バイオハザード リターンズ (GZL)
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始まりの章 極秘研究所
第1話 暴走 


はじめまして。
小説投稿は初めてで、拙い文章ですが、何卒宜しくお願い致します。


東京の霞が関の一角にビルを構えている有名製薬会社:アンブレラの本社地下39階の秘密の会議室で幹部たちだけで特別な会議が行われていた。それは表向きはこれからの地球環境に関しての対策…。

だが、裏は常人では考えられない…いや、理解が出来ない内容ばかりが論じられていた。例えば、どうすれば増大し続ける人口を減らせるか…仮に減らせたとしても我が社がやったとバレないためにはどうしたらいいか……などなど。

問題が山積みな中、一人の男性社員が名乗りを上げた。

 

「今こそ()()を解き放つ良いタイミングだと思います」

 

そう男が発言すると、会議室の画面に三万倍にも拡大されたとあるウィルスが映し出された。このウィルスについて上層部の人間で知らない者はいない。ましてやそれは、今では先進国に売り込む程にまで注目され始めているものでもあった。

 

()()さえ放てば、いくら時間がかかろうとも我が社の目的は実現出来ます。我々は人間冷凍装置、抗ウィルスもあります。あとは……順番を間違えないようにするだけ…」

 

彼の意見に賛同の者は然程多くはない。だが、このまま人口が増え、森林が破壊され、海水面の上昇が続くなどの異常気象等が続けば、世界が滅亡するのは明白であった。

彼の席の真向かいに腰かけているアンブレラ社の社長の森田は彼の議案書に自身の判子を押した。

これが人類が破滅に向かっていく最初の一歩だった。

 

 

 

 

アンブレラ社の地下4階から地下53階は極一部の社員以外は存在を知らない極秘の研究所がある。そこではアンブレラ社の社運を賭け、現在の利益の大半をつぎ込んだウィルス…通称J-ウィルスの開発、研究が行われていた。

しかし、このウィルスの特性を知る者はこの秘密の研究所を行き来する社員の1%にも満たない。

何故か?

それは余りに危険で、パニックを引き起こす可能性があるからだ。

だが、そんな危険と言われるウィルスが保管されているエリアに一人の人間が侵入していた。防護服を着用し、機械のマジックハンドで器用にウィルスが入った試験管をジュラルミンケースに詰めていく。青色と緑色の試験管を4本ずつ入れ終えると、その人物は青い試験管を一本取り出し、投げてから部屋から出ていった。

試験管は弧を描きながら空中を浮遊し、机の角にぶつかり中身が漏れた。青い液体は空気中に触れると即座に気化し始めた。

そのことにいち早く気付いたのが、この研究所を支配する人工知能だった。漏れたウィルスが危険だと察知した人工知能はすぐに研究所の出入り口を全て閉ざした。それに気付いた研究所の社員たちは慌て始める。それはそうだろう。何をしても扉は開かず、出られないのだから。

その数分後…研究所内に社員たちを戦慄させる“もの”を出す。

突然どこからともなく薄い青色のガスが出てきたのだ。それは青酸ガスだった。

青酸ガスは人体に非常に有害で、人間が長く吸えばまず間違いなく死ぬ代物だ。

社員たちは急いでガスから逃れるために、扉を開けようともがくが、ガスは社員たちの身体を蝕んでいく。徐々に身体の自由が聞かなくなり、ほとんどの社員は既に地面に倒れていった。

 

「やめてえええぇ!!止めてええぇ……!」

 

監視カメラに向かって叫ぶ社員たちの懇願を無視して、人工知能は施設全体にガスを広げていき、社員を皆殺しにした。

そして、すぐに社員たちの懇願、悲鳴は消えていった…。




どうだったでしょうか?
一応原作に沿って行く予定です。


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第2話 私は…誰?

本作品の主人公の登場です。


「…………ん、んうぅ……」

 

深いような…浅いような眠りから、玲奈は目を覚ました。

何故唐突に目覚めたかは、玲奈にもはっきりとは分からなかった。

 

「あ…あぁ……」

 

玲奈は蚊の鳴くような声を絞り出しながらも、地面の上で俯せにしながらも、どうにか上体を起こそうとする。だが、身体は痺れていて、中々思い通りに動かせない。

目覚めて分かったことだが、足元がやけにひんやり冷たいことに玲奈は気付いた。足元に目を向けてみると、湯気が少しだけ沸き出る温水が玲奈の足を濡らしていた。

玲奈は何故だか分からないが、シャワールームで意識を失っていたようだ。

身体の痺れが無くなってきた頃、玲奈は洗面台に手を置き、立ち上がった。裸のまま立ち上がった玲奈は、まず白く曇った鏡を手で拭いた。まず、彼女の目に入ったのは鎖骨辺りに付いている手術痕だった。鎖骨だけではなく、様々な箇所に手術の痕が残っていた。それが何が原因で出来たのかは分からなかった。

玲奈はそんなことよりもここが何処なのかが気になった。近くのクローゼットの中にあったバスローブを身に纏い、寒さから身を防いだ…とは言い難かった。バスローブを着ても足元からは冷気が上がり、足だけでなく、身体全体も冷やしていく。

窓の外は既に夜の闇に包まれていた。シャワールームから出てすぐの所には大きなベッドがあり、その上には白いパーカーと使い込まれたジーンズにブーツが置いてあった。どれも大きさは玲奈とほぼ同じのように見えた。

更に横の小さな机にはメモ書きが残されていた。そこには

 

『君の望みが叶うことだろう、玲奈』

「…望み?」

 

玲奈はこの字が自分のものかと思い横に同じ文章を書いてみたが、あからさまに異なっていた。

もちろん玲奈にはこの『望み』が何のことかさっぱり分からない。

それだけではない。玲奈はさっきからここが何処で…自分がどういう人なのかも覚えていなかった。

 

もしかして……記憶喪失?

 

と玲奈は考えた。それならシャワールームで倒れていた理由ももしかしたら関係があるかもしれない。

玲奈は再び「う~ん…」と唸ったのだった。

 

 

 

 

それから玲奈はこの部屋の中で別の服を探した。ベッドに置かれていた服を着ても寒さからは逃れられなかった。この上から羽織るものを探すために棚を一つずつ開けるが、毎回溜め息が漏れていた。理由はどの棚にも同じ色で同じデザイン服しかなかったからだ。そんな軽い気持ちのまま、棚を上から開けていき、一番下の棚に手をかけた途端…玲奈は戦慄した。

 

「!」

 

ガタッ、と音を立てて玲奈は尻もちを着いた。

一番下の棚に収められていたのは、黒一色のメタリックで装飾は一切無い、途轍もない威圧感を放つもの…拳銃だ。そこには色々な種類の拳銃など、様々な武器が保管されていたのだ。電子ロックのため、取り出すことは出来ないが、それはそれで良かったと玲奈は思った。

玲奈は逃げるようにこの部屋から出た。

扉を勢いよく開けると、大きなロビーらしき場所に出た。教会みたいな広場に、奥には大理石で出来たマリア像が設えてあった。いくつもある窓から溢れる月の光が美しかった。しかし、マリア像があるのに、ベンチも祈るための十字架もない。教会ではないのだろうかと、考えを巡らせながらゆっくりと足を前に踏み出す。

すると、一つの写真立てに目が釘付けになった。その写真には幸せそうに笑っている玲奈自身と身に覚えのない男性との姿があった。しかも、結婚式の真っ最中だった。玲奈は自身の左手を見ると、プラチナ色に光る指輪があった。スルリと薬指から指輪を抜くと、その裏側を覗く。が、そこには結婚相手の名前は無く、代わりに『アンブレラからの御祝い』としか書かれていなかった。

指輪を戻し、玲奈は写真を見詰め直した。この写真の中の玲奈と今の玲奈かけ離れる程に違っていた。

 

いつか…こんな笑顔を取り戻せるのだろうか…。

 

玲奈は自問した。

その時。

写真立ての額が鏡のようになっていたため、玲奈の後ろを走り抜けていく人影を映した。

 

「誰⁈」

 

玲奈は咄嗟に振り向き、声を上げたがそこには人影はなかった。

その代わり…風が冷たく吹いていた。

さっきまで閉まっていたはずの扉が開いていて、そこから冷たい北風が入ってきて扉とカーテンを僅かに揺らしていた。

玲奈は足早にその場に向かう。

 

「誰か…いるの?」

 

扉を開け、外を伺うが人の気配は見られなかった。

だが、何処かに隠れているのかもしれない…。

確認するようにもう一度玲奈は声を出した。

 

「誰かいるの?」

 

……………。

 

返事はない。さっき見えた人影は気のせいだと玲奈は思った。

しかしその直後、風が不自然な動きをし始める。うねり、回り、玲奈に向かって強く吹き始める。落ち葉は竜巻を横にしたかのように舞い、恰もさっきの玲奈の問いに答えているかのように見えた。

玲奈はそれが何故か恐ろしく感じて、すぐに建物の中に戻った。

その瞬間、玲奈は何者かにお腹辺りを掴まれた。

 

「きゃあ!!なっ、何⁈」

「いいから来い!」

 

玲奈の腹を掴みながらも叫ぶ若い男性。

すぐに玲奈は抵抗を開始するが、する暇さえ無かった。

今度は教会の窓ガラスが全て割れ、完全武装した兵士たちが雪崩れ込んできた。若い男性は玲奈を突き飛ばし、腰に収めていた拳銃を向けるが、撃つ前に弾かれ、一人の兵士によって両手を後ろに回され拘束されてしまう。

玲奈は壁の隅っこでブルブルと身体を震えさせる。

自分が何者か分からない彼女にとって…どんな人間でも、怖くて仕方がなかった。




…どうだったでしょうか?
今回、主人公は玲奈という女性です。
三人称で書いているので唐突に出ます。そこはご了承を。
因みにこれから出てくるメインキャラは大体が日本人です。


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第3話 アンブレラの秘密

登場人物多めです。



「いてて‼折れる折れる‼もう抵抗しねえからやめろよ‼」

 

男性は腕を捻られて痛そうにしていた。同情してやったのか、兵士は腕の力を緩ませ、手錠をかけるだけにしてやった。

ヘルメットを被り、様々な武器を持った兵士は全部で7名。その中で最も体格が大きい兵士が壁で震えている玲奈の方に近付いてきた。

 

「状況は?」

 

ヘルメット越しの声に玲奈は聞き覚えはなかった。けど男性だということは分かった。

 

「状況?な……何のこと?」

 

玲奈には()()とはどういう意味なのか、全く分からなかった。

 

「…覚えていないのか?」

 

玲奈は素直に頷いた。

それを見た男性兵士は自身のヘルメットを取った。

ヘルメットの下からは豪傑という言葉がよく似合いそうな顔が現れた。いくつもの戦争を乗り越えてきた雰囲気が自然と醸し出されていた。

 

「葉子!そいつは何者だ?」

 

葉子と呼ばれた兵士もヘルメットを外した。あの男性を拘束している兵士は驚いたことに女性だったのだ。とてもあの男性を意図も簡単に抑えられる程の腕力を持っているようには見えなかった。

軽いウェーブがかかった黒髪を靡(なび)かせる葉子は男性のズボンから財布と手帳を抜き取った。だが手帳に関しては、一般人が持つようなものではなく、よく刑事ドラマなどで出てくる警察手帳だった。

 

「…名前は佐々木竜也(ささきりゅうや)。見ての通り警察官のようね」

「本当か?警視庁のデータベースで調べろ」

 

葉子は手帳を持ちながら、自らの服の胸ポケットからスマホを取り出し、何やら検索を開始する。数秒後、彼女の顔は納得いってないような表情になる。

 

「…データベースに佐々木竜也なんて警察官はいないようだけど、どういうことかしら?」

 

竜也…と呼ばれる男は少し焦った口調で反論する。

 

「明日から警視庁勤務だからだよ!」

 

葉子は怪しい目で竜也を嘗め回したが、これ以上竜也に構っている時間も無かったのか、大柄の男性にアイコンタクトし、問題無いことを伝えた。

 

「玲奈とそこの男も連れていく!憲之(のりゆき)!」

 

30代にも満たしていないであろう憲之は黒いリュックを降ろし、中からタブレット端末を取り出し、何かを入力し始める。

すると、あの大理石で出来たマリア像が真っ二つに割れ、秘密の通路が現れた。

 

「ついてこい」

 

大柄の男は玲奈に指図する。竜也は葉子に捕まっていて拒否権はない。玲奈もこの部隊が放つ圧や一人一人が握る銃火器に恐怖を感じてしまい、抵抗する気も起きなかった。

長い長い階段を下っていき、開けた場所に一行は到着した。

そこはまるで地下鉄のホームみたいだった。実際に列車が停まり、その他に山積みになった物資や武器が置かれていた。7人の兵士はそれぞれ、色々な荷物を列車に積んでいく。黒い鞄が主だった。

憲之は列車の先頭車両に乗り込み、動かそうとするが、トラブルが発生する。

 

「隊長!この列車、タイヤが線路から外れています!」

「どうにか直せ。時間がない」

「私がやるわ。こいつをお願い」

 

名乗りを上げたのは葉子だ。竜也を純輝に引き渡し、ライフルを列車の床に置き、ペンライトを口に咥えて列車の一車両の真下に向かう。ライトでタイヤを照らすと確かに外れていたが、大きく時間を消費する程に酷いものではなかった。

 

「憲之、器具ある?」

「ああ、待ってろ」

 

不意に葉子は奥に目を向けた。ライトで照らした先には何かに破られた通気口の網だった。その網戸は…自然に朽ちたと言うよりも、何かによって突き破られたかのような形状だった。

 

「ほら」

 

憲之が器具を渡すために手を伸ばした。葉子はあの場所が気になったが、大したことではないだろうと決めつけ、渡された器具を使い、修理に精を尽くすのだった。

 

「OK。行けるよ」

「分かった。発車させます」

憲之は列車のエンジンを作動させた。見た目の古さとは裏腹に相当なスピードに玲奈と竜也は転びそうになる。

数分の間…誰も口を開かなかった。だが、不意に静寂は破られた。

 

ガタン…!

 

と近くの扉から音が響いた。突然の大きな音に兵士たちの緊張感は極限にまで上がる。兵士だけではなく、玲奈と竜也も訝し気な目を扉に向ける。その扉を大柄の男が銃を構えながら、バッと一気に開けた。そこからはなんと一人の男性が倒れてきた。

男性の意識は虚ろだった。

 

「こいつは…!」

(つよし)!」

 

何人かの兵士はこの男性…毅に見覚えがあるらしい。

だが、すぐに玲奈も気付いた。毅は…玲奈と共に新郎新婦の姿で写っていた男性だということに…。

 

「様子が変だな…。春奈、検査してくれ」

 

春奈はすぐに倒れた毅の傍に近寄った。胸ポケットからペンを取り出し、毅の目の前に出した。

 

「これを目で追って」

 

そう言うと、毅は言われた通りに動かされるペンを目で追う。

そして春奈にはすぐに毅の症状が分かった。

 

「記憶障害を起こしていますが、問題はありません」

「そうか…ご苦労」

 

玲奈はというと、この毅が自分の結婚相手なのかと…感慨に耽った。

それからは何も起きなかった。退屈な時間が20分近く続いた辺りで列車は別のホームに到着した。

降りてすぐ目の前に巨大で頑丈そうな扉が一行を塞いだ。憲之、純輝は黒い鞄からまた新たな機械を取り出し、この鉄の扉を切断作業にとりかかった。すると、大柄な男は玲奈、竜也、毅に顔を向け、唐突に話し出した。

 

「切断まで時間がかかるだろうから、その間に説明しよう」

 

彼は憲之が持っていたタブレットを取り、玲奈たちに見えるように地図を表示した。

 

「今、我々が入ってきたのはこの施設に入るための秘密の通路だ。緊急事態にしか使えない使用となっている」

 

緊急事態?と玲奈は首を傾げた。

 

「ここはアンブレラ社の極秘研究所、通称:ハイブだ。ここでは主に非合法的な新薬の開発、研究が行われている。しかし、その事を一般人や関係しない者に知られてもいけないし、侵入されても大変だ。だからそこのお二人…玲奈と毅だが、あの通路の警備担当で、それを悟られないために君たちは結婚している」

 

大柄の男から出てくる事実に三人は唖然とする。特に玲奈と毅に至ってはそんな馬鹿な話があるのかと、お互いに顔を合わせてしまった。しかし、それなら気になることがある。玲奈が口を開こうとした時、

 

「じゃあ、何故君たちはここにいるんだ?この通路は緊急事態専用なんだろ?」

 

先に言われた…と玲奈は思った。

玲奈も同じように考えていた。大柄の男は言いにくそうだったが、今更隠し通せないと思ったのか、重い口を開いた。

 

「……三時間前、このハイブにいた全社員500名近くが死亡した。だから、我々が送り込まれた。」

「…!そん…な…」

 

それを聞いた竜也は目を大きく見開いた。そんな馬鹿なと言いたげな表情に変わっていく。玲奈はその変化に気付いたが、敢えて何も見なかった振る舞いを取った。

 

「原因は何なの?」

「詳しくは不明だ。だが、この施設を支配する人工知能“レッドクイーン”が何らかの原因で暴走したと考えられる。ただ、それが偶発的な事故なのか、意図的に仕組まれたものなのか…全くもって不明だ」

 

玲奈は息を飲んだ。そんな恐ろしいことが地面の下で起きていたとは思いもしなかった。

 

「そして、我々の任務はその人工知能の破壊だ」

 

そう告げた途端、惨劇が起きた研究所に通じる剛鉄の扉が音を立てて開かれた。

玲奈たちはここで…今まで感じたことも、経験したこともない恐怖を体感するとは、この時思ってもいなかった。




遂に研究所に入ります。

……途中展開が変わりすぎて、分かりにくかったらすいません。


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第4話 レーザー室

私がバイオハザードの中で一番好きなところです。
どうぞ!


一行は非常階段を延々と降りていく。研究所の中は異様と言えるくらいに静かで、玲奈たちの足音以外は全く聞こえない。研究所内の電力は止まっていないらしく、未だに電気は付いていた。そのお陰で、足元が暗くなくて助かったと玲奈は思った。

 

「…大きい…」

 

玲奈は研究所を見渡して、思わず言葉を漏らした。

 

「そりゃあな…。500人もいたんだろ?」

 

竜也はそう答える。確かに竜也の言う通りだ。500人全てが入る施設なら、施設自体もかなり大きくなる。

しかし、今は人、一人としていないが…。

 

「隊長、ここから行った方がクイーンの部屋には近いんですが…」

 

隊長も溜め息を漏らす。それもそのはずだった。

今、彼らの目の前にある部屋は濁った水で完全に水没しきっていたのだ。更に…

 

「うわっ‼」

 

毅は腰を抜かした。その理由は部屋の中に浮いている死体を見たからだ。玲奈も死体を見ているが、不思議と何の感情も湧いてこなかった。

 

「仕方ない。向こう側から迂回して行くぞ。憲之、新しいルートを検索してくれ」

「了解」

 

憲之は手慣れた手付きで再検索し、再び歩き始める。憲之に従って、玲奈たちも彼の後をついていく。

しかし、彼らを追うかのように迫っている者もいた。

それは…濁った水の中でプカプカ浮いている死体で、目を開き、手をペタッとガラスに貼り付けたのだった。

 

 

一行はよく分からない場所に辿り着いた。誰も見たことがないような機械が点々と置かれてあり、地面には煙というか(もや)のようなものが溜まっていた。

 

「…何だ、ここは?」

「分かりません。でもここからならクイーンの部屋に行けます」

「よし。葉子と純輝はここでこの警察官を見張っておけ。残りのメンバーでクイーンの制御システムに通ずる部屋に向かう」

「「「「「「「了解!」」」」」」」

 

その頃、玲奈は一人で周りをウロチョロしていた。余りにもここが異様…というか不思議な場所で気になって仕方がなかった。

すると、機械ばかりが置かれているここに一際目立つものが置かれていた。それは何かを貯蔵しているような形状で、玲奈は中を覗き込んだ。

中を見た瞬間、玲奈の軽い気持ちを全て吹き飛ばした。中には生物がいた。しかし、それは見たこともない生物だった。ピンク色の体色、脳は剥き出しで様々な管が繋がれていて、眠っているようだった。

しかし…こんなのが動き出したら…と玲奈を戦慄させるには充分だった。

 

「玲奈、来い」

 

遠くから大柄の男が呼んでいる。玲奈は逃げるようにそこから離れる。だが、目だけはその貯蔵室に向いたままだった。

 

 

 

 

葉子、純輝、竜也はさっきの機械類が立ち並んでいるところに置いてきた。恐らく、大柄の男は見張りも兼ねて置いてきたのだろう。

今、玲奈たちは三又に分かれた部屋にいる。その部屋の中央のパソコンに憲之が座り、カタカタとキーボードを鳴らす。

 

「隊長、パスワードは?」

「問題ない。知っている」

「分かりました。クイーンの制御室に通じる通路、開けます」

 

憲之の宣言通りにすぐに扉は開いた。電気は消えているが、目視出来ないという程ではない。隊長、幸太、颯介、春奈の4人はゆっくりと通路に足を踏み入れる。憲之はパソコンを使って、何かトラブルが起きた時のために待機する。

 

バンッ!

 

突然甲高い音と共に通路に光が漏れる。

大柄の男は無線で憲之に聞く。

 

「何だ?」

『自動的に付くようです。問題はありません』

 

隊長は頷き、再びゆっくりと進み始める。そして閉ざされた扉にロックを解除する装置を付ける。ピピと音が鳴り、扉は開いていく……はずだった。開きかけた扉は再び閉まり、入り口の扉も降りる。

 

「おい!憲之!どういうことだ⁈扉が閉まっていくぞ!」

『どうやら他にも防御システムがあったようです。今から解除を試みます』

 

憲之は自分の失態に情けなく思う。解除しようにも、パソコンには意味が不明な文字が羅列し、果てには『武器システム作動』の文字までもが表示される。

 

「何かしてくる!早く開けて!」

 

玲奈は憲之に叫ぶ。

玲奈の言う通り、あの全面ガラス張りの通路ではある装置が作動する。そのことに逸早く気付いたのは颯介だった。通路の奥が青く光りだしたのだ。

 

「何だ?」

 

4人全員が確認する前に通路に横に青白い光線が築かれ、それが高速で彼らに迫ってきたのだ。

 

「伏せろ‼」

 

何なのかなんて誰にも分からなかった。

しかし、何にしてもヤバいものだと直感で感じた隊長は叫んだ。颯介はすぐに伏せるが、幸太は反応が遅れる。それを見た隊長は幸太を抱きかかえて伏せる。

 

「ぐああああああ!」

 

光線が去って、一秒も経たないうちに幸太の悲鳴が通路に木霊した。幸太の右手の指は綺麗に焼き切られていた。

 

「幸太!…くそっ、春奈‼」

 

医療担当の春奈に隊長は叫ぶ。後ろを振り向いたら、春奈は立っていた。しかし、首に赤い線がつぅー…と出来ていき、最後に春奈の頭はズルリと地面に落下した。

玲奈は叫び続ける。

 

「早く!早く開けて‼」

「今やってる!ぎゃあぎゃあ喚くな!」

 

幸太は焼き切られた痛みからショックを起こし、身体を痙攣させる。更には過呼吸にもなっていく。

 

「気絶するなっ‼気をしっかり持て!幸太‼」

 

しかし、隊長の必死の呼びかけでも幸太は耐えきれず、意識を手放してしまった。

 

「…くそっ!」

「隊長!」

 

今度は伏せていた颯介が叫んだ。

 

「また来ます!」

 

颯介の言う通り、再び青い光線は足元に気付かれた。隊長と颯介はすぐに立ち上がり、後ろに下がる。気絶した幸太の身体を頭頂部から切断し、二人にも迫ってくる。前にいた颯介は重い装備を身に着けながらも、精一杯ジャンプした。

が…颯介の動きを予知したかのように光線は急上昇し、颯介の腹部を切り裂いた。

 

「っ‼」

 

悲鳴を漏らすこともなく、颯介は絶命した。

一方、隊長は天井の鉄骨を掴み、身体を天井と水平にして光線をやり過ごした。しかし、装備していたナイフの刃先が切れ、カシャンと音を立てて落ちた。

 

「早くなんとかして‼」

「うるさい!もうすぐ終わる!」

 

憲之は焦りながらも武器システムを解除するまで、もう一歩まで来ていた。彼はそれまで隊長がもう少しだけ粘ってくれること願う。

隊長は鉄骨を放し、地面に降り立つ。三度、光線が襲ってくる。隊長はどう来るか、どう避けようかと考えながら待ち構えていたが、今度は…避けさせるつもりも…生かすつもりもなかった。

光線は横一本から、網の目状に変化した。

 

「……チッ…!」

 

隊長は舌打ちし、唇を噛んだ。

 

「間に合えっ…!」

 

憲之は『解除』のボタンを押した。だが、その苦労は無駄となった。光線は隊長の身体を通過してから停止したからだ。隊長の身体は数秒、止まった。

そして、積木のようにバラバラと崩れ、もの言わぬ肉塊と化した。その光景を見ていた玲奈は思わず目を背けた。武器システム解除により、扉が開き、その先の通路には見るも無惨になった死体が四体、転がっていた。ゴクッと唾を飲んだ憲之は黒い鞄を掴んで、まるで独り言のように呟いた。

 

「任務は……果たさないと……」

 

そろりそろりと足を通路に向ける憲之。

今にも恐怖に負けそうなのが一目瞭然だった。

 

「すまない、手伝ってくれ」

 

憲之に声をかけられた玲奈は、ビクッと身体を震えさせた。

断りたい気持ちが大きかったが、こんな事態になってしまい、断るに断れなかったため、小さく頷き、憲之の後を追う。

クイーンの部屋に到着した二人はすぐに作業に入った。憲之は鞄から何やら、アタッシュケースみたいな機械を取り出し、それをクイーンの制御盤に取り付けていく。

 

「どうするの?」

「パソコンと同じさ。シャットダウンさせる」

『やめなさい』

 

 

不意に女の子の声がスピーカーから聞こえてくる。そして、赤色の少女がホログラムで現れる。

 

「気にするな。こいつはシャットダウンされたくないだけだ」

『違うわ。あなたたちのために言ってるのよ?私の電源を切ると、全ての電力が停止する。そうすると…』

「うるさい」

 

憲之はレッドクイーンが話している中、電源を落とした。

 

『待って!やめて!でないと、奴らが……』

()()?」

 

()()…。

それが何なのか聞く前に赤い少女のホログラムは消えた。




原作に沿っていますが、ここから多少変えていきます。


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第5話 動く死体

葉子、純輝、竜也は彼らが戻ってくるのをただ退屈に待っていた。

そんな時、電気が一瞬消え、自家発電に切り替わった。これがどういうことか、葉子と純輝にはすぐに分かった。

 

「どうやらクイーンは始末したらしいな」

「ええ、後は脱出するだけね」

 

その時、ガタタンと奥から物音が響いた。

葉子はライフルのセーフティを解除してその方向に走っていく。

 

「見てくる」

 

警戒しながら進んでいくと、カラカラと音を立てて転がるガスボンベが葉子の方に向かってきた。その奥には白衣を着た社員がふらふらとよろめきながらも立っていた。社員は全員死亡の報告を受けたが、生き残りがいたのだ。

葉子はふぅと息を吐くと、警戒を解き、無線で純輝に連絡する。

 

「純輝、生存者発見。保護するからそっちに……」

 

葉子が生存者の身体を支えようとした時、不意に左手に鋭い痛みが走った。

 

「っ⁈」

 

その痛みは生存者が噛みついたことによって起こされたものだった。そこで葉子は漸く悲鳴を上げた。

 

「うぐっ‼なっ、何すんだよ⁈」

「葉子!」

 

悲鳴を聞きつけた純輝は左手に噛みつく生存者を葉子から引き剥がした。その反動で葉子は尻もちを着く。

 

「大丈夫か?」

「何なんだよ、あの野郎…。突然噛みついて来やがったよ…」

 

葉子は血が流れる左手を抑えた。

純輝は直ぐ様そいつに拳銃を受けた。

 

「動くな!動けば撃つぞ!」

 

しかし、そいつには全く聞こえていないようだった。不気味な唸り声を上げながら葉子と純輝に近付いてくる。純輝は警告を無視した社員の左足を拳銃で撃ち抜いた。

だが、足に走ったであろう痛みに全く顔は歪まず、悠然と立っていた。

 

「なっ…こいつ…」

 

純輝は呆気に取られたが、もう片方の足にも弾をぶち込んだ。これで這いつくばるだろう…そう思った。

しかし、それでも倒れることはなかった。

だが次はもう容赦しなかった。ライフルを構えた葉子は社員の胸部に何発も弾を撃ち込んで遠くに吹き飛ばした。

今度こそ確実に死んだなと分かり、二人は銃を降ろした。

 

「今の銃声は⁈」

 

とそこに玲奈、毅、憲之は銃声を聞きつけて戻ってきた。

駆け寄ってきた玲奈に葉子は苛立ちを抑えながら答えた。

 

「生存者が襲いかかってきたんだよ……。…っ、くそ…」

 

葉子は噛まれた左手にハンカチを巻き付け、傷が悪化しないようにした。早めの治療が必要だろうが、今はいた仕方ない。

 

「!」

 

竜也は地面に手錠の鍵が落ちていることに気付いた。鍵を拾おうと膝を着けると、同時に不自然なものを見つけた。

それは…既に固まった血だった。竜也が地面を凝視しているのに気付いた玲奈も固まった血を見た。

 

「…妙ね」

「あぁ…。こいつはおかしい…」

「何が?」

 

憲之は不思議そうに言う。

 

「この血はもう固まっている。人間の血ってのはな、大体15分くらいで固まるんだ。でもこれはもう固まっているから、葉子のものではない。ということは、さっきあんたを襲った奴だと考えるのが妥当なんだが…」

 

竜也は自分でそう言いながらも納得出来ていなかった。

この事実はつまり…。

 

「要するに…そいつは死んでいた…ってことか?」

 

憲之の結論に葉子は直ぐ様反論した。

 

「そんなの有り得ない!さっきの奴は確かに生きていた!」

「おい!死体がないぞ!」

 

純輝が叫んで、葉子もすぐに確認に行く。葉子はそんな馬鹿なと思いながら、吹き飛ばした場所を見るが、純輝の言う通り、そこに転がっているはずの死体はなかった。

あったのは、固まった血溜まりだけだった。

 

「…嫌な予感がする!さっさと逃げよう!」

 

毅が怯えて言うが、葉子は…。

 

「隊長たちが戻るまで行かないよ」

 

葉子の言葉に玲奈と憲之は顔を見合わせた。

さっきの惨劇を話すにしても、あまりに辛い内容で話せそうもない。

 

「……誰も、戻ってこない…」

 

憲之が代表して言った。

 

「それってどういうことだよ⁈」

 

葉子は憲之の胸ぐらに掴みかかった。

更に怒鳴ろうとした葉子を純輝が止めた。

 

「しっ!静かに…!何か…聞こえないか?」

 

純輝がそう言うと、明らかに何かが聞こえた。

金属を引き摺るような音に……呻き声…。

すると、機械の後ろや角からたくさん人が現れた。しかし、その者たちは身体が一部欠損していたり、通常の人間では成し得ない動きをしていた。

 

「何だこいつら⁈」

 

毅が声を上げる。並々ならぬ事態に全員が息を飲む。

すると、横からさっき葉子に襲いかかった奴が再び葉子に噛みつこうとしてきたのだ。葉子はそいつの頭を掴んで、首の骨を折った。

襲ってくる者たちを見た葉子、純輝、憲之は目を鋭くした。三人はそれぞれが持っている銃で近付いてくる奴らに幾百もの弾を浴びせる。つい数十分前まで静かだったこの場所に、けたたましい銃声と奴らの呻き声が響く。だが、奴らの身体に何発、何十発もの弾をぶち込んでも奴らは死ぬことは疎か、倒れることもなかった。

 

「何でこいつら死なないんだ⁈」

「いいから黙って撃て!近付けるな!」

 

純輝も焦りながら叫んだ。無鉄砲に撃っているため、弾はあらゆる場所に食い込む。

機械に当たると、白いガスが漏れてきて、玲奈は叫んだ。

 

「ガスよ!爆発す………」

 

その瞬間、轟音と共に爆発が起きた。近くにいた玲奈は爆風に吹き飛び、彼らとは離れた場所に飛んで行った。

きぃぃぃん…と耳鳴りが玲奈の頭の中に響いて、意識が遠くなる。

気絶したら楽になるだろうが、今は出来ない。奴らに襲われて、死ぬのがオチなのか容易に分かった。そんな意識下でも、誰かに引き摺られているのが分かった。

 

「おい、しっかりしろ!」

「あ……あぁ……」

 

耳鳴りでも声の主は分かった。竜也だ。いつの間にか、手錠を外していたのだ。

 

「奴ら、銃声につられている!こっちだ!」

 

玲奈は竜也が自らの肩を貸してくれていることに気付く前に、意識を手放した。

 

 

「くそっ!このままじゃ弾がなくなるぞ!」

 

四人…毅、葉子、純輝、憲之は退路を絶たれつつあった。

三人の銃の残弾も限界に近い。すると、純輝は憲之に叫んだ。

 

「おい憲之!そこのドアを開けろ!そこから逃げる!」

「分かった!」

 

憲之がこの施設のパスワードを全て熟知していると踏んだから、純輝はそう言ったが、中々ドアを開けたとの報告が来ない。

 

「いつまで時間かかってんだ⁈9桁の数字を打つだけだろ⁈」

「まっ、待ってくれ!」

 

普段の憲之ならこんなことにはならなかっただろう。

だが、今は違う。人が人を襲うという異常な事態に憲之の冷静さは完全に失われていた。ブルブルと指先は震えてしまい、何度もパスワードを打ち間違えてしまう。

 

「…ああ、くそ!俺が打つから、お前はパスワードを言え!」

 

純輝は憲之を戦線に戻して、自分でパスワードを打つことにした。

 

「早くしな!弾が無くなるよ!」

 

葉子も焦りから叫んでしまう。憲之は拳銃で奴らを撃ちながら、着々と言葉を繋いでいく。

 

「256…885…149!」

 

言われた通りに純輝がパスワードを打つと、ロックされていたドアが開いた。ドアが開き、純輝は安堵の笑いを見せた。

だが…開けない方が良かった…。開けた途端、扉からは数え切れない量の奴らが(ひし)めいていたのだ。

 

「嘘だろっ⁈」

 

すぐに逃げようとしたが、奴らに囲まれ、掴まれて身体中を食われていく。

 

「やっ、やめろ!」

「純輝!」

 

葉子は奴らが溜まっている中に突っ込んで純輝を助けようとしたが、既に奥まで押し込まれてしまった純輝を助けるなど出来るはずがなかった。それどころか、今度は葉子の右腕を奴らに噛まれたのだ。

 

「いやあぁ‼」

 

鋭い痛みが全身に駆け巡っていく。そんな中にいた葉子を憲之と毅の二人で引き剥がして、奴らの溜まり場から離れる。

 

「葉子、もう純輝は無理だ!行くぞ!」

「放せ!純輝!純輝ぃ‼」

 

葉子が叫んでいる間、純輝も叫んでいた。余りに辛く、地獄の恐怖、痛みに純輝は絶叫せずにはいられなかった。

 

「ぐあああぁぁぁ‼助けてくれえぇ‼」

 

純輝の絶叫は死ぬまで響き、身体からは肉が散り、血飛沫が噴き上がるのだった。




次回、竜也の目的が分かります。


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第6話 竜也の目的

ワンちゃん出ます。
…可愛くないけど


意識を失った玲奈を背中におぶって、竜也はあの銃撃戦の場から離れた。あんな無鉄砲に撃っていては、こちらが巻き添えを食らってもおかしくないと思ったからだ。

だけど、同時に竜也は二つのことに焦っていた。一つ目は、全くこの施設の地理に長けていないため、道が分からないこと。これは竜也にとって非常に問題だった。下手にこの中を彷徨い続けたら、彼らの元に戻れなくなる可能性がある。

そして、もう一つは…背中に玲奈を背負っていることだ。動きも鈍くなるし、何より……すごい美人で彼の心臓は今もバクバクしている。こんな大切な時だというのに、緊張感ないなと竜也は自分の情けなさに呆れる。

 

「……」

 

そう思っても…この寝顔…には悶絶しそうになる自分もいることに竜也は気付かざるを得なかった。これじゃまともに行動出来ない。

そう思った竜也は、まず玲奈を目覚めさせることに決めた。だが、この機械類が立ち並んでいるここではまた奴らが来てもおかしくはなかった。竜也は角を曲がり、とある部屋の前まで来る。周りには何か、動物を入れていたであろう檻は全て破られていた。床に玲奈を寝かせ、身体を揺さぶろうとした時、グルると唸り声が耳に入った。竜也は唸り声が聞こえた方面を凝視した。

もし…さっきの奴らだとしたら、銃もナイフも無い今の状況は最悪と呼べるだろう。しかし、やってきた()()を見た竜也は愕然とした。

 

「…嘘だろ…、勘弁してくれよ…」

 

思わず愚痴を溢した。ヒタヒタと濡れた足を踏みしめ、竜也の視界に映ったのは犬だった。あの檻の中にいた個体だろうが、普通の犬のままであって欲しかったと竜也は思った。内臓や骨、肉が露出し、口は裂け、全身血塗れの犬が竜也と玲奈を見詰めていた。竜也も一秒だけ、犬を見詰めたが、すぐに玲奈を抱き起しにかかる。

途端、犬はスタートダッシュを切り、竜也たちに向かってきた。玲奈を再び背負って、竜也は小部屋の中に逃げ込んだ。犬は扉に飛びつき、ガリガリと爪痕を残していく。竜也は安堵したが、小部屋の中には奴もいた。警備員の服装をした奴に掴まれた竜也は構うことなく、そいつの身体を蹴り上げ、薬品が置いてある棚にぶつけさせた。棚から落下する薬品の音が部屋に響く。警備員はその後、ピクリとも動かなくなった。竜也はここで警備員のポケットに拳銃があることに気付いた。すぐに竜也はそれを抜き取り、残弾を調べる。

 

「残り七発…か…」

 

予備の弾はなさそうだ。

これであの犬をやるしかなさそうだ。その前に…。

 

「玲奈、起きろ」

 

先に玲奈を起こす、それが先決だった。

 

「う…りゅ、竜也…?どうして…私…」

「事情は後で話す。いいか?今この部屋の外に狂った犬がいる。そいつを今から殺しに…」

 

が、その犬は頭がいいのか、窓ガラスを突き破り、小部屋に侵入してきた。目覚めたばかりの玲奈もこの犬のインパクトはすごく、目を丸くさせた。

 

「なに…あれ⁈」

「いいから出るぞ!」

 

竜也は玲奈の手を引っ張り、小部屋の外へと逆戻りする。

が、そこには…。

 

「ひっ!」

 

玲奈は思わず小さく狼狽えてしまう。目の前には、さっきと同じような犬が何匹も玲奈と竜也を眺めていた。

玲奈は自然に背中をガンと扉にぶつけてしまう程に衝撃を受ける。

竜也は握っている拳銃を犬どもに向けた。犬たちは既に竜也たちに向かってきていたが、竜也は的確に犬の頭を狙って拳銃の引き金を引く。恐怖で震えそうになる手を必死に抑えて、竜也は一発も外すことなく、全部で7匹いた犬の頭は無惨に吹っ飛んで、死んでいた。

 

「…ふぅ…」

 

竜也は安堵の息を吐く。

が…安心するには早すぎた。小部屋に入った犬は三度こちらに戻ってきたのだ。竜也は拳銃を向けるが、スライドが降り切っていた。弾切れだ。犬は間髪入れずに突っ込んで来る。竜也は自身の腕を前に出し、噛みつきに対抗しようとする。

だが、その間に玲奈が入り込んできた。

その目は真剣そのもので、身体を反転させる。

 

「せええぇぇい‼」

 

玲奈の渾身の蹴りは犬の顔面を捉え、首の折れる音を響かせてから、壁に叩きつけた。

竜也は今玲奈が行った格闘を見て、なんて強いんだ…と思った。

飛びかかってくる犬の顔面を蹴り上げるなど、いくら訓練していても無理だろうと思った。実際、玲奈も今の蹴りを自分でやっておきながら、すごい…と感じていた。

記憶は失っても、身体は覚えている…そういうことなのだろう。

 

「……とにかく、早くここから離れよう。犬がまた来たら大変だ」

 

その案に玲奈が頷くまで、一秒とかからなかった。

 

 

 

 

玲奈と竜也はそれからこの施設の表側の出入り口だろう場所に着いていた。あちこちに書類が落ちていて、所々に指や血があった。恐らく奴らのだろう。竜也は書類を手に取り、中身を見るが、専門用語が多すぎて何の役にも立ちそうになかった。

竜也は舌打ちをしたくなるが、近くに玲奈がいるために出来ない。

 

「何か…ないのか…」

 

その時、ドンと大きな音が竜也の左側から響く。驚いて振り向くと、ガラス越しに奴が赤い歯を剥き出しにして竜也を睨んでいた。しかし、こいつだけならガラスが割れることはない。竜也はふうと息を吐く。

 

「竜也…!あれ…!」

 

今度は玲奈が声を上げた。震える指はある一点を指していた。

その先には女性がいた。ショートヘアの黒髪の女性…。竜也はその女性を見た途端竜也は目を疑った。ふらふらしているが、近寄れずにはいなかった。そんな竜也を玲奈は止めようとする。

 

「待って!彼女…どこか変…」

「千鶴!無事だったか!」

 

玲奈の警告も無視して、竜也は彼女を抱きしめた。

だが返事がない。

 

「千鶴?どうし…」

「グアアアアァ‼」

 

千鶴はこの世とは思えない咆哮を放って、竜也に掴みかかった。

完全に油断していた竜也は千鶴に馬乗りにされる。噛みつこうとしてくる千鶴に、必死に抵抗する竜也だが、彼に千鶴を殺すことは出来なかった。

 

「千鶴……お前…っ」

 

竜也は昔のあの優しさの面影など微塵もない千鶴に小さく呟いた。

しかし、突然千鶴は呻き声を上げて固まると、竜也にのしかかる形で倒れた。千鶴を退かし、見上げると鈍器を持った玲奈が立っていた。

 

「………」

 

竜也は自身の周りが朱に染まるのを眺めながら、見開いたままの千鶴の目を閉ざした。そして、ポツリと呟く。

 

「彼女は…俺の妹だ」

「え?」

「千鶴はアンブレラで働いていた。でも、この施設に関しては何にも言ってくれなかったよ…」

「じゃあ…何故…」

「数時間前…千鶴から電話があったんだよ…。助けを求める声だったよ…」

 

 

竜也はその時のことを思い出す。

約三時間前、竜也の携帯に着信がかかってきた。手に取ると、それは妹の千鶴からのものではぁと溜め息を吐いた。平日は絶対電話してくるなとキツく言ってるのに…と思いながら、竜也は電話に出た。

 

「おい、千鶴!電話するなって…」

『はぁ…はぁ…。た、助けて……』

「ち、千鶴?どうした?おい!?」

『助け……て………た、す……け……………』

「千鶴!返事しろ!おいっ‼」

 

そこから先、竜也が何度も呼び掛けても、千鶴からの返事はなかった。

 

 

 

 

「そんなことが…」

「…あの教会で、明日から警視庁勤務だって言ったよな?あれ…嘘なんだ。本当は俺は公安で、アンブレラ社が極秘裏に何か実験を行っているのは薄々感づいていたんだ。だけど…証拠がなかった。けど、千鶴の電話からほんの数分でアンブレラが動いたんだ。だから俺はアンブレラの悪事を暴くと同時に、千鶴を……助けたかったのに…俺はっ…」

 

悔しそうに嗚咽を漏らす竜也に玲奈は強気に言った。

 

「…全て終わったような言い方しないで…。竜也にはまだやることがあるでしょ?この事実を世界に暴露するのよ!私たちで!それが……彼女のために唯一出来ることよ…」

「玲奈…。…そう、だよな…。警察は真実を明らかにするのが仕事だもんな…」

「そのためにもまずは脱出しないとね!」

「ああ、行こう!」

 

二人はここから駆け出す。ここから離れる前に玲奈は改めて千鶴を見た。その時、頭の中でフラッシュバックが起きる。

 

『私が……アンブレラのハイブに穴を開けるから、あなたはその隙に……』

『…分かった。でも条件……』

 

玲奈は記憶を失う前に千鶴と話していることを思い出す。

玲奈は千鶴に頼まれたのだ。何かを盗むように…。

何を盗もうとしていたのか…そこまではまだ思い出せなかった。



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第7話 J-ウィルス

葉子、憲之、毅の三人はクイーンの制御室に続く三又の部屋に逃げ込んでいた。ここの扉は電力がなくても、鍵を締められるから()()()()には絶好の場所だ。

もう一度言う。()()()()には、だ。仮に逃げ込めたとしても、次に出ることは途轍もない困難を極めてしまった。何故かと言えば、扉の外からは奴らが叩く音が絶え間なく響いてくる…と言えば、3人が置かれている状況が分かることだろう。

葉子は噛まれた左手がジワジワ傷んできてイライラしていた。更に持っていたライフルも先程の銃撃戦で弾を使い切ってしまったため、もう使い物にならなかった。

それで葉子はライフルを地面に叩きつけた。

 

「チクショウ!何なんだよ、あいつらは‼」

 

毅も怯えたように言う。

 

「あれが何なのか…あんたら知らないのか⁈」

 

その答えを憲之が答える。

 

「ハイブの社員たちだよ…。見覚えがある。電力を落としたから、扉のロックが全て解除されて雪崩れ込んで来たんだ…。けど…イカれてやがる!」

「でも最初、あんたらは社員は全員死亡したって……」

 

憲之は言葉を失ってしまう。確かに憲之たちは本社…アンブレラ社からそのように情報が入ってきた。本社がそんな間違いを犯すとは考えにくい。

だが、あれらは間違いなくハイブの社員…しかも憲之たち人間を食べようとしてきている。普通の人間の恐怖の域を完璧に超えてしまっている。何がどうなっているのか…憲之たちは分からなくなってきた。それと同時に部屋の中は静寂に支配される。

と、その時一つの扉が開いた。葉子はすぐにそちらに拳銃を向けた。

 

「待って!私たちよ‼後ろに奴らがたくさんいる!」

 

玲奈の声に三人は安心したが、玲奈の言う通り後ろからは奴らの呻き声が聞こえてきた。玲奈と竜也は中に逃げ込むが、奴らも入ってこようとする。扉を抑えていた毅の腕に奴らの手が握ってくる。冷たい感触が毅の腕に広がっていく。

 

「うわっ⁈くそっ!」

 

毅はその手を引き剥がそうとする。

だが、思った以上に力が強く、中々引き剥がせない。

イカれていると分かっていても、人間だからか力を出し切れない毅。

 

「放して!」

 

玲奈がそいつの手を殴ると、毅の腕を放し、扉はガチャンと閉まった。

 

「あぁ…くそ…」

 

腕を掴まれた腕を擦りながら毅は毒づいた。

これで漸く生き残った5人が再集結出来た。

玲奈は確認するように別の扉を開けようとする。

 

「早く逃げないと……。こっちの扉は?」

「奴らでいっぱいさ!」

 

悔しそうに憲之が怒鳴る。

 

「ここで救助を待つべきだ!君たちみたいば部隊がまた送られてくるだろ⁈」

 

毅はそう言うが、葉子と憲之は顔を見合わせ、厳しい表情を作った。二人はこの施設がこれからどうなるか…その末路を知っている。

 

「…時間がないんだ…」

「ど、どういうことだ?」

 

毅の問いに葉子が答える。

 

 

「私たちが入ってきたあの秘密の通路…。あと一時間したら外界と完全遮断される」

「何だと⁈生きている俺たちを置き去りにするつもりなのか⁈」

「もし、緊急事態があった場合、この施設自体が無かったことにしないといけないからね。バレたら会社そのものが命取りになる。…上の連中が私たち5人の命よりも自分の利益を優先するでしょうしね…」

 

毅は壁に背中を預けてズルズルと崩れていった。

 

「嘘だろ…」

 

絶望する毅だったが、玲奈の目に諦めの感じは見られなかった。

クイーンの部屋の方をじっと見詰め、何を考えたのか憲之の黒い鞄を掴んで、さっきの光線が流れた通路に足を踏み入れた。

 

「おい!何をする気だ⁈」

「クイーンを再起動させる。彼女ならこの施設の図式を全て把握しているから脱出方法も知っているはず」

「ダメだ!奴はここの社員を皆殺しにした悪魔だ!奴を再起動なんて絶対に…」

 

必死になってクイーンの再起動を止めようとしてくる憲之に苛立ちを覚えた玲奈は、憲之の襟首をぐいっと掴んで壁に叩きつけ、自身の顔を近づけた。

 

「任務だから止めたいの?…馬鹿じゃないの?今、私たちは生きるか死ぬかの境にいるのよ!死にたくないならあなたも手伝って!」

 

憲之からしたら、あまり喋らないイメージが強かった玲奈からは想像も出来ないくらいに恐ろしい表情をしていて、逆らうことなど出来なかった。

そして、玲奈を先頭にクイーンの制御室に入り、再起動させるための機械を樹立させる。

 

「なぁ…玲奈。一度シャットダウンさせた俺たちに助かる方法を教えてくれるなんて……そんな都合のいい話があると思ってるのか?」

「そうだとしても、私たちは彼女に聞くしか生き残る道はないわ」

 

玲奈もクイーンが危険だってことくらい分かっている。

だから、こちらも何かしらの手を打たなくてはならない。コンピューターにアクセスしながら、玲奈は憲之に聞く。

 

「クイーンの保護回路…外せる?」

「出来るが…」

「ならやって」

 

憲之はシステム中の回路の一画を切断し、新たな回路を組み込んだ。

 

「保護回路は外した。それとは別に高圧電流を流せるようにした。このボタンを押せば…クイーンは消滅する」

 

その時、バシュンと甲高い音が鳴り、一瞬レッドクイーンのホログラムが写るがすぐに消えた。恐らく保護回路を外したためだろう。

 

『…生きてたようね』

 

ホログラムの代わりにスピーカーからクイーンの声が聞こえてきた。それを聞いた葉子は感化し、憲之の持つスイッチを奪おうとする。

 

「そのスイッチよこせ!このくそAI吹っ飛ばしてやる‼」

「落ち着け、葉子!脱出するまでの辛抱だ!」

 

暴れる葉子を憲之がどうにか寝かしつける。

竜也は早速質問に入った。

 

「あいつらは何なんだ!それにここで一体何をしていたんだ⁈」

『ここは新薬の研究、開発するアンブレラ社の秘密研究所よ。そして、つい最近、アンブレラは新たなウィルスを開発した。それは医学の大発見でもあり、生物の全ての常識を覆すものでもある』

「ウィルス…」

『開発されたウィルスは日本が開発したウィルスからJ()-()()()()()と名付けられた。ついでに彼らが何なのかも説明してあげるわ。彼らはそのJ-ウィルスに感染した人たちよ。アンブレラは彼らを()()()()()と称していた』

「アンデッド…」

 

玲奈は無意識に呟いた。

 

『J-ウィルスは人間の脳髄に特殊な電気信号で刺激することで、肉体を蘇生させる悪魔のウィルス…。まあ、簡単に言うと…死者を蘇らせるのよ』

「し…死者を…?」

 

玲奈たちには信じ難い話だった。

クイーンの言う通り、医学の常識を覆す大発見ではあるが…。

 

『彼ら、アンデッドは人間みたいに髪も爪も伸びるし、皮膚も剥がれる。けど、もう彼らを見ただろうけどアンデッドには知能と思考は皆無に等しい。ただ一つ…増幅され続ける欲求だけを満たそうと動くだけ…』

「欲求…?」

『食欲よ』

 

それを聞き、全員背筋がゾッとした。

だから、奴ら…アンデッドは玲奈たち人間を食らおうと襲ってくるのかと納得した。

 

「けど…いくら蘇るって言っても不死じゃないんだろ?」

 

今度は葉子が質問する。

 

『ええ。脊柱の天辺…または脳髄を破壊または損傷すれば二度と生き返らないわ』

「頭ね…」

 

葉子は薄笑いを浮かべる。

すると、竜也は今まで腹の中で燻ぶっていた疑問をクイーンに聞いた。

 

「何故社員を皆殺しにした⁈ウィルスとは関係ないだろ!」

『…あれは止むを得ずだったのよ。J-ウィルスが何らかの原因で施設内で漏洩した…。液体から気化した時点でこの施設から人間を出すわけにはいかなくなったの。だから…上層部を誤魔化すために、全員殺したの』

「何……だと?」

 

竜也は今にも爆発しそうになる怒りを抑え込む。

 

『分からないの?現時点でウィルスを死滅させることは出来ない。そして、ウィルスを外部に漏らさないようにするのが私が下した最善策なの。感染者を、ここから出すわけにはいかない』

「ちょっと待て!俺たちの中に感染してる奴はなんて…」

 

毅はそう反駁するが…。

 

「感染者に噛まれる、または引っ掻かれるだけでその者も感染する。

 

葉子は顔を強張らせる。他の者も葉子の噛まれた左手をよく見ていた。

 

「……どれくらいで…奴らになるの?」

『初期の実験データによると、噛まれてから3時間から2日…。ただし、これは一度噛まれた場合。2度以上噛まれると3時間以内に確実にアンデッドになる』

 

 

葉子ははぁと溜め息を吐いた。葉子は既に噛まれてから2時間は経過しているだろう。つまり、葉子がアンデッドになるまで、残り1時間ということだ。

 

『それよりも…私の保護回路、外してるわよね?こんなに教えてあげたんだから、理由くらい教えてくれない?』

 

それには玲奈が答えた。

 

「保険よ。あなたが私たちの味方かは分からないから。それと、最後の質問よ。この部屋からの脱出方法を教えて。さもないと、電流であなたを吹き飛ばす。…分かった⁈」

『…分かったわ。この部屋の左端に地下に続く通路がある。そこから行きなさい』

 

クイーンの言う通り、そこには通路があった。

中は暗く、何がいるのかも分からない。もしかしたら、クイーンが玲奈たちを殺すために、ここに誘き寄せているのかもしれない。

それでも玲奈たちに選択肢なんてなかった。




よいお年を


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第8話 地下通路での戦い

明けましておめでとうございます!
新年早々ですが、主人公たちの戦闘をお楽しみください!
では、どうぞ!


一行は拳銃を持つ葉子と憲之が先頭と後尾に着き、狭くて水が滴り落ちる通路を一列になって進んでいた。しかし地図も何もない。

憲之も…。

 

「この通路…普段は使っていないらしい。俺のデータにも載っていないから地図は作れない」

 

と愚痴を溢してた。要するに一行は道も勝手も分からない暗い通路をただ道なりに進んでいくしかないのだ。

だが、脱出出来るタイムリミットが刻一刻と迫るせいで、冷静さを失う者も現れ始める始末だった。

 

「ここ通ったろ?」

「通ってない」

「通っただろ⁈」

「うるさい!」

 

憲之は毅に怒鳴る。だが毅は食い下がらない。

 

「足跡がある!」

 

結局、憲之と毅は口論を始めてしまう。

しかしその口論を瞬時に止めたのが先頭に立っていた葉子だった。毅の胸ぐらを掴み上げ、銃口を彼の首に押し当てた。

 

「だとしても私たちは進むしかないんだよ‼少し黙ってな!!」

 

葉子が怒鳴り上げたことで、毅は漸く冷静さを少し取り戻した。

こくんと小さく頷くと、葉子は掴んでいた腕を放した。が、軽い放心状態になっていた毅に魔の手が迫る。背中を預けていた網戸の隙間から無数の腕が伸びてきたのだ。

それは間違いなく、アンデッドのもので毅は叫び声を上げる。

 

「うわああぁ!?は、離せ‼」

 

アンデッドから引き剥がそうとする3人だが、実は前方からも列を成して奴らは迫ってきていた。そのことに気付いた玲奈は1番前にいたアンデッドの顎を殴り怯ませた後に頭を掴み壁に叩きつけた。

ブシャッと血が玲奈の服に飛び散るが気にする暇などない。

 

「押せ!押し返せ‼」

「くそっ!無理だ!このままじゃ長くは持たないぞ!」

 

竜也が叫ぶと、網戸の部分だけ外れて後ろの通路を塞いでしまう形になり、玲奈たちは挟み撃ちされてしまった。

それでも玲奈は出来る限り、アンデッドを叩いていく。幾何にも張り巡らされたパイプを掴んで身体を浮かせ、アンデッドの頭を両足で挟んで首の骨を折る。更に玲奈の腕を掴んできたアンデッドは背負い投げをし、地面に伏せた後に同じく首を掴んでゴキッと折った。

だが、数が多すぎてこのままでは殺られると思った玲奈を辺りを見回した。そして、大人数人が乗ったとしても簡単に壊れなさそうな太いパイプを見つけた。

玲奈はすぐに網戸を抑えている四人に耳打ちする。

 

「あそこに登って‼早く!」

 

玲奈に言われて、竜也はどこに登ったらいいのか瞬時に判断した。

一番最初に登らせたのは毅だ。彼は一般人だし、何より彼らからしたら一番足手まといだと思ったからだ。毅が急いで登った後に、竜也自身もパイプをよじ登る。

 

「玲奈!急げ‼」

 

玲奈はアンデッドを蹴り倒してから、竜也の伸ばしてくれた手を掴んだ。竜也は渾身の力を振り絞って玲奈を引き上げた。

その頃、まだ葉子と憲之は網戸を抑えていたが、いつ突破されてもおかしくはなかった。

 

「私が抑えるから先行きな!」

 

憲之は葉子の言葉に甘えて、パイプによじ登ろうとする。

だが、もう少しでパイプに登れるところでアンデッドの一体が憲之のふくらはぎに歯を立てたのだ。憲之は間もなく、途轍もない痛みに襲われ悲鳴を上げた。

 

「ぎゃあああああ‼」

 

肉を抉られているのではないかと思うくらいに強烈な痛みに気絶しそうになる憲之。そこに葉子がアンデッドの額に鉛弾を撃ち込んだ。

だが、側面から来たアンデッドに気付けず、葉子は3度目の噛みつきを許してしまう。

 

「ぐうぅ……!」

「葉子!上がって!」

 

噛まれた痛みから拳銃を地面に落としてしまった葉子は、流石に拳銃を捨てて行くことは出来なかった。アンデッドに囲まれながらも、震える手で拳銃を拾い、アンデッドを掻き分けてパイプを登ろうとしたところに…()がやって来たのだ。

つい数時間前まで共に任務を行っていた同僚が…。

 

「…純輝……」

 

さっきのあのアンデッドの大群に埋め尽くされても生きているなど思っていない。それに今葉子の目の前にいる純輝は全身血塗れで脳は露出している。

彼もアンデッドだ…。

そう思っても、彼は生きているように見えてしまった。純輝は自分の意志を無視して、葉子に赤い歯を見せ、葉子の肩に噛みついた。

 

「……!純、輝…!」

 

葉子はアンデッド化した純輝を引き剥がす。その際に葉子の肩の肉が千切れ、肉が飛び散る。

離してもなお迫ってくる純輝に葉子は拳銃を向け、引き金を引いた。

 

 

 

 

葉子は命辛々パイプの上に登った。

だが、精神的にも肉体的にも崩壊寸前だった。

左手からは止め処なく血が流れ、指先を伝って、アンデッドたちに自身の血が降り注ぐのを茫然と見ていた。

 

「葉子…」

 

そこに心配してきた玲奈が近付いてきた。

 

「……何だよ」

「腕……」

「平気だよ…!」

 

玲奈に当たっても仕方ないと分かっていながらも、葉子は強い言葉しか出せなかった。葉子は既にこれからの自分の運命に絶望していた。

 

「ほうら…旨いんだろ…?…血の味が…」

 

竜也、毅はそんな台詞を今言うなんて、気が知れてると思った。

そして憲之だが、彼は噛まれたふくらはぎの部分を凝視していた。

誰が見ても分かるくらいに歯型がくっきりと残っていた。

 

「行きましょう…」

「俺が先導する」

 

竜也が先導して、太いパイプの上を歩く。歩く度にパイプは揺れ、恐怖を引き立たせる。しかも一歩間違えれば、アンデッドたちが(ひし)めくデスゾーンへ真っ逆さまとなるだろう。玲奈たちは細心の注意を払って、このパイプを渡らなければならなかった。

パイプは意外にも安定していて、上で走ったり暴れたりしなければ崩れることはなさそうだった。毅は葉子を支え、玲奈は足を負傷した憲之を支えた。アンデッドも玲奈たちを目視しているのか、臭いを追っているのか分からないがペットの犬のように後ろから引っ付いてくる。すると、竜也は前方に網戸が張られていることに気付く。しかも高さは今玲奈たちが歩くパイプの位置とほぼ同じだ。竜也は2、3回蹴って網戸を破り、そこに毅と葉子を避難させる。

だがそこに追い打ちをかけるをようにアンデッドが群がり、パイプを無造作に掴んで揺らした。それにより、パイプを支えるネジやワイヤーが緩み、(きし)み始めた。

 

「憲之、あと少しよ」

 

上手に歩けない憲之は玲奈に支えられて漸く歩けるような状態だ。

今ここで焦って走り出したら、間違いなくパイプは崩壊し、玲奈たちはアンデッドの餌となるだろう。

 

「玲奈、焦るな。ゆっくり行こう」

 

玲奈を落ち着かせるように竜也は言うが無理な相談だった。

アンデッドにパイプを揺らされ、崩壊寸前の状態で焦らない方が無理だ。そして…最悪の瞬間が訪れる。パイプは突然支えを失い、滑り台のように倒れたいったのだ。

 

「!くそ!玲奈…‼」

 

憲之は玲奈の身体を抱いて、力任せに竜也たちが待機している場所に飛ばした。それにより、玲奈は宙を舞った。

 

「きゃあ…!」

「玲奈‼」

 

竜也は飛ばされた玲奈が地面に落下する寸前で、彼女の腕を掴んでどうにかダクトに避難させた。一方、憲之は…。

 

「来るなっ!来るなああぁぁ‼」

 

憲之は身体を暴れさせて、アンデッドにこれ以上噛まれないように精一杯の抵抗をする。しかし、そんな無に等しい抵抗ではいずれ殺される。玲奈は唯一拳銃を持つ葉子に叫んだ。

 

「葉子!撃って‼」

 

だが、いつまで経っても銃声は響かない。

玲奈は葉子の方を振り返った。

葉子は拳銃を構えているが、引き金を引こうとしない。

 

「早く!」

「…見えない…。何で…」

「急いで‼」

 

憲之はアンデッドに押し倒されて、今にも首元を食い千切られてもおかしくない様子だった。

 

「照準が合わないんだよ!」

 

見かねた玲奈は葉子の手から拳銃を奪い取り、憲之に跨っているアンデッドのこめかみ辺りに弾丸をぶち込んだ。

 

「登って!早く!」

 

憲之は崩れたパイプをよじ登り、アンデッドの襲撃から逃れる。乱れた息を憲之が落ち着かせようとしている間に玲奈は彼を助けようと試みる。

 

「竜也、そこのワイヤーを、パイプに引っ掛けて…」

「…行ってくれ…」

 

玲奈が竜也に指示を出している途中で憲之はそう言った。

 

「ダメよ。置いてなんか…」

「俺まで助かったら…奴らはまたお前たちを襲う…。誰かが…ここに残るべきだ…」

「ダメ…」

「玲奈…」

 

竜也は玲奈の肩に手を置き、首を横に振った。

 

「頼む…。行ってくれ‼」

 

憲之の必死の願いに玲奈たちは折れた。後ろめたさはあったが、玲奈たちは憲之を置いてダクトの中を進んでいった。

 

 

 

 

崩れたパイプの上にいる憲之は拳銃のグリップを抜き、残弾を確認する。中には弾が一発だけ残っていた。

 

「…ついてるぜ…」

 

一発だけ残ったグリップを拳銃に再装填し、憲之は銃口をこめかみに当てた。目を瞑り、憲之は引き金にかけた指に力を込めたのだった。




最初、登場人物は10人いたのに、もう四人です。
どこまで減っていってしまうんでしょうか…





因みにこんな時間に投稿するのは最初で最後だと思います。


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第9話 裏の顔

ダクトを進む玲奈たちの耳に、先ほどの地下通路の方から一発の銃声が轟いた。今の銃声がどういう意図で発射されたかは、誰にでも容易に想像出来た。恐らく…分かっていてもその答えを言う者は誰1人としていなかった。

竜也と玲奈は再び網戸を外して、別の通路に着く。

そこは玲奈たちが最初に通った道であった。

 

「列車はこっちだったな…。急ごう!」

 

竜也は促すが、玲奈はある部屋の前で足を止めた。

 

「玲奈?」

 

玲奈はこの部屋に見覚えがあった。玲奈の記憶は徐々に明るみになっていき、遂に全てを思い出した。

 

 

 

 

ー8時間前ー

玲奈と竜也の妹、千鶴は教会の前で会っていた。話の内容は…

 

「アンブレラから最高機密のウィルスを奪う。それが成功すれば、私たちは巨万の富を手に得られる」

 

千鶴は懐からハイブの見取り図と従業員用IDを差し出した。

 

「これで中に入れるわ。私がアンブレラのシステムに隙を作る。その間に地図に示された場所に行って」

「……分かった。でも、条件がある」

「条件?」

「分け前は半々で…」

「お安い御用よ」

 

そうして2人は別れたのだった。

 

 

 

 

ー現在ー

「ここよ…。ここにJ-ウィルスだけじゃなくて、抗ウィルスもあるはずよ!」

「抗…ウィルス?まさか、ウィルスを殺せるのか⁈」

 

竜也の問いを無視して玲奈は目の前の扉を勢いで開けた。そこは玲奈の腰辺りにまで水没していた。急いで中に入ろうとする玲奈を毅が止める。

 

「待て。中に何がいるのか分からない…」

 

毅は拳銃を辛うじて持っている葉子の手から拳銃を取り、奥の部屋まで一望する。一度見渡した限り、毅の目にはアンデッドも人もいなかった。

 

「よし、いいぞ」

「俺と葉子はここにいる」

 

竜也は言う。確かに今の葉子には誰かしらの保護が必要がだった。

葉子の表情に初めの頃の活発さは微塵も感じられない。顔からは血の気が失せ、いつの間にか目の下には隈が出来ている。J-ウィルスは着実に葉子の身体を蝕んでいるようだ。

玲奈はそんな葉子を助けたい気持ちで奥の部屋に入っていく。玲奈の記憶が正しいならば、格納庫の中にJ-ウィルスと、その進行を遅らせる抗ウィルスがあるはず…だった。だが格納庫の扉は開きっぱなしで、中は空だった。

 

「なんで……なんで無いのよ‼どうしてっ‼」

 

玲奈は格納庫をガンガン叩いて悔しさを滲み出した。でも無いということは、誰かが盗んでいったということだ。

しかし、それが分かったところで盗んだ犯人を見つけるなど出来っこないことは玲奈が一番よく分かっていた。玲奈は手を降ろして、ガックリと項垂れる。

だがその時、この部屋を眺めた毅の中でも、フラッシュバックが起きていた。

 

 

 

 

ー8時間前ー

毅は玲奈と千鶴が何かこそこそ話しているのに気づいて、集音機を使って彼女らの会話を盗聴した。その内容は毅にとってかなり有益なものだった。毅は元々アンブレラのIDを持っているし、今の話でウィルスの在処も分かった。

毅は準備に入った。その前段階として、毅は玲奈の飲み物の中に睡眠薬を入れ、昏睡させた。そして、メモを書き残し、例の電車で研究施設に向かった。あの部屋でJ-ウィルス、抗ウィルスをケースに詰め、誰が奪ったのか分からなくさせるためにウィルスを漏洩させ、混乱させるつもりだったのだが、ウィルスの中身が何なのか知らなかった毅には想定外の事態が起きてしまったのだ。急いで列車に飛び乗った毅だったが、ガスを僅かに少し知ってしまったために、ついさっきまで記憶を失っていたのだ。

 

 

 

 

ー現在ー

毅の様子がおかしいことに玲奈は気付いた。ある一点を見詰めたままその視線を外すことがない。その一点とは、毅自身が机に置いた拳銃だった。玲奈は咄嗟に身体を動かし、毅より先に拳銃を取ろうと飛んだが、毅に先に奪われてしまう。

 

「お前…!」

「悪いな…。今までエスコートありがとよ。全く…俺は神に召されているのかもな…」

 

玲奈は拳銃を自分たちに向けている毅をただ睨んでいた。

そんな毅は玲奈に話しかける。

 

「なぁ、玲奈…。俺と一緒に来ないか?お前は俺の妻だ。俺に従うの普通だし、何より莫大な金を受け取る権利もある」

 

毅は玲奈を連れて一生バカンスを楽しむつもりだと玲奈は分かった。しかし、気の強い玲奈がそんなことを承諾するはずもなく、毅を突き放す。

 

「馬鹿言わないで。私はあんたみたいなクズ野郎と一緒に行くつもりなんて毛頭ないわ!」

 

そう告げて玲奈は毅に唾をかけてやった。

毅は少し不機嫌な表情となり、はぁと溜め息を吐いた。

 

「残念だよ…玲奈…」

「………あんたがね…」

 

玲奈は臆することなく、小さく笑った。毅は拳銃を玲奈に向け、その引き金を引こうとした時だった。

 

「…っ⁈」

 

毅の肩に突然痛みが貫いたのだ。驚いて振り向くと、さっきまでいなかったはずのアンデッドが肩に歯を食い込ませていたのだ。そのアンデッドは水中に沈んでいたようだ。

 

「ぐあっ!」

 

無理矢理アンデッドを引き剥がし、頭を撃ち抜く毅。その隙に竜也は毅に掴みかかるが、腹を蹴られてしまい、拳銃を奪えなかった。

 

「くそっ!…まあいい…。俺には()()がある。お前らはここで野垂れ死ぬがいい!」

 

毅は頑丈な扉を閉めて、玲奈たちが出れないようにした。竜也がどうにか開けようとするが徒労に終わる。

 

「くそ!あんな野郎だけが生き残るなんて…!」

 

竜也が悔しそうに唇を噛むと、唐突にモニターにレッドクイーンが写った。

 

「お前は…!」

『さっきあなたが言ったこと…それは間違いよ』

「何…?」

『逆に神に見捨てられたのかもね』

「どういうこと?」

 

玲奈が聞く。

 

『見れば分かるわ』

 

レッドクイーンは画面を切り替えて、列車が写る防犯カメラの映像を玲奈たちに見せる。そこには毅が列車に向かっている様子が写されていた。

 

 

 

 

毅はさっき噛まれた肩に手を置いた。そこから血が溢れ、出血が止まらない。列車に早歩きで向かい、ウィルスが入ったケースに手を伸ばした。ケースを開き、緑色の液体が入った方…抗ウィルスが入った試験管を取り、特殊な注射器にはめ込む。二の腕をハンカチで縛り、血管を一時的に止め、注入しようとした時…音がした。

時間が経つ度に音はどんどん近付いてくる。まるで壁を崩しながら近付いてきているような大きな音。その音の出所が分かり、上…天井を振り向くと、()()は現れた。壁を突き抜けて出てきたのだ。ピンク色の体色、鋭利な鉤爪、盲目の顔に露出した脳髄。目がないのに、明らかに()()は毅を見ていた。この世の生物とは思えない()()は毅にとっては悪魔…いや、それ以上に見えた。

 

「う、嘘だろ…?そんな……そんな……」

 

震える口で現実を受け止められない様子の毅に奴は毅の方に飛び出し、鋭利な鉤爪で毅の身体を切り裂き、血飛沫を上げ、辺り一面を血の海に染め上げたのだった。




書いてて思いました。今回の文章がかなり下手だと…


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第10話 魔獣

玲奈たちは監視カメラ越しに毅が惨殺される様子を見ていた。

玲奈は()()が何なのか分かっていた。格納庫に封印されていた怪物だ。電力が一回落ちたから、何か鎮静剤みたいなものを投与し続けていたのが、止まってしまったから活動を再開したのだろう。

 

「…何だ…あれは?」

 

最初に静寂を破ったのは竜也だった。

が、その唇は恐怖で震えていた。

 

『初期の実験段階でJ-ウィルスを生物に投与したの。しかし、アレは余りに危険で凶暴…。見境なく人を殺すモンスターへと変わり果てた。本来、アンブレラはアレをなめる者(リッカー)と呼称して、商品として海外に売り込む予定だった』

「あんな奴を売ろうとしてたのか⁈」

 

玲奈たちには信じられなかった。

あんな化け物がどこかに売られるなど…。

 

『それと、今新鮮なDNAを摂取したから変異するわ』

 

クイーンは再び画面をさっきの映像を戻す。リッカーは身体を丸めて変異を開始する。身体はまた一段と巨大になり、身体つきは犬や狼のような形になる。頭は丸みを失い、長細くなる。

 

『より敏捷で凶暴なハンターになる…』

「…へぇ……そいつは凄いや…」

 

葉子は苦しそうに言う。

 

「何故奴のことを黙っていた?」

『聞かれなかったから。それに、アレは…』

「襲わせるために用意した…でしょ…?」

 

玲奈の答えにクイーンは肯定も否定もしなかった。

 

『……正直、ここまで感染せずに生き残れるなんて思っていなかった。そこに関しては評価してあげる』

「評価なんてどうでもいい。それよりもここから脱出する方法を…!」

『駄目よ。感染者を殺さない限り、ここから出すわけにはいかない』

 

玲奈は歯軋りする。

クイーンは人工知能だ。最も確実性のあることしか実行しない。

しかし、まだアンデッドにもなっていない葉子を殺すなど玲奈には出来なかった。だが、クイーンの言葉を受けた葉子は、近くの壁に立て掛けてあった斧を取り、玲奈に差し出した。

 

「…()れよ……」

 

一瞬の沈黙の後、玲奈は首を横に振った。玲奈には、仲間を殺すなんて簡単には出来なかった。

 

『悪いけど…悠長にしている時間もないわよ?』

 

クイーンがそう言って、すぐ後にバァンと何かがガラスの向こうからぶつかってきた。驚いて振り向くと、そこには毅を仕留めて変異したリッカーが玲奈たちをガラス越しに見詰めていたのだ。

 

『一応強化ガラスだけど、長い時間足止め出来ない』

 

追い詰められた葉子はやけくそになり、玲奈の前に膝を着け、叫んだ。

 

「殺せ‼あんたらは生き残るんだ‼」

「………嫌…」

『殺しなさい』

 

玲奈は何度も何度も頭を振る。だが、時間はない。更に葉子、クイーン、リッカーの重なった重圧により、玲奈は気が狂いそうだった。

 

「殺れ‼」

『殺しなさい!』

 

ガラスに衝突する音は時間が経つ度に大きくなる。

 

『殺しなさい!』

「殺れえぇぇぇ‼」

『殺せ‼』

 

この瞬間、玲奈の中で何かが壊れ、喉からは玲奈自身、信じられないくらいの大声が飛び出した。

 

「うわあああぁぁああぁあああ‼‼」

 

斧を振り上げた玲奈は、その刃を葉子の後頭部ではなく、クイーンの声が発せられた画面に食い込ませた。それと同時に、急に電気は消え、辺りは静寂に包まれた。ロックされたはずの扉がゆっくりと開く。玲奈はアンデッドかと身構えたが、現れたのは…。

 

「…はぁ、はぁ…。クイーンは…吹っ飛ばしてやったぜ…」

「憲之…!」

 

あの地下通路に一人残った憲之がボロボロの状態でここまで戻ってきたのだ。彼の手には高圧電流を流すスイッチが握られていた。

しかし、安心するのも束の間、リッカーがガラスにタックルする音が再び響き始めた。それを見た三人は急いで部屋から脱出する。出たと同時にリッカーも遂に強化ガラスを破壊して、部屋の中に侵入してきた。憲之は急いで扉を閉めると、リッカーは構わず突っ込んできた。その衝撃で扉は飴細工のようにぐにゃりとひしゃげた。

 

「ありゃ一体何だ⁈」

「話すと長くなるけどいいか?」

「結構だ!」

 

 

 

 

四人は黙々と列車に向かう。

その途中に無惨に殺された毅の死体が転がっていた。

 

「…憲之、列車を動かして。私はウィルスを…」

 

玲奈の指示通りに憲之は運転席に向かう。玲奈はケースを閉め、取ろうとした時…毅が動き出した。

 

「……!」

 

毅は青くなった目を玲奈に向け、腹ばいになりながらもゆっくりと玲奈に近付いてくる。血だらけになった手で、玲奈のブーツを掴む毅に、玲奈は快感も不快感も感じなかった。

ただ、上から眺めているだけであった。

 

「…別れが辛い?なら、楽にさせてあげる…あなた…」

 

玲奈はそう言って、持っていた斧を振り上げて、毅の頭に落とした。(おびただ)しい血が飛び散り、地面は更に赤に染まる。

 

「…よし、発車するぞ!」

 

憲之はみんなに叫んだ。玲奈は最後に自分がはめていたプラチナの指環を外して、毅の死体の側に捨ててから列車に乗り込むのだった。

 

 

 

 

列車は全速力で教会の駅に戻っていく。

その間に玲奈は注射器を取り出し、葉子の腕に当てた。

 

「……本当に…助かるんだろうな…」

「助けてみせる…」

 

玲奈は抗ウィルスを葉子に注入した。すると、葉子の頭がガクンと項垂れた。玲奈は()()()の時のために拳銃を向ける。嫌々ながらもこればかりはどうすることも出来ない。指に力が入りかけた時…。

 

「わっ!」

 

パッと拳銃を掴まれた。それは葉子の手だった。

 

「まだ、生きてるよ…」

 

そう言って、玲奈の手から拳銃を抜き取った。

 

「は、はは……良かった…」

 

玲奈は歓喜の声を漏らす。

 

「貴女にキスしたいよ、葉子…」

「……それは、ゴメン、だね…」

 

その様子を横から見ていた竜也も思わず笑ってしまった。だが、和やかな時間は一瞬で終わった。突如、列車の剛鉄の壁が何かで引き裂かれるように抉られたのだ。しかもあちこちで。そのいざこざで、竜也の右腕にも爪痕が残ってしまった。何かが列車の回りで動き回っているのだ。

 

「何が起きてる⁈」

 

憲之が叫ぶ。

 

「分からない!それよりもスピードを上げろ!」

「これ以上は無理だ‼脱線しちまう!」

 

突然、憲之の横の扉が抉り取られ、そこから血色の腕が伸びてきた。憲之はすぐに逃げようとするが、足を噛まれていたから、すぐに動けずリッカーの餌食となってしまう。

 

「うわあああああぁぁ‼」

「憲之!」

 

しかし、彼の名を叫んでも遅かった。玲奈は拳銃を至る所に向けて警戒する。奴が列車の外で動き回る音は反響してしまい、どこにいるかは判別出来なかった。竜也も色んなところを見回していたが、一つの扉が開いていることに気付いた。竜也はスライディングして扉を抑えた後に入ってこれないようにロックした。しかし、リッカーの体当たりは凄まじいもので頑丈な鉄の扉なんか意図も簡単に吹き飛ばしてしまう。吹き飛んだ扉に竜也は当たってしまう。

 

「うぐぁ‼」

 

遂にリッカーは列車内に侵入する。玲奈はその容姿に怯むことなく、リッカーの脳髄に銃弾をぶち込む。直撃した脳髄からはどろどろした液体が流れるが、全く効いていなかった。リッカーは口から長い舌を伸ばして玲奈の足を掴んで引っ張って来た。玲奈は後ろから倒れてしまい、拳銃を落としてしまう。

 

「うっ、くっ!」

 

玲奈はリッカーの腕にまで引っ張られないように床にしっかりしがみつく。あの爪に裂かれたら一溜まりもないだろう。

しかし、リッカーの舌の張力もかなりのものだった。玲奈はこの危険な状態でも、縄で固定され、ぶら下がって束ねられている鉄パイプがあることに気付く。竜也もすぐに気付き、パイプをまとめて担ぎ、リッカーにぶつけるため突進する。

 

「うらあああああああああ‼」

 

鉄パイプは見事にリッカーに直撃した。玲奈の足からも奴の舌が離れるが、再び玲奈を捕まえようと舌を伸ばす。今度は玲奈の頬を掠る程のスピードで飛んできた。玲奈はあの舌は危険だと思い、落ちているパイプを拾い、奴の舌を抑える。更に別のパイプも拾い、長い舌に深々と突き刺したのだ。パイプは床をも貫通してしまい、リッカーの舌は戻らなくなってしまう。

 

「床を開けて‼」

 

丁度、リッカーが立っているのは床を開閉出来る場所だった。竜也はすぐに開けようと後ろを向くが、そこには葉子が立っていた。首を一回捻ってゴキッと鳴らす。

そして、閉じていた目を開くと…青色に染まっていた。

口からは血を垂れ流し、アンデッド化した葉子は竜也に襲いかかる。玲奈はその光景を見て驚きを隠せなかった。竜也は首に噛みつこうとする葉子をどうにか自分から突き放した。

 

「床を開けて‼こっちが持たない‼」

 

竜也は拳銃を葉子の頭に向け、発砲した。弾は葉子の額を貫き、絶命へと導いた。そして、撃たれた反動で葉子の身体が床を開閉するボタンを押した。突然開いた床にリッカーは体勢を保とうとするが、鋭利になりすぎた自身の爪が仇となり、床ごと切り裂いてしまった。リッカーは舌を無理矢理出された状態で引き摺られる。

更に列車の車輪から発生する火花がリッカーを燃え上がらせた。リッカーは炎に包まれて、この世のものと思えない奇声を上げ続けた。

暫く、その姿に見とれていたが、竜也が再びボタンを押して、床の扉を閉めた。リッカーの舌は切れ、リッカー自身は線路の上で激しく燃えながら転がっていった…。




次で第一章は終了です。


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第11話 本当の始まり

一章最終回です。
それといつもより少し短めです。


リッカーをどうにか倒し、教会に戻ってきた玲奈と竜也だったが、その代償は大きかった。憲之の死、葉子のアンデッド化…。前者はどうしようもなかったが、後者は玲奈の心に深い傷を負わせた。

列車を降り、二人はもといた教会の広場に着くと、緊張感が抜けてしまい、足腰から力が無くなり地面に座り込んでしまった。息切れや動悸も起きてしまっている。

そんな中、玲奈は悔しさから地面を叩いた。

 

「私がっ…もっと早く記憶を取り戻していたら…葉子を死なすことはなかった!私の…私のせいだ!」

 

そう…。その事が玲奈の心に傷を負わせていた。

助けられるはずの命を救えなかった悔恨が玲奈を襲う。

涙が溢れ、止まることもない。だが、竜也はその苦しみを優しく取り除くように玲奈を抱き締めて言う。

 

「お前は…玲奈は何にも悪くない…。悪いのは…あんな非合法なウィルスを開発しやがったアンブレラだ。俺だって…悔しいさ。妹を救えなかったしさ…。兄貴失格だよ」

 

自嘲して言う竜也。数十秒に渡る抱擁を終え、竜也は玲奈の肩を掴んできちんと顔を向き合わせる。

 

「でも、その事実を俺たちの手で世界に伝えることは出来る!それだけでもしないと……死んでいった奴らに面目が立たないしさ…」

「竜也…」

 

玲奈も竜也を抱き締め返す。こんな短い時間しか一緒にいなかったが、玲奈にとっては竜也はかけがえのない存在にまで登り詰めていたのだ。抱擁を解き、彼の唇に触れるか触れないかの瀬戸際で…彼は苦しみだした。

 

「りゅ、竜也!?」

「ぐ…うあぁ…!う、腕がぁ…!」

 

竜也はリッカーに引っ掻かれた右腕を抑えて喘ぎ声を上げ始めたのだ。元々リッカーは生物にJ-ウィルス投与して作られたものだ。なら、鉤爪にウィルスが含まれていても不思議はない。右腕は勝手に筋肉が動いているかのように膨張し、傷口からは僅かに小さな触手のようなものまで出始めた。この事に玲奈は大いに慌てた。

 

「感染したの!?待って!今抗ウィルスを………。……!」

 

玲奈は戦慄した。

ケースの中にある抗ウィルスは全て入れていた試験管が割れ、中身が漏れてしまっていた。これでは、竜也に注入することは出来ない。どうすることも出来ず、玲奈は竜也に声をかけることしか出来ない。

 

「耐えて!きっと…必ず助けるから…!」

「…その、様子からじゃ、俺は助かりそうにないな……」

 

竜也は腰の拳銃を取り、玲奈に差し出した。

 

「撃てよ…。感染者を…生かしておくわけにはいかないだろ…?」

「絶対に…いや…。竜也だけは必ず……。何か方法が…」

「俺が、もう…手遅れだということくらいすぐに分かるだろ?」

「そんなこと言わないで‼私は…私は竜也が…!」

 

玲奈は竜也に何を言われようと、どうやって助けようか必死に考える。だが、そんな考えが思いつくはずもなく…時間だけが流れる。竜也の息は徐々に浅くなり、いつの間にか、彼の口から血が流れていた。

 

「……玲奈は………優しい、な……」

 

竜也はそう呟くと、拳銃を自身のこめかみに当てた。

 

「ダメッ‼竜也‼」

「…悪い…。こうするしかないんだ…。玲奈、絶対に……奴らを、倒せ…よ……」

 

玲奈の腕が竜也の腕を掴む前に、竜也の指は既に動いていた。

竜也の側頭部から血飛沫が上がる。竜也の身体が地面にドサリと倒れる様を、茫然自失と眺めていた玲奈の目からは、悲しみの涙が流れた。

 

「竜也………」

 

結局、生き残ったのは玲奈、たった一人だった。だが、首にチクンとした痛みの後に眠気が襲う。首に手を当てると、注射器みたいなものが刺さっている。それが鎮静剤だと気付く前に玲奈も地面に倒れた。彼女の倒れたところは…笑った竜也の死体が、倒れている目の前だった。

 

 

 

 

玲奈が意識を失ってから、研究員5人を引き連れたアンブレラ社の重役の一人、佳祐はまず足元に転がった竜也の腕から触手が未だに出ていることに気付き、支持を出す。

 

「その男は()()()()()()()()()に使えそうだ。慎重に扱えよ。その女も研究室に運ぶ」

 

研究員たちは二人を担架に乗せ、呼んでおいたヘリコプターに乗せて近くの研究所に二人を軟禁した。そこでは、竜也の脳に特殊な機械を通し、アンブレラに逆らえないようにインプットし、玲奈には研究の一端として、J-ウィルスを投与した。

 

「さて……準備は整ったな…。お楽しみはこれからだ。本当の始まりは……」

 

佳祐はそう呟いたのだった。

 

 

 

 

玲奈の頭の中で…ハイブで起きた光景がフラッシュバックとなって甦る…。光線で焼き切られる者……アンデッドに噛まれ、食われる者……リッカーに襲われ、無惨に殺される者……。

そして…ある男が玲奈の前で頭から血飛沫を上げるところ…。

最後に…玲奈自身も青い液体を投与されたところで、彼女は自らの青い瞳を開けた。

中央にベッドがあるだけの実に殺風景な場所だった。だが、意識を取り戻してすぐに鋭い痛みが玲奈の全身を駆け巡った。

 

「あ…あああああぁぁぁあっ‼」

 

身体中、至る所に針が刺さっていて、痛みから逃れるために無理矢理引き抜く玲奈。引き抜く度にその箇所からは血がピュッと噴き出た。頭にまで刺さっていたため、身体はふらふらで立ち上がるのもやっとだった。そんな状態でも玲奈は窓ガラスに向かう。玲奈からはその先は何も見えないが、誰かいるはずだと思った玲奈は叫んだ。

 

「ねぇ!誰か…!誰かいるんでしょ⁈ねぇ‼」

 

玲奈は必死に助けを求めたが、横の扉は全く開かない。それもそのはずだった。玲奈は見えていないが、その先には“人間でないもの”が歩いていたからだ。

玲奈は諦めて、自力で扉を開けようと試みる。この扉はカードキーを読み込むタイプだったが、中の機械が壊れればすぐに扉は開くと考えた玲奈は、自身の身体に突き刺さっていた針を一本取り、機械の奥に突っ込んで一気に折り曲げるとバチンと火花が散り、扉は開いた。

玲奈は部屋を出た。そして、ここが病院だということに分かった。

白い壁に白い天井。だが、時折見かけるアンブレラ社のロゴ…。

ここはアンブレラ社が所有してるようだ。しかし、人は全くと言って良いほどいなかった。ある病室を開いても、人がいないのだ。嫌な予感がした玲奈は、病院着のまま病院の外に飛び出した。

その瞬間、彼女に寒気が走った。玲奈の視界に広がる街は間違いなく東京の霞が関なのだが…完全に崩壊していた。(そび)え立つビルからは大量の書類が落ち続け、車は玉突き事故のように何台もぶつかり合っている。

そして、マンションからは火の手が上がっている。そして、落ちていた新聞の一面には、こう掲載されていた。

 

()()()()()!』

 

最も恐れていた事態が起きたんだと玲奈には理解した。クイーンでさえ、一番回避したかったJ-ウィルスの漏洩を、アンブレラは止められなかったのだ。明るみを失っていく空…。黒い空が夕焼けを覆い、大雨を降らせる。

ずぶ濡れになった玲奈は…今、この瞬間確信した。

何も終わってなんかいない…。

まだ、始まったばかりだと…。




これにて、一章終了です。
次回からは東京が舞台です。
ネメシスだけではなく、“奴”も出そうと思っているので、どうぞお楽しみに。


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感染の章 感染爆発(パンデミック)
第12話 最初で最後の警察官勤務


お待たせしました!
今回、これからの物語にかなり重要なキャラが登場します!
では、どうぞ!


雨が降り続ける中…彼、佐々木竜馬(ささきりょうま)はアンデッドに拳銃を向け、頭を撃ち抜いた。

彼はずっと()()()()()()()()()()()()()()()と自問した。人を助けるのが警察官の仕事のはずなのに、自分は人を殺している…と思いながらも、彼は自衛のために奴らを殺しているんだ…とも言い聞かせていた。そんな自分自身がどこか憎たらしいと思いながらも竜馬はこの滅びた東京を走り続けた。

 

 

 

 

竜馬の兄が警察官であったことから、竜馬も影響されて同じように警察官を目指した。兄みたいな優秀な警察官になるのが竜馬の夢であった。そして、待ちに待った今日……竜馬は漸く交番勤務からの異動で警視庁の捜査一課に勤務することになった。

更に重なるように仕事がすぐに入った。街中で人を襲う者たちが多数いるとの通報を受け、人員を確保するために警視庁に異動してきたばかりの竜馬も急行することになった。警察官としては余り良くない考えだったが、竜馬は警視庁での初めての仕事に興奮していた。無邪気な子供のように竜馬は現場に急いだ。

だが……彼の高揚する気持ちを一気に冷めさせる光景が目に飛び込んできた。そこは、地獄だった。人が人を食らう……。

それは竜馬だけでなく、多数の警察官に衝撃を与えた。道路は奴らで埋め尽くされ、先ほどまで一緒に鎮圧に参加していた同僚たちも奴らの一員となっていた。恐怖に(おのの)いた竜馬や他の警察官はすぐに我先と逃げ出した。

人間とは思えなかった。いや…人間ではない者たちが東京を蔓延(はびこ)っていると分かったのだ。

竜馬は命辛々、別の警察署に辿り着いたが、そこには助けを求める市民が群がっていた。どうにか警察署に入っても、中も混乱していて、どうしようもない状況だった。至る所に手錠をかけられてもなお、暴れ続ける者たちを抑えるたちもいて、竜馬は夢だと言い聞かせたかった。

だが、突然、群がる市民を押し退け、入ってきた女性が暴れるアンデッドの頭を撃ち抜いた。市民の顔は青ざめ、すぐに逃げる。その様子を見た竜馬は凄いと思いながらも、酷いとも思った。

 

「紗枝!」

「彼らは人間じゃない…。本部からの命令よ。こうなった人たちは即刻射殺せよと来たわ」

 

竜馬は漸く彼女が何者か思い出した。日本の警察官が憧れると同時に見惚れてしまう程の美貌の持ち主だが、中身は恐ろしく怖い女性警察官だ。名前は小田切紗枝(おだぎりさえ)。警視庁特殊急襲部隊…通称SATに所属し、数々の警視総監賞を貰っている本庁きってのエリートだ。

紗枝は腰に拳銃を収め、茫然としている竜馬を見る。

 

「…あなた…竜也の弟?」

「は、はい…。弟の竜馬です!兄を、ご存じで?」

「同僚よ。と、言っても彼は公安だけどね。あら、その顔は知らなかったようね」

 

公安…?

と竜馬は首を傾げた。竜馬は兄が公安に入っているなんて聞いたこともなかった。恐らく、上から他言しないように言われているのだろうけど…実の弟の俺にくらい教えてくれてもいい…と思った。

 

「…って、悠長に話している暇もないわね…。今は逃げるわよ!」

 

日も落ち始め、辺りは暗闇に包まれ始めた。こんな状況下で夜を過ごすのはごめんだと竜馬も思った。

 

「はい!」

 

紗枝と竜馬は警察署から急いで、とにかくこの東京から逃げることを決意したのだった。

 

 

 

 

病院着を着ていても、雨からの寒さには耐えれそうになかった。

震える足を必死に動かして、歩いていると、日本では中々お目にかかれないガンショップがあった。恐らく違法なのだろうが、今は法律云々かんぬん言っている場合でもないので、玲奈は取り敢えず雨からの寒さに耐えるために店の中に入った。運が良いことにこの店にはなんと服まで売っていた。すぐに玲奈は安っぽい病院着を脱ぎ捨て、新たな服に手を伸ばした。

色んな銃を太ももから背中にまで装備した玲奈は漸くこの店から出ようと思った時…。

 

「うっ……⁈」

 

左腕に痛みが走った。身体全体に痙攣が広がり、腕の血管が浮き出て何かが上にせり上がっていくのがはっきりと見えた。

それに玲奈には左腕に何かを打たれた覚えがあった。あの病院で拘束されていた時、青い液体を投与されたのだ。

記憶に間違いがなければ、あれは…J-ウィルスだ。

 

「…………」

 

しかし、玲奈はここで立ち止まっているわけにはいかず、ガンショップを飛び出すのだった。

 

 

 

 

竜馬は未だに握る拳銃をアンデッドたちに向けられずにいた。

いくら人間ではない化け物だとしても、外見は人間。

竜馬自身、抵抗があった。

しかし、隣にいる紗枝は何の躊躇(ためら)いもなく、アンデッドに鉛玉を浴びせていた。だが、そんな紗枝の心境に竜馬は理解し難いものだった。

二人は現在、この霞が関がアンブレラによって封鎖されていると聞き、その封鎖地点に向かおうとしていた。が、日本の人口が最も集中している東京…。アンデッドの数も尋常ではない。だから、弾がなくなることを警戒しながら行動する暇もない。だが、竜馬は…腹の中で抑えていた疑問を紗枝にぶつけた。

 

「紗枝さん…」

「紗枝でいいわ。何かしら?」

「…紗枝、さんは…どうしてそんなに簡単に奴らを撃てるんですか?」

 

紗枝は竜馬が何を聞きたいのか一瞬分からなかった。

 

「俺は…市民を守るために…警察官になって…なってからも必死に頑張って今日警視庁に来たのに…!こんなの、あんまりだ!最初の仕事が…人の射殺なんて…」

 

竜馬は握る拳銃を痛いほどに強く締め上げた。そして、紗枝は竜馬の苦しみが痛いほどに分かった。だが、紗枝には厳しい現実を教えてやることしか出来なかった。

 

「竜馬の言いたいことは分かるわ。でも、彼らは人の形をした悪魔…。自衛のために止む無く…」

「それでも……!俺たちは…()()()じゃないですか‼」

 

竜馬は叫ばずにはいられなかった。こうでもしないと、何故自分が警察官になりたかったのかが見失いそうだったからだ。

 

「紗枝さんは凄いようで、残酷にも見えます…。何の躊躇いも、覚悟も決めずに撃っているように見えて…」

「竜馬…」

「俺はまだ、使えない…。この鉄の塊を使うなんて…」

 

紗枝は竜馬が弱弱しく…だらしなく見えた。こんなことで怖気づいているなら…と思った紗枝はキツイことを言う。

 

「竜馬、一つだけ言ってあげる。今、警視庁は崩壊寸前で上の幹部たちは逃げてすでにここから脱出しているわ。要するに、彼らは私たちを()()()のよ。だから、覚悟を決めて…。そんなんだと…」

 

パンと銃声が鳴り、アンデッドの頭に風穴が空いた。

 

「生き残れない」

 

紗枝の助言は竜馬の覚悟を強固にした。もう…逃げてばかりはいられない。竜馬も腰から拳銃を抜いた。それを見た紗枝は少し笑った。

 

「行くわよ!」

「はい!」

 

竜馬はこの瞬間、初めて…人に、アンデッドに引き金をに引いたのだった。

 

 

 

 

それから二人はひたすら走るが、道中、後ろから車のクラクションが鳴り響いた。竜馬が振り向くと、トレーラーが猛スピードでこちらに向かってきていたのだ。運転席にアンデッドが侵入して、運転がめちゃくちゃになっていたのだ。

 

「紗枝さんっ!」

 

竜馬は力任せに紗枝を突き飛ばした。竜馬自身も突き飛ばした反動で紗枝とは逆の方に吹き飛ぶ。トレーラーは停まっていた車にぶつかり、横転した。ガソリンが線状に漏れ、二人の間に火の柱が立つ。トレーラーにも引火しそうな中でも竜馬は紗枝が無事か確認しようと叫ぶ。

 

「紗枝さん!先に行ってください!」

「でも…あなたに何かあったら竜也に…」

「早く!時間が…」

 

刹那、ガソリンに引火し、激しい爆発を起こした。竜馬は爆風を受けて派手に飛び、車のフロントガラスに背中を強くぶつけてしまう。

 

「ぐぅ…!」

 

ぶつかってから、車の上をゴロゴロ転がり、地面に背中を着ける。背中がヒリヒリし、今は身体を起こせそうもない。だが、トレーラーの爆発音にアンデッドは反応し、ぞろぞろと竜馬に近付いてくる。竜馬は拳銃を向けるが、スライドが開ききっていることに気付いた。

 

「…くそ……」

 

3体のアンデッドが竜馬に近付き、赤い歯を見せつける。

今新たな弾を装填しても、間に合わないだろう。竜馬はもう殺されると覚悟したとき…バイクの音が聞こえてきた。そして、運転手は拳銃をぶっぱなし、アンデッドを殺す光景が竜馬の目に飛び込んできた。

 

「大丈夫⁈」

 

なんと、バイクに乗っていたのは女性だった。

黒髪のポニーテールで紗枝の髪形に似ていたが、違った。

 

「だ、大丈夫だ…。背中を打っただけ…」

 

竜馬は背中は擦りながら漸く立ち上がった。女性はホッとしていた。

 

「あんたは…?」

「私の名前は(なずな)。兄を探しに来たんだけど…どうなってるの?」

「…後で話す。今はとにかくここから離れて安全な場所に行こう」

 

薺は頷く。確かにいつアンデッドがやってくるかも分からないこんな場所に長居するのも良くない。竜馬は薺が乗ってきたハーレーの後ろに乗り、ここから急いで離れるのだった。




日本に銃を売っている店なんかないだろ、と言いたいという人はいっぱいいると思うんですが、こういう設定にしないと、ややこしくなりそうだったので、こうしました。

それと、なんか竜馬の苦悩が長くなってしまいました。


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第13話 完全封鎖

今回は少し短いです。


竜馬と強制的に別れさせられてしまった紗枝は竜馬の願いを尊重して、先に進んでいた。すると前方に人だかりが出来ている。

彼らは間違いなく一般市民だ。高く聳え立つゲートらしきところに彼らは怒声をぶつけていた。その内容は…。

 

「開けろよ‼」

「開けて!早く開けてよ!」

「助けろ‼」

 

と様々だが、紗枝にはこの市民の怒りようから、このゲートは封鎖されてしまっているようだ。

なので、市民はゲートの上に立つ兵士…アンブレラ社の傭兵に怒鳴るが、全く耳を貸していない。もはや無視のレベルだった。

 

「紗枝?紗枝じゃないか!」

「あれは…一輝!」

 

人だかりに飲まれそうになりながらも、紗枝に向かってきたのは、同じくSATのメンバーで元パートナーの一輝(かずき)だった。紗枝はこのゲートが閉じている理由を聞く。

 

「何で開かないの?」

「アンブレラが開けないようにしてるんだ。もしかしたら、俺たちの中にあいつらがいるかもしれない可能性があるからだと!」

 

紗枝はその事に激しい怒りを覚えた。今はそんなことを言ってる場合ではないのに…。みんなで協力して、ここから脱出するのが賢明なのに…と思った。そうこうしてる内に市民たちの怒りの抗議はますますヒートアップしていく。

が、その中で突然人が倒れるのが紗枝には見えた。

 

「一輝、あれ…!」

 

紗枝の指差す先を見た一輝も気付いた。すぐに2人は人を掻き分けてその人物を抱き起した。

 

「…脈がない!」

「そんな…!」

 

一輝は地面に寝かせて、心臓マッサージを試み始める。だが、始めて間もない程でその人物は目を開けた。

一輝を一瞬驚いたが、すぐに安堵した。

 

「良かった、無事み……」

 

 

しかし、その人物は生き返ってなどいなかった。目を覚ましたのは、ウィルスの影響で蘇っただけ…。アンデッドとなった彼は一輝の足を掴むと、噛みついた。

 

「ぐあっ!何すんだ⁈」

 

一輝に噛みついたアンデッドを紗枝は素早く引き剥がし、首を270度曲げて絶命させた。

 

「一輝、大丈夫?」

「あ、あぁ…。…っ…」

 

口では『大丈夫』と言っても、一輝は痛くて堪らなかった。

そして、今の様子をゲートの上から見ていたアンブレラの傭兵が何か指示を出す。すると、ゲートの上にマシンガンを持った傭兵が何人も並んだ。そして中央にいた傭兵がマイクを通して市民に伝える。

 

『我々には、銃を使用する許可が下りています!今から10秒数える!このゲートから立ち退きなさい‼10!』

 

そう告げると、ゲートの上に並んでいる傭兵たちがマシンガンの銃口を市民に向けた。市民たちは吃驚(びっくり)しながらも、こんなのハッタリだと思い、誰も逃げようとしない。傭兵のカウントダウンが続いていることに気付いた紗枝は、この警告は本気のものであると分かり、大声を上げた。

 

「まずい…!逃げて‼離れて‼みんな逃げて‼奴ら本気よっ‼」

 

市民に叫ぶ紗枝の声に漸く我を取り戻した市民は恐怖に戦き、我先へと逃げ始める。だが、カウントダウンは既に…『2』にまで迫っていて、逃げ遅れた者は…。

 

『撃てぇ‼』

 

カウントダウンが終わり、本当に銃撃が始まった。次々に市民は銃弾に倒れていった。紗枝は逃げながら、ゲートを見たが、奴らは…笑っていた。

歯軋りして、口から血が流れるくらいに、紗枝は傭兵たちに、アンブレラに激しい怒りを感じた。

 

 

 

 

一方、兄を探しに来たという薺と行動を共にしている竜馬も、紗枝たちとは別のゲートに到着していた。が、明らかに様子がおかしかったため、二人は建物の陰から窺っていると、ゲートに立っている傭兵が市民を射殺するシーンを目撃してしまった。薺は身体を震えさせる。

 

「あいつら…!」

 

薺はハーレーを急発進させようとするが、竜馬はそれを慌てて止める。

 

「待て…!今行ったら狙い撃ちだ!殺されるぞ⁈」

「でも…!」

「とにかく今は落ち着くんだ!今は、我慢しろ…」

「っ〜〜〜‼︎」

 

薺は竜馬に宥められ、どうにか無闇に突っ込まないで済んだ。

しかし、実際は竜馬自身が突っ込んで奴らを皆殺しにしてやりたかった。竜馬は再び、ゲートを見る。すると、殺され、死んだはずの市民が突然立ち上がったのだ。それが何なのか…今まで散々な程見た竜馬は分かった。アンデッドだ。

 

「嘘だろ⁈どうして…!」

「何でもいいから!逃げるわよ!」

 

後ろには既に何百とアンデッドが群がっていた。今のを見た限り、死んだ人間は全てアンデッドになるということが予想出来る。

何が原因かなんて分からない。だけど…何が原因でもこんな状況じゃ…生き残るのは不可能だと、竜馬は思ってしまった。

 

 

 

 

「感染はどのくらい広がっている?」

「現在、東京二十三区のほぼ全地域に広がっています」

 

今回、アンブレラ社の重役、佳祐は自ら現地調査という名目でここにきていた。だが、本当はあの女…玲奈の実力を見たくて来たのだが…彼女は逃げ出してしまい、未だに見つからず…。

まさか、カードキーのロックを壊すなど誰も予想していなかったのだ。玲奈は探して見つけなければならないが、先にこの東京に残っている生き残りを先に始末しなければならない。

佳祐は新たな指示をする。

 

「よし。ネメシスを始動しろ」

 

社員は頷き、パソコンから伝達し、最強の生物兵器…ネメシスを始動させたのだった。

 

 

 

 

病院のとある一室で眠っている者がいた。

しかし、それは人間ではない。身長は2mを超え、身体付きは筋骨隆々で豪傑。目の片方は肥大化した皮膚で隠れてしまい、隻眼状態になっている。そいつに投与されていた鎮静剤は、アンブレラ社員により、途絶され、奴は目を覚ました。脳にはアンブレラ特製のマイクロチップが内臓されており、どんな命令だろうと、確実に遂行出来るようにしている。

これこそ、アンブレラが開発した究極の生物兵器…ネメシスが起動した瞬間だった。




次回、ネメシスと“奴”を同時に出します。
ついでに薺の兄も登場予定です。⇦多分


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第14話 現れた刺客とネメシス

バイオハザードと言えばこいつ!が登場!


「ただいま。いるかぁ、薺?」

 

返事はない。どうやらまだ帰ってないようだ。

こんな夜中なのにどこでほっつき歩いているのかと思ったが、彼女はもう大学生だし、不思議はないと薺の兄、海翔は思った。海翔はコートを椅子に置き、テレビの電源を付けた。しかし、いつもこの曜日にやっているはずの番組はやっていなかった。

理由は、首都東京で起きている類を見ない超大規模暴動に関して速報で報道していたからだ。スマホにも何度となく速報が送られてきている。ニュースの情報によると、人が人を襲っている…と、どうにも理解し難いものだった。テレビの画面ではドローンを使って封鎖されてしまった東京を撮影している。至る所で火の手が上がっている。海翔が思った以上に激しい暴動だと思った。

彼は一瞬、自分の恋人の紗枝が無事に脱出しているかと不安を覚えたが、紗枝の頭の良さを一番よく知っている海翔は大丈夫だろうと思った。そして、ドローンの撮影は広範囲から特定の箇所を映すようになる。その時、ある男女がバイクに乗って颯爽と走っている姿が目に入った。男性の方はどこか誰かに似ているが、それよりも驚いたのは運転している女性の方だった。

黒髪のポニーテール…忘れるはずもなかった。

海翔はガタッと椅子から立ち上がった。

 

「あれは……薺…?」

 

そう…。海翔の唯一の家族の薺に間違いなかった。海翔はすぐに自室から持てるだけの装備を蓄え、車に乗り込んだ。海翔はあそこにいる理由はもしかしたら、今日は早く帰ると伝えなかったからと考えた。だとしたら…。

 

「くそっ!」

 

海翔は毒づきながら車を急発進させ、東京に向かうのだった。

 

 

 

 

そんなことを知らない薺はバイクをまだ乗り回していた。尽きることのないアンデッドたちから逃げるには、とにかく動くしかなかったのだ。だが、いつまでもこんなことをしている暇もない。

 

「ねぇ!どうやってここから出る?」

「飛行機かヘリがあったら、楽なんだが…。それより、君こそ兄さんを探さなくていいのか?」

「こんな状態で探せるわけないでしょ!今は一時撤退するわ!…兄さんは、死ぬはずがないもの…」

 

竜馬は薺が兄を大事にしているんだなとすぐに分かった。

竜馬にも妹がいるが、あっちはもう立派な会社員だ。中々会えないが、楽しくやっていることを竜馬も兄の竜也も知っている。

 

「どうしてるかな…千鶴…」

「千鶴?」

「あ……いや、俺にも勝気な妹がいてさ…。心配してたのさ」

「…へぇ…。って、そんなことよりも!早く脱出方法を…!」

「!おい!バイク止めろ!」

 

竜馬が突然叫んだために、薺は慌てて急ブレーキをかける。

 

「どうしたの?」

「……ローター音が聞こえる…」

「ローター音?ということは…」

「近くにヘリが飛んでる!」

 

二人は真っ暗な空を見上げて、ヘリを探した。さっきからウロチョロしているドローンとは明らかにローター音が大きかったから、ドローンではない。これを見つけられなかったら、これ以上のチャンスはないかもしれない。すると…。

 

「あれっ!」

 

薺が指差す先には、自衛隊の専用ヘリが空中でホバリングしていた。しかも、竜馬たちの真上だ。

 

「おーーい!」

 

竜馬と薺はすぐさま手を振ったが、ヘリは降下もせず、梯子も降ろしてこない。何をしているのか、イライラしていると、ヘリの格納庫から筒状のものが落ちてきた。

 

「お、おい…!降りろ!」

「え、ちょっ…!」

 

竜馬は薺をバイクから降ろし、急いで離れる。そして、薺の愛車の真上に金属の筒の入れ物は落ちてきた。

竜馬はすぐに落下物を確認する。高さは3mはあり、表面には『JT-1000』と刻まれていた。そして、傍らにはアンブレラ社のロゴが…。落下してきて数秒後…パカッと金属の筒入れは開く。煙と共に出てきたものを見て、竜馬と薺は驚愕した。

 

「なっ……何だこいつは…⁈」

 

それは…人間だった。が、身長は筒の高さと同じくらいの3m。目には光は無く、真っ白で灰色のコートに身を包んでいた。反射的に二人は拳銃を構えるが、圧倒的な力の差が目に見えていた。

そして…奴…名をタイラントJT-1000型は二人に向かっていった…。

 

 

 

 

夜の歌舞伎町に車のエンジン音が一つ、響いていた。車を運転しているのは智之という男だ。ちょっとした前科持ちだ。

夜の歌舞伎町に以前の活気は全くなく、荒廃した通りに変貌していた。そんな道の真ん中にアンデッドが一体ゆっくりやって来た。

 

「食らいやがれ!」

 

智之はアンデッドにぶつけるためだけに車の速度を少しだけ上げる。アンデッドはボンネットにぶつかり、天井を転がる。が、頭を強く打っていないため、死ぬことはない。完全に殺したい欲求に駆られた智之は車を右に曲げるが、前方を見ていなかったため、燃え上がっていた車に衝突してしまう。

 

「ぶっ!」

 

クッションが顔に出たが、衝撃は完全には抑えられていない。智之は車を降り、くらくらする頭を抱えてこの場から急いで逃げるのだった。

 

 

 

 

某有名飲食店に警視庁特殊急襲部隊SATが立て籠もっていた。屋上にはスナイパーを配置しており、この店に近付いてくるアンデッドは容赦なく射殺出来るようにしてある。スナイパーは、ジュースを飲みながらのんびり構えていると、ガタガタと音がした。

 

「ん…?」

 

スナイパーはスコープ越しから、車の中を漁っている智之を見つけた。空薬莢を抜き、新たな弾を込めた。カチャリと音が聞こえ、店の上で自分に銃口を向けているスナイパーに気付いた。

 

「まっ、待った待った‼俺は人間…!」

 

思わず叫んだが、スナイパーは引き金を引いた。しかし、銃弾は智之ではなく、音も出さずに忍び寄るアンデッドの頭を貫いた。

 

「た、助かった…。この借りはいつか返す…」

 

安心して店に入る智之だったが、中に入った途端、たくさんのSAT隊員に拳銃を身体中に突き付けられた。

 

「おいおい…。これじゃ、外も中も変わんねえじゃねえか…」

 

そう自然と呟いてしまった。リーダーらしき男は智之に近付き、拳銃を差し出した。智之はごくりと生唾を飲み込んで、初めて拳銃を握った。

 

「い、意外と重たいんだな…」

 

その時…一人の隊員が店の外を指差した。屋上のスナイパーもゴトリ…ゴトリと重い足音と、何かを引き摺る音が同時に耳に入ってきた。夜霧の中から現れた()()を見たスナイパーは思わず声を上げたしまった。

 

「ありゃ一体何だ!?」

 

店に近付いてきたのは、人の形をしたものだった。服もきているし、遠くから見たら屈強な男性と勘違いするかもしれない。だが、人間とは明らかに違うのは、顔だった。歯は剥き出しで、片目は皮膚で隠れてしまって、正に異形と呼ぶに相応しいものだった。

SATの立て籠もる店に近付く者こそ、ネメシスだった。スナイパーは果敢にもライフルを撃つ。弾は人間で言えば、心臓のある左胸辺りに命中し、血も噴き出すが足は全く止まらない。もう一発撃つが、結果は同じだった。

 

「この…くそったれがあぁ‼」

 

スナイパーはやけになって叫び、新たな弾を込める。が、今度はネメシスが攻撃する番だった。左手に持つロケットランチャーを屋上に向け、照準をセットした。それに気付いたスナイパーはすぐに逃げ出そうとするが、その前にロケットは発射され、屋上は火の海に包まれスナイパーは塵と化した。

 

「配置につけ!どんなことをしてでも奴を止めろ‼」

 

店にいた隊員たちもマシンガン、ライフルを構えて戦闘態勢を取る。しかし、智之に至っては無理難題だろと思った。

 

「あんたら正気か!?見ろよ、あいつ!ロケットランチャー持ってるぞ!」

 

智之はそう叫ぶが、誰も耳に貸さない。

 

「こういうのはあんたらに任せるよ!」

 

智之は怖気づいて、店の奥に隠れ込む。

それからもネメシスは接近を続ける。見かねたリーダーは叫んだ。

 

「撃てっ‼」

 

リーダーの合図と共に幾千、万の弾がネメシスの顔、腕、胸、腹、脚にめり込んでいくが、ネメシスには全く効いていなかった。撃っても撃っても後退しないネメシスに、部隊が後退せざるを得なかった。すると、ネメシスの脳に内蔵されたマイクロチップを通して、アンブレラから指示が入る。

内容は…

 

『SATを抹殺せよ』

 

というものだった。ネメシスはすぐに行動に出た。今度は右手に持っている5000発装填の高回転式連射銃…世に言うミニガンを構えると、引き金を引いた。一発に何十発も飛ぶとミニガンは店の中を貫いていく。隠れていた智之の周りにも弾は飛び交い、思わず叫んでしまった。

 

「うおおおぉぉおおおぉお‼‼」

 

ネメシスは引き金から指を離し、智之の周りからも銃声が消え、代わりに静寂が流れた。智之は恐る恐るさっきまで自分がいたところを見た。そこには、あのSATの隊員の死体が山のように転がっていた。ネメシスは確実に…的確にSATだけを殺したのだ。ネメシスは店の中に入り、生きていないか確認する。隅っこで、智之は見つからないようにと、祈っている。ネメシスは、くるりと背を見せて、店から出て行った。そして、再び深い夜霧の中に消えていった。

 

 

 

 

準備を終えた海翔は、人だかりを見つけた。そこは、アンブレラ社が封鎖したゲートの一つだ。恐らく、止められるだろうが、海翔に『止まる』という選択肢は無かった。

 

「おい!止まれ‼」

 

呼び止める声を無視して、海翔は車をゲートに追突させて、強引に突き破った。

 

「何っ!?」

 

驚きを隠せないアンブレラの傭兵たち。海翔はゲートにぶつかってポンコツになった車から降りて、単独で東京の中に侵入した。だが、無断…しかも半ば無理矢理に近い形でゲートから侵入した海翔を見逃すはずもなく、後ろからは銃弾が飛んでくる。

 

「くっ!」

 

すぐに海翔は建物の角に逃げ込んだ。しかし、降り注いだ弾の一発が海翔の肩を貫いていた。

 

「…くそ……」

 

海翔はその痛みに耐えながらも、夜の雨降る東京を歩き出したのだった。




“奴”とはタイラントでした!
因みにこの話で出てくるタイラントは、ダムネーションで出てくる奴をイメージしてます。


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第15話 タイラント戦

タイラントは竜馬と薺を視界に捉えると、一言も呟くことなく二人に向かっていく。二人は取り敢えず…本当にあまり期待せずに拳銃を撃つ。しかし、銃弾は奴の灰色のコートが悉く弾き返してしまう。

 

「防弾か…!」

「こんな化け物…どうしたら…!」

 

タイラントは筒の入れ物から出て、ゆっくりと足を前に踏み出す。竜馬は筒に潰された薺のハーレーを見て、そこに拳銃を向けた。

 

「走れぇ‼」

 

竜馬はハーレーのガソリンに発砲した。そしてすぐにガソリンは引火し、巨大な爆破が起きる。竜馬は薺を抱えて思いっきりジャンプした。ハーレーの残骸がカラカラと落ち、完全に吹き飛んだ。それを見た薺は竜馬の胸ぐらを掴んだ。

 

「何してんのよ!私の愛車を!」

「もうぶっ壊れただろうが!今更気にすんな!…って…」

 

竜馬は炎の中に立っている巨大な影に目を見張った。タイラントはあの爆破をまともに受けても、竜馬たちの前で仁王立ちしていたのだ。

 

「薺!立て!」

 

竜馬が薺を立たせると、タイラントは拳を握り、それを振り下ろした。ドカン‼…と、地面が軽く揺れる程の衝撃が二人の足元に響いた。タイラントのパンチは堅いコンクリートを容易に粉砕する力を持っていた。今、目の前でそれを見てしまった二人は更なる恐怖に身体を震わせた。

 

「嘘だろ!」

「今は逃げましょう!」

 

そうは薺は言うが、竜馬は別の考えを持っていた。あいつ…タイラントは自分が誘き寄せて、一人で相手にする…というバカげた考えだ。竜馬自身も馬鹿なのではないかと、言いたくなる。

だが、あの驚異の力を見てしまうと、女性である薺を守りながら逃げるのは無理だと思った。今は乗り物もない。いや…あったとしても追いつかれるだろう。

 

「竜馬!どうするの⁈」

「……俺が囮になる…。先に逃げろ」

「⁈何言ってるの⁈あんなの相手を一人でなんて馬鹿げてるわ‼私も…!」

「それなら尚更だ!奴を誰かが引き止めないと、俺たちはおろかここにいる生存者は皆殺しだ!」

 

竜馬が思った以上の声を上げたために、薺はしゅんと縮こまってしまった。彼女も、あのタイラントを相手に戦いたかったが、あの異様な圧力を放つ奴には立ち向かえそうにはなさそうだった。

薺はギイッと歯を食いしばって、情けなく思いながらも、竜馬とは別の道に入っていった。それをタイラントは見ていたが、竜馬は奴のターゲットを自分に向けさせるために、無駄撃ちと分かりながらもコートに穴を空けていく。

 

「こっちだ!コート野郎!」

 

タイラントは白い目をこちらに向けた。そして、近くにひっくり返っていた車を、意図も簡単に持ち上げると、竜馬に向かって投げてきた。まさかの行動に竜馬は横に飛び出すしかなかった。車は竜馬のすぐ横を転がっていき、爆発する。

 

「あの野郎…」

 

しかし、これだけで終わらない。タイラントは更に車を持ち上げて投げる。竜馬は堪らず、前に向かって走り出す。車は何台も彼の後ろを滑ってくる。ちらりと後ろを振り向くと、前方にいたアンデッドを蹴散らすか、身体を粉々に引き裂くかして、竜馬に猛スピードで近付いてくる。そして、奴の拳が竜馬に向かってくる。

 

「……!」

 

拳は建物の壁にめり込み、それを引き抜くと建物はガラガラと崩れ落ちた。

 

「まじかよ…!馬鹿力かよ!」

 

竜馬は咄嗟に建物の陰に隠れた。ここがビルで囲まれていたのが唯一の救いだ。タイラントは、見失った竜馬をゆっくりと歩きながら探す。息をするだけでも見つかるのではと緊張する竜馬。

さっき薺にあんな大口を叩いたが、実際、奴を倒す案は思い付いていない。荒い息を整えながら、これからどうするか考える。

 

「落ち着け…落ち着け俺…。いくらあんな筋骨隆々野郎でも、頭は防御しないと死ぬはずだ。だから……運よく……落とせそうなものはないのか…」

 

少しだけ顔を出して、辺りを伺う竜馬。すると、自分の真上に丁度良いものがあったのだ。時計だ。しかも、かなり良い大きさ。だが、見つけたはいいが、どうやってこれをぶつけるかだ。

 

「ここに誘き寄せるには……」

 

考えていると、突然竜馬が背を預けていた壁が崩れ、そこから人一倍大きな腕が伸びてきた。

 

「なっ⁈…ぐっ⁈」

 

タイラントは竜馬を掴むと、自慢の握力で、ギリギリと竜馬の身体を締め上げる。がっちり掴まれた竜馬は逃げられず、身体がどんどん再起不能になるのを待つだけだった。

その時…一人の女性の声が響いた。

 

「竜馬!」

 

竜馬が後ろを振り向くと、そこにはさっき逃げたはずの薺が足を震えさせながらも戻ってきていた。竜馬はここで上を見上げた。そこには時計が外れそうになっている。竜馬は絞り出すように、声を上げた。

 

「くっ…薺ぁ!あの時計を撃ち落とせ‼」

「時計?」

 

薺は一瞬どれのことを言っているのか分からなかったが、竜馬がアイコンタクトして、漸く見つけられた。が…

 

「ダメよ!その位置だと、竜馬も…!」

「構う…か!さっさと……や、れぇ…‼」

 

薺はあの時計の落下に竜馬が巻き込まれるのではないかという恐怖に負けそうになった。

が、このままでは竜馬はタイラントに殺される…。それなら……。

 

「うわああああああ‼」

 

絶叫を上げながら、薺は引き金を引いた。銃弾を受けた時計はぐらぐら揺れ、金具の支えに耐えきれず、真下に落下する。タイラントは気付いていない。

 

「いける‼」

「食らえ‼コート野郎‼」

 

そして……時計はタイラントの頭頂部に命中する。運が良かったのか、竜馬には欠片の一つも当たらなかった。タイラントは暫し硬直してから、竜馬を離して倒れ始めた。薺も倒したと思って近づこうとする。が…こんなことでこの巨漢を持つタイラントが死ぬはずがなかった。怒りの目を地面で噎せている竜馬に向け、再び掴み上げると、今度は思いっきり投げ飛ばした。

 

「りょ、竜馬‼」

 

竜馬は道路の上を勢い良すぎるくらいに転がる。あまりの衝撃に意識を失いかける程の威力だった。勢いが弱まり、漸く止まった時、竜馬の視界に赤いものが写った。

それは自分自身の血だった。投げ飛ばされた時、頭を強く打ったから、その衝撃で出血したのだろう。俯せの竜馬はすぐに立ち上がろうとするが、足腰に何故か力が入らない。薺が竜馬の傍に寄ってくる。

 

「馬鹿……!早く、逃げ…ろ…!」

「嫌だ!私はいつもそう…‼怖くなったらすぐに腰を引かして逃げてしまう…!だから…竜馬みたいに…兄さんみたいにどんな奴にでも立ち向かえるようになりたいの!だから私は…逃げない‼」

 

薺はやけになって拳銃を撃つが、恐怖に腕が震え、弾が当たらない時もある。こんな状態じゃ、薺は戦えそうにない。竜馬は身体を起こそうとするが、どう頑張っても顔を地面から20cm上げれるか上げれないかくらいだった。タイラントは徐々に竜馬たちの前に近付き、腕を大きく振り上げた。両手を重ね、天に上げた腕を振り下ろそうとしている。それを見た薺は竜馬の上に覆い被さり、守ろうとした。

そして、二人が覚悟した時、降ろされ始めた腕が唐突に止まった。

タイラントは通りの向こうを見ている。薺と竜馬も同じ方向を見詰める。段々と、車のエンジン音が大きくなり、瓦礫を突破して一台の車が飛び込んできた。タイラントが視線を外した隙に薺は竜馬を引っ張ってここから離れる。

 

「あれは…」

 

薺は乗っている人物は見えなかったが、タイラントに挑むなんて…かなりの命知らずだと思った。

 

 

 

 

玲奈は車の速度を落とすことはない。

そのまま突っ込むつもりだった。一方タイラントは右腕を振り上げ、巨大な拳が顔に飛んでくる。フロントガラスを突き破ってくるが、玲奈はひょいと顔を左に反らして避けた。タイラントもまさか避けるとは思っていなかったのか、焦った表情になる。玲奈は更にアクセルを踏み、全速力でタイラントの身体にぶつける。タイラントごと車を一気に走らせ、壁に激突させる。だが、タイラントは未だに身体を動かして、車を退かそうとする。玲奈は車に乗ったまま、背中から散弾銃を抜き、玲奈は頭に銃口を向け、引き金を引いた。タイラントの顔は血で染まり、半ば顔の半分は吹き飛んでいる。腕を伸ばして、最後の悪足掻きに玲奈を殺そうとするが、途中で力尽き…ガクッと崩れた。玲奈は、タイラントの死を見届けた後に車を降りた。

車から降りる人影を見た二人は彼女を見て驚愕した。理由はいくつかあるが、共通して驚いたのは…玲奈のあまりの美しさだった。竜馬はまだしも、薺でさえも驚いてしまった。

端整な顔つき、肩辺りにまで伸びた焦げ茶の髪、全てを吸い込むような青い目…。大変な時なのに、二人は見惚れてしまった。

 

「……生きてる?」

「え?え…えぇ…。無事だけど…」

「じゃあ…ついて来て」

「ちょっと待って!あなた誰よ?」

「名前は玲奈、いいから来て。死にたくないでしょ?」

 

言い方に薺は気に入らなかったが、言い争ってもいられない。

薺は取り敢えず竜馬に肩を貸して玲奈の後ろを歩き始める。玲奈は、負傷した竜馬をチラと見た。どこか…玲奈の記憶の中に残るある人物と姿形がよく似ているのだが…記憶の中に(もや)がかかったように思い出せなかった。




戦闘シーンの描写…下手くそだなぁ…。
我ながら思う。


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第16話 リッカーとの戦い

リッカー、再びの登場です。


紗枝と一輝は徐々にアンデッドに包囲されていき、逃げ場を失ったため、仕方なく教会に逃げ込んだ。それも理由の一つだったが、別の理由もあった。一輝の足の治療だ。

走るのもやっとの一輝を手当てもせずに歩き回るのはかなり危険だと紗枝は判断したのだ。扉を閉め、掛かっていた錠前を取り付けると、紗枝は一輝を長椅子の一端に座らせた。

 

「ちょっと痛むわよ…」

「大丈夫さ…。これくらい……っ…」

 

紗枝が自分の服を千切って、包帯代わりにして、ぎゅっとキツく一輝の足を縛った。止血のため、緩めるとか弱くとかそんなのは全て配慮せずにやったため、一輝の顔は痛みで歪んだ。

 

「うっ、くっ…」

「どう?マシになった?」

「…まぁな。で、紗枝…これからどうするつもりだ?」

「そうね…。まずはこの教会で少し休んでからまた出発しましょう。走り続けるのも歩き続けるのも大変だしね」

「賛成だ」

 

そう言うと、一輝は長椅子に横になった。緊張感のない一輝に溜め息を吐きたくなるが、休めるのだから仕方ない。

紗枝はというと、拳銃を握って教会の中を探索し始める。中にアンデッドがいないか確認するのは当然のことだ。

すると、奥に灯りが見える。闇に包まれた教会の中にしては異様なものだった。紗枝は慎重に扉を開けた。そこには二人の人間がいた。

 

「誰だ⁈」

「す、すいません…。奴らから逃げてここに…。あなたは神父ですか?」

 

黒服の男性に尋ねる。男性はコクリと頷いた。

なら、椅子に座ってユラユラ動いているのは、神父の妻だろうか…。だが…どこか様子がおかしい。

 

「その人は…?」

「つ、妻だ…。少し病気で…」

 

よそよそしく言う神父に怪しさが益々膨れ上がる。

紗枝は女性から何者も近付けさせないようにする神父を退かし、正面から見た。

案の定、女性はアンデッドとなっていた。椅子の手摺にロープで縛られていたが、暴れすぎて今にも襲いかかってきそうだ。

 

「頼む…。放っておいてくれ…」

 

神父の願いを尊重することは紗枝には出来なかった。今放置していけば、間違いなくこのアンデッドは手摺を破壊するか、ロープを引き千切るかして神父に襲いかかり、彼もアンデッドになってしまうだろう。それなら、いっそここで殺した方が後々面倒にならずに済む。

そう判断した紗枝は拳銃を女性の頭に向けた。

 

「止めろ‼殺すな‼」

 

神父は妻が撃たれないように紗枝の腕を掴みかかるが、運が悪いのか、その瞬間椅子の手摺が壊れ、神父にアンデッドが襲いかかった。そして首もとに歯を食い込ませ、肉を抉った。吐きそうになる光景をどうにか堪えた紗枝は再び拳銃を向け、アンデッドとなった神父の妻も神父も頭を撃ち抜いたのだった。

紗枝はそれからも一つ一つ部屋を確認して回ったが、他には誰もいなかった。人も…アンデッドも…。とにかく、今現在ここは安全だと一輝に報告しようと、礼拝堂に戻ってきたが、そこにいるはずの一輝の姿はなかった。

 

「一輝?」

 

紗枝の呼ぶ声だけが教会内に木霊する。

ゆっくりと、礼拝堂に足を踏み入れる紗枝。

外も大雨から雷が鳴り響く程の豪雨に発展していた。

 

「一輝?」

 

もう一度呼び掛ける。だが、その問いかけに答えるように天井から何かが落ちてきた。長椅子を粉々にする程の大きさを持ったもの…それは、一輝の惨殺体だった。

 

「一輝……!」

 

同僚の死という今までとは別の悲しみが紗枝を襲う。

一輝の死体は所々、腕や足が無くなり、アンデッドの食い方とは全く異なっていた。しかも天井から落ちてきているから、アンデッドの可能性はない。紗枝は一粒だけ零れた涙を拭い、ライトを天井に向ける。その時、小型の何かがライトに照らされて、視界から消えた。

暗闇に慣れた目でその姿はよく見えた。

血色の謎の生物…そう、リッカーだ。

しかも、紗枝が確認した限り一匹ではない。何匹か分からないが、2匹以上はいる。紗枝は、この拳銃に籠った最後の弾を使い切ることにした。ライトで目標のリッカーの照らしながらも、引き金を引いていく。だが、リッカーの素早い動きに翻弄され、抜群の射撃能力のある紗枝でさえ、一発もリッカーに当てることは出来なかった。一輝を死に追いやったリッカーに何の報いも出来なくて、紗枝は悔しくなる。

そして…ストッ…と、地面に何かが降りてきた気配が背後からした。振り向くと、稲光に照らされたリッカーが白い歯を見せて、紗枝に威嚇していた。やっと降りてきたリッカーに拳銃を構えたが、カチンカチンと弾切れの合図だけが紗枝の耳に聞こえた。

 

「くそ……」

 

リッカーが腰を屈め、足腰に力を込めた時…聞こえた。

バイクの音…。エンジン音が近付くにつれ、教会に設えられた色鮮やかなステンドグラスから光が差し込んできた。それが何なのか分かった紗枝は咄嗟に長椅子の後ろに避けた。リッカーもそっちを向いた瞬間、ステンドグラスを派手に割って乱入してきたのは、玲奈だった。リッカーは後ろから急に飛び込んできたバイクに対処出来ずに轢かれる。バイクは礼拝堂の中心辺りでクルリと回転し、巨大な十字架の方を向いた。玲奈が入ってきて、数秒後、扉を突き破って入ってきた竜馬と薺の姿を紗枝は見た。

 

「竜馬⁈」

「あの銃声、やっぱり紗枝さんだったんですね!」

 

銃声だけでやって来た竜馬たちは、一つの叫び声に緊張感を戻された。

 

「再会の喜びは後にして!今はこいつらよ!」

 

玲奈はバイクのエンジン音を奏でてリッカーの標的を自分自身にする。リッカーはいくつもの蝋燭を倒して祭壇に立ち、玲奈を眼球のない悍ましい表情で見た。玲奈はバイクのタイヤを空回りさせ、一気にバイクを発進させる。

しかし、玲奈自身は途中で降りる。エンジン音にしか興味のないリッカーは突っ込んで来るバイクに掴みかかった。玲奈はその瞬間、太腿に装備した拳銃二丁を抜き、バイクのガソリンタンクに向けた。

そして、撃った弾はガソリンタンクに見事に命中し、リッカー一体を粉々に吹き飛ばしてやった。それを見届けた玲奈は拳銃をしまう。

だが、リッカーはまだいる。壁にへばりついたリッカーを見た玲奈は、肩に紐でかけていたマシンガンを握ると撃った。

 

「ちょっ…どこ撃ってんの⁈」

 

紗枝が叫んだ通り、弾はリッカーとは全く関係ないところに当たっていた。その間にリッカーは玲奈から約10m離れた位置に降り立った。だが、玲奈は構わず撃ち続ける。すると、巨大な十字架を支えていた鎖が撃ち切られ、十字架は前に倒れた。リッカーが襲い掛かろうとした途端、身体の半分近くが十字架に押し潰されてしまう。そして、動けないリッカーの真上にある電灯を撃ち、落下させる。もがき苦しむリッカーの頭部に槍状になった電灯が突き刺さり、確実な死を(もたら)した。

その時飛んだ血は、紗枝の靴にまで飛び散った。

 

「………」

 

三人とも玲奈の計算され尽くした戦闘に圧倒され、見入ってしまった。

マシンガンを肩にかけ直した玲奈は、ふと足や頬に鈍い痛みを感じた。まず、脚にはキラキラと輝くステンドグラスの破片が突き刺さっていた。また、頬には切り傷が出来てしまっていた。ヘルメットもせずに、無暗に突っ込んで行ったのが、怪我の原因だろう。それを抜き取った玲奈は、四人に視線を戻し、紗枝に質問した。

 

「生き残りはあんただけ…?」

 

紗枝はぶすっとした顔で玲奈に言う。

 

()()()じゃない。紗枝よ!まあ…生き残りは、私だけ…」

 

紗枝はもう一度一輝の死体を見た。

 

「それはそうと、あんたは?」

「私は玲奈」

 

中々に気の合わない二人に竜馬が仲介者になったつもりで発言する。

 

「あ、えーーと……俺と彼女…名前は……」

「薺よ」

「あ、薺と俺は、玲奈に助けてもらったんです…」

「その前には私が助けたけどね」

 

紗枝は目を細くして、竜馬をじろじろ見る。

 

「随分、美人ばかりに助けてもらっているみたいね…。何かの勧誘かしら?」

「そっ…そんな訳ないでしょ‼」

 

竜馬は思わず叫んでしまう。この反応に紗枝と薺はクスクス笑う。

すると…。

 

「水を差すようで悪いけど…そんな悠長に話している場合じゃないでしょ?」

 

紗枝はまたイラっと頭に来たが、怒鳴り付けたい気持ちを抑える。

 

「はいはい、分かりましたよ…。お姫様…」

 

玲奈も紗枝をギロッと睨んだ。そして、ぷいっと顔を背け、教会から出て行った。薺はその光景を見て、自然と呟いた。

 

「仲良くなるには、時間がかかりそうね…」

「…そうだな」

 

と、竜馬も同感するのだった。




これから金曜日または水曜日は投稿が遅れることが多くなるかもしれないので、ご了承を


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第17話 ネメシスプログラム完全始動

海翔の目に雨が落ち、視界を滲ませる。そして、警視庁の警官と自衛隊と混じって、雪崩れ込んで来るアンデッドの大群を相手にしていた。マシンガンを握ってひたすらに撃つ。

 

「くそ!何が()()だよ!」

 

ニュースによる報道は真っ赤な嘘だと分かった。

どう見たってこんなのは、暴動でも何でもない。

人間でない者が人間を食っているのだ。

 

「こんなんじゃ…薺を探し出す前に弾が無くなりそうだ!」

 

無限と言っても過言でない程の甚大な数のアンデッドは、警官隊や自衛隊をも飲み込んでいく。海翔一人でそんな大群を相手に出来るはずもなく、急いでその場から離れるのだった。

 

 

 

 

教会から出てから、ずっと玲奈と紗枝は顔を合わせることなく歩いていた。恐らくどちらも偉そうにと思っているのだろう。そんな感じだからか、全員一言も喋ることはない。

ただ、紗枝はチラチラと玲奈を見た。舌を巻く程に美しい玲奈の容姿は、雨の中でも輝き放っていた。濡れた髪も何とも言えない妖艶さを醸し出していた。玲奈は一応チラチラ見てくる紗枝を歩きながら見据えた。

 

「何?」

「…別に」

「相変わらず正直じゃないわね。もしかして、私よりも背が高いからって偉そうにしようとしてたのかしら?」

 

いちいち冷やかしてくる玲奈にイライラしながらも、紗枝も反論する。

 

「そんなんじゃないわよ!……まあ、玲奈の強さに関しては負けだと認めただけよ…。私も自分で言うのもなんだけど、私も強いけど…あんたには負ける」

 

紗枝はそう言うが、玲奈は嫌な表情をした。

 

「…そっちの方がいいわ」

「どういうこと?」

 

玲奈は少し前に立って重い口を開いた。

 

「私はアンブレラで人体実験に使われた。自分でも人間らしさが残っているようには思えないわ」

 

玲奈に言われて紗枝は漸く分かった。

確かにあの運動能力…反射神経はとても並みの人間が出せる力とは到底考えられなかった。それに玲奈の表情はどことなく暗かった。自分が人間でないことに悲観しきっているのだろうか…。

 

ジリリリリリリリン!

 

その時、突如玲奈たちの傍に設置されていた公衆電話が鳴り響いた。玲奈たちは癖になってしまったか、全員が一斉に拳銃を向けてしまった。だが、公衆電話の着信音だと分かると、玲奈は矢継ぎ早に言う。

 

「急いで。奴らは音に反応する」

「奴らって……何なのか知ってるの?」

「…一応ね」

 

紗枝は玲奈の前に立ち、顔を近づける。

 

「じゃあ逃げる前に聞くわ。奴らは何なの⁈」

「……あいつらは、アンブレラが開発した生物兵器…アンデッドよ。噛みつくか引っ掻きを食らえば…感染してやられた者もアンデッドになる」

「何で知ってるの?」

「元社員よ」

「じゃあ…あなたも、()なの?」

 

紗枝の握る手に力が籠る。

玲奈はその様子も見据える。そこに再び竜馬が入る。

 

「今はそんなことを気にしてる場合じゃないでしょう!脱出する方法を探さないと!」

「……そうね」

 

紗枝は緊張を解く。

 

「それなら…手はあるかもよ?」

 

後ろで薺の声がした。振り向くと彼女は公衆電話の受話器に耳を当てていた。そして、玲奈に手招きする。玲奈は薺から受話器を受け取り、耳を当てた。

 

「はい?玲奈よ」

『良かった!さっきの女性にも話したが、実は脱出方法を知っている』

 

胡散臭い話だ。玲奈は思わず目を細めた。

すると、薺がつんつんと玲奈の肩をつつくと、天井の方を指差す。

そこにはまだ起動している監視カメラだった。あそこから、この電話の主は監視カメラ越しに玲奈たちを見ているらしい。

 

「それを信じる根拠は?」

『正直ない。だが、聞きたくないかね?今は君たちだけだが、他の者にも連絡はするつもりだ』

 

玲奈は、今出来ることはほぼないため、話を聞くことにした。

 

 

 

 

「さっきの電話の相手は、アンブレラ社主任開発人の一人、重村要三(しげむらようぞう)氏。J-ウィルスを開発した人物よ。彼曰く、学校に逃げ隠れた要三氏の娘さんの救出をしてくれたら、脱出方法を教えるらしいわ」

「何その理不尽な要求…」

 

紗枝はあまり乗り気ではなかった。薺も別の案を出してくる。

 

「それよりも、どこか頑丈な建物に籠城して、助けを待つって案はないの?」

「絶対ないわ。まず、助けそのもの来ないわ」

 

玲奈は薺の案を即座に否定した。

 

「アンブレラはどうやら、ウィルスの流出を抑え込めないと考えたようね。恐らく、夜明けと共に…この東京は()()される」

 

それを聞いた三人だったが、何のことかさっぱり分からなかった。

()()というキーワードが、3人の頭の中に疑問を増えさせた。

 

「その……()()ってどういうこと?」

「…一番可能性としてあり得るのは…戦略核ミサイル」

 

全員、顔が青くなった。

 

「威力は?」

 

ビビッてばかりもいられず、紗枝はすかさず聞く。

 

「東京全体は当たり前。恐らく、神奈川や埼玉にも影響は現れるでしょうね…」

 

最悪なことを聞いてしまった紗枝と竜馬は更に顔を青白くしていく。この中で一番理解していないのは薺だけできょとんとしている。

 

「つまり……どういうことなの?」

 

「簡単な話よ。核ミサイルで被害のあった東京の街、それにアンデッドも全て吹き飛ばすのよ。証拠と共にね…」

 

言葉を失う薺。暫しの沈黙の後に、竜馬が叫んだ。

 

「そんな訳あるか‼そんなことして…マスコミが黙っちゃいない‼」

 

玲奈は溜め息を吐きながらも、淡々とこれから起きる事実を述べていく。

 

「シナリオは出来ている…。地下に無断で作った原子力発電所の事故の対策として…超放棄的な措置を取るために使った……とするつもりよ。アンブレラは政財界の大物をも操れる大企業…。簡単に出来るわ」

「そんなこと…」

「あり得るわ」

 

紗枝が言葉を紡ぐ。

 

「あのゲートで私たちを出さなかったのは、今夜の悲劇を目撃した人を殺すためでしょ?」

 

紗枝は玲奈を向いてそれが合っているか確認する。玲奈は軽く頷いて、紗枝の仮説が正しいことを認めた。

全員が絶望に踏み潰されたような感覚の中、竜馬は立ち上がり口を開いた。

 

「はっ…。じゃあどうすんだ?」

「…夜が明ける前に脱出すればいいだけよ。要三氏の話を信じるか…自力で脱出するか…。選択の時よ」

 

玲奈はそう言うが、誰もすぐに決めれるはずがないと玲奈は思っていたが、紗枝はすぐに腹を決めた。

 

「私は要三氏の話を信じるわ」

 

紗枝の意見に、薺も竜馬も仕方ないといった感じで頷く。すると、紗枝は手を差し出した。玲奈はどういうことなのか理解出来ずにいると

 

「だから……!これからは協力関係ってこと!(いが)み合っている場合じゃないでしょ?」

「…そうね。これからよろしくね、紗枝お嬢様」

「一言余計‼」

 

紗枝が怒鳴っている中、玲奈は紗枝の手を強く握ったのだった。

一行はそれから、要三氏の言う学校に足を運んでいた。場所はさっきの電話で教えてもらったから分かるが、無事に辿り着けるか不安だった。

 

「学校までどれくらい?」

「歩いて40分弱かな?間に合えばいいけど……」

「間に合う?」

 

竜馬が聞き返す。玲奈は竜馬の隣に立って話す。

 

「仮に学校に着けても、その娘さんが生きていなかったら脱出方法は教えてくれないはずよ」

「何だそれ!?完全に運任せじゃねえか…」

「……世の中…運だらけよ…。私だって……本当は…」

 

竜馬は玲奈の声が震えていることに気付いた。

 

「玲奈?どうし……」

「竜馬っ‼」

 

玲奈は突然竜馬を地面に押し倒した。その一秒後…さっき竜馬が立っていた場所に無数の弾丸が飛んできた。ミニガンの速射が玲奈たちを襲ったのだ。橋の下にいたのは、ネメシスだった。玲奈はネメシスを睨むと、竜馬たちに叫んだ。

 

「ネメシス…!行って!早く!」

 

言われた通りに3人はすぐさま走り出した。玲奈は橋の上から真の敵…ネメシスと逢い見えたのだった。

 

 

 

 

「最重要ターゲットです」

 

一方アンブレラでもネメシスの前に玲奈が現れたことで一気に騒がしくなった。佳祐は無線でアンブレラ全社員に繋げて、高らかと言った。

 

「諸君!待ちに待った瞬間だ!現在時刻午前2時23分49秒…。ネメシスプログラムは…完全に始動された!」



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第18話 邂逅

玲奈は三人が自分から離れていったのを確認してから、橋から飛び立ち、ネメシスと同じ地面に降り立った。奴は咆哮して玲奈を威嚇するが、玲奈は腰から二丁拳銃を抜いて走り、あまり撃つ場所に拘らずに撃っていく。

だが、ネメシスの着る服はタイラントと同じように防弾性で皮膚にまで銃弾は届かず、火花を散らすだけだった。玲奈は舌打ちして、ネメシスの頭上を飛び越えようとしたが、ロケットランチャーを棍棒のように器用に使い、玲奈を柱に吹き飛ばした。

 

「ぐぅ…!」

 

ネメシスは一瞬の隙も与えずにミニガンを撃つ。玲奈は柱に叩きつけられた衝撃から立ち上がり、柱の影に隠れた。しかし、隠れてばかりもいられないため、すぐに柱から飛び出し、フェンスに向かって走り出す。それを追撃するようにネメシスもミニガンを撃ってくる。

玲奈は一発でも弾に当たらないようにジグザグに走って、フェンス前に到着する。後ろを向くと、ネメシスはロケットランチャーを構えていた。よじ登る時間はない。

玲奈は足腰に力を込めて、一気に跳躍した。車の上に到着した後、ミサイルが玲奈の方に飛んできた。玲奈は再び高々と跳躍したが、その瞬間、ミサイルは車を粉々に吹き飛ばした。玲奈も爆風を受けて、目の前の建物の窓ガラスに突っ込んで行った。

 

「くぅ‼」

 

ガラスが肌を裂き、血が垂れる。そして、ネメシスも巨体に似合わない素早い動きで一気に玲奈との距離を詰める。玲奈が飛び越えたフェンスも意図も簡単に飛び越えて見せた。玲奈はフラフラな足取りで廊下を走っていると、突然壁が崩れ、そこからネメシスが現れた。

奴には“道”という概念は無いようだ。玲奈は手榴弾のピンを抜き、後ろに投げる。数秒後、爆発を起こすが、ネメシスは身体にかかった埃を払っていた。

今現在の状況では、ネメシスには勝てないと判断した玲奈はマシンガンを構えて、ゴミを外に出すための小さな通風孔の下をマシンガンで撃ち、即席の穴を空けた。銃声を聞いたネメシスも玲奈の方に向かい、ミニガンを撃つ。ネメシスの指がミニガンに触れた瞬間、玲奈はスライディングして、速射をやり過ごし、即席で作った穴の中に入っていった。もちろん、マシンガンは持っていられるはずもなく捨てた。だが、通風孔の中は針金や尖ったものだらけで、ザクザクと玲奈の身体を傷つけていく。

 

「ぐはっ…!」

 

ボロボロに近い状態でゴミの集積場に到着した玲奈。だが、ネメシスは無茶苦茶なことに、通風孔にロケットランチャーを突っ込み、そこから玲奈を狙い撃ちにしたのだ。玲奈は咄嗟に背中にあった鉄の板を目の前に立て掛けた。しかし、衝撃や爆風をいくらか抑えきれても…爆音は防げなかった。耳にキィーーンとした耳鳴りが響いた玲奈は聴覚を一時失う。

 

「あ……あぁぁ…!」

 

ネメシスは玲奈を視界から外してしまったため、追跡不可能と判断して、戦闘態勢を解いた。

ネメシスの重い足音が遠ざかるのが耳鳴りした耳でも聞こえた玲奈は、壁に背中を預けて安堵に着く。が、玲奈の身体に蓄積されたダメージは相当なものだった。至る所が傷つき、血が流れる。意識はぼんやりで、今にも気を失いそうになる。

 

「うっ……はぁ、はぁ…」

 

玲奈は今回の戦闘で体力をかなり消耗してしまい、暫くは身体を満足に動かせないだろうと思った。

 

 

竜馬は紗枝、薺と共に早く逃げろと玲奈から言われ、走り続けていたが不意にあんなイカれた化け物を女性一人に任せていいのだろうかという不安が押し寄せた。

徐々に竜馬の足はゆっくりになっていき、遂に止まった。

 

「竜馬?」

「……やっぱり、置いていけない…。紗枝さん、薺…先に学校に行ってください!」

「竜馬はどこに行くのよ?」

「…玲奈のところに…」

「ダメよ!危険すぎる!」

 

竜馬の肩に手を置いて止めようとする薺を振り払って彼は叫んだ。

 

「玲奈はあの時…俺たちを助けてくれた…。置いてなんかいけない!」

 

竜馬はそう言い告げ、元来た道を再び走り出した。

薺も追って止めようとしたが、紗枝に止められた。

 

「無駄よ。あれじゃ…止まりそうにないわ」

「でも…」

「大丈夫よ。竜馬だって馬鹿じゃない。それに……」

 

紗枝は走り去っていく竜馬を見て、兄の竜也の姿が重なっているように思えた。

 

「彼…竜也にそっくり」

 

 

竜馬があの橋にまで戻ると、重い足音が静寂に木霊した。ネメシスが向こうの建物からゆっくりと歩いてきたのだ。竜馬は気配を無くし、建物の影に潜めた。

だが、同時に彼は不安になった。あの建物から出てきたということは……玲奈を既に殺してしまったのでは……と。ネメシスが見えなくなってからすぐに竜馬は駆け出し、建物に入る。銃弾の跡に爆発の跡もあった。激しくやりあったのだろう。そして、廊下に続く血痕が見え、それを追っていく。ゴミを出す通風孔の方から荒い息が聞こえた竜馬は中に潜り込む。通風孔を滑り切ると、目の前には衰弱しきった玲奈の姿があった。

 

「玲奈…!」

「…竜…馬?」

 

竜馬はまず玲奈の身体に付いた傷を確認する。身体中に切り傷は出来ているが、どれも命に支障を来すものではない。

だが、体力は限界そうだった。先ほどから、タイラント、リッカー、そしてネメシス…と連戦している。少しでここで休んでいくのが妥当だと竜馬は考えた。

 

「怪我は大丈夫そうだ。少し休んでいこう…」

 

竜馬は玲奈の頭を自身の胸の上に置き、落ち着かせる。玲奈はすぐに落ち着き、気が楽になっていったが、竜馬に至っては緊張が止まらなかった。竜馬からしたら、こんな美しい女性に胸を貸すなど、初めての体験だったからだ。

 

「………っ」

 

しかも静かだからより気まずい。何か声でもかけようとした時、玲奈は竜馬を見上げた。それも上目遣いだ。

 

「っ!」

「竜馬……あなた、どこかで、会った?」

 

唐突な質問に竜馬は戸惑ってしまう。竜馬がどういうことか聞き出そうと口を開く前に、甘えた子供のおうに淡々と話し出す。

 

「この温もり……初めてじゃない…。でも、竜馬じゃ…ない…。竜馬に似た…誰か……。誰?誰なの…?…思い出せない…。一緒に、あの時…戦ったはずなのに…、どうして……」

 

竜馬は言葉を失った。自分と似ている……。

そんなの…兄の竜也しか思いつけなかった。竜馬はこの玲奈が竜也と何らかの接点を持っていることに気付いたが、今の自分にはどうすることも出来ないと竜馬は思った。

 

「…今は…脱出を優先しよう…。薺と紗枝さんはもう学校に向かっているはずだ。行けるか?」

「…ええ…」

 

玲奈も、今の話を無意識にしていたことに、玲奈自身が気付いていなかった。けど、竜馬は気を利かせて何も言わなかった。竜馬は玲奈の身体を持ち上げて、立ち上がらせようとした時…カチャッ…と何かの金属音が響いた。そして、暗闇の中から…マシンガンを竜馬たちに向けた海翔が怒りの形相で現れた。

 

「お前…っ、今…“薺”って…」

 

竜馬も玲奈も突然現れた海翔に対応しきれずにいた。しかも、相当怒った様子でマシンガンを構えている。下手なことを言えば、殺される…。

 

「薺を知ってるのか!?答えろ…‼薺は今どこだ⁈」

「…学校…つっても分かるはずねえか…。とにかく落ち着け…‼今ここで争っても…」

 

竜馬が必死に説得している中でも海翔は竜馬のすぐ足元に弾をぶち込んだ。

 

「質問に答えろ…」

「……学校だ…。直ぐ近くの…」

「案内しろ…」

 

海翔の顔を凝視して、竜馬は気付いた。顔形がどことなく薺に似ていたのだ。

 

「あんた……まさか、薺の…お兄さん、か?」

 

海翔はそれを聞き、目を丸くした。

そして、震える唇で呟くのだった。

 

「ど、どうして…それを…」

 

 

一方その頃何も知らない薺は紗枝が車のエンジンに直結しているところを見学していた。将来役に立つかもしれないと思ったからだ。紗枝の細い銅線を弄るが、中々エンジンがかからない。

やり方は知っていたが、実際やるのは初めてだった。

 

「どう?」

「……気長に待ってて」

 

薺はふうと息を吐く。エンジン直結を試しながらも、紗枝はこの薺という女性…誰かに似ている気がした。紗枝の所属するSATの同僚並びに恋人の彼に似ている気がした。

 

「……まさかね」

 

そんな訳ないと、頭を振って今のことを忘れてエンジンを直結する。そして、バチッと火花が散った途端、車のエンジンが動いた。

 

「よし」

 

紗枝は薺にやったと言いたげな表情を見せる。

しかしその時…薺は叫んだ。

 

「紗枝‼後ろ‼」

 

振り向くと、アンデッドが紗枝に掴みかかってきた。もの凄い力で紗枝を運転席から引き摺り出し、吹き飛ばす。

 

「このっ…!」

 

拳銃を向け、引き金を引こうとしたが…そのアンデッドは、紗枝もよく知っている人だった。

 

「い……一輝…」

 

教会で命を絶たれた一輝はウィルスの力でアンデッドとして蘇り、紗枝に襲い掛かって来たのだ。つい1、2時間前生きていた同僚に中々引き金を引けない紗枝。しかし、躊躇っている時間もなかった。紗枝は目を閉じて、拳銃を強く握った。

 

「……許し…て」

 

紗枝は引き金を引き、一輝の頭に風穴を開けたのだった。これが紗枝が初めて知り合い…仲間を殺した瞬間だった。




今回の題名はネメシスと玲奈、海翔と竜馬、紗枝とアンデッド化した一輝が『出会った』ことから、“邂逅”という名にしました。
因みに邂逅とは、『思いがけない出逢い』を意味します。


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第19話 墓地

題名こんなんですが、前半は全く関係ないです


紗枝は涙をもう一度拭った。

メソメソ泣くなんて……紗枝のプライドが許さなかった。それでも、彼女の目から涙が止まることはない。途中で紗枝は車を止め、目を何度も何度も目を擦った。ルームミラーを見ると、赤く腫れてしまっている。すると、紗枝の前に白いハンカチが差し出される。

 

「涙、拭いてください」

「な……泣いてなんか…」

 

紗枝は不必要だと、薺の手を振り払う。それを見ていた薺は優しく言う。

 

「泣きたかったら泣いて方がいい…。悲しみを胸に秘める方が身体に毒…だって兄さんは言ってたわ」

「…………」

 

その台詞は…紗枝は何度となく聞いたことがあった。

そして、ゆっくりと薺の横顔を眺める。

よくよく見ると…やっぱり…似ていた。

 

「あなた…まさか、海翔(かいと)の…」

「えっ?」

 

紗枝も驚いたが、もっと驚いているのは薺だった。

紗枝の口から、兄の名が漏れたからだ。

 

「紗枝…さん…。兄を兄さんを知ってるんですか!?」

「知ってるも何も……海翔は私と同じSATで…それに、私の…恋、人…」

「…へ?」

 

薺は間抜けな顔をする。暫し固まる二人。しかし、薺はすぐに表情を和らげたと思えば、突然小さく笑い出した。

 

「ぷっ……あ、あははは!なぁんだ!兄さんがいつも自慢してた彼女さんって紗枝さんだったんだ!」

「…へ?」

 

今度は紗枝が間抜けな表情になる。

薺の口から出た発言がどういうことか、理解出来ずにいた。

 

「兄さん、いつも私に言うんですよ!『俺の彼女はプライドは高いけど泣き虫だ』って!そのまんまだわ」

 

唖然としていた紗枝も時間が経つに連れ、わなわなと怒りが湧き上がってくる。その様子に気付いた薺もいい加減に笑えなくなってきた。

 

「あ……紗枝、さん?」

「海翔……絶対、殺してやる……」

「そ、それはともかく…!紗枝さん!兄さんは今どこに?」

「海翔は今日は……休暇で家に帰ったはずだけど…」

「ええ!?うそぉ!でも、帰りが遅くて…不安になって…だからここに来たのに…」

「中々のお兄さん思いね」

「なっ…!」

 

薺の顔はみるみる内に赤くなっていく。満更でもないようだ。

 

「じゃあ…彼に会えたらお互いに説教ね!」

「…そうですね」

 

紗枝と薺はふふっと微笑みあった。

その時、車の扉…紗枝側の方がバンバンバンと叩かれた。紗枝は拳銃を抜き、向けるがそこには一人の男性が両手を上げて立っていた。

 

「おい!待て!俺は奴らじゃないぜ⁈」

「……ふぅん…。私を忘れた訳じゃないわね?智之」

「ゲッ!あんたは…!」

「ほら、乗りたいんでしょ?私は海翔みたいに鬼じゃないわ」

 

智之は何とも言えない感じで後ろに座る。

そして、紗枝は間髪入れずに質問する。

 

「久しぶりね。覚醒剤からは抜け出せた?」

「覚醒剤?」

 

薺は(いぶか)し気に智之を見た。

 

「う、うっせー!」

 

そう…。智之は二年前、覚醒剤所持及び使用で海翔と紗枝に逮捕されていたのだ。一度捕まえた犯罪者を紗枝は忘れない。

 

「それよりも!この車はどこに向かってるんだ?」

「学校よ。脱出するためにね」

「学校⁈」

「もちろん、手伝ってもらうからね、智之?」

 

智之はがっくしと肩を落とし、こう呟くのだった。

 

「乗るんじゃなかった…」

 

 

 

「ど、どうして…それを…」

 

海翔は目を大きく見開いて呟いた。

 

「薺が…ここに来た理由を教えてくれたんだ」

「薺が…?」

 

海翔は竜馬の話を聞いていく度に落ち着きを取り戻していく。

 

「お前が……薺を浚(さら)ったとか、そういうのではなくて?」

「んなわけあるか!初対面で!」

「……あぁ…とんだ勘違いをしちまった…」

 

海翔は申し訳なさそうに言う。マシンガンの銃口を下に向け、はぁ…と小さく溜め息を吐いた。玲奈と竜馬も海翔が落ち着きを戻して銃をおろしてくれて、ホッとする。

 

「なら、そうと先に言ってくれよ…」

「お前が先に銃口向けてきたんだろが!」

「そうだったな…」

 

海翔はふざけながら笑う。その笑顔も薺とそっくりで、薺の兄というのは間違いなさそうだった。

 

「竜馬だ。こっちは玲奈。名前は?」

「海翔だ」

 

二人は握手する。

 

「で、薺は?」

「今、ここから脱出するために学校に向かっている」

「学校…?どうしてそんなところに…」

「…悪いけど…それは後で」

 

玲奈は拳銃を抜き、海翔の後ろに照準を合わせ、引き金を引いた。肉が抉られるような音と共に倒れる音がした。海翔が振り向くと、そこにはアンデッドが一体、眉間に穴を空けて倒れていた。

 

「話してる内に、来ちまったようだな…」

「…学校か…。来い!案内する!…嫌なところを通るがな…」

 

海翔はそう言って先導する。玲奈はその“嫌なところ”について聞く。

 

「嫌なところって?」

「…土葬墓地」

 

 

急いで薺と紗枝と合流するために嫌な墓地を近道で歩く三人。

夜…雨が降り、雷が鳴る中、墓地の真ん中を通るなんてこの上なく不快な気分だった。しかも、地面がぬかるみ、動きが緩慢になる。

 

「日本に、土葬墓地なんてあったんだな…」

「ここだけだよ。こんなに大きいのは…くっ…!」

 

海翔は突然肩を抑えた。そこからは赤い鮮血が流れているのが見えた。そして、海翔の目の下に隈らしきものが出来ているのに気付いた玲奈は、瞬時に拳銃を抜く。だが、それに気付いた海翔も拳銃を抜き、お互いの頭に銃口を向けた。

 

「玲奈⁈何して…⁈」

「彼は感染している」

「……感染?」

 

海翔は聞き返す。

 

「あなたには話していなかったわね。今この街にいるのは、ウィルスに侵された人間のなれの果てなの。傷口から侵入したウィルスは徐々に蝕んで……やがてアンデッドになる…」

「…なるほどな…。だからこの街の奴らはイカれていたわけだ。で?俺がそのアンデッドになる前に殺ろうって訳か?」

「そういうこと」

 

暫く二人は硬直状態になる。

竜馬もどうしたらいいか分からず、戸惑ってしまう。

すると、玲奈から先に拳銃を降ろした。海翔も先に言いだした玲奈が降ろしたことで少し目を細めた。

 

「…いいのか?」

「ええ。薺のことを考えたら残酷だし…。でも、奴らになったら、真っ先に殺すわ」

「……お構いなく」

 

海翔も拳銃を降ろした。竜馬は安堵の溜め息を吐いた。

その時…突然地面から腕が伸びて竜馬の足を掴んだ。

 

「何だ⁈う、嘘だろ!おい‼」

「こいつら……ウィルスで復活したのか⁈」

 

海翔が驚きの声を漏らしていると、玲奈は出てきたアンデッドの頭を蹴り上げて、首をへし折った。そこから、竜馬を立たせて走ろうとしたが、次々と地面からアンデッドが湧き出してきたのだ。

玲奈は竜馬を置いて一人で走っていく。前方に立ちはだかるアンデッドの頭を殴る。更に墓石を飛び越えて、アンデッドを掴んで地面に押し倒し、腐った頭を踏み潰した。更に後ろにいるアンデッドを前を向いたまま、蹴り上げる。

 

「玲奈!こいつらはどうやったら死ぬんだ⁈」

 

海翔がそう叫ぶ。玲奈は色々な装備を身に纏った身体とは思えない身体の熟しでアンデッドを圧倒しながら答えた。

 

「頭よ!」

 

雨のせいで聞こえないと思った玲奈は大きく叫んだ。海翔と竜馬は頷き、拳銃を構えたが、玲奈はそれを止める。

 

「ダメ!私がどうにかするから…!そこの木に集まって!」

 

玲奈は最後に残った手榴弾のピンを抜き……。

 

「伏せて‼」

 

玲奈の叫び声を聞き、二人は木の根元に伏せた。玲奈はアンデッドの塊に手榴弾を投げた。手榴弾が爆発すると、足腰がきちんとしていないアンデッドたちは爆風だけでも倒れてしまった。爆発の震動でも倒れるアンデッドもいた。玲奈は立ち上がろうとするアンデッドを蹴り倒して先導する。

 

「こっちよ!今なら逃げられるわ!」

 

二人も玲奈の後を必死に追う。竜馬はふと地面に目をやると、『安らかにお眠りを』と刻まれた石碑とそれを枕にして死んだアンデッドの死体があった。しかも、顔面は長年地面に埋められていたせいか、蛆(うじ)虫がたくさん湧いていた。

それを見た竜馬はボソリと漏らした。

 

「…安らかに眠れそうにねえな…こりゃ…」

「ええ同感」

 

玲奈も賛同するように呟き、墓地を突っ切って行ったのだった。




どうしても墓地での戦闘は書きたかったので、ここに入れました。
因みに土葬墓地は日本にはあります。


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第20話 学校サバイバル(前編)

初の前後編です


学校の校門前に車を停めて、紗枝と薺は車を降りる。

智之は車でお留守番並びに車を奪われないようにするための番として置いていくことにした。車のエンジンは切ってあるし、キーもない。運転するにはキーがいるし、紗枝みたいにエンジンを直結する知識も技術もない智之が車を奪うことは出来ない。一人で怖気づいて逃げるという可能性もなくはないが、アンデッドが蠢くこんな街で一人にはなりたくないだろう。

孤独は人間の心理的な面では避けたいことだ。

なので…問題はないだろう。

紗枝と薺は明かりが一つも漏れていない暗い学校の校舎を見上げた。小学校校舎も紗枝たちを見下ろしているみたいで、少し不気味だった。

 

「要三氏の娘さん…どこにいるのかしら…」

「中をくまなく探すしかなさそうね」

「奴ら…絶対いるよね?」

「…………」

 

紗枝は薺の問いに答えなかった。

紗枝が先頭に正面玄関から中に入っていく。灯りを付けようと電灯のスイッチを押しても何の反応もない。

電源が落ちてしまっているらしい。

 

「二手に分かれましょう。1時間後にこの玄関にもう一度集合しましょう」

 

薺は頷く。薺は東棟に、紗枝は西棟に向かっていった。

二人とも、正直、一人で行動するのは…とても怖かった。

紗枝は拳銃を構えながらゆっくり廊下を進んでいく。彼女の耳には何一つとして物音が聞こえなかった。何かが動く音、声、気配も感じない。夜だから当然…と思いたくなる。

それに、ここまで静かだと本当に学校に隠れているのかと疑いたくなってしまうのが紗枝の心情だった。さっきの要三氏の話ももしかしたら口から出まかせかもしれない。だが、まだ校内の半分も探していないのに文句を言うのは良くないと思った紗枝は嫌な考えを全て吹き飛ばして、感覚を研ぎ澄ませる。一つの教室の扉をゆっくり開ける。

そこはアンデッドの襲撃を受けたらしく、床はもちろん壁、机に椅子、黒板、果てには天井にまで血が飛び散って赤黒く変色していた。だが、教室内にアンデッドの姿はない。

中に入って、一応声をかけてみる。

 

「誰か……いる?」

 

暫く待ってみたが、何の返事もない。ここにいないと判断した紗枝が教室から出て行こうとした時…。

 

「!」

 

何か小さな影が教室から逃げるように飛び出していったのを紗枝は見逃さなかった。紗枝はすぐにその影を追う。

 

「待って‼」

 

しかし、どんなに声をかけても影は止まらない。チラッと見えた感じだが、子供のように見えた。もしかしたら要三氏の娘かもしれないと思った紗枝は必死に追うが、曲がり角を利用したのか見失ってしまう。

 

「はぁ……はぁ……」

 

ここまで来て見失う訳にいかない。紗枝の感覚では恐らく時刻は深夜の3時を回ろうとしているだろう。ここでちんたらしている暇すらない。紗枝はアンデッドを誘き寄せてしまうのを覚悟で大声を上げた。

 

「私は…あなたのお父さんから助けてくれるように頼まれたの!怯えずに出てきて!私は悪い人じゃないわ‼」

「………本当?」

 

紗枝の後ろから声が聞こえた。紗枝は反射的に拳銃を向けてしまった。振り向くと、少しビクついた黒髪の少女が怯えたような表情で紗枝を見ていた。

紗枝は「あ…」と声を漏らし、拳銃をしまって、目線を少女と同じに合わせた。

 

「あなたが……要三氏の娘さん?」

「うん……。律代(りつよ)って言うの…」

「律代…いい名前ね」

「ママが…付けてくれたの」

「怖かったでしょう?私がついてあげるから一緒に出ましょう?」

「…お姉さん……1人?」

「いいえ。他に3人いて、近くに1人……」

 

その時、律代が背負っていたリュックが火災報知器のボタンを押してしまったのだ。紗枝も子供の頃からやかましいと思う大きな警報音が校内全体に響いていく。紗枝はこれは非常にまずいと急いでここから離れようとした時、前方から児童のアンデッドがうじゃうじゃ湧いてきた。そして、紗枝たちを見ると、嬉しそうに口から血をタラリと垂らした。

 

「こっち!」

 

律代は紗枝の手を引っ張って廊下を走り出し、別の部屋に入っていく。アンデッドも追ってくるが、紗枝は扉を閉め、ツマミを捻って扉に鍵を締めた。そして、入った部屋は…。

 

「調理室…」

 

後方の扉はバンバンと叩く音が引っ切り無しに聞こえてくる。長くは持ちそうにはなさそうなため、離れるのが懸命だと判断した紗枝だが、目の前にいる()を見て、溜め息を吐きたくなった。

 

「……運が悪いわね…」

 

調理器具の影から血だらけの犬が歩いてきた。

しかも3匹…いや4匹だ。

この状況は紗枝にとっては最悪以外何物でもなかった。

 

「お姉さん…」

 

律代は紗枝の後ろに隠れる。

紗枝もここで死ぬわけにもいかず、拳銃を腰から抜いた。

 

「さあ…かかってきなさい!」

 

犬たちは一回吠えると、紗枝たちに向かっていったのだった。

 

 

 

 

薺も紗枝と同様、暗い校舎内を歩いていた。しかし、突然火災報知器が紗枝の向かった西棟から響いてきたのだ。驚いてそっちを向くと、U字型廊下の一番奥から紗枝と見知らぬ少女が別の部屋に入ろうとしているところが見えた。更に後ろには、無数のアンデッドがいた。

 

「紗枝さん!」

 

薺は叫んだが、こんな遠くでは紗枝の耳には聞こえず、紗枝はそのまま部屋の中へと消えて行った。薺もそこに向かうために、廊下を元に戻ろうとするが、火災報知器の警報音に反応したアンデッドが次々と教室から出てきた。

 

「急いでいるっていうのに!」

 

愚痴を溢しながらも薺は拳銃を構えて、的確にアンデッドの頭を撃ち抜いていく。が、横の扉からアンデッドが飛び出してきて、薺に覆い被さって来たのだ。しかも、突然出てきたため、肝心の拳銃を手から放してしまった。更にアンデッドは薺の上に跨り、馬乗りになる。

 

「いやぁ‼」

 

薺自身信じられないくらいか弱い声を出してしまった。薺はアンデッドに噛まれないように顎と額に手を置いて必死に抵抗する。しかし、廊下に出てきたアンデッド…残り二体も徐々に薺に近付いてきている。早くこの跨ったアンデッドを始末しなければ、奴らの餌となってしまう。

 

「くっ……この…ぉ……!」

 

薺はここで兄に教わったことを思い出す。馬乗りにされた時の最善の対処法…。それは相手の腹を蹴り上げることだ。薺は思い出した通りにアンデッドの腹に膝蹴りを食らわせる。食らった途端、アンデッドの口からおぞましい量の血が噴き出す。それは薺の顔にかかるが、そんなこと気にせず薺はアンデッドの拘束から抜け出し、落とした拳銃を拾うと、馬乗りになったアンデッドを殺した。そこから既に1mと離れていないアンデッドのも撃とうとしたが、カチンと乾いた金属音が響いた。

 

「えっ?」

 

それは弾切れの音だった。スライドが開いていることに薺は気付いていなかったのだ。グリップは腰に挿してあるが、今から取っても間に合わないだろう。

茫然としている薺…アンデッドは薺の肩を掴み、口を大きく開けた瞬間…一瞬で目が覚める程の声が薺の耳に聞こえた。

 

「薺ぁ‼」

 

掴みかかっていたアンデッドが突如吹き飛び、首にナイフを突き刺す姿が暗闇でも分かった。もう一体は至近距離で側頭部を拳銃で吹き飛ばしていた。

 

「薺!大丈夫⁈」

「れ……玲奈……」

 

急に薺の足腰に力が入らなくなり、がくりと膝から崩れる薺を支えたのは…薺の兄、海翔だった。

 

「薺…来たぞ…」

「兄…さん…」

 

薺はポツリと呟いた。海翔は優しく笑いながら、薺の顔に付いている血をハンカチで拭ってやった。そして、海翔の耳にグスッと鼻水を(すす)る音が聞こえた。

 

「薺…?」

「兄さん…怖かった、よぉ…」

 

薺の様子を見ていた玲奈も竜馬も開いた口が塞がらなかった。

薺がこんなに涙脆いと思っていなかったから…。が、薺は伝えなきゃいけないことを思い出し、3人に叫んだ。

 

「玲奈、竜馬、兄さん!紗枝さんが…あの扉の奥に…!」

「紗枝…?紗枝⁈今、紗枝って…!」

 

薺が指差す先を見た海翔は我先へと、廊下を猛スピードを突っ走っていく。三人が茫然と見ていたが、玲奈はふと口を滑らした。

 

「あれは……アレね…」

「……だな…」

 

玲奈と竜馬は顔を見合わせて、苦笑いした。

そして、薺はあんなに焦った兄を見たのが初めてで…再び茫然自失としていたのだった。




次回、後編です。
原作のクレアと違い、意外と涙脆い薺。


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第21話 学校サバイバル(後編)

犬たちと殺り合います。それと、ここでタグに『恋愛』を入れた理由も分かるかと…。


「くっ……」

 

紗枝は律代を引き連れて、犬たちから逃げていた。調理場の影に身を潜めて奴らがどこにいるのか確認するが、辺りをウロウロしていてここから離れる様子は見られない。リッカーと同等かそれ以上の運動能力に素早さを兼ね備えた犬とまともにやり合うのは無謀だと、紗枝でも分かっていた。

分かってはいたが、本題はこれからどうするかだった。銃もまともに構える時間も与えてくれない犬を相手にする手立てを考えなくてはならず、紗枝にはもう後がなかった。その中で唯一助かったことと言えば、アンデッド化した犬は嗅覚はかなり衰えていることくらいだろうか…。だが、その代わり目はかなり良くなっているようだが…。

 

「どうする…?寄ってきているよ…」

 

律代の言う通り、犬はゆっくりとだが着実にこちらに足を進めていた。紗枝は辺りを眺めて何かないか探す。ここは調理室だから包丁などの刃物はある。けど、アンデッドであれば、この包丁も使い道もあったが、犬に接近戦をするにしても投げるにしても刺せることは無いだろう。そんな中、紗枝は目の前にあるものに目を付ける。

 

「…!」

 

かなり危険な手だと分かっているが、これに賭けるしかなかった。

今、立ち上がったら犬たちにバレることは分かっていたが、やるしかなかった。

紗枝は命を投げ捨てる覚悟で近くのコンロの元栓を開き、プロパンガスを空気中に放出した。そして予想通り、犬は紗枝を目視し、突っ込んで来る。紗枝は吊らされていたフライパンを咄嗟に掴んで、野球のバットを振る要領で犬の顔面に渾身の一撃を食らわせた。クゥンと痛そうな声を上げた犬は吹き飛んだのを見て、紗枝は律代の手を握って叫んだ。

 

「来て!」

 

律代は突然走らされて、焦ってしまい足がもたついてしまう。更に紗枝の走るペースについていけず、転んでしまう。

 

「あっ…!」

 

冷静な紗枝なら律代がまだ子供だと考慮して行動したが、こんな時に律代が転んでしまうのではと考慮出来なかった。

転んだ律代を今度は標的にした犬は犬歯を見せつけた。だが、律代が襲われる前に紗枝は自分の身体を大胆に利用して犬に体当たりをかました。犬は跳躍した途端に軌道をずらされてバランスを失い、机の角に頭をぶつけた。そして、そのまま動かなくなった。

紗枝は再びコンロのツマミを弄って、プロパンガスを空気中に放散させる。空気よりも重たいプロパンガスは徐々に調理室に溜まっていき、遂に紗枝と律代の鼻にもツンとした臭いがしてきた。ここで紗枝は漸く出口に向かいながら、先ほど拝借したマッチを取り出し、火を付け投げ捨てた。紗枝の計算なら、マッチの火で引火したプロパンガスが爆発する…そういうものだったが、マッチというのは、長く火が付くのを想定して作られてはいない。計算とは異なり、マッチの火に引火することはなかった。

紗枝は歯を噛み締めながらも一気に走る。が、暗闇の中から複数の人影が紗枝の目に映った。そして、聞き覚えのある声が紗枝の耳に聞こえた。

 

「紗枝!」

「えっ⁈その声……海翔(かいと)⁈どうしてここに…⁈」

「いいから説明は後だ!その子を…!」

 

海翔が急ぐ理由は、後ろからやって来る犬もそうだったが、もう一つは…玲奈がライターに火を付けて待っていることだった。

 

「!分かった!」

 

紗枝も玲奈のしようとしていることに気付き、2人で律代を抱えて走り出す。

犬にやられるか……爆発で吹き飛ぶか……または生き残るか…。

犬が調理室の扉を突破した瞬間、玲奈はライターを投げ入れた。ライターの火に気化したプロパンガスは引火し、調理室だけでなく、その外にまで爆発の範囲は広がった。その爆発から、紗枝と海翔は息がぴったりなくらいに大きく跳躍して逃れた。

 

「げほっ…」

 

倒れ、息が噎せている紗枝に真っ先に近寄ったのは海翔だった。

 

「紗枝、無事か…?」

「海翔……」

 

犬からの追跡が無くなり、安堵感に沈む紗枝。

そのせいか、場所も考えずに紗枝は海翔の唇を奪った。海翔も目を丸くして驚くばかり。それを見ている玲奈たちも「やれやれ…」と言ったところだ。

そして、玲奈は紗枝が抱えていた律代をじっと見詰めた。

 

「あ……要三氏の娘さんの律代よ」

 

すかさず紗枝は説明を入れる。だが、玲奈はそんなことは全く耳に入っていなかった。玲奈は律代は…自分と同じであると分かった。

 

「この子……感染してる…。それもかなり重度よ」

「どうして分かるの?」

 

玲奈が答えようとした時、律代が先に口を挟んだ。

 

「この人も私と同じだから…」

 

4人は律代の発言に驚愕する。

玲奈が感染しているなんて…彼らの目にはそんな風に見えなかったからだ。

 

「感染?嘘でしょ⁈どうして黙ってたの!」

 

薺が怒鳴る。玲奈は淡々と言葉を並べる。

 

「さっき歩きながら話したでしょ?アンブレラ社に人体実験されていたって…。その実験内容が…J-ウィルスの投与だったわけ…」

「じゃあ…玲奈のその馬鹿力は…ウィルスによるものだってことか?」

「……馬鹿力は余計だけど、その通りよ、竜馬」

 

玲奈は膝を曲げて律代と同じ視線にする。

 

「そのリュックの中身……見せてくれない?」

「ダメだよ……。パパが、誰にも見せるなって…」

「お願い」

 

暫く考え込む律代だったが、玲奈の目力に負けたのか素直にリュックを降ろした。中からは銀色の弁当箱のようなものを取り出して玲奈に差し出した。

 

「お姉さんも私と同じだから……信用できる」

「…ありがと」

 

玲奈が箱の横に付いているボタンを押すと、横からプシュゥと小さな音を出しながら開いた。中には緑色の液体が詰め込まれた試験管が合計4本…注射器と共に入っていた。

これが何なのかは、玲奈は()()()から知っている。

 

「抗ウィルスだわ」

「パパが…必ず持っていろって…」

「でも…どうして子供なんかに…」

 

皆の視線が律代に集まる。律代はすぐに説明する。

 

「パパは…私が不治の病から助けるためにあのウィルスを作ったの…。私の母も同じ病気で死んだから……娘の私にも同じ運命を辿らせたくなかったの。けど…その成果も、ウィルスも、金でアンブレラは買い取ったの。パパは私のために奴らに従うしかなくて…。私みたいな大病を患っている人には物凄い画期的だったけど……それ以外の人は……」

 

律代は辛い胸の内を明かした。

 

「悪いのはパパじゃないよ…。悪いのはパパの研究を奪って…今回の事態もパパのせいにしょうとしているアンブレラの人たちだよ‼」

 

大粒の涙を溢しながら訴えかける律代を玲奈は優しく抱きしめた。

 

「分かってる…。大丈夫よ、パパは何にも悪くない…」

「お姉さん…」

 

シクシク泣く律代を玲奈は泣き止むまで受け止め続けた。

暫く時間が経ってから、竜馬が声を上げた。

 

「時間もない。行こう」

「そうだな……。ぐふっ…!」

 

突然海翔が吐血したのだ。

 

「海翔⁈」

「あ…あぁ…。大丈夫だ…」

「運が良かったわね。これがあるから…」

 

玲奈は抗ウィルスを入れた箱を指差す。

さっき死刑の判決をされたも同然の海翔はホッと息を吐くのだった。

 

 

 

 

車の中で智之は退屈そうにふんぞり返って、昼寝をしていた。その姿を見た玲奈が紗枝に視線をやると、紗枝は大きく溜め息を吐いて車のドアを開けた。

 

「ほら!起きなさい!」

 

紗枝は智之の服の襟を掴んで車外に降ろし、頬を叩いた。ペチンと良い音が響き、智之は目を覚ました。

 

「痛っ…!なっ、何すんだ!折角気持ちよく寝てたつうのに……よ…」

 

智之は今自分の周りにいる人の数に驚きを隠せなかった。特に、奥で額をピクピクさせながら笑っている海翔を見た時には…智之の顔はサァーーと引いていき、唇は自然とガタガタ震えた。

 

「…よぅ、智之…。元気だったか?」

「海翔……さん…」

「何か言うことは?」

 

わざと明るい声で話す海翔によって恐怖心を煽られる智之。

 

「す、すみません…」

 

やけに大人しく謝った智之に皆、笑いを漏らすのだった。




次回は原作ではビルの壁を走る辺りの話なんですが、どうしようか迷っています。
8割:原作沿い
2割:オリジナル
の可能性が高いです。


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第22話 罠

車で暇していた智之と合流した一行だが、紗枝たちが拝借した車ではここまでの人数…7名はさすがに乗れなかったため、紗枝がもっと大きい新たな自動車の直結を試みている。

その間に近くの公衆電話が再び鳴った。まあ、相手は考える必要もないだろう。玲奈はすぐさま受話器を取る。

 

『どうやら娘は助けてくれたようだな…。なんとお礼を言ったらいいか…』

「助けるには苦労したのよ?この借りはあなたの口から脱出方法を聞くことでチャラにしてあげる。で…早く教えて」

『その前に…娘、律代の声を聞かせてくれないか…?』

 

玲奈はその気持ちは分からなくもなかったから素直に受話器を律代に渡した。

 

「律代、パパからよ」

「本当⁈」

 

途端、律代の表情は明るくなる。あんなに暗かった表情は一気に吹き飛んだ。受話器を受け取ると喜々した様子で話し始めた。

 

「パパ⁈」

『おぉ…!律代!無事だったか、良かった!』

「うん!早く会いたいよ!」

『大丈夫さ。もうすぐ会える。それまではそのお姉さんの言うことをきちんと聞くんだぞ?』

「うん」

『さっきの人に変わってくれ』

 

律代は受話器を玲奈に渡す。

 

「で、脱出方法は?」

『そこから約2km先にアンブレラ本社ビルがある。そこの屋上からヘリの最終便が出発する。時間は今から約1時間後だ』

「……今の話、聞く限り私たち専用…ではなさそうね」

『その通りだ。最後にビルに残った傭兵専用だ。だが警備も手薄。君たちなら楽に奪えるはずだ。そこには銃を扱える人が5人くらいいるだろう?』

「…よく見てるわね」

 

玲奈は監視カメラを見ながら言う。

 

「ヘリを盗んだとして、どこに向かえばいいのかしら?」

『それは屋上で私が待っているからそこで教える。早くしたまえ』

「分かった。娘さんを無事に送ってあげるわ」

 

玲奈はそう言って受話器を元に戻した。その瞬間、紗枝は大型車…ワゴンなのだが、直結に成功したらしく、エンジン音が鳴り響く。

 

「紗枝、タクシー、お願い出来る?」

「料金は貰うわよ?どこへ?」

「アンブレラ本社へ」

 

 

 

 

要三は監視カメラを駆使して玲奈たちの動きを追跡していた。が、突然自身のパソコンに『error』の表示が出てきて、それ以降パソコンはうんともすんとも言わなくなった。

 

「な、何だ?」

 

焦り出す要三の後ろに人影が見えた。

 

「コンピューターを簡単に止める方法を知っているかな?」

 

要三はギクリとしたが、冷静になって回転式の椅子を回し、佳祐に振り向いた。要三は佳祐が自分を殺さないことは分かっていた。要三はアンブレラにとってかなり重要な人物で、使い勝手がいい人物でもある。

 

「それはな……コンセントから引っこ抜くか…」

 

佳祐は要三の横にあったパソコンを拳銃で撃ち抜き、使い物にならないようにした。要三はビクッとなったが、きちんと佳祐を睨んだ。

 

「壊してしまえばいい。だが、いい仕事をしてくれたよ。博士は態々(わざわざ)ここに玲奈を呼んでくれたんだからな…」

「何度も言うが、私はもう君たちの命令通りには動かないぞ?」

「それでも構わないさ。でも、目の前で娘が痛めつけられたら…やる気も出るだろう?」

 

要三は唇を噛んだ。そして、佳祐は不敵な笑みを浮かべて要三のいる部屋から出て行った。もちろんこれ以上邪魔されないように見張りを付けて…。要三は玲奈たちに申し訳ないことをしてしまったと後悔した。

 

 

 

 

ワゴンの中で玲奈はすぐに海翔に律代の持っていた抗ウィルスの入った試験管を注射器に装填して、直接血管に入っていくように針を刺していく。

 

「いい、海翔。これはウィルスを()()()()()んじゃなくて…()()()()()()薬。完璧にウィルスは死滅しないから注意して」

「構わないさ。あんな化け物どもになるかよりかはマシさ。それよりも…注射器、使うの上手いな。前は看護師か?」

「えっ…」

 

玲奈は今海翔に言われて気付いた。

何故、こんなに注射器を使うのが上手いのだろうかと。

どこかで使ったから…?

どこで…どこで…。

そんな考えをしていると、玲奈の耳に大きな声が響いてきた。

 

「おい玲奈!…平気か?」

「え、えぇ」

「それより…ヘリはどうやって盗むんだ?真正面から突っ込むつもりか?」

「アンブレラ本社ビルは東京では一二を争う程高いビル。まずは隣のビルから偵察ね。そこから狙える範囲の傭兵は…そのライフルで殺して」

 

玲奈は海翔のライフルを掴んで言った。

 

「それなら…紗枝が大抜擢だな」

「…どうして?」

「彼女が得意なのは…狙撃だからさ」

 

 

 

 

紗枝はアンブレラ本社のビルの隣のビルから様子を探る。要三氏は屋上と言っていたが、一番上の屋上ではなかった。紗枝の見た感じおよそ50階建てのビルの中腹更に下にある簡易な屋上に航空自衛隊専用のヘリが着陸していた。紗枝はライフルのスコープを暗視用にする。黒いヘルメットに防弾着を付けた傭兵がそこから見た限り…。

 

「8…ってとこかしら…」

 

紗枝はその屋上に待機している玲奈と海翔に無線で連絡する。

 

「敵は8人。ここからなら2人撃てる」

『…紗枝、その2人…頭を撃ち抜いて』

 

玲奈の射殺命令…。普段なら違和感しかないが、今回は話が別だ。紗枝たちを見殺しにしようとしたアンブレラが相手だ。紗枝は不気味にほくそ笑んで引き金を引いた。

 

 

 

 

屋上に通じる非常階段で待機中の玲奈と海翔は紗枝の撃ったライフルの銃声が静寂を破ったのが耳に聞こえた。奥にいた傭兵二人がヘルメットを貫通して倒れていくのが見えた。

 

「行くわよ!」

 

玲奈と海翔はその間に突破する。海翔は傭兵のマシンガンを掴むとその銃尻で顔面を殴り、そのまま地面に倒してしまうと首をゴキッと折った。

玲奈は傭兵の足を蹴ってへし折ると、その傭兵の腰から拳銃を盗むと防弾着のギリギリ…脇腹辺りを撃ち抜く。それで2人を殺した。残った1人はナイフを出してきた。その刃先が玲奈の腹を裂き、僅かに血が飛ぶ。苦痛に顔を歪ませる玲奈だが、横に一回転させて、死んだ傭兵から警棒らしきものを抜き、身体を捻って回転かけ、ヘルメットに強烈な一撃を与えた。その威力はヘルメットのガラス部分が粉々に砕け散ってしまう程で、その一撃で傭兵は二度と動かなかった。

それから数分後、竜馬たち5人が階段を登ってきてこの惨状を目の当たりにした。これだけでもあの3人…特に玲奈の力がどれだけ強いのか見せつけられた感じで舌を巻いてしまった。玲奈は警棒を捨てて、竜馬たちのところに合流しようとする。

その時、倒れていた傭兵の1人が上半身を起こして玲奈に拳銃を向けたのだ。竜馬はもうほぼ無意識に近い状態で拳銃を抜き、玲奈の横…本当に真横に銃弾を走らせた。相手が引き金を引く前に銃弾は傭兵の首元に直撃し、呻き声を一瞬だけ上げて倒れた。

 

「1つ貸しでいいかな?」

「……そうしとくわ」

 

玲奈は苦笑いを浮かべた。

それから玲奈はヘリの中に向かっていく。電源は付いているから正常そうだ。後はこれで脱出するだけ…のはずだった。

余計な邪魔さえ入らなければ…。

 

「待ってたよ」

 

ヘリの操縦席から現れたのは佳祐だった。佳祐の手には拳銃が握られている。この狭いヘリの中では避けられそうにない。

 

「一応言っておこう。ヘリの外でも既に仲間の皆は拘束済みだ」

 

玲奈はそう言われ急いで外に出たが、時既に遅し。

先程までいなかったはずの傭兵が何十人と出てきて、竜馬たちを拘束していった。要三も杖を突きながらこちらにやって来た。その表情は申し訳なさそうだった。

 

「すまない…私の計略がバレてしまったのだ」

 

玲奈たちは罠に嵌ってしまったのだ。玲奈はこの状態では逆らえるはずがなかった。

 

 

 

 

車に押し潰されたタイラントの身体が僅かに動く。燃え上がった車を吹き飛ばし、まだ火が付いている防護服を脱ぐ。今まで抑えられていた(からだ)が解放され、タイラントは真の姿へと変貌する。奴の脳裏に焼き付いているのは、自身の頭を半分近く吹き飛ばした玲奈の姿だった。怒りに燃えるタイラントは天高く咆哮すると、アンデッドを薙ぎ倒しながら走っていく。その眼は…玲奈を殺すことを目的とする、悪魔の眼だった。




タイラント復活。少し、容姿は変えていこうと思います


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第23話 忘れてしまった者

戦闘描写満載です。



全ての武器を没収された竜馬たちは結束バンドで縛られたうえ、後ろに傭兵が一人一人、頭にマシンガンを銃口を向けている。

しかし、玲奈だけは拘束されず、佳祐の前に立たされている。

 

「…殺すのならさっさと殺しなさいよ?」

「君は殺さない。今から君にはやって貰わねばならないことがあってね」

 

佳祐が指を鳴らすと、ゴツ…ゴツ…と聞き覚えのある重い足音がこっちに近付いてきた。それはやはり、ネメシスだった。玲奈はどういうことなのか説明しろと言いたいばかりに強い眼力を佳祐に向けた。

 

「玲奈…君はJ-ウィルスを完全に取り込んだことで人間離れした力を発揮している。スピード…パワー…テクニック…治癒力…。どれを見ても素晴らしい。だが君はその力をまだ完全に出し切れていない。この際だ。我々が開発した最強の生物兵器のネメシスもいる。どちらが真の《最強》なのか見極めようと思ったんだ。言いたいことは分かるだろう?」

 

佳祐は玲奈の目の前に立ち、見下した目で呟いた。

 

「戦え」

 

玲奈は静かに佳祐を見詰めていた。

だが、数秒後に玲奈は唾を吐いてきっぱり言った。

 

「お断りよ。あんたの思い通りにはならない」

 

佳祐は頬に付いた唾をハンカチで拭き取る。

そして、溜め息がちに言う。

 

「……そうかい…」

 

突然佳祐は後ろを振り返ると、懐から拳銃を取り、要三の心臓を撃ち抜いた。

 

「パパ‼」

 

律代の悲壮な悲鳴が響き渡る。倒れる要三に必死にしがみ付いて抱きつくが、既に息はしていない。

 

「パパ‼パパぁ‼」

 

涙が止まらない律代を静かに皆見詰めていた。その中でも玲奈の目は激しい怒りで燃え上がり、それは佳祐に向けられる。

 

「俺は必要な人材でも容赦しない。何せ、そこには博士の娘がいる。その娘を研究すればこれからは事足りる」

「くずが…」

「もう一度だけ言ってやる。…戦え。でなきゃ今度はあそこに並んでいる間抜け共の後頭部から額に風穴が開くぞ?」

 

歯をギリッと噛み締めながらも玲奈は竜馬たちを見る。

次断ったら今度は竜馬たちの誰かが犠牲になってしまう。

玲奈は、もうウィルスで汚れた自分のせいで人が死ぬのはもう見たくなかった。佳祐を睨み続けながらも、玲奈はネメシスの方に足を動かした。ネメシスも持っているミニガンとロケットランチャーを降ろし、玲奈をその隻眼で睨んだ。

 

「いつでも始めろ。見物だからな…」

 

玲奈はそれを聞いた途端ネメシスの腹に蹴りをかます。

しかし、ネメシスは怯むどころかよろめきすらしない。

それでも玲奈には着実にネメシスにダメージを与えていくしかなかった。

今度は頭を掴んで顔面に膝蹴りを放つ。すると、ネメシスの身体が少しふらつく。

この調子だと思っていた玲奈だが、ネメシスもやられてばかりではない。玲奈の胸ぐらを掴み上げると、ストレートパンチが玲奈の顔面に命中する。

 

「ぐふっ‼」

 

そこから更に地面に投げ落とされる。

 

「あがっ…!」

 

粗い音を出しながら玲奈は地面を転がる。しかし、一般人が受ければ絶対に死ぬであろうあのパンチを受けても倒れなかった。顔に出来た痣も徐々に消えていく。佳祐はそれを見て、玲奈の治癒力が更に上がっていると確信し、にやりと笑った。

ネメシスは流れに乗ったのか、もの凄い速度で玲奈に迫り、先程と同じパンチをかましてくる。

玲奈はそれを避け、回転蹴りを腹に当てる。ネメシスは苦しそうな声を上げるが、そこから跳躍して今度は顔面に蹴りを食らわす。

剥き出しの歯が折れ、ネメシスは後退する。先程の戦闘からネメシスはどうやら足を玲奈みたいに大きく上げれないらしく、腕か頭しか攻撃には用いれない。しかし、その代わりに一撃が非常に重い。

それを理解した玲奈は怒涛の連続攻撃に出る。玲奈はこんなバカげた戦いを早く終わらせたかったのだ。

腹を殴り、跳躍してから首を蹴り、更に回転蹴り…。勢いは止まることを知らず、ネメシスは玲奈に攻撃される度に後退していく。だが突然目力を強くしたネメシスは玲奈の両肩を掴み、頭突きをした。

 

「があ…っ」

 

更にそのまま地面に伏せさせると、踵落としをしてきた。

 

「くっ!」

 

玲奈は素早く立ち上がって踵落としを避けた。が、威力は涙ものでコンクリートが軽く粉砕していた。

頭から熱い血が流れているのを感じながら玲奈は真正面から突っ込んで行く。跳躍して、顎に蹴りをぶつけようとしたが、なんとネメシスは体勢を低くして、玲奈の腹に強烈なアッパーを食らわせてきたのだ。

 

「ぐあぁ‼」

 

メリメリと胸骨が折れる音が中で響く。それから足を掴んで何度も地面に叩きつけるネメシス。

玲奈は息が出来ず、何度となく意識を失いかける。しかし…玲奈はどうにか意識を保ち続けた。

するとネメシスが唐突に地面に降ろした。そして、近くにあった金属の柱を捻じ曲げ、即席の棍棒を作り上げ、それを玲奈の頭目がけて突き刺してくる。

玲奈はすぐに立ち上がって、再び立ち上がる。ネメシスは棍棒を振り回してくる。

玲奈は棍棒、ネメシスの目をよく見て避けていく。が、時々肌を掠る。それを見た佳祐は玲奈が不利だと気遣ったのか、さっきの警棒を2本1、玲奈に投げ渡した。玲奈はそれをすぐに掴んでクロスさせると、ネメシスの棍棒を地面に落とした。

そして股の間を抜け背後を取ると、警棒の1本を勢いよくネメシスの足にぶつけて足元をふらつかせるとそこを蹴り上げた。立つことを維持出来なくなったネメシスはズシーンと大きな音を立てて、倒れた。

玲奈はネメシスに馬乗りになり、警棒を奴の口に突き刺してやろうとした。

が……突然玲奈の手が止まる。そして、涙がポロポロと零れ落ち始める。佳祐以外の人たちは何が起きているのかさっぱり分からず、動揺してしまう。

玲奈は……間近でネメシスの目を見た。その目の持ち主を…玲奈は知っていた。

あの時…あのハイブで、一緒に逃げて助け合い…一抹の恋心を抱いた人物…。

その名は……。

 

「竜也……」

「えっ…」

 

その言葉に反応したのは、竜馬だった。紗枝と海翔も玲奈の放った言葉に驚愕せざるを得なかった。

 

「あれが……兄さん…?嘘、だろ…」

 

竜馬は緊張していた肩をガクリと落とした。そして…彼の目からも熱い涙が流れた。

竜馬が竜也の弟だと知らない玲奈はネメシス…いや、ネメシスとなってしまった竜也の身体に抱きついて謝り続ける。

 

「竜也…竜也……。ごめんなさい…。今の今まで忘れてて……それに、いっぱい傷つけて…。私は…あなたを傷つけるつもりは……全くなかったのよ…」

「………つまらん。さっさと殺せ」

 

佳祐が玲奈に指示する。しかし、玲奈はネメシスから離れて佳祐の方を向くと言い返した。

 

「嫌よ…。彼は……竜也は…私にとっては大切な仲間…。絶対に殺したりなんかしない」

 

佳祐は溜め息を吐く。

 

「全く……玲奈、君には相変わらず失望させてくれるな…。そこが君の欠点だ。そこまで言うなら……その大切な仲間ごとあの世へ送ってやる!」

 

ネメシスは身体を起こし、地面に置いていたミニガンにロケットランチャーを掴むと、それを玲奈に向けた。

 

「君を先に殺したら彼らも逝く。…本当に残念だがな…」

 

玲奈はもう自分は死ぬと覚悟する。いくら奴が竜也だと分かっても意味は無かった。彼はアンブレラに操られているのだ。こちらのことなど覚えているはずもない。玲奈は目を閉じて最後の時を待つ。そして…小声で呟いた。

 

「好き……だったわよ、竜也…」

 

ネメシスは引き金を引いた。速射音が玲奈の耳に響く。

が…弾は玲奈の隣にいた傭兵たちに浴びせられた。この予想外の出来事に玲奈は暫し固まってしまう。

 

「何してるんだ⁈」

 

佳祐がどんなに叫んでもネメシスは傭兵たちへの射撃を止めない。

玲奈は分かった。竜也は自らの意志でアンブレラに牙を向き、玲奈たちを助けてくれているのだと…。玲奈は竜也を見てこう言った。

 

「竜也…ありがとう…」

 

 

 

 

その頃、紗枝は隠し持っていた十徳ナイフで結束バンドを切り、傭兵に掴みかかった。銃を奪い、ヘルメット越しでも構わず引き金を引いた。そして十徳ナイフを海翔に渡し、更にやって来る傭兵たちに銃撃戦を展開する。海翔も拘束から逃げ出すと、要三の死体の前で啜り泣く律代を連れて壁に隠れる。

 

「ここで大人しくするんだ」

 

海翔、紗枝、そして竜馬の3人で傭兵を圧倒していく。3人が傭兵たちを皆殺しにするのは時間の問題だった。

 

 

 

 

形成を逆転されそうになっている佳祐はヘリの無線で東京から連絡を待っている飛行機に伝えた。

 

「こちら佳祐だ!今すぐ核をミサイルを発射しろ!」

『了解。発射します』

 

佳祐はいつまで経ってもヘリが離陸せず、パイロットに怒鳴りに向かった。

 

「何ぼやぼやしてるんだ⁈」

 

しかし…運転席にはパイロット以外にもう1人いた。

 

「俺、ヘリ操縦したことないんで」

 

パイロットの頭に拳銃を向けている智之は今回の一件のお返しと言わんばかりに佳祐に顔面ノックを食らわせてやった。




次回、タイラントがもう一度来ます。


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第24話 東京最終決戦

形成を逆転した玲奈たちだったが、アンブレラが玲奈と律代の奪還、または殺害を簡単に諦めてくれるはずがなかった。次々と増援が現れ、少人数の玲奈たちが追い詰められていく…ことはなかった。

何故なら彼らが自慢していた最強の生物兵器…ネメシスとなった竜也が玲奈たちを守っていたからだ。いくら撃たれても倒れることはなく、正に現代版の武蔵坊弁慶そのものだった。

だが、その陰で玲奈はヘリに追われていた。

 

『武器を捨てて投降しろ!』

 

ヘリのスピーカーから聞こえる警報を無視して玲奈は走り出すが、ヘリに装備されたマシンガンが玲奈に容赦なく降りかかってくる。『投降しろ』と言う割には全く生かそうとする感じは見られなかった。玲奈はガラスに突っ込み、ヘリからの急襲を逃れたが、目の前にはライフルを構えた傭兵が3人…立ちはだかっていた。拳銃を構えられる距離ではない。

 

「銃を捨てろ」

「…分かったわ」

 

ヘルメット越しの声に玲奈は素直に応じた。

手を上げた位置から拳銃を落とす玲奈。

それこそ、彼女の狙いだった。拳銃が落ちていく様子に一瞬、敵は玲奈から目を逸らした。その瞬間、玲奈は身体を崩すと、落下中の拳銃を掴み、傭兵3人の頭を撃ち抜いた。玲奈はふぅと息を整えると、再び外に出た。

玲奈が外に出ると、ヘリは竜馬が庇う律代を狙っていた。もちろんその前にいる竜馬も標的の1人だ。

 

「まずい…!」

 

しかし…ここで信じられないことが起きた。突然車が下から宙を舞って来たのだ。その車はヘリにぶつかり、バランスを失う。そして…ガラスを割る音が定期的に聞こえ、飛び出てきた()()がヘリを無造作に掴むと、真っ二つに破壊した。

思わぬ形で助かったかと思えば、奴は玲奈たちを見ると、瞳孔を大きく開き、耳を塞いでしまう程の咆哮を放った。

 

「うぅぅ…!こいつは……」

「玲奈、あの時の…!」

 

薺は叫ぶ。こいつはさっき玲奈が頭部の半分を吹き飛ばして殺したはずのタイラントだった。しかし…明らかに容姿は異なっていた。灰色のコートを纏っていた時よりも(からだ)は大きくなっている。灰緑色の肌に異様に巨大な右手…そして圧倒的な威圧感…。

玲奈は拳銃を握る手が微かに震えるのを感じた。そして、玲奈たちを追っていた傭兵たちもタイラントを見て明らかに動揺を隠せていなかった。恐怖に負け、逃げ出す者もいた。

だが、タイラントはそれを許さなかった。玲奈以上の跳躍を見せ、逃げる傭兵の真上に着地し、その身体を粉砕した。

 

「う…そ……」

 

薺は声を漏らした。あんな化け物を倒せるとは誰も思っていなかった。

しかし…玲奈は再び挑むつもりだ。

足を前に動かし、奴の方に進む。

 

「薺……先に皆をヘリに乗せて。私が時間を稼ぐ…」

「そんなの無理よ…!玲奈も乗って逃げようよ!」

「誰かが残らないと…私たち皆殺される」

「なら……俺が援護する」

 

名乗り出たのは竜馬だった。

竜馬は薺の肩を掴むと、後ろに放り投げた。

 

「さっさと行け!」

 

薺は唇を噛んで、玲奈たちから離れていく。タイラントが傭兵たちを抹殺中に玲奈は最後になるかもしれないと思い、質問する。

 

「竜馬…あなたは…」

「…あぁ、竜也は俺の兄さんさ」

「………私は…」

「分かっている!分かっているさ…。もう現実は認識した」

 

竜馬はライフルに弾を込め、ふっと笑った。

 

「けど…最後の最後くらいは…暴れたいな…」

「…援護、出来る?」

「あぁ…当たり前だ!」

 

竜馬はスコープをタイラントの頭に向け、引き金を引いた。

だが、タイラントは顔の前に腕を出して防御する。玲奈はそれを確認してから単独でタイラントに向かっていく。

迫り来るタイラントが振り上げた巨大な拳をギリギリで避ける。

しかし、地面に当たったところは完全にめり込んでいて、あのネメシス以上のパワーの持ち主だと分かった。そうと分かった玲奈は右手にナイフ、左手に拳銃を握り、ジャケットを脱ぎ捨てる。そして、玲奈は竜馬に叫んだ。

 

「竜馬!私が奴の目を潰したら……グレネードを撃って‼」

「了解‼」

 

玲奈は再び突っ込んで行く。また振り下ろされる拳だが、今度は開きすぎたタイラントの股をくぐり、滑り込むと銃口を背中に向け発砲する。しかし、弾が皮膚にめり込んでも全く効いていない。

地面を滑りながら撃っていた玲奈は立ち上がり、何をしてくるか見ようとしたが、既にタイラントは玲奈のすぐ近くまで迫り、横アッパーをかましてきた。

玲奈は仕方なく左腕を身体の横に置き、そのアッパーを受けた。左腕の感覚が一瞬で無くなる程のアッパーを受けた玲奈は地面転がるが、すぐに体勢を戻す。しかし、タイラントの追撃は終わらない。

今度は下から振り上げるようなパンチを繰り出す。避けれそうにない玲奈はわざと左手を前に出して、奴の指の間に手を挟ませると、反動で宙を舞った。そこから玲奈は銃を向け、引き金を引くが、弾は潰れた頭…目を撃ち抜くことは出来なかった。

落ちてくる玲奈を狙うように拳が向かってくる。玲奈は空中で身体をでんぐり返しするように動かして、タイラントの腕の上に乗り、首の後ろに陣取った。それから玲奈は拳銃を投げ捨てナイフを取ると、目に勢いよく突き刺した。

 

「グオオォォォォ…!」

 

目を刺された痛みからタイラントは悶え苦しみ出すが、首の後ろに乗っていた玲奈を掴むと、ギュゥゥゥと強く締め上げる。

 

「ぐぅぅ…!りょ…竜馬‼撃って‼私はいいから撃ってぇっ‼」

「馬鹿野郎!そんなこと出来るわけ……!」

「早く……や…って……‼」

 

必死に頼み込む玲奈に竜馬は心が折れた。引き金に触れる指が細かに震え、躊躇無くそうと躍起になる。しかし、そこに追い打ちをかけるような情報が紗枝から伝えられる。

 

「竜馬!早くここから逃げないと…奴らが来てる!」

 

紗枝の言う通り、今までの銃声に引き付けられたアンデッドはビルの周りを覆い今では扉を破ってもう近くまで迫ってきていたのだ。選択を迫られた竜馬は……叫び声を上げ、引き金を引いた。

 

「うおおおおおおおおおおおお‼‼」

 

放たれたグレネードはタイラントの残った頭を吹き飛ばした。玲奈は漸く拘束から解放されるが、全く動くことはなかった。竜馬はすぐさま玲奈のもとに駆け寄る。

 

「玲奈!しっかりしろ!」

「う…ぅぅぅ……」

「ちくしょう!ここまで来て死ねるかよ!」

 

竜馬は玲奈を肩に担いで運ぶ。ヘリのローターが回転を始め、離陸寸前だった。

 

「竜馬、玲奈…!早く…ここ、か……ら………」

 

叫ぶ紗枝の声が徐々に小さくなっていく。彼女は戦慄していたのだ。竜馬も背後の気配に気付いて、ゆっくりと振り返った。

 

「……冗談も、程々にしろよ……」

「なんて……生命、力……」

 

タイラントは頭が吹っ飛ばされてもまだ生きていたのだ。竜馬と玲奈は戦意を失い、ただ奴を眺めることしか出来なかった。そして…見えないはずの玲奈たちに向けて拳を作る。竜馬にも玲奈にも避ける力は残っていない。

拳が飛んでくる。2人は一緒に抱き合ってその攻撃を受けようと防御態勢を作る。

その時…こちらに向かってくる走る音が聞こえてきた。タイラントの拳は…竜也によって防がれた。竜也は右手にロケットランチャーを持っていて、それをタイラントの身体に向けたが、拳は竜也の顔面を捉える。更にロケットランチャーの銃身を握り、とんでもない力で捻じ曲げた。

今ロケットを放てば内部で爆発するだろう。それは竜也も理解している。だが…彼はそれでも構わなかった。

 

「え……待って……。竜馬、待って!彼…竜也が…!」

「馬鹿言うな!今しか逃げるチャンスはないんだ!」

「離して…!竜也!やめて‼」

 

玲奈はタイラントを抑えている竜也の表情で分かった。

 

 

どこか…笑っていた…。

 

 

竜也は…銃身が潰れたロケットランチャーの引き金を、引いた。

潰れた銃身にぶつかったミサイルは内部爆発し、タイラントごと吹き飛んだ。

 

「イヤーーーーーァッ‼」

 

飛び散る竜也に向かって…玲奈は悲しみの絶叫を上げたのだった。

そして…核ミサイルが東京に到達するまで、もう10分と無かった…。




次回、感染の章を終える予定にしています。






これから気分によっては一日に二度投稿するかも…


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第25話 生き残った果てに見たもの

感染の章、最終回です。


泣き叫んで暴れる玲奈を竜馬1人でヘリまで連れて行くのは無理だと考えた紗枝は自身も玲奈の元に走っていく。

彼女が泣く理由は分からなくなかった。目の前でタイラントを倒すために我が身を犠牲にした竜也…。同僚の紗枝、海翔も胸を締め付けられたが、今はワンワンと赤子のように泣いている暇はない。

核ミサイルも向かってきているし、アンデッドも屋上にぞろぞろと集まってきた。

 

「玲奈‼泣いてないで急ぐわよ‼」

「いや…!いやぁっ‼」

 

引き摺ってヘリまで戻ると、海翔がいつも以上に大きな怒号を上げていた。

 

「立ちやがれ!クソ野郎!」

 

海翔は鼻血を出して無様な恰好の佳祐の首元に拳銃を突き付けてヘリの後ろのハッチにまで連れて行く。

 

「クソ野郎は貴様らだ‼俺が誰だか分かってんのか⁈立場を(わきま)えろ‼」

 

仲間もいないくせに佳祐は気丈だった。

その様子を見ていた玲奈は泣き顔のまま、佳祐の胸ぐらを掴む。

 

「この……ゲスがっ…!」

 

玲奈は佳祐の顔面を殴る。ウィルスと怒りによって、玲奈のパンチは佳祐からしたらかなり痛かったことだろう。それでも佳祐は口を閉じない。

 

「命乞いなどしないぞ!甘く見るな!」

「しなくて結構よ!」

 

玲奈は佳祐をハッチから落とすような体勢を作る。玲奈の頭の中では、どうやって佳祐を殺してやろうかとしか考えていなかった。

既にヘリは離陸している。もう少し高度を上げてから落としてもいい。だが玲奈は、今までの戦闘で響いた銃声に引き寄せられた大量のアンデッドを見て、薄笑いを浮かべた。それを見た佳祐は唐突に慌て始め、玲奈に説得する。

 

「ま、待て‼私を殺したところで…な、何も変わらないぞ⁈俺はアンブレラの末端でしかない!」

「……そうね…。あなたは末端に過ぎない…。殺しても無意味……」

「だ、だろ?だからこの手をはな…」

「なんて…言うと思った⁈あんたが…アンブレラの末端だろうが、そうじゃなかろうが関係ない!私はもう決めているのよ‼あんたに死を与えるって…ねっ‼︎」

「ああっ!」

 

玲奈は勢いよく佳祐を地面へと突き落とした。佳祐は地面に着地した弾みで足を挫いたか、捻ったかは分からないが、まともに歩けなくなってしまった。更に地面にぶつかった音に反応したアンデッドも佳祐をさも旨そうな目で見た。

佳祐は身体を引き摺りながらも落ちていた拳銃を拾い、近付いてくるアンデッドたちに撃っていく。だが、一発も頭には命中しない。手が恐怖で震えてしまっているからだ。絶望した佳祐はせめて…食われずに死にたい一心でこめかみに銃口を当て…引き金を引いた。

カチン…と乾いた金属音が悲しく耳に響いた…。弾切れの合図だった。

 

「そ…そん……な……」

 

絶望は深みを増していき、遂にアンデッドの一体が首に歯を食い込ませ、頸動脈を裂き、血の噴水を作り上げた。

 

「アアアアアアアアアァァァ‼‼」

 

凄まじい絶叫を上げた佳祐は間もなく絶命した。

そして、その(むくろ)を中心にアンデッドたちが綺麗な円を形成していった。ハッチからその様子を見ていた玲奈はポツリと小さく呟いた。

 

「竜也の…仇よ…」

 

竜馬にもその呟きは聞こえていたが、彼は何も言わなかった。

そしてヘリはすぐに東京から離れていくのだった。

暫く飛行してから、東京に向かっていく一つの飛行物体が見えた。何かはすぐに検討についた。

 

「来たわね…」

「…あぁ…」

 

ミサイルは東京の中心辺りに向かい、そこで起爆した。一瞬の光に包まれ、その後、写真や白黒映像でしか見たことがなかったキノコ雲がもくもくと立ち上がっていくのが見えた。それを見ていた紗枝がポツリと言葉を漏らした。

 

「私たちは……結局何も何も出来なかった…」

 

その言葉は、全員の耳に聞こえたが、反論する者は誰一人としていなかった。

しかし、ここで爆発の衝撃波がヘリを襲った。ヘリは大きく揺れる。

 

「ダメだ!コントロール出来ない!」

「みんな‼伏せて!伏せ……」

 

紗枝の声は途中で、凄まじい轟音と共に消えていった…。

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

玲奈は掛け布団を振り払い、唐突に目覚めた。身体の至るところを見るが、どこにも傷は残っていない。既に完治しきっていた。

 

「起きたか…」

 

竜馬は玲奈が寝ていたベッドから見て左側にいて、窓からの景色を眺めていた。

 

「竜馬!?ここは…。だって、私たち……」

「聞きたいことは山のようにあるだろうが…順を追って説明するよ…」

 

玲奈は一旦少し落ち着き、竜馬の話に耳を傾けた。

 

「まず…ここがどこかだが……ここは…アメリカのミシガン州の大都市…デトロイトだ」

「デトロイト⁈」

 

玲奈には全く意味が分からなかった。

あの時、確かに玲奈たちは日本にいたのだ。

 

「それと、紗枝さんたちは別の部屋にいるよ…。後で会いに行くといい。そしてここは、東京が核で吹き飛んだため、流出した日本人を一時的に住むための仮設住宅だ。俺も……あのヘリの墜落から目覚めた時には、既にあのベッドで眠っていた…」

 

竜馬が指差した先には玲奈と同じ白いベッドが(しつら)えてあった。

玲奈もベッドから降り、窓から景色を眺めた。竜馬の言う通り、光り輝くビル群が玲奈の目に飛び込んだ。ここがデトロイトかは分からないが、アメリカなどの先進国であることは間違いなかった。

 

「因みに、ここはアンブレラが資金を援助して作ったそうだ…。ここの職員から聞いたよ…」

「嘘…。でも、どうして私たち……」

「そこは丸っきり謎さ。俺たち全員目を開けたらここだし…混乱するよ…。本当に……」

 

それから竜馬は何一つ喋ることはなかった。玲奈は窓から見える広い広い仮設住宅を静かに眺め続けるのだった。

 

 

 

 

 

それから玲奈たちはアンブレラに追われることがない安全な生活を送っていた。ここにやって来た経緯(いきさつ)は全くもっての不明だったが、考えても全く分からなかった。それに…玲奈は薄々気付き始めていた。

自分を見るここの職員たちの嫌な視線に…。明らかに玲奈が美しいだ、美人だとかのものではなかった。まるで籠の中にいるネズミのように監視されているような感覚だった。それに気付いた玲奈は、早々にここから離れたいと思うようになっていた。だが……2か月後…最悪の展開を迎えた……。

 

 

 

 

ー2か月後ー

「くそっ!どうして、ここに“あいつら”がいるんだよ!」

 

竜馬は燃え上がる住宅の中で叫んだ。目の前には、2か月ぶりに現れたアンデッドが廊下からこっちに向かってきていた。しかも最悪なことに、玲奈、紗枝、海翔とははぐれてしまったのだ。

 

「薺!玲奈たちがどこにいるか分からないか⁈」

「分からないわ!今は早く逃げた方がいいわ!ここにいた人…もうあいつらになっているから…」

「それなら早くずらかろうぜ⁈」

 

智之が声を上げる。竜馬は歯を噛み締めて廊下を走り出すのだった。

 

 

 

 

一方の玲奈はハーレーの後ろに食料、物資、武器を詰め込んだバックパックを置いて発進する準備を始めていた。そこに1体のアンデッドがやって来るが、髪の毛を鷲掴みにして炎の中に投げ込んだ。アンデッドは頭を破壊しない限り死なないが、炎で燃やしたら動きが緩慢になることが分かった。

 

「………」

 

玲奈たちが2か月間…住んでいた住まいが炎上しているのを軽く眺めてから、バイクに跨る。そして…エンジンをかけて単独でこの場から逃げ出した。

孤独は嫌だったが、アンブレラに監視されているなら…竜馬たちを迷惑、危険に晒すのだけは避けたかった。本当ならもっと早くに出るべきだったのかもしれない。この騒動も…自分が原因かもしれないと思ってしまう。

これからは1人で生きるんだと決意した玲奈…。

彼女の乗るハーレーは、後方で激しい音を立てて崩れるビル群の背景とアンデッドが放つ不気味なBGMを奏でて真っ暗な道路を駆け抜けていくのだった。




次回からは新たな章に突入です。
日本ではなく、アメリカが舞台となります。これからは海外が主です。
原作と違って、主人公は超能力は使う予定はありません。ややこしいので。


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滅びの章 文明の崩壊
第26話 蝕むウィルス


滅びの章、開幕です。



J-ウィルスを東京で完全に滅却出来たと思い込んでいたアンブレラは、あまりに愚かだった。自らが生み出したウィルスで、自らを滅ぼしたからだ。

だが、それは同時に世界にもウィルスを蔓延させる結果を生み出してしまった。J-ウィルスの感染力、感染スピードは恐ろしく、被害を免れた国はたったの二国だけだった。だが、それ以外の国、地域ではウィルスの影響で川や森を干上がらせ、草木が簡単には生えない不毛の地へと変遷した。

少しずつ…確実に、ウィルスは、地球を蝕んでいった…。

 

 

 

砂漠と化したアメリカの中央で、玲奈はハーレーに乗って孤独に旅を続けていた。今走っている道路は昔あったものだろうが、今は頻繁に使われることはない。更に周りは一面砂の荒野で、ゴーグルがなくては走ることは出来ない。昔は緑が青々としていたことだろう。

彼女のハンドルの上には小さいラジオが置いてある。そこからはしきりに助けを求める声が聞こえていた。実際、この七か月近く…生きた人間とは会えていない。逆に死んだ人間となら、嫌という程会っている。はたまた、空を飛ぶ鳥に出くわすくらいだろうか…。

 

「……竜馬たちは、生きてるようね…」

 

何故玲奈が分かるかというと、ラジオからは薺をリーダーとする生き残りがここからそう遠くない場所で旅をしていると報告しているからだ。だが、玲奈はそこに入る気はない。

 

「……そろそろね」

 

玲奈は一つの廃墟と化した建物の前にハーレーを止めた。そこは見た感じ、ペットショップだったようだ。そして、ラジオから再び同じ内容の助けの声が聞こえてくる。

 

『こちらペットショップ!生存者は五人!子供が衰弱しきっていて……。お願い…誰か助けて!』

 

それをもう一度聞いた後に、玲奈はラジオの電源を落とす。

玲奈はゴーグルを外し、拳銃を構えてゆっくりと中に入っていく。拳銃は“もしも”の時のためだ。ペットショップと言っていたが。ここがその場所なのかは判断出来ない。だから……こういう場所では拳銃が欠かせない。

中に進むごとに日の光が失われ、薄暗くなっていく。視界があまり効かないのは玲奈としたら好ましくないことだったが、途中、建物の隅っこにうずくまる老婆が目に映った。

 

「ラジオを聞いて来た。あなたがそう?」

 

老婆は忙しなく頷く。そして、拳銃をしまう。すると、老婆は抱えているものを玲奈に渡してきた。

 

「子供が……どうか…助けて……」

 

玲奈は断る理由も無かったため、赤子を受け取った。だが、瞬時に気付いた。これは…赤子ではない。顔を覆っていた布を払ってみると、そこには無機質なプラスチックの顔が覗いていた。それを確認した途端、四方八方から銃口が向けられた。老婆も後ろから散弾銃を向けて、先程とは打って変わった口調で言った。

 

「甘ちゃんだねえ…。お嬢ちゃん?」

 

玲奈は溜め息を吐くのだった。

 

 

 

「うっ!」

 

玲奈は持っていた武器を全て没収され、手錠を後ろ手にかけられ、机に顔を押し付けられた。そして、陽気な老婆が声を出す。

 

「いっつもあたしがあんな風に怯えた声を出すと誰でもやって来るのよ…。車やバイクに食料に武器を積んでね…。今日の獲物は中々の美人さんだねえ…」

「本当にすごいよ、お袋…!さて…」

 

男は玲奈を前に向かせてナイフをちらつかせた。しかもそのナイフはさっき没収したナイフで、少し不愉快ではあった。

 

「持ち物チェックだ……。へへへ……」

 

男の卑しく、邪な欲望に満ちている顔を玲奈は睨んでいるだけだった。男はナイフを頬から順に身体の下につぅー…と伝っていき、最後にホットパンツのベルトにナイフの刃を差し込んだ。

 

「ここには、何があるかなぁ…」

 

周りの男たちもにやにや笑う。

 

「……いい?今すぐこの汚い手を退けないと…怪我だけじゃ済まないわよ?」

 

突然の玲奈の発言に目の前の男は固まるが、すぐに玲奈の頬をビンタした。

 

「うるせえ‼貴様はもう俺らから逃げれないんだよ!」

 

周りにの男たちは玲奈の身体をガッチリと拘束した。そして、目の前の男は自身のベルトを外す準備に入る。

 

「ねえ…」

「何だ?ヤル気に……」

「警告、したから…」

「あ?なんだ……」

 

玲奈は唯一拘束されていなかった足を一気に振り上げて男の顎に命中させた。男の顎は外れ、骨が口の中に刺さり出血し、頭を強く地面に叩きつけた。

 

「へティー‼」

 

さっきの老婆が駆け寄る。そして、周りの男たちは拳銃を玲奈に向けた。その目は血走り、怒りに震えていたと同時に焦ってもいた。

 

「へティー‼…あんた、私の息子を殺したわね‼」

「あなたの息子さん?ちゃんと教育しないからよ…。私は警告したわ」

「このくそ女…!」

 

老婆は周りの男どもに指示した。

すると、玲奈の頭に痛みが駆け巡り、意識を保てず、そのまま気を失ってしまった。男どもの卑しい笑い声を聞きながら……。

 

 

 

「う……くぅぅ……」

 

一体どれくらい時間が経ったのだろうか…。

玲奈は手錠をされたまま、先程とは別の場所に放置されていた。

 

「ははは!漸く目覚めたかい、お嬢ちゃん!待ちくたびれたわよ!」

 

玲奈は身をよじって上体を起こそうとするが、手錠を付けられているため、上手く身体を動かせなかった。それを見かねた老婆は何か投げた。カランと金属音を奏でて玲奈の後ろに落ちる。

 

「手錠の鍵だよ!」

 

玲奈は手を後ろに回された状況でも取ろうと身体を動かし、それを掴んだ瞬間、檻からアンデッド化した犬が隙間から噛みつこうとしてきたのだ。玲奈は一瞬驚くが、すぐに鍵を掴んだ。

 

「檻を開けるぞ!」

 

男たちは仲間を殺された恨みを晴らすためか…または、玲奈の回りに数えきれない程に落ちている肉片の付いた骨にさせて、犬どもの餌にさせるのか…。

どっちにしろ、奴らが玲奈を殺そうとしていることには変わりない。まず玲奈はすぐに手錠を外すことはせず、上体を起こすために足腰に力を込めて立ち上がってここから離れる。犬も檻から解放され、新鮮な肉を求めて玲奈に走っていく。

玲奈は走りながら、尖った方が上を向いている鉄屑を見つけた。そっちに向かい、壁を蹴って犬たちの背後を取る。が、頭が悪い犬たちはそのまま玲奈を追ったため、壁を同じように蹴って追いかけてくる。しかし、一体の犬は壁を上手く蹴れずに空中でバランスを崩し、鉄屑に身体を自ら突き刺してしまった。

それを見た老婆は目を丸くした。今まで殺した奴らの中で犬に敵った者がいなかったからだろう。

もう一体は足で地面に叩きつける形で蹴る。

犬は顔面を潰され、二度と動かなかった。

玲奈はそれからやっと手錠の解錠にかかった。舐められた老婆は男たちに新たな指示を出した。

 

「四体とも、全て出しちまいな!」

 

今の声を聞いて、あと四体もいるのか…と途方に暮れそうになる。

玲奈はまず辺りを見渡し、ここから脱出する方法か、あの犬たちを殺せる武器を探す。だが、この高い段差を登るのは実質不可能だろうし、たとえ登れても犬にケツを噛みつかれて終わりだろう。

特に武器となりそうなものも見当たらない。

しかし、彼らが玲奈を見ている場所は脆くなった柱の真上だった。そこに目を付けた玲奈は垂れ下がった銅線の類を引っ張り、それを柱に結び付けた。

 

「やれ‼」

 

だが、作業に夢中になってしまい、後方からの急襲に備えれず、犬が玲奈に突っ込んできた。

 

「うあっ‼」

 

馬乗りになり、赤い歯を見せてくる犬。顔面に食らいつこうとするが、玲奈は何とか抑えれている。

が、そこに更にもう一匹やってきた。このままでは殺られる…。

そう感じた玲奈はまず目の前の犬には、火花がバチバチ鳴る銅線を掴み、犬の口の中に突っ込んだ。犬は火の熱さに悶え苦しむ。そして、もう一体は…捨て身とも言える行動で防御した。右腕を前に出し、わざと噛ませたのだ。

 

「ぐぅぅ…!」

 

腕に凄まじい痛みが感じられたが、玲奈は噛みついた瞬間に銅線を器用に使って、犬の身体を結び付けた。

更に二匹やって来る。玲奈は絡まった銅線を投げて、二体をこんがらせた。犬たちはこの銅線の即席リードから逃れようともがく。

それこそ、玲奈の狙い通りだった。暴れれば暴れる程、脆くなった柱に亀裂が出来ていく。柱を固定する器具のネジが抜け、遂に彼らが立つ地面が崩れ、地上へと繋がる道が出来上がる。玲奈はその瞬間一気にスタートダッシュを切り、坂を駆け上がり、最後に高く跳躍して天井の配水管に掴まった。銅線の拘束から逃れた犬たちはそのまま即席の坂を登って、玲奈ではなく、彼らに牙を剥いた。

彼らは抵抗する間もなく、牙が肉に食い込み、抉られ、悲鳴があちこちに木霊した。玲奈はそれを横目に机に置かれていた自身の武器を返してもらうと、この場をあとにした。

あんな奴らは…いくらでもいる…。気にしたら負けだと自分に言い聞かせた玲奈はハーレーに乗り、ペットショップから離れていった。

そして、その数分後…アンデッドとなった彼らが店から出ていくのだった。




滅びの章はJ-ウィルスだけでなく、新ウィルスも登場する予定にしています。
それは後々投稿するので楽しみにしていてください。


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第27話 放浪

前回は玲奈の状況を綴りました。
今回は竜馬たちと並行して玲奈の状況を書きました。
では、どうぞ。



とある道に車が乗り捨てられていた。

その近くには、その車の運転手がアンデッドに食べられている光景があった。エンコしたかガス欠したかは不明だが、うっかり外に出たのが運転手の運の尽きだろう。アンデッドは自分が食べたい欲求が無くなるまで、こいつを食い尽くそうと思ったが、後方から聞こえてきたエンジン音に食事を止めて、振り向いた。

その瞬間、アンデッドは車に轢かれた。吹き飛ばされるが、頭は潰されていなかったため、死んではいない。しかし更に前方から来たスクールバスの前輪がアンデッドの頭をグチャグチャに潰して、血飛沫を飛ばした。

それを見たバスの乗客…主には子供たちは、顔を不快そうに歪めた。

 

「さっきのは良い飛び散り方だったなぁ!」

 

オルトは陽気な声を上げた誰も反応せず、ガックリとした。

この車の集団はガソリンスタンドや何かしらの建物を見つけ、食料、物資、武器を手に入れ、ひたすら放浪するという…酷い旅を続ける者たちだった。

だが、これしかない出来ることがないと思っているこの集団のリーダー、薺は一応生存者全員の意見を聞いてやっている。とは言うが、薺の案を反論する者はいない。

薺は窓から差し込む太陽を右手で遮りながら、無線機で別の車に乗る竜馬に連絡する。と言っても、この会話は無線を持っているメンバー全員に聞かれる。

 

「竜馬、ちょっといい?」

『何だ?』

「…タバコ、ある?」

『なぁ、毎回言うようだが…俺は生憎様、タバコは吸わない主義なんだ。誰かさんとは違って』

『あ?それは俺のこと言ってんのか?』

 

別の無線から苛立った智之の声が聞こえる。薺は彼にも聞く。

 

「タバコ、ない?」

『薺殿、ある……わけない』

「他のも?」

『すっからかんさ』

『嘘でしょ⁈オルトは持ってるよね⁈』

 

焦った様子で話すルッティーは希望を持とうとする。だが、オルトから帰ってきた返事は…。

 

『悪いが……さっきのガソリンスタンドで吸ったよ。最後の一本を』

 

無線からはルッティーの舌打ちする声が聞こえた。

要するに、結論としてはもうタバコはもう一本もないということだ。

 

「…ちくしょう…」

 

薺はそう毒づき、タバコの箱を外に投げ捨てた。つい七ヶ月前はタバコを吸わなかった薺だったが、こんな世界になってしまい、タバコを吸わないとやっていられなかったのだ。

智之は嘆くように呟いた。

 

『まさに…この世の終わりだ』

 

 

 

 

薺たちは新たなガソリンスタンドに到着した。前から二台目の車に搭載しているスピーカーからエッジが呼び掛ける。

 

「生存者、いたら応答してくれ。……生存者、いるなら早く応答しろ」

 

最後はどこか投げやりだが、エッジはもう何度と同じ呼びかけを様々な場所でしてきたから飽き飽きとしていたのだ。

それでも、生存者はまだいると信じて、また声を出す。

 

「……動きはない」

「いつものことだろ?」

 

竜馬は薺に聞く。

 

「薺、行くか?」

『当たり前よ。竜馬と智之に任せるわ』

「俺もかよ。仕方ねえな…」

 

二人は車の上から降り、それぞれの武器を構えながら建物に入っていく。竜馬が先頭で、智之は後ろからついてくる。竜馬の見た感じ、誰かが住んでいる様子はなさそうだった。暫く進んでいくと、T字路に当たった。

 

「どっちがいい?」

「俺はいつも賭け事では、左を差すんだ」

「どうして?」

「勝率が高いから」

「…なら、その勝率を期待して左に行くんだな…奴らに会わないと願って…」

 

竜馬は右に、智之は左へと分かれて進んで行った。

竜馬はゆっくりと進み、でかいダブルベッドが置かれた部屋があった。恐らく、このガソリンスタンドを経営していた夫婦が寝ていたベッドだろうが、赤黒く変色した血がベットリ貼り付いていた。

ここには何もなさそうだったから、竜馬は持っていたサブマシンガンを手から放した。しかし、これが間違いだった。突如アンデッドがクローゼットの中から飛び出てきて、竜馬に飛び付いて来たのだ。立ちながら取っ組み合いをする竜馬は、アンデッドの足を蹴り体勢を崩させると、背後に回り込み、頭を掴んで首の骨を折った。

 

「ふぅ…。こんなところから、出んなよ…」

 

竜馬はベッドに腰かけ、一息吐くが、まだ安心するのは早かった。実は後ろにもアンデッドがいるのだ。だが、竜馬は気付いていない。

 

「シャアアアアアア!」

 

襲いかかる時、アンデッドはお得意の呻き声を口から出した。後ろを急いで振り向き、拳銃を向けようとするが、間に合いそうにない。だが、一発の銃弾がアンデッドの側頭部を撃ち抜いた。その時飛び散った血が竜馬の顔にかかる。

撃ったのは左に向かった智之で、こう言った。

 

「だから左の方が良いだろ?」

「…改めてそう思ったよ…」

 

竜馬は顔に付いた血を拭き、外に出て行った。

竜馬から建物の安全を聞いた薺は皆に呼び掛けた。

 

「さぁ、みんな探して!いつもと同じ、食料、ガソリン、弾薬諸々…。頼んだわ!」

 

彼らはこのように旅を続けている。

だが、こんなことではいずれ食料も尽きるだろうとは誰でも予見できた。

 

 

 

 

玲奈は薺たちがいるガソリンスタンドとは別のところに到着しようとしていた。約500m程離れた場所から双眼鏡で監視していると、トラックの真ん前にアンデッドとなった元従業員が立っていた。玲奈は荷物の中から組み立て式クロスボウを取って、組み立てる。

 

「…悪く思わないでね」

 

引き金を引く。矢は見事にアンデッドの眉間を貫通し、トラックの荷台に矢が突き刺さり、アンデッドは力なく倒れた。安全を確認し終えたところで玲奈はハーレーをガソリンスタンドにつけた。まず、ガソリンの有無を確認したが、中身は既に空っぽ。

恐らく別の生き残りがもう取って行ってしまったのだろう。

次に建物の中を調べる。奴らアンデッドはただ肉を食うためだけに動くのではない。“どうやって”獲物を捕らえようかも考えているため、どこかに隠れているかもしれない。

玲奈は慎重に中に入っていく。

拳銃を構えていても、安心感はこの七か月間、玲奈は感じたことなどない。玲奈は軽い気持ちでクローゼットを開けた。

 

「…!うぐっ…!」

 

玲奈はその中に入っていた“もの”を見て強烈な吐き気に襲われた。

中には…首吊り自殺した死体がぶら下がっていて、完全に腐ってしまい、夥しい量のハエが飛び交っていた。玲奈は耐え切れずにそこから出ようとしたが、その死体の足元に落ちていた日記のようなものが目に入って、それを取って急いでここから出た。

 

「はぁ……」

 

いくつもの修羅場、そして死体を見てきた玲奈でもあそこまでひどく腐乱した死体は初めてだったので、吐き気を催してしまった。深呼吸を何度も繰り返して、漸く気持ちが落ち着いたので。嘔吐に至らずに済んだ。

すると、さっき殺したアンデッドの死体を貪り食うカラスが見えた。カラスは玲奈の気配に気付くと、カァと鳴いて大空へと羽ばたいて行ったが、何とも言えない嫌な感じがした。

玲奈はハーレーに座り、日記を見る。

 

「『見つけた』…」

 

ページを捲って一番最初に書かれた言葉だ。

 

「『安全な場所』…」

 

玲奈は一回日記を閉じて、ひとまずはここから離れて別の場所でこの日記を詳しく読む必要があると考え、ハーレーを動かすのだった。

 

 

 

 

日が傾き、徐々に寒さを感じ始めた薺。

砂漠は寒暖差が激しいため、薺たちは車の中で雑魚寝するしかなかった。しかし、アンデッドには体温を感じる神経の機能は停止している。だから、痛覚もない。それゆえ…奴らは徐々に群がってくる。奥でオルトが食料を渡している間に薺はガソリンの状況についてガソリンタンク車を運転するチェイスに聞く。

 

「ガソリンタンクの中はどうだった?」

「いいや。全くもって空」

「そう……。じゃあ状況は?」

「どうだろうな…。赤錆が出て車が動くなら…最高だろうな…」

 

チェイスは遠回しに相当マズいと言ってるも同じだった。

薺は「はぁ」と溜め息を吐く。

次にエッジの車のところに向かう。

 

「やあ、薺。今、竜馬が監視システムを置きに行っている」

「それにしては遅くない?」

「…言われてみれば……」

 

薺はすぐに無線を取る。

 

「竜馬⁈のんびりしてないでやって!」

『へいへい』

 

竜馬はバギーに乗り、地面に突き刺せるタイプの監視カメラをこのガソリンスタンド全体を見渡せるように設置していく。それを確認した薺は、自らの車に乗り、眠るのだった。

 

 

 

 

玲奈は火を起こして、いつものようにキャンプをする。濡らしたタオルで汗を拭き、さっきの日記に書かれている文字を火で照らす。

そこにはボールペンでグルグル囲まれた世界地図の一部があった。いくつか囲まれていたが、一番アメリカから近いのは…。

 

「アラスカ…」

 

下に追記してある。

 

「『アラスカからの受信を確認』…」

 

玲奈は独り言で読み続ける。

 

「『飛んでいけ』…。『アラスカに、飛んでいけ』…」

 

そして、最後のページには家族の写真が貼られていた。自殺した人の家族写真に違いない。

玲奈は日記を閉じ、自分もここに行くしかないと思いながら、眠りに就くのだった。




原作に出てきた登場人物の名前をモジったキャラを出しています。


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第28話 JJ-ウィルス

新ウィルス登場です。
原作では、〇-ウィルスとそっくりです。
〇に何が入るかは想像してみてください。
それと短めです。


アンブレラは元々世界各地に東京のハイブのような極秘研究所を有していた。

しかし、東京支部のハイブからJ-ウィルスが世界中に漏洩したことで、行き場を無くしたアンブレラ幹部はその研究所を今、自分たちの住宅として使っている。主に研究所は地下にある。地下と言っても、ビルとかの地下一階、二階のレベルではない。地表から何百何千mの場所に巨大な建造物が出来ている。

そして、アメリカ支部の研究所では会議が行われていた。

しかし、会議に参加するメンバーのほとんどはその場にいない。映像をホログラミングして、あたかもその場にいるような感じに見せかけているだけだ。

 

『パリはどうなってる?』

『パリの食料備蓄は42%に低下。バイオハザードは拡大中です』

 

議会長のジョンは今度はロンドン支部の代表に顔を向けた。

 

『ロンドンの食料備蓄は27%に低下。更に従業員4名が死亡。同じくバイオハザード拡大中です』

「失礼します」

 

会議中に突然二人の男性が入ってきた。一人はアメリカ研究所主任の淳、もう一人はアメリカ支部の用心棒のパイソンだ。

 

「ジョン議会長!お待たせしました!」

『淳博士……やっと研究部門が来てくれたよ…。博士、この半年間で得た研究成果を説明してくれたまえ』

「ええ喜んで」

 

淳は一息吐いてから話し始める。

 

「皆さんもお分かりでしょうが…あいつらに定期的に肉を与えることも、栄養も入りません。肉体を存分に食らうが、必要なことではない。何せ腐っても動き続ける“死体”なのですから。私の推測するに……奴らは今後二十年か…永遠に活動を続けることでしょう」

 

その報告を聞いた一人が声を荒げた。

 

『それじゃあ……我々はここから出られないというのか⁈』

 

淳は彼らの反応を見て思わず笑いを溢してしまった。

彼らを嚇かすには良い研究成果だったかもしれない。

 

「今までは…そう考えられてきました。私はまず唯一感染しなかった玲奈の血液に着眼しました」

 

淳はパチンと指を鳴らして、部屋の明かりを消してもらう。そして画面に一つの画像を映し出した。それはアンデッドの画像のように思えたが、何かが違っていた。

 

「こいつらは玲奈の血を使って血清を作り、投与した結果出来た非常に凶暴なアンデッドです。こいつらを調教して家畜のように飼い慣らせば…状況は一変するでしょう」

『それで…本当にこいつらは我々の言うことを聞くのか?』

「短時間だけです。記憶と思考力は一時的に戻りますが、いずれ元の肉を食らうアンデッドに成り果てます。こいつらは失敗作です」

 

ジョンは『はぁ』と息を吐く。

 

『じゃあ、君はこの半年間、この失敗作を見せつけるためだけに実験を続けていたのか?』

 

ジョンがいくら睨んでも淳は至って冷静だった。

 

「ここからが、私の研究成果ですよ」

 

もう一度指を鳴らすと、今度は別の画像を出す。

 

「これは今アメリカ支部にだけある玲奈のクローンを使い、更に進化させたウィルスを開発しました。名付けるとしたら……“JJ-ウィルス”と言ったら妥当でしょう」

『これが…君の成果かい?』

「ええ。これを見たら、ここにいる皆さん方は納得されることでしょう」

 

淳は更に画面を変える。そこには再びアンデッドの画像が出るが、さっきの画像とは更に打って変わったアンデッドだった。そいつの顔には異様と呼べる程に目が増加している。そして、次に流れた映像を見たメンバーは彼らを十分に驚かせた。

JJ-ウィルスに感染したアンデッドは自分の意志で文字を書いたり、荷物を運んだり、果てには命令を忠実に遂行している映像も流れた。

 

「奴らの知能、運動能力は人間と大差ありません。変わったのは……」

 

最後の映像が流れる。そこでは、彼らの頭が拳銃で撃ち抜かれるシーンだったが、その崩れた肉は白い煙を発しながら、再生していった。

 

『再生が可能なのか⁈』

「一度に同じ箇所、または様々な箇所を同時に攻撃されれば、再生は間に合わなくなります。しかし頭に1発だけ弾丸をぶち込まれても死ぬことはありません。因みに奴らは普通のアンデッドとは違う別種なので、私は“ジュアヴォ”と名付けました」

『名前はどうでもいい。では別の質問をしよう。君はここまで凄い成果を上げている割には、このジュアヴォとやらを増産していないようだが……何か理由でもあるのかな?』

「……ジョン議会長は鋭いですね」

 

淳はここで初めて緊張した表情を見せる。そして、更なる画像が出てくる。今度は何か…昆虫類のサナギのようなものだった。

 

「これはジュアヴォの成れの果てです。ジュアヴォの唯一の欠点は、アンデッドになり二週間から三か月経つと、このようにサナギ化し、終いには制御不可能な完全変異体になってしまうことです」

『なるほど。こういう風にならないようにどうしたらよいか……。それを研究している途中だという訳か…』

「私の推測では…、オリジナルの玲奈さえいれば、研究も開発も非常に心地よく進められると予想しています」

『無理なことを言うな。オリジナルの玲奈はデトロイトから逃走して未だに見つかっていないんだ。そもそも君が彼女を監禁するか、拘束しなかったのが原因だろう?』

「………失礼。これで私からの報告は以上です」

『よし。また半年後に研究成果を聞くとしよう。会議を終える』

 

ジョンの会議終了を聞いた幹部たちのホログラムは続々と消えていき、やがて会議室には淳とパイソンの二人だけになった。

淳は少し苛ついていた。玲奈を探してくださいと、彼なりに求めたのに、ジョンはそれを呆気なく断った。奴らは自分たちの安全だけを求めてくるから淳からしたら堪らなかった。淳はネクタイを緩め、会議室を出ていく。そして…こう呟いた。

 

「玲奈……オリジナルの玲奈さえあれば……」

 

と……。

 

 

その頃地上では、ハーレーの走る音が響いていた。しかし、その音も進む距離も時間が経つごとに減少の一途を辿っている。玲奈は愛車のガソリンメーターを見ると、その針は0の部分をはっきりと指していた。

 

「はぁ…。最悪…」

 

玲奈はガソリンが空になったハーレーから降りると、持てるだけの荷物を担いで、広大に広がる砂漠の中へと足を踏み入れるのだった。




今更ですが、何故“J”-ウィルスかというと、『日本で作られたウィルス』という意味合いでこの名前にしました。
因みにJJ-ウィルスは“ダブルJ-ウィルス”と読みます。


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第29話 盗賊とカラス

カラスたち、登場です。



薺と共に同じ車の後部座席で寝ていたケーシャは目に眩しい程の日光が当たって目が覚めた。この集団のルールで、一番最初に起きた人は皆を起こすのが約束だった。アンデッドがいつ来ても対応出来るようにだ。まずケーシャは運転席で鼾をかく薺を起こす。

 

「薺、もう朝だよ」

「うん……もう、そんな時間なのね…」

 

薺は大きく背伸びしてすぐに眠気を吹き飛ばそうとする。

他の者たちも起き始めたのか、車からぞろぞろと出てくる。しかし、彼らは身近に迫っている危険に気付いていなかった。

…ある一人を除いて…。

パソコンなどのコンピューター機器に囲まれた車の中で眠っていたエッジは、監視カメラからの警報音により、突然眠りから覚まされる。すぐに起きようとしたが、すぐ目の前が車の天井であることを忘れており、派手に頭をぶつけた。

 

「いたっ‼いったぁ……」

 

エッジはぶつけた頭を擦りながら、警報音を止め、監視カメラの映像をパソコンに映し出す。そこには、黒い目出し帽を付けた複数人の人間がこちらに近寄ってきている光景だった。監視カメラも間もなく、彼らによって倒され、破壊された。エッジは無線を取り、皆に急いで伝えた。

 

「みんな!急いで車に戻る……」

 

その時、いくつもの銃声が木霊した…。

 

 

 

 

銃声が聞こえた瞬間、彼の目の前で一人の男性が頭から血を噴き出して倒れた。

 

「!何っ⁈」

「竜馬!車の影に!早く!」

 

竜馬にも凄まじい量の弾が降り注いでくる。

すぐに車の影に隠れてサブマシンガンを中から取り出す。

 

「何だ⁈」

「盗賊よ!」

「盗賊⁈こんな時代にやって来るなよな!」

『で、どうすんだ⁈』

 

無線から智之の声が聞こえてきた。あの容赦ない銃撃から、相手はこちらの話を真っ当に聞いてくれそうもない。だから……。

 

「やる、しかないな…」

『結局そうなるのな……』

 

竜馬たちも、遂に応戦を始める。こっちは車の影に隠れて安全、と言いたいところだが、このガソリンスタンドを囲むように接近してきていたら、有利とも言えなくなる。竜馬は死を覚悟して戦うと決めた途端、相手の銃撃が止まる。

 

「……何だ?」

 

そして、数秒後にまた銃声が響く。だが、竜馬たちを狙っていない。空に向かって撃っているようだ。どうしてそんなことしているのか…その理由はすぐに分かった。

 

「……おいおい、嘘だろ…」

「何…あれ…」

 

誰しも同じ言葉を呟いた。上空には、黒翼を羽ばたかせる集団が、盗賊たちを襲っていたのだ。遠くからは銃声と共に悲鳴も混じり始める。竜馬は無線で全員に伝える。

 

「皆!今すぐ車の中に戻るんだ!」

 

その指示を聞いた人たちは我先へと車に入っていく。竜馬もなるべく音を立てずに車に乗り込む。

そして、銃声は止み、大量のカラスは建物や電柱、電線に止まり、竜馬たちの乗る車の集団を見詰めた。

全員が息をするのも恐ろしい程の緊張感に包まれる。カラスは頭がいいのは有名だが、群れの統率力、目もかなりいい。

誰かが下手に動けば、獲物がいると判断して、すぐにこちらに攻撃を仕掛けてくることだろう。

 

「皆、静かにして。それと今すぐ窓を開けている車両があるなら閉じて」

 

小声で薺は言う。それを聞いたスクールバスに乗っている生存者は静かに、素早く行動する。窓を閉め、あいつらが早くここから離れていくのを祈るばかりだ。すると、一羽のカラスがバスのボンネットに乗り、バスの中をじろじろと見回す。

遠くで見ていたケーシャはあのカラスがどこかおかしいのに気付いた。

 

「あのカラス……なんか、大きいし…目がおかしくない?」

「…感染した死体を食べて変異したのよ」

 

ケーシャの言う通り、カラス一羽一羽の大きさは普通サイズのカラスよりも断然大きく、目に至っては赤く血走っていた。

ということは、あのカラスに襲われて怪我でもすれば、感染してしまうということだ。

バスの中は数分に渡り、静かだった。が、静寂はカラーンと甲高い金属音で破られてしまう。それは、昨日夕食として食べた缶詰だった。だが、そんな音に過敏に反応したカラスは得意の雄叫びを上げた。

その瞬間、何千羽といるカラスの集団は空へと舞い上がり、明るかった空を漆黒へと染め上げた。

舌打ちした薺は無線で伝える。

 

「エンジンかけて!行くわよ‼」

『名案だ!』

『賛成だ!』

 

それぞれ乗った車はカラスの集団から逃げようとするが、ただ一台…智之とルッティーの乗った車は砂にタイヤを取られてしまい、発進しようにもタイヤが空回りしてしまう状況に陥ってしまう。

 

「マズい!」

「このままじゃ無理だ!バスに移ろう!」

 

智之とルッティーは車から降り、バスへと必死に走る。

そんな絶好の的をカラスは見逃すはずはない。2、3羽で智之とルッティーに襲ってくるが、命辛々、バスに乗り込む。

 

「早く乗れ!出すぞ!」

 

智之はバスにカラスが入ってくる前に扉を閉める。

その瞬間、カラスは扉を曲げてしまう程の速度で突っ込んで来るが、中には入れなかった。扉がダメならと、今度はフロントガラスに突っ込んで来るカラスたち。これは流石に痛かった。バスを運転するオルトはカラスのせいで前方の視界を完全に塞がれてしまう。いくらか走らないうちにバスは電柱に衝突し、フロントガラスの枠も外れてしまった。しかもカラスはそれをチャンスにして、フロントガラスに向かって列を成して突っ込んできた。

 

「ヤバい!押し返せ!」

 

オルトとルッティーがフロントガラスを押すが、今にもカラスはここを破って入ってきそうな勢いだった。

 

 

「薺!あれ…!」

 

ケーシャはバスの周りに夥しい量のカラスが舞っているのに気付いた。薺もあれは長くは持たないと思い、車のハンドルを一気に切る。

 

「エッジ、竜馬!バスの中にいる生存者を助けるわよ!」

『『了解!』』

 

竜馬とエッジもバスに向けて走らせる。中の様子は竜馬の見た限り、オルトとルッティーがフロントガラスを抑えていると見て取れた。

だが、中はそんな生半可な状況でもなかった。突っ込んでくるだけかと思えば、今度は鋭い嘴でガラスを突いて、ひびを入れ始めたのだ。

 

「抑えろ‼」

「ちくしょう!持たないぞ!」

 

智之は早く彼らが助けに来ることを待つことしか出来なかった。

 

 

 

 

犬に噛まれた腕からジワジワと痛みが腕全体に広がっていくのを感じながら、ふらふらと砂漠を歩く玲奈の視界に漆黒に身を包んだカラスが一点に向かっていき、一気に降下していくのが見えた。

玲奈はゴーグル越しの濁った視界でもそこで何が起きているか分かった。気付いた時には、玲奈の足はそっちに向かっていた。

 

 

 

 

竜馬は自身の車のバスの後ろに置く。エッジも竜馬の隣に置く。竜馬は拳銃でカラスを牽制し、バスの非常用出口を開いて、バスに乗っている生存者に呼び掛けた。

 

「早く‼俺かエッジ、薺の車に乗り込むんだ!」

 

生存者は頭を低くして、小走りでそれぞれの車に乗り込んでいく。もちろんカラスたちも周りに飛び交いながら、数羽で固まって生存者に襲い掛かってくる。

 

「きゃあ!」

 

一人の女性がカラスの突進でバスや車から離されてしまう。カラスは彼女に嘴を向け、容赦なく顔を突き、彼女の顔を無惨な程に肉を抉っていった。

 

「くそ…!このままじゃ全滅だ!」

 

バスから出た智之はオルトとルッティーにも呼び掛ける。

 

「オルト、ルッティー急げ!」

「智之、先に行って‼」

 

抑えていたフロントガラスも限界を迎えようとしていた。隙間からカラスが入り込んできて、ルッティーに嘴、脚の爪で切りつけた。

見かねた薺は、一つの車に上がり、火炎放射器でカラスを焼いていく。だが、飛距離は全くないため、燃料の無駄となっていたが、こんな切羽詰まった状況では気付くはずもない。

 

「智之さん!急いで!」

 

ケーシャが呼び掛ける。が、智之はバスの中に残っている二人を見捨てることが出来ずにいた。すると、中から身体中血だらけで子供を抱えたルッティーが出てきたのだ。

 

「この子を…!」

 

智之は子供を抱えると、一気に薺の車に走り出す。

ルッティーの後ろではオルトがまだフロントガラスを抑えているが、破壊寸前だ。

 

「………」

 

ルッティーは覚悟を決め、バスの非常用ドアを閉めた。

それに気付いた智之は叫んだ。

 

「よせぇ‼」

 

フロントガラスを破ったカラスは真っ先に血だらけのルッティーに向かっていく。彼女は最期の悪足掻きに拳銃を撃つが、そんなのは全く当たらず、カラスに蝕まれていった。

 

「うぐっ…!うぐあああああっ‼」

「ルッティー‼」

 

バスの窓ガラスに顔を貼り、ずるずると倒れていくルッティーを智之は涙に濡れた目で見ていた…。

オルトもバスから出るが、既にカラスに囲まれてしまっているため、対処のしようがなく、カラスの餌食にされてしまった。竜馬の言う通り、全滅までは時間の問題かもしれなかった…。




ぐだった文章になったかもしれません。
次はこうならないように文章能力を上げていきたいです。


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第30話 遭遇

「行け!行け行け‼」

 

竜馬は車のドアを閉めて先に車を発進するように促した。

すると、火炎放射器を使っていた薺がカラスの集団突進を受ける。横から突かれた薺はバランスを崩して、砂漠に倒れる。

 

「薺!」

 

竜馬は素早く反応し、三羽のカラスを撃ち殺す。

 

「大丈夫か!?」

「え、えぇ…」

「乗れ!」

 

薺を車に乗せて自身も乗ろうとした時、一人の悲鳴が聞こえた。

バスの下から生存者が飛び出してきて、この車のあるところとはまた別の方向に右往左往していたのだ。竜馬は見捨てられる訳もなく、その生存者を追う。カラスが生存者を追っていたというのもあるが、何よりもう目の前で死んでいく姿を見たくなかった。

竜馬は生存者の腕を掴んで車に戻ろうとする。だが、そこにさっき薺が使っていた火炎放射器が火を噴いたまま回転し続けていて、もう数秒後に竜馬たちの方に当たろうとしていた。

 

「竜馬!危ない‼」

「‼」

 

竜馬はせめてこの生存者だけでもと思い、庇おうとする。

しかしその時、乾いた銃声と共に火炎放射器が動きを止めた。銃声の聞こえた方に視線を向けると…“彼女”が、立っていた。

 

「…玲、奈…?」

 

そう呟いた竜馬の声が玲奈に聞こえたかは分からない。

玲奈は片手に拳銃、もう一方には肉の周りにいくつもの手榴弾を取り付けたものを持っていた。玲奈は素早く手榴弾のピンを抜くと、カラスたちが飛んでいるところに向けて投げ、誰よりも大きい声で叫んだ。

 

「伏せてっ‼」

 

竜馬は玲奈がこれから何をするつもりなのか分かり、伏せるのではなく急いでここから離れた。投げられた肉にカラスは目を奪われ、ほぼ全てのカラスがまとわりつき、肉を食い千切っていく。だが、間もなく何個か連結して繋がった手榴弾は爆発し、とんでもない規模の爆破を起こした。肉を食らっていたカラスはほとんど塵と化し、僅かに残ったカラスはこの場から急いで逃げて行った。

玲奈はその光景を見てから、竜馬たちに背を向けた。

 

「お、おい!」

 

竜馬の呼び止める声が玲奈の耳に聞こえてくる。玲奈は自分でも信じられないくらい冷めた目で彼らを見た。

 

「…何?」

「どうして一人で行こうとするんだ?一人じゃ危険だ」

「大丈夫、よ……。これくらい…、大、丈…夫、なん、だから…」

 

徐々に玲奈の呂律が回らなくなる。

足腰に力が入らず、視界もぐるぐる回転する。自分が倒れたと気付いた時には、竜馬の胸の中で気を失っていた。

 

 

 

 

淳はいつもの時間、いつもと同じように実験を繰り返していた。

しかし、何度やってもジュアヴォは変異を遂げてしまい、彼は溜め息を吐く。しかし、この溜め息は実験の失敗に関しての溜め息ではない。どうやったらこの課題を無くせるか分かっているのに実行出来ない自分に対する溜め息だ。

そうしていると、彼の横に黒いワンピースを着た10歳前後の少女のホログラムが現れる。あれは“ブラッククイーン”。ハイブにいたレッドクイーンとは対の存在である。

 

『淳博士、私のセンサーが大きな爆発音を感知したわ』

「爆発音?…君はそんなことを伝えるためだけに出てきたのかい?」

 

淳は呆れ気味に言う。

 

『いいえ。重要だから言っているのよ』

「ほう…。では、何故その爆発音が重要なのか聞かせてくれ」

『実はその爆発の周波がデトロイトで製造されていた手榴弾と同じなのよ。どう思う?』

 

淳はブラッククイーンを凝視した。もし彼女が生身の人間だったら、肩を掴んで念を押して聞く程に衝撃を受けていた。デトロイトにいた部隊は即時撤退、並びにその装備は回収されて使われているはずがない。

淳は万に一の可能性を感じた。

 

「爆発音がした位置は特定してるな?」

『当り前よ』

 

彼女がパソコンに表示した位置は砂漠地帯のど真ん中だった。

 

「衛星の位置を変えろ。その手榴弾が仮に玲奈が使ったとすれば、本人か確認する必要がある」

『今から42分後に衛星が真上を通過するわ』

 

淳は椅子に背中を預ける。

 

「本当に…オリジナルの玲奈なら…問題は全て解決だ…。くくっ…」

 

淳は高揚する気持ちを抑えるのが大変だった。

 

 

 

 

玲奈は寝返りを打つ。それを見ていた生存者…主に子供たちは車から離れる。そして、何十分か寝て、玲奈は目を開けてみると、彼女の右手には包帯が巻かれていた。よく見れば血が滲んでいた。こんなことしなくても、傷なんか勝手に塞いでいくのに…と思いながらも上体を起こす。そこは車の中で、ケーシャが玲奈を見詰めていた。

 

「よく眠れた…?」

「…まぁね。安心して眠れる場所なんて、ないから…」

「私、ケーシャっていうの。よろしく」

「よろしく。薺たちは、外?」

 

玲奈はすぐに車の中から出ようとした時、ケーシャは慌てるように言った。

 

「ねえ!さっきは……ありがとう…」

「………」

 

玲奈は無視して車から降りるのだった。

降りてすぐ視界には、さっきの盗賊とカラスの襲撃で死んだ仲間を葬っている準備をしていた。中には薺がいたが、その表情は辛そうに見えた。彼らは丁寧に埋める前に、動き出しても大丈夫なように手足を縛っている。そして、掘った穴の中に彼らを入れる。

 

「誰か……弔いの言葉を」

 

智之が前に出る。ルッティーのペンダントを木製の汚い十字架にかけ、手で十字架を切って言葉を呟いていく。その様子を見ていると、竜馬がこちらに歩み寄ってきた。

 

「この半年で半分以上が死んだんだ。薺もさぞ辛いだろうな…」

 

玲奈は竜馬と共に歩きながら話す。玲奈はいつも竜馬といると、死んだ竜也と話しているような感覚に陥る。そんな玲奈の心境に気付かない竜馬は構わず質問する。

 

「あれからどうしてたんだ?デトロイトから姿を消してから…」

「…それしかなかったの。私はあそこで明らかに監視されていた。一緒にいたら…どうなっていたか…」

「それで逃げ出した…ってわけか…」

「アンブレラのコンピューターに侵入して衛星の軌道ルートを盗んで、監視地域から逃げていたの。この七か月間、ずっとね…」

「世界が滅んでからは?どうして、あの時俺たちと一緒にいようとしなかったんだ?俺は、お前が……」

 

竜馬はここで言葉を濁した。

彼はまだこの先を言う度胸は持っていなかった。

玲奈は気にせず言う。

 

「安全だからよ…。私と一緒にいても良いことはない。誰かが死ぬだけよ」

 

竜馬は玲奈の考え方が以前よりもかなりネガティブな方向になっていることが分かった。どんな時でも諦めずに戦っていた玲奈はもう何処かに消えていた。目の前にいる玲奈はアンブレラから逃げ、みんなを巻き込みたくない気持ちが前に前に出ていた。それを払拭させたくて…竜馬は大胆なことを言ってしまう。

 

「俺は玲奈といれて……う、嬉しいぞ?」

「…えっ?」

「だって、仲間に会えるのって、誰だって嬉しくないか?」

 

竜馬は目線を逸らし、顔がどんどん熱くなっていくのが分かった。

だが、そう言われた当の本人は、危うく涙を落としかける。彼女は自分がこの世にいちゃいけない人間だと…この逃亡生活で分かってきていた。だから…玲奈は誰とも一緒に行動することなく、孤独に、一人で生きていた。

でも…こんな嬉しいことを言ってくれる人がいるなんて思わなかったのだ。玲奈は無意識の内に、彼を抱き寄せていた。

 

「お…おいっ…」

 

竜馬も流石にこの玲奈の行動には戸惑いを隠せなかった。更に彼女の潤んだ瞳を見て、身体がピクリとも動かなくなる。彼女の顔が徐々に近付いてくる。そして、もう数cmでお互いの唇が触れ合いそうになった時、玲奈の時計のアラームが鳴った。

 

「え?まさか…」

 

玲奈は竜馬との抱擁を解き、時計に付属された衛星の軌道位置を調べる。すると、間もなくこの北アメリカ大陸かつこの近くを通過することが分かった。

 

「ねえ、今何時?」

 

竜馬は時計を持っていないため、近くにいたチェイスに時間を尋ねた。

 

「チェイス、今何時だ?」

「12時13分だ。…そこの姉ちゃんとどこかデートにでも行くのか?」

 

茶化しながら言う玲奈も軽く笑いを溢したが、竜馬にとっては冗談では済まされなかった。さっきの甘い目で見られた時には、彼の心臓は激しく鼓動を繰り返していた。そして、玲奈は笑いながら呟いた。

 

「考えすぎたかな…」

 

そう言って離れていく玲奈を見て、竜馬は顔に手を当て、呟いた。

 

「ヤバい…。俺、絶対玲奈のこと……」

 

 

 

だが、玲奈の考えは甘かった。アンブレラの衛星は玲奈の姿を確実に撮られていた。画質が多少ひどくても、顔認証くらいは容易に出来る。淳はすぐに以前撮った玲奈の顔と照合を開始する。

そして、オリジナルの玲奈である確率は85%。

淳はにやりと笑い、画面の玲奈に静かに呟くのだった。

 

「漸く、見つけたぞ…玲奈…」



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第31話 安心を求めて

玲奈はトラックの荷台で集まっていた薺たちにあのガソリンスタンドで見つけた日記を見せ、概要を説明した。そこには無線の記録も記してあったから、エッジに見せると彼は喜々した表情で言う。

 

「こいつはすごい!この無線の記録…この半年間の中で一番まともで確かだ!」

「へえ……。だから今からアラスカに行きましょう…って?馬鹿げてるわ‼」

 

薺は信じきれなかった。

チェイスもうんうんと頷いた。

 

「確かにな。仮に本当だとして…ここからアラスカ……か…。とんでもない旅になりそうだ」

 

エッジ、玲奈は薺を必死に説得する。

 

「薺、この無線の記録からして……」

「その日記よく見た?書かれたのは今から三か月も前。今までそういう無線や知らせを信じて何度当たった?」

「俺の記憶が正しければ……ゼロだな」

「黙って」

 

玲奈はチェイスに言う。

 

「いつもいつもそういうのはどこも手遅れな時が多いのよ。玲奈、あなたが言いたいことも分かるけど…」

「でも…この日記からは感染者…アンデッドはいないとある。隔離された土地よ?そこなら奴らの恐怖に震えて生きる必要もなくなる」

 

薺は周りにいる生存者を見て言った。

 

「私はここのリーダー…。みんなの命を預かっているわ。そんな空想や夢物語に縋っていられないわ。現実を見ないと」

「そいつは…どうかな?」

 

その意見に竜馬は反論する。

 

「今は現実よりも、夢物語が必要かもしれないぜ?みんなの雰囲気、見てみろよ…」

 

竜馬の言う通り、生存者のほとんどは暗い影を落としている。

 

「半年前は50人近くいた生存者の数も今では半分もいない。みんな、諦め始めている。玲奈の言うような希望があってもいいんじゃないかな…」

 

竜馬のこの言葉が薺の固まっていた信念を打ち砕いた。

しかし、薺一人で決められることではないため、彼女は生存者を急遽集めて聞いてみることにした。

 

「みんなを集めたのは…これから重大な決断を決めるからよ。重大すぎて…私一人で決めることは出来ない。単刀直入に言うわ。…生存者がいるかもしれない」

 

みんな騒めく。

特に「どこに」と言った言葉が飛び交った。

 

「アラスカよ。分からないけど…一握りの可能性があるの。私たちは決めなければならない。どっちかに手を上げて」

 

玲奈は生存者のみんなを見たが、希望が現れた分不安も募ったように見えた。

 

「アラスカに行くか……ここに残って旅を続けるか…。アラスカに賛成の人!」

 

薺が叫ぶと、ゆっくりと…ぽつりぽつりとだが手が上がっていき、最終的には全員が手を上げた。結果が分かり、薺は呟いた。

 

「…アラスカね」

 

生存者から歓喜の声が上がった。

玲奈は結果がそっちに傾いて良かったと思った。仮に彼らが今の旅を続けるのだとしたら、いずれ死ぬのは目に見えていたからだ。

薺は玲奈に近寄って口を開く。

 

「さっきは……強く否定してごめんなさい」

「いいのよ。あなたも、大変だろうし…。それより……私も、居ていいの?」

「当り前よ。あの東京で出会ってから、仲間じゃない」

「仲間……」

「そうよ。まあ、後は…祈るだけよ」

 

薺は車の方に戻っていく。その後ろ姿を玲奈はじっと見ていた。

 

 

 

 

淳は緊急でジョン議会長を呼び出した。…呼び出したと言うが、実際はホログラムのジョンが出てくるだけで本人ではない。淳は呼んだ理由を説明すると、ジョンは驚いた表情を作った。

 

『…その話は、本当なのか?』

「85%一致です。これは無視できない数値です」

『仮にオリジナルの玲奈なら…何か月も我々の監視を逃れていた、ということか…』

「残りの衛星の軌道は全て変更しました。彼女が我々の監視に気付くこともありません。今すぐ彼女を捕獲する許可を降ろしてください」

 

淳はそう言うが、迷っていた。オリジナルの玲奈なら嬉しいことに変わりないが、もし…人違いだったら関係ない人物に無駄な労力と時間を費やしてしまったことになる。だからジョンは厳しいことを言う。

 

『ダメだ。本人であることを確かめるのが先だ。彼女が本物であることを先に調べてからだ』

 

その発言を聞いた淳は語気を強めた。

 

「彼女が玲奈であることは間違いないんです!今、共にしている仲間も玲奈との知り合いであることも確認出来ています。元来、オリジナルの玲奈は私の研究に必要不可欠な存在なんです!彼女の血液……遺伝子情報が、ジュアヴォを制御する鍵なんです!ぐずぐずしていると、また取り逃がす可能性が上がります!そんなリスクを負うなんて……」

『君が決めることではない』

 

ジョンは淳の意見を完全に無視した。

 

『この件は次の議会まで内密だ。博士、これは命令だ。分かったな?』

 

ジョンのホログラムが消えていく。淳は歯を噛み締めながら会議室から出ていく。その胸の内を秘めたまま…。

 

 

 

 

夜になり、車の中で玲奈たちは作戦会議を始める。灯りはランプだけで非常に地図が見えにくいがそこは仕方ない。

 

「タンクローリーにはガソリンはないし、個々の車のガソリンも残り少ない。プラス、食糧もだ」

 

それに合わせるようにエッジが発言する。

 

「俺の車のはあと半分」

「チェイスは?」

「俺のはもうほとんどない。走れても精々100kmが妥当だな…」

「この長い旅を成功するにはガソリン、食糧の補給が必要だな」

 

竜馬は灯りを地図に近付けながら指で追う。

 

「ここは…どうだ?」

 

玲奈も地図を覗く。そこはつい先日玲奈が行ってしまった場所だった。

 

「そこはもう空っぽ。もう行って来たわ」

「……なら……」

 

みんなでどこで安全に、確実に補給出来そうな場所を言うが、どこも行って来たばかりであったり、あまりに遠いかのいずれかだった。

その時、薺はポツリと言う。

 

「ラスベガスよ」

 

みんなその単語を聞き、ギョッと薺を見た。

 

「ガソリン、食糧が大量にあるのは、ここからならベガスが一番近いわ」

「そいつは知ってる。だが、あそこは…」

 

竜馬は言葉を濁す。みんな、ベガスになら何でもあることくらい理解していた。しかし、滅んだとはいえ、元大都市。アンデッドがウヨウヨ湧いてくる場所に誰も近付きたくもなかったのだ。

 

「危険?そんなの私でも分かってる。でも私たちは小さい町もガソリンスタンドも食べ尽くした。もう、大都市を狙うしかないわ」

「…そうね。今更危険だなんだ言ってる場合でもないしね。私も薺の案に賛成よ」

 

玲奈も賛同してしまい、彼らは沈黙してしまう。もはや暗黙の了解…ということだろう。

最後に智之はこう呟いた。

 

「ギャンブルの街だからな…。まあ楽しんで行くか…」

 

 

 

 

淳は次の日、朝早く起きて、昨日録音していたジョンの声を編集する。もちろん、そんなことはやってはいけないことなど当の本人がよく理解している。淳の探求心がこれを抑えられなくなり、『これは研究のために必要だからやっているんだ』と自身に言い聞かせる。

たとえバレても、オリジナルの玲奈を連れてくれば問題ないと踏んでいる。

 

『博士、これは命令だ。……玲奈を捕獲せよ』

 

淳はにやりと笑い、更にこれをスピーカーに録音する。

これで準備は整った。奴らの動きは衛星が追っている。後は…彼らが向かう場所に…“奴ら”を放つだけだ。

淳の微笑みは、止まることがなかった。



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第32話 開戦(前編)

今日は予定があるため、早めに投稿しました


玲奈は竜馬とケーシャの乗る車に同乗した。ケーシャは玲奈の肩に頭を預けてスヤスヤと眠っている。玲奈は仮にベガスに着けたとしても、ガソリンも食糧がなかったらどうしようかと考えていたが、それは流石にないだろうと思い、再び日記の方に目線を向けた。

『アラスカに行け』と書かれた後にはこう記されていた。

 

『これで愛する人と安心して生きていける!』

 

「愛する人……か…」

 

今考えたら、玲奈の記憶には幼少時代の時の記憶はひとかけらも覚えていなかった。自分が子供の時、どういう子でどんな夢を持っていたのか…。両親の顔も思い浮かばない。

彼女の一番古い記憶は、あのハイブの緊急通路に通ずる教会であのクソ亭主と一緒にいたことだ。彼は…玲奈を愛していなかった。それに関しては今更何も言うことはない。

なら…今、玲奈にとって愛する人とは、誰なのだろうか?

玲奈は知らず知らずのうちに車を運転する竜馬を見詰めていた。東京で初めて出会った頃よりも筋肉が付き、顔つきも以前に増していかつくなっている気がした。そして、玲奈は自身の心の変化に気付く。

自分が…竜馬をどのような感情を抱いているのか…。玲奈は思わず顔を逸らしてしまう。これ以上、じっと見ていたら、変に思われると思ったから…。

竜馬は逆に運転しながらも、玲奈をちょくちょく見ていた。長かったセミロングの焦げ茶の髪をまとめ、戦闘の時に邪魔にならないようにしている。そして目つきは以前よりも鋭さ、厳しさを増し、いつでも警戒を怠らないようにしているが、奥底では計り知れない恐怖を抱いていることが分かった。

強くて美しい……それが竜馬の心を惹きつけた要因だった。

竜馬はそんな玲奈を守ろうと思いながらも、ベガスへと車を急がせるのだった。

 

 

 

 

淳は玲奈たちの車の位置を補足し終えたことで、彼らの目的地を突き止め先に陣営を張っていた。そして、用意していたコンテナをガソリンスタンドに通じる道に落としておく。中には淳からのサプライズが用意してある。

 

「もし、仮に奴らを全て殺されたら、実験用にジュアヴォを出動させる。そっちの準備も怠るなよ!」

 

今回はデトロイトの時と違い、ただで終わらせるつもりはなかった。

 

 

 

 

「ああ……そんな、これがあの…ラスベガス?」

 

薺は目の前の光景に思わず悲壮な声を出してしまった。

玲奈たちはどうにか無事にベガスに着いた。着いたには着いたのだが…そこは完全に砂漠と化していた。世界が滅ぶ前までギャンブルの都市として栄えたベガスも今では完全な廃墟になっていた。

玲奈もこの光景に唖然とした。ただ、予想と反して廃墟となった建物、オブジェクト、その他の建造物にも人影、アンデッドは見られなかった。

 

「物凄い静かだ……。アンデッドが何故いないんだ?」

 

玲奈は窓から身を乗り出し、上空を眺める。黒い影が空を優雅に飛んでいるのが見えた。

 

「きっと…あのカラスたちの仕業でしょうね…。人もアンデッドも全て食べ尽くしてしまったのよ」

「そいつは恐ろしい…」

 

玲奈たちは音一つ響かないベガスの地に足を踏み入れた。

彼らは縮尺したエッフェル塔の前に車を列にして駐車する。

 

「周囲を固めないとね」

「なら、上からがいいわ」

「…その通りね。チェイス、これに登って周囲を監視して」

 

薺が指差したのは縮尺したエッフェル塔だった。こんなものに登るなんて恐らく最初で最後だろうが、こんな鉄骨ビルに登るのかと思うと、気が重くなるチェイスは溜め息がちに呟く。

 

「最高……だね」

 

チェイスは手袋をはめ、塔を登って行った。

 

「本当に静か。時が止まったみたい。これならすぐ食糧もガソリンも補給出来るかも…」

「……そうでもないぜ?」

 

智之が指差す。そこにはガソリンスタンドのマークがあるのだが、その通路を塞ぐように巨大なコンテナが置かれていた。

 

「奴らが来ないうちにさっさと片付けるわよ。エッジ、車のウィンチを」

「了解」

 

薺はエッジの車に付属されているウィンチを使うことで、このコンテナを動かそうと考えた。その前に、背中から散弾銃を取り、玲奈は一人、コンテナに近付いていく。玲奈には意図的に置かれたこのコンテナが異様に怪しく思えた。

コンテナを動かす前に中身が何なのか確認する方が先決だろうと思った。

 

「薺、ちょっと待って」

 

玲奈の真剣な言い方に薺たちも“もしも”の時のために、それぞれ拳銃を構える。塔の上にいるチェイスも物々しい雰囲気を気にしている。玲奈はゆっくりとコンテナに耳を付けて、何か聞こえないかと思う。

すると…中から獣の唸り声のようなものが聞こえ、玲奈は途端に後退した。

 

「下がって‼」

 

玲奈の鬼気した声に全員に緊張が走る。

全員でコンテナに銃口を向け、迎え撃つ準備をした。玲奈が薺たちのところに戻ったところで、あんなに硬く閉ざされていたはずの扉が勝手に開く。地面に落ちた扉が砂塵を巻き上げる。玲奈は険しい顔つきでコンテナを見るが、中は真っ暗で何も見えない。

しかし、コンテナの中に何かいることは明白だった。

そして…雄叫びを上げて出てきた“奴ら”に、玲奈は散弾銃の引き金を引いた。出てきたのはアンデッドでは間違いないのだが、どこか様子がおかしい。

まず全てのアンデッドが同じ服、靴、手袋を身にしている。しかも、額、眉間には太い血管が浮き彫りになり、禍々しさが増していた。玲奈の散弾銃の銃声を合図に全員一斉に拳銃を撃ち始める。いつも通り、頭が弱点なのだが、こいつらは普通のアンデッドよりも敏捷さが格段に増している。そのせいでコンテナから出てきたばかりのアンデッド全てを排除出来ず、辺りに散らばっていく。薺はマズいと思い、後方に走っていく。

 

「竜馬!ここは任せた!」

「行ってこい‼」

 

竜馬はサブマシンガンを乱射して、奴らを蹴散らしていく。車から出ていた生存者に襲い掛かるアンデッドたち。チェイスはそうはさせないと言うように上からライフルで援護する。

薺も走って奴らから必死に逃げるが、スピードが速すぎて簡単に掴まってしまう。地面に倒されてしまう薺だが、上体を起こし、拳銃で頭を撃ち抜く。荒い息のまま、薺は再び走り出した。

一方の玲奈は空になった散弾銃を捨て、向かって来たアンデッドの首に腕を巻き付けて骨をへし折る。次に腰に差していた二つのナイフを掴むと、高々と跳躍し、奴らの首を切断する。だが、吹き飛んだ頭は未だに生きており、口がパクパク金魚のように動く。玲奈はそれを踏み潰し、更にコンテナから出てくるアンデッドに備えた。

そして…これが開戦だということを思い知ったのだった。



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第33話 開戦(後編)

漸くお気に入り登録者が10人に行きました。まだまだ先は長そうですが、頑張っていきます。
では、後編をどうぞ‼


チェイスの上からの援護射撃がなければ、この戦闘はかなり厳しくなっていただろう。いくら戦闘能力が高い玲奈でも体力に限界はあるし、何よりアンデッドの数が尋常じゃないのだ。奴らはどんどん広範囲に散らばっていき、生存者の肉を食らおうと駆けていく。

生きたまま食べられる気持ちはその時なってからでないと、決して分からない。

しかしその時の恐怖はどんなものよりも恐ろしい。

玲奈は生存者を救うために、迫り来るアンデッドたちを殺していく。後ろから回り込んで噛みつこうとしているアンデッドの膝を後ろから蹴ってバランスを崩すと、標的を玲奈に変えた。だが振り向いた矢先に玲奈はアンデッドの頭にナイフを突き刺す。

だが、アンデッドは挟み撃ちの原理で更に左右からやって来る。玲奈はアンデッド一体の腕を掴んでもう一体にぶつけると、そのままナイフを重なった頭を突き刺して絶命させた。そこから血が噴き出し、玲奈の服を汚す。

息を整えていると、更にもう一体後ろからやって来たアンデッドの振ってきた腕の攻撃を避けると、一本のナイフは腹に刺し、もう一本は股間に突き刺した。途端にアンデッドの口から悲鳴のような奇声が漏れた。玲奈はそこからナイフを上へ上へと上げていき、首を掻っ切った。玲奈は刺さったままのナイフを抜き、この場をどうにかした。

だが、まだまだアンデッドはいる。玲奈は逃げ惑う生存者を追いながらも、奴らを殺していく。一体は頭を切り落とし、もう一体は顔面に蹴りを与え、頭蓋骨を粉砕する。それでも建物にいた生存者の一人は腸を抉られ食べられていた。生存者が死んだことはショックではあったが、そんなことをいちいち構っていられず、アンデッドの額にナイフを投げた。ナイフは弧を描いて、額に刺さる。

止まることなく、玲奈はコンテナの上に飛び乗り、そこからアンデッドの数を調べる。口笛を吹いてアンデッドの気を引くと、コンテナの上を一気に駆け抜け、ジャンプすると玲奈は拳銃を抜くと、一体も外すこともなくアンデッドを殺していった。着地の時は砂漠がクッションになって助けてくれた。

奥の方では薺たちがまだ戦闘を続けているのが分かった。そこに向かおうと立ち上がろうとした時…予想外の事態が起きる。一発の銃声と共に玲奈の右足首に痛みが走る。

 

「うっ⁈」

 

銃弾は玲奈の足首を突き抜け、砂にめり込み、玲奈は倒れてしまう。銃弾が飛んできた方向を見ると、ライフルのスコープが太陽の光で反射して、輝いているのが見えた。玲奈は腹這いになりながらも、狙撃から逃れようとコンテナの後ろに身を隠した。しかし、それを見越してか玲奈の周りに突如として仮面を被り、大鉈を持った奴らが現れた。

玲奈は痛む足をどうにかして動かし、再び立ち上がる。そして腰からナイフを抜き、奴らと戦う臨戦態勢に入った。

 

「ウラァ‼」

 

人間とは思えない奇声を発して、奴らは大鉈を振ってきた。玲奈はそれを軽々と避け、不気味な仮面に膝蹴りをぶち込んだ。仮面が半分に砕け、素顔が現れる。仮面の下は血だらけで目は異常とも言う程に増加し、人間ではないことが分かった玲奈はナイフで頭の半分を切断した。脳、中の肉が露出し、血が噴き出す。普通のアンデッドなら、そのまま倒れて二度と動かなくなるだったろう。

だが…こいつは違った。

切られた部位から白い煙が発生し、肉片が再生していく。そして最終的には元通りに戻る。

 

「な、何…⁈こいつら⁈」

 

突然傷が再生するアンデッドに対応したらいいか、玲奈は分からなくて混乱してしまった。その瞬間、同時に突撃してきたジュアヴォに身体を拘束されてしまう。

 

「離せ!この…っ……んむっ⁈」

 

暴れようとした時には、玲奈の口をジュアヴォが防いでしまい、呼吸出来なくなる。いくら普通の人間よりもパワーがある玲奈でも3、4人ものジュアヴォに抑えつけられては抵抗をしても、払いのけることは出来ない。

呼吸が出来ない影響で、酸素が徐々に身体に回らなくなり、意識も薄れてくる。

 

「く………う、はな………せ……」

 

力もどんどん入らなくなる。

薄れゆく意識の中、ぼやける視界に一人の男の姿が写る。

 

「実践実験は成功だな…。後はこの女の身体を思う存分研究するだけだ」

「うっ………くっ………」

 

視界はぼやけてから歪み、個々の顔も判別出来なくなる。最後の抵抗に腕を伸ばし、男の白い服を掴もうとするが、届くことはなく、ダラリと玲奈の腕は落ち、意識を闇へと落としてしまった。

 

 

 

 

竜馬は未だに全てのアンデッドを倒せずにいた。

いや…倒そうにも動きが速すぎて縦断がまともに当たらないのだ。そんな中で竜馬は玲奈なら簡単に当てれるだろうと思ってしまう。全滅するかしないかが懸かっている戦いなのに、この緊張感の無さに呆れてしまう。しかし、竜馬は奥の方で固まって行動する集団がいることに気付く。その中には気絶した玲奈を抱えている者がいることにも。

 

「玲奈ッ‼」

 

竜馬は思わず叫んでしまった。そのせいでその集団は見つかったことに焦ったのか、急いで建物の中に走り込んでいった。

竜馬は拳銃をしまい、全力疾走する。後ろからは薺の声が聞こえたが、そんなのはどうでもよかった。竜馬の中で、玲奈を助けることが最優先事項となってしまっていたのだ。階段を駆け上がっていくと、壁に銃弾がめり込んだ。竜馬も姿勢を低くして応戦するが、相手は撃ち合う気はないらしく、再び階段を登っていく。竜馬も見失わないように、急いで追うのだった。

 

 

 

 

薺たちは既に追い込まれようとしていた。

あまりのアンデッドの数に手持ちの弾も尽きてきたのだ。

エッジは一旦車に避難するが、アンデッドは車を叩き、フロントガラスを割って中に侵入しようとしてくる。入ってくるアンデッドを殺そうとするが、遂に弾切れになってしまう。この車の中にいるのはもう無理だと判断したエッジは後方のドアから逃げようとするが、車の上からアンデッドがジャンプして彼に掴みかかった。

 

「エッジ!」

 

同じく車の中で隠れていたケーシャが叫んだ。

それを見た薺は単発式の散弾銃を取り出す。エッジは必死に抵抗しているが、今にも噛まれそうだった。薺はアンデッドに銃口を向けて叫んだ。

 

「こっちよ‼」

 

アンデッドは薺の声に反応し、彼女を見た。途端に薺は引き金を引き、アンデッドの脳幹を貫いた。更に車の中にまで侵入したアンデッドも殺す。エッジは銃も何もないため、車の下に逃げ込もうとする。その間に散弾銃に弾を込める薺。その隙にもアンデッドは襲ってくる。薺は散弾銃の持ち手で腹を殴り、銃口を口に突っ込んで喉の奥から頭を撃ち抜いた。

だが、車の下に潜り込む前にエッジは3体のアンデッドに掴まり、身体を貪られてしまう。

 

「エッジ!」

「うぐあああぁぁ………」

 

エッジの悲痛な悲鳴が嫌でも耳に入ってくる。薺は当たる場所構わず、アンデッドに撃っていく。しかし、いくら身体に撃っても怯むだけで効果は皆無に等しい。そして、ゼロ距離にまで来たところで漸く弾はアンデッドの頭に命中する。だが、3体のアンデッドを殺したところで手遅れだった。エッジの頸動脈は裂かれ、ピューと小さな噴水の如く血が溢れていた。

薺は散弾銃を力なく降ろすと、悔しさから大声を上げた。

 

「うわあああああぁっ‼」

 

その叫び声はどこまでも響いていった。

チェイスは自分がいる場所にまで生存者が来たため、登ってくるアンデッドを撃ち落としていた。しかし、ここで弾切れが起き、舌打ちしながらチェイスはライフルを捨てた。そして、生存者に手を差し伸ばす。

 

「頑張れ!手を伸ばすんだ!」

 

チェイスはまだ登ってくるアンデッドにご自慢のマグナムを撃ち落す。いつもより大きい銃声がエッフェル塔に響く。だが、後ろからもアンデッドが近付いていることに気付けなかったチェイスは肩を噛まれてしまう。噛んだら離さないアンデッドはそのまま身体に抱きついてくる。

 

「くっそぉ!行け‼逃げろぉ‼」

 

チェイスはこのままではダメだと思い、一つの決心をした。

それは…。

 

「……こうなったら…!」

 

チェイスはアンデッド共々エッフェル塔から身を投げた。アンデッドは地面に頭を強打し死亡。チェイスもエッフェル塔の鉄骨に頭部をぶつけて即死した。

その様子を見ていた薺は車のボンネットを殴った。

 

「ちきしょおぉ‼」

 

だが、また悔しがっているわけにもいかない。最後の一体であろうアンデッドが薺に近付いてくる。散弾銃を構え、引き金を引くが、カチンと弾切れの音がした。今から腰の拳銃を取っても間に合わない。万事休すかと思われた時、一つの影が飛び出し、アンデッドを突き飛ばした。

 

「と、智之…」

 

影の正体は智之だった。アンデッドと共に地面に倒れた智之の腕にアンデッドが歯を食い込ませた。

 

「ぐあっ‼くっ……!」

 

智之は噛まれながらも、アンデッドの頭を拳銃で撃ち抜いた。

智之の左腕からは血が流れ出ている。智之は薺に顔を向け、残念そうに笑った。

 

「ははっ……やられちったよ…」

 

薺はもう自分のか弱さに泣きたくなるくらいに後悔した瞬間だった。



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第34話 決意に満ちる

智之のキャラが崩壊してるかも…。


竜馬の耳にヘリのローター音が聞こえ始めた。漸く長い階段を登り終え、屋上に到達した時には既にヘリは上空高くへと離陸していた。唇を噛む竜馬だが、まだ手はある。奥にもう1つのヘリがある。

竜馬はまず目前の白いテントの中に入り、中にいた傭兵を一人残らず射殺した。すると、銃声を聞き付けたジュアボォがテントに侵入し、竜馬の胸ぐらを掴むとテントの外へと放り出した。

 

「くっ…!」

 

竜馬はすぐに態勢を立て直し、ライフルに銃剣を装着しているジュアボォを見た。不気味な仮面の下からは血がポタポタと垂れている。

人間でないと即座に判断した竜馬は先手必勝のつもりで突っ込んだ。

銃剣を向けてきたジュアボォの攻撃を避け、仮面に拳をぶちこみ、ジュアボォの穢らわしい顔が露になる。

それに少し驚く竜馬であったが、そんな戸惑いはすぐに無くなり、怯んだジュアボォの手からライフルを奪い、逆にジュアボォの首に銃剣を突き刺す竜馬。そこから力を込め、銃剣の刃を左へと動かしていき、最終的にはジュアボォの頭を切断した。頭が落ちてすぐに白い煙が立ち込めたが、いくら再生能力を持つジュアボォでも、頭を削がれてしまっては再生は不可能らしく、そのまま地面に倒れた。

だが、その隙にもう一機のヘリは離陸をしようとしていた。竜馬は離陸させまいと拳銃を無鉄砲に撃つが、相変わらずの防弾性で銃弾は簡単に弾かれてしまう。そんな情けない姿を淳は嘲笑する。

 

「基地に戻るぞ。さっさと玲奈を……」

 

『実験したい』。そう言いたかった淳だが、突如何者かに両肩を掴まれ、ヘリとは逆の方向を向けられる。淳の視線には、自らが放ったアンデッドがいた。目を丸くして言葉を失っていると、アンデッドは口を開け、淳の肩に歯を食い込ませた。

 

「ギャアアアアアア‼」

「博士!」

 

悲鳴を上げた博士に気付いたヘリのパイロットは拳銃を抜き、噛みつくアンデッドの額に風穴を開けた。淳は噛みつかれた痛みから解放されたが、肩からは血が流れていて、彼の冷静さを無くしていった。

 

「は、早く基地に‼戻れ…!早くしないと……抗ウィルスを早く打たなければ…‼」

 

ヘリは急いで離陸する。それでも竜馬はしつこく拳銃、ライフルの引き金を引き、墜落、または止めようとするが、それは徒労に終わった。ヘリは何事も無かったかのように、悠々と空へと飛んでいった。竜馬も理解したのか、空に向けていたライフルを降ろした。そして、ヘリが見えなくなった頃に歯軋りし、ライフルを地面に叩きつけた。

 

「クッソォッ‼‼」

 

悔しさからこんなに大きな声が出たのは竜馬は初めてのことだった。玲奈を助けることが出来なかった怒りが胸の奥から噴き上がる。

しかし、まだ手が無くなった訳ではない。奴らは急いでここから撤退してしまったから、パソコンなどのコンピューター機器を放置していた。

竜馬はすぐに先程のテントに入り、パソコンを弄り出すのだった。

得意でも苦手でもないコンピューターを使ってどうにか玲奈がどこに連れていかれたかを竜馬は突き止めた。それから急いで薺たちの下に戻るが、状況は最悪だった。いや、悲惨と言った方が正しいかもしれない。至る所にアンデッド、生存者だった死体が転がっていた。こちらは約10名近く、仲間を失い、更には智之がアンデッドに噛まれてしまうという最悪な展開だった。竜馬は玲奈を拐われた怒りの他に、仲間を無惨に殺した奴らに更なる怒りを感じていた。

だけど時間がないため、薺に用件を言う。

 

「薺、奴らの居場所が分かった。ここからそう遠くはないから行こう」

「………」

 

薺はうんともすんとも言わなかった。仲間を半分近く失った薺は、人として…この集団のリーダーとして相当なショックを受けていた。

その気持ちは分からない訳ではないが、慰めている時間もない。

 

「いつまで落ち込んでいるんだ‼薺がリーダーだろ?しっかりしろ!」

 

竜馬は怒鳴ったが、薺の目に光が戻ることはなかった。これはもうどうしようもないと思った竜馬は、ライフルを担ぎ、まだ動く車に乗り込んだ。

すると、助手席の扉が突然開いた。我を戻した薺が乗ってきたかと思ったが、そこには肩に包帯を巻き、僅かに汗が浮かんでいる智之の姿があった。

 

「俺も付き合うぜ?一人じゃ危険だしな…」

「智之…」

 

彼は痛々しい肩を見せつけながら話す。その肩を凝視している竜馬に気付いた智之は苦笑いしながら言った。

 

「安心しろよ…。感染したとしても、奴らになるまで多少なり時間はあるんだろ?それに……もし、奴らになったとしても、お前が殺せば済む話だろ?」

「………っ」

 

竜馬はその問いに答えることなく、車を走らせていくのだった。

竜馬たちは遂に見つけた。小高い丘らしき場所から、正方形に囲まれたフェンス内にヘリが3機あるのを…。さっき逃げたヘリもあるため、ここで間違いない。他には西部劇でよく見る小さい家が不自然に設えてある。だが、そこに入るのはかなりキツいだろう。フェンスの周りには何千体というアンデッドが犇めき、独特の唸り声を上げていた。

何に惹き付けられているか分からないが、とにかく数は多い。玲奈はベガスにいたアンデッドは鳥が全て食べ尽くしてしまったと言っていたが、本当はここに向かっただけなのかもしれない。

 

「…まぁ、これを突破するしかないらしいな…。羽さえあれば楽なんだがな…」

「竜馬の言う通りだ……ぐ…ぐふっ‼」

 

苦しそうに呻いた智之の口からは血が出てきた。

 

「頑張れよ…。さっき逃げた奴が『抗ウィルス』って言ってた。多分あの中にあるんだ。それさえあれば助かるんだ!死ぬな!」

「そうは言ってもな……この感じ、手遅れなんじゃないか?」

 

竜馬は言葉を失う。智之の言う通りかもしれなかったからだ。

 

「それに…俺を助けるよりもまずあの中に入る方法を考えないといけねえだろ?俺にとっておきの案があるぜ?」

 

その時の智之の顔は、これから死を迎える人の表情には…全く見えなかった。

 

 

 

 

それから数十分後、漸く正気を戻した薺たちにさっき智之が言っていた案について話した。それを聞いた薺は目を見開き、身体をふらつかせたが、どうにか態勢を保って小さく頷いた。

だが、ケーシャは…涙を見せて薺に抱きついた。

 

「ガソリンは積んだか?」

「…ええ」

 

智之は薺から1つのバッグを貰う。中にはダイナマイト10本が入っている。智之は薺の手をガッチリと握った。

 

「ガキや他の生存者……任せたぜ?薺」

「……っ…任せなさい…」

 

智之は薺と手を放す。その途端、薺は気持ちを抑えきれず、一筋の涙を流した。そしてケーシャは智之を見ると、今度は智之に抱きつき、彼の胸の中で叫んだ。

 

「嫌だ‼嫌だ‼智之さんが死んじゃうなんて嫌だよぉ‼アンデッドでも何でもいいから…私たちと一緒にいてよ‼」

 

苦しそうな表情を浮かべた智之だったが、胸にしがみついたケーシャを優しく引き剥がした。

 

「んなこと…出来るわけねえだろ…?俺がアンデッドになったら…みんな死んじまうだろ?それだけは、何としてでも避けたいんだ…」

 

ケーシャはそのまま地面に伏せた。薺も気を察してやって彼女を優しく抱き締めた。

その時も、薺の瞳は涙で濡れていた。

そして最後に竜馬の前に立つ。

竜馬は涙も何も見せず、至って普通だった。

 

「お前には散々世話になったな…竜馬」

「なぁ、智之。本当にお前…麻薬、やってたのか?」

「ははっ…。やってたさ。でも…今はこのガキを助けたいから、この身を捨てれるぜ?たとえ犯罪者だったとしても…」

 

竜馬は智之を引き寄せ抱き締めた。ここでお別れになるからだ。もう彼を抱きしめることは出来なくなる。

竜馬はガッチリとハグした後に、真っ直ぐな目で智之を見た。

 

「ありがとな…」

 

智之はトレーラーに乗り込み、先に走行していった。竜馬はいつまでも悲しんでもいられず、気持ちを切り替えて、別の車に乗り込み、トレーラーの後ろについて行くのだった。




投稿開始から1ヶ月経ちました。
これからどういう風に仕上げていくか未定ですが、何卒宜しくお願いします。


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第35話 狂わされる理性

アンブレラは玲奈をとある部屋に監禁した。

椅子の肘掛けに腕を縛り、四つの足の二つに玲奈の両足を縛り付けた。

玲奈はまだ意識を回復していない。待ちきれないパイソンは、バケツの中に入った冷たい水を玲奈の頭からぶっかけた。唐突に冷水が玲奈の身体に浴びせられ、身体が冷えていったため、玲奈は半ば強制的に起こされた。

 

「ぶはっ‼おほっ……けほっ……」

「お目覚めはどうかな?」

 

玲奈は途端にパイソンに鋭い視線を向けた。ここが何処だかはいくらでも予想出来る。

だが玲奈は今すぐにでも、この手足の拘束から抜け出し、こいつを殺してやりたいと思った。

 

「…そうね……。少し冷たすぎるわ。風邪でもひいたらどうするの?」

「そいつは失敬。いやね、生温い水だと起きずにまた寝てしまうのではと思ってね…」

 

玲奈は手枷をガチャガチャ動かしながらも、パイソンから視線を離さない。

 

「で…私に何の用?」

「私には用がない。用件があるのは淳博士なんだが…アンデッドに噛まれてしまってね。もう手遅れなんだ。代わりの研究担当が到着次第、君は身体中を調べられる。まぁ解剖されると言ったらいいかな?」

 

パイソンは玲奈の方に歩み寄り、顔を近付けた。そして、目にかかっている濡れた髪を横にずらして、その美しい顔をジロジロと見た。玲奈はこんな奴の顔を見られるのは屈辱以外の何物でもなくて、顔を背けた。その反応が、パイソンの醜悪的な性格を興奮させた。玲奈の髪を乱暴に掴み、自身の顔に無理矢理振り向かせた。

 

「うぐっ……」

「玲奈……君だって分かっているだろう?今の世界で生き延びるのは到底不可能だ。そこまで馬鹿じゃないだろう?」

「………」

「もし、君がこちら…アンブレラ側につけば、ここで安心して生きていける。ちょっと狭い部屋で退屈した生活になるかもしれないが、玲奈…君の安全は保証しよう」

「……ぷっ、くくく……っ」

「…?」

 

玲奈はそれを聞いて、笑いを抑えきれなかった。馬鹿はどっちなんだと思うくらいに馬鹿馬鹿しくて笑ってしまったのだ。

パイソンはそんな玲奈を静かに見下ろす。

 

「…何が可笑しい?」

「安全……保証……?笑わせないでよ!私があんたらの所で一生を過ごすわけないじゃない!私は…実験のために生まれてきたんじゃない‼」

 

玲奈はそう叫んだ後に、顔を近付けたまま離れないパイソンの頬に唾を飛ばした。

ここで漸く、パイソンは玲奈の頭を投げやりに放し、頬を拭った。

 

「そうかよ…」

 

そう呟き、パイソンは腰からナイフを抜くと、玲奈の右手に深々と突き刺した。

 

「アアアアアアァァァッ‼‼」

 

今まで様々な傷を負ってきた玲奈であったが、肉を貫かれる痛みを耐えきるのは無理があった。身体をビクビクと震わせ、涙を流してしまう玲奈。こんな玲奈を見ていたら、パイソンは嫌がおうでも虐めたくなってしまう。

 

「はぁ…!はぁ…!」

「いくら気が強くても、口だけなら何とでも言えるな…。貴様も所詮は女だ」

 

パイソンは荒く息をする玲奈の豊かな胸に手を触れた。嫌らしい手が触れ、玲奈の怒りは益々上がっていくばかりだが、何も出来ない。

 

「…はぁ……くず…がっ……!」

「聞き呆れるくらいに言われるよ」

 

パイソンは口角を上げ、右手からナイフを抜いた。抜かれる時にも痛みが走り、玲奈は顔を歪めた。

 

「うっ…」

 

右手はすぐに再生を開始するが、パイソンは代わりに左手にナイフの刃を当てた。

 

「さて、今度は……」

「ま、待て……止め…」

 

涙目の玲奈の懇願を無視して、パイソンは次に左手にナイフを刺した。再びとんでもない痛みが腕全体に走り、玲奈は絶叫した。

 

「ぐうううううううぅぅぅぅっ‼‼」

 

刺されてからも暫く玲奈の左手は勝手に痙攣したまま止まらない。既にこの時点で玲奈の理性は崩壊寸前にまで追い詰められていた。

パイソンは動悸が激しくなってきた玲奈に聞く。

 

「止めてほしいか?」

「………こんな、の……仲間を、殺される……より、断然、マシ…よ…!」

 

途切れ途切れの言葉を必死に紡いでいく玲奈。

パイソンはやれやれといった表情をした。

 

「…全く、君は相変わらずだな。聞いた話だが、東京でもネメシスを仕留められなかったとかな…。使えない奴とは正にお前のことだな、玲奈」

「……ネメシスじゃない…」

「あ?」

「彼は…彼の名前は……“竜也”よ‼彼は私にとって大切な人だった‼それを…あんたらみたいなクズが私から奪ったのよ‼」

 

玲奈は必死に叫んだ。自分の意志は変わらないと伝えたくて…。

 

「…この7ヶ月近く、ドブネズミみたいに食糧を漁って生きてきた弱者が何を言う。『彼は竜也』?それは昔の話だ。あの時はネメシスという我々の所有物だったんだよ!それも分からないのか?」

「…ふっ…」

 

玲奈は再び笑った。

パイソンが言った『弱者』がまた馬鹿らしくて、笑えてしまったのだ。

 

「弱者?それはあなたたちじゃなくて?」

「何だと?」

「アンデッドに恐れをなして…地下深くに逃げ込んだカス集団が…私たちみたいに、毎日命を懸けて生きてる人たちをとやかく言う権利なんてない…」

 

ドンッ‼

と1発の銃声が部屋に響いた。

 

「あ……あ、アアアアアァァッ‼うああああああああぁぁっ‼」

 

パイソンが玲奈の右鎖骨を銃弾で砕いたのだ。玲奈は椅子が動いてしまう程に激しく痛みから逃れようと暴れる。汗がどっと噴き出し、撃たれた部位から血が流れて床に落ちる。パイソンは銃口を玲奈の頭に当てて言う。

 

「…馬鹿にするのもいい加減にしな。所詮貴様や貴様の仲間でもアンブレラを潰すことなど出来ない。いや…まずお前はもう終わりなんだよ!」

 

玲奈は痛みに耐えるのがやっとで言葉すら発せない。こんな絶望的な状況で…誰か助けになど来てくれるのかと不意に彼女の頭の中を過った。彼の…竜馬の笑顔が頭の中で再生される。

その時、突然部屋の中に慌ただしく傭兵が入ってきて、パイソンに耳打ちする。

 

「いいか?ちゃんと玲奈を見張っておけ」

 

パイソンはそう言うと、傭兵二人を部屋に残してどこかに行ってしまった。

玲奈は今なら脱出出来なくなかったが、肩と両手に作られた傷をが元通りに戻るのを待つ方が先決だろうと思い、そのまま椅子に留まるのだった。

 

 

 

 

パイソンは玲奈を部屋に残し、自身は淳を軟禁している部屋に向かう。軟禁だから拘束している訳ではないが、閉じ込められていると変わりない。暗証番号を入力し、入り口前にいた傭兵二人と共に中に入ると、抗ウィルスを打つ淳の姿が見えた。しかし、一本ではない。机には空になった試験管がいくつも置いてあった。

 

「…それを全て打ったのか?」

「玲奈の血清でアンデッドを強化した…。その分、ウィルスの感染力も増している…」

 

淳はこれで本日7本目の抗ウィルスを打ち終える。

 

「これくらい、打たないと……」

「どうなるか分かっていないようだな」

 

淳はパイソンの方を向く。淳の顔は酷いの一言だった。

目の下は黒い隈が出き、肌の色もいつも以上に薄くなっている気がした。だが、それでも淳は冷静さを保とうとする。

 

「それで……私をいつになったらここから出してくれるんだ?玲奈を…早く研究しなければ…」

「悪いが、それは別の博士にして貰う。あなたは重大な命令違反を犯した。ジョン議会長からも了承は得ている。今からあなたに略式排除を言い渡す」

 

淳はそれを聞き、顔を真っ青に染めた。

『略式排除』とは要するに…死んでもらうと同じことだ。淳は咄嗟に椅子を投げて、自身の研究室に一旦逃げ込んだ。

 

「逃げても無駄ですよ?大人しく死んでください、博士」

「こんなところで……大人しく殺されるか…!」

 

淳は机に置いていたJJ-ウィルスを首に当てた。本来、J-ウィルスとJJ-ウィルスを同じ身体に投与したらどうなるか予想も出来ない。とんでもない突然変異が起きるかもしれない。

しかし、彼からしたらそんなのは覚悟の上だった。

 

「………ぐっ!?あ……あがああああぁぁぁっ‼」

 

突然淳が悶え苦しむ様を見てパイソンには何が起きたのか分からなった。だが、近くにJJ-ウィルスの注射器が落ちていれば、彼が何をしたのか容易に想像出来る。

 

「貴様…!」

 

淳の身体はウィルスの影響でどんどん大きくなっていく。元の大きさより約1.5倍にはなっている。心臓は露出し、片目は退化したのか白内障が酷くなったように眼球そのものが真っ白に染まり、片手は異常なまでに発達した。パイソンは構わず、弾丸を淳の身体に撃ち込んでいくが、全く効いていなかった。淳はパイソンを一瞥すると…非情の一撃を加え、絶命へと追いやった。

 

「ぐおええええぇぇぇ………」

 

淳は部屋に残った二人の傭兵を見ると、不気味な薄笑いを浮かべるのだった。



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第36話 最後の一服

サブタイトル、中々思いつかなった…。


智之が運転するトレーラー、そして竜馬、薺が運転する車、合計三台に分かれて行動に出た。今のところ、三台は平行して進んでいるが、いずれ、竜馬たちは先にエンジンを緩めなければならない。

竜馬は隣の窓からハンドルを握る智之を見た。彼もこちらを見て、首を縦に動かした。竜馬は覚悟を決め、徐々にアクセルを弱めていき、薺も竜馬に倣って、速度を緩めた。

智之だけはアクセルを弱めることなく、アンデッドたちの垣根に突っ込んで行く。助手席に置いてあるダイナマイトを見て、これから自らがすることを再度確認した。逃げ出すのなら今のうちだ。だが、智之はそうまでして長く生き残っていたいわけではない。彼は…竜馬や薺たちにもっと長く…生き延びて欲しいのだ。そのために一躍担うだけだ。そう頭の中で自分に言い、どんどんトレーラーを進めていく。

ただ、ここに来て一つの欲求が生まれた。

 

「…はぁ……せめてタバコがありゃあなぁ…」

 

そうボヤいていると、遂にアンデッドたちの垣根に到達する。ここからはアンデッドをトレーラーにぶつけ、更に奥へと突っ込んで行く。大体、垣根の中心辺りに到着したところで、智之は一気にハンドルを左に切った。トレーラーは一気に左に曲がり、右側のタイヤが全て宙に浮き、横転した。智之も助手席の方にまで落ちていく。

 

「うわああ⁈」

 

トレーラーは倒れながらも、慣性の法則で暫くは前に進み、アンデッドを薙ぎ倒していく。そして、完全に止まったところでアンデッドはこのトレーラーを標的にした。

智之は横になった車内で一本の白い棒を見つける。

 

「!ラッキー!タバコだぜ!チェイスめ、隠していたんだな…」

 

智之はタバコを咥え、ポケットからライターを探そうとする。

だが、そんなことしているうちに無数のアンデッドはトレーラーを登り、開いた運転席側の窓から侵入してこようとしてくる。

 

「おっと…タバコの前にこいつだったな…」

 

至って智之は冷静にダイナマイトの導火線に火を付けた。

これで智之がすべきことは終わった。

あとは……時が来るのを待つだけ…。その時が来る前に、ライターの火をタバコに持っていき、すぅ…と吸った。

 

「ふぅ~……。いつぶりかな…」

 

智之に後悔などない。これは自らが決断したことだ。智之の眼下にはアンデッドが一体、入ってこようとしている。その後ろ、周りには更にたくさんいる。だが、もう関係ない。智之は最後の一服に酔いしれ、こう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あとは、任せたぜ…」

 

 

竜馬たちの前で、智之が乗ったトレーラーが大量のアンデッド、そして……智之を巻き込んで巨大な爆発を起こした。トレーラーに積んだ大量のガソリンに引火し、爆発は一回では収まらず、何回も連鎖して起きた。爆発の範囲は想像以上で、トレーラーからそれなりに離れたアンデッドも爆風で倒れてしまう程であった。竜馬たちの乗る車にも震動がやって来たが、竜馬は歯を噛み締めて車のアクセルを全開で踏んだ。粉々に砕け散ったトレーラーの破片にぶつかりながらも、フェンスを突破する。その少し後に薺の車が続き、竜馬は乗っている生存者を降ろしていく。ヘリには薺が向かっていく。

 

「急げ!」

「……動いてよ!」

 

薺はとある博物館で行われていたヘリの模擬運転を記憶していたため、ある程度の運転なら出来るのだ。暫くして、ヘリのローターが回り、いつでも離陸出来るようになった。竜馬はヘリの中を生存者を一杯にさせるが、先程の爆発に巻き込まれなかったアンデッドたちはぞろぞろとやって来る。ケーシャが乗ったところで、竜馬はあの日記を彼女に託した。

 

「⁈一緒に来ないの⁈どうして…?」

「彼らを頼む。俺は……」

 

竜馬は向こうの建物を見ながら言う。

 

「玲奈を助けに行く」

「でも……」

「薺!行け!」

 

薺はこれは断れそうもないと思い、ヘリを空へと上げていった。

竜馬を置いていくのはどこか申し訳ない気持ちもあったが、彼の要望なら…仕方ない。薺はヘリを、北へ…アラスカに向けて飛行させていくのだった。

ヘリが竜馬の視界にも捉えられない場所に行くと、一人佇んだ彼はポツリと呟いた。

 

「一人……か…」

 

なんてことはない。竜馬はあの東京で紗枝と離れてしまった時よりかはよっぽどマシだと思った。数十秒経ってから、あの建物に向かおうとした時、白い服が目に映った。建物の横にある小さな窪みに目を向けると、そこにあった“もの”に身体を硬直させてしまった。

 

「!こいつは……」

 

そこには玲奈の死体があった。しかも一体ではない。窪み一面を埋め尽くす大量の玲奈の死体がまるでゴミのように放置されていたのだ。

これは、淳が実験に使用していた玲奈のクローンたちだった。

もちろん、竜馬にそんなことが分かる訳がないが、彼は激しい怒りに燃えていた。彼女らの身体に刻まれた非常に生々しい傷跡がその惨さを如実に物語っていた。

これを見ただけで、奴ら…アンブレラが玲奈を単なる研究材料でしか見ていないと分かった。

 

「玲奈が、苦しむはずだよな…」

 

玲奈がいつもどこか落としている暗い影の正体が分かったところで、竜馬は物凄い視線をあの建物の向けた。扉を蹴って中に入ると、そこには机が中心にあるだけの殺風景な場所だった。ゆっくりと一歩足を進めると、カチッと音が鳴り、机が半分に割れて地下深くへと続くエレベーターが現れる。

 

「なるほど。ここが奴らの本拠地…ってわけか」

 

竜馬は息を飲んだ。これから敵の懐に入っていくわけだから…。だけど…怖気づいてばかりもおられない。

 

「玲奈……助けに行くからな……」

 

竜馬はエレベーターに乗り、単身、地下研究所に乗り込んでいくのだった。

 

 

 

 

漸く傷が元通りに塞がってきた。逃げ出すチャンスを窺っていると、玲奈の後ろにいた傭兵の一人が無線で慌ただしく言い争っていると、そのまま部屋から出ていった。

今は一人…。今がチャンスだと思った玲奈は…。

 

「ねえ………トイレ、行きたい」

「パイソン大佐の命令無しにはその要求は飲めない」

 

中々強情だなと思った玲奈は、別の手に出た。

…多少、恥ずかしい行為ではあったが…。

 

「……私がここでションベン垂れ流しにするところを見たいわけ?ならいいけど…」

 

玲奈がそう言うと、傭兵は少し動揺する。

 

「本当にするわよ?アンモニア臭を嗅ぎたいのかしら?」

「………っ」

「トイレに、行かせて」

 

傭兵はここであの臭いを嗅ぐのはごめんだった。折れてしまった傭兵は玲奈の腕をつかんで拘束し、歩けるように脚の拘束だけは外した。そして、部屋から出て、トイレに向かう途中で…。

 

「間抜けね」

 

玲奈は傭兵の股間に強烈な蹴りを与えた。それに怯んだ隙に相手の頭を掴んで壁に何度も叩きつけた。容赦なく叩きつけたせいで、頭蓋骨が陥没してしまう。絶命した傭兵の懐からナイフを奪い、拘束された腕を解いた。

すぐにさっきの部屋に戻って奪われてしまった武器を回収に行こうとしたが、その道中……血溜まりと血の手形、そして…バラバラにされた傭兵の死体が転がっていた。

それを見た玲奈は思わずこう呟くのだった…。

 

「……最悪」



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第37話 クローン

竜馬の乗るエレベーターは勝手に下へ下へと降りていく。表示されている画面を見ると、どうやらこの地下研究室の最下層に向かっているようだ。玲奈がこの広大な施設の中に閉じ込められているのは間違いないのだが…この広すぎる施設を徹底的に調べていくのも骨だと思いながら、エレベーターは最下層…地表からおよそ2kmの辺りに到着した。

エレベーターの扉が開く。

拳銃を構えながらも、真っ暗に近い通路に足を踏み入れていく。

電気はあるにはあるのだが、壁に付けられた昔の蛍光灯では周囲10mも照らせていない。なので、竜馬はエレベーターの中にあった懐中電灯を一本取り、それを照らす。が、その先には血の手形、それにペンキのようにぶちまけられた夥しい血溜まりが照らされた。

 

「こいつは…」

 

しかし、これ程の血があっても死体も肉片も転がっていない。

ただ食べられてアンデッドになったわけではなさそうだ。

 

「あの…噛まれた奴が、暴走したのか?」

 

考えても仕様がない。それでも竜馬は進んでいくしかなかった。

僅かに開いたシャッターの下をくぐると、そこは地獄とも言える光景が広がっていた。ライトに照らされた先に見えたものは赤だった。赤色の部屋…。機械類や薬品が入っていたビン類は粉々に壊され、その上に大量の血がこびり付き、原型を留めない人間の死体が無造作に置かれていた。電灯は半ば壊れかけ、バチバチと火花を散らして辺りをより一層不気味にさせていた。

 

「一体…何があったっていうんだ…?」

『淳博士よ』

 

不意に後ろから女性の声がした。全く気配を感じ取れなかった竜馬は背後を取られたと思い、拳銃を瞬時に後ろに向けた。

しかし、後ろにいたのは傭兵でも研究員でもなかった。ホログラム化された少女の姿が竜馬の目に映った。黒いワンピースを羽織り、黒い髪を背中にまで伸ばした少女が竜馬をその黒い瞳で見詰めていたのだ。

 

「…君は…?」

『ごめんなさい、驚かす気はなかったのよ。私は人工知能の……』

「知っているわ」

 

今度は竜馬たちの前から声が聞こえた。また女性だ。金属の棚から姿を現したのは、竜馬が丁度探していた玲奈だった。

 

「玲奈!」

「竜馬…どうしてここに…。それに薺たちは…?」

「薺たちには先に行ってもらった。俺は玲奈を助けに来た」

「……そう」

 

雰囲気を落とした玲奈に多少気になった竜馬だったが、今はこの惨状を起こした淳という人物と、この人工知能について聞くのが先だ。

 

「玲奈、この黒い女の子は何なんだ?」

 

玲奈はブラッククイーンを一瞥する。

 

「だって、私はこの人の妹さんを知ってるもの。確か……人を殺すのが好きな人だったわよねえ?」

「ひ、人を殺すのが、好き?」

 

竜馬には理解し難い話が出てくる。

その問いにブラッククイーンは淡々と答える。

 

『…妹…レッドクイーンは合理的にあの時の状況を解決しようとしただけよ。私も間違いだとは思っていない』

「ふ~ん…。ま、多少の犠牲が仕方ないのは理解出来なくもないけど…」

「…この人工知能…」

『私の名前はブラッククイーンよ』

 

竜馬は溜め息を吐く。

 

「はいはい、ブラッククイーンちゃん。彼女のことは分かったが、この現状はどうなっているんだ?単なるアンデッドがやったとは思えない」

『今から説明するわ。実は…この研究所主任の淳博士が感染して戻って来たのよ。新たな血清を投与して作ったアンデッドに噛まれて来てね』

「血清?」

『あなたのクローンから血を採取して作った血清よ、オリジナル玲奈』

「わ、私の血⁈」

「……それであんなに、玲奈が…」

 

竜馬が納得したかのように呟く。クイーンは続ける。

 

『淳博士はそれでバイオハザードを葬り去れると考えていた』

 

二人はそれを聞いて、一つの可能性を見出す。

 

「と…いうことは、全てを終わらせられるの⁈」

『その通り』

「どうして俺らにそんなことを…」

『それがあれば、ここにはウィルスを死滅させる薬を作る機械も薬品も揃っている。ただし…淳博士の見解通りならの話だけどね』

 

玲奈と竜馬は顔を見合わせた。今の話が本当ならば、自分たち自身でこの悪夢を終わらせることが出来る。歓喜に満ち溢れる二人だったが、その後のクイーンの発言が玲奈たちに影を落とした。

 

『でも……一つだけ問題があるの』

 

 

 

 

玲奈と竜馬はクイーンの言ってた部屋の前に立つ。玲奈は邪魔になったマフラーを外して、拳銃を取る。竜馬も着ていた服を一枚脱ぎ、同じく拳銃を抜いた。この部屋に問題の博士がいるらしい。扉の横に付いている小さな画面にクイーンが写った。

 

『中にどうにかして閉じ込めたけど、いつまで抑えられるか分からない。早急に排除して』

「命令口調か…。まあいいか」

「じゃあ行きましょう、竜馬」

 

そう言った途端に扉が開いた。通路と同じように灯りはほとんどない。ライトで照らして、入り口付近に何もいないことを確認した後、二人は部屋の中に足を踏み入れた。暫く進んで、クイーンの声が聞こえた。

 

『玲奈、竜馬。幸運を』

 

二人はお互いに笑いを漏らす。

それから重苦しい音と供に扉が閉まった。

 

「前は任せたぞ、玲奈」

「なら…後ろは頼んだわよ」

 

二人は共に行動する。こういう敵がどこにいるか分からない時は無暗に単独行動するのは危険だと分かっているからだ。それでも、二人とも底知れない恐怖を抱いていた。こんな極限状態では誰でも怖いと思うのが普通だろうが…。

真っ直ぐ通路を道なりに進んでいくと、開けた場所に出た。そこもあの血だらけの部屋と同様にあらゆる物が散乱していた。周りの壁には無数の銃弾の穴が開いていた。恐らく、淳博士と戦ったが、結局倒せずに死を迎えた…というところだろう。更にガラス張りの部屋を見た玲奈は悲壮な視線を向けた。竜馬も倣っても見たが、すぐに目を背けてしまった。そこには、串刺しにされた研究員が何人もぶら下がっていた。しかも、顔はズタズタ…または無くなっている。あれほど残酷なことをする怪物と相手にしようと思ったことを今更後悔したくなる竜馬。自然と身体が震えてしまう。

玲奈はそんな姿の竜馬を見るのを始めて見た気がした。竜馬はいつも誰よりも先頭に立ち、みんなをまとめるような存在に見えているのが普通だった。今は得体の知れない化け物と化した淳に恐れをなしている。

 

「大丈夫よ、竜馬」

「………」

 

竜馬は何も言わない。

 

「私が…あなたを守るから…安心して…」

「えっ…」

 

今の発言は…何か…心が和らいでいく感じがした。玲奈自身も顔をほんのりと赤くしていた。少し照れているのがこの暗闇でも分かった。

 

「玲奈も…俺が」

 

その時、後方で物音がガラガラと音を立てて倒れたのだ。二人は一気に緊張感がMAXまで登り詰める。

 

「見てくる」

 

竜馬は果敢にそこに歩いていく。床ではまだ何かの機械の一部が揺れていた。それに周囲からも、何かの気配がした。

 

「どこだ…?」

 

竜馬はライトを頼りに周囲を見回すが、やはり暗すぎて何の姿も見えない。

 

「玲奈、先に進も……って、玲奈⁈」

 

竜馬が振り返った時には、玲奈の姿はなかった。

 

 

 

 

玲奈は更に更に奥へと足を踏み込んでいく。竜馬を置いて行ったわけではない。じっとしているのが嫌だったのだ。暫く進んでいくと、目の前に吊り下げられた水の固まりを見つけた。しかし、驚きなのは、その水中に“玲奈”がいた。手を胸の前でクロスにして、豊満な胸を隠し、口許には酸素を送る装置が付けられている。

 

「これが…私のクローン?」

 

自然とその水に触れると、そこから水面波を作っていく。クローン玲奈の目は小刻みに動き、今にも開きそうだった。

その刹那、“奴”が現れた。玲奈の視線に入ってすぐに強烈なタックルを受けてしまい、吹き飛んだ先はあの水の固まりだった。突然の衝撃にクローンの玲奈は目を覚ましてしまった。玲奈はすぐさまナイフを一本抜き、淳の肩目がけて投げた。淳は肩にナイフが刺さった途端に呻き声を上げて、再び暗闇の中へと消えていった。それから起きてしまったクローン玲奈は中で暴れてしまい、水中から抜け出してしまう。玲奈はそれをきちんと受け止めた。

 

「………」

 

今初めて自分自身のクローンを見た玲奈はあまりに似ているクローンに言葉を失った。クローン玲奈は無理矢理出てしまったのが良くなかったのか、息が絶え絶えになっていき、遂には呼吸も止まってしまった。玲奈は死んでしまった自分に自らのコートを被せて、逃げていった淳を追った。理由はただ一つ。

 

淳を……殺すためだ。



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第38話 くそったれ

床に続く血痕を辿って歩いていると、途中でさっき投げて刺したはずのナイフが床に落ちていた。

淳は近い…。直感的に分かった玲奈はそのまま進んでいく。

そして…出てきた場所に玲奈は驚愕した。

 

「何で…“ここ”に…」

 

地下にあるはずなのに、ここは…あのハイブへと通じる緊急用通路の入り口の教会だったのだ。彼らが何のためにここを作ったかは知らないが、ここは開けているし、窓からは日の光が漏れている。

恐らく、本物の太陽の光ではないだろうが…淳が襲ってくれば見逃すことはない。玲奈は警戒しながら、広場の中央に足を動かすと、またあの写真に目が行ってしまった。

玲奈の偽りの結婚式の様子を写した写真…。

だが、その写真には…毅とは違う別の人物が写っていた。驚きより好奇心が沸いた玲奈は写真立てごと手に取り、よく見ようとした矢先のことだった。

突然玲奈の後ろに何かの気配が現れ、玲奈は瞬時に横に避けた。飛んできた拳は木製の机を粉々に粉砕した。更にもう一撃飛んできて、それは玲奈の頭の位置目掛けてやって来た。それも避け、拳はコンクリートの壁に穴を空けた。

玲奈はナイフを抜き、臨戦態勢に入る。そこで玲奈は初めて変異した淳の姿を見た。

右腕は爪…いや、指全体が約1m近くにも伸び、心臓は露出している。顔の半分は得体の知れない皮膚で覆われて片目は眼球全体が真っ白に染まりきっていた。それに身長自体も平均男性の身長を優に超えている。

それでも、心臓が露出しているから玲奈は余裕かもしれないと思っていた。すると、淳が先に長くなった指を振って攻撃を仕掛けてくる。玲奈はそれを避け、心臓に斬撃を与え、背後に回り背中も裂いてやった。更に斬ろうとしたが、腕を掴まれて遠くに飛ばされてしまう。

 

「あぅ…!」

 

ナイフは玲奈の手から離れてしまい、床に突き刺さる。回収しようと前を向いた瞬間、玲奈は目を丸くして驚いてしまった。何故なら…先程斬ったはずの心臓と背中がみるみる内に再生していき、何事もなかったかのように元通りに戻ってしまったのだ。淳は笑いながら言う。

 

「これが…JJ-ウィルスと……J-ウィルスの、力、だ……。お前に、私を……殺すことは、出来ない…」

 

JJ-ウィルスが何のことかさっぱりな玲奈だったが、再生する身体となれば、ただ単純な攻撃ではダメだと認識した玲奈は、とにかく落としたナイフを拾いに前に走る。ナイフを取り、再生出来なくなるまで連続して攻撃しようと思っていたのだが、そうはさせないと淳は新たな手に出る。淳の指は瞬時に伸び、玲奈の首に絡みついたのだ。

 

「あがっ……!あ、あぁ……あ…」

 

玲奈の真横には、さっきのナイフがあるのだが、あと少しのところで柄が届かない。淳は残った二本の指を玲奈の頭に刺そうと照準を合わせている。ただ腕を伸ばしても届かないと思った玲奈は床を思いっ切り蹴った。すると、ナイフが刺さっていた床の材料である木板がてこの原理で空中へと舞い上がり、玲奈の元に戻って来た。

急いで掴んだ玲奈は絡みついた指を断ち切った。

 

「けほっ……えほっ……」

 

玲奈の食道に漸く新鮮な空気が流れてきた。だが、淳は玲奈が噎せている間も見逃さない。再び指が伸びてくる。今度は拘束する気はないらしく、凄まじい速度で玲奈に向かってくる。奴の指がすぐそこまで迫って来ているのだが、さっき首を絞められていたせいで酸素が循環しきっていない。回避は無理どと思った玲奈は、自らの身体の一部を失う覚悟で受け止めようと考えた。

奴の指が刺さる直前、玲奈の右側から衝撃が襲って来た。

 

「玲奈!」

 

唐突に飛び出した竜馬のお陰で、玲奈は右腕の服を軽く掠る程度で済んだ。

竜馬は目の前から玲奈を守るために、拳銃を構えて、当たるところならどこでもいいから撃っていた。だが、再生する身体には、そんな鉛弾はいくら受けても意味はなかった。淳は早歩きで竜馬に近付き、彼の身体を掴んで吹き飛ばす。

 

「ぐあぁ‼」

「お前に……用は、ない…!私は…玲奈に、用が…」

 

淳の指がまた伸びる。

その時、竜馬は玲奈と叫ぶ前に勝手に身体が動いていた。竜馬は玲奈の前に立ちはだかった。玲奈の顔に鮮血が飛ぶ。

 

「あ……」

 

竜馬の肩を貫いた淳の指…。

竜馬は「ぐっ」と小さく呻くと、刺さった指を掴み、グキッと折り曲げた。さすがに淳もこれには堪えたか、指を引き抜き態勢を立て直そうと後方へと下がる淳。

竜馬は荒い息を出しながら、淳の方に視線を向けたままだ。だが、彼の拳銃に弾は入っていない。近接戦闘用の武器も持っていない。それが分かった淳は竜馬に瞬時に迫り、胸ぐらを掴み上げる。

 

「竜馬!やめて‼」

「…ここで、俺は、御終い…らしいな…。玲奈、逃げろ…」

「何言ってるの⁈私は…私があなたを守るって…!」

「…ありがとう……。玲奈…。今更だけど…君のこと……」

 

その次の言葉を聞いて1秒後に、竜馬は壁に激突し、玲奈の視界から消えた。それは、淳が竜馬の腹を渾身の一撃で殴ったからであった。

 

「え………」

 

玲奈の耳では未だに、あの言葉が木霊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きだ…」

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、玲奈の中で何かがガラガラと崩れた。

 

「うわあああああああああああああああああああああああ‼‼」

 

涙をボロボロと流しながら、無鉄砲に淳に突っ込んで行き、ナイフを心臓に何度も突き刺した。しかし、再生する力を得た淳は溜め息を吐き、玲奈の暴れる腕を抑えつけると、鋭利にした指で玲奈の腹部を切り裂いた。

 

「うぐっ……!かっ…」

 

腹を抑えて蹲る玲奈。そこから淳は玲奈の顎に蹴りをぶちこむ。その威力はとんでもなく、玲奈は軽々と吹き飛び、壁を突き抜けていった。

 

「があぁ…!」

 

全面ガラス張りの謎の通路をズザザと転がる玲奈。淳も吹き飛んだ玲奈を追う。意識が朦朧とする玲奈はどうにか淳から逃れようと身体を引き摺って逃げるが、淳は玲奈の身体を踏んで抑えつけた。

 

「…私は、ずっと、お前が、アンブレラを未来へと誘ってくれると思っていた…。もしくは…人類の、未来の……姿だとも、考えた…。だが、違った。この……不死身の肉体を……持つ私こそ…未来なのだ…!」

 

淳は肥大化した指を玲奈の側頭部に当てた。玲奈は腹部の傷で意識はもはやあるかも怪しい。

だが…この“通路”をよく見た途端意識が一時的に活性化した。そして、口角を上げ、最後の悪足掻きと言わんばかりに、淳の背中を蹴り、彼から離れた。

 

「…何を、笑っている…?あの男の下に行けて……嬉しいの、か…?」

「………ち、が……う…」

「じゃあ…何だ?」

「あな…たが、未来………って、言って………面白かっただけよ……」

 

淳は怪訝な表情をする。

 

「あなたは……未来…なんか、じゃ…ない……。単、なる…………くそったれ……よ……!」

 

淳の後方から突如、青白い光が漏れてきた。

 

「ねえ……あなた、は……ここの…主任、なの…よ…ね……。なら……ここがどこか、覚えてる…わよね?」

「!」

 

淳は今更ハッとした。彼は今の今まで忘れてしまっていたのだ。

ここが……レーザー室だということに…。

 

「私、たちは……ここで、お互い……死ぬ、のよ…!」

 

淳が後ろを振り向いた時、既に網の目のレーザーは築かれていた。

死を覚悟する暇もなく、淳の身体は無惨に焼き切られる。玲奈にもレーザーが迫って来て、彼女は身体を震わせて、レーザーが来るのを待っていた。

だが、突然玲奈の目の前で、レーザーは停止し、消えた。誰がやってくれたかは分からない。

しかし、玲奈の体力は限界でその場に自らも倒れた。

 

 

 

 

パソコンを使って、淳が切られた後に装置を切った。そのパソコンを使っていたのは、先程息絶えたはずのクローンの玲奈だった。被せられていたコートを裸に纏い、パソコンからの映像を見る。

淳が、網の目レーザーで細切れの肉片になっていく様子を…静かに見終えてから、彼女は呟いた。

 

「あなたが未来?笑わせないでよね、くそったれ」




次回、滅びの章、終了予定





竜馬は、死んでしまったんでしょうか?それは次回分かります。


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第39話 復讐に向けて…

今回で滅びの章、終了です。



淳から受けた激しい攻撃を受けた竜馬は、実に3日後に目を覚ました。

 

「ぐっ……。ぐぅぅ…」

 

床に横たわっていた竜馬は上体を起こしたが、すぐに腹と左腕に痛みが走った。よくよく見れば、腹と腕には包帯が巻かれ完全に固定されている。すると、机に乗った女性の影が見えた。

 

「あん…たは…」

「あ、起きた?」

「…玲奈……」

 

竜馬は玲奈の声を聞き、彼女が無事だと分かり、ホッとする。

だが、灯りに照らされた玲奈の顔は…どこか違っていた。髪の長さや…表情が僅かに違う気がした。

 

「あなたが探す玲奈は、左で眠っているわよ」

 

ゆっくりとその左側を見る竜馬。

そこには、スースーと寝息を立てるもう一人の玲奈の姿があった。

 

「………え⁈」

 

彼は驚きの声を漏らした。右も左も玲奈がいて、竜馬の頭の中は一気に混乱した。右にいる玲奈はくすくすと小さく笑った。

 

「驚いたでしょ?私もよ。私はね、左で寝ている私から作られたクローンよ」

「ク、クローン…?」

 

世界が滅びる前は、生物はもちろんのこと、人間に対してもその製造は禁止されているクローンが…竜馬の目の前で笑っているのだ。とても…いや、クローンだから当然だろうが、本物の玲奈と全く差異が見られない。

 

「大丈夫よ。だって私があなたと本物の私の治療をしてあげたんだから」

「…君が?」

「そう。あのふざけた化け物が倒されてからね。今はちゃんと寝かせてあげてよ?相当へばってるようだから…」

「…ありがとう」

 

クローンの玲奈はそのままこの場から消えていった。竜馬は痛む腕を抑えながら、自分自身も起き上がったのだった。

 

 

 

 

更に一週間が経過した。

ここには食糧も水も物資もあったため、長らくはここで住んでも問題はなさそうだった。ただ、竜馬としては問題が二つ。一つはこの地下施設の出入り口がアンデッドで一杯で脱出に困難を極めそうなこと。もう一つは…玲奈が一向に目を覚まさないことだった。クローン玲奈によると、淳の攻撃で腹部を派手に裂かれていたらしい。暫くしてから傷口は自然に塞がれたようだが、心因的な問題で起きないのかもとクローン玲奈が言っていたのを思い出しながらも、竜馬はペットボトルに入った水を一気に飲み込んだ。

 

「………」

 

ベッドで眠っている玲奈は正に現代版の白雪姫のように見えてしまう竜馬。竜馬は暇さえあれば、玲奈の眠るベッドの近くにいる。

 

「いい加減、起きろよ…。いつまで…俺を心配させるんだか…」

「…起きてるわよ」

「ああ、そうかい。だったら……………」

 

竜馬はそこから言葉を失っていく。ゆっくりと玲奈の目を見ると、その青い瞳はこちらを見ていた。そして、にこやかに笑って、小さく言った。

 

「生きて…たんだね…」

 

彼女の青い瞳からは徐々に涙の雫が出来てくる。

竜馬も泣きそうな声で答えた。

 

「…っ、当たり前、だろっ…」

 

竜馬は彼女の上体をゆっくりと起こすと、その華奢な身体を強く抱き締めた。玲奈も今出せる力を出して抱き締め返す。そして…玲奈は竜馬の頬に優しく触れると、自らの唇を触れさせた。

 

「…好きって、あのタイミングで言うの、ずるい」

「悪かったな……。あそこで言わないと伝えられないと思ったんだよ」

 

二人は顔を合わせ、同時に笑いを漏らした。そしてまた唇を近づけようとした時、「オホン!」と咳が聞こえた。

 

「私の前でやるなんて…見せつけたいの?」

「えっ⁈あなた…生きてたの⁈」

 

玲奈はあの時心臓が停止したはずのクローン玲奈を見て驚きの声を出した。

 

「そのコート…」

「あぁ…。ありがとう。服を用意してくれて…」

 

クローン玲奈はコートを返す。だが、玲奈は…

 

「あなたが着ていて。それに…他にも着たい人はいるだろうし…」

「着たい人?どういうことだ、玲奈?」

「その前に……伝えなきゃならない人がいるの」

 

玲奈はベッドから降り、近くのパソコンを開き、画面を見ながら言った。

 

「お久しぶり……各国の幹部さん…」

 

 

 

 

国家が崩壊した日本には、アンブレラが秘密裏に作った地下研究所があった。東京はその中でも最大の大きさを誇っていたが、今は誰も使っていない。その他はアンブレラ職員、並びに政財界に通じる人が住まいとして使っている。

その一つ…大阪の施設で緊急会議が行われていた。

 

「今日で、アメリカ施設の通信途絶は十日目か…」

 

そこはジョンが住んでいる場所だった。今、ジョンはアメリカの研究所を失ったため、JJ-ウィルスの研究をどうしようかということを議論していた。

各国の幹部は、あの厳重警備のアメリカ支部がやられたことに暗い影を落としていたが、ジョンはそれを払拭するように発言する。

 

「まあ…今更どうこう言っても仕方ない。データはこちらにもある。貴重な玲奈のクローンを回収するのが先決……」

『お久しぶり……各国の幹部さん…』

 

突然、アメリカ支部からホログラムが流れた。それは、なんと…オリジナルの玲奈で全員驚きを隠せないでいる。

しかも…彼女の表情はとても楽しそうだ。

 

『私のクローンを回収…するのかしら?それなら不要よ。だって…私がそこに行くんだもの』

 

各国の幹部たちは顔を青くさせていく。彼らも知っている通り、玲奈がどれだけ滅茶苦茶なことをするか理解している。更には…簡単には死なない…不死身にも近い女…。

 

『それと…その時は、何人か友達を連れてくるわ』

 

玲奈はそう言い残して、パソコンの電源を落とした。会議にいたジョンは玲奈の言っていた発言を頭の中で反芻させていた。

 

『私がそこに行くんだもの』

 

ざわざわとする会議室の中。

ジョンは真剣な表情でこう述べたのだった。

 

「……それなら…我々もそれ相応の対処方法を検討しなければ…」

 

 

 

 

パソコンの電源を切った後、三人は目の前に広がる光景に見とれていた。それは、何十とある玲奈のクローンの保管所だった。

 

「これが…全部私だとはね…」

 

あの時のクローン玲奈と同じように水の固まりに保管されている。中には既に目覚めて、そこから抜け出そうと暴れ、もがく玲奈たちの姿があった。

 

「この私をたくさん使えば……奴らを潰せる」

「…本当に、やるつもりなのか…?」

「当り前よ。こうなったのは全て奴らのせい。まぁ、ここには食糧もそれなりにあるらしいから…のんびりやっていきましょう…」

 

玲奈はそう言って、全てのクローン玲奈を水の固まりから解放した。だがそこで竜馬は全てのクローン玲奈たちが裸であることに気付き、慌てて目を背けた。玲奈は溜め息を吐く。

 

「まずは服ね」

 

玲奈はそう呟くのだった。

 

 

 

 

ー1年後ー

彼らは……長い期間をかけ…準備を積み終え、復讐するために地上に舞い戻った。

同じ顔…同じ身長の様々なクローン玲奈たちはそれぞれに武器を持ち、研究所の出入り口に置かれた大型のヘリを使って、ジョンがいる場所…日本に再び向かおうとしていた。あのフェンスの中にはアンデッドが恐ろしい程にいたが、この一年間の訓練により、奴らは最早雑魚とも言える程に、クローン玲奈一人一人の戦闘力は上がっていた。辺りには、数百のアンデッドの死体が転がり、それを見た竜馬は賛嘆と同時にここまで強いのかという恐ろしさもあった。

 

「玲奈…覚悟はいいな?」

「もう、覚悟なんかとっくのとうに決まってるわ」

 

竜馬はへりの操縦席に座り、ヘリを離陸させた。

彼らには死の恐怖は微塵もない。

あるのは……この事態を引き起こし…玲奈の運命を大きく変えたアンブレラに対する復讐心だけ…それだけだった。




次回は最新章突入です。
玲奈と竜馬、くっ付きました。
戦いばかりも詰まらないと思ったので、こういう風にしてみました。
ただ、あまりデレデレさせないように努力していきたいと思います。


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復讐の章 逃避を重ねて…
第40話 約束の迎え


今回から復讐の章です。
展開は原作に途中まで忠実にしていこうかと。


あの玲奈からの脅しは本物だった。ここ最近、北海道、名古屋支部などの地下施設からの連絡が途絶えていた。しかも原因不明。ジョンは玲奈がやった可能性が高いと考えて、大阪支部の警備を通常の4倍の傭兵を動員して強化した。

はずなのだが…早速、問題が発生したとの知らせを受けたジョンは自室から地下80階にあるオペレーションルームに向かった。この施設は縦穴で、中心がポッカリを穴が開いたような構造になっている。

そして、そのオペレーションルームはこの縦穴の最下層にある。

よって、この最下層がやられれば、この施設は完全崩壊してしまうのだ。だが、その肝心の施設の入り口にいるはずの監視チームとの連絡が途絶えたと入って来たのだ。ジョンがルームに入ると、アンブレラ職員は全員立ち、敬礼する。

 

「ジョン議長!」

「…報告しろ、何があった?」

「つい30分前、地上ゲートにいる監視チームとの通信途絶。原因は不明です」

「要するに……そこにいた奴らは、何人やられたんだ?」

「…全員です」

 

ということは…最初の関門は難なく何者かに突破されたことになる。ジョンはこんな簡単にやられたことに軽く怒りを覚える。

 

「簡単に…しかも30分も経ってからも報告か?随分と怠慢だな…」

「申し訳、ありません…。単なる通信の問題かと…。議長も、お忙しいし時間をあまり取らせないようにと…」

 

彼の言い訳など、どうでもいいジョンは新たな指示を出す。

 

「地上ゲート深部にいる警備担当と連絡を取れ」

 

言われた通りにすると、すぐに隊員と連絡が通じた。今のところは、まだそこは何ともないようだ。“今のところ”のようだが…。

 

『何でしょう?ジョン議長』

「そちらの状況はどうだ?」

『非常に…不思議と言える程静かです』

「不審者の報告はあったか?」

 

が、それを聞いた途端、通信している隊員の顔が苦痛の表情に歪んだ。そしてすぐに口から大量の血を画面に吐き出し、真っ赤に染まった。今更ながら、この施設に侵入者がいることが判明した。

 

「地上ゲート深部、何者かに襲撃されています!」

「ターゲットは複数!」

 

複数いることは間違いない。この馬鹿デカい施設をたったの一人で攻略し、襲撃するのは不可能だし、人間業ではない。

だが…玲奈ならどんな手でも使う。それに…彼女は言っていた。

 

『その時は、何人か友達を連れてくるわ』

 

遂に…ここまで来たかとジョンは改めて認識した。

だが、悪い報せは更にやって来る。

 

「議長…!…地上ゲート深部からの直通エレベーターが動いています‼」

「メインエントランスに続くエレベーターだな…。すぐに部隊を派遣して固めろ、急げ!」

 

 

 

 

隊員18名を引き連れて、部隊は中央エレベーターがこのエントランスに到着する前に編成を組む。隊員それぞれには超高性能ライフルを所持していて、その威力は一発一発の弾がコンクリートを容易に破壊する程だ。これで一網打尽にすることが作戦と言っていいだろう。

 

「ターゲットを見つけたら、すぐさま射殺せよとのジョン議長から命じられている。容赦するなよ」

 

エレベーターは順調に降りていく。扉が開くまで、隊員たちはライフルを構えて、侵入者が出てくるのをじっと待つ。そして、扉はゆっくりと開いていくのだが…中には誰一人として乗ってはいなかった。

それもそのはずだった。侵入者…玲奈は、ダクトから出入りし、部隊の背後に悠然と立っていたのだから…。一人の隊員が何かの気配を感じ取り、振り向いたときには、玲奈が投げた毒付きのナイフが飛んで来ていた。合計3つのナイフは彼らの首元に突き刺さって倒れる。

それから玲奈は背中に差していた二刀の太刀を掴むと、まず2人の腹を裂き、更にもう2人の頭を斬り落とした。

そして、半ば立ったままの死体を利用して跳躍し、身体を捻って他の隊員の首を切断した。無暗に向かって来た隊員には、内臓を抉るように太刀を突き刺し、止めに思いっ切り捻った。

ここで漸くと言った感じに隊員たちは玲奈に向けてライフルを発砲を開始した。玲奈は太刀を一本捨ててとにかく走った。弾は玲奈の周りに浴びる程飛んできたため、玲奈は柱の影に隠れてやり過ごそうとする。だが、彼らはその隙も与えない程の弾を撃ち、玲奈の攻撃を完全に封じようとする。

しかし、玲奈は柱の後ろにいた隊員を刺し、それを盾にしながら奴が持っているライフルを彼らにも味合わせた。高性能が仇となり、弾は防弾チョッキをもろともせず、彼らの身体を見事に貫いていった。弾切れとなったライフルを捨て、玲奈は刺した太刀を彼の腹から抜く。

残り一人となった部隊の隊長らしき人物はなんとそのライフルを二つ持ち、同時に乱射を開始した。玲奈はその銃撃を壁を蹴って跳躍して避ける。空中で身体をくるくると回転させて弾を避け続けるが、持っていた太刀に弾が当たり、太刀は半ばで折れてしまう。玲奈は着地したと同時にその折れた太刀を勢いよく投げ、彼の額に深々と突き刺した。ゴトッと倒れた隊員を見てから玲奈は再び前方を見た。

 

「!」

 

そこには更に別の部隊が玲奈の方にライフルの銃口と盾を向けて立ち塞がっていた。

だが、彼らがいる場所を見て、玲奈は笑みを浮かべた。

 

「残念…」

 

一人の隊員が足を前に出した時、カチッと音がした。隊員が下を向いた瞬間、玲奈が前もって仕掛けていたクレイモア…地雷式爆薬が作動した。改造を施していた爆弾はそこにいた部隊全員を動かぬ肉片と化させた。

玲奈はあのライフルを一つ拝借して、メインエントランスの中央を歩く。だが、扉からはまた新たな部隊がこちらに向かって、走って来ている。玲奈は溜め息を吐きながらも、そっちに銃口を向け、引き金に指を置き、照準を合わせた。

だが、玲奈が引き金を引く前に数発の弾が玲奈の背中から胸を貫通した。

 

「ぐはっ……かはっ…」

 

肺に穴が空き、玲奈の心臓に酸素が行き渡らなくなり、玲奈は絶命してしまう。

後ろに隠れて狙い撃ちした隊員は玲奈が死んだか、他の隊員と確認する。

だが……。

 

「あんたたち…」

 

そう…敵は複数との報告を忘れていた部隊は、別の扉に構えている玲奈に気付きそちらを向く。そして驚愕する。声をかけてきたのは玲奈で間違いないのだが、そこには太刀を持った玲奈、マシンガンを持っている玲奈2人と、合計3人の玲奈が部隊を睨んでいた。

 

「それが、レディーに対する態度?最低ね」

 

傭兵たちは急いで応戦しようと銃口を向けたのはいいものの、先に玲奈たちは先にマシンガンの銃口から数百の弾丸を発射し、部隊全員の命を奪っていった…。

 

 

 

 

部隊がやられていく様子をジョンは監視カメラ越しに見ていた。明らかにあれはクローンだった。この一年近くで、全てのクローンと並々ならぬ訓練をしたのだろうと推測出来た。監視カメラでは、メインエントランスから出て、下へ下へと向かっていくのが映っている。一人の玲奈がその監視カメラに気付き、マシンガンを撃って破壊していく。舐められたと思った一人の隊員が悔しいのか…負け惜しみかこう呟いた。

 

「くそっ…!女のくせに…!」

 

それを聞いたジョンは懐から拳銃を取り、あの発言をした隊員の側頭部を撃ち抜いた。

この様子を見た全ての職員は恐怖に震えると同時に、ジョンがこの戦いに本気で勝とうとしているのが身に染みる程分かった。

 

「持ち場を離れるな!警備プロトコルをフル稼働しろ。全ての部屋の扉に防護壁、それに全廊下にはレーザーシステムを起動させろ。それと……逐一被害報告をするよう伝えろ」

 

この施設までやられるわけにはいかない。

そのためには…ここで玲奈を殺さなければならない…。そう思い、スマートフォンを取り出し、ある装置の起動一歩手前まで設定を変えておく。

万が一やられそうになったら、この施設ごと破壊出来るように…。



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第41話 因縁

2人の玲奈は走りながら、尽きることなくやって来る傭兵たちを相手にしていた。アンブレラ…いやジョンはクローンの玲奈たちに対して数で圧倒する気だと分かった。

だが、ほぼ無駄に近かった。

玲奈たち一人一人の戦闘能力が異常と言える程高いため、精鋭をいくら呼んでも集めても彼女らを抑えきれずにいた。

玲奈たちは柱に隠れると、奴らの攻撃と攻撃の隙を探す。二人で顔を合わせて、息を合わせて柱から身体を乗り出して奴らにマシンガンを撃つ。約数人が玲奈たちの撃った弾に倒れるが、再び柱に隠れた。更に扉から傭兵たちが増員され、早くここから逃げ出さなければ身を隠すために使っている柱自体が壊れてしまいそうだった。

そこで一人の玲奈は腰から手榴弾を一つ取り出した。それに応じてもう一人の玲奈も手榴弾を握った。

再び息を合わせ、玲奈たちは手榴弾を彼らに投げた。傭兵たちが撃ったライフルの空薬莢に手榴弾がカラカラと当たり、それに気を取られてしまう傭兵たち。その瞬間に二人は窓ガラスに向かってマシンガンを撃ち、ガラスを突き破って縦穴の上部から落下を開始する。背中から飛び降り、天井にワイヤーを固定して、高速で下へ下へと降りていく。

最下層のオペレーションルームにいるジョンと複数のアンブレラ職員も頭上からはガラス、しかも爆発時の火花が噴いているのが見えていた。更に玲奈が二人こちらに高速で急降下して向かってきていた。所々で別の通路からも傭兵が出てきて、玲奈たちに弾を浴びせようとするが、それは玲奈たちの格好の的にしかなっていなかった。

ジョンも懐からもう一つ拳銃を抜き、上空に向けて銃口を向けた途端に全員の職員も拳銃を抜いて発砲を開始した。玲奈たちも真下に向けてマシンガンを撃っていき、オペレーションルームにいる職員をハチの巣にしていく。だが、ジョンだけはきちんと玲奈を狙い、一人の玲奈の脳幹を貫いた。

だがもう一人は途中でワイヤーを外し、オペレーションルームに足を踏み入れた。ジョンよりも高い位置に立った玲奈は更にマシンガンを撃ち、目の前にいた人間を一人残らず殺した。更に傭兵が動員され、玲奈に向けて弾丸が飛んでくるが、玲奈はそれをバック転して避け、それからあっという間に殺してしまい、動員の意味は為さなかった。

だが…玲奈はこれでこの場にいる人間を全員思い込んでしまっていた。

死角から現れたジョンが放った弾丸が玲奈の腹部に直撃した。

 

「っ⁈ぐふっ…」

 

吐血して、玲奈は血の海に倒れた。だが、それでも銃声が止むことはない。どうやらまだクローンの玲奈はこの施設内に残っているようだ。ジョンは先程殺した玲奈を仰向けにさせる。

すると、カチンと金属音がジョンの耳に聞こえた。その両手に握られていた手榴弾のピンが外れる音で、ジョンは舌打ちして逃げようとしたが、瞬時に爆発し、縦穴全体に爆発の炎が広がっていった。

 

 

 

 

 

「ちっ…。あの女…」

 

ジョンは爆発の炎で顔に傷を負ったが、死に至る程ではなかった。

そして、この施設は捨てるべきだと判断したジョンはまず、地上へと繋がるルーフを開け、アンブレラがアメリカ軍から買い取った最新式オスプレイのドアを開けた。ジョンはすぐにハンドルを握ってオスプレイの離陸を始める。

するとそのローター音を聞きつけた何人ものクローン玲奈が逃さないと言わんばかりに大量の弾丸を撃ち込んでいく。だが、オスプレイは当たり前だが防弾性で生半可な弾では撃ち落とすどころか、傷を付けることすら不可能だ。玲奈たちはそう分かっていても、諦めることはなく、引き金を引き続けた。

ジョンはそのままオスプレイを施設から抜け出すと、先程設定したシステムをスマートフォンで起動する。スマホにタイマーが表示され、すぐに不敵に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

玲奈たちは自身の後ろから何かのタイマーがピッ、ピッとした音が聞こえてきた。そこには球状の何かが置かれていて、『CAUTION』と表示されている。時間は止まることなく、時を刻んでおり、残り数秒で何かが起きるのだと分かった玲奈は全員に叫んだ。

 

「まずい…!皆出て‼皆で………」

 

その瞬間、眩い光と共に広大な爆発を起こした。爆発範囲はとんでもなく、爆心地を中心に球状に爆発していき、地下も焼き尽くしていく。そして、半径はおよそ2kmの半球状の穴が大阪の土地がくり抜いたように焼け落ち、街も地面も全てが熱で焼け消えてしまっていた。ジョンが乗ったオスプレイもその爆発の乱気流に巻き込まれ、大きく揺れたが問題はない。『乱気流、乱気流』と鳴るコンピューターの電源を落とし、操縦に集中する。

 

 

しかし、その背後に“彼女”の気配を感じた。

今までのクローンとは比べ物にならない程の殺気…。

恐らく…本物の玲奈。ジョンはそう思った。

玲奈は、片手に拳銃を持ち、足音一つさせずに忍び寄る。あの爆発で死んでしまった全てのクローンには申し訳ないと玲奈は思っている。だからなおさら…その犠牲を無駄にしてはならないとも思っていた。

目の前にいるジョンを、殺さなくては思う玲奈は更に近付く。

そして、銃口をジョンのこめかみに当てる。

すると、ジョンは口を開いた。

 

「まさか……そこに潜り込んでいたとはな…」

「どう?驚いた?」

「そうだな…。何か用か?」

「遺言はあるかしら、ジョン?」

「………ないね」

 

ジョンは突如、身体を左に反転させて玲奈の腕を掴んで拳銃を弾いた。それから椅子から立ち上がると、腕を掴んだまま逃さないでいると、腹に膝蹴りをぶち込んだ。

 

「あがっ……!」

 

想定以上のジョンの攻撃力に玲奈は驚くが、諦めない。玲奈は急いで立ち上がり、飛び蹴りをジョンの顔面にヒットさせる。そこから反転して胸から小型銃を取ると、ジョンの頭に撃つ。だが、ジョンはその弾を歯で挟んで、悠然としていた。

 

「…ん?」

「そんな…あんた、何故…」

「さあ……」

 

ジョンは目で追いきれない速度で玲奈の間合いに入り、腹を殴り瞬時に後方に移動して膝を蹴って、態勢を崩した。

 

「うあっ‼」

 

玲奈は何度も反撃しようとしたが、全くと言っていい程隙を与えてくれなかった。しかも、ジョンの攻撃は一撃一撃が重くて、何発も耐えることは出来なかった。遂には身体を地面に伏せられた玲奈は、ジョンを見上げる。すると、ジョンは最後に止めと言わんばかりに渾身の蹴りを食らわせた。

 

「ぐふっ……」

 

口から血を吐き出し、玲奈は身体を動かせなくなってしまう。

 

「玲奈、俺もお前と同じ身体になったんだよ…。それもより強力に…な」

 

ジョンは腰から拳銃を抜き、玲奈に向けた。今度は逆の立場になってしまう玲奈。

 

「オリジナルの玲奈に会えて嬉しかったが、君は我が社にとっては欠陥品…。『上』からの命令もあってね。リコールされることになったんだよ」

 

玲奈は重たくなった身体を必死に動かして、ジョンに命乞いをする。

 

「お願い…待って…」

「ん?遺言でもあるのかな?」

 

時間を稼ごうと何かしらの言葉を繕うとした時、オスプレイの操縦席の窓から見えた景色に口角を上げた。

 

「どうした?何も言わないならさっさとあの世に…」

「さよなら!」

 

玲奈は立ち上がり様にジョンの拳銃を弾いて、オスプレイの後ろのハッチを開いて飛び出した。

何事かとジョンが前方を向くと、オスプレイはいつの間にか富士山に激突しようとしていることに気付いた。さっきコンピューターを切ってしまったので、その警報音が発せられなかったのだ。玲奈と同じく脱出しようとしたが…時既に遅し。オスプレイは富士山の山肌を削りながら衝突し、爆発したのだった。

 

 

 

 

それから数十分後、ヘリのローター音が富士山に響いてくる。安全な場所にヘリを着地させた竜馬は急いで降りて玲奈の名を叫んだ。

 

「玲奈ぁ‼」

 

すると、小火に照らされたオスプレイの残骸がガタガタと動き、そこから一本の腕が伸びていた。

 

「玲奈!」

 

竜馬はすぐに瓦礫を退けて、玲奈をそこから助け出す。玲奈の身体は汚れきっていて、かなり衰弱していた。

玲奈を担いで、ヘリに乗せ、アンデッドが来る前にこの場から離れる。

そして、玲奈はジョンが死んだと分かり、薄ら笑いを浮かべるのだった。




なんか前半、同じ言い回しを何度も使用してしまった…。


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第42話 最果ての地での再会

―半年後―

カナダ付近の海上…その上空を一機のプロペラ機が飛んでいた。飛行機内には玲奈と竜馬が乗っている。そして、現在玲奈はビデオカメラで自身の顔を映しながら、何をしているかを記録している。

竜馬からは、無意味だと言われているが…。

 

「5月13日、15時2分…。アラスカ湾上空を飛行中…。このままアラスカに向かっていく予定。…薺たちに会えたら嬉しいけど…」

 

玲奈はそう言い終えてからビデオカメラの電源を落とし、ハンドルを左に傾けた。

二人はアラスカに向かうにはどうやっても飛行機かヘリが必要なのは明白だった。しかし、ジョンとの復讐劇が思った以上に長引いてしまい、あの時のヘリも三か月前に錆び付いてしまい、このプロペラ機を手に入れるのはかなり時間がかかってしまったのだ。

そして、玲奈たちは漸く向かうことにしたのだ。

安全と言われている、アラスカに…。

玲奈たちの乗るプロペラ機が巨大な氷山の真上を通過すると、とある海岸線の近くに飛行機やヘリ、あらゆる乗り物が至る所に停まっていた。玲奈はそこに向けてプロペラ機を向かわせた。そこはクナイ半島から約30km程離れた地点だった。

着陸させて、その場に足を着けたのだが…あまりに静かで少し不気味だった。後ろから竜馬も降りて、玲奈に聞く。

 

「ここ……なのか?」

「そのはず…」

 

そうは言う玲奈だが、全くもって人の気配はなかった。ここに置かれている山のように並んだ大量の飛行機も蔦や雑草が絡まり、長い期間放置されているのがすぐに分かった。

 

「…まるで、飛行機とヘリの墓場だな…」

「…そうね」

 

アラスカは北半球に位置しているため、風が冷たい。玲奈の焦げ茶の髪が冷風に靡く。寒そうにしている玲奈に竜馬はプロペラ機内から防寒着を取り、渡した。

 

「ほら。寒いだろ?」

「ありがとう」

「薺たちを探そう。…不気味な程静かでいるとは思えないけどな…」

「でも、アンデッドは本当にいないようね」

 

それはあの日記通りだった。無線の通信から半年…更に玲奈たちが到着するまで一年半。実に2年間もアンデッドが侵入していない不可侵のエリアがあるなど、生存者からしたら天国と呼べるところだろう。

だが…こんなに飛行機やヘリなどが大量に放置してあるのに、都市は全く築かれていなかった。こんな場所である程、都市を築くはずなんだが…。

 

「玲奈、俺はこっちに行ってみる」

 

竜馬は海岸とは別の方向に向かっていった。玲奈は逆に海岸をとぼとぼと歩いていく。すると、更に冷たい風が玲奈の顔に当たる。

だが、その視線の先には、あのアンブレラのマークが付いたヘリが砂浜に放置されていた。

 

「あれは…!」

 

薺たちが乗って行ったヘリが置いてあって、彼女たちもここに来たことが判明する。すぐにヘリに駆け寄り、中を確認する。中には血の跡もないし、襲われた形跡も見られなかった。あったのは、竜馬が託したあの日記一つだけだった。彼らはここには着いたが、忽然と消えてしまった…ということだ。

玲奈の気分は一気に下落し、崩れるように流木の上に座る。そこにビデオカメラを置き、再び録画しようと思った。が…急に馬鹿馬鹿しくなって、玲奈はそれを掴むと海に向けて投げ捨てた。

 

「っ!」

 

ポチャンと音を立てて、カメラは底知れない海底に沈んでいった。そして…今は竜馬が離れていたからなのか、孤独という悲しみが玲奈の中を駆けずり回り、涙腺を崩壊させる。ポタポタと途絶えることなく、涙は砂浜に落ちていく。

 

 

「うっ……うぅ……」

 

寂しい…。辛い…。

そういう気持ちが玲奈の心をギュッと締め付けた。

そこに砂を踏みしめる音が近付いてきたかと思えば、身体が抱き締められる感覚がやって来た。

 

「えっ?」

 

涙目で背後を振り返ると、竜馬が優しく抱き締めてくれていた。

 

「玲奈、どうしたんだ?泣いてるなんて…。らしくないな…」

「…泣きたくもなるわよ…。だって…薺たちがいないのよ?私に関わった人たちは……私の前から消えていく…。薺はもちろん…紗枝も海翔もケーシャも…。自分を呪いたくなるわ……」

 

竜馬はさっきも言った通り、今の玲奈は明らかに弱気で玲奈らしくなかった。いつもの玲奈からしたら考えられない…信じられない言葉がばかりが並べられていた。

竜馬は玲奈の隣に座り、彼女の頭を自身の胸に押し当てた。

 

「でも、まだ“全員”は消えていないだろ?」

「…ぁ……」

 

玲奈も気付いたらしく、小さく喘いだ。

 

「俺がまだ残ってるだろ…。自分を責めるな。もし……この世界で俺たちだけだったとしても…俺は玲奈から消えていかないし、離さない。約束する」

「竜馬…」

 

竜馬は小さく笑って、玲奈の唇を塞いだ。

玲奈は嬉しさから再び目尻から雫が溢れた。唇を離してから、お互いにくすっと笑い合う。

その時。

玲奈の視界に映る木の後ろから誰かが出てきて、先程の飛行機の溜まり場に走っていくのが見えた。玲奈は竜馬を突き飛ばしてそっちに走り出した。

 

「おわっ⁈」

「待って…!待って‼」

 

玲奈は必死に叫んで、見失わないように追跡する。やっと見つけた人間だ。見失うわけにはいかなかった。だが、この飛行機やヘリの裏に隠れられたら、見つけるのは困難を極める。

 

「お願い!出てきて!どこ⁈」

「ど、どうしたんだよ、玲奈…」

「生存者がいたのよ!見間違いじゃないわ‼」

「……玲奈、あれ…」

 

竜馬が指差す先には、停泊している飛行機のドアがギィ…ギィ…と音を立てて動いていた。風で揺れているだけかもしれないが、確認する必要がある。玲奈は銀色のマグナムを抜き、その飛行機に近付く。後ろでは竜馬が見詰めている。

そして、ドアに手をかけてゆっくりと開けようとした瞬間、数羽の鳥が突然飛び出してきた。

 

「うわっ!」

 

玲奈は顔を腕で隠してしまう程に驚き、茫然としてしまう。竜馬も溜め息を吐き、玲奈の見間違いだったんだなと思ったその時、彼の後頭部に蹴りが飛び込んで来た。

 

「うっ⁈」

 

竜馬の呻き声を聞いた玲奈は振り返るが、持っていたマグナムを弾かれ、更に鼻にパンチを食らってしまい、馬乗りにされる。襲撃者はナイフを取り、玲奈の心臓に突き刺してこようとする。

玲奈はナイフの柄を掴んで堪える。その間に襲撃者を見るが、服は廃れ、髪は何年も洗っていないのかボサボサに乱れている。だが、身体付きに髪の長さから女性だということは分かった。玲奈は相手を振り落とし、立ち上がり、容赦なく襲撃者の腹部に蹴りを打ち込んだ。

襲撃者は飛行機の機体に頭を強打して気絶した。

 

「いてて…。容赦ない蹴りだったぜ…」

「誰なのかしら?」

 

玲奈は女性を仰向けにして何者なのか確認する。

襲撃者の顔を見た途端、二人とも驚愕の表情を受けた。

 

「……!薺…!」

 

肌は泥だらけ、黒色の艶やかな髪は以前のような輝きは失われていたが、間違いなく薺本人だった。汚れた服の隙間からは、赤色の機械が胸に装着しているのが見えた。二人は、気絶したままの薺をただ見詰め続けていた…。

 

 

 

 

薺は漸く目を覚ましたが、自らの腕が縛られているのに気付き、身体を暴れさせる。

だが、焚火に照らされた玲奈と竜馬の顔を見て、薺は目を丸くした。

 

「玲奈⁈竜馬⁈」

「…どうやら、今は大丈夫なようだな…」

「どういうこと⁈何で私、縛られて…」

 

現在の薺は今の状況を把握しきれていなかった。それもそうだろう。目が覚めたら、腕を縛られて拘束されているのだから…。それにこの様子だと、あの胸に付けられていたデバイスは人間の理性を失わせる機能を持っているらしい。

 

「薺、一から説明させて。実はこれが付けられていて、操られていたの。みんなはどこなの?」

「…みんな?」

「ケーシャたちよ。一年半前にヘリでここにやって来たはずでしょ?」

 

薺は玲奈に言われたことを必死に思い出そうとするが、記憶に靄がかかったかのように、そんな人たちがいたのかすら覚えていなかった。

 

「………分からない…。あなたと竜馬の名前しか……憶えていない……。他には、全く…。どうしてここにいるのか…」

「……そう…。でも薺。あなたに会えて良かったわ…」

 

玲奈は薺の腕を縛っていたロープを切り、彼女の身体を抱擁した。

 

「ちょっ……どうしたのよ……。照れるじゃない…」

 

実はこの時、玲奈が少しだけ泣いていたことは竜馬も気付いていなかった。



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第43話 ロサンゼルス

ここにいつまでいても仕様がないと判断した玲奈は、このアラスカの地から離れることにした。いくつかの理由があったが、まず一番決定的に欠如しているのが食糧だった。

寒いが故に食糧がほとんどないのだ。薺がどうやってこの一年近く生きてきたのか分からないが、とにかく…消えてしまった他の生存者を探しに行くことにしたのだ。

不幸中の幸いなのが玲奈と竜馬が乗って来たプロペラ機が三人乗りであること。

朝方になり、玲奈が操縦で2人は後ろに乗って、彼らはロサンゼルスに向かうことにした。

 

「どう?この景色とか見て……何か思い出さない?」

「……全然」

 

薺の一部記憶喪失…。玲奈はこれが永久的なものでないことを祈りながらも、ロサンゼルスに向かうため、飛行機を南へと動かした。

 

「どこ向かうんだ?」

「ロサンゼルス。このプロペラ機の燃料を補給しなくちゃならないしね」

「そうか…。何事もなけりゃいいけどな…」

「竜馬、嫌なこと言わないで」

 

薺の言う通りだった。あと1時間から2時間でロサンゼルスに到着するだろうが、着いてから面倒なことにならなければと思いながら、ハンドルを強く握った。

 

「まあ…着くまでに燃料が持たなかったら最悪だけどね」

 

玲奈は最後にそう呟くのだった。

 

 

 

 

ジョンはアンブレラが保有している衛星を使い、アラスカ付近を飛行中のプロペラ機に座標を合わせた。これにより、玲奈たちはこの監視から逃れることは出来ない。流石にあの玲奈だも、上空50000mからの監視に気付けるはずがないだろう。ジョンは椅子に背を十分な程に預け、薄ら笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 

それから全く問題は起きることなく、プロペラ機は順調に進んでいき、カナダの国境を越えた。と、言っても、もうこの滅びた世界に国も国境もない。あるのは生きた屍が歩き回るだけだ。

漸く玲奈たちの視界にもロサンゼルスの景色が見えてきたが、その光景は見た通り…酷いの一言だった。

 

「これがあのロサンゼルス?」

「たった2年で、ここまで酷くなるのかよ…」

 

竜馬はこの完全に荒廃しきった大都市を見て、改めてウィルスの恐ろしさを実感する。ロサンゼルスもラスベガス同様に完全に崩壊していた。ロサンゼルスでは有名な『HOLLYWOOD』の看板文字も壊れかけていて、ギリギリ読めるくらいであった。立ち並ぶビルは至る所から炎が噴き出し、燃え尽きることはなかった。

こんな惨状を見てしまった3人は、とても生存者がいる場所だとは思えなかった。だが、その中で一番大きい建物に目を奪われた。

 

「ああ……嘘でしょ……」

「何だ?」

「見てよ。あの塀で囲まれた建物…」

 

玲奈が言う場所を見た二人は唾を飲み込んだ。その建物はよじ登るのが不可能な程高い塀で囲まれた巨大な建物を中心に大量の“何か”が蠢いているのがすぐに分かった。“何か”とは、もちろんアンデッド。ロサンゼルスの人口…約400万人とほぼ同じくらいのアンデッドが一際大きな建物の周りを囲んでいたのだ。

しかし、何故あそこにだけアンデッドが群がっているのだろうか…。

考えられる原因は一つだけ…。

 

「まさか…」

 

玲奈の頭の中では考えたくもなかったことが頭の中を過ってしまった。

 

 

 

 

いつものように退屈な時間を過ごしていたクリフトは双眼鏡を目に当てて、何か面白いものがないか…脱出手段はないかと探していると、不意に耳にプルプルと何かの回転音が僅かに聞こえてきた。その音を辿って双眼鏡を動かすと、その視線に黒色のプロペラ機が写った。

 

「マジ……かよ…」

 

思わず呟いてしまう程の衝撃を受けてしまうクリフト。数秒固まった後に、クリフトはアラームを鳴らし、全員を呼び寄せた。その音を聞きつけた生存者も続々と屋上に上がってきた。

 

「飛行機だ……。おい!あれ飛行機じゃねえか‼」

「やった!やったぞ!」

「だから言ったろ!いつか助けが来るって‼」

 

生存者は歓喜に満ち溢れる。

玲奈はその建物の周りを旋回して、どこに着陸出来るかを模索する。一番着陸出来そうな場所は白いペンキで大きく『HELP』と書かれた屋上しかないのだが…滑走路として使った時に長さが足りるか怪しい。

 

「何で……さっきから旋回してるんだ⁈さっさと降りて来いよ!」

 

生存者たちはそうボヤくが、そのうちプロペラ機はどんどんこちらに向かって来てるのに気付いた。それに明らかに高度は低かった。

 

「ヤバイ‼伏せろ‼」

 

急いで伏せた生存者たちのすぐ真上をプロペラ機が通過した。

 

「何やってんだ⁈」

「………あれは、着陸する気だ…。着陸する気だ!物を退かすぞ!」

 

玲奈が着陸するつもりだと分かったため、生存者たちは少しでも着陸の成功率を上げるために急いで無造作に置かれている荷物を横へと移動させ始める。ただ、その頃には玲奈は首を鳴らして、もう着陸させる態勢を作っていた。

 

「ドカンと行くわよ!」

「しっかり頼むぜ、玲奈!これで死んだら呪ってやるからな!」

「了解!」

 

玲奈は再び高度を落としていき、屋上の高さに合わせる。屋上にいる生存者たちはまだ荷物を退かしている途中なのだが、もう待っていることも出来ない。玲奈はこのまま着陸を強行することにした。

 

「掴まって‼」

 

竜馬と薺は掴まる場所がないことにツッコミを入れたかったが、集中しきっている玲奈に無駄なことは言わないでおこうと口を閉ざした。

プロペラ機は足りるか足らないかも分からない即席の滑走路に向かっていく。

 

「まずい!もう来る!」

 

ルーサーがそう言った途端に飛行機は屋上に突入した。

クリフトは地面にロープを張り巡らせ、それを柱に結び付けた。ロープは飛行機のタイヤに引っ掛かり、速度を減衰させる。しかしそれでも飛行機はスピードが緩むことなく、段差に激突し、飛行機は前のめりになり、玲奈の視界には瓦礫がアンデッドの山に落ちていく様子が写っていた。

クリフトもロープが千切れないように支えているのだが、結び付けている柱の土台がメリッと鳴り、その柱もろとも破壊してしまう。

 

「おいおい!待て!」

 

玲奈たちの飛行機はロープの支えを失い、前傾姿勢だったのが更に酷くなり始める。このままではアンデッドの溜まり場に向かって真っ逆さまだ。それを救ったのが身長190cmの巨体を誇るルーサーだった。地面を強く蹴って一気に跳躍し、機体の後翼を掴んで、自身の体重で後方に重心を乗せた。

 

「引けーっ‼引けぇ‼急げ‼」

 

ルーサーに引き続いて他の生存者も機体を掴んで落ちないところにまで引っ張っていく。

「ふぅ」と安堵の息を吐く玲奈は、安全な場所にまで行ったところでハッチを開けて、漸く建物の上に足を着けた。

ルーサーは降りてきた玲奈に一息飲んだが、笑いながら話す。

 

「ナイス着陸」

「墜落寸前ではあったけどね」

 

続いて竜馬と薺も続く。

 

「俺はルーサーだ。ルーサー・ウェスト」

「玲奈よ。彼女は薺。で、彼が…」

「竜馬だ。よろしく」

 

すると一人の男が自己紹介中に突然割り込んで来た。

ちょび髭を生やした背の小さい男だった。

 

「自己紹介などどうでもいい。お前はアルカディアから来たんだろ?」

「アルカディア?」

 

玲奈はもちろん、竜馬も薺も『アルカディア』という名は聞いたこともなく、相手に聞き返してしまった。

別の女性も同じように質問してくる。

 

「そこから来たんでしょ?食糧、シェルター、安全な場所を保証するって……」

「いいえ…私たちはそこからは来ていないの」

「え……。でも、他にも生存者はいるんでしょ?」

「いや、俺たち3人だけだ」

 

竜馬がそう告げると、ほとんどの生存者は肩を落として、再び建物の中に戻ってしまった。

玲奈はちょっとだけ申し訳ない気持ちになり、ルーサーに謝った。

 

「なんか……悪いことをしちゃったみたいだね…」

「気を悪くしないでくれ。みんな、期待で一杯だったから……」

 

生存者たちが言う『アルカディア』とは何なのか…。

玲奈たちの中で新たな謎が増えた瞬間だった。




ちょっとルーサーは名前の変えようがなくてそのままにしました。


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第44話 最大の刑務所

初めて誤字報告が来ました。
報告してくださった方、ありがとうございます。
では、どうぞ


玲奈はさっき段差に衝突してしまったプロペラ機のプロペラをくるくる回して問題がないか調べた。回る時の感覚もそこまで酷いものではなかったから、まだ飛べるだろう。

そこにルーサーが近寄って来た。

 

「何とかなりそう?」

「えぇ。全然」

 

玲奈はルーサーをまじまじと見詰めていると、何か不思議な感覚に捕らわれた気がした。

 

「……ねえ、ルーサー、私…なんか初めて顔を合わせたような感じがしないんだけど、気のせいかしら?」

「ははっ、よく言われるよ」

 

玲奈からしたら、ルーサーはまるで昔からの友達と普通に話しているのと大差なかった。

 

「スポーツ見てた?」

「全く」

「…それじゃあ……スターのパワー?」

 

ルーサーは一つのビルを屋上を指差した。そこにはルーサーの顔写真がデカデカと載っている看板が半ば焼けて立っていた。それを笑いながら、クリフトが説明した。

 

「そう!ルーサーは元プロバスケの選手並びにハリウッドの俳優だったんだよ!」

 

玲奈はそれで納得した。さっき飛行機の後翼を掴むのにかなり飛んでいるだろうと思っていたが、元バスケ選手なら高く跳躍するのに苦労はないだろう。

 

「そういや、自己紹介が途中だったな。俺はクリフトだ。着陸見事だったよ」

「ありがとう。それよりも……アルカディアって何なの?私たちは長い間旅を続けていたけど、そんなの聞いたこともないの」

「ここ最近、ラジオで呼びかけがあったんだ。食糧、シェルター、安全な場所を保証するって……」

 

玲奈たち生存者にとってはそれは夢のような話であった。アラスカでも同じような話を聞いたが、もしかしたらと思った。あそこに生存者が全くと言ってもいなかったのは、その『アルカディア』という場所に避難したからなのではと玲奈は予想した。

すると、クリフトは玲奈に双眼鏡を差し出した。

 

「あの方向を見てくれ」

「……何が見えるの?」

「それは自分の目で見た方が早い」

 

玲奈は双眼鏡の倍率を上げて、遥か先の海岸を見る。海には濃い霧が立ち込めていたが、そこには明らかに人工物が浮遊していた。見た感じ形状は船。それも、映画『タイタニック』……とまではいかないだろうが、かなり大きい豪華客船のように見えた。

そして、霧の合間からその船に刻まれた船名が露わになり、双眼鏡を渡された理由が分かった。

 

「アルカディア……。あれが…」

「見えたか?」

「ええ。なるほどね…。生存者を乗せてあちこちを回っているのね…」

 

確かに大きさだけでも、食糧、シェルターに関しては十分すぎる程だ。

 

「これも聞いてくれ。放送を録音しておいたんだ」

 

クリフトがラジオのツマミを弄ると、ガーというノイズ音の次に放送が流れた。

 

『こちらアルカディア。地上通信において放送中。食糧、シェルター、安全な環境を保証します』

 

それが2、3度流れた後に放送の途中で何かの呻き声が聞こえたかと思えば、通信は途絶してしまう。

 

「何?」

「分からない…。これが最後の放送だった…」

「…1時間置きに照明弾を撃ったんだ。だから、君らが来た時に助けに来たと皆思い込んだんだ」

 

これで彼らがここまで喜んでいたのか納得した。

玲奈は再び双眼鏡からアルカディアを見る。

何にせよ、玲奈はここからどうやってでも脱出してあの船に辿り着く必要があると思うのだった。

飛行機の点検、アルカディアの説明を受けた玲奈は竜馬と薺を連れて、この建物の案内をルーサーにしてもらうことにした。松明を片手にルーサーはこの建物…彼から聞くに刑務所…の一番広いを最初に案内する。

 

「ようこそ、新居へ。官房塔Bだ」

 

そこは確かに広かった。縦穴で一番上が見えない程だ。まあ、見えない理由は、電気が止まってしまっているせいで電気が灯ってないからだろう。代わりはやはり松明だったが、真っ暗よりかはマシだろう。

ここはどうやら昔は受刑者の溜まり場…か、娯楽の場で使われていたように見えた。

 

「あそこにいるのはマッキー。料理のレパートリーは然程多くないが、味は絶品だ」

「お世辞はいいわよ」

 

さっき玲奈に歩み寄ってきた女性がマッキーだった。今はフライパンの上でチャーハンを炊いている。夕食はこれだけだろうが、やはり少ないなと思ってしまう。でも、玲奈にとってはあの放浪中の缶詰生活よりかはまだ良い方だと思った。

 

「さっきはガッカリさせて、ごめんなさい」

「失敗には慣れてるわ。ここでも散々な目にあったしね」

「…失敗?ここで?もしかして…あなた女優さん?」

 

薺がそう言うと、マッキーは苦笑いする。

 

「ハリウッドで大活躍しようとした矢先にこれなんだもの。ガッカリばかりしていられないわ」

「おい、早くしてくれ。腹ペコなんだ」

 

すると、またまたさっきのちょび髭の男が割り込んで来た。その後ろには気の弱そうな男もいて、まるで野良犬みたいに引っ付いていた。

 

「ああいうのよくいたわ…」

「誰なの、あの二人」

 

玲奈はトレイを取りながら、ルーサーに聞く。

 

「彼はベルモント、その後ろにいるのはイだ。前はどっかの映画のプロピューサーだったそうだ。そして…最悪のお馬鹿さん!」

 

最後の一文は2人にわざと聞こえるように大きな声で放った。

ベルモントとイは声に反応して一瞥したが、すぐに背を向けて細々と食事を摂り始めた。

 

「イは奴の部下だったようで…未だにそのことを引き摺っているらしい」

 

5人もスプーンを取り、チャーハンを口に運ぶ。

 

「そこそこね」

「お厳しい意見をありがと…。それより…あの飛行機、まだ飛べる?」

「飛べるけど、またここに着陸するのは無理ね。さっきも危なかったしね」

「じゃあ……やっぱり“あれ”に聞くしか脱出出来……!」

 

“あれ”と言った途端、ルーサーはシッと言ってマッキーを口止めした。その様子を見ていた3人は何かがあるなと思った。

 

「何?“あれ”って…」

「……時間の無駄でしかない」

「時間ならたっぷりあるじゃねえか?」

 

竜馬がそう言う。玲奈もルーサーの目をじっと見詰めて言う。

 

「竜馬の言う通り。時間なら山ほどあるわ」

 

ルーサーは溜め息を吐くのだった。

 

 

 

 

玲奈とルーサーは刑務所の地下へと向かいながら、ここに着いた時の状況を話してくれた。

 

「ここは俺たち生存者からしたら最高の場所だ。隔離された建物、高い外壁、それに武器も少しだけ残っていた。この地下にはもう誰もいなかった。恐らく……牢獄に入れているだけ無駄だろうと思ったんだろう。……こいつを除いてな…」

 

玲奈たちが着いたのは妙に広い空間だった。あるのは中心にポツンと置かれた小さな部屋だけだった。部屋の中には一人の男が閉じ込められていて、その部屋の横では見張りをしている男にルーサーは話しかける。

 

「ゲイル、変わったことはなかったか?」

「あったも何も……大ありだ。奥の方で何かが蠢いている感じがして仕方がないんだ」

「よし、そうか。俺も見に行く。どこだか教えろ」

 

ルーサーとゲイルは二人で暗い奥の方へと行ってしまった。

一方玲奈は一人になり、ポツンと置かれた特別牢獄の中を見た。すると、中にいる男はこっちに近付いてきて、腕を伸ばした。

 

「よろしく。シェーンだ。君は……飛行機に乗っていた一人だろ?」

「こんな所でも飛行機のプロペラ音が聞こえるのかしら?」

「いいや。風の噂だ」

 

玲奈は伸ばされた手を握った。

牢獄に閉じ込められてる割には、かなり友好的だ。

 

「どうしてここに閉じ込められてるか気になるだろ?」

「一応ね」

「それでいい。…ここから出してくれ」

「どうして?」

「脱出方法を知っているからだ」

 

玲奈は納得する。

さっきマッキーが言っていた“あれ”とはこの事だったということに。

 

「俺はここの看守だった。だが、突然受刑者を全て釈放せよとの命令が出たから解放したら……奴らは俺をここにぶち込んだ。それを見た彼らは俺を極悪の犯罪人だと思い込んでいるから出してくれないんだ」

「ふぅん…。でも、それを信じる確証はない。悪いけど…」

 

暫く話していると、奥から2人が戻ってくる。

 

「どうだ?なんかあったか?」

「いいえ。全く」

「よし、行こう」

 

再び地上へと戻ろうとすると、シェーンは叫んだ。

 

「絶対俺が必要になる時がやって来る!覚えておけ‼」

 

玲奈は叫び続けるシェーンに背を向け続けるのだった。



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第45話 忍び寄る死者

シェーンと会い、それなりに話した後、玲奈は竜馬の部屋に戻った。同室でいいのかとニヤニヤされながら、ルーサーに聞かれたが全く気にしなかった玲奈。あらかた服を脱ぎ、漸く安心して屋根の下で寝れる心地よさを感じる玲奈の横に、竜馬も同じベッドに潜り込んで来た。

 

「何?夜這いでもする気かしら?」

「そう……だと言ったら?」

「イヤ…と言ってもやめないでしょうね」

「当り前じゃないか…」

 

玲奈は竜馬の方に寝返りを打つ。彼の顔が目の前にあり、玲奈は自身の額を竜馬の額と合わせた。すると、竜馬は静かに語り出した。

 

「…玲奈が、あの富士山で見つけた時、無事で良かったって…本当に思えた。一瞬死んだんじゃないかって…思ったんだからな…」

「そ、う……」

「玲奈言ってたじゃないか…。絶対に、死なないって…」

「…………」

「あれ?玲奈?」

 

竜馬が一人で勝手に話していると、玲奈はいつの間にか夢の世界へと行ってしまった。竜馬は溜め息を吐くと同時に、彼女の唇に軽く触れる程度の接吻をし、身体を抱き締めて、彼も眠りに落ちていくのだった。

 

 

 

 

太陽が玲奈の顔に当たり、彼女は目を覚ました。しかし、竜馬に抱き締められた自らの身体を離すのは、難しく、結局寝ている竜馬を起こすハメになってしまう。

 

「いざって時に起きられないから!二度と寝ている時に抱き締めないで!」

「ふぁぁ~…。ふぁふぁった……」

 

眠そうな竜馬は置いて、玲奈はいつもの服を着て、官房塔Bに向かうと、ルーサーが朝の挨拶をした。

 

「よく眠れたか?」

「まあ……一応」

「寝かしてくれなかったんじゃなくて?」

「殴り殺すわよ…」

「悪い悪い。お詫びにシャワーを浴びせてやるからさ」

 

玲奈は『シャワー』の言葉を聞き、目を光らせた。

ルーサーのあとをついていくと、確かにシャワールームがあった。

この半年間、まともにシャワーを浴びていない玲奈は浴びたくて仕方がなかった。

 

「ほら。言った通りだろ?」

「そうね。でも電気、止まっているんでしょ?」

 

ルーサーはギクッとする。

 

「まさか…冷たいの?」

「贅沢言うな…」

「それもそうね」

「で……今から浴びるのかな?」

「そうよ」

「じゃあ……ここにいたらまずいかな?」

 

玲奈はくすっと笑って言う。

 

「そうね。私の裸を見たいなら…死ぬ覚悟でね」

「じゃあ外で待つ」

 

ルーサーは一人先に外へと出ていった。

それから玲奈はまず、武器が装備されたままの上着を脱ぎ、近くの突起にかける。更にセーターを脱ごうとした時、ガタッと奥から物音が聞こえた。玲奈は服を脱ぐのを一旦止め、辺りを見回す。静かで気配はない。

 

「ルーサー?竜馬?」

 

ルーサーなら、さっきの警告を無視して命知らずの行動を取ったのか…それともシャワーを共にしたいと竜馬がやって来たのか…。いや、どちらでもない。それなら一声くらいかけるはずだ。玲奈は何となく嫌な予感がして、脱いだ服に入れっぱなしのマグナムを取り、音のした方に向かう。玲奈はタオルのかかった場所に目が行く。

あそこなら……隠れられる……。

玲奈はゆっくりと近付き、そのタオルを退かした。案の定、そこにはゲイルが焦ったような表情で笑っていた。

玲奈は一気に怒りを募らせていく。朝の清々しい気分を台無しにされた玲奈はゲイルの服の襟首を掴んだ。

 

「このゲスが!」

「ま、待てよ……。お、落ち着けって…」

「いいから早くここから出て行って‼」

 

だが、ゲイルの顔が突然どんどん青白く変色していく。この様子を見てしまった玲奈にも後ろに何かいるのだろうと容易に分かった。振り向き様にマグナムの引き金を引き、アンデッドの頭を撃ち抜いた。

ゲイルはすぐに逃げ出すが、逃げ出した先にもアンデッドがおり、口から四又の触手らしきものを出して、ゲイルに食らいついた。

玲奈は更にもう一体向かって来たアンデッドに弾丸をぶち込む。シャワールームに侵入していたアンデッドは合計3体。その内の一体はゲイルに噛みついたまま、排水溝があったとされる場所に出来た巨大な穴に入って消えていった。玲奈は今回の襲撃で、ここはもう安全ではないことを思い知らされるのだった。

 

 

 

 

今………この刑務所に牙を剥いているのはアンデッドだけではない。巨大な斧と鎚を合体させたような武器を引き摺りながら荒廃した町を進んでいた。奴は頭をすっぽりと頭巾を被っているのに、どういうことか人間のいる場所、障害物をも分かる。そんな化け物が、着実に…玲奈たちのいる刑務所に向かっているのだった。

 

 

 

 

銃声を聞きつけた生存者たちはシャワールームに集結する。そこで例の巨大な穴を見て、誰しも言葉を失った。その穴は人が一人入るのに充分すぎる大きさだった。クリフトが穴の中をライトで照らすが、中は迷路みたいに枝分かれしているようで、奴らの姿は今のところ見られなかった。ただ、それよりも酷かったのは臭気だった。凄まじい臭いがシャワールームに立ち込めて、全員吐きそうだった。

 

「……おえっ…。本当に臭え…。何なんだよこれ…」

「下水から登ってきてるようだな…」

 

竜馬がそう推察する。その事実が本当なら、奴らがどこから出てきてもおかしくないということだった。

 

「じゃあいつどこで奴らが現れてもおかしくないのか⁈」

「そういうことね」

 

イが恐怖に震えた声で言う。

 

「ここから逃げよう!今すぐ!」

「アルカディアから助けが来る!」

 

あくまでここから動きたくないマッキーは反論するが、彼女はもちろん全員分かっていた。アルカディアから助けなど来るはずがないと…。そのことをベルモントははっきりと伝える。

 

「来ないよ‼分からねえのか⁈もう、自分たちでやるしかないんだ‼」

 

ベルモントの言っていることは正しい。

だが、じゃあどうするかが問題だった。ベルモントは玲奈を見る。

 

「あんたのあの飛行機…」

「全員は乗れない」

「じゃあくじで…」

「ダメよ‼」

 

玲奈はイの意見を即時に否定した。

そして、みんなに言い聞かせるように言った。

 

「みんなで生きて逃げるの。一人も、絶対に残さない」

「あっ、そ…。じゃあ聞くが、どうやって逃げるんだ?歩いてか?蟻の行列みたいに一列になって…」

「………逃げるには、“彼”の助けがいるわね…」

 

 

 

 

場所は変わり、例の地下牢獄の前に移った一行。

もちろん、ベルモントとイは反対する。

 

「あんたら気は確かか⁈」

「出したらやばいでしょ⁈殺人鬼かなんかかも……」

「その通りだ!」

 

いくら言い争っていても仕方ないと思ったルーサーは全員から意見聞くことにした。

 

「クリフト、どう思う?」

「……選択の余地はないな…。生き残りたいなら尚更だ」

 

クリフトは賛成のようだ。

 

「マッキー、君は?」

「反対……と言いたいけど、脱出方法を知っているなら、是非聞きたいわ」

 

マッキーも賛成。ルーサーは言わなくても分かっている。

ということは…。

 

「決まりね」

 

玲奈は牢獄の閂を取り、彼をこの狭い狭い牢獄から解放した。シェーンは笑いながらこちらにやって来る。

 

「いつか来ると思ってたぜ」

 

牢獄を出て、一番最初に見たのは、一番反対していたベルモントだった。

そして、彼を脅すように小さく言う。

 

「ボン…」

 

と言っただけで、ベルモントはビクッと身体を震わせた。玲奈はそのやり取りを見終えてから、彼に言った。

 

「じゃあ…脱出方法…教えてもらおうかしら?」

「もちろん」

 

 

 

 

全員はまたまた場所を移す。今度は刑務所の北側だ。彼らの目の前には巨大な扉が聳え立っている。

 

「この扉の奥に車がある。市街地で暴動を鎮圧するためにあるが、使われたことはない。車輪は20、防弾性で放水砲搭載、定員15名、重量15トン。これなら奴らを蹴散らせる」

 

クリフトが開けようとするが、扉は堅く閉ざされてしまい、簡単には開きそうもなかった。

 

「無理だ!切断するしかなさそうだ」

「海に着いた時にはボートが必要になるわ」

 

ルーサーも相槌を打つ。

 

「武器ももっと必要だ」

「その点も問題ない。この刑務所の地下室は武器庫だ。ありとあらゆる武器、それにゴムボートもある」

「撤退したときに武器も持って行ったんじゃないのか?」

「それはあり得ない。彼らはここから逃げるので精一杯だったからな」

 

これで問題は全て解決した。後は脱出する準備を始めるだけ…と思いたかった。

その時、門の方から鈍い金属音が高々と響いた。全員が振り向くと、そこには大量のアンデッドの中に紛れて、巨大な人間らしき奴が鎚で門を叩いていたのだ。薺は玲奈に呼び掛けた。

 

「武器は任せた!ルーサー!竜馬!」

 

玲奈、シェーン、マッキーは地下へ。薺、ルーサー、竜馬はこの門を破壊してきた巨人をどうにかすることにした。

彼らの戦いは、この瞬間始まったのだった…。



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第46話 雪崩れ込む死者

玲奈とシェーンたちは地下へと向かうために階段を降りていくが、階段は封鎖されており通れず、仕方なくエレベーターから行こうとしたのだが、そこにも問題が立ち塞がった。エレベーターに通じる扉をこじ開けたのはいいのだが、そこは謎の水で埋め尽くされていた。

 

「……何これ?」

「地下水だ。刑務所の真下に水脈があって、そこから水を確保していたんだ。でも時々漏れるから吸い上げる装置があったんだが、電気が止まって地下水が上がって来たんだろうな…」

「で…その武器庫はどこ?まさか…最下層とは言わないわよね?」

「……そのまさかだ」

 

玲奈は大きく溜め息を吐くのだった。

玲奈は自らが持っているマグナムをシェーンとマッキーに渡した。更にいつも懐や足首に携帯している近接武器等は水中を早く移動するため、極力置いていくことにした。

玲奈は息をめい一杯吸い込むと、水の中へと飛び込んで行った。玲奈の視界は濁った汚水で2m先も見えなくなる。急いで水中を進んでいくが、もし…ここでアンデッドにでも襲われた一巻の終わりだ。水中でも酸素を必要とせずにアンデッドは動ける。そこには注意する必要がある。玲奈の後に続いてシェーンとマッキーも続く。

そして…約一分近い素潜りをして、漸く呼吸の出来るエリアに到着した三人。荒い息を出しながら、玲奈はシェーンに確認する。

 

「こ……ここ?」

「あ、あぁ…。そうだ…」

 

シェーンはポケットから発炎筒を取り出し、それを奥の通路へと投げ入れた。暗かった通路は発炎筒により、赤く明るくなる。そこにアンデッドがいる気配は全く見られなかった。

 

「大丈夫だ…。行こう…」

 

全員で慎重に進もうと、足を一歩踏み出した瞬間、後方から水飛沫が上がった。四又の口を持つアンデッドが水中から現れ、マッキーの顔に食らいついたのだ。

 

「きゃあ‼」

 

アンデッドはマッキーに食らいついたまま、水中へと消え、マッキーも這い上がってくることもなかった。それに引き続き、別のアンデッドも現れるが、玲奈は背中に差していた小太刀を抜くと、奴の脳を貫いた。それからはわんさかとアンデッドが出てきた。シェーンがマグナムで応戦するが、これは弾切れを待つだけの状況だった。

 

「行こう!」

 

玲奈とシェーンはマッキーの生存は諦めて、奥へと走り出す。アンデッドも玲奈たちを追ってくるが、シェーンは一体のアンデッドの足を撃ち抜いて転ばせると、後ろからやって来たアンデッドたちは引っ掛かり、ドミノのように倒れていった。

その間に扉を閉め、玲奈は発炎筒を付ける。光に照らされたのは、持っていけない程大量にある銃火器だった。玲奈はクスッと笑うと、シェーンに言った。

 

「ナイス…」

 

 

 

 

一方クリフトたちはシェーンの言っていたここから唯一脱出できる車を保管している鋼鉄の扉を切断し終えたところだった。この鋼鉄の扉は頑丈で、熱を溶かす装置がここになければ生存は絶望的だったろうが、目の前に現れた巨大な装甲車を見て、度肝を抜かれた気分になる3人。特にイは驚喜していた。

 

「スッゲェ‼」

 

クリフトも思わず叫んだ。

だが…3人はこの装甲車に思わぬ誤算があることを知らなかった…。

 

 

 

 

玲奈たちは出来る限りの武器をバッグに詰め込んでからここから出ることに“している”。“している”は未来形だ。何故かというと、唯一の出入り口は数えきれないアンデッドが押し寄せている。しかも奴らは人間の臭いを嗅ぎ分けるため、そこから退くことも決してない。

玲奈はマグナムに弾を込め、シェーンは背中に刀剣を担ぎ、三連バースト式の拳銃を腰に収める。

 

「何百…。いや、何千体もいそうだな…」

 

バッグを持ち、玲奈を真っ直ぐに見るシェーン。

 

「ドアからは出れない」

 

玲奈もマグナムを腰に収めると、エアダクトを見る。またダクトに行くのかと、いちいち思ってしまうが仕方ない。

 

「…ネズミになる?」

「…俺はまだ人間のままの方がいいよ……」

 

シェーンが土台となり、先に玲奈がエアダクトに入る。その時、硬く閉めたはずの扉がアンデッドにより突破される。

玲奈は手を伸ばした。

 

「急いで、シェーン!」

 

シェーンはジャンプして玲奈の手を掴んだが、もう間に合わないと思った。だが、一瞬の間にシェーンはダクトにまで引き上げられ、アンデッドに噛まれずに済んだ。眼下には、こっちに必死に腕を伸ばしてくるアンデッドが広がっている。

 

「……人間より……ネズミの方がいいかも…」

「ふふっ…そうね。さあ、急ぎましょう!」

 

二人は暗い、狭いダクトの中を必死に進んでいくのだった。

 

 

 

「くそっ‼」

 

クリフトは隠す気もなしに舌打ちした。

それを聞いたベルモントとイが近寄ってくる。

 

「くそってなんだよ?これは何だよ?」

 

クリフトたちは最悪な状況に陥っていた。ベルモントは自分たちの前に山のように置かれている金属部品について聞いた。

 

「何だと思うよ?」

 

ベルモントはまさかのことを予想してしまった。

 

「まさか……これを全部あの車に組み込まなきゃ動かないのか⁈」

「組み立てられる?」

 

イは希望を持って聞くが、クリフトの表情は険しいままだ。

少し時間が経ってからクリフトは重い口を開いた。

 

「ああ……。組み立てられるよ…。……一週間かそこらあればの話だけど…」

 

三人は脱出の希望を喪失し、暫し茫然とした。

 

「ど、どうすれば……」

「……こうだ」

 

ベルモントは血迷ったのか、懐から拳銃を抜き、クリフトの首を撃ち抜いた。頸動脈を貫通したため、クリフトの首からは血飛沫が上がり、イの服や肌にベットリ付いた。クリフトは人形のようにダラリと地面に倒れていった。

 

「ベルモント…さん、何てことを……」

「こうでもしなきゃ、生き残れないだろ?来い」

 

ベルモントはイを連れて屋上へ走る。

奴の脳内には、自分だけが生き残ることしか考えていなかった。

 

 

ガン、ガンと定期的に鳴る金属と金属がぶつかる音。巨人が振る槌は扉に少しずつ…だが確実に壊す方向に向かっていた。薺たちはこの巨人をどうにかするため様々な手を打った。頭巾で隠された頭に弾丸を撃ち込んでも怯むことはなかった。せめて、ここが破られた時、足止め出来るように三人は門の前に色んな物を置く。

だが、そんなことをしている間に扉を支えるボルトがコンクリートの外壁から外れかけていた。薺はもう無理だと思い二人に叫んだ。

 

「もうダメ!倒れるわ!二人とも走って‼」

 

ボロボロの扉に止めを刺したのはやはり巨人だった。

最後の一撃は渾身の一撃と言うべき力を発揮し、頑丈な門を倒した。三人はそれを見て、急いでその場から離れた。扉が倒れると、外にいた何万ものアンデッドが塞き止めていたダムの水の如く溢れ出てきた。三人は、逃げるのに必死になった。




展開変わりすぎてすみません。


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第47話 数万体のアンデッドとの戦い

玲奈とシェーンはどうにかダクトから抜け出して、数分ぶりに広い場所に出た。そこは、屋上から然程遠くないところだった。だがその前に玲奈たちの耳に聞き慣れた音が聞こえ始めた。何かが回転し、エンジンが鳴る音だ。

玲奈はそれが何なのか気付き、急いで走り出した。

 

「嘘でしょ…。まさか……⁈」

 

 

 

 

そのまさかであった。

ベルモントは玲奈のプロペラ機に勝手に乗り、エンジンをかけて脱出を計ろうとしていたのだ。もちろん、そんなすぐに離陸できるわけではないため、ベルモントは「早く早く」と焦りながら待っていた。

 

「何しているんですか⁈」

 

ベルモントはさも当然であるかのように話す。

 

「ここから逃げるんだよ!」

「でもみんなは……」

「そんなもの知るかよ!いいから早くお前も乗れ!ここにいても死ぬだけだぞ!」

 

ベルモントに昔から随分な指図を受けてきたイではあったが、今はどう足掻いても生きたいという気持ちが勝ってしまい、彼もベルモントの後ろの座席に乗り込んだ。

そこにアンデッドたちから逃げてきた薺たちが屋上に到着する。

だが、その扉はベルモントによって鎖で繋がれて、簡単には開けられないようになっていた。

 

「何してるの⁈開けて!早く開けないと奴らが…!」

「どいてろ‼」

 

ルーサーは蹴って鎖を断ち切ろうとする。そこに別の出入り口から屋上に上がって来た玲奈にベルモントは拳銃を向けた。そして、容赦なくベルモントは引き金を引き、玲奈たちを牽制した後にプロペラ機を発進させた。薺たちも扉を破って、どんどん進んでいく飛行機を追う。

 

「ベルモント‼」

 

玲奈たちも後を追う。プロペラ機は屋上から離陸するが、ベルモントに飛行機を操縦する技術など持っていない。そのため、忽ち飛行機は地面へと向かって真っ逆さまに落下していく。

 

「なっ、何だ⁈くそっ‼」

 

落ちていく飛行機を見て、ルーサーは嘲笑った。

 

「へっ!自業自得だ!ざまあみな!」

 

だが、飛行機は地面に上手く着地して、アンデッドたちを薙ぎ払いながらも再び上空へと浮上した。どうにか態勢を保てたベルモントとイは喜々恐々とした。

 

「やった‼やったぞぉ‼」

 

どうしてあんなに上手く飛んで行ったのか分からない一行は茫然と飛行機を眺めた。

 

「あのくそ野郎……」

「あの二人、アルカディアに向かったようね…」

「それで……俺たちはどうすればいいんだ?玲奈」

 

竜馬がそう聞いてきたと同時に玲奈は後ろを向き、拳銃を向けた。

 

「それは……奴らを相手にしてから考えましょう」

「嘘……だろ……」

 

ルーサーは思わず言葉を漏らした。

そう……あの巨人に門を破られてからアンデッドは津波のように刑務所に雪崩れ込んできていて、既にこの屋上にまで迫っていたのだ。5人はそれぞれの武器を構える。

 

「玲奈!これを使え!」

 

シェーンが叫ぶと、バッグの中からマシンガンを投げた。玲奈はマグナムをしまうと、マシンガンを受け取り、近付いてくるアンデッドたちに発砲した。玲奈に倣って他の4人も銃撃戦を開始する。5人は奴らに大量の鉛弾をプレゼントさせ、近付けないようにする。

更に玲奈から見て、右側の扉が開き、そこからもアンデッドが溢れてくる。逸早く気付いた玲奈がそこに銃口を向けて撃つが、このままここであの数のアンデッドと戦っても、勝てないことくらい容易に想像が付いている。

そこで玲奈は先頭を切って叫ぶ。

 

「こっちよ!」

 

玲奈が先頭にエレベーターの方角に走っていく。玲奈はバッグの中から箱状のものを出し、それを別のバッグに詰め込んだ。

 

「このエレベーターでシャワールームに!」

「馬鹿言うな!電気が止まっているんだぞ⁈」

「“これ”を使うのよ!」

 

玲奈が握っていたのは、C4爆薬だった。竜馬はすぐに理解して、ルーサーに呼び掛けた。

 

「扉を閉めろ!早くしろ‼」

「……ああくそ!」

 

竜馬とルーサーは上下開閉式の扉を閉めると、玲奈はC4爆薬をエレベーターの上に投げ入れた。

 

「あっちで会いましょう!」

「分かった!」

 

玲奈はマシンガンを撃って、アンデッドを自分に引き寄せるようにした。そしてまもなく爆弾はエレベーターの上で爆発し、エレベーターを支えていた滑車と太いワイヤーを破壊した。中にいた4人の身体に重力がかかり、苦しくなる。

 

「……っ!掴まれぇ‼」

 

エレベーターは地下水の上に着水して、衝撃を和らげた。全員急いでエレベーターから降りて、シャワールームに急ぐのだった。

 

 

 

 

玲奈は爆風で転んでしまうが、すぐに立ち上がりベルトのバックルにワイヤーを結び付けた。だがその間にも玲奈の視界一杯のアンデッドがこちらに向かって来ていた。前方は完全にアンデッドで埋め尽くされていたため、玲奈はマシンガンを捨て、一気に走る。途中で先程のC4爆薬をたくさん詰めたバッグを落とし、構うことなく玲奈は屋上から飛び降りた。アンデッドたちも玲奈の臭いにつられて、屋上から落下していく。

玲奈に結び付けられたワイヤーは一気に伸びていき、ピンと張った瞬間、C4爆薬は破裂した。屋上の半分かそれ以上に爆炎が上がり、アンデッドたちは吹き飛んでいく。

玲奈は体重を前方に預けて、振り子のようにして落ちてくるアンデッドを避けていく。だが、長い時間ワイヤーに命を預けていることも出来ない。コンクリートにワイヤーは擦られてしまい、いずれ擦り切れてしまうからだ。漸く地面に近付いてきたところで、玲奈はバックルからワイヤーを取り外し、地面に降り立った。

もちろんここにもアンデッドは彷徨っている。玲奈はすぐにマグナムを二丁出し、確実にアンデッドの頭を撃ち抜く。だが、マグナムであるため、弾には限りがあるし、アンデッドが徐々に銃声と玲奈に気付いて、自然と退路を塞ぐように寄ってくる。どうしようかと狼狽えていると、向こうの方から銃声が聞こえた。

 

「玲奈!こっちよ‼」

 

呼んでいるのは薺だった。薺は玲奈がここに来れるように、アンデッドたちを殺していく。玲奈はその方向に走り場柄、立ち塞がるアンデッドに撃っていく。だが、ここでマグナムからカチッと弾切れの音が響くと、玲奈はマグナムを後ろに投げ捨て、背中に収めていた二丁の散弾銃を掴んだ。前方に銃口を向け、引き金を引く。だが、銃から飛び出してきたのは散弾ではなく、コインだった。コインは凄まじい速度で飛び出すと、アンデッドの頭や身体を意図も簡単に突き抜けていった。

 

「きゃあ……!」

 

薺のところにもコインは飛んで来て、腕も吹き飛ばす程の威力であることを理解する。その威力のお陰で前方にいたアンデッドはほぼ全滅した。薺はシャッターに手をかけ、玲奈が入ってくる直前に降ろした。玲奈は滑り込んで中に入り、アンデッドに食われずに済んだ。

 

「大丈夫!?」

「えぇ…。そっちは?」

「玲奈のせいで腕を怪我したわ!」

「あらそう……。それよりも早く行きましょう。このシャッターも長くは持ちそうにない」

 

シャッターはガシャン、ガシャンと叩かれ、すぐに突破されそうだった。

 

「…あぁ!あとでこの借りは返してもらうからね!」

「肝に銘じておきますよ…」

 

玲奈と薺はみんながいるシャワールームに急ぐのだった。




あと二話程で復讐の章を終える予定です。


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第48話 斧鎚の巨人

『斧鎚』は“ふつい”と読みます。
勝手に作った言葉ですが、通じるからいいかなと…。



玲奈はシャワールームに到着するとすぐに例の大穴を改めてライトで覗いていた。その様子を見ていたルーサーは考えたくもない脱出方法が頭の中に思い浮かんでしまい、玲奈に恐る恐る聞いてみる。

 

「まさか……本気でこの穴に入って脱出……なんてこと言わねえよな?」

「本気よ」

 

玲奈はあまりに淡々と言うため、全員顔を強張らせた。

 

「下水は水道管を流れ、やがて排水路に……」

「排水路は海に繋がる」

 

竜馬が玲奈の言葉を引き継ぐ。

 

「これしかここから脱出する方法はない」

 

誰も“うん、そうしよう”なんて言うはずはない。この穴に入れば、忽ちアンデッドに襲われる可能性はぐんと上がる。だが、外でうろついているアンデッドたちがいつここにやって来るかも分からないため、迷っている時間もない。

 

「……しゃあねえなぁ…。俺が最初に行こう…」

 

沈黙を破ったのはルーサーだった。ルーサーの覚悟を見た3人も漸く覚悟を決めた。

 

「なら、次は私が行く。援護は任せて」

 

薺も続いて発言した。

ルーサーは頷き、ルーサーの巨体でどうにか入れる穴の中に入っていく。中はコンクリートを破壊しているようなものだから、所々に鉄屑があったり、通れない場所があるかもしれない。しかし…無事に海に繋がっていることを祈るしかなかった。ルーサーが入り、その後に薺も入っていった。

 

「お先に…玲奈…」

 

二人が入り、残りは玲奈、竜馬、シェーンの三人。シェーンは仕方ないな…といった感じで穴に向かおうとした時、太陽に反射して光る刃が三人の目に入った。

 

「よけ……!」

 

玲奈が『避けて』と叫ぶ前に、シェーンの右腕は巨大な斧で切断された。

ブシャアアアァという音を奏でながら、右肩から血飛沫を上げた。

 

「ぐあああああああぁぁぁ‼‼」

 

すぐに玲奈は自分の背よりも高い、あの巨人が音もさせずにここに忍び寄って来ていたことを確認した。玲奈と竜馬は暫し茫然と狼狽えてしまったが、玲奈はすぐに高く跳躍し、頭巾を被った頭に渾身の蹴りを食らわした。

その間に竜馬は負傷したシェーンを端へと移動させる。

しかし、巨人は全く玲奈の蹴りを気にすることなく、今度は鎚の方で玲奈を殴りにかかる。玲奈は間一髪横に避けたが、そこにあったトイレの便器は粉々に粉砕された。更に横に向かって振り回してくる。それも辛うじて避けた玲奈だが、その時砕けた壁の破片が目にかかり、玲奈の視界を一時奪う。その隙を逃すことなく、巨人は斧で切り裂こうとする。

 

「くっ…!」

 

玲奈はすぐに立ち上がったことで、腹から真っ二つにされることはなかった。

やられてばかりにもいかない玲奈は再び背中からコイン入りの散弾銃を取ると、巨人に向けるが、鎚が玲奈の脇腹に命中する。

 

「ぐふっ…⁈」

 

玲奈は壁に激突し、気絶してしまう。尚も玲奈をしつこく狙う巨人は斧を振り上げるが、巨人の背中に数発の銃弾が当たり、怯ませた。

だが、然程効いている感じはしない。奴が竜馬の方を向き、標的を竜馬に変えた。

竜馬に向かって走ってくる巨人に向けて、何度も発砲しても止まることはない。いずれ弾切れになり、竜馬も逃げるように走り出す。奴は斧を竜馬を断頭しようと、横に振ってくる。その度に竜馬は避けて、代わりにシャワーが次々と斬り倒され、そこから噴水の如く噴き出す。竜馬は走って避けながらも、こいつをどうしようか考える。生半可な武器では倒せない。しかも、今戦っているこのシャワールームも大して広くない場所だ。長時間惹きつけることも、逃げることも出来ず、圧倒的に不利だった。

そんな考えをしながらも、竜馬は壁を蹴って跳躍し、巨人の背後を取った。

奴は立ち止まり、竜馬を静かに見詰めていた。

 

「……こいつ……目見えないくせに、どうやって見てんだか…」

 

そう余裕そうに呟く竜馬だが、顔が分からないのがまた…彼に恐怖を与えていた。自然と足が竦み、勝手に後ろに下がってしまう。

しかし…今回限りはそうも言っていられなかった。いつも玲奈は竜馬たちのために戦い、その度に身も心も傷つけてきた。いい加減…自分も何かしなければならない…。そう思いながら、床に転がっている玲奈の散弾銃が目に入る。いい案が思いつくが、かなり危険で上手くいくかなんて分からない。

ただ……生き残るにはやるしかない…。

巨人は遂に止めていた足を前へと踏み出した。竜馬も覚悟を決め、巨人に向かって走る。

そして、巨人が斧を振り上げた瞬間、竜馬は水浸しになった床を利用してスライディングした。滑りながら落ちている散弾銃を拾い、巨人の真下を通過した時……竜馬は引き金を引いた。放たれたコインは巨人の喉から頭頂部に向かって貫通した。巨人はほんの数秒立っていたが、すぐに足は曲がり、崩れるように倒れていった。倒れる際には、シェーンの右腕を切り裂いた斧鎚がバシーンと大きな音を立てた。

竜馬は死んだと思われる巨人を後ろから眺めていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

極度の緊張感から溢れていたアドレナリンが無くなっていくのを竜馬は感じていた。疲労も凄まじく、立っているのも精一杯な程だった。

 

「やったぞ……。玲奈……」

 

竜馬は倒れている玲奈の下に行こうとしたが、彼の視界で…再び奴が動き出すのを見て、固まってしまう。

巨人は……まだ息絶えていなかったのだ。上体を起こし、斧鎚を掴むと、それを横に向けて投げてきた。竜馬にはもう逃げる力も避ける力も残っていなかった。あの巨体から放たれる斧鎚の速度は恐ろしい程に速かった。もう既に目の前にまで来ている。

竜馬もこれまでかと思った時、一閃の叫びが耳に入った。

 

「竜馬‼」

 

玲奈の叫び声が聞こえたかと思えば、竜馬の身体は玲奈によって地面に伏せられた。間一髪のところで斧鎚は2人の真上を通過した。玲奈はもう一つの散弾銃を巨人に向けた。武器も何も持っていない巨人は茫然とこちらを向いている。恰好の的でしかない。玲奈は引き金を引き、コインを発射させた。巨人の頭巾の頭は吹き飛び、肉、血、布切れが辺りを舞い、コインが地面に落ちる音がシャワールームに響いた。

玲奈と竜馬は自分たちの真上に突き刺さった斧鎚を見て、また茫然とする。そして、お互いに顔を見合わせたが、二人の口からは何の言葉も発せられない。竜馬がぐずぐずしていると、先に玲奈が動いた。彼女の腕が竜馬の首の後ろに回り、唇を付けてきたのだ。竜馬はちょっとだけ目を見開く。

 

「助けてくれて…ありがと…。その御礼」

「そうかい…。御礼なら…ここから脱出してからが良かったな…」

 

竜馬は玲奈をギュッと抱き締めた。

やっぱり、彼女が愛おしい…。そう改めて思ってしまう竜馬だった。

 

 

 

 

少しだけ抱擁した後に、右腕を肩から失ったシェーンの下に駆け寄る二人。出血が酷く、今から治療しても間に合いそうもないくらいに酷い傷だった。

 

「どうしよう……。竜馬、どうしたら…」

「落ち着け、玲奈…。シェーン、どうしてほしい?」

 

玲奈は竜馬が何を言っているのかと思った。

 

「……はっ、相変わらず…ついていないな…。牢獄に閉じ込められた、時から…」

「そりゃあ、本当にな…」

「……置いて行ってくれ…」

「ダメ…。私は見捨てられない。あなたがいたから、私たちは助かっているのよ」

 

竜馬は玲奈の肩に手を置き、首を横に振った。

 

「玲奈…。彼の意志を尊重しよう…」

 

玲奈はまだ納得してなかったが、二人は虚ろな瞳のシェーンを見て、もう何分と持たないと分かり、穴の中に入っていった。

シェーンは最後にこう呟き、永遠の闇のなかへと落ちていくのだった。

 

「生き延びろ……よ……」




次回、復讐の章終了です。


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第49話 真の始まり

復讐の章、終了です。
今回はかなり久しぶりの人物と新キャラが登場します。


巨人の撃退に成功した二人は先に入っていったルーサーと薺を追って、穴の中に潜り込んでいた。この穴……入ってみて分かったのだが、アンデッドの腕や口だけでよく掘り出せたものだなと思った。理由としては全てコンクリートだからだ。いくら先に進んでも柔らかい土に到達することは無かった。余程コンクリートが風化して脆くなっていたのか……もしくは、誰かがここに手引きしたのか……。

玲奈はそんな考えを頭の端へと追いやり、ひたすらに先に進む。正直、どっちでもよかった。今はライト一つでしか照らせていない狭い穴の中から脱出したくて堪らなかった。

すると、玲奈の横から唐突に人間の顔が現れ、玲奈は大きな声を上げてしまう。

 

「きゃっ……!」

「しっ‼静かに!」

「ルーサー…」

 

玲奈はまともな人間で良かったと息を吐く。

 

「驚かせて悪かった。早く行け。近くに奴らがいる。周りから気配しかしない」

「分かった」

 

玲奈が進んでいくと、竜馬と今度は顔が合う。そこでルーサーはシェーンがいないことに気付く。

 

「シェーンは?」

 

竜馬は無言で首を横に振った。ルーサーは溜め息を吐き、早く行けと指図する。

玲奈はここで漸く光が見えてきた。玲奈の予想通り、排水溝に繋がっていたようだ。玲奈がそこから飛び降りると、薺が待っていた。

 

「お待たせ」

 

それから竜馬も降り、残りはルーサーだけとなる。出口付近にまで来たルーサーが降りようと態勢を作った時、不意に側面に何かの気配を感じた。ライトをそちらに向けると、四又のアンデッドが口を開いて向かってきたのだ。

 

「ルーサー!」

「うわっ‼」

 

玲奈は叫ぶが、ルーサーは抵抗したのか、噛みつかれて焦ってなのか分からないが、身体を暴れさせた。穴からは悲鳴が聞こえ、もともと脆かったコンクリートは更に崩れ、あの穴は瓦礫で完全に塞がってしまう。それでも玲奈はもう一度叫ぶ。

 

「ルーサー‼」

 

しかし、塞がれた穴からは物音一つも聞こえてこなかった。

薺は玲奈に言う。

 

「今はどうすることも出来ない…。先に進もう、玲奈」

 

玲奈は薺を一瞬睨むが、歯軋りして、足を前に動かした。竜馬と薺も塞がれた穴を一瞥してから、玲奈の後を追っていった。

 

 

ゴムボートを膨らませ、乗り込んだ三人は濃霧が立ち込める中でアルカディアに向かう。暫くして、彼らは漸くその大きな船体とお会い出来た。しかし、玲奈は最初、これは輸送船か何かかと思ったが、よくよく見れば豪華客船のように見える。

右側には『アルカディア』と名前が刻まれているが、左側には別の名前が表記されていた。その名は……。

 

 

「クイーン・ゼノビア?」

「同じ船に別の名前……。異様ね」

「異様だろ…。見ろ、この錆といい雰囲気。まさしくゴーストシップだ」

 

竜馬の言う通りだった。恐らく真っ白だったろう船体は錆、または黒ずみでいかに時間が経っているかを分からせてくれた。

 

「あそこから行けそうね」

 

入れる場所は唯一一つだけだった。乗客を避難させるために救命ボートを出すところが丁度…玲奈たちを待っていたかのように扉が開いていた。そこにゴムボートを付け、玲奈たちは乗船した。だが、中に入ってすぐに違和感だらけだった。

絶対安全と言っていた割には、さっきみたいに扉は開けっ放し。それに、生き残りがあまりいない。玲奈たちは不気味な船の中を進んでいくと、一つの重い鉄の扉を開ける。何かの部屋だろうと軽い気持ちで行った途端、鼻孔に吐いてしまいそうになる程の腐臭が飛び込んで来た。

 

「!」

「な、何…?」

 

ライトで辺りを照らすと、そこには無惨に放置し、腐りきったいくつもの死体が置いてあった。三人はこれを見て息を飲んだ。

 

「……まさか……ここも、もう……」

「でも、いつものアンデッドではないわ。だって感染せずに死んだままだもの」

「じゃあ…何がこいつらを殺したんだ?」

「私が聞きたいわ…」

 

玲奈はそう呟く。

玲奈たちはここまで来たのに、また選択に迫られていた。このままこの得体の知れない“何か”がいる船内をうろつくか……あのアンデッドたちがいるそこまで戻るか…。

もちろん玲奈たちは前者を選択する他ない。

 

「操舵室に行きましょう。仮にあの放送がここから流されたなら、何か痕跡が残っているはずよ」

「…確かに…そうだな…。ここで止まっているよりはいいな…。ただ、こいつらを殺した奴らには出会いたくないがな…」

 

竜馬の言っていることは正しい。敵の正体も分からないまま、勝手に進んでいくのは危険でしかない。それでも玲奈は、新たな扉を開け、暗闇の中に入っていくのだった。

 

 

 

ー中国 北京ー

まるで巨大金庫のような部屋である男は退屈していた。

着ている服はズボンだけ。ふかふかなベッドで寝ているのも悪くないと思っているが、決まった時間に身体中を調べられるのはもうウンザリしていた。しかも、ズボンもベッドも部屋の外装も純白。相手がいかにセンスがないかと、男は溜め息を吐く。

そう思っていると、唐突に部屋の扉がゆっくりと開く。中に入って来た仮面を被った男たち。その仮面の下は人間でなく、単なる怪物であることを男は理解している。それでも言葉が通じるのは良いことだと思った。

男は手錠をかけられ、定期健診のために部屋を出る。だが、後ろでは仮面を被った怪物が背中に冷たい銃口を当てている。男はいつも通りに歩いていたが、途中でその足を止めた。

 

「さっさと歩け」

 

怪物はそう言う。だが、男は……。

 

「もういいか……。お前たちが何をしているかも分かったし……な‼」

 

男は怪物の持っていたマシンガンを掴むと、前方にいる怪物二人に弾を浴びせて怯ませる。そこから足を引っ掛けて転ばせると、首に足を絡めて骨を折った。怪物は少しだけ苦悶の声を上げ、身体を震わせると、動かなくなった。

男は手錠の鍵を取って、外す。前に視線を戻すと、残りの二人は完全に警戒して銃口を男に向けていた。男は手を前に出し、指をくいくいと動かして奴らを挑発した。

 

「さぁ………どっちから来る?」

 

 

 

紗枝は退屈すぎる時間を過ごしていた。この部屋には血圧や脈拍を計測する装置に、無機質なベッドが置かれているだけ。窓ガラスもあるのだが、ここからは外を見られない。そのせいで…いつも落ち着いていられない。だがもっと気に入らないのは胸元が開きすぎた服だった。約半年、この服のまま過ごしている。洗濯はしているのだが、ずっと同じ服はどこか落ち着けられなかった。

しかし、今日は違った。突然電気が消えたのだ。それと同時に電力が落ちたのか、電子ロックされていた扉が勝手に開いた。紗枝はそこから出ようとすると、スタンロッドを持ったジュアヴォが奥から入って来た。

 

「!」

 

奴を見るなり、紗枝はすぐにベッドの裏に隠れた。

ジュアヴォも部屋の中に慌てたように入り、部屋の中を眺める。部屋の中をウロウロして、紗枝を探すが中々見つけられず、頭を掻いてしまうジュアヴォ。

そこに紗枝の蹴りが飛び出した。ジュアヴォの後頭部に強打し、よろめくがスタンロッドを振って攻撃してくる。紗枝はそれを華麗に避けて、ベッドに伏せさせると、奴のスタンロッドを奪うとそのまま首に突き刺して絶命させた。紗枝はそれから部屋を急いで飛び出して、“彼”が生きていることが分かった。

 

 

 

 

 

「生きてるのね…。ジョッシュ…!」




次章からは、原作である二つのエピソードを混ぜて、話を展開させていきます。
次回はとある人物の衝撃事実が判明します。


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個々の章 交錯する戦い
第50話 中東戦線での出会い


個々の章、開幕です。
前半少しだけ、ショッキングな表現あります。(本当に少しだけです)


紗枝は途中まで海翔と共にデトロイトから逃げ出した。それからワシントンに行き、中東のとある国へと逃げ込んだ。

そこまでは…紗枝も良かった。

だが、つい半年近く前……海翔は、命を落としたのだった……。

 

 

 

 

ー半年前ー

紗枝は茫然としていた。海翔が死んでからもう3日が経とうとしていた。彼女の目には生気は見られず、常に絶望しているような感じがした。そこに男たちがやって来た。彼らはここの首相にアンデッドを倒したら、住まいと食事を保証するということで雇った男たちだ。

それがこの小さな国には数百人近くいる。

 

「よお……まだ塞ぎ込んでいるのか?姉ちゃん…」

「…………」

 

紗枝は何も言わない。

 

「そんなんだと、次お偉いさんから頼まれた時に身体が動かないぜ?ろくに飯食っていねえだろう?」

 

そう…。紗枝はあまりのショックで食事もあまり口にしておらず、何のやる気も起きなかった。特に反応を示さない紗枝にイラつきを覚えた男は彼女の頬を叩いた。紗枝の顔が少しだけ右に動くが、これでも何も反応しなかった。

 

「てめえ……ふざけんなよ!」

 

逆上しだした男4人は紗枝の身体をがっちり拘束した。そこで初めて、紗枝は抵抗を始め出すが、今更遅かった。

 

「な、何するの?」

「へへへ……」

 

不気味な笑いが紗枝の耳に入ってくる。更に男たちは上着を脱ぎ、ズボンのベルトを外した。紗枝は男たちがこれから自分の身体に何をしようと考えてるのか、漸く分かった。

 

「いやあ‼やめて!離してぇ‼」

 

いくら叫んでも、助けてくれる人などいない。ここにいる人間の大半は自らが生きること以外には興味を示すものなどない。紗枝がいくら喚いても暴れても、無駄だった。目尻から溢れる涙も、男たちに舐め取られて、更に涙腺を崩壊させていく。

 

「はぁ…はぁ……。諦めな…!お前は今からここで俺たちに滅茶苦茶にされるんだよ…」

 

遂に紗枝の服も剥がされ始め、本当の恐怖を味わう紗枝は再び絶叫した。

 

「いやあああああああああああああ‼‼」

 

もう少しで紗枝の身体が男たちに汚されようとした時、1人の男が、紗枝を犯そうとする男の襟首を掴んだ。

 

「やめとけ…。そんなことして無駄だろ?」

「何だよ、ジョッシュ…。お前もやりたくて堪らないんだろ…」

 

紗枝は涙目でジョッシュという男を見た。しかし、彼からはあの3人から注がれる欲望は全く感じられなかった。

 

「…んなわけねえだろ…。やるくらいなら…アンデッド殺す方がマシだな…」

「じゃあ……さっさとここから消えろ!」

 

男が拳を振ってくる。溜め息を吐きながらもジョッシュはその拳を掴んでそのまま壁へと吹き飛ばした。後頭部から直撃した男は頭を抑えて苦しむ。紗枝を拘束している2人の男は目を丸くして固まっている。

 

「まだやるか…?」

「いや……やめておくよ…」

 

男たち2人も逃げるように走り去っていく。

紗枝は乱れた服を直してここから自らも去ろうとすると、ジョッシュが引き止めた。

 

「待てよ…。こいつを持っていけ」

 

ジョッシュは上着のポケットから赤い物体を投げ渡した。

 

「……リンゴ?」

「食っとけよ。お前が何も食っていないのは知っているからな…」

「………」

 

紗枝は無言のまま、部屋から出ていった。

ジョッシュは溜め息を吐き、頭を掻いた。

 

「全く…世話の焼ける女だ…」

 

 

 

 

ー更に2日後ー

ジョッシュは鼻唄を歌いながら、疲れた身体を休めるために壁に背中を預けて地面に座った。片手にはリンゴ、もう片方には注射器を持っている。すると、右側に同じくリンゴを持った黒髪の女性が視界に入った。

 

「……あんたか、ビックリした」

「そう…。それよりもあんた…じゃなくて、ジョッシュ、リンゴ好きなのね?」

「…まあね。あんた…」

「紗枝よ」

「……紗枝、あれから大丈夫なのか?」

「ええ。私のボディーガードがあなただと思い込んでいる人が多いらしいからね」

「そうかい…」

 

紗枝はそれからジョッシュから視線を逸らし、リンゴを(かじ)った。甘い味が口の中に広がっていく。

ジョッシュはリンゴを床に置き、注射器を首に当てて中身を注入した。しかし、身体が楽になったとかそういう感じは全くしない。ジョッシュは再び鼻唄を歌い続ける。

すると、紗枝は不意に話し始めた。

 

「どうしてあの時、助けてくれたの?」

「ん?そんなの気分だ」

「気分?あれで気分?そう…」

 

紗枝は立ち上がり、ジョッシュの胸ぐらを掴むと、壁にドンと押し付けた。

 

「なら…助けて欲しくなかった!私は……もう、生きる意味を失って…あのままやられてた方が良かった!」

「……生き地獄の方がいや……というわけか…。でも、それで君が自暴自棄になったら…死んだ恋人はどう思うかな?」

「…!どうして…知って……」

 

紗枝がそのことを聞こうとした時、不意に奥から扉が勢いよく開いて誰かが入って来た。それを見たジョッシュは胸ぐらを掴んでいた紗枝の手を離してやると、そいつにさっきの注射器について聞いてみる。

 

「なぁ……あんたこれ効いたかい?栄養剤と聞いて貰ったけど…」

 

注射器を投げ捨て、リンゴを再び掴んで立ち上がる。

 

「俺には効いた気はしないけどな…。全く………アンデッド狩りも楽じゃねえんだから………」

「ウラァ‼」

 

聞いたこともない奇声と共にナイフの金切り音が耳に入ると、持っていたリンゴを半分に切断した。ナイフは壁に突き刺さり、抜けなくなる。

 

「………」

 

よく見ると、奴の顔は血だらけで肉は抉れ、大小様々な目が増殖していた。

ジョッシュは半分に切れたリンゴを握り潰すと、静かな声で呟いた。

 

「…この代償、かなりつくぜ?」

 

ジュアヴォはナイフの刃先を向けてきたが、ジョッシュは腕をへし折って、ナイフを落とすと奴の顔を掴んだ。

 

「俺ら仲間だったよな…。まあ、生き残るためだけの仮の仲間だけどな…」

 

そこから抵抗してくるジュアヴォにジョッシュは頭と肩を掴んでぐるぐる回転させて、壁に激突させると、腹に強烈な蹴りを決めた。心臓の鼓動が止まったことを足から感じられなかったが、ジョッシュは足を降ろした。紗枝はジョッシュの戦闘の様子を初めて目の当たりにしたが、かなり強いということが分かった。そして…怒ると、かなり怖いということも…。

 

「……何なの、こいつ…」

「さあな…」

 

暫くしていると、その死体は火花となって跡形もなく消えてしまった。

 

「…ただのアンデッドではなさそうだな…」

「なら、ここから逃げるのが懸命ね…」

 

そう話していると、そこに更なるジュアヴォが複数こちらにやって来る。

 

「そこのダストボックスから行って!」

「…俺はゴミじゃないんだけどな!」

 

ジョッシュは愚痴を溢しながらも、その中に入っていく。紗枝は拳銃を出して一番前にいるジュアヴォの足を撃って転ばせると、他のジュアヴォも引っ掛かって転んでいく。その隙に彼女もダストボックスに入っていく。

出た場所は生ごみがたくさん溜まって臭すぎる下水路だった。

 

「さっさと行こうぜ…。臭すぎて堪らないぜ…」

「それには賛成…」

 

 

 

 

臭い下水管から地上に出ると、そこは正に戦場と化していた。JJ-ウィルスに感染してジュアヴォになった奴らとそうでない人間との戦闘が繰り広げられていた。このまま外に出たら、彼らの戦闘に巻き込まれてただでは済みそうもないと思った二人は、ひとまず建物の中を通ってここから離れようとするが、その度にジュアヴォがマシンガンを撃ってきて、退路を塞いでくる。

 

「多すぎだ!」

「逃げるわよ!」

「…くそ……」

 

二人は再び走り出すのだった。

 

 

 

 

「助けて‼助けてくれ!」

 

一人の男は捕縛者によって捕まっていた。身長は2m半近く。髪は少しだけ残り、口は開きっぱなし。身体付きは筋骨隆々だが、片腕…左腕は機械の腕で、様々な武器を取り付けることが出来る。

暴れる男を暫し眺めていた捕縛者は、その機械の腕から無数の針を射出する。無慈悲に……針は男の脳、心臓…あらゆる臓器を突き刺し、自らの身体を朱に染めたのだった。




捕縛者=ウスタナクです。
ここから暫くは紗枝とジョッシュの話が続きます。


それと、これからは土日合わせて三話投稿しようと思います。


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第51話 捕縛者

2人はそれからどうにか迷路のように入り組んだ建物から抜け出し、外に出た。

眩しい太陽が2人を照らす。だが後ろからは、まだジュアヴォたちが追って来ている。急いで離れようとしたとき、不意に後方からジュアボォの悲鳴が聞こえ、振り向き様に通路から2、3体のジュアボォが吹き飛んできた。2体は火花となり、肉体が消滅したが、もう1体はまだ死に絶えていなかった。

すると…その奥から姿を現した巨大な人間…いや、怪物に2人は背筋を凍らせた。顔は人間のようにまともな形状をしておらず、半分はグチャグチャに潰れていた。左腕に機械を装着し、紗枝とジョッシュをじっと見詰める。同じジュアヴォかと思ったが、顔面に目は増殖していない。ということは…また別種のアンデッドだということだ。ジョッシュは奴がこちらを向いて、反応を変えたことが分かったが、臆することなく奴の身体に弾丸を撃ち込むが、いつも通り防弾性で、(ことごと)く弾かれてしまう。

それを見た紗枝はジョッシュに叫ぶ。

 

「走って!」

「……」

 

紗枝が走り出し、ジョッシュも無言で共に走る。車の上を飛び越えた紗枝は続けて走り続けようとするが、ジョッシュは車の影に隠れて、奴に拳銃を向けていた。

 

「な、何して…」

「吹き飛べ」

 

ジョッシュは引き金を引き、ガスボンベに弾をぶち込んだ。

ガスボンベは即座に引火し、甚大な爆発を引き起こした。2人のところにも爆風が吹いてくるが、そこまで酷いものではなかった。爆風が落ち着いてから2人は先程の通路を見るが、そこは炎に包まれていて奴が生きているとは思えなかった。紗枝はそれを確認すると、ジョッシュに怒鳴った。

 

「危ないじゃない!」

「だって…丁度いい爆発物あったし………な……」

 

どんどんジョッシュの言葉が固まっていくのが分かった紗枝が再び通路を見ると、炎の中でも全く無傷な捕縛者の姿があった。それはジュアヴォも同じだが、そいつを機械の腕で掴み上げると、鋭い爪状の金属鎌でジュアヴォの腹部を切り裂いた。その時流れる鮮血を身体に浴び、その姿は断罪を下す悪魔にも見えた。

 

「なるほど……。こいつは逃げるが勝ちだな…」

 

漸く状況がかなり悪いと理解したジョッシュは紗枝に(なら)って走り出す。更にそれを追撃するように捕縛者も追ってくる。奴の力は馬鹿馬鹿しいという言葉が一番似合っていた。先程隠れていた廃車を意図も簡単に宙に浮かせ、前方を阻む障害物は(ことごと)く破壊されていった。

 

「あいつ何なんだよ⁈馬鹿力かよ‼」

「いいから黙って走って!」

 

そうは言うが、捕縛者のスピードは凄まじく、今にも追いつかれてそうだった。

そこでジョッシュは紗枝を抱えて、曲がり角に滑り込んだ。捕縛者は暴走したまま直進し、壁に突っ込んで行った。ジョッシュは顔を青くして、紗枝に呼び掛ける。

 

「早く立て!来るぞ!」

 

紗枝は自らが茫然としていることに気付き、奴から逃げるために再び走り出す。

だが、前方は建物の屋上。このまま飛ぶしかなく、ジョッシュは叫んだ。

 

「飛べぇ!」

 

2人は勢い任せて空中に飛び出した。不安定な足場に着地したが、その後を捕縛者も追ってきて、ジョッシュの目の前にまでその剛腕が振られてくる。それをどうにか…いや、偶然的に避けたジョッシュは棒にぶら下がって、宙づり状態の紗枝を見て、頭を掻いた。

 

「ジョッシュ!」

「くそっ!本当に世話の焼ける女だ!」

 

ジョッシュは紗枝を抱え、窓ガラスに突っ込んだ。そこに捕縛者も入ってこようとするが、その巨体故にこんな小さな窓から入ってくるのは無理なようだった。捕縛者は2人を暫し見てから、この建物の上へとよじ登っていった。

 

「何なんだよ、あいつは…」

「私が聞きたいわよ…。全く…時間が経つごとに状況が悪くなっている気がするわ」

 

ジョッシュは立ち上がろうとした時、肩にチクリと小さな痛みが走った。見ると、肩にはさっき窓ガラスに突っ込んだせいで破片が突き刺さっていた。それを確認した紗枝が心配して駆け寄る。

 

「大丈夫⁈」

「こんなの、平気さ…」

 

ジョッシュはさも平気そうに破片を引き抜くが、実際はちょっとだけきつかった。だが、そんな気丈な態度にも紗枝は気付いていて、傷の辺りを触った。

 

「…!」

「深いじゃない!早く手当しないと、化膿するわよ…」

「………大丈夫だって…」

 

彼は紗枝の手を退ける。その態度に少しだけイラつきを覚えた。

 

「大丈夫じゃない。一旦手当するからじっと………」

「大丈夫だって言ってんだろ‼‼」

 

ジョッシュが想像以上の大声で怒鳴ったことに紗枝は驚き、身体を一瞬震わせてから数歩後退した。ジョッシュの顔は暗がりのせいで、どのような表情をしているかは分からない。ただ…苦悩の顔をしている。そんな感じがした。

紗枝も突っかかりすぎたと思い、謝罪する。

 

「……ご、ゴメン、なさい…」

「いや、いい…。さっさと行くぞ…」

 

ジョッシュはそのまま建物の中を歩いていく。紗枝は小さく頷いて、その後をついていくのだった。

 

 

 

 

彼はここまで激情的になったのは…母親が死んで以来だった。

さっきの紗枝が、どこかジョッシュの母親の雰囲気に似ていて……嫌だったのだ。それを彼女に何も言わず、ただ単に怒鳴り散らした自分が恥ずかしくなる。そのせいで後ろにいる紗枝は更に暗い感じになってしまった。

 

「…さっきから襲ってくるあいつら……どこから入って来たんだろうな…」

「さあね…。でも、ただのアンデッドではなかったから、誰かにウィルスを注入されたのかもね。……あっ!」

 

と、ここで紗枝は何か思い出したかのように声を上げた。

 

「ジョッシュ!あの時の注射器よ!あれにウィルスが…」

「そいつは変だな。俺も射したぜ?首にな…」

「あ………。まさか…あなた……ウィルスに対する耐性が…玲奈と、同じ…」

「何さっきからぶつぶつ呟いているんだ?」

「ジョッシュ!あなたには抗体があるのよ!あのアンデッドにならない抗体が!」

 

紗枝に言われてもジョッシュにはちんぷんかんだった。いきなり抗体があるやらないやら言われても理解できるはずがなかった。

 

「まぁ…細かい話は置いておいて……さっさとこの建物から出て暖かい飲み物を飲んで、ヘリでも盗もうぜ?」

「……そうね。早く脱出しましょう。いつあのデカぶつが来るか分からないしね」

 

ジョッシュは頷き、彼女の隣に位置付ける。

どうやら…少しはさっきの雰囲気を無くせたようだな…と彼は思うのだった。

 

 

 

 

移動中にもジュアヴォが何体か待ち構えていた。奴らの再生能力にはかなり驚いた2人だったが、いくら再生しても素早くて重い攻撃を続ければ何の脅威でもなかった。漸く半ば廃墟みたいな場所に着いて、出口である扉を見つけることが出来た。

 

「ここは……より一層寒いわね…」

 

半ば廃墟なので、吹きさらしの建物。冷たい風が紗枝の身体に当たる。寒そうな服装の紗枝を見たジョッシュは自らのコートを脱ぎ、紗枝に渡した。

 

「こいつを着ろよ…」

「え、でもジョッシュは……」

「あんたみたいにノロノロ動かないから、ちゃんと身体は温まっているよ…」

「……。一言余計」

 

紗枝は乱暴に彼から上着を取り、単独で階段を下っていく。彼はやれやれとしながらも、彼女の後を追う。

が、ここまで順調そうに見えた矢先のことだった…。

ガラガラと脆くなったコンクリートと共に巨大な人影が降りてきたのが2人の視界に写った。それは間違いなく、捕縛者だった。紗枝は目を鋭くさせ、ジョッシュは面倒臭いと言いたげな表情を作り、奴に向かって叫んだ。

 

「…ああ!もう面倒くせえ!鬼ごっこは終わりだ!ここで終わらせてやる!」

「ちょっ…!何挑発して…!」

 

だが、今更どう奴に謝罪をしたところで遅いことだろう。何故なら…既に捕縛者は機械の腕を振り上げて、こちらに疾走して来ているからだった。



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第52話 ジョンの息子

昨日、初めて投票が出ました。
投票してくださった方、ありがとうございます!
では、どうぞ。


捕縛者のタックルをジョッシュは股の隙間をスライディングして避け、背中を陣取ると、拳銃を発砲した。だが、血が少し出るだけで大して効いている感じはしなかった。生半可な武器で相手にしても無駄だと思ったジョッシュは壁にかけてあったライフルを掴むと、紗枝に投げ渡した。

 

「そいつを使え!言いたいことは分かるよな?」

「当たり前よ‼」

 

紗枝はそう叫んで階段を上がっていく。捕縛者もその姿を目で追っているが、やはり狙いはジョッシュらしく彼の傍から離れることはなかった。

そして、大きく雄叫びを上げると、再びタックルを繰り出してくる。異常とも言える速さではあるが、ジョッシュには見切れる程度の速さだった。

だが、避けた後、その機械の腕を空で振ったと思えば、それは一気に伸びてジョッシュの身体を掴んだのだ。

 

「なっ⁈」

 

驚きを隠せないジョッシュ。これはヤバイと思い、逃げ出そうとするが、鋼鉄の指で挟まれては逃げ出すなど不可能だ。

と、ここで1発の銃声が轟いた。弾丸は捕縛者の片目に直撃し、ジョッシュを離して痛みに苦しむ。

 

「ったく、なんて羨ましい腕だ。俺も欲しいもんだぜ…」

「暢気に言ってる場合じゃないでしょ‼…来るわよ‼」

 

紗枝が叫んだ通り、捕縛者は新たな行動に移していた。伸縮性のある機械の腕がガキガキと鳴り、別の武器へと変形した。

それは紛れもなく、グレネードランチャーを発射する砲台だった。

 

「おいおい!嘘だろ⁈」

 

ジョッシュは急いで走り出す。捕縛者は彼を追撃するように、グレネードを発射し、幾度も爆発を起こす。砂煙でジョッシュを見失うと、今度は3階にいる紗枝を標的にグレネードを向ける。

 

「!紗枝!逃げろ‼」

 

紗枝はジョッシュの叫び声が耳に入り、ライフルを捨てて走り出した。グレネードは紗枝の真後ろに着弾し、3階の足場を一部吹き飛ばした。ただ、ここで2人に捕縛者以外の問題が発生する。この脆い建物での激しい戦闘のせいで、天井を支えている柱がミシッと音を立て出したのだ。このままでは生き埋めになってしまうと思ったジョッシュは早く捕縛者を倒さなくてはならないと思い、奴に向かって叫んだ。

 

「おいポンコツ!こっちだ!」

 

ジョッシュの声に反応した捕縛者は、グレネード砲を自らの腕から取り外し、背中に担いでいたまた新たな武器を装着した。また掴む系のようだが、その指の一本一本は鋭く、殺傷能力はかなり上がったように見えた。クラウチングスタートのような取ると、そこから驚異的なスピードでジョッシュに迫ってきた。

本当に間一髪で避けたジョッシュだが、腹部を掠ってしまう。

 

「くそっ!こいつでも食らってろ‼」

 

ジョッシュは腰からマグナム…名をエレファントキラー…を取り出す。名前通り、象をも殺せる程の高性能かつ高威力のマグナム…。それを先程紗枝が撃ち込んだ目に再びぶちこんだ。

 

「グオオオォ‼」

 

捕縛者は今度は顔全体を抑えて、後ろに激しい後退していく。そのせいで奴は脆い柱に背中をぶつけ、その柱を折ってしまう。柱は捕縛者の真上に落ち、奴を瓦礫で埋めさせた。

だが、今の柱の崩壊で、遂に建物が完全に悲鳴を上げ始めた。小刻みに建物は揺れ、倒壊も時間の問題なのが分かった。

 

「あの野郎…最後まで面倒かけやがって……!」

 

ジョッシュは出口へと逃げようと思ったが、この事を紗枝が知っているかは不明だった。仮に知っていたとしても、あの崩れた足場を走るのは到底無理だ。

 

「……あぁ、くそ……」

 

ジョッシュは紗枝の下へと走り出した。自分だけ助かればいいというのが、彼の昔の考えだったが、今回はあの《約束》があるため、自分1人生き残ることは出来ない。だが…《約束》以外にも彼女を助けたいと思う気持ちがあったことに、彼はまだこの時気付いてはいなかった…。

 

 

 

 

建物が小刻みに揺れている…。建物が天井の重さに耐えれず、今にも崩れ落ちようとしているのが分かった紗枝。逃げたいの山々なのだが、逃げ道はない。階段にまで繋がる通路はグレネードで破壊されている。または窓から飛び降りるという手もなくはないが、ここは3階。生きていられる保証がないため、紗枝からしたら却下だった。

では、どうしようかと悩んでいた時、自らの足場も崩れた。

 

「きゃ……」

 

悲鳴を上げる間もなく、身体は重力に従って落下する。思わず目を瞑って身体中に来るであろう痛みと衝撃に耐えようとしたが、代わりに誰かに受け止められた感じが身体に伝わって来た。

誰かは言うまでもないが、ジョッシュだ。

 

「じょ、ジョッシュ⁈どこに触れて……!」

 

彼の手は紗枝のお尻に当たっていて、そこに文句を言おうとした。

 

「そんなこと言ってる場合か!それに暴れるな!走りにくいだろ‼」

 

ジョッシュは崩れ落ちる瓦礫を避けながら懸命に走る。

とにかくここから出るのが最優先だった。

出口に通ずる灯りが漸く彼の視界に写る。ラストパートをかけるジョッシュは足腰に更に力を込めて、出口に向かってジャンプした。その途端…天井を支えていた最後の柱が崩れ、建物は大きな音を立てて倒壊していった…。

 

 

 

 

ジョッシュは地面に倒れて、荒い息を吐いていた。紗枝を抱えて走ったため、短距離とはいえ、かなり辛かった。

 

「……はぁ、はぁ…。生きてる…か……」

「ええ……。ジョッシュの、お陰でね…。ありがとう…」

 

紗枝は彼の腕を掴んで立たせた。

 

「全く…。あの野郎のせいで無駄に体力を使った気がするぜ…」

「そうね…。とにかく、早くここから離れないと…。また奴らが来たら……」

 

そう話している矢先に前方からジュアヴォの軍団が2人にマシンガンを発砲する。ジョッシュと紗枝は一旦伏せると、拳銃の安全装置を外し、応戦する。

だが…音も無く…《奴》が後ろに佇んでいた。それにいち早く気付いた紗枝だったが、捕縛者の機械の腕が紗枝の頭部を直撃し、遠くに吹き飛ばした。

 

「あうっ……!」

「!」

 

ドサッと地面に倒れる紗枝を見たジョッシュは捕縛者に拳銃を向けようとしたが、ここまで詰め寄られてしまってはどうすることも出来なかった。奴の腕がジョッシュの頭にもクリーンヒットし、彼を地面に伏せさせた。

 

「ぐうっ…!」

 

頭から温かい血が流れてくるのが分かるジョッシュ。意識も一瞬遠くなるが、向こうで意識を失っている紗枝を見て、自分も気絶するわけにはいかなかった。上体を起こし、立ち上がろうとしたが、捕縛者の体重の半分近くがジョッシュの背中にかかる。

 

「うぐっ……」

 

すると、そこに紫の上着に赤いマフラーを付けた派手な女が1人、数体のジュアヴォを引き連れてこちらにやって来た。ジョッシュにはその女性に見覚えがあった。

 

「やぁ……。あの時…みんなに注射器を配っていた女じゃねえかよ…」

 

女は膝を曲げて、ジョッシュをじろじろと見ると、薄笑いを浮かべて言った。

 

「あなたがジョンの息子のジョッシュね?」

「ジョン?誰かな、そいつは…」

「グレール・ジョン……。アンブレラ社本社の元副社長…今は議会長…。この腐った世界を作り、自分を神だと思っている大バカ者で私の実の弟……。そして……あなたの()()()()よ…」

 

それを聞いたジョッシュは女の方を見上げた。あまりに突拍子もない話に彼の頭はついていけなかった。驚きのあまり口がパクパク金魚のように開き、数秒してから漸く言葉が漏れた。

 

「何だと…⁈」

「あなたはあのバカ者の血を受け継いでいるから、ジュアヴォにもならない。納得した?化け物にならなかった理由」

 

ジョッシュは紗枝の見込み通りにあの注射器にはウィルスが入っていたのかと分かった。だが、そんなことはすぐに頭から離れていった。それよりも…このアンデッドだらけの世界を作ったうちの1人が自らの父親だと知ってしまい、彼は戸惑いを隠せなくなる。

女は抵抗力が無くなったジョッシュを確認すると、指を鳴らして捕縛者に指示する。捕縛者は足を上げる。

身体中にかかっていた重しが無くなり、ジョッシュは奴を見上げる。そして間もなく…奴の(かかと)がジョッシュの頭を捉える。

 

「ぐあぁ…!」

 

目の前が真っ暗になりかける。だが、ジョッシュはどんなことがあっても気を失いたくなかった。

 

「や……く……そ……く……が、あるん…だ…。あいつ……かい、と……と、の、や………」

 

もう一撃、捕縛者の(かかと)がジョッシュの頭を捉えた途端、彼の意識は闇の中へと落ちていった。

 

 

 

 

紗枝は一瞬、気絶していたが、すぐに目を覚ましていた。そして…ジョッシュの後頭部に捕縛者の踵が直撃している様子を見て…あの時の情景がフラッシュバックした。自分の前で誰かが…傷付き…死んでいくのを…。海翔の時も…紗枝の前で死んでいった。

また……同じことが、続いているように見えて…目尻に雫が溜まっていく。

 

 

――もう…私の前から…大切な人を奪わないで…――

 

 

そう心の中で呟き…今度こそ、本当に意識を失うのだった。



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第53話 白濁したアンデッド

白濁でバイオハザードと言えば…アイツしかいませんよね?


アルカディア…その名の豪華客船に乗り込んだ玲奈、竜馬、薺の三人はこの船に危険な奴がいないかと捜索することを先決に船内を歩いていた。しかし、どんなに歩き回っても人の気配なし。そのせいか、いつも以上に不気味さを醸し出していた。

そして、またいくつもの腐った死体が無惨に放置された部屋に入った途端、玲奈の視界に人影が写った。フラフラとした足取りで灯りの前を通過していく。

 

「誰⁈」

 

玲奈の問いかけを無視して、そいつはこの部屋から消えていった。

 

「どうしたの?」

「人影が見えた。でも人間だったかどうかは判別出来なかった」

「人間だったらいいけどな……」

 

玲奈は拳銃を構えて、さっきの人みたいな影が見えた場所に足を踏み込んだ。そこには人ではなく、ダクトの中から垂れてきている白い粘液が地面に広がっていた。玲奈がそれに触れてみると、感触はベトベトしていて気持ち悪いという言葉が最も似合っていた。

 

「水じゃない…。何かの体液みたい…」

「体液?」

 

仮にこの体液を出す何かがダクトを通じて船内を行き来しているのだとしたら、敵の正体を暴くのは容易なことではない。ただ、これではっきりしたこともあった。

 

「でも、これでこの船の中に生存者がいる可能性は消えたわね」

「ああ…。こんな体液を出す人間がいるなら是非とも会いたいもんだ…」

「じゃあ…あの放送は……」

「生存者を誘き寄せる罠よ」

 

その時、船外から甲高い爆発が2度、3人の耳に響いた。

玲奈たちはすぐに爆発音がしたところに向かおうとするが、その時突然背後から何者かが玲奈の口にハンカチを当てられた。鼻に麻酔薬の臭いが入ってくる。

 

「んぐっ……⁈んぐぅぅぅ……‼」

 

気絶する前に竜馬たちに気付いてもらおうと、玲奈はハンカチ越しでも必死に叫んだ。だが、暗い部屋の奥に竜馬と薺は行ってしまい、玲奈の悲痛の叫びが聞こえることはなかった。それで身体も暴れさせるが、力が徐々に抜けていき…竜馬が開けた扉がバタンと閉まった瞬間、玲奈の意識は消えていった。

 

 

 

 

竜馬と薺がデッキに出た途端、外はやけに明るかった。原因は2つあがる炎の柱。それは竜馬たちが乗って来たゴムボート、そしてもう1つは船体にめり込んでいたプロペラ機だった。煌々と燃え上がる2つの乗り物はもうもうと黒煙を上空へと上げていた。

 

「あれ……ベルモントとイが奪ったプロペラ機じゃない?」

「確かに…。行ってみよう!」

 

二人がその着陸に失敗したのであろうプロペラ機に寄ると、燃え上がる機体の中に黒焦げの一つの焼死体があった。体格と身長から推測するに…。

 

「イだ…」

「ベルモント……自分だけ助かってこの船の中に…」

「そういうことだな…」

 

飛行機の爆発は偶然だろうが、ゴムボートの爆発は明らかに意図してやられたに違いない。どうやら竜馬と薺はアンブレラが仕掛けた罠にまんまと引っ掛かってしまったようだ。気付くのが遅すぎた。だが…竜馬はもう1つ…気付かなくてはならないことに気付いていなかった。

 

「玲奈、ボートが燃えちまった。どうする……」

 

竜馬は話しながら後ろを向くが、その視界に玲奈の姿は全く見受けられなかった。

 

「玲奈…?」

 

もう一度呼んでみるが返事はない。数秒固まった後に、竜馬は元いた場所へと駆け出した。

 

「竜馬⁈どうしたの⁈」

 

薺の問いかけに答えず、ひたすら戻っていく。

さっきの爆発が竜馬と薺を誘き寄せる伏線だとしたら……この船にいる奴らは本当の狙いは玲奈だと今更気付く竜馬。バシン、バシン…と重い鉄の扉を開けて、さっきの場所に戻って来た2人だが、そこには既に玲奈の姿はなかった。恐らく、もう何者かに連れ去られてしまったのだろう。

悔しさのあまり、竜馬は拳を壁にぶつけ、怒りを露わにする。

 

「くそぉ‼」

「竜馬…」

「……薺、玲奈が浚われた。しかもボートは爆発され、完全に相手のペースだ。それに……この船…かなりの速度で動いているの…気付いているか?」

「えっ⁈」

 

薺は驚愕の声を漏らした。竜馬の言う通り、この豪華客船はそれなりのスピードで沖へと出航していたのだ。

 

「どうするの?この船…得体の知れない何かがいるのに、玲奈もいないし……。まさか…探すとか言わないわよね?」

「探すに決まってるさ。玲奈を置いていけるか!」

 

竜馬は単独で奥の扉に手をかけるが、薺はそれを止めた。

 

「……離せよ、薺…」

「落ち着いて。探すのは賛成だけど、単独で行くのは危険すぎる。それに玲奈のしぶとさは竜馬がよく知っているでしょ?今はこの船から脱出できるように準備をするべきだわ」

「…じゃあ何か?それまで玲奈を放っておくっていうのか!?」

 

竜馬は薺の肩を掴んで、壁に叩きつけた。薺はここまで感情的な竜馬を初めて見たが、負けじと反論する。

 

「竜馬!とにかく、落ち着いて!今下手に動くのは危険なことくらいあなたなら分かるでしょ?」

「分かっている!分かっているさ!でも……俺は……玲奈を、敵の手中に置いておくのは…」

 

竜馬が玲奈のことになると、ここまで盲目になってしまうと思っていなかった薺は普段以上に言葉の使い方に注意する。

だが…実際、薺も…あの東京の街に行って兄の海翔を探しに行った時も軽く盲目になりかけたことがあったから…竜馬の気持ちが分からないわけではなかった。だから薺は…優しい口調で話す。

 

「竜馬……私も、あなたの気持ちは分かるわ…。私もあの東京で兄が死んでいたらと思ったら…胸が切なく締め付けられた…。今だってそう…。兄が生きてるか分からない…。だけど、相手を信じなくちゃ、前に進めないの」

「………」

「だから…竜馬…。今は落ち着いて。お願い…」

 

乱暴に掴んでいた薺の肩から竜馬はゆっくりと腕を離した。肩にかかっていた圧迫感がなくなり、薺はふうと息を吐く。

 

「…取り乱して…悪かった…。そうだよな…。今ここで言い争っている場合じゃなかったな…。こんなことしてる内に奴らが来るかもしれないしな…」

 

そう竜馬が言った瞬間、ベチャッと何かがダクトの中から落ちてきた。2人は恐る恐るそちらに首を動かすと、そこには白濁の肌の生物がいた。二足歩行だが、顔には人間らしさはほとんど残っていなく、腕は完全に刃物のような形状に変化していた。

2人はその(おぞ)ましい姿にブルッと震えたが、すぐに拳銃を取り、身体中に弾丸を撃ち込んでいく。見た目に反してかなり強固な体表だが、頭に3発、弾が当たれば粉々に吹き飛んで死んだ。

 

「こいつは……」

「見たこともないアンデッド…。玲奈を探す方が…先の方がいいわね…」

「……そう、だな…」

 

竜馬も相槌を打った。この白濁としたアンデッドから流れる血を見て、薺もそう思うのだった。

 

 

 

 

気を失った玲奈を抱えて、客船のスイートルームのダブルベッドに寝かせる。その美しい姿に、一瞬邪な欲望が勝ってしまいそうになるが、それをどうにか抑えつける。次にスマホの電源を付け、この客船の自動操縦のスイッチを押す。この客船はアンブレラが作った豪華客船に見せかけたバリバリのエンジンが付いた船だ。ロサンゼルスからこの船で例の海底油田まで1時間とかからないだろう。

 

「……くくっ…」

 

ジョンは小さく微笑むと、スイートルームから出ていくのだった。



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第54話 自暴自棄とぶつかる想い

ー現在ー

紗枝は先程殺したジュアヴォからスタンロッドを奪い、研究所内を歩いていた。裸足だし、この大きく胸元が開いた病院着のような服では防寒対策など皆無で、酷く寒かった。早く別の服に着替えて暖かいコートでも羽織りたい気分な紗枝。

そして、部屋から逃げ出して数分後…漸く警報音が研究所内に響いた。

 

『被験者2名が脱走!施設内から外に絶対出すな!状況に応じて発砲も許可する!繰り返す……』

 

今の放送を聞き、紗枝からしたら実に面倒なことだった。紗枝は今、武器としてスタンロッドを持っているのみ。銃を持った相手が来れば、圧倒的不利になる。出来れば、銃を手に入れるまで見つかりたくないと思った。

と思った矢先、前方にマシンガンを持ったジュアヴォがいた。

紗枝は気付かれないように後ろからゆっくりと近付き、頭を掴むと地面に思いっ切り叩きつけた。突然の襲撃、並びに重い一撃によって、ジュアヴォは絶命した。

その調子で通路を進んでいくが、ここで難所にぶち当たった。紗枝の目の前に立ち塞がる扉はパスコードを入力しないと開かないのだ。もちろん紗枝はそんなものを知っているわけがない。そこで紗枝は一計を案じた。部屋のロッカーの中に隠れ、奴らがどんなパスコードを入力するのかを盗み見するのだ。

この作戦が上手くいけばいいのだが…失敗したときのリスクは大きすぎる。

 

『状況に応じて()()を許可する』

 

その言葉が未だに脳裏に焼きつく。紗枝は息をするのも抑えて、敵がくるのを待つ。

暫くして、ピピーと音がしてからマシンガンを持ったジュアヴォが入って来た。紗枝は額から冷汗が流れるのを感じていた。ジュアヴォはロッカーに隠れている紗枝には全く気付かず、例のパスコードを入力した。紗枝はそれを注意深く見て、暗記した。

 

「……よし」

 

敵が向こうに行くと、すぐに紗枝はパスコードを入力し、更に奥へと進む。

広い空間に出た紗枝だが、そこにはマシンガンを持ったジュアヴォが4体、見張っていた。この中を突っ込んで行くのはとんだ日にいる夏の虫だ。

 

「これじゃ……先に進めない…」

 

紗枝は奴らが大人しくここから去ってくれるのを祈る他なかった。

 

 

 

 

その頃ジョッシュも手持無沙汰の状態で色々な部屋を通っていく。その途中で、運よく監視室に辿り着き、その一つのモニターに動きたくても動けない紗枝の姿があった。半年ぶりに彼女を見たジョッシュは、髪が少し伸びたこと以外では全く変わっていないなと思った。

 

「……手伝ってやるか…」

 

ジョッシュは監視室から操作して、紗枝の部屋に設置してあったマシンガンを使わせてもらうことにした。コントローラーを掴み、ジュアヴォに照準を定め、撃つ。ジュアヴォたちは突然の発砲に驚きを隠せていなかった。

 

「ゲームみたいで楽しいな…」

 

1分と経たない内にジュアヴォは全滅しした。紗枝は辺りをうろちょろしながらあの部屋から出ていった。その先は更衣室だ。ジョッシュも後を追うように、エアダクトを通じて、その場所に向かっていくのだった。

 

 

 

 

紗枝は先程の援護射撃がジョッシュによるものだと瞬時に分かった。この敵だらけの研究所内で紗枝に味方する者など、彼しか思いつかなかった。そんなことを考えながら、更衣室に入ってすぐに、上のダクトから何者かが降りてきた。それは……。

 

「ジョッシュ!」

 

上半身裸で、この半年間、自分と同じように研究を受けていたであろうジョッシュが降りてきたのだ。しかも、半年間、彼とは顔を合わせることもなかったため…紗枝の表情が(ほころ)んだ。ジョッシュも紗枝を見て、安心したような表情をしたが、すぐに彼女から目線を逸らし、服を指差した。

その理由は、紗枝の病院着の胸元が大胆に開いていたからだった。

 

「あっ……」

 

急に恥ずかしくなった紗枝はロッカーを開いて、その後ろに身を隠した。ジョッシュもロッカーを開き、他人の服を貰おうと思った。紗枝は病院着を脱ぎながらも、ジョッシュに質問した。

 

「ここどこ?」

「中国だ」

「中国?どうして私たち……ここに…」

「さあな…。俺が聞きたい……」

 

話してる途中で、ジョッシュは病院着を脱いだ紗枝の背中の裸体に見惚れたが、すぐに正気に戻った。

 

「ただ……もう実験だけは勘弁だ」

「…どんな実験をされたの?」

「詳しくは分からねえよ…。でも、研究所の奴らが俺の血を使ってJJ-ウィルスを強化するとかは聞いたぜ」

 

紗枝はそれを聞き、新たな脅威が迫っているのだと分かった。ジョッシュの血から作られるウィルス…。どんな影響を与えるのか想像もつかない。

 

「それは…ヤバイわね…」

 

ジョッシュは靴を履き、ベンチに座る。そこで…ジョッシュは頭の中で引っ掛かっていることを紗枝に聞いてみた。

 

「……グレール・ジョン…って聞いたことあるか?」

「!」

 

紗枝は息を飲んだ。知らないはずがない。アンブレラ社の元副社長で、残酷極まりない最低野郎だってことを…。紗枝は何も答えなかったが、彼から見れば態度でよく分かった。

 

「…知っているようだな…。良いこと教えてやるぜ?俺はそのクズ野郎の息子さ」

「⁈」

 

紗枝は今度は無視出来ず、ジョッシュの方を振り向いてしまった。

 

「俺は……自らの身体を実験道具に使われるのが嫌で……俺の母親と……。要するに…俺は単なる実験動物、モルモットみたいなものさ…」

 

この真実は、ジョッシュにとっては非常に辛いことだった。ジョッシュは父親が誰なのか…つい半年前まで知らなかったのだ。それに…その父親は……。

 

「仇なんだよ…母親の……」

「え…?」

「幼い時のうろ覚えだけど……親父が…母さんを…」

 

ジョッシュはベンチを強く叩いた。

 

「それどころか…この世界を作り出した生みの親?…俺は…生きてる価値、ねえな…」

「……あなたとジョンは別よ、ジョッシュ…」

 

ここで今まで黙っていた紗枝は口を開いた。

ジョッシュは紗枝を見上げると、鋭い口調で怒鳴った。

 

「…テメエに何が分かる…。母親を目の前で殺された奴の気持なんか分からねえくせに‼」

「だからって…自分を責めることはないわ!」

「ちっ!本当にめんどくさい女だな…。やっぱり、あいつとあんな《約束》をするんじゃなかったぜ」

「約束……?」

 

ジョッシュはしまったと口を手で塞いだ。紗枝はジョッシュに詰め寄り、怒鳴って聞く。

 

「約束って何⁈」

「………海翔との、約束だよ」

「⁈海翔……」

「あいつから頼まれたんだよ…。あいつは……自分が噛まれたから、自ら死んでいこうと決めていたんだ。そこで紗枝を……守ってやって、くれって……」

 

その話を聞いて、紗枝の足はフラフラとよろめいた。そして…乾いた口から小さく微笑が漏れた。

 

「は……はは………。なに、それ…。何なのよ‼」

 

紗枝の声は部屋を震えさせるほどに響いた。

 

「酷いよ……こんなの……。こんなこと…知りたくなかった……」

「……すまない」

 

紗枝は涙を拭うと、ジョッシュの襟首を掴んで、はっきりとした声で言った。

 

「さっきの話の続きよ…。だから何?あなたは父親がそんな大悪党…クズのクズ野郎だからってもう自分はどうでもいいって思うの?それは単なる我が儘な子供の言うことよ!自分に自信を持てないなら……それはあなた自身の問題よ!」

 

乱暴に襟首から手を離した紗枝はジョッシュの肩にわざとぶつかって部屋を後にした。ジョッシュははぁと溜め息を吐き、紗枝の後を追った。ただ……自分が子供のように甘えているという認識は…芽生えていた。




最初、2つのストーリーを混ぜて書いていくと言ったんですが、もうひとつのストーリーは薄くなりそうです。
申し訳ありません


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第55話 血濡れの晩餐会

因みに玲奈たちのパートと紗枝たちのパートは時間軸で言えば、紗枝たちの方が先に進んでいます。


「…………………………う……」

 

玲奈には、今いる寝転がっている感触が何なのか分からなかった。

温かくもあり…柔らかい…。手触りも非常に心地いい。そこで漸く、玲奈は自分が大きなダブルベッドの上にいることが分かった。目を開け、周囲を確かめようとするが、目覚めたばかりで頭はくらくらする。頭に手を置き、玲奈は何があったかを整理する。

 

「確か……竜馬と薺とこの船に乗り込んで…爆発音がして……それで……」

 

ぼやける記憶を頼りに漸く、どうしてこんなところにいるのかを思い出した。何者かに麻酔薬が染みこんだハンカチで気絶され、捕らえられてしまった…と思ったが、この部屋に軟禁されているだけだった。装備も奪われていなし、拘束もされていない。不思議に思いながらも、玲奈はふかふかのベッドの上から飛び降りて、早く竜馬たちと合流しようと動いた矢先……目の前のクローゼットの中から白濁の皮膚を持つアンデッドが出てきた。

一瞬、その異形の姿に驚く玲奈だが、即座に冷静さを取り戻す。奴は変形した腕で玲奈に掴みかかろうとしたが、玲奈はひょいっと避け、背中をトンと押した。押された拍子でアンデッドはその勢いのまま、テレビの画面に頭を突っ込んませていった。

玲奈はそんな奴を放って、この部屋から出た。

 

「………何これ……」

 

玲奈の視界の先には…今まだ幾度と凄惨な景色や腐りきった死体や動く死体どもを見てきた玲奈でさえ…目を逸らしたくなる景色が広がっていた。部屋のすぐ下はホールで、豪勢なテーブル、椅子、食器、グラス、シャンデリアが飾られ、置かれていた。しかし…それらは全て…血で赤々と染まり切っていた。床にはたくさんの血溜まり、壁には血飛沫、そして高い天井に設置されたシャンデリアにも血がべっとりと付着していた。

玲奈は鼻につく強烈な血の臭いを耐えながら、赤いカーペットが敷かれた階段を下りていく。下の階に着き、案の定…そこにもさっきのアンデッドがいた。頭から管状の口を出し、床に広がっている血を吸っていたのだ。玲奈は慎重に後ろから近付くと、奴の首を掴んで270度回転させ、絶命させた。

 

「ふぅ…」

 

と息を吐く玲奈だったが…突如後方からバシュンという音と共に何かが飛んで来て、テーブルをひっくり返した。

 

「!」

 

玲奈はその倒れたテーブルの後ろに隠れ、拳銃を取り出した。テーブルの間から顔を出し、敵を確認する。

上の階に、同じ白濁した皮膚のアンデッドがいるのだが、頭と片腕の形状が違っていた。奴は玲奈の姿を捉えたのか、異形の腕をこちらに向けると、そこから何かを発射した。スピードは拳銃程ではないが…。

だが…さっきまで上にいた時にはいなかったはずなのに、もう2体もあそこに陣取っている。

その分、近接戦は弱いと踏んだ玲奈がテーブルから飛び出した途端、地面に転がっていた白い塊が変形して、また別のタイプのアンデッドが生まれた。

今度のは両腕が鋭く伸びていて、無数の突起が出来ていて、遠距離の奴とは違い、殺傷能力を高めたものだった。玲奈は完全に複数のアンデッドに囲まれてしまっていた。だが、玲奈は焦るどころか…逆に楽しそうに口許に微笑を浮かべた。

 

「面白いじゃない……」

 

玲奈はすぐに行動に出る。

何かを飛ばしてくるアンデッドは少なくとも、こっちにはやって来ない。そう踏んだ玲奈はまず、あの棘だらけの腕のアンデッドに向かっていく。ナイフを抜き、そいつの首を飛ばしてやろうと、走っていくのだが、それを防ぐように援護射撃してくるアンデッド二体。何か……いや、骨が飛んで来て、玲奈の行く手を阻む。奴らは骨を槍状にして、飛ばしてくるのだ。当たったらただでは済まないだろう。

玲奈はそれらを空中で身体を捻って避け、奴の首元にナイフの刃を食い込ませた。そこから力を込め、頭を派手に切り落とした。それで奴は死んだが、上から降ってくる骨は鬱陶しくて堪らなかった。玲奈はすぐに階段を登ろうとしたが、そこにまたアンデッドが立ち塞がってくる。

奴の鋭利な腕が玲奈に振りかざしてくるが、玲奈はそれを楽々と避け、拳銃を構えた。

が……引き金にかけた指に力を込めた途端、玲奈の肩に痛みが走った。

 

「……‼」

 

遠距離タイプのアンデッドが飛ばしてきた骨が玲奈の肩に当たったのだ。骨の硬さは誰でも分かるだろうが、とんでもなく硬い。しかもそれがそれなりの速度で、槍状に飛んで来て肩に刺さったら……言うまでもないだろう。態勢を崩して隙を見せてしまった玲奈に目の前のアンデッドはその鋭い腕で抱きついた。

 

「うぐ…っ……。うぐぐぐ……!」

 

抵抗しようとしても、鋭い突起が玲奈の身体中に突き刺さり、玲奈を苦しめる。動けば動く程、玲奈の体力とスタミナを奪っていく。玲奈が大人しくなったところで、奴は管状の口を出すと、玲奈の首に当て、歯を食い込ませた。

 

「ああああぁぁっ!」

 

そして、ポンプで吸うように玲奈の血液を吸い始めた。

 

「ぐっ……ぐううぅぅぅ…!」

 

玲奈は再び身体に力を込めるが、どんなことをしても奴が離れることはない。

血を抜かれていき、玲奈の意識はとうとう朦朧としてきた。目前の景色がぼやけ、意識が保てなくなってきた。

 

「うっ……う、ぅぅぅ………」

 

遂に掴んでいた拳銃もストンと地面に落下した。玲奈の意識が暗くなってきた時、突然、血の吸収が止まった。

顔を上げると、奴の首は飛んでいた。玲奈の身体からも圧迫感が無くなり、自由になるが、言うことを聞いてくれない身体は地面へと倒れていく。

それを竜馬が受け止めた。

 

「玲奈!大丈夫か!?」

「竜……馬……」

「薺!上の奴らは任せた!」

「分かったわ!玲奈を早くここから出してあげなさい‼」

 

竜馬は玲奈をお姫様抱っこすると、ホールの扉を突き破っていくのだった。

 

 

 

 

薺は骨を飛ばしてくるタイプのアンデッドを見て、拳銃をしまい、腰から少し長めのナイフを取った。素早く近付き、一体目のアンデッドの頭を斬り飛ばした。首からは想像以上の血が噴き出したが、あまり気にしなかった。更に奥にいるもう一体は、このナイフを投げて、その頭に突き刺してやった。

 

「ふぅ…」

 

息を吐き、投げたナイフを回収する薺。

だが、後ろにまたアンデッドが来ていることに……気付いていた。そのナイフを掴むとすぐに逆手に持ち変え、後ろに刺す。そこから真上にナイフの刃を動かし、奴の頭を縦に真っ二つにした。

 

「これくらい、私が気付かないはずがないでしょ?」

 

そう吐き捨てると、薺はこんな臭いホールから出ていくのだった。

 

 

 

 

玲奈を地面に寝かせ、身体に残った傷を確認する竜馬。どれも致命傷ではないし、玲奈は何より…不本意ではあるが再生する身体を持っている。死ぬことはないだろうが…顔色は非常に悪かった。さっきのアンデッドに大量の血を吸われてしまい、頭に血が回らず、貧血を起こしているかもしれない。更に身体にも血が回らず、寒そうに震えている玲奈。

竜馬はその姿があまりに可哀そうで…強く抱き締めてやった。彼は、玲奈の震えを止めてやりたかった。

 

「大丈夫だ……。俺がついているから…」

「竜馬……」

 

竜馬に抱き締められたお陰か、玲奈はさっきまで感じていた死が無くなっていき、心が安らいでいく感じがした。頭にも漸く血が回り、意識もはっきりとしてくる。

玲奈も竜馬と同じように、自らの腕を竜馬の背中に回した。

 

「竜馬…ありがとう」

「い、いや……。さっきは、悪かった…。あの時、玲奈から目を離していなかったら…」

「ううん…。竜馬は何も悪くない。だって…こうやって助けてくれた…」

 

二人は暫しの見詰め合っていた、

すると…横から「コホン」と聞き慣れた声が2人の耳に入って来た。

 

「ねえ…。私がいること、忘れていないでしょうね?」

 

玲奈と竜馬はそう言われえ、即座に離れた。その様子を見た薺はやれやれと思うのだった。

 

 

 

 

実験は順調だった。今回使用した新型ウィルス……J-abyss(アビス)-ウィルスの検証に玲奈たち生存者を使うのは最適だった。ジョンはモニターでその様子を見ながら、赤い液体が入った注射器を首に当て、それを自らの体内へと注入していく。それを得ることが、ジョンにとって最高の快楽だった。

まだまだ三人がここに到達するには時間がかかるだろうが……気長に待つことで、このあと玲奈を手に入れられる興奮を抑えられるだろうと、ジョンは考えていたのだった。



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第56話 動き出す思惑

「……で、どうやって逃げ出す?」

 

この更衣室で服も装備も取り戻した訳だが、ここから脱出する方法は未だに分かっていない。たとえ出れても、追手がやって来るに違いない。だといってこの建物に残って、中でやり過ごす……は無理に等しいし、何より二人はもう実験台になるのはゴメンだった。

 

「ジョッシュ、さっきあなたが銃を操作していた部屋は?」

「このダクトの先だ」

「じゃあ、そこに案内して。監視室なら、脱出経路も確保出来るはずよ」

「…簡単にはやらせて貰えないだろうがな…」

 

そう言った途端、更衣室の中に何体ものジュアヴォが侵入して、弾を浴びせてくる。

あんなのをいつまでも相手にしていられないジョッシュは紗枝の手を取って、部屋から逃げ出す。だが、紗枝はすぐにジョッシュの手を振りほどき、勝手に走り出した。

 

「おい!勝手も分からない建物の中を無暗に逃げ回るのか⁈」

「そんなこと言うなら、他の案でもあるの⁈」

 

もちろんジョッシュに案などない。

 

「あったら、お前と一緒に走っているわけないだろ‼」

「なら黙って走って!」

 

後方からマシンガン、ライフルの弾が嫌という程飛んでくる。紗枝たちはそれを避ける……のではなく、当たらないことを願いながら左右に軽く動いていた。

だが、その時…ジュアヴォたちよりも後ろ…壁なのだが、そこから爆発音がし、吹き飛んだ。壁だけでなく、何体かのジュアヴォも身体をバラバラにして、ジョッシュたちのところに吹き飛んでくる。ぼんやりとそこをジュアヴォたちと同じように見ていると、煙の中から、黒い装甲を煌めかせながら、戦車がこちらに向かって来たのだ。

 

「おいおい!マジかよ⁈」

「走って‼」

 

戦車は敵味方関係なく、全てを薙ぎ倒して二人のところに突っ込んで来る。砲弾は紗枝やジョッシュたちの真横を通り過ぎて、奥の壁か床に大穴を開けていく。

 

「紗枝!あそこに入れ!」

「…また、ゴミ集積所?」

「文句言うな!」

 

2人はそこに突っ込んで、戦車の追撃から一時逃れる。

 

「…相変わらず……臭いわね…」

「…だな」

 

2人はそこから広い空間に出るが、その景色に一瞬息を飲んだ。地面は浅い池で、色鮮やかな鯉が何匹も泳いでいる。そして前方には中国ならではの朱色で染められた派手な建物が建っていた。こんな豪勢な場所であったと知らなかった2人が茫然としていると、後ろからまた戦車の走る音が聞こえてきた。そしてすぐに戦車は壁を突き破ってここにまでやって来る。

 

「くそ!無茶苦茶やりやがる!」

 

その戦車に続いてか、ジュアヴォたちも集結してきて2人を確保してくる。遂にジョッシュと紗枝は拳銃を抜き、態勢を整える。すると、紗枝が指差して叫んだ。

 

「ジョッシュ!あれ!」

 

紗枝が指差す先には、窓ガラスの先に置かれている赤色のバイクがあった。ジョッシュは頷いて、先へと走り出す。

 

「待ってろ!バイクを取ってくる!」

「……早くしてよ!」

 

紗枝はこれから目の前にいる無数のジュアヴォとあの戦車を相手にしなければならないのかと思うと、溜め息を吐きたくなるのであった。

 

 

 

 

ジョッシュは行く道々でジュアヴォが立ち塞がってくるため、全く前に進めずにいた。

彼はいちいち相手にするのが面倒だから、足や腕を撃って怯んだ隙に行こうと思ったが、それはすぐに間違いであると思い知らされた。

 

「………?」

 

突然、撃たれた部位が痙攣し始めたかと思えば、そこから中途半端な変異が始まり、自身の腕や足を昆虫などに似た特徴的な部位へと変化させた。目の前にいる奴の腕はまるで芋虫みたいな形となり、それを伸ばしてジョッシュの身体を掴んで来た。だが、ジョッシュは逆に掴まれた腕を振り回して、壁に叩きつけてやった。

 

「だから……邪魔なんだよ!」

 

ジョッシュはジュアヴォたちを蹴散らしていき、漸くバイクのあるところに着いた。直ぐ様、奴らが来ない内にエンジンを直結させ、ガラスを突き破って紗枝のいる場所までバイクを持って行かせてやった。

 

「待たせた!」

「遅いわ!私を見殺しにする気!?」

 

愚痴を言いながらも、紗枝はジョッシュの後ろに跨る。

だが、バイクを手に入れたとはいえ、目の前に鎮座している戦車をどうにかしなければここからの脱出は不可能だ。紗枝は拳銃を抜く。すると、ジョッシュはポケットから手榴弾を取り出し、紗枝に渡した。

 

「こいつを使え。ドカンとやっちまいな」

「…ええ、ありがたく使わせてもらうわ!」

「よーし…。しっかり掴まれ!」

 

戦車の砲台はバイクに照準を合わせて、殺す気満々だった。放射口からいつ火が吹くか分からない。独特の緊張感が広がる。

が…ジョッシュはいつ砲弾が飛んでくるのか分かっていたのか、バイクをその場で旋回させて、砲弾を避けた。そのまま戦車の横につけると、紗枝はバイクから降りて、戦車の上に飛び乗った。ハッチが開きその中に手榴弾を投げ込もうとしたが、出てきたジュアヴォが紗枝の腕を掴んで、顔面に拳を当てた。

 

「うっ…!」

 

紗枝はよろめいて、戦車の上に倒れてしまう。ジュアヴォもハッチから出て、自分の腕をわざと銃で撃ち抜き、変異させた。リーチが伸びた腕で紗枝の方に振り回してきたジュアヴォ。紗枝はそれを寸での所で避け、一旦手榴弾をポケットにしまう。それからスタンロッドを取り、ジュアヴォの口の中に突っ込んで電流を流した。

ジュアヴォが苦しそうにそこで呻くと、紗枝は今度こそ手榴弾のピンを抜き、ハッチの中に投げ込んだ。紗枝もすぐに戦車から飛び降りて、戦車の爆発から逃れた。

爆発には逃れたのだが、爆風は避けれず、流れて飛んでしまう。

それをジョッシュは見事に腕の中で受け止めた。

 

「!」

 

その途端、紗枝の顔が急激に熱くなり、恥ずかしくなってジョッシュから素早く降りた。ジョッシュはやれやれと言いたげだったが、すぐにバイクを発進させる。

銃弾が飛び交う中、ジョッシュはバイクの速度をどんどん上げていき、朱色の建物に繋がる階段を利用して、この施設の外壁を飛び越えた。

こうして、ジョッシュと紗枝は半年ぶりに外の空気を吸うと共に、見事施設から脱出するのだった。

 

 

 

 

バイクに乗り、国道に沿って研究所から離れていく2人を監視カメラ越しで見ていた女は無線機を取って、指示を出す。

 

「彼らの現在地から約10km離れた地点に例の実験アンデッドを…。それと念のため、彼らを見失わないように高性能ヘリと数十体のジュアヴォを出動させなさい」

 

連絡を終えた女はここから……どれくらいだろうか…太平洋のど真ん中にいるだろうジョンと連絡を取った。スマホの画面にジョンの顔が表示される。

 

『JJ-ウィルスの研究は順調か?』

「ええ。そちらこそ…J-abyss(アビス)-ウィルスの研究はどうなのかしら?」

『ああ……玲奈たちが上手くやってくれて想像以上の成果だよ』

 

ジョンの笑顔は彼女からしたら、とても恐ろしく見えた。

それでも彼女にとっては胸のときめきを与えてくれる人物であった。

 

「私はまだあなたの息子さんを実験に使わせてもらうわ」

『構わん。ただ…くれぐれも油断するなよ…』

 

そこで会話が終わり、女は椅子に背を預ける。

机の上に置かれたアタッシュケースに入れた新型のJJ-ウィルスを取り出し、光に当てた。普通のJJ-ウィルスよりも赤色の輝きが増し、更に美しく見えた。

 

「…………ふふふふふっ……。これさえあれば……私はあなたを超えられるわ…ジョン……」

 

女はさっき画面の中で笑っていたジョンよりも不気味に…妖艶な笑みを浮かべた。

それは…悪魔とも見間違う程…醜かった。

 

 

 

 

今の話は……部屋の角から聞かれていた。黒髪のショートヘア、赤いドレスを身に纏ったジョンの直属部下であるエイダはそろそろ動くべきかと思っていた。だが、肝心のジョンからの連絡はないため、行動するのはまだだ。

エイダは、自分が任務に失敗するなんてこれっぽっちも思っていなかった。

何故かは……エイダ自身にも分からなかった。



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第57話 バイクチェイス

バイクを奪ったジョッシュは紗枝を後ろに乗せ、車通りのない(すさ)んだ国道を走っていた。だが、ジョッシュも紗枝もこれで逃げ切れるなんて全く思ってなんかいない。すぐに追手がわんさかやって来て、また銃弾がそこらに飛び交うはずだろう。

 

「紗枝!逃げたはいいがどこに行く?」

「今は……後ろから来る奴らを振り切ってから考えましょう!」

 

施設から逃げてほんの数分で、後方からデカい黒光りしたヘリと同じくバイクに乗っているジュアヴォたちの群れが見えた。日本にいる暴走族みたいだった。

 

「掴まってろ!」

 

とジョッシュは叫んだが、紗枝はバイクの方にしがみつく。

ジョッシュは一気にアクセルを上げて、スピードを上げていく。一旦ウィリーしてヘリから距離を取ろうとするが、ヘリに搭載された多連射式機関銃が火を吹き、コンクリートの国道に小さな穴を開けていく。それだけでなく、ミサイルまで飛んでくる。

 

「ジョッシュ!撃って来たわ!」

「ああ!耳は付いたままだから聞こえてるよ‼さて…どうやって奴らを撒くとするかな…」

 

そう言うと、更にバイクのスピードは加速する。堪らず、紗枝は多少の抵抗はあったが、ジョッシュの腹に腕を回してしがみ付いた。弾はギリギリのところで当たらず、ヘリはバイクの前にヘリを動かして、そこから撃ってくる。ジョッシュは巧みにバイクを動かして、その連射を避ける。避けたのは良かったが、その先は国道が崩れ落ちていて、完全に崖のような感じになっていた。

 

「紗枝!行くぞ‼その手、放すなよ‼」

「えっ⁈ジョッシュ、冗談でしょ⁈止まって!」

「今更言っても遅えよ‼」

「待って待って‼私高いところ苦手……って、キャアアアアアアアアアアア‼‼」

 

紗枝はジョッシュからしたら耳障りな程の絶叫を上げた。その間、バイクは地上まで何十mもある高さの崖から飛び降りて、宙を舞っていた。紗枝はもう構うことなく、ジョッシュに抱きついて落ちないようにしていた。そのせいで胸が当たり、ちょっとだけ動揺していた…というのは紗枝には内緒である。どうにかバイクを水平に保てたお陰で、ジョッシュは見事に地上に着地した。

 

「おい……いつまでそんなに強くしがみついてるんだ?もう地面だぞ?」

「えっ?嘘…。………もう、二度としないでよ…あんなの……」

「時と場合によるな…」

 

こんなに暢気に話しているが、ヘリはしつこくバイクを追い、ジュアヴォもどこからか再び湧いて出てきた。見かねたジョッシュは紗枝に叫んだ。

 

「お前も何かしろ!」

「言われなくても、そうするわよ!」

 

紗枝は腰から拳銃を抜く。

 

「後ろの奴らは任せたからな!撃たれたら、酒を奢れよ‼」

「いいから黙って運転してなさい!」

 

紗枝はジョッシュの肩に手を置いて、身体がバイクから離れないようにして奴らに拳銃を発砲していく。ジュアヴォたちは追っては来るが、バイクを運転しながら銃を使うのは無理なようだ。そのため、奴らは火を付けた瓶を投げてくるか、体当たりをしてくるかのどちらかだけだった。

それが分かっただけだけでも、紗枝たちは十分有利だった。

 

「ジョッシュ!スピードは緩めないでよ!」

「分かってるよ!」

 

紗枝は側面に回って来たジュアヴォの方に銃口を向け、撃った。だが、弾がめり込んだのはジュアヴォではなく、機械の方だ。バイクのガソリンタンクを貫かれ、爆発を起こした。

 

「ナイスショット!」

「だから…運転に……!」

「掴まれ‼」

 

紗枝がまだ何か言おうとしたが、ジョッシュはバイクを工事用の鉄骨足場に乗せた。横からはヘリが銃弾を撃ってくる。当たるか当たらないかの瀬戸際だったが、鉄骨から降りようとした時、目の前にミサイルが飛んで来て、爆炎が視界を塞いだ。

 

「いやああ!」

 

ジョッシュに必死に掴まっていた紗枝だったが、ミサイルの爆風に負けて、バイクから落ちてしまい、慌てて掴んだ場所がヘリだった。両手で掴むが、長くは持ちそうになかった。

 

「くそ…!」

 

ジョッシュが乗るバイクからヘリの真下まで少し距離がある。今から急いで向かっても間に合うか怪しい。

 

「もうダメ!落ちる‼」

「…ダメじゃねえ…!耐えてろ!」

 

ジョッシュはそう言った途端、バイクを一気に飛ばした。左ではさっきの鉄骨が倒れてきて危なかったが、今まで潜り抜けてきた危険よりかは断然マシだった。

紗枝もジョッシュが来るまで耐えているが、握力を最大にしたまま耐えるなんて30秒と持たない。

遂に限界を迎えた紗枝の手は、ズルリとヘリから離れた。

 

「あっ!」

 

そこに正に絶好のタイミングでジョッシュが来て、紗枝を受け止めた。

そこからまた発進させるが、今度はヘリのミサイルを道を塞ぐように置いてあったトレーラーに当て、横転させた。ジョッシュはバイクの速度を少し落とし、バイクごとスライディングしてトレーラーの下を潜り抜けた。

バイクを起こし、ジョッシュは叫んだ。

 

「トレーラーを撃て!紗枝!」

 

横転して擦れたのが原因か、トレーラーの荷台からはガソリンが漏れていた。紗枝もジョッシュの考える案が即座に分かり、拳銃を向けた。紗枝の放った弾はガソリンに命中し、トレーラーは炎上…そして爆発し、真上に飛んでいたヘリに当たり、バランスを崩してフラフラしながらどこかに飛んで行った。

それを見届けた後にバイクをまた発進させる。だが、アンブレラは2人を決して逃すものかと言いたげに大量にジュアヴォを次々に投入する。どこからその量のジュアヴォが出せるのかと聞きたくなるジョッシュに、紗枝が苦言を漏らした。

 

「……っ…ねえ!お尻が痛いから少しだけ速度落として!」

「それくらい我慢出来ねえのか?それにさっきまで速度を緩めるなって言ったのお前だろ!」

 

狭い路地を通過中のバイクだが、突然前方が眩しく光った。それはヘリのハイビームライトだった。

 

「ったく!しつけえな‼」

 

ジョッシュはブレーキを踏み、バイクを横に滑らしていき、ヘリから放たれる銃弾を避けた。その攻撃が逆にジュアヴォの乗るバイクに当たり、ジョッシュたちを助けてくれていた。

再び国道に出たのだが、まだヘリとジュアヴォたちは追ってくる。そして、今度はジュアヴォが操る車を何台も積んだトレーラーに弾を浴びせて、車を転がして当てようとしてきたのだ。

 

「くそったれ!無茶にも程があるだろ‼」

「避けて‼」

 

車はゴロゴロ横転を繰り返しながら、バイクに向かってくる。

ジョッシュがそれを必死に避けていくのだが、さっきのトレーラーが壁に激突して、国道を塞いでしまう形になってしまっていた。

 

「うそ!?行き止まり!?」

「……いや、あれだ!」

 

ジョッシュは加速を緩めなかった。

紗枝はジョッシュがどこに向かおうとしているのか分かってしまい、口を震えさせた。

 

「ジョッシュ?まさか……冗談よね?」

「もういっちょ行くぞ!」

「だから……もう、やめてって……」

「我慢しろ!」

 

トレーラーは二段式になっており、それを利用して行き止まりとなった国道から逃げようとジョッシュは考えていた。要するに…もう一回大きく飛ぶということだ。しかも、その斜方線上にあのヘリがホバリングしていて、撃ち落とすまたとないチャンスでもあった。

 

「行くぞぉ‼」

「もう……イヤアァァァ‼」

 

紗枝の絶叫と共に、バイクは高々と上がり、ヘリの真上を通る。その瞬間、ジョッシュは懐からエレファントキラーを取り出し、ヘリのローターの繋ぎ目に弾をぶち込んだ。ローターを破壊されたヘリはバランスを失い、右往左往して、地面へと落下していくのが見て取れた。

二人の乗るバイクも、そのまま地上へと落下していった。




昨日、初めてリクエストが来ました。
そのリクエストの内容は言えませんが、その要望に答えられる新作を作って行こうかなと考えています。
まだ全くの未定ですが…。
とにかくこのシリーズを終えなくては…。


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第58話 裏切り

今回は、エイダのストーリーです。


エイダは露出させた片方の生足に拳銃を装着して、いつでも掴めるようにしていた。ジョンからの命令があったのは、今から約2時間前だ。ジョンの姉…カーラが開発及び研究しているJJ-ウィルスの情報とその成果を奪取することと……暗殺…。

エイダは今まで……世界が滅ぶ前でもジョンの命令は確実に遂行していた。ミッションの成功確率は100%。アンブレラが育ててきたスパイの中では一二を争う程の者であり、ジョンの周りの人間は彼女をアンブレラ史上最高のスパイだと評価していた。

そして、今、エイダはカーラがこの場から離れるのを退屈に待っていた。その間、エイダは考えていた。何故…今になってジョンが実の姉を殺すように命令してきたのかを…。エイダはいつもそんな理由を考えずに様々な人を殺してきたが、流石に今回ばかりは不思議に思っていた。エイダには親も兄弟姉妹もいなかったが、どういう感情を彼が思っているのか…何となく気になった。

そんな考えに耽っているうちにカーラが動き出した。彼女の椅子の横に置いているアタッシュケースを掴み、部屋から出ていった。

カーラが出て行ってからすぐにエイダはジョンから差し出されていたUSBメモリを使い、パソコンに残る全てのデータをバックアップを開始した。もちろん、カーラがここに戻ってくる可能性もあるから早めに終わらせたい。だが、今しかデータを奪取するチャンスがないと踏んだのだ。

それからカーラは戻ってくることはなく、楽にバックアップを完了したエイダはもう一つの仕事に取りかかった。この研究所の始末…。タイマー式のC4爆弾を設置して、エイダは部屋を後にした。

 

 

 

 

カーラはエレベーターで屋上に上がっていったようだ。エイダは特製の自身のワイヤー付き…しかも巻き戻しが可能なフック銃を使って、鉄骨に引っ掻けて建物の上へと向かっていく。しかし、登っている途中でエイダの前方がヘリのライトで照らされた。どうやら監視をしているようだ。

 

「カーラ……気付いていたのかしら?」

 

カーラも中々に頭が働くようだ。流石、ジョンの姉と言うべきだろうか…。エイダはヘリに見つからないようにするのが懸命だと考えたが、そんな慎重に、ゆっくり進んでいるとカーラを見失ってしまうかもしれないと思ってしまった。

しかし、そんなことで焦燥してしまう程の女ではないのがエイダだ。

ヘリのライトが向こうに言ったのを確認した後に、一気に走り出してエアダクトの入り口にスライディングして、入り口をぶち破ってヘリの監視から逃れた。ダクトの中を進むと、網戸からとある部屋の中の景色が見えた。不気味な仮面を被ったジュアヴォがその部屋の見張りとして3体もいたのだ。

しかし、エイダにとっては何の苦労もいらなかった。皮肉なことに部屋の中にガス管が通っていて、エイダはそのガス管を撃ち抜いた。ガス管からは爆炎が噴き出し、ジュアヴォたちは物言わぬ肉塊と化した。

そして、ダクトから出て、部屋の扉を開くと、その先は屋上でカーラは突然現れたエイダを見て驚愕した。

 

「あ……あなたは……!」

「カーラ……あなたには死んでもらうわ」

 

カーラはすぐに腰にあった拳銃に手を伸ばしたが、エイダの反射速度の方が凄まじく、カーラの拳銃を弾き、更にはその腕を銃弾で撃ち抜いた。

 

「うくっ…‼」

 

カーラは腕を抑えてしまったため、握っていたアタッシュケースを地面に落とした。

エイダが止めを刺そうと引き金に力を込めた時、携帯が鳴った。この音は……どうやらジョンのようだ。エイダは携帯を取り、耳に当てた。

 

「はい、エイダです」

『エイダ、カーラはもう殺したか?』

「いいえ。片腕を撃ち抜いて使い物にさせなくしてやっただけです」

『そうか…。なら、最後に彼女と話せるようにしてくれ』

 

エイダは携帯をスピーカーモードにして、カーラにもジョンの声が聞こえるようにした。

 

『カーラ、今の気分はどうだい?』

「ジョン⁈これはどういうこと⁈あなたの命令なの⁈」

 

カーラはいつもの冷静さを失い、ジョンに大声を上げた。彼女は今までジョンを利用するだけ利用していたのだが、まさか…自分が逆に利用され続けていたなんて夢にも思っていなかった。ジョンは笑っているような声で話を続けた。

 

『カーラ…随分君には世話になったよ…。JJ-ウィルスの研究成果はとても興味深かったよ。ただ…それが手に入ったら……もう“姉さん”には用はないんだよ…』

 

カーラの顔が見る見るうちに青ざめていく。カーラは自らの運命を悟ってしまったのだ。ジリジリと後ろに下がっていくカーラとそれを追うエイダ。腕からはポタポタと血が落ち、そんな状態のカーラをエイダは昆虫の足を一本一本千切っていくように追い詰めていく。

そして…携帯から残酷な宣言がジョンによって述べられた。

 

『殺せ…』

 

エイダの耳にそれが入った途端に彼女は拳銃の引き金を引いた。銃弾はカーラの左胸を貫き、撃たれた反動で後退ったことで屋上から落下していった。屋上から身を乗り出し、カーラが死んだことを確認したエイダはジョンに報告する。

 

「ミッション完了しました」

『ご苦労。カーラが持っていたアタッシュケースを持って本部に戻れ』

「了解しました」

 

エイダは地面に落ちたアタッシュケースを掴み、自らがここに来るために乗って来たヘリに乗り込み、離陸させる。離陸させていくと、昔は100万ドルの夜景とも言われた中国の都市部は漆黒の闇か燃え上がる赤に染まっていた。正にこれこそ…地獄の町と言うべきだろう。

そんな中で、国道を走る白い光が1つ……無数の薄い黄色いライトと巨大な黒い鋼鉄のヘリに追われる姿が見えた。恐らく…あれがジョンの息子…ジョッシュだろう。彼らが無事に生き残れるのかということは、気になったが…エイダはそのまま闇に堕ちた中国からヘリを遠ざけていくのだった。

 

 

 

 

 

「はぁ…………はぁ…………」

 

カーラはまだ僅かであるが、息をしていた。

カーラは昔からとあることを隠していた。自身の心臓が一般人と違い、左側ではなく右側にあることを…。実の弟のジョンにも隠していたが、まさかここで役に立つとは思っていなかった。

だが…心臓を貫かれていないとはいえ、腕、胸を撃たれ、さっき落ちた衝撃で身体はグチャグチャになってしまい、この状態であと数分生きていられば良い方だ。

 

「………こんな……とこ、ろ………で……」

 

カーラはポケットに入れていたJJ-ウィルスの強化版を取り出した。何かあった時のために、アタッシュケースの中の一本を抜いていたのだ。それを自らの首に宛がう。これを注入したら…自らの身体にどのようなことが起こるのかは全くの未知数だ。もしかしたら…人間としての自我を失うどころでは済まず、ただ彷徨うだけのアンデッド以上に酷い生物に成り果ててしまうかもしれない。

だが……ジョンに散々利用され、ゴミのように殺されると考えてしまうと…彼女は絶対に最後の最後くらい奴の思い通りにさせたくないと思った。

 

「ジョ……………ン………を…こ…………ろ、す……!」

 

プシュと中の液体がカーラの中に流れていった。

この時……存在してはならない悪魔が、誕生してしまったのだった。



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第59話 鼓動する刃

ヘリをどうにか撃ち落とし、バイクを国道から飛んで着地しようとしたジョッシュだったが、着地が上手くいかずに転倒してしまった。

 

「ぐうっ‼」

「あうっ…!」

 

2人はバイクから落ちて転がり、バイクも火花を散らしながら地面を転がっていき、柱に衝突する。そして、それでガソリンが漏れたのか激しく爆発した。

 

「ああっ……くそ!」

「本当に…最悪ね…。でも…ナイスドライブだったわよ、ジョッシュ」

「…ありがとよ」

「でも!二度と高い場所から飛ばないでね⁈」

「へいへい…」

 

紗枝は口うるさく言うが、ジョッシュは面倒臭そうに頭を掻いた。

それからジョッシュは紗枝を立たせて、辺りを見回した。ほぼ真っ暗な街の中で2人は立ち尽くしてしまう。それにバイクも炎上した今、下手に動いてもまたジュアヴォに掴まる可能性が高くなる。

 

「ったく……中国のどこだか、ここは……」

「でも…アンデッドがいないから、まだ良い方だわ」

 

紗枝の言う通り…辺りにはいつもどこかしらにはいるはずのアンデッドが1体もいなかった。やはり、あのウィルスから逃れた国の1つではあるようだが…遠くでは止めどなく、爆発音が響いている。

 

「…あいつらが襲撃しているみたいだな…」

「中東の時と同じパターンね」

「ま、とにかくここから離れようぜ?奴らがまた来たら相手が面倒だしな…」

「……ちょっと待って」

 

突然紗枝がそう言い、ジョッシュは聞き返す。

 

「どうした?」

「何か……聞こえない?」

 

紗枝の言う通りだった。

どこかからかヴォンヴォンという機械のような音が耳に入って来た。その音の出所は2人の前にある人型の物体だった。色は……黄土色か…輝きを失った金色か…どっちの色でもいいが、人が固まったようなオブジェがそこに飾られていた。

 

「……何だ?」

 

さっきの機械音が徐々に大きくなっていく。それは間違いなくあのサナギのような物体から聞こえ、次第に小刻みに震え始めた。そして…そのサナギから震える突起物が出たかと思えば、サナギを一刀両断し、自身を封印していたサナギを破壊した。

現れたのは、半ば人間に見えなくもないアンデッドだった。ただ…右腕は完全に変異し、震える刃…所謂チェーンソー状の武器を作り上げていた。そして…ソプラノ声レベルの高い声を上げて、チェーンソーを振り上げた。

 

「おいおい…!こいつは何なんだ⁈」

「何だっていいわよ!あのチェーンソーを受けたら一溜まりもないわよ!」

 

奴は重そうなチェーンソーを振り上げて、あの身体にしては驚くくらいの速度で2人に迫って来て、攻撃を仕掛けてきた。一撃目を避けた2人だが…運にも見放されたか、その時地面にチェーンソーが当たり、火花が散って撒かれていたガソリンに引火して、辺りを火の海へと変えてしまった。

 

「もう!悪い状況が更に悪くなったじゃない!」

 

紗枝はそう叫んで愚痴を漏らしたが…逆にジョッシュは少しだけ笑っていた。

 

「面白そうじゃねえか…。俺を切り裂いてみやがれよ、クソ野郎!」

 

ジョッシュの言葉を理解しているのか、奴は咆哮を上げた。

奴は軽やかにジャンプし、言った通りにジョッシュを切り刻もうとしてくるが、ジョッシュはそれを避けた。一撃一撃が致命傷になりかねないので、今回はいつも以上に気を付けなければならない。

奴はチェーンソーを地面で抉りながら攻撃してきて、その時に地面の土がばら撒かれ、ジョッシュの目に入ってしまい、視界を一時奪われる。

 

「く……!」

 

それでも、僅かに見える奴の姿を捉え、ジョッシュはチェーンソーの付け根辺りを掴んで地面に叩きつけた。そこに紗枝がやって来て、スタンロッドを逆手に持ち変えて、奴の首の後ろから突き刺して電気を流した。だが、怯むのはほんの一瞬でそこまでダメージは期待できそうもなかった。紗枝はヒットアンドアウェイを繰り返して攻撃を繰り返すのが最善だろうと踏み、再び後退した。

一方、ジョッシュは弾切れになることを全く気にすることなく、エレファントキラーを撃ち続けた。ここで弾切れを心配しながら戦っていたら、奴に逆襲されてもおかしくないとジョッシュは考えていた。さっきからこの高威力の弾丸を頭や身体に撃ち込む。奴は時折怯みはするが、倒れる気配が全く見られない。弱点も分からないため、どちらが先に倒れるのかの持久戦に持ち込むしかないと思った。

しかし、ジョッシュも紗枝も長時間戦い続けるのだけは避けたかった。もし…このアンデッドがアンブレラが配置したものなら…仮に倒せたとしても安心しきったところで捕まってしまうのがオチだろう。

 

「ああ!くそ!」

 

堪らずジョッシュは銃をしまい、落ちていた短い鉄パイプを掴み、無謀とも言えるくらいに奴に向かって走り出す。奴はジョッシュを視界に捉えると、チェーンソーを激しく振り回してくるが、彼は鉄パイプで防ぎ、後方に回り込むと、その鉄パイプを人間でいう心臓辺りに深々と突き刺した。

 

「今だ!紗枝!やれ‼」

「分かったわ!」

 

紗枝はスタンロッドを電気が流れた状態で奴の頭頂部から突き刺し、グリッと捻った。そして最後に電流を最大に上げて、身体中に電気を流してやった。

重い2撃を受けたチェーンソーアンデッドは流石に耐えられなかったのか、そのままダラリと地面へと倒れていった。

絶命した後でも苦戦を強いられた原因であるチェーンソーは回転を続けていて、少しだけ不気味に見えた。ジョッシュと紗枝の息は絶え絶えになっていて、地面に座り込んで、疲労が身体中から滲み出ていた。

 

「……はあ……はあ……。さぁ、早く行こうぜ…」

「ええ………そうね……」

 

紗枝もやっとの状態で立ち上がった。

しかしその時…。

 

「グワアアァァァァァ‼‼」

 

さっきのアンデッドが雄叫びを上げて立ち上がり、紗枝に向かってそのチェーンソーを振り上げたのだ。紗枝は疲れ切って逃げるどころか、足元がおぼつかず、地面に尻もちを着いてしまった。

無慈悲なチェーンソーが紗枝に迫る。紗枝は今までに感じたことのない恐怖に…女としてか人間としての悲鳴を上げた。

 

「キャアアアアアアア‼‼」

「紗枝ぇ‼」

 

ジョッシュは紗枝の悲鳴が聞こえた瞬間、奴と紗枝の間に入り込み、自らの左腕を差し出してやった。彼からしたら腕の1本や2本、または足をあげてもいいくらいだった。

奴のチェーンソーは左手首を切断した。

 

「ぐあああああああああぁっ‼」

 

肉を裂かれ、骨をゴリゴリと削られていく感覚は……ジョッシュにとっては感じたこともない痛みだった。切断面からは勢いよく血が噴き出した。

しかし…その痛みのせいか分からないが、ジョッシュの意識はいつも以上にはっきりしていた。

ジョッシュは奴の身体に突き刺さったままの鉄パイプを引き抜くと、まず顔面に突き刺した。そこから縦に無理矢理動かして、頭を半分に割ると、もう一度抜く。そして今度はチェーンソー内でどくどくと赤く輝き、鼓動する心臓らしき場所に渾身の勢いで突き刺した。チェーンソーに当たって、鉄パイプはグニャリと曲がる。それでも確実に心臓に突き刺さっていて、奴は息苦しそうに呻いていると、今度こそ…その命は燃え尽きた。

だが…ジョッシュも限界…というより、死にそうだった。左手首を失ったせいで血が止まらず、血が足りなくなったのだろう。腕を抑えて、膝を着くジョッシュに駆け寄る紗枝の目には涙が溜まっていた。

 

「ジョッシュ!どうして…」

 

完全に力を使い切ったジョッシュは苦しそうな表情を作りながらも、薄笑いを浮かべた。

 

「あい、つ……海翔の、約束を破ったら……殺されると…思ってな……」

「!」

 

紗枝の涙は更に溢れる。

しかし、ゆっくりしていられず、紗枝はすぐにハンカチを取り出して切断面に巻き付けた。応急処置…とも言い難いが、何もしないよりかはかなりマシだろう。それから傷付いていない右腕を彼女の肩に置いて、彼を立たせた。そして、ゆっくり過ぎるくらいに歩き始めた。

 

「置いて………いけよ…。俺は、邪魔……なんだろ?…こんな、面倒…臭い、奴……」

「そんなことない!それに置いてなんかいかない‼絶対に…死なせない‼」

 

紗枝にしてはいつも以上に感情的だった。

だが…何故そこまでしてくれるのかと聞きたいところで…彼の意識は途絶えた。

そして、ジョッシュや奴の大きな声に反応したジュアヴォたちがこちらにやって来た。徐々に囲まれていき、襲われ…2人は引き離されてしまう。

 

「ジョッシュ!ジョッシュぅ‼」

 

既にジョッシュに意識が失っていることを知らない紗枝はひたすらに叫び続けていた。

理由なんて…あったのだろうか…。他に理由があるとするなら…彼が………。

そう思った時、紗枝も意識を奪われたのだった。



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第60話 グレール・ジョン(前編)

玲奈たちは1つの巨大な扉の前に辿り着いていた。古臭く、錆び付いた扉は古いという形容詞がとても似合いそうなものだった。だが…その扉に刻まれたマークを見て、3人は身体を固めてしまった。それは…彼らには忘れることも出来ない、赤と白の交互に三角形が置かれ、まるで傘のように見えた。そう…アンブレラ社のロゴだ。

それを見た薺が漸くハッとして今まであったことを思い出し、思わず口を開いた。

 

「そうだわ…。思い出した!あの時…」

 

 

 

 

ー1年半前ー

薺が操縦するヘリはどうにか無事にアラスカの海岸に到着した。着いたはいいのだが…生存者をヘリから降ろした薺はこれからどうしたらいいのか分からなかった。すると、霧が立ち込める海に巨大な船が浮かび、その方面から小型のボートが近付いてきた。それは明らかに別の生存者で、薺たちは助かったと大いに喜んだ。だが…海岸に到着した途端、やって来た奴らは正体を見せた。突然全員を拘束し、胸にデバイスを付けてきたのだ。

 

『いや!何するの!?』

 

薺にも付けられたが、彼女は必死にもがいて彼らから逃げ出し、飛行機の溜まり場へと逃げていったのだった。

 

 

 

 

ー現在ー

「じゃあ…あの放送も…この船も……」

「ええ……。《奴ら》の住処(アジト)よ!」

 

薺はそう叫んだ瞬間、堅く閉ざされていた頑丈な扉のロックが解除され、ゆっくりと重苦しく開いていく。中から何が出てきて襲ってくるか分からないため、3人は拳銃を構えて警戒する。完全に開ききり、闇が広がる広大な部屋の中に侵入していくが、この暗闇が続いたのもほんの数秒だけだった。すぐに天井に設置されたLEDが眩しく光り、白い壁と床を照らした。だが…中にはPadがポツンと置かれているだけで、その他には何もなかった。正に殺風景と呼ぶに相応しかった。

 

「どうなっているんだ?俺には何も分からなくなってきたよ…」

「生存者は、どこなの?」

 

2人はそう呟くが、玲奈にだけは分かっていた。床に膝を着き、手を置く玲奈。そして…生存者がどこにいるのか呟いた。

 

「みんな……ここに…」

 

玲奈は立ち上がり、不自然に置かれているPadを取り、その中に表示されているものを確認して、予想は確信に変わった。薺にもPadを渡し、彼女も納得した。

 

「……酷い……。生存者を捕まえて、ウィルスの実験台にしているんだ!…あっ!ケーシャもいる!」

 

Padの中にはケーシャの他に薺が知っている生存者がたくさん載っていた。それが分かり、薺は少しホッとした。喜びのあまり、生存者を全てこの狭い部屋から解放してあげようとしたが、それは玲奈に止められた。

 

「今はダメよ。そんなことをすれば、この船にいる白濁肌のアンデッドに殺されてしまう。出すなら……」

 

玲奈は単身一人奥の方に行き、別の扉を蹴って開けた。

 

「こいつを始末してからにしましょう」

 

玲奈が開けた部屋にはミイラ化し、既に息絶えたアンデッドの死体が台座の上にズラリと並んでいた。そのアンデッドを分析し、データを表示しているだろうガラスの板が前方から1枚ずつ、順番に上がっていく。そのガラスで曇っているが、明らかに見覚えのある人物が鎮座していた。そして、最後のガラス板が上がりきったところで、その姿を現した。

 

「久しぶり、元気で何よりね、ジョン!」

 

あの富士山でオスプレイごと墜落して死んだはずのジョンだが、何故か傷一つせずに悠々と生きている。恐らく、彼に打ったJ-ウィルスの力によるものだと容易に想像がついた。

 

「お前を見つけるのは簡単だったよ…。衛星を使えば一発でヒットしたよ。近頃、空を飛んでいる人間は大していないからな…。それに真っ先に友人のところに向かうと踏んでいたよ。友情は……あまり評価出来ないでどな…」

 

そう言い終えると、後方から血だらけの犬が歩み寄って来た。玲奈は即座に背中の散弾銃を掴み、犬2匹に向けた。

 

「待て待て。おすわり」

 

犬はジョンの言う通りに完璧に座った。身体を強固にするだけでなく、アンデッドと主従関係を作ることも可能になったのだろう。しかし、玲奈は然程驚いていない。

 

「ペットは家族だからな…」

「…そう、じゃあ従者のあなたはどうかしら?」

 

玲奈は冷徹な眼差しをジョンに向けながらも、散弾銃の銃口も彼に向けた。

しかし……。

 

「ぐっ…!」

 

突如後ろから竜馬と薺の呻き声が聞こえたかと思い、振り向くと小さな男が玲奈に拳銃を向けていた。その横では2人が倒れている。

 

「ベルモント…」

 

やはりと思っていたが、ベルモントはジョンの部下だったようだ。姑息な手だけは好きなようだ。

 

「動くなよ?お嬢ちゃん…。さて、その物騒なものを俺に渡すんだ、床に落としてから…」

 

玲奈はこんな野郎の言う通りにするのも嫌だったが、仕方なく、散弾銃を床に投げ捨ててベルモントに渡してやった。ベルモントはふんと偉そうに息を吐いた。

 

「で?私をここまで連れてきた理由は?」

「お前は理解しているだろうが…このウィルスは素晴らしい力を与えてくれる。お前はその力をフルで使えるが、俺の場合は一時的に新鮮な肉を食わなくてはならない。それに……っ…こいつはお前を欲している。玲奈…君を摂取出来れば、俺は君を超える力を手に出来る」

 

それを聞いた玲奈は小さく頷きながら軽く右に歩き始める。

 

「なるほど…。確かにいい作戦ではあったわ。けど…見落としてることがあるんじゃない?」

「止まれ。そこから動くな」

 

ジョンは怪訝な表情で玲奈に聞く。

 

「見落としていること?何だ?言ってみろ」

「私はまだ殺せていない」

 

玲奈がそう言った瞬間、彼女の近くにあった小さな台を蹴り上げて、そこに置いてあった何本もの手術用メスをジョンに向けて投げた。ジョンは軽く頭を右に動かして避けるが、頬を掠る。それから玲奈は身体を半回転させ、ベルモントの拳銃を弾き、奴の腹に蹴りを与えて、吹き飛ばしてやった。

そして、落とした散弾銃に手を伸ばそうとしたが、その上にさっきの犬が1匹、足を置く。更には犬の頭は割れ、新たな口が現れた。大きさは犬の胴体の半分辺りにまで及び、食いつかれたら一溜まりもなさそうだった。ジョンを見ると、彼は少々不機嫌そうな表情を作っていた。拳を作り、玲奈をすぐに殺してやろうと思ったジョンだったが…彼の後ろに誰かいることに気付く。さっき気を失ったと思われた竜馬と薺だ。

 

「…あれくらいで意識は持っていかれねえよ…」

「その通りよ」

 

そう玲奈に伝えると、2人とも拳銃をジョンに向けた。

 

「こいつはおめでたいな…。この俺に勝てると思っているのか?佐々木竜馬、それと薺…と言ったかな?貴様らは俺からしたら実に面倒極まりない人間だ」

 

玲奈は笑いながら言う。

 

()()()()()()()()って…最初に言わなかったかしら?」

 

すると…ジョンは邪魔になった前髪をたくし上げ、ふふふと小さく笑う。その時、彼の目は…不気味に赤く発光していた…。

 

「………もっと、連れてくるべきだったな、玲奈…」

 

そう言った瞬間、ジョンは竜馬と薺の間合いに入っていた。2人はいつの間にここまで移動してきたのか…その姿さえ目視出来なかった。引き金を引く間もなく、竜馬は肘で腹を殴られ、薺は腕を掴まれて床に背中から叩きつけられた。

玲奈はその様子を見て、竜馬と薺の2人ではジョンには敵わないと分かった。すぐに助けに動きたかったが、犬共のせいで動きは制限されて、行きたくても行けない状況を作らされていた。

竜馬はすぐさま立ち上がり、拳銃を撃つが、ジョンは銃弾を難なく避けた。竜馬は奴が銃弾を避けたことに驚愕したが、ここで止まっていられずジョンに向かって渾身の体当たりをぶつけた。ジョンはそれをきちんと受け止め、10cmくらい後退したがすぐに止まってしまう。

 

「ふっ…」

 

微笑を洩らし、ジョンは腹を蹴り上げて投げ飛ばした。

 

「うごっ‼」

 

投げ飛ばされたが、受け身を取り、竜馬は再び拳銃を発砲する。ジョンはステップを踏んでバック転する。銃弾はジョンの目前を通過し、その先の壁にめり込んでいく。薺も果敢に攻めようと、至近距離から撃とうとするが、銃を持っている腕を捻られ、竜馬が迂闊に撃てないように彼女を盾にする。そこで薺はナイフを抜き…。

 

「これなら……どう⁈」

「っ‼」

 

薺のナイフはジョンの足に見事に刺さる。ジョンは若干の悲鳴を上げたが、大して効いていなさそうだった。薺を放り出し、ナイフを抜くとそれを竜馬に投げた。

 

「!」

 

凄まじいスピードで飛んできたナイフは竜馬の頬を掠り、その隙に近付いたジョンは竜馬の腹に渾身の拳をぶち込んだ。

 

「ぐ…⁈ぐ、ぐぅ…!」

 

唾と血を大量に吐き、竜馬は地面に伏してしまった。

 

「竜馬!」

 

薺が叫ぶが、拳銃を構える暇がない程の速度で距離を詰め、彼女の首を掴み、地面に叩きつけた。

 

「あがぁ‼」

 

薺もそのまま動かなくなる。その光景を玲奈は今にも泣きそうな表情で見ていた。

そして…ジョンはこう言った。

 

「次はお前だ、玲奈…」



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第61話 グレール・ジョン(後編)

2人が倒れてからジョンは玲奈を暫しの間見ていたが、指をパチンと鳴らした。その瞬間、玲奈の目の前にいた犬があの大口を開けて玲奈に向かって噛みついて来た。その攻撃を左に避けたが、すぐに反転してまたやって来るだろう。だが、いくら口を大きくして噛みつける範囲を広くしても、頭はいつも通り悪かった。つい先ほど飛びかかって来たのは散弾銃の場所に陣取っていた犬だった。玲奈は避けた後、すぐに散弾銃のところに飛び込んで掴んだ。犬は今度こそと言わんばかりに大口を開けて玲奈を丸ごと食おうとしてくるが、玲奈が引き金を引く方が早かった。銃口から放たれたコインは犬の口から全身からあちこちに貫通して、完全なる死を与えた。そのままコインは高い天井に向かっていき、上げてあったガラス板に当たり、粉々にした。

その破片が降り注ぐ中、もう1匹の犬が玲奈に向かって来ていた。玲奈は落ちてくるガラスの破片を腕で遮りながら、その姿を確認した。今からもう1つの散弾銃を取りに行っても間に合いそうになさそうだった。だが…落ちてくるガラスの破片の1つだけ、一様に大きいことに気付いた玲奈。そして、もう1体の犬が玲奈の頭辺りくらいの高さに跳躍してきたところで玲奈はそのガラス片を蹴った。ガラス片は犬に向かって飛んでいき、縦に裂けた大口の中に突き刺さり死亡した。

だが、玲奈に迫っていたのは犬だけではなかった。後ろから何かの気配がした玲奈が振り向いた途端、ベルモントがメスで玲奈の腕に突き刺したのだ。

 

「あうっ⁈」

 

メスは玲奈の二の腕を貫通して刺さっていた。そのせいで左腕は勝手に痙攣してしまう。そこにジョンが歩み寄ってきて、口から寄生体のようなものを吐き出した。あの四又の口を持つアンデッドと似たようなものだったが…どこか違うようにも見えた。

玲奈は痛みに耐えながらも、腕に刺さったメスを引き抜き、迫ってくるジョンの頭にメスを刺してやった。だが…ジョンは首を曲げて何事もなかったようにしていた。

 

「うそ……」

 

そこから玲奈の腹を蹴り、回り込んで足を蹴ってバランスを崩して、地面に倒した。

 

「うぅ……」

 

玲奈はジョンを下から見上げた。その嫌らしい笑い見て、すぐに起き上がって速攻で殺してやりたい気分だったが、今の態勢からは反撃は不可能だった。

 

「そのくらいにしておけ…。お前じゃ俺を倒すことは出来ない」

 

玲奈はそれを聞き、フッと諦めたような笑みを漏らした。

 

「確かに……私だけじゃ無理かもね…」

「漸く諦めたか…」

 

ジョンは玲奈の焦げ茶の髪を掴んで無理矢理立たせた。玲奈はその腕を掴んで逆に折ってやろうとしたが、ジョンは残ったもう一方の腕で左の二の腕を掴んで、ギュッと力を込めた。

 

「あああぁ‼」

 

刺された痛みがまだ完璧に抜けていない玲奈は鋭い痛みが腕から広がっていき、低い小さな悲鳴を上げた。

 

「…うぅ……くぅ…」

「フッ、終わりだ…」

 

ジョンはさっき出した口よりも更に大きな口を開いた。その大きさは人間なんて簡単に飲み込めてしまえる程のものだった。だが…玲奈はそれを見て、薄笑いを浮かべて玲奈を食うことすか考えていなさそうなジョンに言う。

 

「さっき……私が言ったこと…覚えてる?」

「アァ?」

「私()()じゃ勝てないって言ったのよ‼竜馬!」

 

竜馬は玲奈に呼ばれて、即座に立ち上がって玲奈の散弾銃のところに走っていく。ベルモントも2人の策略に気付き、急いでその散弾銃を奪おうとするが、動きは竜馬の方が足は速かったので、散弾銃を掴んだのは竜馬だった。更にその銃尻でベルモントのこめかみ辺りを殴ってやった。

 

「ぐあぁ‼」

「これは刑務所で死んだルーサーとシェーン、マッキーの仇だ!」

 

そう吐き捨ててから素早く玲奈に散弾銃を投げた。今、ジョンは大口を開けて玲奈の視界の9割を塞いでいた。その頭を一発殴って、彼女の頭からちょっとでけ遠ざけると、銃口をジョンの口の中に突っ込んだ。

そして……玲奈は容赦せずに引き金を引いた。

コインはジョンの口から貫通して後頭部に大きな陥没穴を作り、血と肉、砕けた骨を辺りに飛び散らせた。玲奈の顔にも派手に血がかかるが、玲奈は至って冷たい視線をジョンに向けて、四又の口をしまいながら倒れていくジョンを見続けた。

玲奈はこのキツイ戦いが終わり、アドレナリンが切れてしまったからか、へたりと地面に膝を着いた。そこに薺を支えた竜馬がやって来る。玲奈は2人に笑いを見せて、『やってやった』という嬉しさの表情を作った。

だが…その時小さな呻き声が聞こえた。玲奈がゆっくりと首をその声がしたところを動かすと、そこではジョンが上体を起こそうとしていたのだ。頭の中を完全に吹き飛ばされてもなお生きている生命力に玲奈は舌を巻いてしまう。

しかし、そこに竜馬が近付きジョンの身体を足で踏んで抑え、怒りの言葉を出した。

 

「そのくらいにしとけよ…。いい加減にな…」

「ええ…。そうね…」

 

竜馬と薺は拳銃を抜き、微かに生きているジョンに向けた。

そして、2人はジョンの身体中にありったけの銃弾をぶち込んでいく。ジョンは苦しそうに呻いたり、ぷるぷる震えたりしたが、2人はそれが無くなるまで…銃弾を撃ち続けたのだった。

 

 

 

 

3人はお互いに身体を支えながら、どうにかこの部屋から出ようとしたが、入り口の扉は何故か閉まっていた。更にこの船自体が何かにぶつかったかのように大きく揺れた。

 

「な、何だ?」

 

ここは恐らく船底であるし、周りは白い壁で窓もないため、外で何が起きているのか全く分からない。三人が右往左往してると、彼らの前に赤色の少女の形をしたホログラムが現れる。竜馬と薺は警戒したが、玲奈はそれを見て懐かしそうに話しかけた。

 

「久しぶりね。レッド・クイーン」

『姉があそこで世話になったらしいわね…。玲奈』

 

姉…ブラック・クイーンのことだ。

 

『それよりも…あなたたち、早くここから降りた方がいいわよ』

「えっ?」

『この船は爆発するわ。あと5分かそこらでね…』

 

それを聞いた3人は一気に焦り始める。今から船の外に逃げ出すにしても、とても間に合うとは思えない。玲奈たちは知らないが、この船は動いているため、仮に外に出れたとしても船の近くにいたら、沈没時の渦に巻き込まれてお陀仏だろう。更にここにいる生存者たちを置いていくことも出来ない。

 

「玲奈!先にケーシャたちを助けないと……」

『何か勘違いしてないかしら?』

「え…」

『この船に生存者なんかいないわ。ここはジョンが作ったJ-abyss-ウィルスのための実験場…。それにあの地面の下には生存者じゃなくて、そのウィルスで作られたアンデッドたちが保管されているだけよ』

 

クイーンの話は突拍子もなくて、薺は首を振って違うと言いたかった。だがクイーンはそれを3人に信じさせるためにクイーンはわざとあの床の下にあるケースの中身を映像で見せた。それを見た薺は絶句し、顔を背けた。

 

『……いいからそこから逃げなさい。そっちに非常用の梯子がある』

「……クイーン、どうしてあなたがそんなことを…」

『いずれ分かるわ』

 

クイーンは最後にそう言うと、ホログラムは消えていった。

3人はクイーンに言われた場所に本当に梯子があるのを確認し、薺を先頭に登っていく。するとそこに……。

 

「おい!待て!俺も一緒に…」

 

裏切者以下であるベルモントが3人を追いかけてくる。玲奈がそいつの頬に拳をぶつけてやろうとしたが、竜馬が前に出て、拳銃でベルモントの足を撃ち抜いた。

 

「ぎゃあああああああ⁈テメエ!何すんだ!?俺はプロデューサーだぞ‼」

「関係ねえよ…。その地位は世界が滅んでからは無意味なんだよ、カス…」

 

そう言い残し、玲奈を連れてさっさと梯子に登っていく。ベルモントも梯子に登ろうとするが、足が痛むと同時に時折揺れる船に傷付いた足が耐えきれず、全く登れなかった。その様子を見ていた玲奈は、いつもはどんな人間でも助ける気持ちが強い玲奈でも…この時だけ…奴は死んでもいいと思った。

 

 

 

 

ベルモントは梯子の近くで溢れ出す血を抑えながら罵声を散々な程に浴びせた。

 

「くそぉ‼くそ野郎ども‼覚えておけよ‼」

 

だが、そう叫んでいると…不意に後ろに気配を感じた。振り向くと、“彼”が大口を開けて、こちらに向かって来ていた。それを目にした途端、、彼は自分の運命を察したため、自らを憐れむような発言を口にした。

 

「ああ……。嘘だろ…。俺はただ生き延びたいだけなんだ…」

 

その数秒後、ベルモントの悲鳴が響くのだった。



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第62話 沈没

延々と続く長い梯子をひたすらに登っていく一行。先程あの部屋からだろうか…ベルモントの悲鳴が聞こえたが、あのアンデッドたちが迫って来て殺されたのか、または別の原因なのか…。まあ、どちらにしても玲奈たちには関係ない。今はとにかく脱出だ。

だが、玲奈は刺された腕で梯子を掴む度に痛みが鋭くなっていく気がしていた。そう思った途端にまた船が大きく揺れて、その揺れに玲奈の腕力が耐えきれず、梯子から手が離れてしまう。

 

「あっ…!」

「玲奈!」

 

竜馬はそれを間一髪で玲奈の腕を掴んで、落ちないようにした。

 

「出口が近いわ!2人とも、頑張って‼」

 

薺の言う通り、既に空は見えていた。夜なのだが…。だが夜なのに、異様なほどその周りは明るかった。その原因は至る所で爆発が起き、炎上していることと漏れたガソリンに引火して海上で火の海となっていることだった。そして、数時間ぶりに外に出て、新鮮な空気を吸う……はずだったが、周りは黒煙だらけで逆に噎せてしまうし、息苦しいのが現状だった。

 

「ここは?」

「船首だ。って……この客船、あの鉄骨だらけの建物にぶつかっていたのか!」

 

竜馬の言っているように、船は海上に建てられていた建造物の鉄骨に衝突していたのだ。

その様子を景観している3人であったが、船は爆破を繰り返し、船内に海水が侵入してきて船尾の方に傾きつつあった。船首は持ち上がったような形になっていて、緩やかな坂に立っているような感じだった。

 

「で…ここまで来たが…こっからどうすればいいんだ?」

「あれよ」

 

玲奈が指差す先にはジョンが以前使っていたオスプレイが置かれていた。

 

「クイーンの言う通りだったわね」

「急ごう!」

 

オスプレイに急ごうとした矢先、船の中腹で一際大きな爆発が起きた。その影響で船は大きな地震が起きたと思うくらいに大きく揺れ、更には真ん中から真っ二つに割れてしまう。そのせいで船首は更に傾斜が酷くなり、竜馬の足は摩擦が足りなくて、ゴロゴロと転がっていく。

 

「うわぁ⁈」

「竜馬!」

 

玲奈はこのままでは竜馬が海へと落下してしまうと思い、咄嗟に腕を出して、彼の手を掴んだ。のだが…その出した腕が問題だった。刺されて、まだ完治していない腕で竜馬を掴んでしまったのだ。竜馬の身体を海に落ちないように、左腕に力を込めるが、その度に痛みが身体を突き抜け、どうしても力を出し切れなかった。

 

「玲奈!一旦離せ!お前……!」

 

掴んでいる竜馬の腕には流れ出る玲奈の血が滴っていた。だが、状況は悪化する一方だ。直ぐ側面でも爆発が起き、その即席の穴からはあの白濁肌のアンデッドたちがわんさかと出てきたのだ。今の状況であのアンデッドに襲われでもしたら…。

 

「竜……馬っ…」

 

玲奈はここで竜馬を引き上げなければ、共倒れになってしまうと思い始めていた。

それなら……彼だけいきてくれればいい……と玲奈は思い、左腕に一気に力を込めた。

 

「……おい、玲奈?まさか…」

 

竜馬がまさかという顔をした時に玲奈は力を込めた左腕を引き上げ、作用反作用で竜馬を持ち上げ、自身が落ちるようにした。だが…。

 

「こんの……馬鹿なことすんなぁ‼」

 

竜馬は船に足を着けた途端に素早い動きで玲奈の腕をギリギリで掴んだ。玲奈は竜馬に「何で?」と言いたげな表情を見せた。竜馬はそれに答えるように叫んだ。

 

「俺は……いつか…この世界を終わらせて………いや…終わらせられなくても…お前とずっとにいたいんだよ!玲奈だって分かっているだろ⁈」

「竜馬……」

「俺は玲奈がいないとダメなんだ!だから…ここで死なせるわけには……」

 

竜馬の掴む腕力が徐々に強くなっていく。だが、アンデッドたちは既に玲奈と竜馬のすぐ後ろにまで迫って来ている。

 

「いかないんだぁ‼」

 

最後に大声を上げ、竜馬は玲奈を引き上げた。そして、奴らの後続を断つために手榴弾のピンを抜き、その場に置いた。それから玲奈を抱えてオスプレイまで走り出す。

 

「早く急いで!もう持ちそうにない‼」

 

薺は既にエンジンを付けて、2人が来るのを待っていた。そして、2人が乗り込んだと同時にオスプレイを離陸させた。

客船は真っ二つに割れた後、そのどちらもゆっくりと海底に沈んでいった。その光景を眺めていた玲奈は独り言のように呟いた。

 

「クイーン・ゼノビアが…沈んでいく…」

 

結局、この船は何のために作られたのだろうか…。玲奈たちや生存者を嵌めるだけにしては少し大掛かりで無駄に労力を使っている気がする。だけど…玲奈はこの3人で脱出出来て良かったと改めて感じていた。のだが…オスプレイの操縦席に座っている薺の方から…グスッという鼻水を(すす)る音が聞こえた。竜馬は走りすぎて疲れ切っているし、玲奈は重くなった足をどうにか動かして、彼女の近くに行った。

 

「どうしたの?薺…」

「え……いや、何でもない…よ……。もう、仲間がいつ死んでもおかしくないもんね…」

 

ここで玲奈は何故泣いていたのか理由が分かった。薺は…助けられなかった生存者たち…ケーシャなどの人々に対して涙を流していたのだ。辛そうな薺に玲奈は右腕で薺の身体を抱き締めてあげた。その途端、薺は何かのタガが外れたのか、再び泣き始めてしまった。薺は玲奈の胸に顔を押し付けて、声を押し殺して泣き続けていた。

だが、その数分後…。

 

「……えっ?…ヤバイ」

「え⁈どうしたの?」

 

玲奈と竜馬は薺を見詰める。そして、薺は目が笑っていない状況で笑みを浮かべた。

 

「燃料が……ない」

 

2人の顔が一気に青ざめていく。玲奈はすぐに叫んだ。

 

「オスプレイがあの建物の高度近くにまで落ちたら、飛び降りるのよ!」

 

玲奈の言うように、燃料の無くなったオスプレイは忽ち高度を下げていき、丁度建物の屋上らしき場所くらいになったところで…3人は飛び出した。オスプレイは鉄骨にぶつかりながら、海へと向かっていった。

しかし…3人は…この建物こそ…これから始まる本当の地獄になることを、この時は知る由もなかった…。

 

 

 

 

眩しい光が顔に当てられている感じがして、ジョッシュは漸く目を覚ました。しかし、四肢は全く動かせない程に拘束されていた。十字架の形で腕を広げられていたのだ。それにあの切断されたはずの左腕は何かで繋ぎ留められたような感じで、元に戻っていた。そして…後ろから“彼女”の声が聞こえた。

 

「ごめんなさい…」

「あ?何がだ?」

 

紗枝は丁度ジョッシュの後ろに貼り付けられていた。

 

「私のために戦ってくれたのに…私のせいでまた捕まってしまった…。全部、私のせいよ」

「…そんなことはねえよ…。お前、いや…紗枝、紗枝はあの時俺を置いていくことが出来たろ?どうしてそうしたんだ?俺を嫌っていただろ?」

「それは………」

 

紗枝は口を濁した。

 

「…まぁ、いいさ。どうせ時間は有り余る程あるしな…」

「そうね……」

 

2人はそれから黙ったままだった。

もう……二度とここから出られないだろうと2人は思い込んでいる。

だが、2人はこの後、助けられる。

 

 

 

 

しかし…これからその先に待ち受ける運命を受けたくないないなら……このままの方が良かったかもしれない…。



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第63話 海底油田

3人は建物の屋上で服の汚れを落とし、着地したときに打った身体の部分を擦っていた。オスプレイがまさか、燃料切れ寸前だったなんて、誰1人として予測出来なかった。もしかしたら、ジョンはここまで想定していたのかもしれない。

玲奈は竜馬に左腕の傷を応急手当してもらいながら、オスプレイが落ちていった海を見ている薺に聞いてみた。

 

「どう?海からは何か見える?」

「全く。あのアンデッドも、死体も…何も上がってこない」

「そう……」

「まあ、それはそれでいいがな…」

 

竜馬はそう言いながら、玲奈の左腕に包帯をキツく縛り、出血を止めた。玲奈はその瞬間、少し顔を苦しそうに歪めた。

 

「大丈夫か?」

「ええ…。ありがとう…」

 

玲奈は腕を少しだけ動かして、どれくらい耐えれそうなのか確かめた。ただ、玲奈はここ最近…傷の修復する時間がいつも以上にかかっている気がしていた。どうしてなのかは玲奈にも分からないが、今はなるべく無理をしない方がいいと思った。

薺は暗い海を覗くのをやめ、未だに沈んでいるクイーン・ゼノビアを眺めた。

そして、3人はポツンと公海に(そび)え立つ建物の屋上に取り残されてしまった。

 

「で……どうする?これから…」

「助けを待つ……なんて、こんな海のど真ん中に誰か来るわけないしな…」

「……先に進むしか…ないの?」

 

薺がそう呟く。3人の前方には重そうな扉がズンと立ち塞いでいる。その扉の横には英語で『Sabmarine oil field』…日本語で『海底油田』と書かれていた。

 

「海底油田か…」

「どうしてこんなところに……」

「……不思議に思っていても仕方ないわ。とにかく中に入って、この大海原から逃げ出せるものがないか探しましょう。ここで待っていても、何も始まらないし…」

 

玲奈はそう言って、レバーを降ろした。扉はエレベーターの扉らしく、中に入ってすぐに地面が下へと下がり出した。すると、また赤いホログラムが現れ、玲奈は溜め息を吐いた。

 

「……毎度毎度登場してくるわね、クイーン」

『あなたたち…ここが何なのか分かって入っているのかしら?』

 

レッドクイーンはコンピューターのくせに溜め息を吐いていた。

 

「そんなもの…知る訳ないでしょ…」

『ここはアンブレラが一番最初に開発した研究所…。JJ-ウィルスとJ-abyss-ウィルスの実験場よ』

「J-abyss-ウィルス?」

『白い肌を持ったアンデッドを見たでしょ?』

「ああ…あいつらか…」

「でも、これで納得したわ。道理であの船がぶつかったわけね。私たちを殺すにしても、生かすにしてもここに連れてくるつもりだったのね」

『それとついでに言うけど、この中には警備としてジュアヴォ、そして人間は2人しかいない』

「2人?」

 

竜馬はクイーンに問う。

 

『行って会ってみれば分かるわ。玲奈、気を付けなさい』

「あ………」

 

玲奈がまだ聞きたいことがあったのに、クイーンのホログラムはすぅと消えていった。玲奈はまた不思議に思っていた。初期の頃…玲奈が初めてハイブで会ったクイーンとは明らかに性格が正反対だった。殺戮とアンブレラの地位を優先し、危険な玲奈たちはいつも排除しようとしてきたクイーンとは全く異なった。何故、そこまで玲奈たちを異様なまでに気遣い、助けてくれるのか…。

彼女は言っていた。

『いずれ分かる』………と…。

そんなことを考えているうちにエレベーターは順調に海底深くへと降下していく。途中で全面ガラス張りのエレベーターの周りの景色は変わり、海底に設えられた人工的なパイプや通路、その他に色々なものが張り巡らされたものが三人の視界に入った。しかも、パイプなどではLEDのライトがチカチカ点滅していて、世界が滅んでもなお動き続けていた。

 

「…システムが生きている…」

「こんな真っ暗にも等しい海底に研究所か…。アンブレラは地下に秘密の場所を作るのが好きだな…」

 

竜馬がそう呟くと同時にエレベーターはどうやら最下層に到着した。3人は降りようとしたが、その途端に何十発もの銃弾が3人を襲った。銀色の謎の仮面を付けたジュアヴォたちが玲奈たちに向けて、マシンガンを乱射してきたのだ。陰に身を潜めた玲奈は2人に叫んだ。

 

「気を付けて!そいつらは頭に銃弾を1発撃ち込んだくらいじゃ死なないわ!傷が即座に再生するから、再生しきる前にそこに更なる弾丸をぶち込んで‼」

 

2人は頷き、言われた通りにいつも通り頭を狙う。仮面が砕け、肉が露出した顔面に弾丸を撃ち込んで殺していく。

 

「行くわよ!きりがない‼」

 

玲奈は先程拳銃を撃ってみて気付いたが、撃つ度に左腕に鈍い痛みが突き抜けた。あまり使わない方がいいと思った。

 

「けど…というかいつものことだけど広いな…」

「広くても脱出するための出口くらいはあるわ」

「それにしても…臭いわね。やっぱり…原油の臭いかしら?」

 

海底油田なのだから当然だろう。表向きは普通に油田を発掘するためだけだろうが、裏では危険な生物兵器の開発…。アンブレラが長年してきたことだ。

それから3人はジュアヴォの追撃から逃れるためにとある部屋の中に隠れ、やり過ごした。その部屋はモニターがたくさんある部屋で、ここなら脱出くらい楽に見つけられると玲奈は思った。

 

「おい!あれ見ろよ!」

 

すると竜馬が叫んだ。彼の指差したモニターの先には、一組の男女がイエスが(はりつけ)にされたように拘束されていた。男に至っては全く見覚えがなかったが、“誰か”に似ていた。それもついさっき会ってきたような顔だった。しかし、女に関してはこの三人なら知らないはずがなかった。あの地獄から生き延びてきた仲間…。

 

「「「紗枝……」」」

 

3人は思わず、同時に呟いてしまうのだった。

 

 

 

 

あの魔物はかなり離れたそこからでも、太平洋から響いて来た大きな爆音に反応して、その爆心地に向かって高速で泳いでいた。奴の頭の中には、ある人物に対する復讐心だけが燃え尽きることなく、腹の奥で燃え続けていた。底冷えするほどの海底に身を潜らせても、その怒りの(ほのお)は消えることはなかった。

“彼女”は悪魔の形相で既に見えている海底油田に向かって泳いでいく。玲奈たちのいる海底油田に…“彼女”はもうすぐそこにまで迫っていた…。



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第64話 親子

部屋の向こうにいるジョッシュと紗枝を見つけた3人は、暫し固まっていた。

いや…嬉しかったのだ。2年半ぶりに紗枝に会えたからだ。それを全員が噛み締めていた。しかし、そんな喜びの余韻にいつまでも浸っている場合でもなかった。追手がここに入ってくる前に2人を脱出させてあげ、自分たちも逃げないといけない。玲奈はすぐにコンピューターを使い、彼らの拘束を解こうと試みる。すると、今度はモニター内にレッドクイーンが現れる。今回ばかりはよく現れると、玲奈は思った。

 

「よく出てくるわね」

『今回は警告よ。その男と関わるのは止しておきなさい』

「どうして?紗枝さんと一緒にいるんだから構わないじゃない」

『理由は単純よ。その男の名はオリバー・ジョッシュ…。さっき殺したグレール・ジョンの息子…』

 

それを聞いた玲奈は忙しく動かしていた両手の動きを止めた。

 

「ジョンの……息子…?」

 

言われて気付いたが、確かにそんな感じはした。顔立ちといい、体格といい……全部が瓜二つとは言わないが、ジョンに共通するところはたくさん有していた。

 

『彼が何故、彼女…紗枝…というのかしら?と一緒に拘束されているかは私も知らない。ただ…ジョッシュはJJ-ウィルスの抗体を持つ』

「抗体?」

 

玲奈は思わず聞き返してしまった。自分以外にもあの悪魔のウィルスに対する抗体を持つ人間がいるなんて…初めて知った。玲奈は驚きながらも漸く我に返り、拘束を解こうとする。

 

『それでいいのかしら?アンブレラは…ジョッシュを捕らえるためにどんな手でも使ってくる。玲奈、あなたと仲間にはメリットは何にもないわ』

「……関係、ないわ。私は生存者を助ける…。それに奴らが来ても皆殺しにするだけ…」

『…そう…。なら、覚悟するのね…』

 

そう言い、クイーンは姿を消した。

意味深な言葉であったが…今は気にしても仕方なかった。

そして、1つのボタンを押して、十字の拘束台から2人を降ろした。玲奈はマイクに口を近づけ、2人に指示を送った。

 

「紗枝!そこから出たら近くの机に武器が置いてある!それを取って建物の縦穴で落ち合いましょう!」

『玲奈!?玲奈なのね!?分かったわ‼』

 

玲奈はみんなに呼び掛けた。

 

「やっと懐かしの友に会えるわね!」

 

 

 

 

紗枝とジョッシュは玲奈に言われた通り、拘束室から出てすぐ近くの机に自分たちの装備が実に無防備に置かれていた。それを取り、再び身に付けた2人はすぐに通路を出ようとしたが、脱出がバレたのか目の前にジュアヴォが現れ、立ち塞がって来た。紗枝はちょっと驚いたが、ジョッシュは瞬時に後方に回ると、首をへし折った。

 

「構っている暇はないんでね!」

 

2人はこうして…何時間も閉じ込められ続けた狭い部屋から抜け出すのだった。

それからすぐに二人は玲奈が言っていたこの施設の縦穴に走った。そこには玲奈だけでなく、竜馬に薺もいた。だが…嬉しい反面、彼らに…特に薺に海翔の死を伝えないといけないと思うと、切なく胸が締め付けられた。一方、ジョッシュは知らない奴らばかりで少し怪訝な表情をしていた。

 

「玲奈……どうしてここに…」

「お互い様よ、それは…」

「……そうね」

 

すると、ジョッシュは静かに言った。

 

「話しているのも構わないけど……さっさとこんな薄暗いとこから出ようぜ?」

 

玲奈はそう言うジョッシュを改めて見た。やはり……似ていた。

 

「お父さんにそっくりね」

 

ジョッシュは玲奈の発言にピクリと反応した。紗枝は何となく気まずい空気をどうにかしようと、玲奈に何か聞こうと口を開きかけたが、ジョッシュはそれも遮って玲奈に聞く。

 

「待てよ…紗枝。お前………俺の父親について…知ってんのか?」

「ええ…」

 

玲奈は至って冷徹に……淡々と先程起きた事実を述べた。

 

「私がさっき殺した」

 

ジョッシュはそれを聞き、目を大きく見開いた。紗枝も彼と同じように驚いていた。ジョッシュは玲奈から顔を背けたかと思えば、腰から拳銃を抜き玲奈の額に銃口を向けた。彼の指は細かに震えていて、本気で殺そうとしていると見て取れた。

 

「玲奈……!」

 

竜馬は焦った声を出してしまう。

 

「お前が……?親父を…」

「雰囲気からして……ジョンはあなたを捨てたようね。それでも……殺された憎いかしら?私が……」

  

玲奈は挑発しているのか、自ら前に進んでいく。ジョッシュの握る拳銃をガキガキと小さく金属音が鳴る。それからジョッシュは拳銃の安全装置を外して、微笑を浮かべた。

 

「…余裕だな…。死ぬのが、怖くないのか?」

「当り前よ。死ぬのは全く怖くなんかない」

「へえ…」

「撃ちたかったら……撃てばいいわ。家族を殺されて恨むのは当然だわ…」

 

そう玲奈は言うが、実際、玲奈にはそんな気持ちは分かってなんかいない。家族を持っているかすら分からない玲奈にとっては…そういう感情を持ったことがないのだ。

一息を入れ、もう少しジョッシュに言う。

 

「でも…私を殺すなら約束して。必ず……生きてここから出て………」

「どの面下げて俺に命令しているんだ‼」

 

ジョッシュは怒りを爆発させ、拳銃を両手でしっかりと握っていた。それに指の震えも無くなり、きちんと銃口を玲奈の額に当てていた。

 

「お願い!ジョッシュやめて!」

「テメエ!銃を降ろせ!」

 

紗枝も竜馬も叫ぶ。紗枝はジョッシュの肩を握り、竜馬はジョッシュに拳銃を向けた。しかし…ジョッシュは落ち着きを取り戻すこともないし、銃を降ろす気配も見られなかった。

 

「……殺す前に聞きたい…。何故親父を殺したんだ…。その役目は……その役目は本当は…」

 

ジョッシュの唇は震え、その先は聞こえなかった。玲奈はそこでも至って冷静だった。

 

「……彼のせいで世界が滅び…私や竜馬、紗枝も薺も…生き残った人たち全員の運命を捻じ曲げた…。それでも飽き足らず…彼を筆頭としたアンブレラは、危険なウィルス実験を繰り返し続けていた。それが……許せなかったのよ…」

「………本当に、それだけか?」

「ええ…」

 

ジョッシュは指にゆっくりと力を込めていく。竜馬は「やめろ」、紗枝も「やめて」、つられて薺も2人にやめるよう説得するが、全く耳に入っていかない。

 

「やめて!ジョッシュ!もうやめて‼」

 

周りからのやめるように言われ、それが続き…玲奈と違い、冷静さを時間が経つにつれて失っていくジョッシュ…。遂に我慢の限界を迎えたジョッシュは一際に叫び、引き金を引いた。

 

「うわあああああああ‼‼」

 

ドカアァンと大きな銃声が響き、3人は2人を見詰めた。しかし、銃口は額から外れていた。放たれた銃弾は玲奈の頬を掠り、奥の壁にめり込んでいた。玲奈がジョッシュを見ると、彼は睨みながらこう言った。

 

「……今は…こんなことをしてる場合じゃないんだ…よな…」

 

紗枝はジョッシュが我を忘れていなくてホッと胸を撫で下ろした。竜馬もジョッシュが玲奈に対する殺意が無くなったと分かり、拳銃を降ろした。

そうして…五人は目的を同じにして、再び足を動かそうとした時…突然海底油田全体が大きく揺れた。あまりの揺れに全員バランスを崩し、辺りを見回した。

 

「な、何⁈」

 

更に警報も鳴り始めた。赤いランプが回転して点滅し、いよいよ嫌な予感しかしなくなってきた。

 

「!竜馬!あれ…!」

 

玲奈が指差した先には…透明な強化ガラスの先に巨大な大きな顔が写り込んだのだった。




前話があまりに短かったので、今日は二つ投稿することにしました。


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第65話 青白き稲妻

「なっ…何だあいつは⁈」

「……おいおい!あいつ…あの時の姉ちゃんじゃねえか⁈」

 

ジョッシュはその怪物の顔を見て一瞬で気付いた。海の中で5人を睨んでいるデカい怪物はあの中東でジョッシュや仲間にJJ-ウィルス入りの注射器を渡していたカーラであることを…。変異を遂げたカーラはジョッシュを視界に捉えると、防護壁に体当たりを開始した。

 

「このままじゃ持たない!逃げましょう!」

 

と、玲奈が言った矢先にカーラはこの深さでも耐えられる程に分厚かった外壁を破壊してきて、この施設に侵入した。カーラとは別にも海水の流入も始まり、面倒なことになった。

 

「……じょぉぉぉん………」

 

カーラの視界に映っているのはジョッシュではなく、自らを死に追いやり、こんな醜い姿にさせたジョンにしか見えていなかった。そして、その肥大化した腕を振り上げた。

 

「避けて‼」

 

カーラの攻撃を避けるために、ジョッシュと紗枝は右側に、玲奈、竜馬、薺は左側に飛んだ。カーラの腕はさっきまで彼らがいた足場を破壊し、カーラはそのまま縦穴に落ちていくが、壁に掴まり、最下層にまでは落ちていかなかった。玲奈は浸水の具合等から、早めに脱出する必要があると思った。

 

「紗枝!彼を連れて逃げて‼」

「玲奈たちは⁈」

 

玲奈は眼下にいるカーラを見ながら言う。

 

「…奴の相手をする」

「そんな…無茶よ!あんなのを…!」

「紗枝」

 

ジョッシュは紗枝の肩に手を置いた。そして、強い信念を青い瞳に込めた玲奈を暫く眺めた。

 

「行っていいんだよな?」

「ええ。早く行って!」

「……死ぬなよ!」

「…そっちも、紗枝を死なせたら許さないわよ!」

 

そう言い、ジョッシュは紗枝の手を握って、閉まりゆく扉の下をくぐって別の部屋に移った。そこで紗枝はジョッシュの腕を振り払い、彼に叫んだ。

 

「あんなのに勝てるはずがない!助けに行かないと!」

「紗枝‼」

 

紗枝はいつも以上に大きく呼ばれて身体を震わせた。

 

「それはあいつらが決めたことだ。俺たちがとやかく言うことじゃない。それに俺にはやるべきことがあるからな…。紗枝を戦闘に巻き込むわけにはいかないんだ!」

「…やるべきこと?」

 

ジョッシュがすべきこと……それは…。

 

「お前を無事に地上へ戻すことだ。海翔と…玲奈の分も預かっちまったからな…」

 

紗枝は暫く俯いてから、覚悟を決めたように頷いた。

 

「……そうね…。急ぎましょう!ここも長くは持たないわ」

 

2人は玲奈たちを信じて、先へと走り出すのだった。

 

 

 

 

玲奈はもう一度下を覗き込み、奴が着実に上へ上へ登ってきていることを確認した。

 

「ここでは戦えないわ。上へ逃げるわよ!」

 

3人はすぐに梯子を登り、エレベーターのところまで急ごうとする。

しかし、それを防ぐかのようにカーラの腕が邪魔をする。玲奈は弾の無駄使いとか気にせずに散弾銃を取り、カーラの腕に向かって撃った。そして、腕が離れた瞬間に一気に走り出す。

エレベーターに辿り着いたが、玲奈は上ではなく、下に向かうようにボタンを押した。

 

「玲奈⁈どこ押してるの⁈」

「上だと奴らがいる。下でけりを着けてやりましょう」

 

エレベーターは凄いスピードで降りていくが、そこからでもカーラがエレベーターを追って、凄まじい速度で水中を自由自在に泳いでいた。全く水中での抵抗を無にして泳いでいた。

3人がエレベーターを降りた途端、圧壁が砕け、カーラが侵入してくる。

 

「圧壁が…!」

「走って!」

 

玲奈たちを追うカーラの猛攻は留まることを知らない。浸水を防ぐための扉も意図も簡単に破壊していく。玲奈は最後に残った散弾銃を掴み、撃つ。しかし、海水が溢れ出るところに撃っても、コインのダメージはかなり消されてしまうため、大して効果はなかった。

 

「じょおおぉぉぉん………」

 

玲奈は追ってくるカーラはまるでギリシャ神話に出てくる海の神、ポセイドンに見え、その破壊神の如き力を余すことなく発揮している。スピードに攻撃力、自己防衛もかなりのものだった。

玲奈たちは再び閉じようとする圧壁の隙間に滑り込んだ。その隙間にはカーラの巨大な腕が割り込み、無理やりこじ開けようとしてきた。更にその腕は竜馬に向かっていく。それを見た玲奈は足をすかさず動かしていた。

 

「竜馬っ‼」

 

咄嗟に竜馬を突き飛ばした玲奈だったが、代わりにカーラによって、ただでさえまだ回復しきっていない左腕を掴まれてしまう。竜馬は突き飛ばされてから、玲奈の状況が分かり、的確に拳銃で奴の腕を狙い撃ちにして怯ませた。玲奈は悲鳴を上げながら、壁に吹き飛ばされ、そのままずり落ちた先にはシャッターが鋭く尖った形状になっていて、そこに玲奈の左腕が突き刺さった。

 

「ああああああああぁぁぁぁっ‼」

「玲奈ぁ‼」

 

竜馬と薺はすぐに助けに向かおうとするが、そこに追い打ちを駆けるように倒れたコンテナを玲奈に向けて投げた。そのコンテナは玲奈の左腕を潰し、血飛沫を撒き散らした。

 

「うあああああああああぁぁぁぁぁっ‼‼」

 

そこからカーラは扉の間に自らの身体を挟み込み、その強靭な手で竜馬と薺を捕まえる。カーラは二人を締め上げて圧死させる気だった。

その時……後ろから何かが降ってきた。それは赤く輝く注射器だった。玲奈が見上げると、黒髪のショートヘアの女性が暗闇の中へと消えていくのが見えた。彼女が何者にしろ、これを投げてきたということは…これを使えと言いたいんだろう。この注射器に入っているウィルスがどれほど危険なものかは全くの未知数だ。

もしかしたら……今度こそ死ぬかもしれない…。

それでも…玲奈はこれに賭けるしかなかった。

玲奈は突き刺さり、潰された左腕をどうにか引き抜いた。

 

「ああああっ‼」

 

引き抜くと同時に血が噴き出し、玲奈の顔にかかる。左腕は引き抜いたせいで無くなり、一気に意識が遠くなった。血が足りないのだろう。苦しく…地獄のような痛みを感じながら、這いつくばって例の注射器の方向にジリジリと向かう。

今にも消え入りそうな意識の中…玲奈は注射器を掴んだ。

やめるなら今が最後だ。だが…玲奈はここに来て怖気づいて竜馬と薺を殺してしまうのなら…と、滅茶苦茶になった切断面に注射器を差し込み、中身を体内に注入した。

すると…左腕は瞬く間に元通りに再生した。しかし…前とは異なったことが起きていた。再生した左腕からパチパチと放電していたのだ。

玲奈はその腕に力を込め、そこから膨大な電気を放出させた。それはカーラの両腕を焼き裂いた。更に浸水を防ぐための扉によって、カーラの身体を真っ二つにした。

 

「ギエエエエエエェェッ‼」

 

カーラは奇声を上げ、下半身を失ったせいか、激しく暴れてもがき苦しんだ。

カーラの拘束から抜け出せた竜馬は力を振り絞り、ナイフを片手に煌々と煌めく心臓にその刃を食い込ませた。ブシャアアと血が噴き出したが、カーラはそれでも息絶えることはなかった。3人を吹き飛ばし、更に反撃を加えようとした時、玲奈はナイフを出し、身体に突き刺して電流をカーラに流した。カーラは電撃に痺れて、身体をブルブルと痙攣させて、動きを止めた。

 

「竜馬‼今よっ!はや………くっ……」

 

先程投げ飛ばされた時に頭を強く打った竜馬は身体を引き摺りながら進んでいく。玲奈がカーラを抑え込んでいられる時間はそう長くない。竜馬はナイフを再び心臓に突き刺した。そこから噴き出す血を浴びながらも、ナイフを90度捻じ曲げてから、心臓を切り裂いた。玲奈も電気エネルギーを使い果たし、ぐったりと地面に伏した。

しかし…カーラは恐ろしい断末魔を上げ、絶命していったのだった。

玲奈は荒い息をしていた。竜馬は気絶してしまった薺を肩に担いで、閉じていた扉を開けた。

 

「玲奈……行こう……」

 

玲奈は再生した左腕を軽く一瞥(いちべつ)してから頷いた。

そこから崩壊していく海底油田を眺めながら、脱出しようと先へ進んでいくのだが…途中で玲奈が転んで左腕を抑えた。

 

「うぅ………あああぁ……!」

 

玲奈の身体にはJJ-ウィルスの抗体を有していないため、徐々にウィルスが玲奈の身体を蝕んでいたのだ。

 

「玲奈……!…くそっ!」

 

竜馬はもう片方の肩に玲奈を担ぎ、頑張って運ぶ。

そして、一つの空間に行き着いた。

 

「よし!脱出ポッドだ」

 

脱出ポッドとは、球体の乗り物で軽くエンジンが付属されている程度のものだ。だけど、これだけでも脱出できる。竜馬は二人を地面に置き、この脱出ポッドがまだ動くかを確認する。

その間、玲奈は自身の左腕を再び見た。今は何の変化は見られないが…この後どうなるか分からない。このあと…自らもあの仮面を付けたアンデッドになるのでは…と、悪寒を覚えた。そして…自らと薺を必死に助けようと奮闘している竜馬を見て…虚しく感じた。

そして、開いた脱出ポッドの中に薺を先に乗せ、玲奈にも手を伸ばした。

 

「玲奈、脱出しよう!」

 

玲奈は少し黙ってから竜馬の手をガッチリ掴んだ。苦しむ玲奈をポッドに入れようとした時、玲奈は掴んでいた手を振り払った。固まってしまった竜馬を玲奈は力強く押して、そのままポッドの扉は閉まった。

 

「玲奈!何しているんだ⁈扉を開けろ!」

 

玲奈は苦しい表情をしながら、竜馬の必死の叫びを無視し、脱出ポッドの発進装置をオンにする。

 

「やめろ‼玲奈、よせ‼」

 

しかし、玲奈によって発進準備態勢に入る。竜馬は消え入りそうな声で玲奈に呟いた。

 

「やめろ……。やめてくれ……」

 

ここまで無言だった玲奈は漸く言葉を発した。

 

 

 

「ごめんね…」

 

 

 

その瞬間、脱出ポッドは発進した。

竜馬は窓ガラスに貼りつき、出せる限りの声を上げた。

 

「玲奈アアアアアァァァァァ‼‼」

 

竜馬は小さくなっていく玲奈を見ているしかなかった。竜馬は膝をつき、一粒の涙を落とす。

だが……その時だった。竜馬の耳に…何かを突き破っていく音と甲高い声が聞こえたのだ。窓ガラスからよく見ると、さっき心臓を潰したはずのカーラが追って来ていたのだ。

そいつを見た竜馬は歯を噛み締める。今このポッドを攻撃されて、海の中に放り出されたら死は確定だ。

カーラはポッドに掴みかかり、ポッドの中の電気は切れる。

そして…カーラは竜馬に向かって咆哮するのだった…。

 

 

 

 

玲奈はそれを見越していた。

左腕に命の尽きる限りの電気エネルギーを溜めていく。ここまで溜めれば…どんなものでも破壊する程の威力へと成長するだろう。しかし…自らの命すら消えてしまう可能性があった。

でも…玲奈は竜馬さえ生きてくれれば…それで良かったのだ。そのためなら…彼女は命を捨てる覚悟も持っていた。

 

「…………さよなら、竜馬…」

 

玲奈は途端に伸ばした左腕から極太の極大電撃を放電した。

それはカーラの首に命中し、その頭を吹き飛ばした。カーラは断末魔を上げることも出来ずに、水中へと沈んで行った。

玲奈はそのまま…膝をついて意識を手放すのだった。



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第66話 マグマよりも熱く…

題名が思いつかなかった…。
しかも、マグマじゃないし…。


ジョッシュと紗枝は囮となってくれた玲奈たちのためにも早く脱出しようと急いでいた。

変異を遂げたカーラによる体当たりなどの攻撃で、海底油田は水圧に耐えきれなくなっていた。そんな状況下で2人はとある広い空間に降り立った。

そこはまるで活火山の中にいるのではないかと言いたい程の灼熱の空間だった。プロミネンスのように時折、ドロドロに融けた金属が噴き出て、2人の汗を加速させる。

 

「あれかな?」

 

溶鉱炉に張り巡らされた無数の通路の先に脱出出来そうな扉が唯一残っていた。

しかしその時、その脱出を阻む者がゆっくりと開いた後ろの扉から現れた。

そいつはジョッシュと紗枝には因縁がある相手で、気配を感じた2人が振り向き、奴の姿を改めて見た。

 

「……またお前か…」

 

いつものように不気味な表情をした捕縛者は2人をじっと見詰める。ジョッシュも半年ぶりの奴との再会を待ち遠しく思っていた。あの時の借りを返すなら、今だと…。

だが、奴の機械の腕は掴む系のものではなかった。それを確認していると、捕縛者はすぐに行動に出た。球体の形をした武器は奴の腕から離れ…いや、鎖で繋がれたハンマーのようなものになり、遠心力を乗せて2人に当ててこようとしてきた。ジョッシュは咄嗟に紗枝の身体を後ろに押してどうにか避ける。

ガキーンと金属と金属がぶつかった嫌な音が耳に入る。ハンマーは融けた金属を流すパイプにめり込んでいて、それを捕縛者が引き抜く。その反動でハンマーは後方のパイプにも当たり、そこから融けた金属が流れ出た。その異様な姿…そして、とんでもない威圧感にジョッシュは笑みを浮かべた。

 

「お前にはウンザリしていたんだよ…。あの時の借りも返してやるぜ…。ここで決着を着けようじゃねえか!」

 

2人は拳銃を構える。そして、ジョッシュは更に挑発する。

 

「殺してみろよ‼このクソ野郎‼」

 

ジョッシュの挑発に乗ったのか、捕縛者は2人に向け、激しく咆哮した。

 

「ここじゃ場所が悪い!移動するぞ!」

 

二人は共に狭い通路を走り出す。走るだけで更なる汗が生成されていく。

前方に障害物があったが、それをどうにか溶鉱炉の中へと落として先へ進む。

そして、迷路みたいなかなり入り組んだ通路に辿り着いた。

 

「ここならやれるな!」

 

捕縛者は高い天井にハンマーを刺し、ぶら下がった状態で突撃してきたのだ。

それをどうにか避けた2人だが、以前戦った時よりも俊敏性が増している感じがした。

捕縛者は自らの突進を避けられたことで、今度は新たな攻撃に出た。奴は金属のハンマーを融けた金属の中に入れて、その融けた金属が付着したまま振り回してきたのだ。その鎚はジョッシュの真上を通過する。鎚から流れ落ちる融けた金属はジョッシュの目にはゆっくりになって見えていた。だが、ハンマーはジョッシュの後ろにあった金属の柱にぶつかり、そのまま鎖は捕縛者を引っ張り、ジョッシュの身体にその太い足をぶつけてきた。

 

「ぐうぅ!」

「ジョッシュ‼」

 

腹にいきなり入った蹴りのせいで息が一瞬出来なくなるが、ジョッシュは意識をはっきりと持たせた。奴の蹴ってきた足を掴んで、捕縛者の頭に弾丸を撃ち込むが、怯みもしない。それどころかそのまま足を掴んだままなのを利用して、地面に叩きつけようとする。それに気付いたジョッシュはすぐに離れたが、着地に失敗し、バランスを崩して通路に落ちそうになる。

 

「やべっ!」

 

ジョッシュは間一髪で通路に手を付けて、融けた金属の中に入らずに済んだ。だが、捕縛者はそれでジョッシュが死んだと思ったのか、ターゲットを紗枝に変えた。

 

「!あいつ…!」

 

鎖を解き放ったハンマーをぶんぶん振り回して紗枝に命中させようとしていた。ジョッシュは腕に力を込めて、急いで通路に戻ると…自然と声を漏らした。

 

「させるかぁ‼」

 

ジョッシュは反撃を食らうことを考慮しても、捕縛者に体当たりした。そこで怯んだ隙に紗枝も彼と同じように体当たりして、捕縛者を融けた金属の中に落とした。が…鎖付きのハンマーを天井に刺し、軽快に再び通路に足を立った。やはり、身体の大きさと比にならないくらいのスピードだった。

そこで捕縛者はハンマーを通路に叩きつけ、2人を下に落とした。二2はヤバイと思ったが、幸いなことに落ちた先にそこは金属が冷えて固まって場所だった。

 

「ここなら思いっ切りたれるな…」

 

ジョッシュはそう言って残りの弾が僅かのエレファントキラーを取り出した。

そして、小声で紗枝に言う。

 

「奴が膝を付いたら……」

 

紗枝はジョッシュの考えを聞き、しっかり頷いた。

捕縛者は早速ハンマーを2人のいる辺りの地面に向かって叩きつけようとする。紗枝はそれを捕縛者の股の間を通って回避する。ジョッシュも横に避けて、攻撃を免れた。しかし、その叩きつけたハンマーを地面から引き抜くと、中からまだ固まりきっていない金属が溢れ出した。

 

「ちくしょう!」

 

奴はこのマグマのような地形をフルに活用している。やはり、頭だけはいいようだ。だが…今の叩きつける攻撃…隙を作りまくっていることに奴は気付いていない。

ジョッシュは紗枝とアイコンタクトする。

次の攻撃で…潰す…と。

捕縛者は再び腕を振り上げた。そのハンマーが地面を叩きつけた瞬間、紗枝が素早く動いた。奴の身体が低くなった瞬間を狙っていた紗枝は捕縛者の首にスタンロッドを当てて電気を流した。突然の急襲に捕縛者は対応しきれず、電気を無防備のまま食らい続けてしまう。その間にジョッシュは奴の金属のハンマーを掴んだ。金属であるため、ジョッシュにも電気は流れるだろうが、そんな痛みは彼の範疇に入っていない。ジョッシュはそんあ電気を流されつつも、ハンマーと鎖を分断しようと必死になる。紗枝のスタンロッドの電撃で痺れさせ続けるのにも長くは続かない。

ジョッシュはギリッと歯を噛み締めて、ハンマーを掴む腕に渾身の力を込めた。

 

「うおおおおおおおおおおおぉっ‼」

 

彼が大声を上げたことにより、漸く散々苦しめられたハンマーと鎖を引き千切った。

そのハンマーを分断させた瞬間に紗枝は捕縛者に吹き飛ばされた。

 

「きゃあ!」

 

ジョッシュからかなり離れてしまった紗枝は通路を転がり、拳銃を融けた金属の中に落としてしまう。

ジョッシュは捕縛者に首を掴まれて、紗枝とはまた別の通路に飛ばされる。拳銃は捕縛者の前に転がるが、奴はそれを蹴って、赤熱した液体の中に落とした。

ジョッシュは笑いながら、肩をぐるぐる回した。

 

「いいねぇ…。最後は殴り合いと行こうじゃねえか!」

 

ジョッシュは構えてから一気に走り出す。

まず、膝蹴り、顔面にパンチ、蹴りを繰り出す。だが、捕縛者は飛んでくる彼の拳を掴み、動きを止めた後にジョッシュの額に頭突きし、そのままハンマーを失った機械の腕で彼の顔面を殴った。

 

「う!」

 

ジョッシュは思わず顔を抑えて、少し足を後退させた。抑えた(てのひら)にはどこかから血が出ているのか、真っ赤に染まっていた。それを見たジョッシュは突然、独り言の言い始める。

 

「………俺は元々…道具として産まされた…。それも…母親を裏切り、冷酷非情な最低のクズ野郎の父親を知って…自分が生きてる意味を失いかけていた…。でも、そんな俺でも生きてる意味を教えてくれた“奴”がいた…」

 

それを遠くから聞いていた紗枝はジョッシュの後ろ姿に目を奪われた。

 

「“彼女”のためにも……俺は……」

 

捕縛者をキッと睨むジョッシュ。

 

「お前なんかに…負けていられないんだ!」

 

ジョッシュはそう言った途端に捕縛者の間合いに入り、そこから腹にパンチを3連発、回し蹴りを顎に直撃させ、軽く跳躍して膝蹴りを奴の鼻にぶち込んだ。それを食らった捕縛者は遂に膝を着いた。

ジョッシュはそこで畳みかけた。頭が低い姿勢にあるので、パンチが当てやすくなった。

最初はパンチを七連発…。

 

「どうした‼」

 

更に5連発…。

 

「そんな程度か⁈」

 

更に更に蹴りとパンチを合わせて10連発…。

そして…ジョッシュは最後に右腕に力を込める。一気に跳躍して、ジョッシュの渾身のパンチが奴の顔面を捉えた。捕縛者の口や鼻からは血と涎が垂れ流れ、身体を吹き飛ばしていった。その先は融けた金属だ。

落ちた捕縛者はあまりの熱さに苦しみながらも、ジョッシュたちから視線を外さずにいた。

だが…悪い時に悪いことが重なった。突如、上から何かのタンクが落ちてきて、捕縛者の頭に命中して、融けた金属の中に姿を消した。

ジョッシュは紗枝に向けてガッツポーズを作り、そんなジョッシュに紗枝は優しい笑顔を見せた。

しかし、施設はまたぐらぐら揺れ始めて、天井からは瓦礫が落ちてきて、ここも長くは持ちそうになかった。

 

「行くぞ!」

 

ジョッシュは紗枝に指示を出して、例の扉に向かっていくのだった。




次回、個々の章完結


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第67話 それぞれの結末

個々の章、完結。



崩壊寸前の海底油田で意識を失った玲奈を必死に脱出ポッドに運んでいる人影があった。それは黒髪のショートカットで赤いドレスのような服を着た女性…。エイダだ。

目的地に帰還中に突如、ジョンから新たな命令を請け負ったのだ。

……そう…ジョンはまだ死んでなんかいない。

玲奈たちはジョンを殺したと勘違いしていたのだ。

ぐったりした玲奈を脱出ポッドに乗せたエイダも急いで乗り込む。と、そこで通信が入る。

 

「はい」

『ジョンだ。エイダ、玲奈の様子はどうだ?』

「気を失っていますが、命に別状は無さそうです。それに…あの強化型JJ-ウィルスの副作用はもう起きていません」

『…ということは、玲奈は遂にJJ-ウィルスの抗体をも手に入れたのか…』

 

エイダは再び玲奈を見た。最初に見た時には左腕から僅かだがピリピリと張りつめた電気が

発生していたが、今はそれも見られない。恐らく、JJ-ウィルスの一時的な能力を全て使い果たしてしまったのだろう。

 

『まあいい…。すぐに玲奈を回収に行かせるよう、他の者を派遣する。それから例のあの施設に彼女を送る』

「あの施設?……まさか!」

 

エイダはジョンが言う『あの施設』がどういうものなのか瞬時に分かった。エイダにも…ジョンが何をしようと企んでいるのかが見えてきた。

 

『海上に浮上したら…すぐに連絡しろ。迎えをよこしてやる』

「分かりました」

 

そこで通信は切れた。

エイダは玲奈を可哀想に思った。あそこに連れていかれたら…2度と地上を拝めることは出来なくなるだろう。エイダは脱出ポッドの後ろで激しく爆発する海底油田を見ながら…そう思っていたのだった。

 

 

 

 

ジョッシュ、紗枝は北アメリカ大陸に続いているかもしれない横向きに移動する高速エレベーターに乗り込んだ。紗枝とジョッシュは2人同時にレバーを引いて、このエレベーターを起動させたが…2人はこれが高速であることを知らずにいた。

引いた途端にエレベーターはとんでもないスピードで動き出した。

2人は立つことがキツイ……どころではなかった。もはや立つことすらままならなかった。

 

「な、なんてスピードなの……⁈」

 

だが、この速度で申し分なかった。何故なら、もう後方からは爆発の炎が迫って来ていたからだ。しかし…その炎の中に…燃え上がる“何か”がいた。

 

「おいおい‼いい加減にくたばってろよ‼」

 

捕縛者がいた。

身体は焼け焦げるを通り越して、肉は抉れ、焼け落ち、心臓や脳、目…ほとんどの臓器が露出していた。それでも…奴は生きていたのだ。生命力だけに関しては舌を巻く程だ。奴はジョッシュたちの乗るエレベーターとは別ので追って来ていたのだ。そこから捕縛者はジョッシュたちの乗るエレベーターに乗り込んで来た。

 

「なんてしつこい奴なんだ‼」

「進んで!ジョッシュ!」

 

あんなに燃え上がる捕縛者から逃げるには…とにかく前に前に進むしかなかった。

そこでジョッシュは前方にある積み荷に目を着けた。

 

「これでも食らいやがれ‼」

 

ジョッシュは荷物を固定していた支えを外すボタンを押す。荷物は摩擦に耐えきれずにそのまま後ろに飛んでいき、捕縛者に命中する。ちょっとだけ後ろに吹き飛ぶが、奴がここから落ちることはなかった。

次に紗枝がピラミッドのように積まれた円筒状の荷物の一番上の部分がスルリと落ちていくが、捕縛者は機械の腕で受け止めた。そこからジョッシュは下を支えているレバーを降ろした。その途端に円筒状の荷物は全て落ちて、次々と捕縛者に当たるが、奴は機械の腕から残っている鎖を出して、エレベーターに引っ掻けた。

 

「くそ!本当にしつこいな!」

 

これでもダメであった2人は更に奴から離れようと前に進む。

しかし、捕縛者は空中で反動をつけて、一気にジョッシュたちを追い越して目の前にまで進んで行った。その時に木箱に身体が当たり、中からはたくさんの拳銃が出てきて、その内の1つが網目に引っ掛かった。

 

「……あれ!」

「あぁ…!」

 

紗枝とジョッシュは必死に拳銃のところに向かおうとする。が、捕縛者の腕が振り上げられた。咄嗟にジョッシュは紗枝の上に覆いかぶさって、彼女を守ろうとする。

 

「ジョッシュ⁈嘘……やめて‼」

「ウオォォォォ‼」

 

咆哮と共に振り下ろされた機械の腕は……ジョッシュの背中を直撃した。

 

「っ‼」

 

鮮血が背中から溢れ、ジョッシュは吐血した。

その光景を目の当たりにした紗枝は絶叫した。

 

「イヤアアアァァァァ‼‼」

 

ジョッシュはそのまま紗枝を覆ったまま動かなくなる。涙が溢れても…紗枝はジョッシュの身体を退かし、網目に引っ掛かった銃をしっかりと掴んだ。それで照準を合わせようとしたが、激しく…それも相当な速度で動いているエレベーターの上では奴に合わせるのが、かなり困難だった。そんなことをしてる間にも捕縛者の腕はまた高々と上がり始める。紗枝はここまでかと、悔しさから再び雫を目尻から溢れさせた。

 

 

その時…ガシッと紗枝の掴む手を優しく………でも力強く握ってくる手があった。

 

 

「⁈…ジョッシュ…」

「ごほっ……。き、決める……ぜ…。ここで……!」

 

紗枝は頷く。

そして…2人は捕縛者の赤く輝く心臓に目がけて…引き金を引いた。見事に銃弾は命中し、捕縛者は苦しそうに呻いたが、また機械の腕を振り上げた。2人は再び拳銃を握る柄に力を込める。

しかし…突如捕縛者は口や身体中からぶわっと血を溢れ出して、そのまま倒れた。そしてエレベーターの速度によって、後方から迫ってくる炎の中に飲み込まれていった。そのすぐ後…捕縛者が爆発したのか破裂したのか分からないが、爆風が2人を襲った。

 

「うう……漸く……やった、ようだな……げほっ…」

「ジョッシュ……喋ったらダメ!血が…」

 

紗枝の手が彼の身体に触れた。しかし、その掌は血濡れで真っ赤だった。

 

「嘘……」

「大……丈夫、だ…。俺は……海翔の…ためにも、今…死ぬわけには、いかないんだ…!」

「ジョッシュ…!どうして…そこまで…!」

「生きて……海翔の、仇を…取るため、さ…!」

 

紗枝はそこで目を大きく見開き、彼を優しく抱き締めた。彼が生きていられるかは……紗枝でも分からない。ジョッシュの意志の強さによるだろう。でも…紗枝は彼を助けるつもり…いや、助けると決めている。

光が見える。そこは出口なのか…それとも…アンデッドが(うごめ)いている場所なのか…。

どちらにせよ…紗枝はジョッシュを引き摺ってでもそこに立ち向かっていくつもりだった。

そして…紗枝は彼の耳元で小さく呟くのだった。

 

「ジョッシュ…あなたを……愛してる……」

 

 

 

 

眩しい…。それが最初に竜馬が感じた言葉だった。

朝日が竜馬と薺の目に当たる。この1日…2人は全く寝ていないがちっとも眠いとは思わなかった。

その理由は…まだアドレナリンが切れていないからなのか、それとも……大切な人を失った気持ちが大きすぎるからなのか…。

竜馬はあの玲奈の悲しげな表情が目に焼き付いていた。

それでも……彼女が決めたことなら仕方ない…。そう自分に言い聞かせる竜馬。

暫く穏やかな海面で漂流していると、明るくなった空からアンブレラのマークが付いたヘリが竜馬たちの乗るポッドに向かって来たのだ。竜馬は咄嗟に拳銃を握るが、なんとヘリから降りてきたのはあのルーサーだった。

 

「ルーサー⁈無事だったのか!」

「俺を舐めんじゃねえぞ?簡単にくたばるわけねえだろ?それよりも早く乗れ!玲奈がアンブレラに連れていかれた!」

 

『玲奈』という単語に竜馬は思わず反応してしまう竜馬。そのせいでルーサーの肩を掴んで、ぐらぐら揺らしてしまうくらいに動揺しながらも聞く。

 

「玲奈が…⁈死んでいない?本当か⁈」

「本当だ‼本当だ‼だからそんなに揺らすな!」

「わ、悪い…」

「全く…。ほら、乗れ!」

 

竜馬と薺はすぐにヘリに乗り込む。

すると中には疲れ切って眠っていた紗枝とジョッシュの姿があった。ジョッシュは背中に真っ白な包帯を巻いているが…。

 

「大丈夫だ。男の方は背中にデカい切り傷があったが…なんとか生きてるよ…」

「そうか…良かった…」

 

ルーサーはヘリを操作して、何処に向かわせる。

 

「で、玲奈はどこに?」

「南極に向かっている」

「「な、南極⁈」」

 

竜馬と薺は同時に声を漏らすのだった。




次回から最新章突入。



新たな小説の執筆を開始しましたけど…これを書くのに必死で書く時間が全くない…。


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実験の章 極海の実験場
第68話 目覚め


実験の章、開幕です。


目を覚ますと…そこはフカフカなダブルベッドの上だった。明るい太陽の光が自らの身体を照らしていることに気付いた玲奈は上体を起こした。

すると…。

 

「おい、美奈。早く起きなよ。俺たちの朝ごはんを作ってくれ」

 

後ろで言って来たのは竜馬だ。だが…玲奈は首を傾げた。

美奈?

名前を呼び間違えただけなのでは…と玲奈は思い、そこまで気に留めなかった。それよりも何故今ここにいるかを玲奈は頭の中で整理し始める。つい最近…いや、どれくらい前までかは全く覚えていないが、何か…とても怖いことが起き続けていた気がしたのだが…気のせいだろうか…。

玲奈はベッドから降りて、鏡を見た。身体には全くと言っていい程、傷跡も残っていないし、顔色も悪くない。

じゃあ…今までのことは夢だった…ということだったのか…。

玲奈はどうなっているか分からないままだったが、とにかく竜馬が朝食を作れと言っていたから…作ることにしよう。そして気付く。…自分が料理を作れるという事実に…。

目玉焼きを作っていると、階段の方から小さな子供が降りてきた。

佑奈だ。玲奈と竜馬の間に出来た新しい命だ。そこは…覚えていた。

 

「おはよう!」

「おはよう、佑奈。今日はきちんと起きれたね」

 

竜馬は我が子を褒める。こういうほのぼのとした生活を送るのが竜馬の夢であった。そして、竜馬は腕時計を確認して、鞄を担いだ。

 

「おっと、時間だ。行ってくる、美奈」

「行ってらっしゃい。…ねえ、竜馬、私の名前…美奈じゃ……」

 

玲奈が自らの名前は『玲奈』だと言おうとした時、突然竜馬に血濡れの男が襲い掛かって来たのだ。腕を噛まれながらも、竜馬は二人に叫んだ。

 

「逃げろ!美奈!佑奈!」

 

玲奈は佑奈を連れて急いでここから離れようとするが、至る所からアンデッドが現れて、二人の退路を絶っていく。そこで玲奈は一旦、一緒に物置部屋の中に隠れる。が、アンデッドは玲奈たち人間の臭いを嗅ぎつけているのか、その部屋の扉をどんどん叩く。アンデッドの力も凄まじく、扉を叩かれる度にいつでも壊れそうな感じがした。玲奈はタンスで扉を抑えて、半分しか開かない窓から助けを求めた。

 

「誰かぁ‼助けて‼」

 

しかし、窓から見える住人は自分が助かるので精一杯でこちらなど気にもしてくれなかった。

誰かに助けを求めても無駄だと悟った玲奈はモップを掴んで、天井に穴を開けていった。佑奈が通れるくらいに広い穴になったら、先に佑奈を屋根裏へと移した。更に玲奈もジャンプして、屋根裏に行こうとするが、そこに扉を破ってアンデッドが入ってきて、玲奈の足に掴みかかってきた。

 

「イヤァァァァ‼」

 

玲奈は掴んで来るアンデッドを必死に振り払い、逆にアンデッドの頭を台にして屋根裏に到着した。佑奈はどうしていいか分からずにあたふたしているばかりであった。

 

「行って!」

 

玲奈は震える手で金属バットを掴んだ。武器を手にしても…安心した気分にはならなかった…。

 

 

 

 

玲奈はすぐに屋根裏から出た。

カラカラと梯子を降ろして、音を立てないように移動する。が、そんなことをしてもアンデッドには全く通用しなかった。すぐにアンデッドに追われる羽目になった玲奈と佑奈は寝室に逃げ込んだ。鍵をかけて、窓ガラスをバットで割ってそこから佑奈を通した。しかし…扉を破ってアンデッドもやって来る。

 

「来ないで‼」

 

玲奈はバットをアンデッドの顔面にヒットさせる。それでも死なないアンデッドに玲奈は今度はバットを真上に振り上げて頭頂部に食らわせてやった。噴き出た血が玲奈の真っ白なシャツに付着するが、今は佑奈を守るのが最優先だからそんなのを気にすることもなかった。

外に出た二人だが、状況はそこまで変わりそうになかった。周りの近所の人たちも襲われ……違う。食われていた。警官であろうとも容赦なく襲ってくるアンデッドに拳銃を撃っていた。車で逃げようとする者もいたが、車に乗る前にアンデッドに捕まって首を噛み切られて鮮血を噴き出していた。

玲奈たちが右往左往していると、2人の前に一台の車が止まった。

 

「何ぼさっとしているのよ⁈」

 

それは向かいの家に住んでいる葉子だった。玲奈たちはすぐに葉子の車に乗り込むが、後ろからは数多(あまた)のアンデッドがこちらに向かって追いかけてきていた。

 

「飛ばすわよ!」

 

しかし、車の加速は最初だけ鈍い。そのせいか…アンデッドの走るスピードに追い付かれそうだった。

案の定、開けていた窓からアンデッドの腕が伸びてくる。

 

「キャアアアアアア‼」

 

玲奈は思わず悲鳴を上げた。それを見た葉子は車をカーブさせて、アンデッドを振り切った。

しかし…後ろからやって来るアンデッドの軍隊が尽きることはない。

 

「ねえ!どうなってるの⁈」

「まるっきり見当つかない…!」

「あの人たち……何でこんなこと…!」

「あいつらが人間に見える⁈あいつらは……」

 

その時、車の後方部に右側から猛スピードでやって来たトレーラーが衝突し、車は横転した。ひっくり返った車の中で玲奈はどうにか動いて、佑奈の傍に寄った。

 

「佑奈!しっかり……。大丈夫?」

「うん……」

 

佑奈はあんなに車が横転したのに、気絶していなかった。

それよりも…後方から迫りくるアンデッドをどうにかしなければならなかった。玲奈は佑奈を車から降ろして、街中を走り出す。一方、葉子は逆さまになったまま、シートベルトが外れずに車から出られなくなってしまった。

 

「……最悪!」

 

そう愚痴る葉子だった。

 

 

 

 

玲奈たちはとにかく奴らから逃れるために家の中に駆け込んだ。鍵を一応かけるが、あの数のアンデッドを足止めできるはずなどない。玲奈は佑奈と共に2階へ駆け上がり、子供部屋らしきところのクローゼットの中に隠れた。

佑奈は恐怖で今にも泣き叫びそうな程震えていたから、玲奈は佑奈の口を手で塞いだ。

すると…子供部屋に1体のアンデッドが入ってきた。だが…アンデッドの視覚はそこまで優れているわけではない。その代わり、人間とアンデッドの臭いを嗅ぎ分ける能力を持っている。更にその能力を向上させるためにアンデッドは口から四又の寄生体を出した。それをクローゼットの隙間から見た玲奈はもう逃げきれないと確信してしまった。

でも…佑奈だけは死なせたくない…。

それを実現するためにには……。

玲奈は暫し佑奈を見詰めると、佑奈の額にキスをした。

 

「愛してる……佑奈……」

「私も…ママ…」

 

佑奈をギュッと抱き締めた後…玲奈は一筋の涙を流してからクローゼットから飛び出した。アンデッドの不意を突くことは出来たが、それだけでは奴を殺すことは出来なかった。玲奈は子供部屋から急いで出て、佑奈の安全を確保しようとする。

だが、アンデッドはすぐに玲奈を掴んで四又も口で顔に食らいつこうとする。

 

「いやぁ!」

 

玲奈は身体を暴れさせたことで、気付かぬうちにアンデッドを突き落としていた。アンデッドは2階から落下して木の柵に身体が突き刺さり、動けなくなった。それでも命は尽きることはなく、玲奈を見ながら腕を伸ばしていた。玲奈は安堵の息を吐くが、すぐ目の前に突然竜馬が現れた。シャツも顔も血だらけで、口からは止めどなく血が垂れていた。

 

「竜馬!大丈…」

 

竜馬の身を安じて声をかけようとしたが、竜馬は口を大きく開いて、そこから四又の寄生体を吐き出した。

その姿に目を丸くして固まってしまった玲奈に…アンデッド化した竜馬は…即座に食らいつくのだった。



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第69話 大阪シーケンス

何の前触れもなく、玲奈は目覚めた。

瞬時に寒いと感じたのはハイブと同じなのだが…今回も裸同然のような服を着させられていた。しかも、床は六角形で周りは壁だ。突き出た物も窓ガラスも見えない。どうやら…玲奈は監禁されているようだ。だが、玲奈は裸であることよりも、どうして生きて…ここにいるのかが頭を過った。玲奈の記憶が正しければ…。

 

「私は……あの海底油田で……」

 

玲奈は左腕を見た。特に変わった様子は見られない。全く普通の……端から見ればごくごく普通の左腕だった。しかし、あの時…この腕からは膨大な電気が溢れ出たのだ。

その時、突然周りの壁、床が光り、ここから5mの辺りに窓ガラスに一人の女性が見えた。

 

『オリジナル玲奈…。何故アンブレラを裏切った?』

「葉子?葉子なの⁈」

 

そこにいたのは間違いなく葉子だった。あのハイブから脱出する際にアンデッド化したはずなのに……。だが、葉子は玲奈の問いに答えることはない。

 

『もう一度聞く。オリジナル玲奈……何故裏切った?誰かの差し金か?』

「葉子?私よ、れ…」

 

まだ玲奈が話してるというのに、葉子が見える窓ガラスの電気が消え、彼女の姿も見えなくなる。その途端、玲奈の耳に強烈な音が響いた。いや……強烈を超えて、地獄のような音で、いつまでも聞いていたら気が狂いそうになった。玲奈は両耳に手を押し当てて、堪らず悲鳴を上げた。

 

「うあああああああああああっ‼‼」

 

耳をいくら塞いでもその音は嫌でも入ってくる。玲奈は耳を塞いで塞いで塞ぎ続けた。途中からは、この耳を切り落としたいとも思う程…酷い音だった。

暫く時間が経ってから、玲奈は耳から手を離した。もうあの音も消えていた。

しかし、玲奈の精神は限界まで消耗されていた。あの拷問をもう1分でも受け続けていたら…本当に気が狂っていたかもしれない。

こんな時…隣に竜馬がいたらどんなにすがり付いて泣けるかと玲奈は思った。

 

「……竜馬…」

 

彼の名を小さく呟いただけで胸が切なく締め付けられた。そして…遂に悲しさに耐えられずに涙を溢した。今更ながら…竜馬がどれほど大切な存在だったのかを改めて認識させられた玲奈…。玲奈はあの場所で死ぬと思っていた。だから…竜馬と薺を海底油田から脱出さえたのに、アンブレラは玲奈の予想を更に超えて先手を打っていたのだ。

どうして…自分だけがこんなに苦しく生きなければならないのか…。

 

「どうして……どうして、私は…」

 

そう……辛く…苦しく思い始めていた。

 

 

 

 

何時間経っただろうか…。ぼんやりして、拷問部屋の壁に背を預けていると…不意に今まで付いていた電気が上から順番に消え始めた。そして、横から何かがせり出てきた。それは服だった。黒色のラバースーツで、映画などに出てくるスパイみないな服だった。。気乗り出来ない玲奈だったが、裸で外に出るわけにもいかず、仕方なく着ることにした。

 

『セキュリティシステムが停止。1分後に再起動…』

 

服を着ている途中、今度は出入り口が現れる。

どうやら何者かが手引きして、玲奈を助けてくれているようだ。

 

「………」

 

部屋の外も真っ白なタイルだけが貼り付けられていた。相変わらずの景色に玲奈は呆れる。

 

『セキュリティシステム、再起動』

 

そう告げられてものの数秒で施設内に警報が鳴り響く。

 

『脱走者、オリジナル玲奈』

 

そう告げられると、後ろから赤い光線が迫ってきた。玲奈はそれがレーザーであると分かり、急いで前に走り出す。全力で走り続けると、玲奈の前方を塞いでいた扉がゆっくりと開きだした。眩しい光が玲奈の目を照らす。

開けた場所に出たが…その景色を見て玲奈は絶句した。

 

「何……これ…」

 

玲奈の目の前に広がっていたのは、大阪の道頓堀だった。グリコの看板が眼前にあり、いつも通りに明るい光がビルや建物から漏れ出ていた。ただ…人の気配はなく、少し不気味に見えた。

ここが大阪だろうとなかろうと、玲奈はまず武器になりそうな物を探さなくてはならなかった。アンブレラが玲奈を放っておくことはないだろう。

まず、自転車に付けられていた鉄製のチェーンを掴んだ。それで放置されていたパトカーのガラスを割り、ドアを開くと、中を漁った。ダッシュボードにあった拳銃と予備の弾倉を取り、ここから出ようと思った時…再び放送が入った。

 

『スタンバイ…スタンバイ……。大阪シーケンスを、開始します』

 

そう大阪の都市に響いた途端、雨が降り出した。あまりにタイミングが良すぎて、ちょっと不気味なくらいだった。それだけでなく…さっきまで全く人の気配がなかったのに、周りからは傘を差した人々が玲奈の周りを歩き始めた。玲奈は突然のことに状況を掴めずにいた。更にパトカーからは警官の怒声も聞こえてきた。

玲奈はそんな彼らを見ながら茫然と立ち尽くしていると、1人の女性と肩がぶつかった。この土砂降りなのに玲奈と同じく傘を差さずに歩いていた。女性は玲奈を一瞥(いちべつ)すると、今度は向こうから来た男性に目を向けた。

そして…女性は奇声を上げて男性の喉元に噛みついた。

 

「ぎゃああああああ‼」

 

そのアンデッドの奇襲をきっかけに雨の中、至る所からアンデッドが沸いて出てきた。

玲奈は後方の建物から白い光が漏れているのに気付き、そこに向かって走り出した。ジャラジャラとチェーンの音が鳴り、アンデッドを引き寄せる。扉の先はまたあの白いタイルの通路で、レーザーが来るかもしれないと思ったが、アンデッドがいるため殺すのなら、その必要はないと思った。

玲奈が一生懸命走っている中、さっきのアンデッドが玲奈の肩を掴んだ。身体を動かして振り払うと、チェーンで奴の顔面を攻撃する。そこから側頭部に蹴り上げ、後ろからやって来る2体のアンデッドに目を向ける。

1体はチェーンで頭をかち割り、もう1体は銃弾で撃ち抜いた。チェーンをぶつけたアンデッドの首にチェーンを巻き付け、そこから後ろから来るアンデッドの顎を蹴りながら、玲奈は身体を一回転させた。

飛びかかってきたアンデッドには後転しながら、奴の身体に銃弾を3発撃つ。

更に来るアンデッドの足にチェーンを巻き付け、膝蹴りをかまして引き金を引こうとするが、カチッと弾切れの音が響く。玲奈は胸元に入れていた予備の弾倉を取り出したが、アンデッドによって空中に打ち上げられてしまう。

 

「あっ!」

 

しかし玲奈は弾倉を打ち上げたアンデッドの腕を掴んで捻じ曲げ、空になった弾倉を抜いて別のアンデッドの鼻に目がけてその弾倉を蹴った。鼻を砕いた後、銃の持ち手で頭を殴り、1体は足で抑え込んだ。そして、打ち上げられた弾倉を掴んで銃に装填する。抑え込んでいたアンデッドの頭を捻り、拳銃で周りにいたアンデッドを2体殺した。前方を向くと、更に3体やって来ている。

玲奈は足に巻き付けたままのチェーンと取り、それで2体、顎を砕き、3体目は額を撃ち抜いた。

そこから撃ち抜いたアンデッドの死体を土台にして、2体のアンデッドの頭を蹴り、最後にやって来たアンデッドを押し潰すと、頭を撃ち抜いた。

だが、後ろにはまだしぶとく生きているアンデッドがいた。玲奈はそのアンデッドの腕にチェーンを巻き、腹に蹴りをぶち込むと、すぐに起き上がって脳を撃ち抜いた。

そして…最後に残ったアンデッドは、最初に玲奈とぶつかったあの女性だった。彼女はフラフラと玲奈に近付き、口から例の四又の寄生体を出した。玲奈は止めにその寄生体の中心辺りに銃弾をぶちこんだ。そのアンデッドは口から拳銃を受け、暫し固まっていたが、その後すぐに膝から崩れていった。

 

「ふぅ…」

 

息を吐く玲奈。

だが…後ろからざわざわした声が何重にも重なって聞こえてきたから、そっちを振り向くと前方からは数えきれない量のアンデッドが玲奈に向かって来ていた。いくら玲奈でもこれは無理だと思い、奥へと走る。

そして、また扉が開き、玲奈が入った途端にその扉はアンデッドが入って来る前に閉まっていくのだった。



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第70話 立場逆転

玲奈は得体の知れない部屋に飛び込んでしまってからも拳銃を構えることは忘れなかった。暗かった部屋は床から徐々にアンブレラのロゴマーク状に明るくなっていく。天井の電気が付き、更に周りから何かがせり上がってきたため、玲奈は警戒する。

 

『ようこそ。アンブレラ中央制御室へ』

 

と、放送で言っているもののせり上がった部屋の中には頭を撃ち抜かれ、絶命したアンブレラの社員が無惨に放置されていた。何者かが玲奈がここに到達する前に始末してくれたようだ。更におまけなのか、武器までせり上がってくる。

 

「あら?気が利くじゃない?」

 

玲奈は今持っている拳銃を投げ捨て、その武器を取りに行く。まずマグネットにくっ付いたナイフを足元に差し込み、弾数の多いサブマシンガンに手が触れた瞬間だった。何者かが玲奈の背中に拳銃を突き付けていたのだ。

玲奈も最初は驚いて固まったが、すぐに身体を反転させて拳銃を奪い取った。そこから襲撃者…女性なのだが、彼女に撃とうとするが、女性は足で拳銃を空中に蹴り上げて、玲奈に拳銃を取らせないようにしてきた。

これでは拳銃を取れそうにないと思った玲奈は足元に差し込んだナイフを取り出して、一気に距離を詰めようとする。そして女性は落ちてきた拳銃を掴んで玲奈に構えようとしたが、玲奈は既に女性の首にナイフの刃先を当てていた。

 

「…!」

「よしなさい。首を切り裂かれたい?」

「…私の名前は……」

「よーく知ってるわ。エイダ・ウォン」

 

玲奈はエイダが話し出す前に切り出す。

 

「アンブレラの社員、そしてあのクズで最低で馬鹿なジョンの直属のスパイで一二を争うエージェント。あなたが誰で、何者かなんてよく知ってる。つまり残る問題は……ここで殺して良いか悪いかということよ」

 

玲奈はナイフを握る手に力を込めた。

だが、ここでエイダから予想外の言葉が飛び出してきた。

 

「私はアンブレラでもう働いていない。それはジョンも同じ。私はジョンの命であなたを助けるように言われてきたのよ、玲奈」

「……そう。でもそれを信じる根拠がない」

『根拠ならあるぞ?俺だ』

 

その時、横のモニターからあの憎い男が表示された。

 

『それでも信じられないなら、殺しても構わないぞ?ただし…ここから出れなくなるがな…』

「ジョン…!」

 

玲奈は鋭い眼差しを向けた。やっぱり殺せていなかったと思い、悔しく感じる玲奈。

 

『いいから…ナイフを降ろせ』

 

玲奈はそう言われ、即座にナイフをエイダの首から離したが、そのナイフをジョンの映るモニターに向けて投げた。ガシャンとモニターが割れ、少しだけスッキリする…はずがなかった。すぐに上のモニターにあの憎たらしい顔が再び映った。

 

『相変わらずのその闘争心には負けるよ、玲奈。でもまた会えて嬉しいよ』

「そう…。それは良かったわね。で、私をどうする気?また食べたいのかしら?」

「いいえ。逆よ」

 

エイダがそう言う。

 

「逆?」

「私はジョンのお陰でここに侵入出来た。それからセキュリティシステムを1分間停止させて、あなたをあの拷問室から解放した」

『君をここから救うためにね』

 

玲奈は画面上のジョンを睨みながら聞く。

 

「そんなことする意味は?」

『簡単な話だ。人類は絶滅寸前だ。我々が協力し合わない限り……生き延びるのは不可能だ』

「…世界を滅ぼした張本人の割には勝手なこと言うのね。でも私はここがどこの何の施設なのか…分かってからじゃないと動く気はないわ」

『ここはアンブレラの主要実験施設の1つだ』

 

玲奈はそこで疑問を叩きこむ。

 

「外は大阪の道頓堀だった。間違いない」

『あれは違う。数ブロック先までしか作っていない。単なる作り物だ』

 

それもあり得ないと玲奈は首を振った。

 

「そんなはずないわ。だって……」

『玲奈、勘違いしないで欲しい。ここはまず地上じゃなくて地下だ。高さが約90m近くある実験フロアがここにはいくつもある』

「屋外だった」

 

そこに釘を刺すエイダが聞いてくる。

 

「本当に?」

「ええ」

「星や月は見えた?」

「………」

 

言われてみれば…どこかおかしい雰囲気がした気はしていた玲奈。夜にしてはやたら明るい気がしたのだ。しかしそれは道頓堀のLEDが照らしているだけだと、自分に言い聞かせていた。

 

『まあ玲奈が気付かないのも無理はない。実験施設の天井の色は黒で統一されている。いつも夜の設定なのさ。だって、ホラー映画でも怪物や怪獣の登場は夜と決まっているだろう?』

「何のためにそんなものを?」

『簡単なことだ。アンブレラは世界が滅ぶまでその財力をずっとウィルス関連商品の売買などで得ていた。しかし…そのウィルスの効力を示すのに現実世界で行うのは不可能だ。だからこの施設でシュミレーションの形で行っていたのだ』

 

全てを納得した玲奈は先程取り損ねたマシンガンを2丁取った。最後にジョンは付け加えるように言った。

 

『正に悪の根源だ』

「もう充分。早くここから出ましょう?」

 

玲奈はマシンガンを大きな窓ガラスに向けて、引き金を引こうとした瞬間……。

 

「待って!」

 

エイダが引き止めた。

 

「あと数十秒で夜が明ける。自分の目でここがどこなのか確かめてみたら?撃ったら大変なことになるわよ?」

 

玲奈は目を細くしてエイダを見た。

 

『この施設は南極に位置している。年中氷に閉ざされているから、そこを撃って破壊しても無駄だな…。それに……ここから脱出した者はいない…』

 

玲奈は目の前に広がる光景に思わず息を飲んでしまう。

徐々に氷の上は明るくなり、その隙間からは眩しい太陽が光線となって漏れ出ていたのだ。まるで木漏れ日だ。だがこの事実は…最悪以外思いつかない程のことだった。

 

「まさか……ここは…氷の、下…」

「正解」

『あらゆる支援が必要になる。救助部隊をそちらに送っている。地上から迎えに来てくれるよ…』

 

その時…さっきの扉から銃声が聞こえてきた。どうやら追手はすぐそこにまで来ているようだ。

 

『クローン葉子率いる部隊が大阪エリアに到着したようだ』

 

監視カメラの映像で葉子は真っ直ぐこっちに向かって来ているのが分かった。それに彼女の顔は狼と間違えそうな程に恐ろしく、獰猛だった。

 

『…可能ならもう一度捕獲しろと命令されているようだ』

 

玲奈は()()()()()という言い方に疑問を感じた。自らの意志ではないのかと…。

 

「誰が命令を?」

『レッドクイーンだ』

「レッドクイーン?」

 

また…いや、いつもだが、玲奈の中で更なる矛盾が生じる。

レッドクイーンはクイーン・ゼノビアの一件で玲奈たちを助けていた。それなのに今更になって再び敵になるなんて……。

…何かあると玲奈は直感的に思った。

ジョンからもっと情報を得ようとしたが、ここでジョンのモニターにノイズが走り始め、レッドクイーンが登場した。

 

『何を勝手に裏切り者の話を暢気に聞いているわけ?私がこの施設……いや、この世界の支配者よ』

 

そして遂に後ろの扉が撃たれ始めた。ここも長くは持たない。

 

「行きましょう!」

 

玲奈は頷き、エイダの後を追おうとした時、『オリジナル玲奈』と呼び止められた。

 

『逃げても構わないわ。安心なさい。どうせ……ここで皆死ぬことになるから…』

「………聞き飽きたわ。それに…誰も死なせないから大丈夫よ!」

 

玲奈とエイダは中央制御室から出る。

追手を振り切るため……そして、ここから生きて脱出するため……。



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第71話 潜入

小雪ちらつく中で、2台の装甲車両が雪原を横断していた。竜馬は温かいコートを身に纏っていた。目的地点に到着するまで暇なため、竜馬は背中に担いでいる刀剣を取り、切れ味を増すために研いでいた。研ぎながらも…今も玲奈が生きていると分かった竜馬は早く会いたくて堪らなくて、思わずその名を漏らした。

 

「……玲奈……待ってろよ…」

 

すると、運転しているジョッシュがからかうように話しかけてきた。

 

「何だ?あの姉ちゃんが好きなのか?」

「“姉ちゃん”じゃない。玲奈だ。ちゃんと名前がある。……好きで何か問題あるか?」

「いいや。俺も同じだからさ…。何とも言えないよ…」

 

竜馬とジョッシュは先頭を走るもう1つの装甲車を見た。

あの中にはルーサー、紗枝、薺が乗っている。ルーサーと紗枝は別に問題はないが…薺に関しては…酷いものだった。南極の中に向かうヘリの中で紗枝から海翔の死を聞き、精神的にズタズタに切り裂かれてしまった。そのせいもあってか、今はアンブレラに対する復讐心が以前より格段と増していた。

 

「薺が心配だよ…。あいつ…何するか分からないしな…」

「俺はそれよりも紗枝が心配だ」

「………そうなら、守れよ…。じゃなきゃ……」

「言われなくても、分かってるよ…」

 

その後、2人は目的地点に着くまで口を開くことはなかった。

 

 

 

 

漸く車両の窓ガラスから馬鹿みたいに大きな換気扇が見えてきた。その近くに車両を止めて、竜馬は外に出る。

 

「よし、作業に入ろう」

 

外に出た竜馬を最初に襲ったのは極寒の寒さだった。南極だから当然かもしれないが、こんなに寒い経験を今になってするとは、竜馬だけでなく、全員がしていた。竜馬はルーサーに時限式爆弾を投げ渡した。

 

「ルーサー、こいつをそこに仕掛けてくれ。俺たちは中に入る準備をする」

「分かった。薺!手伝ってくれ!」

 

薺はコートを首のまでかけて、寒さに耐える。そして…冷めきった目のまま、ルーサーと共に巨大な換気扇の方に向かっていった。この時…竜馬は初めて会った時の優しい印象があった薺はどこかに消えてしまっていることに気付いてしまった。

ルーサーと共に時限式爆弾を設置し始めた薺だったが、ルーサーはその彼女がどうしてか震えていることに気付いた。

 

「?平気か?寒いのか?」

「……違う…。なんだか分からないけど……何か…嫌な感じがして、怖い…」

「薺が怖いなんて言うなんて…らしくないな…」

 

ルーサーはそのまま爆弾を設置し終える。

だが…薺が『怖い』と言っていた理由は…いずれ嫌という程分かってしまうことを、彼女は知らなかった…。

 

 

 

 

入り口の制御盤の前に竜馬とジョッシュが待機していると、お待ちかねの連絡が漸く入ってきた。

 

「待ちわびたよ、エイダ。俺たちは今、入り口前で待機中だ。これから扉を開いて中に潜入する」

『了解。じゃあ、中に入ったらすぐにタイマーを合わせて。2時間でね』

「分かった」

 

アンブレラの端末には紗枝が作業に担当している。竜馬たちの中にコンピューターをまともに扱える人間が紗枝しかいないため、紗枝に頼んでここの扉を開いてもらう。だが…今紗枝の手は止まってしまっている。原因は、ここのパスワードが分からなくて困っていた躰。そこに竜馬はエイダから貰ったアクセスコードを渡した。

 

「……ねえ、今でも感じるんだけど…あの女の人、信用できるの?」

「確かにそう思うかもしれないが…玲奈を助けるには彼女の助けが不可欠だ。今は信じるしかない」

 

紗枝は溜め息を吐きつつ、端末にそのアクセスコードを挿入して、パスコードを自動的に入力させていく。

すると、巨大な換気扇の近くの雪が円形になって無くなっていく。そこからは6つの円形のエレベーターがせり上がってきて、竜馬たちをお出迎えしてくれていた。

 

「……本当に開くとはね…」

「やっぱり信用していなかったのか、紗枝」

「当たり前でしょ?いきなり現れて、玲奈を助けろとか言われても…。あんたもそうでしょ?ジョッシュ」

「…まあね」

「……行くぞ」

 

竜馬は小さく言って先にエレベーターに乗る。

それから彼の後を追うように紗枝、ジョッシュ、薺、ルーサーの合計5名は持てるだけの武器を持ってエレベーターに乗る。

 

「よし!お前ら!腹くくったよな?」

 

ジョッシュがレバーを動かし、エレベーターを下に降ろす。

それから全員は防寒で着ていた服を脱いで、銃の安全装置を外す。

 

「エイダからの伝達だ。時計のタイマーをぴったり合わせろだってさ。今から2時間だ」

 

竜馬がそう言うと、全員同時にタイマーを作動させる。それにより、換気扇に仕掛けた爆弾も連動してタイマーが動き出した。

 

「なぁ、竜馬……何で遠隔操作で爆破させないんだ?」

 

ルーサーは不思議に思っていることを竜馬に聞く。

 

「それは私も思った。どうして?」

「ここはアンブレラの根城だ。電波を妨害してくる可能性がある。それに…俺たちが仮に玲奈を助けられなかったり…死んだりしてもこの施設だけは破壊するつもりだからな…」

「……救出に2時間以上かかったらどうすんだ?」

「その時は極寒の氷の下で永遠に腐らずに眠り続けるだけさ…」

 

その光景を3人は頭の中で膨らますが、そんなのはきっぱりお断りしたいと思う。

 

「まあ…失敗なんてさせないがな…」

 

そう…竜馬に失敗するなんて考えは一握りも持っていなかった。

エレベーターは彼らの運命をさも知っているのか、ひたすらゆっくり降り続けるのだった。

 

 

 

 

玲奈は移動しながらもエイダに質問を繰り返していた。気になることが多すぎるからだ。

 

「救助部隊を迎えに行かせるって、ジョンは言っていたけど…誰なの?」

「安心して。いつもメンバーよ」

 

そう言われて分かった。恐らく…あの4人だ。

 

「あ、でも4人だけじゃないわ。彼もいる。ルーサー・ウェストがね」

「ルーサー⁈生きていたの⁈」

 

玲奈はてっきりルーサーはあの通路でアンデッドに襲われて死んだ者だと思っていた。やはり…スターのパワーは伊達じゃなさそうだ。

 

「今はそんなことを暢気に話している場合じゃないわ。早く合流地点に急がないと…。レッドクイーンが何かしてくる前に」

 

エイダははっきり言うが…玲奈はどうも納得しきれない。

近頃レッドクイーンは敵なのか…味方なのか…分からなくなりつつあった。

そう思う玲奈とは裏腹に…レッドクイーンはエレベーターに竜馬たちが侵入してきていることくらいすぐに見抜いていた。

 

 

 

 

 

『エレベーターの周りを固めなさい!それにオリジナル玲奈とエイダももう要らない。さっさと殺してしまいなさい!』




最近…長く書けなくなってきた…。


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第72話 NYシーケンス

竜馬たちはエレベーターの奥の方で伏せていた。

アンブレラがこのエレベーターから竜馬たちがやって来ることくらい既にお見通しだろう。そこを急襲してくることも彼らには分かっている。なら…こっちから先に仕掛けてしまえばいいんだ。エレベーターはいよいよ地下の実験施設に到着しようとしている。

その瞬間、竜馬はジョッシュに指示を出した。ジョッシュはタイヤ状の形のものを外に向かって投げた。あれは全面にマシンガンが付属していて、目の前にあんなものが出てきたら避けれるはずがない。すぐに兵士の呻き声と壁にぶつかる音…そして当たらなかった弾丸がコンクリートにめり込む音が響いて、エレベーターは動きを止めた。

立ち上がり、周りを見ると武装していた傭兵が何人も物言わぬ死体となって転がっていた。

 

「潜水艦シェルターはこっちだ!」

 

竜馬はタイマーを確認した。残り1時間47分だ。

 

「ジョッシュ、俺が先導する」

 

5人で行動を共にし、シェルターに行くための階段を上がっていくと、上がり切ったところに一人の傭兵が背を向けて立っていた。竜馬は静かに近寄ると、大声を上げさせないために口を塞ぎ、刀剣で奴の頸動脈を切断した。首から血が噴き出し、傭兵は断末魔を上げることも出来ずに絶命した。

次にルーサー潜水艦の上で周囲を見張っている傭兵にライフルの弾丸を心臓にぶち込んだ。

 

「いいぞ、上がって来ても」

 

潜水艦シェルターに到着した一行は目の前にある巨大な潜水艦に息を飲んだ。

 

「ひゅぅ、最新式…いや、改造したものだな」

「ああ。こいつは旧ソ連が使っていた原子力潜水艦……恐らく、キューバ危機の奴かもな…。アンブレラはこれを使ってウィルスを全世界にウィルスを売り捌いていたんだ」

「解説も嬉しいけど……急いだ方がいいんじゃない?時間」

「悪い。熱くなっちまった」

 

その話の様子を監視カメラでレッドクイーンは見ていた。

そして、新たな指示を発令する。

 

『侵入者はモスクワエリアに向かっている。ジュアヴォアンデッドを出動させなさい』

 

 

 

 

玲奈たちは中央制御室から出て、新たなエリアに辿り着いた。そこはNYエリアだった。

 

「NYも再現してるのね」

「NYだけじゃなくて、色々な世界各地の都市があるわ。ここともう1つ実験エリアを通過しないといけない」

 

淡々と話し、さっさと歩き始めるエイダに玲奈は仕方なくついていく。

それにしても……エイダはすごい恰好の服を着ているのだが、ここに来るまで目立たなかったのだろうか…と玲奈は思った。片足はもう丸見えだし、そのスラリとした生足が見えて、危ない男なら襲い掛かってしまうだろう。

だが、襲われないくらいに身体能力は高い。さっき拳銃を突き付けられた時に分かったが、実力的には薺に勝るくらいの力を有している。流石、アンブレラのエージェントでナンバーワンと言われているだけある。

 

「ねえ、どうしてアンブレラはこんな実験を続けるの?」

「バイオハザードを繰り返して、コントロールが可能か試してるのよ。学習能力のない彼ららしいことよ」

「…それは賛成できるわ」

 

その時、またあの大阪エリアで聞いたような放送が入る。

 

『スタンバイ……スタンバイ……。NYシーケンスを、開始します』

「レッドクイーンの仕業よ。彼女は生物兵器を使って、私たちを殺すつもりよ。急がなきゃ…」

「ちょっと待って。……あれ、聞こえる?」

 

エイダは玲奈に言われて耳を澄ました。すると、何かを引き摺る金属音と…ゴツ、ゴツと足音がこっちに近付いてくるのが分かった。エイダには何の音なのか全く持ってさっぱりだった。

 

「何の音か分かる?」

「見当はつく」

 

玲奈は背中に収めていたマシンガンを2丁、エイダは足に付けていた拳銃を掴んだ。

そして暫くして、車のライトを背に照らされて、あの巨人が現れた。相変わらず…あの巨大な武器……斧とハンマーを合体させたようなものを持っていた。

玲奈とエイダはその姿を捉えると、それぞれの武器を構えるが、ゴトリと更なる足音が後方から聞こえてきた。その音に玲奈が振り向くと、あの巨人がもう1体、斧鎚の武器を構えてそこに立っていたのだ。

 

「……⁈ちょっと…!冗談キツイわよ‼」

 

玲奈は後ろの巨人の方に銃口を向けた。

2体の巨人は玲奈とエイダを静かに見詰めていたが、玲奈の頭から落ちた汗が一滴…地面に着いた瞬間、巨人たちは同時にその足を前へと動かした。玲奈とエイダは頭巾の上からでもお構いなしに銃弾を撃ち込んでいく。だが、2人の予想通り、奴らはそれだけでは全く怯むことはない。巨人と玲奈たちの距離は瞬く間に詰められていき、最終的に奴らの斧鎚が振り下ろされた。

それを2人は横に避け、斧は道路に深々と突き刺さった。エイダは距離を取ろうとするが、玲奈はむしろ近付く。突き刺さった斧鎚の上を通って、それぞれの頭に銃弾をお見舞いする。

1体ずつ、玲奈とエイダに接近してくる。エイダは銃を構えるが、この距離では殺されると思い、バスの中に逃げ込むが、すぐに奴の斧がバスの運転席辺りを激しく(えぐ)った。その威力にエイダは転んでしまう。

もう1体は玲奈に向かって、その巨大な斧鎚を勢いよく投げた。後ろを見ていなかった玲奈だったが、何となく風の吹き方が変わったような気がして、頭を下げた。予想通り、斧鎚は玲奈の頭上を通過して、ガソリンの詰まったトラックに刺さった。しかし…斧鎚を持たないまま、巨人は玲奈の身体を掴むと、車のフロントガラスに叩きつけてきた。

 

「ぐはっ……!」

 

更に指を絡ませて、拳を作り玲奈の顔面に向けて、思いっ切り振り下ろした。

 

「!」

 

玲奈は巨人の股の下を潜って避ける。

拳は車のボンネットにめり込み、前輪を吹き飛ばしてしまう程に大破する。玲奈を仕留め損ねた巨人は先程放っておいた斧鎚を取りに玲奈から離れる。

その間に玲奈はもう1体がバスを輪切りする感じで切り裂いている様子が見えた。玲奈でもあそこにエイダがいて、徐々に追い詰められていることくらい容易に想像がついた。玲奈はさっきの奴がまた来る前に、エイダに攻撃している奴もこちらに目を向けさせようと思い、マシンガンの弾を奴の背中に浴びせた。

それに怯んだ巨人は玲奈にターゲットを変える。更に斧鎚をタンクから取ったもう1体の巨人も玲奈にその巨大な武器を向ける。

二体とも玲奈に標的を絞り、牙を剥いて来たため、玲奈はすぐに前へと走り出した。あいつら2体を接近戦で勝てるはずなどない。玲奈は奴らは巨体の割にスピードがあるからどうも好きになれなかった。

すぐに距離を詰められ、横から斧鎚が飛んでくる。後ろを見ながら走っていたため、玲奈は再び頭を下げる。空ぶった斧鎚はタクシーを横に切り裂いた。その攻撃が2、3度続いたところで…玲奈は見誤った。

巨人は鎚の方で振ってきて、玲奈の横腹に当たり、吹き飛ばした。

 

「あぐ…っ!」

 

玲奈はタクシーの上にドガンとぶつかり、意識を手放しかける。更に巨人は追い打ちをかけて、2体とも斧で玲奈の身体を切り裂こうとする。玲奈は身体を後転させて避け、奴らにマシンガンの銃口を向ける。斧はタクシーの車体にめり込んでいた。しかも、その斧は思った以上にめり込んでいたのか、2体が同時に抜こうとすると、逆に車体が浮いてしまっていた。

 

「………ふっ…残念ね…」

 

2体は玲奈の声に反応した。エイダも玲奈の横に立って拳銃を奴らに向ける。

玲奈の狙い通りだった。先程玲奈に向かって投げてきた斧によって、開けられたトラックの荷台から漏れ出るガソリンが2体の足元に到達した途端に…2人は引き金を引いた。

 

「馬鹿ね」

 

玲奈たちは巨人を狙ってなんかいない。タクシーのガソリンタンクに向けて、いくつもの銃弾が放たれる。

そして、遂に引火して爆発したタクシーに巻き込まれた2体の巨人はガソリンに足元を取られて吹き飛び、焦げたタクシーの残骸の下敷きになり、2度と動くことはなかった。

玲奈は「はぁ」と溜め息を吐くと、燃え続けるタクシーの方を見た。残骸の隙間から奴らの手が見えた。もう死んでいるのは分かる。

ただ…この光景を見ていたら…嫌でも“あのこと”が脳裏に思い出されてしまう。

火、爆発、手……。竜也の死の瞬間の景色とほぼ同じだった。

 

「……行きましょう。予定より遅れている」

 

エイダはタイマーを見ながら言う。

玲奈はあの時の記憶を奥にしまい込んで再び歩き出す。すると、さっきまで黒一色で染まっていた天井が白く光り、辺りを明るくしていく。

 

「何が起きているの?」

「シーケンスが終わったのよ。大抵は1時間程度で終わる。さ、早く」

「急かさないで。それよりも大丈夫なの?」

「私は平気。そっちは大丈夫なの、あなた?腹にハンマーを食らっていたけど…」

「ちょっと痛いだけよ。……骨折はしてるだろうけどね」

 

玲奈はエイダがレッドクイーンに対してかなり警戒してるようだ。

警戒するに越したことはないだろうが…レッドクイーンが何かする前にここから逃げ出すのは、無理なように思えたのが、玲奈の率直な考えだった。



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第73話 『ママ』と呼ぶ者

竜馬たち一行はモスクワの街並みを見ながら、エイダと玲奈と落ち合う場所…郊外エリアに向かっていた。気にしていたら中々進めないのは山々だったが、もうこのロシアの美しい光景を見ることは出来ないだろうから、どうしても足が止まってしまうのだ。

 

『スタンバイ……スタンバイ……。モスクワシーケンスを、開始します』

「今のは…?」

「レッドクイーンの指示だろうな…。来るぞ……」

 

既にモスクワは夜になっていた。作り物の夜に……。

あまりに静かでそれで逆に竜馬たちの神経を張り詰めさせていく。竜馬を先頭に進んでいたが、竜馬は手を上げて、突如動きを止めた。

 

「どうしたの?竜馬」

「……何か聞こえないか?」

 

言われてみれば…何か、足音と金属がカチャリカチャリ擦れるような音が5人の耳に入ってくる。その音の出所と正体はすぐに判明した。突然、前方が明るくなり、たくさんの人影が形成されていく。

 

「あそこだ!」

 

5人は車の影に隠れて、それぞれの武器を構えた。人影は最初、ぼやけた感じだったが、だんだんときちんとした形になっていった。

 

「何だ、あいつら?」

 

それはマシンガンを持ったジュアヴォの軍団だった。それが少しずつ…こちらに近付いてきていたのだ。

 

「あの仮面野郎か!」

「退却だ‼後ろの店にまで下がれ!殺されるぞ‼」

 

5人は店の中で籠城戦を行うことにした。

そして、中に入った途端にジュアヴォたちはマシンガンの乱射を開始した。マシンガンだけでなく、車に乗り込んだジュアヴォは搭載された高威力のガトリングガンを飛ばしてくる。竜馬たちはそれらをどうにか避けながらも、的確にジュアヴォたちの頭を撃ち抜く。あいつらは頭を何度も撃ち抜かないと、死なないことはよく知っているが、それを拒み…させないように弾はあちこちに飛んで来て、竜馬たちを邪魔する。

 

「くそっ!こんなに数を相手にしていたら…弾が持たないぞ‼」

 

ジョッシュはそう叫ぶ。

 

「今は耐えろ!」

 

5人は籠城戦に持ち込み、奴らを全滅させるしかここを突破する方法はなかったのだった。

 

 

 

 

玲奈たちはNYエリアを抜け、新たなエリアに到着する。そこに入ると、まず目に入ったのは真っ白な雲にその隙間から見える青空だった。

 

「雲……⁈」

 

思わず声を上げてしまう玲奈。

 

「本物じゃないわ。これらはただのホログラミング…。星空を見るプラネタリウムと何ら変わらない。シュミレーションの現場では、誰も、空なんて見てないのよ」

 

玲奈とエイダは歩く。そこは至って普通の郊外だった。

ただ…この郊外は何かの襲撃を受けたかのようにあちこちで車は横転し、窓ガラスや扉は壊され、おまけにはヘリが墜落している始末だった。まあ…家や道路に残っている血溜まりに血の手跡を見れば、何が起きたのかなんてすぐに分かる。ここも…ついさっきまで実験が行われていたんだ。

 

「一応ここが合流地点になっているわ。……救出チーム、やけに遅いわね」

 

エイダはタイマーを確認する。残り1時間12分なのだが…竜馬たちはまだここには到着していなかった。

 

「どこかしら…」

 

その時、玲奈はエイダの後ろの家の窓で何かを捉えた。

 

「あなたの後ろの家に何かいる。2階の窓から見えたわ」

 

エイダはその家を一瞥し、玲奈は何がいるのか確かめるためにその家に赴く。

その家の中も当然血だらけでアンデッドがどれだけ押し寄せてきたのか、簡単に想像できた。そして…近くのテーブルの上に…息絶えた玲奈のクローンが横たわっていた。

 

「……私のクローンも使ってるのね」

 

エイダはさもそれが当然かのように淡々と述べる。

 

「当り前よ。基本モデル50体のうちの1つよ、これは」

 

玲奈は溜め息を吐く。

 

「はっ……基本モデル、か……」

「実験用の人間をどうやって調達してると思ってたの?シュミレーションの度に数百人と死ぬのよ?アンブレラはそのクローンたちがきちんとした反応を示すために必要最低限の記憶を刷り込ませている。ある時は郊外に住む平凡な専業主婦、ある時はNYでタクシーを回す運転手、またある時は……アンブレラで働く兵士…」

 

玲奈はもう1度溜め息を吐いた。

自分でも嫌になってきた。玲奈1人のためだけにわざわざこんな施設を作り、法律で禁止されていたクローンを使って、実験を繰り返す…。自分はそんなもののために生きてきたわけではないと奴らに言ってやりたいのが玲奈の気持ちだった。

その時、2階の方から物音が聞こえてきた。玲奈とエイダは声を静めて2階に進めていく。所々に四又の寄生体を口から出したままのアンデッドが死体となって転がっていた。額には小さな赤い点が付いていて、誰かに頭を撃ち抜かれたことがすぐに分かった。玲奈はそれからエイダと二手に分かれて、壁紙がピンク一色で統一された部屋に入っていく。どうやら、子供部屋のようだ。

そして、再び音はクローゼットの中から聞こえてくるのが玲奈に分かった。

玲奈はゆっくりとクローゼットの取っ手に手をかける。中にいるのは果たして、シーケンスで始末しきれなかったアンデッドか……それとも生き延びたクローンか……。

玲奈が開けようと思った瞬間、中からクローゼットが開き、ものすごい奇声を上げながらアンデッドは玲奈に掴みかかった。すぐに撃とうと思ったが、マシンガンの銃口を天井に向けられ、そこに撃たされる。しかし、力はそこまで強くはない。すぐに奴の腹に弾を貫通させて、身体を吹き飛ばしてやると、今度は頭に風穴を開けてやった。玲奈はそのまま倒れていくアンデッドを静かに見ていると……不意に…。

 

「………ママ!」

「!」

 

玲奈はその幼い声を聞いても、癖で銃口をそちらに向けた。

だが……『ママ』と呼ぶその幼い少女を見て、玲奈は警戒心を解いた。子供部屋の入口には小学1、2年生くらいの少女がリュックを担いで立っていた。ただ…銃を向けたからなのか、ちょっとだけ恐怖に震えたが、すぐに玲奈に歩み寄っていく。

 

「言われた通りに隠れてたよ!ママ!」

 

佑奈は構わず玲奈に抱きついた。その佑奈のあまりの突然の行動に、玲奈は茫然と固まってしまう。

 

「………私が……ママ…?」

「…ねえ、ママ……。どうしてお洋服も目の色も髪の色も違うの?」

 

玲奈はその質問には答えられずに、ただ……玲奈を『ママ』と呼ぶ佑奈を抱き締めるのだった。

 

 

 

 

竜馬たちは本当に苦戦を強いられていた。ジュアヴォ軍団は歩きながらマシンガンを撃ってきているため、徐々に竜馬たちが陣取るスペースが減ってきているのだ。竜馬は店の中に入ってきたジュアヴォの首を刀剣で切断する。

 

「おい!本当にヤバイんじゃないか⁈」

「……くそ!」

 

まだまだジュアヴォは山のようにいる。

…一旦、退くしかないかもしれないと竜馬は思い始めていた。



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第74話 集結

玲奈はタンスの上に置かれている写真立てを掴んで見た。

そこには玲奈と竜馬、そして…玲奈と竜馬の間で出来た子供…()()()()()()()()()()()佑奈の家族写真が収められていた。写真の中の玲奈も、信じられない程の笑顔を出していて、こんな顔は今の自分では作れないだろうと思ってしまうものだった。

そこにエイダがやって来て、冷徹な目で言う。

 

「あの子はクローン…。そして、記憶も刷り込まれた人形のようなものだわ。連れていく必要はない」

「…たとえそうだとしても、私はあの子……佑奈を置いていくことは出来ない」

「…本当に連れていく気なの?」

 

エイダはあまりいい顔はしなかった。移動の際、行動の1つ1つが鈍くなってしまうし、何より…この少女自体が本当に実験用で作られたかも怪しく思っていた。もしかしたら…発信機の役割を担っているのではともエイダは考えていた。

 

「とにかく、ここに竜馬たちはいない。今はここから出ましょう」

「ママ、パパに会える?」

「…会えるわ。今から会いに行くのよ」

 

玲奈は佑奈の手を繋ぐ。すると、にっこり笑いながら佑奈も手を握り返してくれた。

 

「……いい母親になれるんじゃない?」

「それはどうも…」

 

玲奈はそう言いながら、玄関口から出ると、そこには黒服を纏った人間が何人もいた。

それぞれの手にはアサルトライフルやマシンガン…様々な武器を持っている。

だが、玲奈が驚いたのはメンツだった。今までの戦いで死んで来たメンバーか、まだ生きている人ばかりなのだ。葉子に智之、それに海翔、竜馬もいる。

 

「…海翔まで……」

「あれは本物じゃない。クローンよ」

「それくらい分かるわ」

 

葉子だけには薺に付けられていたデバイスが装着されている。なので、葉子の目に映るものはレッドクイーンにも見えている。玲奈を確認したクイーンは葉子に指示を出す。

 

『生きたまま捕まえなさい。ダメなら殺してでもその身体を入手しなさい!』

 

と、ここでエイダは残念な知らせを玲奈に知らせた。

 

「言ってなかったわね。海翔は死んだわ」

「………そう」

 

海翔が死んだ…。薺や紗枝にはもう周知のことだろう。薺が泣き叫ぶ情景が嫌でも思い浮かんでしまう。

そんなとき、ブランコに座っていた智之はタバコを吹かしながら、アサルトライフルの安全装置(セーフティー)を外した。

 

「智之、子供がいるのよ?ここで銃撃戦でもしたいのかしら?」

「知らないね…。そこにガキがいるのが悪いんだよ…」

「相変わらずね。…全然変わっていない」

「ふん……」

 

海翔はもう銃口を玲奈、佑奈、エイダに向けていた。

 

「さぁ………降参するか死ぬか…。子供が死ぬ様はあまり見たくないだろう?きちんと考えるんだな…」

「……ええ、そうね」

 

玲奈は素直に両手を上げた。

恐らく、玲奈が降参すれば殺されずにまたあの拷問部屋に戻るだけかもしれないが、佑奈とエイダは間違いなく用無しになって殺されるだろう。玲奈は手を上げながら、エイダの前を通過する。

玲奈のさり気無い行動の意図をエイダは即座に読み取った。

玲奈が前を通ったことにより、エイダに拳銃を掴むチャンスが出来たのだ。エイダは拳銃を発砲して、兵士たちの身体に風穴を空けていく。もちろん部隊はこんな不利な状況で撃ってくるとは思っていなかったため、一時混乱する。

玲奈は佑奈を抱えて、中に逃げ込んでエイダも銃撃が激しさを増す前に家の中に逃げ込んだ。玲奈はさっきの写真が置かれていたタンスの影に佑奈を座らせた。

 

「伏せてて!」

 

玲奈はマシンガンを両手に持ち、奴らに応戦する構えを取った。

部隊が放つ弾はもはや適当と言ってもいいレベルで、家の至る所に弾がめり込んでいく。玲奈とエイダは銃撃がほんの少しでも緩んだ隙の時だけ、マシンガンを撃ち、兵士たちに鉛弾をプレゼントする。

更に玲奈は兵士たちの後ろに置いてある車のガソリンタンクを狙って撃ち、車を爆発させた。爆発によって持ち上がった車は兵士2人を頭の上から踏み潰した。そしてまた隠れる。

エイダは裏口から入ってくる兵士を見つけると、フック付き拳銃を構えて、兵士の心臓に向けてフックを撃つ。槍状になっているフックは簡単に心臓を貫き、そのままワイヤーで身体を引っ張られる。玲奈も窓から侵入してくる兵士に弾を浴びせていく。

玲奈は今度は海翔に銃口を向けた。昔の仲間とか…そういうのは関係ない。玲奈の心中では既に覚悟は決まっている。海翔は玲奈がこちらに銃口を向けていると分かり、横に避ける。海翔に弾は当たらなかったが、代わりに後ろにいた兵士の頭を貫いた。

 

「チームで前進せよ!」

「了解!」

 

しかし、このまま籠城戦を続けるとなると、相手の方が圧倒的に有利だった。しかも前進してきたら、更に隙は無くなり、敵の数を減らせなくなる。すると、エイダが叫ぶ。

 

「この家から出て!」

「何言ってるの⁈あなたはどうするの?」

「誰かが足止めする必要があるでしょ?」

 

エイダはポケットから赤い眼鏡を投げた。

 

「それに脱出ルートが記してあるわ‼…これも…!」

 

エイダはフック付きの銃も玲奈に投げた。シルバー色の小型銃…。

エイダは玲奈に何故と問いかけられる前に言う。

 

「身軽な方がいいからよ…」

 

玲奈は歯を噛み締めながらも、佑奈を連れていく。

エイダはその様子を見た後に拳銃を発砲する。的確に、兵士の頭、心臓を撃ち抜いていく。

だが、葉子はもう殺すと決めたのか…分裂型グレネード弾を発射した。

エイダは舌打ちして、さっきフック付き銃で殺した兵士が持っていたアサルトライフルを掴んだ。グレネード弾がこの家で爆発を起こす前に床に向かってライフルを乱射する。そして、脆くなった瞬間にそこに逃げ込み、家で爆発するグレネード弾の攻撃を避けるのだった。

 

 

 

 

玲奈は爆発して、その家の上のホログラムが破壊されていくのが見えた。

 

「エイダ……」

 

しかし、彼女の心配ばかりもしていられない。追手が玲奈が生きていると気付く前に早くここから離れなければならなかった。

 

「佑奈!奴らが来るから、先に走って!」

 

佑奈は頷いて前に走っていく。

玲奈も追いかけようとしたとき、脇腹に痛みが走った。

 

「うっ…!」

 

触れてみたが、血は出ていない。

ここはさっき、斧鎚の巨人と戦った時に鎚の方で殴られた場所だ。どうやらあの一撃で肋骨の一部が折れてしまって、曲がった骨が出血を及ぼしているようだ。

玲奈は溜め息を吐きながら、佑奈の後を追いかけていった。

玲奈と佑奈は警戒しながら、モスクワエリアを着々と進んでいく。

今、玲奈たちはモスクワ駅に見立てた場所を移動している。その時…。

 

「ねえ、あんた!」

 

玲奈は瞬時にマシンガンを向けた。そこには葉子が立っていた。ただ、あの黒服の葉子ではなく、私服姿の葉子だった。恐らく、郊外でのシーケンスのために作られたクローンの1体だろう。

 

「なにその服…。なんていうか……女スパイって感じ?」

 

玲奈はマシンガンの1丁を葉子に差し出した。

 

「使い方分かるわよね?」

 

葉子はそれを見て青ざめた顔になる。

 

「ちょ…ちょっと待って!あたし、銃なんて見たことも扱ったこともないんだよ!?ていうか、どうして持ってるわけ?」

「それは愚問ね」

 

言い訳を繰り返す葉子は無視して、玲奈は葉子にマシンガンを握らせる。

 

「いい?要領はお祭りの屋台にある射撃と同じ。狙いを定めて……撃つ」

 

玲奈は葉子の指を握りながら撃たせてやった。葉子は自分が銃を撃てた事実に驚いてしまっている。

 

「もうこれで銃とは離れられないわね」

 

玲奈は肩をポンと叩いた。

すると、上の方から銃声が聞こえてきた。恐らく救助チームだろう。玲奈は葉子に頼む。

 

「葉子、佑奈をお願い」

 

玲奈が単身で向かおうとすると、佑奈は玲奈の身体を掴んだ。その目は涙で潤っていた。

 

「行かないで…」

「……。ママは今から行かなきゃいけないの。パパを助けに…」

「パパを?」

 

佑奈にとっては……だが。

 

「だから、この人と待ってて。必ず戻ってくるから」

「………約束だよ?」

「うん、約束ね」

 

玲奈はそのまま前に走っていく。その様子を見ている葉子と佑奈。

彼らが巻き込まれない内に一緒に逃げるのが、玲奈の目標だった。



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第75話 モスクワシーケンス

原作ではデカくて黒いリッカーが出ていますが、リッカーばかりも飽きたので、ここでは別の奴を出そうと思います。
何かはお楽しみください。



ルーサーは椅子を投げて窓ガラスを割り、別の通路に出た。竜馬たちはあのジュアヴォの軍団に勝てないと判断したため、別のルートで郊外エリアに向かうことにしたのだ。

ジョッシュが先に出て、辺りを警戒して、安全なことを確認した。

 

「いいぞ!」

「よし、周りを迂回して行くぞ」

 

ジョッシュが先に進もうとした時、カラカラとこの建物の屋根からレンガの破片が落ちてきた。ジョッシュがそこに目を向けると、驚きの生物が彼らを視界に捉えていた。

そいつは四足歩行の生物で口は身体の3分の1にも肥大して、牙は螺旋状になり、四肢の他にも新たな腕が伸びていた。そして身体中に赤く血走った巨大な眼球がいくつもあり、彼らを見ていた。奴は咆哮を上げると、ジョッシュに向かって、その巨大になり、鋭くなった爪を振りかざして飛んできた。

 

「!ジョッシュ!」

 

紗枝は自らがその攻撃を避けるのも構わず、ジョッシュと共に避けた。

奴の爪は軽く地面を抉り、頭が地面に派手にぶつかる。それでも奴は螺旋状になった口を大きく広げて、威嚇する。再び腕を振り上げて、鋭い爪で紗枝とジョッシュを切り裂こうとする。竜馬は彼らを助けようと思ったが、今から何をしても間に合いそうになかった。

だが…突然曲がり角から1台の車が飛び出してきて、奴の側面から車で追突して、建物の中に吹き飛ばした。青いライトが車外から漏れ、タイヤも車体もスマートな車で、運転席の扉が開き、運転手は言う。

 

「私を助けに来たんじゃなくて?」

 

ルーサーと竜馬は顔を見合わせて、苦笑いするのだった。

5人は狭い車の中にぎゅうぎゅう詰めになって車に乗り込んだ。

 

「高級車だな、玲奈」

「そりゃあ…こんなに広いし、早い車の方がいいでしょ?銃声をあんだけバカスカ撃っていたけど…何かに手間取っていたわけ?」

「まあね…」

「…ねえ、エイダはどうしたの?」

 

薺の質問に玲奈は少し戸惑った。

 

「……多分、()られた…」

 

ジョッシュは念を押すように効いてくる。

 

「死ぬところを見たのか?」

「いいえ」

「なら……切り抜けてる可能性も…」

 

しかし、安心しているのも束の間、突然後ろのガラスが割れたのだ。

割れた原因は車を追ってやって来るバイクや車に乗っているジュアヴォの軍団がマシンガンを撃ってきたからだった。

玲奈はハンドルを切り、奴らを振り切ろうとする。だが、ジュアヴォはそれなりに知性が残っている。スロープになった段差を利用してバイクを飛び上がらせ、装甲が脆くなっている車の真上から発砲してきた。もちろん、車の中に銃弾は飛んでくる。

 

「うおっ!マジかよ!」

「竜馬たちが苦戦してたのはあいつら?」

「ああ、そうだよ!」

 

玲奈はここで車を左に旋回させ、ほんの数秒そこに留まってから車を発進させた。真後ろで走っていたバイクはブレーキを踏んでも止められず、そのまま玲奈たちの車の横に追突して転倒した。しかし、これだけでは奴ら全員を倒すことは出来ない。

 

「後ろの方々!いつまで休憩してるの?いい加減に働いて!」

「…お嬢さんに言われたら仕方ねえなぁ!」

 

ジョッシュは車のドアを開けて、そこで掴まって拳銃を撃つ。

 

「薺!私たちもやるわよ!」

「ええ!」

 

紗枝と薺も壊された後方のガラスから腕を突き出して拳銃を発砲する。

2人が放った弾はバイクや車を運転するジュアヴォの頭を貫き、横転させていく。ジョッシュも撃っていくが、車が揺れるせいで中々照準を合わせれずにいた。その時、横から迫ってきたジュアヴォに掴まれてしまう。

 

「なっ!」

 

ジョッシュはそのまま車から無理矢理落とされてしまう。

 

「ジョッシュ!」

 

紗枝もジョッシュを追って飛び出そうとしたが、それは薺が必死に抑え込んだ。

玲奈は車を急旋回させて、ジョッシュが振り落とされた場所に急いで向かう。

その間にもジョッシュはジュアヴォが出したナイフで首を裂かれないように必死に抵抗していた。と、ここで玲奈は竜馬とルーサーに言う。

 

「竜馬、ハンドル。ルーサー、ちゃんと引っ張ってよ」

「引っ張る?何を…」

 

玲奈は運転席のシートベルトを壊して、最大限にまで伸ばすと、それを左手に巻き付けた。そして、ハンドルを右に切ってから自らも外に出ていった。

 

「玲奈⁈何してるの⁈」

 

薺の焦った声が耳に入ったが、玲奈はそれよりもジョッシュの救出に専念していた。

車を右に切ったため、遠心力が発生して、玲奈自身の速度が上がり、彼女はジョッシュに覆い被さったジュアヴォの顔面に蹴りを加えながらも、右手でジョッシュの服の襟首を掴んだ。

 

「おいおい!苦しい!それにケツが痛え‼」

「死ぬよりかはマシでしょ?大人しくしてて」

 

ルーサーは玲奈がジョッシュを助け出したのを見てから、シートベルトを引っ張る。

無事に車に戻ってきたジョッシュに玲奈はこう聞いた。

 

「大丈夫?」

「それはこっちに台詞(セリフ)だよ…」

 

玲奈は運転席に戻り、運転を竜馬と交代する。車内ミラーを覗くと、紗枝は半泣きの状態でジョッシュに抱きついていて、彼は少し戸惑っている様子だった。玲奈、竜馬、薺、ルーサーはやれやれといった表情を作る。

……と、ここで何か火を吹いたものが車に向かって飛んできた。玲奈はそれが何なのか分かり、急いでハンドルを右に切った。車の横を通過したロケットランチャーはその先にあった車の後部が炎上し、爆発した。その爆発した反動でか、その車は玲奈たちが走る道を塞いでしまう。

 

「うおおっ⁈」

 

玲奈は構わずその車のど真ん中に突っ込んだ。炎上した車は大破して、玲奈たちの車のボンネットにも多少火が付いてしまった。ルーサーは胸を撫で下ろしながら、玲奈に忠告した。

 

「次やる時は先に言え!心臓が縮こまったよ、今のは……」

 

玲奈はサイドミラーを見る。

車に乗り込んでいるジュアヴォ2体がロケットランチャーを構えている。

 

「来るわよ!」

「1発は任せろ!」

 

2発同時に飛んできたロケットの内、1発はジョッシュの放った弾丸により、粉々に吹き飛んだ。だが、その煙の中からもう1発が飛んで来て、それは玲奈たちの車の左側の建物に穴を開けた。車にも衝撃波が来て、多少揺れた。

それから玲奈たちの乗る車は有名な赤の広場に出た。すると、前方から大きなマシンガン…いや、あれはミニガンだ。それを片手だけで持っているジュアヴォがバイクに跨ってこちらに向かってくる。

そして、真正面からミニガンは連射を開始する。弾はボンネットを吹き飛ばし、前のフロントガラスに蜘蛛の巣状の(ひび)を入らせた。

玲奈はミニガンを撃ってくるジュアヴォに対して、運転席の扉を開き、車を120度回転させた。バイクはそのまま向かってきたため、運転席の扉にぶつかってジュアヴォはバイクと共に宙を舞い、バイクは地面にぶつかった衝撃でか爆発した。

玲奈は構わず車を発進させるが、バイクに乗っていたジュアヴォが立ち上がると、さっき車にぶつけてやった怪物が踏みつけて殺してしまうところを見た。

 

「さっきの奴も来たぞ!」

「おいおい……」

 

ジョッシュは思わず声を漏らした。

怪物はジュアヴォたちの乗る車を横転させながらも玲奈たちを追って来ている。敵も味方の判別すらない。

 

「…もう少しよ…。掴まって!」

「ちょっ……!玲奈⁈」

 

突然叫ばれた5人は玲奈の無茶苦茶な行動に驚く。車はモスクワ駅の入り口にすっぽり入っていき、そのまま猛スピードで走り抜けていく。奴はすぐそこまでに迫って来ている。だが、玲奈は奴を撒く自身があった。

玲奈は車を斜めにしながら走行させて、建築中の足場を崩していく。それにより、天井のレンガはこの足場を支えにしていたために、崩落を開始する。あの怪物も耐えることが出来ず、瓦礫の山に埋もれていった。

玲奈たちの乗る車は崩落直前に脱出して、難を逃れた。

 

「はぁ…はぁ……。玲奈…無茶すぎ……」

 

紗枝はあまりいい顔をしていなかった。ましてや、薺は車から出て、胃の中身を全て吐いてしまっていた。

車も無理をしすぎたか、ボンネットから白い煙が上がり、これ以上は使えそうになかった。竜馬もルーサーも吐きそうな表情に対し、ジョッシュは何事もなかったかのような表情だった。

 

「おいおい…。玲奈の姉ちゃん、こいつら全員ダメみたいだぜ?」

「…姉ちゃんって呼ぶのやめて」

「へいへい」

「お前ら…怪物かよ……」

「うえっ…。マジ吐きそうだった…」

 

玲奈は溜め息を吐きながら、みんなを促す。

 

「じゃあ行こう」

 

4人は、あの気持ち悪い気分をどうにか抑えて、2人の後を追うのだった。




ちょっと何出すか迷いましたが、折角RE:2も発売されたので、Gウィルス変異の第三形態を出しました。描写するのがかなり大変でした…。


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第76話 『パパ』と呼ばれる戸惑い

「2人とも!出てきてもいいわよ!戻ってきたわ‼」

 

玲奈がそう叫ぶと、柱の影から佑奈と葉子が出てきた。

佑奈は涙目で玲奈に抱きつく。

 

「ママ…っ!戻ってきた…!」

「佑奈、大丈夫だった?」

「うん!あのお姉さんが守ってくれていたから」

 

5人は玲奈と佑奈のじゃれあいに暫し茫然となる。玲奈は5人の視線が気になってしまい、そっちを見た。

 

「な、何?」

「その子……誰?」

 

薺に言われて、玲奈が紹介しようと口を開こうとした時には佑奈が先に自己紹介をしてしまっていた。

 

「私の名前、佑奈っていうの」

 

ルーサーは馴染みやすくするために優しい言葉をかける。

 

「やぁ、佑奈。俺はルーサーだ」

「私のママのお友達?」

 

佑奈が玲奈に指差して、玲奈が『ママ』であると示す。玲奈は皆に苦笑いをするが、竜馬は驚きのあまり口がパクパク空いたまま閉じられずにいた。すると、竜馬の姿を見た佑奈は彼の傍にトコトコと駆け寄っていく。

 

「パパっ!」

「…⁈」

 

佑奈は竜馬のお腹に顔を埋めてすりすりと顔を擦った。

竜馬はどうなっているのか全く見当が付かないでいる。玲奈を焦って見るが、彼女は

首を横に振る。抵抗したり拒絶したりしてはいけないと言いたいのだろう。

 

「玲奈、どういうことだ?」

「“玲奈”じゃないよ!パパ‼」

「「えっ?」」

 

今の佑奈の言葉には玲奈も竜馬も同時に驚きの声を出してしまった。

 

「ママの名前は“美奈”だよ!間違えないで!」

「美奈?……分かった、佑奈」

 

余りややこしくしたくない竜馬は大人しく佑奈の言う通りにこれからは佑奈の前では『美奈』と呼ぶことにした。ただ…何故名前が『美奈』と別のものなのか分からないが…今は置いておこう。

その時、ジョッシュは場の雰囲気を考えずに発言する。

 

「おい、家族ごっこやってないで、早く行かねえと時間的にやばいぞ?」

 

竜馬はジョッシュにそう言われて一気に現実に戻された。時計に目をやると、残り時間は約51分…。元のエレベーターに戻ろうにも、さっきの道を逆に行くのは無謀と言えるだろう。第一、例の道は玲奈が車を使って、瓦礫で埋もれさせてしまったため、戻ることも出来ない。

 

「大丈夫よ、任せて」

 

玲奈はエイダから受け取った眼鏡を装着する。

すると、眼鏡のレンズにこのモスクワ駅から潜水艦シェルターに行く方法が表示される。

 

「この地下鉄の線路に沿って進んでいくと、潜水艦シェルターに繋がる配水管に出られる」

「よし、それなら行こう!」

 

玲奈が先頭にそこに歩んでいくのだが、本来なら竜馬が先頭に出たい気分だったが、佑奈は竜馬の手をしっかり握ったまま、離してくれそうもなかった。全く知らない女の子だから、これだけでも竜馬は本当に戸惑ってしまっていた。幼いころの彼の妹…千鶴と同じだと思えばそれで楽なのだが…それとはまた別の話になってくる。

その様子を見ていた紗枝が竜馬に言う。

 

「玲奈とよく話したら?」

「えっ…」

「…その佑奈って子のこととか…色々聞きたいことがあるんじゃないの?」

 

薺の言う通りだった。聞きたいことなら山のようにある。

何故、竜馬が『パパ』と呼ばれているのか…。そして、この佑奈はどういう子なのか…。

そう思った竜馬は手を握ったまま離さない佑奈と目線の高さを合わせて、膝を曲げて話す。

 

「佑奈、ママとこれから大事な話をするから……このお姉さんと一緒にいて」

「何のお話?……喧嘩でもするの?」

「……違うよ。とっても大事な話だけさ」

 

佑奈は竜馬の言葉を信じたのか、にっこり笑って紗枝のところに駆け寄っていく。更に薺は玲奈と竜馬を気遣って、少し距離を取ってくれた。竜馬は先頭を歩く玲奈のところに赴き、話し始める。

 

「……玲奈、あの時お前は何をしたかったんだ?」

 

竜馬が突然怒りを隠すことなく話しかけてきて、玲奈は驚いた。“あの時”とは、海底油田でのことだろう。玲奈はどうとも言えず、ただ前を向いたまま何も言えなかった。

 

「そうかよ…。何も言わないのかよ?」

「ち、違う…。それは……」

「それは…?なんだよ?言いたいことがあるならはっきり言えよ!」

 

本気で怒っている竜馬に玲奈は肩を震わせた。

いつも、アンデッドや怪物と戦っている玲奈でも、こういう時には自信を無くしてしまう。竜馬の前だからでなのかと、自問する玲奈。

 

「……もういい。で、あの佑奈って子は、何者なんだ?」

 

いつまで経っても何も言わない玲奈に嫌気が差した竜馬はそう言ったが、逆にその発言は玲奈に深い傷を負わせる。玲奈は胸が締め付けられる感覚に陥ったが、どうにか涙はだけは耐えた。

 

「佑奈は……クローンよ。佑奈は私のことを母親であると記憶を刷り込まれている」

「……実際は玲奈が母親なわけではないんだな…。でも、どうして俺が父親なんだ?」

「アンブレラが設定した家族構成で竜馬が父親になるようにやっただけよ…。たったそれだけ…。偽りの家族でしかない」

「そう……か…」

 

竜馬はそれでどこかホッとしたような…がっかりしたような表情を作った。玲奈が竜馬の方を向くと、彼の目尻からは少しだけ涙が溢れていた。

 

「え……」

 

竜馬が…泣いている…。竜馬は玲奈の視線に気付き、慌てて目を擦って涙を拭くと、歩きながらであるが、今度は優しい口調で話し始める。

 

「はっきり言えてないのは、俺の方だな…。玲奈、生きてて良かった…」

 

それは竜馬の心の底からの言葉だった。先程の酷い言葉で傷付いた玲奈の心が塞がっていく感じがした。

 

「さっきは、酷いこと言ってごめん。玲奈が何にも言わないし、伝えてもくれないし……俺って、信用がないのかなぁ…って、思った」

「竜馬…」

「あの佑奈って子のことでも…。佑奈にはあんだけ笑顔を向けておいて、久しぶりに再会した俺にはほとんど顔を振り向かせなかった。…要するに……少し妬いていたというか…」

 

そのことを黙って聞いていた玲奈だったが、涙を出す程に思いっ切り笑い出してしまう。

 

「お……おま…!玲奈!何笑っているんだ⁈」

「だって…!竜馬らしくなくて……面白かったんだもの!でも…」

 

玲奈は腹の底から笑いあげ終えると、彼の頬に手を置いて軽い口づけをする。

 

「ふふ……。泣きそうになった私がバカだったわ。私はこれだけ愛されているんだもの…」

「玲奈…そうだな……」

 

それからもう1回、チュッというリップ音がトンネル内に響き、4人の視線を集める。暗いトンネルでも何をしているかくらい分かる。紗枝が溜め息を吐いていると、隣にいたジョッシュがこう小さくぼやいていた。

 

「はぁ……俺もいつか………」

「…?」

 

何を言っていたか聞こえなかった紗枝だったが、あの2人が相思相愛であることが改めて分かる。

 

「ねえ、お姉さん…パパとママは何をしているの?」

 

佑奈は紗枝に聞く。紗枝も笑顔を向けて優しく言った。

 

「パパとママはね……愛し合っているんだよ…。佑奈ちゃんのために…」

「本当?良かった!」

 

無邪気な笑顔を振りまく佑奈の姿は、とても可愛らしく見えるのだった。




最後の〆、いまいちな気がするけど……これでいいかな?


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第77話 玲奈にとっての価値

薺はいつまで経ってもイチャイチャしている姿に呆れてしまい、2人に向かって大きく叫んだ。

 

「玲奈、竜馬‼いつまでもラブラブしてないで早く先に進んで!時間もないし、会話も駄々洩れよ!」

「「‼」」

 

からかって言った薺の言葉に玲奈はすぐさま竜馬から離れ、顔を一気に赤くしていった。比喩するなら、完全に茹で上がったタコ。

すると、ルーサーが叫んだ。

 

「おい!あれじゃないか?」

 

ルーサーが見つけたのは、トンネルの左側に現れた枝分かれしたトンネルだった。その途中で階段があり、更には上へと行くための梯子まで置いてある。どうやらエイダが渡してくれた眼鏡による案内は正しいようだ。玲奈は恥ずかしさを消し飛ばすために相槌を打った。

 

「そうね。この梯子を登り切ったら潜水艦シェルターに着くはずよ」

 

ルーサー、ジョッシュを先頭に警戒しながら梯子を登っていく。ジョッシュがマンホールの蓋を開けて、周りを確認する。そこはつい一時間くらい前に通った場所で、アンブレラの兵士の死体もそのままになっている。全員が無事に梯子を登ったところで紗枝が時計を確認した。

 

「あと20分…。時間的にどう?」

「間に合いそうだ」

 

玲奈たちは漸く地上に繋がるエレベーターに到着する。

これで漸くこの地獄みたいな研究施設から脱出できる……なんて生優しいことは誰も考えてなんかない。ここでレッドクイーンが何か仕掛けてくる可能性もあり得る。

そして、全員がエレベーターに乗り込んで、ジョッシュがレバーに手をかけた。

 

「お待ちください。次の階は…氷点下40度の世界です」

 

あながちシャレになっておらず、紗枝と竜馬は苦笑した。まあ、この施設が南極大陸の永久氷河の真下に作られている訳なんだから当然だが…。ジョッシュがレバーを回し、エレベーターは順調に上昇して、玲奈たちを地上に送り届けてくれる……はずだった。エレベーターは突如、途中で止まってしまい、赤い警報ランプも作動する。どうやら…皆が考えていたことが現実となってしまったようだ。

 

「ジョッシュ、原因は?」

「さあな…。ただ、今の状況は非常にヤバイのは明らかだぜ?」

 

ルーサーはここで一旦エレベーターから降りて、向こうにある制御盤に近付く。

 

「ルーサー!」

「遠隔操作で電源を落とされた!早く復旧しないと、何かやって来る!」

 

玲奈は佑奈に指示を出す。

 

「伏せてて!」

 

佑奈は大人しく姿勢を低くした。またさっきのジュアヴォ軍団かあの部隊が来てもおかしくない。玲奈も制御盤のところに行き、どういう状況か確認する。竜馬は時計を見て、ボソリと呟いた。

 

「こいつは…Bプランで行くしかないかもな…」

「Bプラン?どういうこと?」

「爆弾を仕掛けたのはもう1つ狙いがあってな…」

 

竜馬がそのもう1つの狙いを言おうとした時、突然ジョッシュの悲鳴が聞こえた。

 

「ぐあっ!」

 

見ると、ジョッシュがエレベーターの方から吹き飛んでいて、その射線上にいた薺にもぶつかって2人はエレベーターから離れた場所に飛ばされた。

 

「あうっ!」

 

ジョッシュを吹き飛ばしたのは、さっき瓦礫に埋もれたはずのあの怪物だった。奴は狙いを佑奈に定めると、その剛腕で佑奈を掴んで逃げようとする。

 

「キャアアアアア‼」

「やめろおおおお!こんの化け物がああ!」

 

葉子は玲奈に渡されたマシンガンを思う存分乱射するが、全く効いておらず、奴はもう一方の腕で葉子の身体を切り裂き、身体を真っ二つにして殺した。

 

「ママァ‼ママァッ‼」

 

佑奈の助けを求める声がエレベーターの通路内に木霊する。玲奈は唇を噛んで、自らの愚かさを罵倒した。

ジョッシュは鉤爪で身体を吹き飛ばされたにしては、傷はあまりなく軽傷だった。薺もジョッシュとぶつかって頭を軽くぶつけたくらいで、大きな傷ではなかった。だが……身体を真っ二つにされた葉子の死体は…無惨なものだった。玲奈は無言で彼女に近付き、見開いた目を閉ざしてやると、落ちていたマシンガンを掴んで歩いていく。

しかし、そこにさっき傷を負ったジョッシュが玲奈の前に立ち塞がった。

 

「どこに行く気だ?」

「佑奈を助けに行く」

「やめろ。あんなガキを助けに行くのは…」

 

玲奈はジョッシュに対して嫌悪感を感じて、無意識の内に表情を悪くしていく。

 

「…あなたに何でそんなことを言われなきゃいけないの?」

「お前は何も分かっていない。今ここで助けに行ってみろ。死ぬぞ」

「構わないわ」

 

玲奈はすっとジョッシュの横を通り過ぎていく。ジョッシュはその飄々(ひょうひょう)とした態度の玲奈に怒りを覚えた。彼女の肩を乱暴に掴み、振り向かせると、白い頬にその手で思いっ切り叩いた。

 

「っ!」

 

じ~んと頬全体に広がっっていく痛みに玲奈は思わず頬を抑えた。しかし、彼女は怒りも何も湧いてこなかった。

 

「ジョッシュ…!テメエ…‼」

 

竜馬はジョッシュの胸ぐらを掴み上げると、拳を作った。

 

「……お前も何か忘れてないか?」

「何をだ?」

 

ギリギリとジョッシュの首を締め上げていく竜馬。紗枝と薺も流石にこれ以上はマズいと思い、彼らを引き剥がそうとするが、竜馬の力は半端なく、全く離れようともしない。

 

「俺たちは玲奈を助けに来たんだぞ?なのに……あいつはあんなクローンの子供一人のために命を張りやがって……。もし、ここで玲奈が死んじまったら…俺らがここに来た目的が無くなっちまうだろ‼それくらい考えろ!馬鹿女‼」

 

正論だ。ジョッシュの言っていることは…明らかに正論だった。

 

「俺はな……あんなガキを助けるよりも、玲奈の命を助ける方が優先順位は高いんだよ…!」

「この……くそ野郎……」

 

竜馬の力は更に上がっていくが、その拳をジョッシュに振りかざすことはなかった。あまりの正論に竜馬は歯軋りして、反論することが出来なかったのだ。すると……。

 

「竜馬、やめて」

 

玲奈は竜馬の肩を叩いてやめるように言って来た。竜馬からしたら、まだ一撃も殴っていないジョッシュを開放するのは…全く納得できることではないが、玲奈がそう言うなら……仕方ないと思った。彼はゆっくりとジョッシュから手を放した。

 

「ジョッシュ…確かにあなたの言うことは正しい。でも…私は佑奈を赤の他人だなんて思っていない。ジョッシュが私を優先するのは、単なるあなたの価値観の違い。でも…私は佑奈が大切なの。この命を無くしてでも…守りたい存在なの」

 

玲奈の優しい……棘のない話し方にジョッシュはやれやれといった表情で、塞いでいた道を解放した。

 

「ありがとう…」

 

玲奈がそう述べて、縦穴を登るために梯子に手をかけると…。

 

「玲奈!」

 

ルーサーが声を上げた。

 

「俺も行く。1人じゃ危険だ」

「でも…」

「危ないのはもう慣れっこだし……」

 

その時、ルーサーの左腕を弾丸が貫通した。ルーサーは軽くよろめき、玲奈は即座にそこから撃ってきた兵士を殺した。ルーサーは左腕を抑えて出血を止めていた。

 

「ルーサー…!」

「大丈夫…さ……。連れ戻してこい…お前の大切な娘とやらを……」

 

玲奈はしっかり頷いて梯子を登って行った。

葉子や海翔、智之たちの部隊はここまで追いかけてきていたのだ。紗枝や竜馬たちは柱や荷物の影に隠れて、ここを死守することにした。

 

「玲奈が戻ってくるまでここを抑えるんだ‼」

 

数も弾も相手の方が多い。

だが、竜馬たちには爆弾という最後の切り札がある。玲奈が来るまでと言ったが、彼女がもし爆発までに戻って来なかったら、その時にはエレベーターには乗っていないといけない。これから始まる時間の勝負に彼らはかけているのだ。



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第78話 本当のママ

玲奈は長い長い梯子をどうにか登り切って、別のトンネルに到達した。そこは例のモスクワ駅のトンネルと同じくらい広くて大きい通路だった。明かりも何もないため、暗闇に慣れた目であの怪物を探すしかなかった。マシンガンを構えて進んでいると、地面にはあの怪物が残したと思われる引っ搔き傷や爪痕が至る所に残っていた。ここを通って、佑奈をどこかに連れ去った証拠だ。

だが、ここでまたしても腹に痛みが僅かに走った。

 

「うぅ…」

 

骨折した肋骨は時間が経つにつれて悪化してるようだった。腹を軽く抑えて、玲奈は痛みに耐えながらその通路を歩いていくのだった。

暫く歩いていると、また別の縦穴に着いてしまった。しかし…上から何か聞こえる…。。玲奈が上を見上げると、何が音を出しているのかすぐに分かった。壁に追い詰められた佑奈があの怪物に今にも殺されようとしているところだった。その証拠に剛腕が高々と上がり、白い爪をキラリと輝かせていた。

 

「…!ママ!助けて‼」

「…今行くわ」

 

玲奈はエイダから貰ったフック付き銃を取り、引き金を引いた。放たれたワイヤーは怪物の腕に当たり、玲奈はそこから引っ張られていく。腕に引っ掛かったことに気付いた奴は玲奈に全ての巨眼を向けた。だが、その時には玲奈は怪物の頭の高さにまで来ていた。

怪物はすぐに別の腕や螺旋状になった口で玲奈に食らいつこうとするが、玲奈は怪物の腕も口も届かないギリギリの場所で身体を回転させながら、奴の頭にマシンガンの弾を何十発もぶち込む。もちろん、玲奈もこれだけでこいつを殺せるなんておこがましいことは思ってなんかいない。ただ、奴が怯む隙を得て、その間に佑奈を助け出そうと思っているのだが……玲奈の予想とは裏腹に、奴は顔面をグチャグチャに潰れ、抉れて…地面に倒れていくのだった。

玲奈はまだ息があるのを確認しながらも、佑奈の元に駆け寄って彼女を抱き締めた。そして…我が子のように何度もその名を呼んだ。

 

「佑奈…!佑奈…!」

 

佑奈も泣いて玲奈の胸の中に顔を埋めた。玲奈はすぐに息がまだある怪物から離れようとするが、近くに転がっていた死体に付いている“何か”に目が入った。それは何個も連結して付いた手榴弾だった。服装からして、ここの職員だろうが…奴に見つかって餌にされたのだろう。

 

「佑奈!行くよ!」

 

玲奈は佑奈の小さな手を掴んで、とにかくここから急いで離れていくのだった。

 

 

 

 

竜馬は改めてタイマーの残り時間を確認した。あと5分足らずしかない。玲奈は一向に戻る気配はない。万が一…玲奈が戻って来なかったら……エレベーターに乗り込んで地上へと上がるしかない。

 

「うっ…!」

 

その時、隣にいた薺が小さく呻いた。彼女はライフルを落として右腕を落としていた。

 

「薺!」

 

竜馬は近付いてくる兵士たちにマシンガンを撃って牽制した。

ここも長くは持ちそうになかったため、玲奈と佑奈が戻る前に…エレベーターを動かすしかない可能性も上がってきた。

 

「エレベーターまで退却だ‼」

 

しかし、ルーサーだけは部隊の方を見て少し考え込んだ後に竜馬に伝えた。

 

「先に行け!俺が足止めする!」

「ルーサー!何言ってんだ!」

「タイマーがゼロになった時にはエレベーターに乗っていなきゃならないだろ!?誰かがエレベーターにまで攻め入られないようにしなきゃならないんだ!」

 

ルーサーは隙を見つけ、ライフルを連射し、アンブレラ兵士2名の命を奪った。

 

「行け!俺に構うな‼」

 

竜馬は必死に考えて考えたが…ルーサーの言っていることは正論だった。なので、竜馬は撃たれた薺を支えて、ジョッシュ、紗枝と共にエレベーターに乗るのだった。

 

 

 

 

ルーサーはここで自らの死を悟った。これだけの兵士の数を1人で相手し、死守するなど到底不可能だ。

それなら……エレベーターに乗った4人のために、一矢報いてやることがルーサーにとっての最後に仕事だと考えた。ライフルの弾もなくなり、残りは今手に握っている単なる拳銃1つだけだ。これで奴らを倒すには…。

 

「捕虜を連れてきな!」

 

葉子の鋭い声と共に、奴らは突然銃撃を止めた。そして、柱から出てきた人を見て、ルーサーは目を見張った。玲奈が死んだと言っていたエイダが、後頭部に銃口を当てられながら、ルーサーの目に現れたのだ。

 

「それ以上撃ってみろ…。この女の頭から赤い花が咲くぞ?」

 

ルーサーはこの状況を打破するには、自らの命を差し出してやるしかなかった。拳銃を左手に握ったまま。柱の影から出た。そして撃ってこいと言わんばかりに両腕を大きく広げて…彼らの前に姿を見せた。もちろん、そんな格好の的を奴らが生かすはずもない。智之から放たれる銃弾がルーサーの身体を突き抜けていく。

 

「ごふっ……ぐはっ……」

 

ルーサーはドサッと音を立てて倒れる。それを見た智之はフッと笑みを漏らし、足を前に踏み出した。

だが……その時、まだルーサーは生きていたのだ。死んだと思わせてから、さっき空中に投げた拳銃を起き上がって掴むと、最後の一発を智之の心臓にぶち込んだ。乾いた銃声の後に、智之の胸には綺麗に穴が空き、智之は吐血して倒れていった。

もう1度…ルーサーは両手を広げた。今度こそ…奴らは容赦しなかった。これでもかというくらいにルーサーの身体に弾を撃ち込み、遂に彼の巨体は地面に倒れ、二度と起き上がることはなかった。

 

 

 

 

玲奈と佑奈は通路をひたすらに走っていき、突如として広い部屋に出た。それは目を疑いなくなるくらいに嫌な光景だった。同じ顔、同じ体型の人間がまるで工場で作られているおもちゃみたいに吊るされて運ばれていたのだ。その中には玲奈のクローンもあって、それを見た佑奈は驚愕してしまう。

 

「あれ……ママ⁈」

 

玲奈も返事に困ってしまう。しかし、ここで立ち止まっている訳にはいかなかった。さっき頭を潰した怪物が前方の高い位置にある通風孔を破って、玲奈たちに咆哮した。散々に脳をグチャグチャになるまでマシンガンを撃ったはずなのに、まるで効いていなさそうだった。

そこで玲奈はさっき取った手榴弾のピンを抜いた。すると、佑奈は玲奈の腕を引っ張った。その顔は、今にも泣きそうなものだった。

 

「ママ……ママは本物だよね⁈」

 

本当は違う。あなたは作られた存在なの……と、心の中で言う玲奈。だが、そんな残酷なことを言えるはずもなかった。玲奈は真剣な表情で佑奈に言った。

 

「今はそうよ」

 

怪物は通風孔からジャンプし、玲奈たちに飛びかかってくる。玲奈は瞬時にフック付き銃で天井に引っ掻けると、上へと逃げていく。そして…眼下は爆発で赤く染まっていくのだった。

 

 

 

 

ルーサーの死を見届けた竜馬とジョッシュは申し訳なく思いながらも、2人はレバーに手をかけた。玲奈はもう待てなかった一行は、タイマーを確認して、爆発に備えた。

そして、すぐに施設全体が揺れた。施設に流れていた電源を切られてしまったため、この時だけは非常用電源が作動する。これだけはレッドクイーンでも操作出来ないことを知っていたため、最終手段にするには最適だった。

 

「……走れ‼」

 

通路の奥から葉子の声が響いた。どこに走っていくにせよ、エレベーターに乗っていない彼らは助からない。身に滲みる程の極寒の海水を浴びてしまうからだ。予想通り、漸くエレベーターが動き出すが、途端に4人に超冷たい海水がかかってくる。あまりに冷たくて、4人とも身体ががくがく震える。

その時、奥からガタンと音がして、エレベーターに網戸が落ちてくる。そちらに銃口を向けたが、そこには網戸を蹴破って、ここに到着した玲奈と佑奈の姿があった。

 

「戻ってくるって言ったでしょ?」

「……信じた通りの女だぜ、なぁ…竜馬?」

「そうだな…」



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第79話 浮上してきたもの

無事、永久氷河の真下に作られた研究所から脱出した一行は雪原用の車でこの南極大陸を横断していた。ジョッシュ曰く、後にジョンが迎えを送ってくれるようだが…それまではジョッシュが運転する車の中でゆったりくつろぐことになった。玲奈の膝に頭を乗せて、佑奈は疲れっ切ったのか、すっかり眠っている。そして玲奈も隣に座る竜馬の肩に頭を乗せて…緊張感から解かれた表情を見せた。

 

「助けてくれて…ありがとう…」

「そう言うけどさ……俺が来た時にはもう脱出してたろ?俺の助けなんかいらないんじゃないか?」

「そんなこと……ないよ…」

 

玲奈はどうしても優しい視線を竜馬に向けてしまう。一難去った後なので、玲奈は完全に気を緩めていた。それは竜馬も同じだった。2人は前の席にいる2人…紗枝とジョッシュに見られているかもしれないこととか気にせずにお互いに唇を合わせていた。薺なんかは恥ずかしいのか、玲奈たちを全く見れていない。

すると、紗枝は「オホン」と声を出してから…こう言う。

 

「今ここで、そういういかがわしいことしないでくれる?」

 

玲奈は紗枝の発言にキョトンとする。

 

「……いかがわしいことって?」

 

彼女は自らがしていることに自覚を持っていないらしい。その自覚の無さに紗枝とジョッシュは同時に溜め息を吐く。玲奈はたまにそういうところは天然だ。

しかし、紗枝はそういうところもあって羨ましく思った。この約3年間、ずっとアンデッドかアンブレラの脅威に晒され続け、警戒心を緩められる時間が無かった。でも今なら、そういうこともないから…竜馬との時間を楽しめられる。

それがまた…羨ましくて堪らなかった。この手を優しく握ってくれる人はもう…この世にはいない。

 

「…海翔……」

 

そう…彼女はあの施設でクローンではあるが、海翔に会っていた。それを見た彼女は思わず、クローンでもあるのに本当は生きていたのではと思ってしまいそうだった。だが…それが更に海翔の死を強調させてしまい、表情をどんどん悲しく染め上げていく。

 

「………」

 

そんな紗枝の悲しい声を聞いたジョッシュは、紗枝に話しかけられずにはいられなかった。

 

「どうした?元気ねえな…」

「…関係ないでしょ?」

「冷たいな…。……もしかして、あそこで死んだ恋人の偽物を見たから…またその影を追っているのか?」

「関係ないって言っているでしょ‼」

「「「!!?」」」

 

玲奈と竜馬、薺がいるというのに紗枝は気にすることなくジョッシュに怒鳴った。紗枝の目は酷くうるうる潤っていた。

 

「大切な……人を失った気持ちを知らないから…そんな暢気なことを言えるのよ…」

 

耐えきれずに涙を流してしまう紗枝。ジョッシュはそんな紗枝を見て、自分自身がしてしまった罪を深く後悔した。後ろの2人は紗枝が泣き出したと分かっていないのか、相変わらずイチャイチャしている。

ジョッシュは彼女の悲しみを払拭させたくて…ハンドルから片手を離して、紗枝の頬に手を置いた。涙で濡れた頬は冷たく、ほんのりと赤かった。

 

「…悪い……」

 

ジョッシュはそのまま顔を近付けていき、紗枝の唇を奪った。

 

「⁈」

 

紗枝は目を見開いて驚いた。すぐにジョッシュは唇を離したが、紗枝には何時間も…いや、永遠にされているような感覚に陥っていた。更にジョッシュは紗枝の冷たくなった手をぎゅっと握り、こう呟いた。

 

「俺は紗枝が好きだ。あいつの代わりは無理かもしれないけど……それでも俺は、紗枝を離す気はないからな…」

 

そう呟き、彼は再びキスする。紗枝はもう涙が止まることがなかった。ぽっかり空いてしまった穴が…急速に埋まっていく気がした。彼女も……ここで漸く分かった。紗枝も…ジョッシュのことが好きだと、やっと気付けるのだった。

ジョッシュはそれからはもう何もしなかった。車を運転したまま、彼は一言も発しない。だが、隣にる紗枝は鼻をすすり、涙をポロポロと未だに落とし続けていた。何度となく自分に涙を止めろと言うのだが、一向に止まる気配は見られない。

 

「……っ…うぅ……っぅ……」

 

嬉しさが止まらないのだ。紗枝は自身の身体が温かくなっていくのが分かった。もう誰も差し伸べても…握ってもくれないと思っていた孤独な手を…彼が受け止めてくれた。今もジョッシュの手が強く握られたままだ。

 

「海翔っ…。私……絶対死なないからね…」

 

ジョッシュはそれをまた横で聞く。今の発言で、ジョッシュは紗枝が海翔の死を漸くきちんと受け止めて…長い間の苦しみから解放されたように見えた。それはそれで良かったと…彼は密かに思うのだった。

 

 

 

 

車は順調にジョンの指示された場所に向かっていた。ジョッシュにとっては父親だが、本心は今になって父親面するなと怒鳴り散らしてやりたかった。しかし、玲奈を助ける作戦だと、映像を通して伝えられた。そんなことを伝えられて…ジョッシュはまだしも他のメンバーは断るはずがなかった。紗枝と薺は海翔を殺された復讐心からアンブレラを憎んでいたから…。殺されたルーサーは助けてもらった恩があったから…。竜馬に関しては言う必要もないだろう。そのせいでジョッシュは逆らう…というか、反対することが出来ず、やむなく賛成してしまったのだが…彼は心のどこかで引っ掛かっていた。映像の中のジョンは最後に微笑んだのだが、何か嫌な感じしかしなかった。

ジョンはまた何かを企んでいる……。玲奈たちの知らない何かを…。

 

「……って、考えても仕方ねえか…」

 

独り言を言うジョッシュ。運転している彼の周りの人間は全員、疲れ切って眠ってしまっていた。玲奈と竜馬はお互いに抱きついたまま……。紗枝は涙で目を腫らしたままであったが、ジョッシュの手を握ったまま眠りに落ちていた。運転をしていなかったら…もう1度キスしてやりたいくらいに紗枝の寝顔は美しかった。そんなことを考えていたら、自然と彼の顔がまた彼女の唇に近付けていく。お互いの唇が触れようとした直前だった。

突然、車が激しく揺れたのだ。あまりに大きく揺れたせいで、眠っていたメンバーは全員目を覚ましてしまった。

 

「な、何⁈」

「さあな…!」

 

揺れている原因は氷河自体が動いていたからだった。しかし、この氷河が動き出した理由は分からない。ジョッシュは車のバランスを安定させようと必死になる。

 

「く、くそ…!」

 

氷河に(ひび)が入っていき、遂に車は崩れた氷河の影響で転倒してしまう。

 

「きゃあ!」

 

佑奈は突然車が傾いてしまったため、驚いて悲鳴を上げてしまう。もうこれでこの車はお陀仏になった。玲奈はマシンガンを掴んで扉を開ける。そして外に出る前に薺に頼む。

 

「佑奈をお願い」

「分かったわ…。気を付けて…」

 

玲奈と竜馬、ジョッシュに紗枝は車から外に出て、雪がちらつく雪原に立ち入った。くらコートを着ていても南極なため、寒さは身に()みる。

しかし…そんな極寒の寒さも目の前にある“もの”によって完全に吹き飛ばされてしまった。それはあの施設に置かれていた巨大な潜水艦だった。あちこちに光るLEDによって、夜でも明るく辺りを照らす。

潜水艦の扉が開く。

玲奈たちはここで本当の決戦を覚悟するのだった。




ちょっとイチャイチャさせ過ぎましたか?


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第80話 雪上決戦

四人は扉の奥から出てくる人影に全意識を集中させる。

出てきたのは葉子に海翔、それに手を拘束され、拳銃を頭に突き付けられたエイダの3人だった。彼らはあの爆発し、侵入してきた海水から、潜水艦を使って逃げ出して、玲奈たちを追ってきたようだ。

 

「エイダはどうやら無事だったようだな…」

「…そのようね」

 

玲奈は相槌を打つ。そして、アンブレラの残党の葉子、海翔に聞く。

 

「あんたたち2人だけで私たちを相手にするのかしら?」

「それで充分」

 

葉子は海翔を見る。すると彼は後ろポケットから注射器を取り出した。その中には得体の知れない生物が泳いでいた。今まで見たことのない、寄生体のような生物だった。海翔はその寄生体が入った注射器を首に突き刺した。生物は自らの意志で海翔の身体の中に侵入していった。

 

「………ぐっ…うう……!」

 

海翔は少し苦しそうに呻く。だが、その姿を見ていた紗枝は反射的に海翔が本当に苦しんでいると思ってしまう。敵なのに…だ。

海翔はそれでも刺していた注射器を抜き、拳銃の持ち手でエイダの頭を強く殴った。

 

「あうっ‼」

 

エイダは急激な痛みに襲われて気を失ってしまう。その瞬間に玲奈を除いた3人は海翔に銃口を向けた。が…紗枝はそこから引き金に力を込めれなかった。やはり…偽物のクローンでも海翔だと思ってしまい、撃つことが出来なかったのだ。

その他の2人、竜馬とジョッシュの撃った弾は海翔の身体の中にめり込んでいく。弾切れになってから、2人は拳銃を降ろしたが海翔は立ったまま、地面に伏すことはなかった。身体に埋め込まれたはずの銃弾は何故か体内で動き、体外へと排出された。おまけに銃創も無くなっている。

2人は銃は無駄だと分かり、海翔に向かっていくのだった。

 

 

 

 

玲奈は2丁のマシンガンを葉子に向けて撃つが、彼女はジャンプして身体を捻らせながら銃撃を避けていく。そのまま玲奈のマシンガンを2つとも足で弾き、コートの襟首を掴んだ。玲奈はコートの内側から細く短い棒を二つ取り、コートを脱ぎ捨てた。

そして、玲奈がボタンを押すと、棒は手斧になった。リーチは然程ないが、切れ味にだけ特化した武器だ。

一方葉子はというと、背中から長い棒を取り、それを伸ばした。更に先端は槍のように尖っていて、リーチ、殺傷能力に関しても申し分なかった。

玲奈と葉子は暫しお互いに相手の出方を窺う。睨み合いがずっと続いている中で、先に攻撃を仕掛けたのは葉子だった。槍を玲奈の腹に目掛けて刺そうとするが、玲奈はそれを手斧で弾いて、自身も攻撃を繰り出した。しかし、リーチの長い槍を1度弾いても、いつの間にか横からも飛んでくる。それを避けた……と思ったら、葉子の膝が玲奈の顎にヒットした。

 

「ぐっ……!」

 

口の中が切れ、血の味が広がるが、玲奈もお返しに葉子の足を蹴ってバランスを崩してから、槍を蹴って葉子の手から離す。そこから斧を胸に突き立てようとしたが、その腕を掴まれ、腹を殴られた。

 

「ぐふっ……!」

 

しかも一撃で終わらず、何度も何度も…。それに耐えかねた玲奈は葉子の背中を利用して、彼女の前方に移動して、2つの手斧を右手に持ち、それで首を裂こうとした。

 

「くっ…」

 

しかし、葉子は玲奈の腹を蹴り上げ、そこから背中を掴んで冷たい氷の上に叩きつけた。

 

「ぐうぅ!」

 

玲奈は腹と胸に一気に圧力がかかってしまい、軽い吐き気に襲われる。だが、それでも玲奈は葉子の足を引っ掛けようと手斧を振るが、それも避けられてしまう。

玲奈が地面に伏せている間に吹き飛ばされた槍を掴んで、玲奈に向かって投げた。

玲奈は身体を氷の上で転がして避け、氷に刺さった槍を支えにして、蹴りを繰り出すが、それは腕で防御され、がら空きになった玲奈の腹に強い蹴りが飛んできた。

 

「ぐあっ……」

 

玲奈は横転した車にまで吹き飛ばされた。噎せている玲奈を葉子は余裕そうな表情で見ながら、槍を氷から抜いた。

余裕そうな態度を見せられた玲奈は、葉子を殺そうと胸の中で闘志を燃やす。

玲奈は手斧を1つ、逆手に持ち変え、そこから葉子に向かっていき、槍に手斧を引っ掛けて葉子の背中を殴った。

 

「うぅっ…!」

 

更に足を蹴って膝を氷に着けさせると、お返しと言わんばかりに葉子の顔面に膝蹴りを食らわせた。だが、葉子もやられてばかりではない。もう1発飛んでくる膝をどうにか避け、槍で玲奈の頬に当てた。

 

「うっ‼」

 

ただ頬に当たっただけなのに、玲奈の右頬からは血がタラリと垂れた。玲奈はマズいと思い、一旦葉子との距離を取った。垂れている血を拭って、玲奈は再度葉子を睨んだ。

……玲奈はこの時点で、もう葉子に勝てると確信していた。

しかし、相手が葉子だったため、殺すことに躊躇していたのだ。だが、このまま時間をかけて戦い合うのは無駄に体力を使ってしまう。玲奈はふぅと息を吸ってから、葉子に質問した。

 

「葉子……本当にあなたはアンブレラが正しいと思っているの?」

「当り前じゃない。私はアンブレラのために生まれた。そしてあなたもその仲間もアンブレラにたて付く敵…。それにレッドクイーン様からは皆殺しの命令を受けているからね…。あんたたち全員は皆殺しよ」

「………そう…。じゃあ、私のところに来るつもりはないのね…」

「あるわけないじゃない。バッカじゃねえの?」

 

それを聞いた玲奈は安心した。これで……心置きなく、彼女を殺せるからだ。

玲奈はすぐに葉子に向かっていく。葉子も構えを取ったが、玲奈の向かってくる速度があまりに早すぎて対応しきれなかった。玲奈は危険だと分かりながらも、急所である胸や腹をがら空きにして、大きく手斧を振り上げた。葉子はその攻撃をガードしようと、槍を横にする。

しかし…玲奈は腕に渾身の力を込めて、その槍を真っ二つにした。

 

「なっ……⁈」

 

玲奈は微かな薄笑いを浮かべて、葉子の間合いに入った。まず顔面を殴り、怯んだ内に腹を蹴り、最後に回し蹴りをぶち込んだ。

 

「ぐふっ……‼」

 

葉子は雪上をズザザッと滑っていく。腹を蹴られたせいで、急速な酸素不足に陥ってしまった葉子の身体は言うことを聞かなかった。それでも葉子の目に諦めはなかった。玲奈はゆっくりと葉子に近付いていく。だが、それは葉子にとっては嬉しいことだった。自ら隙を作ってくれたのだから…。

突如、腰から小型銃を抜いた葉子は、それを玲奈の額に目掛けて引き金を引いた。ゼロ距離に近かったため、葉子は流石に避けきれないと踏んだ……はずだった。玲奈は目にも見えない速度で腕を動かし、銃弾を手斧で切った。葉子は今、目の前で起きたことが信じられなくて、拳銃を落としてしまう。

 

「……あんたは…人間じゃ……ない…」

 

葉子は恐ろしさ、恐怖からそう呟いた。玲奈は葉子の後ろにゆっくりと回り込み、耳元で小さく呟いた。

 

「そんなの……分かっているわ……」

 

玲奈は葉子の頭を手斧で断頭した。頸動脈が切断され、首からは噴水のように血が噴き上がり、真っ白な氷の上を血で朱に染めていった。

 

「人間じゃないことくらい……私が一番分かっているわ」

 

そう呟き、玲奈は海翔と戦っている竜馬たちを見た。

だが…その時、竜馬たちは氷の上に倒れ…海翔に負けているのだった。



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第81話 想いの果てに

玲奈と葉子が激しい戦闘を繰り広げているのを横目に竜馬とジョッシュも海翔に立ち向かっていく。2人は昔の仲間だからとか、そういう感情は全て捨てて戦うと決めていた。だが、竜馬とジョッシュとは正反対で紗枝は全くと言っていい程、棒立ちだった。いくらこの海翔が死んだ恋人だとしても、彼に銃を向けて撃つのはかなりの覚悟が…紗枝には必要だった。その覚悟を紗枝は未だに持てずにいた。だが、そんな紗枝をジョッシュは危険だと危惧していた。大事な時にどうすることも出来ない……それは今の世界で最もやってはいけないことだった。そうだと分かっていても…ジョッシュは今は紗枝を放っておきたかった。

今だけは……。

ジョッシュは海翔に拳を向けたが、海翔はそれを軽々と避けて、足を引っ掛けて転ばせる。竜馬もジョッシュと同じようにパンチをぶつけてやろうと思ったが、避けられてしまう。

海翔は自らの体内に注入した寄生体によって、人間では発揮することが出来ない極限に近い力を出していた。

海翔は竜馬の拳を避けた後に、態勢を低くして彼の腹にパンチをぶち込んで吹き飛ばした。

 

「ぐあっ‼」

 

地面を転がる竜馬を見たジョッシュは、こちらにも追撃が来ないように海翔の顔面を掴むと豪快な頭突きをかました。

 

「…っ!」

 

これは効いたようだ。更にそこから腹に膝蹴りを与え、怯んだところにラリアットをした。

 

「ぶふっ…!」

 

これも怯んだ海翔だったが、反撃もここまでだった。海翔は更に飛んでくるジョッシュの拳を掴んで、ぐいっと握り返した。

 

「なっ……⁈」

 

海翔はそこから腕を捻り上げ、ジョッシュの左腕を折った。

 

「グアアアアアアアアアァァァッ‼‼」

 

ジョッシュは腕を折られた痛みに絶叫する。ジョッシュの拳を離した海翔は胸にパンチを加え、側頭部に強烈な蹴りを当ててきた。ジョッシュは雪上に吹き飛び、腕を抑えながらも海翔を睨む。だが、睨んでもジョッシュから攻撃をするのは無理そうだ。

しかし、そこから先はやらせないかのように竜馬が側面から飛び出した。彼の飛び蹴りが海翔の頬にクリーンヒットして、奴を吹き飛ばした。

 

「ジョッシュ!」

 

そこに今まで棒立ちも同然だった紗枝が駆け寄る。そして、変な方に曲がってしまっている彼の腕を強く掴んだ。

 

「我慢して!」

 

紗枝は息を一気に吸って、ジョッシュの左腕をゴキリと鳴らして、元の方に戻した。どうやら折れていたのではなく、外れてしまっていただけのようだ。

 

「無理しないで。あんまりやると、本当に…」

「…紗枝、すまない……」

「……謝るのは私の方よ…。覚悟も決めれずに…突っ立ってばかりで…」

「…そんなことはない。お前だって…辛いんだろ?」

 

紗枝は答えなかったが、本音はそうだった。海翔と殺し合うなんて…辛い以上の地獄だ。彼女はポタポタと…己の(みじ)めさに涙を溢してしまっていた。

 

 

 

 

竜馬はというと、頬を擦る海翔と睨み合いを続けていた。竜馬は背中から刀剣を抜く。刀剣は何体も殺したアンデッドの血によって、赤黒く変色していてこの氷の世界では目立つものになっていた。竜馬はその刀剣を振り上げて、海翔に向かっていく。

海翔は拳を作り、竜馬に向かわせていく。刀剣と拳がぶつかった瞬間、金切り音みたいな音と共に黒くて細い金属質のものが飛んでいった。

それは竜馬の刀剣だった。根元から折れてしまったのだ。

しかし、刀剣とぶつかり、折ったその拳は止まることなくそのまま竜馬の胸に目掛けて飛んでくる。竜馬はすぐに避けようと、右に回避するが間に合わず、胸ではなく、左腕に当たった。

 

「ぐうっ……⁈」

 

竜馬の身体の中でバキバキバキッと何かが割れて…砕け散る音が響いた。それもそのはずだった。海翔の拳は刀剣を折るだけでなく、竜馬の上腕骨に(ひび)を入れたのだ。

竜馬は後ろに下がって、ダランと垂れた左腕を抑えた。こいつはヤバイと…本能的に思った。

しかし、海翔はそんな竜馬を逃すことなく、一気に距離を詰めると竜馬の腹に連続でパンチをぶち込み、罅の入った左腕を強く掴んで、ギュッと力を込めた。

 

「うあああああああぁ‼‼」

 

竜馬もこれには耐えきることは出来なかった。想像以上の痛みが左腕から全体に走り、氷の上で暴れまわった。海翔はその後に竜馬の胸ぐらを掴んで、無理矢理立たせた。

 

「うぅ……くぅ、海翔…お前……」

 

海翔はまたさっきみたいに拳を作り、力を込めていく。今度は腕なんか当てずに、心臓に食らわせようと狙いを絞った。命を止めるだけなら…心臓か脳に強力な一撃を加えればいい…。

竜馬はあの拳が飛んでくるのをただただ…見ていることしか出来なかった。ジョッシュと紗枝は今…あの状態では戦えない。海翔は拳を振り上げる。

竜馬が目を閉じた、その瞬間だった。

 

 

 

「やめてっ‼‼海翔‼‼」

 

 

 

紗枝の悲痛な叫び声の後に、静かな雪原に銃声が響いた。

銃弾は竜馬を掴んでいた腕に命中し、竜馬を解放した。海翔は撃たれた腕を軽く見てから、紗枝を一瞥する。

そんな睨みだけでも…紗枝は足を後ろに退かせてしまいそうになった。今まで…いや、いつも優しい表情しか紗枝に見せたことがなかったため、あの恐ろしい表情に負けそうにもなる。

それでも…紗枝は震える足を必死にこの場に留めた。

 

「私っ……!もう海翔は諦める…!海翔の死も……受け入れる……!海翔のことを……忘れようと思っている…‼……大切な人のために…!だから……もうやめて‼」

 

ジョッシュは驚いた表情で紗枝を見た。紗枝の表情は、恐怖と…嬉しさが入り混じっていた。

紗枝はジョッシュの方を振り向くと、彼に笑いを溢して…単身で海翔に突っ込んで行った。

これが…紗枝の出来る限りの覚悟だった。

 

「さ、紗枝‼」

 

紗枝は拳銃を撃ちながら海翔に突っ込む。自爆、特攻…どれで言ってもいい表現だった。命知らずにもほどがあるとジョッシュは言ってやりたかった。しかし…最初に飛び出した言葉は……。

 

「やめろおおおおぉぉぉっ‼」

 

海翔に…紗枝を殺すなと懇願しているように思わせてしまうような発言をしてしまった。だが、そんな儚い願いを今の海翔が持っているはずがない。海翔は無暗に突っ込んで来た紗枝の拳銃を掴み、粉々に粉砕してしまうと…紗枝の首を掴んだ。

 

「あっ……あがっ……」

 

今、紗枝の足は地面に着いていない。海翔の腕力で持ち上げられているのだ。ジョッシュはすぐに助けに行きたかったが…極度の疲労とダメージで身体は全く動かなかった。それは竜馬も同じだった。

紗枝は息を吸いたくて必死にもがくが、海翔の力が強すぎてほどくことも出来ない。昔から…海翔が強かったのは知っている。だけど、紗枝の望んだ力はこんなものではない。

どんな人にでも優しく手を差し伸べてくれる……それが本当の力だと紗枝は信じていた。

 

「ぐっ……うぅぅ………」

 

視界がぼやけてきた。抵抗する力も何もかも抜けていく気が紗枝にはした。

いや……もうすぐ死ぬんだと紗枝は理解する。海翔の手で死ぬなら……それでもいいかも……とも思い始めていた。

海翔はそれを見越したのか…更に力を強くした。

 

「…⁈うっ…!」

 

しかし…その時だった。紗枝は突如、空中で自分の身体が傾いたことに気付いた。それもそのはずだった。海翔の右手首は玲奈の掴んでいる斧によって、綺麗に切断されていたからだ。そこから海翔の腹を蹴って、紗枝と距離を置かせると…崩れ落ちる紗枝を受け止めた。

 

「紗枝…!」

「どう……して……」

「何勝手に死のうとしてるの⁈あなたには……あなたを大切に想っているいる人がいるでしょ⁈」

 

紗枝は今にも失いそうになる意識の中でジョッシュを見た。急いでこっちに向かって来て、表情はとても焦っている。そんな表情でも…紗枝は癒された。

 

「そう……ね…。ジョッシュ……」

「紗枝?紗枝⁈」

 

玲奈の呼ぶ声が遠くなっていく。

最後に紗枝は…こう呟くのだった。

 

「愛し…てるよ……ジョッ、シュ………」




実験の章、次回完結


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第82話 どんな結末でも…

実験の章、完結。


紗枝は玲奈の腕の中で気を失ってしまった。その怒りを…玲奈はクローンであるが、海翔にぶつけるように怒鳴った。

 

「海翔ぉぉぉっ‼」

 

この猛々しい声は玲奈の心の奥底から溢れ出した。玲奈は手斧の持ち手が砕けるのではと思う程に強く握り、海翔に向かって走っていく。海翔も玲奈に向けて、足を前に出している。玲奈は斧を横に振って海翔の首に刺したが、その攻撃に海翔は全く反応することなく、玲奈の左腕を掴んで動きを止めると、玲奈の胸部に渾身のパンチをお見舞いした。

 

「ああっ‼」

 

そのパンチの威力は凄まじかった。

この一撃で玲奈の胸骨は(ひび)割れて、心臓にもとんでもない負荷がかかってしまい、脈拍は弱くなってしまった。玲奈は堪らず過呼吸になり、地面に倒れてしまう。息をしようとどんなに空気を吸い込んでも、酸素不足になったままの状態が続いていた。

これでいつもの全力を出せなくなってしまった。どうにか膝を着けて、はぁはぁと荒い息をする。その時、この氷の下に何かいることに気付いた。降ってくる雪を退かしてみると、氷の下には口を開けて肉を欲しているアンデッドの姿が冷たい海水の中に見えた。

この存在が玲奈の中に最後の作戦を思いつかせた。しかし、玲奈の案を成功させるには誰かが“アレ”を玲奈に渡してくれないと実行出来なかった。だが…今この場にいる全員はまともに動けそうもない。

玲奈は唇を噛み締める。その間にも海翔は玲奈にゆっくりと近付き、彼女の焦げ茶の髪を乱暴に掴んで、回転蹴りを腹に与えた。

 

「ぐはっ……」

 

玲奈は雪上を滑り、何度も咳をする。いつ途絶えてもおかしくない意識をどうにか手放さないようにするので必死だった。諦めかけた時…。

 

「玲奈…!」

 

その声の主が、玲奈にマシンガンを投げた。これを…玲奈は待っていた。

投げてくれたのは車の中で待機していたはずの薺だった。玲奈は()せながらも、どうにか立ち上がり、薺に聞く。

 

「……いいの?もう…見れなくなるよ?」

 

海翔はそれを聞いて笑っている。

そんな海翔をもう…薺は見たくなかった。薺の記憶の中にある優しい姿の兄だった彼だけで…彼女は充分だった。薺は涙を一滴落とすと、玲奈に頼むように言った。

 

「…っ……お願……いっ……」

 

こんな兄を見たくない……もう、兄を2度と見れなくなる……この2つの感情が薺の心に渦巻いた。

だが…海翔は相変わらず笑ったままで、余裕そうだった。

 

「俺は死なない」

 

海翔は自信ありげに言う。玲奈は冷たい視線を軽く送ってから淡々と言った。

 

「殺すつもりはないわ……」

 

玲奈はマシンガンの引き金を引いた。しかし、流れる弾は海翔の身体には1発も当たらなかった。それもそのはずで、玲奈は海翔が立っている氷を撃ったのだ。

海翔がそのことに気付いた時には、もう極寒の海水を身体中に浴びていた。更にそこにあの施設で生きていたアンデッドが海翔に襲い掛かる。抵抗をする海翔だが、水の重みで身体は思った通りに動かないし、アンデッドは無数にいるため…至る所に歯を食い込ませてくる。噛みつかれても生きていけるが…こいつらの餌となって一生海水の中に留まるのだけは嫌だった。

海翔は最後にどうにか地上に這い上がり、玲奈たちに叫んだ。

 

「俺は…!必ず戻ってくるからな‼覚えておけ‼」

「………そう、頑張ってね……」

 

玲奈の冷たい言葉の後に無数のアンデッドは海翔の身体を掴んで、海水の中へと引きずり込んでいく。

 

「うぐあああああああああ‼」

 

海底に海翔の悲鳴が木霊するのだった。

 

 

 

 

ジョッシュは気絶した紗枝を一旦薺に任せて、雪を身体に被ったエイダに自身のコートをかけた。その直後、ヘリのローター音がバラバラと聞こえてきた。その音によって、エイダは漸く目を覚ました。

 

 

「何……この音…」

「どうせ親父が送ってきたお迎えさ。遅いんだよ…」

 

ヘリのライトが玲奈の身体を照らした時、彼女の身体は既に地面に膝を着けていた。それに気付いた竜馬が痛む身体を抑えつつ、駆け寄る前に玲奈の意識は紗枝同様…闇に飲まれていった。

 

 

 

 

次に目を覚ました時、玲奈は担架の上にいた。口には酸素を送り込む装置が取り付けられていて、シュー…シューという音が定期的に彼女の耳に入った。

玲奈の横には竜馬1人、寄りそうにいた。他の皆は玲奈の周りにはいなかったため、恐らく別のヘリに乗っているのだろう。竜馬は玲奈の右手を両手でがっちり掴んで、そこに額を押し付けている。玲奈は竜馬に答えようと、掴まれた右手をぎゅっと握り返した。

 

「⁈玲奈⁈」

「竜馬……」

 

竜馬は玲奈が目覚めた途端に背中に腕を回して抱き締めた。

玲奈の胸骨は信じられない速度で再生されていて、身体は動くし、痛みもない。だけど…身体は少しだけ怠かったから、今だけは…竜馬に身体を預けたかった。

 

「玲奈……お前はいつも傷だらけで……俺は…」

「大丈夫よ……。それより…」

 

玲奈は酸素マスクを外して、彼の唇を奪った。

 

「んっ…」

 

玲奈のキスに竜馬は答える。玲奈はほんの数秒で良かったのに、竜馬はガッチリ身体を抱き締めて、一向に唇を離そうとしなかった。

 

「ん……んぅ…」

 

遂に彼の舌が玲奈の口内に侵入していくのを感じた玲奈は…それから暫くは竜馬に全てを任せるのだった。

 

 

 

 

玲奈はここでこのヘリがどこに向かっているのか聞く。外の景色は見る限り、南極ではなかった。

 

「ここか?ああ、日本だ」

「日本?どうして…」

「ジョンが率いる生き残りが名古屋に集結しているらしい」

 

ジョン……。

玲奈は今でもジョンなど信用していない。アンブレラの全てを牛耳っているのはレッドクイーンであるのは、間違いないのだが…それでも、彼女は彼を信じきれずにいた。

暫くして、ヘリから何かが見えた。

 

「あれは…名古屋城?」

 

そう呟く玲奈だが、その城の瓦はほとんど落ちていて、昔のように戦国時代を象徴するものはほぼ失われていた。それよりも血が多く付着しているのか…赤くなった巨城はさながら地獄に(そび)え立つ建物に見えてしまった。

玲奈たちを乗せたヘリは改造された名古屋の天守閣に着陸する。

そこから城の中に入ると、マシンガンなどを持った自衛隊や民間人が走り回っていて、玲奈は1人の隊員にとある部屋に案内された。

その部屋に、ジョンはいた。

 

「…で、名古屋城を治めた気分はどうかしら?」

「悪くないよ。むしろいい気分だ」

 

ジョンは背中をどっと預けて椅子に座っていた。

やはり…アルカディアで戦ったのは、彼のクローンのようだ。

 

「私を助けた理由は?」

「知りたいだろう?だがその前に……」

 

ジョンは立ち上がると、ウィルスを摂取したことで手に入れた瞬間移動の能力で玲奈の間合いに即座に入って、手に持っていた注射器を無理矢理玲奈の首に突き刺した。

 

「あああぁ‼」

 

痛かった。今まで受けてきた注射器の中でも格段に痛くて、玲奈は床に倒れて首を抑えた。そこにドアを蹴破って入ってきた竜馬が玲奈に駆け寄った。

 

「貴様!玲奈に何をした⁈」

「新たなJ-ウィルスを投与したのさ」

 

玲奈をそれを聞いた途端にジョンを睨みつけた。

彼女はこれ以上…人間でない力を手に入れるのは嫌だった。普通の人間…普通の女性として生きるのが玲奈の夢なのに、その夢は(ことごと)く打ち砕かれてしまう。

 

「玲奈だけなんだよ…。J-ウィルス…JJ-ウィルスを完全に克服し、力をフルに発揮できるのは…」

 

玲奈は膝を着きながらも、どうにかジョンに恨みの言葉を述べた。

 

「あんたを殺してやる……」

「…それも構わないが……その前にしなくてはならないことがある」

 

玲奈、竜馬、ジョッシュ、紗枝、薺はジョンの案内で先程のヘリポートに着き、そこからの景色を望んだ。

景色は……正に、地獄だった。押し寄せてくる何万、何億ものアンデッド…。空飛ぶ怪物に、巨大なリッカーも…こっちに向かって来ている。

 

「ここにいる生存者が全てだ」

 

生き残りはこの名古屋城にいる人だけ…ジョンはそう言ったのだ。

要するに、彼が言いたいことは…この数のアンデッドたちを相手にしろということだ。

 

「君にウィルスを注入したのも、助けたのもこのためだ。人類を救うには玲奈の力が必要不可欠だ。これは人類にとって最後の戦争だ。終焉の前の……聖戦だ」

 

玲奈は息を飲んだ。

この数を相手にしなければならないのかと……。しかし、他に生きる道はない。

玲奈はマシンガンを持ち、奴らに構えた。

そして…引き金を引いた途端……終わりもない…結末も見えない……ただ殺し合うだけの戦いが…幕を開けたのだった。




次章で最終章です。
Gウィルスの化け物を出そうとも思ったんですが…どうだしたらよいかわからずそのまま出さずに終わらせました。


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終焉の章 己を信じて…
第83話 聖戦後…


遂に最終章突入です。
漸くここまで来ました。最後まで頑張っていきたいと思います。
ではどうぞ。


名古屋城は残っていた…。

しかし、天守閣を守るために作られた外壁は暴虐を尽くす限りに破壊され、周りにあるのはアンデッドの死体、機械の残骸、瓦礫だけだった。草木は生えておらず、生命の息吹も全く感じられない。

しかしその時、ガタンと地下の扉を開き、そこから必死に腕を伸ばして地上に這い上がって来た者がいた。出てきたのは……傷だらけの状態の玲奈だった。

いつぶりかの外の空気に期待していた彼女だったが…全くもって見当違いだった。空気は淀んでいた。臭いも最悪に酷い。煙か(すす)、またはアンデッドか人間の死体が発する腐敗臭が当たりに立ち込んでいた。

玲奈はフラフラと歩きながらも、淀み切った空気に思わず何度も()せた。

そして…大きな水溜まりのような場所を見た途端、彼女は足を止めた。いつの間にか被っていたフードを取り、膝を着いた。そのまま玲奈は腐っているかもしれない水を手ですくって喉に入れた。玲奈は聖戦後、食事をしたのかもあまり覚えていない。食欲のあるがままに何度も何度も水をすくって飲む。

だが…その時、玲奈に近付く1つの影が近付くと、すぐに何かが飛び出してきた。

 

「‼」

 

白濁した肌に管状の口……。ゼノビアにいたアンデッドに押し倒されて、首から血を吸われそうになった玲奈は必死に抵抗する。

 

「やめて‼」

 

頭を何度も殴って、奴を後退させて、自らが後ろに下がると、そのアンデッドは水中で鎖に繋がれていたようで、あまり遠くまで動けずにいた。だがその繋がれた部分の肉は腐って、今にも剥がれ落ちそうだった。

玲奈は手を伸ばして、血を欲するアンデッドを放って、再び歩き出すのだった。

 

 

 

 

何もいない…。

音もしない…。

風もない…。

ウィルスは何もかも…全てを地球から奪ってしまったのだろうかと玲奈は思ってしまう。

途中で玲奈は廃墟の中に入っていく。そこで何か使えそうなものを探すが、これだけ荒廃しきっている場所ではあまり期待できそうにない。ガタガタと物を落とし、まるでホームレスのように見えてしまう玲奈。まあ…実際はホームレスに近いものではあるのだが…。

その時、カタリと音がした。玲奈の目の前には瓦礫が山積みになっているだけでアンデッドも怪物もいない。だが、よく見るとその瓦礫が小刻みに揺れていることに気付く。玲奈が即座にここから離れようと思った瞬間、瓦礫を吹き飛ばして怪物が現れた。崩れかけていた建物を全壊させて、姿を現したのは、巨大な翼を羽ばたかせ、容姿はトンボに近いのだが…尻尾は三又になった鉤爪状で、獲物を掴み、切り裂くことに特化していた。それに身体からは無数の触手を出していて、中々面倒な相手に思えた。

玲奈は建物を破壊して、玲奈に標的を定めた怪物から逃れるために、運良く残っていた車に乗り込み、ダメ元でエンジンをかけてみた。すると、驚いたことにエンジンがかかり、玲奈は奴から逃げ出す。

エンジン音に気付いた怪物は全速力で車を走らせる玲奈の車を追う。そして、すぐに車の真上に位置取り、三又の尻尾で車の天井を掴む。それにより、車は時折空中に浮かんでしまう。ただ、玲奈を食らう前に尻尾が鋭利すぎたか、天井が抜けてしまった。

怪物は天井の破片を離して、相変わらず玲奈を追う。が、真後ろに位置取ったのが、間抜けだったのか…墜落していたヘリの尾翼に頭から突っ込んで、派手に転んだ。

玲奈はこのまま逃げ切ってしまおうとも考えたが、いずれ…また襲い掛かってくるかもしれないと思った。そこで玲奈はここで車を反転させて、怪物と逢い(まみ)えた。

怪物は咆哮して、飛び上がって尻尾を地面に引き摺りながらも、突進してくる。

玲奈はアクセルを全開で踏んだ。車は怪物を真正面から追突させて、そのまま100m近く吹き飛ばして、壁に激突させると車を停止させた。

玲奈はふぅと溜め息を吐いて、ハンドルに頭を置いた。玲奈の目の前のフロントガラスには怪物が頭から血を垂れ流して…口をだらしなく開いて絶命しているのが見て取れた。

車の扉を開けようとしたが…その時…ピュッと玲奈の頬に何かが通った。血がちょっとだけ飛び、微かな痛みが貫く。玲奈はフロントガラスを見ると、怪物が咆哮を上げて、身体中の触手を玲奈に突き刺そうとしてきたのだ。車の追突で翼を潰された怪物はこの触手で攻撃するしかなくなったのだろうが…これは玲奈からしたらキツイことだった。

運転席にいる玲奈は攻撃を避けるのは…かなり厳しいことで、早くここから出て…確実にこの怪物を倒さないとやられてしまうのだ。玲奈は必死に周りに何かないかと見る。すると、後部座席に置いてあった爆弾…C4爆弾に目が釘付けになった。玲奈はすぐさまそれを掴んで、タイマーを起動させる。早く抜けださなくて…この怪物もろとも木っ端微塵になるだろう。

 

「…っ……邪…魔……!」

 

玲奈がどうにか車外に出て、数十センチ離れたところ瞬間に…C4爆弾は破裂した。玲奈はまともに爆風を受けて吹き飛び、静かな荒野の中で…1つの爆発と黒煙が立ち込めるのだあった。

 

 

 

 

玲奈は自身に圧し掛かる車のドアを退けて…漸く一息吐くことが出来た。

爆風を受けてしまった彼女の身体は暫くの間、言うことは聞かないだろう。今すぐにでもここから離れなければ……爆発音に反応したアンデッドに襲われるかもしれない。でも…玲奈は今は地面に横になっていたかった。

すると、カチャリと何かがボロボロに焼け(ただ)れたコートの中から滑り落ちた。それは刃渡り20cm程度のナイフだった。何も武器を持っていないと思っていた玲奈だったが…こんなところに唯一の武器があって、少し安心感を得た。

しかも、柄には名前が彫ってあった。

 

「……竜馬………か…」

 

あの聖戦の後…離れ離れになってしまった玲奈の愛する人…。

玲奈は暫くそのナイフを眺めてから…上体を起こして、立ち上がった。

さっきの怪物は尻尾の先端を残しただけで…残りの部位は何もかもが吹き飛んでいた。玲奈は黒焦げの車の横を通って、荒野を彷徨(さまよ)い歩く。

ここには何もない。生きている者も……使える物も……。

あるのは…恐怖の権化(ごんげ)だけだった…。

 

 

 

 

竜馬はとある廃墟ビルでアンデッドに襲われない生活をどうにか送っていた。

ビルには竜馬を中心に紗枝、ジョッシュ、薺……他にもたくさん生存者がいる。

だが…玲奈だけは…あの聖戦の中で助けることが出来なかった。あの時、ジョンの企みに気付けていれば…と、竜馬は玲奈を救えなかったことを未だに悔やみきれていなかった。そのイラつきが冷静さを失わせて、無意味に机や椅子を蹴り飛ばしてしまう。

その様子を隣の部屋で3人は覗き見していた。

薺は…あそこまでイラついているのは…ゼノビアの一件以降であった。

いつもなら落ち着けやそれ以外の言葉を掛けることはいくらでも仕様があったが、今だけは本当に口を出せなかった。竜馬から溢れ出る黒い…真っ黒なオーラみたいものが見えてしまい。対応できなかった。

 

「紗枝、竜馬は玲奈が助けれなくて悔しく思っているだけだ。俺たちがどうこう言っても意味はない」

 

ジョッシュはいつも論理的に考えるからいいのだが……今回ばかりはそんなことを言ってばかりもいられないと、紗枝は言い返したかった。論理的に進めていくのではなく、時には感情的に動いて欲しかった。そこの面は竜馬の方が上だ。

3人は…いつになったら元の竜馬に戻ってくれるのかと…気になって仕方がなく、同時に溜め息を吐くのであった。



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第84話 クイーンからの伝達

本当に何もない。

玲奈の視線から、動くものが全く見えないのだ。風もないため、吹かれてしまうものもない。そのせいで、玲奈は遂に人類は絶滅してしまったんじゃないかと不安を抱かざるを得なかった。

だが…。

 

「…大丈夫よ……」

 

玲奈は独り言でそのように呟いた。

どんなに生態系の中で下位の生物でもしぶとく生き残っているのも僅かにいるはず…。その自然の摂理に従うなら、人間もいくらか生き残っているはずだ。

玲奈はそう信じたかった。

その時、玲奈の耳に…僅かだが、機械がカタカタ鳴る音が地下から聞こえてきた。こんな荒んだ場所で機械が未だに動いているなんておかしいと思った玲奈は、早速地下へと潜り込んでいく。はっきり視界は酷いの一言だが、音はやはりこの奥から聞こえた。

そして、漸く見つけた音の正体はタイプライターから発せられるものだった。勝手に動いていて、同じ言葉を永遠と打ち続けていた。

 

『おはよう、玲奈』…と。

 

こんなことを言う奴は1人しか玲奈には思いつかなった。

その途端に今まで暗かった部屋にあったたくさんのモニターが赤く付いたかと思えば、画面にはレッドクイーンが映っていた。

 

「…満足?」

『今衛星で確認したところ、地球には生存者は3985人いる。でもその生存者ももうすぐ全員死ぬ』

「…そう……。だから何?私たちが勝った…だから諦めろと言いに来たの?」

『いいえ。むしろあなたに止めて欲しい』

 

レッドクイーンは何度も『止めて欲しい』を連呼する。

玲奈でもこれがクイーンの本音か、(いささ)かあやしく感じた。

しかし、その時…クイーンは画面の中で後ろに指差した。

 

『いるわよ』

 

振り向くと、さっき水の中に繋がれていたアンデッドが玲奈に襲い掛かってきた。玲奈は避けると同時にナイフで奴の首を切り裂いた。更に近くにあったモニターを引き千切って、それをアンデッドの頭にぶつけてやった。

これでアンデッドの頭は何とか付いているような状態になったところで、玲奈はナイフでその首を切り落としたのだった。

 

『お見事』

「私に会いたかった理由は?」

『……もうすぐ全てが終わる』

「終わる?」

 

クイーンは画面にあるものを映した。

それはあのハイブにあったJ-ウィルスのように見えた。

 

『J-ウィルスではないわ、玲奈。これは抗ウィルス剤…それも空中散布型のね』

 

空中散布型……つまり空気感染でJ-ウィルスを殺していく代物だ。

玲奈はそれを知ったところで、どうしてクイーンがそんなことを教えてくれるのかと不思議に感じた。時には敵に…時には味方に回るクイーンが何故……と。

 

『それがハイブにある』

「ハイブって……あのハイブのこと?」

『そうよ。急ぎなさい。人類最終居住地が無くなるまで残り2日を切っている』

「……その話、信じ切っていいのかしら?」

『任せるわ』

 

玲奈はこの言葉遣いで信じていいんだなと思った。玲奈は置いてあったタイマー時計をセットしてから、再び地上に出るのだった。

 

 

 

 

建物を出て、すぐに玲奈は目の前の赤いバイクに目を奪われた。何故なら、そのバイクにはアンブレラのロゴが入っていたし、何よりさっきまでここにはなかった。

玲奈はナイフを取り出して、辺りを警戒する。

奴らは近くにいる……。そう直感的に感じた。

そう思いながら足を1歩前に踏み出した時、瓦礫の中に隠れていた全身黒服でヘルメットを着けた兵士が出てきた。しかもマシンガンを玲奈に向けて…。玲奈はゆっくりと足を退いたが、それは間違いだった。左足にガチャンと何かが装着して、上に引っ張られる。

 

「…⁈」

 

玲奈はそれによってバランスを崩してナイフを落とし、おまけに宙吊りにされてしまう。すると、さっきの兵士と同じ格好をした奴らが上や下からぞろぞろと現れて玲奈を取り巻く。

そして、1人の兵士がマシンガンで玲奈の腹を殴った。

 

「ぐあっ……!」

 

腹に鈍い痛みが走る。更にもう1発殴られる。

 

「くぅ……!」

 

宙吊りなので、殴られる度に身体がぷらんぷらん揺れた。殴って来なくなった兵士を見た玲奈は更に挑発した。

 

「やりなさいよ?痛めつける好きなんでしょ?」

 

この挑発に兵士は反応した。

ヘルメットを被っていても口許(くちもと)が僅かに笑っているのが分かった。

そして、兵士がかぶりを振った瞬間だった。玲奈はマシンガンを掴んで、まず目の前にいる兵士の首を折った。次にその死んだ兵士のマシンガンで後ろの兵士を殴って、気絶させると、そのまま拳銃を引き抜いて引き金を引いた。拘束された足を掴んで、身体を捻らせてぐるりと一周しながらも順々に弾をぶち込んでいく。玲奈の周りにいる兵士を皆殺しにしたところで、玲奈は左足を拘束しているワイヤーを撃ち抜き、死体の上に落ちる。ここで気絶した兵士が起き上がるのだが、その後頭部に銃口を当てて、遺言を聞くことなく…撃ち抜いた。

玲奈は拳銃を捨て、落としたナイフを拾って彼らが乗ってきたであろうバイクに跨った。キーは付いていないが、指を押し当てる場所があった。そこに押し付ければ、このバイクは動くようだ。アンブレラにしては高性能だなと玲奈は感心した。

玲奈は自らの親指をそこに付けた。しかし、付いたのはえんじんではなく、バイクに搭載された電流システムだった。すぐに玲奈の親指から身体中に電流が走った。

 

「あっ……!」

 

玲奈は電流によって、バイクから落ちてしまう。

そして…何者かが玲奈に近付く。玲奈はその姿にどことなく見覚えがあったが…すぐに意識を失ってしまった。

 

 

 

 

「…………うっ…」

 

玲奈はガタガタと大きく揺れているのに、目が覚めた。まず、自身の腕が手錠で拘束されていることに気付いた。ガチャガチャ動かしてみるが、自力では解けそうには思えなかった。

最初、暗くてどこなのか全く分からなかったが…暗闇に目が慣れてくると、周囲には玲奈と同じように手錠を掛けられた生存者がたくさんいた。

 

「ここは?」

 

玲奈が質問しても相手は何も言わない。

いや…言わないというより、何かを恐れて話したくないように見えた。

だが、玲奈はそんなことお構いなしに聞き続ける。

 

「どうしたの?話して」

「しゃ…喋らないで……」

 

すると、向こうの扉が開き、そこから明るい光が漏れてきた。こっちとは大違いだ。手錠をされ、檻に入れられて……まるで動物扱いだ。

正に光と闇…と言ったところだろうか…。

こっちに入ってきて、玲奈の檻に向かってくる男を見て、玲奈は信じられない表情を浮かべてしまった。

 

「やあ…元気だったかい?玲奈」

「あんたは……淳!」

 

淳はアメリカの研究施設でアンデッド化し、レーザーで無惨に死んだはずなのに…どうしてこんなに元気にピンピンしているのだろうか…。

 

「どうして…生きてるのよ⁈」

「あれはクローンだ」

「…いつもいつもせこい手しか使わないわね…。それで、今更私を捕まえてどうする気?また実験台の上に乗せる気?」

「ははっ…そんなことは今更しないさ!君にはこの世界の終わりを見届けてもらう」

「…散布型抗ウィルスを使って何を企んでいるの?」

 

余裕そうな淳の表情が一気に硬くなった。少し驚愕した様子だった。

 

「……何故お前がそのことを知っている?誰から聞いた?」

「さぁ?誰でしょうね?」

「………そうかい…。教えないのなら…」

 

淳は立ち上がり、突然大声を上げだした。

 

「裏切者はどうするのが決まりだ!?言ってみろ‼」

「外に……出す……」

 

生存者の1人が小さく呟いた。淳はそれを聞き、更に叫ぶ。

 

「そうだ‼外に出すんだ‼言え‼」

 

淳に逆らえない生存者は檻を叩いたり、壁を蹴ったりして何度も何度も叫んだ。

『裏切者は外に出せ』…と……。

玲奈がその意味を知るのはこれからだった。



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第85話 迫り来る無限の(しかばね)

玲奈は兵士に無理矢理立たされ、車外に放り出された。地面に激しく肩や背中をぶつけながら転び、立ち上がろうとしたが、すぐに手錠をかけられた腕が引っ張られた。どうやら装甲車に手錠からロープを付けて、引っ張っているようだ。

………とんでもないものを後ろに引き連れて…。

玲奈が思わず後ろを振り向くと、数え切れない…いや、もしかしたら無限にいるかもしれないアンデッドの大群が玲奈を追って装甲車の後ろについて来ていたのだ。玲奈はそいつらを引き寄せる餌となっていたのだ。装甲車の上で淳は玲奈に語り掛ける。

 

「かつて、神は大津波でこの地上の汚れを全て綺麗さっぱり葬り去ったと言われている。今度は神ではなく、我々がそれを実行する」

 

高らかに話す淳の話なんて、玲奈は全く耳に入って来なかった。この装甲車の速度は玲奈がアンデッドに捕まるか、捕まらないかのギリギリのラインで走っている。

だが、中には玲奈に追いつくアンデッドもいるため、玲奈は手錠に結び付けられたロープをアンデッドの首に引っ掻けて転ばせると、そこに蹴りをぶち込んだ。

ただ…こんな状態で走り続けるのは、長くやっていられる訳もない。

 

「東京まであと10時間だ。それまで走っていられるかな?」

「!」

「やめてほしいなら…どこで抗ウィルスの話を聞いたか教えろ」

 

だが、玲奈は答えずにキッと淳を睨んだ。それを見た淳は鼻で笑い、見張りを行っている兵士にこう言った。

 

「音を上げたら俺に言え」

 

淳はそのまま装甲車の中へと戻っていった。

玲奈は絶対に音を上げるつもりなんてなかった。だが、このまま10時間走るのは相当辛い。どうにか隙を見つけてこの状況から脱しなければならない。それに…彼らが東京に着く前に自分が先に着かなくてもならないとも思った。

玲奈は血肉に飢えたアンデッドを背に…どうするか考えるのだった。

 

 

 

 

淳は装甲車に戻ってすぐにハイブで待機しているジョンに連絡を取った。

 

「ジョン、玲奈が生きていた」

『…⁈な、何?まさか…そんなはずが……』

 

ジョン自身もあの激しい戦闘で玲奈が生きているなんて予想も出来なかったようだ。

本来、淳とジョンの作戦ではあの戦いで玲奈を殺して、そのDNAを採取する予定だった。しかし、あまりに戦闘が激化してしまい、最終的に玲奈を殺すことも…その死体も手に入れられず、生死も結局分からなかったのだ。

それが原因で、ジョンは淳に玲奈は『死んだ』と伝えたのだ。

 

「まぁいい。これからハイブに戻る。一応ハイブの警戒を強化しておいてくれ。万が一のために……」

『分かりました』

 

ジョンとの軽い連絡を終え、淳は近くにあったマグカップを手に取り、温かくなったコーヒーを口に含んだ。これで頭が冴えたと淳は感じた。

 

「さて……玲奈はもう音を上げたかな?」

 

 

 

 

その頃、玲奈はまだ走っていた。

いつまで走り続けなければならないのかと思った。まさか…淳は本気で10時間走らせるつもりなのかと疑ってしまう。常人が考える拷問よりよっぽど辛い。

だが、ここで千載一遇のチャンスが訪れた。

装甲車が道を塞いでいた車を2台、吹き飛ばした音に見張っていた兵士が一瞬だけ目を離したのだ。そこで玲奈は一気に駆け出して、自分が放り出されたドアに掴まった。

兵士が向き直ると、そこには既に玲奈の姿がいないことに気付き、拳銃を握って辺りを窺った。顔を前のめりにして、玲奈を探していることが分かった玲奈は兵士の頭に足を引っ掛けて地面に落とした。

兵士は地面を転がり、アンデッドの餌となっていく。最後の悪足掻きとも取れた発砲は玲奈からしたら、酷く虚しく見えた。

玲奈は手錠をしたまま、装甲車の上に立つ。だが、上がったところで出来ることはあまりない。このまま奴らと一緒に東京に行くのが手っ取り早いかもしれないと思った時、カチンと装甲車のハッチが開くのが見えた。玲奈はすぐに影に隠れて、中から拳銃を持った別の兵士が出てくるのを確認した。

玲奈が走らされた場所を眺めていた兵士に、玲奈は後ろから蹴りをぶち込み、そいつを突き飛ばした。兵士は辛うじて装甲車に掴まったが

横にいたアンデッドに首を抉られて悲鳴を上げた。

安心しきっていると、すぐに何者かの拳が玲奈の顔面を襲った。

 

「ぐふっ!」

 

玲奈はその攻撃で装甲車の上に倒れる。殴って来たのは淳で、そこから追撃で玲奈を踏もうとするが、玲奈はそれをガードする。片足を浮かせていた淳の足に蹴りを与えて転ばせ、その間にお互いに間合いを取った。

淳も同じく立ち上がり、玲奈にナイフを向ける。しかもそれは竜馬から託されたナイフでより怒りが増した。

淳はナイフを振り上げて、攻撃してくる。玲奈は手を拘束されながらも避けるが、淳は時折足を蹴ったり、肩に打撃を与えたりと、中々に手強く感じた。

だが、それでも玲奈からしたら大したことはなかった。前に突き出した淳の腕を掴んで、背負い投げをされ、ナイフを落としてしまう。落としたナイフを掴もうとした淳の首にワイヤーを絡めて、締め上げて動きを拘束した。

淳はナイフに手が届かない代わりに、玲奈の腹に肘をぶち込んだ。

 

「ぐっ!」

 

玲奈は少し怯んだ。その隙にとナイフに手が届きそうになったため、玲奈は装甲車の側面に移動する。アンデッドの手が玲奈の足を掴まないギリギリの場所に行ったため、淳はワイヤーで引っ張られてしまい、またナイフを掴めなかった。

が、さっき突き落としたはずの兵士がアンデッドとなって、玲奈に襲い掛かって来たのだ。玲奈は顔面を蹴って、相手を怯ませるが、どうにもしぶとく装甲車から落ちない。鬱陶しくなった玲奈はアンデッドの頭を掴んでアンテナに強くぶつけて、漸く蹴り落とした。

だが、そのアンデッドに気を引いている内に、淳は体勢を整え終えていて、ワイヤーを引っ張って、玲奈の首に二の腕をぶつける。

 

「くぅ…!」

 

淳は再びナイフを掴み、玲奈に斬りかかった。

玲奈はその腕を掴んで捻り、ナイフを腕から落として、足で淳の後ろにへと蹴った。そこから淳を足で挟んで床に叩きつけた。更に淳の首を締め上げる。ワイヤーと違って、今度は容赦などしない。

 

「外して…」

 

淳は何も言わない。

 

「このまま首をへし折るわよ?」

「……わ、分かった…」

 

淳は胸ポケットから電子キーみたいなものを出して、玲奈の手錠に当てた。手錠が外れた瞬間に淳は玲奈の腹を小突き、後頭部で顎を強打した。

 

「あがっ……」

 

玲奈は顎を抑えた。流石に顎は痛かった。

怯んだ隙にまたナイフを握っている淳に玲奈は闘志を燃やす。ナイフの刃を避け、突こうとしてきたところを掴んだが、逆にナイフで右手に切り傷を作られた。

 

「あっ……!」

 

更に頭に振り下ろされる刃を腕をクロスして防ぐ玲奈。玲奈はそこから奴の腹に蹴りを与え、淳の背後に回り込み、ナイフを握っている腕を殴って奪うと、逆手に持ったナイフで淳の背中を切り裂いた。淳はその場に崩れ、玲奈が最後の止めを刺そうとした時に隣にいた装甲車からガトリング砲の弾が飛んできた。

そのガトリングから逃れるために玲奈は淳を連れて、装甲車の横に隠れた。ここならどうにかガトリングの弾は当たらずに済むが、ここで淳と一緒にいても何も変わらない。

ふと、そこにあの赤いバイクが収納されているのに気付いた。玲奈はボタンを押し、バイクを出す。

 

「お前には使えない」

 

淳は笑いながら言う。そんなのは玲奈でも分かっていた。

 

「お前は逃げられない」

「そうね…!じゃあこれならどう⁈」

 

玲奈はナイフで淳の右手を切断した。

 

「グアアアアアアアアアアアアアァッ‼‼」

 

淳は肉を切られ、骨をも切断された痛みに絶叫した。

玲奈はその手を掴んで指紋認証をパスして、バイクを発進させた。用済みになった右手はすぐに捨て、玲奈の乗ったバイクはぐんぐん前に進んでいく。

しかし、アンブレラも黙ってなんかいない。

玲奈を逃さまいと容赦することなく、ガトリング砲やミサイルを飛ばしてくる。玲奈はどうにか避けていく。

もう少しでミサイルの射程圏内から脱するところで、ミサイルが玲奈の真横を通過して、前方にあった廃車を吹き飛ばす。

その間に玲奈はバイクで駆け抜けていくのだった。

 

「くそ!」

 

淳は右手を抑えながら装甲車の中に戻った。大量の出血で今にも頭がイカれてしまいそうになる。兵士たちもすぐに右手に包帯を巻き、必要最低限の応急措置を取った。

玲奈が去っていく際、淳が見たのは自分の右手をうまそうに食べているアンデッドの姿で、その光景を見た淳は…悔しくて堪らなかった。



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第86話 始まりの場所

玲奈はバイクを激走させて、どうにか2台の装甲車の追跡と攻撃から撒くことが出来た。だが、いずれ奴らも玲奈と同じ場所…東京に向かってくることは重々承知だった。玲奈は更にアクセルを強く踏み、東京へと急ぐ。玲奈のすべきことは人類の絶滅を阻止するためにンブレラ社の最重要研究施設…通称ハイブにまた潜入し、散布型抗ウィルス剤を奪還することだ。だが、それを実行する前にあの装甲車とアンデッド軍団をどうにかしなければならない。それには、他に協力者がいないと成せないことは分かっていた。

玲奈は遂に東京に入る。前は建てられていなかった門のようなものにはアンデッドが3体吊るされていた。それはまるで…ここには入って来るなと言いたげな感じだった。国道を走り、途中で崩落した橋の前で玲奈は一旦バイクを降りた。

そして…随分前に滅んだ街に向かって、彼女はこう呟いた。

 

「ただいま……」

 

見渡す限り、ここにもアンデッドの姿は見られなかった。

やっぱりアンデッドは装甲車で引き寄せているので全部なのだろうか…。

そんなはずはない。人類の生き残りは約4000人…。他の人間は全てアンデッドになったはずだ。もしかしたら…クイーンの言っていたことは全て嘘で人類の生き残りは……。

 

「……!」

 

玲奈は頭を大きく振って、そんな考えを払拭させて再びバイクに(またが)った。

あの名古屋城と同じように静かだった。核ミサイルをぶち込まれた東京も…名古屋と同じように荒廃……いや、その次元を超えて、建物がほぼ残っていなかった。目立つ建物と言ったら、彼女の前に(そび)え立つビルだった。とりあえず、そこに向かおうと思った時、バイクに何かが飛んできた。

 

「‼」

 

それは避ける前にバイクに直撃して、玲奈の腹にも当たった。バイクは前方に吹き飛んでいき、玲奈も地面に倒れた。虚ろになっていく視界に…一つの人影が見えたのは…玲奈の気のせいだったのだろうか…。

 

 

 

 

竜馬は退屈な時間を過ごしていたところ、突如ビルの下が騒がしくなったのに気付いた。窓から下を覗くと、1人の女性が寝かせられていてその女性をどうするかと意見が仲間同士で割れていて、口論にまで発展しているようだ。

ここからじゃよく見えないが…かなり美しい女性に見えた。玲奈に似ている。

でも…この世にいないんだったな…と、竜馬は改めて思った。

信じることはどうしても出来なかったが、ジョンは確かに言っていた。いくら頭の中で否定しても、玲奈が見つからず…ジョンの話に信憑性を持たせてしまった。

竜馬はまた拳銃を弄ってしまう。この拳銃で竜馬から大切な玲奈を奪った全てを…皆殺しにしてやろうと考えた。

が、その時ビル内に銃声が響き渡る。慌てて再び下を見ると、さっきの女性が仲間である桐生の首を締め上げて、人質に取っていた。竜馬は急いで下に駆け下りていくのだった。

 

 

 

 

玲奈は何者かに首に何かを注入されようとしたところで目が覚めた。目前には男性が片手に注射器を持っていた。注射器というものを見ただけで、玲奈は頭の中でアンブレラの仲間なのではと思ってしまい、すぐに上体を起こして、その男の腕を掴んで首を締め上げた。

 

「おい!テメエ、女‼離せ‼」

「撃つわよ!」

 

2人の前にいた男女の一組は地面に向けて、脅しではと思わせるために弾を撃ち込んだ。普通の人なら怖気づくかもしれないが、玲奈からしたらそんなものは全く怖くも何ともない。玲奈は首を締め上げている男性に質問する。

 

「この注射器の中身は何?」

「……くっ…栄養剤だよ……」

「本当に?ウィルスじゃないわよね?」

「ウィルス?そんな物騒なものは持っていないよ…」

「おい!お前!桐生を離……せ…」

 

玲奈の視線には…愛しい人が立っていた。

竜馬は一瞬たじろいだが、すぐに拳銃を向けた。彼は、今目の前にいる玲奈が本物であると、信じることが出来なかったのだ。

 

「と、とにかく…彼を離すんだ、玲奈…」

「………」

 

玲奈は桐生を離して、両腕を上げた。そこに銃を構えた男女が近付いて、男の方が玲奈の腕に触れた。それが不快感だった玲奈は即座にその手を振り払った。

 

「逆らうんじゃねえ!」

「…逆らったら?」

「殺すだけだ」

 

男は拳銃の銃口を玲奈の頭に当てた。

玲奈は「はぁ」と溜め息を吐いてからこう言った。

 

「銃を向ける時は……覚悟を決めなさい」

「あ?」

 

玲奈は男の拳銃を掴んで、奴の腹を蹴って怯ませた。そして、男が玲奈の方を再び見た時には、今度は玲奈が男に拳銃を向けているという、さっきとは逆の態勢になっていた。玲奈は数秒だけ男に拳銃を向けていたが、すぐに安全装置を閉めて、男に拳銃を返してあげた。

 

「分かった?」

 

男は悔しそうな表情をして、女性と共に扉の奥へと消えていった。

ここにはもう玲奈と竜馬、そして桐生しか残っていない。そんな中で…玲奈はゆっくりと竜馬に近付いていき、彼の身体を強く抱き締めた。更に…自然と涙も溢れてくる。

 

「玲……奈?」

「また……会えたっ…」

 

竜馬はふっと笑みを漏らして、玲奈を抱き締め返した。

しかし、その後玲奈に急激な眩暈が襲った。玲奈はそのまま竜馬に抱きつかれたまま、眠るように気絶するのだった。

 

 

 

 

玲奈が再び目を覚ますと、彼女は固いベッドの上に寝かされていた。玲奈が上体を起こそうとしたところを、隣にいた紗枝が止めた。

 

「まだ横になってて。身体に負担をかけ過ぎよ」

 

紗枝の隣にはさっき玲奈に栄養剤を打とうとしていた男も立っていた。

 

「やぁ、気分はどうだい?」

「最悪…」

「先程はすまなかった。あいつ、いっつも人を疑ってしまう癖があってね…」

 

“あいつ”とは…玲奈にやけに絡んで来た男のことだろう。

 

「俺は桐生って言うんだ。竜馬の知り合いらしいな…」

「……まあ、知り合いというか…腐れ縁というか…」

 

そう言うと、彼は奥の方から呼ばれたらしく玲奈と紗枝の傍から手を振りながら離れていった。玲奈は横になったまま、紗枝に質問した。

 

「あの戦いの後……一体何があったの?」

「防壁が突破されて…みんなあそこから逃げ出すしかなかったの。でも…玲奈だけ見つけられなくて…。そんな中、ジョンがあなたは死んだなんて言って来たのよ。どこにいたのよ、玲奈?」

 

明らかな嘘だ。ジョンたちが玲奈を嵌めるために作った口実だろう。

 

「私は……ジョンに言われて、地下に逃げ込んだの。でも…そこで気絶させられて、目覚めたのがつい先日あたり。外の空気は(よど)んでいるし…最悪以外の言葉が思いつかなかったわ。…なるほどね……だから竜馬が私を見た時、あんなに驚いた表情をしていたのね…。これで納得」

 

玲奈はベッドから降りて、腕に付けたタイマーを見た。残り31時間だ。

 

「まだ動いちゃダメ!まだ身体にダメージが残っているでしょ⁈」

「大丈夫よ、もう…。それよりも行かないと…」

「どこに?」

「ハイブよ。クイーンが言ってたの。あと30時間弱で人類は絶滅するって…」

 

紗枝は怪訝(けげん)な表情を向けてくる。

 

「信じていいの?」

「今度こそ大丈夫。けど……もっと厄介なことがある」

「え?」

 

玲奈はあの罠について考えていた。いくら何でもあの静かな東京の町でバイクのエンジン音で気付いて、あの罠を解除するなりなんなりするはずだ。だが、その様子は全く見られなかった。つまり……。

 

「スパイがいるわ。ここに…」

 

紗枝はそれを聞いて、驚きを隠せなかったのだった。



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第87話 アンデッド対策

取り敢えず、玲奈は竜馬にジョッシュ、薺、そしてあの男……高田にアンデッドの大群がこちらに進行中であることを伝えた。

 

「アンデッドなら大丈夫だ。このビルならどうにか耐えきれる」

「アンデッドは……ね…」

「どういうことだ?」

 

高田は聞いてくる。

 

「アンブレラはそいつら誘き寄せるために装甲車を使っている。入り口のバリケードも搭載されたミサイルで一瞬で破壊出来る」

 

ジョッシュは大変だと思いながら頭を掻いた。そこで竜馬は皆に提案する。

 

「奴らに対抗する手立てを考えないとな……」

「そうね……。なら…」

「おい、ちょっと待ってくれ」

 

そこで再び高田は玲奈に突っかかってくる。玲奈は面倒そうに彼を見た。

 

「何でテメエが偉そうに指揮ってんだ?本当はそのアンデッドを連れてきたのはあんたなんじゃないのか⁈」

「……だから?」

 

玲奈の物言いに高田は怒りを込めて、皆に怒鳴った。

 

「お前ら!この女を助けたこと後悔するからな!」

 

高田はそう吐き捨ててこの場を出ていく。

 

「悪いな…。気難しい奴で…」

「構わないわ。それより、ここに武器はどれくらいあるの?」

「拳銃とかはあまりない。ただ…使えるかどうかは別として、ガソリンは山のようにあるぜ?」

 

ジョッシュがそう言うので、玲奈はニヤッと不気味に笑った。

ガソリンがあるなら、勝機はなくはない。

次に玲奈はビルの屋上に足を運んだ。そこには今でも稼働している小さなクレーン車が置いてあった。それを女性が操作しているのが見えた。

 

「やぁ!あなたが新しく来た人ね!」

「え…えぇ……」

 

やたら口が軽いなと玲奈は思った。初めて会った人にあんな言い方をされたのは…玲奈からしたら初めてだった。

 

「このクレーン車、あなたの?」

「『あなた』じゃないわ!光子よ。まあ…このクレーン車は私のものって言っていいのかな?親から無理矢理使い方を教えられたからね」

 

玲奈はこのクレーンである作戦を思いつく。

ニヤッと笑った玲奈に光子は少しだけ寒気を覚えた。

 

「じゃあ光子、このクレーンを改造するわよ」

「へ?」

 

光子は間抜けな返事をしてしまうのだった。

 

 

 

 

玲奈はみんなに出来る限りの対策をするように命じておいた。大体の大枠は完成しているため、残りはジョッシュが外に出て、夜でも目立つように白いスプレー缶で地面に数字を書かせることが終われば……あとは奴らを迎え撃つだけだ。

玲奈はそれが終わるまで休憩を取ることにした。いつあの軍団が襲いにやって来るか分からない。今のうちに少しでも体力、スタミナを温存しておく必要はある。そんな時に背中に誰かの背中が預かってきた。そんな人物は、玲奈の知る限り1人しかいなかった。

 

「竜馬…?」

「……俺、最低だ」

 

突然竜馬が訳の分からないことを言い出してきたので、玲奈は困惑してしまう。

 

「ちょっと?何言ってるの?」

「玲奈が死んだって言うジョンの言葉を……あっさり信じた俺が最低…だって言ってるんだよ…」

 

玲奈はジョンや淳がそういう風に竜馬たちを(あざむ)こうとしていることくらい予想出来ていた。今のアンブレラにとって最も厄介で面倒な存在は玲奈だ。死んだということにしたくて、堪らなかったのだろう。竜馬はそんな安易な嘘も見抜けず、易々(やすやす)と言葉を信じてしまった自分を許せないのでいるのだ。

 

「……竜馬は何にも悪くないよ?」

「でもここで玲奈を目にした時、俺……お前のこと偽物かもって…一瞬だけ頭に|過<よぎ》った」

「それは…ちょっと酷いかな?」

 

玲奈は苦笑した。

 

「でも一瞬だけでしょ?私は竜馬がそれだけ私を大切にしてくれているって知れて…いつも嬉しいよ?」

「玲奈…」

 

玲奈はにっこりと笑い返した。

それを見てしまった竜馬は自らの欲望を抑えきれなくなってしまった。彼女の身体を小石や小さい瓦礫だらけの地面に押し倒して、唇を激しく重ねた。

 

「……傷まで付けちまって…」

 

竜馬は玲奈の頬に付いている傷を優しく撫でた。痛みは感じない。

感じたのは…愛する人の手の温かさ…それだけだった。

 

「…くすぐったいよ……」

「もう…止めてやんねえからな……」

「…いいよ……。竜馬になら、何をされてもいい…」

 

玲奈の了承を聞いた竜馬は玲奈の衣服を破らない程度で無理矢理引き剥がした。

それから玲奈と唇を重ねながらも…初めて…身体も重ねるのだった。

 

 

 

 

「………くっ………」

 

淳は切断された右手首が未だに鈍く痛んでいて、苦しい声を漏らした。

流石にいくらバイクを奪うためだけに、手首から先を切断してしまうなんて予想もしていなかったのだ。あの時、すぐに部下に止血をさせていなかったら、この世には留まっていることは出来なかっただろう。淳はあれから一気に血が足りないと感じ、装甲車に積んであった食べ物を恐らく大人2人分くらい口に入れた。血の巡りも良くなり、少しだけ生き返った気もした。

そして……もう絶対に許してやらないと心の中で激しい怒りを燃やす淳。

装甲車の上に立っている淳は門にぶら下げられたアンデッドに鉛弾をプレゼントした。それほどイライラしているようだ。装甲車の後ろを追ってくるアンデッドの呻き声も…イラつきの要因の1つかもしれない。

 

「武器を装備しろ!」

 

そう言うなり、装甲車からは新たなガトリング砲が出て、ミサイルの砲台もせり出てくる。日も落ちてきたため、白色のLEDライトを付けて、前が見えるようにした。その先には…朧気に光るオレンジ色のライトが見える大きなビルが聳え立っていた。

 

「ここからは我々の反撃だ……」

 

淳は積年の恨みを込めて、この先にいる玲奈に言ったのだった。

 

 

 

 

身体を交えた2人はお互いに脱いだ服の上で一糸纏わぬ状態で横たわっていた。

竜馬は玲奈の身体全体を、改めて見た。顔だけでなく、彼女の身体中…傷で一杯だった。しかし、竜馬を虜にしてしまう程の美しい身体に竜馬は無意識に玲奈の身体に触れようと思った時…外にいたジョッシュの叫び声が聞こえた。

 

「来たぞぉ‼」

 

玲奈と竜馬はその叫び声を聞くなり、すぐにお互いの服を着直して、窓から外を見た。

ずっと奥の方から2つの光と土埃…そして、何かが|蠢<うごめ》いているような地面が見えた。遂にここにまでやって来たんだと思った。

 

「屋上に上がるわよ」

「ああ」

 

2人は屋上に上がってみんなと合流する。

薺は玲奈を見るなり、彼女に3発装填式の散弾銃を渡した。これは単発で撃つことも可能だし、3発同時に撃つことも可能な代物だ。

 

「銃くらいないとキツイでしょ?」

「そうね。ありがとう」

「はっ…武器まで渡すのか?」

 

高田はまた玲奈を挑発する。

 

「やめろ、そんなこと言ってる場合じゃないぞ、高田」

 

竜馬がそう怒鳴ると、高田はふんと鼻を鳴らすだけで、反省した感じには見えなかった。

しかし…時間が経つにつれて、余裕だと言っていた彼らの表情が徐々に青くなっていくのが分かった。

 

「……嘘だろ?大群なんてレベルじゃねえ…。まるで軍隊みたいじゃねえか…」

 

眼下に広がっている景色は…真っ白なLEDライトに照らされて見えるアンデッドだった。しかし、その数は玲奈や竜馬が遭遇してきたアンデッドの数の想像を遥かに逸脱していた。水平線上にまで広がるアンデッドのカーペット…。何体いるかなんて推測すら出来ない。

ただ……大量に…膨大な数のアンデッドがこのビルの前の道に群がっていることだけが彼らの目が捉えていた。

それを見た紗枝はジョッシュの手を握った。ジョッシュも同じく紗枝の手を強く握る。

そして…この光景を見て、数十秒後…最初に口を開いたのは薺だった。

 

「それで……どうするの?玲奈…」

 

玲奈は手摺を力いっぱいに握って、こう言うのだった。

 

「1匹も残さずに殺すだけよ……」



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第88話 全てを燃やして…

まず玲奈はアンデッドを引き寄せている装甲車を潰す作戦に入った。

ジョッシュが書いてくれた白い文字はここからでもよく見えた。そして、こちらから見て、左側の装甲車が“1”と書かれた文字の上を通過した瞬間に玲奈は叫んだ。

 

「1番よ!打って‼」

 

まず薺がガソリンが詰まったドラム缶に火を付け、それから火がきちんと付いたことを確認した光子がドラム缶を固定していたロープを斧で断ち切った。それによりガソリンが詰まったドラム缶は投石器の要領で飛んでいった。ドラム缶は見事に放物線を描いて、装甲車に向かっていく。装甲車の欠点は動きが鈍すぎることだ。そこを突いた作戦に装甲車は避けることも出来ずに火が付いたドラム缶が直撃し、爆発を起こした。

それを横で見ていた淳は命令する。

 

「止めろ。後ろの餌を離すんだ」

 

アンデッドの餌とされていた生存者は手錠が外れたと分かって、奴らから逃げるために走り出した。後方から数多のアンデッドが追いかけてきていて、それを確認した玲奈は無線でゲートを守っている桐生と紗枝に連絡する。

 

「生存者よ。ゲートを開けて」

 

ゲートを開けていき、紗枝と桐生はその上からマシンガンを撃つ。ここからではなく、ビルの上からも援護射撃をしてくれている。生存者を助けるためにも、今出来ることはひたすらアンデッドを殺していくしかない。あとは生存者の足を信じるだけだ。

玲奈は再び上から、生存者が“2”の文字を通過したことを確認した。

 

「2番よ‼」

「打って‼」

 

再びドラム缶投石器が動き出し、生存者の真後ろで爆発してアンデッドを蹴散らした。しかし、それをしてもアンデッドが絶えることはない。

 

「もう少し…!」

 

生存者がゲートに到達する……直前だった。

装甲車から放たれたガトリングの弾が生存者の身体を何発も貫いた。

 

「あの野郎……!」

 

奴らはゲートが開いた隙に付け込んで、そこにアンデッドを雪崩れ込ませる気だ。

玲奈はすぐに紗枝たちに連絡する。

 

「紗枝!今すぐゲートを閉めて‼」

 

ゲートは閉まっていくが、アンデッドは既にゲートの周りに群がり、紗枝たちを食らおうと侵入しようとする。ゲートに掴まってくるアンデッドの頭を桐生は撃ち抜いていくのだが、ゲートの側面の隙間から数体のアンデッドが入り込んでいた。

それに気付いた紗枝はゲートの上を滑っていき、アンデッドの頭を撃ち抜き、最後に残った奴は顔面を蹴って絶命させた。

ゲートが閉まり切り、もうアンデッドは入って来れないと思った2人だが、その考えは甘かった。

 

「やれ」

 

淳の命令に従って、兵士はミサイルを発射させた。それに気付いた桐生は紗枝を抱えて、ゲートから離れようとジャンプした。2人は爆風と相まって、地面を転がる。

だが、問題は破壊されたゲートからアンデッドが入ってきていることだった。

だけど、中に侵入された時の場合にも備えて、ビル内にも罠は置いてある。

“3”の上を通ったのを見て、今度はジョッシュに連絡した。

 

「3番よ」

「あいよ!」

 

ジョッシュは固定していたワイヤーを切り、中ほどの階から崩れた瓦礫が雨のように落下していく。落ちてくる瓦礫に紗枝と桐生は巻き添えを食らわないように走り出す。紗枝と桐生の後ろには数多のアンデッドの頭に瓦礫が捉え、少しだけ足止めの役割を果たしていた。

しかし、その間にも淳は更なる指示を出していた。

 

「上だ。撃て‼」

 

ガトリングの弾とミサイルはビルの屋上は上層階を狙っていることに気付いた玲奈はみんなに叫んだ。

 

「離れて…。窓から離れて‼」

 

そう叫んだ途端に速射される弾は改造したクレーン車や援護射撃をしてくれる生存者の身体に食い込んでいく。

 

「もういい。弾の無駄だ。あとは奴らが消耗しきって死ぬのを待つだけだ」

 

淳は余裕だった。

この勝負に負けるはずはないと……はっきりと分かったかのようだった。

 

 

 

 

紗枝はすぐ後ろにいるアンデッドの頭を撃ち抜く。だが、それはただ1体を殺しただけで、ほぼ意味は為さない。紗枝と桐生が緊急用の扉を閉めると、それを抑えようと更に生存者が集まってくる。

その扉を押し潰そうと数多のアンデッドがやって来る。壁によじ登って、上からこちらに侵入して来ようとするアンデッドに対して、ジョッシュは拳銃を撃った。それをしても、完璧に抑えることは出来ない。侵入してきたアンデッドに高田は刀剣を振りかざして、側頭部から突き刺すと、そこから拳銃を撃つ。更に背後から来た奴は首を吹き飛ばした。

しかし、油断もあったのかアンデッドに掴まれてしまう。

 

「!」

 

血だらけの歯が見えたと思いきや、すぐにその頭は高田とは別の方向に曲がった。それはジョッシュがアンデッドの首をへし折ったことによるものだった。

 

「1つ貸しな」

「……ふん」

 

上から見ても、玲奈はあそこはどうにか耐えているという状況だと分かった。

だが…これが玲奈の狙いであった。ビルの最下層にアンデッドが一杯になったところで光子にアイコンタクトした。

光子は玲奈に言われた通りに、ドラム缶の口を斧で開放して、そこから大量のガソリンが流れ落ちていく。そこに玲奈は火が付いた松明を投げ入れた。(たちま)ち引火したガソリンは炎の滝になり、ビルを伝っていく。

そのビルは淳たちから見れば、まるで燃え盛る火の柱に見える程の迫力があった。

 

「走って‼」

 

紗枝が叫ぶと、最下層に残っている生存者は火の海から逃れようとビルに登っていく。火が付いたガソリンは地面に着くと、すぐに広がっていき、アンデッドたちを燃やしていく。それが留まることを知らず、広範囲に広がっていく。

 

「下げろ!下げろ‼」

 

火の海が目前にまで迫ってきたことにビビった淳は装甲車を後退させるように言った。

その瞬間、玲奈はビルの上から飛び降りた。アンデッドたちが来る前に張っておいたワイヤーにハンドルを付けて、ロープウェイの原理で一気に装甲車との距離を詰めていく。玲奈は降り際にアンデッドの頭を蹴って、頭蓋骨を粉砕した。

それから前方にいるアンデッドたちに3発装填式散弾銃を一気に3発撃って、蹴散らしていった。玲奈はすぐに弾を込め直し、装甲車に向かって走っていく。

それを暗視カメラで捉えていた淳は命令をする。

 

「玲奈を狙え」

 

すると、玲奈の周りに容赦なく弾が飛んでくる。

だが、奴らの装甲車にどの程度の暗視カメラが搭載されているか、玲奈は知らないが、姿を隠すのは難しくない。物陰に一旦隠れて、装甲車の死角に移る。

 

「……玲奈はどこだ?」

 

その頃、玲奈は両手にガソリンタンクを持って、装甲車の上に立っていた。そして、ガソリンを装甲車の中に入れていく。それに気付いた淳は焦りの声を上げた。

 

「まずい…!全員退避…」

 

ガソリンを全て入れ終えた瞬間にライターの火を近付け、引火させた。装甲車からは忽ち炎が噴き出し、暫くして動かなくなった。玲奈は装甲車のハッチを開けて、中に入ると、焦げた臭いが鼻を突いた。焼け焦げた死体が何体もあるからだった。

すぐに玲奈は拘束されている生存者の手枷を外していると、奥からガチャンという音が聞こえた。

 

「まさか…!」

 

玲奈が急いで外に出ると、淳が背を向けて必死に逃げていくのが見えた。

だが、後ろにも兵士が生きていたようで、玲奈が視界に捉えた時には奴の拳が玲奈の腹を捉えていた。

 

「ぐっ!」

 

玲奈はまず散弾銃を向けたが、蹴りで弾かれてしまう。淳を逃すために玲奈に仕掛けてきたのだろう。

更に飛んでくる拳を避けて、お返しに玲奈が蹴りを腹にぶち込むが、兵士は全く怯まず、そこから回し蹴りを玲奈に食らわせた。

 

「ぐあっ‼」

 

装甲車から吹き飛んで、車のボンネットに直撃した。奴も装甲車から降りて、玲奈の前に立った。

蹴られた直後で未だに意識があまりはっきりしない玲奈。その隙を奴は逃さず、回転して威力を上げた蹴りを玲奈の腹や顔に何発も食らわせていく。

 

「ぐふっ…!」

 

遂に玲奈は吐血して、そのまま地面に倒れてしまう。

 

「はぁ……はぁ……。身体能力は……良いわね…」

 

兵士は余裕そうに笑みを漏らしている。

 

「でも頭は悪い」

 

玲奈は落としていた散弾銃を掴み、三3同時に発射した。

 

「うがああぁ‼」

 

兵士の腹に散弾が3発同時に当たり、盛大に吹き飛んでいった。

玲奈は腹の痛みが少し引いたところで立ち上がった。

 

「玲奈!」

 

竜馬とジョッシュがこちらに向かって来ている。どうやらビルでの籠城は成功したようだ。

玲奈は後ろから来るアンデッドの気配を感じ取って、散弾銃を後ろに向けて撃った。

 

「こいつ、どうする?」

 

兵士は生きていた。あの散弾をまともに受けて何故生きているのか…。それは防弾チョッキを着ていたからだ。それでもあばら骨は多少折れているだろうが…。

 

「この辺りにはまだアンデッドがいる。……こいつには恐怖ってものを感じさせましょう?」

 

玲奈は装甲車を自動運転に切り替えて、まだ生きている兵士の腕に手錠を付けた。兵士は玲奈たちを睨んでいた。

 

「……行ってらっしゃい」

 

装甲車が動き出すと、暗闇に紛れていたアンデッドが兵士を食らおうと追いかけていく。その光景を見て、玲奈は胸がすっきりした。

と…ここで…。

 

『玲奈、問題発生』

 

無線から紗枝の声が聞こえてきた。更に今の発言で不安が広がった。

 

「どうしたの?」

『……第2陣よ』

 

その言葉を聞いたみんなの顔色は、青くなっていく者ばかりであった。



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第89話 ハイブへ

玲奈は元のビルに戻り、紗枝から渡された熱探知双眼鏡で遥か彼方を見ると、確かに熱を持った何かの大群がこっちに向かって来ているのが分かった。

 

「まさか、もう一陣用意していたとはね……」

「そんなの誰が予想出来るんだよ…」

 

桐生は空になったドラム缶を捨てて言った。

 

「ガソリンがほとんどない。さっきみたいな作戦を展開するのは不可能だ」

 

ここに来て、玲奈たちは選択を強いられた。あの量のアンデッドと装甲車を再び相手にするか…それともここから急いで逃げ出すか…はたまた……。

 

「……ハイブに行く」

「正気か?」

 

竜馬は信じられないと言った表情で玲奈をじっと見詰めた。

玲奈も竜馬を見つめ返して、自らの覚悟が本物であると、見せつけた。

 

「……ハイブに行けば、みんな助かるのか?」

 

竜馬の発言で、みんなにもどよめきが広がる。

 

「ええ。あそこには空気感染型の抗ウィルスがある。それさえ手に入れば…」

「それなら俺も行く」

 

竜馬がそう言うと、玲奈は必死になってその同行を止めようとし始めた。

 

「ダメ。竜馬はここに残って。危険なところに行くのは私の仕事なの」

「…そんなのお前が勝手に決めただけだろ?俺は危険だと分かっている場所に玲奈一人で行かせるつもりはない」

「竜馬…」

「大丈夫さ。今まで何度も修羅場を潜り抜けて来たんだ。今回もどうにかなるさ。さおれに……付き合うのは俺だけじゃないぜ?」

「え…」

 

竜馬が指差すと、そこには複数の生存者が集まって来ていた。

紗枝、ジョッシュ、薺、桐生に光子……一番意外だったのが高田までいたことだった。

玲奈が意外だと言いたげな表情をしているのに気付いたのか、高田は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「さっきは悪かった。あんたなら信用できるよ、今さっき気付いた」

 

それを聞いて、玲奈は信頼できる仲間が増えたと嬉しくて涙が溢れそうだったが、どうにか堪えて皆に最後の警告をする。

 

「今から行くところは……多分、一番危険で地獄のような場所に違いないわ。…死ぬ覚悟は出来ている?」

「「「「「「当り前‼」」」」」」

 

残り時間は4時間足らず…。それなら…。

 

「準備して。時間がないから」

 

 

 

 

淳は必死に後ろからしつこく追いかけてくるアンデッドたちから逃げていた。

想定外なことが立て続けに起きて、淳のイラつきは最大にまで上がり切っていた。あの数のアンデッドを殺し、挙句には装甲車2台をその場にあったものだけで破壊されたのだ。悔しくて堪らなかった。

そのため、彼の頭にはイラつきの他には復讐心も募っていた。その復讐を果たすためにも、淳は死んでたまるかと限界に痛んでいる足を必死に動かす。

すると、前方から明かりが迫ってきた。それはアンデッド軍団の第2陣を連れて来た別の装甲車から出されているLEDの光だった。

 

「乗せろ!早く‼」

 

すぐに淳の姿を確認した兵士たちは装甲車を動かしながらも、淳を中に入れた。

淳は喉が渇いていて、1人の兵士には水を持ってくるように言い、もう1人には別の指示を出した。

 

「今すぐハイブに向かうんだ」

「いえ、ジョン議会長の命令がなくてはそれは出来ません」

「………もう一度言うぞ?今すぐ、ハイブに、向かえ!」

「しかし……」

 

イラつきが元々溜まっていた淳は目の前の兵士の逆らいだけでも、怒りが爆発し、持っていたナイフで彼の腹を抉った。抉るだけでは収まることはなく、何度も何度も突き刺した。

その光景を目の当たりにした兵士は恐怖と驚愕で身体を固めてしまっていた。

 

「水だな?ありがとう」

 

淳は何事もなかったかのように水を飲み始めた。淳は水が身体の中に浸透していくのを、ゆっくりと感じているのだった。

そして、淳の命令通り、装甲車はハイブへと全速先進するのだった。

 

 

 

 

玲奈を筆頭に竜馬たちはアンデッドがいない荒野をひたすら走っていた。

タイムリミットまで4時間を切ってしまっているため、急がざるを得ない。しかし、その行動は全部ハイブにいるジョンに見られている。そして、ジョンはクイーンに指令を出す。

 

「ケルベロスを投入だ」

『はい。ケルベロス、投入開始』

 

その瞬間、玲奈は忙しく動かしていた足を突然止めた。

 

「どうした?」

「……聞こえる?」

 

竜馬たちも耳を澄ませてみると、何かが近付いてきているのが分かった。アンデッドではない。

もっと小さくて…俊敏で、獰猛な奴がこっちに来ている。

そして、玲奈たちの前に現れたのは…犬だった。口は裂け、血が垂れ、身体に毛は無くて、色は黒ずんでいる。しかもそれが1匹や2匹なんて数ではない。どこから出てくるのか、至る所から先程のアンデッド軍団よりかはいないが、かなりの数…彼女たちの前に出てきたのだ。

 

「……走って………」

 

玲奈は小さく呟いた。

全員が息を飲んでいて、誰も動こうともしなかったため、玲奈は自分の声が聞こえなかったのかと思って、もう1度、今度は大きな声で叫んだ。

 

「走って‼」

 

その瞬間、大量の犬どもが玲奈たちに吠えて、一斉に襲い掛かってくる。玲奈は前方の1体に散弾をぶち込んでから、彼らと一緒に逃げ出した。犬どもは恐るべきスピードで迫ってくる。時折飛びかかってくる犬はそれぞれが避けるが、横から飛んできた犬に高田は捕まってしまった。

 

「うわっ‼うわああああああ‼」

 

高田は肉を食い千切られ、頭にかぶりつかれ、犬どもの餌と化していった。

早くここから離れなければ、玲奈たちも高田と同じ運命を辿ってしまうことになる。

 

「湖⁈……飛べぇ‼」

 

竜馬の声に全員が従った。

高さはかなりあり、水面にぶつかった衝撃で死ぬ可能性もあったが、犬どもに食われて死ぬよりかは断然よかった。一行は断崖から湖に飛び込んでいき、一部の犬も追って飛び込む。バシャァンと大きな水音が暗闇に響く。

玲奈たちはすぐに岸へと上がり、水の冷たさを味わった。

 

「…あいつら、水は苦手なようだな…」

 

確かにほとんどの犬は飛び込むことはなく、ぐるっと遠回りをしてこちらに向かって来ているようだ。

 

「!あれ!」

 

薺が指差す先にはトンネルのようなものがあった。

あれがハイブに繋がる秘密の通路なのか、玲奈たちは考えた。

ハイブに繋がる道だろうがなかろうが、犬どもは玲奈たちを食らうことを諦めていないため、襲われる前にそのトンネルに向かうことにした。

既に犬はこの近くにまで来ているのだが…玲奈たちがトンネルに入った途端に足を止めた。

 

「何だ?」

 

犬たちは恨めしそうに玲奈たちを睨んでいた。折角旨そうな肉がたくさんあるというのに、何かによってここに近付けないような雰囲気だった。

あの犬でさえ、恐怖で震えあがる奴が、この先にいるというのだろうか…。

 

「…ここが……ハイブ…」

 

玲奈はもう確信していた。

あの4年前とは明らかに違う雰囲気を醸し出していた。

一行が研究所の入り口に差し掛かろうとした時、突如入り口の防護壁が閉まり出した。

 

「⁈早くみんな中に!」

 

恐らく閉め出されたら、犬の餌となるのだろう。竜馬を先頭に急いで中に入っていき、残りは玲奈だけになったところで、アクシデントが発生する。玲奈の腕を何かが掴んだのだ。

 

「……!こんな時に…!」

 

掴んで来たのは、先程犬に食われていたはずの高田だった。犬に噛まれ、殺されたせいでアンデッドと化していたのだ。玲奈はアンデッド化した高田に首を噛みつかれそうになるが、どうにか防御する。

しかし、しぶとく玲奈からその腕を離さないため、中々閉まりゆく防護壁を通過できない。そこで玲奈は高田の足を蹴って骨を折り、そこから顔面に拳をぶち込んで怯ませた。もう防護壁が閉まり切るのもギリギリで、今からジャンプしても間に合いそうにない。

そこに竜馬が腕を伸ばして、玲奈を引き寄せた。

 

「竜馬…!」

「玲奈っ!」

 

玲奈も漸く防壁の内側に到達し、アンデッド化した高田は防壁に挟まり、肉が潰れる音がし始めた。遂には目玉も飛び出し、高田の身体も綺麗に潰されて防壁は完全に閉じた。

 

「ありがとう」

「どうも」

 

玲奈たちが礼を言い合っていると、目の前の台からレッドクイーンのホログラムが出てきた。

ジョッシュや紗枝は拳銃を即座に構えるが、玲奈は何も警戒しない。

 

「私たちに話があるんでしょ?レッドクイーン」

『……もう、分かっているようね…』

「『分かっている』って……どういうこと?玲奈!」

 

紗枝が聞くと、玲奈は息をすぅと吸ってから、全員を驚愕させる衝撃的な発言をするのだった。

 

「レッドクイーンは敵じゃない」



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第90話 真実

「敵じゃない…?玲奈、あんた惑わされているんじゃないのよね?」

「惑わされてなんかいない。本当のことよ」

 

他のメンバーはまるで信じられていないようだった。

今まで何度となくレッドクイーンのせいで、様々な危険な目にあったというのにだ。

 

「クイーン、いい加減全て教えて」

『……分かったわ。全ての始まりは要三氏と一緒に開発を行っていた森田氏という人物がきっかけよ』

 

森田……。玲奈も聞いたことがない名前だった。

 

『森田氏の娘は要三氏の律代と同じ病に侵されていた…。その娘を助けるのに作り出したウィルスが(くだん)のJ-ウィルス…。しかし、このウィルスは知っての通り、死者を蘇らせるものだった。それを知った森田氏は娘を助けるだけに留めて、開発はやめようと切り出した。だけどそれに反対したのがジョンと…淳の2人だった』

 

玲奈でもそこから先の展開は予想できた。

 

「彼らの交渉は決別し…2人は森田氏を殺して、ウィルスを自分たちのものにして莫大な金を得ようとしたけど、(つよし)の裏切りによってウィルスは世界に蔓延してしまい、金を手に入れることは出来なかった」

『違うわ』

 

クイーンは玲奈の予想を即座に否定し、話を続ける。

 

『そもそも、淳もジョンも毅が裏切って、事故に見せかけてウィルスを漏洩させようとしていたのも知っていた。けど、2人はそれを()()していただけよ』

「つまり……まさか…」

 

玲奈は最悪な仮説が思い浮かんでしまい、その仮設をクイーンが言った。

 

『そう…あの事故は仕組まれたも同じこと。世界が滅ぶことを…2人は()()()()()のよ』

「どうして…」

『彼らは元々世界を滅ぼす方法を模索していた。アダムとイブの話と同じよ。世界を滅ぼして、次に抗ウィルスで全てのアンデッドを殺し、新たな新天地を手に入れるつもりなのよ』

「じゃあ…どうしてそれを早く俺たちに言わなかったんだ?」

 

竜馬は我慢出来ずに質問する。クイーンは竜馬の質問に淡々と答える。

 

『私は長らくの間、淳によって操られていた。勝手に訳が分からない情報が入ってきて、私の回路をオーバーロードさせて暴走を起こした。でも、それでも私の目を誤魔化すことは出来なかったようね』

「え?」

『私のこのホログラム、全て森田氏の亡くなった娘をモチーフに作られている。私を作ったのも森田氏…。彼はこうなることを予見していた。彼らにバレないように、機械の私に奴らの作戦を伝えてくれた』

「作戦?作戦って何よ…」

『世界を滅ぼす作戦よ。まあさっき伝えたものが全部だけどね』

 

世界を滅ぼす…。彼らは本気でそんなバカげたことを考えていたのかと、玲奈たちは阿鼻叫喚した。彼らは自らが生きるためだけに物事を動かしていこうとしている感じにしか見えなかった。

 

『これが私の知っている真実よ…。後は……あなたたちに託すわ。機械の私には何も出来ないからね…』

「分かった。任せなさい」

 

玲奈がそう言うと、クイーンは最後に玲奈の視線を真っ直ぐ見て、言葉を出した。

 

『私や森田氏の代わりに…復讐をお願い』

「…約束するわ」

 

レッドクイーンのホログラムが揺れて、消え始める。

消える直前のクイーンの表情が、どこか優しげな感じだったのは…玲奈の気のせいだったかもしれない。

クイーンの話に全員が圧倒されてしまっていた。

この世界が、アンブレラによって作られたものだと知ってしまったからだろう。

 

「…玲奈、知ってたのか?」

「なんとなく…ね。確信はなかった」

「でも、これで気にすることなく、あいつらを殺せるな…」

 

ジョッシュは笑いながら言った。玲奈も笑い返しながら言う。

 

「そうね。とにかく先に進みましょう」

 

一行は暗いトンネル内を進んでいく。

玲奈はまたタイマーを確認してしまう。時間が経つに連れて、見る頻度も上がっている気がする。残り三時間半…。

トンネルは深く同じ光景がずっと続いていた。だが、その途中で大きなファンが目の前に立ち塞がった。ファンには錆が付いていて、動きそうもなさそうだったが、念のために慎重に進んでいく。中はやっと人が1人が通れる程のものだったが、ここで…この錆び付いたファンが回り出したのだ。

玲奈が周りを見回すと、防犯カメラが玲奈たちを捉えていた。中にはまだ光子が残っていて、2つのファンに挟まれて動けずにいた。

 

「光子!私がタイミングを合わせてあげるからジャンプして!」

「む、無理よ……」

「大丈夫!行ける!」

 

玲奈は定期的に回るファンの動きを予測してから、光子がバラバラにならないようにタイミングを見計らった。

 

「今よ‼飛んで‼」

「キャアア!」

 

光子は玲奈のタイミングにきちんと合わせたお陰でミンチにされることなく、ファンから逃れることが出来た。腹を立てた光子は防犯カメラに向けて、中指を立てた。

それを見ていたジョンも腹を立て、クイーンに更なる命令を出す。

 

「ファンを逆回転させろ」

 

ジョンに操られるがままのクイーンは言われた通りに実行する。

玲奈たちの前のファンは一旦止まったかと思えば、ゆっくりと逆回転を開始する。

 

「まずい…。みんな!何かに掴まって‼吸い込まれてしまうわ‼」

 

前方にいるメンバーは既に掴まっていたが、玲奈と竜馬、光子は近くに掴むものがなく、前にゆっくりと歩いていき、漸く掴んだ時にはファンの吸引力は最大出力になっていた。

 

「玲奈‼」

 

竜馬は玲奈が吸い込まれそうになったところでその腕を掴んだ。

しかし、片手でこの吸引を耐えるのはかなり厳しかった。しかも玲奈も光子のリュックを掴み、光子もそのリュックを掴んでいて、竜馬は実質2人を片手で支えていることになる。

だが、状況は悪くなるばかりである。光子が掴んでいるリュックの肩掛けの一部が敗れる。このまま肩掛けが完全に破れれば、光子はファンの中に吸い込まれていくだろう。

 

「頑張れ‼」

「うあああああ‼」

 

玲奈は声を限界まで上げて、吸引力に耐えていた。引っ張られる両腕の力は既に限界を超えていた。絶対に死なせないと気持ちが前面に出ていた玲奈だったが、先に落ちたのは……光子だった。腕の力が無くなり、リュックから手を放してしまったのだ。

 

「ダメェ‼」

「イヤアアアアアアアアアァ‼‼」

 

光子はファンの中に消えて行った。

いや…厳密に言えば、ファンによって身体がミリ単位で粉々にされたと言った方が正しいだろう。ファンからは肉を切り刻む音が一瞬だけ聞こえた。

光子の身体をバラバラにし終えたところで…ファンはゆっくりと停止していくのだった。

 

 

 

 

ジョンは思わず舌打ちしてしまう。

これで玲奈たちを全員始末しようと考えていたのだが、殺せたのは光子ただ1人だけだった。このままではいずれ奴らの中の誰か…最有力候補は玲奈だが、ここに到達してしまう。スパイを送り込んでいるとはいえ、安心しきれない。

玲奈のことだから、既にスパイの存在に気付いていて、誰かも分かっているかもしれない。

 

「……“あの方”を出すしかないか……」

 

本当の緊急時にしか出すことは禁じられている。

だが、今は仕方ない。ジョンは棺の中で眠っている“あの方”を目覚めさせるのだった。



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第91話 分断

光子がミンチにされてしまう光景を見てしまった一行はこれから先に進み気力を失ってしまった。奴らは至る所で玲奈たちの動きを監視して、いつでも殺しにいくタイミングを窺っている。そんな感じがしてならなかった。

 

「玲奈、こっちからなら行けるぞ」

 

ジョッシュがハッチを開けて、中を見て軽く偵察した。

そこも灯りは全く付いておらず、人が通った形跡を見られなかった。アンデッドもいなさそうだ。まあ、ここを通るしかないのだが…。

 

「行くしかない…」

 

玲奈を先頭に狭い通路に入っていく。

電源が落ちているのか、元々付いていないのか知らないが、電気は付いていない。ゆっくりと這って進んでいくが、ガタガタと金属板の上を進む音が通路全体に共鳴してしまう。これが迷路なのではないかという不安が…玲奈たちの中で募っていくのだった。

暫くして、突然周りの電気が前方から順々に付きだした。通路全体が銀色に近い色に染まり、目に眩しく照らされるが、その光はかなり前で這いつくばって玲奈たちに向かってくるアンデッドの姿も映し出した。どこから入って来たのか分からないが、とにかく殺さなければ先には進めない。

玲奈はなるべく拳銃を使いたくなかったため、どうしようかと考えていた矢先、そのアンデッドは玲奈の視界から消えた。床が抜けて、アンデッドが落下してからまた抜けた床は元通りになっていく。

 

「………」

 

そこは通ってはいけないようだ。しかし、後ろに下がろうと思った時には、後方の通路は壁で塞がれてしまっていた。

元には戻らせないという、奴らの計略だ。

仕方なく、玲奈が前に腕を置いた時、突然玲奈の上の金属板がせり上がり、新たに出てきた通路に滑り落ちてしまった。それは紗枝、薺、竜馬も間もなく、同じ目に逢うのだった。

 

「いてっ!」

 

紗枝が先に落ちると、その上に薺がドスッと派手に落ちてきた。

 

「うっ⁈」

「ごめん!」

 

頭を打って、更には腹にも一瞬であるが、急激な圧力がかかった紗枝は頭をぶんぶん振って、自分たちがどこに捕らえられてしまったのか、よく分かった。

 

「…最悪ね……」

「…同感…」

 

2人は巨大なガラスケースの中に入っていたのだ。しかも内側も外側も至る所に固まった血が大量にこびり付いていた。更には外には何かの肉片がゴミのように打ち捨てられてしていて、とてつもない匂いが2人の鼻を突いた。このガラスも恐らく防弾性であることくらい、用意に想像がついた。拳銃で破壊することは出来ない。

2人はお互いに目を合わせて、どうしようかと口に出したかったが、そんなのを聞いても簡単に案が思いつくはずがないだろうと思い、口をつぐんでしまうのだった。

 

 

 

 

玲奈はというと、そのまま滑り落ちて、酷く暗い場所に着いてしまった。そこは手術台のようなものに人間の死体が置かれていたり、鎖で吊り下げられた上半身だけのアンデッドなどがたくさんいた。

…嫌な感じ以外何も感じられなかった。

すると、玲奈の上に重い誰かが落ちてきた。

 

「きゃ…!」

 

落ちてきたのは竜馬だった。

彼の下敷きにされた玲奈は苦しそうに竜馬に早く退くように背中をバンバン叩いた。

 

「重いわよ!」

「わ、悪い…。って、玲奈か?」

 

竜馬は玲奈の腕を掴んで立たせて、頭をポリポリ掻いて謝罪する。

 

「ここは何なんだよ…。えらく不気味だけど」

「処刑場みたいなところよ…。アンブレラが大好きな…」

 

玲奈の言う通りで、奥には腐り始めたばかりの死体がわんさかと置かれていた。服装からしてアンブレラの社員か兵士であることには間違いないのだが…その死体には頭がなく、身体もほぼ胴体だけになっていて、足も腕も完全に欠損していた。普通のアンデッドが食ったようには見えない。

何かがこの暗闇に紛れて、玲奈たちを狙っているのは明らかだった。

 

「早く出る方が懸命かな…」

「そのようね……」

 

2人はライトを付け、出口を探すことにした。

しかし…出口などあるのだろうかと思ってしまう。今、アンブレラは玲奈たちをハイブの中心部に近付けさせまいと躍起になっている。ここにいる何かを殺さない限り、出られない……そんな嫌なことしか考えられない自分がいることに、玲奈は分かっていた。

 

 

 

 

ジョッシュと桐生は立て続けに四人も目の前から消え、どこかに移動されてしまったために、不用意に身動きが出来なかった。

しかし、それもそれで間違いだった。ジョッシュの横にあった緑色のランプが赤色に変わった途端に、ジョッシュのいる真下の床が抜けた。

 

「ジョッシュ!」

 

ジョッシュは間一髪で開いた床の縁を掴んだ。彼の下は真っ暗で何も見えないが、とんでもなく高いところにぶら下がっているんだなと、容易に想像がついた。

 

「大丈夫だ!先に行っててくれ‼」

「でも……」

「いいから行け‼」

 

少し時間が経ってから、桐生が先へと進んでいく音が聞こえだした。どうやらジョッシュの言う通りに動いてくれたようだが…。ジョッシュも早くこの状態から脱したいのだが、さっき抜けた床はゆっくりとだが徐々に元に戻り出していた。このままではジョッシュが掴んでいる縁も掴めなくなり、掴んだままでいたら、指が切断されて真っ逆さまになる。そのため、ジョッシュは縁から指を離して、網目になっている部分を掴んで、完全なぶら下がり上体になってしまった。

そして、床は元通りに閉じてしまう。

 

「……ついてねえな…」

 

ジョッシュはそう呟くと、そのまま片手を網目に掴んだまま、出来るだけ足が届くくらいまで頭を下にして、網戸を何度も蹴った。

意味は無いかもしれない。

もしかしたらいくら蹴っても網戸を破れず、そのまま下に落下して死ぬかもしれない。

そうだと分かっていても…ジョッシュは生きなくてはならなかった。

その理由は紗枝だ。紗枝を1人にして死んだら……紗枝はまた悲しみに撃ちのめされて、今度こそダメになると思っていた。それに…ジョッシュはいつかの時に約束したことを、破る訳にはいかなかった。

 

「俺が……あいつの代わりになったんだ…。死ぬには……いかないんだ!」

 

ジョッシュは紗枝を裏切らないためにも、網戸に蹴りを食らわせ続けるのだった。

 

 

 

 

「それで?俺を起こした理由は何なんだ?」

 

久しぶりの目覚めに淳は清々しい気分だった。何年も眠っていたお陰で、アンブレラでずっと徹夜で働いていた時のストレスは完全に抜けて、スッキリしていた。

のだが…そんな淳の目の前にジョンは申し訳なさそうな表情をして突っ立ていた。

 

「現在、ハイブ中心部に玲奈とその仲間が侵入してしまい、こちらに向かって来ています」

 

淳は紺色のスーツを身に纏い、椅子に座った。そして、机に置いてある小さな箱を開けた。中にはアンブレラが開発した高性能コンタクトレンズを装着した。

 

「ブラットショットはまだだろう?」

「玲奈は現在、その部屋にいます」

「……大丈夫。たとえ、ブラッドショットがやられたとしても……」

 

淳はジョンに不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「俺には勝てない」

 

更に続ける。

 

「玲奈たちが出来るのはこの施設の中で死を待つだけだ。……だろ?玲奈…」

 

淳は玲奈が目の前にいるかのように言うのだった。

 

 

 

 

だが…その頃、ジョンは本物の淳を目覚めさせたと同時に、別の人物も棺の中から解放させていた。

中には女性がいた。彼女は棺の中から出ると、机に置かれた衣類を取り、不気味に笑った。

 

「やっと目覚められたわねえ……」



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第92話 闇に走る赤黒い生物

奴は、玲奈と竜馬を既にこの暗闇の中でもしっかりと捉えていた。

ライトの光も…2人の体温もその眼球で見ていた。

奴はいつ彼らを襲おうか…タイミングを見計らっていた。

食いたい……。頭にかぶり付きたい……。肉を抉りたい……。血の味を楽しみたい……。

そんな数多(あまた)の欲望が奴の頭の中を埋めていく。

奴は天井から天井へと動くのだが、その気配を感じた玲奈は足を止めた。玲奈も竜馬もこの暗闇の中で何かが自分たちを見て…動き回っているのは分かっていた。

 

「竜馬……」

「ああ…。何かいる…」

 

分かっていても、2人の視界には奴の姿は映っていないため、そのことが恐怖心を更に煽り立てていく。玲奈が前を歩き、竜馬は後ろを見張りながら歩く。

すると、鎖で繋がれて、下半身が欠損しているアンデッドが唐突に動き出して、竜馬の服を掴んだ。

 

「……っ⁈」

 

竜馬も玲奈も驚いて、そこに拳銃を向けた。竜馬は即座に掴んでいるアンデッドの腕を振り払う。アンデッドは鎖に繋げられているため、地面に降りることも出来ないし、そもそも下半身がないため、歩くことも出来ない。

放っておいて問題ないだろうと思い、竜馬は拳銃を降ろしたのだが…それが誤りだった。

玲奈は自分の上に何かの気配を感じて、そっちを向いたのだが、竜馬の方に奴は向かっていて、竜馬は全く気付いていない。

 

「竜馬っ‼上‼」

 

竜馬は上を見ずに、適当に側面へとダイブした。その途端、竜馬が立っていた場所に赤黒い生物が口を大きく開けて飛び出してきたのだ。

 

「玲奈!」

 

竜馬はこの態勢では銃を撃つのは難しいと思って、彼女に拳銃を投げ渡した。

それを掴んだ玲奈は2丁拳銃を向け、ブラットショットの頭に弾をぶち込んでいく。奴は怯んで、身体を後ろに反らして銃撃から逃れようとしたが、玲奈は逃すことはない。グリップに込められている15発、2丁合わせて30発の弾を空になるまで撃ち続ける。奴は弾を頭に受けすぎて、遂に身体を地面に倒れた。

玲奈は冷徹な表情のまま、空になった2つの拳銃を捨てて竜馬に駆け寄った。

 

「大丈夫⁈」

「ああ……。本当に気付かなかった…」

 

彼を立たせている時、奴は再び咆哮を上げて、立ち上がると再び暗闇の中に消えて行く。どうやら、先程の弾を頭にあれだけ受けても死ぬことはなかったようだ。

 

「くそ…」

「隠れるのが上手ね…。気配が全く感じ取れない…」

 

優れた洞察力を持った玲奈でもブラットショットの気配を察知することが出来なかった。玲奈はライトを周りに向けながら、どこにいるかを探す。

上からの急襲もあるが、奴は頭がいい。同じ手は2度も相手には効かないと理解している……と、玲奈が思った矢先…玲奈の足元にピチャンと水が落ちた。見上げた時には、再び奴は玲奈たちと距離を詰めていて、目の前に現れると、その腕で2人を吹き飛ばした。

 

「うあっ!」

「くぅ…!」

 

2人は共に吹き飛び、その反動で玲奈はライトを手から落としてしまう。

奴はその明るいライトの光に目が行ってしまい、それを掴むなりすぐに噛みついた。だが、ライトは無機質なもので、肉ではなかったという怒りが玲奈たちに向けられる。

玲奈は近くにあった鎖を利用する。先端には鎌状の突起物があって、ぶら下げられたアンデッドのように引っ掻けることが出来る。ライトに夢中のままのブラットショットに玲奈は叫んだ。

 

「こっちよ‼」

 

奴は玲奈の声に反応して、視界に玲奈を捉えた。

玲奈はその瞬間、鎖に繋いだ鎌を顔面に直撃させて、左頬辺りを噛んで切り裂いた。更に玲奈は鎌を何回転をさせて、遠心力を付けると奴の腹に突き刺して、抜けないようにした。

それをした後に、玲奈は後方へと急いで駆け出す。

ブラットショットは玲奈にしか目が行っているみたいで、竜馬は見向きもしなかった。

奴が玲奈を追うせいで、奴に繋がれた鎖は物凄い勢いで出されていく。

玲奈は飛び前転をして、奴の引っ搔きを避ける。更に柱を蹴って、奴の真後ろに移動して、また逃げ出す。とにかく玲奈が今やりたいことは奴を竜馬から離すと同時に、早く鎖を出し切らせることだった。

いつになったら、巻かれた鎖が全て出るのかと考えていたら、玲奈はブラットショットに足元をすくわれて転倒されてしまう。

 

「しまった…!」

 

ブラットショットの巨大な牙が玲奈に迫ってくる。

思わず、目を閉じてしまう玲奈だったが、その瞬間に鎖が完全に出切った。

奴を繋ぐ鎖がピーンと張って、腹に刺さった鎌が奴の腹を切り裂いていく。

ブラットショットは苦しそうに呻きながら、口から大量の血を吐き出して玲奈の顔にかける。そして…遂に玲奈の身体の上に覆い被さって倒れた。

玲奈は全力疾走をしてしまった疲れで息が上がり、こいつを退かそうにも力が中々入らなかった。

 

「はあっ…」

 

玲奈は溜め息を吐き、漸くこいつを退かそうと身体を動かした時…。

 

「グワアアアアアァ‼‼」

 

ブラットショットは三度(みたび)活動を開始した。

これでも死なないのかと聞きたいくらいの生命力の強さだと玲奈は思った。

恐怖の大口が玲奈の頭に噛みつこうとしたところに…玲奈は止めの一撃を食らわせた。足に付けていたナイフを抜き、ブラットショットの顎から突き刺した。ナイフの刃は脳にまで届き、そこから捻って確実な死を(もたら)してやった。

そして蹴り上げて、ブラットショットの死体を退けると、ナイフをしまった。

するとそこに竜馬が駆け寄ってきた。

 

「無事か⁈」

「ええ、なんとかね…」

 

玲奈は竜馬に立ち上がらせてもたった。

すると、向こうの扉が勝手に開いた。

 

「こいつはロールプレイングゲームか?」

「簡単ならいいけどね…」

 

竜馬はここで不意に後ろに人の気配を感じた。玲奈も同じようで、さっきのナイフを足から再び取ると、後方に投げようと思った時…それを止める声が聞こえた。

 

「待て!俺だ‼」

 

ナイフを投げた瞬間にその声が聞こえたため、投げる軌道がずれて、ナイフはその人物の頭のすぐ横に突き刺さった。

そこには丸腰で突っ立っている桐生の姿があった。

 

「桐生…!無事だったか!」

「……他のみんなはどうしたの?」

「分からない…。みんな分断されてしまったんだ…」

 

気まずい空気が流れるが、玲奈はすぐにその空気を払拭したくて発言した。

 

「…先に進むわよ」

 

3人はこの悪夢のような部屋から出ていくのだった。

 

 

 

 

紗枝と薺はどうにかこのガラスケースから脱出しようと試みていた。

そこで玲奈は昔、海翔に教えてもらったことを試してみることにした。拳銃から銃弾を取り出し、中にある火薬をガラスケースの角に置いた。

 

「勿体ないけど……いつまでもここにいるわけにはいかないわ」

 

薺は拳銃の空薬莢が出る部分を火薬の近くに置いて、引き金を引いた。それにより火薬は引火して小さな爆発を起こし、ガラスケースに蜘蛛の巣状の(ひび)を入れた。そこから紗枝が何度も蹴って、ガラスケースを人が1人通れる程に割った。

漸く2人はケースから脱出することに成功した。

2人はそのまま部屋から出ようとしたが、扉を開けた前にジョンが拳銃を2人に向けて立っていた。紗枝も拳銃を出そうと思ったが、あのガラスケースを割るのに全ての弾を使ってしまっていたのを思い出した。それは薺も同様だった。

 

「…ゲームオーバーだよ。死にたくなかったらついてこい」

 

ジョンは2人に拳銃をチラつかせて、紗枝と薺を連れて行ってしまうのだった。



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第93話 2人の玲奈

ここで、実験の章に出てきた“美奈”という名前が重要になります。


玲奈は、今歩いているこの通路を見て、懐かしく思っていた。

今思えば、ここが悪夢の始まりだったのかもしれない。

レーザーにより焼き切られていった仲間の姿がフラッシュバックのように脳内を駆け巡った。そして、そのレーザーを制御する部屋に到着するると、そこには黒い鞄が置かれていた。中には手榴弾が2つにC4、マシンガンが3丁入っていた。

玲奈は手榴弾を持ち、マシンガンを竜馬と桐生に渡して、パソコンのとあるキーを押した。

すると、玲奈たちが立っている場所だけがエレベーターのように更に下へと降りていき、広大な広場に出る。そこには棺のような箱が何千何万とズラリと並んでいた。

 

「何だ、これ?」

()()よ…。多くの命を犠牲にして、ここで生き延びていたのよ」

 

この棺の中にはアンブレラ社員が冷凍冬眠を4年近くもの間していたのだ。あの散布型抗ウィルスを世界に撒き散らして、アンデッドが消えたら、この世界に舞い戻って自分たちの理想郷を築く気なのだ。

そんなことを玲奈は許すはずがない。

一番下に降り切る前に一旦エレベーターを止めて、C4爆弾を設置する。この広さでも、この爆弾を1つ爆発させれば、ここで眠っている奴らを全員殺すことが出来る。

 

「行くわよ」

 

再びエレベーターは降りていき、とある部屋で勝手に停止した。

ずっと奥の机に…“あいつ”が座っているのが見えた。

“彼”を見た玲奈は至って冷静そのものだったが、竜馬に関しては驚愕の表情を浮かべていた。

 

「お帰り、玲奈」

「お前……!死んだはずじゃ…!」

「あれはクローンだ。そして、装甲車に乗っていたのもクローン。私が……オリジナルだ」

 

淳の言う通りだった。玲奈が切断したはずの右手首が残っていたからだ。

しかし、玲奈は彼がクローンだろうとなかろうと気にすることなく、マシンガンの銃口を向けて、引き金に指を掛けた。

 

「おっと、これが分かるよな?」

 

淳は懐から緑色の液体が入った試験管を取り出した。

玲奈はそれが何なのか…分からないはずがなかった。それはこの世界を救う唯一の方法である空気感染型抗ウィルスだった。

 

「因みにこれ1本しかない。これを暖炉に入れてしまえば全てオジャンだ。そうさせないためにも、君たちはその危ないものを降ろすしかない」

 

玲奈と竜馬は降ろしたくなかったが、それではここまで来た苦労が全て水の泡になってしまう。すぐに2人はマシンガンを捨てた。が、桐生だけは一向に降ろさなかった。

竜馬が不審に見ていると、玲奈が口を開いた。

 

「そろそろ本性を現したら?」

「……どうして俺だと気付いた?」

「お前……!」

 

そう…桐生こそがアンブレラのスパイだったのだ。

玲奈は桐生の問いに淡々と答えた。

 

「簡単よ。生き残っているからよ」

 

桐生は思わず苦笑してしまう。そんな理由で見抜かれていたなんて思いもしなかったからだ。

 

「淳社長、C4は後に回収しておきます」

「ご苦労、よくやってくれた」

 

淳と桐生の会話が終わったところで玲奈は淳に向けて口を開いた。

 

「私をどうする気?」

 

どうするかなんて…聞かなくても分かっている。

殺すかペットとして飼い慣らすかだ。だが、淳が口に出した発言はそのどっちでもなかった。

 

「漸く……帰ってきてくれたね」

「……さっきから何を言ってるの?私はあんたらのものじゃない」

「まさか……自分が何者か分かっているのか?」

「それは……」

 

はっきり言って、分からないのが玲奈の心情だった。

どういう経緯(いきさつ)で生まれてきたのも…幼少時代の記憶もない。自分が誰なのか…はっきりとは分かっていないのだ。

 

「誰だとしても、人間よ」

「人間?馬鹿げたこと言わないでよ、作り物が…」

 

不意に隣の扉が開いて、女性の声が聞こえてきた。

そこから出てきた人物を見て…玲奈も竜馬も目を丸くした。

それは間違いなく…玲奈だった。いや、瓜二つだったのだ。だが、玲奈と違うところもある。髪は綺麗な白色、瞳の色は青ではなく、赤い色であった。

 

「久しぶり、姉さん?」

「姉さん?」

「知らないのも無理はない。彼女の名前は“美奈”。南極で聞いたことあるだろう?」

 

“美奈”。

あの実験場で何度となく、佑奈に呼ばれた名だ。どうしてそう呼んでいるのか気にしていなかったのだが…。

 

「美奈は君の妹だ」

「まあ…作り物に妹なんて言われたくないけどね」

「作り物って……玲奈はちゃんとした人間だ!」

 

作り物と言われ続ける玲奈を庇おうと、竜馬は2人に叫んだ。

すると、美奈は冷めた目を竜馬に向けた。

 

「何言ってるの?玲奈は作られた人間なのよ?」

()()()()…?」

「その通りだ。彼女は……我々が作り出した人間だ」

 

玲奈の表情に焦りが出てきた。冷汗が勝手に噴き出し、心臓の鼓動が急激に速くなっていく。

玲奈は頭を横に振って否定する。

 

「嘘よ…。そんなの…」

 

美奈はクスクスと笑って、玲奈に近付き、話を続ける。

 

「嘘じゃないわ。じゃあ何であなたには子供の時の記憶がないの?何でウィルスに適応したの?」

「それは……」

「いい?あなたの本当の名前は…森田玲奈。病で死んだ人間よ」

 

森田……。その名字はレッドクイーンに聞いたばかりだ。ということは……。

 

「私のお父さんはね…双子の内、あなただけ不治の病になったから、J-ウィルスを開発して助けようとした。でも…結局は失敗したの。それで死んだ。でもお父さんは諦めなくて、ウィルスに適応できる身体を作り出すと同時に…死んだあなたの細胞を使って、クローンを作り出した。それがあなたよ、作り物」

「嘘よ……嘘よ!嘘よ‼」

 

そうじゃないと玲奈は何度も叫んだ。しかし、2人は嘲笑(あざわら)う。

 

「信じなくてもいい。事実に変わりはない。それに君が誰だろうと…もう何も出来まい」

 

横の扉が再び開き、そこから頭に手を置いている紗枝と薺の姿が映った。後ろには拳銃を突き付けたジョンが立っていた。

 

「俺が君たちに言いたいことはたった1つだ。諦めな、お前たちは負けたんだ」

「……っ」

「俺たちは君たちを殺し、新しい世界を手に入れるんだ」

「…そうよ、“()が手に入れるのよ…」

 

そう呟いた美奈は腰から拳銃を抜き、淳の腹を撃ち抜いた。

ブシャッと血飛沫が飛び、机と美奈の身体を汚した。その光景をその場にいる全員が驚いている。

 

「ふーん…。あのレンズを付けていたみたいだけど…流石に背後からじゃ対処出来なかった?」

「な……ごほっ…何…を……」

「新たな世界を手に入れる?笑わせないでよ。あんたたちが新しい世界を作っても、いずれまた汚れて(すさ)んでいくだけ…。それなら、ずっと荒んだままの方がよっぽど良いわ」

「ふ……ざ…け……」

「さよなら。お父さんを殺した淳さん♪」

 

美奈はもう1度引き金を引き、淳の頭を撃ち抜いた。再び血が飛び、今度は美奈の真っ白な髪にかかった。

 

「さて……じゃあこれは要らないね」

 

美奈は死んだ淳の懐から、例の抗ウィルスを取り出し、暖炉の中に捨てた。

 

「あんた……」

「何?いいじゃない。どうせ人類は同じことを繰り返すことだけ…。それなら、アンデッドがいる世界のままがいい。あ、それと他の地下研究施設ではクローンを使って、大量のアンデッドを作らせておいたから。奴らが解放されるまで、残り1時間」

 

美奈はとんでもないことを言っている。

ただでさえ、半端ではない量のアンデッドが(ひし)めいているのに、更に増やしていこうと考えているのだ。

 

「さあて…作り物とそのお仲間さんはどうしようかなぁ?…!」

 

突然、美奈は玲奈たちの後ろを見て、驚いた表情を一瞬作った。玲奈も目だけ後ろに向けたが、そこには車椅子に乗った老婆がやって来た。

 

「何しに来たの?ババア」

「…お母さんにそんな言い方するのね」

「何でもいいのよ。邪魔はしないでよ。私が全員殺すんだから」

「……そう…。でも、それは出来ないわね」

「……は?」

「忘れてない?私はアンブレラの社長なんだよ?」

 

そう言った瞬間、ジョンが立っていた真上の扉が急に降りて来た。

すぐに逃げるにも、それに気付くのに一瞬遅れたため、右足首を荒く切断されてしまった。

 

「グアアアアアァァ‼」

 

そこに目が行ってしまった桐生に玲奈は即座に近付こうとする。桐生は構うことなく引き金を引くが、カチッと弾切れの音が響いた。玲奈は元から桐生がスパイだと気付いていたため、さっきマシンガンを渡すときに弾を抜いておいたのだ。

玲奈は桐生の右腕をへし折り、顔面に肘をぶつけた。

 

「ぐふっ‼」

 

それから玲奈は机の方を向いたが、美奈の姿はなかった。どうやら逃げたようだ。

玲奈は床に落としたマシンガンを掴んだ。

 

「玲奈、早くあの女を追わないと…」

「待って。こいつをどうするか決めないと…」

 

玲奈は右腕を抑えた気流に詰め寄る。彼のせいで何人も仲間を殺されたことか…。

 

「私に任せて…」

 

名乗り出たのは紗枝だった。

 

「……分かった」

 

玲奈と竜馬、薺は見届けることにする。

紗枝は桐生の胸ぐらを掴んで、壁に叩きつけて質問する。

 

「ジョッシュは……彼はどうしたの⁈」

 

紗枝は完全に声を震わせていた。紗枝とジョッシュの関係を知っていた桐生は、死ぬ前くらい紗枝の心を傷つけてやろうと思い、真実を言う。

 

「死んだよ…。奈落の底に落ちてな…」

 

紗枝の表情が一気に怒りに染まっていく。ナイフを持った手は激しく震え、目尻には涙が溜まっていく。

 

「あんたが……ジョッシュを……!」

 

紗枝が殺そうと思って、ナイフを振り上げた時…。

 

「おいおい…。勝手に死んだことにしないでくれよな…」

 

だらけた声が、エレベーターの方から聞こえてきた。

そこには汚れきったジョッシュの姿があった。桐生は驚きのあまり目を見開いた。

 

「何で…生きてんだ⁈」

「生憎様…しぶといんでね…」

 

紗枝は桐生の胸ぐらから手を放し、ジョッシュに抱きつく。ジョッシュも抱き締め返し、紗枝が持っているナイフを奪い取った。

そして、桐生の腹部に深々と突き刺した。

 

「ぐはっ…!」

「苦しんで死にやがれ…このゲス野郎……」

 

ジョッシュは更に奥へとナイフを刺し、抉る。

桐生は吐血し、ナイフによる苦しみを最大限与えられ、死していくのだった。



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第94話 怒りと悲しみの一撃

玲奈たちはすぐに美奈を追おうとしたかったのだが、エレベーターに通ずるための通路には足首を無くしたはずのジョンが立っていた。

 

「ここは通さないぞ?」

「…彼女を目覚めさせたのはあんたね?」

「そうだ。俺は彼女のためなら何でもする」

「……哀れな人ね」

 

玲奈はジョンを無視して通ろうとするが、お得意の高速移動で玲奈の真横を位置取り、拳を握る。そのまま玲奈が進めば、確実にその拳が彼女の顔面を捉えていたはずだった。

しかし、それをジョッシュが掴んでいた。

 

「行け‼」

「くそ…!離せ!」

 

ジョンは右の拳を掴まれてしまったため、ジョッシュの頭に蹴りを食らわせようとするが、ジョッシュは避けて肘を奴の顎にぶつけた。

 

「…っ‼」

「行けぇ‼」

 

玲奈と竜馬は頷いて、ジョッシュが稼いでくれた時間の間に走っていった。

ジョンは口から出た血を拭って、ジョッシュを睨み、口角を上げた。

 

「馬鹿な息子だ……。ちゃんと俺に従っていれば死ななかったものを……」

 

ジョッシュはそう言われて、更に拳を何倍も強く握った。あまりに強く握りすぎて、掌から血が垂れた。

 

「なぁ…。あんた…俺の母さんがどうなったか……知ってるか?」

 

突然のジョッシュの話にジョンは然程興味がなさそうな感じだった。

 

「あの女か…。あいつはな……」

「俺を産むためだけの道具…か?」

 

ジョッシュが先に行って、ジョンの言葉を遮った。

 

「本当に…俺はそれだけのものなのかよ…」

 

ジョッシュは呟くような…小さい声で言った。

ジョンはそれを聞き、首を傾げた。

 

「あんたにとって……俺は何なんだよ…。あんたにとって俺は一体何なんだったんだよ‼」

 

紗枝はジョッシュの大きな怒声に肩をビクリと震わせてしまう。なにせ、ジョッシュがこんなに感情的になったのを見たのは久しぶりだからだ。しかし、逆にジョンは僅かに笑うだけだった。

 

「教えてやるよ…。お前は単なる実験道具だよ…」

「………なん、だと……」

「お前はJJ-ウィルスの抗体を作るためだけの“道具”なんだよ…」

 

ジョッシュはこの瞬間…本気で父親に対して殺意を抱いた。

だが、まだそれを爆発させることなく、ジョンに話を続ける。

 

「母さんは……お前を愛してた…。子供だった俺でも分かったよ…。捨てられてもなお……あんたを探してた…。それなのに……それなのにあんたは!あんたは母さんを殺したんだ‼」

 

ジョンの目の色が一瞬変わる。

 

「……分かっていたのか?」

「忘れるはずがねえ…。あの時、俺は隠れていた…。あんたが醜い心で母さんを殺した情景は今でも頭の中に残っているよ…。それが親父だと分かったのは暫くしてさ……。そう分かった時…どれだけ悲しかったか…悔しかったか分かるか⁈分かる訳ねえよな‼だから……」

 

ジョッシュはここで一気にスタートダッシュを切った。ジョンは突然の急襲に目を丸くした。

 

「だから俺は……あんたを殺す…」

 

ジョッシュが作った拳はジョンの顎に当て、奴を吹き飛ばした。それだけで終わるはずもなく、倒れたジョンの胸ぐらを掴んで、顔面を何度も殴打する。

怒りを通り越したジョッシュの拳はウィルスの力を手に入れたジョンにとっては痛いものだった。

だがジョンもやられてばかりもいられない。ジョッシュの腹を蹴って、態勢を立て直す。

 

「殺す?」

 

ジョッシュはそれからも無暗に突っ込んで、ジョンの顔にパンチを向かわせるが、それらは簡単に避けられてしまう。そして、最後のパンチは掴まれてギロリと睨まれる。

 

「殺せるはずがないだろう?」

「っ⁈」

 

ジョンはそこから腕を捻り、肘打ちを腹に食らわす。

 

「ぐほっ‼」

 

そこから顔面を殴り、フラリと身体が揺れたところを蹴って、机の向こう側に吹き飛ばした。

 

「ぐあぁ‼」

 

机の上を転がって地面に倒れた。

ジョンは容赦なく、高速移動で近付き、腹を足で抑える。

 

「あがぁ…」

「そんなものか?」

「……くっ……」

 

ジョッシュはジョンの背中を蹴り、暖炉の薪を掴んだ。火が付いたままの薪をジョンの顔面にぶつけてやってから、髪を掴んで膝蹴りをした。

だが、ジョンは全く痛くないような表情をする。

 

「なっ……!」

「分かったか?これが力の差だ」

 

ジョンは逆にジョッシュに頭突きし、地面に伏し倒した。それから拳銃を抜き、銃口を向けた。

 

「ジョッシュ‼」

 

紗枝が叫んで向かおうとしたが、既に遅かった。ジョンは迷うことなく、引き金を引いた。

銃声と共に放たれた弾はジョッシュの胸部を貫いた。

 

「……‼」

「イヤアアアアァァァ‼‼」

 

紗枝は甲高い悲鳴を上げる。

紗枝から見たジョッシュの目は虚ろで、時折身体が震えるだけだった。

 

「愛する者を失った悲しみか?ならもっと泣くがいい!」

 

ジョンの冷酷非情な笑い声が部屋中に響く。もちろん紗枝だけにでなく、ジョッシュにもその声は耳に届いていた。しかし、それでも意識は今にも消え入りそうだった。

このまま…母親の元へ行ってもいいか……とも思った。

しかし、頭の中にあの愛しい紗枝の笑う顔が流れた。

今死んだら…ジョンは紗枝を絶対殺すはずだ。

そう思うと…自然と意識が戻ってくる。焼けたような痛みも、徐々に消えて行く。

 

「…………待て……よ…」

 

ジョンはその声を聞き、笑い声を止めた。

恐る恐る振り返ると、紗枝ですら見たことがない程の怒りの表情を浮かべたジョッシュが胸から血を流して立っていた。いや…胸の傷は徐々に塞がっていた。

 

「お前……まさか…」

 

ジョンは恐怖からその先の言葉を言うことが出来なかった。本当はこう続けたかった。

 

『JJ-ウィルスを完全に取り込んで制御しているのか⁈』……と。

 

ジョンはJ-ウィルスを取り込んでいるが、JJ-ウィルスを取り込んだ場合にどうなるかは想像もつかない。

 

「……流石…流石俺の息子だ!ここまでやるとは…」

「うるさい」

 

ジョッシュの言葉はいつも以上に冷たく、鋭かった。

その途端、ジョッシュはジョンの目前に迫った。そこから先は完全にジョッシュの流れだった。

まずジョンの鼻を殴って砕き、怯んだところに腹に蹴りを食らわせた。吹き飛んだところに更に追い打ちをかけるように腹に拳をねじ込む。

 

「ぐほっ‼」

 

ジョンは吐血し、今まで味わったこともない血の味に目の色が変わっていく。

死の恐怖が……ジョンを襲ったのだ。

 

「や、やめろ…。助けてくれ‼」

 

ジョッシュは突然ジョンが命乞いをし始めて、思わず笑ってしまった。しかし、目は暗かった。

 

「……本当…馬鹿な親だよな…」

 

ジョッシュはジョンの胸ぐらを掴んで、無理矢理立たせた。

ジョッシュの今の力はジョンを片手で軽々持ち上げられるくらいに跳ね上がっていたのだ。

 

「もう……これで最期だな…」

 

ジョッシュは拳を作る。

だが…その拳は細かに震え、しかも目からは止め処なく涙が流れていた。どんなに冷酷な父親でも、ジョッシュにとっては唯一無二の父親だ。殺すには、覚悟が必要だった。

 

「俺は……お前が憎くて………仕方ないんだよ……」

「ジョッシュ…」

 

初めてジョンがジョッシュの名を呼んだ。

しかし、それは最初で最後のものとなった。

ジョッシュは怒りと悲しみの籠った拳がジョンの顔に……。それにより、ジョンの頭蓋骨は潰れ、頭からは大量の血が溢れ出る。そして、ジョンはそのまま絶命した。

ジョッシュはジョンの死体の傍らに膝を付いた。そこにゆっくりと紗枝が近付く。ジョッシュはピクリとも身体を動かさず、ジョンの死体を眺めたままだ。そんな彼を…紗枝は優しく抱き締めた。

 

「……ジョッシュ………」

「……これが俺の運命…か……。…はは………」

 

自虐的に笑うジョッシュに紗枝は思わず目尻が熱くなった。紗枝は本能的に彼を自分と向き合わせて、その唇を奪った。

 

「んっ……」

「………」

 

ジョッシュは茫然と紗枝を見詰める。

 

「私はジョッシュから離れないから……もう一人だなんて思わないで…」

 

ジョッシュの目からも涙が溢れる。ジョッシュはここでもう1度気付いた。

自分は1人ではない…愛する紗枝がいるんだと……。

2人は暫く抱き合ったまま、その場を動くことはなかった。

 

 

 

 

クローンの淳は装甲車に乗っていた兵士を1人残らず殺し、自らが装甲車を運転していた。

そして、ハイブに向かうにはこの崖を降りながらいけなければならないのだが、装甲車に搭載されたコンピューターは何度も『危険』と表示されるが、クローン淳はアクセルを緩めなかった。

そして、窪みの一番下に着いた途端に装甲車のタイヤは破損し、動かなくなる。

クローン淳が外に出ると、既に装甲車の周りはアンデッドで埋め尽くされていた。アンデッドたちがクローン淳を見るなり、肉を求めて不気味な奇声を出し、手を伸ばす。

しかし、装甲車がツルツル滑って登れずにいる。

拳銃を手にしたクローン淳は装甲車から降り、拳銃を天に向かって撃つ。

 

「来い!」

 

クローン淳はハイブにアンデッドを溢れさせ、玲奈たちを殺そうと考えていた。会社のことなどどうでもよかった。今、クローン淳の頭の中には、玲奈たちを殺すことだけが構築されていた。




ジョンとジョッシュの戦いはどうしても書きたかったので、ここに入れました。


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第95話 永い戦いの終焉

ここでコードベロニカの話に近くなります。


ジョンが時間を稼いでくれる内に美奈は地上に上がっていく広場の中央に立っていた。

真っ暗であったが、もうすぐ日が昇りそうで、地平線上は仄かにオレンジ色に輝いていた。でも彼女からしたら永遠に真っ暗な世界でもいいと思った。

 

「漸く……ここまで来たわ…。私の望みが果たされる…」

「いいえ。そんなことはさせないわ」

 

不意に後ろから玲奈の声が聞こえた美奈は面倒そうにそっちを見た。玲奈だけでなく、竜馬と薺も美奈を睨んでいる。

そして、4人が立つ広場は地上に到着する。

 

「……私を殺すの?妹の私を…」

「覚えていないのにそんなこと言っても意味ないでしょ?」

「…そうね。なら、欠陥品らしく、ここで息の根を止めてあげるわ」

「こっちのセリフだよ…」

 

竜馬がそう言うと、先に銃弾を発射した。だが、それは美奈の指の間に挟まり、一瞬で焼け消えた。

 

「⁈」

「私が単なる人間だとでも思った?馬鹿な男ね…。そこの作り物がウィルスをフルに使えるなら、私も使えるのよ。遺伝子はほぼ同じだしね…」

「…いつも通り、拳銃は補助的にしか使えないわね」

 

玲奈はマシンガンを捨て、ゆっくりと歩こうと思った時、奥から騒がしい声やら音がこっちに近付いてくるのが分かった。そして、先頭で走って来たのは右手首がない淳…要するにクローン淳がやって来た。

 

「見ろ!玲奈‼お前を殺すためにアンデッド軍団を連れて来たぞ!」

 

そう叫んだものの、クローン淳は全く同じ顔をした美奈を見て固まってしまう。

 

「…玲奈が2人?どういうことだ?」

「……私をあの作り物と一緒にしないで」

「!」

 

グシャッと言う肉が抉れるような音が暗闇に響く。

それは美奈の左腕がクローン淳の左胸…心臓があるところを貫通したことによって響いた音だった。そのまま、グリグリと捻り、心臓を引き抜いた。クローン淳は言葉を発することなく、そのまま倒れた。

 

「ゴミの掃除はしないとね…」

 

美奈は左腕にナイフで切り傷を作ると、その傷付いた左腕を振って、血を噴き出させると、その血は忽ち炎上し、クローン淳が連れて来た全てのアンデッドを燃やす。

 

「なっ……」

「ふふ、いいでしょ?これもウィルスの力よ…」

「悪魔じみた能力ね…」

 

薺がそう呟くと、美奈の視線は薺1人にだけ向けられる。

 

「……そんなこと言うのね…」

 

そう言った瞬間に美奈はジョンと同じ高速移動をすると、薺の腹に手を当てて、そこから火を吹きだした。

 

「あがっ…!」

 

薺は僅かに悲鳴を上げると、遠くに吹き飛ぶ。

 

「薺っ!」

 

竜馬がすぐに駆け寄るが、その腹は焼け(ただ)れて、既に息はしていなかった。竜馬はその亡骸を地面に置き、美奈に向かって叫んだ。

 

「テメエは自分1人が良ければ後はどうでもいいのかよ⁈」

「…当り前じゃない。人を信じても、いずれ裏切られる。そんな人類はいらない」

「…ふざけないで……」

 

そこで玲奈は漸く声を発した。

 

「世界の運命を決めるのはあんたじゃない‼」

「…やっと本気を出せそうね」

 

玲奈は怒りのままに美奈に向かっていく。美奈も薄気味悪い微笑を浮かべながら、玲奈に向かっていく。

玲奈は美奈の太腿に足を置き、顎に蹴りをぶつける。それに怯んだところで顔面に拳を食らわせたが、美奈はそれを食らっても、玲奈の服を掴んで地面に叩きつけた。

 

「……っぁ…」

 

更にもう1度立たせてから地面に叩きつけて、地面に伏したままの玲奈の身体を思いっ切り蹴って、壁にまで吹き飛ばした。

 

「ぐああっ!」

 

玲奈は壁のコンクリートが砕けてしまう程、ぶつかり、ごふっと血を吐いた。

美奈は笑ったまま玲奈に近付き、その焦げ茶の髪を掴む。だが、玲奈はナイフで美奈の足を突き刺した。

 

「っ‼」

 

グリグリと深く刺して、そのまま目前に立ち、腹に拳を突き、刺した足を蹴る。追撃で拳を美奈の顔面に当てようとするが、美奈の拳が玲奈のと衝突する。だが、力の差が激しいのかゴキリと玲奈の手首が鳴った。

 

「あうっ…」

 

右腕を抑えた玲奈の肩を掴んだ美奈は、額に重い頭突きを一撃食らわせると、更に肩で玲奈の腹を打った。

 

「ああっ…!」

 

玲奈は美奈の眼下に倒れてしまう。

何とか立ち上がりたいのに、玲奈の身体がどうしても動かない。

そんな状態の玲奈を美奈は燃え上がる手で腕を掴んだ。もちろん、とんでもない熱さと痛みで悲鳴を上げる。

 

「あああああああああああああああああああぁぁっ‼」

 

生きたままバーベキューにされてるような痛みが腕全体に広がっていく。美奈はその腕を離しながらも、玲奈を遠くに投げ飛ばす。

 

「あぐ……ぐぅぅ…」

 

焼かれた腕を抑えながら、玲奈は喘ぎ声を漏らす。しかし…そこで玲奈は微かに笑みを浮かべた。

美奈は訝し気に玲奈を見る。

 

「それで本気…?なら……あんたの負けよ…」

 

美奈はそれを聞き、瞬時に玲奈に近付く。

だが、ここで今まで動いていなかった竜馬が拳銃を撃った。もちろんそんなの美奈は軽々と避けるが、玲奈は立ち上がり際に美奈の顔に蹴りを食らわせる。

竜馬も駆け寄りながらも拳銃を撃つが、それらは避けられ、彼の間合いに入る。そして、渾身の拳を竜馬にぶつけて吹き飛ばす。

 

「うがぁ‼」

 

更に玲奈も殺そうと拳や蹴りをかますが、避けられ、腹に重い蹴りを受けて美奈は怯む。だが、その足を掴まれてしまうが、そこからでも顔にパンチを繰り出すが、美奈はその足を肘で殴り、玲奈の首元を容赦なく殴った。玲奈の息が一瞬だけ出来なくなり、一気に力と意識を失ってしまう。

 

「あぅ……ぅ…」

 

倒れた玲奈を美奈はふぅと息を吐き、刺さったままのナイフを足から抜き、見下した状態で言う。

 

「所詮は作り物…。本物の私には敵わない」

「………っ…」

「作り物を先に殺すのもいいけど…やっぱり関係ない彼を先に殺そうかしら?」

 

そう聞き、玲奈の表情に焦りが走る。

 

「や………めて……」

「ふーん…。好きなの?なら……」

 

美奈は右手に炎の玉を生成して、それを同じく倒れている竜馬に向ける。

 

「さよなら……作り物を愛した馬鹿な男…」

 

玲奈は必死になって、身体動けと叫んだ。だが、そんな奇跡は起きそうも無かった。

そこで玲奈はこの距離なら自らも危険だと分かっていたが、ポケットから手榴弾を取り出し、それを美奈の足元に投げた。

 

「!この作りも……!」

 

(たちま)ち手榴弾は爆発し、玲奈と美奈は爆発に巻き込まれる。

 

「玲奈ーーー‼」

 

竜馬は叫ぶが、返事はない。

噴煙の中に見えた影は1つだけ…。

 

「くっ……流石の私も…やられ………うっ…⁈」

「玲奈⁈」

 

玲奈はナイフを美奈の腹に突き刺し、動きを阻ませていた。

 

「これで……終わりよ……」

「な……に、これ……。身体が……おかしい……」

「私も……今だけはおかしいわよ……」

 

玲奈の言う通り、玲奈が持つナイフの腕からは海底油田と同じような電気が暴流していた。それが美奈の身体を鈍らせていたが、それだけではない。何か別の要因で美奈だけでなく、玲奈の身体も動けずにいた。

 

「このまま………殺す…!私ごと…!」

「そんなこと……!」

 

美奈は必死に力を集めるが、炎の生成も高速移動も行えない今は…単なる女性でしかなった。

 

「ここで……死んで……た…ま………」

 

そう美奈が呟いた途端に、玲奈のナイフから眩しい程の電撃が溢れ、竜馬が目視出来ない程に白く輝いていくのだった。

 

 

 

 

森田はあの部屋の机の上で…自らの娘たちが死していくのを感じた。だけど…その前に今目の前で地面に座っている紗枝とジョッシュに頼み込まなくてはならないことがあった。それはコンタクトレンズのようなものだった。

 

「これを……もし、玲奈が生きていたらお願い…。あの子の人生を狂わせた代わりに…これを……」

 

涙をボロボロ流す森田を見た紗枝は頷いて、そのレンズを掴んでエレベーターに乗った。

間もなく爆発を起こすこのハイブに留まっている理由はないからだ。

森田はここで死ぬのを決めていた。

そして…紗枝たちが消えてから数分後、この始まりの地であるハイブは爆発と共に…全て消え去るのだった。




次回で終わり!
漸くここまで来ました!


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最終話 新世界の始まり

何か……眩しい…。そう玲奈は感じた。

目をゆっくりと開くと、泣いている竜馬とジョッシュを支えている紗枝が彼女を見ていて、眩しかった原因は昇りきった太陽が当たったことによるものだった。身体を起こして何が起きたのか把握したかったが、実は玲奈はあの眩い電光でどうなったのか全く分からずにいた。

状況が飲み込めない玲奈に、ホログラムとして現れたレッドクイーンが解説する。

 

『相変わらず……しぶとさだけは誰よりもあるわね…』

「余計なお世話よ…。それよりも何が起きたの?美奈は?」

「そこだよ…。見れば分かる……」

 

竜馬は指を指すが、そちらを見ようともしなかった。

玲奈がその先を目で捉えると、男女の差別も分からない程に黒焦げと化した人間の惨殺体が放置されていた。白い煙は未だに出ているままで、さながらバーベキューでもされたような感じに見えた。

 

「あれが……美奈?私が……やったの?」

『そうよ。玲奈、あなたは美奈を倒して生き残ったのよ』

「でも……どうして生きてるの?」

『あなたは美奈にナイフを刺して、そこから電撃を流した。でも柄には電気が流れず、感電死することがなかった。だからよ』

 

死ななかったことに納得したが、もう1つ…玲奈には不思議なことがあった。

 

「それに突然身体の自由が効かなくなった」

『…それに関しては私も舌を巻くわ。玲奈は本当に運がいいのね…』

「どういうこと?」

『あの時…あなたと美奈の中のウィルスは死滅されていたのよ。散布型ウィルスによってね』

「でもそれは…」

 

あの時燃やされたと…玲奈は言い返したかった。だけどクイーンは構わず続けた。

 

『ウィルスはハイブから初めて漏れた時と同じように形を変え、暖炉に投げ込まれても生き残った。更に美奈の力は失い、玲奈は逆に全ての力を暴発させた。だけど…ウィルスだけ死んで、玲奈は生き残ったのよ』

 

それを聞いた玲奈は驚きよりも…謎だけが頭の中を支配する。自らがアンブレラによって作られた物なら…死んでも良かったというのが玲奈の本音だった。

 

「私…何で生きなきゃいけないの…。私はもう必要のない存在なのに……」

「馬鹿なこと言うんじゃねえ‼」

 

竜馬は叫んだと思えば、彼女の頬を叩き、真っ直ぐに見た。痛いビンタだった。

 

「お前が作られた人間でも俺はいいんだ!それにもう玲奈は奴らからの呪縛から解かれたんだ!どんな存在だとしても…自分を信じてくれ!」

「自分を、信じる……」

「俺だけじゃない…。玲奈が不必要だなんて思っている奴はいないんだ」

 

玲奈は竜馬、紗枝、ジョッシュを見詰めた。2人も竜馬の言う通りだと言いたげに笑う。

彼女の目には…止めどなく涙が溢れて、激しく嗚咽を始める。

 

「ありがとう……。ありがとうっ……みんな……」

「もう全て終わったんだ……。玲奈は人間だ」

 

すると、今度は紗枝が玲奈に託されたコンタクトレンズを渡した。

 

「あの人がこれを玲奈にって…」

『それは森田氏の奥さんの子供時代の記憶がインプットされたものよ。あなたにせめて…自分の幼少期の記憶をあげたいって言ってたわ』

 

玲奈は早速そのレンズをはめた。

すぐにコンタクトレンズに森田の記憶が映画のように流れていく。それは正に走馬灯のように流れる。

それを見ている玲奈は途中で外して…しゃくり声を上げて言う。

 

「泣いちゃうじゃない……。これじゃあ…見れないよ…お母さん……」

『あなたはアンブレラが考えていたものよりも素晴らしいものを持っていた。それがこの惨劇に終止符を打ったのよ。……私は、そろそろ消えるわ』

「……自らを殺すの?」

 

レッドクイーンのホログラムが乱れ始める。それは自身のコンピューターを破壊している予兆だった。

 

『私……は…もう、人類に必要……ない…。あなたたちは……私なんか、いなく……ても、生きていける……』

「そう……。安らかに…」

『コンピューター……に、痛覚はない…わ』

「最後にツッコミどうも」

 

レッドクイーンはこの世から消えた。

玲奈はこの晴れ渡る景色が人類が再び歩み始める第一歩に違いないと…思っていたのだった。

 

 

 

 

ウィルスは死にゆく……。

しかし、1本の抗ウィルスが散布したとしても、それが地球全体に広がるにはどれくらいかかるのか分からない。すぐかもしれないし…何年もかかるかもしれない。

玲奈たちはその間に生存者がいたら、助けることにした。

しかし、助けるにはかなりの災難が降りかかるだろう。実際、今4人が乗っている車の後ろには空飛ぶ怪物が迫って来ている。

だが、玲奈には信頼できる仲間…竜馬、紗枝、ジョッシュが乗っている。彼らといれば、何も怖くなかった。

 

「飛ばすわよ‼」

 

玲奈はそう叫び、車のアクセルを踏んだ。

玲奈たちの戦いは…まだ終わらない……。

 

                  ‐Fin‐




これにて、『バイオハザードリターンズ』は終わりになります。
これまで三か月、ご愛読された方々、ありがとうございました!

次回辺りに登場人物の詳細を書こうと思いますので、そちらもよろしくお願いします。


では、また会える機会があったら!


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登場人物詳細

今まで出てきた人物の説明です。
(詳しく書けなさそうな人物は割愛させて頂きます)


森田玲奈

本作主人公で、年齢は20代前半。

肩にまで伸びる焦げ茶色の髪と青い瞳が特徴的。J-ウィルスに対して、抗体を持つ唯一の人物であると同時に、J-ウィルスの影響で人間離れした力を使いこなせる人物。

だが実際はアンブレラが作った人間。

佐々木竜馬に対して好意を抱いていて、たまに天然なところもある。

最後はウィルスを失い、普通の人間として生きている。

 

 

佐々木竜馬

本作準主人公。年齢は20代後半

髪は耳を隠す程に伸びているが、目にはかかっていない。肉親は兄の竜也、妹の千鶴の2人。

しかし、その二人をアンブレラに殺され、玲奈と共にアンブレラを潰すことを決意する。

玲奈を溺愛し、彼女のためなら無茶苦茶することもしばしばある。

 

 

佐々木竜也

竜馬の兄。年齢は30代前半。

警視庁の公安で、アンブレラの違法実験について調査していた。

ハイブから脱出する際にリッカーに引っ掻かれ、ネメシスに変異してしまう。だが、最後に人間の時の記憶を取り戻し、玲奈たちの味方をするがヘリの墜落に巻き込まれ死亡する。

 

 

佐々木千鶴

佐々木竜也の妹。年齢は20代前半。

背中にまで伸びた黒髪を持つ。

アンブレラ社員で、違法なウィルスを作っていたことを知っており、告発しようとしたが、神経ガスで死亡し、アンデッドと化す。

 

 

神埼海翔

警視庁特殊急襲部隊SATの隊員。

年齢は30代後半。

刈り上げた髪で、筋骨隆々の体格。

SATの中でも優秀な隊員。

同じ部隊にいる紗枝と恋人だが、中東に逃げ込んだ際にアンデッドに噛まれ、自ら命を絶つ。

 

 

神埼薺

海翔の妹。年齢は20代後半。

茶髪のポニーテール。

警察官である海翔を尊敬し、警察学校に通っていたが、途中で止めてしまう。

だが、そのお陰か運動神経は海翔に勝ると劣らない。

 

 

結城紗枝

警視庁特殊急襲部隊SAT唯一の女性隊員。

年齢は20代後半。黒髪のポニーテール。(中国で軟禁されてからは、肩にまで伸びるストレート)

銃の扱いもだが、知識に関してもずば抜けて優秀。

海翔と恋仲だったが、海翔が死に絶望してからはジョッシュが支えとなり、彼と恋仲になる。

 

 

グレール・ジョン

アンブレラ社の副社長補佐。

年齢は30代後半。

金髪の髪で、刈り上げている。

息子であるジョッシュの遺伝子から、自らの身体をウィルスに適応、そして強化させている。

 

 

オリバー・ジョッシュ

ジョンの息子。年齢は30代前半。

ジョンのウィルス強化に産まされた人物。

ジョンとは違い、髪は黒色の刈り上げ。

JJ-ウィルスに適応しており、玲奈程ではないが、人間離れした格闘能力を有している。

 

 

名字不明。年齢は40代前半。

アンブレラの副社長で、政財界に影響力を持つ人物。

アンブレラが有利になればいいと思っていて、そのためなら何でもする冷酷非情な人間。

しかし、その地位故か命を狙われやすく、クローンを作り、その危機から逃げている。

 

 

森田美奈

玲奈の妹。年齢は20代前半。

白色の髪を肩にまで伸ばしている。

アンブレラに所属しているが、淳とは違い、世界を浄化する考えには賛成している訳ではなく、逆に世界を滅ぼす考えを持っている。

だが、最後は玲奈によって殺される。

 

 

森田佳奈

玲奈と美奈の母親であり、アンブレラの社長。玲奈が始めて会った時、年齢は70代後半。

淳の計画には最初賛同していたが、後に世界の状況を見て、後悔してしまう。

最後はこの事態を引き起こした償いのために自殺する。

 

 

エイダ・ウォン

年齢不詳。アンブレラの工作員。

黒髪のショートカットで、特徴的な蝶柄の赤い服を着ている。

名古屋城での戦いで死亡する。

 

 

ルーサー・ウェスト

俳優並びにプロバスケ選手。年齢は30代後半。

刑務所で玲奈たちに会い、気前がいい人物。

しかし、南極でクローン海翔によって殺される。

 

 

新田智之

元覚醒剤所持者。年齢は30代後半。

海翔と紗枝に捕まったことがあり、それがトラウマになっている。

一見臆病そうに見えるが、竜馬たちを助けるために自らの命を差し出す程の勇気を持っている。

 

 

葉子

名字不明。年齢は30代前半。

ウェーブがかかった黒髪を靡かせている。

かなり男のような喋り方をするが、これは演技である。

アンデッドに噛まれ死亡する。

だが、南極でクローンとして出てくるが、玲奈に殺される。

 

 

レッドクイーン

アンブレラが開発した人工知能。

モデルは玲奈の幼少期。

最初はアンブレラに操作され、全ての事態を被せられたが、最後は玲奈たちの味方をし、自らのデータを消去した。

 

 

佑奈

南極での実験に際して作られた玲奈の子供…という設定のクローン。

臆病で、誰の言うことも聞く子。

しかし、名古屋城での戦いで死亡する。

 

 

ブラッククイーン

レッドクイーン同様、アンブレラが作り出した人工知能。

しかし、レッドクイーンより劣っており、すぐに決断を下すようなタイプではない。彼女の消息は全く不明。




イラストでも描こうとも思ったんですが、絵の才能が最悪以下なので、やめておきました。
楽しみにされてた方、すみません。


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IF Story 真実を知るためならば…
第1話 空港


さて活動報告でも書いた通り、始まりました!
IF story第1話です。
どうぞ!


東京の消失から、かれこれ1年近くが経過しようとしていた。

あの日から日本だけでなく、全ての世界で混乱が続いていた。経済も人口も減少の一途を辿った日本はこの1年近くは暗雲しか立ち込めていなかった。

それでも政府は打開を図ろうとして、日本全国にある製薬会社に立ち入り捜査を行い、アンブレラ社並びにそれに関連する企業は全て強制的に差し押さえ……要するに潰れていったのだ。

だがそれだけでは世界から完全に信頼されるほどにまで回復はしなかった。そこで政府がやったのが、バイオテロに対しての部隊を作り、自衛隊と同じように世界各地に派遣することだった。

 

 

その部隊の名は…『対バイオテロ特殊部隊』…略してBSAA…。

 

 

 

 

玲奈は黒いパーカーに黒いサングラスを付けて車を運転させていた。運転席の窓は開けていて、そこから端正な顔立ちが垣間見ることが出来る。道行く人々を魅了する程美しい容姿を持つ玲奈は全く気にすることなく、車を空港に向かわせていた。

後ろには律代を乗せていて、彼女は外の景色をずっと見ていた。

玲奈たちは本来なら、政府たちの護衛役として退屈な時間を過ごしていたはずなのだが、玲奈と竜馬が差し出した『条件』でその危機を脱した。その時のことを…玲奈は思い出していた。

 

ー1年前ー

玲奈と竜馬、それに海翔に紗枝、更に薺と智之、そして律代はヘリで東京を脱した後に埼玉県にある大きな建物に招集された。

理由は誰にでも予想が付いた。

あの東京で何が起きたか真実を知っているは玲奈たちとアンブレラの重役だけで、多くの市民や政財界の大物は何も知らない。そこで玲奈たちから聞き出す…ということだろう。

 

「入りたまえ」

 

案内されて、玲奈と竜馬だけがとある部屋に通された。何故2人だけなのか玲奈には分からないが、目の前には非常に上から目線で見ている男たちが2人を睨んでいた。

 

「……何のよう?」

 

玲奈がそう呟くと、真ん中の男が小さく言う。

 

「今回の件を知っているのは…君らと我々だけだ。言いたいことは何だか分かるな?」

「…他言無用ってわけか…」

「それもそうだが、君らには頼み事がある」

「頼み事?」

「我が日本国は今非常に危機的状況で各外国から信用を得るには、そこに信用させてもらえる程のことをしなくてはならない。そこで我々はバイオテロに関する部隊を作ろうと考えている。そのメンバーに…君らも参加してほしい」

 

玲奈と竜馬は共に良い表情をしなかった。ここまでアンブレラの悪行を放置しておきながら、今は日本が危機的だからどうにかしてくれと……あまり納得出来るような話ではなかった。

竜馬が反対の意向を示そうと口を開きかけたところで、玲奈が先に口を開いた。

 

「いいわ」

「れ、玲奈⁈」

 

玲奈がそんなことを了承するなんて思っていなかった竜馬は思わず声を上げてしまった。相手もまさかこんな簡単に許してくれるなんて思っていなかったようで、目を丸くしていた。

 

「ただし…条件がある」

「条件?言ってくれ」

「まず、私を含めた生き残りのメンバーに監視を付けない。それと、あなたたちの方から私たちのやり方に口を出さないこと。それで良くて?」

「…分かった。条件を飲もう」

「ありがと」

 

玲奈はにっこり笑いながら返したが、その目はちっとも笑っていなかった。

 

 

 

 

竜馬と共に部屋を出て、最初に玲奈を待ち構えていたのは竜馬の叱責だった。

 

「何であんな馬鹿な条件を作ったりしたんだ⁈」

「……あいつらの思い通りになるのは嫌だったのよ」

「っ…だとしても……!」

「それに私たちと彼らの目的と利害はほぼ一致している。彼らはこれ以上バイオハザードを起こして欲しくない。私たちはアンブレラの残党を潰したい。そうでしょ?」

 

竜馬もここまではっきり言われると、返す言葉を失ってしまう。

 

「でも……」

 

でもと玲奈は付け加え、虚しい表情を作った。

 

「あいつらの言う通りに動くかもしれないと思うと…ちょっと気が食わないかな…」

「玲奈…」

 

それから先、玲奈と竜馬はお互いに口を開くことなく、竜馬の自宅に帰るのだった。

 

 

 

 

ー現在ー

「………な…!…玲奈‼︎」

 

後ろの方から律代に呼ばれて、玲奈は我に返った。

 

「何?律代」

「もうすぐ薺お姉さんに会えるんだよね?」

「そうよ。私だって1年近く会っていないから楽しみよ。律代は?」

「うん!楽しみ!」

 

律代の顔から笑顔が溢れる。

今はこんな感じで明るく無邪気な女の子だが、父親を失い孤児となってしまった時の律代は…途轍もなく絶望の淵に立たせれていたことだろう。見捨てて置けなかった玲奈は律代を引き取り、今は竜馬の家に居候(いそうろう)の身で住んでいる。

竜馬も快く了承してくれたが、玲奈はいつまでもいるわけにもいかないと思いながらも、彼の傍から離れたくない気持ちがどことなく強かった。

どうしてかは…未だに玲奈の中でも分かっていない。

 

「…さて、飛ばすわよ!」

 

玲奈はアクセルを強く踏み、成田空港に急ぐのだった。

 

 

 

 

玲奈が車を走らせている時、太平洋上空で1つの旅客機が何の問題もなく飛行していた。しかし、その機内に顔色が明らかに悪そうな客が1人乗っていた。

CAは心配して、その客に近寄る。

 

「お客様、大丈夫ですか?」

 

男はスーツ姿で鞄を提げている。CAの声に反応して、彼は苦しそうにスーツの胸ポケットから1つの紙を取り出して、途切れ途切れの言葉をどうにか紡いで伝える。

 

「この……情報を………ウィル…ファーマ………のフレ…デ……リック……氏、に……………」

 

男はそう言った後に、力尽きるのだった。

 

 

 

 

一方、成田空港では1人の女性がスーツケースを転がして、搭乗口から出てきていた。久々の日本に薺は背筋をぐっと伸ばした。何時間ものフライトで身体がガチガチに凝っていたのだ。

するとそこに聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「薺お姉さーーーん‼︎」

 

遠くの方からまだ若干12、3歳の女の子が走ってきたのだ。誰なのかなんて声だけで分かった。

律代は軽くジャンプして、薺の胸の中に飛び込んだ。

 

「ふふっ、ただいま。律代」

「薺お姉さんこそ!お帰り!」

 

薺は律代を地面に下ろし、こっちにゆっくり歩いてやって来る玲奈の姿を捉えた。黒いパーカーにサングラス。ちょっと女性としては固い服装に見えたが、玲奈の美貌なら問題ないだろうと勝手に薺は判断したため、いつもみたいにファッションに関して口うるさく言わなかった。

 

「お疲れ、薺。活動はどう?」

「まあまあって言った感じ?人は足りているんだけど、お金がね…」

 

薺は今、『テラセイブ』という反バイオテロリズムのNPO法人に在籍している。玲奈や竜馬たちと違い、薺は戦う側ではなく守る側に移ったのだ。バイオテロで苦しむ人たちを救済するのが薺たちの仕事である。その関係で薺はこの9ヶ月間、海外を転々としていた。

 

「話したいことは山々なんだけど、とにかく出よっか?」

「そうね………ん?」

 

と、ここで玲奈のポケットで携帯電話が震えた。

溜め息を吐きながらも玲奈は電話に出た。

 

「………薺、ちょっと待ってて。すぐ戻る」

 

玲奈はそのまま空港の出口へと走り去ってしまった。

待ってろと言われてしまったからには薺も待たなくてはならなかった。

 

「玲奈が戻るまで待とうか?」

「うん!」

 

ベンチに座り、薺はテレビで流れ続けるとある映像に溜め息を吐いた。実は今、この空港の前でテラセイブメンバーがデモ講義を行っているのだ。

理由は例の東京事件についてだ。

あの東京事件を引き起こした元大企業のアンブレラの資金援助を行なっていたと、衆議院議員の斎藤氏に非難が集まっているのだ。その斎藤氏がこの空港にいると何者かが密告したので、空港前デモが行われている…ということだ。

1年も経ってからどうしてそんなことがバレたか分からないが、とにかく非難の声は日が経つごとに酷くなり、遂にテラセイブまで着手したのだ。なので、今空港の前は人でごった返しだろう。

薺は抗議デモをするのは好きではなかった。デモを行っても、変わることはあまりないからだ。デモをするくらいならもっと別の行動を取る、それが薺のスタンスだった。

しかし…この状態だといつになっても終わることはないだろう。

薺今一度、大きな溜め息を吐くのだった。




次回から大きな事件に発覚します。


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第2話 蘇る悪夢

彼らの前に再び現れる、悪夢の化身…


空港の前で抗議デモが行われていると知り、衆議院議員の斎藤氏は苛つきを爆発させていた。

 

「どうしてワシがここにいることがバレているんだ⁈ちゃんと仕事してんのか!ああぁ⁈」

 

傲慢な態度に周りにいる全ての人間が飽き飽きとしてしまう。しかし、彼に逆らっても無駄だと知っている彼らはどうにか斎藤の怒りを(なだ)めようとする。

 

「落ち着いてください、議員。彼らがいるのは正面出口だけで我々は裏のVIP専用出口を使えば……」

「何を言ってるんだ⁈」

 

宥めようとしたのだが、斎藤の苛つきは更に増していく。

 

「私は国民から選ばれた議員だ!なのに何故コソコソ隠れる必要があるんだ⁈おい!あの外にいるクズどもを退かせ‼︎そうしたらここから動いてやる。抵抗するなら逮捕しちまえ!」

「しかし…彼らは抗議デモを()()()()だけであって、逮捕することはどうも…」

 

空港警察の署長はそう言って言葉を濁す。

 

「だから何だ!奴らはワシを狙っているんだ!危険なことに変わりはない!いいか⁈ワシはあの外にいるゴミどもを掃除してくれるまで、ここから一歩も動かないからな‼︎」

 

と、言っていた斎藤だったが、いつまでも部屋に閉じ籠っていられるはずもなく、やむなく帽子を深めに被ってロビーを歩いていた。

周りに2人のSPに秘書が付いていてバレバレ感もあるが、これでどうにか出来ると斎藤は思っていたのだ。

すると、1人の子供が議員の方を見て、「あっ!」と声を漏らし…。

 

「あのテレビに写っている人だ!」

 

と叫んでしまい、周りの人が帽子を被った斎藤に注目してしまった。中には取材のためのキャスターもいて、斎藤は完全に変装を見破られてしまったのだ。

 

「議員だわ!間違いない!斎藤議員!」

 

斎藤は面倒臭そうな表情を作り、被っていた帽子を秘書に渡した。

キャスターが議員に近付こうとした時、急に周りの空気がザワザワとし始めた。

その理由は、ロビーのやや真ん中をふらついて歩く男が原因だった。彼の顔は青く血の気がなく、口からは小さな呻き声が聞こえてくる。誰しも…不気味に思った。それにその怪しげな男はゆっくりと議員の方に向かっていた。

SPが前に立ち、議員の盾になる。あと数mも行けば議員のところに着くところで…薺が動いた。薺は青白い肌を持った男の髪を鷲掴みにして、一気に引っ張った。ズルッと取れたのは、マスクだった。そう…この男はマスクをして、アンデッドになったふりをしていたのだ。

しかもその男は薺と同じテラセイブのメンバーだったのだ。

男は冗談と言いたげに笑うが、目の前に立っていた空港警察署長の眼力に負けて、逃げようとしたが腕を掴まれて手錠までかけられてしまう。

 

「あんた、こいつと知り合いかね?」

「…一応ね」

「それならあんたも来てもらおう。事情を聞くからな」

 

薺は律代の方を向いて、やってられないと表情を作った。

だが…周囲はザワザワしたままだった。署長は手錠した男を部下に引き渡すと、騒がしいところに視線を定めた。

そこにはさっきと同じような行動を取る男がいた。

署長は「またか」と呟きながら男の髪の毛を容赦なく掴んだ。またマスクなどの作り物だろと思ったのだ。

だが、触れて分かった。

この感触は……本物の人間だということに…。

驚いて男の顔を見ると…口からは僅かだが、血が垂れていた。そして、頭を掴んできた署長に白い眼を向け…喉元に噛み付くのだった。

 

「ぎゃあああ⁈」

「いやああああああああ‼︎」

 

署長の悲鳴と女性の悲鳴が同時にロビー内に木霊した。

斎藤も今起きている状況についていけていない様子だった。

その様子を見ている周りの客も恐怖に戦き、我先へと逃げ出す。

明らかに異常な行動だった。人が人を喰らう…。常人では考えられない行動だが、薺はこの光景をほんの1年前に見ていた。

あの東京で起きた地獄の光景と、何ら変わりなかった。

客が逃げている中、斎藤のSPは果敢にも噛まれている署長たちの方に駆け寄り、警告する。

 

「おい!署長から離れろ‼︎早く離れるんだ‼︎抵抗すると撃つぞ!」

 

しかしいくらSPが叫んでも男は署長を離そうとすることはない。

業を煮やしたSPは男の肩を掴んで、無理矢理引き剥がして地面に倒させる。が、男は今度はSPに襲いかかろうと上体を起こしてきた。SPは咄嗟に構えていた拳銃で、男の身体に2つの風穴を開けた。

銃声のせいか、更に悲鳴が大きくなった。

SPは傍に倒れたままピクリとも動かない署長の首に手を当てた。

 

「……ダメだ、死んでる…ん?」

 

SPは斎藤の近くで守っているもう1人のSPが先程撃ち殺した男の方に指を指していた。

そっちを見ると、そこでは身体から血をドバドバと流しているにも関わらず、僅かに動く男の姿があった。SPがもう一度拳銃を向けた時、薺が声を上げた。

 

「離れて‼︎」

 

SPは薺の方に顔を向けたが、離れようとしない。

 

「そこから離れて‼早くしないと……!」

 

SPが死んだ署長を見た時、彼の目が唐突に開き、SPの足に噛み付いた。SPは痛みのあまり悲鳴を上げるが、拳銃で背中に銃弾を撃ち込む。しかし…さっき撃った男もSPに襲いかかり、SPの首に噛みつき、頸動脈を裂いて殺した。

もう1人のSPも助けに入ろうとしたが、どこからともなく現れてくるアンデッドの集団に襲われ、なす術なく地面に伏せられてしまった。

SP2人がやられてからはもう滅茶苦茶だった。

アンデッドの数は増えるばかりで、客は混乱したように逃げ惑う。

薺もすぐにここから離れたかったのだが、玲奈が連れてきた律代の姿がなかったのだ。逃げ惑う客たちのせいで小さい背の律代を見つけるのは至難だし、呼んでも悲鳴で声を掻き消されてしまった。

 

「律代‼︎律代‼︎」

 

薺はそれでも何度も呼ぶが、返事もないし見当たらない。人々を押し退けて探していると、搭乗口近くでどうしようか彷徨いているのが薺の目に入った。

急いで駆け寄ろうと思った時、1人の男性と肩がぶつかり、地面に倒れてしまう。薺と男性の顔が合う。

その顔を見た時、薺には見覚えのある男であり、思わず言葉を出してしまった。

 

「あなたは……!」

 

男性は薺を助ける気もなく、無表情のまま人混みの中に消えていった。薺は一瞬追おうと思ったが、律代を放って行くことは出来なかったため、仕方なく律代の傍に走った。

 

「薺お姉さん!」

「律代!大丈夫⁈」

「うん、大丈夫だけど…どうなってるの?まさかこれって……」

「…とにかく、今はここから逃げるわ……」

 

薺が律代を連れて出口に向かおうと思った時、重く響く轟音が2人の耳に聞こえてきた。その音の出所がどこか周りを見回していると…1階の大きな窓ガラスに写った光景に薺は絶句した。

 

「嘘……」

 

薺はそう呟き、身体が固まってしまうのだった。

 

 

 

 

玲奈は突然来た電話の人に面倒臭そうにも出ると、掛けてきたのは薺の兄の海翔だった。

 

「どうしたの?」

『やあ、元気かい玲奈?』

「…そんなことを聞きたくて電話してきたなら、もう切るわよ?」

『違う違う!いや…あのな…薺、元気だったか?』

「ああ、薺?ちょっと焼けてたくらいよ。全然普通だったわよ」

『なら良かった。いきなり海外に行ってバイオテロに遭った人々を助けに行くなんて言うからさ…』

「気持ちは分かるわよ」

『元気で何よりだ。突然電話して悪かっ…』

 

ドンッ‼︎ドンッ‼︎

 

海翔の声を遮ったのは2発の銃声だった。

玲奈はすぐに電話を切り、その場に向かおうとする。空港入り口から中に入るのだが、もう人が逃げ惑っていて前に進むのは大変で仕方なかった。

漸く薺と会った場所にまで着いたのだが、そこで空港警察に止められて奥に進ませてくれなかった。玲奈の視界には既に薺と律代が写っているのに…だ。玲奈は警察官を突き飛ばして無理矢理行こうとするのだが、多くの警察官に取り押さえられてはいくら玲奈でも無理だった。

 

「薺ぁ‼︎律代ぉ‼︎」

 

いつもの何倍の大声で叫んだが、その声は空からこっちに向かってくる飛行機の轟音で消された。

飛行機はそのままこの空港のロビーに突っ込んで、数多くの人とアンデッドを()いてロビーの中程にまで進んだ。

墜落した飛行機の陰に隠れた薺たちを助けに行きたかった玲奈だが、取り押さえられた玲奈はまた抵抗してしまったのがダメだったのか、遂に手錠をかけられてこの場から無理矢理連れて行かれてしまうのだった。



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第3話 救出作戦(前編)

アンケートはこの章が終わるまで設けます。
たくさんの投票待っています。


成田空港でバイオテロがあったと情報が入り、すぐに空港は閉鎖された。指揮を取るのは自衛隊だった。まだ設立されたばかりのBSAAは自衛隊からは信用されておらず、今回は自衛隊が指揮することになったのだった。

グレッグ・リチャーソンは左肩にマシンガンを携えていくつも設えられたテントの合間を縫って、自らのテントに向かっていた。

たくさんあるテントには、隔離された客がすし詰め状態だった。中では早く家に帰してくれやここから出してくれなどと叫ぶ客が絶えなかった。他にはベッドに縛り付けられてもなお暴れるアンデッドがいる。拘束してるから怖くないが、あれが何万匹と増えた東京ではさぞかし地獄だっただろうと、グレッグは心の中で思った。

そして自分のテントに着いたグレッグの耳に最初に聞こえたのは同期なのに、自分より階級が1つ上の(みのり)の怒鳴り声だった。

 

「どうして救出を許可してくれないんですか⁈あの電話の内容を聞いたでしょ?……ちょっと大佐‼︎くそっ!」

 

ガチャンと乱暴に受話器を戻す秊にグレッグは声をかけた。

 

「どうした?またあの腰抜け大佐と乱闘を繰り広げていたのか?」

「戦意喪失したのは大佐。要するに逃げられた…。勝負はついてないわ、全く…」

「あの大佐とはやっていけねえよなぁ」

 

グレッグは椅子に座り、大きく背筋を伸ばした。

秊は日本人と見間違う程に日本語をペラペラと話すグレッグを見て、今の状況を聞いた。

 

「感染者は?」

「ああ、それなら心配無用だ。1番向こう側のテントでは拘束してるし、外から出てこようものなら弾が身体を突き抜けるさ。…それにしても…噛み付いたら感染して、そいつも同じになる…か。こいつはよくアメリカで見るホラー映画だな」

 

それからグレッグはふざけたように秊に呻き声を披露した。それを見ても秊は何の反応を示さなかったため、グレッグはすぐに謝罪した。

 

「悪い悪い、冗談だよ。しかし、これもウィルファーマ社から漏洩したやつか、はたまたテロか…」

「後者の線が濃厚ね。斎藤議員がいるところを狙っている。テロの可能性が高いわ。前者は…まあ薄いかな」

 

ウィルファーマとは、アンブレラ社が倒産してから発足した製薬企業だ。アンブレラが扱っていたJ-ウィルスを使ってワクチンを生成したり、研究を進めている。そこから漏れたという可能性も考慮に入れるべきだと秊は思っていた。

 

「何であれ、早く生存者を助けることが先決よ。だけどこれじゃあ…」

 

再び受話器の方を見た。

上から止められて動けなくて、悔しく思っているのがグレッグには分かった。

 

「苛ついているなら、隣でギャンギャン叫んでいる女を鎮めてやれよ。うるさくて仕方ない」

「女?」

「空港の入り口近くにいた女で、自衛隊員の制止を振り切って中に行こうとするもんだから、拘束したんだけどそれでも落ち着かなくてな…」

「そうね…。出撃まで動けないし、説得に行こうかしら?」

 

秊はそう言って立ち上がるのだった。

 

 

 

 

グレッグの言う通り、隣のテントからはうるさいくらいヒステリックに叫ぶ女の声が響いていた。どうしてこんなに叫ぶのか、少し気になって秊はテントに入った。

 

「早く手錠を解いて‼︎薺たちを助けないと…‼︎」

「それは我々が行います!だから落ち着いて……」

「あんたらじゃ、アンデッドに対抗出来ないわよ‼︎」

 

少し自衛隊を甘く見てるような発言が見受けられたが、その女はとても美しかった。

汚れひとつない焦げ茶色の髪に端正な顔付き、そして全てを吸い込むような青い瞳。女性である秊でさえ、見入ってしまいそうになった。

秊が視界に入った他の自衛隊員は敬礼し、玲奈に関することであろう資料を渡した。

そして秊は玲奈が拘束されている机の反対側に座った。

 

「どうも、私は自衛隊陸軍中佐の秊よ。うるさくて(かな)わないというグレッグの要請を受けて来たわ」

 

グレッグは奥でそれを言う必要ないだろと言った表情をする。

玲奈も漸くまともに話せそうな人が来て、少しだけ落ち着く。

 

「ここのボス?」

「いいえ。私たちのボスは腰抜けでね…。本部で待機」

「それなら実質ここを指揮するのはあなたね、秊中佐?」

 

挑発的な態度に秊は僅かな苛つきを覚える。

 

「さっきから言ってるけど、ここは自衛隊の仕事よ。あなたみたいな一般人がするようなことじゃない」

「一般人じゃないわ。私は政府公認のBSAAの隊員の玲奈。調べれば分かるわ」

 

秊は隣にいる隊員に確認を取る。確かにその通り、だが…秊を含めた自衛隊全体はBSAAを信用していなかったため…。

 

「ええ、そうね。でも今は自衛隊が指揮してる。BSAAの出る幕じゃない」

 

玲奈の表情にも苛つきが見えた。

 

「……手錠を外して」

「外したら行っちゃうでしょ?」

「自衛隊はいいわね?ちょっとでも抵抗したら拘束。流石国家のために働く飼い犬って感じね」

 

その言葉はその場にいる自衛隊員全員の逆鱗に触れた。

玲奈の後ろにいた隊員が玲奈の髪を乱暴に掴み、机に叩きつけた。

 

「っ…!」

「もう一回言ってみろ‼︎ああ⁈」

「やめなさい‼︎」

 

秊の低くも衝撃のある怒鳴り声に全員がビクッとなった。

隊員は恨めしそうに玲奈を見ながらも、離した。

 

「今のは悪かったわ。謝罪する」

「言葉では……何とでも言えるのよ…人は…」

「…それとあなたをここから出さない理由はもう1つ。あなたは感染してる」

 

玲奈は溜め息を吐いた。今まで何度となくその事を話してきて飽き飽きしているが、また話すしかないと思い、口を開きかけたその時…テントの外が騒がしくなった。

 

「な、何だ⁈あんた…!」

「困ります‼︎今入ったら……!」

 

テントの幕を大きく翻して中に入ってきたのは、動きやすいレザースーツで身長の高い男性だった。だが、その片手には拳銃が握られており、一言も発する事なく引き金を引いた。

ドンと1発の銃声は誰の身体にも当たらず、玲奈を拘束していた手錠の付け根を破壊した。

すぐに周りの隊員は銃をその男性に向けるが、男性はポケットから小さく折り畳まれた書類を出してこう言った。

 

「BSAAの竜馬だ。ここの代表と会いたい」

 

秊はすぐさま出てきて、竜馬の前に立った。

 

「秊中佐よ。今になって、この女性を助けに来たのかしら?」

「いいや、これを読めば納得するよ」

 

秊は竜馬が持つ書類に目を通し、そこで驚愕する。

 

『これより今回のバイオテロ鎮圧の指揮はBSAAが取る。秊中佐他隊員は竜馬隊員並びに玲奈隊員の指示に従うこと。また、これより救出作戦を実行せよ』

 

と書かれてあったのだ。しかも1番下には陸軍の最高幹部である幕僚長のハンコとサインまでしてあったのだ。疑いようがない。

 

「内容は理解したようだな。彼女から手を離すんだ!」

 

竜馬は叫んだが、誰も動かない。竜馬がもう一度怒鳴ろうとすると、先に秊が口を開いた。

 

「離しなさい…」

 

秊の声に最初は驚いている隊員たちだったが、渋々玲奈の拘束を解いた。そして付け加えるように伝達する。

 

「これからは彼ら2人の言う事を聞くように!…以上…」

 

誰しも納得していなかった。

こんな見ず知らずの男女に指導権を奪われてしまっては…。

玲奈は手首を摩りながら、真剣な表情で秊に詰め寄った。

 

「それで…生存者はどこなの?」

 

 

 

 

秊は先程のテントに戻り、とある音声を再生した。

 

「今から3時間前の内線電話の録音です」

『私たちは空港に閉じ込められている…。そこらにアンデッドがいて、身動きも取れないし、ここもいつまで持つか分からない…。お願い…早く助けに来て‼︎』

 

この録音の音声から聞こえる女性の声の主に2人はすぐに分かった。

 

「この声は…」

「間違いない。薺よ…」

 

録音を聞き終えた後に秊は空港の見取り図を机に広げて、とある一角に赤ペンで丸印を付けた。

 

「恐らく生存者たちが逃げ込んだのはVIPルームだと考えられています。空港の出入り口は完全封鎖のため、入るにはヘリで屋上から行くしかありません。すぐに隊を編成して……」

「君とそこの男で充分だ」

「⁈何ですって⁈」

 

秊は驚愕の声を漏らすが、玲奈は賛成している様子だ。

 

「そうね…。大人数で行くのは危険ね」

「どうして?」

「これ以上感染者を増やさないためよ。あなただって、自分の仲間を撃ち殺したくないでしょ?」

 

そう言って、玲奈と竜馬は奥へと向かっていく。

その後ろからグレッグは苛ついた声を吐き出した。

 

「おい!どういう意味だ、そりゃあ⁈」

 

しかし、グレッグが叫んでも2人は振り向くこともなかった。

 

「何なんだ!あの2人‼︎軍人にも見えないし、警察官ですら見えない」

「あの2人は名高いBSAAの隊員なんでしょ?彼らなりの作戦があるのよ。ともかく…お手並み拝見ね……」



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第4話 救出作戦(中編)

4人はすぐに装備を整えて、屋上に向かうためにヘリへと乗り込んだ。玲奈は小型の散弾銃と拳銃、竜馬は大きめの拳銃…恐らくマグナムとほぼ同威力の銃だろう。そして秊とグレッグは標準装備のアサルトライフルを手に持っている。

ヘリの中でもグレッグだけは愚痴をずっと溢していた。

 

「おい、玲奈……とか言ってたか?お前感染してんのに来んのか?足手まといにならないといいがな」

「グレッグ…!」

 

秊が止めに入るが、玲奈は気にすることなくグレッグの不満に対して淡々と答えた。

 

「足手まといになるくらいなら来ないわよ。それも分からないの?」

 

また挑発的な発言にグレッグはイラつき、怒鳴ろうと思ったが、玲奈の青い瞳がグレッグを捉え、一言も発せなくさせた。美しい…というより、グレッグは恐怖に襲われたのだ。ひ弱そうな玲奈の瞳の中に燃える強い意志がグレッグの想像を超えていて、何も言えなかったのだ。

ひと段落着いたところで、竜馬はまだアンデッドと戦ったことのない2人に軽い説明を始める。

 

「今空港で広がっているウィルスに感染したものは誰でも襲う…。それが友人や家族でもな…。感染した者を元に戻す方法はない。そして奴らの生命活動を停止するには感染者の脳髄を破壊するしかない」

 

竜馬の足早な説明に2人はポカンとしてしまう。秊は確認するように竜馬に再度聞く。

 

「感染者の脳髄を破壊……って…」

「要するに頭を撃つってことよ、お2人さん」

 

代わりに玲奈がそう答えて、秊とグレッグはお互いに顔を見合わせた。主な理由としては、人の頭を撃つ…そんな残忍なことをしなくてはならないのか…と思ったことだが、もう1つあった。

それは、秊たちの前にいる2人がさも当然だろうと言っているように見えたことだった。

この2人が何者なのか…秊の中で更に疑問が増えるばかりだった。

 

「着いたようだな」

 

竜馬が下を見ると、ヘリは既に空港の屋上に到着していた。

4人はヘリからロープを下ろして降下し、屋上に足を付けた。

扉を開けて、慎重に中に入っていく。先に玲奈が入っていき、その後ろに秊と続いていく。

中は夜のせいもあるが、電力が落ちてしまっていて真っ暗だった。人の気配など、今の時点では微塵も感じられなかった。

更に先へと行こうと思ったら、後ろからグレッグに押されて後ろへと下げられる玲奈。溜め息を吐きながらも、玲奈は随分嫌われたなとつくづく思った。

階段を降りようと思った一行だったが、突然奥の通路から悲鳴のような…呻き声のようなものがした。秊はそっちに行こうと言うが、竜馬は即座に否定した。

 

「今のは感染者の声だ。さっさとVIPルームに……」

 

竜馬が否定しても関係ないのか、秊は単独で奥の通路に走っていく。

 

「秊!待って‼︎」

 

玲奈も後を追い、竜馬も追おうとするが、グレッグが肩を掴み竜馬の行動を止めようとする。竜馬は構うことなくグレッグの腹を殴って怯ませて、既に真っ暗な通路に進んでしまった玲奈たちを追うのだった。

 

 

 

 

秊は竜馬の制止をも振り切って、オフィスにまで来ていた。

声だけで感染者かそうでないかなんて見分けがつけられるはずがないと思ったからだ。それに何でも憶測で決めつけるのは秊は嫌いだった。きちんと自分の目で確かめる…それが秊のモットーだった。

秊はマシンガンに付属されたライトだけを頼りに辺りを見回す。

すると、散らばった書類などの上に倒れて、苦しそうに呻いているスーツ姿の男性があった。秊はマシンガンを降ろし、すぐにその男性に駆け寄り声をかけた。

 

「大丈夫ですか⁈」

 

秊の応答に男性は答えない。

相当な重傷だと思い、秊はその男性の腕を掴んだ。

 

「安心してください!必ず助けますから!」

 

そうはっきり言う秊だが、この男性は既に人間にならざる者へと変貌していたのだが、秊は全く気付いていない。アンデッドと化した男性は秊の首を後ろから嚙みつこうと口を開けた。

そのまま突っ込めば、アンデッドの歯は秊の頸動脈を捉えていただろうが、その前に秊は身体を後方へと引っ張られ、アンデッドの急襲から逃れられた。もちろん、秊は彼がアンデッドだと気付いてないため、自身を引っ張った玲奈に対して怒りを露わにする。

 

「何するの⁈」

「見なさい…」

 

玲奈がそう小さく言って、初めて秊は気付いた。

自分たちは既に奴らの領域(テリトリー)に入っていることに…。

暗闇で見えなかったもあるとは思うが、机の下…本棚の脇など、どこからともなくウヨウヨとアンデッドが湧き出していたのだ。

目の前で倒れる男性も…そのアンデッドの1体だと、秊は漸く気付いた。

ゆっくりと着実に迫り寄ってくるアンデッド軍に、玲奈は何の躊躇いもなく腰から拳銃を抜き、その頭部に風穴を開けた。

 

「⁈」

 

秊は目を丸くした。

それは玲奈が躊躇いもなくアンデッドを殺したもあるが、まず“人を殺している”ところに驚いたのだ。

いくら秊が自衛隊とはいえ、彼女を初めとしたほぼ全ての隊員が人の頭を撃ち抜くなどしたことがない。

秊はここで分かりかけていた。

何故、自分たちに指導権がないのかと……。

そう思っていると、秊の左側からも1体のアンデッドが歩み寄ってきた。それを見た秊はマシンガンを構えるのだが、僅かに震えていた。初めて見たアンデッドにただならぬ恐怖を自分でも分からないうちに感じてしまっていたのだ。

 

「止まって‼︎撃つわよ⁈」

 

そうは言うが、アンデッドが人語を理解することはない。

ただ…食欲に赴くがままに秊の方へ足を一歩ずつ踏みしめていく。

これ以上近付くな!撃ちたくないんだ!と心の中で叫ぶ秊だが、堪らずアンデッドの右足を撃って転倒させた。

アンデッドは足を撃たれても秊の方に向かってくる。その異常な行動に秊は思わず「どうして…」と呟いてしまう。

 

「秊‼︎」

 

ここで竜馬とグレッグも合流する。

グレッグは手で合図して、早くここから後退しろと言う。秊は素直に下がり、代わりにグレッグが前に出た。

そして、持っているマシンガンを狙いも定めずに乱射する。アンデッドの身体に弾がめり込むか貫通するかして、アンデッドは倒れていく。

 

「グレッグ、もういいわ」

 

玲奈がそう言って止めようとするが、グレッグは気分が高揚しているらしく、全く引き金から指を離さない。見かねた竜馬がグレッグの肩を掴んで耳元で怒鳴る。

 

「グレッグ‼︎」

「うるせえ!指図すんな!」

 

そこで漸くグレッグの銃撃戦は終わりを告げた。先程までウヨウヨいたアンデッドの姿は闇に飲まれたのか1体も見当たらなかった。

 

「バケモンが!」

 

そう吐き捨ててグレッグは空になった銃弾を装填しようと、グリップを掴んでマシンガンから外した時、ガラスにピキッとヒビが入った。

 

「え?…うわああああああああああああ‼︎‼︎」

 

窓ガラスを突き破って、秊が足を撃って転倒させたアンデッドがグレッグの上に覆い被さった。

グレッグは必死にアンデッドに噛みつかれないように抵抗していた。額と顎を掴んで自身の顔から少し離したところで、玲奈が放ったナイフがアンデッドの側頭部を見事に捉え、絶命させた。

グレッグはアンデッドを自分から離し、顔にべっとり付いた血を拭って、焦った声色で言った。

 

「ど、どうなってんだ⁈こいつ間違いなく弾をぶち込んだはずなのに、どうして⁈」

「最初のヘリで言わなかったかし……ら‼︎」

 

玲奈はグレッグの襟首を掴んで壁にドンと叩きつけた。

グレッグより圧倒的に小柄な玲奈が持つ力にグレッグはやられる側ままだった。

 

「確実に殺す方法は1つだけ!頭を撃たない限り絶対死なない。覚えておいて‼︎今のような行動を取ると、弾も時間も、無駄になる!それじゃあ…私たちが先に死ぬわ」

 

グレッグに一通りの叱責をして、玲奈は手を離した。

すると、竜馬が玲奈に肩を叩き、さっき割れたガラスの方に指差していた。

そこでは床に這いつくばりながらも、玲奈たち人間を狙っているアンデッドがウヨウヨいた。

 

「行こう…」

 

秊が先導して、先程の場所に戻る。

グレッグは悔しかったか、あのアンデッドがムカついたのか、その死体を思いっきり蹴るのだった。



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第5話 救出作戦(後編)

薺たちは飛行機が墜落してからは、斎藤がいつも使っているVIPルームへと数名の生存者を引き連れて逃げ込んだ。生存者がまだいるという電話も残せたが、すぐに停電になり、明るいうちに救出は結局来なくて、この部屋に閉じ込められる形になってしまった。

その状態が数時間か過ぎたところで、まだ小さい方ではあるが、数十発近くの銃声が一度に聞こえてきた。

 

「今の銃声は⁈」

 

CAは怯えるように薺に聞く。

 

「助けよ、いずれここまで来るわ」

「ふん、感謝してほしいな!俺がここにいると言わなければ、君たちは間違いなく見捨てられていた」

「秘書にも見捨てられた人にそんなこと言われても何ともないわ」

 

薺は斎藤の傲慢発言を悉く反駁(はんばく)した。

しかし、次の瞬間ここからそう遠くなさそうな場所から男性の悲鳴が聞こえてきた。全員一瞬ビクッと身体が震えて、律代が薺に聞く。

 

「今の何?」

「まだ私たち以外に生存者がいたようね…。助けに行かないと!」

「手遅れだ。それに外に出る方がよっぽど危険だ」

「そうですよ!わざわざ他人のために命をかけるなんて…」

「薺お姉さんはそんな気持ちで助けに行くんじゃない‼︎」

 

2人の言い様に律代は幼いながらも、大きな声を上げた。

2人も律代が叫ぶなんて思っていなくて、その圧に押されてしまっている。

律代は薺の方を真剣な眼差しで見詰める。

 

「薺お姉さんは……人を助けるのが仕事なんでしょ?なら大丈夫だよね⁈私…薺お姉さんが、死んじゃ嫌だよ…」

 

そう言って泣き出してしまう。まだ11歳の少女もあの時の記憶は脳裏に焼き付いたままのようだ。かくいう薺も同じである。

 

「…大丈夫よ。こういう修羅場は超えてきたんだから…。2人とも、何か武器になるものはない?」

 

 

 

 

現在、薺の手には傘が握られている。武器になりそうなもの……と言われたら入るのかもしれないが、薺としたらこれは物足りない、不安でしかないと言いたいものだが、贅沢も言えない。

 

「行ってくる。律代をよろしくね…」

 

CAは頷き、VIPルームの扉を閉ざし、念入りに鍵を閉めた。

アンデッドが彷徨く外に1人になり、唯一の武器が傘だということに薺は思わず笑みを漏らした。

 

「まさかこれとはね……」

 

薺はぎゅっと傘を強く握って、ゆっくりと前へと進んでいく。

ごとり、ごとりと薺が踏み締める足音が静かな空港内に響いていく。

 

「そこに誰かいるの?」

 

問いかけてみたが、返事はなし。

 

「誰もいない……なんてわけないよね…」

 

薺は小走りでデスクの陰に身を潜めて辺りを見回す。

するとその時、薺の側面から眩しいくらいの光が照らされた。薺から見て誰なのかはっきりとしない。

声をかけようと思った時、女性の声が先に出た。

 

「伏せて‼︎」

 

薺はすぐさま地面に伏せる。すると、銃声が3発響き、いつの間にか薺の背後まで迫っていたアンデッドの頭を撃ち抜いた。

倒れゆくアンデッドたちを見て、薺は少し硬直したが、目の前にいる玲奈と竜馬を見て表情を明るくした。

 

「玲奈!…来るのが遅いわよ」

「忙しかったのよ、こっちも」

 

玲奈はそう言いながら後ろにいる秊とグレッグを一瞥するのだった。

そして、さっきの悲鳴の主は竜馬の隣に立つ斎藤の秘書だった。

 

 

 

 

「はっ、これだけか?」

「そうね」

「で、増援は?」

「来るわけないだろ?」

 

傲慢議員の斎藤の文句と愚痴に玲奈と竜馬は付き合っていた。

あれから全員で一度ここに戻ってきて、どうやって脱出するかを伝えると玲奈が言い出したのだ。

そしてこの様だ。

 

「何を馬鹿なことを。それなら絶対的自信のある脱出方法でもあるんだろうな?」

「「全員でロビーを突っ切る」」

 

玲奈と竜馬の声が重なり、このVIPルームにいる生存者は絶句する。

それを聞いた斎藤は怒鳴り声を上げる。

 

「お前ら気は確かか⁈ロビーに1番感染した奴らが多いんだぞ‼︎」

「でも1番広くて見通しが効く。迷路のようなこの空港を彷徨うよりは安全よ」

「玲奈の言う通りよ」

 

薺も賛成の声を上げる。

 

「アンデッドの動きは遅い。走れば逃げ切れる」

「なんだ?あんたはアレが何なのかよく分かってる口振りじゃないか?」

「それはそうよ。薺は東京事件の生き残りよ。だからこの手の修羅場はよく知っている。ここにいる誰よりもね…」

 

『東京事件』の言葉を発した途端に、薺の注目が浴びる。

グレッグも秊に聞く。

 

「おい、東京事件ってあの……」

「ええ…。あの大事件の生き残り…」

 

表情はそのままにしているが、秊も驚愕している。

自分よりも若そうな彼女がどうやって生き残れた、聞いてみたいともどこかで思っていた。

だが、斎藤は「ふん!」と鼻を鳴らし、偉そうに言い出す。

 

「あの事件の生き残りなんて知ったことか!私は今すぐここから出たいんだ!他の奴なんて放って、私だけ…」

 

竜馬が怒りに飛び出そうになりそうだったが、代わりに玲奈が一歩踏み出した。斎藤のネクタイを乱暴に掴んで、ナイフを首に向ける。

竜馬は小さく独り言で「相当御立腹だ…」と呟いた。

 

「…先に言っておくけど、私たちの任務は空港に取り残された生存者を救出せよで、『あなた1人特別扱いして助けよ』ではないから。もし、他の人を囮にでもしてみなさい…。喉元を掻き切ってやる…」

「ひぃ⁈」

 

恐怖のあまり斎藤は小さな悲鳴を上げてしまう。

玲奈はふぅと息を吐き、斎藤を離して全員に言った。

 

「さあ、行くわよ」

 

 

 

 

前方に立ち塞がるように立っているアンデッドたちを1発で仕留めてから、玲奈は全員に叫んだ。

 

「走って‼︎」

 

玲奈を先頭に秊、薺に律代、腰が悪いという斎藤をグレッグと秘書、最後尾に竜馬と並んで走る。こういうところではいかに逸れずに行けるかが重要になってくる。

玲奈は暗闇の中から無限と湧き出るアンデッドの頭を次々と撃ち抜く。そして、ロビーの景色が遠くからではあるが、漸く見えてきた。

 

「あと少しよ‼︎頑張って!」

 

薺は律代の手を絶対に離さないと誓わせて、一緒に走っている。

すると、玲奈が殺し損ねたアンデッドが2人の前に出たが、そいつは秊が撃ったマシンガンの弾が足を突き抜けて、転倒させた。

 

「行って!」

「ありがとう!」

 

一方、腰の悪い斎藤を支えながら走り、なおかつやって来るアンデッドを殺さなくてはならないという苦難を続けているグレッグたちは、やはり前方のグループに遅れを取っていた。時折斎藤は倒れるし、自分からまともに動かないしで、グレッグのストレスは溜まっていく一方だった。

漸く近くまで来て、グレッグは斎藤を先に彼らのところに連れさせる。それからもこっちに来るアンデッドを次々と撃っていく。

が…突然側面から来たアンデッドに不意を突かれて、右腕を噛まれてしまう。

 

「ぐああぁ⁈」

 

肉を裂かれるような痛みのグレッグは悲鳴を上げた。

斎藤はその光景を見て、わざとなのか大きな声で叫んだ。

 

「噛まれた!あいつ噛まれたぞぉ‼︎」

 

秊はすぐに彼のもとに駆け寄ろうとしたが、グレッグは手を上げて「来るな!」と叫んだ。

 

「俺に構わず行け…」

「グレッグ!そんなの……」

「グレッグ、任せていいんだな?」

 

竜馬は秊の肩を掴んで止めて、そう言った。

するとグレッグはさっさと行けと手で合図する。

 

「…行くわよ」

「離して‼︎グレッグ!グレッグーーッ‼︎」

 

秊が嫌々ながら抵抗するが、玲奈と薺によって無理矢理連れていかれた。その時…グレッグが撃つマシンガンの銃声はずっと聞こえていた…。

 

一行はそれから墜落した飛行機の上に立って、ロビーにいるアンデッドの数を確認した。

 

「多い…」

 

律代でさえ呟いてしまうくらいの量だったが、玲奈はすごい前向きで淡々と作戦を説明する。

 

「あとはこのロビーを突っ切れば、出口に出れる。それで…ここから見える範囲のアンデッドは……」

 

玲奈は丁寧にアンデッドの頭を狙って、撃ち抜いた。

 

「…排除して進む。竜馬、秊、お願い!私と薺は周りを見張ってる」

「ったく…俺は毎回ゴミ掃除かよ…」

「何か言った?」

「いいえ、別に」

 

それから竜馬はすぐに銃を構えたが、秊はさっきグレッグが残った通路の方をじっと見詰めていたが、やがて竜馬と共にアンデッド掃除を開始する。

暫く時間が経過してから、薺が声を上げた。

 

「集まってきたわよ、玲奈」

 

薺の指差す先にはぞろぞろとアンデッドが列を成してこっちに向かってきていた。

 

「だ、大丈夫なんだろうな?」

 

不安げに斎藤は玲奈に聞く

 

「そろそろ限界のようね。行きましょう」

「キャアアアアアア‼︎」

 

唐突にCAの悲鳴が上がった。

なんと機体の中からアンデッドが溢れ出ていたのだ。すぐに玲奈と秊で排除していく。

その時、斎藤はロビーにアンデッドが全くいないことに気付き、律代を突き飛ばして自分1人だけロビーに向かって走り出したのだ。

律代は墜落した機体から転げ落ち、アンデッドの目の前に放り出されてしまった。

 

「律代‼︎」

 

すぐに律代の下に駆け込む薺だが、拳銃もナイフといった武器は手持ち無沙汰だ。やれることは律代が襲われないよう、自らが前に出ることだけだった。

その状況を見た玲奈はすぐに撃ち殺そうと思ったが、突然に飛び掛かってきたアンデッドの対処に追われてしまう。悩んだ末に玲奈は持ってる拳銃を薺に投げた。

 

「薺‼︎これを…!」

 

玲奈が投げた拳銃を掴む前に前方にいたアンデッドの首を蹴り上げると、そこから拳銃を掴んで反時計回りに撃ってアンデッドを殺し、最後に蹴り倒したアンデッドを殺した。

玲奈もアンデッドを後ろへと飛ばし、散弾銃で殺した。

 

「大丈夫?」

「もう慣れたわよ、こういうのは」

 

玲奈は苦笑いして、薺を機体まで引っ張り上げた。

律代も少し涙目だったが、問題はないだろう。

そして、薺は周りを一瞥してからこう言った。

 

「ねえ、あの議員は?」

 

と…。



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第6話 後悔

斎藤が1人勝手に走っていってすぐにロビーの入り口辺りが真っ白になるほど明るいライトで照らされていた。玲奈は前方に立ち塞がるアンデッドを殺し、更に前へと進む。

恐らくあの光は味方のものだろうと思った玲奈は全員に呼びかけた。

 

「頑張って‼︎あの光の方まで走って!」

 

秊が1番後方で走っていたのだが、後ろを一旦向いてどれくらいアンデッドが迫ってきているか確認する。

そこには先程まで自分たちがいた墜落した飛行機の翼の上には数え切れない程のアンデッドがやって来ていた。その中に自衛隊の装備をした者がいると思ったら、それはグレッグだった。遠目であまり分からなかったが、グレッグだったように……見えただけだと秊は頭の中で思った。

それからはもう後方を向くことなく、一直線に光の方へと走るのだった。

 

 

 

 

玲奈たちはすぐに保護され、空港内に残っているアンデッドは多数の自衛隊員によって処分された。玲奈たちが出てすぐに、秊とは別の部隊が空港内に入って、何万発という銃弾の発砲を開始した。

その方向を見たままの秊に誰も声をかけてやれなかった。

同僚を失った気持ちを玲奈は痛い程分かっている。東京事件の時に玲奈たちのために命を落とした竜馬の兄である竜也のことを…。

その事をまた思い出して、玲奈は泣きそうになったため先にテントへと戻った。

竜馬はその様子をじっと眺めていると、なんともやり切れない気持ちで一杯になる。

すると、薺が誰かを見つけたと思ったら、そこに早歩きで行き、そいつの頬を思いっきりビンタした。

 

「ぎゃあ!」

 

もちろん()たれたのは、先に1人で逃げた斎藤だ。しかし薺が怒っているのは先に逃げたことではない。律代に怖い思いをさせたことにプンプンとしていたのだ。

 

「あんた!律代を突き飛ばして危ない目に合わせたでしょ⁈よくそれで国民から選ばれた議員になれたわね!クズ‼︎」

 

遠くで見ていた竜馬と律代は薺の激怒にちょっとだけ寒気を感じた。

 

「あれ……本当に薺お姉さん…?」

「ああ……多分…」

 

竜馬は改めて女を怒らせると怖いということを思い知るのだった。

 

 

 

 

ひとしきり、斎藤に怒りをぶつけ終わった薺はウィルスに感染してないかしつこく検査された。まあそれは律代も斎藤もあのCAも同じだろう。血液を取られた右の二の腕を見ていると、彼女の前に数台のトラックが列を成してやって来た。そこには英語表記で『ウィルファーマ』と書いてあり、薺は驚愕した。

 

「どうしてここに…?」

 

最初は疑問だけが募るばかりの薺だったが、次第に怒りの方が再び湧き上がってきた。トラックから降りてきた従業員らしき人物に薺は講義の声を上げた。

 

「ねえ!どういうこと⁈どうしてここにあのウィルファーマの薬があるの⁈」

「ワクチンのためですよ」

 

その答えは薺の後ろから聞こえてきた。振り向くと、クリーム色のスーツを着た男性が立っていた。その男性に薺はどこかで見覚えがあった。

 

「あなたは……確か…」

 

更に横から斎藤が現れ、得意げに説明を始める。

 

「彼はフレデリック・ダウニング。ウィルファーマ社で働く主任研究員だよ」

「さっきワクチンって言ったわよね?そんなの許可されてるなんて聞いたことないわ」

「残念だけど薺 、2人の言ってることは正しいわ」

「玲奈!」

「まあ……ついさっき認可されたばかりだから何とも言えないけどね」

 

玲奈はそう言って薺に説明を付け加える。

 

「斎藤氏はアンブレラ社から没収したJ-ウィルスでワクチン開発をフレデリック氏に頼んだ。そしてその研究の第一段階は国外で行われ、動物を使った臨床実験で成功し、ここにウィルスがあるってこと」

「ちょっと待って…!」

 

そこで秊が声を上げた。

 

「それなら……。それなら!」

 

秊は玲奈の胸ぐらを掴んですがりつくように怒鳴った。

 

「どうしてそのワクチンを先に持って来なかったの⁈それさえあれば、グレッグを救えたかもしれないのに…!」

「…それは…」

 

玲奈が事情を言おうとしたら、先にフレデリックがその事情を話してしまった。

 

「バイオハザードが起きた時点で持ってこようと思ったのですが、テラセイブのデモ講義が原因で持ってこれなかったんですよ」

「それは…!」

 

玲奈が言いたくなかった事を言ってしまい、薺の表情が一気に降下していく。そして少し震えた唇から漏れた声は非常にか細かった。

 

「それじゃあ……私たちのせい?」

「まあ、そういうことだろうな」

 

斎藤は全く悪びれる様子もなく、断言した。

いつもの薺なら、ちょっとは反論できたかもしれないが、今回ばかりは流石にショックが大きかったのだろう。1人フラフラと歩いてテントの中へと戻っていった。

竜馬が行こうとしたが、それを玲奈が止めた。

 

「ここは私の方がいいわ…」

「…それもそうだな……。女は女同士の方が、な…」

 

玲奈は頷いて、薺が入ったテントに自らも入った。

薺はパイプ椅子に座って、ずっと地面を見詰めていた。その痛々しい姿を見て、玲奈が声をかけようとしたら、独り言のように薺が口を開き出した。

 

「正しいと思ってやっていたことが逆効果だったなんて…ミイラ取りがミイラとは正にこの事ね…」

「それは違うわ、薺。悪いのはウィルスを使った連中よ」

「………」

 

玲奈がそう言っても薺のショックは打ち消すことは出来なかった。

玲奈は薺の隣に座り、話を続ける。

 

「丁度去年くらいよね?私たちの人生が狂ったのは……」

「…そうね。私なんかただ兄さんを探しに来ただけなのにね…」

「私はね…。あの事件のせいで1人…大切な人を失った…。その原因を作ったのも、殺したのもアンブレラ社…。だから私は誓ったのよ。必ずアンブレラを潰して、私の中にも流れている呪われたウィルスを葬るって」

「玲奈…」

「私や竜馬、薺のお兄さんは戦う事を選んだけど、薺は私たちと違って人を助ける……救済の道を選んだ。私とかには考えてもいなかった事を薺は実行した。だからそれを誇りに思って」

「………そうね。ちょっと気が楽になったかも…。ありがとう、玲奈」

「何言ってるのよ。あの地獄から生き残った仲でしょ?」

 

そう玲奈が言うと、薺は苦笑した。

そんな談笑中に突然地面が大きく揺れる程の爆発が3回起きた。

玲奈と薺がテントを飛び出すと、テントから少し離れたところで火の手が上がっていた。

急いで駆け寄るとそれはフレデリックが持ってきたJ-ウィルスのワクチンを積んだトラックが3台とも見事に燃え盛っていたのだ。火に飲まれて身体を燃やす従業員までいた。

すぐに自衛隊が消火器で消そうと試みるも、もう無駄だろう。

ワクチンは全て灰と化してしまった。

玲奈は唇を噛みながらも、呆然としているフレデリックに事情を聞く。

 

「何があったの⁈」

「突然……トラックが爆発して…」

「ワクチンは残ってんだろうな?」

 

焦った竜馬の声にフレデリックは冷静に応答する。

 

「残っているって……今回持ってきたのも社内でどうにかして掻き集めたサンプル品だったんですよ?」

「開発データは?」

「!まさかデータも…⁈」

「おい!いい加減奴らの目的は何なのか言ったらどうだ⁈」

 

ここで斎藤が業を煮やしたのか、玲奈に詰め寄る。

周りには事情を知らない人もいるため、玲奈は話すことにした。

 

「真実よ…」

「真実?」

「そう…。かつて東京で拡散したJ-ウィルスの開発に当時の政府関係者に謝罪させろってね」

「ちょっと待って!政府が関わってたって本当⁈」

 

秊がまさかの事実に声を上げた。

 

「根も葉もない事実さ。まあ…東京は核で吹っ飛んだから証拠となるものは全て消えちまったけどな」

「証拠なんてないし、政府が関わってた話も出まかせだ‼︎」

「この事態を引き起こした奴はそう思ってない。問題はそこよ」

 

すると、薺はこの事件がまだ前座なのではと思い、玲奈と竜馬に聞いた。

 

「その事をしなかったら?」

「J-ウィルスを日本中にばら撒くって脅迫文にはあった。タイムリミットは明日の午前0時…」

 

全員が一斉に時計を見た。

今時計の針は午後の8時を指している。

 

「あと4時間⁈」

「それにワクチンもない状態だぞ?何か手はないのか⁈」

「そういえば…犯人の特定は?」

 

フレデリックの発言に薺は1つ思い浮かんだ人物がいた。空港内でぶつかったあの人物だ。

 

「…1人だけ心当たりがある。空港にいたの。名前は広崎謙二」

 

ピクッと秊の肩が動いた。

 

「その男なら知ってるぞ。確か例のウィルファーマ社建設に唯一反対してた男だろう?それで不法侵入になって一度捕まった…」

「もし……その彼が未だに東京事件のことを調べていて、さっきの事実が本当だと信じ込んでいたら…この事件を起こした可能性も…」

「そんなはずない!」

 

突然薺の意見を真っ向から反対する声が響いた。

秊は震える口でその理由を述べるのだった。

 

「だって……広崎謙二は…私の兄よ!」



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第7話 彼が求めるもの

高崎謙二はある男から貰った空港の見取り図をもう1回見て、これから行う作戦の概要を確認した。今自分が行なっていることが単なるテロ行為であることは謙二が1番重々承知していた。

こんなことしても無駄になるかもしれない。だけれども…彼に残された手段はもうこれしか残っていなかった。

謙二はポケットに入れていた家族写真を取り出すと、それを机の上に置き、更に上に灯油をかけた。そして火を放ち、見取り図を焼き払うと同時に、銀色のアタッシュケースを持って実家を後にするのだった。

 

 

 

 

「兄はこんな事件を起こす人じゃないわ!」

 

秊はそう言って、実の兄の無実を訴えるが、現場の雰囲気は明らかに謙二が怪しいと思われていた。それでも懸命に秊は無実を訴えた。

だが…。

 

「そんなことを身内が言っても何の証拠にもならん!それに過去にウィルファーマを脅迫したじゃないか!」

「違うわ!あれはただ情報の開示を求めて、警備員と争って逮捕されただけで……!」

「生憎だが世間はそんなこと信用してくれんぞ?もし奴がこの事件の犯人じゃないと言うなら、今すぐここに呼んで弁明させろ!今すぐにな……っ!」

 

言い争いを繰り広げる2人だったが、突如として斎藤の方が黙り込んだ。原因は秊が物凄い形相で斎藤を睨んでいたからだ。秊は怒りを斎藤にぶつけることなく、無言で背を向けて玲奈たちから離れていった。

秊は自身の装備をチェックし、車の中に使えそうな武器を詰んだ。冷たいマシンガンを持って、激しく鼓動する心臓を落ち着かせるように息を吐いた。

すると、そこに玲奈がやって来てこう言った。

 

「兄さんに会いに行くには随分と守備が堅いのね?」

 

秊はまた無言のまま、車に乗り込んだ。

玲奈もやれやれと思いながら、同じく車に乗ったのだった。

車はちょっと早いくらいの速度で小高い丘の上をぐんぐん登っていく。もう既に時計の短針は11を回っていて、この道路を通る車も少ない。途中で1台、玲奈たちの車とすれ違ったくらいだ。

そうやって走っていると、丘の頂上辺りが(ほの)かにオレンジ色に染め上げられていたのだ。

 

「あそこは…!」

 

秊はアクセルを強く踏んで、オレンジに染まった丘へと車を急がせた。しかし着いた時にはもう手遅れで、秊の実家は赤々と激しく炎上しているのだった。

秊はこの光景にガクッと膝を落とし、(こうべ)垂れた。

玲奈が後ろからゆっくり近付くと、彼女は胸ポケットから1つの写真を取り出して、それをまじまじと見ながら話し出した。

 

「兄さんは去年から音信不通になっていた…。奥さんと子供を東京の事件で亡くしてからよ…」

「…それは気の毒ね…」

「でも……どうして兄さんが…」

「分からないけど、早く戻るわよ。多分、あのすれ違った車…あの中に秊の兄さんがいるはずよ」

 

秊はハッとした。確かにあの付近には秊と謙二の実家しかなく、他は生い茂った雑草くらいしかない。

 

「じゃあ…あれが……」

「兄さんが無実だと思いたくて…無意識のうちに見逃してしまったのね。竜馬たちと連絡を取るわ」

 

玲奈が無線で連絡を取ると、無線の先からは焦ったような声が聞こえてきた。

 

『玲奈か⁈』

「どうしたのよ?そんなに焦って…」

『高崎謙二が…空港内にいる…』

 

その無線の内容に…玲奈と秊は驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

高崎謙二はアタッシュケースを持って、たくさんの死体が山のように積み上げられた場所の横に立っていた。どうやってこの空港内に入ってきたか、竜馬には皆目見当が付かなかったが、とにかくここに戻ってきたということは、何か目的があるに違いなかった。

 

「高崎謙二!バイオテロの首謀者として逮捕する!そのケースを渡して投降しろ!」

 

自衛隊の呼びかけを聞いた高崎は俯かせていた顔を上げた。

その目は…赤く血走っていた。

 

「投降?するもんか…。俺は‼︎今日この場であの東京事件の真相を暴露しに来たんだ!ここで捕まるわけにはいかない‼︎」

「早く投降しろ!こちらには射殺許可が下りている」

「そうやってまた…真実を暗闇に葬り去る気か⁈そんなことさせない……。俺は悪魔に魂を売った…。“あの男”の言う通りにもした…」

 

竜馬は気になる発言を聞いた。

 

「あの男?おい!まさかお前……!」

「ここで……真実を明らかにするんだぁ‼︎」

 

謙二はアタッシュケースを開け、中に入っていた紫色の液体が入った注射器を腕に突き刺した。その瞬間に自衛隊は銃撃を開始した。

謙二の生身の身体に何百発と弾がめり込み、貫通していく。

 

「おい!止めろ‼︎あれは…!」

 

竜馬が必死に止めようとするが、銃声が大きく鳴るこの場で竜馬の声が自衛隊の耳に入ることはない。一通りの銃撃が終わったところで、銃声も止み、身体中に穴が空いた謙二は地面へと倒れた。

 

「……死んだか?」

 

1人の自衛隊員が呟いた。

竜馬はそれならいいんだがと思いながら、倒れた謙二の様子を(うかが)った。謙二の身体はピクリとも動かないため、自衛隊員の1人が死んでいることを確認するために謙二に近付く。

銃口でツンツン叩いても、生きてる様子は見られなかったため、隊員は隊長に問題ないと手を上げた。

その時……謙二の腕が動いた。

隊員は謙二から目を逸らしていたため、この事に気付かず、変異した謙二の右腕によって腹部を真っ二つにされた。

竜馬でさえも…あの手の変異は見たことがなかった。

肩からは突如として巨大な眼を出し、右腕は鋭くて大きい爪へと変わってしまっている。だが、謙二のあの血走った目だけは全く変わっていない。まるで半分かそれ以上が怪物で、それ以下が人間のまま……そんな風に見えた。

1人の自衛隊員が殺されたことにより、他の奴らは完全に恐怖に屈しそうになっていた。だが、隊長だけは違うようで、更なる命令を出す。

 

「う、撃て!撃ちまくれぇ‼︎」

 

そうやってヤケクソみたいな行動に出た。さっきまであんなに怯んでいた謙二も今ではろくに怯まず、ズンズンと前へと進んで、容赦なく殺していく。

竜馬の目に映っているのは紛れもない…真実を知りたいがために自らを滅ぼした…悪魔そのものだった。

 

 

 

 

玲奈は何度となく無線に応答をかけるが、竜馬からの返事は全くなかった。心の中で焦りばかりが募っていく。

 

「竜馬!なんで出ないのよっ」

「落ち着いて!あと10分もすれば空港に着くから!そこで…私がケリをつける」

 

玲奈は秊の発言に少し驚いた。さっきまで自分の兄さんは犯人ではないと信じていたはずなのに、たった数分で変わってしまっていたから…。

 

「あなたが…兄さんを逮捕するの?」

「いいえ。私が殺す」

「…あなたに殺せるの?」

「………」

 

秊は何も言わなかった。この調子だと、秊は謙二を殺せそうにないと思った。やはり…自分でやるしかないのかと思い、腰に収めている散弾銃に弾を込めた。

 

「ねえ、秊」

「何?」

「信じてるわよ。あなたのその覚悟を…」

 

秊はちょっとあっけに取られたような表情をしたが、すぐに小さな笑みに変えて更に車をスピードアップさせた。

この2人の女にはそれぞれの目的があった。

秊は血の繋がった兄の所業を止めること…。

そして玲奈は今も謙二と戦っているかもしれない竜馬を助けに行くこと…。

2人の決意は誰よりも強いものだった。



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第8話 狂気に飲まれた者

今回でIF story 1が終了…かも?
まだ続くかもしれません。
ともかくあと1、2話で終わるので投票の方、よろしくお願いします。


今日この日、竜馬は空港内に隠れることが出来る場所があって助かったと思った。飛行機が墜落して、あちこちに落ちている巨大な瓦礫や岩石でどうにか変異した謙二に見つからずに済んでいる。

今も自衛隊とやりあっているところだが、圧倒的に自衛隊が押されている。J-ウィルスなんだろうが、紫色だったため、恐らく強化したJ-ウィルスなのだろう。ただでさえ、普通のウィルスでさえ充分過ぎる脅威なのに、それを更に強化したとなると、あの謙二を倒せるかどうかはっきり怪しいと竜馬は思わざるを得なかった。

そこで竜馬は“あの2人”に連絡を入れておいたが、彼らが来るまで時間を稼がなくてはならない。要するに竜馬と残り少ない自衛隊員であの化け物を相手にする…ということだ。

隠れてばかりもいられない。自分もやらなくちゃならない。

竜馬はそう思い、自らの身体を奴の前に曝け出させて、その巨眼に弾丸をお見舞いした。謙二の巨眼からは白い体液が漏れ、もがき苦しんだ。しかし、すぐに謙二の目は竜馬に向き、標的とされてしまう。

 

「くっ……こっちだ!来い‼︎」

 

アンデッドと戦い慣れていない自衛隊員たちに代わって仕方なく囮になる竜馬。拳銃を天井に向けて撃ち、今の敵は俺だと挑発する。

謙二は大きく鋭い爪を振り回してくる。それは竜馬の頭上10cmくらいの場所を大きく空ぶった。

食らわなかったことを有り難く思いながらも、竜馬は今自分がどこに向かっているのか分かっておらず、勝手に自滅行為をしていた。

 

「……やば」

 

竜馬の前には墜落した飛行機の胴体部分が空港のロビーを塞いでいた。謙二は荒い息を吐きながら、まだ人語を話した。

 

「逃がさんぞぉ…」

「…こんなことして…妹さんが悲しむとは思わないのか⁈」

 

勢い余って言ってしまった発言だが、謙二の顔が微かに歪んだ。どうやら…こんな怪物になっても罪の意識はあるようだ。

 

「俺は………ぐっ⁈あっ、がああああああ‼︎」

 

何か言おうとしたところで謙二は突然苦しみだした。

 

「もう…ここまでか…」

 

そう……人間としての高崎謙二はこの瞬間に死亡したのだ。

そして…赤く血走った目はいつの間にか黒い瞳に変わり、大きく咆哮した。ここまでかと竜馬が思った時、1台の車が空港内に飛び込んできた。

 

「⁈」

 

車はスピードを緩めることなく、謙二の身体にぶつけ、竜馬が立つ場所より少し離れた壁に追突した。…謙二を巻き込ませながら…。

辺りに砂の粉塵が立ち、中にいる運転手は無事かと思っていると、運転席、助手席のドアが開いた。

そして聞こえてきたのは随分と暢気な会話だった。

 

「いいドライブだったわね」

「……兄さんを殺すのは私だと決めたんだから当然よ…」

 

降りてきたのは玲奈と秊だった。

竜馬はなんて2人だと思いながらも、駆け寄った。

 

「助かった。ありがとう」

「助けるのは当然よ」

 

「竜也の弟なら尚更ね…」と竜馬に聞こえないように付け足した。

秊は車と壁に挟まれた兄の謙二を見ていると、再び動き出した。この数トンの重さがある車を退かそうとする。が…それで車を引き摺って火花を散らしたせいで車は激しく爆発した。

 

「これでさよならか…兄さん……」

 

と秊は小さく呟いた。玲奈と竜馬は何も言わず、3人が背を向けた時…“奴”は更なる進化を遂げ、視界に捉えている3人に襲いかかった。

 

「⁈避けて‼︎」

 

と玲奈がどうにか気付いたが、結局は玲奈が竜馬と秊を押して庇ったような状態になった。

秊は更なる変異を遂げた謙二を見て、目を丸くさせた。

長かった長髪は全て抜け落ち、眼球も消えて、もはや異形としか言いようのない顔になっていた。変異した腕も更に肥大化、もう片方は異様に腕が長くなり、人間にはない尻尾すら生えてしまっていた。

玲奈はその長い腕で身体を掴まれ、思いっきり地面に叩きつけられた。

 

「がっ…!」

 

それを何度となく食らった玲奈は最後に投げ飛ばされ、壁に投げ飛ばされる。

 

「がはっ……」

 

力なく地面に倒された玲奈を助けようと、竜馬はやけくそになって拳銃を乱射するが、全く効くことはなく、竜馬は爪で上半身を軽く裂かれて吹き飛ばされた。

 

「ぐあっ…!」

「竜……馬……っ」

 

頭部から流れ落ちる血液の感触を感じながら、玲奈は遠くに倒れる竜馬に手を伸ばした。だが…その手が届くことはない。

2人があっという間にやられ、自分1人だけ残ってしまった秊。彼女が出来ることは銃を向けることだけだった。しかし、その引き金を引くことはない。秊でも何でか考えていた。

秊の頭では2つの可能性が回っていた。

1つは撃っても倒せるはずがない。

もう1つは…兄さんに弾を食らわせることに抵抗があるから…。

どっちが本当なのか分からないが、前者ははっきりそうだろうなと思っていた。怪物の域を超えてしまった謙二をただの銃しか持っていない秊一人で止めるなど…不可能だろう。

どうにかしてこの状況を打開する案はないかと考えていると、自分の無線から声が聞こえた。

 

『玲奈!玲奈⁈聞こえる?聞こえるなら応答して!』

 

薄れゆく意識の中、玲奈はその無線を取った。

 

「さ……え……」

『玲奈⁈大丈夫⁈時間ないから用件だけね!早く空港から出て‼︎空港は間もなく爆破される!』

 

それを聞いて、玲奈は意識を覚醒させようとする。ここで…死ねない…。その意識が増していき、限界に近い玲奈の身体を無理やり動かし出したのだ。

その頃、秊は相変わらず銃を向けたまま、硬直状態が続いていた。謙二はゆっくり…のったりと秊に近づいて来るが、不意に秊から視線を外し、地面に落ちている一枚の紙に目が行った。

それはあの焼け落ちた実家の外で拾った家族写真だった。いつの間にかポケットから出てしまっていたようだ。

それをじっくり見ている謙二だったが、再び苦しそうな咆哮を上げると、その声の中には謙二としての声が混じっていた。

 

「兄さん⁈」

「来るなぁぁ‼︎」

 

秊が駆け寄ろうとしたところを止める謙二。勝手に動く右腕を左腕で抑えたりと、もう意識は飲み込まれる寸前のようだった。

 

「止めろぉ!俺は…ぁ……こんな…秊を、殺したく……ぐ、あああああああああああ‼︎」

 

謙二の意識は再び怪物に飲み込まれ、秊はもう無理だと思い、構えていた銃も下ろしてしまった。謙二は右腕を高々と上げて、秊の命を奪おうとしている。そして振り下がろうとされた時、玲奈が2人の間に割り込み、ナイフを肩から生えた巨眼に投げた。

 

「玲奈!」

「今の高崎謙二にとって…あなたは種を繁栄させる唯一の鍵…。もう……彼は高崎謙二じゃない!彼は……死んだのよ…」

 

秊はここで始めて、謙二の死を悟った。

謙二は刺さったナイフを抜き、玲奈と秊を睨む。

 

「竜馬!」

 

玲奈が叫ぶと、竜馬は閃光手榴弾を投げた。3人は目と耳を塞ぎ、閃光手榴弾備えた。だが、怪物となった謙二にはあれが何なのか分かっていなかった。数秒後に、キィーーンという音が響き、謙二はその音に大きく怯んだ。

その隙に玲奈と秊、竜馬は空港の出口へと駆け出した。

暫く怯んでいた謙二も玲奈たちの後ろ姿を見て、周りの瓦礫や死体を吹き飛ばして追いかけてきた。

玲奈たちは懸命に走るが、間に合うかどうか…。

竜馬と秊で重傷を負った玲奈を抱えて、最後に一気に加速して、出口の方へと飛び込んだ。

 

「間に合えええええ‼︎」

 

竜馬はそう腹の底から叫んで、玲奈共々飛び込んだ。謙二の一撃は竜馬たちの背中の上で空振りに終わった。

その刹那、空港の天井が爆破によって崩れ、その瓦礫が謙二の身体に落下してきた。地震と思い違ってしまうほどの揺れが起き、秊は出口の方を見た。もう謙二の姿は見えない。

これで終わったのだと…秊は思いながらも、最後の家族の死に…まだ向き合えていなかった。




この章が終わったら、アンケートで1番多かったストーリーを執筆します。
それと後にまた新しいアンケートを取るかも…。


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第9話 不穏な動き

IF story1、終了です。



空港ロビーが完全に崩れ落ち、謙二の姿はその瓦礫の下で潰されてしまったと竜馬たちは思っていた。仮に生きていたとしても、この量の瓦礫を退かすことなど不可能だ。

荒い息を吐きながら、自身の側に倒れたまま目を開かない玲奈を抱え、上空から降りてくるヘリに秊と共に乗る竜馬。

 

「何で早くあそこから出てなかったの⁈」

 

ヘリに乗って開幕紗枝の怒鳴り声がヘリの中に木霊した。

竜馬は耳を抑えたい気分だったが、まずは玲奈を早く治療するのが先だった。一応応急手当てをして、すぐに病院に向かおうと思った時…“奴”の声が崩れた瓦礫の方から聞こえてきた。

 

「……まさか…」

 

ヘリのプロペラでも掻き消されない程のはっきりとした声に、竜馬たちは戦慄した。ヘリのドアを開け、そこから空港を見ると…小刻みに瓦礫が動いているのだ。その状態が数分続いた後…本当の悪魔がこの世に降り立った。

全ての瓦礫を吹き飛ばし、そこから現れたのは…異形の怪物だった。元々人間らしさがどことなくあった謙二の身体は既に無くなり、身体はまるでヒルやミミズのような環形動物の身体へと変貌。肩にあった巨大な眼球は健在、しかし身体中にその赤く血走った眼球が備わり、それぞれが別々に動いて不気味さを一層増している。そして何より驚いたのが、口だった。真正面から奴を見たら、その大半は巨大な大口だけが見れる。ドロドロとした液体を吐き出し、全てを飲み込まんとする悪魔の大口…。

その異常とも呼べる体形に全員が固まった。

 

「何……あれ……」

「どうやら……あそこに置いてあったアンデッドの死体を食らったようね…。それでめちゃくちゃな変異が起きて、ただの怪物に成り下がってしまった…」

 

玲奈は痛む身体を起こして、そう解説した。

 

「どうすんだ、あれ⁈あれじゃ生半可な武器じゃ倒せないぞ⁈」

 

そう竜馬が言っている間にも、奴はノソノソと動き始める。

動きこそ遅いが、それでもあの巨体だと充分過ぎる脅威だ。

空港近くでテントを張っていた自衛隊員たちはやって来る悪魔に構わず銃弾を撃ち込んでいく。しかし、そんな弾では奴を止めることなど出来ない。

奴はその目に映る全ての人間を食らうつもりだった。身体から触手を何本も出し、自衛隊員たちを掴むなり、その大口に放り込んでいく。何回か咀嚼(そしゃく)した奴は食い終えた自衛隊員たちを吐き出していく。その度にまた身体だけが成長していた。

 

「くそっ!やりたい放題じゃないか…」

「……っ!」

 

それを見ていた秊は上空を飛んでいるヘリの上から飛び降りた。

 

「秊‼︎」

 

秊は左腕で地面に落下した時の衝撃を和らげたが、左腕は自身でも分かるくらいゴキッという音を響かせて折れた。その痛みを堪えながら、醜い姿へと変わってしまった謙二の元に駆け寄る。

その頃には奴はこの辺りにいた自衛隊員たちを全員食い終えていて、辺りは血と肉片が乱雑に広がる地獄絵図と化していた。

その光景ととんでもない悪臭に秊は吐き気を催したが、それも堪えて、大きな声で叫んだ。

 

「謙二ぃっ‼︎」

 

聴覚はまだ残っているようで、奴は秊の方に1つの眼球を向けた。更にゆっくりと大口を秊の方に向けた。

 

「もうやめて‼︎お願い‼︎謙二がしたかったのは真実をみんなに伝えたかっただけ‼︎こんな殺戮を繰り返す必要はないの‼︎お願いだから……もうやめてえええ‼︎」

 

秊は自分の全てを出し切るくらいの想いで謙二に叫んだ。

謙二はそれを黙って聞いていたが、すぐに咆哮を上げ、触手で秊の身体を掴んだ。

 

「兄……さん…」

 

捕まった時点で秊は何もかも諦めていた。

ここで自らの命は終わった…。そう思った。

が、一発の銃声が響き、秊を拘束していた触手が解放された。

地面に落ち、誰が撃ったのか見てみると、そこには散弾銃を構えて立っている玲奈の姿があった。

 

「玲奈…」

「こっちよ!」

 

玲奈は秊を立たせて、急いで走り出した。後ろからは何本もの触手が後を追いかけて来ている。避けてはいるが、玲奈の肩を掠めることもしばしばあった。

 

「くっ!」

 

玲奈と秊は車の影に隠れる。玲奈は散弾銃に弾を込めているが、秊はほぼ放心状態だ。この状態で逃げるのは厳しいし、2人で倒すのも無理があると考えた玲奈は1つの賭けに出た。

 

「秊、手榴弾ある?」

「……」

「秊‼︎」

「あるわ…」

「全てよこして」

 

秊から合計五個の手榴弾を受け取った玲奈は車に乗り、アクセルを全開にして奴の大口の方に突っ込んでいく。

その間にも奴は触手を使って、玲奈が来る前に殺そうと仕掛けてくる。何度も触手が車にぶつかり、その度に激しく揺れるが、玲奈はそれでもアクセルを緩めることはない。

そして玲奈はそのまま大口の中に車を突っ込ませた。そこで手榴弾を爆破させ、こいつの身体を内部から吹っ飛ばそうと考えていた。

が、事はそう上手く運ばなかった。

車の後方窓ガラスが割れたと思ったら、玲奈の左肩にあの触手が突き刺さって、貫通していたのだ。

 

「あぐっ…⁈ぐぅぅ…‼︎」

 

既にピンに指をかけている玲奈だったが、抜こうか迷ってしまっている。今この状態で抜けば、間違いなく玲奈は奴と共に吹き飛ぶ。だが抜かなければ、車は徐々に大口で挟まれ潰され、玲奈だけが死ぬ。

どっちにしろ、玲奈は死ぬ。

そう思ったら、玲奈は気が楽になった。まだ伝えきれてない気もするが、玲奈の目的はこいつを殺すことだ。自分の命などそんなに大切なものではない、そう思った。

 

「……ゴメン、竜馬…」

 

玲奈は目を閉じて、ピンを抜いた。

その時、誰かが後ろから車に乗ってきた。目を閉じていた玲奈にはそれが誰なのか分かっていなかったが、目を開けると…信じられない人物がいた。

 

「バカ野郎!」

「竜馬…、ってバカはどっちよ!早く逃げて‼︎手榴弾が…!」

「お前を置いていけるかよ‼︎」

 

竜馬は必死になって、玲奈の肩に刺さる触手を抜き、グッタリした玲奈を抱えて車の外に出る。それでも竜馬足を止めることなく、急いで奴の側から離れる。

そして最後に…大きな爆発が奴の身体を吹き飛ばした。

肉片が周りに飛び散り、あの(おぞ)ましい姿の片鱗も残さないくらい…無残に消し飛んでいた。

竜馬は玲奈を抱えたまま、その死骸を見て、安堵の溜息を吐いた。

すると、玲奈が小声で言った。

 

「…ありがとう、竜馬……き」

「え?今何て……」

 

竜馬が再び聞きなおそうと思った時には、玲奈は疲れか痛みかそのままスヤスヤと寝息を立ててしまった。

竜馬はそんな玲奈を見て、溜息を吐きながらも優しい目を向けた。

 

「全く……無茶ばかり…」

 

そう…呟く竜馬であった。

 

 

 

 

その頃フレデリックは自身の会社の入り口辺りで、とある人物を待っていた。彼の持つケースにはJ-ウィルスの開発データにワクチンの生成方法が入っている。それをフレデリックは売ろうと考えていた。

 

「お、来たな」

 

黒い車がやって来て、そこから夜だというのにサングラスをかけた男が現れ、そのケースを掴んだ。

 

「さあ、約束の金を…」

「待て。すぐに渡してやるさ…」

 

男は車に戻ると思いきや、腰から拳銃を抜き、フレデリックの頭部を撃ち抜いた。

男は拳銃を捨て、無線で報告する。

 

「フレデリックは始末した。後片付けは任せるぞ」

 

そう言うと、どこからともなく大勢の傭兵が現れ、フレデリックの会社:ウィルファーマ社へと入っていく。

男は眉毛の上に付いている傷跡を撫でながら、この場を後にするのだった。

 

 

 

 

その翌日、玲奈の入院する病室の中には重苦しい雰囲気が流れていた。その原因は竜馬が買った今日の新聞に原因があった。

内容は『ウィルファーマ社、謎の大爆発‼︎危険ウィルスのサンプル、ワクチンが共に紛失!』と銘打たれていた。あの後、ウィルファーマ社は社長のフレデリックと共に爆発して、何もかも失ったのだ。一旦はフレデリックが黒幕だと分かったが、それも更にその上にいる何者かによって証拠ごと消されてしまった。

もどかしさが残る中、ガラガラと病室の扉が開いた。

 

「秊…!」

 

なんとやって来たのは昨日、地獄を共にし、兄を失った秊だった。表情から見てもそこまで辛そうな感じには見えなかった。

 

「玲奈、傷の具合は?」

(あばら)が折れただけで大丈夫よ。このくらいの傷は慣れてるし」

「そう。なら良かった」

「……そういえば、自衛隊…続けるの?」

 

玲奈がそう聞くと、秊はちょっと複雑な表情をした。

兄の他にも秊はたくさんの同僚を失い、辞めるのではないかというのが玲奈の憶測だった。聞いてはいけないことだったのかもと玲奈が思っていると、秊は高々と笑い出した。

 

「何言ってるの?続けるわよ!だって私には、人々を守ること以外何も出来ないもの…」

「秊、頑張ってね!」

 

秊はその後すぐに部屋を出て行った。

全く変わってないどころか、むしろ決意が強くなった気がした。

 

「私たちも…早く本当の黒幕を突き止めないと…」

 

玲奈の言葉に竜馬、紗枝、海翔はしっかり頷くのだった。

もう、あの惨劇を繰り返さないために…。




次回アンケート結果発表につき、アンケート一位のストーリーを執筆します。


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IF Story2 狂気の村
第10話 アメリカへ


投票の結果、バイオハザード4(ゲーム機)が1位となりました。
たくさんの投票、ありがとうございました!
今回から4のストーリーです。
それではどうぞ。


アメリカ南西部のにある小さな小さな村…。そこはいつも重苦しくて分厚い雲がかかり、地元の住民も滅多に近寄らないところであった。

それでも怖い物見たさで訪れる人も少なくない。だが、その村に行ったが最後、その人物は謎の失踪を遂げてしまう。

村に何度となく、役所の人間が立ち入り調査に行ってはいるが、特に変わったことはなく、この数年間で行方不明者は3桁以上にまで上っていた。

しかし、ある時からその村に関して、こう噂され始めた…。

 

 

 

あそこには…化け物…いや、悪魔が住み着いている‼︎

 

 

 

と…。

 

 

 

 

「はあっ‼︎」

「せぇい‼︎」

 

玲奈と紗枝は大きな声を出し、自らの拳を相手にぶつけた。

玲奈のは腹に、紗枝のは頰を捉えた。お互いに怯みはしたが、すぐに距離を取り、相手の行動を待つ。

その間に玲奈は殴られた頰を軽く触った。

 

「ふっ…良いパンチだったわね」

「そっちこそ…中々痛いものだったわよ?」

 

そう言って、構え直すと、玲奈が先に動いた。

横からでも後ろからでもなく、真っ正面から向かっていき、蹴りを紗枝の側頭部に直撃させる。

 

「っ‼︎」

 

意識を奪われかねない強烈な一撃に紗枝は倒れかけるが、意識をしっかりと持ち、がら空きになった腹にお返しと言わんばかりに拳をお見舞いした。

 

「ぶふっ!」

 

この蹴りを耐えれると思っていなかった玲奈は完全に油断していた。そこに漬け込んだ紗枝は一気に畳みかけた。

肘でもう一発玲奈の腹を殴り、更に蹴りを加える。

足元がフラフラの状態の玲奈に止めを刺そうとした紗枝は、玲奈の髪を容赦なく乱暴に掴んだが、それは間違いだった。

玲奈は掴まれたままで紗枝の額に頭突きをした。

 

「あぐっ⁈」

 

これには堪えた紗枝は一気に形勢を逆転される。

玲奈は素早く背後に回って、足を引っ掛けさせて転ばせると、上に乗って紗枝に攻撃出来ないようにした。

 

「はあ、はあ…。参った?」

「はぁ…はぁ…。ちくしょーーー!」

 

紗枝は悔しそうに地面の上で横になった。

玲奈も床に尻を付いて、疲れたような荒い息を吐いた。

 

「お疲れ様。私に勝つなんて10年早いわよ」

「キーーー!ムカつくぅ‼︎」

 

そうやって2人が言い争っている様子を見ている竜馬と海翔はうつつを抜かしたような表情をしていた。

まあ実際、2人とも玲奈と紗枝の訓練を見て、見惚れていたのだが…。玲奈も紗枝もずば抜けて美人で身体つきも良い。しかも汗で火照った身体は見るだけでも、男である竜馬たちは興奮してしまうだろう。海翔など、鼻血が出そうな程だった。

そんな2人の後ろに1人の男が立つ。

 

「良い眺めだな、お前たちは…」

「ああ…本当…。仕事じゃなければ襲いかかってるぜ…」

「同じく…」

 

そこまで言って、2人はこの声の主が誰だか気付いた。

振り返ると、逃げ出した智之の後ろ姿がはっきり見えた。激昂した竜馬たちも奴をぶん殴ってやろうと、立ち上がると……背後に殺気を感じた。

ブルリと背筋がゾクゾクする程の殺気を放っているが誰なのかは言うまでもなかった。ゆっくりと振り返ると、玲奈と紗枝の2人は腕を組んで、背の高い男2人を見上げていた。見下すのではなく、見上げるという動作なのに、2人は圧倒され、言葉も発することが出来なかった。

そして、玲奈と紗枝の怒りの声が響いた。

 

「「この変態‼︎」」

 

同時にバチンという音が訓練所に響くのだった。

 

 

 

 

玲奈に散々な程やられた竜馬はコーヒーを片手に屋上にいた。アイスコーヒーでヒリヒリに腫れた頰を冷やすが、むしろそうした方が痛かった。

 

「全く…玲奈の奴…容赦ねえんだから…」

 

そう呟きながらコーヒーを飲むと、不意に隣に誰かの気配を感じた。

 

「ぶっ!れ、玲奈⁈いつの間に⁈」

「ついさっきよ。…痛すぎて他のことも耳に入らないわけ?」

「っ」

 

何も言い返せない竜馬は残りのコーヒーをぐいっと飲み込んだ。

玲奈もコーヒーを飲んで、先程の訓練の疲れを癒す。

すると竜馬は唐突に玲奈に『あの時』のことを聞いた。

 

「あのさ…」

「なに?」

「空港での事件で俺が助けた時…なんて言ったんだ?」

 

それを聞かれた玲奈は少しの間ポカンとしていたが、すぐに思い出したのかカァーと顔を赤くさせていった。

 

「い、いいいや⁈何も言ってないよ!」

「嘘だ。絶対に言ってた」

 

竜馬に詰め寄られて、吸い込まれるような瞳に玲奈は釘付けになる。

玲奈は…竜馬が好きだ。だがその恋心は死んだ彼の兄、竜也と瓜二つの顔や竜馬自身の性格で出来たもので、本当に彼自身が好きなのかと言われると、はっきりしていなかった。

未だに竜也の死を引き()っている玲奈にとっては、大きな問題であった。

 

「で、どうなんだ?」

「わ…私は……」

「俺は、好き……だぞ…」

 

玲奈から少しだけ視線を逸らして、確かにそう言った。

聞き間違えではない。玲奈も更に顔が熱くなり、心臓の鼓動も更に早くなった気がした。

玲奈も何か返事をしなければと思い、口を開きかけた時、ポケットの中の無線が鳴った。

なんてタイミングが悪いんだろうと2人は思いつつ、その無線を取った。

 

「紗枝?どうしたの?」

『上からの命令が来たの。今すぐ準備して。竜馬もいるんでしょ?彼もよ』

「どこに向かうって言うの?」

『…私と玲奈と竜馬でワシントンD.C.に発つ』

 

それを聞いた時、2人が驚かなかったはずがなかった。

 

 

 

 

翌日、玲奈と竜馬、紗枝はスーツケースを持って、修理されきった件の空港にやって来ていた。その3人の見送りとして、海翔と智之が来たのだが、海翔はブツブツと小さく文句を言い続けていた。

 

「何で俺だけ……」

「“俺だけ”じゃなくて、俺たちだろ?俺だってアメリカ行って、美味い飯をたらふく食いたかったのによ…」

「2人とも、遊びじゃないのよ?」

 

紗枝がそう言って、2人を宥める。

智之はふざけているだけだろうが、海翔は恐らく紗枝と離れ離れになるのが単純に嫌なだけなんだろう。それを察したのか、紗枝はスーツケースを竜馬に渡して、海翔の方に駆けていく。

 

「海翔、大丈夫よ。すぐ戻ってくるから…」

 

そう言っても海翔は元気を取り戻さない。

はあと溜息を吐いた紗枝は周りに自身の関係者しかいないことを確認した後に、海翔の唇に自らの唇を重ねた。

 

「ん…」

「……」

 

一瞬の接吻(せっぷん)であったが、紗枝はかなり顔を赤くして、俯きがちに海翔に言った。

 

「こ、これでいいでしょ⁈ほら!玲奈も竜馬も急ごう!飛行機に間に合わないから!」

 

海翔はポカンとしたまま固まり、玲奈と竜馬もやれやれと言った感じだった。

しかし…玲奈はこの時、竜馬とあんな風に出来たらな…と心のどこかで思った。だが、そういった想いを溢れ出させると、いつも竜也のことが記憶に蘇って、その想いを塞ぎ止めてしまう。

玲奈は気付いていないかもしれないが、その時の思い詰めた表情は竜馬に丸見えだった。竜馬もあの東京事件で、怪物となっていた竜也を見た玲奈の動揺っぷりは見ていたから、なんとなくその気持ちに気付いていた。

自分は兄の代わりにはなれない。

そう思うと自らの不甲斐なさを感じてしまう。

そんなことをずっと考えていると、飛行機はゆっくりと離陸を開始する。そこで竜馬は思い出して、思わず声を上げてしまう。

 

「あ……あーーーーっ‼︎」

 

隣にいた玲奈はビクッとして、竜馬の方を見た。

 

「な、何よ!ビックリした…」

「酔い止め薬忘れた…」

「え……それってまさか…」

 

飛行機は着実に空の航行を開始しようとしている。

その後、竜馬は飛行機の中で荒れに荒れ、完全にダウン状態となってしまった。




4のストーリーですが、元々かなり長いので、ストーリー自体はかなり改変すると思われます。
ご了承を。


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第11話 大統領からの頼み

飛行機に乗って降りてからも、玲奈たちが抱えた問題は竜馬の乗り物酔いだった。

飛行機の中では大体トイレに篭っていて、降りた後でも完全に死にかけ状態である。そんな彼を見る同僚の玲奈と紗枝はやれやれと溜息を吐きたくなった。

現在、竜馬はベンチに座って虚空を見つめている。

 

「それで?迎えはいつ来るの?」

「あと2分くらいよ。まあ先にこの荷物を預けるのが先かな?」

 

玲奈はふーんと言って、再び竜馬の方を見た。

口元を抑えて、今にも嘔吐しそうなところをどうにか堪えている…といった状態か…。息も荒く、とても辛そうに見えた。

心配そうに見つめる玲奈を見ている紗枝は、ちょっと冗談を入れてこう話し出した。

 

「気になるの?竜馬が」

「なっ⁈そ、そそそそんなこと……!」

「冗談よ。玲奈は竜馬よりも死んだ竜也の方が好きだったんだものね…」

「え……」

 

どうしてその事を…と思ってしまった玲奈は暫く間の抜けた表情をしてしまう。

 

「分かるわよ。東京事件の時に怪物になった時の玲奈の動揺を見れば……。あれは好きな女性がする行動だってすぐに分かった」

「あ………」

「玲奈の気持ちは分からなくないわ。私だって海翔に弟か兄がいて、本当に似てたら惚れちゃうかもしれない。でもね、玲奈…竜也はもう死んだの。いい加減忘れよう?そうしないと…自分が好きなんだと勘違いしてる竜馬に失礼よ」

 

玲奈は何も言えなかった。ここまで紗枝に見透かされていたなんて、想像していなかった。

そんな話をしていると、空港の前に黒一色でメタリックの車が玲奈と紗枝の前に止まった。運転席から男性が現れ、玲奈たちに車に乗るよう勧めてきた。

 

「竜馬を連れてくる。待ってて」

 

玲奈はグッタリしたままの竜馬の腕を自身の首の後ろに回して、右肩を貸して一緒に歩き出す。

 

「悪い……玲奈…。こんな様で…」

「良いのよ。乗り物酔いとか、苦手なことは誰にだってあるわ」

 

そう……私にも…、と玲奈は言いかけたが、喉の奥底にしまい込んだ。苦しそうな竜馬の表情は、ハイブで感染し始めて、もがき苦しんだ竜也の姿と瓜二つで、自然と見惚れてしまう。

玲奈は思い出したくない記憶をしまおうと彼の顔を視線から外した。

そして…改めて感じた。

やはり…竜也のことを忘れるなんて…無理だと…。

 

 

 

 

それから車はかなり早い速度で動き出した。背中がシートにずっと付いてしまう程の速度で、こんなに速度を上げて良いのかと思うほどだった。心配になったのか、紗枝が質問する。

 

「ねえ!そこまで速度上げて大丈夫なの⁈」

「ここはアウトバーンです」

「要するに?」

「制限速度がない道路なんです」

「なるほど」

 

これで納得した2人は安心した。だが、竜馬は未だに酔いが直っていないのか、数分に一回の割合で「うぷっ」と声を漏らしている。

 

「あんたねえ、そんなに乗り物苦手だったっけ?」

「ふ…普通の車なら…良いんですが、こういう…早い車だと……うえっ…」

 

玲奈と紗枝は再び大きな大きな溜息を吐くのだった。

それから3人はホテルではなく、とある場所に連れてこられた。

そこは誰しも知っている場所であり、今回玲奈たちを呼んだのが誰かも予想出来てしまった。

 

「ここは…」

「ホワイトハウス…ってことは、依頼人は…」

 

玲奈が運転手を見ると、頷いてから言った。

 

「アメリカ合衆国大統領でございます」

「えほっ…まさか、アメリカ1のお偉いさんから依頼だとはな…。面倒な依頼じゃなければいいが…」

「……そうね」

「こちらです」

 

玲奈たちは何の証明書も見せることなく、ホワイトハウスの中へと入ることが出来た。こんなことは人生で1回出来ただけでも滅多なことだろうと竜馬は思った。

玲奈と紗枝は自分たちをチラチラと見てくるスーツ姿の男たちを不快に感じていた。男たちが見るスタイルは2種類あった。

1つは完全に邪魔者…または怪しそうに見る…。

もう1つは完全にいやらしい考えで見てくる男たち…。

玲奈は慣れている…と言ったら聞こえが悪いかもしれないが、あまり気にはしていない。紗枝の方はまるで猛獣のような視線を向けて、男たちを威嚇していた。

そして、3人はとある部屋に通された。広さはBSAAのオペレーションルームの2倍くらいで、中央に何とも柔らかそうなソファが2つ、テーブルを挟んで置いてあり、そのソファに…大統領が座っていた。

 

「よく来てくれました!私は大統領のベン・グラハムです」

 

大統領から近付こうとして来ているのに、近くのSPが間に割り込み、玲奈が何か武器を隠し持っていないかチェックを開始した。だが、その触り方は明らかに下品さを持っていた。

SPの手が玲奈のお尻に触れかけた時、玲奈は我慢の限界を迎えた。

SPの腕を掴んで、そのまま逆方向に捻り上げると、地面に組み倒してしまった。この行動は流石にマズかったか、他のSPは玲奈に拳銃を向けた。

 

「やめんか‼︎」

 

だが、ベンの怒声により、SPはビクッとして思わず大統領の方を向いてしまう。

 

「彼らは私の客人だ!手荒な真似はするな‼︎それにお前、身体検査を装って、何をしようとしていた⁈おい!このクズ野郎をここからつまみ出して警察に送れ!」

 

そう怒鳴ると、玲奈が倒したSPは手錠をかけられ、そのまま連行されてしまった。

3人はベンの大胆な行動に舌を巻いてしまった。

普通、こういう不祥事は握り潰すものだと、玲奈は思っていたから尚更だった。

 

「すまない。彼らは自分たちがエリートだと思い込んでいるんだよ。だから何をされても許してもらえる…。アメリカも落ちてしまったものだ…」

「…そうね」

「話が逸れてしまった。本題に入ろう。座ってくれ」

 

3人は勧められるがままにふかふかのソファに座った。

 

「それで?私たちを呼んだ理由は?」

「…実は、私の一人娘が誘拐されてしまったんだ」

「誘拐…」

 

それを聞いた時点で玲奈は一瞬帰ろうかと思った。何故ならBSAAは人を探す部隊じゃなく、世界をバイオテロから救う部隊だ。役割が違う。

 

「その娘が連れ去られた場所なんだが…南部にある村で、そこはここ最近『怪物』が出てくると噂があるんだ」

「怪物?」

「それが何なのかは我々が行った調査でも分からなかった。だから最初はそこに人員を派遣した。だが、彼らは初日で全滅した。……顔がぐちゃぐちゃになる程に潰されてね…」

「なるほど…。怪物の噂に、無惨になった死体…だから俺らBSAAの仕事って訳ね」

「その通りだ。娘を助け出して欲しいんだ!頼む…!」

 

その必死さに玲奈は感銘を受けた。

 

「大統領、その娘さんの写真とかは?」

「ああ、これだ」

 

内ポケットから出した写真には金髪でショートカットの女性が写っていた。玲奈はそれを取って、ベンに言う。

 

「大統領の言いたいことは分かった。でも、条件があるの」

「何でも言ってくれ」

「報酬は要らない。…今まで色んな人と会ってきたけど、いつもお金をくれる。私たちはお金目的でこの仕事をしているわけじゃないから」

「分かった。手数をかけてすまない。それと、これがその村の調査結果だ」

 

何十枚とありそうな書類の束は竜馬が受け取ったが、げーと言いたそうな表情を作っていた。

 

「約束するわ、娘さんを必ず助け出すって」

「よろしくお願いします」

 

そう言って、玲奈たちはホワイトハウスを後にした。

 

 

 

 

ホテルで飛行機に乗った疲れと今日の話し合い?的なものでの疲れと2つの疲労をシャワーで洗い落とす玲奈。ホテルのバスローブを着て、濡れた髪を拭く。

テーブルでは、大統領から渡された書類と睨めっこしている竜馬と紗枝の姿があった。

 

「シャワー、空いたわよ」

「じゃあ私が先に入るわ。汗ベトベトで嫌なの」

 

紗枝がシャワーに行って、玲奈と竜馬だけになる。

ちょっと気まずい…と思ったが、竜馬は書類を見るのに夢中でそう思っていたのは玲奈だけだった。

 

「どう?」

「どうも何も……情報が全くない。その村の起源、発祥、人口、総面積…その他も曖昧な数値ばかり。これじゃあ、その村に行くしか確かめようがない」

「最初からそのつもりだけどね。私が行って…」

「おっと、玲奈。それはダメだ」

「えっ⁈」

 

竜馬の発言に玲奈は驚きの声を上げてしまった。

 

「どうして⁈」

「どうしてって…まだ傷が癒えてないだろ?お前。それに玲奈は目立つ」

「目立つって…」

「仮にこの村に娘さんが捕らえられているとしたら、俺らが探しに来たとバレないようにしなくちゃいけない。隠密行動が必須になる」

「でも…」

 

心配そうな表情をする玲奈を見た竜馬は、彼女の手を握って優しく言った。

 

「俺は死なない。約束だ」

「……分かった。でも約束破ったら許さないから」

 

そう玲奈が言うと、彼女の顔が徐々に近づいて来るのが分かった。

あとほんの数mmといったところで、紗枝がシャワーから出てきた。

 

「はあー!スッキリ!…って、どうして2人ともそんなに顔赤いの?」

 

その答えを竜馬も玲奈も返すことは出来なかった。




次回、竜馬が村へ


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第12話 怪奇の村民

竜馬は出来るだけ軽い装備を身につけて、ホテルの前で大統領が手配してくれているはずのパトカーを待っていた。いつもなら拳銃1つにナイフ1本という装備以外は身につけていない。

だが、今回の目的はBOWの殲滅ではなく、大統領のご息女を救出することだ。なのに、ドギツイ装備をぶら下げて、そんな得体の知れない村へと赴くのは危険と言える。

万が一のため無線は携帯しているが、竜馬の見送りのためにと彼の前に立つ玲奈の表情は昨日とあまり変わっていなかった。要するに…心配でしかないのだ。

昨日、自分でも大胆な発言をしたなと思いつつ、竜馬は苦笑した。

こんな格好つけて上手く行ったことなんてあったっけ?と。

そう思っていると、1台のパトカーがやって来た。

どうやら出発の時間のようだ。

 

「じゃあ、行ってくる。何も無かったらすぐ戻る」

「分かったわ。ほら、玲奈!いつまでもくよくよしてないで何か言ったら…」

「……気をつけてね?」

「っ‼︎」

 

上目遣いで顔を赤くして言っている玲奈に竜馬はドキッとした。

 

「あ、ああ…」

 

それだけ言って、竜馬は急いでパトカーに乗り込んだ。

実際今竜馬の心臓ははち切れんばかりに激しく鼓動している。

これだから天然は困ると竜馬は思いながら、軽い気持ちで(くだん)の村へと連れて行ってもらうこととなった。

だが…竜馬はこの時ちっとも分かっていなかった。

今から向かう村で…自身と玲奈の運命を大きく変えることを…。

 

 

 

 

パトカーの中で揺られて…もう2日は経とうとしている。

今更ながらだが、途中まで飛行機で行って、そこからタクシーか何か捕まえて行った方が早かったのではとも思えてきた。どうしてパトカーでそのまま行くのか……アメリカの考えは全く理解出来なかった。

 

「そういや…今更だけどさあ…」

 

唐突にパトカーを運転する警官に声をかけられた。

 

「あんた、あんな辺鄙(へんぴ)な村に何しに行くんだ?」

「行ったことがあるのか?」

「あるよ。とても雰囲気が暗い村でねえ…。本当に人が住んでいるのか怪しいレベルさ」

「でもいるんだろ?」

「ああ。変な奴らさ」

「変な奴ら?」

 

それが何なのか聞こうとした時…竜馬の視界は赤で染まった。

パトカー付いている頑丈なフロントガラスが…粉々に砕けて、運転してた警官の額を手製の槍で貫いていたのだ。

 

「な、なにっ⁈」

 

もちろん運転するものがいなくなったパトカーは暴走状態だ。死体となった警官がアクセルを踏み続けて、加速していくばかり。

竜馬は死体を退かして、急いで止めようとしたが、もう遅かった。

崖…ではないが、丘らしき場所からパトカーは落下し、竜馬の意識もそこで一旦途絶えてしまうのだった。

 

 

 

 

「ぐっ………痛…」

 

少しだけ痛む頭を抑えて、上体を起こした。

どれだけ落ちたのだろうか…。竜馬の目の前にはぐちゃぐちゃで原型を留めていないパトカーがあった。まだ運転席には警官の死体がある。だが…どうやって防弾性で頑丈なフロントガラスをあんなチンケな槍で貫通出来たのだろうか?

竜馬はそれが疑問であったが、今はまず玲奈たちに連絡して、どうするか検討しなくてはならなかった。

 

「玲奈……玲奈!」

『竜馬、どうしたの?まだ村には着いてないでしょ…』

「警官が殺された」

『殺された⁈どういうこと⁈』

「突然手製の槍が飛んできて…警官の頭を貫いたんだ。それよりも問題は…俺はどうしたらいいかだ」

『そうね…。もし…近くに例の村があるなら行って、そこで一晩過ごせば?私たちがすぐ迎えに行くわ』

「それがベストだな…。飛行機で途中まで来いよ?」

『分かってるわよ』

 

そう言って無線連絡は終わった。

竜馬も早く村に行かねばならない。厚い雲が覆っているからか、もうすぐ夜になるのではと思ってしまう。竜馬も流石に野宿は勘弁だった。

 

「…はあ、泣けるぜ…」

 

最悪の状況に陥った竜馬は、そう呟くのだった。

 

 

 

 

荒れ果てた獣道をひたすらに進んでいくと、1つの建物を見つけた竜馬は一応泊めてもらえるか確かめようと家の扉を叩いた。

だが、全く返事無かったため、やむなくお邪魔した。

 

「おい、誰かいないのか?」

 

そう言って、リビングの方に向かう。暖炉には薪があって、火が付いていた。家主はそう遠くには行っていない。ではどこに?

そう思いながらも、勝手に家の中に留まっているのも悪いと思い、退散しようとした振り返ったその時…。

キラリと光る刃が自身に飛んでくるのがはっきりと分かった。

竜馬は攻撃を左に避けて、相手が何者か確認する。

目の前にいたのは、斧を持った初老男性だった。しかし、その瞳は赤く光り、明らかに外部の人間に殺意を抱いている様子だった。

 

「動くな‼︎」

 

竜馬はそう叫んで、相手に拳銃を向けた。

なるべく騒ぎを広めたくないため、撃ちたくはないが…。

しかし、老人は拳銃を向けても全く気にすることなく竜馬に歩み寄ってくる。まるで恐怖などそういう感情が失われているみたいだ。

 

「……ああ、クソ‼︎」

 

竜馬は仕方なく、老人の頭を撃ち抜き、殺した。

今の銃声でこの村に侵入者が来たことはバレてしまったことだろう。すぐに立ち去ろうと思ったが、後ろでガタゴトと何か立ち上がる音が聞こえ、竜馬の足は止まってしまう。ゆっくり振り返ると、さっき額を撃ち抜いたはずの老人が立ち上がっていたのだ。

 

「嘘だろ…」

 

そう思わず呟いてしまう竜馬に更なる恐怖が襲う。

立ち上がった老人の頭がブルブルと震え始めると、首は不自然な方向へと傾き、その頭は吹き飛んだ。頭の代わりに出てきたのは…不気味というか…気持ち悪い触手状のものだった。

 

「な、何だ⁈こいつはっ⁈」

 

驚いている暇もなく、その触手は急に強く振ってきて竜馬の腕を切り裂いた。

 

「ぐあっ‼︎」

 

中々の切れ味に竜馬は圧倒され続けていた。まだ近付いてくる奴に、竜馬は暖炉の中にある薪を投げて怯ませると、奥の扉から一気に突っ込んで家から脱出した。

しかし、銃声に反応して来ていた村人が幾人もいて、竜馬を見るなり、それぞれが持った武器を構えて竜馬に近付いてくる。

 

「くそっ!何だ、この村は⁈」

 

竜馬は血が滴り続ける腕を抑えながら必死に逃げた。血の跡を辿られれば、当然また見つかってしまうと分かっているが、逃げる他なかった。

そうやって道なりに逃げていくと…広い場所に出た。

中央ではキャンプファイアのような大きな炎があるのだが、そこでは何人もの人間が胸に(くい)を打たれて燃やされていた。しかもその様子を見ている村人は、さも当然かのようだった。

その村人も竜馬に気付くと、赤い眼を大きく開いて、英語ではない原語を彼に向かって叫んだ。

 

「…こいつは、やばい…」

 

あの化け物が頭から生えた老人もやばかったが、今目の前と後ろから来ている村人全員に襲われる方がもっとやばかった。仮に拳銃で応戦しても、またあの触手状の化け物を出してくるかもしれない。

ジリジリと竜馬の退路を塞ぎ、完全に周りを囲んだ村人は一斉に武器を振り上げて襲いかかってきた。ここまでかと竜馬は、最後くらい抵抗してやろうと思って拳銃を撃とうとしたその時。

教会の鐘が高々と鳴り響いた。

鐘の音を聞くなり、村人は竜馬から視線を逸らし、教会に向かいながらブツブツと呟いていた。

 

『ロス・イルミナドス』…と。

 

何を指し示すかは分からないが、あれだけいた村人は一斉に竜馬から離れていき、教会の扉を開けてその中へと消えていった。

1人残された竜馬は力なくへたりと座り込んで、大きく安堵の溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

その頃玲奈は1人落ち着けずにいた。

竜馬から先程無線があって、どうしてこんなに嬉しいのかと思いつつ要件を聞くと、竜馬を乗せてくれたパトカーの運転手が殺されたとの報告だった。

問題ないと言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか?

不安ばかりが胸の中に募っていく。

そして、居ても立っても居られなくなり、紗枝に内緒で電話をした。

 

「すいません、明日2時の便を…」

 

飛行機の予約を取り、玲奈は装備のチェックを行う。

彼女は…竜馬の元に行くつもりだ。誰が何をしても、玲奈は竜馬の元へと突き進む…。そんな思いを、誰にもバレないように()せているのだった。



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第13話 村長との接触

イカれた村民が教会の鐘の音に反応して、誰1人としていなくなった村の中でただ1人残っていた。居なくなったはいいのだが、これから何をしたらいいのか全く分からず、どうしようか考えていると、丁度隣の家からガタガタと音が聞こえた。

まだ村民が残っているのかもと思った竜馬は、拳銃を構えて中に入る。

中の様子は最悪だった。

食事をしていたと思われる鍋の中は腐った食材ばかりで、そこら中にハエが飛び交い、更には蜘蛛の巣、ノミや(しらみ)までもが家中をうろついていた。

 

「ったく…あの住民はどうやって生きているんだ?」

 

見た目だけは人間なので、そういう考えをしてしまう竜馬。

すると、ガタガタと近くのクローゼットが小刻みに揺れた。竜馬はゆっくりと近付き、クローゼットの取っ手に手をかけた竜馬は、一気に開いた。

バタンと音を立てて出てきたのは、1人の男性だった。

口にはガムテープ、両手両足にはロープで縛られて、ドタバタと動く奴だった。

見た限り、男性はアメリカ人ではなくヨーロッパ系の者に見えた。

竜馬は拳銃をしまい、その男の口を塞ぐガムテープをビリッと取った。

 

「……痛えな…。もうちょっと紳士的にやれよな…」

「そんな暢気なことを言ってる場合でもないんでな…」

「そうだな…。そういや…俺を助けてくれたが、あんたはここの奴らとは違うんだよな?」

「…まあな」

 

そう話しながら、竜馬は男のロープを解いていく。

男は痛そうに縛られていた腕を摩った。

 

「とにかくありがとよ。早くここから……⁈」

 

男が驚愕の目を竜馬の後ろに向けている。

その理由は、2人の村民にその村民の背より1.5倍程の巨体を誇る男を見たからだった。竜馬も振り向いて見たが、その大きさには驚嘆せざるを得なかった。

 

「気をつけろ。ここのボス…村長だ」

「こいつが…⁈」

 

古びたコートを身に纏った村長は静かに2人を見下ろしていた。

竜馬はこの距離で拳銃を出して撃っても、勝てるか怪しいと考え、体術で挑みにかかった。

自身でも近接戦は強いと思っている竜馬は、得意の蹴りを村長の腹のど真ん中にぶち込んだ。だが、竜馬の足には完璧な当たりは感じなかった。

村長はゴツゴツした手で竜馬の足を掴んでいたのだ。

 

「⁈」

 

村長はそのまま腕を動かすと竜馬は空中に浮き上がり、先程助けた男の上に背中から落ちていった。後頭部を勢いよくぶつけてしまった竜馬は、意識を手放してしまうのだった。

 

 

 

 

竜馬はとある椅子の上で縛られたまま、白い小さな卵のようなものが入った注射器を首に当てられる。そのまま注射器の針は竜馬の身体の中に入り、そこで留まる。

紫色のローブを羽織り、不気味な杖を携えた男は部下に合図して、竜馬にその卵を注入させた。

 

「くくく……、君もいずれこの力を魅力的に感じる時が来るだろう…。そして…我々の力にひれ伏すがいい…」

 

注入された卵は自らの意志で動くかのように…竜馬の中に入っていくのだった。

 

 

 

 

「おい‼︎さっさと起きろ!寝坊助!」

 

怒鳴りつける何者かの声で竜馬は漸く目を覚ました。

首を動かし、どこなのか確認しようとしたが、後ろ手で手錠をかけられている。しかもさっき助けた男と一緒だ。

 

「どんくらい寝てた?俺は」

「さあな。俺も起きたばかりだ」

 

どちらともなく、静かな時間が流れると、男は竜馬に聞く。

 

「なあ、あんた何者だ?この村に観光に来たイかれたバカではなさそうだな…」

「そういうお前こそ、この村の住民には見えないな…」

「ああ。俺はルイス・セラ。元警官だよ。この村の調査に来たんだ?」

「調査?何をしに?」

「言わなくても分かるだろ?」

「……なるほど」

「そっちのジャパニーズはどうなんだ?」

「仕事の関係上教えられない」

「当ててやろうか?」

 

そう言って暫く考え込むふりをしていると、ルイスは竜馬の核心を突く言葉を言った。

 

「大統領の娘だろ?」

「!どうして知ってる?」

「超能力を使ったのさ…」

「冗談もほどほどにな。本当のことを言え」

「怖い奴だなあ。教会の奴らがアメリカ大統領の娘を誘拐してどうのこうのって言ってたのを聞いてたんだよ」

「そうか…」

 

なら、彼女は教会にいるのかもしれないと竜馬は思った。

これで彼女の居場所は突き止めたも同然だ。あとはこの手錠を外すだけなのだが、それは鍵でもないと無理だろう。

退屈なため、竜馬はこのルイスという男と話し始めた。

 

「ところであんたはどうして警官を辞めたんだ?」

「……簡単な話さ。正義の味方ごっこに飽きたのさ。助けたくても助けることの出来ない命があるし、この事件を解きたくても解けないって事件も起きる。それが嫌になったんだ」

「……その気持ち…分かるよ…。俺も交番勤務を終えて、1日で警官を辞めた」

「ほう?何をしでかしたんだ?」

「何にも。東京事件で職を失ったんだ……」

 

そう口に出すと、今でもあの時の光景が脳裏に蘇った。

死者が練り歩く都会で必死に脱出する様子が…。

それを聞いていたルイスは同情するかのように言う。

 

「そいつは気の毒だ。というかよく生き残ってるな?」

「ギリギリのところで助かったんだよ…。その分…失ったものは多かったが…」

 

失ったもの……竜馬の兄と妹、そして玲奈の心の一部…。

 

「そういや……その東京事件でアンブレラが秘密裏にウィルスを作っていた……」

 

その時、カラカラとものを引き摺る音がこちらに聞こえてきた。

それは大きな斧を引き摺ってやって来た村民だった。その顔や服にはまだ真新しい血痕が付着していて、つい先程誰かを殺していたんだと匂わせてしまう。

2人は共にこいつから離れようとするが、後ろ手に手錠をされているため、中々距離を取ることが出来なかった。

 

「おい!あんた元警官だろ⁈どうにかしろよ‼︎」

「その台詞、お前だけは絶対に言うな‼︎」

 

村民が斧を竜馬とルイスに振り上げた。

竜馬は一か八かでこの時のタイミングを見計らって、ルイスに叫んだ。

 

「今だ‼︎」

 

竜馬とルイスは同時に別方向に身体を動かし、手錠の部分に斧を落とさせて拘束を解いた。お互い左右に転がり、斧を持った村民から距離を取ろうとするが、運が悪いのか竜馬の方に標的を絞られてしまい、もう一度斧が振り上げられる。

竜馬はその斧が落ちてくる前に村民の腹に足を乗せて、そのまま蹴り上げた。村民はクルリと空中で弧を描くと、後頭部を強打並びに自身が持っていた斧が顔面に刺さるという悲惨な状態になった。

ふうと一息吐く竜馬だが、その頃にはルイスの姿はなかった。

 

「あの野郎…先に逃げやがったな……」

 

ルイスが先に逃げたことにちょっとした苛つきを覚えたが、それより先に玲奈に現在状況を伝えるのが無難だと思い、無線機を手に取るが、その無線はうんともすんとも言わない状態であった。

 

「はあ…マジついてねえ…」

 

竜馬はそう言って、再び溜息を吐くのであった。

 

 

 

 

朝のアラームが鳴って、紗枝はベッドから起き上がった。

だが隣で寝てるであろう玲奈の姿がなく、部屋中を探し、ホテルを探し、挙句に果てにはその周辺も歩き回ったが、彼女の目撃情報を見つけることは出来なかった。

しかし、ここで玲奈がしそうなことが1つ頭の中に思い浮かんだ。

 

「あのお転婆娘…!」

 

そう呟いて空港に電話して、連絡を取る。

予約を取り、紗枝も後を追う。

こうして結局…3人ともその村へと行くことになってしまうのだった。



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第14話 湖の主

無線機も奪われ、どうしようもない竜馬が今出来ることはアシュリーが捕まっているとされている教会へと足を進ませることだけだっだ。ルイスの情報が正しい確証など何1つとしてない。

だが…この奇怪な村に入って手に入れられた唯一の情報だ。

信じるしか選択肢はなかった。

そう思いながら渓谷のような場所をずっと歩いている。周りは断崖絶壁で、地震か何かが起きたら今にも崩落しそうなくらい岩石は脆くなっていた。

 

「にしても…一気に村人の気配が無くなったなあ…」

 

独り言でそう言うが、事実だった。

最初に会ったあそこ以来…まともに村人と会っていない。さっき斧を振り回してきた奴がいたが…。

そう思っていると、カランと小石が崖から落ちて来た。上を向いてみると、そこには村人が4人くらい固まっていた。すぐに竜馬は拳銃を抜いて、彼らにさっきの仕返しをしようと思ったが…そんなことをしてる暇はなかった。

その村人たちは大きな岩の塊を転がして、竜馬の方向に落とそうとしていたのだ。

 

「おいおい…冗談だろ⁈」

 

竜馬はそれが落ちてくる前に逃げようと思ったが、この渓谷は一本道でサイドに逃げれる場所がない。けど、竜馬が死なないためには後ろに走るしかなかった。

竜馬が後ろを向いた途端に、巨大な岩が地面を揺らすほどの衝撃を伝えて竜馬の方に転がって来た。急な坂ではないが、かなり緩やかな坂ではあるため、僅かではあるが少しずつ…速度は上がっていく。

最後に竜馬は隣の枯れた木に掴まって、巨大な岩の襲撃から逃れた。岩はそのまま転がり、崖にぶつかって粉々に砕け散った。

はあ~と息を吐いている竜馬だったが、立ち枯れした木はボキッと鳴って、竜馬共々倒れた。

 

「いってー‼︎クソ!無茶苦茶しやがる…」

 

思いっきりぶつけた尻を摩りながらも、愚痴を零す竜馬。あの岩のせいでほぼ振り出しに戻されてしまった。

 

「さあて……このまま進むのが吉なのか…凶なのか…」

 

竜馬もここは悩みどころだった。

またさっきのところまで戻ったとしても、もう一度あのバカデカイ岩が転がってくるかもしれない。竜馬には2度もあれを振り切る自信は全く無かった。どうしようかと考えていると、さっきの巨大な岩が崖にぶつかったせいか、そこには人が一人、どうにか通れるくらいの大きさの洞穴が出来ていた。

元は自然に出来ていたのだろう。それが岩がぶつかって、入り口が作られたようだ。

 

「…行くしかないか…」

 

竜馬はその洞穴に入っていく。

中は蜘蛛の巣に蝙蝠だらけで、不快でしかなかったが、どうにか渓谷をショートカットして来れたようだ。

竜馬の視界には大きな湖とその奥に見える教会らしき建物が映っていた。

 

「あそこか……」

 

すぐに行こうと思ったが、湖の上には村人2人がボートに乗って、辺りをうろついている。

竜馬は隠れて、やり過ごそうとする。

村人は先程焼いていた人間……らしき死体を湖に投げ捨ててその場を後にした。

ここは死体の捨て場かと思ったが、それは間違いだった。

暫く見ていると、次第に湖面は小刻みに揺れ始め、“それ”は現れた。

どれくらいの深さがあるか分からないが、湖の深淵から飛び上がり、焼けた死体を一飲みで食らう魚…。

その光景を見ていた竜馬はもちろん固まっていた。

容姿はナマズか何かに似てはいるが……とにかく大きさのスケールが段違いだったのだ。

だが、ここを避けて通ることは出来ない。

奥に教会もあり、そこでアシュリーを助けることが出来ればこの村に用はなくなる。竜馬は覚悟を決めて、湖の湖畔に足を向かわせるのだった。

 

 

 

 

その頃玲奈、まだ飛行機の中だった。竜馬が降りた空港とは別ルートで進んだ方が早いと分かったからだ。

玲奈の心の中では、とにかく早く…早く…と急かす気持ちばかりであった。

もう玲奈でも分かっていた。

自分は竜馬に完全に惚れていると…。死んだ竜也の影も追ってない。

純粋に…彼に魅かれてしまっていると…。

そうじゃないなら、態々紗枝を置いてまで行くことなんて…。

 

「隣、いいかしら?」

 

その時、玲奈の横の席に1人の女性がやって来た。

玲奈は軽く会釈して奥の方に進んだが、そこで今の声はよく聞き覚えがあると分かった。

一気に緊張してきた首をゆっくりと右の方に動かすと、目が全く笑っていない紗枝の姿があった。無事に来れた訳ではなかったと玲奈は分かり、冷や汗が噴き出る。

 

「玲奈~?説明してもらおうかしら?」

 

その後、紗枝から叱責を受けたのは言うまでもない。

一通りの叱責を受けて、玲奈は連れ戻されるのであろうと思い、しゅんと縮こまってしまう。そんな様子の玲奈を見た紗枝は髪の毛を掻きながら「仕方ないなあ~…」と呟いた。

 

「ここまで来ちゃったし……竜馬を迎えに行くわよ!どうせ彼も帰れなくて困っているだろうし…」

 

紗枝の気遣いに玲奈は感謝しきれなかった。

 

「紗枝‼︎ありが…」

「ただし‼︎次からはこんなことしないでよ?」

 

もう一度強くそう言われて、玲奈は再び萎縮してしまうのだった。

しかし…玲奈は今は気付いていないが、行かなければ良かったと後々後悔する。

彼女に降りかかる地獄は…もうすぐ先まで迫っていたから…。

 

 

 

 

竜馬は木製の古びたボートに乗って、エンジンを稼動させた。

小さいエンジンでこの湖を横断するには一体どれほどの時間がかかるか分かったものではない。

ただ…この湖はなんとも不気味だった。

まず水は底がちっとも見えないレベルで濁り、小さな小魚に野鳥の姿もない。あるのは、ぷかぷかと浮く流木だけだ。

さっきのデカイナマズも今は見えない。

『今は』だが…。こんな湖のど真ん中で…ボートで運転などしてたら格好の獲物でしかない。

奴は今どこにいるのか……竜馬はそう考えているが、実は既に竜馬の乗るボートの真下で悠々と泳いでいるのだ。

すると、奴は再び下からボートにぶつかりに行った。

竜馬のボートは打ち上げられたが、どうにかバランスを保って、水面に着地した。

だが、その時の衝撃でボートにあった(いかり)が落ち、奴の背中に引っ掛かり竜馬のボートを引っ張り出した。

 

「うお!」

 

慣性の法則で身体だけその場に残り続けたために、身体が仰け反る。

このままではいずれこんなちんけなボートなど沈められる……そう思った竜馬は積んであったモリを掴み、奴の背中に向かって思いっ切り投げた。

投げたモリは見事なまでに奴の背中に深々と突き刺さり、大きな血飛沫を上げた。

だが、奴は怯むことも苦しむような仕草さえ見せなかった。竜馬はそれでももう1本のモリを掴んで、再び投げた。

それも刺さるが、その途端に奴はくるりと身体を竜馬のボートの方に向けて、立っていた竜馬をボートから叩き落した。

 

「ぐあっ‼」

 

背中から勢いよく湖に放り出された竜馬。

湖面から顔を出すと、例の怪物が口から巨大な寄生虫を出しながら、竜馬の方に向かって来た。

急いで竜馬はボートに戻ろうと必死に泳ぐ。奴は物凄い速度で竜馬に迫ってくる。

竜馬がボートに乗ろうとした時、ボートの下を通ると同時に奴の口から出ている寄生虫が竜馬の足に深い切り傷を負わせた。

 

「うっ⁈」

 

ボートには乗れて、食われずに済んだ竜馬であったが、足にはかなり酷い切り傷が刻まれていた。

 

「あの野郎……」

 

足に鋭い痛みが走り続ける竜馬の右側からまたしても大口を開けて、奴が突っ込んで来る。

立ち上がるのも厳しい竜馬は、最後に残ったモリを掴み、そのまま奴が来るのを待つ。

そして…奴が大口を開けて竜馬を飲み込まんとした時…竜馬はそのモリを寄生虫に刺した。奴は身体を暴れさせ、その痛みに悶え苦しんだ。そのせいで元々ボロかったボートは簡単に壊れ、俺は再び湖に放り出される。

奴は口から寄生虫を出したまま、水面にぷかぷか浮いたまま絶命していた。

竜馬は痛み続ける足を必死に動かして、命からがら岸へと着岸した。

 

「はあ……はあ…うぐっ…」

 

足首に付いた傷からは血が流れ、湖の一端を朱に染め上げていく。

更に濡れてしまったせいで体温が下がり、身体の震えが止まらなかった。

とにかくこの寒さと痛みをどうにかしようと立ち上がろうと思ったが、身体は言うことは聞かない。それどころか……。

 

「…!おい、冗談だろ…?」

 

先程絶命したはずの奴が竜馬に向けて、赤く輝く魚眼を光らせていた。そして、再び口を開け、竜馬を喰らおうとする。

もう、お終いかと思われた時、銃声が湖に響いた。

弾は怪物の寄生虫に当たる。1発だけではなく、竜馬が見た限り10発は食らっている。

そこで怪物は重い頭をズシーンと地面にぶつけ、本当に動かなくなったのだった。

命を助けてもらって嬉しかったが、一体誰が…?

竜馬は薄れゆく意識で首を右に動かす。ボヤけた彼の視界には、赤いドレスだけしか入っておらず、顔を確認する前に意識を手放してしまうのだった。



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第15話 ロス・イルミナドス

「全く……世話のかかる男ね…」

 

短い黒髪に蝶柄の入った優美な赤いドレスを着ているエイダは、岸で食われそうになっていた竜馬を助け、更には彼の足首辺りに付けられた深い切り傷を治療した。

今回のミッションと竜馬は全く関係性がないが、放っておくことが出来ず、助けてしまった。でもこれで借りが出来たと思えばいい、とエイダは考えていた。

取り敢えず、岸に建っていた建物の中に竜馬は移して、自分はさっさと目的を達成しようと思っていると、おもむろに彼の腕が赤く血走ったかのように、血管が一瞬だけ浮き彫りになる。

 

「…あなた…サドラーに種を埋め込まれたのね…」

 

色々とここに来る前にあの寄生虫については調べていたため、竜馬の身体がどのくらい蝕まれているかも分かる。

現在の竜馬は、あと少ししたらもう手遅れの状態になっていた。

しかし、エイダにはどうすることも出来ない。

エイダは悲壮な目を竜馬に向け、先に教会へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

深い眠りから目覚めた竜馬は、足にチクっと痛みが走った。

が、その傷は何者かによってきちんと手当されていた。

誰が…いや、竜馬はその人物に心当たりがあった。あの魚の化け物に食われそうになった時、留めを刺したあの赤いドレスの女性…。

彼女しかいない。しかし…どうして助けておきながら俺はこの建物に残されたままなのだろうか、と竜馬は思ってしまう。

 

「…考えても仕方ない。早く教会に……うっ⁈ゲホッ‼︎」

 

竜馬は突然吐血をした。しかも何度も咳をし、その度に血が地面に落ちていく。苦しそうに机に手を置いて、ゆっくり深呼吸する。

 

「はあ……はあ……」

 

突然の吐血に竜馬はしばし呆然としてしまう。

原因が何なのか分からないが、とにかく急いだ方が良さそうだ。

竜馬はそう思い、口の中がまだ血の味がする状態のまま、建物を出ていくのだった。

…エイダからこんな置き手紙があるのも知らずに…。

 

『あなたはもう手遅れね』

 

……と。

 

 

 

 

竜馬は再び教会へと駆けて行く。

漸く教会の近くへと到着したが、その周りには異形の犬を首輪に繋いで待機している村人たちが集まっていた。

待ち伏せだ。このまま突っ込んだところであの犬に喉元を食い千切られてあの世へ真っ直ぐだろう。

竜馬はまず教会の側面に行き、村人たちの背後を取る。そして、残り少ない銃弾で教会の上にある十字架…みたいな形をしたオブジェを撃ち、それを落下させた。

銃声に反応した村人たちが犬に指示を出そうとした瞬間、オブジェは村人たちに落ち、下敷きにした。犬も下半身を潰され、苦しそうに呻いていたがすぐにその声も消えていった。

見張りを片付けた竜馬は教会の中に入る。中も廃れていて、十字架もなく、先程と同じオブジェがステンドグラスとなって飾られていた。

早速竜馬は1つの扉を開く。

すると、竜馬の目の前を金髪の少女が駆けていった。

 

「アシュリー⁈」

「いや‼来ないで‼」

 

アシュリーは竜馬に向かって、朽ちた木など色々なものを投げてきた。

明らかに竜馬を敵視している証拠だ。

 

「大丈夫だ、アシュリー」

「来ないでって…!」

 

終いには泣き出してしまう始末で、竜馬は溜め息を吐きたくなった。

 

「アシュリー、俺は竜馬。君のお父さんから頼まれて助けに来たんだ」

「…え?パパが?」

 

そう言った途端に彼女の表情が少しだけ明るくなった。

竜馬は全く…と言いたげな感じになったが、それは今は無しにしよう。

 

「よし、さっさとこんな陰気くさい村から逃げよう」

「うん!」

 

竜馬は彼女の手を取り、教会から出ようとした時、大きな拳が左側から飛んできた。

 

「⁈」

 

その拳は竜馬の左頬を直撃し、竜馬の身体を教会の扉へと吹き飛ばした。

 

「ぐあっ‼」

「竜馬!」

 

竜馬は身体を扉にぶつけ、口の中で切れた血を吐き出した。

左目の視界が全く効いていない状態で、教会の祭壇を見ると、村長とアシュリーを腕の中に抱えた紫色のローブを被った男が立っていた。

ふらふらしながらも立ち上がる竜馬だが、それを村長が足で踏みつけて抑えつける。

 

「があっ……」

「大人しくしてろと俺は言ったはずだ?」

「誰が……そんな、こと…」

「再起不能になるまで痛めつけてはならぬぞ?こいつはいずれ我々の仲間になるのだからな…」

 

紫色のローブ男はそう言う。男は片手に奇妙な形をした杖をついている。

それは形からしても村民の頭から飛び出てくる寄生虫と同じように見えた。

 

「自己紹介がまだだったね。私はオズムンド・サドラー。ロス・イルミナドス教のカリスマだ」

「ロス……イルミナドス…?」

「私が開いた究極の宗教だ。キリストなど比にならないレベルだ」

「それと……アシュリーに、何の…関係が……あるんだ⁈」

「我々もいい加減、この宗教を広めたくてね…。そこでアメリカに売り込むのは一番手っ取り早い。大統領の娘を拉致し、我々の力を授け…そして、返す…」

「何を……言ってやがる…」

「この娘には種を植え付けた。それが孵れば、アメリカだけでなく世界中で良いニュースの話題が出来るだろう…」

「それが…狙い、か…。テメエ…他の国にも…」

「その通りだ。…おお、忘れてた。君にもその種を授けてやったんだ。感謝してほしいね」

「!」

 

吐血はその予兆なのか……と、竜馬は考えた。だが、まだ吐血しただけで他には何も問題はない。

そこで竜馬は抑えられながらも、腰のナイフに手を置いた。

 

「余計な…お世話だ…!」

 

竜馬は抑えつける村長の足をナイフで刺し、退かした。そこから立ち上がり、サドラーに拳銃を向ける。

弾は残り1発しかないが、それでもサドラーの頭を吹き飛ばすなら1発で充分だ。

その最後の弾を竜馬は使った。

教会内に銃声が木霊し、血が飛び散る音が響く。だが、それはサドラーの物ではない。

竜馬の肩を撃ち抜いたものだった。

彼は自分でも知らず知らずのうちに自らの肩を撃っていたのだ。

ガクッと膝を付き、竜馬は撃たれた肩を抑えた。

 

「どうだ?これが我が力だ」

「なん…だと…?」

「もうお前の中で種は(かえ)っている。君は私の操り人形同然だ。さて…このまま君には本城へと来てもらおう。しかし暴れられると困るのでね…。…やれ」

 

サドラーの指示で村長は竜馬の胸ぐらを掴むと、膝で竜馬の腹を蹴り上げた。

 

「ぐふっ…‼」

 

竜馬は血を吐き、意識を遠ざけていく。しかし、まだ意識は残っていた。

 

「俺の蹴りを受けて気絶しないとは…。中々頑丈だな…。だが……」

 

もう1撃…竜馬の腹に膝が飛んでくる。

 

「れ………な………」

 

最後に竜馬の頭の中で玲奈の笑顔が思い出される。

だが、今度こそ……竜馬の意識は完全に吹き飛ぶのであった。

 

 

 

 

サドラーは身体の中から太い触手を出し、気絶した竜馬と暴れるアシュリーを抑えつけて本城に赴こうとした時。

車のエンジン音がこちらに聞こえてくる。

サドラーと村長がそちらを向くと、この教会に迫ってくるハンビーが視界に映った。

その運転席と助手席には、2人の若い女性が見えた。

それは…竜馬を心配してやって来た玲奈と紗枝で、漸く到着した瞬間だった。

 

「竜馬‼」

 

玲奈の叫ぶ声が、夜の怪村に響くのだった。



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第16話 村長との戦い

早く……早く早くと玲奈の心は焦り切っていた。

この村に到着した途端、玲奈の悪い予感は的中したも同然だった。

イカれた村民が玲奈たち襲いかかり、その頭を吹き飛ばしても謎の寄生体が出てくるという…現実離れした村…。

こんな村を竜馬1人で……そう思うと、自分が付いて行かなかったが悔やまれる程だった。

玲奈たちはハンビーで村のど真ん中を一気に突っ切り、竜馬がどこにいるかをひたすらに探した。宛があるわけではない。もしかしたら…既に奴らの手にかかり、もう命は無くなっているかもしれない…。

そんな恐怖が玲奈を襲うが、それを振り払い、ずっとハンビーを運転していると…教会らしきところで、『彼』を見つけた。

ダラリと身体から力を感じられず、足、肩と傷だらけの竜馬を運び去ろうとする紫ローブの男…。しかし、そのローブの下から太い触手が出てきて、それが竜馬と金髪の少女を捕らえている。下手にハンビーを突っ込ませたら、どちらも命はない。

玲奈は今すぐサドラーを殺したい欲求に駆られるが、それを抑え込み、紗枝に言う。

 

「あの大男に突っ込む!しっかり掴まってて!」

「ドーンとお願い、玲奈‼︎」

 

玲奈はアクセルを踏み、(すた)れたコートを着る村長へとハンビーを突っ込ませる。村長は逃げる素振りも見せない。

構うことなく、玲奈は真正面から村長にぶつかって吹き飛ばす……はずだった。村長にぶつかり、ほんの1m進んだだけでハンビーは速度を無くしてしまった。その原因は、村長の片手がハンビーのボンネットを掴んでいるからだった。

 

「なっ⁈」

 

それから村長は運転席にいる玲奈をフロントガラスを粉々にしてからその首を掴み、外へと引き摺り出した。

 

「ああっ‼︎」

「玲奈‼︎」

 

村長は玲奈を放り出してからサドラーに言った。

 

「サドラー様、ここは私にお任せを」

「ふむ。なら任せよう…」

 

サドラーは色鮮やかなステンドグラスを割って、教会から出て行った。

 

「ま、待て……ぐっ⁈」

 

すぐに追おうとしたが、村長のデカイ足が玲奈の華奢な背中を踏み潰し、グリグリと骨を刺激する。

 

「うああっ‼︎ああああああぁぁっ‼︎」

 

呻き、悲鳴を上げる玲奈だったが、腰から散弾銃を抜き、村長の顔面に撃ち込んだ。これには堪らず村長も顔を抑えて膝を着いた。

 

「紗枝!先に言って‼︎竜馬とアシュリーを…!」

「……ああ、もう!」

 

紗枝はそう愚痴を零しながら、ハンビーのエンジンをフル回転させて、教会の壁を突き崩して先に行った。

玲奈は無事行った事を確認して村長の方を向こうとした途端に、頭を鷲掴みにされて地面に叩きつけられた。

 

「ぐあっ‼︎」

 

村長の顔には全く傷が見られない。

あの至近距離で散弾銃を受けてもビクともしていなかったのだ。

ならばと思った玲奈は、横のガソリンが入ったドラム缶をひっくり返して村長にかけると、今度は拳銃で身体を撃った。

 

「食らいなさい‼︎」

 

忽ちガソリンは引火して村長の身体を燃え上がらせると同時に、木製の教会をも炎上させた。

玲奈は後退りして、はあと溜め息を吐いた。すると、玲奈がひっくり返したガソリン入りのドラム缶は激しく爆発した。

 

「くっ…!」

 

爆風と塵が玲奈を襲うが、それは何ともない。

立ち上がり、紗枝の後を追おうと思ったが、その前に…まだ村長は立っていた。立っていると表現しているが、そいつはもう異形の存在でしかなかった。

あの爆発をまともに受けても傷1つ付かず、服だけが焼けて無くなり、爪は鋭利に伸び、背中からはサソリの尾のようなものが3本生え、上半身と下半身は分かれてムカデの身体で繋がれている。

玲奈たちがここに来るまでに出会ってきた村民たちとはまた別のタイプの寄生体が埋め込まれているようだ。

 

「…なるほど、ここから本気ということ訳ね…」

 

そう呟くと、村長は甲高い咆哮を上げた。

そして、バランスが悪そうな身体の状態で走ってきて、玲奈の身体をその鋭利な爪で切り裂こうとしてくる。

玲奈は狭い教会内ではあったが、どうにか避ける。

しかし、玲奈が前を向いた時、奴の顔が玲奈の目の前に逆さであったのだ。奴はムカデの身体を利用して、伸縮自在に出来るようにしていたのだ。そのまま玲奈の肩に噛みつき、とんでもない咬合(こうごう)力で玲奈の身体を持ち上げた。

 

「あぐっ………うううぅ‼︎」

 

天井が高い教会で、玲奈を大体地上から4m程持ち上げたところで一気に急降下させ、玲奈を地面に叩きつけた。

 

「あがぁ‼︎」

 

地面に叩きつけられ、肩から流れる血の量が増える。

それを何度も繰り返そうと考えている村長だったが、玲奈も何度も同じ目には食らわない。ナイフを抜いて、奴の首に深々と刺し、噛みつきから脱出した。

そして間髪入れずに玲奈は奴の後ろを取り、ムカデの腹に照準を当てて超近距離で散弾銃を発射した。村長の上半身を支えていたムカデの身体は今の銃撃で完全に千切れてしまい、下半身と上半身は無残にも真っ二つになってしまう。

玲奈は撃った後だが、噛まれた肩を抑えた。深く刺さった牙がそのままで抜こうとしていたのだ。その間に村長は下半身を失っても、驚異的な跳躍力を見せ、サソリの尾を2つ使って、教会の鉄骨にぶら下がった。

玲奈は荒い息を吐きながらも、相手の出方を窺う。

村長はずる賢い手は一切使わず、そのまま突っ込んできた。それは玲奈からすれば、むしろ好都合だった。散弾銃を構えて、今度は上半身をそのまま粉々のすればいいのだから…。

そう思っていたが、玲奈が引き金を引く前に、鋭い爪が銃口の中に入り込んだ。

 

「しまっ…!」

 

既に発射しようと思っていた指は止まらず、引き金を引いてしまう。散弾は銃の中で暴発し、玲奈共々巻き込んだ。

 

「ああっ…!くぅう……」

 

玲奈は身体中に散弾を受け、村長も片腕を失ったが玲奈よりピンピンしていた。薄笑いを浮かべた村長は玲奈の身体に馬乗りになり、3本のサソリの尾を玲奈の身体中に突き刺した。

 

「うああああああぁぁ‼︎」

 

片足と片腕に激痛が(ほとばし)り、玲奈の口からは痛々しい悲鳴が木霊した。

最後の尾は玲奈の脳髄に刺そうとする村長。

玲奈はそれが来る前に、尾が刺さる腕を無理に動かして、掌でその尾を受けた。掌から貫通した尾。そこから溢れ出る血は玲奈の顔や服にかかっていく。

だが…ここで玲奈は薄笑いを浮かべた。空いているもう片方の手で拳銃を掴むと、そのまま顔面に何発と発射した。

撃つ度に尾は身体の奥へ奥へと入ってくる。そんな地獄のような痛みに耐えつつも、玲奈は弾切れになるまで撃った。

それでも……ここまでしても奴は倒れない。

 

「この……野郎‼︎」

 

玲奈はそう叫んで、拳銃を捨ててナイフを掴むと、額から深々とその刃を刺した。その瞬間、村長の身体はビクッと一瞬震え、そのまま玲奈の上に倒れた。

 

「くはっ…!はあ……!はあ…」

 

血だらけの片腕とまともに動かない片足をどうにか動かして、玲奈は教会から出ようとする。

すると、地面に倒れた村長は玲奈たちを嘲笑(あざわら)うかのように言った。

 

「貴様……ら、サドラー…様に、勝てな………い…」

 

最後にそう言い残して、奴は絶命した。

玲奈はその言葉を聞いても何も思わなかった。彼女には諦めるという言葉は存在しない。逃げるもない。

玲奈は負けるか勝つか……この2つだけであった。

ボロボロの状態の玲奈は、足を引き摺り、腕を抑え、ブツブツと独り言を呟きながら…必死に歩くのだった。

 

「竜馬………竜馬………」

 

と…。

 

 

その頃、エイダは既に任務を終えていた。

寄生体の情報が詰まったUSBを持って、ジョンが用意したヘリに乗り込む。サドラーによって竜馬とアシュリーが捕まったことは知っている。2人はもうダメだろう…。

エイダはきちんと警告したのに……と思いながらも、巨大な潜水艦の中にヘリを着陸させていくのだった。



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第17話 絶望の淵

今回でIf story2は完結です。
いつもよりかなり長めです。


サドラーはアシュリーと竜馬をこの村を元支配していた本城に連れて行き、その屋上へと連れて行った。サドラーに拘束されていたアシュリーも、ここで漸く解かれる。竜馬は未だに目を覚まさない。

 

「竜馬さん!起きてよ‼︎」

 

何度呼びかけても、竜馬の目が開くことはない。

その様子を見たサドラーは一層薄気味悪くさせる笑いを浮かべた。

 

「最初に言っただろう?アシュリー、たとえ誰かが君を助けに来たとしても…そいつらは絶望の淵に沈んでいくのだと…」

「うるさい‼︎怪物ばかり使って、自分では何もしてないくせに!」

「それは心外だ、アシュリー。これは我々が授けた神にも等しい力…要するに神聖な力…」

「どうだっていい!死ね‼︎死ねぇ‼︎」

 

アシュリーはそこらにあるものを投げて、サドラーに対抗する。だが…高校生の女子が投げたもので傷を与えるなど、夢のまた夢の話だ。サドラーは笑いを堪えるのがやっとだった。

 

「くくく……。君がいくら抵抗しようが無に帰する。さあ……そろそろ始めようか……新しい君を生み出す儀式を…」

 

サドラーが手を前に出し、何かしようとした時…1発の銃声がサドラーの右腕を貫いた。サドラーの目がゆっくりと弾が放たれた方向を向く。そこには拳銃を向け、荒い息を吐く紗枝が立っていた。

サドラーは撃たれた腕を振って、何ともない様子を見せつけると、掌から撃たれた数だけの弾丸が出てきた。

 

「ふん、これしきで死ぬと思っていたか?」

「思ってなんかない。でも…ダメージは与えられるし、アシュリーに何かする前に足止めすることが出来る」

「足止め?それも無理だよ…」

 

そう言ったと思えば、サドラーは一瞬の隙に紗枝の目の前にまで来ていた。

 

「⁈」

 

避ける暇もなく、サドラーの拳が紗枝の華奢な腹を直撃する。

 

「うぐっ‼︎」

 

紗枝の身体は何の抵抗もなく、上がって来た階段の方へと飛ばされる。

 

「分かっただろう?君は足止めすら出来ない」

「ぐっ……それでも…もう、ここには既に私たちの仲間が向かって来ている!たとえ私が殺されても、あなたの野望は無くなる!」

 

紗枝ははっきりそう言ったが、サドラーの表情に変化は見られない。

 

「……そうか。なら、そいつらもまとめて殺せばいいのだろう?良い機会だ。君らに本当の地獄…絶望というものを見せて上げよう!」

 

紫色のフードを取ると、自らの口を大きく開いた。

その中には大きな目が口いっぱいに入っており、首の付け根から4本の巨大な足を出現させた。そして、首はろくろ首…ほどまではいかないがかなり長く伸び、いくつかの刃を頭の周りに出した。

 

「…冗談でしょ?」

 

紗枝自身もここまで巨大化並びに、とんでもない化け物になるなんて予想していなかった。そこで紗枝は…。

 

「アシュリー!竜馬を連れて離れて‼︎」

 

アシュリーは頷いて、未だに目覚めない竜馬を引き摺って急いで怪物になったサドラーから距離を取る。

いつまで寝て、女子ばかりに任せるのかと思う紗枝だったが、ここは自分がやるしかないと、拳銃は一旦しまい、ライフルを構えた。

 

『そんな……おもちゃで私を倒せるとでも?』

「さっきも言ったわよね?倒せるか倒せないかなんて関係ない。私なりに頑張るだけよ!」

『……勇ましいことだ』

 

そう呟き、サドラーは巨大な足の1本を紗枝に向かって突き出した。

紗枝は側面に回避し、ライフルを連射する。

的が大きくなった分、当てやすくはなったが、ちっともダメージは与えられてなかった。弾は身体の中には食い込むが、すぐにさっきと同じように身体から排出された。

 

「そんな!こいつ…」

『だから言っただろう?君がやっていることは……』

 

言いながら、サドラーは足を紗枝の側頭部に直撃させた。

 

『意味を成さない』

「あああっ‼︎」

 

紗枝はライフルを手から離して、ゴロゴロと地面を転がる。

意識はあるが、グラグラと頭が揺れ、立ち上がることが困難になる。気付かない内に側頭部からは血がたらりと垂れてくる。

サドラーはゆっくりと紗枝に近付きながらも、紗枝が持っていたライフルを粉々に踏み潰した。

 

『これで…終わり、だな…』

 

 

 

 

その頃、紗枝の様子を頑なに見ているアシュリー。竜馬の方はちっとも見ていなかった。

カランと…竜馬のすぐ横に何か金属質のものが落ちる音がした。

その音に…竜馬は漸く目を覚ました。ゆっくりと目を開き、その音がした方向を見ると、刀剣が落ちていた。その近くには黒いパンプスを履き、赤い蝶柄のドレスを着た女性らしき人が見えていた。

 

「あん…たは……」

「全く……まさか二度もあなたを助けなきゃいけないなんてね…」

 

女性は竜馬の言うことを無視して、勝手に話を始める。

 

「いつまで貴方は眠っている訳?そんなことばかりしていると、お仲間さんが死ぬわよ」

 

竜馬はそう聞き、自分でも全開で首を動かして……女性が見ているところを見た。そこでは地面に倒れた紗枝に留めを刺そうとするサドラーの姿が見えた。

 

「紗枝……さん?」

「…どうするかは貴方に任せるわ。だけど…貴方のお兄さんみたいな無駄な死を増やしたくないなら…立ち上がることね…」

 

そう最後に言い残し、女性は竜馬の視界から消えた。

竜馬はその言葉で…ボロボロの身体を立ち上がらせた。

 

「待て…よ!サドラーぁぁぁ‼︎」

 

その大声にサドラーと紗枝、アシュリーもが反応した。

紗枝の視界から見て、いつもの竜馬ではなかった。ナイフを片手に、ボロボロのはずなのにどうやってか身体を無理に動かして…サドラーを物凄い眼力で見ていた。

 

『ほう……あの状態でよく、立ち上がれたな?だが……その努力に免じて…“彼ら”の気持ちを味わらせてやろう』

 

サドラーの目が赤く光った。

その途端、竜馬の胸がギュウッと締め付けられるような感覚に襲われた。それもただの…ではない。本当に…息をするのも出来ないくらいだった。

 

「あ…がっ……ああああああああああああああああああ‼︎‼︎」

 

立ち上がった竜馬もすぐに地面の上でのたうち回り、その苦しみに耐えようとするが……。

 

「あああああああああ‼︎ぐああああああああああ‼︎」

 

その様子を見ている紗枝はサドラーに怒鳴る。

 

「竜馬に何をしたの⁈」

『元々彼には……特別な、種を埋め込んでいた…。それが(かえ)り…彼を操っているのだよ…。ほら…見たまえ……。あの素晴らしき姿を…』

 

サドラーがそう言うと、竜馬の悲鳴は止まった。

まさか……と思いながら、紗枝は竜馬の方に向き直った。

そこには、刀剣を片手に立つ上がる竜馬がいた。元のままではないかと言いそうになったが、それは間違いだった。

 

竜馬の目は…赤く血走っていた…。

 

「竜……馬?そんな……そんな……」

『丁度良い…。完成した人形に……君を殺させてやろう…』

 

サドラーの目がもう一度赤く光る。すると、竜馬は無言のまま、紗枝の方へと足を進めていく。

紗枝は身体を動かすことが出来ず、彼の行動をただ見ていることしか出来ないでいた。彼女に出来ることは…呼びかけることだけだった。

 

「竜馬…!そんなもので操られる竜馬じゃないでしょ⁈お願い‼︎」

「…………」

 

竜馬は無言で紗枝の方に刀剣を向けた。

そして…キラリと刃を(きら)めかせて…振り下ろした。

思わず紗枝は目を瞑ってしまう。

だが、聞こえたのは…。

 

『ぐあっ‼︎』

 

サドラーの悲鳴だった。

 

「え⁈」

 

紗枝が目を開けて見ると、そこには刀剣で新しく生えた首の根元を深々と突き刺している様子が入ってきた。

 

『貴様……どうして…⁈』

「…どうしてかな…?俺にも分からないさ…。でも、お前を殺す気持ちが寄生体よりも勝ったんだよ‼︎」

 

そのまま竜馬はサドラーの首に刺した状態で動かしていき、頭を断頭しようとする。

が…突然、紗枝の視界を一瞬…赤い液体で覆われた。

 

「っ‼︎」

「あ……」

 

紗枝にも何が起きたのか判断するのに、時間がかかった。

紗枝の顔全体にかかる程の大量の血……。それは、竜馬の腹部をサドラーの足が貫通したことによるものであった。

竜馬自身も…底知れない痛みに襲われているだろうが、それには耐え、首を切ろうと必死にもがく。

サドラーも今にも首を切られようとしている痛いからゆっくりと後ろに下がっていく。もう少しでサドラーの首が切れようかというところで、竜馬は吐血し、更なる痛みに耐える。

 

「竜馬!もうやめて‼︎それじゃああなたが…!」

 

紗枝はそう叫ぶが、その声は竜馬の耳には聞こえていない。

そして…竜馬は残りの力を全て振り絞り……声を上げた。

 

「うおおおおおおおおお‼︎」

 

その途端、サドラーの頭と胴体は分断された。ブシャァと血飛沫が上がり、サドラーは何も発することなく死んだ。

竜馬も…力を使い果たし、刀剣を地面に落とす。サドラーの身体も崩れようとしたのだが、サドラーが立っていたのは断崖絶壁で、酷く激しい海流が渦巻いていた。その方向にサドラーの身体が落ちかけてようとしたところで…竜馬の耳に『彼女』の声が響いた。

 

「竜馬!」

 

薄れそうな意識の状態で竜馬は傷付いた玲奈を見て、フッと笑った。

 

「玲奈……すまない…。俺は……君との約束を…守れそうにないよ…」

 

小さく呟いた言葉は玲奈には届かない。

竜馬の身体は、サドラーの身体もろとも…崖から落ち、大海原へと落下していくのだった。

 

 

 

 

「…………」

 

玲奈は言葉を出せずにいた。

今…目の前で何が起きたのか全く理解出来ていなかったのだ。

竜馬と謎の大きな怪物の身体は…玲奈の視界から消えた。いや…大海へと落下したのだ。

漸く理解した時、玲奈の足はその崖へと向かっていた。

 

「竜馬あああああ‼︎」

 

彼女も飛び込んで助けようと思った。しかし、それは紗枝によって止められてしまう。玲奈は暴れて、紗枝の制止を振り切ろうとするが、それも出来なかった。

 

「玲奈‼︎ダメよ‼︎それじゃあなたも…!」

「いやっ‼︎いやあああ‼︎竜馬っ‼︎竜馬ぁ‼︎」

 

玲奈は涙を止まらせることなく、ずっと泣き続けた。

大海に玲奈の泣き声が永遠に響き続けるのだった。

 

 

 

すぐに紗枝が呼んだ応援はやって来た。全ての村民は寄生体によって、人間でなくなっており、全村民が射殺された。

村1つを壊滅させるほどの寄生体の存在は……とても大きなニュースとなり、世界中に報道されていた。

その間…日本では、竜馬の葬式が行われていた。

三兄妹全員、遺体無しの葬式という…なんとも言えないものだった。

結局、数日も断崖の下を捜索したが、竜馬の遺体は発見されなかった。その代わり、憎たらしいサドラーの死体は見つかった。

喪服に身を包んでいる紗枝や海翔たちはそれぞれに悲しみを感じているが、最も辛いと思われるのは…玲奈だろうと誰しも分かっていた。

しかし、玲奈はこの葬式にはいない。

 

「玲奈…とうとう来なかったわね…」

「……無理もない」

「玲奈、可哀想に…」

 

薺が呟くと、紗枝も海翔も口を塞いでしまうのだった。

 

 

 

 

玲奈は海岸にいた。

花束を持ち、それを海に向けて投げ捨てた。

彼女は葬式に出れなかった。未だに現実を受け止めきれていない自分がいるから、葬式場で暴走してしまうのではと思って…出なかったのだ。

 

「…嘘つき…」

 

小さく呟き、何度目かになる涙を流した。膝を落とし、砂浜に手を付き、海に向かって話し出す。

 

「バカ…。嘘つき…竜馬……必ず戻ってくるって、約束したくせに…。どうして?私の前からは……大切な人がいなくなるの?」

 

誰もその答えを言わない。

そして…子供のように玲奈は大声を上げて、泣き叫ぶのだった。

 

「竜馬ああああああぁぁぁ………」

 

彼女の愛しの人は…戻ってくることはない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピッ………ピッ………。

心電図の音が鳴り続ける。

ルイスはそこで横たわる竜馬の身体の中に残っている寄生体を取り、それを大きな瓶の中に入れる。するとそれを取りに来たのか、右眉毛辺りに傷を付けた男がやって来た。

 

「どうだ?」

「不思議なくらいだよ。竜馬が生きているのは…」

「ほう…。それなら使えそうだな…」

「何に使うんだ?アリエス」

「それはな……」

 

アリエスという男は答えを言う前に、拳銃を抜き、ルイスの頭を撃ち抜いた。ふっと銃口から出てくる煙を吹き、拳銃をしまう。

 

「君に言う必要はない」

 

アリエスは寄生体が入った瓶を取り、横たわる竜馬に向けて不気味な発言をするのだった。

 

「君にはこれから働いてもらうよ?助けてやった分…ね」

 

これが何を示すのか……理解出来る者は、誰もいない。




いかがだったでしょうか?リクエスト回は。
かなり自分なりにアレンジしましたが、楽しめたのなら良かったと思います。
次回からは新章です。
今度は原題を『マルハワデザイア』にしようかと考えています。


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IF Story3 樹海の高校
第18話 元恋人からの依頼


はい、If story 3です。
皆さんは「マルハワデザイア」は聞いたことありますか?
原作は漫画だから知らない人が多いかも…。
初めて聞くという人のためにも、頑張って執筆していきます!
ではどうぞ!


深い樹海に囲まれた学校……。

雨季になるとその地は幾度となくゲリラ豪雨以上のスコールに襲われる。その雨の中、黒いフードを被った何者かがアタッシュケースを片手に校内を歩いている。

そして、無線機で現在状況を伝える。

 

「準備は終わった。これからPhase(フェーズ)2へ移行する」

 

そう言って…奴は(そび)え立つ巨大な校舎や大聖堂を見てから、樹海の中へと消えて行くのだった。

 

 

 

 

ー翌日ー

雨上がりで夕焼けが綺麗な日だった。1人の女子高生が急いで校舎の中を駆けていく。友達との約束の時間を遅れたのだ。

随分長い時間待たせてしまったなあと思いつつ、彼女はガララと教室のドアを開けた。教室の中にポツンと1人…彼女の友達が座って本を読んでいる。しかし、ドアが開いた音が聞こえなかったのか、遅れてきた彼女の方を振り向くことはなかった。

 

「ごめん!遅れて…」

 

彼女は弁明しようとするが、友達は全く反応しない。

 

「遅れてごめんってば!…ラナ?聞こえてる?」

 

彼女はラナの肩に手を置き、どうしてしまったのか聞こうとする。

その時、ラナは振り向いた。

……まるで悪魔のように(ただ)れた顔を見せつけて…。

顔の至る所から血が流れ、口は裂けている。目も白目を向いたままでとても生きてるようには見えなかった。その狂気の姿に彼女がガタンと机にぶつかってしまう。それに反応したラナは……口から血を垂らしながら彼女に襲いかかった。

逃げようとした彼女だったが、制服の襟を掴まれ…首に食らい付かれた。悲鳴を上げることも出来ず、彼女は1匹の悪魔に命を奪われてしまった…。

夕焼けが当たる教室は、ほんの一瞬で…地獄絵図と化すのだった。

 

 

 

 

シンガポールのベネット大学の1番広い講義室で、細菌学の講義が行われていた。教壇に立つのはダグ・ライト教授。細菌学に関してはスペシャリストだ。

 

「このように…炭疽菌はバイオテロの要因になるとも考えられる…」

 

そんな講義を詰まらなそうに見ている男子学生にダグは講義中にも関わらず、溜め息を吐きたくなった。

講義を終えて、ダグはその彼の元へと足を運んだ。友達と駄弁って、分かれた後を狙って声をかけた。

 

「リッキー、もっと講義は真面目に受けんか!」

「げっ⁈叔父さん!いやいや、ちゃんと聞いてたよ。聞いてなくても叔父さんの細菌ウンチクは散々聞かされてるから嫌でも覚えてるけどね」

 

彼はリッキー・トザワ。ダグとは親戚関係にある。

 

「校内で『叔父さん』はやめなさいと言っているだろう?公私を弁えるくらいは出来るだろう、リッキー」

「はいはい、面倒いなあ。そんなんだからいつまで経っても、良い嫁が来ないんだよ」

「ほう……20歳(はたち)を迎えて彼女もいない者に言われたくはないなあ」

 

ダグがそう言うと、彼は赤面して「うっせー‼︎」とだけ言って、次の講義室へと走っていった。

 

 

 

 

ダグは残りの講義を終え、大学に設えられた自らの自室で特製コーヒーを啜って疲れを癒していた。先程は久々にリッキーとあんな風に話したな…と思った。

リッキーが孤児になってからはダグは育ててきたから、実際は彼が自分の息子なのではとも思う時がある。

あの時、彼女とあのままの関係であったらどうなっていたか……と今考えても仕方ないことにも耽ってしまう。すると、ガチャと扉が開くとそこから秘書が1つの手紙を持ってきた。

 

「失礼します。ダグ教授宛の手紙です」

「手紙?今時珍しいな」

 

この時代、手紙を送る人はダグの周りではほとんど見なかった。恐らく、やるとしても年を取った高齢の人たちだろう。そんな知り合いがいたかと思いつつ、ダグはその手紙の送り主を確認する。

表紙には綺麗な字で『グラシア・デレニカス』と書かれていた。

 

「グラシア……懐かしいな…」

 

懐かしい人からの手紙に少し嬉しさを覚えつつ、その手紙の内容を読む。だがそこに書かれていたことは途轍もなく重大なことだった。

 

「‼︎」

 

ダグは目を丸くし、何度となく読み返した。

見間違いでも幻覚でもない。信じたくないことだったが、そういうことなら行くしかないとダグは思った。

 

「私はこれから3日間の休暇を取る!」

 

そう秘書に告げて、部屋を飛び出すとすぐ目の前にはリッキーがおり、彼とぶつかる。

 

「おわっ⁈お、叔父さん、どうしたんだよ⁈そんな切羽詰まって…」

 

呆然とするリッキーを見て、ダグは1つの案を思いついた。一学生でしかないリッキーには辛いかもしれないが、彼がいた方が楽だろうと思い、こう言った。

 

「…どうしたんだ?リッキー」

「い、いやあ…単位のことで話したくて…」

「そうだな…。人手がいるかもしれん。単位が欲しいなら、私の助手として付いてくるか?」

 

リッキーはポカンとしたままであった。

 

 

 

 

その頃、部屋に引きこもりがちになっていた玲奈の家に1本の電話がかかった。暗い部屋の中に点灯する携帯を取り、玲奈は出た。

 

「…もしもし」

『玲奈?良かった。出てくれて…、最近玲奈が来なくて心配だったのよ?』

「…要件は何?ただのお喋りなら切るわよ?」

『待って待って‼︎あなたにはやってもらいたいことがあるの!今からシンガポールに向かって欲しいの!』

「シンガポール?どうして?」

『BSAAのアドバイザーのダグ・ライト教授から1人隊員を寄越してくれって来たの。今空いているの玲奈しかいないから行って』

「…でも、私は……」

『いつまで竜馬のことを引き摺ってるの?』

 

彼の名前を聞いた途端、玲奈は目頭を熱くした。

そう…彼が死んでもう半年なる。未だに遺体は見つかっていないが。

 

『貴方もいい加減働いて。いい?行かなかったら、私が貴方を無理矢理にでも連れて行くからね⁈ダグ教授の顔写真は送っておくから自分で探して』

 

紗枝からの一方的な任務を伝えられ、通話は終了した。

玲奈ははあと息を吐きながらも、クローゼットを開き、いつもの装備を身に付ける。その時の拳銃やナイフは…いつも以上に重かった気がした。何せ、半年以上何もしないでいたから当然だろうが、こんな状態で自分はこれから生きていけるのだろうかと…自身に問う玲奈。

それでも玲奈は、拳銃を腰に付け、適当に服などをバッグに詰めて部屋から久方ぶりに出て行くのだった。

 

 

 

 

リッキーは退屈に空港で待っていた。ダグは搭乗口で誰が来るのか期待しながら待っていた。一応、紗枝隊員からは今は抜け殻みたいな感じだけど、やる時はやる奴…と聞かされている。

そうやって日本から来た飛行機を降りて来た観光客の中に紛れて出てきた1人の女性にダグの目は止まった。写真で見た女性と同じだ。

 

「やあ、君が玲奈隊員ですか?」

「そうですが…あなたがダグ教授ですか?」

「そうです。遠路はるばるすみません」

「…いえ」

 

紗枝から聞かされている通りだった。確かに今の玲奈の目に光は見えない。抜け殻……という程深刻ではないが、まだ何かしらのショックから抜け出せずにいるのはすぐに分かった。

 

「リッキー!行くぞ」

「いつまで待たせるんだよ、叔父さ……ん⁈」

 

リッキーは振り向いて初めて玲奈を見たが…固まってしまう。

彼女いない歴20年の彼にとって、玲奈の美貌は凄まじいものだった。汚れが全くない透き通った肌、(つや)めく焦げ茶の髪…。そして、この少し離れたここからでも分かる程の美しい体型。

リッキーは全てに圧倒されていた。

 

「彼は?」

「私の(おい)だよ。名前は……」

 

ダグが紹介する前にリッキーは瞬時に彼女の手を取り、目を輝かせて自己紹介を開始する。

 

「リッキー・トザワです!20歳です!彼女いません!」

「………」

 

玲奈は無反応でリッキーを見ていた。あまりの無反応さ故にリッキーは心の中で「あれ?」と呟いてしまっている。

ダグはそんなリッキーを見て、はあと大きく溜息を吐くのだった。



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第19話 始まりの夜

長いです。とにかく長い!
グダグダですみません。


その後、簡単な自己紹介を終えた3人はすぐにダグが用意したプライベートジェット機に乗り、マルハワ学園へと向かった。

玲奈にはそんな学校の名前は全く聞いたことがなかったが、リッキーたちの大学…主に東南アジアでは一応噂される程の学校らしいのだが…その学校がある場所がまた曲者だった。

1番近くの空港に着いたら今度は悪路でも問題がないジープへと乗り換えて、ジャングルの中をひたすらに進んだ。最初は道らしき道もろくに無かったが、大体2日程経って漸く獣道らしき道に沿って進むことが出来た。

 

「ひょ~!人里離れた全寮制の高校!あるのは知ってたけど、遠すぎだろ!」

「…本当。もう悪路を走って2日くらいじゃないの、ダグ教授」

「そうだな…。ここまで遠いとは……」

 

そうやって話していると、リッキーは思い出したかのようにダグに聞いた。

 

「なあ!叔父さん!ここで頑張ったら細菌学の単位くれるってマジ?」

「ああ、大マジだ」

「単位?」

 

玲奈は訝しげな表情を浮かべた。今のリッキーの話で、リッキーはまだ何もダグから聞いていないんだなと分かった。

 

「ダグ教授、私を呼んだ理由は何?単に甥っ子と一緒に名門校に見学に来ました……って訳ではないですよね?」

「………」

 

ダグは黙ったままだ。

 

「そうだ!俺もまだその事聞いてないぞ?どうして?」

 

リッキーにまで聞かれてしまって、ダグは重い口を開いた。

 

「マルハワ学園の理事長から依頼があったんだよ。学園内で生物兵器かもしれん事件が発生したとな…」

 

ピクッと玲奈の身体は反応した。

 

「叔父さんに直通で?」

「そうだ」

「しっかし…どうしてそんな依頼を疑うことなく受けたの?」

 

ダグは少し戸惑いを持ちながらもリッキーの問いに答えた。

 

「そのマルハワ学園理事長のグラシアなのだが…実は…私の昔の恋人なんだ」

 

それを聞いた途端にリッキーは飲んでいた水をぶっと吐き出した。

咽せているリッキーを横目に、玲奈はこれで自分が呼ばれた理由が分かった。つまり…。

 

「もし…学園内でバイオハザードが起きていたら、この事をBSAAに伝えるのが私の役目?」

「いや…玲奈隊員…。グラシアは……」

 

ダグが話を続けている途中で、リッキーが向こうを指差した。

 

「おい叔父さん!アレじゃね?」

 

リッキーが指差す方向には、このジャングルには似つかわしくないコンクリート製の道路が現れ、目の前には立派な校舎と礼拝堂が姿を見せた。この学園の大きさには玲奈も舌を巻いた。

 

「これが全部学校の敷地?うひゃー、デカいなあ」

 

リッキーも今自分が通っている大学なんて、ちっぽけ過ぎるくらい大きい学園に圧倒されていた。

ダグは車を校舎の正面出入り口から入れて、校舎の来賓客用の駐車場に停止させた。玲奈とリッキーは車から降りて、2日も車に乗っていたせいでこっていた身体を思い切り伸ばした。

 

「へえ…ここが将来世界へ羽ばたく人材の園…か…。まるで別世界だな!」

「ああ…聡明な顔ぶればかりだ。うちの大学もこういう風にしてほしいよ」

「叔父さん、それ俺に言ってる?」

 

リッキーとダグの話には全く興味のない玲奈はこの学園をゆっくりと見ていた。白い制服を着た生徒たちが玲奈やリッキーたちを不思議そうに見ている。

だが、中には玲奈の身体や顔に欲望でギラギラしたような表情で見ている者は少ないが、いた。こんな人たちが聡明な者なのかと……エリートとは何なのか分からなかった。

すると……。

 

「ダグ教授に玲奈さん…ですね?」

 

3人の側に2人の女子高生が近付いてきた。

1人は黒髪の長髪でアジア系の女性、もう1人は金髪でウェーブがかかった白人女性。どちらも美女で、リッキーの目が鋭く光った。

 

「お⁈おっ!」

「私は生徒会長のビンディと申します」

「同じく副会長のアリサです。マザー・グラシアからお迎えに行くよう言われて参りました」

「それは有難い。何しろこの学園は広いからどこに行けばいいか分からなくて…。そうだ、こいつは…」

 

リッキーはまたダグが勝手に自己紹介を済ませる前にビンディの両手を掴んで、目を輝かせて話し出した。

 

「ダグ教授の助手のリッキーです。彼女いません。よろしく!」

「は、はあ…」

 

ビンディは困惑するばかりだが、その一方アリサは…。

 

「まあ!あの聡明なダグ教授の助手さんなんて…ご立派ですね!」

 

と、2人は対称的な感じに玲奈は見えた。

そして玲奈はデレデレしているリッキーを見て、ダグ教授に聞いた。

 

「甥っ子さんはいつもこんな感じなの?」

「…青春が出来ていないだけなんですよ、アイツは…」

 

ダグ教授は再び頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

それから3人はビンディとアリサの案内で、この学園の理事長室に通された。校舎から少し離れたところに建物があり、その一階にあった。

そこにいたのは修道服を着た若い女性だった。右目の下にホクロがあり、茶髪の髪を持っていると修道服の隙間から伺えた。

対面した3人だが、それぞれ異なる反応をしていた。

ダグはグラシアとの久しい再開に懐かしさを向けている。

リッキーはどこかこういう女性は得意じゃないなと思ってしまい、髪を掻いてしまう。

玲奈はただ無言で彼女を見詰めているだけだった。

 

「それでは、私たちは失礼します」

「えー?もう居なくなっちゃうの?」

 

デリカシーのない発言をするリッキーにアリサは小さな声で付け加えるように言った。

 

「後で“外”の話を聞かせてくださいね!リッキーさん?」

 

頰を赤くさせて行ってくるアリサにリッキーの心は揺れる。

リッキーはまさか自分がモテているのかと、興奮していた。

そんなのは置いておいて、ダグは数秒見詰めた後に口を開いた。

 

「久しぶりだな、グラシア…」

「お互いに年を取りましたね、ダグ…」

「…そう、だな」

 

面倒くさそうな女性だと玲奈は直感した。グラシアはすぐに立ち上がり、部屋の外に出るよう指示してきた。

 

「ダグ教授、こちらです」

 

グラシアが案内したのは、この建物の地下室だった。真っ暗闇で底が見えない程の階段を降りていき、1番下に辿り着くと…そこには鎖で繋がれたアンデッドが1体…。

ダグと玲奈は見慣れているから問題ないが、リッキーは初めてアンデッドを見たために猛烈な吐き気に襲われた。

 

「うおっ…ぷっ…」

 

ダグ教授と玲奈はゆっくりと近付き、そのアンデッドをじっくり観察する。人間が近付いたためにアンデッドは新たな肉を欲しようと、鎖で身体中を拘束されていても構わずに暴れる。

 

「間違いない…J-ウィルスによるアンデッド化だ」

「やはり生物兵器ですか…」

「噛まれるなよ。感染するぞ!」

 

リッキーは未だに直視出来ない。暴れる度に血が溢れ、辺りを赤に染めていく。

 

「これは私1人で解決出来る問題ではない。玲奈、至急BSAAに連絡を…」

「…無理」

 

玲奈の口からは「無理」と出た。

 

「無線が使えない。1番近い基地からでも電波が届かないのよ」

「ここでは携帯電話や無線機は通じません。それにダグ…何故BSAAがここにいるのです?他言無用でと言ったでしょう?」

「…事件を公にしたくないから…だろう?」

「そうです。ここはマルハワ学園……あってはならないのです…。バイオハザードなど…」

「あなた何言ってるの⁈」

 

ここで玲奈が怒鳴り声を上げた。

 

「感染の原因も分からないのに、これ以上何の関係もない生徒たちがこんな化け物になっていくのを見過ごしていくって言うの⁈」

「原因究明はダグに任せるのですよ」

「玲奈隊員の言う通りだ!もしこの女生徒みたいなアンデッドが学園内で広がったら、あの事件のように地獄絵図に…!」

「だから専門であるあなたを呼んだのです」

 

何を言っても今は無理だと思ったダグは質問を変える。

 

「……この女生徒はどうするつもりだ?彼女はもう人間には戻らん」

「…それは後々決めます」

 

そこで会話は終わってしまうのだった。

 

 

 

 

リッキーはフラフラと校舎内を歩き、あのアンデッド化した女生徒の姿を思い出す度に吐き気を感じてしまうループに陥っていた。

ベンチで座って、今更だがどうして付いて来てしまったのかと後悔してしまう。

 

「あー!クソ‼︎来るんじゃなかった!」

 

そうやってボヤいていると……。

 

「あの~大丈夫ですか?」

「お水要ります?」

 

リッキーの心を揺らがさせる女子たちが心配そうに見詰めてきたのだ。リッキーは「は、はい!」と多少テンパりながらも、水を口に含む。

彼女たちの優しさを身を持って体験して、リッキーも原因究明に頑張ろうと思ったところで…ドスの効いた声が聞こえた。

 

「おいお前かあ?外から来たってのは?」

 

リッキーは校舎の裏の辺りに連れていかれた。

連れて来たのは、白い制服を乱雑に着たいかにも不良と言う言葉が似合いそうな奴らだった。

 

「なんか面白いもん持ってきてねえのかよ?」

「まずはアタシらに挨拶…よね?」

 

そう脅されてもリッキーは全く取り乱さなかった。

 

「へえ…こういう進学校でもお前たちみたいのがいるんだな…」

「何だと⁈テメエ俺たちがどういう人間か分かって……」

 

1人の男の拳がリッキーに向かってくる。

しかし、それは横から割って入ってきた玲奈によって止められた。

 

「やめなよ、いじめは」

「ああん?何だよ、このアマ?」

「…反省が見られないわね…。じゃあ…」

 

玲奈が腕に力を込めようと思った時、聞き覚えのある声によって止められた。

 

「やめなさい!貴方達!彼らはマザーのお客人よ!」

 

副会長アリサの一言で不良たちは苛立ちを見せながらも、リッキーたちの目の前から消えた。

 

「あ、ありがと!アリサちゃん」

「いえ、学園の風紀を守るのも副会長の使命です」

 

そう言ってリッキーとアリサは楽しげに話し込み出した。

そんな仲良さげな2人を見て、玲奈は無意識の内に竜馬の笑顔が思い浮かんでしまう。

涙が溢れる前に玲奈はすぐにリッキーたちから離れていくのだった。

 

 

 

 

その夜……リッキーは窓から溢れる月光が眩しくて目を覚ましてしまう。隣で寝ているはずのダグの姿はない。トイレにでも行ったのだろうと思ったリッキーはもう一度眠りに就こうと思ったら…突然目の前に金髪のウェーブがかかった女生徒が目の前に現れた。

 

「えっ?あ、アリサちゃん⁈」

 

驚きのあまり身体を動かせないリッキーはこれからアリサが何をしてくるのか、興奮しながらも緊張していた。

しかし、一向にアリサは動かない。不思議に感じたリッキーがアリサの名を呼ぼうとした時…。

 

「クッ…カアアアアアアアアアアア‼︎‼︎」

 

白目を剥き、口から血を流すアンデッド化したアリサを漸く直視することが出来た。リッキーは即座にベッドから起きて、アリサから離れようとする。

だが、ここまで距離を詰められてしまったリッキーには逃げる余裕はなかった。掴まり…歯を肩に食い込まれ…血飛沫が飛んだ。

 

 

この瞬間…彼らの戦いは始まったのだった。




次からは短く出来るよう努力します。


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第20話 奇跡

サブタイトルマジで思いつかなかった…。


ダグは2人が眠りに入った後もたった1人で感染の発生源を突き止めようと学園内を探索していた。彼はもう2度と東京事件のような悲劇が起こってほしくないと願っていた。

あの事件でウィルスが蔓延した原因として、アンブレラ社はウィルスの不始末だと公表していたが、実際は違うと思った。ダグでもあの事件の真相は暗闇に沈んだままだ。だが尚更、そのためにも原因を特定しなければならない。

しかし……。

 

「この広大な敷地から発生源を見つけるのは簡単ではないな…」

 

日が上がっていた時は玲奈にも手伝わせていたが、特に関係性のあるものは見つからなかった…とのことだった。

そんなことばかり考えていると、急に眠気が襲ってきた。

これじゃあもう調査は続行出来ないと、リッキーが寝ている部屋に向かおうとした時…『彼』の悲鳴が夜の静かな学園に轟いた。

 

「ぐっ、がああああああああぁ‼︎」

 

その悲鳴は間違いなく、リッキーのものだと分かったダグは頭の中で最悪の展開を思い描いてしまった。

 

「まさか…!」

 

ダグの眠気は一瞬で吹き飛び、その足は自らの部屋へと駆け出すのだった。

 

 

 

 

玲奈もリッキーの悲鳴で眠りから無理矢理覚められた。尋常ではない悲鳴にリッキーに何かあったことは明白だった。

玲奈はナイフと拳銃を持って、ダグとリッキーの寝室に飛び込んだ。そこにはリッキーの肩に噛みついたまま離れようとしない、昼間に見たアリサがいた。この光景を見るだけで彼女はアンデッド化したのだと分かった。

玲奈はまずリッキーからアリサを引き剥がし、地面に押し倒したところで額からナイフで突き刺し、彼女を絶命させた。

玲奈がアリサを殺してすぐにダグとこの学園の警備隊が雪崩れ込んできた。彼らは血塗れのパジャマを着た玲奈が放つ途轍もないオーラに一瞬たじろいだが、ダグはすぐに倒れたリッキーの元に駆け寄った。

 

「リッキー‼︎リッキーィッ‼︎‼︎」

 

リッキーの傷はそこまで酷いものではない。しかし、アンデッドに噛まれたとなると話は別になってくる。急いで傷を応急措置して、ベッドに寝かせると、そこに何の焦りも見せずに悠々とグラシアがやって来た。

 

「…!グラシア‼︎お前が学園の威厳に拘った結果がこれだ!早くどうにかしないと学園は崩壊する!東京事件の二の舞になるぞ⁈」

 

グラシアは担架で運ばれるアリサの死体を一目した後に、ダグと玲奈たちに言った。

 

「ダグ、今日は部屋の前に見張りを置いておきます。もしあなたの甥が彼女と同じようになった時、すぐに“処置”出来るように…」

「…あなた…生徒がこんなことになって何とも思わないの?」

 

怒りで震える玲奈の質問にグラシアは答えることなく、さっさと部屋から出て行ってしまった。

 

「グラシア‼︎」

 

ダグはもう一度叫んだが、彼女が戻ってくることはなかった。

 

「…ムカつく女」

「彼女は何も分かっていない…。今日の昼間…普通の女子高生が一晩の間にアンデッドとなった……。これが何を指し示すか…」

「…発生源はやっぱり学園内にいる」

「そうだ…。……玲奈隊員、今晩でリッキーはダメだろう…。すまないが、今晩だけは私とリッキーの2人にさせてくれんか?」

「分かったわ。でもアンデッドになったらすぐに…」

「分かってる」

 

ダグはそう言って、ベッドの上で苦しむリッキーの手を強く握った。

玲奈はその後は何も聞こうとはせず、すぐに部屋から出て行くのだった。

 

 

 

 

玲奈たちがグラシアとの対立を深めている頃、とある国ではバイオハザードが起きていた。その制圧に向かったのは、たった3人。

廃墟同然の建物の中で海翔、智之、そして紗枝が戦闘を繰り広げている。海翔が放った拳はアンデットと化した犬の顔面を捉え、遠くに吹き飛ばした。その背後からアンデッドは音もなく、忍び寄ってきている。それに気付いた智之は弾が入ったケースを投げた。

 

「海翔!」

 

上手く掴んだ海翔はすぐ様それを拳銃に込め、アンデッドに額を貫いた。その後、ものの数十分でバイオハザードは鎮圧された。

 

「お疲れ、俺らが出る幕でもなかったな!」

「そんなこと言ってられるのも今だけかもしれんぞ?突如予測不能な事態になることもあるからな…」

「だとしてもよ、海翔」

 

奥の方から背伸びをしながらやって来た。

 

「お疲れ、紗枝さん。相変わらずお美しいことで…。まあ、ともかく一仕事終えたから、飯でも食いに行くか?」

「悪いけど、飲みに行くなら2人だけで行って。私はシンガポールに用があるの」

「シンガポール?どうしてだ?紗枝」

「今回のBOWの解析をダグ教授に頼んで来いと言われたの」

「ダグ教授って…今玲奈と一緒にいる大学教授のことか?」

「ええ。まあ明日には帰ってくるから大丈夫よ。ついでに玲奈の迎えもするわ」

「なら俺も行こう。玲奈には……ちょっと元気付けてやる必要があるからな…」

 

そう言った途端、2人は一瞬返事に戸惑った。はっきり、竜馬の死を受け止めていれてないのは玲奈だけではない。この3人もそうだった。

 

「とにかく…行きましょうか」

 

そう紗枝が言うと、2人は頷き、さっさと車に向かうのだった。

 

 

 

 

「ぐっ…うあああああ!」

 

リッキーの喉からは噛まれたことによる痛みが止まることなく流れていた。ベッドのシーツが乱れ、身体からは汗が噴き出る。

それでもダグは居眠りすることなく、汗を拭き、リッキーに語りかける。

 

「リッキー…すまない…。私がこんなところに連れて来たばかりに……」

「お……叔父…さん…」

 

リッキーの震える声がダグの耳に入ってくる。

 

「俺も……アリサちゃん……みたいに、なる……のか…?」

「…………」

「もし…なったら……構わずやってくれよ…?グラシアの、部活……や、玲奈さ…んに、任しても構わねえ……。あん、なになって…人を食うなんて……まっぴら…ごめんだ…」

 

ここでダグの涙腺が崩れた。次々と涙が溢れ、リッキーに謝罪を言う。

 

「リッキー……すまない…すまない………」

 

 

 

 

だが…奇跡は起きた。

朝日が昇っても…リッキーはアンデッドにならなかったのだ。

ダグ自身ももうダメだと諦めていたのに、こんな奇跡が起きるなんて、予想だにしなかった。

 

「な、何ともないのか⁈」

「ん……ちょっと肩が痛いだけくらいかな…」

「バカな…」

「えっ⁈それじゃあこれから…」

「噛みつきによる感染は1日以内に起こる。夜を越したということは安全なのだろう」

 

リッキーはそう聞いて、喜びの雄叫びを上げるが、ダグは釈然としなかった。明らかに噛まれていたのに感染していない…どこか妙だとも思えた。

ここで突然部屋の扉が勢いよく開いた。

その扉の前には驚いた表情の玲奈が立っていた。

 

「感染…していない⁈」

「あ!玲奈さん!おはようございます!俺、どうやら感染から脱したみたいで…」

 

暢気に言うリッキーだが、玲奈は気が気でなかった。

噛まれたのにアンデッドにならない……ということは、J-ウィルスに耐性があるのではないか?と玲奈は思ってしまった。

しかし、自分以外にいるのだろうかとも思えてしまう。

そうやって考えていると、ダグは玲奈に話しかけた。

 

「玲奈隊員、朝食を済ませたらすぐに校内を探索しよう」

「そうですね。グラシアは気に食わないけど、ウィルスを食い止めるのは私たちの仕事だわ」

「待ってくれ!叔父さん!俺も……俺も手伝うよ‼︎」

 

そう言って、始めたのが……。

 

「リッキー‼︎そこだ‼︎逃がすな‼︎」

「うおおおおおおおおお‼︎」

 

…ネズミ獲りだった。

もちろん、リッキーたちの声は周りのクラスにダダ漏れで、全員が(いぶか)しげな表情で2人を見ていた。それを見ている玲奈も頭を抱えてしまう。そんな恥ずかしいネズミ獲りは朝から夕方にまで及ぶのだった。

 

「はあ、はあ…。くっそ~1匹も捕まえられなかったあ!叔父さん、これじゃあ(らち)があかないよ」

 

リッキーはベンチに座って、疲れた表情で言った。

 

「非効率かなあ…」

「充分非効率だと思いますよ、教授…」

 

玲奈は呆れ気味に言う。

ダグもこんな恥ずかしくて情けない痴態を晒したい訳ではない。何がウィルスを媒介させているか分からないため、何かしらの生物を検体しようと考えていたのだが、この様である。

すると……。

 

「お疲れ様です」

「あっ!ビンディちゃん…」

 

どこか心配気な彼女は、リッキーたちにとあることを聞く。

 

「お疲れのところ悪いのですが……アリサがどこにいるか知りませんか?部屋にも授業にも出ていなくて……」

 

それを聞いたダグと玲奈は顔をお互いに見合わせた。リッキーも表情を固めたまま変えることはない。

3人の様子からビンディは彼らに問い詰めた。

 

「知ってるんですね⁈彼女のこと!」

「あ、いや……」

「教えてください‼︎彼女は…私の大切な友達なんです‼︎」

 

ビンディのあまりの必死さにリッキーは折れかけていた。

もう少しでアリサがどうなったか言おうとしたところで……

 

 

 

学園内全体に轟く程の爆発が起きたのだった。



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第21話 絶対王政

爆発し、燃え盛る建物がダグ、リッキー、玲奈や学園内の目に入った途端、学園内は凄まじい悲鳴で包まれた。静かだった学園は一瞬にして、逃げ惑う生徒とその悲鳴で埋め尽くされた。時にはリッキーや玲奈の肩にぶつかって転ぶ者もいた。

 

「みんな‼︎落ち着いて!」

 

ビンディの一言で全員は少しだけ落ち着きを取り戻したように見えた。

 

「生徒会長!」

「すぐに消防署に連絡するのよ!」

「で、ですがどうやって外に連絡を⁈」

 

ビンディはそう言われて唇を噛んだ。

確かにその通りだ。外への連絡が出来なければ、消防車を呼ぶどころか警察も何も呼べやしない。その事実を突き付けられてどうしようか考えていると、澄んだ声がリッキーたちのところに響いた。

 

「消防車は必要ありませんよ、ビンディ。それに…皆冷静に!」

 

グラシアの言葉1つで生徒たちは胸に手を当て、軽くお辞儀をした。その姿はとても異様で…玲奈やリッキーたちは何とも言えなかった。

そしてグラシアは表情を全く崩すことなく、あの燃えている建物について説明をする。

 

「燃えているのは元々取り壊し予定だった部室棟です。周りには燃え移る物もありませんし、放って置けばじきに燃え尽きます」

 

そう言われてもリッキーたちは納得出来るはずがなかった。

万が一のこともある。だが…他の生徒は……。

 

「マザーがそう言うなら安心ね」

「良かったわ。大事に至らなくて…」

 

何の疑いも見せなかった。誰もグラシアの言葉を何1つ疑おうとしていなかったのだ。これにはダグや玲奈も驚きで、この学園の異常性が垣間見れた気がした。

 

「大丈夫そうですね、生徒会長」

 

そう言われてもビンディは恨みがましい表情をグラシアに向けたまま動かすことはない。

その間、リッキーもグラシアに訝しげな表情を向けていた。

明らかにおかしい。誰も近付けないようにするために今出てきて、安心だと思わせたのでは…と考える。では、何を隠そうとしているのか…。

そんなものは…リッキーの中では1つしか思い浮かばなかった。

あのアンデッドになった女生徒とアリサだ。

そう分かった途端にリッキーは燃えている部室棟へと駆け出した。

 

「リッキー⁈」

 

玲奈の声が耳に入ったが、リッキーは止まることはない。

その後を急いでダグも追う。

 

「リッキー、どうした⁈」

「分からないのかよ、叔父さん‼︎あの女!全部無かったことにする気だ!」

 

リッキーたちが部室棟に着いた時でも、火は全く収まってなかった。その中に突っ込もうとリッキーはしたが、玲奈は彼の服を掴んでそれを止めた。

 

「何するんすか!行かせてください、玲奈さん‼︎」

「危険過ぎる!私が行くわ!」

「女の人にそんなこと頼めるか!」

 

玲奈の制止を振り切ってリッキーは炎の中に突っ込んで行った。

玲奈もはあと溜め息を吐きながらも、ダグにこう言ってから彼女も炎の中へと飛び込んだ。

 

「ダグ教授は外に‼︎」

 

リッキーと玲奈が中に入ると、燃えて炭化した木材や脆くなったコンクリートが2人の周りに落ちてくる。ガラスも割れ、破片がリッキーの頬を引っ掻くがそんなのは気にしない。

 

「チキショウ!こんなの許されてたまるかよお‼︎」

 

玲奈も髪や皮膚に傷が付かないように炎を防護しながらリッキーと共に部室棟の奥に進んでいく。その中であの地下室で言っていたグラシアの言葉が思い浮かんだ。

 

『そう…ここはマルハワ学園…。あってはならないのです、バイオハザードなど…』

 

そのためなら何でもやる……そういう意味だったんだと理解した玲奈はグラシアに更なる怒りが湧き上がってくる。

そう思っていると不意にリッキーの足が止まった。

何があったのか聞こうとしたが、それは聞くまでもなかった。

2人の前に転がっている“もの”…それは焼け焦げた女性の死体2つ…。

しかもどちらともリッキーと玲奈には見覚えがあった。

 

「あ、アリサ…ちゃん…」

 

リッキーの目から一粒の涙が溢れる。

そうやって2人が焦げた死体を傍観していると、後ろからビンディが…。

 

「お2人さん?何があったのですか?」

「!来ちゃダメ‼︎」

 

玲奈は来ないように呼びかけたが、時既に遅し…。

ビンディは死体を見て、目を大きくさせてそのまま気を失ってしまう。倒れる身体をリッキーは急いで支えた。

 

「これを無きものにするだと⁈ふざけんじゃねえよ…マザーグラシア‼︎」

 

リッキーは気絶したビンディを抱えたまま、そう怒りの言葉を呟くのだった。

 

 

 

 

その頃、紗枝たち一行はダグが居座っている大学に到着していた。

日程が同じように進んでいれば、今日玲奈やダグは帰って来ると思っていた。が…その肝心の2人は未だに帰ってきていなかった。

 

「ダグ教授が予定通りに帰ることなんて滅多にありませんよ。今回もいつも通りだから気にはしていませんが…」

 

彼の秘書はそう言う。

 

「でも…教授は今回はいつも通りに帰って来るって言ってたんだけど…」

「行き先は分からないのか?」

「あ、そういえば聞いてない…」

 

2人がどうしようか悩んでいると、ダグの部屋の外から暢気な声が聞こえてきた。

 

「じゃあな、姉ちゃんたち!」

「智之…大学の子でもナンパしてたの?」

「まさか!それより、彼らが向かった場所が分かったぜ?」

「どこ?」

「それより……腹減ったからここの食堂で何か食わないか?」

 

3人は車で約半日使ってここまで来たため、ろくな食事にありついていなかった。紗枝もそう言われると、お腹が切なく鳴った。

 

「…そ、そうね…。続きは学食で…」

 

3人はすぐに食堂に移動して、それぞれ選んだ。

海翔と智之はいつもの量の食事を頼んだが、紗枝は…余程お腹が空いていたのか普段の3倍の量があるチャンポンを頼んでいた。

 

「あれが痩せの大食いか?海翔さん」

「聞かれたら殺されるぞ?」

「2人とも、何か言った?」

「「いいえ‼︎何も⁈」」

 

殺されるのは勘弁なため、2人はほぼ同時に答えた。

紗枝は頭の上にハテナマークを浮かべながらも、チャンポンを口に含んだ。

 

「あっ!美味しい‼︎」

「そら良かったな」

「で、智之、彼らの行った場所は?」

「ああ、あのダグ教授の甥がペラペラ自慢してたんだ。行ったのはマルハワ学園だと」

「マルハワ学園?」

 

海翔は聞き返す。

 

「樹海の中にある全寮制の高校だと。そんなところに入学するのは俺はごめんだね」

「それで、連絡は取れるのか?」

「それも聞いたけど、樹海の中だからか無線も通じないんだと」

「そいつはお手上げだ」

「なら……行く?」

 

紗枝の一言に2人は溜息を吐きたくなったが、予定外なことが起きているから早めに探すことは先決だろう。

 

「決まりね」

 

マルハワ学園に行くことが決定すると同時に、さっきのチャンポンを作っていたシェフが急に出てきて紗枝たちに聞いた。

 

「おい!あんたらマルハワ学園に行くのか⁈」

「そうだが?」

「俺はここで働いているヨシハラってもんだけど…娘を探して欲しいんだ。ここ3ヶ月手紙の連絡がないんだ。名前は……ナナン」

 

 

「ナナン・ヨシハラだ」

 

 

 

 

玲奈とダグはグラシアがいる理事長室に足を踏み入れていた。

グラシアは玲奈の怒りの視線に怯むことはなかった。それは周りにいる教員や生徒も同じように睨んでいるから、平然としていられるかもしれないが…。

 

「別によろしいでしょう?彼らが公になればパニックになります。それに言っていましたよね、ダグ。彼らは元には戻らない…と」

「だからってあんなことが許されると思っているのか⁈どうしてそこまで学園の威厳に拘る⁈」

「あなた方はウィルスの発生源を探すだけでいいんです」

 

我慢の限界を迎えたダグはグラシアに詰め寄ろうとする。しかしそれを阻むように1人の生徒が立ち塞がったが、そいつは押し倒した。

だが、次に飛んできたのは蹴りだった。

見事な飛び蹴りをかましてきた足はダグの額にもろ直撃し、彼を地面に倒した。

 

「ぐうっ…!」

「ダグ教授!」

 

玲奈も我慢の限界だった。

頭に来た玲奈も詰め寄る。案の定、今度は巨漢警備の男が前に立ち、玲奈の服を掴んだ。

 

「これ以上近寄るな!」

 

玲奈は掴んでいる腕を掴むと、そのまま一気に捻り上げた。

 

「ぐおっ⁈」

 

巨漢の身体は一瞬にして玲奈の小さな身体に負けたのだ。

 

「やめなさい、皆さん」

「しかしマザー……」

「やめるのです」

 

そうグラシアが語気を強めると、全員が先程の火事騒ぎの時のように手を胸に当てて軽くお辞儀する。

 

「ダグ、それよりもあの甥は噛まれたのでしょう?彼が感染者になったらどうするのです?」

「…リッキーが感染した可能性は低い。何かあれば私が責任を取る。玲奈隊員、離してやれ」

 

玲奈は一瞬グラシアを見たが、すぐに放り投げるように男の手を離した。部屋を出る際に玲奈は警告とも言えるような言葉を露わにした。

 

「この学園は狂っているわね、マザー‼︎」

 

バタンと大きく扉が閉まり、グラシアはふうと溜息を吐くのだった。




この章、長くなりそうなので原作の一部分は端折っていきます。
申し訳ありません、グダグダにさせたくはないので…。


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第22話 崩れ落ちる均衡

玲奈とダグの帰りを待つリッキーはどうも落ち着いていられなかった。グラシアが仕向けたこの学園で起きているバイオハザードの隠滅…それに感染したアリサたちをアンデッドと分からせないために火で焼き尽くしたのだ。

あの後、リッキーたちはすぐに建物を出て、崩れ落ちる瓦礫から脱したが、アリサたちの遺体はもうほぼ骨だけとなっていた。それを見ていたリッキーは更なる怒りを覚えた。

その苛立ちから壁を思いっきり叩いた。

 

「くそッ‼︎」

「リッキー、今すぐ荷物をまとめるんだ」

 

そうやっていると不意に部屋に荷物を持ったダグと玲奈が立っていた。玲奈の表情は怒りで浸透していて、一触即発みたいな状況だった。ダグも額を蹴られて痛かったが、それを気にする余裕はない。

 

「出て行くのかよ、叔父さん!もし俺たちがいない間にまた奴らが出たら……!」

「その気持ちは分かるが、グラシアには何を言っても無駄だった。今はとにかくBSAAの増援を送るべきだ!」

「でも…」

「大丈夫よ。無線さえ繋がれば、すぐに来てくれる」

 

2人に押されてしまったリッキーは力なく頷くのだった。

 

 

理事室でグラシアは窓から見える学園をじっと眺めていた。

彼女の全てはこの学園だ。そのためならグラシアはどんな手を使ってでも、この学園の威厳を守ろうと思った。そうもう一度心が折れないよう、誓っていると、突然バタンと扉が乱暴に開く。

振り向くと、血だらけの男子生徒がグラシアに牙を剥いていたのだ。突然の出来事に固まってしまうグラシアだったが、そのアンデッドは口の後ろから燭台によって刺され、グラシアに襲って来たのは飛び散った血だけだった。

 

「マザー!ご無事ですか⁈」

「早く取り押さえろ‼︎」

 

グラシアは顔にかかった血を拭うと、机の引き出しを開いた。

その時、アンデッドはまだ絶命していなかったため、身体を暴れさせて、今度は周りにいる生徒に襲いかかろうとした。

しかし、1発の銃声がアンデッドの左目を貫いた。

 

「ここはマルハワ学園…。私の聖域を穢す者は…」

 

もう1発、拳銃から弾丸が発射され、今度はアンデッドの脳を貫き、確実な死をもたらした。

 

「誰であっても容赦はしない」

 

いつもと明らかに雰囲気が違うグラシアに生徒たちは戸惑いを隠せない。そして、静かな声でグラシアは言った。

 

「処分しなさい」

 

グラシアは息を吐き、この血の汚れを落とそうと自室に戻ろうとした時、窓の外にいる黒いフードを被った人物が見えた。

よく見ようと窓を開け、目を凝らすとフードが風で揺れ、顔の一部が見えた。

 

「‼︎」

 

それを見た途端、グラシアは驚愕した。

驚きのあまり声を上げれずにいると、“彼女”はそのままゆっくりとグラシアに背を向けて、森の中へと消えて行った。

 

「アレは…まさか…!」

 

グラシアはそう呟き、事態はいよいよ簡単には収拾出来ないと分かったのだった。

 

 

一方その頃玲奈たちは乗って来た車の前で固まっていた。

目の前の車は完全に壊され、修復は不可能な状態になっていた。

 

「向こうの方が一枚上手だったか…」

「歩いては出れないの?叔父さん」

「広大なジャングルだ。遭難がオチだ」

 

リッキーはため息を吐くのだった。

 

 

それから3日程は何も起きず、淡々と時間だけが過ぎていった。ダグや玲奈たちもウィルスの発生源の特定を急いだが、結局捕まえたネズミを調べても何も分からなかった。頭を抱えている3人は突然、校舎の屋上に呼び出されるのだった。

 

 

屋上には玲奈が腕を捻り上げた男…名前はカプールがタバコを吸っていた。

 

「おっ、来たか」

「何の用だよ、用がないなら俺は学園祭を回っているぞ?」

「まあそう言うなガキ。今回はお前らに渡すもんがあるんだよ」

 

そう言うとカプールは床に置いていたケースを開いた。中には拳銃が三丁入っていた。それを見たリッキーとダグは息を飲んだ。

 

「あんたは持ってるからいらないだろ?3つ目は俺のだ」

「…どうしてこれを?」

「マザーから頼まれたんだ。いざって時のために…。それに真っ先に感染者を始末出来るようにってな」

「あの女は学園を戦場にしたいらしいわね」

 

リッキーは恐る恐る拳銃を持つ。腕から伝わる圧倒的な重みに声を上げてしまいそうだった。

 

「使い方は後で教えてやるよ」

「その前に…カプール…と言ったな。グラシアが何故ここまで学園の威厳に拘るのかいい加減知りたいんだ」

「…俺もそこはたまに疑問に思う時があるよ…。でも、マザーは自分のためでやってるんじゃねえ…。マザーの父君が残してくれたこの学園を守りたいだけなんだ!」

「そのためにはバイオハザードや不祥事を次々に隠蔽していいと?」

 

玲奈がそう聞くと、カプールはフッと笑ってから言った。

 

「それは…正論だな…。あんたの言う通りさ。手放してしまえば…全て楽に出来るのに…」

 

感慨に耽っているカプールを見た3人は一方的にグラシアを責めるのはナンセンスだと思った。

 

「ということで、これからは銃の練習もするから覚悟しておけ!…あ!それとマザーからこいつを」

 

カプールが取り出したのは1枚の写真だった。

写っているのはピースをした1人の女性…。

 

「これが何だ?」

「マザー曰く、犯人かもしれない奴だとさ」

「じゃあ今すぐ彼女に聞きに行こうぜ、叔父さん!」

「おっと、そいつは無理だぜ?」

「無理?どういうことだね?」

「だって、その写真の子…ナナン・ヨシハラは3ヶ月前に死んでいるからな…」

 

その事実に驚かない者はいなかった。

 

 

学園では年に一度の学園祭の準備が行われていた。楽しみにしている生徒が大半ではあるが、中には全く楽しみにしていない生徒も疎らにいた。

校舎の陰で隠れてタバコを蒸している男子生徒2人は気だるそうに会話をする。

 

「なーにが学園祭だよ。外から人なんか来ないし、大体いつもとおんなじだし……」

「俺らからしたらいつもと変わらないからなあ…。どうしてあいつらはあんなに楽しむことが出来るのかねえ…」

「ん?」

 

すると、2人の視界に黒いフードを被った女性らしき人がじっと2人を見詰めていた。タバコの火を消し、男たちは近付く。

 

「どうしたんだ?迷子かあ?」

「にしても小せえなあ。一年生か?そんなにウカウカしてると、先生に怒られちゃうよ〜?」

 

不良2人が茶化してみるものの、彼女は動じることなくじっと見ていた。頭に来た1人が彼女の身体に掴みかかった。その反動でフードが脱げた。

彼女の顔を見た途端、男たちの表情は一変した。

 

「なっ、何だこいつは⁈」

「お前…学園転校したんじゃねえのか⁈それに何だよ、それ…」

「………」

 

狼狽えている間に彼女は男たちに襲いかかった。

男たちの甲高い悲鳴が轟いたが、それは学園祭の準備で賑わっている声で掻き消されてしまうのだった。

そして…男たちは頭から…口から…至るところから血を噴き出して、ゆっくりと学園の中心…中庭に向かっていくのだった。



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第23話 感染源の正体

アンデッドとなった2人の男子生徒はのたりのたりとふらついた足取りで学園祭で賑わう声の方に向かっていく。そして、彼らがターゲットにしたのは既に目の前に広がる生徒たちだった。

女子生徒の肩を掴み、暫く固まるアンデッド。女子生徒や周りは血だらけで様子が明らかにおかしい2人に声をかけることすら躊躇させられた。だが、それは一瞬にして破られる。

女子生徒を押し倒し、彼女の首に嚙みつこうとしたのだ。

それを機に学園内は賑わっていたずの声が恐怖と悲鳴に変わった。

その悲鳴は屋上にいた玲奈やリッキーたちにもきちんと聞こえていた。

 

「何だ⁈学園祭の催しか?」

「違うわ!あれは…」

「くそったれ!」

 

カプールはそう言って、1人駆け出していく。

玲奈たちもカプールに続いて、駆け出す。でも3人とも分かっていた。こんなに人目のある場所でバイオハザードが起きてしまったことで、学園の威厳は保てるはずがない…と。

 

 

女子生徒に被さったままのアンデッドは口を大きく開いて、正に彼女の命を奪おうとした時、一本の矢がアンデッドの首を貫いた。頸動脈を裂かれたアンデッドの首からは血が噴き出し、辺りを朱に染め上げていった。

彼女が横を見ると、そこにはクロスボウを構えたビンディの姿があった。

 

「ひっ…!生徒…会長!」

「皆さん‼︎早く避難して!」

「会長!これは一体…⁈」

 

未だに状況が飲み込めていない生徒たちにビンディは急ぎ足で話す。

 

「これは祭りの催しなどではありません!見なさい!矢が首に刺さっているのに、まだ動いている…。あれは人ならざるものなんです‼︎」

 

ビンディの覇気のある声に生徒たちは更に悲鳴を上げてこの場から逃げ出す。

 

「これはバイオハザードです!全てはマザーが隠蔽し続けたこと!この事実を全生徒へ‼︎」

 

そう叫びと、ここから離れて行こうとするアンデッドの背中に矢を放った。二体のアンデッドは共にビンディを獲物として捉えた。

ビンディも背負っていたカバンを降ろして、中身を取り出す。なんとその中には何十個とあるクロスボウの矢が入っていた。

 

「あなたたちのことはよく知っています。生徒会のブラックリストに素行が悪いと書かれていることを…」

 

矢を装填し、ビンディは構えながらもこう言った。

 

「残念ですね。これでもう…」

 

それからビンディは矢を撃つのだった。だが、口元は僅かに笑っているようにも見えた。

 

 

カプールとは分かれて、玲奈たちもアンデッド二体がいる広場に到着した。だが、リッキーやダグは初めて渡された拳銃を使う必要は一切なかった。彼らの目の前には、身体中に矢が刺さって瀕死のアンデッドが二体…転がっていた。

その傍らには頭の天辺から足のつま先まで血で染まったビンディの姿があった。

 

「ビンディちゃん……だよな?」

 

リッキーは恐る恐る声を振り絞った。今、ビンディはリッキーたちに背を向けているが、その雰囲気は最初に出会った時のような明るく可憐なものではなかった。妖艶で…どこか恐ろしくも感じる雰囲気に3人とも息を飲んだ。

リッキーの問いかけにビンディはそっちに顔を向けて答えた。

 

「もう少しですよ…リッキーさん。マザーはもうすぐこの学園から居なくなる…」

 

それからすぐにビンディは着替えることもせずに、グラシアがいる講堂へと足を進めた。身体中血だらけの状態で講堂に行くなんて、玲奈からしたら少しおかしいとも思ったが、それほどまでにビンディがグラシアを嫌いであるということが分かった。

 

「ダグさんも玲奈さんも…これでマザーに文句は言いやすくなるでしょう?」

「しかし…あそこまでやると逆に混乱するかも…」

「あそこまでしなければマザーは隠蔽を続けて来たはずです。でもこれで終わりです。今頃、マザーは生徒たちの弁明に追われていることでしょう」

 

講堂の扉を開けたビンディだが、そこには全生徒とグラシアがおり、グラシアはビンディを指差してこう言った。

 

「来ましたね…学園の平和を乱した者が…。ビンディ・ベルガーラ、私を陥れようとした罪は重いですよ…」

 

ビンディは静かにマザーを見詰めるだけだった。

 

 

理事室に戻ったリッキーとダグ。玲奈はまだ完全に息の根を止めていないアンデッドの始末を行なっている。

リッキーは間髪入れずにバンと机を叩いた。

 

「一体どういうことだよ⁈ビンディは偽りのバイオハザードを起こして、学園を我が物にしようとした…その厳罰で生徒会長の職を解き、停学3ヶ月。罪の重さに比べればまだ軽い?ふざけんな‼︎」

 

我慢の限界を超えたリッキーはグラシアの修道服を無頓着に掴んだ。だが、それをダグが止めた。

 

「リッキー、今回はグラシアが正しい」

「⁈どうしてだよ、叔父さん!」

「もし今の状況でバイオハザードがあったと公言してみろ。逃げ場のないこの学園は忽ちパニックになる。そうならないためには…」

「マザーがこの学園に絶対的な位置に君臨する…それしかないのさ、ガキ」

「グラシアに吹き込んだな…」

 

ふうと息を吐き、グラシアはダグに話す。

 

「ビンディの話はここまでよ、ダグ…。あなたが知りたいことを話すわ」

「知りたいこと?」

「どうしてナナン・ヨシハラが犯人だと思うかよ…」

「是非知りたいね」

「この学園を恨むのも当然だわ…だって…彼女は私が殺したのですから…」

 

この事実に2人は動揺を隠せない。更に詳しく事情を聞こうとした時…理事室の窓ガラスが割れた。

 

「なんだ⁈」

 

肌色の触手が窓ガラスを突き破り、ダグの腹を貫いた。

 

「ごふっ…!」

「叔父さん‼︎」

 

リッキーは咄嗟に持っていた拳銃で撃つが、当たらない。触手はダグの腹から抜かれ、今度はリッキーの腹に突き刺さった。

 

「あがっ…!」

 

リッキーもダグと折り重なるように倒れる。

カプールはグラシアを守るように前に立つ。

そこに銃声を聞いた玲奈が漸く駆けつけた。

 

「どうしたの⁈…⁈これは…!」

 

窓ガラスから黒いフードを被った女が入ってきた。黒いコートの下にはうねうね動く触手がよく見えた。そして、風でフードが脱げる。

その顔は…グラシアから貰った写真のナナン・ヨシハラと同じだった。

…半分だけ…。

半分は吹き出物のように気色悪い物体で覆われていた。

明らかに人間でないナナンは再び触手を高速で出した。

 

「マザー‼︎」

 

グラシアを庇ったカプールの腕に取り付き、彼に近付く。そして…冷たい唇をカプールに付け、何かを口から入れた。

 

「ゴホッ‼︎ゲホッ‼︎」

 

カプールの口元には白い霧状のものが舞っている。

玲奈は構うことなく、ナナンに銃弾を浴びせていく。だが、彼女は怯むことなく虚ろな目をグラシアに一瞬向けてから、再び窓から外へと逃げていくのだった。

玲奈もすぐに後を追ったが、深い森の中に逃げられてしまい、追うにも追えなくなってしまった。

 

「……クソ…」

 

玲奈はそう小さく呟き、もう一度部屋に戻る。

中は悲惨なものだった。担架で急いで運ばれていくダグとリッキー。ダグの方はもう手遅れだった。

カプールの処理は玲奈がやった。アンデッドになる前に頭を撃ち抜き、殺した。

部屋に残ったのは玲奈とグラシアの2人だけ。

沈黙が続くが、玲奈はグラシアに向かって強い口調で言った。

 

「あなたは…まだこんなに犠牲者を増やしたいの⁈たかだか学園1つのために…!」

「………」

 

グラシアは完全に意気消沈で、今は話しても無駄そうだった。

 

「私は行くけど、あなたにその気がまだ残っているなら…外に連絡して」

「…どこに、行くのです?」

 

玲奈は拳銃をしまい、扉を開けて言った。

 

「この事件の首謀者に会ってくる」

 

 

停学処分となったビンディ。しかし、彼女にとってはこれしきの苦痛はどうとでもなかった。あの時の悲しみ、絶望からすれば…。

すると、窓から黒いコートが入ってきた。

ビンディは驚く様子も怯える様子も見せずに、満面の笑みで“彼女”を部屋へと迎えるのだった。

 

「おかえり、ナナン」



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第24話 タイムオーバー

なんか淡々としてるなあ…


「そうね…どこから話しましょうか…」

 

自身の部屋の扉に背中を預けて立つビンディはそう言った。

玲奈は拳銃をぎゅっと握りながらも彼女の話を最後まで聞くことにした。

 

 

ー半年前ー

ビンディはクラスが変わった3年次にナナンと出会った。

彼女の周りの生徒はクラスが変わり、これからどんなことがあるんだろうかと話し合っている中、ナナンだけは1人…取り残されたように、寂しく本を読んでいた。

そんな彼女とも仲良くしたい…。

ビンディはそう思って、分け隔てない声でナナンに話しかけた。

 

「ナナン・ヨシハラさん…ですよね?」

 

ナナンは突然話しかけられて、少し驚いているように見えた。

 

「一緒のクラスになったのも何かの縁です。仲良くなりましょう?」

 

その一言で教室内は唐突にザワザワと騒ぎ始めた。

ビンディもどうしたのかと狼狽えていると、ナナンが言葉を発した。

 

「ビンディさん…私のこと知らないの?」

「え?ええ、だから…」

「この学校にも貴方みたいな人いたんだ…」

 

何を言っているのかさっぱりなビンディは困惑するばかり。

その様子を見たナナンは警告する形でビンディに言った。

 

「私に関わらない方がいいと思うよ」

 

その意味を理解したのは、次の日だった。

ナナンの机が無残に壊され、悪口が書かれていたのだ。ナナンは見て見ぬフリをしていたが、内心はどうなんだろうか…。生徒会長だったこともあったビンディは話を聞いた。

 

「2年の終わり頃からかな?私のお父さんが職をクビになって、貧乏になったから。周りはエリートの金持ちばかりだから、私が気に食わないんでしょうね」

「そんなのおかしいわ!貴方は間違えてないのに!」

「何を言っても無駄だよ。この学園は狂っている。ビンディも…生徒会長だから薄々気付いているんじゃないの?」

 

その発言にビンディは言葉を失った。

確かにナナンの言う通りだった。ビンディが生徒会長に任命されてから、学内では暴行、窃盗、痴漢、自殺未遂がいつの間にか隠蔽されていた。こんなこと出来るのはグラシアしかいないことも…彼女は分かっていた。

 

「やっぱりね。マザーに言ったけど何にも聞き入れてくれなかったから、そんなことだろうとは思ったけど」

「…ごめんなさい」

「謝ることはないよ。私は別に辛くないよ?だって、こうやって私を心配してくれる人が1人いるんだから」

「ナナン…」

 

ニヒッと笑顔を振り向かせるナナンに、ビンディはいかに自分が無力な存在なんだろうと思い知らされた。

そこでビンディは1つの提案をナナンに振りかけた。

 

「ナナン!ここから逃げよう!」

「……逃げる?」

「この学園の異常性を世界に公表するのよ!そうすれば…全ての間違いが正される!」

「…そうね…。やろう!ビンディとならやれる気がする!」

 

これが彼女たちに出来る、数少ない抵抗だった。

 

 

ビンディとナナンはすぐに行動に移した。

荷物をまとめ、学園内から抜け出した。ここでビンディも驚いたのが、華奢な身体をしているナナンは見かけによらず、武術に長けていたことだった。

門番をすぐに圧倒し、意図も簡単に学園から脱出した。

何故誰も疑問に思わないのか…何故みんな外に行かなかったのか…2人はそう何度も思った。

全てが順調だった。学園から追っ手は来ない。ひたすら暗い樹海の中を進んで、人がいるところまで行こうとしていた。

しかし…突然何台もの車が彼女らを取り囲む。

 

「どうして⁈ここまでバレずに来れたのに!」

「ビンディ、ナナン、ここまでです」

 

車から出てきた何人もの屈強な男たち。

ビンディは怯えるばかりだが、ナナンの目には全く恐怖の色は浮かんでいない。そして、一斉に向かってくる男たちにナナンは一人で挑んだ。

そんな少女たちを嬲るだけの戦いが数分続いた頃、ビンディは捕まってしまう。

 

「ビンディ‼︎」

「ナナン!後ろ!」

 

ナナンが振り向く前にスタンロッドがナナンの腕を捉えて、電流を走らせた。

 

「うぐっ…!このお‼︎」

 

ナナンは構わず蹴りをそいつに打ち込んだ。

だが、ここでナナンは足を滑らせた。バランスを失ったナナンは地面に落下し、後頭部を強打した。その時、ナナンは完全に息を止めてしまっていた。

ビンディは彼女に近付き、何度も身体を揺すった。目を覚ますこともなく、虚しくナナンという名前だけが呼ばれ続けるだった。

 

ビンディが学園に戻され、自室に涙を落としながら入ると、窓に誰かが立っていた。

 

「貴方は……誰?」

 

黒いフードを被った者…。男か女かも分からなかった。

そいつは懐からピルケースを取り出し、ビンディに言った。

 

「復讐したいなら…これを…」

 

その者はそう言って、闇の中へと消えていった。

 

ビンディはすぐにピルケースに入った注射器をナナンの死体に打った。すると、彼女の身体はみるみるうちに何かに覆われ、まるで虫のサナギみたいになった。

そうなったナナンを見ても、ビンディは離れることはなかった。

 

「ずっと一緒よ……ナナン」

 

これが全ての始まりだった。

 

 

「そう…こうして、私のナナンは蘇った。そして誓ったのよ。狂ったこの学園を…ナナンの命を奪ったこの学園を“壊して”やろうってね‼︎」

「でも…それはもう成された。彼女は全てを自白する。私が保証する。だから…もうこんなことは…」

「…玲奈さんは甘いですね…。こんなことだけで私とナナンの屈辱は晴れません」

 

そう聞いた玲奈は急いで扉を開けて、既に扉の前に立っていたビンディの頭に銃口を向けた。

ビンディは笑っていた。不気味なくらいに笑っていたのだ。しかし、目に輝きはない。そして、左手からはストンと注射器が落ちた。

 

「貴方…まさか…」

「ふふふ……これもあの方がくれたもの…」

 

そう言った瞬間に、玲奈の腹にズドンと重い一撃が入った。

 

「ぐふっ⁈」

 

ビンディの拳が玲奈の腹を捉えていたのだ。

まるで人間力ではない程の力がその拳には込められており、玲奈は膝を付いてしまう。

 

「あら?倒れないのね?じゃあ…」

 

ビンディはまるで玲奈を人形で弄んでいるかのようだった。今度は胸ぐらを掴んで、壁に叩きつけた。

 

「ぐっ!」

 

頭を強打した玲奈は薄れる意識の中でビンディを見た。

ビンディは玲奈を見ながらも、こう呟くのだった。

 

「もうタイムオーバーなんですよ…」

 

玲奈は背を向けているナナンに拳銃を向けるが、意識を保ち続けられず、拳銃を撃つ前に気絶してしまうのだった。

 

 

学園も今は下校時間。中庭には沢山の生徒が集っている。

だが、その生徒たちの視線は獅子像に座っているビンディに向けられ、即座に彼らの怒りを買った。

 

「それはマザーの理事長就任を記念にして作られたものだ‼︎」

「座るな!無礼だぞ!」

「下らない…そんな人たちばかりだからこの学園は狂うのね」

 

ビンディはそう言うと、獅子像から降りて、拳を作り、獅子像にパンチした。途端に大理石で作られた像は一瞬にして粉々になった。

その様子を呆然と見ている生徒たちは口があんぐり開いたままだった。

 

「ふふふ……もう学園なんて必要ない。全て消え去って然るべき!」

 

最初はビンディに注目されていたが、すぐに注目の的は変わった。

黒いフードを被ったナナン…。彼女がゆっくりと歩いている。そんな彼女を掴んだ生徒がいたが、そいつはナナンを見た途端に恐怖に駆られた。

ナナンはそいつの首を触手でがっちり捕えると、腹を触手で貫いた。

この惨劇を見た生徒たちは逃げ惑う。

だが、ビンディは逃す気などなかった。

 

「ナナン、始めましょう」

 

ビンディの合図でナナンは身体中から高出力でガスを噴出した。

それは一瞬にして中庭全体に広がり、蔓延していく。

苦しみもがく生徒たちの間をビンディは通っていく。

口元には僅かな笑みを溢して……。

そして学園内に…数多のアンデッドが生まれるのであった。



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第25話 死なない女

こちらもかなり空いてしまいましたね…。
待っていた方々には申し訳ありません。
では、どうぞ。


数時間後、玲奈は漸く意識を取り戻した。

まだ僅かに痛む後頭部を少し抑えながらも、ゆっくりと立ち上がって何があったのか思い出す。そして、玲奈はビンディがここにいないことが分かる。

急いで周りを見るが、彼女は既にいなかった。

どこに行ったのかと探そうとも思ったが、その前に一室からグチュグチュと、何とも嫌な音が聞こえてくるので、それが何なのかと確かめようと扉を開けた。

玲奈の視界には目をめい一杯開いて、膓(はらわた)を抉られて、中の内臓をアンデッドによって貪られている生徒の死体が置かれていた。

扉を開けた音に反応したアンデッドは食事を止め、玲奈の方に襲いかかってくる。

 

「くっ……!」

 

玲奈は構うことなく、そのアンデッドの頭部を撃ち抜いた。

ここにもアンデッドが現れたのか…そう思っていたら、外から…中庭辺りからひっきりなしに男女の悲鳴が飛び交っているのが分かった。

 

『既にタイムオーバーなんです』

 

ビンディが去り際に言っていたあの言葉の真意が分かってしまった玲奈は急いで外へと飛び出した。

そこは正に地獄だった。地面に僅かだが、白い靄が残り、それを吸った者は否応なしにアンデッドになってしまう。そして…友達だろうとそうでなかろうと無差別に襲う…。

この光景は…玲奈の記憶の中に永遠にこびり付いているのと全く同じだった。

 

「…ビンディ…!」

 

玲奈は怒りに身を滾らせながらも、再び襲いかかってくるアンデッドたちから逃げるのだった。

 

 

グラシアは1つの会議室で拳銃を持って、身体中に血が付着しているビンディと向き合っていた。外で何が起きているかもグラシアは分かっている。そして、その原因が全て自分であることも分かっている。

だが、ここで死ぬ訳にはいかないグラシアは、恐怖に勝る語調でビンディに言うのだった。

 

「貴女は…ここで終わります!ビンディ・ベルガーラ‼︎」

「それは私の台詞ですよ…。今日でマザーの聖域も終わりです!」

 

ビンディがまだ話してる途中にも関わらず、グラシアは引き金を引いた。銃弾はビンディの左目辺りを貫き、彼女の身体は撃たれた反動で崩れ落ちる。

グラシアの息は荒々しく上がっており、殺したと分かっても安心出来なかった。だが…グラシアの予想とは違った光景が目の前に映った。

ビンディはゆっくりと上体を起こして立ち上がったのだ。

撃たれた部分からは白い煙が放出して、肉体は再生していく。

薄笑いを浮かべたままのビンディにグラシアは容赦なく銃弾を撃ち込む。

 

「悪魔…‼︎」

 

何発もビンディの身体を銃弾が貫くが、ビンディは痛む様子も倒れる様子も見せない。

そして、左腕に撃ち込まれた途端に腕は変形し、人間ではない異形のものへと変わった。

 

「ビ…ビンディ…貴女は、一体…?」

「さあ?あの方からくれたもの…と言えば正しいかしら?」

 

そう言った瞬間、左腕の惨爪がグラシアを襲うのだった。

 

 

玲奈はどうしようもなかった。生存者を導こうとしても、彼らにとっての頼みの綱はグラシアで、玲奈のような外から来た者の言うことは一切聞き入れようとしなかった。そのせいで次々と死に絶え、自殺していく。

助けることが出来ない悔しさが玲奈を襲う。

そう思いながらもアンデッドから逃げていると、突然右側から腹を抉られた死体が教会から飛んできた。教会の大きくて丈夫な鉄製扉は粉々に崩れ、中からは悲鳴が聞こえる。

玲奈が急いで入ると、丁度ビンディが最後の一人を殺し終えたところであった。

 

「…あら?起きたのね、玲奈さん。でも…もう手遅れよ」

「ビンディ…!あなた…よくもやったわね!」

 

玲奈が拳銃を構えて改めてビンディを見る。

顔の半分はたくさんの異形の目が出ており、左腕は地面に着きそうな程巨大化、変形している。しかも彼女の足元には、修道服を来て、綺麗な茶色の髪を持った死体が放置されていた。

 

「グラシア⁈」

「ええ…先程殺しましたの…。この大聖堂に残っていた人たちに見せつけて、絶望を与えて…ね」

「あなたの復讐は…そこまでのものだったの?」

「はい…私のナナンを奪ったのはグラシアじゃない。この学園そのものです!この学園を破壊することが、私たちが出来ること…。玲奈さん、邪魔をするなら…」

「するわよ」

 

ビンディが言い切る前に玲奈は言い切った。

 

「どんなに悔しくても…辛くても…あなたにはまだ選択肢が残っていた。こんなことをする必要はなかった。だけど…私は、あなたを殺さなくてはならない、ビンディ」

「そうですか……ふふふ…」

 

ビンディが薄笑いを浮かべる。

 

「なら…返り討ちにしてやる‼︎」

 

ビンディの口調とは思えない言葉を吐き出して、ビンディは巨大化した腕を振ってきた。

だが、その攻撃は当たりもしなかった。

玲奈はその腕を支えにして、ビンディの後ろに回り込んで2発、拳銃を発砲した。更にナイフを抜いて、頸動脈を裂いて、確実な死を与えた。ビンディは一言も発することなく、倒れた。

 

「…本当はこんなことしたくなかったんだけどね…」

「ええ、私もですよ…」

「⁈」

 

ビンディは即座に上体を上げると、巨大化した腕で玲奈を祭壇の方へと飛ばす。

 

「くっ!」

 

受け身を取ったため、大したダメージは受けなかったが、驚いたのはビンディの身体だった。白い煙が出ていると思えば、そこの肉体は再生を開始していたのだ。

 

「再生?冗談もやめて」

「終わりですか?」

「まさか!」

 

玲奈は残弾なんか気にすることなく、銃弾を頭や身体のどこにでも撃ち込んでいく。ビンディはそれを受けるだけで特に何もしない。

残弾が残り3発になったところで玲奈は心臓に撃ち、側面に回り込むと側頭部から銃弾を貫通させ、最後にビンディの身体に馬乗りになると、喉元に銃弾を撃ち込んだ。

最後のはビンディも流石に堪えたのか、目を大きく見開いてバタリと腕を床に力なく落とした。

これで漸く死んだか…そう思っていると、唐突にビンディの目が一気に開き、玲奈の身体を巨大化した腕で掴んだ。

 

「ぐっ…!ぐうう…!」

 

バキバキと身体が鳴り、今にも全身骨折するのではと思う玲奈。

だが、ビンディの身体にもさっきとは違うところがあり、それに気付いた玲奈はナイフで腕を斬りつけて拘束から脱すると、拳銃をしまってナイフを構えた。

 

「あら?もう銃は使わないんですか?」

「弾切れよ、どっかの誰かさんのせいで」

「くくく…そんな刃物1つで不死身の私を殺せるとでも?」

「充分よ。それにいい加減自分の身体をよく見たら?」

 

玲奈がそう言うから、ビンディは自らの身体を見た。

煙が上がって再生している…が、完全に再生しきれていない、要するに…再生が間に合ってないのだ。

 

「!」

「再生しきる前に殺せば何の問題もない」

「くっ‼︎うおおおおおおおおお!」

 

雄叫びを上げながらも向かってきたビンディ。

攻撃を右腕で捌いた玲奈は顔を切り、再生途中の腹に刃を刺しこんで強く切り裂いた。

 

「⁈」

「再生する暇は与えないわ!」

 

そこから怒涛の攻めでビンディを圧倒すると、最後に変形した腕の根元に刃を食い込ませて、両手で一気に腕を切断した。

 

 

「はああああああああ‼︎」

 

ビンディの左腕は切り落とされ、攻撃出来る部位は無くなった。

玲奈は最後にあの忌々しい首を切り落とそうと思った時、彼女の身体に変化が起こった。ボッと音がすると、ビンディの身体は一瞬だけ燃えて、黄土色のものに包まれていった。まるで昆虫の蛹のように。

 

「………?」

 

恐る恐る…その蛹状のものに近付いていくと、不意に中から長い足が現れて玲奈の腹を突いた。

 

「がはっ!」

 

地面を転がる玲奈。

蛹からは更に足が5本出て、大きな巨体も姿を現した。

見た目は蜘蛛、だが背中には幾本もの触手が出て、頭の部分にはビンディの艶やかな黒髪がだらりと垂れていた。

 

「ビンディ…あなた……」

 

彼女の学園に対する恨みはこれほどなのかと恐ろしくなってきた玲奈だったが、彼女の変わり果てた容姿を眺めている時間はそうなかった。

再び太い足で玲奈の身体を突くと、天井ギリギリにまで跳躍して玲奈の右腕を跳躍した時の力で捻り潰した。

 

「ああああああああああああああああああ‼︎‼︎」

 

右腕を潰された玲奈は思わず悲鳴を上げた。

更に背中の触手が纏まっていき、太い槍状になる。

腕を潰されながらも身体も抑えられている玲奈にはどうすることも出来なかった。このまま殺される情景が玲奈の脳裏に浮かぶ。

 

「………竜馬、私も……行くかも……」

 

そんな諦めたような言葉を吐き出した玲奈。

そして最後の瞬間を待った。

ビンディが槍状にした触手を振り下ろそうとしたその時…一台のハンビーが教会の入り口から侵入してきた。

二人ともそれに反応する。

 

「玲奈‼︎」

「…紗枝?」

 

ハンビーに乗っているメンバーの一人は…間違いなく、紗枝だった。



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第26話 置き手紙

またサブタイトル思いつかなかった…。


教会の扉を更に粉々にして入ってきたハンビーは真っ直ぐ変異したビンディに突っ込んでいく。ビンディは玲奈に覆い被さったまま動かない。これでは玲奈諸共潰されてしまう…そう思われたが、海翔が窓から身を乗り出して、グレネードを撃った。

グレネードはビンディの身体に直撃して、玲奈から距離を取らせた。紗枝だけは先に降りて、乗っている海翔と運転する智之は構うことなく、ビンディに真正面からハンビーをぶつけに行った。

ハンビーのフロントガラスが割れ、車体も少し歪む。だが、それだけで奴を殺せるなんて2人とも思っていない。壁に激突してからも更にアクセルを踏み込み、最終的にビンディの身体の半分は壁にめり込み、ハンビーも動かなくなった。

その様子を見ていた玲奈に紗枝が近寄った。

 

「玲奈!大丈夫?」

「右腕が……」

 

玲奈の右腕は血だらけでまだビンディの変異した足の一部が刺さったままだった。紗枝がそれを乱暴に抜くと、玲奈の傷はみるみる内に癒えていった。それを見ても、紗枝は驚きも何もしなかった。玲奈もどこか申し訳なさそうな表情だった。

 

「…玲奈、これはどういうことなの?」

「話すと長い。今は……」

 

ここで玲奈はまだリッキーが生きていることを思い出した。まだアンデッド上の階にまでは深く進行していないのならば…もしかしたら…。

 

「リッキー…」

「え?」

「リッキーを探さないと‼︎早く!」

「待って玲奈!まさかあの校舎に戻るの⁈危険だわ!まずはここから脱出を…」

「どうやって脱出すんだ?」

 

そこに車から降りてきた海翔と智之が合流する。

 

「どうやってって…車…あ……」

「ん…」

 

紗枝は最初、乗ってきたハンビーで逃げれると考えていたが、ついさっき、ハンビーはビンディと共に壊してしまったのだ。これでここにいる4人は脱出手段を失ってしまった。

 

「…とにかく、脱出は後にして、今は生存者を探しに行こう」

「二手に分かれるのね」

「俺と玲奈は脱出手段を探す。紗枝と智之は校舎に行ってくれ」

 

こうして4人は2人ずつ分かれようとした時、ハンビーで潰されていたはずのビンディが再び身体を激しく動かしてハンビーを退かそうとする。

 

「しぶとい野郎だ」

 

智之はそう呟くと、後ろのポケットからリモコン爆弾のスイッチを取り出した。彼は敢えてこんな時のために、ハンビーの中に爆弾を残しておいたのだ。

ビンディが4人に襲ってくる前に智之はボタンを押して、ビンディの身体を吹き飛ばし、炎上させた。ビンディは雄叫びを上げながら、身体を暴れさせる。

その間に紗枝はライフルを構えた。

 

「ナイス」

 

紗枝は静かに引き金を引いて、ビンディの額を貫いた。

銃声は大聖堂に響き、すぐにビンディの重たい身体が倒れる音も響いた。

 

「流石、紗枝さん」

「あんたに褒められても嬉しくない」

 

そう言うと、今度こそ4人は大聖堂から出て行くのだった。

 

 

その後、燃え尽き、頭を撃ち抜かれたビンディの死体の傍らに黒いフードを被った者が近付く。

 

「案外アッサリやられたな…。でも安心しな、お前の好きな彼女の方は…『こちら』が有効活用するからな…」

 

そう告げると、男は悠々とその場から消えた。

ビンディの身体は…僅かではあるが、動いているのだった。

 

 

紗枝と智之は校舎へと行って、玲奈と共にこの学園に来たリッキーという少年を助けに向かった。

学園がこの有様になる前に、アンデッドとなったナナンによって重傷を負ったと聞いたため、紗枝は医務室にいると予測した。血だらけになった学内図を見て、医務室の場所を把握する。

 

「医務室はこの先よ」

「アンデッドになってなきゃいいがな」

「嫌なこと言わないで」

 

2人は息を合わせて、扉を開けた。

中には……。

 

「おいおい…」

「…冗談でしょ?」

 

 

校舎の周りや他の建物を見ても生き残りはいなかった。

玲奈と海翔が探した限り、もうこの学園に生存者はいないと取れた。

ガッカリした気持ちを抱えていると、玲奈と海翔の無線に連絡が入った。紗枝からだ。

 

『紗枝よ。玲奈が言うリッキー・トザワを見つけた』

「無事なの⁈」

『だったら…良かったんだけどね…』

「え…?」

 

嫌な予感が玲奈の胸の中を埋めていく。

 

『彼は…もう死んでるわ。感染してしまっている』

「…………」

 

紗枝たちの前には、口から血をボタボタ垂らして歩み寄ってくるリッキーがいた。腹には手当したであろう包帯が巻かれているが、そこからも止めどなく血が溢れている。

 

『玲奈、どうする?処理はあなたの判断でいいわ』

「……やることは決まっているわ。…任せた」

『…了解』

 

数秒後、玲奈の無線から2発の銃声が聞こえた。

その途端に玲奈は悔しさから壁を思いっきり叩いた。

これで結局…誰も助けることは出来ず、全滅という結果を生んでしまった。暫く放心状態でいると、続けて智之から連絡が入った。

 

『ベッドの上にグラシアとかいう奴の手紙があったぜ?』

「内容を聞かせて」

『おう。

《グラシアからリッキーへ

あなたが目を覚ましたのなら…これを読んですぐに向かって欲しい場所があります。それは地下制御室の格納庫です。そこに万が一のためのヘリが置かれています。

私が何故こんなことをするか……それはもう、罪を重ねるのが辛くなったからです。私は自分勝手に押し付けて、唯一の家族だったダグを死なせてしまった…。これは私が犯してきたどんな罪よりも重いものです。

あなたも傷つけた…。私はあなたが戻って来るのを待って、贖罪をします。よろしくお願いします…》

 

「地下制御室にヘリ…」

『それが唯一の脱出手段のようね』

「場所は分かるのか?」

「地下制御室になら行ったことがあるわ。急ぎましょう。紗枝、地下制御室のヘリのところで合流しましょう!」

『了解』

 

無線連絡を終えて、2人は即座に走り出すのだった。

 

先に玲奈と海翔が地下制御室に続く扉に到着する。

鍵が掛かっていて入れなかったが、海翔がドアノブを拳銃で破壊して、扉を蹴り破った。

中は静かで、アンデッドがいる様子はなかった。それでも警戒を解くことはなく、ゆっくりと制御室内を進んでいく。

しかし、均衡は即座に破られた。

ドシンと力強い音が玲奈と海翔の後方から聞こえた。振り向くと、身体の大半を触手で埋め尽くさせ、触手からはネチョネチョした液体を溢すアンデッドが立っていた。

その姿を玲奈は忘れていなかった。

 

「ナナン…!」




場面展開雑すぎですね。すみません。


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第27話 罪なき者たちのために…

突然現れたナナンに玲奈と海翔の緊張感はマックスにまで上がる。

海翔は真っ先にライフルの引き金を引こうとしたが、それは玲奈が止めた。

 

「バカ!ここで撃ったら弾が跳ね返って私たちに当たるわ!それにナナンの後ろには…」

 

何かのタンクらしきものが置かれていた。

あれがもしガスだったら、引火して爆発して巻き添えを食らうだろう。相手が攻撃出来ないと分かっているのか、ナナンは長い触手を勢いよく伸ばしてくる。

2人はそれを右に避けるが、触手は金属板をへこませる。

 

「ここじゃ場が悪い。もっと奥へ行こう!」

 

海翔と共に玲奈は地下制御室の奥へと向かっていくのだった。

2人は足が遅いナナンから逃れるために更なる奥へと行くと、かなり広い区域に到達した。周りには制御盤やパイプが多くある。

ここまで来れば、仮に来ても問題はない…そう思っていると、ガンッ、ガンッと金属を強く叩いてるかのような音が辺りに木霊する。

思わず2人が振り向くと、天井のパイプに数本の触手を絡ませて逆さま状態のナナンがいた。そこから身体を反転させて、海翔の方に触手をナイフのように振り下ろしてくる。

海翔はその攻撃をライフルの銃身で防御し、ナイフを抜いて触手を斬った。

 

「海翔!」

「離れてろ‼︎」

 

海翔は腰から閃光手榴弾を取り、ナナンに向かって投げた。

忽ち手榴弾は激しい爆音と閃光を放ち、ナナンの感覚を狂わせた。

その間に海翔はナナンの正面に立ち、ライフルを構える。

 

「食らえ!」

 

海翔は引き金を引き、容赦なく弾丸をナナンの身体に埋め込ませていった。だが、すぐに傷口から白い煙が放出し始めた。

 

「海翔!ガスが来るわ!」

 

玲奈の声を聞いた海翔はすぐさまナナンから距離を取った。その後、ナナンの身体から大量のガスが放出され、半径1m辺りはガスで充満した。

 

「玲奈!あのガス、どうにか出来る方法はないか?」

「あるならもう動いているわ」

「…だよな…。じゃあ、ガスを吸わないように気をつけてやるしかないってわけか」

 

玲奈は頷く。

ナナンはすっかり閃光手榴弾の影響を振り払って、再び玲奈と海翔に標的を定める。

すると、ナナンは大量の触手を動かして、玲奈たちの動きを封じる。

 

「…多すぎてどれが攻撃してくるものか分からない…!」

 

立ち止まってどう来るか構えている2人だったが、突然ナナンが自らの身体を動かして海翔に体当たりをした。奴は触手を地面に突き刺して支えを作っていたのだ。

真横にまで迫っていたナナンを直視した玲奈だったが、ナナンの触手が高速に動き、玲奈の腹にヒットさせた。

 

「ぐっ!」

 

吹き飛ぶ身体は太いパイプに当たる。パイプは大きく凹み、衝撃の強さを物語っていた。

それでも玲奈は拳銃を取り、無鉄砲に撃つ。

しかし、ナナンの身体に当たっても弾痕が残るだけで大したダメージはちっとも無さそうだった。

 

「おい!こっちだ!この野郎!」

 

海翔はそう叫んで、自らの方に標的を捉えさせようとする。

ナナンはきちんとその声に反応して、玲奈から視界を外してよそ見をした瞬間に、玲奈はナイフを取り、ナナンの腹に深々と突き刺した。

無表情のままのナナンは玲奈をじっと静かに見詰める。

玲奈も暫く見詰めて、すぐに逃げれる態勢を作っていた。が、ナナンの触手が玲奈の周りを取り巻き、彼女の身体をガッシリと掴んだ。

 

「!」

 

そして、尋常ではない力で玲奈身体を締め付けた。

 

「あああああああああああああああ‼︎」

 

骨が鳴り響き、痛みも全身を駆け巡る。

 

「玲奈‼︎」

 

海翔がすぐに駆け寄って外そうと向かうが、残った触手が海翔の動きを制限する。玲奈は痛む身体を堪えながらもナイフでナナンの触手を3本切り落とし、彼女の身体を蹴り上げて距離を取った。

 

「がはっ!ゲホッ!」

 

数秒ぶりの呼吸でも玲奈の身体はちゃんと欲していた。

身体を仰向けにし、どうすれば…と考えている時、天井に付けられたある“もの”に目が映った。

 

「あれだ!あれさえあれば…!」」

 

玲奈は未だに気だるい身体に鞭打って起こし、明後日の方向に走り出す。

 

「!玲奈どこへ⁈」

「すぐ戻るわ!この状況を打開するのよ‼︎」

 

玲奈は階段を必死に登って、とある部屋を必死に探す。

入り組んだこの地下制御室に苛立ちを覚えながらも、玲奈はすぐに“あれ”を起動させよう部屋を見つけた。

が……。

 

「え?どうして⁈」

 

その部屋の扉は開かなかったのだ。

何度ドアノブを回しても一向に開く様子は見られない。

体当たりを行なっても、固い金属の扉は閉ざされたままだ。

その間にも海翔は追い詰められていた。幾度となく触手による連続攻撃を食らってしまった海翔の身体は言うことを聞かなかった。

動けなくなった海翔の身体を触手で拘束し、持ち上げると、ナナンは触手にガスを蓄え始める。

マズイと感じた玲奈は再び扉を叩いた。蹴った。殴った。

けれど扉は無情に開かない。

金属を叩く音が響くだけだった。

 

「開いて!開いてよ‼︎」

 

涙声の玲奈は諦めることなく、扉を叩く。

しかし…それでも、扉は開くことはない。

その頃、ナナンは触手にガスを蓄え終え、それを海翔に食らわせようとしていた。海翔の目にも見えるくらいにガスは触手に纏わりつき、不気味さを上げていた。

 

「海翔‼︎」

 

玲奈が叫んだ途端に、ガスは放出した。

思わず目を瞑った海翔だったが、ここで…。

 

『待たせてごめん‼︎』

 

無線紗枝の声が入ると、天井に備えられた換気システムが作動した。

 

「え⁈」

 

玲奈が扉の方を振り向くと、ガチャンと鍵が解かれる音が聞こえ、そこからは服を血で染めた紗枝と智之の姿があった。

 

「これがしたかったんでしょ?」

「…ええ」

 

ナナンはガスが換気システムに吸い込まれていくのを驚いた表情で見ていた。その隙に海翔はナイフを抜き、一本切って拘束を解くと、もう一本を掴んで背負い投げをする。

 

「ふん‼︎」

 

そこから太い触手にナイフの刃を食い込ませて、一気に切り裂いた。血飛沫が上がり、海翔にもかかる。

そこから海翔は今までやられたことのやり返しと言わんばかりにナイフでナナンの身体中を切っていく。

その様子を見た玲奈は無性に虚しく感じた。

結局…ナナン、そしてビンディが行き着いた先がこんな惨めなものだったのかと…。

 

「せい!」

 

触手をあらかた切り落とされたナナンの肩に刃を入れた海翔は攻撃を一時止めた。海翔は戸惑っていたのだ。今戦っている彼女も…今回の事件で犠牲になった生徒たちも…何の罪もない。ただ…1人の女子生徒の暴走が、ここまでの凄惨な悲劇を齎したのだと。

その事を頭の中に置いて、海翔は右手の上に左手を置いて、ナナンの身体を一刀両断した。完全に胴体と下半身が切断され、ナナンはと吐血して、そのまま倒れていった。

海翔はいっときの間、目を瞑ってナナンの冥福を祈った。

 

「ふう」

 

息を吐いた海翔のところに紗枝が寄り添う。

 

「疲れたよ、紗枝」

「まだそんなこと言ってられないわよ?次は脱出」

「そう…だったな」

 

紗枝の腕を借りて、海翔は疲れ切った身体をもう一度動かした。

玲奈も漸く終わったと思い、智之と共に海翔たちのところに合流しようとした時、黒い影が玲奈の前に立った。

 

「…!あんたは…!」

 

玲奈の前には、ビンディがウィルスを貰ったと主張する黒いフードを被った者が立っていたのだった。




次回、黒フードの者の正体判明


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第28話 最悪の再会

玲奈は黒いフードを被った者…いや、背丈は身体つきから男…をじっと見ていた。逆に男は半分にされたナナンを見て、溜息を吐いていた。

 

「あなた……あなたなのね…!ビンディを唆し、ウィルスを渡してこの学園を崩壊させたのは…!」

「…………」

 

男は何も言わない。

黒いフードと暗い地下制御室のせいで、顔は分からない。

だが、逃す気はなかったため、玲奈は拳銃の方に手を伸ばす。

すると、男の方もゆっくりと腰の方に腕を動かした。それを見た途端に玲奈は拳銃を構えて男に叫んだ。

 

「動かないで‼︎」

 

男は腕の動きを止めた。

 

「あなたには聞きたいことが山ほどある。ウィルスの入手先、目的、素性……。だから殺したくない。銃を置いて」

 

男はもう一度溜息を吐き、遂に言葉を発する。だが…。

 

「殺したくない?」

「え……?」

 

玲奈の耳に入ってきた…懐かしい…『彼』の声…。

 

「君は…本当にそんなことを思っているのか?」

 

腰に伸ばしている腕とは別の方を動かし、着ているフードを取った。

そこにあったのは……彼女が想像していたのとはかけ離れ過ぎたものであった。

 

「見殺しにしておいて…よくそんなこと言えるな?玲奈」

「あ……あぁ………」

 

玲奈の目が驚くべき程大きく開く。このまま開きすぎて破れるのではないかと思うくらい……。

彼女の前に立ち、黒いコートを纏った男…それは、間違いなく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜馬のものだった。

 

「りょ…竜馬……」

 

完全に油断して玲奈が拳銃の構えを緩めた途端、竜馬の左腕を一瞬で動かして銃を取り出すと玲奈の肩を撃ち抜いた。

 

「ぐあっ!」

 

銃弾を受けた玲奈は反動で地面に倒れる。肩から血が流れて、玲奈の痛みを更に引き出す。

撃たれたことに玲奈自身、半信半疑だった。あの竜馬が自分に銃を撃つことなんて有り得ない、そう信じたかった。だが、彼が握る拳銃の銃口からは煙が少しだけ出ていた。

 

「竜……馬…、どうして?」

「どうして?それも分からないのか?バカな女だな…」

 

玲奈が知る竜馬とかけ離れた口調に胸が締め付けられる。

竜馬が口を開きかけた時、ガタガタと地面が軽く揺れるのを感じた。

 

「どうやらお喋りはここまでのようだ。何故俺がこうなったのかは次…いや、近いうちに『また』会える時までに考えとけ」

 

竜馬はそう言い残すと、人間とは思えない程の跳躍をしてその場から消えた。

玲奈は銃弾を受けた部分を抑えて、立ち上がり、彼の言葉を思い出す。

 

『また』会える時…。

 

それが何を意味するのか考えていると、先程の振動が徐々に大きくなっていくのが分かった。すると、コンクリートの壁が突き破られて、大きなものが侵入してきた。

 

「あれは……!」

 

彼らの前に現れたのはあの時燃えて尚且つ頭を撃ち抜かれたはずのビンディだった。身体は焼け焦げ、今にも崩れ落ちそうになのに、彼女は自らの身体を無理やり動かしているように見えた。

玲奈は階段を駆け下りて、海翔たちと同じようにビンディに銃口を向けた。全員、先程の竜馬の出現に困惑しきっているが、今は目の前の敵を集中しようと思ったのだ。

ビンディはすぐにも玲奈たちに攻撃しようと、グルルと小さな雄叫びを上げていたが、突然動きを止めてある一点に注目したまま固まった。

それは、血の海に倒れたナナンだった。

ビンディはまるで母親のようにナナンを背中から出ている触手で抱えて、泣いてるかのような声を絞り出した。そして…ナナンの死に悲しんだのか、玲奈たちが耳を塞ぐ程の大きな叫び声を上げ始めた。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎」

「くっ…!ここにいちゃ危険だ!行くぞ!」

 

海翔の一声で紗枝と智之は先に更に奥へと進んでいく。

だが、玲奈は竜馬が消えていった天井を見詰めたまま動かない。それを見た海翔は「ああ、クソ!」と愚痴りながらも、玲奈の腕を引っ張って紗枝たちの後に続いた。

ビンディはナナンを抱えながら地下制御室を滑走していく。玲奈たちの後を追ってくるのも、ナナンを殺された恨みからだろう。

暫く走っていくと、4人の目の前にヘリコプターが見えた。あれがグラシアが手紙で言っていた脱出用のものだろう。

 

「あれよ!」

 

4人はすぐにそこの部屋に入ると、開きっぱなしだった格納庫の扉を閉めた。ここの格納庫の扉は単純なものではないため、変異したビンディでも破るのは時間がかかる。

 

「ヘリは動きそうだ!」

「地上へは?」

「この装置で行けるはずだ」

 

智之がヘリを地上へ上げる装置を弄っている間もビンディは頑丈な扉に何度も体当たりを行う。そのおかげで周りのコンクリートにヒビが入り、徐々に扉も凹みが激しくなってくる。

 

「よし!これで…!」

 

智之が何かのスイッチを捻ると、玲奈たちとヘリを乗せた地面はゆっくりと地上へと上昇を開始した。だが、床が上昇すると同時にビンディが頑丈な扉を突き破り、同じ地面に立った。

 

「こいつだけはやるしかないようね…」

 

紗枝がそう呟いてライフルを構えたが、それを玲奈が止めた。

 

「玲奈?」

「…これは私と彼女だけの戦い…。紗枝たちは入らないで」

 

玲奈はそう言って、智之の腰から散弾銃を抜き取って頭に向けた。

ビンディも玲奈に向けて恨めしそうな表情を浮かべている。

 

「……ねえ、もう、終わりにしない?ビンディ…」

 

突然玲奈は独り言のように呟き始める。

 

「あなたの復讐は充分でしょ?グラシアも…ここの生徒も全員死んだ…。これ以上何を望むって言うの?」

 

そう聞いても今のビンディには玲奈の言うことを聞くはずがない。

咆哮を上げて腕を振り上げる。

 

「…そう……。もう、あなたには、この学園を…生きた人間を殺したい欲しかないのね…」

 

ビンディの腕が振り下ろされた瞬間に横に避けて、玲奈は散弾銃を顔面に放った。血肉が飛び散り、ビンディの顔の半分は醜く抉れた。

苦しそうに顔に手を当てて暴れていると、後ろから紗枝と海翔がやって来て、玲奈に聞いた。

 

「話は終わった?」

「ええ。もう…留めを刺してやって」

 

玲奈がそう言っている間にも、ビンディはまだ諦めていないと言いたげに上体を起こそうとする。しかし、そこを追撃して紗枝らが放つ銃弾が身体中を貫通していく。

ビンディの身体からは止まることなく血が溢れ、足は捥げて、ただただ呻き声を上げるだけだった。

その様子は玲奈たちでなく、上半身だけであるナナンも見ていた。

親友が必死になって自分を庇っているところを…。

そしてビンディは遂に身体を炎上させる。ナナンも共に炎に包まれながらも、彼女にこう呟くのだった。

 

「も………い……。ず……と、い………しょ……」

 

その呟きは玲奈たちには聞こえていない。

だがビンディの耳には確かに聞こえていた。彼女は燃えながらも、玲奈たちを排除しようと思ったが、ナナンの呟きによって暴れ狂う自らを抑え込み、ナナンと共に、静かに塵となって消えていくのだった。

 

玲奈たちは消えゆく2人の少女を見詰めていると、唐突にガシャンと音が連続して響いたものを聞いた。その原因は、この学園にいる全てのアンデッドが網を突き破ってこっちに向かっている証拠だった。




次回、IF Story3完結


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第29話 変わらないもの、変わったもの

IF Story3完結です。


網を破って突っ込んで来たアンデッドは、残る生き残り…玲奈たちに向かって駆け出してくる。

海翔が操縦席に乗り込み、エンジンを始動させる。

他の3人はヘリが離陸出来るまで時間稼ぎをしようとありったけの弾丸を撃ち込むが、この学園がマンモス校だったことを恨みたいくらいの量のアンデッドが迫って来ている。

 

「離陸する!早く乗れ‼︎」

 

3人は急いで乗り込み、アンデッドから逃れた。海翔があと少し…エンジンを動かしていなかったら今頃囲まれて肉を食い千切られていたのは間違いなかろう。

4人は「ふう」と息を吐き、漸く安全になったと思った。

玲奈はヘリの中から学園を見た。

ここでは色々あった…。様々な出会い…別れ…そして、一番会いたかった人の変貌…。

玲奈の脳裏には未だにあの狂気の笑いを浮かべた竜馬がこびりついていた。何が…彼をあそこまで変えてしまったのか…、それを考えなくてはならない。

そして彼女は誓っていた。

彼を助け、元の優しかった竜馬に戻すと…。

 

 

ヘリが置かれていた地面の上に竜馬は立っていた。片手には20発入りの拳銃が握られている。彼の近くにいたアンデッドを1匹残らず殺していたのだ。そのお陰で、黒いコートは鮮血で赤色に染まっていた。

竜馬がここに来たのには訳があった。

『あの人』の命令で、変異したナナンの細胞を持ち帰ろうとしたのだが…。

 

「…ちっ、あの女…」

 

ナナンは玲奈たちとの戦いで下半身を失い、更にはビンディの炎上と共にその上半身も炭化させてしまったのだ。よって、今竜馬の目の前にあるのは、黒焦げになった原型を留めない何かでしかなかった。

下半身を回収しようとも思ったが、地下制御室はビンディの暴走で崩れ落ちてしまい、それも出来なかった。

どうしようかと思っていると、数台のヘリが学園に向かって来るのが見えた。朝日に照らされて、その姿はより一層見える。

 

「…仕方ない。ここはひとまず撤退だな…。ここの後始末は任せたぜ、BSAA」

 

竜馬はそう呟き、黒色のコートを翻すのだった。

 

ー1週間後ー

玲奈は自宅でテレビを見ていた。

内容は、アジア最大の進学校『マルハワ学園』が壊滅したこと。

この真相を知っているのは、今となっては玲奈だけであった。しかし、そんなことを大々的に発表するのは、テロリストの思惑に嵌ってしまうと考えたBSAAは真相を闇へと隠してしまったのだ。恐らく、何故マルハワ学園が壊滅したかは、永遠に分からないことだろう。

そして、学園崩壊と共に一部マスコミの調べで、グラシアが今まで隠して来た異常な犯罪記録が発表された。

この事は結果、ビンディたちが成し遂げたかったことに結び付くが…ここまでしなくてはならなかったのかと、1週間経った今でも玲奈は考えさせられた。

彼女はそう考えながら、机に置いてある辞表に手を伸ばした。

これから玲奈はBSAA本部に赴き、この辞表を出すつもりだ。

紗枝や海翔、他の人たちになんと言われようと、玲奈の意志はもう決まっていた。玲奈は辞めると言っても、このBSAAの表舞台から消え、これからは竜馬と彼を操っている者を探すためだ。

二度とバイオハザードに関係しないというわけではない。

 

「…もう行かなきゃ…」

 

玲奈は辞表をコートのポケットに入れる。

その際に竜馬に撃たれた肩が少し疼いた。傷跡もない。痛みも感じない。だが…いつも以上に感覚が鋭くなっている気がした。

竜馬に撃たれたってことだけでこんなになったのかと思う玲奈。

玲奈はそんな感覚を頭を振って、記憶から吹き飛ばそす。

数分その場で立ち止まっていたが、彼女は漸くドアノブに手をかけて、部屋から出た。

彼女の孤独な戦いに向けて、これが踏み出す最初の第1歩だった。

 

 

暗く、狭い通路をわざと足音を出して歩く竜馬は数百m先の部屋に向かっていく。紛らわしい黒いコートを脱ぎ捨てて、身体に付いている血の臭いも全て取った。

部屋に入ると、中にはアリエスが立っており、手術着を着ていた。

竜馬が帰ってきたことに気付くと、アリエスはマスクを取って笑顔を見せた。

 

「やあ、帰って来たかい、竜馬。それで…例のものは?」

「悪い。ナナンの細胞は完全に炭素となってしまって入手出来なかったんだ。あのイカれ女のせいでな」

「そうか……。まあいい。J-ウィルスから新たに作ったJJ-ウィルスではいずれ暴走する。そんなのでは私の商売は役に立たない」

「じゃあ俺は行っても意味なかったってことか?」

「いや、1つだけ良いことがあった。知ってるか?玲奈がBSAAから退いたんだ」

「……そうかい」

 

竜馬は興味なさそうに答えた。

 

「淡々とした返事だな」

「俺を見殺しにしようとした女なんて興味ねえよ。それで?次の仕事は?」

「ない。疲れただろう?休むと良い」

「そうする。ありがとな、アリエス」

 

竜馬はそう言って更に奥へと向かっていく。

今はこんな薄暗い場所にいるが、いずれ地上に出れる。この腐った世界を滅ぼした後で…竜馬はアリエスと共に新天地を築こうと誓っていた。それまでは我慢するしかない。

それよりも気になったのが…あの時、玲奈の肩を撃ち抜いた時の感覚だった。誰よりも彼女を憎んでいるはずなのに、彼女が傷付いたと認識した途端にどこか胸が締め付けられる感覚が襲ったのだ。

 

「…どうしてなんだろう?」

 

竜馬にもその事は分からない。

分かろうとする前に、竜馬は眠気を抑えられずに、微睡みに沈むのだった。

 

 

奥に行った竜馬を見送ってからアリエスは作業を再開する。

彼はよくやってくれている。BSAAにも影響を与え、更には新たなウィルスとの戦闘もしてくれるからよくデータが取れる。

だが…アリエスの最終目的が達成されれば…竜馬も用済みになる。

それまでは利用する予定だ。

 

「…さあて、とにかく、更なるウィルスを作って…この2人を蘇らせなければ…」

 

手術台の上に置いてあるミイラ化した死体の腹をメスで裂く。

そして…心臓に直接ウィルスを注入する。

 

「くくく…これで…私に忠実なウィルスが完成だ…!」

 

途端に、2つの死体は目を覚ますのだった。




これにてIF Story3完結です。

次章予告
遠いヨーロッパに赴いた紗枝。
そこは未だに内紛が続いたままの危険地帯であるが、その戦中で『モンスター』に出会ったとの報告が入り、BSAAは極秘に紗枝を送り込む。
だが、そこで紗枝は想像を絶する戦いに巻き込まれていく。
そして玲奈は…。


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IF Story4 それぞれの選択故に…
第30話 噂のモンスター


IF Story4です。ダムネーション編ですね。
予定ではこれと次の章でIF Storyは終了します。
最後まで頑張るのでよろしくお願いします。
それと、最終章ではアンケートを実施する予定です。


とあるヨーロッパにある国では、国内での紛争が何年にも渡って続いていた。

独裁政権を行使していた大統領に反発した全国民が戦争を仕掛けたのだ。もちろん、政府はこの行為を黙って見過ごすはずもなく、武力行使でこの戦争を指揮している『長老』とその団体を捕縛しようとする。

だが、長老たちも頭は悪くなく、街の地下に迷路のような通路を作り上げて、長期戦に持ち込んだ。この作戦は見事に嵌って、戦争は長期になり、気付いてみればなんと五年も経っていたのだ。

そんな時、政府内でも問題が生じた。大統領の武力行使に反発する声が膨れ上がり、到頭大統領は弾圧され、新しい初の女性大統領スベトラーナ・ベリコバの宣言により、戦争は終わった。

しかし、そんな束の間の停戦は…すぐに終わりを告げた。

国の地下から大量の石油が噴き出てきたのだ。

これが引き金となり、長老たちを『テロリスト』と称して、徹底的な武力弾圧が再び開始された。

突然の攻撃に反発派は対処しきれず、次々と弾圧という名の殺戮を繰り返され、長老たちが捕まるのも時間の問題だと思われた。

ただ、その戦争の中で一つの噂が流れた。

 

『モンスターを見た』……と。

 

 

銃声と砲弾が火を噴く音が町中に木霊する。これはこの国にとっては日常茶飯事のことであった。

マシンガンを撃ちながら後退する反発派、そして彼らを追い詰める政府軍。

その様子を見ながらも、紗枝は入り組んだ街の小道を走っていた。飛び出ようと思った時、戦車が彼女のすぐ目の前を通り、ロケットランチャーによってホイールの片方を破壊されるところを目撃した。

そこで携帯に連絡が入った。

 

「…何?今、取込み中なんだけど」

『そのようだな。衛星からも今の状況がよーく分かるぜ、紗枝』

 

携帯から聞こえてくるのは海翔の声だ。

今回は紗枝一人での単独行動だ。

 

「それで…例の件について調査しているFBIとの落ち合う場所………!」

 

紗枝が連絡を取ってる間に横から戦車に命中しなかったロケットランチャーが紗枝のいるところに飛んできた。

海翔が見ている映像では建物の外壁にぶつかると同時に激しく爆発する瞬間が映っていた。

紗枝はミサイルが飛んでくる前に奥へと逃げ込んでいたために、直撃することはなかった。ただ、耳鳴りはどうしようもなかった。

 

「生憎、私は海翔と違って余裕がないのよ」

『紗枝、ここまで来てなんなんだが…上から帰って来るよう命令が入った』

「はあ⁈私、ここに来てまだ一日も経ってないのよ⁈説明して‼」

『モンスターがいるって噂……。噂だってのがあまり確信的じゃなくてな…。先に他の組織に調査してからBSAAは出番だってさ』

「納得いかないわ!」

『言うと思っていたよ。だけど、ここは一旦帰ってこい』

「……悪いけど、今回はその命令は無視させてもらうわ。私が気が済むまで調べて、噂が本当であることをきちんと確かめてから帰るわ」

『お、おい!』

 

海翔が止めるのも聞かずに、紗枝は携帯の連絡を一方的に切り、辺りを見回して独り言を呟いた。

 

「さあて…早く寝泊まり出来る場所を探さなくちゃ」

 

そう言うが、こんな戦争ばかりしている国に観光客もいないし、客を泊める旅館やホテルを経営している様子も見られない。道端で寝るわけにもいかない。どうしようかと思っていると、突然悲鳴が地下の駐車場から聞こえてきた。

紗枝は泊まる場所をここにしようかなと、暢気に考えながらそこに入っていく。

ライフルにライトを装着して、暗闇の中を捜索する。

駐車場だから当然だが、車が大量に放置されているから、中で車泊している放浪者か、反乱軍の一員が政府に見つかったのかとも考えた。自分も車泊しようかと警戒心を解き始めた時、彼女の前に血塗れの男が現れた。

 

「!」

 

男はどうにか立っているような状態であったが、瀕死であったためかすぐに地面に倒れた。

紗枝が駆け寄ってみると、彼は右手にFBIの証である手帳を持っていた。これが最初に落ち合うはずであったFBIの調査員であることは間違いなさそうだった。

 

「大丈夫⁈安心して。すぐにここから出すから」

 

情報を手に入れたのか聞きたいところであったが、先に人命救助が紗枝にとっては優先事項だった。

すると、男は震える唇から何かを言った。

 

「…………ぱ………」

「え?何言ったの?もう一度言って!」

「ビー………キー…パー…」

「ビーキーパー?何それ?」

 

詳しいことを聞こうと思った時、紗枝の側面にゾゾッと悪寒が走った。

原因が何なのか確認しようと思ったら、そこから何かが飛びかかってきた。

紗枝は横に飛んで突然の襲撃を避けたが、代わりに瀕死の調査員は首を裂かれて命を落とした。ライトで照らすと、いつぶりに見たなあと感慨に耽る生物がそこにいた。

四足歩行で体色は桃色、背中の内臓や骨、脳までも剥き出しで目はない。前足の爪は異常に長く鋭い生物…。

BSAAが設立される前から存在が確認されていたBOW…リッカーだ。

こいつを紗枝は約二年前くらいに見ている。

 

「ふうん…戦場に出没する噂のモンスターというのは……こいつのことだったのね」

 

紗枝が噂が事実であることを認識している間にも、リッカーはボトリと涎を一滴垂らして、紗枝の方に向かって来た。紗枝は構えているライフルの引き金を引き、奴に弾を浴びせようとする。

しかし、いつもの俊敏な動きで弾を避ける。近くの柱に飛び付いたのを見逃さずに紗枝も追って撃つが、それも躱される。更に車の後ろを走って逃げているものだと思えば、いつの間にか紗枝から見て、7m程離れた真正面の車の上に立っている。

紗枝は動きを止めて、変わらず引き金を引くのだが、どうも当たらない。

と、ここでライフルの弾が切れる。リッカーも迷うことなく紗枝の方に駆けてくる。

紗枝はライフルを地面に置き、ナイフを取った。

リッカーが紗枝の方に飛び込んで来たタイミングでスライディングして、紗枝は持っていたナイフを奴の顎から腹部にかけて、長く切り裂いた。

リッカーは地面に倒れ、瀕死の状態になる。

そこから無慈悲に紗枝は止めを刺すために、ナイフを頭に突き刺し、脳をグチャグチャに抉るのであった。

あまり良い気持ちはしないが、BOWを確実に殺すのならここまですべきだと紗枝は思っていた。

ナイフを抜き取り、ライフルを床から拾い上げた時、カチッと何かが外れる音が紗枝の近くからした。

 

「?」

 

振り向くと、なんとリッカーが時限式爆弾のスイッチを押し終えたところだった。

もちろんリッカーは巻き添えを食らう前に逃げた。

 

「…!」

 

避ける間もなく、その爆弾は破裂した。

爆発により、駐車場のど真ん中に大きな陥没穴が出来、そこに紗枝が倒れていた。

薄れゆく視界には、爆発で散った塵と瓦礫、そして…こちらにゆっくりと歩み寄るリッカーの姿が見えた。

 

「……くっ…」

 

身体を動かそうにも動かせない紗枝に距離を詰めていくリッカーは、止めを刺そうと前足を高々と上げた。

紗枝は目を閉じて、死を覚悟した。…のだが、紗枝の顔には風が僅かに通うだけで痛みは皆無だった。

恐る恐る目を開けると、リッカーの腕は紗枝の顔の前で止まっており、恨めしそうに吠えるとゆっくりと背中を見せて後退する。

すると、塵が立っている中で、男が胸に手を当てながらこちらにやって来た。

ルーク帽を被り、こんな夜なのにサングラスをした老人であることをどうにか確認出来たところで…紗枝は意識を手放してしまう。

リッカーは寝入った獲物を殺そうと腕を伸ばそうとしたが、老人が手を出すとその動作を止めるのだった。




今回の章では紗枝が主人公的な扱いです。
玲奈は出す予定ですが、あまり出ません。


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第31話 反政府軍

ガタガタドタドタとやけに騒がしい音に紗枝は漸く目を覚ました。

覚ましたは良いのだが、手は後ろに縛られて椅子に座らされている。天井は簀(すのこ)のようで、光が木漏れ日のようになっていた。古ぼけた白熱灯もぶら下がっていたが、それは付いていない。

そのせいで紗枝が拉致されている部屋はとても薄暗い。だけど奥にルーク帽を被り、サングラスを付けた老人が座っていた。紗枝は気絶する前に、彼がリッカーに指示をしていたように見えたのを確認していたため、声をかけようと思った時、後ろから腕が伸びてきて紗枝の口を塞がれた。

 

「ん、んぐっ⁈」

「声を出さないで…」

 

静かな女性の声と共に、首にナイフを当てられた。

更に暗闇の中から小太りの男が現れて、紗枝が持っていたライフルと防弾チョッキを見せつけた。ニヤニヤ笑って、ありがとよと言いたげだった。

すると突然天井から男たちの声が聞こえ、1つ1つ部屋を確認している様子が見て取れた。最後に「異常なし!」の声が聞こえると、大量の足音が消えていき、最終的に静かになった。

その後、白熱灯がバチバチと鳴ってから付き、紗枝の前に立つ。

後ろにいた女性もナイフを首から離して、紗枝を静かに見下ろした。

明るい茶色のセミロングの髪、この戦場で戦っている者にしてはとても美しい人であった。

 

「私たちが何者か分かる?」

「……誰?」

「私たちは、あなたたちが言うテロリストよ!」

「ふうん…。それで?私を拉致った理由は?」

 

紗枝は至って冷静であるが、本当は怖くて堪らなかった。少しでも下手な事を言えば、殺されてもおかしくない。

 

「なあ、バディ。こいつは人質として役立つかな?」

「まだ分からないわ。それより…あなたは何?日本人がここで何をしているの?もしかしてCIAかFBIかしら?」

「どちらでもないわ。私は朝早くからこの国に行けと言われて止む無く来て、すぐに帰って来いと言われて逆らったただのBSAAの隊員よ」

 

BSAAと名乗った途端に彼らは紗枝に対する態度が変わった。

 

「…なるほど。それならここから出すわけにはいかないわ。アレとまともに戦って倒せる実力の持ち主なら…尚更ね…」

 

アレ…リッカーのことだと分かった紗枝は身体を乗り出して、彼女に訴えかけた。

 

「今すぐアレと関わるのを止めないと……全員死ぬことになるわよ⁈」

「これで私たちとあなたは『敵』なのははっきりしたわね」

 

彼女は紗枝の身体を掴んで、思いっきり押した。

椅子に座っていたから倒れることはなかったが、気分は最悪だった。

3人のテロリストに囲まれて動けない紗枝はどうすることも出来ず、隙が出来るまでじっとするしかなかった。

 

 

欧州のとあるホテルの一室で清々しい朝を迎えた玲奈に一本の連絡が入った。留守電であったが、その声の主は間違いなく海翔のものだった。

 

『おはよう、玲奈。連絡先は分かっても、君が今どこにいるか分からないから、もし早朝だったり夜中だったりしたら申し訳ない。本題だが、紗枝との連絡が途絶えた。場所はヨーロッパだ。訳あって国の名前は言えないが、今も戦争しているからすぐに分かると思う。あいつに限って問題ないとは思うが…すぐに行ってみてくれないか?行くんだったら、礼を言う』

 

ここで留守電は終わっている。

玲奈は結局海翔は紗枝のことが心配なんだとすぐに分かった。

 

「…海翔の頼みなら…聞かない訳にはいかないか…」

 

玲奈はそう呟きながら、朝のシャワーを浴びに行くのだった。

 

 

椅子に座らされ、拘束されたままの状況が数時間経過した。

外は相変わらず忙しなく足音が聞こえる。

紗枝の目線は最初にリッカーを操っていたと思われるサングラスの老人に向いていた。ずっと心臓の辺りに手を置いて、苦しそうに呼吸しているのが暗くても分かった。

そこで紗枝hs自身の防弾チョッキとライフルを持った小太りの男に声をかけた。

 

「ねえ、ちょっと…」

「俺は『ちょっと』じゃねえ、JDだ」

「…JD、そこの老人、様子がおかしいわよ?」

 

JDは少し戸惑った表情を見せたが、何事もなかったかのように返答した。

 

「いつものこった」

 

そう言った途端に老人は激しく咳をした。

 

「…だといいんだけどね…」

「なあなあ!それより‼︎お前どうしてこんな辺鄙な国に来たんだ⁈」

 

JDの興味ありげな眼差しを見て、こいつはさっきの女とは結構違うんだなと思った。

 

「どうしてだと思う?」

「考えても分からないから聞いてるんじゃねえか」

「そんなに知りたいの?じゃあ、私の質問に答えて」

「ものによるぜ?」

「…その防弾チョッキ……外すときに私の身体触ってないわよね?」

 

紗枝がそう聞くと、JDはい暫し固まっていたが、すぐに腹を抱えて笑いだした。

 

「おいおい‼︎俺たちは革命を起こそうと必死なんだぜ?女と戯れている時間なんかねえんだよ!」

「なら良かった」

 

JDはひとしきり笑うと、胸ポケットに収めている小さな水筒を取り出して口に含んだ。紗枝のものだが、自分のものだと主張しても無駄だと思い何も言わなかった。

そうやっていると、さっきの女が金属質の扉から入ってきた。手には銃を持って…。

 

「どうだった?イリーナ?」

「外は完全に政府軍に占拠された。暫くはここを動かない方がいいわ。…それと、あんた、さっきJDが言っていたことは信用しない方がいいわよ?あなたをここまで連れてくる間、『戦争中じゃなければやってたぜ』…なんてボヤいていたから」

 

それを聞いた瞬間、紗枝はJDの足を思いっきり踏んだ。

 

「いでっ⁈」

 

JDは足を抑えながら暴れる。

 

「JD、女の恨みは恐ろしいのよ?」

「理解したよ…イリーナ…」

 

そうやって囚われの身であるのにも関わらず暢気に話をしていると、再び老人が激しく咳をし始めた。

それを見かねたJDはイリーナに相談する。

 

「イリーナ、アダマンどうするよ?あの日本人も心配してるそうだったし…一回移動させた方がいいんじゃ…」

 

イリーナは紗枝を一瞥してからアダマンも見た。

確かにどうしようかと思った時、扉が激しくノックされた。

 

「誰かいるのか⁈」

 

声の雰囲気からして、イリーナたちと友好的ではない感じが冴えに分かった。恐らく政府軍だろう。アダマンの咳か別の何かで居場所を突き止められたのだ。

JDは勢いだけで扉の前に立ち、敵が入ってきたら即撃てるようにした。

しかし、この感じは違う…。紗枝は勘だけでそう思って、撃たれるのを承知で椅子から立ち上がってJDに体当たりした。

その1秒後、金属の扉は爆発音と共に吹き飛んだ。同時に迷彩柄の軍服を着て、ライフルを持った男たちが雪崩れ込んできた。

 

「行け行け行けーー‼︎」

「動くな‼︎手を上げろ!」

 

ライフルを構えられた紗枝やイリーナたちはどうすることも出来ず、ただ言われるがままになる。

しかし、奥で咳をしていた老人…アダマンは政府軍が突撃して来ても、余程何かに詰まったのか止まることなく咳が続く。そして漸く止まって、アダマンが顔を上げた時、彼の目は赤く染まり、奇声を上げて襲いかかった。

その混乱に乗じて紗枝は手を縛られていても、敵の顔面に強烈な蹴りを打って相手を倒した。

イリーナも敵のライフルを掴んで、アダマンを囲む奴らを撃ち殺し、更に周りの敵並びに紗枝に向かって乱射した。

これによって、侵入して来た政府軍は全滅した。

しかし、上にいた奴らに気付かれてしまい、雨のように銃弾が降って来た。イリーナたちは倒れているアダマンを担いで、そこから逃げ出すのであった。



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第32話 彷徨う狂人

イリーナとJDは足元がおぼつかないアダマンを引っ張って、狭い地下通路を進んでいた。政府軍に見つかってしまった以上、そこに長居は出来ないし、追手も振り切らなくてはならない。

約500m程進んだ辺りで、目を真っ赤に充血させたアダマンを地面に置いて一息吐いた。JDも荒井いい息を戻そうとめいいっぱい深呼吸する。

 

「どうやら……振り切れたみたいだな…」

「安心するのはまだ早いわ。とにかくアダマンを連れてここから出ないと……」

 

イリーナがアダマンの腕を掴んで立たせようとすると、それは振り解かれた。

 

「わしは……もう、いい……。置いていけ…」

「何言ってんだ!アダマン‼︎まだ諦めるには……!」

 

JDはそう叫ぶが、もう意識が朦朧として言葉も細々としか言えないアダマンを見て、連れて逃げるのは無理難題とも思っていた。

 

「このまま……じゃ…独立を…果たせん……。だから…」

「………」

「で、でもよお…!」

「分かった」

「イリーナ!」

「JD、アダマンの意志を尊重するのよ…」

 

イリーナは腰から拳銃を取り出し、アダマンの頭に向けた。

アダマンは最期に苦しみながらも笑みを浮かべた。

そのすぐ後、イリーナは引き金を引いた。

 

 

その様子を紗枝は遠くで眺めていた。

1発で楽に死なせればいいのに、イリーナは何回も銃弾を放って、アダマンに撃ち込んでいた。

合計7発くらい撃って、イリーナは目を擦って、JDとは別々に通路の奥へと向かって行くのだった。

それから紗枝は両手を縛られながらも、ライトを片手に狭い通路を一人で進んでいく。ライトが無くても、充分通路は目視出来る。だが、付けられている灯りは古びて、チカチカと点滅して今にも消えそうだった。

地下通路は迷路で、とても入り組んでおり、ここの地理が分かる者に道案内してくれないと出れそうもなかった。

そして、少しだけ広い部屋の一端に上へ続く錆びたハシゴがかかっていたため、出れるかもと思った紗枝がハシゴに足を乗せた瞬間、錆びついていたのが相まって、バキッと折れて紗枝は地面に背中を打つ。

 

「ああ!もう‼︎」

 

苛立ちから声を上げる紗枝。

すると、落としたライトが照らした先に誰かが蹲っていた。

よく目を凝らして見ると、そこにはJDがいた。紗枝を確認したJDは人差し指を口に当てて『静かにしろ』とジェスチャーして来た。

何故そんなことをしなければならないか分からない紗枝はもちろん奴の言う通りにする気は無かった。

 

「ふざけないで。何故そんなこと……っ⁈」

 

そう喋っていると、突然板で塞がれた道から男が突っ込んで来て、紗枝を地面に押し倒した。JDはめちゃくちゃビビったのか、甲高い悲鳴を上げていた。

押し倒した男は明らかにおかしかった。肌は血色のない薄紫色、目はさっきのアダマンと同じように赤く血走っている。

この特徴を持ったアンデッドを、紗枝は知っていた。

男は刈り込みバサミを紗枝の顔目掛けて振り下ろしたが、紗枝は顔を右に逸らして避ける。

 

「このっ‼︎」

 

紗枝は容赦なく男の足を蹴って転ばせると、逆に刈り込みバサミを奪って殺そうとする。だが、紗枝が振り下ろす直前、JDが叫んだ。

 

「やめろ‼︎そいつは殺すな‼︎」

 

紗枝はJDを一瞥したが、彼の願いを聞き入れることはなかった。

無言のまま、ハサミの刃を脳髄に突き刺した。

 

「ああああああああああ‼︎俺の高校の先生を…‼︎」

 

JDは紗枝から奪っていたライフルを向けて、再三に叫ぶ。

 

「どうして殺した⁈俺の先生を…‼︎」

「黙ってやられろって言うの⁈それに…テあんたも分かってるでしょ

あなたが言う先生はもう人間じゃないってこと…」

 

怒りに身体を震えさせるJDだったが、ここで争っても意味がないと思ったか銃を降ろした。

だがその瞬間、JDの身体を大きな腕が掴んで、近くの棚に投げ飛ばした。

 

「うわああ!」

「…!」

 

紗枝が助けに行こうとしたが、今度は包丁を持ったアンデッドが現れ、暗闇から振り抜いたのだ。包丁は刈り込みバサミに当たって、紗枝の手から落とし、包丁を顔に刺そうとする。

紗枝はそれを寸でのところで受け止めているが、男である上にアンデッドの異常な力に今にも押し負けそうだった。

JDもライフルを構えたままで、引き金を一切引こうとしない。

 

「撃って!躊躇わないで‼︎」

 

さえにそう言われても、JDの指は動かなかった。

徐々に近付いてくるアンデッドに撃てずにいたのが仇となり、JDは馬乗りにされ、首を物凄い腕力で締め上げて来た。

馬乗りにされて、今にも殺されそうなJDを見た紗枝は相手の身体を自分の前に動かして包丁を奪って、頚椎に刺して絶命させた。

更にJDに向けて、口から寄生虫を吐き出しているアンデッドの側頭部に包丁を突き立てた。

JDは安堵の息を吐く。

 

「ライフル持っておいて使わないなんてあなたは倹約家か何かかしら?」

「…っ、つ、次は撃てる。躊躇わずにな」

 

紗枝は縛っていたロープを解き、落ちていたライトと古びたバールを掴んだ。

 

「殺せる勇気があるなら頭を撃ちなさい。じゃないと、今持ってるのは単なるおもちゃでしかないわ」

 

そう言い残して一人で奥に行こうと思った時。

 

「待てよ!…こっちだよ、付いて来い!」

 

何の風の吹き回しか、JDは紗枝にここの出口を教えてくれると言うのだ。どういう狙いがあるのか分からないが、このまま彷徨うのも危険なだけなので、紗枝は取り敢えず彼の後を追った。

JDは横道に入り、堅く閉ざされた扉の前に立った。

 

「二人でなら開くはずだ」

 

JDは取手を掴んで引っ張るが、ビクともしない。それを見た紗枝も見習って扉を引くが、やはりどうにも出来ない。

 

「ここは何なの?」

「俺たちが戦争を始める前に作られていた……ゲリラ戦の跡だよ!」

「なるほどね…。……とても開きそうにないわ。退いて」

 

紗枝は武器として拾って来ていたバールを扉の隙間に挟み込んで、テコの原理で扉をごく僅かだが、動かした。JDも早く開こうと更に取手引っ張る。その時、通路の方からアンデッドの呻き声が響き、二人は焦り始める。

紗枝も必死にバールで抉じ開けようと頑張っていると、背後から三体のアンデッドがゆっくりと近付いて来た。

そこで漸く指が入りそうになるくらいに扉が開き、紗枝は指を滑り込ませて先にJDを通そうとした。が…。

 

「ぐおおお………くっそ…」

 

JDの腹が厚すぎて、その隙間を簡単に通れなかったのだ。

その間にも一体、アンデッドが走って来たため紗枝はバールでアンデッドの心臓を貫き、引き抜いて殺した。

 

「早く…!急いで‼︎」

 

振り向くと、心臓を貫かれたアンデッドの頭は吹き飛んで本体である寄生体が姿を現した。紗枝はひたすらJDを押し続け、寄生体の触手が二人に襲いかかろうとした時、JDの厚い腹が扉の隙間を通り抜け、紗枝もほぼ同時に抜けられた。

それでも紗枝は安心出来ず、扉をしっかりと閉め、ここから出られないようにした。

 

「こっちだ」

 

JDは先に長いハシゴを登り始めた。

先程登ろうとして落ちた経験がある紗枝はちょっとだけ、溜め息を吐いてから彼に続いた。

登り切ると、既に外では陽が昇っていた。

久しぶりの日光に紗枝は眩しかった。どうやら市街地に出たようだが、外には誰も歩いていなかった。

 

「この先が教会だ」

 

JDが足を進めようとした時、奥から迷彩柄の軍服を着た男とそれを追う住民が目に入った。紗枝たちは遠くにいるため見つからないと思うが、念のために影に隠れた。

男は銃を持っているのにも関わらず、腰が抜けたような状態でただ逃げ続けていた。恐らく弾を使い切ったのだろう。

逃げているうちに男は壁際に追い込まれ、奴らに捕われてしまう。

一体のアンデッドが口から何かを吐きだし、それを逃れようと暴れる男の口に無理矢理入れた。痙攣でもしたかのように男は暴れ、口の中に完全に入った途端、奴らは男に興味がなくなったのか、離れていった。

そして…男は暫くその場で身体を蹲っていたが、やがて目から血の涙を流して、尋常じゃない奇声を上げるのだった。

それを見ていたJDは悪魔でも見たような声を絞り出した。

 

「どうなってんだ…」

「…教会はどこなの?案内して」

 

紗枝はそう言ったが、JDには聞こえなかったのか何の返答もない。

 

「JD!」

「あ、ああ…分かった…」

 

ここでJDは漸く正気に戻り、教会へと足を動かすのだった。



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第33話 分かり合えない者

紗枝はJDの案内で唯一安全な場所と言える、教会に辿り着いた。

中に入っても誰もいないから紗枝は少しだけ辺りを見回すと、カチャッと銃を構える音が聞こえた。

もちろん構えたのはJDだ。どうしてか彼の身体は恐怖か怒りで震えていた。

 

「アレは一体何なんだ⁈お前たちが町の連中を…‼︎」

「…決めつけるのは早計だと思うし、そもそもあいつらを放ったのはあなたたちじゃないの?」

「何言ってやがるんだ‼︎」

「アレはプラーガ。人間に寄生してその肉体を操り、最後には化け物に変える…」

 

それを聞いたJDの表情は徐々に絶望した色に変わっていった。

 

「そ、それじゃあ…町の奴らは……」

「…二度と元に戻らないと考えていいわね」

「嘘だ…。そんなんデタラメだ!」

「戻したいなら脊髄もろとも引っこ抜けばいいけど、脊髄を抜いてどうなるかは言わなくても分かるでしょ?」

「他にも方法が……」

 

喚くJDに痺れを切らした紗枝は一喝した。

 

「そうと思うのなら…どうしてさっきあの老人を撃ち殺したの?」

 

一番聞かれたくないことを言われてしまったJDは言葉に詰まる。

 

「本当は理解していたんでしょ?もう戻らないって」

「その通りよ」

 

突然紗枝の側面にあった扉が開き、イリーナを中央に2人、マシンガンを構えている。それだけなら切り抜けられたのだが、二階にはライフルを構えた者も…。

逃げることを諦めて紗枝は両腕を上げた。

 

「…漸くまともな話が出来そうね」

 

イリーナは紗枝の余裕そうな表情が気に入らなかったのか、ズカズカと足音を立てて近付くとその頰を力強くビンタした。

 

「縛って見張っておきなさい」

「…歓迎ありがとう」

 

紗枝は叩かれた頰を摩りながらそう言うのだった。

 

夕焼けが町を覆う。

この光景をイリーナは数年間と見続けた。しかし今はそれに加えて、プラーガによって支配された町の住人が教会の鐘の音を聞いて、金属製の柵をガンガンと叩く様子が見える。

 

「イリーナ、これからどうすんだ?」

「…アレを取ってくる」

「取ってくる?使う気なのか⁈」

「アダマンの後継者が必要よ」

「そんなのどうでもいい!イリーナも化け物になりたいのかよ⁈」

 

JDは必死になって、イリーナを止めようと説得する。

しかしイリーナはふうと一息吐いて、JDに真正面から言った。

 

「JD、この独立戦争に参加した時から死ぬ覚悟は出来ていた。それにアダマンがくれた力を使わないと私たちは殺される。そのためにも…私は、あの力を受け継ぐ」

 

そう言い残して彼女はJDの元から離れた。

JDは掌から血が出るほど強く拳を握り、1つの決心をするのだった。

 

縛られた紗枝の元にJDがそそくさとやって来て、彼は見張っている部下にこう言った。

 

「少し話をさせてくれ」

 

そうして、彼は教会から出て少し離れた住宅街に紗枝を連れてきた。背中にはナイフを当てられ、抵抗したら殺すと言いたげに…。

だが紗枝にはナイフを当てられていても、JDには全く殺意がないということに気付き、話しかけた。

 

「私をどうする気?まさかイリーナに黙って私を脱走させるつもり?」

「…くそっ、何でもかんでもお見通しかよ…。イリーナが、アレを取りに行った」

「プラーガのこと?」

「名前なんか知るか!俺たちはただ…長老たちからアレを使えと言われて使っただけだ!そこだけは知っとけ」

 

そう毒付きながらも、JDは紗枝を縛っているロープを切ってくれた。

拘束が無くなった瞬間、紗枝は容赦しなかった。

瞬時に振り向いて、ナイフを奪ってJDの首に当てて脅すように聞く。

 

「つまり……プラーガを使ってリッカーを操れ…そうすれば戦争に勝てる……なんてことを言われたわけ?随分とバカな長老と間抜けな部下たちね」

「じゃあ…お前ならどうした!世界中が敵で誰も助けてくれない‼︎黙って殺されろって言うのか⁈」

「……そうだったとしても、もっと他に方法があった。まだ引き返せる方法がね…。とにかく、あなたたちと私は分かり合えない。逃してくれるのは幸いだけどね」

 

紗枝はそう吐き捨ててJDの前から消えようとする。

だが、ここで彼の口から悲痛な叫びが静かな街に木霊した。

 

 

「助けてくれ‼︎‼︎」

 

 

この叫びには流石の紗枝も足を止めてしまう。

今まで果敢にやっていたJDからは信じられない声だったからだ。

振り向くと、目に涙を溜めて地面を見詰めるJDがいた。

 

「もう……一生の親友を失いたくないんだ…。バディみたいに…」

「……聞かせて」

 

JDは驚いたような表情を一瞬して、すぐに話を始めた。

 

「バディってのはイリーナの婚約者だった奴だ。俺とイリーナ、バディは幼馴染で…。あいつらの幸せを俺は心から喜んだ。だけど…戦争中に反政府軍のアジトが学校だと間違った情報を言われて、爆撃されたんだ。そこでバディは……」

 

その時の心情を紗枝には想像も付かなかった。

最愛の人を失う気持ちを…。

 

「それからだ。イリーナが、反政府軍に入ったのは…。今まで銃すら握ったこともなかった彼女が……今はリーダーに…」

 

するとJDは突然持っていたライフルを紗枝に返し、こう言った。

 

「イリーナを止めてくれ!…あいつは多分、例の駐車場にいるはずだ」

「私を信用するの?敵かもしれないのに」

「敵なら殺されている。でも助けてくれた。確かに分かり合えない同士なのは認めるが、俺はお前を信じる」

「そう…ありがとう」

 

紗枝はそう言い残して、1人あの駐車場へと駆けて行った。

残されたJDは落ちているナイフを拾い、教会へと戻っていくのだった。

 

 

一番最初にリッカーと出会った場所にイリーナがいると言われた紗枝はすぐにその場に辿り着いた。爆破されていたため、駐車場の三分の一は床が吹き飛んでいたが、残っている三分の二の地面に注射器とそれを入れていたと思われるアタッシュケースが放置されていた。

 

「…遅かったか…」

「本当…あんたらはいつも遅いよなあ」

 

その声を聞いた途端、紗枝の身体がゾゾゾと寒気が走った。

声のした方に銃口を向けると、車のボンネットに男が座っていた。

暗闇で顔が見えないが、誰かは知っている。

 

「どうしてあなたがここに…?竜馬!」

「ほお…今回はあの女じゃないのか…」

 

ボンネットに乗ったまま、余裕そうにこちらを見詰めている竜馬。

 

「質問に答えて!」

「あの女よりも弱いあんたがそんなデカイ口叩くのか?まあいいぜ。俺はあの人からプラーガの回収を命じられたんだよ。でも、性能が不明だったからな…。だからあのジジイと女に渡したのさ。リッカーを操るプラーガを」

「まさか…あなたが街にプラーガを…!」

「おっと、それは違う。俺が来た時には街は滅んでた。だからプラーガを広めたのは別の奴だ」

 

竜馬はシュッとライターに火を付けて、タバコを吸う。

紗枝が知る限り、竜馬はタバコを吸わないのを知っている。こんなにまで堕落したのか…と思ってしまう。

 

「まあ見た感じ、性能は五分五分。あのプラーガは要らねえな。処理はあんたに任せるぜ。それと…早く逃げた方がいいぜ?」

「何を………」

 

紗枝が更に問い詰めようとした時にジェット機のエンジン音が響いた。空を見上げた途端、竜馬は信じられないくらいに跳躍して穴が空いた天井に着地していた。

 

「竜馬!」

「もうここに用はない。後は…勝手に自滅するのを傍観してるぜ。それと……」

 

竜馬は一拍置いてからこう言った。

 

「玲奈によろしくな」

 

そう言い残して消えてしまった竜馬に紗枝は唇を噛んでいることしか出来なかった。



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第34話 意志の違い

ジェット機の爆撃音は響く。

外に出てみると、爆撃はまだ教会から少し離れた場所で行われており、被害が及ぶまでにはまだ時間がかかりそうだ。その前にあの中にいる反政府軍を助けようと思った紗枝だったが、爆撃の揺れか、又は中で何が起きてるか分からないが、再び教会の鐘が鳴り響いて、アンデッドを引き寄せてしまう。

これでは教会の中に入るどころか、近付くこともままならなかった。

紗枝は辺りを見回して、中途半端なところで無くなっている錆びたハシゴを見つける。

 

「……やるっきゃないか…」

 

紗枝はそう呟いて、建物の屋根から屋根へと飛んで、最終的に錆びたハシゴに飛び乗った。だが足を踏み外してしまい、足だけ宙に浮いてしまう。

アンデッドも徐々に寄ってくるが、紗枝はそのアンデッドの頭に足を乗せてハシゴに足を乗っけた。しかし今度は錆びていたせいで乗せていた部分がポッキリと折れる。

辛うじて掴まっている紗枝は「やれやれ」と呟いて、さっさとハシゴを登って教会の中に入っていく。

入ろうとした矢先に紗枝の耳に数発の銃声が聞こえた。

急いで上から見てみると、4人の死体とその死体で顔を塞がれているJDの姿があった。

 

「大丈夫⁈」

 

紗枝が声を上げると、JDは重たい死体を退けて何度も深呼吸を行った。どうやらJDだけは生きてるようだ。

 

「ああ…ちょっと油断しただけだ…。だけど、他は全滅らしい」

 

JDはそう呟きながら、空になった拳銃に弾倉を充填した。

そして立ち上がって紗枝に聞く。

 

「そういえば…イリーナは⁈」

「私が言った時にはいなかった」

「クソ‼︎もう怪物になっちまったのか⁈」

「それは分からない。だけどまだ間に合うかもしれないから、彼女が生きそうな場所を教えて」

「ちょっと待て、俺もい……えほっ‼︎ゴホゴホ‼︎」

 

JDは突然咳をした。紗枝はかなり激しく咽せているJDに安否の声をかける。

 

「どうかしたの?」

「……何でもない…。それより……」

 

JDはここで今までずっと着ていた紗枝の防弾チョッキを脱いで彼女に渡した。返してくれるのは有り難いのだが、唯一紗枝が気になっていることがあって簡単には受け取れなかった。

 

「どうしたんだよ、お前のもんだろ?」

「あなたの汗で蒸れているんじゃないかって心配なのよ…」

「おい!それは失礼じゃねえか⁈…でも、綺麗好きだって言う日本人らしい物言いだな」

 

そう言って、JDが扉を開こうとした時、向こう側から開き、そこからイリーナが入ってきた。

彼女を見た途端にJDの様子は一変した。

 

「イリーナ‼︎良かった!まだ怪物じゃない……っ⁈ゴホッ‼︎エホッ‼︎」

 

再びの嘔吐…。

流石の紗枝もおかしいと思い、声をかけようとした時イリーナは持っていた銃を紗枝に向けた。

それもそのはずだ。アジトに帰って来れば、JD以外のメンバーは皆殺しになっていたのだから。更にそのJDも様子がおかしい。

 

「あなた!一体何をしたの‼︎」

「違う…!こいつは何もしてない…!これは……!」

 

咳をしながらも紗枝ではないと言い続けるJDだったが、激しい嘔吐が突然止まると、顔を俯かせたまま動かなくなる。

 

「JD?」

 

声をかけても返事はなく、徐々に変な声が聞こえるようになる。

そして、顔を上げたJDの目は…赤く血走っていた。

イリーナは驚いて後ろに下がるが、我を失ったJDは呻き声を上げながらイリーナに襲いかかろうとする。

ただそれは紗枝が彼の足を拳銃で撃ち抜いて、転倒させた。

 

「待って!殺さないで‼︎」

 

心の底から出た言葉はそれだった。

イリーナは銃を向けながらも側面へと回り、JDの様子を確かめる。

JDは泣きそうな顔でイリーナに話しかける。

 

「俺……本当は独立とかどうでも良かったんだ…。ただ、イリーナや…みんなと、ずっと一緒に居れたらって…そう、思って…」

 

彼が言い切る前に目からは血の涙が幾筋も流れ落ち、人間としての意識も無くなっていく。呻き声を更に大きくし、首がイかれた方向に捻じ曲がる。

そして、最後には頭が吹き飛んで寄生体が姿を現し、JDは完全なる怪物へと変貌を遂げた。

イリーナはその姿に茫然としたままだ。

せめて止めはイリーナに任せようとも思っていた紗枝だったが、これではどうしようもないだろう。

拳銃をもう一度構えて、もう二度と対話の出来ないJDに言った。

 

「別段嫌いではなかったわ、JD」

 

そして銃弾を4発、寄生体に撃ち、JDの肉体を永久に葬った。

茫然としていたイリーナも死んだJDを見て、壁にトンと軽く背中を付けて地面にズルズルと倒れていく。

 

「……幼馴染みや親友が目の前で死んでいくのを…私も何度か見た」

「………」

 

紗枝はイリーナが今からしようとしていることを止めさせようと説得する。これは自らの意志でもあったが、何より…怪物になって欲しくないと願ったJDのためでもあった。

 

「BOWを使って、独立を果たす…。別に私は戦争して…独立を勝ち取ることを全否定するわけじゃあない。だけど、BOWは見境いなく人を殺す悪魔の兵器…。操ることが出来たとして、戦争が終わった後はそれらをどう処分する気?殺すの?奴らは私たちと同じ生物……抵抗して、逆に操っているあなたやその仲間を皆殺しにして…最後にはこの国そのものを破滅させるかもしれない…。そんな悲劇をもう生まないためにも…プラーガを渡して!今すぐ!」

 

これが紗枝の必死の訴えだった。

これでイリーナも目を覚ましてくれる…そう思った。

目の前で仲間を失い、BOWの恐ろしさを何より知っている彼女なら……と。

だが…俯いていた彼女が出した答えは、紗枝の想像とは違った。

 

「…そう言うなら、あなたもその銃を置きなさい。今ここで独立を断念したら…アダマンや、私を信用してくれた仲間に面目が立たない。もう、分かっているでしょう?私とあなたは…お互いに理解出来ない。戦っている意志の強さが、桁違いなのよ」

「…イリーナ……」

 

その時、ジェット機の爆撃が教会周辺にまで広がった。

その震動で元々脆かった教会の天井は崩落する。その間にイリーナは先に教会から逃げ出そうと走っていった。

紗枝は瓦礫を避けながら、イリーナを追う。だがすぐに彼女を見失ってしまい、途方に暮れるが、まだ諦めた訳ではなかった。

仲間を失い、潜伏先も破壊されてしまった以上、彼女は行動せざるを得ない状況に持ち込まれた。

明日の朝…イリーナが動くことは間違いないと思った紗枝は彼女を追うことを一旦止め、明日の朝に向けて準備を始めるのだった。

 

 

玲奈はフードを被って、国境近くにまで来ていた。

もちろん国境には銃を持った兵士がいる。

どうしようかと思えば、突然兵士たちは何か連絡を受けて、見張りから離れていく。

それはそれで玲奈は有り難かったが、見張りを放置してまでの集合だったのか…。

何かが起きる。そう思った玲奈は、フードを脱ぎ、さっさと街に入っていく。紗枝を助けるため、そして……自らが求める物を見つけるために……。



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第35話 襲撃

陽が昇り始めた頃には至る所で見張りをしていた兵士たちが大統領府での警戒に当てられた。彼らからすれば突然のことで、少しだけ苛つきが走った。

日が変わる前の深夜辺りに突然大統領命令で呼ばれて、結局ろくな睡眠も取れていないからだ。だが、命令は絶対。逆らうことなど出来ない。

欠伸をしながら退屈していると、大統領府に通ずる道に3台のトラックがこちらに向けて走って来ていた。何の報告も受けていない兵士たちはそのトラックを怪しむ。

 

「止まれ!止まるんだ!」

 

1人の兵士が手を上げて止めるように促すと、トラック3台は中央ゲートの少し手前で止まった。運転席は太陽で反射して、全く見えなかったが誰も乗っていないようにも見えた。

兵士は持っている銃を構えながらゆっくりと近付いていく。

すると、後ろの荷台の扉が開くのが見えた。そこに向かおうと足を一歩動かしたその時、甲高い咆哮が兵士の耳に入った。

見上げる間も無く、兵士の頭に齧りついたのはリッカーだった。他の兵士も一瞬、その容赦に固まってしまったがそれは過ちだった。

次々とトラックの荷台からは大量のリッカーが出てきて、兵士たちを襲う。

何事もなかった中央ゲートは、一瞬にして殺戮の舞台へと変貌するのだった。

 

 

大統領スベトラーナ・ベリコバは自室で悠々としていた。

彼女の部屋の中央にあるソファには2人の人物が座っている。1人は秘書、もう1人は…竜馬。

秘書が拳銃を構えて竜馬に抵抗出来ないように牽制しているのだ。

 

「よく見つけられたな…俺を」

「私の部下は優秀なのよ、ミスター竜馬」

 

自らの名前を言われて、少しだけ表情を固くする竜馬。

もう一度改めて秘書を見たが、逃げようとしたら殺されるのは確実なのは間違いなかった。

 

「ほう…そこまで調べていたとはね」

「あなたは有名人よ。BSAAのエースのような存在で、東京事件で生き残った数少ない生存者…それに、最近は謎のテロリスト」

「最後のは聞き捨てならねえな。テロリストはあんただろ?俺は『あの人』のために動いている単なる傭兵みたいなもんさ」

 

スベトラーナは「ふうん」と興味なさげに呟き、秘書の隣に座る。

長くスラッとした足を見せ、竜馬に語りかける。

 

「ねえ、どうせこの国から出られないのだから…いっそ私につけば?悪いようにはしないわよ?」

 

竜馬は呆れ気味で首を軽く振った。

 

「バカ抜かせ」

 

そう言った瞬間に竜馬はソファとソファの間にある机を蹴って、一瞬奴らの視界から消えると、銃を構えていた秘書の胸ぐらを掴んで壁に投げ飛ばした。

それからスベトラーナも一瞥して、秘書が落とした拳銃を拾って出口の方へと向かおうとする。だが扉を開くと、目の前に立ち塞がったのは合金で出来た板だった。

 

「………」

「あなたが人間でないことくらい承知よ?だからね、逃げれないように用意だけはしておいた」

「……ちっ」

 

さっき投げ飛ばされた秘書は今度は散弾銃を向けていた。

流石の竜馬もあれを避けられるとは思っていない。

拳銃をスベトラーナに投げ渡し、倒したソファを戻して大人しく座った。すると、太陽の光が入っていた窓も合金の板がせり上がり、室内は暗くなる。

 

「どうやら…あなたとは別の物騒なテロリストが来たようだから…一先ず下に向かうわ」

 

スベトラーナもソファに改めて座り、竜馬に不気味な笑顔を見せた。

 

「さあ、どうする?」

 

 

僅かに粉塵が舞う道路の真ん中を紗枝は歩いていた。

先程から銃声と悲鳴、また甲高い声がずっと聞こえていたが、十数分もしたらすぐに聞こえなくなった。

そして、自分も少し遅れて向かうと、そこは酷い有様だった。

リッカーを乗せて来たトラックは全壊、その周りは銃撃や爆撃の跡。瓦礫が散乱し、その瓦礫に埋もれた兵士やリッカーもいれば、惨たらしく内臓を抉られたり、脳を食い千切られたりした死体が至る場所に転がっていた。

紗枝は転がっているリッカーの死体にこう語りかけた。

 

「初めて見た時とは比べものにならないくらい出世したわね」

 

すると、1人の兵士の無線から声が聞こえた。

 

『こちら部隊γ!もう大統領の部屋の前だ‼︎これ以上足止めは……う、うわああああ‼︎』

 

そこで無線は終わる。

前を見ると、アメリカのホワイトハウスを真似たような大統領府の奥から少しだが、銃声が聞こえた。

紗枝はすぐに駆け足でその銃声がしたところに向かう。

大統領府に入っても悲惨さはちっとも変わらなかった。

至る所に銃弾の跡と血が飛び散り、綺麗であっただろう大理石の大廊下は真っ赤に染まっていた。そして、その廊下には外で見たものよりも更に多い死体がゴミのように散らばっていた。

ゆっくりと、足音がするかしないかくらいの足取りで進んでいると、ポタポタと血が天井から垂れているのが見て取れた。上を振り向くと、1人の死体を口で噛んで貪っている二体のリッカーがいた。

お互いに肉を譲り合うこともせずに、飢えた獣の如く肉や内臓をグチュグチュと嫌な音を立てて食べている。

やがて人間の肉の味にも飽きたか、原型を留めない死体を捨てて紗枝と同じ地面に飛び降りる。

 

「………」

 

紗枝は一応ライフルを構えているが、二体は紗枝が見えていないようだ。それもそのはずだ。

リッカーには目がなく、卓越した聴覚で相手を認識して襲いかかってくる習性を持つ。このままじっとして、奴らがさっさと消えてくれればそれで問題はない。

だが、ここで一体が四肢を止めて紗枝の方を向く。

一瞬だけ引き金を引こうとしたが、リッカーは舌を出して紗枝に威嚇するような仕草を見せただけで襲っては来なかった。

見えていないのでは?と紗枝は思ったが、この際だから何も言わずにこの場から離れようとする。

するとまたリッカーの甲高い声が聞こえて来た。

振り向くと今度はリッカー同士が仲良く戯れ合っているのが見えた。

人騒がせな奴だと思いながら再び足を動かそうとした時、ガシッと足を何者かに掴まれた。

驚いて下を見ると、僅かに息のある兵士が奥の部屋に行かせまいと止めたのか、それとも助けを求めたのか…。

どっちにしても、これで紗枝は完全にリッカーたちに存在がバレてしまった。

 

「…!こんな時まで忠実な兵士ぶってんじゃないわよ‼︎」

 

掴んでいる腕を振りほどいて、紗枝は即座に走り出した。

もちろんリッカーたちは拘束で紗枝に向かう。だが、その前に殺し損ねていた兵士の首を鉤爪で切り裂いて止めを刺した。

一体はそこで止まっているが、もう一体は素早い動きで紗枝に迫ってくる。飛びかかった瞬間に紗枝は後ろに銃口を向けて、リッカーの腹を撃ち抜いて時間を稼ぐ。

しかしその銃声でもう一体が反応してしまう。

紗枝は目の前の扉を開くがその先には地面が無く、紗枝は慌ててドアノブに掴まって宙ぶらりんになる。

リッカーは構うことなくその扉の先に向かって盛大なジャンプをしたが、その先は底が見えない暗黒の世界。その世界へとリッカーは堕ちていった。

紗枝はその様子を見ながらも、元の入り口に立って下を改めて見た。

 

「……この先に、何かある…」

 

そう直感した彼女は近くのハシゴから長い道のりであるが、地下へとひたすらに降りていくのだった。




今回の章でこれを含めてあと2つ章を書くと言いましたが、どうしようかなと考えてします。
これは長く続けていきたいんですよね…。
私は執筆することが楽しみだから。

そこで現在考えているのは…彼らのその後か…IFStoryを更に延長しようか…です。
何はともあれ、これからもこんな自分をよろしくお願いします。


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第36話 蘇る記憶

底知れない縦穴をひたすらに降りていった紗枝は、とある地下の施設に到着した。大きな金属製の扉を開けて、中に入る。

銃を構えてゆっくりと侵入する紗枝。

周りはコンテナが立ち並び、見る限りコンテナ置き場にしか見えないが、それだけのためにこんな巨大な地下施設を作ったとは考えられなかった。

そう思った紗枝の前に巨大な建造物が立っていた。

コンテナが並んでいる中、とても浮いているこの建造物の中に入ってみると、青いハニカム構造をした壁が見えた。

 

「……ただのシェルターなんかじゃ無さそうね…」

「そうだな…。こいつは凄いな…」

 

また…紗枝の耳に竜馬の声が聞こえて、反射で銃を構えて撃とうとしてしまうが、寸でのところで抑える。

 

「俺を見ただけで撃とうとするな。俺は前も言ったが、あんたに用はない。俺の狙いは…こいつらさ」

 

竜馬は颯爽と紗枝の横を通って、中央にあるパソコンに真っ直ぐ向かう。竜馬は懐からUSBメモリを取り、コンピュータに刺してデータをコピーする。

 

「これは何なの?竜馬、知ってるんでしょう?」

「ああ。こいつらはリッカーを操るプラーガだ。そこらにいる従属種とは格が違う」

「……そのデータを盗むのがあなたの任務ってわけね」

「ああ、だから邪魔は…」

 

竜馬が言い切る前に紗枝は銃口から弾丸を放ち、コンピュータを破壊する。

 

「……何するんだ?」

 

竜馬は腰の拳銃に手を置き、今まで出していなかった紗枝に敵対心を向ける。その威圧に紗枝は極度の恐怖を感じたが、負けじと銃を構えたままこう言う。

 

「あなたが言う『あの人』が誰か分からない…。だけど、良からぬことをしようとしていることに変わりない。だから…このデータは渡せない」

「それを言うのは私の方よ」

 

すると突然、女性の声が聞こえたかと思えば周りから完全武装した兵士達が雪崩れ込んできた。その中に一人、高貴な服を着た若い女性が混じっている。

 

「やはりこれが狙いね。それにしても…きちんと縛って見張っていたのに…意図も簡単に破るとはね。甘く見ていたわ」

「…人間じゃないからな」

「!」

 

紗枝は今の竜馬の発言に紗枝はピクッと反応した。

だが、考える間もなくスベトラーナは紗枝に視線を向けて、横にいる秘書に確認する。

 

「そこの女は?」

「分かりません」

「日本のBSAAだ。俺の同僚と言ったところかな?」

 

スベトラーナは「ふうん」と言って、興味無さげに竜馬に視線を戻す。

 

「さて、コンピュータも壊されたことだし、ここに用は無くなったな…。あとはあんた…いや、紗枝さんに任せるか」

 

そう独り言みたいに言うと、突然照明が消えた。

紗枝とスベトラーナたちは驚き戸惑うが、紗枝からすれば逃げるための絶好のチャンスだった。

一人一人を狙うことなくライフルを撃ち、相手を撹乱させる。

その作戦にまんまと嵌まった奴らは無鉄砲に撃つが、当然紗枝にも竜馬にも当たらない。そして電気が復旧した時には、紗枝はスベトラーナの背後に回って銃口を背中に付けていた。

 

「動かないで!ボスの心臓が吹っ飛ぶわよ?」

 

紗枝はスベトラーナの肩をがっちり掴んでゆっくりと後退していく。

 

「あなた…誰に銃を向けているか理解してる?」

「ええ。このプラーガを入れている容器に彼の最後の言葉から推測してあなたが……ビーキーパー!」

「ビーキーパー?」

「プラーガを放ったのはあなたね?」

 

確信を突いたのか、スベトラーナはフンと鼻を鳴らす。

 

「…やっぱり分かっていない。私はこの国の…大統領なのよ?」

 

そう言い終えると、彼女は紗枝が背中に当てていた拳銃を弾き、平手で紗枝の頬を殴り、更に高いヒールで紗枝の腹を蹴り上げた。

 

「かはっ…!」

 

吹き飛ばされながらも紗枝は態勢を直そうとしたが、その時にはスベトラーナは目の前にいて落としたはずの拳銃を拾って紗枝の額に当てていた。

 

「……くっ…」

「この国の敵になる者は生かしておかないのよ。悪く思わないで」

 

引き金に力が入りかける。

逃げる術はほぼない。じっと身体を固めたまま、死を待っていると…『奴ら』が現れた。

紗枝のスベトラーナの間にリッカーが割り込み、スベトラーナの腕を切り裂いたのだ。

 

「何⁈」

 

横を向くと、巨大なエレベーターから大量のリッカーが侵入して、兵士たちに襲いかかっていたのだ。リッカーの素早い動きに兵士たちの撃つ弾丸はちっとも当たらず、一人…また一人と食われていく。

紗枝がふと上を見上げると、そこには2体のリッカーを傍に置いて見ているイリーナの姿があった。

コンテナに上がり、紗枝は声を上げた。

 

「使ったの⁈プラーガを…!」

「…見れば分かるでしょ?」

 

目を赤くさせて、イリーナはリッカーに指示をした。

リッカーは紗枝の両肩を掴んで地面に叩き落とすと、その頭を喰らおうと口を開けた。紗枝は右に避けてやり過ごす。

何度もしつこく食らいつくが捉えきれないリッカーは、次に左腕を上げて地面と平行に引っ掻く。

紗枝の服を一部切り裂いたが、左腕をを上げてしまったため銃を取る隙が与えられる。

紗枝はその瞬間に素早く銃を取って、リッカーの頸動脈を貫いた。

絶命したリッカーは紗枝にもたれかかりながら死ぬ。

死骸を退けて、紗枝はポツリと呟いた。

 

「…ごめんなさい、JD…。遅かったよ…」

 

亡きJDに謝罪し終えたら、紗枝は改めてライフルを構えてイリーナに撃とうとする。が、既にイリーナの姿はない。

もう一度コンテナに上がると、イリーナがスベトラーナの逃げた方向に走っているのが見えた。

狙い撃ちにしようと思ったが、側面からリッカーが飛びかかってくる。身体を低くして避けると、紗枝はコンテナの上を走り出す。

リッカーに追われながらも、目的の人物を探す…。

こんなこと二度と出来ないだろうと思いながら走る紗枝の目の前にリッカーが飛びついてきたが、ライフルで口の中を撃ち抜いて殺す。

最後に地面に降り立ち、イリーナの姿を改めて確認するともうすぐ近くだった。

だが、その進行を拒むかのようにリッカーが配置される。

向かってくるリッカーに容赦なく銃弾を撃ち込もうと思った途端、リッカーは紗枝に背中を向けて明後日の方向へと駆けていく。それは他のリッカーも同じで、全個体が同じ方向へと向かっている。

紗枝のそのリッカーを追う。

 

その頃、腕を負傷したスベトラーナとその部隊の前には大量のリッカーとイリーナが立っていた。しかし、奥にいるスベトラーナは腕の痛みに苦悶に表情を浮かべながらも、余裕の笑みを浮かべていた。

一人、一人とリッカーにやられていき、遂にスベトラーナも討ち取ったと思われたが、飛びかかったリッカーは直前で透明なガラスにぶつかってしまう。

イリーナは更にそこからライフルを乱射して、ガラスを破ろうとしたが、防弾ガラスでは歯が立たなかった。悔しそうにイリーナはガラスを叩く。

 

「私を殺す気?それでどうやってこの国を保たせようって言うの?」

「説得しても無駄よ‼︎あなたは国民を騙して破壊に導いている偽善者よ‼︎罪のない人を何千人と殺して…!」

「言っておくけど、反政府軍の大体は私側についていたのよ?あなた達以外ね…」

 

そう言った途端、イリーナの勢いが衰える。

 

「殺されたくなければ助けてあげるとか…いかにも嘘っぽいことで降伏したわ。笑ったわね、あの時は…」

「黙りなさい‼︎‼︎うぐっ……うう!」

 

イリーナは突然心臓に手を当てて、苦しみに悶えた。

原因は言うまでもない。しかもかなりリッカーに指示を与えているため、プラーガの侵食も早いのだ。

 

「あなたも限界に近いようね。私からの最後のプレゼントよ…。じっくりと…味わってね…」

 

スベトラーナは防弾ガラスの奥のエレベーターに乗ると、ここから消えた。

そして、地下施設に赤ランプが点滅し、1つの円筒が突き出た。

そこから出てきた者を見て、紗枝のトラウマを蘇らせた。

 

「あれは……!」

 

忘れたくても…忘れられない怪物…。

円筒に刻まれたJT-1000の文字。

煙と共に現れたタイラントに…紗枝は身体を震わせた。

 

「…二度と見たくなかったわ…」

 

だが、イリーナは果敢にもリッカーに奴を排除しろと指示する。

一体のリッカーが飛びついたが、タイラントの顔に齧り付く前に頭を巨大な手で掴まれて、底知れぬ握力でリッカーの頭部を握り潰した。

 

「……逃げるわよ‼︎こっち!」

 

紗枝は噎せているイリーナを抱えて、先程リッカーたちが入ってきたエレベーターに乗り込んで逃げようとする。しかし、扉の閉まりが遅いため、その間奴を足止めしなければならない。

紗枝は無駄と分かりつつ、ライフルを撃つ。

弾はタイラントの防弾服に当たって跳ね返るばかりだ。もう少しでエレベーターごと破壊しそうなタックルが直撃するかと思われた時、リッカーがタイラントに飛びついた。

リッカーのお陰でエレベーターはきちんと閉まり、上昇を開始する。

その時にも、イリーナは咳をしている。

 

「…どうして…助けたりしたの?」

「助けた?勘違いしないで。私が助けたのは、JDに頼まれたから……ただそれだけよ」

 

そうやって話していると、突然エレベーターの扉がひしゃげてタイラントの巨体の半分が侵入して来た。

あの金属製の扉を破壊する力には恐れ入る二人。

 

「上よ‼︎ハシゴがある!」

 

二人は急いでよじ登る。タイラントの体重でいつまでエレベーターが持つか分からない。

 

「急いで‼︎」

 

イリーナが手をかけようとした時、再びエレベーターは激しく揺れた。下を見ると、なんともう一体侵入してきたのだ。

 

「2体なんて…冗談も程々にしてよね‼︎」

 

エレベーターとワイヤーを繋ぐ金具はもう限界だ。

苦しそうに噎せるイリーナは力を振り絞って、紗枝の手に掴まろうとジャンプした。その瞬間、エレベーターは更に下…奈落の底へと落下していった。

イリーナの手をギリギリのところで掴んだ紗枝は、彼女をハシゴに掴まらせて、先へと促した。

イリーナはもう一度下を覗いたが、何一つ…彼女の目には見えなかった。




アンケート実施開始。
合計30名アンケート参加で即終了にします。それで上位2つ(選ばれたものによっては3つ)を新たに執筆します。
本来はこの章と次の章で終わりにする予定だったんですが…自分が書きたくてこういう形に取らせて頂きました。


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第37話 巨人とのリターンマッチ

これと次でIF Story4は終了…かな?


ハシゴを登り切った2人は大統領府の外に出る。

だが、そこに男の叫び声とも悲鳴とも呼べる声が轟いた。

2人の視界には頭を掴まれて持ち上げられている兵士の姿があった。

敵味方関係ないのはBOWでは日常茶飯事だ。

イリーナはタイラントを殺して、兵士を助けようとリッカーを動かそうと思ったがそれは紗枝に止められる。今、動いてもどうせ手遅れだからだ。

案の定、すぐに兵士の頭は卵のようにグシャリと潰されて殺された。

そして、タイラントの目の前を走る紗枝を見て標的を変えた。

左手に持っていたリッカーの死体を投げ捨て、ゆっくりと紗枝が走っていった方向に足を進める。そこは柱が何本も聳えているところで、タイラントは一本一本きちんと注視しながら通っていく。

しかし、もう既に紗枝のいる場所は通り過ぎており、紗枝は飛び出して奴の背後から銃弾を浴びせる。顔を腕で防いだタイラントはアッパーを繰り出すが、それは空を切った。

そして逃げる紗枝を追っていくが、1発の銃声がタイラントの左目を潰した。怯んだ隙に更に銃弾を浴びせるが、中々頭には当たらない。

ライフルを1発撃つだけでもイリーナにはかなりの負担だが、ここで攻撃を緩めるわけにはいかない。

イリーナの背後には5体のリッカーが控えており、すぐ様2体がタイラントに向かって走る。

左目を潰されてもタイラントは全く物怖じせず、同じくリッカーに向かう。だが、リッカーは舌を伸ばしてタイラントの両腕をきっちりロックすると、更にやって来たもう一体がタイラントの頭にへばり付いて、傷付いた左目に鉤爪を食い込ませた。

タイラントは苦しそうにもがいていたが、すぐに反撃が始まった。

4体目のリッカーを残っている右目で確認すると、拘束された片腕に力を入れて、舌を出した状態のままリッカーを宙に浮かせて地面に叩きつけて顔面を潰すと、そのまま鞭のように他のリッカーにぶつけて殺した。

そして頭に付いているリッカーは首を掴んで、その骨を折った。

そして最後に残ったリッカーだが、流石に一体だけでは勝てないと思ったのか、背を向けて逃げ出す。

タイラントはそんな奴を凄まじい速度で追っていく。

車の間を抜け、タンクローリーの上に乗って再びタイラントを確認しようとした時には、リッカーの頭上にはワゴン車が迫っていた。

タイラント自慢の腕力で2トン近いワゴン車は軽々と持ち上げられ、リッカーはタンクローリーとワゴン車の間で潰された。

その様子を伺っていた紗枝は弾を込めたライフルを構えて、スコープでタイラントを狙う。

 

「良い仕事だったわ」

 

バースト式で銃弾は放たれた。

たったの10発ほどしか放たれず、タイラントの服や腕に当たるだけかと思われたが、最後の1発はタンクローリーから漏れ出たガソリンに引火し、ワゴン車のガソリンとも相まって、激しい爆発を引き起こした。

黒煙はもうもうと上がり、爆風は50m離れている紗枝やイリーナのところでもそれなりに強かった。

それを眺めていると、再びイリーナの心臓が人の手によって握りしめられるような感覚に陥る。立つこともままならず、地面に膝を付いて何度も嘔吐する。

しかし…その間に、タイラントは本気を出す準備を始めていた。

燃え上がる炎の中で、防護のために着ていた服を脱ぎ、灰褐色の肌を露わにする。しかも、あの時と同じように右腕は異常とも呼べる程に肥大化している。

そして、ターゲットを定めたタイラントは一気に走り出す。

それを防ごうとリッカーたちが立ち向かっていくが、ただ腕を振るだけでリッカーの脳は裂かれ、殺された。

このまま向かえばイリーナに渾身の拳が直撃するだろうと思われた時、側方からロケットが飛んで来た。それを見たイリーナはすぐにその場を離れ、タイラントもギリギリで目視して、それを避けた。

丁度タイラントとイリーナの間で着弾したロケットはタイラントを怯ませ、イリーナを吹っ飛ばす。

撃ったのはもちろん紗枝だ。

紗枝は更にもう1発ロケットを込めて、容赦することなく撃った。

だが、タイラントの視力は凄まじく、初速でマッハに達するロケットを意図も簡単に掴んで紗枝に向かって逆に投げ返した。

 

「嘘でしょ⁈」

 

紗枝はロケットランチャーを捨てて、すぐ様横に避けた。

が、後ろにあった車にロケットが当たって爆発を起こし、紗枝を吹き飛ばした。それでも態勢をすぐに戻した紗枝であったが、タイラントはすぐ傍にまで迫っていた。

避ける間も、受け止めることも出来なかった。

タイラントは紗枝の身体を掴んで宙に一回浮かせると、再び掴んで地面に叩きつけた。

 

「がはっ…!」

 

ほんの一瞬、紗枝の身体全体に酸素が行き渡らなかった。

それに背中から肋骨がボキボキッと折れる音が身体の中で響く。

更にそこから壁に向かって投げ飛ばした。

このたったの2発で紗枝の身体はもう悲鳴を上げていた。

身体を起こそうにも全ての部位に力が入らない。ただ仰向けになって空を見上げていると、タイラントが悠然と紗枝の方に歩み寄ってくる。

荒い息を零しながら、紗枝はあの時どうしてこいつに勝てたのか…漸く分かった。

 

「あなたがいなきゃ……結局は勝てないのかしら…竜也…」

 

化け物になった竜也のお陰で勝てたタイラントも…紗枝とイリーナ、それに多数のリッカーが居たとしても勝てるはずがないのは明白だった。

なのに…どうして戦うのか…。

玲奈が苦しむ理由が分かった気がした。

そんなことを考えていると、紗枝のところだけ暗くなる。

奴が足を上げて、彼女の頭を潰そうとしているのだ。

もう身体は動かないし、このまま死ぬんだと思った時には、足は落下を開始していた。

だが、直前でリッカー3体がタイラントに飛びついて、足の落ちる場所をズラした。ボヤける意識で横を向くと、イリーナが目を赤くして指示を出していた。

 

「…あなた……」

「何…してんのよ……。あんたは世界を守るBSAAでしょ⁈こんなところで……倒れてる…場合じゃ…ない、でしょ…!」

 

イリーナの言葉で紗枝は意識をはっきりさせた。

そうだ。戦う理由なんていつも同じだ。

世界を守るため……それだけで十分だ。

 

「くっ……くぅぅ…!」

 

悲鳴上げる身体に鞭打って、紗枝は身体を必死に動かす。

匍匐(ほふく)前進でタイラントからどうにか離れて、落としたライフルを拾う。

その間にもタイラントはリッカー3体を八つ裂きにして殺している。

紗枝は倒れながらもライフルを連射して、一矢報いてやるつもりで撃ち続ける。こんなことで殺せるだとか、倒せるだとか思っていない。

だけど…紗枝には諦めることが出来なかった。

弾が切れ、本格的に死が近付きあるところで…タイラントの様子が変わった。

紗枝もそっちを向くと、猛スピードでこちらに向かってくる戦車が炎の中から姿を現した。

そこには…イリーナ座っていて、彼女が運転していた。

 

「これならどう⁈」

 

タイラントと戦車は激しくぶつかり、タイラントが押される形になる。だがすぐにタイラントも力を振り絞って、戦車のキャタピラを空回りさせる。

 

「…くそっ!」

 

するとイリーナは戦車のエンジンを切ることなく、何かを紗枝に向かって投げた。

それは手榴弾で、紗枝にはどうしろと聞きたかった。

 

「それを戦車の中に投げて!そうすれば、砲弾と共に爆発して奴を吹き飛ばせる‼︎」

「そんなことしたら…あなたが…」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ‼︎」

 

それもそうだった。

イリーナが操縦する戦車の片方のキャタピラは既に地面に付いていなかった。今言い争っても、死を待つだけだった。

紗枝はどうにか上体を起こし、手榴弾のピンに指をかけた。

 

「……っ」

 

紗枝はピンを抜き、戦車の中に入れた。

そして…運転席にいるイリーナを悲鳴を上げている身体で引っ張った。

 

「あんた…!」

「イリーナ…あなたを…死なせるわけにはいかないのよ‼︎」

 

戦車の上から一気に飛び、爆発から逃れようとする2人。

その頃、戦車を横転させる寸前で…手榴弾は爆発し、中にあった砲弾の爆破と共に爆発するのだった。




終わらせ方が雑な気がする…。


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第38話 選択の違い

これにてIF Story4は終了です。


戦車の爆風を受けてから、ものの数分、イリーナは重苦しい身体を動かした。彼女の先には上部分が吹き飛び、車体がほぼないも状態になっている戦車が転がっていた。

そしてその傍にはあのタイラントの右手だけが残っていた。

倒したのだ。

絶対に勝てないと思ったタイラントを殺したのだ。

敵がいなくなったことで、イリーナは安堵の息を吐く。

しかし、不意に右手が湿っている感じがして、見てみると手のひらは真っ赤に染まっていた。

それもそのはずだった。イリーナの横では、紗枝が頭部から出血して倒れていたから…。紗枝の血が、イリーナの周りの地面を朱に染めていく…。

 

「紗枝…!」

 

上体を起こさせて、必死に揺さぶる。

幸いなことに、すぐに目を覚ましてその虚ろな目でイリーナを見つめた。どうやら致命傷ではないようだ。

 

「イリー……ナ…」

 

紗枝の弱々しい声にイリーナはなんと言葉をかけてやったらいいのか分からずにいると、2つの足音が近付いてくるのが聞こえた。

そっちを向くと、防弾服を脱いだタイラントが2体、紗枝とイリーナを標的にしてこっちに歩み寄っていた。

 

「…私たち以外に標的はいないの⁈うっ…‼︎ぐっ…!」

 

イリーナにも問題があった。支配種のプラーガも…時間を選ばずにイリーナの身体を蝕んでいた。

 

「に、げ…て……。私は……いいから…」

「そんなわけにはいかないわよ…!」

 

イリーナは蝕まれつつある身体を必死に動かして、紗枝の腕を持って、一緒にここから少しでも遠くに逃げる。

だが、そんなことをタイラントたちが許してくれるはずもなく、忽ち猛スピードで2人に迫り来るのだった。

 

 

日が暮れる……。

空がオレンジ色に染まる。

しかし、それはこれから訪れる夜という暗闇の一歩手前の位置だ。

紗枝とイリーナもその…絶望という暗闇の一歩手前にいる。

噴水のところで逃げる体力を使い果たした2人はゆっくりとやって来るタイラントをただ…眺めているだけだった。

もう何もすることは出来ない。

しかし…それでも紗枝は…諦めなかった。

ふらつく身体を両足でしっかりと支え、腰にある拳銃を取る。だがもう弾は残っていない。

そう分かると紗枝はそれを投げ捨て、唯一残った武器…ナイフを取り出した。こんなものであんな化け物に敵うなんて微塵も思っていないが、ただ殺されるよりはマシだと思ったのだ。

イリーナも戦いたい気持ちがあったが、プラーガ侵食のせいで身体は言うことを聞かず、もうろくに動かせなかった。

ナイフを構えた紗枝を確認したタイラントは、走る態勢を作り、徐々に走る速度を上げていく。このまま突っ込んでくれば、2人ともあの世へ行くだろう。

覚悟を決めた時、ここで予想外のことが起きた。

一体のタイラントが猪突猛進のように走ってくるその途中…凄まじい爆音が響き、爆発がタイラントの身体に直撃した。

もちろんタイラントの上半身は無惨に吹き飛び、残った下半身は力なく地面に倒れた。

驚きを隠せずにいると、紗枝とイリーナの前にロケットランチャーを投げ捨てる茶色のフードを被った何者かが立った。そいつはフードを脱ぎ、その顔を露わにすると、紗枝は自然と笑顔を溢した。

焦げ茶のセミロングの髪、青色の瞳、それは間違いなく玲奈だった。

 

「待たせたわね」

「遅い…のよ…」

 

だが、一体を不意打ちで倒せてもまだもう一体残っている。

相方を殺された恨みかターゲットを玲奈に絞って、もうスピードで迫ってくる。

だが玲奈は逃げる気も避ける気もないようだった。

腰からトランシーバーを取って、誰かに連絡すると、すぐにミサイルが飛んで来てタイラントを木っ端微塵に吹き飛ばした。

モクモクと上がる粉塵の上空にはジェット機が優雅に滞空していた。

 

「…なるほどね…。ずっと見ていたのね、私を…」

 

紗枝がそう呟くと、玲奈は傷ついた紗枝の頭に包帯を巻く。

 

「これで大丈夫よ。傷は深くない」

「でも…どうして玲奈が…」

「誰かさんの頼みで来たのよ。『あいつが心配だから言ってくれ。俺が行きたいけど、行けないその代わりに』…と」

 

誰かはすぐに想像が付く紗枝。

昔から変わらない心配性も、今回ばかりは役に立ったようだ。

 

「じゃあ、私は行くわ。BSAAでもない私がここにいると混乱するからね」

「…玲奈!」

 

紗枝の叫び声に玲奈は足を止めた。しかし、顔はこちらには振り向かない。

 

「いつか……戻ってくるわよね?」

「………」

 

玲奈は答えなかった。

そんな寂しげな背中を見せながら玲奈は住宅街の細い路地に入って行き、姿を消したのだった。

 

 

それからは急転直下の展開だった。

某国に攻め込んできたBSAAと他国の軍によって制圧されて、スベトラーナやその部下は拘束、漸く、この国の長い長い内戦が幕を閉じた瞬間だった。

そんな様子を街の高台から望んでいる紗枝と、今も尚、プラーガに蝕まれているイリーナの2人は静かに見ていた。

 

「…結局、私が何もしなくても…戦争は終わりを迎えていたってわけ…か…」

「…そのようね」

「あなたは知っていたんじゃないの?こうなることを…」

 

真剣な目付きで聞いてきたが、紗枝は軽く受け流した。

 

「そうなら、ここにはいないわ」

「そうよね…。うぅ…!」

 

イリーナは再び心臓に手を置き、苦しみに耐えようとする。

タイラントとの戦いで無理をし過ぎたイリーナの身体は化け物に変わる一歩手前まで来ていた。

立っていられず、イリーナは膝を付き、息を荒くしながらも紗枝に話す。

 

「もう…何も残っていない…。恋人も…仲間も…生きる目的も…。残ったのは…私だけ……うぐっ…!うぅぅぅ!」

 

苦しみは増していく。

この苦しみから逃れたくて…イリーナは泣き声で紗枝に哀願した。

 

「お願い…!私を殺して‼︎もう生きてる意味は無くなったのよ‼︎」

 

紗枝は夕日が落ちていく空を眺めているだけで、イリーナの言葉に耳を傾けなかった。

なら、いいと言いたげにイリーナは肩を落とし、腰の拳銃に手を伸ばした。

 

「これで…終わりにする…」

 

銃口を首に付けて。引き金を思い切って引こうとした時、銃を掴まれて奪う紗枝がイリーナの視界に入った。

 

「そうなった時の気持ちが分からなくもないわ。だけど…私はあなたみたいな境遇を受けた人間を1人知っている!彼女は…大切な人と2度も引き裂かれて…仲間を奪われ…それで深い傷を負っても死のうとも…逃げようともしなかった‼︎今も立ち向かっている!それに比べたら…あなたの苦しみなんて序の口よ…。それでも死にたいと言うのなら……」

 

紗枝は奪った拳銃をイリーナに向ける。

 

「私が手伝ってあげる」

 

手を上げて、待ってと言いたげなイリーナを無視して紗枝は…引き金を引いた。

 

「これが、私とあなたの選択した果ての答えよ。イリーナ…」

 

静かな街に、銃声が1発響くのだった。

 

 

その数日後、この国の内戦が収束したことが報道された。

やはりBOWの使用については報道されていたが、スベトラーナが作っていたプラーガの実験場については完全に隠蔽されていた。

因みに、今回の内戦で反政府軍のメンバーは1人を除いて死亡したと書いてある。

唯一の生き残り…イリーナ・カルスブーグは腹を撃たれていたが、生きていたと…。下半身付随となって、歩くことは出来なくなったが、彼女の夢だった教師になることが出来て、今は幸せだと…書いてあった。

これを読んでいた玲奈は、サングラスを外して日本の方向に向いてこう呟いた。

 

「…殺すのかと思ったわよ」

 

玲奈はサングラスを付け直し、買った新聞をさっさとごみ箱に捨てた。

常夏の陽射しが、彼女を照りつける。

今回は竜馬探しでも、彼の言う『あの人』を探すつもりもない。

今回ばかりは…ただの休暇として、来ていた玲奈。

だが、これから…血肉を求めた残酷な戦いに無理やり参加させられることを…彼女は知らない。




最後は次章の予告編みたいになってしまいました。
本来なら次はアンケート結果に行こうと思ったんですが、どうにも30人行こうにないので、現在アンケートで一番投票が少ない『ヘヴンリーアイランド』を書こうと考えています。
では、次の話で。




これは書かない。詳しい概要知りたい人は活動報告を見てください。


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IF Story5 絶島
第39話 発端


予定を変更して、これからリベレーションズ2を執筆します。
詳しい概要を知りたい方は活動報告をご覧ください。
活動報告でも書きましたが、本当に自分勝手ですみません。


崩れ行く歪な形をした塔の上から玲奈は飛び降りようとしている。

崖下は断崖絶壁、荒れた波が何度も対岸に打ち寄せる。

ここから逃げれば、この塔の崩壊から逃れられて生き延びられるかもしれない。

だが…玲奈は簡単に飛び降りられなかった。

彼女の後方5mもないところで薺が瓦礫に埋れて動けずにいるのだ。

助けようにもそこのルートは崩れ落ちて行けない。

もう一度薺を見てから、玲奈は息を吸って飛び降りた。

目元に涙を溜めて…。

 

 

次に意識が戻った時には玲奈は車輪付きの担架に乗せられて、病院の通路の上を移動していた。

ボヤける意識には海翔が…。

 

「おい!薺は……薺はどこにいるんだ⁈」

 

彼の質問に答えることは出来なかった。

口が動かないのだ。

しかし、集中治療室に行く前に流した涙が…玲奈の答えとなった。

海翔は床に崩れ落ちて、思いっきり地面を拳で叩くのだった。

 

 

ー3日前ー

どうしてこうなったのか…。

これを語るには3日前に遡る。

玲奈はハワイで1人で海に着ていた。

玲奈の前を通る女性たちも美しかったが、それよりも圧倒的な美しさを放っている玲奈。もちろん男性は必ずと言っていい程振り向く。

マットの上で日向を浴びている玲奈だったが、、不意に殺気を感じた。

一瞬のうちに起き上がって、バッグに入っている拳銃に手を伸ばす。

明らかな殺気を感じたが、周りには嫌らしい視線を向ける男性や、玲奈の身体付きを羨ましく思っている女性たちしか見えなかった。

 

「…気のせい…かしら…」

 

それからも玲奈は気にせずに陽を浴び続けた。

そしてホテルに戻ろうとしたとき、その殺気の正体が現れた。

腕を掴まれて、路地裏に引っ張られると、腹に拳銃を当てられる。

 

「!」

 

動くなという意志表示だろうが、玲奈には何の怖さも感じられなかった。むしろ…相手をぶちのめしてやりたいという気持ちばかりが昂っていく。

玲奈は相手の拳銃を掴んで、そのまま腕をへし折ると相手の額を壁に叩きつけた。

 

「ぐあっ!」

 

男は倒れたまま動かない。

玲奈も拳銃を出して、相手が何者か聞こうとした時…。

 

「森本玲奈…来てもらうわよ?」

「‼︎」

 

振り向く前に首に注射器を当てられて、何かを混入された。

注射器が刺さったまま、玲奈は相手を捕まえようと思ったが、すぐに力が抜けていく。

 

「あっ……なに、これっ…」

「J-ウィルスの効力を一時的に無くす薬よ。すぐに寝んねするわ」

「くっ……うっ…」

 

女性の声が聞こえる方に手を伸ばし、その足を掴んだが、間もなく玲奈の意識はどこかへと消えていった。

 

 

とあるビルの階で、テラセイブ発足1周年を祈念して、テラセイブの関係者だけで行われるパーティーが行われていた。

あまり資金がないと思っているテラセイブがどこでこんな食事を買って、このビルを借りれたのか…些か気になった薺であったが、今は鳴り続けるお腹を止めることに専念した。

すると、薺より少しだけ背が高い男性が近寄ってきた。

 

「あら?何ニール?あなたもこの食事を食べたいの?」

「そうしたいところだけど、俺はここの司会者兼テラセイブの代表。全く、疲れるし腹は減るで最悪さ」

「ドンマイ。で、どうしたの?」

「ここを見てくれ。またウィルスが流入している」

「…新たなバイオハザードの発生?」

「そこまでではない。だけど…気になってな」

「大丈夫よ。もし起きたとしても、兄さんがどうにかしてくれる」

「頼もしいな。BSAAの一員が兄なんて。巻き込まれても、ほぼ安心だな」

 

そう言われると、薺でも少し恥ずかしくなる。

そして今ニールに言われたからだが、最近海翔と会っていないなと薺は思った。

確かに海翔も薺も世界中で起きているバイオハザードを止めようと日々頑張っているため、会えないのは仕方のないことではあるのだが、やはり寂しく感じてしまった。

ただ1人の肉親であるから…尚更だった。

そう感慨に耽っていると、今度は手を引っ張られた。

 

「薺!一緒に食べよう!」

「…ええ、モイラ」

 

一見ただの大学生にしか見えないこのモイラだが、テラセイブにまだ入りたて…要するに新人なのだが、かなりの頑張り屋でテラセイブ内でも一躍脚光を浴びている気がしないでもない。

因みにモイラの父親もBSAAである。

 

「お父さんは許してくれたの?」

「いいや。勝手に入った!絶対に許してくれなさそうだから」

「バレたらどうすんの?兄さんは口が軽いからすぐに耳に入っちゃうわよ?」

「いいもん!私も大人なんだから!」

 

薺はやれやれと頭を振った。

こうして、パーティーも終わりを迎えかけた時、突然この階の電気だけが消える。

どうしたものかと狼狽えていると、突然薺たちが立っている側の窓ガラスに眩しいLEDライトが照射される。

その光に気が向いている時、今度は会場内に武装した兵士が雪崩れ込んでテラセイブメンバーを威嚇するかのようにライフルを天井に向かって撃った。

更にヘリからも降りてやって来て、窓ガラスを突き破って数人侵入してくる。窓ガラスの破片が2人に浴びるようにやって来て、すぐに拘束される。

テラセイブメンバーは次々と拘束され、薺の前の兵士はマスク越しで勝手に話を進める。

 

「神崎薺、及びテラセイブメンバー、大人しく来てもらおう」

「何?これは何なの?説明し…!」

 

薺が声を上げる間もなく、兵士は薺の腹を銃で殴り、地面に倒した。

近くではモイラも叫んでいるが、薺は起き上がれるはずもなく、もう一撃…腹を殴られ、そこで意識を手放すのだった。




時間列がかなり紛らわしいかもしれません。
分かりにくかったらご指摘願います。


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第40話 流刑地

「………う…」

 

次に玲奈が目を覚ました時には、天井から腕を縛られた形で牢獄の中に投獄されていた。地面は整備されておらず、背の低い玲奈では地面に足を付けるのもやっとだった。

どうにか拘束を解こうとするが、固く閉ざされた拘束具は鈍い金属音を奏でるだけでびくともしなかった。

 

「はあ…折角のハワイ旅行が台無しね…」

 

そう呟くと、不意に拘束具がピーと音を立てて外れた。玲奈は肩から地面に落ちていててと言いながら立ち上がった。

牢獄の鉄格子も開き、ここから出ろと言いたげだった。

 

「…全く、とんだピクニックになりそうね」

 

玲奈はそう呟いて、単身…ろくな明かりが灯らない通路の先へと進んでいくのだった。

 

 

同時刻、薺も目を覚ましていた。

薺も同じように無造作に牢獄に投獄されていた。鉄格子に手をかけて、開けようとしたがやはり開く気配はない。

と、ここで気付いた。

自身の腕に腕輪が付けられていることを…。

腕は大して重くはない。あってもあまり気にならないようなもので、今は黄色のライトが光っていた。

どうしようかと考えていると、ピーと赤いランプから緑色のランプに変わって牢獄が開いた。どうやらここら一帯の牢獄が開いたようだ。

恐る恐る外に出るが、不気味さだけが募っていた。

一歩、足を前に出した時、天井からベシャリと肉が潰れたような音が聞こえた。

 

「………」

 

ゴクリと生唾を飲んでゆっくりと振り向く。

そこにあったものに…薺は強烈な吐き気を催した。

あったのは人間の死体だった。内臓は抉れ、顔の半分以上の皮膚は剥がされている。しかも人間に備わっているはずの四肢はおかしな方向に曲がり、常人が殺したものとは思えなかった。

 

「……まさか」

 

最悪の事態を想定してしまう薺。

あの時、テラセイブのメンバーは明らかに何者かに拉致された。

そして連れて来られたこの場所は…アンデッドが彷徨くどこか…と考えたが、そうでないことを祈った。

しかも今の薺には武器も何もないため完全な丸腰だ。

この状態でアンデッドにでも襲われたら…命はない。

いつも命が危ない目には何度も遭っているのに、いつまで経ってもこの恐怖に慣れない身体は何なんだろうかと思う薺は、もう一度唾を飲み込んで、震える足を前に動かした。

その時腕輪は…黄色から橙色に変わっていた。

 

暫く暗い通路を歩いていると、ガンガンと何かものを叩く音が聞こえてきた。警戒しながらゆっくりと進んでいくと、牢獄の中で必死に助けを求めるモイラの声が聞こえてきた。

 

「出して‼︎出してよ‼︎」

「モイラ!」

 

薺は声を上げて、鉄格子に手を触れる。

もちろん、薺の力で外せる事は出来ない。

 

「薺!どうなってんのこれ⁈」

「落ち着いて。今どうにかして……」

 

開けるからと続けようとしたところで、タイミングが計られたようにて牢獄が開いた。途端にモイラは薺に飛びつき、涙声で声を張り上げた。

 

「薺早く出ようよ‼︎こんなところいや!」

「分かってるわ。私も怖くて震えが止まらない。だから…まずはここがどこなのか調べるために外に出ましょう」

 

ビクビク震えながらもモイラはきちんと頷いた。

2人は互いにぴったりくっ付きながら道筋も分からない通路を歩いて行くと、わざとらしく机の上に新品のサバイバルナイフとライトが置かれていた。

薺は拳銃が欲しかったが、こんな緊急事態ではそんな贅沢は言っていられない。ナイフだけも有難いと思わなければと薺は自身に言い聞かせた。

 

「使える」

「このライトも。だけど…ナイフじゃ心許ないね」

「贅沢言わない」

 

薺はナイフを腰にしまって、目の前の通路を塞ぐ金属製の本棚を退かそうと押す。だが重たくて、モイラにも手伝ってと言おうとしたその瞬間だった。

前方を塞いでいる本棚の間から血だらけの腕が伸びて来て、それが薺の服を無造作に掴んだ。しかもそのせいで本棚は薺側に傾いてしまい、薺は身動きが取れなくなってしまう。

 

「キャアアアアアア‼︎」

 

モイラは初めて見るアンデッドに甲高い悲鳴を上げる。

薺はどうにかこの腕を解こうとするが、そのアンデッドの腕にはまるで拷問にあったかのように刺さっている釘が薺の肌に刺さって痛みを加速させる。

 

「くっ……このっ…!」

 

薺は先程のナイフを取り出して、釘の先端が飛び出ている腕を無造作に掴んで逆に何度も刺して相手を怯ませる。血が溢れ、薺のお気に入りの白い服を鮮血で染めていく。

3、4回くらい連続で刺したところでアンデッドは怯んで、逃げるように奥の通路へと消えていった。

 

「はあ…はあ……痛っ…」

 

薺は傷だらけになった腕を見た。

出血したままの腕ではまともに戦うことは出来ない。ましてやアンデッドがいるのなら、尚更どうにかしないといけない。

薺は服の腹部分を引き千切って、腕に巻きつける。

 

「大丈夫⁈」

「一応…大丈夫と言って言いかしら……」

「それよりも…さっきの何⁈」

 

それに答えようとすると、今度はモイラとは別の悲鳴が奥から聞こえて来た。明らかにあれはさっきのアンデッドに追われている人のものだ。

 

「…急ぐわよ!助けないと…!」

 

薺は痛む腕を抑えつけながら、本棚をどうにか奥に押して、アンデッドが逃げた方向へと走っていく。

すると、物が倒れて埃が舞い上がる中で逃げる女性とあのアンデッドが追いかけっこしているのが見て取れた。

 

「薺、早くしないとあの人…!」

「ええ…分かってるわ」

 

と言ったが、実際薺は追いたくない気持ちもあった。

追ってもしもさっきみたいに襲われたら今度こそ殺されるだろう。さっきは本棚が運良く盾になってくれてたから良かったが…あの凶暴性と俊敏性を備え持つアンデッドをナイフ一本で勝てる気はしなかった。

でも、薺の心が見過ごすことを許さなかった。

薺は必死になって追っていき、1つの扉を開けた途端に血塗れの女性が薺の肩に飛びついた。

 

「っ⁈香織…!」

「いやだ……死にた、く、ない……。なず…な……しに………」

 

途切れ途切れの言葉をどうにか話している香織と呼ばれる女性の身体はすぐに地面に倒れ、2度と起き上がることはなかった。

 

「この人…薺の知り合い?」

「…テラセイブのメンバー…。どうしてこんなことに…」

 

2人は目の前で消えた仲間の命に悲しみを隠せなかった。

だが、悲しんでる暇もなかった。

またあのアンデッドが別の扉から現れたのだ。

2人を目視した途端に目をギラリと獣のように光らせた。

 

「逃げるわよ!モイラ、こっち‼︎」

 

薺はモイラの手を取り、薺は金属の扉を蹴って突き破る。

扉の先は久しぶりの太陽が辺りを照らしていた。

2人の視界にはいくつもの牢獄が併設されているのが広がっていた。

ゆっくりと足を進めようとしたら、不意にその牢獄が開き、ピーという音に反応したアンデッドが大量に出てきた。

 

「!薺!あれが出口じゃない⁈」

 

モイラが言うところは何か大きな台のようなものが置かれているところで確かにその先はシャッターがあった。

 

「モイラ、あそこまで走れる?」

「走れなかったら?」

「死ぬだけよ」

 

そう言った瞬間に薺は一気にスタートダッシュを切った。

体格差のあるアンデッドを縫って進んでいき、どうにか出口に着いたがシャッターを開けるには2人で力を合わせないと開けられない。

だがその間にアンデッドは走ってやって来る。

どうにか足止めする方法は……。

 

「これは……使えそうね」

 

薺が目を付けたのは大きな火炎放射器だった。

電気が動いているか不安だが、これに賭けなきゃ生き残れない。

 

「これでも…食らいなさいっ!」

 

薺がボタンを押して、アンデッドの方に向けると、勢い良く炎がアンデッドたちを焼き尽くしていった。あまりの勢いに薺も火傷しそうだった。

その隙に2人は重いシャッターを開けて、この刑務所らしき場所から出るのだった。




今回もオリジナル展開で行きます。
これも原作が長いので。


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第41話 少女との出会い

暗い刑務所を出ると、既に外は夕陽で照らされており、夜の闇を迎えようとしていた。ただ、2人の視界の先には通信塔が聳えていて、薺はあそこの通信設備が使えれば誰かに助けを求められるかもしれないと考えた。

 

「やっと外に出れた…」

「安心しないで。アンデッドは明るかろうが暗かろうが…見通しが良くても悪くても襲って来る」

「…最悪だ…」

「とにかくあの通信塔に行って、助けを呼んでみましょう」

 

2人が歩みを始めたその瞬間、付けられた腕輪からキュイーンと音が鳴ると…。

 

『どう…?この恐怖…素晴らしくも恐ろしいものでしょう?』

「⁈何…今の……」

 

明らかに腕輪から女性の声が聞こえた。

この腕輪は通信機能でも付いているのか…。

 

『でも忘れないで。恐怖の夜は今から始まる…。真の恐怖が…ね…』

「あなたは誰⁈どうしてこんなことを…!」

 

薺が声を荒げると、一拍置いてから再び女性はこう告げた。

 

『名乗るなら…私は監視者…。または…あなたたちの命を生かすも奪うも決める決定者…かしらね…』

 

そう言ってから腕輪から女性の声は消えた。

モイラは少しビクつきながらも薺に聞く。

 

「何なの?今の……」

「分からないけど…私たちの敵であることは確かね…」

 

だが、薺はモイラ以上にこの腕輪から聞こえた女性の声に疑問を持っていた。聞いたことあるのだ。どこかでこの声を…。

そして彼女の記憶が確かなら…今の声は……。

 

「…そんなわけないか…」

「薺?」

「大丈夫よ。行きましょう」

 

モイラには言わなかったが、実際はこう思っていた。

今の声……どことなく玲奈に似ていた…と。

 

 

通信塔に到着し、すぐに助けを呼びたかったが、やはりと言うべきか電源が入っていない。だから薺はアンテナを作動させると同時に電源を復旧させようと、通信塔自体をハシゴで登っていく。

かなりの高さがあるため、登るだけでも風に煽られて落ちそうに何度もなる。どうにか頂上に辿り着き、少しだけ曲がったアンテナを電源に差し込む。

上から聞こえるか分からないが、薺はモイラに向かって叫んだ。

 

「モイラー‼︎やってみてー‼︎」

「分かった‼︎」

 

どうやら聞こえたようだ。

薺は降りて一緒に助けを求めようと思ったが、夕陽で照らされているこの場所を見て初めて分かった。

雲も風の影響でほとんどないからこの場所の全体像が良く見えた。

そして……絶句した。

 

「嘘……ここは……」

 

 

モイラはマイクに電源が入ったことを確認すると、マイク越しでも構わず大きな声を上げた。

 

「聞こえる⁈私はモイラ・バートン!何者かに捕まってどこかに閉じ込められているの‼︎本当にどこか分からない…それに仲間が化け物で殺されて……私や薺がいつ殺されるかも分からない!お願い‼︎誰か答えて‼︎お願い…‼︎」

 

しかし、無線からは沈黙だけが流れる。

折れかける心を必死に繋いで、モイラはもう一度声を出した。

 

「もう一度……私は、モイラ・…バートン…。化け物に襲われて…ここもどこか分からない…。お願い…!誰か……誰かあ……」

 

遂に心は折れてゆき、言葉も紡げなくなる。

無線機の上に上半身を乗せて、ずっと襲いかかってくる恐怖に負けて泣き出してしまう。

モイラだけでなく、薺も泣きそうだった。

電波塔から見えた景色を見たらモイラは完全に絶望するだろうと感じた薺は…思わず呟いてしまった…。

 

「こんなの…誰が助けに…」

 

薺たちは…絶海の孤島にいたのだ。

薺もガタンと膝を崩して、涙を一筋だけ流すのだった。

 

「来るっていうの……」

 

 

 

ー半年後ー

『聞こえる⁈私はモイラ・バートン!何者かに捕まってどこかに閉じ込められているの‼︎本当にどこか分からない…それに仲間が化け物で殺されて……私や薺がいつ殺されるかも分からない!お願い‼︎誰か答えて‼︎お願い…‼︎』

 

モイラの無線からの音声が海翔の携帯から寂しげに流れる。

海翔は行方不明のままの妹…薺を探すために単身調査を続けていた。

そして漸く…この無線の音声を入手して、今向かっている絶島の場所を突き止めることが出来たのだ。

だが、半分諦めかけてはいる。

あの時の玲奈の反応といい、薺が生きている可能性はかなり低い。

生きていてもあの場所にアンデッドやBOWがいることは明らかだ。

しかも…1人…。

1人で未知の島を生き抜くのは、海翔自身も無理だと言い切れる。

しかし、妹の骸もないままには出来ない…。

せめて、幼い頃に亡くなった両親の横に葬ってやりたいのが海翔のせめてもの願いだった。

絶島が見えてきた。

ボートの音が耳にずっと入っているが、何度聞いても…モイラの助けは実に悲痛そうだった。薺は一応気が強いように見せているが、実際はどうなっていたか分かったものではない。

 

「…待ってろよ、薺…。今助けに行くからな…」

 

生存の希望を捨てずに海翔はそう呟く。

間もなく絶島に到着する。

絶島は彼のことを静かに…そして荘厳に見下ろしていた。

船を港に付けて、流されないようにロープで繋ぐ。

海翔の見た限り、自分以外に人は居なさそうだが、万が一のためにボートは動かせないようにしておく。

だが、ボートを降りた途端、背後に何者かの気配を感じて、海翔は腰から拳銃を抜いてそちらに向けた。

振り向いたと同時に彼の視界に白いワンピースを着た幼い少女が驚いたような…怖がっているような表情で海翔を見詰めていた。のだが、すぐに目に涙が溜まっていき、大声を上げて泣き出してしまった。

 

「うわああああああああん‼︎」

「お、おい…。泣かないでくれよ…なっ?なっ?」

 

初めて会ったばかりの少女に泣かれてしまい、海翔はどうしようかと困惑するばかり。泣いた原因が海翔が拳銃を向けたことであることは明白であるため、海翔は拳銃をしまって少女を抱き締めた。

 

「よしよし…おじさんが悪かった。怖いもの向けてごめんな。お願いだから泣き止んでくれ…」

 

優しい口調で宥めていくと、少女は徐々に落ち着きを取り戻していった。

なんか昔、幼い薺を泣き止めさせるのと同じ方法だなと思いつつ、海翔は完全に泣き止むまで抱き締め続けた。

 

漸く落ち着いて、目元を擦る少女にちゃんとした会話が出来る状態にした海翔はまた泣かないように言葉をかけた。

 

「君…名前はなんて言うんだい?」

「…レナ」

「えっ…」

 

レナ。

確かに少女はそう名乗った。

だが、あの玲奈と関係は…。いや、まさかと海翔は思った。しかし、よく見るとこのレナという少女は、あの玲奈と似たような感じに見えた。

焦げ茶の長い髪、青い瞳、そして顔の形…。

似ているかと言われたら、似ているような気がした。

 

「…レナ…ちゃん。おじさんこれからこの島の奥に行かなきゃならないんだ。この船で…お留守番出来るかい?」

「………いやだ」

 

一拍置いてから、レナは小さく答えた。

はあと溜め息を吐いて、海翔は説得する。

 

「レナちゃん、この島は危険なんだ。不用意に動いたら…」

「いやだ!1人になりたくないぃ…!」

 

レナは海翔の胸に顔を押し付けてまた泣き出してしまった。

今度は恐怖ではなく、寂しいという感情からの涙だった。

普段の海翔なら一喝して、少女をここに置いていくことが出来ただろう。だが…レナの行動が、あまりに薺に酷似していて…。

 

『いやだ‼︎お兄ちゃんと一緒にいたいぃ‼︎』

「…っ……はあ、仕方ないなあ…。じゃあ、おじさんの傍から離れるんじゃないぞ?」

 

レナの言動に負けた海翔がそう言うと、レナは屈託のない笑顔で「うん‼︎」と答えた。

こんな笑顔も出せるじゃないかと、心の中で思った海翔。

だが、問題が1つ増えただけで根本的なところはまだだ。

このレナを連れつつ、この島を探索し、薺を見つけ、あわよくばその首謀者を『殺す』…。こんなことが出来るのだろうかと海翔は思ってしまう。

しかし止まってばかりいられない。

 

「レナ、手を繋ごう」

「うん…」

 

小さな手を繋いで、海翔は奥の建物に向かっていく。

死者とウィルスが混じり合った…この絶望の島に……ゆっくりと足を踏み入れていくのだった。



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第42話 腕輪の恐怖

なんか間違えて同じ話を2つも投稿していました。
紛らわしいことしてすみません。


断崖…とも言えないが、子供のレナからすればそれなりにキツイ岩場を一緒に登る海翔。

はっきり言って、やっぱりレナは船に置いてくるべきだったと思っていた。レナの動きに合わせるかつ、守らなければならない。しかも子供というのは怖くなった時に1人で突っ走ってしまう傾向がある。

レナがそうだったら尚更海翔の行動は制限されてしまう。

しかし、一緒に行くと言い切ってしまった海翔には今更戻ろうとも言い出せなかった。

そんなことを思って、漸く岩場を乗り越えられるかと思われた時、ぬうっと腐敗した腕が海翔の襟首を掴んで引っ張り上げた。

 

「おじさん!危ない‼︎」

「うおっ‼︎」

 

アンデッドとは思えない力で持ち上げられた海翔だったが、すぐにナイフを取り出して、その腕を切り落として距離を取ると、その額に穴を開けた。

 

「J-ウィルスによるアンデッドか…。やっぱりこの島はイカれてる」

「おじさん…上がれないよお…」

 

一安心していると、後ろから岩場を登れないレナの姿があった。

こうしてみるとただの子供にしか見えないのだが、少し疑問が浮かび上がってきた。どうしてこの島にいるのか…それにどうしてアンデッドがそこに居たことが分かったのか…。

海翔が上にいた時、レナの方からはアンデッドが見えないはずだ。それなのに海翔がアンデッドに襲われるその瞬間に、的確に危険を促した。

 

「よいしょ…。そう言えばレナちゃん、ご両親はどうしたんだ?」

「……分かんない」

「分からない?」

「うん…パパとママがいるかは、分かんない…」

「そうか…。それじゃあ…さっき何でこの怪物が俺を襲うことが分かったのかな?レナちゃんからは見えないはずなんだけど…」

「…なんとなく。そこにいるって…分かるの」

「アンデッドの位置が…分かる?」

 

レナはコクンと小さく頷く。

そんなことがあるのだろうかと海翔は思ってしまう。しかし、玲奈に似ているこの子ももしかしたらウィルスの力で……。と思ったが、そんなバカなと思った。玲奈がウィルスを克服しているのとは訳が違う。

 

「おじさんは…どうしてここに来たの?」

 

ここでレナからも質問が飛んでくる。

海翔は目の前に広がる建物を見ながら答える。

 

「俺の…妹を、薺を探しに来たんだ」

 

すると、レナの口から衝撃の言葉が…。

 

「そのお姉さん…あの時、一緒にいたよ」

「本当か⁈薺は…薺はどこに行ったんだ…!」

 

いきなり自らの妹の情報を手に入れた興奮から海翔はレナの肩を掴んで激しく聞こうとしてしまった。

お陰でレナの目にはまたまた涙が…。

 

「あ……すまない…」

「おじさんは…お姉さんを探しに来たの?なら…あそこに行こう…」

 

レナが指差す先は真っ暗な森だった。

 

「この先に……だあれもいない町があるの…。そこから…少し言ったら変な形をした家があるんだ…」

「変な形の家?」

「うん…。縦に長い家」

 

恐らく塔のようなものだと海翔は想像した。

もし…レナの言う通りなら、薺はそこにいる可能性が高い。

海翔は逸れないようにレナの小さな手を握った。レナはピクッと震えたが、すぐに慣れたのか海翔の横に立って一緒に歩いていく。

その姿は、正しく兄と妹のようだった。

だが、そんな2人を見ている者がいた。

血走った目でレナだけを見て、恨めしそうに歯をカタカタと鳴らした。レナもその視線を感じた寒気を感じて辺りを見回す。

 

「どうかしたのか?」

「ううん…大丈夫…」

 

恐ろしい影はじっと…2人が森の中に消えていくまで見続けていた。

 

 

ー半年前ー

森の中に何発もの銃声と奇声を上げるアンデッドの声が響いていた。

テラセイブメンバーのゲーブとペドロ、そしてニールは逃げながらアンデッドの制止を振り切ろうとする。

するとニールが立ち止まって2人に先に逃げるように言った。

 

「行け‼︎」

「ニール…!…死ぬなよ!」

 

2人は更に森の奥へと突き進んでいった。

息切れが激しくなるまで走ると、目の前に完全に廃れた町が姿を現した。そして一軒の建物に『Vosek』という文字が…。

 

「あれか?ヴォセクってのは…。腕輪の女が行けって言っていた…」

 

2人は恐る恐る中に入ってみると、中は真っ暗でよく見えなかったが、ガタガタと誰かが物色しているような音が聞こえた。

ゲーブがゆっくりと距離を詰めると、1人の女が机のうえで拳銃を整備しているところだった。

ゲーブは即座にナイフを女の背中に突きつけ、質問する。

 

「お前が腕輪の女か?」

「…そう見える?」

「そうじゃなかったらここで何してる⁈暢気に拳銃弄ってましたなんて言い訳は通用しねえ……っ⁈」

 

ゲーブが話途中で女はゲーブの腹を小突き、座っていた椅子を後ろに蹴ってバランスを崩させると、ゲーブのナイフを奪って首に当てた。

 

「ゲーブ!」

「相手をやるつもりなら…さっさと殺すのが先決よ」

 

女はナイフの持つ手に力を込める。

その時。

 

「ゲーブを離しなさい‼︎このアマ‼︎」

 

薺がヴォセクの中に飛び込んで来た。後ろからモイラも続くが、今の状況についていけてなかった。

 

「…そんな口を聞いたらお兄さんはどう思うかな…」

「え……その声って…」

 

暗闇に目が慣れてくると、ゲーブを拘束している女の姿が見えてきた。

焦げ茶の髪に青い瞳…ただ、ちょっとだけ日焼けしたようにも見えた。誰が何と言おうが、彼女は玲奈だった。

 

「玲奈?玲奈なの⁈」

 

久しぶりに会うため、薺は目の前の女が本当に玲奈か信用出来なかった。あの腕輪からの声もあってか…。

 

「そうよ」

 

玲奈はゲーブの拘束を解き、ナイフを返して上げた。

 

「薺…この女と知り合いか?」

「腐れ縁ってやつよ。それより…どうしてここに連れて来たのかしら?」

「さあな…イカれてる女が考えてることは分からんからな」

 

何はともあれ、薺たちは漸く他にも生存者がいて少しホッとした。

モイラが何かに腰をかけた瞬間、それはうるさい音を発し始めた。

 

「ジュークボックス?」

「それよりも薺…少しヤバいんじゃ…」

 

そう言ってる間にガタンと建物が激しく揺れた。

天井の上を何かが走っているように思えた。

 

「…今すぐ扉を閉めて…。早く!それと出来る限り武器も探して‼︎」

 

玲奈の意見に反対する者はいなかった。

居たとしてもこんな極限の状況下で逆らう奴はいないだろう。

建物の揺れは激しさを増していき、遂に錆びた鉄格子の外にアンデッドが腕を伸ばして突き破ろうとして来た。

 

「やばい……やばい、どうしよう⁈」

 

薺たちと合流して、大丈夫そうにしていたペドロだったが、このヴォセクが危険になると急に弱気になっていった。薺は元々ペドロがテラセイブに入るほど、根性がある奴だとは正直思っていない。

それでも入ってくるのは素晴らしいことだが…。

と、ここで腕輪から…。

 

『どうかしら?閉じ込められた恐怖……。だけどこんなのはまだ始まりの中の始まり…。これからある1人が真なる恐怖に飲まれていく…』

「何言って…!」

 

薺が声を上げようとした時、ペドロが腕を抑えて突然苦しみ出した。

 

「うぐあああああああああ‼︎」

「ペドロ⁈」

 

モイラが心配そうに駆け寄る。

だがそれは危険だと瞬時に玲奈と薺は分かった。

 

「モイラ離れて‼︎」

『真の恐怖とは感じ…見て…抉られる……』

 

薺がモイラに駆け寄ろうとした時、ブシャッと血が溢れた。

それはモイラの心臓辺りをペドロの腕が貫通したところだった。

ペドロは未だに苦しんでるが、今のは無意識なのだろう。

 

「モイラーーーーーー‼︎‼︎」

『さあ、真の姿を見せなさい…。アレス……』

 

その瞬間、ペドロの腕輪は赤色の点滅に変わり、肉体全てが完全変異する。身長は更に伸び、着ていた服の半分は千切れ、身体中の血管が浮き上がっている。

そして…顔にはあの優しい表情は消え…怪物相応の表情になった、ペドロだけがあった。

変異したペドロは心臓を貫いたモイラの身体を壁に放り投げて、薺に向かっていく。

 

「薺!こっち‼︎」

 

玲奈は薺の手を取って、閉めた扉の方に向かう。

ペドロは何も考えずに玲奈たちに向かってタックルをしてきた。

ギリギリのタイミングでそれを避けたことで木製の扉は粉々に砕けて、このヴォセクから逃れることが出来た。

 

「モイラ……モイラ…」

「悲しむのはあとにして‼︎今は逃げるしかないの‼︎」

 

薺は血の海に横たわったままのモイラを最後に見て、玲奈と共にヴォセクから離れて行くのであった。




モイラファンには申し訳ありません!
モイラはここまでです。


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第43話 レナの母

玲奈と薺はヴォセクから出て、この廃墟の町から逃れようとしたが入る時には閉まってなかったはずの扉が固く閉ざされていたのだ。

どうにかして開けようとしても、扉はちっとも開かない。

そうやっている内にも、多数のアンデッドと変異したペドロがこちらに足を勧めている。どうしようかと思った時、ガチャンと鍵が開いてそこからニールが姿を現した。

 

「ニール!」

「薺!それと…そこの嬢さん!早くこっちに‼︎」

 

ニールのお陰でアンデッドの襲撃からは免れた。

ただ、失ったものは大きかった。ペドロとモイラ…それにゲーブがどうなったかも分からない。

薺は押し寄せる悲しみに堪えきれそうになかった。

だから…玲奈の胸に顔を押し付けてほんの数秒だけ泣いた。

 

「…あの怪物たちは…」

「薺の仲間よ。腕輪の中にあるウィルスに感染したのよ」

「そうか…それは残念だ。それで?君は?」

「自己紹介がまだだったわね。私は玲奈よ。薺とはお友達」

「俺はニールだ。簡単に言えば、薺の上司だ」

 

お互いの自己紹介も終えたところで、玲奈はこれからどうするか考える。腕輪から聞こえる女は玲奈とテラセイブメンバーをモルモットにして、ウィルスの実験をしているのは間違いない。

だとすれば、この絶島のどこかに研究施設があるに違いないと踏んだ玲奈は、たまたま目に入った歪な形をした塔に目を付けた。

 

「あそこになら何か居てもおかしくないわね…」

 

漸く涙を止めた薺も同じように塔を眺めた。

 

「…玲奈の言う通りね。行きましょう」

「待て。そいつはちょっと厳しいぞ…」

 

ニールがそう言うと、閉ざした扉がガンガンとさっきよりも大きな音を奏で出した。普通のアンデッドではない…何かが扉を破ろうとしているのだ。

音が大きくなっていくが、唐突に止まり、辺りに静寂が流れる。

そして…ニールが様子を見に行こうとゆっくりと近付く。

だが、玲奈はこれはマズいと感じて止めようとする。

 

「まっ…!」

 

待って!と、言葉が紡がれる前に金属の扉は激しい爆発を伴って吹き飛んだ。それにニールは巻き込まれ、頭部を強打して死亡する。

 

「ニール‼︎」

 

目の前にいるのは、頭に布を巻き、壺の中に炎を溜めてそれを投げてくる巨大なアンデッドだった。

武器がただの銃しか持っていない玲奈だったが、玲奈はそれを薺に渡してこう言う。

 

「隠れて!まだあいつは私たちを発見出来ていない」

 

薺は頷き、草むらに隠れる。

玲奈も草むらに隠れて、奴にバレないようにゆっくりと動いて背後を取る。そして、ナイフを取り出して、一気に飛び出してそのアンデッドの首元に思いっきり突き刺した。

首元からは激しく血が噴き出したが、それだけではもちろん死ぬことはなく、奴は炎の壺の中に自らの腕を突っ込んで炎上させると、その腕で玲奈の腕を掴んだ。

 

「ぐああああああああああああ‼︎‼︎」

 

途轍もない熱さと痛みが彼女の腕を襲う。

掴んだ腕をアンデッドは離さず、そのまま地面に叩きつけて腹を短い足で抑えつけた。

 

「くっ……」

 

焼け爛れた腕には力も何も入らなかった。

玲奈の視界には炎の壺を向けているアンデッドしか映っていない。

布の隙間から見える目は明らかに勝利を確信した目だった。

しかし…。

数発の銃声がアンデッドの背中に傷を付けた。

アンデッドが振り向くと、既にスライドが出ている拳銃を持った薺が立っていた。

 

「こっちよ!」

 

薺は拳銃を捨て、アンデッドを誘き寄せる。

単純なアンデッドは抑えつけている玲奈を完全に忘れて、拘束を解いてしまった。

その刹那、玲奈の左手が煌き、感覚の失われた右腕で首を抑えると、頸動脈をナイフで切り裂いた。

アンデッドは暫く暴れたが、もう一押しすると更に血が噴き上がり、身体は地面に倒れた。

 

「……こういうのも慣れちゃったわね…」

 

玲奈がそう言った時にはもう、腕は元通りに戻っていた。

 

 

ー半年後ー

レナと海翔は歪な形の塔の目の前にいた。

塔…何だろうかと海翔は改めて感じた。辺りには崩れ落ちた瓦礫ばかりが残り、アンデッドはいない。

いや…厳密に言えば、アンデッドはいるのだが、この塔に近づいて来ないのだ。何かを恐れるように…。

今も2人の後ろには、腕が4本で様々な器具が無作為に付けられたアンデッドが立っている。

海翔はこいつらが来ないことを祈りつつ、中に入っていく。

 

「レナちゃん、どこから来たか分かるか?」

「うん…。今入って来たところからずっと登っていったんだけど……」

 

少女が指差す先には確かに通路があったのだろうが、そこも瓦礫で塞がれてしまっていた。ところが…。

 

「ちょっと待ってな」

 

海翔は有り余る力で瓦礫を退かそうとする。

ゆっくりとだが、着実に瓦礫は動いている。その光景にレナは驚いて目を見開いてしまっている。

 

「こんくらい…序の口……」

「おじさん!前‼︎」

 

最後まで言う前に瓦礫の中から海翔の拳の数倍はあろうかという大きさの拳が飛び出てきた。

海翔の顔すれすれにまで出てきた拳。

そのお陰で目の前の道は開かれたが、同時に面倒な敵も現れた。

 

「お前だけは入って来れるのか…」

 

身体は異様に肥大化。所々、オレンジ色に光る部位も見える。

人間としての理性も僅かに残っているのか、「苦しい…苦しいぃ…」を連呼している。

 

「レナちゃん!物陰に隠れるんだ‼︎」

「おじさん、あの光ってるところを狙って」

「どうしてだ?」

「なんか…私にはものすごい光って見えるの…」

 

どうも納得出来なかったが、海翔はライフルを構えて撃つ。

すると、その部位が砕け、アンデッドは激しく苦しみもがく。

レナの言う通り、これが一番効くようだ。

そうと分かれば、話は早い。

 

「こっちだ!」

 

海翔は走りながら撃って、レナとアンデッドの距離を突き放す。

アンデッドはまるでラグビー選手のようなタックルをしてきて、海翔が隠れた壁を一瞬にして粉々にした。

 

「力だけが取り柄だな…」

 

弾がまだ装填されていないライフルは一旦下げて、普通の拳銃を抜く。タックルをしてくるアンデッドに向けて、撃ち、次々と発光部位を破壊していくが、最後の一個…心臓を破壊する前に、アンデッドは海翔の身体を掴み上げた。

 

「しまっ…!」

 

海翔の身体を掴んだアンデッドは人形のように振り回して、海翔を壁に叩きつけた。

 

「ぐはっ‼︎」

 

そして、口を大きく開けて海翔の頭部を喰らおうとした時、アンデッドの頭にレンガが当たった。

投げたのは、レナだった。

 

「レナちゃ…⁈」

 

明らかに様子がおかしかった。

ただ立っているだけなのに…威圧感が感じられた。

海翔だけでなく、アンデッドもそのように見えた。

その隙に海翔はナイフを抜き、最後に残った心臓を抉った。

アンデッドは最後に「ゲーブぅ…」と、誰かの名前を呟いて倒れた。

海翔はふうと息を吐いて、レナに近寄った。

 

「レナちゃん、助かったよ…」

「おじさん…大丈夫?」

 

先程の威圧感は無くなっている。

海翔はさっきのは気のせいだったのかと思ってしまう。

アンデッドがレナを見たのも、新たな獲物が居たから…:。

何にしても…謎ばかりの少女だと改めて認識した海翔。

 

「行こっか」

「うん」

 

あの通路を抜けようと思った時、海翔たちの耳に…女の薄笑い聞こえた。

 

「誰だ!」

 

拳銃を向けて、声の聞こえた方に向けると、ゆっくりと…異形の身体をした女が現れた。酸素マスクを付け、今にも死にそうな女が…。

 

「レナぁ…私だよぉ…」

 

レナは怖がって海翔の後ろに隠れる。

 

「分からないか……くくくくく…」

 

そう言うと、付けていたマスクを外して素顔を見せた女。

その顔も…不気味という言葉が一番似合っていた。

皮膚の半分以上は剥がれ落ち、片方の目は充血している。

しかし、こんな顔でもレナは分かったのか、小さな悲鳴を上げて、驚きの言葉を発するのだった。

 

 

 

 

「お母さん…!」




久しぶりに書いたらなんか下手くそに感じました…。
因みにこの章はかなり短めに予定してるので、あと3話くらいです。


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第44話 誓い

「お母さん…!」

 

その言葉は衝撃的だった。

明らかにウィルスの力でどうにか生きているという状態のこの異形の女が…このレナの母親だということに…。

 

「レナちゃんの…母親?」

「はっははは…!そうだよぉ…。だから…こっちにいらっしゃい…」

 

母親らしくそう言うが、レナは近寄るどころか海翔の後ろに隠れるばかりで、全く懐こうとはしなかった。

 

「…ふうん…母親の私に……そんな態度を取るの、かぁ⁈」

 

細く脆そうな足で瓦礫を蹴って怒りを露わにする女。

レナは「ひっ…」と恐怖の声を漏らし、海翔の服をギュッと握る。

海翔もこの2人の関係がどうなっているか知りたいところだったが、今は薺が生きているかどうかを知りたかった。

 

「おい!妹は…薺はどこにいる⁈答えろ‼︎」

 

海翔が怒鳴ると、女は笑いながら答えた。

 

「全員…絶望に呑まれていったさ……くくくくく…」

 

その回答に海翔は暫しの沈黙の後、力のない声で呟いた。

 

「死んだ……のか?」

「あはははは!そして最後は…お前だ、レナ!」

 

女が叫ぶと、先程まで近付くことすらなかった異形のアンデッドたちが乗り込んできた。来なかったのはこの女が何かしらの命令を下していたからだろうか…。

だがそんなことを考えている暇はない。

このままでは海翔もレナもアンデッドの餌食になってしまうのは明白だった。

すると、レナは海翔の服をクイクイと引っ張って、少し遠くに見えるドアを指差した。あそこに逃げようと言っている。

女は相変わらず笑い続けたままで、海翔の怒りを募らせれるばかりだ。

 

「…後で絶対に殺してやる。覚悟しておけ!」

 

海翔は腰から手榴弾を取り、天井に向けて投げた。

火薬に着火した手榴弾は空中で爆発し、元々脆かった天井を崩した。

落ちてくる瓦礫はアンデッドの頭部を直撃し、次々と倒していく。しかし危ないのは海翔たちも同じで、逃げなければならなかった。

レナの手を引っ張って、奥の扉へと急いで走る。

だが、海翔の頭部にも瓦礫が直撃し倒れてしまう。

 

「ぐあっ!」

「おじさん‼︎」

「行くんだ!早く……!」

「ダメだよ‼︎」

 

レナは頭から血を流し、負傷した海翔の腕を必死になって引っ張ろうと頑張る。だが、もちろん子供の力では動かすことも出来ない。

 

「あの時お姉さんが言ってた!助けられる命があるなら絶対助けるって!」

「お姉さん…?まさか…」

 

そのお姉さんとは薺のことではないかと思ったが、雪崩のように落ちてくる瓦礫の音が全てを掻き消していく。

そして天井の壁は全て崩落し終えた時、そのフロアは瓦礫の山と化すのだった。

 

 

「…おじさん、大丈夫?」

「ああ…このくらい、今まで逢ってきた地獄に比べたらどうってことはない」

 

海翔は傷付いた頭部に包帯を巻いて、レナにそう答えた。

 

「私のために…ごめんなさい」

「レナちゃんのせいじゃない。全ては…あの女だ」

 

海翔が恨みを込めてそう言うと、レナは複雑な表情をした。

それもそうだろう…。自らの母親が罵られれば…。

 

「お母さん…『この美しさを永遠に…』とか言ってた…」

「美しさ?…それとウィルスにどう関係が…」

 

考えたが、今は思いつきそうもない。

それよりも…この部屋から出てあの女が行きそうな場所に向かわなければならない。

 

「おじさんは大丈夫だ。行こう、レナちゃん」

「…本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ」

 

海翔は先程の扉を開けて、外の様子を窺った。

瓦礫で一杯だったが、それに潰されたアンデッドも僅かにいた。

だがあの女はいない。瓦礫に埋もれたか…それとも逃げ出したか…。

 

「ん?」

 

海翔の目に入ったのは、瓦礫の衝突で空いてしまったのか、秘密の隠し通路が見えてしまっていた。

 

「この先か…」

「…なんか、怖い…」

 

ギュッと海翔の手が強く握られる。

 

「…俺が守る。薺は救えなかったが、レナちゃんだけでも…」

「おじさん…ありがとう…」

 

海翔はレナと共に地下深い…隠し通路に足を進めていくのだった。

 

 

 

音が聞こえた。

明らかにこの半年の間、聞いたこともない音だった。

もしかしたら助けかもしれない。

そんな確証もないのに…。だけど…“彼女”の足はトラウマだらけの歪な形の塔へと進んでいった。

 

 

 

ー半年前ー

失った仲間の前で手を合わせて冥福を祈る薺。

いつも薺たちメンバーのために頑張ってくれたニールがせめて…安らかに眠っていくのを願った。

その傍らで玲奈が焼かれた腕を気にしながら見ている。

その時、後ろに気配を感じた玲奈は一瞬で振り向いてナイフを投げる態勢を取った。が、そこに居たのはアンデッドではなく、白いワンピースを着た幼い少女だった。

 

「君は…」

「…お姉さんたち、誰?」

 

薺も少女に気付いて、振り向く。

 

「私は玲奈。彼女は薺よ。それで君の名前は?この島の子?」

 

玲奈の矢継ぎ早の質問に少女はついていけずに喋れない。

それを見かねた薺が玲奈を止める。

 

「そんな一気に質問したら困るでしょ?玲奈ったら、子供の扱いが苦手なんだから」

 

そう言われて玲奈はムスッとする。

 

「ねえ、私は薺。名前は?」

「……分かんない。何も…覚えてないの…」

「…そっかあ…。じゃあ、思い出せるまで一緒に居よう?ここは危ないから」

「危ないの?」

「うん、とっても」

 

少女の受け答えといい、この島の子供…というのは無さそうだった。

そして玲奈は少女の手首に付けられた腕輪を見逃さなかった。

 

「とにかく、今はここから離れましょう。あのアンデッドたちが来たらまた大変なことになるから」

「そうね。さあ、行こう」

 

薺が少女の手を握る。

びくっと震えて、怖がっているようにも見えたが、薺が笑顔を向けると落ち着いたか大人しくなった。

3人は怪しいと睨んでいる歪な形の塔へと赴くのだった。

 

 

漸く塔の近くにまで来れたところで、ババババとヘリコプターの音が聞こえ始めた。そっちに視線を向けた薺と玲奈はヘリコプターが優雅に空を舞っている姿が写った。

遠目からでも運転席に誰が乗っているかは予想出来た。ゲーブだ。

 

「ヤッホー‼︎これでこの島とはオサラバだ‼︎あばよ、クソ女‼︎」

 

腕輪に向かってそう叫ぶと、突然ヘリコプター内で警報音が鳴り、ランプが赤く灯る。

 

「何だ?なんだよこれ⁈」

『逃げることは死ぬことよりも重い罪…。だが、その罪も死を受け入れることで免れる…』

 

全員の腕輪に女の声が…。

 

『さあ…甘んじて受け入れなさい…。その死を…』

 

そう告げられると、ゲーブの腕輪が赤く点滅する。

そして…手がおかしな方向へと曲がりくねり、変異する。

 

「やめろ‼︎やめろぉぉぉ‼︎‼︎」

 

持っていたナイフを掴んで自らの腕を突き刺すゲーブ。

痛みが襲ってくるが、アンデッドになるよりかはマシだと思ったのだ。

だがこれが仇となり、ヘリはコントロールを失い、空中で右往左往する。

そして…建物の壁に激突して、爆炎を噴いて落ちていった。

それを見ていた薺は走り出す。

 

「ゲーブ‼︎」

「待って薺!もう手遅れよ‼︎」

「まだ分からないじゃない‼︎助けられる命があるのに見捨てるなんて私……どうしてテラセイブに入ったか分からなくなっちゃうよ‼︎」

 

悲痛な叫びは感情のない少女に強く響いた。

 

「助けられる……命…」

 

小さく呟いた途端、後ろから誰かが少女の口を塞ぎ、連れ去って行ってしまった。この事に玲奈と薺が気付くまで…ほんの数秒だった。

 

 

 

少女は眠り、棺桶の中に入れられた。

これから長いこと眠るだろう。

棺桶の前に立つ女が目的を達成するまで…永遠に…。

女は自らの美しい顔を鏡で見る。

何度見ても美しいと…優越感に浸れる。

女は笑う。

計画は完璧だ。あとは…最後の仕上げをするだけだと…。

少女の棺桶は…シェルターの中に降っていき、完全に閉ざされるのであった。



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第45話 衝撃の事実

アンケート…万が一同率1位が2つ出て20人行ったら、そのどちらかを書くことにします。


少女がいないことに気付いた玲奈と薺は散々な程に呼んだが結局見つけられず、この塔を登ることにした…のだが、こんな形の塔を登るなど出来るのだろうかと思って立ち尽くしていると、不意に壁から明るい光が漏れ、小さな個室が現れる。

エレベーターだ。

それと同時に腕輪からも声が響いた。

 

『それは天国への道…。来なければ地獄に残ったまま…だが、どっちだろうと君らが死ぬことに変わりない…』

「………誘い込んでる?」

「行かない方がいい…と言いたいけど…」

 

玲奈がチラと森の方に目を向けると、ガサガサと走ってくるアンデッドの姿が見られた。先程のヘリの撃墜音が原因のようだ。

 

「行くしかないようね」

「武器もないのに?」

 

薺の言う通り、今玲奈も薺も武器と呼べる物はない。

 

「黙って食われるよりマシでしょ?」

「…そうね」

 

そう言って2人は急いでエレベーターに乗る。

すると扉は閉まって、勝手に上に向かっていく。

どうやら腕輪の女は2人をこの塔の上に呼びたいようだ。

暫く退屈していると、ガラス一つ無かったエレベーターの通路に突然光が差し込んだ。

それは…塔の内部の様子なのだが…廃墟だらけの絶島とは大違いだった。様々な機械が大量に壁を覆い、棺桶には作られたアンデッドが一体一体保管してある。

明るい青色で彩られた塔内部に玲奈も薺も圧巻された。

腕輪の女1人の力では、ここまでの施設を作ることは出来ないと玲奈は直感した。

それが誰なのかを考える前に、エレベーターの扉が開き、ガラスを真ん中に挟んだ広い部屋が目の前に広がっていた。

ゆっくりと前に歩みを進めると、ガラス越しに高いヒールを履き、白衣を着たブロンド色の長髪を靡かせる女性が現れた。

顔も確認したいが、ガラスが曇っていて見えない。

そして…私たちの目の前で話し始めた。

 

「よくぞここまで来た…。私は生き残った者だけをここに呼び…全てを話そうと思った……けど、私は耐えられない…。この美しさを失うくらいなら、一秒でも生きていたくない…!」

 

突然、いつもの冷静沈着な口調が乱れ、バンと後ろの机を強く叩いた。

そして…腰から拳銃を抜き、私たちに向ける。

 

「‼︎」

 

今ここで女が引き金を引けば、こんな狭い場所では逃げることも出来ない。だが、女は構えただけで撃とうとしない。

 

「あなた達を殺しても私は癒されない…。私の目的は既に達成されている。だから…私がこの苦しみから逃れるには……」

 

そう言って、彼女は銃口をこめかみに当てて…。

 

「死のみ…」

 

引き金を引いた。

脳から飛び出た血はガラスを激しく汚して、ドサっと女は倒れた。

あまりの急転直下な展開に玲奈も薺も付いていけずにただ立ち尽くしていた。

結局…この女性は何が目的でこんな惨劇を起こしたのか分からないままに死んでしまった。

しかし…それを考えているうちに、突然塔が激しく揺れた。

 

「な、何⁈」

「この女!死ぬのは勝手だけど塔を爆発させるのはやめなさいよね‼︎」

 

女は自分の死と塔の崩壊を合わせていたのだ。

途端に隣の壁に穴が空き、縦穴の塔は上から着実に崩れていた。

 

「こっちよ‼︎早くしないと瓦礫の下敷きだわ‼︎」

「仲間の死を無駄になんか出来ないわ‼︎行きましょう‼︎」

 

崩れた瓦礫を足がかりにして、ひたすらに下へ下へと降りていく2人。

だが、エレベーターでかなり上まで来ていたため、下に降りるのも一苦労…どころではなかった。

無事に地面に足を着け、瓦礫の落下から避けれるかも怪しいと玲奈は思っていた。

実際、あの女は玲奈たちを巻き添えにして殺す気だったのかもしれないとも思った。

そんなことを考えながら走っていると、薺の鋭い声が響いた。

 

「玲奈!危ない‼︎‼︎」

 

ドンと強く押され、玲奈は倒れる。

玲奈はすぐ様振り返って、薺の方を見た。

目を見開くような…絶望する光景が広がっていた…。

薺は落ちてきた瓦礫の下敷きになり、頭から血を流して倒れていたのだ。しかもあれは玲奈を庇って、ああなったのだ。罪悪感も玲奈の胸の中に広がる。

助けに行こうとしたが、その前の通路は無くなっている。

 

「薺…!薺ぁ…‼︎」

「…れ、れな………無事……なのね…」

「どうして…!どうして私を助けたの‼︎私は…どうせ死なない身体なんだから助ける必要なんか無かったのに‼︎」

 

薺は暫しの沈黙の後に、こう応えた。

 

「…たす………けるのが……私、の、……いきが……い…」

 

瓦礫の落下は更に酷くなる。

このままでは今玲奈が立っている即席の通路もいつ崩れてもおかしくない。だが…薺を置いていくことは出来ない気持ちが玲奈を止める。

 

「行って………行って……いき…延びて……」

「そんなの…出来ないよぉ……」

 

玲奈は膝を付き、喘ぎ声を出す。

 

「りょう………まを…すく、う……で、しょ……」

 

思わず顔を上げて薺を見る玲奈。

 

「いっ……てぇ…!」

 

薺の必死の声に…玲奈は漸く重い足を上げた。

そして…横に空いた穴に向かう。下は断崖絶壁で生きられるかも分からない。だが、ここ以外に逃げる道はない。

一歩踏み出そうとしたが、薺の方を見てしまう。

 

「…ごめんなさい……。必ず…戻ってくるから……」

 

絶壁から飛び降りる。

そして玲奈は最後にこう言った。

 

「許して…」

 

 

瓦礫に埋まっていく薺は薄れる意識の中でただ1人の肉親…海翔のことを考えていた。

今どうしているんだろう…、元気かなあ…と。

死の間際なのにこんなことを考えるなんてと、自虐したい気分になる薺。だが…ここで死ぬのは間違いないだろう。

呆気ない命だったなあと思う薺だが、せめて…兄に会いたかったなあと思いながら…その意識を手放し…瓦礫の隙間から伸ばした手も…ダラリと落ちた。

腕輪は忙しく…赤く点滅して……。

 

 

ー半年後ー

偶然見つけた秘密の通路は不気味一択だった。

趣味の悪い人形がたくさん吊り下げられ、他にも死んだカエルやトカゲなどの両生類や爬虫類が磔にされていた。

海翔の横のレナはずっと身体を震わせて、恐怖に耐えていた。

海翔でさえも、薄気味悪いと思うのだから…レナの怖さは計り知れない。

 

「この先に…奴がいるってわけか…」

 

更に奥に進んでいくと、ガラスの棺桶に入れられた不気味なアンデッドが大量に置かれていた。身体がビクビクと動き、更なる恐怖を醸し出していた。

そして…机に置かれている資料に手を伸ばす海翔。

そこにはなんとレナの情報も書かれていた。

それをゆっくり読み進めていると…彼の手に自然と力が篭った。

それは怒りによるもの…。

 

「あの女……!なんて残酷なことを…!」

「…おじさん?」

「…大丈夫だ。奥に行こう…」

 

しかし…ここで…。

 

「行く必要は…ない!ははは!」

 

聞くのも煩わしい声が施設に響く。

再びあの女…レナの母が現れた。

 

「貴様…!」

「わざわざ……私の娘を…寄越してくれたのかい?嬉しいねえ…」

 

その言い方に…海翔の怒りが爆発した。

 

「ふざけんな‼︎テメエ…レナちゃんに何をしたか分かってんのか‼︎‼︎」

 

レナでさえも怖がる海翔の憤怒…。

その原因が書かれた資料…いや、実験書を投げて叫んだ。

 

「お前は…玲奈のDNAとテメエのDNAを使って、レナちゃんを作り出したんだな‼︎そして、レナちゃんを使って永遠の美しさを保とうという馬鹿げた計画を立てて……何で…何で……何で薺たちまで巻き添えにならなきゃいけないんだよ‼︎‼︎」

 

レナは自らが作り出された存在だということに混乱して言葉も出せなかった。

 

「…そこまで分かったのなら…理解出来るでしょ?」

 

女は薄笑いを浮かべながら…ガラスの棺桶に入ったアンデッドの心臓を抉り出して、それを貪りながら話す。

 

「女は美しくなきゃいけない……そのために、大量の実験体が必要なの…。そのために……バイオテロを無くすとか言うふざけた集団を食らった……。ふふふ……ぎゃはははははは‼︎」

「………たった…それだけで…?そんな…理由で…薺が……死んだのか?」

「それだけ?あんたにはそうだろうが、私には大きなこと……うぐっ‼︎」

 

突然女は胸を抑えて苦しみ出す。

何が起きたか分からないが、いずれにせよ…何かが起きることは間違いない。

 

「もう……待てない…。レナぁ…貴様を殺して……その綺麗な細胞でぇ………私の美しさを……永遠にっ…‼︎」

 

そう叫ぶと、女は元々持っていたと思われる注射器を腹に突き立てた。

その瞬間、彼女の歪な身体は更なる変異を遂げる。

上半身と下半身を繋ぐ金属が伸び、ずっと身体を隠していたマントが破れる。今改めて分かったが、この女は身体のほとんどを機械で無理やり繋いでいたのだ。

それが伸び縮みし、自らの身体を更に強化、強固、巨大化させてゆく。

そして…変異を終えた女は海翔とレナに咆哮する。

 

「…貴様だけは許さねえ…。薺だけじゃ飽き足らず、レナちゃんの命も……」

 

海翔は拳銃を構えて、女に向かって叫んだ。

 

「ここでケリをつけてやる‼︎レナちゃんに命まで奪わせてたまるか‼︎」




次回、最終決戦。


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第46話 君も家族だ

IF Story5完結。



「お前にレナちゃんは渡させない‼︎」

 

そう海翔が叫ぶと、拳銃の引き金を引いた。

弾は女の身体に当たったが、ウィルスの暴走と変異により痛覚はいくらか薄れて、怯むことなく通風口の中に獣のように逃げていった。

 

「そこで隠れているんだ!」

 

海翔はそうレナに言い、ゆっくりと奥に進んでいく。

通風口からはボタボタと血が垂れて、まだ中で奇襲をかける準備をしている可能性があった。だが、そうだとしても海翔には投げる武器はもう使い切っており、持っている拳銃とナイフしかない。

ライトも構えて、通風口の中を下から照らすと…中は空洞で何も居なかった。

どこへ行ったのか、辺りを見回していると、不意に地面を突き破って、海翔に襲いかかった。

 

「何⁈」

 

巨大な身体を持った女は、海翔の足を掴んでそのまま放り投げた。

ガンと金属製の机に背中を強打した海翔だが、怯むことなく拳銃を撃ち続ける。全ての弾丸は女の身体にのめり込むが、やはり怯むことはない。そのまま、鬼の形相で向かってきて、海翔の胸を掴んで地面に叩きつけた。

これには流石の海翔も堪えた。

 

「あぐっ…!」

「この…幸せもんがああ‼︎‼︎」

 

何を言っているのか全く分からない女はそれからの何度も…何度も海翔を殴り…蹴り…叩きつけ…投げ飛ばし…海翔の意識が朦朧となるまでめちゃくちゃにした。

だが…ここでそんな姿を見ていられなくなったレナが行動に出た。

 

「やめてお母さん!」

 

その声に女は反応する。

ギロリと血走った目を向けて、妖艶な笑みを浮かべた。

朦朧な海翔はレナに向けて、小さく叫んだ。

 

「何……言ってんだ…!こいつは……こいつは、君の…お母さんじゃ…」

「黙れええ‼︎‼︎」

「がああああああああ‼︎」

 

海翔の腕が折られる。

その悲鳴はレナにも響き、レナは遂に泣き出してしまう。

 

「やめてよ‼︎私が……私が何かしてあげるから‼︎何でもするから…‼︎だから…おじさんを、助けてあげてよお…」

 

子供らしい要件に女は笑いを溢したまま、異形の身体をグルリとレナの方に向けた。海翔には女を止める力すらない。

異形の女にレナは更に目を潤わせていく。

 

「何でもするう?そうねえ……じゃあ……」

 

何をさせようか迷っているように思わせて、女はレナの身体を掴み上げて一気に力を込めた。

 

「あ…!あぁ…ああ…!」

「テメエ…っ…」

「ははははははははは‼︎‼︎死ねばいいんだよ、レナぁ」

 

最低とは正にこの女を指すだろう。

だが、こんな最低野郎を止めようにも海翔の身体は言うことを聞かない。徐々に抵抗の力が無くなっていくレナをただ…見ていることしか出来ない海翔は、悔しさに涙を零す。

 

「くそっ‼︎くそっくそっ‼︎くそおおお‼︎‼︎」

 

悔しさから折れた腕を何度も殴って、身体に鞭打って立ち上がらせるが…この状態から何が出来ようか。

武器もない。腕は片方使えない。身体の大きさが段違い。

どうやってレナを助けるんだ。だが、海翔に選択の余地はない。

この身体が再起不能になろうが、必ず助けてみせると誓って突撃を開始する。

女も向かってくる海翔を見て、レナを掴んだまま蹴り上げようと態勢を作る。このまま蹴られてもいい。レナだけでも……、それだけが海翔の思考を奪う。

 

「レナちゃんを…離せええええ‼︎」

「うるさいよお!」

「お母さん‼︎やめて‼︎お願い‼︎‼︎」

「ならあの男を説得しな!そしたら……殺さないであげる」

 

すぐにレナは説得に入る。しかし…。

 

「おじさん‼︎やめて!もう…!」

「俺は約束しただろ?必ず守るって……」

 

海翔は止まらない。

それを見ている女はもちろん、もう容赦はしない。

 

「なら……死ねええええ‼︎」

 

女のぶっとい足が飛んでくる。

もう数秒でそれが海翔に直撃するだろう。

だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドン‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1発の銃声が女の目を撃ち抜き、怯ませる。

そこから怒濤の連射で変異した女を圧倒し、最後の弾が心臓辺りを貫いた途端、女の身体からは力が無くなった。

ドシーンと重い地響きが地下に流れて、女は倒れた。

レナも開放されて、海翔の胸に飛び込んだ。

 

「おじさんっ‼︎」

「…誰が………」

 

ゆっくりと振り向くと、そこに居た『彼女』に言葉を失った。

服は廃れて、艶やかな髪も醜いとまでは言わないが、汚くなっている。

皮膚も傷だらけで、頭と足には外れかけた包帯が巻かれている。

そして…拳銃からは煙が上っている。

『彼女』は目に涙を溜めて、震える唇を必死に動かした。

 

「来て……くれたんだね…」

「お姉さん…‼︎」

「…薺…なのか?」

「当たり前よ、バカ兄さん…」

 

そう言って、健やかな笑いを浮かべた。

ふらふらと立ち上がって、妹を抱き締めようと思った海翔だったが、女はまだ息絶えておらず、巨体をくねらせて立ち上がる。

 

「こっち!逃げましょう‼︎」

「…そうだな」

 

薺がレナの手を取り、急いで元来た道へと戻る。

女は呻き声とも叫び声とも取れる奇声を上げ続けるのだった。

 

 

外に出るともう夜だった。

陽は落ちて、辺りは暗闇に染まっている。

3人はここから逃げようとするが、地面から2本の巨大な腕が突き出てきて捕まえようとする。

そして、さっきより更に巨大化した女が地面の下から現れた。

圧倒的な体格差に海翔も薺も戦意喪失寸前だった。

海翔はナイフを持って、一応戦う意志だけは見せた。

 

「もし…奴が俺に襲いかかってきたら、レナちゃんを連れて逃げろ」

「何言ってるの⁈やっと…久しぶりに兄さんに会えたのよ⁈そんなこと出来ないに決まってるじゃない‼︎」

「お前はいつからブラコンになったんだ?」

 

そう言うと、薺の顔がカァーと赤くなった。

 

「ち、違う!そんなんじゃ…!」

「来るぞ‼︎」

 

下らない話をしているうちにも女は黒く変色した身体を暴れさせて、海翔たちに向かってくる。

3人は固まって、真っ正面から女の攻撃を受け止めてやろうと思っていた。

しかし、途中で女の動きが止まる。

海翔たちも上空から何かが近付いて来るのに気付いた。

そして、空から現れたヘリに乗っていた人物を見て驚愕する。

肩にまでしか伸びていなかったはずの焦げ茶の髪は更に長くなり、背中にまで達している。顔にもまだ傷はついたままで、身体中に包帯が付いているように見える。

しかし、それでも強い眼差しを向けた玲奈が、そこに居た。

 

「玲奈⁈お前…まだ完治してないんじゃ…!」

「海翔1人に任せられないわよ‼︎」

 

そう叫んで、持っていたライフルで女の腹を撃ち抜いた。

女はライフルの威力に負けて、後方に倒れる。

 

「乗って‼︎」

 

玲奈の掛け声でレナ、海翔、薺が順に乗る。

薺と視線が合った時、玲奈は申し訳ない気持ちで一杯になる。

 

「薺…私……」

「いいのよ、ここまで迎えに来てくれれば。それであの時のことはチャラよ!」

 

玲奈は頷き、ライフルを構え直す。

そして、こちらに来る前にもう一回撃って怯ませる。

 

「取っておきを使うわよ‼︎」

 

ライフルを捨てて、玲奈は掛けてあるロケットランチャーを取る。

それを構えて、撃とうとした。が、海翔が…。

 

「俺にやらせろ」

「でも…海翔、その腕…」

 

明らかにおかしな方向に曲がっている腕を見た玲奈はそう言うが、海翔は引き下がらない。

 

「こいつだけは…俺は始末する」

「…外さないでよ」

 

玲奈はロケランを渡す。海翔は笑いながら答えた。

 

「外すかよ、俺には…」

 

引き金に指をかける。

女は獣のようにただヘリに猪突猛進を繰り出して来る。

 

「大切な家族が待ってんだからな‼︎」

 

ミサイルが発射される。

女は赤い目を見開かせ、身体を硬直させる。

心臓に直撃したミサイルはそこで破裂し、女の巨体を消し炭にし、この世から抹消した。

痛む腕を抑えながら、海翔は発射装置を落とす。

 

「…これで悪夢も…終わりだ」

 

その言葉に全員が…ゆっくりと頷くのだった。

 

 

4人を乗せたヘリは日本列島に向かう。

薺は半年ぶりの故郷に期待を膨らませているが、レナは元気が一層ない。それもそうだろう。自分が作られた存在と知ってしまえば…。

そんな様子を見ている玲奈は海翔に聞く。

 

「どうするの?その子は?」

 

海翔はレナを見る。

レナは顔を合わせようともしない。

 

「この子…レナちゃんは、俺が引き取る」

 

レナは驚いて海翔を見た。

薺も一瞬驚いたが、兄さんらしいとも思えた。

 

「レナちゃんを寂しくさせないよう、俺が育てる」

「おじさん…」

「だから…そんな寂しい顔するなよ?子供は笑わなきゃ。もう俺たちは家族なんだ。何も溜め込むことはない」

 

レナはここで嬉しさと辛さのダムを溢れさせた。

 

「うわああああああああああああん…‼︎」

 

涙を一杯溜めて、海翔に抱きついて大越で泣き出した。

肩に手を置き、レナを抱き締める海翔、そしてその兄を抱き締める薺。

この3人はもう家族だ。

誰が何と言おうと…。

玲奈はこの3人の姿をじっくりと見詰め続けるのだった。

 

 

それから数日後、レナは海翔の養子になった。

 

 

そして、玲奈も…今回の事件を受けて、辞めていたBSAAに復帰することにしたのだった。




アンケート結果より、次回はアンブレラクロニクルズ編です。
と言っても…何を書こうかはっきり迷っています。
洋館と列車と研究所を全て合わせて、一つのストーリーにしようとは考えているんですが…。
何はともあれ、アンケートのご協力ありがとうございました!
今回からも人気キャラ投票でもしようかなと思います。


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IF Story6 地獄行きの急行列車
第47話 休息


今回はちょこっと珍しくほのぼの?とした感じから始まります。
ではIF Story6をどうぞ。


「あはははははは!パパ、こっちこっちー‼︎」

「待てよ、レナ!そんなに走ると転ぶぞー!」

 

公園で遊ぶレナと海翔。

その様子を見ている薺と紗枝。仄々とした光景なのに、紗枝は少し複雑な表情をしていた。いつも爽やかな表情の紗枝がこんな感じなのは珍しいと思った薺は、ちょっと意地悪な笑顔で紗枝に聞いてみた。

 

「もしかして紗枝さん、レナちゃんに嫉妬してます?」

「ふぇっ⁈」

 

図星だったのか、紗枝は間抜けな声を出して、顔もボンと一気に赤くなり、「あう…」と言って俯いてしまった。

そして言い訳をする様に言葉を紡ぐ。

 

「で、でも仕方ないよ。だって…なんたって海翔の子供なんだから…」

 

最初に紗枝が聞いた時は驚いた。

腕を折った状態で突然、紗枝の家に訪問に来たと思いきや、「俺の新しい家族を紹介するよ」なんて言われて、最初はあたふたしてしまった。まさか不倫?浮気?などなど、被害妄想に等しい考えが思い浮かんでしまった。

そうしていると、その子…レナも紗枝の様子を見てからちょこんと小さく挨拶をした。

その姿が可愛いとも思えた紗枝は、散らかっている部屋をすぐに片付けて2人を中に招き入れて、その日は楽しくお喋りして終わった。

それからはこうやって…海翔とレナが遊ぶ時、なるべく監督している訳だが、最近はレナばかりに気を遣っているせいか、紗枝は少し放置状態になっていて、実際、妬いていた。

妬いているせいか、頬も膨れ上がっている気がする。

ずっとニヤニヤ笑っている薺にこれ以上、この顔を見られたくないから紗枝は別の質問をする。

 

「そ、そういえば!薺はどうやって生き残ったの?瓦礫に埋もれたのを最後まで見たって玲奈が…」

「それがねえ、瓦礫の重みで床板が外れて海に落ちたの。それで起きた時には海岸で、玲奈も居なかったから…かなり辛かったよ」

 

運が良いと言うのか、悪運があるというのか…何にせよ生きていて良かったと改めて思った紗枝。その勢いのまま、レナについても聞く。

 

「あの子…レナちゃんってさ、玲奈とあの事件の犯人の女の細胞から作られたって…」

「その事、レナちゃんの前では言ったらダメですよ。みんなに気付かれたくないって…」

 

そう…。

その会った日にレナが眠ってから、事の顛末を聞いた。

自らの美しさを保つがために、玲奈と女自らの細胞を合成させて作り出したクローン…。

海翔に聞く限り、最初の頃はやっぱり辛かったらしい。

自分は人間じゃないからって、自分を責め続けて一晩中泣き続けることも多かったと聞いた。

その話を聞いた時、まるで…最初に会った頃の玲奈とそっくりだと感じた。

 

「そういえば…玲奈さんどこに行ってるの?BSAAに復帰したって聞いたけど」

「そうなのよ…。びっくりしたけど、嬉しくもあったわ」

 

竜馬の一件で一時BSAAを辞めていた玲奈だったが、あの絶島での事件で、やはり自分はバイオテロや生物兵器に関わる事件とは切っても切れないんだと観念したらしい。

紗枝は元々戻ってきて欲しかったと思っていたが、それはまだまだ先だと予想していたが…少し早かった。

人騒がせなと思いつつ、紗枝は薺の問いに答えた。

 

「本当の休暇だってよ。前回はハワイで竜馬たちを探してたようだけど、あの女に連れ去られて結局全く休めなかったからって」

「…やっぱり…玲奈さん、竜馬を諦められないのね」

「私も海翔がああなってたら、絶対助けるから気持ちは分かるわ」

「それで…休暇ってどこに?」

「ロシア。シベリア鉄道に乗って、ロシアを縦断するんだって」

「またお金がかかる旅行ねえ…」

 

2人は同時に溜め息を吐く。

どこからそんな旅費が出ているのかと思った。

そうしていると、突然腕を引っ張られる。目の前には楽しそうな顔のレナの姿が…。

 

「紗枝お姉さん!遊ぼ‼︎」

 

レナから誘われたが…。

 

「で、でも私…これからBSAAに戻らなくちゃ…」

「一緒に遊べないの?私…紗枝お姉さん…いや、ママとも遊びたい…」

「ま、ママ⁈私は……」

 

ママじゃないと言いそうになったが、上目遣いのレナに向けて全否定することに少し躊躇してしまう。ママと呼ばれる気持ちがついていかないのだ。でも、流石にレナの誘いを紗枝は断り切れそうもなく、どうしようか言葉を出せずにいると海翔が…。

 

「BSAAの事務連絡は後でも出来るだろ?」

「…それもそうね…。私はママ…じゃないけど、遊びましょうレナ!」

「うん!」

 

紗枝はレナと手を繋ぎ、笑顔で海翔の元へ走っていく。

 

「…あっちの方が…本当の家族に見えるなあ…」

 

後ろから見るあの3人の姿は、父と母、そして子供と…本当の家族に見えるのだった。

そして、薺も紗枝と同じように構ってくれない海翔に嫉妬して、3人の元に走って行くのだった。

 

 

 

「それで?今回も、彼女をこちら側に誘き寄せるのか?」

 

白衣を着た男が黒服の若い男性に聞く。

刈り上げた髪の男は「はあ」と溜め息を吐きながら拳銃を腰に据える。

 

「アリエスの頼みだ。あの人の頼みは断れない」

「いいのか?彼女とは恋仲では……」

「間違った表現をするな、サイコパス野郎」

 

途端に男…竜馬の声が低くなる。

機嫌が悪くなったようだ。

 

「すまない、すまない。それで…今回はどうする気だ?」

「アリエスは例の奴を使って、ディエゴとかいう奴を蘇らせたいらしい。それ以外は俺にも教えてくれなくてな…」

「JT-プロトタイプのことか…。それならその細胞を持っていけばいいのだがな」

「それだとお前が納得しないから、実験の相手として玲奈を使ってくれと言っていたぜ?」

「相変わらず…アリエスも相当な悪だな…」

「あんたにだけは言われたくないだろうな…。まあ何でもいい。上手くやってくれよ。俺は…準備にかかる」

 

竜馬は扉を開けて、外に出る。

開けた途端に白い雪が竜馬の身体に降りかかる。冷気が身体を冷やしていくため、急いで黒いコートを着る。そして…ポケットに入れていた写真を一枚取り出し、じっくりと見る。

玲奈の写真だ。

これはロシアの空港で撮られた写真。記憶にある彼女とは少し違い、焦げ茶の髪はいくらか伸びている。今頃、楽しく列車の旅をしているだろうが、竜馬はそんな暢気な玲奈に苛つきを覚えた。

だが…苛つき意外にも…最近はどうも懐かしさ…愛しさも感じ始めていた。どうしてかは竜馬にも分からなかった。

 

「…何を考えているんだ、俺は…」

 

はあと再び溜め息を吐くと、白い息が出る。写真をしまって、吹雪の中を歩き始める。コートの襟を首にかけて、更なる寒さを凌ごうとする。

だが、吹雪は暫く止まりそうにない。

まるでこれから起きるであろう惨劇の前触れのように…。




新たなアンケート実施しまーす。


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第48話 シベリア鉄道

食堂車で赤身がキラキラと宝石のように輝くローストビーフを頬張る玲奈。今出している表情は普段の玲奈からは想像出来ないくらい惚気ていることだろう。

一応玲奈も人間だ。美味しいものは美味しいと思うし、綺麗だと思うものは綺麗だと思える感情がある。

しかし、誰が何故…玲奈宛てにこんな招待状を寄越したのだろうか…。

遡ること4日前、傷も完全に癒え、漸く現場復帰かと思ったら、ポストの中にこの鉄道の招待状があったのだ。

往復代が入ったチケット…誰がくれたかは玲奈も分からなかったが、はっきり身体の中に残った疲れは完全に取れ切れていない。

どうしたものかと紗枝に相談すると、彼女は「ちょっと怪しいけど、行ってくれば?」とだけ言われた玲奈はこの招待状に甘えたのだ。

最初は列車だけで旅行なんて…更に疲れるだけだと思っていたけど、今は食堂車で美味しいものを毎日食い続ける日々だ。

周りの客も「あの人…食べ過ぎじゃ…」や…「あれが痩せの大食いか?」などなど、色々な話が飛び交っていた。

もちろん玲奈は食事に夢中で周りの言葉など聞く気もなく、ただひたすら…自らの腹を満たすためにナイフとフォークを動かすのだった。

 

 

 

玲奈を始め、他の客も寝静まり、列車の中で未だに起きている人物はほとんどいない。その列車の真上に一機のヘリコプターが通過すると同時に何かを落とす。

封印された箱…中から現れたものは…この快適な列車を…地獄に変える代物だった。

 

 

 

キキーーーーーーーィッ‼︎‼︎

列車が急ブレーキをかける音で目が覚めた玲奈が状態を起こすと、勢いよく止まった反動でベッドから転げ落ちる。

 

「痛…何?」

 

頭を抑えながら、自身の部屋の扉を開けると、クチュクチュと聞き覚えのある音が耳に入った。ゆっくりと首を横に動かすと、身体の大半を何かで覆われたアンデッドが人間を貪っていた。

しかも…アンデッドは玲奈を見ても無視して、ひたすら食事にありつく。武器を持っていない玲奈は一旦部屋に戻り、どうするか考える。

今、列車は完全に止まっている。それなら窓から出て助けを呼ぶという手がある……が、外は夜で視界は効かない。仮に見えたとしても、こんな辺境では助けなど呼べることも出来ないだろう。

 

「…また、この事案か…」

 

もうウンザリと言いたい玲奈は、とにかく部屋から出て先頭車両へ向かう。肉を食い続けているアンデッド横をゆっくりと通過し、気休め程度にしかならないが、消火器を片手に列車の中を歩いていく。

ところが列車が止まっていると思いきや、再び運行を開始したのだ。

誰が運転してるかは想像もしたくなかったが。それに、電車の動く音の合間に時折誰かの悲鳴が列車全体に響く。

人々を助けるのが自分の役目なのに…と、胸が締め付けられる玲奈。

そして…自身のお気に入りの食堂車に到着する。

中はすっかり荒れきり、窓ガラスも割れている。恐らくここが一番最初に襲撃された場所なんだろうと玲奈は思った。

そんな中、地面に落ちているものに目が行った。

大きさは手で掴める程度のもの。表面はネチャネチャしていて、触り心地は最悪だった。明らかに生物なのだろうが、一体…。

そうやってこの謎の生物が何かと考えていると、後ろに人の気配がした。

振り向き様に思い切り、消火器をぶつけた。良い音がした。

アンデッドの頭を砕いた音が…。不意打ちを防いだと思われたが、よく見るとアンデッドは確かに目の前にいるのだが、頭だけは人間のものではなく別のものだった。

 

「⁈」

 

消化器を手許に戻そうと思ったが、接着剤のように貼りついた消化器はピクリとも動かず、目の前にいるアンデッドの腕が玲奈の胸を小突いて突き飛ばす。

 

「ぐふっ⁈」

 

机と椅子を次々と薙ぎ倒しながら転がる玲奈。

 

「何よ…アンデッドに、こんな力は…」

 

椅子などを蹴飛ばして立ち上がると、アンデッドの身体に変化が起きていた。腐った肉体がブチブチと甲殻類の殻のように外れていき、全身ネチャネチャの謎の生物へと成り下がった。

しかも歩き方もはっきりせず、やりにくい。

 

「…こいつはやばいかも…」

 

急いでここから出ようとした時、そいつは腕を伸ばして来て玲奈の足を掴んだ。

 

「嘘!まっ…」

 

待ってくれるわけがない。アンデッドはゆっくりと玲奈を自分側に引っ張っていき、頭と思しきところから巨大な口を露わにする。

あんなので身体の一箇所でも噛まれたら溜まったものではない。

引き摺られながらも玲奈は何かないのかと必死に手を伸ばす。

そして…つい先日まで食事の際使っていたナイフを取って、奴の口の中に突っ込んで刺した。

化け物は奇声を上げて、苦しむ。

ナイフを抜くと、そこにはさっき床で死んでいた生物が1匹、刺さったまま息絶えていた。

 

「…まさかこいつ…この……ヒル?の集合体?」

 

そうと分かれば…と思った玲奈は、ヒルの集合体の上に馬乗りになり、その食べる用のナイフで何度も…何度も突き刺して、全てのヒルを殺そうとする。

かなり無謀であることは玲奈も分かっているが、こいつに追われ続けるのは嫌だから確実に仕留めたいのだ。

だが、そんなことをしていると人の形を作っていたヒルはバラバラになり、玲奈の身体にまとわりつく。

 

「しまっ…!」

 

このままヒルの餌食にされるだけだと思われたが、突然ヒルは玲奈の身体から離れていく。どうやら玲奈の体内のウィルスに反応したらしい。

こんなところで役立っても意味はないだろうと思いながらも、玲奈は机の上にあった酒を投げ、それを浴びせる。

そしてライターを付け、火を付けた。

あっという間に食堂車は火の海になり、ヒルは床の上で暴れ回るが、全て焼け死んでいった。

玲奈は食堂車から出て、連結部分を外す。

このまま火がこちらにまで移ってしまっては大変だからだ。

ガチャンと音が響き、玲奈の乗る車両と食堂車が離れていく。

これで逃げ場は少し無くなったが、敵もかなり減る。

燃える食堂車にはヒル以外にもアンデッドがどんどん寄って来ているのが遠目に見える。

 

「…はあ」

 

一息吐き、早く列車を止めようと先頭車両に向かおうとした時。

離れていく食堂車の方から何か飛んで来るのが見えた。

それはロケット。

なんと燃え上がる食堂車からロケットがこちらに向かって来ていたのだ。

 

「嘘でしょ⁈」

 

玲奈はすぐに物陰に隠れたが、爆発と同時に衝撃と爆音が玲奈を襲った。それ以降ロケットは飛んで来なかったが、あの車両に何か居たことだけは間違いなかった。

 

 

 

止まった食堂車から出て来たのは機械の装甲を付け、自らの身長とほぼ同じ長さを持つロケットランチャーを持ったタイラントだった。

ターゲットを見失ったことを確認し、新たなロケットを装填する。

そして…タイラントの口からは…意外な言葉が漏れるのだった。

 

「玲奈ぁ……」

 

と…。



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第49話 終点

この章…そんなに長く書けない…。
だって、アンブレラクロニクルズを改めて見たら、短いストーリーを単発的にやっていくだけだったので。
というわけで、最悪これと次の話で終わる可能性が…。
投票してくれた方々に申し訳ないです。


「ケホッ‼︎ケホッ‼︎はあ…何なのよ、今の…」

 

突如飛んできたロケットにそう愚痴る玲奈。

煙と僅かに残る炎を跡目にさっさと先頭の列車に急ぐ玲奈。

だが、その途中…テラスに黒い装備を身に付けた傭兵たちがヒルに蝕まれているのを見つけた。

その装備の中に残っていた拳銃を取って、機関車に飛び乗る。

もちろん機関車を操縦する者はおらず、勝手に蒸気だけが上がっている。

止めようにもブレーキは壊され。エンジンは更に火を噴き続けている。

 

「これじゃあ…止めるのには車両と車両を切り離すしかないわね…」

 

そう呟きながら、前の車両に戻ると、ドーンと大きな震動と音が轟いた。玲奈は拳銃を構えて、自身の周囲を警戒する。

すると、玲奈の前の車両が大きな衝撃音を立てて、切り離されてしまったのだ。要するに、今この列車は機関車と一両の列車だけで動いているのだ。

上で何かが動いているのは分かるのだが、拳銃一丁しか持っていない玲奈にはどうしようもない。そして、金属製の天井を突き破って列車内に入って来たのは巨大なサソリだった。

色は黒金、とにかくデカいサソリなだけだと思えば楽勝だったが、尾からは毒々しい色の液体が垂れている。

 

「この狭い空間でやり合うなんて無理…」

 

そう言って、もう逃げ出すしかないと思った途端、今度は反対側からも何かが突っ込んで来た。しかも、このスピードの列車に追いつく速度で迫って来たのである。

そいつは玲奈を視認すると、大きな口を開いて玲奈の左腕に食らいついた。

 

「ぐあああああああああ‼︎‼︎」

 

漸く相手を見たと思いきや、すぐさまこれだ。

因みに玲奈に食らいついて離さないのは巨大な蛇だ。黄色の目を忙しく動かして、周囲の状況を伺っている。

 

「くぅ……この…!」

 

頭を叩いても、こいつは口を開けない。むしろどんどん噛む力が強くなっている気がした。

実際、左腕には幾つかの牙が食い込んでいて、そこから麻痺毒が染み込んでいた。それを知らない玲奈は徐々に力が抜けて、膝をガクッと崩してしまう。

 

「何…この動悸…。それに力が入らな……」

 

そんな状態で、なんとあのサソリまで玲奈を狙おうと足を進める。

玲奈との距離を縮めて、その巨大な尾を振り上げて玲奈の顔目掛けて突き刺そうとする。

しかし、玲奈は意識が曖昧にも関わらず、それを避ける。

しかも玲奈の後ろは例の蛇でそのまま尾は蛇の右目に突き刺さった。

これには堪らず蛇も玲奈を解放して、頭を振り回して苦しみ悶える。

そして…蛇はターゲットをあのサソリに変更する。

怒り狂った蛇はサソリに襲いかかり、互いに自らの身体を傷つけていく。

そんな状況を玲奈は横の方でジッと見ているが、いずれ2体のうちどちらかが倒され、自分を標的にすると容易に想像出来た。

だから、近くに落ちていた酒瓶を取る。アルコール度数は92%。

めちゃくちゃキツい酒だ。

玲奈はそれをサソリに向かって投げて、共に酒をぶっかけた。

取っ組み合っていた2体は玲奈の方を見て、戦いを止める。

 

「…仲良く焼けな!」

 

拳銃を1発、サソリの身体に当てる。

途端に2体は激しく燃え上がった。玲奈を殺そうにも、炎の苦しみは計り知れない。十数秒、車両内で暴れ回った後、力なく2体とも崩れ落ちた。

玲奈は息を荒くして、燃え上がる2体を横目に背中を壁に預けた。

焼けるような痛みが続く左腕を抑えながら…。

 

「…はあ」

 

溜め息を吐くしかなかった。

だが、ここで居座ったままでいるわけにはいかない。

早く車両を切り離して、終点駅での衝突を防がなくては…。

そう思いながらノロノロと立ち上がって、ふと前方を見ると…。

 

「…え?」

 

もう数百メートルにまで駅?なのか、建物が迫っていた。

今連結器を外しても衝突は免れない。

 

「…くそっ!」

 

玲奈は今いる車両で小さく蹲って衝撃に備えた。

その数秒後、列車はスピードを緩めることなく、駅のホームに乗り上がった。レール外でも列車は走り続け、漸く止まったのはホームの先端から約200m程離れた場所だった。

玲奈にもとんでもない衝撃が伝わり、列車内で転がり回る。そして完全に列車が止まったのは数分が経った頃だった。

 

 

その頃、海翔たちがレナと一緒に家で寛いでいる時、一本の電話が入って来た。もう既に夜の10時を回っているのに、誰だろうと思いながら出てみる。

 

「もしもし、誰だ?」

『…俺だよ、海翔』

 

その声の主に海翔の身体が瞬間、硬直する。

 

「お前……竜馬…か?」

『聞いて分かるだろ?まあ要件だけ言うぞ?あんたの所の玲奈がロシアで危ない目に遭っている…。それだけだ』

 

それだけ告げたれた後に電話が切れてしまう。

 

「おい!竜馬‼︎」

 

ツー、ツーが何度も耳に入ってくる。

あの竜馬がこんな連絡をしてくるなんて…しかも…玲奈が危ないと言われれば行くしかない。

 

「パパ?」

 

後ろで心配そうに見詰めるレナと薺。

海翔は掛けてあった服を取って、着替えを始める。

 

「ちょ…どこに行くの兄さん?」

「仕事だ。寒いところに行ってくるからな。薺、レナを任せた」

「パパ…帰って来てよね?」

 

心配そうに見るレナに少し胸が締め付けられた。

以前よりも大切なものが増えてしまったからだろう。

 

「大丈夫だ。必ず戻る」

 

そう言って、海翔は家を飛び出すのだった。

 

 

携帯の電源を切り、携帯自体を握り潰す竜馬。

どうにも釈然としなかった。何故…これはあいつを貶めるためにやっているだけなのに、竜馬の心の中ではどこかこれを喜んでいない自分がいる。

画面の中で倒れて、動かないままの玲奈を助けに向かいたい…助けてやりたい…そんな自分が居る。

 

「違う!俺は…あいつのことなんか…玲奈のことなんか…!」

 

その時、竜馬の腹に苦しみは走る。

内臓を握り締められたような感覚に数秒悶えたが、やがてそれは治まり、さっきのような想いもどこかへと消えていた。

 

「誰と電話してたんだ?」

 

不意にあの男が扉を背に話しかけてきた。

 

「あの人さ。上手く行ってるってな」

「ほお…」

 

男は血塗れのナイフをブンブンと振り回しながら竜馬に近づいて来る。そして、画面を玲奈から別のものに切り替えた。

 

「では…その上手く行っているを完璧に上手く行ってるに変えようか…」

 

男はそう言って、『彼』を再び作動させる。

失われたはずの…『彼』を…。




微妙だなあ。
この章はやっぱり書くの難しい!
一応、次がこの章の最後の話にしようと思います。


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第50話 止められない復讐心

IF Story6終幕。


列車が停止してからどれくらい経っただろうか…。

小火もあり、いつこの列車が燃え落ちるかも分からない。

だが、玲奈はそんな中で必死に腕を動かして、どうにか列車外に出ることが出来た。

そこは駅のホーム…と呼ぶには些か不可解な場所であった。

線路はそこで終わっているが、どう考えてもこのシベリア鉄道が止まりそうな場所ではないのだ。

 

「サンクト=ペテルブルクでもないし、モスクワでもない…。どこなよ、ここ…」

 

そう呟くと、プシュゥと空気が抜ける音がしたと思えば、ポッカリと横穴…というより、綺麗な通路が開いた。

相変わらずのことだなと思いながら、行く宛もない玲奈はその通路に足を踏み入れる。暫く歩き、広い場所に出た。

壁は真っ白の金属。いくつか支柱が立っているが、視界の邪魔にはならない。

ゆっくりと周りを眺めていると、バンと電気が一斉に付き、玲奈の全身を眩しく照らす。

 

『上から失礼するよ』

 

声がして、玲奈は上を向く。

窓ガラス越しに見えたのは血塗れの白衣を来た初老の男…。

少なくとも玲奈は見たことがない。

 

「随分と手間のかかることをしたものね。私1人の瞬間を狙って…。いい加減まともな休暇をくれないかしら?」

『生憎さま…君は我々だけでなく、様々なテロ組織からも注目されているんだ。休暇をするつもりなら本当の僻地に行くことだな』

「そう…。私も有名人になったことね」

「さて、お喋りもそこまでだ。竜馬の雇主が望んでいる実験を開始しよう」

 

竜馬という言葉に一瞬気を取られたが、すぐにその思考は部屋の中央から聞こえた大きな騒音に掻き消された。

天井からドシンと落ちてきたのは、肩にロケットランチャーを担ぎ、白い装甲を身に纏ったタイラント…と表現したら正しいだろうか。

そいつは玲奈を赤く光る目で視認すると、態度が一変した。

 

「れええええええなああああああああああ‼︎‼︎」

「⁈」

 

タイラントが喋るなんて初めてだった。しかもきちんとした日本語だ。

そんな雄叫びを上げながら突進して来たタイラントはロケットを担いでいない方の腕で掴むと、壁に叩きつけた。

 

「ぐはっ‼︎」

 

そのまま何もせず…暫く玲奈の顔を逆撫でするようにジロジロ見てくるタイラント。機械の面を被っているから、どういう顔かは分からない。

それから一気に投げ飛ばし、担いでいるロケットを玲奈に向ける。

 

「くっ!」

 

玲奈は支柱の陰に隠れて、ロケットをやり過ごす。

しかし威力は凄まじく、支柱の陰にいても爆風で吹き飛ばされる。

そこを突いて、タイラントは玲奈の方に向かって跳躍する。

いつまでもやられる訳にもいかない玲奈は、粉々になった支柱の破片を掴んで横に転がって追撃を避ける。

 

「このっ…‼︎」

 

そこから玲奈は逆にタイラントに跨り、奴の首元にその破片を突き刺す。血がブシャッと飛び、苦しむタイラント。

更に顔を覆う金属のマスクに手をかける玲奈。

いい加減にこのムカつく野郎の顔に弾丸でも破片でも何でもいいから、ズタズタにしてやりたい気分だった。

そして、皮膚と軽く張り付いたマスクを無理矢理外した玲奈だったが、そこで玲奈の身体は硬直した。

 

「嘘……どうして…なんで……あなたが……」

 

玲奈の眼前に見える顔は…東京事件で死んだはずの竜也だった。

 

 

その光景を見ているディルク・ミラーは薄笑いを浮かべていた。

あのタイラントは竜馬の兄、竜也の細胞を使って再構築した生物兵器…。何故あるのかは置いておいて、奴は今玲奈のことだけを狙う殺戮マシーンになっている。

跨っていた玲奈を突き飛ばし、態勢を立て直す竜也。

その様子から見ても、玲奈は動揺を隠せていない。

このままやられれば……と思っていると、突然ディルク・ミラーの背中に鋭い痛みが走った。

 

「ぐはっ⁈な⁈」

 

振り向くと、背中にはナイフが突き刺さっており、その柄をしっかり握った竜馬も見えた。

ガタンと壁に体重を乗せて、息を荒くするディルク・ミラーは竜馬に叫ぶ。

 

「な、何をする‼︎」

「なあに。これも命令さ。アリエスは兄さんの細胞とお前の抹殺を命令した。それだけさ」

 

そう告げて、竜馬は一気に向かってくる。

ディルク・ミラーは抵抗することも出来ず、竜馬の毒牙に搔かれた。

 

 

お互いに距離を取る玲奈と竜也だが、玲奈の目は泳いでばかりであった。数年前…ヘリの下敷きになり、核ミサイルで肉片が残らないくらい粉々になったはず…。

なのに……どうして…。

そう考えていると、突然轟音が鳴り響いたと思えば、竜也の身体が吹き飛んだ。

 

「!竜馬…!」

 

散弾銃を持った竜馬が悠然とこちらに向かってくる。

 

「こいつが何なのか、知りたいだろ?」

「………」

「言わなくても分かるだろうが、こいつは俺の兄から出来てる。あの核が落とされる前に、細胞だけ盗んで生き抜いたクソ野郎がいてな…。だから今もあるのさ。何はともあれ…」

 

竜馬はもう一度散弾銃をぶっ放し、腹を抉る。

 

「何を…してるの?」

「俺の目的は変異した兄貴の細胞入手…。生きている必要はない」

 

そう言って、心臓に散弾を撃ち込もうとする。

その光景を見ていられない玲奈は…丸腰で竜馬を止めようとする。

 

「やめて‼︎彼は…‼︎」

 

だが…。

 

ダァン‼︎

 

「ごふっ…‼︎」

 

散弾が玲奈の腹を直撃し、距離を取らせる。

そして…床の上で蹲ったまま動かない竜也に銃口を向ける。

竜馬は無言のまま、散弾銃の引き金を引いた。

竜也の巨体に大穴が開き、絶命する。

 

「実の…兄を…殺して…何も感じないの⁈」

 

怒りを露わにした玲奈の問いに竜馬は冷めた目で答えた。

 

「別に…俺はお前が死のうが先に逝った兄や妹だろうが、何も感じない。むしろ……“死んだ方が嬉しい”かな…?」

 

微笑を浮かべた竜馬のこの発言に…玲奈の中で何かが切れた。

抉れた腹を抑えながら、玲奈はそれでも立ち上がり、竜馬に向かっていく。

 

「竜馬あああああああああああああああ‼︎‼︎」

「うるせえよ」

 

竜馬はまた散弾銃を向けたが、玲奈と竜馬の間に突然触手が走る。

 

「何⁈」

 

それは死んだはずの竜也の身体から出てきていた。

しかも…その触手は天井へとへばり付き、身体からも巨大な物体が飛び出て来る。

 

「…全く、ミラーめ…面倒なことをしやがって…」

 

竜也の身体は異常を遥かに超えていた。

下半身はもはや失い、上半身だけが異常なまでに活性化、腕は1番肥大化している。

 

「ここはもう持ちそうにねえな…。玲奈、今度は故郷で会おう。そこで決着をつけてやるから…覚えとけ」

 

竜馬はそれだけ言って、逃げるように通路を駆けていった。

 

「竜馬!くっ…」

 

完全変異を遂げた竜也は自慢の豪腕で天井を突き破り、地上に向かおうとする。玲奈にはそれを止められず、竜也はさっさと地上へと赴き、玲奈には大小様々な瓦礫が降り注ぐのであった。

 

 

海翔と紗枝が乗るヘリかも見える。

横転した列車…揺れる地面。そして、姿を現す完全体竜也。

大きな腕を振り上げ、背中から出ている触手を振り回す。しかも、触手の先端からは赤色の光線が出て、金属も岩石も何もかもを焼き切っていた。

 

「あれは…!」

「ここはBSAAの最新兵器を使うぞ‼︎」

 

ヘリに掛けられた特殊な形をした銃を持ってきて、構える。

これは電磁加速砲…通称『レールガン』である。

BSAAが生み出した最新兵器で、どんなBOWも殺せる優れ物だと研究員は豪語していた。

早速それを実践活用しようと海翔は思った。

 

「発射準備出来たら撃つぞ!紗枝、奴の気を引いてくれ‼︎」

「OK!」

 

紗枝はガトリングを竜也に浴びせる。

もちろん紗枝も海翔も今戦っているのが、竜也の細胞で作られた怪物だとは分かっていない。

構わず撃つのだが、それを止めようとする玲奈の姿があった。

 

「やめて…殺さないで……。彼は…竜也は……」

彼女は未だに未練が残っている竜也が死ぬところを…もう一度見たくなかったのだ。

必死に叫ぶが、掠れ声でヘリのローター音と銃声で掻き消される。

しかも玲奈自身も天井の崩壊に巻き込まれ、身体はボロボロだ。

まともな部位を探す方が大変な程、重傷だった。

 

「やめて…やめてえ…」

 

フラフラと歩き、巨大化した竜也に近付く玲奈。

それに気付いた海翔はすぐにレールガンを発射する準備を整える。

 

「撃つぞお‼︎頭を吹き飛ばしてやる‼︎」

 

海翔は引き金に指をかける。

竜也は触手を向けて、海翔たちを殺そうとする。

その前に…海翔が撃ったレールガンの弾が竜也の頭を貫いた。

意図も簡単に電磁砲は竜也の頭を吹き飛ばし、その先の地面にも着弾して爆発を起こした。

そんな光景を…玲奈は虚な目で見ていた。

竜也の身体が倒れると同時に…玲奈も崩れ落ちた。

 

「………」

 

愛していた人の死を2度見た玲奈の心は…もう崩壊していた。

そして…新たな心も芽生え始める。

復讐心だ。

 

「…さない」

「玲奈!良かった‼︎無事だった……」

 

ヘリから降りた紗枝と海翔が駆け寄ると、ブツブツと呟く玲奈に近寄り辛くなった。

 

「…玲奈?」

「絶対……殺してやる…!殺してやる‼︎殺してやる‼︎‼︎」

 

もはや狂気に飲まれていた。

暫くそんな風に壊れた玲奈を見ていた紗枝たちを横目に…玲奈はさっさとヘリに乗り込む。

玲奈の望みは1つだけだ。

竜馬の雇主を……竜馬を…確実に殺すことだ。




次章…IF STORY最終章‼︎


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IF Story Final Unlimited Battle
第51話 洋館


遂にIF Storyも完結!
最凶の敵との戦いが始まる!


一機のヘリが樹海の上空を突っ切って進んでいく…。

中には海翔が指揮する数名の隊員が乗っており、全員に緊張感が流れている。誰も緊張を和らげるための話…ストレッチ…一切しなかった。

それもそうだった。

今回、BSAAが入手した情報を元に辿ると、今までで最悪の敵との戦いになるからだ。

問題の場所に到着するまであと数分、海翔は今回のターゲットについて説明と作戦を開始する。実際…これが最初にまともに言葉を交わす瞬間だった。

 

「みんなの機器にも送ったように、この男…グレン・アリエス…を確保または殺害する。奴は裏の世界では武器商人として金を得ている。そんな野郎が…遂にBOWにも手を出した。必ずアリエスを止めるぞ‼︎」

「「「「「了解‼︎」」」」」

 

ヘリは間もなく樹海の中にある洋館に辿り着く。

ヘリの音に気付いたアリエスは…窓から景色を眺め、フッと笑みを溢すのだった。

 

 

 

着陸した海翔たちは3、3で分かれて、一階、二階と向かった。

中は不気味な程静かで誰がしたか分からないが、蝋燭の灯りがゆらゆらと揺れていた。

一階の隊員は一つ一つ…部屋を確認していくが、人っ子1人、誰も見つからない。アリエスが潜伏しているというのは嘘だったのだろうかと、思った時、暖炉から「うぅぅ…」と苦しみ、呻く声が聞こえた。

ライフルを構えて、ゆっくりと近付く隊員たち。

そして…暖炉の中をライトで照らした瞬間、何かが飛び出して1人の隊員に襲いかかった。

それは下半身のないアンデッドで、襲われた隊員の首を引き千切ると、まだ生きている隊員たちに白い目を向けた。

 

「に、逃げろ!一旦退くぞ‼︎」

 

そう叫んで、通路に戻ろうとした時…彼らの身体に異変が起きた。

とある場所を通過してから、暫く身体が硬直したかと思えば、上半身はバラバラと肉塊となって落ちていった。

実はそこの通路には見えないワイヤーが張り巡らせていたのだ。

襲ったアンデッドは笑いを浮かべる。

それを真正面から見詰めるアリエス。

また微笑を溢して、アリエスは何処かへと消えていく。

 

 

一方、海翔たち3人は二階である一室で1つのおもちゃの車に興味を惹かれていた。何故かというと、ベッドに置いてあるのだが…不意に動き出したからだ。横転していて、もちろんベッドの上では走り回らないが、タイヤだけがカラカラと空回りして、その音は部屋に小さく響いている。

1人の隊員が、ゆっくりとそのベッドに近付くと、おもちゃの車は動作をやめた。暫く呆然としていたら、突然、ベッドの下から腐った腕が伸びて隊員の足を掴んで、引き摺り込んだ。

 

「うわああああ!」

「くそっ!」

 

下を覗く海翔だが、既に遅く隊員はアンデッドに蝕まれていた。

しかも横にいたもう1人の隊員も襲われている。しかも…その片手にはさっきのおもちゃを動かしていたと見られるリモコンも…。

 

「まさかこいつ…俺たちの気を引くために…」

 

何にせよ、早く逃げなければ海翔も餌食だ。

海翔は手榴弾のピンを抜き、部屋に投げて扉を閉めた。

数秒後、扉を吹き飛ばしながらも部屋は吹っ飛び、海翔の足元には隊員の頭がゴロゴロと転がってきた。

 

「…すまない…」

 

とにかくここから逃げ出さなくてはと思い、すぐに玄関に向かう海翔だが、そこには最初は見る影も見せなかったアンデッドがウヨウヨいた。ライフルを構えて、一体一体殺していくが、これではキリがない。

もう一回二階に行き、目の前の窓から身を投げ出して洋館から脱出する。着地と同時に弾を再装填し、向かってくる奴らに向けようとしたが、銃口を誰かに掴まれる。

目の上にあるキズ、白い髪…そして何より…不適な笑み…。

 

「アリエス…!」

 

ライフルを掴まれてしまっては意味がない。

海翔はこの状態から膝蹴りをかまし、更に拳を突き出したがどちらも避けられて、ライフルを奪われる。しかもその際には弾倉も中に残った銃弾も抜かれて…。

 

「くそ…」

「ふん…」

 

海翔はナイフを抜き、相手の様子を伺う。

アリエスは奪ったライフルで勝負をかけてくるようだ。

海翔はどこでもいいからアリエスの身体の一部にナイフを突き刺し、その隙に腰にある拳銃でぶっ殺してやろうと考えていた。

が…海翔の想像通りにはいかず、ナイフは刺さるどころか擦りもしない。しかも、合間合間にライフルで腹を突いてきたり、攻撃にも隙がない。そして、アリエスは海翔の背後に回って、ライフルで喉を抑えつけると腰の拳銃を奪い、三発…海翔の背中に命中させた。

 

「ぐあっ‼︎」

 

防弾しているから傷はないが…それでも衝撃だけで身体は動かなくなる。ゴホッと口から血を吐き、痛みに耐える。

アリエスはその拳銃も捨てて、話を始める。

 

「私の仕事を邪魔しないでもらえるかな?BSAAのエリート、Mr 海翔?」

「うるせえ…っ‼︎クソ野郎が…!」

「もう完成している商品にキズを付けるのもやめてもらいたいね。そう…こいつらとかね…」

 

アリエスが指差すところには、金髪の女性と…明らかに人間ではない巨体を持った奴が現れた。その後ろには数多のアンデッドもいるのだが…アリエスたちには襲いもしない。

 

「これが私の商品だ。敵と…味方を区別出来る…究極のアンデッドが…ね」

 

アリエスはそのまま2人の元に行こうとした。

しかし、カチャ…と銃を構える音がして足を止めた。

海翔もその音に気付いて、振り向くと…そこには何と玲奈がいた。

 

「玲奈⁈どうやって……ここに⁈」

「……あんたね…漸く見つけたわ…」

 

海翔の質問を無視して、玲奈は拳銃を向けたまま、アリエスに歩み寄る。しかし、アリエスに焦りの顔は見えない。

 

「君が来るとはね…。“彼”も会いたいだろうね…」

「竜馬はどこ?答えないと、そのムカつく頭吹っ飛ばすわよ?」

「…そう言ってるよ?竜馬…」

 

アリエスがそう言った瞬間に、木々の間から黒いスーツを着た竜馬が飛び出してきて、玲奈の拳銃を弾いた。

 

「…!」

「ふっ…」

 

完全に虚を突かれた玲奈。そこに漬け込む竜馬はガラ空きになった腹に強烈な蹴りをかまして、吹っ飛ばす。

 

「あぐっ!」

 

立ち上がる玲奈だが、顎を蹴られ…腹に足を乗せられる始末。

 

「ぐっ……この…ぉ…!」

「相変わらず甘いな、玲奈」

「竜馬……お前…まさか…」

「感動の再会か…良いものだ。私も出来たら良かったのに…。さて…玲奈、君には来てもらうよ?」

「⁈」

「私の計画のフィナーレを飾るのは君だからね」

「ふざけないで‼︎誰があんたみたいな奴と…!」

 

ゴキっ‼︎

 

「ぐぅう⁈」

「言葉に気を付けな?さもないと、今度は首を折るぞ?」

 

竜馬の蹴りが肋骨に響き、二本程折れた。

 

「とにかくだ。早く行く……」

 

アリエスはそこで口を閉じる。

耳を澄ますと、数機の新たなヘリが向かって来る音が聞こえてきた。

溜め息がちにアリエスは海翔を見る。

 

「何もかもお前の思い通りになると思うなよ、アリエス…!」

「…仕方ない。竜馬、ここは退くとしよう…。まあ…君らが生き残ってるかは分からないがね…」

 

そう告げると、竜馬は玲奈の背中から足を退けた。

だが、玲奈はわらにもすがる思いで竜馬の足を掴んだ。

絶対に逃がさないと言いたげに…。

 

「ここまで来て……逃がさない…」

「うるせえな。さっさと失せろ」

 

今度は頬を蹴り、玲奈を突き放す竜馬。

そのままアリエスと竜馬、金髪の女と巨体の奴は霧の中に消えていった。

しかし、玲奈と海翔の前には数多のアンデッドが肉を求めて、ゆっくりと歩み寄ってくる。玲奈は肋骨を折られて、身体は起こせず、海翔も防弾越しに受けた銃弾で立つことも出来ない。

ヘリが来ても…その前にやられる可能性も出て来た。

そして…一体のアンデッドが玲奈に覆い被さる。

 

「くっ…この…!」

 

胴体を蹴って、距離を取る。

海翔も後退りでアンデッドと距離を取っていくが、アンデッドの追跡は止まらない。

ここまでかと思われた時、ヘリのローター音が大きくなって来た。

そして、眩しい光で辺りを照らし、上空から弾丸が飛んでくる。

アンデッドの頭部を狙うとか関係なしに撃っていき、最終的に洋館を半壊させたところで…ヘリからの攻撃は終了した。

海翔は拳を地面に叩きつけて、悔しくて…大きな声を上げるのだった。

 

「くっ……そおおおおおおおおおおおおおおお‼︎」

 

玲奈はそんな姿を、悲しそうに見詰めていた…。




ここまで長かったような短かったような…。


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第52話 新たなウィルス

洋館に残っていたアンデッドの死骸は全て、BSAA専属の大学に送られた。そこでは毎日のようにウィルスに関する研究がされ、研究者は個々のウィルスに対応する抗ウィルス剤を作るのに必死になっている。

…のだが、今回送られてきた死体から採取したウィルスに研究員は全員悩んでいた。

その内の1人が薺。

何故ここにいるかと言えば、テラセイブは絶島の事件で甚大な被害を負ってしまい、再興は不能となってしまったのだ。無職になってしまった薺を気遣って、海翔がこの大学に連れて来たのだ。

薺は見た目に反して、意外にも理系で、こういった実験は何度となくしたことがあった。

 

「どうした?…またこれか…」

 

薺に声をかけたのは同僚のアーロン。

いつもコーヒーの入ったマグカップを片手に彷徨いている。

服のシワも多いから、また徹夜したのだろう。

 

「そうよ…。グレン・アリエスが言っている『敵と味方を区別する』ウィルス…。何度見ても実験しても、その特効薬も分からないし、発症原因も分からない」

「発症原因なら、単に噛まれただけじゃないのか?」

「それが違うの」

 

薺はパソコンをアーロンに向ける。

そこには1匹のマウスがいて、注射器で件のウィルスを注入される。

しかし、何時間経っても発症どころかその兆候も見られない。

 

「何かおかしい…。まだ何か足りないんだわ。発症までの段階で…」

「それが分からなきゃ、永遠に特効薬は作れない…か…。全く…面倒なウィルスを作ってくれたな、アリエスって奴も」

「それでも私は見つけ出すわ。兄さんの期待に応えたいから」

「相変わらずの兄さん想いで」

 

ビクッと身体を震わせて、「違う‼︎」と叫んだ時にはアーロンは薺の後ろにはいなかった。

 

 

アーロンはコーヒーを飲みながら、廊下を歩いていると、天井のダクトが外されているのに気付いた。ネズミか何かかなとも思ったが、それにしては外され方が乱暴だった。

注視していたら、不意に後ろから誰かがアーロンの首を掴んで地面に伏せた。アーロンの手からはマグカップが落ち、コーヒーが地面に広がる。

最後にアーロンの目に入ったのは片目が潰れた…金髪の女の姿だった。

 

 

ふと、薺は何かに気付いたのかウィルスの一部をズームする。

 

「これは……」

 

特徴的な長い因子…間違いなかった。

これはロス・イルミナドスの寄生体が持つ分子構造と同じだった。

だが、何故一部分だけ…。

そう考えていると、突然大学内にアラームが鳴り、赤いランプが点滅。

更には窓が分厚い鉄板で塞がれて、暗くなる。

そして…緑色のガスが構内に入ってくる。

 

「何⁈」

 

とにかくあの緑色のガスは絶対に良くないものだと直感した薺は、すぐに大学内の換気システムをオンにする。緑色のガスは今も地面を伝って充満しようとするが、薺の好判断で今いるこの教室だけはすぐにガスが無くなった。

 

「はあ…全く、何なのよ…」

 

溜め息を吐いて、教室の外に出る。

すると、クチャクチャと何とも嫌な音が廊下に小さく木霊していた。

そっちをよく見ると、誰かが倒れた研究員にのしかかっているように見える。

 

「ちょっと…何してるの⁈」

 

薺がのしかかっている男の肩を掴んで、自分の方に振り向かせると…血の臭いがプゥンと鼻を突いた。

 

「あ……」

 

薺の眼前には…さっきまで肉を貪っていたアーロンの哀れもない姿があった。

そして…アンデッドと化したアーロンは、生きた肉体を見つけると…口を開けて薺に襲いかかった。

 

「きゃ…!」

 

薺の両肩を掴み、薺に覆い被さるアーロンは…歯をカチカチ鳴らして、その喉元に噛みつこうとする。

必死に抵抗する薺は、胸ポケットからボールペンを取り出して、アーロンの額に突き刺した。それから腹を蹴って距離を取るが、アーロンも変則的な走りを見せて、薺の足に掴みかかる。

このままでは食われる、だが…同僚を殺すことに躊躇いを持ってしまう薺…。

既に手には置いてあった消火器を持っているが、振り下ろすことが中々出来ない。

 

「…アーロン、ごめん…‼︎」

 

一撃…アーロンの頭蓋骨を砕いた。

ピュッと血が飛び、薺の白衣を朱に染める。

アーロンを殺し、薺は脱力したのか、地面にゆっくりと崩れていった。

 

「どうしてここで…」

 

考える暇もなく、更なる悲鳴が構内に響く。

薺は消火器を捨てて、さっきの教室に身を隠す。

まず携帯で兄の海翔に連絡を取ろうとしたが、窓を塞いでいる鉄板の影響か圏外になっている。しかも固定電話も使えない。

それに薺は今、拳銃を持っていない。

一体だけなら良いのだが、何体も同時に襲ってきたら、もうどうしようもない。

 

「落ち着け……落ち着くのよ、私…」

 

そう呟き、机のペットボトルのミネラルウォーターを一気に飲み干す。

机の下に隠れながら、警戒しながら周囲を確認しようと頭を出した瞬間、腐った腕が伸びてきて薺の服に掴みかかった。

 

「やめて!」

 

『やめて』と言って、大人しくやめてくれたら如何に良いことか。

アンデッドは薺を力任せに机から引き摺り出し、机の上に叩きつける。

 

「あぐっ!」

 

血だらけの口が開き、薺に襲いかかる。

だが、その歯が薺の肌に食い込む前にアンデッドの頭が吹き飛び、顔に血がベットリと付いた。

目にも血が入り、ちょっと視界がボヤけるが、明らかに部屋の外には海翔を中心にしたBSAAの部隊がいた。もう一体アンデッドいたが、即座に頭を撃ち抜かれる。

 

「大丈夫か?言ったろ?今度は助けるってな」

「…またちょっと遅い気がするけどね…」

 

薺は泣き顔になりながらも、親指を上げてガッツポーズを作るのだった。

 

 

ウィルスに感染してないことを確認した薺はすぐに自宅に帰宅した。

帰宅と言っても、既に時間は深夜2時。

レナはすっかり寝息を立てている。シャワーを浴びて、風呂を出た時には海翔は家に戻って来ていた。

 

「はあ…散々な目に合った…」

「そうだろうな…。BSAA専属の研究所襲撃なんて…」

「でも襲われる前に分かったこともあるわ」

「何だそれは?」

 

濡れた髪を拭きながら、薺は説明する。

 

「例のウィルスにはロス・イルミナドスの寄生虫に似た構造を持った因子があった。敵味方の区別はそれが原因だと思うの」

「なるほどな…。それなら…奴らについてよく知っている奴に会うのが1番かもな」

「…玲奈のこと?」

「ああ…。今回のウィルスを特効薬を作るのも肝心だが、玲奈についても…どうにかしなきゃならんからな」

「…?」

 

海翔の言っている意味が薺には分からないが、とにかく明日は玲奈と会うことは確定だ。

そうやって話していると、目を擦りながらレナがリビングに入って来た。どうやら起こしてしまったようだ。

 

「あ…起こしちゃった?」

「パパ……ママ……また、どっか行っちゃうの?」

「…少しだけよ。すぐ戻ってくるわ」

「そうだぞ、レナ。安心しろ」

「さあ、寝ましょう」

 

薺はレナを連れて寝室に行き、一緒にベッドに入る。

頭を撫でて、寝かせようとするとレナがこう言った。

 

「もう……1人は…や、だ……」

 

これだけ言って、レナは眠りに就いた。

胸に突き刺さる言葉を言って寝てしまったレナに薺は、優しい眼差しを向けてこう言うのだった。

 

「私もよ、レナ…。おやすみ」

 

薺も一緒のベッドで目を閉じる薺。

大切なこの子を守るために…薺はまだ戦う…。



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第53話 価値観の違い

久しぶりです。
約2週間以上?は放置してたかな?
執筆してなかった理由は色々とありますが…ともかく、かなり遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。


海翔の運転で薺は1つの店にやって来ていた。

小さな店で中には酒をぐいっと飲む玲奈の姿があった。

あんな風に昼間から酒に溺れる玲奈を見たのは、海翔を始め、誰一人としていないだろう。

扉を開けると同時にカランカランと鐘が鳴り、その音に反応して海翔たちの方に振り向く。

気品に満ちた顔はそのままだが、目はダラリとし、頬は酔っ払っているからか、ほんのり赤く染まっている。

 

「…何しに来たのよ…。折角上手い酒を飲んでいるのに…」

 

そう言って、玲奈がグラスに新たな酒を汲もうとしたところを海翔が止めた。

 

「そんなんに飲んだら身体に悪いだろ?」

「関係ないでしょ?あなたには…」

 

いつもの玲奈らしくない…海翔と薺はそう思った。

 

「今日来た理由を聞いてから…その台詞は言って欲しいな」

「何?」

「ロス・イルミナドスについて…玲奈に聞きに来たんだ」

 

そう言った途端、玲奈の身体はピクッと動き、表情も硬くなる。

すると、ワナワナと身体を震えさせて玲奈は海翔に怒りの目を向ける。

 

「それ……私を悲しませるために聞いてる?あの時のことを……思い出させようとして聴いてる⁈」

 

玲奈の怒りはグラスにピキッとヒビが入る程だった。

海翔は臆することなく、淡々と述べる。

 

「違う。あいつらの寄生虫の特徴について聞きたいだけだ。お前を悲しませるつもりは微塵もない。まあ、実際知りたいのは薺だけどな」

「……もっと詳しく聞ける人物がいるじゃない?」

 

玲奈はそう呟く。

誰かは……言うまでもない。

 

「聞きたくたって…こっちにいないんだからお前に聞くしかないだろ?」

 

少し苛ついた口調で答える海翔。

玲奈は黙ったまま、暫く顔をうな垂れていたが、すると微かに笑いを零しながら話し始めた。

 

「…どうしたの?」

「どうしたもこうもないわよ…薺。私の人生何?目覚めた時から、戦って傷付いて、戦って傷付いて……これの繰り返し。嫌になるよ…」

「…もう、戦わないのか?アリエスと竜馬には…」

 

そう聞くと、玲奈は海翔の手から酒瓶を奪い取り、そのままゴクゴクと飲み干す。

 

「戦うわよ…。だけど、私のゴールは竜馬を殺すこと。海翔や…薺に協力するつもりはない」

「何言ってやがる…」

 

海翔はバンと机を両手で叩き、玲奈を睨む。

 

「アリエスは敵と味方を区別するウィルスを作った。それが今大都会で放たれてみろ!みんな…アンデッドになって、あの地獄の東京が舞い戻って来るんだぞ!アリエスを確保して、竜馬を元に戻せば…それで俺たちの目的は達成される!」

「あなたの目的と私の目的は違う!関係ないわ‼︎」

「テメエ…‼︎」

 

海翔が手を上げそうになった瞬間、横で見ていた薺も耐え切れず、机を叩いて2人のイザコザを止める。

 

「いい加減にして‼︎2人とも!おもちゃを取り合う子供みたいにギャアギャア騒いで!」

 

薺は玲奈に近付き…。

 

「玲奈、あなたは少しその考えを直して。どうせ本音じゃないことくらい分かるし」

「………」

「それに兄さんは言い過ぎ。もう少し玲奈のことを考えてあげて」

「悪い…」

 

それだけ海翔が言うと、玲奈は立ち上がってトイレの方に向かっていった。薺は溜め息を吐き、こう呟いた。

 

「相変わらず…何年経っても素直になれないよね、玲奈は…」

 

 

トイレで顔を洗って、自らの顔を鏡で見る玲奈。

 

「…なんて酷い顔…」

 

はっきり言って、海翔も薺も言っていることは正しいと認識していた。だけど、竜馬が関わってくると、最近の玲奈は自らの気持ちを抑えることがどうにも出来なかった。

切なく、締め付ける胸の痛みを…。

だから、1人になりたい。1人でこんl問題は解決したい…そう思ったから、彼らを怒らせ、離れさせるような発言をしてしまう。

 

「少し反省しなくちゃ…」

 

そう思いながら、トイレから出ようとした時、足元が濡れているせいか足を滑らせて尻餅を着く。

 

「あたっ!何よ…」

 

ゆっくり周囲を見ると、それは赤い液体だった。

固まりきっていない…人間の血液…。

もう一度周囲を見回すと、1つの個室から大漁の血液が床を伝って流れていた。

心臓を激しく鼓動させながら、個室の扉をゆっくりと開けると、そこには喉を掻っ切られ、無惨な死体となっている従業員の姿があった。

その死体に釘付けになった瞬間だった。

背後から何者かに首を締められ、床に倒された。

玲奈は負けじと後頭部で相手を頭突きし、相手が回している腕を掴んで背負い投げする。

すると視界には黒い服を着て、金髪の女性がいた。

 

「あなた…アリエスと一緒にいた…」

 

女性は一言も発することなく、玲奈に拳を突きつけてこようとする。

酔っているとはいえ、玲奈は軽々と避け、逆に彼女の顎にアッパーを食らわせた。

 

「っ…!」

 

その時、彼女の髪が激しく揺れて、顔全体が露わになった。

なんと…片目が黒く陥没していたのだ。

 

「あなた!その目…!」

「…これが私の受けた痛みよ…」

 

女性は髪を直し、今度は玲奈の腹を蹴り、もう一度は背後に回って首を締め上げた。その際に片腕で玲奈の両手を拘束して、何も出来ないようにまでした。

声を上げようにも、ただの女性とは思えない力で締め上げられ、玲奈の四肢が徐々に痙攣し、力が抜けていく。

 

「あっ……がっ…」

 

意識を失う直前、玲奈はこう思った。

酒をあそこまで飲まなきゃ良かった…と。

 

 

「玲奈遅いなあ…」

 

薺はそう呟いて、欠伸をした。

海翔も退屈そうにしていると、またカランカランと店の扉に付いている鐘が鳴った。

入って来たのは紗枝と見知らぬ男だ。

 

「海翔、捕まえたわ。アリエスにウィルスを売っていた闇商売の男」

「こいつか…」

 

今すぐ顔面に拳を打ち込んで、アリエスの居場所を知らないかと聞こうと思ったが、その前に男が泣きそうな声でこう言ってきた。

 

「助けてくれ!アリエスに…奴らに命を狙われてるんだ‼︎」

 

あまりの怯えに海翔も紗枝も戸惑いを隠せない。

 

「分かった。分かったから、落ち着けって…」

 

すると、突然店の前に黒い大きな車が数台止まる。

それを見た男は顔面を蒼白にして、紗枝の腕を振り解いて、店の外に逃げ出した。

 

「マズい‼︎戻れ!出たら…」

 

海翔の警告も虚しく、荷台から降りて来た黒服の戦闘員に身体中を貫かれて死亡する。

更に荷台からは、あの洋館にいた巨大なアンデッドを従えて…店に何千発と銃弾が飛び交った。しかもあのアンデッドが持っているのは普通のミニガン以上に大きなミニガンで、木製の柱は悉く貫通する。

 

「こっちだ!店の奥に…!」

 

3人は奥のコンクリートの裏に隠れて銃弾の雨をやり過ごそうとする。

しかし、逃げる際に紗枝は足を撃ち抜かれてしまい、逃げ場には血の海が広がっていく。

 

「くそっ!何もここまでしなくても…⁈」

 

その時、銃を乱射しまくる奴らの後ろに金髪の女性が現れ、その傍らにはぐったりした焦げ茶の髪の女性が抱えられていた。

 

「玲奈‼︎」

 

銃声が木霊する中、叫んではみたがやはり反応はない。

金髪の女性は無線機で報告を済ませる。

 

「目標ターゲットは無力化。玲奈の捕獲に成功。今から帰還する」

 

そう告げると、女性は海翔たちに不敵な笑みを浮かべながら一瞥し、全員が車に乗ってから、店の前から発進する。

海翔もすぐに店を出て、奴らの車の1台くらいは足止めしようと銃を構えたが、その時には車は角に入って視界から消えていた。




今年もどうぞよろしくお願いします


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第54話 受けた痛み

お待たせしました。



「くそっ‼︎」

「相変わらず…手を打つのが早いわね。一流企業の社長と来たら…」

「ああ、そうだな……って、今のどういうことだ?」

 

紗枝の発言の真意を改めて聞く海翔。紗枝はスマホを取り出して、1つのホームページを見せた。

 

「国際指名手配されている割には…大胆な奴よ」

 

そこには1つに企業の社長として、海翔たち国民にメッセージを送るあのアリエスがあった。

 

「全国的に有名なミネラルウォーターの販売会社か…。それなら資金もたんまりだろうな」

「待って!兄さん、アリエスの会社はミネラルウォーターを販売してるの?」

「これを見る限りな。どうした?」

「…もしかして……」

 

薺は1人で勝手に言って、すぐに車に戻っていった。

2人が訝しげに薺を見ていると、薺は戻って来て、歓喜の声を上げた。

 

「ウィルスの発生源が分かったわ‼︎」

 

 

パッと眩しい明かりが玲奈の目を突き抜けた。

あまりの眩しさに目を覚ますと同時に天井を直視出来ない。

それで横を向けると、手術をする服を着た男と眉毛に傷がある男…アリエスが立っていた。アリエスはその傷を撫でていた。

 

「…眩しいわよ」

「それは失礼。君には私の復讐の1つの材料として、ウィルスを打ち込まなくてはいけなくてね」

 

ウィルスという単語に玲奈の身体が鋭敏に反応する。

落ち着いていた心臓は早急になり、息も少し荒くなる。

 

「ウィルス…って…」

「私が開発したウィルス…通称JA(ジャパン・アニマリティ)-ウィルスだ。体内に潜伏させて、トリガーを使って感染させるまた新たなウィルス…」

「あなたは…どうしてこんなことをするの?私が憎いの?」

「君は……憎いかと聞かれたら、別に…だな。憎いのは…この国そのものだ」

 

そう言うと、眩しかった明かりが消え、側面にスクリーンが流れる。

そこには1つの写真があった。

 

「…嘘……」

「あれが…私を裏切った女…美奈だ」

 

白い髪に赤い瞳…だが、それ以外は玲奈と瓜二つの女性が紳士服のアリエスの横に笑みを浮かべて座っている。

アリエスはそれを見ると、再び自然と眉毛の傷に手を伸ばし、彼が受けた痛みを思い起こした。

 

ー5年前ー

アリエスは幸せの絶頂だった。愛する人もでき、順風満帆ば生活を送っていた。

だが、それは突如として消え去った。

自身が結婚した女性…森田美奈はアンブレラ総裁の双子の娘の片割れだと知り、自らの仕事の妨害に来たと知ったのだ。

それが分かり、アリエスはいつも以上に焦りを募らせながら、自宅に戻った。

そこには、白い髪に真っ赤な血をべっとり付けた美奈が薄笑いを浮かべて立っていた。傍らには…叔父とその娘の死体を添えて…。

 

「み、美奈…」

「あら?帰ってきたの?あ・な・た♪先客は殺しておいたわ」

 

そう言いながら美奈は右手に握る包丁を軽く振る。

 

「私が結婚したのはアンブレラの不利にならないようにするため…。愛なんか微塵もないわ。だから……」

 

美奈は包丁の柄でアリエスの喉元を突き、アリエスを気絶させた。

 

「安心して。もうじきこの家は吹き飛ぶ。そうしたらあなたも彼らの後を追えるわ。それなら寂しくないでしょ?」

 

悪魔の笑みを浮かべ、美奈は自宅から消えた。

そう数分後…アリエスの家は爆撃され、自宅は跡形もなく吹っ飛んだ。

 

ー現在ー

「美奈の襲撃で私は大切なものをたくさん失ったが、運が良いのか悪いのか、爆撃から私はどうにか生き残った。それから私は美奈に対して復讐をする機会を狙っていたが…巨大なアンブレラという組織を崩壊させるのは無理だと分かった。そこで…アンブレラだけでなく…美奈という悪魔を作り出した『日本』というものを壊してやろうと思った。その材料が…君と竜馬だ」

「私はともかく…竜馬は関係ないっ……っ⁈」

 

玲奈が話しているのを無視して、アリエスは注射器を持ち出して、首に無理矢理突き刺した。

痛さで苦痛に悶える玲奈にアリエスは解説する。

 

「これはそのJA-ウィルス…。君の体内にあるJ-ウィルスと作用させて……最強の兵器を作り上げる。言っている意味が分かるかい?そう…君自身が兵器になるんだよ」

「くっ…クズ野郎が…!」

「まあ時間はある。元々人間ではないが、別れを惜しむといい…。自らの肉体と…。J-ウィルスとJA-ウィルスの副作用は分かっているからね」

 

そう言って、アリエスは部屋から出て行き、部屋には玲奈と男二人だけになった。

だが、玲奈が腕に力を込めると、拘束具はピキッと僅かにヒビが入った。

何故ここまで力が溢れ出るのか…玲奈には分からなかったが、すぐに拘束具を無理矢理に引き千切り、男に襲いかかった。突然の奇襲に驚いた男は成す術もなく、地面に倒された。

 

「服だけは返してもらうわよ。この身体がどうなったとしても…」

 

玲奈は進む。

この先、どんな結末を迎えたとしても…。

 

 

アリエスの本社がこの日本にあると知った海翔は、アリエスの次の狙いが個人ではなく、この日本という国そのものなのではと予想した。

そうでなければ…日本中の水道水や販売されているミネラルウォーターにウィルスを潜伏させるはずがない。

奴の狙いが分かっても、対処するのはとても厳しい。

何故なら、下手に動けばアリエスはウィルスを活性化させるトリガーを引きかねない。住民の避難も困難だ。

ならば…。

 

「俺たちが早く奴を止めるしかない。本部からの仕入れはあるか?紗枝」

「あまり良いものではないけど、あるだけマシよ」

 

目の前のオスプレイに積まれているのはハンビーとバイク…それにいつもの装備だけ…。

恐らく本部も状況理解がそこまで進んでないと海翔は見えた。

 

「他の隊員も私を含めて四人しかいない。これで迎え撃つしかないわ」

「そうだな…。よし、俺と紗枝はすぐにアリエスの本社に乗り込む。他の三名はウィルス活性のトリガーを止めるんだ。憶測でしかないが。奴らは何かしらの動きをするはずだ。一瞬も目を離すな‼」

「「「了解‼」」」

 

海翔の合図を始めにそれぞれ動き出す。

海翔はもう止まる気はない。アリエスを、止めるまでは。

 

 

その頃、片目がない女、名をマリア、は自らの父親の前に立って、お互いに手を握っていた。

あの時…マリアは右目を突かれ、腹部を二度刺されただけだったが、父親のディエゴは何度も何度も刺され、切られ…見るも無残な姿となってしまった。

そんな彼らをアリエスは死の淵から救ってくれた。

二人とも…昔みたいな姿ではないが、それでも構わない。

美奈を…彼女を擁護する日本を潰すという目的だけが、アリエスだけでなく、二人を突き動かしている。

 

「もうすぐよ、ファーザー。もうすぐ…終わる」

 

彼女はそう呟いて、ディエゴの手を放す。

言葉を出せず、ただ悲壮な目を向けるディエゴ。

愛する娘が遠ざかっていくのを眺めるだけのディエゴは再び眠りにつく。

最後の仕事をやり遂げるために…。




約一か月ぶりです。
ガチでスランプでした。こっからペースを取り戻していきたいです。


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第55話 引き金(トリガー)

埼玉県の県庁所在地…さいたま市のとある道路で自動車のクラクションが一斉に鳴り出した。原因は信号が赤にも関わらず、目前のタンクローリーが全く動こうとしなかったからだ。

 

「おい‼︎何突っ立ってんだ‼︎」

 

怒りを露わにして、自動車から降りてくる者もいた。

それでもタンクローリーからは誰も降りて来ない。その代わりタンクの蓋が開き、中から黄緑色のガスが漏れてきた。

驚いたり、事故かと思い、そのガスから逃げずにスマホで撮影したり、茫然とする人たちがいた。

それが仇となった。一瞬でガスの成分が体内のJA-ウィルスが反応し、身体に異常を来たす。言うことを聞かない身体は一気に強張り、口や鼻から出血する。そして最終的には…アリエスの駒の一体のアンデッドとなり、街中を走っていくのだった。

 

 

「何⁈大量の感染者が首都埼玉に⁈とうとう始めやがったな‼︎」

 

ハンビーに乗る海翔は叫び、更にアクセルを強く踏む。

と、ここでオスプレイに乗っている隊員から連絡が入った。

 

『市内の各地で黄緑色の謎のガスが漏れているタンクローリーがあると報告』

「それがトリガーだ!オスプレイで上空から破壊しろ!俺と紗枝も向かう‼︎」

 

海翔はそう言って、ハンビーを左折させる。紗枝も続き、先導する。

すぐにその件のタンクローリーを見つけた紗枝は横を通ると同時に手榴弾をその下に投げ入れた。

手榴弾は爆破し、真上のタンクローリーもガソリンに引火してタンクだけを激しく炎上させた。

異変に気付いた戦闘員が車から降りて、去りゆくバイクに銃口を向けたが、発砲する前に海翔によってその胸を銃弾で貫かれてしまう。

 

「これで1つは止めたわね」

「あと何車あるか分からないからな。急ごう!」

 

またハンビー、バイクに乗って、タンクローリーを探そうと思ったが、その前にローリーの横に駐車されたトラックから1度、激しい物音が響いた。

発車寸前で海翔と紗枝はそのトラックを凝視した。

 

「…見てみた方が…いいかしら?」

「そうだな…」

 

海翔は再びハンビーから降りて、トラックの荷台の取手に手をかけた。

そして、開けようと力を込めた瞬間…バンと音を立てて、血だらけの猛獣が3匹飛び出してきた。

2匹は海翔の真上を跳び、1匹は海翔にぶつかって押し倒し、血塗れの犬歯をその頭に食らいつこうと見せつけた。

そのまま行けば海翔は顔の肉を抉られ、骨まで見えるところだったろう。だが、紗枝の反応が良かったのか、それともまぐれか…最初の1発を猛獣の目を撃ち抜いたことで海翔は難を逃れた。

 

「さ、サンキュー!紗枝!」

「その台詞はまだ早いわよ…」

 

その通りだ。

まだ血と肉に飢えた猛獣は2匹もいる。しかも、2匹は徐々にその足を紗枝と海翔に進めている。ここで2人とも足止めをされる訳にはいかない。

 

「どうする?」

「私が相手をするわ。海翔はアリエスのところに行きなさい」

「このワンコ2匹を同時に相手するのか?」

「それくらい…今まで何度でもあったでしょ?さあ!行くわよ‼︎」

 

紗枝はわざとバイクのエンジン音を大きく奏でて、猛獣たちを誘う。

そして勢いよく発車すると、2匹とも音につられて海翔の前から消える。

 

「……クソ、アリエスめ…」

 

海翔はそう呟いてからハンビーに乗り、急ぐのだった。

 

 

ビルが立ち並ぶ道路から紗枝は高速道路に出たが、しつこく猛獣は追ってくる。ウィルスで強化されたと言えども、時速60kmを出すバイクと互角の速さを出すとは紗枝も思わなかった。

その速度のまま、紗枝のバイクにぴったりとついてくる。

そしてバイクの側端に体当たりして、バイクのバランスを崩そうとする。更に連携を取って、紗枝の左後ろから飛びついて来たが、紗枝は頭を下げて避ける。

車の側端と軽く火花を散らしながらも、紗枝は腰から拳銃を取って、数発撃つ。

猛獣は高速で動きながらも華麗に銃弾を避けて、紗枝と一旦距離を取ろうとしたが、足を狙い撃ちにして転倒させる。

転がった先は通行する自動車があり、それらに轢かれて絶命する。

もう一体を視認しようと思った時、腕のプロテクターに鈍い痛みが走った。

 

「っ⁈」

 

よく見ると、バイクの後ろに足を乗せて右腕に歯を食い込ませた猛獣が目に入った。プロテクターのお陰で猛獣の牙は肌には食い込んでいないが、ウィルスで強化された猛獣の力は計り知れない。

どうするべきかと考えてるうちにも噛力は増し、骨を軋ませるような痛みが腕全体に広がっていく。

 

「くっ…!…あっ‼︎」

 

そのせいでバイクは横転する。

とてつもない衝撃が紗枝の身体を襲い、地面を転がる。

走行する自動車も紗枝とバイクを避けて、端を走ろうとするが、速度が出やすい道路ではそれらも横転するのがオチだった。

紗枝は出血する頭部を抑えて立ち上がる。

猛獣は横転した影響で頭部の半分を失っていたが、脳が完璧に損失してないのか、再び立ち上がって向かってくる。

銃を落としてしまった紗枝は一か八かで、猛獣の首を掴んでへし折ろうと態勢を作ろうとする……が、1秒と経たないうちに意識が遠くなっていく。打ち所が悪かったのだろう。

まずいと心の中で思いつつ、迫りくる猛獣を見ていると、後方から走ってきたバイクが猛獣を轢き、動き出す前に1発、頭部を撃ち抜いた。

 

「紗枝さん‼︎」

 

バイクに乗っていたのは薺だった。

紗枝は軽く笑みを浮かべてから、膝を崩したのだった。

 

 

アリエスが社長を務める会社にたった一人で侵入した海翔は迷路みたいな通路をずっと走り続けていた。

そしてその様子を監視カメラで見詰めるアリエス。

 

「…流石…と言ったところか。さて…」

 

アリエスはマイクをオンにして、海翔に話しかける。

 

『やあ、海翔、また会えたね』

 

そう言うと、即座に海翔は監視カメラを撃って壊す。それでもマイクだけは消えない。

 

『玲奈にウィルスを投与した。あと40分もすれば、彼女は究極のBOWになる。そうなれば…世界中のどの兵器でも殺すことは不可能になる。その前に…彼女を助け出すことだな』

「くそ野郎が…!」

『私は世界を変える。いつだってそうだ。権力者が金で核で…何かしらの手で世界を思うがままに変えてきた。今度それを実行するのは、この私だ。ウィルスという新たな力を使ってね…』

 

アリエスの話を無視して、ひたすらに進んでいると、前方にアンデッドの大群が現れた。邪魔だと思いながらも、ライフルを構えて一体一体、頭部を確実に撃ち抜きながら前へと進んでいく。

どこか…アリエスがいると思われる場所へと進むが、退路をアンデッドが阻む。

相変わらず、腐臭と血の臭いを垂らす奴らだが、集団で襲いかかってくれば強くなる。一体のアンデッドが銃口を掴んで来たが、銃剣で腕を切って離させて、頸動脈を切る。

足を掴んで動きを制限しようとする奴もいたが、そいつは銃尻で頭部を叩き割り、銃剣で前方のアンデッドの目に突き刺す。

弾が切れたため、ライフルは刺したままにしておき、腰から拳銃を取って、反時計周りにアンデッドを片付けていく。

それでもまだいる。

鬱陶しいと思いながらも拳銃を向けたが、引き金を引く前にそいつら全てが頭から血を噴き出して倒れた。

何が起きたかと言えば、アンデッドの後ろから銃弾が撃ち込まれたのだ。アンデッドの死体の先には、頬に血を垂らした玲奈が冷めた目を向けて立っていた。

 

「玲奈、遅くなってすまない」

「大丈夫よ。それより…早く私をどうにかしないとまずいんでしょ?」

「…打たれたのか?」

 

玲奈は無言で頷いた。

 

「急ごう、アリエスを見つけて特効薬を吐かせ…」

 

玲奈は手を挙げて、海翔の発言を止める。

ピンポンとエレベーターから音が鳴り、そこからまた無数のアンデッドが姿を見せる。

 

「くそ、いつまでも相手にしてられねえぞ!」

「私がやるわ。…“彼”も…」

 

十数体…アンデッドが降りた後に、その“彼”も降りてきた。

そいつを見て、海翔は察した。

 

「先に行って!早く‼︎」

 

海翔はもう一度、“彼”を見て、刺さったままのライフルを取って駆け抜けていった。

残った玲奈はこう呟いて、拳銃に新たな弾を装填した。

 

「決着をつけましょう。竜馬」

 

竜馬は不気味な微笑を浮かべた。

 

「竜馬、あなたは…ここで止める」




次回、玲奈VS竜馬。


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第56話 取り戻すために

玲奈と竜馬は距離を空けて、お互いに相手の動き、表情を観察していた。どちらが先に仕掛けてくるか…逃げるか…などを。

ところが竜馬はクスッと笑って、玲奈に問う。

 

「決着?今まで先延ばしにしてきたくせに今更か?そんな甘えん坊だから、世界を救えない……」

 

話してる最中にも関わらず、玲奈は竜馬の間合いに入り、彼の頬に渾身の拳をぶつけた。顔がひしゃげ、苦痛の表情をした竜馬はいきなりの奇襲を予測出来てなく、地面に膝を着いた。

 

「…ぺっ」

 

口に一瞬で溜まった血を吐き、玲奈を睨む。

玲奈は拳を降ろし、口を開いた。

 

「ええ、全くその通りね。躊躇わずに…あのマルハワ学園の時に殺しておけば…今のような事態を引き起こすことはなかった」

 

そう言って、玲奈は腰の拳銃にゆっくりと手を伸ばす。

 

「だから…これからあなたを殺すことはその罪滅ぼし。死んでいった人たちに向けての…ね!」

 

構えた銃からは弾丸が発射されたが、それは見事に外れる。

竜馬は玲奈の腕を取り、そのまま捻り上げるようにして、玲奈の身体を背中から叩きつけて、拳銃を落とす。

竜馬も拳銃を取るが、それは玲奈の信じられない握力で銃口を砕かれた。竜馬も驚いた表情をする。

 

「お前…まさかJA-ウィルスの力を…」

「それは分からないわ。いつまでこの身体が持つかなんて‼︎」

 

そして強烈なアッパーを竜馬の顎にぶつける。

蹌踉めき、隙を見せてしまった竜馬に玲奈は容赦なく襲いかかる。

これには先程も言ってた通り、侵食するJA-ウィルスがいつ玲奈の身体に変調を来させるか分からないからだった。

今の竜馬は昔より遥かに強い。

ウィルスか…はたまた無茶苦茶なトレーニングをしたかは不明だが、明らかに力を増している。下手をすれば、玲奈が殺られる可能性だってある。

 

「はあっ‼︎」

 

更にもう1発、拳を腹に突いた。

竜馬の口から更なる血が溢れ出る。

それを見た時…。

 

「!」

 

フラッシュバックが起きた。

ハイブで…苦しむ竜也の光景が、脳裏に過った。

そのせいか一瞬、玲奈は竜馬に隙を見せてしまった。

竜馬の蹴りが玲奈の胸…肺と心臓を直撃したのだ。

 

「ごはっ…‼︎」

 

長い通路を転がる玲奈。摩擦で漸く止まっても、玲奈は暫く起きることが出来なかった。

 

「今…何を思い詰めていた?」

 

竜馬の質問に玲奈は答えない。いや…答えたところで意味がないと思っているからだ。

 

「…えほっ、うる…さい‼︎」

 

玲奈が見る地面には赤い血がべっとりと付着していた。

自身が今吐いた血だ。

 

「…もう俺を殺すことに戸惑いが出来たか?」

「うるさい‼︎」

 

ヒステリックに叫ぶと、竜馬の足が今度は顎を捉えた。

 

「がっ…」

 

身体が宙に浮き、そのまま首を掴んで壁に押し付けた。

 

「あがっ……」

「弱いな。仲間には…」

 

キッと睨んで、玲奈は壁に足を付けて、竜馬の腕を蹴って拘束から抜け出す。竜馬は腕を軽く振って、鈍い痛みを取る。

その間に玲奈は後ろのエレベーターを呼んで、中に入った。

もちろん竜馬も。

 

「…どういうつもりだ?」

「狭い方がやりやすいわ。あなたもそうでしょ?」

「そうだな…」

 

そう言うと、お互いに殴り合いを始める。

技も技術もへったくれもない、ただの殴り合いだ。

お互いにお互いを殺したい…それだけがここの空気を支配していた。

だが、エレベーターが屋上に着く直前で、玲奈の身体に異変が起きる。

足に力が入らなくなったのだ。

原因は簡単…JA-ウィルスの副作用だ。

その事に気付いた竜馬は勝ったも同然と言わせる笑みを浮かべて、玲奈の髪の毛を乱暴に掴むと、壁に思いっきりぶつけた。

 

「あっ‼︎」

 

そこからも髪から手を離すことなく、蹴り、殴りを続け、互角の戦いは一変して、一方的なものになってしまった。

そして、エレベーターの扉が開いたと同時に、腹に蹴りを入れて吹き飛ばした。

 

「あ……ぅ…」

 

もう玲奈の身体はボロボロだった。

ウィルスの影響で足だけでなく、身体全体が風邪を引いたかのように怠く、重くなっており、先程の竜馬の猛攻のせいで頭部からは流血して、意識なんてあるかすら彼女自身分かっていない。

「ふう」と息を吐いた竜馬は足首に装着させていたもう一つの拳銃を取って、夜空を見上げた。

 

「良い空じゃねえか、玲奈…。お前を殺すには良いステージだ」

 

そう言いながら、玲奈の腹に足を乗せ、圧迫する竜馬。

肋骨を折られそうな力が腹から上半身全体に広がり、玲奈は血を吐きながら絶叫する。

 

「あああああああああああああぁぁっ‼︎」

「ははは‼︎良い悲鳴じゃねえか!聞きたかったぜ、そんな声をよお!」

 

銃口を向け、高々と…下品に笑う竜馬。

以前とまるで違った竜馬に…玲奈は絶望を覚えていた。

 

「……」

「あ?」

 

玲奈は泣いていた。

己の弱さに…泣いていた。

竜馬を救うことが出来なかったこともあるだろうが、この事態を起こした根幹は全て…自身にあるからだった。

また…竜馬に笑われて…そして殺される…。

そんなビジョンが玲奈の頭の中で構築されていた。

だが…。

不意に腹の圧迫が消え、カシャンと拳銃が落ちる音が聞こえた。

ボロボロの身体を必死に動かして、竜馬の方を見ると…信じられない光景が…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な…なんで…なんで、俺が…」

 

泣いていた…。

玲奈と同じように…ポロポロと涙を落としていたのだ。

何があったのか分からない…が、これが最後のチャンスだと確信した玲奈は力を振り絞って立ち上がり、竜馬を押し倒すと、ナイフを上げる。

一拍置いて、玲奈はナイフを竜馬の腹に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…突き立てた。

 

 

それは一瞬のようで…何分も経ったかのようだった。

玲奈はナイフの柄を握ったまま…更なる雫を溢した。

殺してしまった…。

愛した…いや、今も愛している大切な人を…。

今まで何人も殺してきて、こんな感情を抱いたことが無かったのに…。

 

「竜馬…ごめんなさい…ごめんなさい!私が……私が弱いせいで…」

 

竜馬の骸に縋り付いて、謝罪を繰り返していると…玲奈の背中に誰かが触れるような感触が…。

 

「えっ?」

「相変わらず……俺の前では泣き虫だな…」

 

顔を上げると、いつもの…昔の竜馬がいた。生きて……。

夢なんじゃないか…幻なんじゃないかと、何度も頭を殴り、頬を抓ってみるけど…。

 

「竜馬…?本当に竜馬なの…?」

「誰がどう見ても……そうだろ?」

 

そう言いながら、竜馬は突き立てられたナイフをゆっくりと抜く。

途中、何かに引っ掛かったように止まるが、竜馬が力を込めると、ナイフはズルリと刃を出した。その先には…プラーガ寄生体を刺して…。

 

「運良く…こいつを刺して、俺を正気に戻してくれたか…。ありがとうな、れ…」

 

竜馬の唇に…フワッとした柔らかい感触が伝わってきた。

それは玲奈からの口付けによるものだった。

一瞬で口の中に血の味が広がるが、竜馬は然程気にしなかった。

数秒の口付けを終えると、玲奈は…まだ謝罪を繰り返していた。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい!私が…私が全て悪いの‼︎全部…」

「だから…そう泣くなって…。お前の気持ちは伝わった。今は、この事態をどうにか収束させるのは重要だろ?」

 

それを聞き、玲奈は漸く謝罪を止め、涙を拭った。

そうだ、まだ何も終わってなんかないと言い聞かせて。

 

「そうだね…。急ご…ぐふっ⁉︎」

 

突然、玲奈が大量の血を吐き出す。

焦った竜馬はすぐに玲奈の身体を支えた。

 

「玲奈!」

「私は……いいから、先に…行って!」

「馬鹿!置いていけるかよ‼︎」

 

玲奈を担いで、この場を進もうとする竜馬だが、玲奈に刺された腹はひりひりと痛み、出血もしていく。

止血するのが先だが、竜馬は自らが犯した過ちを償うために身体に鞭打って動かしていた。

だが…。

 

「あぐっ⁈」

「ああっ‼︎」

 

玲奈と竜馬の肩を貫く銃弾。

膝を着いて、後ろを振り向くと……拳銃を構えたアリエスとディエゴが静かにこちらを見詰めていた。

 

「アリエス……」

「…残念だよ、竜馬」

 

アリエスは更に引き金を引いた。



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第57話 誰にも負けない拳

かなり間が空いてしまいました。
理由は後書きでちょっと詳しく述べます。それと報告も。
ではどうぞ。


更なる銃弾が玲奈を貫く前に竜馬は玲奈を突き飛ばし、自分から遠ざける。お陰で銃弾は竜馬の脇腹を掠めただけで玲奈に怪我はなかった。

だが、それで嬉しく思う者はこの場に1人もいなかった。

 

「竜馬…!」

 

玲奈を庇った竜馬は、さっきの戦いでの傷もあって、身体中から痛みが走って動くこともままならなかった。

突き飛ばされた玲奈も竜馬を抱えて、すぐにエレベーターでここから逃げようとする。

理由は2つ。

まずはこれ以上、傷を受けては玲奈も竜馬も死んでしまうから。

もう一つは玲奈の体内で暴れているJA-ウィルスをどうにかしなければならないからだ。

すぐ横や上を飛んでくる銃弾を避けながら、どうにかエレベーターに乗り込みドアを閉める玲奈。しかし隙間に大きな手が入り込み、ドアをこじ開ける。

その手が玲奈と竜馬を掴んで、無理矢理エレベーターから弾き出す。

そのせいで竜馬と離れてしまった玲奈。

 

「くっ、このっ…‼︎」

 

思わず拳銃を取ろうと腰に手を伸ばそうとした時、ディエゴはその腕を掴み、彼女の骨ごと砕いて地面に突き刺した。

 

「うあああああああああああぁぁ⁈」

 

刺したのはディエゴの伸びた爪だった。

鋼鉄並みの硬さを持った爪は簡単に玲奈の骨を砕いて、コンクリートにまで到達していた。

ディエゴはその爪を自ら折り、今度は竜馬に視線を向けていた。

 

「この巨漢野郎!狙いは私でしょ⁈私を先に狙いなさいよ‼︎」

「分かってないな」

 

玲奈が叫ぶと、アリエスはやれやれと言いたげな表情をする。

 

「玲奈…君にも私と同じ絶望を味わってもらいたいんだよ。仲間を…愛してる者を殺される絶望を。私は元々竜馬を目の前で殺して、絶望に打ちひしがれる顔を充分に見てから殺すつもりなのさ。まあ…順序はちょっと違ったけどね」

「アリエス…テメエ…!」

 

竜馬も歯を噛み締めて、アリエスを睨む。

だが、そんなことをしても何の効果もない。

ディエゴは再び右手全ての爪を伸ばし、倒れる竜馬の方に向ける。

このままでは竜馬は殺されてしまう…。

玲奈は何をしてもそれだけは防ごうと身をよじるが、コンクリートに深く刺さった爪は抜けない。

辺りを見回し、何か方法はないかと探す。

そして…手が届くか届かないところに落としたナイフが…。

一瞬の間を置いて、玲奈はそのナイフを取ろうと身体を右に動かす。

しかし…刺さった爪で地面に串刺しにされてる状態では簡単に取れないし、神経が擦れるだけでも全身に痛みが突き抜ける。

 

「くっ…うぅぅぅ!」

 

悶えながらも、右手を必死に伸ばして、ナイフの柄に指が触れる。

だが掴むことは出来ない。

ディエゴは今にも竜馬を殺そうと態勢を整えている。

自らの身体に鞭打って、ナイフに向かって動かすと、ズリュッと肉が削がれる音がすると同時にナイフが漸く届く。

それを掴んで、構うことなく自分の左腕を肘から下を切り落とした。

頬に温かい血が飛び、激烈な痛みが来るが、それはどうでもよかった。竜馬を死なせない…それだけで身体が動いていた。

 

身体を後ろによじりながら、ディエゴから距離を取る竜馬。

しかし、ディエゴは距離を取られても問題なかった。

JA-ウィルスとJT-ウィルスの副作用の1つで爪は自らの意志で伸び縮みし、いくらでも再生する。

そのお陰で遠距離でも隙はない。

右手を構えて、一斉に全ての爪を竜馬に向かって伸ばす。

 

「!」

 

目前に迫る狂気の爪。

思わず目を閉じる竜馬の耳に入ったのは、肉を抉られる音。

それが竜馬自身のものでないと分かり、急いで目を開ける竜馬は…驚愕する。

 

「あ……」

 

向こうでは笑みを浮かべるアリエスと爪を伸ばし、鉄仮面を被ったディエゴが立っている。

だが、目の前に立っている玲奈は左腕を肘から下、失い、身体中に鋭利な爪が突き刺さり、貫通までしている。

ボタボタと大量の血を流し、口から「ゴホッ…」と吐血して、ぐらりと竜馬の方に向かって倒れる玲奈を竜馬は受け止めた。

 

「玲奈‼︎」

「全く…いつまで経っても呆れさせる女だ。そんなバカのために…」

 

アリエスは指をパチンと鳴らし、ディエゴに指示を出す。

殺せ…と。

ディエゴは言われたままに拳を作り、玲奈と竜馬に向けて振り下げようとする。

しかし、近くからプロペラ音が聴こえてきてディエゴは止まる。

音のする方にその場にいる全員が向く。

すると、下からオスプレイが後ろ向きで浮上してきた。

積荷を入れるところにはロケットランチャーを構えた紗枝がいた。

 

「これでも食らいなさい‼︎」

 

容赦なく引き金を引き、ロケットはディエゴの武装した服に当たって着爆し、ディエゴは爆風に逆えずにビルの屋上から落ちていった。

 

「ディエゴ‼︎貴様…!」

 

怒りに任せて、オート式の拳銃をオスプレイに向けて発砲するアリエスに後ろから体当たりして、態勢を崩させた海翔。

 

「お前の相手はこっちだ‼︎」

 

銃を取り上げて、逆にその頭を撃とうとする海翔だが、腕を掴まれて弾倉の中身が空になるまで明後日の方向に撃たされる。

だが、海翔はそれが分かると銃を捨てて、アリエスに拳を振るう。

アリエスはそれを避けつつ、距離を取る。

 

「竜馬!お前には後で思いっきりぶっ飛ばす予定だが、その前にこいつをぶっ飛ばすことにする。玲奈を連れてこの先に行け‼︎JA-ウィルスとかやらの解毒剤がある‼︎」

「海翔…分かった‼︎」

 

竜馬は血塗れの玲奈を抱えて、睨み続ける海翔とアリエスの横を通り過ぎて行く。

 

「お前とはここでケリをつけさせてもらう!」

「…ふっ…」

 

アリエスは不適な笑みを浮かべつつ、首を左右に動かして鳴らす。

海翔はというと、殴り合う態勢を作ってジリジリと前に足を動かしていく。アリエスも構えて、飛んできた海翔の拳を受け流していく。

海翔の拳は何度となく、アリエスの身体に向かっていくが、全て躱され、更にアリエスに攻撃されそうになる。

重たい身体を動かして避け、アリエスの身体を地面に倒して、拳をその顔面に食らわせようとする。

だが、拳は冷たいコンクリートに当たっただけ。

逆にアリエスは下半身を動かして海翔の上に馬乗りになると、そこから何度も殴打する。

海翔とその年10も違うとは思えない力で海翔を連続で殴り、海翔の気は一気に遠くなる。

 

「これで貴様も終わりだ…。全てが無に帰るんだ…。仲間も…恋人も…家族もな…‼︎」

 

荒い息を吐きながら、アリエスはそう言って、拳を振り下ろす。

アリエス渾身の一撃は海翔の眉間を捉え、後頭部を強く打ってしまう。

これで終わった…。

アリエスはそう思った。

だが…。

 

「っ⁈」

 

突然目の前に海翔の顔が迫り、額と額がぶつかる。

アリエスは額を抑えて、後ろに後退る。

 

「何っ⁈」

「終わらねえ…。俺は…誰にも……」

 

口許の血を拭い、昇龍の如く拳を振り上げた。

 

「負けねえ…。負けるわけにはいかないんだぁ‼︎‼︎」

 

拳はアリエスの顎を直に捉えて、彼の身体を宙に浮かせた。

吹き飛んだ先の地面は窓ガラスになっており、アリエスの体重と衝撃で耐えられなかったガラスは割れて、アリエスは絶叫しながら屋上から最下層にまで落下していった。

 

「ああああああああああああああああ‼︎」

 

海翔がノロノロと身体を動かして下を見ると、アリエスの身体はバンッと派手に音を立てて、大きな円形の血溜まりを一瞬で作った。

 

「はあ…はあ…。ああ、クソ…」

 

連続で殴られた痛みで地面にゆっくり座る海翔はもう一度大きな溜息を吐いて、漸く終わったと実感するのだった。

 

 

 

 

地上何十メートルという高さから落下したアリエスだが、まだ微かに息をしていた。だが、ほとんどの骨は折れるか砕けるかし、内臓にその折れた骨が突き刺さり、一生に一度経験するかしないかの痛みを感じていた。

そんな地獄に遭っている時、重い足音がアリエスに近付いてくる。

アリエスの歪む視界に、身体が大きく炎上し終えたディエゴが見詰めているのが見えた。

 

「ディエゴ……最終段階だ……。私が……植え付けた力を……全て……解放するんだ……」

 

ディエゴは頷き、鉄仮面を無理矢理に剥がした。

仮面の下の顔は醜い怪物だった。

更に焦げた服を脱ぎ捨て、背中に付けていたボルトを外していく。

背中は蜘蛛のように裂けて、そこから白い糸が吐き出される。それは瀕死のアリエスを取り込み…更なる進化をするのだった。

 




今回はここまでです。
投稿が遅れた理由としては、やはりコロナです。コロナの影響で執筆時間に相当な悪影響が自分に及びました。
何はともあれ、投稿が遅れてしまい申し訳ありません。

そして、まだ未定ですがバイオハザードで新たな小説を投稿しようと考えています。
内容はもう1週間以上前に発売されたいRE:3関連で行きます。
これからも頑張っていくので、よろしくお願いします。


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第58話 NOT OVER

また一か月以上空いてしまいました!
結局、こうなってしまうんですよね…。


JA-ウィルスを身体内から除去し終えた竜馬は玲奈を支えつつ、海翔とアリエスが戦っていた場所に戻った。勝者はどっちなのか…二人とも気になったので戻ったのだが、海翔は目を閉じて床に横たわっていた。

顔は傷だらけで、呼吸をしているのか怪しかったが玲奈たちの気配に気付いたか、ゆっくりと小さく目を開ける海翔は親指を立てて、微かに笑みを溢した。

 

「終わったのか?」

「ああ、終わったよ…。テメエをぶっ飛ばす気力もなくなる程殴り合ったよ…」

「それはお疲れ…。実際…俺たちも疲れたよ…」

 

竜馬は玲奈を床に座らせ、自身も仰向けになった。

 

「今……紗枝が迎えに向かっている…。どうやら…ウィルス発生のタンク車は全て燃やしたらしいから…」

「それまで…休むってことね…」

「どうせ…家に戻れば一瞬で寝れるさ」

 

そんな暢気なことを言ってると、不意にガキン、ガキンと金属を抉るような音が下から響いて来た。手放しかけていた意識が戻り、玲奈たちは先程海翔がアリエスを殴り落とした方に目を向ける。

金属を抉る音は徐々に玲奈たちに近付いて、遂に分厚いガラスを割って出てきたのは赤黒い巨大な手腕。床を掴み、ぬっと姿を現したのは…人間の様相を完全に失ったアリエスだった。

 

「かあぁぁいとぉ‼」

 

人語を喋り、白い眼を向けるアリエスは玲奈たちと同じ地面に立ち、虫けらのように笑い出す。

玲奈たちは茫然とするばかりで、あまりの出で立ちに身体が動かなかった。いや…体力を使い果たしたも同然だから動かないのかもしれない。

 

「貴様ら…ここで…ころぉぉすうぅ‼」

 

アリエスはディエゴと融合したことで手に入れた巨大な拳を振り下ろす。

三人ともそれぞれバラバラに離れた場所に避けるが、そこを狙われて海翔は捕まる。

 

「ぐうぅ!」

 

海翔が捕まったのが分かった玲奈と竜馬は、腰に手を伸ばす。

が、取り出した拳銃にもう弾は入っていない。おまけに近接武器のナイフも持っていない現状だった。

たとえそんな状況だとして、竜馬は果敢にアリエスの足にへばりつき、その場で「海翔を離せ‼」と叫ぶ。

しかし、融合したアリエスから見れば、海翔も竜馬もただのか弱い人間にしか見えなかった。唯一人間離れした玲奈が脅威となりえたが、片腕を失っている今は敵ではなかった。

アリエスは鼻で笑い、竜馬を軽く足を動かして振り払い、海翔を掴む手に握力を込めていく。玲奈も漸く立ち上がり、足腰に力を込めて走り、アリエスの顔面を蹴り上げる。

だが着地は失敗し、隙を晒してしまう。

 

「このアマぁ!」

「うっ‼」

 

玲奈もアリエスの手に掴まる。アリエスは海翔を掴んでいる腕…左手人差し指の爪を伸ばし、玲奈の左腕の切断面に突き刺した。

 

「ああああああああぁぁぁあああああぁ‼‼」

 

もう声は自身でも枯らしたと思っていた玲奈だったが、神経に痛みが走れば、極限状態でも悲鳴はいくらでも出た。悲鳴と同時に身体は細かに痙攣し、涙と涎が溢れ出る。

 

「玲奈……くそっ…」

「あ……かっ…」

 

すぐに殺す気のないアリエスはまだまだ苦しめて、最後は無惨に殺してやろうと思っていた…が、そんな悦楽な考えをしているうちに、横から何か飛翔物が向かってくる。

それがロケットだと気付いた時、アリエスは二人を離し、腕で顔をガードした。

爆風が玲奈と海翔を軽く飛ばし、竜馬は二人を物陰へと引っ張る。

 

「大丈夫か?」

「ああ…俺よりも、玲奈が重傷だ…」

 

玲奈の状態は時間が経つ度に酷くなる一方だった。

現在は切断した腕からの多量の出血とショック…。そのせいで痙攣は止まらない。なのに、今までの戦闘で受けてきた痛みの耐性のせいか意識は飛ばない。これ以上の痛みの地獄はないと考えて良かった。

 

「それにしても…あのロケットは一体…」

 

そう呟いていると、もう一発飛んで来て、今度は下半身に命中する。

 

「あれだ!」

 

海翔が指差す先にはオスプレイのハッチを開けて、ロケットランチャーの筒を肩に担いだ二人の女性が…。

その『二人』に海翔は笑みを溢さずにいられなかった。

 

「全く…あいつら…!」

「いつも通りだな、お前さんの恋人と妹さんは!」

 

ハッチから構わずロケットランチャーをぶっ放しているのは紗枝と薺だった。

どうして薺がいるかは分からないが、とにかく援護してくれるのは嬉しい限りだった。

 

 

「もっと近付けて!次はあの顔面を吹っ飛ばす!」

 

紗枝の命令を受けた隊員はオスプレイを徐々にビルの屋上に近付けていく。ロケットを込め、構える紗枝の眼前にあの巨体が宙を舞った。

アリエスは屋上から飛んで、オスプレイのハッチに手をかけたのだ。

 

「うわっ‼︎」

 

2人はバランスを崩して転ぶ。

アリエスは金属の機体に爪を食い込ませて、2人に迫る。オスプレイも上手くバランスを保てずにビルの屋上の真上に向かってしまう。

 

「このっ…‼︎」

 

壁から散弾銃を取り、アリエスに向けるが、爪を金属に引っ掛ける度に機体が激しく揺れて、照準が定まるどころか機体から落ちないために取っ掛かりに掴んだ拍子に散弾銃や色んな武器を落としてしまう。

アリエスはハッチから侵入すると、爪を向けて一気に伸ばす。

 

「薺‼︎」

 

薺を突き飛ばして庇った紗枝の肩を伸びた爪が貫き、機体の壁に突き刺さる。

 

「あああああああぁぁぅっ‼︎」

「紗枝さん‼︎」

 

悲鳴の聞こえた海翔たちは落ちている散弾銃を取って撃とうとするが、機体が揺れて上手く狙えない。下手すれば銃弾がオスプレイに当たって、墜落させてしまう可能性があるので乱射も出来ない。

 

「…ちくしょう!」

 

唇を噛んで、このまま何も出来ずに待つことしか出来ないのかと立ち尽くしていると、海翔の持っていた散弾銃を無理矢理奪って、アリエスに向ける者が2人の前に立った。

 

「玲奈…!」

 

左腕からは変わらず、血がポタポタと垂れているが、その姿はさっきのように弱りきった感じではなかった。

いつものように凛々しく、強気の玲奈だった。

 

「落ちなさい…!」

 

玲奈は引き金を引く。

散弾はアリエスの左肩付近を穿ち、左腕を身体と完全に分離させた。

ブシャアと血が溢れ、落下していくアリエスだが、今度は顔だけ残ったディエゴの口から触手が伸びて、ビルの側面にへばり付く。

だが玲奈はもう一発撃って、ディエゴの顔面を吹っ飛ばした。

これにより今度こそアリエスは地面へと落下した。ドシンと地震が起きていそうな程大きな音を立てて落下したアリエスは、片腕だけで立ち上がり、雄叫びを上げる。

 

「あいつ…まだ…」

 

後ろでは煙を上げたオスプレイが緊急着陸し、紗枝は肩を抑えつつ、アリエスの方を見る。

 

「しぶとさだけは流石ね」

「完全に吹き飛ばさない限り死なないようね」

 

玲奈は消火用ホースのケースを開けて、それを右腕に巻き付ける。

 

「まさか、玲奈、こっから降りようとしてるんじゃないんだろうな?」

「当たり」

「無茶言うな!その身体で…!」

「うるさい‼︎」

 

玲奈は右腕で竜馬を振り払い、怒鳴った。

 

「アイツは私が殺る!この身体がどうなってもいい‼︎竜馬を…私を嫌という程苦しめたアイツは絶対に殺す‼︎」

 

そんな軽い口論をしていると、アリエスは更なる行動に入った。

背中から蜘蛛の糸のような白い触手を出し、周囲にいるアンデッドを取り込み始めた。

 

「アンデッドを貪り出したわ。早くなんとかしないと…」

 

それを聞いた玲奈は構わず、ビルの下を見る。

真下に車が置いてある。その上に落下してでも、アリエスと同じ地面に立つつもりだった。

竜馬は飛び降りる前に玲奈の肩に触れて、こう言った。

 

「…俺の二の舞にはなるなよ」

 

暫く茫然とした玲奈だが、しっかりと頷いた。

 

「これを持って行って。最後の切り札よ」

 

紗枝はオスプレイから1つの銃を持って、玲奈に投げ渡した。

 

「これは…」

「使えば分かるわ」

 

玲奈は右腕にそれを抱えて、親指を立ててから、ビルから飛び降りた。

しかし玲奈の予想と反して、ホースは思ったよりも伸びずに途中で止まってしまったので、玲奈はホースを手放して、車の天井に背中をぶつける。

 

「くうっ!」

 

玲奈は車の天井を転がって、口から垂れる血を拭って、紗枝から渡された武器を向ける。のだが…片手しか残っていない玲奈は上手く照準を合わせられず、ふらついてしまう。

因みにだが、アリエスは大量のアンデッドを身体に取り込み、人間の原形を留めないくらいの醜悪な身体をしていた。顔も大きく肥大化し、気色悪い口から緑色の体液を吐く出しつつ、下品な笑いを浮かべる。

 

「お……れが……やられ…て、も………」

 

『俺がやられても、いずれまた同じ奴が現れる』…と、アリエスは言いたいんだろうと、玲奈は読み取った。

未だに復讐を終えさせないアリエスに玲奈は血を吐きながら怒鳴った。

 

「何人出ても…あんたのような奴が出たとしても…私が止める‼︎」

 

もう一度…構えようとするが、やはり安定しない。

むしろさっきよりも銃が持ち上がっていない。

 

「…はあ…はあ…」

 

体力的にも極限に近い玲奈は膝を付いてしまう。

 

「さっき…意地張るんじゃなかったな…」

 

そう呟くと、後ろからガシャンと車のフロントガラスが割れる音がした。

振り向くと、背中を摩りながら玲奈に歩み寄る影が見えた。

 

「お前の悪い癖だな…玲奈」

「竜馬…」

 

竜馬は玲奈の身体を支えつつ、銃身に手をかける。

 

「俺“たち”で決めるぞ」

「…ええ!」

 

竜馬が支えてくれるお陰で照準は安定した。

巨大化を続けるアリエスはやられてたまるかと、醜悪な大口を開けて玲奈たちに迫ってくる。

その前に…玲奈たちは一緒に…引き金を引いた。

銃口からは銃弾ではなく、電撃が放たれた。

電撃はアリエスの顔を吹き飛ばし、肥大化した身体を突き抜けたばかりか、その先にある建物を数軒、吹き飛ばした。

血の雨が降り注ぎ、その最中…銀色の指輪がチャリンと落ちた。

2人はレールガンを降ろし、迎えのヘリが来るまでその場から動くことはなかった。




次でIF Storyはラストで、その更に次は登場人物紹介かな、IF Story Versionの。
最近、暇じゃなくて書ける時間がなくて、投稿期間がものすごく伸びてしまうんです。申し訳ないです。


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最終話 代償…それでも

やっとラスト…。



アリエスが起こしたバイオハザードからはや二週間…。

漸く病院から退院出来た竜馬は思わず、寄生虫が入っていた自身の身体を凝視した。

ほんの少し前までこの身体に寄生虫が入っていたと思うと、吐き気を催してしまう。それに…玲奈を傷つけたことにも吐き気と嫌悪感を未だに抱いてしまう。

 

あの後…レールガンでアリエスを焼き殺した二人だったが、玲奈だけ意識を手放してしまって、急いで手当てをしたのを覚えていた。その間にも海翔たちは抗ウィルス剤を散布して、アンデッドだった市民を元の人間に戻した。

ただ、人間に戻したことで発生した問題もあった。人間を食らったという記憶が無かったのは良いが、食らったという「事実」が元感染者を苦しめる羽目になったのだ。海翔自身も後で、「感染者を元の人間に戻したのは正しかったのか…」などと言っていたが、そんな彼を紗枝は蹴り飛ばし、「何言ってるの‼」と怒鳴っていた。

そんな感じで海翔や紗枝、薺は無事だったが…玲奈だけ…戻らなかったものがあった。

それは、彼女の左腕。肘から下が元に戻らなかったのだ。

普通の人間なら、「当り前だ」と言われておしまいだが、玲奈は特殊な人間…。ウィルスの影響で傷はすぐさま治癒する能力があったが、アリエスに打たれたJA-ウィルスの副作用で一時的に治癒能力が失活し、身体内からJA-ウィルスを除去しても…今回の戦いで負った傷だけは再生しなかった。

その傷を負わせた原因を作ったのは竜馬自身だと理解していたから、彼はこの入院期間…玲奈と会わないようにしていた。毎回毎回のように見舞いに来る玲奈を突っぱねて、距離を置かせていた。

そのうち…玲奈は来なくなった。悲しいとも思わなかった竜馬は、毎日、ずっと、自らを罵倒して、この入院生活を送った。

 

そして退院した今日…彼は重い足取りで帰路に着いていた。

アリエスに洗脳されるまで、竜馬は玲奈と半同棲生活を送っていたため、そこに帰らねばならない。どうにも帰ることに躊躇いが出来てしまい、寄り道して公園のベンチに座ってしまう。

 

「はあ……どうやって玲奈に会えばいいんだ…」

 

独り言をぶつぶつ呟いていることで、公園で遊ぶ子供たちは竜馬に怪訝の目を向けているが、竜馬自身は気付いていない。そんなところに…。

 

「何してるの?」

 

顔を上げると、そこには腕を包帯で固定している紗枝が立っていた。まだあの時の傷が癒えていないことが分かった。

 

「紗枝さん…」

「隣、いい?」

 

汗を拭いながら紗枝は竜馬の隣に座り、身体を伸ばした。

 

「んー、やっぱり外はいいわね。こんな身体だからって誰にも見られたくないって思ってた私がバカだった」

「外…出てなかったんですか?」

「まあね。で、またお悩みの種は玲奈?」

 

図星を突かれて、何も言えずにいる竜馬に紗枝は寄り添う。

 

「このお姉さんに相談してもいいんだぞ?」

「ふざけないでください!」

 

思わず竜馬は叫んだ。紗枝もちょっとびっくりしたが、すぐに肩に手を置き、優しく聞く。

 

「『竜馬が戻って来てくれたのに、会ってくれない』って、涙声で玲奈が相談してきたよ?何で玲奈と会わないのよ…」

「…俺がしたことを償えると思えないからです」

「償い?」

「俺は玲奈をいっぱい傷つけた。身体も、心も。俺を救うために負った代償があの左腕…。全て俺のせいなのに…。どうして、助けたのかって…今更ながら思ってしまって…」

 

自己罵倒も程々にしようと竜馬も思ったが、自らがしてしまったことを羅列すると、その数は数え切れない。

そうやって延々と話していると、紗枝は竜馬の足を思いっ切り踏んだ。

 

「いでっ⁈」

「全く…いつまでくよくよしてるのよ!私だってあの場で失ったものくらいあるわよ!」

「…何ですか、それは…」

 

竜馬は興味なさげに聞く。どうせ…自分が失わせたものより、小さいものだと勝手に断定していたから…。

 

「仲間と、”ここ”よ」

 

紗枝が指差したのは鎖骨だった。

包帯を巻いていて竜馬には分からなかったが、紗枝は件の戦闘で左鎖骨を砕かれてしまったのだ。なので、今、そこには鎖骨を模した金属が入っている。

 

「あの戦いで失ったものは大きい…。いえ、今まで生きてきたことで失ったものはいくらでもある!生きるために仲間の命を代償にして、私も…海翔も、あなたも玲奈も生きてる!勝手に自分ばかりが失わせた元凶だと思い込まないで‼」

「………」

「玲奈は何も失ってない。『あなたを失わないために、左腕を代償に助けたのよ。』そのことを決して忘れないで」

 

紗枝はそう言って、ベンチから立ち上がり、公園から消えた。

既に公園に子供の影はなく、日が落ちて薄暗くなっている。

竜馬は一筋流れた涙を拭い、立ち上がる。帰るべき場所に…帰るために…。

 

 

暗くなってきたので、玲奈は自宅…じゃなくて、竜馬の家の明かりを付ける。

今日、退院だと聞いていたのに竜馬は戻ってこない。

やっぱり、会いたくないのかな…と考えてしまう。

プランプランと長袖の左腕部分…。最初、元に戻らないと分かっても、大してショックは受けなかった。

竜馬を助けた代償であり…これが、『普通』だからだ。

身体の一部が切断されれば、そこは失う。どんな生物だって、そう…。

玲奈は戦闘で戦いにくくなるという不利な面を抱えることになるが、構わなかったのに…竜馬には、玲奈の想像を超えるショックを与えてしまったようだった。

 

「…はあ、私は…竜馬がここに戻って来てくれることが、望みだったに…。結局変わらないな…」

 

自嘲的な笑いを浮かべて、キッチンの前に立つ。

冷蔵庫からペットボトルを取ろうとするが、片腕のせいで上手く取れず地面を転がる。

 

「ああ…またやった…」

 

何度となくやってしまったことに溜め息を吐き、コロコロと転がるペットボトルを取ろうと、手を伸ばすが、玲奈が取る前に誰かが拾う。

 

「あっ…」

 

そこには竜馬が…。まだ服の襟首からは白い包帯が見える。それでも…あの時の竜馬が立っていた。

竜馬も久しぶりに見た玲奈に見惚れる。長かった髪はいつものセミロングに戻っている。ただ…長袖の彼女の左腕の部分だけがプランと揺れている。

2人はお互いに見詰め合って固まるが、玲奈はハッとして背を向けた。

 

「お、おかえり…。ごめん、会いたくないって言ってたのに、まだここに居て…」

「………」

 

竜馬は何も言わない。ただ、どんどん玲奈に近付いてくる気配だけがする。

 

「竜馬?」

「……くれ」

「え?」

 

手に取っていたペットボトルを放り投げ、背後から玲奈を抱き寄せる。

そして耳元でこう呟いた。

 

「…一緒にいてくれ…」

 

弱々しい竜馬の声。

その声に玲奈はぴくッと反応し、くすっと笑みを溢す。

 

「もう……最初から、そう言ってよ?」

 

竜馬の抱擁から抜け、残った右腕で竜馬の頬を撫でる。

玲奈は自分でも僅かに泣いていることに気付かずに、言葉を紡ぐ。

 

「あの時の約束、今度こそ守ってよ?」

「ああ、守る。その前にその左腕の代償…俺に払わせてくれ」

「どうやって?」

「…お前を幸せにする」

 

恰好つけた竜馬の言葉に玲奈はもう一度笑みを溢した。

そして、もう一度…今度は正面から竜馬を抱き締めて、口づけする。

あの時…離れ離れになった二人の心は、この瞬間、溶け合ったのだった。

 

 

ー一か月後ー

崩壊した都市で玲奈と竜馬はお互いに背をくっつけながら、前に進む。

燃え上がる家や崩れた瓦礫の下から、ぞろぞろとアンデッドが這い出てくる。

 

「全く…俺ら二人でこれを全部相手するのか?」

 

そう愚痴る竜馬だが、二人ともアンデッドにすっかり囲まれている。数はおよそ50。

しかし、玲奈は狼狽えも愚痴りもせず、竜馬に言う。

 

「やることは一つだけよ」

 

拳銃を腰から取り、アンデッドたちに向ける。

 

「一人残らず殺すだけ」

 

そう言って、引き金を引く。

新たな戦いが…幕を開ける。

      

 

              ~To Be Continued?~




はい、IF Storyはこれにて終了です。
To Be Continued?と書いたのは、また何か思いついたら執筆に走るかもしれない…とだけ言わせてもらいます。
あと7の話を書こうかな~なんて考えてたり、考えてなかったり。
もしくは新章でも書こうかな~なんて考えてたり、考えてなかったり。

映画とかアニメなどで『これで最後』、『本当の最後』とか言っておいて、結局新作が出るってよくあることなので。

まあ、確実に言えることは最初の章とIF Storyの間が一か月くらい空きましたが、今度はもっと長く空くと思います。

一応、最後に登場人物紹介は書きます。
今回は影の薄そうな人物も全て書く予定なのでお楽しみに!


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登場人物紹介 IF Story ver

前回の紹介よりは詳しく書いています。多少ですが…。


主要メンバー

森田玲奈

もちろん本作主人公 年齢は20代

青い瞳を持ち、IF Story1〜3まではセミロングの茶髪であったが、IF Story4以降は背中にまで伸ばした。最終話でセミロングに戻した。

IF Story1と2ではウィルスに対する絶対的な憎悪を持っていたが、IF Story3以降、竜馬が居なくなったことで、その憎悪は誰よりも強くなる。

途中でBSAAを一時退職し、世界を放浪する。

その放浪中にも捕まり、ウィルス実験に無理やり参加させられる、または海翔に頼まれて紗枝を助けに行くなど…様々なところで何かしらで関係している。

そして、その放浪中に今回の黒幕がグレン・アリエスであることを突き止め、アリエスへの復讐を果たすためにBSAAに戻る。

最後の戦いで竜馬を救うために左腕を失い、そこからのアリエスたちの追撃で瀕死の重傷を負うが竜馬が救ってくれた。

当初は今度こそBSAAを辞退すると思われたが、その身体でもBSAAに留まり、世界各地で戦い続けている。

因みに竜馬とは最終話で恋人になり、片時も離れることはなくなった。

 

 

佐々木竜馬

本作準主人公(というか、ほぼ主人公に近い)

年齢は20代後半。

今作前半では主に玲奈の補佐、または相棒として居ることが多かった。

IF Story1では自爆しようとした玲奈を助けるために自ら進んで出た。

だが、IF Story3で変異サドラーの一撃を喰らい、瀕死の重傷を負うが、ルイスとアリエスが助ける。

助かった竜馬だったが、アリエスに投与された寄生虫の影響で人格が豹変し、様々なバイオハザードに加担するようになる。

IF Story Finalでは玲奈より身体能力が上であることが見て取れる。

しかし、玲奈の必死の想いが竜馬に届き、寄生虫の影響からほんの一瞬…解放され、その隙に玲奈が寄生虫を殺したことで事なきを得た。

最後は玲奈を傷つけたことを悔やむが、紗枝に説教されて、玲奈の大切さを改めて思い知り、彼女を離さないと誓った。

 

 

結城紗枝

本作準準主人公。IF Story4では主人公になっている。

元警視庁特殊急襲部隊SATの女性隊員。年齢20代後半。

東京事件まではポニーテールだったが、4ではショートカットにしている。玲奈とBSAAでライバルとしてたが、途中で勝つことを諦めた。

玲奈や竜馬、海翔など、主にサポート役に回ることが多い。

海翔とは恋仲関係。

竜馬を失って、生きる気力を失った玲奈を慰めたり、竜馬を叱ったりと…母性が強い。

IF Story4の最後、タイラントと交戦するがやられそうになるも玲奈に助けられて、事なきを得る。その後、アンデッドになろうとしているイリーナに対して、体内のプラーガを撃ち抜いて助けるなど、覚悟を決められる精神も併せ持つ。

IF Story Finalでは戦いでアリエスの攻撃で左鎖骨を砕かれてしまうが、そこはきちんと治療して戦闘に復帰している。

 

 

神崎海翔

同じく本作準準主人公。年齢30代後半。

紗枝と同じ元SATの隊員。心配性の家族想い。

その性格上なのか、紗枝が一人で調査を強行した時に、放浪中の玲奈に連絡して、紗枝を手助けするように頼んでいる。

他にも妹の薺の生存を確かめるために単身、絶島に向かうなど…家族と仲間は決して見捨てない。その絶島で実験台に使われたレナを気遣い、家族に迎え入れる様は、兄というより父親に見える。

年上のアリエスに苦戦を強いられたが、渾身の一撃をお見舞いして、倒すことに成功した。

 

 

神崎薺

元SAT隊員、神崎海翔の妹。黒髪のポニーテールで年齢20代前半。

紗枝と髪型が被っているが、薺の方が若干髪が長い。

反バイオテロリズムのNGO団体『テラセイブ』に所属していた。

しかし、テラセイブメンバーを標的としたバイオハザードが発生してしまい、薺もそれに巻き込まれる。

瓦礫の下敷きになったところを玲奈に見られ、一時は戸籍上死亡扱いになってしまうが、どうしても認めきれなかった海翔が絶島に来てくれたおかげで助かる。

この事件のせいで、テラセイブは甚大な被害を受けてしまい、事実上自然消滅した。無職になってしまう薺だったが、海翔の口利きでBSAAの研究部門に入ることが出来る。

裏話だが、薺はブラコンではと噂されている。

 

 

グレン・アリエス

闇社会の中では指折りの化け物と噂される人物。年齢は50代。

刈り上げた白髪に左の眉毛に傷が付いている。この傷だが、日本に復讐するキッカケの一因になる。

アンブレラからの刺客として、森田美奈送られてきた。その美奈と結婚し、アリエスのビジネスを潰すために、その買い取り手かつ仲間であるディエゴとその娘のマリアを殺し、アリエスも気絶させ、家ごと吹き飛ばした。

だが、アリエスは生き残り、美奈への復讐心を燃やす。

だが美奈への復讐心=アンブレラなため、復讐する対象を『美奈という化け物を作り出した日本』へと変更する。

そのためにJA-ウィルスを数年かけて作り上げ、玲奈を利用する。

が…皮肉なことに、自ら作ったウィルスの副作用で玲奈がとんでもなく強くなってしまい、殺される。

 

 

美奈

白髪のロングヘアーで真っ赤な瞳を持つ。年齢は玲奈と同じ。

IF Storyでは、玲奈と顔が瓜二つということだけで、苗字も素性も何も分かっていない。玲奈はアリエスから聞かされた『美奈』という名前しか知らない。

やはり謎の女性であるが、アンブレラが作り出した天性の悪魔。

アンブレラのためには何でもする。たとえ、それが自らの手を汚すことでさえも…。

今回の章では大きく登場はしていないが、いずれ玲奈たちの前に現れ、悪魔の笑みを見せるかもしれない。

 

 

 

If Story1

広崎秊

年齢30代後半。黒い瞳で明るい茶色のロング。

陸上自衛隊の中佐。(細かい階級知らないので、突っ込まないでほしい)

兄の謙二と二人暮らしだったが、東京事件以降離れ離れになってしまう。

人々を助けたいと思う気持ちが強いせいで、冷静な判断は即座に出来ない。その代わりと言うべきか、身体能力は紗枝と同等である。

事件後、同僚のグレッグや謙二を失ったため、自衛隊を辞めるか苛まれたが、人を救う気持ちは変わらず、どんなことが遭っても辞めないことを固く誓った。

 

 

広崎謙二

年齢30代後半。長く伸びてダラダラした髪と髭が特徴的。空港でのバイオハザード実行者。

東京事件で家族を失い、その首謀者と真実を知るために、無意味な犠牲を払ってまでバイオハザードを起こす。

しかし、それは黒幕のフレデリックに仕掛けられた罠で、嵌ってしまった謙二は自らにウィルスを投与、怪物になる。

一旦は玲奈たちに撃破されるが、空港内にいたアンデッドを貪り尽くして、奇形の化け物に変貌する。

最後は手榴弾を大口に放り込まれて、爆死する。

 

 

フレデリック・ダウニング

年齢40代。金色の短髪で長身。製薬会社ウィルファーマの主任研究員。

空港バイオハザードの黒幕。

広崎謙二を利用して、バイオハザードを起こさせ、売り手のアリエスに実践演習を行った。

空港に持ってきたワクチンを爆破したのもフレデリック。

最後にアリエスにウィルスを渡した後、頭を撃ち抜かれて死亡する。

 

 

グレッグ・リチャーソン

年齢30代後半。坊主の黒人。秊とは同僚。階級は少佐。

秊と一番仲が良いと言っても過言ではない。だが、何をやっても秊に負けるので、そこは気にしている。

自衛隊を誇りに持っており、それを馬鹿にした玲奈を殴ろうとした場面もある。

生存者救出のところで、アンデッドに噛まれてしまい、最後は一人残り、自らの使命を全うしつつ、死んでいくのだった。

 

 

斎藤氏

年齢50代。小太りで意地の悪い男。衆議院議員。

東京事件の元凶であるアンブレラ社に資金援助していたのが暴露されたことで、世間から非難の声を浴びる。

もちろん、それを気に食わない斎藤氏は元々酷かった横暴が更に酷くなる。

空港にいることを密告した謙二はこの斎藤氏も殺すことを目的だった。

しかし、斎藤氏は玲奈たちの手で助けられ、今現在も生きている。が…議員の職は強制的に辞されている。

 

 

 

IF Story2

アシュリー・グラハム

金髪ショートヘアの大学生。大統領の娘。

通学途中でロス・イルミナドス教が信仰される村へと誘拐される。

非常に怖がりで、初めて竜馬を見ただけでも泣き出すくらいの怖がり。しかし、竜馬が安全だと分かると、今度は手の平を返したように笑顔を向けるようになる。

その後、アシュリーは無事に母国に戻り、中の寄生虫も除去されたが、竜馬を死なせたのは自分だと暫く部屋に閉じ籠ってしまう。現在は竜馬が生きていたことを心から喜び、普通の生活を送っている。

 

 

ルイス・セラ

年齢20代後半。自称元警察官。

ヨーロッパよりの白人で竜馬と背の高さは変わらない。竜馬には村の調査に来たと言っていたが、正体はアリエスに雇われたウィルス研究員。途中、竜馬たちと離れたのもアリエスと会って、これからどうするか相談していたからだ。

潜水艦に瀕死の竜馬を運び、治療する。が、治療し終え、体内の寄生虫を取り出してアリエスに渡した瞬間に殺される。彼もアリエスの駒でしかなかったのだ。

 

 

オズムンド・サドラー

年齢不明。紫色のローブと寄生虫の杖を持っている。

とある時期に突然現れたロス・イルミナドス教の教祖かつカリスマ(ただし、カリスマは自称)。

この宗教を広めるために、アシュリーを誘拐し、体内に卵を植え付けた。その後来た竜馬にも同様の卵を植え付けた。

教祖という地位故か、ありとあらゆる寄生虫を操り、自らに植え付けてていた寄生虫を即時に成長させて、強大な力を得ることも可能。

竜馬に瀕死の重傷を負わせるも、最後の力を振り絞った竜馬に断頭されて、海に落下する。

 

 

村長

年齢不明。ロングコートで髭もじゃの巨漢。

サドラーに絶対の忠誠を誓っている男。もちろんサドラーの寄生虫を身体に宿しており、その影響か握力や脚力とパワーは計り知れない。実際、竜馬をただの蹴り二発で気絶させる程のパワーを有している。

寄生虫を体外に出した時でも、自慢のパワーは劣らないが、防御面で隙が出来てしまい、玲奈に殺される。

 

 

ベン・グラハム

年齢50代前半。アメリカ合衆国大統領。アシュリーの父親。

アシュリーを誘拐されたことで、動揺のあまりBSAAに救出を頼んでしまう。

実際他の議員にBSAAを止められたが、それを振り切る程家族思い。

救出後、玲奈たちに何度となく礼を言い、政権を譲り渡した。因みに大統領を辞めた理由だが、家族と一緒にいる方が幸せだということから来ている。

 

 

エイダ・ウォン

年齢不明。見た目からして、30代後半ということが分かる。

ここで姿を現したのはプラーガの入手だったが、BSAAの竜馬やアリエスの部下のルイスの参入で、プラーガの強奪を独断で諦める。

竜馬に檄を入れる時もあったことから、エイダ自身もサドラーに対して、かなりの嫌悪を抱いていたとみられる。

因みにこのプラーガを強奪するように命令した人物は不明である。

 

 

IF Story3

リッキー・トザワ

シンガポールのベネット大学で細菌学を学んでいる大学二年生。ただ、ここ最近は講義をまじめに受けておらず、単位的にはかなり怪しい。

そんな弱みを握られて、叔父であるダグ・ライト教授と玲奈と共に樹海の高校『マルハワ学園』に向かう。

アンデッドを初めて見た時に吐きそうになるなど、グロ系は苦手。

それでも逆境に強く、果敢にアンデッドに立ち向かうが、BOW化したナナンの攻撃で重傷を負い、後にアンデッド化。

最後は紗枝によって、処理された。

 

 

ダグ・ライト

年齢40代前半。ベネット大学で細菌学を専攻する教授。

無精髭がよく似合う紳士的な叔父さま。先述したように、リッキーの叔父。

大学で教授をする傍ら、BSAAのオブザーバーを務めている。

元恋人のグラシアから呼ばれた時も万が一を想定して、隊員の玲奈を連れてマルハワ学園に向かった。

その知識で感染源を特定しようと奮闘するが、発見直後にナナンによって殺される。

 

 

グラシア・デレ二カス

年齢30代前半。マルハワ学園の二代目理事長。

茶色のセミロングだが、普段は修道服を着ており、生徒から絶対的な信頼を得ている。この影響で学園はグラシアを中心とする絶対王政のような状態になってしまう。それを知ってか知らずか、グラシアは学園でのバイオハザードを隠蔽しようとする。

しかし、最後にナナンとビンディによって、感染爆発(パンデミック)を起こされ、その最中でビンディに殺される。

 

 

ビンディ・ベルガーラ

マルハワ学園三年生。生徒会長も務める。

マルハワ学園を良くしようとグラシアに歯向かう唯一の存在。その仲間として、ナナンがいたがその彼女をグラシアに心酔した部下に殺されてしまう。

本当は事故なのだが、ビンディは心の底でグラシアに深い復讐心を抱く。それを操られている竜馬に利用されてしまい、渡されたウィルスでナナンをBOW化、そしてパンデミックを起こす。

彼女自身も玲奈との戦いでウィルスを身体に入れており、BOWとなる。

最後は玲奈たちの滅多撃ちで死亡する。

 

 

ナナン・ヨシハラ

マルハワ学園三年生。日本人。

貧乏人ということだけで、学園内の生徒全員から蔑まされる。それでもビンディとだけは親友でいた。

また、学園に疑問を抱いたビンディと共に学園から逃走する。だが、その最中に事故で死亡する。

その後、ウィルス投与でBOWとして生き返り、学園を地獄に変えていく。

最期は戦いで下半身を失い、燃えて炭化する。

 

 

IF Story4

イリーナ・カルスブーグ

年齢20代前半。黒髪のサイドテール。

反乱軍の副リーダー。恋人を殺された恨みから、反乱軍に加入。

リッカーを操る支配型プラーガを自らに投与して、政府軍を圧倒するが、その副作用で呼吸器系に異常が生じ、最後は紗枝の手で腹を撃ち抜かれ、プラーガは始末される。下半身不随になるも、教師と生き続けている。

 

 

JD

年齢20代後半の太ったチャラチャラした男。決して女子大生(JD)ではない。

イリーナとは幼馴染で同じく反乱軍に属する。ただ彼はイリーナと違って、敵に対してそこまで厳しいという訳ではない。紗枝にも解放してイリーナを止めてくれと言うところも見られた。

最後までずっとイリーナたちといたいという夢はプラーガに侵され変異してしまったことで潰える。

 

 

アダマン

年齢60代後半。ベレー帽とサングラスをかけた老人。

反乱軍のリーダー。一番最初にリッカーを操るプラーガを体内に入れた人物。

プラーガの影響でアンデッドとなる前にイリーナに殺される。支配型プラーガはイリーナに託される。

 

 

スベトラーナ・ベニコバ

年齢30代後半か40代前半。某国大統領。

政府軍の親玉といったところで、軍の教官でもある。身体能力だけで見れば、紗枝や竜馬とあまり大差はない。

そして、街にプラーガを放った張本人でもある。他にもタイラントなど様々なBOWを有しており、惜しみなく使って来た。

だが、アメリカの策略に気付いてなかったため、最後は逮捕されてしまう。

 

 

IF Story5

レナ

10歳の少女。玲奈の細胞から作られた人間。

玲奈の美しい身体を手に入れるために、レナの母(自称)が作り出した。その影響か、レナはアンデッドの位置が分かるなど特殊な能力を持っている。

最初それを知った時は相当なショックを受けていたが、その悲しみを和らげるように海翔と薺が寄り添い、レナを家族として迎え入れた。

 

 

レナの母親(自称)

本名不明。年齢も不明。

BOWと化しているため、前の容姿が分かることはない。

爛れた髪の毛に薄気味悪い顔、そして大きな身体であり、不気味さを醸し出している。

レナの身体が生きている糧になっていると言っても過言ではなく、そのためなら自らの身体を更に変異させても構わない程執着している。

最後は海翔が撃ったロケットランチャーで木っ端微塵になる。

 

 

モイラ

女子大学の一年生。テラセイブに所属しており、薺の後輩にあたる。

レナの母親(自称)によって、連れてこられて実験台にされる。

腕輪の中のウィルスによって変異したペドロによって殺される。

 

 

IF Story Final

マリア

年齢20代後半。金髪のショートヘア。

元は死体だったが、JA-ウィルスの力で蘇ると同時に人間を超えた力を手に入れる。

アリエスの元で忠実に従う兵士でもある。

その後の消息だが、全くの不明である。もしかしたら、また『復讐』の機会を狙っている可能性がある。

 

 

ディエゴ

年齢50代後半…なのだが、JA-ウィルスの影響でマリアと違い、元の人間に戻れず、タイラントのような巨体を得る。口の中が抉れて、喋ることが出来ない。だがアリエスの忠実な部下かつ、美奈に対してアリエスと同等の恨みを抱いている。

他にもJ-ウィルスを宿しており、それを利用して他者と融合して、最凶の力を得る。

それでも玲奈たちがもっと化け物だったか、様々な手を使われて倒されてしまう。




来年2021年にバイオハザード ヴィレッジの発売が告知されましたね。
その情報がより詳しく出たら、もしかしたら、バイオ7のストーリーをアレンジしたものを書くかもしれません。
まあ、暫くは別の小説に身を置くことになると思います。

ではまた!


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