません。

※先に読むとネタバレの可能性。また砕けた文章もあるのでご注意ください。ご注意ください。


 

◆ベイリル

本作の主人公、帝国出身。黒灰銀の髪と碧眼のハーフエルフ。現代日本からの転生者。

空属魔術とその派生、地球の創作作品(フィクション)から着想を得た技を使う。

長命種なのをいいことに、現代知識を利用して異世界で『Civilization』しようとする。

なるべく冷静でいようとはするが、楽観主義的で割とテンション任せに行動しがち。

 

◆ジェーン

育ちの姉、皇国出身。薄藍色の長髪と銀目を持つ人間。水属魔術を使う、氷派生が得意。

みんなのお姉ちゃん、歌ったり踊ったりするのが好き。誠実で融通が利かない部分がある。

人当たりがよく分け隔てないが、一定の親密ラインを無遠慮に踏み越えていくのは得意ではない。

 

◆ヘリオ

肉体年齢的には育ちの兄、連邦東部出身。白髪にメッシュ、薄紅の瞳の鬼人族。火属魔術を使う。

歌うのが大好き。粗暴さが目立つが、大概のことは器用にこなす。

戦闘狂な一面も持っていて、短絡的な部分がある。

 

◆リーティア

育ちの妹、出身不明。長い金髪と鮮やかな赤色の眼な狐人族。地属魔術を使う。

天真爛漫、現代知識をほどよく吸収し応用する想像力がある。

年上はおおむね兄や姉呼びするが、ヘリオには呼び捨て。

 

◆セイマール

カルト教団の先生、魔術具の制作・に関してはかなりの熟達していた。死亡。

 

◆アーセン

カルト教団の道員、セイマールに育てられた1期生で、潜入任務などをこなす。

 

◆道士

カルト教団の教祖、下半身が元気な爺さんで信仰心は本物だった。死亡。

 

◆ゲイル・オーラム

金髪七三なおっさん、35歳くらい。連邦東部出身。完璧超人な部分があり、世に飽いていたが現代知識に触れてやる気だす。強い。

 

◆クロアーネ

茶髪の犬耳メイド。王国出身、ちょっと年上。工作員として過酷に育てられた過去を持つ。

 

◆生贄の少女

助けられた後はとりあえずゲイルのところに預けられる。

 

----

 

■魔術

ファンタジーおなじみの超常現象を起こす能力。

初代魔王が体系化した魔力とイメージを認識し発露させる万能の(ちから)

実は知的生命体ならほぼ誰もが使えるが、適性の差があるので実際には2~3割ほどに留まる。

日常用の魔術具が多く存在している為、個人で覚える必要がないことも多く、生活に不自由はない。

 

せっかく自転車があるのにわざわざ持久力(スタミナ)鍛えてマラソンする必要ない、みたいな認識。

それに適性と練度が中途半端な魔術を使うくらいなら、魔力強化した肉体の(ほう)が強いことも多い。

 

イメージそれ自体は、明晰夢で意識的に事象を引き起こす感じ。

そこに魔力による超感覚を介入させて、流れを操り物理現象として発生させる。

詠唱は任意であり、気持ちを入れやすくする為で必須ではない。

 

現代知識によってイメージしやすかったり、一定のプロセスを無視などができる。

しかし同時に知識が阻害して、自由な想像を妨げる場合もあり一長一短。

使う者は魔術士と呼ばれる。

 

■魔導

さらに強固なイメージと多大な魔力消費によって、固有能力と言えるほど昇華させたもの。

その想像が強すぎる為に、魔導は基本的に一人につき一つ。普通の魔術も使えなくなってしまうほど。

使う者は魔導師と呼ばれる。

 

■魔法

魔導すら比較にならない魔力と、現実と妄想の区別がつかない想像力で世界を改変する。

全能に近い(ちから)。大昔はあったものの現在では、失伝している。

使う者は魔法使(まほうし)と呼ばれた。

 

■魔術具/魔導具/魔法具

魔術を道具として扱えるようにしたもの。魔術が使えない人間でも魔力を込めて使える。

例外なく消耗品であり、どんなに高性能な魔術具でも耐久には必ず限界がくる。

 

魔導並の能力を持つ物は魔導具と呼ばれ、その上には魔法具も存在していて"永劫魔剣"が該当すると思われている。

実数としては魔導具よりも魔法具の(ほう)が多いらしい。

 

■魔鋼

魔力を通いやすいよう作られた鋼。製法は色々あり、鉄は素材としては最もポピュラー。

 

----

 

●人族

世界人口の大半を占めている人間さん。弱者ゆえの社会性と数の暴力。

神族が魔力を枯渇していった結果、人族と呼ばれるようになった。

相対的に魔力が少ないというだけで、魔術も普通に使える。

 

何の特筆もないからこそ貪欲であり、想像力にも拍車をかける。

長い年月の中で、今ではむしろ単一で強い個体が増えてきている。

 

●エルフ種

魔力枯渇に見舞われた神族の中から、魔力を抱擁するように循環させることで留めた種族。

不老ではないが長い寿命と高い魔力特性、美容代謝のおかげで平均的に見目麗しい。

よって種族単位で嫉妬されがち。一方で繁殖力が低く、数も少ないのが欠点。

人族との子がハーフエルフ、神族との子がハイエルフ、魔族との子はダークエルフと呼ばれる。

 

●神族

ほぼ全ての人型種の起源となる種族。突き詰めれば魔法が使えるくらい魔力のある人間。

膨大な魔力はその肉体を不老にし、魔力によって活性された肉体も強靭。繁殖力も高い。

(ちから)が衰えていても単一では最強種族であるが、魔力枯渇という爆弾を常に抱えている。

 

●獣人種

神族から派生し、特定の進化に見舞われた獣人種。

人族以外だと、魔族に次いで獣人が多い、種類もいっぱいいる。

獣人は獣と交尾したわけではなく、単に魔力と想像力でそういう見た目と特性を得ただけ。

 

虎のように強くなりたいと思ったら、猫耳と尻尾が生えて毛深くなり筋肉増えた。

鳥のように空を飛びたいから、翼をくださいと願ってたら背中から羽毛が生えた。そんな感じ。

身体的特徴は遺伝するが、必ずしも発現するわけではない。多産ではなく、あくまで人間と一緒。

直接の両親ではなく、祖父母などの遺伝が出る場合もある。

 

●鬼人族

神族から派生した亜人種の一系統。魔力なしでも素の筋力が非常に強い。

角があるのが特徴。男は1本、女は2本。

 

●馬

動物も普通にいる、魔力のせいか地球のそれよりも能力が高い。

 

●陸上竜

でかいトカゲ、荷馬車ならぬ荷竜車として使われることもある。

 

●竜種

大昔の神話の時代に大陸全土を支配していた、地上最強だった種族。

大半は神族の魔法によって駆逐され、また竜の王たる頂竜ともども何処かへと消え去った。

しかし残されたドラゴンが存在し、魔法も失われた現在では種族単位で見ると上位種。

さらに一部残る強力な純血種は、地上最強に数えられるような個体。

 

----

 

▲神王教

歴代で4人存在する神族の王を信仰する宗教。初代神王ケイルヴ本人が創ったもの。

他の人族などは、神族全体を信仰の対象にする場合もある。

各代の神王ごとに派閥が分かれていて、同じ神王教でも過激派同士で衝突することもある。

 

ケイルヴ派――竜の時代より誰よりも長く座についていた初代神王、規律を重んじる。

グラーフ派――世界の安定期にをふるった二代神王、創造と調和を司る。

ディアマ派――最も短命だが最も苛烈な三代神王、戦争を象徴する。

フーラー派――滅多に姿を見せない第四代の現神王、自然の成り行きを旨とする。

 

▲魔王崇拝

神王に倣って自らを魔王と名乗り、現在の魔術体系を確立させた存在と思想に対する宗教。

魔王そのものというより、魔術・魔導・魔法と魔力に対する探究・信仰も多分に含まれる。

魔術士が非魔術士を支配・管理すべきという過激な差別思想もある。

 

▲竜教団

叡智(えいち)ある獣の王。遥か昔に神族に敗れ、多く姿を消したドラゴンを(たてまつる)る宗教。

数少ない竜種は超自然的・超神秘的な存在として、(ちから)の具現そのものとして信仰される。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二部 学園編 ~人脈つなぎし箱庭実験~ 1章「青春コネクション」
#28 学園生


 

 もしも過去に戻れたなら――恐らく元世界・異世界問わず、誰もが夢想することだろう。

 そして過去のどの時点に戻りたいかと問うたなら、学生の頃と答える者はかなり多いだろうと。

 

 灰色の青春を送り、あの時にもっと積極的になっていたらと悔やむことは枚挙(まいきょ)(いとま)がない。

 だからこそ俺は幸運だ。今度こそ充実した学生生活を送れるのだから……と思いたい。

 

 そこは連邦西部国土で、帝国との国境界線上に近い場所に位置していた。

 森山河に囲まれ、独自の生態系も存在し、敷地内の境界線がわからないほど広い。

 

 "学園"の正門をくぐると、さながら象徴(シンボル)のようにそびえる"石像の竜"に迎えられる。

 巨大に鎮座こそしているが、別に"竜教団"を信仰しているわけではない。

 

 単なる賑やかしの飾りである(むね)が明記された看板が、首からぶら下げられていた。

 

 ああなんにせよ、俺達(・・)は今――新たな人生に立って、歩きだそうとしている。

 

 

「帝都幼年学校、王立魔術学院、皇国聖徒塾、そして連邦統合学園――」

 

 帝国、王国、皇国、連邦の最高学府の名をつぶやきながら考える。

 それらは世界でも数少ない教育機関の中において、トップに数えられるもの。

 目的の為には……なるべく高度な学習環境が必要な為に自ずとどれかに絞られる。

 

 "帝都幼年学校"は軍の士官候補となる者を育てる学府で、帝国籍と法外な入学金も必要となる。

 結果として帝国貴族などが自然と集まり、学業内容も軍事学に傾倒(けいとう)している。

 

 "王立魔術学院"は推薦がなければ、入学すら許されない学府である。

 才能顕著(けんちょ)な者であれば王国籍も与えられるという利点もあるが、魔術のみに心血を捧げることになる。

 

 "皇国聖徒塾"は聖騎士を目指す為の学府で、皇国籍さえあれば入学可能で規模も大きい。

 聖騎士となる為に学べることは多岐に渡るものの、同時に皇国軍属となってしまう。

 

 "連邦統合学園"は、創立当初から自由・自主を最上に置いて運営されていた。

 学園自体が半ば都市国家のような扱いという、特殊な形態を今なお保っている。

 

 さらになんともはや学園に在籍している(あいだ)に限り、連邦への一時国籍も取得している形となる。

 創立者がどういう権力を持っていたのかはわからないが、世界的に見ても異質であった。 

 学業の幅も最も広範に渡り、国家・思想・種族を問わず生徒に溢れるのも好ましい校風である。

 よくよく都合が過ぎるようにも感じるものの、他の学府と比較すればそういう受け皿も自然と必要なのだろう。

 

 世界最大級の敷地と生徒数を誇る学園は、主要学部が三つあり、学科は無数に存在する。

 一季ごとに入学手続きと卒業がある単位制度であり、金銭面でも様々な補助が受けることが可能。

 玉石混交(ぎょくせきこんこう)な側面は否めないが、生徒の絶対数によって世界四大学府へとのし上げている。

 

 これらはワケありの他国人にとって、学園は好悪どちらの意味でも、(てい)のいい場所であると言えた。

 生家では居場所がない者の流刑地代わりとなり、事情があって身を隠さねばならぬ者の家ともなる。

 

 

(――だから、幅広い人脈(コネ)を作りやすい)

 

 この学園を選んで通うことを決めた理由その(いち)

 各国への貴族の子弟や、多種族とのパイプを作っておくこと。

 世界に染まりきっておらず、また吸収率の高い若き才能を発掘し、早めに仲間に引き込んでおくこと。

 

 その為には帝国・王国・皇国それぞれの学府は障害や(かせ)が多く、俺の考えているそれにそぐわない。

 

(活動の為の組織も……まだまだ生まれたての雛鳥のようなものだしな)

 

 ゲイル・オーラムの"ファミリア"を前身にして色々と活動をしているが……。

 世界的に文明を発展させるという遠大な計画の前では、まだまだ心もとない。

 ある程度の熟成がされる(あいだ)は、俺にできることなど微々たるものだ。

 

 だったら多少の調整と、学園生の二足のわらじを履いて生きるという選択肢もアリなのである。

 

 

(――それに、勉強も大切だ)

 

 この時期に学園に通うことを決めた理由その()

 教団で過ごした中でセイマールから多くを学んだものの、かなりの(かたよ)りがあるだろう。

 外の世界をほとんど知らないし、年齢もまだ子供だからあまり無茶もできない。

 

(ここなら命を曝すような危険(リスク)も無い)

 

 多種多様な人間と関わり合うことで、それぞれの社会を知ることができる。

 もっと突っ込んだ歴史や神話、魔術や技術でも実践でもなんでも……。

 体系化されたモノを新たにしっかりと学び、今後の為に備えておくのは有意義なことだ。

 

 

(――なにより、この学園(はこにわ)は"文明回華"のモデルケースになる)

 

 この学園でやるべくして通うことを決めた理由その|三(さん)。

 大きな事業を成す為に、ぶっつけ本番などは可能な限り()けたかった。

 まずは小規模でもいいから、とりあえずやってみること。学園を試金石にしてしまうのだ。

 

 学科は国家であり、各派閥は都市などにそれぞれ見立てることができる。

 種族差はそのまま差別問題を含めて、小さい世界に生きる人々と見て取れる。

 そこで小出しにした現代知識や文化がどう人々に影響を与えていくことになるのか。

 

(フィードバックは大切だもんな)

 

 価値観や宗教問題まで、生徒達がどう変質していくかをデータとして積算できる。

 それは一つのサンプルに過ぎなくても、何も無いよりはずっとマシなのである。

 

(もし学園で多少なりと成功したなら……)

 

 それは今後、文明を発展させていく土台(あしがかり)にもなる。

 繋いだ人脈と、見出した才能と、布教した文化や思想と――

 それらは必ずや近い未来に、大きな(ちから)として役立ってくれるに違いない。

 

 

(――そして、学生生活を純粋にエンジョイしたい)

 

 この学園に学生として通うことを決めた理由その(よん)

 今度こそ灰色ではなく、まっとうな青春時代を送りたいということ。

 ハーフエルフだから俺自身は見た目も若く保てる。

 その気になれば100歳になった頃でも学生を装うことはできるだろう。

 

(ただそれじゃあジェーン、ヘリオ、リーティアたちとは過ごせない)

 

 学生できるのは今この時をおいて他にはないのだ。

 肉体的に子供として育ってきて、精神性もまた童心に返っている今が好機。

 二度目の人生なのだから、そもそも楽しまないと意味がない。

 惨劇だの奴隷だのカルトだのはもうたくさんだ。鬱憤(うっぷん)は思い切り発散するに限る。

 

 

 俺は中央広場に掲示されている学園案内図を読みながら、改めて夢と期待を膨らませる。

 

「さて、ここからは別々だな」

 

 振り返ってジェーン、ヘリオ、リーティアを見つめる。これはみんなにとっても良い機会だ。

 カルト()の共同寮生活とは大いに違う環境。

 同年代の多くの者達と交友を深め、より高みへと成長をうながしてくれる。

 

 家族とは別の新たな世界、新たなコミュニティを構築して見識を広げていける。

 

「私としては少し寂しいな……」

「どうせ毎日会えんだろ、部活? だかなんだかで」

 

 いつでもどこでも常に一緒――という期間は終わりだが、部活を作ってそこで会えるようにする。

 

 有望な人材を囲い込み、さらに遠い未来の為の布石もとりあえず打っておく為に。

 三人にも大いに協力してもらって、思想と組織という種を植え育てていくのだ。

 

「そいえば、ベイリル兄ィは結局学科どこに決めたの?」

「いや俺はまだ決めてない、じっくりと吟味するつもりだ。猶予(ゆうよ)期間の内にな」

 

 自由過ぎるゆえに決めかねる。大事なのはバランスだ、何事も按配(あんばい)によって回っていく。

 

(学生を楽しむ、基盤を整える。両方やらなくっちゃあならないのが、今の俺の悩ましいところだな)

 

 

 

 

 俺はひとまず、数日ほど先んじて調理科で励んでいたクロアーネに会いに行った。

 "戦技部"と"魔術部"以外の有象無象の学科は、全て"専門部"として集約されている。

 それゆえに講義もかなり自由裁量が与えられていて、クロアーネは早めに入学していた。

 

 邪険気味な対応だったが、最低限の礼儀を心得ている彼女は学生としてちゃんとやれているようだった。

 

「んん……イケるなこれ」

 

 彼女から署名を貰ったことで、部活設立の為の5人の署名を連ねた書類は揃った。

 ついでに貰ったサンドイッチをベンチに座って頬張りながら、専門部校舎を眺める。

 

 専門部の敷地はことのほか広く、また学科棟も小さいながらも数は多かった。

 

(探すの手間取ってもう昼だもんなあ……)

 

 だからこそこの昼食にありつけたとも言えるのだが……。

 なんにせよ女の子の美味しい手料理というものは、とてもいいものだ。

 

 

「あん時はなんやかんや言ってたのに、今はふっつーに楽しんでんだもんなぁ」

 

 いつぞやの地下へ口説きに行った時を思い出しながら、俺はつい笑ってしまう。

 クロアーネを見た感じ……既に先輩と同級生と共に研鑽に努め、馴染んでいるように見えた。

 

 今までが闘争一辺倒だっただけなのか、何か打ち込めるものができるというのは幸せなことだ。

 俺への態度は相変わらずだったものの、それでも幾分か角が取れて丸くなったように思える。

 

 

(ごちそうさまでしたっと)

 

 心中で感謝の意を示して手を合わせる。量的に言えば物足りなさも残るが、満足感は高かった。

 

 今すぐ返却しに行っても良かったが……せっかくだから明日の昼にしよう。

 そうすればまた明日もありつけるかも知れない、という打算と共に。

 

 近い内に元世界の料理も頼んでみようかと考えつつ立ち上がる――

 そんな矢先に眼前を阻まれてしまい、俺は座った姿勢のまま見上げた。

 

 

「こんにちは」

 

 光の中で踊るような混じりっ気なしの美しい金髪。

 さながら一つの完成された彫刻のようなスタイルラインを備えている。

 その女性は両の碧眼を細めて、慈しむような笑顔を浮かべていた。

 

 既視感を覚える、俺がかつて見たことあるもの……。

 見目麗しく尖った耳を持つその種族は――()()()()"純血のエルフ"だった。

 

「どうも……はじめまして」

 

 俺は子供の頃の懐かしさと共に僅かに気圧されつつも、挨拶を返す。

 

「はい、はじめまして。私は"ルテシア"と申します、お時間よろしいですか? ()()()()()()

 

 なぜか俺の名を知る彼女の一言と共に、緩やかにそして確実に学園生活は始まったのだった。

 

 




新章です。キャラが一気に増えるので、煩雑な面もあるかも知れません。
なるべくキャラ立てはおこなっていきますが、今はまだ漠然としていても問題はありません。

下地作りとして必要な部分でもありますので、どうぞお付き合いください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#29 園案内

 

「――お時間よろしいですか? ベイリルさん」

 

 まだ名乗ってないのに新入生であるこちらの名前を知っている。

 たかだか学園生活なのだが、妙な警戒心を抱いてしまう。

 

 少なくとも教師ではないことは、一目瞭然であった。

 肩口に付いている校章は生徒であることを示している。

 新入生である俺が付けているのは"白色"で縁取(ふちど)られていている

 

("橙色"は何年生だったっけか……)

 

 俺はどこかに書いてあった在籍年数ごとの振り分けを思い出そうとする。

 ただそれが何年生であエルフ種なので、実年頃は推察しかねる。

 

「構えなくて結構ですよ、私は"生徒会"です」

「あーなるほど、納得です」

 

 (いぶか)しんだ俺を見て察したのか、ルテシアという名のエルフはその身分をあっさりと明かした。

 確かに生徒会であれば、新入生のチェックするくらいは難しくないのだろう。

 ただしわざわざ個別接触を取ってきたのは()せなかった。

 

 

「それで……どのような用向きで? ルテシア先輩」

「まぁまぁそう焦らず、生徒会室でお茶でもどうですか?」

「――ですね、どのみち今日中にはこちらから行く予定だったので丁度いいかもです」

「あら、そうでしたか。もしかして生徒会に入りたいとか」

 

「いえ、部の申請を――」

「部活ですか、新入生なのに気がお早いことですね」

 

 その発せられた抑揚(よくよう)に、俺はわずかに感じ入るところがあった。

 しかしあえて突っ込むことも躊躇(ためら)われ、逡巡(しゅんじゅん)している内にルテシアにうながされる。

 

「では参りましょうか、ご案内します」

 

 スッと差し出された手を取り、俺はベンチから立ち上がる。

 

 

 生徒会――考えたこともある選択肢だ。学園生活の王道の一つ。

 これだけ広い学園を色々と取り仕切ったりすることは、悪くない経験にはなろう。

 しかし"文明回華"への道には積もることは山ほどある。

 生徒会活動をしながら回し切れるとは思えないので、青春人生からは除外してしまっていた。

 

「少々お待ちくださいね」

 

 そう言うとルテシアは大きめの指笛をピュイッと一度だけ吹く。

 

 すると十数秒後には上空より飛来した巨大な影が、振動と共に目の前に着陸していた。

 (わし)のような頭と翼を持った四足獣――驚きと共に俺はその魔物の名を口にする。

 

「"グリフォン"――」

「生徒会だけに許された移動用魔物です」

 

 ルテシアはその場から助走をつけずに跳び移り、ちょいちょいと手招きをする。

 俺はフッと一度だけ笑ってから、物怖じすることなく跳び乗った。

 確かに学園はとてつもなく広く、手早く回て執務をこなすなら空中を移動するのが効率的である。

 魔術で飛行できる者はかなり限られるし、これなら多少なりと積載もできて疲労することもない。

 

 

 グリフォンは数度羽ばたくと、二人分の重さもなんのそのと上空へあっという間に舞い上がった。

 

「せっかくですから真っ直ぐ向かうより、少し見て回りましょうか。新入初日ですしね」

 

 鳥瞰(ちょうかん)するとこの世界最大級たる学園の、敷地境界線の広さと曖昧さが浮き彫りになる。

 立地としてはほぼほぼ大自然――天然の要害のような中に存在している。

 山に沿い、河が流れ、森に囲まれ、近くに湖を望む巨大な学園はまさに絶景と言えた。

 

「素晴らしい景色でしょう? 鳥人族やよっぽど卓越した魔術士でないとなかなか見る機会ないですから」

「確かに、言葉もありません」

 

 異世界の風景を堪能する……と言っても、地球にもこうした大自然の素晴らしさは多くあったろう。

 

(人の一生ではよほどの大富豪でなきゃ無理だろうが――)

 

 長命を誇るエルフ種の半分の血を継ぐ俺なら、世界旅行をしても多分お釣りがくるだろう。

 

 

「続いて学園のほうもご説明しましょうか、ベイリルさん」

「よろしくお願いします、先輩」

 

 俺の言葉にルテシアは満足気にうなずくと、グリフォンの背中を何度か一定のリズムで叩く。

 するとグリフォンは大きく旋回するような軌道を取った。

 

「まず先ほどまでいた専門部エリアですね。学園西にあって各学科棟が非常に多く並んでいて様々なことが学べます」

「なんか……もったいないですね」

「どういうことでしょう?」

「いえね、ただもっと大きく取り扱ってもいい学科もあるだろうなって」

 

「興味深い意見ですが……需要と供給がありますからね」

 

 俺はルテシアの――異世界人の標準的な価値観を聞きながら考える。

 

 教育機関があると言っても、異世界が闘争と魔術の歴史で語られる以上、これが一般的なもの。

 入学前にも調べたのだが……持て余している有用な学科が多くある。

 そういうのに(ちから)を入れていけばもっと文化的にも進歩していただろうに……。

 単純に異世界の常識や観念からすると、重要視されずに日陰に甘んじているのだ。

 

 それでもこの学園が世界で最も教育分野が分化し、それらが一学科として認められている。

 噂に聞いた話だとそういったものも創立者の意向らしい。

 世界規模で見たら、停滞している分野はかなりの数にのぼるように思える。

 

 

「山側にある無骨で飾り気のないのが、戦技部本舎とそれぞれ"冒険科"と"兵術科"ですね」

「兵術科の敷地は一際(ひときわ)広いですね」

 

 専門部エリアも数が多いだけ相当な敷地面積だが、兵術科はそれ一つで同等以上の広さであった。

 

「広域演習場は別にありますが、学内でも大規模な実践科目が特に多い学科ですから。

 それと魔術部に所属している生徒でも、兵術科を同時に取っている者も少なくないのです」

 

「なるほど……単純に受講人数が多いから、それだけ規模もデカいわけと」

「その通りです」

 

 魔術士それ自体が、戦争においてこの上ない強力な兵器である。

 兵術――戦争・軍事という要素(ファクター)が、異世界でどれほど需要があるのかが(かんが)みられるというものだった。

 

「貴方も恵まれし者でなおかつ努力を怠らなければ――私と同じ英雄コースへ入れるかも知れませんね」

「英雄コースって確か……」

「戦技部の中でも特に成績優秀者で、担当教師に直々に選抜された者のみが入れます」

「ルテシア先輩って実はかなり凄いんですね」

 

「自負はありますよ」

 

 ニッコリと笑う女性は、いわゆる超エリートであるようだった。

 一万人近い生徒数を擁する学園の、最上位から両手の指で数えられるほうが早い優秀者。

 

 生徒会に所属する人物としても、きっとこれ以上ないほどの傑物なのだろう。

 眉目秀麗・文武両道の手本となるべきエルフのようだった。

 

 

「もしかしてルテシア先輩って……生徒会長だったりします?」

「いいえわたくしは副会長です。生徒会長はもうすぐ会えますので。それと会長は魔導コースです」

 

 この人よりもさらに上がいるのだな、と素直に受け取る。

 同時にそんなヒエラルキー最上位優等生と同じ生徒会……。

 

 入る気は今のところ毛頭ないものの、仮に一緒になれば引け目を感じてしまうかも知れない。

 

「件の魔導コースはあの最も高い塔です。その隣が魔術部本舎で、あっちが魔術科棟や魔術修練場になりますね」

「魔導コースも選抜制なんですよね、たしか」

 

 戦技部の選抜が英雄コースならば、魔術部の上位が魔導コースとなる。

 "魔導"とは魔術を超えし領域、"魔法"には至らずともその権能は計り知れない。

 

「才に恵まれし者の中にあって修学に努め、さらに"魔導師である講師"に選ばれるのが条件ですね」

「本物の魔導師がいるんですか?」

 

「いらっしゃいますよ。どんな魔導を使うのかは知らないのですが、かなり昔からいると聞いています。

 ひとたび魔導師まで登り詰めた方は、他人になど見向きもしないものですが、我が校の講師は数少ない例外ですね」

 

「英雄もいいですが……魔導も捨てがたいですね」

「ふふっなかなか言いますね、でも新入生ならそれくらいの気概があってとてもよろしいことです」

 

 

 学園東部の魔術部エリアも回ると、最後に中央本校舎の屋上へ向かってグリフォンは緩やかに滑空していく。

 そこは生徒会の専用スペース兼グリフォンの飼育場所なのか、小屋があるだけで他には誰もいないようであった。

 

「到着しました。ここからは生徒会室へ直通です、さぁどうぞ」

 

 ルテシアに後ろについて俺は共に歩を進めていく。

 

 妙な敵地(アウェイ)感とでも言うべきか、形容し難い緊張と共に俺は招かれて扉をくぐったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#30 生徒会 I

 

「遠慮せずに掛けたまえ」

 

 うながされた俺は素直に空いた椅子へと座る。部屋の上座で発したのは黄色校章の男だった。

 生徒会の一室……ことのほか広さがあるのは、生徒会の権力と存在の大きさゆえなのか。

 隣で静かにたたずむルテシアとその男のツーショットは、いかにもと言った風で……。

 

「この学園の生徒会長を務めている"スィリクス"だ」

「ベイリルです、よろしくどうぞ」

 

 誰が見ても美丈夫と断じていいほどの容貌。

 細身でやや華奢な印象を受けるが、貧弱そうには見えない。

 色素の薄い金髪と下向きにやや尖った耳、そして黄金色に輝く双瞳。

 それは彼が神族とエルフの混血――"ハイエルフ"であることを示していた。

 

 各種族はとりわけ身体的特徴が見られる。エルフならば長耳がそれにあたる。

 そして神族は単なる金瞳ではなく、陽光を反射するように輝くという性質があった。

 純粋な神族ほどではないにせよ、スィリクスの瞳は確かに光を放っているかのように映った。

 

 

 スィリクスはこちらを値踏みするように目線を動かし、俺もまた観察するように見据える。

 

「ふむ、副会長から詳しい話は聞いているかな?」

「いいえ」

 

 俺は素っ気なく答える。オーラムとの契約以降、上から目線な相手との交渉はかなり数えた。

 それらは"文明回華"の為には必要なことだったし、多少なりと経験にもなった。

 とはいえ学園生活でまでそれを強要されるのは、正直なところうんざりする面がある。

 

「では単刀直入に言おう、生徒会に入りたまえ」

「新入初日の俺なんかを勧誘する……その理由を聞いてもいいですか?」

 

 俺としては一太刀にバッサリ断ってやりたい衝動を抑えつつ意図を(うかが)う。

 

「私と副会長の"種族"はわかるかね?」

「――大きく見れば俺も同じ、ということですか」

 

 スィリクス会長はハイエルフ、ルテシア副会長はエルフ、そして俺は"ハーフエルフ"。

 種族差別がないと謳う学園であろうとも、実際的なしがらみは切っても切り離せないものなのだろう。

 

「勘違いしないで欲しいのは、互助組織や派閥の囲い込みなどという程度の話ではないことだ」

「つまり同種同士で助け合っていこう、程度の話ではないと?」

 

「違うな、支配と被支配の構造だ」

 

 スィリクスは興の乗った演説かのような抑揚で語りだす。

 

 

「我々エルフこそが最上位種とも言える。魔力枯渇に対応し、長大な寿命を維持した我々こそがだ」

「一般的には神族らしいですが……そうではない、と?」

 

 全盛期はとっくの昔に過ぎているとはいえ、神族は例外なく優れている。

 他種族よりも潤沢な魔力容量、それを扱う才能、寿命すら彼らには存在しない。

 竜種を排斥し、地上を支配し、支配領域は狭まったとはいえ手出しはできない。

 また各神王ごとに今なお宗教としても強く信仰されている。

 

「当然だ、彼ら神族は暴走か枯渇に常に怯えねばならない立場。遅かれ早かれその時は訪れる。

 これを欠陥と言わずなんとする。苦難を克服し、何後ろ暗いところなき我々こそが最も優秀だよ」

 

「……自分は神族との混血どころか、人族との混血ですが」

 

 ハイエルフであれば、確かにハーフでも唯一純血のエルフすら超える血統と言える。

 エルフの魔力抱擁という技術と、神族の(あわ)せはまさに良いとこ取りである。

 さらに真偽は定かではないものの、ハイエルフは神族同様寿命がないとさえ聞いた。

 比すれば人族のハーフエルフたる俺は、普通のエルフ種にも劣るものである。

 

「それでも半分を継いでいることには違いない」

「ふむ……なるほど、この際は"血"が重要なわけですか」

 

 俺がそう試しに言ってみると、スィリクスは鷹揚(おうよう)にうなずいて満足気な表情を浮かべる。

 

「聡いな、ベイリルくん。その通り――血こそが我らを繋ぎ、そして示すものだ」

 

 

 一つの共同体として、種族と血というものはいつだって強固なものだ。

 まずは種族によって生命は選り分けられるし、派閥も作られていく。

 

「まったくこの世界の者達は愚かだ。戦乱を繰り返し続け全く進歩がないと思わんか?」

「一部同意します」

 

 精神性という面で見るなら愚かだとは思うものの、進歩がないとは思わない。

 戦争とはテクノロジーを急激に進化させるものであり、そうして人類は発展を遂げてきた。

 

「すべては同意してくれないのかね」

「一部です」

「そうか……今はそれで構わない」

 

 スィリクスは特に反論してくることもなく、聞き流しているようだった。

 

(あぁもしかしたら……――)

 

 俺は心の奥深くで浮かび上がった答えを、否定したい衝動に駆られた。

 思想は違うが、目の前のハイエルフが目指さんとしていることは――

 

「だから私は作り上げたい、その手始めがこの学園だ。長命種たる我々だからこそ成し遂げられる恒久的な世界。

 一人の扇動者にして先導者によって、世代で移ろわぬ、大義によって支えられ主導される統一された国家――」

 

 同じ穴のムジナとでも言おうか、これが同族嫌悪とでも形容すべきものなのか。

 

 持て余した感情の吐き出し方を逡巡する。

 俺の考えるそれと、スィリクスの考えるそれと……基本的な骨子は近い。

 ただ目指すべき方向性が違うというだけだった。

 

「必要な力は今から身に付けることができるから安心したまえ。我々生徒会と共に学んでゆこうではないか」

 

 

(はてさて……どうすべきかねぇ)

 

 ゲイル・オーラムのように、共存の道はあるのだろうかとしばし考える。

 途中までは共同歩調を取るか、取り込んで変質させるか。

 あるいは利用するだけして使い捨てるかなどと――様々に。

 

 なんにせよ現段階として見た時に、この()()()()思考はかなり厄介なものに感じる。

 自分が学園生活の中で築き上げようとしている下地には、不快で余計な色味(いろみ)だ。

 

(生徒会と対立するってのも、それはそれで面白い展開かも知れないが……)

 

 青春には色々ある。生徒会執行部だとか、風紀委員とか図書委員だとか、クラスで一致団結だとか。

 学力テストで競ったり、スポーツに精を出したり、芸事が表彰されたり、バンドをやったり、演劇したり。

 裏番になったり、他校と揉めたり、教師と悶着があったり、恋に友情に喧嘩に、本当に多岐に渡る。

 

 権力ある生徒会と対決する構図というのも……ある種のお約束、雛形(テンプレート)の一つ。

 それに万が一遠い未来に交差し敵対する可能性もある以上、芽の内に潰しておくというのも悪くはない。

 

 しかし――である。

 

 

「お断りします。まっ……どのような形であれ、誘ってくれた厚意には感謝します」

 

 実際問題として、そんな敵対する状況にならなければそれに越したことはない。

 自分から喧嘩を売りにいくほど、今はいきり立ってもいない。

 表現は柔らかく一応は相手を立てて返答しておく。

 

「遠慮はしなくていいんだベイリルくん。それとも……お友達に配慮でもしているのか?」

「友達ではなく家族(・・)、ですかね」

 

「真の家族とは我々のことだとは思わないか? 人族は所詮100年にも満たぬ付き合いでしかない。

 これからより長い時を過ごすのは――種で結ばれた絆に他ならない。君もいずれわかるだろう」

 

 きな臭くなってきた雰囲気に、かなり辟易(へきえき)した心地で満ちていく。

 

 新入生の俺を調べ上げていたのだから、当然他の新入生も調べたのだろう。

 もしも今から()()()()()()()()()ようなことがあったなら……。

 眼前の男は真っ向からの敵対者と化すに違いないのだ。

 

 

「では100年後にまた誘ってください。その時にまた考えてみます」

「理解し難いね、君の家族など――」

 

会長(・・)、今はもうよろしいかと」

 

 一線を踏み越えられようとした刹那、スィリクスに言にルテシアがやんわりとした口調で挟み込む。

 

「う……んむ、そうだな副会長。無理強いはあまり良くないかも知れんな。

 だが我々の活動を見ていればすぐに入りたくなるはずだ、いつでも歓迎しよう」

 

「会長、ところでベイリルさんは部の申請をしたいそうです」

 

 俺は「へぇ……」と胸の内のみで発しつつ、自分の認識を改める必要性を感じた。

 この会長にしてこの副会長ありなのではない、この副会長にしてこの会長あり――なのだと。

 

 同時に油断のならなさに、警戒と敬意を覚える。手綱を握るかのようなその純血のエルフを。

 

 

「ほほう、部活かね。ちなみに部と生徒会は兼任していても構わん。配慮するから是非心に留めておいてくれ」

 

 しつこい勧誘を続けつつ、スィリクスは机に置いてあった呼び鈴をチリリンと一度だけ振った。

 すると人払いをしていた生徒会室へと、一人の女性が入ってきたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#31 生徒会 II

 

 スィリクスに呼び鈴で呼ばれ、一人の女生徒が生徒会室へと入ってくる。

 

「"ハルミア"庶務、書類を確認してくれたまえ」

 

 しずしずとした所作で、質の悪い紙質の申請届を受け取った女性。

 よくよく観察すれば、自分と同じ程度に耳がわずかに上向きに尖っているのが見受けられる。

 

 薄い紫色の髪に、下フレームの眼鏡を掛けて白衣を羽織る姿。

 落ち着いていて理知的な印象を、一層強固なものにしていながら……。

 同時にどこか扇情的な印象も(ぬぐ)えない。

 

「書類上は問題ないですね。ただ……会長の判断を仰がないと少々わかりかねます」

 

 ハルミアと呼ばれた庶務は整然と確認し終えると、会長へ申請届を渡して横に待機した。

 

「ふむ……"フリーマギエンス"? どういうものかねこれは」

 

「連邦東部の言葉を掛け合わせたもので――"自由な魔導科学"とでも言いますか。

 具体的な内容はまだ決まっていないのですが、様々な交流と学習をする予定です」

 

「判然としないな。確かにこの学園は自由を尊重し、我々生徒会の裁量も広い。

 しかしなんでもかんでも承認しているわけではないということは心に留めて欲しい」

 

「邪推でしたら申し訳ないですが、生徒会に入るのであれば認めるとかはないですよね?」

 

 先んじて釘を刺す。私心でもって却下するのであれば断固抗議すると言う意思を込めて。

 

 

「馬鹿を言うな。確かに生徒会に所属するのであれば、多少は融通を利かせなくもないがね。

 それももう少し明確にして貰わないと困る。活動場所、活動費、場合によっては顧問も必要となる。

 活動内容それ自体が他のものと似通っているのであれば、まずはそちらを勧めることになるだろう」

 

 ちらりとルテシア副会長のほうを見る。

 何も言ってこない以上は、恐らく会長の言い分は正しいのであろう。

 

 傍から聞いても確かに正論である。生徒会としてつつがなく仕事をしていることに疑いはない。

 

 部費はなくてもこちらでどうにかできるが、学内で活動場所がないのは困る。

 少しずつ浸透させ人数が増えていけば、いつまでも誰かの部屋を使い続けるというわけにもいかない。

 

 

 かと言って、活動内容は()()()()()明確にはしておきたくないのも事実だった。

 "曖昧なまま存在させる"ことにも、意味を持ってくるのだから。

 

(文化の浸透ってのは、見方を変えれば価値観の侵略に他ならないからな――)

 

 つまるところ異なる文化というのは、簡単に受け入れられるとは限らない。

 文化の違いとは思想から生活様式まで、数え切れないほどの影響を与えうる。

 違う文化を柔軟に受け入れやすい、多種族かつ若い人間が揃う学園を土壌として選んだとはいえ……。

 

(最初の印象で固定観念を持たれてしまうと少しだけ面倒だ)

 

 今だけ創作娯楽物を使った具体的な例を用意し、適当にでっち上げてもいい。

 しかし実際的な活動内容の差異がバレてしまった時に、突っ込まれても面倒となってしまうだろう。

 

「同好の士を(つの)って、様々なことに興じる。というだけじゃ駄目ですか」

「いま一つ何か明確なものが欲しいところだ」

 

 取り付く島はとりあえずまだありそうではある。

 しかし現状材料ではどうあっても認めることは不可能な雰囲気に、俺は眉をひそめる。

 

 形だけでも生徒会に入って一度設立させてから抜ける。

 という手もあろうが、今さら前提条件などを付けられても困りモノだった。

 

 

(しくじったな……最初からいい顔をして生徒会に加入しておけば、もうちょいやりようがあったか)

 

 一度邪険気味に扱ってしまった以上は、もう後の祭りだった。

 今からそれをすれば、いかにも心変わりをした信用ならぬ男として扱われる。

 なんとか助け舟でもないものかと思った矢先、ルテシアが(さと)すように口を開く。

 

「ベイリルさん、今現在我が学園での部活動は飽和状態な部分もあり、色々と確保しにくいのが実状です。

 少々言葉きつく付け加えるのであれば、まだ勝手知らぬ新入生にあれこれ世話を焼いてしまえば際限がない」

 

 悩ましいところであった。部としてではなく、ただの自由集団として活動する手もあるにはある。

 

 しかし何かしら名分がないと、施設などを借り受けたい時があっても制約があろう。

 それっぽいこじつけや言い訳を考えているところで、ルテシアは話を続ける。

 

「ですが()()()()。直接的に繋がる仕事を行うのであれば、許可する理由になるかも知れません」

「……生徒会に協力すれば対外的にも認めやすい、と?」

 

「副会長、あまり勝手に話を進めないでくれたまえ」

「すみません会長、少し出過ぎた真似を――」

 

 コホンと咳払いを一つしてスィリクスは俺へと向き直り、悠然とした態度を見せる。

 

「副会長の言うことはもっともだ。そうだな……我々の仕事の一部を手伝ってもらえば認めよう。

 それと同時に(・・・)君自身で活動場所を確保することもできる。んむ、それはとても良い発案だ副会長」

 

「ありがとうございます」

「依頼の詳細を願えますか」

「あぁ……専門部の部活棟五号に、とある連中が跋扈(ばっこ)していてね――」

 

「えっ、スィリクス会長、それは……」

 

 庶務のハルミアが口を挟もうとするが、スィリクスの視線一つで口をつぐんでしまった。

 明確な(ちから)関係を垣間見ると共に、何やらきな臭さが漂ってくるようであった。

 

 

「誰が呼び始めたのか"カボチャ"と呼ばれる落伍者(らくごしゃ)どもが徒党を組んで勝手に占有している。

 硬い外皮の中で甘く生きてるような奴ら、という意味なら――なるほど言い得て妙なのかも知れんな」

 

「生徒会でも手を焼いているわけですか」

 

「その気になれば造作もない……が、対処しようとすれば相応に規模が大きくなってしまう。

 カボチャ共は巧妙に校規の穴を突いて存在しているから、こちらとしても非常にやりにくいのだ。

 教師陣も手を出しにくく、学生間の領分である以上我々の仕事であり、一掃したいところなのだがな」

 

 苦虫を噛み潰すように、スィリクスは吐き捨てた。

 元世界でも異世界でも変わらない、不良やチンピラと言った(たぐい)の者達。

 

 競争社会であれば必ず優れた者と劣った者、相対的な勝者と敗者が存在するのは当然の理。

 反体制的な集団ができ上がるのも、一般的に考えれば極々自然な流れである。

 

「――ただ……彼らの存在が暗に役に立っているのも、また否定できない事実なのです。

 一所(ひとところ)にいるからこそ余計なところで波風が立たない、似た者も自然とそちらへ集まります」

 

「ふんっ才能もなく努力を(おこた)った奴らが、傷の舐め合い目的で安易に集まることを助長させているだけだ」

 

 ルテシアの言に、スィリクスはさらに強い言葉を重ねた。

 前世を思い出せば……正直なところ、耳が痛い部分も無きにしもあらず。

 往々にしてヒエラルキー上位にいる人間の考えた方。

 下位に追いやられてしまった者の心情など、推して量ることはない。

 

「さてどうかねベイリル新入生。連中をどうにかして、自ら活動場所を確保すれば特例とする理由になるが」

 

 

 俺は「案外食えないな」と心中で笑った。明らかに新入生にやらせるような仕事ではない。

 

 しかし俺はどんな難題であっても、設立の為には受けざるを得ない。

 諦めるならそれで良し。失敗しても、改めて生徒会入りを打診して融通を利かせる。

 選択肢として提示され自ら選んだ以上、生じた結果に責任は持たねばならない。

 多少なりと恩義を覚えると同時に、負い目をも俺は抱えることになろう。

 

 俺がこの部活動に思い入れがあると見抜いた上での、小賢しいとも言えるやり方だろう。

 

(さらには生徒会役員候補(・・)だった新入生が、危害を加えられたことを口実に何かしらアクションも起こす算段……かね)

 

 しかしそれはあくまで、俺が()()()()()()であったらという前提の話である。

 俺が失敗するに決まっているという見通しに基づいて成り立っているものだ。

 生徒会こそ思い知るだろう、選択肢を提示してしまった責任というものを。

 

 

「校規に違反するようなことはないのですか?」

「勝手知らぬ新入生が起こす問題など、単なる小競り合いで済ませられる」

 

 もちろん死人が出るような刃傷沙汰にまでなれば大問題にはなるに違いないが……。

 所詮は学生同士のことと高をくくっているし、それは確かに事実なのだろう。

 

「――受けましょう、その依頼」

「気概溢れるその精神、やはり君は惜しい人材だ。またいずれ勧誘させてもらうよ」

 

 スィリクスは「近い内にね」とでも付け足しそうな物言いで締める。

 

「ハルミア庶務、もうこっちの仕事はいい。"医学科"棟へ戻るついでに彼を案内してやってくれるかね」

「っはい。わかりました……では行きましょうか」

 

 ハルミアは一礼した後、続くようにして一緒に生徒会室を出る。

 わかりやすい展開に、俺は晴れ晴れとした心地を迎えていた。

 

 生徒会上等。不良上等。これもまた(はな)の学園生活というものだろうと。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#32 落伍者 I

 

「ハルミア先輩はハーフですよね?」

 

 専門部の落伍者の溜まり場へ案内される道中、ただ黙っているのも難であったので俺は軽く話を振る。

 ただ単にお近付きになりたい、という下心もなくはなかった。

 

「えぇはい。でもその……私は"ダークエルフ"なんです」

 

 ――ダークエルフ。魔族とエルフの混血によって生まれる。

 エルフ種は同種だと子が作りにくく、繁殖能力は非常に低い種族である。

 ゆえにハーフ種は実のところ意外に少なくなかったりする。

 

 しかし人族とのハーフエルフに比べると、魔族とのダークエルフはかなり珍しい。

 その理由とは単純に生活圏の違いと人口比に起因している。

 人族は生活圏も同じであり数も圧倒的に多いが、魔領とはそもそも住んでいる場所が違う。

 

 生徒会長スィリクスの種族である神族とのハイエルフに至っては、さらに希少と言って良い。

 

「俺は亜人街に住んでいたんですが、初めて見ました。ダークエルフならどこか異形化した部位があるんですか?」

「え? えぇ……その、こめかみの少し後ろに両角が……」

 

 そう言ってハルミアは横髪を掻き分けると、鬼のそれとは違う山羊のような角が見えた。

 ハーフゆえか小さく髪に隠れるようだが、ふとした時に見えてしまうだろう。

 

 ただそんなことよりも控えめなその所作と、ついでで覗いたうなじのほうに見惚(みと)れてしまった。

 

(エッッッロ……)

 

 直近のルテシアが綺麗すぎたというのもあるが、比べても彼女は劣ってしまうかも知れない。

 平均よりは上のように思えるが、その等身大の容姿に(つや)が乗っているのだ。

 

「あの……まじまじと見られると恥ずかしいのであまり――」

「っと、すみません。まぁ目立たなくてなによりですね」

 

 少々長く注視していたことを謝りつつ、フォローを入れて話は続く。

 

「偏見はないのですか?」

「まぁそりゃ俺もハーフエルフですし、魔族のことも本人に罪なきは自明です」

 

 

 ――魔族。神族の最初の異変である"魔力暴走"によって偉業の変異を遂げた姿。

 

 後々に繁殖した人族より人口はかなり少ないものの、神族よりは圧倒的に多い。

 また種族全体の傾向として、好戦的で個々の戦力も高く、魔術適性も人族より高いことが多い。

 

 最初に魔領を統一し、現代でも基礎となる魔術メソッドを創った初代魔王が没してからも戦乱を続けてきた。

 魔領内で群雄割拠が繰り返され、二代目魔王以降は短期間で代替わりをし、統一することすら困難を極めた。

 

 そんな中で第九代魔王を数えた時、魔領は完全統一を成し得た上で人領及び神領征に打って出る。

 力を大きく減じた神族は、既に二代神王グラーフに指導者の位置を移していた。

 失伝しつつある魔法文明の中で、二代神王は有志達と共に多くの魔法具を作ってこれに対抗した。

 

 しかし戦争を繰り返してきた魔族、その数と質は苛烈を極めた。

 弱った神族とまだ力の弱い人族で抗し得るのは難しく、世界を大いに荒らし回った。

 

 遂には二代神王を討ち果たし、大陸統一を成し遂げんところまで来ていた。

 

 

 人々は暗黒時代に震え、畏怖し、明日を惜しんだ。

 それを打開したのが、殺された二代神王の後を継いだ三代神王ディアマである。

 神族でも数少なくなってきた"魔法使(まほうし)"として、減じた神領軍を再編すると即座に反撃を開始する。

 

 ()の者は神族には珍しいほどの、戦争の天才だった。

 緻密(ちみつ)な彼我分析と的確な戦力投入で、塗り潰された勢力図を次々と上書きしていく。

 

 そして"永劫魔剣"を筆頭とした魔法具でその身を固め、前線で大いに指揮を振るい、士気を奮わせた。

 時に天に大穴を穿ち、大地を斬断したと――幼少期に読み込んだ歴史書には書いてあった。

 

 九代魔王のみならず、その後続くだろう魔王候補達までも軒並み鏖殺(おうさつ)して回った。

 魔族は三度(みたび)魔領へと押し込められ、戦災という爪痕が残された。

 

 そこにはしぶとく生き残った人族が埋めていくことになる――

 

 そんな歴史ゆえに……今なお本能のままに生きる傾向が魔族はことのほか大きい。

 現代においても、暗黒時代の際に与えた過去の恐怖は語られ、完全に拭い去れてはいない。

 近い歴史においても魔族は常に、人領との境界線上で戦争を繰り返してきた。

 

 現在人領で暮らす魔族も、多くはないものの存在こそする。

 しかし個人にとっては、(いわ)れなき差別や偏見はどうしても付きまとってしまうのだ。

 

 

 ハルミアは魔族の血を継ぐダークエルフという出自。

 つまりはそういった心配を、俺に投げかけているのだった。

 

「皆がそうだとと嬉しいんですけどね。ただこの学園であってもダークエルフ一人だとなかなか……」

「ハルミア先輩が良ければですが、今日明日にでも俺の兄妹を紹介しますよ。あいつらなら大丈夫です」

「ふふっありがとう、優しいんですねベイリルくん。あと私に堅苦しい先輩付けはいらないですよ」

「そうですか? じゃあ、ハルミアさんで」

 

 自然に溢れたのだろうその笑顔に、俺はなかなかグラっと来るものに心をときめかせる。

 

 種族シンパシーに加えて、優しく知的さも感じる好感触の会話。

 主張し過ぎぬ美貌と、白衣の下に隠れていても判別がつく肢体。

 動作も控えめなのに一つ一つのどこか扇情的で、下品な言い方をすれば()()()()()

 本能をガツンと叩かれ、俺の中の遺伝子が求めるような感覚。

 

 色彩豊かな青春時代を送る為にも"ガンガンいこうぜ"、などと考えてしまう。

 

 

「まぁ生徒会に入ったのもそういった経緯でして、誘われただけでなく処世術とでも言いますか」

「医学科、なんですよね」

「えぇはい。回復系であっても魔術を伸ばすのなら魔術部魔術科も選択肢でしたが……。

 やはり肉体をよく知ることで、より深い理解ができるのではないかと考えたものですから」

 

 この世界には難度が高く使い手は少ないものの、回復魔術も存在する。

 ゆえに医療という学問それ自体も、そこまで発展しているわけではなかった。

 

 想像を魔術として発するだけで傷が治るのだから、そこに理屈を求めようとはしないのだろう。

 学業幅の広いこの学園でも、一専門学科に過ぎないのが如実(にょじつ)に示していた。

 

(彼女と医学科を足掛かりにしてもいいかも知れないな)

 

 ゲイル・オーラムの人脈をもってしても、医療分野はなかなかコレと言ったものがなかった。

 医療分野が発達は農業と食料供給と両立させるべき、非常に重要な課題の一つである。

 

 

「ところで……"フリーマギエンス"――でしたっけ」

「興味あります? ハルミアさん」

「ん、そうですねぇ。ただ……今からでも遅くないので、行くのはやめませんか?」

 

 ハルミアの態度にますます好感度が上がる。本当に純粋な気持ちで心配してくれていることに。

 

「俗に言うカボチャ……落伍者の方々ですが、本当に危険なんですよ?」

「まぁそうですね、でも言質(げんち)は取ったし試すのも悪くはない」

「過信は良くないです」

「一応逃げるのも得意なんで、それに怪我したら……治してくれるのを期待しちゃ駄目ですか?」

 

「……もうっ」

 

 冗談めかして言った半分本気の言葉。ハルミアから零れた微笑と共に俺も笑みを返す。

 頭も良さそうで柔軟性もあり、回復魔術と医学に通じるダークエルフ。彼女は最高だ。

 

「もしも俺が今回の一件で、部活設立できたら入ってもらえませんか?」

「何度も言うようですが無理ですよ。立場を抜きにしても会長や副会長が、迂闊(うかつ)に手を出せない人達なんです」

()()()()です。その万に一つを達成したなら、是非フリーマギエンスに入って欲しい」

「結構押しが強いんですねぇ、ベイリルくん。でも……そうですね、私なんかで良ければ」

 

 ハルミアは「ちょっぴり楽しそうですし」と付け加えて、笑顔を向けてくる。

 カボチャ達には悪いが、今の俺はもう何がなんでも奪い取る理由ができてしまった。

 

「約束ですよ」

「はい、約束されました」

 

 

 ひとまずの事は全て上手く回っていくだろう、あとは落伍者(カボチャ)達の処遇をどうするべきか。

 

「何か情報ってあります?」

「えっと現在は確認しているだけで50人超、まとめているのは"ナイアブ"という男性の方ですね」

 

 学生の域を超えないのであれば、負けることはまずないだけの自信はある。

 こっちには初見殺しの奇襲魔術があるし、ぶちのめして立ち退かせるだけならそう難しくはない。

 

(ただ可能であれば、ハルミアのように有望者は取り込んでおきたい)

 

 そうなるとただ正体不明の魔術で倒した事実よりも……。

 真正面から叩き伏せてこそ、この手の連中には効果的なはずだ。

 

 後ろ暗いところなく(ちから)を示すと同時に、相手にもメリットとなる材料を与える。

 むしろ異世界でドロップアウトしたのならば、元世界の知識をよりよく吸収してくれるかも知れない。

 

 

「そういえばナイアブという(かた)……以前は医学科にいたって噂は聞いたことがあります」

「直接は知らないんですか?」

「私が医学科に入った時は既に……。確か元々は芸術科の天才と呼ばれ、その後に毒を研究していたと」

「芸術科から毒、か……」

 

 医療には毒というのも非常に重要だ。

 薬も過ぎれば毒となるし、毒も容量を誤らなければ薬へと転ずる。

 どんなものにも主作用副作用等があり、問題なのはその調整にある。

 

 そういったモノに精通し心得た者は、文明の躍進にも大きく寄与してくれるに違いない。

 

「私は解毒方面はまだそんなに得意ではありませんから、本当に気をつけて下さいね。

 気性が荒い(かた)とは聞いてませんし、学生間でそこまで危険なことはないと思いますけど……」

 

「重々注意しますよ、余計な心配掛けたくないですし」

「あと聞いたことあるのは私と同季の、兵術科で問題を起こしたという獅人族の女性でしょうか」

「問題……?」

「詳しくはわかりません。生徒会資料を精細に調べればあるいはわかるかも知れませんが……。

 ただ内容によっては踏み込んだことは書かれてない場合もあるので、調べに戻りますか?」

 

「いえいえ大丈夫です、相手が誰であれやることは変わらないので」

 

 そうだ、相手にどんな事情があろうと変わらない。

 突き詰めれば"(こと)()"か"武の(ちから)"の二択、ないし両方で理解し合うというだけだ。

 

 

 

 

 そうこう話している内に、目的地へと俺たちは辿り着く。

 専門部エリア――居住寮もそう遠くなく眺められる、部活棟第5号。

 

「扉をくぐればもういつ因縁をつけられてもおかしくありません」

「それじゃ……ハルミアさんはここで気長に待っててください」

「そんなわけにはいきませんよ。案内人として見届ける必要も――何より怪我したら私が治さなくっちゃ」

「好意はとてもありがたいですが、生徒会であるハルミアさんが巻き込まれると色々アレなので」

 

 お人好しなハルミアに、俺は強めな語調で返答する。

 最大の理由は、一人のほうがやりやすいということなのだが……。

 そこまでバッサリ切り捨ててしまうようなことは言えなかった。

 

「ダメです、ここは譲りませんよ。私は貴方の先輩で、医学科なんですから」

 

 その瞳は純粋でいて、これ以上ないほど頑固な光を宿している。

 かつて母が去る瞬間の双眸のそれを思い起こさせるものだった。

 

 強き女性――否、性差は関係ない。ただ一存在としての責任感と信念を秘めたものだ。

 

「わかりました、じゃあ俺から少し離れてついてくるくらいでお願いします」

「はい。邪魔はしないよう頑張ります」

 

 ハルミアは胸の前で両拳を握って、ふんすと鳴らすようにポーズを取った。

 

 俺は扉を前に、一心地(ひとここち)つけてからゆっくりと開いた――



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#33 落伍者 II

 

 専門部のカボチャ棟の扉はあっさりと開き、俺達は中へと入る。

 一階は広間のようになっていて、吹き抜けが4階まで続いてた。

 階段を介して部屋が割り振られていて、各部室として本来は割り当てられるものなのだろう。

 

 いずれにせよ早々に十数人、わかりやすく出迎えられたように見つかってしまった。

 カボチャ達は口々に話したと思うと、すぐに5人ほど立ち上がってこちらへと寄ってくる。

 

「"白校章"の新入生さんよぉ? ここがどこかわからないってことはないよなあ?」

「無論、ちゃんと知った上でここへ来たつもりだ」

 

 人族が三人の、獣人が二人。()()()()な風体のカボチャはわかりやすく恫喝(どうかつ)してくる。

 

「わからねえなあ、そっちのネーちゃんも……どういう了見だ」

「部室が欲しいから、代表者と話がしたい」

 

 俺はどうせ無理だとはわかっているものの、建前だけでも淡々と要件だけを告げる。

 

「はっはははッ! ここを部室にしてえってのか、身の程知らずだねえ」

「新入生がそんな理由で"ボス"にいちいち会えると思ってんのか、ああ?」

 

 口々に下卑た笑いをあげながら煽り、挑発が始まる。

 前哨舌戦(ぜんしょうぜっせん)とでも言えばいいのだろうか。

 不良漫画のようなフィクションでしか見たことがない状況に、どう対応していくか少し思案する。

 

「どうすれば会える?」

「てめえなんかじゃ会えねえから帰れや、それとも力ずくで通るか? あ?」

 

 相手から提案してくれるのであれば是非もない。

 ここは素直にお言葉に甘えることにしよう。

 

 

「ふゥ~……――じゃあそれで」

 

 溜息のように息吹をして、身体の魔力循環を意識し整える。

 これから自分達が活動していく場所である為に、派手な魔術は使わない。

 風皮膜のトリガー行為でもある息吹だったが、あえて魔術は使わずにここはいく。

 

「は? なんだって?」

「力ずくでボスとやらに会うことにするから、アンタらをぶっ飛ばすってこと」

 

「威勢がいいなあ新入生……後悔すんじゃねえぞ!」

 

 そう叫んで男は、拳を振りかぶりながら距離を詰めようとする。

 モーションも大きく、スピードも遅い、一般生徒の域を出ない程度のものだった。

 

 俺は踏み出された相手の"膝の狙撃を目的とした蹴り"を見舞った。

 ()()()()()()()()()()をされた男に、そこから派生する一撃必殺の正拳を腹に放り込む。

 

 不良その1は、鈍い(うめ)き声をあげるとあっという間に沈黙してしまった。

 

 

「おっと、多勢に無勢で来ても構わないが……腐っても尊厳(プライド)が残ってるなら一人ずつこいよ」

 

 ちょいちょいっと人差し指を二度曲げる。

 一人目が瞬く間に沈んで、狼狽(うろた)えつつも反射的に攻撃しようとした残りの者達。

 

 しかし年下の新入生を相手に、先んじて釘を刺されしまえば後に引けなくなってしまった。

 

 戦闘行為それ自体で測るのであれば、まとめて叩き伏せることも楽勝であったろう。

 しかし大きすぎる力量差というものは、時に不必要な恐怖や諦観を根強く与えてしまうことになる。

 落伍した経緯は人それぞれでも、思う感情の中に似たものはあるハズである。

 

 こんな奴相手じゃ負けても仕方ない。最初からモノが違うのだ、などと思われては少々困る。

 一対一(タイマン)で倒すことでほんの少しでも……。

 悪感情が減じられるのであれば、それに越したことはなかった。

 

 

 左ハイキック――右裏拳――右飛び膝――かち上げ左掌底――

 順番に、ゆっくりと、落伍者達へ力を見せつけるように叩き伏せていく。

 最初にやってきた5人ばかりでなく、追加で落伍者(カボチャ)を順繰りにぶちのめす。

 

 案外"弱い者いじめ"という、後ろ暗い楽しさを否定できない。

 我ながら度し難いと感じてしまうが、ともすれば逆感情についても考える。

 ただバグ技やチートを使ってプレイするゲームなんて、すぐ飽きてしまうことに。

 達成感あってこその人生であり、障害こそが刺激なのである。

 

 栄光が道端の自販機で、缶ジュースを買うかの如く転がっていたなら。

 度を越した強さから得られる幸福というものは、あっという間に色褪せてしまうだろう。

 

 転生し、故郷を焼かれ、奴隷にまで落ちた時は、何も考えず得られる強さが欲しかった。

 しかし今は違う。この長命にとって、退()()()()()()()()()となるのだ。

 

 

「あぁぁあああ! うーーっせえんだよ!」

 

 十名ほど地面と熱い抱擁をさせたところで、叫び声が棟内に響き渡り全員が静止する。

 

「なんなんだよ、あーったく完全に眠気覚めちまったじゃねえか。アタシは二度寝しにくいタチなんだよ!!」

 

 矢継ぎ早に続いた声は、4階部から聞こえてきたものだった。

 周りを見やればカボチャ達は、戦々恐々とした面持(おもも)ちで不動の姿勢を(たも)っている。

 

 声の(ぬし)は階下を見やると、そのまま躊躇うことなく飛び降りた――

 かと思うと、()()()()()()()()()()で床に着地して見せる。

 

「てめーらかぁ、アタシの昼寝を邪魔したのはよォ……」

「オレらじゃありません(あね)さん! こっコイツです、このガキが喧嘩を売ってきて――」

 

 そう言ってカボチャの一人が、俺のほうを指差してくる。

 一方で俺は我関せずといった様子で、飛び降りた女を観察する。

 

 手入れされてない起き抜けの髪は、激情を表すかのような赫炎(せきえん)色。

 頭には獅子耳、尻には獅子の尾。僅かに見える牙と黄色味の混じった猫科の瞳。

 恵体ボディと皮膚の下に備える天性のバネと筋骨が、着崩(きくず)した服から覗いている。

 

 

「無様に負けてちゃ世話ねェだろうが。おう()()()()ぅ……どういうことなんだよ」

 

 そう言って獅人族の少女は、広間の一角へと首を傾けるように視線を向ける。

 ただ一人、状況にずっと動じることなく隅のほうで座っていた男へと。

 

「べっつにぃ、"キャシー"ちゃんが相手してあげれば? なんかその子、部室が欲しいんですって」

 

 やや低めのテノールボイスに()()調()()()は、事もなげにそう告げて立ち上がった。

 線が細めなシルエットではあるが、決して虚弱そうには見えない。

 動きに無駄がないゆえか、静かでスマートな印象を強く与える。

 

 ナイアブというボスであろう名で呼ばれた男。

 彼は鋭い目元に、色素が少し抜けたような緑色の髪を整えつつ距離を詰めてくる。

 

「つーことはおまえ、アタシらの仲間になりてえのか?」

 

 こちらを一瞥(いちべつ)して値踏みするかのように見つめられるが、俺はあっさり否定する。

 

「いいや、違うよ」

「じゃあなんなんだよ」

 

 威嚇するかのような勢いのキャシーと呼ばれた少女に、ナイアブは状況を推察する。

 

「そっちの女の子、確か生徒会の子でしょう。部室確保の為にけしかけてきたってとこかしら」

「ッぁア? あの鼻持ちならないクソ会長の野郎、フザけやがって」

 

 今すぐにでもぶっ殺しに走り出しそうな勢いでもって、キャシーは(すじ)を浮かべる。

 ピシャリと言い当てたナイアブは涼しい顔して、飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さない。

 

「あなた白衣を見るに医学部かしら、懐かしいわね」

「……そうです。ナイアブ先輩、生徒会庶務のハルミアと申します」

 

 ナイアブの独り言のようだったが、ハルミアは話を振られたかのように感じて名乗る。

 あくまで案内人で回復役の彼女は、どう動くべきか判断つきかねてる様子であった。

 

 

「いい感じに灰汁(あく)も強いし気に入った。キャシーにナイアブ先輩」

「はあ?」

「あら?」

 

 ほくそ笑むような表情を浮かべ、俺は二人の名を呼ぶ。

 是非フリーマギエンスに入れて共に研鑽を積み、あいつらと学ばせたい。

 そう直感的に思った次第であった。

 

「おうガキぃ、なんでアタシは呼び捨てなんだ?」

「いえね……年もそこまで変わらなそうだし、()()()()()()()()()()()に敬語使うのもね」

 

 俺はわかりやすく挑発して見せる。

 この手の猪突(ちょとつ)タイプには最初の段階で、上下をしっかりさせたほうが都合が良い気がする。

 忠犬メイドクロアーネ同様、力で語り合ったほうが分かち合えるタイプの人間だと。

 

「言っとくがなァ、アタシは無料(タダ)でも喧嘩は買うぞ」

「御託はいらんて」

 

 俺の言葉にキャシーはゴキゴキと首を鳴らした後に、ダランっと一度脱力する。

 

「上等だゴラァ!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#34 落伍者 III

「上等だゴラァ!」

 

 叫ぶやいなやキャシーは、アッパーとフックの中間くらいの軌道で(スマッシュ)を放つ。

 耳に聞こえる風切り音、その豪腕に意識を改める。

 そこらの落伍者(カボチャ)とは明らかに()()()()()

 

(偉そうにしていただけのことはあるな――)

 

()けんなア!」

「無茶言うな」

 

 身を(かわ)したついでに大きく間合いを取ったところで、俺は半身(はんみ)に構える。

 

 セイマールから習ったのはあくまで基礎体術だけであり、武術を(おさ)めたわけではない。

 あくまで自分にとって、最もやりやすい無手勝(むてかつ)我流に過ぎない。

 強いて言うのなら――元世界で見た架空術技をミックスした"憧憬敬意(リスペクト)再現流"だろうか。

 

 実際問題としてイメージを(もと)にする以上、脳裏に残った見様見真似(みようみまね)という行為は理に適う。

 中国武術で言うところの、形意拳(けいいけん)もとい"敬意"拳。象形拳(しょうけいけん)もとい"憧憬"拳。

 (あこが)(うやま)い、その動きを模倣(もほう)する。浪漫派憧敬(しょうけい)拳――とでも名付けようか。

 

 

「キャシーちゃん、あまり派手にやらないでね~」

「アイツに言え! あのガキがさっさと死ねばそれで終わる!」

 

(死ねってオイ……)

 

 キャシーは四足獣のように地に伏せるような構えを取ると、その赤髪がにわかに立ち上がってくる。

 きめ細かい猫っ毛ストレートが、さながら獅子の(たてがみ)のようにボリュームを持つ――

 同時にパチパチと静電気が空間に走るような音が、耳へと届いてきていた。

 

 俺はその光景を見て、瞬時に息吹と共に今度は"風皮膜"を全身に纏う。

 あれはそう……アレ(・・)だ。電気で肉体を活性させたり加速するとかいうみたいなやつだ。

 

「ッがあぁぁアア!」

 

 咆哮一閃(ほうこういっせん)四足(しそく)飛びからの電光石火の右ストレート。

 帯電した肉体と急加速を伴い、打撃と電撃を同時に叩き込むシンプルな攻撃。

 

「しゃあっ」

 

 インパクトの瞬間に体を(ひね)りながら、風皮膜の流れに乗せて局所的に攻撃を受け流す。

 しかし電撃だけは皮膜を貫通してわずかに喰らってしまう。

 思ったより電撃の威力は軽微だった。だがこの異世界でナチュラルに電気を使う人間は珍しい。

 電撃とは天候でしか見ないものだろうし、電気の性質も詳しく知られてはいない。

 

 

(雷属魔術の使い手――イエスだな)

 

 俺はキャシーの潜在性(ポテンシャル)と将来性に、内心でほくそ笑む。

 同様に出し惜しみしている場合ではないと、魔力を脳へと集中させた。

 

 半分とはいえエルフ種だからこそ早期に修得した――魔力循環による局所的な魔力強化。

 慣れれば誰でも(おこな)う基本技術であるが……。

 魔力抱擁によって枯渇を押し留めたエルフ種には、やはり一日の長があった。

 

 効率的に感覚器官をより鋭敏にし、反射を高めて次の攻撃へ備える。

 拳をいなされ(くう)を切った後に、キャシーは急制動を掛けてすぐさまこちらを向いていた。

 

 彼女は連続して再度突進する為に、床を削り取らん勢いで蹴って距離を詰めてくる。

 

刹那風刃脚(アトウィンドカッタッ)!」

 

 魔力で強化した五感をもって、完璧なタイミングで迎え打つ。

 

 俺は左半身から右足で上円弧を描くように――突進してくるキャシーの逆袈裟(ぎゃくけさ)部を蹴り上げた。

 さらに打ち上がったキャシーに追従するように、勢いのままにその場から跳躍する。

 続けざまに地面を蹴り込んでいたほうの左脚を、垂直方向へ放って上半身へ叩き込んだ。

 

 術技名の叫びと共に風圧を伴った二段蹴りは、キャシーの体を吹き抜け天井近くまで運んでいた。

 本来であれば蹴り込みと同時に、刹那の風刃で斬り刻む技。

 心身が充実し、密着状態からなら10割削るくらいの威力のものである。

 

 もっとも今の力量では、蹴りと共に強力な風刃を出せるほど研ぎ澄まされてはいない。

 その為にあくまで伴う衝撃風をもって、相手を吹き飛ばすに留まった。

 二段蹴りの後のさらなる追撃を重ねて完成型だが、道はまだまだ遠いようである。

 

 それでも白兵戦における瞬間的な切り返し技としては、己の中で最も優れたものだった。

 バッタのように飛び跳ねる相手への、対空技としても単なる牽制としても有用で浪漫を兼ね備える。

 

 

(調整は……んむ、バッチリだな)

 

 宙空に打ち上がったキャシーを見上げながら、俺は受け止める準備をする。

 最初こそ彼女が飛び降りてきた高さだが、それは万全の状態で着地すればの話であろう。

 暴走機関車のようでも、まだ年若い女の子。生憎(あいにく)と俺は徹底した性差廃絶主義者(フェミニスト)というわけではない。

 

(必要とあらば辞さないが――)

 

 なんでもかんでも男女平等だと開き直るようなことはない。

 実力差があるにも関わらず、無意味に容赦なく顔面を殴りつけるような性分(性分)は持ち合わせていなかった。

 

「舐めんなや、ボケがあ!」

「うへぇ……」

 

 落ちてくるのを見上げていたら、キャシーは目を見開いてこっちを睨んでいた。

 露骨に手加減したつもりはなかったし、何よりもカウンターの形で叩き込んだ。

 にもかかわらず、その凄まじいタフさに呆れると同時に素直に称賛が浮かぶ。

 

 やはり見立ては間違っていない、とても優秀な人材である。是非とも仲間にしたいと。

 

「うガァァぁァぁあアアアアア」

 

 落ちる勢いのままに、攻撃を加えようとしてくるキャシー。

 俺は風皮膜を出力を上げつつ、バックステップしてあっさり回避する。

 

 流石に空中で方向転換することまではできないのか。

 キャシーの落下地点と激突タイミングを見計らって、俺は即時反転の勢いを利用し床を駆けた。

 

 衝突する直前に、キャシーの腰部を抱え込むようにぶつかりに行く。

 その気勢を殺さぬまま正面扉へと、数瞬の内に運送して思い切り叩き付けた。

 木扉が砕ける音と共にキャシーを地面に転がして、俺は首をコキコキと鳴らす。

 

 

「っ痛ゥ~……」

 

 キャシーが帯びていた電流から受けたダメージを確認しつつ、次の行動に備える。

 ()せった少女はなお右拳を地に突き立て、上半身だけを持ち上げてこちらを見据えていた。

 

「ぐゥ……が……ハァ……ハァ……おい、てめえの名前は」

「ベイリルだ」

「あァ……くそっ覚えとく、からな」

 

 そう声も絶え絶えに呟くと、キャシーは今度こそ地に突っ伏した。

 名前を聞いてくれたということは、恐らくこっちを認めてくれたということだろうと解釈する。

 

(まっ扉は後で修繕しよう……)

 

 リーティアならもっと豪華で頑丈なものを作ってくれるだろう。

 壊れた出入り口をまたぎながら考えていると、ハルミアが駆け寄って来る。

 

「大丈夫ですか!? ベイリルくん!」

「ありがとうハルミアさん、俺は大丈夫なんで彼女のほうを()てやってくれます?」

 

 そう言ってキャシーのほうを指差し、ハルミアはハッとしたようにうなずいて走っていく。

 

「さーてと、お次はナイアブ先輩――あなたの番かな?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#35 落伍者 IV

「さーてと、お次はナイアブ先輩――あなたの番かな?」

 

 俺は次なる標的を見定め告げる。なんのかんの集団の長を倒さねばなるまいと。

 ナイアブはどこ吹く風といった様子で近付きながら口を開く。

 

「ん~……アナタの実力はよくわかったわ。新入生とは思えぬ手並みにすっごく感服。

 でもワタシはキャシーちゃんほど強くはないし、十分に満足させられないかもよ?」

 

「毒が得意らしいですね。なんにせよボスなら他の人らの手前、示しつけないとみっともないのでは?」

「そうねぇ……けれど毒を使えば()()()()になってしまう。生憎(あいにく)とワタシはまだ死にたくないの」

「彼我戦力差の分析って大事ですよね」

 

 俺はニヤリと笑い、ナイアブはふっと笑い掛ける。それは自嘲をも多分に含んだもの。

 

「見立ては得意なほうだからね。節穴(ふしあな)でもなければ耄碌(もうろく)した覚えもないわ」

 

 つい闘争で昂ぶったテンションで挑発してしまったが……。

 反面ナイアブはしっかりと冷静に一線を引いてるようであった。

 肉体が子供とはいえ、我ながら大人げがなかったと少し反省してしまう。

 

「でもキャシーちゃんが痛い思いをして、ワタシだけのうのうとしているのは……美しくないわね」

 

 白兵の距離まで近付いたナイアブは、覚悟をもって相対する。

 

「いいっすね、そういうの好きですよ」

「ちなみにワタシは両刀(・・)だから、惚れさせるつもりならアナタも覚悟してね」

 

 俺はゾクリと身を震わせ、ナイアブにウィンクされる――

 と同時に、自然かつ滑らかな動きの左手刀が俺の首元へと迫っていた。

 あまりにも淡々と急所を狙うその動きに、俺は面食らいつつもきっちり止めて見せる。

 

 

「んじゃ、キャシーが喰らったくらいのでいいですか?」

「そうね……あの子ほど頑丈じゃないから、少しだけ手心を加えてくれると――」

 

 言い終わるのを聞く前に、俺は右手で掴んで止めたナイアブの左手首をグイと引いた。

 

 そのまま(たい)を崩しおじぎさせるような形で、俺は左腕を上方からナイアブの脇下へと入れた。

 体を預けるような密着状態のまま、俺は通した左手で自分の右手を掴む。

 最後に捻り上げるようにして、ナイアブの肘を()めた。

 

 ギシギシと"アームロック"で痛めつけるものの、ナイアブはうめき声一つ漏らさず食い縛っていた。

 

(これ以上いけない――な)

 

 我慢強いのはいいがこのまま続けていくと、関節諸々が破壊されてしまいかねなかった。

 ナイアブ本人はそれでも構わなかったとしても、俺にとって本意ではない。

 

 

 俺は一度拘束を解きながら、無防備な(ふところ)へ低く(もぐ)り込む。

 勢いをそのまま大地に対して、砕き震わすほどの勢いでもって思い切り蹴り込んだ。

 同時に体を捻りながら、肩口から背中をナイアブの体の中心へと重ねるように全力でぶつける。

 

 いわゆる"鉄山靠(てつざんこう)"とも呼ばれる技。

 (はた)から見れば、超至近距離で(はな)たれるただの体当たり。

 見様見真似でしかないが、魔力で強化した肉体の瞬間速度でぶつければ十分な威力となる。

 

 ぶっ飛んだナイアブの勢いは、机やソファを巻き込み薙ぎ倒し転がって……ようやく止まった。

 しばらく呼吸に(あえ)いだナイアブは満足そうな笑みを浮かべ、両手を上げる。

 

「っ……げほ、はぁ……降参よ」

「こんな状態で難なんですけど、俺の作る部に入ってくれません?」

「……そうねぇ、あの子(・・・)次第かしらね」

 

「キャシーなら()れるつもりですよ、勝者の論理を振りかざしてでもね」

「いえ、そっちじゃないわ。もう一人いるのよ、ワタシたちの中で()()()()()が……ね」

 

(裏ボスがいるのか――)

 

 キャシーは学生にしては強かった。速度(スピード)は言わずもがな、耐久(タフ)さもあった。

 あの速度と電撃でまともに喰らっていたなら、相応のダメージは(まぬが)れ得なかった。

 生徒会としても手が出せずに持て余すのもわかろうというものだったが、さらに上がいるという。

 

 ナイアブが口にしたのとほぼ同タイミングで、ゆっくりと階段を降りてくる音が聞こえた。

 階上には落伍者(カボチャ)の野次馬らが幾人も見えるが、一階の惨状へと降りてくる者はいない。

 

 そんな中でただ1人――リズミカルなステップで、一階広間へと立った少女がゆったりと手を挙げる。

 

 

「やーやーどーも。あーしが一番強い子です」

 

 その女の子は薄く青みの混ざった銀髪を、サイドテールに()()らめかせていた。

 マイペースに歩を進めて、遠慮なく距離を詰めてくる。

 小柄で華奢なイメージをその身に宿し、その少女は寝ぼけているような半眼のまま――

 

「――ッッ」

 

 言葉にならない言葉が、俺の口から漏れ出ていた。

 少女の真っ直ぐな瞳には……柔らかな紫色が浮かんでいた。

 それは父である人間の蒼眼と、母であるヴァンパイアの紅眼が混じった色だと……()()()()()()()

 

 加工していないエメラルドの原石を、首からネックレスのように掛け――

 姿形は成長しても"昔と変わらぬ"無垢な表情を、俺に向けて微笑んでいた。

 

 それは俺を――今朝の夢と同じ、深く尊い郷愁へと(いざな)った。

 

「ひさしぶり~"ベイリル"――って、うわぁ!?」

 

 俺は考えるより先に、少女を抱きしめていた。

 その懐かしい香りに包まれながら、二度と離さないとでも言わんばかりに――

 優しく、力強く。少女も同じように手を回し、お互いの存在を確認し合うように抱擁を交わした。

 

「"フラウ"……見つけるの遅れて、ほんとごめんな」

「別にいいよー、わたし(・・・)だって……お互い様だってば」

 

 あの惨劇から、一日たりとて忘れたことはなかった。

 母の居所と共に最優先で調べてもらっていたが、ついぞわからなかったのに。

 

 生きていてくれただけで……こうして再会できたことに、ほっと胸が撫で下ろされる。

 心身を縛り付けていた、大きな鎖の一つが砕け散った心地。

 

 

「あら、アナタたち……ただならぬ知り合いだったの?」

「うん、ずーっと前の"おさななじみ"ってやつ」

「その男の子があの……なんにせよ良かったわね、フラウちゃん」

 

 すっかり気の抜けた雰囲気に、ナイアブもそれ以上何も言う気はないようで……。

 ただ二人の様子を見て、兄であり父親でもあるような微笑みを見せるのみであった。

 

「おうコラ(なご)んでんじゃねえぞフラウ!」

 

 ともするとハルミアに肩を借りながら、一階広間へ戻ったキャシーが発破(はっぱ)を掛ける。

 気絶するくらいのダメージだったのに、もう回復するとは。

 キャシーがタフ過ぎるのか、ハルミアの治癒技術が凄いのか、あるいはその両方か――

 

「あっキャシー、大丈夫?」

「アタシのことはいいんだよ! 馴染みだかなんだか知らねぇが、舐められたまま終われねえだろ!」

 

「ほんっと元気だなぁもう、ほれほれ」

「なっやめ……」

 

 一旦離れたフラウは、痛がるキャシーの体をツンツンと指でつっついてじゃれ合う。

 肩を貸したままのハルミアはなんとも言えない表情で、その様子に巻き込まれていた。

 

 

 段落ついてフラウは振り返り、改めて俺の顔を真っ直ぐ見つめる。

 本当にこれは夢じゃないのだと、確かな現実であることを噛みしめる。

 

「でもそだね~、今までしたことないし。一回くらいベイリルと喧嘩しても……いっかな?」

「俺は全くもって気乗りしないな」

 

 真っ直ぐ見つめ返し、しばらくしてフラウはにっこり笑う。

 ん~む……随分と会わなかった気もするが、かつて持っていた印象とは変わるものだった。

 本質は変わらないが、一人の女の子としても魅力的に育っている。

 

「うん、じゃあやめよ!」

「ッオイ!」

「キャシーちゃんさぁ、"弱き者"に発言権はないんよ。悔しいだろうが仕方ないんだ」

「なっ!? ぬ……ぐぅ……」

 

 敗北者として痛いところを突かれたキャシーは、ぐうの()も出なくなってしまう。

 借りてきた猫のように大人しくなってしまい、それ以上けしかけようとはしなかった。

 

「溜飲下げたいなら、自ら再戦して勝てばいーのさ」

 

 フラウは「ね?」と同意を求めるように俺の左隣に並んでくる。

 ついでだからと俺は乗っかって追い打ちを掛けることにした。

 

 

「俺やフラウもだろうが強い理由は……"とある教え"があったからだ」

「とある教えってなーに?」

「んむ、よくぞ聞いてくれた我が幼馴染よ。それは()()()()()()()()の"魔導師"が到達した真理――」

 

 以心伝心。フラウはこちらの意図を察してか、話を合わせてくれていた。

 

「"彼の者"の()る分野は多岐に渡る。魔術のみならず、産業や経済、学問と製造、料理に……芸術や医学にも通じている」

 

 語りながらハルミアとナイアブへと視線を移す。

 未だ少年の域を出ない俺が、元世界の現代知識を語っても説得力はない。

 

「その人の魔導は"未来予知"――極限られた条件下で、未来の出来事を断片的に垣間(かいま)見ることができる。

 だからあの人は、真理(・・)へと辿り着けた。けれど簡単に実現にまでは至らない。だからこそ多くの人材を欲している」

 

 ゆえにこそ代理を立てる。"想像上の魔導師"を――叡智と権威を備えた――信頼に足る人物像を。

 大仰に語り、必要を(つの)る。興味は知識へと、知識はいずれ現実へと昇華する。

 

「その為の部活であり、それが"自由な魔導科学(フリーマギエンス)"だ」

「おぉ~」

 

 フラウがぱちぱちと鳴らすまばらな拍手を背に、俺は温情を与えるかのように付け加える。

 

「まぁこの(とう)の一角を部室として借り受けられればいいだけで、追い出す気とかはないから安心してくれ。ただ――」

 

 大きく息を吸い込み、棟全体に聞こえるよう力強く叫んだ。

 

「もし俺たちの活動を見て、興味が出たら是非入って欲しいと願ってる!」

 

 意欲さえあればいい。塵も積もればなんとやら。

 小さな力も多くすれば、人海戦術をよりよく機能させられる。

 初歩的なことだが、戦いとは――力とは、数である。それは戦争に限った話ではない。

 

 言い方は悪いが……まずはここから始める最初の実験場。思想と文化を広めるテストケース。

 

 

「それじゃあーしが()えある最初の名誉部員?」

「いや既に俺を含めて五人いるな」

 

「えぇ~六番目ぇ? パッとしないなー」

「七番目……ですよ」

 

 そう割って入ったのはハルミアだった。

 ただ俺と交わした約束を果たす為……というだけのそれではない。

 自分自身の意思をもって、決意を固く秘めたその表情に俺は自然にほくそ笑んでしまう。

 

「ですね。ハルミアさんのほうが先の約束だ、だからフラウは七番目」

「う~ん……まぁ別にしょうがないかぁ」

 

「それじゃあワタシが八番目ってことね、ヨロシク」

「ありがたいです、ナイアブ先輩」

 

 そうして視線が一点へ集まる、憤懣(ふんまん)やるかたない面持ちが滲み出ているその雌獅子へと。

 

「……ちっ、わぁーったよ。甘んじて受け入れる――ただてめぇもフラウも後悔させてやっからな」

 

 ――これで9人。「野球チームが一つできるな」などと考えつつ、俺は万感を胸に打ち震える。

 闘争の興奮と、思わぬ再会と、確実な前進と。

 

 幸先が悪そうで最高だった今日というこの日に――祝福あらんことを。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#36 冒険科 I

 

「よーっし、お前らよく聞けよー。えー今日はみなさんに、ちょっと競い合いをしてもらいます」

 

 そう唐突に口にされた教師の言葉に、その場にいた新入生達の多くがどよめく。

 一方(いっぽう)でそのことが、(あらかじ)めわかっていたかのような表情を浮かべる者も散見(さんけん)された。

 

「おっとその前に自己紹介を忘れていたな、俺は英雄コースの担当教師"ガルマーン"だ!」

 

 英雄コースと聞いてさらに喧騒(けんそう)が高まる。英雄コースとは、学園における出世街道。

 特別な教育を受け、鳴り物入りで冒険者となり、実際にその名を刻む人物も輩出(はいしゅつ)されている。

 

「まあやることはそう難しいことじゃないから安心しろ。学外で一週間生き延びる、それだけだ。

 物資はこっちで用意するから、各々で指定数を選んで持ち込み、大自然を思うさま堪能(たんのう)するといい」

 

 ――戦技部、冒険科。

 数多く存在する種々雑多な依頼を受け、仕事を遂行する冒険者を養成する学科である。

 冒険者は下から石・岩、鉄・鋼鉄、銅・青銅、銀・白銀、金・黄金と、等級別に振り分けられていく。

 一口に冒険者とは言っても、その仕事は非常に多岐(たき)に渡る。

 しかし探索や討伐など、一般人には難しいものが(メイン)となっていく。

 

 中には特定の村や街に専属で住み込む者などもいて、実力が伴えば食いっぱぐれは少ない。

 その規模は国家間をまたぐ巨大な組合のようであり、"とある偉人の弟子"がその原型を作ったという。

 

 

「これは新入生の実力を測り、その結果によってクラスを振り分ける為の最初の試験だ!」

 

 未開拓の土地を踏破し、時に凶悪な魔物を駆逐する。

 そして英雄ともなる者達は、富と名声をほしいままにする。

 必要なものは実績というただ一点であり、どんな身分の者でも実力さえあれば認められる世界。

 

「学外には自然環境に加えて多様な動植物や、魔物にも遭遇(そうぐう)するからなー。十分に注意して励め!!」

 

 ゆえに冒険者志望は非常に多く、学園の中で最も人数を(よう)している。

 入学以前に冒険者に助けられるなど関わったことで、憧れを持ったような者も少なくない。

 また志望者はその練度や適性にも大きな幅があるゆえ、ふるいにかける毎季恒例の行事。

 

「それと先輩たちが各地点にいるから安心してやってこい! ただし助けを求めたらその場で終了だ!」

 

 偉丈夫(いじょうぶ)な印象を受ける教師の男は、肉声のままに集まった全員に聞こえるよう声を張り続ける。

 

「パーティを組んだって構わん。ただ試験には達成による点数項目が複数存在する。

 それらを見つけるのも試験の内だ! その場合点数は折半(せっぱん)になっちまうから注意しろ!

 報酬計算を考えるのも冒険者には重要なことだから、今の内から身をもって覚えとくように!」

 

 教師は(なご)やかな顔を崩すことなく説明を続けていた。それは含みを持たせたようなそれであった。

 

 なおもルールを喋っている間に、複数の教師と生徒らが、荷車と共に支給品の山を並べていく。

 他にも様々なことをその教師は話し続け、新入生達は聞き逃さぬよう耳を傾ける。

 

 

「最後に重要なルールをひとーっつ! "他試験者へ過度の危害を加えるような行為"の一切を禁ずる!!

 同業者間でも多少の小競(こぜ)り合いは仕方ないけどなあ、取り返しがつかないような真似はあるまじきだ!!」

 

 説明が終わると、新入生達はめいめい支給品を吟味(ぎんみ)しに行く者や、近くの者に声を掛けるものなどが出始める。

 "ヘリオ"はそんな様子を眺めながら、ギザっ歯が見えるほど笑みを浮かべた。

 

 与えられた障害(ハードル)を越えるというより、どうぶっ壊してやろうか……と。

 

 

 

 

 こうした演習もオレ(・・)にとっては、さほど難易度の高いというものではなかった。

 ただしそれは姉弟妹(・・・)らと組んだ場合か、一人で自由に立ち回るという前提あってのものだったが――

 

「ちょっとお待ちなさい! まだわたくしの話が途中です!」

「お(じょう)~、しつこいと逆効果ですよー」

 

 セイマールから教わったこと、ベイリルから教わったこと、おのれらで実践したきたこと。

 それらの経験は、この自然環境でも過不足なく役立っていた。

 

 魔物が出ても、ぺーぺーの新入生で相手にできるようなものばかり。

 幼少期からの教育によって、同年代より抜けているオレさまの相手ではない。

 

「っ……この、なんで無視するんですの!?」

「そりゃそうでしょうよ。彼は単身を好むようですし、ぼくらがこうもしつこくっちゃ」

 

 オレはこんなことなら安易(あんい)に助けるのではなかったと……今は心の底から後悔している。

 

 正確にはそこらでぎゃーぎゃー(わめ)き散らされていた所為で、狙っていた獲物に逃げられてしまった。

 だからほんの少しだけアドバイスをしてやったら、このザマと成り果てたのだが……。

 

 

「別にオレぁ単独(ソロ)専門じゃねえよ、ただ今のところ組む価値を見出だせないんでな」

 

 そう毒づいてから「しまった」と口をつぐむ。

 徹底して無視するつもりだったのに、つい返してしまった。

 

 別に点数だの英雄コースやクラスの振り分けだのに、大した(こだわ)りはない。

 しかしジェーンもベイリルもリーティアも、きっとそれぞれトップに立つだろう。

 

 そんな中でオレだけが……やれる実力があったのに、と――

 一人だけ平凡としているのもなんかダセェと、それだけの理由である。

 

「それは理解できます、が! せめて借りは返しません、と! わたくしの気が収まらないの、です!」

 

 女は急傾斜(きゅうけいしゃ)を勢いをつけて喋りながら登りつつ、男のほうもそれに続く。

 

「だから必要ねェって何度も言ってんだろが」

「いいえいくら落ちぶれてもわたくしは"皇国"貴族。今はまだ家名まで名乗るわけには参りませんがこの"パラス"。

 我がお家を再興する為に、特進クラスひいては英雄コースを目指す者として、借りを作るわけには――」

 

 彼女――パラスのなにか強迫観念じみたものを感じながら、オレは密林を進むペースを上げていく。

 濃いめの金髪に縦ロールの横っ髪、出ているところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる女。

 

 本気で妨害(ぼうがい)したり()くようなことはしてないとはいえ、振り切ることができない。

 

 ベラベラと喋りながらついてきてるのだから、少なくとも体力面では足手まといにはならない。

 見た目にはあまりわからないものの、しっかりと努力し鍛え上げているのだろう。

 

 

(まあついてこれる限りは……多少の面倒くらい見てやるか)

 

 ジェーンから伝染(うつ)ってしまった面倒見の良さと、切り捨てたい気持ち。

 心の天秤を揺らしつつ、ペースは緩めることなく進んでいく。

 

「お嬢はしょうがないけど、ぼくまで価値がないと見なされるのは心外だなあ」

「ちょっと! どういうことですの"カドマイア"!? あなたわたくしの従者のクセして!」

「正式にはもう違いますけどね、だってお嬢はもう――」

「それ以上は言うんじゃありません!!」

 

 くすんだ黄土色のサラサラの髪、片目をやや隠れ気味にした一見すると好青年。

 カドマイアと呼ばれたお付きの男は、主人での言葉もどこ吹く風と言ったところで。

 

 しかしてパラスの後を付かず離れず、絶妙な位置で警戒を(おこな)っているようだった。

 

 

(にぎ)やかなことだな」

 

 そう低い声でうなるように発したのは、ヘリオの対面に突如として()()()()()()一人の男であった。

 

 灰褐色(はいかっしょく)の長髪。長身に備わる盛り上がった、太く(たくま)しい筋骨。

 右眼に大きな傷痕が残る隻眼の男には、"狼人族"特有の耳と尻尾が生えていた。

 

 よく見れば体中には傷が散見され、服の下はさらに酷いのだろうと思わせる。

 

「はっ……ふぅ……、あら、先輩ですか」

「アァ? わかんのか」

「当然ですわ。この学園では校章の色で、学年がそれぞれわかるようになってますのよ。

 わたくしたち在校一年は白、二年赤、三年橙、四年黄、五年緑、六年青、八年紫、十年黒――」

 

「よく覚えてるもンだ」

「お嬢は記憶力だけ(・・)はいいんで」

 

 カドマイアの毒舌じみた皮肉に、パラスは得意気と不満気の入り混じった表情を浮かべる。

 

「心外ですわね。ちなみに()()()()()()には、五百季留年の"闇黒(あんこく)"校章というのがありまして」

「お嬢は(ゴシップ)も好きなんです」

「そこまでは聞いてねェよ」

 

 

 くだらない会話をしている合間も、在校三年にあたる先輩の狼人族の男は腕を組んだまま立っていた。

 試験官も兼ねているのだろうか――こちらの様子を観察し値踏みするように。

 

「それで……なにゆえ先輩がこんなところで姿を現すのでしょう、イヤな予感しかしませんが」

「察しがいいことだ」

 

 そう口にしてゴキリと手指を鳴らす先輩に対し、オレは無言で背中の剣を引き抜いた。

 獣臭――とでも言えばいいだろうか。無言で交わされる互いの視線で、意思の疎通は済んでしまう。

 

「ははぁ~そういえば()()()()()()()()はダメでしたが、それ以外は言及されてませんでしたね」

「カドマイア、それってつまり――」

 

「戦ってもいい、逃げてもいい。勝てば得点、負ければ失格。どうぞご自由にってトコか、なァ……センパイ?」

「正解だ、新入生」

 

 オレの言葉に呼応するように、狼人族の男は不安定な足場をものともせずに跳ぶ。

 やる気を見せているこのオレよりも、まず臨戦状態に入ってないパラス達を狙ったようだった。

 

「そう()くなってェ――っの!!」

 

 オレは剣のたった一振りにて男を(はば)み、その足を止めさせる。

 別に連中の面倒を見るとかではない。オレ自身が楽しみたいゆえに。

 

 

「ほう……思ったよりやるな新入生、名を聞いておこう」

「オレに勝ったら教えてやるよ」

 

「では我のほうもそうさせてもらうか」

 

 サバイバル開始から3日目にしてようやく面白くなってきたと、自然と力が(みなぎ)っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#37 冒険科 II

 

「オレに勝ったら教えてやるよ」

「では我のほうもそうさせてもらうか」

 

 目前の空間が歪んで見えるかのような圧の削り合い。

 己をぶつけ合う闘争の悦楽は何物にも代え難い。

 男の筋肉が一層厚みを帯び、ヘリオの筋肉もビキビキと内部で音を立てて引き絞られる。

 

「ちょっとヘリオさん!? あなたわたくしにまた貸しを作ったおつもりですの!?」

「いや~助かりました、あっぼくの分はお嬢のほうにツケといてください」

「ちょっカドマイア!」

 

 せっかくの雰囲気をもぶち壊す二人に、ヘリオは釣り上がっていた瞳がつい半眼になってしまう。

 

「ふぅむ……名は"ヘリオ"、か――少し緩み過ぎだが、実に愉快なパーティで結構なことだ。

 まあ図らずも知ってしまったからにはこちらも名乗っておこうか、我が名は"グナーシャ"だ」

 

 ヘリオはゆっくりと一度だけ息を吸い、吐き出す。こんなことで心を波立たせてはいけない。

 より純度の高い闘争を楽しむ為に、常に全力のパフォーマンスを心がける。

 ベイリルが言うところの、"明鏡止水"だかってやつである。

 

「今のところあいつらはツレじゃねえ」

「そうか、我を一人で倒せたならそういうことにしてやろう」

 

 

 パラスとカドマイアに、次の漫才応酬はなかった。

 言おうとするや否や激しく衝突し、発せられようとした声は遮られたからである。

 

 刃のついた剣の一撃を、グナーシャはいつの間にか両手に持った鉄製のトンファーで十字に受け止める。

 ヘリオは膂力でもってそのまま鍔迫(つばぜま)って押し切ろうとするも、グナーシャのパワーはそれを許さなかった。

 

「ほぅ……生粋の戦士か?」

「いやぁ? ただ、()()()()は魔術使ったらつまんねえだろ」

 

 ヘリオの笑みにグナーシャも笑みをもって返す。手加減しているのとはまた違う。

 戦闘狂らしく骨の髄まで闘争をしゃぶり尽くしてやろうという気迫を、互いに理解できるからゆえ。

 

「ではまずお前に魔術を使わせるところまでゆこうか」

 

 そう意気を発しつつ、今度はグナーシャから攻め立てていく。

 両手のトンファーと長身から繰り出される体術を組み合わせた、狼人族のスピード&パワー&リーチ。

 

 それらをヘリオは剣一本のみで受け、流し、いなしていった。

 反撃の隙はないが、一手一手に確実に、全てに対応していく。

 森という不安定な足場でなければ、たちまち押し切られてしまわんほどの破壊力を伴った連撃。

 

 ヘリオは心身が削られる乱打にあって、心の中で(リズム)を刻む。

 

 それは天性のものを、幼少期よりさらに磨き続けた闘法と言うべきものだった。

 皮膚感覚で感じ取りながら、リズムを取り、リズムを合わせ、リズムへと誘う。

 闘争を煮詰めていく者ほど大なり小なり持ち得るものを、ヘリオは既に高次元で身に付けていた。

 

 一種の"共感覚"かのように同調していき、予測や反射とも違う――独特の呼吸を感じ取る。

 肉体さえついていくのであれば、いずれはどんな相手であっても読み取る領域へ達するほどに。

 

 

「ッ……おッらァ!」

 

 ヘリオはトンファーの連撃を誘導し、一瞬のリズムの隙間を突いて遂には攻勢へと移る。

 それまで我慢し溜めていた筋肉を爆発させるように、逆に乱斬を浴びせ掛けた。

 

 しかしグナーシャもさることながら、上がっていくリズムの斬撃もトンファーで打ち(さば)いてく。

 単純な殺傷性よりも防御に重きを置いた武器と闘法、本来の性質を遺憾(いかん)なく発揮する。

 繰り返される剣戟は千日手(せんにちて)とはならない。ヘリオの持久力(スタミナ)のほうが先に尽きてしまうことは察せられた。

 

 基礎身体能力ではグナーシャのほうが上である。

 さらには紛うことなく本物の闘士、決して一筋縄ではいかない相手。

 

「悪ィな、甘く見てたわ……」

 

 ヘリオは攻撃の手を止めると同時に、一度距離を取って呼吸を整えつつそう告げた。

 

「お互い様だ、新入生でここまで強いとはな」

 

 その言葉を聞いてヘリオは目を細める。ヒュンヒュンと素振(すぶ)ってから剣を肩に担ぎ直し――

 

「激ェしく! 燦然(さんっぜん)とッ! 燃え昇れ、オレの炎ォ!」

 

 詠唱と共に、周囲の(ちゅう)に浮かんだ4つの火の玉。

 それはベイリルが"鬼火"と名付けた、己の使う唯一と言っていい魔術。

 ヘリオにとって幼少期のちょっとしたトラウマでもあり、イメージにも寄与した炎。

 

 ヘリオの意思によって自由に動かし、様々な性質へと変化させることができる火属魔術。

 

 

「んじゃ真剣(マジ)()ろうか、どんな長い詠唱でも待ってやるよ。真っ正面から捻じ伏せてやる」

「いや……我は魔術はいまいち性に合わなくてな、持ち味が出せず弱くなってしまう」

 

 数瞬だけ沈黙が場を支配した後に、つい間抜けな声があがってしまう

 

「は? 冗談じゃなくてか」

 

 ヘリオが落胆しかけたその瞬間、グナーシャは制するように続ける。

 

「だが安心しろ、そういう我のような者の為に"こういうモノ"があるのだ」

 

 言うや否や、ぼんやりと光り出したトンファーに浮かび上がる紋様。

 それは少し前に"永劫魔剣"を見せられた時と同じようなものであった。

 魔力によって起動する道具の特徴的なそれ。この世界を支える魔術文明の根源とも言うべきもの。

 

「――特注品の"魔術具"だ」

「いいねいいねェ、そうこなくっちゃあ……なアッ!」

 

 

 空気を焼く音と共にグナーシャへ襲いかかる火の玉が、左手のトンファーによって弾き飛ばされる。

 独特の破裂音から間断なく、グナーシャは右手のトンファーをその場で振り抜いた。

 

「っぐぅお……」

 

 見えない衝撃波に腹を打たれたヘリオは、思わず呻き声が漏れる。

 大したダメージはなかったものの、一瞬の足止めには充分過ぎるほど。

 

 されどもヘリオは鬼火を剣へと付与(エンチャント)し終えていた。

 そのまま間合いを詰めてきたグナーシャへと、ヘリオは容赦なく一太刀を浴びせかける。

 

 火勢の乗った一撃を、衝撃波それ自体を武器の(ほう)に留めたフルスウィングで打ち払う。

 同時に火の玉がグナーシャに対して、直接的な追撃に入る。

 しかしそれは後方へと跳び退きつつ、トンファーから飛んだ衝撃波によって打ち消された。

 

 ヘリオは「待ってました」と言わんばかりに突っ込んでいった。

 流れに身を乗せるように残る火の玉を爆燃させて、付与炎剣への推進剤代わりに使う。

 

 速度を増した炎勢剣による片手横薙ぎを、グナーシャは十字受けするものの(こら)えきれず弾かれる。

 ヘリオがすかさず両手で握り、返しで斬り下ろさんとする刹那――

 グナーシャは地についた左足の筋肉を硬直させ、足指で地面を掴んでいた。

 

 尻尾をも支えにし、さながら大地に深く根ざした大樹もかくや――

 一本の芯を通したかのような安定した肉体から、右回し足刀が放たれる。

 

 ゴウッと旋風が巻き起こるような音と共に、ヘリオの炎剣は半ばから真っ二つに折れる。

 それは連撃をトンファーでガードしながら、武器破壊も狙ってダメージを与えていたがゆえ。

 

 もとよりリズム闘法だけでは勝ち得なかった、生粋の戦闘巧者であるグナーシャ。

 戦闘の真っ最中であるにも拘わらず、純粋な称賛と敬意とがヘリオの中に浮かんでいた。

 

 既に斬り掛かっていた勢いは殺せない、返しの蹴りが来る――

 よりも先にヘリオはグナーシャへと、頭突きを反射的に見舞っていた。

 

 しかし矢継ぎ早に返された右足刀によって、横っ面を叩かれてぶっ飛ばされてしまう。

 

 

「センパイあんた、ロック(・・・)だぜ……ほんっとたまんねえ」

 

 リーチが短くなった手元の剣を見ながら、ヘリオは今一度相手を注視する。

 体にはミシミシと鈍い痛みが襲っていたが、受け身は取ったし戦闘継続には何も問題はなかった。

 

 一方でグナーシャは既に4つ、新たに充填されていたヘリオの鬼火を眺める。

 蹴りと頭突きの相打ちから、すぐに攻勢を掛ける隙を見出だせずにいた。

 

 なにより短いながらも(つの)つきの頭突きによって、額からじんわりと流血し始めていた。

 

「"ろっく"……の意味はわからんが、気持ちは同じのようだな新入生……いやヘリオ」

 

 そう口にしながら蹴り折った刀身が突き刺さって、炎を広げ始めている木へと衝撃波を数発放った。

 重ねられた衝撃波によって鎮火し、白煙だけ残したのを横目に見ることもなくトンファーを構え直す。

 

 魔術具"衝撃双棍(インパクトトンファー)"――衝撃波を生成し飛ばすというシンプルなもの。

 しかして遠心力を利用するトンファーにはおあつらえ向きな性能と言えた。

 衝撃を乗せて攻撃、衝撃を発生させ防御。

 衝撃波を飛ばして牽制、衝撃波を重ねれば充分な間接攻撃にもなる。

 

 己の戦闘スタイルを邪魔せず、より発展的な攻防を可能とする。

 大枚はたいて手に入れた、大事な相棒のような武器である。

 

 

「だろうな、グナーシャセンパイ。だがオレはまだ、屈服してねェっっっぜ!」

 

 今度は鬼火は浮かべたまま突貫する。流血によってもう片方の目も見えなくなればこれ幸いと。

 鬼火を4つともまとめて、グナーシャへと真正面へと叩き込む――

 ように見せ掛け、僅かに手前で合体させることで、視界を覆うほどの炎壁(ファイアウォール)を出現させた。

 

 ヘリオはそこへ折れてしまった剣を()()()()、続けて己の身も炎の中へと投げ込んでいく。

 グナーシャは流血を(ぬぐ)うことはしなかった。それが狙いの可能性も考えたからである。

 

 隻眼のグナーシャは視覚だけではなく、狼人族の嗅覚を大いに利用してモノを()ていた。

 大きな狼耳を澄まし、触覚を尖らせ、尻尾までも一種のセンサーとして使う。

 狩猟や闘争に優れる獣人種の多くが自然と身につける強化感覚を、しかと備えている。

 

 グナーシャは炎壁の奥から飛んできた折れた刀身を弾く。そこで一瞬の選択を迫られた。

 待ちに回り後手になるか、直感で絞って最低でも相打つか。

 

 さらには隻眼の右死角からか――

 流血で視界が阻まれそうな左からか――

 あるいは炎壁がそびえる真正面からか――

 

 いずれにしても……面白い。もはや勝ち負けなど二の次の境地。

 

 

 今の己にとって闘争を楽しめる相手というのは……とても貴重になってしまった。

 学内でまともに相手になりそうなのは、十人にも満たないだろう。

 さらに本気で戦うような機会ともなれば非常に限られる。

 

 "闘技祭"は三年に一度しか開催しないし、本気の喧嘩を吹っ掛けて回るわけにもいかない。

 狼らしい攻撃的な笑みを浮かべ、完璧な反射態勢に入る。

 しかしグナーシャを襲ったのは――真正面(・・・)背後上(・・・)からの両方であった。

 

 それでもグナーシャはどちらの攻撃も、トンファーできっちり防御し、受け流して見せる。

 

「ぬっぐぅ……」

「ぁア!?」

 

 それはパラスでもカドマイアでもなかった。

 

 黒瞳・黒長髪を頭頂部でまとめた少女が……新たに立っていたのだった。

 

「伏兵にござる」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#38 冒険科 III

「伏兵にござる」

 

 そう口にした少女はくるりと軽やかに宙返って距離を取り、逆手に持っていた刀を向け直す。

 

「てめェ……人サマの獲物を掠め取ろうたぁ、いい度胸してんなコラ」

 

 炎壁越しに纏わせた"炎拳"を消しながら、ヘリオは新たに鬼火を充填しつつ睨み付け凄んだ。

 黒髪の少女はそんな圧も軽々と受け流しながら、ニヤリと笑って口を開く。

 

「これも兵法――策を弄するも冒険者として当然の心得ゆえ、ご理解されたし」

「御託なんざいらねえんだよボケ」

 

 ヘリオの感情に呼応するように、浮かんでいた鬼火も揺れ動く。

 点数だの横取りよりも、純然たる闘争を邪魔されたという事実にこそ、怒りを覚えずにはいられない。

 

「"極東"の……それも北土(・・)の者か」

(しか)り、拙者は"スズ"と申します。はてさてグナーシャどのはこれを規定違反と捉えますか?」

 

「そんなのダメに決まってますわ! 人としての美意識や徳の問題です!」

 

 静観していたパラスが割って入り、カドマイアは我関せずと言った様子だった。

 一方でヘリオは標的をスズと名乗った少女へ切り替え、今にも飛び掛かりそうな様子。

 そんな中でグナーシャは血流を拭いつつ、毅然(きぜん)とした言葉を紡ぐ。

 

「作法としては褒められた行為ではない……が、冒険者としては獲物のかち合い・奪い合いなぞ珍しくない。

 きわどい部分もあるが我としてはどうこう言う気はないし、まとめて掛かって来てもこちらは一向に構わん」

 

 

 同じように楽しんでいたであろうグナーシャの肯定する言葉。ギリッとヘリオは歯を鳴らす。

 確かに試験として見れば、アイツのやったことに間違いはない。

 ジェーンはわからないが、少なくともベイリルは……似たようなことを言うかも知れない。

 自分とて()(さわ)われるほうが間抜けなのだと思わないでもないのだ。

 

「ぐぬぬ……しかし男と男の勝負に水を差すなど――」

「そういった機微や(たしな)みも理解できぬわけではないが、拙者は人である前に"シノビ"ゆえ。

 我ら一族は任務の遂行を至上とするならい、よって優先順位を履き違えることはしないのでござる」

 

 パラスの言葉に、ヘリオは少しだけ彼女への見方を変えることにした。

 非常に面倒臭い奴ではあるが、そういうところはちゃんと理解できるヤツだったのかと。

 

 問答が続く中で、また新たに一人の少女が――

 上空から落下してくるような勢いでもって、羽翼(・・)を使い寸前で減速し着地してきた。

 

「あーったくっ今度はなんだ!」

 

 少女は薄い赤色の三つ編みテールを振り乱す。

 紅瞳とその表情には申し訳無さの感情がひしひしと浮かんでいた。

 現れた鳥人族(・・・)の少女のただならぬ様子を見て取ったグナーシャは、心配そうに名を呼んだ。

 

「"ルビディア"か……? 一体どうした」

 

「いやぁ~煙辿(たど)って目を凝らしたら、なんかグナーシャ先輩を見つけちゃったんで、つい降りちゃったんですけどぉ。

 ちょっと……ってか、かなりめちゃくちゃすんごいマズイことがあって、新入生さんたちもまとめて助けてもらっていい?」

 

 言うや否やグナーシャ、スズ、ルビディアに続いて――四度(よたび)、影が降りて来た。

 

 

 その巨躯は大木に勝るとも劣らずというほどの威容を備えていた。

 折れ曲がった首より上の顔面には、角やら牙やらが前衛芸術のように無造作に生えている。

 左側には歪な腕のようなものが三本、右と左背部には腐り崩れたような翼。

 隆々な上半身に比べて、アンバランスな二本足の先には(ひづめ)が付いていた。

 

 しわがれた喉から絞り出すような唸り声は、心胆寒(しんたんさむ)からしめるような不安を覚えさせ……。

 ビクビクと小刻みに震える動作は、言い知れぬ恐怖を感じさせた。

 

「この容貌の無秩序さ……"キマイラ"か」

 

 グナーシャは冷静に観察してそう漏らす。

 俗に"人造混成獣(キマイラ)"と呼ばれる多種融合の獣――

 魔力暴走による魔物化とはまた別種の、人為的に産み出された怪物。

 

 獣人種なども含んだ二種混合までの動物は、枯渇や暴走の過程における進化として存在する。

 しかし三種以上は通常あり得ない。即ち介入による変化の結果として産まれるものであった。

 

「飛行もできるのか、それで敷地内まで来たと」

「これはマズそうでござるねぇ」

「次から次へとよォ」

「ひっ、怯みませんのことよ」

「これって学園の管理問題じゃないんですか?」

「いやー……たはは、でも討伐できれば臨時得点が大量のハズ……多分、恐らく、きっと」

 

 六者六様(ろくしゃろくよう)に臨戦態勢へと入り、キマイラはゆっくりと密林で歩を進める。

 

 

「ヘリオどの」

 

 スズに呼ばれて、咄嗟に投げてよこされたそれをヘリオは受け取る。

 それは彼女の得物である、"極東北土"由来の刀剣であった。

 

「危ない前衛は貴殿に任せたでござる」

「てめェマジ後で覚えてろ」

 

 こいつに名前教えたっけかと考えつつ、恐らくはどこかで隠れていたのだろうなと勝手に思う。

 

 極東のシノビ――昔ベイリルが、やけに食い付いて色々調べていたような記憶がある。

 尋常(じんじょう)ならざる鍛錬をもって、非情で過酷な任務を遂行するとかしないとか。

 

「ご安心なさって! わたくしも前衛です!」

「我に続け」

 

 先駆けとなったグナーシャに続き、刀を持ったヘリオと、剣と盾をそれぞれ持ったパラスが続いた。

 

 カドマイアが地属魔術による泥でキマイラの足元を不安定する。

 スズは手製のナイフを何本と投擲し、牽制しながら注意を引く。

 

 攻撃をパラスが受け止め、交差するようにグナーシャとヘリオは懐に踏み込んで一撃ずつ入れて離脱。

 パラスも飛び退いたところで、詠唱を終えたルビディアによる火属魔術を叩き込んだ。

 

 即席の連係にしては、これ以上ないほどタイミングが合ったと言えよう。

 しかし刻んだ傷も周辺の肉が盛り上ったかと思うと、強引に塞いで再生してしまっているようであった。

 

 

「決め手が足りんか」

「まずいですわね……次は無理そうです」

 

 パラスの盾には、たった一撃で大きく亀裂が生じていた。

 次に受ければ確実に破砕するのは明白と言えるほどに。

 そうでなくてもまともに受け止めた所為(せい)で、身体には見えなくてもダメージが残っているだろう。

 

 どうにか全員で遁走するという選択肢もある。いやそれが普通の思考である。

 あからさま不確定要素(イレギュラー)な存在であるから、生徒達が無理して討伐する必要はない。

 ガルマーンといったあの教師やら、学園側で処理するはずの問題だろう。

 

 だが――ヘリオはまったくもって逃げる気にはなれなかった。

 確かに戦力比で考えればこの化物のほうが上かも知れない。

 しかしこんなものは危機の内には入らないと、心と体で理解していた。

 

 それに……ここでこのキマイラを自由にすれば、他の生徒らに危険が及ぶやも知れない。

 

 対処されるまでに他の奴が重傷を負うか、最悪死ぬか。

 学園ではなく、近くの村落などに波及(はきゅう)する可能性だってある。

 

 お節介焼きのジェーンなら、そういう可能性がある限りきっと逃げないだろう。

 小理屈を()ねるベイリルは、"力を持った者が為すべきこと"――を常々悩んでいた。

 リーティアなら「別に助けられるなら助けてあげればいいんじゃん?」とでも言うに違いない。

 

 

("リズム"は単純……――)

 

 キマイラはグナーシャとは違う。化物の頭の中は単なる獣のそれと変わらない。

 動きの一つ一つが明快、なれば十二分に抗し得る。

 

「おう鳥人の女ァ、さっきの炎を俺の火によこせ」

「生意気な後輩だなあ、でも考えがあるってことだね! お望みとあらば――」

 

 既にキマイラは動き出していて、作戦を練るような暇はない。臨機・即時・即応も冒険者の常。

 

 ルビディアは詠唱を始め、グナーシャは全力で気を引きながら攻撃を一身に受ける。

 スズも仕方なしとパラスを援護するように、近距離で戦い始めた。

 カドマイアの泥魔術による足止めもキマイラは強引に進む。

 

「後輩くん! いくよぉー!!」

 

 ルビディアの詠唱した大炎が、ヘリオの鬼火へと注がれると一時的に膨れ上がった。

 ヘリオは精妙なイメージをもって膨張した鬼火を四つ、瞬時に全て剣へと収束融合付与(エンチャント)させる。

 

 他人の炎を呑み込んでおくのも――

 4つの炎を合体させ維持するのも――

 武器の強度が保つのも――

 

 ほんの一瞬にしか過ぎないだろう。しかしそう難しいことではない。

 相手のリズムと流れに逆らわず、こちらのリズムを割り込ませてやる、いつもと変わらない。

 ヘリオは炎を収束させると同時に、大腿筋を全開にして跳んでいた。

 

 

 脳の血管が焼き切れるのではないかと感じられるほどの一点集中。

 炎は刀身に全て込められいて、無駄な漏れ燃焼は起こらずただ赤熱した色だけを輝かせていた。

 

 残光がキマイラの肩口へと吸い込まれたところで、叩き斬るよりも先に刃が折れてしまう。

 

 しかし途中まで斬り込んで留まり溶けた刀身から、一気に放出された大炎。

 それはキマイラの内部から、再生不可能なほどの熱量を浴びせ掛けていた。

 

 火柱が上空へと立ち昇り、炭化した匂いが鼻腔を突くと共に……。

 

 ヘリオの意識は急速に薄れていった――

 

 

 

 

「どうしてこうなった……」

 

 オレ(・・)は椅子にもたれかかりながら、意識を失ってより短い過去を思い返していた。

 

「どうしてってそりゃ正当に評価されたからだよ後輩くん」

 

 ニコニコ笑いながら、在校2年のルビディアはわかりきったことを口にする。

 

 重大なイレギュラーとなったキマイラを討伐したことで、オレたち(・・)は大いに得点を稼いだ。

 なんでもあのキマイラはルビディアが誘導してくる前に、既にいくつかの場所で暴れていたとのこと。

 

「観念することだな、いつまでも突っ張っていたってしょうがあるまい」

 

 そう(さと)そうとしてくるのは、腕を組んで泰然自若(たいぜんじじゃく)とした在校3年のグナーシャである。

 キマイラを相手にして負ったハズのかなりの怪我も、関係ないといった感じで講義に出ていた。

 

「それにしても昨今はキマイラの目撃例が多いらしいですわね。世界各国で問題の種になりつつあると。

 なんでも"謎の結社の世界混沌化計画"だとか。"王立魔法研究所の戦争生物実験"だとか。

 "こことは別世界からやって来た被召喚生物"だとか"狂乱の魔導師の不死研究"なんて噂も――」

 

 べらべらとまくし立て始めたのは、誰あろうパラス。

 もはやその調子にも慣れてきた自分に、なんとも言えない気分にさせられる。

 

 ただ……居心地の悪さも、いくぶん薄らいできたことも否めない。

 認めるべきところは認める度量は必要なのだと。

 

「お嬢の都市伝説好きは、話半分でいいですよ」

 

 そう耳打ちしてきたカドマイア。

 こいつだけはいまいち読みにくいが、まあ行動そのものは一貫している。

 常に一歩引いて物事を見ている節があり、こういうのが一人いたほうが色々とバランスは良さそうだった。

 

「噂集めなら拙者におまかせ。ちなみにキマイラの出所は"外海の魔獣が産み出してる"説も有力にござる」

 

 闘争に横槍を入れてきたスズ。

 極東のシノビらしいが第一印象の好感度マイナスはまだ拭い切れてない。

 ただクロアーネにしろこういった隠密・間諜に優れた手合い。

 ベイリルが求めるような人材像であるには違いない。

 

 それとアイツがよこした極東の刀剣、あれの振りはなかなか良かった。

 

 

「おっお前らがキマイラを討伐したって奴らだな、確かにいい面構えばかりだ!!」

 

 無遠慮にガラリと教室に入ってきて開口一番。

 それはサバイバル試験の説明を(おこな)っていた、ガルマーンという名の教師であった。

 

「来年まではもう英雄コースには無理だが、お前たちには期待しておくぞ!!」

「ちょっと質問よろしいですの? 英雄コースの卒業後の進路なんですけど――」

 

 パラスを皮切りに飛び交いわいのわいのと賑やかになっていく。

 

(新たな世界を拡げる……か)

 

 喧騒の中でヘリオは緩んだ口元を浮かべつつ、今までと違う安らぎを覚えようとしていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#39 魔術科 I

 

 そこは魔術部魔術科棟の一角にある、巨大ホールであった。

 希望者が多い主要科においては、まず日取りを決めて新入生を一堂に集める。

 そうして改めてその学科の説明を大々的に(おこな)うのが通例となっていた。

 

「かつて魔力を用い、望むままの法を定めたのが"魔法使(まほうし)"。導き形を成す者が、"魔導師"と呼ばれます。

 魔導師はこの学園にも一人、講師としていらっしゃいます。しかしみなさんがまず目指すべきは――」

 

 初日にフリーマギエンスを設立し、俺とフラウは魔術部魔術科へと足を運んだ。

 キャシーは戦技部兵術科、ナイアブは専門部芸術科へとそれぞれ既に戻っている。

 

「――"魔術士"です。魔力を操る術を知る者、魔導へ至る為の過程と見る者もいるでしょう」

 

 どの学科を選ぶかは、多少なりと迷うところではあった。

 少なくともジェーン、ヘリオ、リーティアとは被らないように――とは半ば決めていた。

 

 何かしら適性が活かせそうな専門部のどこか……というのも悪くはない。

 しかしやはり元世界にはなかった魔術への好奇心はことのほか大きい。

 俺の空属魔術も多くが我流も同然であり、体系化された基礎から学ぶのは有意義だと考えている。

 

 

「そういえばフラウは何の魔術を使うんだ?」

「ん~~~? さてさてなんでしょう」

 

 耳打ちするように発した俺の質問に対して、クイズを返したのは再会を果たした幼馴染の少女フラウ。

 彼女の魔術は俺以上に我流。それも魔術科を選ぶ一つのキッカケであった。

 子供ながらに世界を生き抜く為に会得し、そして洗練されていったらしいフラウの魔術。

 

 改めて魔術を学び直すということも大事であろうと、俺からフラウを誘った。

 元々一般教養の単位しか取ってなく、宙ぶらりんであった為に丁度良かったとも言える。

 

 転生からずっと過ごしてきて、演技することや、前世からの人見知りも幾分慣れてきた。

 ――ものの、やはり知った顔がいるほうが居心地はいいものだ。

 

 

「――っえーですから、まずは皆さんの実力を見たいと思います」

 

「ん……?」

「おぉ~?」

 

 教師の発言に一瞬疑問符が浮かんだものの、それもむべなるかな。

 魔術の練度差はおろか、そもそも扱えないから学びに来ている者のほうが多いだろう。

 効率的な教育の為に振り分けるのは、至極当然の帰結と言えた。

 

「魔術が全く使えない生徒はここに残ってください。こちらで私が説明を続けます。

 少しでも使えるという者は、あっちの入り口の教師について演習場へ向かってください」

 

 説明している教師が指をさすと、もうひとりの教師が手を挙げ叫ぶ。

 

「それじゃあ、魔術を使える新季生はこちらへ――」

 

 すると三割超くらいの人間が動き出し、俺とフラウもその流れに乗っていく。

 魔術士は世界人口比だと二割くらいらしいのだが、若い時分でこれだけいる。

 やはりこの学園は自由を尊重しつつも、元々備えている基本水準が高い傾向がある。

 

 最低限の義務教育のない異世界において、学ぶ意欲ありし者は向上心の塊なのだ。

 

 なによりも学園は種族や国籍を問わない。それゆえに多様性に特化している。

 刺激にも事欠くことはなかろうし、学び取れることもたくさんあろう。

 

 フラウやキャシーのように、行き場を求めて辿り着いた者もいる。

 嫡子(ちゃくし)でない子供も多いと聞く。一夜限りの相手に産ませたような落とし子にも丁度いい場所。

 俺の学園生活の目的の一つに人脈(コネ)作りがあるが、同じ考えを持つ奴もいるだろう。

 

 最初から帝国、王国、皇国のいずれかに狙いを定めているのであれば、それぞれの最高学府のほうが良い。

 しかし未だ不明瞭で基盤もない状況では、学園がやはり最も適した環境なのだった。

 

 

「これで(てい)よくフラウの魔術も見れるな」

「いや~……度肝抜かれるよ?」

 

「くっははは、そいつは楽しみだ」

 

 冗談なのか本気なのかわからないリアクションに俺は笑う。

 俺とて負けるつもりはないくらいには、積み上げてきた自信はあるのだった。

 

 

 

 

(まぁ実際は……こんなもんか)

 

 というのが素直な印象であった。確かにみんな魔術を使えてはいる。

 しかし大半は単なる発火魔術だったり、風を吹かすだけだったり程度のものだった。

 

 一応は教師の一人が隆起させた3メートルくらいはありそうな、土塊が標的がわりに存在している。

 しかしあくまで命中させて精度などを見せているに過ぎず、破壊するほどの者はいない。

 もしくは水を生成したり、同じように土を操って並べるといった程度のもの。

 

(先輩らはまだわからんが……さしあたって同季生には目ぼしい奴はいない、か)

 

 そも魔術の修練とは、通常10年単位を要することも珍しくない。

 無論才能がある者であれば、1季程度でも使いこなす者がいるとはいえ――

 

(まぁ俺は実質的には、数日くらいだったわけだが)

 

 幼少期から暇を見ては地味に練習こそしてたものの、魔術を使うに至ったのは極限状態だからこそだ。

 無明たる暗黒の中で、覚えるまでを覚えてないくらいの集中力あって、ようやくモノにできたに過ぎない。

 

(一度コツを掴んでしまえば、幅が広がっていったもなぁ――)

 

 それまでは「本当に魔術なんて使えるのか?」なんて思っていたほどだ。

 結局あれも俺の前世の記憶と、ハーフエルフという比較的恵まれた種族あってのもの。

 元世界の娯楽から得た憧れと欲求があったからこそ為し得た。

 なによりも魔力の循環操作に長けているエルフの血を、半分受け継いでいたからこその成果である。

 

(実力ある魔術士がいれば、フリーマギエンスに誘おうと思っていたが……)

 

 そうそう都合よく集まってくれるというわけではないようだった。

 

(逆に考えるんだ――)

 

 新季生が魔術をあまり使えないというのは、すなわち何も書かれていない白紙も同然。

 転じて元世界知識を利用した理論を、馴染ませやすいとも言えるのだ。

 

(それに同年代でフラウやキャシーがいるだけでも十分すぎるか)

 

 

 俺が一人でそんな思考を回していると、左隣にいるフラウがちょんちょんと肩を叩いてくる。

 

「ベイリル、どうする? てっきと~にやる?」

「そうさなぁ――」

 

 フラウの言わんとしていることを俺はすぐに察しえた。

 今はまだ不必要に目立つ学園生活は、生徒会の手前もあって控えておくに越したことはない。

 とはいえこうしたまた好機(チャンス)を逃すというのも……また悩ましい。

 

 つまるところ落伍者(カボチャ)達を打ちのめした時と、やることはさほど変わらない。

 ここで思うサマに凄絶さを見せつけて、フリーマギエンスの教えを広めるという手もアリ寄りのアリだ。

 

「気兼ねは……いらんか」

 

 この際は開き直ってしまうとしよう。能ある鷹はなんとやらなどと、気取っていても仕方ない。

 せっかく異世界で(ちから)を持っているのならば、それを誇示しないで――ひけらかさないでなんとする。

 称賛を浴びてちやほやされるのも、それがたとえ虚栄心であったとしても……。

 

(得られた充足感は、きっと気持ちいいだろうしな)

 

 学園という箱庭の中に限ってしまえば、名が売れてしまってもさしたる問題にはならない。

 それもまた実験になるだろうし、あるいは生徒会へのアピールになるかも知れない。

 

「りょ~かーい、んじゃまベイリルを参考にするねぇ~」

 

 

(となると何の魔術を使うかだが……今の俺が使えるのは――)

 

 俺は空属魔術を基本として、さらにそこから"六柱"魔術として派生させ分類(カテゴライズ)している。

 とは言うものの、現在魔術として使えるのは四柱しかない。六柱とはあくまで今後使う()()()()()()()だ。

 

 ――風流(ウィンド・)操作(コントロール)

 風の流れそのものを直接的に扱い、単純な物理的作用を発揮させる魔術。

 

 ――空気状態(エアステイト・)改変(オルタレイション)

 空気中に含まれる分子の状態に直接変化を起こし、様々な効果を及ぼす魔術。

 

 ――大気元素(アトモスフィア・)合成(シンセサイズ)

 大気を構成している元素を分解・結合し、別の物質を生成する魔術。

 

 ――音圧波動(サウンド・ウェイブ)

 空気を介して伝わる音の振幅を増減させ、指向性を持たせる魔術。

 

 四柱の内で何が最も適しているかを考える――

 

 

 "重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"では威力過剰な上に、今の俺にとって切り札となる魔術である。

 

("切り札は先に見せるな、見せるならさらに奥の手を持て"――と言うしな)

 

 無難に"素晴らしき(ウィンド)()(ブレード)"でいくことに決める。

 

 どうせ今いる者には初見である。奇をてらう必要はない。

 魔術と戦闘技能を組み合わせた"術技"でも悪くはないが、動かぬ的が相手ではいまいち映えない。

 かと言ってわざわざ対人を望み出るのも、イキり過ぎててなんとなく(はばか)られる。

 となれば派手でわかりやすく、魔術のみでアピールする方向で落ち着く。

 

(基本的な魔術であっても、魅せ方次第だ)

 

 土塊(つちくれ)と言っても、魔術で固められた一種の防壁のようなものだろう。

 純粋な岩よりは脆いだろうが、それでも地面と一体化してそびえ立つ物体である。

 

 どう破壊の演出をして見せようかと考えていると、いつしか順番が回ってくる。

 

 手招きされて指定の位置まで移動すると、教師は質問する。

 

「名前と、使う魔術と、用途を教えてください」

「ベイリルです。空属魔術で岩を攻撃します」

 

「よろしい、それでは好きなタイミングでどうぞ」

 

 教師に開始を促されたその瞬間――

 

 俺は教師の方を向いたまま、左手指を鳴らし速攻で魔術を放った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#40 魔術科 II

 

 教師の言葉より、間髪入れず放たれた無詠唱・速攻・ほぼ不可視の風刃。

 それはほんのわずかな風切り音のみを残して、あっさりと岩を真っ二つにする。

 

 その圧倒的な早業に誰もが……虚を突かれる()すら与えられなかった。

 ただ俺が指を鳴らした方向――土塊標的へと、自然と視線が集められていく。

 俺も顔だけを向けると根本付近でやや斜めに裂かれ、半分になった土塊がずれて落ちているのが見えた。

 

 様子を眺めながら地面との隙間が空いたその瞬間へと、俺は術名詠唱を重ねる。

 

「"エアバースト"――」

 

 左手で(すく)い上げるように振り上げる。その動作に連動するように風圧が巻き起こった。

 寸断された土塊は、空中へと一息に押し上げられ宙で一瞬静止する。

 続けざまに俺はボクシングのワンツーを繰り返すように、間断なく風刃を放ち続ける。

 

 的当ては得意分野である。否、得意になるよう鍛えてきた――()()()()()()為に。

 フィンガースナップで鳴る音の数だけ、バラバラになっていく土塊。

 最後に地面に落ち切ったそれは、もはや片手でも持てるくらいの大きさになっていた。

 

 その頃には唖然としていた生徒達も、教師陣も十人十色の反応で沸き立ち始める。

 

 

「お……おぉ……素晴らしい才能だ。どこで習ったのか?」

「あー師匠がいまして、その人に幼少期から教わっていました」

 

 ここで言う師匠とはセイマールではなく、"架空の魔導師"のことを指している。

 今後はそうした背景などもそこはかとなく広めていく必要があった。

 

「なんとも! それにしたって素晴らしい才能だ。君ならば一年も経たず魔導コースに選ばれる知れん」

「どうも」

 

 俺は淡白に答えて(きびす)を返して歩き出す。

 魔導コースはスィリクス会長がいるし、今はまだ正直あまり絡みたくはなかった。

 続くフラウと、俺はすれ違いざまにハイタッチする。

 

「参考になったか?」

「少しだけかな~」

 

 一言だけ交わして、お互い足を止めることなく歩を進める。

 俺の魔術にもさほど驚きはないようだった。

 そんな些細な様子からでも、彼女の実力かどれほどのものか……いくばくか推し量れるというものである。

 

 

 待機場所に戻るところで、誰もが俺に一歩引いた眼差しを向けている。

 それは一目を置く意味だったり、単純に妬心(としん)が含まれているようなものだったり……。

 しかしその中で一人だけ(おく)すことなく積極性を全面に話し掛けてくる者がいた。

 

「いやーオマエすごいねぇ、お近付きになってもいいか?」

 

 その男は角刈りを少し伸ばした程度の深緑色の短髪に、浅葱(あさぎ)色の瞳を向けてきた。

 

「素直だな、でもそういう手合は大歓迎。よろしく、ベイリルだ」

「おっと先に名乗らせちまうとは失礼だったな、オレは"オックス"。見てわからんと思うが"魚人種"だ」

 

 顔は無骨な部分も残るが整ってはいるようだった。

 俺よりも少しばかり高い背丈に、程々に鍛えた肉が体を包んでいる。

 

「へぇ……大陸にいる魚人種って珍しいな」

「ふっはははっ、ハーフエルフだって珍しいじゃん」

 

 距離の詰め方が大胆なものの、オックスには嫌味がなく話しやすい印象を覚えた。

 物怖じせず、天然で育まれたコミュニケーション能力の高さとでも言おうか。

 

「魚人種も、獣人種みたいに種類があるんだよな?」

 

 リーティアであれば獣人種の犬人族の狐人型。クロアーネならば犬人族の犬人型。

 キャシーは猫人族の獅人型など、由来となる生物がいるはずである。

 

 これらの種族は遠い過去に獣と交わった――

 などといった()()()()行為の果てで産まれたようなものでは決してない。

 

 魔力の暴走と枯渇の歴史の中で、適応しようとした過程で生まれたものである。

 己の魔力をコントロールできず衰えゆく神族が、今のままではマズイと変えようとした結果。

 変身願望ともとれる想像は、魔力を通して肉体を変質させるに至ってしまったらしい。

 さらに暴走によって変質し続けた成れの果てが、今日(こんにち)の魔物でもある。

 

 現代知識で換言するならば、想像だけではなく遺伝子の中で眠るそれが発露した結果。

 いわゆる"隔世遺伝"のようなものなのかも知れないとも勝手に思う。

 

 

「もちろんあるぜ、オレは"クラゲ"族だ。知ってるか?」

「クラゲか、サラダに入れると結構美味いよな」

「ほーほー食ったことあんのか、大陸人なのに珍しいな。知ってるとすら思ってなかったわ」

 

(まぁ日本のスーパーなら探せば大概――)

 

 アクアリウムショップや水族館にも……などと詮無いことを思いつつ、俺は浮かんだ疑問を尋ねる。

 

「……そういえば、よく俺の種族がわかったな」

 

 ハーフエルフは耳がほのかに長いと言っても、意識的に見ないとわからないくらいである。

 ナイアブ先輩のことを思えば、男にジロジロと見られていたのことに(ほの)かに警戒心も湧くというもの。

 

「そりゃ知ってるぜ、一昨日にカボチャを実力で統一した、鳴り物入りの実力派新入生ってな」

「……まじか、そんな噂になってるのか?」

「よくよく調べて回れば断片的にわかるくらいにはな」

「噂好きなんだな」

 

 そう返した俺に対して、オックスはニィ……と思わせぶりに笑う。

 

「違うな、噂ではなく情報を集めている。生徒会に喧嘩を売った新入生の情報をな」

まだ(・・)喧嘩を売った覚えはないんだが……」

 

 事と次第によっては、そうなりかねなかったのは否定しない。

 しかしスィリクスは約束と義理はしっかり果たしてくれた。

 生徒会長に相応しい資質と、尊厳と自負からくる誠実さはしっかりと備えている。

 選民思想は強く見受けられるものの、個人的印象では根っからの悪人には思えなかった。

 

 

「まっ要するにお近付きになりたいんだよ。有能な人物とは、敵ではなく味方に引き込まないとな」

「奇遇だな、俺も人脈は大事だと思っているよ」

 

 相手の正直な言葉にこっちも素直に答えると、両手を広げてオックスはアピールする。

 

「そりゃ都合がいい、なおさら俺と友達になっておくべきだ」

「打算だけで友人を作るつもりもないんだが……そう言い切る理由を聞いてもいいか?」

 

 俺は少し呆れた様子を見せつつ尋ねてみる。

 利害のみで結ばれた関係よりは、心の底からも信頼できる友でありたいと願う。

 

「オレは"内海の民"――いずれ"海帝"になる男だ」

「内海の民……?」

「ん? 内海の民は知らないのか?」

「いや知ってはいるが、生活圏が違いすぎて知識としては(うと)いな」

 

 ――内海の民。陸には陸の国家が当然存在するが、海には海の国家がある。

 連邦の西部と東部の(あいだ)に挟む内海に棲んでいて、安全な海上貿易には欠かせないとか。

 さらに海帝は一族の王であり、それになると宣言する男を、俺は自身の物差しで測る。

 

「オレらはそんな隠してるつもりはないんだが……まっ交易くらいでしか接触しないもんな」

「海中に住んでたりするのか?」

 

 "海底都市"などを建造して住んでいるあれば、それはとてつもない浪漫をそそられる。

 同時に文明レベルが侮れない勢力ともなり、()()()()()ともなりえる。

 

「不可能ではないが不便が多すぎて無理だなぁ。オレらもエラ呼吸できるわけじゃないし。

 普通の人族らよりは呼吸が続くって程度だからな。オレたち海の民は、海上に住んでるんだよ」

 

「ほぉ~海上都市? それはそれで――」

 

 

 ――その瞬間であった。話に夢中になりすぎて幼馴染から目を離してしまっていた。

 ただ周囲がどよめいたことで、何かが起きていると視線を向ける。

 

 遠目に捉えたフラウは、空に浮かんでいたように見えた。

 そして真下には俺が破壊したそれよりも、三倍くらいの体積の土塊が鎮座している。

 同じ大きさではなく、わざわざでかく魔術で作ってもらったのだろうか。

 

 跳躍していたフラウの体が、土塊へと真っ直ぐ落ちていく。

 縮尺が狂ったような感覚に陥るほどの速度で、狙い澄ましたかのように。

 

 一体何をどうして、どんな魔術なのかはよくわからなかった。

 ただ物理的な破砕音が響き渡ると共に、土石礫がこっちのほうまで飛んできていた。

 

「おわっ!?」

「っ――"一枚風"!」

 

 怯んでいるオックスを横目に俺は両手を目の前へとかざして、巨大な風の盾壁を生徒らの前方に発生させた。

 飛んでくる土石礫は風の壁に触れるとたちまち勢いを失い、その場にぼろぼろと落ちていく。

 

 大怪我まではしないだろうが、危ないといえば危ないくらいの大きさの石であった。

 

「なんっだあれ!? すっげーけどあぶねえなぁ。なあ?」

 

 粉々になった土塊残骸から、フラウが汚れをはたきつつ平然と出て来る。

 皆一様に呆然としていて、俺が披露した魔術のインパクトが全て消えてしまった気がした。

 

「すまんな、俺のツレだ」

 

 こちらに手を振っているフラウに、俺も手を振り返しながら……。

 

 心中で乾いた笑いをしつつ、様々な色の青春というものを俺は全身全霊で味わっていた――

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#41 調理科

 

 入学してから数週間ほど経ち――色々なモノが少しずつ形になってきた頃。

 

「この世の全ての食材と調理者に感謝を込めて……いただきます」

 

 俺は行儀よく手を合わせて示しながら、目の前の料理を食べ始めた。

 サクサクの衣に包まれた肉をタレで煮込み、卵でとじた飯を勢いよくかっこむ。

 合間に唐辛子でピリ辛にした漬け野菜をポリポリと(かじ)りながら、昔を思い出し味わう。

 

「それにしたってクロアーネさんも丸くなったもんだね」

「そう……おかわりはいらなそうね」

「ごめんなさい」

 

 専門部調理科の一角。俺は用意されたリクエスト品に大いに舌鼓(したつづみ)を打っていた。

 厳密に元世界の料理とは良く似て少し非なるものだが、細かいことはいい。

 

 食欲を大いに満たす美味しさに、心身が充実してくる思いだった。

 

「米も最高です、"ファンラン"先輩」

「あはは、それはなにより。でも言われた通り、かなり仕入れちまったけど(ふところ)は大丈夫なのかい?」

「いいんです、いいんです。食は財源にもなるんで、元は取りますよ」

 

 透き通るような青い瞳に、翡翠色の右横髪を三つ編みにする"ファンラン"と呼ばれた在学4年生。

 極東本土(・・)出身の見目流麗にして心胆豪傑と評すべき、面倒見も良い女性だ。

 

「――それだけの発想があるんだからさあ、君もボクらのとこ入ればいいのに」

「お誘いはありがたいけど、俺は俺のやることがあるからな。"レド"こそフリーマギエンスに来ないか?」

 

 そう勧誘し合うのは、"レド・プラマバ"という名の同季ではないが同じ白校章の少女。

 クロアーネと共に、ファンランに面倒を焼かれている(ふし)がある在学1年生である。

 

 肩ほどまで伸びたマジョーラカラーのような、毛先までほのかに色味の変わる濃い紫髪。

 何もかも飲み込んでしまいそうな、純粋で混じりっけのない強い黒色の双瞳。

 クロアーネよりも一回り小さい体格で、髪が短ければ一人称も相まって少年に見えるかも知れない。

 

 

「平行線だね、天才のボクは尋常者とは相容れない」

「天才は大歓迎なんだけどな。ファンラン先輩もどうです、気が変わったりしました?」

「わたしは派閥とかそういうのは興味ないからねえ、ただ役に立てることがあれば喜んで請け負うよ」

「ん~残念です」

 

「なんでも貴方の思い通りに事が運ぶと思わないことです」

「……お耳が痛い」

 

 レドとファンランに断られた傷に、クロアーネがここぞとばかりに塩を塗り込んでくる。

 出自や能力を考えれば、二人ともに非常に得難い存在であった。

 

 料理にも栄養にも、科学はつきものである。

 しかしまだ芽が出ておらず、見通しもない現状では交渉材料にならない。

 断片的な現代知識から、どうにか足掛かりにはしたいとは思っているものの……。

 どちらも思いのほか決意は固そうで、いまいち突破口を見出せないでいた。

 

 なにせ魔術科では……めぼしい人物を見出すことができなかった。

 しかし案外こういう全く無関係と思えるところに、才能は転がっている。

 

 ファンランとレド――調理の腕のみならず、それ以上に各人持っているものがあるのだ。

 

(まっ、なんでもかんでも一強偏重ってのは良くないのかも知れんしな)

 

 そんなことを思う。寡占(かせん)市場というのは、あまり健全な状態とは言えないだろう。

 競合相手がいるからこそ、切磋琢磨し業績を伸ばしていこうとするものだ。

 

 現在フリーマギエンスに自ら入部しに来た、"ニア・ディミウム"という先輩。

 彼女も、あくまでこの部活グループを利用しているだけ、と公言してはばからない。

 

 学んだことを活かして、いずれ対抗企業としてその名が轟くのであれば……。

 それもまた未来において、新たな発想を生み出す土壌にもなるだろう。

 

 フリーマギエンスとして取り込むこと――確かにスタートダッシュには重要なことだ。

 しかし間接的に影響されることで、伝播していくというのも大事なことである。

 

 

 俺は話しながらもペースは崩さず食事を終え、箸を置いてもう一度手を合わせる。

 

「ごちそうさまです、美味しく大満足でした。ところで――」

「……まだ居座る気ですか?」

 

 食器を片付けるクロアーネに、ジトリと冷たい目線を送られる。

 ――ものの、なんだかんだ構ってくれる彼女に、俺はもう微塵にも揺るがない。

 

「あぁ、本題は別にあってね。世界各国を巡ったクロアーネさんに、お国事情を聞きたくて」

「はぁ……――あの頃より結構経ちましたし、極東は行ったことありませんが?」

「その為のファンラン先輩」

 

 うながすように俺はファンランへ視線を移すと、ファンランは少し眉をひそめながら答える。

 

「ん? ご先祖こそ極東本土出身だが、わたし自身は知んないよ」

「えっまじっすか」

「お前さんところにいる極東北土出身のシノビだっけ? あれも多分そうだろう」

「スズのことですね。確かに彼女も一族まるごと、大陸へ来ただけと聞いたような……」

 

「極東へ向かう外海は、激しい荒天に加えて特殊な海流。さらに棲息しているという"海魔獣"。

 それら要因の所為でもう何百年も、実質上の鎖国状態にあると聞きますから、無理からぬことでしょう」

 

 しれっとわかりやすく解説してくれるクロアーネに、ファンランが付け足す。

 

「そうそう。本当に運良く往来する船があるか、長距離飛行に優れた鳥人族が行き来するくらいさね」

 

 二人の話を聞きながら俺は思いを致す。

 

(ん~む……テクノロジーを発展させないと現状どうしようもない、か――)

 

 外洋航海術と、耐えるだけの造船技術が必須となってくるだろう。

 万全を期すのであれば、荒天を察知する為のレーダーや、海流を乗り越える内燃機関も欲しい。

 

 海魔獣を相手にするにも、魚雷とかミサイルなどの高度な軍事兵器が必要になって来るかも知れない。

 極東から無理に文明回華を(おこ)そうと思うと、"時間切れ"になってしまうに違いない――

 

 

「じゃあかわりにボクが"魔領"のことを教えてしんぜよう」

「いや……魔領は別にいいかな、後回し(・・・)だし」

 

 レドの提案を俺はあしらいつつ余計に一言付け加える。

 魔領と神領は最初から文明を興す場合の勘定(かんじょう)には入れていない。

 

 現在の情勢を聞いても大して参考にならないから、今焦って頭に入れる必要はなかった。

 

「なんだとー、未来の魔王様(・・・・・・)を前にして」

「未来の魔王が、人領でのんきに料理なんか作ってていいのか」

 

「そりゃ"大地の愛娘"の所為で、今は魔領内部で喰い合いの最中。今はどうしたって雌伏の時期だもん。

 それに美食こそ、全ての生き物に通じる最高の娯楽でしょ。統治するだけの人生なんて真っ平御免だね」

 

 レドの考え方は、共感できる部分が少なくなかった。

 なにせ俺の目的もやり方も、範囲が広いだけで似たようなものだ。

 

 スィリクス会長といい、オックスといい、なんのかんの学園には近い考えを持つ者がいる。

 そういう者達がいるというのは、色々と張り合いが出るものだった。

 

 

「あぁ"()英傑"の一人の所為(せい)で、魔領の軍勢は人領への侵攻ができないもんな」

「一回だけ遠目に見たけど、あれは規格外だね。"魔神"すらも赤子扱いだろうな」

 

 それが歴史のいつ頃なのかはわからないが、時代ごとに英傑と呼ばれる者達が現れるようになった。

 例外なく超人をも越える力を持ち、主に人領世界において喝采・称賛されるべき功績を残した者。

 英雄をも超越した傑物が誰ともなく呼ばれるようになり、名を連ねる。

 

「俺みたいな長命種ならともかく、"大地の愛娘"が衰える頃にはお前も老いてるんじゃないか?」

「何も問題なんてないね、ボクは死なない。ボクが死のうとしない限り――それが"魔導"ってもんでしょ」

 

 少し上から目線でいじめるような物言いだったが、レドは全く気にした風もなかった。

 テクノロジー開発が進めば、不老長寿の秘法も叶うと言って誘おうと思っていたのだが……。

 

「レドは魔導師じゃないだろ」

「最高に脂が乗った頃には魔導師さ、ボクは天才だからね」

 

 (おご)り極まる思い込み。しかしてそれは魔術、ひいては魔導にとって最も大きな力となる。

 もしかしたらこの少女は本当に、いずれそうした魔導に到達し得るのかも知れなかった。

 

 いつの日か……魔王率いる魔領軍として、自分達とぶつかる日が来るのかも――などと。

 

 

「まったくレドの増上慢(ぞうじょうまん)(はなはだ)だしいですね、まるでどこかの誰かのようです」

「えぇ……――俺としては、ほんのちょっと見習いたいと思っているくらいなんだが」

「あっははは、自信家なのは良いことさね」

「ふっ凡俗がどう言い、どう思おうと、いずれ誰もがボクに刮目せざるを得なくなる――」

 

 独特な居心地だった。ビジネスライクとも違うが、緩く……悪くない。

 お互いに最低限の敬意を持ち、依存せず慕うわけでもなく、忌憚(きたん)なくモノを言い合える。

 

(新鮮……なんだよな)

 

 だから食欲だけではなく、たびたび理由をつけてはココに顔を出してしまうのだった。

 

「……それで、国の話でしたね。私の知る範囲で構わないのでしたら――」

「よろしくお願いします」

 

 俺は神妙な態度を押し出すように、クロアーネに頭を下げた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#42-1 国家のお話 I

 

(魔導科学文明を促進させるには――)

 

 どこから着手していくかというのは、ぼちぼち考えていかねばならないことだった。

 だから資料のみならずクロアーネに直に聞く為に、昼食ついでにこうしてやって来た。

 

 大陸には半ば不可侵地帯となっている、大陸北西端の"神領"。

 レドの出身領で群雄割拠の大陸南部"魔領"があるが、それらはひとまず捨て置く。

 

 人口も圧倒的で支配領域も遥かに広い"人領"。

 異世界文明に革命を興すにあたっては、人領より始めるのは最前提の条件であった。

 

 

「――ではまず私の出身国である、"エフランサ王国"からいきましょうか」

「ご教授ありがたく、よろしくお願いします」

 

 半ば溜息のように一息だけつくと、クロアーネは語り始める。

 

「王国は大陸東端に位置し、国王を最上に置いて各地の貴族が統治する、魔術至上主義の色が強い国です。

 一般市民の中も魔術士が数多く、魔術具のみならず魔導具の発展も著しいと言えるでしょう」

 

「王立魔術学院、宮廷魔導師、円卓の魔術士、他にも魔導師の互助会みたいなのもあったっけ?」

「通称"降魔の塔"ですね。私が確認した時の在籍者は七名ほどでしたかしかいませんでしたが……」

 

「そういえば風の噂だが……魔導コースの講師も昔そこに所属していたって聞いたことあるねえ」

「さっすがファンラン、うだうだ学園に居続けてるだけのことはある」

「やかましい」

 

 ファンランにワシワシと撫でられたレドは髪の毛をボサボサにされる。

 

(魔導コースの講師か、いずれ接触を持たないとな)

 

 なにがしか得られるものはあるハズであろう。

 しかしなにぶん広い学園であり、少ない講義の時間以外の行方は、ほとんど知れないときていた。

 

 

「話を続けます。数多くの魔導の探求を()とする為か、魔王崇拝が多いのも王国の特徴です」

「つまり近い将来、ボクが崇拝されるわけだね」

 

 クロアーネはレドの戯言(たわごと)を無視し、淡々と話を進めていく。

 

「ですから魔法の祖である神族や、魔術素養の高い種族には寛容で、要職を担っている者もいます。

 一方で素養の低い……特に獣人種には非常に弾圧が激しい一面があり、奴隷売買もかなり盛んでした」

 

 実際クロアーネもその例に漏れず奴隷として買い取られた。

 そうして拷問のような選別の末に、汚れ部隊として育てられていった経緯がある。

 

 通常主人に対して従順にする為の"奴隷契約"用の魔術具は、様々な面でコストが(かさ)んでしまう。

 しかし王国ほど魔術と魔術具が発達しているのであれば……。

 そういったモノも比較的安価なものになるゆえだろうか。

 

 

「また人族の手によって最初に建国された国家ですから、人領の歴史では最も古いです」

「確かに王国は結構伝統料理が多いねえ、古き良き調理ってのは奥も深い」

 

「転じて魔術文明の恩恵を最も長く、深く享受(きょうじゅ)していますから、相応の軍事力も備えてます」

「魔術士の質と量が……すなわちち戦力に直結するわけ、と」

 

 強力な魔術士は百人力であり、魔導師ともなれば一騎当千とも聞く。

 絶対的なイメージに裏付けされた大規模魔術や、攻撃的な魔導は一人で戦術級足り得るのだ。

 一般に"伝家の宝刀"と言うべき、各国が出し惜しみするほどの単一個人戦力。

 

「肉壁を置いて魔術で攻める戦術が基本ですが、その前衛も魔術具武装していたり侮れません」

 

 さらに魔術具や魔導具の研究も盛んであることが、鬼に金棒となっている。

 それまで優勢であっても強力な魔導具一つであれば、戦局がひっくり返ることもありえなくない。

 

「侵攻でも脅威ではありますが、それ以上に魔術はやはり守戦。拠点防衛においてこそ真価を発揮します」

「王国は比較的肥沃(ひよく)な土地が多いから糧秣(りょうまつ)にも事欠かない、か」

 

「各所領を管轄する爵位ある有力貴族たちも、相応の権限を有しています。

 それぞれが国法の範囲内で一個軍隊を保有し、特に王国の公爵家はどれも規模が大きいです」

 

 

「王国は魔領から一番遠いからなー、攻め滅ぼすなら最後っかなぁ」

 

 レドはレドで、クロアーネの話を参考に算段をつけているようであった。

 俺のようにあらゆる手段を使うわけではなく、魔族らしく武力統一であろうが……。

 

 今現在友人として接しているような、レドという一個人を見るのであれば――

 彼女が仮に世界征服した暁には、それはそれで意外と面白い世界になるかも知れないと個人的に思ってしまう。

 

「内乱とかは発生しないものなのか?」

「上層・中流・下等・最底辺と、区分けがはっきり常識として刷り込まれていますから。

 下が上に逆らうという状況が、そもそも発生しにくい土壌が形成されていると言えますね」

 

謀反(クーデター)も起こりにくい……か」

 

 ヒエラルキー構造が確立されていて、伝統的で安定した封建社会が構築されている。

 武力にせよ絡め手で潰していくにせよ、かなりの労力は必要そうであった。

 

 

(魔導と科学の釣り合いと、さらなる融合には最適そうではあるが――)

 

 学問に秀でた人物も、発掘しやすそうである。

 そうなれば発展はより早く、より大きな規模と成り得るのだが……。

 

 しかし如何(いかん)せん、魔術偏重主義の為に科学を広める初期段階の障害(ハードル)が高そうだった。

 

 "文化勝利"なら恐らく一番の難題になるだろう――

 

 

 

「――次に"イオマ皇国"です。大陸の西端で神領と魔領に挟まれた土地に、教皇を中心とした国です」

「世界で唯一の"政教一致"社会国家にして、神王教の総本山か」

 

「魔術士の立場も強く、神王由来の"魔法具"を最も保有しているとされています――」

 

 俺も知る"永劫魔剣"も魔法具の一つであり、その性能は魔導具も比にならない。

 人の手で作れるものではなく、魔法を使えた頃の神族の手によって創られたもの。

 魔法は全能ではあるが、魔力というリソースが不可欠である以上制限は掛かる。

 

 かつては幅広かった魔法も、暴走と枯渇によって失伝状態にあるのが常識であった。

 

(もし使えるとすれば、在位中の"四代神王フーラー"と……五英傑くらいか――)

 

 それすらも定かではない。世界全体の魔力量、個人の保有量や放出力、法理の安定性。

 様々な原因や因果が研究・議論されているらしいが、未だに不明瞭なのが現実である。 

 

 魔法具とて暴走と枯渇で魔法が使えなくなる中、神族が苦肉の手段として製作したモノらしい。

 

 実際的に人間が十全に扱えるかは別だが、それでも魔法それ自体よりは遥かに(やす)い。

 例えば完全な状態の永劫魔剣であれば、単独で増幅器を持つ為に魔力量による(ふるい)もない。

 

 セイマールが(おこな)っていた魔術具研究の中には、そういった(たぐい)のものもあった。

 個人の体質や魔力に干渉して、魔法具の起動や使用に耐えうるべくする実験。

 

 増幅器がないなら行使手を増幅器代わりにすればいいのではないか。

 "贄の少女"もそういった発想の(もと)で被検体にさせられていた。

 

 

「――よって皇国の潜在的な軍事力は……正直言って計り切れません」

 

 性能が完全に発揮されなかったとしても、恐るべき道具であることに疑いはない。

 実際にセイマールが起動し得た半端な永劫魔剣でも、あの時点では脅威だった。

 

 もし武力によって世界を制するのであれば、確実な情報を得て最優先で削いでおくもの。

 逆に言えば、その(ちから)を自らのモノにできるのであれば、凄まじく心強くもなる。

 

(もっとも永劫魔剣は……現状使い物にはならんが――)

 

 それでも確保しておくに越したことはない。先人の大いなる遺産(アーティファクト)

 魔法具の存在そのものが抑止力のみならず、時として求心力にも繋がるのである。

 

 永劫魔剣については最初こそ何かしらの利用を考えたが、今現在は厳重に保管しておくに限る。

 

 

「差別も少なくなく……特に魔族とは年中戦争をしている為に、迫害や審問の憂き目すら遭う場合があります」

「へぇ~よしっボクが魔王になったら潰そう!」

「やめぃ」

 

 ぼふっとレドはファンランに頭を抑えられ、クロアーネはペースを変えることなく話は続けられる。

 

「潰すのは無理でしょうね。現在皇国には聖騎士にして、五英傑の一人である"折れぬ鋼の"がいますから」

 

 クロアーネの言に、ファンランが疑問を呈する。

 

「でもあれだ"折れぬ鋼の"は世界中で人助けをしてるんだろう?」

 

「仰る通りですが、魔族の侵攻によって皇国が一方的な危機ともなれば戻ってくるでしょう」

「じゃあやっぱり邪魔なのが死ぬまで、ボクは待つことにしよっと」

 

 

「……ほんといい性格してんなお前」

 

 俺は半ば呆れた様子を見せつつも、心中では同意していた。

 魔法具と同等か、それ以上に(ちから)を持つとさえ噂される現代の"五英傑"。

 

 実際にその強さを目の当たりにしたことはないが、少なくとも敵対すべき相手ではない。

 とはいえ現状を鑑みるのであれば、レドの(げん)同様あまり考える必要もなかった。

 

 文明に革命を興し、世界を統一する為の戦争を仕掛ける頃には――寿命が尽きているだろう。

 魔法具は警戒すべき対象ではあるが、少なくとも五英傑に関してそれほど心配はしていない。

 

 それに不死身でないのならば、付け入る隙はいくらでも整えられる。

 人間であれば空気でも毒でも病気でも、殺す為の方法は多分いくらでも……。

 

 もし仮にこちらの陣営に引き入れることができれば、武力面において圧倒的な優位にもなる。

 

 

「"折れぬ鋼の"と聖騎士長を含めた九人の聖騎士は、民からの信頼も非常にあついです。

 また独自に軍団を持つことを許されています。と言っても当時保有していたのは三人だけでしたが……。

 国家に帰属する軍団も精強に統一されていて、間断なく魔領と激しい戦を展開しているので練度も高い――」

 

「そういえば"大地の愛娘"は、皇国方面を無視しているのか?」

 

「彼女はあくまで人類の為に防衛しているだけですから、領土奪回(・・・・)の名分で戦争を仕掛ける皇国側には干渉しません。

 神王教の(もと)に戦う軍団は士気も高いですが、魔領戦線で常に戦力を割かれてしまう弊害を抱えていますね」

 

 仮にも英傑として祭り上げられる人間。人格もまともだということだろうか。

 そうあれば交渉の余地はいくらでもある、いずれ本格的に接触(コンタクト)を取る日も来るかも知れない。

 

 

「それと皇国にも貴族はいますが、あくまで国家より派遣された領地経営者という立場でしかありません。

 聖騎士のほうが権力は上ですし、皇都大神官や黄昏のハイエルフ、神領より派遣されている外交官などもいます」

 

「皇国は神王教の中でも、初代神王ケイルヴ派なんだよな?」

「えぇ――国内には当然、他の派閥もありますが……中核部分を含めてほとんどがケイルヴ派です」

 

 俺とジェーンとヘリオとリーティアがいたカルト教団――"道"は三代神王ディアマ派であった。

 連中は国家転覆を画策していたのだから、同じ神王教でも時に水と油にも成り得てしまう。

 

「強い宗教色の為に秘密も多く、閉鎖的な面はありますが……皇国は神領と交流がある唯一の国家ですから――」

「王国や帝国にも劣らぬ強国……か」

 

 

 俺はそう締めて展望について巡らせていく。

 

(改めて……非常に(かたよ)った国だな、立地的にも最西端――)

 

 宗教――それは地球においても、文明の誕生より現代まで続く根深い問題であった。

 人はたとえ現状に満たされていたとしても、宗派の違いによっても争うことがある。

 

 信仰とは精神性に帰属しつつも、時として逆転し支配することもある。

 それが純粋なものであっても。狡猾な誰かによって利用されるでも。

 

 宗教を運用する場合、ハイリスク・ハイリターンであることは常に念頭に置いておかねばならない。

 失敗に備えるのであれば、相応の武力・文化・外交手段を持ち得る必要があった。

 

 文明を興すにあたって最も注意せねばならないし、不適格な国家と言える。

 "宗教勝利"をするにも、皇国はダントツで不向きであろう――



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#42-2 国家のお話 II

 ファンランが用意したお茶と菓子で小休憩しつつ、俺達はテーブルを囲む。

 

「――さて、"ディーツァ帝国"の話もしますか? 貴方の出身だったと記憶していますが」

「俺が知ってるのは亜人特区だけだし、幼少期で記憶も不確かなんでよろしく」

 

 学園卒業後には世界を、自らの足と眼で旅したいと思っている。

 母を探すのであれば、帝国は優先的に立ち寄って回りたいところだった。

 

「では……大陸中央北で帝王とその一族を頂点とした、人領で最も広い領土を保有する侵略国家です。

 西に皇国、東に王国、南東に共和国、南部に連邦と、囲まれながらも常時どこかと戦争をしているほどの」

 

「実力主義の軍事国家、と」

「その通りです。最大領土を維持しさらに拡げているのは、魔術に限らない柔軟性と実力主義が大きいでしょう」

「亡命するなら帝国か連邦ってのは、俺もよく聞くところだな」

 

「帝国は種族色豊かだから、料理の幅もなかなか面白いんだよねえ」

 

 実力主義というのは転じて、実力のなき者は排斥(はいせき)されるということでもある。

 しかしわかりやすい立身出世を体現する国として、帝国以上の国家がないのも事実であった。

 

 

「玉座すらも実力で簒奪(さんだつ)可能とされていますが、かの一族は実力によって未だそれを許していません。

 現在の嫡子(ちゃくし)たちの年齢を考えると、時期的に王位継承戦が水面下で起こっていてもおかしくありませんね」

 

(いつだったか、街中で見掛けたっけな……)

 

 2人の近衛騎士連れていた以上は、ほぼ間違いない。年格好からしてもドンピシャだろう。

 

「有象無象の切磋琢磨の中で――その純度を磨き上げているわけか」

「一番魔領の気質に近いね、気に入った。ボクが世界征服する時には、最後に残しておいてやろう」

 

 常に戦争を続けていられるだけの、強力なバックボーンを備えている。

 対外的な交渉材料としての武力もさることながら、その気になれば恐らくは……。

 

 

「帝国軍はその編成も独特です。種族が競合しないように振り分けられ、役割分担も確立されています。

 多少差別的な部分は否めませんが……それでも最大限、持ち味を活かせるようにされていて士気も高い」

 

 適材適所を徹底している、合理主義なのも帝国の特徴である。

 

 情報、間諜、政治、謀略、交渉、兵站、戦略・戦術。

 斥候、衛生、工作、攻城、騎乗、空戦、水兵、間接、白兵、魔術。

 分野におけるスペシャリストを揃えるよう、整えられている。ゆえにこそ世界最強の軍事力を誇る。

 

「帝国貴族はあくまで国家とそれを統べる一族の為として存在し、王国の爵位持ちほどの権力はありません」

「強力な中央集権体制ってことだな」

 

「唯一の例外が、五英傑が一人である"無二たる"です。帝国領内において単一個人で"特区"を持っています。

 他の五英傑と同様、彼は帝国の軍事力には数えられません。しかし彼の領域をひとたび侵犯すれば――」

 

「容赦のない逆撃を被りかねないってことか」

 

「でしょうね。実際に会ったオーラム様の話では、彼は滅多に"迷宮都市"から出てこないとのこと。

 彼自身が創りし完結された世界で、周辺の凶悪な魔物を誘引して(かて)にしている……という話でした」

 

 

「へえ、だから英傑に数えられてるのかい?」

「いえ……それも要因ではあるのでしょうが、彼が英傑となった直接の理由は魔獣の討伐にあります」

 

「魔獣料理か……ボクもいずれ到達したい領分だね」

 

 ――魔獣。神族が魔力暴走を起こし、異形化が止まらなかった成れの果ての魔物。

 暴走が軽微であれば魔族。知能を失えば魔物。暴走が留まることなく、人智を超えた化物が魔獣とされる。

 

 その強度によっては討伐に際し、それこそ国家総軍を必要とする個体もかつては存在したと聞く。

 実際に極東との外界に棲まう海の魔獣は、あらゆる国家ですら手が出せないのである。

 

「魔獣の死体をそのまま迷宮に利用しているらしく……貴重な素材も豊富だとか――」

 

 すっとクロアーネから流し目を受けて、俺は薄っすらと笑顔を浮かべた。

 彼女はちゃんとこちらの知りたいことを教えてくれるのだ。

 出会いこそ険悪だったが、なんだかんだ言いつつもこうして交流し合えることに喜びを感じる。

 

「迷宮都市……か、浪漫溢れるな」

 

 いわゆるダンジョン、それも相当な規模のものなのだろう。

 この世界には"浮遊石"も存在するらしいし、魔力をはじめ元世界に当てはまらない物質が散見される。

 いつかはそういったものも攻略し、入手した物質を用いて文明を発展させたい。

 

 しかし五英傑の(ホーム)だとするなら、おいそれと荒らすわけにもいかない。

 相応の実力をもってするか、あるいは交渉力が必要となってくるだろう。

 

 

(晩年の暇を解消する為に文明回華を進めているが、当分は世界探索が最高の娯楽になるな――)

 

 せっかくの異世界転生なのだ。異世界探訪はじっくりと楽しみたいと思っている。

 どうせ凡夫な自分にやれることは、元世界の既存テクノロジーのニワカ知識を示すこと。

 全体に対する方針を決めることだけで、土台が作られるまでの時間はだだ余る。

 

(なんにせよ帝国は有力候補だよなぁ……)

 

 現状聞く限りで、帝国は文明を発展させるには、かなり都合良いように見受けられる。

 

 人口が多いから労働力も多い。差別も少ないから、諸々受け入れられやすい。

 領土も広いから資源収集や食糧問題も、かなりの融通が効くことだろう。

 

 仮に帝王の座に成り代われれば、そのまま引き継いで国家政策として打ち出すこともできる。

 

 文化面でも宗教面でも障害となるものは少なく、魔導と科学の融合にはおあつらえ向き。

 接している国家が多いことも……文明を伝播させるにおいては有利に働く。

 

 

(しかし逆を返せば――)

 

 最初から強大過ぎることはメリットだけでなく、デメリットにも成り得る。

 

 帝国内部で行動を起こしている内に、出る杭として早々に打たれかねない。

 ひとたび敵となれば柔軟に科学を吸収し、より版図を拡げていくことだろう。

 

 "制覇勝利"となれば、立ちはだかる巨人となるに十中八九違いない――

 

 

 

 

「――続いて"ファイレンド共和国"。大陸中央に位置し、一定年ごとに各地方領主と統領が選出され統治します」

「最も歴史が浅い国だったな」

 

「はい。帝国と王国、さらに連邦西部と東部を四方に構え、貿易産業が特に発達していて自由主義が強め。

 特色がないのが特色とも言え、魔術の色も薄く軍事力も比して低いので、外交で程よく立ち回っています」

 

「共和制なら教育の平均水準は高いってことだよな?」

 

 共和制や選挙が成立してるってことは、それが広く認知されているということである。

 最低限の学や情報の共有がなければ、順当に成立し得ない政治形態だろう。

 

「実際的にはそれほどでもないですね。確かに他国の下層と比して多少は高い傾向にあるようですが」

「あまり期待しないほうがいいのか」

 

 教育とその為の機関が充実しているのであれば、既に下地はできているということだ。

 であればそれを利用しない手はなかったが、そう甘くもなさそうである。

 

「人族による人族の為の新興国ですから、露骨な差別や弾圧はないものの人族以外は肩身が狭いです。

 ひとたび戦争が起きれば他国から裏で援助されますので、軍事力は低いですが継戦力は高いと言えるでしょう」

 

「どの国も滅んでもらっちゃ困るということか」

「ですね。だから各国援助がなかったとしても、必要以上に攻め込むようなことはないと思われます」

 

「ボクは攻め込むよ?」

「魔領から攻め込むにはちょっと遠いけどな」

 

 

(例えば世界征服とか、お題目(・・・)でもない限りは……か)

 

 レドがのたまうように、武力をもって制覇しようとすれば話は別である。

 仮に最大の軍事国である帝国が本気で世界を統一しようとするなら、暗黙の了解も崩れ去る。

 

 得てして人は、現在の状況が(・・・・・・)永遠のもの(・・・・・)と誤解してしまうものだ。

 かつて栄華を極めた神族が衰退してしまったように、永久不変のものなど存在しない。

 

 大仰に言えば、宇宙開闢(かいびゃく)以来から存在する法則ではなく、それが終焉まで続くはずもない。

 あくまでそれは人間が定めたものに過ぎず、であるのなら破るのもまた人間である。

 

 たとえ安定していても、いずれ"未来の俺達"が……武力か文化か宗教か科学か外交か。

 何がしかの形で席巻し、世界そのものを巻き込んで変革していくつもりなのだから。

 

 

「それと国家の軍事力とは別に、共和国には金で雇うことができる"自由騎士団"が存在します。

 他国の退役軍人や、何らかの事情でいられなくなった者で構成された傭兵集団とでも言いますか」

 

「強力なのか?」

「他国の事情を知っている者で構成されていて、かつ歴戦の士が相当数在籍しているようですからね。

 統一性は劣るかも知れませんが、それだけに柔軟で容赦がなく、厄介極まりないと聞き及んでいます」

 

「汚い仕事もやるということか」

「金次第でしょうね。相当の武力集団ですから、共和国としても諸刃の剣なのは否めないでしょう」

 

 他国の軍事情報を知っている人間。さらには保有しているであろう人脈。

 毒を喰らわばなんとやら。もし接触し扱う機会があるとすれば、重々注意が必要である。

 

「自由騎士団それ自体が、国家内で権力を持っているということは?」

「大いにありえます」

 

 武力集団が権力を持てば、ロクなことにならないのは歴史の多くが示している

 かくいう己の野望とて例外ではない。いずれ(ちから)を持った時に変質せずいられるか。

 

 そういった意味でも常に(いまし)めておかねばならないし、コントロールは必要だ。

 

 

「地方領主はどの程度の権力を?」

「一定期間の選出制ですから、国があくまで主体です。ですが――」

 

 少し考えるような仕草を見せてから、クロアーネは言葉を紡ぐ。

 

「現在の統領はかなり長期間……その地位についています」

「それは良い意味、ではなさそうか」

「汚職や腐敗は確実に進んでいるでしょうね」

「しかしその老獪(ろうかい)さが、国を維持している側面もあるという感じか」

 

 クロアーネの表情から察した俺の言葉に、静かに頷いて返す。

 

「ん~む……それでも共和制自体は機能しているのか?」

「多少の自浄作用はあるかも知れませんが……正常とは言えないでしょう」

 

「とはいえ共和制の芽そのものは完全に潰されてはいない、といったところか」

 

 政治形態や社会制度なども、ゆくゆくは考えていかねばならないことだった。

 文明の発展と生活において具体的な方向性を示し、時に誘導し促進させる環境を作る。

 

 国家運営――ひいては世界を回していくのに、決して切り離せない。

 

 

「共和国は各国家間における緩衝地帯のようなものですから。生かさず殺さず……。

 各領地には隣接している強国の思惑が介入し、政治的に便利な道具として利用されている――」

 

「なるほどなー、内実は一層面倒そうだ」

 

 換言すれば、各国からの根が深いことを利用して、こちらも影響を与えやすいということでもある。

 

 交易によって帝国・連邦・王国の多様な文化が流入するので、文明発展の容量(キャパシティ)も大きいだろう。

 宗教偏重の皇国と隣接していないゆえに、宗教的に染めていく障害も少ない。

 軍事力も高くない為に、武力で制するのも他国に比べれば容易と言える。

 

 文明回華の初期立地としては、かなりの有力候補となる。

 ただし強国へとなっていく過程で、他国家への対応には繊細さを求められるだろう。

 

 共和国は"外交勝利"を活用していくのも、大きな一手と成り得よう――

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#42-3 国家のお話 III

 

「最後に、ここ"連邦"について。もっともある程度は御存知でしょうから――」

「あっボク実はあんまりよくわかってないから、初歩から頼める?」

 

 レドに頼まれ一応クロアーネは俺のほうを一瞥(いちべつ)する、俺はコクリとうなずきお願いした。

 俺の認知している情報も違うかも知れないし、改めて聞くことも大事だろうと。

 

「連邦は数多くの都市国家群による連合国家ですが、主に東部と西部に分かれます。

 小さき者たちが巨大な国家に対抗する為の同盟のようなもので、足並みは決して揃っていません」

 

(俺たちがいるのは連邦西部――教団も連邦内にあったが、まぁほぼ閉鎖空間だったな)

 

「"諸島"のある内海を挟んで東西に分けられ、同じ連邦でも毛色はかなり違っていますね。

 "アールシアン西部連邦"は帝国と共和国と魔領、湖を挟んで皇国と接していて、戦争も少なくありません。

 "エイマルク東部連邦"は共和国と王国に接し、外海を通じて極東とも本当にわずかですが交易しています」

 

「なーなー、東部と西部って何か違うの」

「連邦を一つの国として見た時に、東西では別国と言っていいほど文化がちがーう(・・・・・・・)んだよな?」

 

 レドの疑問に俺はうろ覚えな知識で答えつつ、確認の意味でクロアーネに振る。

 

「根本的に都市国家が主要国への対抗として連合形態を取っているので、細かくは全都市が違います。

 とはいえ大きな括りとして見れば、確かにその通りです。西と東では(なま)りを含めてかなり差があります」

 

「内海が大きく挟んでいて、陸路の交易がしにくいからねぇ」

 

 実家の仕事柄、交易業の一部を既に担っているファンランは実体験のように語る。

 

 

「確かに地理的要因も大きいですが、それ以上に"大魔技師と七人の高弟"の存在でしょうか」

「誰? そいつら」

 

「端的に言えば、生活用魔術具を一般にまで広めた人物……それも弟子を通じて世界中に」

「歴史に名を残す偉人達だね。わたしら全員が恩恵にあずかっているし、魔領の文化だって彼らのおかげだよ」

 

「魔術具なんて初代魔王の頃(・・・・・・)からあるじゃん」

 

 レドは突っ込んでいき、クロアーネが詳しく説明を重ねていく。

 

 ――大魔技師。連邦東部地方に生まれた、初代魔王と並ぶ歴史上最高の天才と称される。

 現在の大陸における魔術文明は、魔術具と切り離すことはできない。

 

 今の世界は彼とその弟子らによって作られたに等しい、と断言して良いほどである。

 

(俺がやろうとしてることの、言わば先駆者みたいなもんだな――)

 

 彼は魔術具を精製する為に、必要だった高等技術を低減させて革新をもたらした。

 今まで誰も思いつかなかったような用途と、それを実現する魔術具を開発・実現させた。

 

 弟子達は各国へと派遣され魔術具と製法を広め、一般市民にまで広く普及させていった。

 魔術具は神領を除く全てを席巻し、その素晴らしさを拡散させていったのだ。 

 

 それゆえに連邦東部の言語は、世界に広く通じることと相成った。

 東部は未だに天才を輩出した栄光と、発祥の尊厳を忘れられずにいる国民性のような部分が残っているとか。

 

 

(大魔技師は確かに魔術具を改良し広めた。が、それ以上に――)

 

 これは俺だけ(・・・・)が疑問に思えることだった。

 大魔技師が広めたもので最も興味深いのが、"単位規格"である。

 秒・分・時・日、長さ・重さなど、度量衡(どりょうこう)地球のそれ(・・・・・)とほぼ同じに思える。

 元の基準点となるものがないから、俺としても正確に計測しようがないのだが。

 

 しかし生活している上で、10進法や60進法なども常識として認知されている。

 一年は400日だし、5季で構成され一週間は8日など、星の風土そのものの違いはあるものの……。

 細かく見た時の基準は、元世界と変わらず存在しているのだ。

 

 動植物や組成にしても同様だが、これらを偶然の一致としてしまうか、それとも――

 

「全然知らなかったなあ。ボクも知らず知らず毒されていたとは」

「便利なのはいいことさね、何事も過ぎることがなければ……ね」

 

 かの偉人がそれを望んでいたのかはわからない。しかし予見はしていたことだろう。

 安価に生産が可能となった魔術具は、生活用のそれではなく戦争用にも開発されていく。

 純粋に魔物への対抗策として使われた物も、人を殺す道具として使われる。

 

 強力な魔術士以外にもより多くが戦争に参加し、規模は大きいものとなっていった。

 利便性が増して得たものは大きい、しかし失ったものもまた小さくないのである。

 

 

「共和国はアレだったが、連邦の合議制はきちんと機能しているのか?」

 

 連邦は各都市国家に委任された代表を、一堂に会して方策を決める合議制である。

 その中から他国への外交折衝(せっしょう)役として、総議長が一人と各担当長が投票で決定される。

 

「東西のみならず都市国家ごとの気質が色濃い為に、それぞれの利害が交錯しています」

「一枚岩には程遠い、と」

「都市国家間の軋轢(あつれき)は表面化し、近年は戦争で矢面に立たされる都市群への支援体制など……。

 恐らくは帝国からの離間工作などもあり、盤石には程遠いことは有耶無耶にできないでしょう」

 

(共和国もそうだがネガティブな情報が多いな……)

 

 魔術文明があったとしても、いわゆる情報伝達技術が不足している時代。

 大魔技師がそれを思いつかなかったか、知っていてやらなかったのか――

 いずれにせよ遠距離通信は、非常に限られた稀有なものなのである。

 

(やはりどうしたって熟成されてない民主制などよりは――)

 

 わかりやすく認知されている君主制のほうが、色々合致しているのかも知れない。

 

 

「特に"大地の愛娘"によって魔領側からの"人領征"がなくなってから、それなりに年季が経過しています。

 その分だけ浮いた軍事支援の分配、防衛がなくなったことで力を蓄えている魔領前線都市の対応など。

 いかに他を出し抜けるかを考え、連邦から脱退するような動きなども見られているようです」

 

「競争相手が多いってのは、それだけ発展に邁進(まいしん)し促すものではあるんだろうが……悩ましいな」

「確かに密に繋がった都市国家間の各種産業や経済は、互いに大きな影響を及ぼしていますね」

 

 クロアーネは「良くも悪くもですが」と付け加えて話を締める。

 

 

 都市国家の清濁を併せ呑み、上手く結合・連鎖させるのはかなり困難。

 しかして実現できたのであれば、最高の潜在性(ポテンシャル)を発揮できることもまた事実。

 

 "科学勝利"を狙っていくなら、連邦は最高の条件を備えていると言えるだろう――

 

 

 

 

 話を終えた後に入学初日に使ったベンチに座りながら、俺は黄昏時の空を仰いだ。

 クロアーネへのお礼は改めてするとして、伝え聞いた国の情報を整理する。

 

 王国、皇国、帝国、共和国、連邦――テクノロジー進捗を、考えながら随時見極めていく。

 

 いずれ国家を打ち立てることがあった時、少なくとも寿命の問題は少ない。

 であるならば民主政治より、専制政治を()るという選択も大いに有りだろう。

 スィリクスの言ではないが……長命種だからこそできる統治というものがある。

 

 共和国や連邦を見るに、もっと近現代に近付かないと共和制というものは正常に存続しにくい様子。

 かのローマとて、結局は共和制から帝政へと戻ってしまったように。

 劇的(ドラスティック)な改革をするならば、やはり強力なカリスマある指導者であるべきだ。

 異世界文明に広げていくのなら、共和制はあまり政治形態としては向いていない。

 

(もっとも俺自身が君主になるのは御免こうむるが……)

 

 遠い未来に心変わりしないとは断言できないが、少なくとも今は王様になりたいといった欲はない。

 あくまで君主とは権能を振るう為の手段であって、目的とすべきではないのだ。

 

 

 既存の国家に勢力と文化を浸透させ、実効支配し奪い取ってしまう方法――

 どこかの都市国家や地方を治める領主と土地に取り入り、拡げてのし上がっていく方法――

 いっそ自分達でどこか最適な立地に、独立国家を作ってしまう方法――

 

 別段国家に拘泥(こうでい)する必要性はない。

 しかしどうせなら国取り合戦もしてみたい、というのは偽らざる本音であった。

 

(大規模に一元化できれば、他国家をコントロールし易いという側面は否定できないしな……) 

 

 なんにせよ大きな(マクロ)視点で語るには、小さな(ミクロ)進行状況も参照していかねばならない。

 

 黎明期となる今も、考えることは山積みで大変である。

 過渡期へと入っていけば、さらに面倒になってくるだろう。

 

 いずれは諸々が円熟に育ち、俺は指針のみであとは専門家達が固めてくれる――

 そんな風になってくれれればと、ひとりごちるのを終える。

 

 俺は立ち上がって伸びをすると、自室寮への帰路へと着いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#43 心交誼 I

 

「ねーベイリルぅ~、それずっと読んでて楽しい?」

 

 そうベッドに座る俺に問い掛けてきたのは、幼馴染の少女フラウ。

 既に深夜にも差し掛かりそうなほどに、進捗報告書を読みふけっていたようだった。

 

「あーまぁライフワークみたいなもんだからな。気苦労も多いが面白いよ」

「ふーん……手伝えることあったら言ってね」

 

 文明回華の為の下地作りは、わかってはいたが途方もない。

 今しばらくは勝手知ったる俺自身でないと、具体的な方針を指し示せない。

 

「エコライフを信条とする割に珍しいな」

「たまにはね~」

 

 フラウとは魔術部寮へと引っ越してから部屋も隣同士であった。

 ともなると、俺の部屋に入り浸ることが少なくない。

 

「あーしの部屋は物が多くてさー、でも迷惑なら戻るけど?」

「いや別に迷惑ではないよ……()()()()で落ち着くしな」

 

 

 フラウはあの惨劇の日――両親の手によって、無事に逃げることができた。

 そして……同時に両親の死を、目の当たりにすることとなったそうだ。

 

 たった一人の少女が過酷な環境の中で生き延びたことは、容易に語り尽くせないもので……。

 親を喪い、家を焼かれ、苗字を捨て、身一つで放り出された。

 そんな彼女の中に唯一残されていたのは――"俺という存在"だったらしい。

 

 かつて送ったエメラルドの原石と共に、心の内に俺を住まわせて精神を保った。

 俺が幼少期に教え語った話や理論を、修羅場の渦中で実践し、死線の中で身に付けた。

 魔術を使うたびに俺を思い出し、俺が生きていると信じ、俺に再会する一念で頑張ってきた。

 

 きっと幼い少女の心を支えるには、そういう単純なものしかなかったのだろう。

 依存し()んでしまってもおかしくないほどの状況に違いない。

 それでも今、こうして普通にしていられるのは生来の気質ゆえなのか。

 

 まがりなりにもジェーン、ヘリオ、リーティアという家族と共に……。

 カルト教団の管理の(もと)とはいえ、順風満帆に過ごせた俺とは大きく異なる。

 

 

「そういえばフラウはどうしてこの学園に来たんだ?」

 

 奇跡や運命と断じて、ロマンチックにそう信じてもいい。

 確かに学ぼうと思ったなら、門戸の広いこの学園に来る確率は低くはない。

 しかし偶然の再会にしては……いささか都合が良いような気もしないでもなかった。

 

「ん~? 親切な人に(すす)められたんだよ」

「親切な人?」

「うん、わたし(・・・)はご存知ハーフヴァンパイアだからまー色々苦労もしてたわけよ」

 

 少しだけ真面目なトーンで語り出すフラウ。

 ハーフヴァンパイアという出自は、彼女を救い――そして彼女を苦しめた。

 社会的に忌避されながらも、生まれによる優れた資質によって生き延びたのだ。

 

 ヴァンパイア種は分類するとなると、魔族という形になる。

 元々が魔領で生まれたのもそうだが、その特性も一因であった。

 

 かつて純粋なヴァンパイア種は、実際に魔力を糧として得る為に血を吸っていた。

 暴走を(しず)め循環させる為という話だが、結果として"吸血種"として呼ばれるようになった。

 時代を経るにつれて魔力補充には非効率。血肉を(むさぼ)る抵抗感に加えて、味も不味い。

 疾病(しっぺい)リスクなどもあり、魔力循環抱擁の技法が安定化するにつれ(すた)れていった。

 

 とはいえ名称としても今も残り、人間社会で見れば多くが鼻つまみ者として扱われる。

 それはハーフであっても同様であり、エルフとも少し違う形に変化した耳と犬歯によって察せられてしまう。

 

 

 さらにエルフ種やヴァンパイア種は、種族傾向として単純に優れている。

 基本的に見目麗しく、肉体も頑健な部類であり、感覚器官も器用貧乏ながら鋭い。

 

 そこまでであれば獣人種や亜人種でも並ぶ者、超える者はいくらでもいる。

 しかしそこに魔力適性が乗っかり、何よりも長命であることが明暗を分ける。

 魔力とは肉体強化の源泉であり、魔術行使における多大な要素(ファクター)

 さらには人の10倍も研鑽できる時間を得られるということ。

 

 実際には3倍も生きれば、飽いて精神的に衰えることが多いそうだが――

 それでも妬心(としん)から(うと)まれることは、決して少なくないのである。

 

 生徒会長のスィリクスが、エルフを上位に置く社会を作ろうとしているのも……。

 そういった反発心や反動の一面が、多分に含まれているように思える。

 

 

「でもねぇ、やっぱり助けてくれる人もいた。その人が学園(ココ)で学ぶといいって、路銀と推薦文までくれた」

「金に……推薦文? となると学園の卒業生とかか」

 

 学園のOBやOGかなにかだろうかと思うと、フラウは何か思い出すように首を(かし)げる。

 

「う~ん、でも()()()()()()()()()()()んだよね。長い黒髪になんか古臭い喋り方で――」

「灰色の瞳で小柄か?」

「あーそうだったかな? ってことはベイリルも知ってるんだ。昔住んでた人だっけ」

「いや俺もうろ覚えなんだが……でも住民じゃない。恐らくは旅の魔術士かなにかだ」

 

 入学式の朝に見た夢で思い出した過去を振り返りつつ、俺は人物についての想像を巡らす。

 もしかしたら母の行方を知っている可能性のある人だ――

 

「そっかぁ、あーしのことも覚えててくれたのかな~。お金はくれるって言ってたけどいつか返さないと」

「そうだな……そん時は俺もお礼を言うよ、大事な幼馴染を助けてくれてありがとうってな」

 

 フラウは学園に入学し、中央校舎で一般教養を学び……そこで一度燃え尽きてしまった。

 今の緩い人格とライフスタイルもその裏返しなのかも知れない。

 

 

 話題を終えるたところで、だらけていたフラウはふとソファーから立ち上がった。

 視線を向けてみるも特に何も言わないまま、ベッドへと近付いてくる――

 と、俺の隣へと潜り込んで共に寝転がった。

 

「……どうした?」

「話してて色々思い出したから、()()()()に一緒に寝てみた」

 

 俺は素っ気なさを装いつつ、書類を枕元にしまって昔のようにフラウの頭を昔のように撫でてやる。

 

「そっかそっか」

 

 子供だった少女は……まだ若々しくも、とても美しくなった。

 季日は妹のような存在を、一人の女の子として見るのには充分な時間を与えた。

 "精神年齢"で言えば、ロリコンもいいところではあろう。

 とはいえ既に十数年もこの転生した体で付き合っていると、もはや些末な話であった。

 

 しかし実際に手を出すようなことには至らない。

 もしも()()()()()()()()()()()……我慢は無理からぬことであったろう。

 されど幸運なことに、俺はハーフエルフである。

 繁殖能力も性欲も低いエルフの血を……半分受け継ぐだけで済んだのだ。

 

(純粋なエルフ種に転生してなくて、本当に良かった――)

 

 それは切実かつ心底からの思いだった。寿命1000年は捨てがたい部分もあるが……。

 ハーフでなければ性欲の極めて薄い、枯れかけたような存在になっていただろうと。

 睡眠と食欲に並ぶ三大欲求の1つがないなどと、人生に張り合いが無さすぎるところだった。

 

 

「ん、心が落ち着くなぁ~」

「さっきからずっと落ち着いてなかったか?」

「んーん、ベイリルとまた会えたことは全然()せないし、ずっと心が揺れてるんだぜぃ」

 

 ()いやつめ、素直にそう感じた。だからこそ埋め合わせはしてやりたい。

 俺がジェーンとヘリオとリーティアに注いだ愛情の――ほんの少しずつでも今から与えてあげたい。

 

 幼少期は意識も目標も漠然としていたが、今は大いに違う。

 フラウだけじゃなく、色々な人と様々な形で 向き合っていきたい。

 それもまた元世界での……前世の人生において、できなかったことなのだから。

 

「ねぇねぇベイリル、(たか)ぶってる今って――好機ですよ?」 

「……んあ?」

 

 我ながら間抜けな声をあげて、幼馴染の少女を改めて見つめる。

 フラウはくいっと体を寄せ上げると、今にも顔が触れそうなくらいの距離で見透かしてくる。

 

「毎日毎日、考えないようにしてるのはわかってるよー」

 

 自分の心臓の鼓動が速くなっていくのを、俺は直に聞いていた。

 それと同時に、フラウの鼓動が速くなってるのも感じ取れるほどの密着状態。

 

「ちなみにあーしははじめてです。……安心した?」

「……まぁそりゃ。それに俺も――じゃなくて、すると思うか?」

 

「しないの?」

 

 フラウはそれまでのいたずらっ子な表情から、純粋無垢な瞳へと切り替わる。

 幼馴染同士――すっごい良いと言わざるを得ない。

 シチュエーションも雰囲気も、これ以上見込めないかも知れない。

 

 けれど何十年と(こじ)らせたそれ(・・)は、どうにも二の足を踏ませてしまう。

 せっかくの学園生活なのだから、かくあろうと軟派(ナンパ)なことをしていても……。

 いざそういう状況になった時の対応は、どうにもなかなか馴染まなかった。

 

 

「気楽に、でいいんだよ」

 

 ガツンとくる。酩酊や夢心地のような空気に、理性が失われていく。

 同じハーフという境遇にあり、幼少期を共に過ごした女の子。

 

「っそう……だな、俺たちにはそれくらいが丁度いいのかもな」

 

 どんな形であれ、フラウが欲するのであるのなら――

 覚悟を決める。求められるならば応じようと。

 

(いや言い訳だ――)

 

 俺も一人の異世界男子。己の欲望を肯定し、少女と添い遂げ責任も取る。

 

 

 徐々に距離が詰まっていき……遂には触れ合う。

 柔らかく、懐かしさ以外の匂いが脳髄を貫くようで……。

 全身でお互いを感じ合いながら、肌色の面積を広げていく。

 そうして俺はフラウの上になるように体を入れ替えた。

 

「つらかったら言えよ」

「ん、痛みは慣れてるけど……そこは素直に甘える」

 

 ゆっくりと俺は迎え入れられる。

 

 フラウは俺の体を一層強く抱きしめ、俺も気遣うように優しく抱き寄せた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#44 心交誼 II

 

 見開いて瞳を交わし、お互いの息遣いを耳に残し、湧き立つ匂いをお互いに染み込ませる。

 口唇を相手へ届かせ、質感と温度とを確かめつつ、心覚でも語り合うかのように。

 

(やばい……)

 

 語彙(ごい)が正直それしか浮かばなかった。

 俺はフラウの為に生まれて、フラウは俺の為に生まれたような――

 心の底から体と共に繋がることが、これほどの多幸感を生み出すものだったのかと。

 動かなくても満たされ、充たされる。ポリネシアンよろしくスロー的なあれ。

 

「んっねぇ、わかる?」

「っふぅ……もしかして――お互いで魔力が循環しているのか?」

 

「うん、多分そうだと思う」

 

 ――魔力の循環作用。血液のように、魔力を全身に巡らせる基本技術。

 自分の中に貯留する魔力というエネルギー源を、意識し知覚する方法でもある。

 魔力を明確に認識することで、イメージした魔術の放出へと導く。

 また魔力を強く意識化することで、身体強化の振り幅も変化する。

 

 通常であれば漏出していない他人の内部魔力を、知覚することは不可能である。

 しかし俺はフラウの魔力流動の方向や速度を、肌を通して直に感じていた。

 フラウもまた俺の魔力の流動を、()れるように感じているのだ。

 

「これは種族的なアレでか」

「かもねぇ~」

 

 ――エルフ種とヴァンパイア種。

 それぞれ魔力の枯渇ないし暴走する魔力を肉体に多く留め、巡らせることに成功した種族。

 "魔力抱擁"とも呼ばれる技法は、魔力の知覚・循環・操作に関して一日の長を与えた。

 純血種には劣るものの、ハーフであってもその恩恵の一部を授かっている。

 

 魔力による繋がりは肉体のみならず、精神的な繋がりもより強固にしてくれるような気がした。

 

 

「流れが速くなってる……?」

「へぇ~これもわかるんだ」

 

 それはフラウ曰く、独自に発展修得したという魔力操法。

 自身の肉体を魔力の加速器(・・・)として循環させ、魔術や身体強化がより強力なものになると言う。

 幼少期に俺が語った元世界知識の一つ、"粒子加速器"を(もと)にして着想を得たらしかった。

 

「話半分程度に聞いてたがなるほど、こんな感覚なのか」

「信じてなかったんかい、まったくもぅひどいな~。でもこれでコツ掴めるんじゃない?」

 

 俺も"魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)"の話を初めて聞いた時に試してみたことがある。

 というか暇があればトライしたものの、やれそうな手応えは全く得られなかった。

 エルフとヴァンパイアで特性も微妙に違うし、あくまでフラウが死線の中に在って得たもの。

 

「確かに、これは、なるほど、んむ……あまり頭がまとまらんが――いけるかもわからん」

「それじゃこれから()()()()しなきゃ、だねぇ」

 

 八重歯のような片犬歯を見せてにししっと笑うフラウ。俺は愛おしくその唇を自分のそれで塞ぐ。

 脳髄の細胞奥深くまで、魔力が加速し充填されるようで……。

 

 修得以前に――ただ単純に、俺はフラウに溺れるとそう感じさせるほどだった。

 名残り惜しそうに離れ、引き切れる糸を横目に、フラウは新たに瞳を投げかける。

 

 

「あとさ……知ってる?」

「なにをだ?」

「エルフとヴァンパイアって、()()()()らしいよ」

「あー……聞いたことあるな」

 

 類似と対極が混在する二つの種族は、何故だか成す(・・)ことができないのだとか。

 そう噂されるものの、そもそもエルフ種とヴァンパイア種の数は少ない上に基本的には生活圏が違う。

 二種族間で恋仲に発展するに至るなど、実例に(とぼ)し過ぎて真偽は定かではない。

 

「ハーフ同士ならどうなると思う?」

「それって……」

「だ~からぁー、気にしなくていいってことじゃん?」

「確かに可能性は極端に低いかも知れないが……」

 

「それにもしできちゃっても、わたしは別にいいし」

 

 その時、電流走る――ように背筋がゾクゾクと、俺は魂で身震いをした。

 

「そうだな、本音を言えば俺も同じ気持ちだ」

 

 欲望のままに吐き出したい、後先のことなんて考えたくないほどの充実感。

 幸いにも金銭面では困っていない、教団の財貨にゲイル・オーラムの後ろ盾がある。

 認知して養うことに危惧はない。精神年齢で語れば、孫がいることもありえるくらいだ。

 

 学園生活に支障は出るだろうが、留年制限もない単位制なのでどうとでもなるっちゃなる。

 

「そーそー、素直がいっちばん。そんじゃま……どーぞ」

 

 フラウはそう口にすると……足を大きく絡めホールドしてくる。

 俺たちは心と魔力を交わし合うように、ぎこちないながらも緩やかに続ける。

 そうして同時に達してから一息をついた。

 

 

「あのさぁ~、ハルっちも混ざったらどうなっちゃうのかな?」

「――ッ!?」

 

 俺の腕を枕にしつつ、フラウは突然何を言い出したのかと思った。

 

 ハルミアさんが混ざる……つまり三人でということか。

 確かにダークエルフの彼女であれば、相乗効果で倍率ドン! さらに倍!!

 ――大いにありえるし、男からすればなんとも魅力的な欲望ではある。

 

「いや……流石にそれは――」

「でもさぁベイリル、そういう目で見てるっしょ?」

「ぬっぐ……目ざといな」

「幼馴染の眼はあざむけな~い」

 

 確かに情欲の眼差しを向けていたのは、紛うことなき事実であった。

 すこぶる丁度良い距離感の相手で、学生青春生活で是非ともお近付きになりたい、と。

 フラウをそういう目で見ることはあっても、態度には出さなかった。

 やはり家族のように育った一線のようなものが、心のどこかにあったのだ。

 

 ハルミアにアプローチしてたのも、そういった心理的抑圧の裏返しがあったかも知れない。

 

 

「でもいいのか?」

「……? なにが?」

「俺はもう……フラウ――お前以外を考えるつもりはないんだが」

「えーでも500年以上の付き合いだよ? 男の甲斐性見せなよ」

 

 そこで俺は降って湧いたように思い出す。ああそういえば()()()()()()()()であると。

 地球でだって時代や国によって異なっていたし、一夫多妻制というのは特段珍しいことではない。

 現代日本出身の俺としては抵抗感は残る……が、そこは開き直ってもいいのかも知れない。

 

「今は亡きお母さんも、大昔の全盛期は100人くらい囲ってたって」

「そんな一面があったのか……てかまだ子供だったお前に、そんなことも話していたのか」

 

 世話になっていた頃を思い出す。純粋なヴァンパイア種のフラウの母。

 俺の母エルフが正統派な美貌であったのに対して、あの人は妖艶なそれであった。

 性格は違うようでも二人はウマがあったようで、だからフラウとも家族ぐるみの付き合いだった。

 

 純血のヴァンパイア種である以上、性欲はそこまでではなかったと思われるが……。

 それ以上踏み込んで考えるのはやめておくことにする。

 

 

「ってか、実はお前も知らない兄弟姉妹いっぱいいるんじゃ――」

「産んだのは私一人って聞いてたけど……どうだろね~」

 

 俺の母からはそういった話は聞いていないが、もしかしたら俺にだっていないとも限らない。

 特にまったく話を聞けずじまいだった父親――異母兄弟が……なんてなきにしもあらずな話。

 

「まーでもわたしはベイリル以外の(ひと)とこういうことする気はないんで」

「そうだな、お前は俺のものだし……俺もお前のものだ。まっ見限られんよう精進するよ」

 

「うむ、励むがよい」

 

 冗談めかして交わされる、穏やかで心地の良いやり取りに二人で笑い合う。

 何百年経とうとも――例えば遺伝子工学やナノマシン、サイバネティクス化など。

 多様な手段でもって、限りなく不老不死にも近付いてたとしても。

 

 俺とフラウのこの関係は決して色褪せることなく、変質することもない――そう確信させた。

 

「それにわたしだって、他の誰にも"一番"を譲る気はないから」

「あぁ……少し(あいだ)はすっぽ抜けたが、物心ついてより最期を迎える時まで――俺の隣にいるのはお前だフラウ」

 

 そう誓約を結び立てるように、力強い言葉にてフラウを見つめる。

 

「おっまだ元気だね」

「情緒に欠けてすまん」

 

 お約束の後も夜は続いていき、いつしか日の光が室内を満たしているのに気付く。

 

 青春謳歌の内の1つとなる達成感を得ながら、俺達は朝のまどろみの中で講義をサボって眠りについた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#45 製造科 I

「スゴイわねぇ……」

 

 ナイアブは邪魔しないように"その光景"を(はた)から眺めつつ、素直な感想を述べる。

 そこには二人の少女と一人の少年が、ただひたすらに"没頭している姿"があった。

 

 ナイアブはかつての学園生活に思いを馳せながら、また新たに始まった学園生活に実感する。

 

 新入生の少年――ベイリルが唐突に現れ、こちらの世界を根こそぎぶっ壊した。

 最初は生徒会に使われているのかと思ったが、ベイリルには彼なりの大いなる目標があった。

 そうして気付けばあっという()落伍者(カボチャ)の立場から脱却し、フリーマギエンスの一員となっていた。

 

 それは一陣の風どころか、もはや暴風と言える大きな変化。

 ベイリルが語って聞かせてくる"師匠からの教え"というものは、未だかつてない衝撃をもたらした。

 "未知なる未来"の一端によって、新たな()()()()()()()()()とやらが次々と溢れ出してくる。

 それは子供の頃に、初めて見た"とある絵画"の衝撃に匹敵するかそれ以上のものだった。

 

 

「珍しいですねえ、芸術科の()英才さん」

 

 そういきなり話しかけてきたのは、暗い黄色の髪をうなじあたりで結った少女だった。

 つり目気味のきつそうな顔立ちは、凛としていて充実した気を帯びている。

 

「そう言うアナタも、政経科の秀才だったでしょうに……ねぇ"ニア"ちゃん?」

「あそこではもう必要分、学びましたから。落ちぶれたあなたとは違う」

 

 ナイアブとニア。二人は専門部に通う同季入学生であった為に、何かと顔を合わせることがあった。

 優秀とされる者同士、出会う回数は増え……そして一時(いっとき)は男女の関係にもなった。

 

 諸々あって解消されてからは疎遠であったが、フリーマギエンスという輪を通じて再会する。

 その時は挨拶すら交わさなかったが、こうして今……隣に立って話す機会に恵まれたのだった。

 

「医学科はもういいのですか? なにもかも中途半端に投げ出して……反吐(へど)が出ますが」

「……あそこでは、大して学べなかったからね」

 

 慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度で吐かれる毒舌を、ナイアブは一度飲み込んでから受け流す。

 努力家である彼女には、さぞあの時期の己は見ていて不快なものだったに違いない。

 あの時はまだ若かった――などと達観するほど傲慢(ごうまん)でもない。

 

「今度は製造科にでも入るつもりですか」

 

 ニアは一度(あらわ)にしてしまった苛立ちを、理性で押し込んでから問う。

 こんな男……とっくの昔に未練は立ち消えた。怒りを覚えるなど無駄な労力であるとばかりに。

 

「違うわ……ただカノジョらに学ぶことはないかってね」

 

 ナイアブは改めて集中している三人を見る。門外漢でも凄いと思わせる、その一挙手一投足。

 並々ならぬ集中力と、ほのかに笑みを浮かべ楽しんでいるような……そんな様子。

 

 熱狂した情動を、そのまま映し出したかのような――

 かつて芸術分野において、天才と持て(はや)された頃の自分と同じ姿があった。

 

 

 魔術具を主軸に多方面で自在な思考をもたらし真に至る、狐人族の少女リーティア。

 フリーマギエンスが保有している数々の発想を設計しておこす、帝国人の青年"ゼノ"。

 図面からその中身を実際の形に完成させてしまう、ドワーフ族の少女"ティータ"。

 

 三人はお互いを高め合うように才を伸ばし、凡人には理解できぬ領域へ既に歩を進めている。

 そう……彼女らは今の常識から考えれば、異物とも言える考え方を持つ。

 それゆえに製造科でも半ば爪弾(つまはじ)き扱いされていた。

 

 そんなところも――昔の自分を少し見ているようだった。

 

「で、ニアちゃん。アナタは何を担当しているの?」

「……収拾がつくよう、取りまとめ役です」

 

 平たく言えば雑用――とはさすがに口にはしない。

 彼女が自分と同じように、学ぼうと努力していることは理解している。

 フリーマギエンスで得られる知識は、"異質"としか表現し得ないものだろう。

 

 今までに積み重ねられてきた固定観念をぶち壊し、既成概念を一新させるような話ばかり。

 確かに数多くの正しさを証明したし、自分自身その知識を手広く享受するようになった。

 とはいえそれらを自分の中でしっかり消化し、血肉とするにはまだまだ時間が必要であった。

 

 

「そのわかった(ふう)な顔やめてくれる? わたしはあなたと違うのよ」

 

 抑えきれず昔の口調に戻りながら、ニアは忌々(いまいま)しさを隠すこと無く睨み付ける。

 そんな些細な感情の()れすらも、ナイアブにとっては嬉しいことだった。

 

「"ディミウム"()の名を世界に轟かすんでしょ」

「そうよ、誰かさんみたく立ち止まっている暇はないの」

 

 ニア・ディミウムには――()()()()()

 それは自他共に周知の事実であり、それゆえに秀才という評価に留まる。

 彼女を支えているのは不撓不屈不断(ふとうふくつふだん)の努力だった。

 (おご)りも(おこた)りもない、純然たる積算をする他にやりようがない。

 

 だからと言って、才ある者を決して(うらや)んだり(ねた)んだりすることはない。

 才人から何を己の(かて)とすべきかと、まず第一に考える。

 非才の身だからこそ、当時はナイアブに惹かれた部分があったのかも知れない。

 

 そしてナイアブが落伍し身をやつした、カボチャ集団を制したという新入生の噂。

 たむろしていた部活棟に新たに立ち上げられた、フリーマギエンスに興味を持った。

 そこで己の道を指し示す煌めきと出会った。己の道を確かなモノとする、種々の理論を知り得た。

 

「道草を食べた分は……がむしゃらに走って追いつくことにするわ」

「好きにすればいい、わたしの関知するところじゃない」

 

 それ以降の会話はなかった、ただ不思議と悪い雰囲気でもないとお互いに感じていた。

 

 

 しばらくして一心地ついたのか、気付いたリーティアが声を掛けてくる。

 

「おっナイアブ兄姉(にいね)ぇじゃん! ちょっと頼みたいことがあったんだ~」

「あら、ワタシにできることかしら」

 

「芸術科の兄姉ぇのほうが最適だと思うよ、えぇーっと――コレコレ」

 

 ウチ(・・)は机の上に乱雑に置いてあった紙を取ると、ナイアブへと見せる。

 

 フリーマギエンスの象徴記号(シンボル)でさー、これを清書して欲しいんだぁー」

 

「中央真円の中に五角星形(ペンタグラム)、周囲に楕円が三つ、背景(バック)には二重螺旋の大樹?」

「基本構図はそのままで、上手く描きおこ(デザイン)してもらえないかな?」

 

「それは構わないけど……何か一つ一つに意味があるってことかしら」

「もっちろん! 魔術と円環、電子の軌道、遺伝子と系統樹を表してるんだよ」

 

「ん、う~ん……よくわからないわね、理解したほうが落とし込みやすいんだけど――」

 

 

 疑問符を浮かべたままのナイアブに、どう噛み砕くべきかリーティアは考える。

 ベイリルがシンボルデザインを頼むのに、自分を選んだのは()()()()()()()()からだ。

 

 真円は――回転と循環、連続性と安定性と永久性、そしてこの星(・・・)そのもの。

 五芒星は――魔の術理と知識を象徴し、五本線がそれぞれ電磁力・重力・強い力・弱い力・魔力(だい5のちから)を意味する。

 

 三つの楕円は――"電子の軌道"、転じて科学。

 ベイリルの知識と文化という形で寄り添う、"地球"という名の星。

 そしてこの惑星と双子のような存在として公転する、"片割星"をそれぞれ象徴している。

 

 二重螺旋は、遺伝子と()()()()()()。一本が"魔導"で、一本が"科学"を表している。

 二本の大いなる幹が頂点で収束・交差し、そこから枝が無数に分かれる。

 そうしてテクノロジーの系統樹(ツリー)として、魔導科学(フリーマギエンス)を体現していた。

 

 

 普通の人にはそのまま説明したところで、ほとんどわからないだろう。

 ベイリル本人も多分に曖昧なトコあるし、リーティアとて全てが完全に理解してるわけじゃない。

 それでも下書き案ならともかく、完成品は本職の人に頼んだほうが良いモノができるハズだと。

 

「要約するとー……"魔導と科学の融合による進化"。ココ一番大事!」

「ふーんむ……判然とはしてないけれど、ソコを念頭にして描いていけばいいワケなのね。

 とりあえずいくつかパターンを描くから、その中から選んで指摘してもらうのはどうかしら?」

 

「いいねーそうしよ!」

「リーティアちゃんは本当に活力があってイイわねぇ、ワタシも頑張らないとね」

 

 

 リーティアは褒められることが大好きだった。褒められて伸びてきた子であった。

 

 ジェーンは何しても優しく褒めてくれて、心地がすっごい良くなる。

 ベイリルの期待に応えると、驚きと一緒に褒めてくれて楽しくなる。

 ヘリオがたま~に褒めてくれるのが、とっても新鮮で嬉しくなる。

 

 教団に買われる前のことを彼女は全然覚えてない。思い出せるのは三人と一緒に居た頃から。

 みんなが褒めてくれたから今のリーティアがある。それ以外は全く想像できないほどに。

 

 いつまでも四人みんなでいられれば、彼女はそれでいいと思ってた。

 しかし学園に入学して友達ができた、友達であり仲間であり同志とも言うべきゼノとティータが。

 

 今までと違う生活も楽しく、まったく違った張り合いがある。

 こうやって世界の拡がりを全身で感じながら――

 いつだってどこだって、リーティアは精一杯を楽しんでいくのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#46 製造科 II

 

 某氏(いわ)く――"科学における全ての偉大な進歩は、新しく勇敢な想像力によってもたらされてきた"、と。

 

 それは科学に限った話ではなく、万物普遍に言えることなのかも知れない。

 停滞や安定のみならず、リスクを(かえり)みず進んできた者達がいたから進化し得た。

 散っていった者達は、その何倍もいるに違いないのだが……。

 ここには失敗を恐れず、未来に変革をもたらすだろう3人が揃っている。

 

 そんな彼女らの為にできることは、どんな失敗も()()()()リカバリーすること。

 萎縮(いしゅく)させることなく、のびのびと、自由に、思うサマやれる環境を作ってやることである。

 

「おい待て、コレおれの引いた図面と微妙に違ってないか?」

 

 帝国人である彼――"ゼノ"は、何故か停止してしまい、なんとか引き上げた"装置"を見て製作者へ問う。

 

 淡い水色の短めの髪に、暗い青の瞳。男にしては華奢で筋肉もないだろう。

 顔はわずかに吊り上がった目元くらいで、特徴がないと言えばない。

 凡夫のような男は、しかして常人には理解できない頭脳を持っていた。

 

 

「――……良かれと思った」

 

 亜人種の"ドワーフ"族である彼女――"ティータ"は、装置と男を交互に他人事のようなトーンでそう言った。

 

 狐耳の少女よりも、さらに一回り小柄な体躯。色素の薄い桃色のツインテール。

 なんだか眠たそうな半眼のまま、微動する程度の表情を貼り付けている。

 

 ドワーフ族とは魔力枯渇から派生した数ある種族の一形態である。

 (つの)のない小柄の鬼人族のようなもので、外見(そとみ)にはわからない膂力を備える。

 さらにその少女は、繊細で器用な指先も持ち得ていた。

 

「ッオイ!」

 

「まーまー、ゼノもそうカッカしないでさぁ。やっちゃったもんはしょうがないじゃん?

 実はウチもこっちのがいいかなって、ティータの無断改造に乗って調整しちゃいました!」

 

 リーティアが悪びれた様子もなく、ビシッと手を挙げる。

 

「じゃあ二対一でゼノの負けっすねー」

「――ッッ」

 

 年長者としての意地で、ゼノは声にならない声を抑え込む。

 ティータもリーティアも、終始この調子だから慣れたもの――と、割り切るまでには大人になれない。

 しかし意地をぶつけ合ってこそ、"化学反応"が起こるのも理解しているのが悩ましい。

 

 

「それに"失敗は成功の母"ってベイリル兄ぃも言ってるし!」

 

 唐突に話を振られて、()は三人の世界へと入る。

 

「ん? あぁ、まぁ……それは別に俺が言ったわけじゃなくて、いつかどこかのだれかの言葉だけどな。

 実際のとこは、失敗だけじゃなく成功も含めた膨大なデータの積算・比較・検証あってこそだとは個人的に思う」

 

 俺は「素人意見ですまんが」と付け加え、ゼノの溜飲を少しでも下げようとする。

 

「ハルミ(あね)ぇはどう?」

「えっ私ですか? そうですね、私のやってる医学分野も概ねそんな感じですよ。

 ナイアブ先輩から教わった毒物や、魔薬(まやく)類にしても実験と集積の繰り返しです」

 

 

 何か怪我などがあった時の為にと、その場に呼ばれていたハルミアも自身を当てはめつつ同意する。

 

「ほらぁ~」

「ほらぁじゃねえ、んなこたぁおれだって重々十二分相応ぉ~~~に承知してんだっての。

 ただおれらは……命短し生き急いで、少しでも差を埋めてかなくちゃいけない――だろ?」

 

 失敗から学ぶことあれど、その時間すら惜しい。それほど道は果てしない。

 場を少し沈黙が支配してから、ティータが率直な感想を漏らす。

 

「ゼノ、言うことが重い(・・)っす」

「たまの恥ずかしいセリフ解禁だぁ~」

 

 リーティアはまた始まったと言った風に、俺とハルミアは揃ってふっと目を逸らす。

 長命種である自分達は、今この場で言えることは何もないと。

 

「はんっ! いちいち照れ臭がっていて、名言・格言・金言が残せるかってなもんだろ。

 おれはおれの生き方に対して、"全く微塵にも恥ずべきところはない"を信条にしているんだからな」

 

「じゃあ自分は、いずれゼノの"絶対恥ずかしくない語録"を作って一発儲けるっす」

「ウチは百部くらい買ってみんなに配ろ~っと」

「それはやめろ」

 

 

(印刷・出版か――)

 

 俺は話の流れからテクノロジーの一つに思いを致す。

 情報の伝達速度は、文化・国家に多大な影響を与える為にコントロールが必要である。

 それゆえに大量印刷できるようになるのは、まだ先の予定なのだが――

 

 そう俺は構想してはいるものの、リーティア、ゼノ、ティータ。

 この三人の才能が本気を出せば、製作するのはそう難しいことではないとも思う。

 

 いくつもの数式を用いて設計をこなし、科学に対する愛すら垣間見えるゼノ。

 理論を土台にした感覚派で、繊細かつ挑戦的な創意工夫でなんでも造り上げるティータ。

 魔術と科学の両輪で、単独のみならず二人の仕事をさらに引き上げるリーティア。

 

 ()()()()()()()()()ものなのだ、こういう手合(てあい)というものは。

 雑多十色なこの学園に探しに来たからこそ、出会えた逸材と言えよう。

 とはいえ疑問も残った。リーティアは幼少期から、現代知識教育をしてきたからに他ならない。

 しかしゼノとティータは、知識を得てまだ2季と少しほどしか経っていない。 

 

 こんなにも簡単に受け入れられる下地を、いつ得たのかは疑問であった。

 ただ単にそういう気質だった、と言われればそれまでだが……直感的に()に落ちない。

 新しきを受け入れるというのは実のところ障害(ハードル)は高いものだ。

 

 誰しも育ってきた環境や習俗・常識というものは強固であり、簡単に馴染むということはない。

 若い人間が集まる学園を箱庭とし、実験の場所に選んだとはいえ……。

 フリーマギエンスもまだまだ人を選ぶような側面は否めない。

 

 天真爛漫なリーティアと意気投合したというキッカケにしても二人は図抜けている。

 ハルミアやナイアブも大概なのだが、ゼノとティータの吸収力の前では霞んで見えてしまうのだ。

 

 

「なぁゼノ、ティータ……ちょっといいか?」

 

 賑やかな三人の輪に、割り込む形で呼び掛ける。

 そろそろ突っ込んだことを尋ねてみても、良い頃合かも知れないと。

 

「なんだベイリル?」

「なんすか?」

「率直に聞きたいんだが、二人はどうして()()()()()を受け入れられたんだ?」

 

 少し言葉足らずであったが、何を言いたいのかはゼノもティータもすぐに察する。

 

「……べつに(・・・)。良いものが良いってのは、誰でもとまでは言わんがまあわかるだろ」

「自分はあれっすねー、同年代の仲良かった子がいたんすよ」

「仲良かった子?」

 

「この二つ結び(ツインテール)もその子の影響なんすよ」

 

 くりくりと人差し指で毛先を回しながら、ティータは話を続ける。

 

「当時の記憶はそんな覚えてないんすけどねー、ただすっごい行動力で色々連れ回されたっす。

 そんで何か見つけるたびに色々作らされて。新しい何かを見つける為に作らされて。

 もうそこら中を駆けずり回っては、親に叱られて――柔軟な考えはその頃に育まれたみたいな?」

 

 少しどこかで聞いたような話であった……。

 俺もフラウをちょいちょい連れ回しては、実験の手伝いをしてもらった。

 確かにそうした影響を受けたフラウは魔力・魔術面において、俺の想像を超えた技法を会得している。

 

「その子は今どうしてるんだ?」

「途中で引っ越しちゃってわからないっす」

 

 いまいち判然としない、ふわふわとした話であった。

 ただ何がしかの影響を与える人物がいた、ということは一考の余地が見える。

 そうした発想力や行動力があるなら、いずれ迎え入れたい人材かも知れないと。

 

 

「あぁ……なるほどわかった、ありがとう」

「なんのなんの、ベイリっさん」

「――これは素朴な疑問なんだが、ティータはなんで俺を"さん付け"なんだ?

 入学季は俺たちのほうが後だし、同学年で同じ年だろ、リーティアのように呼び捨てでも――」

 

「えっ、だってベイリっさんって先輩っぽくないっすか? なんていうか……立ち振る舞いが。

 武具とか工具とか色々なこと教えてくれるし。すっごい物知りで、心の広いおじさんみたいな感じ?

 だから呼び捨てするのって、なんかこう自分的にはあまりしっくりこないんすよねぇ」

 

「――……俺の知識は、魔導師の受け売りだからな」

 

 俺は核心についたことを言われて、やんわりと否定する。

 精神面で言えば転生しているので、実際のトコその通りでギクリとしてしまう。

 

「ああそういう(てい)っしたね、リーティアから聞いてるんで大丈夫っす」

 

 俺は糾弾するつもりもなかったが、反射的にリーティアをぐっと見つめた。

 一般には架空の魔導師の弟子として、代弁者として活動をしている(てい)を取っている。

 魔導師が本当はいないと知っているのは――フリーマギエンス設立当初の面子くらいであった。 

 

 

「ごめんベイリル兄ぃ。二人が結託して身辺洗って、魔導師を探そうとしたからさぁ」

「いや……いいよ、遅かれ早かれ知ることだ。ただ二人とも内密で頼むよ」

 

 聞こえるか聞こえないかほどの息を吐いて、俺はリーティアの頭を撫でる。

 

「黙っているのは別に構わんが……ベイリルよ、おまえ自身が上に立とうとは思わないのか?」

 

 ゼノの言葉に、俺は一片の曇りもなくはっきりと強い声音で答える。

 

「思わない。俺が見たいのは"未知"であって、その妨げになりそうな要素は極力排除する方針だからな。

 矢面に立っていてはどうしたって危うくなる。まぁ処世術みたいなもんだと思っていてくれ」

 

 それは紛うことなき真実の言葉。その手の支配欲求のようなものは、さして魅力を感じない。

 そりゃある程度の中間管理職みたいな仕事はせねばなるまいが……。

 頂点に立っての義務と責任を負うのは、正直なところ面倒という印象しかない。

 

「"未来視の魔導"……にわかには信じにくい話だが」

「――無意識の夢のような形で見ているから、魔導なのかは(はなは)だ疑問だけどな」

「まあ既にいくつも実証されてるから、そこらへん疑いはないっすね~」

 

 ゼノとティータは、リーティアの話までしか知らず――"真実"は知りようがない。

 実際のところ俺が地球という別世界の話をしたのは唯一、幼少期のフラウくらいのものだった。

 さらに言えば既にそのことは忘れているらしく、今は混乱させぬよう転生という事実は伏せてある。

 

 リーティア、ジェーン、ヘリオには、あくまで俺が別世界のことを夢で見たオトギ(ばなし)――

 はるか未来を()た夢のお話として、断片的に教えるという形でしか伝えていない。

 

 とはいえ異世界でこうも生きていると、本当に地球に住んでいたのかすら曖昧な心地になる。

 夢のような形というのは、あながち感覚としては間違っているものではなかった。

 

 

「他に聞きたいことはあるか?」

「……いや、本人の口から改めて聞きたかっただけだ。おまえは()()()()()ってな。

 帝国からわざわざ、連邦くんだりまで来た甲斐があったよ。これは素直で偽りのない本心だ」

 

「またクサいっすね」

「はい短時間で二回目~」

「おまえらなあ!」

 

 賑やかな輪がまた形成される。長い時を生きていけば――その過程でいずれは別れが来る。

 それでもこういう暖かな瞬間。その切り取られた時間の一つ一つが……。

 

 かけがえのないものなのだと、俺は肩をすくめながらハルミアと一緒に微笑んでいた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#47 製造科 III

 

 なんのかんの"魔術機械"の小修繕と再調整が終了し、作業を再開する前に試運転をする。

 その動作をリーティア、ゼノ、ティータはそれぞれで注視していた。

 俺とハルミアは3人の邪魔にならないよう、少し離れた位置で見守る。

 

「おいーっす」

 

 ともすると、よくよく見知った男が唐突に現れる。

 それは講義があれば必ず突き合わせることになる顔であった。

 

「よぉオックス、どうした?」

「おうよベイリル、面白そうなことやってんね」

 

 魔術部魔術科の同輩であり、友人でもあるオックス。

 後に海の民を統べる海帝目指すだけあって、惹き付けられるような何かを感じる。

 

「ふむ……フリーマギエンスに属してない者には教えられんな、だから入部しろ」

「利は受け入れ、供すれど、迎合はせず。オレはオレの道を行く、さっアイツらを紹介してくれ」

「いやオックス、お前自分でいけよ。無遠慮なの得意だろ」

「んだよ~、友達甲斐のない奴だな。ハルミア先輩もそう思いません?」

 

 オックスは俺の隣にいたハルミアへと会話を振る。

 ハルミアは魔術科のほうにも、ちょくちょく来るので二人は顔見知り程度ではあった。

 

「友達にはいろんな形がありますから。賑やかなほうが楽しいと思いますし、入ったらいかがです?」

「先輩にそう言われちゃうと悩んじゃうなあ~」

 

 緩んだ顔を見せるオックスに、俺は一応釘を刺しておく。

 

「ハルミアさんはやらんぞ」

「なぬっ既にお手付きだったか」

 

「私は物じゃありませんよー、まったくベイリルくんは最近押しが強くなって困ります」

 

 ふわっと浮いてしまうような満更でもない微笑に、俺もオックスも心臓を打たれた。

 ともするとオックスにぐいっと首を取られ、小声で話し掛けられる。

 

「フラウちゃんといい羨ましいな、ベイリルよ」 

「お前だって故郷に帰れば許嫁(いいなずけ)がいるんだろ、しかも三人も(・・・)

 

「んっまあねえ、でも半分は家族みたいなもんだからなあ、実感ねえわ」

「時間が経てば――また違う目で見られるようにもなるさ」

 

 そう俺は実体験(・・・)を踏まえた上で、知った風な口で()く。

 時間とは良かれ悪しかれ、時は色々なものを風化させるものだと。

 

「経験者は語るってやつか?」

「……否定はせん」

「んなっマジかよテメエ!」

「そうだな、せっかくだから留年しろよ。百年くらい経てば見方も変わるさ」

 

「おれが学園七不思議の"闇黒校章"になれってか、おまえほど生きらんねえよ」

 

 男同士のフランクなやり取りを、ハルミアはどこか羨ましそうな目で見つめていた。

 しばらくして落ち着いた後に、オックスは話を戻す。

 

 

「んで、マジなとこ何してんの?」

「地盤を掘ってるんだよ」

「なにっまさか七不思議の中でも実用性ありそうな、開かずの学園地下迷宮(ダンジョン)を探してるのか!?」

「お前も大概、(ゴシップ)好きだよなぁ……でもハズレ」

 

 否定した俺に重ねるように、ハルミアが答えを教える。

 

「みなさんは温泉を探してるらしいですよ」

「温泉? ――って、たしか火山地帯とかじゃないとなくね?」

 

 ハルミアの言葉にオックスは疑問符をいくつも浮かべる。

 俺は昔漫画で読んだにわか知識を、少しだけ語ってやった。

 

「地下は深くなるほど温度が上がってくらしく、そこに水があるとそれが温泉になるらしい。

 実際にあるかどうかはわからんが、まぁ初の合作品の案をくれって言われたからな」

 

 単純に地面を掘り続けるだけの、極々単純な"科学魔術具"。

 冶金(やきん)技術もまだ洗練されていないし、機構も即席で出力も足りまい。

 しかも掘った後は、魔術による人力で周囲を固めていく予定らしい。

 確かにリーティアであれば恐らくは造作もないのだろうが……。

 

 なんにせよこうして、成功と失敗と思考と工夫を繰り返していくものである。

 

 

(それにもし……地熱エネルギーが使えれば――)

 

 一帯の地勢は明らかではないし、もしかしたら(ワンチャン)あればいいな……程度のもの。

 高次テクノロジーとなってしまうが、あくまでそれは世界に対してである。

 リーティア、ゼノ、ティータにのみ限るのであれば、恩恵のほうが大きいと見る。

 

 実際的な地熱の利用の為には、魔力による介入作用も()るだろうが……。

 結局科学一つとっても、現在の文明レベルでは魔術に頼るのが適解であった。

 

 しかしそれこそが醍醐味でもある。本来通るべき過程(プロセス)を魔術によってすっ飛ばす。

 簡略化し、効率化し、安定化に漕ぎ着ける――それでこそ"魔導科学"の骨子とするものだ。

 魔術だけではできないこと、科学だけではできないこと、両輪併せて高みへと昇る。

 

 原子や素粒子――あるいはそれ以上に直接的に働きかけることで、前人未到の領域へと踏み込む。

 手段は選ぶものの、使えるものはなんだって使う。

 あれこれ気を揉んでは、間に合わなくなるかも知れないのだから。

 

(今はまだ内々にだが、この三人ならば試す価値はある……)

 

 フリーマギエンス内でリーティアがいる限り、それらはコントロール可能な範囲内。

 

 そもそも今ある文明レベルと、地熱・蒸気・発電などのテクノロジーでは、技術の間隔が飛びすぎている。

 つまりは今の文明レベルで、各種エネルギー産業を理解できることはまず不可能ということ。

 猿が銃を理解できるかと言われればNO(むり)であり、機構や作用と恩恵を理解できる者はいない。

 

 リーティア、ゼノ、ティータの"テクノロジートリオ"でも、正直なところまだまだ難しいだろう。

 もしも億が一いたとしたら……こっちから引き抜き(ヘッドハンティング)掛けるところである。

 

 率先して広めるのはよろしくないが、多少なりと漏れる程度であれば問題はない。

 尋常者では理解できないテクノロジーだからこそ、気兼ねなく試せるモノもあるのだ。

 

 

「ところで内海の民は温泉に入るのか?」

「海流の流れによるな、温泉のある島が近付けば出張ってくのはいるぞ」

 

 内海の民が住むという海上都市は、文字通り海上に浮かぶ都市であるらしい。

 海面に浮かんでいるので海流によって場所を変え、都市丸ごとで漁業を(おこな)い貿易をする。

 海賊にも内陸国家にも怯える必要のない、完成された都市だそうな。

 

 現代地球にもない恐るべきテクノロジー。

 しかし魔術がある異世界では、存在それ自体は既に常識として認知されている。

 

 魔術具か、あるいは魔導具なのか、はたまた魔法具であるのか。

 超大規模な儀式系魔術とか、浮遊石のような異世界物質を利用していたりするのか。

 それが一体どういう原理なのかは、一般には全くの不明である。

 

 海帝になれば知れるかも……とオックスは以前言っていた。

 

 

「諸島か、一度くらいは巡ってみたいもんだな」

 

 旅行がてら観光人生を楽しみながら、世界を(じか)に見て情報収集する。

 そうやって文明の発展を促す為の、土台作りが完成するまで待つ予定だ。

 

「暇があったら案内してやるよ」

「海上都市の中も案内してくれるのか?」

「内海の民から妻を(めと)って、オレたちの一族になるならいいよ」

「ケチな民だなあ」

 

 排他的というほどでもないのだろうが、完結された社会を保とうというシステムなのか。

 技術や文化の流出を防ぐという意味において、鎖国的な政策は全てが悪いわけではない。

 

「うるせー、もしオレが海帝になったら国賓(こくひん)として招待してやってもいい」

「ただの友人としてなら行ってやってもいい」

 

 お互いにフッと口角を上げて笑い合い、ゴツンと拳をぶつけ合う。

 

「なっ! オレと人脈作っておいて良かっただろ? だからあっちの三人紹介しろ」

「結局そこに立ち返るんかい、まぁ構わんけどな。邪魔はしないように」

 

 オックスを連れて俺はリーティア達に紹介する。

 

 そうやって輪は拡がっていく――人が人を呼び、信用が信用を築いていく。

 学園生活を通じて繋がった糸は、きっと後々に役立ってくれる。

 

 フリーマギエンスと影響を受けた者達が――いずれ世界を回していくよう願って。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#48 魔導師 I

 

 夜半に面識のない人物がいきなり訪ねてくる。普通であれば警戒を要するところであろう。

 しかし"彼女"は顔見知りではないまでも、全く知らない相手というわけでもなかった。

 いずれ探して会うつもりだったが、まさか向こうから来るとは思いもしなかった。

 

「えっと……夜分遅く申し訳ありませんが、はじめまして」

「あっはい、どうも」

 

 招き入れられた女性はいわゆる()()()()()()()()()とでも言おうか。

 濃紫色のとんがり帽子に長いコート、さらには木製の杖まで持った()()()()と言った風体。

 噂にだけは聞いていて、一度だけ遠目に見かけたこともある人物。

 

「"シールフ・アルグロス"です」

「ご存知ですとも、"魔導コースの講師"どの。魔術科のベイリルです」

 

 わずかに黒ずんだような銀髪に、三つ編みお下げツインを帽子から伸ばした女性。

 背丈は大きくも小さくもなく、スタイルも良くもなく悪くもなく。

 顔もごくごく平凡と言った感じで、ただ薄い黄色の瞳には好奇がほのかに窺えた。

 

 こちらの観察するような視線に気付くと、帽子を目深に被ってしまう。

 

「して、ご用向きのほどは?」

「その……積もる話かも」

 

 ベイリルはシールフを部屋へ上げると、クロアーネ特製のお茶請けと共にもてなす。

 魔導コースの講師――学園で唯一の"魔導師"。

 未だに一度として見たことのない学園長の次に、権威があるとすら言われている人物。

 

 

 俺はとりあえず昼頃に頂戴してきた、クロアーネ特製のお菓子と茶を差しだす。

 

「んっ……美味しい! 結構長く生きてるつもりですが初めての味です」

「作ってくれた人に伝えておきます。()()()()()()()を再現してもらおうと思って」

 

 少し大人しめの印象を受けていたが、思ったより感情は素直に吐き出すようであった。

 

 魔導師は世界中でも100人もいない――本当に選ばれた人間だけが辿り着く領域とされている。

 実際のところ"魔導"そのものの厳密な定義というものは――いまいち判然としない。

 ただ物理的な現象を超越し、既存の魔術に当てはまらないモノを便宜的に呼ぶ。

 

 なんにしても、魔力を貯め込む生来の容量(キャパシティ)。実際的に魔力を自在に操る卓抜した才覚(センス)

 現実へ落とし込むほど没入する想像力(イメージ)。思い込みを可能とするだけの精神力(メンタル)

 さらにそれらを実らせる……研鑽の原動力とする欲求を、兼ね備えていなければならないのは確かである。

 

 つまり魔導師という者は……自然と一辺倒になるきらいがあり、排他的な傾向が非常に強い。

 王国には魔導師が寄り集まった互助組織こそあるとか。

 しかしそれも、各々が利己的な目的で集まっているに過ぎないと聞く。

 

 ゆえに自身の研究の為の弟子などではなく……。

 単なる善意でもって、学園で生徒へ教えるような人物は稀有と言えた。

 

 

「故郷の味……ですか、ご出身は?」

「一応帝国です、幼少期の育ちとしては連邦西部のが長いですけど」

 

 シールフは少しだけ、含みを持つような表情を見せて何度かうなずく。

 魔導コースへの打診をしに来たのかとも思ったが、雰囲気は違うように感じられる。

 俺は自分の部屋で居心地の悪さを握り潰しながら、相手の反応を待つ。

 

「私は――魔導師です」

「……? えぇそれは知っていますが」

「なんの"魔導"を使うと、思います?」

 

 シールフの問い掛けに、俺は疑問符を浮かべるしかなかった。

 魔導師であることは学園でも周知の事実であった。

 

 しかし彼女が()()()()()()()を知る者はいない。

 なにやら無断で学園の情報を収集しているらしいスズですら一切掴んでいない。

 何の魔導かなどと問い掛けてくる理由も……いまいちわからなかった。

 

(一体なんの魔導、か……)

 

 まあせっかくのクイズだし、付き合わないのも無粋であろうと考える。

 魔導師とは当然そこに至るまでに、様々な魔術を習得している。

 魔力容量やイメージ放出の練度が違う為、ただの魔術一つとっても並の魔術士より強力である。

 

 しかし魔導とはその人物だけ(・・)が使えるくらいの唯一無二のもの。

 火水空地の四属とそれらの派生に()らない、純粋な渇望や願いを具象化する。

 原理や実現象に頼らず、ただ純粋に研ぎ澄まされた、魔力とイメージと放出で現実にしてしまう。

 

 それらは一般の魔術には当てはまらず、言うなれば埒外(らちがい)に存在するもの。

 魔術士が魔導を目の当たりにすれば、こんなの不可能であると肌で理解してしまうのだとも聞く。

 

 そして彼女の魔導は誰にも知られず、されども彼女は魔導師であると認知されている。

 

 

「本当は魔導師じゃない、とか?」

「ふぅ~む、なるほどなるほどーそうきましたか。でも残念、違います」

「えっとじゃあ……"幻覚催眠"とか"記憶操作"とか"認識改変"、とか?」

「お、おぅふ……」

 

 パッと思いつくことを言ってみると、シールフはたじろいだ様子を見せた。

 当てずっぽうで言った中に、的を得ていたのがあったのか。

 現代日本の創作(フィクション)では、よくあるモノゆえの回答であったのだが――

 

「せ……正解は"読心の魔導"です。相手が望むなら、記憶を封印するような措置もできます」

「なるほど、精神療法(メンタルケア)とかにとても役立ちそうですね」

 

 俺はとぼけたことを言いつつ、反射的に本心を悟られぬよう濁す。

 心を読まれてしまえばどうしようもないが、その場合でも時間稼ぎになるように。

 

 "読心"――シンプルでありがちだが……凶悪だ。

 対策も考えれば色々あるが、どこまで通用するかはわからない。

 なんにせよ学園内で露見していないことに対する得心はいくというものだ。

 

 

 とりあえず俺は頭の中で強く念じてみる。

 

(右ストレートでぶっ飛ばす――)

 

 本気でそんなことをする気はなかったが、なんらかの反応(リアクション)は得られるだろうかと顔色を窺う。

 しかしシールフの様子は変わることなく、真っ直ぐこちらを見つめたままであった。

 こちらの怪訝な様子を見て取り、慣れた対応でシールフは返してくる。

 

「私も節操のなく記憶を読む真似はしません。基本的に合意の上です」

 

 逆にこちらの顔色を見るように瞳を向けてくる、読心の魔導師シールフ。

 今のところ明確な悪意は感じず、言ってることも多分嘘ではないのだろうと思う。

 

「そこかしこで心を読んでたら……精神的に参っちゃうので」

「でしょうね」

 

 何故そんな魔導を修得するに至ったのだろうか……と思ってしまう。

 しかし初対面でズカズカと踏み込んでいくような真似は流石にしない。

 誰しも……言いたくないことの一つや二つはあるものだ。

 尋ねられることすら嫌悪することもあるだろう、と。

 

「――そろそろ、本題を聞きたいのですが」

「そうですね、"フリーマギエンス"を少し調べさせてもらいました」

 

 一転して真剣な面持ちになるシールフへ、俺も覚悟を決めて(のぞ)む。

 

「学生の団体にしては……あまりに異質極まります。それに元締めには魔導師がいるとか」

「はい……魔導師"リーベ"の指示で、自分が中心となって動いています」

 

 そう表向きの事情を説明すると、本当に俺の心を読むような真似していないのか――あるいは読心が虚偽か。

 シールフは少し悩んだ様子を見せてから、ゆっくりと口を開く。

 

 

「私は学園長から、様々な権限を許されてます――」

「学園長って――実はシールフさんが……とかではなく?」

「確かに"幻想の学園長"は、学園七不思議にも数えられてます。でも実在します」

「どんな人なんですか?」

 

「あの人は身分を隠して影の黒幕(フィクサー)気取りながら、自分が正しいと思うことをして回るのが趣味なので。

 勝手に教えたら私がネチネチ言われます。世界中を駆けずっているので、その内出会えるかも知れないです」

 

「はぁ……"自分が正しいと思うこと"、ですか」

 

 本来の意味での確信犯ほど厄介なモノはないと俺は頭によぎった。

 宗教にしてもそうだが……それが絶対のモノだと疑わない人間は、自覚した悪人よりも往々にして性質(タチ)が悪い。

 

「一般的な観点で見れば、善人ですので。あなたが悪人でなければ大丈夫です」

「……なるほど」

 

 よくよく考えてみれば――こんな学園を作るくらいだから、そこらへんの心配はないと言えよう。

 貧する生徒への支援も割と手厚く、国家や種族を問わない自由な学園。

 むしろ問題は、俺が悪人かどうかということ……今後の野望を考えると正直微妙なラインである。

 

 

「話を戻します。私はその学園長から治安の維持なども言付(ことづ)かっています」

「――査察ということですか」

「えぇ、あなた方が広めている知識……一聞(いちぶん)すると荒唐無稽のようでいて――」

 

 シールフは一拍置いてから、こちらを真っ直ぐに見据え告げる。

 

「その実、核心に迫っている」

 

 (いさ)めるような言葉とは裏腹の彼女の双眸を眺めつつ、俺は直感的に察してしまった。

 彼女はその立場によった警告・忠告、あるいは(とが)めに来たわけではないのだと。

 

 フリーマギエンスの部室棟ではなく、夜半に……個人相手に訪ねて来たことも――

 現状明かす必要も特にないのに、わざわざ読心の魔導であることをカミングアウトしたことも――

 心の天秤を揺らしているのを隠しきれず、それでも(つと)めて遠回しに口にしていることも――

 

 

「ですから私としては――」

「いえ、それ以上は言わなくて結構です」

 

 俺はかぶりを振ってシールフの言葉を遮った。

 

 現状フリーマギエンスは生徒達に対して、その知識を断片的に開示するに留めている。

 単純に知識の体系化が明確にされていない為に、仕方ない部分があるのも否めない。

 そうした伝播実験もまた、この学園(はこにわ)でやることでもあるのだ。

 

 ただ今は異世界にとって常識外の知識であっても、柔軟に受け入れられるような人材の収集には役立つ。

 しかしピースの欠けた情報からでも、価値を見出してしまう"ゼノ"のような人間もいる。

 きっとシールフもその(たぐい)であるのだろう。

 

 並々ならぬ修練を積み、一つの到達点へと登った魔導師であるがゆえに。

 知識の切れっ端からでも……()()()()()()のだ。

 

 ゲイル・オーラムの時と同様に、"俺"は万感を込めて笑い掛けることにする。

 ――同志へと――受容者へと――理解者へと――なり得る人へ向かって。

  

「……知りたいですか? 世界の深奥(しんおう)を――」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#49 魔導師 II

 

「……知りたいですか? 世界の深奥(しんおう)を――」

 

 もはや崩れる顔を隠すこともなく、シールフはこちらを見つめて口の中を乾かしていた。

 魔導へと至る者は皆、偏執(へんしゅう)的な知識欲・探求欲を抑え込むことは不可能なのだろう。

 

「やはり裏に魔導師などいない……あなたこそが――」

「まぁそうです。なんでもは知らないですが、少なくとも世界中の誰よりも"仕組み"を知っている――と思います」

 

 俺は頭を交渉モードに切り替えながら、相手を引き込んでいく。

 自分が持ち得る知識を……最大限に使う価値がある人物であると。

 

 相手は本物の魔導師――引き入れられたのなら、ただそれだけでも(はく)が付く。

 しかも読心の魔導。彼女の協力を得られるのであれば、尋問などにもうってつけである。

 

(それよりも何よりも……)

 

 俺の知識を、()()()()()()()()()()

 それを魔導師へと至った頭脳で噛み砕いてくれる。

 これは記憶を読まれてしまうことを差し引いても、お釣りがくることを確信させる。

 

 もしかしたら俺自身が忘れている記憶すらも掘り起こして、それを利用できるかも知れない。

 それが文明回華と、フリーマギエンスにもたらす利益は……とても想像がつかない。

 

 リーティアやゼノは現代知識を大いに理解・発展させてくれている。

 しかしそれもあくまで、俺の(つたな)い話からというだけである。

 

 

「シールフさんの常識が何もかも崩れ去るかも知れません」

「私は……いまさら一向に構わない」

「今ある生活に戻れなくなるかも」

「もとより隠居同然。暇潰しに講義をしているだけ。そもそも()()()()()()()()()

 

「へぇ……――って、ええ!?」

 

 流石に驚愕を禁じ得ず、俺は間抜けな声を発してしまっていた。

 続いてローブの下に隠されていた、"校章"を見せられて納得してしまう。

 

 "その色"は――10年生の黒い校章よりもさらに深い。

 光すら呑み込むような"闇黒色(あんこくしょく)"であった。

 

「学園七不思議が一つ、"闇黒"校章――本当に実在していたとは……」

「教師ではなく特別講師(・・)。学園にはもうかれこれ百年以上――」

「百年!? でもシールフさんは人間じゃ――」

 

 パッと見ても、エルフ種の耳も、ヴァンパイア種の牙も、神族の輝く金瞳もない。

 俺の知る限り長命種にあたる種族的な特徴は見られない……単なる若作りの人間だと思っていた。

 

 事実として魔力操作に長じた者の多くは心身が充実し、活性を得られる為に若々しいことが少なくない。

 魔導師ともなれば肉体活性の恩恵もことのほか大きく、容姿と実年齢に乖離(かいり)があるだろうとは思っていた。

 

(さしあたって四十過ぎどころか百年……?)

 

 仮に"不老"ともなると、それは魔導の領域に踏み入ってしまうように思える。

 魔導は基本的に1人につき一つとされている。

 強固なイメージはその分だけ、他の想像を阻害してしまうからに他ならない。

 

 読心の魔導師が真実であるのであれば、寿命に関わるようなレベルの魔導は使えないはずだ。

 

 

「私は神族の()()()()なんで。この瞳、陽光に照らせばわずかですが金色に輝きます。

 世界でも片手で数えられるくらい珍しい事例ですから、知らなくても無理はありません」

 

「先祖返り――」

 

 俺は彼女の発したその単語をゆっくりと繰り返した。

 

「ことわっておきますが、私の両親は代々人族の家系でした」

 

(いわゆる"隔世遺伝"ってやつか、初めて聞いたがそんなケースもあるんだな……)

 

 遺伝的形質が実子に直接出るのではなく、離れた孫々に発現する隔世遺伝。

 

 獣人種や一般的な亜人種などは、わかりやすく先祖の遺伝が受け継がれることがままある。

 人と獣人の子供では概ね半々くらいの確率で、人族か獣人種かで生まれてくるとか。

 また両親が人族であっても祖父母のいずれかが獣人種だと、子が獣人種になる可能性もある。

 

 一方で亜人種でもエルフやヴァンパイアは、魔力抱擁の特性か……確実にハーフとして産まれる。

 シールフのケースだと――"神族大隔世"、とでも言うべきか。

 

 何十世代も離れた神族の遺伝的形質が、その遠い子孫に突然発現したのが彼女。

 しかも母体から誕生する際にではなく、成長過程で唐突に……。

 全ての種族が神族由来である以上、誰もがその可能性を持っているということか。

 

 

「その場合寿命はどうなるんでしょう?」

「さぁ? なにぶん事例が少ない……。ただ体感だと全く老いないわけではない」

 

 神族は不滅の存在――かつてはそう印象付けられていた。

 しかし時代を重ね凋落(ちょうらく)し、今は儚げな存在とすら思われている。

 

 不老とされるが、厳密には寿命はあるのかも知れない。

 少なくともエルフの1000年を、ゆうに超える長命であることは間違いないのだが……。

 しかし彼らには常に、暴走と枯渇という爆弾を抱えているようなもの。

 

 またエルフやヴァンパイアと違って、決して繁殖能力も低くはない。

 しかし神族は自ずから、種の数を増やすことを恐れ始めたというのが神話と歴史から見てとれる。

 暴走と枯渇という災厄が、数を増やしすぎたことによる反動であると――

 まことしやかに語られ、にわかに信じられているらしいのだった。

 

 

「っと脱線しすぎた……本題に戻りますが、"読心の魔導"は()()()()()()()()()読み取れます?」

「間接的であれば学園全域くらいの表層記憶。直接接触で時間を掛ければどこまでも――」

 

「まっ……じすかぁ、半端ないですね。私的(プライベート)なことも?」

「心象風景は個々人によって違っていて、住み慣れた場所が多く――そこに隠されたものを見つける感じ。

 秘匿物(ヒミツ)は強引に探すことも可能だけど……拒絶される分だけ、こちらも相応に消耗しますね」

 

 シールフの説明を聞きながら俺は決断する。いや最初から決断はしている。

 もし仮にプライベートな部分に踏み込まれても、それを超えるリターンがあると。

 我が身を切るくらいなんてことはない。その程度の代償は払って(しか)るべきだ。

 

 なにより交渉するまでもなく乗ってきた彼女の気質と能力は、文明回華の"起爆剤"と成り得る。

 

「了解しました。俺の記憶を読んでいいですよ」

「あっさり了承するんだ?」

「口では説明できないことが山ほどありますから、()()()()です」

 

 

 シールフは少し悩んだ様子を見せた後にうなずいた。

 

「わかりました、あと気分が悪くなったら言ってね」

「はい。それと――俺の記憶を読んだら、多少は協力してもらいますよ」

「……私に可能なことなら」

 

 元世界の知識に触れれば、協力せざるを得ないだろうとは思いつつも一応言質(げんち)は取っておく。

 彼女は暇潰し代わりに学園で講師をしながら暮らしていたと、確かにそう言っていた。

 つまり"人生の長きを生き飽いていた"――言わば()()()()であろう。

 

 そうならないように俺は文明を発展させ、未知なる未来を見ようとしている。

 記憶を読めば、きっと彼女は名実ともに……。

 俺の映し身であり、同調者となるのかも知れなかった。

 

(いや……俺とは頭の出来が違う――)

 

 所詮己は凡人の域を出ない……どころか、前世では落伍者――カボチャと変わらないかも知れない。

 知識は偏っていて付け焼き刃で底が浅い。所詮ゲーム感覚で采配をしているに過ぎない。

 なんなら彼女が架空(・・)の魔導師リーベなどではなく、本物(・・)の魔導師として。

 文明発展をうながす――その指導者に立っても良いくらいなのだ。

 

 

「それじゃ、お願いします」

 

 俺が受け入れる態勢を作ると、シールフは手を合わせ魔力を集中させていく。

 魔力の胎動のようなものがこちらまで伝わってくるようだった。

 

 それは半エルフ種に由来する魔力感覚が、フラウとの夜の鍛錬でさらに磨かれたおかげだろうか。

 空間が(にじ)むような錯覚を覚え、魔術が魔導とは明らかに違うものだと思い知らされるようだった。

 

 膨大でありながら、これ以上ないほど繊細緻密に洗練された魔力の流れと滞留。

 ただ観察しているだけで参考になるし、自然と感嘆が漏れ出てしまう。

 

 そうこう考えている内に、シールフは集中を終えていた。

 彼女は目線だけで「どうぞ」と、両の手の平を差し出してくる。

 

 シールフが開いた手へと、俺はゆっくりと両手を重ねた――

 フラウとの閨とはまた違う、じんわりと魔力によって干渉される感覚。

 

 

「ッッ……!?」

 

 バッとその両手はすぐさま引き剥がされた。それは俺ではなく、()()()()()()()()

 

「えっ……あ、う~ん、は? んん!? その――」

 

 ぱちくりと見つめられながら、シールフは言葉が出ないようであった。

 

「まぁ、そうなるな」

 

 俺の記憶をどこまで読んだかはわからない。

 なんにせよ異世界人から見れば、俺こそが異邦人(エトランゼ)にして不確定要素(イレギュラー)な存在。

 そんな領域外の知識に触れたら、こんな反応(リアクション)になってしまうのも当然だ。

 

「――言いたいことは色々ある……言葉で尋ねても仕方なくって、でもええっと……狂人(・・)じゃない?」

「読んでわからないんですか」

「いやわかる、わかるけど……むしろ私のほうが狂人じゃないかって、あーもう! 異世界ってなに!?」

「口で説明するより、読んだほうが理解できるかと」

 

「それであなたは本当はおじさんもいいとこで、科学? で、この世界を変革しようってのも――」

「事実です。もっとも精神は肉体に引っ張られているのか、結構変わっちゃってる自覚ありますけど」

 

「くっ……もう既にわけわからない、こんなのってあっーーーもう!!」

 

 そうヤケクソ気味に叫ぶと、シールフはもう一度両手を握り直す。

 

「あっうぅっう……調節しないとこっちが破裂しそう……この私がこんな無様な――」

 

 ぶつぶつ言いながら耐えようとするも、やはりもう一度引き離してシールフは脳を休め始める。

 

「ところでこれって手を繋ぐより効果的な方法とかあります? ()()()()とか」

「あーごめん、今そういう余裕ないから」

 

 よそいきの仮面はどこへやら、興奮して素の反応を見せるシールフに俺は一笑する。

 俺の記憶に踏み込んでいるのだから少しからかってやろう。

 そんな気分で言ってみたものの、彼女はそれどころではないようだった。

 

 

 繋がり、伝え、離し、休み、また繋がりを繰り返し、俺だけが退屈に一晩過ごしてもまだ終わらない。

 そうした結果――濁流のような記憶を整理するには、一晩どころか()()()()()()()という結論に達した。

 

「もしかしたら私は……無意識に表層部分を読んで、知らず興味を惹かれてたのかも」

 

 頭を冷やしながら我を取り戻したシールフは、そう言い残して夜明けに去っていった。

 

 そうして俺の学園生活に、新たな日課が加わることとなってしまったのだった。

 




学園編の前半はこれにて終了です。次からは幕間劇を挟んで中盤へと差し掛かります。

お気に入りや評価・感想などを頂けるとが上がるので、気が向いたらよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#50 銅と金

 

 人生の転機というものは突然やってくる。

 

 昔からそつのない子供だった。共和国の交易団で生まれ、学び育った。

 一つの共同体(コミュニティ)の中では、みんなが親であり教師であり兄弟姉妹。

 国内のみならず、越境することもたびたびあった。

 

 子供の頃から付き合い長い馴染みの女性と、生涯を共にしようと誓い合った。

 祝福されながら交易団を抜けて、一所(ひとところ)に居を構えた。

 夫婦仲は円満で、愛娘が生まれてすくすくと育ち、仕事も順調で幸福な人生だった。

 

 

 しかしいつもの日常は、唐突に終わりを告げる――

 

 その日も仕事を終えて家へと帰った。そこには乾いた血がぶち撒けられていた。

 目に映って数分か、数十分か、数時間か……。

 愛すべき妻と娘の遺体だと気付きながらも、ずっとずっと見つめ続けていた。

 

 世界は悲劇に溢れている。それは世界を巡ったから知っている。

 魔物であったり、戦争であったり、事故に病気に災害でも――

 

 自分にとってもそれは例外ではなかっただけだ。

 

 ただ改めて気付かされたのだ。思い知らされたのだ。

 しかしそれを受け入れても……否、受け入れたからこそやるべきことがあった。

 

 今までが幸福だったことに感謝すべきか。

 幸福だったがゆえに、その喪失感はより大きな痛みとして襲うのか。

 

 

 いずれにしたって家族を失った悲しみは、永劫癒えることはないだろう。

 しかしそれ以上に()が殺したと、(いわ)れなき弾劾(だんがい)(そし)りを受けるとなれば……。

 自身の精神が耐えられなくなると……心が壊れてしまうとわかっていた。

 

 だから社会から姿を消した――

 

 犯人が僕を陥れようとしているのかもわからない。

 場当たり的なそれなのか、あるいは計画的なモノだったか。

 もはやどうでもいい。ただ妻と娘を殺した人物を探し出す。

 そしてこの手で葬ってやろう、その一念のみで第2の人生を歩み出した。

 

 人心掌握を筆頭に、必要となったあらゆる技術を修得した。

 情報を拾得する為に、ありとあらゆることに手を染めた。

 

 

 およそ8年……もう重ねることのない娘の年齢と同じくらい、費やし続けた。

 

 犯人は他愛もない――ただ悪徳と権力がある、珍しくもない人間だった。

 無様に命乞いをさせ、淡々と殺し、処理した。付随する全てを潰し、断絶させた。

 

 それで、おしまい――

 

 自身の存在は世間に露見することもなく、覚えた技術で残りの日々を生きる。

 持たざる者には何もしない。ただ持てる者を(たばか)る。

 盗み、偽り、侵し、騙し、壊し、脅し、横流し、捕まれば()ける。

 

 別に義賊めいた行為をすることもなく。徹頭徹尾、自分で、使う。

 

 

 そして――()()()()()()は珍しい。何故なら基本的にヘマはしない。

 運悪くということは何度かあったが、しかし明確に追跡され見つかることは初めてだった。

  

「わたしに何か御用向きですか?」

「ンン~、そうっちゃそうかもネ」

 

 突如眼の前に現れたのは、七三分けの金髪を整える年上の精悍な男だった。

 さらに親子なのだろうか……薄い金色の髪で瞳を隠した少女。

 離れ過ぎず後ろの(ほう)に隠れるように佇んでいるのだが、何故かメイド服を着ていた。

 

(――娘と同じ年の頃くらい、か)

 

 そんな詮無いことを思いながら、七三男はポケットに手を突っ込んだまま話を続ける。

 

「"素入りの銅貨"って言うんだってェ?」

「……? わたしのことを言ってるのでしたら人違いでは――」

 

 警団に属するような、法の下に生きる人間ではないのは明らかであった。

 さらに付け加えれば堅気(かたぎ)ではなく、その道の人間だと雰囲気から察せられる。

 

「そういう駆け引きはいらないなァ、追い詰めてる時点でわかるだろぉ?」

 

 

 逃げ足にはそれなりに自信はあるものの、この男からは逃げられそうもない。

 そもそも逃げ道となるべき方向は、薄っすらとだが金色の糸のようなモノが見えていた。

 些少ばかりの武術の心得も、全くもって通じる気がしない。

 

「損害の補填ですか? それでしたら二倍……いえ三倍にしてお返ししましょう」

「損害? ン~……まァあるっちゃあるか。確か――なんだっけ」

 

 すると少女が男の服を後ろから引っ張り、男が屈んだところで耳打ちをする。

 

「おーおー"プラタ"ちゃんはスゴいネ。んー利子つけて、連邦金貨を1十枚ってとこにしよっか」

「……記憶力は良いと自負しています。どの件について言っているのでしょう?」

 

「街中で子供三人からスリ盗ったやーつ」

「――あぁ……あの子たちですか」

 

 都会へ出て来たばかりの、おのぼりさんのような3人組、確かに覚えている。

 裕福そうな装いで、確かにそれぞれが連邦金貨1枚分くらいは持っていた。

 

 しかしあいにくと3人分の3倍に利子分まで、すぐには持ち合わせがない。

 基本的にその日暮らしだし、掠め取ったものはすぐに換金して貯蓄もしない。

 

 

「……少しだけ時間を頂いても? もちろん監視付きで構いません」

 

「ふう~ん、言い訳としては見え透いているが……まっ自分の立場は表情を見るに理解しているようだ。

 キミをこうして見つけたということは、逃げてもまた探し出せるってぇことだからねェ――」

 

 金で解決できるなら安いものである。

 裕福な人間から盗んでもいいし、模造品を本物として売り飛ばしたっていい。

 

「でもねぇ、本当に(まかな)うつもりなら、桁が一つ違う」

「つまり連邦金貨を百、ですか? それはいくらなんでも法外では」

 

「キミを探し出す為に使った金額と、投入した人材が生み出すはずだった利益を計上するなら……。

 もっとかも知れないねェ。そこも補填してもらわないことには、ワタシとしては承服しかねる」

 

(結局のところ――どうあっても自由にさせる気はない、ということか……)

 

 裏の世界に生きる人間。吹っ掛けるのも当然、報復するのも当然。

 あの3人組が裏側の人間の身内だったとは珍しく見誤った。

 なんにせよこれは……久々に()()()()()()()な事態である。

 

「目的を聞きましょうか」

 

 似たようなことは、今までにもある。

 その時はあくまで自分から潜り込んでのことだったが、やることはさして変わらない。

 信頼を積み上げて頃合いを見て去る、その時に少し失敬するだけだ。

 

「んんっん。理解が早くて助かる、キミの才能が使えるか知りたい」

 

 

 装わずあからさまに怪訝な顔を浮かべつつ、男の次の言葉を待つ。

 最初から雇うつもりならば是非もない、(てい)よく利用させてもらおうと。

 

我々(・・)は事業の為に有能な人材を求めていてねぇ、折角だから雇おうかなーって」

「一体何をさせられるのでしょう」

 

 男はこちらの質問には答えるつもりはないのか、勝手気ままに話を進めていく。

 

「なかなか興味深い犯罪歴だ。数え切れないほどだが、判明しているのは軽いものばかり」

 

 七三分けの男は、一拍置いてからゆっくりと目線を向けてくる。

 それは引き絞るかのように、ねっとりと心臓をワシ掴みにするような。

 

「一見自棄(ヤケ)にも見えるが……まるで知られたくないナニカを隠すかのようだ」

「特に隠れ蓑にしてるつもりはないですが」

 

 そこに嘘はない。ただやることがなくなったから、今は好きに生きている。

 いや好きで生きているわけではない――ただ()()()()()()というだけだ。

 

 

「はっは、でもキミは()()()()()()()だろう」

「はぁ……わたしが、ですか」

 

 感情の揺れは一切見せることなく答えてみせる。

 男はこちらの反応を窺いながらも、楽しそうに地面を足先でトントンと叩いていた。

 

「明確な殺意を持って殺人を犯した人間の匂いまで、嗅ぎ誤るほど耄碌(もうろく)しちゃあないない」

「それは……大層な嗅覚をお持ちのようで」

 

 一筋縄ではいかない、海千山千とも言える相手であることを再認識する。

 だが労力を掛けてこの男を騙す必要はない。その周囲を騙してしまえばそれで済む。

 

「いろ~んな人間と関わって、機微には(さと)いと自負してるんだが……読みきれないねえ。

 それだけでもキミには見るべきところがある。だからこうして、自ら出向くのがやめられない」

 

「仮に殺人者であるなら、そんなわたしを雇うと?」

「べっつにィ~そこに大した興味はない。ただ理由なき殺人をするような人間じゃなければいい」

「貴方のところで百金貨分を労働で稼ぎ出すまで解放しない、ということでよろしいですか」

「いいよォ~どうせその頃には、キミはココ(・・)から出ようとしなくなる」

 

「随分な自信ですね」

「キミが有能であれば自然とそうなる」

 

 こちらを見透かすような男と――こちらをじっと見つめる少女。

 大きく嘆息を吐いてから観念したように、僕は両手を挙げて降参のポーズを取る。

 

 

「さてキミはなんと呼べばいいのかな?」

「"カプラン"です。――貴方の名をまだ伺ってないのですが」

 

「おぉっとすっかり忘れてた、ワタシはゲイル・オーラム」

「わたし……"プラタ"」

 

 

 人生の転機というものは突然やってくる。

 

 僕にとってそれは2度目の大きな転機であり、3度目の人生の幕開けであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#51 銀の新世界

 

 大昔は"陽キャラ"で、今は"陰キャラ"――

 私を端的に表すのであれば、()()()()のその言葉が最も相応しいのかも知れない。

 

 名をシールフ・アルグロス。学園で魔導コースの講師をしている。

 王国の一般家庭の子として生まれた。夢見る少女だった、恋に恋する乙女だった。

 平々凡々と思いきや、()()()()()()()()()()を過ごし、色々と傷ついた。

 中退して以降は王国内で、実に多種多様なことに励んだ。

 

 そうしてある日、神族の遺伝子が発現して老いにくい体となった。

 

 それから世界を放浪し始めて、魔力と魔導は研ぎ澄まされていく。

 疲れ果てた先で、"あの人"から話を持ち掛けられた。

 後の学園長は知己を寄り合って学園を創設し、「良ければそこで静かに過ごすがよい」と。

 

 気付けば100年以上が過ぎ去っていた。暇潰しに魔導コースの講師までやった。

 学園七不思議の内、2つほど数えられてしまうまでに居座ってしまった。

 

 しかしそれもようやく終える時がきた――やりたいことを見つけられた。

 それは寿命不明な一生を懸けても……終わるかもわからないほどの目的。

 

 ベイリルと出会い、フリーマギエンスと関わって既に3週間ほど。

 卒業は今少し先となるが、既に学園と組織とを行き来することにも慣れてしまっていた。

 

 

「シールフくん、キミぃほんとはいくつなんだい?」

「その質問、ベイリルにもしたでしょ」

 

 私は同室にいるゲイル・オーラムの質問にそう返す。

 

「ほォ~ワタシも忘れてるような記憶を読んだのかな?」

 

「かもね、でも集中している時は直接的じゃなくても弊害があるって教えたハズだけど?

 あなたが(ほの)かに感じた表層既視感(デジャヴュ)が意図せずとも流れ込んできちゃうの」

 

 ベイリルの脳内から得た地球の知識を、ひたすらに書き出していく作業。

 それは途方もなく未だ終わりが見えないものの、それでも飽きることはなかった。

 

「――なんにせよ女性に尋ねるようなことではないけれど」

「ふぅ~む、それはそれはシツレイした」

 

 全く未知の文明、知識、体験、それらを整理し体系化する。

 それがまず私のやるべき仕事、為すべき重要な事柄。 

 

 

(この世界には積算がない――)

 

 厳密にはいくつもあるのだが、ただそれが広がっていきにくいのだ。

 魔術があるからそっちに流れてしまう。既得権益にしがみつき抑え込んでしまう。

 

 探求好きの魔導師とて門外不出が常であり、他人に享受させるなどもっての他。

 お互い合意の上で契約魔術を使えば、無闇矢鱈に情報が漏洩することもなくなる。

 

 そうして連綿と継承されるモノの裏で、時に失伝することも往々にして存在する。

 

(大魔技師がいかに特異な存在だったか……)

 

 7人の高弟をとり、自身の知識と技術を教え込んだ。

 世界各国にそれまでに類を見ない魔術具の用途と製法を広め、統一単位を浸透させた。

 

 人々は溢れ始めていた魔物へ対抗し、生存圏を大きく拡げていった。

 結局は彼らの死後、戦乱の中で多くの魔術具は(いびつ)な発展と衰退を遂げていく――

 

 

「ねぇオーラム、あなたはこれら(・・・)には興味がないの?」

 

 私は紙の束を掴んで端に寄せながら、ゲイルに何の気なしに聞いてみる。

 

 既に書き連ねた別世界の知識の源泉。まだ断片とはいえそれは宝の山。

 しかしゲイルは手を出すことはない、ただ己の領分をはみ出ることがない。

 

「折角の楽しみが、台無しになっちゃあもったいなぁい」

 

 そう言ってゲイルは自分の範囲内での仕事と、取りまとめを(おこな)う。

 ベイリルの考えた手順に従って、人脈を使い各所の成果を積み上げていく。

 

 "使いツバメ"によって各地に作った機関とやり取りをして、少なくなく自ら出向いていく。

 ひとたび荒事が発生しようものなら、たった一人で鎮圧し屈服させてしまう。

 

 対外的な交渉と資金繰りに関しては、彼がいないと成り立たない。

 彼の経験とセンスと能力は、読心でも真似できるものではなかった。

 

「……そうかもね」

 

 不思議な男である。彼には隠すべきことが何もないというほど。

 表層部分とはいえ、記憶を読まれても全く気にした様子がない。

 私がわざわざ他者を巻き込まぬよう、一人で魔導に集中していようと……。

 仕事のすり合わせの為に、こうして平然とやって来るのだ。

 

「さってっと、ボクぁそろそろ会う約束があるからごきげんよう」

「はいさようなら、またいずれ――」

 

 ゲイルは何一つ変わらぬ調子のまま、やることはやって部屋から出て行った。

 

 

 

 私は今しばらく作業を続けてから、魔導を解いて休憩へと入る。

 すると予定した時間通りに、小さき訪問者が現れた。

 

「シールフさん、こんにちは」

 

 まだ10歳にも満たないメイド服の少女が、2人分の食事を載せたワゴンを押してくる。

 

「ありがとう"プラタ"」

「はい、一緒に食べていいですか?」

「もちろん」

 

 既に2人分持ってきているし、恒例のことであっても律儀に確認する。

 それは幼いながらも生来の気質なのか、人に寄り添えることを知る聡い子だった。

 

 プラタはまだ(つたな)さが残るものの、しっかりとした作法で食事をしていく。

 

 読心の魔導を利用した精神療法(メンタルケア)をしてより、やけに懐かれるようになった。

 とはいえ悪い気がするはずもなく、孫娘を相手にするような心地。

 

 色々なことに興味を持つ少女を相手にするのは、丁度良い気分転換にもなる。

 

「あのシールフさん」

「なーに? プラタ」

「この後にカプランさんが会いたいって……」

「カプランが? なんの用だろ」

 

 直接実務を担当するカプランとは、特に予定はなかったはずだった。

 プラタは少しだけ言いにくそうにした後に口を開く。 

 

「個人的にシールフさんの(ちから)を借りたいって――」

「ふーん、まぁ構わないけど。プラタが伝えてきてくれる?」

 

「うん!」

 

 

 食事を終えてプラタは空いた食器をワゴンに戻し、押して部屋を出て行った。

 少しだけ待った後に、(くだん)の男を連れてやってくる。

 

「失礼します、シールフさん。少しだけよろしいでしょうか」

「えぇどうぞ」

 

 うながすようにカプランをソファーへ座らせ、その向かいに私も座る。

 プラタは誰に言われることもなく、少し離れた椅子へ座った。

 

「プラタの心を読んで、彼女を癒したとお聞きしたもので――」

「つまりあなたもやって欲しいと?」

「可能であれば……」

「記憶を読まれること、構わない?」

 

「覚悟の上です」

 

 同意があるのなら是非もない。私は魔力を集中させて魔導を発動させる。

 互いに両手を繋いで、ゆっくりと同調させていった。

 

 

(おっおぉ、すっごい……)

 

 私は思わず心象風景の中で言葉にしてしまっていた。そこはまるで、記憶の宮殿だった。

 普通の人は住み慣れた我が家であったり、粗雑な倉庫だったりする。

 変わった人の中には、荒野や深海のような人間もいたものだが……。

 

 読心とはそういった場所に漠然と浮かんだ、残滓(ざんし)のようなものを探していく作業。

 

 しかしここまで整然なものは――未だかつて見たことがない。

 記憶を手間暇かけて探す必要がないほど、スムーズに選別ができる。

 どういう生き方をしたら、こんなにも美しく記憶を詰められるのか興味が湧いてくる。

 

 宮殿内を歩きながら、私はカプランの記憶と目的を読んでいく。

 彼は亡き妻と娘に、心の中だけでも会いたいようであることを理解する。

 

 本当に自分が記憶し、思い描いている姿が正しいのか……。

 わかっていても不安になってくる、そんな気持ちの奔流。

 

 私は手馴れたように、彼の心に投映させてやる。

 カプランにとって最も幸福だった頃の記憶を――

 

 

 零れ落ちる涙と、ギュッと握られる手と手。

 しばらくはそのまま(ひた)らせてやる、彼の気が済むまでずっと……。

 

「っあぁ……ありがとう、本当にありがとうございます」

 

 しばらくしてから漏らした、感謝に満ち充ちた心と言葉。

 彼の半生と、支え続けた背骨(バックボーン)を知る。同時に信頼に値する人物ということも。

 

 ゆっくりとカプランは私の手から離れ、彼は焼き付けた(まぶた)の裏を見つめ続ける。

 

「娘は妻の影響で花が大好きでした。二人の墓に……数え切れないほどの種を植えようと思います」

 

「とてもすてきね」

 

 

 私は微笑を浮かべながら、プラタを連れて出て行くカプランを見送る。

 

 彼は復讐を終えてから、ずっと逃避して生きてきた。

 精神の折り合いをつけられていないのに、そのままやってこれてしまった。

 自覚せぬままも過ごせていたのは、彼の才覚あってのゆえか。

 

 あとはプラタが娘のような立ち位置で、彼の支えにもなってもくれるだろう。

 今の仕事にも充実感を得ているようだったし――()()()()()()()()()()()()()

 

 血溜まりの中に、映り込んでしまった違和感。

 彼はずっと立ち尽くしていた、それだけ記憶の奥底に刻まれてしまっていた。

 

 だから精細に、鮮明に、その残ってしまった映像記憶に間違いはないだろう。

 復讐すべき相手は――まだ"他に存在している"のかも知れない、ということを。

 

「っふぅ……」

 

 私は一息をついて気持ちを切り替える。

 この手のことも数百年の人生においては経験済みのことだ。

 あまりに多くの人間の記憶を読んできた、その数だけ別の人生を送ってきたようなものだ。

 

 長く生きるコツは忘れること、それでも飽いてしまっていたが……。

 彼にもいずれ時機はやってくる。それまでは束の間の想い出を噛み締めていたほうがいい。

 今すぐに無粋にぶち壊す必要性はない。

 

 

(それにしても――)

 

 カプランの優秀さには図らずも驚かされた。

 "素入りの銅貨"――いつでも、どこでも、知らぬ間に、懐に入り込んでいる手腕。

 

 色々なところに潜り込んでいた経験から、事務・実務を完璧なほどにこなしてしまう。

 読心できる私よりも人心掌握に長け、距離感や機微を掴むのが凄まじい。

 按配が絶妙なのだ。人を見て何が適し、どの場所に、どの程度の差配をすれば良いのか。

 

 それら全てを計算した上で、相手を操るように、自覚させず、やってのけてしまう逸材。

 

 ベイリルの夢想にして野望――はっきり言って相当無茶なものだと思っていた。

 異世界の科学テクノロジーを使って、世界に変革を興すなど障害が多すぎる。

 彼にとってはあくまで超長期目標であり、その間の暇を潰せれば良いというだけなのだろうが……。

 

 しかしゲイル・オーラムとカプラン、そして私が揃うのならば現実味を帯びてくる。

 他にも優秀な人材は数多くいる。それらが集まり(ちから)を合わせていくのなら――

 

 

「くっふふふ――」

 

 込み上げる笑いが抑え切れなくなっていく。

 未知なる未来をこの目で見ることへの、大いなる文化への期待。

 

 神族返りのこの不詳な寿命が、唐突に尽きることがないよう願うのみであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二部 2章「モンスター討伐遠征」
#52 兵術科


 兵術科棟の会議室は帝都軍部のそれを再現したものらしく、非常に重厚な印象を持っていた。

 30人くらいは入る程度の広さだが、現在立つのは8人の生徒と教師が1人。

 

 前軍(ぜんぐん)後軍(こうぐん)――それぞれ選ばれた代表となる"軍団長"が二人。

 軍団長の意向で指名される、"副長"・"作戦参謀"・"前衛隊長"が各2人ずつ。

 

 そして引率となる教師ガルマーンの計9名が、やや小さめのテーブルを囲む。

 

 そこに戦場となる周辺地図を広げ、(コマ)を置いて軍議を(おこな)っていた。

 

 

「今季の"遠征戦"においての戦略構想についてですが――」

 

 学園に入学してから、既に一年近くが経過した。

 今年の成績優秀者として、前軍"軍団長"に選出されたジェーンを中心に机を囲む。

 

「前軍を主攻とし、後軍は予備隊として残します」

「基本通り……か」

 

 やや高圧的な態度で口にしたのは、後軍軍団長である"スィリクス"。

 彼は魔術部であり、本来であれば戦技部兵術科主体の遠征戦では任意参戦となる。

 

 しかし前回の遠征戦の参加者であり、実力者かつ生徒会長であることから選出されていた。

 

 

「はい、奇をてらう必要性はありません。先輩方は後方より、適時戦線への投入・援護をお願いします」

 

 前軍は在学2年までの生徒達を中心に構成された軍。

 後軍は2年を越えた生徒達で編成された軍となる。

 

「現在の情報だと、この丘陵地帯に集まっているらしく、主戦場もこの辺りになると思われ――」

 

 ジェーンは地図を指し示しながら、順繰りに語っていく。

 

 

 "遠征戦"――学園における、不定期の恒例行事(・・・・・・・・)

 ゴブリンなどといった一般的に下等種に類する、魔物の集団を撃滅する小規模戦争行動。

 

 社会性を営む程度の知能があるとはいえ、魔術を扱うこともなく、使う道具の水準も低い。

 油断はならぬものの、適切に戦闘術を学んだ者であれば――十分対処可能な程度の魔物である。

 

 同程度の規模で当たるのであれば、学園の生徒が負ける恐れはまずない存在。

 

 

「ゴブリン集団を壊滅せしめた後は、残党対策に軍を分けてこちらの村に派遣します」

 

 学園に攻め入る魔物の軍勢などはまずいないが、周辺の村落は別となる。

 遠征戦の最大の意義とは――周辺住民の生活と安全を、守り寄与する一種の催し物である。

 

 

後詰(ごづ)めの要請については必要・不要を問わず、この時点で一度連絡をします。

 補給と休息を挟んだ後に、次はこちらのオーク集団を叩きにこの(ルート)を使用し――」

 

 草の根を掻き分けて殲滅するより、徒党を組まれてから軍を挙げてまとめて叩く。

 秩序と規律を保った一個軍として。また節度ある学園生として振る舞うのである。

 

 

「情報通りであればオークの規模は数十程度ですので、索敵して確認した後に誘導を――」

 

 命の危険こそ0(ゼロ)ではないものの、これはお祭りの一つには違いなかった。

 

 それゆえに兵術科所属は強制参加であり、日々修練の成果を発揮する良い機会となる。

 教師陣は必要最低限のみ随伴し、生徒の自立と対応力と精神とを鍛える。

 

 また任意参加者に対しては報奨金や特別単位、他にも種々の優遇特典が与えられるのだった。

 

 

「――以上が戦略構想です。異議・質問があればどうぞ」

 

 そう言ってジェーンは、その場の一人一人に視線を合わせていく。

 スィリクスも異論はなく黙していて、副長に指名された"ルテシア"副会長が一言添えた。

 

「その時々の若手主導の行事ですから、我々後軍のことは気にしなくて結構ですよ」

 

 後軍の作戦参謀と前衛隊長に指名された二人の在校生も、語ることは無いようであった。

 

「それでは戦術面のほうに移らせていただきます」

 

 若手が主体であっても、本当に危ないと見れば異議は申し立てられる。

 ただ単純にジェーンの構想が理に適うものだからこそ、軍議はスムーズに進んでいった。

 

 

「鳥人族の方々は索敵(さくてき)の為に独立させ、斥候拠点を都度設けていきます。

 兵術科は戦い慣れた連係の効く者同士で()り分けつつ、隊長格をそれぞれに。

 それをさらに大きな集団として統一指揮し、半包囲しつつの継続的な打撃を基本とします」

 

 兵術科だけ見ても、職業軍人として画一化された調練を長年積んでいるわけではない。

 あくまで基本を学んでいるだけであって、戦闘方法にはかなりの個性が見られる。

 

 一個軍をもって戦うことは兵術科として基本であり、それも授業・演習の内。

 しかし備えとして、小集団による遊撃・撤退も可能なようにある程度分けておく。

 

 

「兵術科所属でない方々は一定の自由裁量を与え、命令は最低限のものに限ります」

 

 冒険科や魔術部の者達、専門部からも単位や暴れたい目的で参加する者がいる。

 それらの生徒達に細かい命令は通じにくく、また混乱を招きかねない。

 

 とはいえ戦力としては貴重なものであり、無下に排斥するわけにはいかない。

 それは前線戦力としてだけでなく、後方支援の部隊において必要不可欠の存在。

 

 工兵や護衛隊はもとより、特に輜重(しちょう)隊・衛生部隊がいなければ軍はたちまち機能不全に陥る。

 

「隊長格および連絡員の相互連携だけは、しっかりと確立・徹底を旨としてください」

 

 あとは特定した敵陣に対して不意討ちを喰らわせ、一気呵成(いっきかせい)に片を付ける。

 基本的には攻め手有利の奇襲作戦、魔物が集まった所に、動き出しの前を狙って叩き潰す。

 

 

「私は後方で全体指揮。中衛を――"リン"副長」

 

「はいはい。ジェーン軍団長、了解であります」

 

 そう言って軽く敬礼を見せたのは、明るめの橙色の髪色をしたショートボブの少女。

 ワンポイントの髪飾りを着け、やや切れ長の目元だが表情には柔らかさを感じさせた。

 

 王国公爵家の放蕩三女、"リン・フォルス"。

 ジェーンと同じ年齢だが、校章は2年目を示している。

 適度に真面目で、明るく分け隔てがないその性格は、ジェーンと非常にウマが合った。

 

「中衛の冒険科他生徒らをまとめ、有機的な適所運用に当たります」

「えぇ、私との密な連携をくれぐれも忘れずにお願いします」

 

 正式な軍議という場ゆえのかしこまったやり取りに、ジェーンは少し気恥ずかしさを覚える。

 フリーマギエンスにも所属する彼女は、ジェーンとは既に親友で姉妹のような間柄であった。

 

 

「では次に前衛隊長"キャシー"は――」

「押されてる戦線を見極めながら援護しつつ自由に、だろ」

 

「そうですね……持ち味を活かす(・・・・・・・)形で、くれぐれも無茶はしないように」

「任せとけって」

 

 一度は落伍しカボチャとなったキャシーも、兵術科へ戻ってからは順当にやれていた。

 フリーマギエンスという輪と、ベイリルらに目にものを見せてやるという思い。

 

 肩肘張らずにいられる同年齢の仲間達、カボチャの溜まり場とはまた違う充実感を得ていた。

 

 

「最後に"モライヴ"、作戦参謀として意見を」

 

「あーそうだね、僕としては戦術面で言うことはないかなあ。ただ異形とはいえ人型(ひとがた)を殺す。

 その行為自体初めての生徒が少なくないから、そこらへんの心理状況は注意しないと……くらいかな」

 

 そう気怠そうな様子をさほど隠していないのは、モライヴという名の帝国人の男。

 天然パーマな黒髪を少し長めに。上背はそれなりにあるが、猫背気味に構えている。

 

 やや小太りな体型は、兵術科の鍛錬をちゃんと受けているのかと思わせた。

 

 

「確かに無視できない事柄ですね。初陣も多いから、疲労や怪我の度合いも把握しにくい。

 そういった面も多角的に配慮しながら、常に無理を強いることがないよう注意を払ってください」

 

 軍議はさらに細かく、後軍も含めて細かいすり合わせが続いていく――

 

 

 

 

「っはぁ~、疲れた。もう息苦しすぎ」

 

 軍議も無事終わり兵術科棟を出て、肩の力も抜けたところでジェーンは一息吐く。

 

「キャシーですら微妙に(わきま)えてたもんね、わたし思わず吹き出しちゃいそうになったもん」

 

 リンはもはや気兼ねする必要がないと、思う存分笑顔を浮かべながらそう言う。

 

「うっせーな、また問題起こすわけにもいかねえから仕方ねえだろ」

 

 カボチャ時代に何かと衝突した生徒会長や副会長は、正直気に食わなかった。

 それでも教師がいる前で、これから遠征戦を控えてぶつかるほど向こう見ずではない。

 

 

「というかキャシーだけじゃなく、みんな普段通りすぎでしょ。私だけかしこまってて困ったよ」

「そりゃ僕らと違って、軍団長は責任が違いますから」

 

 唇を尖らせながら不満げに漏らすジェーンに、モライヴが淡々と返す。

 するとリンが憂いたような表情で、手を胸元に当てながら神妙そうに口を開く。

 

「わたしたちはジェーン軍団長の命令で死んでくんだね……」

「殺されても死ぬ気なんてないくせに」

 

「さっすがよっくわかってるぅ」

 

 一転して肩を組んでくるリンに、ジェーンは「はいはい」と返した。

 

 

「命令系統は大事ですが……我々は学生の時分ですから、危なくなったら僕は逃げます」

「アタシもいざとなったら命令なんぞ聞かんな」

 

 モライヴとキャシーの手前勝手な言葉も、ジェーンはいつも通りと流す。

 

「まったくもう、指名したのを少しだけ後悔しそうになるよ」

 

 慣れた日常の1コマの中で、ジェーンはいつかベイリルが言っていたことを思い出していた。

 

 

("遠からず戦争は変わる"かも、と――)

 

 既存の戦略・戦術の概念は崩され、兵站や政治面においてもどんどん変容していく。

 それは兵器の開発や普及はもとより、糧秣(りょうまつ)の供給量や輸送効率の変化も多大。

 

 さらに情報交信の多様化、情報の共有や秘匿性の変質、情報そのものの価値基準。

 

 そもそも人口爆発が起こり、戦争の規模も変わってくるかも知れないとか。

 科学兵器がより広範的な軍事投入を可能にし、行き着く果ては――

 

 

(ベイリルにとっての遠からず(・・・・)というのは、どれくらいかわからないけど)

 

 ベイリルの語る未来は……昔から聞かされてきた。

 フリーマギエンスもその前身となるべき組織の一つだ。

 

 ただ実際に文明の発展速度というのは、ベイリル本人にも全く予測がついていない。

 さらに言えばベイリルの寿命からすれば、50年でも遠からずと言えてしまう。

 

(いずれにしても……私には今できることをやるしかない)

 

 そこに帰結する。リーティアと違って私が力になれることは少ない。

 

 それでも兄弟姉妹みんなで――新たな仲間達とみんなで、この世界を過ごしていきたい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#53 遠征戦 I

 

 行軍は驚くほど順調と言えた。既に行程の半分ほどは消化している。

 昨夜の野営でも特に問題は起こらず、3日目の朝も滞りなく進む。

 

 それもひとえに軍団長の私ではなく、モライヴとニアの功績がことのほか大きかった。

 

 ニア・ディミウム"補給統括官"が指揮する、過不足ない的確な各種行軍用品と糧秣の見通し。

 モライヴ作戦参謀の緻密な地理選定と、軍容全体を適切に管理するそつのなさ。

 

 特にニアはフリーマギエンス所属とはいえ、兵術科ではなく製造科である。

 元政経科で実家が商業家系なのを差し引いても、彼女は得難い手腕を持っていた。

 

 それもこれも彼女なりの努力の結果であり、私も大いに見習わなくてはならない。

 

 

「いよぅ、それは何を考えている顔かな? ジェーン姉さん(・・・)

「ん……ベイリル? お姉ちゃん呼びなんて珍しい」

 

 一陣の柔らかな風と共に現れた"弟"は、いつの間にか隣へとついて歩いていた。

 私は軍馬に乗って一段高いところから、ベイリルへ問い掛ける。

 

「ごめんね、上からで……後ろ乗る?」

「いやこのままでいいよ、指揮官たるもの偉そうにしてなきゃな」

 

「よーっす、ベイリル」 

 

 少し前方にいたリンが、私達に気付いて馬の速度を落としてこちらへとつく。

 

 

「おーリン。ジェーンと違ってお前は調子(ペース)崩れんな」

 

「そう見せるのが一流ってもんでしょう」

「なるほどなー、公爵家の放蕩(ほうとう)三女は肝が据わってて結構」

 

「演技だってんだろー、わたしだって乙女だよ? 人並に緊張してるんだなこれが」

「そういうお前の(とく)な性格は本気で凄いと思ってるよ。いずれ個人的に頼みたいこともある」

 

「えっそう? なになに?」

「ひみつ、まぁ多分向いてると思うから楽しみにしといてくれ」

 

 馬の上から身を乗り出して来るリンを、ベイリルは意味ありげに一笑だけして流す。

 

 

「ところでベイリルは、お姉ちゃんに顔を見せに来てくれただけ?」

「それもあるが、まぁ陣中見舞いってやつかな」

 

 そう言うとベイリルは、小さな木の実のようなものを私に投げてよこす。

 

「なにこれ?」

「リーティアが作ったお守り(・・・)らしい、なんかあったら割ってくれだと」

 

「これを割るの……?」

 

 手の中のそれをよくよく見ると、小さく綺麗な模様が散りばめられていた。

 装飾品としても使えそうなそれは、部屋で丁寧に保管しておきたいくらいだった。

 

 

「地味に()ってるから壊しにくいよな、カラクリも教えてくれなかったし」

「リーティアは顔見せにきてくれないの? ヘリオはしょうがないにしても」

 

「ヘリオはお年頃